ホワイト・エンゲージ (リファ)
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第1話

注意!こちらはポケモンの擬人化小説です
擬人化やそれに付随するオリジナル設定に抵抗を持っている方は、閲覧をお控えください。



同名個人サイトで掲載している小説となります、スマホで見やすくを特に考えて執筆したものになりますのでPC画面では見にくく見えるかもしれませんが、ご了承くださいませ。




この世界にある、どこかの街────

 

日を重ねるごとにその街は暑くなり、人々は外に出たがらなくなる。

しかしそれでは生活もできない、仕事をするものにとっては外に出ることが自身の生活の基盤てあると知っているから。

 

暑い日差しの中で体から汗を流し、交差点を何十ものひとびとが行き交う。

 

 

その中に、彼がいた

 

 

 

 

 

 

気温が35を越える中で長袖のパーカーを着用し、黒いスラッとしたジーパンを履いた男性はこの真夏の太陽が照らす中でフードを被りうつ向きながら歩いていた。

白髪にメッシュのような赤い色が前髪の一部に混じった髪が、じりじりと太陽の光に照らされ熱を帯びる。

 

 

 

「……」

 

 

フゥ、と大きく交差点の真ん中でため息をひとつ…不意にそこで立ち止まり彼は天を仰ぐように、空を見上げた。

 

 

「今日…は、暑いな」

 

長袖を肘の位置までまくり、額や目の回りについた汗を腕で荒々しく拭き取る。

その時、彼は前を見てはいなかった。

 

ドンッ

 

「うわっ」

 

「ってぇな…クソが」

 

白髪の彼にぶつかったヤンキーのような青年が、暴言をボソリと吐き睨み付けるようにこちらを見る。

フードで顔を隠したままの彼は、そのまま立ち去ろうとした。

 

「おいこら兄ちゃんよ…ぶつかっておいて、ごめんなさいも無しか?オラ…」

 

食って掛かり、胸ぐらをグイッと掴み白髪の彼を交差点のど真ん中で挑発する。

フードがバサリと頭から取れて、彼の顔が光の下に露となる。

 

「…」

 

「んだぁ?なんか言えやコラァッ!!」

 

ヤンキーの風貌をした輩はその場で突き飛ばし、白髪の彼は抵抗もせずに流れるようにして倒れた。

 

 

ピシッ

 

「…!」

 

その直後、白髪の彼が頭を抱え始め…激痛に悶えるようにその場で体を激しく動かし始める。

倒れた際に頭をぶつけたにしては…過剰な反応だ。

 

「おいおい、しょーもねぇ演技はやめろや…」

 

ヤンキー風貌の彼か近寄ろうとしたとき、今度は白髪の彼が強い力でドンッと突き飛ばす。

本気、全力で突き飛ばしたからかヤンキー風貌の彼は交差点のど真ん中から歩道近くまでぶっ飛ぶ。

 

 

 

「ひ……うぁ……」

 

 

 

そのまま、ヤンキーのような青年が起き上がるのを待たずに白髪の彼は走ってその場から立ち去った……

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は・・・誰だ?

 

気がついたとき、俺はとある部屋のベッドで横になっていた。

ジーンズもシャツも、何日着たままになっているのかわからない…皺だらけの服を脱ぎ捨て、近くのタンスから新しい服を漁る。

蒸し暑い部屋の中で探したが、残念ながら半袖の服はもうないようだった。

 

よくあたりを見てみれば洗濯物が山積みになっている、俺自身がズボラなのか、それとも別の理由があるのか

 

それさえも思い出せない、二日酔いとかそういう類のものじゃなく完全に自分のことがすっぽりと抜け落ちている・・今までにない感覚。

 

名前すらも思い出せない

 

 

俺は誰だ?

 

 

ここはどこだ?

 

 

 

 

「…外に出れば、なにか…わかるだろ」

 

自分にそう言い聞かせる、自信のない言葉を頭の中で反芻させて一縷の希望に自分の記憶の回復を託して・・・

俺は玄関のドアを開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ…う・・ぁ・・!」

 

 

昼をとうに過ぎてから、俺はあの交差点から帰宅した。

あのヤンキーのような男は追ってきてはいない、めちゃくちゃな息継ぎをしながら俺は念の為に玄関口の鍵を閉める。

 

ガチャリと無機質で冷たい音が響く。

その音に合わせるかのように、頭の中でズキンと痛みが襲う。

 

 

「ぐ‥ぁ・・っ!?」

 

正確にはズキンといった表現は違うかも知れない、まるで頭を鈍器でぶっ叩かれたようなひどい痛みが継続して2回3回と痛みがはじけて、気を強く持っていないと意識が飛びそうになった。

痛みを気にしていたために、俺は足元の洗濯物に足を取られて転倒する。

 

「っ!」

 

咄嗟に腕を床につけて、どこも打ち付けなかった。

しかしその際に部屋のテーブルの下に、ぐしゃぐしゃになっている大学ノートを見つける。

ノートをまるごとぐしゃぐしゃにしているのが気になり、俺は痛みをこらえながらそのノートに手を伸ばした。

 

 

「俺の字・・か?」

 

表紙には何も書かれていない、俺はしゃがむ体勢をとってボロボロなノートをパラパラとめくってみた。

中は日記のようだが、ただの日記ではなく・・俺が記憶を失い始めてからのもののようだった。

 

 

 

 

 

気になる点だけ、読んでみた。

 

 

某月某日 天候晴れ

 

最近、物忘れがひどくなってきた。

自分が何をしに部屋に来たとか、何をとりたくて冷蔵庫やら茶棚を開けたのかわからなくなる。

まだ物忘れの激しくなる年でもないと思いつつ、心配なので今日から日記をつけることにした、ひどくならないうちに手を打つのが一番だろうから。

 

 

某月某日 天候曇り

 

日記をつけ始めてもうだいぶ経つ…しかし、予防になるかと思いきや状態は悪化していく。

たまに友人の顔や名前が思い出せなくなり、何度も携帯のアドレス帳や写真を見直したのかわからない…俺はいったいどうなってしまったんだろうか?

あと、少し前から偏頭痛がする・・こんど病院に見てもらおうかな。

 

某月某日 

 

わからない

自分が、今まで何してた?この日記を見て初めて知ったことばかりで

友人の名前は、顔は・・わからない、自分のことなんて名前しか思い出せない…助けて

頭痛もひどい、まるで自分の死期が近いみたいに日に日に大きくなってる気がする。

これ以上強くなったら俺はもう

 

 

 

日記はここで途切れている…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだよこれ・・・」

 

 

自分が日記をつけていたことも、俺は全然記憶になかった。

カレンダーと日記の最後に日付を見るに最後のページが書かれたのは既に1週間以上前になっている、日記をつけ始めてから考えればもうひと月も前だ。

 

 

「おれ、こんな日記・・を・・・」

 

 

その時、視界がぐらりと歪む

歪みを認識したかわからないうちに、落ち着いていた頭痛が再び激しくなる。

 

 

「ぁがっ‥!?」

 

今度の痛みはもう先ほどとは比べ物にならない激痛、鈍器で殴られているというよりも中からコワサレテいるような、もう、考えがまとまらなくなる。

日記に書いていた偏頭痛はどうやらもう、おれのからだを壊すつもりのようだ。

 

「・・・・!!」

 

痛みが苦しすぎて、声がデナイ

それよりも痛い、イタイ、イタイ

 

クルシイ

 

タスケテ

 

何も動かせない、体はもう、痛みで、止まって、動かせなくて

 

 

「ハッ・・・ぁ・・・」

 

死ぬのか

 

俺は

 

 

もう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして

 

 

 

わけがわからないうちに

 

 

 

 

 

 

 

俺の意識は闇にとけていった。

 

 



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第2話

(…あれ‥?)

 

 

 

自分の体が冷たくなるような錯覚、目をつぶったままで…

自分の心臓の音も、わからなくなっていた。

 

意識はあるのかわからない、生きているのか?死んでいるのか?

心臓の音は聞こえないんじゃなく‥止まっている?

 

 

(そう、か…死んだのか‥)

 

 

 

 

何も思い出せないまま、名前も、友人の顔も、両親の顔も…

無になって、何もないまま消えていくのかと思うとひどく寂しさを覚える。

 

 

 

 

 

 

 

(‥誰か…)

 

 

 

 

 

(誰か…助けてくれ‥)

 

 

 

 

 

 

寂しさから、もう誰にも会えないのだと思うとひどく悲しくなり

俺は誰かに助けを求めた、遅すぎたということは分かっている、もう‥だれも助けては

 

 

 

ポゥ

 

 

(・・?)

 

 

 

 

 

背中のあたりからだろうか?温もりを感じた

冷たい感覚になれた俺の背中がとろけるかのように、俺の背後から温かみを感じる。

やがてその温かな感覚は、体全体を包みこんでいく…まるで、なにかに抱かれているような…大きななにかに、抱かれているような…そんな

 

 

 

 

「…」

 

 

 

 

そこで、パチリと俺の両目が開く。

長いこと見ていなかったような気のする、先ほどの部屋の風景が眼前に広がっていた。

先程までの冷たい感覚はもうなくなっていて、左胸あたりからは心臓が鼓動する音も聞こえる。

頭痛も跡形もなく、治まっていた。

 

 

 

「生きてる・・?」

 

 

 

 

既に太陽の光の差し込まない部屋、時計を見れば時間は既に深夜になっている…相当気絶していたらしい。

俺はとりあえず風に当たりたくなり、部屋から出てみようと体を起こそうとする‥と

 

 

 

「あ、ストップです!もうしばらくそのままで!」

 

 

 

「うぉっ!?」

 

 

 

後ろから不意に大声を出されて、動き出してほっとしてた心臓が飛び出るかと思うくらいびっくりした。

座り込んだ体勢のまま体をひねって後ろを見てみると、そこには一人の女の人が立っていた。

 

 

 

「あ、驚かせてごめんなさい!

まだ症状が落ち着いたばかりなので、もう少しゆっくりしててくださいね」

 

 

 

笑顔を見せながらそう言った彼女の手には、大量の洗濯物が積まれている。

全く見覚えのない女性・・まあ、何も思い出せない俺にとってはそんな事関係ないな、と自分の心の中で納得させる。

 

 

 

「えっと・・?」

 

 

 

とはいえ部屋の中に急に現れた彼女に動揺を隠せず、しどろもどろになる。

緑色の髪の彼女はクスリと微笑みながら、洗濯物を一旦置いてから俺のそばで腰を下ろして同じ視点の高さになってから口を開く。

 

 

 

「わたしは研究員のファリニスといいます、あなたの名前は?」

 

 

 

「俺は、セグレト・・?」

 

 

 

とっさの自己紹介に、俺は自分の名前を言って返した。

 

 

・・・自分の、名前?

 

 

 

「・・・そうだ、俺の名前はセグレト・・!そうだよ!俺は、セグレトだ!」

 

 

今まで思い出せなかった自分の名前が、スラリと自分の口から出た。

それだけじゃない‥親の顔も名前も、友人の顔も、ここの家の住所も仕事のことも!

全部、思い出せた!日記に書いてあるすべてのことを、俺は思い出した!

 

 

 

「ふぅ・・よかった、うまくいったみたいで」

 

 

 

ホッと大きな胸をなでおろす彼女の手には、なにかの光が点っているように見えた。

その光は温かみのありそうな穏やかに淡いグリーン色で、その光に俺は見覚えがある。

 

 

 

「記憶と頭痛が戻ったのは、君のおかげ・・なのか?」

 

 

 

「はい、とても危ない状況でしたけど‥なんとか」

 

 

その後は、なにか記憶に引っかかることはありますか?体の調子、おもに頭痛とかはどうですか?と様々な質問をされたがどこにも異常はない、記憶も全て思い出せると答えると、彼女は満足気な顔を見せた。

 

 

 

「君は、研究員・・っていったっけ」

 

 

 

「正確にはまだタマゴなんですけれど…そう名乗ってます。

       あ、職業詐称なんておもっちゃだめですからね?」

 

 

 

「俺からすれば、研究員というよりも医者って感じだよ」

 

 

 

「ふふっ・・そうかもしれないですね」

 

 

 

お互いの目を見て、会話をしばらく続ける

その間に本当にどこにも異常がないのかみてたのかもしれないが、しばらく会話を続けた後、コホンと咳払いをしてからファリニスは真面目な顔をしてこちらの顔を見た。

 

 

 

「あなたの記憶喪失と偏頭痛のこと・・原因は、タダの病気ではないです。」

 

 

 

「・・・!」

 

 

 

いままで、原因不明だった偏頭痛と記憶喪失

研究員と名乗ったファリニスが原因を知っている、しかもタダの病気じゃないときた。

俺は自分の身に起きた出来事の真相を知りたい、何が起こったのか?きっかけを・・・理解したかった。

 

 

 

「…聞かせてくれ」

 

 

 

ファリニスはコクンと頷いてから、口を開きこういった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思念の力、です」



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第3話

「思念?」

 

 

 

「はい、正確には残留思念といいます」

 

 

 

残留思念…現実離れしたその言葉は俺の体に馴染みにくく感じた。

ファンタジーやサスペンスの、あくまでも創作物にしか現れないような単語は現実味を帯びない…しかし、俺は<現実離れ>のした経験をついさっきまでしていた。

 

 

 

「…思念って…あの、心みたいな…?」

 

 

 

思念という単語が聞きなれないため、俺はぼんやりとしたイメージでファリニスに聞いてみた。

 

 

 

「独創的な世界の話だとそういうことになります、そして思念論のなかでもそんな認識で大丈夫ですね」

 

 

 

細かい言葉の意味を知らないが…同じく意味が通るのならそれでいいか、と俺は納得して座り直す。

 

 

 

「思念論の中で言う<思念>とは、人などの生命を持つものすべてに存在している意識のようなものです」

 

 

 

「意識…か」

 

 

 

「はい、学術的に生きているもの…動物はもちろんのこと植物や岩などの動きを見せない者達も含まれており、大なり小なりの思念を彼らは持っている…これは、思念論の基礎とも言えます。」

 

 

 

要は、どんな物も思念を少なからず持っているということです…とファリニスは簡潔に後で締める。

そしてから、ファリニスは続けて話す。

 

 

 

「思念は生命体が生きている限りは活動をし続けます、人や動物であれば脳と呼ばれる場所にその思念を宿して…無機物的な者たちであれば、またどこか別の場所に、です。

しかし、この思念はとあるきっかけで体から離れます…そのきっかけがなにか…わかりますか?」

 

 

 

ファリニスは、俺に答えを求め問いかける。

思念は生命体があるかぎり、その活動を止めない…まぁ俺たちがこうして会話できる以上当たり前だよな、生きてる証拠ってことか…

 

 

 

 

 

 

生きてる…?

 

 

 

 

 

 

「きっかけは…生命体が、死ぬこと?」

 

 

 

こくんと、彼女は頭を頷かせる。

 

 

 

 

「そうなんです、生命体の活動の停止…つまり死亡すると思念は人で言う脳の部分から離れて、体から放出されるんです。

何らかの事情があって体から思念が放出されることを、思念論の中では<乖離>と読んでいます。」

 

 

 

難しい…と、顔をしかめたまま俺はテーブルに目を落とす。

すると、いつのまにか…ほんとうに気がつかないうちに、紅茶が注いであった。

 

 

 

「お…ぉ?いつの間に…」

 

 

 

「ふふっ、その紅茶は飲んでもらっていいですよ。小難しい話をしてると頭がパンクしちゃいますから…ちょっと休憩しましょうか。」

 

 

 

「あぁ…助かる、いやわりと本気で…」

 

 

 

空っぽの頭のなかに知識と記憶が入り交じってへんなのが生まれそうだった…ここは、ファリニスの提案を迷わず受けた。

若干レモンの香りのする紅茶を一口含み、何気なしに辺りの引き出しを開けたりもしてみる。

 

 

 

(うわぁ…引き出しの中ぐっちゃぐちゃ、記憶ないうちにやたらめったら荒らしたっけな…)

 

 

 

少しだけ行動を後悔する、もしくは少しでも早くファリニスに会えていればと運命をちょっとばかり呪う…ほんとに、ほんのちょっと。

 

 

 

「あんなことがなけりゃ、今頃はゆったりとしたつきでも眺めて」

 

 

 

窓から見えた月を一瞥してそう呟いただけ

 

青の夜空と濃度のある黒の雲に映えた月が見えただけ

 

 

 

 

月のすぐ横に、窓のすぐそばに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月と同じ金色の目のなにかが

 

 

怪しく蠢いた。

 

 

 



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第4話

窓からの異様な光景を認識した瞬間に、窓が一瞬にして硬い金属の縁部分ごと砕かれ破片が室内に飛び散る。

それと同時に、蠢いていたなにか得たいの知れないモノが部屋の中へズルリとはいってきた。

 

 

 

「うわあああぁっ!?」

 

 

悲鳴をあげながらも窓から遠退き、その物体を直視してしまう。

ぐにゃぐにゃというか、ブニブニというか…形容しがたいその外見をしたそいつは金色の瞳のようなものでこちらを見つけると、じっと見るように細くした…その後

 

 

見た目から想像もつかないほどのスピードで、こちらに突進してきた。

 

 

 

「っ!」

 

 

 

ハッと息をのみ咄嗟に台所の方へ動く。

慌てて転倒しかけるも、それが功をそうしたのかギリギリで突進の回避に成功する。

自身が転倒しかけたことと、いきなりの状況で頭がパニックになってしまう。

 

 

 

「な…なんだってんだよ…!」

 

 

 

体が動かない…

やばい…

 

金色の瞳が2つこちらを見る、獲物をとらえたかのような鋭く…本能の目

 

言葉を使わずに、そいつは目で俺に囁いたような気がした。

 

 

 

 

<ここで殺す> と

 

 

 

 

「くっ…!?」

 

 

 

 

 

目をつぶり俺は覚悟をした、死ぬ覚悟だ

 

たがそれは次の目の前を光景を目にし、安堵へと変わる。

さっきまで目の前で獲物を見据えていた金色の目は閉じ、形容しがたい外見をした物体が2 mほど奥に飛んでいた。

 

 

 

「大丈夫ですかっ、セグレトさん!?」

 

 

 

後ろからファリニスの声がした、先程まで聞きなれていた小難しい声。

 

 

 

「えっと…ありがとう、ファリニス」

 

 

 

「いえ…しかし」

 

 

 

 

ファリニスは倒れたままの謎の物体をみつめる、金色の瞳は未だに閉じたままだ…起き上がる様子もない。

 

 

 

「…やっぱり…でも…おかしい…」

 

 

 

得たいの知れないモノには触れずに、近くで覗きこむように観察を始め…ぶつぶつと言いながらも険しい顔のままで落ち着く様子がない。

 

 

 

「ファリニス?えっと…こいつは、一体?」

 

 

 

俺の声にハッとして、ファリニスこちらにふりかえる

 

 

 

「あっ、いえ!なんでもないですよ、この後処理は私がやっておきますので!セグレトさんは…えっと、トイレにでも!!ささ、どうぞ!」

 

 

 

「へっ!?いや、あの、別に催してはいないぞ!?」

 

 

 

 

 

その時視界の片隅、台所のシンクの方でにまたなにかがうごめく。

 

 

 

 

 

同じ、金色の瞳が2つ見える

 

 

 

 

 

 

「ファリニ…」

 

 

 

 

 

「離れてっ!」

 

 

 

 

俺が呼ぶよりも前にファリニスは既に動いていた、しかしそれは金色の瞳も同じくであり既に俺に向かってまた突進を繰り出す。

 

 

 

「させませんっ!」

 

 

 

 

突進してくる金色の瞳と、俺の間にファリニスが立ち入り謎の物体を迎え撃つ。

その刹那にファリニスの手のひらにあった淡い緑色の輝きが…その眩しさを増す。

 

やがてそれは小さな塊に、グリーンから紫色に変化し、球状に形を変えて発現する。

 

 

 

「<ねんりき>っ!」

 

 

 

パシィンッと軽いような音が響き、金色の瞳は台所の奥へと消えていく。

ガシャンとなにかが壊れた音が盛大に響くが、暗がりでなにがかまではわからない。

 

 

 

「セグレトさん!ここは危ないです、外へ!」

 

 

 

「えっ、あ、お、おう!」

 

 

 

 

慌てた様子のファリニスに提案され…

バァンッと扉を勢いよく開けて、俺たちは部屋をあとにした。

 

 

 

 



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第5話

「ここ…まで、来れば…ひとまずは…」

 

 

 

 

夜の町、俺たちは裏路地を通っていた。

家からものすごい勢いで飛び出したすぐあとに、再びいえの中からなにかが割れた音が聞こえたあたり…また、奴がでたのか?

状況の整理が頭の中でできていない、呼吸を落ち着かせ…俺はひとまずファリニスの方へ向き直す。

 

 

 

 

「なぁ、あいつらは一体なんなんだよ!?急に俺の…命を狙ってるみたいに…襲ってきたぞ!」

 

 

 

 

「…命を狙ってる…それは間違いないです」

 

 

 

 

 

 

 

「セグレトさんが命を狙われていたのは、今から1ヶ月以上まえになります…ずっと、狙われてたんです」

 

 

 

 

 

「なっ…!?」

 

 

 

 

俺は信じられなかった

記憶は既にもう完全に戻っている、なのに…あんなに殺気にまみれた奴等を俺は当然のごとく知らない。

 

 

 

 

「そんな…でもっ、俺はあんな奴等しらないぞ!?」

 

 

 

 

「わからなくて当然なんです、あいつらは決して表に出てこない存在…目で見ることすらできないハズなんです。」

 

 

 

「目で、見えない…?それって」

 

 

 

 

さっき聞いたようなことだ

目に見えないなにか、それをファリニスの口から…

 

 

 

 

「はい、あれは思念…正確には思念だったもの…です」

 

 

 

 

「あれが…?」

 

 

 

 

 

禍々しく殺気を放つ、金色の瞳…あれが思念?あんなのが、俺たちの中に同じく入ってるもの?

とても信じられなかった、思念が、俺たちと同じような思念が、なんで人に牙をむくんだ!?

 

 

 

 

 

「乖離のことは先程お話ししましたよね…生命体が活動を停止した際に、思念がからだから離れる現象」

 

 

 

 

「ああ…さっき聞いた」

 

 

 

 

一呼吸おいてから、ファリニスは続ける

 

「乖離した思念は通常、この星の内部に埋まり次なる生命体に思念を宿すためにその一切の記憶を浄化してから次の生命体に宿します。」

 

 

 

 

「浄化…消去するってことか?」

 

 

 

 

「はい、消去しなければ次の生命体の活動に影響を及ぼしてしまうので…極稀に、消去されないこともあるらしいのですが…」

 

 

 

 

輪廻転生…オカルトまがいな話だけど、本当にあるのか?

 

 

 

 

「しかし、またこれも稀に思念が地面に還らずに空気中で浮遊してしまうことがあるらしいのです。これを<待機滞留>と言うのですが…」

 

 

 

 

「えっと…それがなると、ああいう化け物になるのか…?」

 

 

 

 

 

錯乱しかけた頭でなんとか理解しようとする、口頭での説明での理解は難しい…頭の回転が遅いのも、呪いたくなるな

 

 

 

 

「正確には、その思念が集まった場合にです…あのように集合した姿を思念論において、<思念集合体>と呼びます」

 

 

 

 

殺意を剥き出しに、襲いかかってくる思念集合体…か

でもまてよ…

 

 

 

 

「その思念集合体は…なんで、俺を襲うんだ?その、肉食とか…なのか?」

 

 

 

 

やつに噛みちぎられるとか…そういう考えは持ちたくもないけど、聞いておかなければ気がすまない…

 

 

 

 

「いえ、あれは普通の食料はいりません…思念ですから、消化器もなにもありませんから」

 

 

 

 

「ふ、普通の…?」

 

 

 

 

 

「他者の思念が、奴等の活動源…その方法は精神の搾取…搾り取るように、セグレトさんのように…殺しながら」

 

 

 

 

 

 

背中が寒気を覚えて、ゾクッとした

 

 

 

 

 

「俺、みたいに…?」

 

 

 

 

 

「奴等の目的は獲物の記憶…セグレトさんの記憶を封印して、無理やり頭の中の思念を搾り取り…活動源にしていました」

 

 

 

 

 

記憶がなくなっていたと思っていたのは…奴等の仕業だったのか、脳裏に封印されて、俺は奴等に思念を貪られてた…?

 

 

 

 

 

「…その…思念は……俺のなくなった思念は?」

 

 

 

 

「それはもう大丈夫です、セグレトさんが元々持っていた思念とはまた別の思念を使って、なくなった部分の補完には成功していますので」

 

 

 

 

「それなら、記憶も食われちゃったんだろ!?俺の記憶は戻ってるぞ!?」

 

 

 

 

思念と記憶は繋がってる、なら食われた部分の思念と繋がってた記憶もなくなっちゃうんじゃ…と、俺は考えたが

 

 

 

 

「記憶は思念にすべて宿ってるわけではないです、脳自体にも記憶を管理する場所はあります…そこから抽出して、新しくいれた思念に流し込みました」

 

 

 

 

「そ、そっか…なら、よかった」

 

 

 

 

ガシャン!

 

 

 

 

「!?」

 

 

 

 

遠くの方から、微かに聞こえた…窓ガラスの割れる音。

間違いはなかった、方向からするに俺の部屋からだ。

 

 

 

 

「こっちに…くるのか!?」

 

 

 

 

「…っ」

 

 

 

 

正直、生きた心地はしない…奴等は影に紛れて近寄る。

窓から見えたのをたまたま見ていなければ、奴等の奇襲であっという間に死んでいたのかもしれない…

 

怖い

 

 

殺される…?

 

 

 

怖い…

 

 

 

 

 

 

怖い…

 

 

 

 

 

 

 

死にたくない…死にたく

 

 

 

 

 

「セグレトさん、これを」

 

 

 

 

「ぁ…え?」

 

 

 

 

ファリニスが渡してきたのは、彼女が最初から持っていた鞄…肩から提げるタイプの可愛らしいピンクの色合いだった。

その鞄をまるごと俺に渡して、ファリニスは俺の部屋の方面へと向き直る。

 

 

 

 

「…もし、私が10分経ってもここに来なければ…その鞄に入ってるすべてのものを使ってもいいです、ここから逃げてください…できるだけ、遠くへ」

 

 

 

 

驚きの提案だった、ファリニスの言葉通りの意味でとらえるのなら…

<自身を犠牲に、ここから俺を逃がすつもり>ということになる。

 

 

 

 

「なっ……!?ちょっと待ってくれよ、ファリニス!それは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫です、セグレトさんは…私が守ります」

 

 

 

 

 

そう言って、俺の返答も聞かずに彼女は走り去っていった…

 

 

 

 



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第6話

「ファリニス…」

 

 

 

 

鞄を残したまま部屋に戻ったファリニスが心配になる…奴等は普通じゃない、あの思念集合体とか言うのは…一人で叶う相手なんかじゃないんだ

 

でも…

 

 

 

俺になにができるんだ…?

 

 

守られてばかりで…

 

 

 

 

 

なにも、できなくて…

 

 

 

 

 

 

 

「…?」

 

 

 

 

 

 

 

ファリニスの鞄から、キラリとなにかが光る

財布や携帯など貴重品ばかりの中に、確かに反射した光が見えた。

 

ゴソゴソと中を調べ…奥の方にある、小さくて丸いチェーンのついたようなものを手に取る

 

 

 

 

「これは…ロケット?」

 

 

 

 

首から提げる、写真のはいったロケットのようだ

 

 

なかを開けてみると、そこには穏やかで優しそうな老人が思念論の本を持ってて、それと緑色の髪の女の子が…笑いあって仲良く写っている。

その後ろから優しく微笑む、二人の夫婦…

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間はもう10分は過ぎた

 

 

 

 

 

 

 

俺はロケットを握りしめ、鞄をもってその場から駆けだした。

 

 

 

 

 

 

───────────────────────────

 

 

 

 

 

 

「このルートで間違いないハズですが…」

 

 

 

 

 

その時ファリニスは、裏路地から少し外れて住宅街に出ていた。

なにかを確認しつつ周りに警戒心を張り巡らせて、静かに足音を極力立てずに…慎重に歩く

 

 

 

 

(おそらく、思念集合体はセグレトさんを探るために糸のように手繰る術を持っている…セグレトさんの記憶喪失を解除してから、発見されるまで時間がかからなさすぎたし…常に観察しているにしては、遅すぎる)

 

 

 

 

次第に小雨が降り注ぐ、手ぶらのままファリニスは辺りの警戒をやめずに進んで行く。

 

 

 

 

 

(そして、セグレトさんのきおくの搾取方法とスピードからして、多く見ても3体ほどの思念集合体がいるはず…2体は、部屋のなかで倒してるから、あとはなんとか探しだして残り1体さえ倒してしまえば…!)

 

 

 

その時、ファリニスの背後から

 

 

 

 

 

 

 

小雨に紛れて再び金色の瞳が光る

 

 

 

 

 

 

「…っ!」

 

 

 

 

 

 

小雨に感覚を遮られてしまったのか、ファリニスの反応が少しだけ遅れてしまう。

背後から忍び寄ってきた影、それはやはり思念集合体、しかしヤツの体は先程とは違い、腕と見える部分が鋭い刃物のような形状になっていた!

 

 

 

 

「く…っ!」

 

 

 

 

 

ファリニスの脇腹を、鋭くなった刃物のような腕が掠め僅かに出血する。

不意打ちに驚き、ファリニスは思念集合体から目を離さずに距離をとった。

 

 

 

 

「…食事の邪魔なわたしには、手加減をしない…ということですか」

 

 

 

 

傷口は浅い、若干の出血こそあれど致命傷ではなくまだ彼女は動けそうだ。

思念集合体はそこから動かず…じっと、ファリニスが動くのを待っているようにも見える。

 

 

 

 

(様子を見てる…?なら、こちらから!)

 

 

 

 

 

ファリニスの左手の光が淡いグリーンに…そして紫色に再び変化する、セグレトの部屋で戦った時と同じように

思念集合体はそれを見るや否や、スピードを出してファリニスに近づく!

 

 

 

 

 

 

 

「一足、遅かったですね」

 

 

 

 

 

 

<……!>

 

 

 

 

 

 

思念集合体の体が、あの時と同じようにバシィッと軽い音と共に吹っ飛んでいく。

しばらくその場で悶えていた思念集合体は、雨を受けながらゆっくりと動かなくなっていった……

 

 

 

 

 

「はぁっ…はぁっ………やった、よね……」

 

 

 

 

ゆっくりと近づく、思念集合体が突然飛び起きることも想定し…常に警戒する。

 

 

 

 

(少しでも動けば、もう一度<ねんりき>で…)

 

 

 

 

 

既に彼女の片腕には紫色の光が帯びている、目の前の標的には万全の体勢を整えて……

 

その目の前まで来た。

 

 

 

 

 

 

 

そして、彼女は落胆する

 

 

 

 

 

 

 

(こ……れは……!?)

 

 

 

 

 

 

そこにあったのは紛れもなく、動かなくなった思念集合体

彼女が<ねんりき>で吹き飛ばした痕跡以外、変わりはない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

攻撃の痕跡が2つあったことを除いて

 

 

 

 



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第7話

ファリニスが思念集合体を攻撃した…しかし、その痕跡は2つ。

 

 

 

 

 

 

 

(一目で分かる…これは2つとも、紛れもなく私が<ねんりき>で作った痕跡………

 

 

 

 

 

 

 

じゃあ、この思念集合体は……わたしがセグレトさんの部屋で攻撃した…!?)

 

 

迂闊にも、ファリニスは見落としていた

相手の形状が変化したこと…不意打ちされたことにより、冷静さを欠いていたのだ。

相手は並みの手段で倒せる相手ではない、それが思念集合体である。

 

 

 

 

 

(となると、残りの1体は…っ!?)

 

 

 

 

 

 

その時、ファリニスは体に違和感を感じる

場所は腹部…じんわりと温かく、そして冷たい…静かにその感触が伝わってきた。

 

そこに目を落とすだけで、すぐにその違和感の正体は判明する

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鋭い刃物のようなものに、腹部を貫かれていた

 

 

 

 

 

 

「っ…く…?!」

 

 

 

 

 

 

背後には既にもう一体の思念集合体がいた、先程倒した別の思念集合体と同じく腕を刃物に変えている

今度は、全く避けられず…ファリニスの腹部からは先程とは比べ物にならないほどに出血している。

 

ゆっくりと刃物のような腕を引き抜き、ファリニスは力なくその場にたおれこんだ。

 

 

 

 

 

(う……くぁ…っ…これは、まずい…)

 

 

 

 

 

 

 

腹部を刺されたこと、そして既に彼女の体は疲弊しきっており…この不意打ちがとどめになってしまった。

急所は外れたものの…彼女には立ち上がっていられる余裕さえもなかったのだ。

 

 

 

 

 

「…くぅっ…!」

 

 

 

 

 

最後の力を振り絞り、先程まで溜めていた<ねんりき>発動させようと出来るだけのスピードで振り向き左腕を目の前に突き上げた。

 

しかし、痛みのせいか…うまく集中できずに…集まった光は霧散するように消えていく。

 

 

 

 

 

(そんな…っ)

 

 

 

 

 

目の前には、小雨で少し流れたもののまだ血のついた刃物のような腕が見える。

それをゆっくりと頭上に掲げて、力の入る様子が見えた。

 

 

 

 

(とどめ…を、さすつもり…ね)

 

 

 

 

 

それを回避することはできない、ファリニスの傷は大きく屈んだ状態のままでいるために、その上半身を起こして移動するまでの力は残されていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…おじいちゃん、やっぱり…私)

 

 

 

「誰かを助けるなんて…できない、のかな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおあああっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

それは何者かの怒声だった

思念集合体でもなく、ファリニスでもなく

 

 

第三者…いや、ここにきて一番関係のある人物といってもいいだろう

 

 

 

 

 

「せ…セグレトさん!?」

 

 

 

 

 

ガアンッと、セグレトは両手でしっかりと握ったままの鉄パイプを思念集合体に向かって思いきり横凪ぎで振った。

座ったままのファリニスには当たらず、刃物のような腕を振り上げていた思念集合体には、クリーンヒット。

 

 

 

 

しかし、思念集合体の体は鉄パイプの攻撃を受けなかった。

 

 

いや、正確には受けた…ドロッとした形状になってセグレトの鉄パイプを受けきっていたのだ。

 

 

 

 

 

「うそだろっ!?」

 

 

 

 

 

 

「なんで…なんで来たんですかっ!あなたが……狙われているのは、セグレトさんなんですよ!?」

 

 

 

 

 

 

セグレトは鉄パイプを離さない

思念集合体がセグレトを見る、そして振り上げていた刃物のような腕を、今度はセグレトの上で振り上げはじめる

 

 

 

 

 

 

(ヤツはもう、手段を選ばないつもりだな…俺を殺すつもりで…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「上等だあっ!!」

 

 

 

 

 

セグレトは鉄パイプをさらに強く握りしめ、思念集合体の腕ごと思いきり薙ぎ払った

 

 

 

 

 

 

 



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第8話

思念集合体とかいうのに襲われていたファリニスを、ギリギリのところでなんとか助け出せた…。

思念集合体の腕の刃物を鉄パイプで砕き折って、ヤツが悶えながら離れていく。

 

 

 

 

「ファリニス、大丈夫か?」

 

 

 

 

ヤツがどんな攻撃を、いつしてくるかわからない…俺は前方の思念集合体から警戒心を解かないままファリニスの傷を気遣った。

 

 

 

 

 

 

「…はい、私は…大丈夫です」

 

 

 

 

そう言ったファリニスだが、腹の部分に深めの傷が見える…くそっ、間に合いはしたけどもう少し早く助け出せてれば…!

 

 

 

 

 

「でも、セグレトさんは…逃げてください…!ここは私に任せて、早くっ…!」

 

 

 

 

 

よろよろと立ち上がるファリニス、誰が見たってとても任せられる状態には見えない

俺はファリニスを制するきもちで、イヤだと答えた。

 

 

 

 

「ファリニス…これ」

 

 

 

 

ポケットから取り出したものを、ファリニスに手渡す。

先程鞄から取り出した、ロケットだ。

 

 

 

 

 

「こんな大事なもの…俺に預けないで、自分で持っておきなよ、大事なものなんだろ…?」

 

 

 

 

 

「…っ、でも、セグレトさんが…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここでファリニスを見捨てるくらいならっ、いっそ死ぬ!!」

 

 

 

 

 

 

「っ!」

 

 

 

 

 

 

じわりじわりと、思念集合体は損傷した腕を治している。

でも

 

 

 

逃げたくない

 

 

 

 

 

 

 

「俺は一度死んだんだ、それを助けてくれたファリニス…君のために、命を使いたいんだ!」

 

 

 

 

 

震えは止まらない、でも、逃げたくもない

うで全体が熱くなる、握りしめてたからだろうか?俺は…思念集合体を睨み付けて、鉄パイプを振りかぶる

 

 

 

 

 

「うりゃああああっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、思念集合体の腕の回復は終わっていた

 

再び刃物と化した腕が生え、鉄パイプを真っ二つにしてしまう。

俺はその衝撃で後ろに、ファリニスのすぐそばまで吹っ飛ばされた。

 

 

 

 

 

「ぐあっ!」

 

 

 

 

 

「セグレトさん!」

 

 

 

 

 

 

鉄パイプはもう使えない、ヤツは刃物の腕がある…対抗する手立ても、ない。

 

 

 

 

 

 

「…くそっ…!」

 

 

 

 

 

 

 

「…今からでも…セグレトさん、逃げて…っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうだ、いつもの俺なら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<てめえ、もう仕事やめちまえよ!>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<使えねぇやつをうちに置いておく余裕はねぇんだ!>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毎日の嫌なこととか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<ちゃんと、頑張れてる?仕事…上手くいってる?>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後ろめたいことから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いままでの俺だったら きっとファリニスの言うとおりにして…逃げてた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いろんなことから逃げてたんだ、記憶が戻って…ようやく、思い出した」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今は、イヤだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

逃げるのは、もうおわりにする

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今逃げたら自分のことを否定してる気がする、逃げたら俺の…セグレトの心を殺すことになる」

 

 

 

 

 

 

 

 

真っ二つに割れた鉄パイプはもう、使えない

 

武器はなにもない、手立てもないかも知れないけど

 

 

 

 

 

「死にたくないから、死なせたくないから戦うんだ!死んだって、構うかっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それが、俺の生き方になるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった

 

 

 

 

 

 

右腕から、赤い光が迸る

 

 

激しく、強く、神々しく

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ…!?」

 

 

 

 

 

「光…、私と同じ…!」

 

 

 

 

 

腕から輝きだしたその光は、以前ファリニスの使った不思議な力の光に似ている。

温かくて、それでいて…身近に感じるような気がして…

 

 

 

 

 

(セグレトさんが覚醒してるのは、間違いなく…でも、そんな、彼をこんなことに…巻き込むなんて…)

 

 

 

 

 

「熱っ!」

 

 

 

 

 

腕が燃えてるかのような錯覚、まるで炎に包まれているような高温の体感だった。

もう片方の腕で掴んでみれば、右腕は全く熱を帯びていない。

でも、間違いなく右腕自身は、千切れるくらいの熱さを感じていた。

 

 

 

 

 

「ぐぅ…ぁっ!」

 

 

 

 

 

(どのみち、このままじゃセグレトさんの腕が持たない……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

ファリニスが重たく腰をあげて、傷を抱えながら起き上がる

そして、俺の右腕に手を添えて…目をつぶり集中するそぶりを見せた。

 

 

 

 

「ファリニス…?」

 

 

 

 

「落ち着いて、目をつぶってから私の呼吸にあわせて…ゆっくり……気持ちを整えてください」

 

 

 

 

 

言われたとおり、目をつぶったままファリニスの静かな呼吸に俺も合わせると、気持ちがだんだんと落ち着いてくる。

右腕に感じていた熱さは次第に落ち着いていき、覆うようだったほどの熱は右腕に馴染むように次第に落ち着いていった。

 

 

 

 

 

(熱が引いていく…もう、熱も感じない…でも、なんだろ?違和感があるな…?)

 

 

 

 

右腕には、熱こそなくなったけど…でもなんだろう?

毛が逆立つような、チリチリしてる感覚…右腕だけ…

 

 

違和感がわからず、俺は目を開けた

 

 

 

 

 

 

「ん…?」

 

 

 

 

 

そこには

 

 

 

 

腕が赤く、光に包まれているような

 

 

 

 

 

 

大きな爪のかたちをした赤い光が、俺の右腕の全体を纏っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第9話

腕から指の先まで全体を覆っていた赤い熱が、今度は腕から指の先までを赤い光が…

さらには手のひらと、手の甲から数㎝ほど浮いて…光で作られた巨大な爪をもつ手が構築されていた。

 

 

 

 

 

「うぇっ!?こっ、これ…なんだ!?」

 

 

 

 

 

急な体の変化に慌てて取り乱そうとするが、目の前には思念集合体がいる…油断できない。

思念集合体は今しがた腕の回復を完了させたのか、再び刃物の腕を生やしていた。

 

 

 

 

「よかった…間に合って」

 

 

 

 

今まで右腕に自信の右手を添えていたファリニスが、その手を離してゆっくりとしゃがみこんだ、その動きは遅く、傷口が痛々しい。

 

 

 

 

 

「これ…ファリニスが?」

 

 

 

 

 

「…私に、とっては…あまり気の進まない手段でした…でも、セグレトさんの、気持ちが…あなたの力を呼び起こした……だから、私も、セグレトさんの力の発揮をお手伝いしました」

 

 

 

 

 

「そっか…これ、ファリニスと同じ光に見えるけど…なんか関係あるのか?」

 

 

 

 

 

「詳しくは…わかりません、セグレトさんのその力がどんなものなのか…ですが、かなり強力なワザに…なるはずです」

 

 

 

 

冷静に分析を試みるファリニスだが、あまり詳細なことまではわからず…

ただ、分かるのはそれが強力であること…それが相手に通用するレベルなのかは、見ただけではわからなかった。

 

 

 

 

 

「やってみるしか、ないか」

 

 

 

 

 

相手の戦闘体勢を待っていたかのように、思念集合体はセグレトがこちらを向いた瞬間に独特な動きでズズッと素早く、セグレトに接近する

 

 

 

 

 

「きます!」

 

 

 

 

 

グッと足に力をいれ…勢いよく踏み出し、接近してくる思念集合体に向かって

セグレトも思いきって走りながら接近していく。

これはセグレトがファリニスのすぐそばにいたために、彼女の身を案じて戦闘の場になる所をファリニスから離れさせようとした結果である。

 

 

 

 

 

「うおおおりゃあああっ!」

 

 

 

 

 

巨大な爪の構築された右腕を振りかぶり、思念集合体の体に狙いを定めて振りおろす!

 

 

 

 

 

<!>

 

 

 

 

 

素早く思念集合体は反応、先程回復の完了した万全な刃物の腕で受け止めようとする。

 

 

しかし、次の瞬間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刃物が、まるで柔らかい氷を砕くように…あっさりと砕けた。

 

 

 

 

 

 

 

<!!>

 

 

 

 

 

「へ…?」

 

 

 

 

 

「うそ…」

 

 

 

 

 

 

呆然と、セグレト達は赤く光る爪の威力にただ呆然としてしまう。

両手持ちの鉄パイプでやっと折れる刃物を、ソレは…いとも簡単に粉々にする。

 

 

 

 

 

<…>

 

 

 

 

思念集合体も、一度怯んだが…すぐに腕の回復に力を使っているようで、距離を多目にとる。

 

 

 

 

 

 

「させるかっ!」

 

 

 

 

 

 

距離をとったことで、セグレトが素早く反応して距離を縮めるためにダッシュで近づいていく…!

 

 

 

 

 

 

「…いけない!セグレトさんっ、後ろです!」

 

 

 

 

 

後ろからみていたファリニスは、後ろからセグレトに接近していく何かにすぐさま気がつき、大声をあげてセグレトに指示を出した。

 

 

 

 

 

「えっ…うわっ?!」

 

 

 

 

 

バシィッと、鞭を激しく打ち付けるような大きな音と痛みがセグレトの胴体を捉えた!

ファリニスの呼び掛けが早かったために、セグレトはすんでのところで右腕を出しガードに成功する!

 

 

 

 

 

「っつ…!」

 

 

 

 

 

飛んできたのは2~3mほどの長い触手だった。

ガードされた触手は、ふわりとセグレトの上を通って思念集合体との間に立ち塞がるようにふわふわと浮いて留まる。

良くみれば、その触手は思念集合体から出てるように見える…!

 

 

 

 

 

「行かせないつもりか…くそっ!」

 

 

 

 

 

触手の動きは素早く、セグレトに絶えず攻撃してくるために隙がなく突破ができない!

迂闊に近づけば触手の猛攻にやられてしまう、あと一歩の踏み出しを止められてしまった。

 

 

 

 

「このっ…っつ!」

 

 

 

 

右へ左へと動くその触手は捉えることもできない…

 

 

その時、セグレトの頬をなにかの黒くて丸く小さな何かが速いスピードで通りすぎる。

その直後、触手がズガンッという音ともに弾けて消えた!

 

 

 

 

「まだヤツの回復は終わってません!今なら、とどめをさせるはず…っ、今のうちに…!」

 

 

 

 

後ろを見ると、ファリニスが息を切らしながら腕を突きだしているのが見える。

なにかしらのサポートか…と、セグレトは納得してすぐさま思念集合体の元に切り込む!

 

 

 

 

 

(こいつで…)

 

 

 

 

回復している途中の思念集合体は、まだ動けない!

走るスピードをまったく緩ませずに、大きな歩幅と頭を低くした低姿勢で切り込んで、巨大な爪を大きく振りかぶった。

 

 

 

 

 

「どうだぁっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

すばやく振り抜かれた右腕

 

 

宙を舞ったのは、思念集合体の上半身だった。

屈強そうな胴体からはなにも出ずに、ただゼラチンのような質感の上半身と下半身、2つに別れた。

 

 

 

その後、弾けて四散した。

 

 

 

 

 

思念集合体は、もう動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第10話

目の前で青い物体が蠢く

 

 

 

それは、刃物の腕で人を斬り裂いた。

 

 

何人も

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何人も

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何人も

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見知った顔の人が、戦っている

 

 

 

 

緑色の髪の毛の、長いスカートの女の人だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがてその人も、同じように

 

 

 

刃物の腕で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うああっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とんでもない悪夢を見ていたようだ…

汗が身体中から滝のように出ている、中に着ていた黒色のシャツはパッと見では分からないが触ってみるとびっしょりと濡れている…

 

 

 

 

 

(汗…風呂、入んないとな)

 

 

 

 

 

寝ぼけた表情のまま、俺は服をバサリと枕元に脱ぎ捨てて脱衣場へとむかう。

あまり周囲は見てない、室内が暑くてあんまり気にしてられないし…正直部屋のなかがまだ汚くて、見てられない。

 

 

 

 

「暑いし、面倒だし…シャワーにするか」

 

 

 

 

シャツと上着は部屋のなか、ズボンやらパンツは脱衣場のかごのなかに投げ捨てて、ガララと浴室の引き戸を開け

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……」

 

 

 

 

 

 

「ん……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よく聞いてみれば、シャワーの音が最初からしていた。

 

 

 

 

そしてよく見れば、引き戸のガラス部分が曇っていた。

 

 

 

 

よくよく聞いてれば、鼻唄が聞こえていたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてよくよくよく見てみれば…ファリニスが中にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キャーーーーーーーッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわわわわわ!!?!いや!待って!!ちょ、いや、違う!そんなあれこのえと覗きとかじゃなくてこんな堂々としてるとかそういう問題じゃないよねというか胸がけっこうおおき」

 

 

 

 

 

 

 

スパーン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、そこで一旦意識がとんだ

 

 

 

 

 

次に目が覚めた頃、俺はまた布団まで戻っていた。

しかし今度は…顔を真っ赤にしたファリニスもいる、うつむいたままなにも言わずに…俺が起きたことには気がついてるみたいだけど…

とりあえず体を起こしてファリニスを促し、隣のテーブルのある部屋に移動した。

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

 

「………///」

 

 

 

 

 

 

(や、やばい!!さっきのことが頭から離れくてなに話せばいいかわかんねえ…!!)

 

 

 

 

 

なんだか顔が熱くなっていく気がしたけど…気にしない気にしない…

 

 

 

 

 

「あ、あの…ごめんなさい、私咄嗟に…その……恥ずかし、くて…」

 

 

 

 

 

 

ファリニスの第一声は、謝罪だった。

顔は真っ赤にしたままでうつむいたまま、さっき布団の横にいたときとまったく変わらない体勢だ。

 

 

 

 

(って、なにファリニスに謝らせてんだ俺ぇぇぇ!?よく確認しなかった俺が悪いに決まってる!)

 

 

 

 

 

「あ、いやファリニス?俺が確認とかしなかったし…正直いって、俺が断然悪いと思う…いや、俺だろ!悪いのは、かんっぜんに俺だ!……ごめん」

 

 

 

 

「いっ…いえ!あの、そもそも私がセグレトさんのバスルームを勝手に使ってたのが悪い

ですから……その、洗面器も…すみません」

 

 

 

 

 

 

洗面器?と、ファリニスの奥の方の廊下に転がっている浴室にあるはずの洗面器が転がっているのが見えた。

ああ…きっとあれだな、気絶した原因は…

 

 

 

 

 

「そ、それはともかくさ…あの、思念の…集合体だっけ?あいつは、どうなったんだ?」

 

 

 

 

 

 

「あ、そ、それはですね…」

 

 

 

 

 

 

ファリニスの話によると

 

俺があの巨大な爪で思念集合体を真っ二つにして、勝負はついた。

そのあとに俺はそのままぶっ倒れて、巨大な光の爪も消えていた…意識が無くなったかららしい。

 

 

 

 

 

「…ほんとに…夢じゃない…んだよな」

 

 

 

 

 

正直…ファリニスと出会ってからのあの短い間は、夢としか思えてない…思念集合体とかも辻褄が合うのは分かるし…でも、自分のなかではとても非現実的で…

 

 

 

 

「セグレトさんを、あんな戦いに巻き込むのは…私もしたくはなかったのですが…」

 

 

 

 

そう言いつつ、ファリニスは服をぺらりと捲って脇腹の辺りを見せてきた。

そこには、昨日刺された場所と同じところに刺し傷が…しかし、傷跡はまだあるものの傷口は塞がっているようだ。

 

 

 

 

「この傷を受けて…私が今ここにいられるのは…紛れもないセグレトさんのおかげです、ありがとうございます」

 

 

 

 

そう言うと、彼女は深く頭を下げた。

 

 

 

 

「いや…なんていうか、俺もあんな力があるとは思わなかったというか、俺も生きてるのが不思議…かな…ハハ」

 

 

 

 

 

 

そうだ、あの力…あの巨大な光の爪があったからこそここに俺とファリニスがいるんだ。

…でも、俺はあの力について何一つ分からないでいた。

 

 

 

 

「生きてて10年以上にもなるけどさ、ファリニスや俺の不思議な力とか…全然わからない、まだ記憶喪失って気分になるくらいに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの力は…ポケモンとしての、能力です」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ポケモン…?」



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第11話

「ポケモンって…なんなんだ?また新しい専門用語なのか?」

 

 

 

 

「いえ、割とメジャーな‥というわけでもないですね、科学者などの研究者の間では意外と知られている事実なのですが一般の方には内密にしていることが多いらしいですから…まずはそこからお話します」

 

 

 

 

ポケモンという単語自体、俺には聞いたことない。

ニュースなんてあんまり見ないし、新聞も取らない情報に疎い俺には尚更なのかもしれない…が、そこのところの説明をしっかりと、ファリニスはしてくれるようなので姿勢を正し、聞く体勢を取った。

 

 

 

 

 

「この世界には人間…と呼ばれる種族の他に、細かく分類された私たちのような<ポケモン>と呼ばれている種族がいるのです、今で言えば私たちは人間と瓜二つの姿形をしていますが…昔は違いました。」

 

 

 

 

「俺たちの種族…ということは、ファリニスと俺はまったくおんなじ種族なのか?光るワザを使えたし…」

 

 

 

 

あの技の詳しいことはなんにもわからないけれど、俺の常識の範疇を大きく超えてる。

同じように光りをだすワザを使うならもしかして…と思ったが、ファリニスは首を横に振る。

 

 

 

 

「ポケモンという広い枠の中で考えれば、セグレトさんの言うとおりですが・・細かく詳細な分類では私とは全く別のポケモンということになります。」

 

 

 

 

種族の判別方法についてはファリニスは細かく語らなかったが、嘘をつく理由もないし専門用語とか多くて解説を省いたんだろうと、それになによりもファリニスを疑う理由もないので俺はそのまま鵜呑みして信用することにした。

 

 

 

 

 

「それじゃあ…その、ポケモンの力を使って俺が倒した…それだけ?」

 

 

 

 

 

「そう…ですね、私たちの力はまだよくわからないことが多くて、謎も多くて、様々な科学者たちに調査されているところなんです。」

 

 

 

 

 

「昔からポケモンは存在してるのに‥謎が多い?あんまり研究されてないのか?」

 

 

 

 

 

昔からある謎って言えば、なんとなくもう解析されているモノが多いような気がする。

遠くの国のお話だとかならまだわからんでもないけど…でも、これは多く存在する種族の話だ、意外と近場でありふれているようなことだし、研究もはかどりそうなもんだけど・・?

 

 

 

 

 

 

 

「…実は、ポケモンは一度絶滅した‥と思われてたんです。」

 

 

 

 

 

「…えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

ファリニスの話では、数百年前からポケモンは人間のそばで存在していた…が、その姿形は今の人間のような容姿とは違って種族ごとに大きな差があったという。

しかしそんな時代の最中に、ポケモンたちはその特徴的な姿を忽然と人間たちの前から消した…

 

 

 

 

「その時に突然、ポケモンたちが人間と似たような外見に変わったってこと・・か?」

 

 

 

 

 

「だいぶ妙な話ですよね‥急に姿形が変わったりするなんて、生物学上はまずありえないことです、何百年の歳月をかけて変化していくのが、普通ですから…」

 

 

 

 

一度絶滅したと思われていたこともあってか、研究はそんなに進んでいなかったとファリニスは言う。

要は、ポケモンはある時を境に姿が変化した…でもその原因は不明、研究してる人がいないから、そして今はポケモンたちが人間とほとんど変わらない為に人間社会に溶け込んでいる、ということらしい

 

 

 

 

 

「でも、今は隠れて認知されてるってことだろ?ファリニスも知ってるってことは、表の方には出てこない裏の話…みたいな?」

 

 

 

 

「一部、ごく一部の組織はポケモンの力を活用しようとしている…とかなんとか、あとポケモンについては研究者の中ではトップシークレットなのは暗黙の了解です」

 

 

 

 

「口に出しちゃいけないって‥ことか?なんで?」

 

 

 

 

「ポケモンとしての力を悪用されることを恐れて、です…周知の事実にしてしまうとそれを悪用しようとする輩が必ずいますから」

 

 

 

 

 

 

確かに、腕から出たあの巨大な爪の力は凄いものだった。

腕の感覚がぼんやりとしていてビリビリとしているような…そして思念集合体をなぎ払ったあの瞬間…俺の脳裏にはその光景が焼きついていた。

 

 

 

 

 

「とにかくセグレトさん、そのポケモンの力は使わないことを約束してください!その力は…強力すぎます、特にセグレトさんのものは…」

 

 

 

 

「わ、わかった…っていっても、やり方なんてよくわかんないけどな」

 

 

 

 

ブンブンと腕を振ってみても、あんな光は出ないしビリビリだかぼんやりだかの感覚はもうしない、あの時だってなんであんなことになったのかはよくわかんないし…

 

 

 

 

 

 

「ポケモン…か」

 

 

 

 

 

 

おれは自分がただの人間じゃないことに、違和感を感じて…現実感は相変わらずなかった。

まだ夢を見てるなんて思ったり…でも、彼女の腹部にあったかすかな傷跡…それは紛れもない事実であり現実

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その傷跡を見ながら、俺はなんだか無性に悔しい気持ちになった

 

 

 

 

 

 

(もっと早くこの力が使えたら…ファリニスを傷つける前に、助けられたのかな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セグレトさん?」

 

 

 

 

 

 

「ふぁっ!?あ、いや、なんだ?ごめんぼーっとしてた…」

 

 

 

 

 

気がつくとファリニスの心配したような表情が目の前まで近づいて、まんまるな瞳にびっくりして俺の口から変な声が出た。

 

 

 

 

 

「ちょっとまた難しい話でしたからね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

(ちょっとどころじゃなくて超難しかった…)

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ!お茶でもいれますね、台所お借りします!」

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言うとファリニスは急ぎ足で、台所へと駆けていった。

 

 

 

 

 

 



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第12話

それからほどなくして、ファリニスがうちのティーカップに紅茶を注いで2つもってきてくれた。

うちには紅茶なんてあったかな…と考えていると、ファリニスがカバンの中から開けて間もないティーパックを見せてくれた。

 

 

 

 

「セグレトさんが眠っている間に近くのスーパーまで行ってきたんですよ、すごく近くにあって…助かりました」

 

 

 

 

「あ~、あのすこしボロいスーパーだよな…そういえば今日は安売りの曜日だった…かな?」

 

 

 

 

熱いうちに一口紅茶を飲みながら、俺はファリニスの話に返事をした。

 

 

 

 

「はい、このパックも、他の物もとっても安く買えたんですよっ」

 

 

 

 

喜々しながらファリニスは安く買えたものを、袋ごとこちらに渡してきた。

中身は洗濯洗剤やらお茶漬けの素やら、5食入りラーメンのパック…

 

 

 

 

 

「なあ、この…ドッグフードは?」

 

 

 

 

「それはですね!通常価格から200円も安かったんですよ!すごいですよね!」

 

 

 

 

「い、いや…そういうことじゃなくてだな」

 

 

 

 

「うち犬いないんだけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……‥」

 

 

 

 

 

 

黙ったまま、ファリニスの顔が見る見るうちに赤くなっていくのがわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、えと!あれ、ほら!紅茶淹れてきますね!」

 

 

 

 

「まてまてまて!!紅茶さっきもらったばっかりだから!まだ一口しか飲んでないから!落ち着いて!」

 

 

 

 

「一口しか飲んでないんですか!?あついんですね!?わかりました!水入れましょう水!」

 

 

 

 

「ちょちょちょ!ダメダメダメダメ!水はダメだってー!」

 

 

 

 

 

 

「水もお湯もそんなに変わりゃあしないですよアハハハハハハハハハハ!!!」

 

 

 

 

 

「あの頃のファリニスー!おーい!戻ってこーい!(泣)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません…取り乱してしまって‥グスン」

 

 

 

 

 

 

 

しばらくしてから落ち着きを取り戻したファリニスが謝罪して、冷めてしまった紅茶を口に含んだ。

気にしないでいいから、と俺も紅茶を一口飲んでから声をかけるも…ドッグフードを見てから彼女が大きくため息をつく。

 

 

 

 

 

 

 

「安くなってると、無性に買いたくなってしまって…昔からなんですよぉ…」

 

 

 

「あはは…まあ、わからないでもない…かな…」

 

 

 

 

妙にでかいので、俺の隣で存在感を放つドッグフードは嫌でも目に入るだろうな…

俺はドッグフードを脇のタンスのそばに置いて、ファリニスの視界に入らないようにした。

 

 

 

 

 

「じゃあ…私、そろそろ行きますね」

 

 

 

 

いつの間にか紅茶を全て飲んでしまったファリニスは、自分のかばんを取ってせっせと身支度を始める。

 

 

 

 

「え?行くって…」

 

 

 

 

「またフィールドワークをしに、別の街へ行きます…まだ思念の研究も始まったばかりですから」

 

 

 

 

「そっか…なんだか、寂しくなるな」

 

 

 

 

 

ずっと一緒…なんて思ってたわけじゃないけど、やっぱりなんだか寂しかった。

思えばファリニスには助けてもらいっぱなしだ、死にかけていた俺を命の危機から救ってくれたし…あの力を使うためにサポートしてくれたのも、ファリニス。

 

 

 

 

「それじゃあ…」

 

 

 

 

 

 

ファリニスが何かを言いかけたその時

 

 

 

 

 

不意に彼女の後ろ姿が、昨日別れた時の姿と重なって見えた。

(私が守りますから)といって、俺の前から一度姿を消したあの日

 

 

 

 

彼女は死にかけていた

 

 

 

 

思念集合体に掴まれて、動けない彼女を遠目に見つけたあの日

遠くからかすかに見えた気がした

 

 

 

 

頬を伝う一筋の水滴

 

 

 

 

あの日降っていた雨だったのかもしれないけれど

 

 

 

 

 

 

 

俺にはそう感じられなかった

 

 

 

 

 

「セグレトさん?」

 

 

 

 

 

 

頬を伝って流れ落ちた涙かもしれないそれを見て、俺は手を出さずにいられなかった。

 

 

助けなきゃ、でも何ができる?

 

 

 

無力かもしれない、役に立たないのかもしれない

 

 

 

 

 

でも、あの時だってなんとか出来たんだ

 

 

 

 

 

 

「俺も…ついて行くよ」

 

 

 

 

 

 

 

俺はもう、ファリニスが泣いているところを見たくない

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ…でも、セグレトさんはまだ体が‥」

 

 

 

 

 

 

「まだ助けられた借りを、返した気になれてない…恩返しがしたいんだ」

 

 

 

 

 

そう言い終わると、力があふれてくるような気がした。

ファリニスが真剣な表情でジッと俺を見る、俺は取り繕うまでもなく…自分の中の真剣な表情で答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう断っても…ダメみたいですね」

 

 

 

 

 

 

ニコッと、ファリニスは真剣な表情から一変して笑顔を見せた。

場の空気が明るく、窓から光が差し込んでくる…テーブルに置かれた陶器のティーカップに光が注がれて、光を眩しく反射させる。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、一緒に手伝ってください…セグレトさん」

 

 

 

 

 

 

 

「…ああ!」

 

 

 

 

 

空の雲間から、光が差し込み

 

 

 

 

太陽がその姿を表そうとしていた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドッグフード持っていきます?」

 

 

 

 

 

「要らない」キッパリ



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第13話

「荷物はこのくらいでいいか?」

 

 

 

 

「あと、これも持っていきましょう!次の街までは長いですから」

 

 

 

 

 

部屋の中で、俺は大きめのリュックの中に大量の荷物を詰め込んでいた。

あれよこれよと詰め込むとすぐにパンパンになってしまって入らなくなってしまうの

で、食料も着替えも最小限に…力の限り折りたたんで、正直手が痛い。

 

 

 

 

「これくらいにしておいて…あとはフレンドリィショップで買い足そうか」

 

 

 

 

※この世界のフレンドリィショップは、旅をするにあたっての必需品を取り扱う専門店という扱いです。

携帯食料、山などの難所を越す為に必要な道具も取り扱っている。

 

 

 

 

「そうですね!あ、私が買ってきて…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…えっと、やっぱり一緒に、来てもらっても…いいですか?」

 

 

 

 

やや赤らめた顔で、先程の言葉を訂正してから一緒に来るようにお願いしてきた。

先程のドッグフードの件を、まだ気にしているようだ

 

 

 

 

 

「あ、ああ!一緒にいこうか」

 

 

 

 

 

 

そういうと、ファリニスはホッとしたような表情を一度見せてから、嬉しそうに頭の髪飾りを動かしてから歩み寄ってきた。

・・・あの髪飾り・・・髪飾りだよな?耳か?

 

 

 

 

「ささっ!いきましょう!」

 

 

 

 

「お、おう…」

 

 

 

 

気になることはあるけど、とりあえず後回しかな…ファリニスに腕を掴まれながら、俺たちは大きな鞄を持って家を出た。

部屋の鍵を秘密の隠し場所にしまって、一応家主さんに話を通して…旅行という形で話はまとまり、しばらく家を空けても大丈夫ということで荷物を背負って俺たちは部屋を後にする。

 

 

 

 

 

「寝袋ってこんなでっかいんだな…お、こっち安いな」

 

 

 

俺の家から徒歩で10分、改装工事を済ませたフレンドリィショップのなかに俺たちはいる。

寝袋や非常食品、最悪野宿もするだろうし万が一の準備は怠らないほうがいいだろう。

 

 

 

 

「生地が薄くないですか?地べたに寝るにはちょっと背中が痛くなりそう…」

 

 

 

 

「あー、たしかになぁ…じゃあ、多少高いけどこっちかな?」

 

 

 

 

 

思えば、こんなふうに誰かと一緒に買い物なんていつぶりだろう?

実家に住んでる時に母さんといったくらいかな?異性との交流もいったいいつぶりなんだろう…というか

 

 

おもえば女性と口をきいたのだってすごい久しぶりだ、何年‥とまではいかないけどほんとに…

 

むしろ…裸を見たのだって…

 

 

 

 

 

「セグレトさん?あの顔赤いですけど…」

 

 

 

 

「へ!?あ、いやなんでもないなんでも!」

 

 

 

 

 

なんだか恥ずかしくなって、顔が赤くなってみたいだ

冷静に…よくせっかちとか言われるけど、ここは冷静だ!冷静に…!と頭の中で言い聞かせながら、頬をペチペチと強めに叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局かばん、もうひとつ買っちゃいましたね」

 

 

 

 

フレンドリィショップから出てきた俺たちの背中には、お互いに大きめの鞄を背中に背負っていた。

俺が背負っていたのは自宅から持ってきたものがたくさん入ってる私物と非常食のたぐいが大半だ、そしてファリニスの方は寝袋などの比較的軽い荷物を入れたものを持ってもらっている。

 

 

 

 

「悪いな…お金出してもらって」

 

 

 

 

 

新しくカバンを買い、非常食を追加で買ったり寝袋も買って…なんていろいろ買ってたら代金がえらいことになってしまったので、すこしファリニスに出してもらったのだ。

そもそもそんなに貯金してたわけじゃなかったし、旅行の予定もなかったからなぁ…しっかり稼げばよかったと、深く反省する。

 

 

 

 

「いえいえ、気にしないでください」

 

 

 

 

にっこりと、彼女は全く気にしてないように笑った。

 

 

旅の準備は整った

 

 

覚悟もできた

 

 

 

あとは踏み出すだけだ

 

 

 

 

 

 

「じゃあ・・行こうか、ファリニス!」

 

 

 

 

「はい、まず目指すのは北にある街…<ルメタルシティ>へ!」



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第14話

「ほうほう…旅行ですか…準備万端ですね、アンタ」

 

 

 

 

「あはは…何があるかわかんないっすから‥今の時代」

 

 

 

 

俺たちは今、街の北門にいた。

この街は東西南北それぞれに大きな門があり、そこで街への出入りを厳重に管理されているのだが…少々きつすぎると悪い意味で評判だったりもする。

それもこれも、過去に違法的な薬物の取引がこの街であったとか…それから厳しく取り締まり、様々な書類を記入する必要が出始めた。

 

 

旅をするには許可証を発行する必要があるのだが、この許可証の発行には何ヶ月と時間がかかってしまう…もちろんだがそんなに長くは待ってられない。

今すぐ出発するために、俺だけまずは<旅行>という名目で街から出る必要があった。

 

 

 

 

「まあ‥そうだねぇ…君の住んでる家主さんからの連絡でも確認してるし…パスポートは?」

 

 

 

 

「あ、ハイ持ってます!」

 

 

 

 

ポケットから赤い手のひらサイズの手帳のようなパスポートをサッと取り出して見せる。

それを見て門番は確認し、手元にあった出入管理用紙を俺の方に荒々しく渡してサインを求めた。

付属していた黒いペンで、俺は自分の名前を丁寧に記入してまた門番に渡す。

 

 

 

 

 

「じゃあきみが通るのを許可するけど、問題は起こさないように」

 

 

 

 

「はい!どうも、ありがとうございます!」

 

 

 

 

なるべく低姿勢で、ササッと門を通りやり過ごす。

門を抜けてトンネルのような中をしばらく歩いてると…やがて光が見えてきた。

ほどなくしてからトンネルを抜けた、その先には街の中にはあまり見かけない自然がたくさんある。

 

 

 

 

「おぉ…緑だ」

 

 

 

 

生い茂った木々、人々の足や車のタイヤで踏み固められた土の道が街から出てきた俺を歓迎する

鼻の先についた自然の中にある独特の葉の香りが古い何かの記憶を呼び起こし、風に乗ってきた2,3枚の葉が俺の目の前で更なる上昇気流にさらわれて空に舞い上がっていった。

 

 

 

 

「…と、ファリニスを待たなきゃな」

 

 

 

 

抜けたトンネルの脇にあるベンチに腰とかばんを下ろして、次に出てくるファリニスを待つことにする。

ファリニスは普通に旅の許可証を持っており、この街に来た時もその許可証で入ってきたので時間もそんなにかからないはずだ。

 

 

 

やがて、カツンカツンと硬い足音が自然の音に混じって聞こえ始める…。

 

 

 

 

 

「お待たせしました、セグレトさん」

 

 

 

 

ベンチに座った俺の目の前にファリニスが現れた。

あたりを見渡しているうちに意外と時間が経ったなと、思いながら重たいカバンを背負って立ち上がる。

 

 

 

 

「いや、そんなに待ってないよ…というか、さっき座ったばかりに思えた」

 

 

 

 

「フフ…時間結構取られたはずですよ、ここの自然見てぼーっとしちゃってましたか?」

 

 

 

 

否定できないな、とはにかんで笑って見せる。

時計をいちいち確認してたわけじゃないから何とも言えないけど、それなりにぼーっとしてた気がするし

 

 

 

 

「それよりも、もう出発しようか?」

 

 

 

 

「そうですね、日が暮れる前にルメタルシティまで行きたいので」

 

 

 

 

そう言いながら、ファリニスは以前から持っていたカバンの中からすこし古くなった地図を取り出す。

開いてみると赤いペンでいくつかのマークがされており、見た目と相まってだいぶ使い古されているのがわかる、そして地図の中央辺りに<ルメタルシティ>と小さめの字で書かれていた。

 

 

 

 

「出発を急ぐほどではないんですが、夜道も危険ですから」

 

 

 

 

「たしかにな…なら、善は急げだ」

 

 

 

 

目の前に続いてる道の向こうを見て、まだルメタルシティは遠いことを確認する。

重たいカバンを背負いながら俺たちふたりは、急がず焦らずのゆったりとしたペースでるメタルシティまでの道のりを進むことにした。

 

 

 

 

 

 

 

10分後…

 

 

 

 

 

 

20分後…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

30分後…

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだか…」

 

 

 

 

「街の外壁も見えませんね…」

 

 

 

 

 

時たまに看板が立っており、そこにルメタルシティまでの行き方が書いてあるが変わらずに道なりまっすぐなため<ルメタルシティまではこの道まっすぐ>がテンプレのごとく、毎回おんなじ字体で書いてある。

 

 

 

 

 

「ふぅ…」

 

 

 

 

気がつくとファリニスの呼吸が荒くなっているのが聞こえる、ここまで30分間休憩なしで重たい荷物を背負って歩いてきたんだし、疲れてくるのも仕方ないだろうな…かくゆう俺もかなり肩や腰辺りに疲れを感じる。

 

 

 

 

 

「少し休憩しようか?」

 

 

 

 

「あ、いえ!だいじょうぶですよ、このまま行きましょう!」

 

 

 

 

そう言ってファリニスは元気に振舞うが、疲れているのは明白だ

ここは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいたたたっ!」

 

 

 

 

大声を出してしゃがみこんでみせる

案の定、慌てふためいた様子でファリニスが心配そうな顔で覗き込む。

 

 

 

 

「えっ、えっ!?どど、どうしました!?」

 

 

 

 

「えーっとね、足くじいた!うん、超痛い!ごめんファリニス、休ませて!」

 

 

 

 

一瞬、ん?と疑問に満ちた表情を見せたあとにファリニスは俺の足を見てから…ハッとしてちょっと照れたような顔に変わって、こほんと軽い咳払いをしてから 仕方ないですね

 と近くの座れるような場所まで移動していった。

 

 

 

「…ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぷはぁ…疲れた時のお茶は美味しいなぁ…」

 

 

 

 

 

道端の脇にブルーシートを敷いたあとに、ファリニス自前の水筒に入れてきたお茶を一気に飲んで喉の渇きを潤していた。

案外この道を歩く人はおらず、業者関係のトラックや家族連れの自家用車が通り過ぎていく…俺たちみたいに徒歩で旅をする人も、いないようだ

 

 

 

 

「空腹や喉の渇きは、最高の調味料といいますからね~…あ、お菓子食べますか?」

 

 

 

 

「おっ、いただくよ!」

 

 

 

ファリニスの持っていた方のカバンから、俺の買った覚えのないファミリーパックのお菓子が出てきた。

大袋のチョコレート…か

 

 

 

 

「そういえば、チョコレートとかって遭難した時にいいエネルギーになるんだっけ?」

 

 

 

 

「そうですね~、こういうおおきなものじゃなくて板チョコとかなら小さくて手軽ですし…あっとと!」

 

 

 

 

大袋のお菓子に大きくて、カバンから出すときに一緒に中身がポロリとこぼれ落ちた。

ブルーシートのうえにカチャンと金属音を立てて、太陽光が反射して眩しい光が遠くの木々に当たっていく。

その金属製のものに、俺は見覚えがあった。

 

 

 

 

「あ…それ、あの時の?」

 

 

 

 

思念集合体に襲われて逃げてきたとき、ファリニスに託されたかばんに入ってたロケットだった。

ファリニスが何気なしに開く、中の写真は変わらずに年配の老人と幼い頃のファリニスが写っている。

 

 

 

 

「そう…なんですよね、このロケット…」

 

 

 

 

先ほどの明るい表情から一変、ファリニスの表情が曇っている。

ロケットの中の写真を見てからだ…写真を見つめて正座したまま、動かない。

 

 

 

 

「嫌なこと聞いたらごめん…ファリニス、その写真って…小さい頃の?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…お話しましょう」

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私がこの、思念論の研究を始めたきっかけ…私の、祖父のことを」



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第15話

その始まりは私が…まだ幼い子供の頃、ここから遠く離れたひとつの集落の中で私の家族は生活していました。

人もポケモンも混濁したその場所で、私たち家族は幸せに過ごしていたんです。

 

そしてその頃の私には、ある日課がありました。

 

 

 

 

「おじゃましまーす!」

 

 

 

 

私は毎日をとある場所で過ごすのが日課でした、そこは幼い私でもすぐ行けるような自宅の近い場所にあるひとつの大きな建物…光のあまり差し込まないその場所には、一人の老人が住んでいたんです。

 

 

 

 

「おお、ファリニス…いらっしゃい」

 

 

 

 

歳を重ねたその人は私の父方の祖父、研究家としてその大きな建物…研究所の中でひたすらに、ある研究を続けていました。

 

 

 

 

 

 

それが…思念論

 

 

 

 

 

 

当然その頃の私には思念論のことなんてわかりません、毎日祖父の研究所に入り浸っていた理由も研究とは一切関係のないことです。

ただ、私は祖父の一生懸命に研究に励む姿…その真剣な眼差しが、好きでした。

 

 

 

 

「どれ、お菓子を買ってあるから好きに食べなさい」

 

 

 

 

「わぁい!ありがと、おじいちゃん!」

 

 

 

 

 

いつも研究所に遊びに来ていた私にお菓子を買ってくれたり、休憩の合間に私と遊んでくれたりと…祖父は優しくて、温かい人でした。

 

 

 

 

「…あれ?」

 

 

 

 

 

その時、私は研究室の片隅に置かれたゴミ箱の中にある一枚の紙を見つけました。

少々雑に書かれてはいるものの、もともとの白紙を埋め尽くすようにびっしりと文字が埋め尽くされているのがわかりました。

くしゃくしゃになってはいたものの、その紙に書かれていた文字からは若干ながらの温かみを感じました…ポケモンとしての力の表れだったのでしょうか?

 

 

 

 

「ねえおじいちゃん?なんでこれ捨てちゃったの?」

 

 

 

 

私の声に反応して祖父が振り向き、そのくしゃくしゃの紙を見て…一瞬だけ悲しそうな表情を見せてから、すぐに笑顔でこう言いました。

 

 

 

 

 

「それは…うまくまとまらなくてな…」

 

 

 

 

そう言って、また机の方に向きなおしました。

文字をびっしりと埋めておきながら祖父の言った言葉<まとまってない>という言葉に疑問を覚えながら…私はその紙を持ったまま近くのお菓子の置いてあるテーブルの椅子に座りこんだ。

 

 

 

最初から最後まで埋め尽くされた一枚の紙をテーブルに置いて、私はお菓子の小袋を開けてそれを一口だけ口に含む。

なんとなしに上から手のひらで紙を撫でてみる、サラサラとした紙質は心地よい感覚を皮膚の上から伝えてきて…

書かれていることは分からなかった、まだ無知な私には無理もないことでしたが…

 

 

 

 

 

「ねえねえ!この紙、私がもらってもいい?」

 

 

 

 

「む?ああ…構わないよ、でも落書きも書けるところもないけどいいのかい?」

 

 

 

 

「うん!」

 

 

 

 

その紙をテーブルの隅に置いてから、私は祖父の机に椅子を寄せていく。

難しい顔をしながら祖父はまた白紙に万年筆でガリガリと文字を羅列していく、その意味はもちろんわからないが速筆であるにも関わらず文字は丁寧で読みやすいものだったのを覚えています。

とても…熱心で、一日の半分以上をそんな調子で過ごすのが祖父の日課でした。

 

 

 

 

そんな祖父の研究は難しく、当時は一緒に研究してくれる仲間もいなかったようです。

それでも一人で研究結果をまとめて学会に持ち込んで思念論の証明を、多くの人びとに認めてもらうために祖父は全てをかけていました。

 

 

 

しかし…

 

 

 

 

 

 

 

(思念だって?くだらない!)

 

 

 

 

(世迷言だ!)

 

 

 

 

(すべて憶測じゃないか!)

 

 

 

 

 

心無い学会の方々の言葉を、毎回浴びせられて…

一度私たち家族が迎えに行ったときはほんとにひどかったと、父が話していました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「父さん、もう無理をしないでください」

 

 

 

 

「…すまん、わしは…」

 

 

 

 

 

 

父は研究をやめさせたかったようですが、祖父はどうしても…あの研究室での研究を続けました。

誰が言ってもやめない、思念論という新説を認めてもらうことは祖父にとっては夢のことだったんです。

 

 

 

 

「おじいちゃん・・?」

 

 

 

 

 

それから3年が経ち、私はまた祖父の研究室に入り浸るために祖父のもとを訪れました。

昼間だというのに光のあまり差し込まないその場所は、24時間いつでも電灯のスイッチを入れなければ暗くて何も見えないはずなのに

 

 

疑問をかかえたまま、私は暗闇の中を記憶を頼りに進んでいく。

壁に手をついて長めの廊下を進んでいく…そのうちに目が暗闇に慣れてきました。

 

 

 

 

 

「…?」

 

 

 

 

 

廊下を過ぎると祖父がいつも座っている机がある研究室が見える、いつもと同じような姿勢で祖父が座っていました。

 

 

 

 

しかし

 

 

 

 

 

祖父の頭は、机にベッタリと付けて横になっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

変だ

 

 

 

 

 

 

 

祖父は研究熱心ではありましたが、机に突っ伏して寝るようなことはありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

暗闇に慣れた目で直ぐにわかりました。

血の気の引いた祖父の顔、閉じたままで動かない瞼

おじいちゃん?と声をいくらかけてみてもなにも返事はない、動かない

 

 

 

 

 

「おじいちゃん!?ねえ、おじいちゃん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこからはあまり、覚えてないです

 

 

 

 

気がつくと私は喪服に着替えていて、おじいちゃんの入った棺が運ばれていく様子を見ていました。

疲れた様子の母と父とともに葬儀を終えて、家についた私は喪服から素早く着替えて祖父の研究室に戻るために、家の玄関へ向かう。

 

 

 

 

「ファリニス、どこへいくの?」

 

 

 

「…ちょっと、公園まで」

 

 

 

 

 

 

死んだ人の生前暮らしていた場所に行くなんて、おそらく父も母もいい顔をしてはくれないと思い…嘘をついて研究室へと向かいました。

そして、研究室に着くとそこには何人かの人間たちが祖父のいた机の前で何かを話しているのが見えてきたので…思わず廊下の隅で隠れて聞いていました。

 

 

 

 

「この研究室、どうするんだ?」

 

 

 

 

「さあな…日の当たらないようなじめじめした場所だ、誰も好き好んで使いやしないさ」

 

 

 

 

 

「じゃあ、ここは取り壊しか」

 

 

 

 

 

 

取り壊しという言葉が耳の中に入ってきて、私は目の前が真っ白になりました。

祖父との思い出の詰まっているこの場所が消える、それは私にとって耐えられることではありません。

 

 

 

 

「い…いやです!」

 

 

 

思わず私は研究室に入って、大声で言いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が…私がおじいちゃんの、祖父の研究を継ぎます!この研究室は、私が使います!」

 

 

 

 

 

今思えば、この言葉はかなり無茶でした。

まだ大人になれてもいない私が研究室を使う…あまつさえ難しい思念論の研究を継ぐことなんて、いきなり現れた涙目の私の存在と言葉にその場にいた人たちは困惑してしまっていました。

 

 

 

 

 

それから、私はその人たちに連れられて自宅の方に戻りました。

父も母もその人たちから事情を聞いて、私が隠れて研究室に行ったことを知りましたが…祖父のことを慕っていた私をきつく咎めるようなことはなかったです…が、私が祖父の研究を継ぐということに関しては、父も母も反対しました。

 

 

 

 

 

「思念論は父さんはよくわからないがファリニス…お前も知っているだろう?」

 

 

 

 

「おじいちゃんの研究はほかの皆さんに任せて、ファリニス…あなたは別の道を…」

 

 

 

 

それでも私は諦められませんでした

 

 

 

 

 

絶対にあの場所を、研究室を譲りたくない壊されたくない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのときから祖父にとっての夢は、私とっての夢に変わったんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

祖父のまとめた資料を読みあさって、思念論を独自に研究して…

 

 

 

 

 

 

 

ひとりでも研究を続けてきた祖父を見習い、私はたったひとりでも研究資料を読みつづけて、夜も朝もずっと…生前の祖父の字が書かれた資料を離さずに…

 

 

 

 

2年ほど経った頃に、私はようやく生前の祖父の資料をすべて判読し理解に成功したのです。

 

 

 

 

 

最終的には父も母も根負けして、あの研究室をなんとか取り壊しにならないようにしてあげると約束もしてくれました。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、うまくはいきません

やはり研究結果をまとめても学会では認められないだろうと…私は、どうしたら認めてもらえるのだろう?と模索していました。

そうして研究の内容をまとめているうちに、私はあることに気がついたんです。

 

 

 

 

 

 

実際に思念を見ることはできない、つまり実物での証明ができないこの思念論…という発想から間違っているんじゃないか?と

私は祖父の研究の中に思念集合体の項目を見つけ<思念集合体という固まった存在になれば、通常の人間たちにも視認することができるだろう>と

 

 

 

 

 

 

思念集合体を、実物で学会に証明できれば…わたしはそう考えました。

生前の祖父がそれを実行に移せなかったのは、年齢を重ねてしまいフィールドワークが困難になってしまったのが原因であると、推察しました。

 

 

 

 

「わたしなら…できる」

 

 

 

 

 

思念集合体を見つけて、それを学会で証明できれば…祖父の思念論を認めてもらうことができる!

その考えに至ったわたしはいてもたってもいられず、直ぐにフィールドワークをするために準備を始めました。

 

 

 

 

両親は反対もせず、私の研究態度を認めてくれて…旅のために準備を手伝ってくれました。

それから、私の旅が始まった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけなんです…」

 

 

 

 

 

 

「…うーん…なるほど…」

 

 

 

 

 

ファリニスの話はだいぶ過去から遡ったものだったが、その内容に感情的な部分が多くて理解するのにそんなに難しく考える必要もなかったために追ってすぐに理解できた。

ファリニスのおじいさんが…ロケットの中の写真の笑顔からは想像できない、境遇だった。

 

 

 

 

「それなら、尚の事急がないといけないな…おじいさんの研究室も、壊されるかもしれないし」

 

 

 

「両親の説得もいつまでもつかもわからないですからね…でも、急ぐと疲れてしまいますから…マイペースにいきましょう」

 

 

 

 

ホントは慌てたいだろうに、ファリニスは笑顔で取り繕うのがうまかった。

ギュッとロケットは握り締めたまま、そんな様子からファリニスの気持ちが伝わって来るようだった。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、もう休憩できたし…行こうか!」

 

 

 

 

「あれ、セグレトさん足はだいじょうぶなんですか?」

 

 

 

 

「へ!あ、いやもうだいじょうぶ!お茶飲んだら治った治った!」

 

 

 

 

 

クスクスと笑うファリニスは、それまでの話の中で見せた暗い表情とはちがう

 

 

 

取り繕いの笑顔なのか、ホントの笑顔なのかわからないけど

 

 

 

 

 

 

それでも、今ファリニスが笑ってくれているならそれでもいいと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どんな笑顔でもいいと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おれは、そう思えた

 

 

 

 

 

 

 

 



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第16話

「おっ、みえてきたぞ!」

 

 

 

 

休憩を終えてからの道中は何事もなく、マイペースと言いつつも無意識で急ぎ足になっていたのか・・・日がまだ高いうちに次の街が見えてきた。

すぐそばにある真新しい看板には<鉄鋼の街 ルメタルシティ>と書かれている…もう目的地は近い、目と鼻の先だ。

 

 

 

 

「ふぅ…あと少しですね…頑張りましょう」

 

 

 

 

疲れた様子のファリニスだが、ここまで来て休憩もなんだかもどかしい気分になる。

あと一息だ、とファリニスの意気込みに乗ってルメタルシティまでマイペースに歩いていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンカン…

 

 

硬くノックするような音が響く、しかしそれが聞こえているのは真下…俺たちの足元からだ。

ルメタルシティの街並みが見えてくる門の手前まできた頃に、そんな音が響いてきた…足元を見ると、今までの土の道とは違い鋼鉄のような光沢のあるプレートがそこに敷かれていた。

 

 

 

 

 

「さすが鉄鋼の町…か?」

 

 

 

 

 

「こんなところに使うなんて…贅沢ですね」

 

 

 

 

 

恐る恐る門を見てみると、誰もいない…俺の住んでいた街と違い警備などはそれほど厳重ではなさそうだった。

パスポートを懐にしまい、俺はすんなりと門を通って街の中へ入る…ファりニスも同様に、俺の後から続く。

 

 

街へ入ると、目の前に広がってきたのはせわしなく動く人たちの姿だった。

皆わりとラフな格好で、特に長袖のシャツを着てダボダボのズボンを履いた‥いわゆる鳶職に勤める人のような格好の人が多い。

 

 

 

 

「工事中…なんでしょうか‥?」

 

 

 

 

「いや、まあ…どうなんだろ?」

 

 

 

俺たちはとりあえず…この街を詳しく知るために、門のすぐそばにあった観光案内のパンフレット置き場から、2冊のパンフレットをもらい読んでみることにする。

ゆっくりくつろげるスペースがないために立ちっぱなしでの黙読だが…贅沢も言ってられない。

 

 

 

「工業の栄えた街…なんですね…」

 

 

 

「そうか…それであちこち工場だらけなんだな」

 

 

 

上を見上げてみると、煙突から煙の上がる大きな建物がチラホラと見える。

おそらくあれが全部工場ってことなんだろう…と納得する。

そしてそのままパンフレットを読みすすめていると、ファリニスが横で地面にお尻をついてしまった。

 

 

 

 

「あいたた…」

 

 

 

 

そう言って手を当てた場所は、おしりの方ではなく足の方だった。

かなりの長距離を歩いてきたんだから無理もない、俺は観光案内パンフレットの中に休める場所がないのか探してみることにした。

 

 

 

 

「ちょっとまってろ…お、いい感じのカフェが近くにあるみたいだぞ?」

 

 

 

 

「じゃあ、ちょっとそこに行きませんか…?もう足が棒になってしまって…」

 

 

 

 

そうしようか、と俺はファリニスの持っていた分の荷物を持って、パンフレットを頼りにそのカフェの場所まで歩いて行った。

荷物を持ってない分楽だろうけど、ホントは椅子にでも座ってゆっくり休みたいはずだしな…なによりも、俺もまた休憩したい

 

 

 

 

 

「重くないですか?」

 

 

 

 

「だいじょうぶだいじょうぶ、地図見るとすぐそこっぽいし!」

 

 

 

 

近くの、と言ったように街の入口からさほど離れていない場所にそのカフェはあった。

あまりお客のいない静かなカフェみたいだ…ひと目も気にしないで、ゆっくり出来そうだなと、俺は内心喜ぶ。

荷物に手を取られてドアが開けられなかったが、ファリニスがススっと移動してドアを引いて開けてくれた。

 

 

 

 

 

「さんきゅ…」

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」

 

 

 

 

 

カフェに入ると、少し年の言った中年男性が俺たちの前に駆け寄る、名札を見るとカフェのオーナーらしい。

二人です、とファリニスが答えるとオーナーは荷物をチラチラと見てから 奥の席へどうぞ と笑顔で案内してくれた…奥の席は右手側に窓があって、片側がソファー、もう片側が普通の椅子になっている席だ。

 

 

 

 

 

「お荷物の方は、ソファーの上においてくださって構いませんので…」

 

 

 

 

「あ、どうもありがとうございます」

 

 

 

 

 

オーナーの言葉通りに、俺はソファーの上に大きな荷物二つ、その上にファリニスのカバンをひとつ置いた。

重たい荷物から解放されてふぅ~と深めのため息をついてから、俺は椅子の方に勢いよく腰を下ろす。

 

 

 

 

「すごいところですよね…ルメタルシティ」

 

 

 

 

 

ソファーの方に座ったファリニスが、窓の下を見下ろしながら言った。

俺も窓の下を覗き込んでみると、さっきと変わらずにせわしなく動いているゴト着(鳶職の人たちが着てる服)を着た人たちが見えた。

汗を流しながら急ぎ足で動いてる姿は、一種のカッコよさも感じるような気がする…と、ここでオーナーがお冷を持ってテーブルまで来た。

 

 

 

 

「ご注文は、お決まりでしょうか?」

 

 

 

 

「あ、ごめんなさいまだ考えてなくて‥」

 

 

 

 

ああ、大丈夫ですよとオーナーはテーブル脇に差してあったメニュー表を手にとってファリニスと俺の手元に置いてくれた。

こちらがオススメのメニューです、と最初のページを開いて商品を案内する。

 

 

 

 

 

「お二人は旅の方…でしょうか?」

 

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

 

「いや、失礼しましたこんな街に観光に来られる方も少ないもので…ハハハ」

 

 

 

 

オーナーの話によれば、門に近くて観光客をメインにした店舗の作りにしているそうなのだが…観光客自体があまりに来ないので、年中閑古鳥が鳴いているとかなんとか

片隅にオレンジ色の髪の女性も見えるが…そういうお店にも常連のひとりやふたりはいるもんだろうか。

 

 

 

 

「大変ですね…あ、わたしはコーヒーでお願いします」

 

 

 

 

「ん…じゃあ、おれも」

 

 

 

 

かしこまりました、とオーナーは厨房の方へと下がっていった。

 

 

 

 

「観光客0かぁ…たしかに、そんな気分で来るような雰囲気の街でもないですよね…」

 

 

 

 

「こんなところに、思念集合体なんているのかって感じだよな…ん?」

 

 

 

 

 

お冷を口に含んでから、少し疑問に思って眉をしかめた。

水は何もなく澄んだ色で味もおかしくない…俺がふと疑問に思ったことは、思念集合体の話だ。

 

 

 

 

「思念集合体って、どうやってみつけるんだ?前は俺の方によってきたからいいけどさ、こんな広い街の中で探し回って見つかるもんなのか‥?」

 

 

 

 

パンフレットを見る限り、この街は広くて裏路地なんかも様々にある、思念集合体の形状から察するにどんな場所にも忍び込んだりもできそうな感じがした…そんな奴らを見つけることができるのだろうか?と

それは問題ありません、とファリニスは一番上の自分のカバンからゴソゴソと何かを取り出す…

 

 

 

 

 

「…瓶…?」

 

 

 

 

自動販売機で売っている缶のジュースとおんなじぐらいのサイズの瓶だった、中身は透明で何にも見えない…

 

と思ったら、薄ーく青色の膜が張ったようなものがうっすらと見えた、大きさで言えば非常に小さく、塩の小さじいっぱいと同じかそれよりも少ないかだ

 

 

 

 

 

「これはセグレトさんを襲ってきた思念集合体のかけらです、今は無力化して瓶の中に封じ込めてます」

 

 

 

 

「えっ、これが…あの?」

 

 

 

前回襲ってきた思念集合体のかけらと言ったそれはまったくうごかない、無力化と言ったようにまったく恐怖感も何も感じない…それどころか動きもしない。

 

 

 

 

「思念は他の思念と寄り合って集まる習性があるんですが、それを応用すれば近くに別の思念集合体がいれば、この瓶の中で反応を示すはずです」

 

 

 

 

「なるほどな…こいつが、道しるべってことか」

 

 

 

 

「瓶からだしちゃダメですからね、こんな状態でも危険ですから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんた…」

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 

 

気がつくと、俺の背後には先ほど見たオレンジ色の髪の色をした女性が立っていた。

表情は険しく足音は聞こえなかった…気配も消していたのかとも思える程に

背後の女性は、表情を変えないまま腰に当てた手を

 

 

 

 

素早く太ももに下げていた拳銃を引き抜き、俺の額に銃口を当てる。

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 

銃口を額に当てられる経験なんてあるはずもない、動揺を隠せない。

険しい表情のその人は、指をしっかりと引き金に引っ掛けている…

 

 

 

 

「油断してるねー…あたしが少しでも力入れて引き金引けば、あんたの額に風穴開くよ?」

 

 

 

 

状況がよく飲み込めない…一体、なんでだ!?

 

この女性には見覚えがないし銃口を向けられるようなことをしたおぼえもない、何よりもこの街に来たこと自体が初めてだ、知り合いなんているはずがない

 

 

 

 

「あの、どちらさまで…」

 

 

 

 

 

「さあて…ね、あの世の閻魔様にでも聞いてくる?」

 

 

 

 

 

いったい

 

 

 

 

 

 

 

なんだってんだ・・!?

 



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第17話

「待ってください!私たちはっ…」

 

 

 

「待った、あんたもみたところコイツの仲間かなんかでしょ?これはあたしと…こいつの間だけの、当人同士でしか解決できないことさ」

 

 

 

当人と言って、俺の額に当てていた銃口をグリグリと押し付けてくる…微量ながらも、火薬のような匂いがする。

こいつの銃はモデルガンなんかじゃない、間違いなく本物の…使用されて間もない、本物の銃だ。

 

 

 

 

「当人って‥私たちは、この街には来たばかりですよ!?」

 

 

 

「ハッ!笑わせる…正直に言えばいいもんを…ねえ」

 

 

 

だめだ!ファリニスの話も俺の話も聞いてはくれそうにない、完全に俺たちとは関係のない話のはずだけど、目の前のコイツは完全に俺を関係者だと誤認してしまっている。

このままだと引き金を引かれるのも時間の問題か…冷静に考えろ、このままじゃ俺の頭に風穴があいて、旅の始まりで人生が終わる。

 

 

ならもう、選択肢は

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひとつ!」

 

 

 

 

俺はファリニスに気を取られたままの奴のスキをついて、頭を下げてから素早く銃身を掴みにかかった。

不意打ちで行った行動のため引き金を引かれる前に銃身を強く掴むことができた、目の前の奴が混乱しているうちにと俺は強く握った銃身の銃口をそのまま上に持ち上げて天井に向かせた。

 

 

パァンッと軽い発砲音の直後、天井のインテリアの一部である洒落た電灯のガラスがパリンと割れてテーブルに降り注ぐ、俺たちの体にはなんとかガラスを飛んでこず安全だった。

 

 

 

「キャァッ!?」

 

 

 

「こいつっ!」

 

 

 

掴まれたままだった銃身に手をかけ、彼女は力いっぱいに俺の手を振りほどく!

女性とは思えないほどの力が伝わってきた、銃身を力いっぱい掴んでいたはずだか奴の力には敵わず、無念にもその手の離してしまった。

オレンジ髪のそいつが、銃を手元に戻し後退してから…改めてこちらに銃口を向けた、距離は2mといった具合か

 

 

 

 

「あんたの言ってること、さっぱりだ!この街に来たのも初めてだし、あんたと顔を合わせたのだってこれが初めてだ!」

 

 

 

 

知ってる限りの事実を話す、これしか俺にはできないことだ…コイツに伝わるとは思えないけど、正直こんな言い訳にしか聞こえないことしか言えない。

ファリニスは黙ったまま、俺の背中に来ている…隠れているわけじゃなく、万が一何かしらに備えているような…そんな空気を感じた。

 

 

 

 

「ここまでしておいて、まだシラを切るつもり!反撃してきたってことは、あたしだって黙っちゃいられないよ!」

 

 

 

 

銃のマガジンを抜き、再装填、弾切れを起こすことのようなアクシデントは期待できなさそうだ。

銃口を三度向けられて、俺は…

 

 

 

 

とっさに大きく腕を広げて、ファリニスの壁になる

 

 

 

 

 

 

「俺はまったく関係ないけど、撃って気が済むなら撃てばいい!ただ…ファリニスを傷つけるのだけはやめろ!」

 

 

 

 

「セ‥セグレトさん!?それは…!」

 

 

 

 

ファリニスの言葉を制して、俺は自分の言葉を続ける。

 

 

 

 

「あんたもいったよな、<これは当人同士の問題>って…なら、あんたの言う当人が俺なら、ファリニスは関係ないはずだ!」

 

 

 

 

「…!!」

 

 

 

 

 

銃を構えたまま、そいつはハッとした表情を見せる。

俺は動じない、動けば‥また、ここで逃げたら俺は、俺の心が死ぬからだ

 

 

 

 

 

 

逃げるわけには行かない!

 

 

 

 

 

 

 

命を助けてくれたファリニスを、いつだって俺が助ける!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでです、お二方」

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 

 

 

俺でもない奴でもない、ファリニスでもない声が聞こえた。

それは少し前に聞いたような声、俺の左隣から聞こえた…ん?

 

 

 

まてよ?俺の左隣は…壁だ、壁から声?んなわけない…

 

 

 

 

 

 

 

じゃあ、壁の向こうから?

 

 

 

 

壁の向こう側は…キッチン、厨房だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「特にルゼフィア…何をしてるんです?」

 

 

 

 

 

カウンターの奥から、カフェオーナーがさっきと変わらない表情でゆっくりと出てきた…その表情で眼差しは俺たちではなく、ルゼフィアと呼ばれたオレンジ髪の彼女に向けられている。

そんなオーナーの姿を見て、銃をサッと素早く下げて焦ったような顔を見せ始めた。

 

 

 

「えっと、お、おおおオーナー!いやこれはその…」

 

 

 

 

「店のライトをひとつ壊して…お客様に迷惑もかけて、どういうつもりだと聞いてるんです」

 

 

 

 

ビリビリ…と、なにかいやな感覚が伝わって来るのがわかる…。

 

 

 

 

 

「セ…セグレトさん…」

 

 

 

「ああ…なんとなくわかる」

 

 

 

 

只者じゃない…いままで威勢の良かった彼女が、あんなに萎縮してしまっているし…なにより空気がガラリと変わった。

あのオーナーがカウンター側から出てきて言葉を発してからだ、張り詰めるよりも、鋭く尖った…居心地の特に悪い感覚だ。

 

 

 

 

「割れたガラスを片付けなさい、話はそれからです」

 

 

 

「は…はいぃっ!」

 

 

 

 

あわててルゼフィアはカウンター側に向かっていき、ガタンゴトンと激しい音を立てながら箒とちりとりを慌ただしく持ってきた。

そして、テーブルクロスを引いて床に落としてから、ササッとほうきとちりとりを使って掃除し始める。

 

 

 

 

「しっかりとやりなさい…ああ、お客様の方はお怪我は?」

 

 

 

 

「へ?あ、ああ‥いや、なんともないですよ」

 

 

 

 

もうちょっとでピアス穴よりもでっかい穴が頭に空きそうだったけどね、とか思ったけどそれを想像すると嫌な気分になるので、まあ…口に出すことはなかった。

飛び散ったガラス掃除をせっせとしているルゼフィアをよそに、俺たちはオーナーに案内されるがままに、カウンター奥のスタッフルームへと案内されていった…。

 

 



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第18話

「…ふぅ、美味しい」

 

 

 

 

あれからしばらくして俺たちはスタッフルームの中で注文していたコーヒーを飲んでいた、まだ熱く香ばしい香りを放つそれは先程までの張り詰めた空気から気持ちを和らげてくれる

俺はスティックタイプの砂糖をひと袋…そして、ファリニスは同じくひと袋の砂糖と1つのミルクを入れて飲んでいた…が、すこし顔をしかめている。

 

 

 

 

「あの…ごめんなさい、もうひとつお砂糖もらってもいいですか?」

 

 

 

「おおっと、かしこまりました‥すぐに持ってまいりましょう」

 

 

 

 

どうやら苦いのは苦手らしい…

スタッフルームの真ん中にある黒いテーブルの上にカップをおいて、ファリニスはふぅとため息のような声を出した。

 

 

 

 

「コーヒー…苦手なのか?」

 

 

 

 

「あんまり飲んだことなくて…あはは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて…では、じっくりとお話の時間としましょう」

 

 

 

 

オーナーが砂糖を持ってきてしばらくして、ルゼフィアが戻ってきた。

…その頭には大きなたんこぶができていたが、まあ…何があったかあまり詳しく聞かないことに。

ガタガタとロッカーに掃除道具をしまいこんで、オーナーはルゼフィアの隣に座った。

 

 

 

 

「……あたしはわるくないよーだ」

 

 

 

 

「ルゼフィア?」

 

 

 

 

 

ムスっとしたままで否定の言葉を俺たちに言った。

ふたたび空気が張り詰める…が、ルゼフィアも気にせずにツーンとしている、そしてそのまま彼女は話を続けた。

 

 

 

 

「あたしのターゲットを奪ったほうが悪いのは、決まってるじゃん!あたしは悪くないよ!」

 

 

 

 

ここだ、よくわからないのは

ターゲットって意味もよくわからないし、それを奪うって意味もよくわからない…怪盗かなにかなのか?

しかし関わりを持ったこと無い以上、俺とは無縁な話のはずだ、誤解を解かないとな。

 

 

 

 

「セグレトさんも私も、この街にはきたばかりなんです、勘違いとしか…思えないのですが」

 

 

 

「いーや!あたしにはわかるよ!その頬の赤い模様がしょーこ!」

 

 

 

 

ビシッと、俺の顔に人差し指を向けて自信たっぷりの表情を見せた。

俺の頬には赤い模様が生まれつきあるが…これが、証拠?

 

 

「やはり…ルゼフィア、あのことですか」

 

 

オーナーは、なにか事情を知っているようだ

そもそもルゼフィアのことをオーナーは前から知っているようだったし…今回俺が襲われた原因も、わかっている?

 

 

 

 

「彼らは旅の人ですよ、事前に私も話を聞きましたし…なによりこのお店にいることが、証拠でしょう」

 

 

 

 

「でもでも!あの赤い模様!まさに聞いたとおりだよ、あたしのターゲット奪っていったやつ!」

 

 

 

 

「ちょっと…ちょっとまった!ターゲットってそもそもなんのことだ!?」

 

 

 

 

 

その俺の言葉のすぐ後に、ルゼフィアが俺に向かってなにかの手帳を突きつけてきた。

パスポートとは違った色の、真っ青な手帳で表紙に英語で<BOUNTY HUNTER>とかかれている。

 

 

 

 

「ば…バウンティハンター…?」

 

 

 

 

「そう、あたしもバウンティハンター!あんたと同じく、賞金首をとっ捕まえてがっぽり生活費稼ぐ賞金稼ぎ…ま、あんたのせいで今月の食事代すら危ういけどね」

 

 

 

 

 

「俺と同じって…俺は、バウンティハンターなんて、全然知らないぞ?」

 

 

 

 

「白々しいね!あんたのその頬の模様がなによりのしょーこ…目撃証言だってあるんだから!」

 

 

 

 

と、いうと彼女はメモ書きを一冊取り出して、ぺらぺらとめくってから書かれている文章を朗読する。

 

 

 

「<現場には、頬を真っ赤に染めた容疑者とみられる男性が立ちすくんでいたが、直ぐに立ち去った>…ってね!」

 

 

 

 

(まるで、恋愛漫画の描写みたいだな…って、そんなこと考えてる場合じゃないな)

 

 

 

 

メモ書きは誰かの言葉をそのまま書き写したものらしい…言葉遣いから察するに、警察だろうか?

たしかに俺の模様のことを行っているようにも聞こえるけど…

 

真っ赤に染めた…頬?

 

 

 

 

「その、現場って…どんな状況だったんだ?」

 

 

 

 

「あんた当事者だし、しってるでしょー…まあいいか」

 

 

 

 

 

面倒そうに椅子に腰をかけ、足を組んでから話を続けた。

 

 

 

 

「ひどいもんだね、あんな血みどろで凄惨な現場見たことないよ…路地裏の行き止まりの壁には血が飛び散って真っ赤…地面も血が滴り落ちて真っ赤…3人も犠牲者でたらしいけど、あそこまで血が出るもんかね、って思ったよ。」

 

 

 

 

言葉の上からでもわかるほどの、ひどい有様だということがわかった。

その後にオーナーが事件の補足をしたが、この事件が起こったのはつい3日ほど前で、その犠牲者の中にルゼフィアの狙っていたターゲットの賞金首がいたらしい…チャンスをうかがいながら追跡していたルゼフィアが少し目を離したすきに、すでに犠牲者はひどい有様だったという。

 

 

 

 

「それは…ひどい、事件ですね」

 

 

 

 

「ええ…あなたたちは今日この街にこらしたのでしょう?私のお店に来るのは大抵、初日に街に来られた旅のお方ですから」

 

 

 

 

「でっ‥でもさ!頬に赤の色を持って…」

 

 

 

 

「それなんですが…ルゼフィア‥さん?」

 

 

 

 

なに?とすごい剣幕で振り返るルゼフィアにファリニスは若干ビクビクしながら、なるべく気丈なふるまいをしようとこほんと咳払いしてから、気持ちを切り替えて話を続ける。

 

 

 

 

「頬の赤い色って‥その、<返り血>のことじゃあ‥?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、なるほど」

 

 

 

 

 

 

「いや、軽っ!!?」

 

 

 

 

先程までのすごい剣幕が消え、ルゼフィアの顔が明るくケロッとした顔つきに変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パスポートの入街日付も確認したし、ほんとにあんたらじゃないんだね…はあ、なんだよぉ…紛らわしいマーク付けちゃってさぁ」

 

 

 

 

ぐにーっと、俺の模様のついた方の頬をかなり強めにつねる、正直かなり痛い…

さっきのゴタゴタの時に銃の取り合いをした時には、華奢な体つきの割にはかなりの筋力の差を感じた…男女の差をもろともしないような感じだった。

 

 

 

 

「やめなさい、ルゼフィア…申し訳ありません、うちの関係者がお客様にご迷惑を」

 

 

 

 

オーナーに制されて、ルゼフィアが俺の頬から手を離す。

 

 

 

 

「関係者?というと…オーナーさんも、バウンティハンターを?」

 

 

 

 

 

「ああ、いえ私は…そうですね、管理者と言ったほうがよろしいでしょうか」

 

 

 

 

 

そういうとオーナーはスタッフルーム内のテーブルから、なにかのファイルを取り出す、厚さはかなりのもので国語辞典ほどあるんじゃないかと思われるほどだ。

その分厚いファイルをファリニスが受け取り、ペラペラとめくり始める…なかに挟まれた紙には、顔写真を貼り付けた<WANTED>と大きく書かれた紙のようだ…。

 

 

 

 

 

「これって…みんな、賞金首?」

 

 

 

 

「ええ、わたしは賞金稼ぎ…もとい、バウンティハンターの依頼を管理する立場です、このお店も元々は、バウンティハンターの為の交流の場として設立したのですよ」

 

 

 

 

「そもそもバウンティハンターというのは、この世の指名手配を受けた犯罪人を捕獲、あるいは始末を担当するお仕事…というのは、察しがつきますか?

その仕事内容は、毎日私のもとへこのような紙の手配書として届くのですよ、といっても様々な地域の手配書が来るので…ルメタルシティ付近の手配書のみ、そのファイルにまとめているのですよ」

 

 

 

 

「はえー…なるほどなぁ」

 

 

 

 

「んであたしは、オーナーのそのファイルを見てどの野郎をとっ捕まえるかを決める…って感じ、体も動かせてお金もがっぽりないい商売!ってなわけよ」

 

 

 

 

銃をくるくると回してルゼフィアは一枚、ファイルから手配書を取り出す。

そこにはバツマークの書かれた、ある初老の男の写真が載せられている…とおもったら

ルゼフィアは思い切り、その手配書をビリビリに破いてしまった。

 

 

 

 

「あたしは一刻も早く、横取り野郎を探さなきゃいけない…この街にどこかに、まだいるはずだからね」

 

 

 

 

「もしかしてその凄惨な事件は、まだ起こり続けて…?」

 

 

 

 

「ええ、実は…一昨日と昨日と、二日連続で」

 

 

 

 

 

犯行手口が全く同じ、そして現場も似たような路地裏…とオーナーは話す。

猟奇的な手口を続けている犯人の思考が読めず、おそらく愉快犯の犯行であろうと、警察も判断しているが…一向に手がかりもないという。

 

 

 

 

「よーし…じゃあセグレトっていったっけ?」

 

 

 

 

 

「うん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「犯人探し、手伝って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ええええええぇぇぇっ!?」」

 

 

 

 

 

 

 

俺とファリニス、二人の絶叫がスタッフルームに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第19話

賞金稼ぎ、バウンティハンターのルゼフィアのターゲット横取りの容疑が、すっかり晴れた…

 

が、ルゼフィアからの思わぬ申し立てでまた問題を生むことになった。

 

 

 

 

 

 

「あんたには、あたしの犯人探しを手伝ってもらうよ!」

 

 

 

 

犯人探し、つまりここ最近の事件の犯人を一緒に探せということだ、当然ながらもともとこの街に来たばかりで関係のなかった俺は、強く否定する。

 

 

 

 

「ちょ…ちょっとまってくれよ、疑いも晴れたろ!?なら…」

 

 

 

 

「あたしさ…むしょーに、腹が立ってるわけよ」

 

 

 

 

ルゼフィアが強く拳を握り、ギリギリと音を立てた…かなりの握力がかかっているのが、見て分かるほどだ。

言葉から察するに彼女にとっては賞金首を捕まえることは仕事であって、生活の基盤を支える重要なものだろうし、その怒りは共感できる。

 

 

 

 

「だからさ、その頬の赤い印を見ただけでなんかこう…引き金引いちゃいそうなんだよね」

 

 

 

 

 

 

…怒りの矛先にはまったくもって共感できなかった

 

 

 

 

 

「だもんで、あんたがあたしと一緒に行動すれば間違えることもなくなるってわけよ!あんたたち、しばらくこの街にいるんでしょ?」

 

 

 

 

 

「まあ、そうですね…」

 

 

 

 

代わりにファリニスが、メモ帳を見ながら返事をした。

そのメモ帳にはスケジュールでも書いてあるんだろうか?

 

 

 

 

「だったら、ほら、もう一緒でしょ?」

 

 

 

 

「<引き金引いちゃいそうなんだよね>って言ってる人と行動するのこえぇよ…」

 

 

 

 

 

「だーいじょうぶだいじょうぶ!一緒にいればまあたぶん我慢できるできる!」

 

 

 

 

 

「そこは強く確実に否定しろよ!」

 

 

 

 

あの店内でのゴタゴタ時は、命の危険が目の前にあったからか、あんまりビビリはしなかったけど…今になると怖い。

一歩間違えれば脳天に風穴空いてただろうし…前の思念集合体の時よりも現実味があって恐ろしい。

 

 

そのとき、店の方から誰かが扉を開ける音が聞こえる。

オーナーは素早く席を立ってスタッフルームから顔だけ出して店内を見ている…おそらく、客が来たんだ。

確認してからオーナーが素早く店内に駆け出していった。

 

 

 

 

 

「おっと…ここまでかな?この店、あんまし客は来ないけど細かいこと気にするオーナーだからさ‥場所を移そうか」

 

 

 

 

「そうだな、もともと従業員でもないわけだし…ファリニス、足は大丈夫か?」

 

 

 

 

 

「はい、大丈夫です…っ!」

 

 

 

 

立ち上がろうとしたファリニスの足がガクンと崩れた、見てみると左足を庇って体勢を崩したようだ。

大丈夫か?と、俺は駆け寄って体制を低くしてファリニスの顔を見る…なんだか痛そうにしている。

 

 

 

 

「どうした?足、まだ痛むのか…?」

 

 

 

 

「鋭い痛みが足の裏に…ぃっ!」

 

 

 

 

ファリニスが自分で靴を脱いでみると…一筋の赤い液体が、足から流れている。

赤い液体は足の裏のちょうど真ん中あたりから流れているようで、そこにきらりと部屋の明かりで反射した透明なガラスが刺さっている。

 

 

 

 

「さっきのガラスが…」

 

 

 

 

「ありゃ…ごめんね、救急箱あるかオーナーに聞いてくるよ」

 

 

 

 

「ああ、頼んだ!」

 

 

 

 

店内に出たオーナーを追って、ルゼフィアがスタッフルームから出て行く。

残った俺はファリニスの傷口から流れている血を止めるために、近くのティッシュボックスから荒々しく紙を取り出して、傷口になるべく触れないように血を染み込ませる。

 

 

 

 

 

「…んっ」

 

 

 

 

ピクンと、ファリニスが体を震わせた。

 

 

 

 

「わるい、痛かったか!?」

 

 

 

 

「あ、いえ…違う…じゃなくて、あの…やっぱり‥痛かったです」

 

 

 

 

「‥???」

 

 

 

 

よくわからなかったけど、流れ出した分の血はあらかた拭き取れた。

クシャクシャに丸めてゴミ箱に投げ入れたあと、またティッシュボックスから一枚だけ紙を取り出してファリニスに手渡した。

 

 

 

 

 

「あとはこれで抑えておけば大丈夫…かな?」

 

 

 

 

「はい…その、ありがとうございます」

 

 

 

 

心なしか、少し顔を赤らめているようだけど…

そのとき扉が慌ただしく開いた、見るとルゼフィアが救急箱を抱えて息を切らしている。

 

 

 

 

「はぁっ…はぁっ、なかなか見つかんないもんで、遅れた!」

 

 

 

 

「お、じゃあさっそく消毒を…」

 

 

 

 

「じ、自分でやりますね!私なれてますから!」

 

 

 

 

頬を赤らめたままで、ファリニスは勢いよく救急箱を受け取るとそそくさと傷に消毒液をあてがうのだった・・・。



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第20話

ファリニスの足を治療を終えてからほどなくして 場所を移そう というルゼフィアの提案に賛同して俺たちはカフェを後にした。

ファリニスの足の傷はまだ閉じてない、治療したばかりで無理をさせたくないが、大丈夫ですよ!という彼女の強がりの含んだ言葉を尊重してゆっくりとしたペースで道を歩いていく。

 

 

 

 

「ここいらの公園でもいい?」

 

 

 

 

ルゼフィアの指さした方向には、少々小さいがベンチの設置されている休むには十分なスペースのある公園だった。

足をかばいながら俺の後ろをヒョコヒョコとついてくるファリニスを気遣いながら、俺たち3人は全員公園のベンチに腰掛けた。

 

 

 

 

「しっかし…あんたたちも、こんな時代に旅なんてよくやるね」

 

 

 

 

左端で足を組みながら、ルゼフィアは気さくに話しかける。

長いスカートをベンチに挟んで、裾を地面に付かないように…なにげない場所にも気配りができているし、粗い性格だとも思ったけど、意外と細かいところもあるようだ。

 

 

 

 

「旅っていうか、研究の為のフィールドワーク…って言ってもそんなに変わらないか」

 

 

 

 

「かわりますよー!バックパッカーの方々とは目的も全然違いますから!」

 

 

 

 

ベンチでゆっくりと座って談笑する、時間にして20分ほどだっただろうか?主にルゼフィアからはこの町の話を、俺たちからは俺とファリニスが出会った時のことを話していた。

思念集合体やらポケモンという種族の存在、という話は伏せて…だが

 

 

 

 

「じゃあ、ルメタルシティは発展途上の街なんですね」

 

 

 

 

「そういうこと、元から建築関係だの土木だのって仕事は多いみたいだけど…ま、あたしはそういうのは苦手でね」

 

 

 

 

バウンティハンターで賞金首を捕まえる仕事のほうが俺にはキツそうだけどな…という言葉を飲み込んで、おれは話を聞く態勢に戻す。

 

 

 

 

「発展途上の街って警備も大変らしくてね~…あたしはよくわかんないけどさ、なんか賞金首もこういう忙しい街に入りたがるとかなんとか」

 

 

 

 

「そういうもんなのか…」

 

 

 

 

「それはそうと、なんか飲みたいもんある?」

 

 

 

公園のすぐそばには、自動販売機があったようだ、自分の小銭入れをポケットから無造作に出して中身を確認。

…見ただけでなんとなくわかる、重量感があるというかなんというか。

 

 

 

 

「おれはなんでもいいかなぁ…ファリニスは?」

 

 

 

 

「え、あ、えっと…サイコソーダで」

 

 

 

 

俺が話しかけた時、ファリニスは口元に手を当てて考え事をしている仕草をしていた。

なにか引っかかることでもあったのだろうか?とルゼフィアが公園入口の自動販売機まで行くために席を外した時に、こっそりと聞いてみた。

 

 

 

 

「…なにか気になることでもあったのか?」

 

 

 

 

「ん…いえ、そんなに、大したことじゃないんですけれど…」

 

 

 

 

 

 

 

「賞金首を狙って稼いでる、バウンティハンターのいる町にわざわざ狙われる危険性の孕んだこの街にやって来るっていうのも変じゃないですか‥?」

 

 

 

 

「あ…でも、ルゼフィアの言うように警備がザルってことじゃないのか?それを狙って…」

 

 

 

 

「どうなんでしょう、もしも私が狙われる身ならこういったバウンティハンターの本拠地のなさそうな道端で生活でもしてそうですが…」

 

 

 

 

 

たしかにファリニスの言うとおりなのかもしれない

俺たちがルメタルシティまできた道のりでも、鬱蒼と茂った森の中にテント張って生活だって出来そうなものだ、森の中に食料でもあれば…だけれど

 

 

 

 

「街の中にいないと生活ができないんじゃないか?賞金首も一度狙われれば、職に就くのだって難しいだろうし」

 

 

 

 

「賞金首になるほどの人が、普通の職につこうとするものなのでしょうか…偏見かもしれませんけど…うーん…」

 

 

 

 

まあ、偏見かもしれない

でもファリニスの意見に俺は大した否定もできなかった、なんとなく彼女の疑問があたっているような気がした。

 

 

 

 

「ルメタルシティに何かあるってことか・・?」

 

 

 

 

「かもしれません、そしてなにより」

 

 

 

 

ファリニスはカバンからゴソゴソとひとつの瓶を取り出す、それはカフェの中で見せてくれた思念集合体のかけらだった。

手のひらに垂直に置いて、俺の目線に合わせて瓶を静止させる。

 

 

…!

 

 

よく見ると、微弱ながらも小刻みに揺れていた。

瓶自体に振動が伝わって小さいながらもなにかに反応するように、小さく激しく

 

 

 

 

「思念集合体が…ファリニス、まさか」

 

 

 

 

「おそらくは、いえ…ほぼ間違いなく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思念集合体ってなに?」

 

 

 

 

 

 

「「!!」」

 

 

 

 

 

話に夢中になって気がつかなかった、ファリニスの背後にはいつの間にかルゼフィアがサイコソーダを3つ持って立っていた。

いつからいたのかわからない、つい思念集合体と会話に集中しすぎていた。

 

 

 

 

「なになに?あたしも混ぜてよ!」

 

 

 

 

にこやかな表情で話に加わろうとするルゼフィアはふたたびベンチの端に座って、持っていたサイコソーダのうちの二つをベンチの端において残りの一つの蓋を開ける。

プシュッという爽快な音を聞かないうちに、ルゼフィアは一気にジュースをあおった。

 

 

 

 

 

「…話しても大丈夫か?」

 

 

 

 

「ホントはあまり他言できない内容なんですけど…この場合は、仕方ないですね」

 

 

 

 

「おっ?なになに秘密の内容ってやつ?あたしそーいうの大好きだぞ!」

 

 

 

 

そう言ってルゼフィアが残り2本のサイコソーダを俺たちに渡す、そして自分のサイコソーダを勢いよく飲み干してから、俺たち二人と向き合う。

ファリニスがコホンと言ってから、思念集合体の話やファリニスの祖父の話を始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん…なるほどねぇ」

 

 

 

 

クルクルと右手で飲み干したサイコソーダの空瓶を上に投げてはキャッチ、また上に投げてはキャッチとしながらファリニスの話にうんうんと頷く。

空瓶を一度も落とすことなくそれを続ける彼女の器用さが伺える…それともう一つ、俺とファリニスは思っていたことがあった。

 

 

 

「意外に、驚いたりしないんだな…」

 

 

 

 

思念というものが頭の中にある、乖離した思念が地に帰らずに集まって化物になる。

非現実的な話だ、俺の時は実物が目の前で暴れてたり死にかけたりしたこともあってまだ信憑性もあったけど、彼女は驚きも動揺もせずにジャグリングするかのように瓶を回し続けている。

 

 

 

 

「いやぁ、事実は小説よりも奇なりなんて言葉があるくらいだしさぁ、あたしの知らないことが世の中にはたくさんあるってわかってるからね」

 

 

 

 

そこまで言い切って、ルゼフィアは回していた空瓶を受け止めてブンとそれを投げる。

投げた先にあったゴミ箱に綺麗な放物線を描いてから、空瓶は見事にゴミ箱の中へと吸い込まれるように入った。

 

 

 

「あたしのわかんないことをあたしが考えたって、答えなんて出るわけないからね!その思念なんちゃらの話は信じるよ!」

 

 

 

 

「ありがとうございます、ルゼフィア……さん」

 

 

 

 

呼び捨てで言いかけたファリニスがあわてて付け加えるが、ルゼフィアがチッチッと指を左右に振っている。

 

 

 

 

「あたしらは一宿一飯を共にするから、呼び捨てでいいよ!代わりにあたしもあんたたちのこと呼び捨て、それでいい?」

 

 

 

 

カフェの時とは違い、彼女はもう怒っていない。

普通の状態の彼女は気さくで明るい、柔軟な考えを持った立派な女性だった。

 

 

 

 

「俺は全然構わないよ、ファリニスもそれでいいか?」

 

 

 

 

「…はい!よろしくお願いします、ルゼフィア」

 

 

 

 

敬語も抜きだよー、というルゼフィアの言葉が公園内に木霊した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って、一宿一飯?」

 

 

 

 

 

「ああ、二人共あたしの家に招待しようかなと思ってね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…えぇっ!?」

 

 

 

 

 

 

俺自身の驚く声も、公園内に木霊した。

 

 

 

 

 



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第21話

思念集合体の話をひとしきりルゼフィアに話したあと、ルゼフィアの部屋に招くという言葉に過敏に反応してしまい大声を上げてしまった。

 

 

 

 

「ど、どうしたんですか?急に大声出して…」

 

 

 

 

「へ、あ、いや別に…」

 

 

 

 

よくわからない、という顔でファリニスは俺の顔を覗き込む…あわてて俺は平静さを取り繕った。

しかしルゼフィアを見てみると…顎に手を当ててなにやらニヤついている。

 

 

 

 

「ははーん…ウブだねぇ」

 

 

 

「う、うるせっ!」

 

 

 

 

ルゼフィアにはわかるのか、まあ…俺は昔から女性の友達とか、ましてや彼女なんてのもいたことがない。

つまり当然ながら女性の部屋に招かれるということが人生初ということだ、ついこの出来事に俺は過剰な反応をしてしまった。

 

 

 

 

「???」

 

 

 

 

ファリニスには悟られてないだけましか…と、俺は彼女の未だに理解してないような顔を見て安心するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おつかれさま、ここがあたしの家だよ」

 

 

 

 

公園から20分ほど歩いた先に、ルゼフィアの住む場所があった。

駅周りの喧騒した雰囲気の場所から離れており周りは静か、彼女の住む住宅街の中は駅とはうってかわって閑静なものだった。

 

そしてなによりも、俺たちが驚いたのは…

 

 

 

 

 

「で…でかいな」

 

 

 

 

「ですね…」

 

 

 

 

 

 

 

ファリニスを背中に背負ったまま、俺は頭を上にあげてその建物を確認した。

住宅街には2,3階建てのマンションやら一軒家などが多く並んでいるその中に似つかわしくないような高い建物…いちいちベランダの数を数えていくのが億劫になるほどに、高くそびえ立っていた。

俺たちが圧倒されている間にルゼフィアがサラサラっと入口の方でポストを確認している、そして鍵をちらつかせながら俺たちの方に戻ってくる。

 

 

 

 

「おまたせ~、じゃああたしについてきて!」

 

 

 

 

と言ってルゼフィアはさっさと入口にまた戻っていく、俺はファリニスを背負ったまま彼女のあとをついていく。

二重に設置されていた自動ドアを通り、その奥にある既に待機していたエレベーターへと入る。

エレベーターはすぐに動き出し、ゆったりとした動きで上へと上がって行き…15秒もしないうちに、目的の階へとついたようだ。

 

 

 

 

「わぁ…高いですね」

 

 

 

 

エレベーターを抜けた先に、高所からならではの景色が広がっている…ルメタルシティの住宅街を一望でき、その爽快感を俺とファリニスが味わった。

夕方になって赤く染まった空を見てから、俺は再びルゼフィアの後を付いていく。

 

 

 

 

「ルゼフィアって…お金持ち?」

 

 

 

 

 

「ぐっふっふ…ドヤ?」

 

 

 

 

 

「腹立つなその顔」

 

 

 

 

そんなことを言いつつ、ルゼフィアは自分の部屋の前で鍵を差し込んでくるりと回す。

カチャンと耳心地のいい音と共に鍵が外れ、ドアノブを回すと扉はスーっと静かにひらく。

 

 

 

 

 

「さ、汚いけど入って入って!」

 

 

 

 

 

「お、お邪魔するぞ」

 

 

 

 

若干緊張する、20分間歩いているうちに幾分か落ち着いたけどやはりいざ入るときには緊張する。

 

 

 

 

(汚いって言ってたな、なら俺の部屋とそんなに変わらん変わらん)

 

 

 

 

 

と頭の中で俺の部屋を連想しつつ…通路を静かに進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「汚…いのか?」

 

 

 

 

 

部屋についた第一声だった、驚きながらも俺は着いてからすぐにファリニスを近くのベッドに座らせる。

ベッドがあるからここは寝室か…と、すこし辺りを見渡してみる、クローゼットやらタンスやらテレビやら、家具も家電も綺麗なものが置いてある、机にすこし資料のようなものがあるだけで、ほかに目につくところはない。

 

 

 

どこが汚いんだ?と、俺は頭の中で疑問に思った。

 

 

 

 

 

「あちゃぁ…まいったな」

 

 

 

 

 

そんな声がすぐに聞こえてきた、今俺たちがいる寝室とはろうかを挟んで向かい側にあるこれまた広い部屋からだ。

ファリニスを部屋に残して、俺はルゼフィアのした声の部屋に行ってみることにした。

 

 

 

 

 

「なんかあったのか?」

 

 

 

 

 

「いや、本気で冷蔵庫の中が空っぽだったの忘れててさ~…今日の晩御飯、買ってこないと…」

 

 

 

 

開けている冷蔵庫を見てみると、少しの食材を残して確かに空っぽだった。

ふぅ~、と長いため息をついてからルゼフィアは台所そばのテーブルに置いてあった財布を手に取ると、その中身から紙幣を2,3枚取り出して俺に渡した。

 

 

 

 

「お、くれるのか?」

 

 

 

 

「なわけないでしょ、近くにコンビニあるからそこで弁当買ってきて」

 

 

 

 

「あぁね…ん?ルゼフィア、たしかお前カフェで」

 

 

 

 

 

 

(今晩のメシ代にも困ってんだよ!)

 

 

 

 

 

 

「って感じのこと言ってなかったか?」

 

 

 

 

 

 

自動販売機の時も、今この時も財布の中身は重々に入っているように見える、というか中身がチラっと見えた。

とてもじゃないがお金に困ってるようには見えないほどの量なのが、ひと目でもわかった。

 

 

 

 

「ああ、あれ?ちょっとした脅し文句みたいなもんだよ!さっすがにそんなに無計画な女じゃないって!」

 

 

 

 

と言って、財布をポンと机の上の戻したルゼフィアはグイグイと俺の体を押して玄関まで強引に連れて行く。

押されながらも預かった紙幣を落とさないよう気をつけながら、俺は玄関まで押されていった。

 

 

 

 

「セグレトさん、どこかにいくんですか?」

 

 

 

 

ひょこひょこと玄関の方まで顔を出しに来たファリニスが、俺とルゼフィアを交互に見てから聞いた。

手に握っている紙幣をチラつかせながらちょっとそこのコンビニまで、と答えると頷いて納得した。

 

 

 

 

「セグレトさんでも、わかる場所にあるの?」

 

 

 

 

「そうそう、家から出たらもう看板が見えるからね~」

 

 

 

 

「そういや来る途中に見かけた気がするな…わかった、何買ってきたらいい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

そして俺は二人の注文を聞いて、さっさとコンビニへと向かってった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンビニまでの距離はルゼフィアの言うとおりさほど遠くはなかった、部屋に来る途中で看板を見かけたこともあって俺はまっすぐコンビニの方へと歩いていき、店内でいろいろと商品を見て回る。

ルゼフィアとファリニスに頼まれた弁当を買って、俺も菓子パンを一つ二つとカゴの中に入れて会計をする。

 

 

 

 

「1340円になります」

 

 

 

 

 

「じゃあ・・・2000円からで」

 

 

 

 

ポケットから裸のままの紙幣を二枚取り出して、レジのカウンターにスッと置く。

淀みなく店員が会計をして、お釣りを受け取ったあとに袋の中に入った商品を持って俺はコンビニから出た。

 

 

 

ピチャ…

 

 

 

 

 

「…ん?」

 

 

 

 

 

なにかが、聞こえた

 

 

 

 

それは水の音のような、でもただの水ではないような…すこし粘ついたような音だ。

一瞬だったので空耳か?と俺は少しだけ辺りを見渡してみる。

 

 

 

 

ピチャ…

 

 

 

 

 

「!」

 

 

 

 

 

今度ははっきり聞こえた、周りに走る車の音が少しだけ止んでいて方向もわかる。

ルゼフィアの部屋に行った時よりも時間が経っていてあたりが次第に暗くなっているが、音を頼りにその方向に目をやる。

 

 

 

 

 

「なにもない…か?」

 

 

 

 

 

ピチャ…

 

 

いや確かに聞こえる…雨音とはまた違う、不吉な予感のする音だ。

心臓がバクバクと音を体中に響かせる…その感覚は、いつかの思念集合体と戦った時のような命の危険を味わった時の感覚と少し似ている。

 

 

 

 

 

(ファリニスを呼ぶか?いや、でも…)

 

 

 

 

脳裏に足を怪我したファリニスの姿が思い出される、玄関口では軽く歩けるようにはなっていたみたいだが…それでも心配だ。

わざわざ怪我をしている彼女を強引に連れて来ても、いいのだろうか?

 

 

 

 

(音の正体を突き止めよう…それから、呼ぶか決めればいい)

 

 

 

 

 

 

 

俺は音のする方へと、歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃のルゼフィアの部屋

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、なにそれ?」

 

 

 

 

 

「レポートだよ、私が思念集合体との遭遇して起こった出来事も細かくこれに書いておきたくて…」

 

 

 

 

 

「ふぅん…マメだなぁ、あたしそういうの苦手でさ」

 

 

 

 

 

カリカリカリカリ…(レポートを書く音)

 

 

 

 

 

 

 

「思ったんだけど、ファリニスってなんでセグレトには敬語なの?」

 

 

 

 

 

「えっ?どうしてって…」

 

 

 

 

 

「あたしには敬語使わずに喋れてるし、セグレトだってファリニスには敬語使わないし、ファリニスも普通にため口で話しちゃえば?」

 

 

 

 

 

 

「えぇっと…なんていうか、その…」

 

 

 

 

もじもじとするファリニス

 

 

 

 

 

「男の人の前だと、なんだか緊張しちゃって…」

 

 

 

 

 

 

 

(このこ可愛いな…)

 

 

 

 

ひとり、モジモジするファリニスを見て心の中でニマニマしてるルゼフィアだった。

 

 



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第22話

<今回はグロテスクな表現を多く含みます、閲覧の際はご注意ください>

 

 

 

 

買い出しの帰り途中、不思議な水音を聞いた俺は思念集合体との何らかの関係性を探るために、その音のする方へ向かっていた。

日はすでに落ちていて周りは街灯なしでは見えないほどに暗い、明かりを何にも持たない俺は音でしか進む道を決められない。

 

 

 

 

ピチャ…

 

 

 

 

 

だが進むにつれてその音は最初の時よりもはっきりと、そして明瞭に聞こえる。

雨も降っていないので水たまりもできないだろう、この音には何かある…俺はそう思っていた

やがて音を頼りに進むと、二つのマンションの間に広い路地裏への入口があった。

 

 

 

 

「…ここから聴こえてくる」

 

 

 

 

買い物の袋を持ったまま、俺はその路地裏を恐る恐る覗いた。

 

 

 

 

ビチャ…

 

 

 

 

 

そこで聞こえてきたのは明らかな、ただの水とは違う音だった。

…俺の脳裏に嫌な予感が少しよぎる、以前遭遇した思念集合体の姿形…背筋に悪寒が走る、進んではいけない気もする、第六感が警鐘を鳴らしている気さえした。

 

 

 

 

(やっぱり、ファリニス達を呼んで─)

 

 

 

 

 

 

その時だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の頭上から明かりが灯る、傍らにあったマンション利用者のための街灯だ。

調子が悪く壊れていて、いままで明かりを灯していなかったが…俺にとっては嫌なタイミングで、光を運んできた。

 

 

 

 

その街灯の光がマンションの路地裏を <照らしてしまった>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明かりの着いた先に広がって一番に目に付いたのは、<赤>だった。

俺の体が二人並んで通れるほどに広い路地裏への入口は真っ赤に染まっている、壁には投げつけられたかのようになにかの物体が張り付いていて、やはり赤く染まっている。

その赤い液体がなんであるか、俺の頭の中にこの街で起こった事件のことを思い出す前に、その答えが転がっている。

 

 

 

 

 

腕だ

 

 

 

 

 

綺麗に切り取られたその断面が網膜に焼き付く、ごろりと転がったそれには自身の体から流れたであろう血液が色ごくこびりついている。

 

 

 

 

 

「なんだ…よ、これ…」

 

 

 

 

ぐちゃ…と奇怪な音が、奥から聞こえた

明かりは付いたまま、暗闇に目もなれているこの状況なら、奥に目をやるだけで見えるはず…でも、見たくない

 

 

 

 

だが…音がするたび、俺は俺自身の中にある好奇心が疼いているのがわかった。

恐怖の根源がそこにある、この狂った景色の奥を、俺は見たがっている…そう、俺は目を奥に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

グチャッ

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!」

 

 

 

 

 

そこにいたのは思念集合体じゃなかった

 

 

 

 

 

 

人だ

 

 

 

 

 

 

 

 

もしかしてこの事件の被害者か?

偶然にも生き残っていた?

 

 

 

 

 

いい方向へと必死に考えた、目の前の惨状を見て俺は冷静さを欠いていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「だ…大丈夫ですか!?」

 

 

 

 

 

俺は駆け寄り、声をかけながらその人の肩に手を置く。

その時に、ヌルッと嫌な感触がする…だがそんなこと気にしていられない、と俺は気持ちの悪い感覚を無視した。

 

 

 

 

その直後、その人が俺の方向に顔を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ウッ!?」

 

 

 

 

 

その顔は

 

 

 

 

 

ひどく生気のない、灰色をしている血の気の抜けたような気味の悪い顔色だった。

明かりで確認できた、その方も胴も顔も、血しぶきを体全体で受けたように真っ赤。

直視するのもできないほどにグロテスクな存在に、俺は思わず反応して2、3歩身を引く

…つもりだったが、力がうまく入らずに尻餅をついてしまう。

 

 

 

 

 

「…ウフフ」

 

 

 

 

 

こんな暗闇なのに

 

 

 

 

 

 

 

その人が笑っているのがわかった

 

 

 

 

 

 

 

 

だがその笑顔は、赤くて黒くて

 

 

 

 

 

 

 

この世のものとは思えないほどの狂気に溢れている、そんな禍々しい笑顔

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃のルゼフィアの部屋

 

 

 

 

 

「ん~…お腹すいたぁ」

 

 

 

 

「我慢だよ、セグレトさんもうすぐ帰ってくるから」

 

 

 

 

「ファリニスお菓子とかない?ちょっとだけちょっとだけぇ…」

 

 

 

 

 

「え?うーん…カバンの中にあるかも」

 

 

 

 

 

 

「ほんと!?よっしゃ探すぞー!」

 

 

 

 

 

バラバラとカバンの中身をぶちまける

 

 

 

 

 

「ふんふーん…お?」

 

 

 

 

 

「どう?まだなにか残ってたかな?」

ルゼフィアの方を見ずにレポート書きに集中

 

 

 

 

 

「ねえ、この瓶に入ってるのって、さっき話してた思念集合体のかけら?」

 

 

 

 

 

「うん、そのかけら動いてるけどあんまり気にしないでね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう?なんかすっごい暴れてるけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、路地裏

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニタニタしたままそいつが近寄ってくる、灰色の体と赤い血の色が俺の恐怖心をさらに増長させる。

そしていままで気がつかなかったが、その片手には大きな鎌が…まるで死神の持っているような大きな鎌が、いつのまにか握られていた。

 

 

 

 

 

 

「嬉しいわぁ…また、増えた…」

 

 

 

 

 

その鎌も赤く染まっている、刃になにかの物体がついていたがあまり深く考えていられない…なによりも俺の目線は、その人の…彼女の顔から離れなかった。

 

 

 

 

 

「う…あ、あんたが…?あんたが、やったのかよ‥?」

 

 

 

 

 

 

「…?あぁ、この子達のことかしらぁ…」

 

 

 

 

 

足元に転がっていた肉片を鎌でなでるように触れる、その動きは愛おしさのような…まるで子供がおもちゃに触れるように、遊ぶように

そして鎌でその肉片を潰す、グチュリとおかしな音がしてその肉片が弾けてあたりに新しい血を撒き散らす、その血が俺の体に飛んで服に染み付く。

 

 

 

 

 

「あぁ……可愛い…ウフフ、ヒ‥」

 

 

 

 

「く、狂ってる…」

 

 

 

 

 

逃げたい、この状況はまずい!

直接的に目の前にやばい奴がいる、殺されるかもしれない、俺はすぐにでも立ち上がって逃げたかった。

しかしこれまでの惨状を見たせいか足腰に力が入らない、まるで足をなにか見えないものに掴まれているように下半身が地面から離れない

 

 

 

 

 

 

 

「あなたも、あの子達の仲間にしてあげる…より一層、可愛く…フフ」

 

 

 

 

 

体と同じほどの大きさの鎌を片手で高く振り上げながら、彼女はそう言った。

間違いなく殺す気だ、俺のことを周りのこいつらみたいに…跡形もなく

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁあっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バチッ!

 

 

 

 

 

 

 

「アッ!?」

 

 

 

 

 

一瞬の激しい音と共に、目の前に立っていた彼女が光のような物体をくらって後ろに倒れ込む。

俺は何が起こったのか分からずにその光景を見たまま硬直していた、そしてその直後に後ろから誰かの駆け寄る音が聞こえる。

 

 

 

 

 

 

「セグレト!あんた無事!?」

 

 

 

 

 

足音の次に声が、ルゼフィアの慌てたような声だった。

血にまみれたこの場所を見ながら少しうろたえているようだが、まっすぐ俺の方に向かってくる…その背中にファリニスの姿も見えた。

 

 

 

 

 

「これは…ひどい、ですね」

 

 

 

 

 

「ルゼフィアにファリニスも…どうして、ここに…」

 

 

 

 

 

 

 

ファリニスが瓶の中で思念集合体が凄まじく反応していたこと、それを見てから嫌な予感がして俺を探しに来たことを話した。

ルゼフィアの住んでる場所からここがそう遠くなく、駆けつけるのに時間はかからなかったらしい…

そして俺から、この路地裏の入口に来てから起こったことを事細かく話す。

 

 

 

 

 

「ってことは、あいつが犯人か!あたしの求めてた!」

 

 

 

 

 

「多分、いや…間違いないと思う、すぐに捕まえたほうがいい」

 

 

 

 

 

「…セグレトさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その人、どこにいるんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

俺はすぐに後ろを振り返った

 

 

 

 

 

いない

 

 

 

 

 

 

 

 

さっき倒れたばかりの彼女がいなくなっていた、体程の大きさもあった鎌も消えている。

そんなばかなと、俺は辺りを見渡してみてもあたりには血だまりしかない…

 

 

 

 

消えたのか、本当に?

 

 

 

 

 

 

 

そのとき、壊れても一時的についていた街灯の明かりがふっと…消えた

 

 

 

 

あたりに光源がなく、街灯の光を見ていた俺たちは急に訪れた暗闇に困惑してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また増えた…」

 

 

 

 

 

 

「!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

悪魔のような声が、ひっそりと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺たちの背後から聞こえた



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