ドルオタだけどトップアイドルになれますか? (凪紗わお)
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lesson.1 ご挨拶は丁寧に

 

初めまして、姫野里学園2年生の泉野玲奈です!

 

突然ですが私、アイドル大好きなんです!特に最近人気絶頂のグループ、スタブルって愛称でお馴染みのSTAR☆BLUEの大ファンなの!

 

……まぁ普通、学校でそんなこと公表したら冷たい視線を浴びるのは間違いないんですけども

 

そこでこちら!姫野里学園、アイドル研究部!通称ドル研!

読んで字のごとく、アイドルの素晴らしいところを研究する部活動なのです!

 

おぉ、、、あなた鋭いですね。ええそうです、それは表向きの話です

 

ドル研とは!

私みたいなアイドルオタクのアイドルオタクによるアイドルオタクのための部活!なのです!

好きなものを好きって言って何が悪い!

 

そんなわけで、イカれたメンバーを紹介するぜ!

 

まずは顧問の先生!見た目はショタ、中身は25歳!華奢な体型を隠そうとして女装が趣味になっちゃった!?明日葉融先生!

 

「人が気にしてる事言わないで!」

 

続いて部長!生徒会長にしてスタブル不動のセンター花咲このはファンクラブ3代目会長!何故か自分のファンクラブもあるよ。このはちゃん本人にスカウトされるもこれを固辞!池下沙織先輩!

 

「やぁ、ボク共々ドル研をよろしく」

 

副部長!圧倒的な記憶力の持ち主でSTAR☆BLUE全員のプロフ、全ての楽曲とダンスの振り付けを覚えてる氷室涙先輩!

 

「もう、呼び捨てでいいってば」

 

カップリング厨!音楽一家故か歌がかなり上手で、カラオケ番組で幾度となく優勝しているよ!発育の暴力、雨宮なほ!

 

「発育の暴力って何ですか!?」

 

握手会徹夜組!気に入っている子の握手会のためならば学校すら休む元中学女バス県代表のパワーフォワード、滝本美玖!

 

「ちょっ、なんスかその紹介!?」

 

撮りオタ!腕前は確かなものでステージ上のアイドルの撮影の許可を得ているすごい人!彼女の写真が宣材写真になってる人もいるよ!私の幼馴染、川崎セイラ!

 

「あはは、ちょっと照れくさいな」

 

そして私!保存用、鑑賞用、布教用と発売日にアイテムは必ず3つ買うよ!執事喫茶で男装してバイトしているんだ!泉野玲奈!

 

……ちょっと言いづらいけど保健室と酸素ボンベは友達。ナントカって治療できない病気のせいで5年生存率は30%ぐらいしかないんだって。まぁここでそういうことをぐだぐだ言ってても仕方ないし!この話は忘れちゃってください!えへへ

 

とにかく、ドル研はこんなにも個性豊かな6人が毎日楽しくアイドル談義をしたりして、楽しく過ごしています

もし!生徒の中でちょっとでも興味がある人は部室棟のF3号室まで!美味しい紅茶が君を待ってるぞ!

泉野玲奈でした!

 

 

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「どや?」

 

「いや、どやじゃないっスよ」

 

学校の生徒用ホームページ、部活紹介に載せるプロモーションビデオの出来は我ながら最高の出来だと思う。不満に思ってるのは後輩組の美玖ちゃんとなほちゃんくらいかな?

 

「実にユニークだよ、ボクはいいと思うな」

 

「私情剥き出しっスよ?」

 

「玲奈の個性って感じでウチは悪くないと思うよ」

 

「セイラ先輩は玲奈先輩にめちゃんこ甘いですよね」

 

「ざっと砂糖1トンってところね」

 

「ごめん涙先輩、何言ってるか分かんないっス」

 

「それより気になるのは…」

 

「る、涙先輩?」

 

「ほら、酸素ボンベ。過呼吸気味じゃないの」

 

「あ、あはは。ごめんなさい」

 

バレてた。連続で大きい声を出すとちょっと辛い。さっきも言ったけど、涙先輩は記憶力の化物。きっと私が過呼吸気味の姿も記憶してるんだと思う

 

「最近の貴女を見てると生き急いでるようにしか見えないわ」

 

「涙。それ以上いけないよ」

 

「……うん」

 

もしかしたら、きっと皆分かってたのかな。いつ倒れてもおかしくない私が心配させないために割と無理してること

 

「生き急いでる」か。あながち間違いじゃない。元気なうちにやれることは全部やりたい。このビデオでナレーションやりたいって言ったのも、私が生きた証を残したかったから

 

でもそんな遺言みたいなものは、ドル研の皆は望んでないんだね

 

「ねぇ皆、私、もうちょっと素直になっていい?」

 

「ウチら仲間でしょ。ちょっとどころか、どっかり素直になりなって」

 

「セイラ先輩の言う通りですよ。むしろこの2ヶ月後輩にまで遠慮してたんですか?」

 

そこまで言われるとは思わなんだ

 

湿っぽいのはヤだけど、ドル研ってこんなにも暖かかったんだ

頼れる先輩2人と可愛がり甲斐のある後輩2人、そして幼馴染。愛されてるな、私

 

「みんなー、盛り上がってるとこ悪いけど下校時間だぞー」

 

「ゆーせんせー!タイミング考えて欲しいっス」

 

さあ、日常はきっと、まだまだ続くよ。だから皆から受け取った暖かさを、愛を守るため今日も笑おう。……なんて、ポエマーみたいだね

 

 

 

言い忘れてたけど、これは姫野里学園アイドル研究部がいろんな巡り合わせの果てにトップアイドルになっちゃう物語だ……って、なんか聞いたことあるような!?



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lesson.2 笑顔は基本

気付いた方もいるかと思いますが、ドル研メンバーの苗字は「水」に関するものが付いています


 

「おっはよー!」

 

「放課後ですよ、玲奈先輩」

 

勢い良くドアを開けるといつもの日常。5年生きれるかどうかの私にはそれだけでとても嬉しい

 

部室の奥のパソコンを触る沙織先輩、2つ繋げた長机の奥で難しそうな本を読む涙先輩。なほちゃんはその隣に座っている

 

「あれ、美玖ちゃんは?」

 

「バスケ部の助っ人です。『桜路との試合終わったらすぐ行くッス!』って言ってました」

 

「あはは、似てる似てる」

 

そう言いながら涙先輩の正面に座る。普段はセイラが座ってるけどまあいっか

 

「ところでセイラ先輩は?」

 

「もうすぐ来ると思うよ。今日の掃除でゴミ捨て担当だから」

 

なんて言ってる間にセイラは来た。私の隣に座って、パソコンを閉じた沙織先輩が長机の狭い方の席に腰を下ろし、アイドル談義が始まる

 

「さて、今日は何について語ろうか」

 

各自持ち寄ったアイドル誌を適当に並べつつ吟味する。

 

……ん?

 

「あれ?このプリンセスボックス、発売前じゃないか?」

 

「だよね!日付感覚狂ったかと思った」

 

「ああ、お姉ちゃんから貰ったのよ。自分の特集があるからって見本誌を出版社から頂いてたらしいわ」

 

「お姉ちゃん?」

 

「そうか、まほちゃんは知らなかったか。涙のお姉さんは『神ファイブ』の氷室明日香だよ」

 

「ええっ!?」

 

『神ファイブ』とは。メンバーによる完全オーディション制のSTAR☆BLUE。そのスタブルが年に二度行っている人気投票のトップ5のことで、神ファイブに入るとメディア露出が優先される。

 

そんな残酷で厳しいSTAR☆BLUEの神ファイブに入り、センターをずっと務めるっていうことから地下アイドル達からは『バケモノ』と称されるのが花咲このは。涙先輩のお姉ちゃん、氷室明日香はそれに次ぐNo.2。明日香さんもとても凄い人だと思う

 

「じゃあテーマは決まったかな。涙の姉も所属する神ファイブだ」

 

「遅れましたッス!」

 

「みくちゃん!座って座って!神ファイブ談義始まるよ!」

 

「了解ッス」

 

「ねぇ美玖知ってた?涙先輩のお姉ちゃん、『神ファイブ』の氷室明日香さんなんだって」

 

「ええええええええええええええええええええええええええええええ!?」

 

運動部出身は発声方法が違うね

 

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「まず、神ファイブに入る人は天才か否か」

 

沙織先輩が机の上のホワイトボードに記す

 

「少なくとも、お姉ちゃんはそうじゃない。間違いなく努力家タイプよ」

 

「そうなんスか?」

 

「アイドルは可愛いだけで成立するような仕事じゃない。歌唱力とダンス力の両方が同時に求められるのは分かるわよね?」

 

「もちろんッス」

 

「当然センスを求められることもあるけどそれは変わらないよね」

 

私がバイトしてる執事喫茶にも、デビューして間もない男性アイドルがいる。日々のレッスンがキツすぎて倒れそうだと話を聞いたことがある。つまり、センス以上に努力が必要ってことだ

 

「私の家、地下に小さなスタジオがあってね。オフの日や用事がない時はそこに篭ってる」

 

「そこでひとり練習してるんですね」

 

『バケモノ』花咲このはに勝ちたい、その一心でレッスンを積んでいるとするなら――

 

「努力の天才、だね」

 

「でもそれ以上にそれが普通なんだと思う。明日香さんみたいな例は少ないと思うけど」

 

漫画やアニメでも練習のシーンはほぼ欠かさず描かれていたけれど、血反吐を吐いてまで、というのは流石に見たことがない。まぁ表現の規制とかの絡みかもだけど

 

そんな辛さを知ってるから、笑顔の奥の努力を知ってるからセイラの一言が信じられなかった

 

 

「……ねぇ、私達もアイドルやってみないか?」

 

『え?』

 

 

一体何が始まるんです?



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lesson.3 自分が出来ることを精一杯

 

「私たちが、アイドルを……ですか?」

 

何を突拍子もないことを、というようになほちゃんが繰り返す。私も同意見

 

「セイラ、怒るよ?先輩の話聞いてた?」

 

「聞いてたよ。だからこその提案さ」

 

ますます意味がわからない。果てしない努力の果てにアイドルは輝く。それはさっきの涙先輩のお姉ちゃん、明日香さんのお話で分かったはずだ

 

その上私達はSTAR☆BLUEのように芸能事務所に所属していて、ほぼ専属の作詞曲、振付師、衣装デザイナーがついているわけでは無い。やるなら曲作りから何から自分たちでやらないといけない

そして何より私だ。数分大きな声を出すだけで過呼吸気味になるのに、レッスンの段階で『お迎え』が来てしまうのではなかろうか

 

「自分はやってみたいッスけどね」

 

美玖ちゃんはいつも通りか。涙先輩は多数決には参加しない様子。発育の暴力なほちゃんは恥ずかしがり屋だしこっち側かな

ある人物以外同意見なようで、自然と視線がその人に集まる

 

「……ボクの意見が聞きたいのかい?」

 

ロリ僕っ子な生徒会長で、自分のファンクラブがあって、花咲このはファンクラブ会長。そんなライトノベルのような肩書きを持つ彼女の決定が気になってしまう

 

「玲奈の言う通り、涙の話を聞いていたなら決して賛成は出来ない。美玖は運動部の助っ人があるし、玲奈の体調管理、ボクだって生徒会の仕事がある。問題は山積みさ」

 

「反対ってことっスね」

 

「いや、だからこそ賛成だよ」

 

『はあ!?』

 

「いやいや、さっき現実的ではないって言ったわよね!?」

 

「ってセイラ、何写真に収めてんの」

 

「いやー涙先輩の珍しいモノを見れたからね」

 

「ふふ、ボクが言いたいのはつまりそういうことさ」

 

「えーっと、話が見えないんですが」

 

「なぜボクがこのはさんのスカウトを断り続けてきたと思う?」

 

「メンバーのひとりとしてではなく、ファンとしてこのはさんを好きだからじゃないんスか?」

 

「それもあるよ。でもセイラの提案のおかげでそれより強い想いに気付いたのさ」

 

「想い、ですか」

 

「STAR☆BLUEにドル研として挑戦したい。その想いがね」

 

「ドル研として?」

 

「借りにスカウトに応じたとして、次にボクは誰をスカウトするだろう?そんな妄想を何度もしたわけだが、真っ先に浮かんだのは君達ドル研。涙はもちろん、玲奈、セイラ、美玖になほ。全員の顔が浮かんだんだ。皆可愛いから」

 

私含め耳まで真っ赤になってしまう。そんなストレートに告白しなくてもいいじゃん!

 

「それに玲奈。生き急ぐ君にはピッタリだと思うよ」

 

はい?

 

「言葉を選ばないけど、君は数年のうちに死んでしまうのだろう?それなら後悔が残らないようにやれることはやってみようよ」

 

それを言われると弱いんだよねぇ

 

でも確かに沙織先輩の言うことには一理あったし……うむむ

 

「ねぇみんな、この決定は玲奈に委ねようよ。沙織先輩が言ってた問題もあるけど、あたしは玲奈に決めて欲しい」

 

「そういうことなら賛成です」

 

「ウチも賛成ッス」

 

「やって後悔するのか、せずに後悔するのか……私達にはわからない覚悟だと思うけど」

 

「しっかり考えるんだよ、玲奈。君の英断はここにいる皆が支持するから、遠慮なんかしなくていい」

 

一介のアイドルオタクが、とんでもない決断を委ねられちゃった。でも、この決断がドル研の未来に繋がるとしたら。そして何より私は、どうすれば後悔しないのだろう

 

「ごめん、ちょっとだけ時間を貰ってもいいかな?」

 

「ああ、勿論」

 

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中庭にて。自販機で買ったコーヒー牛乳を嗜みながら色々思案する。でも『答え』はなかなか出てこない

 

「やっぱここか」

 

「セイラ?」

 

「……ごめんね。こんなことになって」

 

「え?」

 

「実はね、沙織先輩と話してたんだ。玲奈に最高の思い出を残してあげたいって」

 

「……馬鹿じゃないの」

 

「玲奈?」

 

「バイトやって、アイテム三つ買いして、部活して!私はもうそれだけで充分だったの!」

 

なのにどうして

 

「なんで皆私なんかに!」

 

「皆、玲奈のことが大好きなんだよ」

 

「なっ!?」

 

「病気のこととか抜きにしてさ。自分に正直で、ひたむきで。そういうのちょっと憧れたりして。それに――」

 

「玲奈がやってること、あたし達も楽しんでるから。自分に素直になりなよ。じゃあね」

 

言いたいこと言って帰りやがったアイツ。マジか。

……素直になれ、か

 

 

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部室に戻ると、下校時間が迫ってるというのに皆が私を待っていた

 

「やぁ、結論は出たのかい?」

 

「うん」

 

机に手を置いて、私の考えを発表する

 

「ポエマーな私が歌詞を書くから、なほちゃん作曲お願い!」

 

「は、はい!」

 

「セイラ、あんた実家仕立て屋なんだから衣装は任せた!」

 

「了解!」

 

「涙先輩!貴女の知識で振り付けをお願いします!体力に自信のある美玖ちゃんはダンスレッスンの指揮を!」

 

「任せなさい」

 

「オッケーッス!」

 

「ボクはどうしようか?」

 

「生徒会長という立場をめっちゃ使わせてください!屋上とか使えるところの確保とか、イベント会場を抑えるとか!」

 

「くく、お易い御用だよ」

 

「さぁ、忙しくなるよ!当面の目標はホームページに載せるドル研紹介動画の作り直しだ!げほっげほっ」

 

『玲奈(先輩)!』

 

「だ、大丈夫大丈夫。ごめんごめん」

 

前途多難なスタートダッシュ。ちょっと不安だけどきっと大丈夫だよね。

 

ここから私達のアイドルとしてのドル研ライフが始まるよ!

 

ドルオタだけどトップアイドルになってやる!



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lesson.4 楽曲はアイドルの命

 

「養護教諭としての意見とアタシ個人の意見。どっちから聞きたい?」

 

「よ、養護教諭としての意見からで」

 

養護教諭、不知火シズネ先生。一番最初の自己紹介で保健室は友達って言ったけど、正確にはシズネ先生って言った方がいいのかな?

 

「非現実的もいいとこだ。泉野の衰えはかなり早い。5年の寿命が無理し続けたら明日にでもゼロになっちまうし、そもそも今でも数分大きな声を出すだけでしんどいんだろ?とてもじゃないが出来るとは思わないな」

 

「やっぱり?」

 

「やっぱり。んで、ここからはアタシ個人の意見な」

 

「はい」

 

「泉野は可愛い。それはアタシが保証する。楽曲やダンス、運の巡り合わせによっちゃ花咲このはを超えるアイドルになれる――アタシはそう信じてるよ」

 

「そ、それは言い過ぎでは!?」

 

「言い過ぎなもんか!アタシは泉野の両親よりお前を知ってんだ。それにアタシは嘘が苦手でね。思った事はそのまま口にしちまう性格なんだ」

 

買い被り過ぎな気もするけど……

 

「それに今からアイドルやるって人がそんなんでどうすんの。自信持ちなさい」

 

「は、はい!」

 

「ところでスケジュール管理はどうするの?」

 

「美玖ちゃんに任せようかと」

 

「……バッチリね。一応アタシと連携するように言っといて」

 

「了解です」

 

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「ということで曲と振り付けが完成次第、不知火先生とウチが作ったスケジュールで動いて欲しいっス」

 

『了解!』

 

「というか明日葉先生もよくオッケーを貰ったわよね」

 

「玲奈の名前を出せばいいとはボクの入れ知恵さ」

 

ようやく現実味を持ち始めたアイドル計画。私だってやるなら本気だよ。その前に私が歌詞を書かないとメロディもダンスも何も出来ない。早く書かないとね

 

でもその前に決めなきゃいけないことがある

 

「ところで、あたし達のユニット名どうしようか」

 

ここで手を挙げたのがなほちゃん。意外。

 

「6ix water(シックスウォーター)はいかがでしょうか…!」

 

『えっ』

 

「だめ……ですか?」

 

『最高だよ!』

 

6人であること、私達全員の特徴、苗字が「水」関するものが入ってることをとても端的に表しているのはいいなって思う。私には思いつかなかった。作詞担当の私がこんな事で負けるなんて……ちょっと悔しい

 

「玲奈、負けてられないな」

 

「セイラこそ、私達にピッタリな衣装作ってよね」

 

「任せて」

 

「え? お、おう」

 

あとは私だけか。気合入れよう

 

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帰宅後、ノートを開いて考える。どんな歌詞が「6ix water」らしいのだろう

 

セイラはなんだかんだで器用だし

沙織先輩はちびっこ会長だけど頼り甲斐があって

涙先輩は優しさの塊みたいで

美玖ちゃんは元気いっぱいだし

なほちゃんは……発育の暴力

 

私の個性ってなんだろう。病弱?笑顔?……男装の麗人ではないよね?

 

それと苗字だ!池、氷、滝、川、雨、泉。みごとに水だね。激しく動くものとゆっくり動くもの。それぞれが持つイメージと皆の個性、合ってるようで合ってない

 

「みんな違うから楽しいんだ……と」

 

多分それが私が伝えたいことだと思う

思いつくままに言葉を並べる。そしてその言葉に韻を踏ませて……

 

こんな感じかな、うん。あとは一番伝えたい想いを最後に添えよう

 

「僕の心を、キミに届けたい」

 

写メを撮ってなほちゃんに送る。オッケーを貰ったら曲をつけてもらえるんだけど……

 

30分後メールが来た。10行近くの賛辞の言葉を要約すると、『とても美しい湖が見えた。納得できる曲を明日までに作るからお楽しみに』とのことだ。……倒れないでね?

 

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「僕の心をキミに届けたい♪」

 

言葉を失った。自分の想いが詰まったものが、こんなに素敵になるなんて。それこそとても美しい湖が見えた気がした。

 

「とても素晴らしい曲だ。パート分けはできてるのかい?」

 

「もちろんです。あ、CDと歌詞カード配りますね。黒字が全員、それ以外は見ての通りってことでお願いします」

 

「じゃあ後はダンスね。月曜まで待ってて頂戴」

 

「さて今日はどうする?美玖、何かあるかい?」

 

「勿論スよ会長。今日は軽いストレッチの後に基礎トレーニング、時間があれば発声練習もしたい所っス。その後クールダウンを兼ねてもう一度ストレッチっスね」

 

いよいよ、私達が6ix waterとしてのドル研が始まる。気合い入れよう!

 

「玲奈先輩、酸素ボンベ忘れてるッスよー!」

 

 

……いけね



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lesson.5 気持ちを伝えるダンス

本編ではあまり見た目のことで言及していませんが、氷室涙の見た目はMaison book girlのコショージメグミちゃんをイメージしています。金髪ショートはいいぞ。



月曜日の朝。ダンスができたから見て欲しいと涙先輩からLINEが来た

 

ドル研のLINEでは涙先輩は誰かの発言にツッコミを入れるのが常だから、それだけ自信があるってことなのかな?

 

そんなことを考えてたらいつの間にか放課後、部室に来ていた。家庭訪問の関係で半ドンになっていたのも関係してるかも

 

「とりあえず私のパートと美玖のパート。2人でやるわ」

 

「まぁパート分けって言っても何箇所か違うだけッス。なほっち、ミュージックスタート!」

 

「は、はい!」

 

音楽に合わせてピョンピョン跳ねたり、クルクル回ったり。あちこち指差しで"個性"を表現するとかかっこいいじゃん

 

全体を見ていたはずなのに自然と涙先輩に注目してしまう。アイドルが、氷室明日香がそこにいた

 

髪型も身長も違う。それでもそういう風に見えたってことは、涙先輩の努力を感じたからだろう

 

覚えなきゃいけないけど、それどころじゃない。たった数分なのに目が離せない。可愛くてかっこよくて、そして優雅に踊る美玖ちゃんと涙先輩に魅了された

 

曲が終わって、室内は自然と拍手に包まれた。だってそうじゃん、すごかったもん

 

「沙織、個人パートの説明と練習をしたいのだけど」

 

「うん、そういうと思って屋上の使用許可を頂いてるよ」

 

生徒会長すげぇ

 

「練習着に着替えて屋上へ行こうか」

 

『はい!』

 

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「えっと……こう!?」

 

「玲奈先輩、その前にターンッス」

 

まぁ一朝一夕にはいかないよね!うん!

 

率直な感想を言うと、クソ難しい。各振り付けを体に叩き込むのは案外出来るけどその後が問題。振り付け同士をつなぐ部分がイマイチ分からないし、移動するときにぶつかりそうになる

 

「はい玲奈、ボンちゃん」

 

「さんきゅ、セイラ」

 

そして何より私の体力。もっとスタミナ付けないと踊りながら歌うなんて無理だ。4時間の練習でボンちゃん――酸素ボンベ2本だから、2時間に1本使ってる計算だね。燃費悪いね、まったく

 

あるボーカルユニットはダンスをわずか3時間でマスターするという噂を聞いたことがある。バケモンかよ

 

でも流石に私達も4時間ぶっ通しで練習していた甲斐があって、要領を得てきた。力を抜いても見た目が悪くならないところを見抜けたからね

 

「とりあえず今日はここまでッス」

 

「各自ストレッチやマッサージを忘れないように。あと玲奈は深呼吸」

 

『はい!』

 

って見抜かれてた?

 

先輩方はそういう観察眼も優れてるのかな。それとも私がサトラレなだけ?

 

「恐らく後者だね」

 

「お願いセイラ、ナチュラルに読心しないで?」

 

「はは、ごめんごめん。隣座るよ?」

 

「ん」

 

男に告られた数より女に告られた数の方が圧倒的に多いセイラ。ある種自慢の幼馴染みだけど何でいつも私の隣にいるのだろう。まぁ居心地いいからいいけど

 

「あたし達がアイドル始めるかどうかって時にあたしや沙織先輩が言ったこと覚えてる?」

 

「まぁ一応」

 

ドル研皆が私のことを好きだとか、私の決断を支持するとか。今思えばちょっと恥ずかしい告白大会だったな

 

「それはつまり、玲奈をちゃんと観てるってことさ。どれだけ動けばボンちゃんが必要か、とかね」

 

「それサトラレってかストーカーじゃん」

 

「ははっ、否定出来ないや」

 

おい

 

でも私もちょっと反省。心配してくれてるからこその行動だからね。滅多なことは言うもんじゃなかったね

 

「涙先輩に確認したんだ。この曲は玲奈がセンターの構想だってさ」

 

「なんだって!?」

 

ヤバ、急に緊張してきた!

 

「曲を聞いてすぐデザインしてさ。父さんにゴーサイン貰ったけど、ダンスを見て思ったよ。特に玲奈のは作り直さないと」

 

頑張らなくていいんですよ?

 

でも、漸く初めてのMVが撮れそう。それだけは楽しみ……かな?



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lesson.6 大きな目標を掲げよう


完全に後付け設定です。すっかり忘れてました。サブタイトルは自戒の意味も込められてます。
余談ですが、カップリングで言うところの『セイ玲奈』が多いのは気のせいではないです、たぶん



 

「体力、付いてきたな。いいことだ。延命にも繋がるからな」

 

お墨付きもらった。やったね

 

体力面に関しては、少なくともアイドルをやるだけは付いてきたみたい。歌唱とダンスを同時にこなせそうなのは有難い

 

「進捗どう?」

 

「ダンスをマスターしたところです。歌いながら踊れるかはまだ分からないですけど」

 

「ふむ、今の体力を鑑みると余裕だと思うぞ。自信を持ちなさい」

 

「はい。シズネ先生ありがとうございます」

 

自信を持つ。私の課題だね。病気のことでつい引っ込み思案になりがちだもん

 

「失礼します。玲奈はいますか?」

 

「ああ川崎。ちょうど診察が終わったところだよ。そうだな、『異常はないが、異常なほどにスタミナの最大値が増えている』といったところかな」

 

「あはは、そりゃよかった。玲奈お借りしても?」

 

「ああ、寧ろアタシが借りてたからね。行っといで」

 

――――――

 

「皆もう着替え始めてるかな」

 

「着替え?」

 

ダンスレッスンの途中で呼び出された私としては何が何だか。セイラはそんな私を見てニコニコしてるだけだし

 

「ああそうだ、屋上に戻る前に部室に寄るよ」

 

「え?」

 

部室では確かに着替えが始まっていた。しっかり汗ふきしてる子もいるし、髪型を整えてる子もいる

 

「あ、玲奈先輩!待ってたっスよ」

 

「今日はもう終わりなの?」

 

「どうかしらね。ほら、玲奈のぶん」

 

「これって…まさか……!!」

 

水色と白のタータンチェックにオレンジの矢印模様のワンピース。背中にはロゼットがついてる。お揃いのブーティやヘアアクセも可愛い

 

「名付けて『アクアマリン・アローコーデ』 玲奈の為の衣装だよ……おまたせ」

 

着てみるとサイズがぴったりでまたびっくり。スリーサイズとか測ってないのにね。まぁ何百人のアイドルを写真に収めてきたセイラなら見ただけで分かるのか。というかそれ以外考えられない

 

せっかくだからメンバー全員のカラー紹介!

 

私が水色、セイラは白

沙織先輩が緑で涙先輩が紫

美玖ちゃんは黄色、なほちゃんがピンクだ!

 

今回の衣装もそれに準拠しているね

 

色の名前はアクアマリン、ピアノブライト、シークレットリーフ、ミステリーポイズン、シャイニースター、バタフライブルーミングで押し通すってことになっているらしいけど

 

「早速だけど、ミュージックビデオの撮影をするよ。屋上に再集合だ」

 

そうして撮影されたミュージックビデオ、再生回数が生徒の数のおよそ百倍になるのだけれど、それはまた別の話

 

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「さて、本格的にアイドルとして活動を始めた訳だが、ゴールを決めてみようじゃないか」

 

「ゴール、ですか」

 

そうは言っても、というような空気が流れる。アイドルを始めたきっかけ自体、廃校の危機から救い出すとかではなく、私が死ぬまでの思い出作りとかの内輪のノリだし、仮に動画投稿サイトでミリオン再生回数突破を!ってのもあまり燃えないし

 

「……アイドルキングダム」

 

涙先輩が呟いたその一言に凍りつく。アイドルキングダムというのはいわゆる人気番付のようなものだ

 

「る、涙?アレはプロのアイドルだけのモノだよ。ボクらが参加できるものじゃない」

 

「沙織、知らなかった?最近プロアマ問わずってことになってるのよ」

 

週に八回は確認してたけど、参加資格までは見てなかったなあ。え?ってことは

 

「私達6ix waterも参加できるってことですか!?」

 

「ええ。あ、因みにこの間のミュージックビデオ、アイキンのMV部門に投稿しておいたわ」

 

『えええええええ!?』

 

アイドルキングダムには二つの部門がある。プロフ部門とMV部門。MV部門の注目度はドルオタ間では低いけれど、軽く品定めをする程度はできるから、アイドルにとっては重要だから、ちゃんとアイデア満載で予算を組ん で撮影したものをアップロードする。そんな所に屋上で、しかも定点カメラで撮影しただけのものを載せるなんて考えられない。やるなら色々編集したほうが絶対いいのに

 

「無策に投稿した訳じゃないわよ。引き目の定点だから、イベンターはステージのどこからどこまで動かれるかをシミュレーションしやすいし、視聴者には全員の動きの特徴が分かりやすいので似た衣装を着た時に遠くからでも推しメンをみつけやすい」

 

勿論、相手がいることが前提だけどねと付け足す涙先輩。そりゃまぁそうなんだけど、定点のメリットを陳述しただけにも見える

 

ただ、もう投稿済みってなると目標は決めやすい

 

「両部門で一番になる。それはさすがに難しいけど、スタブルに勝つ、というのはどうかな?」

 

STAR☆BLUEに勝つ。それは沙織先輩の夢でもある

 

「ふむ、ボクは玲奈の意見に賛成だが反対の人はいるかい?」

 

「反対なんてある訳ないス。ウチらは玲奈先輩の英断は全員で支持するんスから」

 

「くく、そうだったね。では改めて。ボクらドル研、6ix waterの最終目標は、アイドルキングダムにおいて各部門でSTAR☆BLUEの上に立つことだ。相当高い壁だけど、力を合わせ全力で臨もう」

 

『おー!』

 

……二曲目、書かないとね



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lesson.7 誰のために歌うのか考えよう

今回から正式に出てくる焼津翔平。彼と玲奈は、アイカツスターズにおける虹野ゆめと結城すばるのようになればと思ってます。増田店長は背筋をピン!との土井垣部長をイメージして頂ければと。あるいは恋姫無双の貂蝉



「お帰りなさいませ、お嬢様」

 

トレーニングやレッスンの間にバイトなう

 

始めた頃はアイテム3つ買いのためにやってたけど、今となっては万が一部費で落ちない活動費用があった時のためにやってる

 

「ふむ、ここが執事喫茶か」

 

え?

 

「中世ヨーロッパみたいな内装ね」

 

「沙織先輩、涙先輩!?」

 

「やぁ玲奈。最高のもてなしを頼むよ」

 

「あの、一応源氏名で『レオン』ってあるんで、それで呼んでください」

 

「くく、すまないね、レオン」

 

やれやれ。先輩だからって特別なことはしないぜ。いつも通り普通の接客をこなすだけだ

 

からかいに来た先輩方を見送って少しして休憩時間。

 

「よう。お疲れさん」

 

「あ、焼津くん。お疲れ様です」

 

覚えてるかな?

以前話したデビューして間もないアイドルの男性。話しかけてきたのはまさに彼。焼津翔平ってお名前です。最近ソロCDを出すとかで人気急上昇中

 

「アイキン見たぜ。アマとはいえデビューおめでとう」

 

「見てくれたんですか!?ありがとうございます!」

 

「あ、ソレアタシも見たわよォ!レオンきゅん……いいえ玲奈ちゃん!とっても輝いてたわッ!」

 

「店長も!?」

 

ゴリマッチョなオネエの店長、増田謙太郎。皿洗いを希望してたのに、男装させたのは彼だ

 

「そうだ翔平ちゃん、何かアドバイスしてあげなさいよ」

 

「なんで俺が」

 

「いいじゃないのよ。アナタはアイドルの先輩なんだから」

 

小さくため息をついてしゃーねーなと頭を掻く焼津くん。もう、素直じゃないな

 

「なぁ泉野。お前らの目標はなんだ?」

 

「アイキンの両部門でスタブルに勝つことですけど?」

 

「大きく出すぎだろ…まぁそういうことなら分かりやすい。1つクイズを出そう」

 

「クイズ?」

 

「三日前に子供と約束した小さなステージと、当日急に言われた、成功すれば必ずスタブルに勝てる大きなステージオファー。どっちを選ぶのが正しいと思う?」

 

「え、そりゃ子供のほうでしょう」

 

「なぜ?スタブルに勝てるんだぜ?」

 

「仮にそうでも約束は守るべき。だから私なら子供との約束のステージを優先します」

 

「……100点だ。ンだよ、教えることねーじゃん」

 

「優秀な『卵』ネ♡」

 

「あー…じゃあこれだけ。6ix waterの歌、誰に届けたいのか。それを常に考えるんだ」

 

そういえば、私は、6ix waterはライブをしたことがない。だからそういう事は『目の前のお客さんに届ける』って知識はあっても、なんかこう……実感がないというか、パッとしないというか。

 

「やっぱりライブをやってみないと……その辺の事は分かりませんよね」

 

「ん?泉野、お前らライブしたことないのかよ」

 

「はい、部活紹介のためにミュージックビデオ作って、私達のゴールを決めるためにアイキンに投稿したばかりなんです」

 

情けないことに、本当にそれ止まりなんだよね

 

「それなら俺らのライブ出るか?『今俺達が注目してる新人アイドルを紹介するぜ!』的なノリでゲスト出演って形になるけど」

 

「……それはいつ、どこでですか?」

 

「姫野里学園だな。明後日の水曜日、5,6限目のロングホームルームでサプライズライブの予定だ」

 

え?

 

「姫野里って確か玲奈ちゃんの学校よね?」

 

「マジかよ」

 

「マジです。しかも6ix waterのメンバーに生徒会長います」

 

「あっら〜!凄い偶然じゃな〜い!ねね、どんな子なの?」

 

「今日私が接客した2人組のお嬢様いましたよね?」

 

「金髪のお姉さんとおちびちゃんね」

 

「その『おちびちゃん』です。金髪の方もメンバーです」

 

「ああ、どこかで見覚えがあると思ったらメンバーだったのか」

 

スマートフォンに入っていたミュージックビデオを見せつつ先輩方を指し示す。2人とも興味津々といった様子だ

 

「とりあえず会長に許可取りますね」

 

「俺も連絡入れとくか」

 

「店長!調理スタッフのアシストお願いします」

 

「はァ〜い、すぐ行くわ!……あとで結果教えてネ♡」

 

そんな感じでゆるく始まった協議の結果、MCと1曲やる代わりに衣装や機材の運搬の手伝いをするってことで合意した

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

「くく、やはり凄いね」

 

「これがトップアイドル……」

 

「プロの世界ッスか!」

 

焼津くんが所属するグループ『BURN-AGE』は、世界一厳しいアイドル評論家に「STAR☆BLUEが出現しなかったらBURN-AGEが音楽シーンを乗っ取っていただろう」とまで言わせたことがある実力派

 

男女の違いとか細かいことは置いといて、同じアイドルという立場になってわかったことがある

 

観客の心を掴み取るのがうまいんだ。ステップ一つとってもそれを感じた

 

「玲奈先輩、ボンちゃんの用意は大丈夫ですか?」

 

「うん、大丈夫」

 

「よかったらこれ使ってください」

 

「これは?」

 

「樹脂で色々作る特別授業があったんです。それで玲奈先輩にフィットするボンちゃんのマスクを作ってみたんです」

 

「……器用なんだね」

 

付けてみると確かにフィットする。吸引もしやすそうだ

 

そんなことを話していると一旦幕が降りた。ここからは私たちの出番だ

 

 

――――――

 

 

「皆さんこんにちは!」

 

『6ix waterです!』

 

凄い歓声が響く。やっぱり会長とセイラは人気者だな

 

「泉野さーん!」

 

「玲奈ちゃーん」

 

私のファン?酔狂な人もいるんだね……緊張してきた

 

そうか、これがセンターか。センターの重圧か。

 

「1曲しか用意してないけど、楽しんでいってね!」

 

「てか二曲目早く作ったほうがいい気がするッス」

 

「わ、わかってるよ!!」

 

ナイス美玖ちゃん!緊張と重圧で押しつぶされそうだった

 

焼津くんが言っていた、誰のために歌うのか。それに対する目の前のお客さんのためって私の知識がようやく実感となった

 

簡単にメンバー紹介をして、雑談を少しした。それだけで盛り上がってくれる観客がなんだか嬉しかった

 

「それじゃあそろそろ歌うよ!?」

 

『イエーイ!!』

 

インディーズデビュー曲。きっと私達はこの歌をずっと歌い続けることだろう

 

「聴いてください!」

 

宝物になる、この歌の名は

 

『6ix treasure!!』

 

目の前の観客と一緒に盛り上がろう



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lesson.8 ライバルを知ろう

 

「ねぇ泉野さん」

 

木曜日の朝、ホームルーム前に声をかけてきたのは安城羅(あきら)メルさん。『ふわり』って名前でネットアイドルをやってるらしい

 

「なに?安城羅さん」

 

「とても素敵なステージだったよ」

 

あまり喋ったことはないけど、安城羅さんって笑うとこんなに笑顔が素敵な人だったんだ

 

「ありがとう!」

 

「それでね、泉野さんさえよかったら……来ない?」

 

「え、どこへ?」

 

差し出されたのは安城羅さんの名刺。そこにはSTAR☆BLUEの文字が。なるほど傘下でしたか

 

そこから導き出される答えはひとつ、スカウトだ

 

「ごめん。それはできない」

 

「なんで?泉野さんのルックスと歌唱力なら神ファイブも夢じゃないよ?」

 

「だからこそ、できない」

 

思い出せ、私たちの原点を

 

「6ix waterはね。神ファイブに挑戦するために結成したの。具体的に言うとアイドルキングダムの両部門の順位で上回ろうとしてる。だから、STAR☆BLUEに与することは出来ない」

 

「……そか。じゃあ頑張ってね」

 

「うん。勝つよ、絶対」

 

 

――――――

 

「ということがあったんだよね」

 

「ふむ…似たようなことがあった者は?」

 

一年生だけかな。でもなぜだろう

 

「私や沙織、セイラはスカウトしても断られるのが分かってるのよね。特に沙織は花咲このはに挑戦すると公言しているし」

 

「すっげぇ度胸スよね」

 

「つまり、どう転がるかわからない私達がスカウト対象になったということですか?」

 

「先輩方とあたしがスカウトされてないことを鑑みるとそういうことだね」

 

「さて、そんなことより今日はライバルを知ることから着手しようか」

 

「ライバル……ですか?」

 

「神ファイブに勝つ。その前にボクらの上を行くアイドルを知ろうってことさ」

 

タブレット端末に表示されたアイドルキングダムのホームページ、ミュージックビデオ部門。昨日のライブの影響もあってか順位が急上昇している

 

「ボクの方で二組選んでおいた。『タニンノソラニ』と『アーカムハウス』だ。どちらもスタブル内のユニットだけれど、実質ほぼ独立しているよ」

 

「あ」

 

「どうしたんだい、玲奈?」

 

「タニンノソラニ、ふわりちゃんって安城羅さんだ」

 

「クラスメートッスか?」

 

「うん。安城羅メルって子がふわりって名前でネットアイドルやってるって言ってた」

 

「その相方のきらりちゃん、私のクラスメートの夢奏(ゆめかな)エルさんです」

 

「つまり、タニンノソラニは二人ともこの学校に在籍しているということだね」

 

「凄い偶然ッスね。アニメみたいッス」

 

「タニンノソラニ、オリジナル曲は1曲だけのようだね」

 

「ですね。他はアニソンやボーカロイド楽曲のカバーになります」

 

「そして、ボクらもオリジナル曲は一つだけ」

 

「沙織?」

 

いやーな予感がするんですがそれは

 

「1曲だけのライブバトルを、明日にでも姫野里学園でやろうじゃないか。格上の実力を知るにはいいとは思わないかい?」

 

『えええええ!?』

 

ボンちゃん、明日は頑張ってね

 

 



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lesson.9 ライバルの実力

 

「は?タニンノソラニとライブ対決?正気かお前」

 

そこまで言う!?

 

「……無茶なのは分かってますよ。格上にも程がある」

 

MV部門、タニンノソラニがアップロードしている複数のビデオのうち、一番順位が低いものでさえ6ix waterとの差は歴然だ。なんで沙織先輩はそんな人達に喧嘩を売ったのか

 

「焼津くんはライバルとかいるんですか?」

 

「お前らとは成り立ちが違うからな…メンバー間でもライバルはいるが、BURN-AGEとして目の敵にしてるのは複数いるな」

 

「例えば?」

 

「ドントブリーズ。アイツらは曲やダンスの雰囲気が被ってるんだ」

 

「へぇ」

 

「まぁとりあえず、お前らの場合、先攻を取ったほうがいいかもな。気圧されて納得のいくパフォーマンス出来なかったら嫌だろ」

 

「あら、アイドル2人が内緒のお話?スキャンダルの匂いがするワ!」

 

「店長!」

 

「そんなんじゃないですよ、ちょっと相談です」

 

「必死に否定するとホントにそう見えるわよ?」

 

「だから違いますって!」

 

「ふふ、冗談よ。それより翔平ちゃん、接客頼むわ。レオンきゅんは今日は厨房ね」

 

『はい!』

 

うーん、もう少し話を聞きたかったな

 

――――――

 

『生徒の呼び出しをします。1年C組の夢奏エルさん、2年A組の安城羅メルさん。至急ドル研の部室に来てください』

 

昼休憩、突如として鳴り響く沙織先輩の校内アナウンス。あ、これ私も行かなくちゃいけないやつだ

 

「レナぴょんどこ行くの?」

 

「部室!安城羅さん一緒に行こう?」

 

「え、あ、うん」

 

安城羅さんを案内するため手を繋いで部室棟へ。お互いアイドル故か付き合ってるだの何だのとヤジが飛んでいるが、そんなことは無い。やましい気持ちなんて一切ない

 

……ホントだよ?

 

部室に着くと、私達以外全員いた

 

「よし、安城羅さんも来てくれたね。では、話を始めよう」

 

「単刀直入に言うよ。本日の放課後、ボクたち6ix waterとオリジナル曲でライブ対決をしてほしい」

 

「いいよ。断る理由ないし。ね、メル……ううん、ふわり?」

 

「うん」

 

「じゃあ決まりだね。対決方法はこうしよう。生徒に良かったと思ったグループの色のプレートを掲げてもらって、その総数で対決するのさ」

 

「プレートと設営はこっちでやるっス」

 

「了解です」

 

「質問ありますか、夢奏さん?」

 

「勝ったら何か欲しいとかある?」

 

「そうね……私達は経験不足も甚だしい。だから、私達が勝ったらタニンノソラニのライブに呼んでもらえないかしら?」

 

「おっけ、マネージャーに話しておくね。じゃあ代わりと言っては何だけど、私たちが勝ったら――」

 

――――――

 

「こんにちは!6ix waterの泉野玲奈です!放課後に集まってもらってごめんね!」

 

「今日は私達タニンノソラニとライブ対決をするんだよ。あ、きらりだよ、よろしく」

 

そういうキャラで行くのね、夢奏さん

 

「先攻は6ix waterです!楽しんでってね!」

 

ステージが暗転すると同時に夢奏さんが舞台袖に捌けて、代わりに6ix waterが入る。ゆっくりスポットライトが点いて、いよいよ私たちの時間だ

 

前は良くも悪くもただのお披露目だったから、肩の力は入らなかった。でも今日に限って緊張してる自分がいる

 

皆は経験あるかな?緊張すると情報が一気に入ってくるの。今の私がそう

 

観客一人ひとりが何をやってるのかわかる。あ、オタ芸してる子もいるし、合いの手を入れてくる子もいる。退屈そうにしてる子もいる

 

だめだ、集中できない。何より驚いたのは私と同じ状況のメンバーが6ix waterの半分くらいはいるということだ

 

それが意味するものはただ一つ。最低限のパフォーマンスしかできないまま、タニンノソラニの出番を迎えるということだ

 

「僕の心を君に届けたい♪」

 

焼津くんに心配されたのとは別の理由で、納得のいくパフォーマンスが出来なかった

 

だから今届けたい心は、こんな諦念じゃない

 

『ありがとうございました!』

 

「次はタニンノソラニのライブだよ!」

 

暗転。そそくさと舞台袖に捌けて、タニンノソラニが舞台へ

 

そうして始まったライブは、いつだったか同じように舞台袖で見たBURN-AGEのライブに引けを取らないほどの完成度だった

 

タニンノソラニは、まさに文字通り「他人の空似」で、一卵性双生児のようなルックスと息の合ったダンス、綺麗なハーモニーが特徴のSTAR☆BLUEから派生したユニットだ

 

――――――

 

「私達が勝ったら、この中の誰か…そう、なほちゃんか泉野先輩にSTAR☆BLUEの神ファイブの練習を、一週間体験してもらえるかな?」

 

『は!?』

 

「実はね、泉野さん。今度神ファイブのドキュメント番組で、素人の女の子はどれだけ神ファイブに近付けるかっていうテレビの企画があるの。そしてその素人の子が選出される条件は1度スカウトを断ったことがあるってことなの」

 

「STAR☆BLUE内のユニットにライブ対決を挑み敗北した問題児を神ファイブ風に仕立て上げる。なるほど素晴らしい物語だね」

 

「この条件が呑めないなら、ライブ対決はナシで」

 

「――引き受けよう。なほ、玲奈、どうしようか」

 

「私行きます」

 

「玲奈先輩、大丈夫なんですか?」

 

「うん。ゴールがどれだけ高い壁か確認したい。それにそのテレビ番組が本当に放映されるなら、6ix waterの名前が知れ渡るまたとない機会だから」

 

「じゃあ決まりだね。私達が勝ったら泉野玲奈はSTAR☆BLUEに体験入籍する」

 

――――――

 

『ありがとうございました!』

 

プレートを掲げてもらうまでもない

 

「くく、圧巻のステージだったね。さあ皆、良かったと思うグループのプレートを挙げてもらおうか」

 

「6ix waterなら青、タニンノソラニなら赤ッスよ」

 

やめて、虚しくなるだけだから

 

先生や生徒会役員が数をチェックする。無駄だよ。ほとんどの生徒が赤いプレートを掲げてるのだから

 

「825対170で、タニンノソラニの勝利ッス!!」

 

私のSTAR☆BLUE送りが決定した



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lesson.10 それぞれが出来ること

 

「すみません、遅くなりました」

 

「やあセイラ。もう全員揃っているよ」

 

「……五人全員、ね」

 

「あーあ、新曲は『あの人』の発案で先に作曲からってことでなほ張り切ってたんスけどねぇ。昨日なんか『神曲できた!』なんて夜中に電話してきたんスよ?」

 

「ちょっ、美玖!ばらさないで!」

 

「恥ずかしがることは無いさ。その張り切りはボクら全員が持っている。そうだろう?」

 

「私達は大敗を喫した。歌もダンスも荒削りすぎたのよ。そして大きな勘違いをしていた」

 

「勘違い、ですか」

 

「経験を含め何もかも違うのに、『タニンノソラニをライバル視していた』ことよ」

 

「緊張故に集中力が途切れたら情報が一気に入ってくることがあるっス。ウチや玲奈先輩はその状態だったっス」

 

「ボクもだよ。……美玖、君は気付いたんだね」

 

「はい。玲奈先輩は諦めつつも次へ繋がる何かを探していたっス。恐らく負けた後のことっスね」

 

「くく、恐ろしい娘だよ玲奈は」

 

「『負けたらスタブルへ武者修行だから、そこで学べるものは全部持ち帰ろう』ってことですか?」

 

「なるほど、通りで玲奈は泣かなかったのか。泣いてる暇なんてないから」

 

「一週間ですか……長いです」

 

「たかが一週間さ。ボクらはボクらで備えよう。玲奈が帰ってきた時に笑って迎えられるよう」

 

 

「――神ファイブの何かを授かった玲奈に、ボクらが置いて行かれないように」

 

 

――――――

 

 

「泉野玲奈です。一週間よろしくお願いします」

 

都内某所、神ファイブ専用の収録スタジオを兼ねたトレーニングルーム。絶対5人で使うには広すぎる

 

「妹の涙がお世話になってるわね」

 

姉妹揃って凛々しいお顔立ち。青みがかった黒髪ポニテがよくお似合いです

 

「なんや、あっすーの妹の友達なん?」

 

ベージュ髪の編み込みロングストレートってなんかギャルっぽいよね

 

「彌生さん、アイキン見てないの?明日香さんの妹とアイドルグループやってるのよ」

 

ショートヘアとメガネの組み合わせって最強だと思うの

 

「そんなことより、Nice to meet you! 会いたかったよ!」

 

鳶色の髪がとても艶やかなハーフが握手してきた

 

今話をした順に、氷室明日香、岩村彌生、草壁凛、木多村エレナ(敬称略)。偶然か否か、人気順に話しかけてくれた。因みに、このはさんは撮影の関係で少し遅れるそうだ

 

ただ私のことで雑談してるだけなのに、なんというかオーラが違う。

 

エレナさんは私に興味があるっぽいけど、やはり何か蚊帳の外にいる気分だ

 

「花咲このは、到着〜♪ 遅くなってごめんね、玲奈ちゃん」

 

 

来た。私達6ix waterの目標、花咲このは。彼女が入ってきただけで部屋の雰囲気が引き締まったのを肌で感じる

 

「明日香ちゃんの妹……涙ちゃんとチーム組んでるんだよね?楽しそう!」

 

涙先輩、神ファイブでは有名人だな。それとも明日香さんがシスコンなのかな?

 

「花咲、整列」

 

「は〜い。玲奈ちゃん、また後でね」

 

男性の号令に大人しく従うこのはさん。何者?

 

「今日から一週間、泉野玲奈の神ファイブ体験と、それのドキュメント番組の密着取材が始まる。だが、普段と変わらないレッスンを心掛けるように」

 

『はい!』

 

「ああそうだ、泉野、自己紹介が遅れたな。俺は加古川脱兎(かこがわ だっと)。STAR☆BLUEのプロデューサーだ」

 

ああ、それで素直に従ってたのね

 

「6ix waterの泉野玲奈です。一週間という短い期間ではありますが、御指導賜りますようよろしくお願いします」

 

「ガッチガチに硬い挨拶をどうも。さて今日は基礎体力の上限突破を目標に、コーチにメニューを組んでもらった。コーチ、あとはよろしくお願いします」

 

「へいへい……じゃあやってくぞ、神ファイブ共」

 

『よろしくお願いします!』

 

……って

 

「シズネ先生!?」

 

「おー、泉野!今日からか!」

 

「れなちん、知り合いやったん?」

 

れなちんってなんだ、れなちんって。

 

「はい、私が通ってる学校の養護教諭です」

 

「詳しく言うとアタシは姫野里学園の非常勤養護教諭で泉野の主治医。それ以外の時はこうやってスタブル専属のコーチをしてるってわけさ」

 

「すごーい!一体何足の草鞋をはいてるんだろ〜?」

 

「少なくとも三つ……いや、コーチのことだからそれ以上か」

 

「ん?Hey coach!少し質問いいかしら?」

 

「時間押してるから一つだけな」

 

「玲奈ちゃんの主治医ってことは、なにかillnessを患ってるの?」

 

「どっちかというとdiseaseだ。原因はわからんが、とりあえず酸素ボンベがあれば動ける」

 

「Hmm…じゃあ玲奈ちゃん、倒れない程度に頑張ろうね!」

 

「え?あ、はい」

 

このはさんは明日香さん、彌生さんは凛さん、そして私はエレナさんと組むことに。今日の練習メニューは聞く限り筋トレ各種に重きを置いているようだ

 

「とりあえずアタシが交代って言うまで腹筋な。まずは花咲、草壁、泉野!相方は回数を数えとけ。よーい……」

 

「始め!!」

 

私が中学に入る頃、アイドル文化が廃れたことがあった。その時デビューしたのがSTAR☆BLUE。厳しすぎるルールや音楽への真摯で情熱的な姿勢は、私にとってとても衝撃で、病気になる前の私にはファンにならない理由が一つもなかった

 

その頃の私に、今の私はどう映るだろう。アイドルになって、憧れた場所にいる人と歪んだ関係ではあるけど筋トレしてるんだよ!?

 

腹筋で上体を起こす度にエレナさんの顔が迫る

 

あの、デカすぎません?なほちゃんも大概だと思うけど、エレナさんその上を行くレベルでデカイですよ

 

 

え?何がって?そりゃあ決まってるじゃないですか

 

 

おっぱい

 



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lesson.11 岩村彌生

しばらくこういう形式が続くかと思われます。ご了承ください

酸素ボンベですが、登山やスポーツ後に用いられる酸素缶をイメージしています


「さて、玲奈がいない間の活動は神ファイブの研究に充てようと思うんだが、どうだろう?」

 

「さんせーっス」

 

「私も賛成です」

 

「玲奈が帰ってきたら神ファイブを内外から知ることが出来るわ」

 

「あたしも賛成。そもそも『玲奈に置いてかれないようにするための備え』をする期間だったはず」

 

「クク、そうだ、ボクがそう言ったんだったね。では始めよう。まずは――岩村彌生だ」

 

「京都生まれの大阪育ちで現在の実家は奈良…生粋の関西人ね。恵まれたルックスやファッションセンスのおかげでギャルだとよく言われるけれど、本人は至って清純派」

 

「そのギャップがまたニッチなファン層には堪らないということでも話題っスね」

 

「裏表が一切なく、フレンドリーな性格も特徴ですよね」

 

「明日香さんがスカウトしたんだよね」

 

「彌生姉さんが大学受験に失敗し、落ち込んでいるところをお姉ちゃんが強引に誘ったそうよ」

 

「氷室姉妹と彌生さんは幼馴染だからね」

 

「マジすか」

 

「大マジさ。さて、あえて彌生さんのウィークポイントを挙げるなら、それは――」

 

――――――――

 

「思ったことをそのまま口にしてまう癖があんねん。あと嘘つかれへん。だからたまに誤解招く発言してまうんよ」

 

神ファイブの一角、岩村彌生が突然そんなことを言い出した

 

神ファイブは全員成人済で私だけ現役高校生。体験入籍の間は公欠扱いしてもらえてるけど、その間の勉強をレッスンの合間や終了後に神ファイブに交代で見てもらうことに。なんて贅沢なんだろう

 

初日の今日は彌生さんなのだが……

 

「なぁれなちん。この企画ひどいと思わへん?」

 

「な、何がですか?」

 

「これな、れなちんの成長サクセスストーリーに見せかけて、『素人の一般人はどんだけ頑張っても神ファイブの足下にも及ばへんねんで』っていう見せしめやと思うねん」

 

「そんなこと――」

 

否定出来ない。今日の練習メニューは主に基礎トレーニングとダンスレッスン、発声練習だった。普段の私達の十倍の量をこなした気がするほどで、ついていくのに精一杯で、ボンちゃん……小型の酸素ボンベを四本は使った。しかしそれでも神ファイブには生温かったらしく、物足りないという声がちらほら聞こえた

 

カメラが回っていたから緊張していたのもあるけど、それを抜きにしてもやはりプロと素人の差は歴然というものだった

 

「続きの言葉が無いってことは、そう思うんやな?」

 

「……はい」

 

無言は肯定。そして思ったことは嘘を付けない彼女に対し、嘘や誤魔化しをするのは失礼極まりないということだ。ちゃんと本心で向き合って語り合おう

 

「ウチが神ファイブに入ってすぐは戸惑ったで。それなりの練習メニューこなしてたんが急にコレやもん」

 

今の私と似ている。でもそれを口にするのはおこがましいし、決定的に違うものがある

 

「でも他の神ファイブメンバーも最初はそうだった筈だから、泣き言は言ってられなかった……ですか?」

 

「鋭いやん。その通りや。……ってかれなちんも言葉選ばへんな!ウチら似たもの同士やん!あはははは!」

 

笑顔の奥底に、憂いを感じた。きっとこの人は嘘はつけないけれど隠し事を沢山してきたんだろうなと思った

 

「辛いこと多かったで。その努力を、『しんどい』ってのを表に出されへんもん」

 

「……猛省しました。タニンノソラニとのライブ対決で緊張が切れた時、諦めているのが顔に出ちゃってたんです」

 

皮肉にも、6ix waterの最初の曲の最後の歌詞と顔に出てしまった気持ちが重なったことが未だに後悔として胸にある

 

「よし、じゃあちょっとアイドルのお勉強しよか!」

 

参考書にペンを栞替わりに挟んで閉じる彌生さん。ギャル系の人ってどうしてこうも『お姉さん』って感じがするんだろうと私はつくづく思う

 

「れなちんはSTAR☆BLUEとは違うグループでトップアイドル目指してるんやったよね?」

 

「はい」

 

「突然やけど質問。れなちん――いや、6ix waterは誰のために歌ってるん?」

 

「目の前にいるお客さんのためです」

 

「ネットやテレビとかやったら?目の前におらんで?」

 

「液晶の前にいる人を想像するしかない……と思います」

 

「ふむ。じゃあその人達にどうなって欲しい?」

 

「笑顔になって欲しいです」

 

「ここからが問題やで。笑顔になってもらうために、アイドルが心掛けるべきことは何やと思う?」

 

「……わかりません」

 

「自分が一番楽しむことや。笑顔で取り繕うても本当の気持ちは隠しきれへんからな」

 

「だから楽しむ。そういうことですか?」

 

「そ!まぁ、頂点見たことないウチがそんなん語るのもアレな気がするけど」

 

「いえ……とても参考になります」

 

「…ホンマにええ子やなあ、れなちんは」

 

不意に頭を撫でられる。優しい手つきでいい匂い。私は一人っ子だけど、お姉ちゃんってこんな感じなのかな

 

「だいぶ蕩けた顔してるけど、そんなに気持ちよかった?」

 

!?

 

「あ、えっと、その、これは!」

 

「ええんよー。高校生とはいえまだ子供。甘えたい年頃やもんなー」

 

抱きしめられて、うまく思考ができなくなる。そんなとき、ふと彌生さんの言葉を、教えを思い出した

 

どれほど努力しても、自分の感情は隠しきれない。ならばその感情を表に出せばいいじゃないか

 

「……彌生さん」

 

「ん?」

 

「ちょっとだけ、甘えてもいいですか?」

 

「うん。勿論」

 

「うう……うわああああああああああああ!!」

 

自分でもなぜ泣いているのか分からない。それでも涙はまるで壊れた水道のように溢れ出して止まることを知らない

 

結局泣き止んだのは十分後、息が苦しくなってボンちゃんの出番が来た時だった

 

「大丈夫?」

 

「はい、なんとか――ごめんなさい、服汚しちゃって」

 

「ええんよ、れなちんがきちんと自分の気持ちをぶつけてくれたっていう証拠や」

 

「ふふ、なんですかソレ」

 

「よし、じゃあお勉強再開するで!がんばろー!」

 

「おー!」

 

アイドルが笑顔でいられる理由、それは心から楽しんでいるから。私もいつか、その境地に辿り着けるのかな



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lesson.12 草壁凛

この人の設定を読み直していると、あれ?こいつプロジェクト東京ドールズのナナミじゃね?って何回か思いましたが、今後の展開的に直すのが厄介なのでそのままにしておこうと思います


「今日は草壁凛さんだ」

 

「凛様!推しメンっス!」

 

「一流大学の大学院生で、言動は品行方正そのもの。同じ神ファイブでクール系アイドル仲間の明日香さんと一緒にユニットを組んでます」

 

「歌の花咲このは、ダンスの氷室明日香……彼女たちに隠れてるけれど、神ファイブと言われるだけあってアイドルとしてかなりの実力者だよ」

 

「ショートカットの眼鏡っ子。持ち前の頭の良さから『委員長』ってあだ名もあります」

 

「良くも悪くも縁の下の力持ちって所かな。二人の邪魔にならず、かつ自己主張も忘れない」

 

「『最悪現役で花咲このはに勝てなくても、引退までは草壁凛にこの地位を譲らないようにしたい』――お姉ちゃんの口癖よ」

 

「神ファイブ同士、ユニット仲間でもライバル関係にあるんスね」

 

 

「でも不思議よね。そもそもアイドルなんて興味なさそうな人生なのに、今では神ファイブよ?」

 

「た、たしかに」

 

――――――

 

「いや、私そんなに『良い子』じゃないわよ?というか元ヤンだし」

 

「嘘だッ!!」

 

「はい、証拠画像」

 

「嘘だぁ……」

 

二日目は草壁凛さんです。現役大学院生で塾講師や家庭教師のバイト経験もある、そんな人が担当してくれるよ!やったね!

 

彌生さんとは違って勉強を中断するのではなく、雑談しながら勉強をするスタイル。文法や公式と会話内容を紐付けすることで、あの話をした時に覚えたやつを使えばいいんだなってなるらしい。俄には信じ難いよね

 

話を戻すけど、さっきの画像は確かに不良が多いことで有名な中学の制服を身にまとって、ビール片手に煙草を吸う姿で、紛うことなく凛さんそのものだった。意外すぎるというかそれ以前にコレ犯罪では?まあいいか

 

「……あれ、これどうやって解くんだろ」

 

「それはさっきの公式を応用して――」

 

「ああ、なるほど!」

 

経験があるからか、とっても分かりやすい。でも凛さんや、私は貴女の過去が気になって仕方ないよ

 

「……そんな凛さんが、どうして更生して、しかもアイドルになろうと?」

 

「とある映画監督にスカウトされたのよ。『君のような不良を演じている真面目な子は滅多にいない、気に入った』なんて言われてね。実際そうだったから監督に興味を持ってそのスカウトに応じたの」

 

「ふむふむ」

 

「芸能界入りするということは、身嗜みやマナーをきちんと守らなきゃいけないでしょう?だからその監督に叩き込まれたわ。ちょうど二年生の夏だったかしら」

 

「それはあくまで更生した理由ですよね?」

 

「そうよ。親に今までの非行を謝罪して、頑張って勉強して高校、大学へ進出。その頃スカウトされたの」

 

「誰にですか?」

 

「不知火コーチの姪っ子さんよ」

 

「そんな人いましたっけ?」

 

あの人自分のことは何も教えてくれないんだよね。せいぜい私が知ってることといえば、好きなビールの銘柄くらいなもので。家族構成なんか一言も聞いたことがない

 

「その人の名は、黒潮サクラ。知ってる?」

 

「初期の神ファイブじゃないですか」

 

花咲このはがSTAR☆BLUEに入所したと同時に引退したアイドル、黒潮サクラ。スタブルがデビューしたときのメンバーで、それこそ凛さんの立ち位置とそっくりだったのを覚えてる。性格はどちらかというと彌生さんやエレナさんに似ていたけどね

 

「でも、何でそんな人がスカウトを?」

 

「私が初めて主役を演じたドラマで共演したのがきっかけよ。『凛はアイドルの方が絶対向いてる!』って何度もスカウトしてくれたの」

 

素晴らしい先見の明の持ち主だ

 

「努力家なんですね。彌生さんも、凛さんも」

 

「……それは違うわ。少なくともSTAR☆BLUEに所属する子は"ごく一部の例外を除いて"皆が努力家だもの。アイドルはだからこそ輝くのだと私は思う」

 

例外って――ああ、このはさんで間違いなさそうだね

 

「その努力を見せないために心から楽しもう、ですよね」

 

「それ彌生さんの言葉でしょ」

 

「はい。昨日そう教えてくれました」

 

「いい言葉よね。私も好きよ」

 

「……私、持病の影響もあってレッスンに着いていくので精一杯なんです。そんな私でも、いつか楽しんでステージに立てるのでしょうか」

 

昨日、4本使ったって言ったけど、あれは基礎トレ・ダンス・発声の三つのレッスンそれぞれで、っていう意味。つまり2時間で三本使ってる計算になるから、私達6ix waterが半分見切り発車で始めた練習量の単純計算で3倍の密度があるってことだよね。それをこなした上でさらに自主練習を頑張って、心から楽しんでる。トップアイドルとはそういうものだというのに、将来私がそうなってるビジョンが全く見えない

 

因みにこの神ファイブ専用施設には医療用酸素ボンベが常備されてるけど、アレ動けないし鼻にチューブを差すやつだから苦手なんだよね。動けるやつもあるけど重いし。だからボンちゃんこと携帯用の酸素缶みたいなのを愛用してるんだ

 

「……私自信が『あ、私ちゃんと更生できた』って思ったのはいつだと思う?」

 

「え?」

 

「高校に入ってからよ。更生の仕方なんて誰も教えてくれない、自分で切り開くしかなかったわ」

 

「……」

 

「貴女も今まさにその時。原因不明の病気を患いつつもアイドルとして私達と渡り歩こうとしている。いつになるかは分からないけれど――絶対、楽しめるようになるわ」

 

トップアイドルは、努力を乗り越え全力でステージを楽しんで、皆と一緒に盛り上がる。それを成し遂げた凛さんが言うのならそうかもしれない

 

ふとタニンノソラニのふわりちゃんこと安城羅メルさんの言葉を思い出した。私のルックスと歌唱力なら神ファイブも夢じゃない。彌生さんに似た者と評され、凛さんに素質を認められた私はその言葉を忘れないようにしなくちゃね

 

いつか神ファイブを追い越す、その日のために



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lesson.13 木多村エレナ

小原鞠莉?知らない子ですね


「アーカムハウスの新曲、アイキンに投稿されてたっスね」

 

「ああ、アイドルでありながら王道のロックナンバーで格好良かった」

 

「アイドルじゃなかったら普通にガールズバンドですもんね」

 

「沙織、知ってたかしら?」

 

「ん、何をだい?」

 

「アーカムハウスのメンバーは全員、ある人物を除く神ファイブから選ばれていることよ」

 

「それは知ってるが、ある人物を除くというのは初耳だよ」

 

「木多村エレナ」

 

「……へえ?」

 

「思い出したよ、確か彼女は自らスカウトしたことが一切ないんだった」

 

「セイラ先輩、それ本当ですか?」

 

「うん。この前情熱大陸で言ってたよ」

 

「スカウトの話題のインタビュー映像、いつも彼女の表情は晴れやかとは言い難いのが現実ね」

 

「どういう事ですか?」

 

「推測の域をでないけれど、エレナさんは『中途半端に夢を追わせるほど残酷な事はない』と思ってるのよ。アイドルへの真摯な態度には賛同してるけれども、スカウトシステムには疑問を抱いている」

 

「無責任に『君はいずれ神ファイブになれる』と言うのが躊躇われる、ってことだね。涙の言ったことと被るけど、生半可な覚悟で追った神ファイブという夢が壊れた時のことなんて想像に難くないから」

 

「不器用な優しさっスね。でもそれがいい」

 

「木多村エレナは非常に頭の回転が早い。特に観察眼が優れていて、面倒事を回避する能力に恐ろしく長けている」

 

「私もその能力欲しいわ……」

 

「お、涙先輩敗北主義っスか?」

 

「こら美玖、煽らないの」

 

「それにしても木多村エレナさんか……そうだ、コレとコレをシズネ先生に玲奈の元まで届けて貰おう」

 

「なんすか?」

 

「ふふ、秘密だよ」

 

――――――

 

今日が日曜日ということをド忘れしてた。クッソ暇だ

 

今日はこのはさんはドラマの収録、明日香さんはソロライブ、残りの御三方は完全にオフということで、神ファイブ専用のこの施設の客室で日々を過ごす私はお留守番をしている

 

ぼんやりと二日間のレッスンの内容を反芻しながらストレッチを。それくらいしかやることないからね

 

そんな時、不意にエレナさんからメールが来た

 

『15時にメルティドロップベーカリー前の交差点に来て!一緒に東京の街をデートしましょう?』

 

待って、私この1週間レッスン漬けだと思ってジャージしか持って来てないぞ!?

 

いくらセンスが壊滅的とか色々言われまくってる私でも流石にジャージで神ファイブの一角とデートするのは不味いことくらいわかるっての!!

 

「これじゃない、これじゃない!!」

 

キャリーバッグの中身をひっくり返してちょっとでもマシなものをと探すけど所詮ジャージはジャージだ、絶望的すぎる!そしてノックされる客室のドア。今度は誰!?

 

「ど、どうぞ!」

 

「……なんだこの惨状は」

 

「あ、加古川プロデューサー!おはようございます!」

 

「おはよう。不知火コーチからこれを君に渡すようにと頼まれた」

 

差し出されたのは紙袋二つ。片方は衣装在中って書いてるからアレとして、もう一つはなんだろう

 

「それとこれは木多村からだ。これを被って待ち合わせ場所にいてくれとのことだ」

 

ピンクのドット柄が入った黒いベレー帽を渡された。これ確かエレナさんの私物じゃなかったっけ

 

「何でもいいが出掛ける時は部屋を片付けてからにしてくれよ。俺は事務室にいるから何かあったら言うように」

 

「はい。お疲れ様です」

 

……片付けよう。今気付いたんだけど、お気に入りの下着が一番上になってる……加古川さんに見られたかな?まぁいいか

 

適当にバッグに押し込んで紙袋を開封。衣装在中の方はやっぱりアクアマリン・アローコーデ。万が一私がステージに立つことがあったらと用意してくれたんだね。さて、もう一つは……

 

「こ、これは!!」

 

襟付きのピンクのワンピースと白いブーティ、空色のクラッチバッグ。めっちゃ可愛い!!

 

「ん、手紙……かな?」

 

『玲奈のことだから、可愛い服持って行ってないでしょ?これはあたしからのプレゼント。オフの日があればこれを着て街に出てみたら? 川崎セイラ』

 

るっせぇ。有り難く着させてもらいますよ

 

……おっと、お着替えシーンは全カットだ!

 

「え、えへへ?」

 

うん、可愛い。……いや服の話だよ?

 

エレナさんに指定されて場所へ行くのにはちょっと早いけど慣れない街を行くんだからそれくらいが丁度いいかも

 

客室の鍵を事務室にいた加古川さんに預けて建物から出る。ここに来た時は緊張であまり感じなかった都会の風が妙に心地良い……って感傷に浸ってる場合じゃないね

 

「もしかして、6ix waterの玲奈ちゃんですか!?」

 

「うぇっ!?は、はい!」

 

JKに出鼻をくじかれたぜちくしょう

 

「アイキンでプロフと動画みました!病気は大変だと思いますけど、頑張ってください!応援してます!」

 

「ありがとうございます」

 

「あ、握手いいですか?それとサインも!」

 

「はい勿論」

 

「やったー!」

 

可愛いなオイ。見た感じ私と同い年くらいだぞこの子

 

サインを彼女が持っていたノートの裏表紙に書いて握手。初めてのファンとの交流だ

 

少し急いでる旨を伝え、小走りでその場を去る

 

「えへへ」

 

だめだ、ニヤニヤが止まらない

 

――

 

待ち合わせ場所にエレナさんはまだ着てないみたい。パン屋の壁に少しもたれ掛かっているといい匂いが漂って来て食欲を刺激してくださりやがる……少しくらい、いいよね?

 

店の中は全体的に木目調で統一されていて優しい温もりを感じる。奇を衒ったパンもあって興味があるけど無難に美味しそうなプレーンのクロワッサンを二つ購入し、個包装にしてもらった。片方はエレナさんにプレゼントするんだ。15時集合ってことだからおやつも兼ねてるってことで

 

「Hey girl, Can I have a word with you?」

 

「……me?」

 

「Yeah! How should I go to Asuka Himuro's live venue?」

 

「Hmm……Cause it is too difficult to explain, please come with me」

 

「Oh god! Thank you!!」

 

「You're welcome」

 

対応出来て良かった。というか相手がエレナさんじゃなかったら緊張とか色々で対応できなかったと思う

 

一応さっきの会話を翻訳するね

 

「ねえ君、ちょっといいかな?」

 

「……私?」

 

「うん!氷室明日香ちゃんのライブ会場にはどう行けばいいのかな?」

 

「うーん……説明が難しいので付いてきてください」

 

「やったあ!ありがとう!」

 

「どういたしまして」

 

って感じだよ

 

二日間のレッスンでペアを組んでいて誰より近くにエレナさんを感じていた私だから気付けたんだと思う

 

「ごめんね玲奈ちゃん、待った?」

 

「いえ全然。というかさっきの何か意味あったんですか?」

 

「普通に話しかけたらまず私が身バレするでしょ?そしたらscandalになっちゃうし、玲奈ちゃんだってアイドル。あることないこと書かれちゃうでしょ?」

 

「は、はあ」

 

「でも私が外国の観光客を装えば、そういう人に突然道を尋ねられた女子高生って構図になるの。win-win!」

 

「……強ち間違ってない」

 

この帽子は多分私を見つけるためのアイテムだったんだね

 

「アイドルの仕事はphysical and mentalに於いて過酷で熾烈そのもの。だからこそオフは絶対楽しまなきゃだめ。押しつぶされちゃうからね」

 

「ふむふむ」

 

「でも、オフの日だって他人と関わればアイドルでなきゃダメだから……バレないことも大切だと思うの」

 

「それがさっきの英会話、と」

 

「Yeah! Avoidanceできる面倒事はちゃんと避けたいもん」

 

「……ところでエレナさん、ふと思ったんですけど私はどこまで案内すれば?」

 

「NO!案内じゃないよ、一緒に楽しむの!」

 

「楽しむって、何をですか」

 

「もちろん明日香のライブ!」

 

チケット2枚持ち……しかも関係者席じゃないっすか

 

「わ、私関係者じゃ……」

 

「一緒にlessonしてるしもう充分関係者、というか仲間じゃん。というかスタッフは玲奈ちゃんのこと分かってるから、No problem!」

 

「そですか……」

 

なんか、拍子抜けというかなんというか……あと私魂までは売ってないからね!一応言っておくよ!

 

「あ、よかったらこれどうぞ」

 

「Oh!メルティドロップベーカリーのcroissantね!私これ大好きなの。ありがとう!」

 

「You're welcome」

 

そして無事着いた会場。関係者席から見る明日香さんのステージは、普段私たちが見るソレよりも何倍も輝かしいものだった。それはきっと『ただのファン』から『少しだけでも氷室明日香を識る者』になったからだ

 

「玲奈ちゃん、今日の明日香のStageどうだった?」

 

「全力で取り組んで、心から楽しんでるのが伝わってきました。でも、なんか今日……ソロ活動の時はSTAR☆BLUEとしての時と比べて少し迫力に欠けるような気がします」

 

施設への帰り道、再びあのクロワッサンを齧りながら語り合う

 

「そうね……ねぇ玲奈ちゃん、徒競走の時、隣のlaneが運動部の時はタイムが良くて、帰宅部や文化部の時は普通だったexperienceはない?」

 

「あ、あります」

 

「明日香自身気が付いているかは分からないけど、definitelyその作用が働いてる」

 

「なるほど」

 

「いいこと、玲奈ちゃん。昨日と一昨日、明日から四日間のexperienceを持って6ix waterにおけるソレに貴女がなるんだよ」

 

「はい!」

 

真面目な話をする時のエレナさんは、明日香さんレベルで美しい

 

「ところでエレナさん、スカウトしない理由って何ですか?」

 

「そりゃもちろん、私以上にcuteな女の子なんて存在しないからよ。このはちゃんだって足元にも及ばないわ」

 

ごめん、やっぱこの人悪魔だ



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lesson.14 氷室明日香

実はこの『ドルオタ』で最初に設定が固まったキャラクターが氷室明日香さんです。ただ、この子を主人公サイドに置くことに違和感を感じ、現在のポジションに落ち着きました


「ねぇ、今日はお姉ちゃん……氷室明日香について語らない?」

 

「涙が提案とは珍しいね。いいよ、そうしよう」

 

「氷室明日香。ウチらが6ix waterとして活動する直前のまとめでは『努力の天才』っスね」

 

「思慮深く、ライバルの凛さんと共にSTAR☆BLUEのまとめ役でもある。まさに智将って感じだ」

 

「それと、優しさの塊みたいなところもありますよね」

 

「凛さんを委員長と例えるなら、お姉ちゃんはSTAR☆BLUEのお姉ちゃんってところかしら」

 

「くく、言いたい事はわかるが涙が言うとややこしいな」

 

「それで思い出したんだけど、涙先輩のダンスレッスンを見ていると本当に明日香さんが憑依したかのように感じる時があるね。何故だろう」

 

「あ、それ玲奈先輩も言ってたっスね」

 

「多分それは私達が同じダンススクールに通ってたから、体の動かし方が似てるのよ」

 

「あの、涙?頭ぐりぐりするのやめてくれるかい?」

 

『か、かわいい』

 

「はは、まったくだ」

 

「1年生は兎も角セイラまで……」

 

「さて、話を戻すっスよ。努力の天才である明日香さんはSTAR☆BLUEの象徴として扱われることもあるっスね」

 

「花咲このはという存在の影響が大きく作用して『努力の人』というイメージが先行してるのよ」

 

「明日香さんの在り方のほうが本来のスタブルなんですけどね」

 

「……明日香さんは、いつかこのはさんを追い越せる日がくるのかな」

 

――――――

 

「無理」

 

「あっさり言うんですね」

 

「一応自分が置かれてる状況は把握してるつもりだから」

 

「いや、ドヤ顔で敗北宣言されましても」

 

今日は涙先輩のお姉さん、氷室明日香さんに勉強を教えて貰っています。

 

「涙とアイドルをやってる貴女なら分かるでしょう?」

 

「……対抗意識、ですか」

 

「それも尋常じゃないほどの、ね。向けても仕方ないのに……」

 

「でも、その姿勢こそ明日香さんが『STAR☆BLUEの象徴』足り得るものだと思います」

 

「嬉しいことを言ってくれるのね……さて、行きましょう」

 

「どこへ?」

 

「あなたの番組の収録よ。食レポ頑張って」

 

「……へ?」

 

――――――

 

「こんにちは、6ix waterの泉野玲奈です。今日は神ファイブの氷室明日香さん行きつけのお店に来ています」

 

「どうも、氷室明日香です。玲奈ちゃん、よろしくね」

 

「こちらこそ!それじゃあ早速入りましょうか」

 

緊張と恥ずかしさで思わず普通の感じになったけど大丈夫かな?

 

イタリアンレストラン、Vento di Amalfiはテレビでも再三にわたって紹介されてきた超有名店。こういうトコでランチしてみたいなーなんて思ってたけどさ!

 

「私は……そうね、クアトロ・フォルマッジョを頂こうかしら。玲奈ちゃんは?」

 

「えっと…チキンカチャトーラ?お願いします」

 

「畏まりました」

 

あ、いたんだ。番組のスタッフさんとかいるし、隣には明日香さんがいるから視野が狭まってたね。本来ならオススメを聞いてそれを頼む流れだった……のかな?

 

「さて、料理を待つ間に玲奈ちゃんの事を聞かせてもらおうかしら。どうしてアイドルをやろうと思ったの?」

 

来た。私のことを、6ix waterのことを知ってもらうためのまたとないチャンスが

 

「同情を買いそうでホントは言うの嫌なんですけど……私、あと5年持つかどうかの命なんです」

 

「!?そんな話1度も……」

 

「初言いですから。家族や友人、6ix waterのメンバーと主治医しか知らないことです」

 

「……続けて」

 

「それを告げられ私は後悔しない生き方をしようと決めました。バイトやアイドル研究部っていう部活に加入したり、一人暮らしを始めたのもそれが切っ掛けです」

 

「ふむふむ」

 

「6ix waterのメンバー、川崎セイラが私達もやろうって言ったんです。アイドルオタクの集合体だった私達がアイドルになろうって」

 

「その決断を下したのが、玲奈ちゃんって訳ね?」

 

「はい。やって後悔するのか、せずに後悔するのか…私の英断は6ix waterの皆が支持するから、遠慮なんかしなくていいって言ってくれました」

 

「壮大ね……アイドルをするならウチでも良かったんじゃない?スカウトされたでしょ」

 

「それはできません。やっぱり仲の良い人達とやりたいですし、それに何より――貴女達に挑戦するために結成したんですから」

 

「……へえ?」

 

ここで視聴率を稼ぐぞ、私!

 

「アイドルキングダムにおいて、1位を取る事は非常に難しい。でも、STAR☆BLUEに勝つだけなら?可能性は無きにしも非ず」

 

「ちょっ」

 

「やらずに後悔するより、やって後悔したい。だから私はSTAR☆BLUEと戦うことにしました」

 

カメラマンさんが私を見る。ここからはわたしの時間だ

 

「セイラ、きっかけをくれてありがとう。なほちゃん、私の詩にリズムをつけて曲にしてくれてありがとう。美玖ちゃん、スケジュール管理ありがとう。涙先輩、いつも気にかけてくれてありがとう。沙織先輩、練習の場所取りとか色々、面倒事を引き受けてくれてありがとう。」

 

折角だから、全部伝えよう

 

「私、6ix waterのメンバーでよかった。これからも心配とか迷惑とか沢山かけちゃうかもしれないけれど、これからもよろしくね。大好きだよ!」

 

「……タニンノソラニ、アーカムハウス、他にも複数の派生グループがいて、私達神ファイブがいる。6ix waterにとってそれらを越えるのは果てしなく長い道のりよ?」

 

「踏破してみせます。私が6ix waterにいる間に」

 

「そう、楽しみにしてるわね」

 

「お待たせしました、クアトロ・フォルマッジョとチキンカチャトーラでございます」

 

タイミングばっちりにも程がある

 

「玲奈ちゃん、先食べてレポートしてみて」

 

「うぇ!?は、はい!」

 

こういうとこで食事するの初めてだから緊張する。しかもテレビ!

 

フォークに鶏肉を刺して、ナイフでソースを塗りたくって……いただきます

 

「あ、美味しい!鶏肉の旨味とトマトの酸味が程よくマッチしてます……ちょっと甘味も感じますね。これは何ですか?」

 

「淡路島の玉ねぎですね。甘さと柔らかさがあるのでこういった料理には丁度いいんですよ」

 

「なるほど……あ、次明日香さんお願いします」

 

「何でそんな完成された食レポができるのよ……いただきます」

 

あぁ……チーズとろとろや……

 

「うん、いつも通り美味しい。四つのチーズがそれぞれ主張しているのに口の中で全然喧嘩せずに調和が取れているのが分かるわ」

 

ヒャア 我慢出来ねぇ!

 

「明日香さん、ひと切れ下さい!私のチキン一個と交換で!」

 

「ふふ、もちろん」

 

「わーい!」

 

その後、二,三個別の品を注文し、わけわけしながら食べた。実に充実した昼食だったし、多分こういうことをしたのは空前絶後私だけだろう。ちなみに食事代はテレビ局持ちらしい。それならもうちょっと食べたかったかも

 

――――――

 

帰りのロケバス。話題は専ら涙先輩のことだ。シスコンっぽいとは思ったけど本当にシスコンだったぜ

 

「そうだ、折角だからアイドルのお勉強しましょうか」

 

彌生さんには心構えを、凛さんには素質を見出され、エレナさんにはオフの日の処世術を教えて貰った。明日香さんは何を教えてくれるのだろう

 

「アイドルとしては涙より劣る貴女がセンターを務めている理由は何だと思う?」

 

さすがの私もそこまではっきり言われると傷つくな

 

「全く見当もつきません」

 

「そうね……お転婆で天真爛漫なS、クール気取りの厨二無言ちゃんN、ルックスだけが取り柄な天然っ子A……このうち誰かがセンターを務めるとしたら、誰が相応しいかわかる?」

 

「ハ○ヒですかね」

 

「こら」

 

あ、いけね

 

「でも正解。Nがセンターの場合、逆に周りが際立ってセンターの意味を無くすし『なんとなく暗いアイドルグループ』だと認識される」

 

「朝h…Aは?」

 

「単に飽きられやすく見ている方が疲れる」

 

「どうしよう、すごく納得した」

 

「Sはその性格で、逆に客席の皆のボルテージを最高潮に引き上げてくれる。『私はこんなに楽しんでるんだから、アンタ達も楽しみなさい!』って言わんばかりにね」

 

完全にハ○ヒじゃないか

 

「つまり、私にはそういう力があるってことですか?」

 

「6ix waterで言うと、涙やセイラちゃん……まとめ役の沙織ちゃんにさえない能力よ。ちなみにウチのグループは人気投票制度だからこれには当てはまらないわ。それでも、センターのイメージが即ちグループのイメージに繋がることは多々あること」

 

「なるほど」

 

「だからこそ忘れないで。貴女の喜怒哀楽が、6ix waterそのものである、と」

 

……よく分からない。でも、センター……つまり私が6ix waterそのものだというのなら

 

 

 

 

私は、何をすべきなのだろう



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lesson.15 花咲このは

いよいよ『この人』のお話。作中でなほが言ってますが「オールラウンダーとはつまり器用貧乏」だと思ってます。ソースは俺


「昨日のテレビ見ました?」

 

「見たけどさ、相好を崩しすぎッスよ。なほも、先輩方も」

 

「ふふ、そういう美玖も人の事言えないわよ?」

 

「テレビを通じ、あたしたちの宣伝をする作戦、ね」

 

「大成功だ。ボクらへの一言も含めて――さて、そろそろ語りあおうじゃないか。アイドル界の生きる伝説、天才にして天災。我々の最終目標。花咲このは、永遠の神ファイブセンターについて」

 

「花咲このは、21歳。私のお姉ちゃんと共にデビューし、当初から才能を発揮していたわ」

 

「そもそもアイドルにおける才能とはつまり、歌が上手でダンスにキレがあり、ついでに可愛い。男性アイドルならその代わりにカッコイイ、って感じスね。あとはそこにトークスキルなどが必要っスけど、ルックス以外は本人の頑張り次第でどうとでもなる気がするっス」

 

「天は二物を与えずと言うけれど、アイドルは三物以上のものを自身の力で手に入れようとする。中にはそれらが備わってる人がいる。それがこのはさんよ」

 

「オールラウンダーとはつまり器用貧乏。でもこのはさんにそれは感じられません……弱点というか、ウィークポイントはあるのでしょうか?」

 

「FC会長兼6ix waterメンバーのボクは、ファンの立場とアイドルとしての立場、どちらの観点からも彼女を見ていることになるが――そうだな、敢えて言うなら少し天然なところかな。まぁそれすら強みに変換してしまうけど」

 

「向かうところ敵なしッスね」

 

「そこで止まっては一般のファンと同じよ。6ix waterらしく、このはさんに勝るものを作り上げましょう」

 

「その為には、やはり玲奈が……あたし達には必要だ」

 

――――――

 

「このはさん、今大丈夫ですか?」

 

「玲奈ちゃん?いいよ、どうしたの?」

 

とあるテレビ局の控え室。体験の一環としてこのはさんの付き人みたいなことをしている

 

「このはさんから見たSTAR☆BLUEらしさって何ですか?」

 

「もしかして、昨日の明日香ちゃんの?」

 

「……はい」

 

「んー。考えたことない!」

 

「ええ!?」

 

「だって、特にウチは"グループ"というより"個"に重きを置いてるからね」

 

まぁそうだけど

 

「私は歌が好き。踊ることが好き。それさえ出来るなら、最悪日雇い労働者でも構わないの」

 

「そう考えてたら、サクラさんが誘ってきた」

 

「うん。歌って踊れて、しかも仕事になるよって。でも、私がしたかった『ソレ』とはかけ離れてて、ルールで雁字搦めになってて退屈だった」

 

このはさんが入った頃は、STAR☆BLUEが軌道に乗り始めた頃だ。だからこそ礼儀やルールを重んじる風習があったのだろう。それに嫌気が差した彼女は自分らしさを前面に押し出し、認められた。それが叶ってしまうほどの実力があるってことだね

 

「花咲さーん!そろそろ本番でーす」

 

「はーい!……さっきの質問に答えてあげるね」

 

吃驚。すれ違いざまに投げかけられた答えに、その言葉しか出なかった

 

心臓を握られたような錯覚に陥った。跳ね上がる心拍数、吹き出す冷や汗、「嘘だ」と必死に言い聞かせようとする脳内。激しい運動なんてしてないのに、過呼吸になってしまう

 

だって「都合のいい踏み台としか見ていない」だなんて、聞きたくもなかった

 

深呼吸の後、落ち着けたのは既に収録が始まる頃だった

 

「……加古川さん、ここのモニターで見てたら駄目ですか?」

 

「駄目だ」

 

「ッ!」

 

悔しかった。必死で努力して手に入れた神ファイブの称号を得た彼女達を都合のいい踏み台としか思っていないこのはさん、それを甘受している加古川プロデューサーに反論できない自分自身が

 

神ファイブでもなければSTAR☆BLUEでもない部外者の私が悔しがったところで仕方ない。そう言われている気がした。施設に帰ろう

 

「今日のお前の仕事は何だ?花咲の付き人だろう。……万が一に備えもっと近くで見るべきなんじゃないのか」

 

「それって――」

 

「付いて来い。トップアイドルの仕事を見せてやる」

 

――

 

「それではお聞きください、BURN-AGEで『スターライト★ストレイト』です。どうぞ」

 

C-2 studioと書かれた扉の中では音楽番組の収録がされていて、今はちょうどバイト先の先輩、焼津くんが所属するBURN-AGEの歌唱ステージが始まるところだった。男性ならではの力強いステップから繰り出されるダンス、自分の声を完璧に理解しているような歌声。かっこいい

 

「せっかくの機会だ。よく観察して学ぶといい……なぜ花咲がトップアイドル中のトップアイドル足り得るかをな」

 

「――はい」

 

BURN-AGEについては先述した通り。では次にこのはさんだ

 

パッと見では私と何ら変わらない観察の仕方だ。男女の差はあれどアイドルはアイドルだから学ぶことも多いからだろう。でも、『観察する人を観察する』ことで気がついたことがある

 

――6人の内、同時に3人を観察している

 

センターを務める菊川蓮(きくかわれん)さん、焼津くん、そして万年バックダンサー状態の引佐将也(いなさまさや)さん。それぞれの立場を観ることでダンスや立ち回り、カメラの意識などを研究している、と思う。何より恐ろしいのは、いつワイプで映されても大丈夫なように笑顔を絶やさず手拍子を打ちながら観察していることだ。悟られないように、勘繰られないように、慎重に

 

「凄い」

 

率直な感想が、思わず出てしまう。テレビの収録中ってことを思い出し、手で口を覆うけれど誰も気付いてなかったみたい。ギリギリセーフだ

 

『ありがとうございました!!』

 

「BURN-AGEの皆さんありがとうございました。ニュースとコマーシャルを挟んで次は花咲このはさんのステージです」

 

タオルとミネラルウォーターを持ってこのはさんの元へ。メイクさんがお直しをしている間に汗ふきと水分補給の手伝いだ

 

「ありがとー。ふふ、ちょっと疲れちゃった」

 

まぁあれだけ観察してたら多少はね

 

「花咲、泉野、少しいいか」

 

「なんでしょう?」

 

「このあとすぐの花咲のステージだが、局のご好意でお前ら二人で『てのひらアンサンブル』をやることになった。泉野、歌えるか?」

 

「ダンスも完コピしてますけど……そんなことやって大丈夫なんですか!?」

 

「てのひらアンサンブル」は、このはさんと明日香さんのデュエット曲。お互いそれぞれインタビューで大切な曲だと言っている。それを、私がこのはさんと?

 

「じゃあ決まりだな。服はそのままでいいから。メイクさん、泉野にメイクお願いします」

 

「はーい!」

 

「え、でも時間――」

 

「お姉さんに任せなさいっ!」

 

――

 

「お待たせしました、花咲このはさんのステージですが、少し予定を変更してお届け致します」

 

「現在、STAR☆BLUEへの体験入籍で頑張っている、6ix waterの泉野玲奈さんとのコラボレーション!」

 

間に合ったよ、嘘でしょ

 

「それでは歌ってもらいましょう。花咲このはvs.泉野玲奈で『てのひらアンサンブル』です。どうぞ!」

 

前奏が流れる。この歌についてざっくり解説すると、好きな男の子の好みのタイプが分からない女の子が、いろんなアプローチの仕方で近付こうとするって歌。私が歌う明日香さんのパートはあれこれやるより寄り添って寄り添ってって感じ。だからちょっと大人っぽく歌うほうがいいのかな?

 

それより音程を落とさないことが一番大事だ。二人にとって大切なこの歌を穢すわけにはいかない。あ、でも私が歌うことで既にファンには穢されたと思われてるかもしれないけど、それを気にしてる余裕はあんまりない。歌詞や音程、振り付けを間違えないようにするので精一杯だ。だから『今の私』じゃなくて『曲の中の私』に表現を任せることにした

 

自分の実力でそこもカバーすべきなんだろうけど、私にはまだ無理だから。お願い、力を貸して

 

あと、歌ってて気付いたことは、オリジナルより少しキーが高い私の声にこのはさんが合わせに来てくれているということ。即興で完璧に。本当に高い壁だと再認識せざるを得ない

 

歌い終わり次のアーティストに。緊張の糸が切れたのか、それとも本当に限界だったのか意識を失いかけた

 

「玲奈ちゃん!」

 

「大丈夫です、ちょっと…いやかなり疲れましたが」

 

「ほら、ボンちゃん。肩で息してるよ?」

 

「あ、アリガト、ゴザマス」

 

昔から大好きな人に抱き抱えられ、つい片言になっちゃった。結局その後、局の医務室で化粧落としついでに休憩させてもらった。私のことなどなかったかのように涼しい顔で収録に臨む彼女に少し嫉妬しつつ万全を期すために先に施設へ戻った

 

帰ったら帰ったで明日香さんたちや6ix waterの皆から質問攻めにあって疲弊するんだけど、それはまた別の話

 

――体験入籍でひとつ変わったことがある。それはね、実力はまだまだ足りないけど、明日のレッスンが楽しみで仕方ないってこと

 

さぁ、明日のために今日は早く寝よう。おやすみなさい!



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