超次元ゲイムネプテューヌ Origins Interlude (シモツキ)
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作品情報
人物紹介


本稿の人物紹介はOIにて新登場、或いは再登場したオリジナルサブキャラクター達のものです。程度に差はありますが、本稿にて紹介されたキャラクターは今作だけでなく、次作以降でもサブキャラとして登場するものと思って頂いて構いません(極みに人物紹介ではありますが、人以外も紹介しています)。


シュゼット

 

ラステイション国防軍MG部隊隊長兼シュバルツ中隊隊長の少佐。コールサインはシュバルツ1。ガサツで些か軽薄そうな口調、女性に対しても積極的という成人男性。しかし乱暴者だとか反社会的だとかいう事はなく、むしろ正義感が強く女神への信仰心も強い。クラフティと共にラステイションの二大エースと呼ばれており、実際戦闘では他の追随を許さない圧倒的な動きを見せる。クラフティが同じ戦場にいる際は切り込み隊長の如く敵陣に突入し、味方を鼓舞しつつ得意の近接戦闘を行う事が多いが、いない場合は隊長としての指揮を優先して行う。基本的には熱いタイプの人間だが、自身や部下の命を粗末にする様な作戦は行わない。

前述の通り女性に積極的で時折ナンパもするが、これはやり取りを楽しんでるのであり、彼にとっての本命は妻であるクラフティただ一人らしい。

 

 

クラフティ

 

ラステイション国防軍MG部隊副隊長兼アーテル中隊隊長の少佐。コールサインはアーテル1。作戦行動中は女性軍人らしい強めの口調が見受けられるが、普段は一般的な女性口調であり、家事や礼節をきちんとこなせるタイプ。専らシュゼットのストッパー役になる事が多く、そこを含めノワールからの信頼も厚い。夫婦共々トップエースと呼ばれているが、彼女は積極的に前に出る事はせず、逐一指示を出しながら部下が動き易い様援護を行う事が多い。特にシュゼットの援護をした際はそれが如実で、夫婦愛のなせる技などと呼ばれている。割とクールなタイプではあるが、シュゼット同様部下思いで、上層部からの指示に無理がある場合はきちんと異を唱える。

基本弱点のない彼女だが、夫のシュゼットには弱く、気を抜いていると上手い事遊ばれてしまうらしい(落ち着いていれば特にそんな事ない模様)。

 

 

リヨン

 

プラネテューヌ国防軍MG部隊隊長兼ヴィオレ隊隊長の少佐。コールサインはヴィオレ1。部下や友人に対しても敬語を使う人間で、指揮の際も強い口調になる事はまずない。それは平時も同様であり、同僚内では普段はまともな方と言われている。隊長であり同時にエースで、戦闘中は指揮を行いつつ射撃砲撃を中心に立ち回る、所謂火力型の戦闘スタイルで戦う。特に彼女は一斉掃射に強いこだわりを持っており、単発撃ち切り型の兵装や総弾数の少ない武装は温存していつでも一斉掃射が出来る状態にし、当然ここぞというタイミングで一気に放つ。この戦い方は軍人としてどうなのか…と言われる事もあったが、その上で指揮官としてもエースとしても活躍している為問題とされた事はない。

ノーレや副会長よりはまともな彼女だが、先に書いた通り一斉掃射、そして空を飛ぶ事となると途端に熱が入り、火力&飛行馬鹿だと受け取られる事もある。

 

 

ノーレ

 

プラネテューヌ国防軍MG部隊、ヴィオレ隊副隊長の中尉。コールサインはヴィオレ2。シュゼットの妹であり、彼に似て大胆な性格。但し男性に対して積極的…という事はなく(興味は人並みにある)、そこまで軽薄という訳でもない。ラステイションからプラネテューヌに移り住んだ人間だが、特にノワールやユニを嫌っている訳ではない。ヴィオレ隊副隊長だが基本リヨンが指揮をする為指揮官として動く事はあまりなく、エースとして活躍する事が多い。兄と同様近接戦闘を好むが、先行量産型ルエンクアージェには近接格闘武装がない為にそれを残念がっている。…が、近接戦闘はあくまで好きというだけであり、中距離以上でもエース級の実力を持つ。

彼女(とシュゼット)の家系は歴史研究家が多く、その影響で兄妹共に信次元の歴史や女神の在り方の移り変わりに詳しい。

 

 

副会長

 

プラネテューヌ国防軍MG部隊所属の中尉(グランディザストスライヌ撃破後に少尉から昇進)。コールサインはヴィオレ3。ネプテューヌを真似た様な見た目で、口調も見た目同様少女風。ついネプテューヌを『ねぷ子様』と呼んでしまうが、流石に作戦行動中はネプテューヌ様と呼ぶ。作戦にネプテューヌが参加している際は極力彼女の援護を行うが、援護が不要な場合や参加していない場合はノーレと共にエースとして飛び回る。特に戦闘スタイルに特徴がある訳ではないが、もし太刀型の武装があるならばそれを使いたいと常々思っている。エース三人娘の中では唯一指揮官職ではないが…これはそもそも現段階で指揮官が足りてるからであり、指揮の力があるかどうかは不明。

副会長という通称からも分かる通り、彼女の正体はねぷ子様FCの副会長。それが国防軍のエースとなった為に、FC内では希望の星だとかFC内最強だとか言われている。

 

 

ジュバルツ4

 

ラステイション国防軍MG部隊所属の大尉。語尾に「っす」と付ける事が多い。MG乗りとしてそれなりに技量があり、粘り強さや精神力の強さも持つが、つい装備(近接格闘武装だけでなく火器や盾ですら)を投擲してしまう癖がある。これはとある時目にしたイリゼの戦闘スタイル(武器の射出)に強い憧れを抱いたかららしい。

 

 

小盾使い

 

元リーンボックス警備兵の青年。どちらかと言うと軽いタイプで、一般男性とチャラ男の中間辺りに位置する。警備兵時代に降って湧いたチャンスとイリゼを襲おうとしたが、その後のイリゼの姿や活躍を知る内に女神オリジンハート(複製体)の魅力に惹かれ、イリゼの信者を自称する様になった。彼女に再開した後大盾使いと設立した親衛隊では隊長となった。

 

 

大盾使い

 

元リーンボックス警備兵の青年。一般男性と無口な人の中間辺りに位置する人で、小盾使いとは悪友関係。警備兵時代に小盾使いと共にイリゼをR-18展開に引き込もうとしたが失敗。初めはそれきりの出来事と考えていたが、小盾使いと同様イリゼに惹かれ、彼女と再会出来る様二人して時折旅に出ていた。謝罪の後設立した親衛隊では副隊長となった。

 

 

ライヌ

 

イリゼがルウィーで出会い、リーンボックスで再開したスライヌ。監査の旅終盤では同行者となり、後にペットとなった。イリゼにはよく懐いているが、イリゼ以外には敵意を向ける事もしばしば。外見はゲイムギョウ界広範囲に生息する、最も一般的なスライヌ(スライヌ類スライヌ科)のそれだが、通常のモンスターには見られない『人に懐く』という様子が見られており、その正体ははっきりしておらず、イリゼは勿論モンスターとの共存を研究するベール及び一部の協会職員からも興味を持たれている。

 

 

ディール(?)/ブルーハート(?)

 

とある次元からイリゼ同様、『創滅の迷宮』へと誘われた少女。外見の割に冷静且つ大人で、そう簡単には素の部分を見せない性格。ルウィーの女神候補生(特にロム)によく似た外見を持ち、実際女神化出来る事や魔法が得意である事など共通点が多い。同じ境遇のイリゼを目上の人(別次元における守護女神の友人)として頼りにする事もある一方、反応の豊かな彼女を弄るのに楽しんでいたり、はたまた時には妹の様に扱われて恥ずかしがったりと関係性は中々に独特。敵対や探索、休憩や激戦の末イリゼの友達となり再会を約束した彼女だが、その正体は……。

詳しくは『超次元ゲイム グリモワールofネプテューヌ』を参照。



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機体解説

本稿はOIに登場する機体に関する解説ですが、OAの機体解説にて取り扱っている部分は一部未解説で進めております。本稿のみで極力分かる様にはしておりますが、万が一疑問が残った際はOA版機体解説を読んで頂ければ幸いです(読んでも分からなかった場合は作者に訊いて下さい)。


LMG-04(A/S)/F 【ラァエルフ】

 

所属・ラステイション国防軍

設計開発・ラステイション国防軍/ラステイション工業団

生産形態・量産型

生産仕様・A型(一般機)、S型(指揮官機)

主推進器

脚部内臓中型スラスター×2(主器)

背部スラスター×2(副器)

武装

58㎜携行重機関砲×1〜2

42㎜携行軽機関砲×1〜2

30㎜ラックライフル×1〜2(砲身下部に片刃ブレード、4連装グレネードポット、アンカーショット等を装備可能)

大型両刃重剣×1〜2

脚部5連装ミサイルランチャー×2

21㎜頭部機銃×2

コンバットナイフ×2

中型シールド×0〜1

特殊機構

脚部ローラー×2

視線誘導式マルチロックオンシステム

BMR(身体動作反映)システム

 

ラステイション国防軍MG部隊の主力量産機。パッセが主導しラステイション工業団が開発した試作機『MG-03 エミカル』をベースとした機体であり、初の軍正式採用型MG。メインカラーは国色であるブラック。ベース機であるエミカルに比べ装甲が増え、武装の幅も大きく広がった。またスラスターも外付けから脚部内臓、背部への増設などかなりの変化が見られ、各種実験やテストも兼ねていた試験機から戦闘用の実戦機へと変わっている事が見受けられる。また変化は外部だけでなく、新たに開発された操縦支援システムやプラネテューヌとの共同開発であるロックオンシステムなどの採用により、ソフト面含めた機体性能は大幅に向上した。

重厚な外見を持つ本機だが、これはFタイプと呼ばれる装備群を纏った姿であり、素体はエミカルと同様かそれ以上にスリム。動力炉やコックピット、メインスラスター等は素体の方にある為素体のままでも稼働可能だが、装備群を纏った状態で運用する事を前提とした機体である為そのままでの運用は望ましくない。

 

脚部内臓中型スラスター

本機の主推進器(主器)。エミカルでは脚部を覆う形で装備されていた物を脚部に内蔵したもので、出力こそ大きな違いはないが、脚部の可動性向上と脚部への追加装備の余地を生む事に成功した。

背部スラスター

副器。Fタイプ装備群の一部である為素体にはない。出力は脚部の物より低いが、主器副器を合わせた推力は長時間のブーストや大跳躍を可能としている(パイロットの技量次第では短時間の滞空も可能)。

58㎜携行重機関砲

左右どちらかの腕部で保持する携行火器。エミカルの物を発展させた武装で、元の性能は据え置きで大口径化及び火力と射程の向上を果たしている。但しその分反動も大きい為、不安定な体勢からの運用は難しい。後述の軽機関砲と本火器のどちらかがメイン火器となる場合が多い。

42㎜携行軽機関砲

左右どちらかの腕部で保持する携行火器。重機関砲をベースに、メイン火器としての最低限の威力を保ちつつ軽量化と反動軽減を図った装備。その為空中でも目標へ向けての連射が可能だが、当然ベースより威力は落ちている。出撃時は基本本火器か重機関砲を腕部で保持している。

30㎜ラックライフル

左右どちらかの腕部で保持する携行火器。機関砲より小型でメイン火器とするには役者不足だが、砲身下部に専用の各種武装を装備出来る為に幅広い運用が可能。

・片刃ブレード

接近戦用装備。取り回しは重剣に劣るが遠近両用で斬り結びながらの発砲も出来る為、評価は良い。

・4連装グレネードランチャー

中・長距離用装備。単発でも十分な威力を持ち、ライフルとの同時発射も可能。但し撃ち切り型である事は注意が必要。

・アンカーショット

アームクローとワイヤーにより敵を捕縛出来る武装。だが捕縛を続ける為にはラックライフルを保持し続ける必要がある事と、確実に捕縛出来る状態ならば大概ライフルを撃つ方が速い事があり改善が望まれている。

大型両刃重剣

左右どちらかの腕部で保持する近接格闘武装。持ち手に若干の改良が加えられた事以外はエミカルの物とほぼ同型。因みにエミカルの機関砲と重剣は本機でも使用可能。

脚部5連装ミサイルランチャー

左右脚部に一基ずつ装備する武装。格納型ミサイルの中では比較的大型で、ハッチは一門ごと分かれている為放つ部分のハッチのみ開ける事が可能。グランディザストスライヌ戦時は脚部への影響の実践試験中であり、S型のみが装備した。

21㎜頭部機銃

メインカメラ両端に一門ずつ搭載される火器。固定火器の為即座に撃て、頭部を稼働させる事で射角も確保出来るが、砲身は極端に短く威力も射程も低性能故に牽制や迎撃などを行う補助武装として扱われる。

コンバットナイフ

腰部背面に二本が装備される近接格闘武装。頭部機銃同様素体に標準装備されており、一目では装備している事が分かり辛い為予備武装としての運用や奇襲に向いている。だが重剣に比べ刀身が短く軽い為攻防共に劣り、メイン装備としての運用には難がある。

中型シールド

左右どちらかの腕部で保持される防御兵装。防御範囲と取り回しを可能な範囲で両立させた装備で、重剣と共に殆どの機体が装備している。ただ、腕の立つパイロットやS型乗りは盾での防御より回避か近接格闘武装での迎撃を優先する為、装備しない事も多い。

脚部ローラー

エミカルから引き継いだ装備で、Fタイプ装備群に搭載されている。基本的には同じだが、機体の重量増加と若干の大型化に合わせて調整がなされている。

視線誘導式マルチロックオンシステム

視線の動きに合わせてロックオンを行うシステム。プラネテューヌとの共同開発であり、パイロットの能力次第では機械頼りのロックオンより緻密且つ高速で捕捉する事が可能。これはパイロットの瞳の動きに合わせて移動と捕捉を行なってある為、逆に力不足の場合はロックオンレクティルの移動速度低下、誤った対象へのロックオンを起こす事もあり得る。

BMRシステム

試験も兼ねて装備された最新鋭の操縦支援システム。これは機体動作と身体動作の一部をリンクさせる事で、操縦桿を利用した通常の操縦よりも素早い機体操縦を可能とするもの。システムのポテンシャルは高く、最大出力を発揮した場合は機体を自身の身体の様に動かす事も可能となるが、このシステムは心身共に負荷が大きく、最悪自身と機体との境界が崩壊する危険性もある為に30%以上は発揮出来ない様リミッターが設定されている。

 

バリエーション

A型

隊長以外が乗る機体。但しパイロットごとのチューニング具合は違う為、中隊長二人に次ぐレベルの実力者と配属されたばかりのパイロットとではそれなりに性能差がある。

S型

隊長用の指揮官機。各種性能がA型より強化されている他、通信性向上の為のブレードアンテナが増設されている。

シュゼット機(S型)

シュゼットの専用機。メインカラーがダークグレーとパープルとなり、ブラックのラインが引かれている。後方ではなく前方に伸びたブレードアンテナが特徴的で、重機関砲とブレード装備のラックライフル、重剣の3セットが装備される事が多い。限界ギリギリまでチューニングしてある為、A型とはかなりの性能差が生まれている。

クラフティ機(S型)

クラフティの専用機。ブラックとバーミリオンのツートンカラーが特徴的。テストも兼ねて姿勢制御用の小型ウイングが改良されており、滞空性能が他のS型よりも高い。二丁の軽機関砲と重剣を装備する事が多く、シュゼット機同様限界ギリギリのチューニングが施されている。

 

 

PMG-01(A/S) 【ルエンクアージェ】

 

所属・プラネテューヌ国防軍

設計開発・プラネテューヌ国防軍/プラネテューヌ企業連盟

生産形態・量産型

生産仕様・A型(一般機)、S型(指揮官機)

主推進器

脚部大型スラスター×2(主器)

フレキシブルスラスター×2(副器)

武装

右腕部荷電粒子砲(ビームライフル)×1

左腕部40㎜機関砲×1

26㎜フレキシブルスラスター内蔵機銃×2

対空対地ミサイル×4

脚部12連装マイクロミサイルポッド×2(火力強化ユニット装備時)

特殊機構

変形機構

脚部選択型ユニット×2

視線誘導式マルチロックオンシステム

 

プラネテューヌ国防軍MG部隊の主力量産機。メインカラーは国色であるパープル。ラステイションとの技術交流の際に得たエミカルの情報を利用してはいるものの、プラネテューヌの最新技術と独自発想をふんだんに盛り込んだ結果、エミカルやラァエルフとはかなり外見の違う機体となった。ラステイション製MGより幾分細身の本機の最大の特徴は二点。言うまでもなく一点目は変形機構。これは技術の粋を集めたと言っても過言ではないものであり、直線機動と飛行能力を重視した航空形態と汎用性の高い人型形態の二つを有している。その上変形には電磁加減速を利用している為戦闘中に変形機構を駆使する事も可能となっている。二つ目は遠隔操縦システム。基地及び一部施設に設置されたコックピットからの遠隔操縦で機体を動かす事により、AIの暴走を防ぎつつコックピット分のスペース増加とパイロットの安全確保のリソースを不要とする事を実現させている(但し状況理解の為に振動や慣性に合わせて簡易な衝撃をコックピット内部に発生させる様にしている)。…が、変形機構は操縦難度上昇と機体剛性の低下を引き起こし、遠隔操縦システムはパイロットに一定の適性を必要としてしまうなど問題点も存在する。

上記の二要素は勿論、ビーム兵器の標準搭載や元々の科学技術力もあり本機の総合性能はラァエルフを上回っている。しかし装甲強度や整備性など下回ってる点も幾つかある上、一機辺りのコストもラァエルフ以上である為、高性能である事は事実だが一概にこちらの方が優秀とは言えない。

 

脚部大型スラスター

本機の主推進器(主器)。両形態共にこれがメインスラスターで、後述のフレキシブルスラスター無しでも飛行可能なだけの推力を有している(人型形態では空力的な問題から長時間の滞空は不能)。

フレキシブルスラスター

副器。背部から伸びるアームによって保持される、楔状のスラスター。推力こそサブスラスター程度だが、フレキシブルの名の通り可動範囲が広く、人型形態での素早い位置変更や航空形態での逆噴射にも使われる。

右腕部荷電粒子砲(ビームライフル)

右前腕部に固定装備されているビーム火器。機関砲系には劣るものの一応の連射は出来る上、出力を上げる事で高威力射撃も可能。動力直結型の為動力炉が動く限り弾切れはないが、機体全体でのエネルギー不足からの出力低下や短期的な射撃不能状態に陥る事はある。

左腕部40㎜機関砲

左前腕部に固定装備されている火器。連射性の高い本火器で誘導や足止めをしつつ上記の荷電粒子砲で仕留める、というのが本機の基礎戦闘コンセプトだが、本火器も軽機関砲程度の威力を持つ為メイン火器としても使用可能。

26㎜フレキシブルスラスター内蔵機銃

左右のフレキシブルスラスターに一基ずつ内蔵されている火器。そこそこの火力を持ち航空形態では正面を向かないメイン火器の代わりとなる装備だが、エースからはドッグファイト時(フレキシブルスラスターを逐一可動させる様な戦闘)に射角がフレキシブルスラスターの向きに左右されてしまう為使い辛いともされている。

対空対地ミサイル

主翼下部に左右二基ずつ装備される武装。大型の為射程が長く、装備時は若干ながら空気抵抗に悪影響がある為、戦闘開始と同時に一斉発射される事が多い。

変形機構

上部の機体解説を参照。

脚部12連装マイクロミサイルポッド

後述の火力強化ユニット選択時に装備される武装。対空対地ミサイルより威力と射程で劣るが誘導性と総弾数に優れ、他の武装との連携使用や高機動戦闘時に複数発まとめて撃つ事で真価を発揮する。

脚部選択型ユニット

出撃時両脚部に選んで装備されるユニット。スラスターと増槽で構成された機動強化ユニットとマイクロミサイルポッドとその弾薬で構成された火力強化ユニットがある。どちらを選ぶかは基本パイロットに委ねられている他、あくまで追加装備の類いの為装備せずとも出撃可能。

視線誘導式マルチロックオンシステム

ラステイションと共同開発された、視線の動きに合わせてロックオンを行うシステム。ラステイションのものより視線追従速度は速いがその分ロックオンミスの危険性の高い、高性能だが安定性に欠けるというプラネテューヌらしいものとなっている。

 

バリエーション

A型

隊長以外が乗る機体。単眼タイプの頭部が特徴的で、プラネテューヌ初の機体ながら多機能過ぎる点から多くの機体はパイロットごとにデチューンが成されている。

ノーレ機(A型)

ノーレの専用機。パープルとスカーレットのツートンカラーで構成されており、頭部がツインアイタイプに換装されている。機動強化ユニットを選ぶ事が多く、チューニングも限界近くまで行っている。

副会長機(A型)

副会長の専用機。明るいパープルとホワイトのツートンにライトブルーのラインが引かれている。ノーレ機同様高性能なツインアイタイプに換装されており、こちらも同じく機動強化ユニットを選ぶ事が多い。チューン具合はエース二人に僅かに劣るが、それでもかなり限界寄り。

S型

隊長用の指揮官機。ツインアイタイプの頭部が標準で、通信性能も一般機より高い。しかし他の性能は一般機とほぼ同様で、差は技量とチューニングでのみ現れる。

リヨン機(S型)

リヨンの専用機。パープルとライトグレーのツートンカラーを採用している。火力強化ユニットを装備する事が多く、マルチロックオンシステムの使用頻度も高い。チューニングも完璧で、特に火力関連のチューンが徹底的に行われている。

 

 

AVT-07(B/P/G) 【パンツァー・リバヴ】

 

所属・ラステイション国防軍/プラネテューヌ国防軍/リーンボックス国防軍

設計開発・ラステイション国防軍/国営社アヴニール

生産形態・量産型

生産仕様・B型(ラステイション仕様)、P型(プラネテューヌ仕様)、G型(リーンボックス仕様)

主推進器・小型バーニアスラスター×6

武装

高硬度伸縮型アーム×2

65㎜ガトリングガン×2(B型)

マルチリボルトランチャー×2(P型)

16連装マイクロミサイルポッド×2(G型)

重粒子砲(ビームブラスター)×1

 

アヴニール社が開発した量産兵器の系列に該当する機体。パンツァーシリーズ及びキラーマシンシリーズはどれも廃棄が想定されていたが、パンツァーシリーズは生産機数も多く生産ラインも確立されており、廃棄にはかなりの資金が必要となった。そこで教会は廃棄ではなく改修し、拠点防衛用兵器として各国へ販売する事を考案。ソフト面及び武装の変更の結果完成した本機は他国からは勿論本国でも高い評価を得、マジェコンヌによる軍国化とそれが引き金となった大規模戦闘が原因の、機械兵器への嫌悪が強いルウィー以外の三国で正式採用される事となった。その際各国で多少の改造を行った為、若干外見に差がある。

パンツァーシリーズは元々、与えられた命令を元にAIが独自に判断し行動するというキラーマシンと同様の自立稼働システムを載せていたが、本機は指揮者が逐一命令を出す従来の遠隔操作システムを採用している。これは自立稼働と違い命令しなければ動けない、命令通りにしか動けないという短所があるが、その分暴走の危険性が低い。そしてその上で本機には『一定時間命令が無い場合強制停止する』『強制停止状態からの起動には機体側のコンソールから操作する必要がある』というプログラムが設定されている為、万が一暴走した場合や奪取された場合にも無力化出来る様になっている。

 

小型バーニアスラスター

四本の脚部にそれぞれ一基、背部に二基の都合六基が搭載されている推進器。だが推力重量比はMGやキラーマシンシリーズよりかなり低く、あくまで補助的な物とされている。

高高度伸縮型アーム

シリーズ通しての武装の一つ。本機も機能自体は残っているが、各国ごとの武装は全てこのアームに装備されている為、近接迎撃はそちらに任せ本武装は射角確保がメイン運用となっている。

65㎜ガトリングガン

B型、所謂本国仕様の武装。接近した敵を威力と連射性で迎撃する。口径からも分かる通りラァエルフの重機関砲以上の火力を持つが当然その分反動も大きく、四脚故の高安定性を持つ本機でなければ扱いきれない武装となっている。

マルチリボルトランチャー

P型仕様の武装。グレネード、フラッシュグレネード、捕縛用ネットなど多彩な装備を搭載している為対応力が高い。しかしその分一つ一つの残弾は少なめである点には注意が必要。

16連装マイクロミサイルポッド

G型仕様の武装。高い誘導性と一斉発射による面制圧は高い迎撃能力を有する。これは本機が近接迎撃をする必要が出来る相手は小型の敵、高い機動性を持つ敵であろうと推測した事による武装とされている。

重粒子砲(ビームランチャー)

シリーズ通しての武装でありメイン火器。拠点防衛用に小改修が加えられ、元の性能はそのままに射程距離の向上を果たした。また最大出力であればかなりの射程を持つが、カメラアイがその距離に対応出来ないという欠点がある。

 

バリエーション

B型

試験運用の結果、想定以上の性能(特に信頼性)を見せた為に当初の予定を変更して採用された本国仕様。製造元で採用されている為にデータが豊富で、細かな性能の部分は他二国よりも高いとされている。

P型

採用の後に独自改造が施されたプラネテューヌ仕様。プラネテューヌで主に使用されているビームは荷電粒子砲の為重粒子の整備には苦労しているらしく、荷電粒子砲への換装が進められている。

G型

採用の後に独自改造が施されたリーンボックス仕様。当然殆どの機体は拠点防衛用として配備されているが、完成度の高さを見込み、一部の機体はリーンボックスで開発されている新型動力炉のテスト機として運用されている。



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設定・用語集

OAにおける設定・用語集と同様に、本稿における設定・用語はあくまで本作におけるものである為、原作シリーズや現実とは食い違う部分(所謂独自設定)もあります。但し私が勘違いしているだけの可能性もありますので、気になる事があった方はご質問をお願いします。


国防軍

友好条約締結と同時に再編された各国の軍隊。元々あった軍は守護女神戦争(ハード戦争)初期の全面戦争により軍民共に多数の死者を出す事となってしまった為に解体されていたが、守護女神戦争(ハード戦争)終結後、女神以外で国の戦力と呼べるものがやはり必要だと判断され(ギルドは特殊な立ち位置の為該当しない)、再編されるに至った。解体から再編まではかなりの時間が経っており、大半の元軍人は亡くなっているか生きていても服隊不能な状態という事から事実上の『ゼロからの出発』となり、その関係もあってどの国防軍も実力主義の傾向がある(尉官までならば実力だけで登り詰められ、佐官以上も実力の影響する部分が大きい)。

 

 

国境管理局

 

友好条約締結と同時に設立された国務組織の一つ。空港に設置されている組織とは同系統ながら別の指揮系統に位置しており、陸路での人、物の国家間移動を管理している。陸路での国家間移動利用者は空路に比べ大幅に少なく、管理局も国の外れという生活圏から離れた場所に位置している為に、局員や関係者からは『閑職』などと揶揄されているが、当然陸路は空路より人の目が少なく且つ行動に自由が利く…謂わば不注意な人物が危険に遭遇する事や非合法な行動を行なっている人物が利用する事の可能性が空路より高い為、上層部からは重要なポストの一つとされている(実際給料も比較的高め)。

 

 

創滅の迷宮

 

数ある次元とは全く別の異世界。規模も形も決まっておらず、現れる度に違う姿となる(その為創滅の迷宮という名称も便器的なもの)。基本的には他の次元と同じ物理法則の元動くが、これもあくまで『基本的人間』でしかない。

この次元は言ってしまえば『あやふや』な次元の為、先に述べた通りの事象が起こり、また内部にいる人間の思いが反映、実現される事もある。

完全に他の次元とは隔絶された、次元世界の外側とでも言うべき創滅の迷宮は、とある事情により生まれた『本来いる筈のない存在』と同じ事情により消滅した『本来いる筈の存在』のみしか入る事が出来ず、その両者も故意に立ち入る事は不可能。その為迷宮の実情は今も多くが謎に包まれている。

 

 

特務監査官

 

友好条約締結後、政治体制や国の在り様の関係で機能し辛くなっている教会監査への懸念を示した各国上層部によって設立された『特務監査部』所属者の総称(但し現状の所属者はイリゼ一人のみ)。監査の関係上、教会から支援こそ受けるもののほぼ完全に独立した組織であり、監査対象には絶対権力者である女神も入る為、かなりの権限を有する。また本来の監査対象ではないものの、ある程度は民間への監査、干渉も可能。その分監査官へ任命される事は難しく(現段階では守護女神、教祖全員からの承認が必要)、その上監査で得た情報の隠蔽や私的利用を行なった際の罰則も各教会監査部より重い。また弾劾を行う事も可能で、それには女神と教祖、合わせて三人以上(同国からは二人まで)の賛同が必要。

特務監査は監査官の意向又は各国上層部からの依頼によって行う為、平時は一般職員として振る舞う。性質上中立を絶対とされる特務監査官だが、定期的に職場(国)を変えるのはあまりにも非効率且つ無駄である為、基本的にどこかの国を拠点として活動している。

 

 

犯罪組織マジェコンヌ

 

守護女神戦争(ハード戦争)終結後、暫くしてから風の噂で聞かれる様になった新興宗教。マジェコンヌの行動を世界への革命、よりよい世界への革新と捉え、マジェコンヌの意思を継ぐという大義の元行動を行なっている。言うまでもなく組織名のマジェコンヌは人名である『マジェコンヌ』から取ったのであり、犯罪組織というのも従来の常識に囚われない、新たな常識を作り上げるという考えの下。だが、当のマジェコンヌは設立に一切関係しておらず、そもそも彼女は革命、革新を目指していた訳ではない。

宗教名が聞かれる様になったのは前述の通り守護女神戦争(ハード戦争)終結後だが、正確な時期は定かではなく、殆どの入信者も知っていない。と、言うのも本宗教は厳重な情報統制が敷かれているからであり、一般人は勿論入信者ですら上層部や中核に関する情報は有していない。この点もあって、各国教会は本宗教を注意している(分かっている範囲では法律に反していない新興宗教の為、現状取り締まりは行われていない)。

 

 

ビーム兵器

 

高エネルギー体である粒子を収束させ、武器とする兵器の総称。別名光学兵器。実体兵器に比べ高威力で、ビームの出力を調整する事により同一の兵器でも刀身の長さや弾の口径などを若干変化させる事が可能(ビーム兵器に口径が記されていないのはその為)。また刃や弾丸など一部がビーム化した事で軽量化も果たしたが、技術の関係で実体兵器より整備性が悪く、天候や気候によっては威力や射程が減少してしまう、近接格闘兵装ならば叩き斬りが出来ないなど短所がない訳ではない。その為、総括としては性能の上限ならばビーム兵器、安定性ならば実体兵器と言える。

プラネテューヌで主に使われる物は荷電粒子、ラステイションで主に使われる物は重粒子と同一ではなく、科学的には当然差異があるが、ビーム兵器として運用する分には違いはほぼない。ビームという意味では魔力ビームやシェアエナジーを利用したビームも等しくビームだが、科学的ビーム二つと霊力的ビーム二つの間の差異は大きい。

 

友好条約

 

守護女神戦争(ハード戦争)終結の宣言及び四ヶ国の平和と更なる発展を目的に結ばれた、四ヶ国合同の友好条約。軍の規定や貿易における関税の再設定、各種文化交流など様々な要素が組み込まれており、四ヶ国全ての大きな契機となった。軍が(国防軍として)再編された事により軍需企業が、国家間移動の制限解除により貿易関連全般が、文化交流により郷土や観光関連企業が大きな利益を得、そしてそれ等の振興により雇用機会が増えた事で不特定多数の民衆の経済状況が好転した。勿論これは一例であり実際はもっと多くの組織、人間が利益を得たが、制限のある環境下だからこそ栄えていた組織やそれまで法の目を逃れていた企業は当然後退した為、不満が全くないという訳でもない。

 



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技(スキル)集

…別に嘘吐いた訳じゃないんです。一週間の余裕を持った方が…と思ったけどまぁまぁ余裕が出来たので、そういえば書いてなかったなぁってものを載せたくなっちゃったんです。……反省はしてます。
時期は未定ですが、OA版技(スキル)集も作るつもりです。他の情報系同様、何か疑問があればお気軽に質問をどうぞ。


イリゼ

 

天舞伍式・葵

自身の周囲にシェアエナジーで精製した多数の武器を、圧縮したシェアエナジーの爆発により撃ち出す技。基本攻撃として扱われる武器射出と違い、武器毎に合わせた軌道、回転を加えている事が特徴的。これにより威力が増している他、物によっては曲線や放物線を描く為に相手からすると軌道を読み辛い、障害物があっても自身へ向かって飛んでくる…という厄介な技となっている。但しこれはあくまで射出時の力のかけ具合が軌道を決定付けている為、ホーミング性能や遠隔操作能力が付加している訳ではない。

 

ユニゾンライズ・ペイルクロス

ディールとの合体技。天舞伍式・葵とシルバーフラップ(後述)による飽和攻撃の後、イリゼは連続近接格闘攻撃、ディールは巨大鋼鉄剣の精製を行い、イリゼが離れると同時にディールが刺突。更にイリゼが剣にシェアエナジーを纏わせ、シェアによる加速と爆発の二重推進で敵を貫く。一糸乱れぬ連携が必要な上、途中互いに相手に負荷を負わせる瞬間がある為信頼関係があって初めて成功させられる。また、後述のフリージング・テリトリアと親和性が高く、最終行程(刺突)まで恩恵を受けられる。

 

 

ネプテューヌ

 

(ネプノワ式・)64式・トルネードブレイド

ノワールとの合体技。その名の通り32式エクスブレイドとトルネードソードを組み合わせた技で、二重のシェア刃を持つ剣によって敵を斬り裂く(又は貫く)。負のシェアの女神となったマジェコンヌとの戦闘中に編み出された即興技を元にした技で、射出するだけでなく二人で振り回す事も出来る…が、まともに振り回す為には徹底的に息を合わせる必要がある。因みに、ネプノワ式の部分は両者で意見が分かれており、ネプテューヌはネプノワ式を主張している。

 

 

ノワール

(ノワネプ式・)64式・トルネードブレイド

前述したネプテューヌとの合体技。二重のシェア刃を持つ剣、という点ではユニゾンライズ・ペイルクロスの最終行程で作り出される剣と似ているが、こちらはビーム剣寄り、あちらは実体剣寄りという差異がある。どちらも自分の名前を先に付けるべきだ、と考えている為、ノワールはノワネプ式を主張している。

 

 

ディール

 

シルバーフラップ

遠隔操作可能な鋼の円盤(外見は丸鋸風)を放つ魔法。遠隔操作可能故の高い脅威性を持ち、小型な分小回りや複数同時操作にも長ける。その上切れ味も中々ある為使い勝手はいいが、サイズの関係で巨大な相手には致命傷を与え辛い他、大概の遠隔操作端末と同様狭い場所では軌道を読まれ易い。余談ながら、ストライクソードはシルバーフラップの上位技に位置する。しかしサイズや形状が違う為完全な上位互換という訳ではない。

 

フリージング・テリトリア

床(足場)へと魔力を充満させ、魔方陣と共に氷柱を多数展開する魔法。効果範囲、氷柱の数&性能(硬度や太さ)、追加能力の有無等かなり幅のある技であり、小規模低性能ならば一瞬で発動出来るが、大規模高性能を目指すと発動までかなりの時間が必要になる。また、作り上げた氷柱から氷の枝を伸ばし樹氷の様にする事も可能。前述の通りこの技はユニゾンライズ・ペイルクロスと親和性が高く、氷柱と枝は飽和攻撃の回避防止と近接格闘の足場に、技解除時に周囲に放出される魔力(シェア)は鋼鉄剣精製の手助けになる。

 

ルーテナキュア

中位の治癒魔法。重症ではないものの、戦闘にそれなり以上の支障が出る怪我に扱うのが良いとされている。本編中ではイリゼの腕の怪我を治癒する際に使われた。この系統の魔法に共通する事だが、正式名称は『キュア』でありながら、使用時には『キュアー』と伸ばされる事が多い。

 

ジェネラキュア

高位の治癒魔法。所謂重症レベルの怪我に扱うべき魔法とされていて、発動難度消費魔力共に高い。本編中ではディールが魔龍から受けた怪我を癒す際に使われた。治癒魔法は発動すればすぐ魔法の能力分回復する…という訳ではなく、きちんと治癒する為にはそれ相応の時間が必要になる。これは基本的に欠点とされているが、これを逆に利用し、『応急処置程度に済ませる事で、素早く且つ魔力消費を抑えながら継戦可能状態にする』という事も可能である。

 

探知魔法

魔力による波動を流す事で罠や隠蔽された物を探る術。きちんと見つけられるかどうかは術者の技量次第で、特に魔法やそれに準じる能力による罠を探知出来るかどうかは、両者の魔法勝負の様な形となる。厳密にいうとこれは技ではなく技術である為、固有名詞は存在しない(個人個人で付ける事はある)。

 

ユニゾンライズ・ペイルクロス

イリゼとの合体技。魔法を利用する事で近接格闘も比較的積極に行う後衛ことディールと、体外に放出したシェアを変質させる事でそれを武器とし遠隔攻撃や変則的行動を行う前衛ことイリゼの、二人らしさに溢れている技。本来はディール単体での刺突が最終攻撃だったが、魔龍の耐久能力が想定以上だった為イリゼとの共同刺突を行う事になった…という経緯がある。




作者が出しゃばり、ディールの技(コラボ中に使ったもののみ。名称だけはコラボ外のものも一つあります)も載せる事となりました。ちゃんと橘雪華さんに話は通してある為、一応本人公認ではありますが、私の独自解釈の部分もある為、ディールの部分についてはこの設定が絶対…という訳ではありません。


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創滅の迷宮・蒼の魔導書編
第一話 誘われし者達


本章は、橘雪華さんの作品『超次元ゲイム グリモワールofネプテューヌ』とのコラボストーリーです。もしコラボ先の作品を未読の方がいるのであれば、先にそちらを読んで見る事をお勧めします。


--------始まりは、偶然だった。たまたま出向いて、何となく気になって、何の気なしに選んだ。ただ、偶然が重なっただけの出来事。

でも、偶然も三度重なれば必然という言葉もある。全てを知った時、この偶然が無くとも早かれ遅かれ別の偶然によってこの出来事に合間見えていたのだろうと私は思う。

だからこれは、偶然ではなく必然な、運命的で宿命的な出来事だった。

 

 

 

 

教会内の施設の一つに、書庫というものがある。書庫というのは名前だけで、実際には始末に困る物用の物置きに……なんて事は無く、どの書庫も多くの書物を保管している。内訳としては教会運営の為の資料や歴史書、本媒体に収めた各種データや情報などがメインだけど、どの国も多かれ少なかれ女神や教会職員の私物(本)が置いてあったりする。そっちは基本的に娯楽関係で、そうなると当然その系統の本が一番多い書庫は……

 

「流石ブランが守護女神の国だねぇ……」

 

ルウィーの書庫に入るなりそんな声をあげる私。ネプテューヌ達と違って私は書庫にお邪魔する機会が無かったから、せっかくルウィーに来たという事で入ってみたのだけど…所狭しと本が棚に並べられているこの書庫には、驚きを隠せないでいた。

 

「…雑に扱わないなら好きに読んで良いって言われたけど、これだけ多いと逆に読む本に迷うかも……」

 

私以外誰もいない書庫でちょっとした問題を口ずさむ。こういう時、普通は知ってる本や作者をまず探してみるんだろうけど…残念ながらまだ私は知ってる本も作者も少ない。ネプテューヌ達の影響でサブカルにも手を出しつつあるけど、まだまだ皆には及ばない。……これ関連で皆に及ぶのもそれはそれで問題な気はするけど。

と、そこで私に魔がさす。

 

「……そうだ、『超次元ゲイムネプテューヌ Re;Berth1 Origins Alternative』あるかな〜…なんちゃって」

 

 

「…………」

 

…………。

 

 

「……ごめんなさい、今のは無かった事にして下さい……」

 

その場で手足を床に付ける私。この瞬間私は、突っ込み役どころか誰もいない状態で、あざと過ぎて逆に寒いメタ発言をする事の恐ろしさを思い知った。

 

「…普通に本を探そう、うん…」

 

精神的ダメージを負いつつ本を見ていく私。途中数少ない知っている本や作者を見つけ、その度に手に取ってぱらぱらとページを捲ってみるも…長くは続かない。本を読むのが苦手、という訳ではないけど、知っているだけでそこまで興味がある訳ではない本に集中するというのは中々難しい。仕方ないから少しでも教養…特によく知らない歴史について何とかしようと歴史書の方へ向かおうとする私。

--------その時だった。あれを…あの本を見つけたのは。

 

「……う、ん…?」

 

ふと、視界に入った一冊の本。何故本に溢れたこの部屋でその一冊が目に止まったのかと言えば…その本が、雪の様に真っ白であったから。

 

「……本、だよね…?」

 

手に取り、表表紙と裏表紙、背表紙に目をやる。何の装飾もない、ただただ白い本。だからだろうか、これがただの本というよりも、本の形をした全く別の何かの様な気がしていた。

興味…というか引き寄せられるかの様に私は本を開き、ページを捲り始める。するとそこには……

 

「…え、いや…はい?」

 

なにも無かった。文字も、絵も、写真もパラパラ漫画すらない完全な白紙。……え、何これまさかの自由帳?キャラメル拾たら箱だけ的な?…あ、これは違うか。

 

「これはとんだ拍子抜けだよ…まぁ、話のネタに位はなる…かな……」

 

興味を失って本を閉じようとしかけた私は声を失う。普通、本が淡い光を帯びると同時に何語なのか分からない文字が浮かび上がるなんて出来事があるだろうか?否、そんな事はあり得ない。某魔本を別として。

でも、今明らかに私の手元にある本はその現象を引き起こしている。という事はつまり、これが普通の出来事ではないという事に違いない。

 

「……っ…やっぱりこれ、ただの本じゃ--------」

 

開いていたページを埋め尽くした瞬間、それまでとは比べ物にならない程の光を放つ本と文字。その光に耐えきれず私は目を瞑る。そして……

 

 

--------私が覚えていたのは、そこまでだった。

 

 

 

 

--------元々、我等は本物の存在。あるべき姿の世界に、あるべき存在として、在り続けていた。

 

--------だが、完成されていた筈の世界に、本来あるべきではない存在が入り込んだ。そして、段々とあるべき姿から変わっていった世界の中で、我等は失われた存在となった。

 

--------ならば、我等にはあるべきではない存在を討つ権利がある。あるべきではない存在を討ち、我等の帰還と共に世界をあるべき姿へと再変革させる。

 

--------そう。大義は……我等にこそある。

 

 

 

 

「……っ…」

 

今までにも何度か味わった事のある感覚が身体に走る。寝起きの時のそれと近いけど…違う。これは、意識を失った後に目を覚ました時の感覚だ。

 

「え…と、私は…書庫で本を探してて、変わった本を見つけて…それで……」

 

片手で頭を押さえ、もう片方の手を床につきながら上体を起こす私。私の記憶の最後にあるのは本の輝きを目にした事。ならば、考えられる理由としては本に幻惑やら何やらの魔法が付加されていたという可能性。

そう思い、ブランかミナさんにこの事を伝えようと立ち上がった私は…絶句する。

 

「……は…?」

 

見た事の無い床、見た事の無い壁、見た事の無い天井、見た事の無い通路。そこには本も本棚もなく、見渡す限りそこは知らない場所だった。

 

「ど、どういう事…?」

 

振り向くもやはり知らない場所、少し歩いた先にある十字路の先も知らない場所。じっとりと、背中に嫌な汗が流れるのを感じる。

 

「…っ……落ち着け、落ち着こう私…焦る前にもう一度考えるんだ、何もなしにこんな展開になる訳がない……」

 

胸を軽く叩き、もう一度記憶を辿る。例え因果が逆転していようが、過程と結果が別々の存在になる筈がない。だから、焦りそうになる心を落ち着ける為にも考えるしかない。

……けど、どれだけ記憶を辿ろうと、ここに至る経緯は思い付かない。だが、代わりにある可能性が頭に浮かぶ。

 

「……もしや、夢の中…?」

 

私の予想通り、或いは別の理由でとにかく眠ってしまっているのなら、ここは夢の中の世界だという可能性は十分にある。明晰夢、なんて現象がある位だし。

 

「だとすれば…ええっと、何だっけ…頬を引っ張ってみるんだっけ…?」

 

普段は「痛みを感じる夢もあると思うけどなぁ…」なんて思っている私だけど、いざそういう状況になってしまったらそんな事を考えている場合ではない。そう思って私は右の頬を摘んで引っ張ってみる。

ぎゅー。

 

「……痛い…という事はつまり、これは夢じゃないんだ!わーい!……って違う!逆逆!夢であってほしかったの!」

 

実験の結果、何だか情緒不安定な奴みたいになってしまった。それと同時に、既に自分が焦り始めている事に気付く。

 

「不味い…不味い不味い…改めて落ち着かないと、じゃないと状況は悪くなるばかり…って、あれは……」

 

今度は胸を押さえて、自分自身に落ち着くよう促す私。…と、そこで私はある物を発見する。

 

「これ…さっきの本?」

 

私が倒れていた場所のすぐ近くに落ちていたのは白の本。何の装飾もない表紙に自由帳と間違えかねない、前書きも本文もあとがきもない本。そして恐らく、今の事態を引き起こす引き金となった存在。

 

「…そうだ、さっきみたいにまた捲ってみれば……」

 

気を失っていたのがどれ位の時間なのかは謎だけど、とにかく本を一ページ一ページ、極力書庫で行った事を再現する様に捲っていく。もしかしたら、という期待を込めて。

……だが、

 

「……何も、起きないじゃん…」

 

輝く事も、文字が浮かび上がる事も無い本。あれは一回きりの効果だったのか、それとも何か条件を満たしていないだけなのか…どちらにせよ、本はいつまでも真っ白なままだった。

 

「携帯は圏外だし、イジェクトボタンも無いし、相談出来る人もいないし…どうしろって言うの……」

 

私は床に腰をつけ、膝を抱え込む。あまりの急展開に頭も精神も追いついていない、という事もあったけど…それ以上に、『何も分からない場所に一人』というこの状況が何よりも私には辛かった。きっとこういう状況になったら誰しもそんな感情を抱くだろうとは思うけど、皆よりも持っているものが少ない私にとって、その少ないものすら離れてしまうというのが本当に辛く…怖かった。情けないけど、これが私の本心だった。

 

「……やっぱり、私…一人じゃ何も出来ないよ…」

 

頭を膝に付け、私は泣いている子供の様な格好になる。

そうだ、こうしていれば誰かが助けに来てくれるかもしれない。力の殆どが使えなくなって、経歴が特殊なだけの人間になった私が出来る事なんて、それこそ普通の人の域を超えたりなんてする訳無いんだから、こうして小さく縮こまっていれば、すぐに誰かが私を……

 

「わひゃあっ!?」

 

突如鳴り出す甲高い電子音。飛び上がる私。少々テンパりながら音の正体を捜したところ…それは携帯のアラームだった。

 

「お、驚かせないでよもう……」

 

携帯を取り出しアラームを切る。驚かせないでよも何も、何かの機会にセットしておいたアラームを切り忘れていた私の自業自得な訳だけど…。

ため息を吐きながら再度携帯をしまおうとする私。するとたまたま指が画面に触れ、写真フォルダが開いてしまう。油断してると偶にこういう事あるんだよね…と思いながら写真フォルダも切ろうとした所で…私の指は止まる。

画面に表示されていたのは、打ち上げパーティーの最後に全員で撮った写真。私の大切な人達が一堂に会しているからこそ、わざわざ実物の写真だけでなくデータまで送ってもらった写真。それを見て、私は…思い出す。

 

「…一人じゃ何も出来ない…訳、無いじゃん……」

 

そうだ、今までにも一人で何とかしようとした事はあった。一人で囮になったり、一人で足止めをしたり、一人で救おうとしたり…全部、結局は助けてもらっていたり、仲間ありきだったりはしたけど…それでも、一人じゃ何も出来ないなんて事はなかった。そしてその原動力となった思いは…今も、決して消えていたりはしない。

 

「……よしっ!」

 

携帯をしまい、両頬を両手で叩く。熱とジーンとした痛みを感じる頬。私は精神論信者ではないけれど、これで少しは活が入った気がする。

 

「ほっといても解決するのかもしれないけど…動かなきゃ解決しないのかもしれない。だったら…動くしかないよね」

 

床に置いておいた本を拾い上げる。さっきも考えた通り、何か条件を満たせば無事戻れるのかもしれないし、そうでなくてもこれはこの状況における唯一の手がかりなのだから、持って行って損は無い。……それに、これが重要な本だった場合帰った後ブランに怒られ兼ねないし。

そうして私は歩き出す。地図も無ければ土地勘も無く、ヒントもない完全な情報無し状態だったけど、それでも勘を頼りに通路を進む。ここを脱出して、無事に帰る為に。

 

 

 

 

あれから、幾つかの事が分かった。まず第一に、ここは迷路の様になっているという事。というのも、探索中私は何度か行き止まりを発見した。街中…特に栄えている街ならば周囲の建物の関係で行き止まりが生まれてしまう事はあるけれど、そうでなければ行き止まりというものはそうそう作られない。少なくとも、狙って行き止まりを作るのは迷路位しかない。

第二に、ただの迷路でもないという事も分かった。私が歩いた多くの場所は通路だったけど、時折開けた広間の様な場所や部屋の様な場所にも辿り着いた。何故この様な場所があるのかは、分からない。

第三に、ここはとんでもない広さらしい。闇雲に動くよりはある程度目的を持った方が良いと思った私は数十分程直進し続けるという事をしたが、いつまで経っても行き止まりや突き当たりにぶつかる事はなかった。ただ、行き止まりについては別のタイミングで発見してはいるので、無限の広さを持つ訳ではない、という可能性も残っている。

そして、これ等の事が分かった私は……

 

「歩き続けるのも楽じゃないよね…」

 

壁を背にして休憩をしていた。長時間歩く経験は今までにも結構あったけど、どこへ行けばいいのか分からなければ景色も殆ど変わらないという条件は精神的な負担が大きく、先の不安も相まって身体的疲労にまでなっていた。まだまだ歩けないレベルではないけれど、後どれだけ歩けばいいかも分からないのでちょくちょく休憩を入れているのであった。

 

「こんな事になるなら脱出ゲームでもやっておけば良かったかなぁ…っていやいや、クリアさせる事を前提とした奴の経験がどれだけ役に立つのさ、これはゲームでも遊びでもないのに」

 

ここにくる途中、私は息抜きがてらボケを時々口にしていた。けど突っ込みも笑いもないボケはただただ虚しく、なんとなく気落ちしてしまうのでその内自分のボケに自分で突っ込む、一人ボケ突っ込みを行う様になっていた。…端から見ると頭おかしい人だし、これはこれで虚しいけど…気にしない。気にしない様にしてるから、読んでる皆様も指摘しないで下さい。……って、あ…

 

「画面の向こうには閲覧者さんがいるじゃん!そっか、私は一人じゃなかった…皆がいてくれるなら、私はもう大丈夫だよっ!」

 

にぱっ、と笑みを浮かべてピースサインを掲げる私。

……お気付きだろうか、私は天井の適当な方向を向いてこれをしている事に。…こ、これはテンションを維持する為にやってるだけなんだからねっ!ネプテューヌが登場しない可能性が高いから、ネプテューヌの分までボケようとか思ってる訳じゃないんだからねっ!

 

「……いや、やっぱこれ止めよ…」

 

休憩中なのに何故かやけに疲れてしまった。そしてかなり恥もかいてしまった。…結局、普通のテンションでいるのが一番無難なのかもしれない。

 

「今の所これ以外の情報が無いのも、情報を得られる場所に出られてないのも問題なんだよね…」

 

片手で持っている本の表紙を指でなぞる。相変わらず本に変化は無く、重くないとはいえ役に立たないお荷物であるこの本を私はどうしたものかと考えていた。もしここが迷路状になっていなければ、一先ず置いて探索に出ていたかもしれない。

 

「……ま、いっか」

 

残念ながらここは迷路状になっているのだから、迷路状になっていなかった場合の事を考えても仕方ない。

 

「しかし、よく出来た場所だなぁ…」

 

休憩を終了して再び歩き出す私。本を片手に歩きながら、私は周りを見渡す。石かレンガか鉄かコンクリかよく分からないものの、ちゃんと作られている壁と天井と床があり、天井には照明らしき物(中に電球や蛍光灯が入っているのかは不明)が埋め込んである。最先端、という感じはしないものの、適当に造られたものでも、ましてや自然に出来たものでもないという事は明白だった。……勿論、普通の建造物であるならだけど。

と、そこで通路は突き当たりとなった。今まで私が歩いてきた通路の先に位置する場所に扉がある。これもここに至るまでに数度遭遇したけど…変化の乏しいここにおける数少ない変化である為、私は少なからず緊張する。

でも、同時に扉が何か手がかりがこの先にあるんじゃないかと思わせてくれているのも事実で、今の私は何よりもその手がかりを欲していたからこそ、それまでと同じ様に意を決して扉を開く。

 

「……大広、間…?」

 

そこは、大概の室内スポーツなら不便なく出来そうな位には広い部屋だった。よく見ると今私のいる場所と真逆辺りに位置する場所にも扉がある。--------いや、違う。扉である事には間違いないけれど、扉は扉でも…開かれた扉(・・・・・)だった。

 

「……ーーッ!」

 

勢いよく両手を突き出し、扉を限界まで開ける私。その瞬間、バンッ、という扉の音に反応したかの様な視線を私は感じる。それを感じ取り、そちらへと視線を向けた私の先に居たのは--------薄茶色の髪を持つ、とても見覚えのある様な気のする小さな少女だった。

 

 

そして、これが…二つの次元に存在する、二人のあるべきではない存在が邂逅した瞬間だった。




今回のパロディ解説

・キャラメル拾たら箱だけ
シンガーソングライター、嘉門達夫さんの持つ替え歌の一つのパロディ。空のキャラメルと白紙の本、一体どっちの方がショックが大きいんでしょうね。

・某魔本
金色のガッシュ!!に登場する、術の発動時に使われる本の事。前作のルウィー書庫ネタでもそうでしたが、残念ながら基本ルウィー書庫にそんな物は置いてありません。

・リジェクトボタン
原作、超次元ゲイムネプテューヌシリーズに登場する、ダンジョンから即帰還できるアイテムの事。これがあれば戻れたのかというと…ネタバレになるので言いません。

・「〜〜ゲームでも遊びでもないのに」
ソードアート・オンラインシリーズにおけるキャッチフレーズ・名言のパロディ。脱出ゲームは実際に何かあった時の訓練になるかと言えば…まぁ、微妙ですよね。


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第二話 イリゼVSディール

--------気付いたら、わたしはそこに…迷宮の中に居た。何故ここにいるのか、どうやってここへ来たのか、わたし一人でここに来たのか…何も分からないまま、迷宮の一角に佇んでいた。

わたしは不安になった。ロムちゃんとラムちゃんも同じ目に遭っているんじゃないかって。ブランさん達に心配をかけているんじゃないかって。

だから、わたしは迷宮を歩き回った。状況を確かめる為に、なんだかよく分からないこの事態を少しでも好転させる為に……わたしの中の不安な気持ちを、誤魔化す為に。

その結果、大広間の様な部屋へと出た。そこを調べてる最中に扉が勢いよく開かれた様な音が聞こえて…そして、姿を現したのは…黄色がかった白の髪を持つ、一人の女の人だった。

 

 

 

 

「え……ロムちゃ…いや、ラムちゃん…いや…どっち…?」

 

私よりも一回りも二回りも幼そうな少女を目にした時、私の口から発せられたのはそんな情けない台詞だった。でも、これは仕方のない事。髪型こそ違うものの、少女(というか幼女)の容姿はどう見てもルウィーの女神候補生、ロムちゃんとラムちゃんのそれだったのだから。

形式こそ疑問形なものの、その言葉はつい口から発せられただけのもの。だから質問に対する答えが来るとは限らない…とは思っていたけれど、返ってきたのは……

 

「…………」

 

鋭い視線と無言だった。……え、あれ?もしかして私不審者だと思われてる?…いやいや、そんな事はない筈。だって私がしたのはいきなり勢いよく扉を開けた後、妙な質問をしただけ…って、

 

「これは不審者扱いされても仕方ないでしょうが……」

 

がっくりと項垂れる私。何となくだけど、少女の鋭い視線に込められる感情が若干変わった気がする。……一層悪い方向に。

 

「…え、えと…ロムちゃんでもラムちゃんでも無い…んですか……?」

「……さぁ、そうかもしれませんしそうではないかもしれません。少なくとも、貴女に正直に答える義理は無い事だけは確かです」

 

改めて投げかけた質問。見た目に反して達者且つ冷たい返答。でも、どうやら彼女はロムちゃんラムちゃんでは無い様だった。私の記憶にある二人はこんな性格じゃないし、纏う雰囲気も何やら違う。つい最近二人と会って遊んだのだから、記憶違いという事もあり得ない。

そしてもう一つ。彼女は私に対して警戒心…もっと言えば軽い敵意すら持っている様だった。

だからこそ、そこで私はある存在を思い出す。

 

(まさか…ロムちゃんかラムちゃんの偽者…!?)

 

私はプラネテューヌで、ネプテューヌ達はそれぞれの大陸で合間見え、戦った女神の偽者。その時現れた偽者は守護女神四人のだけ(候補生の皆はそもそも生まれてないし当然だけど)だったけど、もし私の目の前にいるのがその偽者と同種であるのならば二人にそっくりでありながら別人、しかも少なからず敵意を向けてくる存在だという事にも合点がいく。何故ここに偽者が居るのかは謎だけど、そもそも偽者が生まれた経緯が不明な以上あり得ない事ではない。

 

「…もう一度訊きます。貴女は何者で、ここで何をしているんですか?」

「…もう一度言います。貴女に正直に答える義理はありません」

 

やはり、質問に肯定的な返答は帰ってこない。だからそれを私は私の推測の裏付けとし、白い本を落とすと同時に手元へバスタードソードを顕現させた。それに反応する様に少女は杖を構え、手に持つ本を胸元に抱き抱える。

互いに相手へと向けられる、バスタードソードと杖。数瞬の静寂が私達を包む。

--------もしこの時、私達が互いに相手からどう見られているのかを深く考えていたのなら…或いは、もう少し相手に友好的な態度を取っていたのなら、この戦闘は避けられたのかもしれない。だけど、私も少女も精神に余裕など無く、それ故に互いを『味方ではない存在』として認識してしまったからこそ、少女の杖の先端から魔力光が発せられた瞬間私は地を蹴り、少女は魔法を放ち…私達は、仲良く出来るかもしれない相手と、傷付け合う事となった。

 

 

 

 

空中から私へと襲いかかる、鋼の刃と氷の魔弾。刃を弾き、魔弾を斬り裂いて接近しようとするも、進路上…つまり私と少女の間のラインに火力を集中されるせいで距離を詰める事が出来ず、逆に後方に跳ばざるを得なくなる。

戦闘が始まってから数分。私は、劣勢に立たされていた。

 

(この子…強い……ッ!)

 

着地と同時に今度は左へ跳び、少女の射線から逃れようとする私。しかしそれだけで射線から出られる筈がなく、少女は少し向きを変えるだけで再度魔法による攻撃を仕掛けてくる。少女の攻撃は精密、しかも攻撃速度や攻撃方法を偏らせない事で私が攻撃に慣れたりしない様にしている。今の所は回避・迎撃出来ない程の攻撃は来ていないし、動きに影響が出る様なダメージも受けていないけど…このままだとジリ貧なのは明らかだった。

 

「さて、どうしたものかな……」

 

少女には聞こえない位小さな声でそう呟いた後、私は思考を巡らせる。端的に言って、今の私に打つ手は無かった。もし女神化出来れば機動力と行動可能範囲が大幅に向上するから回避しつつ接近する事も出来るし、こちらもシェアエナジーを圧縮させて作った武器を射出する事で、ある程度の撃ち合いをする事も出来る。けど、それは論外。だって今の私は女神化出来ないのだから。

私の取れる行動の中で、選択肢として浮かぶのは三つ。無理に攻め込むか、現状維持か、撤退か。でも、無理に攻め込めば致命傷を受けるのは間違いないし、戦闘中に立ち位置が変わったせいで出入り口にまで辿り着くのもやはり難しい。だから、実質選ぶ事が出来る選択肢は現状維持一択だった。

そう考えている間にも攻撃は続き、破壊した氷弾の欠片が私の頬を軽く切る。

 

「…貴女の勝ち目はありません。抵抗するのは勝手ですが、潔くやられた方が怪我を増やさずに済むと思いますよ」

「それはどうかな…私はまだ勝ち目あると思いますけどね…」

「強がりを…!」

 

一瞬攻撃が止んだ…と思いきや、鋼と氷の二種類の刃を多数自身の周囲に展開した少女はそれ等を私へと一斉に撃ち込んでくる。迎撃は諦め、思い切り横に跳ぶ事でそれを辛うじて回避する私。

確かに、勝ち目云々は強がりの一面もある。けど、勝ち目が全く無いという訳でも、無い。

どんな勝負事においても、優勢に立つ(か、優勢だと思ってる)側には『少ない消費で勝ちたい』だとか『必要以上に痛い目に遭わせたくはない』の様な『欲』が生まれる。現に私が劣勢に立っているのも『相手は偽者とはいえ小さい子だから出来るだけ手加減してあげたい』という欲が私の行動を甘くさせ、少女に付け入る隙を与えてしまったから。ピンチはチャンスと言うけれど、チャンスがピンチに変わる事だって往々にしてあり得るのだ。

だからこそ、私はその瞬間を待っていた。優勢に立ち、僅かではあるものの一方的且つ安全にダメージを与えられている少女がその『欲』を出すのを。

そして、私の予想通り…人の性通り、その瞬間はやってくる。

 

「……っ…わたしは貴女なんかに構ってる余裕は……」

「--------甘いッ!」

「ーーッ!?」

 

業を煮やしたかの様に杖に氷の刃を纏わせ、鋼の刃の後を追う様に接近を仕掛けてくる少女。私はそれを視認した後微かに笑みを浮かべ……最小限の動きで鋼の刃を回避し、少女の目の前へと躍り出た。

目を見開く少女。バスタードソードを両手持ちで振るう私。形勢は……逆転した。

 

 

 

 

上段からの一撃を、氷を纏わせた杖で防御する。わたしはそこから氷の竜巻を放つ事で相手の剣を弾こうとしたけど…それよりも速く剣を引っ込めた女性はその場で回転し、今度は片手で剣を振るってくる。そちらは反応するのが手一杯で防御もままならず、体勢を崩されるわたし。

一気に勝負を決めようと接近した瞬間、わたしは優勢から劣勢へと落とされていた。

 

(この人…強い……ッ!)

 

魔法による身体能力強化を姿勢制御に集中させ、何とか身体を捻って更なる追撃を回避するわたし。でも、女性は攻撃を止めてくれたりはしない。

わたしは、女性の攻撃を上手く読めずにいた。重い両手の一撃だと思ったら素早い片手の一撃が来て、武器を弾こうとした瞬間片手持ちから両手持ちに変わった事で逆にわたしが弾かれる。何これ…あの武器、片手でも両手でも振れるの…!?

 

「やっぱり…貴女、接近戦は『出来る』ってだけですね?」

「…なら、何だって言うんですか…!」

 

優勢だったからって、力を温存しようとしたのが不味かった。他にも敵がいるかもしれないと考えるのは大切だけど、だからって一方的に攻撃出来る距離を自分から捨てたのは間違いなくミスだった。

 

「何だも何も…ここは、私の距離だよッ!」

 

横薙ぎをしゃがむ事で避け、何とか距離を取ろうと後ろへ跳ぶわたし。だけど女性はわたしがそこから更に下がるよりも速く近付いて来て、わたしの後退を阻止する。

腕も、足も、武器も、全てのリーチが劣ってるせいでワンアクションではどうしても逃げ切れない。くっ…これがルウィーの女神の宿命なの…!?……いやもしかすると発育のいいルウィーの女神もいるのかもしれないけど…。

そして……

 

「きゃっ……!」

 

剣撃に気を取られていたわたしは女性が大上段に構えた瞬間、杖を横にして防御を図った…けど、そのせいで下半身への注意が甘くなり、女性の足払いをもろに受けてしまう。

床に尻餅を付くわたし。急いで立とうとしたけど…立つより先に、わたしの鼻先に剣の切っ先が向けられる。

 

「…杖、手放してもらいましょうか」

 

見上げると、そこには女性の顔がある。ちょっとだけ済まなそうな…でも、確かに覚悟の決まっている顔。きっとこの人は、必要とあらばわたしをほんとに斬り殺すんだと思う。……認めるしかない。わたしが逆転されたのは、偶然でも不運でもなく実力と駆け引きの結果だって。

でも、わたしは諦めない。諦める訳には、いかない。

 

「…………」

「ありがとうございます。では、次は私の質問に答えてもらいます」

 

わたしが手放した杖を女性は蹴って遠ざける。そう、それでいい。杖がわたしの武器だって思ってくれてるのなら、それでいい。

 

「……わたしは今の戦いで一つ、今後に活かせる事を学びました。だから、お礼にわたしも一つ教えてあげます」

「急に何を……」

「魔法は本来、ちゃんと行程を踏まないと発動しません。でも…ちゃんとじゃなくても、こういう事なら出来るんですよ…!」

「な……ッ!?」

 

そう言いながら、わたしはグリモワールへと魔力を思い切り流し込む。わたしが何かしようとしてる事に女性は勘付いたみたいだけど、もう遅い。魔力の奔流によってグリモワールから放たれた強い光は女性の視界を奪う。

魔法発動において、外に漏れ出る魔力は光となる。それは光魔法じゃなくてただの光だし、普通に魔法を使おうとすると良くて照明位の光しか出てこないけど、ちゃんとした行程を踏まず、ただ大量の魔力を魔法道具に注入すれば魔力は行き場を失って多くが外へ出て、今の様に閃光と化す。

閃光が生まれるのはほんの僅かな時間で、しかもグリモワールを痛めちゃうかもしれないから普段は使わないし、使えても有効に働くとは限らない。相手が優勢に立っていて、杖を武器だと思っていて(これは別に勘違いじゃないけど)、何よりわたしがこの戦いに全力を尽くす決心をして、やっと作れた一瞬の隙。だから……

 

「…恨むなら恨んでくれて構いません。わたしは全力で…貴女を倒します」

 

わたしは女神の力を、解放する。

 

 

 

 

視力が回復した時、既に少女の姿は無く…代わりに居たのは、私の見た事のない女神だった。

 

「ロムちゃんかラムちゃんの偽者じゃ…無い……!?」

 

容姿もプロセッサもやはり双子の候補生を彷彿とさせるものだったけど、女神化前と違って明らかに二人とは差異がある。という事はつまり、少なくとも少女は偽女神ではなかったという事だった。この状況となっては、それが分かったところでどうしようもないのだけど。

 

「はぁぁぁぁっ!」

「……ッ!」

 

大きく後ろへ跳躍する少女。距離を開けられるのは不味い私はすぐ追おうとしたけれど、今の少女の身体能力は私よりも高くて追いつけない。しかも、距離が開くと同時に少女は再び魔法による遠隔攻撃を開始する。

先程より数段性能の向上した遠隔攻撃。それを何とか迎撃する私。続いて私へ迫るのは大きな氷塊。

 

「……っ…やられる…もんかッ!」

 

バスタードソードを両手で持って後ろへ引き、前方へ跳躍すると同時に思い切り突き出す。例え破壊する事が出来なくても、私に当たりさえしなければそれでいい。

私の狙いは成功し、起動を逸らされた氷塊は私の横をすり抜けていく。氷塊とすれ違う様に再度前進し、少女を攻撃範囲内に捉えようとする私。その瞬間聞こえる、背後からの声。

 

「やれるとは思ってませんよ、本命はこちらですからね…!」

 

声が私の耳へと届くと同時に、私の左腕に激痛が走る。そこで私は理解した。氷塊は攻撃ではなく、少女が私の背後に回る為のブラフ兼目くらましだったのだと。

私の左腕を斬り裂いていった鋼の刃を視認しつつ振り向く私。その時少女は空中にいた。

 

(…あ、不味い…これほんとに勝ち目ないわ……)

 

痛みと焦りで冷や汗が背中に垂れる。比較的天井が高く、遮蔽物がほぼ無いここで飛ばれてしまっては私の攻撃は届かない。それこそバスタードソードを投げれば届くけど…一度きり、しかも人間の域を超えていない力で投げたところで当たる訳がない。当たったら私は今度から幸運の女神を名乗ってしまう。

そして、先程とは違いもう少女が欲を出す事に期待なんて持てない。欲を出してきたら、私は少女を強欲の女神と呼んでしまう。

だとすれば、もう取れる選択肢は一つしかない。これもやはり上手くいく可能性は低いけれど、前者二つよりはまだ希望がある。後は、タイミングを計るのみ。

 

「く…こ、の……っ!」

「情け容赦は期待しないで下さい」

「ず…ズルいですよ一方的に飛んで!それが女神の戦い方ですかッ!?」

「それだけ貴女が油断ならない敵だという事です。もうわたしは不用意な突撃も過信もしませんから」

 

私へ向けてだけでなく、私の前方へも刃や魔弾は飛来する。飛んでいながらも、僅かな肉薄の可能性を潰そうという魂胆なのだろうと私は推測し…同時に、少女の放つ刃は着弾の瞬間に消滅する訳では無い事に気付く。……これは、いけるかもしれない。

跳躍する私。その先は少女ではなく……

 

「剣を踏み台にした……ッ!?」

「もらったぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

「そんな程度…でぇッ!」

 

床に刺さる刃の柄に足をかけ、二段ジャンプの様に舞い上がる私。バスタードソードを腰に構えながら接近する私に対し、少女は咄嗟に障壁を作り出す。

咄嗟とはいえ、障壁を展開したのは女神。たった一撃でその障壁を突破し、そのまま少女へ一太刀浴びせるのは限りなく難しい。故に、私はバスタードソードを構えたまま……少女の隣を、すり抜ける。

 

「……え?」

「三十六計、逃げるに如かずッ!」

「逃走した…ッ!?」

 

地面に着地した私はその勢いのまま、私が入ってきた出入り口へと走る。過信しているからこそ出来る事もあれば、逆に用心しているからこそ出来る事もある。

でも、これだけで安全に逃げ切れる訳が無い。だから、私はもう一つ手を打つ。

 

「逃がしません……!」

「--------だと、思ったよッ!」

「……ッ!」

「……なんて、ね」

「…………へ?」

 

少女が攻撃動作に移るのを感じた私は片足を軸にその場で反転、少女へと向き直る。そして少女に『この人はまだ戦意がある』、と思わせる事に成功したと確認し……軸ではない足を床に着けない事で更に反転する。

形としてはその場で一回転した私は、今度こそ本当に出入り口へと突っ走る。端から見れば奇妙でしかないその行動は、しかし狙い違わず少女を唖然と…具体的に言えば目を丸くさせる事に成功する。

 

「……ぐっ、何なんですか貴女は…ッ!」

 

大広間を脱した私は左へ思い切りダイブ。次の瞬間私のいた場所へ衝撃波が駆け抜け、壁へと直撃する。その音で私は『もし跳んでいなかったら壁に思い切り叩きつけられてたんだろうなぁ…』と思いつつ、とにかく何度も角を曲がる。最悪同じ場所を回ったとしても、直進しなければ一時的にも少女を撒く事が出来る。反撃の機会を待つか、このまま逃げ切る事を目指すかはまだ決まっていないけれど…それも、一先ず逃げれば冷静に考えられる。

私よりも二回り程小さい相手、しかも勘違いから始まった戦闘で尻尾を巻いて逃げ出すのは正直気が乗らないけど、それでも斬られた左の二の腕を押さえながら逃げる。私は、戦場で今自分が何をすべきか分からない程愚かではないから。

 

 

そうして、私と少女との邂逅は終わり……戦いは、私の劣勢という形で続く事となった。




今回のパロディ解説

・「〜〜ここは、私の距離だよッ!」
機動戦士ガンダムOO主人公、刹那・F・セイエイの名台詞の一つのパロディ。イリゼは幼女相手にこの台詞を言っている訳です。うぅむ、端から見たら情けないですね…。

・「剣を踏み台にした……ッ!?」
機動戦士ガンダムに登場する敵エース部隊、黒い三連星の一人ミゲル・ガイアの名台詞のパロディ。台にあくまで武器ですが…それでも驚きとしては十分だったのでしょう。


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第三話 逃走の果てに

「はぁ…はぁ……」

 

あまり大きい音にならない様にしつつ、でも少しでも早く呼吸を整えようと荒く息を吐き出す私。

あれからおよそ数十分。途中からは全速力じゃなかったものの、動き続けた私は流石に肺が限界に達して壁を背に立ち止まっていた。

 

「これだけ…移動すれば…撒けた、よね……」

 

左にも右にも女神化した少女の姿は無く、私の荒い息遣い以外に聞こえてくるものもない。音に関しては少女が勘付かれないよう魔法の使用を控えている、という可能性もあるけど…狭い通路では女神の機動力も活かせないし、出来る限り私は意識して無茶苦茶な道筋で来たからまだ追跡されてるとは考え辛い。少なくとも、もうすぐそこまで迫っているとは思えなかった。

 

「……っ…戦闘中に、相手が女神化出来るかもって事を失念しちゃうなんて…」

 

傷口よりも肩に近い所を強く握って出血を抑えつつ、私は自分のミスを嘆く。失念していなかったら万事上手くいったのかといえばそれはかなり怪しいけど、それでも今よりはマシな状態になっていた様な気がする。……でも、それを嘆くのは止めなければいけない。だって、まだ決着がついてない以上IFを想像するより今後の事を考える方が重要だから。

まず、一番の問題は少女について。このまま体力が戻り次第反撃に出向くか、それとも戦いを避けて脱出の方法を探すかだけど……

 

「…この状況だと戦いを避ける方がリスキーだよね……」

 

少女との決着をつけないまま探索を続けるという事は即ち、今後ずっと少女を警戒し続けなければいけないという事になる。それはあまりにも精神的負荷が大きいし、満足に休息を取る事も難しくなる。それならばさっさと何らかの形で少女と決着をつけた方が安全安心に違いない。……敗北からの死亡という最悪の決着になる可能性もあるけど。

 

「……でも、戦うとなると…片手使えないのが不味いなぁ…」

 

右手を放し、左手を握ったり開いたりを数度繰り返す私。その度傷口から少量の血が流れるけれど神経がやられてるなんて事はなく、物を掴む位の事は出来る様子。…だけど、強く握る事は出来ない。という事はつまり、暫くはバスタードソードを右手だけで振るうしかないという事になる。これは私にとって強みを一つ潰されたのと同義だった。

 

「これじゃ迎撃も制限されるし、機動力で勝てる訳もないし…ヘヴィボウガン使いに転向する訳にもいかないし…真っ向勝負になった時点で敗北はほぼ確実だね…」

 

はぁ…と大きなため息を一つ吐き、軽く首を横に振る。真っ向勝負は自殺行為で、情報戦が出来る状況ではなく、交渉や心理戦も時既に遅しの段階となれば、後はもう奇襲しかない。でも、これは出来れば行いたくない。

奇襲は戦力差を埋めるのに有効な戦術(戦力が同等or優勢の場合は下手に奇襲をしない方が安定する)で、上手くいけば戦力差を埋めるどころか優勢だった相手を圧倒してしまう事もあり得るし、人数が少なければ少ない程成功しやすいから私一人というこの状況は奇襲に適していると言える。けど、詰まる所奇襲とは『相手が驚いて本来の力を発揮出来ない内に叩く』という事であり、驚いている間に戦力差をひっくり返さなければ逆にピンチになってしまう。しかも、今回相手は一人という最も驚いている時間が短くなり易い相手。一度知られた戦術は効果が薄れるという世の常も含め、今の私が奇襲をするという事は即ち超高難度のハイリスクハイリターン作戦を取るという事だった。

 

「こんなのがベターな作戦とはね…とほほ」

 

囮作戦や現状での撃破は絶望的な相手への単騎足止めなど、今までにも私は危険の伴う策を提案したり役目に立候補したりしてきた。だけどそれはどれも『倒す必要は無く』て、『頼れる仲間がそれぞれの戦いを繰り広げている』という状況だったからこそであって、その状況でない今は難度もモチベーションもまるで違うといって差し支えなかった。

 

「……でも、これで方針は決まった。一歩前進だよ、私」

 

不安要素は多いしベターはベターでもワースト寄りのベターだけど、それでも現状で一番の策がこれなのだからそれはもう仕方ない。そして幸いな事に、どうしようもない事は納得とは言わないまでも受け入れ、少しでもパフォーマンスを保つ為に自発的に楽観的になれる程度には私の精神は出来上がっていた。これが戦闘経験によるものか、女神としての生まれつきのものなのかは自分でもよく分からないけれど。

 

「…さて、奇襲をするとなるとまずはあの子の居場所を特定しなきゃ…だけ、ど……」

 

どうやって少女を探そうかと思考を巡らそうとした時、私の視神経が私の思考へ何かを伝えてくる。分かり易く言えば「ん?今何か変なものがあった気が…」みたいな感覚があって、何となくそれがまぁいっか、で済ませちゃ不味いと思った私はぐるりと周りを見回す。

目に映ったものは相変わらず変わらない壁と天井(&照明)と床で、人影や見慣れない物は特に無い。強いて言えば腕の傷口から垂れた血が血痕となって床に残っているけど、それも別段不思議な事では--------

 

「……ーーッ!」

 

血の気が引き、同時に全身から冷や汗が流れたかの様な感覚が私の身体を走る。

そう、血が垂れる事も血痕として残る事も何らおかしくはない。けど、血痕が私のすぐ側まで残っているという事は私の通った場所ほぼ全てにも残っているという事であり、それはつまり血痕によって私の逃走経路が伝わってしまう(・・・・・・・・・・・・・・)という事だった。

 

(不味い…不味い不味い不味い……っ!)

 

これ以上血痕が残らない様にしつつ、壁から背を放して歩き始める私。ついさっきまで多少楽観的思考をしていたけど、ひょっとしたら少女は気付いていないかも…とは流石に考えられなかった。というか、それは楽観的にも程がある。

 

「場所調べた後に準備していざ仕掛けよう、って思ってた矢先にこれだなんて運が悪過ぎる……いや、気付かないまま逆に強襲されるよりは良いけどさ…!」

 

輪をかけて状況が悪くなるという不運に怒っているのか、血痕に今の今まで気付かなかった自分に怒っているのか、はてまたどこかにいるのであろう黒幕に怒っているのか、どれかは自分でも分からないけどとにかく声に怒気の籠る私。とはいえ怒っても状況は好転しないなんて事は百も承知なので、頭は冷静なままでいようと意識しつつ角を曲がろうとしたところで……ふと、思い付く。

 

「……いや、でもこれは…むしろ使えるのかも…?」

 

私はつい先程気付くまでずっと血痕を残しっぱなしだったのだから、もし少女が血痕を辿っていた場合は必ずここに来るという事になる。--------それは、場所の分からなかった標的が自ら私の元へとやって来てくれると捉える事も出来ないだろうか?

勿論、私が逃げる側で少女が追う側なんだから向こうからやってくる事は最初から想定していた…というか、前提だった。逃げる側にとっていつ、どこから少女が現れるか分からないのは大きな問題だった。けど、少女が血痕を辿ってくるのであれば、少なくとも『どこから来るか』という点に関しては解決する。言い換えればそれは、待ち伏せという作戦が現実味を帯びるという事だった。

 

「奇襲も待ち伏せも、驚かせてアドバンテージを取る事には変わりない……だったら…」

 

ぷらんと私は左腕を垂らし、今度は血が床に落ちる様に移動する。この場で待ち伏せしても良いけど、出来るならば少しでも有利な地形で待ち伏せしたかった。…それがあるのかどうかは運任せだけど。

そして数分後……

 

「…まぁ、待つなら壁を背にしたいよね」

 

L字に折れた先の行き止まりで、私は足を止めた。ここならば、私は血痕の残る通路だけに意識を集中出来る。

作戦も、場所も、心持ちも整った。後懸念事項があるとすれば…片手しか使えないという事。一度きりのチャンスに、両手での全力を出せないのはかなり痛い。自分を含め今まで出会った女神は皆、女神化する事で『遠近どちらか重視→万能型』となったりはしなかったし大広間の戦闘でもそんな様子は見られなかったから、恐らく奇襲しても軽くあしらわれる…なんて事はないと思うけど、それでも一抹の不安は拭えなかった。

 

「……逆に言えば、殺さずに済むかもしれない…そう考えるしかない、ね」

 

目を瞑って深呼吸を一つし、目を開くと同時にバスタードソードを手にして構える。

ここから必要なのは、集中力と反射神経、そして覚悟……ただ、それだけだった。

 

 

 

 

血痕を追い始めて、暫く経った。血痕の残り方から察するに女性はまた継戦可能な様だから、油断する訳にはいかない。…一日に二度も尻もちなんてつきたくないし。

 

「……?」

 

角を曲がり、数m程進んだところで血痕のつき方が変わる。しかもそれが、この通路の先の十字路に入る辺りでまた元に戻っている。

 

「…ここに来て血痕に気付いた?…いや、でもそれだとまた血痕が付着してる理由にならない……」

 

僅かな時間だけ歩き方を変えたのか、止血しようとしたけど一時的な効果しかなかったのか…理由はよく分からなかったけど、わたしはそこで止まらずに再度血痕を追跡する。

ここで一度止まり、じっくり考えるのも有りだとは思った。でも、わたしはそれをせず、小走り位の速度で浮遊飛行しつつ進む。だって、こんな少ない情報で考えた所で納得のいく回答が得られるとは考えられないし…時間が経てば経つ程あの女性は体力を回復してしまう。油断ならないあの人は、少しでも消耗している間に倒しておきたかった。

 

「…左……左……右……真っ直ぐ……」

 

女性の逃走経路には全くパターンが無い様に思える。…と、いうか無いのだと思う。少なくとも、わたしなら逃げる先を予測されない様にこうして動く。血痕が残るだけの手傷を負わせられたのは本当に僥倖だったな……。

そう思って、わたしは角を曲がった。--------わたしが知る由も無い、女性の待ち伏せする場所に、入ってしまった。

 

「いっ……けえぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」

「……ーーーーッ!?」

 

一瞬でわたしへと肉薄してくる女性、右手で鈍く輝くのは女性のバスタードソード。

全てがスローモーションに見えた。女性も、女性の武器も、女性との距離もはっきりと認識出来る程ゆっくりと。そして同時に、わたしは分かった。この攻撃を回避する余裕も防御する余裕もわたしにはないと。まるで攻撃を受けるのが自分ではないかの様な、冷静な判断。

でも、だからといってただやられるだけのわたしではない。杖を持つ手に力を込め、女性を横から殴りつける様に杖を振るう。わたしの攻撃もスローモーションだったけど、そのおかげで相手を補足するのは楽だった。

後はもう、プロセッサと女神の身体が女性の攻撃を凌げるだけの耐久力を持っている事と、カウンターが成功する事を信じるしかない。

激突の直前交わるわたしと女性の視線。そして……

 

 

--------女性の足元から、カチリ…という音が聞こえた。

 

 

 

 

『……へ?』

 

ぴたり、と止まる私と少女。私のバスタードソードと少女の杖もそれぞれ相手の身体に当たる直前で止まる。

私と少女(恐らくだけど)が止まったのは、下から謎の音が聞こえたから。でも、普段私は音が聞こえたからといって決死の一撃を止めたりはしないし、少女も女神であるならば戦闘中に音が聞こえた位で気が逸れてしまう訳がない。

そう、私も少女も音が聞こえたから止まった訳ではない。止まったのは、音が聞こえた瞬間まるで虫の知らせの様なものを感じたからだった。

 

「……貴女今、何を…?」

「そ、それは私にもさっぱり…」

 

互いに武器は相手の身体の寸前で止めたまま、言葉を交わす。そして、どちらかが仕掛けた訳ではないと同時に判断し、視線を音の聞こえた床側へと移す。……と、そこで私は気付く。

 

「…あれ…床が凹んでる……?」

 

踏み出していた私の足が踏んでいる床は、そこだけ数㎝程凹んでいた。でも、私がここで待ち伏せしている時はそんな凹みは確かに無かった。というか、これは凹んでいるというより今突然凹んだ様な気が……。

と、考えていると今度はゴゴゴゴ…という音が響き始め、しかもそれはどんどんと大きくなっていく。

 

「…ほんとに貴女は何をしたんですか……」

「だ、だから私にもさっぱり…」

「何もないのに何かが起こる訳……あ…」

「……?」

「……失礼します」

「……え、はい?」

 

私を疑う様な目付きをした後、突如はっとした後反転して元来た道を引き返していく少女。意味の分からない急な行動に私は一瞬きょとんとした後、はっとした時の少女は私の後ろを見ていた様な気がして取り敢えず振り向く。

振り向いた私の目に映ったのは、開いた天井……そして、そこから落ちてきたらしい、私の方へと転がる大岩。私は「あー……」と納得した様な声をあげて…その後全力疾走する。

 

「まさかのトラップスイッチだったぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

バスタードソードを消し、腕の痛みも忘れて逃走する私。あ、あんな物に潰されたら洒落にならないよ!?一生トラウマになるレベルの死に方するよ!?

 

「……あ、死んだら一生トラウマも何もないか……ってそうじゃなくてぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」

 

ズレた脳内突っ込みに口頭で突っ込みをいれるという大変よく分からない事をしながら駆け抜ける。そして十字路に出た所で右へと曲がり、次の十字路は左へ曲がる私。そこではぁ…と大きく息を吐いて後ろを見ると…そこにはまだ大岩があった。

 

「つ…追尾型!?」

 

何度角を曲がっても、敢えて暫く直進しても、やっぱり大岩は追ってくる。……正直、少女の追跡よりも怖かった。

…と思っていると、噂をすれば影が差すと言わんばかりに先程逃走(逃飛行だけど)した少女が十字路を通り過ぎていくのを発見する。

……よし。

 

「ふ、ふぅ…どうやら危機は去った様--------」

「お隣失礼しますねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

「嫌ですけどッ!?」

 

隣どころか一瞬で少女を追い抜く私。私と大岩にぎょっとして加速する少女。少女と二人になっても、大岩は諦めてくれない。

 

「くっ…ここは左に……!」

「了解!」

「了解しなくて結構です!というか着いて来ないで下さい!」

「一人で大岩から逃げるのは心細いんですよ!後もう余裕無いし敬語じゃなくて良いよね!?」

「そ、それはご自由に…いや敬語気にしてる場合では無いでしょう!あぁもう、さっき持ってた剣で『ハンマーアタック』出来ないんですか!?」

「出来ないし出来たとしてもあれは動く目標に対して使うものじゃないよ!?君こそ『いわくだき』とか出来ないの!?」

「わたしはポケモンではありませんしあれも動く目標に対して使うものではないですからね!」

「ですよね!……そろそろ体力限界かも…」

 

敵だとか仲良くないだとかを忘れてボケと突っ込みの応酬を繰り広げる私と少女。そんな体力を無駄にする様な事するんだったらそれを逃走に割けよ、と言われそうな気はするけど人間追い詰められるとそんな事は考えていられなくなる。

ちゃんとした休憩も取れず、待ち伏せの為にずっと集中し続けた挙句の逃走劇。流石にここまでやれば体力が底をつくのも当たり前の話だった。

段々と少女から遅れていく事を感じた私は、少女に告げる。

 

「…左右どっちかに曲がって。私は真っ直ぐ行くから」

「……何ですか、急に」

「言葉通りの意味。二人してぺしゃんこになったって何の得もないし、自殺願望がある訳じゃないでしょ?」

「…………」

「私の事は気にしなくて良いから、ね?…それと、私は貴女を勘違いしてたみたいなんだ……ごめんね」

 

そう言って私は、言葉通り十字路を真っ直ぐ進む。でも、別に観念した訳じゃない。転がってる大岩を何とか出来るとは到底思えないけれど……結果が決まっていないのなら、最後まで生き延びる事を諦めたくはない。

そして、バスタードソードを手に振り向く私。私は振り向いて--------気付く。私の目の前に、少女がいる事に。

 

「……っ…どうして…」

「黙っていて下さい。それと、死にたくなければわたしの後ろから出ないで下さい」

 

言うや否や、少女は杖を掲げる。その杖を中心とする様に何本もの鋼の刃が現れ、次々と大岩へ撃ち込まれる。しかし質量が違い過ぎるのか若干速度が落ちただけで、止まる様子を一切見せない大岩。

一瞬、失敗したのかと思った私。だけど、違った。私がそう思った瞬間に少女は身の丈程の大きな魔法陣を展開し、その魔法陣を大岩へと放つ。そして、その魔法陣が大岩へと触れた瞬間……大岩は、爆発した。

 

「……凄い…あの岩を正面から破壊するなんて…」

「さっきぶつけた刃の欠片に魔法陣で魔力を注入、その結果大岩に刺さっていた刃が内側から大岩を貫いただけです」

 

杖を下ろし、私に原理を教えてくれる少女。確かに、よく見ると崩壊した大岩は中から何かに打ち砕かれたかの様な断面をしていた。

 

「……どうして、私を助けてくれたの?」

「敵とはいえ、大岩に轢き殺されるのを見過ごすのは目覚めが悪いと思っただけです。…それに、わたしも少し態度が刺々し過ぎだった様な気がしますから」

「……そっか、ありがとね」

 

少女は私の方へと振り向く。まだ心を開いてくれた様子はないけど…それでも、最初よりはほんのちょっと柔らかい表情になっている様な気がする。この子は、やっぱり根っからの悪人ではない様だった。

だから、私は…少女に提案する。

 

「…あの、さ…私、ここの事がよく分からなくて困ってるんだ。だから、出来れば協力して……」

「あ、それは嫌です」

「即答された!?」

 

ばっさりと斬られた様な感覚に包まれる私。ど、どうしてと情けない視線を少女に向けると、少女は女神化を解除しつつ答える。

 

「貴女が会話の通じない相手ではないという事は分かりました。しかし貴女、トラップを引いて、しかもわたしを巻き込みましたよね?」

「うっ…それは……」

「危機管理能力が低い、更にそれで他人を危険な目に遭わせる様な人と組みたいと思いますか?少なくとも、わたしは思いません」

「……ごめんなさい…」

「全く…とにかく、わたしは協力なんてしな……」

 

カチリ、シュンッ!

通路の奥から何の前触れも無く矢が飛来し、私の顔のすぐ横を掠める。はらりと舞う数本の髪、顔を青ざめる私。そして……女神化を解除し、床へと着地した少女の足元の床は、数㎝程凹んでいた。

 

「……前言撤回します。ごめんなさい」

「う、うん……後ちょっとでよくある落ち武者みたいに矢が刺さるところだったけど…刺さらなかったから良かったよ…」

 

無事である事を表明しようと、私は笑みを浮かべる。…でも、その笑みは引き攣っていた様な気がする。

 

「……お、お名前は…」

「あ……イリゼです…」

「イリゼさん、ですか…ディールです」

「ディールちゃん…う、うん。宜しくねディールちゃん」

「こ、こちらこそ宜しくお願いします…」

 

これでもかという位、ぎこちない自己紹介をする私達。こうして私達は一時休戦し、脱出の為に協力関係を築くのだった。

 




今回のパロディ解説

・ヘヴィボウガン使い

モンスターハンターシリーズのノベライズ版に登場する、クルトアイズの事。仮にヘヴィボウガン使いに転向したとしても、ディールには勝てないですよね。

・ハンマーアタック
原作シリーズの初代である、超次元ゲイムネプテューヌに登場するシステムの一つの事。イリゼがハンマーアタックタイプなのかどうかは…正直私も迷います。

・いわくだき
ポケットモンスターシリーズに登場する、ひでんわざの一つの事。丸い大岩ですし、これはいわくだきではなくかいりきの方が良かったかもしれませんね。


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第四話 話し合う二人

一先ず回復をしましょうか。それが、自己紹介(と言っても互いに名乗っただけだけど)を終えた私達の、会話のきっかけだった。

 

「回復って…治癒魔法の事?」

「そうです、大分時間が経って止血も出来ている様ですけど、ほっといていい程の軽傷ではないと思います」

「…悪いね、さっきも助けてもらったのに」

「それについては矢の件でとんとんです。それに…その怪我は、わたしが負わせたものですから…」

 

そう言った少女…ディールちゃんの顔は少し曇っていた。その段階では敵だったとはいえ、味方の怪我が自分のせいだというのは気分の良いものではない。

だから励ましの言葉でもかけようかと私は思ったけど…半端な言葉は気を遣わせちゃうし、まだディールちゃんの事をよく知らないのに良い言葉をかけられる訳がないと思い直し、それよりは…と素直に治癒を受ける事にした。

 

「……先生、私の怪我は治るんですよね?」

「…えと、すいません…それボケですか…?」

「あ、うん…ごめんね、私どっちかというと突っ込みタイプだから的確なボケが出来なくて…」

「なら何故無理にボケを……」

 

軽く呆れられてしまう私。ディールちゃんはそう言いながらも杖を私の左腕にかざし、治癒を始めてくれた。…な、なんていうかこの子大人だよね…これは下手な事言うと私の方が幼く見えるのかも……。

 

「…あ、私の方で何か気を付ける事ある?治癒中腕を動かさない様に、とか」

「気を付ける事はイリゼさんの言った通りの事位です。後はまぁ…罠に注意する事とか…」

「…そ、それはほんとにお互い気を付けよっか…」

「ですね……」

 

深く頷き合う私達。罠への注意が散漫だった(私の時はそもそも知らなかったけど)結果、大岩に轢き殺されそうになったり矢にヘッドショットされそうになったんだから注意しない訳にはいかない。仮にも主人公やってる二人が罠で死亡なんてしたら、とんでもない駄作認定されてしまう。

 

「…メタいです、イリゼさん」

「地の文を読んできた!?まさかのうちのメインメンバー勢御用達のスキル持ち!?」

「メインメンバー…?」

「あーうん、女神とかその妹とかナースとか諜報員とか別次元から来た人達とかで構成されている、トンデモメンバーだよ?」

「…女神にその妹にナースに諜報員……?」

 

冗談交じりでネプテューヌ達パーティーメンバーの事を伝えると、ディールちゃんは何か思い当たる事がある様な表情を浮かべる。

 

「…ディールちゃん?」

「……あの、そのナースと諜報員って…コンパさんって人とアイエフさんって人だったりします…?」

「そ、そうだけど…え、知ってたの?」

「知ってたというか、わたしもその一員だというか…」

「え……え?」

 

二度見ならぬ二度聞きをしてしまう私。一瞬この子は何を言っているのだろう…と思ったけど、それを言うディールちゃんも釈然としない様な表情を浮かべている。

互いに同じ事について話しているのに、噛み合わない。私の指すメンバーにもディールちゃんの指すメンバーにもコンパとアイエフは所属しているけど、私の指すメンバーにディールちゃんはいないし、ディールちゃんが私の事を知らない以上そちらのメンバーには恐らく私がいない。もっと言えば確実なのはコンパとアイエフだけで、他のメンバーは肩書きが同じなだけの別人なのかもしれない。ロムちゃんラムちゃんの名前に疑問を持ってはいなかったけど、女神(候補生)は皆有名人だから、名前だけなら多くの人が知っているだろうし。

つまり、何が言いたいかと言えば……よく分からないので、誰か教えて下さいという事である。

 

「…もしかすると、わたし達はゆっくり話して互いを理解する必要があるかもしれません」

「同感だよ、多分今私の頭の上にクエスチョンマークが浮かんでるし」

「では、罠の危険の無い場所に移動するのが先決ですね。それと、ほんとに一瞬浮かんでましたよ?」

 

治癒が終わったのか、立ち上がって歩き始めるディールちゃん。私はどこか行く当てがあるの?とかほんとに浮かんでたの!?とか色々訊きたい事があったから直ぐに後を追おうとしたけど…その瞬間、視界が傾いて転びかける。

 

「……っ…!?」

「…イリゼさん?他にも怪我をしていたんですか…?」

 

不規則な足音に気付いたのか、ディールちゃんは振り返る。

 

「う、ううん…多分これは、貧血のせいかな…」

「…すいません、わたしは傷を塞ぐ事は出来ますが血液の補充までは出来なくて……」

「あ、き、気にしないで!ちょっとふらっとしただけだし、そもそも怪我も治癒もディールちゃんが責任を負う必要なんてないからね?」

「……なら、キツかったらその時ちゃんと言って下さい」

「…うん、そうさせてもらうよ」

 

ディールちゃんの隣へ移動する私。やっぱり普段と違って違和感はあるけれど、歩くのが困難なレベルではない。傷も塞がったし、ちゃんと栄養と休息を取れば十分自力で回復出来る域なように思えた。……そう、ちゃんと栄養と休息を取れれば。

そして、私のその懸念事項を口にしようとした時「きゅるる…」という気の抜けそうな音が隣から聞こえてきた。…これはもしや……

 

「……ディールちゃん、もしかしてお腹「空いてません」…でも今お腹「鳴ってません」…あの、せめて最後まで「言わせません」……おおぅ…」

 

完全封殺だった。某お笑いトリオの「言わせねぇよ!?」的な勢いは無かったけど…言わせないという、謎の凄まじくも静かな圧力があった。

 

「……えーと…あのさディールちゃん、私お腹空いちゃったから落ち着ける場所探すついでに何か食べ物探さない?」

「…そうですね。体力回復の為にも探しましょうか」

「……因みにディールちゃんは「空いてません」ですよねー……」

 

幼女のガードは固かった。

 

「…で、さっき先に進もうとしてたけど…行く当てがあったの?」

「いえ、何もないので取り敢えず進んでみようかと…」

「ま、立往生よりはマシだもんね。けど、落ち着ける場所と食べ物かぁ…自分で言っといてなんだけど、こんな場所であるかな?」

「さぁ……」

 

食べ物を確保出来なきゃ私は恐らく動けなくなるし、シェアエナジーで賄える可能性のあるディールちゃんもパフォーマンスが低下するのは避けられない。落ち着ける場所を発見出来なきゃ二人ともゆっくり休息を取る事も出来なくなるから、心身共に疲弊してしまう。衣類を始め身体の清潔感を保てなきゃ女の子としてお終い…もとい、それもやっぱり心身へ悪影響になってしまう。だから戦闘という即死に繋がりかねない問題を解決した私達は、ここからの脱出という最終目的よりも衣食住という当面の問題を優先したのだった。

数時間位かかるのではないか。いや、最悪食べ物は見つからないかも…そんな不安を胸中に抱きながらも探索を再開した私達。だけど……結論から言うと、見つかった。驚く程あっさりと、衣食住を確保出来てしまった。

 

『えー……』

 

目の前の光景になんとも言えない気分になる私達。何度か角を曲がった先で発見した扉を開いたら、さも『拠点として使って下さい!』みたいな部屋になっていた。いや、ありがたいよ?早く見つかるに越した事はないんだよ?……でもさ…

 

「…何なんでしょうね、このやりきれない気持ちは……」

 

ぽつりと溢れたディールちゃんの言葉に頷く私。不完全燃焼というか、やる気のやり場に困るというか…とにかく仕方無いので、出鼻を挫かれたモチベーションをこの部屋の探索に向ける私達。

 

「取り敢えず気になるのは…」

「段ボール、ですね」

 

部屋の一角に何段か重ねられている段ボール。私達の目を最も引いたのはそれだった。

開いた瞬間トラップが発動するかも…と用心しつつ、私達は段ボールに手をかける。

 

「……あ、こっちはカロリーのメイトさんだよ?」

「こっちは乾パンみたいです」

「となると、ここにあるのは食べ物かな?」

「その様で……あ、いえ。水もありました」

 

最初に開けた段ボールを閉め、今度は端っこの段ボールを開いていたディールちゃんが私に水の入ったペットボトルを見せてくれる。そしてその後も暫くごそごそと調べた結果、メイトさんや乾パンの様な所謂保存食と水とは半々位の割合で、それぞれ置いてある事が分かった。…因みに、メイトさんはかなり味が豊富だった。

 

「正直拍子抜けですが…これだけあればまず大丈夫ですね」

「…これ、消費期限切れてましたなんてオチはないよね?」

「…どうでしょう…消費期限は書いてないので何とも…」

「……なら、毒味してみるしかないね」

「…どっちが毒味するんですか?」

 

黙り込む私達。どちらかがやらなくてはならない事だけど、出来る事ならやりたくはない。ならそんな時、どうするか。--------そんなのは言うまでもない。世の中には、公正公平で且つ簡単に出来る、何かを決める上での最終手段があるじゃないか。

私の意図を汲み取ったのか、ディールちゃんは一歩下がり鋭い視線を私へ向けてくる。互いに片手を軽く後ろへ引き、視線を交じらせる私達。大広間での開戦直前と同じかそれ以上の緊張感の中、私達は互いに心に決めた一手を信じ強く腕を突き出す!

 

「最初はグー!」

「じゃんけんぽんっ!」

 

まさに石の様にきゅっと握られたディールちゃんの拳が私と少女との空間にねじ込まれる。女神の、それも全力の『ぐー』は相当な威力を持ち、生半可な防御や迎撃は何の意味もなさない事が明白だった。でも、それは私には届かない。まさに紙の様に広げられた私の手の前では、如何なる『ぐー』も狩られる側の存在でしかない。だから、私の『ぱー』の前ではその一撃も無力だった。

目を見開くディールちゃん。ふっ、と勝者の笑みを浮かべる私。勝敗は、決した。

 

「はい、じゃあ毒味お願いね〜」

「くっ…こんな幼女に毒味させるなんて、心が痛まないんですか…!?」

「いや幼女とはいえ女神じゃん、それに私はディールちゃんを対等な存在だと思ってるよ!」

「こんな嬉しくない対等宣言は初めてです……」

 

勝敗が決してから文句を言うのは筋違いだと考えたのか、そう言いながらも段ボールの中からメイトさんの箱を一つ取り出して開封するディールちゃん。…実はちょっと心が痛んだけど、彼女の方も「貧乏くじ引いちゃったなぁ…」位の表情だったので、やっぱり私が…みたいな事は言わず、包装を開けるディールちゃんを見守る。

 

「…頂きます……」

「ふぁいとっ!」

「何をふぁいとするんですか…あむ……」

「…どう?」

「……普通、ですね…」

 

一口食べて感想を言い、ぱくばくとあっという間に一本食べてしまうディールちゃん。更に彼女は頼んでもいないのに(恐らく口の中の水分を持ってかれたからだけど)ペットボトルも一本開け、一口呷って水の方の毒味までしてくれる。……やっぱり、さっきの音はディールちゃんの--------

 

「違います」

「思考にまで割り込んでくるの!?案外意地っ張りだね!」

「さぁ、何の事やら…」

「しれっと二本目開封しながら言っても説得力ないよ!?」

「…違う味選んだんですが、やっぱりベースは同じですね」

「まぁ、そりゃ味重視の食べ物じゃないし…って話聞こうよ!さっきまでの落ち着いた突っ込みキャラみたいな言動はどこいったの!?」

「イリゼさん、貧血状態なんですからお静かに」

「誰のせいでこうなってるんでしょうねぇぇぇぇぇぇっ!」

 

ぜぇぜぇと肩で息をしながら軽くディールちゃんを睨む私。対してディールちゃんは涼しい顔をして水を飲んでいた。…うん、これ確実に私遊ばれてたね。幼女にいいように遊ばれちゃったね。……はぁ…。

 

「…冗談はさておき、ほんとに栄養は取った方が良いですよ」

「ディールちゃんがふざけなきゃこんな事せず手を出してたよ…頂きます…」

 

プレーンのメイトさんとペットボトル一本を持ってきて口にする。ディールちゃんの言う通り、見た目や食感に違和感は無かったけど…何故だろう、ほんのちょっぴりメイトさんはしょっぱい味がした。

 

 

 

 

「……え、イリゼさんも記憶喪失だったんですか…?」

 

互いの認識や知識を確認する中で、ふと出た『過去』という言葉。わたしとしては色々と複雑な話題だから、出来るだけ早く終わらせようと思っていた最中に、イリゼさんはそう言った。

 

「うん。……うん?イリゼさん『も』?」

「あ……はい、わたしもなんです」

「そうなんだ…まさか記憶喪失の女神三人目とは…」

「三人目…と、言いますと?」

「私とディールちゃん、それにネプテューヌで三人」

 

ネプテューヌ、と言えばネプギアの姉でありプラネテューヌの守護女神の人。少なくともわたしはあの人が記憶喪失だ、なんて聞いた事は無かったから、わたしやイリゼさんと同じ二つの次元間の差異の部分だと思う。今話し合った限りだと、歴史なんかも違うみたいだし。

 

「…あ、そういえば一つ質問があるんですが…」

「ん、なーに?」

「イリゼさんも女神なんですよね?なら何故わたしとの戦闘で女神化しなかったんですか?」

「あぁ…えっとね、実は私今女神化出来なくて…」

 

そう言ったイリゼさんは苦笑いの様な、でも少しだけ悲しそうな顔をしていた。そして、イリゼさんは教えてくれる。自分の正体の事、女神化能力を失うまでの経緯、女神化能力と引き換えに守ったもの。

そして、最後にイリゼさんはこう言って締めた。

 

「惜しいものを無くしたと思ってるし、悔いはない…と言ったら嘘になるよ?…でも、この選択が間違ってたとは一度も思った事ないかな」

 

いつの間にかイリゼさんの表情は明るくなっていた。とても彼女が嘘を吐いていたり、見栄を張っている様には見えないその表情を見てわたしは思った。この人は信頼出来る…かどうかはまだ分からないけれど、過剰に用心する必要のある人物ではないと。

 

「…ちょっと表情柔らかくなったね、ディールちゃん」

「幼女の顔をまじまじと見てたんですか?うわぁ…」

「な…っ!?ち、違うよ!?一目で分かる違いだっただけだからね!?」

「冗談です、表情は…心情の変化とでも思って下さい」

「そ、そう…あんまりからかわないでよ…」

 

それに、この人は……弄りやすい人だった。ボケを適当にあしらえないというか、反応がビビットというか…そういう、弄られオーラ的なものを纏う人だった。ラムちゃん程では無いけれど、案外この人とは面白く付き合えるかもしれない。

 

「…こほん。すると、イリゼさんは記憶喪失…というのは少し違うのでは?」

「そうなるね、記憶を『失った』んじゃなくて、元から『無かった』訳だから」

「…よく、そんな平然と言えますね」

 

自分も記憶喪失経験者(という表現は合ってるのかな…)だから、何も思い出せない事の怖さはよく分かっている。

でも、もしそれだけじゃなかったら。思い出せる記憶も無く、知り合いと呼べる人物も誰一人として居ないのだとしたら。……それはきっと、わたしの知る怖さよりもよっぽど恐ろしいんだと思う。なのに何故、この人は……。

 

「……友達の、おかげだよ」

「…さっき言った、共に戦った仲間の事ですか?」

「うん、一緒に戦って、一緒にご飯食べて、一緒に悩んで、一緒に笑い合った仲間であり友達。私に『過去』はないけど、皆との『今』も『未来』もある。それが代わりになってくれるって訳じゃ無いけど…なんていうか、その……」

「…前を向いて歩ける、ですよね」

「そうそれ!よく分かったね」

「分かりますよ、だって…わたしにもいますから。大事な人が、一緒に居たいっていう人達が」

 

なんだ、同じだったのか。わたしはそう思った。境遇も、目が覚めてから経験してきた事も違うけど…支えになってくれたもの、守りたいと思ったものは何も変わらない。そして同時にこうも思った。嗚呼、やっぱりちゃんと最初から話し合いをすれば良かったと。

 

「…イリゼさん、もう少し貴女の話を聞かせてもらって良いですか?その後は、わたしの話をしますから」

「え?それは良いしディールちゃんの話は元々聞こうと思ってたけど…良いの?多分だけど、ディールちゃんはあんまり自分の事べらべら話したいタイプじゃないでしょ?」

「その通りです。…でも、一方的に喋らせるのはフェアじゃありませんから」

 

わたしはこの人と対等でいたいと思った。見た目的にはわたしがイリゼさんに保護される形になるのが自然だし、彼女はブランさん達と対等で向こうのロムちゃんラムちゃんからは姉の友達として認識されているみたいだから、やっぱりイリゼさんの方が上になりそうなものだけど…冗談混じりながらも、イリゼさんはさっき「わたしを対等な存在だと思っている」と確かに言った。なら、変に相手を立てたり、気を遣ったりするよりは対等な関係で対等な相手としてイリゼさんを見る方がお互いの為になる。そう思ったからこそ、わたしも自分の話をしようと決めたのだった。

そう、良い感じに思っていたのに……

 

「じゃ、続きはお風呂で話そっか」

「……はい?」

 

何を言いだすんだこの人は……。

 

「ほら、話しつつちょっと私動き回ったでしょ?そしたら大浴場…と呼ぶには小さいけど、一般家庭のお風呂よりはずっと広いお風呂場見つけたんだ」

「いやそうではなくてですね、何故お風呂なのかと訊いているんですよ」

「…各話の終わりって、お風呂で締められてる印象ない?」

「それはひだまりスケッチだけでしょう!?」

「まぁまぁ良いじゃん、私戦闘時も戦闘後も跳び回り走り回ったせいで結構汗かいてるし、ディールちゃんもそうじゃないの?」

「いやそうですけど!ですがこれは何かおかし……って何で抱き抱えてるんですか!ちょ、ちょっと!?」

 

わたしの両脇に手を差し込んでわたしを持ち上げるイリゼさん。手足をばたばたとさせてみるも、体格の差でいまいち効果を成さない。その様子はまるで、妹をお風呂に連れて行く姉の様だった。こ、この人ほんとに対等な存在だと思ってるの!?

 

「うぅぅ…調子に乗り過ぎです!」

「痛っ!?ほ、本の角で殴るのはズルくない!?」

「知りません!わたしは後で入りますから先に入って下さい!」

 

グリモワールが厚い本であった事に感謝しつつ、イリゼさんから逃れて逃げ回る私。最終的にはイリゼさんが折れてくれたけど…ある意味で戦闘以上に疲弊するひと時だった。…イリゼさんが悪人ではないのは分かったし、ここから脱出する為には協力した方が良いというのも承知しているけど……付き合い方は少し考えるべきかな……。




今回のパロディ解説

・言わせねぇよ!?
お笑いトリオ、我が家がコント中にて使うネタの一つの事。ディールにとって、イリゼが言おうとしてた事は不味い事だったのでしょう。……多分。

・ひだまりスケッチ
日常系四コマ漫画及びそれのアニメ版の事。所謂締めの独白の時、主人公ゆのがよくお風呂に入っている訳ですが…他にお風呂で終わる事が多い作品ってありましたっけ?


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第五話 休息、そして前進

「ふぅ、いいお湯だったなぁ…」

 

髪と身体を拭いて濡れたタオルを乾燥室へと入れ、この部屋で何度目か分からない、『何故か』あった替えの服を着て脱衣所の扉に手をかける。

ディールちゃんとぷち追いかけっこをした後私は一人でお風呂に入ったのだった。……え、お着替えシーンと入浴シーン?いやほら、複数人ならともかく一人だと殆ど動きないでしょ?しかも活字媒体だから私の肢体なんて見えないでしょ?だから要らないかな〜って……え、見たい?サービスカット入れろ?……そういうのは作者さんに言ってよね!セクハラだよ!?

 

「全くもう……うん?ディールちゃん何してるの?」

 

大変メタい思考を切り上げて最初の部屋へと戻った私はディールちゃんへと声をかける。彼女は杖を片手に、壁伝いに部屋をうろうろしていた。……ダウジング中…?

 

「あ、イリゼさん…浴場は何か変な所ありましたか?」

「ううん、乾燥室やら各種シャンプーやら衣類やらがあった事以外は特に変じゃなかったよ」

「そうですか…食料といいそれといい、一体誰が用意したのでしょう…」

「それについては情報不足でなんとも言えないかな…で、何してたの?」

「魔法の探知です」

「魔法の探知?私が入浴中に何かあったの?」

 

首を傾げながら訊いた私に対し、ディールちゃんは首を横に振る。なら何故、どういう動機で探知を…?と思って私が首を傾げると、彼女は察してくれたのか説明を始めてくれる。

 

「調べておいて損はないと思ったんです。魔法による罠や結界が張られていない、とは限りませんから」

「へぇ…じゃあ、探知の結果どうだったの?何か見つかった?」

「いえ、何も」

「そっか、なら安心だね」

「…残念ながら、そうは限りません」

「え?」

 

再び首を傾げる私。調べた結果何もないという事が判明したのに、どうして安心とは限らないのだろうか。

 

「えっとですね…過不足なく言うと、『わたしの探知に引っかかるものは無かった』という事です」

「…つまり、探知に引っかからない様な魔法が存在するかもしれないって事?」

「探知に引っかからない魔法というかわたしでは探知出来ないというか…まぁ、大雑把に言えばそういう事です。高位の罠魔法や結界は隠蔽方面にも長けているものですから」

「バレない事で効果を発揮するならそれはそうだよね…逆に言えば、低位のものはほんとに無いと思っていいの?」

「はい。よっぽど特異なものでない限り、低位のものであれば探知出来る筈ですから。…これでも、魔法は得意なので」

 

そういうディールちゃんは、ほんのちょっぴりだけど得意げな顔をしていた…様な気がする。私よりも落ち着いてるし、魔法の知識も結構あるみたいだけど…やっぱり、根の部分は年相応(女神だけど)なのかな。

 

「…ごめんね、私は何もせず入浴なんてしちゃってて」

「構いませんよ、わたしもここを拠点にする以上調べない訳にはいかないし」

「そう言ってくれると助かるよ。…ディールちゃんもお風呂どう?」

「そう、ですね…わたしも疲れましたしそうします。……覗いたら怒りますよ?」

「私を何だと思ってるの……」

 

何だも何も、さっき一緒に入ろうとしていただろうが…と心の中で自分に突っ込む。実際一緒に入ろうとしたのは、ディールちゃんが肩の力を抜ける様にしてあげようと思ったからだけど…治癒魔法をかけてくれた時と言い、私はそういう方面での配慮が苦手な様だった。ベール辺りがそういうの得意だし、いつか機会があったら教えてもらおうかな。

そうして待つ事数十分、他に何かあるかもと思って行った部屋内探索を終えたところでディールちゃんが戻ってきた。

 

「……お湯、どこから出てきてるんでしょう…」

「あ、ディールちゃんも気になった?」

 

浴場にあるシャワーや水道からはなんの問題もなくお湯が出てきた。普通の建物ならそれが当たり前だけど…こんな場所にまで配管が通っているとなると違和感が拭えない。やろうと思えば無理矢理調べる事も出来そうだけど、壊したら使えなくなるし相当な苦労を要するだろうから、私は特にやる気は無かった。利益より不利益の方が大きいなら、やる価値はないよね。

 

「好都合とはいえ、引っかかりますね…って、イリゼさんまた怪我したんですか?」

「え?なんで?」

「なんでも何も…腕に包帯、巻いてるじゃないですか」

「うん、巻いてるけど…」

 

ディールちゃんは私の左腕の包帯を指差している。けど、私にはそれの意味が分からない。何故ならそれが普通の事(だと思ってる)から。

…と、そこで私は一つの可能性を思い当たり、ディールちゃんに『常識の』確認をする。

 

「…あのさディールちゃん、治癒魔法って余裕が出来次第、改めて手当てをするべきだよね?」

「…すいません、言っている意味が分かりません」

「やっぱりか…えっとね、私のいた次元では治癒魔法は一時的にしか効果がないんだよ」

 

合点がいった、という顔をする私。私とディールちゃんの存在を始めとして、二つの次元は同じところが多いけど中には違う部分もあるのだという事を私は認識していた。今あげた『治癒魔法』もどうやらその一つらしい。

 

「私はあまり魔法に詳しくないから細かい説明は出来ないんだけどさ、普通の治癒魔法は一定時間で効果が無くなるだったか無くなる様にしてあるだったかで、早かれ遅かれ改めて手当てし直す必要があるんだ。これは私の次元の事だけど…そっちは違うの?」

「そういう事ですか…はい、わたしの知ってる治癒魔法はそんな事する必要ありません」

「だから互いに意味が分からなかった訳だね。これからも何か変だと思ったらこうやって確認しようか」

「ですね、理解しておくに越した事はありませんし」

 

そういって一先ず会話を締めくくるディールちゃん。実のところ私は『ここでは私の次元とディールちゃんの次元のどちらの法則が成り立っているのか』についても話したいところだったけど…それについては話さなくても放っておけばその内治っている怪我が教えてくれるか、と思い直して言葉を飲み込んだ。それに、その事よりも話しておくべき事があるし。

 

「…で、だよディールちゃん。……どこから、いや…どうやって探索するべきだと思う?」

「探索する上での指針方針を決めておきたい、という事ですか?」

「そういう事。正しかろうが間違っていようが、指針方針があるのと無いのとじゃ精神的負担が違うからね」

「それは分かります。…けど、決められます?」

「だよねぇ、ここを見つけられたのも偶然みたいなものだし」

 

どんな事に対しても、情報や手がかりなしに何かを探すというのは難しく、それこそしらみ潰しに探すしか無くなってしまう。そして現状その手がかりと呼べるものは殆どゼロと言っても差し支えない。この状況で何かしら考えつく事が出来たのなら、それは名探偵に違いない。

 

「…あのさ、ディールちゃんって実は身体が縮んじゃった名探偵だったりしない?」

「イリゼさんこそ苗字が金田一だったりしません?」

 

残念、私もディールちゃんも名探偵ではない様だった。…いや、それぞれ自分が名探偵ではないって事は分かってるけどさ……。

 

「じゃあさ、方針と呼べる程のものじゃないけど…一つ探し物、というか拾い物していい?」

「何をですか?」

「本だよ、本。あの大広間で私が戦闘前本を持ってたの覚えてない?」

 

言われて思い出した、という様に私の言葉に「あぁ…」と反応するディールちゃん。別にあれは私にとって必要不可欠という訳じゃないけど…恐らくあれが私をここへ移動させた要因、或いは要因に関係するものなのだから、「もうただの白い本です」となっているとは思えない。それに本を回収する中で何か見つけられるかもしれないから、取り敢えずの方針としてはまぁまぁ良いんじゃないかと私は思っていた。

そしてその考えをディールちゃんに伝えると、彼女は二つ返事で了承してくれた。特に否定する要素もなく、代案も無いかららしい。

 

「じゃあ決定だね。さて、簡単に見つかれば良いけど…」

「…血痕を辿れば良いんじゃないですか?」

「あ、そっか。治癒した場所はここの近くだったもんね」

 

待ち伏せ以降も私の腕からは血が流れていた。だから最初にディールちゃんが辿ったのとは逆に辿る事で、私が本を手放した大広間へと辿り着く筈。…まさか、一度ならず二度も私の血が役に立ってくれるとはね。

 

「近いとはいえ治癒した場所までは記憶に頼るしかありません。なのですぐに回収…ふぁ、ぁ……」

「……欠伸?」

「…………」

「…あのさ、もしや眠「言わせませ「いや言わせてもらうよ!」…えぇ……」」

 

ディールちゃんの封殺カットインに私がカットインし返し、逆にディールちゃんの封殺を封殺する私。たった数秒の間に、謎の駆け引きが繰り広げられていた。……台詞が大分見辛い事はご愛嬌。

 

「…というか、言わせてもらうと言いつつ言えてないじゃないですか…」

「あ……っ」

「わたしに対抗する事が目的になってましたね?」

「うっ……はい…」

 

浅はかだなぁ…みたいな顔で見られる私。相変わらず私の方が年下っぽかった。

 

「全く…手段と目的を食い違えてどうするんですか」

「返す言葉もございません…」

「変な事で意地張っても意味ないんですよ?」

「……それはお腹の音とか欠伸とかを誤魔化そうとしてたディールちゃんもなんじゃ…」

「……さ、さて。少し仮眠しましょうか」

「誤魔化そうとした!?一瞬で手の平返したよね今!」

 

そそくさと寝室らしき場所へ向かうディールちゃん。前言撤回、子供っぽいのはお互い様だった。

それはさておき、ディールちゃんが睡魔を感じる事自体は仕方ないと思う。心身共にかなり疲労しているのは言うまでもない事だし、食事してお風呂入ったら眠くなるのも当然の事。それに、今は夜である可能性もあった。

 

「うぅん…正確な時間が分からないのは精神衛生上悪い…」

 

携帯を取り出してホーム画面を見てみるも、そこにある筈の時間表記は何故か表示されていない。ここで目が覚めてすぐの時にそうだった様に、タイマー機能は生きている様だけど、時計機能は壊れたか何かに阻害されてる感じだった。--------この部屋と言い水道と言い、この迷宮は明らかに何かがおかしい。

 

「…ま、おかしいのは百も承知だけどね」

 

そういうおかしいと私の感じているおかしいは違う、とは思いつつも、私だけじゃなく私の思考まで迷宮に迷い込みそうだったのでゆるゆると締める私。私も結構消耗してるし、貧血が治った訳でもないから休もうかな。

 

「お邪魔しまー……あら?」

 

寝室(というか単にベットが置いてあった部屋)へ入る私。すると意外な事に、ディールちゃんはもう横になっていた。と、いうか……

 

「すぅ…くぅ……」

「…わ、もう寝てる……」

 

規則的な寝息を立てるディールちゃん。余程眠かったのか、敷き布団ではなく掛け布団の上に乗ってしまっている。食事といい睡眠といい、どうやらディールちゃんは良い子の様だった。

…………。

……ぷに。

 

「…すぅ…ん……」

 

……ぷにぷに。

 

「うぅ…くすぅ……」

 

……むにむに。

 

「んんっ……」

 

……むに〜…はっ!?

 

「あ、危ない…危うく幼女の頬の虜になるところだった……」

 

ぷにぷにむにむにの罠に戦慄し恐れおののく私。ある意味大岩の罠や矢の罠よりもよっぽど恐ろしかった。流石魔法使い…頬にまで魔導が込められているなんて……!

 

 

「…ロムちゃん…ラムちゃん……エスちゃん……」

 

そんなしょうもない事を考えていた私を我に帰らせたのは、ディールちゃんの声だった。一瞬起こしてしまったかと思ったけど…違う。これは寝言だった。そして、同時に私は気付く。この子は見た目に反して大人びてるだとか、私よりも精神年齢が上だとか思っていたけど…それは恐らく違う。外見がかなり似ているロムちゃんラムちゃんよりは落ち着いているんだろうけど…少なくとも、私よりも大人だとか成熟した大人と大差無いなんて事はない。ちょっと冷めてるだけの、歳相応の子なんだと私はやっと気付いた。私とディールちゃんは少し似ている、なんて思ってたくせに寝言を聞くまでそれに気付かなかったなんて……凄く、凄く情けない。

 

「…私がちゃんと元の場所に帰してあげるからね、ディールちゃん」

 

私はこの子が頼れる様な人であろう。そう、心に決めたのだった。

 

 

 

 

「ふぁぁ……」

 

目を擦りながらむくりと起き上がる。んと、わたしはどうして寝てるんだっけ……。

 

「……そっ、か…そうだった…」

 

周りを見回して、周りが見慣れぬ光景だった事で寝るまでにあった事を思い出す。そしてそれは同時に、ここでの出来事は夢だった……なんて事はないという裏付けになっていた。

 

「…どうして、こんな事になったのかな……」

 

寝た事で気が緩んだからか、つい弱音の様な事を口にしてしまうわたし。こんな事を言ったって分かる訳でも誰かが教えてくれる訳でもないし、それを自分で知る為に仮眠を取っていたんだからこの言葉を言う意味も必要も全くなかったけど…それでも、口に出てしまった。……やっぱり、不安なのかな…。

 

「……あれ?」

 

一先ず顔を洗おうとして…気付く。今わたしは何の気なしに掛け布団を捲ったけど、記憶が正しければわたしは掛け布団を捲る事すらせずに寝てしまった筈。なのに掛け布団がかかっていたという事は……

 

「……イリゼさん?」

 

先程周りを見回した時、ちらりと見えたイリゼさんの方へと首を回す。わたしに掛け布団をかけてくれたであろう彼女は、まだ寝ていた。

 

「この人はどれ位寝てるんだろう……」

 

わたしはもう目が覚めているし、この迷宮でゆっくりまったりしたいなんて気持ちは欠片もないから出来ればすぐに起こしたいところだけど…まだイリゼさんは寝て然程時間が経っていないのかもしれない。寝たばっかりのところで起こされたら…温和そうなイリゼさんでも機嫌悪くなるよね…。

 

「どうしよう…すぐ起きてきてくれるといいんだけど…」

 

そう言いながらわたしは部屋を出て顔を洗う。顔を洗って、出来る限り普段の朝のルーチンをこなし、寝てるうちに何か変化が起きていないかと各部屋を確認する。その内に起きてきてくれれば好都合…と思っていたけど、残念ながら確認が終了しても起きてはこなかった。

そしてそこから十数分後。段々焦れったくなってきたわたしは寝室へ戻る。

 

「さてと…イリゼさん、そろそろ起きないとザメハで起こしますよ?」

 

使えるかどうかはさておき、取り敢えず声をかけてみるわたし。だけど返ってくるのは寝息ばかり。「後五分……」という定番の台詞すら返ってこない。結構ノリの良いイリゼさんも、流石に寝てる時は普通の人の様だった。

 

「……うぅん…睡眠中に、何を期待…してるの…」

「はい!?」

 

驚いて持っていたグリモワールを落っことしかけるわたし。恐る恐る顔を確認してみると…やはり寝息を立てている。どうやら今のは寝言の様だった。

 

「……っていやいや…地の文に対して寝言で返してくるって何者なんですか貴女……」

 

一般人は勿論女神ですらそうそう出来そうにない謎の高等技術を見せてくれたイリゼさん。彼女は全然寝てる時も普通の人ではなかった。

そして、驚いてバクバクしていた心臓が落ち着いてくると同時に、『驚かされたんだからわたしも何かしてやれ』といういたずら心が目覚めてしまう。

 

「……むにぃー」

「ぅ…すぅ……」

「ふにふに……」

「うにゅ……」

「ぺちぺち…むにゅ…」

「ん、ふ……」

「ふふっ、何だか楽しくなって……は…っ!?」

 

思ったより柔らかかったせいで触れるだけに留まらず、突いたり揉んだりした挙句、軽く叩いて引っ張ったところでやっと正気に戻るわたし。最初はすぐ止めるつもりだったのに、途中からイリゼさんが時々嫌そうに首を振る様子が面白くてついついやってしまった。このまま続けていたらわたしは変な性癖の扉を開いていたかもしれない。……恐るべし、イリゼさん。

 

「…普通に起こそう……」

 

変な事を考えず、ゆさゆさと肩を揺する。すると数十秒後、「うぅ…もう朝……?」という今度こそ割と普通な声をあげながらイリゼさんが起きてくれた。

 

「あ…おはようディールちゃん…」

「おはようございます、調子はどうですか?」

「んー…よいしょ。うん、結構良いよ」

 

伸びをして身体を掛け布団から出すイリゼさん。顔はすっきりしているし、昨日に比べると血の気もあるから結構良いというのは本心の様だった。

私と同じ様にまず顔を洗いに行くイリゼさん。その間にわたしは段ボールから食べ物と水を取り出す。

 

「うーん、味は豊富っぽいけど…選択肢少ないよね…」

「水でふやかしたら多少印象が変わるのでは?」

「不味くなるだけな気がするから止めとくよ…」

 

もぐもぐサクサクと保存のよく効く食事を頂くわたし達。誰かと一緒に食べるのが最高のスパイスらしいけど…最高のスパイスがあっても満足出来るとは限らない、という事をその日わたしは知るのだった。

そうして食事を終えたわたし達は簡単に身支度を終え、迷宮探索を再開する。手始めはイリゼさんの言う本。わたしはその本が何なのかよく知らないし、その本が役に立つかどうかも分からないけれど…闇雲に探し回る事の非効率さはよく分かってるし、何もせずここにいるのなんて耐えられないから、本が…そして探索が意味のある事だと信じて、わたし達は部屋を後にした。

 

 

「…ところで、わたし何故か頬が変な感じなんですか…知りませんか?」

「さぁ、実は私も何だよね。何かあったのかなぁ…」




今回のパロディ解説

・身体が縮んじゃった名探偵
名探偵コナンの主人公、江戸川コナン(工藤新一)の事。見た目は幼女、中身は女神、その名もブルーハート、ディール!…え、それも本名じゃない?えぇ、分かってますよ。

・苗字が金田一
金田一少年の事件簿シリーズの主人公、金田一一の事。イリゼにじっちゃんはいないので、イリゼの苗字が金田一だったのならきっと原初の女神の名にかけるでしょう。

・ザメハ
ドラゴンクエストシリーズに登場する魔法の一つ。魔法で寝かされた訳ではないので、わざわざ魔法を使わなくとも作中の様にすれば簡単に起きるでしょうね。


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第六話 道しるべと信頼と

「ディール君、捜査の基本は足らしいよ」

「そ、そうですか……」

 

拠点を出てから数分後、私は私の血痕を見つけたところでそう言った。…実は言ってみたかったんだよね、これ。私の導き出した言葉じゃないから語尾をちょっと変えたけど。

 

「と、言うわけで頑張ろうかディールちゃん」

「頑張るも何も…血痕辿るだけじゃないですか…」

「…ほんと冷めてるよね、ディールちゃんって」

「と、言う貴女も普段はわたし側でしょう?」

「あ、やっぱり分かる?だよね……」

 

思った以上に鋭かったディールちゃんに指摘され頬を掻く私。うーん、やっぱ私は流れに乗るタイプではあっても流れを作るタイプではないのかな?女神として多少そっちの才も欲しいところだけど…。

 

「しかし、この血痕は一体何度わたし達の役に立つのでしょうね」

「むしろ私達が何度これを活用するのかという話な気もするけどね、ブラッド隊じゃあるまいし」

 

床の血痕を辿って歩く私達。まずディールちゃんが私の追跡に使って、途中からそれと同時進行で私が誘き寄せに使って、今は私達二人が大広間への道導として使っている。ほんとにこの血痕は役立っていた。自分の血ながら褒めてあげたい位だったりする。

けど、血痕が非の打ち所の無い有能道導かと言われると……首を傾けざるを得ない。

 

「…あれ、血痕が消えた……?」

「いや…これは左だね、ほらあそこ」

「あ…ほんとですね…」

 

十字路で止まったディールちゃんに対し、私は左の通路の先を指差す。

当然ながら血痕は私の流した血によって出来るもの。そして流れる血は時間経過で減ってしまうもの(減らなかったら私出血多量で死んじゃうしね)。だから怪我をしてから大分時間の経った段階であるここら辺は血痕と血痕の間隔が、それこそ見失いかける位には広かった。

それでも目を凝らして血痕を探し、それを辿る事十数分。雑談が途切れて若干気不味いなぁ…と感じ始めた辺りで私達は行き止まりにぶつかる。

 

「ここは……」

「うん、私が待ち伏せしてた場所だね」

 

血痕も見つけたばかりの区域に比べるとある程度間隔が狭まっている。私の記憶と照らし合わせても、ここが待ち伏せに使った場所である事は明白だった。

少し引き返し、私達が辿ってきたものとは別の道へと繋がっている血痕…つまり、ここに来る前の血痕を辿り始める私達。自分達がとんちんかんな方向へ進んでいたりはしないという実感が、私達の歩みを軽くさせていく。

更に数分後、私が一度止まったと思われる場所を発見、その後を辿り続けて……

 

『着いた……』

 

開いた扉と攻撃を受けたかの様な跡の残る壁を見つける私達。それは正しく、私が脱出しディールちゃんが追撃を放ったあの場所だった。

 

「…うわぁ…あの時避けてなかったら私の身体もこの壁みたいにボロボロになってたんだろうなぁ…」

「そりゃ、ボロボロにする気で攻撃してましたから」

「……よ、よーし、さっさと本回収しちゃおっか!…ってもう入ってた!?」

 

平然とそんな事を言ってくるディールちゃんにヒヤッとした私。しかもディールちゃんは私が壁を触ってる内に大広間に入っており、置いてけぼりにされた様な気分になった私はそそくさと大広間内へと入る。…でぃ、ディールちゃんは私の事もう敵だとは思ってないんだよね?そうだよね?

……という質問も出来ない私だった。

 

「…イリゼさんが持っていたのって、これですよね?」

「あ、うん。それだと思う」

 

私より一足先に入ったディールちゃんは早速本を見つけ(本以外何も置いてないんだけどね)、それを私へと見せてくれる。本を掲げているディールちゃんの目には興味の感情が灯っていた。

 

「…あの、これ少し見せてもらっても良いですか?」

「それは勿論構わないよ、そもそも私の私物って訳でも無いし」

 

私の許可を得たディールちゃんは、ルウィーの書庫で私がこの本を見つけた時と同じ様にまず表紙を見て、続いて裏表紙や背表紙を見て、その後開いてページをペラペラと捲る。そして、それ等の事を一通り終えた所で彼女は「……似てる」と言った。それって……

 

「ディールちゃんの持っていた…えと、グリモワールだっけ?…と?」

「そうです。真っ白の表紙に何も書いていないページ、金の装飾の有無はありますが…やっぱり似ています」

 

ディールちゃんの声を聞きながら私は彼女の持ってきたグリモワールを思い浮かべる。私もグリモワールと私の持っていた本が似ている気がして一度読ませてもらった(表紙もページも真っ白だから厳密には見せてもらった?)けど、確かにこの二つの本は似ていた。……何か関係があるんじゃ無いかと思う位には。

しかし、それはディールちゃんの言葉によって否定される。

 

「……でも、違う…」

「違うの?」

「はい。わたしも詳しくは言えない…というか分からないんですけど、この本は特殊…というよりももっと…そう、異質って感じです」

 

手探りな感じの言い方から、私はその本が如何に普通の本や普通の魔導書(ゲイムギョウ界全体ならともかく、ルウィーではそこまで特別なものじゃないらしいからね)ではないのかという事を理解する私。やはりこの本を回収しに来て正解だった。具体的にどう役に立つかは分からないけれど…この本がキーとなる事は明らかな様に思えた。

 

「…さて、どうしますかイリゼさん」

「どうって…次何するかって事?」

「えぇ、回収してはいお終い、とはいかないでしょう?」

「それはそうだね。とはいえどうしたものか…」

「この本が特別だって事は分かりましたが、手がかりにはなりませんでしたしね…あ、どうぞ」

 

二人頭を悩ませる私達。そしてディールちゃんが何の気なしに、一先ずは本の持ち主である私へと本を渡してくる。勿論それを受け取る私。

--------その時だった。ディールちゃんが本を差し出し、私が本を手にしたその時……

 

 

本が、光を帯び始めたのは--------。

 

 

 

 

「これって…あの時と同じ……!?」

 

突然光を帯び、輝きを放ち始めた本に驚愕を隠せないわたし。それはイリゼさんも同じ様で、目を見開きながらそう言っていた。

それなりに魔法の知識があるわたしは…否、魔法は専門外らしいイリゼさんですら、この現象が尋常ならざるもの且つ今のわたし達にとって重要である事は理解していた。…と、いうよりも感じていた。

そして、本は誰も捲っていないにも関わらず開き、風に吹かれているかの様に捲れていく。

 

「本が、勝手に…!」

「そ、それだけじゃないです…段々、文字が…!」

「勝手に開いて勝手に文字が現れる…まさかこれがほんとの自動書記(ヨハネのペン)とでも言うの!?」

「何くだらない事言ってるんですか…!」

 

テンパってるのかふざけてるのかよく分からない事を言い出すイリゼさんを一言であしらうわたし。そんな中本は段々と光が弱くなっていく。

 

「…これイリゼさんがボケたせいだったら殴りますからね」

「えぇ!?いや偶然だと思うよ!?本がへそ曲げるとは思えないもん!」

「だと良いですが…あ、光消えちゃった…」

「で、でもほら、浮かび上がった文字は消えてないよ?」

 

イリゼさんの言う通り、光は消えたものの文字はそのままだった。

浮かび上がっていたのは古代文字というか何というか…とにかく普段わたしが使っているのとは全く違う文字。だからまず解読が必要だ……と思ったけど、どういう訳かその必要は無かった。だって…分かったから。文字は分からないけれど、内容は何故か頭にすっと入ってきたから。

そしてそれはイリゼさんも同じだった様で、少し不思議そうな顔をしている。

 

「読める、いや…伝わる…?」

「…多分そこは重要じゃないと思います。それより重要なのは……」

「書いてある内容、でしょ?」

 

イリゼさんの言葉にわたしは頷く。この人はちょくちょく頼りないけど…察しの良さも真面目さも人並みかそれ以上には持ち合わせてる点は素直に助かるかな。

改めて文字を読むわたし達。文章は然程長くなかった事もあって、どちらからともなくわたし達は読み上げ始める。

 

「元の場所へと戻るは二つに一つ…」

「加えられし者、排除されし者…」

「求めし先に、戦場はあれり…」

「……ここは、創滅の迷宮…」

 

最後の一節まで読み上げ終わるわたし達。わたし達はその文章を心の中で何度も復唱し、咀嚼し……数泊の後、二人同時に口を開く。

 

『……暗号…?』

 

いや、もう全然意味が分からなかった。虫食い文章かな、と思う位意味不明だった。正直ロムちゃんとラムちゃんがたまにわたしに出してくるなぞなぞ位難解かも……。

 

「…ほ、他のページは…何も書いてない……」

「書かれているのはこのページだけですね…何か意味分かりました…?」

「いや、さっぱり…部分的には分かるんだけど、ね」

 

イリゼさんの言う部分的には分かる、というのは一部理解が出来たという意味ではなく、分解してそれぞれが別の意味を指していると考えた場合は少し分かる、という意味だと思う。少なくとも、彼女のニュアンスにはそんな含みがある様に思えた。

…でも、それじゃ意味が無い。それ位ならわたしもそうだし、そこからもう一つか二つ進まないとただの文字の羅列と変わらない。……まぁ、そんな事言ったって分からないものは分からないんだけど。

 

「…他の場所も探索してみようか」

「…読み解きは一度諦めるんですか?」

「うーん…まあそうだね。考えるだけなら移動しながらでも出来るし、分からないのは私達が馬鹿なんじゃなくて、恐らく読み解けるだけの知識や情報が不足してるからだと思うんだ。さっきも言ったでしょ、捜査の基本は足らしいって」

 

そう言ってわたしに提案するイリゼさん。イリゼさんの言う事は非常に尤もだった。勿論、探索したところで骨折り損のくたびれもうけになる可能性もあるけど…世の中やる前から何でも決めつければいいってもんじゃないもんね。

と、言う訳でわたしは首を縦に振って同意を示す。

 

「よし、じゃあまずはこの大広間出ようか。で、その後は…勘かな?」

「どうせもう道導ありませんし勘なのは良いですけど…何もせずに行ったら拠点に戻れなくなるのでは?」

「それは大丈夫、ちょくちょくこうやって…ッ!…目印付けていくから」

 

そう言いながらイリゼさんは手元に剣(バスタードソードと言うらしい)を顕現させ、近くの壁を斬りつける。すると壁は鋼鉄とかレベルの強度ではなかったらしく、斬った後がそこへ残る。

成る程、確かにそれなら任意の場所に目印を付けられるし、ペンキや糸と違って途中で足りなくなってしまう事もない。……けど…

 

「…あの、それ何度もしたらイリゼさんのバスタードソード、刃こぼれしてしまうのでは…?」

「しちゃうだろうね…でも迷子になるよりはマシだし、背に腹はかえられないよ」

「…その位の事なら、わたしに頼めば良いじゃないですか」

 

嘆息をしながらわたしは杖を掲げ、イリゼさんのバスタードソードと同じ位のサイズの鋼の剣を作り出す。

 

「重量や斬れ味までは再現出来てないと思いますが…壁斬りつけるだけならこれで十分ですよね?」

「ディールちゃん…助かるよ、ありがとね」

「いえ、もし戦闘になった時イリゼさんの武器がボロボロになってたら困るってだけですから」

「そ、そっか…って、それはつまり戦闘になったら少なからず私を頼りにしてくれるって事?」

「……は、早く行きますよイリゼさん」

 

イリゼさんを半ば放置する形で大広間を出るわたし。…

あぁそうか、イリゼさんは何か既視感あると思ったら…少しネプギアに似てるんだ。……嫌いじゃないしむしろ好感は抱けるけど、そういう事は思っても訊かないでほしい…。

--------そして、わたしは後悔する事になる。もっと用心していれば良かったと。『あれ』の存在を失念すべきではなかったと。

 

「ちょっ、あんま先に行かれるとはぐれちゃうって…」

「はぐれたら迷子センター行けば良いじゃないですか」

「デパートか!そして私は子供か!」

「イリゼさんの突っ込みセンスはよく分かりましたのでさっさと着いてきて--------」

 

カチリ。ずんずんと歩いていた最中、まるで何かのスイッチが入ったかの様な音が聞こえた。この音は聞き覚えがある。罠のスイッチが入った時の音だ。不味い、イリゼさんに伝えなきゃ…!

そう思ってわたしは振り返ったけど…もう遅かった。わたしの方へと歩いてきているイリゼさん。そのイリゼさんの真上の天井が開き、落っこちてくる……タライ。

そして……タライのぶつかる音と、イリゼさんの呻き声が響く。

 

「あぐっ……!?」

「あ、す、すいませんイリゼさんわたし今罠を……」

 

これは完全に油断していたわたしのせいだと思って慌てて駆け寄るわたし。まずは謝罪と必要なら治癒しなきゃ…。

……と、ここでもまた罠の事を忘れてしまっていたわたし。だからかな…またわたしの耳にカチリ、という音が聞こえてきた。

 

「……え?」

「わっ……うぐぅっ…!?」

 

よろけていたイリゼさんの足元に落ちてくる……バナナの皮。イリゼさんはそれに気付かず踏んでしまい…思い切りコケて後頭部を強打。ゴンッ、という音は数m離れたわたしにも聞こえた。

 

「の、脳天と後頭部が…脳天と後頭部がぁぁ……」

「いや、その、これはわざとじゃ……」

 

頭のてっぺんと後頭部を押さえて転がり回るイリゼさん。わたしはあまりにも申し訳なくて、それに二度連続じゃ怒られてしまうんじゃないかと思って、おまけに近付いたらまた罠を踏むんじゃないかと心配で、無意識に後ずさってしまう。そして、後ずさった瞬間にまたもやカチリという音が聞こえたその時、わたしの後悔はここに極まっていた。

 

「……へ…?」

 

ふらつきながらも何とか上体を起こしたイリゼさんの顔を襲う球体。一体どこから飛んできたのか分からないそれは正確にイリゼさんの顔を捉え、ビターンとぶち当たっていた。……よく見たらそれはバスケットボールだった。

 

「……うきゅぅ…」

 

イリゼさんは何やら少々可愛い声を漏らして倒れ込む。

--------その日わたしは、未だかつて無い程の自責の念に駆られるのだった。

 

 

 

 

鈍痛、とでも言うべき頭の痛みに目を覚ました時、私は拠点のベットに寝ていた。……いつの間に私はここへ戻ったのだろうか。

 

「脳天後頭部顔面の頭部限定ジェットストリームアタックを喰らった事は覚えてるけど…実はベットがセーブポイントになってて、原作ゲーム宜しく私は三連撃でゲームオーバーになったのかな…」

 

頭に刺激がいかない様に気にしつつベットから降りる私。コッテコテな位メタい…言うなればメッタメタな発言をしちゃったけど、多分これは頭打って思考がちょっと鈍ってるせいな様に思える。……普段からこんな感じだろって思った人は心の中だけに留めておこっか、お互いの為に。

 

「…ディールちゃんはどこだろう……」

 

真面目に考えれば、ディールちゃんが気絶した私をここまで運んでくれたのだろうとすぐに推測が付く。というか、それ以外でまともな可能性が特に思い当たらない。

 

「まさか一人で探索に行っちゃったとか…?それは困るなぁ……あ」

 

軽く跳ねたり屈伸したりして身体がふらつかない事を確認してから部屋を出る私。最悪また迷宮内を走り回らなきゃいけないかなぁ…と思っていたものの、実際にはディールちゃんは普通に最初の部屋に居た。……何故か、正座をしながら。

 

「…お、おはようございますイリゼさん」

「う、うんおはよう…」

「ご飯、どうぞ」

「……ええと、ディールちゃん?」

 

ご丁寧に包装を開けてある食事と蓋を緩めてあるペットボトル。これは普通にありがたいけど…違和感大有りだった。しかもどう見ても私一人分しか出ていないのがその違和感に拍車をかけている。

 

「…何でしょう?」

「いや、えっと…何してるの?」

「悪い事をしたら反省としておやつやご飯を抜きにするのが居候先のしきたりでして…」

「それはしきたりじゃなくて教育じゃないかな!?そして自分から正座&ご飯抜きにしたの!?」

 

多少推測はしていたとはいえ、解答があまりにも斜め上過ぎて目を白黒させる私。自分から自分の行動を恥じて反省出来るのは人として凄い事だけど…反省方法が叱られて罰喰らった子と同じなのは一体どういう事なんだろう…。

 

「……こ、これでは足りなかったでしょうか…?」

「い、いやそういう意味じゃなくてね…ディールちゃんも食べてよ。ご飯抜きの人尻目に食べるのは気が引けるし、何よりいざという時動けなかったら困るでしょ?」

「…じゃあ、頂きます…」

 

段ボールから新たに幾つか取り出し、軽くわたしに頭を下げて食べ始めるディールちゃん。ディールちゃんは確かに反省している様だけど、それと同じかそれ以上に負い目を感じている様だった。

……んー…。

 

「…まさか、わざと?」

「え……?」

「わざとやったの?…わざと、私を罠に嵌めたの?」

「……っ!?そ、そんな訳ないです!」

 

少しだけ視線を鋭くさせた私と私の発言にビクッとし、慌ててそれを否定するディールちゃん。その反応が見れた私は、ほっとする。

 

「じゃあ、偶然何でしょ?三度も偶然が起きるなんてそうそうないけど…偶々三度も罠を起動させてしまった、違う?」

「そ、そうです…そうですけど…」

「ならもうこんな事にならない様に気を付けてくれれば良いよ。…まぁ、どこにあるのか分からない罠の起動スイッチをどう気を付けろ、って話な気もするけどさ」

「…良いんですか、それで」

 

少しでも雰囲気を良くしようと苦笑いをしていた私に対し、ディールちゃんは済まなそうな…そして少し不思議そうな表情でそう言った。

 

「別にわたしをもっと疑ってほしい訳じゃないです。でも、三度もわたしのミスのとばっちりを受けて気絶までしたのに、わざとじゃなきゃ良いって……イリゼさんは、わたしに甘過ぎです…わたしがもっと、悪意的な人間だったらどうするんですか…」

「……そっか、ごめんそうだよね…」

「…何を謝ってるんですか」

「変に優しくされると余計引け目を感じてしまう、って事に気付かず簡単に許しちゃった事。……でもね、私が簡単に許したのは甘いからじゃなくて…いや甘いのかもしれないけど…ちゃんと理由があるんだよ?」

 

改めて私は思う。ディールちゃんは優しくて真面目な子なんだと。優しいからこそ相手の事を気にせずにはいられなくて、真面目だからこそ責任と負い目を強く感じてしまう。時にそういう人間は接し辛い…悪く言えば面倒な人間になってしまう事もあるけど……優しくて真面目な人間程、信用に足る人物はいないと私は思う。

 

「私はね、ディールちゃんを信用してるんだよ。ディールちゃんだって、信用してる人とそうじゃない人とだと、同じ事をされても感じ方が違うでしょ?ディールちゃんは信用するのが早過ぎるって思うかもしれないけど…私は、否定から入るよりは肯定から入りたいんだ。これって、良くないのかな?

「……良いと思います。危なっかしいですけど…わたしは、そう考えられるイリゼさんを素直に凄いと思います」

「そっか、ありがと。…でも、ディールちゃんの言う通り私は危なっかしい人間だよ。だからさ…ここにいる間だけでも、危なっかしい私を手助けしてくれると嬉しいな」

 

これは、私の心からの言葉。…だからかな、ディールちゃんは少しだけ笑みを浮かべて…こう言ってくれた。

 

「……分かりました。やっぱり、わたしはイリゼさんを甘過ぎだと思いますが…そんなに信用されているなら、わたしを信頼してくれているなら、その思いに応える位の事は、してあげたいです。だから…手助け、しようと思います」

 

私は、その時初めてディールちゃんの心からの笑みを見たと思う。それは小さい笑みで、まだまだディールちゃんの言う『大事な人』や『一緒に居たい人達』に比べると私とディールちゃんの間に壁があると思うけど…まだ知り合って短いんだからそれは当然の事。それでも、ちょっとは私を信用してくれているって事が私は本当に嬉しかったし、ディールちゃんを信用して良かったと思った。

だから、私は本に浮かび上がった文章の中の一節を見て頭に浮かんだ事を心の奥底に沈めて蓋をする。

--------元の場所へと戻る二つに一つとは、私とディールちゃんの事じゃないのかという事を。私とディールちゃんは、互いに相手を犠牲にしなければ自分の居場所へと帰る事は出来ないんじゃないか、という事を。




今回のパロディ解説

・ブラッド隊
GOD EATER2に登場する、主人公達の所属する部隊の事。血は血でもブラッド隊の使う血は当然ただの血ではありませんし、血痕を多用する組織だったりもしません。

自動書記(ヨハネのペン)
とある魔術の禁書目録(インデックス)シリーズに登場する、インデックスにかけられた魔術の事。ほんとも何も、とあるの自動書記は全然違うものですよね。

・ジェットストリームアタック
機動戦士ガンダムに登場する、黒い三連星の得意とするフォーメーションアタックの事。脳天と後頭部と顔面への三連撃…よく考えたら中々怖いですね、それ。

・原作ゲーム
超次元ゲイムネプテューヌシリーズの事。原作シリーズは全滅=ゲームオーバー=セーブした所からやり直し…って説明しなくても大半の閲覧者さんは知ってますよね。


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第七話 抱き始めた疑惑

--------あれから、暫くが経った。暫く、と言っても数時間程度ではなく、恐らく数日。…と言っても時計は無く、携帯の時計も狂ってるせいで正確な時間が全く分からない。一応タイマー機能は生きてるから、生活リズムが無茶苦茶になる事は避けられたけど…そもそも時間が分かっていないのだから、やっぱり正確な時間が分かる訳がない。

……けど、それはまだ楽な方の問題であった。一番の問題はそんな事ではなく…やはり、罠だった。

 

「うぅ、疲れた…」

「酷い目に遭いましたね…」

 

ぐったりとしながら拠点へと戻ってくる、墨汁塗れ少女と小麦粉塗れ幼女……もとい、私とディールちゃん。私達はもう言うまでもなく、酷い有様だった。……べ、別に馬鹿なお殿様の番組に出演してた訳じゃないからねっ!

 

「取り敢えずはお風呂入りましょうか…」

「同感……」

 

私は黒い跡を残しながら、ディールちゃんは白い粉を落としながら浴場へと向かう(因みにこんな状況でもディールちゃんは私と一緒に入ろうとはしなかった。何やら一人や大人数でお風呂に入るのは良いけど、数人でお風呂に入るのはとあるトラウマを思い出すから嫌らしい)。

そして約一時間後、お風呂と食事を終えた私とディールちゃんは向かいあう形でそれぞれのベットに座っていた。

 

「イリゼさん、今回はお怪我しませんでしたか?」

「大丈夫だよ、しょっちゅう壁に攻撃してたせいで腕はかなり疲れちゃったけど」

「それについては自分から提案した事なんですから諦めて下さい」

「…ディールちゃんって相手があんまり傷付かない程度に冷たいよね、ノワールみたいに」

「じゃあ、逆に妙な位優しくなってみましょうか。……よしよし、今日もよく頑張ったねイリゼちゃん。ほら、なでなでしてあげるからおいで〜」

「ごめんなさい今まで通りでお願いします」

 

何の躊躇いもなく深く頭を下げる私。幼女に頭下げるのは中々恥ずい事だけど…幼女に甘い声であやされるよりはずっとマシ、だってあんな話し方を始終されたら私の精神が持たないもん!…と思いながら頭を上げたら、ディールちゃんもちょっと「このキャラはキツい…」みたいな顔をしていた。……いや、だったら何故やったの君は…。

 

「…しかし、酷い罠のオンパレードだよね」

「製作者の顔が見てみたいです…」

 

基本的にこの部屋で私達が向かいあうのは、その日あった事や見つけたものから脱出や本に浮かび上がった文章を解く事の糸口を考察する目的があった。でも毎回有益な情報を得られるという訳ではなく、大概このタイミングにはお互い疲弊してるという事もあって、正直考察はぐだぐだになる事も多かった。それは今日も例外ではなく、話題は自然と私達を散々な目に遭わせた罠の事へと移る。

 

「頭から墨汁かけられるって結構嫌なものだね。物理的なダメージは無いけど精神ダメージは相当なものだよ」

「小麦粉もですよ。ちょっと汗かくと張り付いてきますし、被った直後はくしゃみが何度も出ましたし…」

「竹槍トラップもシンプルながら恐ろしかったよね、時代錯誤感は否めないけど」

「わたしはびっくり箱トラップが印象深いです。あれもう明らかに驚かせる事が目的でしたよね」

「他にも床傾きトラップとか…」

「床強力粘着テープ化トラップとか…」

「食べ物だと思ったら食品サンプルだったトラップ…」

「栗の抜けたイガグリ大量投下トラップ…」

「可愛い子猫による誘惑トラップ…」

「しかも誘惑に負けて触ろうとしたら実は立体映像だったという二重の罠仕様…」

「…………」

「…………」

『……ほんと、なんなのこの罠達は…』

 

二人、深いため息を吐いて項垂れる。利益があったり面白かったりしたらそもそも罠じゃない、というのは当然だけど、だからと言って私達が経験してきたトラップは全くもって納得がいかない。本当にふざけたトラップばかりだった。…これなら……

 

「…命の危険を直で感じる罠の方がむしろ楽かも……」

「……危険な罠の方がむしろ楽、ですか…」

「え?…あ、ごめん…軽々しく命の危険のある罠の方がなんて言うのは不謹慎だよね…」

「いえ、そういう事じゃないんです。わたしも同意見ですし。……変だと思いませんか?」

「変…って?」

 

そう問いかけてくるディールちゃん。何やら真面目に思考しているらしいその様子を感じとった私は佇まいを正し、質問の意味を聞き返した。

 

「罠が、です。一体なんの意図があるんでしょうか?」

「それは罠なんだし、敵の排除…と言いたいところだけど、それにしては殺傷能力が低いか全く無い罠が多いよね…敵を殺す気は無いけど、近寄ってはほしくない…とか?」

「食品サンプルや子猫映像に敵を遠ざけるだけの力があると思います?」

「……無い、だろうね…」

 

我が意を得たり、と言わんばかりに私の言葉に頷くディールちゃん。まぁ強いて言えば「こんな意味不明な罠作り上げる奴の所には行きたくない…」みたいに思わせる事は出来るかもしれないしそう考えた敵が離れていくかも…という考え方も出来るけど、それは最大限好意的に解釈した場合の考え方だし、こんな罠にする位ならそれこそ殺傷能力を持った罠の方がずっと楽且つ高効率な筈。少なくとも、本気で外敵への対抗策として罠を作ったとは到底思えなかった。

 

「…ディールちゃんは、ここの罠をどういう意図で作られたと推測してるの?」

「…分かりません。ただ……」

「ただ?」

 

私の質問を予想していたのか、頷いてまず分からないと述べるディールちゃん。彼女は一拍置き、言う。

 

「罠は外敵に対する物だとか、他者への攻撃を想定しているだとか……そういう『当たり前の事』があると思うべきではないと思います」

「……それって、罠以外にも言えると思う?」

「それは……そう、ですね。その通りだと思います」

 

ディールちゃんは一瞬驚いた様な表情を浮かべた後、こくりと頷く。

そして、この会議を機に私達は『当たり前の事』の洗い直しを始めるのだった。

 

 

 

 

「まずは壁の破壊を試みてみましょうか」

「わ、ワイルドだね…」

 

ぐっ、と上げた片腕の手を握る私。確かに我ながら脳筋思考気味だった気はするけど、正直ワイルドだという突っ込みは軽く心外だった。わたしディールは、ワイルド系幼女を目指してなどはおりません。

 

「さ、壁を破壊しましょうかイリゼさん」

「う、うん…ストレス溜まってるのかな?私一応女神だし、何か鬱憤があるなら聞いてあげるよ?」

「別に破壊衝動に駆られた訳じゃないですから…後わたしも女神です」

「破壊衝動に駆られた訳でもないのに壁を壊したくなるのは相当末期な気が…」

「いやですからそういう事ではなくて…」

 

何だかどんどん曲解していくイリゼさん。流石に説明不足過ぎたとわたしも反省し、一度手を下げて壁破壊の動機を説明し始める。

 

「と、言っても簡単な理由ですけどね」

「おっと私が地の文を見えている前提での台詞来たよ…まぁいいや、続けて。実際見えてるし」

「こほん。わたし達は物事を『○○なのは当たり前』とは考えない様にしよう、と決めたのは覚えてますよね?」

「うん、私トリ頭じゃないし覚えてるよ?」

「でも、それって難しい事ですよね?」

「それは確かに…何せ当たり前の事だもんね」

 

こくこくとイリゼさんはわたしの言葉に同意を示してくれる。

何故当たり前を疑うのは難しいのか。それは人は生きてく中である程度の物事を『当たり前』として処理しないとキリがないから。例えば林檎一つ取っても、何故皮が赤いのか、何故食べると甘いのか、何故種が入っているのか、何故林檎と呼ばれているのか…とこの様に色々な疑問が生まれる余地がある。これに対して林檎だからとかそういうものだからとかのざっくりした考え方をせずにいたら、それだけで思考が埋まってしまう。勿論一つ一つ考えるのは悪い事じゃないし、そういう事に疑問を持つ事で新たな発見に繋がる可能性もあるけど…総じてそれは『普通』にやる事ではない。そしてわたし達は今、その『普通』ではない事をやろうとしているのだから、一筋縄でいく訳がない。

 

「だからわたしは思ったんです。当たり前と思って処理している事を探すのではなく、明らかに当たり前じゃない事をした方が上手く有力な手かがりを得られるのではないかと」

「逆転の発想、という奴だね。流石幼女思考が柔軟!」

「…それ、褒めてます?」

 

発言だけ聞くと何やら皮肉っぽいけど、イリゼさんの顔はニヒルさとはかけ離れた明るいものだった。イリゼさんは性格悪い訳じゃないみたいだし…これほんとに褒めてるつもりで言ってるのかも…。

 

「……で、壊すといってもどこ壊す気?ヒビが入ってる所とか剣で攻撃すると周りの壁とは違う音がする所とか?」

「そんなリンク的思考で壁探したりはしません……壊す壁はどこでも良いと思ってますよ?壁壊した瞬間周りの壁も天井も崩落して生き埋めになりそうな場所は嫌ですけど」

「…頑丈かどうかを調べる方法は?」

「威力を調整した爆発魔法を段々に撃ち込んでどのレベルで壊れるか確かめれば……」

「その作業中に生き埋めになる可能性大だよ!ならなかったとしても二度手間だよ!……行き当たりばったりなんでしょ、ほんとは」

「……はい」

 

残念、イリゼさんは騙されてくれなかった。まぁ、騙されてくれたらくれたで軽く罪悪感残りそうだけど。

 

「もう…あんまりボケるとそのうちキャラ崩壊って言われちゃうよ?」

「ご心配なく。そうなったとして責められるのはわたしじゃありませんから」

「それはそうだけどさ!……いいや、これは…こほん。じゃあまぁせめて拠点からは離れた場所にしようか」

「そうですね。では移動を…」

 

と、いう訳で移動するわたした「カチリ」

 

「わぁぁぁっ!?」

「え、ちょっ……ぐふっ!?」

 

イリゼさんがわたしの方に吹っ飛んできた。わたしとイリゼさんはぶつかってひっくり返った。……いや、はい?

 

「痛た…悪いねディールちゃん…」

「…………」

「何今の…バネトラップか何か?」

「…………」

「……ディールちゃん?」

 

何やらイリゼさんの声っぽいものが聞こえてくるけど…正直それどころではない。重いし、前が見えないし…何より息が出来ない。妙に柔らかいものが顔に被さってるせいでもう全然息が出来ない。

取り敢えずわたしは何かに乗っかられてるか押し潰されてるかみたいなので、適当に手をばたつかせてみたけど…こんな時に限って上手くいかず、イリゼさんにわたしの状況を伝える事が出来ない。…ええぃ、かくなる上は…!

 

「む、むぐ…むぐー……!」

「ひにゃっ…!?…ってあぁ!?ご、ごめんね!」

「ぷはぁっ…!……こ、殺す気ですか…」

「ぐ、偶然だよ!?万が一殺す気があったとしても、こんな痴女紛いな手段は取らないよ!?」

 

空気に喘いで思いきり息を吹き出すと、やっとイリゼさんは退いてくれた。荒い息で呼吸を整えようとするわたしと、顔をちょっと赤らめ胸元を押さえつつぺこぺことわたしに謝るイリゼさん。この段階になって、やっとわたしはイリゼさんが罠を発動させてしまった事とそれによってわたしは床とイリゼさんにサンドされてたという事を理解した。

…いや、うん…あれだよね。もしわたしが男の子だったり百合百合な子だったりしたのなら少なからず歓喜してたかもしれないね。イリゼさん結構見た目良いし。けど、まぁ…それのせいであわや窒息、となるとやっぱり……

 

「…隙あらば削ぎ落とせというブランさんの教えは正しかった……」

「何を!?何を削ぎ落とすの!?ねぇ!?」

「……聞きたいですか?」

「いえ結構です!全力で遠慮しておきますっ!」

 

完全にビビってしまったイリゼさん。そんな教え受けた事も無ければそこまでブランさんは過激な訳でもないし、仮に教えを受けてたとしても実践する気は無いけど……それはちょっと黙っておく事にした。

因みに、この件以降イリゼさんは一緒にお風呂に入るそぶりは全く見せなくなった。

 

 

 

 

どぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!!

……と、近くに爆弾を利用した採掘場でもあるのかなと思ってしまう位の爆発音と破砕物が吹き飛ぶ音が聞こえてくる。

そこで嫌な感じのした私がふと天井に目をやると、爆発現場から勢いよくヒビが伸びてきて……いたりはしない。嫌な感じもしたりしない。…良かったぁ……。

 

「ディールちゃーん、成果はどうー?」

「けほけほ…思った以上に煙いです…」

 

確かにディールちゃんの言う通り、通路からはかなり砂煙の様なものが舞ってきている。これはあまり肺にはよろしくなさそうだった。…と、そこで急に突風が吹いてきてその砂煙を吹き飛ばす。恐らくディールちゃんが風魔法を使ったのだろう。

危ないから、という事で少し離れていた私がディールちゃんのいる爆破現場に向かうと…そこには予想通り、大きく穿たれた壁があった。

 

「これはまた…がっつり抉ったね」

「がっつり抉らないとやる意味ありませんし」

「まぁね。……で、何か発見はあった?」

「いえ、特には」

 

と、会話は片手間だと言わんばかりの簡素な返答をしつつ壁をぺたぺたと触っているディールちゃん。ぱっと抉れた壁という珍しいものに好奇心を抑えきれない幼女っぽくもあるけど…ディールちゃんに限ってそんな事するとは思えない。そう思って何しているのか聞いたら、拠点の時と同様に魔力や結界の反応がないか調べてるとやはり簡素に返してくれた。……何かにつけてディールちゃんとディールちゃんの魔法頼りな気がするけど、気にしない。…ほ、ほら、その分私は精神的な面で支えとなる、お姉ちゃん的な役割担ってるし?……に、担えてるよね?

 

「…何急に思い詰めた様な顔してるんですか?」

「ううん、何でもない…」

「そうですか…もう一度爆破してみるので、また離れて下さい」

「あ、うん…ってまた爆破しても大丈夫なの?」

「断言は出来ませんが…もう一度か二度なら生き埋めになる事はないと思います」

 

私は建設業や地質(壁質?)系の専門家ではないし、爆破を担当するのはディールちゃんだという事もあってその言葉を素直に信じ、再び近くの十字路の曲がった先まで退避する。

そして数十秒後、先程と同じ様に大きな音が聞こえてきた。その後砂煙が舞ってきて、更にその後突風が吹いてくるのも先程と同じ。

 

「更に抉れてるねぇ…当然だけど」

「また特に何も無しです。一応案外ここは崩落し辛いという事は分かりましたけど…」

「そっか…でも、この調子で壁爆破し続ければどこでもいけるね!」

「そんなあくういどうみたいな事したくないです…」

 

成果無しだった事に落ち込まない様ちょっとボケてみると、ディールちゃんもそこまで成果を期待してなかったのかボケで返してくれる。……え、意味が分からない?いつもの様に最後に説明するから大丈夫!

 

「こほん。ところでディールちゃん魔力量は問題無い?爆発魔法って燃費がいい訳じゃないんでしょ?」

「それはそうですが、まだまだ余裕です。前も言いましたが魔法は得意ですし、これは魔力タンクとしても機能してますから」

 

そう言ってディールちゃんはグリモワールを持ち上げる。あぁ、だから魔法を使う時はよく杖と一緒にグリモワールも持っていたんだ…と思うと同時に、何の気なしに私はとある欲求を抱く。

 

「…私も魔法学ぼっかなぁ、便利そうだし女神化出来なくなっちゃったし」

「どうしてもと言うなら止めはしませんが…あまりお勧めはしませんよ?」

「え…魔法はそんな甘いものじゃない、って事?」

 

別に魔法を気軽に始められる趣味感覚で学ぼうと思った訳じゃ無いけど…我ながらそう取られても仕方ないと思う様な言い方だったし、趣味ではなく戦闘目的で学ぼうとしているのだから軽い気持ちで学ぶべきではないと言うのも分かる。

……けど、ディールちゃんがお勧めしないのはどうやら別の理由の様だった。

 

「そういう事じゃありませんよ。私が危惧しているのは、イリゼさんが思ってる程使い易くはならないという事です」

「あ、そういう事……」

「元々魔法…と言ってもルウィーのものですが…は気候の関係で科学よりも魔法の方が良いとなって研究が進められたものですから、サブではなくメインとして使う事で真価を発揮する事が多いんです。でも、イリゼさんはあくまでも剣術とそれによる近接格闘をメインにするつもりですよね?」

「そりゃあね。でも、そうなると魔法戦士みたいなタイプはどういう扱いなの?」

「魔法戦士は…多分、どちらかがメインとして身体に染み付く前に両方を学んだか、完全に我流の魔法を使っているかだと思います。でもそのどちらも大半は万能ではなくどちらかに寄ってる場合が殆どなので、イリゼさんの考える魔法戦士は滅多にいないかと…」

 

説明、という事もあって普段よりも饒舌になるディールちゃん。コンパやアイエフみたいに我流魔法を使う訳でもなく、そもそも今まではそこまで魔法に興味を抱いた事も無かった為にディールちゃんの話は新鮮で、つい私は聞き入ってしまった。

するとそれにディールちゃんは気を良くしたのか、それとも最初からそのつもりだったのか、私にフォローを入れてくれた。

 

「…それに、わざわざイリゼさんは魔法を学ばなくても良いと思いますよ。ずっとわたしが圧倒していたとはいえ、イリゼさんは女神化無しで女神化したわたしから生き延びたんですから」

「生き延びる事が出来たのは殆ど偶然みたいなものだけどね…」

「運も実力のうち、という事ですよ」

「…私の実力は認めてくれてるんだね」

「……不当な評価はしたくないだけです」

 

ぷい、と横を向きながらもそう言ってくれるディールちゃん。この瞬間「素直じゃないなぁ」と弄りたい衝動に駆られたけど…ついさっき随分と恐ろしい事を言われたことで衝動をぐっと我慢する私(私があの言葉が冗談だと教えてもらったのは拠点に戻ってからだった。……もっと早く知れてたら弄れたのに…)。

そんなこんなで爆破作業は一度中断し、場所を移動する私達。適宜壁に傷を付けて目印としながら進む途中、私は見覚えのある付着物を発見する。

 

「……あ、私の血痕だ」

「いつの間にか拠点周辺に来ていた訳ですね」

 

最早安定の目印と化してしまった私の血痕に苦笑する私達。付着の仕方を見るに、どうやら私が待ち伏せしていた所のすぐ近くの様だった。

 

「ここ雨も降らなきゃ清掃員もいないから全然血痕消えないよね。…私達が脱出した後も残るのかな…」

「誰も何もしなければ、そうなるでしょうね」

「なんかやだな、それ。かと言って今消したら拠点の場所分かり辛くなるし、もう暫くは放置…する、しか……」

「……イリゼさん?」

 

今はそれなりに仲良くなれたディールちゃんとも、少し前まで戦ってたんだよね…なんてしみじみ思いながら行き止まり側の通路に目をやった私は--------そこで、ぴたりと止まる。

数秒後、私の言葉も歩みも止まった事に気付いたディールちゃん。彼女は私に声をかけてくるけど…私は記憶の手繰り寄せと記憶の再検証に意識を持っていかれて反応が遅れてしまう。

一見なんの変哲もないただの通路。血痕が残っている事以外は、何かおかしな事がある訳ではない、至って普通のT字路。でも、私はそれに違和感を感じて仕方がない。だって、明らかに記憶とは食い違っているから。だって、ここは……

 

「……ねぇ、ディールちゃん」

「…何ですか、イリゼさん」

「ここってさ…行き止まりへの直通だったよね?--------T字路じゃなくて、L字路だったよね…?」




今回のパロディ解説

・馬鹿なお殿様の番組
志村けんのバカ殿様シリーズの事。頭から墨汁を被ったり小麦粉塗れになったりするといえばその番組だと思います。…場所が場所じゃなきゃ鰻もやったんですけどね…。

・リンク
ゼルダの伝説シリーズの主人公、リンクの事。壁を破壊するゲームは色々ありますが、謎解きしつつ壁を爆破するゲームといえばゼルダの伝説シリーズじゃないでしょうか。

・どこでもいける
ポケモン不思議のダンジョン 青・赤の救助隊における壁破壊能力の事。あれどうやって壊してるんでしょうね?まさか爆破ではないでしょうが…。

・あくういどう
ポケモン不思議のダンジョン 時・闇・空の探検隊における壁破壊能力の事。覚えるポケモンに合わせた名前なのでしょうが…壁は亜空と言えるのでしょうか…?


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第八話 期せずした交流、気付かぬ前進

「--------この迷宮は人が造ったものでは無い…ですか?」

 

拠点へと戻り、一息ついたところで突然イリゼさんがそんな事を言ってきた。それは唐突ではあるものの、迷宮に対して何かしら思うところがあるのは理解出来ない事はない。無かった筈の通路が出来ていたら、誰だって気になる。

でも、イリゼさんが口にしたのは疑問ではなく『仮説』だった。

 

「うん。正しくは普通の人が行う普通の建築技術で作られたものではないと思う、だけどね」

「あまり意味としては変わってない気が…あぁ、そういう事ですか」

 

意味の追求をしよう、と思ったところでイリゼさんの言いたい事が何となく理解出来たわたし。恐らくイリゼさんは物凄い能力を持った生物や能力者によって精製されただとか、超技術を誇った古代文明の産物だとか、そんな感じにこの迷宮を捉えているのだと思う。

 

「…そう思うからには、何かしら理由があるんですよね?」

「それは勿論。…とは言っても、どこから説明したら良いんだろう…どこからが適切だと思う?」

「イリゼさんの考察を全く知らないわたしにそれ訊きますか…」

 

説明する時、何も考えず一から十まで説明するよりも、相手の疑問に答えていく形で説明した方が効率良く相手に理解してもらえる事がある、というのは確かに分かる。けど、今のはどうなんだろう…これ「何が分からないかも分からないので、何が分かってないか教えて下さい」と言うのと同じ位無茶苦茶じゃないかなぁ…。

 

「……多少分かり辛くなっても良い?」

「まぁ…出来る限り理解する努力はします」

「助かるよ…じゃあ、こほん」

 

口元に握り拳を持っていって軽く咳払いするイリゼさん。別に講義でも講演会でもないんだからそんな事しなくても…という言葉をぐっと堪えて佇まいを正すと、イリゼさんは数秒目を閉じた後…自身の考察を口にした。

 

「……多分、この迷宮内に確定してる事は何もない。通路も、トラップも、部屋も置いてある物も全部、何らかの影響によって変化するんだよ」

 

……は?

一瞬…どころか数瞬わたしはイリゼさんが何を言っているのか分からなかった。さっきの人が造ったものではない云々もすぐに理解は出来なかったけど、これはその比じゃない。だからわたしは数秒固まった後に瞬きをして、こう言った。

何を大袈裟な、と。

 

「ま、そりゃそう思うよね…別に大袈裟に言ってるつもりも、誇張表現してるつもりも無いよ。私は、本気でそう思ってるから」

「…でしたら、もう少し掘り下げてもらえますか?今の言葉だけで理解しろというのは流石に…」

「分かってるよ。そうだね…ディールちゃん、ディールちゃん今に至るまでのどっかのタイミングで、一度はこう思わなかった?『都合良くて助かる(・・・・・・・・)』って」

「え…それは、まあ…何度かありますけど…」

 

別に隠す必要も無ければ嘘を言う事による利益も無いから、素直にそう返すわたし。わざわざここでの出来事を一つ一つ思い出す必要もなく、ここでは何度も『都合が良い』だとか『好都合』だとか思った事があった。今居る拠点だって、その一つだし。

 

「だよね、私も思ったよ。…でもさ、変じゃない?ここでの期間は決して長くないのに、何度も都合が良いと思える出来事が起きたんだよ?」

「それは確かに変ですが…立て続けに良い事がある時もあれば不幸が重なる事もあるのが世の中では?」

「…じゃ、一つ例えを出そうか。まずはこの段ボールと食料」

 

立ち上がり、段ボールの山の前へと移動するイリゼさん。彼女は移動した後言葉を続ける。

 

「これ消費期限切れじゃない事は既に分かってるけど、改めて見るとさ、気になる事が出てこない?」

「…と、言われても……」

「本当に?この段ボール、綺麗なままだったんだよ?」

「それは…使われてなかったのなら、綺麗なままなのは当然……」

 

当然です。そう言い切ろうとして…わたしは気付く。そうだ、確かに綺麗なままだというのはおかしい。使われてない、つまり放置されていたのなら『あれ』が付着している事こそが自然で、『あれ』が無いとしたらそれは逆に不自然になる。

自身の思い付きを確かめるべく、イリゼさんと同じ様に段ボールの山の前へ向かうわたし。そしてわたしは段ボールの表面を触り…確信する。

 

「…埃、ですか」

「そう、長期間置かれたままなら埃を被ってなきゃ変だよね?なのにこれは埃を被ってなかった。じゃあ最近置かれたのかと言われると…それもちょっと無さそうだよね」

 

そう言ったイリゼさんに対し、わたしは頷く。これだけの荷物をどこからか持ってきたのなら、どんなに気を付けても何かしら人が出入りした形跡が残る筈。だけど、拠点にも拠点周辺の通路にも…もっと言えば迷宮のどこにもそんなものは無かった。だから、最近誰かが用意した…というのはあり得ない。少なくとも、普通の人間には出来ない。

 

「埃が被らず、尚且つ出入りの形跡が残らない様に段ボールとその中身を用意する…そんなの、魔法か何かによってここへいきなり現れでもしない限り無理だ。…そう、私は思うね」

「…そういう事ですか…確かに、今分かってる事から考える限りでは、『無い』状態から『有る』状態になったと推測するのは一理ありますね。……かなり強引な気がしないでも無いですけど」

「そこは私も強引だと思ってるから大丈夫。それに、罠の謎だってこれで一応説明は付くよ?」

「罠に一貫性がないのは罠一つ一つが完成、独立したものではなくて、何かしらの影響によって変化をしているから…という事ですか?」

「全くもってその通り。やっぱ魔法使いって知力系のスペック高いんだね」

「…一応褒め言葉として受け取っておきます」

 

何とも間の抜けた発言に若干辟易としつつも、イリゼさんの事だから多分ふざけたかったとか真面目な雰囲気に耐えられなくなったとかのしょうもない理由でそんな事言ったんじゃないんだろう…と思って当たり障りのない返答を口にし、それよりも…と更に質問を投げかける。だって、まだイリゼさんの説明は重要な部分が欠けているんだから。

 

「…迷宮内のあらゆるものが何らかの影響により変化している、という考えは分かりました。正しいかどうかはさておき、理解はしました。……その上で訊きます。イリゼさんは、何らかの影響の『何らか』とは何だと考えているんですか?」

「あー…えっ、とね…それは……」

「……もしや、何も考えてないと?」

「そうじゃないんだけど…言ったら、『それこそ都合の良い考え方では?』って言われそうな気がして…」

「…残念です。イリゼさんがわたしをそんな冷たい人間だと思っていたなんて…」

「そ、そんな事は……じゃ、じゃあ言うね!私が考える、『何らか』とは…恐らく、『私達の思い』だと思うんだ。……ど、どうかな…?」

 

イリゼさんはあたふたとした後意を決した様な表情を浮かべ、自分の考えを口にしてくれる。

『私達の思い』、か…。先に影響先の説明を受けていた事もあって、そこまでわたしには突拍子もない発想には思えなかった。それにこれは半ばわたしが言わせた様なもの。だからわたしはきちんとそれに返さなきゃいけない。

そう思い、わたしはふふっと微笑みを浮かべる。それを見たイリゼさんがほっとした顔になったのを確認した後、わたしは…告げる。

 

「それこそ都合の良い考え方では?」

「うわあぁぁぁぁぁぁんっ!ディールちゃんの意地悪ぅぅぅぅぅうぅぅっ!」

 

イリゼさん、大号泣!……この人面白いし、持って帰ってラムちゃんと一緒に遊ぼっかな…。

……という冗談はさておき、それは冗談だった。……と言うと分かり辛いなぁ、ええと…全くそうは思っていないとまでは言わないものの、『私達の思い』というのはあながち的はずれでもない様な気がわたしはしていた。思い返してみれば、この拠点はわたし達が『休める場所』と『食料』を求めて探し始めた途端に発見出来た部屋。勿論偶然という可能性もあるにはあるけど…それを考慮するならはっきり言ってその前の、走り回り動き回っていた段階で見つかる可能性の方がずっと高い筈。なのにそれを偶然で片付けてしまうのは…少し強引な気がした。

 

「……しかし、私達の思いが影響すると言っても、それには限界がありますよね?」

「ぐすっ…せっかく意を決して言ったのに……」

「…あー……」

 

取り敢えずわたしはイリゼさんの考えに乗り、粗の目立つ部分を指摘する事で考察を深めよう……としたけど、当のイリゼさんがそんな状態ではなかった。…まぁ、うん、これは…わたしのせいだよね、間違いなく……。

 

「えっと…あの、本気だった訳じゃないんです」

「軽い気持ちで私を嵌めたの!?」

「そ、そうではなく…何というか、言動からフリの気を感じたと言うか…」

「振ってないよ!こんな酷いマッチポンプ紛いな事振らないよ!」

 

機嫌を直してくれるどころか更に怒りが加算されてしまった模様のイリゼさん。…うぅ、これは恥ずかしいし今後イリゼさんに弄られるかもしれないからやりたくなかったけど、こうなったらもう仕方ない……っ!

 

 

--------秘技、萌え落としっ!

 

「……ご…ごめんね、お姉ちゃん…元気出して…?」

「よぉし!私の考えは言った訳だし、次はそれに対するディールちゃんの考察を聞こうかな!」

「…いっそもう天晴れですよ、イリゼさん……」

 

怒りも涙も何処へやら、最高のコンディションだと言わんばかりの清々しい笑みを浮かべるイリゼさん。イリゼさんがちょろ過ぎるのか、わたしが萌えの申し子なのか、それともわたしの言った言葉の中にイリゼさんの琴線に触れるものがあったのか…とにかく、狙った通り…どころか120%位の成果があった。……一応喜んでおこうかな、わーい。

 

「……で、さっき何か言ってなかった?」

「あ…はい。私達の思い、というのはそこまで間違ってるとは思いませんが…影響出来るものと出来ないものとの境界はありますよね?」

 

色々突っ込みたいところはあるけど、そこ突っついていたらいつまで経っても本題に戻れそうもない(脱線させたのはわたしだし)ので、それを飲み込んで疑問をぶつけるわたし。

わたし達の思いが影響する。これが真実ならば、この迷宮内においてわたし達は何でも願いを叶えられるのと同義。だけどこれはあり得ない。わたしやイリゼさんがいつか出会うであろう赤髪の女神ならともかく、あり得ない。だって、もし本当ならわたしがずっと思ってる『ここから脱出して、皆の元に帰りたい』という思いが叶ってもう帰っている筈だから。

 

「境界もそうだし、条件も私はあると踏んでるよ」

「条件…ですか?」

「うん。不可能の境界を超えてなきゃ何でも影響してくれるのか、それとも私達が本当に必要としている場合のみとか意識せず欲したもののみとかの条件があってもおかしくはないでしょ?」

「…そうなると厄介ですね。何だかよく分かってないものの条件検証なんて一体どれだけの時間がかかるか分かったものじゃありませんし」

「でも確認が取れればかなり有益な情報となる。そうでしょ?」

 

イリゼさんの言葉に、そうですねと返すわたし。条件が分かればおおよその境界が見えてくる可能性は高い。そして条件とおおよその境界が分かってしまえば、拠点だけでなくこの迷宮全体を味方とする事が出来る。このチャンスを手放すのは、とても惜しい様に思えた。……でも、掴もうと思って掴める程簡単なチャンスでは…無い。

 

「何でしょう、このやるせない気持ちは…」

「宝箱見つけたのに盗賊の鍵系統のアイテム持ってない時みたいな気分だよね…」

「……片っ端から色々思いを抱いてみます?」

「案ずるより産むが易し、って事?…まぁ、うんうん唸ってるより良いかも…」

「案外すぐに分かるかもしれませんからね」

 

と、いう事でそれぞれ思ったり願ったりを始めるわたし達。あんまり大それた事を考えると実現しそうにないし、その場合境界のせいで実現しなかったのか条件のせいで実現しなかったのかの判別が付かないから割と小さな、それでいて実現したかどうかをすぐに確認出来る様な事を思い浮かべていく。……けど、これがまた難しくて、結局わたしもイリゼさんもうんうん唸る事となってしまう。

そして、約十分後……

 

「……うぅ、もう限界…」

「わたしもです…何これ凄い疲れる……」

 

ぐでーっと突っ伏してしまうわたし達。イリゼさんは案ずるより産むが易しと言っていたしわたしもそういう意図で提案したんだけど、よくよく考えたら思いっきり案じていた。そしてこの結果がこれだった。

特に成果が出た訳ではなく、かといって他にいい案が浮かぶ事も無かったわたし達は最終的に黙りこくってしまう。所謂煮詰まった状態だった(この使い方は誤用みたいだけど、ね)。

 

「…一息入れます?」

「そう、だね…」

「と、言ってもまぁ入れられるお茶など無く…」

「あるのはお水だけ、ってね」

 

世知辛い飲み物事情につい苦笑いしてしまうわたしとイリゼさん。拠点を見つける前はとにかく飲食物があるだけでも助かる…なんて思ってたのに、我ながら贅沢なものだよね。

 

 

 

 

疲れた時には甘いもの、というのは今では常識。これは甘いものというか糖分を取るのは疲労回復に最適だから…らしいけど、最近ではそれも否定されている。まぁ、常識も真実も『今分かってる事柄から考えた場合』に過ぎないんだからそれは仕方のない事。ただ、それでも甘いものには疲労回復の効果があると私は思う。所詮精神的なものに過ぎないけど、それでも『幸福』というものは疲れを忘れさせてくれるのだから。

 

「……でも、これは微妙だよねぇ…」

「…水なんか見つめてどうしたんです?」

 

物憂げに水を見つめていた(ディールちゃん談)私に、ディールちゃんが話しかけてくる。ま、物憂げかどうかはともかく水を見つめてこんな事言ってたら変に思うよね。

 

「いや、ちょっと水が微妙だったもんでね」

「温度がですか?」

「ううん、味が」

「…え、今更味ですか?」

 

怪訝な顔をするディールちゃん。食料と違って飲み物は普通の水オンリーだから飽きるも何も無いし、ディールちゃんの言う通りもう何度も飲んだ今言う事ではない。……そう、普通の水ならば。

 

「…ディールちゃん、この水をよく見てごらん」

「水をですか?…至って普通の水に見えますが…」

「ふっ、下をよーく見てごらんよ、ディールちゃん」

「何ですかそのキャラ…って、あ…これは……」

 

容器の底を指差す私と素直に底を見るディールちゃん。そして彼女は気付いた。私の試した…その、アレンジに!

 

「……砂糖水!?」

「どう?乾パンの氷砂糖を入れてみたんだ」

「入れてみたんだ、って…子供ですか貴女は…」

 

…あれ?なんか私呆れられちゃった?シンプルながら文字通り『味』のある良いアレンジだと思ったのに…ちぇっ。「わっ、凄い!わたしもやりたいやりたい!」って言われたかったなぁ……。

 

「見た目はともかく、わたしがそんな事言う訳ないでしょう…」

「あぁ、それもそっか…ディールちゃんもやる?甘くなるよ?」

「いいです、だって微妙なんですよね?」

「……うん、甘さが微妙なんだよこれ…」

 

食べ物飲み物を粗末にする訳にはいかないし、他の食材なんてメイトさんや乾パン位しかないから更に混ぜて味を変化させるのも殆ど望めない。となるとやっぱり…何とも言えない気分になりながら飲むしかないよねぇ…はぁ、身から出た錆とはいえとほほだよ…。

 

「不味くはないけど…不味くはないけど……っ!」

「…あ、それよりもイリゼさん。あの本ってどこにあります?」

「え?それなら段ボールの小山の一番上だけど…何に使うの?」

「使うというか…あの暗号をもう一度考えてみようと思いまして」

「そっか、私はこれ飲んでるから勝手に読んでて良いよ」

 

本に書いてあるのは例の暗号だけだし、三人寄れば文殊の知恵とは言うけど一人で見たら無意味なんて事はない(後そもそも三人いないしね)。だから私は取り敢えず微妙砂糖水を飲んで、それが終わったら一緒に見ようかな…そう思っていた。

あれを…あの光景を、見るまでは。

 

「……ん…っ!んー…!」

 

必死に伸ばされた手。爪先立ちになり、ぷるぷると震えている足。息を止め、少しでも伸びをしようとしている事が分かる声。--------ディールちゃんは、段ボール小山の上にある本に手が届かないでいた。

何あれ…あんなの…あんなの……可愛くて魅入っちゃうに決まってるじゃん!

 

「ふ、んっ……!」

(可愛いなぁ、愛くるしいなぁ…)

「うぅ…ふっ……!」

(あ、もうちょっとで届きそう…)

「……っ…はぁ…はぁ…」

(力尽きた!?惜しい!でも長時間の爪先立ちはキツいもんね!ほんと小動物みたいで可愛いっ!)

 

頑張るディールちゃんと黙って愛でる私。そんなこんなで早数分。魔法で身体能力強化しての跳躍や女神化はプライドが許さないのか最後まで背伸びだけで取ろうとしていたディールちゃんだったけど、やっぱり届かず大きなため息を吐く。

そしてそこまで見届けた私は…大人の笑みを浮かべてディールちゃんの隣にまで行き、ひょいと何でもないが如く本を取る。

 

「はい、どうぞ」

「……あ、ありがとうございます…」

 

私が差し出した本を、ディールちゃんはぼそぼそとお礼を述べながら受け取る。情けないから受け取り辛い…でもせっかく取ってくれたのにそれを無下にするのも悪い…そんな感情がありありと見えるその言動に、つい魔が差してしまった私はこんな事を言ってしまう。

 

「全くもう、取れないならお姉ちゃんに任せてくれれば良いのに」

「〜〜〜〜っ!!」

 

ぼんっ!と一気に沸騰したかの様に顔が赤くなるディールちゃん。妹扱いされたのと今の言葉によって取ろうと背伸びしていた一部始終をずっと見られていた事が判明したのとで恥ずかしくなったんだろうけど…その反応はむしろ、私を余計増長させるだけだった。それに、さっき泣かされた借りもあるしね。

 

「バランス崩して転んだら危ないでしょ?ディールちゃんはまだ小さいんだから」

「よ、余計なお世話です!後わたし本気でイリゼさんをお姉ちゃんと慕ってる訳じゃありませんから!」

「私の手をきゅっと握って、上目遣いであんな事言ったのに?」

「さ、さぁ?そんな事あったかもしれませんが、わたしはよく覚えてませんね…」

「そう?じゃ、私はよく覚えてるからあの時の言葉言ってあげるね。…『……ご…ごめんね、お姉ちゃ--------」

「わぁぁぁぁ!い、いいです!もう思い出しましたからリピートしなくていいです!」

 

顔を真っ赤にして妨害してくるディールちゃんから逃げる私。暗号の事を考えていた数分前までの思考はどこへやら、私もディールちゃんも真面目さとはかけ離れた状態だった。……でも、これもたまにはいいと思う。根を詰め過ぎる事ばかりが良い訳じゃないし、何より…何だかんだ言ったって私もディールちゃんも少女なんだから。

 

 

 

 

--------この時、私はまだ知らなかった。まだまだ遠いと思っていた真実が、私達が戦うべき敵がもう直ぐ近くと呼べる程私達は進んでいたという事に。




今回のパロディ解説

・赤髪の女神
新次元ゲイムネプテューヌVⅡや外伝作品に登場する天王星うずめの事。イリゼやディールは一体どういう形で彼女と邂逅するのでしょうね?一応考えてはありますが。

・盗賊の鍵系統のアイテム
ドラゴンクエストシリーズにおける鍵のかかった宝箱や扉を開ける為のアイテムの事。基本鍵のかかった物の無い原作ゲームには無縁のアイテムな気がしますね。


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第九話 違和感の先の光明

改めて暗号を読み解く。そこに体力を大きく消費する要素なんてないし(頭脳労働だから疲れるには疲れるけど)、本を取ってきて開くだけなんだから読み解き開始なんて一分もかからない。

そう、その筈。その筈なのに……

 

「ぜぇ…ぜぇ…あ、暗号…見てみようか……」

「そ、そうです…ね…はぁ…はぁ…」

 

私もディールちゃんもぐったりしていた。持久走でもやったんだったかな?と思っちゃう位のぐったり具合だった。……おかしいよね、これ明らかにおかしいよね?

 

「何で、こうなったんだっけ…?」

「イリゼさんの、悪ふざけのせいでしょう……」

「いや、私の責任は否定しないけど…ディールちゃんにも責任の一端があるよね…?」

「それは…まぁ、そうですね…」

「じゃあ、今回もお互い様という事で…」

 

互いに『何やってるんだろう(私・わたし)』みたいな表情を浮かべながら、私達はいつの間にか床に放置していた本の元へと移動する。…読み解く対象の載ってる本を忘れてる時点でもう読み解くも何もないよね……。

 

「…さて、どこのページだったかな……」

「これ、複数人で読むにはちょっと小さいですね。読めない事は無いですが」

「じゃ、私の膝の上に座る?いやむしろ、お姉ちゃんの膝の上----」

「グリモワールスマッシュ!」

「名無し本リフレクト!」

「何をふざけた事言ってるんですか!後前半のネーミングセンス最悪です!」

「だからっていきなり殴る事ないじゃん!後わざわざ本で殴る必要ある!?」

 

叩き込まれるグリモワールと掲げられる名無し本。それはさながら激突する騎士の剣と盾…なんて素敵なものではなく、せいぜい叩いて被ってじゃんけんぽんのワンシーンだった。……私はともかく、ディールちゃんは明らかに誰かさんに毒され始めている。

 

「…真面目な話、わたしが膝座ったら座ったで気まずくなるのは目に見えているでしょう?」

「ですよねー…ごめん、冗談だし本はディールちゃんが持って良いよ。元々もう一度見たいって言ったのはディールちゃんだし」

「別にそんな気を使わなくても……いや、お言葉に甘えさせてもらいますね」

 

ディールちゃんは一度否定しようとするものの、途中で『否定したら遠慮合戦に発展しちゃうかも』と思ったのか言い直して私から本を受け取る。私は察しが良くて助かるなぁ…なんて思いながら本を開くディールちゃんの隣に移動した。

 

「ええと…あ、ここですね。……こほん、『元の場所へと戻るは二つに一つ。加えられし者、排除されし者。求めし先に、戦場はあれり。ここは、創滅の迷宮』」

「…何故音読を?」

「こうして一度表現しておけば、わざわざ第六話を見直さなくて良いかと…」

「うん、やっぱディールちゃん毒され始めてるよ。元から素養があったのかもしれないけど、どう考えてもこっち来てからその方向性で暴走しちゃってるよ」

 

配慮としては百点満点だったけど、キャラ的にはアウトもいいところだった。……もう下手に触れない様にしよう、薮蛇で怒られるのも嫌だし。

 

「…真面目な話しても良いですか?」

「おおぅ、真面目な話するのに区切りが必要だと思われてる……うん、大丈夫」

「では…まず、ここが気になるんです」

 

そう言ってディールちゃんは一行目、『元の場所へと戻るは二つに一つ』の部分を指差す。そこは私が不穏な可能性を浮かべた部分だったからまさか…と少し不安になったけど、表情から察するにどうやら私と同じ様な事を思い浮かべていた訳ではない様だった。

 

「…何か、分かったの?」

「いえ、そうではなくて…ここ変だと思うんです」

「ここって…『二つに一つ』に変も何も無くない?」

「まぁそれはそうなんですけど…二つに一つ、っておかしな表現だと思いませんか?最初に読んだ時は全部理解しようとして気付きませんでしたが…これ、この行以降の文章とは上手く合わない様に思えるんです」

「そうかなぁ……」

 

イマイチディールちゃんの言う事がピンとこない私。確かに『求めし〜』から先にはちゃんと合わない様な感じはあるけど、それ以前に前半二行と後半二行は別の事を指してる風の書かれ方だし、二行目は一行目とそこまで合わない様には思えない。…何か視点が違うのかな?

 

「じゃあ……イリゼさんは、この二つに一つ、とは何を指してると思いますか?」

「……っ…それは…」

「…あ、別に具体的に言えという意味じゃないですよ?そこは問題じゃないので」

「…じゃあ…人、とか?」

「ですよね?わたしもそう思いました。……ならば、何故『○○つ』という表現をしているのでしょう?それともこれは人以外を指してるという事でしょうか」

「…確かに、なんでだろう……」

 

ディールちゃんに言われて、やっと私も違和感を抱き始めた。『○○つ』という数え方はかなり汎用性が高いからこそ気付かなかったけど、本来ならばこれは人を数える為のものではない筈。なのにこの数え方をしているという事は、何か特別な理由があるとしか思えなかった。

 

「…これを書いた人は、『二つ』に該当する対象を物扱いしてるとか…?」

「それならば、二行目以降ももっと悪意的な表現をしている筈では?」

「じゃあ……物と者を間違えたとか?二行目に者、ってあるし…」

「こんな大掛かりな事する人が、そんなミスすると思いますか…?」

「……なら、やっぱり…人以外を対象にしてるのかな…」

 

特別な理由がある気がするけれど、その特別な理由が何なのかは分からない。人以外を対象にしている可能性もまだあるから、これは人を指していると安易に結論付けて話を進めるべきでもない。

そんな考えをディールちゃんに伝えると、それはディールちゃんもだったのか私の話にうんうんと頷いてくれた。……どうしよう、もう行き詰まっちゃったよ。

 

「…一旦一行目は保留にします?」

「そうだね…と、言っても二行目も三行目もイマイチ読み解けそうにない気がするけど」

「四行目は…読み解くも何もなさそうですね」

「創滅の迷宮…迷宮は分かるけど、創滅って一体……」

 

創滅。『創』るに『滅』びるで創滅なのであろう事は私でも分かるけど…何を指して『創滅』なのかはさっぱり分からない。

 

「…反意語、ですよね。これって」

「うーん…細かく言えばちょっと違うだろうけど、まぁ十分反意語の範囲内だと思うよ」

「……イリゼさん、今に至るまでで創滅を感じた事ありますか?」

「…無いかなぁ……」

 

小首を傾げ、頬を掻きながら返答する私。この迷宮には何も無い…とまでは言わないけど、最大限好意的に解釈しても『創滅』なんてアイエフやMAGES.辺りの琴線に触れそうな二文字が似合う場所とは思えない。…正直、名前負けしてる感あるし……。

 

「…こ、これも保留にします?」

「そうすると…何の進展もないまま二回目の読み解きも終わっちゃうよ?」

「それはそうですが…他に取っ付き易そうな所と言えば、この『戦場』って部分位ですよ?」

「ここ?何か思い当たる節あるの?」

「思い当たる節というか…わたし達にとって、戦場なんてあそこしか無いでしょう?」

「あそこ…あぁ、あそこね」

 

一拍置いて私はディールちゃんの指す『あそこ』というものを理解する。確かに私達にとって戦場なんてあそこしか……あの大広間しか無い。私やディールちゃんにとってあそこが求めし先なのかどうかは怪しいけど、大広間が戦場であった事は間違いなかった。

 

「…じゃ、行ってみる?」

「大広間に、ですか?」

「この流れで新たに現れた通路とかディールちゃんが爆破した壁のある通路とかに行くと思う?」

「ですよね…でも、本回収しに行った時は何もありませんでしたよ?」

「でも、今さっき言った通路の例もあるし…行って損って事は無いと思うよ?こんな状況だしさ」

「…それもそうですね。行ってみましょうか」

 

と、いう訳でまたまた大広間へと向かう事となった私達。……え、通路と拠点と大広間にしか行ってない?…びょっ、描写されてないだけだもんねっ!

 

 

 

 

「何というか…ここを通るのも慣れてきましたね」

 

ぽてぽてと歩く道すがら、ふと思った事を口にするわたし。そう何度も何度も往来した訳ではないけれど、拠点と大広間の間の道は通る度何かと刺激があったから自然と慣れてしまっていた。

そしてそれは隣を歩くイリゼさんも同じだったらしく、苦笑しながら頷いてくれる。

 

「最初は私達険悪そのものだったのに、今じゃ少々頭のおかしい雑談が出来る位の仲になったもので…環境って凄いものだね」

「……わたしはまだ貴女に不信感を持っているんですが…」

「えぇ!?まだ私信用されてなかったの!?」

「冗談です。『それなりに』は頼りにしてますよ」

「…ほんとに頼りにしてくれてるんだよね?それなりに、を強調したのは悪い意味でじゃないよね…?」

 

不安そうにわたしを見つめてくるイリゼさんに特に何も返さず、先に進んでしまうわたし。…いや、だってほら…イリゼさんの方向いたら隠しきれない笑い顔を見られるし…。

 

「うぅ…そのうち見返してやる……」

「いや別に馬鹿にしてる訳じゃないんですけどね、こう…某超微妙能力者さん的弄り易さがあるんですよ。イリゼさんは」

「うっ……確かに言われてみるとそんな気がしないでもない…」

「なまじ性格が良いのが逆に弄りを加速させるんですよ。…まぁ、良いんじゃないですか?わたしより集団の中心に位置し易いと思いますし」

 

きっと、彼女は元いた次元でも同じ様に弄られながらも愛され、パーティーメンバーの中心に居たんじゃないかと思う。だって、半ば巻き込まれる形だったとはいえ悪意も敵意もない人に勝手な都合で戦闘を仕掛けたり、悪意があったとはいえ赤の他人を過剰に煽ったりする様なわたしですら、こうして気を許して話す事が出来るんだから人の輪の内側に居ない筈が……

 

「…それを言うなら、ディールちゃんの方がわたしより集団の中では重要な位置に居ると思うけどね」

「……へ?」

 

突然思ってもみない事を言われて目を丸くするわたし。…きゅ、急…ではないか、わたしの言葉受けてだし…に何を……?

 

「だってさ、ディールちゃんって基本ブレずにクールを貫けるでしょ?私の居るパーティーとディールちゃんの居るパーティーが共通点多い以上、そういうキャラは重宝されてる筈だよ?」

「それは…わたし以外にもクール系の人は居ますし…」

「厨二感が否めなかったり高飛車ツンデレキャラを持ち合わせてたり周りからキレ芸扱いされてたりする面子が真にクール系と呼べると思う?」

「……改めて考えると、相当ぶっ飛んだパーティーですよね、わたし達が所属してるのって…」

 

皆には悪いけど、正直クール系はおろかまともと呼べる人達が殆ど居なかった。…わたしもまともかと訊かれたら素直に頷く事は出来ないし……。

 

「でしょ?だからディールちゃんみたいな子は必要なんだよ。後突っ込みキャラでもあるし」

「そう、ですかね……え、突っ込み?」

「うん突っ込み。…分かるでしょ、ボケキャラばっかりの所にいる少数の突っ込みキャラの苦悩は……」

「し、心中お察しします…」

 

それを言うイリゼさんからは哀愁の様なものが漂っていた。…わ、わたしも皆と一緒にいたらその内こんな哀愁が漂う位疲弊するのかな……。

と、わたしが未来に一抹の不安を感じ始めた辺りでわたし達は大広間の前に到着した。例の如く床に血痕が残っているし、扉と対面する位置にある壁はボロボロになっているから間違いない。

 

「…もし大広間じゃなくて異次元に繋がってたらどうする?」

「…イリゼさん、任せます」

「えぇー…異次元に繋がってません様に……」

 

自分で言ったくせにちょっと嫌そうにしながら扉を開くイリゼさん。しかし当然異次元に繋がってる訳などなく(一応絶対ないとは言えないけどね)、開いた先には大広間。因みにイリゼさんは開いた後「ま、そうですよね〜」みたいな表情をしていた。

 

「相変わらず殺風景な大広間ですね」

「…創滅とは対極にありそうだね」

「どうでしょう?元々はここで色んなものを創り出していたけど、何かの事情で全て消滅してしまったとかかもしれませんよ?」

「…それを言いだしたらキリなくない?」

「まぁ、そうですね」

 

確かに今の発想はこの大広間だけでなく、どの部屋どの通路でも成立する様な気がする。この迷宮においては常識だとか普通だとかに囚われるのはいけない事だけど…だからと言って何でもかんでも考えれば良い訳ではない。…というか、出来ない。

 

「……で、何か気付きました?」

「…ごめん、広いなぁ…位しか思い付く事ないや…」

 

ちょっと申し訳なさそうに言うイリゼさん。拠点を出る前にもその可能性はあるかもと指摘したし、指摘した上でわたしは納得したのだから別に何も無くても仕方ないとしか思わなかったけど…それでもイリゼさんは悪い事したなぁ、みたいな感じだった。

……じゃあ…。

 

「…壁や床、調べてみます?」

「え…ここの壁や床全部?」

「えぇ、色々置いてある拠点も変な所ですが、何も無いというのもそれはそれで変だと思いませんか?」

「…そうだね、何も無いならなんでここ作ったんだって話になるし…」

 

すまない、と思っているならこちらから何か提案すればいい。それで何か見つかればここへ行こうというイリゼさんの提案は間違ってなかったという事になるし、何も無ければわたしも間違った提案をしてしまったというおあいこの状態になる。変に気を遣って言葉をかけたりするよりは、こういう事をした方が相手も気が楽になり易いという事をわたしは人付き合いの中で何となく理解していて、今はその理解が正しいものだったと思える瞬間だった。

 

「では、イリゼさんは壁調べてもらって良いですか?…わたしの手が届く範囲なんてたかが知れてるので…」

「あ…う、うん…任せて」

 

いそいそと壁を調べ始めるイリゼさん。…肉を切らせて骨を断つとはこういう事……べ、別にもう少し背が高かったら良いなぁって思ってる訳じゃないけどね?…あれ、このシリーズの閲覧者さんってこうやって言えば信じてくれるんだっけ…。

……こ、こほん。

 

「ディールちゃん、私とディールちゃんとの戦闘で傷付いた部分も調べた方が良いと思う?」

「しても駄目じゃないですが…強い衝撃を受けても何も起こらない様な仕掛けなら、その上で触ったところで何も作動しないと思いますよ?」

「だよね…ふむ……」

 

触ったり、ちょっと叩いてみたりして調べ始める私達。華もなければ面白味もない、完全に地味な作業だったけど…トレジャーサーチもラプラス・アイもないからこうやっていちいち調べるしかない。……楽じゃないよ、これ。

 

「…………」

「…ここ、壁触るんじゃなくて壁沿いに一周したら何か起きたりして……」

「この迷宮がホウエン地方に位置してるならそうかもですね…」

「…………」

「…………」

「…………」

「……自分で言っておいてなんですが…これ結構時間かかりそうですね」

「…………」

「調べた場所忘れない様にしなきゃですし……イリゼさん?」

 

イリゼさんのジョークに突っ込みつつも、無言で調べ続けるのは些か苦痛だからと今度はわたしから話しかけてみる。……が、返答はない。

普段のイリゼさんなら多少反応が遅れる様な事はあっても、意味もなくわたしの言葉を無視したりはしない。だから何かあったのか…或いはわたしが気付かずにイリゼさんを不機嫌にさせていたのかと気になって顔を上げてみたら……イリゼさんの姿は、どこにもなかった。

 

「イリゼ、さん…?…イリゼさん!?」

 

立ち上がり、大広間を見回す。だけど、やはりイリゼさんの姿はない。…そんな、馬鹿な……。

 

「大広間の外に出た…気配は無いし、ここに別室なんて無いよね…まさか、罠…!?」

 

嫌な予感が脳裏をよぎる。もしイリゼさんが居ないのは罠のせいで、その罠というのが人一人を瞬時に消滅させる程の凶悪なものだったとしら……。

冷や汗が背中を伝う。段々と心拍数が上がってくる。気を許した相手が、ここにおけるわたし以外の唯一の人が、わたしの事を信頼してくれた人が居なくなるのは…しかも、その最後を目にする事も出来ないのは……そんなのは嫌だ。そんなの、認められる訳がない。

そして、わたしは遂に見つける。イリゼさんが居なくなった、その可能性を。

 

「これは…落とし、穴……?」

 

部屋の端で見つけたのは正方形の穴。立った人一人位なら引っかかる事なく落ちてしまいそうな穴。底が見えない程、声が届きそうにない程深い穴。

 

「こんなベタ過ぎる罠に何引っかかってるんですかイリゼさん…!」

 

しゃがみ込んで覗いてみるけれど、やっぱり底は見えない。だとすればここで大声を出したとしても反応は望めないし、女神化出来ないらしいイリゼさんが戻って来れる筈もない。だから…わたしが、行くしかない。

 

「…少し、待ってて下さいイリゼさん」

 

女神化するわたし。落とし穴の先に何があるかは分からないけれど、だからと言ってイリゼさんを見限るなんてあり得ないし、何か不味いものがあるのなら女神化も出来ないイリゼさんを一人にする訳にはいかない。

意を決し、浮かび上がるわたし。いざ落とし穴の先に行かん、としようとした瞬間……妙な声が聞こえてくる。

 

「……ぁぁぁぁぁぁああ痛っ!?」

「……え…?」

 

聞き覚えのある声。ドサッ、という物の落っこちた音。振り向いた先にいたのは--------イリゼさんだった。

 

「…イリゼさん……?」

「痛たた…あ、ディールちゃん…」

 

尻餅をついた形で座り込んでいるイリゼさん。わたしは…イリゼさんを見たわたしは……ちょっと何が起こってるのかさっぱり分からなかった。

 

「…あ、あの…えと、これは……」

「……?…あ、えーっと…私はそこから落ちて、ここから出てきました」

 

そう言いながらイリゼさんは二箇所を順に指差す。最初はついさっきわたしが覗き込んでいた穴。そしてもう一箇所は…床と同じ様な穴の開いた天井だった。

 

「……いやそんな訳がないでしょう!?」

「だって実際そうなんだもん!私だってよく分かんないよ!」

 

イリゼさんは下から上へと落ちたと言う。うん、さっぱり分からない。更に言えば落ちてから出てくる時間も異様に長過ぎる。本当に意味が分からない。

 

「もしかしてふざけているんですか…?もしそうなら、わたし本気で怒りますよ…?」

「だから違うって!…ここでの罠が奇想天外なのは分かってるでしょ…?」

「分かってますけど…はぁ……」

 

深い深い溜め息を漏らすわたし。イリゼさんが無事だった(あの時間落ち続けてたのに尻餅だけで済むというのもかなりおかしいけど)のは、正直言って安心したけど…こうもふざけただけの様な展開では、素直に安心出来ない。無事だっただけに、余計救出しようとしたエネルギーのやり場に困ってしまう。

するとイリゼさんはそんなわたしの心境を察したのか、ごめんね…とわたしに謝った後、でも…と続ける。

 

「…私、分かったよ。偶然にではあるけれど」

「分かった…?」

「うん、確証は無いからまだあくまで推測の域だけど…」

「いえ、だから分かったというのは何がですか?」

「あ…そっか、フライングしちゃってごめんね。……こほん」

 

またまた謝るイリゼさん。そしてイリゼさんは立ち、真剣な様子で……それを、口にする。

 

 

 

 

「--------暗号の謎だよ。私が、分かったのは」




今回のパロディ解説

・某超微妙能力者
生徒会の一存 碧陽学園生徒会黙示録シリーズのメインキャラの一人、宇宙守の事。何となくイリゼと守は似ている気が…する様なしない様な、正直私も微妙です。

・トレジャーサーチ、ラプラス・アイ
原作シリーズに登場する、隠し宝箱を発見する技及びマップに隠し宝箱を表示させる仕様の事。原作キャラクターはもしかしてこの技、普通に持ってるのでしょうか…?

・壁沿いに一周、ホウエン地方
ポケットモンスターシリーズにおける、あるギミックを作動させる為の手段及び作中の地方の事。特に前者はダンジョンや洞窟ネタでパロディとして使い易い気がします。


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第十話 守りたいもの

ギャグ漫画やギャグアニメの定番にさ、落とし穴落下ってあるよね。何かの拍子に落とし穴の上に立っちゃって、何かしらの理由で落とし穴のスイッチが入って、でも数秒は落っこちなくて、気付いてからやっと落下が始まって、手をばたつかせたり空へと泳いでみたりして滞空及び上昇を図ってみるけど健闘虚しく落下…っていう、ベタだけど寒くなくて、よく見るけど飽食気味になったりはしないアレ。

私さ、アレ実在するって思ってたんだ。だって、世界規模で「もうちょっと真面目にやろうよ…」って思う事が時折ある次元で過ごして来たんだよ?地面に斜めに刺さる女神がいたり、カジュアルな伊達眼鏡一つで変装が完璧だと思ってる女神がいたりする次元での毎日が日常だったんだよ?っていうか、今まで私と皆との冒険に付き合ってくれた皆もそう思うよね?……だからさ、皆には悲しいお知らせがあります…。

 

 

「わぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

--------あの落とし穴ネタ、実在しませんでした。

 

「気付いたらもう落ちてるなんてぇぇぇぇぇぇっ!」

 

落とし穴は縦には長いものの、広さ的にはあまりないのか私の声はかなり響く。正直自分でも結構五月蝿いんだけど…そんな事気にしている場合じゃない。というか……

 

「落とし穴長くないぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

 

自分が落とし穴に落ちたと気付いた時にはもう私の身長の数倍は落ちていて(手をばたつかせたり空へと泳いでみたりする余裕も隙も無かったよ…)、そこから大体同じ速度で十秒以上落ちてるのにまるで床に辿り着かない。更に言えば底が見える気配すらない。もしかすると床じゃなくて湖や野原に出るかもしれないけど、それは瑣末な問題。落ち続けている事、それ自体が目下最大の問題だった。

 

「…って、いつまでも叫んでる場合じゃないか……このッ!」

 

早々(と言えるかどうかは分からないけど)にただ叫ぶだけの時間は切り上げ、ディールちゃんに作ってもらったはがねのつるぎ…もとい鋼のバスタードソードを握る手に力を込め、思い切り壁へと突き出す。

これで某黒の剣士の如くバスタードソードが突き刺さり、落下が止まってくれれば御の字…と思ってやったけど……自分でも思った以上に簡単にバスタードソードは弾かれてしまった。具体的には、落下中で姿勢制御もままならなければ床を踏み込む事も出来ない上にそこまで広くなくて大振りの刺突が出来なかった…という三点によって普段より大きく威力が落ちて刺さらなかった…というのが理由だろうけど、そんな事が分かったところで何の意味も無い。だってそれは今においてはどうしようもないから。

 

(なら、手か足を引っ掛けて……みようものなら、手足が削り取られるよね…)

 

人間危機的状況に陥ると慌てるものだけど、更にそれが悪化してどうしようもない(と判断してしまう様な)状況になると逆に冷静になってしまう。今回もその例に漏れず、今打てる手段が全て駄目か試すまでもないと分かるや否や私の思考はクールそのものになっていた。これがどうしようもないなら慌てるだけ無駄、という諦めから来るものなのか状況打破の可能性が僅かにでもある事を信じ、それを見逃さない様にする為に冷静さを取り戻すのかは分からないけど。

 

(ベストはここを登って大広間へと戻る事…その為にはまず落下を止めなきゃだけど、それはほぼ不可能。なら、それを前提に考えるしかない)

 

絶賛落下中にも関わらず知的キャラ並みの思考を行うという一周半回ってやっぱりぶっ飛んでる状況だけど、慌てるよりはよっぽど建設的だし何より誰かに見られてる訳でもないんだからどうでもいい事を気にする必要はない。…まぁ、考えてるうちに床や水面に激突するかもしれないけど。

それはともかく、私は状況打破の為に考えなければいけない。選択ミス次第では命を落とす事になるんだから、状況や前提をきちんと考えに組み込んで……

 

「……う、ん…?」

 

その瞬間、私の脳裏に浮かんだのは状況打破の案ではなくあの暗号についてだった。何故、このタイミングでそれが浮かんだのか。それは恐らく無意識の内に聞いた単語や思い浮かべた言葉が私の頭の中にピースとして残っていって、『前提』というピースを嵌め込む為の枠が出来た事で一気に組み上がっていったから。

 

「…これはもう常識を覆すどころか木っ端微塵に破壊するレベルの発想だけど…あり得なくは、無い」

 

思い付いたのは相変わらずの推測。でも、今までの推測とは何かが違うと本能的に感じていた。

そして--------深い思考の迷路に立ち入っていた私は下側が段々明るくなっていっている事に気付かず、それに気付いたのは…元の大広間に出て、思い切り尻餅をついてからだった。

 

 

 

 

妙ちきりんな落とし穴に落ちた仲間が、戻ってきた時にはいくら考えても進まなかった謎の答えを導き出した、なんて言ったらどう思うだろうか?

多分、多くの人は「途中で頭をどこかにぶつけたのかな?」と考えると思う。……少なくとも、わたしはそうだった。

 

「……えーと…ちょっとそこにしゃがんでじっとしててくれます?」

「う、うん…良いけど……」

「外傷は…無さそうですね…」

「え、何の心配してるの…?」

 

外傷が無いとなれば外傷が残らない様な高度なぶつけ方をしたか、精神的なものか…と思案を始めたわたしに対し、イリゼさんは怪訝な表情を浮かべている。…あ、不味い。このまま何も言わず考えていたらむしろわたしが心配される…。

 

「安心して下さいイリゼさん。多少頭がおかしくなっててもわたしは味方ですよ。元々ちょっとおかしかったですし」

「私の頭疑ってたの!?そして後半酷い!フォローに見せかけてるから尚更酷い!」

「そりゃ疑いますよ、過程と結論が噛み合ってないんですから」

「だからって即頭疑うのは酷いよ…分かったのは偶然、ほら言うでしょ?風が吹けばコイケヤ…じゃなくて桶屋が儲かるって」

「何故お菓子メーカーが出て来たのかはさておき、偶然…と言われても……」

「むぅ…まぁ一先ず話を聞いてよ?判断はその後でも遅くはないでしょ?」

 

イリゼさんが妙に自信有り気だった事もあり、やや消極的ながらも頷くわたし。まぁ、よく考えたら仮にイリゼさんの頭がおかしくなってたとしてもわたしには治せないし、病院もここには無いんだからおかしくなったと判断したところでどうしようもないんだけど。

 

「…じゃあ、お願いします」

「お願いされました。では、こほん……」

「あ、暗い部屋で一人の中、スポットライトが当たった状態から始まるとかの演出は要りませんからね?」

「私は古畑さんじゃないよ!?」

 

ネタと外見がミスマッチだよ…みたいな視線を送りつつも口を開くイリゼさん。お互いボケには大分慣れたらしい。

 

「まず、最後の一行は多分考察の余地の無い文字通りの意味だと思う。というか、あれはヒントに近いのかもね」

「ヒント…と言うと、創滅の部分がですか?」

「そう。ディールちゃんは創滅を何と何を指した言葉だと思う?」

「…創造と滅亡、でしょうか…」

 

創作と滅菌、創ると滅びるとか他にも思い付くものはあるけど、少なくとも最初に思い浮かんだのはそれだった。

それを聞いたイリゼさんはまずうんうんと頷き、苦笑しながら「やっぱそんな感じのを普通は想像するよね」と自分も同じ考えだった事を口にし…その後、真剣な顔になった。

 

「…でも、それは多分違う。創造と滅亡じゃなくて…創造と消滅なんだよ、きっと」

「え…でも、それは……」

「滅が後ろに来てるって?……創滅は頭文字二つを繋げた単語だ(・・・・・・・・・・・・)なんて、誰が決めたの?」

「あ……」

 

イリゼさんに言われて、イリゼさんに指摘されて初めて気付く。わたしは公取委とかPKOとかASTとか世の中のありふれた略称は頭文字を繋げてるものが多いからついこれもそうだと思ってしまっていたけど、それは半端な部分の文字を繋げるより分かり易いからそうしているのであって、別に何かのルールの下そうなっている訳ではない。

人に対して『○○つ』を使うのは変、という事をイリゼさんが気付かなかった様に、わたしも注意していたつもりが『普通』という蓑に隠された違和感や可能性に気付けていなかったのだと痛感する。

 

「…まぁ、これを言ったら死滅とか全滅とかあるけど創造と一番対極として成り立ちそうなのは消滅でしょ?」

「…例えが破滅思想者みたいですね」

「うっ…滅事体マイナスな言葉なんだから仕方ないじゃん…」

「それもそうですね。しかし…創造については特に何も言及してませんが、創造は間違ってないという確証はあるんですか?」

「それは二行目からの推測、かな」

 

二行目、と言えば確か『加えられし者、排除されし者』的な事が書いてあった筈。…と、そこでわたしは創造・消滅を前提として考えたからか案外すぐに思い付く。

 

「…創造は前半、消滅は後半と照らし合わせたって事ですか?」

「そういう事。各行が完全に独立してるって考えるのも変だし」

「……結構しっかりした推測ですね。真偽はともかく、頭おかしくなったかもって疑惑は撤回します」

 

正直、もっと前の段階から正常な思考をしてると分かっていたしイリゼさんも本気でわたしが疑ってるとは思ってなかった様だけど、一応言葉の上で疑いっぱなしというのは嫌だったからきちんと訂正するわたし。ちゃんと言葉にするのも大切だもんね。

 

「…それじゃあ次…と、言っても各文における読み解きはこれが最後かな」

「最後…わたしが疑問を抱いた一行目ですね」

「この行については…なんて言うか、私もディールちゃんも頭が固かった、としか言い様がないかな」

 

肩を竦めるイリゼさん。という事はつまり、一行目もわたし達が普通だとか当然だとか思っていた部分に目をつければ良かったって事…?

 

「文全体から見れば人や生き物を指している様な印象、だけど数え方は主に物に対するもの。だから私達は悩んだんだよね?」

「そうですね、無理矢理人だと認定しても違和感残りますし」

「うん。…でもこうは考えられないかな?悪意やミスなく『○○つ』という表現を人に対して使っていた、とは」

「悪意やミスなく?そんな事は……」

 

あり得ない、と反射的に思った。人に使う理由なんて幾つか思い浮かぶけどどれも最終的には悪意やミスに行き当たるし、そもそも変だからこそ違和感を抱いた訳で、それがあり得るならわたしは違和感を抱かない筈。

……なのに何だろう、この何か引っかかる様な気分は…。

 

「無い、って断言出来る?本当に無い?」

「無い…様な、気がしますが……」

「確かに無いだろうね。じゃあ……人を対象にしてるけど、人を指してる訳じゃない…って言ったら分かる?」

「…とんちか何かですか?もったいぶらずに説明を……」

 

してほしい…とやはり反射的に思った。でも、どんどんと大きくなっていく引っかかりは遂にわたしの言葉を遮るまでとなった。

人を対象にしてるけど、人を指してる訳じゃない…これはつまり、『○○つ』の先にあるのは人だけど、直接示している訳じゃないって事?

だとしたら、それは…そんな奇怪な表現が成立するとすれば、それは……

 

「……パーティー…集団…?」

「だよねぇ。仕方ない、これは実は……って、へ?」

「そうだ、集団なら人を内側に有しているから人を対象にしてると言えるし、集団そのものは人じゃないから人を指していない、『○○つ』という表現をするのもおかしくない」

「あ、えと…うんその通り……」

「…だとしたら、一行目の二つに一つ、というのは二人に一人、ではなく加えられし者に該当する集団、排除されし者に該当する集団のどちらかのみと解釈するのが自然ですよね?そして、そのどちらかのみを決する事を求めた時にその戦場が開かれる……凄い、これで全部繋がった…」

 

鳥肌が立つ様な感覚が全身を駆け巡る。殆ど何も分からなかった暗号の意味が次々と明らかになり、一つの回答を導き出せた時の何とも言えない興奮と爽快感。それがわたしをさざめき立たせていた。

そして同時に、本人は偶然と言っていたけどそれでもそれを気付けたイリゼさんは素直に凄いと思った。だから今回位は面と向かって称賛を…と思ったけど、何故かイリゼさんはちょっとしょんぼりしていた。

 

「…ええっと…どうかしましたか…?」

「全部言われた……」

「は、はい?」

「私が説明しようと思ってたのに、『○○つ』の部分どころか結論部分まで言われた…」

「こ、子供ですか貴女は…ならヒント出さずにすぐ言えば良かったでしょうに…」

 

ほんとにこの人は基本まともなのに、時折わたしと同レベルに子供だった。

 

「まぁ、いいです。暗号が解けたのは大きな前進ですから」

「んー…そうだけど、解けたっていうのは少し言い過ぎかも」

「そうですか?」

「だってさ、まだ二つの集団が明らかになってないでしょ?それに二つの集団が明らかになったとしても、どちらが加えられしでどちらが排除されしなのかはわかってないじゃん」

 

確かにイリゼさんの言う通り、その部分はまだ不明だった。かなり肩透かしを喰らった気分だけど…わたしとしてはそこまで落胆する事ではない様に思える。だって、わたしはもうある程度推測が付いていたから。

 

「…取り敢えず、わたし達は加えられし者側では?」

「……それまさか、メタ的な視点で考えれば当然の事…みたいな理由じゃないよね?」

「真面目な謎解き中にメタ視点出したら謎解きもなにもなくなっちゃうじゃないですか…違いますよ、簡単な事です」

「簡単な事?」

「えぇ、だって言っていたじゃないですか。イリゼさんは別次元から来た人に聞いたらその次元にはイリゼさんは居なかったって。その時、わたしやわたしらしき人に言及していました?」

「してなかったと思うけど…」

「という事はつまり、わたし達が分かる範囲ではわたしもイリゼさんも一つの次元にしか居ないという事になります。それぞれの次元以外でわたし達が排除されたと考えるのと、それぞれの次元でのみわたし達が加えられたと考えるのはどっちが自然ですか?」

「…ディールちゃん頭良いね」

 

わたしがイリゼさんを褒めようと思っていた数分後、何故かわたしではなくイリゼさんがわたしを褒めていた。…まぁ、悪い気はしないけどね。

そして…最後の一つ。排除されし者とは何なのか、という問いはイリゼさんが答えを出した。…最後はちゃんと説明出来て良かったですね、イリゼさん。

 

 

 

 

「…何なのか、なんて私達に導き出す事は不可能なんじゃないかな」

 

落下中の思考によって気付いた『前提』という要素。そこから大広間に至るまでの何気ない会話の中で出た『パーティー』という言葉から気付いた『集団』。それを意気揚々とディールちゃんに説明しようと思っていたけど…後半は思いっきりディールちゃんに言われてしまった上、最後には私が教えられる立場になっていた。……くそう。

だから必死こいて…という訳ではないけど最後の謎を突き止めようと思案を続け、私は一つの答えを出した。でも別に、これは放棄した訳じゃない。

 

「不可能だとして…なら、どうするんです?」

「どうもしないよ?分からないものは分からないだから、どうしようもないし。……だから」

 

私は本を片手に大広間の中央へと向かう。そして、本を掲げて私は告げる。

 

「--------私は望もう、その存在を。排除されし者と合間見え、雌雄を決する戦場を、その瞬間を。貴君もそれを望むのであれば…己が居場所を取り戻さんとするならば、姿を現せ!」

 

忘れもしない、この迷宮の性質。私達の思いが影響を及ぼすというその性質に私は頼る事としたのだった。勿論、まだ影響を及ぼす境界も条件も分かっていないけど、この願いは聞き入れられると私は確信を持っていた。だって、本がこの迷宮と関連する物であるのならば、この本と直結する願いが無視される訳がないのだから。

そう思い、希望に満ちた瞳で掲げた本を見つめる私。そして、十数秒後…遂にその瞬間は訪れる。

 

「……何も起きてませんよ」

 

半眼のディールちゃんに指摘される、その瞬間が。

 

「……い、今のは見なかった事にして下さい…」

「あ、はい…流石に今のは見てるこっちも恥ずかしいので触れない事にします…」

 

なまじもう一人の私の真似をしながら言ったものだから、余計に恥ずかしかった。同情されたのも、更に更に恥ずかしかった。具体的には、ディールちゃんの目を見られない位には恥ずかしかった。

 

「…一度、戻りましょうか」

「……うん」

 

最後の最後でつまずいてしまったけど、それでもここに来る前とは天と地程の差がある位進展した。そう考えれば最後つまずいた事位どうって事ない。ディールちゃんはそう思っていたらしいし、私もそう思おうとした。そう思おうとして、二人一緒に大広間の出入り口へと行こうと……

 

『……ーーっ!?』

 

背筋が凍る様な、自分の本質の部分から湧き出る嫌悪感の様なものを感じ、瞬時に振り向きながら左右へと飛び退く私とディールちゃん。私は同時にバスタードソードを構え、ディールちゃんは女神化をする。

振り向いた私達の視線の先には、いつの間にか現れていた闇色の靄があった。その靄は、私達が見ている最中にも少しずつ大きくなり、何かの形へと変貌していく。

 

「この感覚…ギョウカイ墓場と同じ…」

「負のシェア、だね…なんで負のシェアがここに……」

 

いや…なんで、なんて事は無い。私も、恐らくディールちゃんもそれは分かっている。これが、『排除されし者』なのだという事は、殆ど本能的に察していた。

そして、闇色の靄は私達の数倍以上の大きさになった後…巨大な龍の様な姿となる。

 

「フッ…ハハ、ハーッハッハッハッハッ!!」

 

まるでそれは咆哮の様な嗤い声。威圧的な、それでいて挑発的な……どこかで聞いた事のある様な、嗤い声。

 

「遂ニ…遂ニコノ時ガキタ…嗚呼、ドレダケコノ瞬間ヲ待チワビタ事カ……」

「……貴方は、何者ですか…」

「フン、我ハ何者デモナイ…失ワレシ魔龍トシカ形容出来ヌ我ニアルノハ今ノコノ瞬間、ソシテ……」

 

何かが狂ってしまっている様な、そんな声。ただ、何となく私はその声に既視感の様なものを感じていた。私はこの魔龍を知らない、知らない筈なのに何か会った事のある様な違和感。

私はその違和感が何なのか理解しようと、思考を巡らせていた。だから魔龍の…その見た目からは想像もつかない程に俊敏なその動きに反応する事が出来ず、気付けば魔龍は目の前にいた。

 

「正当ナル存在デアル我カラソレヲ奪イ、我ヲ無キ者トシタ貴様等を断罪スルトイウ大義ダケダッ!」

「……ッ!イリゼさんッ!」

 

眼前に迫る魔龍の爪。一本一本が武器として成り立つであろうそれがすぐ前まで迫っていた時、私はやっと回避しようとした。けど、間に合う筈がない。良くて重症、悪くて即死であろう攻撃が迫る中、私が分かったのはそれを避ける事は出来ないという事実だけだった。

暫く感じる事の無かった死の実感に、つい目を瞑ってしまう私。……だけど、数秒経っても私の身体が魔龍の爪で引き裂かれる様な事はなく、代わりに私は浮遊感の様なものを感じていた。

 

「…ディール、ちゃん…?」

「敵を前にして何をぼーっとしてるんですか…!」

 

背中と両膝の裏に腕を入れた、所謂お姫様抱っこの形で私はディールちゃんに抱かれていた。そしてディールちゃんの叱咤で気付く。咄嗟に動いたディールちゃんが私を魔龍の一撃から助けてくれたのだと。

私を降ろすディールちゃん。彼女は魔龍に目をやったまま言葉を続ける。

 

「…イリゼさん、正直に答えて下さい。今の攻撃、反応出来ましたか?」

「…余計な事考えてなければ恐らく反応は出来たと思う。…でも、反応出来ても回避出来てたとは断言出来ないかな」

「……分かりました。イリゼさんは下がっていて下さい」

「……っ…それは…」

 

それは、実質的な戦力外通告。それは当然の判断だし、ディールちゃんも「役立たずは要らない」なんて冷たい考えの下言った訳ではない事は分かっている。……でも、私は…ディールちゃんを守らなきゃと思っていた私は、女神化出来なくなるまでずっと一番前で戦っていた私は、素直にそれを受け入れられる訳がなかった。

 

「援護だけなら私だって……」

「奴がわたしだけを狙うとは限りません。それに前衛のイリゼさんが中距離以上が得意距離であるわたしの援護出来ますか?」

「…でも、私だって出来る事が……」

「あるかもしれません。でも、出来る事とリスクとが釣り合ってると思います?」

「……だとしても、ディールちゃん一人に戦わせるなんて…」

「…はぁ、では少し下がって下さい。一つやっておきたい魔法がありますから」

 

溜め息を吐いたディールちゃんはそのまま杖を構え、私が下がるのを待つ。そして彼女は私がある程度下がったのを確認した様にちらりと私の方を見ると「…ごめんなさい」と言った。そして…私がその言葉の意味を気付くより先に魔法が発動する。--------私とディールちゃんを隔てる、氷壁の魔法が。

 

 

 

 

どうして、と叫ぶイリゼさんの声が氷壁を隔てて聞こえる。続いて聞こえてきたのは氷壁へ何かを打ち付ける音。これは恐らくイリゼさんが攻撃してるんだろうけど…普通の人間の域を超えていないイリゼさんが即座に壊せる訳がない。…わたしが魔龍を倒すまで氷壁が耐えてくれれば、それで良い。

 

「…一人デ我ヲ倒スツモリカ……」

「えぇ…わたしも、女神ですから」

 

この魔龍ならすぐに壊せるだろうけど、そこは気にしなくても良い。戦力分断をしている氷壁を壊せばわたしとイリゼさんが合流してしまうのだから、魔龍がそんな事をする訳がない。

 

「…倒セルト思ッテイルノカ…?」

「……どうでしょうね。もしかしたらキツいかもしれません。でも…」

 

例え殆ど役に立たなくても、イリゼさんが一緒に戦ってくれるのなら、それは…とても、心強い。だけど…もし魔龍とまともに戦えば、きっとイリゼさんは死んでしまう。

それは…嫌だ。絶対に嫌だ。仮に魔龍を倒せても、イリゼさんが死んでしまったらわたしは喜べない。イリゼさんと一緒に、笑顔で終わらせられなければわたしは納得出来ない。だって…

 

「…女神は大切なものを、大切な人を守るんです。だから……わたしが、イリゼさんを守るんです」

 

イリゼさんはもう、ただの同じ境遇になっただけの人なんかじゃないから。




今回のパロディ解説

・某黒の剣士
ソードアート・オンラインシリーズ主人公、桐ヶ谷和人の異名の事。剣で落ちるのを止めると言えば…でこれを思い出したのですが、結構該当しそうなのは多そうですね。

・古畑さん
古畑任三郎シリーズ主人公、古畑任三郎の事。最初は古畑任三郎さんの真似というネタもありましたが…どうしても伝わり辛くなりそうだったのでこうなりました。

・AST
デート・ア・ライブに登場する陸上自衛隊の特殊部隊(の略称)。PKOと並べるとなんかこれも国際的な組織の名称っぽくなりますが、実際にある組織ではありませんからね?


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第十一話 もう一度、共に

左右からは炎弾が、正面からは爪が迫る。それをわたしは跳躍する事で回避し、魔龍の頭頂部へと氷弾を撃ち込む。

戦闘は一進一退……だと、最初は思った。そう、最初だけは。

 

「小娘如きガ…ヌルイワッ!」

「……っ…!」

 

寸分違わず魔龍の頭へと着弾した氷弾。だけど魔龍はそれを物ともせずに顔をわたしの方へと向け、たった一度翼をはためかせるだけでわたしとの距離を詰めてくる。

氷弾が擦り傷一つ付けられ無かったのは予想外であり…かなり不味い事だった。別に今の攻撃でダメージを与えられなかった事が不味い訳ではない。今の攻撃より火力を上げる手段は幾らでもあるし、そもそも今のは小手調べの様なものだったから。

でも、無傷というのは不味い。無傷という事は、今撃った氷弾以下の威力の攻撃は魔龍にとって避ける必要すらないという事であり、それはつまり牽制として使える様な出の早い攻撃の大半は牽制として機能してくれないという事なんだから。

 

(機敏な動きに苛烈な上遠近問わない攻撃、おまけに生半可な攻撃は通用しない、か……どうしよう、こういうのが一番厄介なのに…)

 

ガバリ、と口を開き牙でもって噛み砕こうと仕掛けてくる魔龍。わたしは急下降と同時に身体を捻る事でそれを紙一重で回避し、杖に纏わせた氷剣ですれ違い様に斬りつける。手に残る確かな感覚。けど、浅い。

付け入る隙が一切無い訳ではない。俊敏とはいえ巨体故に攻撃が大味になってしまう魔龍は中々わたしを捉えられずにいるし、理由は不明だけど魔龍は頭に血が上っているらしくある程度は攻撃を読む事が出来る。でも、読めても素早いから楽に避ける事は出来ないし、パワーとタフさに以上な程差がある状況では油断なんか欠片も出来なかった。

 

「フン、マルデ小蝿ダナ!存在ソノモノニ虫酸ガ走ル点モソックリジャナイカ!」

「意味の分からない事を…ごちゃごちゃと…!」

 

一直線に後退しながら二対四本の鋼の刃を精製、性質上比較的脆い筈の両翼へ向けて同時二対射出。更に間髪入れずに先程よりも二回り程大きい氷塊を作り出し、わたしの真上に滞空させる。

魔龍は刃を避ける事はせず、突進をしながら両腕を広げ、両腕に直撃させる事で強引に防御。魔龍はやはり殆どダメージを受けた様な様子を見せず、頭上の氷塊ごとわたしを叩き潰そうと腕を振り上げる。……良かった、やっぱりあいつは慎重派なんかじゃない。

 

「予想…通りッ!」

 

わたしは魔龍をギリギリまで…振り上げた腕がわたしへと振り下ろされ始める直前まで耐えたわたしは杖を振るい、頭上の氷塊を……地面へと叩き付ける。

激しい音を立て、大小様々な破片となって飛び散る氷塊。破片が目くらましに、行動そのものが意表を突いた事によって咄嗟に腕を引っ込める魔龍。これはわたしが仕組んだ事なんだから…その一瞬を、逃す筈が無い。

 

「まずは…動きを止める…!」

 

氷剣を解除し、杖の柄の先を床へと打ち付ける。それにより杖から床へと流れた魔力は魔龍へと向かいながら薄い氷へと姿を変え、ものの数瞬でわたしと魔龍の周辺の床が即席スケートリンクへと変わる。

ある程度氷が広がった所で宙へ浮くわたし。そこで魔龍は顔周辺を覆っていた腕を降ろす。

 

「……貴様、何ヲ…」

「さぁ?貴方…貴女?…はぱっと見脳筋っぽいですし説明するだけ無駄でしょう?」

「……ッ…雌ガキガ…ッ!」

 

刃の様な牙を…そして怒りを剥き出しにして吼える魔龍。その怒りを表すが如く魔龍は大きく翼をはためかせ…その場で転倒する。それを見てわたしは暗に、にやりと笑う。

鳥や虫の様に羽を羽ばたかせる事で揚力を得るタイプの飛行方法は、多かれ少なかれ飛び立つ時に足場を踏み締める必要があるから足場が悪いと体勢を崩してしまう。即席スケートリンクはそれを誘発させる為の布石であり、魔龍が床の状態に気付かず飛翔する様誘導する為の飛行と挑発だった。

大きく前へと倒れ込み、わたしへと背を晒け出している魔龍。先程とは比べものにならない程の大きな隙をわたしは最高のチャンスと判断し、一気に攻勢をかける。

 

「そちらの大義とやらも意思とやらもわたしには関係ありません。排除されし者だと言うのなら…もう一度、消えてしまえ…ッ!」

 

円を描く様に鋼と氷を織り交ぜた多数の刃を精製。背に、翼に、頭に、尾に…わたしから見える部位全てに刃の束を降らせ、続けてそこへ衝撃波を撃ち込む。でも、まだ終わらない。更にわたしはついさっき精製したのと同格の氷塊を落とし、駄目押しとばかりに魔力の塊である魔弾を杖を振るって叩き込む。

宙で軽く息を切らすわたし。持ち前の魔力だけでなく、グリモワールからの魔力と女神としてのシェアエナジーまでもをつぎ込んだ怒涛の魔術連撃はわたしの予想以上に負担が大きく体力も結構消費しちゃったけど…手応えは確かにあった。床と氷魔法が破損し散った事で発生した煙霧によって魔龍の状態はよく分からないけど、これだけの攻撃を連続して喰らったのだから軽傷で済んでいる筈がない。流石にこれで決着…とまではいかないと思うけど、このダメージで魔龍の動きは確実に悪くなる筈……

 

「--------何カシタカ?雌ガキ」

「な……ッ!?」

 

煙霧を巻き上げ、一息でもって飛翔する魔龍。魔龍はまるでダメージを受けた様な様子もなく、わたしが驚愕から我に帰るよりもずっと前にわたしの目の前にまで接近する。

 

「落チロ、蚊トンボガッ!」

「ーーーーッ!か、はっ……」

 

振り抜かれる豪腕。全身に走る激痛。わたしの身体はゴムボールの様に跳ね飛ばされ、天井に、跳ね返った先の床に激突した。咄嗟にわたしは両腕を交差させたけど、この力の前では焼け石に水でしかなかった。

目の奥がチカチカする。口の中、鉄の味がする。肺の中の空気が全部無くなって苦しい。そして何よりも…痛い。もし女神化していなかったら即死していただろうと思う位痛い。

確かにわたしは全力で魔法を叩き込んだ。最大火力の魔法を使った訳じゃないけど、手加減なんて何もしていない。なのに魔龍の動きには何の変化も無かった。もし、これが実は魔龍があの状態から煙霧を巻き上げる事無く回避行動を取っていたのなら…そんな事はあり得ないけど…一応、そうだったのだと受け止める事が出来る。でももし、そうでないのなら…あの連撃ですらも、魔龍にとっては無視出来る程度でしか無かったとしたら……。

 

「コンナモノカ、拍子抜ケダナ」

「……っ…!」

「サッキ迄ノ威勢ハドウシタ…アァイヤ、威勢ダケノ小蝿ダッタトイウ事カ」

 

倒れたわたしの頬を風が撫で、次の瞬間わたしは魔龍に掴まれる。その腕は、その腕はまるで負の感情が龍の形を得たのではないかと思う程おぞましく、寒気のする様な感覚があった。

乱暴に掴まれ、魔龍の顔の前まで持ち上げられるわたし。チカチカする感覚が消え、視野が正常に戻ったわたしの前にあったのは、異様な程にギラギラと輝く魔龍の瞳。

 

「貴様等紛イ者ガソレ相応ノ力ヲ持ツナラトモカク、コンナ弱イ奴トハ不愉快デナラナイ…」

「知り…ませんよ、そんなの…」

「フン…一思イニ死ネルト思ウナヨ?ユックリト、ユックリト骨ヲ折リ、肉デ内臓を押シ潰シテヤル」

 

魔龍は下品な笑みを浮かべ、わたしを掴む手に力を込めてくる。最初こそただ掴まれてるのと大差無い力だったけど…段々と強く、苦しくなっていく。

わたしは何も出来なかった。力尽くでの脱出は到底無理だし、身体を指と手の平で包まれているから魔法攻撃をしようものならわたしにまでダメージが来てしまうし、先程の痛みのせいでわたしから離れた場所に一撃で脱出に繋げられるだけの威力を持った魔法を上手く編む事も出来ない。

 

「ぐ…ぁ……っ!」

「スグニ死ンデクレルナヨ?ソレデハ溜飲モ下ガラナイ」

「溜飲なんて…一人で勝手に下げてて下さい…!」

「ソウサセテモラウサ、一人デ貴様ヲ殺シテナ」

 

肺が圧迫され、再び呼吸が不安定になっていく。何となくだけど、骨が軋む音を上げている様な気もする。

正直、もう詰んでると思った。勿論諦めた訳ではないけど、無事脱出出来る手なんてもう無い。その上で、まだ出来る事があるとすれば…せめて、わたしが繋げられる事があるとすれば……

 

(…わたしの身体そのものを触媒に使えば、魔龍を完全に凍りつかせて殺す事だって不可能じゃない筈……)

 

わたしの身体自体を魔導具の代わりにして、魔力もシェアもそれだけに注ぎ込めば、グリモワール無しでも普段使うのとは比べ物にならないだけの超高位魔法だって扱える。そんな事をすればまずわたしの命なんて持たないけど…どちらにせよこのままいったら死ぬのは確実。なら、握り潰されて死ぬよりはわたしの命ごと魔力を葬り去る方がよっぽど良い。そうすればイリゼさんを守る事は出来るし、魔龍がこの迷宮から出て皆や罪の無い人達を襲う事も無くなる。……死ぬのは怖いけど、死ぬのは嫌だけど…それでも、やるしかないと思った。

 

(…ごめんね、ロムちゃん、ラムちゃん…わたし、帰れないかも……)

 

震えそうになるのを堪え、目を瞑る。わたしの身体の内側から爆発させる様に氷結させていけば魔龍に勘付かれる事はまず無いだろうし、この状況下でもミス無く発動させる事も出来る。…後は、術式を構築していくだけ。

そんな時だった。わたしを掴む力が弱くなったのは。

 

「……何ですか、今度は…」

「ツマランナ、命乞イノ一ツデモスレバ面白イ物ヲ…」

「誰が、命乞いなんて……」

「ソウカ…ナラ、貴様ニ生キルチャンスヲヤロウデハナイカ」

「え……?」

 

その言葉に、つい目を開け反応してしまう。魔龍に命乞いなんてするつもりは毛頭無いし、こいつが紳士(淑女?)的な提案をしてくる訳がない。…それでも、つい反応してしまった。

今までろくに面白みのない反応をしていたわたしがこんな様子を見せたのが愉快だったのか、魔龍は一層下衆な笑みを浮かべ、言う。文字通りの、悪魔の様な嗤い声と共に…こう告げた。

 

 

「ソノ氷壁ノ向コウノ女を殺セ。ソウスレバ貴様は見逃シテヤロウ。サァ…ドウスル、雌ガキ」

 

 

 

 

ディールちゃんと魔龍が、激戦を繰り広げている。体格と力で圧倒的に勝る魔龍に対し、ディールちゃんは身軽さと反射神経、そして頭脳で持って食らいついている。だけど、どちらが有利かと言われれば…それは、魔龍としか思えなかった。

 

「ごめん…ごめんねディールちゃん…私が、無力で……」

 

私は無意味と分かっていても氷壁を叩く。叩き、そのまま氷壁に当てたままの私の手はどんどん体温を奪われていくけど…それは気にならない。そんな事は、どうでもいい。

私は何も出来なかった。私には、ただ氷壁の向こうで戦うディールちゃんを見つめる事しか出来なかった。少しずつ劣勢となっていくディールちゃんに、何もしてあげられなかった。

そんな中、意表を突く事で隙を作ったディールちゃんは床を凍らせ、それによって転倒した魔龍に次々と魔法を撃ち込んでいく。

 

「……凄い…」

 

一発一発が十分な威力を持っている魔法を矢継ぎ早に叩き込むディールちゃんに、一瞬私は目を奪われる。今まで攻め手に欠けていたのが嘘だったのではないか、と思う程の魔法の連撃。だから私はその時思った。もしかしたら、ディールちゃんは勝てるのではないかと。

惜しくもその時、私もディールちゃんも揃って少しだけ油断、或いは楽観視していた。と、言ってもそもそも魔龍の限界値は私とディールちゃんの予想を大きく超えていたのだから仕方ないと言えば仕方ないけど……その結果、魔龍によってディールちゃんが跳ね飛ばされる光景を見た瞬間、私は後悔せずにはいられなかった。

 

「あ…あぁ……」

 

崩れ落ち、膝をつく。魔龍に掴まれ、苦悶の表情を浮かべているディールちゃんを見てなんていられないけど…私は目を離せない。

私はゲイムギョウ界の為、マジェコンヌの為、皆の為に女神化の力を手放した。だけどそれを間違っていたなんて思った事は無いし、私が守ったものは女神化の力を手放すのに見合うだけの…それだけで守れるのなら安いものだと思える程に尊いものだと思っている。だけど……私はこの時、後悔しそうになってしまった。私より幼い少女が私の為に戦ってくれて、しかもその子が辛い目にあって殺されそうになっているのに私はこうして見ている事しか出来ないこの状況に、力の無い私自身がかつてない程に嫌になった。

そして、魔龍は告げる。その恐ろしい提案を……最低最悪の魅力を持つ、その言葉を。

 

「ソノ氷壁ノ向コウノ女を殺セ。ソウスレバ貴様は見逃シテヤルゾ?サァ…ドウスル、雌ガキ」

 

ディールちゃんが私を殺せば、ディールちゃんは命を落とさず済む。確かに魔龍はそう言った。今まで氷壁に阻まれてよく聞こえなかった向こう側の声がよく聞こえたのは、魔龍が私にも聞こえる様に言ったからかもしれない。

それは愚かしい提案だった。ディールちゃんがそんな提案に乗る訳が無い。短い間だったけど、ディールちゃんと共に過ごした私にはそれがよく分かった。第一、ディールちゃんは正しく女神であり、そんな提案に乗る様な人がちゃんと女神をやっていける訳がないんだからはっきり言ってそんなの問うまでもない。

--------だけど、私には違う。私には…それが、ある種の希望にまで聞こえてしまった。

 

「……っ…そんなの、乗る訳--------」

「乗って、ディールちゃん……」

「……え…?」

「そいつの提案に乗って、ディールちゃん。…私を殺して、生き残って」

 

信じられないものを見る様な目をするディールちゃん。彼女を握る魔龍は一度驚いた様な顔をした後…心底気分良さげな嗤いを上げる。

後から思えば、この時私は少しおかしくなっていたと思う。だって、本来私は自分の命を犠牲に何かを助ける事は間違っていると思っているのだから。少なくとも、自分を大切にしてくれている人の為に死ぬのは、相手の気持ちを蔑ろにするのと同義だと思っている。なのに私がこう言ったのは……やっぱり、この状況に…ディールちゃんが殺されるのをただ見ている事しか出来ない事に私の心が耐えきれなくなっていたからだと思う。

 

「イリゼさん…何を、言って……」

「言葉通りの意味だよ、ディールちゃん」

「そういう事を言ってるんじゃ…ありません…!」

「大丈夫、私は恨んだりしないから。ディールちゃんが私を守ってくれるなら、私はディールちゃんを守ってあげる。…これを守る、とは言えないのかもしれないけどね」

 

自嘲気味に笑う私。実際こんなの守るじゃなくて、身代わりになるとしか言えない。でも、言葉の意味や綾なんてどうでも良い。それがどんな形であれ、ディールちゃんの命を助けられるのなら、瑣末事に過ぎない。

 

「美シイ友情劇ジャナイカ、乗ッタラドウダ?約束ハ守ッテヤルゾ?」

「冗談じゃない…イリゼさん、貴女はこいつの言葉が本当だと思っているんですか…!?」

「どうかな…でも、このままだとディールちゃんは確実に死ぬ。だったら、こんなの考えるまでもないよ」

「イリゼ、さん……分かりました」

 

氷壁を隔て、視線を交わらせる私とディールちゃん。そして彼女はこくんと頷いてくれた。そして……

 

「……お断りです。誰がそんな提案に乗るもんか…この、トカゲが…ッ!」

「……ーーッ!?」

「…イイダロウ、死ネ雌ガキガッ!」

 

離れた私の目からも分かる位、あからさまに力を込める魔龍。

意味が分からない。何故なのか。断るなら、一体何が分かったと言うのか。ただただ私は動揺し、ディールちゃんの状況も気にせず聞こうとして……絶句する。

 

「…ごめんなさい、イリゼさん……でも…わたしは、貴女と出会えて良かったです…」

 

ディールちゃんは笑っていた。死にそうなのに、殺されそうなのに、それでも笑っていた。私に、笑顔を見せてくれていた。

嗚呼、そうか。ディールちゃんに私の思いが伝わらなかったのではなく、私の思いを受け取った上で、それでも私を助けようとしているのだ。私に少しでも罪悪感を感じさせない為に、笑顔を向けてくれているのだ。そして、それが分かった瞬間……私の中で、何かが吹っ切れた。

もう一人の私は言っていた。私はまだ女神だと。もしも、それが女神の在り方とか比喩的な意味じゃなく、本当にそうならば。…いや、間違いなくそうだ。もしそうでなくとも、そうでないならそうすれば良い。女神に…シェアに不可能なんてないんだから、女神化出来ないという今を『変えれば』いい。だって、決めたじゃないか。ディールちゃんを守るって。私の居場所に、ちゃんと帰るって。なら、その邪魔になる事柄なんて、それを不可能にする要因なんて--------全て、覆してやる!

そう思ったその時、私の内側から…そして、持ったままだった白の本からいつかの様な力を、力が解き放たれる様な感覚を感じた。

 

 

 

 

一瞬、何が起こったのか分からなかった。痛みで意識を失いそうになり、でも痛みによって無理矢理意識を戻されてという拷問にも近い状況に、頭が働かなくなりそうになったその時、後ろから氷の割れる音が聞こえ、私を握る魔龍の力が弱く…と、いうか魔龍の腕がわたしから離れた。

ふらつきながらも着地し、ゆっくりと顔を上げるわたし。そこには……女神が、居た。

 

「え…貴女、は……」

「……私も出会えて良かったと思ってるよ、ディールちゃん」

「……っ!…まさか…イリゼさん、ですか…?」

 

一つ瞬きした後、後ろを見る。そこには破砕され、穴の開いた氷壁の姿。……よ、余計意味が分からない…だって……

 

「女神化、出来なかった筈じゃ……」

「ディールちゃんを…大事な友達を守りたいって、二人でそれぞれの居場所に帰りたいって思ったら女神化出来た、って言ったら信じてくれる?」

「そ…そんな簡単なものじゃないでしょう、女神の力は…」

「だよね…正直私もよく分からないんだ。でも…これで、一緒に戦えるよ」

 

少々特殊な形状の長剣を魔龍に向けるイリゼさん。その先にいる魔龍の片手に刃で斬られた後を見つけた私は、そこでやっと何が起きて今に至るのかを理解した。

本当に、この人は無茶苦茶だ。これでは、わたしの決意も覚悟も無駄じゃないか。…まぁ、それがトリガーになった様な口ぶりだし、そもそもわたしとしてはこういう形で無駄になってくれるのはむしろありがたいけど。

と、そこでわたしは自分の口元が少し緩んでいるのを感じた。確証がある訳ではない。まだまだ不安要素もある。けど……イリゼさんとであれば、二人でならばきっと勝てるとその時わたしは思った。二人共、同時にそう思っていた。

 

「さぁ…ここから先は私の戦闘だよ」

「いいえイリゼさん、わたし達の戦闘です」

「ふふっ、そうだったね。…じゃあ……」

 

 

 

 

「--------やろうか、ディールちゃん」

「えぇ、やりましょうかイリゼさん」




今回のパロディ解説

・「落チロ、蚊トンボガッ!」
機動戦士ガンダムZに登場する敵メインキャラ、パプテマス・シロッコの名台詞の一つ。魔龍の元となったキャラからすれば、ディールは結構小さい相手なのです。

・「〜〜ここから先は私の戦闘だよ」「いいえイリゼさん、わたし達の戦闘です」
ストライク・ザ・ブラッド主人公、暁古城とヒロインの一人である姫柊雪菜の代名詞とも言える台詞のパロディ。このネタ、OAの時からやってみたかったんですよね。


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第十二話 魔龍の咆哮

少しだけ背が伸びて、少しだけ体重が増えて、普段よりもずっと身体が軽く、動き易くなった様な感覚。本来人にはない筈の翼があって、それが最初からあったかの様に自在に動かせる感覚。そして何より、自分の…皆の思いが力となって内側から溢れ出してくる様な感覚。

全部、全部懐かしかった。そう、これは……正しく、女神化した時の感覚だ。

 

「ディールちゃん、ディールちゃんには後衛を頼んでも良いかな?」

「勿論です。わたしは後衛が、イリゼさんは前衛が本職でしょう?」

 

私は長剣を、ディールちゃんは杖を構え、互いに顔は相手に向けたままちらりと目線だけを動かして言葉を交わす。こういうのも、久しぶりだな…。

 

「じゃあ、早速…といきたい所だけど、まずは自分の治癒に専念して。今のままじゃ十全の力は発揮出来ないでしょ?」

「…その間、イリゼさんはどうするおつもりで?」

「ちょっとあいつと小手調べしてくるよ。…大丈夫、無茶はしないし…このまま戦う方が後々悪い影響及ぼすと思わない?」

「……分かりました。暫くは援護に期待しないで下さいね?」

「了解!」

 

私の言葉を合図とする様に、私は前へ、ディールちゃんは後ろへと跳ぶ。私の狙う先にいるのは勿論魔龍。

 

「何ガヤロウカ、ダ…直前マデ何モ出来ナカッタ小娘如キガ…!」

「返す言葉もないですね、『直前まで』って部分も含め…てッ!」

 

両腕を広げ正面から迎撃しようとする素振りを見せた魔龍の姿を私は確認。魔龍の腕の届かないギリギリの距離まで直進を続けた後、そこから大きく左斜め前へ跳ぶ事で一気に側面へ移動。そこから挨拶代わりの気持ちで一太刀放ったけど…魔龍はそれを想定していたのか、尻尾を振るう事で遠心力を生み出し、体勢を変える事で私の刃を回避する。

 

「当タルモノカ…!」

(やっぱりキラーマシンシリーズより動きが良い…)

 

巨体、ハイパワー、重装甲と言えばキラーマシンシリーズ。外見は大きく違うし龍とAIが同じ思考をする訳がないけど、方向性の近い敵ならば経験を元に戦う方が良い筈……と、思っていたけど、近くで見ると魔龍の動きは想定以上だった。このレベルだとむしろ経験に足をすくわれる事になりかねない。

 

「フンッ!」

「…っとぉっ!」

 

巨体を捻り、魔龍は正面から膝蹴りを放つ。それを私は前へ滑り込む事で回避しつつ長剣を振るって魔龍の脛を斬りつけるけど…力を込められる体勢ではなかった事もあって皮と表面付近の肉を軽く斬る程度に留まってしまう。更に次の瞬間、魔龍の下を抜けようとする私に丸太の様に太い尾が迫る。

 

「ち……っ!」

 

その場で横へ勢いよく転がる事で尾の一撃を避ける私。硬い床で前転とも側転ともつかない微妙な回転をしたものだから頭や肩に鈍い痛みが走ったけど…魔龍の攻撃を受ける事に比べれば大した事は無い。

その後も私は魔龍から離れず近距離で長剣を振るう。いかに自分の土俵に相手を乗せつつ相手の土俵に自分が乗らない様にするかが戦闘における重要なファクターだけど…それが出来たからといって安心出来る状況になるとは限らない。

 

「エエィ、鬱陶シイナ…!」

 

魔龍の爪が私の顔のすぐ側を掠めていく。図体のでかい敵と相対する時は相手の懐に潜り込むのが定石だけど、相手の攻撃が届かないアウトレンジから一方的に攻撃するのと違って、懐に潜り込む戦法は少なくとも相手の攻撃が届いてしまう。そして往々にして図体のでかさとパワーとは比例する。もし私の判断が少しでも間違っていたら、私の首は黒ひげ危機一発並みに吹っ飛んでいるところだった。

 

「……ッ!鬱陶シイトイッテイルダロウガッ!」

「な…っ!?無茶苦茶な……!」

 

魔龍からすれば私は身体の周囲でちょこまか動いてチクチクと致命傷にはならない攻撃を断続的に続けている様なもの。早かれ遅かれ業を煮やして無理矢理私を引き剥がすだろうとは思っていたけど…その方法は私の予想を大きく超えていた。

吐き出す様に魔龍の口から放たれる火球。その火球は私ではなく床へと落ち…そこから全方位へと爆発する。当然炎は私だけでなく魔龍の身体も激しく打つけど、それを受けても魔龍は涼しい顔。対して私はその場にいたらほぼ確実にロースト女神になっちゃうから致し方なく後退。そしてそれはつまり、私は魔龍の土俵に立つという事だった。

 

「ソォラ、潰レロッ!」

「そうは問屋が卸さない…ッ!」

 

リーチの長い腕での薙ぎ払い。それに続く形で次々と放たれる火球。腕は飛び上がる事で避け、火球は即座にシェアを圧縮する事で精製した剣を同じく圧縮したシェアを爆発させる事で推進剤として全て迎撃する。…が、最後に放たれた小型の火球は迎撃に失敗。何とか長剣で斬り払う事には成功したものの、魔龍に対して付け入る隙を与えてしまう。

正面から突進を仕掛けてくる魔龍。咄嗟に私は剣を掲げたけど…防御しきれるとは到底思えなかった。体格差があり過ぎる以上、正面からの突進を受け止められる訳がないし、避けるのもやはり体格差の問題で困難極まりない。

……筈だったけど、私は避けられた。…と、言うよりも避けていた。--------私の後方から吹き抜けた、唐突な突風によって。

 

「っとと…あれ……?」

「ふぅ…間一髪でしたね」

 

突風の正体…というか発生源は即座に判明する。その声を聞けば…いや、そもそもこの場で私に有利に働く事をしてくれる存在なんて、ディールちゃん一人しかいない。

再び並び立つ私とディールちゃん。一人ならともかく二人相手にただ突っ込むだけでは流石に押し切れないと魔龍も判断したのか、グルル…と唸りをあげながら私達と正対している。

 

「もう治癒終わったの?」

「応急処置は終わりました。本格的な治癒はいつ終わるか分からないので、この戦いの後にします」

「そっか…うん、了解」

 

本音を言えば、その本格的な治癒もすぐにしてほしい。けどそう言っても聞いてはくれないだろうし、ディールちゃんの判断が間違ってるとも言えないし、何より一人で勝てる相手ではない。悔しいけど、私は応急処置しかしてないディールちゃんに戦闘参加してもらうしかなかった。

 

「さて、それでですが…問題なのは奴の硬さです。イリゼさん、五分間だけでいいので身体能力が百倍になったりしませんか?」

「んー、ディールちゃんが『メテオテール』って呪文一つで色々出来る魔女っ子なら私をそうする事も可能かもね」

「じゃ、それは諦めます。…ですがわたしが本気で撃ち込んだ魔法を易々耐えるあいつにダメージ与える手段をまず考えないと、こちらに勝ち目はありませんよ?」

「その事なら問題ないと思うよ。だってさっき戦闘中に少し背中見えたけど…かなりグロい感じになってたし」

 

正対している今は見えないけど、魔龍の背には確かに強い攻撃を受けた痕があった。あの傷は、どう見ても軽傷だとは思えない。なのに魔龍の動きが殆ど衰えていないというのは……

 

「…もしかして、痛覚が鈍い……?」

「恐らくそうなんだろうね。鈍いのか全く感じていないのかは分からないけど…」

「そうなると、やはり強い攻撃を当てる必要がありますね…」

 

魂が崩壊しなくなったタイプのゾンビならともかく、痛覚が鈍いというのは最終的には弱点になる。だけど、それはダメージの蓄積に疎くなるからであって、短期的に考えればむしろ長所と呼んでも差し支えない。スタミナも相当なものと思われる魔龍に長期戦を挑むのは危険な以上、私達が勝つには最低でも後数発は重傷になる攻撃を叩き込む必要があった。

 

「…まずは、こちらの攻撃機会を作ろうか」

「ですね。…わたしはイリゼさんに合わせて援護、隙を見ての攻撃を仕掛けます。だから……」

「私はあいつが私を狙う様に立ち回れば良いんだよね?」

 

ディールちゃんが言い切る前に言葉を引き継ぐ私。するとディールちゃんは一瞬驚いた様な表情を浮かべ…その後強い意志を灯した瞳でこくんと頷く。

大雑把な方針しか決めていない作戦。でも、私達にはこれで十分だった。

 

「無駄話ハ終ワッタカ?雌共ガ…」

「えぇ終わりましたよ、わたし達が勝つ算段ですけどね…!」

 

複数の氷弾を撃ち込むディールちゃん。それと同時に私は飛翔し、山なりの軌道で魔龍の上へと回る。直線軌道と曲線軌道による挟撃。しかし魔龍はサイドステップによって難なく回避し、そこから勢いを付けて私へと飛びかかる。

……が、魔龍の反撃は空を切る。

 

「ヌゥ……ッ!?」

「残念でし…たッ!」

 

横蹴りをする様に足を振るって即座に反転した私は、素早く魔龍へ肉薄する。

私は確かに魔龍の方へと接近していたけど、実際には魔龍よりもかなり上へ向けてだった。けど、直線よりも軌道の読み辛い曲線軌道でもって接近した事と、同時に読み易い直線軌道の氷弾が放たれた事によって私達の予想通り、魔龍は私の位置を誤認した。

そして、誤認はこれだけではない。

 

「小賢シイ…!」

「それは褒め言葉として…受け取るよッ!」

「ナ……ッ!?」

 

私同様反転を行う魔龍。それを視認した私は、それ以上接近せずに力を抜きひらりと落下する。そしてその瞬間、魔龍の後方…ディールちゃんの所から放たれる鋼の刃。本命の攻撃は私が行うと思っていた魔龍はそれに気付く事も出来ず、魔龍の背の傷口へと刃が深々と刺さる。

どんなに強い存在でも、勘違いしてしまえば相手の意図を読めなくなるし、気付いていない攻撃に対処する事は出来ない。そしてそれを狙える事は、対魔龍における大きなアドバンテージだった。

 

「深追いは禁物ですね…イリゼさん!」

「魔龍…私を見ろッ!」

 

痛みはなくとも怪我を増やすのは気分が良くないのか、背へ腕を回して無理矢理刃を引き抜く(というか引っぺがす)魔龍。魔龍は下がり、私達の両方を視界に捉えられる位置まで移動する。

 

「貴様ダケニ構ッテイラレルカ!」

「なら、あんたの視線を釘付けにする…ッ!」

 

長剣を片手で構え、魔龍の懐へ飛び込むと同時に振り回す私。両手振りですらそう簡単にはダメージを与えられない魔龍だけど、先の一撃で油断は禁物だと判断したのか左の爪で防御を、右の爪で反撃の一閃を放つ。それを私はシェア推進を利用してギリギリ回避。その後も私はシェア推進による加減速により正面からの殴り合いを演じる。

 

(くっ…こんなやりとり、もって数十秒…!)

 

魔龍の爪や腕と打ち合う時は激突の瞬間に、回避の時はギリギリまで引きつけてから発動する事で先程以上に魔龍との組み合いを行う私。シェア推進はシェアエナジーの浪費に繋がるし、結局は爆発の勢いを推進力にしている訳だから短時間にそれを何度も使えば身体への負担も馬鹿にならなくなるけど…これならば魔龍を私への対処に専念させられる。そして私への対処に専念するという事はつまり、ディールちゃんにとっては絶好の攻撃チャンスになるという事だった。

機を見計らい、魔龍の攻撃の衝撃を利用して後退する私。私に追撃をかけようとする魔龍の背には、ディールちゃんの姿。

 

「馬鹿みたいに前しか注意しないとは…成長しませんね」

「頼むよディールちゃん!」

「愚カナ…二度同ジ手ヲ喰ラウ我デハナイワッ!」

 

にぃ、と口元に笑みを浮かべ、後方に迫るディールちゃんには目もくれずに私へ火炎を浴びせにかかる魔龍。確かに私が陽動ではなく本命だったのなら面制圧のこの攻撃はカウンターとしては最適だし、当たらずとも私の攻撃を挫く事が出来る。

だから魔龍は笑みを浮かべたのだろう。そしてその笑みは、次の瞬間驚愕へと変貌する。

 

「……だから、馬鹿だと言ったんですよ」

 

氷剣…というよりも氷山から削り出したかの様な巨大な矛をガラ空きの背へと突き刺すディールちゃん。さしもの魔龍もこれには耐えきれずに身体が弓なりに曲がり、そのまま床へと落下する。

氷塊を背に突っ伏す魔龍。その背に私は呟く。

 

「…残念だけど、二度同じ手を使う私達でもないよ」

 

それは、どんなに強くとも、単騎では…正面からの殴り合いだけでは限界があるという事を、如実に表している瞬間だった。

 

 

 

 

「動かなく、なりましたね…」

 

内包させて魔力が尽きて消滅する氷塊を横目に見ながら、イリゼさんの近くへとわたしは移動する。魔龍はといえば、氷塊を背に受けて以降動く事なくその場に倒れ、不気味な位静かになっている。

 

「…倒したんだと思います?」

「どう、かな…でも少なくとも、十分致命傷と呼べるダメージは負ってる筈だよ」

「だと良いのですが…」

 

魔法攻撃の手は一切抜いていないし、二回とも開いた傷口に向けて放ったのだからむしろ致命傷になっていない筈がない。……だけど、それまであれだけ動いていた魔龍が突然ぴくりともしなくなったのはあまりにも違和感があった。

 

「…なら、確かめてみようか」

 

そう言って、剣を精製し長剣を持つのとは逆の手に持つイリゼさん。イリゼさんはそれを振り上げ、魔龍の頭部へと向けて思い切り投擲する。

女神の腕力を受け、一直線に魔龍の頭部へと飛来するシェアの剣。そして…残念ながらと言うべきか、やはりと言うべきか、剣は魔龍の頭部を貫く事なく運動エネルギーを失う。--------魔龍の牙によって受け止められ、その場で止まってしまう。

 

「やっぱりか……」

「チッ…油断シ近付イテ来タノナラ、ソノ瞬間ニ捌イテヤッタモノヲ…」

「…威勢ばかりなのはどっちでしょうね…」

 

何やらそれまでとは少し様子の違う魔龍。ゆっくりと身体を起こす魔龍だけど、わたし達はそれに手出しをしない。だって、妙に余裕があったから。完全にわたし達の術中に嵌まり、重傷を負った事は魔龍も分かっている筈なのにその様子からは全く焦りの様なものが感じられない。…こういうのは、ただ強いだけの奴よりも油断ならない。

 

「我ガ威勢バカリダト?フッ、笑ワセテクレルジャナイカ……驕ルナヨ、ガキガ…ッ!」

『……ーーっ!』

 

反射的に後ろへと飛び退くわたし達。魔龍は何か攻撃をした訳でも、攻撃の素振りを見せた訳でもない。ただわたし達を睨み、凄んただけ。ただそれだけなのに、わたし達は下がらずにはいられなかった。そして、同時にわたし達は気付く。魔龍には、まだ奥の手があるのだと。

 

「…ディールちゃんが煽る様な事言うから…!」

「い、言わずとも追い詰めればこうなっていたでしょう…!」

「どっちにしろ……分かってるよね、ディールちゃん」

「…えぇ、当然前衛の方が危ないんですからお気を付けて」

「--------コンナ浅マシイ雌共ニ全力ヲ出サネバナラヌトハ……貴様等ハ塵一ツ残ラント思エ…!」

 

構え直すわたしとイリゼさん。対する魔龍は身体をだらんと下げ、一見戦いを放棄したのかと思える体勢になる。……が、それも一瞬の話。次の瞬間には魔龍の身体が闇色に変色を始め、更に身体の一部は赤く染まる。それはまるで地獄の光景を身体に宿したかの様なものであり…魔龍の纏う嫌な気配も一層濃くなっていた。

 

「……ッ…ゥ…ガァァァァァァァァッ!」

『速い……ッ!』

 

力の抜けた体勢がぐらりと解けたと思った次の瞬間、もう魔龍はわたし達に肉薄していた。その勢いのまま魔龍は腕を振るい、爪によって咄嗟に左右へと避けたわたし達の髪が数本宙を舞う。

 

「ディールちゃん下がってッ!」

「分かってますッ!」

 

シェア推進により魔龍の正面へと躍り出て、大上段から斬りかかるイリゼさん。わたしはその援護の為魔龍の両腕に魔弾を放ちつつイリゼさんの後ろへ後退。次なる援護と火力支援の為に杖の先端を魔龍へと向ける。

鼻先に長剣の一太刀が、両の二の腕に魔弾が直撃する魔龍。一撃一撃は致命傷に程遠くとも、ほぼ同時に三ヶ所へぶつければ僅かにでも隙を作れる筈。わたし達はそういう算段で攻撃を仕掛けた。……だけど、その作戦は大きな間違いだった。

 

「ソノ程度カァァァァッ!」

「ぐぅっ!?」

「きゃっ……!」

 

狙い違わず三ヶ所への攻撃は成功した。だが、魔龍は一瞬の隙も…それどころか、わたし達の攻撃を気にする事すらせずにイリゼさんを蹴り付け跳ね飛ばす。

体勢を大きく崩して飛ばされるイリゼさん。直前にイリゼさんの後方へと回っていたわたしは当然その延長線上にいる訳で、結果わたし諸共後ろの氷壁へと叩き付けられる。

 

「……っ…大丈夫ディールちゃ--------」

 

わたしよりちょっとだけ早く復帰したイリゼさんは、わたしを心配する様に口を開き……言い切る代わりにわたしを横へと突き飛ばす。

一瞬なんの冗談を…と思ったわたし。けど、その直後に突っ込んできた魔龍によって氷壁が破壊されるのを見て全てを理解する。……これは、下手すると一人で戦ってた時より不味いかも…。

 

「潰レロ潰レロォッ!」

(こんなの喰らったら洒落にならない…!)

 

半ば狂った様に腕と足での打撃を繰り返す魔龍。しかも困った事に標的は後衛担当であるわたし。回避しながら強力な魔法を放つ事は流石に出来ず、イリゼさんも魔龍に攻撃を仕掛けてくれてるけど魔龍は止まらない。

爪を避け、蹴りを交わし、尾での攻撃を氷を纏わせた杖で何とか逸らす。…が、そこで猛攻を凌ぎきるのも限界に達し、魔龍の踏み付けを避けた途端によろけてしまう。

そこで再び魔龍の前へと躍り出るイリゼさん。でも、それは悪手だった。

 

「吹キ飛ベッ!」

「しまっ--------!?」

 

魔龍の豪腕から放たれる打撃。イリゼさんはわたしと魔龍の間に割って入る事を最優先にしていたせいか防御が間に合わず、その打撃をもろに受けてしまう。

そう、イリゼさんはわたしと魔龍の間に割って入った。という事はつまり……先の氷壁直撃の再来である。

 

「痛た…わたし見た目年上の同性と何度も密着して壁にぶち当たる趣味は無いんですけど…」

「それは私もだよ……これ、勝てると思う?」

 

今度は大広間の壁にぶつかり、幸か不幸かそれによって煙霧が舞った事で追い討ちの危機を避けられたわたし達。ほんのりと人型の跡が付いた壁から身体を起こしつつ、互いに目を合わせる。

 

「……最大級の一撃を当てる。勝つにはそれしか無いと思います」

「…って事は、まだ諦めてはいないんだね?」

「イリゼさんが諦めていないのに、わたしだけ諦める訳にはいきませんから、ね」

「……そっか、じゃあ…もうちょっと頑張ろっか」

 

頭や肩に残った瓦礫を手で払い、立ち上がるわたし達。わたしも、イリゼさんもまだ全ての手を尽くして、何も出来なくなるまで戦い抜いた訳じゃない。なら、まだ諦めるには早過ぎるじゃないか。ならば、諦めるなら……負けた後でも遅くはない。

わたしの、イリゼさんの瞳に灯る炎は……まだ、消えていない。




今回のパロディ解説

・「〜〜五分間だけでいいので身体能力を百倍に〜〜」
TIGER&BUNNYに登場するNEXTの一つ、ハンドレッドパワーの事。元々身体能力が飛躍的に上昇してる女神が更に百倍になったら…最早軽いチート級ですね。

・メテオテール
超人幻想 コンクリートレボルティオに登場するヒロイン、星野輝子が使う魔法の呪文の事。同じ呪文で多種多様な効果を発揮出来る魔法使いというのも中々珍しいですね。

・魂が崩壊しなくなったタイプのゾンビ
これはゾンビですか?に登場するヒロインの一人、ユークリウッド・ヘルサイズの力により生まれたゾンビの事。私が知るゾンビの中でもかなり頑丈なタイプな気がします。

・「魔龍…私を見ろッ!」
機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズに登場するメインキャラ、ガエリオ・ボードウィンの名台詞の一つのパロディ。勿論イリゼは擬似阿頼耶識は使っておりません。

・「〜〜あんたの視線を釘付けにするッ!」
機動戦士ガンダムOOに登場するメインキャラ、グラハム・エーカーの名台詞の一つのパロディ。敵に愛だとか宿命だとかいうイリゼ…な、何とも言えませんね…。


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第十三話 原初と蒼の公奏曲

扇状に広がる鋼の刃の束。うち一本が魔龍の足を捉えるが、魔龍はそれを意にも介する事なく突進を仕掛ける。

ものの数瞬で距離の詰まるわたしと魔龍との距離。しかしその最中にイリゼさんが真横から仕掛けた事で魔龍の突進は空振りに終わる。

 

 

「ディールちゃん!今どの位!?」

「四割ってところです!」

 

わたしの横を掠めて行った魔龍へイリゼさんは即座に追撃をかける。それを目で追いつつ、わたしは床についた杖を軸とする様にターンしながら左手に魔法をスタンバイ。…うぅ、これ思ったより疲れるかも……。

互いにまだ諦めてはいない事を確認したわたし達は、わたし達の出来る最大級の攻撃をぶつける為に動き出した。

イリゼさんは先程までと同様魔龍の意識を自分に集める担当。彼女は今の魔龍に張り付くのは自殺行為だと判断し、動き続ける高速でのヒットアンドアウェイを基本にしている。

わたしはそのイリゼさんが動き易い様、致命傷を受けない様(多少の怪我は我慢するらしい)に援護を行う担当。だけど、わたしはそれだけじゃなくてもう一つ役目がある。それは……

 

(まだ駄目…もっと時間をかけないと、この部屋全域に魔法を展開出来ない…!)

 

杖を起点に広がる不可視の魔法陣。わたしのもう一つの役目は、最大級の攻撃を行う為の布石作り。わたしの援護も、イリゼさんのヒットアンドアウェイもこれの為の時間稼ぎに過ぎない。

 

「喰ラワン…ソノ程度擦リ傷ニモナランワッ!」

「擦り傷だけなのはこっちも同じ…くっ…!」

「……っ…!」

 

攻撃後、魔龍の爪から逃れ切れなかったイリゼさんはお腹を横に切られる。プロセッサごと切られたお腹からは血が噴き出し、致命傷ではなさそうなものの見ていて凄く痛々しい。

けど、だからといってイリゼさんは後退しないし、わたしも治癒は勿論援護だって最低限しか出来ない。これはわたし達が勝つ為の布石の為の戦闘。ここでわたしが動いてイリゼさんの負担を減らす事は簡単だけどそんな事をしていたらわたし達の勝ちは遠ざかってしまう。……そう、頭では分かっていたけどどんどん怪我の増えてくイリゼさんに片手間でしか援護出来ないのは歯痒かった。

 

「チョコマカチョコマカト…チクチクチクチクト…貴様等ハドレダケ我ヲ不愉快ニサセル気ダァァァァッ!」

「んな……っ!?」

「と、闘気……!?」

 

左翼への刺突を受けた魔龍はギロリとイリゼさんを睨め付け、次の瞬間全身から赤黒いオーラの様なものを放出する。

それを受け、跳ね飛ばされてしまうイリゼさん。幸いそれ自体は殺傷能力が高くないのかイリゼさんが更に怪我を負う様な事は無かったけど、そこでイリゼさんの連撃は途切れてしまう。

 

「マズ…一匹ィッ!」

「……っ!」

 

跳ね飛ばしたイリゼさんには目もくれず、わたしに向かってくる魔龍。わたしがこの場を動く訳にはいかない事を察したのか、今追撃してもイリゼさんなら避けると判断したのか、それとも単に視界の中にいるわたしに狙いを定めただけなのか…とにかく、早い話が軽いピンチだった。

広域魔法を一旦諦め、回避をしようするわたし。魔法にオートセーブ機能なんてないから回避後に再開しても数工程分、下手すると最初からやり直しになるだろうけど…背に腹はかえられない。

そう思って足に力を入れた時…魔龍との戦闘で何度目になるか分からない、わたしにとって好都合な横槍が入る。

 

「『天舞陸式・皐月』ッ!」

「グゥゥ……ッ!?」

 

それまでより目測で数倍とも思えるスピードで魔龍に肉薄し、同じく凄まじい速度での斬撃を放つイリゼさん。魔龍でもこの攻撃は無視出来なかったのか、両手の爪を交差させて防御。長剣と爪の激突により散る火花。

 

「動くのは、私の役目だよディールちゃん…!『天舞弐式・椿』ッ!」

 

数瞬のせめぎ合いの後、次なる攻撃を仕掛けるイリゼさん。魔龍の周りを動き回りながら打ち込む攻撃は、こちらもどういう訳か魔龍は無視せず対応していく。

それを見て、その声を聞いたわたしは回避しようとする考えを振り払って魔法構築を再開した。イリゼさんは全力で…もしかしたら無理をしてまで自分の役目を果たそうとしている。なら、わたしはそのイリゼさんを信頼して自分の役目を果たすべきだから。

 

(後三割…それまで頼みますよ……!)

 

 

 

 

「フハハハハッ!段々振リガ遅クナッテキテイルゾ?」

「なら手加減してくれるかな…!」

「誰ガスルモノカ馬鹿メッ!」

 

私が懐へと入ると同時に吐き出された火球を斬り払い、火球の影に隠れる様に突き出された爪を身体を捻る事で避け、回避行動を許さないとばかりに仕掛けられた噛み付きは精製した盾を身代わりにする事で切り抜ける。

既に私の身体は傷だらけだった。負のシェアの女神と化したマジェコンヌとの決戦時程ではないものの身体の至る所から血が流れ、怪我の影響は痛み関係無しに私の動きを悪くさせる段階にまで至っていた。そして、動きが悪くなればその分余計攻撃を受け易くなり、結果また動きが…という完全な悪循環になっている。

 

(それに……この感覚、かなり余裕ないのかも…)

 

回し蹴りを長剣の腹に手を当てて両手で受け、側転を行なって追い討ちを回避する私。そんな中、段々と感じてくる焦燥感。この感覚は…間違いなく、シェアエナジーが減ってきている事に起因している……と思う。女神化が解けてしまえば継戦は不可能だし、大技も撃てなくなってしまう。

ならば、もう…危ない橋を渡るしかない。

 

「……ディールちゃん、援護はもういいよ」

「え……それって…」

 

一瞬の隙を利用して後退、一言そう告げてすぐに私は魔龍の前へと戻る。ちらりと見たディールちゃんの表情は困惑の色を浮かべていたけど、疑問も反論も…援護魔法もそれ以降飛んでくる事は無かった。ふふっ、こんなに良い子なら友達じゃなくて妹にしたいかな……なんてね。

何度も何度も私の命を刈り取るには十分な威力を持った攻撃が私の身体を掠める。でも、それも少し前までは慣れてしまう程に何度も経験していた事。ここには今までと違って共に旅をした仲間はいないけど、代わりに共に帰ろうと約束した仲間がいる。それだけで、私は……

 

「負ける気など…微塵もしないッ!」

 

放たれた右腕の殴打を、それに合わせて長剣を下から上へ振り抜く事でカチ上げる。そのまま右足を前に出し、その足を軸に回転して振り抜きの余力と遠心力とを利用した袈裟懸け。更に翼を広げ加速する事で軸足を動かさぬまま回転斬り。遂には左手の張り手で壁まで吹き飛ばされ、続けて襲いかかる飛び蹴りは回避がギリギリ間に合わず足の爪で背中を切られたけど……まだ、私は死んでいない。

全身の力を駆使する事で攻撃を受けた直後に姿勢を制御し、再び私は正対する。

 

(もう少しなら耐えられるから…頼むよ……!)

 

 

 

 

一人では到底叶わぬ敵。二人でも勝てる保証など微塵もない敵。それでも二人の少女は諦めない。どれだけ傷付こうと、どれだけ追い詰められようと、自分を、明日を、隣に立つ仲間を信じ瞳の焔を燃やし続ける二人の女神。

失われし魔龍は強大にして不滅。既に失われ、消失した存在を討滅する事など出来よう筈も無いが……空虚にして虚ろな、真の意思なき亡霊に、少女達が負ける道理も、また無い。

 

 

 

 

大広間の床に魔力が行き渡る。少しずつ範囲を広げていた魔法陣が、完成を見た事を魔法使いならではの感性で感じ取る。--------準備は、完了した。

 

「すぅ…はぁ……」

 

深呼吸を一つ。もう一度、抜かりがないかを確認し……わたしは叫ぶ。

 

「--------イリゼさんっ!」

 

わたしの声が大広間に響いた瞬間、イリゼさんは長剣を振り上げた体勢のままわたしの方へと一気に後退してくる。攻撃を仕掛けようとしていた側のイリゼさんが退いた事で魔龍は困惑したらしく、僅かな時間ながらも動きを止める。

 

「丁度良い…!イリゼさん、わたしの側を離れないで下さいよ…!」

 

イリゼさんの返答を待たずして、魔法起動の為の最後の魔力を放出。その瞬間、わたしの立つ場所を中心に青く輝く魔法陣が展開する。

 

「ヌゥゥ……!?」

「凄い……」

 

幾何学模様の魔法陣と魔法陣から漏れる青白い魔力光に動揺する魔龍と感嘆の声を漏らすイリゼさん。我ながら中々幻想的だと思う光景だけど…別にシャイニィシャリオの真似をしたい欲求がある訳でもないわたしにとってはどうでもいい。これはあくまでわたしの魔法の予備動作に過ぎないから。

 

「もう自由になんてさせません。ここは……わたしの領域です」

 

魔法陣が一層の輝きを放つと同時に、魔法陣から大木程の太さを持つ氷の柱が次々と天井へと伸びる。そして……ものの数秒で大広間は無数の氷柱に彩られた部屋に…わたしの領域になった。

目の前にある氷柱を叩き割ろうとする魔龍。だけど氷柱はヒビが入るだけで折れたりはしない。たった一撃で折れる様なら…こんなに時間をかけたりなんてしない。

 

「流っ石ディールちゃん、じゃあ次は私が……」

「いえ、まだ仕掛けは終わってませんよ?」

 

そう言いながら手を振るうわたし。それに呼応する様に魔法陣が再び輝き、それぞれの氷柱から何本もの氷の枝が伸び他の氷柱へと結合。時には床に、天井に、氷の枝に結合する事で、氷柱群は樹氷原の様な姿へと変貌する。

わたしの仕掛けにより、満足に動く事も出来なくなった魔龍。流石に氷の枝は大振りな攻撃を受ければ折れるかもしれないけど…それをさせるわたし達ではない。

 

「…さて、まさかイリゼさん…氷と氷の間を駆け抜けられないなんて事はありませんよね?」

「言うねディールちゃん。そういうディールちゃんこそ、氷柱に誤射したりしないよね?」

 

わたし達は互いに軽口を叩き合い、小さな笑みを浮かべる。いつの間にかこんな間柄にまで発展していたのか、とそんなに悪い気もしない感情を抱き……わたし達は同時に飛翔する。

わたしもイリゼさんも氷柱と氷柱の間を物ともせず飛び、氷の枝と氷の枝の間を縫う様に駆け抜ける。そしてそれぞれが最適だと思う場所まで移動すると同時にわたしは丸ノコの様な円盤を、イリゼさんは多種多様な近接武器を周囲に展開し……一斉に放つ。

 

「『シルバーフラップ』ッ!」

「『天舞伍式・葵』ッ!」

 

わたしの意思を受け、自在に飛び回る円盤が魔龍へ突撃する。わたしの思った場所へ、思った軌道で持って飛ぶ円盤は一切氷柱や枝にぶつかる事なく飛び回り、逃げ場を失った魔龍を引き裂いていく。

イリゼさんの計算を受け、それぞれの動きで飛ぶ武器が魔龍へ飛来する。刺突系武器は直進を、斬撃系武器は回転しながら、ブーメランやチャクラムは弧を描きながらとそれぞれに適した動きでもって魔龍を切り裂いていく。

瞬く間に傷が増えていく魔龍。巨体な上痛覚がまともじゃなくなっている魔龍はやはりこれだけじゃ倒れないけど……今の連携とそれまでに与えてきたダメージが、遂に一つの結果をもたらす。

 

「ナ…ニ……ッ!?」

 

ぐらり、とよろめく魔龍。どんなに巨大な生物でも、どんなに屈強な種族でも、攻撃を受け続け傷を増やし続ければいつかは身体能力に影響が出る。むしろこれだけ仕掛けてやっとよろめくだけ、というのは相変わらず無茶苦茶だけど……わたし達は蓄積ダメージで倒すつもりなんて毛頭無い。だから大きな隙を見せてくれただけでも僥倖だった。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

武器を撃ち切ったイリゼさんは、長剣を構えて接近。魔龍が防御体勢を取るよりも速く一太刀を浴びせて過ぎ去る。そして次の瞬間、再び魔龍を斬りつけるイリゼさん。彼女は過ぎ去った後すぐ手近な氷柱を蹴り、方向転換と再加速をする事で息つく間もない連続攻撃を叩きつけていた。

イリゼさんが通常の三倍位速いかもしれない動きで魔龍を翻弄する中、わたしは樹氷原の密度が低い場所を選んで床へと着地。杖と左手を正面に向けて巨大な鋼の刃を作り出す。

展開時とは逆に、わたしを中心として樹氷原を解除し樹氷原を形成していた魔力を鋼の刃へと注ぎ込んでいく。

 

「……っ!」

 

樹氷原の魔力全てを受けて、普段とは別格レベルの高密度な刀身となる鋼の刃。わたしは地を蹴り、最後の一撃とするべく突進をかける。

これでトドメだ、魔龍……!

 

 

 

 

樹氷原が完全に消滅する。それは大広間を占領していた障害物が消えるという事であり…最後の準備が、トドメの準備が完了した事の合図だった。

 

「魔龍…貴様に引導を渡す時が来たッ!『ユニゾンライズ--------」

 

翼に、長剣にシェアの爆発を当てて真正面から逆袈裟を叩き込む。そしてそのまま宙返りを行う私。

これには三つの意味がある。一つはディールちゃんの攻撃の露払い。無傷の場所に刃を突き立てるのと、少しでも傷付いている場所に刃を突き立てるのでは大きな違いがある。ディールちゃんの攻撃を必殺のものとする為、これは必要不可欠だった。

一つは反撃の回避。これはすぐ対応される可能性があったから、ここまでずっと温存していた。

そして、もう一つは……

 

「--------ペイルクロス』ッ!」

 

私の宙返りにより、背後……私の身体によって姿の見えなくなっていた位置から現れたディールちゃんと刃は、何の妨害も受ける事なく魔龍の懐へと飛び込む。囮にして、陽動にして、隠れ蓑。私の役目は最初からそれであり、今この瞬間までその役目は変わっていなかった。

目を見開く魔龍。一切の迷いなき動きで、自身の正面に展開した刃を魔龍へと突き立てるディールちゃん。無論それで終わる筈もなく、ディールちゃんは全ての力を振り絞ってそこから更に貫かんとする。

魔龍の胴体を相手取るには十分過ぎる大きさを持った刃が、魔龍の腹へ深々と突き刺さる。魔龍は断末魔の様な咆哮を上げ--------

 

 

 

 

「ヌ…ォォォォオオオオオオオオッ!!」

 

決まったと思った。これで終わりだと思った。間違いなく、私達は全力を尽くした。だが……魔龍の底力…或いは執念は、私とディールちゃんの想像を超えていた。

腹部と全身から血を流しながら、絶叫としか思えない雄叫びを上げながら、魔龍は鋼の刃を掴み、引き抜こうとする。

勿論、ディールちゃんも負けてはいない。シェアも魔力も注ぎ込めるものは全て注ぎ込んで魔龍の抵抗と拮抗している。しかし、それが長く続くとは思えない。元々の力が違う。長所短所が違う。そして何より…身体が一定以上の無理を許してくれないディールちゃんと、思いのままに無理が出来る魔龍では違い過ぎる。

--------でも、ディールちゃんには一つだけ、魔龍が絶対に勝てない…魔龍には絶対手に入れられないものがある。ディールちゃんには……仲間が、いる。

 

「私達は負けない…そうだよね、ディールちゃん!」

「……っ…その通りです、イリゼさん!」

 

宙返りの頂点から翼を広げて床へと突進。着地と同時に私は刃の柄を掴み、刃に私のシェアを纏わせながら残ったシェアエナジー全てをシェア爆発の加速に当てる。

度重なる無茶で悲鳴を上げる私の身体。予告なくシェアの爆発を背中に受けたディールちゃんも私と同じかそれ以上の苦痛が全身を走っていると思う。

だけど、私達は力を振り絞り続ける。力の限り、想いの限り、その全てをこの一撃に賭ける。

 

『いっ…けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!』

 

最後の激突。最後の攻防。最後の一閃。そして……ずぶり、という音と共に刃が軽くなる。

 

「ア…ガ、ァ……ソンナ、馬鹿…ナ……」

 

腹部を貫き背すら貫通した刃を唖然とした様子で見つめる魔龍。魔龍は覚束ない足取りで数歩下がり…それを最後に、動かなくなる。

 

「勝った…の……?」

「きっと…勝てましたよ……」

 

ばたり、と二人同時に倒れ込む私とディールちゃん。ディールちゃんは疲労と身体の限界で、私はそれに加えてシェア切れによって女神化を維持出来なくなり、これまた同時に人の姿に戻ってしまう。

そんな中、首だけを動かして魔龍の姿を確認する私。そこには……魔龍が現れた時の状況を逆再生にするかの様に、段々と闇色の靄に戻り、端から霧散していく魔龍がいた。それは--------私達の勝利を、これ以上無いまでに証明していた。

 

「…お疲れ様です、イリゼさん」

「うん…お疲れ様、ディールちゃん」

 

互いに天井を見上げたまま、私達は言う。それから数分、ゆっくりと呼吸を落ち着けて…やっとの思いで、私達は起き上がる。

 

「…最後のアレ、一言言って下さいよ…」

「なら、ディールちゃんも氷柱の事ちゃんと説明してよ…」

「わたしはイリゼさんを信じて敢えて言わなかったんですけど、ね」

「あ、ズルいなぁその言い方…」

 

苦笑いを浮かべる私と、肩を竦めるディールちゃん。その後互いの反応に私達は笑いそうになって…その瞬間身体に走った痛みに呻く。

 

「ま、まずは身体なんとかしなきゃね…治癒魔法、出来そう…?」

「暫くは休まないと厳しいです…だからもう少し、ここで休みましょう…」

「そうだね…」

 

少しでも楽な姿勢を取ろうと、壁際に寄ろうとする私達。

 

 

--------その時だった。女神化すると同時に床に落としておいた本から、輝きを帯びた白い靄が漏れ出したのは。それはまるで…魔龍が現れた、あの時の様に。

 

「……イリゼさん、わたし現実逃避したくなってきました」

「私もだよ。いっそ気付かなかった事にしちゃう?」

「正直、本気でそう出来るものならそうしたいです…」

 

私はバスタードソードを、ディールちゃんは杖を支えに立ち上がる。もう私にもディールちゃんにも殆ど戦う為の力なんて残っていない。……なんの誇張も過小評価もなく、私達は絶望的状況だった。

……が、はっきり言ってそれは要らぬ心配だった。何故なら…

 

 

「--------よくぞ、戦い抜きました。安心して下さい、私は貴女達の敵ではありません。私は失われし女神…失われし魔龍と同様の存在であり、貴女達に真実を伝える為現れた存在です」

 

響いてくる、温かな声。白の靄が形を得た時……そこには、彼女の言葉通り女神の姿を持つ女性が佇んでいた。




今回のパロディ解説

・シャイニィシャリオ
リトルウィッチアカデミアに登場する、シャリオ・デュノールの事。作中で現れた青い魔法陣については、皆さんの想像にお任せします。…考えてない訳じゃないですよ!?

・通常の三倍位速いかもしれない動き
機動戦士ガンダムのメインキャラ、シャア・アズナブル及び彼のオマージュキャラの代名詞のパロディ。かも、なので実際に三倍位速かったかどうかは怪しいのです。


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第十四話(蒼の魔導書編最終話) いつか、また会う日まで

自分に戦闘意思はない。彼女…失われし女神、と名乗ったその人は一拍おいてそう言った。勿論言葉だけで真偽を判断するのは容易ではない事だけど…その人の声音は優しく、とても嘘を吐いている様には思えなかった。

ふと横を見ると、ディールちゃんも私と同意見だったらしく、緊張の解けた(と、言っても和やかな表情は浮かべていなかったけど)様子を見せていた。

 

「失われし、女神……その女神と言うのは…」

「そう、貴女達と同じ女神です。…お二人共、長話が出来るだけの余裕はありますか?」

「話位であれば、一応……イリゼさんはどうです?」

 

そう言って問いかけてくるディールちゃんと、それに首肯する私。……因みに、女神さんに対しては硬い表情だったディールちゃんが私に問いかけをする瞬間柔らかな表情に変わった事が、個人的に凄く嬉しかったりする。もっと言えば軽く萌えてたりする。

 

「…軽く萌えてますが、こちらも宜しい様です」

「よ、読まなくていいし言わなくていいよ…」

「私の想定よりも余裕のある様で良かった。……では、まず何故貴女達…貴女達だけがここへ誘われたのかから話し始めるとしましょうか」

 

その言葉を聞いた瞬間、私とディールちゃんに解けていた緊張が再び走る。私達が抱いてる疑問は幾つもあるけど、ここに来た理由と言えばその中でも特に重要な疑問。これを聞き流せる筈がなかった。

 

「…結論から言いましょう。貴女達がここに誘われた理由……それは、単なる偶然です。最も、ここへ誘われる可能性があるのは、特定の条件に合致する一部の人物だけですが」

「…………」

「…………」

 

 

『……えぇー…』

 

予想の斜め下をいく理由に、つい呆れた様な声を出してしまう私達。女神さんもある程度はこういう反応を想定していたらしく、私達の反応にただ肩を竦めている。…いや、だって…偶然だよ?前世からの因縁とか、敵を早めに潰しておこうという未来からの使者の仕業とか、死の未来へ辿り着かない様助けようとしてくれた精霊の影響とかなら分かるけど偶然って…拍子抜けもいいところだよ……。

とはいえ、『はいはいもうかいさーん』みたいなテンションにはならない私達。女神さんの言葉には、気になる点が幾つもあるのだから。

 

「…偶然、というのは分かりました。では、特定の条件というのはどういったものなのですか?」

 

先に質問を口にしたのはディールちゃん。別に質問の回数を制限されてる訳じゃないし、それについては私も訊こうと思っていたから私は何も言わずに返答を待つ。

 

「…貴女達は、既に予想が付いているのでは?」

「えぇ、付いています。……加えられし者、なのでしょう?ですが、わたしが訊きたいのはそれではなく…」

「何に対して、どういう意味で『加えられし』なのか…という事ですね。……それは、本来の世界に対して、文字通りの意味で『加えられし』なのです」

「……っ…」

 

女神さんの言葉を聞いた瞬間、苦々しげな表情を浮かべ俯きがちになるディールちゃん。……が、女神さんは知っていたのか察したのか、すぐにこう言葉を続ける。

 

「…安心して下さい、貴女の思ってる様な意味ではありませんよディールさん。…いえ、別の名で呼んだ方が宜しいですか?」

「そう、ですか……」

 

少しだけほっとした様な顔を見せ、首を横に振るうディールちゃん。……別の名…?

 

「…次元とは数多存在するもの。同じ様な環境、歴史を持っていても寸分違わず同じという次元はありません。例えば、イリゼさんの次元とディールさんの次元の様に。そして同時に、『ゲイムギョウ界』と呼ばれる次元は例外なく、ある程度の共通点を持っているものです」

「…共通点…女神の存在やシェアの存在ですか?」

「えぇ。…しかし、絶対などないというのが世の常。次元が数多存在するにも関わらず、一つの次元にのみしか存在しない、唯一無二の存在がいる事があるのです。……貴女達、二人の様に」

「それが…加えられし者……」

 

説明を受け、私の頭の中で思考が巡る。私とディールちゃんとで話した時にも、私達二人はネプテューヌ達双方に存在する人達とは違うんだと分かってはいたけど…まさか他のどの次元にも存在してないとは思ってもみなかった。…別にそれは嫌だとか悲しいとかの感情は抱かないけど…何というか、もやもやする……。

 

「……そして、その加えられし者が存在する次元の多くは、同時にもう一つの存在が生まれます。…と、言ってもこの表現は些か間違っていますが…それが何なのか、分かりますか?」

「この流れからすれば…『失われし者』しかないでしょう」

 

調子を取り戻したのか、ディールちゃんが会話に戻ってくる。確かに失われたものが生まれる、というのは表現として些か…というか完全に間違っている。ただでも、失われるという現象が生まれる、失われた事により失われし者に該当する存在が発生(=生まれた)と考えれば…間違ってもいない。こんなの言葉遊びの域だけどね。

 

「その通りです。お分かり頂けましたか?」

「えぇ、概ねですが…では、ここにいる失われし者は貴女と魔龍だけなんですか?」

「はい。もっと言えば、私はあの魔龍と関連のある存在だったからこそ現れる事が出来たのであり、元々は魔龍のみが一応(・・)この場に存在していたのです」

『一応……?』

 

何とも妙なタイミングで出た『一応』という単語に、つい同時に反応してしまう私とディールちゃん。

 

「一応、です。少々説明し辛いのですが…そうですね、ここにある物質があったとしましょう。それは見る事も触れる事も出来ません。その場合、お二人はその物質が存在していると言えますか?」

「言え…るのでは?見えないけど存在する物も、触れないけど存在する物も事実沢山ある訳ですし。だよねディールちゃん」

「それは…どうでしょうか?一つお聞きしますが、見る事も触れる事も出来ないが、嗅ぐ事は出来る…の様な、引っ掛け問題ではないのですよね?」

「えぇ、如何なる手段をもってしても確認出来ない物質、という事です」

「ならば、それは存在しているとは断言出来ません。最も、ある物質があるというのが文章問題における条件であるならば別ですが」

 

簡単に同意を得られるかな…と思って訊いてみた私だったけど、ディールちゃんから返ってきたのは意外な回答。でも、ディールちゃんの言った事が分からない訳でもない。…と、いうよりも私は何の気なしにある物質がある、というのを条件にしていた事に気付き、それも同時にむしろディールちゃんの解の方が適切な様に思えてくる。

そして、女神さんの求めていた解もディールちゃんの口にしたものの様で、彼女の解を聞いてからこくりと頷いた。

 

「確かに、イリゼさんの言う通り視覚や触覚で分かるもの以外は存在していない、という事はありません。しかし、それ等が存在するというのもまた何らかの方法で『認識』出来たが故に存在すると言えるのであり、如何なる手段をもってしても確認出来ない物質は、例え存在していたとしても認識出来ない側にとっては存在していないのと同義なのです」

「…魔龍はその確認出来ない物質の状態だったから、一応…という訳ですか」

「それをイリゼさんが望んだ事で認識可能な状態になった…と?」

「それは半分正解で半分誤りです。この迷宮に内包された存在の思いが迷宮自体へ影響を及ぼすというのも、イリゼさんが望んだ結果というのも正しいですが…魔龍が姿を現したのは…いえ、姿を得たのは『失われし者がいる』という認識をされた為です」

 

女神さんの話を聞き、私とディールちゃんは互いに顔を見合わせ……くいっ、と首を横に傾ける。認識される事で姿を得た…って、えぇと…ブータ的な……?

 

「私も全てを知り、説明出来る存在ではないのです。その上で言うのであれば…存在していると存在していない、そのどちらとも呼べない状態であった魔龍はイリゼさんの思いによって『失われし者』という認識可能な存在へと昇華され、実在出来る様になった…でしょうか…」

「…な、何となくは分かりました…でもまさか、認識しただけであれ程強い存在が出てきてしまうとは…」

「あれでも弱体化はしていたのですよ?本来の魔龍としてではなく、失われし者という曖昧な括りでの認識でしたから」

「あ、あれでも弱体化状態だったんですか…」

「本来ならば、貴女達の知る守護女神四人が命懸けで戦ってやっと倒せるレベルですから」

 

再び顔を見合わせる私とディールちゃん。今度は顔が軽く引き攣っていた。もし魔龍が本来の力を出せる状態だったのなら、コラボストーリーにおいて両作品の主人公が為す術なく殺される展開になり兼ねなかったとは……うん、全くもって洒落にならないね。

 

「……魔龍についても、わたし達についても分かりました。では…この場所は何なのですか?」

「この場所は…現象、とでも言いましょうか。加えられし者と失われし者とが邂逅する為だけの場所。この場所もまた偶然により生まれた物であり…両者のどちらかが消失する事により効力を失い、元通り失われるのです」

「両者のどちらか…と、いう事は……」

「はい。私が消えれば、その瞬間迷宮も消失を始め、完全消失と共に貴女達は元の場所へと帰還出来ます」

『……!』

 

三度顔を見合わせる私達。今の私達の顔に表れているのは驚きと興奮の感情。

実のところ、私達は僅かに不安を感じていたのだった。本の内容は概ね正しかったけど、本には『元の場所へと戻るは云々』と書いてあるだけで、勝てばそれで帰れるなんて保証はどこにもなかった。だから、女神さんのその言葉は、ある意味で最も私達にとって有難かった。

……でも…。

 

「…良いんですか?それで……」

「貴女はわたし達の為に自分が犠牲になる、というんですか…?」

「犠牲も何も、私は元々存在しなくなった身。今この瞬間が例外というだけです」

「でも……」

「…私はとても真っ当とは呼べないでしょうが……それでも、私も女神です」

 

女神さんは一度目線を落として…すぐに顔を上げる。そしてその時には、彼女の瞳は女神の……誰かを守る、決意の意思が灯っていた。

 

「…分かりました。貴女の事は忘れません」

「私もです。ありがとうございます、女神さん」

「……最後に一つ、あまり言いたくはないのですが…」

 

私達の言葉を聞いた女神さんは、少しだけ安心した様な表情を浮かべて…最後の忠告を、口にする。

 

「…また、貴女達が…貴女達のどちらかが創滅の迷宮へと誘われる可能性があります。ここと全く同じ場所である事はまずあり得ませんが…偶然に偶然が重なる事は、あり得ます」

「…心得ておきます」

「…これで、終わりですね…私を忘れないという言葉、嬉しかったです。--------さようなら、今を生きる女神達…貴女達が女神として進み続けられる事を、祈ります…」

 

そうして、女神さんは白の靄となって消えていった。二度目の消失という恐怖を背負ってまで、私達の為に現れてくれた女神さんは再び失われし者へと帰っていった。

そして、彼女の言葉通り創滅の迷宮は彼女の消失と共に、消え始める……。

 

 

 

 

「…ねぇディールちゃん。ディールちゃんはここでの出来事、長かったと思う?それとも短かったと思う?」

 

ゆっくりと、ゆっくりと光の粒子となって消えていく迷宮。その様子を眺めながら、イリゼさんはそう言った。

長いか、短いか…そんなものは分からない。でも、敢えて言うのなら……

 

「…濃密な時間ではあったと思います」

「それは間違いないね、濃密な時間なんて私達にとっては日常茶飯事だけど」

「それを否定出来ない辺り、わたし達の周りも末期ですね…ところでイリゼさん、女神化出来た事について、ちゃんとした理由分かりました?」

 

某アニメのOP宜しく非常事態が日常である事に苦笑を隠せないわたし達。その後わたしは、ずっと気になっていた事を口にした。

 

「うーん…分からないけど、奇跡…とかではないと思う。…それも、一回限りだったみたいだけどね」

「そうですか…惜しいと思いますか?」

「それは勿論。でも、一回限りの女神化をここで使えたのなら…後悔はないかな」

「…わたしも、ここで使ってくれて助かりました」

「友達の為だもん、お礼なんて必要ないよ。……で、さ…ディールちゃん。…ディールちゃんの名前は、ディールなの?」

 

ずっと口の端に浮かべていた笑みを消して、わたしに問うイリゼさん。やっぱり、女神さんの言った言葉が引っかかっていた様だった。

わたしは、嘘を吐いている。わたしの本当の名前はディールではない。けど、本当の名前を今言うべきなのか……やっと終わって、やっと安心出来たのに、わたしの過去を語る事は適切なのか。それに、女神候補生を…ホワイトシスター、ロムをまだよく知らないイリゼさんに語る事は、今後のイリゼさんとイリゼさんの次元のロムちゃんとの関係に悪い影響を与えるんじゃないか。そんな言わない理由ばかりが頭に浮かぶ。…でも、これは言い訳だった。真実を言う事で、わたしに対するイリゼさんの印象が変わってしまう事が怖いから作り出した、言い訳に過ぎなかった。

ふと、顔を上げる。そこにあったのはイリゼさんの真剣な…どんな言葉でも受け入れてくれそうな、真面目で優しい顔があった。それを見た瞬間、わたしは吹っ切れる。

 

「……ディールです。わたしの名前はディール。それに、間違いはありません」

「そっか…うん、分かったよディールちゃん」

 

この言葉は、嘘でも言い訳でもない。だって、それが例え偽りの名前だったとしても、イリゼさんと出会って、戦って、協力して、探索して…信頼し合ったのは、ディールだから。

きっとイリゼさんは、むこうのロムちゃんと接する中でいつかは気付くと思う。もし、そうなったら…その時はちゃんと謝って、ちゃあんと全部話そう。イリゼさんは、きっと全部聞いて、その上で今まで通りでいてくれる筈だから。

 

「……最期に何か、残したいですね」

「何か…うーん、写真とか?ディールちゃんも携帯持ってるよね?」

「えぇ、まぁ…」

 

じゃあ記念写真撮ろうよ、とイリゼさんは言う。これはわたしが言い出した事だし、記念写真というのも悪くないと思ったから、わたしは素直にこくんと頷く。

 

「ではイリゼさん、わたしに携帯貸してちょっと離れて下さい。撮ってあげますよ」

「はーい……ってそれじゃ私の携帯に私の写真が残るだけじゃん!私自分大好きさんじゃないよ!?」

「え……イリゼさんは巷でセカイリと呼ばれてたのでは…?」

「私ハンバーグ師匠とコンビ組んでたりしないんですけど!?」

 

全身傷だらけの人間とは思えないテンションと声量で突っ込んでくるイリゼさん。それを見てわたしは…つい笑ってしまった。今までは心の中だけに留めていたけど、やっと全部終わったからか、つい笑い声を上げてしまった。

それを見てむぅぅ…と唸るイリゼさん。でもその数秒後には私と同じ様に笑って、改めて二人で撮ろうよと言ってくる。勿論、わたしはそれに同意する。

 

「じゃ、まずはわたしから…って自撮りするの初めてかも…」

「ゆっくりし過ぎて撮る前に消滅、とかは嫌ですよ?」

「だ、大丈夫だよ…はいチーズ」

 

ぱしゃり、という軽快な音と共にレンズ横のライトが光る。掲げていた携帯を降ろし、二人で写真を確認するわたし達。わたし達の格好が呑気に写真撮ってる場合じゃないよね…と思う事以外には特に悪い点のない、割といい写真だった。

 

「…もうちょっとディールちゃんが笑ってくれてたらなぁ……」

「これでも笑ってる方ですって…次はわたしですね」

「あ、ディールちゃんの方も私が撮るよ。ディールちゃんの腕だと私ちょっと見切れる可能性あるし」

「し、失礼な……まぁ実際あり得るので任せますけど…」

 

という事で携帯をイリゼさんに渡し、もう一度撮る。途中フラッシュの瞬間にイリゼさんに悪戯してやろうかな…とも思ったけど、止めた。よく考えたら、悪戯写真が残るのはわたしの携帯だしね。

 

「これで記念写真撮影終了、っと…もう数パターン撮っておきたい?」

「いいですよ、記念写真ですしこれで十分です」

「だよね」

「…………」

「…………」

 

記念写真を撮り終え、撮った写真をちょっと眺めてから携帯をしまって……そこで、会話が途切れた。

別に話す内容が無くなった訳じゃない。色々あったんだから、話す内容には困らない。ただ…わたしの心にも、恐らくイリゼさんの心にもある気持ちが渦巻いていて、それで中々口を開けなかったのだった。--------これでもうお別れだ、という気持ちが。

数分位、わたし達は互いに無言で消えていく迷宮を眺めていた。そして、先に口を開いたのは、イリゼさんだった。

 

「……また、会えるかな…」

 

イリゼさんの顔は見ていない。でも、声だけで分かった。きっと今、イリゼさんは寂しそうな顔をしている。しっかりしてる様でしっかりしていない、どこか子供の様な心を持っているイリゼさんは、きっと寂しいという気持ちを抱いている。……そしてそれは、わたしも同じだった。

 

「…会えますよ、きっと。女神さんも言っていたじゃないですか。またこういう事が起こる可能性はあるって」

「偶然に偶然が重なれば、ね…」

 

普段は現実をちゃんと見つつも楽観的視点を失ったりしないイリゼさんが、この時ばかりは後ろ向きだった。…本当に、これじゃどっちが子供なのか分からないですよ、イリゼさん…。

 

「……分かりました。ちょっと本、貸してくれませんか?」

「え?…良いけど…どうするの?」

「おまじないですよ。きっとまた会える様に、っておまじないです」

 

イリゼさんから白い本を受け取ったわたしは、本へわたしの魔力とシェアエナジーとを混ぜ合わせた力を流し込む。この本は単なる魔導具とは一線を画す様だから改竄なんて出来ないけど、それでもちょっと力を入れておく位ならわたしにも出来る。

 

「…そんなおまじない、あるの?」

「あるんですよ。…と、言ってももしまたわたしとイリゼさんが出会える様な可能性が発生した場合、この本が目印になってくれるって程度ですが。…それでも、わたしはこれがわたし達をまた巡り会わせてくれるって信じてます」

「…最後までごめんね、世話ばっかりかけて……」

「それはお互い様ですよ。それに……わたしだって、イリゼさんとまた会いたいですから…折角出来た友達と、もう会えないなんて…そんなの嫌ですから…」

「ディールちゃん……」

 

気付けば、もう大分迷宮は消滅していた。わたし達がここに居られるのは、きっと後僅か。全部消えてしまえば、わたし達はそれぞれの次元に戻る。それぞれの居場所に、帰る事になる。

 

「…今度は、遊びましょうか。出来れば今回みたいな厄介事とは無縁な形で会いたいです」

「じゃあ…その時は一緒にお出かけもしようよ。あ、その時は他のメンバーと共に一緒に行きたいな」

「わたしもです。互いに行き来出来たら良いですね」

「うんうん。その時が楽しみだなぁ…」

 

もう、わたしもイリゼさんもこれきりだとは疑ってない。確証はないけど、確信もないけど、それでもまた会える気がしていた。また会えるって、信じていた。

そして、遂にその時が来る。迷宮が完全に消滅して、わたし達の身体も消えていく。だから、わたし達は二人同時に最後の挨拶を口にした。笑顔で、手を振って…日が暮れて家に帰る時の子供の様に、言った。

 

「ばいばい。またね、ディールちゃん」

「ばいばいです。…またね、イリゼさん」

 

示し合わせた訳でもないのに、同じ言葉だった。『さよなら』じゃなくて『またね』……それが、わたしとイリゼさんの交わした、最後の挨拶だった。……ううん、違う。最後なんかじゃない…だって、『またね』だもん。そのまたね、の日まで待ってますからね、イリゼさん。

 

 

 

 

「……ゼ……リゼ…」

 

肩が揺すられている。誰かに呼ばれている気がする…というか呼ばれている。上手く聞き取れなかったけど、多分これは私の名前だ。

ぽけーっとする頭を何とか働かせて目を開ける私。そこにはブランがいた。

 

「おはよう、イリゼ。こんな所で寝るなんて、そんなに本に熱中しちゃったの?」

「あ…えっと……」

 

本に熱中し過ぎてここで寝てしまった、なんて記憶はない。というか暫く本はまともに読んでいなかった気がする。そう、確か私は……

 

「……え、まさかの夢オチ!?嘘ぉ!?」

「夢オチ?」

「嘘でしょ!?十四話も使った夢オチとか前代未聞だよ!?誰得!?ねぇ誰得!?」

「よ、よく分からないけど一旦落ち着きなさいイリゼ…」

「落ち着いてなんていられないよ!だって……って、あ…」

 

慌てて立ち上がったところで…私がある物を持っている事に気付く。文も、挿絵も、タイトルも装飾もない白い白い本。そこでもう一つ思い出した私は急いで携帯を取り出し、写真ファイルを開く。ドキドキしながら見た写真ファイルには……あの時撮った、ディールちゃんとの写真が確かにあった。

 

「……良かった、夢オチじゃなかった…」

「…イリゼ、何かあったの?」

「ん、まぁちょっとね。…ちょっとと呼べるボリュームでは決してないけど…」

 

私の様子から察し、心配そうな表情を浮かべているブラン。そんなブランに余計な心配をかけないよう私は軽い口調で言葉を返す。…迷宮での出来事を秘密にするつもりはないけど…今はいいかな、皆が集まった時の方が一度に伝えられるし。

 

「…あ、ところでブラン。ブランはこの本知ってる?ここの本だと思うんだけど…」

 

そう言えばこの本は書庫の本棚にあったんだった、と思って本をブランに見せる私。するとブランは最初不思議そうな表情を浮かべた後受け取り、本を撫でたり開いたりした後…怪訝さと真剣さの混じった様な顔になった。

 

「……イリゼ、本当にこの本がここにあったの?」

「そうだけど…」

「…貴女を疑うつもりはないけど、信じられないわ。だって、わたしが表紙すら知らない本なんて、この書庫にはない筈だもの」

「そ、そうなの?」

「それに…この本は魔導書の様だけど、はっきり言って規格外よ。こんな本初めて見たわ」

 

ブランの判断は、ディールちゃんとほぼ同じだった。やはり、この本は何かとんでもないらしい。…じゃあ、まさか……

 

「……この本は何らかの力で、突然書庫に現れたとか…?」

「…正直、その可能性が高いわ」

「ほんと何なんだろうこの本…ブラン、これはブランに預けた方が良い?」

「預かってほしいというなら預かるけど…イリゼに任せるわ。この本を見つけたのがイリゼだったのは、偶然じゃないかもしれないもの」

 

私が加えられし者で、この本が私やディールちゃんの思った通りの物なら、確かにそれは偶然じゃない様に思える。

そう考えた私は、数瞬の思考の後、私が持っている事にした。ブランがこういうって事は私が持っていた方が良いんだろうし…それに、これは『目印』だからね。

 

「…そうだ、書庫見せてくれてありがとねブラン」

「お安い御用よ。本を好きになってくれるならわたしも嬉しいし…特務監査官さんに隠し事をするのは得策じゃないもの」

「あはは、それもそっか」

 

そんな雑談をしながら、私達は書庫を出る。すると……

 

「ゆきだるまつくりに行こー!」

「おー……!」

 

私達の前を、二人の少女が駆けて行った。ルウィーの女神候補生、ラムちゃんと……

 

「……あ、れ…?」

「あの二人はまた廊下を走って……イリゼ?」

「……ううん、何でもないよ」

 

走り去っていく二人の後ろ姿を見つめながら、私はそう返す。

……一瞬、ロムちゃんがディールちゃんと重なる様に見えた。確かにこの二人とディールちゃんはよく似てるけど…何でだろう?

 

「…じゃあイリゼ、わたしはやる事があるから執務室に戻るわ。貴女はどうする?」

「んー…少し散策しようかな。なんか散歩したい気分だし」

「そう。分かったわ」

 

ブランと別れ、私は外へ出る。

思いを馳せるのは、創滅の迷宮での出来事と二人(一人と一体?)の失われし者、そしてディールちゃんの事。一連の出来事は決して楽しい事ばかりじゃなかった…というか大変な事ばかりだったけど、これもこれで大事な思い出になると思う。そして、ディールちゃんは…紛れもなく、私の大切な友達だ。

 

 

(…またねがいつかになるかは分からないけど…その日を、私は待ってるからね、ディールちゃん)

 

見上げたルウィーの青空は、蒼く澄み渡っていた。

 




今回のパロディ解説

・死の未来〜〜精霊の影響
デート・ア・ライブのゲーム、凛祢ユートピアにおけるヒロインの一人、園神凛祢の行動及び力の事。別に創滅の迷宮はループ世界ではありませんからね?

・ブータ
天元突破グレンラガンシリーズに登場する、主人公のペット兼仲間の事。多次元宇宙の部分と掛け合わせてみたのですが…自分でもちょっと伝わり辛いかもなぁと思います。

・某アニメのOP
迷い猫オーバーランのOP、はっぴぃにゅうにゃあの事。非常事態と聞くとどうしてもこのフレーズが出てきてしまうのが、私の頭だったりします。

・セカイリ、ハンバーグ師匠
お笑いコンビ、スピードワゴンの二人の事。ハスキーボイスで独特な価値観を持つイリゼ…ちょっと気にはなりますが、やってみたりしません。えぇやりません。


タイトルの通り、コラボストーリーは今回で最終話となります。ご愛読ありがとうございました。そして橘雪華さん、ディールちゃんで破茶滅茶し過ぎてごめんなさい。でも楽しかったです!最後まで見守ってくれて本当にありがとうございました!
あとがきらしきものは後日近況報告で行うつもりなので、もし宜しければ読んで下さい。

……あ、勿論次回からはOI本編第四話から続けますよ。


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本編
第一話 友好条約、締結


本作がどの様な方向性の作品なのかは、前作である『超次元ゲイムネプテューヌ Re;Berth1 OriginsAlternative』のあとがきに書いてあります。ある程度は本作だけでも楽しめる様にするつもりではありますが、前作を読んでいない方、知らない方はそちらを先に読む事をお勧めします。


あの戦いから、およそ一ヶ月が経った。女神だけでなく教会関係者を始めとした多くの人達が関わった事後処理もやっとひと段落を迎え、少しずつ非日常からそれぞれの日常へと回帰し始めた、そんなある日。

……いや、ある日という表現は正しくない。今日は、あの戦いが終わってからすぐに予定された日であり、各国の…ゲイムギョウ界にとっての大きな転機となる日なのだから。

 

「では、パープルハート様、ブラックハート様、グリーンハート様、ホワイトハート様、調印をお願いします」

 

滔々と、しかし深みのある声音で司会進行を務めるイストワールさん。イストワールさんの指示を受けた守護女神の四人は、各国教会職員や来賓の集まる会場を堂々と進み、厳かな様子でペンを取り調印を行う。

今のネプテューヌ達は女神化した姿で、それぞれドレスを身に纏っていた。勿論、それはネプテューヌ達だけではない。教会職員は寸分の隙もない職員服に身を包み、来賓や女神候補生、調印式に参加した記者等も各々スーツやドレスを身に付けていた。そしてそれは……来賓の一人として、来賓席に座る私も例外ではない。

 

「続いて、来賓紹介です」

 

調印と守護女神同士の握手が済んだ後、式は来賓紹介へと移る。一人一人紹介と来賓の簡素な挨拶が進み、私の番となった時は他の方々と同様に挨拶とお辞儀をこなす。

各国各界の著名人や重鎮が集まるこの来賓席に私が座る事になるとは、思いもしなかった。けど、思い当たる節がない訳ではない。ルウィーでの大規模戦闘、ラステイションでのエキシビションマッチ、そして何よりプラネテューヌでのマジェコンヌに対する強襲。どれも多くの人の目に映っている訳だし、最後のは勇気ある(または危険を理解していない)TV局員によって各国へ放送されたのだから、私を『ゲイムギョウ界を救った女神の協力者であり、どこの国にも属さないもう一人の女神』として認識している人が多くてもおかしくない。……とはいえ、明らかに一般人とは違う雰囲気を纏う方々と肩を並べるのは緊張するし気が引けるけどね…(と思っていたけど、式の終了後隣の方に「女神様と肩を並べるのは気が引けました…」と言われたりしたのである)。

 

「それでは、各守護女神様の締結宣言です」

 

再びネプテューヌ達に注目が集まる。それぞれの言葉で締結の宣言を行うネプテューヌ達。普段から真面目なノワールは勿論、パーティーでは嫌がっていたネプテューヌも国の指導者として相応しい姿を私達に見せてくる。その凛々しく荘厳たる姿はまさしく『女神』そのもので、立場の上では同格であり互いに友達だと思っている私ですら一瞬忠誠を誓いたくなる程のものであった。

 

 

 

 

「第一回、もっとイリゼの事を知ろう会ーーっ!」

 

--------なんて思っていた私が馬鹿だった。

調印式、四ヶ国会談、女神候補生のお披露目と錚々たる行事が行われた末に来たのが……この、謎の企画だった。あれよあれよと言ううちに特設スタジオの中心に連れて来られ、四女神と共に複数のテレビカメラを向けられていた。

 

「…あのー、皆さん?私何が何だか全く分からないんですけど……」

「第一問!」

「ちょっ、早い早い早い!私全く全然分かってないんだけど!?てかネプテューヌが司会なの!?」

「あ、そっか…テレビの前の皆、こんにちはー!」

『こんにちはー!』

「挨拶が先だとは一言も言ってないんですが!?そして何!?女神は全員この企画知ってんの!?」

 

ひらひらと手を振りながらカメラ目線をするネプテューヌ達。……これはあれか、私だけ分かってないっていうか、わざと私にだけ説明してないパターンか……。

 

「イリゼ、せっかくのテレビなんだからもう少し落ち着きなさいよ」

「落ち着ける訳無いよ!……はぁ、取り敢えず説明してよ…さもないと私、故意に放送事故起こすよ?」

「おっとそれは困るね。イリゼの突っ込みも十分聞けたし、視聴者さんと閲覧者さんへの説明も兼ねて教えてあげるよ」

「しれっとメタ発言したねネプテューヌ…」

 

半眼でネプテューヌを見つめる私。そこでふと、「あれ、これは公の場だしネプテューヌ達に対しては敬語の方が良いのかな?」と思ったけど、それを察したらしいADさんが『タメ口でOK!』とカンペを出してくれた。…OKな方が問題だと思うけどなぁ……。

 

「この企画はタイトル通りイリゼについてのクイズ!わたしが司会、ノワールベールブランが解答者の超豪華番組だよ!あ、イリゼは基本そこの椅子に座っててね」

「私を知ろう、なら私が質問に答える方が効率的なんじゃ…」

「それじゃエンタメ的に失格だよ!」

「何そのテレビ業界人的台詞!?」

「それと優勝者にはイリゼ特製のプリン、最下位には罰ゲームとしてイリゼと司会者にプリンを作るというルールがあるから皆張り切ってね!」

「景品も罰ゲームもテレビとしてはしょぼくない!?後それ決めたのネプテューヌだよね!?だって司会者ネプテューヌだもん!」

 

さらっと自分が確実にプリンを得られるルールを解説してきたネプテューヌ。というか、これ私もプリン作るの確定じゃん…この企画全体的に私への罰ゲームだよ……。

 

「ふむ…まぁ要はイリゼをダシにしつつ各女神の個性をアピール、更に人々の関心が集まってるイリゼの情報も公開するという企画なのね」

「そのとーり!分かり易くまとめてくれてありがとうブラン!」

「分かり易いけど私をダシ扱いは酷いよ…ネプテューヌもそこスルーしないでよ…」

「むぅ、わたくしとしてはあいちゃん謹製のプリンの方が良かったですわ…」

「わ、早速個性をアピールし始めたよ…流石ベール……」

「ラステイションの皆、私の活躍を期待していて頂戴!」

「こっちもか!普段突っ込み担当なのに今日は何故かしたたかだねノワール!」

 

まだクイズが始まってもいないのに矢継ぎ早にボケを叩き込んでくる皆。どうやら今日は皆突っ込む気皆無なのか、普段に増してボケの波が早い。私は最後まで体力と精神が持つか不安だった。

 

「よーしそれじゃ第一問!イリゼのスリーサイズは上から何でしょう!」

「はぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

早速絶叫する私。幾ら何でも(まだ一問目だけど)この問題は無茶苦茶過ぎる。しかし女神三人は私が抗議をする隙を与えてくれない。

 

「9、2、5!」

「そんな小さくないわ!っていうかすでに発売されてる商品の販促したって意味ないよね!?」

「L、B、X!」

「手乗りサイズのロボットじゃん!?だからそんなに小さくないって言ってるよね!?」

「アイン、ツヴァイ、ドライ!」

「もうそれリズムに合わせてるだけだよね!?上から1、2、3とか馬鹿にしてんの!?」

 

ノワール、ブラン、ベールと三者三様の解答を口にする。当然それが合っている筈もなく、ただただボケをかましているだけだった。或いは、全力で私をおちょくってるだけだった。しかもカンペには『良いよその調子!』とか書いてある。……この世界は上から下まで皆頭おかしいらしい。

 

「うーん、皆不正解!もー、皆生死を共にしてきたイリゼの事なのに分からないの?」

「いやスリーサイズ把握されてたらむしろ怖いんですが…そもそも皆も自分以外のスリーサイズ知ってる?」

「わたしブランのなら知ってるよ?ブランの本物偽者判断の時聞いたし」

「……ネプテューヌ、もしそれを口にしたらどうなるか分かってるでしょうね?」

「…一応訊くけど、どうなるの?」

「貴女のだいたいのスリーサイズがバレる事になるわ。わたしと貴女とはスタイルに大差ないもの」

「……ぶ、ブランのスリーサイズは置いといてイリゼのスリーサイズ考えようか、皆」

 

冷や汗をかいたかの様な表情を見せるネプテューヌ。確かに中々に怖い脅しだった。

その後も散発的に解答をするノワール達。しかし最初の怒涛の三連ボケが強過ぎたせいかイマイチボケがヒットせず、まともに答えようとも勘と見た目(しかも服の上から)で正解を導き出すのは到底無理な話。その為正解が出ないままずるずると数分が過ぎてしまう。

 

「……えーと…これテレビ的に大丈夫なの?私としてはバレたくないし結構だけど」

「大丈夫じゃないでしょうね…ネプテューヌ、これヒントか何かないの?」

「え?あるよヒント」

「あるなら気を見計らって出しなさいよ…」

「はいはい…じゃあ特別ヒント!というか特別チャンス!実際に触って確かめてもOK!」

「あ、それは中々良いヒン…はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

本日二度目の絶叫を上げる私。ヒントでもチャンスでも何でもない、ただの公開セクハラ企画だった。……洒落にならない。

 

「正気!?ネプテューヌも企画者さんも正気!?一周半回ってやっぱりおかしいよ!?」

「大丈夫!わたし達守護女神は殺し合ってた関係から友達になれたんだから、多少爛れた関係になっても元通りの友達に戻れるって!」

「もうネプテューヌは手遅れだった!?」

 

色んな意味でショックを受けて、目を白黒させる私。ネプテューヌの目はもう完全に『視聴率命!』の炎が宿っていた。

こっちは無理だと判断し、なんだかんだ言ってもしっかりしてる女神三人に助けを求めようとする。…その瞬間、解答席の方からガタッ、という音が聞こえた。

 

『……覚悟、完了』

「覚悟完了!?どうしちゃったの皆!?ねぇ!?」

「生きてる中で退いちゃいけない時ってあるわよね」

「少なくともそれは今ではないよ!?っていうかこれテレビ!テレビだよ!?」

「ふふっ、そこを上手くやる…具体的には上手い事隠すのがわたくし達の腕の見せ所ですわ」

「第一今はもう遅い時間、良い子の皆はもう寝てるわ」

「何言っちゃってんの皆!?一日の緊張と疲れで壊れない!?」

 

確かに今はもう遅い時間。朝からずっと女神化しっぱなし、緊張しっぱなしだった皆が深夜テンションになっていてもそれは仕方ない事だった。だけど「じゃあ仕方ないかぁ…」と思える筈もなく、尻尾を巻いて逃げようとしたけど…残念ながらここは狭い特設スタジオ。更に皆より出遅れた事もあって簡単に包囲されてしまった。

 

「……マジで?ねぇマジでするの?」

『…………』

「マジなんだ…年貢の納め時ってこういう時使うのかな……」

「……安心してイリゼ、私達は誰も痛くしないから」

「その心配は一切してないしそんな事言われても安心出来な……ぁんっ…」

 

襲いかかる女神!襲われる私!……ここからは台詞だけでお楽しみ(?)下さい。

 

「やっ、ちょ待って…ひゃんっ!み、皆ちょっと手付きおかしくない!?ノワールその勝ち誇った様な顔は何!?ブランは憎々しげに揉むの止め…なんかネプテューヌもいるんですけど!?なんで参戦してんの!?ネプテューヌは解答者じゃない…今スカートの中に手入れたの誰!?服の上からで良いじゃん!服の中にまで手入れたらガチなセクハラじゃん!それとベール胸当たってて何か悔しいから!皆密着し過ぎ…んひっ…だ、段々皆手付きエロティックに…ふぁっ…なってません…!?い、いやほんと…あひんっ…無理…むり、だからぁ…もうこれ以上はダメぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

[暫くお待ち下さい……]

 

 

「えー…はい、放送事故が発生した事を、タレント一同心よりお詫び申し上げます」

 

五人並んでぺこりと頭を下げる私達。更にネプテューヌ達は私に対しても頭を下げ、その上で司会席と解答者席に戻る。

いやー、何があったんだろうね、放送事故の間。え?私の服がよれよれになってる?女神の皆がすっきりした様な顔してる?裏方さん達が「いいもの見せてもらった」って様子してる?さ、さぁ…何の事カナ-?

 

「じゃ、じゃあ改めて解答、どうぞ!」

『…分かりません』

「あんだけセクハラしといて解答それ!?……まさか途中から計測するの忘れてたとかじゃないでしょうね?」

『うっ……』

「うん、後で皆集まろうか」

 

怒りが一周回った後に出てくる笑顔を見せる私。皆は流石に反論のしようがないと思ったのか素直に「はい…」と頷く。国の長が一斉に従わせられるこの様子は、正直かなりシュールだった。

 

「う、うーん…こうなると第一問は正解者無し、にするしかないかな。こほん、残念ながら出なかった第一問の答えは……」

「え、いやまさかほんとに言うつもり?や、止めてよネプテューヌ…」

「--------前作である『超次元ゲイムネプテューヌ Re;Berth1 OriginsAlternative』の人物紹介Ⅰを見てね!」

「……へ?」

 

予想外の答えにきょとんとする私。それに気付いたネプテューヌは「あはは、やだなぁ」と言い、こう言葉を続けた。

 

「テレビ、しかもゲイムギョウ界全体に放送してるもので言う訳ないじゃん。例えディレクターさんやプロデューサーさんがそれを望んでも、わたしは絶対に言わないね」

「ネプテューヌ……それなら放送事故にならない様な配慮もしてよ…」

「で、ですよねー…ま、まぁ他にもこっちの方が前作の紹介にもなるし、ね?」

「無理矢理だなぁ…まぁいいや……」

 

私は肩を落としながらも消極的了承を示す。喉元過ぎれば熱さを忘れる、ではないけれどセクハラ自体はもう終わったものだし、それに比べれば他の事はまだマシだし…つまるところ、ゴネるよりは少しでも体力温存した方が後々の為と思った訳だった。

 

「こほん。では第二問!イリゼが初めて行った突っ込みの台詞は何でしょう!」

「うわ、第一問目とは対照的にまともな問題だ。…よく考えるとやっぱり無茶苦茶な問題だけど」

 

そう言いつつも私は記憶を辿り、私が初めて行った突っ込みを思い出そうとする。恐らくコンパの家で行ったんだろうけど…幾ら皆より記憶容量が余ってそうな私でも、何の特殊性もない言葉を一言一句覚えてはいない。少なくとも、即座に思い出せるものではなかった。

そして、解答者の三人はその場に居合わせていなかったのだから知る筈もなく、そういう意味では一問目よりも高難度だった。

 

「ふぅむ…やはり『なんでやねん』とかでして?」

「おー、出たね突っ込みの王道。でも違います」

「そうね、イリゼの事だから弄られてた可能性あるし『誰がハートの4だ!』とか?」

「一体どんな状況だったらハートの4?って聞かれるのかな…覚えてないけどそれは絶対違うよ」

「……『お前に食わせるタンメンはねぇ!』?」

「それも違…それ私の突っ込みじゃないよ!そもそもそれは突っ込みとして使えるのかどうか微妙だよ!?」

 

ふっ、と笑みを浮かべるブラン。ノワールとベールもよくやったと言わんばかりに頷いている。こ、これはまさか…最初に二人がベタな、それでいて普段から言いそうな事を言う事で油断させてから本命のボケをぶっ込むという無駄に高等なテクニック!?……やっぱ守護女神四人はカルテット漫才に向いてるんじゃないかと思う。

やはり私の予想通り、第二問目は難しい問題。一問目同様に正解は出ず、ヒントも無いらしくて結局正解者無しとなってしまった。

 

「またも正解者無し、答えは…『ってそれはそれで酷くない!?』でしたー。いやー流石にこれは難しかったね」

「そう思うんなら問題にするんじゃないわよ…」

「いや私は司会であって問題考案者ではないし。あ、因みにこの台詞はちゃんと前作の第一話に載ってるよ〜」

「…ネプテューヌ、さっきから宣伝ばっかりしてない?」

「まっさかぁ、仮にそうだとしてもそれは結果的にであって狙ってやってる訳じゃないよ」

「ほんとかなぁ……」

 

曖昧な笑みを浮かべて誤魔化すネプテューヌ。なんというか、今のネプテューヌは掴み所がない。…司会としてのスタンスを考えてるのかな?

 

「はいはいじゃあ第三問目いくよ!イリゼの使う武器--------」

「はいっ!バスタードソードよ!」

 

早押しクイズ(ボタンはないけど)が如く出題の途中で解答を口にするノワール。ここにきてノワールはボケより優勝を狙う一手を取ったのだった。それは出題がぶっ飛んでないと見たからか、とにかくそれは完全にベールとブランを出し抜いて……

 

「……ですが、わたしの使う武器はなんでしょう!」

「な……ッ!?引っ掛け問題!?」

「っていうか、私関係ないじゃんッ!」

「…太刀よね?」

「お、ブラン正解!正確には刀全般だけど、太刀も許容範囲!」

「…………あ」

 

ぽかんとした顔をするノワール。やられたなぁ…と苦笑いするベール。かくして、第三問目はブランが正解者となったのだった。

 

 

 

 

「うぅ…もう、勘弁して下さい……」

 

べたーんと椅子にもたれかかる私。その横ではネプテューヌが「と、言う訳で最終問題の答えは『第四十八話』でしたー!」とか言っている。因みに問題は『私の正体が発覚したのは第何話』という問題。…なにその問題、端からメタいじゃん。またまた宣伝じゃん。……徹頭徹尾、破茶滅茶無茶苦茶なクイズ大会だった。

 

「おーい、イリゼ大丈夫ー?」

「全然大丈夫じゃない…もう体力と精神が持ちません…」

「そ、そっか…確かにそうだよね、解答者の三人も『もうボケが思い付かない…』って顔してるし…」

「いつからこれは大喜利番組になったの……」

 

最初からだよ、とは誰も言わなかった。

 

「それじゃ、皆気になる結果発表だよー!ドラムロールお願いしまーす!」

 

照明が少し暗くなり、ドコドコドコドコ…とドラムロールが鳴り始める。結果が結果だけに私としてはそんな事しなくても…と思ったけど、そこら辺はなあなあにしたくないのか十分な溜めを入れ、ネプテューヌは結果を口にする。

 

「結果発表!優勝者は……正解数一問でタイの、ノワールとベールとブラン!」

『……わー…』

「うんまぁそうなるよね!一問タイじゃテンション上げ辛いよね!…もうちょっと正解しようよ皆…」

「いや、こんなアホな問題を一人一問正解させた事は十分凄いと思うけど…」

 

なんともまぁ微妙な雰囲気の中、解答者全員にスポットライトが当たる。……まぁ、これはこれで良かったのかな。しょうもないクイズ大会とはいえ女神に明確な順序が付くのは宜しくないし、何より…やっと終わりだもんね!

 

「そういう訳で、三人にはイリゼからのプリンが送られ、同時に三人はそれぞれわたしとイリゼにプリンを送る事となりましたー!」

「何それ、それもう景品でも罰ゲームでもないただのプリン交換会じゃん……」

「…あら?と言う事は、ネプテューヌはプリンを三つも貰うという事になりますわね…まさか、それを狙っていたんですの?」

「…ネプテューヌならやりかねないわ」

 

じとー、と半眼を向ける私達。しかしネプテューヌはあっけらかんとしてした。…ある意味ネプテューヌは司会に向いてるよ、ほんとある意味で……。

 

「さ、そういう訳で結果発表も終了し、イリゼの事を知ろう会も終了です!テレビの前の皆、どうだった?」

「四女神はヤバい集団だという事はよく伝わったじゃないかなー」

「そっかぁ、そんなに楽しんでくれたならわたし達も大喜びだよ。ねー皆?」

『ねー』

「……何だこれ…」

 

ほんとに今日の皆はぶっ飛んでいた。多分ネプテューヌ以外は…いやネプテューヌですら明日これを恥ずかしくなるんじゃないだろうか。

 

「さてと、それじゃ最後は皆で挨拶して終わろっか!イリゼも良いよね?」

「…そうだね。最後だし…良いよ」

「じゃあ皆集まって!今日一日色々あったけど、わたし達はこれからもこんな感じで仲良くやっていくよ!だから皆も、国とか信仰とか関係無しに仲良くしようね!せーのっ!」

『さよーならー!』

 

最後の最後で女神らしい…というか、彼女らしい事を口にするネプテューヌ。他の三人も、にっこり笑顔でネプテューヌと共に手を振る。

その言葉で、その笑顔で今回の事を全部水に流してあげようとは思ってないけど…そういう事なら、途中で出演拒否をしなくて良かったな、と位には思える私だった。

そう、今日を機に戦いの過去を取り払い、共に歩んでゆくのだ。それを先導する、重要な役目において私が役立てたのならそれはとても嬉しい事だと思い、私は四人と共に笑顔で挨拶を--------

 

 

「次回もお楽しみにね〜!」

『次回ある(んです)の!?』

 

生放送の最後を飾ったのは、ネプテューヌを除く四人の突っ込みだった。




今回のパロディ解説

・こんばっぱー♪
生徒会の一存 碧陽学園生徒会議事録シリーズに登場するラジオネタのパロディ。期せずして本作も生徒会の一存が初パロディとなりました。…ほんとこの作品好きだな、私。

・「9、2、5!」
超次元ゲイムネプテューヌ THE ANIMATIONのブルーレイのCMのパロディ。アニメ版視聴者さんはこれ結構覚えてるのではないでしょうか?凄く耳に残っています。

・「L、B、X!」、手乗りサイズのロボット
ダンボール戦騎に登場するロボット、LBXの事。えぇ、勿論イリゼはLBXの様なスタイルはしていません。想像ですがイストワールもLBXよりは大きいでしょう。

・お前に食わせるタンメンはねぇ!
お笑いコンビ、次長課長の河本準一さんのネタの一つのパロディ。作中でも言いましたが、これはむしろ突っ込みというよりボケになっている様な気がします。


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第二話 特務監査官

遠くに聞こえる工事の音を耳にしながら、書類を手に私は廊下を進む。

守護女神戦争(ハード戦争)が終結し、友好条約を締結し、皆がそれぞれの日常に戻っていった。

守護女神四人は、通常業務…国の長としての内政と外交、そしてモンスター退治が中心の日々となった。一人一人やる気や重視している事は違うけど、守護女神戦争(ハード戦争)集結前と変わった部分を中心にとても大変そうだった。…とはいえ、政治体制のおかげか休みや行動の自由は結構あるみたいだけどね。

女神候補生四人は、姉の補佐をしつつ女神の勉強中らしい。まだまだ大きな仕事を任せられるレベルではないし、学ぶ事の幅が大き過ぎて中々成果を出せていない様だけど、それでも女神としての頭角は表し始めていた。

コンパとアイエフは、それぞれプラネテューヌ教会直属のナースと諜報員になる事となった。試験も資格もすっ飛ばして直属の職に就いたのは少なからず『コネ』が関係しているらしいけど…二人共決して力不足ではない。独自の情報網と真偽を判断する力、それに一人旅で培った技術を持つアイエフは諜報員としても十分通用するし、コンパに至っては『看護学校を飛び級卒業』という偉業を成し遂げていた。実戦程多くのものを学べる場は無い、とは言うけれど…優等生じゃなかったらしいコンパが飛び級卒業をする辺り、元から才能はあったんだと思う。

別次元組の皆は、旅をしているらしい。らしい、というのは連絡もままならないからだけど…それが逆に旅をしているというのは本当だろうと思わせていた。因みに、彼女達に元の次元に戻らなくても大丈夫なのか聞いたら帰って来たのは曖昧な笑みだった。この笑みが何を意味するのかは分からないけれど…何か深い理由がある様に思えた。

教祖の皆さんや旅の途中でお世話になった人達は、皆に比べると変化が少ない様だった。元々旅や戦いが日常じゃなかったのだから、当然と言えば当然だけど。

そして、私は--------

 

「来週視察に回る企業のリストと日程表です、パープルハート様」

 

ノックの後に執務室へ入り、あからさまに嫌そうな表情を浮かべているネプテューヌの手元へ書類を置く。

私は、姿を変えつつあるプラネテューヌ教会で職員の一人として働いていた。正直お金の問題ならそれなりの難度のクエストをすればどうとでもなるし、何なら三食昼寝付きでここに居候する事も出来そうだったけど…共に過ごしてきた皆が仕事する中悠々自適に居候するのは気が引けるし、戦いで生計を立てるというのも女の子らしくないという事で、教会で働く事にしたのだった。

 

「うぅ、視察は昨日行ったじゃん…来週も行かなきゃ駄目…?」

「駄目だから私がこれ持って来たんです」

「そんなぁ……って言うか、なんで最近イリゼは時々敬語になるのさ…」

「え、それは友達に距離を置かれたみたいだからと嫌がるパープルハート様を見る為ですか?」

「まさかのサディスティックな理由!?」

「あはは、なーんてね。立場を利用して日々の反撃をしてるだけだよ」

「そ、そっか…ってやっぱちょっとSっ気のある理由じゃん…」

 

タジタジとした顔になるネプテューヌの様子をニマニマと眺める私。人をからかうのか好きなネプテューヌだけど、案外からかわれる側もイケるのが彼女だったりする。

と、そこで一部始終を苦笑しながら見つめていた少女…ネプギアが口を挟む。

 

「あの、イリゼさん。前から思ってたんですけど、こういった資料はプリントしないでお姉ちゃんの端末に送った方が効率的では?」

「…それはそっちの方が自分も機械に触れる機会が触れるかも、って思惑があったりする?」

「ま、まさか…そんなのちょっとしか思ってませんよ…?」

「ちょっとは思ってるんだ……」

 

冗談半分で言った事が当たってたせいで、逆に私は軽く驚く。少し前に知った事だけど、ネプギアは重度の機械オタクらしい。機械全般が好きなんで珍しい、それこそ普通の女の子らしくない趣味だとは思うけど…女神に普通の女の子らしさを求める事自体が間違っているとよく分かっている私はそれを口にはしない。

 

「…まぁ、いいや。確かにデータを送った方が資源の節約になるしかさばらないけど、複数の資料を一度に見たり見比べたりする時には別々になってる紙媒体の方が楽なんだよ」

「あ、それは確かに…端末だと紙より手間がかかりますもんね」

「それに、ネプテューヌの場合業務用の端末もゲームや面白動画を入れててメモリ不足になってる可能性あるし」

「あー……」

「あーって…そこは想像でもいいから否定してよネプギア…」

 

ネプギアにまでしょうもない子扱いされてしょんぼりしているネプテューヌ。ネプギアは既にネプテューヌの事をよく分かってる様だった。

 

「そう思うなら行動で示したらいいんじゃない?ほらほら、色々教えてる最中なんでしょ?」

「そうだけどさぁ……国のトップが教育係も務めるっておかしくない…?」

「ネプギアは自分の妹でしょうが…ちゃんとやらないと、親権ならぬ姉権を奪うよ?」

「ネプギア、資料はただ見ればいいだけじゃないよ。どこが自分に関係するか、どこが重要かを読みながら考える事が大切だからね」

「え?あ、うん……」

 

180度態度の変わるネプテューヌ。姉としての立場をそんな簡単に奪える訳がないし、そもそも姉権なんてあるのか謎だけど…効果はてきめんの様だった。しかもよく聞くと結構ちゃんとした説明をしている辺り、苦笑を禁じえない。

 

「……何さ、イリゼ」

「…ネプテューヌってもしや、シスコンの気があったりする?」

「まっさかぁ。ノワールじゃないんだからそんな訳ないじゃん」

「え、ノワールシスコンなの?」

「え、ノワールシスコンじゃないの?」

 

顔を見合わせ、目をぱちくりさせる私とネプテューヌ。ノワールってシスコンだっけ?確かにシスコンっぽい面があった気はするけど、それをシスコンだと言ったら家族愛全般が○○コンになっちゃいそうな気もするし……。

 

「…今度ラステイション行く事あったら、ちょっと調べてみよっか」

「そ、そうだね……で、結局ネプテューヌはどうなの?」

「んー…そうだね……」

 

つい先程ネプテューヌは否定していたけど、何となくそれはノワールの件に結び付ける為の言葉な気がした私は再度問いかける。するとネプテューヌは真面目そうな顔になって数秒黙った後、温かな笑みを浮かべる。

 

「…好きかどうかで言えば、勿論好きだよ?だってさ、こんなに優しくて素直な子なんてそうそういないもん。それこそ、ネプギアは姉であるわたしが色んな意味で軽く嫉妬しかねない程良い妹だよ」

「お姉ちゃん……」

「それに、わたし達女神は個人としてのおかーさんやおとーさんっていないじゃん?だから、嬉しいんだ。わたしにとっての『家族』が出来た事がね。……あ、勿論血縁とか戸籍の上での家族以外は家族と言わないなんて考えではないよ?」

 

にっこりとした笑みで、ネプテューヌは妹が好きだと言い切った。

こういうのが、ネプテューヌの良い所だと思う。ネプテューヌはいつでも素直で、飾り気が一切ない。誰にも、何にも真っ直ぐ本心を伝えるからこそ、ネプテューヌの言葉には聞く人の心に響くのだった。そんなネプテューヌだからこそ、私はネプテューヌを……

 

「……って、どんな思考の跳躍をしてんねん!」

「い、イリゼ……?」

「ど、どうかしましたか…?」

「……あ」

 

驚きテンパったせいで自分への謎の突っ込みをしてしまう私。自分でも分かる程の奇行に当然ネプ姉妹は心配し、私の顔を覗き込んでくる。姉妹揃って瞳に心配の色を浮かべ、恐らく期せずして左右対象に小首を傾げている二人の様子は何とも愛くるしかったけど…二重に恥ずかしくなっている私はそれどころではない。

 

「…もしやイリゼ、いつものアレ?」

「うっ……は、はい…そうです…」

「……アレ?」

「あ、ネプギアは知らないんだっけ?たまにあるんだよね、こうやってイリゼが唐突に脈絡無い事言うの」

「そうなんだ…大変ですね、イリゼさんも…」

「その同情はむしろ余計辛いから止めて……」

 

何ともまぁいたたまれない気分になってしまう私。こんな時こそ空気の破壊者(シリアスブレイカー)ことネプテューヌにボケの一つでもかましてほしかったけど…こんな時に限ってネプテューヌは私とネプギアのやり取りを苦笑しながら見守っている。

 

「イリゼってさ、しっかりしてる様でしっかりしてないよね。詰めが甘い、とかじゃなくてそもそもレベルで」

「しっかりしてない様で本当にしっかりしてないネプテューヌには言われたくないよ…」

「精神的な余裕が無くなると酷い事言いがちになるのも変わんないよね」

「…よく分かっていらっしゃる様で」

「そりゃそうだよ。何でもは知らないけどわたしの知ってる事は知ってるねぷねぷだもん」

「うわ、それを某学級委員長以外で言ってる人初めて見た…」

 

自分とは間逆なキャラのパロディをするもんだから、違和感が半端無いネプテューヌ。そんな彼女に私は呆れた後……自分が落ち着きつつある事に気付く。……まさか、どっかのタイミングでネプテューヌは私の意思を汲み取って……?

 

「……ネプギアは、良いお姉ちゃんを持ったね」

「…はい、お姉ちゃんはわたしの憧れのお姉ちゃんです」

 

ネプギアの肩に手を置く私と、私の言葉を受けて微笑むネプギア。それを見たネプテューヌはちょっと照れながらも、本当に嬉しそうな笑顔を見せていた。

 

 

 

 

「イストワールさん、失礼しますね」

 

ネプテューヌ達と雑談をしてから数刻後。今日の仕事を終わらせた私はイストワールさんの執務室へ出向いていた。理由は簡単。先程イストワールさんに仕事が終わったら会いに来てほしいと頼まれたからだった。

 

「あ、わざわざご足労ありがとうございます。ほんとはわたしからイリゼさんのお部屋に行きたかったのですが、ご覧の通りですので…(~_~;)」

 

書類の山から顔を出すイストワールさん。この様な構図になっている一番の理由はイストワールさんがちっこいからだけど、それを抜きにしても結構な量の書類だった。

 

「大丈夫ですよ、わざわざと言う程の事でもないですし。…やっぱり、これはネプテューヌが仕事しないからですか?」

「その通りです。それに今はネプギアさんの教育に時間を割かれていますから、余計仕事が溜まっちゃうんですよ…(。-∀-)」

「…お仕事、手伝いましょうか?」

「あぁいえいえ。というか、それだと困ると言いますか…(´ー`)」

 

周りの書類を整理し、本に乗って私の前へと出てくるイストワールさん。「それだと困る、とは?」と私が訊く前に彼女は続ける。

 

「…イリゼさん、最近お仕事はどうですか?(・・?)」

「え?……そうですね…楽しい、とちょっと変ですけど…良い職場に就職出来たと思います」

「それは良かったです。…でも、ほんとに一般職員で良かったんですか?イリゼさんが望むのならどこかの部署の部長でも、それこそ再編中の国防軍の総司令辺りでもわたしとネプテューヌさんはOKを出しますし、民間企業もかなりの高待遇で迎え入れてくれると思いますよ?( ̄▽ ̄)」

 

そう、それは私が職員となる前から分かっていた事。私の予想以上に私の人気は高いらしく、ネプテューヌ達女神と同じ様に扱う人も多少だけど居た。でも、私は上級職に就く事はしなかった。それは……

 

「…私を高く評価している人の多くは、私の極一部しか知らない人です。それに、私はネプテューヌ達と違って最前線で戦う守護者としてしか実力を発揮してません。ある意味で正当じゃない評価を使って高い位の仕事に就くのは、出来ればしたくなかったんです」

 

イストワールさんの目を見据えて、はっきりと私は意思を口にする。彼女に対しては我ながら中々しっかりした事を言った気がするし、別に嘘を吐いた訳ではないけど…最たる理由は他にある。

評価してくれるのは嬉しいし、崇め奉られたら悪い気はしないけど、それよりも私は私を見てほしい。それが真の理由だった。過去が無く、原初の女神の複製体…原初の女神の『代わり』として産み出された私にとっては、私自身を見てくれる事が一番嬉しい事だから。

 

「…イリゼさん、やっぱり貴女はイリゼ様とは少し違う様ですね。…でも、わたしはイリゼさんを素敵だと思います」

「イストワールさんにそう言ってもらえるなら、光栄ですよ」

「ふふっ。--------では、本題に入りましょうか。イリゼさん、貴女に頼みたい事があるんです(・ω・)」

「頼みたい事…ですか?」

 

今度はイストワールさんが私の目を見据えてくる。その様子だけで頼みたい事というのが真剣な、重要な事だと理解した私は茶化したりふざけたりせず(元々そんなふざけるタイプではないけど)話を聞こうと心に決める。

そして、イストワールさんは頼み事を口にする。

 

「イリゼさん、貴女には…特務監査官を引き受けてほしいんです」

 

特務監査官。その言葉を聞いた時、私は取り敢えずそれに対する疑問を抱く。言葉の意味は分かる、きっと文字通り特務の監査官だろうから。でも、逆に言えばそれ位しか伝わってこない。なので私は一先ず……ボケる事にした。

 

「……火星支部に向かえという事ですか?」

「いつからイリゼさんはギャラルホルン所属になったんですか…(−_−;)」

 

あまりにも予想外だったからか、本の上で軽くコケるイストワールさん。これぞねぷ子さん一行メンバーの秘技、『よく分からなかったら取り敢えずボケる』だ!一旦ボケておくと雰囲気が緩くなり、相手が仕方ないなぁと説明してくれるのである!

…まぁ、さっきまでの真面目な様子はどうしたんだとか、ふざけたりしないと決めたのはどこのどいつだとか、そもそも二人の間柄なら普通に訊けば答えてくれるだろとか、色々突っ込まれそうな気はするけど、そんなのは気にしない。言ってしまった以上後戻りは出来ないし。

 

「あはははは…特務監査官というと、やはりプラネテューヌのですか?」

「……いえ、四ヶ国全体のです(-_-)」

 

今度は真面目に問いかける私。返答に若干間があった事と絵文字から感情がよく読めない辺り、ボケを重ねていたら怒られていたかもしれない。

 

「え、と…順を追っての説明、お願い出来ますか?」

「それは勿論。友好条約が結ばれ、共和の道を歩み始めた四ヶ国ですが…ネプテューヌさん達守護女神が仲良く出来たからと言って、四ヶ国が同じ様に仲良く出来るとは限らない…というのは分かりますよね?(´・ω・`)」

 

こくり、と私は首を縦に振る事で肯定を示す。殺し合いをしていた関係で、それぞれ国を背負っているとはいえ、ネプテューヌ達がそれぞれ個人として仲良くなるのは難しい事じゃない。けど、国同士となると話は違う。関わる人数が大きく変わるという点だけでなく、経済やら軍事やら何やらで複雑な状態になっている国と国が手を結ぶのは、結局は自己という単純なものに帰結する個人と個人が手を結ぶのとは難易度が全く別なのだから。

 

「再び女神や国が争う事にならない様、予め監視を作っておく必要がある…って訳ですね?」

「そういう事です。縛りのない平和の先に待つのは無法地帯ですから( ̄^ ̄)」

 

イストワールさんの言った事は悲しいけど、それが事実だった。どんな人間だって悪意を抱く事はあるし、欲の無い人間はいない。人々の理想として生まれた女神ですらそう…というかその女神が少々欲望に忠実過ぎるのだから、もう人のそういう部分はあるものとして認めるしかない。大事なのは人の在り様に失望する事じゃなくて、女神を含めた在り様を認めた上でどういていくかだからね。

 

「それは分かりました。…でも、どうして私なんですか?確か監査部自体は各国ともありますよね?」

「ありますよ?ただ、分かっての通り教会に勤める人というのはほぼ全員が女神の信仰者ですから、きちんと監査が機能するか怪しいものなんです。そういう時ストッパーとなるのが教祖の役目の一つではありますが…わたし含めて、教祖は自分の国の女神に真剣に頼まれたら断れませんからね(^_^;)」

 

そういうイストワールさんの顔は、少しだけ苦笑いを浮かべていた。なんだかんだ言っても、自分はネプテューヌを信じているのだ…という事を暗に認める台詞だからだろうけど、同時に彼女は苦笑いでは済ませられない事も口にしていた。女神が正しい方向に動いていたのならその正しい事が速やかに行われるけど、もし女神が間違った方向に動いてしまったら、或いは正しくても暴走してしまっていたら、それを教会と国民が止める事が難しい…良くも悪くも女神が軸というのがゲイムギョウ界の政治体制なのだとイストワールさんは語っていたのだった。

更に、イストワールさんは続ける。

 

「イリゼさんは守護女神全員と友人であり、皆さんと同格である事はパーティー内でなく世間として認められている事です。そして、イリゼさんは女神の職務について理解があり、皆さんの隣で戦い続けてきただけに物理的にも精神的にもある程度踏み込む事が出来るとわたしは…いえ、教祖全員が思っています。…この任に、最も適しているのがイリゼさんなんですよ( ̄∇ ̄)」

 

最も適している。それは私自身そうだろうなと思った。私は皆を同い年の友達の様に思っているし、半端な信者よりよっぽど皆の事を知っていると自負している。それに…もし戦う羽目になったとしても、逃げる事程度は出来る位皆の特徴や傾向も分かっている。……戦う羽目になるのは御免だけど。

 

「…じゃあ、私は独自に皆に探りを入れれば良いんですか?イストワールさんの指示で動いたらただのスパイですし」

「その通りですが、あまり堅苦しく考えなくて良いですよ?各国に出向いて、国と教会をイリゼさんなりの価値観で見て、あくまで友人としての会話の延長線上で女神の動向を聞いてくれれば良いだけですから。流石に不味い事を隠していた場合は他国に教えてほしいですが、何もなければそのままイリゼさんの心の中にしまってしまうのも構いません( ̄∀ ̄)」

 

正直、職務の名前の割に緩いなぁ…と思った。今の説明の通りなら、他国の侵略を考えている女神の誰かに加担して、それを隠蔽しつつ他国の情報を横流しする事も出来るのだから。そして、イストワールさんはそれを想定出来ない様な馬鹿ではない。だとすればそれは即ち、この任は万が一の場合の備えであって基本的には守護女神全員を信用しているという事だろうけど、それと同時に……

 

「……私を信じてくれているんですね」

「勿論ですよ。わたしにとってイリゼさんは、姉妹の様なものですからね。それに…イリゼさんを信じているのはわたしだけでなくて、教祖の全員です」

 

それは、とても嬉しい言葉だった。だから、私はイストワールさんの…教祖の皆さん全員の期待に、応えたいと思った。

 

「…もし、嫌なら断ってくれても良いですよ。どんな形、どんな理由であれ友人に探りを入れるというのは気分の良いものではない--------」

「いいえ、嫌だなんて事はないです。そのお仕事、お受けしますよ。…私を信じてくれる人の、姉妹だと思ってくれる人の頼み事なら、断る理由はありませんから」

「…やっぱり、イリゼさんに頼んで正解でした。でも、無理はしないで下さいね?わたしも、皆さんには仲良しでいてほしいですから」

「心配ご無用ですよ。私達の友情は、そんなに脆いものじゃないですから。……任せて下さい、イストワールさん」

 

素直な気持ちで笑顔を浮かべる私。それを見たイストワールさんは安心した様な様子を見せ…私と同じ様に笑顔を浮かべる。

そして私はその日、女神からも教祖からも独立した存在、『特務監査官』となり、私なりの形で各国を回る事となったのだった。




今回のパロディ解説

・某学級委員長
化物語シリーズのヒロインの一人、羽川翼の事。やはり例の台詞は、彼女が『なんでも知ってるな』と言われて初めて生きるものだと書いてて思いました。

・ギャラルホルン
機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズに登場する組織の事。パロったからといってイリゼが監査先で戦闘する事になったり敵の追撃をする事になったりは多分しません。


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第三話 新たな日常

「う〜、憩いのイリゼタイムが終わってしまった…」

 

イリゼが出ていった後の扉へと手を伸ばすわたし。勿論そんな事をしたってイリゼは帰って来ないけど、何となくこうやりたくなっちゃったから仕方ない。

 

「…憩いのイリゼタイム……?」

「うん、憩いのイリゼタイム。イリゼが来てくれればお仕事の手を休めて駄弁る大義名分が出来るからね」

 

わたしは腕を組んでネプギアに説明する。…あ、これは前話でイリゼがわたしの執務室に来た後の話だよ〜。

 

「お、お姉ちゃん…そんな雑な状況説明で良いの…?」

「む、地の文を読んでくるとは…ネプギアも着実に成長してるね」

「あ、うん…いやでもこれ成長なのかな……」

 

漫画的表現の汗を浮かべるネプギア。こういう面白表現出来る点も成長の成果だよね。普通の人間としての生活は逆に難しくなる気もするけど、わたし含めて周辺に普通の人間なんか存在しないから問題無し!

 

「…えとさ、憩いのイリゼタイムについてはよく分かったから、改めてお仕事しようよお姉ちゃん」

「えー、やだー」

「そんな事言わずに頑張ろうよ、ね?」

「頑張ったら負けだって思ってるもん」

「そ、それは駄目人間の思考だよ…」

「駄目じゃないもん、ねぷだもん」

「わたしもねぷだよ、お姉ちゃん……」

 

ネプギアは終始低めのテンションで突っ込んでくる。んー、流石に呆れられちゃったかな。

 

「……仕方無い、これ以上姉としての威厳が失墜するのも不味いしお仕事再開しよう」

「国の長としてあるまじき動機な気がするけど…やる気になってくれたなら良いかな」

 

と、いう訳でお仕事を再開するわたし。やっぱりやる気は出ないけど、今までの経験で発見した楽にこなす術を駆使して何とか片付けていく。

五分、十分、三十分……そして、約一時間過ぎた辺りでわたしの集中力は切れた。

 

「----力尽きました。報酬金がちょこっと減りました…」

「お、お姉ちゃん?いつの間にお姉ちゃんはモンスターをハントしに行ったの…?」

「さぁ?それよりもう集中力切れだよ、ヤラレチャッタよ」

「うん、ふざけたくてしょうがないのは凄く伝わってきてるよ…」

 

ぐでーっ、と机に突っ伏すわたし。我ながら仕事に対する集中力低いなぁとは思うけど、駄目だと思っても切れちゃうものは切れちゃうのだから仕方無い。やる時はやる分、やる時以外はやらないのがわたしだしさ。

と、そう自分で自分に言い訳をしていると、ネプギアがわたしのこなした書類に興味を持ちだした。

 

「…どったの?もしかしてわたし何かミスしてた?」

「ううん、そうじゃなくてお姉ちゃん結構な量終わらせてるなぁ…って思って」

「そう?ま、そりゃネプギアよりはお仕事にも慣れてるからね」

「いや、わたしと比較しなくてもかなりハイペースだと思うよ?もしかしてお姉ちゃん、要領良いタイプ?」

「ふふん、実はそのとーり…なのかな?」

 

堂々と胸を張ろう…と思ったけど正直要領良いのかそうじゃないのか自分でもよく分からなかったから胸を張る代わりに疑問形にするわたし。

要領が良いのかどうかは自分では分かり辛い。けど、言われてみるとそんな気もする。前にノワールにお仕事手伝わされた時は、記憶喪失で殆ど事務仕事は初めてな状況だった筈なのに何とかなったからね。……精神はHP0どころかオーバーキル状態になったけど。

 

「…お姉ちゃんは凄いなぁ、お仕事は要領良いみたいだし、戦いの時はすっごく格好良いし、普段は優しくて面白いし……」

「ね、ネプギア?褒めてくれるのは嬉しいけど、そんな面と向かって次々言われるとちょっと恥ずいよ…」

「……それに比べてわたしはまだまだだよ…」

「……?ネプギア?」

 

わたしが恥ずいなぁと思っている間にもネプギアは言葉を紡ぐ。最初は恥ずいし半分位聞き流そうかと思ったけど…段々と雲行きが怪しくなってきた事を感じたわたしはちゃんと聞く事にする。

 

「仕事のペースは遅いし、ちょくちょく間違えちゃうし、戦いもピンチになる事多いし、いつもあたふたしちゃってるし…」

「おーいネプギアー?考え過ぎじゃないかなー?」

「…わたしもしかしてお姉ちゃんの妹じゃないのかな……」

「……ネプギアっ!」

「ふぇっ!?」

 

少し大きめな声でネプギアを呼ぶわたし。ネプギアは自分の世界に入り込んでいた事と突然だった事が重なって意表を突かれたかの様な声を上げる。

 

「ネプギア、違うよそれは」

「違う…?」

「うん、違う。確かにネプギアはまだまだだけどさ、そんなの当たり前じゃん。最初からレベルカンストしてるRPGとか、一ページ目から犯人が分かってる推理小説とかってある?」

「それは…無い、と思う…」

「でしょ?第一さっきも言った通りネプギアは成長してるんだよ?わたしじゃなくて少し前のネプギア自身と比較すればそれは分かる筈、だって誰が見てもネプギアは成長してるんだもん」

 

そこで一度言葉を区切る。それはネプギアに過去の自分を振り返ってもらう為。ネプギアはわたしよりしっかりしてるし、ちゃんと事実を事実として認識出来る筈だから、少し時間を取ってあげれば自分が成長しているって分からない訳がない。……ほら、やっぱりちょっとはっとした様な顔したじゃん。

だからそれを確認したわたしは続ける。だって、ネプギアは大事な妹だから。

 

「…ネプギアはわたしの妹だよ。能力とか、性格とかは関係無い。わたしがネプギアを妹だって思ってるんだから、ネプギアはわたしの妹なんだよ」

「お姉ちゃん……」

「だから自信持ってよネプギア。誰がなんと言おうとネプギアはわたしの妹、わたしはネプギアの為ならシスコン認定されようと構わないよ」

 

わたしは席を立ち、ネプギアの隣にまで行って頭を撫でる。ネプギアはわたしより背が高いけど、こうしてネプギアが座っていれば普通に頭を撫でる事も出来る。こうして、お姉ちゃんらしい事をちゃんとしてあげられる。

 

「……ありがとね、お姉ちゃん」

「これ位どうって事ないよ、可愛い妹の為だもん」

「…うん、じゃあわたしは…わたしももっと頑張るね、お姉ちゃんの自慢の妹になりたいから」

「そっか、じゃあわたしもネプギアに憧れられるお姉ちゃんにならなきゃだね」

「お互い頑張ろうね、お姉ちゃん」

「うん。お互い頑張ろ、ネプギア」

 

こうして、お互い約束をしたわたし達は、もう少しだけお仕事を頑張るのだった。

 

 

 

 

女神の仕事は事務仕事だけじゃない。むしろ事務仕事は重要度としては低い方(なのに、やらないといーすんに怒られるんだよね)で、それよりも重要なお仕事が幾つかある。例えば……

 

「…あ、お姉ちゃん今日のクエストは良いの?」

「そういえばそうだった…」

 

ネプギアに言われてごそごそと机の引き出しの中から受注用紙を取り出すわたし。

クエストは基本的にギルドに行って受注するものだけど、一部の高難度なクエストや何らかの事情で一般の人には任せられないクエストはギルドから教会に送られる事がある。わたしの手元にあるこれも、その一つだった。

 

「よし、じゃあ行くかな。これはこれで面倒だけど、そろそろ身体動かしたかったし」

「気を付けてねお姉ちゃん、お姉ちゃんなら大丈夫だと思うけど」

「分かってるって。…ネプギアは来ないの?」

「うん、出来れば行きたいけど…せめて任された分位はしっかりやりたいんだ」

 

任された、というのはわたしといーすんで相談してネプギアに渡した仕事の事。急を要するものじゃないし、どうしても無理ならわたしがやってあげようかな…と思ったけど、思った以上にネプギアはやる気いっぱいみたいだったから、わたしはその言葉を飲み込む。…ほんと、ネプギアはちゃんとしてるよね。

 

「OK、ならわたしはクエスト行ってくるね。戦闘訓練はまた今度かな」

「ごめんね、戦闘訓練までしてもらっちゃって…」

「いーのいーの、ネプギアに教えてあげられる時間はたっぷりあるし」

「ほんとに?」

「ほんとほんと、少なくともOIが終わってRe;Berth2編が始まるまでは教えられない事態に陥ったりはしないから」

「そ、それは色々と反応に困るよお姉ちゃん!?」

 

ネプギアのハイテンションな突っ込みを背中に受けながらわたしは執務室を出る。さーって、今日は……あ、そうだ。

 

「こんぱー、あいちゃーん、いるー?」

 

 

 

 

「これで、最後っ!」

 

跳躍しながら突っ込んでくるモンスターに対し、太刀はそのままに前進しながらしゃがみ込む事で真下に入るわたし。するとモンスターは太刀に飛び込む形となり、ちゃんと握っているだけでモンスターは両断される。そしてその両断されたモンスターこそが、今回の目標の最後の一体だった。

 

「お疲れ様です、ねぷねぷ」

「腕は落ちてない様ね」

「まーね、二人も援護ありがと」

 

わたしの元へとモンスターを誘導してくれたこんぱとあいちゃんにお礼を言いつつ、軽く太刀を振ってしまうわたし。今日は、久しぶりにこの三人でクエストに来ていた。

 

「しかし、どうして今日は私達を誘ったのよ?これなら女神化すればねぷ子一人でも何とかなったでしょ?」

「…そう、その通り。なのに二人を呼んだという事は…何とかならない事情があるって事だよ」

「え、何よそれ……まさかねぷ子、貴女もイリゼみたいに…」

「まぁ単に久しぶりに二人と一緒に行きたい気分になっただけだけどね」

「は、はぁ!?…ったく、なら最初からそう言いなさいよ…」

 

頭をかきながら肩を落とすあいちゃん。その反応も見たかったんだよねー、と言うと怒られそうな気がするので、それは心の中だけに留めておくわたし。

 

「でも、ほんとに久しぶりな気がするです」

「そうね、普段はもっとメンバー多かったし…三人なのは、ねぷ子の偽者を探した時以来じゃないかしら?」

「だね、そう考えると…意外とわたし達って三人組ではないよね、Re;Berth1ではわたし達三人がパッケージ飾ってるのに」

「いやそれ前作の『原作』だから…」

「二人共メタ発言し過ぎですぅ…」

 

今度はこんぱに窘められるわたしとあいちゃん。「それは確かに…」と軽く反省するわたし達。普段わたしに乗るこんぱが突っ込んで、普段突っ込むあいちゃんがわたしに乗ったというちょっと不思議な展開にわたし達は苦笑し合う。

 

「…なんか良いよね、こういうの」

「こういうの、ですか?」

「うん。戦いも終わって、世界も平和になって…それで、わたし達が一緒にいる事って減ったじゃん?なんだかんだよく会ってるけど、前みたいに一日中一緒って事は凄く減っちゃったし…だから、こういうの良いなぁってさ」

「…そうね、今の生活が嫌な訳じゃないけど…時にはこういうのも、ね」

「ふふっ、わたしもそう思うです」

 

微笑み合うわたし達三人。……そっか、皆も同じ気持ちだったんだ…それは、嬉しいな。

 

「よーし、それじゃクエストも終わったし帰ろっか皆!」

「えぇ、遅くならないうちに帰りましょ」

「その前にギルドによって報告しなきゃですね」

「…クルルゥ……」

「あ、そうだねこんぱ。じゃあ、皆ギルドまで競そ……ん?」

 

右手を空は突き上げ…ようとした所で振り返るわたし。こんぱとあいちゃんも同時に振り返る。するとそこにいたのは……まぁ、分かるよね。この展開で現れるとしたらそれしかないよね…。

 

「…声的にカレー好きな曹長さんかもとか思ったのに……」

「それは無理があるですぅ…」

 

はい、やっぱりモンスターでした。カラフルでおっきなイルカみたいなモンスターがいました。ちぇっ、このままバトル描写無しで終われると思ったのに……。

なんて思いつつも太刀を再度抜刀するわたし。討伐対象ではないし逃げる手もあったけど、見た所雑魚ではなさそうだし逃げるより倒す方が安全な様に思える。そしてその判断はこんぱとあいちゃんもしていた為、即座にわたし達は臨戦態勢に入る。

 

「結構タフそうね…ねぷ子、二人で仕掛けるわよ」

「わたしはいつも通り二人の隙を埋めるです」

「了解、それじゃ…いくよ皆!」

 

そう言った瞬間、地を蹴るわたしとあいちゃん。モンスターが迎撃の動きに入る前に距離を詰め、太刀とカタールでの同時攻撃を仕掛ける。けど、モンスターは浮遊する事でそれを回避、更に急降下する事でわたし達を潰しにかかる。

 

『……っと…!』

 

左右に跳んでのしかかりを回避するわたしとあいちゃん。それと同時にこんぱが接近し、第二波の様に注射器での刺突をかける。…が、今度はモンスターの迎撃が早く、こんぱは慌てて防御をする事を余儀なくされる。

弾かれるこんぱ。幸い防御には成功したみたいだけど、今のこんぱの攻撃を軸に追撃をかけようとしたわたしは出鼻を挫かれてしまう形となる。

その後もヒットアンドアウェイを主軸にした連携攻撃をかけるわたし達。だけどそのどれもが致命打にはならず、浅い傷を何度かつけるだけに留まってしまった。

 

「うぅ、ちょっと可愛い見た目なのに強いです…」

「あの浮遊能力が厄介ね…安定した回避能力があるんじゃ揺さぶりも難しいわ」

「このままだと倒すのにはかなり時間がかかりそうだよね…仕方無い。二人は待機してて、いつでも動ける様に」

「……そういう事ね、分かったわ」

「それも久しぶりですっ」

 

わたしの短い言葉で意図を理解し、武器を構えたまま下がる二人。そんな二人の様子にわたしはにっ、と笑った後…わたしの力を、真の力を解放する。

 

「女神の力…見せてあげるわッ!」

 

跳躍し空中で女神化、そのまま飛翔を始める。モンスターもわたしの能力の変化を感じ取ったのか、素早く下がって口から高圧水流を放つ。……けど、

 

「遅いッ!」

 

鋭いロールで回避と同時に接近をするわたし。そのままスピードを落とさずに駆け抜け、胴体へと大太刀での一撃を叩き込む。

大太刀が物へとぶつかる衝撃が走り、わたしの手へと肉を斬る感覚が伝わってくる。確かに入った一撃。だけど、わたしは油断しない。

 

「ク……ゥゥ…!」

 

キッ、とわたしを睨み付け、尾びれでわたしを跳ね飛ばそうとするモンスター。やはりあいちゃんの見立て通り、一撃で沈む様な柔なモンスターではなかった。……勿論、モンスターの放った攻撃が捉えたのはわたしじゃなくて、わたしが一瞬前までいた場所だけど。

 

「悪いけど、倒させてもらうわよ!」

 

攻撃の後に生まれる僅かな隙を突き、わたしは再度斬りつける。モンスターの反応も悪くはないけど、元々の機動力が違うし、何よりサイズが違い過ぎる。サイズの差がそのまま動きの差へと繋がる、それを見事なまでに表していた瞬間だった。

だけど、わたしは深くは踏み込まない。何度も何度も無視出来ない程度の攻撃を仕掛け、ギリギリでモンスターの攻撃を回避する。その結果、一方的にダメージを受け続ける形となったモンスターが業を煮やしたかの様にわたしに正対し、真っ直ぐに突進を仕掛けてくる。--------わたしの、作戦通りに。

 

「二人共!今よッ!」

 

真上へ飛んで退避するわたし。だからモンスターの突進は空を切り……わたしの代わりに注射器とカタールへと突っ込むのだった。

 

「ーーっ!?」

「二人を忘れていたのが貴方のミスよ。そして…これがトドメの一撃よッ!」

 

勢いよく針と刃にぶつかった事で声にならない悲鳴をあげるモンスター。その首元へと襲いかかるわたしの大太刀。モンスターの突進にも劣らない勢いの大太刀はモンスターの首を正確に捉え…文字通り一刀両断するのだった。

消滅していくモンスター。それを確認しながらわたしは女神化を解く。

 

「ふぅ…今度こそクエスト終了です」

「だね。ちょっと驚いたけど…こういうのも前はよくあったよね」

「あら、じゃあこれも刺激的で嬉しかったの?」

「ま、まさか…こういうハプニングは御免だよ…」

 

若干引き攣った笑いを浮かべるわたし。そしてわたし達は周囲を見回す。周囲に敵影は…無し。

 

「…じゃ、今度こそ帰ろっか」

 

今度はモンスターが現れる事も無く、無事に街へと帰る事の出来たわたし達。その頃には、日はかなり沈んでいた。

嫌々仕事をして、イリゼと駄弁って、ネプギアを励まして、こんぱとあいちゃんとクエストをした今日。面倒な事もあったし、疲れもしたけど…昨日と同じ様に、きっと明日とも同じ様に、わたしは一つの感想を抱きながら帰るのだった。

--------今日も楽しい一日だったな。




今回のパロディ解説

・「----力尽きました。報酬金がちょこっと減りました…」
モンスターハンターシリーズにおける、ハンターのHPが0になった時の表記。こんな事を言える辺り余裕ある気もする?まさか、これを言ったのはネプテューヌですよ?

・ヤラレチャッタ
パルテナシリーズにおいてピットがやられた際に発せられる台詞の事。仕事にやられてゲームオーバー(?)になる主人公、それがネプテューヌです。

・カレー好きな曹長
ケロロ軍曹に登場する、クルル曹長の事。さて、もし本当に作中で出てきたのがクルルだったらどうなるでしょう?きっとモンスターよりもずっと厄介でしょうね。


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第四話 監査官の旅立ち

「お金持った?ちゃんと道覚えた?困ったらどうすれば良いか分かる?お母さん心配だよ…」

「私ネプテューヌの娘になった覚えないよ……」

 

イストワールさんから特務監査官としての役目を引き受けた日の翌々日。二日間かけてそれまで請け負っていた仕事の引き継ぎと遠出の準備を行った私は、今まさに出発するという段階に至っていた。

その場に居るのは私の他にネプテューヌとネプギアとイストワールさん。守護女神に女神候補生に教祖という、プラネテューヌでも屈指のお見送りだった。

 

「あははー、でも実際大丈夫?初めて行く場所ではないとはいえ、一人旅なんだよ?」

「大丈夫だって。確かに場合によってはダンジョン行ったりするかもしれないけど、基本各国の教会にお世話になるつもりだし」

「アヴニールに乗っ取られてたり、女神がまともに機能してなかったり、マジェコンヌに牛耳られてたりするかもしれないよ?」

「ネプテューヌの中で百話以上にも及ぶ私達の物語はどこへいったの…」

「もしかすると、イリゼが戻ってきたのはイリゼの知る信次元じゃないのかも…」

「コラボ最終話が台無しになる様な事言わないでよ!?後時系列的にややこしくなるから今はまだそのネタ出さないでくれるかな!?」

 

出発する私に何かいい感じの事言ってくれるかなぁ…と思っていたけど、全然そんな事無かった。しかも時系列的には未来の話であるコラボネタまでぶっ込んできた。ネプテューヌはいつもいつでも厄介過ぎる…。

 

「ネプテューヌさん、気持ちは分かりますがあまり困らせてはいけませんよ?( ˘ω˘ )」

「そうだよお姉ちゃん。それに会いにいけない距離じゃないし電話だって繋がるんだから我慢しなきゃ」

「ぶー…だって、だってさ……」

「え…ネプテューヌ、もしかして私と離れたくなくてそんな事を……」

 

イストワールさんとネプギアの言葉を聞いて、改めてネプテューヌの顔を見る私。言われてみると、ネプテューヌは一見普段ボケてる時と同じ、愉快そうな表情をしているけど…同時にどこかつまらなそうな顔にも見える。…ネプテューヌ…そんなに私との日々を好いていてくれたなんて、私は凄く嬉し……

 

「だって…これじゃ仕事中にイリゼを引き合いにして休憩したり突っ込みを期待したボケかましたり出来ないじゃん!」

「じゃっ、行ってきまーす!」

「ちょっ!?嘘嘘、今の嘘だから!…いや100%嘘って訳じゃないけど、とにかくストーップ!」

 

多くも少なくもない荷物を手に、ずんずんと私は行こうとするもネプテューヌが腰に抱き付いてくる。それなりの密着度がある状態で、これが普段なら軽く顔を赤らめる私だけど…今回はこんな感じだった。

 

「…何なのこの駄女神は……」

「そんな本気で嫌そうな顔しないで!?謝るから!何なら今日のプリン半分あげるからぁ!」

「お、お姉ちゃんが半分とはいえプリンをかけた…!?」

「どこに驚いてるのさネプギア!?わたしそこまで驚かれる程のケチでもプリン狂でもないよ!?」

「はぁ…プリンは帰ってきた時でいいから…」

「うぅ、イリゼぇ……」

 

肩を落としつつも、歩もうとするのを止める私。ネプテューヌもロクでもない事言った分のダメージは受けただろうし…私自身、長期間ではないとはいえそれまで生活していた場所を離れる(しかもいつ帰るかは未定)んだから、お見送りしてくれるならもう少しちゃんもしたお見送りを受けたいしね。

 

「どうしても休憩したいなら、女神として近況報告を受ける必要がある〜…とか言って電話すればいいでしょ?ネプテューヌも監査対象だから何でもかんでも話すとは限らないけど」

「おぉ、その手があった!……まぁ、それはいいよ。ぶっちゃけ二人の言う通り駄々こねてた様なものだし」

「えぇ…結局どっちなの…」

「…えーと…出来れば行ってほしくないけど、自分の仕事ならともかく他人の仕事の邪魔するのは駄目だと思うから、せめて行く前にボケかましておきたくて…」

「理解はあるけど素直になれないヒロインか!…出来るだけ早く戻ってきてあげるから、ね?」

「…イリゼの方こそ、何かあったらすぐ連絡してくれていいからね?女神だって、一人で出来る事なんて高がれしれてるんだから」

「ネプテューヌ…うん、やっぱ教祖はおろか、元々別の仕事してた友達や指導してあげなきゃいけない妹にすら仕事出来てるか心配されてるネプテューヌが言うと違うね」

「ゔっ……」

 

ぐさり、と言の葉が胸に刺さったかの様な動きをするネプテューヌの様子にその三人で苦笑する。なんか、いいオチついた感じだよね。お見送りのいいオチって何なのかは謎だけど。

 

「それじゃあ改めて…そろそろ行くね」

「必要であればこちらからサポートの手配はしますから、イリゼさんは自分の思う様に進めて下さいね( ^_^)/~~~」

「勿論です。ネプギアも女神としての勉強頑張ってね」

「はい!イリゼさんもお気を付けて…で良いんだよね…?」

「良いと思うよ、ネプギアらしいし。じゃ、イリゼ…行ってらっしゃい」

「うん、行ってきます」

 

行ってからの事を心配してくれるイストワールさん、見送りに慣れてない様子のネプギア、そしてもう多くは語る必要もないと言わんばかりのネプテューヌ。三者三様のお見送りを受けて、私は改装中のプラネテューヌ教会を後にする。

これは初めての一人旅。マジェコンヌとユニミテスを足止めした時も単独行動だったけど…一つの目的の為に単独行動を取るのと旅とではやっぱり心持ちは違う。そんなちょっぴりの不安を抱きながら、私は最初の目的地へと向かうのだった。

 

 

……まぁ、行く先々に知り合いやら友達やらがいるから、正直そこまで旅じゃない気もするけどね。

 

 

 

 

プラネテューヌの街中を通り、人の生活圏から段々と離れ、国境付近へと歩みを進める。今私が向かっているのは接岸場……じゃなくて、『元』接岸場。元接岸場というのが正式名称、という事はないけど、少なくとも今その場所を接岸場と呼ぶ人はいない。

 

「今日はいい旅立ち日和だなぁ…」

 

適度な日差しと雲の浮かぶ空に目をやりながら、国境管理局へと近付く私。

国家間を移動する際には手続きが必要で、ここを使う場合は友好条約締結と同時に設立された組織の一つである国境管理局を通らなければならない事となっている。……やろうと思えば密航も出来るけど…やらないよ?…え、やると思う?

 

「…空いてるなぁ」

 

管理局へ入った私は一直線に手続きへと向かう。局員以外誰もいない…なんて事は無いけど、それでも手続きで待たされる様な事は無いだろうと断定出来る位には人が少なかった。

 

「お次の方、どうぞー」

「はい、仕事での渡航なんですが…」

「では、まず身分証明書の提示を……」

 

慣れた様子で私の相手を始める受付窓口の局員さん。指示を受けた私はプラネテューヌの教会職員としての証明書を見せる為、懐をごそごそとする。勿論特務監査官としての身分証明書もあるけど、一応仕事が仕事だからという事で必要に迫られない限りは出さない様にしようと私は決めていた。

数秒後、証明書を手にしてそれを渡そうとする私。……そこでちょっとしたハプニングに見舞われる。

 

「……って、え…?」

「…な、何でしょう…?」

「あ、あの…もしかして、貴女はイリゼ様であらせられますか…?」

「えーと…はい、こちらに書いてある通りイリゼです

…」

 

私は四人の守護女神と共に世界を救った英雄の一人であり、国を持たぬもう一人の女神。大衆にはそう見られてるしだからこそこういう事は道中で何度かあるだろうなぁ…とは思っていたけど、最初の一回目は予想外に早かった。

私の相手をしている人は勿論、このやり取りを耳にした他の局員さんまで色めき立ち始める管理局。…さて、これはどうしたものかな……。

 

「ま、まさかこんな国の端っこで英雄の一人に会えるとは…」

「閑職かと思いきや、意外なボーナスタイムだぜ!」

「英雄一行のレベルは高いって噂あったけど…あの噂は本当だった…!」

「馬鹿お前、イリゼ様といえば女神様なんだぜ?美人じゃない訳ねぇだろ」

「だよなぁ……うん?ところで俺等なんか忘れてね?」

「そうか?」

「ふむ、目の前にいるのはイリゼ様…」

「…………」

「…………」

「……あ、イリゼ様ここ通りたいんじゃないっけ?」

『あ……す、すいませんでしたぁぁぁぁぁぁっ!』

 

えー…はい、プラネテューヌの国境管理局は、大変愉快なご様子です。何人か私の容姿褒めてるっぽいしそれは嫌な気もしないけど…これまさか他の国もそうなの……?

 

「い、いえいえ…それでこちらが身分証明書なんですが…」

「あぁいえ、証明書なんて結構です!」

「えぇ!?いいんすか先輩!?規則違反ですよ!?」

「良いに決まってんだろ、それとも何か?イリゼ様が不正を働くとでも思ってんのか?」

「そ、そんな事は無いですけど…」

 

何やら先輩格っぽい人が最初に私の対応をしていた人に指示を出す。私としてはノーチェックでOK出してもらう方が楽ではあるけど…これは、うぅん……。

 

「いつも言ってんだろ、規則は守るものであって縛られるものじゃないって。マニュアル通りやるだけなら、わざわざ試験なんてする必要ねぇよ」

「さ、流石先輩…以後気を付けます!」

「おう、じゃあそういう事でイリゼ様、どうぞ!」

「……えぇ、と…先輩さんの言葉は私も納得ですけど、この検査は外交にも関係する以上下手に自己判断するのは不味いのでは?」

「では、お手数ですが身分証明書を……」

『先輩(さん)変わり身早っ!』

 

びっくりする程一瞬で意見がひっくり返った先輩さんに、つい私と後輩さんで同時突っ込みをしてしまう。ボケ突っ込み大合戦だったパーティー内では突っ込みがハモる事もちょいちょいあったけど…初対面の人とは初めてだった。だからなんだという話だけど。

そんなこんなで手続きを進める私。そんな中私は『よくよく考えたら、ここも監査対象と呼べるんじゃ…?』と思い、軽く話をかけてみる。

 

「…やっぱり、ここ来る人は少ないですか?」

「あ…えぇ、陸路での旅行をしたい人や低予算で物資の輸出入をしたい会社なんかが時々来ますが…大多数は空路で行ってると思いますよ」

 

何気ない話をしながら、私は管理局内や局員に目を走らせる。私の見る限り、局内も業務に戻った局員(私が気になる様でたまにこっち見てくるけど)も特に妙な様子はない。言うまでもなく、不正をしてるなら分かり易い証拠なんか残さないだろうけど…少なくとも、主観では全うな仕事をしている様だった。

 

「……空路、使える様になってよかったと思います?」

「それは勿論。国家間の移動が迅速かつ楽になるのは、我々一般人には凄くありがたいですからね」

 

局員さんの言葉を聞き、私はつい笑みを溢してしまう。空路、つまり飛行艇による移動は守護女神戦争(ハード戦争)で大きな制限を受けていたらしく、ネプテューヌ達はその復活の為に尽力していた。その結果、こうして各国民に喜ばれているのなら、それは友達として私も嬉しい。…こういう事は、皆に伝えてあげようかな。

 

「……はい、手続きは以上です。お疲れ様でした」

「はい。皆さんもお仕事頑張って下さいね」

 

ぺこり、と頭を下げると慌てた様子で局員さん達も深々と頭を下げる。……あまりメディアに露出しないコンパやアイエフと違って、私は式典やらその後のTVやらに出てるから、今後もこういう役人のいる場所ではこんな反応されるんだろうなぁ…。

 

「……あ、崩れ易くなってる部分もあるので、整備されていない場所は通らないで下さーい!」

 

管理局を後にした私の背に、そんな声が届く。それを耳にしながら私は大陸の端まで向かい、新たに建設された道路を通って……接岸を待たずに(・・・・・・・)、大陸移動を行う。

 

「…これが四色の大陸じゃなくて五色の世界なら、世界崩壊(ワールズエンド)だったね」

 

そんな、あまり笑えない冗談を口にしながら私は橋を渡る。

マジェコンヌとの戦いはゲイムギョウ界に様々なものをもたらしたけど、ある意味で一番大きいものはこの『四大陸の結合』だと思う。彼女は負のシェアの力でもって接触と遠離を繰り返していた四大陸を衝突させようとして、それを止める為に私達は天界へ向かった。そして戦いの末に私達が勝った事で四大陸が激突し崩壊する…という事態は避けられたけど……私達は少しだけ間に合わなかったのか、負のシェアの影響から四大陸が解放されても慣性で大陸は動き続けてしまい、衝突そのものは防げなかった。幸い死者や怪我人はなく、大陸も衝突時には慣性の殆どを失っていたからか接触面以外への影響は軽微だったけど……それでも、四大陸がくっ付いたまま離れなくなった事はここに住む人達にとって大きな衝撃だった。このおかげで接触を待つ必要は無くなったし、空路も常時最短距離でいける様になった。…ただ、それでも今までの普通が普通じゃなくなるというのは私達女神を含む多くの人にとって、あぁそうなのかで済ませられる話では無かった。

 

「……あー駄目だ、一人だとつい難しい事考えちゃう…」

 

今までは初見の大陸だった故に興味をそそられたり、賑やか過ぎて難しい思考なんて出来なかったり、突っ込みで忙しかったり、誰かを弄って楽しんでたりしたから基本道中で長考をする事は無かったけど、この調子だとしょっちゅうこんな事考えてしまう気がする。確かに馬鹿な事考えてるよりは有益だろうけど…なんていうか、味気ないよね。

 

「これなら、採取系のクエスト受けておいてそれこなしつつ進めば良かったかも…」

 

そうは思っても後の祭り。仕方ないやと思って今後のプランを確認しようと……したところで、携帯のバイブを肌で感じる。

 

「…うっ、この表現考え方によっては卑猥かも……へ、変な所にしまってたりとかしないからね!?」

 

一体誰に言い訳してるんだろう…とか思いつつ、ポケットから携帯を取り出す私。着信は…ネプテューヌからだった。

 

「早っ……もしもしー?」

「おかけになった電話番号は、現在使われていないか、電波の届かない状態となっている為、出る事が出来ません」

「そっかぁ、じゃあ切ろっかなぁ」

「切ったらねぷちゃん泣いちゃうよ?」

「だったら開口一番しょうもない事をするんじゃありません!」

 

電話越しにお叱りの言葉を叩き付ける私。暇になりそうな所だったから電話をかけてきてくれたのはむしろ好都合…というのは勿論内緒。

 

「っていうか、こういうネタするなら声も合成音声っぽくしようよ…」

「それじゃきょとーんとされちゃうじゃん。わたしは面白い反応か面白い突っ込みをしてもらいたかったのさ!」

「はいはい…で、どうしたの?私が恋しくなった?」

「うん、恋しいの」

「んな……っ!?」

 

声を詰まらせ、携帯を落っことしそうになる私。ちょっとこっちからも攻撃しかけてやれ、と思って「恋しくなった?」なんて言ったら、恋しいと即答されてしまった。……え、え?何これ?普通これは突っ込みが帰ってくるか芝居掛かった感じで乗ってくるかの二択だよね?恋しいなんて即答しないよね?即答するとしたら、それは恋人関係……

 

「あ、あぅぅ……」

「…い、イリゼ?なんか頭から湯気出してるみたいな音聞こえてきたんだけど大丈夫?イリゼー?」

「……っ…な、何急に言いだすの!馬鹿!変態!淫乱ピンク!」

「淫乱ピンク!?ひ、酷くない!?確かにわたしの髪は紫っていうかピンクに近いけどわたしに淫乱要素は無いよ!?……無いよね!?」

「……ごめんネプテューヌ、今の流れだと淫乱ピンクなのは私の方だったよ…」

「う、うん…わたしもなんかごめんね…」

 

何だか気まずくなってしまう私とネプテューヌ。うん…どう考えても私が、というかそもそもこんなネタ振ってる時点で淫乱ピンクなのは私で確定じゃん…。

 

「……ずーん…」

「うわ、擬音を口にしちゃう位落ち込んでる…えーっと…あ、そうだわたしが独断で進めようとしてるラジオ番組の事教えてあげよっか?その名も、『ネプテューヌのオールナイト全次元』!」

「思いっきりパクりじゃんそれ……」

 

突然何を言いだすんだとか、独断で進めちゃ駄目でしょとか色々言いたい事はあったけど、その企画の真偽はともかく私を元気付けようとしょうもない事言ってくれているんだ…というのはすぐに伝わってきたので、私はこれ以上ネプテューヌに心労をかけないよう、突っ込みは一つだけにして心を持ち直す事に努める。……うん、これはよくある事。ネプテューヌだって変態チックな事口走ったりするし、失言してアレな子扱いされるのは女神の中じゃよくある事なんだから!

 

「……どうしようネプテューヌ、私今女神って碌でもない女の子の集まりに思えてきたよ…」

「今度は何があったのイリゼ…そしてそれを否定出来ないわたしも一体何なの…」

「…ふふっ」

「…あはは」

 

つい、また私は笑みを溢す。ネプテューヌも同じ様に笑ってしまっている。こんなんでも一国の長で、こんなんが中心となったパーティーが世界を救ったんだから、一周回って逆に笑っちゃうよね。

 

「…で、結局なんの用事だったの?」

「……ちょっと心配だったんだ、イリゼってちょっと危ういっていうか…皆といる時は何の心配もないけど、一人でいる時は不安を感じるっていうか…でも、流石にこれは杞憂だったね」

「心配してくれるのは有難いけど…私そこまで弱くはないよ?」

「だよね、じゃあ改めて…お仕事頑張ってね」

「うん。ネプテューヌこそ仕事サボっちゃ駄目だよ?」

 

結局、ネプテューヌはいつもの通り私を心配していただけだった。最初からその方向でいけば怒られたり自分がテンパる展開になったりしないのに……ま、それも含めてネプテューヌかもね。

そう思いながら私はプラネテューヌから離れ、最初の監査対象国へと入る。さぁ、これから頑張るよ!

 

「…………」

「……?ネプテューヌ?」

「…答えない…それには答えないよ……」

「いや答えなかったらサボってもいい事にはならないからね!?」

 

……私が離れている間、女神の仕事は捗るのか…或いはネプギアやイストワールさんの胃に穴が開かないか、それが気になってしょうがない私だった…。




今回のパロディ解説

世界崩壊(ワールズエンド)
アンジュ・ヴィエルジュのアニメ版における回避すべき現象の事。割とネプテューヌシリーズとアンジュは親和性高いと思うんですよ、コラボもしてますしね。

・ネプテューヌのオールナイト全次元
生徒会の一存 碧陽学園生徒会議事録シリーズにおける作中内ラジオ(校内放送)のパロディ。ラジオネタ面白そうですよねぇ…余裕があれば書きたいです。……余裕があれば。


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第五話 ルウィー、監査編

ゲイムギョウ界にも、四季というものがある。いや君、ゲイムギョウ界以外の事知ってんの?って思った方がいるかもしれないけど…これはメタ視点の多く入る作品なんだから、とか言葉の綾にいちいち突っ込むのも野暮か、とかで納得してほしい。いや、話進まないので納得して下さい。

……こほん。だから春にはお花見で皆浮かれたり、夏には砂浜が賑やかになったり、秋にはちょっとセンチメンタルな気分になったり、冬には寒い寒いと言いつつ雪遊びに勤しんだりする訳だけど…どの国にも均等に四季が訪れている訳ではない。その最たる例が……

 

「じんぐるべーるじんぐるべーる鈴が、鳴る〜♪」

 

さくさくと雪を踏む音を耳にしながら、季節外れもいいところの曲を口ずさむ私。旅仲間どころか通行人すらいないこのルウィーの雪原には、当然ながら私の歌に反応を示す者などいない。という事はつまり…周りの目を気にする必要がないという事!

 

「ふふっ、一度歌いながら歩いてみたかったんだよね」

 

自分でも子供っぽいなぁ…とは思いつつも、上機嫌で歩みを進める私。比較的ここは危険性が低く、前にも通った事のある道という事もあって、私の機嫌は好調だった。もしこれを誰か(特に知り合い)に見られようものなら一気に機嫌は下落するだろうけど、振り返っても上を見上げても誰かがいる様子は無い。うん、絶好の機会だね!

 

「ゆーきやこんこんあーられやこんこん…こんこんって言うと狐を想像しちゃうなぁ…」

 

歌唱練習してる訳でも誰かに聞かせてる訳でもないから、時々こうして歌を中断する事もある。その後続きから歌うか別の歌にするかはその後の気分次第。んー、冬とか雪とかですぐ思い付く歌なんてそんな沢山知らないし、ここは続きから歌おうかなぁ……って、

 

「……うん?」

 

ふと、私は歩みを止める。今、視界の端で何かが動いた様な気がした。これが人だったら…まぁ、大恥は避けられない。けどもしこれが人で無かったら…更に言えば、危険性のある存在だったのなら……

 

「…後ろから攻撃されるのは勘弁……」

 

そう呟きながら、私はバスタードソードを手にして何かが動いた気がした方へ近付く。目下隠れられそうな場所と言えばまばらに生えている、裸になった木だけ。

その一つ…恐らく一番可能性の高い木…に目星を付け、ある程度近付いたところで跳躍。一気に木の反対側が見える位置まで躍り出て、それと同時にバスタードソードを推測で突きつける。

そこで、私が目にしたのは……

 

「ぬぬぬぬぬぬららぁぁぁぁ……」

 

ぶるぶると震え、見るからに寒そうなスライヌの姿だった。……え、このスライヌまさか…雪国に適応してない個体…?

 

「…だ、大丈夫……?」

 

つい、しゃがみ込んで声をかけてしまう私。スライヌの方と言えば、声は聞こえているのかちょっと私の方を向いたけど、寒さのせいでまともな反応を返す余裕もない様子だった。…最も、私の言葉も心配もスライヌに伝わってるのかどうか怪しいけど。

 

「ぬぬぬぬららららぁぁ…」

「駄目だ、元々何言ってるのか分からないのに震えてるせいで余計分からなくなってる…」

 

さて、どうしたものかと思考を始める私。一番手っ取り早く且つ簡単なのはバスタードソードでばっさりやっちゃう事だけど…敵意も無ければ討伐対象でもなく、素材が欲しい訳でもないモンスターを倒すのは気が引ける。更に言えば、派遣の魔物の一体宜しくシャーベット状になりかけてる様に見える(気のせいかもしれないけど)モンスターを倒したんじゃ罪悪感すら抱きかねない。かといって見て見ぬフリしたら後味悪いしだからってルウィーの街に連れてくのも不味いし…うぅん……

 

「……あ、そうだ」

 

バスタードソードをしまい、荷物をごそごそと漁る私。えーっと、確か予備が…あった。

 

「もし思ってたより寒かったら、を想定して持ってきた貼るカイロ〜!」

 

説明口調も甚だしい言い方をしながらカイロを取り出した私。勿論スライヌはノーリアクション。何だか外側からじゃなく内側から寒くなる様な気がし始めたけどそこは無視。早速私は包装を破いてカイロをスライヌの身体(…顔?)に貼っていく。

 

「ぬぬ……ら…?」

「水に入ったり木に擦り付けたりして取っちゃ駄目だよ?高いものじゃないとはいえ、折角あげるんだから」

 

破って貼っての動作中、不思議そうな顔をするスライヌに私はそう言う。…因みに私はスライヌの地肌にカイロを貼っている。それが示すのは低温火傷の可能性だけど…モンスターだから大丈夫だよね、多分。そもそも身体がスライム(と思われる物質)で出来てる訳だし。

 

「これでよし、と。後は少し待てば……」

 

そう言いながら私は破いた包装に付いた雪を払い、荷物の中へと突っ込む。ゴミのポイ捨てにイリゼさんは反対します!

それから数分後…そこには、ぴょこぴょこと動き出すスライヌの姿があった。身体が完全な固体じゃない分、熱伝導も割と早いらしい。

 

「ぬら、ぬら〜♪」

 

カイロを貼ってない接地部分は冷たい筈なのに、そんな様子も見せずに動き回るスライヌ。何というか、ちょっと…いやかなり微笑ましい。

そして、暫くスライヌは動いた後、私の通ってきた道に沿って私から離れていく。何とかカイロの効果が切れる前に気温のマシな場所まで行けるといいけど…。

 

「…達者でね、なーんてね」

 

肩を竦めながらそんな事を言う私。そろそろ私も行こうか…そう思った時、スライヌが突然止まって振り向いて……ぺこり、と私に頭を下げた。

すぐにまた行ってしまうスライヌ。スライヌに私の意図がどこまで通じていたのか分からないし、頭を下げたといっても一頭身のスライヌだから、頭を下げたのかそう見えただけでそんな事してないのかも定かじゃなかったけど……ほんの少し、心が温かくなった様に感じた私だった。

 

 

 

 

さて、久し振りのわたし視点ね。……え、もう始まってる?っていうかこの言い方はむしろテレビとかビデオっぽい?…細けぇ事は良いんだよ…もとい、良いのよ。

 

「もう少し出力する魔力を上げてみようかしら…それとも、逆に魔力量は絞って魔導具との併用を前提にするか……」

 

ぶつぶつとそんな事を呟きながら、机上に並べられた本や実験道具と睨めっこするわたし。事が事だけに、ネプテューヌの様に「まぁ取り敢えずやってみようよ!」なんて感覚で進める訳にはいかない。大雑把に、ではなく慎重且つ大胆に、でもなく慎重且つ繊細に。それがベストで安全な実験を行う条件だった。

……が、そこで実験は一時中断する事になる。

 

「ブラン様、お客様です」

 

こんこん、というノックと共に聞こえてくるフィナンシェの声。いざ思考を物理次元に…としようとしたところで邪魔が入ってしまった為、わたしは…有り体に言って、ちょっとむっとした。

 

「…急を要する客人なの?」

「いえ、多分そうではありませんが…追い返した場合、二重にブラン様は後悔する事になると思いますよ?」

「二重に…?」

 

どうでもいい相手なら今考えていた分の実験だけはしておこうかと思ったものの、そう言われると話は別。二重、となると魔法協会か経済界の重鎮、それか国防に関する事かしら……。

 

「…いいわ、入ってもらって頂戴」

 

少考の後、そう答えるわたし。気になる位なら、多少実験が後になってもそちらを優先させた方が精神衛生上良い。

そう思って待つ事数秒。ゆっくりと扉を開けて入ってきたのは……

 

「……へ?」

 

何だかよく分からない、虎のマスクを付けた謎の人物だった。

 

 

 

 

「ふっ…驚いていますねルウィーの女神。だが安心してほしい。私は貴女達と意思を共にする存在。新女神プロレス界に彗星の如く現れたニューフェイス、その名もダイガー・ザ・オリジン!」

 

案内と呼び出しをしてくれたフィナンシェさんに下がってもらい、颯爽と部屋の中へと入った私。

ふふ、この斬新極まりない登場にブランも驚いているね!我ながら意味不明だけど、やっただけの甲斐は--------

 

「さて、再編した国防軍の実力を発揮する機会が訪れた様ね」

「国防軍!?警察機構すっ飛ばしていきなり軍!?私テロリスト集団クラス扱いなの!?」

 

--------無かった。女神のボケ返し能力は尋常じゃなかった。……完敗です、はい。

 

「……で、何がしたかったのかしら?イリゼ」

「あ、バレてるのね…」

「そりゃ、声が何となくイリゼっぽいし、わたしにこんな事出来る人間の中でオリジンを自分の代名詞にするのは貴女位だもの」

 

しかもバレバレだった。むむ、次回以降はもう少し手の込んだ事しようかな…それともボケ返しに更にボケで返して根比べするとか…?

 

「イリゼ、人にも女神にも得手不得手があると思うんだけど…それと、そのマスクは何?」

「このネタの為だけに、さっきルウィーの街中で購入した一品…って言ったら信じてくれる?」

「…もうわたし達守護女神に遜色無い位頭おかしくなってきたわね……」

 

自虐とも呆れともつかない顔でそんな事を言うブラン。それに対して、「だって女神の皆と四六時中一緒に居て死線も潜り抜けてきたんだもん」と言おうと思ったけど…それを言ったらお互い何とも言えない気分になりそうだったから止めて、代わりにマスクを外しつつ机の上に広がってる物についての疑問を口にする。

 

「…何かの実験してたの?」

「えぇ、魔法の実験よ」

「魔法の…えと、ブランって……」

 

訊くべきか訊かざるべきか迷う私。確か、ブランは魔法が苦手であまり使わなかった筈。そのブランが魔法の練習ならいざ知らず、実験というのはあまりにも不自然だったけど…そこは触れても良いのかな、とも思う。魔法国家であるルウィーの女神でありながら魔法が苦手、というのはコンプレックスになっていてもおかしくない。

…なんて迷いが顔に表れていたのか、それともこういう質問は今までにもされた事があったのか、ブランはこくん、と一つ頷いて私の質問に答えてくれる。

 

「その通り、わたしは魔法が苦手よ。…でも、これは魔法の『研究』の為の実験。実験であれば魔法内包型の魔導具で割と代用出来るの」

「そうなんだ…それは趣味?」

「趣味半分、職務半分…といったところかしらね」

「職務?」

 

趣味、というのはまぁ分かる。知識欲豊富なブランなら苦手であっても出来る範囲で魔法に手を出しても何もおかしくない。けど、職務…?女神の職務に魔法研究なんてあるのかな…?

 

「そう言えば…皆には話していなかったわね。わたしは総合魔法学における名誉教授としての肩書きもあるのよ」

「え、教授って…あの教授?」

「そんな教授に種類があるのか知らないけど…博士とかそんな感じの教授よ」

「…それって、凄い事…なんだよね…?」

「少なくとも、魔法協会においてわたしは最高クラスの地位を持ってるわ」

「…ブラン…ブランは私の知る以上に凄い人物だったんだね…」

「もっと褒めてくれていいのよ、イリゼ」

 

ふふん、と自慢気に胸を張るブラン。ちょっとノワールっぽい事を言ってたけど…実際本当に凄いから茶々も入れずに羨望の視線を送る私。するとブランもそれに気を良くしたのか、自分が考案した魔法や魔導具について語ってくれる。しかも以外と話し方が上手(教授の名は伊達じゃない様子)で、魔法の知識に薄い私も聞き入ってしまう。

そんなこんなで凡そ十五分。

 

「魔法というものは常識から外れるもの。だから、時には魔法を知らぬ者が新たな魔法を見つける事もあるわ」

「知らないからこそ、とは深いね…しかし女神兼名誉教授なんて、他の追随を許さない立場だよね」

「それは…どうかしら」

 

私の言葉に再び胸を張る…と思いきや、今度は含みのある苦笑を浮かべるブラン。

 

「…ブランより凄い人がいるの?」

「凄い、というかわたしが評価してる人物よ。……イリゼ、ミナの事は知っているわね?」

「教祖のミナさんだよね?そりゃ知ってるよ、話した事もあるし」

「それもそうね。普段は自信無さ気にしてるけど…もしルウィー内で魔法使いのランキングを作るとしたら、彼女は確実に一桁…いえ、トップ5に入るわ」

「あのミナさんが?…って、よく考えたらルウィーでの戦闘の時指揮をしつつ結構な魔法叩き込んでたね…」

「教祖でありながらルウィーでも有数の実力者、うちのミナは凄いでしょう?」

 

今度こそ再び自慢気な様子を見せるブラン。でも、今度はさっきとは違う…より、誇らしげなものだった。…こういう表情は、女神の皆が職員や国民の事を話す時によくする表情。…友達として、国や国民こそいないものの同じ女神として見ていてとても気分の良い表情。私は、そんな顔をしている時の皆が大好きだ。

 

「…さてと、いつの間にか話が逸れてしまったわね」

「逸れたっていうか…うん、まぁ元々私の興味から始まった話だし大丈夫」

「そう…で、本題は何?」

「本題?」

「本題。…監査でしょ?貴女の目的は」

 

少しだけ、目を細めるブラン。その瞬間、私とブランの関係は友達兼仲間から特務監査官と監査対象の女神へと変わった。…友達とこういう雰囲気になるのはあまり嬉しくないけど…同時に、国の長としてブランがこういう態度を取れる事に安心も抱く。……まぁ、ネプテューヌ以外は要らぬ心配だと思うけどね、これ。

 

「じゃ、ちょっと執務室に移動しようか。それと、暫く勝手な行動…特に職員への連絡はしないでもらえる?…私も、監査は真面目に行うつもりだから」

「了解よ、イリゼ」

 

両手を挙げて、抵抗しない事を示すブラン。そんなブランと共に私は執務室に移動し、棚や引き出しを開け、書類や記憶媒体に目を通し、各種履歴を洗い直していく。ブランが何か不正をしてそれを隠蔽してるなら、すぐに見つかる事なんてないと思うけど…こういう事はしらみ潰しに調べるしかない。

 

「…もし、わたしが何か不味いものを隠していたらどうするの?」

 

下手の事を出来ない様、手を見える様にしながら私の隣に立っているブランが話しかけてくる。もし、隠していたら、か……。

 

「…特には決めてないよ。でも…見逃す事はしないかな」

「甘さと優しさは違うもの、ね」

 

それから暫く会話の無くなる私達。監査に集中したい私は勿論、ブランもブランで話をし続けようものなら何か隠したいんじゃと疑われ兼ねない訳だから会話が弾む訳がない。だから、会話を再開したのは私が記憶媒体の一つに入っていた、設計図らしきデータを見つけた時だった。

 

「…これって、国防関係のもの?」

「そうよ。ここに来るまでに、ルウィーの国内に色々と無骨なものが建造されてるのを見なかった?」

「あぁ、そういえば…迎撃装置か何かでも造ってるの?」

「迎撃装置…そうね。汎用魔法展開装置…とでも言おうかしら」

「へぇ…それは私に話しても大丈夫な事?」

「勿論。細かい仕組みまで要求するならともかく、概要なら幾らでも話せるわ」

 

じゃあ、お願い、と説明を求める私。こう話してる時点でその汎用魔法展開装置とやらは真っ当なものなんだろうけど…聞いておいて損は無い。それに、この設計図だけだとよく分からないし。

 

「この装置は、専ら専守防衛の為のものであり…広範囲、全方位に素早く魔法を届かせる受信機の働きを持つわ」

「広範囲に届かせる為に各地に点在を?」

「そういう事。専用の送信機に魔法を送る事で魔法は任意の装置まで瞬時に飛んで、そこから放たれるというのが基本的な使い方。これによって、いつ何処でモンスターや国を脅かす組織の攻撃があったとしても即座に対応出来る様になるわ」

「それは良いね、魔法使いがその場まで行かなくて済むから危険も減るし。……まさか、それを領域外にまで建造してたりはしないよね?」

「当然よ。そんなの条約違反の立派な侵略行為だもの」

 

友好条約の条項の一つ、国防軍関連に『他国への有効な攻撃が可能な装備の開発及び部隊の設置を禁止する』というものがある。これは色んな意味で難しく厄介な部分だけど…装置がそれに抵触してない様で私はほっとする。…一応、ルウィーを去る前に位置は確認しておくつもりだけどね。

そしてまた数十分。執務室の捜査は粗方終了した事で私はんっ、と伸びをする。

 

「お疲れ様ね」

「普段から仕事も責任も重い職務に就いてるブラン達に比べれば楽なものだよ」

「わたしはイリゼの仕事も別方向で大変だと思うわ。…それで、執務室の監査結果はどう?」

「うーん…今見た限りじゃ、文句無しで白かな」

 

と、柔和な笑みを見せる私。他の部屋も見なきゃいけないからまだまだこれからだけど…執務室が問題無かったというだけでも心境は大きく変わる。それはブランも同じだった様で、少し肩の力が抜けた様にも見えた。

 

「それじゃ、次はどこ?場所が分からなければわたしが案内するわ」

「なら、次は比較的職員さんが集まってる場所に…って、ん?」

「…どうかしたの?」

「…これ、もしかして隠し引き出し?」

「あっ……そ、それは…」

 

開きっぱなしにしてしまっていた引き出しを閉める際、偶然指が引っかかった事で発見した隠し引き出し。そこを開くと、中から何やら書類が出てくる。その瞬間、突然動揺を見せたブラン。ちらり、と顔を見ると…そこには見られたくないものを発見された時の表情があった。……え、まさか違うよね?まさかほんとにブランが部外者に知られちゃ不味い事してて、これがその証拠となる書類だとかじゃないよね?……嘘、だよね…?

 

「……っ…!」

「くっ……」

 

一瞬の従順の後、意を決して書類に目を通す私。それを見て、苦虫を噛み潰した様な声を漏らしたブラン。そんな、そんな……と信じたくない気持ちが胸を占領していく中、その書類に書かれていたのは……

 

 

 

 

「……『光の独善(ヴァイス)と闇の偽善(シュバルツ)』…?」

「うぅ……」

「えーっと…もしかして、これ…同人小説……?」

「そ、そうよ…見られたくないから隠してたのに…!」

 

真っ赤に染まった顔を両手で覆うブラン。その何ともいたたまれない様子と、予想の遥か斜め上をいった書類内容に私は何とも言えず、ただ乾いた笑い声をあげながら隠し引き出しへと同人小説(の原稿の模様)を戻すのだった。

 

 

--------因みに、その後の監査でも不正や汚職と思われる証拠は見つからなかった。良かったね、ブラン。……後、同人小説見つけちゃってごめん…。




今回のパロディ解説

・派遣の魔物の一体
ポンコツクエスト〜魔王と派遣の魔物達〜に登場するスライム、イムラの事。さて、スライヌゼリーというアイテムはありますが、実際冷やしたらどうなるんでしょうね。

・新女神プロレス
プロレスリング界の組織、新日本プロレスリングのパロディ。一部の熱烈な信者と変態紳士諸君により噂されている、女神達によるプロレス…それが新女神プロレス!

・タイガー・ザ・オリジン
タイガーマスクシリーズに登場する、タイガー系マスクレスラーのパロディ。噂の新女神プロレスにイリゼが出た場合、こうなるのでしょうか…作者の私にも謎です。

創滅の迷宮 蒼の魔導書編最終話の後書きにてお知らせしたあとがきですが、活動報告に載せました。興味を持った方は、どうぞ読んでみて下さい。


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第六話 ルウィー、候補生交流編

--------防壁を叩き付けられる白の弾丸。銃や砲台から火薬や電力によって放たれた訳ではない為、定義的には間違っているけど…威力や速度の面では実際の火器に何ら遜色ない。しかもそれが単発ではなく、寸分の狂いもない十字砲火となれば脅威度は尚更上昇する。対する私にそれ程の火力を出す手段も十字砲火を封じるだけの手数も無く、頼みの綱の防壁も弾丸に少しずつ削られていく。幸いにも防壁の数はそれなりにあるが、防戦一方で勝てる筈がない。

この防壁も崩壊は時間の問題、と見切りを付け、相手の隙を突く形で次の防壁へと走る私。雪原をかけながら私は思う。こんな過酷な事なら、引き受けなければよかった、と。

 

 

 

 

ブランとルウィー教会の監査を行なった翌日の午後、ブランが暇なら遊びに誘おうかな…なんて思っていた時に、その要望は訪れた。

 

「ロムちゃんとラムちゃんの遊び相手、ですか?」

 

ブラン探しの最中に廊下で出会ったのはミナさん。彼女は私を探していたらしく、私を見つけるとそんな事を言ってきた。

 

「はい。…も、勿論お忙しければそう言って頂いて構いませんよ?」

「忙しくはないですけど…何故私に?」

 

教祖ミナさんは頼み込む様な表情を浮かべている。彼女は一見気弱そうな人だけど、その実ルウィーでも屈指の魔法使い…だなんて事はこの場ではあんまり関係ない。

二人の遊び相手、か…と私は少し考える。ここに来た目的である監査は取り敢えず終わらせたし、二人と関わり合いたくない訳ではないけど…私が相手に選ばれる理由がよく分からない。あの二人の世話に人員を避けない程人手不足…って事はないよね?

 

「えぇとですね、これには深い事情…と言っても別にイリゼ様の頭を悩ませてしまう様な事ではないですが…がありまして…」

「深い事情…?」

「なんと言いますか…その、現在のお二人は教会の外や教会関係の人以外との接点があまり無くて……」

 

半端な事を言うよりはしっかり話した方が早く理解してくれるだろうと判断したのか、そこからミナさんは二人と二人を取り巻く環境について説明してくれた。

えー…で、その説明だけど…山も無ければオチも無く(ウケ狙いじゃないんだから当然だけど)、全文掲載するとただただ長くなっちゃいそうなので、私が最低限閲覧者の皆様に知っておいてほしい事だけピックアップすると……

・女神候補生の二人は候補生の中でも特に幼い為、つい職員は過保護になってしまう。

・幼さ故に女神の仕事の勉強や手伝いも満足に出来ず、女神としての職務に触れる機会が少ない。

・姉であるブランも双子という珍しい候補生に、姉として手探り状態(ネプテューヌやノワールもブラン程じゃないけどやはり手探り)。

・ロムラム間での中はすこぶる良く、殆ど常に一緒にいる。

…というのが今の二人の状態であり、それが原因で二人は狭い世界での生活が普通になってしまい、二人もあまり積極的に外部に関わろうとしないのが常になってしまっているらしかった。…うん、自分でも箇条書きにすると分かり易い!

 

「…そこで白羽の矢が立ったのが、外部の人間である私だという事ですね」

「イリゼ様はルウィー教会外の人間でありながら、それなりに教会に来る事があり、お二人の姉であるブラン様とも交友があり、そして立場上の問題も無い…という正にベストな人材なんです。どうか、宜しくお願いします」

「そういう事でしたら…はい、お受けしますよ」

 

そういう事でなくとも引き受けるつもりではあったけど、つい雰囲気的にそんな事を言ってしまう私。するとミナさんはほっとした様な表情を浮かべ、ありがとうございますとぺこぺこ頭を下げてきた。…ほんとに腰が低いなぁ、この教祖さんは…。

 

「して、私は二人とどんな感じに遊べばいいんでしょう?」

「それはお任せします。当のイリゼさんが決めた方が良いですし」

「じゃあ、二人に話聞いてから決めようかな…」

「では、お二人の部屋へご案内しますね」

 

そう言って歩き出すミナさんの横を着いて歩く私。うーん、引き受けたは良いものの…ロムちゃんラムちゃんって多分ネプギアより幼いよね。そこには気を付けて接しないと……。

 

「…ミナさん、二人に接する上で何か意識した方が良い事ってありますか?」

「意識した方が良い事、ですか…あくまでわたしは教祖や保護者として接しているのでわたしの知識がイリゼさんの役に立つとは限りませんが…それでも敢えて言うなら、女神候補生として接してあげる、ですかね」

「子供扱いしちゃいけない…って事ですか?」

「お二人はまだ仕事が出来る域に達してはいませんが、それでも女神としての意識が全く無い訳じゃないみたいなんです。だから…子供であり女神候補生、そう見てあげて下さい」

「…分かりました。お任せあれ、ですよ」

 

と、私がそう言った瞬間にミナさんが足を止める。何故だろう…と私は一瞬思ったけど、すぐにそれが部屋に到着したからだという事に気付く。

 

「ええと、じゃあ…お邪魔しまーす」

「ロム様、ラム様、お客様ですよ」

 

ノックの後、がちゃり、と扉を開けて中へ入る私達。するとそこには当然ながらロムちゃんラムちゃんが居た。…居たには居た。居るのは何もおかしくないけど……

 

「あ、み、ミナちゃん!ど、どーしたの…?」

「お、おきゃく、さん…?」

 

……何故か、二人共動揺していた。…あーうん、これは…

 

「……今、何か隠しましたね…?」

 

きらり、と眼鏡を光らせながら私が思った事と同じ事を言うミナさん。その瞬間、あからさまにびくっ!…っとする二人。幼いだけあって、とても分かり易い反応だった。……割と私達パーティーメンバーでも似た様な反応を時折見る気がするけど、それは悲しくなるので気にしない。

 

「な、何もかくして…ないよ…?」

「うんうん、わたし達はまっさらだもん!」

 

まっさらって…洗濯物じゃないんだから……と突っ込みたかったけど、予想以上にミナさんの『怒ってるお母さん』的雰囲気が強くて言うに言えない私。仕方ないので部屋を見回していると…テレビの裏から何かの箱…というよりも缶…らしき物がはみ出てるのを発見した。あー、そういう事ね……。

 

「本当ですか……?」

「ほ、ほんとう、だよ…?」

「そうそう!ほんとほんと!」

「…はぁ…すいませんイリゼ様、いきなり見苦しい所を見せてしまって…」

「いえいえ…それより本題入りましょうよ」

 

これ以上見苦しい所を見せたくなかったのか、私の意向を優先すべきだと思ったのか、私の意見にすぐ「そうですね」と賛同して私の事を二人に説明し始めるミナさん。一方の二人は乗り切った、と思ったのか安心した様な表情を浮かべている。…わざとバレにいってるんじゃないよね?子供だからだよね?

で、今日は私が遊び相手になってくれるってミナさんは言ったんだけど……

 

『えー……』

 

二人の反応はこんな感じだった。歓迎されてるかされてないかと言われれば…間違いなく歓迎されてない。

 

「なんでよく知らない人となのー?おねえちゃんかフィナンシェちゃんがいいー」

「知らない人…やだ……」

「なんて事を…!」

「ま、まぁまぁミナさん…えーと、何度か会った事あるんだけど、覚えてない?」

「…会ったことは、あるかも…」

「でもよく知らないもーん」

 

ロムちゃんはおどおどしながら、ラムちゃんは飄々と私と遊ぶ事を嫌がってくる。私は引き受けた時点で「そんな易々と話が進んだりはしないだろうなぁ…」と思っていたけど、こうもあっさり否定されるとちょっと残念。…じゃ、少し方向性を変えて……

 

「あのね、私二人と遊びたいの。遊んでくれないかな?」

「うーん……」

「…やっぱりやだ」

 

またも残念。少しばかり迷ったみたいだったけど、私とは遊んでくれないらしい。この誘い方はもう少し仲良くなってからじゃなきゃ通用しないのかな…。

……ならば、仕方ない…。

 

「ロムちゃんラムちゃん、ちょっと耳をこっちに向けてくれない?」

「どうして…?」

「二人に内緒の話があるの。ミナさんは聞き耳立てないでもらえますか?」

「……?えぇ、いいですけど…」

 

内緒という言葉に惹かれたのか、不審そうにしながらも耳をこっちに向けてくる二人。そんな二人に私は軽い調子で三度目のアタックを仕掛ける。

 

「ね、私と遊ぶのどうしても嫌?」

「だからやだっていってるでしょ、わたし達の気持ちはかわらないもんね」

「そっかぁ、それは残念。私と遊んでくれるなら……テレビの裏の缶については黙っててあげるのになぁ…」

「おねーさんあそぼう!」

「あそぼう…!(ぎゅー)」

 

ぎゅっ、と私の左右の手をそれぞれで握ってくる二人。私のとっておきは効果てきめんだった。……やっぱりこういう反応見てるとパーティーメンバー思い出す…部分的ながら幼女二人と同レベルってヤバいでしょうちのパーティー…。

 

「い、イリゼ様…一体どんな方法で……イリゼ様?」

「あ、はいはい…すいません、内緒なので教えられないんです。だよね、二人共」

 

私がそう言って二人に目をやると、二人はこくこくとすぐに首肯した。こういう様子は可愛いかも…別にそれまでは可愛くなかった訳じゃないけど。

 

「ふふ…ならば仕方ないですね。ロム様ラム様、イリゼ様に無茶を言ってはいけませんよ?」

『はーい』

「では、後はお願いしますね」

 

内緒の言葉で私達が仲良くなったと思ったのか、後は若い者同士で…みたいな感じに部屋を去るミナさん。そしてミナさんが出て行った事で完全に安心した様子の二人。…一体そこまでして何を隠したかったんだろう…。

と、いう訳でテレビの裏を覗き込む私。

 

「…ってこれ、お菓子の缶?」

「え?知ってたんじゃないの?」

「缶の端っこだけ見えてたから…お菓子食べるの禁止なの?」

「ううん…でも、食べすぎちゃダメって…」

 

ははぁ、そういう事か…と中身が殆ど残っていない缶を見ながら私は苦笑を浮かべる。こういう時、ミナさんに教えるのが二人の為かもしれないけど…遊んであげる時位、見逃してあげても良いよね。監査中とかでもないし。

 

「さて、じゃあ何して遊ぼうか」

「んと…おねーさんは外であそんで…」

「わたし達はここであそぶのはどう?」

「よぉし、二人の悪事をミナさんに教えなきゃ!」

「わぁぁまってまって!」

「な、なにして…あそぼっか…?(あせあせ)」

 

二人が『私との』遊びに前向きになってくれた事に満足した私は扉の方へと向かうのを止め、手近なクッションの所に腰を下ろす。今日が終わるまでにこんな下りを後数回はやるかもなぁ…。

 

「くっ、わたし達としたことが弱みをにぎられるなんて…」

「いっしょーの、ふかく……」

「そ、そこまで…?で、何がいいかな?」

「うーん…」

「きゅうにいわれても…」

 

腕を組んで(見た目的にあまり様になってない)考え始める二人。実のところ、「何して遊ぶ?」なんて質問は漠然過ぎて私も良くないとは思ったけど…二人の趣味も二人の出来る事も知らない私じゃ、二人が喜びそうな遊びの提示なんてやり様がない。だから私は先にそこら辺ミナさんに聞いておくべきだったなぁ…なんて思いつつ、選択肢をこちらから出すのではなく、二人の選択肢を上手く狭めるという方向性を模索し始める。

 

「…じゃあさ、外と中ならどっちがいい?」

「外と中?…ロムちゃん、どっちがいい?」

「えと…さっきまで中だったから…外…?」

「そっか、じゃあ外よ」

「へぇ…ラムちゃんはロムちゃんの遊びたい方にしてあげるんだ、優しいね」

「ふふん、とーぜんよ!」

 

得意げな様子を一切隠す事なく胸を張るラムちゃん。その横でロムちゃんは、ラムちゃんが得意げにしているのを嬉しそうに見つめている。…そういえば、ロムちゃんの方がお姉さんなんだったっけ?

 

「……ちゃんとお姉さんしてるね、ロムちゃん」

「ほぇ……?」

「何でもないよ。外なら…動き回ってみる?私教会の職員さん達よりは動き回れるよ?流石に女神状態のブランには劣るけど」

「うごきまわる…あ、ラムちゃん…!」

「え?……あ!」

「わたし達、やりたいあそび…ある…!」

「えーと、雪がっせんみたいなあそびよ!」

 

なにを思い出したのか、いきなり乗り気になる二人。雪合戦『みたいな』という点は少し気になったけど…それよりも二人が乗ってくれた事に安堵した私はそれを特に気にせず、二人の後を追って教会の外へと出る。

二人に案内されて辿り着いたのは、教会の敷地内の一角。そこには結構な人数で雪合戦が出来そうな広間が出来上がっていた。それを見て、呑気に本格的だなぁ…とか思っている私。

 

 

--------私が引き受けた事と確認を怠った事を後悔するのは、それから十数分後の事だった。

 

 

 

 

「あっ、出てきたわロムちゃん!」

「こーげき、再開…!」

 

私が防壁…もとい、雪を固めて作った壁から出たのを見るや否や、魔法で即座に固めた雪を同じく魔法の力でもって射出してくるロムちゃんとラムちゃん。私は次の防壁へと飛び込みながら叫ぶ。

 

「これ普通の雪合戦の域を超えてるよねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

防壁の後ろへと入った私の背後を駆け抜けていく雪弾…じゃなくて、雪玉。それが別の壁や木に当たる事で起きる、明らかに本来の雪合戦ではならない様な音を耳にしながら私は考える。確かに、二人は子供であっても女神候補生だった……いや絶対ミナさんはこういう意味で言ったんじゃないんだろうけどね!

 

「ふ、二人共…雪合戦ってこんな遊びじゃないんだよ…?」

「うん、知ってる…」

「こっちの方がおもしろいんだもん」

「いや死者出るから!下手したら死者出るからね!?分かってる!?」

「だからふだんはやってないわ」

「おねえちゃんが言ってた…おねーちゃんのお友達は、すっごくつよいって…」

(だからあの時俄然やる気になったのねぇぇぇぇっ!)

 

ぼすん!ぼすん!と雪玉が壁に叩き付けられる音に否応なく冷や汗が垂れる。

はっきりと分かる。まともな手では勝つどころか無事に終わらせる事すら出来ないと。魔法を使ってる分威力も連射性も射程距離も段違いな相手に一体どうやって正攻法で勝てと言うのか。せめてもの救いは魔力温存の為か、常に撃ち続けたりはしない事だけど…だから、その程度の救いで一体どうやって勝てというのか。そしていつも思うけど、私は誰に現状の説明と心境の吐露をしているのだろうか。

 

「おねーさん、かくれてばっか…」

「そーそー、これじゃつまんないー!」

「私はドキドキだけどね!恐ろしさでドッキドキだけどね!」

 

そこまで親しくない幼児二人にこんな強めの口調で言うのはあんまり宜しくないと思うけど…そんな事気にしていられる余裕はない。はっきり言おう…これはもう遊びじゃない。

 

「…………」

「もうおわりなのー?」

「ぶー……」

「…ねぇ、私も本気出していいかな?」

『ほんき?』

「そう本気。二人もさ、本気の勝負の方が楽しいでしょ?」

「…うん、ほんきのしょーぶ…したい…」

「ほんきのしょーぶでかった方がうれしいもんね!」

「そっか、じゃあ……」

 

足元の雪を簡単に踏み固め、雪の壁に正対する私。子供相手に本気を出すのは正直大人気ないけど…よく言うじゃないか。遊びだって本気でやるからこそ楽しいんだって。それに…そもそもの話、この勝負において二人は侮れる格下なんかじゃない。だから……

 

「--------もう一人の原初の力、見せてあげるッ!」

 

固めた雪を蹴り、跳躍する。一瞬で壁から姿を現した私は……雪の壁の上部に足をかけ、それを踏み台に更に跳躍する。

身体能力的にも発想的にも常人には真似出来ない芸当に、目を丸くする二人。その間に私は着地…と同時に前転を行い、勢いはそのままに衝撃だけ殺して即座に前進を開始する。

 

「わ、わっ…!」

「びっくりしてるばあいじゃないよロムちゃん!」

 

一連の行動により私が二人との距離を三分の一程縮めたところでやっと動き出す二人。魔法により複数の雪玉を同時に作り出し、それを矢継ぎ早に放ってくる。

速度もさる事ながら、ここは私にとって慣れない雪の地面。走るにも跳ぶにも足を取られてしまって、どうしても普段より動きが鈍くなってしまう。だから私は雪玉を回避する事なんてしない。回避する代わりに……

 

「はぁぁっ!」

 

手元に顕現させたバスタードソードで、両断する。

 

「えぇっ!?何それズルい!」

「ズルい…!(ぷんぷん)」

「ズルいって…二人だって初っ端から魔法使いまくりじゃん!」

『うっ……』

 

 

飛来する雪玉を次々と斬り裂く私。いくら魔法で射出されているとは言っても所詮は雪玉。女神クラスが放つ斬撃や冗談無しに一発即死の威力を誇るビームを何度も経験してきた私からすれば、本気で対応しようと思えば対応出来ない事はない。気分は完全にGGOのキリトさんかUBWのしろうさん。既に雪合戦感が無くなってる気もするけど…それは気にしない。

 

「残念だけど…もう私に雪玉は通用しない!」

 

当然、二人に近付けば近付く程雪玉の斬り払いは難しくなる。けど、これは銃弾や光弾でなく雪の塊。真っ二つになれば崩壊するし、雪玉もバスタードソードも結構な勢いでぶつかってるから斬られた雪玉は周りに雪を散らして二人の視界を遮る事になる。

そして……

 

「……ふぅ、こんなに熱い雪合戦は初めてだったよ」

 

二人の眼前へと辿り着き、にこっと笑いを浮かべる私。対するロムちゃんは目をぱちくりさせて、ラムちゃんは悔しそうにしている。もう完全に雪合戦とは違う遊びになってるし、更に言えば遊びと言っていいかすら怪しいけど…いい勝負では、あったと思う。

そんなすっきりした気持ちを胸に私は、次の遊びを考える為に口を開こうとする。次は、もうちょっと安全な遊びの方がいいか--------

 

「…まだ、わたし達雪だま当たってないのに…おしまいなの……?」

「…………」

「…………」

「…………」

『……あ』

 

声がハモる私とラムちゃん。そっか、確かに私は追い詰めただけで雪玉当ててはいないから、雪合戦のルールに則って考えればまだ終わってないよね。あっはっは、私もおっちょこちょいだなぁ……うん。

 

「ま、まぁそれはともかく次は何をする?次は室内の遊びとか……」

「そうよまだわたし達はまけてない!こうなったらわたし達もほんきのほんきだもんね!」

「ぜんりょく、出す…!」

「いやだから一旦決着は置いといて…ってなんで女神化してるの!?え、本気の本気、全力って女神化含めての事!?私女神化出来ないのに!?」

 

とんでもない展開に慌てふためく私。さっきまでも既に遊びの域を超えていたけど、女神化まで使ったら本当にただの戦闘になってしまう。女神は皆多かれ少なかれ好戦的だけど…そういう問題じゃないよね!?

 

「しかも二人共何考えてるの!?ねぇ!?それキラーマシンとかドラゴンとかそういう人並外れたサイズに叩き込むべき大きさだよ!?」

 

私が一体何に突っ込みを入れたのか。それは勿論二人が協力して作り出している雪玉に対して。……明らかに私より数倍デカい雪玉に、対して。もしあれを喰らったら…本当に、洒落にならない。

 

「わたし、まけたくない…!」

「うん女神化した時点でそれはよく伝わってきたよ!っていうかそんなの持ち出さなくても十分勝てるよね!?」

「ゆだんたいてき!」

「油断どころかオーバーキルだよ!?」

 

そう言う間にも雪玉は大きくなり続け、いよいよ回避も出来るかどうか怪しいレベルに達する。私は必死に説得を試みたけど…二人はもう完全に本気になってしまっている。

そして私に向かって動き出す雪玉。それに私はもう殆ど戦闘時の思考で「せめて少しでも可能性にかけて避けなきゃ…」と思って後ろへ跳躍しようとする。

その時だった。私の後方から白の一閃が駆け抜け、巨大な雪玉を粉砕したのは。

 

『え……?』

「間一髪だったか…大丈夫か、イリゼ?」

『(ブラン・おねえちゃん)!?』

 

一撃の元雪玉を粉砕した戦斧を片手に、ブランはゆっくりと舞い降りる。その姿は、正に守るべき者の前へと駆け付ける、女神のそれだった。

 

「悪ぃなイリゼ、こっちの都合で二人の相手させちまって…」

「そ、それはいいけど…どうしてここに…?」

「ミナから聞いたんだよ。で、嫌な予感がするから来てみれば…これだ」

 

戦斧を降ろし、二人の方を見るブラン。その瞬間、私とミナさんが部屋に来た時と同じ様に動揺する二人。

 

「…さっきの雪玉、あれお前達だよな?」

「そ、それは…」

「こ、これにはじじょーがあるのじじょーが!」

「そうか。……で、お前達だよな?」

「は、はい…(こくこく)」

「そうです……」

 

ブランに問い詰められ、雪玉の事を認める二人。立ち位置的に私からは見えないブランの表情は、一体どうなっているのだろうか…多分怒ってるんだろうなぁ……。

…と、思いきや、ブランは優しげな声になって二人を撫で始める。

 

「やっぱりか。…凄ぇじゃねぇか、やっぱりお前達には魔法の才能があるな。これからも鍛錬をサボるなよ?」

「え……う、うんっ…!」

「うんっ!」

 

ブランに褒められ、ぱぁぁと顔を輝かせる二人。三人の間に幸せそうな雰囲気が流れ、そのままこの話は終わりに……

 

 

 

 

「…けど、今のは遊びでやって良いレベルじゃねぇだろうがッ!」

 

ならなかった。なでなでの後は、げんこつだった。頭を押さえて涙目になる二人を相手に、強い口調で…でもちゃんとした説教を始めるブラン。……今感じるのもどうかと思うけど、ブランもしっかりお姉さんをしていた。

 

「え、えーっと…私にも非はあるからあんまり怒らないであげてくれないかな…?」

「だとしても二人はやり過ぎだ。そこはしっかり叱らねぇと、いつか二人も二人と遊んだ奴も後悔する事になるからな」

「そ、そっか…じゃあ私、邪魔みたいだし書庫にでも行っていいかな…?」

「おう、まぁ二人も悪気があった訳じゃねぇんだ。許してやってくれ」

「それは勿論」

 

半ば蚊帳の外になり始めた事もあり、その場を離れる事を決意する私。ブランもブランで外で叱るのは得策じゃないと思ったのか、二人を教会の中へ連れていく。そんなこんなで、私とロムちゃんラムちゃんによる過激な遊びは終わりを告げるのだった。……あ、ある意味ミナさんの要望通り教会外の人とのいい経験になったよね…?




今回のパロディ解説

・GGOのキリトさん
ソードアート・オンラインシリーズの一つ及びその主人公、桐ヶ谷和人の事。弾道予測線はありませんがサイズ的には雪玉の方が楽なので、どちらが上かは分かりません。

・UBWの士郎さん
Fateシリーズの一つ及び主人公の一人、衛宮士郎の事。飛んでるのは宝具じゃない上イリゼは剣一本なので、流石に迫力の観点から言えば本作中の方が劣りますね。

最後のやりとりで気付いた方もいると思いますが、『創滅の迷宮 蒼の魔導書編』は本話(第六話)と次話(第七話)の間の出来事となっています。


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第七話 ルウィー、料理大会編

今回の話(第七話)は、創滅の迷宮・蒼の魔導書編の最終話以降の話です。今後は時折(あまりストーリー状況重要にはならない形で)蒼の魔導書編の出来事関連の言葉が出てくる事がありますので、先にそちらを読んでおくとよいかもしれません。但し、読まなくてもそこまで大きな問題は発生しません。


「んー!美味し〜♪」

 

しっとりとした食感に、しつこ過ぎない程度に濃い甘さ。そして何より気温で冷やされた身体に丁度いいほかほか具合につい声を上げてしまう私。

散歩を始めて数十分。ふと目に付いたたい焼き屋さんに寄った私は、絶賛買い食い中だった。

 

「うんうん、やっぱ色んな味、色んな種類の食べ物を食べてこその『食』だよねぇ」

 

ぱくぱくとたい焼きを口に運んでは咀嚼する私。私が寄ったたい焼き屋さんは別に有名店だとかルウィー限定の味を発売中だとかではないけど……暫く保存食やそれに準じるものしか食べてなかった私にとっては、普通の食べ物でも普段の倍以上に美味しく感じられた。

 

「…でも、ちょっと喉乾くのが玉に瑕かなぁ」

 

あっという間に(自分で言う事なのか謎だけど)食べ終わった私は店先のベンチを立って、今度は飲み物を探しに歩き出す。一応複数フレーバーがあるものもあった保存食と違って、水分はほぼ水しか口にしてない(砂糖水は微妙だったねぇ)私の喉は、ある意味お腹以上に美味しいものを欲していた。

 

「……とはいえ、ふぅむ…」

 

ルウィーの街中を闊歩しながら、私は少し考える。事案の内容は勿論何を飲むか。何か困るって、飲み物は「奮発して高いの買っちゃうぞー」というのがいまいち通用しない事。監査官以前からそれなりに良い仕事に就いてた上、クエストを行う時も比較的高難度のものを選んでいた私の懐は、こうして買い食いする程度なら痛まない。だから高めの飲み物を買ってみたいところだけど…割と飲み物は高いものが少ない。大きいボトルに入ってるのなら多少は高いけど…ちょっと喉を潤したいだけなのにそんな大きいのを買うのは、ねぇ……。

 

「アルコール類は見た目の問題あるし、健康に良さそうな飲み物は美味しい物飲みたい気持ちと反するし…」

 

ここは一つ、喫茶店にでも入ってそこで飲もうかなぁ…と、暫定的ながら決めた私は目に付いた喫茶店に入る。そして店員さんに促されるまま席へと移動して……

 

 

「……あれ、イリゼさん?」

「え?

 

移動する途中、横から聞き覚えのある声をかけられて振り向く私。するとそこに座っていたのはそこはかとなく冒険者っぽい姿をした少女と見るからに魔術師っぽい姿をした少女。その二人を見て、私は目を丸くする。

 

「…ファルコムに、MAGES.…?」

「ふっ、久しいなイリゼよ」

「凄い、こんな偶然ってあるんだね」

 

それぞれの理由で旅に出ていた別次元組の内の二人に、長期間いる訳ではないルウィーの、偶々入った喫茶店で出会うなんて事は、確かに凄い偶然だ。

店員さんに一言言い、二人と同じテーブルにつく私。年単位ではないものの、それなりに久し振りだった私達は自然と会話を始める。……まぁ、ガールズトークと呼べる様な華のあるものじゃないけどね。

 

「ルウィーに来ていたのは仕事関係か…教会職員にも出張はあるのだな」

「出張っていうか…いや、出張でいいのかな…?」

「さぁ…女神が出張、ってのは変な感じがするけどね」

「私は立場が特殊だからね…あ、ブレンドティー一つお願いします」

 

他愛ない話をしながら私はメニューに目を通し、興味を惹かれた紅茶を店員さんに注文する。割といい感じのお茶あって良かったなぁ。

 

「二人はどんな旅を?」

「あたしは旅、っていうか冒険の準備かな。長期的な冒険する場合は準備も入念にしないといけないし」

「私は我のインスピレーションを刺激するものの探索、と言ったところだ。屋内に籠っていては刺激も減ってしまう」

「…うーん、全くもって私の予想を外れてない…二人も変わらないねぇ…」

「そりゃ、そんな何年も離れてた訳じゃないしね」

 

肩を竦めるファルコムを見て、それもそっかと苦笑する私。騒がしい仲間との日々から騒がしくない…事もないけど、プラネテューヌを中心とした生活へと移行したから結構時間が経った様に感じてたけど、実際にはそこまで経っていないんだから、むしろ大きな変化をしていた方が変なんだよね。

…と、そこで一つ疑問が浮かぶ私。

 

「…あれ?二人は別々で旅してたんだよね?」

「あぁ。私とファルコムが会ったのも偶然という奴だ」

「会った時に偶々共通の目的が出来てね、ここ数日一緒にいるんだ」

「共通の目的?」

 

更に質問を口にする私。二人はそれに答えようとして…そこで、顔を見合わせた。

 

「…これって、ナイスタイミングって奴かな?」

「降って湧いた幸運、と言って差し支えない事は事実だな。問題は技術の方だが…」

「そこは…大丈夫じゃない?あのクイズ番組の時に経験してる筈だしさ」

「えーと……な、何の話…?」

 

どう考えても私が関係するっぽいにも関わらず、私が分からない内に話が進行してしまっている。…説明を、誰か説明をっ!

 

「…そうだな。何より人数が足りなければ技術以前の話な以上、訊くだけ訊いてみるとしよう」

「そうだよ、知らない人と組むよりはずっとこっちも楽だし」

「いや、あの、だから二人は何の話をして--------」

『イリゼ(さん)、(あたし・私)達と一緒に料理をしてほしい!』

「……料理…?」

 

本日二度目の丸目をしてしまう私。丁度そのタイミングでブレンドティーが来たものだから、一先ず一口運んでみる。……うん、香りも味も良いかも。

 

「はふぅ……」

「落ち着いたか、イリゼよ。では説明を…」

「いや別に冷静さ失ってた訳じゃないんだけど…まぁいいや、説明お願い」

「実はあたし達はある大会に出ようと思っててね。ほらこれ」

「…『即興料理王は誰だ?三人共同料理バトル』…?」

 

渡されたチラシにはでかでかとそんなタイトルが書かれてあった。ふむふむ、参加条件に三人一組っていうのがあるから私を誘った訳だね。……でも…

 

「どうしてこの大会に?二人共料理好きだっけ?」

「ううん、単に優勝賞金目当てだよ」

「私は研究費用、ファルコムは冒険準備としてそれぞれ資金が必要だからな。勿論優勝した際には三分割してイリゼにも渡そう」

「あぁ、そういう…でも二人ならクエストでも稼げるよね?」

「こっちの方が費用対効果が良いんだよ。ここでいう費用は時間や苦労だけど」

 

確かにそれなりの距離を移動してモンスターを倒すなりダンジョンを調査するなりするよりは、街中で料理をした方が速いし安全に違いない。…まぁ、二人が料理してる姿はあんまり想像出来ないけど…。

 

「…さて、では改めて問おう。イリゼ、私達に協力してくれないか?」

「無理なら無理だって言ってくれて良いからね?」

「んー……あんまり私料理のレパートリーないけど、いい?」

『勿論!』

「なら…一緒に、優勝を目指そうか二人共」

 

にっ、と笑みを浮かべる私。二人は私のその反応を待ってましたと言わんばかりに顔をほころばせ、一緒に頑張ろう、と紅茶に伸ばしかけていた私の手を握ってくる。そんな二人に私は「これじゃ飲めないよ…」と苦笑い混じりの言葉を……

 

「…ってこれ、よく見たら受付期間終わってるじゃん!?何この肩透かし展開!」

「あ、それなら大丈夫。もうエントリーしてあるから」

「そっかぁ、なら安心……一人足りてないのにエントリーしたの!?よくそんな事したね!?」

「ふっ、なぁに…分の悪い賭けは嫌いじゃないのさ」

「ここぞとばかりに前作で言えなかったパロディしたね!でもこういうのは分の悪い賭けじゃなくてただの無策って言うんだからね!?」

 

スポーツ物なんかで試合が決まってから足りないメンバー集めする展開は偶に見るけど…料理大会で見るなんて思いもよらなかった。見られたところで何にも嬉しくないし、むしろこの二人への不安が生まれただけだったけど。

 

「まぁ、いいや…えぇと、開催日は……」

『明日だ(よ・ぞ)』

「ギリギリ過ぎる!?」

 

かくして、戦闘紛いの雪合戦をしたり、魔導書によって次元を超えた絆を紡いだりした日の翌日に私は料理大会に出場する事になった。……あれ?なんか平和になる前より日常が騒がしくなってない?

 

 

 

 

「さぁ、制限時間も残り半分を切った!紳士淑女の諸君が作る料理は一体どんなものになるでしょうか!」

 

料理台が幾つも用意された特設ステージと観客席に響く司会者の声。その声を耳にしながら私は…自分の担当である、デザートに熱を入れる。

 

「ここで改めてルールの説明をしましょう!これは三人一組のチーム勝負!全チーム共通の材料と調味料を使い、主食担当主菜担当デザート担当でそれぞれ作っていくのが鉄則!副菜はどうしたとか汁物も欲しいなぁとかそんな事は言いっこなしだ!」

 

妙にテンション高い司会の説明に観客席は勿論、私達参加者からも笑いが漏れる。…っていうか、そこ突いていいんだ…暗黙の了解で触れずにいるべきだと結構な人(私含む)が思ってただろうに…。

 

「続いて三人の判定員の紹介です!まずは、言わずと知れた名料理人、トンデモシェフさん!」

「…………」

「…と、トンデモシェフさん…?」

「…………」

「……あ、ありがとうございます!噂通りの無口っぷりに、私も皆さんもびっくりです!」

((ほんとにびっくりだよ……))

 

割とどうでもいいところでその場にいた全員の心がシンクロする。…よくこんな無口な人を判定員に選んだなぁ…。

 

「二人目はこの方!仮面を被り豚としての人生を歩むある種の新人類の一人、らんらんさん!」

「んほー!らんらん豚だからよく分からないけど頑張るー」

「よく分からないのに判定員に慣れた事に驚きだぜ!そして三人目!名前の時点で既に美味しそう!我らがホワイトハート様の侍女ことフィナンシェさん!」

「あ、えと、宜しくお願いします!」

「経歴の割には前二人よりよっぽどまともそうで助かります!以上の三人が判定員だ!技術で狙うも良し、三人の好みを上手く突くのも良し、参加者の皆さんの判断力も試されるところですね!」

「…まさかフィナンシェさんが判定員の一人とは…」

「どういう技術で選んでるんだろうね」

「下手に美食家が判定員になるよりは気楽じゃないか」

 

色々と突っ込みたいところはあるけど…MAGES.の言う通りだった。幸い他の参加者も決してプロの様じゃないけど…こちらもアマチュアである以上、判定員が高級料理に慣れている人でないのはありがたい。……まぁ、トンデモな人だったり豚仮面だったり女神の言動に着いてこれる人だったりだからイマイチ安心は出来ないけど。

 

「…ふむ、私の方は揚がり次第完成だ」

「あたしも後は盛り付けかな」

「…さてと、まずは食材を洗って……」

『今!?今更!?』

「…というのは数十分前の話。今はオーブン待ちだよ」

「わ、悪い冗談は止めてくれ…」

 

私達は、ファルコムが主食、MAGES.が主菜、私がデザート担当としていた。二人共一人旅の経験があるからか以外と料理が上手で、ぱっと見この中じゃ一番料理出来そうな私が実のところ一番料理が下手だった。…あ、あくまで比較的だよ!?少しなら私だって料理出来るんだからね!

 

「でもまぁ、これなら制限時間内に完成しないという事はなさそうだね」

「あぁ、では私は判定員に幻惑魔法をかけておくとしよう」

「OK、あたしも冒険で培った……いや駄目だよ!?不正はいけないよ!」

「といいつつ乗りかけていたなファルコムよ…」

「あはは、冗談だよ冗談……」

 

私がオーブンを開ける最中、二人はそんな会話をしていた。……大丈夫だよね?実はもう何か仕込み済みとかないよね?

それから十数分後。最後の味見をしたり、盛り付けたりして私達は料理の最終準備を済ませた。流石にこの段階となると他のチームを次々と完成させる為、特設ステージは様々な料理の匂いで賑やかになっていく。……え、料理風景の描写?またまたぁ、料理メインの作品ならともかく、バトルとラブコメがメインの作品で料理風景なんて滅多にないでしょ?もー、期待し過ぎだよ?

そして……

 

「ファイブ!フォー!スリー!ツー!ワーン!制限時間内終了っ!もう完成していようがしてまいが調理は終了!ルール違反はその時点で失格です!」

 

司会者のアナウンスと同時に運営委員がそれぞれの料理台へ料理を回収しに来る。会場全体が一体どこが高得点を取るのかな、まさかこんな場でルール違反するチームなんかないよね…という雰囲気になる中、その報告は上がった。

 

「…えー、残念ながら一チーム、ルール違反がありました」

「あら…自前の食材持って来ちゃったとかかな?」

「もしかしたら、完成品を持って来てたとかだったりして…」

「主食主菜デザートの三品のルールに反し、お弁当を三つ作ってしまったチームがありました。誠に残念です」

『何故にお弁当!?』

 

私達三人は勿論、会場の各所から突っ込みが飛ぶ。なんでお弁当なんか…制限時間中も説明あったじゃん…お弁当ならそれぞれの中身寄せ集めて取り敢えず三品でっち上げる事も出来たじゃん……何だろう、三人で料理で競い合いって事でチーム天音が混じっちゃったのかな…。

 

「こほん。では気を取り直し、判定タイムといきましょうか!まずはエントリーナンバー1番、イクメンズ!料理はカレーにハンバーグにフルーチェ!イクメンズの名前通り、子供の喜びそうなラインナップですねぇ!」

 

料理が三人の判定員の所に運ばれると同時に、父親らしき三人が並ぶ。カレーとハンバーグが同時に出たら子供の胃には辛いんじゃないかとかフルーチェは料理と呼べるのかとか色々思うところはあったけど、トップバッターとして中々良さそうだった。

 

「…………」

「思ってたより肉が柔らかいの〜」

「フルーチェって美味しいですよね。しかし何故フルーチェまで食材のラインナップの中に…」

 

三者三様の反応を見せながら料理を食す判定員。ただ、悲しいかな。三人共食レポ経験もバラエティ経験も殆どないからか食事中の絵面は…地味だった。

 

「お次はエントリーナンバー2番、ファーストフード同好会!料理はハンバーガーに骨つきチキンにシェイク!1番から引き続き、なにか妙に肉が多い!カレーにも肉が入っていたのでデザート以外全部お肉入ってます!」

 

いやそんなの知らんがな…みたいな顔してならぶ同好会の方々。判定員の三人も『あれ、これまさか今後も結構な割合で肉来るんじゃ…?』と不安そうにしている(トンデモさんはよく分からないし、豚仮面さんは仮面だからそもそも表情見えないけど)。

 

「…………」

「まさか雪国の屋外でアイス系を食すとは思わなかった…」

「ハンバーガーも中々良いですね、ちょっと好きかもしれません」

 

またも三者三様の反応を見せる判定員。元々トークも殆どないからか、観客の興味は次第にらんらんさんが仮面を着けたままどう食べるか(何故かよく見えない)と、ちょっと愛らしいフィナンシェさんの食べ方に移っていく。…これ、色々と制作サイド詰めが甘くない……?

そして約十分後、ついに私達の番になる。2番以降の人達は…いいよね、別に。

 

「ここで遂に大物の登場!エントリーナンバー6番、G・F・I!皆さんご存知の英雄の内の三人!」

「わ、こんな紹介されるなんて…」

「私はちょっと慣れてたり……うん?G・F・『I』?チーム名って……」

 

名前自体は分かる。三人の名前の頭文字を使うという定番のパターンだという事に疑問はないけれど……

 

「……チーム名って、エントリーの時に伝えるんだよね?じゃあこれってまさか…」

「予知能力だ」

「嘘ぉ!?」

「あ、これはほんとに偶然だよ?」

「だ、だよね…いや偶然でも凄い!むしろ偶然なら尚更凄いんだけど!?」

「あ、あのー…」

「あ、すいません……」

 

まだ私達の番だったという事を思い出し、黙って所定の位置に並ぶ私達。司会者さんの言葉もそこで再開される。

 

「ごほん、料理はパスタ--------」

「パスタはパスタでも、一本気パスタだよ!」

「あ、はい…一本気パスタに唐揚げ、そして何とフィナンシェです!主食と主菜は何か知ってる人にはあぁ、と思える品、デザートに至っては判定員の一人の名前と同じものというギャンブル選択!これは色々と楽しみです!」

「…………」

「もぐもぐ…元ネタと違って普通に美味しいの」

「ふっ、わたしがいると分かってのフィナンシェですか……わたし、誰か一人はやってくれる筈って楽しみにしてたんです!」

(フィナンシェさんならそういうと思ったっ!)

 

ぐっ、と小さくガッツポーズを取る私。ファルコムはそのままネタを、MAGES.も元ネタによる前振りで不安にさせておいて実は美味しいという策を労した事で判定員からの評価は高い様だった。…色々とメタい気もするけど…いいよね、うん。

そこからまた十数分後。エントリーした全チームの実食が終わり。判定員三人による審議が開始される。…と、言っても……

 

「…………」

「らんらんもうお腹一杯よ〜」

「こ、この二人とどう話し合えと……?」

 

審議はずっとこんな調子だった。これにはもう、全員が「えぇー……」である。

ただそれでもぐたぐだエンドは不味いと分かっているのか、何とか決める三人。それを代表であるトンデモシェフさんが司会者に伝え(は、話したのかな?)、満を持してステージの中央に立つ。

 

「どちらかというと悪い意味でぐだっていた本大会も遂に決着!優勝チームの発表です!」

『…………!』

「…チームイクメンズ!」

『……!?』

「…は努力賞です!」

『努力賞!?』

 

ずだーん、と一気に数十人がコケる。まさかのとんだ引っ掛けだった。特にショックを受けていたのがイクメンズの方々で、見るからに落ち込んでいる。…こんな酷い持ち上げと落っことしが日常にあるのだろうか……。

 

「はい、続いてやや優秀賞!チームJK!」

『やや!?』

「更に頑張ったで賞はチーム老人会!」

『どんどん賞が適当になっている!?』

「それとおまけに最優秀賞はチームG・F・I!」

『ここにきて真面目!……うん?』

「ついでに惜しいで賞はチームファーストフード同好会!」

『だから適当過ぎる!』

「……っていやいやいや!最優秀賞の扱い軽くない!?ちょっ、どんな状況になってるのこれ!?」

 

次々と賞と言う名のボケが飛び、それなりに突っ込みの素養のある人達による迎撃的突っ込みが応戦するというとんでもない状況になってしまった。もう既に料理大会ではない。……あ、因みに最後の突っ込みは私だよ。

 

「さぁ?ではまた来てほしいで賞--------」

「だからどんな状況!?ぐだりにも程があるんですけど!?」

「…だって、判定員さん達の総意が出来れば全チームに賞をあげたいってものだったんですよ。だから私が即興で色々考えて……」

『司会者さん凄い良い人だった!?なんかごめんなさい!』

 

遂にその場にいる過半数による突っ込みと化した。何だっけこれ、お笑い大会だっけ?

とまぁなんだか本当によく分からなくなってしまった料理大会だけど、各チームの『賞はいいから、気持ちだけで十分だからちゃんと優勝チームを表彰してあげてほしい』という意見によりなんとか収束し、私達が表彰を迎えるに至った。そう、微妙に波乱の料理大会は、私達の優勝で幕を閉じたのである!

 

「…イリゼさん、ちょっと地の文に熱入ってるね」

「ほ、ほら…終わりだけでもぴしっと終わらせたくて…」

「終始ぐたぐだだったが…皆と旅をしていた時の様で中々面白かったじゃないか」

「あ、それはあたしも思ったかな。優勝も出来たし万々歳だよ」

「……それは、まぁ…私も思ったけどね」

 

緩くて、ぐたぐだで、締まりがない。確かにそれは、皆との冒険中によくある事だった。それが良い事かどうかはさておき…楽しい時間だった事は、間違いない…と思う。

そんな思いを胸に抱きながら、ついでに臨時収入も抱きながら、私はルウィーを離れる前にもう一度位は会おうと約束した後に、ファルコムとMAGES.と別れてルウィーの教会へと戻るのだった。

 

 

……何か良い話風にまとめてるけど、料理大会が凄まじくしょうもない感じだった事は…否定出来ないよね…。




今回のパロディ解説

・分の悪い賭けは嫌いじゃない
スーパーロボット大戦シリーズの主人公の一人、キョウスケ・ナンブの名台詞の一つのパロディ。これは元々OAにてカットされた、MAGES.のパロディ発言だったりします。

・魔導書によって次元を超えた絆を紡いだ〜〜
グリモワールofネプテューヌ主人公、ディール視点のとある地の文のパロディ。二次創作のパロディをしたって良いじゃない。…い、良いんですよね…?

・チーム天音
アンジュヴィエルジュのアニメ版及びアプリ版に登場する六人チームの名前。さて、作中の三人は地球人と吸血鬼とアンドロイドだったのでしょうか…?

・一本気パスタ
空の軌跡シリーズに登場する料理の一つ。原作では回復アイテムとして使えるので、もしかしたら判定員の三人は食べながらHPが回復してたかもしれませんね。

・元ネタによる前振りで不安にさせておいて〜〜
STEINS;GATEにおける料理関連のネタのパロディ。元ネタの作品のヒロインの内の二人が料理下手だからと言って、MAGES.も料理下手とは限りません。……多分。


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第八話 ルウィー、職員の日常編

ルウィー教会に、お客が来た。それは何ら変な事ではないし、むしろ全く人が寄り付かなくなったらそれは間違いなく大問題。

でも、世の中何にでも例外はあるし、但し書きしておきたい状況というのも存在する。例えば……そのお客というのが、変態だった場合とか。

 

 

 

 

「……誰か、代わりに行ってきて頂戴」

 

私がルウィーに来てから数日経った、ある日。ルウィー教会の主要人物(と私)を執務室に呼んだブランは、いつになく深刻そうな顔でそう言った。

もしこの状況を何も知らない人が見たら、国家クラスの危機か超極秘の会議かと思うだろうね。でも、違う。そんな大それた事ではない……けど、事情を知る者からすれば納得出来ない事もない事態。そう……

 

「…出来ればわたしはあの兄弟と顔を合わせたくないわ」

 

ルウィー教会に、兄弟がやって来たのだった。

 

「兄弟……?」

「だれそれ、おねえちゃんのお友達?」

「知り合いだけど友達ではないわ…」

 

状況を全く理解していない…というか状況に適してすらいない子が二名。言わずもがなのロムちゃんとラムちゃんだけど…一体この二人は誰が呼んだんだろう?大方兄弟から遠ざける為か単なるノリかだろうけど…。

 

「…一応訊くけど、行きたい人はいる?」

『…………』

「まぁ、そうよね…」

 

一斉に目を逸らす私達。私は勿論、ブランの信者である教会の人間ですらこの反応だった。…いや、うん。あの二人が悪人じゃない事も女神や国の為に危険を冒してくれた事も知ってるよ?知ってるけど……前作を読んで下さった方々なら、分かるよね…?

 

「…はぁ……ガナッシュ、貴方はどう?同じ男であれば彼等のキツさもまだマシでしょう?」

「わ、私ですか?…出来れば断りたいですね。ホワイトハート様がどうしてもというならともかく「どうしてもよ」速攻で言いましたね!普通『そこまでじゃないけど…』や『そんなに嫌?』と言うところでいきなり言いましたね!」

 

最初に白羽の矢が立ったのはガナッシュさん。しかもブランらしからぬ台詞割り込みボケをかまされたせいで軽く動揺している。……後、激しくどうでもいいしブラン一筋だろうから問題ないんだろうけど、そこまで広い訳じゃない部屋で彼はハーレム状態になっていた。

 

「えぇ……はぁ、そんなに嫌?」

「やっつけ具合が酷いですね…そりゃ嫌ですよ。私と彼等は相容れない存在ですから」

「相変わらずね、その点は…」

「相変わらず、ですか…別に私は彼等の趣味を否定するつもりはありませんよ?胸の豊かな女性を好むのは男として間違っている訳ではありませんし、私も別に胸の豊かな女性を嫌っている訳ではありませんから。しかしですねホワイトハート様、私は彼等がだからといってホワイトハート様や貴女の様な胸の慎ましやかな女性を蔑ろにするのが許せないのです。確かに劣る点はあるでしょう、しかしその分慎ましいからこその魅力もあるのです。いや、慎ましい事自体に魅力があるのです。例えるならば……」

「も、もういい、お前の意思はよく伝わったからその辺にしてくれ…頼む……」

「そういうのであれば、仕方ありませんね」

 

チャッ、と眼鏡を中指で軽く上げつつ口を閉じるガナッシュさん。……あぁ、この人も大分拗らせてるなぁ…元からな気もするけど。

 

「…ミナ、頼まれてくれない?」

「わたしもあの方々は苦手です…というか、その……」

「……?」

「…万が一、彼等がブラン様を侮辱した場合…それが、ブラン様を対象にしていなかったとしても、わたしは彼等を煤塵にしてしまうかもしれません…」

『…………』

「……あ、ご、ごめんなさい冗談です!わたしそこまで衝動的じゃないですからね!?」

 

普段の気弱な良識人的キャラからかけ離れた今の発言に無言の驚愕を隠せない私達。…と思いきや、冗談らしかった。普段冗談を言わない人や突っ込みのイメージが強い人がボケをかますと…しかもそれが結構キツい奴だと、高確率でこうなってしまう。…私も前は時々こういう事あったなぁ……。

 

「じょ、冗談なら良かったわ…じゃあ、嫌なのは?それは本心?」

「あ、はい…わたしは性格的に、二人と三人で接するのは大変だと思うんです……」

「確かに、ミナ様の性格ですと場合によってはブラン様以上に負担を感じるかもしれません」

「…そうね、分かったわ」

 

自らがよく知る教祖と侍女の言葉は無下に出来ない、と言った様子でミナさんの拒否を認めるブラン。そして彼女はまた次の相手に目を向ける。その視線の先にいるのは……

 

「…普通ここで私に頼る……?」

 

私だった。いや、まぁ…話が始まった時点で選択肢に入っているんだろうなぁとは思っていたし、ブランに比べればまだ私は二人への嫌悪感が少な……

 

「…主人公且つ貴女視点なのに、今回今に至ってやっと口開いたわね」

「あ、そこ気にするんだ…いいじゃん別に…」

「ま、そうね。それでどうなの?イリゼなら貶される事はないと思うけど」

「それはそうだけど…そもそもの事、一つ言っていい?」

「何かしら?」

「……兄弟さん達はさ、リーンボックスからの使者として来てるんだよね?じゃ、私が出るのは御門違いだし…外交的にも宜しくないよ?」

「……ぶー…」

「頬膨らませても駄目!っていうかそんな柄でもない事したら……あぁほらガナッシュさん見た事もない笑み浮かべちゃったじゃん!」

 

THE・イケメンスマイルを浮かべるガナッシュさんを示しながら突っ込む私。全くもう、ガナッシュさんにしても兄弟の二人もいい笑みを尖り過ぎた趣味関連の時しか見せないもんだから困る!この笑みに普通の女の子が騙されたらどうするの!?……じゃない、ガナッシュさんもアレだけど今回の問題源はそこじゃない…。

 

「…こほん。これは私的な事じゃなくて公務関連の様だから私が対応したら不味い、OK?」

「…OK、というかイリゼに関しては試しに言ってみただけよ」

「え、わざわざここに呼んだのに?ほんとに試しになの?」

「さて、そうなると後残っているのは…」

「ちょっ…解答拒否ですか……」

 

ブランの言葉を受けて、残った最後の一人であるフィナンシェさんに視線が集まる。当のフィナンシェさんもこの会話の流れなら早かれ遅かれ自分に番が回ってくると分かっていたのか、皆の視線を受けてゆっくりと頷き……

 

「いいですよ」

「フィナンシェ、多分貴女はわたしと同じ側だろうから楽ではないと思うけど……え、いいの?」

「はい、構いませんよ」

 

けろっと了承するフィナンシェさんにブランどころか私達全員がぽかーんとしてしまう。……あ、あれ?フィナンシェさんって実は着痩せするタイプとかじゃないよね…?

 

「え、っと…フィナンシェ、それはどういう事なの…?…もしかして、貴女って虐げられて興奮する類いの人だったり…」

「しませんよ!?ブラン様は自分の侍女を何だと思ってるんですか!?」

「そ、そうよね…でもわたし達が疑問を抱いているのは分かるでしょう?」

「それは、まぁ…でも、単にわたしは苦手じゃないってだけですよ?あの性格に関してはわたしもどうかとは思っていますけど…」

 

求めているよりも大分大雑把な説明だったせいで相変わらずぽかんとしてる私達。対してフィナンシェさんは更に細かく説明するつもりは無かったのか、ブランに自分で良いのか確認をとってその後すぐに行ってしまう。……皆で仲良く頭の上にクエスチョンマークを浮かべてる私達を置き去りにして。

 

「い、行っちゃった…フィナンシェさん……」

「わたしも彼女との付き合いはまぁまぁ長いですが…今に至るまでずっと苦手かと思っていました…」

「わたしもよ…でも、考えてみると確かに前からフィナンシェは兄弟と比較的普通に接していた気がするわ…」

「では、ホワイトハート様の為に痩せ我慢をしていた、という線は消えますね…」

 

フィナンシェさんが部屋を出てから十数秒後、思い思いに言葉を発しながら思考を巡らせ始める私達。まず思い付くのは巨乳好きという要素を覆す程に強い別の要素がある、という可能性だけど…とてもそうは思えない。ただの巨乳好きではない事は重々承知だけど、だとしても異常な程巨乳に魅力を感じている彼等がそれ以上の要素を持っているとは考えられない。

全員それっぽい事を思い付かず、数分後には黙り込んでしまう。

そんな時だった。最も簡単で…ちょっと引け目を感じる、その方法を口にする者が現れたのは。

 

「ねー、そんなに気になるならのぞけばいいんじゃない?」

「ひゃっぷんは、いっぷんにしかず…」

 

ソファに並んで座って足をぷらぷらさせていた二人が、何の気なしに言ったであろうその言葉。その言葉に、私達は心の中でこう思った。--------それだ!…と。

 

「まさか、今までほぼ無参加だった二人が名案を出してくれるなんて…」

「名案というか、変に考えだしたせいで逆に思い付かなかった方法ね…後ロム、それを言うなら百聞は一見にしかずよだし前半がやや今の状況とミスマッチよ。でも、諺を知っていたのは偉いわ」

「えへへ……」

「し、しかし覗くのいうのはあまり宜しくない気が…」

「…彼等は色々と性格に難のある人間。覗くのではなく、フィナンシェさんの安否を確認するのですよ、ミナ様」

 

キラリ、と眼鏡を光らせながらそんな事を言うガナッシュさん。いや性格云々は他人の事言えないでしょうとか流石何度も私達嵌めただけあってズル賢い!とか色々思ったけど……私とブランは心の中でサムズアップをした。人も女神も大義名分さえあれば案外動けるもんね。

 

「じゃあ、早速行くとしましょ」

「わたし達も行くー!」

「貴女達はちょっと…二人はここで待っていて。戸棚に入ってる飴は食べていいから」

「え、ほんと?」

「じゃあ、待つ……」

 

殆ど逡巡もなく戸棚へと駆け寄る二人を尻目に執務室を出る私達。…姉が幼い妹をあんな形であしらっていいの?とは誰も聞かない。

 

「フィナンシェさんが出てから約数分…まだ話の途中ですよね?」

「真面目な話を持ってきたのであれば、多分そうじゃないですか?」

「…あの二人、真面目な話出来るのでしょうか……」

 

ミナさんの言葉に「あー……」みたいな顔をする私達。再三言うけど、あの二人は変態だからね。こう思っちゃうのは仕方のない事なんだよね。

そして……

 

「…着いたわね…ここからは音を立てない様に。可能なら気配スキルを10まで上げるか漆黒の射手さんに弟子入りする事。良い?」

「隠密行動しろって事ね、了解…」

 

無駄に回りくどい指示を受けて、応接室の扉の周りに集中する私達。そこでブランがゆっくり、ちょっぴりと扉を開け…よくある覗きシーン宜しく、私達四人は連なって覗き始める。

 

「…な訳で、我々としてはこの日程で進めたい」

「勿論まだ決定している訳じゃないけどね」

「分かってます。後程ブラン様に確認は取りますけど…多分これなら大丈夫だと思いますよ?」

 

 

((ま…真面目な話してる……!))

 

早速衝撃を受ける私達。巨乳の人が応接に来なかった事を嘆くでもなく、胸の豊かな女性の良さを語るでもなく、なにかの日程について真面目に報告をしている兄弟の二人は……え、誰それ状態だった。

 

(あれは多分、魔導具研究関連の事ね…でもまさかこんな光景を見られるとは…)

(ほんとにフィナンシェさん嫌そうな表情してない…ま、まともな会話だから…?)

 

声には出さないものの、私達は驚きを隠せない。ミナさんのとんでも発言といいフィナンシェさんの即了承といい、どうも今日は驚く事が多い。カルチャーショックポイント貯まっちゃうなぁ。

 

「それと、国家間の移動が楽になった弊害か、軽装でルウィーに向かって気温差にやられる者が増えているらしい。そちらに何か手はあるかい?」

「一応空港や国境管理局に渡航者に注意喚起してもらってはいますが…やっぱりそれは個々人に気を付けてもらうしか…」

「ま、国が人を守るのは当然の事だけど、自らで何とか出来る範囲の事を人がするのも当然の事だからね。ブラン様にも程々で良いと伝えてくれればいいよ」

「そうします。ブラン様の気苦労は増やしたくありませんから」

 

淡々と進む三人の会話。仕事上の会話なんだからそれで良いんだけど…私達としては、拍子抜けもいいところだった。本当に、フィナンシェさんと会話をしているのは兄弟の二人なのだろうか…。

 

「…ど、どうしようかブラン…」

「ブラン様、わたし段々罪悪感が…」

「わたしもよ…これ以上覗いてても仕方ないし、そろそろ止めに--------」

 

兄弟の二人が何をしでかすか分からないから、というのが私達の大義名分だった以上、真面目な話をされてしまってはミナさんの言う通り罪悪感を感じてしまう。また、罪悪感云々以前に覗きというのは失礼な行為だという事もあり、この場でのリーダー格であるブランが終了の合図を出そうとした。

--------その時だった。

 

「…我等が離れて暫く経つが、今の生活には慣れたかい?」

 

兄の方から、恐らく彼的には何の気なしに言ったであろう言葉が放たれる。

別に、その言葉自体はそこまで特異という訳ではない。……それを言う兄の顔が、親密な者に対するそれであった事以外は。

しかも、それだけでは終わらない。

 

「ふふっ、わたしだってもう大人だよ?慣れたし心配は無用だからね?」

「本当かい?常識人過ぎるきらいのあるフィナンシェには大変な職場だろう?」

「この仕事に就く前からの知人である二人が女神様達や教祖様達にも負けず劣らずの尖った人間なんだけどね…」

「ふっ、それはその通りだな」

「これは一本取られたね、兄者」

 

敬語が抜け、いつになく楽しげに話すフィナンシェさんと、巨乳の女性に見せるのとはまた別の…しかしそれにも劣らないであろう表情を浮かべる兄弟の二人。……え、は?はい?うぇぇ?

 

「ど、どどどどういう事ですかホワイトハート様?」

「そ、そうだよブラン。ここにきてこんな展開なんてあり得る?」

「し、静かに二人共…わたしだって訳が分からないわ……」

 

またまた私達は驚愕を隠せない。対して部屋内の三人はそんな私達の様子も知らず(というか知る訳がないんだけど)に……それこそ、昔からの仲の如く雑談を続ける。

当然、去ろうとしていた数十秒前とは打って変わって目が離せなくなる私達。この三人はどういう関係なんだとか、こういう関係があるからフィナンシェさんは嫌がらなかったのかとか様々な憶測が私達の頭の中を飛び交う。それこそ、二人の動向への注意が散漫になってしまう程度には。

 

「…じゃあ、そろそろ我々は帰るとしよう」

「あくまで仕事で来たからね。長居をするとベール様に怒られてしまう」

「そっか…玄関まで送った方がいいかな?」

「いいや、気持ちだけで十分さ」

 

そう言って二人は立ち上がり、扉の方…つまり、私達がいる方に身体を向ける。

そうなれば慌てるのは勿論私達。ヤバいヤバいと思いながら…でもそれぞれそれなりに戦場や窮地を経験してきただけあって、大きな音などは立てずに執務室へと撤退する。

幸いにも気付かれる事なく執務室まで戻ってこられた私達。……因みに…

 

「それじゃあね、フィナンシェ」

「うん、二人も帰りは気を付けてね」

「それこそ心配無用だ。…もし何かあれば、いつでも我々と頼るといい」

「相談位なら、僕達はいつでも乗ってあげるからね」

「へ……?…う、うん……」

 

部屋から出る間際、兄弟の二人が振り向いてフィナンシェさんの頭を軽く撫で、しかもそれを受けたフィナンシェさんはまんざらでもなさそうな表情を浮かべていたらしい…。

 

 

 

 

ルウィーでの滞在は、約一週間というところだった。監査から始まって、双子と遊んだり散歩の挙句料理大会に出たり、フィナンシェさんの意外な一面を知ったり…それに、別次元の友達との日々もあったから、体感的には一週間どころじゃないかな。

 

「…お疲れ様とこれから頑張って、どっちがこの場合適切なのかしら?」

「どっちも合ってるから、両方言えば良いんじゃないかな?」

 

ブランとミナさんにお見送りをしてもらっている私。某兄弟と違って私はお見送りしてくれるならしてほしいと思うタイプなんだよね。

 

「お次はどこへ行かれるんですか?」

「あー…ええと、どこ行くか言うと先に情報流される可能性あるのでそれはちょっと…」

「そ、それもそうですね…失礼しました…」

「私達と違って何年も女神の仕事している訳じゃないのに、ほんとそこら辺ちゃんとしてるのね」

「そこら辺はもう一人の私に感謝かな。それにこれは女神の仕事かどうか微妙だし…」

 

これから私はルウィーを去るけど、監査の仕事は四ヶ国全てが対象な以上まだ仕事が終わったとは言えない。と、そこで……

 

「あ、やっほーイリゼさん」

「どうやら間に合った様だな」

「ファルコムにMAGES.?あれ、どうしてここに…」

「言ったでしょ、去る前にもう一度会おうって」

「何故いつ去るか分かったのか、だと?ふふ、それは天の導きというものさ」

 

ひょっこり姿を現わす二人。ファルコムはともかくMAGES.の台詞は色々突っ込みどころがあったけど…似た様な事が料理大会の時にもあったからそこはスルー。

 

「二人共…ありがとね、お見送り来てくれて」

「勿論だよ。…あ、ブランさん後で書庫にお邪魔してもいいかな?冒険記があれば読みたくて…」

「私も良いだろうか?ルウィーの教会書庫ならば、魔術の本にも事欠かないだろう?」

「え…まさか二人、私のお見送りはついでじゃないでしょうねぇ!?」

 

数秒で視線を私からブランに移した二人につい叫ぶ私。こういう扱いは慣れっこだけど、だからってさらっと流せる程私の精神は成熟していない。……これに慣れる事が成長かどうかは激しく怪しいけど。

 

「まさか、だがイリゼもあまり大層な見送りをされても困るだろう?」

「それに、連絡さえ取れれば会うのは難しくないからね」

「それはそうだけど…ねぇ、もしかして私って弄られキャラ…?」

『……え、今更(ですか)?』

 

ブランファルコムMAGES.の三人どころか、ミナさんにもそう言われてしまった。ここまでくると…もう、逆に笑っちゃうよね。逆にちょっと面白いよね。というか、私も半ば分かってたしね。

 

「全くもう……うん、でも確かに今更だね」

「でしょう?それに、弄り弄られがわたし達でしょう?」

「まぁ、ね…じゃ、そろそろ行こうかな。皆もそれぞれやる事とかやりたい事とかあるでしょ?」

 

そう言って私は荷物を持ち直す。正直少し名残惜しくはあるけど…ファルコムの言う通り、会おうと思えば会えるんだもんね、今は。

 

「それじゃ、また来るね」

 

手を振ってくれる皆に私も手を振り、ルウィー教会を後にする。まだまだ特務監査官としての仕事は始まったばかりだし、今後も女神の一緒に旅をした皆に会える筈なんだから、これからも頑張らなきゃね。




今回のパロディ解説

・気配スキル
モンスターハンターシリーズに登場する、ハンターのスキルの一つの事。+10で隠密のスキル発生ですが、一体彼女等の服にはスキルスロットがあるのでしょうか…?

・漆黒の射手さん
千年戦争アイギスシリーズに登場するキャラの一人、漆黒の射手リタの事。彼女の隠密スキルなら確かに見つからなそうですが…弟子入りしてる間に会話終わりますね。

・カルチャーショックポイント
モンスターハンターシリーズスピンオフ、ぽかぽかアイルー村シリーズに登場する要素の一つのパロディ。あのなんとも言えない音は、勿論作中では鳴ってません。


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第九話 ラステイション、監査編

四大陸それぞれに特徴があるのがゲイムギョウ界。ラステイションは工業が盛んだとか、ルウィーは魔法技術が発達しているだとかが分かり易い…というか国を語る上でまず出てくる事だけど、あまり語られない特徴も勿論ある。例を挙げるとすれば…仕事に対する積極性や向上心は、ラステイションが一番高い。

 

「んーと、どれが一番それっぽいかな…?」

 

第二の監査対象国、ラステイションのとある眼鏡屋さんに立ち寄った私。どこかの眼鏡屋さんに立ち寄る予定はあったけど…別に最初からこのお店に来たかった訳じゃない。そんな私がこのお店に立ち寄ったのは……

 

「こちらはどうですか?視界の邪魔にならないって定番なんですよ〜」

 

この、眼鏡屋さんの店員さんの真摯さだった。お客が迷ってる様であれば声をかけ、ただ声をかけるだけでなくお客が知りたい事を的確に教え、その上しつこくならない様に引く時は躊躇わずに引く。買い物において一番重要なのは商品だけど、店員さんやお店の様子も少なからず購買意欲に関係するよね。

 

「あ、確かに見易い…あの、頑丈なのってありますか?普段からかけるつもりはないんですけど、立場柄荒事に関わる事も多くて…」

「女神様ですもんね。でしたらこちらやこちらをお勧めしますよ?」

 

私が要望を伝えると、すぐにそれに合った品を店員さんが出してくれる。それを受け、私は提示された二つを交互にかけてそれぞれのかけ心地を確かめてみる。……これは…。

 

「…どっちもいいかも…この二つの違いって何ですか?」

「こちらはツルの部分が耳に負担をかけないタイプで、軽さにも定評がありますね。で、こちらは耳よりも鼻への負担が小さく、値段も若干お安くなっておりますよ」

「若干お安い……」

 

その言葉につられる私。ぼったくりレベルでさえ無ければ多少高めでも買うつもりはあったけど…店員にも言った通り、普段からかけるつもりはない以上ぶっちゃけちゃえば安かろう悪かろうでもそこまで問題はない。流石に欠陥品だったり非合法だったりするのは不味いけど、真面目さと厳しさに定評のあるノワールのお膝元、ラステイションの大通りに店舗を構えるお店がそんな物を売っているとは思えない。

…と、言う訳で勧められた二つの内の後者を購入する事に決めた私。もう少し考えてもよかったけど…こんなシーン長々とやったってウケるとは思えないもんね。

 

「お買い上げありがとうございます!またのご来店、心よりお待ちしておりますね」

 

深過ぎず、でも適当には見えない完璧なビジネス的礼をして私を見送る店員さん。多分、暫くは眼鏡屋さんに立ち寄らなきゃいけない事態にはならないと思うなぁ…と、ほんのちょっぴり申し訳ない様な気持ちになりつつ、私は眼鏡屋さんを後にして、次の目的地へと向かう。--------購入したサングラスを荷物の中にしまいながら。

 

 

 

 

「これはユニに渡しておいて頂戴。それと、このクエストの報告もしておいてもらえるかしら?」

 

引き出しから取り出したファイルと書類を別件で私の執務室へと来ていた職員へと渡す。私の言葉を受けた職員がはい、と即答して執務室を出ていくのを見て……私はなんとも言えない満足感を得る。うんうん、こうして女神が職員に指示を出して、それを職員が真面目に遂行する事こそ教会の在るべき姿よね。あのお飾り寸前の状態だった私に未来はこうだって教えてあげたいわ。

……と、思っているとつい先程執務室を出て行った筈の職員が戻ってきた。

 

「……?何?私の渡した物に不都合でもあった?」

「い、いえ。丁度お客様と出会いましたので案内を…」

「そうなのね、ご苦労様。じゃあ部屋に通して頂戴」

 

タイミングが良かったのか悪かったのか、職員は案内を任せられた(または自主的に行った)だけらしかった。…さて、お客って誰かしら…今日そんな予定は無かった筈だけど…。

そう思いながら待つ事約十秒。お客は…何故か入って来ない。

 

「……あら?入っていいのよ?」

 

職員が伝え間違えたのかと思ってもう一度声をかける私。だけどやっぱり入ってくる事はなく、代わりに衣擦れの様な音が聞こえてくる。これは一体……って、まさか…!

 

(…そういう事だったのね…ふふっ、何を考えてるんだかよく分からない奴だけど、段々私も行動が読める様になってきたわ…!)

 

考えてみれば簡単な話。事前連絡が無い時点で仕事関係の人の可能性はほぼゼロ。となると友達(今それも選択肢に無いって思った人、怒るだけで許してあげるから名乗り出なさい)だけど…こんな時聞こえてる筈なのに部屋に入ってこないで、しかもなにかしようとしてる人なんて一人しかいない。そう、そんなのは勿論……

 

 

 

 

「少々もたついてしまってすまない。私はオリジン・バジーナ。……私はかつて、イリゼと呼ばれた事もある女だ…」

 

グラサンノースリーブという出で立ちで執務室へと姿を現した私。前回…ルウィーの時は上手くいかなかったけど、それはきっとそれっぽいマスクを用意しただけというネタの完成度の低さが及ぼした事態。だからグラサン&ノースリーブ服&髪の毛を服の中にしまうという三重の構えを行った今回は成功する筈!

…と、思って執務室に入ったのが数秒前。そして今は……

 

「…はぁぁぁぁ……」

 

驚く程に深いため息を吐かれて、ぽつんとしていた。……あ、あれ?

 

「…ノワールさん?」

「あー…うん、いらっしゃいイリゼ…」

「テンション低い!ノワールにあるまじきテンションの低さだよ!?え、いやどうしたの!?」

 

それはお前だろ、という突っ込みが聞こえてきそう(私ならそう言う)な私だけど、それはともかく異様にノワールのテンションが低い。…というか、こんなテンション大金の入ったお財布や防水性の低い携帯を泥沼にでも落とさない限りならないだろうって位に低い。全く持って不可解な…。

 

「誰のせいだと思ってるのよ誰の…」

「誰のって…え、私のせい?」

「そうよ、はぁ…まさかイリゼだったなんて…」

「…誰か別の人だと思ったの?」

「そうよ、ネ……って、言う訳ないでしょうが!」

 

ぐでーっとテーブルに突っ伏しながら言おうとし…たところでがばっと起き上がるノワール。気付くのが早くて最初の一文字を言うだけに留まっていたけど……私とノワールの間柄じゃ、ネが付いて且つこの流れで出てくる様な人物なんて一人しかいない。

 

「…ははーん…そういう事……」

「な、何したり顔してるのよ!」

「別に〜?あ、じゃあ電話で呼んであげよっか?」

「いいから!やらなくていいから!っていうか何しに来たのよ!?」

 

ルウィーで私は弄られキャラって判明したけど、弄られキャラと言えばノワールだよねぇ…なーんて思いながらふざけていた私。そこでノワールに何しに来たんだと言われて、おっとそうだったと思い出す。成否はともかくネタは終わったし、本題に入らないと……でも、その前に。

 

「…服、着替えてもいい?」

「いやそれは勝手にすればいいけど…あれ、さっきの衣擦れの音って…」

「あ、それは私がこのノースリーブ着てた音だろうね」

「……教会の廊下で上半身下着姿になったの…?」

「い、いやいや…ほら、下にチューブトップ着てるよ?」

「あそう…後ろ向いていた方がいいわよね?」

「お願いするよ、女の子同士とはいえ着替えを見つめられるのは困るし」

 

そう言いながら私はノースリーブを脱ぎ、チューブトップ姿になった後に普段着に着替える。短時間ながらチューブトップ姿になったけど、ヘソ出しスタイルじゃないから見た目的にもセーフだよね?ノワールも肩や背中が大胆に見えるファッションだしさ。

 

「これでよし、と。サングラスってかけると結構視界変わるものなんだね」

「無駄に凝った用意してきたわねほんと…で、遊びに来た訳?だったら仕事中だから待って頂戴」

「じゃ、仕事で来たって言ったら?」

「仕事?……そういう事ね、了解よ」

 

なんとなく気だるげだったノワールの雰囲気が少し変わる。それを私は横目に見ながらサングラス含む荷物を脇に置いて、監査の上での注意事項と要望を彼女に伝えた。

さ、お仕事開始だよ。

 

「……収納のお手本、って位きっちりしまってあるね」

「そりゃそうよ。収納でも仕事の手際でも、トップである以上お手本になる様に心がけるべきだもの」

「…ほんと、仕事へのひたむきさだけならノワールは四女神の中でもトップだよ」

「ありがと。でも、『だけ』って言うのは語弊じゃないかしら?」

「……ソ-ダネ-…」

 

死んだ魚の様な目をしながら言葉を返す私。…うん、まぁ…こうも平然と言われるともう指摘しようがないというか…逆にこのキャラを貫いてほしくなるよね。

 

「…ノワール、これは?」

「それはユニに任せてる仕事の一覧ね。ユニが変に気負ったりしない様、進行度合いに合わせて逐一変える必要あるし」

「あ、そう言えば気になってたんだけどさ、ノワールはユニの教育を直接しないの?」

 

ふとした疑問を書類に目を通しながら口にする私。ノワールの事だから甘々な指導はしていないんだろうけど、同時に放任したり他人任せにするとも思えない。ブランはまだそこまで女神としての教育をしてなかったけど…ロムちゃんラムちゃんの精神年齢を考えれば普通だし…。

 

「してるわよ?でも、こういうのって常につきっきりじゃなきゃ不味いのは最初の内だけで、ある程度進んだら出来るだけ一人でやらせるべき事でしょ?」

「それは、まぁ…って事はこっちの方が早いんだ…」

「何と比較して…って、そんなのプラネテューヌしかないか…」

「ユニは覚えるのが早いんだね」

「それは否定しないけど…妹の学習能力より、姉の指導力の問題じゃない?」

「あー……」

 

よく考えてみればネプギアは駄目な子でも不真面目な子でもないし、よく考えなくても双方の姉が教える立場としての能力に差はない…訳がないという事は一目瞭然。……最悪私がネプギアの指導係になろうかな…。

引き出しを一通り見終わった私。そこから続いて棚へ……行く前に、引き出しを揺すったり裏に手を当ててみたりし始める。

 

「…引き出し外したい訳?」

「あぁいや、前回の経験を活かしてるんだよ」

「前回の経験?」

「うん。隠し引き出しがあるかもってね」

 

流石にノワールも自分で書いた同人小説を隠している…なんて事はないと思うけど、単純な性格してないノワールならガサ入れされた時の対策をしておいてもおかしくはない。

……が、残念(?)ながらそれらしきものは見つからなかった。私の見込み違いだったらしい。

 

「…うーん……」

「今度は何よ?まさか監査官として見過ごせないものでもあった?」

「いいや逆…この調子だと何もなく監査が終わりそうで…」

「それでいいじゃない…不正を見つけたい監査官とか逆に信用ならないわよ…」

「…でもさ、ノワール女神だよね?守護女神だよね?」

「えぇ…そうだけど?」

「……終始まともなだけで終わるのって女神と呼べるの…?」

「そんなの……呼べる、って言えないのが悔しい…!」

 

頭を抱えて悔しがるノワール。私はそんなノワールを数秒程見つめた後…私も女神だった事を思い出して同じく頭を抱える。……というか、風評被害受けてるみたいな反応してる私達二人だけど、世間一般からすれば私もノワールも十分まともじゃない側なんだよね…。

 

「…偶にはまともな進み方しても良いのかもしれないね…」

「それで話として成立するなら良いんじゃないかしら…」

「あ、ノワールが珍しくメタ発言を…密かにここからボケに転じようとか思ってる?」

「な訳ないでしょうが…ほらさっさと監査する、じゃなきゃ友達らしいお喋りも出来ないでしょ」

「そうだね……うん?」

「あ……い、今のはイリゼの事を思っての言葉よ!け、決してネプテューヌじゃなかったとはいえ友達が来たのは素直に嬉しいとかじゃないんだからねっ!」

 

顔を真っ赤にして否定なのか肯定なのかよく分からないある種のテンプレ台詞を口にするノワール。そのあまりのツンデレに私は笑えば良いのか愛でれば良いのかちょっと悩み……

 

 

「…うん、監査を手を抜くつもりはないけど、友達と会えて嬉しいのは私も同じだよ」

「……〜〜っ!」

 

取り敢えず、私からも素直な気持ちを口にする事にした。その結果ノワールが余計顔を赤くしたのは……言うまでもない事だよね。

 

「…さてと、それじゃあ棚に移ろうかな」

「い、イリゼは狙わずとんでもない事言うから困るのよ…全くもう…」

「半分位はノワールの身から出た錆でしょ…おや、これは……」

「それは…軍事関係の書類ね」

「うん。へぇ…これがラステイションのマルチプルガーディアン、通称MG……」

「何よ急に説明口調になって…MGの事知ってたのね」

「プラネテューヌでも採用されてるから、ね」

 

監査半分興味半分でMGの項へ目を通す私。私はあくまで知ってるだけで開発サイドの人間じゃないから細かいところまでは分からないけど…どうやらラステイションのものはプラネテューヌのものに比べて堅実性や拡張性を重視している様だった。……男の子ならこういう資料に燃えるんだろうなぁ…。

 

「…これ、私に見せても大丈夫だったの?」

「監査官に隠し事する方が後々こっちの為にならないわよ。……もしこの情報をプラネテューヌの国防軍技術部にでも流そうってなら、私もそれ相応の対処をさせてもらうけど」

「そんな監査官の域を超える様な事はしない…って、言ったら信じてくれる?」

「勿論。仕事も私情も信頼あってこそ、でしょ?」

 

ふっ、と少しだけ頬を緩ませたノワールに、私は「だよね」とそれだけ返す。こういう友達だとか信頼だとかって言葉を普段言いたがらない人がそう言ってくれると、何か嬉しいものがあるよね。

そのままMG、そして軍事関連の書類を確認していく私。それが終わり、次は外交系の書類かな…と思ったところで、ノワールがぽつりと言葉を漏らす。

 

「……皮肉なものよね、これって」

「…皮肉、って?」

「国防軍の事よ。戦争によって解体された軍が、戦争が終わって平和になった事で再編されるなんて…」

「…確かにね。仕方ないとはいえ…ううん、仕方ない事自体が皮肉なものだよ」

 

平和を維持する為には力が必要。これはもう正しいとか間違ってるとかじゃなくて、それこそ『仕方のない』事。…でも、力は平和を崩すものでも、世界を混乱させるものでもある。道具は使い手次第だからこそ、道具に罪は無いとは言うけれど…力は、人を狂わせる魔力があるんだよ、ね。

 

「…いつかは、武器も争いも放棄出来る日が来るのかしら」

「……それは、無理なんじゃないかな。仮に人同士の争いがなくなったとしても、モンスターは人を襲う訳だしさ」

「…じゃあ、モンスターがいなくなったとしたら?」

 

ノワールは、不思議な声音でそういう。これは…きっと、答えを求めてる訳じゃない。少なくとも自分なりの考えがあって、その上で私の考えを聞きたがっている…そんな意思があっての言葉だ。

これについては、私も…恐らくは守護女神の皆が考えているであろう事。だから…半端な言葉も、耳触りのいい言葉でもない、私なりの言葉を口にする。

 

「……無理だよ。人は某超時空生命体宜しく個と集団の境界が無くならない限り争いを根絶する事なんて出来ない。…いや、まだ普通の人は可能性があるかもね」

「…………」

「一番の問題は私達だよ。分かるでしょ?女神は本能的に戦いを好んでるって。だから、それは出来ない。争いを放棄云々以前に、私達女神は武器を捨てる事なんか出来ない。…争いの根絶された世界を目指すなら、私達は癌にしかならないよ」

「……結構、悲壮的なのね」

「自分の事だもん、分かってるよ」

「…そうね、私もそう思うわ。守護者だからこそ、私達は戦いに囚われてるんでしょうね」

 

ノワールは、窓から外を見つめている。そりゃあそうだ、私達の目指したい先が不可能な場所だというだけならともかく、そこに至る上での最大の障害が自分達自身なんて事柄を突きつけられれば、それが例え分かっていた事だとしても気分がいい筈がない。

--------だけど、それで終わるならただの悲壮的な人。だから……私は「でも、」と続ける。

 

「…だからこそさ、出来る事をしたいよね。どうせ武器が捨てられないなら、守護者で在り続ければいい。人が血を、殺しを背負わなきゃいけないならそれは戦いに魅入られてる私達だけで十分。……そうでしょ、ノワール」

「…一つだけ、違うわよ?」

「え……?」

「女神化出来ない今の貴女は、無理してまで戦う必要はない。いや、それ以前に…今の世界を真に守るべき守護者は、私達今の時代の女神よ」

 

私の方を振り向いたノワールは、自信たっぷりな…その裏に、優しさと温かさの隠れたいつもの表情を浮かべていた。

その言葉に、私は友達としての喜びと……仲間としての、ほんの少しの寂しさを感じた。ノワールは私を頼りにしなくなった訳でも侮っている訳でもないという事は分かっているし、女神化出来なくなった私に女神化出来た時と同じ事を求める事の方が間違っている。でも、それでも少しだけ寂しかった。

 

「…頑張ってねノワール。私も、私の出来る形で手伝うからさ」

「えぇ、そのつもりよ。……イリゼ、落ち込んでるんじゃないわよ?」

「別に……落ち込んでなんか…」

「そう?ならいいけど…貴女は私の同志(ライバル)なんだから、どんな事であろうとも私は貴女に負けるつもりはないし…貴女にも、つまらない事で負けてほしくはないわ」

 

それは、ノワールなりのエール。どこまで私の心境を察したのかは分からないけれど、私が気落ちしているのをきっと感じてくれたノワールなりの、私への激励。

そうだ、私は決めたじゃないか。大切な皆の守りたいものを守るって。その思いに嘘偽りはないし、この思いは力があるからこそ抱いたものなんかじゃない。それに……また女神化出来る様になる可能性なら、あの迷宮で示された。だったら…これまで通り、今やっている通り、私に出来る事をすれば良いだけ。…同志(ライバル)にこう言われたんだもん、それに応えないなんて私じゃないよね。

 

「…負けないよ、私は。負けないし…私も、ノワールに負けるつもりはないからね」

「ふふっ、それ位言ってくれなきゃ張り合いがないってものよ。……あ、一応訊くけどネプテューヌと変な事になってたりしてないでしょうね?」

「そんな事……あっ…」

「え……あっ、って何!?何かあったの!?」

「えと…前に電話で、『恋しいの』って言われた……」

「はぁぁっ!?ちょっ、何よそれ!?まさか関係が進展したとかじゃないでしょうね!?ぬ、抜け駆けは禁止だって約束したのに!」

「い、いや違うよ!?あれは私から振ったボケの結果だから!抜け駆けなんてしてないから!後段々隠す気なくなってきたね!?」

「なら最初からそう言いなさいよ!考えてみればこの間柄じゃ隠せる訳ないんだから当然でしょ!…こうなったら、これまでの事を洗いざらいに話してもらうしかないわね…」

「そ、それは出来ればご遠慮願いたい…」

「却下よ却下!ほらさっさと監査終わらせる!」

「少し前『トップである以上お手本になる様心がけるべき』って言ってた人とは思えない発言だね!?」

 

真面目な空気も、ちょっとしんみりした心境も何処へやら。今の私達二人はまるで…年頃の女の子二人そのものだった。

 

 

 

……この後、監査を終わらせた私は本当にノワールから質問攻めにあったんだよね…あはは、はは……。




今回のパロディ解説

・オリジン・バジーナ
機動戦士Zガンダムに登場するメインキャラの一人、クワトロ・バジーナのパロディ。ネプテューヌシリーズのキャラって苗字ない事多いですね、だから何だという話ですが。

・「〜〜私はかつて、イリゼと呼ばれた事もある女だ…」
上記と同様のキャラ、クワトロ・バジーナの名台詞の一つのパロディ。グラサンノースリーブイリゼもチューブトップイリゼも可愛いなぁ…と思う作者だったりします。

・某超時空生命体
マクロスシリーズに登場する宇宙生物、バジュラの事。まぁ少なくとも、バジュラの様になれば不理解や差別による争いは無くなるでしょうね。そんな展開はないですが。


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第十話 ラステイション、候補生交流編

親子愛、姉妹愛、兄弟愛……家族愛と呼ばれるものは世の中に色々あるけれど、私はどれも美しいと思う。夫婦愛だけは例外だけど、それ以外は友達や恋人と違って自らの意思で近付いたり離れたり出来ない、謂わば決められた相手。そんな相手と愛を育めるのは間違いなく素晴らしいと思うし、夫婦愛を含めて同じ相手とずっと愛を持ち続けるというのもまた、お世辞無しに私は尊敬出来る事だと思っている。

……けど、同時に世の中には過ぎたるは猶及ばざるが如し、という言葉もある。早い話が程々が肝心って事だけど…どうやらラステイションにはそれがいまいち分かっていない姉妹がいる様だった……。

 

 

 

 

「え…ユニの仕事の手伝い?」

 

私がラステイション教会の監査をした日の翌日に、ノワールからそんな要望をされた。プラネテューヌ教会職員として働いていた頃(と言っても特務監査官になったのはつい最近だけど)は時々ネプギアの手伝いを行なっていたからやるのは問題ないけど、何故それを私に……って、なんかこの流れルウィーでもあったね。女神と教祖、仕事の手伝いと遊び相手っていう違いはあるけど。

 

「えぇ。勿論手伝いって言っても深い部分まで立ち入ってほしいとは言わないわ。うちの職員じゃないイリゼにそれは無茶って話だし」

「まぁそれはそうだけど…ノワールじゃ駄目なの?手が離せない程仕事溜まってるとかじゃないよね?」

「昨日妹の教育云々の話が出てから思ったのよ、他の人ならぬ他の女神の指導ってどうなんだろうって。そりゃ、私は自分の教育に自信をもってるわよ?けど色んな経験をした方が為になるでしょ?」

「あぁ、そういう…ほんとにノワールはネプテューヌと違うね…」

「……イリゼ、プラネテューヌ帰ったらちゃんとネプギアの事見てあげるのよ?じゃなきゃイストワールの胃に穴が空き兼ねないわ…」

「うん、そうするよ…」

 

ノワールと二人、暫しネプギアの行く末を心配する私。そして数分後、今日の仕事についてノワールから聞きつつ私はユニの執務室へと向かう。

 

「説明は私がするけど…基本は頼むわよ?私がずっと見てるんじゃイリゼもユニも仕事に集中出来ないだろうし」

「多分ユニは私と二人きりだとそれはそれで集中出来ないと思うけどね…」

「大丈夫よ、貴女はまぁまぁ人付き合いが上手い方だろうから」

「そりゃ、ノワールから見たら誰でも人付き合い上手い様に見える……ってごめん、嘘だから。今の言葉訂正するし必要ならきちんと謝罪もするから女神化しようとするのは止めて!?」

 

女神化時特有の光を帯び始めるノワールに慌てて謝る私。うん、今のはやってしまったパターンだね。私、反省します。

 

「全く…ユニの手伝いの時はふざけないでよ?」

「わ、分かってるよ…」

「だといいけど……ここよ」

 

ノワールはそう言いながら立ち止まる。この流れでここ、と言えば件のユニの執務室しかない。……立場や住んでる場所の関係で自然とそれなりに仲良くなれたネプギアや、精神が誰でも接し易い位の年齢であろうロムちゃんラムちゃんと違ってユニにはそんな前提条件がない。…悪い印象持たれない様にしないと……。

 

「入るわよ、ユニ」

 

ノックをしたノワールと共に部屋へと入る私。部屋の中…デスクに座していたユニは手に書類を持った状態だった。当然と言えば当然だけど、仕事中だったみたいだね。

 

「お姉ちゃん…と、イリゼさん?」

「久しぶり、お仕事中邪魔してごめんね」

「そ、それは別にいいですけど…どうしてここに?」

「イリゼにユニの手伝いをしてもらおうと思ったのよ。ユニにとってもいい経験になるでしょ?」

「アタシの…?それは、まぁ…確かにそうかもだけど…」

 

ユニの口ぶりはどうにも歯切れの悪いものだった。…けど、それもきっと仕方のない事。誰だって突然姉の友達(しかも自分とはそこまで親しくない)が仕事の手伝いに来たら戸惑うよね。

 

「ユニ、せっかくイリゼが見てくれるんだからこの機会無駄にしちゃ駄目よ?…あ、でも頼りきりも良くないわ、あくまでユニの仕事はユニの仕事なんだから」

「う、うん…えと、それじゃお姉ちゃんは…?」

「私?私は少ししたら出ていくわよ?見張られてちゃ気まずいだろうし」

「それは…そう、だね…」

 

再び歯切れの悪い返答になるユニ。んーと、これは…見張られる事よりも私と二人きりになる事の方が気まずくなると思ったのかな。だとしたらそれは…まぁ、おおよそ正しい判断だと思う。残念ながら。

とはいえ「やっぱりお手伝い止める!」とはいかないので、ユニの隣に立って手伝いを開始する私。ノワールは数分程で部屋を出てしまった為、早々に私とユニの二人きりになる。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

淡々と仕事を進めるユニと、それを眺める私。私の思っていたよりもユニは優秀らしく、時々手を止めて悩む事はあっても全く手を付けられない、といった様子は一切見せなかった。それはとてもいい事だし、ノワールの教育の方向性が正しかった事の証明でもあるけど……ユニが仕事を問題なく進められるという事は、私が手持ち無沙汰になってしまうという訳で……

 

(うっわどうしよう…物凄く暇だ……そして物凄く気まずい!集中するものが無い分余計気まずい!)

 

私はある種の救いを求める様な目でユニを見る……がそれだけで伝わる筈もなく、というか私が見ているのはユニの後頭部な為そもそも見ている事すら伝わらず、がっくりと項垂れる。…うぅ、私の中で女神候補生絡みの事は安易に受けてはならないという説が出来上がりつつあるよ…。

そんなこんなでただただ突っ立ってるだけの時間が凡そ数十分。色々な心境に耐えかねた私は、ついに口を開く。

 

「…そ、そろそろ休憩したらどうかな!?」

「……へ?」

 

突然、それも休憩に誘うには些か大きい声で言われたせいか、目をぱちくりとさせるユニ。

 

「…えっと…まだアタシは大丈夫ですけど……」

「まぁまぁここは一つどう?ほら、お茶淹れてあげるから」

「そ、そんないいですって!というかお茶汲みをイリゼさんにさせる訳には…!」

 

私が部屋の隅にあったポットと湯飲みを手にしながらそう言った事で、ユニはわたわたと私の所にくる。仕事中のユニと手持ち無沙汰な私なら私が淹れた方がいい…と思ったけど、確かに立場や関係性を考えるとむしろ私が淹れてもらうべきだったかもしれない。…こういう細かな気遣いって、難しいね。

 

「ごめんね、もう淹れちゃった…」

「別に謝らなくても…じゃあ、頂きます…」

 

だいたい部屋の中央に位置する向かい合わせのソファにそれぞれ座り、休憩を入れる私達。…けど、やはり会話は発生しない。

 

「…………」

「…………」

 

お茶を啜る音や湯飲みを置く音ばかりが聞こえる執務室。ユニは無口なのか、私と話したくないのか…というとそんな事はなさそうで、時折私よ方をちらちらと見てくる。

互いに気まずく、何か話したいとは思っているものの…というこの状況。それが数分程続いたところで……私は話す内容が本当になくなった時用の話題、所謂奥の手を…早速切る。

 

「……ね、ユニ…ユニのお姉ちゃんがユニと出会う前の話って興味ある?」

 

ネプギアは姉の事…特に、姉の活躍や力量のよく分かる話を好き好み、私にそれを訊く事も多々あった。こういうのは姉本人には訊いても話してくれないか上手く語れないかだからだろうね。

と、言う訳でそれをユニにも試してみたんだけど、結果……

 

「……!あります!凄くあります!」

 

食い付きは、物凄いものだった。もう餌や釣り針どころか釣り糸すら飲み込みかねないレベルだった。……ここまでの反応されると、逆に『ふぅん、そう。…うん?興味あるかどうか訊いただけだけど?』って返してみたくなるよね。そんな意地の悪い事するつもりはないけど。

 

「それは良かった。じゃあ…どこからがいいかな?」

「えっ、と…その、アタシそういう話全然聞いた事ないのでどこと言われても…」

「あ、そうなのね。だったら…ノワールが高圧的且つ一方的にネプテューヌに喧嘩ふっかけた話からしようか」

「はい!……って、高圧的且つ一方的にネプテューヌさんに喧嘩を……?」

 

興味津々の顔から一転、「え……っ?」って感じの表情を浮かべるユニ。確かにユニが基本接するであろうノワール…つまり普段の彼女は流石にそこまで高飛車ではないから、ユニにとって今から話すノワールというのは姉のまるで知らない一面と言って差し支えない。

 

「もっと正しく言えば、ネプテューヌの要求を飲む事への条件として戦闘を仕掛けてきたって事なんだけどね」

「ネプテューヌさんの要求…?」

「うん、ネプテューヌが記憶喪失なのは知ってるよね?一応記憶が無いって意味では私もなんだけど……」

 

そんな前置きをして私は語り始める。出会いは偶然だった事。ネプテューヌと二人でノワールと戦い、私達が勝った事。その後ノワールは逃げてしまい、ブラックハート=ノワールを知らなかった私達はノワールと仲間になった事。途中ユニの為にノワールの評価が下がる様な事はぼかそうかな…とも思ったけど、ここで嘘を吐いてもその内バレるだろうし、ノワールの事を知りたいなら尚更嘘は吐くべきじゃないと考え、真実を伝える事にした。

仲間(この段階ではまだ同行者?)になり、共にパッセの食堂まで話して一度話を区切る私。決して美談とは言えないノワール関連の話に、ユニは一体どんな反応をするんだろう…と思いつつお茶を一口煽って向き直った私が見たのは、予想を大きく超えるユニのキラキラした瞳だった。

 

「え……あの、ユニ…?」

「凄いなぁお姉ちゃん…イリゼさん、お姉ちゃんはイリゼさんとネプテューヌさんの二人を同時に相手したんですよね?」

「う、うんそうだけど…」

「ですよね!?同格の女神二人を相手にして互角で、途中ネプテューヌさんを跳ね飛ばして、しかもイリゼさんと一対一になった時は殆ど勝ち状態にまで持っていって…わぁぁ……」

 

守りたい、この笑顔…って言いたくなる程に顔を輝かせているユニに、私は何とも言えない気持ちになる。

ユニの表現は間違っていないし、ユニがノワールを尊敬し憧れてるならこんな反応するのも理解出来る。…けど、あの時のネプテューヌはシェア率が最低状態(今も四女神の中じゃビリだけど)だったし、私も私の能力を活かした戦い方を出来ていなかった、こちら側にハンデの大きな状況だったし、何より……

 

「…ネプテューヌが一時離脱したり私が負けかけたのは作戦だから…実際そのおかげでノワールはネプテューヌへの注意が散漫になって油断もしてた訳だし…」

「だけど、手を抜いて戦っていた訳じゃないですよね?」

「そ、それはそうだけど…そういう想定だったっていうか、ね…?」

「ね…?と言われましても……ってあぁ!す、すいません!こんな事言われたら誰だって気分良くないですよね…」

 

私の心境に気付いたユニはぺこぺこと私に謝ってくれる。……けど、そういう反応をされるとそれはそれで自分の大人気なさを実感する事になり、またも私は何とも言えない気持ちに…。…っていやいや、折角話に乗ってくれてるんだから気落ちしてる場合じゃないよ私!

 

「…次、行っていいかな?」

「勿論です!……あ、またごめんなさい…」

「へ?…何が?」

「え……?…今のは某お昼番組みたいに返すべきだったのかと思って…」

「私そんな雑なネタ振りしないから…いや、でも考えてみるとさっきのはネタ振りっぽいか…と、とにかく今のはネタ振りじゃないから大丈夫!」

 

ノリが良いのか悪いのか分からない(単に私に緊張してるだけかも)けれど、とにかく思い出話再開。私の知る限りでの私達とノワールとの出来事を話していく。

最初は出来心…というよりも気まずい雰囲気を何とかする為に始めたノワール話。……でも、そのせいで私はユニの思いもよらぬ一面を知る事になる…。

 

 

 

 

「そこでノワールとネプテューヌが女神化状態としては初めての共闘でキラーマシンを圧倒して「即興で連携を…お姉ちゃん凄い…!」」

 

 

「ネプテューヌが調子に乗ってベールとブランとの同盟を組んだ、ってドッキリを仕掛けた時にはノワールがそれを信じちゃって、しかもそこで女神化したから執務室内で大立ち回りする事に「って事は一対三…イリゼさんがネプテューヌさん達と一緒にいる事を考えれば一対四…!お姉ちゃんはストライクのパイロットばりに奮闘してたんですね!」」

 

 

「杖を刃ごと一気に両断したネプテューヌ、羽根を一度にまとめて叩き落としたベール、光芒を光芒でもって薙ぎ払ったブランに続いたノワールが、初見の弾幕を舞う様に突破して翼の撃破を「その時のマジェコンヌってイリゼさん達五人でやっと辛勝って位だったんでしたよね?その相手の初見技を避けきって剣撃を浴びせるなんて…お姉ちゃんならマクロスの弾幕突破も出来たりして…!」」

 

 

(……し…シスコンだったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!)

 

休憩を入れ始めてから十数分。会話…というには些かキャッチボールにはなってなかったけど盛り上がったし、初めに比べるとユニの私に対する心の壁が薄くなった気はする。だから気まずさ解消の狙いは遺憾無く達成出来た。…達成は出来たけど、さぁ……。

 

「〜〜♪」

「…………」

 

熱烈な信者が見たら卒倒するんじゃないかと思う位の、屈託のない笑顔を見せているユニ。対する私はとても「ふふっ、良かったね」とか言ってあげられる心境ではない。

 

「……?どうしました?イリゼさん」

「ううん…何でもないよ…」

 

きょとんとした様子を見せているユニを見て私は思った。これは、無自覚なシスコンだと。いや、別にシスコンを悪く言うつもりはないよ?愛の形なんて人それぞれだし、私もノーマルな恋愛してるとは言えないし。……けどこれはちょっと色々意外過ぎて、ね…。

 

「そうですか?えと、他にもお姉ちゃんの話ってあります?」

「えーと…まぁ、あるかな。今言ったのは特に印象深い思い出だし、普段の事とか語るまでもないと思ったちょっとした戦闘の事とかだけど…」

「それもお願いします!あ、お茶注ぎ足しましすよ?」

 

言うが早いか、喋る合間合間で舌を湿らせる為に飲んで減ったお茶を注ぎ足すユニ。これを気の利く良い子と見るべきか、姉の話がもっと聞きたくてやっていると見るべきか…真実は定かじゃ無かったけど、この時の私には後者だとしか思えなかった。

 

「…それじゃあ、次は私がマジェコンヌとユニミテスの足止めを完遂した後の話しようか…(よく覚えてないけど、あの時の三人は格好良かったし)」

「是非お願いします!」

 

佇まいを正し、ユニは現状底の見えない興味を見せ続ける。そんな様子を見た私は仕方ない、とこの状況を飲み込みユニの興味が尽きるまで、或いは語れる事が無くなるまで付き合う覚悟を決める。

そこから始まる…というか引き続く、ノワール過去話。それは……あろう事か、当の本人であるノワールが様子を見にくるまで続いたのだった。

 

 

 

 

「…で、雑談に花を咲かせ過ぎて休憩がとても休憩とは言えない時間になってしまったと?」

『はい……』

 

呆れ顔で腕を組むノワールの言葉に、しゅんとしながら首肯する私とユニ。何というか…情けない事この上なかった…。

 

「いや、雑談するのは良いのよ?ある程度仲良くなった方が仕事もし易いでしょうし。でも仕事の事完全に忘れちゃ駄目でしょ…」

『返す言葉もないです…』

 

何か敬語になってしまう私達二人。別に敬語を使わないと不味そうな位怒っている訳じゃないけど…話していた内容が内容だけに引け目を感じざるを得なかった。…因みにどんな話をしていたのかは話していない。そんな話をしたらどんな反応するか分かったものじゃないからね。

 

「……ま、良いわ。ユニ、イリゼとは打ち解けられた?」

「え…っと、まぁ…それなりには…」

「ならOKね」

「OK?」

 

うんうんと頷くノワールに私は聞き返す。あれ、そんな目的だっけ…?

 

「えぇ、イリゼには言ってなかったけど、私以外の女神とも仲良くなってほしいと思ってたのよ。だってそうでしょ?守護女神戦争(ハード戦争)を終わらせられたのも友好条約を結べたのも、私達女神が…と、友達になれたからだし…」

 

友達、という部分でちょっと顔を赤らめながら言うノワール。……その反応はともかく、ノワールの意図に私は素直に感心した。うん、確かにそうだ。大きな戦争も、世界をかけた戦いも元は私達が…四女神が敵同士から友達になれたから解決する事が出来たもの。それをきちんと認識し、妹にも伝えようとするノワールは良いお姉ちゃんの様に見えた。

 

「だから、イリゼはそんな気にしなくて良いわ。それにユニも、今日はキリのいいところまでやればそれで終わりでいいわ。仕事が捗らなかったのは元はと言えば私のせいだもの」

「お姉ちゃん……うん、じゃあそうするね」

「そうしなさい。……あ、最後に一ついいかしら?ちょっとそこで仕事してる感出してほしいんだけど…」

 

ノワールのいいところと優しさを再確認出来た私達。仕事してる感、というのはよく分からなかったけどノワールの事だからこれも何か意図があるんだろう、と思ってユニは仕事机の椅子に、私はその隣に立って『仕事を行う候補生とそれを手伝う女神』という構図を作る。

何んだろうなぁ……と私達が考えていると、パシャリ…という音が聞こえた。どうやらノワールはこの場面を写真に撮りたかったらしい。…広報か何かに使うのかな?きっとそうだよね。

 

「それじゃ、私はいくわね」

「アタシはちょっとここ出るね。手元にない資料あるし」

 

そう言ってユニはノワールより先に出る。そんな彼女を見送りながら、何の気なしに私は写真について言った。

 

「広報に載せるなら、その時は言ってね?」

「……広報?」

「え、広報じゃないの?」

 

私の言葉にノワールは怪訝な顔を見せる。それを見て、こちらも訳が分からず怪訝な顔をしてしまう私。どういう事だろう……そう考えていた時、ノワールはとんでもない事を口にした。

 

「いや…ユニの成長記録用よ?」

「……え?」

 

成長…記録……?

 

「え?も何も姉なら当然でしょ?」

「…そ、そうなのかな…今日みたいな日に記録を…?」

「今日みたいな日じゃなくても、何かあればその度よ?最初はお使いだったり自己紹介だったりを載せてたけど、今は仕事の事やクエストの事も載せられる位になったから、成長記録を見るとユニの成長がよく分かるのよね。ふふっ♪」

 

流石姉妹と言うべきか、ノワールの話を聞いた時のユニとそっくりの笑顔を浮かべるノワール。…あぁ、うん……そうなんだ…。

 

 

 

 

--------ノワールとユニがすれ違い型の両想いシスコンだという事が判明した、そんな日だった…。




今回のパロディ解説

・某お昼番組
お昼のバラエティ番組、笑っていいとも!の事。これがネタだっだ場合の適切な反応は…流石にわざわざ書かなくても分かりますよね?

・ストライクのパイロット
機動戦士ガンダムSEEDの主人公、キラ・ヤマトの事。姉妹機の前期GAT四機を相手にアークエンジェルを守りきった彼とノワールとを重ね合わせたという訳ですね。

・マクロス
マクロスシリーズに登場する、人型に変形する軍艦の総称の事。ノワールをイサムに重ねたのかアルトに重ねたのか…或いはレイヴンズに重ねたのかもしれませんね。


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第十一話 ラステイション、洞窟調査編

「うぅ、む……」

 

ラステイションの女神姉妹の少々困った一面を知ってから数日後。教会の一角、私の借りている部屋の中で私はお財布と睨めっこしていた。

 

「…やっぱ気分悪いなぁ……」

 

別段金欠になってしまった訳ではない。予め多めに用意しておいたから多少消費した今でも突然ぐるナイのゴチに呼ばれて、しかもそこで最下位になってしまっても何とかなる位には持っている。更に言えば特務監査官としての仕事もしてるから、このままちょいちょい消費していても何の問題もない。

けど…前の、旅をしてた頃の資金繰り(?)が板に付いちゃってるんだろうね。旅をしてた頃は減ってきたらクエストで即補充、プラネテューヌ教会職員の時は必要な物、欲しいものが割と自分でお金出さなくても何とかなっていたからとにかくただ減っていくだけというのが慣れないんだよ。

 

「……って、私は誰に説明してるんだろう…」

 

大分前から誰に言う訳でもない説明をよくしていた気もするけど…まぁそれは不可抗力だよね。作風というか癖というか…そんな感じなんだよ、きっと。

 

「…ま、そうなるとやる事は一つだよね」

 

お財布をしまい、クエストを行う為に立ち上がる私。貯金を下ろせばすぐにお財布が厚くなるし、料理大会の賞金もあるから正直行く必要も無いんだけど…どうせやる事ないし、剣技や身体能力を落とさない様にする為にもクエストは丁度良いからね。

そんな訳でギルドへと向かう私。程々に高難度なクエストあるといいなぁ…。

 

 

 

 

ギルドは基本的に普通の人間を基準にしてクエストを用意(請け負い)をしている。まぁそりゃそうだよね。類は友を呼ぶなのか私の周りには多いけど、世間一般から考えれば私や別次元組の皆は滅多にいない様な人外クラスなんだから。

でも、時には普通の人にはどう考えても達成不能な依頼が来る事もある。そんな時はギルドから更に教会(つまり女神に)送られるから、合法な限りギルドが門前払いする事はまずない。

けどそうなるとつまり、人外クラスには丁度良いと思えるクエストが自然と少なくなってしまう。……今の私が、そのいい例だ。

 

「鉱石採掘…こんなの採掘業者に頼めば……ってあぁいや、あくまで個人経営で必要な分だけなのか…なら業者に頼んだら料金も鉱石の量も過剰になっちゃうよね…」

 

少し不可解だったクエスト内容に理由を発見した私は一人納得する。それなりの難度のクエストを複数受けてもいいけど…移動やら準備やらで効率悪いんだよね。あー、こんな事ならノワールかケイさんにでも話してクエストあるかどうか聞けばよかったかも…。

 

「さーて行くか、お前は駆け出しなんだから俺の指示をしっかり聞けよ?」

「はいっす!宜しくお願いしますっす!」

 

何やらちょっとした風格を持った、大きめの片手剣使いと新人感が否めない普通の片手剣使いが揃ってギルドを出ていく。……そうだ。

 

「すいません、参加者待ちのクエストってありますか?」

 

ギルドの受付に声をかける私。特に何も考えず誰も受注していないクエストの中から選ぼうとしていたけど、何もその中から選ばなきゃいけない理由はない。参加者待ちで且つ丁度良さそうなのがあれば、そっちを選んだ方がいいに決まってるよね。…初対面の人と意思疎通しなきゃいけなくはあるけど。

 

「そうですね……あら、これって…」

「……?」

 

確認の最中、受付の女性は何かに気付いた様な声をあげる。一瞬私に驚いたのかな…と思ったけど違う。少なくとも受付という不特定多数の人と接する係に人を『これ』扱いする様な人材を採用する訳がない。

なら何だろう……と思って私が小首を傾げていると、女性は一つのクエストを私に掲示してくれた。

 

 

 

 

「いやぁ、こんな偶然があるとはね」

「ぷち奇跡だにゅ。……ぷち子じゃないにゅ、ブロッコリーだにゅ」

「いや誰も言ってないから…強いて言えばブロッコリー自身が言ったんじゃん…」

 

ラステイションの郊外を歩く私達三人。具体的なメンバーは、私とサイバーコネクトツーとブロッコリー。

なんと、受付の女性が私に提示してくれた参加者待ちクエストとは、この二人が受注したものだった。ほんと二人の言う通り、奇跡的な偶然だよね。

 

「しかしイリゼさんがラステイションに来ていたとは知らなかったよ、お仕事?」

「ま、ね。二人は?」

「ブロッコリーは美味しいステーキ店探しに来ていたんだにゅ」

「わたしは探検…ってとこかな。このクエスト受けたのもその一環だし」

 

雑談混じりに私達は目的地へと向かう。ステーキ店探しがどうしてクエストに…とも思ったけど、それは恐らくステーキ店回りの為の資金稼ぎかお腹を空かせる為。……体格的にはステーキ一枚どころか半分でお腹いっぱいになりそうだけどさ。

そんな感じの雑談をする事数分。会話が途切れた辺りを見計らって、私はクエストに関する話題を切り出す。

 

「…未開地の調査クエストって珍しいものだよね?」

「それはそうだにゅ、これだけの文明を築いておきながら未開地ばかりだったら違和感ばりばりだにゅ」

「今回のは多分……あの戦いの影響で新たに出来た洞窟なんだろうね」

 

あの戦いとは、勿論マジェコンヌとの最終決戦。結果として大規模な被害は出なかったけど…それでも、あの時起こった事は天変地異に他ならない。私達が受けた調査クエストというのは、それによって出来た(というか入り口が出来た事で岩山ではないと分かった)洞窟の調査。……未開の地調査は、そりゃ一般人は受けないし私達人外クラスでも出来るだけ戦力を用意したくなるよね。

 

「…これで超弩級のモンスターと遭遇しちゃったらどうする?」

「『それはそれで面白そうじゃない?』って後に続けそうな表情で言わないでよサイバーコネクトツー…」

「もしそうなったら逃げるにゅ、ブロッコリーは女神と違って戦闘狂じゃないにゅ」

「あはは…でも勝てそうなら勝ちたい、強い相手だからこそ勝ちたい、って思うのは変かな?」

「同感だけど、普通の人は超弩級モンスターに対してそんな心境にはなれないだろうね」

 

私はどちらかというとサイバーコネクトツーの意見に否定的だけど…気持ちは分かる。勝ちたいという気持ちがあるからスポーツにもゲームにも『勝負』という概念がある訳だし、個人差はあるだろうけど…勝ちを嫌がる人なんていない(勝つ事で何かを失うとかじゃない限りはね)。それに……何よりも私は女神だからね。

ただまぁ…その超弩級というのが逃げるのもままならないレベルだったら、流石に御免被るけど。

そして……私達は件の洞窟へと到着する。

 

「どうやらここみたいだにゅ」

『…入り口狭っ』

 

私達が到着したのは、洞窟……というにはあまりにも入り口の狭い穴だった。洞窟っていうか…洞穴?

 

「…ほんとにここなの?」

「だと思うよ。発見者さんは中に入ってみたら意外と広かったって言ってたらしいし」

「もし大陸同士がもっと強く激突してたら、ここの穴ももっと大きくなっていたかもしれないにゅ」

 

支給されていた懐中電灯を持って順番に入る私達。私は半信半疑だったけど…発見者さんの談の通り、入って少しした所で洞窟は一気に広くなり、私達三人が並んで歩けるレベルとなった。

 

「うぅん…想定はしていたけど、暗いし埃っぽいね…」

「鼻がむずむずするにゅ…」

「私もー……」

 

なんて愚痴を零しながら私達は進む。それまで外界と完全に遮断されてたからか、モンスターや害のある生物とは遭遇していないけど…とにかく環境が悪い。そして暗くてちょっと怖い。

 

「…こういう時は景気付けにゅ、何かないかにゅ?」

「そう言われても…イリゼさん、元気が出る話とかある?」

「げ、元気が出る話?んーと…短いのでもいい?」

「構わないにゅ」

「そう?ではでは…こほん」

 

突然且つ大雑把…所謂無茶振りをされる私。こんな事言われたってまともな話思い付かないけど……このお題なら、一つだけ出来る。完全な創作(あり得ない話じゃないけどね)だけど、ちょっと小粋な小話なら、ある!

 

「……昔々あるところに、元気君がいました。…なんちゃって」

『…………はい?』

「え?」

『……あー…』

「え……えぇっ!?なにその反応!?」

 

二人の反応は…ご覧の通りだった。…酷い、酷過ぎる!

 

「イリゼのネタがかにゅ?」

「二人がだよ!?振っといてなに『うわ、ないわー』みたいな反応してるの!?」

「そりゃ、振ったのはわたしだけど……うん、何かごめんね…」

「それを言うならブロッコリーもだにゅ、こんな事になるとは思わなかったにゅ…」

「……先、進もうか…」

「だからなにその反応!?反連邦組織のエースが如く修正するよ!?」

「修正されるべきはイリゼの滑りネタだにゅ」

「ストレートに滑ったなんて言わないで!?」

 

最後に恐るべき毒を吐かれて大ダメージの私。そんな私を差し置いて二人は先へ進んでしまう。うぅ、血も涙もないのか君達はっ!

……まぁ、はぐれるのは不味いからそれはそれとして、の心境の元すぐ二人に合流するんだけど。

 

「結果はどうあれ、ちょっと面白かったね」

「ネタが?私のネタが?」

「そんな純真そうな表情で言わないで…真実を伝えるのが辛くなるよ…」

「その発言が既に真実伝えてる上に私にとって辛いよ…分かってたけど…」

「それはともかく、景気付け再開だにゅ」

 

ブロッコリーがそう言った瞬間、ちらりと彼女とサイバーコネクトツーが私の方を見る…けど、当然私は断固拒否。あんな仕打ちを受けてもまだ景気付けしようとする様なマゾヒストじゃないからね。…次は滑りネタすら思い浮かばない可能性もあるし。

二人もそれは分かっていた様子で、互いに目を合わせた後少考。数秒の沈黙の末、思い思いの景気付け…というネタを口にする。

 

「…えーと、今日一日あった事の話とかどうにゅ?」

「まだ一日振り返る様な段階じゃない気が…」

「こういう時の定番と言えば…恋バナ?」

「ど、洞窟調査中の定番なんてあるの?」

「……これはブロッコリーの友達が体験した話にゅ。友達は夜学校に忘れ物を取りに行ったんだにゅ…」

「唐突!何故にいきなり怪談話に入ったの!?確かに暗いけど!」

「……ま、まだ起きてる人いるー…?」

「この状況で寝る人がいるか!っていうかもう二人は修学旅行に行ってくればいいんじゃないかなぁ!?」

 

洞窟に私の突っ込みが反響する位の声で叫ぶ。これじゃ景気付けじゃなくてただのトリオ漫才だ。或いは、普段の私達だ。……あれ、じゃあ別に何にもおかしくないじゃん。強いて言えばおかしいのは私達の頭じゃん。

 

「まぁまぁ、景気付けにはなったでしょ?」

「テンションは確かに上がったね、無駄に疲れたけど…」

「お疲れ様にゅ、ブロッコリー達も気分転換にはなったにゅ」

 

いまいち納得は出来ないけど、一応目的達成という事で満足する事にした私達。私としても文句を言ったところで納得出来そうもないから泣き寝入り。…ちょっと面白かったしいいよ、うん。

 

「大分…って程じゃないけど歩いたね、そろそろ何かあるかも…」

「第二のイリゼさんとか?」

「いたら正直かなり微妙な気持ちになるよ…」

 

第二のイリゼ…というのは正しくは私の事だから、もしいるなら第三の私、私の妹に当たりそうな人だけど……あんなに私を信用し信頼してくれたもう一人の私が更なる『保険』を用意していたなんて事になったらそれは流石に喜べない。失望されたのかという思いのまま第三のイリゼになんて会えない。

…と、私が少しばかり感傷的な気分になっていると、急に洞窟が横にも縦にも広がって(勿論洞窟が変化したんじゃなくて私達が形状の違う場所に出たって意味だよ?)ドーム状となる。

 

「…何か行き止まりっぽい所だね」

「その様だよイリゼさん。懐中電灯だけじゃ確証までは持てないけど、他の通路らしきものは見えないし」

「……?何かあるにゅ」

 

私とサイバーコネクトツーが壁や天井に懐中電灯の光を当てていると、何かに気付いたブロッコリーが駆けていく。何だろうと思ってその先に光を当ててみると…そこには岩の様な、結晶の様なよく分からない物体の姿。

 

「鉄鉱石か何かかな?」

「…鉄鉱石ってあんなぽつんとあるものだっけ?」

「……わたし段々嫌な予感がしてきたよ」

「これはサイバーコネクトツーのアレがフラグになっちゃったのかもね…」

「あー…二人の予想は多分大正解だにゅ…」

 

不味いかもなぁ…と思いながら会話をしているところにブロッコリーの声が飛んでくる。その発言内容と声音から私達は察する。…ま、こんな奇妙な所にあるものなんて……

 

「■■■■ー!」

『モンスターですよねー……(にゅ)…』

 

ぐらり、と鉱物状の物体が揺れたかと思ったのもつかの間、鉱物が本来の姿を……人を模したかの様な姿へと変貌する。それは私が今までにも何度か戦った事のある、ゴーレム型モンスター…だけど、そのサイズは私の知るものより一回り、場合によっては二回り近く大きい。

 

「こんな所に、こんなモンスターがいるなんて意外だにゅ…」

「普通の食性を持たないモンスターだからこそここで生きていたんだろうね…」

「じゃあ、大きいのもその関係かな…?」

 

私の言葉にサイバーコネクトツーは頷き、二人は殆ど同時に武器を構えた。それを見て、なのかモンスターも私達に正対し、今にも襲いかからんとする様子を見せる。

戦闘前の緊張は一瞬。先に動いたのは私達だった。

 

「寝起きの様だし一気に叩くよッ!」

 

バスタードソードを片手で構えて突撃。サイバーコネクトツーとブロッコリーは私に合わせる形で左右に分かれる。

この系統のモンスターは硬いから普通の攻撃一発で倒すのは困難だけど…鉱物である事が災いして運動性や小回りはお世辞にも高いとは言えない。だから素早い連携をぶつければ、多少大きくとも……

 

「……ーーっ!?」

『イリゼ(さん)ッ!?』

 

突然姿を消した私に驚愕の声を上げる二人。私も一瞬自身の身に何が起きたのか分からず動揺し、それが分かった時には額に冷や汗が流れるのを感じた。

伏兵がいただとか、落とし穴があっただとかじゃない。ただ、私は足元の石につまづいて転んだだけ。その拍子に擦り傷が出来ちゃったけど…何ら問題はない。……コケた怪我自体は、なんて事ない。

 

「やっぱり、これはこっちが大いに不利だね…」

「足元だけじゃないにゅ、壁も気を付けないとぶち当たる可能性あるにゅ」

「頼りがこの懐中電灯だけじゃまともに戦えない…!」

 

と、私が毒吐いたところにモンスターが接近し、右腕部で殴りかかってくる。それをバスタードソードの腹で滑らせ逸らし、お返しとばかりに刺突を行うもモンスターの硬い身体の前では軽く傷を付けるだけに留まってしまう。

地面を蹴って後退する私。何か案はないか話し合おうと二人に視線をやった時、何やらサイバーコネクトツーがごそごそと棒状のものを取り出し始めた。

 

「……それは?」

「もしもの備えだよ。二人の内、どちらか素早く火を点けられたりする?」

「私はちょっと……」

「ブロッコリーは出来るにゅ、これでもまぁまぁ魔法を使えるんだにゅ」

「そうだったね。じゃあ…わたしとイリゼさんがこれを設置するから、点火お願い出来る?」

 

そう言ってサイバーコネクトツーが私に手渡してきたのは…木の棒。……否、松明。それを見て私もブロッコリーも瞬時に理解する。

改めて動き出す私達。私とサイバーコネクトツーは両端に別れ、懐中電灯で地面と壁を照らしながら素早く松明を小穴や岩と岩の間に差し込んでいく。

その間にブロッコリーはモンスターと相対。ゲマを振り回したり魔法を放ったりと、出来る限りその場から動かない様にしながらモンスターの注意を引く。

 

「■■ーー!」

「大きいだけあって頑丈さもひとしおにゅ…!」

「分かってる!もう少しだけ時間稼いで!」

「後少し……サイバーコネクトツー!こっちは終わったよ!」

「こっちもだよ!」

「なら…二人共、姿勢を低くするにゅ!」

 

ブロッコリーの声が聞こえると同時にしゃがみ込む私とサイバーコネクトツー。それを確認したブロッコリーは自身の目の前に火柱を作り上げ……それをゲマで引っ叩く。

中々に意外な行動に私達は目を瞬かせる……が、引っ叩かれた部分から火が飛んで松明に燃え移るのを見て、それが火を拡散させる為の手段なのだと納得する。流石に精度は甘かったのか火が燃え移らなかった松明もちらほらとあったけど……

 

「…これだけ明るいなら、もう転ぶ心配はないね」

「それに懐中電灯の必要もない。これで両手にダガーを持てるよ」

「ゲマがちょっと黒ずんでしまったにゅ…」

 

無茶苦茶もいいところの、3以降のハンターさんに羨ましがられたりがられなかったりしそうな手段ではあるけれど、明るくなったのは事実。これなら普段通り戦える…と息巻く私達。

 

「それじゃあ改めて、行くよッ!」

 

まずは私が先制。弾かれたところでサイバーコネクトツーが追撃を仕掛け、反撃に出ようとしたモンスターをブロッコリーが妨害。そこへ今度は私とサイバーコネクトツーが同時に仕掛け、少しずつモンスターの身体を削っていく。

大きくなってもやはり鉱物系…いや、大きいからこそ余計に素早い対象への対応が遅れて、一方的に殴られる形となる。

 

「■■…■■■■ー!!」

「っとと…大きいのがくるよ!」

「それは、私に任せてッ!」

 

連続攻撃に耐えかねたモンスターは両腕を広げ、人には出来ない同じ方向への回転を何度も繰り返して私達を引き剥がす。更にそこから両腕を前に掲げ、私達へ向かって衝撃波を放とうとするも……事前にそれを察知した私はモンスターの頭部(と思われる場所)にバスタードソードを投擲。それなりの重さを持つ剣の直撃を受けたモンスターは僅かに腕がぶれ、衝撃波は私達の近くの地面へ当たってしまう。

自分へと飛んでくる事はないと信じて疑わなかったサイバーコネクトツーとブロッコリーは、モンスターへと向かって跳躍していた。一瞬とはいえ溜めの必要な技を放ったばかりのモンスターに、その強襲に対応する術は……無い。

 

「もらったぁぁぁぁぁぁッ!」

「これで、終わりにゅッ!」

 

空中から重量を伴ったサイバーコネクトツーのダガーは、モンスターの身体に深々と刺さる。そしてそれへと振り下ろされたブロッコリーのゲマは、槌の様にダガーを押し込み、ゲマ自身との二重のダメージをモンスターへ叩き込む。

二人の連携を受けたモンスターは石と石をぶつけ合わせた様な音を立て、数秒硬直した末に消滅する。

 

「ふぅ…これで一件落着だね」

「これぞ冒険の最後、って感じだったね。松明持ってきてよかった…」

「後はこの結果を報告すれば終了にゅ〜」

 

小穴や隙間に差し込んだ松明を回収し、火を消して私達は帰還の用意を行う。専門的な知識も装備もない私達が受注出来た事からも分かる通り、調査と言っても地質を調べたり正確な地図を作ったりするのが目的ではない。そういうのはそれこそ専門家のお仕事であって、私達の請け負った調査とは未開地の安全確認や可能な範囲での危険の排除……まぁ、安全な調査の為の前準備ってところなんだよね。

 

「ちょっとばかりハードだったけど…私達にかかればどうって事ないよね」

「珍しくイリゼが調子乗ってるにゅ」

「私だってたまには乗るよ、勝利で気分が良い最中だしね」

「慢心はいけないけど、自信を持てないのも不味いもんね。……うん?」

 

私は武器回収の後身体に付いた砂利を、ブロッコリーは黒ずんだゲマをはたいている中、今度はサイバーコネクトツーが何かに気付いた様な声を上げる。……え、まさかまたモンスターじゃないだろうね…?

 

「どうしたのかにゅ?」

「いや……ここってさ、最初来た時地面が濡れてたっけ…?」

「そんな事は…って何か割れる様な音が聞こえるにゅ……」

「確かに…この音は何か下から……って、まさか…」

 

私が音源を探して地面に懐中電灯の光を当てていると、小さな水溜まりを発見した。どうやら地面が濡れているのはこれが原因らしいけど…よく見たらこの水溜まり、下からどんどん水が出てきている。そして、この水溜まりがある場所は、私の記憶が正しければ…モンスターが、衝撃波をぶつけた場所だ。

 

「さ、さっさと出る事を提案するにゅ」

「そ、そうだね。急いで帰ろうか」

「う、うん。よーし私走って--------」

 

冷や汗だらだらで元来た道へと足を向ける私達。だが、現実は甘くないのかノリが良いのか、私達が足を向けた瞬間に……地面の岩盤が大きく割れ、そこから一気に水が溢れ出す。

噴水の様に吹き出た水は天井へとぶつかり、みるみるうちに洞窟へと水が溜まっていく。そして……

 

『こうなるよねぇぇぇぇぇぇぇぇ(にゅ)っ!!』

 

私達は押し寄せる水流に追いつかれ、ぶっ壊れたウォータースライダー宜しく物凄い速度で押し流される。もうほんとに洒落にならない。ここまでの事態、皆との旅の最中だってそうそうなかった。

出入り口付近まで流されて、やっと身動きを取れる様になった私達。その時私達は……言うまでもなく、ずぶ濡れだった。

 

 

こうしてクエストを終えた私達。その私達が街中に戻ってから奇異の目で見られたのも……言うまでもないよねぇ…。




今回のパロディ解説

・ぐるナイのゴチ
バラエティ番組、ぐるぐるナインティナイン内のコーナーの一つのパロディ。一体イリゼはどんな想定をしているのでしょう、普通ぐるナイに呼ばれる想定なんてしますか?

・反連邦組織のエースが如く修正
機動戦士Zガンダム主人公、カミーユ・ビダン及び彼の名台詞の一つのパロディ。流石にイリゼも二人に殴りかかったりはしません。そもそもそこまでの事じゃないですし。

・3以降のハンターさん
モンスターハンターシリーズの事。作品によって松明があったり無かったり、必需品だったりそうじゃなかったり…まぁ、リアルさ云々ならあった方が良いかもですね。


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第十二話 ラステイション、服装大変身編

ラステイションに来てからそれなりの日数が経ち、そろそろ次に向かう方が良いかな…なんて思い始めたある日。

 

「イリゼ、お願いがあるの。私と一緒に……ケイとシアンを女の子にして頂戴」

 

ノワールが、大変訳の分からない事を言い出した。比較的真面目でまともなノワールが急にこんな事を言い出すとは思いもよらなかった。理由はどうあれ、イメージダウンに繋がりかねないよノワール…。

 

「うん分かった。じゃあちょっとそこに座っててノワール」

「え?なんでよ?」

「体温計持ってくるんだよ、女神が病気になるか怪しいけど」

「いや、私体調悪い訳じゃないんだけど…さっきの言葉は熱か何かのせいで言ったと思ったの?」

 

どうやら熱か何かのせいで言った訳じゃないらしい。……余計に意味が分からない。もう既に言葉からしておかしいのに、それをノワールが正気で言ってるんだから本当に意味が分からない。

とはいえ決して頭脳明晰とかじゃない私がこのまま思考を巡らせても答えに辿り着けそうにないので、素直に聞いていく事とする。

 

「えーと…確認するね。ケイさんとシアンを女の子にしたいと?」

「そうよ、私はそう言ったわ」

「……襲えと?私とノワールで二人を堕としたいと?」

「そうそういう……違うわよ!?なんでそんな事になるのよ!?」

「ノワールの言い回しのせいだよ!?超高確率で変な意味に捉えられる様な言い方したノワールのせいだからね!?」

 

互いに若干顔を赤くしながら言い合う私とノワール。……実のところもしかすると変な意味じゃないのかも…とも思っていたから、変な意味である可能性を追求したのは明らかに私の判断ミスだった。一番の判断ミスは、勿論ノワールの言葉選びだけど。

 

「うぅ、私の言い回しが変だって思ったのならすぐ指摘しなさいよ…」

「いや、だって真偽が定かじゃないのに指摘したら怒られそうだし…」

「私もそこまで短気じゃないわよ…変な意味でも欲求不満になった訳でもない、いいわね?」

「う、うん……」

 

ずいっ、と顔を近付けて念押しをしてくるノワールに私は若干気圧されながら首肯する。

 

「じゃ、今度こそ話を進めるわよ」

「それは構わないけど…変な意味じゃないならどういう意味なの?まさか二人は男の娘だったとかじゃないよね?」

「確かに二人…特にケイは中性的だけど、そんな事あったら流石にビビるわよ。そうじゃなくて…二人は女の子らしくないと思わない?」

「それは……まぁ、確かに思うね…」

 

方や工場の技術者兼経営者、方や教会の教祖という特殊な立場で、どちらも見た目中身共に女の子らしさがない…というか女の子らしさに無頓着な二人なんだから、シアンとケイを女の子らしくないと思わない訳がない(二人が可愛くないという意味じゃないからね?)。……けど、それがなんだって言うんだろう?

 

「でしょ?…で、私は思ったのよ。二人が女の子らしくない一番の原因は、仕事にのめり込み過ぎてるからなんじゃって」

「二人共ワークライフバランスが崩れてるっていうか、ワークがマイライフになってるもんね。……でも、仕事にのめり込み過ぎの人って、女の子らしさどころかまともな生活自体出来なくなるものじゃないの?二人はそんな事ないよね?」

「そこら辺は管理職なだけあってしっかりしてるわよ、二人共。…けど、見た目も思考も仕事の為に寄せてるのよきっと。そっちの方がやり易いからって」

「……ノワールはそれが嫌なの?私からすれば、ノワールはそういう仕事熱心な人を好みそうな気がするんだけど…」

 

自他共に厳しいノワールにとって、シアンやケイさんの様な能力があって且つ真面目な人材は正に共に仕事をしたい、期待をしたい相手な筈。なのに彼女は今その二人のスタンスを半ば否定している。だから私は素直に疑問を抱いた。それは何故、と。

 

「…私はね、二人に仕事の為に生きる様な人間にはなってほしくないのよ」

「仕事の為に生きる様な人間に…?」

「そりゃ、利益の面で見れば二人の今のスタンスはありがたいわよ?けど私は女神、国民の幸せを願う女神よ。だから仕事はお金稼ぎの手段、思い入れなんてない…とまでは言わずとも、仕事は仕事、趣味は趣味…みたいな考え方をしてほしいのよ。シアンの方は趣味が仕事になってる節もあるけどね」

「そっか……ふふっ、ノワールの元なら賃金も福利厚生も心配なさそうだね」

「一流の女神ですもの。それで……協力、してくれる?」

 

そういうノワールの声音には、強要はしないというニュアンスが感じられた。それはそうだ、こんな私用を強要出来る訳がない。……まぁ、仮にこれが強要だったとしてもそうじゃなかったとしても、私の答えには関係ないけどね。

 

「…勿論。そういう事なら、喜んで協力させてもらうよ」

 

こうして、私とノワールによるシアン&ケイさん普通の女の子化作戦が始動したのだった。

 

 

 

……よくよく考えたら、単に仕事にのめり込み過ぎない様にするだけなら女の子化の必要は無かったかもしれない。

 

 

 

 

作戦実行の日は、なんと翌日だった。なんでも、元々ノワールがこの作戦の準備を進めていて、残すは人手とその人に頼まないと出来ない作業だけだったかららしい。…まぁ、その人手も作業も盤石にする為のものであって必要不可欠ではなかったっぽいから、実のところは単に共犯を作りたかっただけかもしれないけどね。

 

「……じゃ、作戦実行するわよ?私の頼んだ事、大丈夫でしょうね?」

「ご覧の通り、心配には及ばないよ」

 

ひらひらと二枚のプリントを見せる私。それを見たノワールはこくんと頷き、ノワールは応接室で待ってもらっているシアンと教祖執務室で仕事中のケイさんを呼びに行き、私はノワールの部屋の近くで待機をする。

兎にも角にも二人が来てくれなければ何も始まらない。その事に若干不安をしていたけど…シアンもケイさんもノワールに着いてきてくれた様だった。なら……作戦はこれからが本番だ。

 

「お邪魔するね、三人共」

「お、イリゼ。イリゼも呼ばれていたのか?」

「君まで呼ばれていたとすると…尚更なんの話なのか分からないね」

「あーいや違うよ?どっちかって言えば私、ノワール側だもん」

 

プリントを見えない様にしつつ、そんな返しをしながら私は部屋の扉の前に立つ。ノワールはまぁそこに掛けてと言いつつ二人に近い位置の窓の前に立つ。

これぞ作戦の第一(呼んだの含めれば第二)段階。こうして退路を塞いでおけば、万が一逃走を図ろうとしても優位に対処出来るからね。

 

「僕は仕事中なんだ、要件なら早くしてくれないかな?」

「わたしも早く済むならその方がいいな。また幾つか試作品を作っているんだ」

 

それぞれ仕事を優先させたい意向がありありな言葉を発する二人。ぱっと見(というか実際)若い女の子二人に似つかわしく事この上ない発言に、私もノワールもこの作戦の必要性を再確認する。

だからこそ、ノワールは余計な前置きをせずに…それを、口にする。

 

「だったら、単刀直入に言うわね。二人共、そこのテーブルの上に二つ箱があるでしょ?それを開いてみて頂戴」

「これを?そりゃ構わないが…」

「…服の様だね、それも随分と可愛らしさを意識した。…これがなんだって言うんだい?」

「それは、私からのプレゼントよ。今日は、二人にそれを着てもらう為に呼んだのよ」

『……!?』

 

箱に入っていた服を見て不思議そうにしていた二人は、ノワールの発言を聞いた瞬間驚愕を露わにする。そしてまず扉を、次に窓を…私達の立っている場所へと目を走らせ、私達の意図に気付いて目を見開いた。

 

「やられた…これが狙いだったのか二人共っ!」

「え、まあこれが狙いだから今ノワールが言った訳だけど…」

「あ、それもそうか」

「その通りだが何を納得しているんだ君は…それはともかく、君達二人はほんとちそんなくだらない事の為に呼んだのかい?」

「そうよ?」

「何を考えているんだ…悪いが僕は着ない、着せ替えをしたければプリティーリズムなりアイカツなりをやってくれ」

「嫌よ、そして貴女の口からその二つが出てきた事に私びっくりよ」

 

案の定二人は着る事に反対の様子だった。更に二人は少々顔を赤くしてる辺り、少女的な服を着てそれを人に見せるのは恥ずかしいという念があるのかもしれない。……女の子が女の子の服着るのは何もおかしくないのに…。

ただ、何も説明せずに呼んで退路を塞いでおきながら指定した服を着てくれ、なんて要求じゃ素直に着る気になんてなれる筈が無いというのも事実。だから私達(主に発案者のノワール)は着てほしい理由を伝える。

 

「……って訳で、二人にはこれ着てちょっと仕事の事を忘れてほしいのよ」

「何でもそうだけど、程々にするのは大事だと思うよ?」

「……そちらの言い分は分かった。僕も今後は適度に息抜きをするとしよう。それでいいだろう?」

「よくないわよ、どうせこの場じゃそう言って今後も変えない気でしょ」

「ノワール、君は僕を信用していないのか…残念だよ…」

「ケイの仕事への熱意をよく知っているが故よ」

 

伏し目がちに放った言葉も飄々と返され、くっ…と歯噛みをしているケイさん。すると今度はシアンが口を開く。

 

「えーと…二人共、わたしが好きで技術者やってるのは知ってるよな?」

「勿論よ、貴女の仕事ぶりはよく知ってるもの」

「そっか。でも、わたしは二人が思ってる以上に今の仕事が好きなんだ。頭の中のイメージを設計図に描くのも、自分の手で機械が出来上がっていくのも、不具合の起きた機械を試行錯誤しながら直すのも…全部全部好きなんだ。だから、わたしは二人に心配されなくても大丈夫だよ」

『シアン……』

 

そういうシアンは凄くいい表情だった。好きな事を、自分にとって夢と言っても過言じゃない程の事を話す時の人はこんなにもいい表情をするのか…と私とノワールが感銘を受けちゃう位にいい表情だった。

何この真っ直ぐな娘……と数秒目的を忘れてしまう私達。危うく押し切られる雰囲気になりそうだったけど…私は切り札の事を思い出す。

 

「そういう事だから、これは勘弁してくれよ。な?」

「そ、そうはいかないよシアン。…ノワール、ちょっと早いけどあれ伝えてもいいよね?」

「え、えぇ、シアンに教えてあげなさい」

「わたしに教える…?」

「…ねぇシアン。シアンは今の生活に満足らしいけど…周りはどう思ってるか知ってる?」

 

隠していたプリントを取り出し、含みのある様な口ぶりて話し始める私。当の本人であるシアンは勿論、ケイさんもちょっと気になる様子で私の方に目をやっているのを確認した私は、勿体ぶりながらもプリントの内容を…インタビューの回答を読み上げる。

 

「『シアンは技術者としては申し分ないし、パッセも成長させてくれた。親孝行もしてくれる。そんないい娘だが…まぁやはり、父親としては男っ気もお洒落も全く感じられないのは逆に心配ですな。変な虫がつく事を気にする世の父親の気持ちが分からないものです』」

「ち、父親……おいまさか…」

「『そうよねぇ。男の人と付き合う事、結婚する事が女の幸せ…だなんて言う気は無いけど、恋愛なんてやろうと思って出来る様なものじゃないから、今の機会を全部捨ててる様なあの子はちょっと心配だわ。うちの社員で誰かもらってくれないかしら』」

「やっぱりそれうちの親父とお袋だろ!え、なんでそんな事聞いてるんだよ!?そして二人共そんな事思ってたのか!?」

「因みにそれを聞いてた社員さんからは『社長は可愛いから嫁に欲しい』って声が上がってたよ、冗談混じりにだけど」

「そ、そんな情報いるか!うぅ……」

 

ひとしきり突っ込んだ後赤くなった頬を隠す様に顔に手を当てるシアン。今回の目的から考えると、最後のやつは不要だったかな…?

 

「さ、じゃあ次はケイさんです」

「ぼ、僕の両親にまで質問を……?」

「いえ、聞いたのは職員さんです」

「そうか、ならば安心……」

「『ケイ様ですか?良い上司です、えぇ。…え、本音?本気で良い上司だと思ってますよ?……ほ、ほんとですって。我々と違って仕事に一切妥協も早期の切り上げもしないから有給を取り辛いとかないですからね?』」

「うっ……」

「『そうですね…あ、これ匿名ですか?万が一の時、ノワール様とイリゼ様がフォローしてくれるんですか?では……教祖様としては全く文句ないのですが、仕事外での好みや趣味がまるで分からないので、ちょっと近寄り難いってのはありますね…』」

「そ、そんな印象を持たれていたのか…」

「多分他国の教祖も妙な印象持たれてるでしょうしそこは大丈夫よ、ケイ」

「それはそうだろうが…くっ、まさかこんな手を打たれるとは…」

 

やられた、とケイさんはがっくりと肩を落とす。それを見て、私がノワールにウインクをすると彼女は頬を緩ませてアイコンタクトで「グッジョブ」と返してくれた。いやー、いい仕事したなぁ私。若干というかかなり卑怯な手を使った感もあるけど。

 

「そういう訳よ、二人共。勿論ご両親の心配や部下の気苦労を無下にするもしないも貴女達次第だけど、ね」

「悪どい…悪ど過ぎるぞノワール…」

「あら、これ訊いてきたのはイリゼよ?」

「ちょっと、訊いてきてって言ったのはノワールだよね?」

「そうだけど、どういう切り口で訊くかとか、どの回答をここで言うかとかは貴女に一任してたわよねぇ?」

「そこも含めて、ノワールは私に任せたんだよねぇ?」

「駄目だ、僕は二人が悪女に見えてきたよ…」

 

ちょっと相手を挑発する様な、意地の悪い顔で笑い合う私とノワール。気分は正に越後屋と悪代官だった。

 

「…こほん。で、どうするのかしら?」

「どうもこうも、僕達に選択肢はないに等しいじゃないか…」

「流石に心配かけるのは不本意だしな…」

「それじゃあ、着てもらおっかノワール」

 

私の言葉にノワールがこくり、と頷くと、二人は観念した様子で箱の中からノワールプレゼンの服を取り出す。

なんだかんだ言っても二人も女の子。可愛らしい服に抵抗はあるらしいものの、どこか楽しそうに服を見つめ……

 

『…ってこれ、露出度がおかしくないか(い)!?』

 

てなかった。顔を赤くして二人同時に猛反発を再開、それを見た私達は首を傾げる。

 

『そうでもないと思うけど……』

「そうでもあるから言ってるんだよ…これなんて背中開き過ぎじゃないか…!」

「うーん、ノワールの服もそれ位開いてますよ?」

「ミニスカは別は別にいい、けどこれじゃ脚の露出度高過ぎるだろ!?」

「それを言ったらロングブーツやニーハイじゃないイリゼの方が脚の露出多いわよ?」

「じゃあほら、なんでわたしの服もケイ様の服も狙ったかの様に肩を露出させてるんだよ!?」

『私達は肩どころか脇まで見える服装だけど?』

「……君達女神はそういう趣味があるのかい…?」

 

何をそこまで慌ててるんだろう…と思ってノワールと二人で反論していると、ケイさんに物凄い事を言われてしまった。…い、いやそんな訳ないよね?だってベールやブランも肌色成分まぁまぁあるし?もっと言っちゃえばプロセッサユニットなんて普段着以上に扇情的だし?

…………。

 

「…違うよねノワール?」

「えぇ違う、違う筈よ。だから深く考えちゃ駄目、私も気にしない事にするから…」

「そ、そうだね…世の中気付かなくていい事ってあるよね…」

 

とある答えに辿り着きそうだった思考を強制撤退させ、思考放棄の形をとる私達。シアンとケイさんは、いつの間にか同情的な視線で私達を見ていた。…そ、そんな目で見ないでっ!

 

「と、とにかく!二人にはそれ着てもらうからね!」

「そうそう!じゃないと何故か服選びのセンスがいいノワールに代わってセンスあるか謎の私が服選んでくるよ!」

「うん?イリゼ、君はノワールの趣味について知らないのかい?」

「へ?ノワールに何かセンスに関わる趣味が「ケイ、言ったらもっと露出の多いの選んでくるわよ?」「分かった、僕の口から語る事は何もないよ」…え、え?」

 

勝手に話が進んでしまい、しかもそれが私にとって不利益な形だったせいで私は暫しぽかーんとしてしまう。同じくよく分からなかったらしいシアンもぽかーんとしていた。…そう言えば前にコスプレ云々の話が出たけど…あれは違うよね?正体を隠す為の嘘だった訳だし。

と、なんだかんだで中々進まなかったものの、遂に腹を決めてくれたという事で一度部屋を出る私とノワール。

 

「周りの人からの言葉聞いておいて正解だったね」

「そうね、ほんと協力してくれて助かったわ」

「礼には及ばないよ。それより、窓から逃走したりしないかな?」

「大丈夫よ、この段階になって逃げてもその場凌ぎにしかならない事はよく分かってる筈だもの」

 

二人は一体どれだけ印象が変わるのかと想像しながら待つ事数分。部屋の中から入っていいというケイさんの声が聞こえてきた。

目配せし、何となく深呼吸する私達。そして、一拍おいてノワールが扉を開き、私達は部屋へと再び入る。するとそこには……

 

「うぅ…ほ、ほら着たぞ…?」

「ど、どう…だろうか……」

 

--------顔を赤らめ、落ち着かない様子でスカートを引っ張っている可愛い二人の少女がいた。

少女らしさなど感じさせず、中性的…或いは男性寄りですらあった二人。それが…なんという事でしょう。技術者シアンは肩の開いたカットソーとミニスカートにより、元来の快活さを残しながらも幼馴染やクラスメイトの様な親近感の湧く少女へと変貌し、教祖ケイはワンピースとブレスレットにより、元々の静かな印象とも相まってまるで深窓の令嬢の様な姿となったのです。これぞ正に……

 

「…仰天チェンジ……」

「な、何をまじまじと見ているんだ君達は!」

「し、仕方ないじゃない…イリゼ、こういうのがギャップ萌えって言うのね…」

「うん、これは協力して正解だった…」

「反応がおかしくない!?」

 

元が良いからきっと可愛くなるだろうとは思っていたものの…これは予想外だった。もうなんか……眼福です。

 

「やっぱこの二人ちょっとヤバいんじゃ…」

「こうなる事なら逃げるべきだった…ちゃんと着たんだ、もう解放してくれ…」

「え、何言ってるの?貴女達には今からその格好で私達と出かけてもらうのよ?」

『え"……?』

「あ、ノワール伝えてなかったんだ…酷いなぁ…」

「だって言ったら、ねぇ?」

 

さも当然かの様に言ってのけたノワールに、シアンとケイさんは喉の変な所から出てるんじゃないかと思う様な声を出す。

私は当然知っていたけど…どうやら二人には隠していた様だった。……ほんとノワールって意地悪いところあるよね、こんな作戦に乗ってあまつさえ途中から楽しみ始めてる私も大概意地が悪いけど。

 

「こ、こんな格好で出かける?ノワール、冗談だろ…?」

「冗談じゃないわよ?着てもらうだけじゃまだ目的達成には弱いもの」

「だが、普段こんな服を着ない僕等が出歩いて他人に見られたら…そ、そりゃこの服が可愛いのは分かる。ワンピースは僕も嫌いじゃないし、こういう服装も出来るならばしてみ……」

『してみ…?』

「な、なんでもない……」

 

何やら言いかけるケイさん。それに私とノワールが反応すると、ケイさんは一層恥ずかしそうにそっぽを向いてしまう。……今の服装に思うところあるのかなぁ。

 

「ま、そういう事だから行こうよ。実際着ただけじゃ個人的に特別な体験したってだけにしかならないでしょ?」

「僕はそれで十分だ…シアン、協力してくれ」

「は、はい。こうなればもう逃げる事に躊躇いは……」

「あら、女神二人から逃げる気?」

『そうだった……』

 

にこぉ、と再び悪い笑みを浮かべる私とノワールに、シアンとケイさんは項垂れ「もう好きな様にして下さい…」といった感じの雰囲気を醸し出す。

そして、私達四人は外に出てウィンドウショッピングらしき事をしました。それについてシアンとケイさんは、なんだかんだで悪くなかったとか。……因みに、これ以降この二人はちょっと私的な付き合いを始めたらしい…。

 

 

 

 

「仕事で来たのに、色々と付き合わせちゃって悪かったわね」

 

ラステイション訪問最後の日、また次の国へと向かう私をノワールとユニ、それにケイさんが見送りに来てくれた。

 

「いいよ別に、主な目的は監査だったけど…皆に会う事も大事な目的だったからね」

「お世話になりましたイリゼさん。…ほんと、色々話させちゃってすいません…」

「姉妹揃ってお見送りで謝罪とは…そんなに気にしなくていいのに…」

「なまじ真面目なのが原因だろうね」

「…それ、自分に対しても言ってます?」

「さぁ…それはどうやら……」

 

姉女神と妹女神だけじゃなく、教祖すらも似てるなぁ…とつい苦笑いしてしまう私。苦笑いの理由は分かったのか、ノワール達も軽く肩を竦めている。

 

「次来る時…っていうか監査以外の目的で来る時はちゃんと連絡頂戴ね?やっぱりいきなり来られるのは困るもの」

「分かってるよ、それは流石に常識の域だし」

「ま、そうね。……ねぇイリゼ、監査が終わったらうちの職員になるつもりない?貴女なら名実共に文句ないし、もしなる気があるならいつでも歓迎するわよ?勿論、好待遇でね」

「それは魅力的だね、でも……暫くはいいかな。だって…」

 

そこで一拍おく私。私はもう一度苦笑いを浮かべ…考えている事を口にする。

 

「ネプテューヌの事が不安だし、その関係でネプギアやイストワールさんの事まで心配になっちゃうからね。それに…プラネテューヌには私と同じくもう一人の私に生み出されたイストワールさんや、もう一人の私を感じられるあの場所があるから。だから、私はプラネテューヌにもう暫くは居を構えてたいんだ」

「…そう。だったら、仕方ないわね。監査頑張りなさいよ」

 

ノワールの言葉に私はうん、と返して歩き出す。そし十数歩歩いたところで振り返り、私を見送ってくれている三人に軽く頭を下げて教会から去る。

そんなに長い期間じゃなかったけど、ラステイションでも色々あった。やっぱり友達に会うのっていいよね。

さてと…次の監査も頑張らなきゃ!

そんな思いを胸にしながら、私は歩みを進めるのだった。




今回のパロディ解説

・プリティリズム
女の子をメイン対象とする、アーケードゲームの事。キャラに衣装のカードを使って着せ替えするゲームってまぁまぁありますよね。…皆さんやった事あります?

・アイカツ
上記と同じく女の子をメイン対象とするアーケードゲーム及びそのシリーズのパロディ。ケイは実は乙女的な面もあるらしいのでこのパロを使ってみたのです、はい。

・「〜〜なんという事でしょう〜〜」
大改造!!劇的ビフォーアフターにおけるナレーションのパロディ。きっとこのシーン、イリゼの頭の中ではあの独特な感じで説明がなされていたんでしょうね。

・仰天チェンジ
ザ!世界仰天ニュース内の一つのコーナーのパロディ。別にシアンもケイも太ってないし身体ではなく服を変えたのですから、実際の仰天チェンジとは展開が違いますね。


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第十三話 リーンボックス、監査編

左右から殆ど同時に襲いかかってくる二体のモンスター。右の個体は片手持ちのバスタードソードで斬りつける事で下がらせ、左の個体は振るった勢いを利用した蹴りで跳ね飛ばす。

そこで更に私へと飛びかかってくる個体が一つ。完全に攻撃モーションが終わっていた事もあり私は迎撃を諦め、軸足から力を抜く事で尻餅をついて攻撃を空振りさせる。

 

「全く…タイミング悪いったらありゃしないよ…!」

 

その場で跳ね起き、バスタードソードを持ち直しながら素早く周囲に目を走らせる。

そこにいるのは多数のモンスター。私が立て直している間に一度緩んだ包囲陣形を組み直し、再び私を囲っている。

そのまま睨み合うこと数秒。先程と同じ様にモンスターが私へと襲いかかり、私は極力隙を作らない様にしつつモンスターを迎撃する。

 

(このままだと、一体倒すのにも時間かかりそうか…)

 

色々と特異性はあるものの、モンスターも生物である以上群れを作るし縄張りも作る。そして、何らかの理由で群れが他の群れの縄張りを侵す事があれば、群れ同士の戦闘となる。……そんな中に不運にも遭遇してしまったのが、今の私だった。

始め群れ同士で争っていたモンスターは、今や私という共通の敵を得た事で協力体制になっている。私はモンスターと争う気なんて微塵も無かったのに、勝手に敵(しかも一番厄介な相手)扱いして休戦するなんて酷い話である。くそう。

 

「尻尾巻いて立ち去るんで見逃してくれませんかねッ!」

 

次々と襲いかかるモンスターを押し返し、僅かな余裕を使って意思疎通を図ってみる…けどやっぱり意味は無し。幸い群れ間では仲良くするつもりはないのか群れ同士の連携はないけど…どちらの群れもまぁまぁ知性があるせいで中々切り崩せない。かといってこのまま防戦をしていたとしてもこちらの体力や集中力が尽きる前に勝てる見込みは薄い。となると……

 

「多少の怪我は覚悟するしかないかな…」

 

軽く深呼吸をし、足に力を込める。正直今私は防戦一方の手詰まり状態だったけど…それは出来るだけ被害を抑えて勝とうとしていたから。もしある程度の切り傷や打撲、或いはそれ以上の怪我をする事も厭わなかったとしたら……所詮は休戦状態に入っただけの、そこまで大規模でもないモンスターの群れ二つに遅れをとる筈がない。驕りでも楽観でもなく、守護者たる女神はその程度で負けたり死んだりはしないのだから。

 

「さって、ここからは全力で--------」

 

地を蹴り、正面のモンスターへと突撃しようとする私。その時……

 

 

「退いた退いたぁッ!」

「横槍させてもらう…!」

 

--------私の前に、二人の男性が現れた。

片方は手にした剣でもってモンスターを斬りつけ、もう片方は大きな盾をモンスターに向けて圧をかける。

突然の新手に、動揺を見せるモンスター。思いもしなかった事が起きれば動揺してしまうのは当然の話。そしてそれは、モンスターだけに限った話ではない。例えば……私とか。

 

「え、あ…貴方達は……!?」

「お久しぶりです、イリゼ様」

「へ?し、知り合い…?」

「あー、やっぱ覚えてないっすか。まぁそれもそうですよね」

 

私の前へと守る様に立つ二人の男性。二人の口ぶりからして私と彼等とは面識がある様だけど…私は彼等が誰なのか全然分からない。少なくとも、仲の良い人物やそれなりに交流のある人物では無い。……え、まさか道ですれ違っただけとかじゃないよね…?

 

「ま、とにかく今はこの場を切り抜けましょう」

「話なら、後で出来ます…」

「切り抜けましょうって…いやあの、私理解が……」

「大丈夫です、俺達はイリゼ様の援護に徹しますから。イリゼ様は、自由に戦って下さい」

「……分かりました、いきますッ!」

 

幾ら何でももう少し説明を…と思って二人に目をやった私。でも、二人から帰ってきた視線を見て私は落ち着きを取り戻す。

二人の瞳は、戦いを知っている者の目をしていた。どれたけの実力を持つかまでは分からないけど…その目を、私にとっては戦場で見慣れた目を見て、私の意識は自然と戦闘時のそれへと戻った。そう、戦いにおいては『それはそれとして』という思考が出来なきゃ戦闘に着いていく事なんて出来ない。

 

「はぁぁッ!」

 

走りながら私はバスタードソードを両手持ちに切り替え、先程突撃するつもりだったモンスターを一刀両断。その後すぐ後ろに跳ぶ事で私に遅れて落ち着きを取り戻したモンスターの追撃を回避する。

数体まとめて反撃をかけてくるモンスター。狙うのは私の着地地点。でもそこに大盾持ちの男性が割って入り、剣持ちの男性は逆の手の子盾で横からモンスターを殴りつける。

 

「こんな感じで、どうでしょう…?」

「邪魔にはならんでしょう?」

「えぇ、十分です!」

 

モンスターの攻撃意思から二人に移った頃には私がもうモンスターの側面、子盾持ちの男性の逆側に移動していた。

急所を狙った素早い連続攻撃で私へ反撃を仕掛けてきたモンスターを全て斬り伏せ、その流れのまま次のモンスターへと狙いを定める。

二人の動きはとてもパーティーメンバーには及ばないし、連携も阿吽の呼吸とかのレベルではない。でも、一般人より強いのは動きですぐ分かったし…その動きは私を信用しきっていると言っても過言じゃない位だった。これならば……一気に切り崩せる!

そして……

 

「これで、後一体!」

「イリゼ様ぁ、トリは任せますぜ!」

「え、私?位置的にお二人の方が…」

「美味しいところは我々には勿体ないですから…!」

「別にショーでもゲームでもないのに!?え、ええぃ!」

 

そういう二人の目はマジだった。これはグダグダ言うより二人の言う『トリ』を引き受けた方が早いなと判断した私は近くにあった木を使って三角飛びを行い、斜め上から最後のモンスターに強襲。モンスターは両腕を広げ、爪で迎え撃とうとしたけど…二人の男性が腕を弾いた事で反撃体勢は取れず、無防備な腹部を晒してしまう。

深々と突き刺さるバスタードソード。それを私が引き抜く頃には、モンスターの身体は大部分が消滅していた。

 

「ふぅ…お疲れ様です、お二人共」

「いえいえ俺等はちょっとお手伝いをさせてもらっただけですから」

「むしろ余計な事をしていないか心配です」

「い、いや普通に助かりましたけど…ところで貴方達は?」

 

いやに謙虚な二人組に首を傾げつつも、当初からの疑問だった二人の正体について問いかける私。すると二人は武器をしまい、恭しい様子をとり始める。

 

「名を名乗る程の者ではありません。強いて言うなら、貴女様と一度お会いしただけの者です」

「それも長時間でなく、更に言えば貴女様にとっては気分の良いものではなかったのですから、思い出せないのも無理はありません」

「は、はぁ…でも確かに言われて見ると、どこかで見た事ある気もします…」

「…いつどこでなのか、言いましょうか?」

「ま、待って下さい、後ちょっとで思い出せそうな感じなんです…えっと……あ…?」

 

こちらが窮屈に感じる位の堅苦しさで話している二人は、よく見てみたら記憶の隅辺りに見覚えがある様な気がした。記憶の引き出しの中でも殆ど触れられない(埃を被ってるイメージ)部分を片っ端から開きまくって思い出そうとした私は、ついに二人が誰だったのかを思い出す。

そう、この二人…こいつ等は……

 

「…よくもまぁ私の前に姿を現せたものですね」

 

リーンボックスで私が拘束された時、私を犯……乱暴しようとした人達だ。彼等が一体どういう意図で…いや、どうもこうも、あんな事欲望以外でする訳がない。今までは思い出したくもない事だったから忘れていたけど…忘れていたからといって、許す筈がない。

 

「…まぁ、そういう反応しますよね」

「そうに決まってるよな。じゃ、やるか」

「おうよ、せーのっ!」

 

ギロリと私が睨むと、二人は頭を掻き……

 

『申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

その場で土下座をした。ぴょんと軽く飛んで空中で姿勢をとり、そのまま着地するという荒技、俗にいうジャンピング土下座だった。しかも、ここは野外で下は地面。

激怒とは別の…冷ややかな怒りを燃やしていた私。私はそれを、ジャンピング土下座を冷たい瞳で見て……

 

「え、ちょっ…えぇぇっ!?」

 

ビビった。そ、そりゃそうだよ!こんなの非常識かつトンデモ過ぎるよ!?土下座って辺り謝罪したいんだろうけど…だからってこんな事する!?

 

『我々は愚かでしたぁぁぁぁぁぁっ!!』

「わぁぁ!?ひ、人目ないとは言えここ外ですよ!?本気ですか!?」

『本気も何も、この場で斬り殺されても構わないという所存です!』

「覚悟決め過ぎてる!?あぁもう!分かりました、分かりましたから!許しますから頭上げて下さい!」

 

ジャンピング土下座だけに留まらず、ごりごりと地面に頭を擦り付け始めた二人を見た私は慌ててつい許すと言ってしまう。女神すらテンパらせる二人の勢い、恐ろしい…。

 

「あ、ありがたきお言葉…!やはり貴女は女神様!」

「そ、そう女神です…あの、だから頭を…」

「付け入る様で申し訳ないのですが、もう一つ宜しいでしょうか…?」

「もう一つ…?」

「我々に、貴女の親衛隊を作らせて下さい!」

「親衛隊!?」

「我々はあの後、貴女の事を考え噂を聞く内に、気付いたのです」

「俺等にとっての真の女神様、真の信仰対象は他でもない貴女なのだと!」

 

思いもしなかったお願いに私は声が裏返ってしまった。声音や雰囲気から察するに、この親衛隊というのが王族や指導者の直掩を行う部隊とかじゃなくてファンクラブ的なものを指してるんだろうけど…ほんとに、徹頭徹尾なんなんだろうこの人達は。

でも、私は反射的にそれを嫌がったり恥ずかしがったりはせず、ちょっとだけ…でもしっかり考えて、こう返した。

 

「……公序良俗に反しちゃ駄目ですからね?」

 

私の言葉を聞いた二人(子盾の方がリーダー、大盾の方が副リーダーをやるらしい)はがばっと顔を上げ、物凄く嬉しそうな様子を見せる。それを見て苦笑をする私。

聞いた直後は驚きが先行していたけど、実のところ二人の言葉は内心嬉しくもあった。だって、私は女神だからね。複製体でも、統治の役目を持つ国がなかったとしても、それでも信仰されるのは……嬉しいに決まってるじゃん。

俺等の活動はこれからだとか、イリゼ様の魅力を布教せねばなとか言いながら去っていく二人。こうして、なんだかぶっ飛んだ流れではあるけど…女神(っていうか私)様公認の、イリゼ様(だから私)親衛隊が発足したのだった。……これはまた、大変な関係出来ちゃったなぁ…ふふっ。

 

 

 

 

穏やかな気候の昼下がり。遠くに鳥の鳴き声が聞こえる教会の執務室…なんともまあ、眠くなってしまいそうな環境ですわね。ずっと前から執務室はここですから何を今更、って感じなのですけど。

それよりもいつぶりのわたくし視点かしら。不幸にもわたくしには妹がおらず監査の展開的にも後の方になったせいでえらい長く待たされた気がしますわ。…っと、少々メタが過ぎますわね、特に後者はメタでもまだネタに出さない方が良さそうですわ。

 

「お姉様、お客様ですわ」

 

とんとん、というノックと共に職員…言わずもがな、チカの声が聞こえてくる。今日は来客予定が公私共になかった筈で、その事に一瞬疑問を抱きましたけれど…わたくしはすぐに通す様返答する。予定があろうがなかろうがお客がいる以上対応しないのは失礼ですし、少々眠くなってたところには丁度良い眠気覚ましですもの。

……が、どういう事かその来客は入ってこない。

 

「……何かあったのかしら…」

 

入っていいか訊いてから入っていいと答えるまでの僅かな時間で何かあったのか…いいやそれはない。あったとしたら、それはもう推理物の犯行シーンですわ。

それはともかく、そこはかとなく何か音が聞こえるだけでアクションの無い来客に、さてどうしたものかとわたくしが思考を巡らせ始めると……そこで、扉は開かれた。

 

 

 

 

「綺羅星十字団第7隊、神生オデッセフィア代表、オリジンハート!ふっ…この姿を見せた以上、わざわざ必要以上に語る事もないだろう。故に、私が口にするのはただ一言……綺羅星ッ!」

 

ピエロの様な衣装に身を包み、これまた奇抜な仮面を付けてベールの居る執務室に姿を現した私。国を回るごとに凝った作りになりつつあるこのネタも、三度目にして遂に本格的なコスプレ状態に至った。この格好と、結構不真面目気味なベールなら、先の二人の様な結果にはならない筈……

 

「綺羅星ッ!」

「綺羅ぼ……えぇ!?まさかの挨拶成立!?ベール綺羅星十字団の一員だったの!?」

「ふふっ、第6隊の代表に思うところはなくて?」

「確かに!確かにちょっと彷彿とさせる!けど違うよね!?」

「えぇ違いますわ、貴女が違う様にわたくしも」

 

面白そうに笑みを浮かべるベールを見て、私はこちらから仕掛けた筈が逆に上手く乗せられてしまった事に気付く。むむぅ、悔しい……。

 

「しかしまさかそれ着てここまで…あ、いや、廊下で着替えたから時間がかかりましたのね」

「そういう事。これ服の上から被ってるからちょっと暑いんだよね…」

 

なんて言いながら仮面を外し、衣装を脱ぐ。我ながら中々にしょうもない事をしてる気がするけど…止める気はない。というか、次はどうするかまでもう考え始めてる。

 

「…それで、何の御用ですの?ネトゲやBL指南かしら」

「私は腐ってないし廃人へ向かう気もないよ…」

「まぁまぁそう言わず、これを読んでみて下さいまし。濡れ場のないライトなものですから、初BLにはもってこいですのよ?」

「だから違うって…」

「まぁまぁそう言わず」

「そんなに読ませたい…ってか布教したいの?」

「まぁまぁそう言わず」

「えーと…あの、ベールさん?NPCみたいになってますよ?」

「まぁまぁそう言わず」

「……お、お仕事で来てるからそれ終わってからでいい?」

「勿論。何なら貸し出しでもいいですわ」

 

なんと、私はベールに勧められたBL本を読む事になってしまった!……笑顔のまま変わらない表情と声音、そしてずっと同じ台詞言われたら断りきれないよ…ベール押し売りスキル高いんじゃ…。

 

「はぁ…じゃあお仕事始めるよ、ベールそこから離れて部屋内の物に触らない様にして」

「…と、いう事はイリゼの目的は監査ですのね」

「そう、邪魔しないでよ?」

「そんな自分と国の首を絞める様な事は致しませんわ」

 

相変わらず飄々と、でも雑談をしてる時は少し違う雰囲気で執務室の椅子から離れるベール。ベールが立つ際に何かを隠したり持ったりしてないかを確認した後、私は監査を開始する。

別に汚いと思っていた訳じゃないけど…想像よりも綺麗に纏められたデスクと、同じく想像よりもきちんとこなされている書類。ここだけ見ると守護女神一真面目なノワール程じゃないにしても、ブランとはいい勝負に思える。けど……

 

「…あのさベール、私はデスクの中について指導する様な立場じゃないし、ちょっとしたお菓子や暇潰し用の物が入ってたりするのは悪くないと思うよ?でもさ……ベールのデスクは趣味関連のもの多過ぎない!?」

 

まだ監査を始めて数分だというのに見つかる複数のBL本やゲームの攻略本。そして仕事用のディスクケースと思われる物に紛れ込んでいるアニメのブルーレイと、執務用の机としては些か以上に余計な物が入っていてつい突っ込みを入れてしまう私。それを聞いたベールは、自分なりに自覚があったのかちょっと恥ずかしそうに頬をかく。

 

「その…わたくしも仕事中は真面目にやろうと考えているんですのよ?でもつい魔がさすというか、欲求に負けてしまうというか…」

「気持ちは分かるけど、せめてここに入れるのは止めようよ…」

「返す言葉もありませんわ……これではネプテューヌと同レベルかしら…」

「あ、いやそれは無いよ。ネプテューヌの執務机なんて玩具箱の中に書類が間違って入っちゃったとかの域だから」

「べ、別格ですわねネプテューヌは…」

 

半ば唖然としてるベールに私は乾いた笑いを返す。いや、実際笑い事じゃないんだけどさ…。

 

「だからまだ執務机として成り立ってるベールはマシな方…じゃ、次は棚を見させてもらうよ」

 

暫くデスクを調べた後、続いて執務机の棚を調べ始める。こちらはデスクの椅子から手の届く範囲にないからか趣味関連のものは殆どなく、割と落ち着いて見る事が出来た。

複数ある棚の、最後の一つを途中まで調べた私。そこでそれまで妙に感じていた事が偶然とかではなく明らかなものだと確信し、一旦調べるのを止めてベールに向き直る。

 

「…ベール、一つ質問いい?」

「何かおかしな点がありまして?」

「おかしい、って訳じゃ無いけど…ここの棚、やけにモンスターや生物関連の資料が多いね。そういう棚…というだけじゃないよね、これって」

 

女神個人としても、国防の観点からしてもモンスターとは戦う事になる訳だからその資料があるのはおかしくない。でも、他国と比べてここは量が妙だった。モンスターの被害件数が四ヶ国でトップ…という訳でもないのだから、尚更違和感を抱いてしまう。

明確な不正や危険を感じる訳じゃないけど、私の裁量に任されている以上適当で終わらせる訳にはいかない。ベールも私の意思を感じとったのか、それまでの柔和な表情から真面目な表情に変化する。

 

「…そうですわね。早かれ遅かれ公表する事ですし、隠蔽していたと判断されるのはあまり宜しくない事……素直に教えた方が今後の為になりそうですわね」

「…って事は、これにはちゃんと理由があるんだね?」

「その通りですわ。…着いてきて下さいまし、イリゼ」

 

そう言って、ベールは私を部屋の外へと誘導してくる。部屋を出つつ職員に執務室への出入りを禁止する旨の連絡をするベールの様子を見ながら私は考える。こうして自ら連絡するという事は恐らくすぐに行って帰ってこれる場所ではないという事。一体どこに連れてくつもりだろう…。

 

「…予め言っておきますけど、驚いて抜剣したりはしないでほしいんですの」

「…ヤバい事でもしてるの?」

「考え様によってはそうかもしれませんわね」

「……そ、なら自制心を効かせる様にするよ」

「助かりますわ」

 

教会の廊下を抜け、外へと出る。そのまま私達は数分程歩き、教会の敷地の外れの園芸用器具庫っぽい所の鍵を開けて入る。中は一見ほんとにただの器具庫っぽかったけど…

 

「さ、こちらですわ」

 

壁の一角をベールが触ると、床の中央部がスライドして隠し階段が現れた。わ、ちょっとスパイ物っぽい!

 

「しょっちゅう戦いやら敵地への突入やらするわたくし達にとっては、少々燃えるでしょう?」

「うん、少しテンション上がったかも」

 

お互い女の子なのにね、と苦笑しつつ隠し階段を降りていく私達。執務室から出て少し経っていた事と直前の隠し階段とで少し気の抜けていた私は呑気に「何があるのかなぁ…」なんて思っていた。

そんな思いで降りきった階段。そして、その先…地下室に広がっていたのは……

 

 

 

 

--------モンスターの、飼育場だった。

 

「……ーーッ!?」

「間違ってもモンスターに剣を向けないで下さいまし。それとも…今は、モンスターよりわたくしに向けたく思っていまして?」

 

ベールは両手を軽く上げて抵抗しない事を示していた。私はそれを見て、まず大きく一つ深呼吸。深呼吸して瞬間的に沸いた感情と思考を理性で押し留め、言う。

 

「…ここがどういう場所で…どういう理由でここにモンスターがいるのか、教えてもらえるかな?」

 

まず私は…いや、多くの人はこう考えると思う。モンスターは自然発生したものではなく、リーンボックスの策略によって生み出されたものだと。…でも、ベールは、リーンボックスの人達はこんな事をする筈がない。だから私は訊いた。ベールの真意を知る為に。

 

「…モンスターは人や動物を襲う、正体不明の生命体。…否、生命体と呼べるかどうかも分からない存在。女神を含め、世の多くの人はそう思ってるでしょう?」

「…そうだね、私もそう思ってる」

「……でも、本当にそうなのかしら。存在についてはともかく、他の生物を襲うという点については野生の肉食獣も同じですわ」

「……それは、つまり?」

「…逆に言えば、モンスターも飼い慣らす事は可能なのでは…わたくしやこの件に関わってる人間はそう思っているんですの。…上にも人を置いておかなければ駄目ですわよ?」

 

ベールはここでモンスターの様子を見ている人達にそう言うと、檻の一つを開けて中に入る。

そこに居るのは狼の様な、暗色系のモンスター。この類いのモンスターは狡猾で他の生物を襲う事が多い筈だけど…目の前にいるモンスターは、そんな様子もなく中に入ったベールを見ると嬉しそうにすり寄ってきた。

 

「がうがうー」

「元気そうですわね、寂しかったんですの?」

「がう〜」

 

ベールに撫でられ、気分の良さそうに鳴くモンスター。それはまるで、モンスターというよりも大型犬といった感じだった。

 

「…これをどう思いまして?」

「…驚いたよ。まさかほんとに手懐けてるなんて…」

「始めは偶然でしたの。偶然人に敵対しようとしないモンスターを見つけて、そこからこの研究が始まりましたわ」

 

そうしてベールは説明してくれた。手探りで進める事だけに、中々研究は進まなかった事。事が事だけに人員管理も大変だった事。混乱を防ぐ為、一定の成果が出るまで極秘にしようとしていた事。

 

「…とても、楽ではありませんでしたわ。殆どのモンスターは手懐けられそうにもありませんでしたし、多少可能性があってもモンスターはモンスター。何度も大怪我をするところでしたし…この子や他のかなり友好的になったモンスターも半ば偶然の様なもので、まだ手懐けられる原理も手順も分かってない部分が多いんですもの。はぁ、スカウトリング辺りが欲しいものですわ」

 

モンスターから手を離し、こちらを向いたベールは気苦労を感じられる表情をしていた。

だから、私はもう一つ問う。根本的な事を…一番大事な事を。

 

「…どうして、こんな事をしようと思ったの?聞く限りあまりにもハイリスクだよ。だったら、それより対モンスター政策を進めた方が無難だもん」

「そう、でしょうね。でも、もしモンスターと仲良くとまで言わずとも、積極的に人を襲う様な事が無くなったとしたら…それは凄く良い事だと思いませんの?」

「それはその通りだね。…だけど、理想論でもあるんじゃないかな」

「理想論だからこそですわ。わたくし達女神は奇跡の体現者。国の長でもありますけど、奇跡を身体で知る存在でもあるんですわ。ならば、わたくし達は諦めちゃいけないと思うんですの。女神だからこそ、誰よりも理想を追い求めるべき…わたくしはそう思ってますし、その為ならば危険も困難も受け入れますわ。…イリゼは、どう思いまして?」

 

ベールは、いつの間にか最初の柔和な表情へと戻っていた。彼女の言った通り、これは物凄く大変な事で…でも、それを経験した上でこれを、理想を追い求めるているんだと思う。それを私は、素直に凄いと思った。だから……

 

「…そういえば、ルウィーで凍えてるスライヌを見たんだ」

「…スライヌ、ですの?」

「その子はね、カイロ貼って暫くしたら動ける様になって、その後逃げちゃったんだけどその時私に頭下げてくれたんだよね」

「それって……」

「その時の事、もっと詳しく話してもいいかな?…私も、ベールの理想に協力させてくれない、かな?」

 

世の中、理想だけを見て生きていけたりなんてしない。だけど…理想を捨てないのは、理想をいつか現実にしたいと思うのは、ただ現実を見ているだけよりもずっと大切な事なんだよね、きっと。

 

 

こうして、モンスター飼育場の監査は終わったのだった。

 

 

 

 

あ、そういえばこの日の夜、こんな会話したんだ。

 

「イリゼ、攻めの対義語は何でして?」

「え、守りでしょ?」

「では、真に攻めの逆と呼べるものといえば?」

 

 

 

 

 

 

「……受けだよね?」




今回のパロディ解説

・「綺羅星十字団〜〜」
STAR DRIVER〜輝きのタクト〜に登場する敵組織及びその掛け声のパロディ。そういえばこれのゲーム主人公も最初から記憶がないタイプの記憶喪失でしたね。

・第6隊の代表
上記と同様の作品に登場する、プロフェッサー・グリーンことオカモト・ミドリの事。何となく彷彿とさせるという意味では、第4隊の代表でもいいかもしれません。

・スカウトリング
ドラゴンクエストモンスターズ ジョーカーシリーズに登場するアイテムの事。本作の場合、モンスターよりも女神自身がスカウトアタックした方が強いかもしれません。


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第十四話 リーンボックス、候補生交流編…?

「リーンボックスでも候補生交流編をやると思いまして?」

「残念!お分かりの通りリーンボックスには候補生いないから私とベールのやり取りになるんでした!」

 

リーンボックス教会の一角、ベールの部屋で部屋の端っこに向かってびしっとピースサインをしてみる私とベール。……よし、満足した。

 

「そういえば、四女神全員分やるであろう監査を除けばわたくしと貴女とのツーショットって珍しいですわね」

「あ、確かに。実際には時折あるけど、描写された中でいうと殆ど無いもんね」

 

初っ端からメタ発言連発の私達二人。まぁ正直テンションがおかしい事については自覚があるから、アイコンタクトで意思疎通を図った後に座ってベールの淹れてくれた紅茶を飲む。…はふぅ、落ち着く……。

 

「これはミルクティーとして飲む事も想定したブレンドなのですけど…試して下さらないかしら?」

「いいよ、ベールの紅茶センスは折り紙付きだし」

 

ベールに言われた通りミルクを加え、すんすんと香りの変化を感じとってからミルクティーを一口。その瞬間ミルクのまろやかさとそれの内側から滲み出る紅茶の、いい意味での渋さが私の口の中を包む。……どうしよう、優雅なティータイムしてる気分になってきた…別に何か問題がある訳じゃ無いけど…。

 

「ふふっ、気に入ってもらえた様ですわね」

「あれ、分かった?」

「えぇ、顔に出てましたもの。……で、そろそろ本題に入っても宜しくて?」

「いいけど……雑談したかった訳じゃないの?」

「それはその通りですけど…一つ、重要な議題があるんの」

 

手にしたティーカップをソーサーに置き、ベールは私に目を合わせる。

その様子を見て、少し驚く私。ベールに呼ばれた時はほんとに「お暇でしたらお喋りしませんこと?」としか言われていなかったから、私は終始緩い話をするだけだと思っていた。だけど、今のベールの目を見て思った。もしかして、本当は最初から真面目な話をしたくて、今までのは私に肩の力を抜いてもらう為の導入部分だったのではないか、と。

 

「…重要な議題?」

「重要も重要、今後のわたくし達の日々に大きく関わる事ですわ」

「……それって…」

 

ごくり、と私は唾を飲み込む。この口ぶりからして、これから話す事は恐らく女神関連の事。有事という事もあって色々となあなあに出来た前と違って、今はそうもいかない事も多い。大分前にベール自身が言った通り女神はかなり自由がきく立場でもあるんだけど…それでも、って事なんだよね。だったら、私はベールの言葉をしっかり聞いて、私の思いをしっかり口にしなきゃ--------

 

「……妹のいないわたくし達が、今後どうしていくのか…如何にして、妹という存在を得るか、という事ですわ」

「ってやっぱりそういう事なのね!ずこーっ!」

 

椅子ごと後ろへ派手にすっ転ぶ私。何だか勢い余って口で効果音まで言ってしまった。それに対してベールはきょとんとした表情をしている。も、もう…ほんとに趣味関連だと天然になるんだから…!

 

「…えと、大丈夫でして?」

「頭ぶつけたけどカーペットのおかげで怪我せずすんだよ…で、何?妹が欲しいって?」

「有り体に言ってしまえばそうですわね」

「…アイエフやチカさんじゃ駄目なんだっけ?」

「前も言いましたけど、あいちゃんはあいちゃん、チカはチカですわ。イリゼだってそうでしょう?」

「そりゃ、それは分かるけど…」

 

これについてはベールの言っている事が全面的に正しいと思う。家族に対する愛、友達に対する愛、恋人に対する愛…どれも愛だけど、それぞれの感情は違うしどれかがどれかの代用になるという事もない。……けど、逆に言うとベールの言葉に頷けるのはここ位しかない。妹が欲しいかと言われれば欲しくない事もないけど、切実に願うとかのレベルでもないし。

 

「そもそもさ、どうして妹が欲しくなったの?まさか三人を見て自分も欲しくなった、とかじゃないよね?」

「それは…難しい質問ですわ…」

「そう?何事にも理由は付きものでしょ?」

「かもしれませんけど…欲求の理由なんて、往々にして言語化は難しいものではなくて?」

「そ、それは確かに…って、なんでさっきからおかしい事言ってる筈のベールが私を窘めてる感じになってるの?」

「いやそれをわたくしに訊かれても困りますわ…」

 

私の思考が浅はかなのかベールが思慮深いのか…まぁどちらにせよここで私が取れる選択肢は三つ。まず一番すぐ済むのは適当な事言って話を打ち切らせる事だけど、絶対後味が悪くなるからこれは却下。次にこのまま否定的意見を続ける事。これが無難な気がするけど…多分この感じだとずるずる話が長くなるだけなんだよね。となれば消去法で選ばれるのは三つ目の……

 

「…じゃあまあ、妹を得る方向性で考えてみようか」

 

話に乗ってみる、しかないんだよね。これは今日も突っ込みが捗りそう……。

 

 

 

 

「それでは始めるとしましょうか」

 

ベールは紅茶を入れ直し、ポットを置いて佇まいを正す。言っている事は「何言ってんのこの人…」レベルなのに、こうするだけでまるで大地主のお嬢様の様に見えてしまっている。…大地主どころか一国の長なんだけどね、実際は。

 

「うん、でも私は急に振られても良いアイデアを出せる程優秀な頭を持ってたりしないよ?」

「あ、そうでしたわね。ではお帰りを……」

「酷っ!?…え、本気で言ってる?本気だったら私軽く泣くよ?」

「冗談に決まってるじゃありませんの。取り敢えずイリゼはわたくしの考えに意見を言って下さいまし。アイデアはその内出してくれればいいですわ」

 

さらっとえげつない冗談をぶっ込みながら説明をするベール。酷いには酷いけど、酷い扱いをするのもされるのも私達は慣れっこだからそれはそれとして、私もベールに倣って佇まいを正す。

 

「それじゃ、お願いします」

「えぇ、では…最も基本的且つ一般的な手段としては、両親に『妹が欲しいなぁ』って言う事だと思いますわ」

「最も基本的且つ一般的な手段から離れてるよそれ!?何なら最悪の手段と言っても過言じゃないよ!?そしてそんな事言ったら確実に気まずくなるからね!?」

「…一つ目からそんな全力で突っ込んでいたらこの先体力が持ちませんわよ?」

「突っ込まれる様な事言ってる自覚あったの!?うっわ、凄く先が思いやられる……」

 

額に手を当てて、私は勘弁してよアピール。でもベールはそんなの御構いなしで、次々と案(ネタ?)を口にし始める。

 

「ま、これについてはわたくしも得策とは思いませんでしたの。だってわたくし達に個人としての両親はいませんもの」

「理由そこなんだ…そこもそうだけどさ…」

「で、次に思い付いたのが現実で無理なら二次元に求めようという案ですわ」

「今度は悲し過ぎる!二次元傾倒もそこまでいくとただただ心配になるよ!戻ってきてベール!」

「でも、それでは触れる事も会話する事も叶わない…それならば妄想妹の方がマシですわ」

「良かったお帰りベール!」

「と、そこで思い付いたのが妄想妹ですの」

「帰る場所を間違えてる!?っていうかもうベールの頭は手遅れかもしれないね!」

「イリゼ、女神の頭は皆手遅れですのよ?」

「この件についてはヤバいのはベールだけだよ!……多分だけど!」

 

多角的ボケに真っ向から突っ込んだせいでぜぇぜぇと肩で息をする羽目になってしまう私。しかもベールはそんな私を見て何やらにこにこしている。

 

「ここまで一生懸命に突っ込みをしてくれると気分がいいものですわね。正直戦いが終わって以降も貴女と一緒にいるネプテューヌやネプギアちゃん、あいちゃんにコンパさんがちょっと羨ましいですわ」

「私の苦労も考えてよ…後ネプテューヌ以外は一生懸命突っ込まなきゃいけない程ボケをする事なんて滅多にないから…」

「イリゼはノワールはあいちゃんの様な常識人キャラに近い様でいてちょっと違うのがいいですわよね。…それでイリゼ、わたくしの妹になってみる気はありまして?」

「何故そうなるの…前も言った通り、私はそんなつもりないよ?」

 

さも流れに沿ってる感じにベールは言ったけど…今のは話の跳躍もいいところだった。それに、この話は前にも一度…確か妹組の紹介で集まった時にもした覚えがある。その時はベールも衝動的に言っただけだろうけど…そこできちんと私はお断りした筈だし、今もお茶を濁さずそんなつもりはないと言った。

だけどベールは食い下がる。

 

「でも、案外なってみたら気にいるかもしれませんわよ?」

「いやいや…っていうかアイエフはアイエフ、チカさんはチカさんなのに私は私じゃないの?」

「友達が恋人になったり見知らぬ相手が身内の結婚で家族になったりと、関係性は変化をする事もあるのですわ」

「それとこれとは微妙に違う気が…というか、お試しで妹になれるものなの?」

「ふむ…ではせめて、一回お姉ちゃんと呼んでみて下さいまし。それでしっくりこなければわたくしも引き下がりますわ」

「友達をお姉ちゃんと呼ぶってどんな羞恥プレイ…だったらその後ベールも言ってよ、それなら私も言うよ?」

「あら、やはりイリゼも妹が…」

「違うから!とにかく私の後で言う事!いいね!?」

 

半ば一方的に決めつけて話を進める。元々はベールにも同じ事を要求する事で回避しようと考えていたんだけど…何故か私が積極的に言おうとしてるみたいになってしまった。心に余裕を持ちたいと思う、今日この頃。

 

「分かりましたわ。ではどうぞ」

「う、うん……こほん…」

「…………」

「……お、お姉ちゃん…」

 

恥ずかしげに、ちょっともじもじしながらの一言。たった単語一つ、しかも卑猥でも下劣でもない普通の言葉なのにどうしてこんなにも恥ずかしいのだろうか。後、背丈の関係でちょっぴり上目遣い気味になっていたかもしれない。…あぅぅ、ほんとに恥ずかしい……。

そんな思いをしながら言った私。一体どんな感想を抱いたのかと思い、一つ瞬きをしてベールを見ると…彼女は割と普通の顔をしていた。

 

「……あ、あれ?なんか私の思ってた反応と違う…?」

「いや、なんといいますか…まぁそりゃそうでしょうというか……」

「……?」

「ええ、とですね…結論から言えば、可愛かったですわ。もう文庫なら冒頭カラーや挿絵に確実に使われるなろうってレベルでしたもの」

「あ、え…う、うん……えっと、それはつまりやはり私を妹にしたいって事…?」

「それは…無い、ですわね。可愛かった事は間違いないのですけど、その…有り体に言えば、可愛い人が可愛い仕草をしたら可愛いのは当然、という……」

「あー……」

 

手を左右に軽く広げて首を振るベールに、私は腰に手を当て同じ様な顔をする。要はベールの考えていた可愛さとは違うという訳だし、私としてはそれで良いんだけど…なにか何とも言えない気持ちになる。……誰か今、自分の事可愛いって肯定したな?とか思ったでしょ。いいんですー、人々に望まれて生まれる以上女神が可愛いのは当たり前だし、それによって生まれた原初の女神が作った複製体が私な以上、私が可愛いというのもまたおかしくないんですから。

 

「…何か、申し訳ありませんわ……」

「い、いいよ別に…それよりベール、忘れてないよね?」「えぇ、言う代わりにわたくしのネトゲギルドに加入させてほしい、でしたわね?」

「何更なる利益を得ようとしてるの!?強欲だね!?」

「…というのは勿論嘘ですわ。…とはいえ、やると考えると気恥ずかしいですわね…」

「それを友達にやらせたんだよ、君は…」

「うっ…で、ではわたくしも本気でやるとしますわ…」

 

流石のベールもこれは悪い事をしたと感じたのか、妙に真剣そうな表情を見せる。…い、いや、そんな顔でやられても困るんだけど……。

 

「…………」

「わたくしの全力、とくとご覧あれですわ…!」

「あ、はい……」

 

 

「……お姉様っ♪」

 

両腕を両胸の左右端に当て、小さな躍動と共に満面の笑みで私を呼んでくれるベール。多分だけど、完成度で言えば私よりベールの方が1.5枚位上手。というか……どうしよう、凄く可愛い…。

 

「……よしベール。私がベールのお姉ちゃん…否、お姉様になってあげましょう!」

「それはありが……えぇっ!?ど、どうしてそうなるんですの!?」

「そこにベールがいるから」

「登る気ですの!?ちょっ、ちゃんと説明して下さいまし!」

「可愛いかったから、以上!」

「以上!で済ます気ですの!?イリゼ!?」

「略して友愛!」

「友達だけど愛さえあれば関係ないよね!?」

「お姉ちゃんに、任せなさーい!」

「何をでして!?そして結構ですわ!ほ、ほんとにどうしちゃったんですの!?ねぇ!?」

 

むふー、と鼻息荒く妹扱いし始めると、それを全く予想してなかったらしいベールは途端にあたふたとテンパり始める。普段物腰柔らかなお姉さん的キャラのベールがこうなると所謂ギャップ萌えが発生し、可愛さに拍車がかかってしまう。後、攻守逆転で私の気分が良くなった事もあり……私のベール妹扱いは五分位続いた。

そして……

 

「あー……楽しかった」

「全部お遊びだったんですの!?……うぅ、わたくしもう戦闘不能ですわ…」

 

ふらふらとベットに倒れ込むベール。こうもへろへろなベールもまた珍しいなぁなんて思いつつ私は入れ直してもらった紅茶で一息つく。ま、聞き手としてただ突っ込めばよかった私と身の危険を感じてたベールとじゃ精神的な負担違うよね。

 

「何まったりと分析してるんですの……」

「だって今満足気な気持ちだし」

「ほんとイリゼは偶に酷いですわ…」

 

ベットに顔を半分程埋めた状態で、ベールは私に恨めし気な視線を送ってくる。真面目(?)な話、さっきのベールは本当に可愛かった。アイエフやチカさん、それにベールの熱烈な信者さん辺りが見たら卒倒するんじゃないかな。

 

「とはいえ…うん、ちょっとやり過ぎだったかも。ごめんね」

「ネタならばいいのですわ、ネタならば…」

「じゃ、本気だったらどうしてた?」

「一体どうしたら良いのか戸惑っていたかと…」

 

私のテンションもベールの体力も元通りになりつつある私達。と、そこで一つ私は思い付く。

 

「…っていうかさ、どうしても妹が欲しいんだったら募集するなり孤児院で良さそうな子探すなりしたらどう?女神の妹の座なんてこれ以上ない好条件だと思うよ?」

「…えぇ、わたくしもそれは考えましたわ。というか、真剣に考えた場合は最初に思い付いて然るべき事ですもの」

「と、いう事はそれじゃ不味い理由があるんだね?」

 

私がそう言うと、ベールはこくりと頷いた。

 

「……手続きが面倒でして…」

「って言うのは冗談でしょ?本当のところは?」

「恐らく、それだとわたくしの妹になった子は後々後悔する事になると思うからですわ」

 

ここにきてもまだベールはボケをかまそうとしていた。登場機会の少なさを憂いで少しでもボケておこうとか考えていたのかなぁ。

…それはともかく、後々後悔する事になるって一体……?

 

「わたくしは女神である以上、どうしたって妹は女神候補生となりますわ。だってその子の姉はわたくしになるんですもの」

「…でも、それは便宜的なものでしょ?ベールの妹になった瞬間女神の力を得るなんて事ある訳ないし」

「便宜的でも女神は女神。わたくしや職員は人として扱っても…きっと国民は自国他国関係なく女神として扱ってしまいますわ」

「…………」

「多少ならば仕事は教祖や職員が肩代わりする事も出来ますわ。だとしても、女神というのは…人の思いを受け、人の願いの偶像として生き、人の望みの体現者である事を定められている女神というのは、それこそ女神やそれに匹敵する様な存在でなければ耐えきれないものだと思いますもの」

「…公的には職員とでもしておいて、内々で妹として接する…とかじゃ駄目なの?」

「そんな隠さなければいけない関係など、わたくしも妹も気まずくなるだけですわ」

「……そっか。じゃあ、これは無理だね」

「無理ですわ。だからこそ、女神である貴女を誘ってみたりしたんですのよ?」

 

そう言って肩を竦めるベールに、私は今度はやんやりと断りを入れる。これはもうただの説明だったのか、それを聞いて「分かっていますわ」とすぐにベールは引き下がった。

 

「妹欲しさそのものはがっつりしてるのに、実は深く考えているんだね」

「それはそうですわ。妹にしておいて、何か違ったら『やっぱり無しで』なんて言って姉妹関係解消する訳にはいきませんもの」

「……良い子が現れると良いね」

「わたくしもそう願ってますわ」

 

良い子が現れてほしい。そう言ったのは愛想でもノリでもなく、心からの言葉だった。その言葉にベールも頷き、その日の妹談義は終わったのだっ……

 

「何終わらせようとしてるんですの?」

「え……今いい感じだったから丁度いいと思ったのに…」

「いいも何も何も解決してませんわ!これで終わらせられたらわたくしどうすれば良いんですの!?」

「そんなの知らないよ…というか、さ。それ本気で言ってる?…実は妹云々なんて口実なんじゃないの?」

 

私がそう言った瞬間、ベールは肩をビクッと震わせて動きが止まる。そのまま私がじーっと見ていると…観念した様にベールは苦笑を浮かべた。やっぱり、ね。

 

「いつから気付いていたんですの?」

「割と最初の方かな。全力で突っ込んでたら体力もたないって言われたところで確信度が増した感じ?」

「中々鋭いんですのね」

「あれだけボケがあれば誰でも変に思うんじゃないかなぁ…で、何の口実だったの?」

 

妹の事が口実だというのは分かっていた。けど、何の口実なのかはこの段に至っても分からない。

そう思っていると、ベールは微笑みながらこう言った。

 

「こうしてお喋りしたかった、ただそれだけですわ」

「え……?」

「最初に言ったじゃありませんの。貴女とのツーショットはあまりないって。だから、折角監査の関係でイリゼ一人できたのだからゆっくりお茶を飲みつつお喋りしたい…そう思うのは駄目ですの?」

「……まさか。良いに決まってるよ」

 

くすり、と一つ笑みを漏らして微笑みを返した私。私はこの監査の旅で、久しぶりに会う皆とお喋りしたり遊んだりしたいと思っていた。それが私の一方的な思いなどではなく、皆もそう思っていると分かったのだから……それが、嬉しくない訳が無いよね。

だから私達はその後も二人でお喋りを続けた。時にボケたり、時に真面目な話をしたり。そんな、友達同士のお喋りを続けたのだった。

 

 

 

 

「……って、結局終わってるじゃありませんの」

「そりゃそうだよ!エンドレスお喋りする気だったの!?」




今回のパロディ解説

・そこにベールがいるから
登山家、ジョージ・マロリーさんの名言のパロディ。登る気ですの?もなにもベールには二つの大きな山が…おっと、変態扱いされそうなのでここらで止めておきますね。

・友愛、友達だけど愛さえあれば関係ないよね
お兄ちゃんだけど愛さえあれば関係ないよねっ!及びその略称のパロディ。兄妹は確かに問題がありますが、友達ならば別に特別な関係になっても問題はないですね。

・「お姉ちゃんに任せなさーい」
ご注文はうさぎですか?の主人公、保登心愛ことココアの名台詞の一つのパロディ。勝手に友達を妹扱いしてる辺り、微妙に状況が似通っていますね。


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第十五話 リーンボックス、体感型ゲーム編

--------私は、あまり胸が大きい方ではない。女神化すれば大きいと言って差し支えないサイズになるけど、普段は……まぁ、大か小かでは表現し辛い大きさに位置する。……服着ていても膨らみが分かる程度にはあるからね?ほんとだからね?

そして、ブランやアイエフ、ネプテューヌ辺りには贅沢な悩みだとでも言われるだろうけど、やはり胸の大きい人…特に誰が見ても『巨乳』と判断するであろうレベルの人には羨ましいと思ってしまう。具体的には、このどっちつかずのサイズより一歩上にいきたい、といった感じに。

でもそれは、常日頃から感じる訳ではない。まず第一にあくまで小さい訳ではなく、第二によく見てる相手は日常では大きな躍動がない事もあって慣れてしまうからで、第三に胸が大いに揺れる戦闘時はそんな事気にしようとは全く思わないから。だから、今の私が気にする時と言えば、誰かが胸の話をした時か……

 

 

 

 

「流石、観光と言えばリーンボックスと言われるだけはあるねぇ」

 

なんて独り言をしながら街を闊歩する一人の少女。言うまでもなく、それは私。ルウィー、ラステイションと監査が終わってから数日後に、的確な目的を決定せずに街に出かけてるなぁと思った私はリーンボックスでも何かあるかも、と考えて散歩に出ていた。

そして、観光と言えばリーンボックスと言うのも私の偏見とかではない。豊かな緑に最先端技術を組み込みながらも歴史的景観を崩さない街並みと、リーンボックスは見ていて心が洗われる様な国だった。一面の銀世界、というルウィーも観光目的のお客が結構来るらしいけど…それでも観光名所の数ではリーンボックスに軍配が上がる。他にもプラネテューヌやラステイションからは科学技術を、ルウィーからは魔法を取り入れ、ルウィーとは別の形での科学と魔法の融合を推し進めてる辺り、他国とのやり取りを重視している様に思える。

 

「…なんか観光部門の方に感謝されそうな地の文しちゃったなぁ」

 

とか言いながら大通りから少し離れた私。大通りは初めてリーンボックスに来た時を始めとして既に何度も通った事があるし…観光客の多くがここを通るから、自然と大通りは外見重視の作りとなる。……まぁ要は、俗な事を楽しみたいなら大通りから外れる必要があるんだよね。

 

「まずは…店舗限定グッズ探しかな」

 

私の足はサブカルチャー関連のお店へと向かう。最初はそんなにサブカルに傾向していなかった(気がする)私も、女神の皆を始めとしたマニアック集団に毒されて今やすっかりオタクさんになってしまった。特に凄い面子は浅く広くでも深く狭くでもなく深く広くだから、もうオタク育成環境が完全に整ってると言っても過言じゃないね。

 

「うぅん、もう暫く散歩したいから買うのは不味いかなぁ…ここには帰りにもう一度寄って……」

 

お店を出ようとした所で、とあるコーナーが私の目に映る。他のコーナーに比べて男性が表紙を飾っている割合が異様に高いここは……言うまでもなく、BLコーナー。少し前までなら特に気にも留めなかったこのコーナーに意識を引かれたのは…

 

「ベールとベールに借りた本のせいだよねぇ…」

 

何とも言い難い気分になりながら視線を戻してお店を出る私。別に私はあれ以降腐女子になってしまった訳ではない。確かに本は面白いと感じたけど、多分それは私の中で男の人同士による恋愛に目覚めたからではない…も思う。だって正直あの本は二人の内の片方を女性に置き換えても楽しめた気がするし。

でも、BL本を読んだ事によって前よりBLに対して敏感になってしまった感は否めなかった。

 

「これでBLに目覚めたら私、恐らくただの同性愛好きなんだろうね…」

 

お店での出来事と、私のちょっと複雑な想いに苦笑いを漏らして歩く事数分。ここは一つゲームかスポーツでもしてすっきりしたいなぁ…と思っていた矢先に私はそれを発見した。

 

「……ゲームセンターの前に人だかり…?」

 

わいわいと賑やかになっている通りの一角。建物の壁にかけてある看板にはチェーン店のゲームセンターの名前が書かれてあるけど…そこで私は少し疑問を抱く。

何故あの人達は店内に入らないのだろうか。時間帯的にはどう考えても開店している筈だし、何か新作の(アーケード)ゲームがある訳でもないらしい。特に待つ理由もないのに、どうして人だかりなんか…と思考を巡らせつつあった私は、その人だかりから聞こえる声で自身が勘違いしていた事に気付く。

 

「凄ぇ…また大差で勝ったよ…」

「ええい、あの二人の少女は化け物か…!」

 

私は人だかりを何かを待つ集団だと考えていた。けど、それへ違った。人だかりは待っているのではなく、何かを見ている見物人だったのだ。

ゲームセンターである以上、注目の的になってるのはきっと対戦型ゲームとそれで圧倒的な強さを見せつけている二人組。その二人自体にはあまり興味を惹かれなかったものの、見物人にそこまで言わせるだけの戦いには興味が湧く。

 

「…ここは一つ、ちょっと脳筋な手段使おうかな…」

 

きょろきょろを周囲を見回した私は、丁度いい高さの石垣を発見。更に私と石垣との間及びその近くに人がいない事を確認し……真っ直ぐ石垣へと突撃する。

一気に眼前に迫る(迫ったのは私だけど)石垣を前に私は跳躍。そこから石垣を踏み締め、突撃と跳躍の勢いを保ったままもう一段跳び上がる。

あたかも背面跳びが如く宙を舞う私。人だかりをバーの様に跳び越え、スタッ…っと人だかりの中心へと降り立つ。……スカートが捲れ上がらない様に手で押さえていたから、見た目は少々不恰好だったけど。

 

「うおわっ!?空から人が現れた!?」

「なんだなんだ!?ここから新たな物語が始まるのか!?」

「超絶ゲーマー少女達の活躍を見ていたら空から少女が現れてしまった件。……うむ、今時ラノベタイトルっぽいなぁ」

 

少女普通じゃない反応を示す人だかりの面子。流石ゲーセン前に集まるだけあるぁ…なんて思いながらゲームとその二人を見よう……としたところで気付く。…あれ、これってよく考えたら迷惑行為に抵触してない?

そう思って私はおろおろし始めた。……と言っても、実際には1.5秒位だけど。

 

「凄い跳躍力の人だなぁ…って、イリゼちゃん?」

「わ、ほんとだイリゼちゃんだ」

「へ?まさかの知り合い…ってマベちゃんに鉄拳ちゃん!?」

 

私に声をかけてきた人は、マベちゃんに鉄拳ちゃんだった。しかも二人のいる位置はアーケードゲームのすぐ前…という事は……

 

「二人がこの人だかり作ってたの…!?」

「あはは…最初は何となくやり始めただけなんだけどね」

「こんな注目されるつもりはなかったよぉ…」

「そ、そんなプロゲーマーだったんだ…」

「いや、そんな事はないよ。どちらかと言えばゲームがわたし達向きだったって感じかな」

 

そう言いながらマベちゃんは後ろの筐体を指差す。それは箱に画面とボタン、それにコイン投入口やカード排出口といった様な物が付いたよくあるタイプではなく、複数の大きな画面と専用の銃型コントローラーの付いたものだった。これって……

 

「あの有名な体感型ゲーム?」

「そう。わたし達なら結構いい記録出せるかなぁって思ったんだ」

 

にこりと笑みを浮かべる鉄拳ちゃん。確かにこのゲームはプレイヤーが画面上のキャラクターを動かすというよりも、プレイヤーがキャラクターとして動くといった感じのゲームだから某VRMMO宜しく、元の反射神経や身体能力がゲームに大きく反映される。と、なればスペックがぶっ飛んでる二人が大活躍出来るのは当然の話だった。

 

「うわ…他の追随許してない……」

『あはははは……』

 

スコアを覗くと、トップ層は二人の記録で埋められていた。しかも二人の記録ではないものと比べると文字通り『桁が違う』から…何というか、私からすれば凄いを通り越して半ば呆れてしまうレベルだった。

 

「あんまり高スコア出し過ぎるとゲーセン荒らしになっちゃうんじゃない?」

「かもね…でもこんなに人が見てくれてる訳だし、ぱっと止めちゃうのも気が引けちゃって…」

「あー…まぁそこはある意味自業自得って事で。私は他のゲーム見てこようかな……」

 

トンデモ突入で驚かせてしまった人だかりにぺこりと頭を下げ、私はゲーセンの奥へと向かおうとする。……けど、そこで私は異変に気付く。何やら周りの人達の、私を見る目がおかしい。

 

「…あの子、結構な勢いで着地したのにけろっとしてたよな…?」

「それにあの二人と知り合いって事は、同じ位動ける可能性が……」

「というか、もしかして例のもう一人の女神様じゃ…?」

 

おかしい、というのは少し語弊のある言い方だった。期待…私に向けられていたのは、そういう視線だった。…あぁ、そういう事…そういう事ね……。

 

「…前言撤回、してもいいかな」

「前言撤回?」

「うん。私は…二人に勝負を申し込むよ!」

『うぉぉぉぉぉぉっ!』

 

びしっ!とコントローラーを持って二人に銃口を向ける私。その瞬間人だかりから歓声が起こり、二人も私の意図を理解する。

 

「いいの?イリゼちゃん」

「他のゲームやりたかったんじゃ…?」

「別にやりたいゲームがあった訳じゃないから大丈夫。それに、ちょっとスポーツかゲームですっきりしたかったところなんだ。これなら丁度いいでしょ?」

 

スポーツらしさとゲームらしさを兼ね合わせた体感型ゲーム、しかも相手が強敵となれば気分を晴らすのにこれ以上ない程に適している。問題は二人が既に何度もやってる経験者なのに対し、私は初体験という事だけど…

 

「チャンピオンと挑戦者がフェアな訳ないもんね」

「イリゼさん…?」

「ううん何でもない。…悪いけど、勝たせてもらうよ?」

 

お金を投入し、にぃっと不敵な笑みを浮かべる。それを見た二人は私が本気だという事、そしてやっと相方以外に自分をヒヤヒヤさせる実力が現れた事を理解し、私と同じ様にお金を投入する。

多人数プレイモードを選択する私達。選ぶのは勿論最高難度。ふふっ、腕がなるね。

そうして、私とマベちゃんと鉄拳ちゃんによる、ゲームでのスコア争いが始まったのだった。

 

 

 

 

「ふ……っ!」

「……っ…!」

「わっ……!」

 

前面左右上下から次々と放たれる攻撃を巧みに回避、或いは射撃によって迎撃し、僅かな隙を突いて敵を撃ち抜いていく。視覚と聴覚、それに神経と思考をフル稼働させて敵と攻撃の位置を限界まで把握し、画面上を制圧していく。

 

「三人共、常軌を逸してる…!」

「俺達は超人同士の戦いを目にしてるのか…」

「無双……いや、最早蹂躙だ…」

 

畏怖と羨望の混じった視線がプレイ中の私達へと注がれる。観客のいる前で本気の戦い(ゲームだけど)をする事なんて、ラステイションの博覧会位でしかなかったからそこは若干新鮮だったけど…そう思っていたのは最初だけ。今はゲームと競合相手である二人に意識が集中していて視線は全然気にならない。というか、気にしていられない。

 

(左面に四体上に一体、まずは上を倒して回避行動……ーーッ!?」

 

コントローラーを振り上げ、上の敵を撃ち抜いた瞬間コントローラーに射撃時とは違う振動が走る。まさか、と思って正面の画面に目をやると、そこには数秒前より短くなったライフバーの姿。

 

(ち……また癖にやられた…ッ!)

 

身体を捻る様にして右側…攻撃を当ててきた敵がいる方へと射撃を行い、すかさずステップを踏んで敵の射線から逃れつつ当初狙っていた左面の敵へと向き直る。

人だかりから超人と称される私達。そんな私達でも……いや、そんな私達だからこそ極稀に、こうして攻撃を受けてしまう。

人には死角が存在する。白眼だとか欲視力(パラサイトシーイング)だとかが使えるなら別だけど、普通は見えない、認識出来ないという位置が発生してしまう。だからこそ聴覚や嗅覚など他の感覚器官で補ったり、気配の察知や直感の鍛練等でカバーするんだけど…そこに落とし穴があった。私もマベちゃんも鉄拳ちゃんも、そうした技能…特に後者二つを意識せずとも活用出来る位の技量がある。でも、それが真に生きるのは実戦の話。画像でありデータでしかないゲーム上の敵には気配なんてないし、実戦での直感が役に立つ訳がないんだから、その技能は全く以って無駄どころか、無意識にその技能を活用しようとしてしまう為に逆に敵の攻撃や接近を許してしまう。言うならば、実戦慣れの弊害だった。

 

「この勝負…最後まで互角か……?」

「いや待て…挑戦者がほんの僅かだけどリードしてるぞ!」

「ほんとだ…挑戦者はあの二人よりギリギリのところを攻めていけてるのか…!?」

 

そんな声が後ろから聞こえてくる。それを聞いた私はぺろりと唇を舐め、にぃ…と口角を上げる。

一対一の勝負をした事はないから私が二人より強いのか弱いのかは分からないけれど、私には一つ、確実にアドバンテージと呼べるものがある。それは、人知を完全に超えた、女神の感覚とそれによる知識を有しているという事。

マベちゃんも鉄拳ちゃんも人類トップクラスの能力を持ってる事は間違いない。でも、女神状態の女神には流石に及ばない。という事はつまり二人には対応出来ないけど女神には対応出来る攻撃というのがある訳で、二人には確実な回避をせざるを得ない状態でも、女神には無駄のない最適な回避が出来る状態というのが存在する。そして……私には、後者の経験も対応方法もある。女神状態ではないけれど、知識だとか経験だとかはどちらの姿でも共有しているのだから。

実戦でそれを頼るのはリスクが大き過ぎるけど、いつイレギュラーが起こるか分からない実戦と違ってゲームは設定外の出来事なんてそうそう起こらないし、仮にダメージを負ったとしてもそれは『ゲーム上の』ダメージでしかない。実戦に比べて大幅にリスクが少ないのなら…使わない手はないよね…!

 

「この勝負…貰った……ッ!」

 

正面から現れた敵を立て続けに撃破し、左右から飛ぶ攻撃を紙一重で避けて更にスコアを伸ばしていく。既に合計スコアは二人に僅か以上の差を開けており、大きなミスでもしでかさなければ私の勝利は揺るがない。

--------だからだろう。私がつい二人の方を向いてしまったのは。

二人の方を向いたのは本当に一瞬。それだけでスコアが覆るなんて事はまずない。でも…私は見てしまった。それを…圧倒的なまでの存在感を持つ、それを……。

 

「まだ…時間はある…ッ!」

 

--------ぽよんぽよん。

 

「最後まで、諦めないよ…!」

 

--------たゆんたゆん。

 

 

 

 

 

--------ふにゅん。ぽよん。たゆん。ぷるん。

 

前を向く。敵を確認。回避&攻撃再開。数秒したところで動きつつ下を確認。

 

--------ぽよ……たゆ……ぷに………。

 

 

……私の完全敗北だった。

 

 

 

 

「うーん、負けちゃったぁ…」

「後一回攻撃出来てたら…それか後一回ミスがなければ勝てたのにね」

 

ゲーセンを後にし、仲良く歩く私達三人。結果から言うと、二人の言う通りギリギリながら私の勝利だった。人だかり…というかギャラリーは連勝記録を止めた挑戦者と、ここでの最高峰と言って過言ではない戦いに大いに盛り上がり、二人も負けはしたものの最高の戦いに満足していた。私も心踊る戦いに勝てた事は嬉しかったけど……ゲーム終了の直前に見たあの光景のせいで複雑な心持ちだった。

 

「揺れてたよ…私も揺れてたけどさ……」

『……?』

「何でもない…」

 

私が何にショックを受けたのかも、それがどうショックだったのかも読んでる皆さんにはお分かりだよね…今は女神化も出来ないから、正真正銘今のサイズが私のサイズなんですよー…はは……。

 

「…んー、結構動いて喉乾いちゃったし、わたし喫茶店寄ろうかな」

「あ、わたしも〜」

「私は…どうしよう…」

「イリゼちゃんもおいでよ、久し振りにあったんだもん」

「うんうん、わたしも賛成だよ」

「…そだね。じゃあ私もお邪魔しようかな」

 

にこにこと私を誘ってくる二人に、つい押し切られてしまう。……って言うとまるで私が嫌々行くみたいになっちゃうか。

嫌々行く訳じゃない。二人の楽しそうな顔を見た瞬間、どうでもよくなった…なんて事はないけど、私の心境は一気に「…まぁ、それはそれだよね」と前向きな感じに変化したのだった。それに、何も悲観する事ばかりではない。ゲームも勝てた事も楽しかったし、ギャラリーの歓声を受けるのも気分が良かったんだから。……後、あまり悲観し過ぎると何人かに「揺れる程度には持ってる癖に贅沢な!」と本気でキレられそうだからね。

 

「私買ったんだし、何かご褒美欲しいな〜?」

「へぇ、イリゼちゃんもそういうの言う事あるんだね」

「じゃあ…わたしから熊と殴り合う時のアドバイスをプレゼント〜!」

「ピンポイント過ぎる!多分一生のうちに一、二回しか役に立たない気がするよ!?」

「一、二回は役に立つ可能性あるんだ…」

「常識が通じてくれないのが女神ですから。それに実際戦った事ある鉄拳ちゃんは勿論、多彩な事に手を出してるマベちゃんも一回位はあるんじゃない?」

「で、出来れば武器持って戦いたいなぁ…」

 

それ自体が常識外れな会話をしながら喫茶店へ向かう私達。その中で、私は思う。私はとことん友達に弱いなぁ…って。私は過去が無い事もあって、友達という存在が占めている心の割合は皆以上に大きいと思う。それこそ、友達を心の拠り所にしているのかもしれない。…でも、それを嫌だとは思わない。むしろこの気持ちは絶対に心に残し続けたいと思う。だって私は、大切な人達と大切な人達が守りたいものを守る女神なんだから。例え女神化が出来なくたって、私が女神である事…イリゼである事は変わらないんだから。




今回のパロディ解説

・某VRMMO
ソードアート・オンラインシリーズに登場するゲーム、アルヴヘイム・オンラインの事。……あれ?もしかしてこの場合、四女神オンラインの方を出すべきでした?

・白眼
NARUTOシリーズに登場する、三代瞳術の一つの事。ちゃんと情報を処理出来るのであれば、死角がほぼゼロになる能力って対奇襲を始めとして超強いと思うんですよね。

欲視力(パラサイトシーイング)
めだかボックスに登場するスキルの一つ。相手の視界を覗けるという能力は視界そのものが広がる訳ではないですが、相手の動きが読めるという点で強いですね。


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第十六話 リーンボックス、職員の日常編

「ふぅ、ベール買って来たよ〜」

 

リーンボックスへ来てからそれなりに経ったある日。教会の正面出入り口から入った私は何の気なしにそんな事を言ってみた。でもそれに返ってきたのは、その場にいた数人の職員の会釈だけ。…まぁ、ベールはここにはいないし、自国のではないとはいえ女神がこんな感じで入ってきたらこういう反応するよね。

 

「部屋に行けばいるかな」

 

手に下げたビニール袋を持ってベールの部屋へと向かう私。中に入っているのは二種類の食べ物。一つは私が旅のお供として買ったお菓子(道中ちょっとずつ食べる用)。もう一つはベールに頼まれていた、紅茶に合うお茶菓子。

 

「仕事で来た友達についでとはいえお使い頼むなんて、ベールもいい根性してるよねぇ…なんちゃって」

 

この位で腹を立てたりはしないよ、と私は心の中で続けて角を曲がる。さてと、日数的に考えても、そろそろ次…というか最後の監査対象国へと向かった方がいいかなぁ……

 

「……うん?」

 

ベールの部屋の前まで来た私は、そこで中からざわざわとした音が聞こえてくるのに気付く。始めそれはゲームの音か何かかな…と思ったけど、よく聞くとゲームらしき音の他に人の声の様なものも混ざって聞こえてくる。これは…チカさん辺りと一緒にゲームしてるのかな?お邪魔じゃなきゃ、私もやらせてもらうのもいいかも。

そう思い私はノック。しかしゲームに熱中してるのか返事は無く、十数秒待った末に私は扉を開ける。

 

「戻ったよベール。何のゲームして--------」

「な……っ!?避けられた…!?」

「ふっ、甘いぞチカよ」

「これは中々侮れないですわね…」

「流石ベール様と側近二人…レベルが半端ない…」

 

 

「…おおぅ……」

 

それは、中々にカオスな状況だった。四人が仲良くレースゲームをしている。それならば何の事はない、普通の光景。でもその四人と言うのが、女神、教祖、元教祖代行、教会直属諜報員(しかも他国)だったら…それはもう、到底普通とは言えない。そして、役職云々無しにも私にとってはかなり突っ込みどころのある場面だった。

 

「…えーと、お楽しみ中のところ悪いんだけど…ちょっといい?」

「あ…イリゼじゃない。久し振りね、仕事の方はどう?」

「概ね順風満帆だよ。で、いい?何ならレース終了まで待つけど」

「私はいいけど…ベール様、どうします?」

「わたくしも構いませんわ、頼み事をしていた相手に待ち惚けさせるのも失礼ですもの」

 

というベールの言葉が鶴の一声となり、ゲームを一旦止める四人。ベール以外の三人はベールの信者だから当然と言えば当然だけど…立場云々ではなく自分が従いたいから従った、って感じの雰囲気があるのはベールの女神らしい一面を感じられる瞬間だった。

 

「ありがと。それじゃ…えーっとまず、アイエフはどうしてここに?」

「諜報部の仕事よ。ベール様曰く、イリゼとは入れ違いになったらしいわ」

「……諜報員の仕事…?」

「う、うん…分かるわ、イリゼの言いたい事は分かる。でもほんとに仕事で来たのよ。これは、その…」

「わたくしが誘っただけですわ」

 

痛いところを突かれた、という感じに言葉に詰まったアイエフにベールは助け舟を出す。それを受けてこくこくと頷くアイエフ。

仕事で来たというのは別に私も疑ってない。諜報員ならば他国に出向くのはおかしくない。けど……

 

「…誘われて仕方なく、とかじゃないよね?絶対うきうきで誘いに乗ったよね?」

「うっ……し、仕事もちゃんとするわよ…」

「その心配はしてないよ、私も仕事だけで回ってる訳じゃないし」

 

その諜報の仕事っていうのも、ベールに会えるから引き受けたんじゃないの?…って言葉は流石に飲み込む。そんな事訊いても素直に話してくれるとは思えないし…多分、訊くまでもないしね。

 

「で、もう一つ……一応訊きますが、貴方は…イヴォワールさんですよね?」

「ふむ、そうですぞイリゼ様」

 

コントローラーを置き、さも当然かの様にその場にいるイヴォワールさん。…ご老人の、イヴォワールさん。

 

「…何故ここに……?」

「人数合わせに呼ばれましてな。はは、昔取った杵柄で頑張りましたものの…反射神経の衰えは拭えませぬ」

「って言いつつお姉様に追随してたじゃない…」

「やけに上手いと思ったら、そういう事だったのね」

「これでも昔はゲーマーの端くれだったのですぞ」

 

チカさんとアイエフの言う通り、私が見た限りでもイヴォワールさんはかなりのテクニックを有していた。将棋とか囲碁とかが得意そうな見た目をしてヘビーゲーマーベールに追いすがる辺り、意外性はこの部屋で一番かもしれない。

 

「何というか、イヴォワールさんは属性が豊富過ぎる…」

「あ、この際だから言っておきますと、イヴォワールはわたくしと互角の戦闘能力を有してますわよ?」

『え……!?』

「グリーンハート様、それは語弊が多過ぎますぞ?それはあくまでグリーンハート様が女神化も槍もなし、しかも私の体力が切れるまでの場合ではありませぬか」

「いやそれでも凄いわよ!今それなら若い頃は人類最強だったんじゃ…」

「教会ではかなりの高位置、戦闘方面もサブカル方面も人外に追随可能って…イヴォワールさん、貴方何者ですか…?」

「私はしがない老人、それ以下でもそれ以上でもありませぬ」

『絶対嘘だ……』

 

アイエフと二人、疑いの目でイヴォワールさんを見る。ほんとにこの人……というより、よくよく考えると旅の中で知り合った男性の方々は皆パーティーメンバーに劣らない位トンデモ過ぎる。私達じゃなくて男の人達でパーティー組んで旅したらそれはそれで個性的な物語になるんじゃないかなぁ…需要があるのかどうかは別として。

 

「…じゃ、次はアタクシかしら?」

「あ、いえ…チカさんは別に変でも何でもないので…」

「…何よ、アタクシをハブる気?」

「何でそうなるんですか…ベール、どうしたらいいのこれ…」

「えー……チカ、多分わたくしも訊かれませんから訊かれないのは貴女一人だけではありませんわ」

「ベール様と『同じく』訊かれない…ふふっ、そうでしたわねお姉様♪」

「…アイエフといいチカさんといい、ベールLOVEな人は愛情を隠す気がないよね……」

「な、何で私までそこに入れるのよ…」

「言うまでもないと思うんだけど?」

 

私が真顔でそう返すと、アイエフはうぐっ…と呻き声っぽいのを上げて押し黙った。普段クールでちょっと大人なアイエフも、リーンボックスだと弱くなるみたいだね。これが惚れた女の弱み……ではないか。

 

「あ、それで頼んでおいた物は買えまして?」

「うん、ご覧の通りここに」

「助かりましたわ、ではお礼にこのレシートを…」

「はいはい、そこにゴミ箱があるんだから自分で捨てましょうねー」

 

低レベルなボケをゆるゆるとした突っ込みで返し、無事お使いは終了する。妹との交流だったり料理大会出場だったりと、この旅の最中は色んなお願いをされたけど…軽さでは確実にこのお使いが暫定一位だった。…プラネテューヌにいったら新王者が誕生するかもしれないけどね。

 

「さて…イリゼ様が来た事ですし、私はここまでとさせて頂きます。この面子ならば私がいない方が盛り上がりましょう」

「こっちこそ無理に付き合わせて申し訳ありませんでしたわ。…イヴォワール、まだ決着はついてませんわよ?」

「えぇ、また後日改めて勝負するとしましょう」

 

そう言ってイヴォワールさんは部屋から出ていった。……もうアレだよね、前作の終盤辺りから今にかけて、完全にあの人は『一線は退いたものの、未だ世界有数の実力を持つ強者』みたいな感じになったよね。最初は外面を取り繕った悪人って感じだったのに一体どうして…って何だかこれ以上は作中の一キャラが安易に触れちゃいけない部分に入り込みそうな気がしてきた、止ーめよっと。

 

「…イリゼ?貴女絶賛上の空の最中です、みたいな顔してるわよ」

「あ、ごめんちょっとね。それでイヴォワールさんが行っちゃったし、私が代わりに参加してもいいかな?」

「勿論ですわ。というか参加してくれなければイヴォワールが行った意味ありませんもの」

「そういえば、イリゼはゲーム上手いんだっけ?」

「姉女神の中じゃ最弱じゃないかな。何せゲーム歴が浅いから」

 

ゲームだけに関わらず殆どの○○歴が浅いんだけどね、と思いつつ私はイヴォワールさんの置いたコントローラーを手に取る。レースゲームってのは大概アクセルと方向転換のボタン(キー)さえ分かれば取り敢えずプレイ出来るのが良いよね。まぁそれだけで勝てる事なんて滅多にないけど。

 

「それでは、再開といきますわよ」

「お姉様、次こそ負けませんわ」

「私もスピード系キャラとして勝ちを狙わせてもらいますよ」

「…ベール同盟とか組んで共謀しないでよ?」

「では……ライディングデュエル、アクセラレーション!ですわ!」

『ライディングデュエル!?』

 

想定外の掛け声と共にレースを開始させる1Pのベール。そのあり得ない掛け声についつい突っ込んでしまった私達三人はアクセルボタンの入力に遅れ、四人の中で唯一ベールがスタートダッシュに成功する形となる。そう、それは…ベールの策略だった。

 

「ず、ズルいですよベール様!」

「わたくしはボケただけですわよ?」

「こんなぶっ飛んだ手を使ってくるなんて…ベール、さては貴女このゲームやり込んでいるねッ!」

「答える必要は…って今のはゲームのやり込みと関係ないですわよ…いややり込んでもいますけど…」

 

ぎゃーぎゃーと騒ぐ私とアイエフに淡々と言葉を返してベールは最初のカーブを曲がる。それを追うのは私達二人よりはベールのこういう策略に慣れているのか、すぐに立て直したチカさん。私とアイエフは初めこそ互角だったものの、細かなテクニックの差でアイエフがリードしていく。

 

「あ、せっかくですし勝った人に何か報酬用意したりとかはどうでして?」

「自分が一位の時にそれ言うのはどうなのかな!?」

「報酬…それはお姉様に要求してもいいのでして…!?」

「そういう事なら私も…!」

「うわぁ二人に火が付いた!?そしてデッドヒートに取り残される私!?」

 

ぐんぐんとトップとの距離を詰めていくアイエフとチカさん。序盤のリードこそ失ったものの、二人が自身を抜く事を一切許さないベール。三人のカーチェイスが如くの激戦は周回数に比例する様に激しさを増していく。

そして……

 

「貰いましたわ、最終コーナー!」

「間に合え…間に合え…間に合えぇぇぇぇっ!」

「--------いいえ、勝つのはわたくしですわ!」

 

ほぼ同時にゴールへと突っ込む三人。ゲームが判断した勝者は……ベールだった。

正に激戦。正に接戦。素直に褒められる勝負だったかどうかは中々に怪しいけど…凄いなぁ、と思える一戦だった。

 

 

 

 

……因みに、その回NPCに勝つのがやっとで三人には到底追いつけなかった私は、一位狙いを早々に諦めるのだった。うん、ほら、慣れないゲームで勝てる訳ないしね。マベちゃん鉄拳ちゃんとやったのと違って普通のゲームだし。

 

 

 

 

それまでの例に漏れず楽しかったリーンボックス監査(監査より監査以外の事してた日数が多いとか言わないでね。それ一国目からそうだし)も遂に終わりの日がやって来た。荷物をまとめて外に出た私と、見送ってくれるベールとチカさん。そして…同じく今日リーンボックスを経つアイエフ。

 

「アイエフは滞在短いんだね、せっかくのリーンボックスなんでしょ?」

「私はあくまで一諜報員だからね。あんまり仕事中好き勝手する訳にはいかないし…ねぷ子がそれを知ったら自分の事棚に上げてどやしてきかねないわ」

「あはは、それもそっか…何だかごめんね、私は好き勝手やっちゃって…」

「いいわよ別に。自由に責任は付きもの、イリゼは自由が効く分仕事の責任は大きいんでしょ?」

 

確かに、その通りだ。この仕事を、この立場を請け負った時にも思ったけど、私の行ってる仕事は私の判断次第で各国に大きな影響を与える事になるし、やろうと思えばかなり職権乱用も出来る。だからこその自由、と考えると…改めて自由は大変なものなんだなぁと思う私だった。

 

「二人共、わざわざ仕事に絡ませなくてももっと来ていいんですのよ?」

「うん、そのつもり。ベールこそ国の運営が安定軌道に乗ってきたらプラネテューヌにおいでよ。多分ノワールやブランもなんだかんだで皆プラネテューヌに集まるだろうし」

「ねぷ子の人を惹きつける力の賜物ね、それは。あそこだけは凄いと思うわ」

「ふふっ、あいちゃんは厳しい評価をするんですのね。わたくしも同意見ですけど」

「両方酷いねぇ…そう言われるのは自業自得だけどさ」

 

なんて言って苦笑する私達。これにはチカさんも笑っていた。見ようによっては陰口にもなる会話だけど…わざわざ確認しなくても皆分かっている。ネプテューヌの人を惹きつける力は本当に凄い事も、ネプテューヌの長所がそこだけなんかじゃないって事も。

 

「さて、それじゃ私はそろそろ行きますね。お世話になりました」

「…他の所ではここ以上に真面目に仕事しなさいよ?貴女の不評は回り回って貴女と親しいお姉様にまでくる可能性があるんだから」

「はいはい…そっちもちゃんとしなさいよ?お姉様お姉様ばっかり言って仕事忘れてたら大変になるのはベール様なんだから」

「ふん、そんなの心配されるまでもないわ」

「それは私もだけどね」

 

ものの数秒で剣呑な雰囲気になるアイエフとチカさん。ほんとにこの二人の関係は変わらないなぁ…と思いつつ、私はベールと目を合わせる。

 

「…出来れば二人にも仲良くなってほしいのですけど…」

「これもこれでいいんじゃない?一応相手の能力は認めてるみたいだしさ」

「……ま、それもそうですわね」

 

仲悪いよりは仲良い方が良い…とは思うけど、その方が良いからってそれを実現出来るとは限らないのが現実。それに…無理して仲良くなったって、そんなもの長続きしないだろうからね。きちんと相手を認めてるのなら、仲が悪くてもいいんじゃないかな?きっと有事の時までこの仲の悪さを持ち込む様な事はしないだろうし。

 

「なら、私ももう行くね。アイエフと同行出来ないのはちょっと残念だけど…」

「行き先違うんだから仕方ないわよ。お互い仕事頑張りましょ」

「だね…それじゃ、また来るね」

 

手を振るベールとチカさんに挨拶をして、私達は教会を去る。暫く談笑しながらアイエフと歩いて…ある程度行った所で、違う目的地へと向かう為に別れる。

遂に監査の旅も残す所後一ヶ国となった。元々各国にそれなりの日数滞在していた事と、予想外の冒険(探索)をした事で、もうかなり長い間旅をしてる気がする。でも、どこも結局は来てよかったと思えたからこそ、最後の監査にも期待が……と言いたいところだけど、監査自体は色々不安なんだよなぁ…主に疲労の面で…。

だけどやっぱり楽しみだ、と思いながら歩みを進める私だった。

 

 

 

 

 

 

……え、まだ終わりじゃない?だって今までの流れなら…あ、そっか。まだあの出会いがあったもんね。じゃあ、よーし…

 

「……うん?」

 

街中を出て凡そ数分。何の気なしに歩いていた私は、ある時から視線を感じる様になった。最初こそ無視していたものの…ずーっと視線を感じ続けるというのはあんまり気分の良いものじゃないし、何より誰が見ているのかと気になってしまう。

 

(んー…あんまり宜しくない相手だったら早めに確認しておいた方がいいよね。精神衛生上も悪いし)

 

そう思って私は手近な木に寄り…木の影に入った瞬間、素早くターンをかけて木の影から身体を出す。

木の影に入った人が次の瞬間には入ったのとは反対側から勢いよく、それも自分の方を向いて現れたらまず驚かない人はいない。そしてそれは、相手が人でなくても同じだった。

 

「……ーー!?」

「…え、スライヌ…?」

 

バッ、っと現れた私に驚いたのはスライヌ。私に視線を向けていたのはモンスターだった。

 

「……ま、こんな場所だしモンスターが見てる可能性が一番高いよね」

 

侮っている訳ではないけど相手はスライヌ。襲ってこないのであれば倒す必要もないし、襲ってきても一体なら難なく返り討ちに出来る。だからスライヌに注意しつつ再度歩き始めた私だったけど…二つ程、おかしな点があった。

 

「…………」

「…………」

「……?」

「…ぬら」

 

前を向いて十数歩。するとスライヌも約十数歩分動く。私が再び振り向くとそのつぶらな瞳を向けてきて、私が離れるとじーっと私を見つめながら着いてくる。

そしてもう一つ……

 

「…あれ、なんか付いてる……」

 

スライヌはよく見ると、何か白い長方形のものが身体に張り付いていた。どういう訳か私に興味らしきものを向けている事も含め、このスライヌは何なんだろうと気になった私はスライヌに近付き……気付く。それが、カイロである事に。

 

「カイロ…ってまさか、あの時のスライヌ!?」

「……!ぬらー!」

 

ぴょこぴょことスライヌはその場で跳ねる。

私はこの旅でルウィーに行った時、街に着く前に凍えていたスライヌと出会った。その時、私は確かにしたのだ。スライヌにカイロを貼ってあげて動ける様にしたのだ。ゲイムギョウ界広しと言えど、そんな事をする人はまずいないと思う。その上でこのスライヌが私に有効的という事は…あの時のスライヌとこのスライヌとが同一個体だとしか思えない。

 

「君、ここが縄張りなの?それともまさか私を追いかけてきたの?」

「ぬら、ぬら〜」

「…うんごめん、私スライヌ語は分からないや…」

 

前者なのか後者なのか、それともそれ以外なのか全く分からない私。スライヌの様子から機嫌が良さそうな事は分かったけど…正直逆に言えばそれしか分からない。

そうしている内に、私はある感情をスライヌに抱く。つぶらな瞳に名前の由来になってるであろう、わんこの様な鼻と耳。そしてぴょこぴょことした動きは……とても、とても愛くるしい。前から可愛いとは思っていたけど、敵意なく近付いてきてくれるスライヌは一層愛くるしかった。

 

「……ね、もし良かったら…一緒に来る?」

「ぬら……?」

「こういう事、だよ」

「ぬら…ぬらぁ〜〜♪」

 

いまいち伝わってなさそうなスライヌを私が抱っこすると、彼(彼女?)はこれまでで一番嬉しそうな鳴き声をあげてくれた。それを聞いて、更にこのスライヌが可愛く思えてしまう私。…ベール、ベールとリーンボックスで研究してる事は、やっぱり無駄な事なんかじゃないよ。

 

「よし、それじゃあ…スライヌ、君に決めたっ!」

「ぬらぬらー!」

 

手荷物の他に、スライヌも抱えて先へと向かう私。多分話しかけなくてもずっと着いてきただろうし…仕方無いよね?

こうして、私の旅は終盤に差し掛かったところで新たな同行者が出来るのだった。




今回のパロディ解説

・「〜〜ライディングデュエル、アクセラレーション!〜〜」
遊戯王シリーズに登場する、特殊な決闘(デュエル)の一つ及びその掛け声の事。もしそれが本当にライディングデュエルなら、ゲームジャンルが大きく変わりますね。

・「〜〜ベール、さては貴女このゲームやり込んでいるねッ!」「答える必要は〜〜」
ジョジョの奇妙な冒険第3部に登場するキャラ、テレンス・T・ダービー及び花京院典明のやり取りのパロディ。ゲーム外の策略時に使ってもいいじゃない、パロディですもの。

・「貰いましたわ、最終コーナー!」
炎神戦隊ゴーオンジャーに登場する、敵へのトドメ時の決め台詞の一つの事。台詞的には完全にレースっぽいので、あの場面で使っても違和感はないかと思います。

・「間に合え…間に合え…間に合えぇぇぇぇっ!」
機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY主人公、コウ・ウラキの名台詞の一つのパロディ。こっちもレースっぽい台詞なので、上記同様採用してみました。

・「〜〜スライヌ、君に決めたっ!」
ポケットモンスターシリーズのアニメ版主人公の一人、サトシの代名詞と言える台詞の一つのパロディ。別にイリゼはスライヌをゲットした訳じゃないんですけどね。


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第十七話 プラネテューヌ、監査編

遠くに見える紫の建造物群。ルウィーともラステイションともリーンボックスとも違う、どこか未来チックな建物の束が肉眼で朧げながらも確認出来る距離にまで到達した私は、ちょっとした感銘を覚える。

 

「長かった一人旅も、遂にここまで来た……」

 

皆との旅に比べれば短なものだし、苦難困難も例の出来事を除けば数える程しかなかったけど…それでも、決して楽な旅でもなかった。その旅が、出発点であるプラネテューヌに戻ってきたと思うとほんとに感慨深い。

けど、これは二つ程間違っている。プラネテューヌに戻って来たとはいえ、まだプラネテューヌの監査が終わった訳ではないし、そもそも……

 

「ぬらぬらー!」

「ふふっ、ごめんごめん。君も居たんだっけね」

 

微笑む私。ぴょこたんぴょこたんと私の横を跳ねるスライヌもこの旅(まだ同行者になりたてだけど)の一員であり、最初と違って今は一人旅ではなかった。

言葉の通じないスライヌだけど…いるといないとじゃ結構違う。同行者がいるというだけで安心感があるし、言葉が通じないとは言っても反応がない訳ではないし、何より可愛い。同行者となって日の浅い今は、一挙手一投足が愛くるしいと言っても過言じゃない位だった。

 

「もうすぐ着けるし、ここからはまったり進もうかなぁ……あ、お菓子食べる?」

「ぬらぬら〜」

「そっか、じゃあ…ほいっ」

「ぬらっ!」

 

荷物から取り出したチョコレート菓子の包装を剥いてスライヌの方に軽く放ると、スライヌはぴょこんと飛び上がってそれを口でキャッチする。そして着地後スライヌはほんわかとした表情を浮かべ、見ていた私はその様子に萌える。もう何というか、子犬を飼い始めた気分だった。実際スラ『イヌ』だし。

 

「よーしそれじゃもう一個……っと、ちょっとここ入ろっか」

「ぬら?」

「ごめんね、でも事情知らない人だとびっくりしちゃうからさ」

 

進路上に人影を見た私はその場にしゃがみ、大きめのバックを開いてスライヌに入る様指示する。別に説明出来ない事じゃないけど…普通の人はモンスターを見たら驚くし、場合によっては即戦闘態勢に入ってしまう。それにスライヌの方もまだ人皆にフレンドリーなのか私だけ特別なのかは分からないから今普通に会わせてしまうのは危な過ぎる。…あ、因みに国境管理局では「バックにちっちゃいペット入ってるんですけど…」と言ったらそれだけで通してくれた。私を信頼しての事なんだろうし、その方が好都合だったけど…国境管理局の人達はもう少し厳しい検査をした方がいいと思う。

 

「ちょっとしたらまた出してあげるからね」

 

バックの中に入ったスライヌの頭をぽんぽんと触って立ち上がる私。流石に全身は入りきらず、ちょっと頭がはみ出してる感じになっちゃってるけど…これだけならモンスターとは判断されないよね。

それから少しして、私は発見していた人影…二人組の人物とすれ違う。ここは郊外だし、クエストを受けたか陸路での旅を楽しんでる人達かなぁ…なんて思いながら過ぎ去ろうとしていると……

 

「…おや、貴女…ちょっといいですか?」

 

後ろから、声をかけられた。振り向いて確認をした訳じゃないけど、この状況下なら声をかけてきたのは今すれ違った二人の内のどちらかに違いない。スライヌがいるから早く行きたいところだったけど、無視するのも悪いし用事があるなら応えるべきだと思った私は振り向いて何でしょう、と言葉を返す。

すると、二人は何か慣れた様な口調で喋り出した。

 

「突然話しかけてしまって申し訳ありません。しかし、こんな所で女性一人とは…何かあったんですか?」

「いえ、単に旅をしてるだけですけど…」

「旅ですか、いいですよね旅って。変わり映えのない日々から離れるというのは刺激的なものなんですよね」

 

妙に親しげに言葉を口にする二人組。それだけなら社交的な人なのかもしれないけど…二人の雰囲気は、それとは違う。何というか…会話をこなしている(・・・・・・)感じだった。

 

「…あの、目的は何ですか?」

「目的?あぁ、これは失礼。前置きが煩わしかったですか?」

「察しの良い方なんですね。では……」

 

これもまた、変に芝居掛かった様子で二人は私の質問に応え、荷物の中からチラシらしき物を出して渡してくる。あら?もしかしてこれなんかの勧誘?うーん、となるとユニミテス教の事思い出すなぁ…って……

 

 

--------え?

 

「…………」

「どうです?中々洒落た名前だと思いませんか?」

「とはいえこれだけでは色々疑問を抱くでしょう。なので説明をば……」

「…ちょっと待って下さい」

 

チラシの中央上、一番目立つ所に書かれていたのは二人の勧める新興宗教の名前。一応女神である私に宗教勧誘ってどうなんだとかも思ったけど…新興宗教の名前に比べればどうでもよかった。だって、そこに書かれていた名前は……

 

「犯罪組織…マジェコンヌ……!?」

 

それは、私の…私達パーティーがよく知る名前。何度も戦った元宿敵であり…平和の為に先代の四女神に力を貸し、その結果負のシェアに汚染される事となってしまった元英雄の名前。それが、なんで……!?

 

「えぇそうですよ。あ、犯罪組織と言っても実際に法を犯してる訳ではありません。むしろこれは、既存の常識や当たり前に囚われない、という寛容さを表しているのです」

「そして、マジェコンヌといえば何者にも囚われず、正面から女神と女神の統治する世界に勝負を挑んだ女性。彼女は…まぁ、やり方は荒っぽかったですが…彼女がしたかったのは、きっと旧態依然となってしまっている今の世界を良くしていこうとしたのですよ。貴女も、私達と彼女の意思を継いでみませんか?」

 

徹頭徹尾、彼等の調子は変わらない。そこまできて、やっと私は理解した。この二人は、心からそう思ってやっている訳じゃない。ただ勧誘という仕事をする事になって、その為に用意された言葉を話を聞いてくれそうな人に片っ端から伝えているだけだと。

そこまで聞いて、そこまで理解して、私はチラシに目をやるのを止めた。チラシを持つ手は…不愉快さからくる怒りで、震えていた。

 

「…貴方達が、何を知っているというんですか…」

「何を、と言いますと?」

「マジェコンヌさんを…彼女の何を知っているのかと聞いているんです。旧態依然となってしまっている今の世界を良くしていこう?彼女のしてきた事、彼女のやろうとしてた事を知っているのなら、よくそんな事を言えますね。彼女の意思を継ぐ?どうしてマジェコンヌさんがあんな事をしたのか、あんな事になってしまったのか、本当は何をしたかったのか…それを知らないからこそ、そんな事を言えるんでしょうね」

「え、いや…あの……」

「どこまで知ってるのかは知りません。もしかしたら全く知らないのかもしれませんね。ですが、いずれにせよ……そんな間違った認識で、軽々しく彼女の名前を使うな…ッ!」

「……っ…!?」

 

その場でたじろぐ二人。それもその筈、その時の私は…敵を睨む様な、鋭い視線をしていたのだから。およそ普通の人にすべきではない目付きに、若干ながら語気の荒くなった言葉。おまけに私(というか女神は皆)はぱっと見普通の女の子な訳で、そんな相手が突然その様な態度を見せたら、それこそ普通の人は落ち着いていられる筈がない。

が、それでも仕事は仕事と思ったのか、彼等は私を説得しようとする。

 

「ま、まぁまぁ落ち着いて下さい。それも分かりますが、決めつけとはよくないものです」

「そ、その通りですよ。それよりもっと細かな説明…を……」

 

元々興味は無かった所に拍車がかかり、全くもって私の心に響かない勧誘を続ける二人。どうせこの二人はこの新興宗教の中核ではないだろうし、さっさと断ってしまおう…そう私が思ったところで、二人の内の片方が急に口をつぐむ。

 

「説明ですよ説明、まず魅力と言えば…っておい、なにぼさっとしてるんだよ?」

「いや……おい、この人ってもしやイリゼ…様じゃないのか?」

「イリゼ様…って、あの……?」

「俺の心当たるのは一人しかいないしお前が言うイリゼ様ってのがどのイリゼ様かは知らないけど…多分そのイリゼ様だ」

「…じゃあ、俺達は勧誘成功率0%どころか論外レベルの相手に勧誘してしまったと?」

「そうなるな……」

「…………」

「…………」

『……あ、バイトの時間だ』

「え…ちょ、ちょっと……!?」

 

ありもしない腕時計を確認する仕草の後、あっという間に走り去るという、何故か江頭さんスタイルで逃走する二人。その変わり身の速さには流石に今の私も驚き、つい立ち尽くしてしまう。…というか、旅に出てからこういう経験が多過ぎる気がする。私はもう少し女神っぽく見られない練習が必要かもしれない。

……それはともかく、これは由々しき事態だった。十中八九彼等はよく知らずに加入しマジェコンヌさんの名を語ってるんだろうけど、知らなければ何をしてもいい訳なんてないし、中核レベルの人達までよく知らないのであればトンチンカン宗教で終わるけど…もし、マジェコンヌさんの事をよく知った上で名を語っているなら、そこには見過ごしてはならない思惑があるとしか思えない。

 

「…教会に着いたらネプテューヌとイストワールさんに伝えた方がいいね、これは…」

 

そう心に決めながら私は、プラネテューヌの街へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

「…あれ?なにか忘れてる気が……」

「…ぬ…ぬらぁ……」

「ああっ!忘れてた!い、入れっぱなしにしちゃってごめんね!」

 

 

 

 

「ひゃっほー!久しぶりの登場だー!」

 

執務室の回転椅子(これ座り心地超良いんだよね。流石女神の座る椅子!)ではしゃぎながらくるくる回るわたし。側から見たら「女神様がご乱心!?」的な反応される可能性高いけど…そんな事は関係無ーし!それよりわたし主人公だよ!?W主人公の一角が暫くまるで登場しないってどういう事さ!コラボの時は流石にわたしも自粛した方がいいと思うけど、それ以外ではちょくちょく出たっていいじゃん!イリゼがこんなに主人公として登場してるんだから…ってあれ?よく見たら本作はW主人公制じゃないんだ…むぅ、どうせ次作じゃ主人公としても一キャラとしても暫く出られないんだろうし、今の内に大活躍したいのにー…。

 

「ネプテューヌ、入っていいかな?」

「その声…もしやイリゼ!?帰ってきてたの!?」

 

扉の向こうから聞こえた声に、わたしは目を輝かせる。間違いなく、その声はイリゼのものだった。

憂鬱な仕事の時間も、友達が来てくれるとなれば一気に気分の良いひと時に変わる。しかもそれが今までは毎日の様に顔を合わせていたのに仕事で暫く不在となっていたイリゼなら、その気分の良さもひとしおになる。そう思ってわたしは即答でOKを出したけど…イリゼは入ってこない。

 

「あれれ?イリゼー?入ってもいいんだよー?」

 

なにか間違って伝わったのかと思って、もう一度言ってみるもやっぱりイリゼは入ってこない。おっかしいなぁ、わたし扉に結界的なもの張ったりしたっけ?してないよね?

いつまでも開かず、代わりに何かの擦れる様な音らしきものが聞こえるだけの状態に焦れたわたしは、ならこっちから開けてあげようかなと椅子から立つ。

その時だった。扉が開かれ、廊下にいた人物が姿を現したのは。

 

 

 

 

「残念だ、ネプテューヌ王。だけど、あんたの時代はもう終わる。他でもない、イリドレッドによって終わる。思うところはあるのかもしれないけど…もういい。私が、納得したのだから」

 

ガチャリ、と白と赤で彩られた鎧を身に纏い、それと同じ意匠の施された兜…不貞隠しの兜(シークレット・オブ・ペディグリー)を被った姿で私は現れる。各国恒例の正体隠しネタも、遂には実戦運用可能なレベルにまで至ったのだった。実戦運用って言っても見た目程の強度は無いし、兜は防具でもなんでもない模造品だけど…これならばもう、バレる理由が見当たらない。

あぁ、勝った…三連敗の私だったけど、三度も失敗を重ねたおかげでやっとここまで到達する事が出来た。さぁ、旅の終わりを記念してじっくりとネプテューヌの驚愕した顔を拝ませてもら……

 

「ならば、わたしは戦おう。愛すべき国を、国民を護る為戦おう。例えそれが自分の子供…じゃなかった、友達を討つ事だとしても…わたしはもう、迷わないッ!」

「ちょおっ!?ま、待ったネプテューヌ抜刀はいけな…マジで斬りかかってきた!?」

「さぁ剣を抜けイリゼ!」

「私と分かってるのにやってんの!?後もう抜いてますが!?抜いて防御してますが!?」

 

どういう訳かネプテューヌは愛刀を構え、一直線に斬りかかってきた。咄嗟にバスタードソードを掲げで防御したけど…洒落にならな過ぎる!ネプテューヌのマジ攻撃受けたらばっさりいくよ!?見た目程の強度はこの鎧ないんだもん!

 

「おー地の文でのテンパり凄い…で、ここから一勝負する下りじゃないの?」

「私が変装して守護女神がそれをすぐ看破して私が悔しがるだけの下りだよ!?他の三ヶ国での監査編見てないの!?」

「なんか凄く突っ込みどころのある返答来た…じゃ、いいや。汗かきそうだしそれ抜いだら?イリゼ」

「そうだね…うん、そうします……」

 

太刀をしまってくれた事で一安心した私は、がっくしと肩を落としながら兜と鎧を脱ぐ。暑いといえば暑いけど、汗に関しては暑さによるものよりも冷や汗の方が多くかきそうな展開だった。なんというか…このネタ最後の国で一番ピンチになった気がする…。

 

「イリゼらしくないボケするからこうなるんだよ……久し振り、イリゼ」

「私だってボケたい時はあるもん……久し振りだね、ネプテューヌ」

 

兜と鎧を傍にやった私は、ネプテューヌと顔を見合わせる。時々電話やメールでやり取りしてたから、旅の間全く接点がなかった訳じゃないけど…こうして顔を見合わせると、やっぱり『久し振り』って気持ちになる。

 

「監査の旅、どうだった?」

「順調だったよ。女神の皆は勿論、別次元組の皆にも会えたしね」

「あ、そうなの?いいなぁ…わたしも小旅行しようかな…」

「小旅行出来る程仕事は片付いているのかな?」

「さ、さて…何の事でしょう…」

「しらばっくれたってしょうがないでしょ…それと、完成したんだね、ここ」

 

ちょんちょん、と私が下を指差すと、ネプテューヌはあぁ…と言って首肯する。ここ、と言っても執務室の事ではない。ユニミテスの攻撃によって半壊したプラネテューヌ教会はそれから修繕ではなく改築を行い…それからずっと、プラネテューヌの新たな象徴の一つとするべく工事を続けていたここは、私が旅に出ている間に遂に完成した様だった。

 

「うん!これぞプラネテューヌの中心、プラネテューヌの技術の粋を結集させた塔、その名もプラネタワーだよ!」

「おー……!」

 

両手を広げて紹介するネプテューヌに、つい私は拍手をしてしまった。プラネタワー…安直だけど中々悪くない響きだね。それに……

 

「やっと、工事の音を聞かなくて済むんだね」

「あはは、実はわたしもそれ嬉しかったりするんだ」

 

四六時中ではないものの、ちょくちょく工事の音が聞こえるのは大変だった。それが何とかなったというのは、本当にありがたい。

 

「……さて、積もる話もあるけど…それは後にしよっか」

「えー、今じゃ駄目なの?ゲームでもしながら話そうよー」

「だーめ。旅は終わったけど、まだ仕事は残ってるんだよ。特務監査官としての、仕事がね」

「ちぇっ、仕方ないなぁ…」

 

ちょっと頬を膨らませながらも、それ以上は駄々をこねずに私の言う事を聞いてくれるネプテューヌ。然しものネプテューヌも監査には素直に従うんだなぁとよく分かる瞬間だった。……っと、そうだ。

 

「ネプテューヌ、ちょっと驚く事してもいい?」

「驚く事?」

「うん、ほら出ておいで〜」

「ぬら?ぬらぬら〜」

「あ、スライヌだ。……え、スライヌ!?」

 

バックを床に降ろすと、そこからひょこりとスライヌは出てくる。街に入って以降ずっとバックに入れっぱなしだった事もあり、スライヌは身体をほぐす様な動きをしていた。…スライム状の身体なのに。

 

「うんスライヌ、可愛いでしょ?」

「え、いや…まぁ可愛いけど…何故スライヌ…?」

「あ、えーっとね…」

 

スライヌとの経緯を話す私。ネプテューヌは最初こそ訝しげな表情をしていたけど…その表情はすぐに楽しそうなそれへと変わっていった。ネプテューヌなら否定的な事は言わない筈…とは思っていたけど、まさかここまですぐ受け入れた様な様子になるとは…ネプテューヌの懐の深さは予想以上かも。

 

「…って訳なんだ。後でイストワールさんにも言うけど…教会…じゃなくてプラネタワーで飼ってもいいかな?」

「んー…いいんじゃないかな?この子が悪さしない様にちゃんとイリゼがお世話するならさ」

「それは勿論だよ。ねースライヌ」

「…えとさ、イリゼ。その子に名前付けてあげないの?」

「え、名前?」

「そう名前。だってその子をスライヌって呼ぶのは、こんぱやあいちゃんを人って呼んだりネプギアやノワールを女神って呼ぶ様なものでしょ?」

 

それはそうだ…とネプテューヌに言われて初めて気付く。極論名前は他者との区別の為のものだけど…種族名で呼ぶのはよそよそしいし、私の勝手ではあるけど、私やネプテューヌ達に名前があるのにこの子に無いというのは可哀想に思える。

 

「名前、かぁ…うーんと…」

 

思案を始める私。スライヌだから…スラちゃん、ライちゃん、イヌちゃん…スーラン、スイちゃん……あ。

 

「…ライヌちゃん、なんてどうかな?分かり易いし可愛らしくない?」

「ちょっと安直な気もするけど…イリゼが良いならいいんじゃない?それとその名前を付けられる本人…じゃなくて本スライヌが良いなら、ね」

「ね、スライヌ…ライヌ、ってどうかな?」

「ぬー……ぬらっ!ぬら〜♪」

「ふふっ、気に入ったみたいだね、イリゼ」

 

ぴょんぴょんとその場で跳ねるスライヌ…ライヌちゃんは、ご機嫌な様子だった。それを見てこっちまで機嫌の良くなった私は、さー頑張るぞー!みたいな機嫌で監査を始める。

 

 

……最初の数十秒位までは。

 

「……ネプテューヌ、あのさぁ…」

「…なんでしょう?」

「ここってさ、執務室だよね?」

「そ、そうなんじゃないカナ-?」

「じゃ、どうしてこのデスクには書類やファイルよりもお菓子や漫画、ゲームが多いんですかね?」

「……よ、よーうーかーいーの、せい--------」

「じゃないっ!」

「……はい、すいません…」

 

私がぴしゃりと一喝すると、流石のネプテューヌも返す言葉もありません…って感じの反応を返す。ネプテューヌの執務デスクが酷い有様なのは知ってたけど…改めて見るとほんとに酷かった。テンション上がってた分、気分の下落もほんとに酷かった。もうこれ、監査以前の問題だよ…。

 

「まさかこれは何かを隠す為の隠蔽工作とかじゃないでしょうね…?」

「ま、まっさかぁ…わたしがそんな頭使う様な事すると思う?」

「それもそっか、じゃあほんとに単にごちゃごちゃなだけなんだね」

「納得するんだ…それはそれでちょっとショックだよ…」

 

自分で言っておいてダメージを受けるネプテューヌを他所に、私は監査…という名のお片付けを進める。これが平時ならネプテューヌにやらせるところだけど…今は監査の真っ最中。信用信頼の有無に関わらず、監査対象に触らせる訳にはいかない。なんかちょっと癪だけど、これは仕方ない。

 

「…終わったら私の荷物の片付け、手伝ってもらうからね」

「あ、うん。その位なら手伝うよ」

「それとこれ賞味期限近いから早めに食べて…っと、これは…やっと先行量産機がロールアウトしたんだ」

「そーだよ。やー、うちの技術者開発者は国民性なのか発想や着眼点はいいんだけど、コストとか実用性とかをあんまり考えてくれないのがネックなんだよねぇ」

 

デスクから出てきた一枚の書類を見せると、ネプテューヌは苦笑いを漏らす。そこに記してあったのはとあるMGのロールアウト報告書。重厚感のあるラステイション製のものよりシャープで軽量そうな見た目を持つプラネテューヌ製MGは、基本性能は勿論ラステイションではなし得なかった機能を有しているけど…試作機や技術の積み重ね関係もあり、ラステイションより配備が遅れてしまっていた。どんなに強くても、必要な時に間に合わなければ本末転倒なんだよね…必要な時が来ないのが一番だけど。

そんなこんなで監査を続ける私。相変わらずごちゃごちゃなデスク&棚だけど…なんとか監査は最後までやる事が出来た。間違いなくプラネテューヌの執務室監査は四ヶ国の中でトップの難度だった。

 

「はぁ、やっと終わった…きちんとやりきった自分を褒めてあげたい…」

「監査パートはうちが一番短い気がするけどね」

「謝るのと『黙れよ駄女神』って言われるのとどっちがいい?」

「あ、前者でお願いします。ごめんなさい」

「全く…いいんだよ、もう監査パートやるのも四回目で読者さんも飽きちゃってるだろうし」

「それを作中で言うのはどうなの…よーし、それじゃ今度こそゲームしながら積もる話しようよ!ね!」

 

にぱっ、と笑顔で私の手を握ってくるネプテューヌ。私とノワールキラーのその笑顔に一瞬私はくらっときそうになるけど、そこはぐっと我慢して首を振るう。

 

「ごめんね、私もそうしたいのは山々だけどまだやる事あるから…」

「ライヌちゃんの餌やり?」

「いやそれもあるけど…そうじゃなくて、まだ監査があるの。この監査だけは手を抜く訳にはいかないからね」

「そっか…分かった。何か協力出来る事ある?」

「女神に協力してもらうのはちょっと…気持ちだけ受け取っておくよ」

「うむむ…わたしは早くイリゼと遊びたいのにー…」

「うーん…じゃあさ、さっき言った私の荷物の片付けしてくれる?そしたら私もちょっとは早く遊べるからさ」

「はーい!ちょっとでも早く遊べるなら、ねぷ子さん頑張っちゃうよー!」

 

自分のデスクの片付けは全くやってなかったネプテューヌが、私と遊べるならと言って元気よく駆け出していく様子を、私は微笑みながら見送る。

ネプテューヌはほんとにただ遊びたいだけなんだと思う。そこに私の抱く気持ちとの若干のすれ違いは感じるけど…だとしても私とネプテューヌが友達だという事は変わらないし、私はネプテューヌに友達としての感情も、友達として大好きだって感情もある。だから、それもそれでいいんだよね。ネプテューヌがネプテューヌらしくある事、そこに文句なんて一切ないんだから。

そんな思いを胸にしながら執務室の監査を終える私だった。

 

 

 

 

 

 

「ふふーん!片付けのお手伝いの名の下、イリゼの部屋を漁っちゃうよー!」

「って、それが目的かぁぁぁぁぁぁっ!」




今回のパロディ解説

・江頭さん
お笑い芸人、江頭2:50こと江頭秀晴さんの事。別に言う事でもありませんが、勧誘の二人組はあの独特な江頭さんの格好をしていた訳ではありません。

・イリドレッド、不貞隠しの兜(シークレット・オブ・ペディグリー)
Fateシリーズに登場するキャラの一人、モードレッド及び彼女の有する宝具のパロディ。何故か恒例となった正体隠しネタも遂にここまで来ました!…何してんのイリゼ…。

・「〜〜よーうーかーいーの、せい〜〜」
アニメ版妖怪ウォッチのEDの一つ、ようかい体操第一内のフレーズの一つのパロディ。片付けが出来ないのは妖怪のせいではなくネプテューヌの性格のせいです、はい。


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第十八話 プラネテューヌ、候補生交流編

プラネテューヌ教会と交代する形で新たに教会敷地中央に建設された建造物、プラネタワー。教会としての機能や設備は勿論、観光地としての限定的な一般開放やプラネテューヌの十八番である最先端技術の実験なども想定に入れたこの施設は、面積こそ他国よりも若干少ないものの、高さの関係から実際にはずっと広大な作りとなっている。

しかし、完成からまだ日の浅いプラネタワーは外見こそ完全なものの内部は装飾が未完成な場所や、そもそもまだ活用されていない空き部屋なども多く、おまけに女神や職員自身も内装が頭に入りきってはいない為、現状支障なく行き来出来る範囲は限られてしまったいる。

--------と、まぁさらっとプラネタワーの説明をした訳だけど…たった今、私はネプギアと一緒に居ます。察しの良い人か、これまでのお話を読んできた人達なら、もしかしたらどういう展開なのか分かるんじゃないかな?……うんそう!私達は今それに直面してるのです!…はぁ、後悔先に立たずとはこの事だよ…とほほ……。

 

 

 

 

私が監査の旅に出る前、一つの執務室で一緒に仕事(&教育)をしていたネプテューヌとネプギア。でもラステイションに遅ればせながら私が不在の間(というか私が帰ってくるちょっと前)にそろそろネプギアも一人で仕事をしても良い頃合いだろう、と判断されたらしくネプギアの執務室が用意された。

とはいえ用意したばかりの執務室に、同じく出来たばかりのプラネタワーという事もあって、ネプギアの執務室は質素この上ない状態だった。それはネプギアも早くなんとかしたいと思っていたらしく……

 

「ね、ここは模様替えしないの?人手が必要だったら手伝うよ?」

 

と、私が言ったら待ってましたと言わんばかりに手伝いをお願いされた。何でも、意見聞くのを含めて誰かに手伝ってほしかったけど、皆忙しそうだしすぐに終わる訳でもない事を頼むのは気が引けていたらしい。気を遣えるのは美徳だけど、ネプギアの場合は遠慮が過ぎるかなぁ…。

 

「じゃ、早速始めよっか。まずはお店行ってみる?」

「あ、いえ、いーすんさんに内装用倉庫にあるものは使ってくれて構わないって言われてるので先にそっちを見に行こうと思います」

「そっか。倉庫の場所は…」

「わたしが聞いてあるので大丈夫ですよ」

 

そう言って執務室を出るネプギアとそれに続く私。始め私は「完成したばかりのプラネタワーなのにどうして倉庫を用意する程内装用の物が余ってるんだろう…」と思ったけど、よく考えたらプラネタワーはプラネテューヌ教会から代わる形で出来た建物なんだから、荷物の入れ替えの中で使わなくなった物やずっと放置されていた予備がそれなりにあってもおかしくはないと気付く。

 

「…でも、倉庫の物で良いの?最新の物は少ないだろうし女神の執務室なんだから買ったとしても経費で落とせると思うよ?」

「それはそうですけど…ほら、掘り出し物ってあるじゃないですか」

「掘り出し物かぁ…確かに移り変わりが激しいジャンルなら、良いものだけどすぐ立場を取られた…みたいな物があるのかもね」

「はい!機械のパーツと同じで、新しい物や長く残ってる物だけが良い物とは限らないんです!」

「そ、その例えはちょっと伝わり辛いけど…言いたい事はよく分かったよ…」

 

熱意ある言葉に若干気圧されながらも納得する私。いちいちパロディで例えたりそんな経験するの貴女位だよ!って突っ込みたくなる様な例えを出したりするうちのパーティーも特殊だけど…機械で例えるネプギアもそれに負けず劣らずだった。しかも女の子な分、余計特殊さが引き立ってしまっている。

 

「……どうぶつの森のロボシリーズみたいな執務室にしたりはしないよね…?」

「そ、そこまで突飛な事はしませんよ…」

 

いき過ぎたレベルになるのでは無いかと一瞬心配になった私だけど…それは無いと否定されて一安心。……しかし軽く皆の事disった数秒後にブーメラン投げてる辺り、私も救えないなぁ…。

その後も雑談しながら進む事十数分。途中ネプギアが道筋を迷う事が時折あったものの、私達は無事内装用倉庫へと到着する。

 

「思ったより来るまでに時間かかっちゃいましたね…もう一回いーすんさんに確認しておけばよかった…」

「ここまで広いと逆に不便なものだね、過ぎたるは猶及ばざるが如し…ってやつかな?」

 

扉を開いて中に入る私達二人。倉庫というのは得てして埃っぽくなる場所だけど…出来立てホヤホヤのプラネタワーの倉庫はそんな事なかった。

 

「…で、良さげな物はありそう?」

「うーん、見て回らない限りは何とも…」

「それもそっか、じゃあ私も見てみようかな」

 

早速保管されている物を見始めるネプギアを追って私も物色を開始する。別に私はそこまで部屋の内装に凝る方ではないけど…こうして多種多様な物が置いてあるとつい、『これを置いたら良いかもなぁ』とか『これは私の部屋のあれと合うかも…』みたいに想像してしまう。後で私もイストワールさんにここの物貰ってもいいか訊いてみてみようかな……って、

 

「こ、これは……」

「……?イリゼさん、どうかしました?」

「AMAZOOと書かれた段ボールとボロから最新まで色々の家具を発見しちゃったよ!?まさか入れ替えで表示されなくなった物はここに置かれるシステムなの!?」

「い、いやそんな訳無いですって…ある理由はさっぱりですけど…」

「…ポイント貯めてここの家具置いてってみる?」

「シムネプギア!?や、やりませんよ!?」

 

いきなりあり得ない物を発見して驚く私達。これはもう突っ込みどころがあるというか、むしろ突っ込みどころしかなかった。…突っ込みどころを無視して質だけを見れば、結構良さそうなのも割とあるけどね。

 

「気を取り直して……あ、このカーペット良いなぁ…」

「何だろうこれ……あ、骨つき肉型のペンケースか…」

「えぇ…何ですかそれ……イリゼさん、この基盤風ファイルとか良いと思います?」

「多分それを好き好んで使おうとするのはネプギア位だと思う…」

 

その後もちょいちょい変な物を見つける物色は続き、最終的にネプギアが満足いくまでは数十分かかった。…どうてでもいい事だけど、やはり次元を超えてきたと思われる家具類以上の衝撃を私達に与える物はなかった。

 

「……で、結局それだけでいいの?」

「いいんです、それにおっきい物は一度これ等を置いてきてからの方が効率良さそうですから」

 

空き段ボール(AMAZOOのじゃないよ)に数点ずつネプギアの選んだ物を入れて、私達は倉庫を出る。ネプギアの言った通り大きい物重い物は後回しにしたから重量的には辛くないけど…取っ手のない箱型の物って持ち辛いんだよね。左右から箱の底面に指をかけて、身体の前で持つ一般的な持ち方はちょっと手の負担が大きいし。

 

「イリゼさん…あの、申し訳ないですけど残りの物の運搬も後で手伝ってもらえますか…?」

「私はそのつもりだよ、忙しくも疲れてもないから手伝いを申し出たんだし」

「あ、ありがとうございます。このお礼は後に必ず…」

「それは、気持ちだけで十分だよ」

 

私は立ち止まり、首を横に振るう。

本当に、ネプギアは遠慮の過ぎる子だった。目覚めてからあまり日の経ってなかった頃の私もこんな感じではあったけど…ネプギアはそれ以上かもしれない。だとしたらそれは…多分、直した方がいい。私が言えた義理でもないけど、それもやっぱり『過ぎたるは猶及ばざるが如し』なんだから。

 

「何かをしてもらったらその分のお返しを…ってのは当然の事だけどさ、それは対等な関係である事が前提なんだよ。で、ネプギアからすれば私は対等な相手ではないよね?」

「そ、それはそうです。お姉ちゃんの友達で、女神としての先輩でもあるんですから」

「だったら、気を遣ってまでお礼をする必要なんてないよ。勿論、心からお礼をしたいって思ったなら止めないし、『付き合い』って形でする方が身の為になる場合もあるけど…私や守護女神、コンパやアイエフや別次元組の皆に何かしてもらった時はお礼を言うだけで十分だよ」

「そう…なんですかね…」

「そうだよ。少なくとも、私に対しては絶対にそうだよ。だって私が言ってるんだから」

「……分かりました。では、イリゼさん」

「うん、なあに?」

「手伝ってくれて、次も手伝ってくれるって言ってくれて、ありがとうございますっ!」

 

私の方を向き直り、わざわざぺこりと頭を下げてネプギアはお礼を口にする。その後顔を上げたネプギアは、少しだけといい顔をしていた。ネプギアは遠慮が過ぎるけど…素直な子だ。ネプテューヌと同じ、相手の言葉にいちいち裏を勘ぐったり曲解したりしない、素直な良い子。そんな子にこうして何かを教えられる、というのは誇らしいな…なんて思う私だった。

 

 

 

 

「……で、そこから十数分後が冒頭のシーンって訳ですよ……」

「ごめんなさい、本当にごめんなさい…」

 

とぼとぼと歩く私とぺこぺこ謝るネプギア。…はい、お察しの通り私達は迷子になりました。あっはっは……はぁ…。

 

「謝らなくていいよネプギア、ネプギア任せで道覚えようとしてなかった私にも責任はあるし」

「でも、わたしが『実は居場所が分からなくなってしまいました…』ともっと早く行っていればここまで訳の分からない場所に来る事は…」

「それは…まぁ、うん……」

 

なんて雑なお茶の濁し方をしつつ、私は周りを見回す。

私が普段利用する範囲も、私達が倉庫に行くまでの道のりも、倉庫周辺の廊下も、全部壁には壁紙が貼られ床にもカーペットが敷かれていた。でも、今私達がいるのは壁紙もカーペットもなく、まるで地下通路や点検用通路の様な場所だった。

 

「ほんと、どうしてこんな所に…」

 

流石に一度プラネタワーを出たり異次元に繋がる扉を潜ったりはしてないからここがプラネタワー内である事は間違いないけど…そんな事が分かったってしょうがない。ここはプラネタワー内だ!ってだから何なの!?今の問題には何の効果も示さないよ!

 

「イリゼさん、こういう時ってどうしたらいいんでしょうか…」

「いくら私でも、こういう時にどうしたらいいかなんて…」

「ですよね…ここは頭を捻るしか……」

「うん。よく分からない内に謎の迷宮に誘われ、そこで知り合いに似た子と戦闘を繰り広げその後逃走した挙句色々あって仲間になってふざけたり真面目に考えたり探索したりした結果思わぬ激戦と出会い、そして奇跡に触れたひと時の思い出とかはあるけどね」

「そうですか…って、それ今よりずっと過酷且つ壮大な経験じゃないですか!それに比べたら今の問題なんてイージーモードみたいなものですよ!?絶対その時の経験今に活かせますって!」

 

あ、確かにその通りかも…と私は言われて初めて気付く。状況の危機度も同行者も違うけど…難度で考えれば断然あの時の方が高い。そう考えるとちょっと気も楽になって来たかも…。

 

「よし、それじゃあその時の再現をしてみようか」

「分かりました、わたしは何をすればいいですか?」

「えっと、私と勝負を繰り広げて、途中ピンチを機転で脱して、その後女神化して私に優勢になってくれれば再現になるかな」

「いやあのイリゼさん…多分そこは再現しても意味ないんじゃ…」

「そうかなぁ、その時の戦闘で負った傷からの血痕が色々役に立ったんだけど…」

(…お姉ちゃんが前にイリゼさんを『しっかりしてる様でしっかりしてない』って言ってたけど…それはこういうところなのかな……)

「…うん?ネプギア?どしたの?」

「何でもないです…」

 

何故かネプギアはちょっと「駄目だこの人…」って顔をしていた。何でだろう…。

 

「……って、あ…」

「ん、何か名案でも浮かんだの?」

「名案というか…そもそもの話として、ここは圏外じゃないんですからお姉ちゃんやいーすんさんに電話すればいいだけでは?もしかするとお姉ちゃんは分からないかもしれませんけど」

「……それ、本気で言ってる?」

 

頬に人差し指を当てて提案するネプギア。その通り、文明の機器を使えばこの状況を容易に脱せられるなんて事は私でも分かっている。でも、それは……

 

「本気…ですけど……」

「じゃあちょっと考えてみて。仮に電話するとして、なんて説明するの?」

「そんなの迷子になったって言えば……あ…」

「ね、分かったでしょ?」

 

暫くきょとんとした様子のネプギアだったけど、私の意図を理解した様で顔を曇らせる。

道を教えてもらうにはまず状況を説明しなければならない。そして、それはつまり『普段生活してる、家と言っても差し障りのない場所で迷子になった』という大変恥ずかしいカミングアウトをしなければならないという事。そんな事をしたら…ねぇ?

 

「もしネプテューヌに聞いたら大笑いされるよ?しかも多分その後もこの事で弄られるよ?」

「いーすんさんはそんな事しないと思いますけど…多分、呆れられちゃいますね…」

「という事で電話は本当にどうしようもなくなった場合の最終手段にしよう、おーけー?」

「おーけーです。あー後最終手段といえば、窓さえあればそこから脱出出来ますね。わたしが女神化すればイリゼさんと段ボールとをまとめて運べますし」

「それはそれで情けないけどね…」

 

迷子になってる時点で情けないし恥ずかしい事だけど、恥の上塗りはしたくない。後更に言えば、友達の妹兼女神としての後輩に抱えられると言うのも勘弁したい。

その後も考える私達。でもその後もナイスなアイデアは思い浮かばなかったし出なかったから…私はベストではなくベターな案を口にする。

 

「…仕方ない、壁伝いに動いてみようか」

「壁伝い、ですか?」

「そう。きちんとした建物なら無駄な作りになってる部分なんて無いだろうし、時間はかかるけど闇雲に動くよりは確実に進展する筈だよ」

「確かに…それならば一度行った場所に気付かず何度も同じ所うろちょろしちゃう危険はないですもんね」

 

満場一致(二人しかいないけど)の賛成という事で、私達は早速向かって左側の壁伝いに移動を始める。迷宮の時は迷宮の作りも建設目的も分からなかったから使うのは避けたけど、プラネタワーなら奇妙な作りはしてない筈だからこれならいつかは分かる場所に出られる筈。……なんかさっきから筈が多い気もするけど、とにかく動いてみる。

 

「…………」

「…………」

 

とことこ、てくてく、ぽてぽて。

 

「…………」

「…………」

 

とにかく、静かだった。ただ壁伝いに歩くだけだから頭を使う要素なんて全くないし、同時に意思疎通を図る要素も全くない。その結果がこの沈黙だった。

そして、その沈黙は私の携帯端末がある通知を出すまで続いた。

 

「……っと、もうそうなのか…」

「今度はどうしました?」

「あ、ごめんね。ちょっと時間経過でスタミナがフル回復したから…」

「げ、ゲームですか…」

 

そういうネプギアの声音は、なんというか…その、若干残念そうだった。……不味い、ネプテューヌとの対比もあってかこれまでまぁまぁ信頼と尊敬を得てたのに、ここにきてしょうもない言動ばっかりだったせいか下落を始めてる!っていうかもしかしたら下落は少し前からだったりするの!?さっきの何故か分からない顔はそれなの!?不味い、それは非常に不味い!『お姉ちゃんの友達の、頼れる(・・・)イリゼさん』というポジションは手放したくないもん!

 

「……っ!」

「ど、どうしましたイリゼさん!?目付きが戦闘中のお姉ちゃんみたいになってますよ!?」

「当然だよ、今の私の置かれた状況は戦闘中のそれと何ら変わらない…!」

「変わりますよ!?何がどうしてそうなったかは分かりませんけど、絶対同じじゃないですって!」

 

鋭い目付きで視線をせわしなく周囲に向ける私に、ネプギアはかなり驚いていた。だけどそんな事はどうでもいい!私は、私は何か見つけなくては…………あ、あった!

 

「ふっ……見て、ネプギア…」

「へ?……あ、あれは…!」

 

すっ…と天井の一角を指差す私。そこにあるのは勿論天井だけど…ただの天井ではない。不自然に入った四方の線とその内側にある取っ手のようなもの。そう……

 

「もしかして…隠し通路!?」

「どういう目的のものかは分からないけど…そうだろうね。そしてその下の壁に凹みがあるのは…」

「そこに登り下りする為のものですね…!」

 

ネプギアの返答にゆっくりと首を縦に降ると、ネプギアはキラキラした目で私を見つめてきた。これは、間違いなく羨望の瞳。凄い、って思ってる人の瞳。……イリゼさん、これだけで満足です。

 

「では、早速登ってみましょうか…」

「それは任せてネプギア。私が言ったんだから、私が行くよ」

「い、イリゼさん…」

「大丈夫。この段ボールは頼んだよ」

 

段ボールを床に置き、一層強くなったネプギアの羨望の目線を受けながら私は壁の凹みを使って登る。よくよく考えたらこんなよく分からない天井の隠し通路なんて使わず無難に壁伝いを続けた方が良さそうだけど…そんな事は気にしない。迷子からの脱却から信頼&尊敬の回復に目的が変わってるけど、それも気にしない。

隠し通路の扉に手が届く位置まで行った私。そこで一度振り向き、ネプギアと視線を混じらせ、そして……

 

 

 

 

--------ガツンっ!

 

「……あらっ?」

 

取っ手に手をかけたまま止まる私。取り敢えずもう一回開こうとしてみる。

 

----ガツン。

 

「あ、やっぱり無理なのね…鍵がかかってるというより…何か上に乗ってる?」

 

ガツガツと音が鳴るばかりで一向に開かない扉。全く動かない訳じゃないから、何かがこれの上に乗っているせいで開ききらないだけだと思われる。うーむ、どうしたものか…。

 

「よっと…ごめんネプギア、あそこは開けられないかも」

「え……?」

 

天井付近から飛び降りて私はネプギアに説明する。その段階になると流石に私も冷静になって、「ここで道草食ってないで真面目に壁伝い再開しないと…」なんて思っていた。でも…ネプギアは違った。

 

「……分かりました。だったら、わたしが開きます」

「いや、だからあれは開けようがないんだって…」

「大丈夫です。上に乗ってるのが何かは分かりませんが…屋内の一室に入ってる様なものなら、女神が動かせない筈がありません!」

「無駄にガチ!?ちょっ、ネプギア!?」

 

どこで火がついたのだろうか、ネプギアは女神化してしまった。もうさっきの私以上に戦闘モード全開だった。

 

「…確かに何か乗ってるみたいですね…」

「ほんとにやる気なんだ…私が言うのもアレだけど、ちょっと考え直して見た方がいいと思うんだけど…」

「いえ…お姉ちゃんが前に言ってたんです。『悩むな、迷うな、立ち止まるな』って…」

「えぇー…何ネプテューヌは堂々とパロディネタを自分の格言みたいに伝えてるのさ……」

 

登るのではなく飛んで隠し通路の扉の元まで行くネプギア。軽く手首を振るってる辺り、明らかに本気だった。…これはもう、ネプギアに任せて見守った方がいいね。

 

「…ふぁいと、ネプギア」

「はいっ!ネプギア…いきますっ!」

 

私が見守る中、ネプギアは扉に手を付ける。そして次の瞬間ネプギアの背の翼が輝き、女神の全力パワーで扉は……

 

「ちょちょ!誰々わたしの用意していた通路使おうとしてるのは一体誰--------」

「え、お姉ちゃ--------」

 

 

 

 

 

『い"っ…………たぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!?』

 

 

 

 

「ぐすっ…痛いよぉイリゼぇ……」

「ぐすん、わたしも痛いですぅ……」

「よしよし、氷嚢持ってきてあげたからこれ当てて静かにしてようね」

 

漫画みたいなたんこぶを作って涙目になっているネプ姉妹と二人の世話をする私。私が氷嚢を渡すと二人はソファで仲良く横になる。

何故こんな展開になったのか。それは簡単、あれネプテューヌの執務室に繋がる隠し通路の扉だったから。で、上に乗っていたのは丁度二人が横になっているソファ。私がガツガツやってた事でネプテューヌが気付き、ソファとカーペットを退かして開いたその瞬間が、ネプギアが開こうとした瞬間と被って……二人の頭がごっつんこ。そして今に至るという訳である。

 

「でも、どうしてこんなものを?」

「えーと、それは……緊急用?」

「緊急って…まさか、イストワールさんと仕事から逃げる為?」

「…の、ノーコメントで。てか、そういう二人こそ何故あそこに…」

「…の、ノーコメントですよね?イリゼさん」

「うん、私達もノーコメント…」

 

三人…私とネプギアは同じサイドだけど…全員ノーコメントで、この話は終わる。だってほら、下手に追求したらお互いに自分の首絞める事になるもんね。互いに触れないでおくのが一番平和だもんね。

こうして私とネプギアの迷子騒動は大事にならない内に終わるのだった。そして、それから暫く私はネプテューヌとネプギアの頭をなでなでする事に追われるのだった。……ネプテューヌは勿論、ネプギアも可愛らしかったからちょっとだけ役得だったのかも、しれない。

 

 

 

 

 

 

……因みに、大きい物についてはイストワールさんにしっかり、しっかり、しっかり道すじを聞き直して取りに行った。うん、大事な事だから二回どころか三回も聞いたんだよね。




今回のパロディ解説

・どうぶつの森のロボシリーズ
どうぶつの森シリーズに登場する家具のシリーズの一つの事。ネプギアならこのシリーズを好んで集めるかもしれませんね。女の子の部屋っぽくはなりませんが。

・AMAZOO、シムネプギア
ネプテューヌシリーズの一つ、超女神 信仰ノワール 激神ブラックハートのパロディ。本作の世界は信次元ゲイムギョウ界なので、これ等は本来ない筈です。……多分。

・『悩むな、迷うな、立ち止まるな』
PTAグランパ!の主人公、武曾勤の代名詞と呼べる台詞の事。あのシーンだけならいいですが、迷子の最中に悩まず迷わず立ち止まらずは…どうなんでしょうね?


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第十九話 プラネテューヌ、料理勉強編

女子力……文字通り、女子としての力の事。主に家事関連への能力や意欲について使われる言葉だけど…その最たる例として、料理というものがある。

料理…昨今では料理が得意な男子(というか男主人公)も多いけど、それでも料理の技術が女子の評価に大きく関わるという点は変わっていないし、男を掴むにはまず胃袋からなんていう位料理が上手なのは女子にとってプラスとなる。……まぁ、キャラ付け的な意味で逆に料理が壊滅的というパターンもあるけど…あれは好ポイントとしては扱われないからね。

そんな訳で…後最近誰かの為に料理(デザート作り)を何度かした事もあって、私はふと料理の勉強をしようと思い立った。その時私が頼りにしたのは……。

 

 

 

 

「まずは手をしっかり洗う事。当たり前の事だけど、絶対に疎かにしちゃ駄目ですよ?」

「はーい」

 

プラネタワーの一角、専ら女神姉妹やその友達が使うキッチンルームで私とコンパは手を洗う。やっぱり料理…というか女子力と言えばコンパだよね。お嫁としての能力なら私達パーティーの中でも頭一つ抜き出てるし。

 

「手の甲や爪と指の間もちゃんと洗わなきゃ駄目ですからね?」

「は、はーい」

「それに、手首もです。食材や料理器具に触れるかもですから」

「…あのコンパ、序盤からしっかり教えてくれるのは嬉しいけど…私幼稚園児じゃないからね?」

「あ…そ、そうですね…」

 

眠っていた時間の関係で産まれてからの時間が実質候補生組とそこまで変わらない私ではあるけれど、流石に手の洗い方から教えられなきゃいけないレベルではない。もうそのレベルだったら料理教わってる場合ではない。

 

「こほん…では改めて、ご教授宜しくお願いします」

「はい、宜しくお願いされたです。わたしもこうして教えるのは殆ど経験ないから不安ですけど、頑張りますです。じゃあまず…イリゼちゃん、今から何を作るか分かるですか?」

「え、っと……」

 

シンクに置いてあるのはチョコにバターにナッツに薄力粉に…とお菓子作りに使いそうないくつかの食材。初めて教わるという事で元々私が(比較的)得意なお菓子類を頼んだから、コンパが作ろうと思ってるのはお菓子類なんだろうけど…うーん……。

 

「……チョコクッキー、とか?」

「残念、今から作るのはブラウニーです」

「ブラウニー…ってケーキの一種の?」

「はいです。木槌持ってるモンスターさんじゃなくて、お菓子のブラウニーです」

 

この流れでケーキ以外のブラウニーを作る訳があるか、なんて突っ込みはせず、コンパは律儀に返してくれた。…ボケて突っ込んでが日常茶飯事だと、こういう反応すら新鮮に思えるんだね…。

 

「ケーキかぁ…何か難しいお菓子の筆頭みたいな印象あるんだけど、私にも作れるかな?」

「大丈夫ですよ。確かに難しいケーキもあるですけど…それは、ケーキなら手の込んだ事をやり易いから結果として料理慣れしてる人が難しいケーキを作るというだけで、実際は簡単なケーキも沢山あるんです」

「そうなんだ…うん、じゃあ私頑張ってみるよ」

「ふふっ、その意気ですよイリゼちゃん」

 

コンパからのエールを受けた私は、エプロンの帯びが緩んでたり何かに引っかかりそうだったりしないか確認して包丁を持つ。

最初に行うのはチョコとナッツの切り刻み。チョコは最終的に溶かしちゃうから雑でもそこまで影響はないけど、ナッツはサイズや切り口によって食感が変わるから自然と慎重になってしまう。

と、そんな中早速コンパのアドバイスが飛んた。

 

「…もう少し、思いきりよくやってもいいと思うですよ?」

「…そう?」

「サイズが気になるのは分かるです。でも分量や火の強さと違って多少の差なら然程問題にならないですから、最初は思った様にやった方がいい経験になるんです」

「そういうものなの?」

「そういうものです。それで、何回も料理していく内にどれ位がベストなのかは分かってくるんですよ」

 

コンパはそういうだけで、どういう感じでどれ位に切るのがベストなのかは教えてくれなかった。きっと、それも含めて自分で掴んでいけって事なんだよね。

 

「…切り終わったよ」

「それじゃあ次は混ぜていくです」

 

バターやらチョコやらをコンパに指示された順に入れて混ぜていく。勢い余って零さない様に、入れ忘れしない様に…と頭の中で自分に言い聞かせていると、段々ボールの中の見た目が変わってきた。……しかし…これはアレかも…。

 

「…ねぇ、これ途中でネプテューヌが乱入してきたりしない?」

「さぁ…でもねぷねぷはギアちゃんと遊んでましたから、多分しないと思うです」

「そ、そっか…」

「……?」

「あ、何でもないから大丈夫…」

 

私の意図が分からない、と言いたげにコンパは首を傾げる。この最中にネプテューヌが来たら料理の進展は遅れる事間違いだから、普段なら乱入しない方が良いんだけど……この場は一つ、大きな問題がある。

 

「……イリゼ&コンパのアトリエ…」

「ほぇ…?」

 

ぼそり、と食材混ぜから思いついたネタを言ってみるも…相手がアイエフやノワールではなくコンパであった事とネタとして無理があった事が原因で空ぶってしまう。……やっぱり…やっぱりここにはギャグ成分が足りない!

 

(本来こういう状況は描写外でやるべきだよね!?淡々と私がブラウニー作るシーンが続いたって何も面白くないよ!?ど、どうしましょうこれ!)

 

ボウルとへらを手に、心の中であたふたと慌てる私。もうどう考えてもメタいし私の気にすべき範疇を遥かに超えてるし、更にメタいけどそういう事じゃなくてブラウニーの事を考えた方が良い気がするし…まーもう私はパニックだった。こうなったら……

 

「こ、ここで唐辛子と青汁とカラフルなキノコを投入するとか…?」

「な、何を言い出してるんですかイリゼちゃん!?駄目ですからね!?特に最後のは絶対駄目ですっ!」

「ええぃ!ならばへらの代わりにドリルを使ってやるぅ!」

「ボウルが壊れちゃいますよ!?せ、せめて使うなら泡立て器に…」

「…そうだよね、料理である事を忘れちゃいけないよね…」

「そ、そうです…イリゼちゃんが落ち着いてくれた様なので一安心……」

「料理の原点と言えば焼く事!ファイアー!」

「わぁぁぁぁっ!?」

 

謎のテンションでコンロに片っ端から火を付けていく私!ビビりながらもすぐに全部消すコンパ!数秒後、私は我に返って反省する!

 

「うぅ、イリゼちゃんが壊れちゃったです…」

「ごめん、本当にごめん……」

 

冷静さを取り戻した私は、本来の目的の過程である食材混ぜに戻る。あわや大火事…って程ではないものの、決して良い子は真似しちゃいけない所業をしたにも関わらず、コンパは特に私に怒ってくる様子はなかった。……というか、引いていた。

 

「…後でお熱、測った方がいいですか…?」

「え、遠慮しておくよ…熱に浮かされてた訳じゃないし…」

 

これ以上ボケるとナースであるコンパに確実に診察を受ける事になるし、それ以上にパーティーメンバーの中でも特に付き合いの長い一人にドン引きされてしまうという事で、私は料理中のボケを封印する事にする。……はぁ、今作始まってからドンドン私が変な子化してる気がする…。

 

「…で、これをクッキングシートに乗せれば良いんだっけ?」

「その通りです。その後オーブンに入れて、後は待つだけで完成です」

「…ほんとに簡単だね」

「ブラウニーはクリームを塗ったりフルーツの盛り合わせをしたりしないですからね。でも、ブラウニーも凝ろうと思えばもっと凝れるですよ?」

「あはは、それはまた別の機会にするとしようかな」

 

より凝った料理を作れるのなら作ってみたいけど、そんな凝った料理を作れる程の技術はまだ私にない。それに私は今指導してもらってる身なんだから、どうしても作りたければこの後でもいい。出来る事しかしないのは成長に繋がらないけど、身の丈に合わな過ぎる事をするのもまた得るものはないってね。

 

「オーブンに投入〜時間を設定して〜…ポチッとな」

「…イリゼちゃん、ちょっとご機嫌ですね」

「そう?…んー、だとしたらそれはもうすぐ完成だから、かな?」

「だったら、いい匂いがしてきたらもっとご機嫌になるかもですね」

 

コンパの言葉に私はうん、と首肯。料理が食材の集まりの様な見た目から、完成した状態に近い姿に変わっていく過程も楽しいけど、いい匂いがしてきたり味見の結果が良好だったりした時もまた嬉しい。きっと、何かを作る趣味や仕事をしてる人の中にはこういう楽しさ嬉しさの為にやっている、って人も多いんだろうなぁ。

 

「さーって、後はお皿とフォークを用意して…」

「イリゼちゃん、それもですけどまだ忘れちゃいけない事が残ってますですよ?」

「え、まだある?」

「お片付け、です。まだ全部は出来ないですけど、まな板やボウルはもう洗えるです」

 

完成するまでじゃなくて、綺麗にしまうまでがお料理です、とコンパは自分の言葉を締めくくった。作る段階よりも地味だし面白味もないけど…だからってコンパに押し付けたり放置したりする訳にもいかないという事で、私はオーブン待ちの間の時間で洗い物を始める。すると……

 

「洗った物はわたしが拭くからここに置いて下さいです」

「あれ、コンパは今回手を出さないつもりなのかと思ってたけど…違うの?」

「お片付けの内容には教える要素がないです。だからですよ」

「そういう事ね…助かるよ」

 

二人で洗い物をしていると、ふと私は思い出す。皆で旅をしてた時はコンパや誰かが料理作ってくれた時は皆でテーブル拭きや食器洗いなんかの手伝いをしたなぁ…って。

 

「……皆、旅の最中の女の子の一人ではなくなっちゃったんだよね…」

「イリゼちゃん…?」

「何でもないよ、ただちょっと感傷的になっちゃっただけだから」

 

そう、私は呟いた。全員が元からの旅人だった訳じゃないし、もっと言えば今の生活が出来る様にする為頑張ってきたんだから…それは仕方のない事。だから前の方が良かったなんて言う気はないし、今も良い日々だけど…偶に、こうして思ってしまう事がある。けどそれは欲張りな思いなんだよね…と苦笑いを浮かべて、重ねて否定をしようとコンパの方を向いたら……

 

「なくなって、なんかないですよ」

「え……?」

「確かに旅人の最中の女の子ではなくなっちゃったです。でも、わたしは今もわたしで、イリゼちゃんもイリゼちゃんで、ねぷねぷはねぷねぷ、あいちゃんはあいちゃん、皆前も今も皆です。だから…えっと……」

「……うん、ありがとねコンパ」

「…伝わった、ですか?」

「勿論。今も前も私達は友達だからね」

 

立ち位置や目的は変わってしまったけど、私達が誰か別の人に変わった訳じゃないし、私達が皆に抱く気持ちが変わってしまった訳でもない。そう、その通りだ。だから私は監査の旅の中で皆に会って、その度楽しいと思えたんだから。……だったら、こんな寂しさを抱く必要なんてないんだよね。

私は、コンパに見せる表情を苦笑いから笑顔に変える。オーブンが音を立てたのは、それから数分後の事だった。

 

 

 

 

「ふぅ…出来たーー!」

 

切り分けフォークを用意したブラウニーを前に、つい私は声を上げてしまう。当然その場にはコンパもいる訳で、声を上げた瞬間それを思い出した私がちらりとコンパの方を見ると……コンパはただ微笑んでいた。…うぅ、そういう大人な反応はそれはそれでキツい……。

 

「お疲れ様ですね、イリゼちゃん」

「そこは笑って!子供っぽいって笑ってよ!優しい天然はこういう時怖いよ!」

「あ、あの…どうしてわたしは軽く怒られてるです…?」

「それはごもっともです…ほんとお世話かけました…」

 

またまた謝罪する私。ここまで来るともう本当に大人な反応されても仕方ない気がする。

 

「…っとそうだ、一応味見はしたけど…コンパも食べてみて評価してくれない?最低限ヤバい味にはなってないと約束するよ?」

「最初からそのつもりですよ。それに、今回はせっかくだからと普段は食べてもらえない人にも食べてもらえる様呼んでおいたです」

「あ、そうなの?誰呼んだの?」

「マジェコンヌさんです」

「へぇ、それは確かに普段は食べてもらえないどころか旅の最中で会う事もままならないから良い機会…ってマジェコンヌさん!?」

「はいです。早速呼んでくるですね」

「説明は!?まさかの説明なし!?…っていやいや、ノワール達とか別次元組の皆ならともかく、流石にこんな事でマジェコンヌさんが来たりは「ほぅ、中々良い匂いじゃないか」したぁ!?」

 

マジェコンヌさんの登場で私は目を剥く。え、いや…まさか私のブラウニー欲しさに来たの!?嘘でしょ!?

 

「…私は食べてみてくれと言われただけで、ここに来たのは元々近くに寄ったからだぞ?」

「あ、あぁ…びっくりしました…」

 

私が目を剥いていたのを見て気付いたのが、マジェコンヌさんはすぐにフォローを入れてくれた。まぁ、よく考えればブラウニー作りは大々的に公表してたりはしないんだからブラウニーの為に寄った訳ないんだけど…。

 

「それじゃあイリゼちゃん、食べてみてもいいですか?」

「うん。マジェコンヌさんもどうぞ、お口に合うかは分かりませんが…」

「すまないな、私も頂いてしまって」

「いえいえ、元々自分で食べる用として作った訳じゃないですから」

 

小皿に切り分けたブラウニーとフォークを渡すと、二人はブラウニーを口に運ぶ。

口に入れ、咀嚼し、飲み込む。その一連の行動を見つめる私はちょっと緊張していた。人に料理を振る舞う経験が少ないからか、どうも毎回緊張して落ち着けない。命の獲り合いは何の緊張もなく出来るのに…慣れって凄いものだね。

そして……

 

「…ど、どうでしょう……?」

「…うん、私はあまりこういうのを食べる訳じゃないが…美味しいと思うぞ」

「わたしもそう思うです。頑張ったですね、イリゼちゃん」

「……!…よかったぁ……」

 

にこり、と二人は美味しそうな顔を浮かべてくれた二人を見て、私は胸を撫で下ろす。完成に近付いてきた時も気分が良かったけど、やっぱり料理においては美味しいと言ってもらえた瞬間が一番嬉しい。だから自然と私の顔もほころんでいた。

 

「イリゼちゃんも食べてみたらどうです」

「ん、そうだね……あ、ほんとに美味しい…」

 

フォークで刺して一つ口に運んでみると、ナッツの食感とチョコの甘さが口に広がった。自分で言うのもアレだけど…やはり美味しい。上出来と言っても差し支えない出来だった。ただまぁ……

 

「…もう少し柔らかい方がナッツとの組み合わせもあって良かったかな…」

「わたしはこのままでもいいと思うですけど…そういう反省を重ねる事で、料理が上手になるんですよ」

「そっか、じゃあまた見てくれる?」

「勿論、です!」

 

ぐっ、と両手を胸の前で握ったコンパに改めて感謝を伝え、もう一つ私は口にする。これ単体でも美味しいけど、この甘さに合う紅茶でもあれば更に……と考えた辺りで、私はある事を思い出す。

 

「そうだ…マジェコンヌさん、最近新興宗教について耳にしたりはしましたか?」

「む……あぁ、犯罪組織の事か…」

 

私は具体的な名前を出してはいないけど…マジェコンヌさんは既に知っている様だった。更に言えばコンパも初耳ではない様子をしていた。マジェコンヌさんは旅の中で耳にしたんだろうけど…コンパは教会でかな。ネプテューヌやイストワールさんと接する機会が多い訳だから、そこで聞いていてもおかしくないし。

 

「どうやらマジェコンヌさんの行ってきた事を曲解して、貴女の意志を継ぐ…なんて考えているみたいですが…」

「私の意志を継ぐ、か…それはつまり、犯罪神の負のシェアに汚染された人間の真似事をするという事。全く、笑えないな…」

「そう言っていたのは勧誘担当なので、中核はどう考えているか分かりませんが……その、大丈夫ですか…?」

 

あの時犯罪組織の存在を知ってから、ずっと気がかりだった。マジェコンヌさんは、自身の事をよく知らない人達に勝手に崇められ、勝手に名前を利用される事に心を痛めてるんじゃないかと。世界の為に先代の女神に協力していたマジェコンヌさんにとって、この次元を崩壊させようとしていた事は自身にとっての恥辱であり、今も負い目に感じているに違いないんだから。

でも……マジェコンヌさんは達観した様な、少し自虐気味の顔でこう言った。

 

「仕方のない事さ。仕方のない事であり…これは、私が背負うべき業だ」

『業…ですか……?』

「私はやりたくてやった訳でも、世界を破壊しようとする意志があった訳でもない。だが…私が崩壊させる為に行動し、君達がいなければ確実に壊していただろう。その事実は、何があろうと変わらない。…これは、理由や原因どうのこうので言い訳がつくレベルではないのさ」

 

マジェコンヌさんは、受け入れていた。諦め、卑屈になるのではなく…自分のした事は自分のした事なのだと受け入れていた。

それは難しい事だ。諦め卑屈になるのは簡単に出来る。似ている様だけど、諦め卑屈になるというのは「俺はこんな悪い事をしてしまったと自覚してるんだ。俺は悪い人間で、救いようなんてないんだ」と言っている様なもの。自ら批難してるから、という事で周りから悪く言われるのを避けられるし、同時に同情もしてもらえる。更に言えば、『取り返しのつかない事をした経験者』なんて本来褒められるべきではない事柄で、上から他人にものが言える。

でも、たた事実を述べるだけのマジェコンヌさんは多少の同情はされても、批難される事を回避なんて出来ない。それでも尚、卑屈にならず受け入れているマジェコンヌさんは……やっぱり、凄い人だと思う。

 

「…だからせめて、私は犯罪組織の動向に気を付けていようと思う。罪滅ぼしなどとは言わない。ただ、自分の尻拭いをするだけという話だ。…心配してくれた事、感謝する」

「…一人で背負わないで下さいね、マジェコンヌさん。女神は人と国を守るもの。罪だとか尻拭いだとか関係なく、私とマジェコンヌさんと目指すものは同じなんですから」

「そうです。わたしは普通の人ですけど、わたしも…皆もマジェコンヌさんに協力するです」

「……ふっ。本当に私は君達に救われるな。…もし、何かあれば私も協力を惜しまない。…これからも、宜しく頼む」

 

そう言ってマジェコンヌさんは頭を下げた。それは心からの行動だと思ったから、私もコンパも慌てて頭を上げる様に言ったりはしない。

パーティーメンバーと違ってマジェコンヌさんは一緒に旅をした友達ではないし、敵であった期間の方が長い。でも…あの最終決戦で本当のマジェコンヌさんに触れて、今も話して再確認する。皆とは関係が違うけど…間違いなくマジェコンヌさんも英雄で、同じ様に守りたいものの為に戦う仲間なのだと。

 

「…さ、重い話はこの位にしようじゃないか。イリゼ、早くそれを分けにいかなくては、ブラウニーが冷えてしまうぞ?」

「あ、そうだった…コンパ、ちょっと行ってきていい?」

「はい、行ってらっしゃいです」

 

ブラウニーを乗せた大皿を持って、私は立つ。多分冷えてもまぁまぁ美味しいんだろうけど、せっかくの出来たてが今あるんだからこれを食べてほしいよね。

ネプテューヌにネプギアにイストワールさんにライヌちゃん。アイエフはまだ帰ってきてないから保存しておくとして…職員さん全員に配るだけの数はないから、匂いを嗅ぎつけて来た食いしん坊な職員さんがいたら、その人に位はあげようかな。

そんな事を思いながら私は廊下を歩く。久し振りにマジェコンヌさんに会えて、気がかりだった事が杞憂だと分かった事もあって、私の足取りは普段よりもちょっと軽かった。ふふっ、皆も喜んでくれるといいな。




今回のパロディ解説

・イリゼ&コンパのアトリエ
アトリエシリーズの一つ、エスカ&ロジーのアトリエのパロディ。複数の物を一つの釜(ボウル)に入れて混ぜるという点だけを見たら、料理と錬金術は似てる…かもですね。

・ポチッとな
タイムボカンシリーズ(特にヤッターマンのボヤッキー)で使われる台詞の一つのパロディ。タイムボカンの他にも色々な所で使われてますよね、この台詞は。


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第二十話 プラネテューヌ、家族会話編




決して長くは無かったけど、皆と旅をしていた時に負けず劣らずの濃さだった監査の旅。楽しい事も、大変だった事も、特務監査官として気になる事もあった、仕事の旅。それも、今終わりを迎えようとしていた。

 

「--------以上が私、特務監査官イリゼの報告となります。つきましては、こちらのレポートも提出させて頂きます」

「はい、ご苦労様でしたイリゼさん」

 

着衣を正し、出来る限りの丁寧さでもって私は報告を行った。この場には私とイストワールさんしかいないから、別に普段の態度でも問題ないのだけど…今回の監査の締め、という事で私はきっちりした態度を取りたいと思った。……特務監査官は教祖の部下、という訳ではないからこれはちょっとやり過ぎなのかもだけどね。

 

「レポートは後程読ませてもらいます。…それで、どうでしたか?(・・?)」

「…それは、旅をしてみてどうだったか…という意味ですか?」

「えぇ、特務監査官ではなく、イリゼさんという一個人への質問です( ̄∇ ̄)」

「それでしたら……皆に会えた、とっても楽しい旅でしたよ」

 

態度も気持ちも緩ませて…いつも通りに戻った私は、顔をほころばせてそう言う。ちょっと上の方で『大変だった事も、特務監査官として気になる事も』なんてあるけど、私が抱いている一番の気持ちは『楽しかった』以外になんてない。…ほんと我ながら、私は皆大好きだよね。

 

「それは良かったです。監査の方も不備なくやってくれた様ですし、やはりイリゼさんに頼んで正解でした(⌒▽⌒)」

「私でなくとも出来た様な気もしますけどね、不測の事態なんて殆どなかったですし」

「前も言った通り、イリゼさんが一番適任なんですよ。それに、不測の事態があった場合はイリゼさんでなければ仕事を完遂出来なかったかもしれませんよ?( ˘ω˘ )」

「…不測の事態なんて、無いのが一番ですけどね」

「それはその通りです、ね(´・∀・`)」

 

軽い笑いを漏らす私とイストワールさん。不測の事態が殆ど無かったからこそ笑えるけど…もしあったとしたら、笑ってなんていられない。だって監査における不測の事態なんて…女神や教会の、政治屋の黒い部分に直面する事に決まってるんだから。…まぁ、私達には想像もつかない様な世界の歪みによる不思議な出来事とか、モンスターの群れ同士による縄張り争いに巻き込まれたとかのそれとは全く系統の違うイレギュラーな事態はあったけど…それはまた別の問題。

 

「…そう言えば、私がいない間教会…というかプラネテューヌにはどんな事がありました?」

「え、それは色々ありましたが…ネプテューヌさんやネプギアさんからは聞いていないんですか?(・ω・)」

「聞きましたよ?でも、何があったかという『出来事そのもの』に対してはイストワールさんが一番正確に語ってくれると思いまして…」

「まぁ、わたしは世界の記録者でもありますからね。…さて、話すとすればまずプラネタワーの事ですが……( ・∇・)」

 

プラネタワーの事を皮切りに、イストワールさんは大小様々な事を話してくれた。真実は一つでも、それを見る人には価値観や知識…所謂『主観』というフィルターがかかってしまうけど、真実を真実のまま、真実のみを記録する役目を持つイストワールさんは他の誰よりもそのフィルターが弱く薄い。勿論記録自体はフィルターがかかってなくてもそれを人に伝えようとした所で別のフィルターがかかってしまう事はあるし、故意に嘘を混ぜたりして真実を隠す事も出来るけど…前者は気にしていたらキリがないし、後者はイストワールさんがするとは思えない。……それに、イストワールさんなら話が脱線する様なボケを入れてきたりもしないしね。

 

「……とまぁ、こんなところです。後はネプテューヌさんの奇行やネプギアさんの若さ故の過ち…という程ではなく、単なるミスですが…位ですね(。-_-。)」

「それは聞かなくとも大体予想付きそうだなぁ…ありがとうございます、まぁまぁ色々あったんですね」

「プラネテューヌ…というかゲイムギョウ界では平穏で普通な日々なんてむしろ珍しいですからね。それでもイリゼさんの体験談よりは落ち着いてると思いますよ( ̄▽ ̄;)」

「それはまぁ…時にイストワールさん、一つお願いいいですか?」

「と、いいますと?(・ω・`)」

「調べてほしい事があるんです、とある次元ととある女の子の事…それに、この本の事を」

 

私は一冊の本を見せる。あの場所へ…創滅の迷宮へと私を誘った本を。ブランにもざっくりとしか分からなかったこの本だけど、イストワールさんになら何か分かるかもしれない。それに、例え殆ど何も分からなくても訊いてみる価値はある。だって…約束だけして、その約束を叶える為の行動を何もしないなんて友達らしくないもんね。

 

「ふむ……それはまた随分と難しい要望ですね(-_-)」

「やっぱりですか…」

「わたしはこの世界…というかこの次元の記録者。某仮面ライダーの片割れの様な方法で調べているので、対象によって検索にかかる時間の差はありますが、基本わたしに分からないという事はありません。ですが……」

「この次元の外の事となると、その限りじゃない…って事ですね」

「この次元外の事は一切分からない、という訳でもないですが…判明するまでにどれだけ時間がかかるか分かったものではありません。少なくとも数日数週間では難しいでしょう…」

「ですよね…ごめんなさい、無理言って」

 

この時私は、やっぱり調べるのを取り下げようかなと思った。それはどれだけ時間がかかるか分からない、そもそも調べれは対象の事が分かるかどうかすら怪しい事を人に頼むのは些か以上に気が引けるから。

でも、私がそう言う前にイストワールさんは首を横に振った。

 

「いいんですよ、イリゼさん。どんな小さな事でも絶対に判明させてみますから、わたしに任せて下さい」

「…いいんですか…?」

「いいからそう言ってるんです。調べるのはわたしの十八番ですし…他でもない、妹のお願いですからね(*^^*)」

「イストワールさん…………そんなキャラでしたっけ…?」

 

こんな時、普通ならイストワールさんの心意気にじーんとしながら笑顔を浮かべたりイストワールさんの手を握ったりするんだろうけど…私が口にしたのは感銘も何もない質問だった。…いや、妹と呼ばれた事は別にいいよ?実際私とイストワールさんは姉妹みたいなものだし、前にもそんな話したし。でも、これはちょっと…いや大分イストワールさんらしくない…。

 

「あ、あー……その、聞いても笑いませんか…?(¬_¬)」

「えと、ギャグとかじゃなきゃ笑いませんよ…?」

「……実は…ちょっと、ネプテューヌさんとネプギアさんが仲良く姉妹してるのを見ていたら羨ましくなってしまって…(//∇//)」

「…ちょっとベールさんっぽい感情抱いちゃったんですね」

「うっ……(><)」

 

イストワールさん自身そう思う部分があったのか、「言われてしまった!」みたいな顔をしていた。

…それはともかく、私は今かなり驚いている。イストワールさんは記録者と言っても感情がない訳じゃなく、私達同様に喜怒哀楽が激しい人だとは思ってたけど…姉妹関係に憧れを持ったりするなんて……まぁ、私も憧れ持たない事もないし、当然か。

 

「…一回お姉ちゃんって呼んでみます?後敬語も止めてみます?」

「い、いいです!絶対恥ずかしくなるから遠慮しておきます!(>_<)」

 

ぶんぶんと首を振って拒否するイストワールさんの様子は中々に珍しいものだった。…ちゃんとこの段階で踏み留まってる辺り、ベールよりは拗らせてないみたいだね。

 

「…では、話を戻すとして…改めて、お願いしてもいいですか?」

「あ…はい。それに真面目な話、この件は出来る限り判明させておいた方が、危険な『もしも』を回避出来そうですからね。このイストワール、きっちりと頼まれましたよ( ̄^ ̄)ゞ」

 

びしっ、と表情も絵文字も決めてくれたイストワールさんに私は頭を下げ、口頭でだとまたさっきの流れみたいになりそうだから心の中で感謝を伝える。これで話しておく事はもう無いかな……っと、そうだ…。

 

「もうネプテューヌやマジェコンヌさんには伝えましたけど…犯罪組織についてはご存知ですか?」

「…という事は、イリゼさんもどこかでそれを耳にしたんですね。犯罪組織マジェコンヌ…よりにもよって彼女の名前を語るとは……(¬_¬)」

 

そう言った時のイストワールさんは、心なしか不愉快そうだった。…でも、そうだよね。イストワールさんは私達よりも前から、マジェコンヌさんが負のシェアに汚染される前からマジェコンヌさんの事を知っていたんだから、彼女に対する思いは私達以上に強い筈。…許せないんだよね、マジェコンヌさんの名前を使われる事が、私達以上に。

 

「…過去に偉業を成し遂げた人物や世界に大きな影響を与えた人物の名前を冠するというのは、強力な後ろ盾のない組織が名を売る上で悪くない手段です。でも…」

「…同感です、イストワールさん。名前は、そんな軽いものじゃない筈ですよ」

「はい…でも、軽率な行動は厳禁ですよ?ネプテューヌさんにも言いましたが、信仰するかしないか、誰を信仰するか、信仰をどの様な形で表すか…それ等は全て個人の自由であり、女神の統治する今の国においてそれは守られるべき大切な法なんですから」

「分かってます、他の法や他者の権利に反しない限りはそれこそ、世界を破壊しようとしていた頃のマジェコンヌさんを信仰しても良い…統治側にとっては多少不都合ですけど、この法は間違ってないと思います」

 

信仰を強要したり制限したりするというのは、思考や精神を縛ろうとするのに他ならない。そんな事国民の事を思う国家であればするべきじゃないし、そもそもそんな事をしたところで考え方や思いを縛れる筈がない。むしろ縛ろうとする統治側への不満が増えるだけで、メリットよりデメリットの方が明らかに多いんだから、何か悪さをしている訳でもない(と思われる)犯罪組織を責めようとするのは建設的じゃない。それに……

 

「…名前は気分の良いものではないですけど、悪い組織ではないのかもしれませんしね」

「……だと、良いのですが…(ーー;)」

「……?」

 

開くと決めつけるのはよくない。そう思って言った私だけど…イストワールさんは浮かない様子だった。

 

「名前が名前なので少し調べてみたんです。…が、犯罪組織はいまいち全貌が見えてきていません」

「…それはやはり、不味い事なんですよね…?」

「勿論です。全貌が分からない事自体良くありませんが…それ以上に、わたしがこの次元の事でありながら容易に調べられないという事が問題です。わたしが容易に調べられない事なんて…大概碌なものじゃありませんから」

 

碌なものじゃない。それはしょうもないとかくだらないとかネプテューヌみたい(これは流石に失礼かな?…妥当な気もするけど)的な意味じゃなくて、平穏な生活とは程遠い…或いはそんな生活を害する存在だという事を意味している。名前だけならまだやろうと思えば擁護も出来るけど…そうなると、擁護とか言ってられなくなる。

 

「…どれ位不味いと思いますか?」

「どれ位、と言われると回答に苦しみますが……最悪、今の日々を後に『あれは仮初めの平和だった』と言わざるを得なくなるかもしれません…」

「……探りを入れてみましょうか?調べるだけなら信仰の制限にはなりませんし、私には特務監査官の肩書きもありますから」

「それは助かります。…でも、深追いはしないで下さいね?特務監査官の肩書きも一つ間違えば職権乱用になりますし…特務監査官に任命しても大丈夫だと思える位には今のイリゼさんも強いですが、それでも前のイリゼさんよりは弱いんですから」

「…それは、重々承知です」

 

女神化出来ない私の力の限度は、旅の中で…特に迷宮の中で、十分に思い知った。女神の力を知っているが故に、元から女神化なんて出来ない普通の人に比べて判断能力にズレがある事も分かってる。だから、イストワールさんの心配する様な事にはならないと意思を込めた視線をイストワールさんに送ると、彼女は理解したと言う様に頷いてくれた。

 

「…特務監査官の範疇を超える様な調査はしちゃ駄目ですからね?( ̄^ ̄)」

「はい」

 

そうして、私の報告は終わった。途中から報告関係なかったけど…報告目的で来たんだから、そう言ってもいいよね。

 

「それじゃ、失礼しますね」

「お疲れ様でした。それと、ブラウニー美味しかったですよ(^o^)」

「それは良かったです。…あ、私少し出かけてきますね」

「お出かけ、ですか?(´・ω・`)」

 

扉に手をかけた私は、一応…と思ってイストワールさんに伝える。監査の旅の、本当の最後に出向こうと思っていた場所の事を。

 

「えぇ、ちょっともう一人のイリゼ()に会いに、ですよ」

 

 

 

 

「…でね、私がここに来る事伝えたら、自分もゆっくり出来る時に来る、ってイストワールさん言ってたよ」

 

後ろで手を組んで、自然と溢れた笑みと共に監査の事を話す私。ここは魔窟、ここに『物理的に』いるのは私だけ。……いや、

 

「…それと、あそこにいるのがさっき言ったライヌちゃんだよ」

 

厳密に言えば、ここにいるのは一人と一体。私がライヌちゃんを連れ出したんだから、いなかったら大慌て確実だよ。

でも、ライヌちゃんはこの部屋の外から私と部屋の中を覗いていた。元々はここに連れてこようとしてたけど…ライヌちゃん自身がそれを嫌がって、あの位置から先には入ろうとしなかった。これは多分、この部屋にはもう一人の私のシェアが充満してるからだと思う。

 

「ね、私。私はモンスターと仲良くする事どう思う?ずっと一人でゲイムギョウ界と人々を守ってきた私にとっては、やっぱりモンスターは敵、って認識が強いのかな?」

 

今の発言にも、その前の発言にも…もっと言えば、ずっと返答はない。ここに来たのは久し振りだけど、マジェコンヌさんとユニミテスの足止め前に来た時ぶり…とかじゃなくて、私はその時以降も何度かここに来ていた。だけど、もう一人の私からの返答があって会話が出来たのは、あの一回だけ。強いて言えば夢?の中でも会話したけど…あれは例外、だよね。

 

「…もしそうだとしたら、あそこで興味深そうに見えるライヌちゃんを見てほしいな。ライヌちゃん私以外にはまだ割と警戒心あるけど…同じイリゼ()ならすぐ仲良くなれる気がするからさ」

 

返事も反応もない、完全な一方通行の会話。実質的な独り言。でも私は虚しくも何ともなかった。だって……もう一人の私にはちゃんと聞こえてるって分かるから。あの時私に話しかけてくれたイリゼ()が、ここにいるって感じられているから。

 

「…私、楽しいよ。友達がいて、仲間がいて、面白い事があって、頑張りたい事があって、希望があって……それに、家族がいる」

 

私は昔、自分に過去が無いって絶望した。過去が無いから、何もないって思っていた。その時は過去が無くても今が、未来があるって分かったけど…今思えば、それは少し間違ってる。だって、ちゃんと私には過去もあったんだから。

イストワールさん。私と同じ様に、もう一人の私によって生み出された存在。だから私にとっては姉の様なものだし、イストワールさんも私も妹の様なものだと思っていてくれる。

真の原初の女神、オリジンハートことイリゼ。私にとっては母親の様なもので、イストワールさんとは少し違う形で姉の様なものでもあって、そして何よりももう一人のイリゼ()。もう一人の私も、私の事を生み出して良かったと言ってくれたし、私の未来に期待してるとも言ってくれた。

そんな二人がいるんだから、私は過去が無いなんてもう言わない。確かにイストワールさんとももう一人の私とも私がここで目覚める以前の交流はないからそういう意味での過去はないけど…少なくとも、何もないなんて事はない。こんなに素敵な二人が、家族がいてくれてたんだから何もなくなんて、無い。

 

「ありがとね、私を生み出してくれて。私は今、幸せだよ……って、こんな感じの事来る度に言ってるね、私」

 

最初はにっこりと満面の笑みを、その後肩を竦めながら苦笑いを浮かべる。せっかく家族に会いに来たんだから、種類はどうあれ笑顔を浮かべたいよね。

 

「さてと…それじゃあ、私はそろそろ帰るね。あんまり遅くなると心配かけちゃうし、ライヌちゃんもお腹空いちゃっただろうからね」

 

そう言って私は中央の柱に触れる。私が眠り続けていた場所であり、もう一人の私の声も何となくここから聞こえてきた様な気がしたから、この部屋の中でもこの柱が特に思い入れが強かった。だから…これに触れてると、もう一人の私とも触れ合えてる気がするんだよね。

 

「…じゃあ…また来るね、イリゼ()

 

手を離し、背を向けて部屋の出入り口へと歩き出す。私が自分の方へ来てくれた事を嬉しそうにしているライヌちゃんに微笑んで……

 

 

 

 

 

 

 

----------------またね、イリゼ()

 

 

実際に声に出して、それが耳に聞こえていたのか。頭や心の中に、直接響いたのか。そのどちらかは分からないけれど…聞き違いだとか、気のせいとかじゃない。確かに、その声が…もう一人の私の声が、聞こえた。

だから、私は胸の中でもう一度言って、その後ライヌちゃんを抱えて帰るのだった。

 

 

 

----------------うん、また会おうね。

 

 

 

 

こうして、私の監査の旅は終わった。勿論特務監査官はこの一回の為だけの仕事じゃないから、今後も監査をする事はあるだろうけど…それでもこれは大きな区切りだと思う。色んな事があった、大変だったけどやってよかった旅としてね。だから、もしまたこういう事があるとすれば…迷わず私はこういうと思う。--------頑張ろう、って。




今回のパロディ解説

・「〜〜若さ故の過ち〜〜」
機動戦士ガンダムに登場するメインキャラ、シャア・アズナブルの名台詞の一つのパロディ。若さ故の過ちって言うとちょっとエロ方面っぽく感じるのは私だけでしょうか?

・某仮面ライダーの片割れ
仮面ライダーWの主人公の一人、フィリップの事。フィリップの情報検索のあれっぽい事をしている…というイメージを、私は作中のイストワールに持っています。


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第二十一話 バストアップ研究会

人にはそれぞれ、悩みというものがある。能天気キャラやマイペースな人を『悩みの無さそうな奴』と言ったりもするけれど、それはあくまで『無さそう』であって、本当に悩みの無い人なんて実際は極僅かな筈。何かを悩んでしまうのが人の性で、大小様々な悩みを抱えながら生きているのが人というもの。

そう、人には色々な悩みがある。例えば身体的な…もっといえば、身体のとある部位……胸の大きさ、とか。

 

 

 

 

プラネタワー内に数ある部屋の一つ、会議室。政治機関であるプラネタワーに会議室がある事は何の不思議もないけれど…どうやらここは、というか今の四国家の政治体制だと大人数で会議をする事が少ないせいか、どの国でもあまり使われない事が多い。

そんな会議室だけど…今は、わたし達によって使用されている。

 

「…二人共、よく集まってくれたわ」

「いえ、私も常々思ってた事ですから」

「ま、常々じゃないけどわたしも思うところあるからね〜。後なんか第八話っぽい始まり方だね」

 

わたしの左右前方にいるアイエフとネプテューヌが返答する。この二人はわたしの呼びかけに応じてくれた、謂わば同志。同じ悩みを、思いを持っている人がいるというだけで気持ち的には楽になるものね。…因みにネプテューヌの方は今わたしが座ってる上座に最初座りたがってたわ。わたしが提案して進めた事なのに…。

 

「さて、それじゃあ早速…」

「待って下さいブラン様、私始める前にねぷ子に一つ言いたい事が…」

「わたしに?」

「そう。構わないわ」

「それでは遠慮なく…ねぷ子、あんたは女神化したら悩みなくなるでしょ」

「…そう言われれば、ネプテューヌはわたし達とは違うわね」

 

言うまでもなく、ここに集まっているのは貧乳コンプレックスを持つ三人。けど、女神化しようがしまいが貧乳のわたしやそもそも女神じゃないから変わらないアイエフと違って、ネプテューヌは女神化する事で普通を飛ばして一気に巨乳になる事が出来る。更に言えばネプテューヌはわたし達に比べると貧乳を気にする事が少ないのだから、実は然程熱意が無いのでは…?

なんて思ったわたしとアイエフだったけど、それにネプテューヌは反論する。

 

「えー…それはそうだけどさ、女神化なんて四六時中してるものじゃないじゃん?というか、女神の姿が巨乳だとしても人の姿では貧乳だって事は変わらないし。それに…わたしは女神化した時巨乳な分、二人にはない苦悩もあるんだよ?」

『苦悩?』

「わたしは女神化前後で胸…どころかスタイルが全体的に変わる。だから…『女神化前の幼児体型と違って』とか『女神化するとちんちくりんな姿から』みたいに比較という形で余計貧乳を指摘される事が多いんだよ!二人はこんな経験ないでしょ!?」

「それは…確かに……」

「悪かったわねぷ子、なまじ大きい方の姿があるからこその悩みもあるのね…」

 

段々と語気が強くなっていったネプテューヌ。そんなネプテューヌのテンションと内容に珍しくわたしとアイエフは気圧されてしまった。

 

「という訳で、わたしにはここに参加する権利があると思います!」

「そうね、貴女にはその権利があるわ。じゃ、改めて…わたし達の悩みは、胸が大きくなりたいという願望とイコールで結べる関係にある。まずそこはいいかしら?」

「はい。体重が重いから軽くなりたい、貧乏だからお金持ちになりたいといった様なものと同じ、何かしらと比較して劣っている場合に抱く悩みですからね」

「巨乳、とは言わずともある程度は大きくなりたいよね。背もだけど、胸も妹より小さいとか結構キツいし」

 

前提の確認の最中、さらっとネプテューヌは新たな『わたし達にはない苦悩』を口にした。…もしかしたらこの場で一番不遇なのって、ある意味ネプテューヌなんじゃ……。

 

「…こほん、そしてわたし達は胸の成長の為に様々な努力を行ってきた。そこもいい?」

「ブランの場合は背の成長の為の努力もしてるよね」

「それはそうだけど今回は別の問題よ」

「おおぅ、普段なら多少なりとも怒る筈の台詞なのに冷静に反応とは…切実だね、ブラン」

「ねぷ子はほんと気にしてるのかしてないのか分からないわね…それはともかく、努力をしてるにも関わらず結果が出ない、それが今の私達だと思います」

「その通りよ。だから、わたしは考えたわ。今のわたし達に足りないのは貧乳解消の研究ではなく……巨乳の人の研究なんじゃないか、と」

 

そうわたしが言った瞬間、二人は目を見開いた。正に『盲点だった』という反応ね。

勿論、今まで巨乳の人の事を全く考えた事なかった…なんて事は無い。けど、それは基本巨乳に直結させた思考か質問であって、今考えると視野狭窄に陥っていた様にも思える。広い視野で、多角的な考え方をしなければ分かるものも分からなくなってしまう。だからこその指摘であり…より広く深く考える為の、同志でもある。三人寄れば文殊の知恵、というやつね。

 

「研究…また難しそうな言い方するね。研究なんて本格的な事するつもり?」

「まさか、それは相手に失礼というものよ」

「じゃあ、研究というより情報収集という感じですか?」

「そうだけど…情報収集、とも少し違うわ。なんというか……」

「んー…巨乳の人、って先入観無くした上で見直してみよう、って感じ?」

「…ネプテューヌ、我が意を得たり…よ」

「あ、やっぱり?」

 

ぐっ、とわたしはネプテューヌへサムズアップを見せる。ネプテューヌは基本アホの娘だけど…愚か者ではないし、時折鋭いところがあるのよね。この点は素直に評価するわ。……調子に乗るから口には出さないけれど。

 

「見直す、ですか…いいですね、意外な共通点が見つかるかもしれません」

「そうなれば収穫ね。じゃ…まずは一人目、ベールよ」

 

わたしは懐からベールの写真を出し、会議室にあったホワイトボードに貼り付ける。

 

「ベール様ですか…まぁ、うちのパーティーにおける巨乳の代名詞ですもんね」

「ベールの何が凄いって、胸だけに関わらずスタイル全般がいい事だよね。その分内面がアレだけど…」

「ネプテューヌは人の内面の事言えないでしょ…でもまずスタイル全般良い、内面はアレ…っと」

 

ベールの写真近くに今出たワードをペンで書くわたし。二人もわたしの意図が分かっているからか、淡々と友達に関する話の様に(実際友達だけど)言葉のキャッチボールを続けてくれる。

 

「それとベールと言えばゲーマーだよね。徹夜もよくするみたいだけど…それって成長には良くない筈だよね?」

「あ、それは私も気になってたわ。成長の他にも肌のケア的にも悪い筈なのに…」

「肌のケア?もしや何かしてるの?わーあいちゃん女性〜」

「なんなのよその訳分からない反応は…っていうか、ねぷ子は何にもしてないの?」

「え…してないけど、不味い?」

「……ブラン様、女神って皆そうなんですか…?」

「それはネプテューヌだけでしょうね…化粧こそしてないけど、皆化粧水や保湿クリームで肌を大事にはしているわ」

 

女神は人の偶像としての側面もあるから、太るだとかシミが出来るだとかの人が望まない変化は基本的に起こらないけど…それはあくまでわたし達含む歴代の女神の経験則であって、絶対にそうだとは断言出来ない。だから現状を保つ程度の注意はしてるのだけど…ネプテューヌはそうじゃなかったらしい。…まぁ、そっちの方がネプテューヌらしくはあるわね。

 

「マジですか…ま、まぁわたしの肌はいいとして、後ベールと言えば…お嬢様感?」

「ベール様の魅力のメインとも言える事ね。このご時世であれだけお嬢様感を醸し出せるのはやっぱり流石だわ」

「お嬢様…考えてみるとお嬢様キャラは割と胸が大きい傾向がある気がするわ」

 

これについては完全に印象でしかないけど、多分実際にそういう傾向はあると思う。幼馴染みキャラは優しく穏やかだとか、赤髪キャラは外向的だとかと同じ、傾向から印象が出来てるのか印象から傾向が出来てるのかよく分からない類いの、ね。

 

「…ベールはこの位でいいわ。次はコンパよ」

「こんぱも結構大きいもんねぇ…うーん、こんぱと言えば……」

 

 

『……ほんわか系?』

 

示し合わせた訳でもないのに完全にハモるわたし達三人。コンパもベールに負けず劣らず個性的だけど…ベールと違い、彼女は正に『ほんわか』という感じが強かった。もっと言えば、個性全てが最終的に『ほんわか』へと帰結する様な気すらする。

 

「……それじゃあ次…」

「いやもうちょっと話そうよ!?こんぱのターンもう終わりなの!?それは流石にこんぱ可哀想だよ!」

「いや…料理が得意とか、天然とか色々あるにはあるけど…やっぱりそれも、結局ほんわかにならないかしら…?」

「それはそうかもだけど…じゃ、逆にこんぱのほんわかじゃない部分は?そういう部分だってちょっとはある筈だよ」

「ほんわかじゃない部分ねぇ…会ったばかりの頃の強烈手当てとか?」

「強烈手当て…?」

 

覚えのない要素にわたしが首を傾げていると、ネプテューヌは何やら遠い目をしていた。……ルウィーに来るまでに技術が向上していて良かった…。

 

「あれは手当て兼追い討ちだったけど…これは関係ないんじゃない?」

「それもそうね…後、ほんわかでない部分と言うと…」

「注射器、でしょうかね。…あれほんとどこで調達してるのかしら…」

 

今度はアイエフの言葉にわたし達が頷く。ナースが注射器を持っている事自体はそこまで不思議ではないけど、コンパの持っているのは明らかにスケールが違う。あれは本来ゼントラーディー用だったりしないのかしら…。

 

「…何かコンパは身体に影響しなさそうな要素が多く出てきたわね…」

「まぁ…コンパは個性的ですけど、頭おかしいって類いじゃないですからね」

「うんうん、わたし達頭おかしい女神と違ってコンパはそこら辺まともだもんね」

「ほんとそうね。突っ込み役でこそないけど、わたし達のストッパーになってくれてる気がするわ」

「……女神なのに情けないね、わたし達…」

「そうね……」

 

ネプテューヌと二人、肩を落としてため息を吐く。本当にため息を吐きたいのはわたし達に振り回されてるコンパやアイエフだろうけど…。

 

「…ま、まぁ気を取り直して次いきましょうよ次」

「え、えぇ…次はマベちゃんことマーベラスAQLね」

「マベちゃんは…服のお陰で実際以上に大きく見えるんだよね。元々大きいんだけど」

「なんで身体に合った服着ないのかしら…」

『それを(アイエフ・あいちゃん)が言う?』

「うっ……」

 

貴女のコートもだぼだぼでしょうが…とまでは言う必要もなさそうなので目で伝えるだけに留めるわたし。まぁ、アイエフの場合武器を袖に隠し持てるから…という利点もなくはないんでしょうけど、一番の理由は『そっちの方が格好良さそうだから』でしょうね。アイエフだもの。

 

「で、マベちゃんと言えばだけど…」

「忍者、明るい、太巻きの三拍子!」

「それぞれの関連性が皆無な三拍子ね…」

「あははー……うん?ちょっと待った…」

 

アイエフから呆れ混じりの突っ込みを受けたネプテューヌだったけど…その瞬間、何かインスピレーションが働いたかの様な表情を浮かべた。そしてわたしとアイエフがそれに気付いて見つめる中…ネプテューヌは閃きを口にする。

 

「…ねぇ、わたし物凄い事に気付いちゃったよ…」

「物凄い事…?」

「マベちゃんと言えば、某忍者ゲームだよね?」

「それは、まぁ…メタ的な意味でそうね…」

「で、その忍者ゲームと言えば…登場キャラが殆ど胸おっきいよ!?という事はつまり、わたし達も半蔵学院とか蛇女子学院に入ればいいんだよ!」

「…一瞬でも期待したわたしが馬鹿だったわ……」

「所詮ねぷ子はねぷ子なのね…」

「わ、酷い反応……」

 

ノワールのぼっち弄り、イリゼのボケ責めと並ぶパーティーの定番ネタの一つ、『ふざけたネプテューヌを冷たくあしらう』は今日も快調だった。というかこの反応、ネプテューヌは分かってて言ったわね…。

 

「でも、忍術に何かの関係が…というのは僅かだけど可能性あるかもね。多分魔法の一種だろうけど、私達には分からないところも多いし」

「隠密での潜入とかにはむしろデッドウェイトな気もするけど、マベちゃんはどうしてるのかしら…」

「そこはほら、サービスシーンなんだよ」

「はいはい…じゃ、最後は鉄拳よ」

 

わたしは用意しておいた最後の一枚、鉄拳の写真をホワイトボードに貼り付ける。…こうして貼って書いてを繰り返すと、なんだか警察の捜査みたいね。

 

「鉄拳ちゃんかぁ…鉄拳ちゃんは鉄拳ちゃんで奇抜な格好だよね。何で服買い換えないんだろう…」

「インファイト型だし、買い換えてもすぐ破けるって判断したんじゃない?」

「それか、適度に破けてる方が動き易いのかもしれないわね。…その結果性格とのギャップが凄いけど」

 

鉄拳と言えば、コンパ程ではないもののパーティーの中では大人しくほんわかしたタイプの子で、それがわたしに負けず劣らずどころか場合によってはわたし以上かもしれない殴り合い能力を持っていると言うのだからほんとに驚きね。

 

「あ、そうそう鉄拳ちゃんと言えばさ、クマと戦った事あるらしいんだけど知ってた?」

「クマと?…モノクロな感じのやつとか…?」

「いや、普通のクマと」

「…クマと戦って生き残るのもまぁまぁ凄いけど、今の時代でクマと戦う経験をする事自体凄いわね…」

 

一応これも出てきた事だから『クマとの戦闘経験有り』とは書いたけど…これは流石に参考に出来そうにないわね。仮にこれが巨乳に関係してたとしても、だからって熊狩りに行く訳にはいかないし。

 

「…やっぱりクマも素手で倒したのかしら…」

「多分鉄拳なら武器持つより素手の方が強いんでしょう」

「こんぱとかぷち子もだけど、まともじゃない武器で戦えるその精神は天晴れだよ…」

 

武器の有無、武器の選択は戦いにおいてかなり大きな意味を持つ。…というか戦闘は大概の要素が勝敗…もっと言えば生死に関係するんだから、最低でもベター、出来る限りベストを尽くすべきであって、ネタ装備とかは本来するべきじゃない。そしてそれは戦闘の素人ではない皆が分かってない訳がないんだから、つまりは『ネタ装備がベスト』という事に他ならない。…うちのパーティーは常識的な部分より非常識な部分が多過ぎる…。

 

「……さて、四人ともそれなりに情報が出たわね」

「いや、あの…それはそうですけど……」

「…どうかしたの?」

「…これ、参考になります……?」

 

何とも言えなさそうな表情を浮かべているアイエフにそう言われて、わたしは自分が書いた情報群を見直す。ええと……スタイル良い、ほんわか、忍術、服ビリビリ、お嬢様感、強烈手当て、衣類ぱっつんぱっつん、クマとの戦闘経験有り…………

 

「……何の役にも立たねぇな、多分」

「言っちゃったよブラン…口調崩れる位ショックなのは分かるけど、自分から始めた会でそれ言っちゃお終いだよ…」

「でもほんと、こんなの参考にならな過ぎるわ…」

「だけど、この要素の集合に巨乳がいる訳だし…」

「残念だけど、この要素全てが関係してるという確証はないわ…」

「…でも、そうなると今回の集まり何の意味も無かったって事になっちゃうよ?」

『…それは……』

 

そう言われると、確かに少し思うところがある。わざわざ時間を作ってまで結構真剣に集まって話したのに、それが全部無駄でした…となるのは何とも惜しい。それに…振り返ってみると、今までにもこれは関係ないだろうとかこれは不要だろうとか判断して、やらずに済ませていた事も多い気がする。…でも、本当にそれでいいの?やらずに済ませておいて、それで嘆くのが正しいの?

 

「……一度、やってみない?」

「え?」

「各々使えそうな要素を取り組んでみない?って事よ。無駄かもしれないけど…一つでも有効そうだと分かれば、わたし達の勝ちなんだもの」

 

わたしは今日一番の真剣な目で二人を見る。二人共わたしと同じ思いを持つ同志。ならば、わたしの気持ちが伝わらない筈がない。故にわたしが信じた通り、二人はゆっくりと頷いてくれる。

この瞬間、わたし達の心は一つだった。そして、わたし達による挑戦が、始まる--------。

 

「わたしブランですぅ。ねぷねぷ、今日はお仕事したですか?」

「えぇ、しましたわ。さぁあいちゃん、ぎゅーってしてあげますわ」

「ごめんね、私クマ倒しに行かなきゃなんだ。その時には私のコートもボロボロになっちゃうかなぁ」

「そ、その時はわたしがお手当てしてあげるです。えと…ハンマーによるショック治療ですよぉ」

「クマを倒すなら忍術を覚えておくといいよ…いいですわ。う、うっふーん…」

「二人共ありがとうね。し、しかし服がキツいなぁ……特に、胸元…なんか……」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 

 

 

 

 

『…………やらなきゃよかった…』

 

気持ち悪かった。わたしも、ネプテューヌも、アイエフも普通にキモかった。封印指定のやってしまった経験でしかなかった。……おぇ…。

 

「…ネプテューヌ、アイエフ…一旦気分転換にお茶でもしない…?」

「うん、賛成だよ…」

「私もです…」

 

と、いう事でわたし達は会議室を放置したまま外へと出る。道中会った職員は、わたし達を見て「え、一体何が…!?」みたいな反応をしていた気がする…。

そして、数十分後。

 

「やー、今回は完全に失敗だったね、うん」

「残念だけど、わたしの着眼点が間違ってたと言わざるを得ないわ」

「失敗は成功のもと、あまり気を落とす事はないですよブラン様」

 

プラネタワー近くの喫茶店から帰る道すがら、わたし達は反省会を行なっていた。…と言っても、雑談混じりの緩いものだけどね。

 

「やっぱり、食べる物とか運動とか、そういう事が重要なのかしら…」

「まぁ…性格や服装よりは関連性ありそうですね。とはいえ、食事運動だけで何とかなるならここまで悩まないし…」

「やっぱあれかな?揉まれると云々が真実かな?」

『揉まれる程ないんですが?』

「ですよねー……」

「それに、胸は脂肪なんだからむしろ燃焼される可能性だってあるわ。あくまで一説だけど」

 

結局は会議でも何でもない愚痴紛いの会話となる、わたし達ロリ…いやアイエフはロリじゃなくてスレンダーかしら…三人。…あぁ、ほんとに豊かな人は羨ましいわ…。

 

「って言うかさーブラン、わたし達は女神だからもしかしたら何やっても絶対変わらないんじゃない?」

「そうだとしたら泣けるわね…」

「が、頑張りましょうよ。ねぷ子もこんな時ばっかりネガティヴな事考えないの」

「分かってるよ……ま、取り敢えず今後も偶に話し合ってみようよ。今回は無駄に終わったけど、次は無駄じゃないかもよ?」

「…次やるとして、その時も参加してくれるの?」

「参加するからそう言ったんだよ、あいちゃんもそうだよね?」

「そりゃ勿論。それにブラン様、次回は参加者増えるかもしれませんよ?悩んでるのは私達だけじゃないんですから」

「二人共……そうね、じゃあわたしは次までに新たな着眼点を見つけると約束するわ」

 

自分で思っていた以上に気落ちしていたわたし。だけど、ネプテューヌとアイエフはわたしに今後も協力してくれると言った。

そうだ、今回は駄目だったけど、次回もそうとは限らない。それに、わたしには同じ思いを共有する同志がいる。それを再確認出来ただけでも、良かった事なんじゃないだろうか。……いや、間違いなく良かった事ね。

 

「ブラン、あいちゃん、まだ次回あるよね?戻ったら一緒にゲームしようよ!」

「いつか言うとは思ってたけど、遂に言ったわね…ま、いいけど」

「わたしも構わないわ。わたしが読書ばかりではないって事、教えてあげる」

 

こうして、わたし達による最初の研究は終わった。わたし達の研究は今後もあるんだけど……それはまた、別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーっと、イストワールさんが言ってた会議室ってここだよね?ここにファイルがあるらしいんだけど…って、何これ?捜査情報?…よく分からないけど、ここでよく分からない事してた人達がいるんだなぁ……」




今回のパロディ解説

・ゼントラーディー
マクロスシリーズに登場する、巨人の一族の事。ゼントラ人はおおよそ10m位はあるらしいので、コンパの注射器を本来の使用用途で使えるんじゃないでしょうか?

・某忍者ゲーム、半蔵学院、蛇女子学院
閃乱カグラシリーズ及びそれに登場する学校の事。マベちゃんは忍者育成機関出身らしいですが、彼女も設定上は閃乱カグラシリーズの学院出身なのでしょうか…?

・モノクロな感じのやつ
ダンガンロンパシリーズに登場するキャラの一人(一機?)、モノクマの事。鉄拳ならモノクマを物理的に壊せてもおかしくないですね、大型マシンも壊すんですから。


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第二十二話 ラァエルフ、大地に立つ

少し前から、スライヌ系モンスターの発見報告が急増した。原因こそ不明なもののモンスターの発見報告や被害報告が増える…つまり大量発生や活動の活発化は時折あり、それはそれなりに問題なものの……大概はギルドの討伐依頼特別発注や女神の活躍等で何とかなるし、該当するモンスターが比較的弱い個体ならば、報酬稼ぎやシェア稼ぎの面において不謹慎ながら『美味しい』と言える事もある。

だけど、スライヌの場合だけは違う。その現象だけならそれこそ『美味しい』とも言えるけど、その現象が意味する事を考えると、割とかなり喜ばしくない。何故なら…スライヌの大量発生は、とある規格外モンスターの発生の前触れである可能性が高いからである。

 

 

 

 

「…残念だけど、奴は発見されたよ」

 

数日前のある日。ケイが報告書と思しき書類を片手にそう伝えた。それを聞いた私はまず頷き、その書類を見せてもらうと同時にいくつか質問を口にする。

 

「その事について、各国はもう認識してる?」

「あぁ、リーンボックスとルウィーはまだ発見していなかった様だからこちらで勝手に情報を流しておいたけど、不味かったかな?」

「問題ないわ。で、プラネテューヌは既に認知済みだったって事は、奴が姿を現したのはうちとプラネテューヌとの国境辺りかしら?」

「厳密には若干うちよりだけど…その通りだね」

「じゃ、奴の向かう先は?」

「さぁ?それは本人…もとい本スライヌに訊いてくれ」

 

いつも通りの落ち着いた、どこか飄々とした様子もあるケイの声音。でも、表情はほんの少ししかめっ面になっていた。ま、それもそうよね…奴、グランディザストスライヌが現れたと訊いて喜ぶ有識者なんていないもの。

グランディザストスライヌ。バトル・スライヌだとかスラオシャンロンとか呼ばれるそのモンスターはそのあだ名の通り意味不明レベルの巨体を有していて、数十年から数百年に一度スライヌの大量発生の後に信次元へと現れる。過去の資料を読む限り大量発生したスライヌの集合体の様だけど…はっきり言って、このモンスターは信次元でも屈指の厄介モンスターと呼べる。

 

「…もし奴がうちの街中に来たとしたら、どうなると思う?」

「そんなの分かりきった事だ。前にキラーマシンによって行われた破壊が子供の悪戯程度に思える程の大損害を受けるだろうね」

「……ほんっと最悪な災厄モンスターよね…」

「……2点、ってところかな」

「何採点してんのよ!?別にウケ狙いで言ったんじゃないんだから採点しないでよね!後何点中か知らないけど低いわね!」

 

2点って…10点中だろうが100点中だろうが酷い点数じゃない…いやウケたらウケたで困るけど…。

……こほん。グランディザストスライヌの最も厄介な点は、その巨体さにある。特別グランディザスト…長いわね、やっぱ奴でいっか…奴は凶暴な訳でも広範囲を薙ぎ払う能力を持つ訳でもないけど、デカいという事はそれだけ重いという事で、デカくて重いものが動けば周りのものは次々と押し潰されてしまう。そんなのがラステイションにやって来たとしたら…ほんとに洒落にならないわ。

 

「寒い駄洒落はともかく、最悪という事には同感だよ。平和で余裕のある時に来たのは幸か不幸か…」

「だから狙って言ったんじゃないっての…あーあ、まさか私の任期中に来るなんてね。貧乏くじ引いちゃった気分よ」

「なら、貧乏くじに嘆きつつ監視だけして放置するかい?分かっているとは思うけど、奴は放置しておくのがベターな選択さ」

「……ケイ、MG部隊は確か二個中隊が正式稼働状態になっていたわよね?」

 

ケイの言葉を聞いた上で、私はそう返す。確かに放置がベターというのは分かる。奴は人や街を積極的に狙う傾向がある訳ではないし、倒すのは至難の技らしいから、下手に攻撃して怒らせるよりも自然消滅(消えてるのか分裂してるのか何処かへ去るのが謎だけど)を待った方が堅実ではある。だけどそれは…万が一に対して『起きない様に祈る』だけに他ならない。

 

「…撃破、するつもりかい?」

「えぇ、危険があるならちゃんとそれを取り除くべきよ。MG部隊のパイロットに大規模戦闘の経験をさせる良い機会でもあるしね。それに……」

「…それに?」

「--------私の任期中に奴が何回来るか分からないんだから、奴に対する『勝利』を知っておくべきでしょう?」

 

私は、自信に満ち溢れた不敵な笑みを…女神ブラックハートに相応しい笑みを浮かべる。そう、私は事なかれでやり過ごす気も…ましてや負ける気なんて、毛頭ないんだから。

 

 

 

 

ラステイション郊外、ラステイション国防軍によって設営された簡易拠点には、グランディザストスライヌ撃滅作戦に参加する国防軍人と軍務関係の教会職員、それに二人の女神が集合していた。

 

「いい?相手は単なるモンスターじゃない、生活圏に到達した場合は甚大な被害をもたらす『動く災害』よ。奴が人のいない方向に行くかもしれないけど、ラステイションに来るかもしれない。…貴方達に出撃を命じたのはそれが理由よ、分かってるわね?」

 

軍における最高権力者としての役目も待つ私(守護女神)にとっては、こうして指揮官としての仕事を担うのも職務の内だった。……とは言っても、具体的な指示は軍の上級士官や各部隊長が出すんだけどね。

 

「じゃあ、最終確認を…シュゼット少佐、頼むわ」

「了解です。本作戦は至ってシンプル、ユニ様の狙撃をスポッター代わりにしたパンツァー隊が長距離砲撃、それによって目標から分離した分体をノワール様と俺達MG隊で叩くってだけだ。整備の方は各々頼むぜ」

「シンプルな説明ね…まぁいいわ。此の期に及んで作戦内容が頭に入ってない人なんていても困るし」

「そういう事ですぜ、ノワール様」

「指揮官らしくない指揮官で申し訳ありません、ブラックハート様…」

 

MG第一中隊隊長でありMG部隊長でもある、シュゼット少佐はなんというか、大変ラフな感じに説明を締めくくった。それを聞いて額を押さえつつ、私に謝辞を述べるのは第二中隊長兼副部隊長であるクラフティ少佐。二人共、指揮官であり…ラステイションMG部隊の誇る二大エースでもある。……前作終盤でやっと試作機が出てきたばかりの機動兵器なのにもうエースが?とかいう無粋な質問は受け付けないわよ?

 

「それじゃ、各員持ち場に……っと、あれは…ユニ!」

「あ、うん!……合ってる、奴だよお姉ちゃん」

 

地平線の彼方、そこにほんの小さな水色の何かを発見した私は即座にユニへ声をかける。それを受けたユニはX.M.B.のスコープでその何かを確認、結果を私に伝えてくれる。

 

「想定より若干早いけど…こんなものよね。パンツァー隊の有効射程距離に入るまで後どれ位?」

「凡そ十五分から二十分、射程ギリギリでもいいならもっと速いよ」

「ありがと。……しかしほんとユニの武器の性能高いわね…」

 

元々超長距離での攻撃はメインとしていないとはいえ、大型マシンであるパンツァーBのカメラアイより高性能なX.M.B.のスコープには驚きを隠せない。…けどまぁ…流石はユニとうちの国の技術者ね!……っと、そんな事言ってる場合じゃなかった。

 

「各員持ち場に着いて!パンツァー隊の有効射程に目標が入り次第作戦開始よ!全員気張りなさい、作戦失敗なんてさせないし、そしてそれ以上に死ぬ事は許さないわ!だから、生きて作戦成功させる様全力を尽くしなさい!」

『了解ッ!』

 

号令と共にMGパイロットは自機、整備班は補給所、パンツァー隊の遠隔指令担当と職員は拠点内の指揮所、そして私とユニはMGとパンツァーBの上空へと移動する。

それから約十分後、私達と国防軍は展開を完了し、目標が有効射程距離に入るのを待つ段階となった。

 

「おいおい…あんなデケェのかよ…」

「山や城が動いてるのと大差ないっすね、これは……」

 

MGパイロット達のどよめきが、耳に装着した小型イヤホンマイクから聞こえてくる。とはいえそれも仕方のない事。数多のモンスターと戦ってきた私ですらこんな…ほんとに山や城と見間違うレベルのサイズのモンスターとは会った事がないんだから、軍人とはいえ普通に暮らしてた人である皆が驚かない訳がない。むしろ、あれ程の巨体を見ても逃げ腰になる者が一人もいないだけありがたいものね。

 

「あの巨体じゃ、通常装備での攻撃が致命傷になる事なんてまずないわ。だから功を焦らず、役目に専念しなさい」

「……ノワール様、少々いいですかい?」

 

私が念を押すと、今度はシュゼット少佐から単独での通信が送られてくる。

 

「…何かしら?」

「戦闘開始から暫くは最前線から一歩退いてくれませんかね?」

「何よ、私が邪魔になるっていいたい訳?」

「まさか、邪魔になるどころか大活躍するに決まってますぜ。…けど、今あいつらは士気が上がってるんすよ、『ノワール様とユニ様に自分達の勇姿を見せたい』って。この作戦は軍が戦う事にも意味があるんでしょう?……ですから、最初だけでいいんで見せ場を、譲ってくれませんか?」

「……いいわ、うちの国防軍がどれだけ頼もしいのかを私とユニに教えて頂戴。…期待してるわよ?」

「期待に応える事を約束しますぜ、ノワール様」

 

総司令と前線部隊長という、管理職同士の会話はそれで終わる。…部下の命を預かる立場として、私に物怖じせず進言が出来る度胸と部下を気遣える気概、その二つがあるから自称指揮官に向かないって言ってた少佐を部隊長に任命したのよね。

 

「……お姉ちゃん、有効射程到達まで残り十秒切ったよ」

 

そして、遂に作戦開始の時間がやってくる。カウントダウンを行うユニの声を聞きながら私は各隊に思いを馳せる。

再編された国防軍初の大規模戦闘で、不安が全くないかと言われれば…正直、無いとは言えない。だとしても、私が戦うと決め、皆を戦いの場に出させたんだから、私には勝つべき義務がある。……なーんて、気負う必要はないわね。だって、ここにいるのは優秀な私の妹と、私の加護と祝福を受けた国民なんだもの。

 

「……4、3、2……お姉ちゃん!」

「えぇ!パンツァー隊……攻撃、開始ッ!」

 

宙で腕を組んで仁王立ちしていた私は腕組みを解き、右手を右へと振るう。

その瞬間、私の頭上を駆け抜ける一条の光。シェアエナジーを帯びたそのビームは正確にグランディザストスライヌのど真ん中へと直撃し、僅かながらも奴の巨体を震わせる。

更に、それを追う様に次々と放たれる重粒子ビーム。ユニの狙撃と違いど真ん中にこそ当たらないものの、殆どがその身体へと突き刺さり奴を震わせていく。

 

「並のモンスターなら、これで塵になってるんでしょうね…」

「だな。まぁ奴もそうだったら俺等はとんだ取り越し苦労…っと、もう無駄口は叩いていられねぇみたいだな」

 

超長距離からのビームを立て続けに受けた奴は一瞬歩みを止めた後、ぼたぼたとスライム状の身体の一部を地面へと落とす。一見すればダメージによって剥離した様にも思えるそれだけど…それ等はぶにゅん、と脈動した次の瞬間スライヌ独特の顔が浮かび上がり、射撃元…つまり私達の方へと動き出す。

 

「うおっ、速ぇ!」

「だから掃除担当が必要だった訳っすか…!」

「へっ…シュヴァルツ1から各機へ、やっと俺等も仕事開始だ!もう今更確認する事なんてねぇ、とにかく分体を叩いてパンツァー隊の射線をクリアにしてやるぞ!さぁ、我等が女神様にいいとこ見せてやろうぜ…全機、状況開始!シュヴァルツ中隊各機は俺に着いてこい!」

『了解ッ!』

「それと、今後の全体指揮は任せたぜ、アーテル1!」

「あ、ちょっと!?…んもう、これだからシュゼットは困るってのよ…!アーテル中隊各機、あたし達は前衛のシュヴァルツ中隊の援護がメインだよ!前に出過ぎず、前衛が多少やんちゃしても大丈夫な様にしてやりな!」

『はいッ!』

 

通常種と互角、或いはそれ以上の速度で接近する分体に、またもどよめきが起きかけていたけど…中隊長二人が即座に指示を出した事でパイロット達の意識は切り替わり、楔状の陣形を取って突撃する第一中隊と扇状に広がって支援を始める第二中隊へと瞬時に分かれる。…さぁ、お手並み拝見よ。

 

 

 

 

「貰ったぁッ!」

 

機体右腕部で保持した重機関砲によるセミオート射撃を浴びせ、その場で怯んだ分体を左腕部のラックライフル下部に装備されたブレードで叩き斬るシュゼット機。スラスターを吹かしてバックステップしつつちらりと左右に目をやると、彼と同じく第一中隊機が分体を撃破している。

開戦から数分後、首尾は上々と言ったところだった。

 

「シュバルツ8からシュバルツ14、もう少し前に出ても大丈夫よ!逆にシュバルツ1、あんたは前出過ぎ!援護要らないの!?」

「はっ、お前なら出来るだろ?クラフティ」

「あたし以外じゃ上手く援護出来ないから言ってんのよ!」

 

と、シュゼットへ文句を言いつつもクラフティ機は跳躍。そこからスラスターと姿勢制御翼をフル稼働させる事で滞空し、左右の腕部で持つ二丁の軽機関砲の連射をシュゼット機前方へとばら撒く。それを受け立ち止まってしまった分体は、重機関砲を重剣へと持ち替えたシュゼット機の二刀流により次々斬り飛ばされていく。

シュゼットとクラフティを中心とした機動兵器群……ラステイション国防軍に正式採用されたMG、『ラァエルフ』部隊はノワールの参戦無しでも瞬く間に分体を殲滅したのだった。

 

「相変わらず仲良しですなぁ」

「言い合いながら大立ち回りなんて羨ましいぜ…」

「それはどうも!殲滅したんだからすぐパンツァー隊の次弾が来るわよ!機体を灼かれたくないなら散開する事ね!」

 

そう、MG部隊はあくまで露払い兼掃除担当であって、本体を叩くのはパンツァー隊の仕事。それの邪魔になっては本末転倒であり、全機がその指示の元左右に分かれたのは当然の事だった。

パンツァー隊の射線上から退避が完了するや否や、ユニの狙撃が駆ける。この狙撃はパンツァーBの砲撃先導が役目であり、最低限当たれば役目は果たせるが…彼女の狙撃は重兵器の砲撃にも比肩する火力を有していた。

そのユニの狙撃とそれに続くパンツァー隊の砲撃により、再びグランディザストスライヌの巨体は震え、身体から剥離したスライムがスライヌとなって侵攻を開始する。そうなれば…MG隊の仕事再開である。

 

「第二波…ここは決して強くないわよ!きちんと隊列組んでいけば無駄なく落とせるわ、いいわね!?」

「けど無理はすんなよ、死んだらノワール様に怒られちまうぜ?」

 

個人での戦果を全く意識せず正確な援護と指揮でもってMG隊に有利な状況を作り続けるクラフティと、敢えて敵陣の奥へと突っ込み暴れる事で分体の注意を引き、危険を一手に集めていくシュゼット。そして隊長二人には劣るものの、自分の任務は不足なく遂行する各員によって第二波、第三波、第四波と本体から離れ護衛となる分体を撃破し続けるMG部隊。

されど、徹頭徹尾想定通りに動いてくれるとは限らないのが現実というもので、その現実がMG隊の一機へと襲いかかる。

 

「な……え……ッ!?」

 

前衛、つまりシュバルツ中隊の一機がシュゼット機へと仕掛けようとした分体を攻撃しようとした瞬間、逆に側面から別の分体に仕掛けられ、右の脚部が爆ぜる。

彼等の乗るラァエルフは当然ながら装甲を有しており、分体の体当たりや頭突き一発で貫かれる様な柔な強度にはなっていない。しかし装甲と言うものは得てして関節部には装備出来ない物であり、対する分体は本体と同じくスライム状の身体を持っている為に関節部、そしてその奥へと入り込み易い性質を持っている。それ故に膝関節が爆ぜてしまい…彼の機体は横転してしまうのだった。

 

「不味い……ッ!」

「シュバルツ17!くそっ、こっちは動けねぇ…!」

「なら俺が吹き飛ばして…!」

「止めなさい!スライヌ相手に重機関砲なんかで助けようとしたら貫通してフレンドリーファイアになりかねないでしょうが!」

「じゃあどうすればッ!?」

 

横転した機体へとのしかかる複数の分体。すぐ近くの数機が火器で蹴散らそうとするも、同士討ちを危惧したクラフティが静止。それを受けて火器を構えていた機体が慌てて近接格闘兵装を抜き放つ……が、その数瞬の間に関節部を中心に次々内部をやられていくシュバルツ17の機体がスパークを始める。

その時、彼等は思った--------彼は助けられない、と。戦闘というものを知っているが故に思い至ってしまったその答えに、誰もが歯嚙みをする。彼の救出を諦めた者はいないが…それでも、分かってしまうものは分かってしまうのだ。

そしてそれは襲われている最中の彼も気付いてしまう事であり、彼はせめて一矢報いろう…と機体の動力炉を暴走させようとする。

他の分体に阻まれ動けない隊長二人と多くのパイロット。近接格闘を行うには距離の開き過ぎている数名のパイロット。動力炉暴走による自爆を図ろうとしたシュバルツ17。

だが……

 

 

 

 

「『インパルスブレイド』ッ!」

 

----------------彼等MG部隊員の直感が、当たる事はなかった。

黒の流星が如くのしかかる分体へと肉薄した女神…ノワールは、大剣による連撃で複数の分体をまとめて斬り刻み、大剣を振るう事で発生した風はその残骸を吹き飛ばす。

こうなる事を分かっていたのか、それとも襲われるのを見てから動いたのか、それは彼等には分からない。しかし、彼女の行動により死ぬと思われた一人が死を免れたという事は、紛れもなく事実だった。

 

「…機体は最悪放置しても構わないわ、誰か彼を拠点まで送って頂戴」

 

大剣を払い、剣に残った残骸も地に落とすノワール。彼女の命を受けて一人が彼を送ろうとする最中、その彼が声を漏らす。

 

「…ありがとうございます…それと、すいません……」

「すいません?変な事言うわね、国民を守るのが女神の仕事なのよ?それともなに?貴方は私の命令を無視しようとしてた訳?」

「そ、そういう訳では……」

「だったらいいじゃない。この際だから皆に言っておくわ」

 

イヤホンマイクを操作し、拠点の面子にまで通信が届く様に切り替えたノワール。一拍置いて、彼女は全員へと言い放つ。

 

「私…ううん、私達守護女神が軍を再編したのは貴方達国民に代わりに戦わせる為でも、私達が安全な場所から眺める為でもない。…私達だけじゃどうしても何とか出来ない時、少しでも私達を支えてほしくて作ったのよ!それに、貴方達は軍人だけど私の大切な国民でもあるわ!だから覚えておきなさい!貴方達は…私に頼って良いんだって!ラステイションの女神は、頼りにしてくれる人を、助けを求めてる国民を見捨てる事なんて絶対にしないわ!」

 

大剣を構え、ノワールは大見得を切る。彼女はその後、出るのが早過ぎたかしら?とシュゼットへと個別での通信を送るも、シュゼットから返ってきたのは言うまでもなく感謝の言葉だった。

一度味方のピンチを味わったMG部隊。しかし彼等の士気は下がるどころかむしろより一層上昇し、今まで以上の奮戦を見せる。彼等の心に不安などない。その場には最も頼りとなる存在が……そう、彼等には彼等を想う女神が、側で共に戦ってくれているのだから。




今回のパロディ解説

・ラァエルフ、大地に立つ
機動戦士ガンダムに登場する、各話タイトルの一つのパロディ。大地に立つというか、登場時から既に立ってるか膝立ち的状態になってるんですね、ラァエルフは。

・バトル・スライヌ
マクロスシリーズに登場する、バトル級万能攻撃空母の名前のパロディ。別にグランディザストスライヌが変形して人型になったりはしませんよ?

・スラオシャンロン
モンスターハンターシリーズに登場するモンスターの一体のパロディ。何となくこの戦闘は砦防衛戦を意識しています。格好良くていいですよね、砦防衛戦。


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第二十三話 ルエンクアージェの鼓動

スコープ越しに見える、お姉ちゃんとMG部隊の人達の戦闘。皆が連携しながら、アタシ達パンツァー隊(パンツァーシリーズは基本無人機だからこの場にいるって意味ではアタシ一人だけど)の射線を確保する為にグランディザストスライヌの分体を蹴散らしている。

……あの時と同じ様にアタシは…汚染モンスターから国を守る為に戦ったあの時と同じ様に、アタシはずっと安全な場所に居る。

 

(……分かってる。これはアタシが力不足だからでも、守られる対象だからでもないって)

 

アタシはガンナー。だからお姉ちゃんの様な接近戦メインの人とは戦う距離が違うし、そんな前に出ても殆ど意味がない。

別に、今の役目が不満って訳でもない。分体の相手をするのはアタシ達がより効率よく、確実に本体に攻撃を与える為で、重要度で言えばこっちの役目の方が高いんだし、特に戦闘開始直後はスポッターというアタシにしか出来ない仕事もあった。パンツァーBに遅れを取らない火力を叩き出し続けてるアタシは、絶対今必要とされている。

…………けど、

 

(…守るべき人達を前に出して、アタシ以上に重要な立場のお姉ちゃんを最前線で戦ってる中、こんな危険のない場所で撃つだけなのは……それで、いいのかな…)

 

狙撃というのは高い集中力と強靭な精神力が必要なもので、普通の射撃よりずっと、小さなミスでも大きな影響を及ぼしてしまう。それに、アタシはまだまだ未熟者。だから、次のアタシの狙撃は今までど真ん中に着弾していたものが少し左にズレてしまったけど……それに気付いた人は、少なくともそれに気付いて口にした人は、誰もいなかった。

 

 

 

 

「ここは私が引き継ぐわ!さっきから近接格闘ばっかりしてる辺り、弾切れ近いんでしょ?補給してきなさい!」

「ならあたしも支援に入ります!シュゼット、ちょっと援護少なくなるけど耐えなさいよ!」

「そいつは残念だが、しゃあねぇな。シュバルツ1、了解!」

 

ノワールの指示を受け、シュバルツ中隊の内の四機が後退。それを受けたアーテル1…クラフティ少佐と数機のアーテル中隊所属機がノワール支援の為の位置取りを行い、援護の薄くなったシュゼット少佐は機体頭部に装備された機銃で複数の分体を牽制する。

機械には疲労も体力もない為、疲れて動けなくなるという事はない。しかし稼働するには電力や燃料が必要不可欠であり、兵器の場合は更に弾薬や推進剤も必要となる。そして機械にはランナーズハイだとか限界を超えた無茶だとかが存在しないからこそ、人以上に補給が重要となってくる。

それは国防軍も分かっている事で、予め一人一人の負担を減らしておく事で数機の離脱があってもスムーズに事を運べる様にしてあったのだが…ここにきて、それが崩れ始めた。

 

「よっと!流石に有象無象よりはやる様だけど…私の相手じゃないわね!」

「やっぱり女神様の援護は難しい…けど、あたしも伊達にエースとは呼ばれてないッ!」

「麗しき女神様と女エース様が活躍してんだ、俺も負けてられねぇなぁ!」

 

圧倒的戦闘力で分体を薙ぎ払うノワール。ノワールに邪魔が入らぬ様、両の軽機関砲で分体の陣形を崩し続けるクラフティ。半ば孤立状態でありながら戦闘を続行するシュゼット。三者の働きは正にエースのそれであり、同時に部隊全体の士気を更に上げる要因となっていた。

それはいい。だが、少佐二名の奮戦は当初の想定以上であり、各員も士気の向上でこれまた想定以上に離脱が後回しになった結果……補給離脱のベースがまばらになり始めてしまった。先の四機がノワールに言われるまで引かずにいたのもそれが原因である。

 

「…弾切れ?仕方ないわね……」

 

片方の軽機関砲の残弾が予備弾倉含めゼロとなるクラフティ。もう片方も残り少ない事を確認した彼女は、弾切れの方を重剣へと持ち替え前進。機関砲はサブ火器として、重剣と頭部機銃による近接戦へと移行する。ノワールの援護において接近戦はあまり効率のいい戦い方ではないが…それでもやらないよりはマシか、と彼女は判断していたのだった。

それは間違ってはいない。彼女の技量であれば接近戦でも援護の意味を成す事が出来る。しかし、ここで一時後退し弾薬補給をしていれば…今後起こる、ある自体に多少は対応出来たのかもしれない。そしてそれは、同じく高い技量がある故にギリギリまで補給を遅らせていたシュゼットにも言える事であった。

彼女達はまだ知らなかったのだ。グランディザストスライヌの撃破資料が殆ど無かった為に知る事の出来なかった、グランディザストスライヌの真価を。

 

 

 

 

クラフティが接近戦を始めてから数十分後。遂に弾薬も推進剤も継戦困難状態まで消耗してしまった隊長二人は、揃って簡易拠点へと後退していた。

 

「装甲や駆動系の交換は要らねぇからとにかく弾薬と推進剤を積んでくれ!完了次第俺は出る!」

「やっとこっちに戻ったんだから一旦クールダウンなさい、ほらこれ」

「っと、悪ぃ。ほんとお前は気が利くな」

「ありがと、でもこれ位当然の事よ」

 

蓋を開けた状態の傾向ゼリー飲料を渡されたシュゼットは、パックを握る事で約半分を一気に口へと流し込む。

中隊長二人の同時離脱。それは本来であれば避けるべき事だが、幸いにも前線には総司令であるノワールが残っている。それにMG指揮のノウハウが少ない現段階では、エースでもある二人を前線で遊ばせておくより一時的に指揮不足になったとしても二人の戦闘能力回復を優先させるべきだという判断があった為に二人は現在ここにいるのだが……そんな中、二人へと通信が入る。

 

「少佐二人、ちょっといいかしら?」

 

通信機から聞こえる声は前線で戦うノワールのもの。戦闘前ならいざ知らず、交戦の真っ最中に…しかも個別の通信とあれば、それはもうその時点で重要な事であると見て間違いない。…というか実際、ノワールの声は些か切羽詰まった様子がある。

 

「そりゃ、大丈夫ですが…何かありました?」

「あったというか、気付いたと言うべきね。良い知らせと悪い知らせ、どっちから聞きたい?」

「んじゃ、良い知らせで」

「あたし達二人への質問なんだから勝手に決めるんじゃないわよ…ま、いいけど…」

「じゃ…良い知らせってのは、シュゼット少佐が離脱際部下に言ってた、『俺の獲物も少しは残しておいてくれよ?』ってのが、心配する必要無さそうって事よ」

「…あのブラックハート様…それ戦闘としては全然良い事じゃないのでは……?」

 

獲物の心配をしなくてよいというのは、戦況が芳しくないという事に他ならない。第一シュゼットのそれも冗談半分のものであって心からの発言ではない為、その台詞に関係のないクラフティにとっては勿論、シュゼットにとっても決して良い話ではなかった。そして二人は同時に思う。これて良い知らせなら悪い知らせとは一体なんなんだ…と。

 

「…悪い知らせはまた後日、って事にしてくれたりは……?」

「する訳ないでしょ?」

「ですよね…覚悟決めましょシュゼット」

「そうだな……ノワール様、悪い知らせもお願いします」

「えぇ。…けど、百聞は一見にしかずよ。だから補給が終わり次第すぐに戻って来なさい」

 

二人の反応を待たずノワールは通信を切る。その事で二人は一度目を瞬かせ、顔を見合わせた後…それぞれの愛機へと走る。

 

「整備班長!重機関砲を一丁追加だ!それと俺等は補給完了と同時に出るから気を付けろって整備班に伝えてくれ!」

「こっちはグレネードランチャー装備のラックライフルを頼むわ!スラスターの噴射で吹き飛ばされない様注意して頂戴!」

 

結局何が起きたのかは分からず仕舞い。されど両者は早めに機体へと乗り込み、武装の追加を要求しつつ機体の状態確認を行う。

若干駆動系の疲労は見られるものの、まだまだパーツ交換には程遠いレベル。部隊の中でも特に動き回っていたにも関わらず磨耗が少ないというのもまた技量が見せる技だった。

かくして補給を終え、高速移動用ローラーとスラスターを併用し最速で前線へと復帰する二人。そこで…二人は違和感を抱く。

 

「……う、ん?」

「…こちらが優勢…な、筈…よね…?」

 

個々人に力の差こそあれど、基礎能力と連携で分体に優位を保つMG隊各機。その戦闘に立つノワールは、戦闘開始から一度も休憩を入れていないとは到底思えない動きで味方の士気を保ち続けている。

エース二人が抜けていた分の勢いが減ってはいるが、それでもそれぞれが戦う様子を見る限りでは戦力の大幅低下は見られない。--------なのに何故、こんなにも味方が押されてる様に見えるのだろうか。

 

「やっと戻ってきたわね!戦いながらでも通信やれる?」

「それ位朝飯前ですね」

「一応指揮官ですからね、シュゼットも自分も」

「そ。だったらまず、貴女達が離脱する前と変化してる様には感じてるかしら?」

 

勿論、と返しつつ二人は戦線に復帰する。両者共に機関砲の二丁持ちからのフルオート射撃を分体に浴びせ、更にスラスタージャンプからの本体への射撃で一気に注意を集める。

 

「えぇ、もしやそこらの野良スライヌが参戦してきやがりましたか?」

「それとも本体が攻撃を行ったんですか?」

「両方違うわ。というか、貴女達が離脱する前云々どころか、殆ど最初から変化はしてたのよ」

「最初から…でも、そんな変化は今までなかった筈じゃ……」

「そうね、どうやら私も貴女達も強過ぎたのが原因らしいわ」

 

迫り来る分体を大剣投擲で仕留め、側面から飛び込んできた分体は手刀で、その逆から来る分体は回し蹴りで瞬く間に三体を片付けるノワール。それまで身体に付着したスライムは鬱陶しそうに振り払っていた彼女だったが…何を思ったかその一部を鷲掴みにし、先と同じ様に前衛の援護を開始したクラフティの元へと飛ぶ。

 

「クラフティ、機体のカメラで私の手元見える?」

「あ、はい見えますけど…」

「じゃ、ちょっと注視しててくれない?」

「いや、それは出来ますがそうすると援護が…」

「そこは大丈夫、シュゼット!」

「はい!?ちょ、ノワール様それは無茶振りですぜ!?」

「いいえ出来るわ、頼りにしてるんだから頑張ってよ隊長さん」

「ズルい言い方ですなぁ…それが許されるのはノワール様にユニ様、後はクラフティ位だってのッ!」

 

重機関砲を振るう…俗にいうAMBAC的動きで機体を反転させたシュゼットは保持中の武装を重剣とラックライフルに変更。ラックライフルの射撃で分体を牽制しつつ、二本の剣でもって文字通り薙ぎ倒していく。

そうして敵陣の中央から脱出したシュゼット機は再度二丁の重機関砲を持ち、強行突破で引き付けた分体をあしらいつつ前衛援護を開始する。

 

「……ただのスライヌの残骸じゃないんですか?」

「私も最初はそう思ったわ。でも……ほら、ね?」

「ほらって言われましても……--------え?」

 

怪訝な顔を浮かべていたクラフティだったが…その瞬間、彼女は目を見開いた。

一瞬見間違いかと思い、注視を超えた凝視を行うクラフティ。そうして、再びそれを見たクラフティは確信する。…スライヌの残骸が、動いていると。

 

「…と、トカゲの尻尾の様なものでしょうか…?」

「それも違うみたいよ。攻撃目標の後ろ、見える?」

「見えますね、奴が通っただけあって綺麗なものです」

「……それって、変だと思わない?雑草やら潰されたものの跡しか残ってないのよ?」

「……そういう事、ですか…」

 

こくり、と頷いて前衛へと戻るノワールを視界の端に捉えつつ、クラフティは小さく舌打ちを漏らす。こんな厄介な事があってたまるか、と。

 

「…シュゼットお疲れ様。もう援護は大丈夫よ」

「っつー事はこの状況の理由が分かったんだな?」

「そういう事。まさか、とは思うだろうけど…冗談じゃないから、そう考えて聞いて頂戴」

「あいよ、で…何なんだよ、結局」

「……分体は増えたんじゃない、倒した分体が再生した(・・・・・・・・・・)のよ」

「…そりゃ、また勘弁してほしい事態だな……」

 

俄かには信じがたい…とは思うものの、クラフティはノワール様から説明を受けたんだから間違いないだろうと考えるシュゼット。確かに、それならば自分達が強過ぎた…という言葉も理解出来る。

これにノワール達が最初気付けなかった理由は二つ。まず一つは、分体は初めから全ているのではなく本体を削る毎に増えているという事。仮に再生能力があったとしても分体が一体二体ならば即座に倒してしまえるが故に気付くまでもない。続いて第二に、ノワールと二人のエースが相当な力量を持っていたという事。これは要は、この三人が戦力の大幅引き上げをしていた事で『殲滅速度≫再生速度』となっていた訳である。しかし、何度も本体を削る事で分体の総数(再生した個体含めて)が増え、逆に二人の離脱で戦力が低下した事により、味方側に傾いていた要素が均衡に近くなってしまった結果……今の、戦闘としては有利でも戦況としては若干不利という形になった。

そしてそれは…減っていた戦力が戻ったからと言って、即座に回復する様なものではない。

 

「くっそ、せっかく大分小さくなってきたってのに…!」

「しまった…!……っ…アーテル9、離脱します!」

 

士気こそ落ちていないものの、中々殲滅しきれない事に焦り、段々と精彩を欠いていくMG部隊。精彩を欠くという事は危険が増すという事であり…今も、複数の分体からの同時攻撃で頭部を丸ごと跳ね飛ばされた一機が後退を余儀なくされた。

それでもまだ何とか『殲滅速度>再生速度』であったおかげでノワールとMG部隊は分体を倒し切り、再生途中の個体を撃ち抜きつつ射線を開ける。

パンツァー隊の一斉射により、また少しではあるが身体の一部を剥離させて小さくなるグランディザストスライヌ。未だ巨大な事には変わりないものの…山や城の様な姿をしていた頃に比べると、明らかに目標はサイズダウンをしていた。……だが、まだである。まだ、撃破に足る状態ではない。

 

「こっからは気力と粘り強さがものを言うな…気張れよお前等!」

「生活圏との距離はまだ十分にあるわ、敵が多いからって功を焦ったりするんじゃないわよ?」

「は……はいっ!」

 

新たに現れた分体と、再生完了により動き出す分体。本体にダメージが入る度に増え、何度やられようと…それこそ千切れてもくっ付ければ直るスライムの様に再生する分体の存在は、MG部隊の精神に悪い影響を与えるには十分過ぎる程の圧力を放っていた。

それでも中隊長二人は声を上げ、自らが先陣切って戦う事で味方を盛り上げ様とする。その甲斐もあってか、苦戦しながらもまたパンツァー隊の射線を確保したMG部隊。

……が、それも最早限界が近かった。

 

「はぁ…はぁ……」

「まだ、奴は分体増やせるぜって感じっすね……」

 

後方からの射撃が目標を撃つ中、通信機からはそんな息遣いと声が聞こえてくる。隊長二人も表には出さないものの、指揮官としての職務とプレッシャーの中、他の隊員とは比べ物にならないだけの動きをしたのだから、疲労していない訳がない。

心身共に摩耗した状態で戦うというのは危険に他ならない。女神ですらそれはあるのだから、人である軍人がそのまま戦い続ければ…何人犠牲になるか、分かったものではない。

だから……ノワールは、決断する。

 

「……ユニ、前線に上がってきなさい。MG部隊は全機後退よ。パンツァー隊の直掩として私とユニで押さえきれなかった分体を相手して頂戴」

「…え…お姉ちゃん…?」

「別に同じ距離で戦えとは言わないわ。ユニ、貴女は狙撃専門ではないでしょ?」

「…うん、分かった…アタシは了解よ!」

 

ユニから返ってきたその声は、ノワールが想像していた以上に気張りの感じられるものだった。実のところユニが怖気付くのでは…とも思っていた為にそんな様子は一切ないユニにノワールは少なからず好感を抱いたが…勘違いもあり、彼女はユニが必要以上に気負ってる事へ気付く事が出来なかった。

いや、もし二人きりならば気付いたのかもしれない。それをさせなかったのは、他でもないMG隊の面子だったのだから。

 

「…そりゃねぇですよノワール様。ここで退けと?」

「そうですよ!俺等はまだ戦えます!」

「俺もです!」

「自分も!」

「……っ!黙りなさいッ!」

 

退こうとしないMG部隊員。俺も、自分もという声からは、自身の守る国民の勇猛さを感じられて本当にノワールは嬉しかったが……その気持ちを飲み込んで、彼女は一喝する。

 

「…そうね、まだ戦えるのかもしれないわ。でも、パフォーマンスの低下した兵を最前線で戦わせる訳にはいかない。さっき言ったわよね?死ぬのは許さないって。…国民を何人も死なせた上の勝利なんて、私は真っ平御免なのよ!」

「…ブラックハート様、ならせめて自分とシュゼットは残して下さい。パフォーマンス低下はその通りですが…それでもブラックハート様とブラックシスター様の援護位なら出来ます」

「駄目だって言ってるでしょ。てか、貴女達は指揮官なんだから、部下と違う場所で戦ってどうするのよ?…二人が守らなきゃいけないのは第一に部下、第二に国民…指揮官に任命した時、そう伝えなかったかしら?」

 

凛として、断固として残留を認めないノワール。そんな様子を見て、部隊員は思い出す。自分達の信仰する女神様は、一度決めた事…それも国民に関係する事となると、どうしようもなく意地っ張りで融通が利かなくなる方だったのだと。

ギロリ、とグランディザストスライヌを睨み付け自分とユニだけで殲滅しようと闘志を露わにするノワール。命を張ってこそ女神、自己犠牲の精神あっての女神、と女神の真髄を理解しきらないまま飛び立つユニ。そして、如何にして命令違反を実行すべきかと悪い思案を始めるMG部隊員。

そして、ノワールが突撃を、ユニが射撃を、MG部隊員が命令違反をしようとしたその時……

 

 

 

 

 

 

 

 

----------------戦場は、激震する。

 

『…………え?』

 

天空から降り注ぐ光芒。それを追う様に駆け抜けるミサイルの束。それ等は分体を纏めて灼き、飲み込み、本体にも襲いかかる。

そのあり得ない光景に、呆然とするラステイション国防軍。それは正しく人の…科学技術の成果である光学兵器と誘導兵器ではあるが、現在作戦参加中の部隊の中で、空からビームとミサイルを叩き込める兵器など存在しない。しかし、空から攻撃が目標へと放たれた事は紛れも無い事実。

だから、何が起きたのかを知ろうと顔を上げたノワール達が目にしたのは--------陽光に機体を輝かせながら大空を高速で疾駆する、紫の機動兵器群だった。




今回のパロディ解説

・ルエンクアージェの鼓動
機動戦士Zガンダムの各話タイトルの一つのパロディ。ほんとはマクロスから出したかったのですが…Zはマクロスから影響受けたとも言われてますし、これも私的にOK!

・AMBAC
ガンダムシリーズにおける架空の物理学用語の事。まぁ詰まる所は遠心力によるものですし、これと同じ様な事をイリゼ達女神もこれまでに何度かやってるんですよね。


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第二十四話 共闘 ディフェンスフォース

「ヴィオレ1から各機へ。まもなく戦闘空域へと到達しますが…我々にとってはこれが初の実戦。よってラステイション国防軍程の動きも機体のポテンシャル発揮も難しいと思います。白兵戦は私のみで行いますので皆さん、無理せず支援射撃に専念して下さい」

「ヴィオレ1、それってアタシもですか?一応アタシ、リヨンさんに追随出来る自信ありますよ?」

「わたしもねぷ子……ネプテューヌ様に良いとこ見せたいです」

「……了解、ヴィオレ2と3は私に着いてきて下さい。…そういうなら、ちゃんと実力発揮して下さいね?」

「了解!」

「はーい」

「では…皆さん、私達の初陣を華々しい勝利で飾るとしましょう!全機、オールウェポンズ・フリー!」

 

 

 

 

戦場の空を駆ける機動兵器群。グランディザストスライヌとその分体へと攻撃を仕掛けたその部隊は、高速で上空を通過し左右に分かれる。……が、それは全ての機体ではなく、中央の三機は機首を上げる事でハーフループを行い、その頂点…つまり、上下逆さになった瞬間--------航空機を思わせるフォルムから、人を模した姿へと姿を変える。

 

「な……ッ…変形した…!?」

「可変MGだと!?」

「それより、あれはどこの所属機よ!?」

 

戦闘中、敵の眼前でありながらそれ等を忘れてしまう私とMG部隊。けど、ただでさえ思ってもいなかった部隊の登場に驚いていたんだからそうなっても仕方がない。

変形。一つの機体に複数の形態を持たせるというのは機体の多機能化、汎用性の向上、特化と万能の両立等色んな利点があるけど…当然単一の形態を持つ機体より開発難度は上がってしまう。実際ラステイションでも試みたものの、今空を舞う機体の様な本格的変形は実現出来なかったんだから、それを為し得てる存在を目にして驚かない訳がない。……けど、それはそれ。それよりも所属不明機が集団で自国の軍の戦闘に介入してきた事の方がよっぽど問題で、私は一体どういう事なのかと司令部に通信をかけようとする。

けど、それよりも前に空から声が降ってきた。

 

「----ごめんなさいノワール、遅くなったわ」

「ネプテューヌ!?」

 

声に反応した私の目に映ったのは…プラネテューヌの守護女神、ネプテューヌだった。

と、同時に私は理解する。機動兵器群と時を同じくして現れたネプテューヌ、紫を基調とした機体、そしてラステイションでは為し得なかった技術。そうなれば、答えは一つしかない。

 

「……あの部隊は貴女の国のものだったのね」

「そうよ。先行量産機がロールアウトしたばかりだったから、展開に時間がかかっちゃったけど…間に合って良かったわ」

 

変形した三機を中心に再度攻撃を開始するプラネテューヌ国防軍。航空機形態の機体は機銃で、人型形態の機体は右腕部のビーム砲と左腕部の機関砲で分体へと空中から仕掛けていく。対する分体は突然の敵、しかも空からという事で対応が遅れ、次々と撃破されていた。

 

「……っ…前言撤回よ、MG部隊各機は継戦して頂戴。但しまずは補給を優先、細かい事は少佐二人に任せたわ」

「へっ、了解です!んじゃあ弾薬と推進剤が両方三割切ってる奴は即後退、どっちかだけの奴は両方の奴を援護しつつ気を見て後に続け!残りは陣形を再編するからちょっと待て!……っとちょっと待て。シュバルツ4、お前火器どころか近接武装すら無くなってるじゃねぇか、何があった」

「あ、はい。火器も重剣も投げつけてやったっすよ!ただでやられるのは癪っすからね!」

「はっ、そういうのは嫌いじゃないぜ?けどラァエルフはマルチプルガーディアンであってモビルファイターじゃねえんだ。さっさと補給してこい!」

 

プラネテューヌ国防軍の攻撃を見て戦闘中である事を思い出した私は、努めて冷静を装いながら部隊に指示を出す。…取り敢えず、MG部隊はクラフティとシュゼットに任せれば大丈夫よね…。

 

「じゃ、わたし達も行くわよノワール!」

「…待ちなさいよ」

 

手に大太刀を携え分体へと向かおうとするネプテューヌの腕を掴む私。……正直、ネプテューヌとプラネテューヌの国防軍が増援の形で来てくれたのは助かった。でも…きちんと、訊いておかなきゃいけない事がある。

 

「…何かしら?」

「これはうちの…ラステイション国防軍の戦闘よ。どういう意図で介入、参戦したのよ」

「友達と他国とはいえ人が大勢戦ってるのよ?それを無視するなんてわたしの柄じゃないわ」

「それで私が納得するとでも?」

「ま、そうよね…でも政治的な問題はないのよ?条約に従ってそっちの教会へ連絡と書面は送ったし、了承も得た。それに、奴はラステイション寄りとはいえまだうちとそっちの中立圏にいるんだから軍を動かす理由としては充分でしょう?」

「そうじゃなくて!……軍を動かすのは私や皆が数人でモンスターを討伐しに行くのとは違うのよ。それを分かってるの?」

 

軍は個人でも民間企業でもない。女神の、教会の命を受けて活動する国防軍は言うまでもなく国の機関であり、その活動には政治的意味がつきまとう。その活動の中で他国と関わるのであれば尚更であり、女神はそれを無視していい訳がない。

ネプテューヌの言う通り、正規の手順を踏んでいるなら問題は無いし、軍を動かす理由も『災いの種を早めに摘んでおく』と言って差し支えないものと言える。…でも、もし他意…例えば、ここで活躍する事で軍事における優位性を得ようとしているならば。いやそもそも、そういう腹芸以前に、ネプテューヌが前までの様に仲間と共に友達を助ける位の感覚で行っていたとしたら、それは……

 

「……大丈夫。わたしはノワールが心配してる様な事は企んでいないし、ちゃんと一個人じゃなくて『守護女神』として国防軍を連れてきたの。これは嘘じゃないわ」

「…言葉だけで信じろって言う訳?」

「それは…えぇ、そうね。わたしは、ノワールなら信じてくれると思って行動に出たわ。わたしが信じる貴女を信じてここに来たの。為政者としてわたしに不足があるのは自覚してるけど…その上でお願い。わたしを、信じて」

 

真っ直ぐな目で、真っ直ぐな瞳でネプテューヌは言う。初めて女神の姿で共闘した時も、ユニミテスとの決戦の時も、負のシェアの柱へ突入しようとした時もしていた、凛々しく力強い、宝石の様なその瞳で。……ズルい、瞳よね…。

 

「……そんな真っ直ぐだと、いつか悪い奴に謀られるわよ?」

「そんな事ないわよ。だって、わたしにはそういう事を気にかけてくれる、強くて頼もしい友達がいるんだもの。そうでしょう?」

「…分かったわよ、信じるわよ信じれば良いんでしょ?ったく、それでネプテューヌはなんだかんだ上手くやってるんだから、ごちゃごちゃ考えてる私が馬鹿みたいに思えてくるわ……」

 

ため息をついて、乱暴に頭を掻いて……大剣を振るう。たったそらだけの動作で私は意識を切り替え、敵を見据える。

日々の積み重ねと堅実実直さが私の売りならば、ネプテューヌの売りは真っ直ぐさと真摯な思い。女神の魅力は一人一人違うし、私が真面目にしてるのも自分から望んでしているんだから、ネプテューヌを羨むのは完全なる御門違い。だから、本気で羨む必要はないし……私は私の信じる私でいればいい。

 

「……お互い国民がこれだけ頑張ってくれてるんだから、私達は国民の頑張りに相応しい姿を見せなきゃよね」

「同感よ。さて、一応訊くけど…打ち合わせは必要かしら?」

「まさか。打ち合わせなんて…私達には不要でしょ?」

「ふふっ、わたしもそう思ってたわ」

 

私達は揃って飛ぶ。一気に分体へと肉薄し、同時に二体を斬り伏せて本体へと大見得を切る。さぁ…クライマックスはこれからよ!

 

 

 

 

可変MGにおいてエース級を名乗れるかどうかは、変形を使いこなせるかどうかにかかっている(勿論実戦における戦果云々は別問題)。変形の一番の目的は性質の異なる二つの形態を一機に集約するというものだが、変形によって変わるのは何も性質だけではない。機体形状、武装や推進器の向く方向、カメラ越しに見える視界、そして操縦方法。しかもそこには各形態を使いこなす為の知識も必要な上に、当然僅かな間でありながら変形には時間がかかるのだから、それら全てを理解しておかなければ可変MGの真価を発揮出来ないどころか機体を危険に晒す事となる。

故にプラネテューヌ国防軍の各機は無理に変形を多用したりはせずに航空機形態を移動用、人型形態を攻撃用と割り切ってヒットアンドアウェイを心がけていたが……MG部隊の中核である三人は違う。航空機形態で一気に肉薄しつつも機銃で正面の敵を倒し、人型形態に変形した際の空気抵抗でブレーキングしながら照準を定め、射角の広さを利用して両腕の火器を撃ち込み、一瞬の変形で敵の攻撃を回避すると同時に位置取りを行い、更に攻撃を仕掛け、気を見計らって航空機形態で一気に離脱する。二つの性質を…変形を駆使する彼女等の機体は、戦うというよりもまるで舞っている様であった。

 

「ヴィオレ2、攻撃を!私が陽動を行います!」

「あいあい任せて下さい!」

「じゃ、わたしは本体を……」

 

地表すれすれを航空機形態で飛ぶリヨン機。それまで空にいて攻撃するのもままならなかった相手が降りてきてくれたのを好機と見たのか、周囲の分体はこぞってリヨン機を追うが……それを狙って分体の背後へと回っていた人型形態のノーレ機の機関砲掃射によって次々蜂の巣とされる。一方ヴィオレ3…同僚から『副会長』と呼ばれる彼女はリヨンとノーレの働きによって分体の減ったエリアへと降り立ち、出力を上げておいた右腕部のビームライフルで本体を射撃する。

プラネテューヌ国防軍の参戦と実力者三人の奮戦は戦況に大きな変化を与え、再び殲滅速度が再生速度を大きく上回る形となった。

だが、何も良い事ばかりではない。

 

「…ぬぅ…らぁぁぁぁああああぁぁっ!!」

 

一般家庭の一室でテレビやラジオのボリュームを最大にしたかの様な大音量で唸りを上げるグランディザストスライヌ。それと同時にグランディザストスライヌの身体からはスライム状の触手らしきものが生え、空飛ぶ蛇が如く敵対者に襲いかかる。

 

「くっ…地味に厄介ねこれは…!」

「巨大なスライム状モンスターに多数の触手って…いい趣味してるわね…ッ!」

「……え、作者批判?」

「違うわよ!戦闘パートの雰囲気壊す様な事言わないでくれる!?」

 

MGよりもずっと小回りと俊敏性に長けるネプテューヌとノワールは、触手の展開と同時に動いてそれ等を斬り落としていく。

それまで見られなかった、グランディザストスライム本体の自発的攻撃。敵が増えて対応の必要性を感じたか、次第に小さくなり始めた自身の身体に不安を覚えたか、それともいい加減人の攻撃が鬱陶しくなったのか…とにかく本体とは裏腹に素早く動く触手はかなり厄介であり、これが展開している間は女神二人は勿論、両国のMG部隊も満足に動けないでいた。

それに、問題はプラネテューヌ国防軍自身にも一つある。

 

「え…嘘っ、こんな動きするなんて…!?」

「……!ヴィオレ10、立て直せ……なかった様ですね…」

「はい…自爆しちゃってすいません……」

 

機体が地面側を向いている状態で航空機形態へと変形してしまったばっかりに、地面へと突撃してしまったMG部隊の一人。言うまでもなく直進性能の高い航空機形態で地面に激突すれば機体が無事な訳がなく、ヴィオレ10は戦闘不能になってしまう。

しかし、それを見てヴィオレ10の生死を気にする者はいない。何故なら……プラネテューヌ製MG、ルエンクアージェは遠隔操作型の『無人』機だからである。

 

「……っ…こっちに手間取ってるとまた分体が数戻っちゃうわね…!」

「でも、こっちはこっちで油断すると捕まるわよ!?」

「分かってるわよ!ネプテューヌ、あんた満を持して登場したんだから秘密兵器とかないの!?」

「その秘密兵器が可変MGよ…くっ、せめて触手と再生のどっちかだけでも突破口が見えたら…!」

「……突破口、あるかもしれません」

『え……?』

 

軽く言い争いながら触手を斬り裂き無力化していくネプテューヌとノワール。そんな中ネプテューヌが口にした願望。それに答えたのは……プラネテューヌメンバーが登場した事で元の配置に戻ったユニだった。

 

「…ユニ、あるかもしれないって…それは……?」

「うん、あくまでアタシが見た限りだけど…ビームやミサイルでやられた分体は銃弾や重剣でやられた分体より再生が遅いの!これってもしかしたら…」

「光学兵器や爆発系兵器…高熱を発する攻撃なら再生をそれなりに阻害出来るって事ね。よく気付いてくれたわユニちゃん!」

「あ、は、はい!」

「だったら…皆!本体への攻撃はいいからとにかく分体を焼いて頂戴!実弾で倒した後焼いてもいいわ!」

「こっちもよ!今補給をしてる機体はミサイルかグレネードを装備する事、いいわね!?」

 

分体の再生は戦闘における奴の最も用心すべき点。そう認識していたネプテューヌとノワールは即座に指示を出す。

それに真っ先に反応したのはシュゼットとクラフティだった。

 

「なら……プラネテューヌのMG部隊、聞こえてる!?こちらアーテル1、分体の注意はこちらが引き付けるわ!そっちは上空から焼き払ってくれないかしら?」

「焼き払いに関しちゃ向こうの機体の方が向いてるからな…おいてめぇ等、美味しいところ譲る羽目になったからって気を落とすんじゃねぇぞ!むしろ、ノワール様とネプテューヌ様、それにプラネテューヌの国防軍にうちの勇猛さを見せつける絶好の機会だ!全員気張れよッ!」

 

国防軍同士での連携を図るクラフティと味方を鼓舞するシュゼット。二人は言うが早いか二機揃って突出し、それまで温存していた脚部ミサイルランチャーをオープン。

両機から一斉に吐き出された都合二十発のミサイルは分体ごと正面のスペースを喰い破り、餌食となった分体を吹き飛ばす。更に爆煙を突っ切る様にその空間へと飛び込む両機。シュゼット機は重剣で果敢にも二人同様爆煙を無視して突撃してきた分体を両断し、クラフティ機はラックライフルの砲と下部のグレネードによる同時射撃で戸惑う分体を撃ち抜いていく。

中隊長二人に続いで斬り込んで行くラステイション国防軍。プラネテューヌ国防軍はクラフティの言葉と各機の勇姿を受け取り…即座に全機分体の直上へと展開する。

分体を次々とビームで撃つヴィオレ隊。ユニの発見した再生の難点だけでなく、それまで別々に動いていた両軍が連携した事もあり瞬く間に分体は掃討され、MG部隊の散開と同時に後方から大出力ビームの束が放たれる。

 

「さっきより出力が高い…?…もう少しだと思って出し惜しみは止めたって訳ね、良い判断よ。…ネプテューヌ!」

 

何度も何度もそれを受け、遂には本来のサイズが見る影もない程の大きさ(それでも普通の大型モンスターよりはずっと巨大)にまでなったグランディザストスライヌ。しかしグランディザストスライヌもやられるものかと言わんばかりに分体を生み出し、触手を放って迎撃する。

そんな中、ノワールが声を上げる。

 

「何かしら?ノワール」

「決めるわよ、一気に……私達でね!」

「…いいわ、ノーレ、ふくかいちょー!わたし達の直掩に付いて頂戴!」

「うん、分かりましたね…ネプテューヌ様!」

「アタシも了解です!」

 

ネプテューヌは右手を、ノワールは左手を空へと掲げ、シェアエナジーを収束させた巨大な剣を精製し始める。グランディザストスライヌも二人が自身の敵対者の中でも特に危険だと分かってる為に、身体から生やした触手を二人へと走らせるが……上空から滑り込む様に割って入ったノーレと副会長が触手を撃ち払い、両腕の火器を構えながら護衛の様に女神二人の周囲に滞空する。

しかしグランディザストスライヌも負けてはいない。それまではMG部隊へ向けていたであろう物もネプテューヌ達に向ける事で攻撃の密度を上げ、撃墜しようとする。当然ながらその場で止まっての迎撃は無理があり、二人の援護がありながらもじわりじわりと触手が迫るが……その分地上が手薄になっている事を見逃すシュゼットではない。

 

「そっちが頭獲りにいくってんなら…こっちそうさせてもらおうじゃねぇかッ!」

 

分体の合間を突いて重剣とラックライフルを投擲し、本体へと投げ込むシュゼット機。それに気付いて二体の分体がシュゼット機へと襲いかかるが、腰部背面に装備された二本のナイフを抜き放つと同時に機体を回転させ、勢いに乗ったまま二本へと突き刺す。

深々とナイフを刺された事で呻く分体。その間に彼はナイフを離し、推力最大で本体の懐へと潜り込むや否や投げ込んでおいた武装を掴み、本体へと押し込む。

 

「こうすりゃ少しはダメージが通るだろうよ……ッ!」

「ぬらぁぁぁぁ……!!」

「うおっ……っと…?」

「突っ込むのはシュゼットの仕事、その背中を守るのがあたしの仕事…ってねッ!」

「…流石クラフティ、信頼してるぜ?」

 

シュゼットの目論見通り、触手の一部がシュゼット機へと向けられたが、シュゼット機と背中合わせになるが如く回り込んだクラフティ機の射撃に阻まれ彼の機体へと届く事は無かった。

 

「ネプテューヌのところの面子、中々良い動きじゃない」

「ノワールのところの面子も結構優秀だと思うわよ?」

「じゃ……大トリを務めるとしましょうか!」

 

女神二人の力で編まれたシェアの剣。それはネプテューヌが普段精製するそれの何倍もの大きさを誇り、更にノワールの力によって猛々しく力強い刃となっていた。

ちらりと目を合わせ、共に剣を携えてグランディザストスライヌへと迫る二人。ノーレと副会長の射撃支援もあって何物にも遮られる事なく眼前へと……

 

「ぬ……らぁぁぁぁああああああっ!!」

『なぁ……ッ!?』

 

瞬間、既に射出限界かと思われていた触手が更に数を増す。

それは、グランディザストスライヌの執念。何としてでも死を回避しようという、生物としては当然の反応。それは実際効果があり、一瞬ネプテューヌとノワールは攻撃を断念すべきか…と思考を巡らせる。

 

 

 

 

--------だが、一人だけそれを…いや、正確には具体的にでは無かったものの、まだ何か隠し球があるのかもと思い空中で待機している者が、いた。

 

「持っ…てけぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

二人と二人へ迫る触手。その僅かな空間へと躍り出たのはヴィオレ1、リヨンだった。

彼女はその場へ現れると同時に反射神経と動体視力、それに機体の視線誘導式ロックオンシステムをフル活用する事で、恐るべき速度で触手をマルチロックオン。右腕部ビームライフル、左腕部機関砲、フレキシブルスラスター内蔵機銃、脚部マイクロミサイルポッド、友軍機の中で唯一残しておいた対空対地ミサイル…その全てを一斉に放つ事で、迫り来る触手を一本残らず撃ち落とす。

目を見開くグランディザストスライヌ。笑みを浮かべながら退避するリヨン。そして……

 

『『64式・トルネードブレイド』ッ!!』

 

振り下ろされる巨大な剣。剣はグランディザストスライヌを文字通り両断し、刀身表面に展開されたエネルギーが螺旋を描きながら爆発する事で内側から吹き飛ばし、一瞬でグランディザストスライヌに引導を渡す。

粉々のスライム片となったグランディザストスライヌ。それまで活発に動いていた分体はその瞬間に動きを止め、力尽きた様に溶け去ってしまう。

そうして訪れた静寂。その中で、ネプテューヌとノワールは……勝利を宣言する女神の様に、高く大太刀と大剣を掲げていた。

 

 

 

 

「ふぃー、疲れたぁ……」

 

戦闘終了から数分後。他の脅威がない事を確認したわたしは……取り敢えず女神化を解除した。ほら、帰投するまでが作戦とはいえわたし活躍したし少しは休んでもいいよね?

 

「ちょっと、まだ軍人が見てる前でしょ?」

「えー、いいじゃん別にー」

「あのねぇ…まぁいいわ、ネプテューヌのシェア率が落ちるのは私にとって好都合だし」

 

なんて言いながら降りてきたのはノワール。相変わらずお堅いなぁ…って思ってたら、ノワールも女神化解除した。

 

「……手のひら返し?」

「失礼ね、こっちの方が話しやすいかなって配慮してあげたのに…」

「え、ノワールが配慮…?」

「ぶっ飛ばすわよ?」

「わっ、シンプルな怒り表現きた…ごめんごめん、それとありがと」

 

普通にノワールの額に青筋が浮かんでたから謝るわたし。あ、わたしとイリゼ含めた姉女神組はこういう事を言った後はほんとに殴ってくるから気を付けようね?女神って結構鉄拳制裁に理解あるし。

 

「…それより、凄いわね可変機なんて」

「でしょー?ふふん、うちには某ジャガーさんにも追いつけるかもしれない技術者がいっぱいいるんだもんね!」

「でも、その人達の考えるものは大概コストも安定性も二の次思考だから実用性に欠けるんでしょ?」

「ねぷっ!?うちの欠点バレてる!?…で、でもいいもんね!ルエンクアージェは変形出来るし飛べるしビームも撃てる、ノワールのとこのとは違うんだよー!」

「う、うっさいわね…いいわ舐めてなさい!ラァエルフもまだ全容を見せた訳じゃないし、むしろ真価を発揮するのは今後なんだからね!後、バレてるも何も、それは技術提携した際に公開した様なものでしょ?」

 

ちょっとした言い争いをした後、あー、そういえば確かに…とわたしは思い出す。ゲイムギョウ界でも科学技術重視のうちとラステイションはちょいちょい技術提携とか技術交換とかしてるんだよね。うちがMG作れたのも、元はそれのおかげだしさ。

なんてわたしが思い出してたら、何やらノワールはもじもじし始めた。…あ、もしかして……

 

「……お花摘みに行きたいの?」

「ち、違うわよ!馬鹿じゃないの!?」

「そ、そこまで怒る…?」

「怒るわよ!……そうじゃなくて、その…」

 

もじもじ、もじもじ。何か言いたげにしながらも言わないノワール。そんかノワールはちょっと可愛かったけど……茶化すとまた怒りそうだからわたしはだんまり。

そうして数十秒後。やっと意を決してくれたっぽいノワールは顔を赤くしながら、

 

「え、援軍に…助けに来てくれてありが…「ねぷ子様ー、わたし今日頑張ったよ。褒めて〜」「ヴィオレ3、まだ作戦中なのですが……あら?」「よ、プラネテューヌの皆さん。中々やるじゃねぇかお前等」「この声、やっぱり…ねぇ!そっちのパイロットはシュゼット兄でしょ!?で、その隣の機体のパイロットはクラフティ姉じゃない!?」「あたし達を知ってるの?…って、まさかノーレちゃん!?」「ノーレ?…こんな所で会うとは、久しぶりだな」「…あの、ノーレさん。そちらのお二人と貴女はどういう…?」「あ、二人はアタシの兄と義姉です」「義姉?じゃあそっちの二人は…」『夫婦(だ・よ?)』…………」

「……おおぅ…」

 

びっくりする位間の悪い事に、両軍のエース級が近くに集まってしまう(機体でね)。で、わたしもノワールもイヤホンマイクは付けっ放しだからそれが聞こえてくる訳で、それによってノワールの言いかけた事が遮られてしまって……

 

「……うぅ、もういいわよ…」

「の、ノワール…今回に関しては全面的にノワールに同情するよ…」

 

何故か、勝利の余韻に浸るつもりがしょぼんとするノワールを慰める事になってしまった。そんなわたしの様子も知らずにエース級さん達は仲良く談笑を開始。プラネテューヌMG部隊の初陣でありラステイションMG部隊初の大規模戦闘であり、再編した国防軍の初共闘という歴史の教科書に少しは残りそうな戦いの最後は……こんなんになってしまった。……ま、まぁ信次元っぽいといえば信次元っぽいけどね!




今回のパロディ解説

・共闘 ディフェンスフォース
マクロスシリーズ(特にマクロスΔ)の各話タイトルのパターンの一つのパロディ。これ、どの国の組み合わせでも普通に使えるタイトルですね、便利だなぁ。

・「〜〜わたしが信じる貴女を信じて〜」「私が信じる私〜〜」
天元突破グレンラガンシリーズの代名詞と言える口上の一つのパロディ。ノワールはともかく、ネプテューヌはこの系統の台詞言っても違和感ないと思うのです。

・「持っ…てけぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
台詞…というかこの周囲がマクロスFの「ファースト・アタック」回のワンシーンのパロディ。可変MGが出てきたのも一斉掃射が出てきたのも、私の趣味だったりします。

・某ジャガーさん
コンクリート・レボルティオのメインキャラの一人、芳村兵馬の事。彼本人がいたなら、プラネテューヌもラステイションももっと凄いMGを開発してたかもですね。


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第二十五話 変わらない女神の関係

「お邪魔しまーす!」

「こんにちはー」

 

よく晴れた某日。…って言うとなんか各話の始まりっぽいよね。実際始まりだしさ。○日、って具体的な表現をするんじゃなくて、某日とかある日とかってぼかしてるのが逆に良いのかな?

まぁとにかく、ある日わたしとネプギアはリーンボックスに遊びにきたのでした。ちゃんちゃん。

 

「いやお姉ちゃん、それだと終わっちゃうから…」

「偶には速攻終わるのも一興だと思うんだよね、うん」

「…まだ千字いってないよ?」

「あ、それもそっかー」

 

なんて話しながらベールの部屋に向かうわたし達。およそ普通の姉妹っぽくない会話だけど、わたし達は普通の姉妹じゃないから問題なーし!というか碌にボケずに終わるつもりもなーし!

 

「あ、お姉ちゃん。ベールさんに会う前にちょっと訊きたい事があるんだけど…」

「なになに?ベールの弱点?」

「い、いやわたしベールさん倒す気ないから…そうじゃなくて、どうしてわたしを連れてきたの?」

 

背丈の関係で、ちょっと下を見る感じで質問をするネプギア(これがわたしのちょっとした悩みだったり…)。ネプギアと同じ女神候補生のいるラステイションやルウィーならともかく、リーンボックスとなればそういう質問してくるだろうなぁって予測していたわたしは、質問に対し予め用意していた答えを返す。

 

「んー、帰りにネプギアを一人で置いて帰って、ネプギアがちゃんと一人でプラネテューヌまで帰ってこれるか実験する為?」

「帰れるよ!?わたしそこまで子供じゃないもん!後最悪飛べはプラネテューヌまで直線で帰れるからね!?」

「まぁそれは冗談として、ほんとは突っ込み役が必要だったからだよ。わたしとベールの二人きりだと暴走して収集がつかなくなる事は目に見えてるし」

「その自負があるなら気を付ければ良いんじゃ…」

「それで気を付けられるならわたしとベールは世話のかかる女神扱いなんてされないよ!」

「それは堂々と言い放つ事じゃないんじゃないかな!?」

 

まだ部屋に着いてもいないのにわたしとネプギアは大騒ぎ。偶々通りがかった職員さんにびっくりされちゃったよ。

 

「こほん…でもそれならわたしじゃなくてもいいんじゃない?」

「ううん。イリゼはちょっと理由があって呼べないし、あいちゃんはベールが絡むと突っ込み役こなせなくなるし、こんぱはそもそも突っ込みタイプじゃないからすぐに呼べる中だとネプギアが適任なんだよ」

「わたしが適任……そういう事なら納得、かな」

 

適任、って言葉を聞いた瞬間ネプギアはぴくっと反応して、その後こくんと頷いた。

ネプギアは最近、適任とか認めたとかって言葉によく反応する様になった。いーすん曰く、こういうのって承認欲求が関係してるらしいね。ネプギアが順調に成長しているみたいでお姉ちゃん安心だよ。

 

「という訳でベールの部屋に着きましたー。さてネプギア、どうやって入ったらいいと思う?」

「え、普通に入っちゃ駄目なの…?」

「ちっちっちー、女神はこういうちょっとしたところでボケに走れるかどうかで評価が決まるんだよ?」

「そ、そうなの?」

「そうだよ?だってほら、ちょっとイリゼの各国監査パート見てみなよ」

「う、うん……あ!ま、毎回部屋入る前に無駄に凝ったボケをしてる!?」

「でしょ?ほらほらネプギア、ネプギアならどんなネタを思いつく?」

「えーと…うーん……あ、バズーカで吹っ飛ばすとか?」

「それは過激過ぎるよ…多分早朝バズーカの潜入シーンから連想したんだろうけど、そんな事したらプラネテューヌとリーンボックスで戦争になりかねないよ…」

 

適当な事言ってネプギアを言い包めたら、とんでもない発想を返されてしまった。確かにわたしは常日頃ド派手さを求めてるし、ネプギアにもそれを教えてたりはするけど…これはちょっと反省が必要かも…。

 

「じゃあ……窓から入ってみる?」

「お、それはいいね。でも窓側に回るのは面倒だなぁ」

「じゃあじゃあ、ちょっと前のハプニングみたいに隠し通路から…」

「それはわたしの執務室じゃないと無理でしょ…ベールなら作ってる可能性もあるけど…」

「うぅん…ごめんねお姉ちゃん、今のわたしに思い付くのはこれ位かも…」

「そっかぁ…でも楽しめたからOKだよ!さぁ入ろうかネプギア」

「え……ちょっとしたところでのボケは…?」

「やってたじゃん、今」

「これ!?ボケの為の会話じゃなくてこの会話自体がボケだったの!?」

「ざっつらーいと!」

「そ、そんな高等テク的ボケを仕掛けないでよ…」

 

既にちょっと疲れてるネプギアを連れ立って入るわたし。わたしと波長の近いベールと遊ぶ為のウォーミングアップとしては十分だよね、よーし今日は遊ぶぞーっ!

 

 

 

 

お姉ちゃんとベールさんの部屋に入って数十分後。ベールさんの用意しておいてくれたお茶とお菓子を頂いて、それを食べた後お姉ちゃんとベールさんは早速ゲームを始めて、まずは手慣らしって事で軽くやってる二人にわたしも参加させてもらって…そこまでは良かったんです。

でも、手慣らしの終わった二人は、段々とヒートアップし始めて……

 

「ふふっ、流石ベール。ゲーマーの名は伊達じゃないわね」

「その言葉、そっくりそのまま返させて頂きますわ」

(なんで…なんで……なんで二人共女神化してゲームしてるのぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?)

 

凄まじい勢いでコマンドを入力されるコントローラー。人知を超えたプレイヤーが動かしてるせいか、こっちまであり得ない動きをしてるキャラクター。…はい、読者の皆様なら分かる通り、とんでもない戦いとなっています。

 

「ネプテューヌ、貴女の技量は相当なもの…しかし、オンラインが基本のネトゲで鍛えたPvP能力はわたくしの方が上ッ!」

「確かにそうかもしれないわね、でも…忘れたのかしら?わたしはネプテューヌ…そんじょそこらの人とは、発想力が違うのよッ!」

「な……ッ!?」

 

定石から外れた(らしい)お姉ちゃんの動きは、裏をかこうとしていたベールさんの攻撃を空振りさせ、逆に背後を取る。

そのまま仕掛けにいったお姉ちゃん。わたしは「入った…!」って思ったけど……ベールさんは、それを防御してみせた。

 

「こ、これは…ピンポイント防御!?」

「今のはヒヤリとさせられましたけど…そう簡単に直撃は喰らいませんわ」

「わたしのコマンドを…完全予測したって言うの…!?」

「言ったでしょう?PvP能力はわたくしの方が上と。確かに拮抗した状態で貴女の発想力に喰らいつくのは困難ですわ。ですが…さしものネプテューヌも、絶好のチャンスで奇行に走ったりはしないという事ですわね」

「……っ…チャンス故にわたしは普通の行動をしてしまったという訳ね…だけど、なら最後までわたしは発想力を活用すればいいだけの事!」

「でしたら、わたくしはその発想を超えてみせますわ!」

 

一進一退の攻防を続ける二人。ゲームの仕様上、通常防御時には僅かにダメージが入っちゃうからお互い少しはHPバーが減ってるけど……ベールさんの言う通り、お姉ちゃんもベールさんも直撃は一度もされていなかった。……って言うか…

 

(シュールな光景だなぁ……)

 

二人共女神化をしているから、当然見た目は凛々しく美しい女神のもの。それに服装もプロセッサユニットだから、外見の上では完全に戦闘の時のそれ。でも、ここは高貴さとインドアさの混じったベールさんの私室で、二人が握ってるのは大太刀や大槍じゃなくてゲームのコントローラーで、二人がしているのは正座から足を外側に開いた所謂『女の子座り』。それでいて顔は真剣そのものなんだから……シュールにも程があるよ…。

 

「負けはしないわ…喰らいなさいっ!高橋名人直伝(の異名が欲しい)、擬似16連射!」

「まさか16連射とは…しかし正確性ならこちらが上手!毛利名人直伝(を名乗りたい)、擬似14連射!」

「嘘でしょ!?っていうか女神の力でそんな事したらコントローラー潰れちゃうよ!?」

「安心なさいなネプギアちゃん、このコントローラーはこういう時の事を想定した特注性ですわ」

「どんな想定してるんですか!?」

 

わたしは堪らず遂に突っ込みを口にする。うぅ、お姉ちゃんがちょっと…あ、アレなのは女神化する前だけだと思ってたのに…他の国の女神さんは少し変わってるだけでお姉ちゃんよりはずっと普通の人だと思ってたのに……イリゼさんも時々変になるし、もしかしたらノワールさんやブランさんもそうなのかな…。

 

「どんな想定…想定と言えば、ここまで埒が明かない戦いになるとは思っておりませんでしたわ」

「ワンサイドゲームよりはずっと楽しいじゃない。でもそれもそうね…じゃ、クイズでもしましょうか」

『クイズ?』

 

お姉ちゃんの提案に、わたしとベールさんは頭に疑問符を浮かべる。…勿論二人は激戦を繰り広げながら。

 

「そうクイズ。わたしとベールがお互いに一問ずつクイズを出して、それを出題してない方とネプギアが答える。どうかしら?」

「どう…って、どうしてそんな事を?」

「クイズを考えたり答えを探したりすれば、集中力に陰りが出て、拮抗した状態が崩れるかもしれないでしょ?」

「あぁ、そういう…わたしはいいよ」

「わたくしも構いませんわ。尤も、その程度で途切れる集中力は持ち合わせておりませんけど」

「わたしだって、この姿での集中力は相当なものだと自負しているわ」

「なら決定ね。わたしが持ちかけた事だし、出題と回答のどっちを先にしたいかはベールが好きな方を選んでくれて構わないわ」

「でしたら、出題をさせてもらいますわ」

 

一切動きの精細さを欠く事なく、クイズに関するやり取りを行う二人。この時点でもうクイズなんてやったって意味ないんじゃないかと思うけど…何だかお姉ちゃんもベールさんも自信ありげだった。…まぁ、取り敢えずわたしはクイズに参加すればいいだけだし、気楽にやろうかな……

 

「では第一問、ネプテューヌが夜な夜な行っている秘め事とは!?」

「はい!?ひ、秘め…はいぃ!?」

「そんなの簡単、隠れてプリン食べる事よ!あの悪い事してる感と見つかるかもというドキドキが堪らないわ!」

「あ……よ、よかった変な事じゃなくて…ってそんな事してたの!?そしてそれ言っちゃっていいの!?」

 

…前言撤回。全然気楽にやれそうになかった。一問目からとんでもない出題だった。しかもそれにお姉ちゃんは平然と答えていた。……へ?変な事ってどんな事か、ですか?…そ、そんなの知りませんっ!

 

「一問で仕留めるつもりでしたのに…やりますわね」

「お互い考えてる事は同じだっただけよ。じゃ、二問目……」

「ちょ、ちょっと待って!今の問題の答え、ベールさんは知ってたんですか…?」

「いえ、ネプテューヌの事だから何かしら悪さしてるかもとは思っていましたけど、具体的な事は知りませんでしたわ」

「え……?お姉ちゃん、それっていいの…?」

「えぇ。だってわたしは出題時のルールも回答時のルールも別に言ってないもの」

「そ、それって……」

 

お姉ちゃんの言葉を聞いて、わたしはさっきの二人の自信げな顔の理由を理解する。

わたしは最初、ゲームはゲーム、クイズはクイズと無意識に分けて考えていた。でも、お姉ちゃんは提案時、ゲームの集中力を崩す目的でクイズをやるって言っていた。という事はつまり、クイズはあくまでゲームの為のものであって、クイズ自体は正解しようが間違えようが、クイズがまともであろうが異常であろうが関係ないという事。どんな問題にするか、何が正答なのか…それを考える事が集中力低下に繋がるんだと思ってた(実際これは間違いではないんだよね?)けど、二人が狙っていたのはそこじゃなくて、出題、回答の内容による揺さぶりだったのだった。

この高度な駆け引きに、わたしは心の中で叫ぶ。

 

(お姉ちゃん、ベールさん……それはこんな日常の一コマで発揮する事じゃないと思うよ!?)

 

……あ、賞賛すると思いました?いや、これは流石にやってる事と状況が違い過ぎて、素直に賞賛する気になれませんって……。

 

「こほん、第二問!最近あったベールの恥ずかしい事は!?」

「イリゼにお姉様って呼ばされた事ですわ!」

「えぇ!?イリゼさん何してるんですか!?ベールさんも何やってるんですか!?」

「そちらも一問では沈まない、という訳ね…」

「冷静っ!普段のお姉ちゃんなら物凄く食い付く筈なのに今日は冷静!女神化って凄い!」

「でしたら第三問!ノワールがツインテールを始めた理由は!?」

「わたしがその方が可愛いと言ったから!」

「完全に答え分からない質も…お姉ちゃん!?それは嘘だよね!?そんな口説きまがいの事なんてしてないよね!?」

「第四問!今話題のハッピーグルメ弁当は!?」

「どんどん…?」

「ベールさんいったー!って、何これ!?ある意味先の三問以上に意味不明だよ!?ねぇ!」

「第五問!この「わたしの突っ込みオール無視!?か、カオス過ぎる!」…いい突っ込みセンスしてますわね、ネプギアちゃん」

「ありがとうございます!でもこんな形で褒められても嬉しくありませんよ!」

 

コマンドの応酬に加えてトンデモクイズの応酬まで始まってしまった。もう、本当に訳が分からない。そしてお姉ちゃんとベールさんの二人きりだと暴走して収集がつかないというのも本当だった。…わ、わたし明日声枯れたりしないかな……。

 

「第八問!今何問目!?」

「十問目ですわ!」

「嘘でしょう!?こんな下手にも程があるクイズを間違えるってあり得ませんよベールさん!?」

「第九問目!女神化前のネプテューヌは意外と妹要素多めな気がしますわ!貴女自身はどうでして!?」

「我ながらわたしもそう思うわ!何ならベールに狙われるんじゃって思った事もあったもの!」

「もうこれクイズじゃなくてただの問いかけ合戦じゃないですかぁぁぁぁぁぁぁああっ!」

 

ぜぇぜぇはぁはぁと肩で息をするわたし。二人はずっとクールな顔で、まるでミスせずゲームをしてるというのにわたしはもう疲労困憊だった。これが、守護女神と女神候補生の差なのでしょうか…そうだとしたら、わたしはこの差を…‥埋める様な真似はしたくないと思います。

 

「第十問目!…といきたいところだけど、流石に即興で考えるのはキツくなってきたわね…貴女もそうでしょ?」

「そうですわね。では、クイズの代わりに…賭けは如何でしょう?」

「賭け?何を賭けるつもりなの?」

「それは勿論…ネプギアちゃんの姉としての地位ですわ!」

「あ、貴女女神化しててもそんな事言うのね…」

 

ここで初めて、お姉ちゃんの声音が少し変化した。と言っても指の動きは変わらず、僅かに呆れただけみたいだけど。

 

「ま、女神化していても根っこは同じ人間なんですもの。…で、どうですの?」

「それはそうね……ふっ、舐めないで頂戴。ネプギアを出す事でわたしを揺さぶろうとしたんでしょうけど…その位想定内よ!えぇ、受けて立つわ!」

「その心意気は天晴れですわね。ですが……」

 

そこで言葉を一旦切ったベールさん。それについてわたしもお姉ちゃんも特に何にも感じなかったけど…この時ベールさんは、勝負を決めにかかっていた。

 

 

 

 

「--------ネプギアちゃんが、悲しそうな顔をしていますわよ?自分の姉という立場は、そんな簡単に賭けに出せるものだったのかと、凄く悲しそうな顔を…」

「……っ!?」

 

その時、お姉ちゃんは振り向いた。わたしの方を、振り向いた。動揺した顔で、コマンドを打つ手を止めて、わたしの事を気にしてしまった。

そして、お姉ちゃんは気付く。これがベールさんの策略だという事を。わたしは……『なんかもういいや、二人には好きにやっていてもらおう…』みたいな顔をしていた事を。

 

「ネプテューヌ……貴女は、妹想いの良いお姉さんなんですわね」

「くっ……ベール!貴女はッ!」

「残念ながら…勝負は勝負ですわ!」

 

お姉ちゃんの動きの止まった一瞬。そこに叩き込まれるベールさんのコマンドの嵐。すぐにお姉ちゃんも画面に向き直ってコマンドを打つけど、攻撃を受けた事によるキャラクターの怯みもあってお姉ちゃんは上手く反撃出来ず、差を詰められないままゲームセット。ベールさんの、勝ちだった。

 

「ふぅ…ここまで熱い戦いは久し振りでしたわ」

「ず、ズルいわよベール…あんな手段を取るなんて…」

「あら、仕掛け合いのクイズをしてる時点でどちらも相手にズルいなんて言えないのでは?」

「それは……分かったわよ、わたしの負けよ…」

 

お姉ちゃんはコントローラーを置く。その声は悔しそうだったけど…よく見たら勝ったベールさんは勿論、お姉ちゃんも満足そうな顔をしていた。やっぱり全力出しての戦いの後は、勝敗関わらず気分が良いんだね…と色々アレな点があったものの、そう思うわたし。

……でも、そこでわたしは思い出す。あれ、これってもしかして…

 

「…お、お姉ちゃん……」

「……?何かしら、ネプギア」

「お姉ちゃんって賭けに乗ってたよね?」

「えぇ、乗ったわね」

「それでお姉ちゃん、今負けたよね…?」

「えぇ、負けたわね…………あ」

「まぁ…こういう事に、なりますわね」

 

すっ…とわたしの隣にやってくるベールさん。外見と顔に浮かべた薄い笑み、そしてこの状況というのが組み合わさって……ベールさんは、まるで戦勝国の女王様の様だった。

 

「……えと、その…あれはその場のノリよね?」

「ノリですわね。でもネプテューヌは受けて立つと言いましたわよね?」

「で、でもあれはゲームの為の会話っていうか…」

「言った事は変わりませんわよね?」

「あ、え、えと…姉の立場なんて、取り引き出来るものじゃ……」

「言い訳は、聞きませんわよ?」

「…………」

「…………」

「……ネプギア、ちょっと席外してもらえない…?」

「え?…あ、わたしリーンボックスで買いたい物あるから、じゃあそれで少し席外すよ…」

「そうして頂戴…」

 

わたしは部屋を出て、外へと向かう。なんだかヤバそうな展開だった事もあり、早足で外に出る。それで数十分後、わたしが戻った時には二人共女神化を解除して、仲良くお喋りをしていたから安心してお姉ちゃんの隣に行ったけど……わたしが出ている間、何があったかは聞けませんでした…。

 

 

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「脱ぐわ、土下座もするしお金だって幾らでも出すわ、もうなんでも言う事聞くわ、だから……姉の立場は許して下さい、ベール様…」

「そうですわねぇ…」

「…………」

「…ま、あれは冗談ですけどね」

「え……?…な、何よベール、そうならそうと早く言って--------」

「でも、さっきの言葉は録音させてもらいましたわ。うふふ」

「……………………」

 

 

 

 

「えーと、さ…ベール、ちょっと聞いてほしい事があるんだけど…」

「あら、何かしらネプテューヌ」

 

ネプギアが買い物に行ってからおよそ五分後。わたしはネプギアがいない事もあり、今回遊びにきたもう一つの理由の為にベールに話しかけた。……因みにベールは録音させた携帯端末を手で弄っていた。…わたしもうベールに一生逆らえないのかも…。

 

「その…うーん、なんて切り出したら良いんだろう…」

「珍しくズバズバ言わないんですわね…真剣な事なんですの?」

「うん、真剣な事。だから真面目に聞いてくれる…?」

「…別に茶化したりはしませんわ、話して下さいまし」

 

ベールは携帯端末をテーブルに置き、わたしに向き合う。…ちゃんと聞くって態度を見せてくれるのは嬉しいけど、こう向かい合うと余計切り出し辛くなるね…き、切り出すけどさ。

 

「んと……ベールはさ、あいちゃん…とチカもかな?…を、好きなんだよね?」

「訊かれるまでもなく大好きですわ」

「だ、だよね…じゃあさ、その好きってのは…その……」

「あぁ…そういう事ですのね」

「こ、こういう時に察し良くなるのは嫌いだよ!」

「そうやって慌てるのは、わたくしの察しをそうだと認める様なものですわよ?」

「うぐっ……わ、分かってるなら質問に答えてよ…」

 

顔が赤くなってるのが自分でも分かってしまって、それと察せられた事とで恥ずかしくなってわたしは少し俯く。うぅ、こうなる事は分かってたよ…でもベールが適任なんだから仕方ないじゃん……。

 

「こういうところはネプテューヌも女の子ですわね、ほんと。…こほん、では真面目に答えるとして……そうですわ。貴女の思う通り、わたくしの大好きという気持ちは、特別な関係になりたいという意味での大好きですわ」

「……それってさ、ベールの中でどう割り切ってるの?他の好きととか、性別とか…」

「……割り切る必要なんて、ないのではなくて?」

「……え?」

 

ベールが一体どんな答えを口にするのか。そう思ってちょっと緊張していたわたしだけど…ベールの言葉はわたしが考えていたのとは真逆のものだった。それについわたしはきょとんとしてしまう。

 

「割り切るなんて、そんなのやろうと思って出来る事ではありませんわ。だって『好き』というのはそんな単純なものではありませんもの。例えば…わたくしはネプテューヌを好きですわ、貴女はどうでして?」

「わ、わたし?…そりゃ、好き嫌いで言えばわたしも好きだけど…」

「でしょう?わたくしとネプテューヌの間にあるのも好き、わたくしとあいちゃん、チカの間にあるのもまた好きなのですわ」

「そ、そういう事じゃないよ…わたしが言いたいのは…」

「そういう事なのですわ。大事な人で、一緒にいると楽しくて、また会いたくなる。それは友達だろうと恋人だろうと変わらないもの。ただ求めるものが少し違うだけで、その違う事を便宜的に友情だの愛情だの区別してるだけで、本質は変わらない。ただまぁ敢えて言うなら、好きの度合いが違うと言うのではないかしら?実際わたくしは貴女も好きですけど、それ以上にあいちゃんとチカが好きなんですもの。…だからと言ってどれ位違うのかは分かりませんし、貴女が然程大事ではないという事は一切ありませんけどね」

「…そっか…うぅん、分かった様な分からない様な……」

「それでいいんですのよ。想いを無理矢理定義付けようとしたところで、そこには歪で説得力のない紛い物しか現れませんもの」

 

ベールの言う事は、ちょっと難しくてすぐには飲み込めない。でも…そうなのかな、って思える言葉な気がした。だから、わたしは続ける。

 

「……じゃあ、さ…友達のままで居たいっていうのは、もう少し気付かないフリしてるっていうのは、いい事かな…?」

「貴女がそうしたいなら、それで良いと思いますわ。友達でも恋人でも、求めるばかりでなく相手を受け入れる事が大切ですもの。ネプテューヌは今求められている。それにネプテューヌはいつかはキチンと答えを返すと考えている。でしたら代わりに気付かないフリを…もう暫く友達のままでいる事を受け入れてもらうだけの資格がありますわ」

「……全部、お見通しなんだね」

「全部かどうかは分かりませんけど…それなりにそっち方面の機微には聡いつもりですわ」

「そっか…じゃあ、わたしはそうするよ。だって、わたしは今の関係も好きだもん。答えを出すなら、しっかり考えてしっかり悩んだ末に出したいもん。…二人には、真摯でいたいもん」

「そうするといいですわ。その二人もきっと今の関係も好きでしょうし、貴女自身の思いを大切にしなければそっちの方が失礼ですもの。…頑張りなさいな、何かあればいつでもわたくしが相談に乗ってあげますわ」

「うん、頑張るよ。…やっぱベールは頼りになるね」

 

穏やかな笑みを浮かべてくれたベールに、わたしは安心した様な顔を見せる。本当にベールには感謝してもしきれない。だから、わたしは言った通りにしようと思う。それが、ベールの好意も、二人の想いも、わたしの気持ちも全部無下にしない為の方法だから。

 

「いやー、すっきりしたよ。ありがとね、ベール」

「わたくしも友達と恋バナが出来て嬉しかったですわ」

「あはは、わたし達普通の会話なんて滅多にしないもんねー」

「偶にはこういうのもいいですわよね」

「だねだね。あ、このついでにさっきの録音消してくれないかな?」

「いやそれはしませんけど?」

「……ですよね…」

 

ある日の、ある出来事。日常の一ページ。それは普通の人の日常の一ページとは大きく離れたものかもしれないけど…それでもやっぱり日常の一つ。これが、わたし達の楽しい日々なんだよね。

 

 

 

 

……この日、わたし達が帰るまで…いや帰ってからもベールからの要求はなかった。…ぎゃ、逆に怖い!わたしはいつどんな要求をされるの!?




今回のパロディ解説

・高橋名人、16連射
ファミコン全盛期に有名人となった、高橋利幸さんの事及び彼の得意技。現代のゲームで16連射したらどうなるんでしょうね?まぁボタンやられそうなのは事実ですが。

・毛利名人、14連射
ファミコン全盛期に有名人となった、毛利公信さんの事及び彼の得意技。ゲイムギョウ界な訳ですし、どこかの時代に彼(と高橋名人)の様な方がいてもおかしくないですね。

・「今話題のハッピーグルメ弁当は?」「…どんどん?「ベールさんいったー!〜〜」
弁当チェーン店、どんどんのCMのパロディ。実はどんどんってとある県にしかない…というのを今回パロディに出して初めて知りました。…つ、伝わるのかなこのパロ…。


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第二十六話 夏だ!海だ!ゲイムバカンスだ!(お着替え編)

夏。気温が高くなり、湿度も高くなり、日光は強くなり、汗の量が凄い事になる季節。…とこう表現すると嫌な時期っぽいけど…木々は生い茂るし、インドア派の人がテンション上がるアレも含めて色んなお祭りがあり、かき氷や冷やし中華等冷たい食べ物が一層美味しく感じられ……そして何より、夏休みがある季節!

……でも、女神に夏休みなんてありません。教会職員は勿論、何なら教祖だって夏休み取得出来るのに、女神に夏休みはないんです。だって仕事日も休みも不定期…というか勝手に決めていい訳ですからね。

だけど、それはあんまりです。女神だって夏休みを満喫したいのです。と、いう訳で……

 

「女神の皆とコンパとアイエフとでバカンスに来たよーーーーっ!!」

 

 

 

 

((今回のイリゼ(さん・ちゃん)、テンション高っ……))

 

 

 

 

「青い空に白い砂浜、うーんこれぞ夏の海だね!」

 

日の光を受けてキラキラ光る夏の海を見て、わたしの目もキラキラと光る。更に言えば、ネプギア達妹組とイリゼの目もキラキラしてる。夏の海はキラキラだねっ!

 

「そうね、雪国が本拠地のわたしにとっては些かキツい環境ではあるけど…気分が高揚するのは分かるわ」

「海水浴にスイカ割りにビーチバレー、夏の海はワクワクしますわ」

「しかしこんな良い環境があるなんてね…いや、良い環境って言うには無理があるか…」

 

比較的落ち着いているノワール達の見せる、三者三様の反応。特にノワールの言葉は印象的で、わたし達四人は苦笑を浮かべる。

四ヶ国のどこにも属していない、無人の離れ小島。いーすんに探してもらった中では最高クラスの環境を持つ場所だったけど…悲しいかな、モンスターの巣窟になっていた。

 

「ねぇねぷ子、ここって本当に大丈夫なの?」

「わたし、ちょっと不安ですぅ…」

「大丈夫だって。んー…あ、丁度一体出てきたし見せてあげるよ」

「グルルゥ……」

「どーどー、ちょっと良いかな?」

「グガァ……ッ!」

「そっか、うんうん分かったよ。まぁそれはともかく…」

 

タイミングよく砂浜近くの林から顔を見せた、一体のモンスター。それを発見したわたしは小走りでモンスターの方まで行って、顔を近付ける。

基本的に人や文明の害となるモンスター。でも人の生活圏外の環境はモンスターも含めてのものだし、危険生物だからって人に近付く事も襲う事もしてないモンスターを『近くでバカンスしたいから』って理由だけで全滅させるのは……力ある者の身勝手でしかない。だから、わたし達守護女神四人は数日前に来て、島中を駆け巡って……

 

「邪魔、しないでくれるかなっ♪」

「……ーーッ!?」

『も、モンスターが逃げてった(です)……』

 

--------わたし達の強さを、教えてあげたんだよね♪…うん?それもあんまり宜しくない?いやいや、ちょーっとわたし達は実力を見せてあげただけだよ?傷なんて一つも付けてないし、何なら笑顔だって見せてあげたんだよ?平和的解決そのものだもん、モンスターも美少女達のキャッキャウフフを見れてwin-winだよね。

 

「ま、一先ずは水着に着替えましょうよ。このまま至って暑いだけだし」

「そーだね、えーと更衣室は…」

「あそこの即席感満載のプレハブ小屋じゃない?」

「あそこ?じゃあロムちゃん行こー!」

「うん…っ!」

 

たたたーっ、と小屋へと駆けていくロムちゃんとラムちゃんに、心なしかいつもよりいそいそと移動するイリゼ。それを追う形で残りの面子も小屋へと向かう。

さて、水着に着替えたらバカンス開始だよ!

 

 

 

 

更衣室用に準備してもらったプレハブ小屋。そこに入ったわたし達は、早速服を脱ぎ始めた。

 

「これってろくな日数もかけずに建てたものなんですわよね?…凄いものですわ……」

「その分耐震性も快適性もろくにない、ほんとにただの小屋らしいですけどね」

「って言うかさ、この島にはわたし達しかいないんだからわざわざ更衣室用意する必要あったのかな?」

「じゃ、ネプテューヌは外で着替えしたらいいんじゃない?」

「う……それは嫌だね、更衣室用意してもらってよかった…」

 

ごそごそ、するする、ぬぎぬぎ。小屋同様簡単な作りのロッカーにそれまで着ていた服を入れて、代わりに水着を身に付ける。…えーはい、今かつてない程肌色成分多めになっております。

 

『……はぁ…』

 

若干名周りを見回した後、自分の胸元を見てテンション下がってる人もいるけど…それは最早様式美。わたしは…気にしないでおこう。気にしなきゃダメージ入らないもん。

 

「これ今回の為に新調したのよね、どうかしら?」

「中々良いセンスだと思いますわ。…もしや、ユニちゃんのもノワールが選んだのでして?」

「あ…はい、お姉ちゃんが選んでくれました」

「よく分かったわね、ベール」

「え、えぇまぁ…(姉妹でカラーリングがほぼ同じなら誰だってそう思いますわ…)」

 

…っとそうだ、ここで一回皆の水着描写入れておこっか。えーと…じゃあまずはベール!ベールの非の打ち所がない…わたし達残念サイドからは嫉妬と羨望を受けまくる身体を包むのは薄い緑のマイクロビキニ!ないすばでーに布地の少ないマイクロビキニ選ぶなんて、ベールは男の子を殺しにかかってるね!

続いてノワールとユニちゃん!ノワールもユニちゃんも上は三角ビキニでノワールは下もビキニタイプ、ユニちゃんはホットパンツタイプ!そして色は二人共黒が下地の白水玉!優等生スタイルのノワールは可愛さと綺麗さをハイレベルで両立してるし、ユニちゃんはユニちゃんで控えめ(わたしやブランよりは好スタイルだけど)ながらも可愛くて期待が持てる格好だね!

 

「おきがえかんりょー!」

「かんりょー…!」

「ほら、砂浜は熱くなってるんだからサンダルも履かなきゃ駄目よ」

『はーい』

 

渡されたビーサンを履いて駆けていくロムちゃんとラムちゃん。二人の水着はロムちゃんが水色、ラムちゃんがピンクのお揃いワンピース!二人仲良く駆けてる事もあって、小さい子特有の可愛さを全面に押し出してるね!

そして二人の保護者宜しく後ろから着いていくブランは白のチューブトップビキニ!確かに肉感的な良さは無いけど…クールで普段無表情なブランの特徴と噛み合う事で、ある種の美しさと背徳的な魅力が醸し出されてるよ!

 

「そういえば、海に来るのは久し振りだわ…」

「わたしもプールはほぼ毎年行ってるですけど、海は久し振りです」

 

脱いだ服を丁寧に畳んでいるのと、日焼け止めクリームか何かを探してるのか荷物をごそごそやっているのはこんぱとあいちゃん。こんぱが着てるのはオレンジのフレアビキニ!前面を覆うタイプのフレアはわたしやブランが着ると何も見えなくなるけど、ここではベールに次ぐバストのこんぱは別!これは最早有り余ってると言っても過言じゃないね!

対するあいちゃんの水着は青のスポーツビキニ!シャープなデザインのスポーツビキニは貧乳、と言うよりスレンダーと表現した方が適切なあいちゃんの身体と合う事で、カッコ可愛いあいちゃんの魅力を最大限発揮してるよ!

それでそれで次は……っと、

 

「ネプギア、ちゃんと着られた?」

「うん。…わ、わたしでも水着位一人で着られるよ…」

「あ、それもそうだね」

 

わたし!…の前にネプギアの水着!ネプギアの水着はピンクと白のストライプホルタービキニ!何気にイリゼに次ぐ…要は二つに分けるならおっきい方に属する事もあって、ノワールと同じ優等生系の…でもノワールにはない初々しさと年下らしさによる可愛さが溢れてる!我が妹ながら憎いね!

そしてそして、わたしは水色と白のタンニキことタンクトップビキニ!敢えてちょっと露出度を落とした事で、わたしの抑えきれぬあどけない可愛さを残しつつ同時にどこかえっちぃ感じも出せる、正にハイレベルの着こなし!これはもう犯罪を誘発しちゃってるかもしれないね!

いやー、解説したよ解説。解説しまくっちゃったよ。あー……

 

 

 

 

……何やってんだろ、わたし…。

 

「…ネプテューヌ、大丈夫?」

「う、うん一応…あ、イリゼごめんね」

「え?…えと、何が?」

「あーうん、こっちの事だから気にしないで」

「そ、そう…体調悪いなら休まなきゃ駄目だからね?」

 

発情したレズビアンみたいな思考をしていた事に落ち込むわたし。そんなわたしをイリゼが心配してくれたところで…まだイリゼの水着紹介をしていなかった事に気付く。一旦冷静になったところでまたあのテンションになるのはキツいけど…イリゼだけ仲間外れにする訳にはいかないもんね!よーし!

イリゼが身に纏うのはクリーム色の紐ビキニことタイサイドビキニ!色合いといいデザインといいイリゼのスタイルといい、どうしてこうもこの子は清純な子が背伸びしてる的可愛さを持ってるのかな!普段は可愛いがメインのそれも水着となればドキドキさせる魅力も倍増だよ!主人公として及第点どころか満点間違い…な、し……って、あれ…?

 

 

…………。

 

「……ノワスタイル…?」

「……!?」

「うわわっ!?の、ノワール!?」

「な、何いきなり私の恥ずい原作ネタぶち込んでるのよ!?」

 

ぼそり、とわたしがその単語を言った瞬間、ノワールが物凄い勢いでわたしの元に駆け寄ってきて肩を引っ掴む。こ、小声で言ったのに反応した…!?

 

「じ、地獄耳だねノワール…」

「自分の事はそれ以外の事より聞こえやすいものよ!後やってないわよ!私の水着のどこが逆なのよ!」

「わ、分かってる分かってる!分かってるからノワール落ち着いて…!」

 

結構な力でわたしの肩を掴むノワールにテンパりながらも、なんとか落ち着けようと試みるわたし。…あ、因みにわたしもノワールも小声だよ?わたしはともかく、ノワールは大声出したらむしろノワスタイルについて皆に知られちゃう可能性あるもんね。

 

「ノワールの事じゃない!ノワールの着こなしは何も間違ってない!むしろ完璧過ぎて同じ女の子として嫉妬しちゃうよ!」

「え、そ…そう?…ふぅん、そうなの…なによ、そう思ってたのなら最初からそう言えばいいのに」

「あ、あはは…」

 

まくし立てる様な言葉と後半の褒めによって、一先ずノワールはちゃんと話を聞いてくれる状態になる。…その結果今度はノワールがドヤ顔浮かべ始めたけど…非常事態だもん、我慢我慢。

 

「…で、じゃあなにに対してノワス…こほん、あんな事言ったのよ?」

「えーっとだね、それは…」

「……もしかして、誰かがその状態になってるの?」

「……そういう事…」

 

わたしの言葉を受けて、更衣室の中を見回すノワール。鬼気迫るもの、ドヤ顔と変化してきたノワールの顔だったけど…見回した後は、『やっちゃったよこの子…』って感じの顔をしていた。…うん、やっちゃってるよね……。

 

「き、気付いてないって言うの…?」

「ノワールだってわたしに言われるまでそうだったじゃん」

「私もさっきまでそうだったみたいに言うんじゃないわよ!…それで、どうする気よ?」

「どうって…そりゃ何とかしてあるべき姿に戻す--------」

「さてと、それじゃ私もそろそろ外出よっかな」

『わあぁぁぁぁああああっ!?』

『はい!?』

 

わたし達の懸念をなにも知らないイリゼ。そんなイリゼがそのまま外に出ていっちゃいかけたもんだからわたしとノワールは大慌て。慌てて止めた結果周りから変な目で見られてしまった。

 

「ね、ねぷねぷ止めたノワールさん…どうかしたですか…?」

「な、なんでもないのよ?うん」

「そうそうなんでもないなんでもない。だから皆外へゴー!」

「変なの…だったら今度こそ海へ…」

『イリゼは駄目!』

「なんで!?」

 

がびーん!と擬音が出そうな位ショックを受けてるイリゼを放置しつつ、精一杯の女神(営業)スマイルで他の皆を更衣室から送り出すわたしとノワール。イリゼは「訳が分からないんですけど!?」みたいな反応してたし、他の皆には「まーたしょうもない事を考えてるな…」みたいに見られたけど、何とかノワスタイルがバレる事なくイリゼ以外を外へ送り出す事に成功した。…もうこの時点でわたし達一苦労だよ…。

 

「うぅ、コンパやアイエフ達ならともかく、ユニにまで変な目で見られた…」

「絶対良からぬ事企んでるって思われたね…」

「実際変な事してるでしょ…良からぬ事考えてるでしょ…」

『……はぁ?』

「え…え?な、なんで私メンチ切られてるの…?」

『さぁ?なんででしょうねぇ?』

 

わざわざ負わなくてもいい不信感を負ってまでイリゼの痴態を隠そうとしているにも関わらず、当のイリゼが非難側に回ったものだから、ついわたしとノワールはメンチを切ってしまう。ノワスタイルについてはイリゼ自身が気付いてない訳だから一応仕方ないと言えば仕方ないんだけど…ねぇ?

 

「いや、あの…何故私は行っちゃいけないんでしょうか…?」

「それは説明出来ないかな」

「つまり、黙ってここに残ってろと…?」

「そうなるわね」

「……え、これ私虐められてない?ねぇこれ場合によっては虐めだよね?」

 

なにやらイリゼがごちゃごちゃ言いだしたけど…それよりわたしとノワールはアイコンタクトで作戦会議をしなくちゃいけない。むしろ騒いでる間は外行きそうに無いし好都合好都合。

 

(引き止めた以上、やっぱり無しはもう効かないわね。それだとイリゼが変に思って気付きかねないわ)

(とはいえ普通に言ったらイリゼ相当ダメージ受けると思うからなぁ…)

(…その方が良いかもしれないわよ?下手に誤魔化したり小細工したりすると返ってショックが大きくなる可能性あるし、ストレートに言った方が傷は浅いと思うわよ?)

(かもしれないけど…出来ればわたしは、イリゼに気付かれずに解決させたいかな…)

(また無茶を…でもどうしてよ?それがベストなのは分かるけど、賭けとしては分が悪過ぎる事位分かるでしょ?)

「あのー、聞いてますー?無茶苦茶な事言った後突然無視を始めるとか、私ほんとに虐め疑うよ?」

 

ノワールの言う事は分かる。と言うかこれがイリゼ以外だったら、ノワールの案に乗っていたかもしれない。けど、イリゼの場合…今回のイリゼの場合はそうはいかない。出来るならば、そういう方法は取りたくない。……あ、アイコンタクトで完全な会話出来るとか何者だよ、的な突っ込みは無しでお願いね?わたし達それどころじゃないから。

 

(…ノワールさ、今回イリゼが普段よりちょっとテンション高めなの気付いてる?)

(え?そりゃ、まぁ気付いてたけど…それがどうかした?)

(うん。多分なんだけど、このテンションは『自分が気になってたものを初めて体験出来る』っていう喜びからくるものなんだ。本人に聞いた訳じゃないけど、前にわたし達が初めてルウィーに来て雪遊びした時も同じ感じだったからさ)

(そうなの…でも初めてって……あ…)

(そう。イリゼは意識を持ってから今に至るまでの期間がわたし達に比べて、ずっと短いんだよね。わたしも記憶的には海来るの初めてだけど…体感的には前にも来たんだろうなぁって思えるんだ。…でも、イリゼは違う)

(…こういう事に関しては、ほんとはユニ達妹組と同じ心境…って訳なのね)

「……いいよ、分かったよ…黙って待ってるよ…」

『分かれば宜しい』

「やっぱり聞こえてるじゃん!虐めなんだね!これ虐めだったんだね!?」

 

もし、ここで真実を伝えてしまったら、イリゼは初めての海、初めての皆とのバカンスという大切な思い出の中に、『水着を裏表逆に着てしまい、しかもそれに暫く気付かなかった&何人かにバレてしまった』という、忘れたくなる出来事が残ってしまう。過去の記憶がない分今ある記憶を、これからの記憶を人一倍大切にしてるイリゼに、嫌な記憶は出来る限り持ってほしくない。嫌な記憶を持たずに済む手があるのなら、友達として全力でなんとかしたいと思うのがわたしだった。

 

(……ネプテューヌ、貴女の言いたい事は分かったし、私もそれに賛成よ。だけど、どうするつもりよ?気付かれず解決するなんて、現実的な手段だと殴って気絶させるとかしか思い付かないわよ?そうする気?)

(まさか、イリゼじゃ一撃で気絶させるのは楽じゃないし、怪我させちゃったら不味いもん。……だから、正攻法な手段は使わないよ)

(…なにも案がない、って訳じゃないのね)

(一応は、ね。ちょっとノワール、耳貸してくれない?)

 

これを目で伝えるのはアレ…具体的には目の色がヤバくなりかねないから、わたしはアイコンタクトで耳打ちを要求する。するとノワールは顔を近付け、こちらに耳を向ける。

一瞬躊躇ってから、意を決して耳打ちするわたし。それを聞いたノワールは、予想通り目を白黒させていた。

 

(ちょ、ちょっとネプテューヌ!?貴女本気!?本気でそんな事考えてるの!?)

(本気だよ。これならイリゼには一切気付かれないだろうし、ぱぱっと終わらせる事が出来る。今思い付く中じゃこれが最大最高だよ)

(…貴女は、それでいいの?)

 

ノワールの目からは、心配の色が感じ取られた。そう、わたしが今考えているのは、正気を疑われても仕方のない様な事。どう考えても常軌を逸してるし、普通の状況ならむしろ最低最悪の評価をされるであろう事だから、ノワールの心配も分かる。だけど……

 

(…それでイリゼが失態に気付かずに済むなら、今日一日楽しめるなら、わたしは喜んでやるよ)

(ネプテューヌ…)

(ノワールは無理にやらなくたっていいよ。わたしが口滑らせなきゃノワールは巻き込まれず済んだ訳だし、普段真面目な分わたしより評価悪くなるかもしれないもん。これはわたしが何とかするから、ノワールももう外行っても…)

 

…わたしは、アイコンタクトを最後まで伝える事が出来なかった。だって、わたしが全て伝えきる前に、ノワールが首を横に振ったから。そして、再びわたしと目を合わせたノワールは、澄んだ瞳をしていた。

 

(…いいえ、私もやるわ)

(…リスク、大きいんだよ?)

(そんな事は百も承知よ。っていうかそもそもの話、イリゼは上下両方逆なのよ?それを本人に察せられる前に終わらせられるのかしら?)

(うっ、それは……)

(乗りかかった船を降りる私じゃないし、ここまで話しておいて後はもう知らない…なんてするつもりは毛頭ないわ。それに、ネプテューヌとイリゼが友達である様に、私もイリゼと…あ、貴女とも友達よ。だから…)

(…分かったよ.ノワール…二人で、このミッションを達成させよう!)

(えぇ、絶対成功させてやるわよ!)

 

この時、私とノワールの心は一つだった。同じ目的を目指す仲間として、友達を助けたいという友達同士として、わたし達の思いには1㎜の差もなかった。今なら、ノワールとならなんだって出来る気がする…!

 

「いくよ、ノワール」

「いくわよ、ネプテューヌ」

『……イリゼっ!』

「は、はい…!こ、今度はなに!?」

「…………」

「…………」

「…………」

『……ーー!』

 

わたしとノワールは目を閉じる。そして、二人同時に目を開き…すっ、と交差しながら、流れる様な動きでイリゼの横へと滑り込む。

種割れをしているかの様な、一切の無駄のない動きで…一心同体そのものの、一糸乱れぬ連携で…わたし達は--------

 

 

 

 

 

 

 

 

----------------イリゼの水着の紐を解いて、水着を奪い取る。

 

「…………へ…っ?」

 

わたし達の見立て通り、イリゼのビキニの紐は飾りではなくほんとに水着を止めてるもの。故に、紐を解いてしまえば、簡単に水着を剥ぐ事が出来る。

ふわり、とわたしの手に収まるイリゼの水着(下)。当然その行為は同性であろうと異常な程の背徳的刺激を受けるんだけど…わたしも、水着(上)を剥いだノワールも欠片も邪念を持たずに、何がなんだか分からず固まっているイリゼに水着を着け直す。勿論、裏表をきっちり直した確認した上で。

時間にすれば、たった数秒。たった数秒で行動開始から結び直しまで遺憾無く完遂させたわたし達は、イリゼから離れ…無言でハイタッチを交わした後、更衣室の出口へと向かう。

 

 

--------完璧だった。ノワスタイルをイリゼに気付かれる事なく、水着をあるべき形へ着直させる事に成功したんだから、これを完璧と言わずしてなんというのだろうか。

そんな思いを胸に抱きながら、安心と充足感を感じながら、わたしとノワールはスマートにその場を去るのだっ--------

 

 

 

 

「何……すんのよ変態ぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいっ!!」

 

べちーん!どかーん!

わたしとノワール、顔を真っ赤にしたイリゼに蹴り飛ばされて壁に直撃!カエルみたいに一瞬壁に張り付いた後、べたりと落下!わたし達、完全に獲物に反撃を受けた馬鹿二人組だった!

 

『……まぁ、こうなる(わ)よねぇ…』

 

--------ちゃん、ちゃん。




今回のパロディ解説

・ノワスタイル
原作シリーズの一つ、超次元ゲイムネプテューヌmk2中のネタの一つの事。今回やっちゃったのはノワールではなくイリゼなので、ノワスタイルならぬイリスタイルですね。

・種割れ
機動戦士ガンダムSEEDシリーズに登場する、要素の一つの事。種割れ状態が如き無心さでイリゼの水着を剥ぐネプテューヌとノワール…なんかもう、最高です。


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第二十七話 夏だ!海だ!ゲイムバカンスだ!(各々遊ぶ編)

プールと海。どちらも夏大賑わいになるスポットで、水着を必要とする場所だけど…お分かりの通り、結構違う。プールは泳ぐ事しか出来ない…なんて事はないけど、プールはあくまでプール(水槽と言うべきかな?)がメインなのに対して、海は海(広いし大きい方ね)がメインの一つでしかない。海で泳ぐ他にも、砂浜で遊んだり、ビーチベットで日光浴をしたっていい。プールはプールで魅力がある(安全性はずっと上だし、不確定要素が海より少ないから競技にも向いてる)けど……娯楽施設としては、海の方がバリエーション豊か、なんだよね。

 

「さ・て・と、まずは何しよっかな」

 

ビーチサンダルで軽快な足音を立てながら、私は夏の日光の中へと身を踊らせる。別に暑いのが好きという訳でもないから、普段は「あっついなぁ…早く日陰入りたいなぁ…」って思う私だけど、夏の海となると話が違う。水着による開放感と涼しさもあり、今だけはいい日差しだなぁと思えていた。

 

「んー…色々やりたいけど、まずは…」

 

一度立ち止まり、海の方を向く私。次の瞬間、私はサンダルを脱いで海へと走り飛び込む。

身体に感じる風。足の裏で猛威を振るう砂浜の熱。そして、海に飛び込んだ瞬間の爽快感。あぁっ、もう……

 

「海、たーのしっ♪」

 

更衣室から出て数分。もう既に、私は満足だった。

 

「〜〜♪」

 

じゃぽじゃぽ、ざばざば、ばしゃばしゃ。

暫く水を蹴ったりジャンプしたりして海を楽しむ私。今いる面子の中では背の高い方…つまりはぱっと見大人っぽい方の私だけど、多分今の私はトップレベルに子供っぽく遊んでいた。

そして数分後、皆で来てるにも関わらず一人で遊びまくっていた私は……

 

「…もう疲れた……」

 

ウォーミングアップもせずにフルスロットル出しちゃったものだから、もうバテていた。後ウォーミングアップで思い出したけど、私準備体操もしてなかった。少し休めばまた元気になると思うけど、一旦は精神をクールダウンさせないと…。

 

「…皆と合流しようかな」

 

砂浜に上がり、ビーチサンダルを履いて周りを見回す。一旦クールダウンする事で、やっと私は少々恥ずい事してたなぁと気付いたのだった。

 

「……さて、どこに合流しようかな」

 

砂遊びをしているロムちゃんラムちゃん。浮き輪でゆったりと海に漂ってるブランとアイエフ。ビーチパラソルの下に設置したビーチベットに寝転んで涼しげにしてるベールとコンパ。砂浜で何故かまごついているネプギアとユニ。

一体どういう事か、もの見事に同じ人数で四組出来ていた。…なんだろう、これ一周では一組としか関わる事が出来ず、コンプリートするには周回必須のイベントか何かかな?

 

「どうしよっかなぁ…ロムちゃんラムちゃんの所はお邪魔になっちゃいそうだし、ベールとコンパの所は『巨乳以外立ち入り禁止!』って気がするし…まずはブランとアイエフの所行ってみよっかな」

 

そうと決めた私はきょろきょろと周りを見回し、見付けた浮き輪に空気を入れ始める。だってほら、二人も浮き輪で漂ってるんだもん。一人だけ無いと浮いちゃうし(浮き輪だけに)、海上でゆったりするには浮き輪必須だもんね、うん。

 

「ふーっ、ふーっ…」

 

ぺたんと日陰に座って浮き輪を膨らませる事数分。やはり肺活量も常人のそれではなかった私は手早く浮き輪の用意を済ませ、再びサンダルを脱いで海へと入る。ざぶざぶざばざば、っと。

 

「お隣宜しいですか〜?」

「あらイリゼ、いらっしゃい」

「二人は何してるの?夏の風感じてる?」

「まぁ、そんなものよ。わたし達ははしゃぐタイプじゃないし、あっちで寝るのは…心折れそうだし…」

「あ、あー……」

 

二人で顔を見合わせ、軽く溜め息を吐く。そう、夏の海、夏の装いというものはボディラインを普段よりずっと露わにしてしまうもの。男受けという意味では受ける層が違うだけで、今のブランもアイエフもダース単位で男の人の目を惹きそうではあるけど…そんな事言ったって慰めにならないもんね。同性とはいえセクハラ紛いの発言だし。

 

「…それはさておき、こうして波に任せるのも中々粋なものよ。油断してると偶に波が顔…わぷっ……」

「あ……」

「……こうなるけど」

 

ブランは丁度沖側に頭が向いていた事もあり、説明の真っ最中に波を被ってしまった。本人としては災難だろうけど…あまりにもタイミングのいい展開で、見ている側としてはつい苦笑してしまう。

 

「…二人は楽なものね、わたしより座高高いから被り辛いもの」

「ひ、僻まないで下さい…後私とイリゼを同列に並べるのはちょっと無理が…」

「わたしからすれば同じものよ…」

「えぇー…イリゼ、貴女からも何か言ってあげてよ」

「私?うーん…砂浜に戻れば一発解決、とか…?」

 

取り敢えず思い付いた事を言ってみるも…反応はイマイチだった。…いやまぁそうだよね、場所移動しちゃったら本末転倒だもんね…。

 

「……まぁいいわ、海にまで不満持ってきても仕方ないもの。それより…よっと」

『おぉー…!』

 

現在身体を浮き輪の内側、頭を浮き輪の上、手足を浮き輪の外の所謂挟まってるスタイルだったブランは、ぐっと手足に力を込め、浮き輪の反動を利用して軽く跳躍。そのまま飛び込みの様に海へと潜る。

その一連の動作が結構綺麗だった為、感銘の声を上げる私とアイエフ。数秒後浮き上がってきたブランは、自分でも上手く出来た実感があったのか自慢げな顔だった。

 

「…海ならではの事をしないと、ね。二人は出来る?」

「身体能力的には多分出来るかな」

「私も出来ると思います。ほいっと」

 

ブランの真似をする形で跳んで飛び込むアイエフ。ブランより手足が適度に長い事が功を奏したのか、アイエフの飛び込みはブランよりも上手だった。

 

「…どうです?ブラン様」

「中々やるわね…なら次は……」

 

対抗心に火が付いたのか、今度は別の方法で飛び込むブラン。それを見てアイエフもまたブランと同じ技を実行、そこからブランとアイエフによる海上飛び込み合戦が始まった。

 

「ふっ……!」

「ほっ……!」

 

先程までのゆったり感は何処へやら、実に良い勝負を繰り広げる二人。言うまでもなくブランは女神化してしまえば圧勝確実だけど、彼女は女神化しようというそぶりは見せない。確実な勝ちよりも、対等な勝負をしたいという現れなんだろうなぁと思いながら私は見ていた。

 

「これは結構長期戦になりそうですね…イリゼ、貴女はやらないの?」

「あ、いいよ私は。これ見てるだけでも面白いし」

「そう?折角近くにいるのだし、見ているだけで参加しないのは勿体無い気がするけど…」

「いいんだって。というか、私は参戦しない方が良さげだよ?」

 

そう、私は観覧に徹している。だってほら、私まで参戦したら余計決着まで時間かかりそうじゃん?それに私は今休憩中だし?だから私が参戦しないのは冷静且つ妥当な判断の上のものであって、決して何かを隠そうとしている訳では……

 

『……泳げないの?』

「そ、そんな訳ないじゃん!この私が泳げないなんてある訳ないじゃん!原初の女神の複製体、もう一つの原初だよ!?誰だと思ってるの、イリゼさんだぞ!?」

『……泳げないのね…』

「……はい」

 

…告白します。私イリゼは今まで隠していましたが、実は泳げないのです。……わ、訳ありで泳げないんだからね!?泳ぎの才がない訳じゃないからね!?……多分。

 

「…あら?でもイリゼ、泳げないならどうやってここに来たのよ?」

「えと…浮力は浮き輪任せ、推力はバタ足で何とか…」

「バタ足は出来るのね…ならアイエフ、折角だから…」

「えぇ、二人で手ほどきとしましょうか」

「あ…お願いします…」

 

という訳で、私はブランとアイエフに指導を受ける事となった。別に頼んだ覚えはないけど、バレちゃった以上どうしようがバレた事は変わりないし…むしろ泳げる様になれば助かるから、降って湧いた幸運だと思って指南を受け入れた。

だが、この時ブランとアイエフは私を、『普通の泳げない人』だと思っていた。そしてそれは大間違いだったと、すぐに知る事となった……。

 

「……ふぅ、今いい感じな気がしたけど…どうだった?」

 

手足の動きを止め、立って二人の方を向く私。二人は何というか…まぁ、苦笑いをしていた。…それもそうだよね、だって……ものの十数分で、私はそこそこ泳げる様になっちゃったんだもん。

 

「…私達って、泳ぎを教える天才だったんでしょうか…?」

「まさか…そもそもわたし達は本格的な指導なんてしてないでしょ?」

「ですよね…というかそもそも、最初からイリゼは泳げない人の動きじゃなかった気が…」

「同感よ…。イリゼ、ちょっと」

 

今の感覚を忘れない様に…と思ってもう一度泳ごうとしたところで、私はブランに止められた。

 

「なにー?」

「訊きたい事があるんだけど…いいかしら?」

「…それは私の習得速度の速さについて?」

「そうよ」

 

一言二言では説明し辛いから…という事で砂浜まで戻る事を提案する私。勿論二人はそれに頷いてくれて、私達は砂浜まで戻って腰を下ろす。そして、「さて、どこから言うのがいいかな…」なんて考えながら、私は話し出す。

 

「えーっと…まず結論から言うと、私は泳げないけど泳ぎ方を知ってはいたんだよ」

「まぁ…そうよね。じゃなきゃ細かい説明もしてないのにしっかり出来る訳がないわ」

「でも…それだけじゃ納得出来ないわ。本を読んだり人から聞いただけじゃ分からない部分まで出来ていた気がするのだけど、それは?」

「それについても知ってるんだよ。手足の動かし方は勿論、どこに気を付けるべきかとか、上手くやる上でのコツとかもね」

 

私が説明を始めると、二人は納得どころかむしろ理解から離れてしまった様な表情を浮かべる。……ま、まぁそうだよね…でも、こうして説明するしかないし…うん、続けよう。

 

「…あのさ、私はある程度知識がある状態で産まれた…というか目が覚めたんだけどさ、そこはOK?」

「OKよ、私は目が覚めたばっかりの貴女を知ってる訳だし」

「わたしもよ。ロムとラムも産まれたばかりの状態でもきちんと会話が出来るだけの知識を持ち合わせてたもの。イリゼもそうなんだろうと思っていたわ」

「なら話が早いね。要はそういう事、泳ぎ方も持ち合わせてた知識の中にあったんだよ」

 

私はもう一人の私に直接それを聞いた訳でも私の記憶設定に携わった訳でもないからあくまでこれは推測だけど、最初から学んでない事柄も『知って』いたんだから、そうでなければ逆におかしくなってしまう。

 

「…因みに、多分だけど元々全部設定されてたんじゃなくて、ハード媒体や辞書宜しく時折アップデートや改定をされてたんじゃないかなって思ってるんだ。紀元前にはない筈の情報も記憶にあったし」

「その方が賢明ね。知識は勿論、常識だって時代によって変わる以上、それに対応出来ないと目覚めた時大変だもの」

「イリゼの知識については分かったわ。…でも、そうだとしたら、どうして私達に指導を…いやそれ以前に、どうして泳げなかったの?泳ぐのに十分な知識はあるんでしょ?」

「そうなんだけど…んー、頭と身体がリンクしなかったっていうか、頭でっかち状態だったっていうか…」

「…経験不足…というより、知識の割に経験が無いから身体が対応出来ず、頭からの指示に追い付けていない…って感じかしら?」

『…さ、流石ブラン(様)』

 

左を右肘に当て、右手の人差し指を頬に当てるポーズでそんな事言うブランに、私とアイエフは心の中で称賛を送る。

ブランは別に天才だとか頭脳明晰とかではないし、女神の中では怒りの沸点が低い方だけど…私達の中では知識量が頭一つ抜けている。知識・情報と言えばイストワールさんという共通認識があるせいで普段はあまり意識されないけど、こういうところはほんと知識があるから成せるんだろうなぁ…と心から思った。

 

「羨望には及ばないわ。で、話を戻すと…経験の足りてないイリゼは経験を持ち合わせてるわたしとアイエフの助言を受けて、その上で経験をした事で、知識を活用出来るだけの経験が貯まって泳げる様になった…ってところかしら」

「そうなるんじゃないかな。もしかして私の生みの親ってもう一人の私じゃなくてブランだったの?」

「娘と友達になる訳ないでしょ…しかしそうなると、他にも出来ない事はあるんじゃないの?」

「うーん、そうじゃないかな。話したり歩いたり跳んだりとかは知識だけでも何とかなるけど、泳ぎみたいに普段とは根本から動きが違うものは大概出来ないか下手だと思う」

「へぇ、じゃあ今のイリゼにスポーツ勝負を仕掛けたら、結構な割合で勝てるって訳ね…」

「そんな卑怯な手で勝っても楽しくないでしょ…」

 

なんて突っ込みを入れる私と、それを受けて悪どい顔から肩を竦めての苦笑いに表情を変えたアイエフ。そこでブランが勝負の再開を提案し、私も見学を再開しようかなぁ…と思ったけど、あるものが目に入って予定を変更する。

 

「二人共手助けありがとね。これで出来ない事が一つ減ったよ」

「手助け、って言う程の事はしてないけどね。でも助けになったのなら幸いよ」

「また何かあれば手伝うわ」

「うん。それじゃ私はちょっと別のところ行くね」

 

軽く手を振って私は二人から離れる。泳げる様になったとはいえまだまだ皆よりは経験足りないだろうし、後でもう少し練習しようかな。さて…それはともかく、あの二人は一体何をしているのやら……。

 

 

 

 

「…お、お姉ちゃん達ほんとにどこ行ったんだろうね…」

「そうね…」

 

水着に着替え、更衣室から出てから数十分。皆さん思い思いに遊んでいて、わたしもそうしようと思っていたけど……今は、お姉ちゃんを探す為にラステイションの女神候補生、ユニさんと浜辺をうろうろしていた。

 

「…………」

「…………」

「…ど、どこにいるのかな…?」

「さぁ…というか、さっきからそればっかり言ってない…?」

 

ノワールさんも姿が見当たらないからユニさんと一緒に探してる訳だけど……き、気まずい!正直知り合い以上の関係になれてないし、お互い自国の教会とその周辺しか交友がないせいで他人と仲良くなるスキルが低いままだから、全く話が弾まない!うぅ、どうしよう…。

 

「そ、そうだね……じゃあ、どこかに埋まってる…とか…?」

「そんなお宝じゃないんだから…」

「で、ですよね…」

 

さっきから若干わたしの言葉のチョイスも問題ある気がするけど、それを差し引いても上手く会話が出来ていない。こういう時、共通の話題を出すのがいいらしいけど…わたしユニさんの事殆ど知らないもん!何か銃が好きっぽいけどわたし銃の事詳しくないもん!…内部機構には興味あるけど…。

と、わたしが頭の中でごちゃごちゃ考えていたら、共通の話題ならぬ共通の知り合いがやってきてくれた。

 

「ネプギア、ユニ、何してるの?探し物?」

『あ、イリゼさん…』

 

イリゼさんの言葉はわたし達二人に向けてであった事もあり、声がハモるわたしとユニさん。でもだからって別にそれが何かのきっかけになったりする事はなくて、普通に自身等の姉を探してる事を伝えるわたし達。すると……

 

「あー…うん。二人の居場所なら知ってるよ?」

『ほ、本当ですか!?』

「本当本当。ちょっと二人には『お願い』をしててね、でもそろそろ頃合いだし、私が呼んでくるよ」

 

お姉ちゃん達は手がかりすらなく、ユニさんとの会話の糸口まで見つけられないという状況で来てくれたイリゼさんは、正にびっくりする程いいタイミング(渡りに船、って言うんだっけ?)だった。しかもそのイリゼさんがお姉ちゃん達の行方を知っているなんて…もしかしてこれは神の導き…いやわたしもお姉ちゃんも女神だから…お姉ちゃんの導きかな?更に言えばイリゼさんもユニさんも…はっきり言って神様より普通の人の方がレアな状況だから、神の導きも何もない気はするけど…。

 

「それじゃあ、お願いします」

「りょーかいだよ」

 

ひらひらと手を振って、イリゼさんはどこかへと向かっていった。最初わたしはタイミングの良さもあって、『頼りになるなぁ…』って思っていたけど……数秒後、イリゼの雰囲気がちょっとだけ変だった様な気がしてきた。

 

「……あの、ユニさん…さっきのイリゼさん、妙に曖昧な笑みしてなかった…?」

「え?…アタシはそんなしょっちゅうイリゼさんと会ってる訳じゃないから断言は出来ないけど…言われてみると、そうだったかも…」

 

何か変だった事を訊くか訊かないか。気になるには気になる事だけど…それを考えている内に、イリゼさんは大分遠くまで行ってしまっていた。……なんだったんだろう…。

 

 

 

 

無人島、その浜辺から少し離れた位置に存在する岩場。それなりのサイズの岩が乱立してるから風通しが悪く、しかも日を遮るものが殆どないから夏の日差しと熱を溜め込んでしまう、とても快適とは言えない区画。

その一角、大きな台の様な岩とその周りに立つ高い岩によってプチサウナ状態になっている場所で、あろう事か水着で正座している少女が二人いた。……というか、わたしとノワールだった。

 

「のわーるぅ…あっついよぉ……」

「もうそれ言うの何度目よ……」

 

暑い。凄く暑い。とんでもなく暑い。ノワールじゃなくてのわーると言ってしまう位暑い。しかも汗で全身べたべたするし、水着も身体に張り付く。もう控えめに言って苦痛、大袈裟に言って地獄だった。

 

「…何か段々足の感覚がなくなってきたわ…」

「あはは、わたしも…でも感覚なくなって暑さも感じ辛くなったし、むしろ好都合じゃない…?」

「ふっ…言われてみればそうね…」

 

いや良くないでしょ!中々不味いよ!?…と本来なら言うべきなんだろうけど、ノワールは普通に乗ってきちゃったし、わたしも指摘しなかった。……ちょっとこれはわたし達ヤバいかもしれない…。

見上げればそこには元気一杯に燃える太陽。もういっそ女神化しちゃった方が身体楽かなぁ…なんて思い出した頃、彼女はやってきた。

 

「うわ、あっつ…さっきより暑くなってるねここ…」

 

汗だくとわたし達と違い、海風を受けてきたのか涼しげな様子で姿を現した女性……否、イリゼ。

とまぁ、ここまでくれば分かるよね。はい、わたしとノワールは更衣室での件の罰としてここで正座していたのです。

 

「さて、数十分経った訳だけど…二人共大丈夫?」

「だ、大丈夫な訳ないでしょ…よくここで正座してる様言ったイリゼがそんな事言えるわね…」

「言うよ?というか真顔で水着ドロして全裸にした挙句、謝りもせず出ていこうとした二人の自業自得だよね?」

「それは……」

 

怒りがありありと見える笑顔の前に口籠るノワール。普段ずばずばいうノワールが言い返せなかったのは、まぁまぁ恐ろしい顔だったのもあるけど…一番は絶対『本当の事を言えないから』だろうね。だって、言っちゃったらわたし達の覚悟も行動も無駄になっちゃうもん。

でも、それを知らない(筈の)イリゼはその雰囲気のまま話を続ける。

 

「でもまぁ熱中症になっちゃうのは不味いよね?という事で、スポーツドリンク持ってきてあげたよ」

「イリゼ…優しいのか優しかないのか謎だけど、それは助かるよ…」

「でしょ?一本ずつで足りる?」

「足りる足りる。じゃあ早速頂きま「おっと」……え、い…イリゼ…?」

 

明らかに格下の扱いになってるけど…それより今は少しでも水分を口に入れるのが先!水滴が表面に浮いてるペットボトル見せられたら悠長な事言ってられないよ!さぁわたしの喉に潤いを!……そう思ってわたしは手を伸ばした。…でも、わたしの手は、イリゼが手を引いた(・・・・・・・・・)事により宙を切った。

 

「まさかネプテューヌ…ただで貰えると思ってたの?」

『……!?』

 

その意外過ぎる言葉に、わたしとノワールは目を見開く。う、嘘でしょイリゼ…イリゼは実はSだったの!?

 

「な、何かしろって言うの…?」

「そうなるね、んー…なんかその岩鉄板っぽいし、土下座とかしてみる?」

「や、焼き土下座!?イリゼ正気!?どんなに悪いと思ってても、思いだけじゃ無駄だよ!?思いと力の両方が必要なんだよ!?」

「そ、そうよ!確かに私達の自業自得だけど…幾ら何でもそんな事しなきゃならない程じゃないでしょ!」

 

自分も飲む為に土下座、は勘弁だったのか、ノワールが援護してくれる。けど、それを受けたイリゼは考えるどころか先程からの妙な笑みを深め、……二本のペットボトルの蓋を開けてしまった。…え…ま、まさか…違うよねイリゼ!?イリゼぇぇぇぇ……

 

「ふふっ、それはその通りだよね。はいどうぞ」

『って、くれるの!?』

 

ことり、とわたし達のすぐ近くに置かれるペットボトル。その思っていたのとは逆の行動に一瞬わたし達は驚くも…すぐにそれを引っ掴んで口に運ぶ。

口を、そして喉を通る冷えたスポーツドリンク。あぁ、生き返る……。

 

「あれ、私に飲んでほしかった?」

「んぐ、んぐ…ぷはっ……い、いやこれで良かったわ…」

「…はふぅ…わたしはちょっとそうかもって思ってたり…」

「そんな鬼畜な事私はしないよ…っていうか、もう終了でいいよ?ネプギアとユニも心配してるし」

 

そういうイリゼの雰囲気は、いつものイリゼのものだった。そこまできて、やっとわたしとノワールは気付く。イリゼはSに目覚めたんじゃなく、単にふざけてただけだったと。

 

「えと…それは、私達は釈放…って捉えていいのかしら…?」

「それでいいよ。……というか、悪いね。二人は私の為にあんな事したんでしょ?」

「……え、イリゼも気付いてたの!?」

「ううん、なんであんな事したのかはさっぱり。でも、私は知ってるから。…ネプテューヌとノワールが、私利私欲の為だけにあんな事をする人なんかじゃないって」

『イリゼ……』

 

そう言って微笑むイリゼに、わたし達は心がじんわりとしてくるのを感じる。きっと、イリゼが罰を与えてきたのもお互いわだかまりを残さない為の、言ってしまえば『お互い様』になる為のものなのかな…。

ノワールと二人、正座を解いて岩から降りる。そして、わたし達は思う。イリゼの為にあんな事をして、正解だったって。

 

「さ、戻ろっか二人共」

 

にこやかにわたし達の先を歩くイリゼ。わたし達もその微笑みに笑顔を返し、共に皆の下…………ではなく、海へと突撃したのだった。…だって、身体中熱いまんまなんだもん!




今回のパロディ解説

・「〜〜誰だと思ってるんだ、イリゼさんだぞ!?」
お笑い芸人コンビ、トレンディエンジェルの斎藤司さんの代名詞的台詞の一つのパロディ。水着であれをやったら…胸の露出度具合が増えますね!やったね!

・焼き土下座
賭博黙示録カイジに登場するキャラ、利根川幸雄の行った謝罪の事。ネプテューヌも否定してますが、(生物的な意味で)普通の人が誠意だけでやるのは無理がある気がします。

・思いと力の両方が必要
機動戦士ガンダムSEEDの主人公キラ・ヤマトとヒロインであるラクス・クラインの会話の一部のパロディ。信仰心が力となる女神は、中々この台詞が合うと思います。


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第二十八話 夏だ!海だ!ゲイムバカンスだ!(スイカ割り&衝撃発表編)

海での遊びは色々とある。泳ぐ事と砂浜を使う事(お城作ったりビーチバレーしたりね)が群を抜いて多いけど、何もその二種類だけじゃない。それ以外、となると大体は海じゃなくても出来る事だけど、海じゃなくても出来る事だからって海でやっちゃいけない理由にはならないし、海でやるからこそ味が出る…という事もあり得る。

雰囲気だとか、伝統だとか、テンションだとか……そういうのはあろうがなかろうがやる行為そのものには関係しない、でも何かしらの影響は及ぼすものが、夏の海という空間には溢れている。

そんなものを感じながら、私は刃を握り、後ろから聞こえる声を頼りに暗闇の中前へ進む。対象を両断する為に。赤く瑞々しい果肉へと辿り着く為に。…………スイカ割りって、楽しいよね。

 

 

 

 

「よーし皆!スイカ割りをしよーっ!」

 

私がネプテューヌとノワールを釈放してから一時間と少し。私がもう一度水泳練習をしたり、ネプギアとユニがそれぞれの姉に、塗りが甘かった日焼け止めを塗ってもらってたり(ネプテューヌはふざけるしノワールは変な雰囲気になるしで中々ピンクな二組でした)、守護女神四人がビーチバレーに白熱し過ぎた結果地形が変わりかけたり、時間を追う毎にはしゃぎ度が増す女神組をコンパとアイエフが大人の様な表情で見守ってたり、ロムちゃんラムちゃんが黙って林探検に行ってしまって全員が大慌てしたり…そんな濃ゆい時間を、きちんと描写すれば三話分位になりそうな出来事を数人ずつで並行して行った私達。流石にちょっと疲れが出始めて、何か食事でもしながら休憩したいね〜…なんて雰囲気になっていたところで、ネプテューヌがそんな事を言い出した。

 

「スイカ割り?」

「あれ?あ、知らなかったんだ。えーっとね、スイカ割りってのは言葉通りスイカを割る遊びで…」

「いやそれは知ってるよ!?…そうじゃなくて、何故突然スイカ割りを?って事」

「まぁネプテューヌの事ですから、単なる思い付きではなくて?」

「その通り。わたしがやりたいなーって思ったからだよ」

「あ、そう……」

 

やりたくなったから、やろうと提案した。至極単純で、疑問の出ようもない回答。なので会話はこれにて終了……とはならない。

 

「スイカ割りねぇ…私は構わないけど、ネプテューヌはスイカ持ってきたの?」

「ううん、スイカも目隠しも棒もないよ。あるのはこれだけかな」

『か、刀……』

 

すっ…と刀(普段戦闘で使っている物とは別な模様)を手元に呼び出したネプテューヌに、私達は唖然とする。…や、確かにスイカ割りで本物の刀使っちゃいけないなんてルールはないけど、常識的に考えて木の棒か木刀でしょそこは……。

 

「駄目かな?これならスイカが粉々にならなくて食べ易いと思うんだけど」

「配慮の仕方が斜め上過ぎるよお姉ちゃん…」

「それに、刀を使っても皆が皆綺麗に斬れるとは限らないです」

「あーそっかぁ…」

 

刀がメインウェポンで引き斬る事はお手の物なネプテューヌにとっては、対象をスパッと断ち斬る事は造作もないんだろうけど…本来引き斬るというのは技術のいるもの。同じ刀剣使いである私やノワールはまぁスイカ位なら出来るだろうし、刃が武器の装備を扱うベールとブラン、それにアイエフも可能性はある。けど妹組は殆どが刃を使わないし、ネプギアの得物はビーム刀剣だから使い勝手がかなり違い、コンパは…あれ針だもんね。拡大すれば刃とも言えなくないけど、それは無理があるもんね。

という事で刀は止めた方がいい…と思っていた私達だったけど、ネプテューヌの方は何か考えがあるのか刀をしまったりはしない。

 

「…というか、刀よりも大事なのはまずスイカじゃないかしら?」

「ですね。ねぷ子、スイカ無しでスイカ割りなんて食材無しで料理する様なものよ?スイカはどうする気?」

「ふっふーん、やっと聞いてくれたね?ねぇ皆、わたしはスイカないって言ったけど…準備してないとは言ってないんだよ?」

 

何やら不敵な笑みでそんな事を言い出すネプテューヌ。それと同時に、遠くの空から何かのエンジン音の様なものが聞こえてくる。

 

「これは…航空機の音?」

「あ、この音は多分プラネテューヌ製エンジンですね」

「あ、あんたエンジン音だけでどこの国のものか分かるのね…」

 

さらっとエンジン音から判別するという超絶技術を見せたネプギアにユニが反応し、周りの私達も驚きと呆れの混じった表情を浮かべる。でも当の本人であるネプギアは「うーん…このタイプのエンジンは軍用機じゃないよね。もう少し音がはっきりすれば…」とかなんとか言って自分の世界へと入っていた。…こ、この子将来浮いた存在になったりしないよね…?

 

 

「航空機ね…この流れだと、ネプテューヌが呼んだって事かしら?」

「そうだよノワール。わたしがスイカ食べたくなる頃に配達頼むねっていーすんにお願いしたんたー」

「物凄い無茶振りですぅ」

「でもその頃を見事に的中させてみせた…やりますわねイストワール…」

 

イストワールさんの推測能力は言うまでもなく凄いし、ネプテューヌの無茶振りも違う意味で凄かった。

段々と航空機(見える限りだと輸送機?)が近付いてくる中、会話を続ける私達。

 

「…うん?となるとネプテューヌはスイカを頼んだ訳だよね?……スイカ位自分で持ってきてもいいんじゃ…」

「それが出来るならしてるよ?」

「出来るなら…?それって……」

 

どういう事?そう言おうとした瞬間…私達の頭上まで到達した輸送機は、球体状の何かを投下した。

中々の重さがあるのか、かなりの勢いで落下してくる球体。私、ベール、コンパ、アイエフは反射的に跳び退き、妹組は全員突然の事に立ち尽くし、ノワールとブランは妹を守る様に前に出て、ネプテューヌは自信満々に腕を組んだ。そんなそれぞれのアクションを起こす中球体は砂浜に落ち、視界いっぱいの砂煙を引き起こした。

 

「けほけほ…」

「なんにも見えなーい!」

「な、なにこれ…空爆……?」

「こ、これお姉ちゃんが用意したんだよね…?」

 

砂煙でけむい中聞こえる妹組の声。対する私達姉組(ネプテューヌ除く)と人間組は…もうほんとに流れが空爆のそれだったせいで、完全に意識が戦闘モードのそれになってしまっていた。……戦いに慣れ過ぎるのも考えものだね…。

 

「あー皆ー!落ち着いてくれるかなー?今落ちてきたのスイカだからー!」

『スイカ!?』

 

ネプテューヌのカミングアウトに視界最悪ながらも私達は目を剥く。い、いやスイカって…そんな事ある!?明らかにスイカの叩き出せる威力じゃないよ!?

と、思ったのは当然私だけじゃなく、皆それぞれ心の中で突っ込みを入れていた(と思う)。…いや絶対入れてるね、ここで突っ込まない様じゃ女神パーティーメンバーの名は語れないよ。

それはともかく、私達は一体何が落ちてきたのかと考える。スイカ…というのは論外として、落ちてきた速度と砂煙の規模からそれなりの重さがある事が想像出来る。さしずめガラスボール以上鉄球以下。さて、落ちてきたのは一体何なのやら……

 

 

……あ、違ったスイカだった。

 

『…………』

 

……ん?

 

『…………』

「あ、スイカだ…」

「スイカー!」

『……スイカだった!?』

 

砂浜に出来ていたちょっとしたクレーター。その中央に位置していたのは、緑ベースに黒の歪んだ縦縞が引かれている球体。……うん、まぁ…スイカでしたね…。

 

「スイカだった!?って、皆信じてなかったの?酷いなぁ、わたしそんな信用ないの?」

「あ、あんな勢いで落っこちてきたらねぷ子の信用関係なしに信じないわよ!っていうか…大きくない!?」

 

色合いや模様はどう見てもスイカ。そこは疑いようのない事実だけど……なにか、サイズがおかしかった。もう少しはっきり言うと、異常に大きかった。…あ、あれ?スイカって確か大きくてもバスケットボール位だよね?

 

「おっきい…おだいばのボール位ある…?」

「きょだいネンドールが入ってたボール位あるかもね!」

「いやそんなに大きくはないから…ロムラム、読者の誤解を招く様な事には気を付けなさい」

((え…指導するとこそこ(なんですか)…?))

「あ…そっか…」

「ごめんなさーい…」

((しかも伝わってる!?))

 

ロムちゃんラムちゃんが既にメタ視点を有していた事は衝撃だった。…けどそれはさておき…えぇと、なんの説明するんだっけ…?……あ、そうだ…!…落ちてきたスイカは、大玉ころがしで使う位の大きさだった。……うわ、例え出すと余計目の前にある物質の異常さが実感出来るよ…。

 

「確かにこの大きさならこの重量も納得だけど…」

「一体どうやってこんな大きさのスイカを調達したんですの…?」

 

私達の思考を代弁する様に口を開くノワールとベール。それを受けたネプテューヌは当然訊かれるだろうもの、と捉えていたのか腕を組んだまま声を上げる。

 

「ふふん、説明しよう!このスイカはうちの国のとある農家さんで出来たスイカなのだ!」

「ね、ネプテューヌさん…どこで取れたかも気にはなりましたけど、アタシ…お姉ちゃん達が訊きたかったのはそれより先の事では…?」

「まぁまぁユニちゃん、順を追って説明するから安心してよ。えとね、これは品種改良の成果…ってやつなんだ。ロムちゃんラムちゃんは品種改良分かる?」

「分かんない」

「知らない…(ふるふる)」

「それはわたしが説明するわ」

 

案の定分からなかった二人にはブランが説明し、その間にネプテューヌはどういう経緯で品種改良がなされていったのかを教えてくれる。なんでもがっつりスイカを食べたい人へ向けての改良だったらしいけど……

 

「皮ばっかり大きく厚くなっちゃったみたいなんだ。一応果肉の方も増えてはいるみたいだけどね」

「商品としては完全に失敗してるね…でも大きく出来たなら改良を続ければ可能性あるのかな?」

「ですね。それでねぷねぷ、それは食べても大丈夫なんですか?」

「それについては農家さんからお墨付き貰ってるからOK!自力じゃ切れなくて機械の力を使ったらしいけどね」

「機械って……あー、だから木刀じゃなくて刀なのね」

 

合点がいった、という様子のアイエフ。普通のスイカに対して刀を使うのは過剰でしかないけど、そのスイカがあり得ないサイズなら話は別。ネプテューヌの話が本当なら、木刀で叩いたところで表面がぼこぼこになるだけの可能性が高いもんね。

 

「よし、それじゃあスイカ割りしよっか!」

 

スイカに貼り付けられていた目隠しとビニールシートを手にするネプテューヌ。なんでこの子はこのスイカをここまで受け入れられてるんだ…と皆思っていたけど、そこを指摘したってなんの意味もない。それに…こんなスイカを割る機会なんて滅多にないだろうから、という好奇心も湧き始めて、段々とこのスイカでスイカ割りをするという雰囲気になってきた。

 

「まずはビニールシート敷かないとね。皆手伝ってー」

「はいはい…でも、ここでやるの?ずっと日に当たってるのは暑いし、わたしはショッピングモールでやるのも一興だと思うわ」

「そんなしょんない感じのスイカはしないよ…第一スイカ入らないもん」

「とは言え暑いのは事実ですわね。これ動かしたらビーチパラソルを移動させておきますわ」

 

ビニールシートを砂浜に敷き、そこへスイカを押して移動させる。…こうしてるとほんとに大玉ころがしみたいだなぁ…。

 

「ねぷ子、そう言えばあんた刀の鞘はあるの?」

「え、あるけど…まさかあいちゃん鞘で斬りたいの?」

「違うわよ…最初に刀を軸に回る時、抜刀状態だと危ないでしょ?特に妹組は」

「あそっか…じゃあ皆、刀はきちんと納刀してからぐるぐるしようね」

 

スイカを移動させ終わったところで指摘を受け、ネプテューヌは用意しておいた刀を鞘に収める。そしてビーチパラソル&ビーチベットをスタート位置に置き、ルールの再確認を行なって……遂に、スイカ割りの準備は整った。

 

「さ、後は順番決めね。ネプテューヌ、貴女が主導したんだし今回は一番を譲ってあげてもいいわよ?」

「ううんいいよ。というかわたしは、皆が諦めてからでもいいかなー」

「諦めてから…?」

「だってあれ結構斬り辛いらしいもん。ま、刀使いねぷ子さんには斬れちゃうけどね」

 

ビーチベットに脚を組んで寝転がり、いつの間にかかけてたグラサンをくいっと持ち上げたネプテューヌは…調子ノリノリだった。確かに刀の扱いはネプテューヌが一番得意だろうし、あのスイカを容易に斬るのも無理だろうけど……そう言われたら「やってやろうじゃない」って気持ちになるよね。

 

「…いいわネプテューヌ。だったら皆、さっさと両断しちゃってネプテューヌからスイカ割りの機会を奪ってあげようじゃない」

「賛成だよノワール。私やノワールはだって引き斬りの技術があるんだって事、教えてあげなきゃね」

「えと…わ、わたしはどっちの味方すればいいんだろう…」

「ギアちゃんは普通にスイカ割りを楽しめばいいと思うですよ」

 

イマイチメンバーの心は一つじゃなかったけど、それでもスイカ割りは始まる。……まぁそもそも、スイカ割りは団体戦でもなければ戦闘でもないしね。

 

 

 

 

『右右ー!』

「ふぇ…右……?」

「あ、ロムちゃん行きすぎー!」

「ふぇぇ…じゃあ左…?」

「ロム、方向転換するだけじゃなく進まなきゃ駄目よ」

「ふぇぇぇ……」

 

順番待ちの指示を受け、おっかなびっくりにスイカへ向かうロムちゃん。ふぇぇ…と言いながらちょこちょこ進む様子は非常に和むんだけど…割れそう感は欠片もなかった。

 

「そこそこー!ロムちゃんふぁいとー!」

「う、うん…えいっ…!」

 

やっとの思いでスイカの前まで辿り着いたロムちゃんは、恐る恐る刀を振り下ろす。……が、刀はスイカの表面を浅く斬って刺さるだけ。成功か失敗で言えば…残念ながら失敗だった。

 

「あぅ、きれなかった…」

「だいじょーぶよロムちゃん、わたしよりはまん中に当たってたもん」

 

ロムちゃんより前、一番手だったラムちゃんは振る勢いこそロムちゃんより上だったけど…当たったのはスイカの端っこだった。……というのもラムちゃんがあんまり私達の指示聞かなかったからなんだけど…。

 

「じゃ、次はユニね。目隠しは私がしてあげるわ」

「…お姉ちゃん、アタシ得物が遠隔武装だし、アタシだけ対物ライフル使うのは駄目かな…?」

「いや駄目よ、目が回った上目隠しした人にライフル持たせるとか女神でも怖いって…」

「…刀も十分怖くない…?」

「それは確かに……だ、だとしても駄目よ。対物ライフルじゃスイカ粉々になる可能性あるし…何より、一人だけ違う物を使うってのは良くないわ」

「そっか……うん、そうだよね」

 

何か二人で会話した後、目隠しをして十回回ってスタートするユニ。双子よりはしっかりした足取りで進んだ彼女は、先程ロムちゃんが当てた場所の近くで刀を振るう。

ずばり、と峰の部分まで刺さる刀。その瞬間をいつ用意したのか謎のカメラを持ってノワールが撮影してたけど…やっぱり果肉が見える事はなかった。

 

「これ、引き抜くのもちょっと大変ね…よいしょ、っと」

「次はわたし…斬れるのかな……」

 

妹組ラスト、ネプギアが準備をしてスタート。三人とは違いビームながら刀剣使いであるネプギアは、持ち方からして慣れてるって感じだったけど…足取りはユニ同様しっかりはしているもののどこかおっかなそうだった。

指示にちゃんと従いスイカの前まで到達したネプギア。振りもやはりそれなりに技術が見受けられるものだったけど……

 

「……あれっ?」

 

目隠しを取り、刀を見てきょとんとしてるネプギア。

 

「ネプギア、どうかしたの?」

「あ、はい。意外と斬りが浅くて…わたしはまだまだって事かな……」

「え、えーっと…それは偶々……」

 

確かに見てみると刀の入り具合はユニに若干負けている。曲がりなりにも刀剣使いなのにガンナー以下…というのがショックだったらしく、私は困り顔でフォローしようとしたけど…そこでアイエフが気付く。

 

「…ネプギアは実体剣の扱いに慣れてないからじゃない?」

「あ…そうだよそれだよネプギア。ビーム剣は重量を利用した斬り方はしないし、それ以外にも差異があるから、経験が逆に足を引っ張っちゃっただけなんじゃないかな?」

「あ、そっか…良かったぁ……」

 

アイエフと私の言葉に納得した様子で、ネプギアはコンパに抜いた刀を渡す。

これにて妹組は終了。妹組に先を譲ったのは年上の遠慮…というのが一番大きいけど、先を譲って情報を集めるという意図もあったりする。現にそのおかげで『刀でもやはり斬るのは困難』という事と『大きい分正確に動かなくても割と当たる』という事が証明された。……前者は分かりきった事でもあるんだけどね。

 

「それじゃ、次はわたしの番ですね」

「その次は私ね。上手くやれればいいんだけど…」

 

コンパ、アイエフと後に続く。経験も作戦(スイカ割りだけど)も妹組とは一味違う二人は、結果もやっぱり一味違ったけど…それでも果肉露出には至らなかった。……コンパが刀を深々と食い込ませたのを見て「あぁ…もう非力な少女だったコンパはもういないんだ…」と皆で複雑な気持ちになったり、アイエフに目隠しをする担当をベールが立候補した結果、何やらSMを連想させるワンシーンが出来上がったりしてたけど…。

 

「既に半分以上が失敗…でも、ここからが真骨頂ね」

「えぇ、でもノワール…それにイリゼもまだ待ちなさいな」

「こういうものは可能性の高い者程最後まで待つものよ」

 

すっ…と前に出るベールとブラン。妹組は遊びとして捉えていたし、コンパアイエフもそれに違い気持ちだったんだろうけど…私含む姉組は完全に「ネプテューヌに一泡吹かせる』が目的になっていた。…お、大人気なくないもん!

 

「大事なのはパワーとスピード。今更技術なんてどうにもならないんだから、あるものに全力を尽くすまでよ」

 

刀を両手で構えたブランは、水着&目隠しというスイカ割りスタイルだったけど…どこか武士然としていた。……え、同じセットならロムちゃんの方が武士っぽくなる?…オンラインユーザーだね、そんな事言うのは。

 

「……はぁぁっ!」

 

皆の指示を的確に遂行しスイカの真ん前まで行ったブラン。ブランはゆっくりと刀を振り上げ、一気に振り下ろした。

風を切る音と共に突き刺さる刀。そしてその刃を引き抜いた時……そこには、僅かながら赤い液体が付着していた。

 

「……!遂に果肉に到達したです…!」

「お、やるねブラン。でもそれでスイカ割り成功って言うのは…」

「無理がある、って言いたいんでしょう?…分かってるわ」

「パワー系女神と偶に呼ばれるブランでも無理ですのね…」

「誰がパワー系だ…まぁ皆より殴打で仕掛ける機会が多いのは事実だけど…」

 

ブランは遂にそれまで露出していなかった果肉を見せるに至った。それは勿論凄い事だけど…ネプテューヌの言う通り、これはスイカの果肉見せゲームではなくスイカ割り。もっとぱっかり開かなくては成功と呼べる筈がない。

 

「それではわたくしの番。正直前座感のある番ですけど…やれる様にやるだけですわ」

 

独特の構え方で進むベール。一体どんな策があるんだろうと思いつつ指示をしていた私達は、ベールがスイカの直前まで来たところで黙る。するとベールはそこで一瞬止まり……本来の得物ばりに刺突をした。

 

『な……ッ!?』

 

スイカ割りは棒(刀)を振るもの。それが常識だし、皆そう思っていた。…けど、ベールはそれに準じなかった。刀を振るう事なく、槍使いの本領である刺突でもってスイカ割りに挑んだのだった。

ふぅ、と息を吐きながら刀を引き抜いたベール。ブラン同様、ベールの一撃もまた果肉に到達し、その刀身に液体を滴らせていた。

 

「むぅ…流石に刺突で割るのは無理でしたのね…」

 

ベールは残念そうに戻ってくる。ベールの一撃は私達の度肝を抜いたし、果肉到達の時点で凄くはあるけど…割る事は叶わず、果肉到達もブランが先を越していたせいで結果は振るわない形になってしまったからだと思う。……って、

 

「私の番か…斬れるかなぁ…?」

「頑張りなさい、やれるわよきっと」

 

私に目隠しをしてくれるノワールの声を聞きながら、私は考える。

普通にやっても恐らくスイカは斬れない。ベールやブランでも果肉到達が精一杯だった以上、そこに多少技量が乗っても結果は高が知れている。……だとしたら、ベールじゃないけど…普通じゃない策を講じるしかないよね。

 

「…………」

 

少しずつ前進する私。これまでの流れから嘘の指示を出す人はいないと分かっている。だから今私はスイカと正対している筈。だったら……

 

「ねぇ皆、今私とスイカの距離はどれ位?」

「えっと…だいたい3m位です」

「3m…それ位ならいいかな。よし…」

 

およそ3m、と分かった私はそこで足を止める。当然ここからじゃ刀が届かないしそもそも届く距離になったら皆それを今まで伝えてたんだから、私は何を考えているのかと首を傾げている(と思う。目隠しで確認出来ないし)。そんな中、私はその場で足を踏み締め……前方へと飛び込む。

 

「ふ……ッ!」

 

一跳びで距離を詰め、全力をもって刀を振るう。次の瞬間、刀を通じて感じる強い衝撃。

ドキドキしながら目隠しを外し、刀を引き抜く私。刀には……べったりとスイカの果汁が付着していた。

 

「わ、すっごい…」

「これ…せいこー…?」

「み、皆…これどう?成功かな?」

「うーん…微妙なラインね」

「えぇ、一般的なスイカ割りなら成功でしょうけど…今回は一般的ではありませんし」

 

…審議の結果、私のそれはギリギリ失敗という事になってしまった。……悔しい。

 

「なら、順番通り最後の私ね。…勝負よ、スイカ」

 

私から刀を受け取り、目隠しをするノワール。ネプテューヌへの対抗心もあってか、ノワールのやる気は人一倍だった。

そして始まるノワールの番。ノワールは、早々に皆とは違う点を見せる。

 

「え…お姉ちゃん、片手でいいの…?」

「いいの。確かに力だけなら両手の方が入るけど…普段からしてる片手持ちの方が上手くいく気がするもの」

 

普段通りの構えで、ノワールは進んでいった。皆が期待を込めて指示する中、ノワールもある程度進んだところで距離を聞き、少し距離を開いた状態で止まる。

 

「まさか…ノワールも私と同じ…?」

「いいえ違うわ。私は横の跳躍だけじゃない…縦の跳躍も組み合わせるわッ!」

 

その声と共に跳び上がるノワール。勢いよく跳び上がったノワールは空中で振り上げ、日の光と共に刀をスイカへ叩きつける。

自身の力、そして勢いだけでなく、重力すらも組み込んだノワールの一撃。強い強いノワールの一撃。……それでも、スイカの両断には至らなかった。

 

「くっ…後少しなのに…!」

「果肉のあるギリギリの所なら斬れてたかもしれないわね…」

 

悔しげに戻ってくるノワール。こうして、一人を除いて全員がやり終わった。…だからこそ、最後の一人に視線が集まる。

 

「……わたしの、番だね」

 

立ち上がり、刀を受け取るネプテューヌ。目隠しをしたネプテューヌは…そこで、サンダルを脱ぎ捨てる。

 

「…お姉ちゃん?」

「気にしないで。それより、向き合ってる?」

 

一歩も出ないまま、ネプテューヌは軸合わせを行う。あまりにもそれは早過ぎないか…と思いながらも私達が指示をすると、ネプテューヌはそれを受けて真っ直ぐ歩き出す。……刀を、鞘に収めたまま。

 

「…………」

 

そのあまりの意外さに、私達は目をぱちくりさせる。右手で持ち手を、左手で鞘を掴んでいるから気付いていない訳がない。そう私達が思っていると、途中でネプテューヌは立ち止まった。立ち止まり、その場で深呼吸。そして……

 

「……やあぁぁぁぁぁぁッ!」

 

思い切り素足で砂浜を踏み締めたネプテューヌ。…気付いた時には、ネプテューヌはスイカの後ろにいて、もう刀は抜かれていた。

言葉を失う私達。ネプテューヌは何をしたのか、と私達は唖然とし、失敗なのではとネプテューヌに声をかけようとするが……その瞬間、スイカの一部から果汁が垂れ、次の瞬間には上半分が斜めにずれて落ちる。

--------そう、ネプテューヌが行ったのは…居合斬りだった。

 

 

 

 

「んー!スイカ美味し〜!」

 

楽しそうにスイカを頬張るネプテューヌ。その周りで食べる私達も同じくスイカの美味しさに心を躍らせていたけど…今は、それ以上にネプテューヌの技に心を熱くしていた。

 

「ほんと凄いよお姉ちゃん!わたしドキドキした!」

「今回だけは文句なしに凄かったわ。居合斬りなんてやるじゃない」

「こんな隠し技があるなんて、ネプテューヌも隅に置けないね」

「でしょでしょ?ふふーん、わたしを見直したまえー!」

 

普段以上に調子に乗るネプテューヌだけど、ほんと今回だけは文句の付けようがない。今、ネプテューヌは紛れもなくヒーローだった。…女の子だけど。

そんなこんなでスイカを食べてる私達。ほんと、いいバカンスになったなぁ…。

 

「でも、皆揃ってバカンス取れるなんて幸運だよね。日頃の行いのおかげかな?」

「あー、それはねぇ…」

 

何か知ってる様子のネプテューヌ。私はそれを話半分に聞く。ふふっ、やっぱり夏と言えばスイカだよね…

 

「…平和な時間はこれまでで、次回からまたわたし達は世界と未来の為に戦う日々を過ごさなきゃいけないからなんだって。しかもわたし達守護女神組は心身共に極限状態になるんだってさー」

「へぇー……」

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええッ!!?』

 

ネプテューヌの超衝撃的発言に絶叫を上げる全員。もう、今はスイカとかバカンスとか言ってられない。ただだだ「えぇぇぇぇッ!?」だった。…こんな事なら、このバカンス完全返上でいいからもう暫く平和な日々を過ごしたかったよ…と思う私達(勿論ネプテューヌ含む)だった。

 

 

 

 

……まぁそれはそれとして、私達は疲れきるまでバカンスを楽しんだんだけどね。




今回のパロディ解説

・おだいばのボール
フジテレビジョンが管理する、FCGビルにある展望台の事。あんなにデカいスイカだったら、刀どころかエクスブレイドを使っても斬れるかどうか怪しいですね。

・きょだいネンドールが入ってたボール
ポケットモンスター アドバンスジェネレーション編に登場したネンドール及び石のボールの事。そんなデカいスイカの場合、どう頑張っても完食前に腐りますね。

・ショッピングモールでやる、しょんない感じの
テレビ番組、ピエール瀧のしょんないTVにおける企画の一つの事。少し前のどんどんパロディと同じく、これも分かる人は少ない気がします。放送範囲的に。

・ロムちゃんの方が〜〜オンラインユーザー
原作シリーズの一つ、四女神オンライン(実在する方)中のロムの装備及び職の事。神次元のブランとルウィーといい、ルウィー=和風というイメージが強くなってますよね。


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第二十九話 身寄りなき少女

活動報告に掲載しましたが、本話以降は暫く続編に登場する二人のキャラの前日談となっております。当然時間軸もOIのものとなっておりますので、OP未読の方も是非読んでみて下さい。


私は、暗殺者として育てられた。アヴニールにとって邪魔となる企業の重役を、運営において厄介な有力者を、そして必要であれば別派閥のトップ…つまりは社長すらも始末する為の、暗殺者として。

けれど、私はそれを恨んでいない。身寄りのなかった幼い頃の私に衣食住を与えてくれて、ある程度の一般教養も教えてくれて、自由にじゃないけど娯楽や外出も許してもらえて、人によっては話し相手になってくれて……とにかく私は、ある派閥の暗殺者として育てられる事と引き換えに人並みの生活を送っていた。

でも、ある時その生活は崩壊した。女神様と教会によってアヴニールが解体される直前、暗殺者育成を隠蔽しようとした派閥トップの人の判断で切り捨てられた。育成完了前に、誰かを殺す前に、私は用済みになった。……だから私は、何者でもない。暗殺とそれに関わる技能以外は半端な常識しか知らない、人を殺した事もない私は、一般人でも、暗殺者でも……何者でも、ない。

 

 

 

 

ある日の夕暮れ。先日ケイとシアンに『上の者が適度に休みを取らないと、下の立場の者は休みを取り辛い』と言った手前、国の長である自分もそれを実践しなくちゃいけないと思った私は、午前中で仕事を切り上げ久し振りにシアンと二人で食事に出かけた。食事をとって、お喋りをして、街中をぶらぶらして……そんなお互い充実した時間を過ごした私達は、満足した気持ちのまま解散した。

 

「やっぱり気心の知れた相手と過ごすのはいいものね。ふふっ、私はぼっちじゃないって分かったでしょ?」

 

ここにはいる筈もないネプテューヌに向けた発言を、機嫌良く口にする私。公務中や職員の前だったらこんな姿見せられないけど…今はプライベートなんだしいいわよね。それに気難しい顔してたらシアンとの時間が楽しくなかったみたいになっちゃうもの。

そういう訳で現在私は軽い足取りのまま帰宅中。…でも、公園の前を通った瞬間目があるものに止まった。

 

「……あの子って…」

 

私が気になったのは、公園のベンチに座る一人の少女。公園に女の子がいる事は何にもおかしくなくて、時間帯的にも不自然ではないけど……その少女は、私の記憶が正しければ私がお昼にここを通った時もそこへ座っていた。…まさか、お昼からずっとあそこにいるんじゃないでしょうね…?

 

(…浮浪者、なのかしら……)

 

もし本当にずっとあそこにいるのなら、まず思い付くのは眠りこけてしまっているというパターン。でもお年頃の女の子が、公園で無防備に寝る訳がない。

次に思い付くのは、偶々同じ格好をしている時に私が通りかかったというパターン。…けど、これも現実的じゃない訳で、そうなると残るのは…彼女には帰る家がない、というパターン。

 

(……まさか記憶喪失で帰る方法も頼る当てもない、とかじゃないでしょうね…?)

 

記憶喪失なんてそうそうあるものじゃない、と前の私なら否定していただろうけど、記憶喪失者を二名程知ってる今の私はあながちあり得ない話でもないと考える。…いやそんなちょいちょい記憶喪失が現れるのもどうかと思うけど。だとしたら信次元民の海馬と大脳新皮質はどうなってるのよ。

 

「…どうしようかしら……」

 

ベンチに座る少女を見つめる事約一分。その間少女はほんの少し横に傾くだけで立ち上がる事も目も開ける事もせず、外見的には本当に寝ているよう。そんな少女に私は声をかけるべきか、それとももう少し様子を見てみるべきか思案を始めて……次の瞬間、少女の傾きは一気に加速しベンチから落ちた。

 

「え……ちょ、ちょっと!?」

 

一瞬前までどうするか考えていた私だけど、倒れ込むのを目の前で見たら女神として…いや人として無視出来る訳がない。

慌てて駆け寄り、あまり揺らさないようにしつつ少女の上半身を軽く起こす私。続いて声をかけるけど…反応は無し。

 

「脈は…あるわね。呼吸もしていて、顔も血の気があって……外傷も無い?…じゃあ、何が…?」

 

倒れても目を開けず、私の呼びかけにも応答無しな状態からして気を失っているのは間違いない。でも、その原因が分からない。ひょっとすると気絶は倒れた時の衝撃かもしれないけど、だとしても倒れた要因は別にある筈。…寝てたら倒れて、そのまま気絶…とかじゃないわよね…?

ただどちらにせよ、この少女が気を失っている事には変わりない。そう判断した私は救急車両を呼ぼうとし……「きゅるるるる…」という可愛らしい音を耳にした。それが聞こえてきたのは…少女のお腹から。……これって、まさか…。

 

 

 

 

公園で倒れた少女が目を覚ましたのは、それから数時間後。教会の医務室にある、ベットの上でだった。

 

「……っ、ん…」

「…あ、目が覚めた?」

 

コスプ……サブカルチャー関連の雑誌を読んでいる最中に聞こえた、それまでとは違う息遣いと衣摺れの音。それに振り返ってみると…ベットの上で、少女がゆっくりと身体を起き上がらせていた。

 

「…え……あ、え…?」

「大丈夫?苦しかったりどこか痛かったりしない?」

「あ…は、はい…大丈夫です…。…あの、ここは…?」

「ラステイションの教会よ。貴女、公園で倒れたんだけど…気を失う直前の事、記憶にない?」

 

当然と言えば当然だけど、少女は戸惑い何が何だか分からないという思いが顔に出ている。…けど、一先ず目が覚めたから安心ね。

 

「私が、公園で……確かに公園に来た覚えはありますけど…気絶した事には、気付きませんでした…」

「それはまぁそうでしょうね、意識が飛んでるんだから…」

「で、ですよね…でもどうして、医療施設ではなく教会に…?」

「それは私が女神だからよ」

「は、はぁ……え?……あ、あぁぁっ!の、ノワール様!?」

 

少女は不思議そうな顔をして、その後目を丸くして……今は目を見開いていた。私からすればそれは物凄い驚きようだけど……女神である以上こういう反応される事は時々あるし、もう慣れっこなのよね。

 

「えぇ、ノワールよ」

「じゃ、じゃあ私は女神様に助けられた事に…?」

「なるわね」

「……ご、ご迷惑をおかけしました!」

「いいのよ別に。元々教会に戻る道すがらだったし、放っておく訳にはいかないもの」

「すいません…先程までの無礼な態度も含めて本当にすいません…」

「だから大丈夫よ。それに貴女は確かに敬意ある態度ではなかったけど、別に礼を欠いてた訳でもないでしょ?その位で怒る程私の心は狭くないわよ」

「で、でも……」

 

先程までの戸惑いもあってか、とにかく少女のテンパりは凄い。宥めにも応じず更に謝ろうとする少女の様子から、私は大変そうかもと思ったけど……機を見計らったかのように、このタイミングでまたあの音が鳴った。

僅かな沈黙の後、顔を赤くしてお腹を押さえる少女。…って事は、やっぱりこれはお腹の鳴る音だったのね。

 

「あ、あぅ…これは、その……」

「お腹、空いてるんでしょ?ほら、お粥用意しておいたわよ。…病気とかじゃないならお粥じゃなくてもよかっただろうけどね」

「え、い、いいんですか…?」

 

私はお粥の入った土鍋を持ち、ベットに備え付けの机にまで運ぶ。蓋を開けると保温性のおかげでまだ冷めていなかった中のお粥から湯気が上がり、それを見た少女は分かり易く嬉しそうな顔になる。でもすぐにはっとした表情に変わり、そこから今度は私へ伺いを立てるような上目遣いに。

 

「…この流れで女神が『あんたにあげる訳ないじゃない、図々しいわね』…なんて言うと思う?」

「い、言わないと思います…」

「なら、そういう事よ。また倒れられても困るし、遠慮せずに食べなさい」

「じゃ、じゃあお言葉に甘えて…頂き、ます…」

 

元々そういう性格なのか、それとも女神を前に萎縮してしまっているのか、彼女はおずおずとした態度のまま少しずつ食べ始める。

……と、言うのは数分前までの話。胃に食べ物が入った事でより食欲に火が着いたのか、今では結構なペースでお粥を口に運んでいた。…大人しそうな子が次々食べる姿って、ちょっとシュールね…。

 

「こらこら、よく噛んで食べないと身体に悪いわよ?」

 

早食い挑戦中みたいな少女を苦笑いしながら眺める事十数分。八割方食べ終わったところで少女は一度スプーンを置き、はふぅ…と吐息を漏らした。

 

「取り敢えず空腹は収まったかしら?」

「は、はい。…でも食べ残すのも悪いですし、残りもちゃんと食べさせてもらいますね」

「えぇ、でも無理して食べる必要はないからね?空腹で倒れて今度は食べ過ぎで倒れるなんてなったら馬鹿馬鹿し過ぎるもの」

「分かってます。そこまで私も馬鹿じゃありませんから」

「なら大丈夫そうね。…さて、だったら幾つか質問させてもらうわ」

 

空腹が満たされたおかげか多少緊張も解けた様子の少女。良くも悪くも普通の女の子らしい彼女の言動に、私はほんの少し心を和まされたけど…すぐに気を引き締めて、本題へ入る。

 

「質問、ですか?」

「えぇ。まずは貴女の名前を教えて頂戴。じゃなきゃ色々不便だわ」

「あ、はい。私はケーシャと申します」

「ケーシャ、ね。私はノワールよ。…まぁ、私の事は説明不要みたいだけどね」

 

肩を竦めながらそう言うと、少女…ケーシャは当たり前ですよ、と真面目な顔で返してくる。知ってて当たり前、か…うんうん、やっぱり私はそうでなくっちゃ。

 

「じゃ、次の質問……をする前に、先に伝えておくわね。…ケーシャ、少し貴女の荷物を見させてもらったわ」

「え……!?」

「ごめんなさいね。…でも、倒れていたとはいえ身元不明の人間を教会の奥まで連れて行く訳にはいかないのよ。教会は国務機関で、女神の本拠地なんだから」

「…………」

「怒ってくれて構わないわ。必要な事だったとしても、勝手に私物を見られたらいい気はしないのが当たり前だもの」

「……大丈夫です、問題ありません。私は助けられた身ですから。…その上で確認ではなく質問をするって事は、私がどこの誰なのかは分からなかったんですね…」

 

ケーシャは驚きと焦りの表情を少しの間浮かべていたけど、それから一度目を閉じゆっくりと首を横に振った。そして目を開けた時、ケーシャの瞳からはそれまでと打って変わって落ち着きの色が感じられた。

 

「そういう事よ。貴女って結構理解が早いのね」

「…そんな事ないですよ、そうかなと思っただけです」

「謙虚ね。なら質問を再開させてもらうわ。…ケーシャ、貴女はあそこで何をしていたの?」

「休んでいました。…いつの間にか意識が飛んでいて、ノワール様に助けられてしまいましたが…」

「休んでた?」

「はい。…他に誰かの邪魔にならず休める場所なんて、殆どありませんから…」

「それって……」

「……そういう、事です」

 

気を失う程の空腹に苛まれていた時点で薄々そうだとは思っていたけど…ケーシャの目は、その通りだと言っていた。あそこにいたのは、帰る場所がないからだ、と。

 

「……家族は?」

「いませんし、覚えてません」

「頼れる人は?」

「それも、いません」

「なら、貴女はこれまでどうやって…?」

「…育ててくれた人達はいたんです。でも、事情で私を育てられなくなって…それから私は、一人になりました」

 

家族も身寄りもない。それは人にとって苦労する事で、辛い事である筈なのに……それをケーシャは、酷く淡々と答えていた。達観しているような、熱のない声音で。育ててくれた人達の話だけは、ほんの少し寂しそうな表情を浮かべていたけど…それも、諦観混じりの表情だった。

 

「…それは、いつの話なの?」

「一ヶ月…いえ、それ以上前の事です」

「そう……え?い、一ヶ月以上前って…まさかその間ずっと何も食べてなかったの…?」

「ま、まさか。一人になった時点では多少ながらお金がありましたから、それを切り詰めて何とか食い繋いでいたんです。最近はそれも限界で、郊外で食べられそうなものを採ったりして凌がざるを得なくなって、それで疲れてベンチに……あ…ぬ、盗みはしていませんよ…?」

「疑ってはいないから安心しなさい。でもお金がないなら日雇いの仕事なりクエストなり…ってそっか、身分証明が出来ないものね…」

 

完全個人経営のお店ならともかく、大概の会社や企業は身元が不明な人間を雇おうとはしない。それはギルドも同じ事で、依頼主と受注者との仲介役だからこそ余計に信用とその証明とが重要になってくる。そのルールは必要なものだと思うけど…その結果ケーシャのように複雑な経緯を持っている人間は、自力で生計を立てる事すらままならなくなってしまうというのは女神として無視しちゃいけない事。……やっぱりもっと社会のセーフティーネットを強化するべきかしら…。

 

「…あの、ノワール様…?」

「……頑張ってきたのね、ケーシャ。そういう事情なら盗みを働いても情状酌量の余地は十分あるのに、そうしなかったのは立派よ。…手遅れになる前に貴女を保護出来てよかったわ」

「り、立派なんてそんな…国の長を務め、他国の女神様達と共に世界を救ったノワール様の方がずっと立派ですよ。…って、目下の私が立派なんて言うのは間違ってますね、あはは…」

「大丈夫よ、いや言葉遣いとしてなら確かに適切じゃないけどね。…ともかく貴女があそこにいた理由も、身分を証明出来ない状態だって事も分かったわ。それじゃ、貴女本人への質問は終わりにするとして…取り敢えずはその育ててくれた人達の事を教えてもらえるかしら?現状身元引受人になれそうなのも貴女の話の確認が出来そうなのもその人達だけだから」

「……っ…それは…」

「…ケーシャ?」

 

ケーシャを育ててくれた人達の事が分かればある程度はケーシャの身分もはっきりするし、事情の内容によってはその人達も国として何らかの支援が出来るかもしれない。そういう思いで訊いた私だったけど……そう言った瞬間、ケーシャの表情は陰りを見せた。

 

「どうかしたの?体調悪い?」

「そ、そうじゃないんです…」

「なら、どうして?」

「…それは、その……」

「…その?」

「……ごめんなさい、育ててくれた人達の事は言えません」

 

俯き加減に、申し訳なさそうに、ケーシャはそう言った。覚えてないでも、分からないでもなく……言えない、と。

 

「…どうして言えないの?」

「それも、言えません…」

「もしかして、口止めされているの?」

「そういう訳じゃないんです…でも……」

 

ふるふると首を横に振るケーシャ。その後も私は切り口を変えて訊き続けたけど、どの訊き方をしてもケーシャは答えてくれなかった。それが答えたくないからなのか、隠してるだけで本当は口止めされているのかは分からないけど…今のケーシャの様子からして、素直に話してくれるのを期待するのは難しそうだった。

 

「……どうしても、言えない?」

「…ごめんなさい……」

「ケーシャ、さっきも言ったけど、教会に身元のはっきりしない人間を置いておく訳にはいかないの。…私一人の家なら何かあっても私が苦労するだけで済むけど、ここは教会だからそうはいかないのよ」

「…分かってます。私は見ず知らずの相手であるにも関わらず、倒れているところを助けてもらった身。…だから、これ以上ご迷惑をおかけする訳にはいきません」

「ちょ、ちょっとケーシャ…貴女まさか、もう出ていく気…?」

 

掛け布団を捲り、脚をベットの外へ出したケーシャに焦るのは私。な、何考えてるのよこの子は!私がこのまま出ていくのを見過ごせると思ってる訳!?しかも顔は本気だし……あーもう!

 

「待ちなさいよケーシャ!…はぁ…貴女って、真面目故の厄介さがあるタイプね…」

「や、厄介…ですか…?」

「多分これは私、他人の事言えないけどね…どうせ行くあてはないままでしょ?」

「……はい…」

「だったらもう数日はここに居ていいわ。っていうか居なさい」

「え……け、けど私は…」

「言わなくたっていいわ。勿論身元不明の人間を好き勝手に歩き回らせる訳にはいかないから、監視とまでは言わずとも注意はさせてもらうけど」

「ノワール様…ありがとうございます…本当にありがとうございます…!」

 

話してみた限り、ケーシャが何か悪い事をするような人間とは思えない。けれど、さっきも言った通り万が一の時被害を被るのは自分一人じゃないんだから、私の感性だけで自由にさせる訳にはいかない。

ただそれでも、ケーシャは私へ深く深く頭を下げてくれた。

 

「そんなに低姿勢にならなくてもいいのよ?女神が人を助けるのは当然の事なんだから」

「そうだとしても、助けてもらった上に寝る場所の提供までしてもらったんです。女神様が人助けを当然と言うのなら、こうして感謝するのも当然の事ですよ」

「ふふっ、ほんとに貴女みたいな良い子を助けられてよかったわ」

 

微笑みながら素直にそんな事を言うケーシャに、私も口元が緩むのを感じる。同年代、或いは友達や仲間として対等な人達は皆個性的だからこそ、ケーシャの様な『普通の女の子』らしい相手と話すのは新鮮な感覚だった。……一ヶ月以上家無しで生活してきた、リアルホームレス中学生みたいな人を普通と呼べるかはかなり怪しいけど…。

一先ず空腹状態は乗り切ったからか、食べる事を再開したケーシャの食事ペースは一般的なレベルに。そこへ更に私との雑談が入った事でペースは一層落ち、残り二割弱だったにも関わらず完食までは十分以上かかっていた。

 

「ふぅ…ご馳走様でした。ノワール様、お粥美味しかったです」

「それはよかったわ。お腹の方は大丈夫?」

「大丈夫です。結局はお腹が空いていただけですから」

「それもそうね。じゃ、私は片付けてくるから休んでなさい。…勝手にどっか行っちゃ駄目よ?」

「行きませんよ。ここに居ていいと言ってくれたノワール様の顔に泥は塗れませんから」

「もう、ほんとに貴女は良い子なんだから…」

 

土鍋、スプーン、それにお茶の入っていたカップをお盆に載せ、それを持って医務室を出る私。倒れるのを見た時にはどうなるかと思ったし、ここに連れてきてからもどんな人なのか若干の不安があったけど……やっぱり、助けて良かったわね。

 

 

 

 

「あ、お姉ちゃん…」

 

医務室を出てからすぐ。角を一つ曲がった所で私はユニと鉢合わせした。

 

「…お姉ちゃん、さっきの人の様子は?」

「目が覚めて、お粥もちゃんと食べられていたわ。私は医者じゃないから断定は出来ないけど、多分後は休めばそれで大丈夫なんじゃないかしら。後、彼女の名前はケーシャよ」

「そうなんだ…」

 

ケーシャを教会に運んだのは私の独断だけど、流石に黙ったまま医務室に連れていく訳にはいかなかったから、ケイと数人の職員、それに居合わせたユニへ経緯を説明した。で、その時の反応はと言えば…ケイは呆れ気味の肯定、職員は私の意思を尊重すると言いつつも心配げ、ユニは概ね肯定って感じだったわ。思った通りの反応ね。

 

「…………」

「…ユニ?どうかしたの?」

「……その人、どんな感じだった?」

「どんな感じ?…まぁ、普通の子って感じだったわよ。強いて言えば真面目な印象があったけど、それも常識的な範囲だし」

「本当に?何か企んでる感じはなかった?」

 

私に問いかけるユニの声音からは、不安の感情が感じられる。その不安は、ケーシャへの不信感から来ていると言っても差し支えないのかもしれない。

 

「…アタシ、あの人を保護するなら医務室よりもっと監視出来る部屋の方がいいと思う。だって、お姉ちゃん…あの人の持っていた銃は、()()()()()()()()なんだよ?」

 

──そう。私はケーシャの言葉を肯定したけど、あれは些かの嘘が混じっている。具体的に言えば、特定は出来なかったものの、その手掛かりになるもの……ユニの言う、『アヴニール社製の銃』を荷物(身体)検査の際に見つけていた。

 

「あの銃は旧アヴニール時代に作られていたもので、市販はされてないモデルなの。それを持っていたって事は…」

「盗品か、ケーシャが旧アヴニール関係者かって事でしょ?…ユニが言うのなら、見間違いじゃないんでしょうね」

「…お姉ちゃん、あの人は刺客なんじゃないの?アヴニールが実質解体された事を恨んだ人達がお姉ちゃんの命を狙ってるって可能性は、十分あるよ…!」

 

きゅっと拳を握り、私の目を見上げるユニ。ユニは今私の身を案じてくれている。それは姉として凄く嬉しい事で、同時にユニの考察は(アヴニールの国営化時点ではまだ生まれていない以上、)女神としての勉学を怠っていないからこそ導けたとも言える事なんだから、それを私は誇らしく思える。…でも……

 

「…そうね。ケーシャが暗殺目的で倒れたフリをした可能性は、確かにあるわ」

「でしょ?だから……」

「けどそれは、まだ可能性の域を出てないわ。確定した訳でもないのに決め付けて、そうであるかのような扱いをするなんて事、指導者としてやっちゃいけない事よ。…それはユニも分かるでしょう?」

「……それは…そうかも、しれないけど…」

「かも、じゃなくてそうよ。少なくとも、私はそういう女神としてやってきたわ」

 

疑わしきは被告人の利益に、じゃないけど私は疑惑のある人を黒である前提で考えたくはない。100%信じる程甘くはないから、万が一の場合を考慮はするけれど、悪人である可能性ばかりを優先する気は毛頭ない。それが正しいのか、正しくないのかと言えば……私の進む女神の道においては、間違いなく正しい事よ。

…とはいえ、ユニの言葉は疑うまでもなく善意から来ているもの。だから私は笑みを浮かべる。

 

「…大丈夫よ、ユニ。決め付けはしないけど、刺客の可能性を捨てた訳じゃないんだから。それに女神が……ううん、この私が懐に入る程度の銃で殺されると思う?」

「…ううん、思わない…」

「でしょ?だから安心しなさい。例え刺客だったとしてもその時は捕らえるだけだし、もしも狙いが私じゃなくて貴女だったとしても、絶対に守ってあげるわ」

 

不安そうなユニへ、私はそう言い切った。ちゃんと勉強をしているユニなら分かってくれる筈。それにきっと、ケーシャも暗殺者なんかじゃない筈。後者は必ずとは言えないけど、私はそう信じてる。……信じる事こそ、女神にとって大切な事だものね。

そうして私はユニと別れ、お盆とその上の物を片付ける為食堂へと向かうのだった。




今回のパロディ解説

・彼女には帰る家がない
ドラマ、あなたには帰る家があるのパロディ。パロディしているのはあくまでタイトルだけです。言うまでもなく内容は一切関係ありません。

・「……大丈夫です、問題ありません。〜〜」
EI Shaddai -エルシャダイ-の主人公、イーノックの代名詞的台詞のパロディ。大丈夫と言いつつ大丈夫じゃない。作中のケーシャも一応そういう感じですね、恐らく。

・ホームレス中学生
お笑いコンビ、麒麟の田村裕さんの作品の事。ケーシャが一ヶ月以上どうやって生活していたかは…流石に描写しません。皆さんのご想像にお任せします。


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第三十話 少女の実力

身元不明の少女、ケーシャを保護してから数日。ケーシャは体調を崩す事も、不審な行動を見せる事もなく、数日間を静かに過ごしていた。

 

「リーンボックスからの進展報告は?」

「無いね。けど順調に進んでいて特筆する事が無いからこそのものだろう」

「そうね。けど一応こちらからの情報には注意しておく事。ああ見えてベールはかなり強かよ」

「分かっているさ、ノワールもプライベートでうっかり口を滑らせないよう気を付ける事だね」

 

執務室から出ていくケイは、相変わらず余計な一言を言ってくる。けれど付き合いの長い私にとっては慣れたもので、普段なら軽く受け流せるというもの。…ユニに対しても同じ態度だし、ユニが悪影響受けないといいけど…。

それから数十分後。今日中に済ませる予定だった仕事を全て終えた私は軽く伸びをし、執務室を出た。

 

「……さて、まずは…」

 

私が向かったのは、ユニの使う執務室。でも別に仕事を頼むとか、何か用事を伝えるとかじゃない。

 

「入るわね。ユニ、調子はどう?」

「問題ないよ。…あ、これ頼まれてたやつをまとめたものなんだけど…」

「へぇ、もうやってくれたのね。助かったわ」

 

手渡されたのは、訓練も兼ねて頼んでおいた仕事の書類。これは本来女神じゃなくて職員が行う職務だけど…部下の仕事内容をきちんと把握してなきゃ適切な指示は出せないもの。その為には実際にやってみるというのも有りよね。

 

「……うん、よく出来てるわ」

「そ、そう?…よかった…」

「私はもう仕事終わったし、ユニも一通り出来てるならキリのいいところで終わってもいいわよ。じゃ、これは持っていくわ」

「あ、うん。もうちょっとで全部終わるから、アタシはもう少し頑張るね」

「そう?じゃ、頑張りなさい」

 

ユニが仕事に行き詰まった様子はないと分かった私は、表情はそのままに内心で安心しながら部屋を出た。ここのところはいつ来ても問題なく出来てるようだし、これなら見に来る頻度は減らしてもいいかもしれないわね。ユニだってしょっちゅう見に来られたら気が散っちゃうだろうし。

…と、いう訳で出た私は一度執務室に戻り、受け取った書類をしまって再び廊下へ。それから向かったのは、自室ではなく来客用の部屋。

 

「ケーシャ、いる?」

「あ、ノワール様」

 

ノックし声をかけると、すぐにその部屋の住人であるケーシャが出てくる。保護中のケーシャは来客ではないけど、体調悪くもない人間が医務室を使うというのもおかしいという事で、私は一時的にこの部屋を貸し与えていた。

 

「お仕事終わったんですか?」

「そうよ。貴女は……何していたか分からないわね…」

「テレビ見てたんです。点けっ放しでノワール様を迎えるのは失礼だと思って切ったんですが…」

「お互いプライベートの時間なんだからテレビ点いてる位問題ないのに…ケーシャってちょっと世間ズレしてるわよね」

「あ、あはは……」

 

当然の事だけど来客用の部屋はシンプルな内装をしていて、個性というべきものは特にない。しかも現在使っているのがあまり私物を持っていないケーシャという事もあり、部屋の中は殆ど変化していなかった。…ケーシャって趣味とかないのかしら…まだ趣味や娯楽に興じる事を遠慮してるだけかもしれないけど…。

 

「ま、いいけどね。…ケーシャ、今から貴女に話したい事があるんだけど、大丈夫かしら?」

「話、ですか?…大丈夫ですけど…」

 

中に入り、腰を下ろす私。ケーシャも前置きを入れるなんて何事かとそわそわしつつ、私と正対する位置へ腰を下ろす。

私がケーシャの使う部屋へ訪れた理由は二つ。一つはユニの時と同じく、様子を見る為。何か問題を抱えてないか、手助けを必要としてないか…そして、怪しい動きをしていないかを自分の目で確認しようとこの部屋に来ている。で、もう一つは……

 

「…単刀直入に言うわ。ケーシャ、貴女仕事探してるでしょ」

「え……な、何故それを…!?」

「何故って…だって貴女、昨日一緒に外出た時求人誌に目を通してたじゃない」

「……み、見てたんですね…」

 

保護された環境で外出禁止じゃ息が詰まるだろうと思って、ケーシャを外に連れ出したのが昨日の話。気分転換狙いの外出だったけど…まさか求人誌を見るとは思っていなかった。…でも、いい事よね。保護されてる現状に甘えないで頑張ろうとするのは。

 

「…で、一つ訊いておくけど…身分証明の当てはあるの?真っ当な仕事をする気なら、身分証明が出来なきゃ話にならないわよ?」

「…ですよね…分かってます……」

「…話してくれる気には?」

「……すいません…」

「そう……まぁそうだろうと思ったわ」

 

数日経った今も、ケーシャは育ててくれた人達の事を言おうとしない。でももうこれは絶対話してくれないか、長い時間を費やすかしないと無理だと私は分かっていたから、用意しておいた書類(ユニに頼んだのとは別よ?)をケーシャに見せる。

 

「これは…?」

「戸籍登録及び身分証明にまつわる書類よ。書けるところだけ書いてくれれば、後は私が処理してあげるわ」

「そ、それって……」

 

目を見開き、書類と私の顔を交互に見やるケーシャ。その顔は信じられないと言いたげな…って言うか、その内言うんじゃないかしら…。

 

「…い、いいんですか…というか、大丈夫なんですか…?」

「私は女神よ。現代は女神が法…つまり、私が法なのよ」

「えっ……そ、それは…なんと言うか…」

「…なんてね。職権濫用するんじゃなくて、ちゃんとした手順を踏んで進めるつもりだから安心しなさい」

「そ、そうですよね…でも、本当にいいんですか…?」

「いいからこうして書類を持ってきてるのよ。貴女を信用しての事だし、これが順調に進めば『やる気があって健康体なのに、環境や経歴のせいで身分証明が出来ず社会参加出来ない』って人への支援方法確立に繋がるもの。…だから、受け取って頂戴」

 

もしケーシャが禄でもない生き方をしていて、その結果生活が立ち行かなくなったというなら保護はしつつも厳しく接していただろうけど、彼女はその逆。事故に非がない中で燻らず、現状を変えようとしている人がいるならそれは支援してあげるべきだし、そういう人に道を示してあげてこその女神よね。

私がそう言って笑みを浮かべ、ケーシャの前へと差し出してから十数秒。ケーシャは迷って、考えて、私の目を見つめて……それでも最後は、ゆっくりと書類を受け取った。

 

「…私、数日前までは家も仕事もなくて、その日過ごすのだけでも大変だったのに…こんな幸運、信じられません…」

「天は貴女を見放さなかった、って事よ。私女神だし(ほんとに言った…)」

「そ、そうですよね…これは幸運じゃなくて、ノワール様が私にくれたもの…ノワール様、私一生ノワール様を信仰します!」

「あ、う、うん…えっと、一応覚えておいてほしいんだけど、一般的な戸籍とは扱いが別だから定期的に役所に行かなきゃいけなかったり、身分証明の際にも場合によっては手間がかかったりする事もあるんだけど…それは大丈夫?」

「その位得られるものに比べれば軽いものです!本当に、本当にありがとうございますノワール様…!」

 

私の右手を両手で握り、ぺこぺこと何度もケーシャは頭を下げる。人一人の戸籍位冗談抜きに仕事の片手間で何とか事だから、私からすれば「そこまでしなくても…」って事だったけど……一ヶ月以上浮浪者として先の見えない生活をしてきたケーシャにとって、これがどれだけ救いとなるのかは理解出来る。だから私はケーシャの感謝を、黙って受け入れた。

そして、すぐにケーシャは記入を行い書類を返してきた。私も客室を出た後執務室に再び戻って残りの部分を記入し、私の承認を得たものだという判子を押して然るべき部署に回す。そうして数日後……ケーシャは、身分の分からない『誰か』から、公的な保障のされた『ラステイションの国民』となった。

 

 

 

 

「こんにちは、中々達成されてなかったり放置されてたりするクエストはあるかしら?」

「そうですね、その条件ですと……って、あ…の、ノワール様…?」

「そうよ。だから難易度は高くても構わないわ」

「わ、分かりました。少々お待ち下さい」

 

ギルドの窓口で、受付員にクエストの見繕いを頼む私。ケーシャの身分証明が出来るようになってから一週間。私はある考えがあってギルドに来ていた。

 

(今日もギルドは賑わってるわね。…これが良い事なのか悪い事なのかは分からないけど)

 

多くの人が利用してるという事はつまり、ギルドというシステムが上手く回っているという事。それは間違いなく良い事だけど…依頼内容の傾向によっては、ラステイションの治安や流通に問題があるとも言えてしまう。社会への不満の皺寄せがギルドに来てる、とかだったら嫌よね…。

そんな事を考えながら待っていると、隣の受付から声が聞こえてくる。

 

「あの、クエストの受注をしたいのですが…」

「おや、貴女は…ここのところ連日来ていますね。お身体の方は大丈夫ですか?」

「は、はい。これでも丈夫なので…」

(へぇ、あの子はよく来てるのね)

 

少し気になってちらりと見ると、隣で受付員と話しているのは黒髪ロングに翡翠色の瞳を持った少女だった。…うちのパーティーメンバーは常識的な身体能力をかなぐり捨ててる人ばっかりだから比較対象にならないとして…ぱっと見まだ大人とも言えない感じなのに、連日来てるなんて珍しい子ね……

 

「……って…え、ケーシャ?」

「へ?……え、ノワール様!?」

 

隣にいた少女が知り合いどころかまさかのケーシャであった事に驚いて、つい二度見をしてしまう私。その声で気付いたケーシャも私とギルドで鉢合わせするとは思ってなかったらしく、こっちもこっちで二度見。意外と現実にはない二度見が、この瞬間は二回も発生していた。……二度見だけに。

 

「ど、どうしてケーシャがここに?」

「そ、そういうノワール様こそどうして…?」

「私はクエストを受ける為よ。貴女は…いや、ケーシャはさっき受注したいって言ってたわね…」

 

訊いておいてアレだけど、ここの職員でもなければギルドへくる用事なんてクエストを受注するか依頼するかの二択。性質上色々な情報も集まるから情報収集の為来る人もいるけど、それを含めたって三択でしかない。で、それぞれの行為の理由も幅なんてないんだから、考えてみればナンセンスな質問だったわね。

 

「…毎日クエストしてるの?」

「あ、はい。あんまり女の子らしくないって思うかもしれませんけど、私身体を動かすのはそこそこ得意なんです」

「じゃあ、採取とか配達とかを?」

「いえ、主に討伐を」

「へぇ、討伐を……と、討伐?」

 

ケーシャの返答に、私は自分の耳を疑う。目の前にいるのは、学校でなら図書委員とかやっていそうな少女のケーシャ。そのケーシャが…討伐を……?」

 

「ね、ねぇ貴方…この子が言ってる事って、本当なの…?」

「え、あ…そう、ですね。初めは僕も驚きましたが、彼女は毎日討伐系クエストを受けてはすぐに達成してくるんです。登録してから日が浅いので、彼女が受けられるクエストはまだ低難度のものばかりですが…能力的にはもっと高難度のものもこなせるのかもしれません」

「そうだったのね……あ、そうだ。だったらケーシャ、今日は私と一緒にクエストやってみない?」

「ノワール様と、一緒に…ですか…?」

「えぇ。私は報酬目的じゃないから分配は貴女が決めてくれていいし、複数人で行うのもいい経験になると思わない?…まぁ、ケーシャが嫌なら無理強いはしないけど…」

「い、嫌だなんてそんな!ご同行させて頂けるなんて光栄です!」

「じゃ、決まりね」

 

それから十数秒後。受付員から提示されたクエストを二人で確認し、私達は受注。一度依頼主と落ち合う必要があるという事で、早速ギルドを出るのだった。ケーシャの実際の強さは見てみない限り分からないけれど、性格からして慢心や油断はしない筈だし、私が気を付ければいいわよね。

 

 

 

 

受注したクエストは、とある私有地の森林に住み着いたモンスターの群れを倒してほしいというもの。出来るならば木に擦り傷一つ付けないで討伐してほしいという、一般の人にとっては結構な無理難題なせいで、これまで中々受注してもらえなかったんだとか。

 

「ケーシャ、新生活はどう?上手くやれてる?」

「はい。ノワール様が色々手配してくれたおかげで、不自由なく暮らせていますよ。…お料理とかお掃除はまだまだ下手ですが…」

 

森林の中を歩く私とケーシャ。自立したいというケーシャの意思を汲み、私は住居の手配もしておいた。あんまり色々し過ぎるのは所謂『依怙贔屓』になっちゃうのかもしれないけど…ケーシャはそもそものマイナスが大き過ぎだったんだもの、これ位は大丈夫よね。

 

「そういうのは慣れよ。一足飛びに上手くなろうとせず、出来る範囲で一歩ずつ進んでいく方が結局は近道なんだから」

「そ、そうですよね。勉強になります。……ノワール様も、よくクエストを行うんですか?」

「うーん…そうと言えばそうだけど、ギルドで受ける事は少ないわ。普段行うのはギルドから教会へ委託されたクエストだもの」

 

それ以外にもモンスター討伐はする事あるけどね、と私は付け加える。普通の人にとってクエスト対象外のモンスターを倒す事は利益にならないけど、女神はそもそも利益の為にクエストをやってる訳じゃない。……正直、普通に女神の職務を全うしていればお金なんて一生困らないし。

 

「教会へ委託…あれ、じゃあどうして今日はギルドで受注を?」

「それはね、委託されるクエストは大きく分けると二種類しかないからよ」

「二種類、ですか?」

 

私の言葉に小首を傾げるケーシャ。…こういう反応されると、つい色々教えてあげたくなっちゃうわよね。

 

「そ。一般の人には危険過ぎて任せられないものと、内容やそのクエスト進行において一般の人が関わるのは不味いものの二種類よ。…でも、それは一般の人に『やらせられない』クエストであって、『やってもらえない』クエストではないのよ。どういうクエストがやってもらえないか分かる?」

「え、っと…報酬が少ないクエストとか…?」

「それは確かにそうね。けどそれは、依頼主がきちんと報酬を指定すればいい話。…私がやるのは、内容が複雑過ぎるとか報酬はそれなりでも時間がかかり過ぎるとかで割りに合わないと判断され、何日も放置されてるクエストなのよ。ちゃんと報酬を用意してるのに、何日も放置されるのは可哀想でしょ?」

「そういう事ですか…そんな人達の為にわざわざギルドに出向いて受けるだなんて、やっぱりノワール様はお優しいんですね」

「ふふっ、ありがと。けど女神なんだからこれ位当たり前よ」

「優しい上にご謙遜までするなんて…私、ノワール様を尊敬しま……」

「しっ、討伐対象がいたわ」

 

戦いのプロたる女神にとって、一瞬で思考を切り替えるなんて造作もない事。ケーシャの口の前に人差し指を立て立ち止まった私は、視線の先にいる、大型犬や狼を彷彿とさせる四足歩行のモンスターへ意識を移す。…今は気付いてないようだけど…下手に動けば音か匂いで見つかるわね…。

 

「…ケーシャ、あいつは私が片付けるわ。貴女は他の個体が近くにいないか警戒をお願い……」

「いえ、ノワール様。あのモンスターは私にやらせて下さい」

「え?」

「まずは私の実力を知っておいてもらいたいんです。それに多分、あいつなら私一人で倒せます」

「……貴女…」

 

素早く倒すお手本を…と思って前に出ようとした私だったけど、ケーシャの言葉は私の意に反するものだった。そして私は気付く。ケーシャの顔から、それまで私が感じていた『普通の女の子らしさ』が消え去っている事に。

 

「…これは一撃必殺、悪くても暴れられる前に討伐する事を求められているクエストよ。…出来るの?」

「出来ます。…私にとっては、そちらの方が得意ですから」

 

懐から銃を抜き、気配を消して木陰伝いに接近するケーシャ。気配を消すなんてサブカル界隈じゃよく出てくるけど実際には難しい事で、特に本能で生きるモンスター(や動物)を欺くのは相当な技術と経験が必要となる。…けれどケーシャは、さも当然かのようにその領域の気配遮断を行なっていた。

獲物を探すようにゆっくりと歩くモンスターに対し、ケーシャは少しずつ距離を詰めていく。そうしてケーシャはあっという間にすぐ側まで近付き、木の裏側で息を殺し……数秒後、モンスターの背後へ回り込むが如く襲いかかった。

 

「ガルルゥッ!?」

「──散れ」

 

頭部の毛を掴まれ、モンスターは驚きの叫びを上げる。続けてモンスターは身を振るい、ケーシャを振り払おうとするも…それより早くケーシャは後頭部へ銃口を突き付け、三連射。乾いた音が木霊する中、モンスターは身体を震わせ……ぱたり、と倒れる。…それは、数秒にも満たない間の出来事だった。

 

「ふぅ…どうでしたか、ノワール様」

「……驚いたわ、まさかここまでの実力があるなんて…もしかしてケーシャ、アサシンのサーヴァントだったり?」

「あ、アサシン?……流石に英雄や反英雄と比べられる程じゃありませんよ…スキルで例えるなら、せいぜいD−位ですし…」

「あ、気配遮断スキルに該当するレベルだって自覚はあるんだ…じゃ、ケーシャの実力も十分みたいだし、テキパキ進めるとしようかしら…ねッ!」

 

ぱたぱたと駆けてくるケーシャの顔は、いつの間やら普段のそれに。一瞬前まで冷徹さすら感じる雰囲気だった彼女が嬉しそうに戻ってくる中、私はひょいと後ろを向き……瞬時に手元へ顕現させた片手剣を投擲。それにケーシャが驚く中、片手剣は風を切りながら飛び…私達を背後から狙っていたモンスターの頭を貫いた。

 

「…貴女には言うまでもないかもしれないけど、油断大敵よ?」

「は……はい!」

 

モンスターの消滅により落下した片手剣を拾い、ケーシャに合流。ケーシャが私へキラキラと輝く視線を向けてくれる事に内心気分が良くなりつつも表情を引き締め、次のモンスター討伐へと向かった。

 

 

 

 

あれから約一時間。私達は依頼主から頼まれてた全六体(一通り回ってみたけど七体目以降は見当たらなかったし、多分知らぬ前に増えてるって事はなさそうね)の内の五体を倒し、残すところは現在補足している最後の一体となった。

 

「まだ少し距離がありますね…ゆっくり近付きますか?」

「いいえ、この距離でもう大丈夫よ」

「へ……?」

 

きょとんとした顔を浮かべるケーシャ。確かにまだモンスターまでは距離があって、ここから仕掛けようものなら気付かれるのは必至。……でもそれは、普通に考えたらの話。

 

「私なら出来る、って事よ。少し下がってなさい、ケーシャ」

「……?は、はい…」

「…ケーシャ、貴女私の女神としての姿を見た事は?」

「テレビでなら、何度か…」

「そう。だったら、見せてあげるわ。女神の本気を、ねッ!」

 

そう言いながら女神化する私。ケーシャが目を丸くする中、私は大剣の斬っ先をモンスターに向け、地面を強く踏み締め、翼を広げ……一瞬で、モンスターの眼前へと迫った。

モンスターからすれば、それは瞬間移動も同然の現象。だからモンスターは驚愕に目を見開き、本能からか飛び退く動きを見せるけど…もう遅い。だって、私の大剣はもう頭どころか胴体にまで突き刺さっているんだから。

 

「……これが、女神の本気よ」

 

大剣を振り払い、軽く髪の毛をかき上げながら振り向く私。見ればケーシャはまた私へキラキラした視線を向けながらこちらへ来てくれていて、そんなケーシャへ私は二つの感情を抱く。

一つは、本当にケーシャは純粋な子なんだなって思い。世の中には録でもない人やしょうもない人、或いは私や私達パーティーのようにぶっ飛んだ人が多い中、この純粋さを保ってるケーシャは凄いって気持ち。そしてもう一つは……助けたあの日からずっと、ほんの少しだけど私の中に残っているケーシャへの疑惑。

今日見たケーシャの動きは、どれも卓越した技術によるもの。彼女が最初に言った通り、速攻で敵を討つ事に適したもの。……そんな技術を有するケーシャは、一体何者なのか。…今日の事でまたケーシャへを高く評価する感情が強くなりつつも、同時にそんな思いが、私の中で燻っていた。




今回のパロディ解説

・アサシンのサーヴァント
Fateシリーズに登場する要素の一つの事。とはいえ基本サーヴァントは現代の銃火器なんて使わないもの。となるとこの場合は衛宮家的アサシンになりそうですね。

・気配遮断スキル
上記と同じくFateシリーズに登場する要素の一つの事。アサシンのクラス特典スキルな訳ですが、これって大概のアサシンならば生前からもってそうですね。


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第三十一話 少女への思い違い

平和というのは、脆く儚いもの。どんなに私達女神が尽力しても、多くの人が平和を望んで戦ったとしても、掴んだ平和は長くは続かない。それは歴史が証明している。

何故、平和は続かないのか。……その理由は至極単純。平和は過半数どころか殆どの人間が望まなければ成り立たないのに対し、混沌はそれなりの数の人間が望めば…いや、望まずとも現状に不満を持つだけで訪れてしまうものだから。平和に比べて混沌は圧倒的に成り立ち易い(混沌が成り立つってのも変な表現だけど)んだから、平和が長続きしてくれる訳がない。勿論だからって諦めたりはせず、争いが起こるならその度に、一人でも平和を望む人がいるならその人の為に、何度吹き飛ばされようと平和の花を植え続ける覚悟が私にはあるけど……それでもやっぱり、不安の種が発生するのは気分のいいものじゃないのよね…。

 

「…どうしたものかしら……」

 

朝、朝食を終えて早速仕事に取り掛かろうと執務室へ向かっていた私。その途中でうちの諜報部員から受けたのは、犯罪組織に関する報告だった。

マジェコンヌの名前を勝手に使い、女神に頼らない新たな社会の創設を目指している怪しい新興宗教の事は、暫く前にイリゼから聞いていた。イリゼが耳にしたのは監査の旅の最中で、その時点から勧誘担当の一般信者を用意出来る位には広まり始めてたみたいだけど……報告を聞く限り、犯罪組織は私の想像以上の速度で広まっている。まだ一般的には風の噂で聞くかどうか程度で、勢力も私のシェア率の足元にも及ばないレベルだけど、どうもこの宗教はキナ臭い。

 

「災いの芽は早めに積んでおくに限るけど…怪しいってだけで強制捜査なんてしたら、それはただの暴君だものね…」

 

どんなに危険な思想を持っていたとしても、悪事を働く未来が確定していたとしても、今現在で法を犯してないのなら、その証明が出来ないのなら、私や司法は手出しが出来ない。…更に言えば私の場合、つい最近疑惑があっても信じるって選択をしたばっかりだし、ね。

 

「うーん…幾ら考えたって、動向を監視する以外に取れる選択肢なんてない──」

「……お姉ちゃん、何してるの?」

「のわぁっ!?」

「えぇぇっ!?」

 

突如聞こえたユニの声に度肝を抜かれる私。ちょっ、え、ユニいつの間に!?

 

「お、驚かさないでよユニ……」

「そ、それはアタシの台詞だよ…心臓に悪いよ……」

「心臓に悪いも何も、いきなり声をかけられたら驚くわよ…」

「そんな事言われたって……廊下で立ってるお姉ちゃんに、いきなり以外でどう話しかければいいの…?」

「廊下?……あ…」

 

姉妹揃って心拍数が上がり、内心何するのよユニ…と思っていた私だったけど、言われて気付いた。自分が執務室で考え事をしていたんじゃなく、辿り着く前に足を止めてしまっていたんだと。

 

…………。

 

「…ごめんなさいユニ、勘違いで何するのよとか思っちゃって」

「え?……う、うん…」

 

勘違いだけならまだしも、心の中とはいえそれで実の妹を悪く言うなんて……これは重々反省しなきゃいえないわね…。

 

「…で、どうかしたの?」

「どう、っていうか…お姉ちゃんが廊下でぼーっとしてたから、どうしたんだろうと思って…」

「あぁ…考え事をしていただけよ、気にしないで」

 

額を軽く叩き、意識を切り替える私。犯罪組織の事は気掛かりだけど、それに振り回されるんじゃしょうがない。内政、外交、経済、環境…数ある務めの中の一つに、犯罪組織への対処が加わった…ただそれだけの事なんだから。……そう、いっぱいある仕事の内に…。

 

「…そうだった…今日は特に忙しいんだった……」

「ルウィーに行かなきゃいけないんだっけ?」

「えぇ。その前に企業の視察もあるし、帰ってからも書類仕事がどっさりよ。…我ながらちょっと仕事配分を間違えたかもしれないわ…」

「た、大変だね……えっと、もし差し支えなかったらだけど…少し仕事、手伝おうか…?」

「え?」

 

おずおずと、私の気持ちを伺うようにユニは言った。私と同じ色の瞳に、私とよく似た顔立ちを持つユニにそう言われるのは、まるで少し小さな自分自身と会話しているよう。それは凄く不思議な感覚で……同時に、少し前ケーシャにも似たような訊かれ方をしたなと思い出した。…ユニとケーシャ、かぁ……。

 

「…………」

「……や、やっぱり駄目かな?…うん、駄目だよね…」

「…いや、仕事ではないけど…ユニ、頼み事をしたらやってくれる?」

「あ…う、うん勿論!お姉ちゃんの負担を減らせるなら、アタシやるわ!」

「ふふっ、助かるわユニ。それじゃ、今日の雑務が終わってからでいいからケーシャの様子を見に行ってくれる?」

「それ位お安い御よ……え、ケーシャさんの…?」

 

頼み事に対して嫌がるどころかやる気を見せてくれたユニだったけど…頼み事の内容を聞いた途端、表情からそのやる気が消え去ってしまった。……あぁ…やっぱりまだケーシャの事を、あんまり友好的には思ってないのね…。

 

「ケーシャのよ。様子をって言ったって、単に困ってたりちゃんと生活出来てなかったりしないか確認するだけだから、苦労する事はないと思うわ」

「い、いやでも…アタシ、ケーシャさんが教会出てから殆ど顔合わせてないよ…?教会にいた時だってよく話した訳じゃないし…」

「だからちょっと様子を見てくるだけでいいのよ。流石に某太子みたいな一言言って即終了、は困るけど…」

「だとしても、相手は…その……」

 

私が難しい事ではないと言っても尚乗り気になってくれないユニ。…でも、それ位は私も予想の範囲内。ユニはスタートの時点で私よりずっとケーシャに懐疑的だったんだから、碌に関わりもしないでその印象が好転する訳がない。

だからこそ、私は機会を作ろうと思った。私の信頼するユニと、私が悪人なんかじゃないと信じてるケーシャが、友好的な関係になれる機会を、きっかけを。

 

「…大丈夫よ、ユニ。ケーシャは貴女が思っているような人間じゃないから。それに言ったでしょ?ユニは私が守ってあげるって」

「…それは…そりゃ、お姉ちゃんの事は信じてるけど…」

「……ユニ、ケーシャは人間で、銃器使いよ」

「へ……?」

「もしケーシャが悪人だったとして、戦いになったとしても…相手は人間の銃器使い。……ユニは女神の自分が、同じ銃器使いに負けると思っているの?」

 

ユニの両肩に手を置き、ユニの目を見て私は言う。喝を入れるだとか、発破をかけるだとかのつもりは毛頭ない。私はただ問いただけ。ユニの心に。ユニ自身が、自分はどう思っているかに気付けるように。…まだ幼くたって、ユニはこの私の今。ならきっと……

 

「……お姉ちゃん…」

「ユニ…」

「……銃はお姉ちゃんの使う剣と同じで色々種類があるんだから、安易に銃器使いって括られても困る…」

「え?……あ、そ、それはそうね…ごめん、ちょっと浅はかだった……」

「…けど、手伝うって言ったのはアタシだもんね…ごめんなさい、歯切れの悪いこと言っちゃって。…アタシ、ケーシャさんの所に行ってくるわ」

「…えぇ、頼むわね」

 

くるりと踵を返し、小走りで去っていくユニ。推測通りの……いや、期待通りの反応を見せてくれたユニに対して私は安堵の表情を浮かべつつ、私もまた執務室へ向かう。仕事が多い中でこれ以上ぼーっとしている訳にはいかないし、頼み事をしておいて自分は手を抜くなんて家族が相手でも失礼極まりないのだから。……私の都合で行ってもらうんだから、ルウィーから帰る時には何かお土産を買ってきてあげようかしらね。

 

 

 

 

「……え、まだ帰ってないの?」

 

企業の視察を終え、ルウィーでブランと友達ではなく『国の首脳』としての話し合いを経て、ラステイションの教会に帰ってきた私。今日ユニは私と違ってそんなに仕事がある訳じゃないから、私が帰ってくるより先にケーシャの所へ行ってる事は予想していたけど…行ったまま帰ってきていないのは驚きだった。

 

「…数十分前に教会出たばかり、とかじゃないのよね?」

「それなら帰ってきていなくても当然じゃないか」

「私が訊く前にちゃんとそこまで言ってくれていれば、確認するまでもなかったんだけどね…」

 

ケイが言うには、ユニが出たのは数時間前との事。目的地であるケーシャのマンションは徒歩でも数十分の距離なんだから、普通に考えれば1〜2時間で帰ってくる筈よね。

 

(…寄り道、してるとか?)

 

平常業務を片付ける為執務室へ入った私は、書類に目を通しながら考える。案外会話が弾んでいるのかもしれないし、ユニは真面目だから掃除なり何なりの手伝いをしてあげてるのかもしれないし、もしかしたら一緒にクエストをしてるのかもしれない。…まぁ、何れにせよ……

 

(仕事が終わる頃までには帰ってくるわよね)

 

そう思って私は仕事に集中。素早く、効率良く、でもしっかりミスがないか確認も入れて、書類の束を片付けていく。急を要するものはないから、明日に回しても問題はないけど…今日の分は今日終わらせないと気持ち悪いもの。明日に回すにしても、やれるだけはやらなくちゃ。

そうして取り掛かる事数時間。

 

「んっ…終わったぁ……」

 

最後の書類をファイルにしまい、指を絡めてぐぐっと身体を伸ばす。毎日経験していてもやっぱり仕事が終わった瞬間というのは気分が良いもので、今日みたいに忙しい日は解放感も一入というもの。あー、今日もよく仕事したわ…。

 

「……そういえば、ユニは…」

 

私が仕事をしている間、ユニが執務室に来る事はなかった。けれど帰ったら報告しろとは言ってないし、ユニの事だから私の邪魔をしないようにと気を使ってくれた可能性も十分にある。そう考えて私はまずユニの部屋に、続いて執務室に行ってみたけど…そのどちらにもユニはいなかった。

 

「…おかしいわね……」

 

教会は大きく、私やユニが『家』として使うエリアだけでも結構な広さがあるから、中々会えない事も普段から偶にあるけど……一通り探しても見つからない、なんて事はそうそうない。…じゃあ、もしかしてユニは……まだ、帰ってきてない…?

 

「…………」

 

携帯でユニに電話をかける私。…でも、ユニは出ない。自室や執務室に携帯を置き忘れていった…なんて事もなく、一向にユニは出てくれない。当たり前だけど、携帯越しじゃ出ない理由も分からなくて……私の心に、考え得る限りで最悪のパターンが浮かんでくる。

 

(……まさか…ケーシャが、ユニを…?)

 

考えたくない。ケーシャがそんな人物だったなんて。ユニを失ってしまったなんて。でも、思い浮かんでしまうものは止められない。考えないようにしたって、頭の中から消えてくれる訳じゃない。

 

「……っ…そんな訳ない…そんな事、ある訳ない…!」

 

嫌な考えを追い出そうと頭を振り、私は通話を切って走り出す。途中で会った夜間警備員に出かける事を伝え、勢いを落とさずそのまま外へ。

 

「きっと何かトラブルがあって、その対処で手が離せないだけよ。そうに決まってるわ…!」

 

自分へ言い聞かせるように別の可能性を呟く私は教会の側面に回り、人目がない事を確認して女神化。すぐに飛び上がり、凝視しなければ私だと分からない高度まで上昇してからケーシャのマンションへと猛進する。なんて事ないと口では言いながらも全力で飛ぶ姿は、端から見れば滑稽なのかもしれないけど…そんな事、どうだっていい。

徒歩数十分の距離なんて、女神が全力で飛べば十分もかからない。でもその数分が、今の私には何倍にも感じられた。

 

「着いた……っ!」

 

旋回しながら下降し着地。女神の姿のまま人とすれ違うのは不味い、けどゆっくり歩く程の余裕はない私は、妥協として人間状態でマンションの階段を駆け上がる。一歩目で階段の中程まで、二歩目で踊り場までという殆ど跳躍の登り方で一気にケーシャの部屋がある階まで登り切り、その勢いのまま部屋前へ。

 

「…お、落ち着きなさい私…まだ何が起きてるか決まってる訳じゃないわ…シュレディンガーの猫ってやつよ、シュレディンガーの…」

 

またも自分に言い聞かせる為の言葉を一つ。…誤用してる気がしないでもないけどいいのよ別に!この状況で茶々入れられたって困るっての!……こほん。

扉へ手を伸ばす私。ここを開け、中に入ればはっきりする。一体何故ユニが帰ってこないのかも、私の信じたい気持ちとまさかと思う気持ちのどっちが正しかったのかも。そう、ここを開けば、それで……

 

「…………え…?」

 

……その瞬間、微かな異臭が漂ってくる。日常的に嗅ぐ事はない、けれど戦闘を生業とする者にとっては嗅ぐ経験もあるそれは──火薬の臭い。

 

「……ッ!ユニッ!ケーシャッ!」

 

頭が真っ白になった。信じるだとか、疑うだとか、そういうものが全部吹っ飛んで、私は扉を力任せに開け放っていた。

私は叫ぶ。大切な人の名前を。信じていた人の名前を。嘘、嘘よ…そんなの嘘に決まってる!絶対そんなのあり得ない、おかしいわよ!私は信じない、そんな事信じられる訳ないじゃない!絶対絶対嘘よ!そんなの、そんなのって…私は、私は……ッ!そんなの、絶対に、嘘────

 

「…じゃあ、ボルトリリースレバーをこのメーカーに変えてみるのはどうです?」

「んー…今の銃の構成なら、LA社の方が良いかもしれません」

「成る程。なら、フラッシュサプレッサーはどれが良いと思います?」

「それならマズルブレーキに評判のあるPP社のが相性良いと思います」

「PP社ですか…あ、でもマズルブレーキならクロノメーカーって所もいいんですよ?中小企業である事を逆手に取った独自の路線が売りで……ってあれ?お姉ちゃん?」

「そうなんですか?私、中小の事はあんまり知らないので勉強になりま……え、ノワールさん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…えぇぇぇぇぇぇぇーー…………」

 

 

 

 

「ほ、ほんとにごめんなさい、お姉ちゃん……」

「いいわよ、無事だったんだから…はぁ……」

 

ユニとケーシャがトラブルに遭遇していた訳でもなく、ケーシャの本性が露わになった訳でもなく、ただ二人でガンオタトークに時間を忘れる程花を咲かせていただけだと分かってから十数分。とっくに夜になっていたのだと私が来る事でようやく知ったユニと共に、私は帰路についていた。

 

「……女の子二人がバラした銃に囲まれながら銃のマジトークって何なのよ…しかも社名をPPSE社とかDEM社とかってふざける訳でもなく、ほんとにうちにある社名出すなんて…」

「い、いやそれはその…ごめんなさい、女の子らしくない趣味で…後社名に関してはゲイムギョウ界に実在しないもの出しても会話にならないからです……」

「……あ、ごめん…今のは忘れて頂戴。別に貴女の趣味を否定したかった訳じゃないの」

「そ、そうなの…」

「えぇ…流石にちょっと懲らしめたくなって…」

「えぇ!?だ、だとしたら普通に怒ってよ!?なまじ声のトーンが低かったから本気で言ってると思っちゃったよ!?」

「……今日は、疲れてるのよ…」

「あ、それは…うん、ほんとに今後は気を付けます…」

 

夜道を歩く私とユニ。普段なら人の姿であろうと夜であろうと女神として不恰好な姿は見せたくないと考える私だけど……今日ばっかりは肩を落として歩いていた。

 

「…ねぇユニ、門限を指定するつもりはないわ。でも、遅くなるなら連絡する位はしてくれないかしら…」

「さ、最初はちょっと話してすぐ帰るつもりだったの。でもケーシャさんが思った以上に銃への造詣が深くて、アタシは周りに同じ趣味の人なんていなかったから、つい……」

「つい連絡するのも忘れちゃった、と?」

「……うん…」

「全くもう…」

 

自分達が随分と話し込んでしまっていた事、それによって私に不安感を抱かせてしまった事を知った二人は、それはもう平謝りしてきた。その時点で二人が反省しているのはよく分かったし、今もユニは申し訳なさそうな顔をしている。でも私としてはこの件でかなり心を乱された訳で…大人気ないとは分かっていても、ついネチネチと言いたくなってしまう。……けど、まぁ…

 

「…ケーシャと、仲良くなれたの?」

「え?……うん。多分まだお姉ちゃん程じゃないと思うし、知らない事はいっぱいあると思うけど…ケーシャさんが悪い人じゃないって事は、分かったかな」

「…なら、良かったわ」

 

……二人の仲が前進した事は、素直に喜ばないと、ね。

そうして私達は真っ直ぐ教会へ。数十分後、教会の屋根が見えてきて、あぁやっと忙しい日が終わる…と思った時、私の携帯が着信音を鳴らした。

 

「あら?…シアンじゃない、何かあったのかしら…」

 

着信画面でシアンの名前を確認し、電話に出る。パッセに対する依頼は…特にしてないわよね。

 

「よ、夜分に電話して悪いな」

「大丈夫よ。夜分って言ったってまだ夜遅くじゃないし」

「それもそうか。…ノワール、もし知ってるなら完全に無駄な話なんだが…ラステイションの黄金の第三勢力(ゴールドサァド)が次の支部長探しに困ってるって知ってるか?」

「あ、そうなの?」

 

時間帯を気にしてか、すぐに本題へ入るシアン。しかもその話題は意外なもの。

黄金の第三勢力(ゴールドサァド)。それは四ヶ国に存在するギルドをそれぞれ統括する支部長の別名で、当然一国につき一人の計四人が存在している。かつてはギルドそのものの別名だったそれは、時の流れと社会情勢の変化で今では支部長四人の単なる二つ名に過ぎないのだけど……って、これは今関係のない話ね。

 

「あぁ、わたしも偶々耳にしただけだがそうらしいんだ。支部長は出来るだけ国家間で代が同じになるようにする慣習があるから、現支部長も代替わりを考えているんだが……」

「職員もギルドの常連も支部長職を真面目に捉え過ぎていて、中々受け入れてくれる人がいない…って事でしょ?」

「あ、なんだ知ってたのか…」

「いや、初耳よ?…けど国民性なんて簡単には変わらないものなんだから、これ位の予想は出来るわ」

 

ラステイションの支部長が代替わりの際困る、というのは過去にもあった話。逆にプラネテューヌは勢いでやりたがる人がいるから、うちとは逆のパターンで困るというのもよく聞く話。…と言ってもこれは過去の歴史から得た情報だけどね。…シアンの言いたい事が見えてきたわ。

 

「流石女神様。…で、わたしが言いたいのは誰かいい人はいないか…って事なんだ。中小企業にとってはギルドを介した取り引きも重要だからな。代替わりで混乱されるのは困るし、出来れば信用のおける人物になってほしいんだよ」

「やっぱりそういう事なのね。…じゃ、シアンを推薦してあげようか?貴女ならしっかりやってくれるって、私は信じてるわ」

「ちょ、の、ノワール!?わたしを推薦って…む、無茶言わないでくれよ!…そりゃ、自分は何もやらないくせに他人の推薦ばっかりするのはよくないと思うが…わたしはパッセの運営と自分の仕事、それに軍部への協力だけで手一杯なんだよ…」

「冗談よ、安心しなさい。シアンが暇じゃないのは知ってるし、多忙で貴女のパフォーマンスが落ちるのは私だって避けたいわ」

「な、ならいいんだが…」

 

反応を見たくて(聞きたくて)仕掛けた冗談はさておき、どうしたものかと考える。まず大前提として、日々極力しているとはいえ政府の長である私が、民間組織であるギルドの運営にあれこれ言うのはあんまり宜しくないんだけど……提案程度なら問題ない筈。で、それなら誰を推薦するかって話だけど……

 

(ギルドのリーダーとなれば、戦闘能力は欠かせないわよね。で、私としても信用がおける人物がいいし、逆に私やユニへの信用をしてくれる人なら今の関係も続けられる。事務関連は…まぁ現支部長や周りが支えてあげれば何とかなるわよね。…後条件を上げるとすれば、日常的にラステイションにいる人物……)

 

……と、そこまで考えたところで、私はある人物が思い当たった。うちのパーティーにいても戦力となれるレベルの力があって、信用が出来て、新参者だけどその実力からギルドでも信頼を獲得しつつある、その人の事が。

 

「……その、誰かいるか?いきなりだから思い付かなくても仕方はないと思うが…」

「…そうね。一応思い付く人物はいたから、その人に聞いてみるわ。でもその人も真面目で目立ちたがりではないと思うから、あんまり期待はしないでよ?」

「勿論だ。急に頼んじゃって悪いな。…それじゃ、頼むよノワール」

 

それで会話は終了し、お互い挨拶をして通話を切る。その頃にはもう教会前に着いていて、私はなんの話だろうと興味深げにしているユニへ内容を伝えつつ教会の中へ。そして私が話をしにいこうと思っている人の名前を挙げると……ユニも賛成のようだった。

まだ他国の支部長が交代したという話は聞いていないし、シアンも小耳に挟んだだけみたいだから実際の代替わりはもう少し先の筈。でも早めに話を進めるに越した事はないし、支部長になるのを嫌がる可能性だってあるんだから……早速明日か明後日には話をしてみようかしらね。




今回のパロディ解説

・何度吹き飛ばされようと平和の花を植え続ける
機動戦士ガンダムSEED destinyの主人公の一人、キラ・ヤマトの名台詞の一つのパロディ。平和という花を植え、守り続けるのは女神全員の覚悟であり目指すものでしょう。

・PPSE社
ガンダムビルドファイターズシリーズに登場する企業の事。PPSE社の銃となると、ほぼ確実にガンプラのパーツでしょうね。何せそういう企業ですし。

・DEM社
デート・ア・ライブに登場する企業の事。DEM社はアヴニール並みに様々な開発を行ってる企業ですが、場合によっては魔力砲のパーツとかになってしまいそうですね。


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第三十二話 少女の未来

私は自分を不幸な人間だとか、悲劇的な日々を過ごしてきただとかは思っていない。でも、人生なんてこんなものだ…と、自分の事なのに冷めた目で見ていた。だって、前の私は暗殺者として育てられる世界しか知らなかったから。

そんな私が今は、多くの人の優しさを知った。ギルドの人は職員さんも同じようにクエストを受ける人も私に親切にしてくれて、ご近所さんも無知な私を対等な相手として接してくれている。ユニ様は殆ど話した事もない私の事を見にきてくれて、語り合いの楽しさを教えてくれた。そして何より……ノワール様が、私をこの優しい世界へ導いてくれた。ノワール様が私を救ってくれたおかげで、今の私がある。ノワール様が私を見つけてくれたおかげで、私は優しい世界を知った。ノワール様が私を信用してくれたおかげで、居場所を得る事が出来た。全部、全部、全部…ノワール様がいたから。

だから私は、ノワール様に尽くしてあげたい。ノワール様に恩返しをしたい。私なんかが出来る事なんて高が知れているけど、それでもノワール様の為になりたい。…だけど、私は……。

 

 

 

 

現状を知らずして、適切な対応など出来よう筈がない。黄金の第三勢力(ゴールドサァド)の件を話してみようと考えた私は、まず目的を伏せて現支部長に会いにいき、それとなく現状と支部長本人の希望を聞きだした。ギルドという国際的な大組織の一角を纏める支部長だから、もしかしたら私の意図に気付いていたかもしれないけど…まぁ、別に詐欺にかけようってんじゃないんだからいいわよね。

 

「資料は…うん、全部ある」

 

支部長の仕事や私の思う『黄金の第三勢力(ゴールドサァド)とはなんたるか』を纏めた書類を持って自室を出る私。今日は仕事をお休みにしてるから、これを使ってじっくりと話が出来る。

 

「性格からして最初から乗り気になってくれる…って事はないだろうし、私の話術の見せどころよね」

 

教会を出て、街中を歩きながらシュミレーション。…話術と言っても支部長の事を余すところなくきちんと伝えようって意味であって、詐欺にかけようってんじゃないわよ?(パート2)

 

「…にしても、これでほんとに黄金の第三勢力(ゴールドサァド)になってくれたとしたら、歴史に残りそうなレベルでのハイスピード出世になるわね…」

 

少し前まで自分自身の社会的証明すら出来なかった人間が、あれよあれよという間に絶大な地位の有力者になるなんて、普通はあり得ない事。…それを可能にしてしまう(勿論本人の人間性や運なんかも関係してるけど)女神の権威って、やっぱり恐ろしいレベルよね…これが国民を苦しめる圧力にならないよう、これからも自分を律していかないと。

…と、少し思考が脱線を始めた頃、私は目的地前に到着。まさかこんな短いスパンでまた来る事になるとはね…と思いつつ、私は話をしようと思っている相手……ケーシャの部屋へと向かった。

 

 

 

 

「む、むむ無理ですよ!私には無理ですって!」

 

マンションの部屋に入ってから十数分。ケーシャが淹れてくれたお茶を飲みつつ軽く雑談をし、機を見て私は支部長の件を切り出した。で、ケーシャの反応は……ご覧の通り。

 

「大丈夫よ、ケーシャ。やれそうな気がする時は、やれるんだから」

「そ、そうなんですか?…って、私そもそもやれそうな気していないんです!私はそういう柄じゃありませんから!」

「柄、ねぇ…ネプテューヌって知ってるでしょ?ネプテューヌはちゃらんぽらんでとても人の上に立つような感じじゃないけど、そんなネプテューヌも女神をやってるのよ?」

「それはネプテューヌ様がちゃらんぽらんなだけの性格をしてる訳ではないからでは…?…ちゃらんぽらんなだけなんですか?」

「いや、それは…うんまぁ、ネプテューヌにある種のカリスマ性があるのは否定しないわ…」

 

(ネプテューヌには失礼かもだけど)女神らしくないネプテューヌは、柄とかキャラとかで自分に向いてないと言われた際に良い例になると思ったけど…割と簡単に覆されてしまった。…ま、そもそも誰々だって出来るんだから、って言葉は自分に言い聞かせる場合や何か別の説得の補助としての効果はあっても、それ単体で納得させられるだけの力はあまりない物言いなんだけどね。

 

「私はカリスマのカの字もない人間なんです、あったとしてもそれはカルシウムとかカドミウムのカですよ…」

「なんで金属元素なのよ…っていうかカルシウムは栄養素だからあるとしても、ケーシャの身体からカドミウムが検出されたら大問題だから…」

「とにかく無理ですよ…というか、どうして私なんです…?」

「ふっ、よく訊いてくれたわねケーシャ」

「え?……あ…」

 

そう言ってくれるのを待っていた、とばかりに笑みを浮かべて書類を見せる私。ケーシャもそれで自分が話を入り口部分から内容部分に移動させてしまったと気付いたみたいだけど…もう遅い。

 

「見て。これは私の考える必要な技能と、ケーシャが如何にその力を持ってるかを纏めたものよ」

「わ、わざわざ作ってきたんですか…?」

「えぇ、口頭だけより分かり易いでしょ?…じゃ、順を追って言っていくけど…まず戦闘能力に関しては説明不要よね」

「そんな、私に戦闘能力なんて…」

「…………」

「……ごめんなさい。戦闘能力はあります、はい」

 

ケーシャはまさかの戦闘能力否定をしかけたけど…私が半眼で見ていたら、自分でそれを撤回した。流石に今のは無理があると思ったらしい。

 

「なら次、組織の長として重要な信用だけど…私が信用してるんだもの。問題はないわ」

「の、ノワール様…そう言って頂けるのは本当に嬉しいんですけど、幾ら何でもノワール様の信用だけでは…」

「私しか信用してない、なんて言ってないわよ?…勿論万人に信用されてるとまでは言わないけど、ラステイションのトップである私とユニが信用してるんだから大丈夫よ。それに、信用っていうのはその立場になってから作り上げていくものでもあるわ」

「……ズルいです、そういう否定出来ない事言うのは…」

「私は私の思っている事を言ってるだけ。どんどん説明していくわよ」

 

それから暫く私は説明を続行。乗り気じゃないケーシャも取り敢えずはちゃんと聞いてくれているから、少しでもケーシャの「自分には無理だ」って思いを変えられるよう言葉を紡ぐ。

私が書類に乗せた要件は、あくまで私個人が纏めたもの。だから必要な技能全てを乗せてるとは言い難いし、ケーシャが適任だって結論に持っていく為の作りにした面も、多少ながらある。でも、嘘は書いてない。乗せた要件も、私がケーシャなら良い支部長になれるって思っているのも、嘘偽りは一切ない。

 

「…最後に事務的な仕事をこなす能力も書いておいたけど…事務仕事は努力すれば誰だって一定のラインに届くし、事務ってのは能力の有無より真面目にやれるかどうかが重要なの。現支部長も性格からしてサポートはしてくれるだろうし、真面目なケーシャなら十分やれるはずよ」

「…真面目、ですか…ノワール様には、私が真面目に見えますか?」

「見えるわ。見えているし、これまでケーシャがしてきた選択は不真面目な人間、怠惰な人間には出来ないものよ」

「……ノワール様がそう言うなら、そうかもしれません…私がどうして向いているのかは、よく分かりました」

 

数秒考えるような素振りを見せて、その後軽く頷いたケーシャ。気の早い人なら今の言葉で、「じゃあ、やってくれる?」…と返してしまうところだけど、私はそんな短絡的じゃない。今のケーシャの言葉は、あくまで私の説明に対する『理解』を示したに過ぎないんだって分かっている。

そして予想通り、ケーシャの答えはYESじゃなかった。

 

「…でも、それなら私ではなくてもいいんじゃないんですか?」

「…そうね、該当するのは貴女一人って事はないわ」

 

そう、これまで私が話したのは、『ケーシャが支部長になれそうな理由』であって、『ケーシャじゃなければ駄目な説明』は行っていない。ケーシャじゃなくてもいいけど、ケーシャであってもいいのよ?…なんて返したっていいけど、これもさっきの誰々だって出来るんだから同様、説得力に欠けてるから言うのは無し。というかそんな返しで分かってもらおうなんて考えは毛頭無い。

 

「…でも、今上げた要件に叶う知り合いの中で一番適任だと思えるのは…ケーシャ、貴女なのよ」

「私が、一番適任…?」

「立場柄既に他の重役に就いてるとか、旅をしてるとかで支部長になれない知り合いが多いのよ、私って。…あ、べ、別に交友関係が狭いとかじゃないわよ!?違うからね!?」

「え、あ…はい……」

「……こほん。…ねぇケーシャ、貴女は支部長になるのが嫌?」

「…それは……」

 

一瞬話が変な方向に行きそうになったから(え?そんな雰囲気はなかったし、今のは私の自意識過剰?…うっさいわね、先手を打っておいたって言うのよこれは)すぐに修正をかけ、私はケーシャの思いの部分へ一歩踏み込む。どうしても嫌と言うなら強要はしないけど…嫌なら嫌で、その理由位は聞いておきたいもの。

 

「高い立場ってのは義務や責任も大きくなるし、良くも悪くも目立ってしまうものだから、そういう観点から敬遠されがちなのは分かるわ。…ケーシャが嫌なのは、そういう理由からなの?」

「…それも、あります」

「それも…って事は、他にもあるのね?」

「…………」

「……話したく、ない?」

 

ケーシャが質問を受け、ほんの少し伏し目がちになったのを私は見逃さない。嫌な理由は聞いておきたいけど…それはケーシャの気持ちを害してまでしたい事じゃないもの。…折角仲良くなれたんだから、こんな事で気不味くなったりしたくない。

数秒間の静かな時間。その間の沈黙を肯定と捉え、私はこれ以上訊くのは止めようと口を開きかけた瞬間…ぽつり、とケーシャは言葉を溢す。

 

「……きっと私じゃ、ノワール様に迷惑をかけてしまいます」

「…迷惑?」

「私は今の支部長さんと会った事はありませんし、支部長職の知識も殆どないですけど…ギルドの動向が、ラステイションの社会に少なからず影響を与える事位は分かります。だから…」

「だから自分はやるべきじゃない…って事?」

「…ごめんなさい、ノワール様…」

 

言葉通り、申し訳なさそうな声音でそう謝るケーシャ。自分にかかる負担ではなく周りの人の負担を気にし、何も悪くないのにすまなそうにするその様子は、どこかユニにも似ていて……

 

「…ケーシャ、さっきの私の言葉を聞いてなかったの?」

「言葉、ですか…?」

「えぇ。一番適任だと思えるのはケーシャだ、って言ったでしょ?」

「それは…条件に合う人の中ではだって…」

「だとしても一番である事に変わりはないわ。…ギルドは国において無くてはならない組織の一つよ。そのトップに対して、私が安易な考えで人選をすると思う?…いや人選って言っても私に決定権はないけど…」

 

……私の中の、止めようという気持ちが引っ込んでいった。でもそれは、意地でもケーシャをその気にしてやろうなんて事じゃない。

ケーシャにしてもユニにしても、自己評価が低めで周りに遠慮し過ぎるきらいがあると思う。それは謙虚且つ気配りが出来るとも言い換えられて、そのどちらも美徳と言えるけど……過ぎたるは猶及ばざるが如しという言葉もあるように、過剰であれば問題となるし、私はケーシャにそんな窮屈な考え方はしてほしくない。だって、それは自分の意思を縛ってるようなものだから。

 

「…ケーシャ、私は貴女を公園で見つけてから、ずっと見てきたわ。自分の境遇を悲観せず、楽な道に走ろうともせず、しっかりと自分の足で進んでいこうとする貴女の姿を。その動機が何なのかは分からないけど、貴女が見せてきた行動は私の目にそう映ったわ」

「…贔屓目です、それかノワール様のお優しい心がそう見せたんです…きっと」

「なら、ケーシャは境遇から自暴自棄になろうとしてたの?自分は可哀想なんだからと周りに甘える事を是としたの?教会を出てからの貴女は、誰かにお金を貢いでもらっていたの?」

「…そ、れは……」

「…貴女の行動が何よりの証拠なのよ、ケーシャ。どうしても嫌なら、支部長の事はもう言わないわ。…でも、覚えておいて。私はケーシャの事を、支部長としてもやっていける人物だと信じてるって」

 

彼女の肩に手を置いて、私は一番言いたかった事を伝える。ケーシャに勧めようとしたのは、シアンに支部長の話をされたからで、ケーシャになってほしいって気持ちも勿論あるけど…それよりも今は、ケーシャに自信を持ってほしかった。貴女は自分が思っているより立派な人間なんだって、伝えたかった。そしてそれは、伝わったと思う。ケーシャは自分に自信がない面はあっても、卑屈だったり捻くれてたりする人間じゃないから。

 

「…………」

「一応、持ってきた書類は置いていくわ。不要だと思ったら捨ててくれていいからね?」

「……ノワール様は、そこまで私を評価していてくれたんですね…嬉しいです、凄く嬉しいです…」

「実力のある人間も、何かを成そうとしている人間も、光る部分があるなら評価するのは当然の事。私は公平に見ているだけよ」

「…そういうところ含めて、やっぱりノワール様は凄いです…だから私、力になりたいんです…でも、でも……っ…」

 

俯いていた顔を上げるケーシャ。その瞬間に、ぽたりと水滴がカーペットへと落ちる。──それは、ケーシャの瞳から零れた涙だった。

 

「…え……ケーシャ…?」

「……へ…?…あ、あれ…おかしいな…き、気にしなくて下さいねノワール様。こんなの目にゴミが入っただけ…」

「……本当に?」

「……っ…」

 

動揺した様子でケーシャは涙を拭う。手で涙を拭きながらそう言うケーシャの顔には笑みが表れていたけど……その笑顔は、ぎこちない。そんなぎこちない笑顔が、本心からのものじゃないって事は私には…ううん、誰から見たって明らかだった。

 

「…無理に話せとは言わないわ。話したくないなら聞き出したりはしない。でも…もしも、ケーシャの中に秘めているものがあって、それを抱えたままでいる事が辛いなら…私は聞くわ。最後まで、ちゃんとね」

「…ノワール、様……」

「私は貴女の味方よ。今も、これからも」

「……ごめん、なさい…ごめんなさい、ノワール様…」

 

一度離していた手を再び肩において、語りかける。それがケーシャの中で何かを動かしたのか、ケーシャは肩を震わせ……またその瞳から、涙が零れ出した。

ぽろぽろと涙を落としながら、私へ向けた謝罪の言葉を口にするケーシャ。今度はその涙を、隠そうとはしない。

 

「私、私…ずっと、嘘を吐いていました…ノワール様の優しさに甘えて、黙っていました…」

「嘘?黙ってた?」

「はい…私、本当は……私の正体は……っ」

 

 

 

 

「──アヴニールの傭兵、又は暗殺者…かしら?」

「……っ!?…どうして…それを……?」

 

本人に先んじて言った私に対し、ケーシャは目を見開き驚きを露わにする。…って事は、やっぱり私の予想通りだった訳ね…。

 

「理由は二つよ。一つは貴女の持っている銃。…ごめんなさいね、ケーシャ。最初の日に貴女の荷物を確認した時、銃を見つけたの」

「…私の銃がアヴニール社の物だって、分かったんですね…」

「ユニが教えてくれたのよ。で、二つ目は…貴女の戦い方よ。一緒にクエストをやった時、一目で分かったわ。貴女の動きは、対人…それも即死させる事を想定してのものだって。あんな動き、暗殺の訓練をしてなきゃ出来やしないわ」

「……全部、お見通しだったんですね…ならどうして、これまで一度をそれを指摘しなかったんですか…?」

「きっとケーシャはそれを知られたくないんだろうな、って思ったからよ。それに、推測の域を出ないもので人を問い詰めたくなんかないしね」

 

……なんて、ケーシャに言った私だけど…本当は、もう一つ言わなかった理由がある。ケーシャが、私と実質敵対していた企業の一員だなんて信じたくない気持ち。…それがあったから、私はそうかもしれないと思っても言わなかった。

先程のように、また数秒間の沈黙が訪れる。その間ケーシャは、私から目を逸らすように俯いていて…顔を上げた時、ケーシャはどこか観念したみたいな顔をしていた。

 

「…知られていたなら、もう逃げ場はありませんもんね。…全てお話します、ノワール様。私がどういう人間なのかを」

 

そうして、ケーシャは話した。自分がアヴニールで育てられた人間だと。暗殺者として養成され、アヴニールが国営化しなければ最後まで育てられていたであろうと。これまでずっと隠してきた『育ててくれた人達』とは、アヴニールの世話係の人達の事だと。全部、ケーシャは話してくれた。

 

「…アヴニールが国営化した事で、私は暗殺者の存在がバレる事のないよう切り捨てられました。初めに多少のお金はあったって言いましたよね?…あれ、私の世話をしてくれてた人達がくれたんです。これ位しか出来なくて申し訳ない、って言葉と一緒に」

「…………」

「……私はノワール様を恨んでなんかいませんよ。ノワール様の行為は正しいと思いますし、ノワール様のおかげで私は本物の暗殺者にならずに済んだんですから」

 

そこまで言ったところで、ケーシャは一度口を閉じた。言わなければならない事は、全部言い終えたと伝えるように。

そんなケーシャの説明を受けて、やっと私は分かった。ケーシャの自己評価の低さと周りへの配慮は、アヴニールの暗殺者としての負い目があったからなんだと。ケーシャの言う『迷惑』というのは、その経歴が多くの人に知られた場合、ケーシャへ支援を行った私も非難の対象になってしまう…という意味なんだと。

 

「…本当に申し訳ありませんでした。弁明の余地がない事は、分かっています」

「…その謝罪は、何に対するものなの?」

「全てにです。…ありがとうございました、ノワール様。私に幸せな時間をくれて。それだけで私はもう、満足です」

 

佇まいを正し、正座で目を閉じるケーシャ。その姿はまるで運命を受け入れた罪人のようで、観念の表情がこれまで含めたものだったんだと私は理解する。

 

「……分かったわ。なら…」

 

ケーシャの思いは分かった。ケーシャの隠してた事も、ケーシャが自分を『悪』だと思っている事も、全部分かった。だから私は右手を上げ、ケーシャの眼前へと持っていって…………思い切りのデコピンを、打ち込む。

 

「あうっ!?」

「…ったく…ケーシャ、貴女ってもしかして馬鹿なの?」

 

可愛らしい声を上げ、ケーシャは額を押さえてひっくり返る。今の私はケーシャに対して色々な感情が渦巻いていたけど…一番強いのは、呆れの感情だった。

 

「へ…?ば、馬鹿……?」

「馬鹿も馬鹿、大馬鹿よ。木星帰りの男に俗物筆頭と言われるレベルのお馬鹿さんよ、貴女は」

「う…そ、そこまで言わなくてもいいじゃないですか…」

「だったら訊くけど、どうして馬鹿って言われてるか分かる?」

「……それは、その…」

「はぁ……」

 

案の定、ケーシャは分かっていなかった。そんな様子に更に私は呆れつつ…でもそういうところもケーシャらしいなと思いつつ、手を差し出して転んだケーシャを起き上がらせる。

 

「あのねケーシャ、貴女は何も悪くないのよ。自ら望んで暗殺者になった訳でもなければ、罪のない人を殺した訳でも、私を暗殺しようとしていた訳でもない貴女は、何にも悪くない。罰されると思ってたみたいだけど、罪のない人間を罰する事なんて出来ないわ。それとも私に冤罪をかけさせるっての?」

「で、でも…私はアヴニールで……」

「だから、アヴニールで育てられただけでしょ?違う?」

「…違い、ません……」

「なら問題無しよ。経歴黙ってた事だって犯罪じゃないし、悪い事だったとしてもさっきのデコピンで裁きは終了。もうケーシャは自分を責める必要はないわ」

「…だけど…だとしても…私は、アヴニールで暗殺者として育てられた人間なんです…!それが現在進行形じゃなくたって、周りが優しくしてくれたって…私の経歴は、過去は…変わらないんです…っ!」

 

切なそうに、苦しそうに、ケーシャは気持ちを吐露する。その言葉から、ケーシャがどれだけ経歴を、『アヴニールで暗殺者として育てられた』という過去を重く受け止めているかが、よく伝わってくる。…もしかしたらそれは、私がケーシャに今の生活のきっかけをあげたから…私がそれまでの過去とは違う『今』を見せたから、負い目としてケーシャの心を苦しめているのかもしれない。……だから、私はケーシャを抱き締める。

 

「…そうね。経歴は変わらないし、過去はいつまでもついて回るもの。それは紛れも無い事実よ」

「…だから、だから私は……」

「けどねケーシャ。過去は過去で、それ以上でもそれ以下でもないわ」

「え……?」

「過去は今と未来に大きな影響を与えるものよ。でも、過去が未来を確定させる訳じゃないし、過去とは関係のない未来を歩む事だって出来るのよ。だって過去は、『それまで』の事なんだから」

 

涙を流すケーシャへ、言葉を紡ぐ。過去に囚われる必要はないって、思いを紡ぐ。

私は知っている。築き上げた絆の為に、友達との未来の為に、自分という存在を構成する上で大切な過去を手放す覚悟を決めた、友達の事を。

私は見てきた。存在しない過去に一度は囚われながらも、私達と共に作り上げた絆でその過去を埋めて、過去よりも友達と歩む今と未来を選んだ、友達の事を。

そんな二人の在り方が、何よりも過去が全てじゃないと示している。それに比べればちっぽけなものかもしれないけど、私自身だって過去が全てじゃないと思えたから、同じ守護女神の三人と今の関係を築く事が出来た。……過去と今と未来は繋がってるけど…一緒じゃない。

 

「こう言われただけじゃ、まだ納得は出来ないわよね。…だから、断言してあげるわ。しかと聞きなさい」

「…………」

「ケーシャ、貴女はもうアヴニールの人間なんかじゃない。──私が認めた、ラステイションの国民よ」

「……っ…ぁ…うぁ…ノワール様…ノワール様ぁ…!」

 

そうしてケーシャは、嗚咽を漏らして泣いた。私の服をきゅっと掴んで、溜まっていた苦しさを全て吐き出すように泣くケーシャを、私は優しく受け止め続ける。時には外見以上の落ち着きを見せたり、戦闘の時には冷たく淡々とした様子も見せたケーシャだけど、今は年相応の少女そのものだった。……私は、改めて思う。もう何度目か分からないけど、それでもまた思う。の時ケーシャを見つけられて、助ける事が出来て良かったって。

泣いて、嗚咽を漏らして、抱えていたものを吐き出して…涙も思いも全部枯れるまで零して、そしてケーシャは顔を上げた。その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、目元なんか真っ赤になっていて……でも、憑き物が落ちたような晴れやかさが浮かんでいた。

 

「…落ち着いた?」

「…はい。なんだか、心が軽くなったような気がします」

「それならよかったわ。ほら、これで顔拭きなさい」

 

ケーシャの背中から手を離し、ハンカチとティッシュを渡すとケーシャは素直に受け取って使う。普段なら遠慮しそうなものだけど…まぁ、今はそうよね。

 

「…ノワール様。私、ノワール様に拒絶されると思ってました。こんな奴助けるんじゃなかったって、言われるんじゃないかと不安でした。だから言えなかったんです」

「そうだったのね。でも、それが取り越し苦労だってもう分かったでしょ?」

「はい。ノワール様がそんな人なんかじゃないって、よく分かりました。…本当にありがとうございます、ノワール様」

 

そう言ってケーシャは、頭を下げる。丁寧なその態度は相変わらずで…でも顔を上げた時のケーシャは、見ているこっちも幸せになれそうな位の笑顔だった。

 

「……それじゃ、話は終わりよ。精神的に疲れちゃっただろうし、今日はゆっくり休むといいわ」

「あ、はい。……その、ノワール様…」

「何?」

「…支部長の件、前向きに考えみようと思います。私は…ノワール様が信じてくれた、ノワール様の国の国民ですから」

「ケーシャ…」

 

微笑むケーシャにつられて、私の表情もつい緩む。それが私へ気を使った言葉ではなく、ケーシャ自身の思いからきている言葉だって伝わってきた事が、本当に嬉しかった。……ノワール様、か…。

 

「…よし、ケーシャ。貴女に命令よ!」

「え、め、命令…?」

「これから私に対して様付けは禁止!付けてもいいのはさんまでよ!」

「えぇっ!?な、何故急にそんな事を…」

「急も何も、前から思ってたのよ。友達なんだから様付けしなくてもいいのに、って」

「……へ…わ、私と…ノワールさ…んが、友達…?」

「私はそう思ってたわ。ケーシャは違うの?…っていうか、友達は嫌?」

「あ、そ…そんな事ありません!嬉しいです!ノワールさ、んと友達になれるなんて光栄です!…え、えっと…これからも末永く、宜しくお願いします!」

「ふふっ、勿論。これからも宜しく頼むわね、ケーシャ」

 

それから少しして、ケーシャは支部長の一人に、新たな黄金の第三勢力(ゴールドサァド)の一人となった。慣れない仕事でおっかなびっくりの言動が目立つケーシャだったけど、やるべき事はしっかりと行い、仕事にも周りの人間にも真剣に向き合うケーシャの姿はギルドの、ラステイションの国民の目にもしっかりと映って、少しずつだけど新支部長として受け入れられていった。

支部長となって忙しくなったケーシャだけど、それでも暇を見つけては教会へと遊びに来てくれて、ケーシャと一緒にクエストを行う事も時々あった。…だから、何が言いたいかと言えば……け、ケーシャとは良い友達関係を続けられてる、って事よ、言わせないでよね!

 

 

 

 

 

 

 

 

──これが、私とケーシャの出会いから仲良くなるまでの話。そんな私とケーシャの仲が、犯罪組織の始動によって平和と共に、お互い望まない方向へと進んでいってしまうのは……もう少し、先の話。




今回のパロディ解説

・「〜〜やれそうな気がする時は、やれるんだから」
STAR DRIVER 輝きのタクトのヒロインの一人、アゲマキ・ワコの名台詞の一つのパロディ。これ確か、ゲームでは戦闘時の台詞としてタクトも言ってるんですよね。

・木星帰りの男
機動戦士Zガンダムの登場キャラの一人、パプテマス・シロッコの事。彼は女性に対して敬意を示す事も多いので、ケーシャが俗物筆頭と呼ばれるかどうかは微妙です。


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第三十三話 協力と要求

黄金の第三勢力(ゴールドサァド)の権威は、絶大である。四ヶ国の支部長でもある四名が率いるギルドは長い歴史を持ち、政府からも民間からも信頼を置かれ、依頼主と受注者の仲介というシンプルながらも時代の変化に対応し易い業態を備え……何より設立当初の目的である、『女神が民意に離れた暴政を行った際、反抗する為の第三勢力』としての名残を表すが如くの戦力を有する(現代においてはあくまで、クエストを介した招集となるが)という、一企業と呼ぶには過剰過ぎるその組織の長が黄金の第三勢力(ゴールドサァド)なのだから、むしろ軽んじられる訳がなく、女神や教祖に次ぐ国の顔と称される事もゼロではない。

しかし、強い権威を持つ組織の長は厳格なる人物であるかと言えば…そうではない。信次元自体がそのような性質を持つのか、人々が望む『リーダー像』とは即ちそういうものなのか、はてまた別の理由があるのか……ともかく黄金の第三勢力(ゴールドサァド)となる人間は往々にして、個性的な人物ばかりであった。

 

 

 

 

「……気が滅入りますわ」

 

客人が来る際のルーチンとして、いつものように紅茶と茶菓子の準備をしているわたくし。わたくしにとってこれは清涼剤のような効果もあって、普段ならしている内に

心が落ち着いてくるのですけど…どうも今日は上手くいきませんわね…。

 

「…まぁ、理由は分かっているのですけど」

 

普段なら落ち着ける行為をしても落ち着けないのなら、それは普段の行為では解消出来ない程に気が滅入っているという事。けれど、それが分かったところでどうしようもない。だって追い返す訳にはいかないのだから。

 

「…とはいえ、あまりローテンションになるのも迎える者としてよくありませんわね。ましてやわたくしは女神、穏やかに優雅に待たなくては」

 

軽く頭を振り、気持ちを切り替えてわたくしは用意した席へ。経緯はどうあれ面会に応じたのはわたくし自身で、にも関わらず不平不満を抱くのは大人気ないというもの。気が滅入るというのなら、今日の面会で交友を深めればいいだけの話ですわ。

そういう思いで待つ事十数分。予定していた時刻の丁度五分前に、職員の案内を受けて来客が…彼女がやってきた。

 

「やぁ、グリーンハート様。お招き頂き光栄だよ」

 

入ってきたのは、銀色のショートカットに赤い瞳を持つ女性……リーンボックスの新たな黄金の第三勢力(ゴールドサァド)、エスーシャその人。……なの、ですけど…

 

「…………」

「…どうかしたかい?」

「……そのキャラ、何ですの?」

 

……何故かエスーシャは、妙に爽やかだった。…って、あら?もしかしてエスーシャの本来の性格を知らない方がおりまして?…ふぅむ、ならば…もう少しお待ち下さいまし。どうせすぐこの妙な爽やかさが無くなる筈ですわ。

 

「そのキャラも何も、わたしは元からこうじゃないか」

「いや、貴女前に会った時はもっと仏頂面だったじゃありませんの…そんな清涼飲料水のCMに出てきそうな笑顔をするキャラでは断じてなかった筈ですわ」

「はは、何の事やら」

「……まぁ、そう言うならそれでいいですけど…そのキャラ、続けられるんですの?」

「…それは…えー……」

「中途半端にやる位なら、仏頂面のままの方がまだ印象的なにはいいですわよ?」

「……ふぅ…なら止めさせてもらうよ。全く、わざわざ取り繕った甲斐がないね」

「勝手に取り繕っておいて酷い言い草ですわね…」

 

先程までの爽やかさはどこへやら。エスーシャの顔から笑顔がふっと消え、代わりに表れたのは興味無さげな表情だった。…えぇ、ご覧の通りですわ。これだけではイマイチ伝わり辛いかもしれませんけど…そこはまあ、活字故のご愛嬌という事で、一つ。

 

「さて、時間が惜しいんだ。早速本題といこうじゃないか」

「せっかちですのね。紅茶はお嫌いですの?」

「興味ないね」

「それは残念。…けれどエスーシャ、貴女も多くの者の上に立つ身。社交辞令の一つも出来ぬようではこれから大変ですわよ?」

 

そう言って用意した席を手で指し示すわたくし。エスーシャは数秒の逡巡の末、首肯をし席に着く。社交辞令や形式ばったやり取りは古臭く、無駄な行為であると思う方もいますし、それも分からないでもないですけど…言うなればこれ等は、己の身を整え飾る衣。裸一貫で衣もまともに着られない者に、多数を従えるトップなど務まらないという話ですわ。

 

「…飲む上での作法は?」

「それについてはとやかく言いませんわ。味わって頂ければ十分ですもの」

「ならば、頂くとするよ」

 

紅茶を飲むのも振る舞うのもわたくしの趣味ですから、とまでは言わず、反応を待つ。カップを持ったエスーシャも、流石に振る舞われた紅茶を適当に呷るつもりはないのかゆっくりと一口含んで……

 

「……美味しい」

「ふふ、それは良かったですわ。お茶菓子も食べて下さいな」

「だから興味は…いや、頂くとしようか…」

 

紅茶に続け、お茶菓子にもエスーシャは手を出す。うふふ、これはきっとティータイムを楽しみたくなったという事ですわね。わたくしがつい笑みを零した瞬間「そういう表情されると断り辛い…」みたいな顔していましたけど、恐らくそれは無関係でしょう。

という事でわたくしもカップを持ち、エスーシャと二人で暫しのティータイム。けれどエスーシャは雑談に興じるつもりはないらしく、実際には二人でというより一人でのティータイム×2と言うべきものだった。…ふわふわ時間ならぬギスギス時間ですわね…別に仲が悪い訳ではありませんけど……。

 

「…貴女、もしやあまり人と接するのは好きではなくて?」

「そういう訳じゃない。単に興味がないだけさ」

「よく話してる相手の前でそれを言えますわね…」

「取り繕うな、と言ったのはそちらだろう」

「……やはり貴女、相当厄介な支部長ですわ…」

「ベール…君は人の事を言えないね。断じて」

 

黄金の第三勢力(ゴールドサァド)は四ヶ国同時期に代替わりするもので、他国の新支部長の話も聞き及んでいる。で、その話によるとプラネテューヌの新支部長はネプテューヌと波長が合い、ラステイションはノワールと非常に仲が良いらしく、ルウィーも中々常識を持った人物が黄金の第三勢力(ゴールドサァド)となったというのに……何故、何故リーンボックスだけ…。

 

「……って、またわたくしはマイナス思考を…これではいけませんわ」

「……?」

「なんでもありませんわ。…それではエスーシャ、そろそろ本題に入ろうじゃありませんの」

「それを止めていたのはそちらだがね…まぁ、そうするとしようか」

 

カップを置き、緩みのない表情で(これはさっきからですけど)わたくしを見据えるエスーシャ。……案外カップの中の紅茶が減っていた事は…触れないでおいてあげるとしましょう。

 

「では、お話をどうぞ」

「あぁ。単刀直入に言えば、わたしは君と…いや、教会と協力関係を築きたいと思っている」

「…それは、クエスト委託や有事の際の人員融通…所謂現状でも行なっている協力とは別なのでして?」

「察しがいいね。流石は女神様だ」

「協力を強めたい、ではなく築きたいという表現をした事から推測しただけですわ」

 

言葉というのは、発した者の意思を表すもの。予め文章を考えていたなら発言の『目的』に即した単語が選ばれる事があっても、その場で考えて話している場合は『思考』がそのまま出てきてもおかしくはない。…とはいえ、話し手の考えを読み取れるかどうかは聞き手の能力にも寄りますけれどね。

 

「表現、か…隠そうとしていた訳じゃないが、これは回りくどい事は言わない方がよさそうだな」

「別に尋問をしているのではないのですから、そう構えないで下さいな」

「構えてはいないさ。ではまずは質問…いや、確認をさせてもらおうか。……リーンボックスのモンスター研究は、どこまで進んでいる?」

「…モンスターの研究、ですの?」

 

さて何を訊かれるのか、と思考を巡らせていたものの…ケスーシャの問いは、わたくしの予想とは大きく離れたものだった。

 

「それを訊いてどうするんですの?もしやエスーシャ、貴女はその方面の研究者なのでして?」

「いいや、調べてはいるが研究者ではない。そして、わたしの問いはそういう意味でもない」

「ならば、どういう意味で?」

「……君達が秘密裏に進めている、モンスターとの共存について…さ」

 

目を細め、ほんの少し口元に笑みを浮かべ…エスーシャはそう言った。……ふむ…。

 

「モンスターとの共存?…え、何の話ですの?」

「はぐらかしても無駄だ。別にわたしは当てずっぽうで言ってる訳じゃない」

「は、はぁ…しかしそう言われましても、わたくしには心当たりがありませんわよ?」

「いいや嘘だね。…わたしがしたいのは脅迫ではなく取り引きなんだ。話を進めさせてくれないか?」

「いえですから…何の話でして…?」

「…………」

 

エスーシャの言葉を初めはぽかんとした表情で、途中からは怪訝な顔で訊き返していくわたくし。けれどエスーシャは諦めず、真剣な顔付きで言い続け、そして……

 

「……あくまで認められないというなら、仕方ない。…頼む、女神グリーンハート。わたしの目的に…協力、してくれ」

「……貴女…」

 

椅子から立ち、わたくしの真横まで来て、膝をカーペットへ付け……エスーシャは、わたくしへと頭を下げた。それも腰から上を曲げる普通のものではなく…下座の意味通りの体勢となる、土下座を。

わたくしとエスーシャがこうして会うのはまだ二度目。とても友人と呼べる程の関係では無い相手に、冗談ではない本気の土下座をするというのは…間違いなく、相当な精神力と必要になる。それを殆ど迷いなく、即行動へ移すなんて……貴女の目的に対する覚悟は、そこまでのものなんですのね…。

 

「……盗聴器の類がないか、検査させてもらいますわよ?」

「勿論」

 

それからわたくしは、エスーシャへ対して身体検査を行った。流石にわたくしに検査の知識や技術はないものの、これは調べるという行為そのものに意味がある。盗聴はさせない、許さないという行為そのものに。

 

「…取り敢えず、不審な物はなさそうですわね」

「当然だ。そんな事でまだ築けてもいない信頼は崩したくない」

「ふふ、ぱっと見『ぼくはぼくだけを信じる』的な事を言いそうですのに、中々親睦の深め甲斐がある事を言いますのね」

「…そんな見た目に見えるか?」

「え、見えますけど?」

 

検査を終え、再び席へと誘導しつつ冗談混じりにそんな事を言ってみると…エスーシャは目をぱちくりとさせていた。…これは……まさかエスーシャ、貴女少し天然の気がありまして…?

 

「…こほん。問いは生物としてのモンスター研究ではなく、共存の為の研究について…そうでしたわね?」

「そうだ」

「……えぇ、貴女の言う通り…リーンボックスではその研究が進められていますわ。と、言ってもまだ研究というより調査の域ですけどね」

 

一つ咳払いをし、前置きとしての確認も行い……そしてわたくしは、エスーシャの問いを肯定した。……彼女があそこまでの覚悟を見せたんですもの、わたくしもそれ相応の対応をしなくては女神の名折れですわ。

 

「調査の域、か…具体的に聞かせてもらう事は?」

「どうしても必要と言うなら話しますわ」

「そうか…いや、ならいい。だが大きく進歩した際には伝えてくれるとありがたい」

「伝えるかどうかはこの会話及び今後次第ですわ。わたくしは貴女が強い覚悟を持ってきたという事は分かりましたけど…まだ目的も、こちらへの要求も聞いていませんもの」

 

胸を乗せる形で腕を組み、会話の流れに待ったをかけるわたくし。エスーシャの方もそれは分かっていたのか、わたくしの待ったに特に驚いた様子はなく、代わりにゆっくりと頷いた。

 

「わたしの目的は、幾つかある。だが、最も重要なものを挙げるとすれば、それは……魂の移動だ」

「……魂の、移動…?」

 

予想だにしなかった答えに、わたくしの頭の中には疑問符が。…何かの比喩…では、なさそうですけど…。

 

「人という器の中にある魂を、別の器へ移し替える…荒唐無稽に聞こえるかもしれないが、わたしは妄想を語っている訳ではない」

「あ、いえ、別に信じられない訳ではありませんわ。ただもっと物質的な目的かと思っていまして…」

「そういう事か…ならば話を進めても?」

「構いませんわ。……あ、もしやモンスター研究の事を初めに訊いたのは…」

 

わたくしの言葉にエスーシャは再び頷いた。となればエスーシャからの要求は、器となるのに最適なモンスターを用意してほしい、或いはモンスターを手懐ける技術を伝授してほしい…と言ったところかしら。…どちらだったにせよ、そうであれば要求に応えるのには時間がかかりそうですわね…。

 

「…貴女の目的は分かりましたわ。しかし、一つ腑に落ちない点がありますの」

「…と、言うと?」

「器としてモンスターを選んだ理由ですわ。何故よりにもよって大半が危険であるモンスターなんですの?モンスターを選ぶよりは身近な動物、それでなくとも本に移したり、その後ドールに移して貰ったりを選択肢とするのが普通ではなくて?」

「それが普通かどうかはさておき、モンスターを選んだ事には確固たる理由がある」

「何か都合がいい、とかで?」

「それに関しては実際に見てもらう方が早い。……ヌマン、レディ、出番だ」

「……?」

 

席から離れ、部屋の扉を開くと同時に誰か二人を呼び寄せたエスーシャ。聞き覚えのない名前と、来ていたのがエスーシャ一人ではなかったのかという事実にわたくしがきょとんとする中、呼ばれて入ってきたのは……ライダージャケットにフルフェイスヘルメットという出で立ちの男女…それも、かなり体格の良い(女性の方はスタイルが良いと言うべきですわね)二人組だった。

 

「…え、ツーリング仲間か何かでして?」

「二人はわたしの仲間だ。…ベール、少し離れてもらえるかな?」

「え、ここでバイクを出すんですの?」

「万が一に備えてだ。十中八九驚くだろうが、どうか攻撃はしないでほしい」

「は、はぁ…(むぅ、今のは冗談半分でしたのに…エスーシャはあまり突っ込んでくれないんですのね)」

 

意図はよく分からないものの、一先ずわたくしは席から立って後退。するとエスーシャは二人の前へ、まるで立ち塞がる様にして立つ。

 

「……本当に、どういう事ですの?」

「ヘルメットを外せば一目瞭然だ。…二人共、ヘルメットを」

「やっとヌラか…このヘルメットは窮屈過ぎたぞ、エスーシャ」

「そうね、もう少し大きめのヘルメットを用意してほしかったわ」

「…………」

「ふぅ…やはり視界が開けるのは気分がいい!」

「肌、蒸れてないかしら…」

「…………」

「……と、いう事だ」

「…………」

「……ベール?」

 

二人が頭部を露わにしてから数秒後。隠れていた顔を目にしたわたくしは、声が出ない。これで分かっただろう?的な発言をエスーシャにされるも、言葉を返せない。不審に思われ名前を呼ばれても、まだ返答出来ない。…えぇ、と…読んで下さってる方々には伝わっていないでしょうから、今目にした事をそのまま表しますわね。…二人がヘルメットを取った後に出てきたのは、二体のスライヌですわ。…そう、皆さんご存知あのスライヌですわ。そのスライヌが、首の上に乗っかるように出てきたんですの。

 

 

…………。

 

「…………はい?」

「あー…エスーシャちゃん、やっぱり混乱してるみたいよ?どうする気?」

「彼女は頭の回転が速い。ジャケットの方も脱げば理解してくれる筈だ」

「当たって砕けろの精神、か…オイラ、エスーシャのそういうところ嫌いじゃないヌラ!」

「私もよ。じゃ、脱ぐとしようかしらね」

「……へっ?ぬ、脱ぐ?」

「そうだ、しっかりと二人を見てくれ」

「しかも見るんですの!?いや、ちょっ…お待ちなさいな!ほ、本気ですの!?」

 

予想外も予想外、1㎜足りとも想像していなかった展開にわたくしが茫然とする中勝手に話が進み…気付けば二人はジャケットのジッパーに手をかけていた。それを慌ててわたくしが止めるものの、声を上げている間にもジッパーは下がっていき、次第に素肌が露わになっていく。

 

(い、いけませんわ!こんな今日会ったばかりの方、しかも片方は男性の素肌を見るなんて!何故ジャケットの下が下着のみなのか激しく謎ですけど…今はそんなの瑣末事ですわ!瑣末事、ですわッ!)

 

思考がよく分からない方向へ加速するわたくし。当然女性の方も気になるものの、乙女ゲーユーザーであり、BL愛好家であり、なんだかんだ言っても女の子であるわたくしにとって、殿方の素肌と言うのは刺激が強過ぎる。あぁっ、こんな突然逞しい殿方の身体を見る事になるなんて思っていませんでしたわ!わたくし、もうどうしていいか分からない……

 

 

…………って、あら…?

 

「…………」

『…………』

「……水、色…?」

 

ジャケットの前面が開かれた事で、見えてきたのは……水色の有色透明な身体。言うならばそれは、スライヌが人と同じ身体を持っているかのような…そんな肉体。

 

「……えー…少し、待って下さる…?」

「構わん」

「助かりますわ……」

 

興奮(?)していた頭が一気にクールダウンし、同時にその異常な光景にわたくしは思考が停止しそうになるものの、テーブル前に戻って額を押さえつつ、冷めた紅茶を一口。余計な思考を全て廃し、入ってきた情報を取り纏めていく。

そうして推測を立てる事数十秒。わたくしは一応の結論に辿り着き、額から手を離す。

 

「…お二人は知性を持ったモンスターだとか、エスーシャの能力で作った存在とかではなく、貴女の言う魂の移動でモンスターに精神を乗り移らせた人間……それで合ってまして?」

「その通りだ。…驚かせてすまないね」

「謝る位なら先に説明してから見せて下さいまし…」

 

推測が正確に当たったものの、全く嬉しくはなくむしろげんなりとするわたくし。…確かに百聞は一見にしかずと言いますけど…予備知識無しでこんなものを見せられても、あぁそうかとはなりませんわよ……。

 

「ともかく、これで分かっただろう。…モンスターを選んだのは、二人という成功例があるからだ」

「そうだったんですのね…ですがそれならば、わざわざわたくしや教会を頼る必要はないのではなくて?」

「いいや、二人の魂移動を行ったのはわたしではなく、その実行者も今は連絡が取れないという状況にある。…正確な手順や条件が分からない以上、準備は出来る限り入念にやっておきたいんだ」

「その割には会話が色々雑な気が…まぁいいですわ。取り敢えず目的と理由は分かりましたし」

 

追加で新たに来た二人分の紅茶を淹れ(本人達が飲めないとは言ってませんし、大丈夫ですわよね。イリゼのライヌちゃんも人の食べ物を口にしてるらしいですし)、これまでのやり取りを頭の中で振り返りながらわたくしは二、三の質問をエスーシャへ。それにエスーシャが淡々と答える事で、エスーシャからの情報発信は終了となった。

 

「他に質問は?」

「ありませんわ。…現時点では、ですけど」

「そうか。…なら、聞かせてもらおう。わたしの頼みに、答えてくれるか否かを」

「……もし、無理だと言ったら?」

「どうもしないさ。女神相手に実力行使をしたところで、返り討ちに遭うのは目に見えている」

「冷静ですわね。……なら、回答は暫く待って下さるかしら。この件は、即決出来るようなものではありませんわ」

 

流石にもう落ち着きを取り戻していたわたくしは、遠慮せずにはっきりと自身の考えを口にする。…個人的に言えば、エスーシャの要望に応えるのも嫌ではありませんけど…モンスター研究は、秘密裏且つ国として行っているもの。決定権はわたくしにあるとしても、即決はわたくしの為にも国の為にもならないというものですわ。

 

「ならば、致し方ない。それまでは支部長職で信頼を得るとしよう」

「そうして下さいな。こちらも善処すると約束しますわ」

「あぁ。…それで、君からの要求はどうする?もしこちらの要求が通るというのなら、わたしは何でもしよう」

「あら、そんな簡単に何でもと言っていいんですの?」

「当然だ」

「……その覚悟、大したものですわ。…では、要求も考えておくので待って下さいな。というか協力するかどうかも決めてないのですから、今こちらから要求開示しても意味ないでしょう?…何でもと言うのなら、尚更に」

 

要求開示は基本的に取り引きにおいて必要なものの、それは開示された側が取り引きを行うか否かを考える際必要なのであって、如何なる要求も飲むつもりならば開示する必要も、聞いておく必要もない。…しかし、こんなの互いの間に余程の信頼が無ければ普通は言えないというのに…エスーシャは本当に、この協力へ全力をかけているのですわね…。

 

「それでは、わたしは朗報を待つとしよう」

「…もう帰るんですの?」

「話が済んだ以上、ここにいる必要はない。…それに、支部長の職務も覚えなくてはいけないのでね」

「素っ気ないですわねぇ…」

「エスーシャはこういう奴なんだ、分かってやってくれないか?」

「性格が悪いんじゃなくて、気が回らないとかの類いなのよ。理解してあげて頂戴」

「…ヌマン、レディ、余計な事を言うな」

「はいはい、それじゃあ私達もいくわね。紅茶美味しかったわ」

「オイラの内腹斜筋も良い茶だと言っていたヌラ。…それでは女神様、さらばヌラ」

 

結局徹頭徹尾クールなままだったエスーシャに、色々突っ込みどころを残したままなお二人。それを見送るわたくしは……なんというか、ただ話しただけとは思えない程の疲労感に襲われていた。

元々はエスーシャから提案され、これを機に友好的となれれば良いと考えて行った、今日の面会。エスーシャの人間性をある程度知る事が出来、この面会に意味があったかどうかと言われれば間違いなくあったものの……終着点としては、何とも言えない感じだった。

 

 

 

 

 

 

「……あ、ちょっと待って下さいな」

「…まだ何か話す事が?」

「いえ、これはあくまで趣味の話。エスーシャ、それにレディさんは……ネトゲや男同士の友情に、興味はありまして?」

「興味ない…………は?」




今回のパロディ解説

・ふわふわ時間
けいおん!における劇中歌及びそのシングルの一つの事。ベールとエスーシャによるふわふわなティータイムというのも全く想像がつきませんね、特にエスーシャサイドは。

・ぼくはぼくだけを信じる
流星のロックマン2において、ブライトライブへとなった際の台詞の事。2も3も絆をテーマする作品なのにブライ系変身が強いというのはなんとも言えませんね。

・〜〜本に移したり、その後ドールに移してもらったり〜〜
アトリエシリーズの一つ、不思議シリーズの登場キャラであるプラフタの事。ドールというかアンドロイド、それの素材を作れる錬金術士ってやっぱり凄いですね。


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第三十四話 もう一つの人格

わたくしの日課は数多く、多忙な日々がわたくしの常というもの。しかしそれは国の長であれば致し方ない事であり、忙しさは国の繁栄を表していると言っても過言ではないのですから、わたくしは忙しさを大変だと思う事はあっても嫌だと思った事は一度もありませんわ。だからこそわたくしは、今日もまたわたくしがすべき務めを果たし……

 

「お姉様、アタクシちょっとお買い物に行きたく…」

「まだレイドイベは終わっていませんわ!今のペースなら後一度行けるのですから、終わるまでは我慢しなさいな!」

 

……えぇ、今わたくしがしているのはネトゲですけど…何か?

 

「えぇー…でも今行かないと、それ以降の予定にも影響が……」

「大丈夫ですわ!えぇ大丈夫ですとも!」

「い、幾らお姉様の言葉でも、流石にここまで根拠ゼロの発言では…「イベントが終わったらその買い物にはわたくしが付き合いますわ!」前言撤回!さぁイベントを続けましょうお姉様!」

 

コントローラー片手に言葉を掛け合うわたくしとチカ。付き人となる前から行ってきた手解きのおかげでチカは話しながらでも全くコントローラー捌きが鈍る事はなく、わたくしの動きに着いてきてくれている。……そう、趣味の為なら如何なる無茶もやってのける、このわたくしに。

 

(…そういうところ、貴女は凄いですわ。チカ)

「……お姉様?」

「何でもありませんわ。…時間があっても失敗してしまえば無駄というもの。これも次も確実に取りますわよ!」

 

仕事仲間としても友人としても申し分なかった前教祖から任された、わたくしにとっては年の離れた妹のような存在であるチカ。そのチカが方向性はどうあれ才能を発揮している事は素直に喜ばしく、ついわたくしは微笑みを浮かべ……すぐにその表情を引き締めた。…だってそうでしょう?わたくしはチカにネトゲを付き合わせている身。ならばこそ、わたくしは手を抜く事など出来ませんもの。

そうしてイベント期間終了直前まで粘ったわたくしは、宣言通りその後チカと買い物へ。機嫌の良かったチカに苦笑しつつも買い物を済ませ、教会へと戻ったわたくしは考える。さて、この後はどうしようか…と。

 

「張り切って仕事はもう終わらせましたし、出歩くとしても微妙な時間。ゲームをするにしても先程全力を尽くしたからか、あまりやる気になれませんものね…」

 

ただ時間を潰したいだけならば、その手段は幾らでもある。けれどただ時間を浪費するというのはあまりにも惜しく、どうせ時間を経過させるなら何かしら益なり面白味があった方が良いに決まっている。…とはいえ、その内容が思い付かないからこそ考え込んでいる訳で……

 

「……あ、そうですわ」

 

ある事を思い付き、ぽん、と手を合わせるわたくし。面白いかどうかはさておき、今思い付いた事ならば行っておいて損はない。空いた時間で、というのは些かアレですけど……そこは多忙な女神故に仕方ないという事で、一つ。

 

 

 

 

「……で、ここにきたという訳か」

「そうですわ」

「ここはコンビニか…」

 

…と、いう訳で来たのはリーンボックスのギルド。ギルド職員に支部長室まで案内してもらい、部屋に入って説明をし…今に至るという訳ですわ。

 

「ふふ、流石の貴女もこれには突っ込みを禁じ得なかったようですわね」

「五月蝿い、仕事の邪魔だ」

「それならば手伝って差し上げますわよ?」

「要らん。だから帰れ、気が散る」

「あら、貴女でも気が散る事ってありますのね」

「…………」

 

素っ気ない反応が逆に面白くてついからかっていると、エスーシャは言葉を返してくれなくなってしまいました。…というかあれ以来時折エスーシャと会いますけど、会う度わたくしに対する態度が雑になっていってる気がしますわ……。

 

「それは君の態度のせいだ」

「まさか地の文を呼んでくるとは…やりますわね」

「ありがとう。こんなに評価されて嬉しくないのは初めてだ」

 

書類からは一切目を離さず、ドライな態度で文句を述べるエスーシャ。それはまぁ会話に興味が無さげな彼女ですけど…実際わたくしはアポ無しで押しかけた訳ですものね。多少無愛想でも致し方ありませんわ。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「……本当に居座るつもりなのか?」

「本当に居座るつもりですわ」

 

少し黙って眺めていると、エスーシャは焦れたようにそう言った。その質問にそのままな反応を返すと、エスーシャは嘆息を漏らす。

 

「…時間を潰したいならクエストにでも行けばいいだろう。書類仕事の手伝いよりもそちらの方がずっと助かる」

「それではここに居られないではありませんの」

「なんだ、ここにいるのが目的か?」

「そうですわ。わたくしは普段の貴女を知りたいんですもの」

「なんだ急に…」

 

そういえば目的を言っていなかった、と気付き伝えると、エスーシャは手を止め怪訝な表情に。そのエスーシャに向けわたくしは続ける。

 

「わたくしが貴女と協力関係を結ぶか否かは、貴女が信用に足る人物かどうかにかかっている…それは分かりますわね?」

「当たり前の事だな」

「えぇ、そして貴女は信用を得る為支部長としての職務を全うしている」

「それが分かっているなら邪魔をしないでほしいが、な」

「それは失礼。……けれど、信用というのは実績だけが作り上げる訳ではありませんわ。その実績を上げるまでの過程や人となりもまた、信用を生み出す要因となる…と、ここまで言えば分かるのではなくて?」

「……なら、わたしは仕事を続ける。人となりを見たいのなら、尚更…」

「邪魔をするな、でしょう?…分かりましたわ」

 

わたくしの言葉を受け、エスーシャは仕事を再開。わたくしもまた、口を閉じてエスーシャの様子を見つめる。…実を言えば、わたくしの言葉が邪魔となっている事は分かっていた。それでも尚話しかける事を続けたのは、そうする事でエスーシャの人となりを引き出す為。引き出して、それを観察する為。…とはいえ邪魔は邪魔なのですから、後日お詫びに菓子折りでも送っておくとしましょう。

そうして居座る事数十分。初めはやはり気になるようだったエスーシャも次第に慣れ始め、今はもうわたくしの事など気にも留めていない様子。

 

(これまで見てきた限りでは、信用のおけそうな人物ですわね。…しかし、問題は……)

 

性格こそ独特なものの支部長職はきちんとこなし、興味ない興味ないと言いつつわたくしの誘いに応えてくれるエスーシャは既に、一定の信用が置ける人物であるとわたくしは考えている。けれど、同時に初めからわたくしはエスーシャに対する不信感…とまでは言わずとも、信じる上で引っかかる事が一つあり、それはまだ解消されていない。この先わたくしはその引っかかりが気にならなくなる程の信用をエスーシャに持つのか、引っかかりが無事解消されるのか、それとも協力関係は成立しないのか……

 

「戻ったわよん、エスーシャ」

「今日はまずまずの結果…おや?」

「お邪魔していますわ」

 

わたくしが思考に耽る中、扉が開かれフルフェイスヘルメットコンビが軽快に支部長室へと入ってくる。素肌を微塵も見せないその姿は、バイク無しでは職質を受けかねない程奇抜なものの…一度見た事がある上、声で誰か分かったわたくしは然程驚きはしない。

 

「やぁ、今日はギルドへの依頼かい?」

「いえ、エスーシャの様子を見に来たのですわ」

「そうなのね。よっと……」

 

教会へと来た時と同じように、ヘルメットを外しジャケットも脱いでいく二人。その二人の格好を見て、ふとわたくしは疑問を口にする。

 

「…もしや、出歩く時はいつもその格好していますの?」

「そうよ、だって普通の姿じゃ退治されちゃうかもしれないもの」

「まぁそれはそうですわね…」

「気にしなくても大丈夫さ。今は隠す必要があっても、オイラ達が怪しい人物じゃないと周知してもらえればその内こんな格好をしなくても済むようになる。そうだろう?女神様」

「え、えぇ…ある程度周知してもらえれば、そういうコスプレだと思ってもらえる可能性はありますわ…(その格好自体が怪しいのは…言わぬが花かもしれませんわね…)」

 

爽やかな顔でそう言われてしまえば、中々正直には言えないもの。…というか、筋骨隆々な水色ボディーと見た目だけなら愛らしいスライヌヘッドという独創を超えて暴走をしているこの方に、一体誰が水を差せると言うんですの…?

 

「…あ、ところでベールさん。ちょっといいかしら?」

「何でして?」

「……ふぅ、ん…」

「え、いやだから何でして…?」

 

わたくしがヌマンさんに何とも言えない気持ちを抱く中、隣にいたレディさんはわたくしの前へ。彼女は何の御用かしら…と考えていると、レディさんはわたくしをまじまじと見つめ始める。そんな事をされれば当然わたくしは困惑する訳で、同じ問いを再び口にすると……

 

「あぁ、ごめんなさい。こうして近くで見ると、ベールさんって本当に良いスタイルよねぇ…って思って、つい」

「あ、そういう事ですのね…ふふ、そう言う貴女も中々のものだと思いますわよ?…スライヌカラーですけど」

「私よりもスタイル良いベールさんに言われても嬉しくないわ…という事で、美容に関して何に気を付けているか聞かせてもらえないかしら?」

「…まぁ、それは吝かではありませんけど……」

 

別に美容知識は隠すようなものではないですし、レディさんへ話す事自体には抵抗はないのですけど……えと、レディさんも身体はスライヌですわよね…?

 

「…スライヌの身体って、美容に対応してるんですの…?」

「少なくとも、保湿は抜群よ?」

「それはまぁ見た目からしてそうでしょうけど…そもそもの話、一体どういう事をしたら人の身体が出来た…というか生えたんですの?」

「どうだったかしらね…まぁ、私の場合は美しくいたいって思っていたからかもしれないわ」

「スライヌとなっても人の心は忘れず、人であろうとし続けた事が関係している気がするヌラ!」

「そんな成せば大抵何とかなる的感覚で言われても……けれど、人の魂がスライヌに乗り移っている時点で何が起きてもおかしくはありませんわね…」

 

常識外の事を理解する上で大切なのは、常識の内側に押し込めようとする事ではなく事実を事実として受け止める事。少なくともこのスライヌの身体に関してはわたくしよりお二人の方が分かっている筈なのですから、まずはそういうものなのかと考えるべきですわね。…にしても、身体がスライヌになってしまっているにも関わらず、向上心を持って生活しているお二人は大したものですわ…。

 

「…レディさん、ヌマンさん。何か身体に不調があったらわたくしを頼って下さいな。どこまで出来るかは分かりませんけど、力となって差し上げますわ」

「それって、エスーシャちゃんに協力してくれるって事?」

「それとはまた別ですわ。勿論、エスーシャとの協力も前向きに検討していますけど」

「…なら、オイラ達よりエスーシャとの協力を念頭においてほしい。エスーシャはオイラ達の事も考えているんだヌラ」

「……そうなんですの?」

「…おっと、これは秘密の事だったヌラ。さーて、大腿直筋と恥骨筋のトレーニングの時間だ!」

「私も用事があるから失礼するわ。ベールさん、また今度美容の話をしましょ」

「あ……行ってしまいましたわね…」

 

手早くジャケットを纏い、ヘルメットを被りながら出ていくお二人と見送るわたくし。急に行ってしまったのは…恐らく口を滑らせた事が関係しているのでしょうね…。

 

「エスーシャ、今ヌマンさんが言ったのは……あら?」

 

口を滑らせた当人はおらずとも、滑らせた内容に関する人物はここにいる。…と、言う事で振り向きながら質問を投げかけたわたくしが見たのは……書類を出したまま机で居眠りをするエスーシャの姿だった。

 

「…まさかそこそこ賑やかだった場で寝るとは…これは意外な一面を発見してしまったかもしれませんわ…」

 

クール系のエスーシャは居眠りとはイメージがかけ離れており、ギャップによる驚きと悪戯心を刺激されるわたくし。しかし間の悪い事にわたくしが真横へ立った瞬間、エスーシャはカクンと前に滑って目を覚ます。

 

「あ……」

「…………」

「むぅ、起きてしまわれましたのね…」

「……はい」

「いざこれからというところでしたのに…こほん。エスーシャ、仕事疲れですの?」

「…いいえ」

「……?ならば単なる寝不足で?」

「いいえ」

 

寝起きだからかエスーシャはぼーっと気味。そんなエスーシャへ眠くなった理由を訊いてみると、返ってきたのは淡白な反応ばかり。初めそれをわたくしは「エスーシャは起きてから頭が回転するまでが長いのかしら…」なんて思っていましたのだけど……

 

「では、単に急な眠気に襲われただけと?」

「はい」

「はぁ…まぁいいですわ。それよりもエスーシャ、貴女ヌマンさんに何か秘密にするよう言ってますわね?それはなんですの?」

「…………」

「…話せませんの?」

「はい。……あ…」

「あ?え、今のあってなんですの?何かに気付いたようでしたけど…」

「…………」

「……えぇと…エスーシャ…?」

 

言葉のキャッチボールをする毎に薄まるどころかむしろ膨れていく違和感に、わたくしは困惑を隠せなくなる。反応が異様に淡白ですし、ちょいちょい返答してくれませんし…こ、これ寝起きとかそういうレベルじゃありませんわよね…?わたくし気付かぬ間にエスーシャの機嫌を悪くさせてしまったのかしら…でも、その割にはエスーシャの方もどこか困ったような表情してますし……って、あら…?

 

(……瞳が、緑…?)

 

反応がおかしくなった理由を探そうと思い、まじまじとエスーシャを見たわたくしは…彼女の瞳の色が、普段とは違う事に気付いた。……急に変わった態度、変化した瞳の色…ま、まさか……

 

「…貴女、思考と反射の融合が持ち味の方だったんですの……?」

「いいえ」

「ですわよねぇ…あの方はオッドアイなだけですし……では、何なんですの?理由は分かりませんけど、今の貴女は明らかに変ですわ」

「……ぁ…そ、の…」

「……エスーシャ…?」

「……っ!」

 

このままでは埒があかないと、少し語気を強めて問いかけたわたくし。するとエスーシャは一層困ったような表情を深め、そして……手放していたペンを掴んで、何らかの文章を必死に書き始めた。それをわたくしが目を瞬かせながら見ていると、すぐにエスーシャは書き終え、文章の書かれたメモ帳を見てみると……

 

《わたしはイーシャ。エスーシャではなく、イーシャです》

 

…という一文が、書かれていた。……エスーシャではなく、イーシャ…?

 

「…別人、って事ですの……?」

「はい」

「するとつまり、貴女は多重人格者なのでして?」

「いいえ」

「では、何なんですの?」

「…………」

「エス…イーシャ?」

《すみません。エスーシャの中に眠る、もう一つの人格。今はそう思って下さい》

 

数度のやり取りの後、再びイーシャはメモ帳に書いた文章で返答。…な、何故口頭とメモでの複合返答を…というか銀髪の筆談キャラって、どこのセブンスアビスさんでして……。

 

「色々腑に落ちませんけど…一先ずは分かりましたわ。それで、エスーシャの中に眠っているというのなら、何故貴女は今ここに?エスーシャの方はどうなってますの?」

《エスーシャが寝ている間、わたしは表に出られるのです。ですが、寝ている間は常にわたしの人格となっている訳ではありません。そしてエスー》

「エスー?……あぁ、書き切れなかったんですのね…」

 

それからもイーシャは筆談を続行。けれどメモ帳はあまり大きくなく、二つ目の質問は二枚目へ。…見るからに急いで書いてますわね…慌てる位なら、口頭で返してくれればいいものを…。

 

《シャは今寝ています。エスーシャが起きる時、わたしは再び内側へと戻ります。なので、エスーシャの眠りが浅い今は時間がありません》

「…でしたら、わたくしは聞き手…いえ、読み手に徹しますわ。その方が宜しいのでしょう?」

「はい」

 

そう答えながらイーシャは頷き、作文を進める。時間がないにも関わらず、手間のかかる手段を取るのは、何か理由があるのか、それとも……。

 

《わたしとエスーシャは、ある事情を抱えています。その解決の為に、エスーシャは頑張ってくれています》

「事情…えぇ、詳しくではありませんが、エスーシャからもそれは聞きましたわ」

《ですが、エスーシャは暴走してしまうかもしれません。でも、わたしにはエスーシャを止める手段がありません。わたしは任意に表に出られる訳ではありませんから》

「…だから、わたくしに止めてほしいと?」

《その協力をしてほしいと、思っています。そして……エスーシャにも、協力してほしいのです》

 

文章には音がなく、表情や仕草もない。あるのは書き手の癖と、上手い下手の差だけ。…けれど、イーシャの書く文面からは、思いが伝わってきた。イーシャの、必死な思いが。

 

「…もう少し、詳しく訊く事は出来ませんの?貴女の意思は伝わってきましたけど…まだ貴女の事もよく分からない現状では、協力のしようがありませんわ」

《分かっています。だからまずは、エスーシャと私用携帯てなやり取り出来るようにして頂けないでしょうか。そうして下されば、こちらからまた連絡します》

「私用携帯?……あー…仕事用では手元にない場合もあり得る、って事ですわね…分かりましたわ。けれど、それはエスーシャが応じてくれなければ無理ですわよ?」

《大丈夫です。エスーシャは無愛想かもしれませんが、優しいですから》

 

エスーシャ同様、あまり表情の変化がないイーシャ。ただ、そんなイーシャもエスーシャを優しいと書いたメモを出した時は…ほんの少し、口元に微笑みを浮かべていた。けれど、次の瞬間イーシャは椅子の上でふらつきを見せる。

 

「い、イーシャ?どうしたんですの?」

《ごめんなさい。もう時間のよです。今のやりはエスーシャに話いでください。それと、このメモ見ららないようにしてく》

「あ、ちょっ……」

「……っ、ぅ…」

「……!」

 

まるで睡魔に襲われているかのように、イーシャの書く文面は乱雑となっていく。そしてメモを見られないようにしてほしい、という旨の文を完成させる間際でイーシャは力尽き、文章未完のまま机に突っ伏してしまった。……が、内容はきちんとわたくしに伝わっており、エスーシャが起きる素振りを見せた瞬間急いでメモの束を回収する事によって、何とかわたくしは隠す事に成功した。

 

「…わたし、は……」

「…よ、よく眠っていましたわね、エスーシャ」

「眠っていた?…あぁ、そうか…一応とはいえ客人の前で居眠りするのは、とてもいい行為とは言えないな。すまない」

「構いませんわ。それよりエスーシャ、睡眠はきちんと取るべきですわよ?…まぁ、わたくしも早寝早起きが出来ている訳ではありませんけど…」

「善処しよう。…しかし、妙に膝に疲れが…」

「そ、それは途中まで肘を突いて寝ていたからでは?」

「ふむ、そうなのか」

 

眉間を軽く叩き、身体を動かすエスーシャの瞳は赤い。こうしているとイーシャが幻だったようにも思え、実際今のエスーシャからイーシャ要素は欠片も感じませんけど……隠したメモ用紙は、確かにありますものね…。

 

「……エスーシャ、寝ている間の事を、何か覚えていました?」

「…夢の話でもしたいのか?」

「いえ、ならばいいですわ。さて、時間も時間ですしわたくしはそろそろお暇させて頂きますわね」

「そうか。また来てくれ…いや、来るなら連絡をきちんとしてくれ。そして暇潰しにはもう来ないでくれ」

「連れませんわねぇ。まぁ、頭の隅には置いておきますわ」

 

それとなく探りを入れたわたくしは、そのままの流れで軽く冗談を混ぜつつ退室。去り際にエスーシャの顔色を伺ったものの、彼女は普段のわたくしだと思っているようだった。

そうして教会へと帰るわたくし。空き時間の有効利用という目的は果たせ、今回はここは来て正解だったと思うものの……

 

(エスーシャの目的に、お二人の存在に、イーシャ……これは予想以上に複雑なようですわね…)

 

……協力関係とそれに纏わる一連の問題は、中々以上に骨が折れそうですわ…と、心の中で溜め息を吐くわたくしでした。




今回のパロディ解説

・成せば大抵何とかなる
結城勇奈は勇者であるの作中部活、勇者部の五箇条の一つの事。思いがあればスライヌの身体でも人の意思を持ち続けられるのか。…信次元なら、あり得ると言えます。

・思考と反射の融合が持ち味の方
機動戦士ガンダム00の登場キャラ、アレルヤ(ハレルヤ)・ハプティズムの事。女神は二つの人格を持ってる(的な)キャラですし、他にもこのネタは使ってみたいですね。

・セブンスアビス
これはゾンビですか?に登場する名称及びその一人、ユークリウッド・ヘルサイズの事。筆談って実際にやったらかなり疲れそうですよね、書き続ける必要がありますし。


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第三十五話 その思いを知って

イーシャから頼まれた、エスーシャの私用携帯との連絡手段確保。一番単純な確保方法は、本人に言う事ですけど……相手はあのエスーシャ。拒否される可能性は大いにありますし、下手に食い下がろうものならイーシャとのやり取りを勘付かれてしまうかもしれません。となれば唐突に頼むのではなく、自然に感じられるような流れにし、エスーシャからも乗り気になってもらえる状況を作るこそがベストというもの。それを作るのもまた容易ではないのでしょうけど…わたくしは多くの方と交流を深めてきた国の長。ですから状況作り位、朝飯前なのですわ。

 

 

 

 

 

 

──と、フラグなど立てていたのが暫く前のわたくし。そして今のわたくしは……

 

「あ、あの…エスーシャ…?」

「…………」

「わ、わざとではないんですのよ?本当にあれば偶然というか、不幸な事故というか…だから、その…」

「…………」

「……申し訳ありせんわ…」

 

……身体中に木の葉や木の枝を付着させたエスーシャに対し、謝罪を余儀なくされているのでした。

 

「…常人ならば、大怪我をしていただろうな」

「うっ……」

 

静かに、しかし間違いなく怒りの感情を募らせているエスーシャへ、わたくしは言葉を返せない。何せ、悪いのは100%わたくしですもの…。

わたくしとエスーシャがいるのは、リーンボックスのとある山奥。ここへはクエストの為、より詳しく言えばクエストを通して目的を達成する為訪れたのであり、エスーシャをクエストへ誘い、共に討伐対象であるモンスターを撃破するところまでは上手くいっていたものの……

 

(あんな所で冗談に走るべきではありませんでしたわ……)

 

現在わたくしは、エスーシャの容赦ない視線を浴びながら後悔している真っ最中なのでした…。

 

 

 

 

空を疾走する、巨大な鳥系モンスター。その後を追うは女神化したわたくし…それに、エスーシャ。

 

「次に奴が旋回した瞬間に距離を詰めますわ。エスーシャ、準備は良くて?」

「…もう好きにしてくれ…」

 

文面通り半ば諦めたようなエスーシャの言葉が聞こえてきたのは、わたくしのすぐ下。……そう、わたくしは今、エスーシャを()()()飛んでいますの。えぇ、遊んでいる訳ではありませんのよ?

 

「好きに?では、女神のわたくしでも骨が音を立てて軋む程のオーバーマニューバで接近を…」

「前言撤回、わたしがすれ違いざまに剣を振り抜ける様な機動で頼む」

「畏まりました、わッ!」

 

モンスターが身体を傾け、左へと旋回を始めた瞬間わたくしは加速。予測したモンスターの未来位置へと直線機動で突進し、エスーシャはノワールの物より些か太く厚い片手剣を後ろに引いてモンスターを見据える。

数瞬後、予想通りの位置へと移動してきたモンスターとわたくし達は交錯。その直前でモンスターはわたくし達の動きに気付くものの既に回避が間に合う段階ではなく、後ろから前へと振り抜かれたエスーシャの片手剣が、モンスターの胴体を強かに斬り裂いた。

 

「次で仕留めますわよ!」

「…ふん、ならば速度を落とすなよ?」

「勿論ですわ!」

 

モンスターが甲高い叫びを上げる中、わたくしは弧を描くように急上昇。更にその頂点、半円が完成した瞬間に両脚を空側へと振り出す事で身体を一気に90度回転させ、悶えるモンスターへと急降下をかける。

女神と言えど慣性からは逃れる事など出来ず、高速故の強力な運動エネルギーが身体へと襲いかかる。そしてそれはわたくしに抱えられたエスーシャも同じ事で、女神程強靭な身体ではない彼女にとってはわたくし以上に辛い筈の、この瞬間。…けれど、エスーシャは口元に小さな笑みを浮かべていた。良いスリルだ、とでも言いそうな笑みを。

 

「さぁ、エスーシャ!」

 

一切速度を落とさず急降下へ入ったわたくしと、トドメを刺すべく刃を向けるエスーシャ。やられてなるものかと身を翻し、迎撃を図ったモンスターの鉤爪を沿うようなバレルロールで回避した先にあるのは、既にわたくしとエスーシャによって何度も傷を負わせたモンスターの胴体。そこへエスーシャによる、最後の一撃が放たれる。

 

「……散れ、モンスター」

 

静かに、しかし力強く突き出されたエスーシャの片手剣。その一撃で胴を貫かれたモンスターは痙攣し、風に吹かれて身体を回転させながら落下し……地面に激突すると同時に、消滅した。

 

「…お見事ですわ」

「君がこんな非効率な策を取らなければ、もっと早く倒せていただろうさ」

「あら、そういう割には貴女、満足そうな顔してましてよ?」

「…五月蝿い」

 

消滅を確認し、わたくし達は軽く安堵。確かにエスーシャはあの時笑みを浮かべていたものの…それを認めるつもりはないようだった。

何故わたくしがエスーシャを抱えて飛んでいたのかと言えば、それは体験した事のない筈の空中戦でエスーシャの琴線を刺激しようと思ったが故。初めは何を考えているんだ、と呆れられましたけど…これならばやった甲斐はありそうですわね。

 

「空を飛び回るのは中々良いものでしょう?」

「わたしは空を連れ回されただけだがな…まあいい、早く降ろしてくれ」

「はいはい。では」

 

素っ気ないエスーシャの反応も、慣れてくればそれはそれで味があるというもの。無感情な訳ではなく、単にあまり表情豊かではないだけだと分かっていれば、逆に表情を引き出す事が楽しみになるというもの。そういう訳でわたくしは、女神化による気分の高揚もあり……大木の先端付近の枝へとエスーシャを降ろす。

 

「……何のつもりだ」

「いえ、降ろせと言われましたので…」

「誰がこんな不自由な場所に降ろせと言った…」

「ふふ、女神式のジョークとでも思って下さいな」

「……ベール」

「何ですの?」

「普段の君ならともかく、その姿でジョークと言われてもまるでそうは思えない」

「そ、そう言われるとわたくしも返しようがありませんわ…」

 

女神の姿となったわたくしは、見た目に加えて普段より基準のテンションが下がるからかクールな印象を持たれる…というのは、わたくし自身も理解している事。それは別に嫌な事ではなく、落ち着き払った様が魅力だと思って下さる方々もいるのですから、この自分を変えたいとは思いませんけど……ジョークをジョークとして受け取ってもらえないのは少し残念ですわね。…まぁ、それ抜きにもジョークと言うには過激過ぎる事をした気はしますが…。

 

「…で、君は自力で降りろと言うのか?」

「ま、まさか。きちんとわたくしが降ろして差し上げますわ」

「ならばいい。わたしはこの後も予定があるんだ、早くしてくれ」

「えぇ、では動かないで下さいま──」

 

──ビシッ!

 

『え?』

 

わたくしがエスーシャを抱えようとする刹那、どこからか聞こえた嫌な音。そして次の瞬間……エスーシャが、消えた。

 

 

 

 

……というか、落ちていった。

 

「…………」

「ベール、貴様あぁぁぁぁ……」

 

…………。

 

(……や、やってしまいましたわ…)

 

 

 

 

そうして時間軸は現在。

 

「冗談というのは笑って済ます事が出来る程度のものを指す言葉だ」

「え、えぇ…わたくしもそう思いますわ…」

「ならば、君が今し方わたしに行った仕打ちは何と呼ぶのだろうな」

「…いき過ぎた冗談、ではないかと……」

 

かなりの高さから落下し、身体の至る所にその跡である破片を残しながらもエスーシャの調子は今まで通り。……が、この普段通りな様子が今は逆に怖い。えぇそう、怒りの果ての笑みと同じ系統の恐ろしさですわ…。

 

「…反省は?」

「し、してますわ。それはもう、猛省中の猛省を…」

「だったら、この件はもういい。反省している相手を尚責めたところで何の益にもなりはしないからな」

「え…あ、それは……」

「……だが、この借りは高くつくぞ」

「う…はい……」

 

淡々と、冷静沈着なペースのまま言われるというのは、声を荒げられるよりある意味辛い。怒るならストレートに、感情的に怒ってくれた方が…というのも変な話ですけど、皆さんもそうではないのかしら。…しかし、ひょんな事からネプテューヌの弱みを握ったわたくしが、今度はエスーシャに大きな借りを作る事となるとは…世の中どこで何があるか分かったものじゃありませんわね…。

…と、思考を脱線させていたのはほんの数秒。にも関わらず、気付けばエスーシャはもう踵を返していた。

 

「あ……もう帰るつもりですの?」

「クエストは完了したんだ、もうここに用は無い」

「で、ですが折角来たのですし、ここは一つ森林浴でも…」

「興味ないね」

「…早速言いましたわね、それ……」

 

どこまで意識的に言っているかは分からないものの、エスーシャの口癖は『興味ないね』である様子。それはエスーシャの人となりをよく表してる言葉ですけど…今は興味を持ってもらわなくては困りますわ…!

 

「こほん。森林浴に興味がないのなら、他のクエストもこなすのはどうでして?支部長の貴女であれば、電話一本で受注という事にも出来ますでしょう?」

「木から転落したわたしにまだクエストをやらせたいのか…」

「あ…で、でしたら帰路に着く前に手当てをするのは如何でしょう?最低限の知識はありますわ!」

「要らん、帰ってから自分でやる」

「むぅぅ…それならば、端末片手にこの周辺にしか存在しないポケモンや妖怪をゲット……」

「…………」

「……わたくしとエスーシャでやっても微妙な雰囲気になるだけですわよね…今のは聞かなかった事にして下さいまし…」

 

枝葉を払いながら帰ろうとするエスーシャを引き止めようと、わたくしは色々言ってみるものの…やはり慌てて考えたような事で興味を引くのは難しい。しかしじっくり考える時間はなく、実際今もエスーシャは歩き続けている。

もしこのまま帰られてしまっては、今日のわたくしの策は全て水の泡。不機嫌にさせてしまった時点で今日は諦めるというのも選択肢だったものの、同時に日を置くと今回の事が尾を引いて話を進め辛くなるかもしれない…などと迷ってしまった結果が、今現在のこれ。…ならば…ならばもう、手段は選んでいられませんわ!

 

「エスーシャ、帰るのはもうちょっと待って下さいな!」

「断る」

「そう言うのであれば、わたくしは……」

 

置いていかれる形となっていたわたくしは、意を決して前進。早足でエスーシャの真後ろまで近付き……後ろから抱え込む!

 

「てこでも動きませんわッ!」

「は……はぁ…?」

 

流石にここまでは予想していなかったのか、珍しく素っ頓狂な声を上げるエスーシャ。わたくし自身冷静に考えれば『はぁ…?』ですけれど、今はとにかく今日の事を無駄にしたくはないのですわ!引くに引けなくなった感がありますがそれは気にしないで下さいまし!

 

「さぁどうしますのエスーシャ、このままでは無駄な時間が過ぎていくだけですわよ?」

「何がしたいんだ君は……」

「それは……あー…えっと…」

「…………」

「…べ、別に何も考えていなかった訳ではありませんのよ!?ただなんと言うか、その……」

「……ベール、わたしは初め君をかなりの切れ者だと思っていたが…君は会う度評価を落としていくな…」

「がーん!?…うぅ、本気のトーンでそんな事言わないで下さいまし……」

 

自業自得、趣味に走ったりおふざけが過ぎたりした結果の発言なのだから、評価を落とされても仕方ない事ではあるものの…冗談の気配が微塵も感じられない声音で言われるのは、結構辛い。…けれど、ほんの少しですがわたくしの行為に興味を持ってくれましたわね…。

 

「…結局なんなんだ。言いたい事があるならはっきり言え」

「そんな急かさなくても…」

「急かさなければきちんと言うと?」

「…エスーシャは色々容赦がなさ過ぎですわ…」

「てこでも動かんと言われたのだから当然だ」

「む、むぅ……」

 

またも身から出た錆で自分の首を絞める事になってしまった。しかも言い返せなくなったのも今日初めてではない。更に言えば今日は洒落にならないミスもしている訳で……も、もしかして今日のわたくし、とんでもないぽんこつなのでは…?

 

「……引き際を見誤りましたわ…」

「あからさまに落ち込んだな…はぁ、興味ないが致し方ない……何かしたいなら言え。多少ならば付き合う」

「…ほんとですの?」

「こうして時間を無駄に浪費するよりはマシだ」

「……ならば、わたくしとメル友になって下さいまし…」

「……うん?」

 

身体から手を離し、すっと携帯を見せるわたくし。エスーシャは「え、何?何言ってんの?」みたいな顔をしてますけど…折角の好機、見逃す手はありませんわ…!

 

「メル友と言ってもしょっちゅうやり取りをしたいという訳ではありませんわ。ただその…」

「…………」

「折角それなりに会っているのですから、もう少し仲良くなっても良いではありませんの…」

「……そういう事か…」

「…無理強いはしませんわ。ですがもし、嫌でないのであれば…」

「…全く、君は思った以上に面倒な相手なのかもしれないな」

「エスーシャ……」

 

呆れ顔で、やれやれと言いそうな顔で……それでもエスーシャは自身の携帯を取り出し、わたくしの頼みに応じてくれた。つまり、わたくしの目的はこの瞬間に達成された。…わたくし自身が思っていたのとは、些か違う流れで。

 

「…これで満足か?」

「も、目的ですわ!これさえあればもう一人でさっさと帰ってしまってもいい位に!」

「そうしようものなら流石にわたしも武器を抜くぞ」

「じょ、冗談ですわよ…何か色々申し訳ありませんでしたわ」

「そう言うのであれば、今後に活かしてくれる事を期待しよう」

 

改めてさっさと歩いていくエスーシャを追い、わたくしも共に下山。ギルドまでは同行し、クエストの完了報告を行ったところで解散する。

結果として泣き落としの様な形で手に入れる事となったわたくし。ある意味それは目的の為に都合のいい話をしたようなものですけど…別に後ろめたさはありませんわ。だって……エスーシャとの友好を深めたいと思っているのは、事実なんですもの。

 

 

 

 

「ふぁ、ぁ…明日は出掛ける予定もありますし、そろそろ寝ようかしら…」

 

エスーシャと共にクエストを行ってから数日後の夜。愛読書の一つ(今回読んでいたのは普通の小説ですわ。別に良い子は読んではいけない類いとかではありませんの)を本棚に戻し、時計を見て寝る支度を……と思っていた最中、わたくしの私用携帯が着信音を鳴らす。

 

「こんな時間に着信とは、珍しいですわね…」

 

ネプテューヌ辺りが面白画像でも送ってきたのか、それともあいちゃんのラブメール(実際に受けた事があるかといえば…そ、その内きっとくれますわ!)か…なんて思いつつ液晶画面を見てみると、そこに写っていた送信者の名前は『エスーシャ』。

 

「何故エスーシャから……いえ、まさか…」

 

数秒程首を傾げた後、もしやと思い当たり内容を開くわたくし。すると書いてあったのは……予想通り、エスーシャらしからぬ文章だった。

 

《ベール様、お待たせ致しました》

「…イーシャから、ですわね……」

 

即座に返信を送り、次の送信を待つ為わたくしはベットに座って待機。そもそも当初の目的は携帯を介したイーシャとのやり取りの為ですし、考えてみれば夜分遅くにくるのはむしろ自然な展開ですわよね…。

 

《今回はうたた寝ではないので、時間の余裕はあると思います。ただ朝まで起きないとも限らないので、今回も手早く話を進めさせて頂いても宜しいでしょうか?》

《構いませんわ。しかし、このやり取りも記録に残ってしまいますわよね?それはどうする気ですの?》

《きちんと消しておくので大丈夫です。他に手がかりを残すようなヘマさえしなければ、わざわざ知りもしない消したデータ探しなんてしないと思うので》

 

言われてみれば確かに…とわたくしは一人納得。データは消しても大概削除データをまとめておく場所があるものの、基本その領域は自身で消したデータを見たい時位にしか見ないもの。後はパートナーに浮気の可能性を感じた時位でしょうけど…そんなドロドロした展開は見たくありませんわね…。

 

《ベール様。これからお伝えするわたしとエスーシャ、それにヌマンとレディの事情は、ベール様には一切関係のない事。それ故に、ベール様が協力しなければいけない道理はありません。ですから、読んだ上で協力する気になれないと思ったのであれば、断ってくれて構いません。前回は協力してほしいと書きましたが、それはわたしの都合ですから》

「…………」

 

口頭では殆ど話さないのに、デジタルな手段(と筆談)ではここまで饒舌になるなんて、一体どこの閃光の指圧師(シャイニング・フィンガー)ですの…などと思っていたものの、たった今送られた内容を見て一度手が止まる。……全く、どう考えても貴女達は尋常ならざる状態だと言うのに…。

 

《分かりましたわ。けれど、あまりわたくしを見くびらないで下さいまし。助けを必要としている人に助けを求められる…それだけで、女神は協力したいと思うものなのですから》

《……ありがとうございます》

《いえいえ、それより本題に入って下さいな》

 

最初エスーシャに協力を求められた時、すぐに応じなかったのはエスーシャの真意が分からなかったから。現在まだ協力するか否かの決断を下していないのは、決断する上でイーシャの話が重要になると思ったから。ですからこれは、欠かせない話。これからのわたくしとエスーシャの関係に大きく影響する、大切な話。

 

《…わたしとエスーシャ、ヌマンとレディは全員が普通の頃から友達でした。…因みにヌマン、レディと言うのは二人が今はそう呼んでほしいと言っているだけの通称なんです》

《そうでしたの…見た目そのままな名前だとは思っていましたけど、本名ではありませんのね》

《はい。わたし達は、四人で自主制作映画を作るのが趣味でした。たった四人のアマチュアチームだったので、作った映画はどれもお粗末なものでしたが、それでもわたし達は日々映画製作を楽しんでいました》

《そういうものは、仲間と協力して作る事自体が楽しいんですものね。分かりますわ》

 

結果ではなく、過程を楽しむ。それはその行為を生業としていない、所謂趣味の世界ではよくある事で、結果に固執していない分健全とも言える楽しみ方。勿論過程を楽しんだ上で良い結果も目指すというのが一番ですけど…趣味は基本的に満足したもの勝ちですものね。

 

《演技練習、セットの作成、それにロケと、わたし達はそれなりに凝った事もしていたんです。時には苦労もしましたが、苦労してこその映画製作だと思い、少しずつ難しい事にも挑戦していました》

《…ここまでは、なんら問題ありませんわね》

《はい。わたし達の人生が狂ったのは、ある時……刑事物のラストシーンの為、崖で撮影を行っていた瞬間です》

 

刑事物で崖と言えば、刑事が犯人を追い詰める上で定番の場所。けれど……相手の様子が一切分からない携帯越しでのやり取りでも、この流れで崖となれば嫌な予感しかしてこない。そして……

 

《わたしがカメラを回す中、三人は崖で演技を行っていました。場所が場所だけに臨場感があり、撮影もいつもより上手く進み、もしかしたら過去最高のシーンが取れるかもしれない……そう思っていた瞬間でした》

 

 

 

 

《崖が崩れて、三人が崖の下へと落ちていったのは》

 

わたくしの返信を待たずに…というより、わたくしがなんと返せばいいか迷っている内に、イーシャはその事実を語った。普通の人間が、崖から落ちたとすれば……その結果は、考えるまでもない。

 

《幸いにも三人は沖へと流される事はなく、即死もしていませんでした。ですが、瀕死の状態且つ、街からも離れていて助けも望めない絶望的な状況。…恐らくあの時点で、三人の命を救う手段はなかったんだと思います》

《そんな……いやでも、待って下さいまし。確かエスーシャが言っていたのは、魂の移動…では、もしや貴女は……》

《お察しの通りです。わたしはルウィーの出身であり、わたしの家系にはある秘術が伝わっていました。……魂を別の存在へと移し変える、独自の魔法が》

 

これまで分からなかった、魂の移動の手段。それがこのタイミングで明かされるというのは驚きで…しかし魔法だというのなら、納得出来る理由だった。シェアに次ぐレベルで奇跡に近付ける技術、それが魔法なんですもの。

 

《幸か不幸か近くにスライヌがおり、それを見つけたわたしはまず二人の魂をスライヌへと移し変えました。ですがそれ以上の生物は見つけられず、エスーシャはいつ力尽きてしまってもおかしくない状況。それに焦ったわたしは、それでも何とか助けたいと考え……気付きました》

《自分自身に移せばいい…という事ですわね》

《その通りです。ですが本来、魂移動の魔法は入念な準備を行い、時間をかけて行うもの。ヌマンとレディが今の姿となり、わたしも普段は眠りにつく形となってしまったのは…そのどちらも満たさず強引に行った事が原因なのかもしれません》

 

そうして、イーシャからの事情説明は終わった。一体何があり、どうして四人は今の状態になっているのは、よく分かった。だから今なら理解出来る。エスーシャの覚悟も、決意の固さも。

 

《…お三方は、それを知っていますの?》

《いえ。ですがわたしが魔法を使える事は知っていましたので、状況からわたしが何かしらしたとは思っている筈です》

《そう、ですのね…今教えて下さった事を、伝える気は…?》

《…ヌマンとレディはともかく、エスーシャには言えません。崖で撮ろうと言ったのはエスーシャで、エスーシャは撮影において中心となってくれていましたから。ですから、もし全てを知ったらどうなってしまうか分かりません。…今でもエスーシャは、日々自責の念に駆られているんです》

《では、貴女の生存も…》

《伝えていません。現在エスーシャは『どこかにあるイーシャの魂を、この身体へと戻す必要がある』と思っていますが、真実を知ればきっと……自身の魂、精神を崩壊させる事でわたしを復活させようとするでしょうから》

 

無愛想で、ケイに負けず劣らず感情の起伏が分かり辛いエスーシャ。そんなエスーシャが無愛想な表情の裏で過去を後悔し、自分のせいでイーシャが消失したも同然だと思っているとしたら……

 

「…………」

 

エスーシャとの協力関係を結ぶ事は、モンスターとの共存研究の内容を伝える事であり、国家級の極秘情報を他人に漏らす事に他ならない。もしエスーシャの心に悪意が混じれば、そうでなくとも何かの拍子にこの情報が、モンスター研究を極秘裏に行なっていると部外者知られてしまえば、わたくしの信用もリーンボックス教会の信用も暴落してしまう事は間違いなく、だからこそ出来るならばこの事は他言したくはない。…けれど…ですけれど、そんな事……エスーシャ達の事を思えば、不安など障害にはなりませんわ。

 

《…教えて下さり感謝致しますわ、イーシャ。……これからも何か気になる事があればお聞きしたいので、時折連絡を送って下さいまし》

《それは……》

《えぇ、安心して下さいな。わたくしはもう決心しましたわ》

 

 

《貴女達の為に、友の為に、出来うる限りの協力を行うと》

 

国の長の決定は、国の動向にも関わる事。国の長が感情に流されて判断を下すのは、あってはならない事。けれど、わたくしは常に合理的な、理論的で感情の通わない選択など、微塵もするつもりはありませんし、したくもありませんわ。何故ならわたくしは女神。誰よりも理想を追い求め──その理想の為に全力を尽くす事こそが、わたくしの思う女神の在り方なんですもの。

 




今回のパロディ解説

・この周辺にしか存在しないポケモン〜〜
ポケットモンスターシリーズの一つ、ポケモンGOの事。山奥なので面子云々以前に楽しめるかどうか微妙ですね。ゲイムギョウ界のソシャゲ事情にもよるでしょうが。

・この周辺にしか存在しない〜〜妖怪〜〜
妖怪ウォッチシリーズの一つ、妖怪ウォッチワールドの事。こちらはGOよりは山奥でも楽しめると思いますが、二人が山奥でやってたら物凄くシュールでしょう。

閃光の指圧師(シャイニング・フィンガー)
STEINS;GATEの登場キャラの一人、桐生萌郁の事。流石にあそこまで素早くは打っていませんし、あそこまで砕けた口調にはなっていません。そうだったらビックリです。


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第三十六話 結ばれた手

モンスターとの共存。言い換えればそれは害獣との共存で、人に仇なす存在との共存。モンスターを根絶するのではなく、互いの生活圏を隔絶するのでもなく、同じ世界で共に生きる……そんな荒唐無稽な目標をわたくしが掲げ、研究を進めているのは何故か。排除よりも共存の道を歩む方が人々の安全に繋がる…というのはある。モンスターと心を通わせる事が出来れば、国の防衛においてその力を借りる事が出来るかもしれない…というのもある。或いは、わたくし達女神とモンスターが近しい存在である事がそういう気持ちにさせた…というのもあるかもしれない。けれどやはり一番の理由は、可能性を感じたから…これまで何度か見た敵意無いモンスターの姿に、普通ならば最もあり得ない存在ですらそれを見せてくれた事に、不可能ではないのかもしれないとわたくしの心が動いたから……

 

「……っと、手を止めてしまいましたわね」

 

すぐ近くで顔を覗き込む双眸の光に、意識を引き戻されるわたくし。イーシャから四人が今の姿形となった理由を伝えられた日の翌日。わたくしは教会の敷地内の一角にある、モンスターの地下飼育場へと足を運んでいた。

 

「ぐるるぅ?」

「何でもありませんわ。さ、ご飯の時間ですわよ」

「ぐるがぁっ♪」

 

現在わたくしが対面しているのは、ここにいる中で最も大きく、ゲイムギョウ界全体から見てもトップクラスの強さを誇るモンスター。本来なら一度暴れ出せば都市すら壊滅させてしまうかもしれない程の、強大なモンスターなのですけど……わたくしの目の前にいるこの子は、餌を見せた途端にぐるるとご機嫌そうに喉を鳴らして、曇りのない瞳を輝かせていますの。…えぇ、はっきり言ってペット感が凄いですわ。見た目とサイズはさておきですけど。

 

「そんなに焦らなくても、誰も取ったりはしませんわよ」

「ぐるぅ!がるがるっ!」

「聞く気ゼロですのね…まぁ、食欲旺盛なのは良い事ですわ」

 

餌である巨大な肉を正面に置くと、早速この子はがっつき頬張る。この子の前にも何体かのモンスターに餌をあげましたけど…やはりその子達とは勢いが段違いですわね。…不用意に手を出したりなどすれば齧られてしまいそうですけど……nintendogsシリーズで腕を鍛えたわたくしならば、モンスターのお世話もお手の物ですわ。……多分。

 

「…本当は、放し飼いとまでは言わずとも外の空気を好きに感じられる場所で生活させてあげたいのですけどね……」

「……がる?」

「…もう暫くは、偶に外に出してあげるのが限界だと思いますわ。ですがいつかはもっと暮らし易い環境を作って差し上げますから、それまで待ってて下さいまし」

「ぐー……がうっ!」

「ふふっ、良いお返事ですわ」

 

ここにいるモンスター達が、どこまでわたくしの言葉を理解しているのかは分からない。投げかけた言葉も、本気で返答をしてほしくて言った訳ではない。けれどそれでも、この子はわたくしに期待してくれているような鳴き声を上げてくれた。見回してみれば、他の子もそれぞれきちんとわたくしの話を聞いていてくれたような顔をしている。恐らくこれにはわたくしの想望が混じっていて、実際のところは全く違う事を考えているのかもしれませんけど…そもそもこれは、わたくしの都合…つまりはエゴで行っている事。ですから協力的であろうとなかろうと、大義を外部に求めずわたくし自身で責任を持つ事が大切ですわよね。

 

「さて、真面目な事はこの位にしておきましょうか。折角来たのですし、今日はわたくしが健康診断を……」

 

気持ちを切り替えたわたくしは、怪我や病気を患っていないか確認をしようと一歩前へ。すると丁度そのタイミングで、わたくしの業務用携帯が音を立てる。

 

「どうかしまして?」

「グリーンハート様、ギルドの支部長殿がいらっしゃいました」

「あぁ、もうそんな時間でしたのね。ではわたくしの部屋に案内して下さいまし」

「畏まりました」

 

液晶に写っていた名前通り、電話の相手はイヴォワール。朝一番で連絡を取ったエスーシャが到着した事を知ったわたくしは指示を出し、続いてまた今度とモンスターに挨拶をかけつつ飼育場を後にする。

 

(…にしても、今日はいつもよりセンチメンタルになってしまいましたわね)

 

教会内の自室へ向かう途中、ふと考える。普段ならば気を楽にして接するモンスター達相手に、このような心境となったのは……十中八九昨日の件があり、今日の件があるが為。気が重くはならないものの……その事を考えると、引き締まる感覚はある。

 

(…とはいえ、もう決心はついているというもの。研究も、協力もわたくしの責任の下行う行為…気が引き締まる位が丁度いいのですわ)

 

重過ぎる責任は心身を縛る枷になる、万人にとってのデッドウェイト。けれど人によるものの、適度な責任はやる気や向上心に繋がる効果もあって、今はその適度な責任が心地よい。胸と同じで、重みを感じるというのも悪くない……そういう事ですわ。

 

 

 

 

「お待たせ致しましたわね、エスーシャ」

 

自室に入ると、エスーシャは協力の話を持ちかけられた日と同じ場所へ腰を下ろしていた。ヌマンさんとレディさんは今日来ていない様子。

 

「気にするな、然程待ってはいない」

「あら、それは所謂『大丈夫、私も今来たところだから』的台詞でして?」

「そんな下手な台詞を君に言うとでも?」

「まぁ、そうですわよね」

 

テーブルに置かれているのは前回同様紅茶とお茶菓子。これはイヴォワールかチカが用意したのでしょうね。

 

「して、要件はなんだ。朝方に連絡を取る程の重要な案件なのか?」

「えぇ。……エスーシャ、わたくしは今日協力の件の答えを伝えようと思っていますわ」

 

そう告げた瞬間、エスーシャの眉がぴくりと動く。けれど普通の人であれば訊き返すなり答えを焦るなりするところを、それだけの反応で済ませるというのは、流石はエスーシャと言ったところ。

 

「…わざわざここへ呼んだという事は、答えを伝えてお終い…という訳ではないんだな」

「その通りですわ。回答を出す前に、きちんと問い質しておくべき事、聞いておきたい事がありますもの」

「そうか…ならば答えよう。わたしに答えられる事ならば、如何なる質問でも」

 

真面目そのものの顔でエスーシャがそう言うと、その様はまるでRPGの貴族や王(魔王含む)のよう。…いやまぁ実際RPG原作でわたくしもエスーシャもRPG世界の住人なんですから、当然と言えば当然なのですけど…って、そういう話ではありませんわね。

 

「それではまず、どのようにして研究の事を嗅ぎ付けたのか教えて下さるかしら?」

「その事か…別に何かした訳じゃない。知る事が出来たのは、完全なる偶然…それこそ、天が味方したとしか言えない程の、偶然の産物さ」

「偶然?…偶然で知られてしまう程、緩い体制は作っていませんわよ?」

「人間誰しも想定外の抜かりはあるものさ。…ベール、君はあるモンスター相手に研究をしてみたいという旨の話をした事があるだろう?」

「それは、ありますけど……」

 

何故それを知っているのかはともかくとして、確かにそれはした事がある、と認めるわたくし。クエストの目的地とされる事も少ないある樹海にて偶然出会った、敵意のないモンスターに対してわたくしはその話をしていた。あの時は、半ば独り言の気分で言っていただけでしたけど……。

 

「…それを、偶然耳にした訳だ。わたしではなくヌマンとレディが、だが」

「そんな、馬鹿な…わたくしはあの時、場所が場所という事もあって周りに気を配っていましたのよ?しかもあの時は女神化していたんですのよ?その状況でわたくしに気付かれず聞くなど……」

「二人の身体が、人のものではないとしても?」

「……!…そういう事、でしたのね……」

 

わたくしの疑問を制するように発された、エスーシャの一言。その一言でわたくしは理解した。

あの時わたくしがいた樹海は、前述の通り人の手があまり入らない事もあってモンスターの生息数がかなり多い場所。それ故にわたくしは、どうせいるのだからとモンスターに対する注意は最低限にしかしておらず、またモンスターであれば聞かれても問題ないと思っていた。何故なら、その時わたくしは人と同じ頭脳を有し、人と意思疎通出来るモンスターなどいないと思っていたから。

 

「…所詮人は己の知る事しか知らない…それが分かっていても、ミスは起きてしまうのですのね…」

「知らぬ事の考慮とは即ち、数多ある可能性の全てに対策を立てる事と同義だ。出来なくても仕方ないさ」

「気遣い感謝致しますわ。…しかしまさか、あの場にお二人が居合わせるとは…」

「だから初めに言っただろう。偶然の産物だと」

「そうでしたわね。…今のは問い質しておきたい質問。そしてそれは解決出来たと言えますわ」

 

今回の件からわたくしが得るべき教訓は、真に秘匿すべき事はどんな場でも慎重に扱うべき…といったところかしらね。

そんな事を考えながら、わたくしは立ち上がって窓の前へ。とはいえそれは窓を開けたいだとか、カーテンを閉めたいだとかではなく、どちらかと言えばポーズの意味合いが大きい。

 

「…二つ目…聞いておきたい事は恐らく、貴女にとって気分の良い話ではないと思いますわ。それでも答えてくれまして?」

「無論だ。目的の為ならどんな犠牲も厭わない覚悟でわたしはここにいる」

「……それは、危うい考え方ですわよ?」

「別に他人や環境などどうでもいい、とは思っていないさ。それに…人々の平和と繁栄の為に無茶をするらしい女神の一人に、それを言われたくはないね」

「あら、よくご存知で」

「様々な情報の集まるギルドの支部長の情報力、舐めてもらっては困るな」

 

否定はせず、敢えて余裕ぶって返してみると、エスーシャもまた不敵な笑みを浮かべて返答を口にした。……こういうやり取りも、初めはままならなかったのですわよね…。

 

「…ならば、訊きますわ。貴女が……エスーシャが魂の移動を実現させたい理由と、その理由を抱く事となった経緯を」

「……っ…」

 

ぴくりと肩を震わせ、目を見開いたエスーシャ。その反応は訊かれるとは思っていなかったからか、それとも他言したくない事情だからか。今の反応だけでは判断出来ないものの……何れにせよ、この質問を取り下げるつもりはない。

 

「…答えられませんの?」

「…それ、は……」

「モンスター研究の件で協力関係を築く事は、わたくしや教会にとって大いに危険な行為。ですから踏み込んだ質問をする権利はあると思いますし…それに、わたくしは利益云々ではなく、貴女への情で協力したいと思っているのですわ」

「…………」

「……どうしますの、エスーシャ」

 

理由も経緯も、わたくしは既にイーシャから伝えられて知っている。だからわたくしは、内容そのものを聞きたい訳ではない。エスーシャ本人の口から、エスーシャ自身の言葉で、きちんと聞きたい……そういう思いが、わたくしの胸にあった。

言葉に詰まったエスーシャを、わたくしは見つめる。そのままお互い一言も発さない時間が十数秒程過ぎて……エスーシャは、口を開いた。

 

「……分かった、話そう。わたしが魂の移動を望む理由を…わたしの犯した、愚かな罪を」

 

そうしてエスーシャは語る。事実を、過去を……彼女の抱く、思いを。

 

 

 

 

これまでエスーシャは、感情を剥き出しにする事はまず無かった。わたくしに頭を下げた時も、長大な木の枝から落下した時も、感情を滲ませる事こそあれど露わになどはしなかった。…少なくとも、昨日までのわたくしが知るエスーシャは、感情をあまり表には出さない…そんな人間だった。

 

「…気付けば、そこにいたのはスライヌとなった二人と、イーシャとなったわたしだけだった。……それが、事の顛末さ」

 

自嘲と皮肉が混じり合ったような、不自然な笑みを浮かべてエスーシャは話を締めくくる。その顔に、抱えていたものを吐き出してすっきりした…なんて様子は、無い。

 

「ふっ…口に出してみて改めて実感したよ、わたしの愚行の罪深さを」

「…事故に、罪深さなどありませんわよ」

「事故であろうと過失があればそれは罪だ、結果は結果なのだから」

 

わたくしの向けた瞳からは目を逸らさず、真っ直ぐに返してきたエスーシャ。自虐を覆すのは難しい。それが長い時間で強固となり、心の根底部分にまで入り込んでしまっているなら尚更の事。

 

「だとしても、貴女はそうしたくてそうした訳ではない…確かに結果は同じですけど、動機もまた重要ですわよ?」

「その動機次第で三人を救えるのなら、幾らでも考え直すさ。…理由と経緯は話した。まだわたしに問う事があるのなら……」

「…いえ、質問はもう十分ですわ」

 

自らの言葉でエスーシャの言葉を制し、エスーシャの隣へ。

エスーシャに対して思う事はある。言いたい事もある。けれど今は、約束を果たすのが先ですわ。

 

「エスーシャ。わたくしは貴女に話を持ちかけられて以降、貴女の人となりを見て、感じてきましたわ」

「…………」

「日々の言動、職務へ取り組む姿勢、目的に対する決意の強さ……それ等を総じて考えれば、貴女は十分に信用出来る人物であり、信頼を置ける方であると言えますわ」

「…それは、今のわたしの話を聞いてもか?」

「えぇ、当然ですわ。…ですから、わたくしが貴女へ返す答えは一つ……」

 

無愛想ではあるものの、その内に秘めるものは悪意ではない。信用の為の真面目さであったとしても、己が役目を十全に全うしている事には変わりない。その決意は…初めから強い思いの下にあるのだと、分かりきっている。だからわたくしは立ち上がるように促し……右の手を差し出す。

 

「──協力の申し出は、喜んでお受けさせて頂きますわ」

「……ありがとう、感謝する…」

 

立ち上がったエスーシャに握られる、わたくしの右手。エスーシャが浮かべているのは、どこか安堵したような表情。この協力関係に書面や形式的な声明はなく、あるのは言葉とこの握手だけ。だとしても、この繋がりは強く…硬い。

 

「…協力を得られたからと言って、支部長の仕事をおざなりにしては駄目ですわよ?」

「そんな当たり前の事、言われなくても分かっている…」

「ならば良し、ですわ」

「君はわたしをなんだと思っているんだ……ベール?」

 

安心のおかげか普段より心なしか表情の緩んだエスーシャは、いつもの通りすぐに帰り支度を始めようとする。…けれど、わたくしは握った手を離さない。

 

「…手を、離してくれないか」

「それは出来ない相談ですわ」

「……何故?」

「まだ貴女に言いたい事があるんですもの」

 

握り潰すような力ではなく、しかし離せない程度には力を込めているわたくしへ、エスーシャは怪訝そうな顔を見せる。そしてわたくしが理由を述べると…彼女は観念したように頷いた。

 

「…なら、聞こう」

「助かりますわ。と言っても、別に協力関係に条件を付けようだとか、情報漏洩しないよう脅しをかけておこうだとか、そういう事ではありませんの」

「条件や脅しでないなら、何だと言うんだ」

「……わたくし、貴女の考え方が気に食わないんですの」

「…何?」

 

手を離し、柔和な笑みを浮かべ……はっきりと、言った。考え方が気に食わないと、言い切った。その言葉に、エスーシャは一瞬呆気に取られる。

 

「罪を認めず、自己の正当化に走る事程見苦しいものはありませんわ。けれど、ありもしない罪を負い、誰にも望まれていないにも関わらず贖罪の念に駆られる事もまた、美しい行為とは言えませんのよ?」

「……何が言いたい…」

「三人は自分のせいで不幸となったと考えるのはお止めなさいな、と言ってるのですわ」

「……っ!」

 

少しだけ声音を強め、再びはっきりと言い切る。……その瞬間、エスーシャの目つきが変わった。

 

「…それは、説教のつもりか?」

「意見を述べたまでですわ。女神としての…統治者として、様々な人を見てきた者としての意見を」

「……余計なお世話だ」

「わたくしの言葉が余計であるならば、貴女の罪の意識も三人からすれば余計なお世話ではなくて?」

「…わたしの思いが、余計だと…?……何が分かる…」

 

三人の事へ触れた途端、エスーシャの目つきの鋭さは一層深く、一層険しいものに変化する。わたくしの言葉が逆鱗に触れたかの様に、エスーシャは一度俯き……激昂した。

 

「聞いただけの貴様に、何が分かるッ!ヌマンとレディは、人としての人生を失った!イーシャは自身の身体を失った!そしてわたしは、三人を不幸へ導いたわたしだけが、人のまま救われた!これを不幸でないと言うのなら、わたしに罪がないと言うのなら、なんだと言うんだッ!否定するならば、答えてみせろベールッ!」

 

声を荒げ、掴みかからんとする程の気迫で迫るエスーシャ。普段の様子とかけ離れた、感情剥き出しのエスーシャ。…その様だけで、エスーシャの抱える罪の意識の重さが伺える。

 

「……事故、としか言えませんわ。不幸という言葉を使うならば、不幸な事故…という形でしょうね」

「不幸な事故、だと…?…そんなもので、片付けられるものか!」

「では、貴女はお二人を崖から突き落としたと?崖が崩落する可能性を知っていた上で、そこを選んだと?…そうでないのなら、やはりそれは事故でしかありませんわ」

「黙れッ!それは部外者の言葉だ!何も負わず、何も苦しんでいない他人だからこそ言える綺麗事だ!偉そうにそう判断するのなら、三人の前でも言ってみせろ!人としての死は、身体の消失は、仕方のない事だったのだと!」

「……貴女こそ、それをお三方の前で言えるんですの?貴女の友であったお三方へ、自分の罪なのだから、自分を恨んでくれと」

「……っ…そ、れは…」

 

エスーシャは動揺に瞳を揺らがせる。…今のは少し、ズルい手段を使ってしまったかもしれない。何故なら、わたくしは話を逸らしてエスーシャの問いを避けたのだから。……けれどこれは、勝ち負けを決める論戦ではなく、ましてや自らを苦しめるエスーシャの心を放置など出来る筈がない。

 

「貴女が自身を責め続ける限り、お三方は自分達のせいでエスーシャが罪の意識に苛まれている…と思ってしまう筈ですわ。 それは、貴女の望む事ですの?」

「…三人が、あれだけの事をしたわたしを気遣うものか……」

「友情を下に見るのは、その相手への侮辱ですわ」

「……なら、三人の無念はどうなる…三人は何に思いをぶつければいいと言うんだ…!」

「…それは、お三方次第ですわ。そもそも…お三方がどう思っているかを、貴女は実際に訊いたんですの?」

 

罪の意識に駆られる者の多くは、自分はそうなのだ、周りもそう思っている筈だ、と自分自身で自らを責める傾向がある。それはある種、独り善がりな考えで、周りの思いを拒絶しているとも言える行為。誰の為にもならない、ただ自身も周りも不幸にしてしまう考え方……けれど、それを自分一人では止められないのもまた、人というもの。人も女神も、その考えに至ってしまえば同じ事。

だからこそ、その考えを止める為に必要なのは他人の言葉。エスーシャはわたくしの問いに、ゆっくりと首を横に振る。

 

「…訊ける訳がないだろう…イーシャと話す術はなく、二人もわたしが訊いたところで、素直に答えてくれる筈がない…」

「何故、素直に答えてくれないんですの?」

「…………」

「……分かっているのでしょう?答えてくれないのは、自分を気遣ってくれるからだと。…えぇ、きっとその通りですわ。だから、お三方が貴女を憎悪しているなどとは考えないで下さいまし。お三方の事を思うならばこそ、自分を咎人だとは思わないで下さいまし。でなければ、貴女のその在り方は…痛まし過ぎますわ…」

 

イーシャを救う事。お二人を助ける事。その思いを否定するつもりは毛頭なく、それに関しては全力で手を貸したいとわたくしは思っている。けれどそれと同じように、エスーシャの心の救済も、わたくしはしたい。エスーシャが自身を犠牲にする事なく、全てを良い方向に持っていけるようにしたい。……わたくしの心にあるのは、ただそれだけの思い。

 

「…だったらもし、本当に三人が恨んでいたらどうする…」

「その時は、わたくしがエスーシャの味方となりますわ。だってわたくし、エスーシャが悪いとは思っていませんもの」

「……呆れる程に、君はお節介だな…」

「わたくし、人には試練よりも祝福を与えたい派なんですの。それに貴女がどう思っているかは分かりませんけど…わたくしはエスーシャを、友だと思っているんですのよ?」

 

エスーシャはまず驚きの顔を見せ…数秒後、直前の言葉通り呆れたような苦笑いを浮かべた。その顔からは、友の為と言うなら随分と私的な行動原理をする神だな…とでも言いたげな雰囲気を感じる。…いいじゃありませんの。わたくしは、当代の女神は人の手の届かない場所から一方的に何かをするのではなく、人と同じ場所で共に生きる存在なのですから。

 

「……今のやり取りだけでわたしの考えを変えられると思っているなら、それは大間違いだベール。…君にそう言われようと、わたしの決意は変わらない」

「その位分かっていますわ。わたくしとて、何が何でもエスーシャの価値観を返させてやるとまでは思ってませんし、貴女の言う通り結果は結果。背負うべきものはある筈ですもの。…貴女の背負う罪は、貴女の思う程ではない…それだけ伝われば、十分なのですわ」

「…ふん、もし魂の移動において最高の手段があったのなら…その時は、わたしも何か変わるのかもしれないな」

「ふふっ、ではわたくしも頑張りませんと」

 

どこか遠くを見つめるようなエスーシャの姿に、わたくしは微笑む。今の会話で、何かが変わった訳ではない。まだ何も解決しておらず、むしろやっと今始まったというもの。……だとしても、この始まりは…切っ掛けとなったこの瞬間は、きっと大きな意味がある…そうわたくしは思いますわ。

 

 

 

 

 

 

 

──これが、わたくしとエスーシャ…それにお三方との出会いから協力関係を築くまでの話。そんなわたくしとエスーシャ達との協力関係が、研究の進んだ結果によって予想もしなかった形へと変わっていくのは……もう少し、先の話。




今回のパロディ解説

・一度暴れ出せば都市すら壊滅させてしまうかもしれない程の
ポケットモンスターに登場するポケモンの一体、ギャラドスの図鑑説明のパロディ。この図鑑説明の通りなら、ギャラドスは伝説級に強いんじゃないでしょうか…。

・nintendogsシリーズ
nintendogs及びその続編の事。モンスターを子犬や子猫感覚で見るってなんなんでしょうね。…けど、女神からすればモンスターもペット感覚…は、無理がありますよね…。

・「…所詮人は己の知る事しか知らない〜〜」
機動戦士ガンダムSEEDの登場キャラの一人、ラウ・ル・クルーゼの台詞の一つのパロディ。でも知らない事を知らないのは当たり前。知ってたら知ってる事となりますしね。

・今回の件からわたくしが得るべき教訓は
化物語シリーズの登場キャラの一人、貝木泥舟の代名詞的台詞の一つのパロディ。貝木的キャラはネプシリーズにいませんね。いても物凄く浮いてしまいそうですが。

今回の話にて、一先ず黄金の第三勢力(ゴールドサァド)編前日談は終了です。なので次回からはOPに戻りますが、何かの拍子にまたこちらへ戻るかもしれません。その時はまた活動報告なり各話の後書きなりでお伝えします。


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