ドラえもん のび太と仮想世界 (断空我)
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プロローグ:剣の世界
SAOの映画をみてしまった影響なのだ!
アニメの流れを汲んでいますが途中からゲームプラスオリジナル展開が起こります。
これはもしもの話。
機械いじりが好きだった少年と、ドジでまぬけで取り柄がない少年が出会ったら。
親友となったネコ型ロボットが役目を終えて未来へ帰ったとき、本来なら見つかるはずだった贈り物を少年が知らなかったら。
親友が帰ってきたと嘘を吐かれて傷つけられた少年が、もう一人の親友と必死に努力して自分を変えようとしていたら。
これは、そんなもしもが積み重なって起こったお話。愛と勇気、友情が詰まった大冒険の数々。
野比のび太は電話をしていた。
「今日の一時だね?」
『あぁ、ぴったりだからな。時間を間違えるなよ』
「大丈夫、昔ならともかく、今日は楽しませてもらうよ」
『大げさだな。とにかく、ログインの名前は前に打ち合わせしたとおりだからな?』
「わかっているよ。じゃあ、一時に」
電話の相手は桐ヶ谷和人。野比のび太の数少ない親友といえる相手。
彼と共に抽選で当てたゲームの正式サービスが今日からはじまるのだ。
ソードアート・オンライン。
世界初といわれるVRMMORPG。
ネットゲームを少ししか知らないのび太も、このゲームにだけはのめりこんだ。
親友の和人もこのゲームに嵌っていて。正式サービスを楽しみにしていた。
二階の自室へ上がる前に、洗面所に立ち寄って顔を洗ったのび太は鏡を見る。
特徴のない丸眼鏡と少し伸びた前髪、それ以外は特徴のない少年、それが野比のび太だ。
それ以外は特徴のない少年。
野比のび太だ。
そんな彼は短い期間、未来からやってきたという猫型ロボットと幸せな時間を紡ぐ。
猫型ロボットのドラえもんは、のび太のダメダメな未来を変えるためにやってきた。彼らは、いろいろな冒険や日常を通して未来を変えることに成功する。
未来を変えたことで役目を果たしたドラえもんは元の時代へ帰ってしまい、のび太は一人となった。
――一人でも頑張る。
その約束を守りながら、のび太は今日も頑張っている。
「ドラえもん、キミが今の僕を見たら、どう思うかな? ダメっていうかなぁ」
ここにいない嘗ての親友の姿を思い出しながら、のび太は二階へ上がる。
のび太の母親は買い物で夕方まで帰ってこない。
とにかく、のんびりとプレイできるだろう。
そう考えて自室のパソコンと繋いであるヘルメットを手に取る。
ナーヴギア、仮想空間のフルダイブを確立させた道具であり、ソードアート・オンラインを行うための機械だ。
仮想空間のフルダイブを確立させた道具であり、ソードアート・オンラインを行うための機械だ。
のび太は、ヘルメットのようなナーヴギアで頭をすっぽりと覆う。ソードアート・オンラインを遊ぶために必要な情報はすでにインプットされている。
現在時刻は12:56分。
手続きをしている間に時間は過ぎるだろう。
「リンク・スタート」
静かに呟いたのび太の意識は闇の中へ消える。
眩い光の後、のび太はソードアート・オンラインの世界にある浮遊城塞、アインクラッドへ来ていた。
ちらりと周りを見て、自分の体を見る。
ゲーム中に設定した自分のアバターがそこにあった。
手を動かして周りを見る。
レンガ造りの建物や水が流れている噴水など。
正式サービスが開始されたようで他のプレイヤーの姿がちらほらとある。
のび太、いや、この世界ではノビタニヤンという名前にした彼は待ち人を探す。
先に来ているはずなのだが、
「あ、ノビタニアン」
「キリト、早かったね」
長身で黒髪の爽やかなイケメン。
おそらくベータテスターのアバターのようだが、間違いない。親友のキリトだ。
彼はのび太の名前を見て笑う。
「どうしたの?」
「いや、お前、名前を打ち間違えているぞ?これじゃあ、ノビタニアンだ」
「え!?わぁ、やっちゃった!」
慌てるノビタニヤン改め、ノビタニアンは慌てた。
「リアルとあまり変化ないな」
「そうかなぁ?キリトはイケメンだね」
「まぁ、MMOのだいご味だろ」
目の前にいる男性はリアルの彼よりも長身で勇者のようなイケメンだ。
「そうなのかな。それよりどうする?アイテムを整えて狩りに行こっか?」
「そうだな。行くか」
「うん」
二人で道を歩きだす。
商人の姿をしている人、NPCを見ていたり街を眺めているプレイヤー達の間をすり抜けて、目的の場所へ向かおうとした時。
「なぁ、兄ちゃんたち!!」
振り返るとバンダナをした青年がこちらへやってくる。
「なぁ、アンタたち、ベータテスターだろ?」
「え、あぁ」
「そうだけど?」
「俺にレクチャーしてくれないか?今日初めてなんだよ」
「どうする?」
「いいんじゃないかな?僕達も試してみたいし……」
二人は頷いて青年を見る。
「いいですよ。えっと」
「あぁ、俺の名前はクライン!よろしくな!」
「俺の名前はキリト」
「僕はノビタニアンだよ」
自己紹介をした三人はアイテムを購入してフィールドの外へ出る。
外には青いイノシシのモンスターがいた。
「どふぁお!?」
イノシシの攻撃を受けたクラインは派手に吹き飛ぶ。
彼の手の中には曲刀があるけれど、それを手放して腹を抑えている。
「衝撃はあるけれど、痛みはないでしょ?」
「いや、わ、わかっているけれど!?でも、さ!」
SAOで痛みを感じることはない。だが、それと同じくらいの衝撃をプレイヤーは感じるようになっていた。
「クライン、さっきキリトが教えたとおりにソードスキルを使えばすぐに倒せるよ」
「わ、わかっているけれど!くそぉ」
そう言いながら曲刀を構える。
ぶつぶつとキリトが伝えた言葉の内容を復唱している。
握りしめている曲刀がライトエフェクトを放つ。
繰り出された一撃で目の前の青いイノシシは輝きを放って消滅する。
「うぉっしゃあああああああ!」
「初勝利おめでとう!」
「でもさ、あのイノシシはスライムレベルなんだ」
「うぇ!?マジかよ!?てっきり中ボスかなんかだと」
「「それはない」」
「二人ともひでぇ!?」
クラインはキリトとノビタニアンへ叫ぶ。
三人はしばらく大笑いする。
笑い終えた後はひたすらわき続けるイノシシを狩り続けた。
その間に三人のレベルが上がり、クラインに至ってはソードスキルを完全に使いこなせるほどになっていた。
夕焼け空を見ながら三人は草原の上に寝転がっている。
「綺麗だね」
「あぁ」
「しかし、こうして見渡すと信じられねぇな。ここがゲームの中なんてよ。SAOを創った茅場晶彦は天才だぜ。すげぇな。マジ、この時代に生きててよかったぜ」
「大げさだと思うよ?」
ノビタニアンが苦笑しながら言う。
しかし、キリトは内心、同意していた。
「ここは剣一本でどこまでもいける」
「お前、相当のめりこんでいるな?」
にやけるクラインにキリトは苦笑する。
「それで、どうするこの後?」
「このまま狩りを……って言いたいところだけどよ。一度、落ちるわ。これからに備えてアツアツのピザとジンジャーエールを用意しているんだよ」
「やりこむ気満々だね」
「おうよ!そうだ。もう一度、ログインしたら前までやっていたゲームの仲間と落ち合うんだけどよ。お前達もよかったら会ってみないか?」
「俺は……」
クラインの提案にキリトは言葉を詰まらせる。
あまり人と触れ合うことを得意としていないキリトは悩んでいるようだ。
「今回は遠慮しておくよ。また今度でいい?」
それを察したノビタニアンが横から尋ねる。
「おう!それでもかまわないぜ!そうだ、フレンド登録しておこうぜ」
「うん」
三人は互いにフレンド登録をした。
クラインはログアウトしようとメニュー画面を開く。
そこで異変に気付く。
「あれ、ログアウトボタンがねぇ」
「は?」
「え?」
二人はぽかんとした表情を浮かべる。
「もう一度、確認してみろよ。メニューの一番下にあるだろ?」
「やっぱりどこにもねぇよ。お前らも見てみろよ」
クラインに促されて二人もメニューウィンドウを開く。
無かった。
本来ならメニューの一番下にあったはずのログアウトボタンが綺麗になくなっていた。
「ねぇだろ?」
「うん」
「ない、な」
「おいおい、トラブルかぁ?しっかりしてくれよぉ、運営」
「そうだね」
「とにかく、お前のピザは残念だったな」
キリトの指摘にクラインは注文したピザとジュースの種類を叫ぶ。
そこまでショックだったのかと。
「とりあえず、GMコールしてみたら?システム側で何かしてくれるんじゃない?」
「試したけれど、反応がねぇんだよ。あぁっ!?くそっ、他に方法ってなかったっけ?」
「……いや、ない」
キリトの中でむくむくと嫌な予感という考えが浮き上がる。
その直後、
世界に鐘の音が鳴り響く。
音の出所を探る暇もないまま。
三人は青い光に包まれて転移させられた。
「って、どこだここ!?」
「始まりの街?」
「中央広場だ」
キリトの言葉でノビタニアンが周りを見る。
間違いない。始まりの街にあった中央広場だ。
なぜ、ここに?
その疑問を考えようとした時、周りに次々と人が転移されてくる。
誰もが今の状況に理解できておらず困惑している。
「どうなっているの!?」
「ログアウトできるのか?」
「早く出せよ!」
「ママ~~~!」
次第に苛立ちの声が広がり始める。
そんな時だ。
「おい!上を見ろ!」
反射的に上空を見上げる。
そこでは異様なものが出現していた。
深紅の市松模様に染め上げられ〈Warning!〉〈System Announcement〉の文字。
やがて、その文字から赤い液体がどろどろと流れ出し、それは人の形を形成していく。
出来上がったそれは身の丈が二メートルはあろうという巨大なローブを纏い、深く引き下げられたフードの下は暗闇で確認できない。
呆然としていた彼の前に声が降りかかる。
「プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ」
誰もがその言葉の意味を理解できなかった。
ローブの話は続く。
「私の名前は茅場晶彦、今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ」
その名前を聞いたキリトは衝撃を受ける。
茅場晶彦。
若き天才ゲームデザイナーにして量子物理学者。
彼のファンであり何度も雑誌や映像を見てきたキリトはわかる。
この男の声はSAOの開発ディレクターにして、ナーヴギア基礎設計者本人だと。
「プレイヤーの諸君は既にメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う。しかし、それは不具合ではない。繰り返す。それは不具合ではなく、ソードアート・オンライン“本来の仕様”である」
「し、仕様、だと」
クラインが割れた声で呟く。
「諸君は今後、この城の頂を極めるまでゲームから自発的にログアウトすることはできない……また、外部の人間によってナーヴギアの停止、解除もありえない。もし、それを試みた場合……」
やめろ、とキリトは心の中で漏らす。
それ以上はダメだと。
「高出力マイクロウェーブが諸君らの脳を破壊して生命活動を停止させる」
クラインが乾いた笑いを漏らす。
「ハハッ、何言ってんだ。アイツ?おかしいんじゃねぇか?できるわけねぇよ。これは、ナーヴギアはただのゲーム機じゃねぇか、脳を破壊するなんて」
「そ、そうだよね」
彼に同意するようにノビタニアンが頷く。
しかし、キリトは知っていた。
「原理的にありえなくはない」
「だからって!」
頭上では茅場によって具体的な情報が伝えられているがクラインやノビタニアンは頭の中に入っていない。
いや、入ってはいるが処理が追い付かないのだろう。
残酷な事実が茅場から伝えられる。
「残念ながらプレイヤーの家族友人などが警告を無視してナーヴギアの強制解除を試みた例は少なくない。その結果、既に二百十三名のプレイヤーがアインクラッド及び、現実世界から永久退場している」
その言葉が事実通りなら二百人以上がゲームによって命を落としたと言える。
ありえるのか?
信じられない。
「信じない、俺は信じねぇぞ!」
クラインが叫ぶ。しかし、あまりに弱弱しいそれは誰の耳にも届かない。
「諸君が向こう側へ置いてきた肉体を心配する必要はない。現在、あらゆるテレビ、ラジオ、ネットメディアが大勢の死者が出ていることを含め、繰り返し報道している」
目の前に映像が表示される。
そのニュースはすべて茅場の事実通りの内容だ。
尚、茅場の話によれば、プレイヤーの体は病院に搬送され、厳重な看護体制のもとに置かれるらしい。
「しかし、十分に留意してもらいたい。諸君にとってソードアート・オンラインは既にゲームではない。もう一つの現実というべき存在だ。今後、ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久消滅し、同時に諸君らの脳はナーヴギアによって破壊される」
その瞬間、キリト達は恐怖に押しつぶされそうになった。
咄嗟にキリトは隣を見た。
起こした行動は正解だった。
彼の隣にいたノビタニアンは泣くことも、悲しむ様子もない。
むしろ、強い瞳で赤いローブを見ていた。
「諸君がこのゲームから解放される条件はたった一つ、先に述べた通り、アインクラッド最上部、第百層までたどり着き、そこに待つボスを倒してゲームをクリアすればよい。その瞬間、生き残ったプレイヤー全員を安全にログアウトすることを保証しよう」
クラインが喚き、ガバッと立ち上がる。
「で、できるわきゃねぇだろうが!?ベータじゃ!碌に上がれなかっただろうが!?」
その言葉は事実だ。
二か月のベータテスト期間中にクリアされた層は九層。
正式サービスには一万人以上のプレイヤーがいるが、この人数を総動員しても百層をクリアするのに、どのくらいかかるのかわからない。
攻略にも己の命を懸けるのだ。
「それでは最後に、諸君にとってこの世界が現実であるという証明を見せよう。諸君のアイテムストレージへ私からのプレゼントが用意してある。確認してくれたまえ」
それを聞いて、プレイヤー全員がメインメニューからアイテム欄のタブを叩き、それを見つける。
アイテム名、手鏡。
名前をタップして実体化させる。
何の変哲もない鏡。
そこに写されているものを見た時。
全員が青い光に包まれる。
「うわっ!?」
「クライン!?……え?」
「ノビタニアン!?……わっ!」
しばらくして光が消える。
「だ、大丈夫か?」
光が消えて隣を見たキリトは言葉を失う。
そこにいたのはイケメンの少年ではなく。
「……のび太?」
目の前にいたのは現実世界における親友。
その顔だった。
「え、和人?」
向こうもこちらに気付いて本名を漏らす。
「お前ら、誰だ!?」
「お前こそ……って」
「もしかして、クライン?」
「どうなってんだよ!?」
「まるでスキャンを掛けたみたいな……待てよ。そうか、ナーヴギアは高密度の信号素子で頭から顔全体すっぽりと覆っている。脳だけじゃなくて顔も形も精細に把握できたんだ」
「でも、身長とか体格は?」
「待てよ。確か、初回に装着したときの……キャリブレーション?とかっていうので自分の体をあっちこっち触っただろ、それか?」
「成程、そういうことか」
キリトは納得した。
なぜ、こんなことをしたのか。
「これは現実だとアイツは言った。それを認識させるために顔や体などを再現させたんだ」
周りでも動揺を隠せていない。
何より先ほどまでの男女比が大きく変わっていた。
「でもよぉ、なんで、こんなことを」
「多分、すぐに教えてくれると思う」
ノビタニアンが空を見上げる。
「諸君は今、なぜ?と思っているだろう。なぜ私が、SAO及びナーヴギア開発者の茅場晶彦がこんなことをしたのかと。私の目的はどちらもでもない。それどころか、今の私はすでに一切の目的も理由も持たない。観賞するため、私はナーヴギアを、SAOを創り、今、全ては達成せしめられた」
短い間をおいて、ゲームマスターは告げる。
「以上で“ソードアート・オンライン”正式サービスチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の健闘を祈る」
そう言い、僅かな残響を残して、深紅のローブ姿が上昇していく。
同時にフードの先端からどろどろしたものが流れ出し、最後に波紋を残して消え去っていき、ゲーム本来の色が世界に戻っていく。
「ウソだろ!?」
「ふざけるな!出せ!ここから出せよ!」
「ママ~~~~!」
「母ちゃん!!」
「嫌ぁあ!帰して!帰してよぉぉぉぉおお!」
はじまりの街に様々な感情が渦巻く。
その中でキリトとノビタニアンは非情にも理解してしまう。
これは現実だ。
茅場晶彦の語った内容は全て真実。
自分たちは当分の間、数か月、あるいはそれ以上、現実世界に帰ることができない。そればかりか、母親や妹の顔を見ることも、会話をすることも永遠に来ないかもしれない。
――もし、この世界で死んでしまったら
キリトの頭に浮かぶ。
青いイノシシのタックルを受けてHPが0になった時。
自分の体がはじけ飛ぶ姿を。
ぽたりと今朝、雑誌で指を切った箇所から血が流れていく……ことはない。
目の前のキリトの指から血は流れていなかった。
息を吐いたキリトは二人に来るように促す。
頷いたノビタニアンも後に続こうとした時。
――本当に偶然だった。
小さな手がノビタニアンの腕を掴む。
「え?」
驚いた顔をしてノビタニアンが見る。
長い髪を地面につけてぺたんと座り込んでいる少女がいた。
「よく聞け、この世界で生き残るためにはひたすら自分を強化しなきゃならない。MMORPGっていうのはプレイヤー間のリソース奪い合いなんだ。システムが供給する限られた金とアイテム、経験値をより多く獲得した奴だけが強くなれる。この街は同じことを考える連中に狩りつくされて、すぐに枯渇してしまう。おそらくモンスターのリポップをひたすら探し回る嵌めになる。今のうちに次の村へ拠点を移した方がいい。俺は道も危険なポイントも全部知っているから今のレベルでも安全にたどり着ける。すぐに次の場所に行く。お前も一緒に来い」
ノビタニアンがいないことに気付かないまま、キリトは狭い通路でクラインと話をしていた。
「でも、でもよ。言ったろ。俺は他のゲームでダチだった奴らと徹夜で並んでソフトを買ったんだ。そいつらもログインしてさっきの広場にいるはずだ。置いて、行けねぇ」
クラインという男は陽気で、人懐っこく、面倒見もいいんだろう。
彼はその友達全員を一緒に連れて行きたいと思っている。
キリトは頷くことができなかった。
ノビタニアンを含め、あと一人ならなんとかできる。
しかし、あと一人、もっと増えたら危うい。
もし、大勢を連れて死者が出てしまった場合、茅場の言葉通りHP0が現実の死というのだとしたら。
死んだ人の責任を背負うのはキリトだ。
人の命を背負えるのだろうか?
ぶるぶると吐き出しそうになる感情を必死に抑え込む。
そんな考えを察したクラインが笑みを浮かべる。
「お前にこれ以上、世話になるわけにはいかないな。俺だって前のゲームじゃギルドの頭を張っていたんだしよ!大丈夫。今まで教わったテクでなんとかしてやるって!それに……これが全部悪趣味なイベントで、ログアウトできる可能性だってまだあるしな。だから、おめぇは気にしねぇで、次の村へ行ってくれ。俺がいうのも変だけど。お前とノビタニアンがいればなんとかなるかもしれない。そんな気が……する」
「……そうだな、アイツがいれば、なんとかなると思う」
キリトの表情が柔らかくなる。
「また会おうぜ!」
「あぁ、何かあったらメッセージをくれ」
そういってキリトはクラインと別れて走り出す。
「おい、キリト!」
呼ばれてキリトは振り返る。
「お前、かわいい顔してやがんな!結構、好みだぜ!」
「お前も、その野武士面の方が十倍、似合っているよ!」
二人は別れる。
ちらりとキリトは振り返った。
既にクラインの姿はない。広場へ仲間を探しに戻ったのだろう。
誰もいない狭い路地裏を見て、キリトの中で棘のように罪悪感が突き刺さった。
「キリト」
呼ばれて前を見る。
そこにいたのは特徴もない、丸眼鏡をした少年。
何の特徴もない。どこにでもいそうな。普通よりもドジで間抜けな子供。
だが、キリトは知っている。
どんな状況でも一人だけ諦めず、丸くて愛嬌のあるロボットと一緒に色々な大冒険をしてきた友達。
誰よりも優しくて、一番、心の強い親友。
彼がいれば、自分の心は折れない。
どこまでもいけるだろう。
そう感じさせる頼りになる相棒。
「行こう」
微笑む親友の姿にキリトは頷く。
「あぁ、行こう!そして、俺達は生きる」
こうして、ソードアート・オンラインはデスゲームとして開始された。
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01:ビーター
ソードアート・オンラインの正式サービスから一か月が経過した。
はじまりの街を抜け出したキリトとノビタニアン、そして街で出会った一人の少女。
「ねぇ、ノビタニアン、キリト、これからどうするの?」
長い髪を揺らして尋ねる少女の名前はユウキ。
はじまりの街でノビタニアンにヘルプを求めてから一緒に行動している片手剣使い。
「今日はこの街の広場へ行くんだよ」
「広場?」
首を傾げるユウキにノビタニアンが苦笑する。
このメンバーにおいてSAOの戦闘経験が豊富なキリトに続いてユウキは初心者にしてはベテランに匹敵する実力を有していた。
片手剣を使っているノビタニアンは二人と違って盾を装備している。
敵の攻撃を防いで二人が攻め込む。
そんな戦闘スタイルが確立していた。
三人は一カ月の間に様々な村を移り歩き、クエストをこなしている。
最初のころと比べて三人の装備は色々と変わっている。似ているところがあるとすれば所持している剣くらいだろう。
――アニールブレード。
第一層のクエストで手に入る武器だが、なかなかの強さを持っており他の階層においても使えるというらしい。
ベータテスター経験者のキリトの言葉を信じて強化をしているが中々のものだ。
ノビタニアンも一応はベータテスターなのだが、家の手伝い、補習などで熱心にプレイはできていない。
だが、ソードスキルや危険なモンスターなどの知識は頭に入っている。
「どうして、そんなところに行くの?」
「第一層のボス部屋が見つかったからその会議をするんだよ」
キリトの言葉にユウキが目を丸くする。
「あ!やっと見つかったんだ」
ユウキの言葉にキリトは何とも言えない表情を浮かべる。
「ま、まぁ、一カ月、掛かっていることは仕方ないんじゃない?みんな、慎重なんだからさ」
ノビタニアンの言葉でそんなものかとユウキは納得していた。
「さ、行こうぜ」
キリトの言葉に二人は頷いた。
ソードアート・オンラインの正式サービススタートから一か月。
プレイヤーは二種類に分かれた。
一つははじまりの街に閉じこもり救助が来ることを望む人たち。
もう一つが自ら街を抜け出して攻略のために奮闘する者達。後者においてはキリトを含めたベータテスターのほとんどが行動を起こしているという。
しかし、既に死者が出ている。
最初の死人はモンスターによるHP0ではなかった。
自殺だった。
情報でしか知らないが、とち狂った人間が外につながる淵へ飛び降りて自分の理論を実証するために飛び降りた。
それを皮切りにというわけではないが、多くの人がトラップやモンスターによって命を落としている。
一人、三人の前で命を落としたプレイヤーがいた。
アニールブレードを取得するクエストにおいてキリト達を見捨てたソロプレイヤー。
実際に人が死ぬ光景を見た時は三人ともショックが抜けなかった。
思考で沈んでいたノビタニアンはある声で顔を上げる。
「はーい!それじゃ、そろそろ始めさせてもらいます!みんな、もうちょっと前に!そこ……あと、三歩ほどこっち来ようか!」
場所は迷宮区最寄りのトールバーナの街、そこで第一層のフロアボス攻略会議が開かれようとしていた。
周りをノビタニアンは見る。
――四十七人。
司会を担当している青年を含めたメンバー。
それを見て、キリトは心の中で「少ないな」と思う。
SAOでは一パーティーが最大八人までであり、計四十八の連結パーティーを作成することができる。
「今日は俺の呼びかけに応じてくれてありがとう!知っている人もいると思うけれど、自己紹介しとくな!俺の名前は“ディアベル”。職業は気持ち的にナイトやっています!」
間延びしたような挨拶に会場がどっと沸き、口笛や拍手に混じって「本当は勇者って言いたいんだろー?」というヤジが飛ぶ。
今のヤジはおそらくディアベルのパーティーメンバーだろう。
ディアベルは右手を掲げて場を制して、話し始める。
「こうして最前線で活動しているトッププレイヤーのみんなに集まってもらった理由はもう言わなくてもわかると思うけれど、今日、俺達のパーティーが第一層のボス部屋を発見した!」
会場内がざわめく。
「そこのボスを倒して俺達はみんなに伝えなきゃいけない。このゲームは必ず攻略できるって!それがここにいるトッププレイヤーの義務だ。そうだろう?みんな!」
「そうだ!やってやろうぜ!」
「俺達ならやれる!」
ディアベルの言葉に誰もがやる気に溢れていた。
そんな空気に水を差すものがいる。
「ちょぉ待ってんか!ナイトはん」
人垣が半分に割れてずかずかと前に出てきたのは、小柄ながらがっちりとした体格の男。
「ぷふ、なに?あの頭」
「ちょっと、ユウキ、聞こえちゃうよ」
「そういうノビタニアンも笑いこらえているでしょ?」
「ま、まぁ、あんな髪型を見ればねぇ」
彼らの視線は乱入してきた男の頭。
トゲトゲしているも〇っ〇ボールみたいな頭。それを見て笑いをこらえているのだ。
「こいつだけは言わせてもらわんと!仲間ごっこはできへんからな!」
「こいつっていうのは何かな?でも、発言するなら名乗ってもらいたいな」
「ワイはキバオウってもんや!こん中に詫びを入れなあかん奴らがおるはずや!」
「……詫び?誰にだい?もしかして、元ベータテスター経験者のことかな?」
キバオウは吐き捨てる。
「はっ!決まっとるやろ!?ベータ上がりどもはこのクソゲームが始まった日にはじまりの街から消えよった。右も左もわからん九千人のニュービーを見捨てよった。その代わりにうまい狩場やクエストを独り占めしてジブンらだけぼんぼん強くなって。そのあともずぅっと知らんぷりや。この中にもおるはずやで!ベータ上がりっちゅうことを隠している奴が!そいつらに土下座さして、ため込んだ金やアイテムをこのボス戦のために吐き出してもらわな。パーティーメンバーとして命は預けられへんし、預かれんとワイはそう言うとるんや!!」
キリトは顔をしかめる。
元ベータテスターである自身も思うところがあるのだろう。
だが、これを良しとしない“者達”がいた。
「ちょっと待ってよ!」
手を上げたのはノビタニアン。
彼は壇上へ向かう。
その後ろへ続くのはユウキだ。
「お、おい」
キリトの制止を聞かずに彼らはキバオウの前に立つ。
「発言いいかな?」
「い、いいよ」
「僕はノビタニアン、このゲームは初心者だよ。キバオウさんだよね?貴方はこのゲームで死んだ人数についてどのくらい知っていますか?」
「な、なんや、二千人や!それがどないした!」
「その中にベータテスターが何人含まれているか知っている?」
続く形でユウキが尋ねる。
「……し、知らん」
「少なくとも三百人は含まれている。これはネズミからの情報だから間違いはないよ」
「な、なんやと!?」
「キバオウさん、貴方は見捨てたベータを許せないみたいだけど、全てのベータテスターが悪人というわけじゃないと思うんだ。初心者の僕をベータテスターの一人は見捨てずに助けて、いろいろと教えてくれた。そんな人もいるのにすべてが悪だって糾弾するのは間違っていると思うんだ」
「ぐっ」
「ボクもそう思うよ。あ、ユウキ。片手剣使いだよ~」
のんびりとした口調のユウキが続き。
「ノビタニアンの話を付け加えると、ベータテスターだから命を落としたという可能性もあると思うんだ」
「ど、どうゆうこっちゃ!?」
「ベータテスターの人って、このゲームについて経験があるんでしょ?何も知らない人と違って経験があるから、死ぬかもしれないという線を読み間違えたんじゃないかな?少し前にあったこの剣を取得するクエストだって、ベータテスターの人によると内容に変更が入っている。だから、ベータの人がすべて悪いというのは間違いだと思う」
「俺も発言いいか?」
二人に続いて屈強な肉体をした男が手を上げる。
「俺の名前はエギル。キバオウさん、アンタはこのガイドブックを知っているよな?」
エギルが取り出したのはあるマークが記されているガイドブック。
ノビタニアンやキリトが少しばかりの金を支払って作成されている。
「これは各町の道具屋で無料配布されているものだ」
「「((無料配布だと!?))」」
キリトとノビタニアンは目を丸くする。
「これの作成に協力してくれたのはベータテスターだという。情報はあっちこっちにあったんだ。それなのに死んだ者がいたのは自分の中にいた情報を過信していたかもしれないということだ」
そこでディアベルが話をまとめる。
「キバオウさん、キミの言うことは理解できる。俺だって右も左も判らないフィールドで何度も死にそうになりながらここまでたどり着いたわけだ。でも、今は前を見るべき時だ。元ベータテスターだって、いや、元ベータテスターだからこそ、ボス攻略のために必要な人材なんだ。彼らを排除して、結果、ボス討伐が失敗したら何の意味もないじゃないか」
「……ええわ、ここは引いといたる。でもな!ボス戦が終わったらきっちり白黒つけたるからなぁ!」
そういってキバオウは席に戻る。
ユウキとノビタニアンもキリトの方へ向かう。
「あぁ、疲れたよ」
「こっちは心臓が止まるかと思ったよ。びっくりさせるなよなぁ」
「だって!我慢できなかったんだよ!あんな悪口……といってもノビタニアンがほとんど言っちゃったんだけど」
たははと苦笑する。
「じゃあ、攻略会議を再開したいと思う。まずは仲間や近くにいる人とパーティーを組んでくれ」
ディアベルの言葉でキリトは青ざめるが。
「大丈夫、僕達と組もう」
「そうそう!あ、あの人、あぶれちゃったのかな?」
ユウキは隅っこで動かないフードを深くかぶっている人物に気付いた。
「ボクが行ってくるよ」
「俺も行くよ」
ユウキとキリトがフードの人物に近づいた。
「アンタ、あぶれたのか?」
「違うわ、周りが親しい人ばかりなだけよ」
「もしよかったらだけど、ボク達とパーティー組まない?」
「いいの?」
「うん!」
「僕も問題ないよ。自己紹介するね。僕はノビタニアン、こっちはユウキだよ」
「よろしくね!」
「えぇ、よろしく」
二人はフードの少女を連れてキリトの元へ向かう。
そのまま会議を続けようとした時、新たな攻略本が道具屋に並んだということで一時中断されて、全員がガイドブックを読み漁っていた。
ボスの情報、武器について打ち合わせがなされて会議は解散する。
ちなみにキリト、フードの少女、ユウキ、ノビタニアンのメンバーはE隊のおまけに振り分けられる。いわば、ボスの取り巻きコボルトを狩るというわき役。
キバオウが去り際に悪態をついていった。
どうやらノビタニアン達は先ほどの行動で目をつけられてしまったようだ。
「ボス討伐についていろいろと教えて」
解散しようとした時、キリトへ少女が話しかける。
それからが大変だった。
少女はボス討伐を含め、SAOのゲーム知識がほとんどといっていいほどなく、キリトが付きっ切りで指導することとなった。
「あ、それならノビタニアン――」
「あぁいいよ。僕も」
「お腹すいたからノビタニアン、ごはん、食べに行こう!」
有無を言わせずノビタニアンはユウキに連行された。
「マジかよ……」
夜。
少女と別れてキリトが宿へ戻るとそこには先客がいた。
「ヨー、キー坊、お邪魔しているゾ」
フードをかぶり、髭のようなものをペイントされた人物、情報屋アルゴがいた。
「よぉ、アルゴ……寛いでいるな」
「まぁナ。ノンビがおいしいパンを用意してくれるからな」
「おいおい」
キリトがげんなりした表情でベッドの上で寛いでいるノビタニアンを見る。
彼は既に寝ていた。
「いつも思うけれど、ノンビはオレっち達と別ベクトルの意味で天才だと思うナ~」
「それは否定しない」
キリトが苦笑する。
デスゲームと化した世界の中でマイペースで行動できる人間はすごいと純粋にキリトは思う。
「あれ、ユウキは?」
「見えていないのカ?」
アルゴに言われてよく見るとノビタニアンの背中へくっつくように寝ている。
「兄妹……に見えるな」
「そうだな、これは何コルで売れるかな」
「やめろ」
親友の名誉のため、キリトはアルゴに釘を刺す。
情報屋アルゴ。
彼女は金になる情報なら何でも商売にする。
プライベートの情報から剣の売買まで“ネズミと話していると何万コルも払わされるぞ”という言葉まである。
キリトとしては頼りになる情報屋とみていた。
「さテ、商売を始めるか」
アルゴの言葉にキリトはため息を吐いた。
何度も攻略会議を重ねた。
ボスの情報から討伐の流れまで。
多くの会議を重ねた本日。
ボス討伐のために迷宮区へ向かっていた。
今のところボス部屋まで行くには迷宮区を通ってボス部屋を目指さないといけない。
道中、湧き出すモンスターを倒しながらキリト達は後方で話をしていた。
「どうして、こんな団体行動をしないといけないの?」
「ボス部屋までに行く手段が足しかないからね。転移用のアイテムがあれば別なんだけどね」
ノビタニアンが肩をすくめた。
あれから少女はキリトの指導によって装備を変え、スキルもより洗練されたものとなりコボルト相手なら余裕で戦える。
いや、それ以上の実力者になるだろう。
「キリトの目がゲーマーになっているよ!?」
「よくあることだから」
キリトと付き合いの長いノビタニアンは気にする様子を見せなかった。
「ええか、今日はずっと後ろに引っ込んでおれよ!ジブンらはワイのパーティーのサブ役でしかないんやからな。大人しく、狩り漏らしたコボルトの相手しとけや!」
列から外れてキバオウが釘をさしてくる。
その姿にユウキは嫌そうに顔を歪め。ノビタニアンは小さく頷いた。
キリトは何かを探るようにキバオウの顔を見ている。
「どうしたの?」
気づいたノビタニアンがキリトへ尋ねる。
「いや……何でもない」
迷宮区を通ってボス部屋の前にたどり着く。
ボス部屋。
この中にいるボスを倒せば一層は攻略できる。
まもなくボスと戦うという事に緊張していた。
「みんな」
部屋の前でディアベルが振り返る。
その目は決意で満ちていた。
「勝とうぜ!」
一言に込められた言葉に誰もが大きく頷く。
扉が開かれる。
「最終確認だ。今日の戦闘で俺達が相手をする“ルインコボルト・センチネル”はボスの取り巻きの雑魚扱いだけど十分に強敵だ。ざっと説明したけど、頭と胴体の大部分が金属鎧でがっちり守られているからまずはノビタニアンが奴の長柄斧を防ぎ、ソードスキルで跳ね上げさせるから、スイッチして残りのメンバーで畳みかけるんだ。絶対に集中力を切らすなよ?ボス戦では致命的になるからな」
「うん!」
「任せて」
「わかった」
手順を確認したところで上空からモンスターが降り立つ。
狼を思わせる顎を限界まで開き、吠える。
ボスの名前が目の前に現れた。
“インフィング・ザ・コボルトロード”。
二メートルを超えるたくましい体躯。
血に飢え、らんらんと輝く隻眼。
右手に骨を削って作ったような斧を構え、左手にはバックラーを構え、腰には二メートル半ほどの長物がある。
「よし!ボスの武装は情報通りだ!これならいけるぞ!」
ディアベルの指揮により各隊が突進していく。
キバオウが率いるE隊と支援するG隊が取り巻きのルインコボルト・センチネルに飛び掛かりタゲをとる。
だが、その中から一体が抜けて、こちらへ突進してくる。
「じゃ、行くね」
迫ってくるルインコボルト・センチネルに盾を構えたノビタニアンが対応する。
彼の剣が輝き、ソードスキル〈ソニックリープ〉を繰り出す。
攻撃を受けてルインコボルト・センチネルの長柄斧が弾かれた。
「スイッチ!」
入れ替わるように飛び出したのはフードの少女。
彼女は手の中にある細剣を繰り出す。
ソードスキル〈リニアー〉が。
ユウキのソードスキル〈ホリゾンタル〉がルインコボルト・センチネルの命を奪っていく。
止めとばかりにキリトがソードスキル〈スラント〉で止めを刺す。
これによってセンチネルのHPを全損してその体を散らす。
「やったね」
「うん!」
「はじめてにしては良い連携だった」
パン、パンとユウキ、ノビタニアン、キリトがハイタッチする。
続いて、キリトが少女へ手を出す。
ぽかんとしていたが彼の手とハイタッチする。
「次も行こう」
四人は狩り漏れたルインコボルト・センチネルへ走り出す。
ボスであるコボルトの討伐は順調に進んでいた。
取り巻きのセンチネルもオマケといえる四人で処理していたのでキバオウの部隊もコボルト王の増援へ向かっている。
取り巻きのコボルトを討伐したキリトへキバオウがそっと話しかける。
「アテが外れたやろ?ええ気味や」
「……は?」
いきなりのことで意味が分からず、振り向きざまに声を上げる。
残り一体もノビタニアンが屠っていたのでしばらく出現するのに少しばかり時間がかかるだろう。
「何が言いたいんだ?」
「ヘタな芝居をすんな。こっちはもう知っとるんや、ジブンがこのボス攻略にもぐりこんだ動機という奴をな」
「動機だと?ボスを倒す以外に理由があるのか?」
「何や開き直ったのか?ワイは知っているんや、ちゃんと聞かされたんやで?アンタが昔汚い立ち回りでボスのLAを取りまくっていたことをなぁ!」
LA、ラストアタック。
キリトはベータテスト時代に数多くのボス戦で敵のHPゲージ残量を測りつつ最大威力のソードスキルを叩き込み、ラストアタックボーナスを狙うことを得意としていた。
しかし、それはあくまでベータテスト時代において。
キバオウはキリトが元ベータテスターだったころはおろか、当時のプレイスタイルまで知っているような口ぶりだった。
「(待てよ)」
目の前の男は“聞いた”といった。
それはつまるところ伝言情報ということだ。
キリトはアルゴから自身の使用しているアニールブレードを売買している相手がキバオウだと聞いている。
もしかしたらキバオウも元ベータテスターなのかと考えたが、この話からキリトは推察した。
キバオウもある人物の代理人として動いていたのではないだろうか。
黒幕はキバオウへベータ時代の情報を与えた。そうすることで元ベータテスターへの敵意を煽って操ることにした。
ソイツの狙いはアニールブレードを奪い、自身の攻撃力をあげるためではなく、キリトの攻撃力を削ぎ、弱体化させて嘗て得意としていたLAボーナスの取得を妨げること。
「キバオウ……アンタにその話をした奴はどうやってベータテスト時代の情報を入手したんだ?」
「決まっとるやろ。えろう大金積んで、ネズミからベータ時代のネタを買ったいうとったわ」
――これは嘘だ。
アルゴは自分のステータスを売ってもベータテスト関連の情報は絶対に売らない。
その時、前線の方で動きがあった。
ボスの四段あったHPゲージが遂に最後の一本へ突入したのだ。
三本目のゲージを削った部隊が後退して代わりに回復を終えた部隊がボスへ突進していく。
その際にディアベルは此方へ振り向き、不敵な笑みを浮かべる。
コボルト王が猛々しい雄叫びを放つと壁の穴からセンチネルが湧き出す。
「雑魚こぼ、くれたるわ。案の定LA取りや」
キバオウは自身の部隊へ戻っていく。
彼とすれ違うようにノビタニアンが近づいてきた。
「何を話していたの?」
「……大丈夫だ、まずは敵を倒そう」
「あとで、話してね?」
「……あぁ」
湧き出たセンチネルを倒すために二人は駆けだす。
ノビタニアンが突っ込んでいく姿を見て、不意にキリトの頭にあることが浮かぶ。
黒幕の正体。
考えていることはLAを奪うこと。
そんなことができる人物は誰か?
キリトの頭の中の電気を誰かが付けた。
「キリト!」
ノビタニアンの言葉で意識を戻して目の前のボスへソードスキルを放つ。
センチネルを倒したところでボスの方も終わりが見えていた。
コボルト王は雄叫びを上げて自身の武器を放り投げて、腰に下げている武器を取り出す。
「下がれ、俺が倒す!」
ディアベルが指示を出しながら前へ飛び出す。
剣が輝いている。
LAを狙っているのだ。
遠くからではっきりできないが湾刀にしては細すぎる。武器の輝きが違う。
キリトは目を見開く。あれは湾刀じゃない。あれは上階のモンスターが使っていた。モンスター専用のカテゴリの野太刀。
「だ、ダメだ!」
「キリト!?」
キリトは限界を超える勢いで叫ぶ。
「だ、ダメだ!下がれ!!全力で後ろに跳べ!」
しかし、コボルト王の攻撃がディアベルを貫く。
彼は目を見開き、宙を舞う。
その動きでソードスキルもキャンセルされてしまう。
刀専用ソードスキル、重範囲攻撃『旋車』
攻撃によって部隊のHPが大幅に削られて行動不能状態となる。
「ノビタニアン!」
咄嗟にキリトは叫ぶ。
彼の名前を呼んだのは偶然だった。
だが、相手は自分の考えを読んだ。
「行こう!」
駆け出して道を阻もうとするセンチネルをノビタニアンが露払いして、キリトは走る。
しかし、コボルト王が続いてソードスキル“浮舟”が放たれた。
標的はディアベル。
動けない彼はソードスキルを繰り出すこともできず。次撃の攻撃をその身に受けた。
ソードスキル“緋扇”が彼を捉えた。
遠くまで吹き飛ばされたディアベルにキリトが駆け寄る。
「おい!しっかりしろ……なんで」
「ベータテスターならわかるだろ?」
「……LAボーナス」
やはり黒幕はディアベルだった。
回復アイテムを取り出しているキリトの手を掴んでディアベルは訴える。
「すまない、キリトさん、あとは頼む。ボスを倒してくれ」
そういって騎士ディアベルはその体を弾け散らした。
リーダーディアベルの死は戦っているメンバー全員に大ダメージを与えた。
誰もが困惑して、悲鳴が上がる。
死ぬという状況が想定外すぎて、誰もがどう行動に移せばいいのかわからくなっていた。
「なんで……なんでや、ディアベルはん。リーダーのアンタがなんで最初に」
項垂れているキバオウへキリトが近づく。
無理やり引っ張り上げて叫ぶ。
「へたっている場合じゃないだろ!!」
「な……なんやと?」
「E隊リーダーのアンタが腑抜けていたら仲間が死ぬぞ!いいか、センチネルは湧き出る。そいつらはアンタ達が対処するんだ!」
「……なら、ジブンはどうすんねん、一人とっとと逃げようちゅうんか?」
「そんなわけあるか……決まっているだろ?ボスのLAを取りに行くのさ」
キリトはそういってアニールブレードを構える。
騎士ディアベルは皆を逃がせ、ではなく、ボスを倒せといった。
ディアベルの意思をキリトは継ぐことにした。
これから行われるのは決戦、いや血戦だ。
キリトの隣にノビタニアンが立つ。
おそらく、これからやろうとしていることに気付いているのだろう。
「行くよ、キリト」
「すまない」
「違うでしょ?」
苦笑しながらノビタニアンは言う。
「悪い、手伝ってくれ。ノビタニアン」
「うん!」
頷いてキリトは後ろの二人を見る。
キリトは「前線が崩壊したら即座に離脱しろ」というつもりだったが、それよりも早く少女とユウキが近づく。
「二人だけで行かせないよ。ボクも一緒に行く」
「私も行く。このまま逃げるなんてできない。私は戦う!」
「おいおい」
「大丈夫だよ」
ポンとノビタニアンがキリトの肩を叩く。
「一たす一は二。二は一より強い!だよ!」
「懐かしいな。その言葉、マヤナ国だっけ?」
「うん」
あの日の出来事を思い出してキリトは苦笑する。
「行くぞ!ボスを倒す!」
「おう!」
「「うん!」」
走り出したとき、キリトの隣にいた少女がはためくフードを邪魔そうに掴み、一気に体からひきはがす。
栗色の長髪をなびかせ、疾駆する少女の姿は一筋の流星のようなものだった。
その姿に誰もが言葉を失う。
生まれた静寂を逃さずにキリトは叫ぶ。
「全員!出口方向に下がれ!ボスを囲まなければ、範囲攻撃は来ない!」
キリトの叫びと共に彼らは下がっていく。
「それでそれで!どうやってあれと戦うの?センチネルと同じ?」
「ああ、手順はセンチネルと同じ。ただ、かなり厄介だからな。気を付けろよ」
「うん!」
地面を蹴り、ノビタニアンが駆けだす。
コボルト王が両手で握っていた野太刀から左手を離し、左腰側へ構えようとしている。
ノビタニアンのアニールブレードが輝き始めた。
”ソニックリープ”を繰り出す。
ボスが構えていた太刀が緑色に輝き“辻風”が放たれる。
「ぐっ……くあっ!」
交差した剣の衝撃でコボルト王とノビタニアンは二メートルほど後ろへ下がる。
その後ろから少女のリニアーが、ユウキとキリトが繰り出したスラントがコボルト王を貫く。
この攻撃でコボルト王のHPが減少するが、センチネルと比べてHPバーが多い相手だ。戦いはまだまだ続くことはわかっていた。
入れ替わるように前へやってきたノビタニアンの一撃がコボルト王に突き刺さる。
交代を繰り返してコボルト王へダメージを与えていく。
このままいけばなんとかなるのではないだろうか?
誰もがそう思い始めるが現実は甘くない。
「しまった!」
ノビタニアンがソードスキルをキャンセルしようとして失敗する。
そこをコボルト王の“幻月”が襲い掛かる。同じモーションから上下ランダムに発動するため、対応が遅れて咄嗟に盾を構えるも衝撃が強すぎて盾ごとノビタニアンの体を切り裂く。
間に割って入ったユウキも敵の技を受けてしまう。
“幻月”は技後硬直が短い。
続いて繰り出されようとしているのはディアベルを殺した“緋扇”だ。
させるわけにいかない!とキリトが前へ踏み出したとき。
「うぉおおおおおおおおお!」
後ろから野太い声と共に重たい一撃が突き刺さる。
「わっ!?」
頭上を通過した攻撃にユウキが驚きの声を漏らす。
攻撃をしたのは重武装の集団で構成されているリーダーを務めているエギルだ。
「あんたらがPOT飲み終えるまで、俺達が支える。ダメージディーラーにいつまでもタンクやられちゃ、立場ないからな」
気づけば、エギルだけでなく、彼の仲間であるB隊のメンバーが集まってきていた。
キリトの指示を受けながら戦いだすB隊メンバー。
残されたキリト達四人はポーションを飲んで回復を待つ。
「キリト、倒しきれるかな?」
その質問にキリトは冷静に考察する。
「行ける、いや、行くんだ」
その言葉にノビタニアンは頷いた。
回復を終えたメンバーは走り出す。
その時、コボルト王がスキルを放つ。
狙いは。
「“アスナ”避けろ!!」
キリトの叫びに、細剣使いの少女、アスナはギリギリのところで攻撃を躱そうとする。
「させない!」
振り下ろされようとしていた攻撃に片手剣ソードスキル“ソニックリープ”を放つユウキが踏み込む。
ソードスキルが旋車を発動させようとしているコボルト王の左腰に突き刺さる。
瞬間、コボルト王の巨体は空中で傾き、床へ叩きつけられた。
起き上がろうと手足をばたつかせる。
「これは、転倒状態……」
キリトは叫ぶ。
「全員、フルアタック!囲んでもいい!」
エギルら、守りに専念していた部隊が鬱憤を晴らすように次々と攻撃を叩き込んでいく。
賭けだ。
これでコボルト王を倒しきればこちらの勝利。
転倒から脱しられたら刀のソードスキルが炸裂してさらに不利な状況に持ち込まれてしまう。
起き上がろうとするコボルト。
「終わらせるぞ!」
「うん!」
「わかった!」
「えぇ!」
倒れているコボルト王へ四人は剣を構えて攻撃を仕掛ける。
アスナのリニアーがコボルトの脇腹を。宙を舞うように跳ぶユウキのバーチカルがコボルトの肩へ。ノビタニアンのソニックリープが腹部へ。
止めとばかりにキリトのバーチカル・アークを放った。
コボルト王の巨躯が力を失い、後方へよろめき、体にひびが入り、その体が消滅する。
【Congraatulations!】の文字が現れる。
誰もが言葉を失っていた。
戦いを終えたメンバーはボスを倒したという事実を理解するのに少しばかり時間を有している。
しばらくして。
「やったあ!」
「やった!勝った!勝ったぞ!」
両手を突き上げて叫ぶ者、仲間と抱き合う者、様々な喜びが沸き起こる。
座り込んでいるキリト達へゆっくりと近づく大きな人影があった。
「見事な指揮だったぞ。それ以上に見事な剣技だった。コングラチュレーション、この勝利はあんたのもんだ」
「いや、これは俺のだけの力じゃ成し遂げられなかったよ」
「エギルさん、だよね?さっきは助かりました、ありがとう!」
ユウキがエギルへ体を向けてぺこりと頭を下げる。
「おう、良いってことよ!」
「僕からもお礼をさせてください。ありがとうございます」
「ありがとう」
ノビタニアン、アスナからお辞儀をされてエギルは困惑した表情を浮かべる。
「当然のことをしただけだ、気にしなくていい」
アスナがキリトへ近づき右手を差し伸べてくる。
「立てる?」
「ああ」
右手をゆっくりとひっぱりあげられ、立ち上がった時だ。
「なんでだよ!!」
そんな叫び声があがった。
半ば裏返った、泣き叫んでいるかのような響きだ。
「なんで、ディアベルさんを見殺しにしたんだよ!」
叫びの主はディアベルと共にいたメンバーの一人だ。
キリトは言葉の意味がわからなかった。
「見殺し?」
「だって、そうだろ!?アンタはボスの使う技を知っていた!最初からあの情報をディアベルさんに伝えていれば、ディアベルさんは死ななかった!!」
彼の言葉に黙っていなかったものがいた。
「ちょっと、待ってよ」
ぶるぶると手を振るわせてノビタニアンが彼の前に立つ。
「キリトが見殺しにしたなんて言葉を取り消してよ」
「な、なんだと!?」
「僕達はこのボスを攻略するために集まっていたんだよ!それなのに誰かを見殺しにして何の意味があるの!?ないでしょ!?仲間の死を認められないからってその罪を押し付けようとしないでよ!!」
「ノビタニアン、やめろ」
尚も詰め寄ろうとするノビタニアンをユウキとエギルが止める。
ノビタニアンは涙を零しながら目の前の相手を睨んでいた。
この場の空気がそれで止まろうとした時。
「オレ……オレ知っている!こいつは、元ベータテスターなんだ!ボスの攻撃パターンとかうまいクエスト、狩場とか、全部知っているんだ!知ってて隠していたんだ!」
ユウキ達は黙っていなかった。
「攻略知識ならボク達も持っているはずだよ」
「そうだよ!」
「キミの言っていることは勝手な憶測だよ!」
「お、お前ら、こいつの肩を持つということは元ベータテスターってことなんじゃないのか!?」
この空気は危ない。
キリトは剣呑な空気にどうすればいいか考える。
そして、
「あはははははは!冗談きついぜ、そいつらはニュービーだよ」
笑いながらキリトは前に出る。
「だ、だけど、会議の時、お前を庇っていたじゃないか!」
「そ、そうだ!」
「お前らはわかっていないな。俺が指示を出したんだよ。俺がそいつらを利用しただけだ」
キリトの言葉にアスナ、ユウキ、エギルら周りのプレイヤーも唖然としていた。
ただ、ノビタニアンは目を丸くしつつも真っすぐにキリトの横顔を見ている。
「さっきのボス戦もそうだ。こいつらは俺の指示に従っているだけに過ぎない。全く、俺をそこらのベータテスターと一緒にしないでもらいたいな」
「な、なんだと!?」
「いいか、思い出せよ。SAOのCBTはとんでもない倍率の抽選だったんだぜ?当選した連中の中でどのくらいのMMOプレイヤー経験者がいたと思う?ほとんどがレベリングのやり方も知らない初心者だったよ。今のアンタらの方が何倍もマシだ。その中で俺はベータテスト中に他の誰も到達できなかった階層まで登った。ボスの刀スキルは上層で散々Mobとやり合ったから知っていた。他にも知っているぜ?色々なことをなぁ。情報屋のネズミなんか問題にならないくらいになぁ」
「……なんだよ、それ、そんなのベータテスターじゃない、チートだ。チーターだろ!そんなの!」
周囲からチーター、ベータ―の言葉が飛び交い。やがてビーターという響きの単語が生まれる。
「“ビーター”、いい呼び方だな、それ」
キリトは周りを見渡す。
そして、LAアタックボーナスで手に入れたアイテム。“コートオブミッドナイト”を装着する。
「俺は“ビーター”だ。これからは元テスター如きと一緒にしないでくれ」
――これでいい。
今回の騒動は瞬く間に広まり素人上がりの単なるベータテスターと情報を独占する汚いビーターとで新たに分けられる。
仮に元ベータテスターだと露見してもすぐに目の敵にはされないだろう。
「どうせだから二層をアクティベートしておいてやるよ。ついてきたかったら勝手にしろよ。命の保証はできないけどな」
キリトの言葉でついてくるものはいないだろう。
螺旋階段をあがっていたキリトは振り返る。
「来たのか」
「当然だよ」
後ろからあがってきたのはノビタニアン。
彼なら自分のやることを理解してしまうだろうと予感していた。
周りからドジやバカといわれているが人の心に機敏な彼は――。
「僕はキリトを見捨てない。大切な友達だから」
嘗て彼の心を救ったように自分の心を救おうというのだろう。
「あ、見つけた、見つけた!」
「待って」
続けてやってきたのはユウキとアスナの二人。
「来るなって言っただろ?」
「命の保証はできないと言っていただけよ」
「ボク達を置いていこうというなんて酷いよ~」
「今すぐ戻れば――」
「僕達を舐めないでよ。一緒にパーティーを組んだんだ」
「そうそう!ノビタニアンはわかっている~」
「ねぇ」
アスナがキリトへ近づく。
「どうして、私の名前を知っていたの?」
「え、あぁ……パーティーを組んだだろ?このあたりに名前が載っているんだよ」
キリトに言われてアスナは名前をつぶやく。
「キ……リ……ト……そう、ここにみんなの名前があったのね」
キリト、ノビタニアン、ユウキとアスナは皆の名前を言う。
「アスナ、キミはもっと強くなる。もし、ギルドに誘われることがあったら断るなよ」
「……そう」
そういってキリト達は階段を上がっていく。
次の二層攻略に向けて。
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02:月夜の黒猫団
第一層の攻略から少しばかりの時間が過ぎた。
あれから最前線で戦うプレイヤー達は次々と階層のボスを倒していく。
そのうち、アインクラッド解放隊やドラゴンナイツ・ブリゲードと呼ばれるギルドなどが活躍していた。
彼らとは別に三人だけで最前線で挑むプレイヤーがいる。
「あ、キリトから連絡きたよ?」
夜道、出現するモンスターを倒していたノビタニアンはユウキの言葉に振り返った。
「キリトはなんて?」
「えっとね、帰りが遅くなるから適当に切りあげて帰ってくれってさ」
「そっか」
第一層のビーター騒ぎの後もキリト、ノビタニアン、ユウキの三人は行動を続けていた。
現在、キリトは自身の武器強化の素材を集めるために第十一層へ降りている。
「あ」
「……どうしたの」
文面を読んでいたのであろうユウキの言葉にノビタニアンはおそるおそる振り返る。
彼女の言い方でノビタニアンとキリトは何度か危ない目にあった。
大体が命がけだったことから今回もそれに等しい事態なのだろうか?
その事から不安げに尋ねたのだ。
「えっとね……あるギルドの手伝いのため、夜にレベル上げさせてくれって」
キリトが助けた月夜の黒猫団というギルド。
モンスターに襲われたところをキリトが助けたのだが、それが縁となって彼はそのギルドをレクチャーすることとなり、昼は彼らと共に、夜はノビタニアン達とレベル上げにいそしむ毎日となる。
ノビタニアンとユウキは夜にキリトと合流して経験値稼ぎに出ていた。
最前線のプレイヤーと差をつけられないためのLV上げ。
迷宮区の踏破に関してはノビタニアンとユウキの二人が行っている。
彼らが訪れたのはオオカミのモンスターが徘徊するエリア。
「あれ、先客がいる」
ユウキの言葉にキリトが視線を向けるとサムライのような風貌をしたプレイヤー達、その中で悪趣味なバンダナをつけた男がいた。
「クライン……」
キリトが第一層で知り合い、見捨ててしまった友達。
彼はオオカミモンスターを討伐すると一息つくように動きを止めて、こちらに気付いた。
「よぉ、キリトにユウキちゃん、後ノビタニアン」
「僕をおまけみたいにいわないでよ~」
「悪い悪い、こんな夜中に狩りか?」
「うん!」
「ユウキ、ノビタニアン、俺は先に行――」
「まぁまぁ、話をするくらいは問題ないでしょ?」
逃げようとしたキリトだが先回りしたノビタニアンが待ったをかける。
「俺は」
「ったく、まぁだ気にしているのか?」
クラインが呟いて近づく。
「俺は許されないことをしたんだ」
「キリの字、俺は気にしてねぇぞ」
「だとしても!」
キリトは顔をゆがめて離れていく。
「ごめんね、クラインさん」
「あの時のことは仕方ねぇっての……悪いな、ノビタニアン、チャンスをくれたのに」
「気にしないで。僕はなんとかしてあげたいだけだから」
「ユウキちゃんにノビタニアン、キリトのことを頼む。お前らが頼りだからな」
「任せてよ!」
「大事な親友だからね」
二人はキリトを追いかける。
それから三人は黙々と狩りを続ける。
夜ということで少しばかり疲労が溜まっているが、ノビタニアンとユウキは昼まで休むから問題ではなかった。
「そろそろ、戻ったほうがいいんじゃない?」
「そう……だな」
ノビタニアンの言葉でキリトは剣を鞘へ納める。
その時、メッセージが届いた。
キリトがメニューを開いて中を見ると、それは月夜の黒猫団のケイタだ。
内容はサチがいなくなったということ。
「悪い、ギルドの知り合いがいなくなったから探しに戻るよ」
「ボクも行くよ!ね、ノビタニアン」
「キリトの仲間だからね。僕も行く」
「すまない、追跡スキルで検索するからついてきてくれ」
キリトのナビゲーションを頼りにして二人は後に続く。
しばらくしてたどり着いた先は主街区から大きく外れたところにある水路。
その中でマントを羽織って、蹲るように座り込む黒髪の少女、サチがいる。
「サチ」
キリトの呼びかけにサチは顔を上げる。
「キリト……」
少女の顔はとても暗いものだった。
「みんな……心配しているよ」
そう言って笑いかける。
サチは視線を少し外して俯く。
「キリト……私、逃げたい」
疑問の表情になるキリト。
「な、なにから?」
「この街から……モンスターから、黒猫団から……ソードアート・オンラインから」
サチの言葉でキリトは表情を曇らせる。
出会ったときから戦うことに恐怖していたサチの抱えている恐怖はかなりのもの。
指導しているときもサチはモンスターと戦うことに恐怖していた。
いつかはこうなるのではないかと思った。
「サチ……さん?」
ゆっくりとキリトの後ろからノビタニアンが前に出る。
聞きなれない声に気付いたサチは不思議そうに彼を見た。
「はじめまして、僕はノビタニアン、キリトの友達なんだ」
「ボクはユウキだよ」
ノビタニアンはサチの前に座る。
「あなたは戦うのが怖い……んだよね?」
「はい……」
その質問で限界が来たのだろう。
サチの瞳からぽろぽろと涙がこぼれていく。
「どうしてここから出られないの?なんでHPがなくなると死んじゃうの?こんなことに何の意味があるの?」
ため込んできたものを吐き出す。
戦うのが怖い。
みんなに置いて行かれるのが嫌。
「意味を知っているのは一人だけだと思う」
彼女が感情を吐き出す中でノビタニアンは呟く。
「私、死ぬのが怖い、怖くてこの頃、眠れないの」
嗚咽を混じらせるサチの手へユウキが手をのせる。
「そうだね、死ぬのは怖い、よね」
「あなたも……怖いの?」
サチの問いかけ。
ユウキはコクンとうなずいた。
「ボクも怖い。でも、戦うんだ。ノビタニアンやキリト達と生きて帰りたいから」
「大丈夫、キミは死なないよ、黒猫団は十分に強い。安全マージンも取れているし、無理やり前に出る必要もない。俺からもみんなに言うからさ」
話を繋げるようにキリトが言う。
「本当に?私は、死なずに済むの?いつか、現実に帰れるの?」
コクンとキリトは頷いた。
「キミは死なない」
「そうだよ!」
「一緒に元の世界へ帰ろう」
サチの問いかけに三人は答える。
その答えにサチは泣きながら何度も頷いた。
落ち着いた彼女を連れて三人は宿へ戻る。
先を歩くユウキとサチは楽しそうに話をしていた。
少し後ろをノビタニアンとキリトが歩く。
「ギルドの皆に自分のレベル伝えていない、よね?」
「あぁ」
キリトは小さく頷いた。
「その、俺は」
「わかった。言わないよ」
ノビタニアンの言葉にキリトは目を丸くする。
「どうして」
「言えない理由があるんでしょ?それにキリトが自分のレベルを隠してまで協力しているんだから……僕がそれを壊す理由はないよ」
「……“のび太”は本当にすごいよな」
「“和人”の方が凄いよ。あの時の僕を救ってくれたんだから」
二人ともリアルの名前を言う。
こうしているとあの日の出来事を思い出す。
自分たちがはじめて友達となった日。
「二人ともぉ!」
「早く戻ろうよ」
前から手を振るユウキとサチの姿に二人は急ぎ足で向かう。
数週間後、月夜の黒猫団が壊滅したという情報を鼠のアルゴからノビタニアンは知らされた。
「それは本当、なの?」
「あぁ、間違いないゾ。なんでも未開拓のエリアへ入ったパーティーがキー坊を残して全滅したらしい」
「……そんな」
「さて、ここからはオネーサンがサービスで教えてやる情報だ」
何度かユウキとともに手伝いとしてギルドのメンバーと顔合わせをした。
その時からキリトが彼らに目をかけている理由をなんとなく察する。
彼らの絆は強い。
その強さは攻略組に入れば素晴らしいものになるだろう。
まるであの頃を見ているようだった。
「死者を蘇らせるアイテムがあるらしいンダ」
「……もしかして」
ノビタニアンへアルゴが頷く。
「キー坊がこの情報を買った。他のギルドも狙っているゾ……」
「僕も買うよ」
「宛はあるのカ?」
「多分、だけどね」
現在、アインクラッドで流れている噂のクエスト。
クリスマスの夜、モミの木の下へ現れる“背教者ニコラス”。
それが持つ袋の中には命をよみがえらせる奇跡があるという。
この世界で死者が蘇るアイテムは存在しない。
本当に死者が生き返るというのなら誰もが欲しがる夢のアイテム。
キリトはそれで月夜の黒猫団員を蘇らせようとしているのだろう。
「オイ、どこへ行くつもりダ?」
「レベル上げだよ……多分、キリトはもっと危険なことをしていると思うから」
12月24日。
キリトが向かうフィールドは深い雪に覆われていた。
主街区はクリスマスムードだ。
この世界にきて一回目のクリスマス。
周りは幸せな日々を送っているのだろう。
本来なら――。
「いや、やめよう」
考えようとしたことをキリトはやめる。
自分に幸せなんて必要ない。
そんな資格はない。
脳裏に浮かんだ二人のことを思い出しながらもキリトは首を横に振りながら目星の場所まで走る。
しばらくして、キリトは立ち止まる。
「つけてきたのか」
ワープポイント。
そこから現れたのは――。
「クライン……ノビタニアン、つけてきたのか?」
「違うよ。僕をクラインが尾行したんだ」
キリトの質問に答えたのはノビタニアン。
よくみるとクラインの傍にユウキの姿もある。
「キリト……一人でボスに挑むの?」
不安そうな表情でユウキが問いかける。
表情を変えずにキリトは―。
「あぁ、これは俺一人でやらないといけない」
「キリトよぉ!ガセネタかもしれねぇモンのために命を懸ける必要はねぇだろ?!俺らと来い!蘇生アイテムはドロップさせた奴のもので――」
「黙れよ。邪魔をするなら容赦しないぞ」
キリトが剣を抜く。
本気だとわかり、身構える中、一歩を踏み出す者がいる。
「やっぱり、お前が俺の邪魔をするんだな……ノビタニアン」
「キリト、僕は君に死んでほしくない」
剣を抜いてノビタニアンは言う。
「俺はそんな言葉をもらう資格なんてない!邪魔をするならお前でも斬る!」
「仕方ないね」
「ま、待て!」
クラインの静止を聞かずに二人は同時にぶつかり合う。
鍛えられた剣が派手な音を立てる。
ソードスキルを使わないまま二人は剣をふるう。
「僕は君がいたからここまで来れた……僕はキリトと現実世界へ戻る!!」
「俺にそんな言葉をもらう資格はない!俺は、サチを……みんなを守れなかったんだ!」
繰り出された一撃にノビタニアンは雪の上を転がる。
起き上がるとともに振るわれた一撃がキリトの顔をかすめた。
「だからってキリトが自分の命を投げ出すことは間違っていると思う!だから、僕と一緒に戦おう!」
「無理だ!俺は……サチを救えなかった俺が誰かと一緒なんて!」
派手な音を立てながらキリトは剣を振り下ろそうとする。
剣の先を見切ったノビタニアンが盾を構えたのを見て後ろへ下がった。
互いに譲れない。
譲れないからこそ。
「本気を出す」
「やっぱり、そうなるよね」
わかってはいた。
二人は剣を構える。
今までの切り結びでは済まない。
ノビタニアンとキリトはソードスキルを使うつもりだ。
その姿に流石のクラインが本気で止めに入ろうとしたとき、無数のワープポイントが現れる。
「どうやら、クラインもつけられたみたいだ」
「え!?」
クライン達も武器を構える。
現れたメンバーを見てクラインパーティーの一人が悪態をつく。
「げっ、聖竜連合か。レアアイテムのためならヤバイことも平気でするらしいぞ」
「どうする?」
「……キリト、ノビタニアン!」
ユウキが前に出る。
「二人とも、行って!!」
「ユウキ?」
「……お、おいユウキちゃん!?」
「やらないといけないことがあるんでしょ?こんなところで立ち止まっていちゃだめだよ!ここはボクが足止めするから!」
「あー、くそったれ!ここは俺たちに任せろ!」
叫びながらクラインも刀を抜き放つ。
少し戸惑っていたキリトだが。
「行こう!」
ノビタニアンに手を引かれて奥へ走り出す。
目的地の場所へ到達して、二人は互いのアイテムを確認する。
「俺は、お前に助けてもらう資格なんて」
「友達なんだ、命の危険のある戦いを止めないなんてわけはないよ……大事な親友だから」
それから小さくノビタニアンは呟く。
「親友と離れるなんて……嫌だよ」
その時、頭上から鈴の音が鳴り響く。
上から何かが落ちてきた。
赤を基調とした上着と三角坊、頭陀袋を担いで、右手には斧が握られている。
“背教者ニコラス”。
噂のクエストは本当だったという証明だった。
ニコラスは声にならない叫びをあげる。
「……うるせぇよ」
「キリトは死なせない」
剣を抜いて走り出すキリト。
ノビタニアンも走る。
咆哮しながらニコラスと二人の剣士はぶつかりあう。
頭の中でレッドゾーンになっているHPバーが目に付く。
傍では膝をついているノビタニアンの姿がある。
キリトはどのくらいの時間が経過したのかわからない。
だが、目の前で砕け散るニコラスの姿を見てキリトは理解した。
自分達がニコラスを倒したのだ。
表示されているアイテム欄を確認する。
――還魂の聖晶石。
現れたアイテムをタップする。
それを見たキリトは目を見開く。
確かにアイテムは死者を蘇生させる力を持っていた。
しかし、
「対象が消える十秒以内……」
キリトが手に入れたアイテムの効果は過去死んだ者に使うことができない。
如何なる手段を用いても死者は還ってこないことをキリトは思い知らされた。
「……そんな、こんなことって」
崩れているキリトへノビタニアンが近づく。
彼の表情から望んだアイテムではないと気付いたのだろう。
「和人……」
「こんなことないよ……こんなものぉぉおおお!」
泣き崩れるキリトをノビタニアンは優しく抱きしめた。
かつて泣いていた自分を受け止めてくれたように。
キリトの中の感情が落ち着くまで抱きしめ続ける。
落ち着いたキリトと共にノビタニアンが戻ると、クライン達は疲労困憊といった感じで座り込んでいた。
「キリト!ノビタニアン!」
無事に戻ってきた彼らを見てユウキは喜ぶがキリトの表情で歩みを止める。
「蘇生アイテムは?」
聞いてきたクラインにキリトはアイテムを投げた。
「いいの?キリト」
「次にお前の前で死んだ人に使え」
そう言ってふらふらとキリトは歩いていく。
「キリト!」
クラインは大きな声を上げる。
「キリト……お、お前はぁ、生きろよ!頼む、生きてくれよ!!」
キリトは何も言わずにその場を去っていく。
ドサリとすぐ後ろで大きな音が聞こえた。
「ノビタニアン!?」
ユウキは倒れたノビタニアンへ近づく。
「ごめん、僕……限界」
「もう、ノビタニアンは無茶しすぎだよ。ボクだって、二人と一緒に戦いたかったんだよ。なんで二人だけで無茶するのさ!ボクだって……ボクだって、仲間なんだからね!」
ボロボロとユウキが涙をこぼす。
疲労で動けないノビタニアンの頭を膝の上へユウキは載せた。
「ごめんね、キリトのことを放っておけなかったから」
「……今度からはボクも一緒だからね!」
「うん、そうだね」
話を聞きながらノビタニアンはゆっくりと意識を失う。
『メリークリスマス。キリト』
聞こえるのはサチの声。
『キミがこれを聞いているとき、私はもう死んでいると思います。もし、クリスマスまで生きていたらこれは削除する予定だったんだけど……本当のことを言うと、私、始まりの街から出たくなかったの、こんな気持ちのまま戦っていたらきっといつか死んでしまうよね?それはだれの責任でもない。私自身の問題です。怖くなって逃げだしたあの日に、キミやノビタニアンさん、ユウキちゃんからもらった言葉があったよね?もし、私が死んだらキミは自分を責めるでしょう。だから、これを録音することにしました。
それと、私、ホントは君がどれだけ強いか知っていました。キリトが自分のレベルを隠して私達と戦ってくれている理由を考えたけれど、私にはわかりませんでした。でも、すごく強いんだってわかったとき、すごく安心しました。キミは本当に私たちを守ってくれるんだって思えたから。私は怯えずに生きることができたんだよ。もしも私が死んでも二人は頑張って生きて、この世界の最期を見届けて、この世界が生まれた意味、私のような弱虫が来ちゃった意味、キミと出会った意味を見付けて、それが私の願いです。大分、時間が余っちゃったね。どうせだから歌でも歌おうかな?赤鼻のトナカイです』
澄んだ歌声が室内に響く。
その歌声はキリトの中にあったモヤモヤしたものを消し去る。
『キリト、忘れないでね。あなたは決して一人じゃない。ノビタニアンさん、キリトと一緒にいてあげてね。ユウキちゃんはキリトを支えてあげて……でも、ノビタニアンさんとユウキちゃんの二人は多分、お似合いのカップルになると思うからこういうお願いは困るかな?それじゃあ、お別れだね、キリトと出会えて、一緒に居られて、友達になれて本当に良かった。ありがとう、さようなら』
話を最後まで聞いたキリトはまた泣き出す。
サチは自分を恨んでいなかった。
そのことがわかっただけでもキリトにとって救いといえるだろう。
再び、彼は歩き出す。
自分を支えてくれた友たちと共に。
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03:三剣士
「ヤバイ、迷った」
三十五層、迷いの森といわれるエリアでノビタニアンは迷っていた。
仲間の二人と森の中へ入ったはいいが、マップを見間違えたことによって自分がマップのどの辺りにいるのかわからなくなってしまう。
銀色のコートを揺らしながらがさごそと森の中を進んでいた時。
「悲鳴?」
すぐ近くから獣の悲鳴らしきものが聞こえてきた。
ノビタニアンが走り出す。
しばらくして、酒瓶を抱えているゴリラのモンスター“ドランクエイプ”三体が一人の少女を囲んでいるのが見える。
少女は涙を流して動かない。
「ピナぁあああああああああ!」
叫ぶ少女にドランクエイプが拳を振り下ろそうとしていた。
「させない」
ノビタニアンはソードスキル“ソニック・リープ”を放つ。
一体に突き刺さったことを確認して、スキルをつなげるようにしてホリゾンを放った。
攻撃を受けてドランクエイプが消滅する。
三体がいなくなったことを確認して腰の鞘へ剣を収める。
「大丈夫?」
ノビタニアンは座って動かない少女へ近づく。
「お願いだよ……あたしを独りにしないでよ。ピナぁ」
泣き崩れる少女の手の中には水色の羽がある。
それで、ノビタニアンは少女がビーストテイマーであることを察した。
泣いている少女の姿がかつての自分の姿と重なる。
ビーストテイマー関係のことで、ある情報があったことを思い出す。
「そのアイテム、名前はある?」
少女はアイテム名を読み上げる。
――ピナの心。
それを見て少女は泣きだす。
「あ、ま、待って、待って!えーっと、確か、なんだっけ、えっと、そうそう!プネウマの花!!そのアイテムを使うことでモンスターを蘇生させることができるんだ。確か、第四十七層の南にある思い出の丘って名前なんだ。そこに咲く花が使い魔蘇生に必要だって」
おぼろげな情報を引き出してノビタニアンは伝える。
その事に少女はアイテムを見た。
「……ほ、本当ですか!?……でも、四十七層……」
今いる三十五層から十二も上のフロアだ。
少女の顔色からして安全圏とはいえないのだろう。
「僕だけで行ってもいいんだけど、使い魔をなくしたビーストテイマー本人が来ないといけないんだ。加えて、制限時間があって、時間が経過すると心が形見になるって」
「そんな……!?」
目を見開く少女にノビタニアンはあることを提案する。
「これは提案なんだけど、僕と一緒にその思い出の丘へ行かない?持っているこの装備だと底上げができるはずだから、なんとかなると思うんだけど」
「……どうして、助けてくれるんですか?」
少女が尋ねた。
その目は疑うように揺れていた。
SAOの世界において、うまい話には裏があるといわれる。
特に女性プレイヤーに話しかける男には疑いを持たないといけないことを少女は知っていた。
「キミが親友に似ているからかな。助けてあげたいと思ったんだ。それが僕の理由」
ノビタニアンの言葉と目を見て少女、シリカは理解した。
彼はとても優しい人だと。
「ありがとうございます。私、シリカっていいます」
「僕はノビタニアンだよ。よろしく」
二人はそういって握手をする。
それから二人は地図をもう一度確認して、出口をみつけて街へ向かう。
迷いの森を抜けた二人は三十五層の街ミーシェへ到着した。
夕方だった空は既に夜空へ変わっている。
色々なことがありすぎて疲労していたシリカは宿へ戻ろうとした。その時にノビタニアンがどうするのかということが気になった。
「ノビタニアンさんは、その、どうするんですか?」
「そうだね、いつもの宿を使おうかと思ったけれど、今回はこの街の宿でも借りようかな」
「それなら私が使っている宿へいきましよう!あそこにあるチーズケーキはとてもおいしんですよ!」
「あ、シリカちゃん発見!」
「探したんだよ!今度、一緒にパーティーを組もうよ」
嬉しそうに微笑むシリカだったが、聞こえた声に動きを止める。
陽気に手を振ってやってくる男性プレイヤーにシリカは困惑した。
「あ、ご、ごめんなさい。私、しばらくこの人とパーティーを組むことになって」
「「あん?」」
「え!?」
二人してノビタニアンを睨む。
突然のことに目を白黒させてしまうが、シリカに手を引かれる。
「ごめんなさい」
「いや、大丈夫……それにしても、人気者なんだね~」
「そんなことありませんよ。ただ、マスコット扱いされているだけです。竜使いシリカって呼ばれて、浮かれて……そうして」
「大丈夫」
ぽんぽんとノビタニアンがシリカの頭を撫でる。
「必ず取り戻そうね。大事な親友を」
ノビタニアンの言葉にシリカは強く頷いた。
絶対にピナを取り戻す。
その決意を固めた時、防具屋から二週間参加していたパーティーが現れる。
先頭を歩くのは迷いの森で口論になった女性プレイヤー。
槍使いの女性はシリカを見つけるとわざとらしい反応をとる。
「あーら、シリカちゃんじゃない。無事に森を出られたみたいね~」
ムスッとシリカは顔を歪める。
女性プレイヤーは口の端を歪ませて笑う。
「あら、あのトカゲ、どうしちゃったの?あらら、もしかしてぇ」
「ピナは必ず生き返らせます!」
「へぇ、てことは思い出の丘へ行く気なのね?でも、いけるのかしら?貴方のレベルで」
「行けるよ。困難なレベルじゃない」
そう言ってノビタニアンはシリカを連れて歩き出す。
シリカ達の姿を女性プレイヤーは怪しげな笑みで見ていた。
シリカが利用している風見鶏亭の一階は広いレストランになっている。
窓際のテーブルでシリカと向かい合わせになるようにノビタニアンは座っていた。
シリカはぽつりとつぶやく。
「なんで、あんな意地悪言うのかな?」
「そうだね、どうしてあんな意地悪言うのか。僕もわからないや」
もし、ここに親友がいればこう言うだろうという言葉はある。
だが、
「僕としては意地悪をせずに仲良くできればいいね。キミともこうして仲良くできたんだし」
「はい!」
頷くシリカ。
その姿を見てノビタニアンは微笑む。
それだけのことなのにシリカは顔を赤くしてしまう。
「あ、あれぇ、チーズケーキ遅いなぁ!すいません!まだですかぁ!?」
「もう少し、話をしたかったなぁ」
宿屋の寝室。
シリカは下着姿でベッドの上で寝転がっていた。
彼女が思い出すのはノビタニアン。
白いコート、腰に片手剣と腕に盾を装備していた優しそうな少年。
レベルを聞くのはマナー違反だが、自分より高レベルプレイヤーなのだろう。
今まで接してきた男の人と違った。
男の人は女性プレイヤーであるシリカをマスコット、もしくはアイドルの様に扱ってきた。楽しいところへ連れていく。
素晴らしいアイテムをプレゼントする。
自分という個を見ずに女性プレイヤーで可愛いというステータスのようなものを見ているだけなのだろう。
だが、ノビタニアンは違う。
自分自身、シリカという存在を見てくれているように感じた。
今までになかった人。
話をしてみたい。
そう考えていた時。
扉がノックされる。
「シリカちゃん、いいかな?」
ノックした人はノビタニアンだった。
シリカは扉を開ける。
「……!?」
ノビタニアンは顔を赤くして背を向ける。
「え?」
しばらくして、シリカは顔を真っ赤にした。
室内が防音性でよかったと後に彼女は語る。
「ごめん、もう寝る直前だったんだね」
「はいぃ」
顔を赤くしているシリカにノビタニアンは申し訳なさそうな表情で謝る。
シリカはベッドへ腰を下ろしてノビタニアンは丸テーブルの傍にある椅子へ腰かけると、取り出した箱を机に置く。
「何ですか?」
「あぁ、これは“ミラージュ・スフィア”っていうアイテムだよ」
水晶をタップすると、大きな円形のホログラフィックが出現する。
綺麗な光景にシリカは目を輝かせた。
「ここが主街区。ここから移動して、思い出の丘へ向かうことになる。途中に面倒なモンスターがいるけれど、僕らならなんとかなるよ」
ぴたりとノビタニアンは動きを止める。
「ノビタニアンさん?」
「……誰!」
ドアを乱暴に開けるがそこに誰もいない。
階段を物凄い勢いで逃げていく人影がある。
「何ですか?」
「話を聞かれていたみたい」
「……え、でも、ドア越しの声は聞こえないんじゃ?」
「それには例外があってね。聞き耳スキルが高いとその限りじゃないんだ」
「そんな、誰がそんなことを」
「……まぁ、なんとかなるよ」
ノビタニアンは人影が去っていった場所を見て小さく笑みを浮かべていた。
ーーどうやら食いついたみたい、警戒よろしく~。
翌日、シリカとノビタニアンの二人は転移門を使って四十七層へ来ていた。
シリカは前日の装備と異なりノビタニアンから渡された深紅の服装になっている。
装備も底上げされているからこの階層のモンスターとも渡り合えるとノビタニアンは言う。
「わぁ~~」
目の前に広がる光景にシリカは驚きの声を漏らす。
花の街。
そういっても過言ではないくらい色々な花が転移門から一歩出た先に広がっていた。
「夢の国みたい」
「そういえば、この層はフラワーガーデンと呼ばれているらしいよ?前に来たときは、滅茶苦茶ユウキが騒いでいたような」
「素敵です!」
しばらく周りを見ていたシリカはあることに気付いた。
男女のペアばかりだ。
ノビタニアンはわかっていないが、シリカは気づいた。
この層はデートスポットとして有名なんじゃないかと。
そんな彼女に。
「シリカちゃん?」
ノビタニアンが不思議そうに尋ねる。
「い、いえ!何でもないです!」
疑問符を浮かべながらシリカと共にフラワーガーデンの中を歩き出す。
主街区から思い出の丘の入口へ続く道を歩く中で、ノビタニアンはシリカへ転移結晶を差し出す。
「これは?」
「シリカちゃんのLVと装備ならここのモンスターは問題ないんだけど、何が起こるかわからないから、僕が逃げろと言ったらそれを使って逃げて」
真剣な顔で言うノビタニアン。
シリカは戸惑いながら。
「でも」
「大丈夫。あくまで念のためだから」
にこりと微笑むノビタニアンの言葉に、おずおずとシリカは受け取る。
「行こうか」
ノビタニアンとシリカは歩き出す。
しばらくして、シュルとシリカの足に何かが絡みつく。
「わぁ、きゃあああああああああ!?」
シリカの悲鳴が響く。
ノビタニアンが振り返ると食虫植物に似た巨大なモンスターが現れていた。
そのモンスターの蔓によって宙づりになっているシリカ、彼女はスカートを片手で抑えていた。
シリカが下を見るとモンスターが巨大な口を開ける。
唾液の様なねちゃねちゃしたものを見て、顔を青ざめた。
絶叫しながらシリカは短剣を無造作に振り回す。
「いや~~~!助けて!ノビタニアンさん!助けて!見ないで、助けて」
「あとで怒らないでね」
目を閉じたままノビタニアンはソードスキルを繰りだす。
攻撃を受けたモンスターは消滅して、シリカは地面へ落ちていく。
ぎりぎりのところでノビタニアンがキャッチする。
「……見ました?」
「視ないように頑張りました」
頬を赤く染めて尋ねるシリカに同じくらい顔を赤らめて、ノビタニアンは答える。
二人はしばらく無言だった。
そんなシリカへ別のモンスターが狙いをつけようとする。
しかし、ノビタニアンのサポートを受けたシリカの短剣スキルによってモンスターが消滅した。
「あの、ノビタニアンさん」
「何?」
「森で会ったとき……似ている人がいたというのですけれど……誰のこと、なんですか?」
聞いてはいけないことかもしれないと思いながらもあの時の悲しそうで泣きそうな顔が気になって離れない。
ノビタニアンは少し間をおいて。
「あれは僕のことだよ」
「ノビタニアンさんのこと?」
「うん」
ゆっくりとノビタニアンは語る。
「これはリアルの話だけど」
ノビタニアンには大切な親友がいた。
ドジで臆病で何もできなかったダメダメな自分を変えるために手伝ってくれた大事な親友。
その親友との別れは唐突にやってきた。
約束を交わしてノビタニアンと親友は別れる。
「その親友と別れるときの気持ちとシリカちゃんの気持ちが似ていたと思ったら、放っておけなかったんだ」
遠くを見るようなノビタニアンへシリカはどのように声をかけていいか悩んだ。
「あの、その親友さんとは?」
「会えていない……どこかで会えればいいなと思うけれど。たぶん、もう二度と会えないかもしれないんだ」
「そんなこと、わかりませんよ」
シリカの声にノビタニアンは彼女を見る。
「もしかしたら奇跡が起きて、もう一度、会えるかもしれません!私はピナともう一度、会います!だから、ノビタニアンさんもあきらめないでください!」
「…………」
「あ、もしかして、失礼でした?」
「いや、ありがとう、そうだね。諦めたらそれで終わりだよね。うん、頑張るよ」
ノビタニアンの笑みを見たとき、シリカの顔が赤くなる。
「どうしたの?」
「い、いえ、なんでもないです!さ、いきま――」
一歩を踏み出したシリカの足元にモンスターが姿を見せる。
巨大な芋虫のようなモンスターに飲み込まれようとしていたシリカ。
その瞬間。ノビタニアンのソードスキル、ホリゾンタルによってモンスターが消滅した。
「大丈夫?」
小さく微笑むノビタニアンの姿に、シリカは顔を赤らめながらその手を取った。
思い出の丘へ二人は到着する。
そこには台座のようなものがあった。
「ノビタニアンさん!ない!花がないよ!?」
「え、そ、そんなぁ!」
驚きながらノビタニアンが台座をのぞき込む。
しばらくして、輝きとともに台座の中央に花が現れた。
シリカがおそるおそる台座に触れると
プネウマの花というアイテム名が表示される。
「これでピナが生き返るんですね?」
「うん!」
花を抱きしめるようにしてシリカは喜びをかみしめる。
「すぐに生き返らせたいだろうけれど、ここだと強いモンスターもいるから街に戻ってからにしよう」
「はい!」
シリカは涙を拭って頷いた。
幸いというべきなのか、帰り道はモンスターとエンカウントすることなく順調だった。
道中、ノビタニアンはどこかへメッセを飛ばしていた。
ノビタニアンの隣を見ながらシリカはその手を握ろうとする。
ぴたりと急にノビタニアンが立ち止まったことでシリカも歩みを止めた。
「ノビタニアン、さん?」
「そこに隠れている人、出てきてよ」
彼の言葉とともに近くの木々から隠れていた人物が姿を見せた。
その人はシリカの知っている人だった。
「ロザリアさん!?」
迷いの森でシリカを挑発して、三十五層の街においてアイテムを取れるのかとバカにしていた彼女がここにいることにシリカは驚く。
「私のハイディングを見破るなんて、なかなかに高い索敵スキルを持っているみたいじゃない」
「どうも」
「その様子からして首尾よくプネウマの花を手に入れたようね。よかったわ、シリカちゃん。じゃあ、その花を頂戴」
「な、なに言っているんですか!?」
「だってぇ、中々にレアなプネウマの花を手に入れるっていうじゃない。手に入れるのを待ってからいただいたほうが手っ取り早いでしょ」
にこりと笑うロザリアにシリカは恐怖した。
「悪いけれど、そうはいかないよ。ロザリアさん、いや、オレンジギルド“タイタンズハンド”のリーダーさんというべきかな?」
ノビタニアンの言葉にシリカは目を見開く。
「オレンジギルド!?でも、ロザリアさんはグリーンで」
ロザリアの頭上に表示されているアイコンはグリーン。
オレンジは他のプレイヤーを傷つけたら表示が変化する。
中には人を殺すレッドプレイヤーと称される者も存在している。
「オレンジギルドといっても全員がそうじゃないんだ。グリーンが獲物を見繕って、待ち伏せのポイントまで誘導するんだ」
「そんな、じゃあ、二週間、一緒のパーティーにいたのは」
「一番の獲物たるアンタや他の連中がどれくらい素晴らしいものを持っているか調べていたのよ。そうしたらレア度が高いプネウマの花を取りにいくっていうじゃない。それにしてもそこまでわかっていたのに一緒に行動しているなんて、アンタバカじゃないの?それとも本当に絆されちゃった?」
バカにするようなロザリアの問いにシリカが何かを言おうとしたとき、ノビタニアンが前に立つ。
「違うよ。僕の狙いはあなただよ」
「は?」
「十日ほど前にあなた達タイタンズハンドはシルバーフラクスというギルドメンバーを襲ったね?メンバー四人を殺してリーダーだけが生き残った」
「あぁ、そんな連中いたわね。儲けが少なくてつまんない奴らだったわぁ」
「リーダーだった人は毎日、最前線で攻略メンバーに敵討ちを求めていたよ。その人は連中を殺すことじゃない、捕まえることを望んでいた。仲間を殺されたのに……あなたにその気持ちがわかる!?」
「知らないわよ!バッカじゃないの!?ここで人を殺してもホントにそいつが死ぬ証拠はないのよ!それよりも、自分の心配をしたほうがいんじゃない?」
不敵な笑みを浮かべて指を鳴らす。
すると木の陰からぞろぞろとプレイヤーが現れた。
頭上のカーソルはオレンジ。
その数は七人。
「に、人数が多すぎます!脱出しないと!」
「大丈夫、問題ないよ」
ノビタニアンはそう言うと腰の剣を抜く。
「それに、僕だけじゃないし」
そう言うノビタニアンの言葉とともにシリカの後ろから転移によって二人の人物が現れる。
一人は黒衣の少年。
もう一人は民族的な衣装をまとった紫色が中心の少女。
「だ、誰?」
戸惑うシリカに対してノビタニアンがほほ笑む。
「遅かったね、キリト、ユウキ」
「ボク達も全力で来たんだよ!?」
「まぁ、ナイスタイミングだから勘弁してくれよ。ノビタニアン」
キリトの言葉に身構えていたオレンジプレイヤーの一人が呟く。
「キリト?ユウキ、ノビタニアン?黒衣、紫衣、銀衣に片手剣……まさか黒の剣士、紫の剣士、白銀の剣士!?あの三剣士か!?まずい、ロザリアさん、こいつら攻略組だ!!」
「こ、攻略組?ノビタニアンさんが?」
「そんな奴らがこんなところにいるわけないじゃん!そもそも、攻略組ならとんでもないお宝を持っているに決まっている!始末して身ぐるみ剥いじまいな!」
ロザリアの叫びにキリトが肩をすくめながら前に出た。
「死ねやぁああ!」
叫びとともにオレンジプレイヤーが前に出たキリトとノビタニアンへ襲い掛かる。
「ノビタニアンさん!このままじゃ、ノビタニアンさんが!」
震える手でシリカは自身の武器を構えようとする。
だが、目の前にいるオレンジプレイヤー達を前に恐怖していた。
「大丈夫だよ」
傍にやってきたユウキがニコニコとシリカに言う。
「よく見て」
ユウキの言葉に従ってノビタニアンやキリト達を見る。
オレンジプレイヤーの攻撃によってHPが減っていくが一定時間を過ぎると彼らのHPは元に戻っていた。
「え?どうして」
シリカの疑問はオレンジプレイヤー達の中にもあったようで、全員が驚きの声を上げる。
「ど、どうなっているんだ?」
「なんでHPが」
「全体攻撃で400ってところだな」
「ふぅん、それなら僕達を倒すことはできないね。キリトのレベルは78、僕のレベルは77、キミ達の攻撃じゃバトルヒーリングを持っているからすぐに回復して倒せないよ」
「なんだよ」
「そんな理不尽が」
「ありえるんだよ!たかが数字が増えるだけで無茶な差がつく。それがLV制MMORPGの理不尽さなんだ!」
キリトの叫びに男達はのけぞる。
実力差を思い知らされたのか、男達は戦意を失い始めていた。
ノビタニアンはアイテムを取り出す。
「これは僕達の依頼人が全財産をはたいて購入した回廊結晶。転移先は牢獄だよ。これで全員牢屋へ跳んでもらうよ。逃げようなんて考えないんでね……コリドーオープン」
剣を構えるキリト達の姿を見てプレイヤーの人が諦めたようにゲートをくぐる。
一人、また一人と潜っていき、やがてロザリア一人だけになった。
「あなたはどうする?」
ノビタニアンが問いかける。
「はっ!それで勝ったつもり?言っておくけれど、私はグリーン」
一陣の風が吹き荒れる。
ブン!とロザリアの眼前に鋭い剣先があった。
視線の先にいたのはノビタニアン。
「甘く見ないでよ。僕達は三人で組んでいる……数日足らずオレンジになったとしても問題はない……試してみる?」
小さく微笑むノビタニアン。
笑顔から感じた怒気にロザリアは槍を落とす。
そんな彼女をつかんでコリドーまで歩いていく。
コリドーまで放り込まれる間、ロザリアは命乞いのようなことをつづけた。
しかし、ノビタニアンは表情を変えず、無言で放り投げる。
「ノビタニアン、やりすぎだよ」
キリトが肩をすくめながら剣を鞘へ納める。
「珍しく怒っていたみたいだね。クリスマスの時以来じゃない?」
「茶化さないでよ、ユウキ」
ノビタニアンはシリカへ近づく。
「ごめんね、シリカちゃん、巻き込んじゃって」
「い、いえ、その、ノビタニアンさんは攻略組だったんですね」
「うん。僕が攻略組だって知ったら怯えちゃうかもと思ったんだ。今回の騒動も最初から巻き込んでしまったようなものだし、僕が悪いんだけどね」
「……そんなこと、ありませんよ」
瞳に涙を潤ませながらシリカは首を横に振る。
「ノビタニアンさんはとても優しい人です!さっきは怖いと思いましたけど……ノビタニアンさんはとても優しくて、強い人です!だから……えっと」
ノビタニアンはシリカの頭をなでる。
「ありがとう、シリカちゃん」
あれから少しばかり時が過ぎて、シリカと向かい合うようにノビタニアン、キリト、ユウキの三人が立っている。
「行っちゃう……んですね」
「三日くらい攻略から離れてしまっているからな」
「そろそろ戻らないと大変なことになるかもね~」
「す、すごいですね。攻略組なんて、私なんか……足元にも及びません」
本当ならノビタニアンとついていきたかった。
彼と一緒にいろいろな世界を見て回りたい。
そんな気持ちを抱きながらも自分ではレベルなどを思い出して、その言葉を飲み込む。
「別にレベルがすべてじゃないよ?シリカちゃんは強いものを持っている」
「強いもの?」
「うん、心だよ」
ノビタニアンは自分の心を叩く。
「ピナを取り戻すために危険な場所へ向かったじゃない。それはこころが強くなければできないことだよ?」
「ノビタニアンの言うとおりだね」
「レベルだけがすべてじゃない。誇っていいことだ」
キリトやユウキからも言われてシリカは頬を赤くする。
「今度はピナも一緒で冒険しようね?」
「……はい!」
笑顔を浮かべてシリカとノビタニアンは指切りをした。
「(ピナ、目を覚ましたらいっぱい、いっぱい、お話しようね!とんでもない冒険のことと、お兄ちゃんのような素敵な人のことを)」
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04:圏内事件
基本、この話はアニメをなぞっていますが、途中から異なる展開へ進んでいきます。
第五十九層、主街区近くにある木の陰。
「ぐぅ~」
「くぁ~」
「すぅ~」
そこで三人のプレイヤーの姿があった。
黒ずくめ、片手剣使い。
もう一人は紫色の民族衣装のような長髪の女性プレイヤー。
最後の一人は枕代わりに盾の上に頭を乗せて幸せそうに眠る男の子。
あたたかな陽気を浴びて幸せそうに寝ている彼らのもとへ一人の女性プレイヤーがやってくる。
全身を白と赤の衣装をまとった少女は険しい顔のまま傍で寝ている黒の剣士こと、キリトへ近づく。
「なんだ、副団長さんか」
片目を開けたキリトは自身を見上げる相手、アスナを見る。
「他の攻略組の皆さんは時間など関係なく迷宮区へ潜っているというのに、あなた達はなにをしているの!?」
「……今日はアインクラッド内において最高の昼寝日和なんだよ」
そう言ってキリトは寝返りをうつ。
「アンタもここで昼寝してみたらどうだ?とても気持ちいいぞ。そこの二人も見てみろよ」
アスナが怒鳴ったにも関わらず起きる様子のないユウキとノビタニアン。
昼寝が好きなノビタニアンは完全に寝入っている。
ユウキは右に左へ動きながら時々、ノビタニアンの上へのしかかりかけていた。
こちらを見ている彼女を見ながらキリトは再び寝始めた。
彼らがいる場所は主街区から外れてはいるが“圏内”だ。
この中ではいかなる攻撃でもHPが減ることはない。
犯罪防止コード有効圏内といわれるこの中にいれば、デュエルなどの抜け道を除けば絶対的な安全が保障される。
抜け穴対策のため、キリトは一定距離にプレイヤーが近づくとわかるように設置されていた。
そのまま睡眠を続けるキリト。
しばらくして、アスナも横になって。
「やべっ、寝すぎたか?」
夕焼け空に気付いてキリトが体を起こすとすぐそばで寝ているアスナの姿があった。
今までの張りつめたような顔から一転して無防備な寝顔を見てキリトはどきりとした表情になる。
「おいおい、こんなところで寝ている奴がいるぞ?」
「のんきだなぁ」
帰り道途中から聞こえるプレイヤーに気付いてキリトはノビタニアンやユウキを見る。
そして言葉を失う。
ユウキは寝相が悪く、あっちこっちに移動する。
どうやら今回の寝相はかなり悪いもののようだ。
彼女はノビタニアンの上へ覆いかぶさっている。
知らないものからみればユウキが襲い掛かっているように見えない。
「ま、大丈夫だな」
ノビタニアンもユウキも互いをそこまで意識していない。
あくまで仲間意識の範囲内だろう。
そろそろ、現実を直視するかーとキリトは視線を向ける。
警戒心を強め、こちらへレイピアを構えているアスナの姿があった。
「ごはん、おごる……」
顔を赤くしているアスナの言葉にキリトは頷く。
「おい、あれって、閃光じゃね?」
「マジか、かわいいな」
「もしかして、あっちは紫の剣士?」
「傍にいるのは黒の剣士と白銀の剣士か……リア充爆発しろ」
第五十七層のNPCレストラン。
そこで四人はディナーを楽しんでいた。
ちなみにここの飯はキリトが持つことになる。
事情を知らないノビタニアンとユウキは食事代が浮くことに喜んでいた。
周りからの言葉にキリトはバツの悪そうな表情で片肘ををついている。
目立つのが苦手な彼はこの状況を苦手としていた。
アインクラッドの中でトップクラスの美少女のアスナ、
無邪気で明るいユウキ。
そんな二人ともし男子一人だけなら緊張で握りつぶされていただろう。
しかし、隣にはぽけーとした表情のノビタニアンがいる。
少しばかり救いだった。
「ありがとうね、キリト、僕たちのガードしてくれて」
「気にするなって、俺達は仲間なんだから」
ノビタニアンに対してキリトはそう返す。
「もう、ボクのことは無視?」
「すまない、そんなつもりはなかったさ」
「いつも思うけれど、二人は本当に仲がいいわね」
呆れたようなアスナの言葉にキリトが何かを言おうとしたとき。
「きゃああああああああああああ!」
大きな悲鳴が響いた。
突然のことに動き出したのはキリト、続いてアスナ。
ユウキとノビタニアンが最後に続く。
悲鳴の上がった場所へ向かうと目を疑うような光景があった。
教会から男性プレイヤーが首にロープをかけられて吊るされている。
何よりその胸元。刺々しい槍のようなものが突き刺さっていた。
刺さっている個所から赤いエフェクトが出ている。
それはHPが削られていることを指す。
「早く抜け!!」
キリトは大声で呼びかける。
男性プレイヤーは一瞬、キリトを見る。
槍に手をかけ引き抜こうとするが抜ける気配がない。
それに気づいたノビタニアンが走り出す。
ちらり、キリトと目が合う。
ノビタニアンが何をするか理解したのだ。
彼が教会へ入るのを確認してキリトは男性プレイヤーの前へ向かう。
少しばかりの時間が過ぎてキリトの目の前で男性プレイヤーの体が消滅する。
歯を噛みしめ叫ぶ。
「皆!デュエルのウィナー表示を探してくれ!」
もし、この騒動がデュエルによる流れだとするならプレイヤーの頭上にウィナーの表示がある。
しかし、どこにもそれらしきものがなかった。
落ちてきた槍をキリトは拾い、アスナやユウキと共に教会へ向かう。
降りてきたノビタニアンへ尋ねる。
「誰もいなかったよ」
「誰も!?」
「うん」
「どういうことなんだ……」
「外の方は?」
「ユウキやアスナも調べてくれたがウィナー表示はなかった」
「これはデュエルによるPKじゃない?」
「でも、デュエル以外でHPを減らす方法はなかったはずだよ!?」
「そうだ……このまま放っておくわけにはいかないな。圏内でPKできるなんて離れ業があるなら街の中も危険ってことになる」
「じゃあ、調査するんだね!」
「あぁ、ユウキ、ノビタニアンも手伝ってくれるか?」
「もちろん!」
「当然だよ」
「私も手伝う。こんなこと放っておけないわ」
四人は頷き、教会を出る。
「すまない、さっきの一件を最初から見ていた人はいるか?」
周囲がざわめきはじめる。
その中で一人の女性プレイヤーがおずおずと前へやってきた。
キリトはちらりと装備を見た。おそらく中層で活動しているプレイヤーだろう。
「ごめんなさい。怖い思いをしたばかりなのに、あなたの名前は?」
「あ、あの、私はヨルコって言います」
アスナの問いかけに女性ヨルコは頷く。
彼女の声にキリトは覚えがあった。
「さっきの悲鳴は、あなたがあげたんですか?」
尋ねるよりも早くノビタニアンが聞く。
「はい、私、さっき殺された人とご飯を食べに来たんです。あの人、名前はカインズって言います。昔、同じギルドにいたことがあって、でも、広場ではぐれて、探していたあんなことになって、うぅ」
限界が来たのだろう。
瞳から涙をこぼす。
ヨルコへアスナとユウキが傍による。
「その時に誰かを見なかった?」
背中をさすりながらアスナは尋ねた。
「一瞬、カインズの後ろに誰かいたような」
「その、嫌なことを聞くようだけど、心当たりはあるかな?カインズさんが誰かに狙われる理由、とか」
遠慮気味にキリトは尋ねた。
対しヨルコは首を横に振った。
明日、話をもう一度聞くということで彼女を宿へ送り届ける。
送り届けた後、四人は情報の整理をしていた。
「まずはあの槍の出所がわかれば犯人を追えるかもしれないな……ユウキやアスナはフレンドでアテはあるか?」
「武器屋の娘がいるけれど、この時間帯は無理ね」
「鑑定スキル……どうせだし、エギルさんのところへいこっか」
ノビタニアンの言葉でメッセージを打ち始める。
見ていたユウキは苦笑いを浮かべて。
「エギルさんも店で忙しいんじゃないかな?」
「俺が頼んだらアウトだろうな。だが」
キリトはにやりと悪人のような笑みを浮かべる。
「ノビタニアンなら話は別だ」
「ったくよぉ、お前の頼みなら容赦なく断るつもりだっていうのに……ノビタニアンを使いやがって」
「断れないのは知っていたさ」
過去、ノビタニアンに救われたことがあるエギルはつい、頼まれたら協力するという約束を交わした。
ノビタニアンがあまり欲深い性格ではないことから油断していたエギルだが、共にいた黒い悪魔の陰謀に巻き込まれたことは一つや二つではない。
「この時間帯は一番の稼ぎ時だって知っているだろう?」
「ごめんね。エギルさん、こっちも急ぎだったからさ」
「お前がそこまで言うなんて、とんでもないことみたいだな」
ノビタニアンはエギルへ圏内で起こった事件についてまとめる。
奥の部屋へ向かい、ノビタニアンは武器を見せた。
「これの鑑定をお願いします」
武器を受け取ったエギルは鑑定を始める。
「プレイヤーメイドだ。作成者はグリムロック……聞いたことねぇな。少なくとも一級の刀匠じゃねぇだろう」
「武器に固有名は?ほかに変わったこととかはないかな?」
「固有名はギルティーソーン……罪の茨だな」
「どうゆうこと?」
ノビタニアンは頭上に?マークを浮かべている。
しばらく眺めていたキリト。
「よし」
小さく頷いて槍を逆手にして自身へ向ける。
勢いよく突き刺そうとするとアスナがその手を止める。
「何をやっているの!?」
「試してみないとわからないだろ?」
「その武器で実際に人が死んでいるのよ!」
「でも、試してみないと」
「駄目よ!これはエギルさんが預かっておいて!」
アスナは怒りながら部屋を出ていく。
「キリトぉ、アスナも怒るよ」
「そうだな、もう少し女心とかを考えるべきだな」
「そう言われるとつらいな。わかった。助かったよ、エギル」
翌日。
キリトとアスナはヨルコと話をしていた。
ノビタニアンとユウキは他に目撃者がいないか教会付近を探すことになった。
ヨルコにグリムロックなどについて尋ねてみると、あることがわかる。
グリムロック、ヨルコ、カインズは『黄金林檎』と呼ばれるギルドへ属していた。
半年前、彼らはモンスタードロップでレア度の高いアイテムを手に入れる。
ギルドで使用する意見と売却する意見に分かれて、全体で採決を取った結果。売却になる。
競売にかけるため、リーダーのグリセルダという女性プレイヤーが一泊予定で出かけた。
しかし、彼女は死んだ。
その時に指輪がどうなったのか?どうして死んだのかその謎はわからないままギルドは解散したという。
「グリムロックさんというのは?」
「彼はグリセルダさんの旦那さんでした。もちろん、このゲーム内ですけど、二人はとても仲が良くてお似合いの夫婦でした。もし、昨日の事件の犯人がグリムロックさんだというのなら指輪の売却に反対した三人を狙っていると思います」
一度、ヨルコは目をそらして。
「指輪の売却に反対した三人のうち二人は、私とカインズでした」
「……もう一人は?」
アスナが尋ねる。
「シュミットというタンクです。今は聖竜連合に属しています」
「なんか、聞いたことあるな」
「聖竜連合のディフェンス隊のリーダーよ。大型ランス使いの」
「あの、シュミットに会わせてもらえませんか?彼も今回の件を知らないかも……もしかしたらカインズのように」
ヨルコは口を閉ざす。
「シュミットさんを呼びましよう。ノビタニアン君かユウキに頼みましょう」
「なら、一度、ヨルコさんを宿へ送ろう。俺たちがくるまで宿から絶対に出ないでくれ」
念を押してアスナがメッセージを飛ばす。
聖竜連合のホームへ向かう途中、ユウキとノビタニアンは会話をしていた。
「ノビタニアンは今回の事件、どう思う?」
「うーん、僕は難しいことはわからないからなぁ……でも、今回の件をはっきりしないとみんな安心しないからね」
「もし、これが殺人だったら……ノビタニアンはどうする?」
「止める」
迷わずにノビタニアンは答える。
「キリトの言葉だけど、このゲームはフェアなものだって、圏内殺人なんてこのゲームは認めていないはずだから」
真剣な表情でノビタニアンは答える。
ノビタニアンとユウキによって連れてこられたシュミットは終始落ち着かない様子でソファーに座っている。
いら立ちからか貧乏ゆすりをしていた。
対するヨルコは落ち着いた様子でシュミットと向かい合っている。
シュミットとヨルコの会話をキリト達は傍で見ていた。
だんだんと白熱していくヨルコ。
窓際にいた彼女だが、異変は起こる。
キリト達の目の前でヨルコは体を翻した。
その背中に短剣が刺さっている。
「ヨルコさん!!」
ノビタニアンが駆け出す。
窓から外へ落ちていくヨルコへ手を伸ばすも彼女の体は消える。
「アスナ!あとは頼む!」
「キリト君、ダメッ!!」
外へ飛び出すキリト。
アスナの静止も聞かずにキリトは跳躍して隣の建物へ移動する。
彼の眼はローブの人物へ向けられている。
「ボクが行く!」
「ユウキ!」
二人のAGIは高い。
あっという間にローブの人物へ追いつくという時、相手は転移結晶を取り出す。
キリトは投剣スキルを使って狙いを定める。
しかし、紫色のシステム障壁に阻まれる。
キリトがヨルコに刺さった短剣を拾い、宿へ戻る。
扉を開いて中に入ると。
「バカ!!」
アスナが涙目でキリトへ怒鳴る。
「無茶しないで!」
「……わ、悪かった」
引き気味でキリトは謝罪する。
「ユウキも無茶しないでね」
「うん、気を付けるよ」
優しく注意を促すノビタニアンへ苦笑しながらユウキは頷く。
「それで、どうだったの?」
「転移結晶で逃げられた。街の、宿の中なら安全だと思っていたのに」
「あ、あれはグリセルダのローブだ!グリセルダの亡霊だ!!俺たち全員へ復讐にきたんだ!」
恐怖で混乱し始めているのだろう。
シュミットが叫びをあげる。
「ゆ、幽霊なんだから圏内でPKができて当然だ」
「幽霊はいない。このPKには絶対システム的な何かがある」
キリトの言葉に誰も答えない。
この後、シュミットを聖竜連合本部まで送り届けた四人はマーテンへ戻っていた。
ベンチへそれぞれ腰かけながら考えていた。
「本当にグリセルダさんの亡霊だったのかな?」
「目の前であんなのものを二度も見せられたらボクも信じちゃうよ」
半ばあきらめたようにユウキが口を開く。
「そんなことは絶対にない。本当に幽霊ならさっきも転移結晶なんか……転移結晶」
「キリト?どうしたの」
ノビタニアンの質問に首を横へ振る。
しばらく沈黙していると。
「はい」
アスナがキリトへ何かを差し出す。
受け取って包みを開くとバゲットサンドが現れる。
「お腹すいていたら頭動かないでしょ?これを食べて休憩しましよう」
アスナも自分の包みを開く。
「早く食べないと耐久値が切れちゃうわよ」
「そ、そうだな!」
キリトはそれに一口かぶりつく。
「うまい」
黙々と食べ続ける。
その横のベンチで。
「はい、ノビタニアン」
「ありがとう、ユウキ」
同じような光景が広がっていた。
「準備いいな、これ、どこで買ったんだ?」
「売っていないわ」
呆気にとられるキリト。
「ま、まさか手作りですか!?」
「そうだけど?」
「う、うん、アスナは良いお嫁さんになりそうだな」
その言葉にアスナは頬を赤く染めて、キリトを叩く。
叩かれた際にバゲットサンドは地面に落としてしまう。
慌てて拾おうとするも耐久値が限界を迎えて消滅してしまった。
「あ、あぁ……」
がっくりとうなだれるキリト。
「……キリト君?」
「そうか!」
キリトは顔を上げる。
「どうしたの?」
「俺達は何も見えていなかった……見ているようで何も」
「どういうこと?」
「うん、これおいしいね」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。頑張って料理したから」
「これ、ユウキの手作りなんだ!おいしいよ」
「ありがとう!」
二件の圏内殺人の解決へ結びつく答えをキリトが見つけた横で奇妙な光景が起こっていた。
それを気にせず、キリトはアスナへ謎解きをする。
自分たちが見ていたもの。
それは防具の耐久値が限界へ向かっていくというものだ。
カインズは自らの防具に槍を突き刺していたのだ。
限界値が迎えたときに転移結晶であの場から姿を消す。
そうすることで彼が死んだとキリト達は錯覚したのだ。
続いたヨルコの件。
部屋へ入る時からヨルコはすでに背中へ短剣を突き刺していた。
そして、限界が来るときになって半狂乱になった演技をして、外へ落ちて転移する。
こうすることで圏内において殺人事件が起こっていると錯覚してしまったのだ。
「でも、なんでそんなことを?」
「おそらくだけど、指輪事件の犯人をあぶりだそうとしたんだと思う……ヨルコとカインズはシュミットが犯人、もしくはつながりがあると見ている。だから、今頃、その答えを問い詰めているんだと思う」
第十九層、自らの隠していた秘密を明らかにしたシュミットだが、彼は麻痺毒を受けて動きを封じ込められていた。
ヨルコとカインズ、シュミット達の前に現れた三人組。
フードで顔を隠している三人の腕には棺桶と笑顔のようなマーク。
――笑う棺桶。
アインクラッドにおいて様々なギルドが存在している中で一番、危険なギルドがある。
SAO内最大で最も狂った犯罪者ギルド。
短剣を扱う“ジョニー・ブラック”
エストック使い“赤目のザザ”
メイトチョッパーと呼ばれる武器を使うギルドリーダーの”PoH”。
笑う棺桶のトップスリーがそこにいた。
「さぁて、どう料理したもんかねぇ?」
「ヘッド!あれやろう!殺し合わせて最後の一人を生き残らせるゲーム!」
子供のようにはしゃぐジョニーの提案にPoHはため息をこぼす。
「そんなこと言って、結局、生き残ったやつも殺しただろうが」
「ああー!それ言っちゃつまらないよ!!」
騒ぐジョニーをおいて、大型短剣メイトチョッパーをPoHは取り出す。
シュミットは己に迫る死を覚悟する。
その時、馬の鳴き声が轟く。
彼らが視線を向けると、大きな馬に乗った黒装束の少年と白銀のコートを纏った少年が馬から落ちた
「お、おい、もう少しうまく扱えないのかよ」
「無茶いわないでよ。僕が乗った馬はパカポコだけなんだから」
二人は言い合いながら立ち上がる。
「よぉ、PoH、相変わらず悪趣味な格好をしているな」
「フン、黒の剣士、てめぇには言われたくないな、それよか状況を分かっているのか?こいつらを助けに来たつもりだろうが、お前たち二人で俺たち三人の相手ができるのか?」
「難しいだろうな。ただ戦うだけならまだしもそこの三人を守りながらだと」
でも、と言葉を区切り。
「対毒POTは飲んできたし、結晶もありあまっている。何より俺とノビタニアンのコンビは最強。時間を稼げば援軍が駆け付ける。お前たち三人だけで攻略組の三十人と相手できるか?」
キリトはそう言うと剣を抜き、
ノビタニアンも盾と剣を構える。
SAOにおいて強敵とされるビーターとそのパートナーを相手にしてのデメリットを即座にPoHは計算した。
そして。
「引き上げるぞ」
PoHの指示に部下の二人も頷く。
覗くフードから鋭い視線でキリトを、隣にいるノビタニアンを睨む。
「黒の剣士、白銀の剣士、てめぇらは必ず殺してやる。お前たちの大切なものを根こそぎ奪ってな。特に白銀の剣士、てめぇをもっと絶望に叩き落してやる」
「やってみろよ。俺がいる限り、そうはならない」
一瞬、PoHとキリトが激しくにらみ合い、PoHは姿を消す。
彼らの姿がなくなったことを確認してキリト達は武器をしまう。
「また会えてうれしいよ、ヨルコさん。そっちのアンタは初めましてかなカインズさん」
「いえ、正確には二度目です。僕が死亡を偽装したとき、あなたと目が合いました。あなたには見破られるんじゃないかと予想していたんです」
「全部……終わったらきちんと謝罪に伺おうと思っていました……信じてもらえるかわかりませんけれど」
「キリトにノビタニアン!助けてくれた礼は言うが、どうしてわかったんだ?あの三人がここへくるって」
ノビタニアンによって麻痺の解けたシュミットが膝をつきながら尋ねる。
「わかったわけじゃない。ありえると推測したんだ。カインズさん、ヨルコさん、あの二つの武器を作ったのはグリムロックだよな?」
ヨルコとカインズは顔を合わせる。
しばらくして。
「最初は気が進まないようでした。もうグリセルダさんを安らかに眠らせてあげたいって」
「でも……僕らが一生懸命頼みこんで、やっと武器を作ってもらったんです」
「……残念だけど、アンタ達の計画に反対したのはグリセルダさんのためなんかじゃない」
「それは、どうゆう」
「圏内PKなんて派手な演出をしてみんなの目を引いてしまえば、いずれ誰かが気付くと思ったんだろう。俺も少し前に気付いたんだ」
キリトは語りだす。
指輪事件の隠された真実を。
彼が話す内容はアスナとの会話で気づいた結婚システムについて。
結婚すればプレイヤー同士でアイテムが共有される。
ストレージ共有について話をしていたところである点に気付いたのだ。
「結婚している片方が死んだ場合、その人が持っているアイテムは片方の結婚相手のもとへ向かう。犯人の足元へドロップせずにグリムロックの足元にドロップされたんだ」
「じゃあ、グリムロックが指輪事件の犯人なの?グリセルダを殺して?」
「多分、直接手を出していなかったと思う。犯人の依頼は今回みたいなことをしていたんじゃないかな、笑う棺桶に」
「そ、そんな、なんで彼は私たちの計画に賛同したんだ!?」
「アンタ達はグリムロックに計画のすべてを説明したんじゃないか?だったらそれを利用して指輪事件を永久に闇へ葬ることができると思ったんだ。三人が集ったところをまとめて消した方がいいと」
キリトの言葉にシュミット達は理解する。
この場に笑う棺桶の三人がいたことも納得できる。
「もしかして、グリセルダさんを殺害した時から……笑う棺桶とつながりがあった?」
「多分、だけどな」
ノビタニアンの言葉にキリトが頷く。
「キリト君」
「見つけたよ」
その時、茂みが揺れてアスナとユウキが現れる。
彼らの傍には長身で革製品の衣服に身を包み、マルメガネのようなサングラスをかけた男性プレイヤーがいる。
彼が逃げないようにユウキが剣を突き付けている。
男、グリムロックは彼らを見渡して穏やかに話しかけた。
「やぁ、久しぶりだね」
「グリムロック、さん、あなたは本当に私たちを殺そうとしたの?」
ヨルコは未だに信じられないのだろう。
尋ねる声はとても震えている。
その質問にグリムロックは答えない。
「なんでなの!!グリムロック!なんでグリセルダさんを!奥さんを殺してまで指輪をお金にする必要があったの!?」
涙を流しながら叫ぶヨルコ。
カインズやシュミットもグリムロックの動向を伺う。
「金?……金だって?」
やがて、グリムロックは小さく笑い声をあげる。
「金のためじゃないさ。私はどうしても彼女を殺さないといけなかった。彼女がまだ愛する妻だった間に……」
グリムロックは語る。
現実世界においてもグリムロックとグリセルダは夫婦だった。
彼にとって一切不満のない妻だったという。
彼女自身も彼のことを大切に思っていた。
しかし、デスゲームに囚われた時、明らかな差異が起きる。
閉じ込められたことに怯え、疎んだのはグリムロック。
前に踏み出し、生きようと決意したのはグリセルダだった。
その姿を見てグリムロックは悟ったのだ。
現実世界よりも生き生きしている彼女は、既にいない。グリセルダ――ユウコは消えたのだ。
「だから、だからこそ!この殺人が合法的に可能な世界で『ユウコ』を!永遠の思い出の中に封じてしまいたいと思った私を、誰が責められるだろう!?」
「そんな理由で、アンタは奥さんを殺したのか?」
静かな怒りを込めてキリトが問いかける。
「十分すぎる理由だ。キミもいずれわかるさ。探偵君、愛情を手に入れ、それが失われようとしたときに」
狂気を含んだグリムロックの瞳と目が合って、キリトは言葉が出ない。
愛情。
キリトにおいて理解できない領域だ。
もしかしたら自分もという不安が彼の中に生まれる。
「そんなもの愛情じゃない!!」
キリトは顔を上げる。
ギリリとこぶしを握り締めてノビタニアンはまっすぐにグリムロックを見据える。
「そんなの愛情じゃないよ!」
「ならば、なんだというのかな?」
答えようとしたノビタニアンよりアスナが先に動く。
「あなたが奥さんへ抱いていたのは愛情なんかじゃないわ。グリムロックさん、あなたが奥さんへ抱いていたのはただの所有欲と支配欲。それだけよ」
睨みながら指摘したアスナ。
本心を暴かれたことによる驚きか、グリムロックは地面に膝をつく。
そんな彼にシュミットとカインズが歩み寄る。
「キリト、この男の処遇は俺たちに任せてくれ」
「心配しないでください。私刑にだけはしないと約束します」
キリトは頷いた。
グリムロックを抱えて二人は背を向ける。
ヨルコはその後に続くがすぐに振り返り。
「ありがとうございました。キリトさん、アスナさん、ユウキさん、ノビタニアンさん、これでグリセルダさんも浮かばれます」
深々とお辞儀をしてカインズ達の後を追いかけていく。
「……帰ろうか」
ぽつりと漏らしたノビタニアンに全員が頷く。
少し歩きだしたところでユウキがノビタニアンへ尋ねる。
「ねぇ、ノビタニアンはさ、好きな人の知らない影の部分を見た時、どうする?」
「……うーん、僕は戸惑うけれど、受け入れるよ」
「どうして?」
「それでも、僕は」
――その人のことをもっと好きになると思うから。
ノビタニアンの言葉にユウキは目を丸くして笑う。
「ちょっと!?なんで笑うのさ!」
「べっつにぃ、ノビタニアンは面白いな~って」
「おーい、置いていくぞ?」
「ノビタニアン君?ユウキ~~」
「お先に~~」
「あ、待ってよ!」
二人は先を歩く仲間の元へ急ぐ。
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05:鍛冶師が消えた!
感想ありがとうございます。作者の励みとなります。
第四十八層リンダース。
巨大な水車が緩やかに回るプレイヤーホーム。
その室内で規則正しい金属をたたく音が響いた。
彼女の手の中にあるレイピアの整備が完了する。
「よし、整備完了よ!」
桃色の髪をした鍛冶師リズベットは親友の剣を返す。
「これでメンテ完了よ!」
「ありがとう、リズ!」
レイピアを受け取ったアスナは嬉しそうに目を輝かせる。
親友の喜ぶ顔を見ていたリズはアスナの耳元につけられていたイヤリングに気付く。
「アスナ、それは?」
「あ、あぁ、これは」
リズベットに問われて顔を赤くしながらアスナは考える。
少しして、リズベットはにやりと笑う。
「ほー、噂の閃光様に思い人ができたのかしらぁ?」
「ちょ、ちょっとリズ!?」
「アンタがこれだけ素敵な顔を浮かべるなんてその相手は幸せね。ユウキはそういう相手はいないわけ?」
リズベッドは傍でぼんやりとやり取りを見ていたユウキへ尋ねる。
「え?ボク?ないかなぁ、そういうことは興味ないし」
「まったく閃光様がこうなっているのに紫の剣士はこんなのって……」
「でも、ユウキはノビタニアン君と親しくしているじゃない?」
「そういう親しい相手がいるのね!さ、吐きなさい。どんな相手よ!」
問い詰めるリズベッドにユウキは少しのけ反りながら考える。
「ノビタニアンのこと?えっと、ドジであわてんぼう、昼寝が大好き」
「それだけ聞いているとすごいダメダメに聞こえるんだけど」
「でも、誰よりも人を助けるために奮闘して、僕達を守るために盾でモンスターとぶつかりあってくれる、大事な仲間だよ!」
ユウキの言葉にアスナは目を丸くして。
リズベットは頬を指でかく。
「全く、無自覚でこんなのろけを言うなんて油断できないわね」
「へ?」
首を傾げるユウキ。
その姿が可愛いからこそ、隠れた人気があるのだろう。
ユウキやアスナは自覚をしていないだろうが、とてつもない人気を持っているのだ。
攻略の最前線で戦う少女二人。
閃光と呼ばれる細剣使いのアスナ。
攻略の鬼とまでいわれるが最近は笑顔が多く密かな人気がある。
紫の剣士、ユウキ。
片手剣使いで黒の剣士、白銀の剣士と呼ばれるプレイヤーとパーティーを組む。
とても明るく、誰もが魅了されるような純真な笑顔。
閃光と同じくらい男性プレイヤーから人気が高い。
「アンタと一緒にいる男性プレイヤーが嫉妬で狙われないか心配ね」
「うん?」
首を傾げるユウキをみてリズベットはため息を漏らす。
余談だが、彼女と一緒にいるノビタニアンに嫉妬する男性プレイヤー達が一度、ノビタニアンにデュエルを申し込んだ。
傍からみれば、ドジで間抜けな相手だから余裕だろうと踏んだ様子だった。
しかし、ノビタニアンはドジだろうと攻略組。
最前線で戦い慣れている彼によって倒された彼らは、信じられないという表情になったことをリズベットは知らない。
久しぶりの親友同士の会話を楽しんだのち、リズベットは接客のために店へ出た。
「いらっしゃいませ!リズベット武具店へようこそ!」
そこに待っていたのは黒一色の剣士だった。
「あ、ノビタニアン君!丁度いいところに!」
昼寝をしようとベンチへ寝転がろうとしていたノビタニアンにアスナが声をかける。
「やぁ、アスナさん、どうしたの?」
「私の友達がいなくなったの!」
「え?」
「お願い!助けてほしいの!ついてきて!」
有無を言わさずに手を引かれてノビタニアンは転移門を通って第四十八層へやってくる。
説明もないままリズベット武具店と書かれている店へ到着した。
「えっと、どうしたの?」
「ここで私の友達が鍛冶職人をやっているんだけど、少し前からメッセが届かないの」
「フレンドなら居場所を特定できるんじゃ?」
「表示されないの!!」
「……え?」
流石のノビタニアンも困惑する。
SAOのシステムにおいて居場所が特定できないとされる理由としては。
最悪の事態を同じようにアスナも考えたのだろう。
だから、これだけ慌てているのだ。
「どうしょっか。そうだ、キリトに相談でも」
ガチャと音を立てて武具店の扉が開かれる。
「ただいま……アスナ!?」
扉を開けたのは桃色の髪をした女性プレイヤー。
「リズ!?心配したよぉ!」
ぽろぽろと涙をこぼしながらアスナはリズベットを抱きしめる。
突然のことに驚いているリズベッドの傍。そこには黒の剣士ことキリトの姿があった。
「ノビタニアン?どうしてここに」
「いやぁ、アスナさんに連れてこられて……昼寝をしようとしたんだけどね」
「それはなんか、すまないな」
「もしかして、リズベットさんとやらがいなくなっていた理由ってキリトが原因?」
「えっと、大まかにいえば、俺が原因かな」
キリトが苦笑する。
しばらくして彼が話した内容はノビタニアンですら呆れるものだった。
アスナから教えてもらった武具店で片手剣を購入しようと考えていたキリトは、店で紹介された片手剣を自身の持つ剣と打ち合わせして、へし折ってしまったという。
リズベット武具店の武器を。
「何をしているのさ」
「いや、試しでつい……」
「キリトの剣は魔剣クラスなんだよ?それと打ち合って折れない剣って、まず見つけるのが大変だってことを理解しないと」
「うん、今はすっごい後悔しているから」
そのあと、リズベットと共に雪山のエリアへ向かい鉱石を取りに行った際に、雪穴へ落ちて一晩過ごしたという。
索敵に気付かれない場所にいたことでアスナはリズベットを見つけられなかった。
「とにかく、これからはそういうことがないように気を付けてね」
「うん」
「アスナはともかく、そこの人は誰?」
抱きつかれていたアスナを引きはがしたリズベットがノビタニアンを指す。
「えっと、自己紹介していなかったね。僕はノビタニアンだよ」
「ノビタニアン……あぁ!アンタが」
「へ?」
突然のことにノビタニアンは混乱する。
「へぇ~、噂の白銀の剣士がこれだけ平々凡々って、そこの黒の剣士共々、噂だけを鵜呑みにするわけにはいかないってことね」
「……僕、どんな噂をされているの?」
ある程度、悪意ある噂が流れたことを知っていたが、リズベットの態度からどんな噂をされているのか想像できなかった。
「はいはい、気にしないで、ごめんね。アスナの慌てぶりからして巻き込まれたみたいね」
「まぁーうん」
「ごめんね。お礼に武器のメンテしてあげるわ!」
「お、それはいいな」
「アンタね」
リズベットが半眼でキリトを見る。
「じゃあ、キリトの剣が終わった後で」
「任せて」
アスナ、ノビタニアン、キリトが見ている前でリズベットは手に入れた鉱石で剣を作る。
しばらくして緑色の剣が出来上がる。
――ダークリパルサー。
キリトの使用している魔剣、エリュシデータに匹敵する剣だ。
「凄いね」
「うん」
手に入れた剣を振り回す。
「うん、凄い出来だ。ありがとう、リズ」
「最高傑作よ!大事に使ってね」
ほほ笑むリズベット。
それからノビタニアンの剣のメンテナンスを行う。
終えた後、キリトは尋ねる。
「なぁ、ノビタニアン、ユウキは?」
「あ、ユウキは」
答えようとしていたノビタニアンにメッセージが届く。
「あ、呼び出しみたいだ」
「へ?」
「行くよ」
困惑するキリトの手を引いてノビタニアンは転移門へ向かう。
転移した先は第二十二層。
自然に囲まれたエリア。
そのエリアに進んだノビタニアンはやがて木造建築の家へやってくる。
「あ、キリト~~、ノビタニアン~~、こっちだよ!」
家の前、手を振っているのはユウキだ。
「お、おい、どうしたんだ、これ?」
「これから僕達の帰る家だよ」
「家!?」
「そうそう!ずっと宿とかで活動するのもどうかという話になってさ。ノビタニアンと話をして家を買うことにしたんだ」
「高かったんじゃないか?」
「まー、そこそこね。でも、ボク達で分割すればなんとかなったよ!」
にっこりと微笑むユウキを見て、キリトはノビタニアンを見た。
「いいのか?俺がいても」
「当然だよ!」
「僕達三人で仲間なんだから……こういう帰る場所を持っていてもいいんだよ」
にこりと微笑むノビタニアンの言葉にキリトは少し考えて頷いた。
「ありがとう、俺なんかを」
苦笑するキリトの左右の手を、ユウキとノビタニアンが掴んで家の中へ招き入れる。
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06:黒と白の剣舞
第七十四層。
ソードアート・オンラインがデスゲームと化して二年が過ぎようとしていた。
多くの死者を出しながらも三分の二の攻略を続けている。
目の前にいるリザードソードマンとキリトは戦う。
彼の振るうエリュシデータと剣がぶつかった。
何度か剣をぶつけながらキリトは距離を取るために後ろへ下がる。
そのキリトへ狙いを定めてソードスキルを発動させようとするリザードソードマン。
斬撃がキリトへ直撃をするという瞬間、横から盾を構えた白銀装備の片手剣士、ノビタニアンがパリングで攻撃を無効化する。
動きを止めたリザードソードマンに紫の剣を構えた少女、ユウキがソードスキル、バーチカル・スクエアを繰り出す。
攻撃を受けたリザードソードマンの体が消滅した。
「ふぅ」
「お疲れ、ユウキ」
「みんな、そろそろ帰らない?」
大きな盾を構えているノビタニアンが帰ろうと提案する。
「もう少しくらい俺はレベル上げしたいんだけどなぁ」
「迷宮区に潜って八時間だよ?そろそろ切り上げて街へ戻ろうよ~」
「二対一で街へ戻ることに決定」
「あぁ、くそっ、もう少しくらい」
「はいはい、帰るよ」
「いぇーい」
キリトの左右をユウキとノビタニアンが掴んで歩いていく。
ドナドナされたキリトは大した抵抗もしなかった。
迷宮区を抜け出した三人は森の中を戻っている。
「ん?」
ふと、キリトの索敵スキルに何かがヒットした。
森の中を探していたキリトはあるものを見つける。
「おい」
キリトの声に二人は視線を追いかけた。
そこにいたウサギのモンスター。
「任せるよ、キリト」
「お願い」
二人に言われてキリトは投擲スキルを発動させる。
攻撃を受けたモンスターは慌てて飛び出す。
そこにキリトの二撃目が直撃した。
森の中でモンスターの悲鳴が響く。
キリトは複雑に入り組んだ五十層の街中を歩く。
目的の扉を開けると元気な声が響く。
「よし決まった!ダスクリザードの革二十枚で五百コルだ!」
聞こえた阿漕な商売内容にキリトは内心、呆れながらも中へ入る。
「相変わらず阿漕な商売をしているようだな」
「キリトか、安く仕入れて安く提供するのがうちのモットーだ」
来店したキリトを迎えたのは攻略組として戦っていたエギル。
現在は店を構えて商売をしている。
キリトやノビタニアン達も贔屓にさせてもらっていた。
「まあいい、俺の方の買収も頼むよ」
キリトはウィンドウを操作する。
どのような阿漕な商売であろうとまぁ、今回はいいかという感覚だった。
メニューを見たエギルは目を丸くした。
「おいおい、ラグーラビットの肉……S級食材じゃねぇか……しかも、三つも売るなんて、金に困ってねぇなら食うことだって」
「……普通なら食べるだろうけど。調理したとしても焦がすくらいが関の山だ……ノビタニアンが調理できるけれど、アイツのスキルもそこまで高くない……何よりあの二人へ少しくらい貢献しねぇとなぁ」
「なるほど、俺達は調理スキルなんて特に上げていねぇからな」
腕を組むエギル。
とりあえず商売を終えようとした時にポンとキリトの肩が叩かれる。
振り返ると顔見知りがいた。
「シェフ確保」
ぽつりと漏らして叩かれた手をキリトは掴む。
振り返った先にいたのは栗色の髪をした少女。
白で統一された衣装に身を包み、ハシバミ色の瞳は少し驚きながらもキリトをまっすぐ見ている。
アスナは驚きの表情を浮かべていた。
彼女の後ろには護衛らしき男性プレイヤーがいる。
男性プレイヤーの表情が険しいものになっていることに気付いてキリトは慌てて、手を放す。
「よ、よぉ、アスナ。こんなところにやってくるなんて珍しいな」
アスナはきょとんとしながら。
「何よ、もうすぐ次の攻略会議があるでしょ?ちゃんと生きているか確認しにきてあげたのよ」
「そ、そっか……そうだ、調理スキルってどのくらいあげている?」
「調理スキル?それなら少し前にフルコンプしたわ」
なんですと!?
そう叫びたくなる衝動をキリトはこらえる。
本来、この世界において調理スキルというのはあまり重要視されていない。
どちらかといえば、戦闘、鍛冶、裁縫などが育てられる。
その中で調理をレベル上げ、まさかのフルコンプは衝撃的だった。
「実はさ」
キリトはメニューを見せる。
それをみたアスナは目を見開く。
「調理してくれるなら味見くらいはさせて」
「半分こ」
ぐぃっとアスナに顔を近づけられたキリトは少し下がる。
「半分こよ。それにこの数だとノビタニアン君やユウキもいるんでしょ?みんなで分け合ってもいいと思うな」
「あ、はい」
こくりとキリトは頷く。
アスナはそう言うと後ろの男性プレイヤーを見る。
「そういうわけだから護衛は結構です」
「アスナ様!こんなスラムに足を運びになるだけでなく、素性を知らぬやつを自宅へ伴うつもりですか!?」
「この人の素性はともかく、レベルはあなたより10は上よ。クラディール」
「な、なにを馬鹿な!?私がこんな奴に劣るなどと……そうか」
男性プレイヤー、クラディールは忌々し気に顔をゆがめていたが、キリトの風貌を見て。
「そうか、貴様があのビーターだな!!アスナ様、こいつらは自分さえよければ他などどうでもいいと思っているような連中ですよ!それを家にあげるなどと考え直してください!」
「とにかく!今日はここで結構です。副団長として命令します。行くわよ、キリト君」
乱暴にキリトの手をつかんでアスナは歩き出す。
残されたクラディールは怒りで顔を歪めながらキリトの背中をじっと見続けていた。
「いいのか?」
「いいんです!それよりキリト君、私の家でいいかしら?」
「あ、ま、待ってくれ」
先を歩くアスナにキリトは待ったをかける。
「実は」
「いやぁ、嬉しいなぁ。アスナの料理が食べられるなんて~」
アスナがホームとしている第六十一層主街区セルムブルク。
そこにある一軒家の中でラフな格好をしたユウキがにこにこと微笑んでいる。
アスナの傍では私服でエプロンを着ているノビタニアンが申し訳なさそうにしていた。
「ごめんなさい、アスナさん。僕達までお邪魔しちゃって」
「ううん、私こそ、S級レア食材なんて今まで調理したことがないからとても楽しみなんだ」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。な、ノビタニアン」
「あ、うん」
調理スキルのレベルがそこそこあるノビタニアンはアスナの手伝いとして台所に立っている。
私服のキリトとユウキはテーブルでやり取りを見ていた。
「ノビタニアン君、どういう料理にしようか?」
「メインはアスナさんに任せます。僕はサラダとかを作るよ」
「わかったわ。ラグーだから、シチューとかにしようかな」
アスナはメニューウィンドウを開いて調理を設定する。
「SAOの調理って簡単だから味気ないのよね」
「僕としては楽だから助かるんだけど」
「男の子は料理しないってイメージだから少し意外だわ」
「まぁ……あそこの二人が、あまりやりませんから」
フォークとナイフを手に待っているユウキ、キリトは、あははと笑っている。
成程とアスナは理解した。
「大変ね」
「これでもタンクだから」
しばらくして机の上においしそうなシチューが並ぶ。
「おいしそうだね!」
「あぁ、うまそうだ」
「食べましょう」
「いただきます」
四人は満足した表情でハーブティーを飲んでいる。
「あぁ、今まで頑張って生き残っていてよかった」
「本当だよぉ~、今までで食べた料理の中で一番だ~」
「そうだね。キリトに感謝しなきゃ」
「言うなら、アスナだろ?調理したのはアスナなんだから」
「うん、ありがとう、アスナさん」
頷いたアスナは、キリトを見る。
「そういえば、三人に聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「キリト君たちはギルドに入る気はないの?」
「ないな」
「うん」
「ボクも」
三人は同時に頷く。
「でも、あの時の約束はほとんど無効みたいなものだし」
「あの約束は関係ないよ」
第二層を攻略して少し後。
攻略の指揮を執っている面々からある制約のようなものを半ば結ばされた。
あれからその約束は既に無効となっているに等しい。
律儀にあれを守っている必要はないというアスナに対して。
「別にあの件は関係ないさ」
「でも、ベータ出身者が集団に馴染まないのは理解している。でも、七十層を超えたあたりからモンスターのアルゴリズムにイレギュラー性が増してきているような気がするんだ」
アスナの言うことは事実だ。
戦っているモンスターが今までは機械的な動きだったはずなのに、まるで学習しているような動きが多くなっている。
アスナがギルドへ属するように促している理由がなんとなくわかった。
「三人だと想定外の事態でもなんとか対処できる。ギルドだと今よりも数が多いから安全性が増すだろう。でも、ビーターと組みたがるもの好きなんか、こいつらくらいさ」
キリトがノビタニアンとユウキを見る。
「パーティー申請を出す人がいたら組むの?」
「え、あぁ、まぁ」
そう言うとアスナはキリトの返答を待たずに操作をする。
キリトの前にパーティー申請のウィンドウが現れた。
「何のつもりだ?」
「見てのとおりよ、しばらく私とパーティーを組んで。今週のラッキーカラーは黒だし」
「残念、紫じゃないんだ~」
「ユウキ、変なちゃちゃ入れちゃ駄目だよ」
ひそひそと二人が話す。
「悪いけれど、俺についてこれる人がいるなんて思えな――」
ヒュンと目の前にソードスキルのエフェクトをまとったフォークがある。
目の前でフォークを構えているアスナがいた。
「……アンタは例外だ」
手を挙げてキリトは降参をアピールする。
「あ、でも、俺は普段、ノビタニアンとユウキで組んで」
「ねぇ、ユウキ、ノビタニアン君、キリト君借りていいかな?」
この時、キリトは二人なら断ってくれるだろうと期待していた。
幾多もの戦場をともに駆け抜けて、
多くの危機を三人で脱して。
多くの階層ボスと戦い抜いた俺達ならば!
根拠のない理由だが、二人が一緒ならと思っていた。
「「どうぞどうぞ」」
そして裏切られた。
翌日、キリトは第七十四層迷宮区手前の村にある転移門にてアスナを待っていた。
ノビタニアンとユウキの二人は少し離れたところにいる。
「裏切り者め」
キリトの言葉にユウキは吹けない口笛を鳴らし、ノビタニアンは壁にもたれて昼寝をしていた。
「裏切り者ぉ」
「もーう、ボク達だって少し離れたところでいるんだから文句言わないでよぉ」
流石に我慢できなくなったのかユウキが口を尖らせる。
「それにしても、遅くないか?」
「約束の時間から十分過ぎているんだっけ?この程度、問題ないんじゃないの」
「そりゃ、ユウキやノビタニアンは時間にルーズだから仕方ないだろうけれど、あのアスナだぞ?時間に厳しい彼女がこんなに遅刻するなんて何か」
――起こる前ブレじゃないのか?
そう言おうとしたキリトの前に転移門の輝きが起こる。
「きゃあああああ!よ、避けてぇえええ!」
「え?」
一メートルもない目の前から飛び出したのはアスナ。
突然の出現に流石のキリトも対応できず真正面からぶつかりあってしまう。
派手にごろごろと地面を数回、転がったキリトは手を動かす。
気のせいか、手の中に柔らかいものを感じる。
「(なんだ、これは?)」
何度か手の中の感触を確かめていたキリト。
「い、いやぁああああああ」
真下から聞こえた叫び。
繰り出された音と共にキリトは派手に吹き飛んだ。
「おー、飛んだ」
「ん?何の騒ぎ」
様子を見ていたユウキは驚きの声を上げ、寝ていたノビタニアンは体を起こす。
派手に転がったキリトは前を見る。
そこにいたのは自分の体を抱きしめているアスナの姿。
頬を赤くしてキリトを睨むアスナの瞳は潤んでいる。
「一体……」
「来た!」
立ち上がったキリトの近く。
そこで転移門から何者かがやってくる。
輝きを見たアスナはキリトの後ろに隠れた。
光と共に現れたのは先日、エギルの店で目撃した血盟騎士団に属している男性プレイヤー、クラディール。
彼は周りを見てアスナとキリトの姿を見つけると眉間へ皺を寄せる。
「アスナ様、勝手なことをされては困ります」
近づいてくるクラディールに対してアスナはキリトの後ろへ隠れる。
「さぁ、アスナ様、ギルド本部まで戻りましょう」
「いやよ!今日は活動日じゃないわよ。大体、アンタ、朝からなんで家の前に張り込んでいるのよ!?」
「こんなこともあろうと一か月前からずっとセルムブルグで、アスナ様の監視の任についておりました」
「そ、それ、団長の指示じゃないわよね?」
話を聞いていたユウキは顔を青ざめる。
ノビタニアンも顔をしかめていた。
震える声でアスナは尋ねる。
「私の任務はアスナ様の監視です。それは当然、自宅の監視も」
「ふ、含まれないわよ、バカ!!」
流石にやりすぎだ。
キリトからアスナを奪うようにクラディールが腕をつかむ。
「聞き分けのないことをおっしゃらないでください。さ、行きますよ。アスナ様」
クラディールはアスナの手をつかんで転移門へ向かおうとする。
強く抵抗できないアスナの顔を見て、キリトは手を伸ばす。
「ちょっと待ってくれよ」
反対側のアスナの手をつかむ。
「副団長様は今日、俺と共に迷宮区へ向かう約束だ。護衛なら代わりにやるから今日はおとなしく帰ってくれないか?」
キリトの言葉にクラディールは激昂する。
「ふざけるな!貴様のような雑魚プレイヤーにアスナ様の護衛が務まるものか!私は栄光
ある血盟騎士団の」
「それを決めるのはアスナさんだと思うけど?」
横からノビタニアンが割り込む。
両者の間に漂う剣呑な空気を少しでも緩和させるつもりだったのだろう。
ノビタニアンはアスナを見る。
その目に答えるように彼女は頷く。
「クラディール。私はこれからキリト君たちと迷宮区攻略へ向かいます。彼とパーティーを組んでの攻略は、立派な攻略活動です」
「んなっ!」
アスナからの援護にクラディールは目を見開く。
今の発言は護衛としての能力はキリトが勝っており、加えて自分よりも頼りになるという意味だと彼は考えていた。
その怒りはアスナへ向けられず、傍にいるキリトやノビタニアンへ放たれる。
「それならば、その実力があるということを証明してもらおうか!!」
叫びと共にキリトの前にデュエル申請が表示される。
「キリト君、お願い」
「いいのか?」
「大丈夫。団長には後で私から報告しておくから」
「……わかった」
許可をもらったキリトはデュエル申請ウィンドウのOKをクリックする。
デュエルが始まるということに気付いた野次馬が騒ぎ立てた。
「血盟騎士団と黒の剣士がデュエルするぞぉ!」
「見ものだぜ!」
野次馬がぞろぞろと集まってくる。
「うわぁ、集まってきたね」
「まぁ、キリトだから」
「ご覧ください。アスナ様、あなた様の護衛が務められるのはこの私だけです!」
酔ったように叫ぶクラディールは自らの剣を抜く。
相手は大剣。
繰り出されるソードスキルも推測できる。
エリュシデータを構えてキリトは対峙した。
デュエル開始のカウントダウンが始まる。
息を飲む周りの前でデュエル開始のブザーが鳴り響く。
クラディールが繰り出すのは大剣ソードスキル“アバランシュ”。
高威力高レベル技のソードスキルとして対モンスターとして使用されることが多い。
これは平均的なレベルの攻略組プレイヤー相手ならば問題なかっただろう。
そう、クラディールは知らない。
目の前の相手は攻略組においてトップクラスの実力を持ち、幾度もの死地を潜り抜けた猛者である。
目星をつけたところでキリトはエリュシデータを振るう。
発動するソードスキルは“スラント”。
放たれた一撃はクラディールの大剣へ直撃。
キリトとクラディールの立ち位置が入れ替わり、両者の位置が変わる。
音を立ててクラディールの大剣が半ばから見事に真っ二つに折れた。
「なっ!?」
大剣が見る影もなく破壊されたことで驚愕するクラディール。
周囲に集まっていたギャラリーも驚きに目を見開く。
ギャラリーの中で驚いていなかったのはノビタニアン、ユウキくらいだ。
「今の……」
「キリト考案、システム外スキル。武器破壊だよ」
「何度かお試しで付き合っていたからボクら知っていたんだぁ」
「どうする?武器を持ち替えて続けるというならまだ相手をするけど」
「くっ、そぉ!」
短剣を取り出したクラディールがキリトへ飛び掛かる。
その間に割り込む影があった。
「あ、アスナ様!」
クラディールに向かい合う形で現れたのはアスナだ。その手には細剣ランベントライトが握られている。
「アイツが小細工を!武器破壊も何か仕掛けがあったに違いありません。そうでもなければ、この私が!薄汚いビーターなんかに!!」
自身の敗北をキリトのせいにしようとしている。
我慢できずノビタニアンが割り込んだ。
「残念だけど、これはキリトの実力だ。武器破壊の練習も僕達が立ち会っているよ」
「何を!貴様らもビーターの仲間の癖して!」
「クラディール、血盟騎士団副団長として命じます。本日をもって護衛役を解任。別名あるまでギルド本部にて待機、以上」
「な、なんだと!!この」
納得のいかない表情で原因であるキリトを睨む。
そんな視線を阻むようにノビタニアンとユウキが前に立つ。
顔を歪めながらクラディールは下がる。
周りの目もあることから惨めな真似は避ける必要があると考えたのだろう。転移門へ向かい、クラディールは消えた。
「ごめんね、変なことに巻き込んじゃって」
「別に、慣れているから」
「キリトって、変に厄介ごと持ってくるもんねぇ」
「ユウキ……茶化さないの」
「別にこれぐらいならもっと頼っても構わないさ」
「そう」
にこりとアスナは微笑む。
「じゃあ、前衛はよろしく」
「えぇ!?そこは交代だろう!?」
「どちらにしても僕達は楽できるね」
「うんうん」
「お、おいぃ!」
第七十四層の二十階あるうちの四階までしか踏破されていなかった迷宮区。
これは複雑になっている迷宮区、トラップの増加。先日、アスナと話をしていたモンスターのアルゴリズムにおけるイレギュラー性が原因でもある。
三人でかなり踏破していたがそこにアスナが参加しただけで。
「ここまで順調に進むって凄いな」
「キリト君、スイッチ!」
「お、おう」
地面を蹴り、キリトはソードスキルを放つ。
攻撃を受けた亜人型モンスターは消滅する。
「順調だね」
「うん!アスナがいるだけで順調だよ!」
「僕の苦労は変わらないけどね」
盾を構えているノビタニアンはモンスターの攻撃を最初に防ぐ役割を請け負っている。
常に前へ出るため、トラップ感知もキリトと同じくらいに高い。
モンスターが出現しない安全圏へ到達したことで、一同は休憩することにした。
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07:青眼の悪魔
第七十四層迷宮区の安全地帯。
モンスターも出現しない文字通り安全な場所。プレイヤーの休憩地帯だ。
安全地帯といっても絶対というわけではない。
悪事を働くオレンジ、レッドプレイヤーが潜んでいることもある。
集団で行動していれば遭遇しても対処できるが相手の数が多すぎると三人パーティーでは不利になることがあるのだ。
そんな安全地帯で四人の男女のプレイヤーが岩壁にもたれていた。
「な、なんてむちゃくちゃなことをするのよ!」
荒い息を吐きながら怒るのは血盟騎士団副団長を務めている女性プレイヤー、閃光のアスナだ。
「別にいつものことだよ?」
「まぁ、主にキリトとユウキが無茶をするんだけどね」
肩をすくめるノビタニアン。
彼も息を整えようと壁にもたれている。
「もう信じられない!少数でボスに挑もうとするなんて!!」
事の始まりは数十分ほど前。
半日で迷宮区のほとんどを踏破した四人は運よく……ボスの部屋を見つけた。
重苦しい威圧感を放つ扉を前にしてキリトとユウキ、ノビタニアンが中へ入る。
アスナが止めることも聞かず三人は中へ、仕方なく後に続いた。
そこにいたのは巨大な悪魔とでもいうべき存在。
部屋の中に設置されている松明に次々と火が灯る。
巨大な影が四人を見下ろす。
筋骨隆々の逞しい体に山羊の頭の悪魔。大型剣を携えているその頭には四本のHPバーと名前が表示されていた。
――『TheGleameyes』
第七十四層のフロアボスは獲物たちを見つけた途端、咆哮を放つ。
威圧感と雄叫びを前にしてアスナとノビタニアンは回れ右をし二人を捕まえ全速力で逃げ出した。
「別に本格的な戦闘をするつもりはなかったさ。回避しながら攻撃パターンを見極めるつもりだった」
「いつものことだね?」
「ボスの姿を見たらすぐに撤退するのが普通です!それなのに、二人とも意気揚々と挑もうとするんだから!」
「いつものことです」
ぐったりとした表情で盾に体を預けているノビタニアン。
前は進んで飛び込んでいたがキリトやユウキと接してきたことでいつの間にかストッパーになっていた。
何よりあのモンスターは怖い。
ママの額に角が生えているレベルと同じくらいの恐怖だ。
「それにしてもあのボスは苦労しそうね」
「タンクで攻撃を防いでじりじりとHPを削っていくことになりそうだな、タンクの数がたくさんいるなぁ」
「タンク……ねぇ」
アスナがジト目でキリトを見る。
正確にはキリトが背負うエリュシデータを見ていた。
「キミ、片手剣を使っているけれど、盾を使っていないわよね?そもそもリズが与えた剣も使っていないみたいだし」
「え、それはまぁ、ノビタニアンが盾を」
「ユウキは俊敏性を重視しているから盾は不要だけれど、キミの場合、少し違うような気がするのよねぇ」
「あぁ、それは」
「もう」
探るようなアスナの目にキリトは視線を泳がす。
何かを話そうとするユウキの口をノビタニアンがふさぐ。
しかし、アスナはすぐに探ることをやめた。
「スキルの詮索はマナー違反だったわね……もう三時……遅くなったけど、そろそろお昼にしましょうか」
アスナはそう言うとアイテムを取り出す。
出てきたのは小ぶりのバスケット。
「はい、どうぞ」
バスケットの中から出てきたのはおいしそうなサンドイッチ。
それを見た三人のお腹が同時に鳴り出す。
「いただきます!」
「僕もう腹ペコだよ~」
「ボクもボクも!」
ぱくりと同時にサンドイッチにかじりついた。
キリトが驚きで目を丸くする。
「これって……マヨネーズ?」
「フフ、凄いでしょ?」
「嘘!?すごいなぁ」
「え、どうやったの!?」
「一年の研鑽の結果よ。アインクラッドで手に入る百種類以上の調味料、その味覚再生エンジンに与えるパラメータを全部解析して作ったの」
アスナが広げたのはアイテムの詳細。
合成材料には食材以外に解毒ポーションの原料も用いたらしい。醤油の他にマヨネーズまで作ったという。
「凄いや。僕、こんなことしたら頭がパンクしちゃうよ」
「そうだな」
「気に入ってもらえたなら、また作ってあげるわよ?」
「本当か!?」
「やったぁ~!」
「アスナさん、僕にも教えてくれる?」
「いいわよ、ノビタニアン君に後でデータを送ってあげるわね」
「これで、ノビタニアンの料理にも楽しみが出てくるよ!」
「ユウキ……それって、僕の料理にケチをつけているってことだよね?」
「そ、そんなことないよ」
「僕の目を見てよ」
「!」
索敵スキルに反応があることに気付いたキリトが立ち上がり警戒する。
キリトが立ち上がったことでノビタニアン、ユウキも身構えた。
安全圏へぞろぞろと集団が現れる。
似たような装備を纏った彼ら。
装備を見たキリトは警戒を解く。
「キリト!久しぶりじゃねぇか」
「クライン、お前たちも来たのか」
面識のあるプレイヤー集団、ギルド、風林火山のメンバーだ。
「やぁ、クラインさん」
「おう、ノビタニアン。相変わらず三人で組んでいるみたいだな」
「……まぁ、今回はプラス一名いるんだけど」
ノビタニアンの言葉にクラインは後ろを見る。
キリトの傍にいるアスナ。
彼女を見てクライン達は動きを止める。
「攻略会議で見知っていると思うけれど、血盟騎士団の副団長のアスナだ。今回は一緒に行動させて……おい、聞いているのか?」
動きを止めたクラインへキリトは近づいた。
その瞬間、クラインはものすごい速度でアスナの前に立つと手を差し出す。
「こここ、こんにちは!クライン、二十四歳!独身です!恋人募集――」
「はいはい、落ち着いてね。クラインさん。アスナ、彼の後ろにいる六人のメンバーが」
ユウキの横をすり抜けて風林火山のメンバーがアスナへ話しかけていく。
眼を白黒しているノビタニアンとキリト。
「それにしてもよぉ、どうしてお前とアスナさんがパーティーを組んでいるんだよ」
「よぉく見ろ。俺達とアスナがパーティーを組んでいるんだ」
「実はしばらく、この人とパーティーを組むことになったのでよろしく」
アスナの発言にクライン達は驚く。
「驚きだな。ノビ公やユウキとしかパーティーを組まないお前がなぁ」
「なんだよ。俺だってなぁ、他の奴とだって――」
反論しようとしたキリトの索敵レーダーにヒットするものがあった。
安全地帯へぞろぞろと集団が現れる。
黒鉄色の鎧に濃緑色の戦闘服を纏った十二人の男性プレイヤー。
前線の盾持ち六人の武装には特徴的な印が施されている。
SAO攻略組に属しているものなら知っている、軍と呼ばれるギルドのものだ。
「軍の連中がなんでこんな場所に?」
「確か、二十五層攻略の時に多大な被害をこうむってからは姿を消していたよね?」
「内部の強化に努めているという話だよ」
少し前に被害を受けたことから各層の主街区に拠点を設けて、犯罪者ギルドを取り締まっているらしい。
らしいというのはキリト達が軍と関わることが少なく、詳しいことを知らないということだ。
「そういえば、アルゴさんが教えてくれたんだけど、軍は近々、前線復帰を企んでいて、攻略へ参加すると聞いているよ?」
「だが、動き出すのが早すぎないか?」
ノビタニアンの言葉にクラインが反発する。
「軍は長いこと前線を退いていたからな。いざ、参加したとしても隅へ追いやられるかもしれない。先遣隊を使って有用な情報を用いて、攻略でトップに立つことを目的としているんだろうな」
「……どゆこと?」
首を傾げるユウキ。
ノビタニアンは口を開けて笑うしかなかった。
「私はアインクラッド解放軍所属、コーバッツ中佐だ」
部隊を指揮している人間がやってくる。
他の連中と異なり鎧の装飾が異なっていた。
「キリト、ソロだ」
「キミ達はもうこの先も攻略しているのか?」
「まぁな」
「そうか、ならばマッピングデータを提供してもらいたい」
コーバッツの言葉に異を唱えたのはクラインだ。
「提供だぁ!?お前、マッピングの苦労がわかって言っているのか!?」
「我々は!このゲームに閉じ込められた人たちを開放するために日夜、奮闘している!解放のために協力することは諸君の義務である!」
クラインの叫びを遮るようにコーバッツは叫ぶ。
「ちょっとおじさん!乱暴すぎるよ!」
上からの物言いに流石のユウキも我慢ができないようで文句を言う。
「別にデータくらい提供するさ」
空気がより悪くなる前にキリトがコーバッツへデータを差し出す。
「ふむ、感謝する」
「感謝していないでしょ」
「まぁまぁ」
ユウキの悪態にノビタニアンが小さく止める。
「おい、キリト」
「街に戻れば提供するつもりだったからいいよ。そもそもマップデータで商売をするつもりはないから」
「全く、お前というやつは」
「進軍するぞ!!」
コーバッツの叫びでふらふらと起き上がる軍のメンバーたち。
「アンタ達、この先に進軍するつもりか?」
「そうだが?」
「ボスに挑むならやめておいた方がいい」
「我々の部隊はそこまでヤワではない!!」
キリトの言葉にコーバッツが噛み付く。
攻略組として長い戦闘を行っているキリト達はコーバッツの部隊が疲労していることに気付いていた。
このゲームでは肉体的な疲労はない。しかし、頭など精神的な疲労は休まなければ回復することはない。
目の前のプレイヤー達は慣れない連戦によって消耗していることは明らかだ。
ボスと挑むとなれば、危険だとキリトは意見した。
しかし、彼は話を聞かず、部下を無理やり立たせるとそのまま進軍していく。
「キリト、どうする?」
「少し、連中が気になる」
「じゃあ、後を追う?」
「悪い、アスナは主街区へ」
「何を言っているの?今日は一日パーティーを組んでいるんだから、私も行きます!」
「あぁもう!俺も行くぜ!」
動き出した四人を見てクラインとギルドのメンバーも後を追いかける。
数十分後。
続々と現れるモンスターをキリト達は狩っていた。
一度、通った道だがリポップする時間になったようでところどころで足止めを受けている。
「これだけ進んで誰もいないなら軍の連中、帰ったんじゃねぇか?」
「それならいいけれど……でも、キリトの予感ってこういう場合」
――うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
「当たるんだよねぇ」
聞こえてきた悲鳴に全員が走り出す。
駆け出した四人の後にクラインが続こうとするが目の前にモンスターが現れる。
キリト、アスナ、ノビタニアン、ユウキがたどり着いたとき。
「開いている!?」
「くそっ」
扉の中へ四人は踏み込む。
青い炎に照らされている部屋の中央、巨大な剣を手にして暴れるフロアボス、ザ・グリームアイズ。
周囲には行進していった軍のプレイヤー達が倒れている。
HPは既にイエローやレッドに達しているものばかり。
凄惨な状況だがキリトは人数を数える。
「二人、足りない」
戦闘が開始されて数分しか過ぎていない筈なのに、命を落としているプレイヤーがいることにキリトは顔を歪める。
ザ・グリームアイズが剣をふるう。
それだけで多くのプレイヤーが吹きとばされた。
「転移結晶を使うんだ!」
キリトは叫ぶ。
扉まで逃げることができなければ、転移結晶を使ってこのフロアから脱出すればいい。
しかし。
「駄目だ!転移結晶が使えないんだ!」
「転移結晶無効化エリア!?」
驚いている中で再びザ・グリームアイズが剣を振り上げた。
「っ!!」
見ているだけしかしなかった中で最初に動き出したのはノビタニアン。
続いて、アスナが細剣を抜いて駆け出す。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおお!」
叫びと共に振り下ろされる剣を盾で受け止める。
派手な音を立てて火花を散らす盾。
かろうじて攻撃を防ぎ、後ろの軍のプレイヤーを守る。
がら空きになった胴体にアスナのソードスキルがさく裂した。
「早く、今の内に扉の方に、逃げて!」
グリームアイズの標的となったノビタニアンの叫びでふらふらと軍のプレイヤー達は扉の方へ向かう。
そんな中。
「恥を晒すことは許さん!我々、解放軍に撤退の二文字は許されない!!」
剣を構えて叫ぶコーバッツ。
彼の言葉で武器を構えるプレイヤーの姿もいた。
「あぁ、もう!」
我慢できなくなったのかユウキがコーバッツの襟首をつかみ、自身の筋力全開で彼を扉の向こうまで投げ飛ばす。
「おい、どうなって、うぉ!?」
クライン達が到着すると扉の方へ投げ飛ばされたコーバッツの姿を見て驚きの声を漏らす。
「クラインさん、軍の人をよろしく。行くよ!キリト」
「あぁ」
出遅れながらもユウキとキリトがザ・グリームアイズへ突撃する。
「ノビタニアン、スイッチだ!」
「うん」
ザ・グリームアイズの攻撃を一人で防いでいたノビタニアンのHPはそこそこ減っていた。
最初に“プロテクションシール”を使ってこの程度で済んでいる。
何もなしで攻撃を受けていたら彼のHPはレッドゾーンに達していた。
入れ替わってキリトとユウキがソードスキルを繰り出す。
攻撃を受けたグリームアイズのHPが削られるが反撃とばかりに猛攻が襲い掛かる。
軍を避難させている風林火山のメンバーに任せて、クラインも参加した。
しかし、HPをすべて削り取ることはできない。
後一手足りない。
ポーションを飲んでHPを回復しているノビタニアンも戦線へ復帰する。
入れ替わる形で後ろへ下がり、キリトが叫ぶ。
「三分でいい!少しだけ時間を稼いでくれ!」
「オッケー!行くよ!」
「わかったわ!」
ユウキがソードスキル“メテオ・ブレイク”を繰り出す。
大技を受けながらもグリームアイズは大剣を繰り出した。
ダメージカットとシールドコーティングを発動させたノビタニアンがシールドで受け止める。
「ぐっ!くぅう!」
完全に攻撃を殺しきれず、少し後退しつつも防ぐことに成功する。
キリトはメニューを開いて、ある武器を取り出す。
「(使うしかない!)」
覚悟を決めたキリトは背中に現れた深緑の剣、ダークリパルサーを手に取る。
「スイッチ!!」
後退したメンバーと代わり前へ出るキリトは同時に二つの剣を振り下ろす。
攻撃の手を緩めずにキリトは次々と剣を振るう。
「スターバースト・ストリーム!」
キリトが繰り出すのは自身の持つスキルの中で上位の技。
星屑のごとき奔流の十六連撃は、残りわずかとなっていくボスの命を奪っていく。
「(手を緩めるな!もっと、もっと早く!!)」
手を緩めず、反撃を与えず、キリトは攻撃を続ける。
残り少ないHPがゼロになるまで攻撃の手を止めなかった。
ザ・グリームアイズが咆哮をあげる。
音を立ててザ・グリームアイズのHPが0になる。
消滅したことを確認してキリトは意識を手放す。
再びキリトが目を開けると心配そうにこちらを見ているアスナの姿があった。
「え?」
「よかった、キリト君が目を開けてくれて」
「これは……」
「お、果報者め。目を覚ましたか」
クラインがこちらへやってくる。
キリトは体を起こす。
「あれからどのくらいの時間が?」
「一時間くらいだ」
周りを見る。
「それよりも、さっきのあれは一体なんなんだよ?」
「……教えないと、ダメか?」
困惑しているキリトへクライン頷く。
「そりゃ、少しくらいは知りたいと思うだろ」
「エクストラスキル、二刀流だよ」
キリトの言葉にクライン達は目を見開く。
「し、取得条件は?」
「わからない、気が付いたら入っていたんだ」
「マジかよ。まさにユニークスキルじゃねぇか」
驚くクライン。
しかし、ノビタニアンやユウキは驚いた様子を見せない。
「もしかして、お前達は知っていたのか?」
「知っていたというか」
「……キリトのスキル熟練を上げているのをボクらが手伝っていたんだけど」
「なるほど……まぁ、あんなものを見た後だと、納得だよなぁ」
クラインの言葉に風林火山のメンバーもうんうんと頷いた。
彼らの視線は傍にいるノビタニアンへ向けられている。
何やら様子がおかしい。
「何か……あったのか?」
「あぁ、実はよぉ」
「ノビタニアン君とコーバッツが決闘をしたの」
「え!?」
時間は少し巻き戻る。
キリトがボスを倒したことでそのフロアは安全となり、クライン達によって軍の手当がなされていた。
倒れたキリトをアスナが介抱していた時、ずんずんとやって来るものがいる。
「貴様ら!我らの手柄を横取りするとは何事だ!!」
コーバッツは近づこうとしたクラインを押しのける。
「お前、何を言っているんだ!キリト達が助けに入らなかったら全滅していたんだぞ!?」
「うるさい!我々の部隊だけであのモンスターを討伐することができたのだ!それを、貴様はぁぁあああ!」
激怒しているコーバッツはクラインを押しのける。
彼の前にユウキが立ちはだかった。
「どけ、貴様は」
「本当にキリトやみんなの厚意を無下にするって信じられないよ」
笑顔を浮かべているユウキだが目は笑っていない。
怒っていることをクライン達は理解したが、頭に血が上っているコーバッツは気づいていなかった。
ユウキが鞘から剣を引き抜いてデュエル申請を行おうとした。
「待って」
声をかけたのはノビタニアンだった。
「僕がやる」
共に行動しているユウキですら聞いたことのない低い声に動きを止めた。
その隙をつくようにノビタニアンがデュエル申請を出す。
申請された相手はコーバッツ。
「僕が勝ったらさっきの無礼は謝罪してください。仮にそちらが勝ったら今回の討伐は軍が行ったということにします」
「ほう」
驚きの声を上げてコーバッツはノビタニアンを見る。
頭の中で自分のメリットについて考えている様子だ。
「よいだろう。デュエルを受けてやろう」
コーバッツはデュエル申請を受諾する。
「お、おい、ノビタニアン!」
「ストップ」
騒ぎを止めようとするクラインだがユウキに止められる。
一定の距離を開けてノビタニアンが盾を背中に回して剣を構えた。
「だ、大丈夫なのかよ!?」
「あの程度の人にノビタニアンは負けないよ。そもそも」
デュエル開始のブザーが鳴り響く。
「ノビタニアンの強さはキリトやボクにないものだからね。あれだけはどうしても勝てないよ」
「お前たちにない強さ?」
「ソードスキルの熟練度や攻撃はキリトやボクが上だよ。でも、ノビタニアンは剣の扱い方や動きがまるで違う……何度も剣を使って戦ったみたいな動きをしている。それだけじゃないよ。ノビタニアンは心が強い」
胸元に手を当ててユウキは言う。
ノビタニアンの上位ソードスキル“メテオ・ブレイク”がコーバッツの体を貫く。
HPが減損していくコーバッツが驚く前でとどめの一撃が振り下ろされた。
勝者はノビタニアン。
「ノビタニアン君が怒ったらあそこまで怖いんだね。知らなかったよ」
ぶるりと小さく震えるアスナ。
キリト自身もノビタニアンが激怒したところを数回しか見たことがないが妹共々、怒らせないように注意している。
気絶している間にそんなことが起こっていたなんてとキリトは驚いた。
「キリの字。七十五層のアクティベートしにいくがどうする?」
「俺はもう少しだけ休むよ」
「じゃあ、僕はついていこうかな」
「ボクも行くよ!」
「アスナさん、キリトのことをよろしくね」
手を振ってノビタニアンとユウキはクライン達に続いていく。
残されたアスナとキリトは話をする。
「心配、したよ。キリト君」
「ごめん」
「決めた、私ギルドをしばらく休む」
「へ?」
「それでキリト君と一緒にパーティーを組む」
「あ、いや、どうして!?」
「だって、キリト君、無茶ばっかりして見ていられないもの。それにユウキと一緒になるともっと危ないことをしていそうだし……ノビタニアン君だけじゃ止められないし、ストッパーは多い方がよさそうだもの」
「えっと、それは」
「あ、二人には許可を取ってあるから」
既に包囲網ができあがっていたことにキリトは戦慄した。
翌日。
街中に第七十四層攻略の情報が広まっていた。
加えて。
「どこでばれた!?」
「さぁ?」
「ボク知らない~」
エギルの店の二階。
そこでキリトは愕然としていた。
――黒の剣士、二刀流による十六連撃でモンスターを撃破!
どういうわけかキリトが秘匿していたスキル情報が広まっていた。
「どこで漏れたんだろうねぇ?」
「まぁ、宿屋に集まっただけだし、あの家にやってこないだけましじゃない?」
ノビタニアンの言葉でキリトは頷いた。
キリトが手に入れた二刀流の情報を手に入れようと、利用していた宿屋の前にたくさんの情報屋が集まっていたのだ。
そこでエギルの店へ避難していた。
「まー、あの場で使うことは仕方なかったにしても隠れる必要はないんじゃないの?堂々としていればいいと思うんだけどなぁ」
「ユウキは気にしないだろうからいいけど、キリトはそういうところが苦手だからね」
「あぁ、とにかく、しばらくは」
「キリト君!!」
階段の方から現れた一人の少女。
純白の衣装をまとった血盟騎士団副団長のアスナだ。
慌てた様子にただ事ではないとキリトは立ち上がる。
「どうしよう!大変なことになっちゃった!」
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08:紅の殺意
アインクラッド第五十五層主街区、そこは鉄の都といわれている。
全てが鋼鉄製であり、無機質で冷たい雰囲気が街を覆いつくしていた。
そんな街に血盟騎士団の本部がある。
広い空間に腰かけている男性こそ、血盟騎士団団長であり最強と言われる剣士、ヒースクリフ。
そんな彼とキリト、アスナが集っていた。
「久しぶりだね、キリト君。前に会ったのはいつだったかな?」
「第六十七層のボス攻略の時だ」
「そうか、あれはつらい戦いだったな。我々も犠牲を出しそうになりながらもかろうじての勝利だった。あれは君たちがいたからこそ」
「世間話をするために呼び寄せたわけじゃないだろ?アスナの話だと少し休みたいと言えば、問題あるそうじゃないか」
「話の腰を折ってしまってすまないね。常に我々はギリギリの戦力で挑んでいる。そんな中でうちの副団長をかっさらわれてしまっては困るのさ」
「そんな愚痴をこぼすためだけに俺を呼んだわけじゃないだろう?」
「キリト君、アスナ君が欲しければ君の二刀流で奪いたまえ、私とデュエルをするのだ。勝てばアスナ君を連れて行くのだ。負ければ血盟騎士団へ入るのだ」
「決闘は受ける。ただし、ギルドへ入ることはできない。俺はノビタニアン達とパーティーを組んでいる」
「ふむ、ならば、血盟騎士団としていくつか仕事を引き受けてもらうということにしてもらう」
「それなら、問題ない」
ヒースクリフからの提案をキリトは受け入れた。
血盟騎士団主催のヒースクリフVSキリトのデュエルが決まった。
「バカじゃないの?」
巨大なコロッセオのような建物。
その一室で待機していたキリトへノビタニアンが罵倒する。
「アスナさんを休ませたいならキリトが戦う必要はないでしょ?」
「そうかなぁ?譲れないものがあるなら戦え。ボクならデュエルしたと思うなぁ!それに一度、やり合ってみたかったんだよねぇ。ヒースクリフの神聖剣と」
ヒースクリフのユニークスキル、神聖剣。
盾と剣による一体化した攻撃。
噂によると一度もHPがイエローゾーンに達したことがないという。
そんな相手と決闘するキリトを戦闘大好きユウキは羨ましがっていた。
やれやれとノビタニアンは肩をすくめる。
「ごめんね、ノビタニアン君、私のことなのに」
「アスナさんは悪くないよ。キリトが悪いことだから」
「仕方ないだろ?あれ以上、こじれたらどうしようもなかったんだから。それに負けても手伝いをするだけだ。安いもんさ」
「どうだか」
やれやれというノビタニアン。
時間となりキリトは会場へ向かう。
「頑張ってね」
アスナに声援をもらい、キリトは舞台へ立つ。
「随分と派手に宣伝したみたいだな」
「私は許可していなかったのだがね」
「その発言、管理が行き届いていない証拠だな。ノビタニアンがうるさくなりそうだ」
「手厳しい。手伝いとしてギルドの管理も手伝ってもらうとしよう」
「すでに勝ったつもりか、始めようぜ」
試合開始のカウントダウンが始まる。
キリトはエリュシデータとダークリパルサーの二つを構え、ヒースクリフは盾とインセインルーラーを構えた。
ブザーと共に二人は同時に駆け出す。
「はじまったね!」
「キリト君……」
「大丈夫」
心配そうに戦いを見守るアスナへノビタニアンは微笑む。
「キリトは強い。必ず勝つよ」
「うん……」
コロシアムの中央、そこで黒と赤、二つの剣と一つの剣がぶつかりあう。
砂煙をまき散らしながら激しく打ち合う黒の剣士と最強の剣士の戦いは一進一退を繰り返す。絶妙なバランスの上に成り立っていた。
「こうして戦うのは初めてだが、成程。これほどの実力。流石だ」
「鉄壁の防御は文字通りみたいだな。それにしても、しゃべっていると」
ヒースクリフの背後へ回り込んだキリトの一撃が捉える。
とっさに盾で防ぐも少し遅ければダメージは免れなかった。
「ケガするぜ?」
「そのようだ」
目の前の戦いにおいて、キリトは一度もソードスキルを使っていない。
しかし、繰り出した斬撃は既に百を超え始めていた。
わずか五分なれど、彼がこれだけの攻撃をできていたのは一重にパーティーメンバーのおかげだった。
スピード重視の連続攻撃を得意とするユウキ。
盾で攻撃を防ぎ、重たい一撃で敵を倒すノビタニアン。
自分と同じ、もしくはそれ以上の力を持つ彼らと共にスキルを鍛え上げたからこそ、キリトの力はかなりのものになっていた。
だからこそ。
「ここだ」
キリトはソードスキルを使うことにした。
十六連撃ソードスキル、スターバースト・ストリーム。
突然のソードスキルにヒースクリフは驚きながらも盾で防ぎ続ける。
しかし、勢いを増す斬撃に押され始めていた。
スターバースト・ストリームの十五撃目においてヒースクリフは体勢を崩す。
今まで防御に意識を置きすぎたことで疲労が溜まり、目が剣を追うことに限界を迎えてきていたのだ。
体勢を崩したところでキリトがダークリパルサーを突き出す。
この攻撃が決まれば、キリトの勝利。
「(なに?)」
剣が直撃するという瞬間、ヒースクリフの盾が動き、弾き飛ばす。
突然のことに動きが止まった隙を彼の剣が迫る。
「私の勝ちだ」
ヒースクリフが勝利を確信した時、キリトは手の中で剣を回す。
彼の剣がぶつかるという瞬間、エリュシデータが盾となって剣を防ぐ。
しかし、無理な体勢に加えてとっさのことだったことで完全に殺しきれず、剣がキリトの肩を貫いた。
試合終了のブザーが鳴り響く。
勝者はヒースクリフだった。
剣をしまい、二人は向き合う。
「良き試合だった。キリト君」
「こちらこそ、流石だな」
二人はそういうと互いに握手を交わす。
観客たちは大興奮で拍手を送る。
互いに背を向けて控室へ戻った。
戻る途中、キリトはヒースクリフの後姿を見る。
その目は何かを秘めていた。
「では、キリト敗北の残念会を開始しようと思います。乾杯~」
「おい!?」
ノビタニアンの乾杯音頭に待って!と言うようにキリトが意見するも、参加者は静かにグラスをぶつける。
参加者はエギル、ユウキ、アスナ、リズベッド、ノビタニアンだ。
リズベッドはアスナが誘ったのだ。
「アタシも観ていたけれど、あの神聖剣ってスキルとんでもないわね。それと真っ向からぶつかりあう、アンタもアンタだけど」
「いいなぁ、本当に羨ましいなぁ~、ボクもデュエル申請しようかなぁ?」
「神聖剣と黒の剣士の次は紫の剣士が相手って、金取られるわよ?」
「確かに、今回のことであれだけの観客がいたんだ。かなり稼いだだろうな」
「流石商売人、抜け目がないなぁ」
ノビタニアンが感心している中、アスナはキリトと話をしていた。
「ごめんね、私のことでキリト君を巻き込んじゃって」
「別に気にしていないよ。俺としては強い奴とデュエルできた得があったし、血盟騎士団も手伝いだから。問題もない」
「焦ったよぉ、もし、キリトがギルドに入ったらどうしようって~」
「いや、それはないから」
「安心したよ。キリトがいなくなったらノビタニアンがタゲを取ることで苦労しそうだから」
「お前がやるってことはないんだな」
ユウキの言葉にキリトは苦笑した。
もし、二人だけとなったら昔みたいにノビタニアンが泣きついてくるのだろうかと思ってしまう。
あの時の光景を思い出してキリトは笑う。
「どうしたのさ?」
こちらの視線に気づいたのだろうノビタニアンが尋ねてきた。
「なんでもないさ。それよりも数日抜けるけど、頼むぜ?」
「了解だよ」
「なぁ、本当にこれ、着ないといけないのか?」
キリトはアスナに尋ねる。
今の彼は黒い装束ではなく、血盟騎士団のユニフォームを待っている。
二人がいる所は第五十五層の主街区グランザムの血盟騎士団本部。
今日からギルドの手伝いということでキリトはここにいた。
しかし、手伝いである以上、血盟騎士団へ貢献してもらうということでキリトはその制服を着ていた。
「ごめんね、巻き込んじゃって」
「別にいいさ。多分、ここで関わらなかったらノビタニアンに怒られていただろうし」
「……ずっと前から気になっていたけれど、キリト君とノビタニアン君って」
「おぉ!そこにいたか!」
キリトへ向けて野太い声がかけられる。
大斧を背負ったもじゃもじゃの巻き毛が特徴な大柄男性。血盟騎士団の幹部で名前をゴドフリーという。
「俺に何か?」
「ウム、これより訓練を行う。私を含む四人のパーティーを組み、五十五層の迷宮区を突破して五十六層主街区まで到達するというものだ。手伝いとはいえ、参加してもらうぞ」
「ちょっと、キリト君は私が」
アスナの抗議にゴドフリーは大きく笑う。
「いくら副団長と言われても、彼は新入り。規律を蔑ろにするわけにはいきません。何より手伝いとはいえ、血盟騎士団に名を連ねるのならその実力を見せてもらうのが筋というものでありましよう!」
「あ、アンタなんか問題にならないくらいキリト君は強いわよ!!」
「アスナ、落ち着いてくれ……集合場所と時間を教えてくれ」
「聞き分けがよくてよろしい!三十分後に街の西門だ!」
ゴドフリーはそう言うとその場を後にした。
「キリト君、私も、その、一緒に行こうか?」
「ここから一層上へいくならすぐに到達できるさ。大丈夫だ」
心配そうな表情のアスナにキリトは言う。
「気を付けてね」
「あぁ、またあとで」
言葉を交わしてキリトとアスナは別れた。
「これはどういうことだ?」
ゴドフリーの指定された場所へ到着すると、そこにはゴドフリー以外に二人のプレイヤーがいた。
その中の一人、先日、キリトと決闘したクラディールの姿があった。
「キミ達の事情は聴いている。だが、これを機会として今までの騒動を水に流してはどうかと思ってな!」
「先日は、ご迷惑をおかけしまして、申し訳ありません」
「い、いや、こちらこそ」
項垂れるクラディール。
今までの態度が嘘のような姿にキリトは面食らってしまう。
「一件落着したところでそろそろ出発だな。その前に今日の訓練は限りなく実戦に近い形式で行う。諸君らの危機対応能力も見たいので、結晶アイテムはすべて預からせてもらう」
攻略に身を投じるプレイヤーにとって結晶アイテムは緊急時の生命線。
唯一の離脱手段である転移結晶などがそれにあたる。
この話を一般プレイヤーが聞けば、無茶苦茶だと言うだろう。
しかし、キリト達は何も言わずにアイテムを差し出す。
ゴドフリーを先頭にクラディール、もう一人、最後にキリトが歩き出した。
キリトは後悔した。
主街区のグランザムを出てから目的の迷宮区が近づいてくる。
ビーターであるキリトがいながらあまりの遅さに辟易していた。
その理由は筋力特化型のゴドフリーがパーティーを率いているからだろう。これがノビタニアンやユウキと一緒なら今よりも早く到達できただろう。
「よし、ここで休憩!」
迷宮区手前、そこにある安全エリアへ入ったところでゴドフリーが叫ぶ。
各々、身近な岩に腰かけて休みを取る。
「では、食料を配布する」
ゴドフリーはウィンドウを操作してアイテムを取り出す。
受け取ったアイテムの中身を見る。
水の入った瓶とNPCショップで格安で売られているパンであった。
「(アスナの料理を恋しいと思うなんてなぁ)」
目の前のパンを手に取り、キリトは咀嚼する。
その時、視線を感じた。
キリトが周りを見るとクラディールと目が合う。
彼は何かを待つようにキリトを見ていた。
その顔の端が歪んだ。
「うぐっ!?」
瓶を落としたキリトの視界にバッドステータスが表示されていた。
麻痺。
ゴドフリーやもう一人も地面に崩れ落ちた。
「ど、どういうことだ、この水を用意したのは……クラディール!!」
「クッ……クックックッ!」
怪しく笑うクラディールを見ながらキリトは叫ぶ。
「ゴドフリー!解毒結晶を使え!早く!」
キリトの叫びにゴドフリーは回収した結晶アイテムを詰めた袋へ手を伸ばすも。
「ヒャッハァァッァァァァァ!」
クラディールはゴドフリーが手を伸ばした袋をその足で蹴り飛ばす。
未だに目の前で起こっている出来事が信じられないという風にゴドフリーは見上げる。
「クラディール、何のつもりだ、こんなことをして」
「ゴドフリーさんよぉ、バカだバカだと思っていたが、アンタは筋金入りの脳筋だよなぁ!」
狂気を孕んだ嘲笑と共に腰へ差していた剣を抜いて、ゴドフリーの体めがけて振り下ろす。
「やめろ、クラディール!」
「いいか!俺たちのパーティーはぁ!」
振り下ろされる刃に悲鳴をあげて震えるゴドフリー。
「荒野で大勢の犯罪者プレイヤーに襲われて」
もう一人のメンバーに剣を振り下ろす。
「勇戦むなしく三人が死亡!」
「がはっ!」
高笑いして剣を振り上げる。
「俺一人になったものの、見事、犯罪者を撃退して生還しましたぁああああ!ヒャッハハアハハハハハア!」
圧倒的優位であることの余裕からからクラディールは楽しそうに笑う。
「この毒……お前、まさか、笑う棺桶の生き残りか?」
「やっぱりあの討伐戦で活躍した黒の剣士様は違うねぇ!毒でここまで予測するなんてよぉ!この麻痺テクもそこで教わったのよ。さて」
クラディールの刃がゴドフリーを切り裂く。
HPが一気に減少してキリトの前で彼は死んだ。
もう一人が必死に逃げようとするが追いつかれてクラディールに殺される。
最後に残ったキリトへ近づいて、その体に剣を突き立てる。
「ほら、死ね!死ね!死ねぇえええええええ!」
体に突きつけられている刃を前に、キリトは恐怖する。
このまま死ぬ?
急速に減っていく自分のHPを見てキリトはそんなことを考える。
もし、自分が死ねば。
――キリト君!
――キーリト!
脳裏に浮かんだのは大切なものたち。
「(アスナ……ユウキ……)」
そして、
――キリト、早くいこうよ。
「っぐ!」
クラディールの剣をキリトは掴む。
腕に刃が食い込みながらも、その手で押し戻そうとする。
「おいおい、なぁにやってんだよ。大人しく殺されろよ!」
「……俺は」
さらに力を籠めようとするクラディールに抗いながら、キリトは押し戻していく。
「俺は、まだ」
しかし、現実は非常だ。
刃が体に刺さっていることでHPがどんどん減っていく。
「まだ……!」
イエローからレッドになる。
「まだ、死ねない!!」
剣が抜ける。
クラディールが笑いながら再び刃を突き立てようとした時、横から白い影が現れた。
衝撃と共にクラディールが派手に吹き飛ぶ。
「キリト君、大丈夫!?」
痺れて動けないキリトの前に現れたのはアスナだ。
大急ぎでやってきたのだろう。彼女は呼吸を乱しながらキリトへ解毒ポーションを飲ませる。
「どう、して」
「あ、アスナ様!?」
クラディールはアスナが現れたことに驚きを隠せないようでひどく動揺している。
「待っていて」
傍にいるキリトへそう言うとアスナは鞘から細剣を抜く。
未だに弁明を続けるクラディールにアスナの細剣が煌めいた。
恐るべき速度で繰り出される突撃にクラディールのHPはあっという間にレッドとなる。
「や、やめてくれ!このままじゃ、死んじまう!!俺はまだ、死にたくない!!」
怒りで半ば我を失っていたアスナは“死にたくない”という必死の訴えに剣を止めてしまう。
にやりとクラディールが不気味に笑った。
「バカめ!」
笑いながらクラディールがアスナの剣を弾き飛ばす。
がら空きとなった胴体、そこへ狂剣が迫る。
衝撃と共に刃がアスナの体を貫くことはなかった。横からキリトの手がその刃をつかむ。
掌に突き刺さった刃によってキリトの体が破損される。
片方の手でキリトは鞘からエリュシデータを引き抜き、ソードスキルを放つ。
狙いは急所。
「へ?」
茫然としているクラディール。
攻撃を受けて彼のHPはゼロとなる。
「や、やりやがったな、この、人――」
最後まで言葉を告げることなく消滅する。
クラディールがいなくなったことでキリトは膝をついた。
「キリト君!」
「アスナ、大丈夫か?」
振り返ったキリトは言葉を失う。
目の前でアスナが泣いていたのだ。
「ごめんなさい」
アスナは何度も謝罪をする。
どうして、謝罪をするのか。
困惑しているキリトの前でアスナが漏らす。
「私が悪いの、私がキリト君にかかわったから……キリト君が殺されかけたのも全部、私が悪いの……だから」
――もう二度とあなたの前に現れない。
キリトは泣きながら微笑もうとするアスナを抱き寄せてキスをする。
これが正しいのかわからない。
だが、彼女の涙を見たくないというキリトの思いをそのまま伝えた。
活動報告に今後について記載をしますので、意見などがあればお願いします。
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09:朝霧の少女
「……ふぁ、もう、朝なのね」
アスナは目を覚ます。
すぐ隣には無垢な笑顔を浮かべる夫、キリトの姿がある。
クラディールの事件から数日。
事件の後、キリトとアスナは夫婦となり、ノビタニアン達が使っている家で療養していた。
攻略からも少し離れて二人は新婚生活を満喫している。
ノビタニアンとユウキも少しの間は気を利かせようということなのか、家を空けてくれていた。
メールによればそろそろ戻ってくるという。
「キリト君……」
目の前で幸せそうに眠る夫の姿を見る。
キリトとアスナが結婚すると言ったとき、誰もが祝福してくれた。
特にノビタニアンとユウキはとても喜び、隠し持っていたというS級食材を結婚祝いと送ってくれるほどだ。
「そういえば、私、知らないな」
目の前にいる少年は何歳で今まで何をしてきたのだろうか?
おそらく、ノビタニアンへ聞けば答えてくれるはずだ。
あの二人は付き合いが長いという。
リアルの詮索はマナー違反であるため、アスナは深く聞かないでいるがあの二人は自分とは別の強いつながりのようなものが見える。
それは何なのか、少しばかり気になった。
「男の子に嫉妬しているわけじゃないよ。うん」
決してあの二人の仲に嫉妬しているわけではない。
自分に言い聞かせてアスナはキリトが目を覚ますのを待つ。
「自分の目が信じられないよ?」
ノビタニアンは目の前の光景にただただ呟いた。
親友が結婚したということでしばらくあの家で生活させてあげようということでユウキと二人で七十五層の宿で生活を行い、久しぶりに第二十二層の“みんなの家”(命名、ユウキ)へ戻ってきた二人を待ち構えていたのは。
「パパ……」
キリトの後ろで不安そうに隠れている小さな女の子。
白いワンピース。
腰にまで届く黒い髪。
大きく黒い瞳は不安そうに揺れていた。
「ユイ、さっき話しただろう?この人たちがこの家で一緒に生活しているノビタニアン、ユウキだ。二人とも、この子はユイ。俺とアスナの子だ」
「事前にメールで受け取っていたから衝撃は少ないけれど……うん、そっくりだね」
宿から家へ戻ると連絡した時に、森で迷子の女の子を拾ったというメッセをキリトからもらっていた。
この“ユイ”という少女が迷子の女の子なのだろう。
「よろしくね!ボクはユウキ!」
「僕はノビタニアン、キリト……パパの親友だよ」
「ユイ、です。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。
「ユイちゃん、よくできました~」
その姿を見てアスナはほっこりした笑顔を浮かべていた。
「完全に親バカになっているよ」
「これがあのアスナなんて、少し信じられないや」
ユイの頭をなでて微笑んでいるアスナの姿を見て、二人は苦笑するしかなかった。
「あ、いけない。二人とも……!」
「そうだった、大事なことを忘れていたぜ」
アスナとキリトは互いを見て二人へ言う。
「「おかえりなさい!」」
ポカンとしていた二人だがすぐに笑顔を浮かべて。
「「ただいま」」と返した。
「なんというか……ユイちゃんって、二人と似ているよね」
リビングのソファーでラフな格好でくつろいでいたノビタニアンは楽しそうにキリトに遊んでもらっているユイを見て呟く。
「似ているって?」
「ユイちゃん、キリトとアスナさんと似ているなぁって」
「え?」
ノビタニアンに言われてユウキは注視してみる。
腰まで届く黒髪はアスナと似ている。
目元あたりもキリトとそっくりだ。
確かに二人を組み合わせたみたいな姿をしている。
「結婚したらこんな子が生まれるのかな?」
「さぁ?」
「そうだ!」
名案を思い付いたというようにユウキは手をたたく。
「ボクとノビタニアンも結婚しよう!」
「「ぶぅ!」」
紅茶を飲んでいたキリトとアスナは同時に噴き出す。
ユイは首を傾げて。
ノビタニアンは。
「フリーズしてる」
「驚きのあまり気絶したか」
紅茶の入ったグラスを片手に持ったまま動きを止めている。
ユウキは頬を膨らませた。
そんな二人を見ていたユイはノビタニアンを指さし。
「ノビおじちゃん」
続いてユウキを指して。
「ユウキおばちゃん」
「「ぷっ」」
「ちょっと二人ともぉ?」
「ごめんごめん、まさか二人がそう言われるなんてさ。なんか思い出しただけで笑いが」
「ごめんねぇ……くす」
「もう!ノビタニアンもいつまでぼけっとしているのさ!」
「ハッ!?僕は何を……」
それから落ち着いたノビタニアンは尋ねる。
「二人はこれからどうするの?」
「ユイを連れてはじまりの街へ行こうと思う」
「やっぱりそれしかないよね」
SAOがデスゲームと化して戦えない者の多くは一層のはじまりの街にいる。
ユイについてそこへいけば手がかりがあるかもしれない。
そもそもユイについては謎が多い。
ステータス画面もアイテムとオプションが存在するだけで、何よりも目に付くのがユイのネームを現すところだ。
ユイ/Yui-MHCP001Xという謎の表示。
何かのシステムバグかもしれない。
急ぐ必要があるとキリトは考えていた。
「わかった、僕も行くよ」
「でも、お前たちは攻略が」
「友達の子の問題だよ?放っておけないよ」
力強く言うノビタニアンにキリトは「すまない」と頭を下げる。
この世界に囚われる前から付き合いがあるから、お互いの考えていることが嫌でも分かってしまう。
「ありがとう、ノビタニアン」
「当然だよ。友達なんだから」
キリトは親友の言葉に微笑んだ。
はじまりの街。
SAOがデスゲームと化してから軍が拠点として使用している場所であり、街にはいまだに三千人以上のプレイヤーが生活をしているという。
「そのはずなんだけど……」
「こんなに寂しいところだったか?」
「みんな、お昼寝しているのかなぁ」
「ノビタニアンじゃあるまいし」
「それどういう意味!?」
ユウキの言葉にノビタニアンが突っかかる。
二人がもめている横でキリトは街を見渡す。
NPCの姿はあるけれど、プレイヤーは一人もいない。
どういうことだ?
キリトはただただ、困惑するしかなかった。
「とにかく、人を探しましよう」
そうして歩き出して十分後。
「誰も、いないね?」
「もしかして、ここは、はじまりの街に見せかけた眩惑の惑星だったりして」
「げんわく?」
「ノビタニアン、そういう冗談はやめろ……あの枯れ木の化け物を思い出したよ」
「ねねね、眩惑の惑星って?」
「あー、また今度な」
街の散策を続けながらも人が見つからないことに様子がおかしいと思い始めた時、少し先の道から叫び声が聞こえる。
「行ってみよう!」
「あぁ!」
彼らが叫び声の場所へたどり着くと、シスターの格好をした女性プレイヤーと重厚な鎧をまとった数人のプレイヤーが道をふさいでいた。
「あれ……」
「ブロックだな」
「ブロック?」
「システム外でプレイヤーが通れないようにする手段だ。昔のRPGだと道をNPCがふさいでいると通れないっていうのがあっただろ?それと同じだ」
「なるほど……じゃあ、あれはNPC?でも、あれって」
「プレイヤーだね」
ユウキの言葉通り道をふさいでいる連中はプレイヤー。
「子供たちを返してください!」
女性の訴えにリーダー格らしき男が笑う。
「人聞きの悪いことを言わないでほしいな。ちょっと社会常識を教えてやっているだけだ。これも軍の大事な任務でねぇ。何より市民には納税の義務がある」
女性と男の会話からして連中の後ろに子供たちがいるのだろう。
実際、姿は見えないが声が聞こえた。
「サーシャ先生!」
「先生!」
「お金なんて全部渡しなさい!」
サーシャ先生と呼ばれた修道服の女性は言うが、返ってきた言葉は恐怖と不安が混じってた。
「先生、それだけじゃ、ダメなんだ!!」
「あんたら、ずいぶんと滞納しているからな。装備も置いていってもらわないとなぁ。防具も全部」
鎧のプレイヤーの言葉に修道服の女性が怒りを込めて叫んでいる。
鎧のプレイヤー集団が小さな子たちを通せんぼして悪さをしていることは明白だった。
「……うん」
「限界だ」
「あ、二人とも」
すらりと立ち上がった二人を見てキリトが慌て始める。
「え、キリト君!?」
戸惑うアスナの前でノビタニアンとユウキは剣を抜く。
二人は同時に駆け出す。
俊敏に重点を置いているユウキがすぐにノビタニアンを抜いて走る。
「あ、なんだ、てめ――」
リーダー格の男が言葉を発する前にユウキの剣が輝く。
ソードスキル“ホリゾンタル”を受けて男は派手に吹き飛ぶ。
「いきなり何を」
「危ないよ」
剣を上へ向けたままくるくると舞うように動きながら、ユウキは警告を飛ばす。
数秒の間をおいてノビタニアンのソードスキルが通過する。
彼の得意とする”ヴォーパル・ストライク”によって残りのメンバーが左右に倒れこむ。
「ほら、行っていいよ」
ユウキに言われて茫然としていた子供たちはサーシャの下へ走る。
「サーシャ先生!」
「もう大丈夫よ、早く装備を戻して」
「貴様らぁ、解放軍に喧嘩を売ってただで済むと!」
起き上がったリーダー格の言葉にサーシャは子供たちを守るように立つ。
少し遅れてキリトとアスナがサーシャたちの前へ。
「悪いけどさぁ」
殺気立っている男達は振り返る。
そこには長い髪を揺らして剣を構えるユウキが挑発し、ノビタニアンが静かに剣先を向けていた。
「喧嘩を売るなら強い相手にしなよ。そんな弱い者いじめなんて最低だよ?」
「そうそう、ボク達を倒してからだ」
剣を向けてノビタニアンとユウキが言う。
「上等だ。貴様らをぼこぼこにしてすべてひんむいてやる!」
数分後。
解放軍の連中は身ぐるみを剥がされて地面へ捨てられた。
「危ないところを助けていただいてありがとうございます」
「いえ、俺達はたまたま通りがかっただけですから」
「それでも、貴方たちがいなければ、この子たちはどうなっていたことか」
サーシャと子供たちが住んでいるという教会へキリト達は来ていた。
お礼をしたいという彼女の言葉に甘えてやってきたのだ。
教会の中にはたくさんの子供たちがいて、元気に騒いでいた。
「それにしても、SAOって年齢制限があったと思うんだけど」
騒いでいる子供たちはどう見ても十二歳前後、もしくはもう少し下だ。
年齢制限が設けられているこのゲームにおいて、こんな小さな子たちがいることにアスナは驚いている。
アスナの疑問に答えたのはキリトだ。
「子供は好きなことに年齢制限とか守ろうとしないものさ」
「そういうものなのかな?」
首を傾げるアスナ。
サーシャははじまりの街や他の階層で迷っている子供をこの教会で保護して育てているという。
「あのぉ」
おそるおそるアスナはある場所を見る。
「二人、止めなくていいかな?」
「いいだろ?やりすぎていたし」
キリトの視線は子供達でもみくちゃにされている二人へ向けられていた。
たくさんの子供達の中心、そこでは顔を引っ張られ、もみくちゃにされているノビタニアンと一緒に暴れているユウキの姿があった。
はじまりは軍の連中に襲われていた男の子がノビタニアンへ叫んだことが切欠だった。
彼らが攻略組であることを察した子供たちは興奮して群がり、ユウキは楽しそうに。
ノビタニアンは子供たちにいじられていた。
「あのぉ、この子、ユイちゃんっていうんですけれど、どこかで見たことないですか?」
「……申し訳ありません。いろいろな階層を見て回っていますけれど、見たことはありませんね」
「そうですか……」
「ん?」
ユイに関する情報が途絶えたことでどうしようかと考えていた時、教会へ誰かがやってきた。
「サーシャ、大丈夫か!?」
扉を開けて入ってきたのは長身の女性。
装備を見てキリト、ノビタニアン、ユウキは身構える。
「あ、待ってください!彼女はユリエール、解放軍に属していますけれど、彼女は親友ですから大丈夫です!」
サーシャの言葉で三人は武器を下す。
「改めましてユリエールといいます。ギルドALFに属しています
「ALF?」
「AincradLeberationForce。アインクラッド解放軍の略です」
「もしかして、さっきの仕返し!?」
「いえ、むしろよくやったと言いたいくらいです」
「へ?」
ぽかんとするユウキ。
キリト達も事態に困惑してしまう。
「事情があるみたいですけれど……お聞きしても?」
「はい、実はその件も踏まえて相談したいことが私の方でもあったんです」
「こちらも自己紹介を。俺はキリト。こっちは妻のアスナです」
「アスナです」
「ノビタニアン、キリトとパーティーを組んでいます」
「ユウキだよ!この二人とパーティー組んでいるよ~」
「今日は四人にお願いがあって参りました」
「お願い?」
真剣な表情のユリエールにキリトは尋ねる。
ユリエールは事情を説明する。
アインクラッド解放軍は二十五層のボス攻略で多大な被害をだしてから内部強化に努めていたのだが、キバオウの横暴なやり方によってトップを務めるシンカーとぶつかりが起こり。
七十四層の戦いにおいてトップギルドからの苦情を受けて、キバオウを排斥する動きが始まったとき。
「キバオウはシンカーと一対一で話し合いをしたいと迷宮へ呼び出したのです」
「街じゃないの?」
「それって」
アスナの言葉にユリエールは頷く。
「はい、罠でした……キバオウはシンカーを迷宮で置き去りにしたのです。丸腰で話し合おうという言葉を信じた彼は転移結晶も何も持たないまま迷宮に閉じこもっています。お願いします!シンカーを、彼を助けてほしいんです!」
「……その、シンカーさんが迷宮に閉じ込められてどのくらい?」
「今日で二日目です」
「……どうする?」
ノビタニアンがキリトへ尋ねる。
「助けようよ!こんなこと見過ごすなんてできないよ」
「ユウキの言うとおりね。私も賛成」
「……そうだな、俺も行こう」
罠かもしれないと考えたがノビタニアンも最後は頷いた。
「パパ、ママ、私も、行きます」
「ユイ?」
「ユイちゃん、ダメよ。危険だから教会に」
「大丈夫です」
力強いユイの言葉に戸惑いつつもキリトは頷いた。
「わかった。ユイは俺が守る」
「はい、パパ!」
アインクラッド第一層。はじまりの街における最大施設、黒鉄宮。
黒光りするこの建物はベータテストにおいては死に戻り。
HPが0になったプレイヤーが蘇る場所とされていた。
デスゲームとなった現在は生命の碑が置かれており、すべてのプレイヤーの名前が記されている。
命を落としたプレイヤーの墓参りとして利用されることを除けば、奥の施設は軍が管理していた。
その黒鉄宮、地下に続く階段があった。
「まさか、第一層にこんなダンジョンがあるなんて知らなかったなぁ」
「上層攻略の進み具合で解禁されるダンジョンかもな」
「なんか、裏ボスでもでてきそうな空気だね!」
「やめて、ユウキ。それはフラグだから」
「このダンジョンは六十層相当の難易度だといわれております」
ユリエールの言葉にアスナは注意深く周りを見る。
「何が起こるかわからないから注意しないとね」
「索敵はしっかりやるからな」
「任せて」
盾を実体化させてノビタニアンが前に出る。
キリトも私服から攻略用のコートと二本の剣を構えていた。
「おらおらおらおらおらおらぁ!」
「いくよ!行くからね!行くよぉぉぉぉぉおおおお!」
「おかしいなぁ、タンクの役目が全く必要ないや」
「……攻略組というのはここまですさまじいものなのでしようか」
「いえ、あの三人が例外なだけです」
震えるユリエールにアスナは小さく首を横へ振る。
巨大なカエル型モンスターの大軍。
それらをキリトの二刀流が、ユウキの片手剣のスキルが。
攻撃をノビタニアンが盾で防いで次々とモンスターを狩っていく。
短い間に倒したモンスターの数は二けたを超えている。
目の前の一方的な蹂躙はユイの教育によくないなぁとアスナは思っているとキリトがやってきた。
「なぁ、アスナ!これって調理できるか!」
キリトは両手に抱えた大量のドロップアイテムを見せる。
カエルの肉だ。
それを見たアスナは顔を青褪める。
「ひっ!」
悲鳴を上げてキリトから離れる。
「え?どうしたんだよ?この程度、平気だろ?」
「戦うのと食べるのでは全く違うの!!想像するだけで震えが……」
「ホントーにキリトはダメダメだね。ついでにノビタニアンも」
「ちょっと僕を罵倒する理由は!?」
「ふーん」
ユウキはカエル型モンスターへとびかかる。
キリトはアイテムをしまってアスナの頭をなでた。
「ごめんな」
「ううん」
「パパとママはとっても仲良しなんですね」
「いや、ユイも一緒で仲良しだぞ」
「そうだよ!ユイちゃん!」
「パパ!ママ!」
嬉しそうにほほ笑むユイを二人は抱きしめる。
「ほほえましいですね」
「僕たちはいつも“あれ”を見ているんですけどね」
苦笑するノビタニアン。
羨ましそうにユリエールは言葉を漏らす。
「いいなぁ、私もいつかシンカーとあんな風に」
「もしかして、シンカーさんとユリエールさんって」
「……はい」
顔を赤くしてユリエールは頷く。
「ねぇねぇ、ユリエールさん!シンカーさんって、どんな人?」
「そうですね、とても優しい人です。ここへ来る前はMMO攻略の大手サイトの管理をしていました」
「そうなんだ。ねぇ、少し聞きたいんだけど。人を好きになるってどういう気持ち?」
「え?そ、そうですね……苦しいですけれど、暖かくて気持ちいいものですよ」
「ふぅん」
ユウキとユリエールが会話をしている傍で戦闘は続いている。
ユリエールが話をしている横でキリトとノビタニアンが剣をふるう。
粗方、敵をせん滅し終えたところでキリトが尋ねる。
「ユリエールさん、このあたりの敵を相手にするのはアンタのレベルじゃ、きついんじゃないか?」
「はい、私一人だと確実に無理です。今の軍はかなり弱体化しています。残された精鋭で挑んだとしてもここに来れるパーティーはかなり限られているでしよう」
「軍はこの場所を知っていたんだろうか?」
「いえ、どうやらキバオウ一派の者が偶然発見したようです。狩場を独占しようとしたようですが……ここのレベルが高すぎて、見つけられないようにしただけのようです」
「そんな場所へシンカーさんは一人で行ったの?」
「実は斥候が奥へ行き、回廊結晶を設置したんです」
「それなら奥まで行けるよね」
「そのせいで今回の犯行を行う気になったようで……キバオウも最初は軍を立て直そうと頑張っていたのですが……ぁ!」
ユリエールは声を上げる。
遠くに人影が見えた。
その人は精一杯に手を振っていた。
あの人がシンカーなのだろう。
駆け出すユリエール。
その時、ユイが警告する。
「パパ!怖いものがいます!」
「っ!ユリエール戻れ!!」
キリトが叫び、ノビタニアンが弾丸のように飛び出す。
驚いて振り返るユリエールの背後。
ゆらりと巨大なモンスターが姿を見せる。
ボロボロのローブに身を包み、手の中には巨大な鎌があった。
髑髏のモンスターは鎌を振り下ろす。
「っ、そぉ!」
その攻撃は狙いをユリエールにつけた。
だが、刃をノビタニアンの盾が防ぐ。
爆音と共に二人は派手に吹き飛ぶ。
「ノビタニアン!!」
「嘘だろ……」
驚くキリト達の中、土煙の中からふらふらとノビタニアンが姿を見せる。
ユリエールも無事らしく、彼の後ろで倒れていた。
再び攻撃を繰り出そうとする死神モンスターにユウキがソードスキルを纏った一撃を繰り出すも、死神は信じられない速度で攻撃を躱す。
「二人とも大丈夫か!?」
その間にキリトが駆け寄り、ユリエールを連れて離れる。
「ノビタニアン、敵の姿を見たか?」
「うん、死神タイプ……でも、カーソルが真っ黒だった」
「まずいな、俺のスキルでも看破できなかったから、九十層クラスの敵だろうな」
「なら、むやみに戦うべきではないわ。安全地帯を目指しましょう」
アスナの指示に全員が頷く。
ノビタニアンが盾役として挑発を繰り返し、アスナたちが安全地帯を目指す。
その時、死神モンスターは自らの影の中へ消えていく。
突然のことにノビタニアンが驚きの声を漏らした。
「モンスターが消えた!?」
「なに!?」
「キリト君!」
アスナの叫びにキリトが上を見る。
影から姿を見せたモンスターの鎌が迫っていた。
鎌の刃がキリトへ迫る。
アスナはキリトを守ろうと抱きしめる。
ユウキやノビタニアンが急ぐも間に合わない。
迫る衝撃に構えた時。死神の前に光の玉が現れて、死神は大きく後退する。
「一体、何が」
「パパ!ママ!」
「ユイ?」
「ユイちゃん!!」
「パパ、ママ。私、すべてを思い出しました」
光の玉はユイだった。
小さく言いながらユイの手の中には炎の剣が握られていた。
身の丈を超える剣をユイは死神へ振り下ろす。
炎の刃は死神を焼き尽くしてしまう。
モンスターが消えると炎の刃がなくなり、ユイは地面へ落下する。
「大丈夫か、ユイ?」
落下したユイをギリギリのところでキリトが受け止める。
「パパ……私が指す方向へ、連れて行ってください」
「……わかった」
案内された場所には奇妙な機械があり、それに触れたユイの顔色がよくなっていく。
「大丈夫、か?」
「はい、先ほどの戦闘で通常与えられている権限以上の力を使ったために、私だけではもう体を維持することができませんでした。そのため二つのMHCPの助けを借りて、今の状態を保っているのです」
「ユイ、ちゃん?」
ユイはぽつりと話し始める。
ユイの正体。
彼女はプレイヤーではなく、SAOの根幹をなすカーディナルシステムの一部であるメディカルヘルス・カウンセリングプログラムであり、人の精神をケアする役目を負っていたという。しかし、人の精神はデスゲーム開始時からとてつもない負の感情を生み出し続け、次第にシステムに負荷を与えていたという。
「そんな中で、今までと違う、負の感情ではないものを持った人たちを私は見つけました。それがパパとママ……ノビおじちゃんとユウキおばちゃんでした」
彼女が今まで見てきた負の感情ではない。
この世界で幸せな感情を持っていた彼らに会いたいと望んだ。
親のようなものだと思い、キリトとアスナをパパ、ママと呼んだのだ。
「パパ、ママ、ごめんなさい。私はもうすぐ消えます」
「なっ!?」
「そんな!」
「無理なアバターの生成と先ほどの戦闘のせいでカーディナルに異物として判断されて消去されようとしています」
「そんな!いや、いやだよ!」
「そうだよ!これからじゃないか!みんなと……ユイちゃんのパパとママと一緒にいろいろなところを見て回ろうよ!僕やユウキも一緒に」
「ユイちゃん、そうだよ。みんなで一緒にいろいろなものを」
泣きながらユイの消滅を拒む。
しかし、その間にもユイの体は崩壊を始めていく。
「(何も……何もできないの?僕は……こんな時、ドラえもんが)」
「駄目だ!」
キリトは叫ぶと置かれていた機械へ手を触れて操作をしていく。
その動きに困惑しているメンバーをおいて、キリトはユイへ尋ねる。
「ユイ!ユイの管理者としてのIDを俺に教えてくれ!」
「はい、私の、IDは、ユイ……です?」
「間に合えぇえええええええええええええ!」
ユイが消えるのと同時にキリトが操作を完了させる。
しばらくして、キリトはコンソールから一つの宝石のようなものを見せた。
「宝石?」
「キリト君、それは?」
「ユイのプログラムをシステムから切り離して、ここへ移した。ユイは休眠状態だけど、この中にいるんだ」
「ありがとう、ありがとうキリト君!」
「間に合ってよかった……いつか、いつか一緒にユイと俺達が一緒に暮らせる日が来るまで、しばらくのお別れだ」
キリトとアスナは互いの手で“Y・U・I”へ触れる。
「ユイ、聞こえるか?どんな姿になってもユイは俺とアスナの大切な娘だぞ」
「ずっと一緒だよ。ユイちゃん!きっとまた会えるよ」
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10:奈落の淵
ユイの出会いからしばらく、キリトとアスナは新婚生活をこれでもかと満喫した。
もちろん、ノビタニアンやユウキも交えて遊んだりした。
下層で知り合ったニシダという男性プレイヤーと食事を楽しみ。ある湖畔に住むヌシを吊り上げるなど。
とても楽しい日々。
しかし、それも唐突に終わりを告げた。
ヒースクリフから招集がかかったのだ。
「全滅!?」
「そうだ。少し前にギルド合同で結成した二十人の偵察部隊が全滅したことが明らかとなった」
ヒースクリフの話によると第七十五層のボス部屋に偵察隊が入ってから数十分後。
外で待機していたプレイヤー達の目の前で扉が開たという。
中を覗き込むとそこには誰もおらず、転移した痕跡も見られず、生命の碑を確認して全滅が明らかとなった。
「結晶無効化エリア……」
「そのようだ」
キリトの脳裏をよぎるのは月夜の黒猫団が全滅した場所と七十四層のボスとの戦闘時のこと。
「七十四層、おそらくはこれから先のエリアは転移結晶で抜け出すことができないのだろう」
「そんなこと……」
キリト達が戦慄している中。ろくに情報も集まっていない中でボスの討伐を行うことが決定した。
「情報収集すら儘ならない以上、議論の時間は浪費でしかない。正体不明のフロアボスを相手にとれる有効手段は一つだけ。攻略組プレイヤーのもてる戦力のすべてを投入して戦いへ挑むということだ」
その決定に反論せず、時間が伝えられてキリト達はその場を後にする。
「アスナ、討伐に参加せず残ってくれないか?」
「キリト君!?」
「今回のボス攻略はおそらく、とても危険だ。できればキミには街へ残ってほしいと思う」
「……それはできないよ」
アスナは首を横に振る。
「キリト君、一人を戦わせるなんてことはできない。それにリアルの私達の体も限界が来るかわからないから」
「それはどういう?」
「デスゲーム開始直後にプレイヤーのほとんどが倒れる事件があったでしょ?」
「あぁ」
デスゲームが開始して少し後、プレイヤー達が急に意識を失う事件があった。
おそらくプレイヤー達の安全を確保するために外部の人間が動いたのだろうとキリトは推測している。
「私達の意識はゲームの中だけど、体は?動かさなければ筋力は衰えていくし、栄養も摂取できない……」
「ゲームを攻略できなくても俺達は制限時間がつきまとっているってことか?」
アスナは頷く。
「何より……」
彼女はキリトの手を握り締める。
「私達はずっと一緒だよ……何があっても」
「アスナ……」
二人は徐々に顔を近づけていく。
「あのさ、二人とも」
「少しは~、場所をわきまえた方がいいと思うよ」
傍で様子を見ていたユウキとノビタニアンの言葉で二人は顔を真っ赤にした。
「お、来たみたいだな。キリの字!」
「クライン、エギル、お前たちもきたのか?」
「当たり前だぜ!」
「今回はえらい苦戦しそうだって言うから商売投げ出して加勢にやってきたから感謝してくれよな!」
「だったら、今回のドロップアイテムの分配、エギルさんはいらないよね~」
「お、おい!?ユウキ、そりゃねぇぜ」
「一本、取られたね」
ノビタニアンの言葉に全員が笑う。
しばらくして広場に血盟騎士団が現れる。
その先頭にいるのは団長ヒースクリフ。
神聖剣を持ち、HPが一度もイエローに達したことがないといわれる最強プレイヤー。
彼の放つ威圧感に誰もが緊張を浮かべる。
かくいうキリトやノビタニアンもギリッと拳を握り締める。
「コリドーオープン」
目の前に光の扉が現れる。
ヒースクリフは全員を一瞥して静かに告げた。
「さぁ、行こうか」
「戦闘開始」
ヒースクリフの合図と共に武器を携えてその中へ飛び込んでいく。
広がる空間はドーム状でとても薄暗い。
しかし、部屋の中心にボスの姿がない。
「何もいねぇぞ?」
「どういうことだ!?」
「……上!」
ノビタニアンが叫ぶ。
見上げると天井に張り付いている赤い双眸がこちらをみていた。
「いけない!逃げて!」
アスナの叫びで全員がその場を離れようとする。
しかし、二名ほどしりもちをついて遅れてしまう。
「早く来い!」
キリトが叫ぶも。巨体が彼らをたたきつぶす。
「っ!?」
ボス攻略でプレイヤーが死んだ。
その事実にキリトへ目を見開きながら前を見る。
全長十メートルはあろう巨体。全身を構成するのは灰白色の骨のみ。凶悪な形をした頭蓋骨、その両手らしき部分には鎌状の武器がついている。
名前を。
「スカル……リーパー……」
――TheSkullreaper。
それが目の前に現れた脅威だ。
スカルリーパーは巨体に合わない速度で走り出す。
その攻撃を受けてさらに命を落とすプレイヤーがいた。
防御する暇もなく、体を散らせる。
「い、一撃だと!?」
「滅茶苦茶だ」
今までのフロアボス、クォーターポイントといわれる場所でとてつもない力を持っているボスはいた。しかし、一撃でプレイヤーを殺せるほどの即死の力は持っていなかった。
近くにいたプレイヤーへ即死級の一撃が放たれようとしている。
その前に盾を構えたノビタニアンが割り込む。
「お、重い……」
タンクとしての役割を持っているノビタニアンですらスカルリーパーが放つ一撃は重たかった。
そこに二本の剣を構えたキリトが二刀流ソードスキル“ダブルサーキュラー”を放つ。
攻撃を受けたスカルリーパーはキリトへ狙いを定めようとする。
「キリト君!」
「ノビタニアン!」
アスナの細剣ソードスキル“フラッシング・ペネトレイター”とユウキの片手剣ソードスキル“ファントム・レイブ”が放たれた。
仰け反るフロアボス。
ヒースクリフが指示を出しながら前に出る。
「俺達が正面の鎌を引き受ける!みんなは側面から叩け!」
キリトの叫びにクラインやエギルが攻撃を繰り出す。
正面からスカルリーパーの攻撃をノビタニアンとヒースクリフが防ぎつつ、入れ替わりながらキリト、ユウキ、アスナが攻撃を仕掛けていく。
攻撃の手を緩めはしない。
プレイヤー達も止まらない。
足を止めることは自らの命を失うことにつながる。
敵を倒さなければ自分たちは生きて帰ることすらできないのだ。
必死の攻撃の雨が次々とスカルリーパーの命を刈り取っていく。
やがて、HPがゼロとなり、スカルリーパーは掠れた金切り声を発する。
命がけで戦っていたプレイヤー達は目の前の脅威が去ったことをすぐに理解できなかった。
やがて、“Congratulation”というメッセージが現れたことで彼らは把握した。
自分たちはボスを倒したと。
倒したと理解すると全員が大理石に上へ倒れこむ、座り込む者ばかり。
誰も勝利の歓声を上げない。
仲間を失った喪失感。これからのことを考えて絶望しかけていた。
「何人……やられた?」
大の字になって倒れていたクラインが尋ねる。
キリトはウィンドウを開いて確認した。
「十四人……だな」
絶望の色が広まっていく。
「そんな!?」
「嘘、だろ」
「俺達……生きて帰れるのか?」
誰もが絶望している中、キリトはヒースクリフを見る。
彼は佇み、静かに周りを見渡していた。
その目は何かを探るようなもの。
キリトはHPをみる。
グリーンのまま。一度もイエローになったことのないHP。
ふと、キリトの頭の中でこの前の決闘がよぎる。
「キリト君?」
ゆらりと立ち上がったキリトへアスナは疑問の声を漏らす。
その中、剣を構えてヒースクリフめがけて振り下ろした。
至近距離の攻撃、ボス討伐直後ということでヒースクリフは油断していたのだろう。
目の前の斬撃を躱すことができず。
『ImmortalObject』
キリトの斬撃はシステムメッセージと共に阻まれてしまう。
「はぁ!?」
「嘘!」
『ImmortalObject』とは不死存在を指す。
壁や破壊不可能なものに現れる表示。
これは建築物などに攻撃を加えたら現れる。
プレイヤーに現れることはない。
「システム的不死!?」
「ど、どういうことだよ!」
ゲームの仕様でありえない現象にアスナをはじめとした血盟騎士団のメンバーは目を見開く。
「簡単なことだ。この人のHPはイエローゾーンにならないように設定されているんだよ。システムにそんな設定ができるのはシステム権限をもつ管理者のみだ」
ずっと、考えていたとキリトは言う。
「この世界をデスゲームにした茅場晶彦は二年間、どこで何をしているのか、俺は考えていた。だが、盲点だったよ」
「え?どゆこと」
「他人がやっているゲームを横で見ているのはつまらない。そうだろ?」
尋ねるノビタニアンへキリトはそういう。
「団長、まさか!?」
「本当に茅場晶彦なのか!?」
「でも、だって!」
周りが騒ぐ中で静かにヒースクリフは尋ねる。
「なぜ、気付いたのか、参考までに教えてもらえるかな?」
「この前のデュエルの時だよ。あの最後の一撃、アンタは速すぎたんだ」
「あまりにキリト君の一撃が速くてシステムのアシストを使ってしまったが、失敗だったようだ。予定では第九十五層までは正体を明かすつもりはなかったのだがな。こうなっては致し方ない。その通り、私は茅場晶彦だ。付け加えると最上層でキミ達を待ち受けるはずだった最終ボスだ」
ヒースクリフの肯定。
それは自らが主犯であることを告白する。
「キミは……いや、君たちは本当に私の予想を裏切るよ。全十種類あるユニークスキルのうち、全プレイヤー中最高の反応速度を見せたプレイヤーのみが会得できる二刀流スキル。魔王を倒す勇者。それが君になったわけだ……私としてはユウキ君の可能性も考慮していたのだがね、だが、今の君をみて確信したよ。二刀流はキミのためにあると」
「笑えないな。最強のプレイヤーが一転して最悪のラスボスか」
「ふざけんな!俺たちの覚悟を、作り上げた騎士団を!!」
血盟騎士団の一人が剣を抜いてヒースクリフへ襲い掛かろうとした。
しかし、ヒースクリフはメニューを開いて何かを操作する。
攻撃しようとした体が硬直し、地面へ倒れた。
それだけではない。
二人を除いて全員が地面に崩れ落ちていく。
HPバーには麻痺のアイコンが点滅している。
「管理者権限でここにいる人間、口封じをするつもりか?」
「まさか、そんな理不尽な真似はしないさ。ここまで育てた血盟騎士団を手放すのは惜しいことだが、私はこのまま最上層の紅玉宮にて待つとしよう。キミ達なら必ずたどり着けるだろう。その前に」
ヒースクリフはキリトを見る。
「キミには私の正体を見破った報酬を与えなくてはいけないね」
ヒースクリフは目を閉じると再び目を開ける。
「キリト君、チャンスを上げよう。キミとノビタニアン君。二人と私でデュエルを行うのだ。もちろん、不死属性は解除しよう。私に勝てばゲームはクリアされる。全プレイヤーがこの世界からログアウトできる。どうかね?」
「駄目よ!キリト君。あなたを排除するつもりだわ!」
「そうだぜ!キリの字!!」
「受けるさ……だが、なんで、ノビタニアンも」
キリトは隣をみる。
そこでは麻痺を受けずにユウキを守っているノビタニアンがいる。
彼自身、どうして自分が立っていられるのかわからない様子だ。
「前から興味があったのさ。キミとノビタニアン君。もちろん、アスナ君、ユウキ君との連携も素晴らしいものだったが、それを上回るほどの適応能力が二人にあった。ゲームマスターとして君たちに興味があるのさ……そう、あのネコ型ロボットのことも含めて」
今度こそキリトとノビタニアンは言葉を失う。
「どうして、それを!!」
「勝てば教えよう」
「駄目だよ!キリト君!ノビタニアン君も!!ユウキ!あなたも止めて!」
「ノビタニアン、死んだら許さないよ。ボクの手を引っ張ってもらうんだから」
「え?」
「ユウキ!!」
「アスナ、俺は逃げるわけにはいかないんだ」
「駄目だよ!」
「キリト、やめろ!」
「クライン、あの日見捨てた俺を信じてくれてありがとう、感謝してもしきれない。お前が俺のことを仲間だと言ってくれたこと、とてもうれしいよ。ありがとう」
「キリの字!お前は俺の仲間なんだ!死んだら許さねぇぞ!!ノビタニアン!てめぇもだぞ!俺達はリアルで必ず会うんだからなぁ!」
「エギル……今まで攻略のサポートをしてくれて助かった。儲けのほとんどを中層プレイヤーの育成へつぎ込んでくれたおかげで多くの命が助かった」
「キリトぉぉぉぉおおお!ノビタニアン!!」
「アスナ、必ず終わらせるから信じてくれ」
「そんな、ダメだよ!キリト君!」
「アスナ、二人を信じよう。ボク達は見ているしかできないんだから」
仲間たちの叫びを聞く中でキリトは剣を抜いて隣に立つノビタニアンへ謝罪する。
「悪いな。こんなことに巻き込んじゃって」
「大丈夫。キリトがいれば、何とかなるって思うし」
「お前には助けられてばっかりだよ」
「そんなことないよ。あの日から、僕はキリトに助けてもらっているんだから」
「……終わらせよう」
「うん!」
デュエル開始のブザーと共に飛び出したのはキリトだ。
エリュシデータとダークリパルサーの二つの刃が光を描く。
放たれた斬撃をヒースクリフは冷静に盾で受け流す。
盾を構えたまま剣を構えようとするヒースクリフだが、衝撃を受けて後ろへ仰け反る。
キリトがスイッチといわず入れ替わったノビタニアンが盾を構えて突撃していた。
その突貫を受けてヒースクリフはのけ反ってしまったのだろう。
ノビタニアンの剣とキリトの剣が交互に繰り出されていく。
声の掛け合いもないままに繰り出されていく剣の嵐に普通のプレイヤーなら慌ててHPを削られて終わるだろう。
しかし、相手はヒースクリフ、ユニークスキル神聖剣を持つばかりか、ソードスキルを生み出した当人である茅場晶彦が相手。
ソードスキルを使えば、自分達が負けることは目に見えている。
だから。
「(ソードスキルは使うなよ)」
「(わかったよ!)」
二人は目配せをしながら武器を繰り出す。
ヒースクリフは二人を相手しているというのに慌てることなく剣をいなす。それどころか目は笑っている。
「(遊ばれている!!)」
キリトは眼前に突きつけられている剣を前に顔をしかめた。
もし、一人ならキリトはここでソードスキルを使っただろう。
キリトは一人で戦っているわけではない。
「うわっ、とと!?」
バランスを崩しながら繰り出したノビタニアンの剣がヒースクリフの頬を掠める。
「キリト、下がって」
「あ、あぁ!」
剣を振り下ろすヒースクリフの攻撃を受け止めてノビタニアンが叫ぶ。
この時、誰もが気付かなかった。
ヒースクリフの体にノイズが走っていた。
「流石だな。二人掛かりでここまでやれるとはとても素晴らしい。ノビタニアン君もユニークスキルを持っていたら苦戦は逃れないだろう」
「その割には余裕の態度だな」
「これでも焦っているのだがね」
三人は攻撃を続けながら会話をする。
最初よりもそこまで余裕が生まれていると思われるが実際は違う。
三人ともすでにHPはかなり削られていた。
回復アイテムを使う暇もなく、HPがどんどん減っていくのだ。
バトルヒーリングシステムも追いついていない。
「しまっ!」
派手な音を立ててノビタニアンの盾が砕け散る。
耐久限界値を迎えたのだ。
隙ができて、ヒースクリフのソードスキルがノビタニアンを捉えた。
衝撃と共に派手に地面へ転がったノビタニアン。
HPゲージが残り数ドットとなった。
ちらりとノビタニアンがキリトを見る。
「くそぉおおお!」
キリトはついにソードスキルを発動した。
ヒースクリフが盾を構えようとした時、その動きが遅れる。
彼が驚いている中、二刀流ソードスキルの“ジ・イクリプス”が放たれた。
躱すこともなくヒースクリフの体に二つの刃が炸裂する。
HPが大きく削られていくヒースクリフは剣を振るう。
派手な音と共にキリトの手の中にあったダークリパルサーが途中で音を立てて折れていた。
「キリト!!」
呼ばれて振り返るとノビタニアンが自身の武器“シルバーナイツ”を投げる。
エリュシデータに匹敵する魔剣。
それを受け取ったキリトは剣を繰り出す。
一撃はヒースクリフの懐へ入り、深々と突き刺さる。
ヒースクリフの体からノイズをまき散らして、消滅していく。
「……やっ、た?」
消滅したヒースクリフの姿を見てキリトは呟いた。
その直後、麻痺から解放されたアスナが後ろから抱きしめる。
はい、SAOアニメの流れはここまでです。
次回からゲーム展開へ入ります。より、好き嫌いが激しくなっていくと思います。
オリジナルも含みますが、書きたい話をやりながら進めていきます。
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11:歪んだ世界
「キリト君!大丈夫!?」
「アスナ……麻痺が解除されたんだな?」
振り返ると涙目のアスナが自分を見ていた。
「心配かけて!今度、あんな無茶をしたら許さないからね!」
「ごめん」
ヒースクリフが倒されたことで麻痺が解除されたのだろう。
倒れていたメンバーがぞろぞろと立ち上がる。
「ノビタニアン~?大丈夫?」
「うん、ありがとう」
ユウキがノビタニアンへ手を差し伸べる。
「もう!ずるいよ!キリトもノビタニアンも!」
「ユウキ、そういう話じゃねぇと思うぞ?」
二人の傍へエギルがやってくる。
「まったく、とんでもねぇ無茶をやりやがって」
「あはは、すいません」
苦笑するノビタニアンの頭をエギルはなでる。
「ま、よくやったな」
「お、おいおいおい!キリの字!とんでもねぇじゃねぇか!」
クラインが興奮した様子でキリトへ駆け寄ってくる。
「クライン……」
「とにかくよぉ、これでログアウトできるわけだよなぁ!」
「……そのはずだ」
しかし、いつまで経ってもログアウトされる様子がなかった。
次第に攻略組の中で不安が広がり始める。
「どうなっているんだ?」
茅場晶彦の言葉通りなら自分たちはログアウトできるはず。
それが起きないのはなぜか?
「キリト、どうする?」
「このままここにいても仕方ない……次の層へ向かおう」
「やっぱ、そうするしかねぇよな」
クラインがやれやれといいながらキリト達は次の層への階段を歩み始める。
「あ、そうだ、ノビタニアン、これ」
キリトは手の中にある“シルバーナイツ”をノビタニアンへ渡す。
「ありがとう……折れちゃったね。ダークリパルサー」
「ノビタニアンの盾も……次の層で補充しないとな」
「そういえば、あれのこと、聞けなかった」
「あぁ」
ノビタニアンの言葉でキリトは思い出す。
戦う直前、ヒースクリフは“ネコ型ロボット”という単語を放った。
この世界においてそれを知っているものはキリトとノビタニアンの二人だけのはず。
二人の頭に浮かんだのは青い彼のこと。
もう会えない筈の存在をヒースクリフは、茅場晶彦はどうして知っていたのか。
その謎を残しながらキリト達は七十六層へ到達する。
「うわぁ~!」
次の層へ到着して広がる景色にユウキが驚きの声を上げる。
緑が豊かな階層だ。
青く広がる空に優しい風が彼らの頬を撫でる。
「これが第七十六層」
第七十六層アークソフィアへキリト達は到着する。
「キリの字。第七十六層のアクティベート完了したぜ!」
「ありがとう、クライン」
街で装備などを整えて彼らが中央の転移エリアへ戻るとアクティベートを終えたクラインが待っていた。
「ごめんなさい、クラインさん」
「ただなぁ、ちょっと問題が発生してんだよ」
「問題?」
「ま、とにかく、どこでもいいから下層へ転移してみろよ」
「じゃあ、僕がやってみるよ」
ノビタニアンが転移門の前に立つ。
階層を選んで転移する。
光に包まれてノビタニアンが消えた。
―と思うと光が現れてノビタニアンが姿を見せる。
「……あれ?」
周りを見てアークソフィアにいることに気付いてノビタニアンは困惑した。
「どうゆうこと?」
「クライン、これは」
「それがよぉ。どういうわけか七十六層より下の階層へ転移できねぇんだよ」
「……そんな!」
「とにかく、何度か試していて、他の階層にいる連中に頼んで上がってこないように注意を促しているんだ」
「そうね、レベルの低い人がここへきて戻れなくなったら大変だね。リズに」
その時、キリト達の前で光が現れたと思うと女性プレイヤーが現れる。
「あ、キリト、アスナ!ついでに二人も」
「リズ!?どうしてここに!!」
「どうしてって、ボス討伐でとんでもないことが起こったって聞いてね。アンタ達のことが心配になってやってきたのよ……」
「あ、あのリズ」
「それにしても、アンタ達、見たところ武器も大分、消耗しているみたいね~、任せなさい。鍛冶職人である私がしっかりメンテしてあげるからとりあえず武具店の方まで」
「あのさ、リズ、大事な話があるんだ」
「へ?何よ」
「実はね、今、システムに何か問題が――」
バシュと転移門から新たにやって来るプレイヤー。
「ぶはっ!?」
光が消えると同時に青い影がノビタニアンへとびかかった。
「ぴ、ピナ!駄目だよ!!」
飛び出してきたのは深紅のようなドレスの装備を纏った少女。
「あれ~、キミって、シリカ?」
「ゆ、ユウキさん!?キリトさんも!お久しぶりです」
「ブハッ!シリカちゃん、久しぶりだね……もしかして、このフェザーリドラがピナ?」
「キュルルルル」
ノビタニアンの腕の中にいるフェザードラゴン、ピナは嬉しそうにノビタニアンの顔をなめる。
「ピナ!もう……ノビタニアンさん、ごめんなさい」
「ううん、大丈夫。それにしてもシリカも、もしかして心配になって?」
「はい!ノビタニアンさん達に何か起こっているんじゃないかって不安になって落ち着かなくなって……」
「この子も、ね」
アスナが神妙な表情で二人へ呼びかける。
「あの、リズ……それとシリカちゃん。大事な話があるの」
「どうしたのよ?さっきも何か言おうとしていたけれど」
「はい?」
「実はね……」
アスナが転移門について説明する。
「嘘ぉ!?店へ戻れないの!!」
「そんな、私……どうしたら」
「大丈夫。僕達が手助けするから!」
「ノビタニアンさん……」
ノビタニアンの言葉でシリカは安堵の表情を浮かべる。
「むぅ……ボクもいるからね!!」
ノビタニアンを半ば突き飛ばすようにしてユウキが言う。
「そうだな、この層のフィールドに出ずに安全圏でクエストを受けてレベルの底上げをすればなんとかなるだろう
「キリト君!なにか光っているよ!?」
「なっ!?」
驚くキリトの前で小さな光が起こるとそれは人の形となる。
白いワンピースに腰まで届く黒い髪。
「パパ!!」
「ゆ、ユイ!?」
「ユイちゃん!?」
現れたのは黒髪の小さな少女、ユイ。
少し前まで一緒に生活していた少女だ。
「また会えてうれしいよ!ユイちゃん!」
「はい!」
「でも、どうして、会えたんだ?」
「実は……カーディナルが現在、問題を抱えていて、システムの何割かに膨大な負荷がかかっているようで、私もこの世界で活動できるようになったんです」
「そうなんだ!嬉しいよ!またユイちゃんと一緒にいられるんだね!」
「はい!パパ!ママ!」
「あのぉ」
申し訳なさそうに三人へ割り込んだのはノビタニアンだ。
「申し訳ないんだけど。そこの方たちが目の前の事態に困惑しているので説明よろしく」
「え?」
「は?」
キリトとアスナが振り返ると顔を真っ赤にしているシリカと面白いものを見つけたようなリズベットの姿があった。
「僕達はエギルが購入した宿へいっているから~」
「頑張って~~!」
ひらひらと二人は手を振ってその場から離脱する。
「よぉ、ノビタニアン、ユウキ、お前達の分も部屋を抑えておいたぞ」
「ありがとう、エギルさん。それより大勢が押し掛けることになると思うけれど、大丈夫?」
「おう!事前に連絡を受けていたからな。ここでしばらく生活することになっちまうしなぁ」
「それより、ほかに大きな問題とかないですか?」
「……お前ら、スキルの方とかチェックしたか」
「うん、スキルのいくつかがリセットされていたよ」
表情を暗くしてユウキが言う。
七十六層に来てからステータスなどが一部リセットされていた。
これもシステムに問題が起こっているのだろうと推測されている。
「新たに育て上げないといけないわけだが、モンスターがどんな動きをするのかわかんねぇしなぁ」
「そうですね。僕達も注意しないと」
「そうだ!」
ポン!とユウキが手を叩く。
「どうせだし、二人でモンスター討伐行こうよ!」
「えぇ!?」
「周辺のモンスター相手ならなんとかなると思うんだ!試しに行こうよ。ソードスキルもレベル上げしたいし」
「……まぁ、行こうか。エギルさん、後でキリト達がやってくるからお願いします」
「おう、気をつけてな」
エギルに手を振って二人はフィールドへ出る。
アークソフィアから少し出たところのモンスターとユウキ、ノビタニアンが戦ってみたのだが、問題なかった。
「普通だね」
「普通というか、七十五層のモンスターより弱い気がするなぁ」
剣を構えながらノビタニアンが首を傾げる。
「それより、ノビタニアンの盾、やっぱり性能が落ちているね~」
「そうだね。前の盾が砕けちゃったから、新しいものも前のと比べるとやっぱり、使いにくいところも……」
「はいはい、先を急ぐよ!」
先を歩くユウキの姿を見て、ふとノビタニアンは気になった。
「もしかして、心配してくれている?」
「なんのこと~?先を急ぐよ」
「あ、待ってよぉ!」
ずんずん進んでいくユウキの姿を見て慌ててノビタニアンは追いかけた。
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12:連続する異変
「キリの字。東の森の噂、聞いたか?」
エギルの店、もとい宿屋でキリトがくつろいでいるとクラインが話しかける。
「噂?」
「おう、なんでも東の森に妖精が出るらしいぜ」
あくまで噂の領域を出ないらしいのだが攻略のために東の森へ出ていたプレイヤーが金髪で背中に羽をはやした妖精をみたという。
妖精はプレイヤーの姿を見ると慌てて森の中へ消えていったらしい。
「NPCのクエストか?」
「わっかんねぇんだよなぁ。それでお前達、東の森へ行くっていっただろ?何か見つけたら教えてくれってことだ」
「わかった、注意してみるよ」
クラインにそういってキリトは部屋からやってきたノビタニアンをみる。
「おはよう~」
「ノビタニアン、寝坊だぞ」
「ごめんごめん」
装備を整えてキリトとノビタニアンはフィールドへ出る。
あれからシリカとリズベットの二人もエギルの宿で生活をしている。現在は町中のクエストでレベル上げを試みているらしい。
キリトがアルゴに頼んで情報を集めて勧めたという。
ユウキとアスナは二人でレベル上げをしている。
今回は男女別々の行動。
キリトとノビタニアンはモンスターを倒しながら東の森へ足を踏み入れる。
「ここに妖精がいるんだよね?」
「クラインの話によるとな」
エリュシデータと第七十六層のショップで購入した片手剣を構えてキリトとノビタニアンは森の中へ入っていく。
二刀流の情報が公表されてから、キリトは隠すことなく二つの剣で攻略をしていた。
その方がより早くこのゲームをクリアできるだろうと考えたからだ。
昆虫系のモンスターが現れるも二人のソードスキルで倒される。
「妖精、いないね」
「見間違いだったのかもなぁ」
キリトが首を傾げていると森の奥。
太陽の光が差し込む場所。
その中に立っている人の姿があった。
それだけならプレイヤーかNPCだと判断するが、二人の目はその人物の背中。
光を受けて反射している小さな羽。
羽がついているその姿はまさに。
「妖精!?」
ノビタニアンの叫びに妖精は振り返る。
長い金髪が揺れる中、少女は二人の姿を見ると目を見開く。
「お兄ちゃん……」
目を見開いていた少女はキリトの手を取って喜びの表情を浮かべていた。
対してキリトは困惑するばかりだ。
「えっと、キリトは妖精さんの妹がいたの?」
「い、いや!?もしかしたらそういうクエストかもしれないぞ?それにしてもこの妖精、とても綺麗だな」
「何を言っているの!?私だよ!私!」
「いや、私っていわれても身に覚えがないし」
「私だよ!直葉だよ!」
「は!?スグ!!?いやいや、ありえない、スグじゃない!だって、ここまで胸大きくないし」
キリトの言葉を聞いた直後、少女は拳を繰り出す。
拳を受けたキリトは数メートルほど吹き飛び、地面へ倒れた。
「キリト……」
「いってぇな!おい!」
顔を抑えながらキリトは睨む。
少女は自分の胸元を抑えて顔を赤くする。
「そりゃ、二年もあれば私だって成長するよ!のび太さんも!私だよぉ!桐ケ谷直葉だよぉ!」」
「え!?どうして、僕のリアルの名前を……?って、本当に直葉ちゃん?」
「はい!」
にこりとほほ笑む金髪ポニーテールの少女はノビタニアンの質問に大きく頷く。
「仮にスグだとしたら、俺とノビタニアン……いや、のび太について知っていることを答えてくれ」
「えっと、桐ケ谷和人がお兄ちゃんの名前でしょ……野比のび太さん、お兄ちゃんの一番の親友でドジで間抜けっていわれていてテストはいつも赤点、スポーツもダメ。得意なのは射撃とあやとり、0点のテストの隠し場所は」
「ストーップ!もういいから!僕のことをこれ以上いわないでぇ!」
涙目ながらにノビタニアンが止めに入るが間違いない。
目の前の金色の妖精はキリトの妹だと。
「もう、こんなのユウキに聞かれたらからかわれちゃうよ……それにしても直葉ちゃん……なら、どうしてそんな髪を染めているの?」
「え、あ!?そっか、これ、ALOのアバターだった!」
くるりと自分の体を見て直葉はポンと手を叩く。
「ALO?」
首を傾げるノビタニアン。
「とにかく、詳しい話を聞きたいから俺達の拠点としている場所へ行こう……そうだ、スグ」
「なぁに?」
「この世界ではリアルの名前は厳禁だから、俺のことはキリト、のび太のことはノビタニアンと呼んでくれ。それでスグのことは」
「リーファだよ!」
「リーファ、とにかく町へ行こう」
「うん!」
二人に会えたことが嬉しいのかにこにこと直葉、もといリーファはキリトとノビタニアンの左右の手を掴む。
「懐かしいな。これ」
「昔はみんなで一緒に歩いていたもんね!」
嬉しそうにほほ笑むリーファ。
「本当にお兄ちゃんに会えた……よかった」
「え?」
「何でもない!」
首を振るリーファに二人は首を傾げながらもアークソフィアへ歩み始める。
「あれ、なんだ?」
街へ戻ったキリトが空を見る。
他のプレイヤーも何事かと見上げていた。
「え、なに?」
戸惑うリーファ達の上空が歪む。
どす黒い波のようなものが起こり、そこから何かが落ちてくる。
「くそっ!」
「キリト!」
キリトが落下する影をみて駆け出す。
「届け!!」
両手を伸ばして落ちてきたものを受け取りながら地面をスライディングする。
少し遅れてノビタニアンがやってきた。
「人……!?」
「あぁ」
「え、何?」
「キリト君!これは?」
「なになに?落とし物~?」
街へ戻ってきていたのだろうアスナとユウキがやってくる。
ノビタニアンがキリトの腕の中にいる少女を見た。
「女の子?」
「キリト、どこで拾ってきたのさ~」
「いや、空から落ちてきたんだよ……それよりも騒ぎが大きくなる前に宿へ行こう。リーファも」
「あ、うん!」
「うわっ!羽がついている!」
ユウキはやってきたリーファをみて驚きの声を漏らす。
いろいろと質問しようとするユウキに待ったをかけてキリトが宿へ歩き出した。
「あの子はまだ寝ているから先にリーファについて話をしておこうと思う」
宿に集まったのはキリト、ノビタニアン、アスナ、ユイ、シリカ、リズベット、リーファ、エギル、クラインだ。
「リーファはリアルの俺の妹なんだ」
「は!?」
「キリの字、お前に妹がいるのは聞いていたけれど、向こう側、現実の世界にいるはずだろ?」
「そうなんだよ。でも、リーファはここにいる」
「付け加えておくと僕とキリトで本物かどうか確認したからそこは安心してね」
「キリトの妹かそうでないかはともかくとして……なんで背中に羽なんてあるのよ?」
リズベットの質問に答えたのはリーファだ。
「実はこの体はALOっていうゲームのアバターなんです」
「ALO?」
リーファの話によると彼女の体はSAO以降に作られたVRゲームソフトのアバターだという。
そして、そのゲームをプレイ中にどういうわけかSAOの世界へ飛ばされたらしい。
「俺達が閉じ込められた後にVRが作られているのか、信じられないな」
「そうだね。普通はなくなると思ったんだけど」
誰もが驚きを隠せないようだ。
「でも、その羽は?」
「あ、ALOでは空が飛べるんです」
「嘘!?」
「凄いです……」
リズベットとシリカが驚く。
空を飛べる。
SAOにおいて、空を飛ぶことはできない。
飛行モンスターにしがみついて、飛ぶということはできるがそれはまた別の話だ。
「いいなぁ、空を飛べるなら飛んでみたいよ!」
羨まし気に答えたのはユウキだ。
「そうだね。空を飛べるなんて。めったにできないことだよ」
アスナも同意する。
「でも、この世界じゃ飛べないみたいなんです」
「なぁ、ユイ。これはどういうことなんだ?」
「おそらくですが……カーディナルに何か異変が起こっているのかもしれません。さっきの人も……もしかしたら別のゲームで巻き込まれたのかもしれません」
「おいおい、それはとんでもねぇことだぞ」
クラインが驚きの声を漏らす。
もし、リーファのように他のVRゲームをプレイしている人がSAOの世界に引き込まれているとしたら。
これは中だけの問題ではなくなってしまう。
ユイの言葉にキリトは思案する。
その時、後ろでのそりと音がした。
全員が振り返ると空から落ちてきた少女が目を覚ます。
「ここは……」
「あ、目を覚ました――」
「きゃっ!」
覗き込んだキリトをみて黒髪の少女は拳を繰り出した。
「ぶっ!?」
衝撃を受けてキリトは後ろへ座り込む。
「あ、アンタ、何よ!」
「落ち着いて、もう、キリト君、女の子に不用意に近づいちゃだめだよ」
アスナがキリトへ注意した。
「まぁ、仕方ないわね。アンタのような黒づくめじゃ怪しまれるのは仕方ないわね」
リズベットが苦笑する。
「いや、心配したから、それにしても変か?」
キリトは自分の格好を見る。
「おにい……キリト君、昔から服にこだわりとかなかったよね」
「うーん、私は似合うと思いますよ」
「ボクはどっちでもいいや」
シリカは賛同してユウキはどうでもいいと答える。
「おい、それよりもその子、話を聞くべきじゃないのか?」
「おう、その通りだな……ん?」
エギルの言葉で全員が落ち着き、クラインが話しかけようとした時。
起き上がった緑や黒の衣装をまとったショートカットの少女はまっすぐにある人物を見ていた。
「ん?」
見られていることに気付いたノビタニアンがベッドの上へ腰かけている少女を見る。
ふらふらと立ち上がった少女は――。
「え、どうし」
迷わずにノビタニアンを抱きしめた。
「のび太君」
リアルの彼の名前を告げて。
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13:強くなりたくて
「え!?」
抱きしめられたノビタニアンは目の前の事態に戸惑う。
「の、ノビタニアンさん!?」
「お、おいおいおい、これはどういうことだ!?なんて羨ましい展開なんだよぉ!」
目を丸くするシリカと嫉妬の声をあげるクライン。
対するノビタニアンは目の前の事態にただ戸惑うことしかできない。
「えっと、君は……えっと」
「のび太君よね?私よ。詩乃……朝田詩乃」
「詩乃……え、詩乃ちゃん!?」
ノビタニアンは驚きの声を上げる。
少し離れて少女と向き合う。
ショートヘアーで、不安そうにこちらを見ている少女の顔は数年前のあの日を連想させる。
昔の面影が残っている。
ノビタニアンは察した。
「本当に、詩乃ちゃんだ」
「久しぶり、のび太君。それにしてもなにその恰好……コスプレ?」
「えっと、そのぉ、実はここ」
「おい、ノビタニアン、その子は?」
キリトがおそるおそる尋ねる。
「少し待ってね。えっと、詩乃ちゃんはどうしてここに?」
「……思い出せない」
「え?」
「思い出そうとすると頭に靄がかかっているみたいにはっきりしないの。唯一、覚えていたのはのび太君の記憶だけ」
「どういうことかな?ユイちゃん」
「おそらくですけれど、この世界へ来た時のショックなのかもしれません」
「それよりも、ここはどこなの?なんでみんな変な格好をしているのよ」
戸惑う詩乃。
彼女がリーファ同様に外からやってきた人間ならキリトやノビタニアン達の格好は変だといえるだろう。
ノビタニアンがゆっくりと説明する。
「えっと、まずは落ち着いて聞いてほしいんだけど、ここはソードアート・オンライン、二年前に発売されたVRゲームの世界なんだ」
「ソードアート……オンライン、うそ!あのゲームで死んだら現実でも死ぬというあの!?」
「うん、それで……詩乃ちゃん、ここではリアルの名前は禁止なんだ。プレイヤー名……えっと、シノンで呼ぶから、僕たちのことも表示されている名前で呼んで」
「わかったわ……えっと、ノビタニアン?」
「うん」
「どうせだし、自己紹介しましよう!アタシはリズベット!」
「シリカです。この子はピナ」
「きゅるる!」
「俺はエギル。この宿の店主を務めている」
「お、俺はクライン!二十四歳独身!」
「その情報はいらないだろ……俺はキリト、ノビタニアンとパーティーを組んでいる」
「私はアスナ、よろしくね?」
「最後はボクだね!ユウキだよ!よろしく!」
「……よろしく」
それぞれが挨拶をして詩乃こと、シノンは小さく頷いた。
「なぁ、ノビタニアン」
「うん?」
クラインへシノンについての情報収集を行うように頼んだ後、キリトは隣にいる親友へ尋ねる。
「あの子、シノンと知り合いだったのか?」
「……友達、かな」
ノビタニアンの言葉に少しキリトは気になった。
「珍しく歯切れが悪いな」
「うん、その、彼女と出会ったのはあの事件の後なんだ」
「あの事件、か」
ノビタニアンの言葉通りの意味なら“あの事件”とすぐに結び付ける。
「あの後、いろいろとやけくそになって東北の方まで家出した時に知り合ったんだ」
「長い家出だったよなぁ」
キリトがしみじみとつぶやく。
「その家出の途中で知り合って……いろいろとあったんだ」
含みのあるような言い方だが、ノビタニアンとしてはそれ以上、踏み込んでほしくはなかった。
なにせ、シノンこと、詩乃の過去は――深い傷がある。
「キリト、ノビタニアン、情報屋とかに調べてもらったぞ」
クラインが店へ入ってくる。
「どうだったクライン?」
「色々と調べてもらったが、ダメだな。他にこの世界へやってきた奴はいねぇみたいだ」
「そうか……とりあえず、一安心ってところかな」
「そうだね」
キリトの言葉にノビタニアンも同意する。
「とにかく、今後についてシノンと話をしないとな」
「何の話?」
三人で話をしていると噂の本人であるシノンがやってくる。
「シノンさん」
「さん付けはいらないわ。私のことは呼び捨てでいいわ。あなたのことはノビタニアンって呼ぶから」
「え、ああぁ、うん」
「ねぇ、この世界でHPがゼロになると死ぬのよね」
「あぁ。だから安全なところで」
「この世界から脱出するために戦っているのよね」
キリトの話を遮ってシノンが尋ねる。
「あぁ、今は七十六層、百層攻略を目指している」
「命がけの戦い」
「……シノン、もしかして」
ノビタニアンが何かを訪ねようとした時、シノンが決意した表情で答える。
「私も攻略に参加させて」
「な!?わかっているのか!これは」
「わかってる。この世界は命がけの戦いをしている。私は強くなりたいの」
強い意志を宿した瞳でシノンはキリトをみる。
その目に何かが気になりながらもキリトは確認した。
「後悔、しないな?」
「えぇ」
頷いたシノン。
キリトは「わかった」と答える。
「俺やノビタニアンが一緒にレベル上げに付き合う。それが条件だ」
「わかった、よろしくね」
二人とシノンは握手する。
それからというものの、キリトやノビタニアンはシリカ、リズベット、リーファ、シノンらと交互にパーティーを組みながら迷宮区の攻略を行う。
リーファやシノンと出会い、少しばかりの時が進み現在は第七十九層の攻略をしていた。
システム的な問題なのか周辺のモンスターは脅威と言えずSAO初心者であるシノンでもなんとか戦える相手ばかりだった。
「なんというか悔しいわね」
「え?」
短刀を構えながらシノンが半眼でノビタニアンを見る。
「いくら実戦の差があるとはいえ、こうも差が開かれていると悔しい。昔は私の方が強かったから」
「あはは、そ、そうだったね」
昔、うっかりシノンを怒らせてぼこぼこにされたことを思い出してノビタニアンは苦笑する。
仲直りできたがあれはすさまじい思い出だ。
「あれから、シノンは」
「強さを求めてきたわ」
空へ手を伸ばす。
シノンの目は強さを渇望していた。
「私は強くなりたい……あれを乗り越えたいから」
「……シノン、キミは」
シノン。
彼女は幼いころにある事件に巻き込まれた。
その時の出来事から彼女は強さを求めるようになった。
抱えている傷を自分で乗り越えるため。
だからこそ。
「その強くなる手伝い、僕にできるかな?」
「え?」
ノビタニアンの言葉にシノンは驚きの声を漏らした。
目を丸くしている彼女はまじまじとこちらをみている。
「僕は強くないけれど、その手伝い、してもいい?いや、させて欲しい」
「……どうして?」
「放っておけないから、じゃダメかな」
「アンタには関係のないことなのよ?」
「だとしても、僕がやりたいから」
「自分勝手ね」
「ごめん」
苦笑するノビタニアン。
「でもいいわ」
シノンは小さく微笑みながらノビタニアンを見る。
「そこまでいうんだからこれからもっとレベル上げにつきあってもらうからね。さ、次のエリアへ向かうわよ」
「あ、待って、待ってよ!」
歩き出すシノンに引っ張られる形でノビタニアンは歩き出す。
「……本当にお節介ね。そんなアンタだから」
「え?何かいった?」
「別に!ほら、行くわよ!!」
「ノビタニアン、少し、いいかしら?」
あれからボス部屋までたどり着いたノビタニアンとシノンは宿へ戻っていた。
夕食を終えて後は寝るだけの時間となった時、部屋へシノンがやってくる。
「あれ、シノン、どうしたの?」
「この世界のこと、教えてもらおうと思って」
「SAOのことを?」
「そうよ、ここへきて私は日が浅いから。色々と知識とか不足しているからそういう面で足を引っ張りたくないの」
「……別に急がなくても」
「あんなところで足を引っ張りたくないもの」
シノンが言うのはトラップに引っかかった時のことだろう。
簡易的なトラップだったから問題はなかった。
しかし、シノンはそんなミスも許せないらしい。
「私は強くなりたいの」
「強くなりたいっていっても急ぎ足でなれるものじゃないでしょ?」
「……そうだけど」
「何の話~?」
二人が扉前で騒いでいるとユウキがやってくる。
「あ、ユウキ」
「どうしたの?痴話げんか?」
「そんなのじゃないわよ!ノビタニアンにSAOのことを教えてもらいたかったの」
「いいことじゃないの?」
「そうだけど……」
「もう、ノビタニアンは心配性だよ!シノンだって、力になりたいって思っているんだからさ!」
「……そう、だけど」
「いいわ、私が焦りすぎたみたいだし」
「わかったよ。いろいろと教えるよ」
ノビタニアンは折れてシノンの提案を受け入れる。
「そうこなくっちゃね!」
「(ユウキめ……覚えていろよぉ~)」
笑顔で去っていった台風娘を恨みながらノビタニアンはシノンへレクチャーを行う。
彼女の強くなりたいという思いにこたえるため。
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14:楽しい日々?
仮面ライダークロニクル、オーディナルスケールで使えそうだな。誰か書いてくれないかな。
EXステージで書いてみるか?
ちなみに今回の話は次の話のつなぎです。
「これはどういうこと!?」
エギルの宿でリーファが叫んでいる。
彼女はキリトへ詰め寄っていた。
「いや、リーファに説明をまだしていなかったけどさ……えっと、説明する時間を俺に」
「リーファさん、落ち着いてください。パパが慌てています」
「え、あ、ごめんね」
ユイに言われてリーファはキリトを放す。
「説明するとかなり難しいんだけど、ユイは俺とアスナが見つけた子供なんだ」
AIだということを遠回しに説明しながらキリトはリーファへ伝える。
最初は驚いて慌てていたリーファだが、説明を受けて納得した表情を見せる。
「もう、驚いたよ。私、二年の間におばさんになったかと思っちゃった」
「そうだよね」
リーファの言葉にノビタニアンも同意する。
「いや、ノビタニアンは知っていただろ!?」
「ぴゅー、ふぃ~」
「吹けていないよ!?」
ユウキの突っ込みで笑いが広まる。
第七十六層の攻略は順調に進んでいた。
スキル消失やシステムのバグめいた問題はありながらも一からのスキルビルドを行っていく。
かくいうノビタニアンも一部のソードスキルが失われていたがなんとか攻略していた。
キリトがホロウエリアへ行っている間はノビタニアンがユウキやアスナ、シリカ、リズベット、リーファ、シノンと攻略をしている。
最初はレベルが不足していたシリカやリズベットも町中でのレベル上げで最底辺だが攻略組として活動していた。
解放されたキリトがノビタニアンの傍へやって来る。
「お疲れ様、大変だね~」
「そう思うならちゃんと助けてくれ」
「それはそれ、これはこれだよ」
「まったく」
二人は運ばれてきた料理を食べる。
「ノビタニアン」
「はい、ホワイトソースのパスタ」
「おう、こっちはミートパスタな」
「ありがとう」
互いがおいしそうに食べているパスタを交換し合う。
「前から聞こうと思っていたんだけど」
そのやり取りを見ていたアスナが二人へ尋ねた。
「キリト君とノビタニアン君って、仲がいいというか、互いの考えていることが本当にわかっているよね?」
「へ?」
「あ、アタシもそれは思っていた!」
リズベットが頷く。
「攻略も言葉に出さずに動いていますよね。スィッチも掛け声なしでやる時があるし……すごいと思います」
シリカがうんうんと同意する。
「まぁ、キリト君とノビタニアン君は小さいころからの知り合いだし、色々と大冒険を――」
「り、リーファ、それ以上はやめろ」
気付いたキリトがリーファにストップをかける。
何かに気付いたのか彼女も話を止めた。
「どうしたの?」
ユウキとシノンが尋ねるよりも早く食べ終えたノビタニアンが立ち上がる。
「ごちそうさま、僕、眠いから上へあがるね?」
会話を打ち切って、ノビタニアンは階段を上がっていく。
「なんだ?もう寝るのか?」
「あちゃー」
去っていくノビタニアンを見てエギルが首を傾げる中でキリトが額に手を当てる。
「キリト君、もしかして」
「あぁ、アイツは“まだ”引きずっている」
「そっか、悪いことしちゃったな」
「どうしたの?キリト君」
「アタシたちにわかるように説明しなさいよ!」
アスナやリズベット達がさっきの件について尋ねてくる。
しかし、キリトは首を横に振った。
「悪いけれど、この話はかなり根が深いものなんだ。おいそれと話したら……多分、ノビタニアンは俺達に遠慮してここから出ていくかもしれない」
「なんか、信じられないな。普段のアイツの姿からして」
エギルの言葉にアスナ達は頷く。
みんなが話をしている中でユウキはノビタニアンが去っていった場所をじっ、とみていた。
翌日。
ノビタニアンはリーファと共に迷宮区へきていた。
「うーん、ALOと少し違ってやりにくいなぁ」
片手剣を構えながらリーファがぽつりとつぶやく。
レイピアのように細い剣を振るいモンスターを倒す。
その後ろで監督役としてノビタニアンがみている。
「やっぱりというか、なんというか、リーファちゃんはソードスキルなしでも凄いね」
「やっていたゲームはソードスキルがなかったからね、剣道が生かせたんだよね……うーん、私としてはソードスキルになれるのが少し難しいけど、なんとかモノにしないとね!キリト君達の足手まといにならないようにね!」
「そういえば、リーファちゃんはALOっていうゲームをやっていたんだよね?そこはどんなところなの?」
「前も話したけれど、ALOは空を飛べる以外に種族を選ぶの」
「種族?」
「私のこの姿はシルフなんだけど、他にもウンディーネやサラマンダーとかあるの」
「へ~」
「あとはスキルがあることと……魔法かな?」
「魔法!?」
ノビタニアンが驚きの声を漏らす。
「もしかして、チンカラホイって呪文を唱えるの?」
「そんなシンプルなものじゃないよ。英文を読み上げるの」
「うへぇ、僕には無理かな~」
「あははは、このゲームをクリアしたらプレイしてみようよ」
「どうしようかなぁ?魔法を読み上げることは苦手だからなぁ……剣一本だけならなんとかなるかなぁ」
「いけるんじゃないかな?お兄ちゃんやのび太君ならいけると思うよ」
ノビタニアンやキリトの前だとリーファは自然とキリトのことをお兄ちゃんやのび太君というようになった。
「……そういえば、リーファちゃんはみんなの前はキリト君なのに、僕やキリトの時は「お兄ちゃん」なんだね」
「あ、うん。みんなの前だと余計な騒動を生み出しそうだから注意してほしいって言われたの」
「オーイ!ノンビ!」
攻略のために迷宮区を歩いていたノビタニアンへ声をかけるものがいた。
振り返るとローブで頭をすっぽりと隠している女性がやって来る。
「久しぶりダナ!ノンビ」
「あぁ、アルゴ、久しぶり」
フードを外して露わになる顔には三つの髭のようなペイント。
情報屋のアルゴだ。
「まさか、ノンビとこんなところで会うとは思わなかったゾ!デートの最中とはナ!」
「デ、デート!?」
「違うよ。アルゴ、リーファちゃんのレベリングに付き合っているだけだから、情報売買の素材にしようと考えないでね」
念のため釘をさす。
間違ってキリトにおかしな情報が伝わってデュエルとなったらしゃれにならない。
「チェー、白銀の剣士の面白い情報になると思ったんだがナァ」
「やめてくれよ~」
「白銀の剣士?」
「あぁ~、そっか、東の森の妖精というのはアンタだったんだナ。どうせだからただで教えてやるヨ。コイツは、白銀の剣士といわれてSAOの中じゃ三剣士の一人に数えられているゾ」
「へぇ、凄いな!」
リーファが驚きと羨望のまなざしを向ける。
歯がゆい気持ちになりながら首を振った。
「もう、やめてよ。それよりどうしてこんなところに?町中で情報集めしていると思ったんだけど」
「まぁナ。そうだ、ノンビ、情報を買わないか?」
「いくら?」
「五百コル」
「はい、どうぞ」
アルゴが提示した額にノビタニアンが支払う。
目の前の光景にリーファは目を丸くしている。
「毎度~、さテ、情報についてだが、近々、攻略組に新しいギルドが参加するゾ。もともと、中層で活動していたみたいなんだがな。この数日の間にメキメキと実力をつけてあがってきたんダ」
「へぇ~」
「ま、わかっていることはこれくらいダナ」
「ありがとう、また、色々と情報があったら頂戴~」
「毎度アリ~~」
アルゴはそういうと走り去っていく。
「は、速いなぁ」
「アルゴの敏捷はキリトに匹敵するものがあるからねぇ」
驚くリーファにノビタニアンは苦笑する。
「さっきの人、アルゴさんって」
「情報屋だよ。お金を払えば色々と調べてくれるよ。販売しない情報もあれば、こっちの情報が根こそぎ奪われるかもってことがあるから注意した方がいいってキリトが言っていたよ」
「うわー、気を付けないと」
「でも、いい人だから警戒しすぎることはないから」
「うん!わかった」
頷いて二人は攻略を再開する。
この時、ノビタニアンは思いもよらなかった。
アルゴが伝えた情報。
そのギルドがもたらす騒動があることを。
ノビタニアンは予想もしていなかった。
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15:消えない痛み
尚、今回はアンチ色がかなり濃いです。
救済は考えていますが、SAO内で終わるかどうかは不明です。
現在、アインクラッドは第八十五層まで攻略をしている。
今までの攻略と比べると異例の速度。加えて死者が一人も出ていないのは素晴らしいことだった。
一時はスキル消失、システム的なイレギュラーといったことが起こったが今のところ落ち着いている。
キリトはホロウエリアと呼ばれる場所を見つけて、そこにいた“フィリア”という少女と冒険を繰り広げ、
シノンは完全に記憶を取り戻し、八十一層にて“射撃スキル”を獲得し弓を用いて最前線のメンバーと共に戦っている。
少し危険な部分は鳴りを潜めたが、強さを求めて危険なことをしようとするのは変わらなかった。
そして、ノビタニアンは――。
「スィッチ!」
ユウキの叫びと共にノビタニアンが前へ入れ替わりソードスキル“ヴォーパル・ストライク”を放つ。
攻撃を受けて鳥類型モンスターが消滅する。
「やったね!」
周囲にいる敵をあらかた倒した二人は武器を鞘へ納めた。
駆け寄ってくるユウキとノビタニアンはハイタッチを交わす。
「なんか、ノビタニアンとコンビ組んでモンスターを討伐するの、久しぶりだね~」
「そういえば、最近はシリカちゃんやシノンと組んでいたからなぁ」
「キリトはホロウエリアをいったりきたりだし、アスナさんは血盟騎士団の立て直しでバタバタしているもんね」
「ボク達、三人でパーティーを組んでいたのが昔みたいだよ」
「そうだね……二年間ずっと組んでいたからいきなり離れるとそう感じるんだ」
「え?」
ユウキが驚いた顔をしてノビタニアンを見る。
「どうしたの?」
「う、ううん。そろそろ街へ戻ろっか!ボク、お腹すいたよ」
「そうだね」
「(そうだよ、ありえないよ。ノビタニアンが今にも泣きそうな顔をしていたなんて……)」
戸惑った様子のユウキだが、ノビタニアンの顔を見て見間違いだと思い街へ歩き出す。
アークソフィアへ戻る途中、キリトと遭遇する。
「あれ、キリト?」
「やっほー、キリト!」
「ノビタニアンにユウキ、攻略の帰りか?」
「うん、これから宿に戻ってご飯のつもり!キリトは」
「俺も戻ろうか……あれは」
転移門の近くで立っている女性。それはアスナだった。
「キリト君、みんなも、こんなところでどうしたの?」
「いや、通りかかっただけだけど、アスナはどうしたんだ?」
「私は見てのとおり、待ち合わせ、攻略に参加したいギルドがあるってね、血盟騎士団宛に連絡があって、そのギルドリーダーと話をするの……本当は二組あるんだけど、時間をずらして、これからその一組目とお話するんだ」
「参加したいって、凄いやる気だね」
ノビタニアンが驚きながらアスナも頷く。
「一組目は最近、頭角を現したハイレベル集団、かなりの強さなんだって、結構評判になっているの。もう一組目は中層で活動していたんだけど、最近、攻略に追いつけるようになったみたいで参加を希望したの」
「へぇ、それは頼もしいな」
驚いた表情でキリトが頷く。
「そうだ、キリト君達もご意見番として一緒にいてよ」
「え、俺、そういうの苦手なんだけど!?」
「ボクはいいよ!強い人ならみてみたいし!」
「僕達で役立つならオーケーかな?」
渋るキリトに対してノビタニアンとユウキはオーケーを出す。
「ね、お願い。居てくれるだけでいいから」
「ん~、でもなぁ」
未だに渋り続けるキリトに対してアスナが最終兵器を透過する。
「ふーん、じゃあ、今日の晩御飯は煮込みハンバーグにしようと思ったけれど、やめて黒パンね」
「えぇ!?」
「あぁ!いいなぁー!ボク、煮込みハンバーグ食べたい!」
「ユウキは食べさせてあげるね。ノビタニアン君もどう?」
「え、いいのなら」
ちらりとキリトをみてからノビタニアンも頷く。
再度、アスナはキリトを見る。
「ね、お、ね、が、い」
「わかったよ、そのかわり晩御飯は煮込みハンバーグだからな」
「もちろん、任せておいて」
キリトが了承した時、彼らの前にプレイヤーがやって来る。
「来たみたいね」
「お初にお目にかかります。アルベルヒと申します」
アルベルヒと名乗ったプレイヤーは輝く鎧に流れるような金髪、柔和な笑みを浮かべている。
「(装備はそれなりのものをそろえているようだが、なんだろうこの違和感?装備に相応するだけの気迫というか、経験的なものを感じられない)」
キリトは冷静にアルベルヒを観察する。
「はじめまして私が血盟騎士団副団長のアスナです。本日はよろしくお願いします」
「お噂はかねがね聞いております。閃光のアスナさん。いやはや、お美しい限りです。もしや現実の世界ではご令嬢だったりするのでは?っと、失礼。この世界では現実世界の詮索はタブーでしたね。フフフフ」
「は、はぁ」
アルベルヒの態度にアスナは戸惑ったような顔になる。
「ボク、あの人、苦手かも」
「こら、ユウキ!」
小さく呟いたユウキへノビタニアンが注意する。
「ところでアスナさん、こちらの方は?」
アルベルヒはキリト達が気になったのだろう、尋ねてきた。
「ええっと、この人達はオブザーバーとして同席してもらっている」
「キリトだ、よろしく」
「ユウキ、です」
「ノビタニアンです。どうも」
「オォ!キリト!黒の剣士様でしたか!?それに紫の剣士様に白銀の剣士様とは!!あなた方のご活躍のおかげで僕達もここまで来られました。攻略組の方々のお力になれますよう、粉骨砕身の覚悟で尽力いたす所存です。どうぞよろしくお願いいたします」
「あ、あぁ」
「……どうも」
「は、はぁ」
アルベルヒの態度にキリトは「(不自然に礼儀正しいというかむしろ、慇懃無礼だ)」という感想を抱き、ユウキは「(この人、嫌いだ!)」と嫌悪を表に出し、ノビタニアンはただ苦笑していた。
「さて、それでは本日はどのようにいたしましよう。我々の実力をお見せできれば、攻略組としてお互いわだかまりなく、協力関係になれると思うのですが」
「そうですね、ではお手数おかけしますが、試験代わりに私とデュエルを」
キリトはアスナに待ったをかけた。
「待ってくれ。そのデュエル俺にやらせてくれないか?」
「え?キリト君が!?」
「俺も攻略組の端くれだからな。新進気鋭のギルドリーダーと聞いて、お手合わせ願いたくなったんだ」
「……?」
キリトの言葉にノビタニアンが不思議そうな顔になる。
「これはこれは、光栄ですね。黒の剣士様直々に剣を交えていただけるとは」
「ちょ、ちょっとすいません」
アスナは少しばかり距離を取る。
ユウキもとてとてと二人の傍へ近づいた。
「ねぇ、急にどうしたの?」
「少し変な感じがする」
「変?」
「アスナは横から見てアイツの実力を判断してくれ。ユウキは危険なものを感じたら止めてくれ」
「オッケー」
「え、でも?」
「頼む」
「う、うん」
真剣なキリトの言葉にアスナは折れた。
攻略組へ参加するかどうかの試験としてキリトとアルベルヒのデュエルが始まる。
「じゃあ、アルベルヒさん、そういうわけだから好きなタイミングで始めてくれ」
「ほほう、なんといいますか随分と余裕がおありで……さすがは黒の剣士様だ。それではお言葉に甘えましていかせてもらいますよ!」
アルベルヒが剣を構えて攻めてくる。
ソードスキルなしの斬撃をキリトはエリュシデータで受け止めた。
「どうです!これが僕の力ですよ」
「(パラメータは高い、おそらく俺やアスナよりも……しかし、この稚拙な動きはなんなんだ?経験もテクニックも何も感じられない)」
高揚しながら叫ぶアルベルヒだが、キリトの中で疑問が膨れ上がっていく。
その間もアルベルヒの攻撃は続いた。
「(システムフォローのない動きのところはまるで初心者が最強のアバターを操っているようなものだ)」
疑問を解消するべくキリトはアルベルヒへ問いかける。
そのやり取りを見ているアスナ、ノビタニアン、ユウキの表情も険しい。
彼らもアルベルヒに疑いの目を向けていた。
「なぁ、アルベルヒ。まさか手加減しているってことはないよな?」
「なっ、なに!?それは僕が弱いとでもいうのか!?いいさ、僕が戦いというものを教えてやる」
アルベルヒは激怒すると少し距離を取る。
ソードスキルを出すのか?とキリトが身構えていると――。
「(砂埃エフェクトでめくらまし?)」
「キリト君!」
「この!」
「駄目だよ。ユウキ」
止めに入ろうとしたユウキをノビタニアンが止める。
視界を封じられたキリトへアルベルヒが攻撃を仕掛けた。
「こんな使い古された手を今更」
キリトは過去に同じ手を受けたことがありその対処法を知っている。
「おっと外したかタイミングよく転んだな」
「(俺がローリングで攻撃を避けたのを転んだと勘違いしているのか、何もかもビギナーレベルだ)」
アルベルヒについてキリトは結論を下す。
「(レベルは高いんだろうが、この実力でこられても攻略組と足並みを乱すだけだ)」
攻めてくるアルベルヒを前にエリュシデータで受け流しソードスキルを放つ。
受けたアルベルヒは敗北となり勝者はキリトとなる。
「勝負あったな」
「う、うそだ僕が負けるはずがない!データがおかしいんじゃないか!このクソゲーが!」
負けたことで隠していた本性が露わになったのか自分の敗北をゲームシステムのせいにする。その姿にユウキは興ざめという顔をして、ノビタニアンも溜息を吐いている。
「あの、アルベルヒさん、残念ですけど、もう少し力をつけてからご連絡をいただくということで」
おずおずとアスナが結果を伝える。
「能力的には問題ないはずなのですが」
アスナに声をかけられたことでアルベルヒは冷静さを少し取り戻した様子だ。
笑みを張り付けて尋ねる。
「最前線はレベルが高ければ攻略できるというようなものではないんです。ですから、ごめんなさい」
「わ、わかりました」
悔しさを滲ませながらアルベルヒは頷く。
「しかし、いずれ僕の力を必要とする日がくるでしょう、その時は遠慮なく声をかけてください」
そういうと彼は去っていく。
「なんだか、おかしな人だったね」
「おかしすぎるよ!キリトに目くらましなんて最低だね!ボクだったら容赦しないよ」
「あとあと、何かの火種にならなきゃいいんだが」
「そうだね……」
アスナが神妙な表情で頷いた。
「そういえば、もう一組いるんだよな?どんなギルドなんだ?」
「えっとね、メンバーは四人なんだけど、最前線でも戦えるみたい」
「さっきみたいな人だったら嫌だなぁ」
「そこは大丈夫だと思う。団長も気にかけていたみたいだから」
「ヒースクリフが?」
アスナの言葉にキリトが目を見開く。
「ねぇねぇ、どんなギルドなの?」
「えっとね……あ、来たみたい」
前を見たキリトは目を丸くした。
やってきたのは四人の男女。
一人は丸い体格をしているが腕は太く、リアルに殴られたらとても痛いだろう。
もう一人は独特な髪形をしており、それを大事そうに撫でて居る。あとメンバーの中で低身長。
続く男の子はさわやかな笑顔が似合う、知的なイメージを持つ。
最後の一人は女の子で肩にまでかかる髪の毛をうなじ当たりで左右に分けている。
驚いているキリトは隣を見る。
ノビタニアンも同様で信じられないという表情をしていた。
「あなた達がギルド“ジャイアンズ”ですね?私はアスナ、血盟騎士団副団長を務めています」
「おう!俺さ……俺は“ジャイトス”、このギルドのリーダーだ!」
「話ではギルドのリーダーだけが来ると聞いていましたが」
ちらりとアスナは他のメンバーを見た。
HPバーの近くに表示されているマークから同じギルドのメンバーということがわかる。
「すいません、僕達も攻略へ参加するつもりなので、話を聞きたかったのですが彼が話を勝手に進めてしまい、後になる形となってしまったんです」
話へ入ったのは“ヒデヴィル”という名前のプレイヤーだ。
「ま、僕ちゃん達にかかればすぐに攻略組に入れるもんね~」
呑気な態度をとっているのはスネミスという低身長の少年だ。
「あのぉ……その人たちは?」
最後の一人、シズカールという女性プレイヤーがキリト達をさす。
「彼らは私のオブザーバーとしてきてもらっています」
「キリト、こっちはノビタニアン、ユウキ、この二人とパーティーを組んで攻略に挑んでいる」
「ふーん、強そうに見えないねって、お前達“和人”に“のび太”じゃないのか!?」
スネミスが二人をみて驚き、特にノビタニアンをみて指さす。
さらにいうとリアルの名前を叫ぶ。
「間違いない。おい!のび太!お前、攻略組にいたのかよぉ!ふーん、お前みたいなドジでノロマな奴でも攻略組になれるんだぁ!なら、僕ちゃん達でも楽勝じゃん!」
「ちょっと」
「やめろ、スネミス。攻略組を甘く見るな。彼らは多くの階層のボスと戦っているんだぞ」
止めようとするアスナよりも早くジャイトスが注意する。
「へ?なぁにいってんのさ!この、のび――」
ジャイトスがスネミスを睨む。
それだけで冷や汗を流してスネミスは口を閉じる。
「すまない、俺の仲間が」
「い、いや」
ジャイトスの言葉にキリトが首を振る。
コイツ、こんな奴だったか?と内心、キリトは思っていた。
見計らってアスナが提案した。
「それじゃあ、皆さんが攻略組に入れるかどうかデュエルをしてもらいます。デュエルの相手は」
「僕ちゃんがやりまーす!相手は!」
スネミスが勝手に名乗りを上げてデュエル申請を行う。
その相手は。
「お前だ!のび太!!」
スネミスが選んだ相手はノビタニアンだった。
「おい!」
「いいじゃん!こいつみたいな最底辺とやりあえるならとりあえず攻略組に入れることはわかるんだからさ!」
「ちょっと!」
「いいよ」
我慢の限界を迎えたユウキが叫ぶよりも早く、ノビタニアンが頷く。
しかし、その声を聴いたとき、アスナ、キリト、ユウキは驚きを隠せなかった。
いつもと変わらない表情。
だが、彼の発した声は今まで聞いたことがないほど低く、暗い何かを含んでいる。
それに気づけたのはともに死地を潜り抜けてきた仲間だけだった。
「の、ノビタニアン?」
「デュエルは半減決着でいいよね?初撃だと判断できないだろうし」
「ふふん!いいとも~!」
相手が自分の知っている人物だから余裕だとスネミスは思っているのだろう。
手の中にある短剣をくるくると遊びながら構えるスネミスに対してノビタニアンは愛用している片手剣を水平に構えた。
「(楽勝、楽勝!だって、相手はあののび太だぜ?僕ちゃんが負ける理由なんかないもんね!)」
リアルのノビタニアンを知っているからスネミスは浮かれていた。
だから、彼は見落としていた。
ここはSAO。
レベルの差が大きければ大きいほど、その力はおそろしいものになると。
なによりスネミスは知らなかった。
ノビタニアンは攻略組において最底辺ではないと。
キリト同様に白銀の剣士という呼び名を持つタンクとしても、剣士としても実力のある人物だということに。
デュエル開始と共にスネミスが駆け出す。
瞬間、眼前に刃が見えた。
「へ?」
間抜けな声を上げるとともにスネミスの顔に片手剣ソードスキル“ヴォーパル・ストライク”が炸裂する。
「ぶべら!?」
顔にダメージはないが衝撃は相当なものだ。大きく仰け反る。
ブンと剣を振るう。
「こ、このぉ!僕ちゃんの顔に!!」
怒ったスネミスがソードスキル“ラプッド・バイト”を繰り出す。
短剣が当たる直前、ノビタニアンはバトルスキル“パリング”を発動。
衝撃によってスネミスの動きが止まり、ソードスキルがキャンセルされ、硬直する。
「え、ちょっ」
動けないスネミスに容赦のないソードスキルの嵐が降り注ぐ。
「や、やめっ!」
HPがみるみる減少していく。
デュエルなので死にはしないが目の前でHPが大きく減ることは恐怖する。
ぶるぶると震え、瞳に涙を浮かべ始めた。
「これで終わりだよ」
冷たい声と共に放たれたバーチカル・スクエアがスネミスのHPを奪う。
HPが半分となりデュエルの勝敗が決まった。
「キミの負けだよ」
表情を変えずノビタニアンが告げる。
恐怖のあまりスネミスは座り込んでしまう。
「酷いわ!」
デュエルが終わり、瞳に涙を浮かべながらシズカールが抗議する。
「酷い?」
「そうよ!動けない相手をここまでいたぶる必要なんてあったの?」
「いたぶるなんて勘違いしないでくれない?」
ノビタニアンは肩をすくめる。
「僕はこれでも“手加減”していたんだよ?最初のソードスキルもわかりやすいものをチョイスしていた。攻略組の人なら予想して対策をとることもできた。僕がソードスキルを出す直前、少し間をおいていた。普通ならそれがわかるはずだ。だよね?アスナさん」
「え、えぇ……」
いきなり話を振られてアスナは戸惑いながらも頷く。
「だとしても、こんなの!“のび太”さんらしくないわ!!」
「シズカール君、落ち着いて、リアルの名前は駄目だよ!」
涙目で訴えるシズカールをヒデヴィルが止める。
だが、その声はノビタニアンへ届く。
「らしくない?」
ノビタニアンは顔を上げる。
その顔は怒りに染まっていた。
視線は気絶しているスネミス、佇んでいるジャイトスだけではない。二人にも向けられている。
「キミ達が僕の何を知っているのさ?“あの日”止めることもせず、みているだけだった二人やあんなことをしたこいつらを僕は許せない……僕は」
そこで冷静さを取り戻したのだろう。
ノビタニアンはハッとした表情で周りを見た。
ユウキは不安そうな表情を浮かべ、
アスナは困惑している。
キリトは何も言わない。
「ごめん、少し冷静さを欠いていた。アスナさん、あとは任せるね。僕はエギルさんの店へ戻るよ」
剣を鞘に納めるとノビタニアンは去っていく。
茫然としていたアスナだが、しばらくしてジャイトスをみる。
「ジャイトスさん、攻略の件ですけど」
「うちの仲間がすまないことをしたな。結果は後日でいい。こいつを連れて帰る」
淡々とした態度でジャイトスは気絶しているスネミスを抱えるようにして立ち去る。
残された二人もその場を離れた。
「……なんか」
アスナが疲れた顔をして呟く。
「色々ありすぎて頭がパンクしそうだよ」
「そうだな……」
――まさか、アイツらもSAOに囚われているなんて。
キリトは去っていくギルド、ジャイアンズの後姿を見て神妙な表情を浮かべた。
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16:過去から進むために
「ちょっと!いい加減にしてよ!!」
キリトが町中を散歩していると騒ぎが起こっていた。
店の中へ入ると女性プレイヤーに一人の男性プレイヤーがべたべたと触っている。
「なんだよ、これぐらい別にいいだろう?」
「ふざけないで!これ以上やるなら監獄送りにするわよ!!」
「どうぞ?別に構わないぞ」
女性プレイヤーの訴えに男性プレイヤーは慌てた様子を見せない。むしろ挑発してくる。
この行動にキリトは違和感を覚えた。
SAOにおいて異性へ接触する際、ハラスメントコードが発動する。
これを女性プレイヤーがOKすれば黒鉄宮へ転送されてしまう。
「いいのね!今は転送が滅茶苦茶になっているから外周区に飛ばれるかもよ!」
「いいさ?早くしてみなよ」
促す男性プレイヤーに少し驚きながらも女性プレイヤーはハラスメントコードを発動させようとする。
「嘘!?なんで、なんでよ!」
慌てた様子の女性プレイヤーは何度もシステムを起動させようとするがうんともすんとも言わない。
見ていられないとキリトが割って入る。
「おい、やめたらどうだ?相手が嫌がっている」
「おやぁ、これはこれは、黒の剣士様、このようなところで出会うとは攻略組も暇のようですね」
男性プレイヤーの傍に立っていたのは先日、騒動を起こしたアルベルヒだ。
「アルベルヒ」
「さ、行くぞ」
アルベルヒは不敵に笑いながら男を連れて去っていく。
「大丈夫か?」
「え、えぇ……でも、なんでハラスメントコードが」
戸惑いを残している女性プレイヤーを見てキリトは去っていったアルベルヒ達の方を見た。
「犯罪防止コードが発動しないってこと、あり得ると思うか?」
エギルの店へ戻ったキリトはアスナに尋ねる。
「唐突ね……えーと、これまでのことを考えるとそんなことは起きないと思うけど」
アスナは不思議そうな顔でキリトをみた。
「何かあったの?」
「ああ、実はあのアルベルヒを偶然見かけたんだけど、そこで奴の部下が女性プレイヤーに対して強引に迫るような事をしていてさ。それにもかかわらず犯罪防止コードが発動しなかったんだ」
「見間違いとかじゃなくて?」
「被害者の女性プレイヤーも発動しないのがおかしいって言っていたから見間違いの類じゃないと思う」
「うーん、なんなんだろう?」
考えるアスナとキリトへリズベットがやって来る。
「あれ、どうしたの辛気臭い顔して」
「リズ、ちょっと面倒なことになってそうなのよ」
アスナは事情を説明する。
「まずはそいつを攻略組に入れなかったのは大正解ね!」
「痴漢なんて最低ですよ!」
リズベットの言葉にシリカも激しく同意する。
「なんで、セクハラコードが働かなかったんだろう?ゲームシステムの異常なのかな」
「確かに七十六層へ来た時に起きたシステムの異常が関係しているのかもしれないな」
「それなら一回、試してみてはどうでしよう?」
ユイの提案へ全員の視線が集まる。
「試すって?」
「実際にパパが誰かを触ってみて、システムメッセージが出るかどうか試してみるんです」
「え?えぇ!?じゃあ、キリトさんがち、痴漢するってことですか!?」
シリカが戸惑いの声を上げる。
「痴漢?キリトぉ、それは犯罪だよぉ」
咎めるようにユウキが目を細める。
「そうです!そんなことをしてくれるなら、ノビタニアンさんの方がぁ」
「あ、あたし達兄妹だし……そういうのはいけないと思うよ!」
「誰もアンタらにやるなんて言ってないでしょうが……」
戸惑うシリカとリーファにリズベットが呆れた表情でいう。
「じゃあ、じゃんけんで誰がテストするか決めましよう」
ユイの言葉で全員が拳を構える。
「そんなの、みんなに頼めないでしょ……私で試してみて、キリト君」
「まあまま、ここはユイちゃんの提案どおりじゃんけんで決めようよ」
「ちょっとリズ!どういうことかわかっているの!?」
「どういうことってどういうこと?」
「だから、キリト君に触れられちゃうんだよ」
「ああ、そんなこと?もちろん、わかっているわよ。でも、セクハラし放題なんていう一大事かもしれないんだから、みんなで協力してちゃんと調べないとね!」
「(なんか、話が怪しい方向へ動き出したぞ)」
キリトはその場から逃げ出したかった。
しかし、この問題を無視することもできないので動けない。
「あ、あたし協力します!犯罪防止コードに異常がないか、女性代表として調べないといけません!できれば、その相手は」
「アスナさんは攻略でみんなのために活躍されています!あたしはあたしのできる事で、みんなに貢献したいんです!」
「やっぱ、私も参加なのよね。これ」
意気込むシリカとリーファに対して、シノンは呆れた表情をしていた。
「当然!体を張って、この事件を乗り越えましょう」
「乗り越えるというか、自らのっかっていっているように思えるんだけど」
「まー、みんなで楽しもうよ!」」
「(ユウキの奴!?)」
ノリノリで参加するつもりのユウキにキリトはため息を吐く。
「さぁ、じゃんけんをしますよ。ママもこっちへ来て下さい」
「もう……キリト君のバカ!」
「俺のせいなのか!?」
じゃんけんの結果。
選ばれたのはシノンだった。
「なんか、私がやることになったわ」
「そ、そうか」
「一応、信じてはいるけれど、変なところを触ったら容赦しないから」
「お、おう、それで、ユイ。どうすればいいんだ?」
「どこでもいいのでパパはシノンさんに触れてください」
「おう」
キリトはシノンの腕へ軽く触れた。
するとシノンの前に表示が現れる。
「あ、出たわね」
「ということは、システム全体がおかしくなっているってことじゃないみたいだな」
「少し安心したね」
アスナの言葉にキリトは頷く。
「ええ~!肩を触るくらいでセクハラコードが発動しちゃうの~?つまんない」
「結構、シンプルなんだね~」
「リーズー!キリト君で遊びすぎ!ユウキも!大事なことなんだからね!」
「「はーい」」
「(そうなると、アルベルヒ達に何か仕掛けがある可能性が出てくるな、いったいどうやって?)」
キリトは考えるもこれといった答えがでることもなかった。
「もう少し情報が必要だね」
「ひとまず犯罪防止コードが正常だとわかって安心だ。シノンも協力してくれてありがとう」
「どういたしまして、それで……この犯罪防止コード発動っていうウィンドウのOKボタンを押せばいいのよね?」
「うん、いいんじゃないかな?」
頷いたユウキに従って指がOKボタンへ向かっていく。
「それに触れちゃダメ!!」
「それに触れたらキリトさんが監獄行きです!」
「しかも、今は転送がおかしくなっているからちゃんと監獄に送られるか怪しいから!!」
アスナ、シリカ、キリトが慌てて止めに入る。
「そうなんだ……へぇ、よく覚えておかないとね」
「し、心臓に悪い」
「さて、キリトで遊んだところで少し真面目な話をしましようか」
「遊んだってなぁ」
リズベットに文句を言うも、彼女は無視する。
「アタシがいいたいのは、ノビタニアンのことよ!」
「……ノビタニアンか」
「アイツ、ここのところみんなと行動していないじゃない!ほとんど迷宮区へソロでこもっているみたいだし、戻ってきたとしても部屋へいっちゃって誰とも話そうとしない!明らかにおかしいでしょ!」
「そうですね。ノビタニアンさん、メッセージは返してくれるんですけれど、会うことはしてくれません」
シュンとうなだれるシリカの頭をリズベットが優しくなでる。
「そうだね……ノビタニアン君がおかしくなったのはギルドの面接に付き合ってもらったからなのよね」
「面接って。アルベルヒの奴?」
「ううん」
アスナは首を横へ振る。
「ジャイアンズっていう少数ギルドだよ」
「え!?」
驚いた声を出したのはリーファだ。
その目は信じられないという表情をしている。
「リーファ、どうしたの?」
「え、あ、ご、ごめんなさい。キリト君。もしかして」
「あぁ、リーファの思っている通り、彼らだ」
「そう……だったんだ」
瞳を揺らしながらリーファは呟く。
「その様子からしてアンタ達はジャイアンズとかいう連中のことを知っているみたいね」
リーファとキリトの様子から気付いたシノンが尋ねる。
「キリト君、教えて。彼らとノビタニアン君の間に何が起こったの?」
「キリトさん、お願いです!」
「……キリト、教えて、ボクも知りたい」
「みんな……」
「キリト君、話してあげようよ」
リーファに言われてキリトは頷いた。
「これは、リアルのころの話になるんだが、俺とリーファ、ノビタニアンはジャイアンズのメンバーと同じところに住んで遊んでいた友達だったんだ」
「だから、向こうは二人のことを知っていたんだね?」
「あぁ、特にジャイトスとスネミス、シズカールの三人とノビタニアンは幼いころからの付き合いだったんだ……そのメンバーと俺、リーファに加えて、もう一人、ドラえもんっていう奴がいた」
「ドラえもん……?人にしては変な名前ね」
「ドラちゃんは人じゃないんだ。二十二世紀からやってきたネコ型ロボットだったの」
「はぁ!?ロボット!!」
驚くリズベット達に二人は頷く。
「ドラえもんはノビタニアンの未来を少しでもより良いものにするためにやってきたんだ。ノビタニアンと最初はうまく打ち解けなかったみたいだけど、段々と仲を深めて、親友となったんだ。そして、俺達もドラえもんと接していた」
「ドラちゃんはポケットに二十二世紀で作られた秘密道具っていうものを持っていて、私たちはそれで遊んだり、色々な冒険をしてきたんです」
キリトは大冒険を少しだけ話す。
化石から蘇った恐竜、ピー助を恐竜時代へ送った時のこと。
ノビタニアンの部屋の畳の裏が遠い宇宙にある星、コーヤコーヤ星へ繋がり、悪事を働くガルタイト工業との戦い。
もしもボックスという秘密道具で魔法の世界へ向かい、地球を侵略しようとする悪魔族デマオンを倒すための冒険。
地球侵略のためにやってくる鉄人兵団を迎え撃つためザンダクロスと共に鏡の世界で迎えうったこと。
何もかもがブリキでできたおもちゃの島、ブリキン島からチャモチャ星を支配しているナポギストラーの暴走を止めるためにラビリンスといわれる大迷宮を攻略していったこと。
夢を楽しく見られる道具、気ままに夢見る機でユメミール国を支配しようとする妖帝オドロームを倒すために夢幻剣士として大魔導士ドラモンや仲間と共に挑んだ冒険。
タイムホールがマヤナ国へ繋がり、ノビタニアンと瓜二つのティオ王子と共に魔女レディナと戦いを挑んだ話。
他にもいくつか冒険はあるがとてもドキドキ、ハラハラするようなものばかりだった。
勿論、その冒険で悲しい別れもあったが今は語る必要もないだろう。
「でも、別れは唐突にやってきたんだ。ドラえもんは未来へ帰らないといけなくなった」
「どうして、ですか?」
「やり遂げプログラム……ドラちゃんを連れてきたノビタニアンの子孫のセワシさんって人が設定していて、決められたことを遂げられると未来へ帰ってこられるようにって……なっていて、ノビタニアン君は未来を変えるためにやり遂げたと判断されて、二十四時間以内に未来へ帰らないといけなくなった」
「あの時は俺達も別れを悲しんだ。なにより一番、つらかったのはノビタニアンだ」
泣きながら帰らないでといわず、頑張ると約束していたノビタニアン。
ジャイトスと決闘して見事、勝利した時もボロボロながら「大丈夫、頑張る」と言っていた。
「それからしばらく、ドラえもんが帰ってからもノビタニアンは頑張っていたよ。空元気もあっただろうけれど」
だが、その頑張っているノビタニアンにある悲劇が襲った。
「あのスネミスとジャイトスの二人がエイプリルフールでノビタニアンをからかったんだ。それも最悪なタイミングで」
――ドラえもんが帰ってきたという嘘をついた。
「そんな!!」
シリカは息をのむ。
「そんなこと」
「今なら冗談だって言えるかもしれない……でも、当時、まだ別れから抜けきっていなかったノビタニアンにとっては最悪なことだった」
ドラえもんとまた会えると信じてどら焼きまで買っていた彼の顔を思い出してキリトとリーファの表情は曇る。
「あれからだよね。ノビタニアン君が彼らと話をしなくなったの」
「許せないと思うわ。大切な思い出を土足で傷つけたんだから」
シノンの目には少しだが怒りの色がみえた。
「でも、このままにしておくことも出来ないよね。ノビタニアン君を元気にする方法ないかな?」
「元気か……」
「みんなでパーティーをするというのはどうでしよう?」
「そうだね、うん!それがいいと思うよ!」
ユウキが同意する。
「ボク達でノビタニアンを元気にするパーティーをしよう!」
「そうと決まれば、食材を集めないといけないわね」
「私も頑張ります!」
「そうね……手伝うわ」
「キリト君とユウキはノビタニアン君を連れてきてくれる?私たちが準備しておくから」
「わかった」
「うん!行こう!キリト!」
ユウキとキリトはノビタニアンがいる迷宮区へ向かう。
「くそっ、くそっ!」
主街区をスネミスは一人で歩いていた。
先日の決闘で無様な姿を見せたことで彼の機嫌は悪い。
あの後、ギルマスであるジャイトスから勝手なことをするなと怒られ、最悪、攻略組に参加できなくなるかもしれないといわれた。
――それもこれも全部、のび太が悪いんだ!
「そもそも、ジャイトスもジャイトスだよ!なんであんな奴に遠慮なんかしているのさぁ!」
あの事件から疎遠となったのび太のことをジャイトスは未だに気にしていることにスネミスは納得していなかった。
あんな愚図でノロマな奴なんか放っておけばいいのに。
「そうだよ、アイツ、なんかズルしているに決まっている!」
「おやおや、随分とあれていますねぇ」
前からやってきたプレイヤーをスネミスは見る。
アルベルヒは笑みを浮かべて尋ねた。
「しかも、先ほどから告げている名前、黒の剣士様と縁のある者の名前ですね。私もひどい目にあいましてね。もしよろしければ、力をお貸ししましよう」
それが悪魔の誘いであることにスネミスは気づかない。
気付かないまま笑みを浮かべて、彼の提案を受け入れた。
ノビタニアンは一人で迷宮区のモンスターを倒していた。
本来ならキリトやユウキ、他のメンバーと攻略を進めていたのだが、遠慮していた。
「(僕自身の問題だからね)」
ノビタニアンは先のことについて後悔していた。
いくら過去のことが許されないとはいえ、私情であそこまでやってしまうことは間違っている。
何より。
「ユウキ……怯えていたよね」
スネミスをぼこぼこにしていた時、ユウキは平然としているように見えたが自分を見て怯えていた。
自分の変貌によるものなのか、それとも別のものかはわからない。
「はぁ……はぁ、少し休もうかな」
近くに安全エリアが見えてきたのでノビタニアンはそこで休憩をとる。
「そろそろ装備も調整しないとね」
使っている盾や剣も整備に出さないといけなくなる。
アイテムやポーションも売らないといけないだろう。
「少し気まずいなぁ」
エギルは気を遣って何も言わないけれど、リズベットは胸倉をつかんで問いただそうとしてくるだろう。
「キリトも……心配しているよね」
エイプリルフール事件を知っているから余計に心配しているかもしれない。
「いい加減、みんなと話をしないといけないよね」
休憩を終えたノビタニアンは立ち上がり安全圏エリアを出ようとした時。
「おい!のび太!!」
リアルの名前を呼ばれてノビタニアンが前を見ると。
「……スネミス」
デュエルでボコボコにした相手、スネミスが不敵な笑みを浮かべてこちらをみていた。
「この前はよくもやってくれたな!僕ちゃんに恥をかかせたこと後悔させてやる!」
叫びと共にノビタニアンの周囲にモンスターが現れる。
「ここはモンスターが現れない筈なのに!!」
「ふふふ、僕ちゃんにできないことはないんだ!いけぇ!」
スネミスが叫ぶとモンスター達は襲い掛かる。
まるで彼に従うように襲い掛かってくるモンスターに驚きを隠せない。
しかし、攻略組として行動をしているノビタニアンは意識を切り替えて襲い来るモンスターを次々と倒していく。
「フン!ズルをしているだけあって、これくらいは楽勝みたいだな!でも、次は行かないぞ!」
スネミスが叫ぶと再びモンスターが現れる。
「お前が助けてぇって降参するまで出し続けてやるよ!のび太ぁ!」
襲い掛かってくるモンスターを前に盾を構える。
その時、横から影が現れた。
「やぁ!」
放たれた斬撃によってモンスター達が一掃される。
目の前に現れたのは紫の衣装をまとい、ゆらゆらと揺れる紫の長い髪。
強い意志を宿した瞳はスネミスを見据えていた。
「ユウキ……」
「邪魔するなぁ!」
スネミスがモンスターを召喚しようとした時、横からキリトが二刀流を振るった。
モンスターを巻き込んだ衝撃波を受けてスネミスはごろごろと地面を転がる。
その際、彼の手から奇妙な杖が転がりおいて消滅した。
「あ、あぁ!?」
「よぉ、ノビタニアン、こんなところにいたのか」
「キリト……」
剣を構えながらキリトは茫然としているスネミスへ声をかける。
「さて、スネミス。お前には聞きたいことが色々とある……どうして、お前はモンスターを使役できる?」
「う、うわぁあああああああああ!」
スネミスは叫ぶと一目散に逃げだした。
その光景に流石のキリトも茫然としてしまう。
「おいおい、わき目も降らずに逃走かよ」
驚きながらキリトは周囲を警戒する。
その中、ノビタニアンは剣を仕舞ってこちらへやってくるユウキをみた。
「ユウキ、その」
「バカ」
近づいたユウキはノビタニアンの頬を殴る。
殴られたノビタニアンは驚いた顔をしていた。
「ボク達は仲間でしょ!仲間なんだからもっと頼ってよ!辛いよ……」
ポカポカとユウキはノビタニアンの胸元を叩く。
「今度、勝手にいなくなったら許さないからね!怒るよ!ボクも!」
「うん、ごめん」
「ノビタニアン」
剣を仕舞ってキリトがやってくる。
「キリト、その」
「お前には助けられてばっかりだからな。こういう時くらい頼ってくれ。俺は親友なんだからさ」
「……うん」
涙を浮かべてノビタニアンは頷く。
「さ、戻ろう!」
「うん、あ、それと今までごめん」
「いいよ!キリトから教えてもらったから」
「え?」
「あー、すまん、ノビタニアン。みんなにお前のことを話した」
「え!?」
ユウキは微笑みながらノビタニアンの手を引く。
「大丈夫だよ!」
「ごめん、何が大丈夫なの!?え、もしかして」
「色々と話した。後悔はしていない。すまん」
「ちょっとぉ!!」
叫ぶノビタニアン。笑うユウキ、キリトは苦笑しながらも頭の中では別のことを考えていた。
「(それにしても、スネミスの奴……モンスター召喚なんてどうやったんだ?)」
「キリトぉ!早く行こうよ!」
「あ、あぁ、ごめん。すぐ行く」
キリトは後を追いかける。
エギルの宿へ戻るとクラッカーの音が三人を出迎える。
「おかえり!」
「あ、アスナ?」
「ほぉら!主役達は早く席へつきなさい」
「そうよ、座りなさい」
キリトをリズベットが、ユウキをアスナが、ノビタニアンをシノンが引っ張りそれぞれを席へ座らせる。
周りを見るとリーファ、シリカの他にクライン、エギルの姿があった。
「えっと、これは?」
「最初はノビタニアンさんを元気にさせようという会だったんですけれど、リズベットさんがどうせだから三人に感謝を込めての会にしましようということで」
「そうゆうこと、アンタ達に色々と面倒見てもらっていたからね。それのお礼も兼ねようということよ!」
「俺達は祝いたいから来たぜ」
胸を張るリズベットにノビタニアン達は苦笑するしかできなかった。
「さ、キリト君やみんなもそろったことだし、乾杯しよ!」
リーファに促されて全員がグラスを手に取る。
「音頭は俺が簡単に……キリト、ノビタニアン、ユウキ!いつも、ありがとう!」
本当に短くクラインが音頭を取ると全員が乾杯を取る。
それから楽しい宴がはじまった。
ノビタニアンは心の底から笑った。
「おやおやおや、どうされました?スネミスさん」
荒い息を吐きながら逃げていたスネミスの前に現れる影があった。
「ど、どうなっているんだよ!あの杖、壊れちゃったよ!」
「そうですか、耐久は弱くしていたのですが、もろすぎたかもしれませんね」
「は、はぁ!?なんだよ、それ!?あいつらのチートを暴くための道具とか言っていたのに!そんなんじゃ意味ないじゃないか!」
「えぇ、あくまで実験です」
「な、なんだよ、それぇ!」
驚くスネミスの前で彼は独特なデザインの短剣を取り出す。
「さて、貴方に協力して差し上げたので、次はこちらの番です」
スネミスが顔を上げた時、短剣を振り下ろす男の姿があった。
碌な抵抗もできないままスネミスは光に包まれて消える。
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17:第九十二層攻略開始
色々と意見があるかもですが。
「うーん、これはどういうことなんだろうな?」
キリトの問いにノビタニアンは「うーん」と返すことしかできない。
皆で行った宴からアインクラッドの攻略は進み、現在九十二層まで進んでいた。
ホロウエリアと呼ばれるエリアの騒動にひと段落ついたらしく、メンバーにフィリアが加わっている。
「二人とも、この階層の何が気になっているの?」
ユウキが尋ねる。
「前に俺とノビタニアンがリアルで大冒険したことは話をしたよな?」
「うん、面白そうだよねぇ」
「その中の一つとこの階層のフィールドとモンスターが似ているんだ」
ノビタニアンの言葉にユウキが驚く。
「じゃあ、攻略も楽だね」
「そうだと、いいけれど」
答えるキリトの言葉もどこか覇気がない。
「とりあえず、攻略は明日からにしてエギルの店へ戻ろうか」
「そうだな」
頷いて三人は宿へ戻る。
戻ったところでキリト達を出迎える者がいた。
「よぉ、キー坊、ノンビ!」
「アルゴさん」
「聞いたぞ、九十二層を解放したようだナ」
「相変わらず情報が早いな」
キリトが呆れながら頷く。
「早速だが、その九十二層である情報が見つかったんでナ。お前達に売ろうと思ったんダ」
「情報?」
「払う。これでいいか?」
「毎度アリ、あるNPCが言っているんだガ、ヨラバタイ樹とかいう樹の上に」
「最強の剣と兜がある?」
「ム?なんで知っているんダ!?」
「キリト……」
「どうやら、そういうことらしいな」
「ちょっと二人だけで話をまとめないでよぉ!」
「悪い悪い、アルゴ、新たに情報が手に入ったらまた教えてくれないか、ちゃんと買うから」
「お、オウ。それにしてもなんでわかっタんダ?」
「まぁ、内緒だ」
キリトはアルゴへそういってウィンクする。
翌日、エギルの宿でキリトとノビタニアンは九十二層の攻略について打ち合わせしていた。
「まずはヨラバタイ樹を探さないといけないわけだけど……僕とキリトで二手に分かれた方が効率いいかな?」
「そうだな。俺とノビタニアンが一緒だと効率が悪い可能性がある」
「大樹を見つけたら連絡だね」
「あぁ」
「二人とも、何の話をしているの?」
「フィリアか」
テーブルへやってきたのは自称トレジャーハンターのフィリア。
ソードブレイカーという武器を操る少女。ホロウエリアでキリトと出会い、今はともに攻略組として活動している。
「九十二層の攻略をノビタニアンと別れて行うことにしたんだ。それで誰と攻略するか考えていたんだ」
「あ、じゃあ、私はキリトと組みたい」
「俺と?」
「うん、ノビタニアンはユウキも一緒になると思うから」
「え?そんなことは」
「あれ」
フィリアに言われて視線を向けるとノビタニアンの傍にユウキと薄紫の長い髪の少女、ストレアがいた。
薄紫を中心とした衣装、女性として魅力的なスタイルに宝石のように赤い瞳の女性プレイヤー。
「ボクはノビタニアンと組むよ!」
「じゃあ、アタシもノビタニアンと組むね~、キリトと組むのもいいけれど、今回はこっちにする。ぎゅ~~」
「あ、ズルい!ボクも!」
左右から顔を抱きしめられてジタバタしているノビタニアン。
その光景を見て、キリトは小さく合掌する。
――ストレア。
少し前にキリトとノビタニアンをストーキング、もとい観察していた両手剣を操る少女でキリトと同じくらいの実力者。
ところどころ謎が多いが裏表の性格がないことからメンバーに好かれている。
そして、ストレアはどういうことかキリトとノビタニアンを気に入っていた。理由はわからない。
「じ、じゃあ、私もノビタニアンさんと行きます!ね、ピナ!」
「きゅるる!」
左右にサンドされているノビタニアンをみて力拳を作りシリカが参戦を決意。
ピナは既にノビタニアンの頭の上を占拠していた。
「あっちはあれで決まりだな……こっちは、シノン、一緒に来てくれないか?」
「いいわよ、あっちは…………今日だけ譲ってあげる」
シノンはちらりと一瞥してからこちらへやってくる。
気のせいか瞳が険しい気がした。
「後は一人だけど……」
「あ、キリト君、あたしも行きたい!」
名乗り出たのはリーファだ。
四人パーティーで行動ということでひとまず話はまとまった。
ちなみにアスナは血盟騎士団の仕事で、リズベットはアイテムの整備などで今回は見送りとなった。
ノビタニアンは九十二層へきて早々に疲れていた。
「(どうしてこうなったんだろう?)」
左右をみる。
腕に抱きついているストレア。
反対側で頬を膨らませているユウキ。
その様子を見てなんとか背中へ向かおうとしているシリカ。
頭の上でのんびりと寝ているピナ。
はっきりいおう、胃がキリキリと痛んで仕方がない。
モンスターは動物系統が現れていて、さっきからユウキとシリカが倒している。
本当ならノビタニアンが前衛として奮闘するべきなのだが。
「ストレア、そろそろ放してほしいんだけど」
「だぁめ!滅多にできないんだから、ぎゅ~~」
強く抱き着いてくるストレアにノビタニアンは息を吐くことしかできない。
「はぁ、ところでヨラバタイ樹って、どれなのかな?あっちこっちに木があるからわからないなぁ」
ユウキが周りを見る。
九十二層ユミルメはところどころ大きな樹木があり二人の探している“ヨラバタイ樹”について判断できなかった。
そのユウキへノビタニアンが答える。
「多分だけど、ヨラバタイ樹は一番大きな樹でてっぺんが輝いているんだ」
「あのぉ……どうして、ノビタニアンさんは詳しいんですか?」
疑問の声を上げたのはシリカだ。
「キリトからリアルの冒険について聞いたよね?」
「は、はい」
「その中の一つの冒険とこの階層は似ているんだ……多分だけど、この川沿いに沿っていけば、ヨラバタイ樹は見えてくると思うんだ」
「そういえば、どんな冒険だったの?」
ユウキが尋ねてくる。
「ユミルメ国を支配しようとする妖霊大帝オドロームを倒すためにヨラバタイ樹にある白銀の剣と兜を手にした剣士が他の三剣士と共に戦うものだよ」
「SAOだとあってもおかしくはないね~」
「うん、だから……気になっているんだ」
ノビタニアンは思案する。
「ノビタニアン?」
首を傾げるユウキだが、ノビタニアンは前へ進み始める。
その時。
「あ――」
何かにバランスを崩して前のめりになる。
普段ならなんとか立て直すことも出来ただろう。
しかし、彼の腕はストレアに掴まれていることに加えて、頭にピナが乗っている。
倒れたノビタニアンはごろごろと下り坂を転がって川の中へ落ちてしまう。
「の、ノビタニアンさん!」
「ノビタニアン!ストレア!大丈夫!?」
「アタシは大丈夫~」
「ピナは……きゃっ、冷たい!」
ぬれたピナはシリカの前で体を震わせて水を弾き飛ばす。
水滴が当たってシリカは冷たい水に顔を隠した。
「ブハッ、ゴホッ、ゴホッ!ぼ、僕、泳げない!誰か!」
「この川、浅いよ?」
「……」
ストレアにいわれてノビタニアンはゆっくりと立ち上がる。
「さ、行こうか!」
「……スルーしたいんだね」
「無理だと思うなぁ」
「お願いだから……放っておいてほしかったよ」
ノビタニアンは涙をこぼしながら顔を上げる。
「……あ、あれって」
ノビタニアンは水面に輝くきらきらとしたものを見つける。
「うぉおおおお!」
キリトの振るう二本の剣が近づこうとする獣型モンスターを倒す。
「この辺りはモンスターが多いわね」
弓を構えてシノンが周りにモンスターがいないか調べる。
「それにしても、ここ、本当に似ているね」
剣を構えてリーファが呟いた。
「前にアスナ達から聞いたけれど……リアルで体験したっていう冒険と似ているんだよね?」
「あぁ、おそらくだが、攻略のカギになるのはヨラバタイ樹にある剣と兜が必要になる」
「その剣と兜はクエスト攻略用のアイテムなのかな?それともお宝?」
「わからないなぁ、あの時に剣と兜を手に入れたのはノビタニアンだけど……アイツが使うととてつもなく強力な武器だったな……この世界でどういう扱いなのかはわからないが」
キリトは自分の手の中にある二つの剣を見る。
一つは魔剣といわれるエリュシデータ。
そして、赤い片手剣。
リズベットが打ってくれたダークリパルサーに匹敵、もしくはそれを超えるほどのスペックを持つ剣、リメインズハート。
「まぁ、向かえばわかるさ」
「ねぇ、キリト君」
リーファがキリトへ近づく。
「ヨラバタイ樹ってことは木を登らないといけないんだよね?」
「あぁ、そうなるかな」
「前にノビタニアン君から聞いたんだけど、その時は川に沈んでいる月を膨らませたと聞いたから、それと同じってないかな?」
「川か……可能性としてはあり得るかもしれないな」
「何かお探しかな?」
キリトが川を見た時。
村人のような出で立ちをしたNPCが現れる。
頭上には?マークがある。
「あ、はい、ヨラバタイ樹というものを探しています」
「ほぉ、では、白銀の剣と兜を探しているということですな?でしたら」
リーファが答えると頭上の?マークが!マークとなる。
「クエストが発生したみたいだな」
「どういう内容のものかしら?」
「ヨラバタイ樹は一番高いといわれる神霊樹じゃ。それを普通の人は登ることはできぬ。登るために風精霊の加護を受ける必要がある」
「加護?」
「左様、その加護と器があれば、ヨラバタイ樹はすぐに登ることができる」
「あの、どうすれば加護を受けられますか?」
「ここから少し先にいった森にあるペンダントを手にする必要がある。だが、そこは妖霊軍がおり、入ることはできん」
「妖霊軍?」
「ユミルメは今や妖霊大帝オドロームが支配しようとしておる。その森も妖霊軍の幹部がいるということじゃ」
首を傾げるフィリアとシノンに村人が説明する。
「つまり、そいつを倒せばクリアということね?」
「そうなるな」
「任せてください。お爺さん。私達がなんとかしてみせます」
リーファが伝えて、一行は森を目指す。
「妖霊軍って、どんなのがいるのかな?」
「おそらく人型のモンスターがほとんどだと思う。特殊能力を持っているかもしれないから注意する必要はある」
「それにしても、風精霊の加護だって」
リーファは何かが面白いのか笑っている。
「どうしたんだよ?リーファ」
「私のこのアバター、風精霊なんだ。SAOにも風精霊がいるなんて少し面白いなって」
「そうなんだ。それは楽しみだね」
フィリアとリーファがほほ笑んでいる中でキリトが手で制する。
「モンスターの反応だ。シノン、後方で準備してくれ」
「わかったわ」
「二人とも、俺が突撃するからフォロー頼む」
「了解!」
「任せて」
しばらく進んだ先、キリトの視界に現れたのは二メートルを超える像型モンスターだ。
人の形をしており、手には巨大な手斧が握られている。
耳は翼のように巨大だ。
ぎろりと周囲を警戒する像型モンスターの名前をみる。
――ジェネラル・ジャンボス。
「(どうやら周囲にモンスターはいないみたいだな……よし)」
二つの剣を構えてキリトは走る。
キリトの存在に気付いたジャンボスが巨大な手斧を振り下ろす。
「おっと」
斧による斬撃を躱したところで距離を詰めて二刀流ソードスキル“エンド・リボルバー”を繰り出した。
衝撃を受けてジャンボスは後ろへ下がる。
「スィッチ!」
キリトの指示と共にリーファが片手剣を、フィリアがソードスキル“ファッド・エッジ”を放つ。
攻撃を受けながらもジャンボスが手斧を振り回す。
キリト達を追いかけようとした時、シノンの射撃スキルによって放たれた矢がジャンボスのHPを削っていく。
「よし、これでとどめだ!!」
ジャンボスの懐へ入りソードスキルを繰り出す。
攻撃を受けたジャンボスの体は消滅していく。
「やったね!」
フィリアがガッツポーズをとる。
ジャンボスが消滅すると祠があった。
「みて、祠があるよ!?」
「近づいてみるか」
キリトが祠へ近づいたとき、小さな光が目の前に現れた。
「剣士様、助かりました。ありがとうございます」
「……へ!?」
現れた妖精の姿を見てリーファは驚きの声を上げる。
祠から現れた妖精は白いワンピース、背中に小さな羽を生やしていた。
何よりもその顔は。
「(うわぁ、リアルのスグの顔だ)」
「あわわわぁ!?」
妖精の顔はキリトの妹、直葉の顔そのものだった。
リーファは慌てた様子だ。
その事情を知らないフィリアやシノンは首を傾げている。
「あの、俺達はヨラバタイ樹の天辺を目指したいんだ。そのために加護が必要だって聞いたんだけど」
「はい、私の力の一部を宿した宝石が祠の中にあります。それを持って行ってください」
妖精が扉を開けて中から緑色の綺麗な宝石を差し出す。
キリトはそれを受け取る。
「気を付けてください。妖霊大帝の力は強大です」
「わかっている。一度、倒されているからな」
――夢の中でだけど。
心の中でそういいながら手の中にある宝石を握り締める。
「そうだ、ヨラバタイ樹はどこにあるか、知っているか?」
「はい、この道をまっすぐに進んでください」
妖精が指をさすと一本の道が開ける。
「気を付けてください。剣士様たち!」
そういうと妖精の姿は消えていく。
残されたキリト達は道を見る。
「行くか」
「ええ」
「そうだね!」
「うん……でも、さっきの妖精は驚いたなぁ」
「そうだな」
二人だけがわかること。
リアルの直葉の顔だったことから二人は考えていた。
「あれ、ドラちゃんが設定したんだよね?」
「ああ、妖精役は直葉になっていた」
夢幻三剣士。
ドラえもんが出してくれた道具の中のカセットの一つ。
その中でノビタニアンが白銀の剣士として、キリトは彼を手助けする夢幻三剣士の一人として参加していた。
リーファは妖精役を務めており、その妖精と目の前の妖精が同じだった事に驚きを隠せなかった。
「ノビタニアンと話をしてみるべきかも」
「うん」
「キリト~~、行くよ!」
「早くしなさいよ」
フィリアとシノンにせかされて二人は道を急ぐ。
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18:和解の一歩
「ノビタニアンもヨラバタイ樹を見つけたらしい」
メッセージを受け取ったキリトへフィリアが尋ねる。
「向こうは何かを見つけたかな?」
「……月を見つけたって言っているな」
「月?どういうこと」
キリトの質問の意味がわからず、シノンが尋ねる。
「この九十二層が俺達の知っているものと同じなら月はヨラバタイ樹の天辺を目指すのに必要になるはずだ」
「よくわからないけれど、ノビタニアン達と合流する必要があるわけね」
「ああ」
頷いたキリト。
ヨラバタイ樹を目指すことにした。
「キリト~!」
「皆さん!」
キリト達がヨラバタイ樹へ到着すると既に来ていたノビタニアン達が出迎える。
ヨラバタイ樹は今まで見てきた樹木よりも太く、天辺に届きそうな高さを持っていた。
アインクラッドは階層なので、流石に二人の知るヨラバタイ樹と比べると規模は小さい。
「高さは違うが……これを普通に登るなら数日はかかるな」
「この入手した宝石を使えばいいんだよね?」
フィリアがキリトの手の中にある宝石をみる。
「でも、どうやって使うのかな?」
「あ、キリト君!あのNPCのおじいさん、器が必要っていっていたよね!!」
「だから、これの出番さ」
キリトが指をさすのはノビタニアンが手に入れた巨大な布袋。
「でも、そんな布袋が何の役に立つのよ?」
「僕が体験した世界と同じならこれを攻略するならこれが役立つんだ。キリト、お願い」
「よし」
ノビタニアンの持つ袋へキリトが手に入れた宝石を使う。
すると宝石が輝いて袋の中へ入っていき。
「ふ、膨らんでいきますよ!?」
「凄いなぁ」
皆の見ている前で袋は丸いものへなっていく。
「ね、ねぇ、これって」
「さ、みんな、乗るよ」
「乗るの!?」
キリトとノビタニアンが三日月の形をした袋へ飛び乗る。
「よし!行こう!」
「わーい!」
続いて、ユウキ、ストレア。
「い、行きます!」
「なんか、わくわくしてきたよ!」
「わ、わぁ!」
シリカとフィリア、リーファが。
最後に、
「行くしかないのね」
シノンが飛び乗るとともに三日月の袋は上昇していく。
「これでヨラバタイ樹までいけるのはわかったけれど、この袋は何なの?」
掴まったままのシノンが尋ねる。
「月だよ」
「月って、あの夜空に浮かぶ?」
「簡単にいうと、僕が体験した冒険のはじまりに月が折れて、風船みたいに飛んでいったんだよ。それがヨラバタイ樹の近くにあったから膨らませて天辺を目指したんだ」
「ありえないわよ。それ、現実からして」
「「だって、夢だもの」」
「……アンタ達が規格外だって改めて思い知らされたわ」
二人の言葉を聞いてやれやれとシノンはため息をこぼした。
十分足らずでヨラバタイ樹の天辺へ到達する。
落ちないように注意しながら彼らは天辺へ降り立つ。
「あ、宝箱があるよ!」
フィリアが豪華な作りの宝箱を見つける。
「どうやらモンスターじゃないみたいだね。開ける?」
『ようこそ』
「いや、その必要はなさそうだぞ」
「声が!?」
『この中にある剣と兜を手にしてください』
バカッと音を立てて開く。
中を覗き込むと白い鞘に納められている剣と兜がある。
「うわぁ、これ、凄い重たい!」
取ろうとしたフィリアは剣の重さに座り込んでしまう。
「どれどれ?うわっ、ボクでも持てないよ!?」
ユウキが剣を持ち上げようとするがびくともしない。
「ユウキが無理じゃ、私やリーファでも無理かもね」
「うーん、そうかも」
「俺とノビタニアンでやってみよう」
「うん」
二人が剣へ手を伸ばす。
「うわっ」
「二人掛かりでやっと、だな」
「それ、装備できるんですか?」
「いや……多分だけど、イベント限定アイテムだな」
「残念だね。これだけ凄かったら大活躍できたのに」
残念がるフィリア。
キリトがアイテムとして収納する。
「さて、問題はここからどうやって帰るかだね」
「あ、そっかー、お月様はとんでいっちゃったもんねぇ」
ストレアの言葉通り、月は空へ消えており、戻る手段は。
「じ、自力でここから降りないといけないんですか?」
下を覗き込んだシリカが青褪める。
かなりの高さだ。足を滑らせて落ちてしまったら命はないだろう。
『その心配はありません。帰り道はこの箱の中』
「箱の中!?」
驚くユウキが覗き込む。
「うわぁ~、レールができているよ!?」
顔を出したユウキは驚きの声を上げる。
「よし、行こう」
「罠じゃないよね?」
「大丈夫だ。行こう」
全員が宝箱を通ってヨラバタイ樹の下へ到着する。
「パパ、お帰りなさいです!」
「ただいま、ユイ、アスナも戻ってきたんだな」
キリト達がエギルの店へ戻るとユイ、アスナ、リズベットが出迎える。
「おかえり、キリト君。攻略に出ていたの?」
「あぁ、九十二層の攻略だ」
「くたくたです」
シリカがぐでーと机に突っ伏す。
「お疲れ、はい、飲み物よ」
リズベットが皆へ飲み物を渡していく。
「それで?攻略はなんとかなりそうか?」
「あぁ、かなり大変だけど。目途はついた。アルゴに情報も送っておいた」
ヨラバタイ樹を攻略した後、キリト達は続けて竜の谷へ向かった。
宝箱からヨラバタイ樹の下へ降りた時にいたNPCの情報から竜を討伐するように頼まれたのだ。
竜は人を石化する能力を持っており、苦戦はしていたのだが、ギリギリのところで勝利を収めることに成功する。
「温泉!?それって、どんな効能があるの!?」
「いや、効能はわからないなぁ」
詰め寄ってくるリズベットにキリトは苦笑しながら首を振る。
「でも、肌がすべすべになったような気がするわ」
「そうですね。疲れも取れたような気がします」
シノンとリーファの言葉にアスナが「いいなぁー」と声を漏らしてキリトをみる。
「パパ!ママと三人で温泉へ行きたいです」
「うっ……」
「パパは大変だねぇ~」
「アタシたちも温泉に行きたいから護衛の剣士が必要、そう思わないかな?ノビタニアン君」
「え、あれ?」
参加していなかった女子二人の視線を受けて。
「「あ、案内します」」
「よろしい……そういえば、九十二層の攻略はかなり早く進んでいるみたいだけど、どうして?」
「あぁ、俺やノビタニアンが経験した冒険の一つと同じ内容なんだよ」
「二人が体験した?」
「うん、夢幻三剣士って名前の夢のソフトなんだけどね」
「夢?」
「うん、ドラえもんが出してくれた気ままに夢見る機のソフトなんだけどね」
ノビタニアンとキリトは夢幻三剣士について話す。
「その気ままに夢見る機っていうの?いいわねぇ、好きな夢がみられるなんて」
気ままに夢見る機についてリズベットが興味を示した。
「うん、僕も気に入ったんだけどね。夢幻三剣士が現実に力を及ぼすというのであまりよくないなぁってことで返却したんだ」
「それじゃあ、その夢はどうなったんだ?」
「クリアはしたさ。妖霊大帝オドロームを倒してユミルメを救った……そのあとは……」
「えっと、思い出せないね」
二人は首を傾げる。
結末を思い出せない。
尚、二人は知らないことだが、気ままに夢見る機が直前に回収された影響で夢の最後が曖昧になっているのだ。
「二人の話通りなら九十二層も折り返しということだね?」
「これならすぐに九十二層も攻略できるわね!」
「明日も攻略に行くつもりだ」
キリトの言葉に反応したのはシノンだ。
「なら、明日はノビタニアンと行動するわ」
「え?」
「じゃあ、私はキリトと行こうっと!」
ノビタニアンの腕を掴みシノンが、キリトを抱きしめてストレアが手を上げる。
「ボクもノビタニアンと行くよ!」
「わ、私も!」
遅れてユウキとシリカがノビタニアンへつくといいだす。
「じゃあ、私も行く!明日は血盟騎士団の仕事はないから!」
「私も武具店の仕事がひと段落ついたから行くわ!」
「だったら、ノビタニアンの方でも」
「わかってないわね!アンタと行くことに意味があるのよ!それに、温泉も行ってみたいしね」
温泉が大好きなリズベットも参加すると言い出し、キリトの周りが騒がしくなる。
キリトは助けを求めてノビタニアンを見ようとするが。
シリカとユウキによって引っ張られているノビタニアンの姿があった。
「くそう、なんであいつらはモテるんだよ!?」
カウンターで食事していたクラインが悔し気な声を上げる。
「だが、あれはあれで大変だと思うぞ」
「だからって、くそう、なんで俺はもてねぇんだ!?」
エギルの言葉にクラインは悔しそうな声を上げる。
「それより、攻略の話に参加しなくていいのかよ?」
「問題ねぇよ。俺達風林火山は別方向から攻略を進めるからな」
「そうかい、ま、無茶はするなよ」
「ふぅ~、疲れたなぁ。明日に備えてそろそろ寝ようっと」
夜、ノビタニアンは自室へ戻っていた。
装備を解除してラフな格好になったノビタニアンはベッドへ寝転がる。
電気を消して寝るという時。
――コンコン。
ドアがノックされる。
「ん?どうぞ~」
「やっほ~」
入ってきたのはユウキだった。
「ユウキ?どうしたの」
「うん、さっきのお話がしたくて」
「話って?」
「夢幻三剣士!それって、どんなゲームなのかなって!」
「ゲームっていうか、夢だよ?」
「それでも!楽しそうなんだもん」
「……本当、ユウキは楽しい話に目がないね」
「だって、楽しいことは幸せでしょ?」
「え、ああ、うん」
頷くノビタニアン。
「さ、教えてよ!どんなことをしたの?」
「どんなっていわれても、最初は現実世界の教室が舞台だったよ」
「学校だよね!?いいなぁ」
「そう?先生に怒られて廊下に立たされていたんだから」
今でも思い出したくはない。
廊下に立たされて先生に怒られ、ママに泣かれたのだから。
「その後、ユミルメの世界へ飛ばされたんだ」
「話によると飛ばされたときに月へ落ちたって聞いたけど?」
「夢の中だからね、まぁ、ナビゲートしてくれた妖精がこれまた酷かったんだけど」
無責任なところが多い妖精だったもんなぁとノビタニアンは思い出し笑いをする。
「その途中でキリトと……」
話の途中でノビタニアンは言葉を止める。
「ノビタニアン?」
「ジャイトス、スネミスに会ったんだ」
「ジャイトスって……ジャイアンズの人?」
「…………うん」
ユウキにノビタニアンは小さく頷いた。
「ねぇ、ユウキ」
「どうしたの?」
「僕は……間違っているのかな」
「何を?」
「ドラえもんのことで騙した二人のを僕は許せない。でも、いつまでも許せないままだと何も成長しないんじゃないかって思う自分もいるんだ」
ジャイトスとスネミスを許せるか?
そういわれると許せないとノビタニアンは答えるだろう。だが、SAOやドラえもんと別れてからの日々を考えると、今のままではダメなのではないか?とノビタニアンは思っていた。
「うーん」
ユウキはまっすぐにノビタニアンをみる。
「よし!」
何かを決めたユウキは拳を作ると誰かへメッセージを飛ばす。
「ユウキ?何を」
「ノビタニアン!明日は攻略をしないよ!」
「へ?」
目を白黒するノビタニアンへユウキは笑顔で言う。
「明日、ジャイトスって人と会おう!!」
第七十六層アークソフィア。
転移門のある広場にノビタニアンはユウキと共にいた。
「なんで、こんなことに」
「泣き言いわない!アルゴさんが連れてきてくれるからね!」
今すぐにでも逃げたいノビタニアンだが、こうと決めたユウキは頑固でどこまでも追いかけてくる。
仮に逃げ出しても敏捷値の高い彼女から逃れられはしないだろう。
「オー、ユウキちゃんにノンビ、待たせタナ~」
手を振って、こちらへやってくるのは情報屋アルゴだ。
彼女の傍には図体の大きいプレイヤーこと、ジャイトスがいた。
「……ノビタニアンか」
「ジャイトス」
「はじめまして、ボクはユウキだよ」
「……俺は、ジャイトスだ。情報屋の鼠からここへ来るように言われたんだが……」
ちらりとジャイトスはベンチに座っているノビタニアンを見る。
「何の用だ?」
「ジャイトスさん、ノビタニアンと仲直りしようよ!」
「仲直り?」
鋭い目でジャイトスがノビタニアンをみる。
どんなモンスターと戦ってきたことで多少なりと恐怖をこらえることができたノビタニアンだが、やはり、昔から苦手なジャイトス。
彼と対峙するとやはり緊張してしまう。
「ノビタニアン、お前は俺を許してくれるのか?」
震える声でジャイトスが尋ねてくる。
驚いた表情でノビタニアンは彼を見た。
その顔はとても後悔しているという表情だった。
ノビタニアンの知っているジャイトスがそんな顔を見せたことに戸惑ってしまう。
「どういうこと?」
「……あの日のことを後悔している。昔は四月バカとか、そういうので済むもんだと思っていた。だが」
ジャイトスはゆっくりと話す。
四月バカの騒動から一年と少しの時が過ぎた時、ジャイトスの家族に異変が起こったのだ。
ジャイトスの大好きだった“おじさん”が事故で命を落としてしまったのだ。
彼にとって憧れで目標の人の死にショックを受けて、死ぬ直前に言われた事で変わったという。
――立派な漢になれ。
それからジャイトスは乱暴者から変わっていった。
他人から物を奪わず、不用意に暴力を振るうことはしなかった。
そんな彼の心残り――ドラえもんが帰ってきたという嘘をついたこと。
あの嘘をついてからノビタニアンとキリト。その二人と交流することがなくなった。
「おじさんがなくなってから俺は気づいたんだよ。大切な人を失ったお前の気持ちってやつ……」
「ジャイトス……」
「ノビタニアン……俺のこと、許してくれるのか?」
「少し前の僕ならずっと許さなかった」
「っ!」
「でも……」
驚くジャイトスへノビタニアンは真っすぐに目を向ける。
「僕は前に進みたい。だから、君のことも許していきたいと思う、ジャイトス」
ノビタニアンはジャイトスへ手を伸ばす。
「もう一度、僕と友達になってよ」
「……おう、友よ」
二人はそういって握手を交わす。
「何かあっさりと解決したケド、これでよかったノカ?」
二人のやり取りを見てアルゴが尋ねる。
「うん、ありがとう、アルゴさん」
「それにしても、あんな男同士みたいな友情、初めてみたゾ」
「ボクも」
楽しそうに会話をしているノビタニアンとジャイトスの二人。
長い時間、疎遠になっていた二人は今までの時間を埋めるように会話をしている。
「ボクがノビタニアンへしてあげられることは限られているから」
「ン?」
「何でもない。ありがとうね。アルゴさん」
何処か遠くを見るような表情をしてユウキは一歩、踏み出そうとして。
「……」
「お、オイ!?どうしタ?」
胸元を抑えて座り込んだユウキをみて、アルゴが驚きの表情で駆け寄ってくる。
「ごめん、少しチクって痛みがきただけだから大丈夫」
ニコニコと笑顔を浮かべるユウキにアルゴはそれ以上の追及をやめた。
「大丈夫……まだ、時間はある……まだ、ボクはここにいるんだ」
アルゴへ聞き取れないほどの小さな声でユウキは呟く。
第九十二層のボス門。
その前に攻略組が集まっている。
彼らは今日、九十二層のボス討伐を開始する。
二つの剣を構えているキリト、片手剣を構えているリーファ、短剣を構えているシリカ、メイスの準備しているリズベット。弓と矢の数などをチェックしているシノン。
盾を構えているノビタニアンと剣を抜いているユウキ。
門の前には血盟騎士団のアスナがいる。
これよりボス討伐が始まろうとしていた。
「皆さん、勝ちましょう!」
アスナの言葉と共にボスの門が開かれる。
転移できないエリア。
その部屋の中央。
浮遊しているボスの姿がそこにあった。
鳥類のような嘴をもち、茶色い皮膚は老けていながらもどこか不気味な雰囲気を持っている。手に持っている杖の握り部分は骸骨となっておりそこは怪しい光を放っている。
黄色い瞳はプレイヤーを捉えるとランランと輝き始めた。
――妖霊大帝オドローム。
かつて夢の世界で戦った相手にキリト達は挑むために走り出す。
そんなオドロームを守るように甲冑姿のモンスター、妖霊兵士が現れる。
「行くよ!ユウキ」
「うん!」
妖霊兵士が攻撃を繰り出すよりも早くノビタニアンのソードスキルが敵を薙ぎ払う。
ユウキがその横を突っ切りオドロームへ仕掛ける。
彼女と並ぶように二つの剣を構えてキリトが走っていく。
オドロームが攻撃を仕掛けるよりも速くキリトとユウキのソードスキルが放たれた。
攻撃を受けたオドロームが杖を構える。
「直線状から離れて!」
アスナの指示を受けてプレイヤー達が離れた直後、オドロームの杖から火球が放たれた。
「(事前の情報通りだ!)」
クエストでボスの情報が開示されていた。
オドロームは魔法による攻撃、HP減少によってプレイヤーを石化して動きを封じ込める力を発動させるという。
キリトがスィッチで後退してポーションを飲んで回復を行う。
「キリト君!」
「順調だな」
「うん」
アスナもポーションを飲んで状況を確認する。
敵のHPバーは残り二つ。
範囲攻撃も無事に対応できている。
現在はノビタニアンとユウキがアタッカーとしてオドロームのHPを刈り取っていた。
「みんな!下がって!」
その時、ノビタニアンが何かに気付いて叫ぶ。
オドロームのHPバーが残り一本になったと同時に杖のグリップ部分の骸骨を掲げたのだ。
何か範囲攻撃が来るのだろう。
ノビタニアン達が後退していく時、地面から巨大な枝のような棘が飛び出す。
プレイヤーが直撃すると麻痺のバッドステータスが現れる。
「不意打ちによるバッドステータス攻撃……!?」
キリトはポーションを飲み終えると駆け出す。
オドロームの攻撃で少し体制が崩れる攻略組だがキリトの二刀流ソードスキル“スターバースト・ストリーム”がオドロームのHPを奪っていく。
「まずい!そっちに行ったぞ!」
ジャイトスの声にキリトが視線を向けると妖霊兵士の数体がこちらへやってこようとしている。
ソードスキルを発動しているキリトは対処できない。
近づこうとした妖霊兵士の頭へ矢が刺さる。
「行かせないわよ」
離れたところにいるシノンが“射撃”で援護してくれたのだ。
「ありがとう!シノのん!」
その間にアスナの細剣とカバーするためにやってきたリズベット、シリカが妖霊兵士たちと戦う。
「キリト!」
やってきたのはノビタニアンとユウキ。
「二人とも!終わらせるぞ!」
オドロームが範囲攻撃の体制に入ったのをみてキリトが叫ぶ。
二人は頷きながらオドロームへソードスキルを繰り出す。
三人のソードスキルを受けたオドロームのHPが0となる。
黄色い瞳を限界まで見開き、おぞましい悲鳴を上げてオドロームの体が消滅する。
“Congratulation”。
その表示を見た時、プレイヤー達は歓声を上げた。
「やったね、ユウキ!」
「……」
「ユウキ?」
「そ、そうだね!やったよ!」
ノビタニアンはユウキへ何かを尋ねようとしたが彼の肩へ誰かが腕を回す。
「やったな!ノビタニアン!」
「ジャ、ジャイトス!う、うん!やったよ!」
いきなりのことで面喰いながらも素直にノビタニアンは喜びを分かち合う。
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19:ユウキの秘密
「アルベルヒが?」
「ああ、奴が不思議な短剣でプレイヤーを刺すとどこかへ転送されるらしい」
ノビタニアンはキリトに呼び出されてアークソフィアにあるNPC経営のテラスで話をしている。
話の内容はキリトがフィールドへ出ているとき、男女のプレイヤーにアルベルヒとその仲間が襲い掛かっているという光景。
止めに入ったときにアルベルヒと一戦あったらしいがキリトの圧勝だったという。
その後、激怒したアルベルヒはどこかへ去っていった。
「その短剣はどうなったの?」
「アルベルヒが投げ捨てると砕け散った」
「悔しいね。それがあったら証拠として捕まえることもできたのに」
SAOに犯罪者を裁くシステムは存在しない。
しかし、悪意あるプレイヤーや危険なものを使っていることが分かれば、対処することはできる。
アルベルヒの不穏な動きは気になるが、証拠がない以上、自分達は予防策を講じることしかできない。
実際、キリトはアルゴへ情報を流して注意を呼び掛けてもらっている。
「ジャイトスの仲間、スネミスも行方不明らしい」
「もしかして、それもアルベルヒの仕業だって?」
ジャイトスからスネミスが姿を消したことは伝えられていた。フレンド登録しているのにマップのどこにも見つからないという。
「おそらくだが、モンスターを呼び出すアイテム、あれもアルベルヒがスネミスへ渡した可能性がある……」
立ち上がったノビタニアンをキリトが止める。
「待てよ」
「アルベルヒを探す。アイツがスネミスをどこかへやったっていうなら見つけ出さないと!」
「だから、落ち着けって、そのアルベルヒも見つからないんだ。もしかしたら攻略の邪魔をしてくるかもしれないんだ」
「それなら、なおのこと!」
「とにかく、落ち着け!」
ノビタニアンは渋々、着席する。
「アルベルヒについて注意することと……もう一つ、ユウキのことだ」
「ユウキ?」
「気付いているだろ?最近、アイツの様子がおかしいこと」
「……うん」
九十二層の攻略後からユウキは単独行動をすることが多くなっていた。
最初は気のせいだと思っていたが、一人になることが増えている。
「このことについて、ユウキへ尋ねようとしてもはぐらかされる。機会を見てアイツと話をしようと思う。いいか?」
「うん」
「よし、宿に戻ろう。アスナ達が心配するからな」
「キリトがふらふらと姿を消すからでしょ?もう少し、アスナさんを大事にすべきだよ」
「うっ、そうするよ」
二人はエギルの店へ戻る。
宿へ戻った二人はそのまま自室へ向かおうとした。
「あ、キリト君」
目の前の扉が開いて顔を出すのはアスナだ。
「アスナ、シノンと話でもしていたのか?」
「シノのんだけじゃないよ。みんなもいるよ」
二人が顔をのぞかせるとシリカ、リズベット、リーファ、シノン、ユウキの姿がある。
「あ、ノビタニアンさんにキリトさん!」
「女子会か?」
「うん!色々と話をしていたの」
「じゃあ、僕達はお邪魔だね」
「待ちなさい」
去ろうとしたノビタニアンをリズベットが止める。
「どうせだから、アンタ達にも色々と聞きたいから来なさいよ」
「えぇ、僕は疲れているからそろそろ寝ようかと」
「いいじゃないの!アンタは何もなければ昼寝とかしているでしょ?ほら、入る!」
「え、ちょっとぉ!」
抵抗むなしく、リズベットの手によってノビタニアンは部屋の中へ放り込まれる。
「アンタ達も来たのね……」
呆れたようにシノンがこちらをみた。
「ま、まぁ」
「まぁな」
「じゃあ、ボクはそろそろ部屋に戻ろうかな。眠たくなってきたし」
ユウキがちらりとノビタニアンをみると部屋を出ていこうとした。
「あ、ユウ――」
キリトが声をかけようとした時、視界が真っ暗になる。
「え!?」
「な、なに!?」
「真っ暗じゃない!」
キリトだけでない、全員の視界が真っ暗になったのだ。
「ん?なんだろう、この柔らかいの」
「だ、誰ですか!?私のお尻触っているの!!」
しばらくして暗闇から解放される。
「今のは……なんだか、本格的にシステムが不安定になっているみたいだな」
「そうだね。こんなことばっかりが起こるなんて心配になってきたよ」
「でも、元に戻ってよかったです」
「って、シリカちゃん!なんでそんな格好しているの!?」
「ふぇ?きゃあ!ノビタニアンさん!みないで!」
「って、全員じゃない!?」
リズベットの言葉通り、女性陣はタオル一枚だけの姿になっており、キリトとノビタニアンも腰にタオルを巻いている状態だった。
「す、すぐに装備を……嘘!?通常状態じゃない!」
メニューを開いてリーファが装備のチェックをして叫ぶ。
「ど、どうやらこれが標準扱いになっているみたいだな」
戸惑いながら冷静にいうキリト。
かくいうキリトもメニューを操作して装備を入れ替えていた。
しかし。
「駄目だ、戻らないな」
何度やってもタオル一枚の姿のまま。
「あれ、ユウキ?大丈――」
「っ!!」
ノビタニアンが沈黙を保っているユウキへ近づこうとしたら思いっきり張り手が繰り出された。
「へぶ!?」
衝撃と共に吹き飛んだノビタニアンは壁にぶつかり、ぐるぐると目を回し、意識を失ってしまう。
「目を覚ましたみたいね」
再びノビタニアンが目を覚まし、体を起こす。
周りを見るとこちらを心配そうにのぞき込んでいるシノンの顔があった。
「僕はどのくらい?」
「ほんの二時間、もう夕方ね」
「もしかして、看病してくれていた?」
「これといってやっていないわ。ただ、様子をみていただけ」
椅子に座っていたシノンはノビタニアンが寝ているベッドへ腰かける。
「シノン?」
「アンタ、ユウキのこと気にかけているみたいね」
「うん、様子がおかしくて」
「あの子、相当、深いわよ」
「……もしかして」
「私は何も聞いていない。女の感みたいなものよ……あの子、笑顔を浮かべているけれど、笑顔じゃない……嘗てのアンタみたいに」
その指摘にノビタニアンは小さく笑う。
「そっか、ユウキの笑顔をずっとみていたのに全く気付かなかったよ」
「悔しい?気付けなかったこと」
「……少し、でも、全知全能になるつもりはないから」
「そう、安心した」
シノンは立ち上がる。
「あの子なら転移門近くをうろついていたわ」
「ありがとう!」
立ち上がってノビタニアンは部屋を出ようとする。
「あ、ノビタニアン」
「なに?」
「気をつけなさいよ。あの子、私と同じくらい頑固だから」
「ははっ、シノンと同じくらいか、それ以上だったら泣いていたよ」
「アンタねぇ」
「でも、ありがとう」
シノンに感謝してノビタニアンは部屋を出る。
「敵に塩を送るなんて、私も甘い……かな」
出ていくノビタニアンにその呟きは届かなかった。
「見つけた……」
ノビタニアンは転移門前の広場で佇んでいるユウキを見つけた。
彼女は何もせず、アインクラッドの空を眺めている。
その姿はどこか儚く、今にも消えてしまいそうな雰囲気が漂っている。
「ユウキ……」
呼ばれていることに気付いてユウキは振り返った。
目の前に立っている相手がノビタニアンだと気付くと申し訳なさそうに笑顔を浮かべる。
「あ、ノビタニアン!ごめんね。ボク、びっくりしちゃって、殴っちゃったけれど、大丈夫!?」
「うん。大丈夫だよ。ユウキの方は?」
「ボク?ボクは大丈夫だよ!それより、お腹がすかない?そろそろ」
「ねぇ、ユウキ」
笑顔のまま去ろうとしたユウキへノビタニアンは尋ねる。
「どうして、無理して笑顔を浮かべるの?」
ぴたりと立ち止まる。
ユウキは振り返らずに話す。
「いやだなぁ、ボクは無理して笑顔なんて浮かべていないよ。いつも通りの笑顔さ」
「無理しなくていいんだよ?僕達は仲間なんだ」
「……」
「僕が無茶をした時もいってくれたよね?仲間だから頼れって……今度は僕から言わせてもらうよ。仲間だから頼って……それとも僕じゃ、頼りないかな?」
「そんなこと、ないよ」
小さな声でユウキがいう。
「ボクはノビタニアンのことをとても頼りにしているよ!はじまりの街にあってから、ずっと、ずっと、こんなボクを頼りにしてくれて」
「……だったら」
「でもさ、怖いんだ」
「怖い?」
「ノビタニアンにまで拒絶されたボクは」
震えるユウキ。
彼女の過去にどんなものがあったのか、ノビタニアンは想像できない。
しかし、小さく震えている彼女を放っておくほど、ノビタニアンは冷たい人間ではなかった。
「……ノビタニアン?」
ユウキの手をノビタニアンは優しく握りしめる。
彼女の前にハラスメントコードが表示されたことで顔を上げた。
微笑みながらノビタニアンは真っすぐにユウキの目を見る。
「約束するよ」
いつもと変わらない口調。
けれど、その目は真っすぐで強い輝きがあった。
「約束する。何があってもボクはユウキの傍を離れないよ」
きょとんとしていたユウキだが、次第に笑顔を浮かべる。
「それだと、告白みたいだよぉ」
「え、あ、いや、その」
「冗談だよ」
慌てふためくノビタニアンにユウキは微笑む。
今までの無理をしたようなものと違う。
純粋で素敵な笑顔だ。
「ボク……小さいころから重たい病気なんだ」
ノビタニアンとユウキはベンチに腰かけて話をしていた。
「重たい病気?」
頷いたユウキの話によれば、重たい病気で病院の生活を続けていたという。
「その時に知り合いの人からもらったのが、ソードアート・オンラインなんだ」
今でも覚えているとユウキは話す。
「初めてSAOに入った時、とても喜んだんだ。自由にどこまでも続く世界を走り回れる。僕にとっては天国、いや本当の世界といっても過言じゃなかったんだ。人が死ぬ……それが余計に、ここが自分のいるべき世界、なんて思ったこともあったよ」
「ユウキ……」
「でも、そんな世界に終わりが近づいていると思ったら、少し怖くなったんだ」
「怖く?」
ユウキはノビタニアンの手を強く握りしめる。
「ゲームが終われば、ボクはもうみんなや、ノビタニアンと会えない。そう考えたら怖くなっちゃって」
「ゲームが終わっても会えるようにすればいい」
「無理だよ」
首を振ってユウキは言う。
「ボクの病気は厄介なんだ。多分、現実世界へ戻ってもノビタニアンと会うことは叶わないよ」
「やってみないとわからないよ。だって、ちゃんと同じ時間にいるんだよ?」
ユウキははっとした表情になる。
ノビタニアンの親友、ドラえもんは二十二世紀に帰っている。どれだけノビタニアンが望んだとしてももう会うことはできないのだ。
「指切り、この世界が終わっても僕はユウキへ会いに行く。絶対」
「……え」
「指切りげんまん、」
「わ、わわ!待って、待って!えっと、うそついたら――」
「「ハリセンボン、ノーます!」」
言葉を交わしてノビタニアンとユウキの二人はどちらかともなく笑いだす。
「信じるよ。ノビタニアン、約束だからね!」
「絶対、何があっても僕は約束を守るよ……さて、そろそろ帰ろうか。みんなも心配しているよ」
「わ、もう、こんな時間なんだ。アスナも心配しているよね。怒られないといいけれど」
「まぁ、その時は一緒に怒られるだろうね」
「でも、安心かな」
ユウキはノビタニアンの手を握る。
「ノビタニアンが一緒なら怖くないよ!」
そういってほほ笑むユウキの姿にノビタニアンも小さな笑顔を浮かべる。
宿へ戻るとリズベットとアスナに怒られて正座するノビタニアンとユウキの姿があった。
ぼかした形ですが、ユウキのルートは現実世界で完結するのでそこまで、我慢してください。
尚、これから第百層を目指して進んでいきます。
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20:ジャイアンズと共に
「お、ノビタニアン、キリト!良いところに」
「ジャイトス?」
キリトとノビタニアンがアークソフィアで昼寝をしているとジャイトスがこちらへやって来る。
和解から少しずつだが、キリト達もジャイトス達と会話をするようになっていた。
尤も、ジャイアンズは行方不明のスネミス捜索で忙しい。
アルベルヒの行方も探しているのだが、これといった手がかりもつかめていなかった。
「どうしたんだ?」
隣でぐーすか寝ているノビタニアンに代わってキリトが尋ねる。
「実はよぉ、上の階層でダンジョンを見つけたんだが、俺達だけだと少し苦労しそうなんでな。協力してくれないか?」
「ダンジョン攻略か、俺はいいぜ?」
「悪いな、明日の朝、転移門前で待ち合わせな、じゃーなー」
ジャイトスは手を振って去っていく。
「さて、俺ももうひと眠りと」
「えっと、何があったの?」
フィリアが目の前の光景をみて、キリトへ尋ねる。
「えっと、俺とノビタニアンがシリカと一緒に町中を散歩していたら占い師のNPCに遭遇してさ」
「占い師の?」
「その占い師に言われたんです!ノビタニアンさんは異性と触れ合っていないと恐ろしい目に合うって!」
力説するシリカ。
「ですから、こうやって触れ合っているんです!ギュー」
「えっと、あははは」
苦笑するノビタニアンにこれでもかと抱き着いている少女、シリカ。
三人で町中を歩いていた時に遭遇したNPCの占いからずっと彼女はこうやってノビタニアンに抱き着いている。
「ただいま……って、シリカ、アンタ、何やっているのよ?」
戻ってきたリズベットは目の前の光景を見て目を丸くしている。
「これはノビタニアンさんのためなんです!」
「じゃあ、アタシもするね、ぎゅ~~!」
いつの間にやってきていたのかストレアがノビタニアンへ抱き着く。
「うぶ!?く、ぐるじぃ!」
「す、ストレアさん!くっつきすぎです!」
「えぇ~、これがノビタニアンのためでしょ?だったらこれぐらいやらないと~」
ある意味、純粋にノビタニアンを心配しているストレアは彼を抱きしめる。
柔らかい感触や気持ち良いにおいが漂ってきてノビタニアンの頭がクラクラしてきた。
「む、むむむ!でしたら!」
シリカも頬を赤く染めながらよりぴったりと抱き着いてくる。
「なんか、混沌としてきたね」
「というか、その占い師、本当に宛になるの?」
「一応、そういう職を専門としている人がいてもおかしくはないからな……何より、ノビタニアンは運が悪いといわれると本当にそうだからな」
「え?どうゆうこと」
「リアルの世界でもあったんだけど、アイツ、ドラえもんの道具で運が悪いと判断されると本当に悪いんだよ。空から飛んできたラジカセに直撃したり、看板が落ちてくるとか」
「ええ!?」
「それ以前に、看板が落ちてきて、よく無事だったわね」
「まぁな(ドラえもんがいて、軽いケガで済んでいるんだってことは黙っておこう)」
「でも、アイツが嫌がっていない理由はそういうことね」
「普通なら気にしないんだろうけどね」
「ただいま……って、キリト君、これはどういうこと?」
「……入る店を間違えたかしら」
「お帰り、アスナ、それと店を間違えていないぞ。シノン」
「これはどういうことかしら?幻覚を出すモンスターでもいれば、こんなことが起こるのかしら?」
「いやぁ、それだったら本当にありがたいんだけどさ、実は、俺とノビタニアン、シリカの三人で商業区を歩いていたら占い師のNPCがいてさ」
「占い師?」
「もしかして、そこで運が悪いとかいわれたの」
「そうだ、でも、なんで」
「そこの占い師、インチキよ」
シノンの言葉で場の空気が止まる。
「い、インチキ?」
「そうよ、占いをするといって悪い結果を伝えて、幸福アイテムを売りつけようとする詐欺師よ」
「えっと、それって」
「マジか」
場の空気が何とも言えないものになった時、にこりとシノンがほほ笑む。
「さて、ノビタニアン。私がアンタを占ってあげるわ」
「え、シノンが?」
「えぇ、見えるわ。アンタに不幸がこれからやってくる」
「え?」
カランカランと音が鳴り響く。
それは死神がやってくる知らせ。
「ただいまぁ、いやぁ……楽しかった……よ」
中へ入ってきたのは紫髪の少女。
彼女は目の前の光景を見て、それから笑みを浮かべる。
「やぁ、ノビタニアン。なんか知らないけれど、楽しいことをしているね」
「ゆ、ユウキ?その、これは」
気のせいか、ゆらゆらと彼女の髪が逆立っている気がする。
「あ、そ、そうだぁ、私、ピナの面倒みなきゃ!」
「ストレア、アンタ、こっち来なさい」
離れるシリカとリズベットによって連れていかれるストレア。
ノビタニアンも逃げ出したいが目の前の恐怖に腰を抜かしていた。
「あぁ、大丈夫だよ」
ニコニコと笑顔を浮かべるユウキ。
「ここは圏内だから何があっても死ぬことはないから」
死刑宣告と共にユウキの振りぬいた一撃がノビタニアンを襲う。
その後のことは記憶にない。
「ひどい目にあったよぉ」
「まぁ、お前の運のなさは昔から変わらずだな」
テーブルへ戻ってきたノビタニアンにキリトは苦笑しながら迎える。
「そうだ、アスナ。明日なんだけど、ジャイアンズのメンバーとダンジョン攻略を行うんだが、一緒に来ないか?」
「うん、いいよ」
「ノビタニアン、大丈夫?」
ユウキが身を乗り出して尋ねてくる。
小さな頭痛を感じながらもノビタニアンは頷く。
「大丈夫だよ。ユウキはシノン達とダンジョンへ行くんでしょ?そっちの方も危険だってアルゴさんから聞いたんだけど」
「大丈夫!シノンは強いから」
「アンタみたいに前衛はできないけれど、ちゃんとやるから安心して」
「ううん、シノンは頼りになるから信じているよ」
「そ、そう」
「むむ」
頬を赤らめるシノンにユウキは不満そうな顔をしている。
「じゃあ、明日は俺とノビタニアン、アスナの三人とジャイアンズのメンバーでダンジョンの攻略だ」
「うん、任せて」
「オッケー」
翌日、
「前に自己紹介したけれど、血盟騎士団の副団長を務めるアスナです。今日はよろしくお願いします」
ダンジョンの手前、ジャイアンズのメンバーにアスナが改めて自己紹介をしていた。
「自己紹介ありがとう、アスナさん、俺様はジャイトス、ジャイアンズのギルドマスターで斧使いだ」
「同じ細剣使いのヒデヴィルです。今日はよろしくお願いします」
「シズカールです。槍を使っています」
「キリト、ノビタニアンも今日はよろしく頼むぜ」
「任せてくれ」
「うん、大丈夫だよ」
「すまないね、ノビタニアン君、キリト君、このダンジョン、僕達だけだと出現するモンスターの数に対処できないんだ」
「俺らは攻略組になりたてなんでな。頼むぜ、黒の剣士に白銀の剣士」
「おいおい、それで呼ぶのはやめてくれ……それならせ――」
ヒュン!
キリトのすぐそばをアスナのレイピアが通過した。
「キリト君?」
にこりとほほ笑むアスナにキリトは沈黙を選んだ。
同じくノビタニアンも口をふさぐ。
「今の……見えなかったぜ」
「凄い」
「素敵だわぁ」
ジャイアンズのメンバーはそれぞれの感想を漏らす。
「さ、行きましょう」
場の空気を換えるようにアスナが歩き出した。
「なるほど、かなり強いな」
ダンジョンは石造りになっており、その中を徘徊するリザードマンやゴーレムはこの階層においてかなりのレベルを持っていた。
ジャイアンズはジャイトスが壁役として奮闘しているがレベル差もあって苦戦している。
「アスナ、彼らのフォローを頼む」
「任せて!」
「ノビタニアン」
「彼らをカバーするね」
アスナと共にノビタニアンが苦戦しているジャイアンズのメンバーのサポートへ向かった。
「ジャイトス、スィッチ!」
「すまねぇ」
後退するジャイトスに代わってノビタニアンが盾でリザードマンの攻撃を受け止める。
受け止めると同時にソードスキル“スター・Q・プロミネンス”を放つ。
攻撃を受けて怒りの声を上げるリザードマンだが、続けてアスナが放ったソードスキル“アクセル・スタブ”を受けて大きくノックバックする。
「今よ!ソードスキルを放って!」
アスナの指示で待機していたヒデヴィルのソードスキル“リップ・ラヴィーネ”とシズカールのソードスキル“リヴォーブ・アーツ”を受けたリザードマンの体がはじけ飛ぶ。
「やったわ!」
「うん!」
喜ぶ二人をみてアスナとノビタニアンは歩き出す。
「流石は攻略組だね。僕達の使っているソードスキルよりも熟練度が上だ」
「だな、俺なんか、防ぐのに精いっぱいなのに、ノビタニアンなんかソードスキルも放てる。どんだけ、筋力とかにステータス振り分けているんだ?」
ヒデヴィルとジャイトスが前を歩くノビタニアンを見ながら話す。
「でも」
そんな二人に対してシズカールはどこか納得のいかない表情をしている。
「私たちの知っているノビタニアンさんじゃなくなっているみたい」
シズカールの知っているノビタニアン。
誰よりも優しくて暴力を嫌う、優しい人だった。
だが、彼は攻略組として最前線にいる。噂によれば彼らは殺人ギルドのプレイヤーを手にかけたという。
それが事実だとすれば、彼は――。
「それは違うと思う」
シズカールの言葉を否定したのはアスナだ。
彼女は表情を変えずにシズカールを見る。
「私はリアルのノビタニアン君を知らない。でも、彼は何があろうと誰かのために奮闘する人……きっと、本質は変わっていない」
「……ノビタニアンさんの本質」
「触れてみないとわからないものだよ」
アスナに言われてシズカールは小さく頷いた。
「みんな、止まるんだ」
先を歩いていたキリトが制する。
「どうしたの?」
「この先に強力なモンスターがいる。おそらくこのダンジョンを守っているボスだ」
キリトの言葉に奥を見ると奥の広い空間。
そこで剣をもって佇んでいる鎧の騎士が立っている。
名前はリベリオンナイト。
「俺達で対処できると思う」
「なら、やっちまおうぜ」
ジャイトスがやる気をみせる。
「キリト君、どうする?」
「危険になったら撤退する。俺とアスナが攻め込んで、ジャイトスとノビタニアンがタンクする。ヒデヴィルとシズカールは他にモンスターが沸いた場合の対処を頼む」
「わかった」
「はい!」
「それじゃあ、行くぞ!」
キリトが二つの剣を抜いて駆け出す。
ボスである騎士はキリトを視認すると純白の輝く剣を構える。
振り下ろされる剣を躱してソードスキル“ダブルサーキュラー”を放った。
「アスナ!」
「はぁああああああ!」
アスナの細剣のソードスキルが騎士のHPを奪う。
仰け反る騎士は大振りの一撃を繰り出すが。
「ジャイトス!」
「任されよ!!」
盾を構えた二人が騎士の攻撃を受け止める。
「ぐっ!?」
あまりの衝撃にジャイトスが少しのけ反るも防御に成功した。
「そこだぁ!」
大振りでがら空きの胴体へキリトの二刀流が炸裂する。
このままいけば、倒せるという時。
「キリト君!」
アスナの叫びで横を見ると数人のプレイヤーがシズカールとヒデヴィルを拘束していた。
プレイヤーのカーソルはオレンジだ。
「おっと、そこまでだ、黒の剣士!」
短剣をシズカールへ突きつけてオレンジプレイヤーが叫ぶ。
「オレンジプレイヤーがなんで、この階層に!?」
「動いたら、このガキたちを殺すぞ」
オレンジプレイヤーに刃を向けられて震えるシズカールと歯がゆさに顔をゆがめているヒデヴィル。
上級の階層で姿を見せなかったオレンジプレイヤーの出現にキリトは驚きを隠せない。
「……ノビタニアン」
キリトはちらり、とジャイトスと共に奮闘しているノビタニアンを見る。
――しばらく、任せていいか?
――オーケーだよ。
アイコンタクトして、キリトはオレンジプレイヤー達をみる。
「アスナ、頼むぞ」
「うん」
「やめろ!武器を捨てるから、二人を離せ!」
キリトはエリュシデータとリメインズハートを地面へ投げる。
「よし、まずは、てめぇから」
武器を捨てたことで油断したオレンジプレイヤー。
その隙をついてキリトが投擲用のピックを投げる。
「つっ!?」
ピックはオレンジプレイヤーの持っている短剣をはじく。
「アスナ!」
閃光とまでいわれる速度を持ったアスナのレイピアの衝撃を受けてオレンジプレイヤーは倒れる。
「二人とも、大丈夫!?」
「アスナさん!」
「はい!」
キリトは剣を拾い、逃げようとしているオレンジプレイヤーの前に回り込む。
「動くな。お前たちに」
「うわぁ!」
ジャイトスの悲鳴が聞こえた。
振り返ると叛逆の騎士がジャイトスを弾き飛ばしてこちらへ迫っている。
アスナは二人を守ろうとレイピアを構えた。
キリトも駆け出そうとするが。
「死ね!黒の剣士!」
オレンジプレイヤーが襲い掛かってくる。
キリトは攻撃を受け止めて、救援を阻まれてしまう。
「あ、あぁ」
アスナを狙おうとしている反逆の騎士の姿を見て、シズカールの顔は恐怖に染まる。
目の前の騎士が放つ威圧感。
これから死ぬかもしれないという恐怖。
倒れているシズカールを守ろうと細剣を構えるヒデヴィル。
アスナがソードスキルを放とうとした時。
「やめろぉ!」
“ヴォーパル・ストライク”放ってノビタニアンが叛逆の騎士へ攻撃する。
攻撃を受けたことで標的がノビタニアンへ移る。
ソードスキルを纏った剣がノビタニアンに振り下ろされた。
咄嗟にノビタニアンはHPを見る。
キリトの攻撃を受けて残りHPは僅か。
これならば。
ノビタニアンは盾を構えることなく剣を繰り出す。
チョイスしたのは得意としているヴォーパル・ストライク。
敵の放つソードスキルも自分のものと同じヴォーパル・ストライクだった。
「うぉおおおおおおおお!」
二つの剣がぶつかり火花を散らす。
「そこだぁあああああああああああ!」
真っすぐに放った剣が叛逆の騎士を捉える。
残り僅かだったHPを刈り取り、叛逆の騎士はくぐもった声を上げてその体が消滅した。
「……ふぅ」
ノビタニアンは耐久値が減った剣を鞘に納めて振り返る。
「大丈夫?シズカール」
そういって手を差し伸べるノビタニアンをシズカールは茫然と見ていた。
「どうしたの?」
「あ、ご、ごめんなさい」
手を掴んでシズカールは真っすぐにノビタニアンを見る。
昔の面影を残しながらも男の子として成長しているノビタニアン。
「(アスナさんの言うとおりだわ)」
シズカールは間違いに気づく。
彼の本質は変わっていなかった。
「ごめんなさいね、ノビタニアンさん」
「え?」
小さく謝罪されたことにノビタニアンは気づかなかった。
「キリト君!オレンジプレイヤーは?」
「すまない、逃げられた……」
キリトの話によるとオレンジプレイヤーはあらかじめ持っていた転移結晶で姿を消したという。
「攻略組に連絡しないとね、注意を呼びかけないと」
「そうだな」
「ねぇ、キリト」
ノビタニアンがキリトのところへやって来る。
「悪いな、騎士を任せちまって」
「大丈夫だよ。少し危なかったけれど」
ポーションを飲んで回復したノビタニアンはメニューからある武器を取り出す。
「それよりも、とんでもないのドロップされたんだけど」
「おいおい……とんでもないものじゃないか」
ノビタニアンがアイテムを取り出す。
「うそぉ、魔剣クラスに匹敵する武器じゃない」
リズベット武具店(新)。
ノビタニアンは叛逆の騎士がドロップした武器を鑑定してもらっていた。
「“リベリオンクラレント”……キリトの使うエリュシデータ以上の力を持っている剣。アンタの使っているシルバーナイツより上だから喜んで使ってもいいんじゃない?」
「うん……今の僕の筋力値だとギリギリ使えるんだ」
「なら、使っちゃえばいいじゃない。何か気に入らないものがあるの?」
「……この設定だよ」
ノビタニアンはリズベットへリベリオンクラレントの設定を話す。
「大事な人を裏切り、親友と殺し合いをした騎士が所持していた剣……アンタね。設定は設定であって、実際にそうなるわけじゃないでしょ」
「だとしても、縁起が悪いよ。キリトと殺しあうなんて」
「そうね。なら、売り払って金にするのがいいかもね」
「ありがとう、よく考えるよ」
ノビタニアンは頷いて武器をしまう。
彼が出て行ってからリズベットは呟く。
「ホント、アイツらの友情はすごいわね。驚くばかりだわ」
「ノビタニアン君!」
外に出て宿へ戻ろうとしていたノビタニアンの前にやってきたのはヒデヴィルだ。
「やぁ、ヒデヴィル」
「今日はありがとう、シズカール君も、感謝していたよ」
「そう、そういってもらえると嬉しいかな」
ヒデヴィルと歩きながら話をする。
もともと、ヒデヴィルをライバル視していたノビタニアンだが、今はそんな気持ちはない。
クラスメイト、もしくは知人として、真っすぐに見ている。
「それにしても君たちは強いね。ソードスキルの熟練度も、技術も」
「……それだけがこの世界のすべてじゃないよ。人の感情も重要になってくると、僕は思っている」
「その、ノビタニアン君」
「なに?」
「もう一度、僕と友達になってくれないかな?」
ヒデヴィルの言葉にノビタニアンは目を丸くする。
「僕はジャイトス君達との騒動を知らない、でも、もう一度、友達として仲よくしたいんだ……ダメかな?」
「いいよ」
「本当に!?」
「でも、攻略では手加減しないからね?足手纏いにはならないでよ?」
「任せて。頑張るよ」
二人は互いに握手をする。
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21:シノンの心
昼寝をしていたノビタニアンはいきなりの衝撃で目を覚ます。
普段は誰かに何をされても目を覚ますようなことはなかったのだが、的確に自分を狙ったようなものに目を開ける。
「なんだ、シノンか」
「のんきに寝ているんじゃないわよ」
機嫌の悪そうな態度でシノンは拳を振り上げる。
「ちょ、ちょっと待ってよ。なんで拳を振り上げているのさ!?」
「アンタ、約束を忘れたみたいね」
「え、や、約束!?ち、ちょっと待って」
慌ててノビタニアンは脳みそを回す。
攻撃に痛みはない。
しかし、衝撃を何度も受けるなんて御免だ。
「思い出したよ。訓練だよね?」
「そうよ、まったく」
溜息を吐いてシノンは弓を取り出す。
少し前からシノンは射撃訓練をする際に自分に訓練相手を頼んでいた。
「射撃訓練でどうして近接相手と戦うなんてこと?」
「みんなの足手まといになりたくないのよ」
「キリトからの話だと遠距離でもモンスターを倒せるから問題ないんじゃないの?」
「私は強くなりたい……今よりももっと、乗り越えないといけないのよ」
険しい表情で答えるシノンをみてノビタニアンは心を痛める。
まだ、彼女は過去を引きずっていることがわかった。
「何よ。こっちをまっすぐに見て」
「シノンは強くなりたいんだよね」
「そうよ、だったら」
「一つ、クエストを受けてみない?」
「クエスト?」
「うん、誘惑の歌姫っていう九十三層にある湖クエストなんだけど」
「受けるわ」
シノンは頷いた。
「強くなるためならどんなことでもする。私は強くならないといけないから」
「じゃあ、行こうか」
ノビタニアンとシノンは九十三層“ナルニアデス”へ向かう。
九十三層はユミルメ同様にノビタニアンとキリトが体験した冒険の一つの世界が元になっていた。
ボスはあの大魔王デマオンで苦戦はしたが勝利を収めることに成功する。
尚、フィールドボスはメジューサだったことでノビタニアンとキリトのトラウマが刺激されたことを記しておこう。
「それで、この湖のクエストはどんな内容なの?」
「湖にさらわれた男を助けるために人魚がいる湖へ行くんだ」
「討伐クエストかしら?」
「うん」
二人は村長から話を聞いて、クエストを受諾して湖を目指す。
「やけに薄暗いわね」
「ここは天候が曇りに設定されているみたいだね……雨は降らないから大丈夫」
「安心するところなのかしら……まぁ、弓を射るのに問題はないわね」
「あ、そうそう」
ノビタニアンはシノンへ声をかけようとした時。
どこからか歌声が流れてくる。
「この歌声は……」
「人魚の歌。これで村人を誘拐しているんだ。さ、行くよ」
こそこそと移動しながら二人は湖へ向かう。
湖畔の近くで水色の肌をした人魚型モンスターとふらふらと歩いている村人の姿があった。
「まずいわ!」
シノンが立ち上がり弓を構える。
射撃スキルによって放たれた矢が村人の足元へ刺さった。
「後方の援護、よろしく!」
「わかったわ!」
ノビタニアンは走る。
村人を捕まえようと人魚が恐ろしい顔で陸から手を伸ばそうとした。
「悪いけど、俊敏さは二人に劣るけど、そこそこあるんだ、よっと!!」
かなりの速度でノビタニアンは剣を振るう。
腕を切り落とされた人魚の顔が恐ろしいものとなり、ノビタニアンをターゲットにする。
だが、シノンの射撃を受けて人魚のHPが削られた。
「うわぁあああああああ!」
ノビタニアンは“バーチカル・スクエア”を放つ。
攻撃を受けた人魚は体を四散させた。
人魚の消滅を確認してシノンは弓を下ろそうとする。
「まだだよ!」
ノビタニアンの叫びにシノンは思い出す。
村長がクエスト開始前に伝えたこと。
――湖には人魚を守護する守り神がいる。
同時に湖の海面から巨大な魚が顔を見せる。
額に伸びる角。
眼はぎょろぎょと黄色く、動いている。
青い鱗の肌。
HPバーは人魚たちよりも二つ多い。
名前はツノクジラ。
シノンが射撃スキルを使おうとした時、黄色い瞳と目が合う。
「シノン!」
ノビタニアンが盾を構えて割り込むよりも早く、シノンは駆け出す。
後ろではなく、前に。
矢を連射しながらツノクジラへ攻め込んでいく。
HPを削られたツノクジラはシノンを標的とする。
口から紫色の舌を伸ばす。
地面を蹴り、舌の攻撃を躱しながら走る。
走りながらツノクジラへ矢を射続けた。
「倒す……倒すんだ!」
シノンの叫びと共に矢を射ようとしていた瞬間、湖から人魚が飛び出してシノンの足を掴む。
「しまっ」
「シノン!」
ノビタニアンが助けに向かおうとすると別の人魚に阻まれてしまう。
「くそっ!」
ソードスキルで一掃しても人魚はすぐに湧き出す。
足を掴まれていたシノンはいつの間にか水面に足をつけていた。
このままではツノクジラに叩き潰されてしまう。
「(仕方……ないか!!)」
ノビタニアンはメニューを開く。
盾と剣を収納して、あるものを取り出す。
武器を仕舞ったことでチャンスと見た人魚たちが飛びかかろうとする。
瞬間。
白い剣が人魚たちを弾き飛ばす。
「売り払うつもりだったんだけどなぁ」
ノビタニアンの手の中にあったのは叛逆の騎士から手に入れた剣“リベリオンクラレント”
使っていた剣よりも何倍の力を持つ魔剣。
それを構えてノビタニアンは走る。
「こっちが相手だぁああああ」
リベリオンクラレントがソードスキルの輝きを纏う。
得意のヴォーパル・ストライクがシノンを拘束していた人魚を蹴散らす。
「シノン!大丈夫」
ぺたんと座り込むシノンへ尋ねる。
「え、えぇ」
「だったら、そこにいて、こいつは僕が倒す!」
ツノクジラにリベリオンクラレントを構える。
派手な音を立ててツノクジラは消滅する。
ノビタニアンは敵が現れないことを確認してリベリオンクラレントを鞘へ仕舞う。
「大丈夫?」
座り込んでいるシノンへノビタニアンは声をかける。
「……」
「あんな無茶はしない方がいいよ?遠距離攻撃は接近されたら」
「わかっているわ……でも!」
「強くなるにしても、自分の命を粗末にしちゃ意味がないよ」
「私は、死んでも良いと思っていた」
自分の体をシノンは抱きしめる。
「でも、本当に死ぬかもしれないという時、恐怖した!私は死にたくないって」
震えながらシノンは叫ぶ。
いつも知っているシノンと異なり、どこか弱弱しい。
ノビタニアンは近づいて彼女を抱きしめる。
そっと抱きしめて、ノビタニアンは言う。
「死なないよ。シノンは死なない」
「どうして……」
「僕がいるから……じゃ、ダメかな?僕やキリトがいれば、なんだってできる。そう思っているんだ。だから、みんなを守る。シノンも死なないよ。絶対。今回も死ななかったでしょ?」
ノビタニアンの言葉にシノンは頷く。
「約束。シノンは死なない。死なずにこのゲームをログアウトするんだ。みんなで!」
「……そう、ね。今のアンタをみたら不思議とそう思えるわ」
ノビタニアンを見て、シノンは立ち上がる。
「約束よ。絶対に私を現実世界へ返して……そして、一緒にデートでもしましょう」
チュッとノビタニアンの頬で音がした。
顔を赤くしてノビタニアンはシノンをみる。
彼女は小さく微笑み、離れた。
「さ、戻りましょう。クエストの報告をしないとね」
「そうだね」
二人はそういうとNPCを連れて村へ戻る。
村へ戻ったノビタニアンはキリトから緊急の呼び出しを受ける。
「どうしたの?」
「キリトから、アルベルヒのことで手助けが欲しいって」
「手助け?」
キリトから送られたメッセージの内容を見る。
最前線の攻略をしていたキリトはプレイヤーを拉致しようとするアルベルヒとその仲間と遭遇する。
アルベルヒと決闘して勝利するが、アルベルヒは逃走、その仲間を捕らえて尋問した際に、捕まえたプレイヤー達の居場所をばらしたという。
そこを襲撃するため、キリトはクラインを含め、ノビタニアンに援護を要請していた。
「行こうか、キリトの指定するエリアへ」
「わかったわ……ところで、装備はそのままで行くの?」
「あ、そうだね。元の装備に戻そうか」
「最前線はその魔剣を使うのかしら?」
「うーん、これは奥の手かなぁ」
リベリオンクラレントの性能は素晴らしいものだが、あまりノビタニアンは気に入らなかった。
「……しばらくは私達だけの秘密ってことね」
「え、そうなるかな」
「くすっ」
「シノン?」
「何でもないわ。キリトが呼んでいるんでしょう?行きましよう」
シノンに言われてノビタニアンは転移門へ向かう。
キリトに指定されたエリアへ二人が到着する。
「悪いな。急に呼び出して……シノンも来たのか」
「えぇ、どうしたの?」
「実は」
話の内容はアルベルヒについて。
キリトはフィールドでプレイヤーを襲っているアルベルヒと遭遇。
戦い勝利を収めるも、アルベルヒは逃走。
彼の部下から潜伏先を聞き出し、これから攻め込むという。
「クライン達もいるから安心していいとおもうけれど、シノンは後方で支援を頼む」
「……わかったわ」
「ノビタニアン、頼むぜ」
「うん」
頷いてノビタニアンは盾と剣を取り出す。
「行くぞ!」
キリトの言葉と共に突入する。
「ま、参った!降参!」
「なんだよ。あっけねぇな」
刀を下してクラインはメンバーに頼んでアルベルヒの部下を拘束する。
突入から数十分。
部下はあっさりと投降した。
「なんというか、拍子抜けだね」
「俺達が強すぎたというより相手のスキルの使えなさが目立ったな」
「キリトの言ったとおりね。あっさり過ぎるわよ」
リズベットがメイスを振り回してやってくる。
「危ないよ、リズベット」
「大丈夫、こんなのに当たるのはノビタニアンだけだから」
「僕が近くにいるんだけど……あれ、キリトとシノンは?」
リズベットと話をしていたノビタニアンは二人の姿がないことに気付く。
「どこにいったのかな?」
「すぐに戻ってくるはずだけど」
「あ、戻ってきたね」
キリトが何か考えるような様子で戻ってきて。
「あれ、シノンはユウキと」
「そうよ、ユウキと一緒に戻ってきたの」
シノンがやって来るとそのままノビタニアンの片腕に抱き着く。
「え、ちょっと」
「さ、アークソフィアへ帰るわよ」
「え、あぁ、うん」
「むむむぅ!」
二人のやり取りを見てユウキは頬を膨らませていた。
「大変ねぇ……モテル男は」
リズベットがにやにやと笑みを浮かべているがノビタニアンはただ困惑することしかなかった。
「(なんだよぉ!ノビタニアン、シノンに抱き着かれてニヤニヤしてさぁ!)」
「(これくらいはいいわよね。コイツは鈍感だし)」
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22:アルベルヒの企み
SAO編も残りわずかです。
「これで!!」
キリトの一撃を受けて九十八層のボスモンスターは倒される。
「やったね!」
ノビタニアンとキリトがハイタッチをした時。
「いいや、まだ終わりではないよ」
「っ!?誰だ!!」
「やあ、キリト君、ごきげんよう」
「あ、あなたは!?」
「アルベルヒ!?」
フロアボスへつながる扉の前に姿を現したのはアルベルヒ。
「キリト君、よくも僕の研究を邪魔してくれたね。キミが荒らしてくれた実験結果……キリト君はあの研究の偉大さがわかっているのかい?」
アルベルヒのいう実験とは前にキリトが見つけた人の感情などをトレースするというもの。
「プレイヤーをさらって、人体実験を繰り返す、それのどこが偉大なんだ」
「やれやれ、僕の世界的快挙がこんな低能に妨害されていたとは、まったく腹立たしい限りだ」
ため息をこぼしてアルベルヒは言う。
「僕の研究がどれほどに偉大か、君にもわかるように説明してあげよう。人は楽しいと思ったり、辛いと思ったり、色々な感情があるだろう?たとえば、戦争、戦争は怖いよね?どんなに訓練をした兵士も、死を前にすると、恐怖で思考が鈍ったり、動けなくなってしまう……では、恐怖で塗りつぶされた兵士の感情を喜びで満たしてやると、どうなると思う?飛び交う銃弾の中に身を置くことを何よりの喜びと感じ、進んで危険な任務を果たそうとするようになる。軍にとって、これほど使える兵士はないだろう?」
「僕……ほとんどわかんないんだけど」
「お前の言っている研究というのは、人間の感情を操作するということか?」
「そ、そんな!」
「どうかな?僕の研究の偉大さに気付いたかな?実際にそういった実用に向けて接触してきている国が複数あるんだ」
アルベルヒの話は続く。
「しかし、向こう側では人体実験なんて、そうそう行えるはずもなくてね。研究が思うように進まず、やきもきしているときによい場所を見つけたのさ」
「SAOの中か……確かに、ここで起きていることは外の人間、警察や国の人間には知りえないだろうな……知ったところでこの世界の中で起きた不幸はすべて茅場晶彦の責任となる」
「そんなの!ひどすぎる!」
ノビタニアンが憤慨する。
彼の行ったことは許せないが、他人のしでかしたことまで茅場の責任にされるなどノビタニアンは許せなかった。
「全員が脳を操作するための電子パルスを発生させるナーヴギアをかぶっているんだ。つまり、この世界は僕の研究にとって最高の実験場なんだよ。だが、実のところ、この世界に来てしまったのは事故でね?」
「事故?」
「このゲームと他のシステムをネットワークで接続させるテストを行っていたら急に知らない場所へ転送させられてね。そこがニュースで騒がれているSAOの中と知った時はさすがに焦ったよ。事故でもなければ、こんなわけのわからないデスゲームに誰が好き好んで入ってくるものか!」
「ネットワーク接続、感情操作の実験やら明らかに普通のプレイヤーじゃないな……お前はいったい、何者なんだ!!」
キリトはアルベルヒの会話から普通のゲーマーではないことを見抜いていた。
「僕かい?僕はこのSAOの統括者だよ」
「何を言っているんだ?それは茅場のことだろう」
「んっふふふ、茅場なんて、この事件が始まってから失踪中だよ。そしてSAOを開発したアーガスは既に解散……現在は我々レクト社のフルダイブ技術研究部門がこの世界の維持を請け負っている」
「レクト!?」
「そう、君のお父さんが経営している会社だよ。明日奈」
アルベルヒは嬉しそうにアスナへ話しかける。
アスナは信じられないものを見たような顔をしていた。
「ひょっとして……あなたは、須郷、伸之!?」
「ようやく気が付いたのかい?」
「アスナ、知っている奴なのか!?」
「ええ、何回かあったことがある……フルダイブ技術の権威ある研究者の一人で、茅場晶彦に次ぐ実力を持っているとか……」
「全く……茅場晶彦に次ぐか……」
アスナの話にアルベルヒは顔を歪める。
「確かに、今までに幾度も茅場と僕は技術研究において比べられることがあった。そのたびにヤツは僕の一歩先を行っていた……だけど、それももう終わりだ」
「茅場は失踪して、現在は生きているかどうかもわからない。築き上げた名誉もすべて失った。今やフルダイブ技術研究者で僕の右に出るものはいないんだよ。さらに僕は茅場の作った世界を支配し、名実ともに奴の上に立つんだ!」
「この世界を支配するって、いったい、どういうこと!?」
「こいつが開発側の人間であること、そして、いままで起きていた不可解な出来事、それらのことから考えられるのは……普通のプレイヤーはもたない、特殊な力を持っているんだ」
「ふふふ、その通りだよ。キリト君。スーパーアカウントといってね。開発者のみが使用できるアカウントだよ。事故でこの世界に引きずり込まれたものの、スーパーアカウントが継続されたのは幸運だった」
「犯罪防止コードが発生しなかったことや、人を強制的に転移させるアイテムを持っていたっていうのも……」
「スーパーアカウントができたことだろう」
「そんなの……ズルじゃないか!」
「上級の装備も、妙に数値の高いステータスもこれで納得がいった」
「これだけのステータスがあれば、このゲームを終わらせることは余裕だろ?この世界にいるプレイヤー達で一通り実験を済ませたら僕自身がゲームを終わらせる。そうすれば、自らをデスゲームに飛び込み、人々を救った英雄としてさらに僕は注目されるだろう」
「攻略組に近づいたのも、自分が活躍できるようにするためなんだね!?」
「そうとも、その中に明日奈がいるのを知った時は驚いたけどね」
「お前が英雄になることはない。向こうへ戻ったら警察にすべてを話す」
「それは無理な話だよ。なぜなら、君たちはここで死んでしまうのだからね」
「ステータスが高いくらいで俺達、攻略組に勝てると思っているのか?」
アルベルヒが操作したと同時に全員の動きが鈍くなる。
「か、体が痺れる……」
「アハハハハハハハ!!やぁ、気に入ってくれたかな?スーパーアカウントを使って、ここにいる全員に麻痺属性を付与したんだ。キミ達は一定時間、まともに体を動かすことはできないよ。どうだい、これがこの世界の支配者の力だよ!」
「く、そ!」
「キリト君!」
「あぁ、そうそう、明日奈、君は殺したりしないから安心してくれ」
キリトへ手を伸ばそうとしているアスナをみてアルベルヒはいやらしい笑みを浮かべる。
「現実の世界では、君が眠り続けている間に、僕と君が結婚するように話が進んでいる」
「な、何を言っているの!?」
「結婚が成立すれば、君のお父さんの会社であるレクトは僕のものになる。勿論、そんなことになったら、君は拒絶するだろう?でも、僕の研究が完成してキミの感情を操ることができれば、拒絶どころか、よろこんで僕を受け入れてくれるだろう」
「っ!?」
アルベルヒを受け入れる自分を想像したのだろう。
アスナは体を震わせる。
「ヒッヒッ!心も体も僕のものというわけだよ」
「貴様……!」
「違う……よ!」
アルベルヒの言葉に叫んだのはノビタニアンだ。
「心も、体も、その人のものだ。アンタのものなんかじゃない」
起き上がろうとするノビタニアンだが、麻痺が発動していてうまく動けない。
「さて、長話も終わりだ。キミ達の最後はこいつにやってもらうとしよう」
アルベルヒが操作すると目の前にアバターが現れる。
「こいつは!?」
「あ……あの時、このゲームが始まった時に……わたしたちの前に……現れた」
はじまりの街で茅場がチュートリアルを行うために姿を見せたアバター。
「どうも、このゲームのラストのボスとして用意されていたものらしいんだが……まぁ、君たちにとっては本当にこれがラストバトルなわけだし、ちょうどいいんじゃないかな?」
ローブの中で怪しい輝きが起こる。
「さぁ、何もすることのできない中で、にじり寄る死の恐怖に怯えながらゆっくりと、おやすみ……アハハハハハッ!」
アルベルヒの言葉でキリトが憤りを感じる中、ノビタニアンも激しい怒りを抑えられずにいた。
アルベルヒ、須郷は自分勝手にこの世界を作り替えていく。
自分の都合のいいものに、いらないものは勝手に消し去って。
そんなことがあっていいわけがない。
許されるわけがない。
「助けるんだ……」
動けない体に鞭打つようにノビタニアンはメニューからリベリオンクラレントを取り出す。
アバターに攻撃されている親友を。
自分の力で守るんだ。
「うぉおおおおおおおおお!」
ノビタニアンは叫ぶ。
バリバリとまとわりつく何かが剥がれていく。
「ば、バカな!?麻痺を解除しただと!?」
アルベルヒの驚く声が響く中、ノビタニアンはリベリオンクラレントを振り下ろす。
衝撃を受けて吹き飛ぶアバター。
キリトもふらふらと立ち上がる。
「ノビタニアン?」
「キリト、大丈夫?」
「あぁ」
ノビタニアン達の前にはホロウアバターと表示されるボスモンスターが立っていた。
第一層、はじまりの街でキリト達へゲームのチュートリアルをしたアバターが現れたのだ。
驚きながらもキリトやノビタニアン達は目の前のホロウアバターへ攻撃を仕掛ける。
「バ、バカな!!」
「そろそろ観念するんだな」
驚愕を隠せないアルベルヒへキリトがいう。
「くっ!観念しろだと?ふざけるな!さっきはなぜ麻痺の効果がきれたのかわからんが、今度はそうはいかないからな!」
「また何かする気か!くそっ、させるか!」
「キリト!」
キリトとノビタニアンが同時に駆け出す。
「一度、ここにいる連中の状態をリセット……それから再度、状態を麻痺に設定。これでどうだ!?」
「くっ!?」
「わっ!」
二人の動きが封じられる。
「ふはははっ!残念だったね。キリト君、やはりスーパーアカウントには敵うはずがないんだよ」
「須郷!」
「さて、せっかく用意したボスのアバターが倒されてしまったな。やはり大事なことは自分でやらなくてはダメか。あんなものに任せた僕が悪かった」
アルベルヒは懐から不気味なデザインの短剣を取り出す。
「これはね、スーパーアカウントのみが扱える特殊武器の中でもとりわけ面白い一品なんだよ……なんと一刺しでどんなにHPがある相手だろうが確実にHPをゼロにする」
キリトは目を見開く。
「しかも一瞬ではなく、徐々に、ジワジワとだ。素晴らしいだろ?自分のHPが徐々にゼロになるというのはどんな気分なんだろうね?」
笑いながらアルベルヒはキリトへ近づいていく。
「ぜひ、教えてほしいな。キリト君。その体と魂が砕け散る寸前に、僕にだけでいいから」
「やめろ!」
「性懲りもなく……汚い手を」
「どうとでも言え!!これでお前も、おしまいだ!!」
アルベルヒが短剣を突き立てようとした時。
「だめぇ!」
ある影が間へ割り込む。
ズブリと音を立てて刃がその人物へ突き刺さる。
「ストレア!!」
ノビタニアンが叫ぶ。
「なっ、貴様!」
「これで終わり、だね」
「なっ、出ない!?」
ストレアから刃を引き抜こうとするアルベルヒだが、びくともしない。
「もらっちゃった」
ストレアは冷や汗を流しながらもアルベルヒへ不敵な表情を浮かべる。
「キリト、ノビタニアン……大丈夫だよ……こんな奴、大したことない……アタシがいるから」
起き上がろうとするノビタニアンとキリトだが、麻痺で動くことができない。
いや、違う。
ノビタニアン達はいつの間にか麻痺が解けていた。
二人は起き上がる。
「なっ、貴様ら寄るんじゃない!!」
「なにが寄るんじゃねぇだ」
「麻痺させられた礼をしないとな、このゲームが終わるまでお前には大人しくしててもらうぞ」
クラインとエギルをはじめとする屈強な大人プレイヤー達がアルベルヒを拘束する。
「こ、この低能どもがぁ!放せ!放せぇ!」
アルベルヒが叫んでいる横でノビタニアンとキリトがストレアへ駆け寄る。
「キリト!どう!?」
「くそっ!回復アイテムを使っているのになんでHPの減少が止まらないんだ!ノビタニアン、解毒のアイテムは!?」
ストレアへ回復アイテムを使っているのにHPが減らない。
「駄目!解毒も効かない、あの武器についていた状態異常がわからない……どうしよう、どうしたらいいんだよ!」
「うぅ……うぅ……キリト、アイツ……やっつけた?」
「あぁ、捕まえた、ストレアのおかげだ!」
「そうだよ!凄いよ!ストレア!」
「やったね……アイツが持っていたアカウントの権限、奪ってやったんだ」
「権限を奪った?」
「うん、でも、そんなことしなくても、キリト達なら勝てたかな?ねぇ、アタシ、キリト達に言っていないことがあるの、聞いてくれる?」
「あぁ」
「うん、聞くよ」
「アタシね、アタシ……」
――人間じゃないんだ。
「!?」
「え、それは……」
「アタシはメンタルヘルスカウンセリングプログラム……この世界に組み込まれたプログラムの一つなんだ」
「それって、ユイと同じ」
「うん、もともと、アタシもこの世界を見ていることしかできないよう制限をかけられたプログラムなの、その間、色々な人を見てきたよ。絶望で泣き叫ぶ人、恐怖に怯える人、怒りで震える人キリト達が七十五層で戦っているときもずっとモニタリングしていたんだ」
ストレアの告白にキリトは口をはさめない。
「だけど、その時、急に目の前が真っ暗になって、気が付いたらこの世界に立っていたの。それからしばらくは記憶もおかしくて、アタシの本来の目的も忘れてしまっていて、でも、唯一、キリトとノビタニアンのことは覚えていて、アタシは二人のことを探していたんだ。そのあと、次第に記憶が戻ってきて、アタシはこの世界のプログラムとしての役割を思い出したの」
「役割?」
「この世界の崩壊を阻止しないといけないということ」
「世界の崩壊というのは……俺達がSAOをクリアするということか?」
「そう……でも、アタシには阻止することができなかった。でもね、できなくてよかった」
ストレアは小さく微笑む。
「キリト……みんな……今までありがとうね」
「おい!ストレア!変なこと言うな!!」
「そうだよ!これからも、もっといろいろなものを見て回るんだ!そうでしょ!?」
ノビタニアンがストレアの手を握り締める。
「待って!キリト君!ストレアさんの全身に何か黒いオーラみたいなものが!」
アスナが叫ぶ。
ストレアの周りからどす黒いものが噴き出していた。
「な、なんだ、これは!?くっ、離れろ!」
「だ、ダメ!キリト君まで包まれちゃう!」
「ノビタニアン!離れて!」
アスナやユウキが叫ぶ。
しかし、キリトは抱きしめたまま離れず、ノビタニアンもストレアの手を離そうとしなかった。
「くっ、放すものか!!」
「いやだ!」
直後、ストレアから衝撃波のようなものが放たれ、二人は吹き飛ばされてしまった。
ストレアは黒いオーラのようなものに包まれ、宙へ浮き上がる。
「うう!……」
「キリト!あれ!」
「どうなっているんだ!?たった今、倒したばかりなのに!?」
「ストレアさん、ストレアさんは!?」
「こいつに……取り込まれた?」
音を立ててラストアバターは姿を消す。
「き、消えた!?」
「ま、待て!ストレアを返せ!」
キリトが手を伸ばすも届かなかった。
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23:決戦前夜
「なんで、温泉!?」
九十二層、ユミルメ。
そこにある竜の温泉でキリトが叫ぶ。
目の前にはタオルを巻いているアスナやリズベット達がいる。
「だって、明日には百層を攻略するんでしょ?どうせだし、楽しい思い出を残そうってことよ」
「明日ですべてが終わるかもしれないと思うと、楽しい思い出は必要だと思うんです!」
リズベットの言葉にシリカが頷く。
「変なことをしたら射るわ。アンタ達」
「怖いよ!?」
さらりと怖いことを言うシノンにノビタニアンは叫ぶ。
「大丈夫だよ。何かあってもボクがノビタニアンをしばくから」
「ユウキ!?しばくこと確定!!」
「さ、行くよ!」
「あ、放して、僕!装備を外してがぁばああああああああ!」
二人に引っ張られてノビタニアンは温泉へ落ちる。
最初はただの湯だったのだが、竜を倒してからお湯が緑色に代わり、ステータスを一時的に上げる機能などがあった。
「ノビタニアン君やユウキ達が楽しんでいるんだから、私達も今日くらいはゆっくりしましょう。ここにはモンスターも出ないんだから」
「はい!パパもママと一緒に入りましよう!」
タオル姿のユイに促されてキリトも装備を解除する。
少し暴れていたノビタニアンも装備を外していた。
「明日で、SAOも最後……か」
湯船の中でキリトは小さく呟いた。
「こんなところにいたんだ」
第七十六層、アークソフィア。
夜の街中。
そこにあるベンチで夜空をみていたノビタニアンへユウキが声をかける。
「あ、ユウキ」
「もう遅い時間。エギルの宿に戻ろうよ。心配するよ」
「あぁ、ごめん、ごめん」
苦笑しながらノビタニアンは体を伸ばす。
「何か考え事?」
「うん……ストレアのこと」
九十八層から姿を消して、彼女の行方は分からない。
九十九層においても姿を見せないことからおそらく、百層で待ち構えているのではないかと仲間たちは予想している。
「ノビタニアンはストレアのこと……好きだったの?」
ユウキが尋ねてくる。
その目は何かを探るようなものがあった。
ノビタニアンはそれに気づかないまま、答える。
「大事な親友だよ。僕は、ストレアを助けたいと思っている」
「相手が人じゃなくても?」
「そんなの、助けない理由にならないよ」
小さく、けれど力強くノビタニアンは答える。
「僕はドラえもんやキリトといろんな冒険をしてきた……ただ、人じゃないからって助けないのはおかしいと思うんだ」
思い出すのはピッポとリリルのこと。
彼らは人ではなくロボット。
遠い星、メカトピアからやってきた彼らは先遣隊として侵略部隊、鉄人兵団を誘導するための基地を作ろうとしていた。
そんな二人とノビタニアン達は触れ合い、侵略を間違いと考え、共に戦ってくれた大切な友達。
もう会えないけれど――。
「僕は助けるよ。放っておけないもの……」
ノビタニアンの言葉にユウキは小さく頷いた。
「そっか、なら、ボクは戦うノビタニアンを守るよ」
「え?」
「だってぇ、ノビタニアンはキリトと同じくらい無茶をするんだもん」
「それなら、僕よりもキリトの方が」
「キリトはアスナがいるじゃん。ノビタニアンは…………(鈍感だから)」
「そこは手厳しいね」
後半の言葉をユウキは飲み込む。
ノビタニアンは気づいていないがキリトと同じくらい異性にもてるのだ。
彼が望めば、支えようとする者は現れるだろう。
最近、シノンが妙に距離を詰めているのが良い例だ。
「(ボクはずっとノビタニアンといることはできないけれど)」
自身の手を胸元に当ててユウキはノビタニアンを見る。
首を傾げている彼を見ていると不思議と温かい気持ちになってくる。
「どうしたの?」
「別に!ほら、宿へ戻ろうよ!みんな、待っている!」
「わ、引っ張らないでよ!わかったから!」
「ノビタニアン!ボクはキミの相棒だからね!」
「いきなり何さ。そんなの当たり前じゃないか!」
「そういってくれると嬉しいよ!」
「だから、手を放して、わ、転ぶ!ちょっと、止めて、できたら速度をぉぉおぉ!?」
「……お前、少しは手加減というものを覚えたらどうだ?」
出迎えたエギルは目の前の光景を見てぽつりと漏らす。
「いやぁ、早く帰らないといけないと考えたら、つい」
てへへと微笑むユウキの前でボロボロになっているノビタニアン。
もし、圏外だったらHPが少しばかり減っていただろう。
「それよりも飯だろ?アスナが準備してくれているからそれを食べな」
「ありがとう!さ、行くよ!」
「お前も大変だな。ノビタニアン」
「あははは、もう慣れました」
苦笑しながらノビタニアンはテーブルに着く。
「ノビタニアンさん、お帰りなさい」
「きゅるる!」
「やぁ、シリカちゃん、ピナも」
「どこに行っていたんですか?」
「散歩……ほら、終わりが近いから色々と考え事をしたくて」
「そうですね……もう、終わるんですね」
シリカももう終わると考えると何か感じるのか少し暗い。
「もう終わりだけど、僕達がもう会えないっていうわけじゃないよ?」
「え、あ、そうですね……でも、また会えるでしょうか?」
「会えるよ。多分、みんな、同じ病院に搬送されているはずなんだから」
「ノビタニアンの言うとおりよ。安心なさい。元の世界へ戻ったらアンタを探してあげるから」
「リズさん……ありがとうございます」
ぺこりとシリカは頭を下げる。
「ノビタニアンこそ、ちゃんとアタシたちを探すのよ?」
「うん、絶対さ」
シリカとリズベットの三人と話をしているとユウキが割り込んでくる。
「ノビタニアン、まだ食べているの?遅いなぁ~」
「からかわないでよ」
そういいながら食事を終えてノビタニアンは部屋へ向かうことにした。
「あれ、ユウキもついてくるの?」
「うん!ノビタニアンと話をしたいからね」
「もう~、すぐ寝るつもりだったのにぃ」
「そういうと思ったよ」
「楽しそうね」
目の前の扉が開いてシノンが顔をのぞかせる。
「明日で終わりかもしれないんだから、早く休みなさいよ?」
「そうだ!シノンとも話をしようよ!」
「え?」
「おじゃましまーす!」
「ちょっと!?」
「僕もお邪魔します~」
二人はシノンの部屋へ入る。
「全く。少しは遠慮することを覚えなさいよ」
「ごめんなさい~」
「ごめんね、シノン」
「まぁいいわ……ねぇ、ユウキ、ノビタニアン」
シノンは真っすぐに二人を見る。
「明日ですべてが終わるかもしれないのよね」
「そうだね」
「うん、でも、最後まで気を抜かないよ!」
「いつでも、ユウキは元気ね」
苦笑しながらシノンは二人を見る。
「明日、絶対に生きて帰りましょう」
「うん、約束だよ!」
「絶対!」
三人はそういって拳をぶつけ合う。
ユウキと別れてノビタニアンは部屋へ入ろうとする。
「よっ」
反対側の通路から姿を見せるのはキリトだ。
「キリト」
「これから寝るところか?」
「そのつもり……キリトも?」
「そのつもりだったんだが、最後となると、なんでか、ノビタニアンと話しておこうと思ってさ」
「……うん、僕もそんな気分だった」
二人して笑い出す。
「こんなところまで息が合うのかよ」
「それは、付き合いが誰よりも長いからでしょ?」
「そうだな、さて、立ち話もなんだ、中へ入るか」
「うん……って、僕の部屋だから」
「違いない」
そういって部屋へ入る。
二人は眠くなるまで話しつくした。
百層の攻略について。
ストレアのこと。
現実世界へ戻ってからのこと。
色々なことを話し合い、彼らは当日を迎える。
SAO第百層、紅玉宮の攻略が――。
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24:終わる世界
次回からアフターストーリーになります。
「キリト、ユイちゃんを連れてきて大丈夫だったの?」
「ユイがどうしても行きたいっていっているんだ」
第百層攻略を迎えた今日。
仲間たちと共に百層、紅玉宮へやってきたノビタニアンとキリト。
キリトの傍にはユイがいる。
彼女は戦闘能力がないため、本来なら第七十六層アークソフィアで待っているはずだった。
「大丈夫です。パパたちの戦闘の邪魔はしません」
「なにより、ユイは俺が守るからな」
キリトがユイの頭をなでる。
「そうだね。キリトパパは大丈夫だよね~」
「ユウキ、茶化すなよ」
「全くもう。気を緩めないでね。もうすぐ紅玉宮の入り口なんだから」
アスナの言葉に三人は「はーい」と手を上げる。
「これで最後だっていうのに呑気ね。アンタ達は」
「でも、ガチガチで固まっているより、いいかと思います」
「そうだね。私たちもリラックスできるもん」
「本当に最後なのね」
「絶対に現実へ帰ろうね!」
リーファ達が話をしている中。
「腕が鳴るぜ!」
「少し、怖いわ」
「大丈夫だよ。シズカール君。みんな強いんだから」
ギルド、ジャイアンズのメンバーもやる気を見せている。
尚、スネミスはアルベルヒが行った実験の後遺症なのか、体調不良のため参加できていない。
しばらく進んでいた攻略組の前に分厚い扉が現れた。
これを開ければ、最後のボスとの戦いが待っている。
「みんな」
キリトは周りを見る。
まずはシノン。
途中からSAOに参加しながらも射撃スキルや冷静な判断で攻略組になった一人。
フィリア。
ホロウエリアで出会い、PoHに騙されていた少女だが、今は自分を信じて、戦うトレジャーハンター。
シリカ。
ノビタニアンが迷いの森で出会い、ピナを生き返らせるために出会い、第七十六層へ来てしまったことからレベルを上げて攻略へ参加するようになった少女。
リズベット。
鍛冶屋、リズベット武具店の店長。七十六層の騒動でスキルの一部を失いながらも失われたダークリパルサーに代わるリメインズハートを作ってくれた最高の鍛冶師。
リーファ。
リアルのキリトの妹でSAOへ来るためにナーヴギアを使った。リアルの剣道を使いながら一人の剣士として戦ってきた。SAOの中で昔のような関係へ戻れたと思っている。
アスナ。
自分の妻であり最愛の人。色々なところで自分を助けてくれた強い人だ。現実世界へ戻ってもずっと一緒にいたいと思っている。
ユイ。
正体はAIだが、キリトにとっては大事な一人娘。
ユウキ。
はじまりの街から共にしてきた剣士。キリト以上の瞬発力を持つ、おそらく、ノビタニアンと出会っていなかったら二刀流はユウキが取得していただろう。
ノビタニアン。
彼のことは多くを語る必要はないだろう。
あの日、自分と出会ったことで関係は始まった。
ずっと一緒にいてくれてありがとうとキリトは心の中で呟くと相棒であるノビタニアンが真っすぐにこちらを見る。
――行こう!
相棒の言葉にキリトは頷く。
「行くぞ!!」
ボスとの闘いは今までのものを凌ぐ激戦だった。
ストレアを模したモンスターと巨大なストレアのようなボスモンスター。
彼女を助けるためといいながら剣を振るい、戦いを行う。
キリトが二刀流を振るい。
モンスターの攻撃をノビタニアンが盾で防ぎ、
アスナの細剣とユウキの片手剣が煌めき、
仲間を守るためにリーファとフィリアがソードスキルを繰り出す。
ピナと共にシリカがフィールドを駆け巡る。
リズベットがメイスでモンスターの頭をフルスイングし、全体を援護するようにシノンが射撃を行う。
ジャイトスの武器が牽制を行い、シズカール、ヒデヴィルがモンスターと戦う。
クラインと彼の仲間がそれぞれの武器を振るい、
エギルがタンクとして奮闘する。
長い時間を経て、ボスは倒された。
本来なら消滅するはずだったストレアもユイの手によってキリトのナーヴギアへデータが送られる。
これですべてが終わるのだ。
誰もがそう考えていた時。
紅玉宮の室内で拍手が響く。
とても小さなもののはずなのに全員がその音を聞いて動きを止める。
紅玉宮の玉座のような場所。
そこから現れたのは深紅の甲冑を纏い、白い盾を持つ男。
神聖剣を扱う最強の男、ヒースクリフだった。
「おめでとう、実に見事な勝利だったね」
「!?」
「そ、そんな……」
「嘘だ」
「ラストバトル、見させてもらったよ」
「ヒースクリフ……生きていたのか」
現れた男、ヒースクリフにキリトは息をのむ。
「身構えないでくれたまえ、君たちにお詫びをしに来たんだ」
「詫び?」
「ここまで何の説明もしないでいたこと。本当に申し訳なく思っている。なぜ、そんなことになったのか、そして、なぜ私が生きているのかを君たちに説明しなければならないだろう」
ヒースクリフは語る。
第七十五層のキリトとノビタニアン参加によるヒースクリフとの決闘。
その途中で起こったシステム障害がすべての発端だという。
「あの時、この世界を制御しているカーディナルシステムに予想外の負荷がかかってしまった。負荷の要因はプレイヤーの負の感情によって引き起こされたエラーの蓄積、キミ達がよく知っているであろうメンタルヘルス・カウンセリングプログラム……MHCP試作二号コードネーム“ストレア”。彼女はこの世界のプレイヤーたちが抱える負の感情に対処できず、次々とエラーを蓄積していき、やがて抑えきれなくなった膨大な量のエラーがカーディナルシステムのコアプログラムに流れ込んできてしまった。そして負荷の要因のもう一つが須郷君達による外部からの干渉だ……外部干渉という例外的状況の対応にカーディナルシステムの処理能力の多くを割かなくてはいけなくなった」
この二つが想定外の負荷を引き起こし、カーディナルシステムの一部が暴走するという事態になってしまい、ヒースクリフは強制的に管理者モードへ切り替わり、決闘の途中にあの場から姿を消すことになったという。
「一刻も早く、このことを伝えたかったのだが、そのあとも対応に追われてしまったね。こうしてキミ達の前に姿を現すことが遅れてしまったというわけさ」
「つまり、あの時、勝負はついていなかった」
「そういうことになる」
「……」
キリトは小さく拳を握り締める。
あの時、自分は勝利したと思っていた。しかし、それは間違いだとヒースクリフに言われたのだ。
「それにしても、キミ達には本当に驚かされた」
感心するようにヒースクリフは言う。
「須郷君の予想外の動きに対しても見事に対応し、カウンセリングプログラムのユイとストレアのことも、どちらもカーディナルシステムのセキュリティプログラムによって消去されるはずが、それを救って見せた。やはりゲームの運営には想定外の事態がつきまとう……いや、やはりあのネコ型ロボットと行動を共にしていたからこうなるのは当然だったといえるんだろう」
「これだけ人間が深くかかわる世界だ。すべてが思い通りになると思うなよ!」
「もちろん、その通りだ。しかし、私の思い通りになることもある。たとえば、ゲームクリアの可否」
「なっ!?」
「この期に及んでクリアさせないっていうつもりじゃ」
「それはない。これでもフェアプレイを心掛けているつもりなんでね。キミ達は間違いなく百層のボスを倒した。本来の想定とは違う。イレギュラーなボスではあったがね」
勿論とヒースクリフは続ける。
「イレギュラーだからといって君たちの勝利を取り消すつもりはない。そもそも、最後のボス戦に遅れたのは私の方なのだから」
――改めて、賞賛を送ろう、クリアおめでとう、勇敢なる者たちよ。
ヒースクリフの言葉を素直にキリトは受け取れなかった。
「気に入らないな」
「数々の非礼を詫びよう、約束を違えたのはこちらの責任だ」
「そうじゃない、あんたはさっき、百層のボスをイレギュラーだったといったよな?」
「百層のボスは私が受け持とうとしていたからな」
七十五層の決闘前にもヒースクリフは語っていた。
そのことをノビタニアンは思い出す。
だから、キリトの言いたいことを理解できた。
「俺達はこのゲームを……SAOを、二年以上プレイし続けてきた。文字通り、命をかけてな……そのゲームのラスボスがイレギュラーな存在だった、だと?それはプレイヤーに対する裏切りってもんなんじゃないのか?」
「つまり君は、無謀にもこう言おうというのか?本来のボスと決着をつけさせろ」
「……いま、俺が心の中で思っていることを言えといわれたらそうなるな。とはいえ、もちろん、みんなを巻き込むつもりはない……百層のボスを倒したことは間違いないんだ。俺以外の全員をログアウトさせてくれ。そのあと、俺と勝負してほしい」
「キリトだけじゃないよ」
彼の傍にノビタニアンは立つ。
「イレギュラーなボスで終わりなんて、今までの二年間を無駄にするようなものだよ!僕達はちゃんとボスと戦って勝利して現実世界へ帰るんだ。僕も一緒だよ」
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん!何を言っているの!?クリアできたんだから、一緒に現実世界に帰ろうよ!ノビタニアンさんも!」
「スグ……すまない、けど、これは、俺の……俺達なりのけじめのつけ方なんだ。今ここでヒースクリフを倒さずにゲームをクリアしてしまったら、きっと、俺は現実世界に戻っても、きっと、SAOに縛られたままだろう。心をアインクラッドに残したまま、現実世界に帰っても空しいだけだ」
止めようとするリーファにキリトは言う。
「そんな!ノビタニアン君!」
「ごめんね、リーファちゃん。でも、大丈夫。リーファちゃんより、ほんの少し帰るのが遅くなるだけだから」
「先に帰って、夕飯でも作って待っててくれよ」
キリトが呑気にいう。
「…………イヤ」
「スグ?」
「お兄ちゃんとまた離れ離れになるなんてぜったいにいや!お兄ちゃんが残って戦うならあたしだってそうする!!」
「何言ってんだ!?」
「俺も乗るぜ、キリ公!ノビ坊!本当のラスボス倒して、アインクラッドにケリつけよーや!!」
「クライン、さん」
「私も乗るわ。この決着。ケリをつけなきゃならないのは私も同じだもの」
「クライン、シノン!みんなの命まで危険にさらす必要はない」
「アタシだって、このゲームにはアンタと同じだけのプレイ時間を費やしてきたんだからね。ここでしっかり終わらせないと費やした時間が無駄になる気がする。一緒にケリつけようよ」
「あ、あたしも残ります!ノビタニアンさんやキリトさん達だけを残して現実世界に帰るなんて嫌です!ノビタニアンさんと一緒に現実に帰るんです!」
「リズ……」
「シリカちゃん」
「私も一緒に戦うよ。他の人と比べて、キリトと過ごした月日は短いかもしれないけれど……私はキリトからいろんなことを学んだの。その中でも一番大切なことが、困難に立ち向かうための強い心なんだから!」
「フィリア……」
「大丈夫だよ、キリト君だって、負けるつもりないんでしょ?」
「それはそうだけど」
「みんなが一緒なんだから、絶対に負けないよ!ボク達は最高のパーティーメンバーだ!」
「アスナ……ユウキ」
「やれやれ、保護者として俺も付き合う必要がありそうだな」
「俺様も付き合うぜ!」
「私も!このまま終わるなんてできないわよ!」
「僕も同じだよ。この二年間をきちんと終わらせよう!」
「エギル……みんな、いいのか?」
「うん、決意は固まっている。キリト君についていくよ」
アスナの言葉にキリトは頷いて。
「ふ……人の意思というものは本当に面白い。私はこの光景が見たくて、SAOを作り上げたのかもしれないな」
「アンタの作ったこの世界を、今ここで俺達が終わらせる!」
「これが最後の戦いだよ!」
「よろしい、かかってきたまえ、正真正銘のラストバトルをはじめるとしよう」
ヒースクリフの言葉と共にキリトは駆け出す。
彼の繰り出す二刀流をヒースクリフは愛剣で受け止める。
「やはり、前よりも速度は増しているか」
「当然!何より」
気付いたヒースクリフが後ろへ下がる。
彼のいた場所へノビタニアンのリベリオンクラレントがソードスキルを纏い、さく裂した。
「驚いたな。キミが盾をすてるとは」
「キリト!」
「おう!」
ヒースクリフが反撃に移る前に二人の猛攻が始まる。
第七十五層の時と違い、二人の速度は前よりも上昇している。ヒースクリフも余裕の態度を浮かべておらず、本気で相手の動きを見極めようとしていた。
「だからこそ!」
ノビタニアンのリベリオンクラレントが輝く。
「それは!」
ヒースクリフが驚きの表情を浮かべるが間に合わない。
ホロウエリアでノビタニアンが実装エレメント調査で入手した片手剣ソードスキル、カーネージ・アライアンスがヒースクリフの体を切り裂く。
「ホロウエリアで、そのスキルを」
「当然、俺も!」
ノビタニアンとスィッチしてキリトが二刀流ソードスキル“ブラックハウリング・アサルト”が放たれた。
体勢を崩していたヒースクリフは盾を構える暇もないまま、二刀流の嵐に飲まれる。
「このまま終わると思わないことだ」
二人の反撃の隙間を見つけた彼のソードスキルがキリトへ狙いを定めようとしていた時。
「駄目だ!」
先回りしたノビタニアンがリベリオンクラレントで受け止める。
剣で受け止めていることでソードスキルが繰り出されず、ノビタニアンのHPはあっという間にグリーンからイエローに変わる。
「うぉおおおおおおおおおお!」
横からキリトがエリュシデータでヒースクリフの剣をはじく。
ヒースクリフのHPもイエロー。
「これで」
――終わらせる!!
互いの感情が交差して剣がぶつかる。
「見事だ、キリト君」
「ヒースクリフ」
戦いに勝利したのはキリトとノビタニアン。
「これほどまでに鮮やかに勝利をおさめるとは、私の想定以上だ」
「ヒースクリフさん、教えてください。どうして、貴方はドラえもんのことを知っているんですか!?」
ノビタニアンがヒースクリフへ聞きたかったことを尋ねる。
「そういえば、まだ話をしていなかったな。教えよう。なぜ、私がドラえもん君のことを知っているのか、実をいうとノビタニアン君、いや、野比のび太君。私はキミと会っていたのだよ。ただし、別世界のキミとだ」
「……それは、どういう」
「魔法世界の野比のび太君とドラえもん君と私は会っているのだよ」
「え?」
「魔法世界って、もしかして、俺達がもしもボックスで行った世界?」
「キミ達は知らないだろうが、数年前、地球に未知の衛星が迫っていてね。それの対処で国が秘密裏に動いていた。私も協力者としてプロジェクトに参加していた。その中で野比のび太とドラえもんと出会った。彼らはもしも箱という魔法道具とやらで、科学の世界へやってきたという。彼らから色々な冒険の話を聞かせてもらったのだよ。今回の九十層以降でその冒険内容を反映させてもらった」
「だから、ユミルメや魔界みたいなエリアがあったのか」
「まさか、この世界のノビタニアン君と出会うことになるとは思わなかったがね、何が起こるかわからないものだ……さぁ、アインクラッドの最後のボスは倒された。キミ達が勝利者だ。これから順に君たち全員が元の世界に戻っていく」
「ヒースクリフ、アンタは?」
「私は戦いに敗れたのだよ。今は創造者の権限でこうしてキミ達と話をしているが、ここでSAOのルールを自ら破っては私にとって唯一の現実であるこの世界を否定することになってしまう」
「そんな……」
「ここでお別れだ。キミ達がこの世界に来てくれて、本当に良かったと思っているよ。私の夢想の中でキミ達は真剣に生きてくれた」
「確かに……ここはゲームの中の世界だ。それでも俺はここも一つの現実だったと思っている」
「僕も……嫌なことや辛いこともたくさんあったけれど、楽しいこと、嬉しかったこと……出会いもあった……ここはもう一つの現実だよ」
ノビタニアンはそういってユウキをみる。
ユウキもこくりと頷く。
「そう、思ってくれるのか……ありがとう、キリト君。ノビタニアン君」
ヒースクリフの姿が消える。
それと同時に巨大な鐘の音色が流れ出す。
『ただいまよりプレイヤーの皆様に緊急のお知らせを行います。現在、ゲームは強制管理モードで稼働しております。すべてのモンスター及び、アイテムスパンは停止します。ゲームはクリアされました』
「ゲームクリア。これで本当に私達、きゃっ!」
アスナが喜びを露わにしようとした時、地面が揺れだす。
「これって、浮遊城全体が壊れ始めているんじゃ?」
「シリカちゃん、光ってる!光っている!」
「光っているって、え?あ、なんか、景色がぼんやりしてき」
最後までいう前にシリカが消えてしまう。
「き、消えちゃった」
「だ、大丈夫なのかよ、オイ」
「強制転移させられたみたいだけど」
「おそらく、現実世界への転送が始まっているんだ」
「じゃあ、長かったSAOでの日々もこれでもう終わりなんだね」
「でも、本当にこれでクリアなのかしら、いまいち実感がわかないっていうか」
「ボスにはてこずらされたが、それでも幕切れとしてはあっけないもんだったな……」
「そうね、この世界がなくなっちゃうなんて、やっぱり、なんだか寂しいわね」
「うん、自分でも気づかないうちにアインクラッドでの日々を楽しんでたんだなぁーって、思う」
「あぁ、俺も同じ気持ちだ」
「キリト君、本当、いろんなことがあったね。キリト君と一緒に戦って、泣いて笑って、ゲームの中なのにここで過ごした時間が一番長く感じた」
アスナの言葉にキリトは頷く。
「俺もそうだよ、本当に色々なことがあった」
「ねぇ、私達、現実に帰っても変わらないよね?この世界でキミと作った絆は本物だって信じているから」
「当然だよ。現実に戻ったとしても君への気持ちが変わらない。俺は変わらずアスナが大好きだ」
「ありがとう、キリト君。わたしも、好き……愛しています」
「現実に戻ったら、真っ先に会いに行くよ」
「待ってる。ずっと待っている。でも、あんまり遅かったら、私から会いに行っちゃうかも。あ、うふふ」
「どうしたんだ?」
笑い出したアスナへキリトは尋ねる。
「ううん、よく考えてみたら。私、キリト君の本当の名前を知らなくて。それなのに、こんなに好きで愛してて、ネットゲームっておかしいなって」
キリトは苦笑する。
「ああ、確かに。現実とは色々と順番が違うからな」
「教えてほしいな。現実世界で呼び合えるように」
「俺は桐ヶ谷和人、あ、年齢は十六歳だと思う」
「きりがや……かずと君」
小さく、アスナは彼のリアルの名前を呼ぶ。
そして。
「私は結城明日奈、十七歳です。キミと過ごしたこのかけがえのない時間は絶対に忘れない」
「現実に戻ってからも二人の思い出を作り続けよう、明日奈」
「うん!」
和人の視界も真っ白に染まる。
「ノビタニアン……えっと」
「ユウキ、そういえば、僕の本当の名前、教えていなかったよね」
「あ、そうだね」
「僕の名前は野比のび太……向こうだと十六歳になっていると思う」
「ボクの、ボクの名前は……紺野……紺野木綿季だよ」
「……木綿季」
小さくノビタニアンは繰り返す。
「ねぇ、のび太。現実に帰るまで……その、手をつないでいてくれないかな」
「手を?」
「駄目?」
「ううん、良いよ」
二人は互いの手を握る。
「暖かいね。のび太」
「木綿季の手も暖かいよ……僕は絶対に会いに行くからね。待っていて」
「……うん、そうだね。待っているよ」
儚げにほほ笑む木綿季の手を最後まで握り続ける。
そういってのび太の視界が真っ白に染まる。
こうして、多くの死者を出したソードアート・オンラインはクリアされる。
クリアに費やしたのは二年と数か月だった。
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25:小さな願い
野比のび助と野比玉子は慌てた様子で病室へ駆け込む。
数時間前、病院側から緊急の電話があった。
仕事が休みだったのび助と二人でくつろいでいた玉子は電話の内容に慌てて部屋の中にやって来る。
――息子が目を覚ましたと。
二人の最愛の子供、野比のび太は友達の桐ヶ谷和人と共に世界初のVRMMOの世界に囚われていた。
その名前をソードアート・オンライン。
二人は詳しいことを知らないがゲームなのにHPがゼロになった途端、プレイヤーの頭は装着している凶器、ナーヴギアによって破壊される。
政府の対策チームという人から聞かされた内容に玉子は目の前が真っ暗になった。
最初は自暴自棄になりかけたが最愛の夫となんとか乗り切って、彼らは毎日、息子のケアを行った。
同じ場所に入院していた桐ヶ谷家と会った時は恨み言などをぶつけようと思っていた玉子だが、泣いている直葉の姿を見て、その感情は消え失せて、今は家族共にケアをしている。
二年間。
息子の安否を気遣いながら眠っている彼の体のケアをし続けた。
二年が過ぎて数か月。
のび太が目を覚ましたと聞いて二人は病室へ駆け込む。
今までは白い部屋に最愛の息子が凶器のナーヴギアを装着したまま死んだように眠っていた。
だが、
「パパ……ママ」
ナーヴギアを膝の上において肩まで伸びている黒い髪を揺らして彼は二人を呼ぶ。
ぽろりと玉子が涙をこぼす。
「のび太!!!」
溜まらず玉子は息子を抱きしめる。
「ま、ママ……痛いよぉ」
「生きている……本当に生きているわ!よかったわ!」
「のび太」
「パパ……」
のび助はゆっくりと近づいて息子の頭をなでる。
SAOの世界で息子がどのように生活してきたのかのび助はわからない。
だが、やりきったような顔をしているのび太を見て彼は微笑みながら撫でる。
こうして、野比家は再会することができた。
それから少しの月日が進んで。
「あー、空が青い」
総合病院の中庭。
そこで野比のび太はベンチに腰かけて青空を見ている。
病院服を着て、ぼーっと空を見ている彼へ近づいてくるものがいた。
「やぁ、野比のび太君」
「……菊岡さん、でしたか?」
彼の前にやってきたのは髪をオールバックにして、メガネをかけ、ビジネススーツを纏った男性。
彼は菊岡誠二郎。総務省総合通信基盤局高度通信網振興課第二分室に努めている職員。
長い職業名。
彼は通信ネットワーク内仮想空間管理課:通称仮想課であり、SAO事件において、被害者の搬送先となる病院の受け入れを整えたという人物らしい。
「そうだよ。隣、いいかな?」
「どーぞ」
のび太が言うと菊岡は腰かける。
「今度は僕の事情聴取ですか?」
菊岡はSAO内の情報を求めて、攻略組だったプレイヤーに事情聴取として話を聞いていた。
最近までキリトこと、桐ヶ谷和人の事情聴取をしていたという。
のび太はようやくリハビリが終わり、退院が近づいていた。今まで聴取がなかったことからようやくということだろう。
「そう……といいたいところなんだけどね。キリト君に頼まれたことがあってね」
「和人に?」
「紺野木綿季さん」
「!?」
驚いた顔で菊岡を見る。
彼は小さな笑みを浮かべて話をつづけた。
その名前を聞いたとき、ズキリとのび太の心が痛んだ。
「彼女とまだ再会できていないんだろう?」
SAOで二年間を共に過ごした仲間で、大切なパートナー、ユウキ。
彼女と再会できていないことが棘となってのび太の心に突き刺さっている。
「そんなノビタニアン君のことを心配したキリト君が僕に彼女の居場所を探すように頼んできたのさ、SAOの情報を条件としてね」
「和人……」
親友の行動にノビタニアンは嬉しさがこみ上げると同時に迷惑をかけてしまったことに申し訳なさを感じた。
「菊岡さん、ユウキはどこに?」
「ここに彼女の居場所が記されてある」
菊岡はメモ用紙を取り出す。
それをのび太が受け取ろうとした時。
「でも、会うなら少し覚悟しておいた方がいい。彼女はかなり特殊な状況下にある」
「特殊な、状況?」
言葉の意味がわからずのび太は困惑してしまう。
SAOにおいてユウキが伝えていた病気と関係があるのだろうか?
だとしても、
「そうだとしても、僕はユウキにもう一度、会いたいんだ。だから」
菊岡の手の中にあるメモ用紙をのび太は受け取る。
「後悔しないね?」
「覚悟は決まっています」
「なら、これ以上は言わないよ。頑張ってね」
「ありがとうございます」
「お礼ならキリト君に言うべきだよ」
「それもそうですね」
「あれ!?」
驚く菊岡の前でのび太は松葉杖をつきながら立ち上がる。
「行くのかい?」
「……ここからならすぐに行けますから」
菊岡に背を向けてのび太は歩き出す。
「英雄も大変だね~」
のんびりとした態度で菊岡はその背中を見送った。
菊岡は去っていく少年の後姿を見る
野比のび太。
年齢は十六歳。
最前線で戦っていた他のSAO帰還者と同様に短期間でリハビリを終えた人物。
彼がどうなるのか、菊岡はその先を想像して小さく笑う。
本来ならのび太は母である玉子と共に家へ帰る予定だった。
しかし、玉子の到着が大幅に遅れるということで、のび太は菊岡からもらったメモの場所へ向かうことにする。
母が心配しないように事前に場所などのことはメールで送ってあった。
のび太がやってきたのは横浜北総合病院。
そこにユウキがいるという。
彼女と再会できると考えるとのび太の心臓がバクバクと音を立てる。
受付にいる女性へのび太が声をかける。
「あの、すいません」
「はい」
「紺野木綿季さんに会いたい、えっと、面会を希望するんですけれど」
「え?」
のび太の言葉に受付の女性は目を丸くする。
何か問題ある発言でもしただろうか?
困惑しているとのび太の傍に誰かがやって来る。
「もしかして、野比のび太君かい?」
「あ、はい」
振り返ると白衣の男性が立っていた。
「貴方は……?」
「私は倉橋といいます。紺野木綿季さんの担当医です」
「木綿季の!?」
「……キミのことは彼女から聞いていました。もうそろそろ来られるのではないかと思っていましたよ。さ、案内します」
倉橋に言われてのび太は病院内を歩く。
しばらくして最新設備が沢山、用意されている部屋へ到着する。
「ここでは消毒を行いますので中へ入ってください」
倉橋に促されて無菌室へ入り、そのまま目の前の扉を抜けた。
真っ白な空間。
ガラス張りの向こう。
そこに一人の少女が寝ていた。
頭部に機械を装着している少女は異様にやせ細っている。
『やっぱり……来たんだね』
室内に設置されているスピーカーから響く声にのび太は目を丸くした。
その声はSAOで何度も聞いてきた声。
共にフィールドを駆け抜けて、様々な日々を送ってきた相棒のような少女。
「……ユウキ?」
『そうだよ、のび太』
「どういう……こと?」
『やっぱり驚くよね?前に話したと思うけれど、ボクの病気が原因なんだ』
「……病気?」
SAOでユウキが話していた病気。
それが何なのか、知る時がきたようだ。
「それは」
『AIDSなんだ』
「A……IDS?」
困惑するのび太に木綿季は話す。
自身が抱えている巨大な爆弾について。
紺野木綿季は出生時に輸血用血液製剤からHIVに感染してしまった。
同じように彼女の両親や双子の姉もAIDSに感染してしまったという。すでに両親は他界しており、姉は別の場所で闘病生活を送っているがあまり長くないかもしれないという。
かくいう木綿季も治療法が見つかっていない。
「そんな、ことって」
『本音をいうと、SAOですべてが終わればいいなって思ったんだ。そうすれば、こんな姿を見られることなく終わったのになぁって……でも、やっぱり現実世界で会いたかったんだ。触れられないけれど、のび太と会えてボクは嬉しいよ』
「そうだね。僕も嬉しいよ。触れ合えないのが本当に悲しい……ねぇ、ユウキ」
『なに?』
「これからも会いに来ていいかな?」
『……会いに来てくれるの』
スピーカー越しの声は喜びを堪えているように感じた。
「うん」
『でも、ボクは』
「……僕はユウキと最後まで一緒に居たい。色々な話をして、いろんなことを伝えあいたい。こんな関係があったっていいじゃないか」
俯いたままのび太は言う。
『のび太……』
「今日はもう帰らないといけないけれど、また会いに来るからね」
にこりと笑みを浮かべてのび太は病室を後にする。
その後、のび太は倉橋と二三、会話をしてから総合病院から家へ帰った。
どうやって家へ帰ったのか思い出せない。
途中から頭の中が真っ白になっていた。
家へ帰り、二階の自室へ入ったところでのび太は椅子をどけて机の下へ入り込む。
悲しいことがあると机の下へ。
かつてドラえもんが帰ると知った時のショックと同じ、いや、それを超えるかもしれない衝撃だった。
「のびちゃん?」
蹲っているのび太へ玉子が声をかける。
「どうしたの?」
膝をついて玉子は最愛の息子と目を合わせた。
顔を上げた息子の顔を見た玉子は驚く。
「のびちゃん、どうしたの?」
のび太はぼろぼろと涙をこぼしていた。
玉子は驚く。
彼の泣き顔をみるのは実に久しぶりだった。
息子はドラえもんが帰ってから泣いたのは一回きりだ。
また、この子に何か起こったのだろうか?
「のびちゃん」
玉子は優しくのび太の頭をなでる。
しばらくのび太は玉子の腕の中で泣き続けた。
「そう、紺野木綿季ちゃんというの……」
「僕は何もできないんだ……ユウキを助けたいのに……病気のことだから、何もできない」
のび太は無力だ。
SAOでキリトと並ぶ英雄だといわれても現実世界へ帰れば非力などこにでもいる。いや、それよりも劣る十六歳の少年にすぎない。
そんな少年に難病を抱えている少女を助ける手段などあるのだろうか。
答えは明白、ありはしない。
だから、のび太は悔しい。
無力な自分が嫌になる。
何もできないからこそ、苛立ちが募っていく。
「悔しいよ。僕は……SAOの中じゃ白銀の剣士と言われても、リアルじゃ何もできない。いや、もともと、僕は何も……こんなんじゃ……僕は」
「のびちゃん、のびちゃんは、どうしたの?」
「僕は……」
のび太は考える。
頭に浮かぶのはSAOで築き上げたユウキとの時間。
温泉へ突き落されたり、嫉妬して殴られたり。
ともにフロアボスへ挑んだり、色々なおいしいものを食べたりした記憶。
しばらくして、彼は顔を上げる。
「ユウキを助けたい……ユウキと一緒にいろいろなものをみたい。一緒に楽しいことをしたい。SAOの時みたいに和人やみんなと一緒に、いたい」
話を聞いていた玉子は立ち上がる。
「ママ?」
玉子はのび太の部屋の襖を開ける。
そこはかつて大親友が眠っていた場所。
無駄に立ち入ることを許さず、プライバシーの侵害だと怒ったほどだ。
襖をあけてがさごそと漁っていた玉子はあるものを取り出す。
「それは……?」
玉子は座るとのび太へ差し出す。
銀色のドラえもんを模した箱。
「これはドラちゃんがのびちゃんのために残した最後の道具よ」
箱の中身は!?
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26:帰ってきたドラえもん
話は五年前までさかのぼる。
ドラえもんが帰らないといけない日。
ジャイアンと決闘をしてボコボコになりながらものび太は勝利をもぎ取った。
――僕は大丈夫だよ。ドラえもん、だから、安心して未来に帰って。
ボロボロになりながらドラえもんを安心させる言葉を伝えて、のび太は痛みで顔を歪めながらも笑みを浮かべていた。
今は疲れて眠りについている。
玉子も就寝準備をしようとしていた時。
「ママ」
呼ばれて振り返るとドラえもんがやってくる。
「ドラちゃん、帰るのね?」
「はい、今までありがとうございました」
「いいえ。元の時代に帰っても元気でね」
「あの、これを預かっておいてください」
ドラえもんは腹部の白いポケットから自分と同じ姿を模した道具を取り出す。
彼のポケットは四次元ポケットといわれて、未来の道具が入っている。
「それは?」
「もし、のび太君が本当に助けを求めてきたときにこれを渡してあげてください。この中に一つだけ、のび太君の役に立つ道具が入っているから」
「道具?」
コクリとドラえもんが頷く。
「のび太君がこれから頑張っていくんだろうけれど。もしかしたら何かあるかもしれない。その時に、のび太君が道具を必要として、誰かを助けたいときのためにこれを残しておきます。本当にたった一回、一回だけの道具だから」
「のび太へ直接、渡さないの?」
「多分、渡したらそれに頼っちゃうから、ママからみてのび太君が本当に必要とした時に渡してほしいんだ」
ドラえもんは心の底からのび太の将来を心配してくれている。
血のつながりも、人ですらないけれど、ドラえもんは本当にのび太のことが好きなのだと玉子はわかった。
本当ならもっと居たいのだろう。
だが、それは出来ない。
やり遂げプログラムというものでドラえもんは未来に帰らないといけないのだ。
本人の意思に関係なく帰らなければならない。
そのことに悲しく思いながらも玉子は言葉にしない。一番、辛いのは目の前にいるドラえもんとのび太なのだから。
玉子は微笑む。
「本当にのび太が必要と思ったときに渡すわ……安心してドラちゃんは未来へ帰って」
「ありがとう、ママ」
ドラえもんを玉子は優しく抱きしめる。
「未来でも、元気でね。あなたは私の子供のようなものなんだから」
「ママ……」
ドラえもんは涙をこぼしながら玉子を抱きしめ返す。
「本当ならエイプリルフールで騙されて泣いていた時に渡すべきかもしれないと思っていたわ……でも、のびちゃんは和人君の手助けを借りながらも乗り越えた」
「ママ……」
「でも、今回の件はのびちゃんだけで乗り越えられそうにないのね……。だから、これを渡してあげる。ドラちゃんが残した最後の道具よ」
玉子はそういってドラえもんのケースをのび太へ渡す。
受け取ったのび太はそれをみて悩む。
今、この道具に頼ってしまっていいのだろうか?
確かに、道具の力ならユウキのことをなんとかできるのかもしれないだろう。だが、本当にそれでいいのか。
「頑張ってね。ママは応援しかできないから、それとご飯よ」
「うん。ありがとう」
翌日、松葉杖をついてのび太は桐ヶ谷家へやってきた。
桐ヶ谷家は昔ながらの造りで祖父が使っていた剣道場がある。
「あれ、のび太君?」
「や、直葉ちゃん」
桐ヶ谷家の玄関をノックすると、和人の妹、直葉が出迎えた。
「お兄ちゃんに会いに来たの?」
「うん、いるかな」
「いるよ。入って、入って!」
直葉にいわれてのび太は家の中へ上がり込む。
「直葉ちゃんはリハビリ、終わったんだよね?」
「うん!お兄ちゃんたちよりSAOにいた期間は短かったからね。体も鍛えていたし」
「剣道部だったけ?」
「そう!あ、のび太君もお兄ちゃんみたいに剣道場で鍛えてみない?ビシバシ!とSAOの時みたいにできるかも!」
「えっと……考えておきまーす」
リビングで直葉がいれてくれたお茶を飲みながら他愛のない話をしているとラフな格好をした和人がやってくる。
「あれ、のび太、来ていたのか?」
「……もしかして、寝てた?」
「まぁな、それより、どうしたんだ」
「実は相談したいことがあって」
「……真面目な話みたいだな」
和人に頷いてのび太は持ってきていたカバンからあるものを取り出す。
「それって、ドラちゃん?」
「ドラえもんが残してくれた最後の道具なんだ」
のび太はユウキのことを踏まえて道具について話をする。
「そっか、ユウキと会ったんだな」
「うん……」
「のび太君はその道具でユウキを救うの?」
「それが正しいのかわからないけれど、僕はユウキとまた一緒に居たい。でも、少し踏ん切りがつかないんだ、これを使って本当にいいのか、どうか、和人の意見が聞きたくて」
「……のび太が決めたことなら俺は迷わずにやればいいと思う。SAOでもそうだ。のび太は誰かを助けるためならどんな無茶もしてきた。今回のことも、ユウキを助けたいなら迷わずに動けばいいんじゃないか」
「お兄ちゃんの言うとおりだと思う。確かにドラちゃんが最後に残した道具だから使うかどうか悩むのはあると思うよ?でも、今使わないと、後悔するならやるべきだと私は思う」
「和人、直葉ちゃん」
「それに、忘れていないか?もう少ししたらエギルの店で打ち上げをやるんだぞ」
和人の言葉にのび太は「あ!」と驚きの声を漏らす。
「その様子だと忘れていたみたいだな」
「いやぁ」
「お前は本当に……」
少し前に和人を中心として全員と連絡を取り合い、SAOをクリアした打ち上げをエギルの店。ダイシー・カフェで行うことが決まった。
「そうだった」
「あれはSAOをクリアした全員が参加しないと意味がないんだ。必ず、ユウキを連れて来いよ」
「うん、絶対だ」
和人と拳をぶつけ合い、のび太は桐ヶ谷家を後にする。
向かう先は横浜北総合病院。
木綿季の病室。
「のび太……また、来るかな?」
病室で木綿季は彼のことを考えていた。
リアルに復帰してすぐに総務省の役人という人がやってきてSAOの内情について色々と尋ねられた。
担当医師の倉橋が止めに入るまで質問は続き、最後に彼女は質問する。
――野比のび太という人は元の世界に帰ってきましたか?
その質問に総務省の役員が驚きの表情を浮かべながらも話してくれた。
――彼は現実に帰っているよ。居場所を教えてあげようか?
彼の言葉に木綿季は首を横に振る。
自分から進んで会いに行こうとしない。
そもそも動けない自分ができることなんか限られている。
「(やっぱり、のび太と会うと……嬉しいんだ)」
ドクドクと音を立てる自分の心臓に木綿季は驚いていた。
のび太といると嬉しい、楽しい、もっと居たいという気持ちが強くなる。
でも、それをもっと欲しがってはいけないのかもしれない。
「(のび太にはSAOにいた時のボクだけを覚えてほしい……と思っている。でも、今のボクを知ってほしいという自分もいる。どうすればいいのかなぁ)」
そんなことを考えていると来客のお知らせが来る。
相手が誰なのか。
考える暇もなく目の前の面会室に現れたのは。
『のび太……』
「やぁ、木綿季」
『どうしたの?』
「……ユウキ、僕はこれから君へ嘘をつく」
『え?』
困惑する木綿季。
いきなり嘘をつくといわれたら当然だろう。
「その嘘でキミが救われると信じている……だから、僕を信じてくれない?」
何を言っていいのかわからない木綿季。どのように返せばいいのかという答える暇もないまま、のび太は話し始める。
木綿季を救うための嘘を――。
「紺野木綿季とその家族の病気は一生、治らない。幸せになれないまま終わる」
『何を』
「僕は木綿季が嫌いだ。会わなければよかったとすら思っている」
『え?』
のび太から告げられる言葉に彼女はただ困惑するしかできない。
しかし、ぶつけられている言葉は刃となって自分に突き刺さる。
ずきずきと心に刺さり、木綿季の瞳から涙がこぼれた。
『どうして、ボクは……」
「もう二度と会いたくない……さようなら、木綿季」
そういって、のび太は病室を出ていく。
「これで、良かったんだよね」
壁にもたれてのび太は手の中の瓶をみる。
ドラえもんが最後に残してくれた秘密道具『ウソ800』。
赤い液体を飲めば、ウソが本当になるという力がある。
これを使って、のび太はユウキを救うことにした。
勿論、百パーセント救えるのかはわからない。
でも、もしもという可能性があるのなら。
彼女が生きていてくれるのなら、疎遠になっても構わない。
「ドラえもん……もう帰ってこないのはわかっているけれど、ありがとう」
ユウキにもう会えないかもしれないと思いながらのび太は家へ戻る。
どうやって家へ戻ったか覚えていない。
玉子へ帰ってきたということを伝えて、二階の自室へ向かう。
引き戸を開けて部屋の中に入る。
「やぁ、のび太君!」
聞こえた声にのび太の時が止まった。
彼の部屋の中。
青いボディ、白い半円ポケット、黄色い鈴、丸い体をしたネコ。
もう何年もみていない、会えない筈の親友。
「ドラえもん?ドラえもん!!」
のび太はドラえもんを抱きしめる。
「どうして!?どうして!!」
「のび太君がウソ800で僕が帰ってこないっていったからだよ」
微笑むドラえもんにのび太は涙をこぼしながら叫ぶ。
「ドラえもんなんか、大嫌いだ!もう会えなくても構わない!大嫌いだ!」
「うん」
「色々と話したくなんかない!僕は頑張らなかった!」
「うん!うん!」
「また会いたくなかった。永遠にさよならだよ!」
「うん……うん……うん!」
「ソードアート・オンラインかぁ……未来でもその事件は歴史に残されていたけれど、のび太君が関わるなんて思っていなかったな」
やがて、ウソ800の効き目が切れてのび太はドラえもんと向かい合う形で話し合う。
ドラえもんがいなくなってからの数年間。
それらを埋めるように二人は話し続ける。
「未来でもSAOは有名なんだね」
「VR技術の出発点だからね。良くも悪くも話題だよ。未来においてもアミュスフィアという技術が普及しているくらいだし」
「アミュスフィアって」
のび太は卓上を見る。
そこにはなけなしの小遣いで購入したアミュスフィアと呼ばれるナーヴギアの後継機と数日後に行う予定のVRMMORPGのソフト。
「のび太君。もしかして、またVRを?」
「うん、皆もやるんだ。ドラえもんも……って、その頭じゃ無理だよね」
「むむ、甘いね。未来じゃネコ型ロボットも参加できるように専用のアミュスフィアがあるのさ!」
ドラえもんは四次元ポケットから大きなアミュスフィアを取り出す。
かなりの大きさだから、ネコ型ロボットでもすっぽりと装着できる。
「それ、ALOも使えるの?」
「ふふふ、問題ないよ!」
「だったら、ドラえもんも行く?」
「え?」
のび太が話す。
「明日、SAOの攻略完了をお祝いした祝賀会をするんだ。ドラえもんも行こう!みんなに紹介するよ。SAOでできた仲間や大事な友達を」
「……のび太君、ありがとう」
「ううん、こっちのセリフだよ。ありがとう、ドラえもん。本当に、ありがとう」
のび太はそう言ってほほ笑む。
果たして、これでよかったのかと自分は悩みながらもこの話を書きました。
次の話でアフターストーリーは終わって、この世界はドラえもん時空へ一時的に突入することになります。
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27:新たな世界へ
やっぱり、凄いなドラえもん。
「おーい、のび太、行こうぜ」
桐ヶ谷和人は妹の直葉と共に野比家へ来ていた。
今日はSAO攻略を記念しての打ち上げが行われる。
集合場所であるダイシー・カフェへ向かう前にのび太と合流しようとしていた。
「あ、ごめん、すぐ行くよ」
二階の窓から身を乗り出してのび太が中へ消える。
「そういえば、お兄ちゃん」
「うん?」
「のび太君が大事なお知らせがあるって言っていたけれど、なんだろう?」
「さぁな。のび太のお知らせって…」
扉の向こうを見た和人は言葉を失う。
「お兄ちゃん?どうした……」
「やぁ、和人君、直葉ちゃん、久しぶり!」
ドアを開けて現れるのはドラえもん。
笑顔を浮かべて手を振るその姿に二人はしばらく硬直していたが。
「ドラえもん!?」
「ドラちゃん!!」
直葉が笑顔を浮かべてドラえもんを抱きしめる。
「わっ、おっとと、大きくなったね。直葉ちゃん」
「本物だ!本物のドラちゃんだぁ!」
「これは……」
「やっぱり、驚くよね。実は」
やってきたのび太が二人へ話す。
最初は半信半疑だった二人だが、ドラえもんの道具のおかげだということで納得する。
「そっか、やったな。のび太」
「うん!」
二人は拳をぶつけ合う。
「あのぉ、そろそろ」
「そうだな、おい、スグ……そろそろ明日奈も待っているから行くぞ」
「うん!ドラちゃん!行こう」
「はい!」
直葉はドラえもんの手を引いて歩き出す。
「明日奈さんも驚くだろうね」
「……そうだな」
自分の最愛の人はどんな反応をするだろうか。
それを楽しみにしながらも和人は歩き出す。
「はじめまして、僕、ドラえもんです」
「……青い狸さん?」
「タヌキじゃなーい!!」
アスナこと、結城明日奈はドラえもんの姿を見て目を丸くする。
「えっと、明日奈さん。彼はドラえもん。前に話した。僕らの友達だよ」
「え、ドラえもんさん!?この青いの!?」
「僕はネコ型ロボットなの!失礼だなぁ!」
「ご、ごめんなさい。えっと、私は結城明日奈といいます。キリト君……和人君のガールフレンドです」
「え!?和人君に彼女!?驚いたなぁ。あ、僕、ドラえもんです」
二人は挨拶を交わす。
ドラえもんと話を終えた明日奈が和人の傍にやって来る。
「驚いたよ。ドラえもんって、本当にロボットなんだね?」
「実物を見たら驚くよな……その反応は当然だ」
「でも、もう会えないんじゃ?」
「そこはいろいろあったんだよ。歩きながら話すさ」
和人と明日奈が横を歩く中、直葉は嬉しそうにドラえもんとのび太の三人で話をしている。
ドラえもんは自分が知らないことに驚く。
「やっぱり、のび太君がSAOの最前線でいたなんて、信じられないなぁ」
「まだ言っているよぉ」
「くすっ、のび太君はすごかったよ。盾でモンスターの攻撃を受け止めて、ソードスキルを繰り出して、お兄ちゃんの最高の相棒だったんだよ!」
「へぇ~、それはみてみたいね」
他愛のない話をしながらみんなはダイシー・カフェへ向かう。
「あれ、僕達、遅刻しちゃった?」
ダイシー・カフェへのび太達が中に入ると既に参加者全員がそろっていた。
「大丈夫よ。アンタ達だけ到着時間を少しずらしたのよ」
やってきたのはリズベット。
「え?それって」
「主役は遅れて到着するということよ」
シノンの言葉に隣の和人は察したようだ。
「どうやら俺達にサプライズのようだな」
「え、ど、どゆこと!?」
「のび太君。キミ達を驚かせるために彼女たちは時間をあえて少し遅く教えたんだよ」
「あ、成程」
ドラえもんの言葉でのび太は納得する。
「というか、アンタ達と一緒にいる。その、青い狸は?」
「僕はタヌキじゃなぁああああああああい!!」
ドラえもんが叫ぶ。
(のび太、和人、事情を説明中)
「それじゃあ、みんな、いいかな?」
グラスを持った明日奈が周りへ声をかける。
「コップが空の人はいませんか?いたら手を上げてください……いませんね?リズさん、OKです!」
「えー、それではみなさん、ご唱和ください。せーのぉ!」
『SAOクリア、おめでとう!!』
全員がグラスを掲げて叫ぶ。
こうして、アインクラッド攻略記念パーティーははじまった。
舞台はエギルの店、アークソフィアじゃなく、東京都大東区にある喫茶店ダイシー・カフェだ。
全国のSAOプレイヤーが一斉に覚醒した時の大混乱は当然のことだ。
それから検査やリハビリの毎日で、全員が会うことはできなかった。
ようやく“全員”が会することができたのは今日が初めてのことだった。
「僕、参加していないけど、いていいのかなぁ?」
「あははは、まぁ、みんなは初対面だけど、そこは気にするなよ。楽しもうぜ」
苦笑しているドラえもんへ和人は言う。
「それにしても、これがアンタ達のいっていたドラえもんなのね?」
リズベット、篠崎里香はドラえもんをまじまじと観察する。
「SAOでもドラえもんのことは話題になっていたけれど」
「でも、かわいいですよ」
シリカ、綾野珪子もドラえもんをみる。
「そんな見つめないでよ。照れちゃうよ~」
頬を赤らめるドラえもんを見て、珪子と里香は同時に思う。
「「(かわいいなぁ~)」」
「詩乃……ちゃん」
「ちゃん付けはいらないわ。詩乃でいいわよ」
のび太はメガネをかけた知的な印象を持つ少女、朝田詩乃の前に座る。
「えっと、リハビリの方はどう?」
「アンタ達と比べたらすぐに終わったわ……」
「よかった」
「それより、アンタはこれからどうするの?」
「SAO帰還者を集めた学校がはじまるからそこに通うつもりだよ」
「そっちじゃないわよ、VRの方……二次会の方は聞いているけれど、良かったら、私がやっているもう一つのゲームをやってみないかって」
「もう一つ?」
「えぇ、まぁ、落ち着いたら話すわ。アンタなら得意そうなものだし」
「へぇ~」
「おい!のび太!お前もこっち来いよ!」
詩乃と話をしていると横からジャイトスこと剛田武、ジャイアンがのび太の手を引いていく。
「お前に話があるんだ」
ジャイアンに言われて別のテーブルへ向かうとそこには源静香、出木杉英才と。
「スネ夫!ちゃんと言えよ!」
MPKを仕掛けたスネミスこと、骨川スネ夫がいた。
「……る」
「え?」
「SAOで助けてくれたことは感謝している!それと、四月バカの件は、悪かった!!」
「最初からそうしていればいいんだよ!」
ジャイアンがスネ夫の背中をたたく。
その勢いで置かれているピザにスネ夫は顔を突っ込む。
「こんな感じだけど、彼も後悔はしているんだ。それだけは理解してくれないか?」
「うん、わかったよ」
出木杉の言葉にのび太は頷いた。
少しずつだが、溝は埋まっていく。
そんな気がした。
「よぉし、俺がさらに場を盛り上げるために歌って」
「カラオケ機がないから今度にしてぇ!」
スネ夫の叫びがこだましてみんなが笑う。
彼らと話をしていたのび太へ珪子が話しかける。
「ノビタニアンさん」
「やぁ、シリカ……おっと、リアルじゃ、珪子ちゃんだったね」
「はい!」
にこりと笑みを浮かべる珪子。
久しぶりの再会に二人は笑顔を浮かべる。
「ドラえもんはどうだった?」
「とってもかわいいです。でも、リアルでしか会えないのは残念ですね」
「そうでもないよ?」
「え?」
「ドラえもんもアミュスフィアを持っていて、今日の二次会もログインできる」
「本当ですか!?それはすごいですね」
手をもじもじさせながら珪子は尋ねる。
「あの、ノビタニアンさん、SAOはクリアしちゃいましたけど、これからも一緒にいてくれますよね?」
「もちろんだよ。アインクラッドと現実、住む世界が変わってもそれだけは変わらないよ。これからもよろしくね、シリカ」
「はい!」
「あーあー!キリト先生はソッチ側ですよね!」
クラインの叫びが聞こえてきた。
二人で話をしていると里香が和人を連れてくる。
「キリトさん!」
「や、その様子だと連れてこられたみたいだね」
「まーな、まったく」
「あ、ノビタニアンさん、キリトさん、これ、リアルのピナの写真なんです」
嘗て、SAOの中でテイムしたフェザーリドラと異なり、リアルで彼女はネコを飼っている。それの名前がピナだという。
「おー、どこかSAOのピナと似ているな」
「そうだね、かわいいよ」
「えへへ、そうですか?」
微笑む珪子。
少し離れたところで和人は里香と話をしていた。
「ま、リアルに帰れたのは嬉しいけど、やっぱり、アインクラッドの自分のお店が恋しくなるわ。アンタに作ったダークリパルサーやリメインズハートも、もうなくなっちゃったのよね」
「どんなゲームだって終わりはある。そしたらまた新しいゲームを始めればいいさ」
「アンタは生粋のゲーマーよね。あんな事件に巻き込まれたのに、本当に変わらない」
「リズはもう、VRMMOをやらないのか?」
「ふふ、どうかな~」
にこりと里香は微笑む。
「でも、そうねぇ、新天地にリズベット武具店三号店を出店するのも悪くないかな。その時はキリトに売り子をやってもらおうかしら、そうすれば、アスナとか、リーファとか、女の子のお客さんが殺到しそうだし、大繁盛しちゃうかもね~」
「それは勘弁してくれ、どうせだからのび太を巻き込んでやってくれ」
和人は苦笑する。
「迷わずに親友を差し出したわね。アンタ」
「まぁな、それぐらいは許される関係だ」
「キリト」
歩いていた和人へフィリアが声をかける。
「あの、そのね、ありがとう」
「ん?どうしたんだ、藪から棒に?」
「えへへ、楽しいなって思ってさ。こうしてみんなで集まって、騒いで……こんな幸せ、私には二度と訪れないんだって思っていた。これもぜんぶ、キリトのおかげだなって、思ってさ、だからお礼」
フィリア、竹宮琴音はホロウエリアで自分のホロウを殺してしまったことでバグを起こし、アインクラッドへ戻ることができなかったばかりかホロウPoHに騙されてキリトを殺しそうになった。
自分を助けてくれたキリトにフィリアは感謝している。
「俺はそんな立派な人間じゃないよ。もし、俺がフィリアを助けられたのだとしたら、それは運が良かっただけだ」
「そんなことないよ!」
フィリアは否定する。
「ねぇ、キリトは、『黒の剣士』はその二本の剣でたくさんの人を救ったんだよ。アインクラッドの人はみんなそう、キリトがSAOをクリアしてくれたから、みんなリアルの世界に戻って、アインクラッドのことを少しずつ忘れるかもしれない。でも、私は忘れない。キリトも忘れないでね。黒の剣士としてたくさんの人を救ったキリトは本当にヒーローだったの、私の、ヒーロー……なの」
頬を赤らめながらフィリアは言う。
「それをずっと誇りに思ってて、キリトに助けられた女の子がいるって、ずっと、覚えててね」
「わかった、忘れないでいるよ……でも、なんだか、別れのセリフみたいだな」
「え?」
「別に俺達はこれっきりってわけじゃないだろう?こっちの世界で会えるんだし、もし、フィリアがVRMMOをいやになっていなかったら、一緒に他のゲームを遊ぶことだってできる」
「そっか、そうだよね。あれのことも忘れちゃっていたよ」
「だろ?」
「さて、のび太君に会わせたい人がいるの」
「え、僕に?」
明日奈の言葉にのび太は目を丸くする。
「誰なの?」
「それは……あ、来たみたい」
扉が開いてやってきたのは和人と。
「やっほー、ノビタニアン……あ、のび太だったね」
紫色に近い黒い髪、SAOよりもやせ細った顔。
けれど、浮かべている笑顔は太陽のように明るい。
「もしかして……ユウキ?」
「そうだよ、紺野木綿季だよ」
「え、どうして」
あの時、のび太はウソ800を使って彼女を救った。
だが、ウソで救えるといわず、ただ、傷つけるようなことを言っただけにすぎない。
だから、もう会えないと決めつけていた。
「あ、ドラえもん!」
木綿季はドラえもんを見つけると手を振る。
「え、どうして」
「僕が事情を話したんだ」
ドラえもんがほほ笑みながらやって来る。
「ドラえもん」
「もう、のび太君、ウソ800を使ったのなら、ちゃんと理由を彼女に説明しないとダメじゃないか」
「もしかして」
「そうだよ、ドラえもんがボクに話してくれた。全部」
ぷくぅと頬を膨らませて彼女は怒る。
「えっと」
何を言えばいいのかわからず、のび太は二の句を告げられない。
殴られるかもしれないと身構えようとした時。
「でも、許してあげる」
彼女は微笑む。
「のび太のおかげでボクやお姉ちゃんは生き続けることができるから」
のび太がウソ800を使ったことで彼女たちの病気は完治した。
後はリハビリをするだけらしいのだが、長い闘病生活による衰えはSAOの帰還者と比べても、それ以上のリハビリが必要だ。
「えっと、その……僕は」
「ほら、ちゃんとした再会でしょ」
「ユウキとのび太、俺の三人でパーティーを組んできたんだ。リアルでもちゃんと顔合わせしようぜ」
和人に言われて戸惑っていたのび太の手を彼女は握る。
「これからも一緒だよ。のび太」
「うん、よろしく。ユウキ」
SAOから元の世界に戻って起こった出来事で和人たちに関わることが幾つかあるが、その中で特筆することが二つ。
一つは須郷伸之。
彼がSAOで行ってきたことが総務省の役員から警察へ情報が行き、逮捕された。
裁判に対しても最初は否定的な供述ばかりだったらしいが、SAOを通しての証拠などから、今は検察側の内容に素直な供述をしているという。
そして、もう一つは須郷が管理していたSAO以降に作られたVRMMORPG『アルヴヘイムオンライン』。
管理してい須郷が逮捕されたことで一時的に閉鎖されていたのだが、レクト社の意向で再スタートされ、和人たちはALOをプレイすることになっている。
そして、この記念パーティーの二次会である場所も――。
「ねぇ、のび太」
考えていると木綿季が声をかける。
「これからもっと、色々なものをみようね」
「うん、もっといろいろなものを」
「ボク達、一緒に」
「うん」
二人は互いに手を取る。
「これからも一緒だよ」
「うん、約束!」
『リンク・スタート!』
これにてSAO編は終わりです。
次回、新しい話の導入に入ります。
少しストックためるつもりなので、不定期更新になるかもしれません。
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28:アルヴヘイム・オンライン
次回はちょっと、あるタグの回収のため、特別話に行きます。
どこまでも澄み切った空。
風で揺れる草原、周囲には壊れたレンガの残骸などが並んでいる。
そんな草原フィールドの崖。
崖の上からフィールドを見下ろす一人のプレイヤーがいる。
黒髪、黒いコートを羽織った少年。
プレイヤー名をキリト、種族はスプリンガン。
彼がいる場所は現実世界ではない。VRMMORPGの世界の一つ、アルヴヘイム・オンラインの世界だ。
「キリト君!」
呼ばれたキリトが振り返ると緑の衣装に金髪の少女が背中に羽を生やして飛んでいた。
「リーファ」
「何をしているの?みんな、待っているよ?」
リーファと呼ばれた少女はキリトへ手を伸ばす。
「悪い、悪い、すぐ行くよ」
地面を蹴って、キリトは崖から空へ飛ぶ。
彼の背中に黒い羽が生えている。
この世界“アルヴヘイム・オンライン”はかつてキリト達がプレイしていたソードアート・オンラインと異なりいくつかの種族を選び、羽で空を飛べるようになるのだ。
もともと、キリトの妹、直葉がプレイしていたのだが、SAOから現実世界へ生還したことで、仲間と共にこのゲームを始めることにした。
尤も、ALOを始める経緯に少しややこしいものがあったのだが、それは割愛しておくとしよう。
「早くしないと、みんな、集まっているよ!」
隣を浮遊しているリーファに苦笑しながらキリトは目的地、新生ALO内の浮遊大陸“スヴァルト・アールヴヘイム”へやってくる。
新生ALO内に新しく登場した浮遊大陸。
そこでキリトは仲間たちと待ち合わせしているのだ。
「それにしても、本当に飛ぶんだな」
「でしょ!?前と違って飛行制限がなくなったからどこまでもいけそうだよ」
嬉しそうに話すリーファと共に二人はスヴァルト・アールヴヘイムの街へ降り立つ。
空都ラインへ降り立つ。
「おお!これがスヴァルト・アールヴヘイムの街か!」
「やっぱり新しい街へやってくるとわくわくするね!」
「宿屋や商店などの基本的な施設はもちろん、酒場や闘技場などもあるようですね」
ぴょことキリトの服の胸元から飛び出したのは小人の妖精、ユイ。
SAOでキリトとアスナの娘として活動していたMHCPのユイだったが、SAO崩壊後はキリトのナーヴギアデータに保管されており、ALOにおいてはナビゲーションピクシーとしてキリトのサポートをしている。
「あ、パパ、システムの一部がアップテートされているようです。従来のALOの町中と違って、この街では飛行ができないようです」
「そうか、新エリアの街はALO本土とシステムの仕組みが違うみたいだな」
「はい、ですが、今回のバージョンアップではシステムのアップデートはもちろん、新しいダンジョンやクエストも多数追加されています。高難度クエストもあるみたいですよ」
「それだけ遊びごたえがある、攻略し甲斐があるってことだな。ははっ」
「相変わらずだね。キリトは」
キリトが顔を上げると二人のプレイヤーがやってくる。
「や、キリト」
「キリト君、リーファちゃん、こんにちは」
一人はインプの少年、白銀のコートを羽織っている。
もう一人はそもそも人といえる形をしておらず丸いネコ、頭に星がついたとんがり帽子をかぶり、茶色を模した服を纏っている。種族はケットシー。
プレイヤー名はノビタニアン、もう一人はドラモンとなっていた。
「ノビタニアンはインプか」
「まぁね、ユウキに一緒の種族にしようって念を押されちゃってね……」
「ドラちゃんはやっぱりケットシーなんだ?」
「当然!僕はネコだもん!」
「タヌキってバカにされるかもしれないよ?」
「失礼な!」
怒るドラモン。
ノビタニアンが苦笑しているともこもこと服が動いてそこから妖精が現れる。
ユイの妹、ストレアだ。
「キリト!リーファ!久しぶり~!」
「ストレア、元気そうだな。その姿で行くのか?」
「ううん!みんなと遊びたいもん。普段はこっちでいくよ!」
ストレアが輝くとナビゲーションピクシーからノームアバターへ切り替わる。
「ほらね!こっちのほうがいいかな?」
「だからって、俺とノビタニアンを抱きしめる必要はぁ」
「もう!ストレア!パパとノビおじちゃんが困っています!」
三人の周りをユイがぷんぷんと怒る。
「もう~、ユイは怒りっぽいなぁ」
「パパやおじちゃんを困らせるのは許しません!何よりストレアのお姉さんなんですから!」
「はーい」
ユイに言われてストレアは離れる。
「キリトくーん!」
「おお、アスナ達が到着したな」
キリトの言葉通り、やってきたのは四人のプレイヤー。
「やっぱりあんた達、待ち合わせ時間より先に来ている!」
「仕方ないですよ、リズさん。キリトさんとノビタニアンさんが待ち切れるわけないじゃないですかぁ」
「ホント、アンタって、欲望に忠実というか、団体行動を乱すわよね……ノビタニアンはバカだけど」
レプラコーン種族のリズベット、ケットシーのシリカとシノン。
「ふふ、ここ数日キリト君。ずっとそわそわしていたもんね」
「やっほー、キリト!相変わらず元気そうだね!」
キリトの恋人、ウンディーネのアスナ。キリトと同じスプリガンのフィリア。
「ははは、すまんすまん」
「おいおい!さっきから俺達のこと、忘れていないか!?」
「クライン、エギルも来てくれたんだな?」
「ネットでも話題になっていた。前代未聞の大型アップデートだろ?ゲーマーならまちきれねぇよ」
クラインとエギル。
SAOにおいて攻略組として戦ってきた仲間たちが集まった。
「しかし、俺達も酔狂なもんだよなぁ。あれだけの目に遭っておきながら、こうしてまた、この世界に来ちまっている」
「そうだね、アインクラッドで二年間、戦い続けて、またこうして集まれるなんて、なんだか不思議な気分」
「ちょっとぉ!ボクのこと、忘れていない!?」
プンプンと紫の長い髪を揺らしてインプ種族のユウキがやってくる。
「あ、ごめんごめん、ユウキ」
「もう!ノビタニアンもキリトも先にログインしているなんて、ずるいよぉ」
頬を膨らませて抗議するユウキにノビタニアンとキリトはごめん、ごめんと謝罪する。
他愛のない会話をしているが彼らはSAOで二年間戦い続けて百層あるアインクラッドを攻略した。
その時の絆があるからこそ、こうして集まれることができたのだとキリトは思っている。
「さて、そろそろ新しいフィールドに出ようとしようぜ!」
「腕が鳴るわね」
「ふふふ、どんな新しいお宝が眠っているのかな?楽しみだよ」
「さぁ、新しい素材を見つけるわよ」
「俺も新商品をどんどん仕入れるぜ」
「ピナ、がんばろうね!」
「きゅるる」
「おうよ!俺もカッコイイとこ、みせてやるぜ!」
「データの分析は任せてください」
「アタシも頑張っちゃうよぉ」
「おお!みんな気合入っている。あたしも負けられないね」
「ボクも頑張るよ!」
「行こう!キリト君!」
「ドラモン、行くよ」
「うん!」
「あぁ!」
「そういえば、ALOにOSSが実装されたけれど、ノビタニアンはどうするの?」
隣で飛行しているユウキがノビタニアンへ尋ねる。
「OSS?」
ドラモンが尋ねる。
「そういえば、知らなかったっけ?アインクラッドで使っていたソードスキルがALOに実装されたでしょ?」
「そうみたいだね」
ALOはもともと、SAOのデータをベースとして作られており、一度、閉鎖の危機に陥ったが運営側の尽力により様々な手を加えられながらも再びALOは再稼働した。
その際にSAOで使われていたソードスキルが実装された。
「それとは別、システムアシストなし、自分だけのソードスキル、オリジナルソードスキルをOSSっていうんだよ」
「ノビタニアンはOSSどうするの?ボクは手に入れたけど」
「うーん、今はいいかなぁ?それよりかはこの初期装備を強化したいよ」
ノビタニアンは背中にぶら下げている片手剣をみる。
「SAOの時と同じ感覚だと、この剣、軽いんだよねぇ」
「俺も同じだ。だから、ここで色々と新しいアイテムとか手に入れようぜ。お先!」
「あ、キリト、待ってよ!」
「ボクもいくよぉ!」
キリトが先行したことで後を追いかけるノビタニアンとユウキ。
少し遅れてアスナやリーファも追尾する。
キリトは背中の剣を抜いて速度を上げて目の前で浮遊する竜型モンスターと接敵した。
剣を振るおうとした時、それよりも早く放たれた矢がモンスターへ直撃する。
「狙撃なら私に任せなさい」
離れたところで弓を構えているケットシーのシノンがいた。
SAOの時と同様にALOでも弓を使うことができる。
「一番槍はシノンがとっちゃったけど!」
ユウキの片手剣が煌めく。
ソードスキル“シャープネイル”による三連撃がモンスターを切り裂く。
「よし、僕もぉ!」
繰り出されるソードスキル“レイジスパイク”によってモンスターが倒される。
「よし!」
「……くそっ、初モンスター取られちまった」
「先に行ったのに、何やってんのよ」
キリトへリズベットがため息をこぼす。
「くそう、三人に先を越されちまったぜ」
「キリトこそ、何をしているのさ~」
「ユウキの言うとおりだよ」
「でも、驚いたなぁ。VRの中とはいえ、ノビタニアン君があそこまで活発に動けるなんてぇ」
ドラモンが驚きの声を上げる。
「そりゃそうよ、こいつらはSAOじゃ、三剣士っていわれるほどの最強剣士たちだったのよ?」
「キリトさんが黒の剣士、ユウキが紫の剣士、ノビタニアンさんは白銀の剣士と言われるほどです」
シリカの説明にドラモンは驚くばかりだ。
「それにしても、相変わらず、あの三人は突撃してばかりね」
「……三人とも前衛だったから仕方ないわよ」
「それにしても、サラマンダーのクラインはともかく、スプリガン、インプの三人が暴れているなんて、少し変な感じがするね」
スプリガンのフィリアが目の前で暴れている三人をみて感嘆の声を漏らす。
ALOには複数の種族が存在しており、それぞれに特徴がある。
スプリガン、黒色を基調としたトレジャーハントが得意な種族。属性の上級魔法を使うことはできないが特殊な攻撃魔法やダンジョン探索を得意とする魔法が使える。
ウンディーネ、見た目は水色を基調とした細身、長身で水属性の魔法が使えるほか、全種類の回復魔法が使える。
シルフ、見た目は緑色を基調とした風属性が得意な種族で風属性の上級魔法が唯一使えることや有用性が高い。
ケットシー、見た目はネコのような耳と尻尾を持っており、使い魔の使役ができる種族である。
ノーム、見た目は大柄でがっちりとした体格が多く、土属性の魔法が使える。
持久戦においてその力を発揮しやすい。
サラマンダー、見た目は赤色を基調とした大柄な体格。旧ALOにおいて、多くのユーザーがチョイスしていたというほど、攻撃特化の種族だ。
インプ、見た目は紫色を基調として、闇属性の魔法を得意とする。
レプラコーン、見た目は茶色や赤色を基調としており武器の生産や鍛錬に特化している。全種族の中でデバフ系統のスキルが豊富だ。
プーカ、音楽を奏でるのに秀でた種族であり、プーカだけが使える特殊能力“歌”がある。
キリト達はそれぞれ気に入った種族を選び、このALOへやってきた。
「粗方、狩りつくしたな」
「アタシたちも暴れたけれど、アンタ達も大概よね」
「でも、さすがはノビタニアンさん達です!」
リズベットやシリカが三人の戦いに感嘆している中で三人はそれぞれの感想を言う。
「やっぱり、僕は盾を持った方がいいかな?」
「うーん。ノビタニアンがタンクをやってもらっていたから、攻撃を防いでくれる人がいた方が効率いいかもねぇ」
「ノビタニアンが攻撃を防いで、俺とユウキが攻め込む……三人だけだったらいいかもしれないけど、他の皆もいるんだ。ある程度、固定しないほうがいいんじゃないか?」
「そうだねぇ」
「あの三人、頭がゲーム脳になっているわね。そもそも、狙撃がいるんだから、それくらい考慮しなさないよ」
シノンが呆れた声を漏らす。
「シノのんも、大差ないよ」
アスナが苦笑する。
一旦、街へ戻るということで一同はフィールドを後にする。
こうして、新生ALOの一日は騒がしくも終わりを迎えた。
ドラえもんがいるから、SAOの死者も生き返らせれるのではないかという意見がありますが、それは実行しません。
確かに、それをすれば、完全なハッピーエンドですけれど、キリトらの今までの人生をなかったことにするように感じますので、死人が生き返るというのはなしにします。
これから死ぬかもという人が生きるかもしれないですけれど、
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29:妖界大決戦(前編)
ちなみに、これはある漫画にあった話をベースとしているので、完全オリジナルではありません。
SAOの帰還者が集まる学校。
それはのび太達が通っていた小学校だった。少子化に伴い、いくつかの小学校が廃校となり、のび太達の学校もその流れに巻き込まれた。
廃校になっていた学校をSAO帰還者が集まる場所として白羽の矢が当たったのだ。
「へぇ、学校の裏手に山があるのね」
「僕達は裏山と呼んでいるんだ」
「ドラえもんと一緒にここで遊んだりもしたんだ。あのでかい杉の木の下は昼寝のおすすめスポットなんだ」
山道を明日奈、和人、のび太の三人が歩いていた。
のび太と和人が通っていた学校であり、授業が始まって数日、この場所を案内しようと決めていた二人によって明日奈は裏山を進む。何より。
「木綿季もここを通うからね。みんなで案内できるようにしておきたいね」
明日奈の言葉通り、SAOでともに駆け抜けた仲間、ユウキこと紺野木綿季がSAO帰還者の集う学校へ通うことが決まった。
難病が治り、肉体の方も回復に向かってきていることから担当医師の判断で学校へ通えることが決まったとALO内でユウキは嬉しそうに話している。
「ね、ねぇ、キリト君」
前を見た明日奈は目を見開いて指を動かす。
「アスナ?」
「あ、あれ……」
震える明日奈の視線の先、
茂みの中から伸びている手。
「「手ぇ!?」」
目の前に伸びている手に二人は驚き、慌てて駆け寄る。
茂みの中にいたのは十歳くらいのおかっぱの女の子。
「キミ!大丈夫!?」
「息はある。気絶しているのか」
「救急車を呼ぶ!」
「待って、僕の家が近いからそこに行こう。ドラえもんならなんとかできるから」
「そうだな、のび太、背負えるか?」
「任せて!」
少女を背負い、彼らは裏山を駆け下りていく。
そんな三人の姿を闇に包まれている木々の隙間から覗いている不気味な目があった。
幸いにもドラえもんは家にいた。
のび太の部屋へ連れていき、気絶している少女を布団に寝かせる。
「今時、こんな服を着ているなんて珍しいわね」
明日奈は布団で死んだように寝ている少女をみた。
「うーん、変だ」
「どうしたんだ?ドラえもん」
困ったような声を上げるドラえもんに和人が尋ねる。
「お医者さんカバン、万能薬、万能治療薬、どれも効かないんだ」
「え!?」
「人間の病気なら治せるはずなのに」
「ドラえもんでも、治せないとなるとお手上げだな。病院へ連れていっても期待できないかもな」
「僕じゃ手に負えない、助っ人を呼ぼう」
「何それ?」
ドラえもんはポケットから金色の輝きを放つカードを取り出す。
見たことのない道具にのび太は尋ねる。
「親友テレカさ」
「親友テレカ?」
「テレカって、テレホンカードか?」
「ウソ、あのすたれてもうないって言われている?」
「テレホンカードでもあるけれど、これはテレパシーカードの方が強いかな?これはね。不滅の友情を誓い合った者だけが使える特別な秘密道具さ。こうやって電話でもできるけどね」
ポケットから出した電話機に親友テレカを入れる。
「どうせだから、他の皆にも声をかけてやれ」
「……誰を呼ぶんだ」
「さぁ?」
「ザ・ドラえもんズ!集合!」
数分してのび太の机から六人のネコ型ロボットが現れる。
ドラ・ザ・キッド。空気大砲を持ち、百発百中の腕前を持つ。
エル・マタドーラ。スペインの闘牛士、昼寝が大好き。
ドラリーニョ。ブラジルの若きストライカー、三歩歩くと忘れてしまう。
王ドラ。中国の格闘家、女性に弱い。
ドラニコフ。ロシアの旅人、無口で何があっても喋らない。
ドラメッド三世。エジプトで活動する魔術師。水が大の苦手。
「えっと、ドラえもんさん、この人たちは?」
「僕が通っていたロボット養成学校の大親友さ」
「元気にしていたか?」
「懐かしいなぁ~」
「それで、王ドラ、この子なんだけど」
「ふむ」
中国服をきたネコ型ロボット。王ドラは眠っている少女を観察して。
「私の調合した薬を使いましょう。これで、元気になるはずです」
少女に飲ませた後、のび太が尋ねる。
「そういえば、ドラえもんズって言っていたけど」
「なんだ、ドラえもんは話してねぇのか。俺達の友情伝説を」
「友情伝説?」
「未来に存在していた古代遺跡。そこに存在した不滅の友情を誓い合った者だけが使える道具。それを手に入れた大冒険。友情伝説だ」
キッドが説明する。
「素敵だね。それ」
明日奈はドラえもんズの友情伝説を羨ましいと感じた。
優等生で常に成績ばかりを意識していた明日奈にとって親友とはまぶしいものだと思う。
他愛のない話をしていると寝ていた少女が目を覚ます。
「あ、目を覚ましたみたいだね」
「ここは?」
「のび太の家だ。キミは街の裏山に倒れていたんだ」
「あなた達が助けてくれたのね?ありがとう」
「いやぁ、ところで、君の名前は?」
「話しても信じてくれないわ」
「……話してみないとわからないぜ?」
和人の言葉で少女は少し考えるようなそぶりを見せて。
「実は私……座敷童なの」
「座敷童って……なに?」
「まったく、のび太君は!」
「すまん、俺も知らない」
「あら!?」
のび太と和人にドラえもんは呆れてしまう。
「座敷童は妖怪ね。日本の屋敷の中に紛れ込んで住む妖怪で。座敷童が住むとその家は裕福になるといわれているわ」
明日奈の説明で二人は理解する。
「それにしても、座敷童って」
「頭がおかしんじゃねーか?」
「おいおい」
キッドとマタドーラの言葉にドラえもんが止めに入る。
「ごめん。気にしないでね。それより、どうして、あんなところにいたの?」
「実は半年ほど前から」
座敷童が話した内容は想像を絶するものだった。
妖怪達は妖界といわれる世界に移り住んでいたのだが、半年前から百目王という妖怪がその世界を支配する。
強力な妖怪軍隊を率いて人間世界を支配しようとするということらしい。
座敷童はそれを阻止するために特殊な力を宿していたという“魔鏡”を手にして人間世界にやってきたという。しかし、途中で追手に襲われて。
「やっぱり、信じてくれないのね!?」
キッドとマタドーラが険しい顔で座敷童をみる。
「座敷童は人間界に住んでいるんだろう?なんで妖界にいるんだよ」
「もともとは人間世界にいたわ……でも、今は私の存在を知っている人がいなくなって、妖界に住むしかなくなったの」
座敷童の言葉にのび太と和人はなんともいえない表情を浮かべる。
知っていた明日奈と違い、自分達は座敷童の存在を知らなかった。
「どう思う?」
「座敷童ねぇ~」
首を傾げていた時、ドシンと巨大な揺れが起こる。
「え、地震?」
「いや、違うぞ!」
みんなが揺れに驚いていた時、座敷童が外を見る。
「しまった、もう夜なのね!?」
直後。
「見つけたぞ!」
部屋の窓ガラスをぶち壊して巨大な斧を構えた鬼のような怪物が現れた。
緑色の皮膚に赤い髪、額から伸びている一本の角。
「見つけた!今度こそ、逃がさん!」
「なんてことするんだ!ママに叱られる!!」
「そんな心配している場合か!」
「……こいつが妖怪!?」
「マジかよ」
「とにかく追い払え!!」
ドラえもんの指示でドラリーニョがサッカーボールを、キッドが空気大砲を繰り出す。
攻撃を受けた妖怪、一角大王は平然とした様子で部屋の中を突き進む。
「明日奈!こっちに」
和人が明日奈を自分のもとへ引き寄せようとすると一角大王が巨大な腕で明日奈を捕まえる。
「この!明日奈を離せ!」
「ハチョー!!」
和人を飛び越えて王ドラがキックを繰り出すも一角大王に投げ飛ばされてしまう。
「和人、これを!」
のび太は机に置かれている照明スタンドを投げる。
和人はそれを受け取り、一角大王の頭に振り下ろす。
バリンと音を立てて照明スタンドが壊れる。
大したダメージはないようだが、視界がふさがれた。
衝撃で一角大王は明日奈を落としてしまう。
明日奈は地面へ落下する直前、ドラニコフに抱えられて離れる。
痛みを感じないのか一角大王は巨大な斧を振り下ろす。
「スィッチ!」
キリトの叫びと共にノビタニアンが前に出て椅子を振るう。
ベキャッと歪んで椅子が壊れた。
「無駄よ!一角大王にどんな武器も通用しないの!!」
「弱点とかないの?」
座敷童に明日奈が尋ねる。
「太陽の光が弱点なんだけど」
「光って、今は夜だぜ!?」
空を見てキッドは叫ぶ。
「全員で力を合わせて頑張るしかない!」
「ドラえもんさん、何か武器はない?」
目の前では和人とのび太が壊れた道具で一角大王の気を引いていた。
それをみて、明日奈はドラえもんへ頼み込む。
「怖い!」
戦いを見ていたドラリーニョが叫ぶ。
「どうしたんだ、ドラリーニョ!」
「ブラジルに帰る!!」
マタドーラが尋ねるもドラリーニョは去っていく。
「見損なったぜ!」
「一人で逃げるなんて」
ドラえもんが信じられないという中、全員で総攻撃を仕掛ける。
ドラえもんズと和人、明日奈、のび太の攻撃を受けても一角大王は平然としていた。
「こんちくしょう!」
使えなくなった空気大砲をキッドが投げる。
滅茶苦茶にドラえもんがポケットの中の道具を放り投げていた。
「だ、ダメだ、動けない」
「くそっ、VRと違いすぎる……」
「ゲハハハ!皆殺しにしてやる!!」
一角大王が巨大な斧を振り上げる。
誰もが自らの死を覚悟した。
その時、一角大王の足元に丸いものが現れる。
噴き出した光を浴びた途端、一角大王の体が溶け始めた。
「な、なんだ?」
「大成功~」
どこでもドアが現れて、そこから姿を見せたのはドラリーニョだった。
「日本の裏側のブラジルは今、昼!通りぬけフープでブラジルの太陽の光を持ってきた」
「凄いであーる!」
ドラリーニョの言葉にドラメッドが驚く。
「すまん、俺はてっきり……」
「気にしていないよ。僕こそごめんね~?」
マタドーラが謝罪する。
「た、たすかったよぉ」
ぺたんとのび太が座り込む。
「ヤバイ、俺も限界だ」
同じく和人ものび太の横へ倒れこんだ。
「もう、キリト君……」
明日奈が呆れていた時、ほとんど、体が溶けていた一角大王が頭の角をへし折る。
そして、角を投げる。
狙いの先は座敷童。
「危ない!」
気付いたのび太が座敷童を突き飛ばす。
もし、VRだったら持っていた道具ではじくことも出来ただろう。
しかし、のび太の体は肉体、VRと異なり、万全ではない。
「ぐっ!?」
「のび太!ドカン!!」
落ちていた空気大砲でキッドが撃つ。
攻撃を受けた一角大王の残りの体が吹き飛ぶ。
腕に刺さった角を引き抜いて、のび太は倒れる。
「王ドラ、どうなんだ?」
「こっ、この傷は」
倒れたのび太を抱えて家へ戻った一同。
眠っているのび太の腕を見ていた王ドラは言葉を失う。
角で貫かれた腕。
そこにはどす黒い模様のようなものがあった。
「なんだよ。これ」
「まるで――」
「一角大王の呪いだわ」
座敷童が驚愕の表情を浮かべる。
「呪い……それは一体」
「徐々に体が妖怪になっていくの」
「のび太君が妖怪に!?」
「どうすれば助かる!?どうすればいい!」
和人が座敷童へ尋ねる。
「百目王の居城にある……いやしの泉の水を飲めば治るんだけど……三日以内に飲まないと二度と太陽の光を浴びれない体になってしまうわ」
「案内してくれ!」
「キリト君!落ち着いて、私達はただの人なのよ?今のままじゃ」
「わかっている!でも、親友を見捨てるなんてできない!俺は何が何でも行く!……確かにここはVRじゃない、現実の世界だ。今の俺達じゃ、どうすることもできないかもしれない。でも、のび太は親友だ」
和人の目を見て、王ドラがポンと手を叩く。
「なんとかなるかもしれません」
「え?」
驚く和人たちの前に王ドラがある道具を取り出す。
巨大な機械だ。
「これは?」
「ヒーローマシンです」
「ヒーローマシン?」
首を傾げる明日奈の前にキッドが思い出したように叫ぶ。
「これは二十二世紀のゲームマシンだよな?なんで、こんなものを出したんだ?王ドラ」
「忘れたのですか?和人君達はSAOをプレイしていたのですよ」
「そうであーるか!二十二世紀のヒーローマシンにおいても、SAOをプレイできるようにと、当時の情報でヒーローが設定されていたであーるな!」
ドラメッドの言葉に和人は驚く。
「もしかして、この中に入れば、SAOの俺達の力が」
「使えるはずです」
「明日奈……俺は行く、君は」
「バカなこといわないで、のび太君は大事な仲間よ。私も行くわ。それにキリト君、一人に無茶させられない」
「……明日奈」
「けっ、熱いこって……早く行ってこい!」
キッドにせかされて二人はヒーローマシンの中へ入る。
しばらくして、
黒衣にエリュシデータ、ダークリパルサーの二つの剣を背中に背負った和人こと、黒の剣士キリト。
純白の衣装、細剣を腰に下げている明日奈こと、閃光のアスナ。
SAOを攻略した二人の嘗ての姿だった。
「体がウソみたいに軽い」
「ゲームのスーツですが、VR世界で戦っていたというスペックが使えるはずです」
皆の姿を見て、座敷童が尋ねる。
「妖界に入ると、二度とかえってこれないかもしれないわ……それでも、行くの?」
「行くとも!」
「のび太君は僕達、ドラえもんズが助けて見せる!」
彼らの決意を見て座敷童が頷く。
「のび太君、大丈夫?」
「安心しろ、お前を絶対に妖怪にはさせねぇぜ」
のび太を背負っているキッドの言葉に小さく頷く。
座敷童の誘導に従ってやってきたのは裏山だった。
「ここが入り口よ!」
目の前に渦巻く門に彼らは飛び込む。
基本的にSAOと関係ないドラえもんエピソードは前編、中編、後編の三部作、もしくは二部作方式でいきます。
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30:妖界大決戦(中編)
激しいスパークと共にキリト達は地面に落下する。
「いってぇ……アスナ、大丈夫か?」
「うん、私は大丈夫……それより、ここが妖界なのかしら?」
不気味な植物がうごめく森の中、黒衣の少年、キリトが上にいるアスナへ尋ねた。
「おいおい、不気味なところにきちまったなぁ」
キッドが周りを見て呟く。
森の中には無数の獣の骨や口や目のついた不気味な植物が蠢いていた。
「ここは、とらわれの森!」
「なんだか、不気味な名前だな」
――とらわれの森。
それは百目王に反逆する者たちを捕まえては解き放ち、処刑人の韋駄天が追い立てては狩る、狩場。
「狩場!?」
「いきなり物騒なところにでてきちまったな」
「処刑場といったほうがいいかもしれないわ。なぜなら、韋駄天から逃げられたものはいないわ」
「おい!それよりも、みんなぁ!」
マタドーラが真剣な顔で訴える。
「早く降りてくれぇえええ!」
全員がマタドーラの上へ落ちていた。
「あ、ごめん」
天辺のアスナが降りて、キリト達が降りていき、マタドーラは解放される。
「ふぅー、酷い目にあったぜ」
降りたマタドーラは首をごきごきと鳴らして。
「じゃ、シェスタ」
「するなぁ!」
寝ようとしたところでキッドが叫ぶ。
「で、どんな奴なんだ?韋駄天っていうのは?」
『トテモオソロシイヤツ!オソロシイヤツ!』
「なんだ!?」
「き、木がしゃべっているわ!」
アスナの目の前、人の顔をした木々が楽しそうにしゃべっている。
「口先だけの人面樹よ。大ウソつきなの、どんな話も信じてはいけないわ」
座敷童の言葉にキリトは周りを見る。
「どう?キリト君」
「SAOならまだしも、マッピングもされていない世界じゃ何もわからないな」
ため息をこぼすキリト。
「とにかく、どこでもドアでどこかに」
ドラえもんが四次元ポケットからどこでもドアを出し、場所を移動しようとした時。
バチィと音を立ててドアからドラえもんが弾き飛ばされてしまう。
ドアの向こうは不気味な光が渦巻いていた。
「な、なんだこれ!?」
「この妖界は百目王の妖力で空間が歪んでいるの」
「どこでもドアが使えないんだ!」
「じゃあ、歩くしかないな」
キリトの言葉で全員が森の中を歩き始める。
SAOの時と違い、マッピングできない以上、歩き回るしかなかった。
「ふぅ、疲れた」
「オカエリオカエリオカエリオカエリ!」
「元の場所に戻ってきちゃった!?」
「デグチハミギ、ミギ、ミギダヨ」
「本当!?」
喜ぶドラえもんに対して座敷童が否定する。
「ウソよ!人面樹は何があっても本当のことを言わないの」
「……!?」
ドラえもんが座敷童へ尋ねる。
「人面樹は本当のこと言わないんだよね?」
「そうよ」
ポケットから嘴みたいな道具を取り出すと人面樹へつける。
「さぁ、教えてくれ。出口はどこなんだ?」
「デグチハワタシノウシロダウシロダウシロダ」
「また、ウソを」
ドラリーニョが呆れていた時、人面樹の後ろから光が差し込む。
「出口だ!」
「不思議だわ……どうして?」
「人面樹にソノウソホントっていう道具をつけたんだ。これをつけたらどんなウソもホントになるんだ」
「キィィィィィ、クヤシイクヤシイ!」
人面樹が悔しがる中でタケコプターを使って出口へ向かう。
「これでとらわれの森から脱出できるわ。よかった。本当によかったわ。韋駄天にみつからなくて」
「それはどうかな?」
「みんな、下がれ!」
キリトがエリュシデータを抜く。
雲に乗った妖怪、韋駄天が浮いていた。
「出口を見つけたのは褒めてやろう。だが、この俺を倒さない限り、ここからは出られないぞ」
韋駄天が鎌を構える中、のび太を抱えているキッドが空気大砲を装着する。
「ならば倒してやるぜ!早撃ち0.1秒の空気大砲をくらえ!」
キッドの空気大砲が韋駄天へ。
「何を狙ったんだ?」
直撃せず、キッドの後ろに韋駄天が浮いていた。
「消えるなんてずるいぞ!」
キッドが韋駄天の方向へ空気大砲を撃つ。
「消えているんじゃない!それだけ奴のスピードが速いんだ!」
「この野郎!!」
キッドが乱暴に空気大砲を撃つ。
しかし、すべてが直撃することはない。
「もっと、速いものを呼ぶであーる!ア・ブ・ラ・カ・タ・ブ・ラ」
――雷!
ドラメッドが雷を呼び出すも韋駄天はそれを回避する。
「信じられんであーる!雷より速く動けるなど!」
「動きを止める場所がわかれば!」
「なんとかできる!」
キリトとアスナが剣を繰り出す。
しかし、韋駄天は俊足で即座にその場を離れる。
「アスナ!」
鎌の斬撃がアスナへ繰り出されようとしていた時、キリトがエリュシデータとダークリパルサーを繰り出す。
刃が輝いて二刀流のソードスキルが発動する。
しかし、それを上回る速度で韋駄天は逃げていく。
「そんな、キリト君より速い!?」
「韋駄天のスピードは妖界一なのよ」
「だったら」
ドラえもんはポケットから現実ビデオ化機を取り出す。
「これで韋駄天をスローにするからみんなで攻撃するんだ!」
「よし!」
全員が韋駄天へとびかかる。
しかし、韋駄天のスピードは変わらず、全員が傷だらけになっていく。
「おい!壊れているんじゃないのか!?」
「違うよ!これでもスローになっているんだ。韋駄天の元のスピードが速すぎるんだ!」
マタドーラの叫びにドラえもんが答える。
「遊びは終わりだ!」
韋駄天の鎌がキリトを襲う。
攻撃を受けて、吹き飛ぶキリトの鼻にあるにおいが漂ってきた。
「……これは……」
臭いにキリトは思考する。
「どうするんだ?全然、敵わないぜ!」
目を見開いたキリトはドラえもんから道具を奪い取る。
「早送り!」
「キリト君!?」
キリトはスローではなく、早送りに設定した。
その途端、先ほどよりも韋駄天の速度が増す。
「やめろ!キリト!これ以上速くしたら手が付けられなくなる!死ぬつもりか!」
「いいや、これが起死回生の一手だ!さらに倍速!」
「わぁああああ、キリトが壊れやがったぁ!」
キリトの手によってさらに速度があがった韋駄天は興奮していた。
「凄いスピードだ!この速度なら百目王にも勝てる!!」
韋駄天は百目王に忠誠を誓っているわけではない。
ただ、勝てないから従っているに過ぎなかった。
このスピードがあれば、百目王を倒せると確信した。
「ありがとうよ!さぁ、死ね!!」
鎌がキリト達に襲い掛かる。
来る衝撃にドラえもん達が身構える中、韋駄天の体が燃えだす。
「いいや、俺達の勝ちだ。燃え尽きちまえ」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
止める暇もなく韋駄天の体は瞬く間に燃え尽きてしまう。
「……え、どういうこと?」
「もしや、空気の摩擦で燃やしたのですか?」
困惑するマタドーラ。
王ドラがキリトに尋ねる。
「あぁ、奴がぶつかった時に空気が焦げたようなにおいがしたんだ。だから、奴の速度をさらにあげたら」
「空気の摩擦で燃え尽きるというわけですね。成程」
「よくわかんねぇが、すげぇぜ」
キッドが感心する。
「のび太君!」
アスナの悲鳴にキリトが振り返る。
立っていたのび太がぺたんと座り込んでいた。
「大丈夫か?」
「う、うん、ちょっと疲れただけ」
荒い呼吸ののび太へドラえもんが駆け寄った時、目を見開く。
のび太の口から長い牙が覗いていた。
「牙が!?」
「妖怪化が進んでいるんだ!」
「一刻も早く、百目王の城へ!」
「あれが百目王の城よ!」
座敷童が不気味な建物を指さす。
「なんか、霧がかかってきたな」
「周りが見えなくなってきたわ。このまま進むのは危険よ」
百目王の城を目指すキリト達。
城へ近づこうとすると霧が現れて、段々と城が隠されていた。
「このまま進むのは危険だ」
「……還らずの沼のせいよ」
「なんだそりゃ?」
「百目王の城のまわりにある巨大な底なし沼よ。城に敵が近づくと霧を出して城を隠してしまうの」
座敷童が地上へ降りる。
「地上から沼づたいに進むしかないわね。待ってて、近道を探してくるから」
「私も行くわ」
座敷童の後をアスナが追いかける。
「くそう、城までもう少しだっていうのに!」
「それにしても、女子たちだけに任せて大丈夫であーるか?」
「アスナの細剣技術はなかなかのものだ。そうそう油断はしないはずだ」
アスナと座敷童の二人は霧が広がる道を歩く。
「おかしいわね、このあたりに近道があったはず」
「座敷童ちゃん、下がって!!」
気付いたアスナが座敷童を守るようにランベントライトを抜く。
「そこにいるのは誰!」
アスナの叫びと共に近くの木から一人の妖怪が現れる。
黒い服を纏い、額に伸びている一本の角。
「よぉ、久しぶりだな、座敷童」
「天邪鬼!?」
「知り合いなの?」
「はい」
「おいおい、久しぶりにあった幼馴染にそんな態度はねぇだろー?妖界を裏切って変な連中を連れてきたくせに」
天邪鬼は飄々とした態度で座敷童の傍にいるアスナを指す。
座敷童は驚いて天邪鬼へ抗議する。
「裏切ったなんて、そんな!私はただ」
「おっと、言い訳ならあの方にするんだな!」
「座敷童ちゃん!!」
アスナが座敷童を抱えてその場を離れようとした。
しかし、すぐそばの湖から現れた巨大な影に飲み込まれてしまう。
ニヤリ、と天邪鬼は笑い、顔に手を当てる。
音と共に天邪鬼は座敷童へ姿を変えた。
変装した天邪鬼は走り、待っているドラえもんズとキリトの前に姿を見せる。
「おまたせー!城への近道を見つけたぜ……いや!見つけたわ!」
「さっき、あっちで何か叫び声がしたけど?」
マタドーラの質問に天邪鬼は知らないという。
「声が少し違う気がするであーる」
「そうなの。カゼひいちゃって……」
「なぁ、アスナはどうしたんだ?」
キリトの問いにどきりと天邪鬼は焦る。
「アスナはどうしたんだ?それと、座敷童は右目の下にほくろがあったはずだぜ?」
「え!?」
慌てて天邪鬼は右目へ手を近づけようとする。
「残念、ウソ」
天邪鬼は目を見開く。
キリトは表情を変えずに背中からエリュシデータを引き抜く。
「アスナと本物の座敷童はどこにいる?」
エリュシデータを向けられて天邪鬼は冷や汗を流す。
その時だ。
近くの湖から白くて巨大な龍が現れる。
「な、龍!?」
「てめぇ!座敷童とアスナをどこにやりやがった!」
キッドが空気大砲を天邪鬼へ向ける。
「い、今頃、龍神様の腹の中さ。急がないと……溶けちゃうかもなぁ!」
本来の姿を現した天邪鬼はものすごい勢いで逃げていく。
水面から飛び出した龍神が口を開けて威嚇する。
「この野郎!」
キッドが空気大砲を撃つ。
しかし、龍神の鱗に空気大砲は傷一つつかない。
「傷一つ、つかない!?」
「この!」
ドラメッドが雷を繰り出すも龍神は無傷だった。
マタドーラとキリトが駆け出そうとした時、龍神が口から衝撃波を繰り出す。
とてつもない衝撃と風によって全員が吹き飛ばされる。
龍神の繰り出した衝撃波は周囲の木々などを根こそぎ吹き飛ばす。
「な、なんて、ものすごい衝撃波だよ」
「たった一声で世界が震えているようだ」
ドラえもんが目の前の光景に戦慄していると再び、龍神が衝撃波を繰り出す。
「龍神に弱点は!?」
「ありません!神となった龍は無敵です!」
マタドーラの質問に王ドラは叫ぶ。
少し離れたところで天邪鬼が挑発を行うが全員、聞いていなかった。
「も、もうだめだ……」
「次をくらったら、終わりだ」
「いや!手はあるぜ!」
空気大砲を装着したキッドが前に飛び出す。
「俺に手がある!ついてこい!」
「無理だよ!逃げよう!」
走り出すキッドにドラリーニョが呼びかけるが応じない。
「……」
「どうする?」
マタドーラにドラえもんはタケコプターを装着する。
「行こう!友情を誓い合った僕達に迷いなんかない!」
ドラえもんの言葉にキリトを含めた全員がキッドの後を追う。
「さぁ、その口を開けてみろよ。さっきの衝撃波をもう一度、やってみな!」
キッドの挑発に龍神が大口を開ける。
「今だ、奴の口の中へ飛び込め!!」
全員が衝撃波を繰り出される前に龍神の口から、胃袋の中へ飛び込んだ。
「キッド、これは?」
「龍神の奴、外は強くても中は弱いはずだ」
「なるほど!」
「みんな、中から攻めるんだ!」
全員が胃の中で暴れる。
キリトはエリュシデータとダークリパルサーで胃の中を切り裂きながら進んでいくと。
「キリト君!」
「キリトさん!」
「アスナ!座敷童、無事だったか?」
アスナと座敷童。
二人は龍神の胃の中にいたのだ。
「キリト君、来てくれるって信じていたわ」
抱き合うアスナとキリトの二人。
「まさか、二人が胃の中にいるとはな」
キリトが驚いていると胃液が流れ始める。
どうやら龍神が胃袋から吐き出そうとしているようだ。
「ドラニコフ!出番だぞ!」
全員が胃液で外へ流されようとしていた時、キッドが叫ぶ。
「ガル!」
四次元マフラーから丸いものを取り出すドラニコフ。
丸いものを見た瞬間、ドラニコフはスーパーウルフへと変身する。
変身したドラニコフはタバスコを取り出して口に流し込む。
「ガルォォオオオオオオ!」
叫びと共に繰り出される火炎。
胃液を発火材として中から龍神を焼き尽くす。
炎に包まれた龍神は暴れていたが力尽きて地面に倒れる。
「すげぇ、あいつら、龍神様を倒しちまうなんて、信じられねぇぜ!」
驚く天邪鬼。
龍神の口からドラえもんズ、キリト、アスナ、座敷童が出てきた。
「ふぅ、間一髪だったぜ」
全員が安堵の息をついたとき、後ろの龍神が光に包まれるとともに老人が姿を見せる。
「見事じゃ、仲間を助けるためにわしの体内に飛び込んでくるとは……大した知恵と勇気じゃ」
「アンタ、さっきの龍神か?」
「さよう、悪かったの試すような真似をして」
「一体……」
「わしは妖界が始まって以来、ここで異世界の者から妖界を守ってきた、しかし、今の妖界は百目王によって地獄のあり様じゃ、だが、お前たちのように真の友情と知恵と勇気を持つものなら、この世界を良き方向へ導いてくれるかもしれん」
龍神は懐から水晶のように澄み切った玉を取り出す。
「この龍玉を持っていきなさい。必ず、お前達の役に立つはずじゃ」
「あ、ありがとうございます」
龍玉を受け取り、龍神から百目王の城に続く道を教えてもらう。
彼らは道を進んでいた時だ。
「オーイ!待ってくれよう!」
後ろから追いかけてきたのは天邪鬼だ。
「オイラは龍神様と互角に渡り合えたお前達の子分になりたいんだよ!どこまでもついていくぜ!」
「ちぇっ、調子のいい奴」
「なんか、SAOでもこんな奴いたなぁ」
「そうだっけ?」
「知らんぷりしてろ」
「これが、百目王の城……」
「みんな、覚悟はいいね!」
ドラえもん達の手によって扉があけられる。
その先に広がっているのは綺麗な花畑。
西洋の城。どこまでも澄み切った湖が広がっていた。
「なんだこりゃ!?」
「これが百目王の城!?」
「綺麗だなぁ」
「あ、天使たちだ!」
西洋のおとぎ話に出てくるような天使がキリト達を出迎える。
「これだけ綺麗な場所だと百目王も悪い奴じゃないかもしれないなぁ」
一行が感想を漏らしながら歩いていると天使からキラキラした光が放たれる。
その光を浴びた途端、キリト達はほんわかした気分になっていく。
ふらふらと天使の誘導に従って進む。
ふと、ドラえもんが湖を見る。
その水面に映っていたのは目の前に広がる光景と全く違うもの。
ドラえもんは目を見開き叫ぶ。
「みんな!騙されるな!」
跳ねながら仲間たちを殴る。
「な、何するんだ!?」
「周りをよく見るんだ!」
ドラえもんに言われて全員が周りを見た時、周囲の景色が歪む。
しばらくして、綺麗だった城は土のようなものに、植物はとらわれの森のようなものへ、飛んでいる天使は鳥人間のようなものに変わっていく。
「アスナ!」
キリトはアスナへ襲い掛かろうとする鳥人間へ剣を振り下ろそうとする。
ひらりと躱した鳥人間はキリトへ爪を繰り出した。
攻撃を受けたキリトは地面に倒れる。
「キリト君!?」
「みんな!急いで中へ入れ!!」
空気大砲を装着してキッドが叫ぶ。
倒れたキリトをドラえもんが担いで岩の洞窟の中へ入り込む。
「百目王がいる王の間は城の一番奥にあるはずよ」
「どんな奴かわからねぇが早く倒してやりたいぜ!」
「人間界に攻め込もうなんてこと考えやがって」
「でも、なぜ、百目王は人間の世界へ攻め込もうとするの?」
アスナは座敷童へ疑問をぶつける。
「妖界と人間界は光と影のような存在なの」
座敷童の話によれば、片方の世界によくないことが起これば、その影響が片方の世界に広まる。
おそらく、人間世界の戦争や様々な負の問題が妖怪世界に悪影響を及ぼし、百目王のような存在を生み出したのだろう。
「オイラ、ちょびっと行ったことがあるけれど、人間界の方が怖かったぜ」
「だからといってのび太君をこんなことにしたやつを許せないよ!」
ドラえもんが叫んでいると前方から何かが姿を見せる。
「こんな奥まできやがって、偽天使と一緒に行けば楽に死ねたものを」
「誰だ!」
キッドが空気大砲を撃つ。
しかし、相手は華麗に躱す。
「(避けた、なんて身のこなしの軽い奴だ)」
「ケケケ、今、なんて身のこなしの軽い奴だと思っただろう?」
「(俺の考えたことがわかるのか!?)」
「今、俺の考えたことがわかるのか?と思っただろう……」
「気をつけろ!コイツ、人の心が読めるぞ!」
「サトリ!あなたは百目王の新鋭隊長のサトリね!」
座敷童の指摘で影から現れたのはサルとヒトを足したような外観の妖怪。
サトリは不気味に笑う。
「俺はこれまでたくさんの人間の心を読んできてわかったんだ。心の醜い今の人間どもは百目王様に支配されるべきだ」
「違うわ!良い人間もいるわ!」
「私達は仲間を助けないといけないの!ここを通して!」
アスナの叫びにサトリは答えない。
ドラえもんズは作戦を立てようとして喧嘩をしていた。
「とりあえず、石ころ帽子で姿を消してサトリの注意をそらそう」
ドラえもんは石ころ帽子をかぶって姿を消す。
「フフン、一人くらい、後で料理できるわ」
サトリは腰の剣を抜く。
「さぁ、一人ずつ切り刻んであげよう……おっと、お前たちの攻撃は通用しないぞ。動きはすべて読めるぞ」
空気大砲を構えようとしたキッドは悔し気に顔を歪める。
サトリが剣を振り下ろそうとした時、背後から現れたキリトの二刀流ソードスキル“スターバースト・ストリーム”がサトリを倒す。
「な、なんだ!?何が起こったんだ?」
「キリト君……?」
「サトリの弱点をついたのさ」
「どういうこと!?」
「気絶した和人君に人間ラジコンをつけたのさ。いくら人の心読めても気絶している相手までは読めないからね」
「あれ……俺は何を?」
「キリト君、良かったぁ」
意識を取り戻したキリトへアスナが安堵の声を漏らす。
座敷童も驚いていた。
「凄いわ、サトリは妖怪の中でも実力者なのに」
「何度も戦ってコツをつかんだのさ」
「よーし!この調子で先を目指すぞ!」
「のび太が妖怪化しちまう前に!百目王のいる場所へ!いやしの泉へ!!」
それから道を阻むように、釣り天井、振り子の斧といったトラップが現れるがそれを難なく突破する。
しかし、彼らの前に妖怪の配下が現れる。
触れただけでどんなものだろうと切り裂く爪を持つ、牛鬼。
妖界一の乱暴者、両面スクナ。
鳴き声で人を操る妖怪、ぬえ。
吐く糸で相手をがんじがらめにしてしまう土グモ。
炎を纏い、相手に突撃しようとしてくる火車
それらの妖怪にマタドーラ、王ドラ、ドラメッド、ドラニコフ、ドラリーニョが相手をするために残り。
王の間へ到着したのはキリト、アスナ、座敷童、天邪鬼、キッド、のび太だ。
長い階段を抜けてやってきた王の間にキッドが安心の表情を浮かべる。
「よし、のび太!すぐにお前を」
キッドに後ろからのび太がかみついた。
「いてぇ!?」
「えー!?間に合わなかったの!?」
「まだ完全に妖怪化していないわ、でも、その一歩手前で自分を見失うの!」
「だったら……気絶させればいいさ」
「キリト君!?」
二本の剣を抜いて獣のようにうなっているのび太へ近づく。
「面白い」
「なんだ!?」
目の前にあったいやしの泉が消えてのび太の前に一振りの剣が現れる。
「今の声は……」
「あそこをみて!」
アスナは剣が飛来した奥、不気味に蠢く巨大な物体を見つける。
それは全身が黒く、体中に目玉がついていた。
「あ、あれが、百目王よ……」
「なんてでかさだ」
「ひゃ、百目王、さま」
「人間の友が戦いあうさまはとても面白いものだ。私は見物させてもらおう」
「悪趣味な野郎だぜ!ブッ倒してやる!」
キッドが空気大砲を構えようとした時、キリトが前に飛び出す。
金属同士が派手にぶつかる音と共にのび太がキッドへ剣を振り下ろそうとしていた。
「なっ!?」
あまりの速さにキッドは動けないでいた。
「おいおい、リアルでもここまで動けたことないだろ!?」
キリトが驚きながらエリュシデータを振るう。
獣のように唸りながらのび太は天井を走る。
「おいおい、獣丸出しじゃねぇか」
驚きながら振り下ろされる剣をダークリパルサーで弾き飛ばし、エリュシデータを振るう。
しかし、のび太はあっさりと躱して剣を振るう。
ソードスキルを模した動きにキリトも対応をする。
「そういや、お前と剣をぶつけあうのって、SAO……背教者ニコラスの時以来じゃないか?」
飄々としながらキリトはのび太の剣を躱す。
「覚えているか?自暴自棄になっていた俺を止めようと、お前やユウキ、クラインが止めようとしてさ……でも、最後は俺のためにたった二人でニコラスと戦ったよな?」
「う……ウァ?」
「それからはまた一緒にパーティーを組んでシリカを助けたり……ヒースクリフとデュエルしたり……本当に色々あったよな」
「あ、あぁああ」
頭を押さえて苦しみだすのび太。
「のび太君!思い出してSAOで過ごした日々を!」
「のび太君!僕達は友達だよ!」
アスナ、ドラえもんの叫びにより苦悶の声を上げるのび太。
「お前は人間だ!妖怪にはならない!!」
叫びと共にキリトが駆け出そうとした時。
のび太の背後に立っていた天邪鬼が剣を振り下ろす。
ボクゥ!と殴られたのび太が気絶する。
「……うそぉ」
目の前の光景にキッドが声を漏らす。
「あれ、やっちゃった?」
ぽつりと天邪鬼が戸惑いの声を上げる。
天邪鬼が持っている剣を見て座敷童が驚く。
「それはサトリの魔封剣!」
「咄嗟に持ってきたんだが、役に立ったぜ」
手の中にある剣を見て天邪鬼は微笑む。
倒れたのび太へキリトが駆け寄ろうとした時。
百目王が叫ぶ。
「影よ!」
眼から無数の妖怪が現れる。
「な、なんだ、ありゃ!?」
「百目王は一度見た相手を影として操ることができるの」
座敷童が思い出したように叫ぶ。
「百目王はすべての目をつぶしたらその力を失うと聞いたわ」
「よし!やってやるぜ!」
キッドが空気大砲で百目王の目をつぶしていく。
順調に目をつぶしていた時、いやしの泉が現れて、百目王の体を癒す。
「傷が治っていくわ!」
「あれがいやしの泉の力。隣にあるのが死の泉よ!触れただけで相手の命を奪ってしまうわ」
「最悪すぎる!」
キリトが悪態をつく中で百目王が最強の影を召喚する。
一角大王、韋駄天、サトリ、牛鬼、両面スクナといった。かつて戦い、仲間たちが倒してきた妖怪たちが現れていた。
「前は全員でなんとか倒した相手なのに」
「くそう!これまでか!?」
キッドが諦めようとしている中、キリトが剣を構える。
「敵が多くても、俺はのび太を人間に戻す!そのためならなんだってするさ!」
叫びながらキリトが目の前に現れた牛鬼を切り裂き、両面スクナを薙ぎ払う。
「そうだわ!百目王を封印することができるという魔鏡!」
「龍神のおじいさんからもらった龍玉!」
「サトリの魔封剣!」
なんとかできるかもしれない、と彼らは三種の神器のように三つを掲げる。
しかし、何も起きない。
「何も起きないわ」
「使い方が間違っているんじゃねぇのか!」
キッドが呆れた声を上げる。
「諦めろ、お前たちに勝ち目はない」
百目王が諭すように問いかけた。
「そんなのやってみないとわからないだろ?命がけの戦いなら俺は何度も経験しているからな!」
「ならば、死ね!」
一角大王が斧を振り下ろそうとする。
その時、飛来した光線が一角大王を焼き尽くした。
「あ、あれは!」
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31:妖界大決戦(後編)
「待たせたでーある!」
「大丈夫か!?親友!」
入り口から現れたのはドラメッド、マタドーラ、王ドラ、ドラニコフ、ドラリーニョと
キッドたちを行かせるために先へ進ませた親友たちだった。
「どきやがれ!」
「ガルル!」
両面スクナや韋駄天を蹴散らしてマタドーラやドラニコフ、仲間たちが駆け寄ってくる。
「みんな!無事だったんだね!」
「みんなで戦えば百人力だ!百目王なんざ、怖くないぜ!!」
キッドがサトリに向かって空気大砲を撃つ。
しかし、ひらりとサトリは砲撃を躱す。
標的を外した砲撃はボコボコと泡立つ黒い泉へ直撃。
爆発のような音を立てて黒い水しぶきが王ドラへ迫る。
「王ドラさん!危ない!」
「わっ!?」
水しぶきが王ドラの袖に当たった途端、服が溶ける。
「気を付けて!それは触れただけで相手の命を奪う、死の泉よ」
「……そうか!」
王ドラの頭にある考えが浮かぶ。
「キッド!死の泉へもう一度、撃って!」
「水しぶきを百目王にかけるのか!?」
「でも、そんなことしても癒しの泉の力でもとに……」
「大丈夫です!」
アスナの疑問に王ドラは大丈夫と返し、仲間のマタドーラとドラメッドと呼ぶ。
円陣するように並び、王ドラは合図する。
キッドが空気大砲を撃つ。
大量の水しぶきがマタドーラに迫る。
瞬間。
「ヒラリマントぉぉぉお!」
牛のマークを模したヒラリマントですべての水を躱す。
「水しぶきよ!カチンコチンに固まるであーる!」
ドラメッドの呪文により水しぶきが鋭い針へ変わっていき、百目王の体へ突き刺さっていく。
「よし、いいぜ!」
キッドが次々と空気大砲を撃っていく。
百目王の最後の目玉に針が突き刺さる。
断末魔のような声を上げて百目王が消滅していく。
「や、やった!」
「おい!」
「そうだった、のび太君!」
ドラえもん達が残っているいやしの泉へのび太を沈ませる。
しばらくしてのび太の顔から牙が消えて、人間の顔へ戻っていく。
「のび太、か?」
「……親友の顔を見間違えないでよ」
苦笑しながらのび太がキリトの肩を叩く。
「のび太君!」
ドラえもんが泣きながらのび太を抱きしめる。
「よかったね!キリト君」
「あぁ、アスナも、サンキューな」
誰もが喜びの声を上げていた時、城内が大きく揺れだす。
同時に二つの泉も消えていく。
『ワハハハハハ!』
「この笑い声」
「百目王の声よ!?」
アスナが驚き周りを見ていると周囲の岩で覆われていた城内が変化していく。
周囲が音を立てて動いていた。
まるで体内の臓器が活動を始めているかのように。
『お前達が倒したのは体の一部に過ぎない』
「もしや……」
周りを見て王ドラが言葉を漏らす。
「どうやら、我々は百目王の体内にいるようですね」
「これが百目王の中だっていうのかよ!?」
マタドーラが驚いているとどこからか手が飛んでくる。
「危ない!」
アスナが細剣で座敷童を捕まえようとしていた手をソードスキルで弾き飛ばす。
「外に逃げるんだ!」
キリトの言葉で全員が外へ走り出す。
「ドラえもん、名刀電光丸を貸して!」
「あ、うん!」
のび太はドラえもんから名刀電光丸を借りるとアスナやキリトと並ぶ。
「おいおい、生身なのに大丈夫か?」
「病み上がりだけど、なんとかなるよ」
「無茶はしないでね」
「のび太君!?和人君!明日奈さん!」
「みんなが外に出るまで僕達が時間を稼ぐよ!」
「一人不在だけど、SAOパーティー結成だね」
「みんな、急いでくれ!」
のびてくる手に三人はそれぞれの武器で応戦する。
後退しながら出口へ向かう。
「よ、ようやく、出口だ」
「お、おい、何だよ、これ!?」
振り返ったキッドの声に全員が顔を上げる。
そこにあったのは巨大な山。
山と思っていたのだが百を超える無数の目玉が彼らを見下ろしていた。
「で、でかすぎるだろ!?」
キリトが驚きの声を上げるほど、存在している百目王はでかすぎた。
「くそう!お前なんかに人間界を支配されてたまるか!」
『何を言う』
キッドの叫びに百目王はバカにするように答える。
『私をここまで成長させたのは人間界にうずまく憎しみと悲しみなのだぞ?』
人間界で戦争や自然破壊が起こるたびに百目王の体に邪悪な目が一つ、また一つと増えていき。今の巨大な体に成長させた。
「あの目の数は、人間の罪の数だっていうのかよ!!」
キリトが剣を握り締めて叫ぶ。
「来るぞ!逃げろ!」
ウゾロウゾロと近づいてくる百目王に逃げ出す。
走り出す際に座敷童はバランスを崩した。
その際に彼女の袖口から魔鏡が転がり落ちる。
王ドラは落ちた魔鏡を拾う。
「この裏の文字は?」
「古代妖界語で書かれていて、読めないの」
「ドラえもん、ほんやくコンニャク!」
「はい、ほんやくコンニャク」
のび太がコンニャクを口に含む。
「ちょっと、こんな時にコンニャクなんて」
「アスナ、大丈夫だ」
「えっと、魔鏡は邪を映し、魔封剣は憎しみを絶ち、龍玉はすべてを浄化する。魔鏡、魔封剣、龍玉の三種の神器が一つになる時、降魔の剣となり、全ての悪を切り裂くであろう」
「そっか、この三つをくっつければよかったのか」
「借りるぞ!」
キリトが剣を掴み、三つの神器を重ねる。
すると魔鏡が剣の中へ入り、龍玉が剣の下部分へ。
一体化した剣が輝きを放つ。
「凄い」
「これが降魔の剣か!」
「あ、龍神様だ!!」
天邪鬼の言葉通り、上空から龍神が現れる。
「降魔の剣に選ばれた勇者よ!我が背中に乗るのだ!」
タケコプターを使って全員が龍神へ乗り込む。
百目王は目玉から無数の蛇を生み出す。
「うわっ!?」
「剣に念を込めよ!みんなの念を集めて切り払え!されば、悪は必ず倒される!」
「剣を見て強く勝利を願うんですね!」
王ドラの言葉と共に全員が意識を集中させる。
しかし、何も起きない。
「こんな高いところで集中できるかぁ!俺は高所恐怖症なんだぞぉ!?」
「来る!」
「わかってるよ!」
キリトの叫びにキッドがやけくそ気味に念じていた時。
剣が眩い輝きを放つ。
「今よ!」
「うぉぉおおおおおおおおおおおおおお!」
キリトが剣を振るう。
眩い光と共に放たれた斬撃は周囲の山と百目王の体を両断する。
「や、やった」
「凄い!凄いよ!キリト君!」
「ね、ねぇ、あの黒いの何かな?」
のび太は両断された百目王の体から噴き出している黒い靄に気付いた。
「あれは、罪じゃ!百目王が人間界に背負っていた罪が消滅と共に噴き出したようじゃ」
龍神は目を見開く。
「いかん!一刻も早く人間界へ戻らなければ!」
「ど、どうゆうことだよ!?」
「噴き出した暗黒の罪が人間界へ戻ろうとしているのだ。このままでは二つの世界のバランスが崩れて、大崩壊を起こしてしまう!」
龍神がゲートを開けて人間界へ戻ろうとする。
「駄目だ」
キリトが龍神から飛び降りる。
「手遅れだ……ゲートの中まで罪が広がっている」
「みんなは先に戻ってくれ」
降魔の剣を構えてキリトは罪の方へ走りだす。
「キリト!」
「お、おい!戻れ!」
「キリト君!駄目だよ!すぐに戻って!」
「駄目だ、ここで罪を何とかしないとみんなに危険が及ぶ。みんなのためにも、俺がなんとかする!」
「そんなこというなら僕も!」
「駄目だ!お前ら仲間を守るために」
「(……仲間のため……)」
奥へ走っていくキリトは荒い息を吐きながら剣を振り下ろそうとした時。
後ろから誰かが自分を突き飛ばす。
バランスを崩した際に剣を落としてしまう。
落とした剣を天邪鬼が拾った。
「ヘヘ……オイラには大事な仲間とか友達とかいない、独りぼっちなんだ。でも、お前には大事な仲間がいるんだ。だから、オイラに、任せな!」
天邪鬼はそういうと一人、罪の中へ突撃していく。
「よせ!」
キリトが後を追いかけようとするがアスナやみんなに羽交い絞めされてしまう。
やがて、ゲートが閉じる。
ゲートが閉じるとともに彼らは人間界へ戻ってきた。
龍神の持っていた玉から妖界の様子がみえた。
今までの薄暗い不気味な雰囲気と異なり、大自然に囲まれて鳥が空を羽ばたいている。
草原が広がる空間の中心、そこに天邪鬼が倒れていた。
彼の傍には降魔の剣が落ちている。
「でも、天邪鬼が」
「アイツ、気が弱かったけど、良い奴だったな」
「なんとかしてやりたいけど」
「降魔の剣にある龍玉は魂を浄化し再生する能力があるのじゃ。天邪鬼に会いたいと心の底から願う友達がいれば、天邪鬼は生き返るだろう」
「……俺は願う」
和人は玉を握る。
「アイツは良い奴だ。友達だ。だから、もう一度、会いたい」
「僕も」
「私も」
「アミーゴ……」
「ガウ!」
全員が天邪鬼と再会することを願う。
その時、まばゆい光と共に天邪鬼が目の前に現れた。
「え、オイラ、どうなって?」
「そこにいる人たちがあなたと再会することを願ったの……あなたのことを友達だって」
茫然としている天邪鬼に座敷童がほほ笑みながら答える。
「お前は友達だぜ」
和人の言葉に天邪鬼は涙をこぼした。
「なんというか、こんなことをキリト君やノビタニアン君は体験してきたんだね。終わったのにまだドキドキしているよ」
「まぁな」
「でも、他にもいろいろあったんだ」
「ずるいなぁ!」
SAOの帰還者が集められた学校、
その裏手にある山の一本杉があるベストプレイスに明日奈、和人、のび太、そして転校してきた木綿季の姿があった。
彼女に妖界の出来事を話していたのだ。
自分が知らない間に仲間が体験していたことに彼女は頬を膨らませる。
「そういえば、なし崩しとはいえ、私、キリト君とのび太君がちゃんとデュエルしたところみたことないなぁ」
「ん……?」
「クリスマスの時にしていたけれど、有耶無耶なっていたから、ちゃんとした決着はついていないな」
「そういえば、ALOに闘技場が設営されたよね?あれでデュエルしてみたら?」
木綿季の言葉に和人とのび太の二人は「え?」という声を漏らす。
「ちょっと、見てみたいかも」
「そうだね!」
「まぁ……機会があれば、だな」
「そうかもね」
のび太と和人、
白銀の剣士ノビタニアンと黒の剣士キリト。
二人が決闘する場面を想像して木綿季は心を躍らせていた。
対して。
「勘弁してよぉ」
「俺も」
二人はどこか辟易とした表情だった。
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32:偶像と出会い
「ふぅ、ようやくALOにログインできるよ」
「仕方ないよ。ママのお使いが終わってからでないとログインできないんだからさ」
のび太とドラえもんは愚痴を言いながら自室へ入る。
置かれているアミュスフィアを二人は装着した。
「「リンク・スタート!」」
二人が同時に叫ぶとともに意識がALOの“スヴァルト・アールヴヘルム”の空都ラインの転移門に白銀のコートに肩まで伸びている髪を後ろに束ねたインプ族のアバター“ノビタニアン”と茶色を基調とした服に青い耳を生やしたケットシー族のアバター“ドラモン”が現れる。
「キリト達はエギルさんのお店かな?」
「ノビタニアン君。店へ行く前にアイテムを補充しておいた方がいいんじゃないかな」
「それなら、問題ないよ。事前にまとめてあるから」
「あれ、いつの間に?」
驚くドラモンにノビタニアンは苦笑する。
「こういうことはSAOで重要になって来るんだよ?ドラモン君」
「おみそれしました~」
二人でふざけあいながら歩いていると遠くで人だかりができていることに気付く。
「なんだろう?」
「他種族が入り乱れているね」
ドラモンの言葉通り、ウンディーネ、サラマンダー、ケットシー、シルフといった他種族が集まって騒いでいる。
ノビタニアンは知らないがアップデートされる前のALOでは他種族同士が交流をすることは少なく、PKするなどのいざこざを起こしていたらしい。
ノビタニアンは近づいて一人のプレイヤーへ尋ねようとした時だ。
「あ、ノビタニアン君!」
「やぁ、ヒデヴィル」
やってくるのは出木杉英才ことウンディーネ種族のヒデヴィルだ。
「この騒ぎはなんなの?」
「セブンが来るんだよ」
「セブン?知っている?」
「さぁ?」
二人が首を傾げているとヒデヴィルが驚いていた。
「本当に知らないのかい?」
「「うん」」
「セブンはALOでアイドルとして騒がれているプーカの少女でシャムロックを率いているんだ」
「シャムロック?」
「クローバーの一種だね」
そこでノビタニアンは思い出す。
ALOを初めて少し経過したころ、総務省の菊岡にキリト共々呼び出されて、相談を持ち掛けられた時に話題となった少女。
「確か、リアルでも科学者として有名な天才少女だっけ?」
「ハーフでMITを飛び級かつ首席で卒業しているそうなんだ。今は仮想ネットワーク社会やVR技術を中心と研究しているらしいよ」
唐突にキリトが言っていたことを思い出す。
「茅場晶彦がVR技術の闇なら、七色・アルシャービン博士は光にたとえられている」
「ノビタニアン君?」
「ううん、あ、もしかして、あの子?」
ノビタニアンは人ごみの中心で微笑んでいる銀髪のような長い髪を持つ、可愛い女の子。
周囲には独特な髪飾りをつけているプレイヤー達が身を固めていた。
その中、ノビタニアンは長身のウンディーネプレイヤーをみている。
細身ながらも鋭い目つきで周囲を警戒している男はただならぬ気配を放っていた。
武器を持てば、圧倒的な力で叩き潰すほど気迫を持っていそうだとSAOにおいて戦闘経験を積んできたノビタニアンは思う。
「あれ、ヒデヴィルはどうしてここに?」
「あそこ」
ノビタニアンの記憶が確かならヒデヴィルはアイドルとかに興味が薄かったはずだ。
どうしてと尋ねたヒデヴィルはある場所を指す。
「セブンちゃあああああん!」
「こっち向いてぇえええええええ!」
ある二人のプレイヤーが他のプレイヤー達と騒いでいた。
「……あの二人」
「すでにセブンの大ファンなんだ」
肩をすくめるヒデヴィル。
サラマンダーのジャイトスとシルフのスネミス。
「あの二人、クラスタになっているんだよねぇ」
「へぇ~、クラスタ?」
「セブンの追っかけさ」
「ふぅん~」
「あれ、しずか……シズカールは?」
周りを見てシズカールの姿がないことにドラモンは気づく。
「彼女はリアルの用事で参加できないみたいなんだ……それより、そっちは大丈夫なの」
「あ、ヤバイ」
「急ごう!」
「またね!」
ノビタニアンはヒデヴィルに手を振って走り出す。
そんな二人を遠くから見ているプレイヤーがいた。
「あれは……」
「なぁにぃ!?セブンちゃんに会っただとぉぉおお!」
エギルの店へ到着したノビタニアンとドラモン。
遅れたことを謝罪して、セブンを目撃したということを伝えるとクラインが激怒する。
「え、え、どうしてクラインさん、激怒しているの?」
「アンタ、何にも知らないのね?セブンは今やALO、リアルを問わず人気なのよ。そこのクラインはともかく、滅多に会えないことでファンの間でもうるさいそうよ」
「シノのん、詳しいね」
戸惑っているノビタニアンの前でシノンが説明し、アスナが苦笑している。
エギルの店でキリトをはじめとするメンバーが集まっており、今後の攻略について話をするはずだ。
「ノビタニアンさんも、まさかセブンのファンに?」
「えぇ~、ノビタニアンって小さい子が好きなのぉ~」
シリカの言葉にストレアが反応して立ち上がる。
ドラえもんは身の危険を感じてその場を離れた。
「ぶべっ!?」
直後、ストレアがノビタニアンを抱きしめる。
「変な性癖は駄目だよ~、アタシがなんとかしてみせる~」
豊満な胸に顔を押し付けられて喋られなくなり、手足をばたばたさせていた。
「あー、また始まったわ」
リズベットが呆れたようにため息をこぼす。
「ノビタニアン君、中々解放されないんだよね~」
「……ま、まぁ、今日はアイツがいないから救い」
リーファの言葉にキリトが苦笑していた時、お店のドアが開く。
「アーメン」
ドアの向こうの人物を見てカウンターにいたエギルが小さく十字を切る。
「やっほー、遅くなって……」
やってきた人物、ユウキの姿を見てそれぞれが動く。
キリトはアスナの傍に向かい。
シリカはピナを連れてエギルの傍に。
クラインとフィリアは安全圏へ。
リズベットはストレアを引きはがす。
リーファはドラモンの視界を自らの手で隠す。
「ねぇ、ノビタニアン」
ゆらりと近づいてくるユウキ。
その姿にノビタニアンは全力で逃走しようとする。
しかし、彼の俊敏を上回るのが彼女、ユウキだ。
「逃がさないよ!!」
「いやだぁ!僕は悪くない!」
エギルの店のドアをふさぐユウキだが、それを予想していたノビタニアンは窓から店を出ていく。
ユウキは鞘から剣を抜いて追いかける。
「待てぇええええええええ!」
「……ねぇ、キリト君」
「言うな、ドラモン。少なくともノビタニアンは死なないさ。このゲームはHP0=現実の死と無関係だからな」
「それで安心したよ」
逃げたノビタニアンの安否を気にしながらキリト達は攻略の話を始めることにする。
あのユウキを止めることはさすがのキリトも不可能だった。
「こ、ここまでくれば、大丈夫かな?」
ユウキから逃げるためフィールドへ出たノビタニアン。
「紫の剣士のころよりも早くなっているもんなぁ」
ALOを始めたころ、ユウキはキリトやノビタニアン達と少し別行動をとっていた。
その間に何をしていたのか、彼女は“絶剣”という二つ名を持ち、様々な種族とデュエルをしていたらしい。
これは情報屋アルゴからの情報なので確かなものだ。
「まぁ、ユウキにもいろいろあるってことだよね」
彼女の過去をノビタニアンは追及しない。
相手から話してもらうのを待つ。
無理に聞くことをしない性格だからこそ、キリトと親友といえる間柄になれたのかもしれない。
「そうだなぁ、適度にモンスターを狩って、素晴らしい昼寝スポットでも探そうかな」
装備である剣を構えながらノビタニアンは背中に羽を広げて、空を飛ぶ。
それから空や地上に存在していたモンスターを狩りつくしたノビタニアンは崖の近くにある草原のフィールドに寝転がる。
本来ならモンスターが現れるかもしれないエリアのため、誰かが近づいてきたらアラームはなるようにセットして眠りについた。
「あれ?」
寝ているノビタニアンは滅多なことがない限り起きることがない。
そんな彼にそろりそろりと近づく影が。
流れるような紅い髪、種族はレプラコーン。
整った顔立ちの少女はどこか緊張したような様子でそろりそろりと近づいていく。
ピクッ、とノビタニアンが身じろぎする度に身構えてしまうが起きる気配がないことに安心する。
やがて、彼の顔をちゃんと見える場所まできて少女は立ち止まる。
「やっぱり似ているなぁ」
「何か、僕に用事?」
パチリと目を開けたノビタニアンに少女は慌てて逃げようとする。
「落ち着いてよ、別に何かするとかはないから」
起き上がったノビタニアンは攻撃する意思はないよ~と両手を上げてアピールする。
少女は少し警戒していることに気付いてノビタニアンは置いてあった片手剣を遠ざけた。
「とにかく、座って話をしない?」
ノビタニアンの言葉に少女は少しの距離を開けて草原へ腰かける。
「まずは自己紹介から、僕はノビタニアン、見てのとおり、インプの剣士だよ」
「…………私は、レイン」
ぽつりと名乗った少女、レイン。
種族はレプラコーンと彼女は言う。
「僕に何か用事でもあった?」
「……」
「えっと」
半眼でこちらをみているレインにノビタニアンはなんて返そうかと考えてしまう。
「キミはあの白銀の剣士なの?」
「え?」
驚いた顔でノビタニアンはレインを見る。
「どうして、その名前を」
「……本物なんだ?偽物とかじゃないんだね」
「う、うん、てか、偽物なんているの?」
「有名だもん。あの三剣士は」
「へぇ」
「まぁいいや、それだけわかれば大収穫だ」
「え?」
「じゃあね、また会おうね」
ひらひらと手を振ってレインは去っていく。
残されたノビタニアンは茫然とするしかできなかった。
「え?なんだったの」
すっかり姿の見えなくなったレインに困惑しながらノビタニアンはラインへ戻ることにした。
「お帰り」
「!?」
ラインへ戻ったノビタニアンを待ち構えていたユウキの存在をすっかり忘れていた。
「ご慈悲を」
「……今度、街に出るからケーキをたくさん」
「そ、それで許してもらえるなら」
「……うん、許さない」
「いじわる!!」
「ノビタニアンが悪いんだ!」
「理不尽すぎるよぉ!!ドラえもん~~~~!」
空都ラインにノビタニアンの絶叫がこだました。
次回、大長編行きます。
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33:パラレル西遊記(前編)
今回から大長編に行きます。第一弾はこれからです。
花果山の上に落雷が落ちる。
落雷は天辺にあった丸い岩へ落ちたとともにその中から一匹の猿が生まれた。
「やぁやぁ!われこそは野比のび……違った!斉天大聖孫悟空であーる!」
岩から生まれたのは野比のび太、間違い。孫悟空。
「筋斗雲!」
彼は特殊な雲、筋斗雲に乗り、七十二の術を操る石猿だ。
乱暴者で術を使うのも死ぬことが嫌だったからというほど自分中心。
「うん、出たな!妖怪!」
「「あぁ!悟空!」」
ジャイアンとスネ夫みたいな姿をした妖怪は悟空の姿を見て逃げようとする。
悟空は如意棒と呼ばれる測定用の道具を武器として利用していた。
如意棒で二人を乱暴に叩きのめす。
二人は泣きながら逃げていく。
「ガッハッハッ!俺様にかなう相手はいないのだ!」
「これ、悟空よ」
名前を呼ばれて悟空は振り返る。
そこには雲に乗った丸い狸……もとい、ドラえもんがいた。
「ドラえもんじゃないか」
「ドラえもん?違うぞ。われはお釈迦様だ」
ドラえもん、もとい、お釈迦様は試すように悟空を見る。
「悟空よ。お前は誰よりも強いと言っているようだな」
「当然だ。おいらに勝てるものは誰もいないぞ!」
「ほおう、ならば、この私の手を飛び越えることも造作ないというのだな?」
「その手を?当然だ!饅頭みたいな手を飛び越えることくらい造作もない!」
「わぁ!」
筋斗雲でお釈迦様を飛び越えて悟空はどこまでも飛んでいく。
地の果て、空を超え、どこまでも遠い世界へ。
やがて、この世界の果てともいえるような場所までたどり着いた悟空は目の前の丸いもので止まる。
「ここでいいかな」
悟空は髪の毛を抜いて筆を作ると丸い物体にあるものを描いていく。
「まるかいてちょん……よし、これでどうだ」
目の前に描かれたドラえもんの顔に満足して悟空は地球へ戻ろうとする。
「そ、そんなぁ」
お釈迦様の高笑いが響く中、悟空は顔を青ざめる。
目の前にいるのは巨大な姿をしたお釈迦様。
「悟空よ、これがお前の力か?お前が果ての目印と思っていたのは私の手のひらだぞ?おぬしは乱暴者で周りを傷つけるばかり」
逃げようとするがお釈迦様の力で筋斗雲から落とされ、そのあま山の下敷きにされる。
山の表面に一枚の札が張られた。
「ここで三千年ほど、反省するのだ」
「三千年!?そ、そんなぁ!?いやだぁああああああ!」
しばらく暴れていた悟空だが、山は動かず。
いつの間にか眠り続けていた。
「のび太!のび太!」
聞こえる声に悟空は体を起こす。
そこにいたのは白い法衣に身を包んだ桐ヶ谷和人こと、三蔵法師。
「あ、三蔵様!!」
「おい!のび太、起きろって、いいから、起きろ!」
体を揺らされて野比のび太が目を覚ますとこちらをみている和人の顔があった。
「あ、あれ?三蔵様?」
「は?何を寝ぼけているんだ?それより、お前の出番だぞ」
「出番?」
不思議に思いのび太が周りを見るとそこは学校の教室。
周りには描かれた山や馬の置物があり、教壇には源しずか、剛田武、骨川スネ夫、出木杉英才の姿があった。
「あ、ごめん、えっと……セリフはなんだっけ?」
「お前は村人その一、助けてくんろーだろ!」
武ことジャイアンに言われてのび太はあぁ、と頷く。
「でも、のび太のセリフは飛ばしまーす!」
「えぇ!?」
ジャイアンの言葉にのび太は驚きの声を上げる。
「駄目だよ。勝手にそんなことしちゃ」
出木杉が待ったをいい、脚本を担当したもとひらへ声をかける。
「脚本を担当したもとひら君、君の意見を聞きたいんだけど」
「勝手に変えられるのは困るね……今日は目玉の部分をやろうか、豚の妖怪と戦う悟空!」
ページをめくるもとひらの言葉でスネ夫がからかう。
「ほら、豚の妖怪!豚の妖怪、出番ですよ?」
「うるせぇ!」
ゴチンとスネ夫を殴ってジャイアンは教壇へ立つ。
教壇へ立ったところでジャイアンは困った顔をする。
「えっと、なんだっけ?」
「おぉ、これはなんてうまそうな娘なんだ」
「おぉ、なんてうまそうな肉まんなんだ」
もとひらの言葉に続いてジャイアンが言うがずれていた。
「やや、娘と思えば、サルだったぞ」
「やや、肉まんと思っていたら饅頭だったぞ?」
「あぁあああ」
「(もとひら、同情するよ)」
和人が小さく合掌する中、劇は続く。
「やい、この豚!僕が退治してやる!」
「なにぃ、勉強やスポーツができるからって偉そうに!」
怒ったジャイアンが武器を振り下ろす。
出木杉は如意棒で受け止めるが力のあるジャイアンに勝てず押され始める。
「ちょっ、ちょっと!」
慌ててスネ夫やのび太、和人が止めに入った。
「武さん!」
「アンタが悟空を倒したら物語が終わっちゃうでしょ!」
暴れるジャイアンを止めるべくしずかや里香が叫ぶ。
「だから、俺が悟空をやればいいんだよ!」
「滅茶苦茶だよ!人には当てはまる役割というものがあるんだよ!?」
「だから、お前が沙悟浄なんだろ!!」
「ジャイアン、嫌い!」
「とにかく、今日はここで終わりにしよう」
もとひらの言葉で全員が解散となる。
のび太と和人は教科書などをまとめたカバンを手に取り、学校を出た。
二人と一緒に帰るのはSAOでともに駆け抜けた仲間たち。
SAO帰還者が集まった学校。
今回、彼らは地元の幼稚園児たちと交流を深めるため、劇を披露することになり、配役などを決めて行っているのだが、進行は思った以上に悪い。
「僕の意見で西遊記になったのに、まさか村人一で配役が決まるなんてなぁ」
「私なんて、猪八戒の生贄だよ?」
のび太の言葉に琴音が苦笑しながらいう。
「仕方ないって、くじ引きだったんだからさ」
「その割には猪八戒や沙悟浄はあたりなのよねぇ」
のび太、和人、里香、琴音は道を歩きながら話をする。
「まぁ、ジャイアンは納得してないけど」
「アイツが大人しく劇をしてくればスムーズに済むのに、ったく、元ネタのモデルでもあれば、納得するんじゃないか?」
「モデルって、西遊記は架空の話だよ?」
「でも、三蔵法師は実在しているはずだ」
「そっか!モデルを見つければいいんだよ!」
ポンと拳を叩いてのび太が言う。
「モデルって、本でも漁るっていうの?」
「古いから大変だと思うなぁ」
「いい方法がある」
「そうそう!」
のび太と和人が笑っていると校門の前で明日奈と珪子の二人が待っていた。
「ノビタニアンさーん!」
「キリトくーん!」
「ドラえもん……って、いないや」
「おいおい、これヒーローマシンじゃないか?」
「何ですか?それ」
のび太の部屋へやってきた和人たち。
部屋の中央に置かれている機械をみて珪子が尋ねる。
「未来のゲーム機ね。なんでこれが出ているのかしら?」
前の騒動で使用した和人や明日奈はこの機械が出ていることに首を傾げる。
「ドラえもんが使っているのかな?」
「それはいいけれど、のび太の家へ来て、どうやって調べるの?」
「簡単だよ」
のび太は机の引き出しを開けて中へ飛び込む。
「えぇ!?」
「の、ノビタニアンさん!!」
「机が壊れていない!?」
「き、キリト君!?」
「みんなもついてきてくれ。すぐにわかるから」
和人に言われて明日奈達はおずおずと引き出しの中へ入る。
中は真っ暗だが、とても広い。
降りた先には奇妙な機械が存在していた。
「え、なにこれ」
「タイムマシンさ」
和人がドラえもんの道具“タイムマシン”について説明する。
のび太が何やら顔をしかめながらタイムマシンをいじっていた。
「つまり、これに乗っていれば過去や未来へいけるということですか?」
「そう、基本的な操作はのび太ができるから、任せて大丈夫だと思う」
「凄いねぇ、ドラえもんのいる未来って」
琴音が素直に感心しているとタイムマシンが動き出した。
「のび太君、どこへ向かっているの?」
「一応、三蔵法師がいるっていう時代」
「だ、大丈夫なのよね?」
里香が少し震えながら尋ねる。
「多分、ねぇ」
「ほ、本当に大丈夫ですよね!?」
「うん、ただ」
「ただ?」
和人が尋ねる。
「タイムマシンにコンピュータが搭載されているみたいで、多分、大丈夫なんだろうけど」
そんなことを話していると目的地に到着して入り口が開く。
丸い入り口と共にタイムマシンが動いて全員を放り出した。
「ぶべっ!?」
「きゃあっ!」
「わ、わわ!」
「あぶなっ!」
「リズさん!」
「きゃあああああ!」
のび太が地面に倒れるとともに上から明日奈、琴音、和人、珪子、里香の順番で放り投げだされた。
「おいおい、乱暴なコンピュータだな」
土ぼこりを払いながら和人は立ち上がる。
のび太も起き上がり周りを見た。
「うわぁ、砂ばかりだね」
「砂漠かしら?」
「ねぇ、本当にここは過去なの」
「そうだよ?」
のび太は頷いて歩き出す。
皆も慌てて後を追いかけた、その時だ。
『え?』
上空を赤い衣をまとった少年が雲に乗って飛んでいた。
そう飛んでいたのだ。
のび太達は目の前の光景を茫然としてしまう。
「あの、今の……」
誰もが沈黙している中、おろおろと珪子が言葉を漏らす。
「人が飛んでいた、わよね?」
確認するように里香が尋ねる。
「うん、なんか……ノビタニアンに似ていたような」
「俺も、あれは間違いない」
「私も、あれはノビタニアン君だと思う」
全員がそういって前を見ているのび太をみた。
「え、今の、もしかして!?孫悟空!?」
「それしか思いつかないな」
「あ、あそこ!誰かいるよ!」
琴音が遠くを指す。
よくみると一人の少年がふらふらと歩いていた。
「あ、倒れたわよ!?」
「行きましよう!」
里香と明日奈が慌てて駆け寄る。
砂漠の上に倒れている少年は緑の衣に帽子をかぶり、荷物などが地面に落ちていた。
「キリト君!」
「おう!のび太!」
二人の男子が頷いて少年へ駆け寄る。
「大丈夫!?キミ!」
「……み、みず」
「のび太!水とかないか!?」
「調べてみる!」
のび太はタイムマシンへ戻る。
タイムマシンのコンピュータが蒸留水を積んでいると伝えて、珪子と共に水をもってやってきた。
「さ、飲んで」
水を飲んだ少年は起き上がるとのび太から水筒を受け取って一気に飲み干す。
「はぁ、はぁ、ありがとうございます……悟空様!?それに沙悟浄様!!」
「え、僕!?」
「沙悟浄……って、俺か!?」
のび太と和人が少年の指摘に驚きの声を上げる。
「ありがとうございました。では、私はこれで」
「あ、待って」
「はい?」
「キミは僕を孫悟空といったけれど、間違いない?」
「はい、その通りですけれど」
「そう……うん、ありがとうね」
少年は頭を下げると砂漠の道を歩いていく。
「……何が、どうなっているのかな?」
「そんなの、アタシが聞きたいわよ」
「夢、じゃないよね?」
「キリト君が沙悟浄でノビタニアン君が孫悟空?……実在しない筈だからモデルってことかな?」
明日奈の言葉に誰も答えられなかった。
ALO、空都ライン。
いつものたまり場になっている店でキリト達は砂漠で見た悟空について話し込んでいた。
「あれは、夢とかじゃないし、何だったんだろ?」
「西遊記は作者不明だから、モデルが何なのかもわかっていないのよね」
「そうなんだ?知らなかったなぁ」
「それ以前に、アンタ達は何をしているのよ」
エギルの店で話をしていたキリト達の話を聞いてユウキが興味深そうに、シノンは呆れた表情をしていた。
「でも、本当だよ?間違いないんだ」
「それにしても、キリトが河童でノビタニアンがお猿さんなんだね!」
「ユウキ、合っているけれど、合っているけれど」
「その表現だとなんか、違う感じに思えるね」
フィリアが苦笑する。
「ノビタニアン達が悟空のモデルだったとして、それを劇の話に使えるのかしら?」
シノンの問いにキリトとノビタニアンは唸る。
「うーん、信じてもらえるかなぁ?」
「そんなわけねぇだろ」
翌日、教室で話をしてみたのび太だが、ジャイアン達は信じていなかった。
「僕だけじゃないよ?和人や里香、珪子ちゃんたちだって見ているんだ」
「写真とかあるのかよ?」
「それは、ないけれど」
「でも、全員がみたから」
「……よし!のび太、ウソだったらどうする?」
「ウソだったら?ALOの攻略を手伝うよ」
「いいや、ドラえもんの道具を自由に使わせる権をよこせ」
「それは駄目だよ。ドラえもん抜きで勝手に決めていいことじゃないし」
「よーし、なら一つだけ使わせろ!いいな?」
「え、えぇ、まぁ、うん」
半ば、ジャイアンに押し切られたがのび太は頷いてしまう。
大丈夫か?と隣にいた和人は少し心配になった。
スネ夫としずかは習い事があるということでジャイアンに昨日のメンバーを加えた一行となる。
「ドラえもん!」
「あ、のび太君。みんなも、どこにいくの?」
「これから孫悟空に会いに行くんだ」
「孫悟空!?」
驚くドラえもんを連れてタイムマシンに乗り込む。
しかし、タイムマシンは同じ時間に行けず、二十四時間の誤差があるという。
なおも渋るコンピュータに激怒したジャイアンに怯えて、猛スピードで発進した。
「ま、また!?」
「ぶべっ!?」
「わきゃっ!」
のび太、和人の上にジャイアン、明日奈、珪子、里香、琴音が落ちる。
「昨日と場所が違うような?」
明日奈の言葉通り、砂漠だけだった場所と違い、岩山などが存在していた。
「おい、本当に孫悟空を見たんだろうな?」
「見たよ!」
ジャイアンにのび太が叫ぶ。
「あの、今の音なんでしょう?」
「僕とのび太君で周りを見てくるよ」
珪子の疑問にのび太とドラえもんが先行する。
しかし、慌てた様子で駆け戻ってくる。
「みんな!隠れて!」
「へ?」
「急いで!」
慌てて岩場へそれぞれが隠れた直後、馬に乗った団体がかけていく。
「な、何なの?」
「盗賊か?」
「ものすごい迫力ね」
明日奈、和人、里香が目の前の光景に息をのむ。
「のび太ぁ!なんとかしろぉ!」
「ノビタニアンさーん!」
「二人とも、もう少し、声を落として」
ジャイアンと珪子、琴音は叫ぶ。
「のび太君、これはどういうこと?」
「実は」
のび太はドラえもんに孫悟空を見たこと、ジャイアンにその証拠を見せるという約束をしたこと。あと。
「何だって!?僕の道具を一個、使わせる!?なんでそんな約束したのさ」
「最初よりマシだったんだよ!?」
「それより、孫悟空を見たって、本当に?」
「本当だよ。それに僕を孫悟空って言った男の子がいたんだ。その子に会えば証拠になるんじゃ」
「男の子って、のび太君。中国語わかるの?」
「あ、そういわれれば……」
「もう……こういうのはあまり使いたくなかったんだけど」
少し離れたところに移動してドラえもんはある道具を取り出す。
「これって、ヒーローマシン?」
「そう、西遊記のソフトをいれたから、のび太君が孫悟空になって誤魔化すしかないよ」
「な、なんとかなるかな?」
「いいから、入って!」
ドラえもんに促されてのび太はヒーローマシンへ入る。
しばらくして、ドラえもんに呼び出されて孫悟空として彼らの前に現れたのだが。
「駄目だった」
「もう!のび太君が変なところでドジ踏むから!」
「僕だけが悪いわけじゃないでしょ!?」
のび太とドラえもんがいがみ合う。
珪子と琴音がまぁまぁとなだめる中、ジャイアンに言われてドラえもんがヒーローマシンを取り出す。
「何のソフトで遊びます?」
「もちろん、西遊記!そんで悟空の役ぅ!」
「……今の話題だもんね。仕方ないわ」
「キリト君、私達もいかない?」
「そうだな、いいかもしれない」
「私は後にするわ」
「あ、私も」
「だったら、のび太、行こうぜ」
「え、あぁ、うん」
和人に言われてのび太、明日奈、ジャイアンの四人でヒーローマシンに入る。
「全く、のび太君は!」
「仕方ないですよ、私達も少し混乱していたので」
「まぁ、慌てていたのは事実だけど……」
「もう!」
怒りながら窓の外を見たドラえもんは驚きの声を上げる。
「えぇ、なんだぁ!?」
外はどこか不気味な暗雲が広まっていた。
『それではプレイヤーに合うキャラクターを設定させてもらいます』
頭上からの音声と共にのび太や和人たちの衣装が変わる。
「おぉ!やーやー、我こそは孫悟空……じゃない!?」
ジャイアンは自分の服装が猪八戒のものであることに気付く。
さらに、のび太が孫悟空であることを見つけると叫ぶ。
「あ、のび太!どうゆうことだ!?」
「落ち着けよ。これはコンピュータが設定したものだ。どうしようもないだろ?」
沙悟浄の格好をした和人がジャイアンをなだめる。
かくいう明日奈も三蔵法師のような法衣を纏っていた。
「落ち着きなさい。猪八戒」
「明日奈……三蔵法師になりきっているな」
「凄いね」
のび太と和人が感心している中、ゲームが始まる。
「なぁ、のび太、西遊記なんだよな?」
「そうだよ。僕達はそのキャラクターになって妖怪を倒して天竺へ向かう」
「なら、明日奈を守らないとな」
「え?」
「そうだろ?妖怪は三蔵法師を狙っているんだ。俺達、三人でなんとかしないといけないわけだ」
「成程、うし、俺様に任せろ……早速、お出ましのようだな」
バチバチと雷を纏った雷雲のようなものが現れる。
「悟空、沙悟浄!抜かるなよ!」
全員が武器を構えた時、まばゆい光が全員を包み込んだ。
ヒーローマシンの中に入ったのび太達だが、彼らはすぐに戻ってきた。
「あれ、早かったね?」
「それがさ、妖怪が一匹も出ないまま終わったんだ」
「え!?一匹も?」
「この道具、壊れてんじゃねぇだろうな?」
「いや、そんなことないだろ?でも、あれはおかしかったな」
「ドラえもんさん、私達、そろそろ帰らないと」
「そうだな、ドラえもん。帰るよ」
「和人、みんなも気を付けてね?」
「あぁ」
みんなを見送りのび太とドラえもんが一息をつこうとした時。
「おい、ドラえもん」
ぬぅとジャイアンが顔を出す。
「明日もその道具、遊ばせてもらうからな?」
「わかっています!」
「じゃーなー」
のび太とドラえもん互いを見てそっぽを向く。
孫悟空がのび太だとばれたことで小さな喧嘩をしていた。
「二人とも、ごはんよ~」
一階から呼ばれて二人は階段を駆け下りる。
「いただきます!」
机の上にはご飯、みそ汁、から揚げにサラダが置かれていた。
から揚げを食べたのび太は目を見開く。
「ん~!この唐揚げおいしいよ!ママ」
「うん!おいしい!」
「パパ……ご飯の時くらい新聞を読むのをやめてくださいな」
「そうだよ、パ……」
のび助へ言おうとしたのび太は言葉を失う。
新聞の影に映っているのび助の姿が人ではなく異形の姿をしていた。
「はいはい、おぉ、うまそうだな」
新聞をたたんでから揚げを手に取ってのび助は微笑む。
「えぇ、今日はのびちゃんの大好物のヘビとカエルのから揚げです」
「!?」
「ブハッ!」
玉子の言葉にのび太は言葉を失い、ドラえもんはご飯を吐き出す。
「そして、パパの大好物、トカゲのスープ!」
ラーメン皿を置いた玉子。
その中身を見た、のび太達は脱兎の勢いで二階へ上がっていく。
「「ごちそうさまぁ!!」」
「あら?」
「どうしたんだ?」
二人は首を傾げる。
机に置かれているラーメン皿には不気味な肌の色合いのトカゲがスープの中に浸かっていた。
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34:パラレル西遊記(中編)
「悟空よ!お前が本当に反省したというのなら妖怪のために忠誠を誓うのだ」
「はい、牛魔王様」
「よろしい、ならば、今までのことは水に流し、粉骨砕身、妖怪のためにすべてをささげるのだ」
のび太は目の前の光景に息をのむ。
勿論、のび太だけではない。和人、里香、武、琴音も目の前の光景に驚いていた。
「え、なにこれ?」
「何か、みんな、おかしいぞ」
「俺たち以外、まるで別人みたいだ」
「なんか、西遊記の内容も違うよ?」
「でも、みんなは平然と受け入れているよね」
のび太の言葉通り、目の前で悟空が牛魔王に忠誠を誓い、三蔵法師が食べられるというあり得ない光景だ。
演じているメンバーは当たり前のように行っている。
「キミ達、何こそこそ話をしているのさ?」
「ジャイアンも様子がおかしいよ?」
出木杉とスネ夫が尋ねてくる。
「いや、おかしいのはそっちだろ!?なんで三蔵法師が妖怪に食べられているんだよ!」
「何を言っているのさ?ジャイアン、当たり前の流れじゃない」
「!?」
スネ夫の言葉にのび太は目を丸くする。
「人間が滅びないと僕達、妖怪がこの世界を支配することがなくなってしまうんだよ?」
出木杉の頭から角が飛び出す。
「つ、角ォ!?」
「これは……」
「やぁ、劇の具合はどうかな?先生も楽しみにしているよ」
ドアを変えて学校の先生がやって来る。
「先生、彼らが劇に協力してくれないんです」
「いや、俺達は」
「こんなのおかしいですよ!」
「そ、そうよ!人間を食べて妖怪が支配するなんて」
里香と武の言葉に先生の視線が鋭いものになる。
「おかしくはない!そんなことを言い出すなど、お前達は何者なんだぁああああああ!」
服を切り裂き、先生は人から巨大な悪魔のような怪物へ姿を変えた。
『ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!』
その姿にのび太達は全力で逃げだした。
後ろ振り返らずに逃げ出したのはグリーム・アイズ以来だなぁと和人はどうでもいい感想を心の中で漏らす。
何をどうやったのか覚えていないがのび太達はいつもの集合場所である空き地へたどり着いていた。
全員が荒い息を吐いていた。
「と、とにかく、何か原因があるはずだ。調べないといけないな」
「いいか、のび太。ドラえもんと一緒に調べるんだぞ」
「え、僕だけ!?」
「いや、俺も行く……」
「アタシらはいったん、家へ帰るわ。気のせいだったかもしれないと思いたいし」
「二人とも、無理はしないでね」
武、琴音、里香は一旦、解散して。
のび太と和人は野比家へ向かう。
周りに見つからないよう注意しながら二人は二階へ上がっていく。
「ドラえもん!」
「わかっている!様子がおかしいっていうんでしょ?」
「そうなんだ、実は」
「のび太!帰ってきていたのね?」
玉子が上がってくる。
「あら、和人君も来ていたの?」
「あ、はい」
少し警戒している二人、玉子は鋭い目でのび太をみる。
「のび太、帰ってきたのならただいまをいいなさい。それとも何か言えないこともであるのかしら?」
「え、あ」
「まさか、零点を取ったの!?」
ニョキと玉子の頭から角が二本、そして鋭い牙が覗いていた。
「滅相もありません!!!」
土下座してのび太は言う。
和人とドラえもんはママの変貌にぎょっとしていた。
のび太がウソをついていないとわかったのか角などが引っ込み、部屋から出ていく。
「ドラえもん!あんなのは嫌だよぉ」
「俺も、スグがあんな姿になっていると思ったらぞっとする」
あんなママは耐えられない。
もし、直葉に角とかが生えたら笑いごとで済まない。
二人の言葉にドラえもんは頷く。
「まずは街をみてみよう。何かわかるかもしれない」
ドラえもんからタケコプターを受け取り、三人は街へ繰り出す。
彼らが普段利用している街はいつもと大差がないように見えた。
「普段と変わらないように見えるけれど」
「なんだろう?この肌寒い、変な気分」
「どことなく、妖気みたいなものが漂っているみたいだね」
「お、おい、何だよ。あれ」
街の中心。
ビルが並んでいる場所のど真ん中。
そこに真っ赤な建物が存在していた。
「なにこれ!?僕達の街にこんなものはなかったよ!?」
「作りが中国風というか、日本じゃ、寺でしかみないようなものだぞ」
「やっぱりかぁ……」
心当たりがあったのかドラえもんは確信する。
「ここは妖怪に支配された世界なんだ」
「「え!?」」
ドラえもんが詳しい説明をしようとした時、建物から大量の蝙蝠が三人へ襲い掛かって来る。
「逃げろぉ!」
「わ、わぁ!」
「のび太!」
和人に手を引かれてのび太は逃げる。
どういうわけか蝙蝠はドラえもんよりものび太と和人へ狙いをつけていた。
「ひとまず、公園へ逃げよう!」
ドラえもんの誘導に従い、彼らは公園の木々の中へ隠れる。
しかし、蝙蝠は二人へ狙いをつけているようでぞろぞろと集まってきていた。
「こうもりホイホイ銃!」
ドラえもんは独特なデザインの銃を構えると発砲する。
放たれた槍のようなものに蝙蝠が集まっていく。
やがて、それは巨大な蝙蝠傘に変わった。
「おいおい、これはすごいな」
「傘になっちゃった」
「……どうして俺達のことを狙っているんだ?」
「多分、二人が人間であることを気付いたんだよ……待てよ」
ドラえもんが考える。
あの蝙蝠は人間を狙う。
街には妖怪しかいない。
もしかして。
「ドラえもん!」
「みんなの危険が危ない!」
「明日奈!」
三人は急いで探すために走りだす。
結城明日奈は町中を走っていた。
その目は涙で濡れている。
逃げるように走っていた明日奈の前に和人達が降りてきた。
「和人君!」
最愛の人をみて明日奈は抱きしめる。
「明日奈……大丈夫か?」
「みんなが……みんなが妖怪に」
嗚咽を漏らしながら明日奈は悲しみを漏らす。
和人は優しく彼女を抱きしめ返す。
「明日奈さんは見つかったから、あとはシリカちゃんにリズ、フィリア、ジャイアンか」
「とにかく、家へ戻ろう」
ドラえもんの提案に彼らは頷く。
タケコプターで家の前へ降りた時。
「おい」
呼ばれて彼らは身構える。
「アタシたちよ」
茂みから現れたのは里香、珪子、ジャイアン、琴音だった。
珪子は涙をこぼしてのび太に抱き着いた。
「ノビタニアンさん、皆さんが……」
「大丈夫だよ、シリカ」
優しく珪子の頭をなでながら彼らは静かに二階へ上がる。
「おそらく、原因はヒーローマシンだ」
「どういうことだ?」
「あの時、のび太君を外に出すためにヒーローマシンの入り口を開けっぱなしだったんだ。多分、そこから妖怪たちが外へ出ちゃったんだ」
ドラえもんの言葉にのび太達は戦慄する。
話によれば、妖怪たちは三蔵法師を倒すためにプログラムされていたという。
「だったら、三蔵法師を倒して終わりなんじゃないのか?」
「ここからが問題なんだ。おそらく三蔵法師を倒したことで妖怪たちに自我が生まれて、この世界を支配しようとしたんだと思う。妖怪は原作にあるような力を持っているから普通の人間たちじゃ対処できない。だから」
「今の妖怪世界になったということか」
「どうにかできないのかよ!」
「シー!」
叫ぶジャイアンを琴音が鎮める。
「方法はあるんだ」
ドラえもんに全員の視線が集まる。
「あの時代に戻って妖怪たちをヒーローマシンで回収するんだ。勿論、僕達もヒーローマシンのヒーローになって戦うんだ」
「俺、また豚かよ!?」
「……アタシたちはどうすればいいのよ!?」
「落ち着いて」
「のび太?」
階下から玉子の声が聞こえてきた。
「まずい、急ごう!」
ドラえもんがポケットからヒーローマシンを取り出す。
全員がヒーローマシンの中へ入り、システムによってヒーローが決められる。
「のびちゃん、帰ってきているの?のび太、帰ってきているなら返事しなさい。のびちゃん?のび太!」
「ママ……ごめんね」
のび太はそういってタイムマシンに乗り込む。
「……あら?気のせいだったかしら、確かに声がしていたような気がしたのに」
タイムマシンに乗り込んだはいいが、そこで問題が発生していた。
「だから、そんなに時間の変化はないんだよ」
『ピピ!時空法第一条一項、故意、もしくは事故によって時間が歪んだ場合』
「もういいよ!」
ドラえもんがコンピュータのスィッチを切る。
「ドラえもん、大丈夫?」
「なんとかなるよ……そうだ、あれが使える」
ドラえもんはポケットから秘密道具“気配アラーム”を取り出す。
“気配アラーム”は警官がホイッスルをつけたような道具。
「これで妖気をたどれるはずだ」
「ドラえもんを信じるしかないな」
「それより、僕達はともかく、他の皆は大丈夫?」
ヒーローマシンによって設定された悟空達一行とは異なり、里香や珪子、琴音は西遊記に出てくる天界の兵士たちの格好をしていた。
しばらく時空間を進んでいたが急に気配アラームが音を立てる。
「反応があった!」
ドラえもんが時間を計測してタイムホールから出ていく。
「う、うわっ!?」
最初に外へ出たのび太だが、目の前に広がる崖に落ちそうになった。
そののび太の腕をジャイアンと和人が掴む。
タイムホールから全員が出たところで、ドラえもんが“ほんやくコンニャク”を与える。
「また、コンニャク?」
「これを食べたら、どんな言葉でも理解できるんだ」
首を傾げる明日奈に和人が説明する。
「あ、ありがとう」
「すっげぇ、崖だな」
「このところに妖怪がいるのか?」
狭い道を彼らは進む。
「ここに妖怪がいるの?ドラえもん」
里香が尋ねる。
「間違いないよ」
「その道具、宛になるのかよ」
「あ、見て!」
琴音ががけ下を指す。
落ちていく岩の隙間をボロボロの法衣を纏った男性と乗っている馬を引いている少年がいた。
「あれ、三蔵法師じゃないかな?」
「多分、そうですよ!」
「……キリト君、この落石、おかしくないかな?何か、三蔵法師様を狙っているような気がするわ」
「もしかして、いたぞ!」
ドラえもんの言葉通り、崖上から岩を落としている悪魔のような妖怪がいた。
「いよいよ、回収作業をはじめるよ」
「ドラえもん、タケコプターを」
「あのね」
のび太にドラえもんが呆れた声を出す。
「いっておくけれど、キミ達はヒーローマシンで西遊記のキャラになっているんだ。のび太君は孫悟空としての力を使えるんだよ?」
「もしかして……筋斗雲!」
のび太が叫ぶと目の前に雲が現れる。
「凄い……先に行くよ!」
落下してくる岩を如意棒ではじきながらのび太は上昇していく。
「ドラえもん!」
「はい、タケコプター!明日奈さんは三蔵法師をお願い!」
「わ、わかったわ」
「みんな、無茶しないでね」
「シリカ、アタシたちは上の妖怪を殴りに行くわよ!」
「は、はい!」
ドラえもんからタケコプターを受け取る。
「見つけたぞ!妖怪……って、もしかして、金角、銀角じゃない?」
「あ?なんだ、貴様は」
のび太が崖の天辺へ行くと“キン”“ギン”と書かれた鎧をまとった鬼みたいな角を生やした妖怪がいた。
「そうだが、なんだ、貴様!?」
金角がのび太へ叫ぶ。
「……僕は、おっと」
襲い掛かろうとする悪魔を如意棒で弾き飛ばしてのび太は叫ぶ。
「孫悟空、だい!」
最後に妖怪のタックルを受けてしりもちをつきながらのび太は言う。
「「孫悟空!?」」
「その仲間、沙悟浄だ!」
「同じく、猪八戒!」
「ドラえもんだ!金角、銀角!大人しくマシンに戻りなさい!」
「黙れ!こんな奴ら、とっとと倒してしまえ!」
銀角の言葉と共に妖怪たちが襲い掛かって来る。
和人は持っている武器で悪魔を追い払う。
「VRと比べると鈍いが……行ける!」
持っている武器を見ながら和人は駆け出す。
ジャイアンは手持ちの桑で悪魔たちを一掃していく。
少し遅れて里香と珪子がやってくる。
「のび太さん!」
「うわ、悪魔だらけ」
「二人とも!ドラえもんの手助けを頼む!」
和人は一人、金角銀角と対峙しているドラえもんの手助けを頼む。
「急いで!あいつらの持っているヒョウタンは答えちゃうと、吸い込まれちゃうから!」
「行くわよ、シリカ!」
「はい!」
二人は武器を構えて悪魔を蹴散らしていく。
ドラえもんは金角銀角へ訴えていた。
「今すぐ、マシンに入っちゃいなさい!」
「何なんだ、このタヌキは!」
「タヌキじゃなーい!僕はドラえもん!」
銀角を突き飛ばしてドラえもんは叫ぶ。
「ほう、ドラえもんか」
金角は怪しく笑う。
「危ない!」
里香が悪魔のような妖怪を蹴散らしてドラえもんへ向かおうとする。
「ドラえもんさん!答えちゃダメです!」
珪子も叫ぶが妖怪に阻まれてしまう。
「ドラえもんというのだな?」
「そうだって……あれぇ~~~~」
ヒョウタンに吸い込まれてドラえもんは消えていく。
「あ、ドラえもん!!」
一足遅く、里香がその場に到着するも間に合わなかった。
「そんな、ドラえもんが」
「……ふふふ、これでおいしい狸酒が飲めるわ」
金角は笑いながらヒョウタンを揺らす。
ヒョウタンの中、ドラえもんはのそりと体を起こした。
「全く……僕はロボットだから、溶けないってのに」
ポケットからどこでもドアを出す。
「そんな、ドラえもんさんが溶けちゃう!?」
「このぉ!」
のび太が如意棒を振り下ろすが金角はひらりと躱す。
「早く溶けろ、溶けて」
「心配無用~」
どこでもドアが出現してそこからドラえもんが現れる。
「ドラえもん!?ウソ!?」
「よかったです……でも、どうして」
「あのね、僕はロボットなんだ。溶けることはないよ。それより」
ドラえもんは金角を睨む。
ポケットからヒーローマシンを取り出す。
「やい、金角!」
「なんだ!?」
ドラえもんの叫びに答えた金角はヒーローマシンに吸い込まれていく。
「金角!?おのれぇ、ならば、三蔵だけでも!」
「なっ、待て!」
竜巻になって飛んでいく銀角を、和人は追いかける。
「あ」
迂闊にも和人はALOのような感覚でいた。
しかし、ここは現実。
沙悟浄の力を持っていたとしても和人は飛べない。
「し、しまっ」
落ちるという瞬間、筋斗雲に乗ったのび太がその腕を掴む。
「急ぐよ!」
「おう!助かった!」
二人ががけ下へ向かうと三蔵法師をかばっている明日奈、琴音。その前に銀角が立っていた。
今にも三蔵法師へ襲い掛かろうとする銀角だが、三蔵法師の傍に控えている少年を見て険しい顔になっている。
「うぉおおおおおおおおおおおおお!」
「うわぁあああああああああああ!」
上空からのび太と和人の武器が銀角の体目がけてへ振り下ろされる。
しかし、二人の攻撃を受けても銀角は平然としていた。
二人はがむしゃらに攻撃を仕掛けるが、やがて竜巻となって銀角は飛んで行った。
「あ、あれ?」
「逃げた……か」
二人はぺたんと地面へ座り込んだ。
銀角が逃げていくと悪魔――天狗蝙蝠は逃げ去っていく。
戻ってきた仲間たちと合流したところで三蔵法師が尋ねる。
「あなた方は一体?」
「あ、えっと、僕達は三蔵法師が天竺へ行くまでに阻む妖怪を倒すためにやってきました。僕達がいれば大丈夫です。安心して旅を続けてください」
「ありがとうございます」
三蔵法師はぺこりと頭を下げて、彼の弟子ことリンレイが前に出てくる。
「悟空様、沙悟浄様、三蔵様は私が必ず守ります。ご安心ください」
ぺこりと頭を下げて彼らは旅を再開する。
「なんとか妖怪を回収できたね」
「だが、まだまだ妖怪はいるんだ。僕達も行こう」
ドラえもんの言葉にみんなが頷く。
夜。
砂漠のど真ん中でデラックス・キャンピングカプセルという巨大な宿でのび太達は休息をとっていた。
晩さん会を楽しみ、あとは寝るだけになっている。
和人も用意された部屋で寝ようとした時、控えめに扉がノックされた。
「はい」
「キリト君、少し、いいかな?」
扉を開けて顔をのぞかせたのは明日奈だった。
三蔵法師の法衣ではなく、部屋に用意されていた寝間着を纏っている。
「明日奈、どうしたんだ?」
「少し、お話、しない」
和人は頷いて部屋へ招き入れる。
「まだ一日しか過ぎていないけれど、とんでもない一日だったね」
「そうだな、俺たちの住んでいる世界が妖怪だらけになって、まぁ、今回は俺達が原因なんだけどな」
小さく和人は苦笑する。
「それと、驚いたよ」
「え?」
「キリト君とのび太君……SAOで聞いていた冒険。ここまで凄いものだって思わなかったなぁ」
「まぁ、ドラえもんがいるからなんとかなっていたんだけどな」
「……私達、元の世界に帰れるよね?」
「当然だ。俺達はSAOもクリアしたんだ。世界を戻すことだってできるさ。何より、俺達は今、三蔵法師一行だからな」
「キリト君……」
「だから、大丈夫だ。必ず元の世界に帰れる」
二人はそういって顔を近づけていく。
別の場所。
寝間着姿ののび太は外に出て景色を見ていた。
「ノビタニアンさん?」
「やぁ、シリカちゃん、どうしたの?」
「少し寝れなくて……ノビタニアンさんは」
「僕も、少し外で涼めば寝れるかなぁって」
二人はちょこんと砂の上に座り込む。
「少し考えていたんですけれど、ノビタニアンさんが孫悟空のモデルだったんじゃないでしょうか?」
「僕が?」
「はい」
「うーん、僕としては少し複雑かな。今回の騒動は僕が原因だから」
のび太がヒーローマシンを外で起動しなければ。
孫悟空のモデルを探すなんてことを考えなければ。
ヒーローマシンでその場しのぎの対処を考えなかったら。
こんなことにはならなかった。
表情はそのままでのび太は言う。
彼は後悔していた。
「でも、ノビタニアンさんはそれを止めようとしているじゃないですか!」
「……そうだね、でも」
「ノビタニアンさんはキリトさんと同じくらい自分だけで背負い過ぎですよ」
「僕は」
珪子の言葉にのび太は言葉を詰まらせる。
「私達だって、仲間です。ドラえもんさんも、キリトさんも、リズさん、アスナさん、フィリアさん、ジャイアンさんも、多くの皆が仲間です。だから、少しくらい、頼ってください」
「……ありがとう、シリカちゃん」
のび太は心の底から感謝する。
「い、いえ、私もノビタニアンさんの役に立てるなら!」
力拳を作って珪子は叫ぶ。
その姿にのび太は頷いた。
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35:パラレル西遊記(後編)
翌日、のび太は筋斗雲で周辺に妖怪がいないか調べていた。
その途中、何かを見たような気がするが、見間違いだと判断する。
「ん、なんだぁ?」
一息つこうと見えてきたオアシスで水を飲んでいたのび太はすぐそばで燃え盛る山を見つけた。
不気味な暗雲に包まれている山の下はゴウゴウと炎が燃え盛っている。
「なんだっけ?こんな山があったような」
筋斗雲に体を預けてのび太は山へ近づこうとするが生き物のように襲い掛かって来る炎に慌てて逃げた。
「うわぁ、凄い炎……待てよ?確か、こんな炎を打ち消す力があったような?」
「その通りさ」
のび太は振り返る。
そこには羽衣を纏った女性が浮いていた。
「お前は、羅刹女!?」
「その通りさ。悟空。この芭蕉扇を使えば、こんな火などあっさり消し去れるさ」
「だったら、渡せ!」
のび太が如意棒を振り回すが、羅刹女はひらりと躱す。
阻むように天狗蝙蝠が道を阻もうとする。
しかし、如意棒の扱いに慣れてきたのび太の手によって天狗蝙蝠はあっさりと倒された。
「やるじゃないか」
「後は、その芭蕉扇を」
「なめるんじゃないよ!」
羅刹女が芭蕉扇を一仰ぎ、
それだけでのび太は抵抗する暇もないまま吹き飛ばされてしまった。
同時刻、和人とジャイアンは銀角と戦っていた。
持っている武器で応戦するも銀角の体にダメージが一つも入らない。
「くそっ、俺達じゃ、歯が立たないのか!」
「諦めて、おとなしく三蔵法師を差し出せ!」
「そんなこと!」
「ジャイアン、和人君。僕達の負けだよ」
「なっ!?」
「ドラえもん!?」
ドラえもんの発言に和人とジャイアンは動きを止めて、里香や珪子、琴音、明日奈も驚きを隠せない。
「銀角さん」
「なんだ!……しまった!」
銀角はドラえもんの呼びかけに応じてしまった。
彼の後ろにはヒーローマシンがある。
ヒーローマシンの力によって銀角が引き寄せられた。
ジャイアンと和人も一緒に。
「お、おい!」
「ま、待て、待て、待て!」
「キリト!」
「二人とも!」
機械に吸い込まれようとしていた二人を里香、琴音の二人が助け出す。
「よし、銀角の回収成功!」
「「成功じゃない!!」」
ドラえもんに二人が叫ぶ。
「せめて、一声、かけてくれよ!?危うく俺達も妖怪の仲間入りするところだったぞ!?」
「和人の言うとおりだ。俺達は妖怪じゃねぇからな!?」
「いやぁ、ごめんごめん。敵を騙すにはまず味方からって」
流石に妖怪と一緒に吸い込まれるとなったら我慢できないだろう。
文句を言っている二人を里香や珪子がなだめているとき、地面から伸びてきた腕が珪子と明日奈を捕まえた。
「あれ、アスナ!?」
「おい、珪子ちゃんもいねぇぞ!!」
「しまった、妖怪に連れ去られたのか!?」
彼らが慌てているとき、上空からものすごい速度でのび太が吹っ飛んできた。
「のび太!?」
「どうした!」
「火焔山……を見つけたよ」
のび太の話と共に火焔山へ到着する。
道中にリンレイと合流して彼らは火焔山にあった秘密通路を走っていた。
「なぁ、のび太」
隣を走っている和人は前を進むリンレイをみながら尋ねる。
「リンレイ、やけにこの道のことを詳しくないか?」
「うん、僕もそれは気になっていたんだ」
「……前にネットゲームで騙しキャラっていうのがいたんだ」
「騙しキャラ?」
「プレイヤーを騙して、トラップの巣窟へ案内したり、ラスボスの攻略を阻んだりすることだ」
「リンレイが、そうだって?僕はあまり……」
「俺も否定したい。だが、油断は禁物だ。とにかく」
「出口だ!」
ドラえもんの言葉と共に全員が長い道を抜けて入口へ突入しようとした時。
音を立てて足元が開かれる。
「のび太!」
「如意棒!」
リンレイが驚いて手を伸ばすが届かない。
落ちていく中、和人の指示でのび太は如意棒を左右に伸ばして壁に突き立てる。
のび太は和人を掴み、和人は琴音を掴んだ。
他の皆は落ちていった。
「和人、皆は?」
「落ちた……無事だとは思うけれど」
如意棒の上へよじ登って和人と琴音は周りを見る。
「普通は下まで降りるべきなんだろうけれど、多分、妖怪が待ち構えているよね」
「あぁ、だから、上へ行こうと思う」
「だったら、筋斗雲!」
のび太の呼び声でやってくる筋斗雲。
三人が乗り込むには少し小さすぎたがかろうじて上昇する。
「周りは、誰もいないみたいだね」
「あそこから行こう!」
トレジャーハンターとしてVR世界のダンジョンを探索していたフィリアこと琴音は目の前の宮殿の侵入できそうな場所を見つける。
「行こう」
三人は狭い通路を進む。
道中、妖怪に見つかりそうになるがのび太が使いこなせるようになった神通力によって回避していく。
「……この奥か」
「二人とも、先に行ってくれないかな」
「え、のび太?」」
驚く琴音だが、和人は察したのか頷いた。
「和人?」
「先に暴れるかもしれないぜ?早く来いよ」
「わかった」
頷いて、和人達を先に行かせる。
「出てきなよ。リンレイ」
「……悟空様」
柱の影から現れたのはリンレイ。
彼は罪悪感を抱えたような表情でのび太を見ている。
「キミは、妖怪なの?」
「はい、私は羅刹女と牛魔王の子供です。本当の名前は紅孩児」
牛魔王。
それは西遊記に出てくる最大の難敵。
金角、銀角も強敵だが、牛魔王は別格。
西遊記を読んでいたのび太はリンレイの正体にもしやと思っていた。だが、彼が紅孩児であることに驚きを隠せなかった。
「三蔵法師を食べるために、今まで」
「待ってください!……確かに、最初は命令でした……でも、僕は、僕は、わからなくなったんです」
「キミはゲームの中にいるキャラクターかもしれない。でも、ゲームのキャラだからってその流れ通りに従う必要はないんだよ?」
のび太はある二人の少女のことを話す。
ユイとストレア。
二人はSAOの中でシステムの命令に従うだけの存在……だった。
今は人間みたいに自分達と行動を共にしている。
「キミだって選べるんだ。自分はどうしたいか……どうありたいか」
「ぼ、僕は!」
頭を振りながら紅孩児は叫ぶ。
「今はどっち?キミは僕達の敵?それとも牛魔王の息子?」
「……僕は、こんなこと間違っていると思っている……だから、止めたいんだ」
「だったら、行こう」
のび太は紅孩児、否、リンレイへ手を差し伸べる。
「僕達は三蔵法師を助けて、牛魔王を止める。だから、手を貸して」
「……はい!」
リンレイの手を引いてのび太は走る。
和人と琴音が侵入すると巨大な玉座に腰かける牛魔王。
目の前には巨大な鍋があって宙づりにされているドラえもんの姿があった。
「ドラえもんが!」
「待つんだ。なんだ?」
宙づりにされて暴れているドラえもん。
鍋の中へ落とされようとしているとき、まばゆい光が天井から降り注ぐ。
「観世音菩薩様……」
その光をみて三蔵法師が言葉を漏らす。
「あれって……?」
「懐かしいな、ドラミちゃんだ」
上空に現れたのはチューリップ型タイムマシンに乗ったドラミ。
「お兄ちゃん!探したわ!」
「ドラミ、助かったよぉ……それにしても、派手なタイムマシンだねぇ」
「みんなを探していたのよ。無事でよかったぁ」
「おのれぇ、そいつらを」
「待て!」
正面の扉を壊して筋斗雲に乗ったのび太が現れる。
「む、悟空!?」
「牛魔王!アンタは僕が倒す!」
牛魔王へのび太が如意棒を突き付ける。
「のび太の奴……いつの間に」
「皆さん、動かないで」
近づいたリンレイがナイフでジャイアン達の縄を切る。
「お前!何を!」
「おっと、アンタの相手は俺だ」
羅刹女がリンレイを止めようとした時、天井から和人が降り立つ。
続けてナイフを構えた琴音が現れた。
「キリト君!」
「アンタ達!どこで何をしていたのよ!?」
「ごめんね!」
「遅くなったけれど、ここは任せろ。のび太!」
「オッケー!」
のび太は如意棒を振り回して牛魔王と戦う。
もし、ALOやSAOだったら牛魔王にHPバーが現れただろう。しかし、ここは現実。
どれだけダメージを与えたら倒せるかわからない。
慎重にのび太は牛魔王と戦う。
「やい!牛魔王!牛魔王さん!牛さん!牛ちゃん!!」
「お兄ちゃん!!」
足元ではヒーローマシンを取り出して、ドラえもんが牛魔王を回収しようとしていたがのび太に夢中で気づかない。
それどころか足でヒーローマシンを破壊してしまう。
和人や琴音も羅刹女と戦いながら外へ飛び出していたが天狗蝙蝠に動きを封じられてしまっていた。
「母さん!もうやめてよ!」
リンレイが涙目で羅刹女へ訴えていた。
「これで、終わりだ!」
牛魔王の大剣が直撃して、のび太は地面へ落ちた。
「悟空、死ねぇえええええ」
「如意棒!!大きくなれぇえええ!」
のび太の叫びに如意棒が巨大化しながら牛魔王の体を打つ。
牛魔王は勢いよく外へ放り出されて機能を停止する。
「あ、アンタ!」
羅刹女が驚く。
直後、彼女から妖力が失われて溶岩の中へ落ちた。
「か、母さん!!」
「まずい、宮殿が崩壊するぞ!」
和人の叫びと共に宮殿が音を立てて崩れていく。
「まずい、このままじゃ、みんな生き埋めだ!」
「お兄ちゃん、どこでもドア!」
「あ、そうだった」
ドラミに言われてドラえもんはポケットからどこでもドアを出して全員を通らせる。
直後、火焔山は音を立てて大爆発した。
「……終わったの?」
おそるおそる明日奈が呟く。
「あぁ、終わりだ」
彼女の疑問に和人が答える。
「これで、元通りになるのね」
「短いのに……とても長く感じますよぉ」
里香と珪子が安堵の声をもらした。
「やったね!」
「あぁ、俺達がやったんだ!」
琴音とジャイアンは喜ぶ。
その傍でドラえもんは三蔵法師へ謝罪していた。
自分たちのせいでとんでもないことを巻き込んでしまって申し訳ないと。
「いいえ」
三蔵法師はそんなドラえもんを許す。
そして、リンレイを弟子として引き取るということを伝えた。
「悟空様、皆さん、色々とご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「……リンレイ、僕は」
「いいや、お前は孫悟空だ!」
孫悟空じゃないといおうとしたのび太をジャイアンが遮る。
彼の目をみて、のび太は小さく頷いた。
「そうさ、僕は斉天大聖、孫悟空さ!」
こうして、妖怪たちによって歪んだ歴史は元通りになった。
家へ帰っても玉子は頭から角を出すこともなかったし、食事も普通だった。
学校でも先生は悪魔みたいな姿になることもない。
平和だった。
ちなみに西遊記は現在の配役のままやることとなり、幼稚園児から大人気だったことを記しておく。
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36:スリーピング・ナイツ
あと、この作品のタイトル。このままでいこうと思うのですが、どうでしょう?
「いたか!?」
「いない!」
「あっちにいったんじゃないか?」
「よし、探そう!」
響き渡る怒号にノビタニアンは怯えの表情を見せていた。
いくらSAOで多くのモンスターと戦ってきたとはいえ、大勢の怒号を聞くのは気分が良いものではない。
早く向こうへ行ってくれと願いながら隠密スキルを発動させている。
やがて、遠くへ声が聞こえるのを見計らってノビタニアンはぴょこっと樽から顔を出す。
「どうやらいなくなったみたいだね……もう、いいよ」
ノビタニアンの言葉と共に近くの樽からもう一人の少女が現れる。
腰にまで届く銀髪、青を基調としたどこか明るい衣服を身にまとった少女。
シャムロックと呼ばれるギルドのトップにしてALOのアイドル、セブン。
「ふぅ、ありがとう。助かったわ、ノビタニアン君」
「……感謝するくらいなら巻き込まないでよ」
ため息をこぼしてノビタニアンが言うけれど、あまりに小さな声だから届かない。
届いても余計な騒動を招くだけだろう。
「……はぁ」
事の始まりはほんの数十分前。
空都ラインのお気に入り昼寝スポットにいたノビタニアンだが、そこへシャムロックから逃げていたセブンと遭遇。
助けてほしいといわれて、ノビタニアンは路地裏にある樽の中へ隠れた。
自分も隠れたのは昔の癖だろう。
彼らの姿が見えなくなってからノビタニアンは体を伸ばす。
「さて、僕はこれにて」
「待って!」
逃げようとするノビタニアンの腕をセブンが掴む。
「え、なに?」
「見たところ、貴方、かなり強そうね。そうだわ!今日一日、私のボディーガードをやってほしいの」
「へ!?」
「お願い!」
「そういわれても、君のこと、あまり知らないし」
「ウソ!?」
ノビタニアンの態度にセブンは限界まで目を見開く。
「知らないの!?私のこと!本当に?」
「えっとぉ……シャムロックのリーダーで、アイドルということくらいしか、あとリアルで天才博士だっけ?それくらいしか知らないや」
「……へぇ~」
何か調べるようにセブンはまじまじとノビタニアンをみる。
そして、プレイヤー名をみて、彼女は目を見開いた。
「ノビタニアン……そう、貴方が!」
「え?」
「会ってみたかったのよ!あのノビタニアンに!」
「え、どういう」
「ヤバッ!戻ってきたかも」
セブンに言われてノビタニアンは周りを見る。
どうやら大きな声で騒いでいたことでシャムロックのメンバーがやってきたようだ。
このまま見つかったらあらぬ誤解を招いてしまうかもしれない。
「行こう!」
「え、きゃああっ!」
セブンを抱きかかえてノビタニアンは走り出す。
後ろで何やら騒ぎが聞こえたような気がするが振り返らずに全力で逃げた。
「それで、ここに来たってか?」
「他に安全な場所が思いつかなくてね」
ノビタニアンがやってきたのはエギルの店。
キリト達がいるかなと思っていたのだが、エギルの話によると仲間たちと共に攻略に出ているらしい。
おそらく、今日中にスヴァルト・アーヴヘルムの攻略を行うのだろう。
「それより、そのセブン……は、大丈夫なのか?」
エギルはノビタニアンとセブンの前にカップを置く。
机に突っ伏しているセブンは借りてきた猫のように大人しい。
「多分、大丈夫だよ」
ノビタニアンはそういうがセブンが顔を上げてノビタニアンに抗議の目を向ける。
「え?」
「あんな恥ずかしい思い。したことないわ!」
「えっと、それはごめん」
あれが恥ずかしいのか?と心の中でノビタニアンは思う。
SAOでもユウキ相手に何度か行ったことがあるので彼にとってお姫様抱っこが恥ずかしいものなのかどうかという感性が薄れていた。
ちなみにエギルはその光景を見て「また、やっちまったか」と額に手を当ててため息をこぼしている。
「はぁ、いいわ。あなたはとても変わっているわね」
「そうかな?まぁ、よく言われるかな。相棒と一緒に色々とやらかすから」
たははは、とノビタニアンは苦笑する。
「まぁいいわ。それにしても、貴方、本当に私のことを知らないの?」
「うん、ありふれたことしか知らないね」
「信じられないわ」
「まぁ、僕、色々あって、アイドルとかそういうのに疎いから」
昔なら星野スミレとか大好きだったのだが、SAO事件や様々な出来事を通してアイドルというものに興味が薄れていた。
「ふーん、本当に変わった人ね」
セブンは驚きの声を漏らしつつもその目は興味深いという顔をしている。
「僕からも聞きたいんだけど。キミはどうして僕のことを知っていたの?」
「あら?あなたは有名よ?科学者としての間で」
「……え?どうして」
「茅場晶彦に匹敵する才能の持ち主。数年前にあったという衛星事件を解決に導いた少年!あの事件を知る者の間じゃ、有名人よ!」
「あー」
セブンの言う事件についてノビタニアンは困った声を漏らす。
あれを解決に導いた人物は自分であって自分ではない。
もしもボックスで自分が魔法の世界に行っている間に代わっていた魔法世界の野比のび太なのだ。
「それなんだけど、誤解だよ?僕は違う。ただ単に同じ名前なだけだから」
前にも有名な科学者が自分に意見を求めてくる事件があった。
その際に人間違いですと説得して終わっているのだが、まさかテレビでも有名なセブンが自分のことを知っているなんて、というところにノビタニアンは驚きを隠せない。
「でも、貴方はALOで強いのよね?あのサラマンダーのユージーン将軍を倒したって聞いているけれど」
「あぁ、あれは。たまたまだよ。仲間を守ろうとして彼と決闘することになって。本来なら僕の相棒がデュエルする予定だったんだから」
「でも、倒したのはあなたよ。誇るべきよ!」
「そうかなぁ?」
セブンの強い口調にノビタニアンは首を傾げることしかできなかった。
「おい、ノビタニアン。外が騒がしくなってきたぞ?」
傍観を決め込んでいたエギルの言葉にノビタニアンは窓から外を見る。
頭に羽飾りをつけたプレイヤー達。
どうやらシャムロックのメンバーだろう。
「ヤバイな、逃げようか」
「ううん。もう満喫できたからいいわ」
「え、いいの?」
「問題ないわ。楽しみも見つけたし」
小さく呟いたセブンの言葉はノビタニアンに聞こえなかった。
「え?」
「ううん、また会いましょう!」
セブンはそういうと店の外へ出ていく。
残されたノビタニアンは茫然とすることしかできなかった。
「なんというか……」
とんでもない子と知り合ったのかもしれない。
ノビタニアンの予想は当たっていたことになる。
その答えは少し先のことになることを知る由もなかった。
「あれ、ノビタニアン!来ていたの?」
エギルの店の扉が開かれてユウキがやってくる。
「あ、うん。そうだよ。ユウキは一人?」
「あー、うん。今は一人だよ!そうだ。これからクエストでも受けない?」
「僕は別にいいけれど。なんのクエスト?」
「レジェンダリーウェポンを入手しようかと」
「え!?」
「実はアルゴさんからその情報を手に入れたんだ~」
にっこりと微笑んでいるユウキだが、その内容はとんでもないものだった。
レジェンダリーウェポン。
それはALO内における最強クラスの武器。
通常、NPCが販売している武器やプレイヤーメイドのものと異なり強力な力を持っている。
少し前にノビタニアンがデュエルしたサラマンダーのユージーン将軍が持っていた魔剣グラムがその一例だろう。
基本的に情報が少ないレジェンダリーウェポンの居場所を見つけたというユウキにノビタニアンは困惑するしかなかった。
「それはいいけれど、二人で?」
「ううん、ボクの所属しているギルドで行くんだけど、タンクが不足していてね。ノビタニアンの力を貸してほしいんだ」
「それはいいけれど、ユウキはギルドに属していたんだね」
「あ、うん。隠していたわけじゃないよ?」
戸惑ったような様子のユウキにノビタニアンは首を傾げる。
「別にユウキがギルドに属しているからって問題はないでしょ?少しは驚いたけれど」
「……本当に?」
何かを確認するように見上げてくるユウキにノビタニアンは頷く。
「当然だよ。ユウキだって、色々な人と交流するべきだよ。まぁ、変な人だったら止めるけどさ」
「うん!大丈夫!とにかく、行こう!」
ユウキに引っ張られてノビタニアンは外に出る。
二人は飛び立つ。
「スヴァルト・アーヴヘルムで見つかったの?」
「うん!あるNPCのクエストで発覚したんだ!」
嬉しそうに話すユウキからノビタニアンは情報を聞く。
山岳地帯に住み着いている魔女によって村人の花嫁が誘拐されてしまった。
クエストはその魔女と使役する魔龍を倒すことらしい。
報酬の中身が伝説級の武器だという。
「クエストをクリアしたらレジェンダリーウェポンが手に入るんだ。それと……もう一つあるんだ」
「もう一つ?」
「うん、それが目当てなんだ。ただ、ボク達だけじゃ力不足で」
「一回チャレンジしたの?」
「うん、ドラゴンが強くてねぇ。ボクだけじゃ攻めきれなかったんだ。だから、ノビタニアンの力を借りようと思ったんだ!」
「まぁ、いいよ。それで、ユウキの属しているギルドって」
「あ、あそこだよ!」
ユウキの指す場所を見る。
緑豊かな森。
その先に続く山はどこか不気味な空気が漂っており、山頂付近は暗雲が広まっていた。
森の入り口にて、集まっているプレイヤー達がいる。
「あ、ユウキー!……っと、誰だ?」
「インプみたいだけど?」
集っているのは六人のプレイヤー。
種族はバラバラでキリト達のパーティーのように感じられた。
「いやぁ、みんな、遅くなってごめんね!」
ひらひらと手を振ってユウキはプレイヤー達のもとへ向かう。
しばらく談笑したところで、彼女はノビタニアンの前に立つ。
「みんなに紹介するよ!彼はノビタニアン!今回のクエストの助っ人だよ!」
「あ、えっと、はじめまして、僕はノビタニアン、インプで、主にタンクを務めています」
ユウキに促されてノビタニアンは自己紹介をする。
周りが戸惑っている中、一人の少女が前に出た。
「……ノビタニアンさん」
ユウキとどこか似たような顔立ちの少女は自然とした動作で背中から槍を取り出す。
「ユウキからあなたのことを聞いていました。私とデュエルしてください」
同時にノビタニアンの前にデュエル申請がなされる。
突然のことに面食らっているとユウキが前に出た。
「ちょ、ちょっと待ってよ!姉――」
「ユウキ」
諭すように微笑む少女は真っすぐにユウキをみた。
それだけのことなのにユウキは直立してしまう。
「下がっていて」
「……はい!」
慌てて仲間のもとへ向かい、申し訳なさそうな目でノビタニアンを見る。
彼女に「大丈夫」といいながらデュエル申請を受け付けた。
半減決着モード。
デュエル内容を確認すると同時に少女が突撃してくる。
「は、やっ!?」
咄嗟に体をずらして目の前の槍を躱す。
あまりの速度に驚きながら後ろへ下がることなく、前へ踏み込む。
「残念です」
派手な音を立てて片手剣と槍がぶつかり合う。
「今、下がっていたら貫いていたのに」
「危ない、危ない」
苦笑しながら振るわれる槍と剣がぶつかり合う。
「それより、その槍、なんなの?」
ノビタニアンの剣はリズベット武具店製品のもので性能は折り紙付き。それとやりあえる槍はただの槍でないことを見抜く。
「レジェンダリーウェポンですよ?神槍レーヴァティン……それとやりあえるなんて素晴らしい武器ですね。プレイヤーメイドですか?」
「まぁね。大切な仲間が打ってくれた武器さ」
二人は話し合いながら激しくぶつかり合う。
一旦、距離を取る。
「キミが誰なのか知らないけれど、強いね」
「そうですね。流石はSAOをクリアに導いた英雄の一人です。納得ですよ。その強さ……でも」
槍を構えて彼女は体勢を落とす。
それだけで相手が本気だということにノビタニアンは察し、盾を収納する。
「勝負をあきらめたのですか?」
「まさか、使えるかわからないけれど、奥の手を使うだけさ」
メニューを操作してノビタニアンは片手にもう一つの剣を取り出す。
「え!?」
ユウキが驚きの声を漏らす中で、銀と黒の二つの剣を構える。
「二刀流、ですか」
「付け焼刃だけど」
槍が輝きに包まれる。
――ソードスキル。
相手の繰り出すソードスキル。
それがノビタニアンの体を貫くという瞬間、彼の姿がぶれる。
「!?」
槍は空振り、少女の前で二つの斬撃が煌めく。
ブザーと共に決闘の勝敗が決まる。
「僕の勝ちだよ」
剣を鞘に納めてノビタニアンは勝利を宣言した。
「私の負けです」
槍を仕舞って少女はノビタニアンを見た。
「凄いね!ノビタニアン!」
「ウソ、リーダーに勝っちゃった」
「すっげぇ、てか、二刀流だよな!?あんなに速いの!」
外野の言葉に少女は苦笑しながら微笑む。
「みんなもあなたを認めたみたいですね。改めて自己紹介させてもらいます。私はラン……ギルド、スリーピング・ナイツのリーダーを務めています。そして」
にこりと駆け寄ってくるユウキをみながら少女、ランは微笑む。
「ユウキの姉です」
「え、姉!?」
ランこと紺野藍子は妹の木綿季同様にAIDSに感染していた。
木綿季より症状が悪化していた彼女の命は風前の灯火。
そんな彼女を救ったのはのび太のウソ。
木綿季から事情を聞かされた藍子は驚き、彼と会うことを望んだ。
会いたいと思っていた時に命の恩人がALOにログインしていると聞いて、いつかは会えるだろうと思っていた。そんな時にユウキが連れてきたインプのプレイヤー。
彼こそが命の恩人だとわかり。
「貴方を試すようなことをしてごめんなさい。ユウキから話を聞いていたんですけれど、どんな人なのか面と向かって確かめたくて」
藍子ことランはノビタニアンに謝罪する。
「別にいいよ。それより、僕がクエストの手伝いをしても問題、ないかな?」
「はい、貴方みたいな優秀なタンクなら大歓迎です。みんなもいいよね?」
ランが問いかけると全員が頷いてノビタニアンのもとへ集まっていく。
「俺!ジュンっていいます!よろしくお願いします!」
「テッチです」
「……た、タルケンといいます」
「コイツ、極度の上がり症なの、あ、ノリっていうんだ。よろしく」
「彼らに私とユウキを含めた全員が今のスリーピング・ナイツのメンバーです」
「僕はノビタニアン、普段は他のパーティーと行動しているけれど、よろしくね」
「それじゃあ、みんなそろったことだし!クエストの内容を確認しようか」
ランの言葉に全員が真剣な表情で頷く。
ぞろぞろとスリーピング・ナイツのメンバーと共にノビタニアンは山道を歩いていた。
本来なら飛んでいけばいいのだが、話によると魔女の結界によって飛行制限がかなり低く設定されているらしい。
「ノビタニアンさん」
「はい?」
後ろを歩いていたノビタニアンにランが話しかける。
「ユウキはノビタニアンさんに迷惑かけていませんか?」
「迷惑なんて全然、色々と助けてもらっています」
「そうですか。あの子はやんちゃなところがあるから……迷惑かけていないか心配で」
「僕はユウキに助けてもらってばっかりですよ。多分、ユウキは気づいていないけど」
仲間たちと楽しく話をしているユウキの姿を見ながらノビタニアンは言う。
そんなノビタニアンの顔を見てランは微笑む。
「どうやらユウキは素敵な人に出会えたみたいね」
「え?」
「ノビタニアンさん、ユウキを泣かせたら槍で串刺しにしますから」
「えぇ!?」
ランの言葉にノビタニアンは驚きの声を上げることしかできなかった。
それからスリーピング・ナイツのメンバーと話をしながら山頂にいる魔女とドラゴンと対峙することになったのだが。
「……滅茶苦茶、見覚えがあるんだけど」
ノビタニアンの前にいる魔女。
それはかつてマヤナ国を支配しようとした魔女レディナにそっくりだった。
違いがあるとすれば本来の老けた顔であるということ。
彼女が使役しているドラゴンは石造りだが、レディナの配下が作り出した幻影によく似ていた。
「ドラゴンをノビタニアンさん達、お願いします。ユウキと私で魔女を相手します!」
ランの指示にノビタニアンは頷いて前に出る。
ドラゴンは唸りながら巨大な尾を振るう。
その攻撃をテッチとノビタニアンが防ぐ。
「ジュン!」
「は、はい!」
ノビタニアンの指示で戸惑いながらサラマンダーのジュンが攻撃を仕掛ける。
攻撃を受けてドラゴンは苛立ったような声を出しながら手でジュンを叩き落とす。
ウンディーネのシウネーがジュンや仲間にヒールをかける。
「つ、強い」
「いいや、大丈夫!」
叫びと共にノビタニアンがレイジスパイクを放った。
ブレスを仕掛けようとしていたドラゴンはダメージを受けて転倒する。
「みんな!囲んで倒すよ!」
ノビタニアンの指示でジュン、テッチ、タルケンといった全員がドラゴンへ攻撃を仕掛ける。
総攻撃を受けたドラゴンは一際、大きな咆哮をあげて消滅する。
ユウキ達の方を見ると魔女は悔し気に顔を歪めて去っていく。
「ノビタニアン~」
「ユウキ、お疲れ」
駆け寄ってくるユウキとハイタッチしてノビタニアンと微笑みあう。
周りのメンバーもノビタニアンの勝利を称える。
他愛のない話をしていると巨大な石柱が現れた。
「あれ、これって?」
ノビタニアンはその表示に見覚えがある。
次々と石柱にプレイヤー名が書き連ねられていく。
「ねぇ、ユウキ」
「そうだよ。ここのボスを倒すとプレイヤー名が刻まれるんだ。この世界で生きたっていう証」
「……生きた証かぁ」
周りを見ると全員が喜びの表情を浮かべている。
彼らの顔を見て、本気でこの世界に自分たちが存在したという証を残そうとしているのだろうということがわかった。
「そういえば、レジェンダリーウェポンは?」
ノビタニアンは周りを見る。
誰もドロップした様子がない。
「あれぇ?どうしてだろう」
「何か足りないとか?」
「うーん?」
あれから全員で探してみるが武器は見つからなかった。
「ノビタニアン、ごめんね」
「……ううん、僕は気にしてないよ?今日は楽しかったし」
「ありがとう!そうだ。また、みんなで攻略するときは付き合ってよ!」
「僕は良いよ、みんなは」
「俺は大歓迎!」
「じ、自分も……」
「私も、ノビタニアンなら歓迎しますよ」
微笑むランの言葉にノビタニアンは「ありがとう」と感謝した。
時間となりノビタニアンはALOをログアウトした。
「あれ?メッセージが来ている」
アミュスフィアを机に置いたところで端末にメールが届いていた。
のび太は端末を手に取ってメッセージの中身を確認する。
相手は総務省の菊岡だった。
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37:銀河超特急(前編)
「ねぇ、ミステリートレインって、知っている?行先は九州か北海道か、どこに行くのか謎なんだ」
SAO帰還者の学校。
その食堂でスネ夫がジャイアンとしずか、出木杉に話をしていた。
「とても人気が高くて、チケットを手に入れるのが大変なんだけど……じゃーん、ここにチケットが四枚あるんだ!」
「お、俺、行きたいぜ!」
「僕も行ってみたいね」
「私も……それに、のび太さんも行きたがるわね」
しずかの言葉にスネ夫はがくっとしながら顔を上げる。
「しずかちゃん!あんな奴は放っておこうぜ!」
「おいおい、まーた、のけ者かよ。お前、本当にやめてやれよなぁ」
「剛田君の言うとおりだよ」
「仕方ないでしょ!チケットが手に入らなかったんだから」
「あら?のび太さん達は?」
「屋上じゃないの?」
「さっき、桐ヶ谷君達と一緒にいたよ」
出木杉の言葉にスネ夫たちは首を傾げた。
そのころ、野比のび太と桐ヶ谷和人の二人は仲間との待ち合わせのため近くのファミレスへ足を運んでいた。
「遅いわよ!アンタ達!」
二人の姿を見て、里香、珪子、詩乃、琴音が待っていた。
「明日奈は?」
「用事だって、今日はアタシ達で打ち合わせ」
「夏休みの旅行だよな」
和人達は夏休み、みんなでどこか旅行へ出ようと計画していた。
クラインも夏季休暇に入っており、運転手役を名乗っていた。
VR世界でゲーム攻略もいいが、現実世界で思い出をつくろうという話になっている。
SAO攻略メンバーで出かけるつもりなのだが、場所が決まっていない。
「そういえば、キリト、リーファは?」
「スグなら部活で少し遅れるってさ」
「行先についてなんですけれど」
「あ、その件なんだけどね、皆に提案があるんだ」
「提案?」
「ドラえもんが未来のミステリー列車のチケットを手に入れたんだ」
「未来の?」
「ミステリー列車?」
首を傾げる琴音と珪子にのび太は説明する。
「うん」
「未来へ行くってこと?」
「ううん。宇宙」
「う、宇宙!?じ、冗談じゃないわよね」
詩乃が疑うように問いかける。
「本当だよ。ドラえもんがみんなで行けるようにってチケットを買ってくれたんだ。宇宙だけど、どこでもドアで好きな時に帰れるんだ」
「便利だね」
「まぁ、旅行だし。いいかもしれないわね。何より、費用がただみたいなもんだし!」
里香の言葉にみんなががくっと項垂れる。
「もう、リズさぁん」
「俺達は学生だからな。そういうところで費用がうくのはまぁ、助かっているけど」
「それで、出発はいつなのよ?」
「明後日だよ。ドラえもんの話だと、裏山に来るんだって」
「終業式が終わった日か……それなら、俺とスグは参加できるな」
「アタシは、なんとかいけるわ」
「ごめんなさい。私は無理です」
「私もバイトがあるわね」
「連絡は取りあえるからどこでもドアで迎えに行くことができるよ」
のび太の言葉で今回、参加できないメンバーは後日合流という形になった。
「じゃあ、明後日の裏山に俺とのび太、直葉、リズの四人で参加するんだな。のび太、何か持ってくるものはあるか?」
「うーん、特にいらないと思うけれど、娯楽くらいかな」
「後は今日の夜、ALO、俺達の家で打ち合わせだな」
「はい!」
「そうね!」
和人の言葉で全員が一時解散となる。
「それにしても、銀河超特急か……未来ってのはすごいな」
「うん。最初は不安だったけれど……安全なんだって」
「でも、列車か」
「ドラえもんの話だと、もともとは宇宙の運行とかで使われていたんだけど、どこでもドアの開発で遊覧用に利用されているんだって」
「どこでもドアのおかげで廃れるかと思ったが、そうならなかったのか」
「うん。それより、明日奈さんは参加できないのかな」
「どうだろうな。家の用事だからな、どこかで参加してほしいとは思うんだけど」
結城明日奈、和人の恋人でSAO、ALOにおいて夫婦のような関係。
少し前に明日奈は家族、特に母親と話し合いをして学校に通うことやVR世界に関して理解を示してもらったらしい。
「ドラえもん様様だな」
「そうだね」
「ふと、思ったんだが、しずか達は誘わなくていいのか?」
「何か予定があるみたい」
「そっか」
二人はそういうと互いの家へ向かう。
終業式を終えたその日の夜。
「じゃあ、ママ、行ってくるね」
「気を付けてね。ドラちゃん、のび太のことよろしくね」
「お任せください!」
玉子へすでに旅行することは伝えてある。
参加メンバーについても話してあり、了承を得ていた。
二人はタケコプターを使って桐ヶ谷家に向かう。
既に和人と直葉は家の外にいた。
「あ、ドラちゃーん!」
背中にリュックサックを背負っている直葉がドラえもんを見つけて手を振る。
「やぁ」
「それじゃあ、行こうか。はい、タケコプター」
その途中で里香と合流して全員が裏山へ到着する。
「アタシ、思ったんだけどさ。この裏山で列車がどうやって止まるのよ?」
「あ、そういえば」
「大丈夫。未来の技術で安全だから」
「……アンタ達は当たり前のように納得しているけれど、アタシは不安だわ」
平然としている和人達をみて里香は少し不安を覚えた。
「あぁ、眠たくなってきたよ」
「あ、寝るなよ」
ドラえもんが横になったのび太へ注意する。
「それより、直葉、アンタ、その背にあるのって」
「はい!竹刀です!素振りとかしたかったので」
「……ねぇ、いつからアンタの妹は筋肉バカみたいなことになってんの?」
「あはははは」
嬉しそうに素振りしている直葉の姿を見て和人とのび太は苦笑する。
「あ、あれみたいだよ!」
ドラえもんが夜空を指さす。
彼らも視線を向けると暗闇の空、光を灯して列車がやって来る。
「ウソ、本当にきたわ」
信じられないという顔で里香は目の前の列車を見る。
赤い列車の後ろに八つの車両がついていた。
「僕達はどの車両?」
「七両目だよ」
「じゃあ、あれだな」
和人が指さした車両の前に立つとドアが自動的に開く。
「さ、行くよ!」
ドラえもんに促されて四人が乗り込む。
「えっ、これが列車の中なの!?」
「広い!ホテルみたいだよ!」
車内は外見と異なりとても広かった。
「圧縮空間なんだ。個室が五つ、ミーティングルーム付きだよ!あと、もう一枚あるけれど、大体、同じ感じだよ」
「ふーん」
「とにかく、個室で荷物を下ろしましょうか……」
「おい、スグ、リズも外を見てみろよ」
和人に促されて二人は外を見る。
「ウソ、あれって、地球!?」
「本当に地球って青くて丸いんだね」
里香と直葉は車両の窓から覗く外の景色に感嘆していた。
ドラえもんに促されてそれぞれが個室に入る。
和人が荷物を下ろしてベッドの上へ腰かけた。
「柔らかいなぁ」
ベッドの感触に驚いているとシャボン玉のようなものが目の前にやって来る。
パチンとはじけるとその中にあったドリンクが和人の前に落ちた。
『ご乗車ありがとうございます。この宇宙ドリンクを飲みますと、真空、低温、高温、どこでも快適に生活できます』
アナウンスに和人はドリンクを飲み干す。
「これで宇宙へ出ても大丈夫か……果たして俺達の時代が、これに追いつくまでどのくらいかかるんだろうな」
「おーい、キリト!」
ドアの向こうから里香が呼ぶ。
「リズ、どうしたんだ?」
「ドラえもんが展望車に行かないかって、一緒に行かない?」
「そうだな、列車の中は興味があるな」
「決まりね!」
里香と共に外に出ると直葉、のび太、ドラえもんが待っていた。
「じゃ、行こうか」
ドラえもんと共に列車の中を歩く。
歩くが。
「ね、ねぇ、この車両、外見だと七両編成よね。なんで、こんな長いのよ」
「そ、そうだよな……なんか、疲れたよ」
「もう、お兄ちゃん……!?」
疲れた様子を見せる和人と里香、のび太の姿を見て直葉が呆れて窓を見た時。
車両の窓の外。忍者がはりついていた。
「えっ!?」
直葉の声にのび太達が視線を向けるが何もない。
「スグ、どうしたんだよ?」
「い、今、外に忍者がいたの!」
「え!?」
驚いてのび太が車両の外を見る。
しかし、何もない。
「誰もいないよ?」
「そんなぁ、確かに」
直葉はもう一度、外を見るが忍者の姿はなかった。
「とにかく、展望車へ行こうか。はい、タケコプター」
ドラえもんがみんなにタケコプターを渡す。
「列車の中をタケコプターで飛ぶなんて変な感じだな」
「僕もそう思うよ」
「ねぇ、ドラちゃん。どうして、こんなに長いの?」
「さっきも話したけれど、この列車は凝縮空間なんだ。外見は八両だけど、実際は百二十両つながっているんだ」
「ひ、百二十両!?」
「うへぇ、走っていたらいつまで経っても到着できないじゃないの」
「だから、タケコプターが必要だったんだろうな」
和人は頭に装着しているタケコプターをみて呟いた。
しばらくタケコプターで飛行して彼らは展望車へ到着する。
展望車ということだけあって。周囲はガラス張りになっており、宇宙空間が見えていた。
「ね、ねぇ、今のって、土星かな!?」
「でっかいわねぇ、てか、アタシ達が宇宙にいることが信じられないわ」
宇宙を見て直葉と里香が感心していると向かい側から車掌服を着たロボットがやって来る。
「やーやー、ようこそ、いらっしゃいました」
「車掌さんですか?今までどこに」
「本社に呼び出されておりまして、帰りが遅くなりまして、いやはや、あ、チケットを拝見します」
「はい」
ドラえもんがポケットからチケットを取り出す。
車掌は持っている道具で確認をすました。
展望車にあるシートへ腰かけている車掌がオレンジジュースを持ってくる。
「あ、ありがとうございます!」
「宇宙を見ながらドリンクって、自慢しても信じられないわねぇ……明日奈や珪子たちがみたら羨ましがるわよ~」
「はは、そうだな。って、なんだ?」
外を見ていると周囲が光り、黄色い空間に包まれた。
「土星を過ぎましたのでワープに入りますので、この景色が続きます。お望みでしたらバーチャル映像を映しますが?」
「ふぁわぁ、見てみたいけれど、寝たいね」
「よくよく考えたら今は夜なんだよな。今日は寝るとしよう」
「そうだね、バーチャル映像はまた今度にするよ」
タケコプターでそれぞれの個室へ戻る。
「明日にはクライン達も参加できるだろうな」
「そうだね、じゃ、おやすみ」
それぞれが個室に入る。
翌日。
直葉が部活のため一旦、地球へ戻り、入れ替わる形でクライン、詩乃、珪子、琴音、明日奈がやってくる。
「おいおい、これが本当に列車の中かょぉ!」
「外が黄色いんですけれど」
「……ほんと、驚くわ」
「SAOでキリト君達の冒険を聞いたけれど、本当に驚かされるわね」
四人がそれぞれの感想を漏らし、八両目の部屋へ案内する。
「外が黄色いせいで娯楽が少ないわね」
「ところがそうでもないぜ?」
和人の言葉に詩乃は首を傾げる。
「個室の中に3Dシューティングゲームがあったんだ。勝負しないか?」
「いいわね、負けたら銀座のケーキおごってもらうわ」
「よし、決まりだな。のび太、お前もやるか?」
「え、僕は、えっと」
「のび太」
断ろうとしたら詩乃がギロリ、とメガネ越しにこちらをみる。
「参加しなさい」
「あ、はい」
「もう、キリト君!」
「シノンさんもノリノリですね」
「あははは、私達はどうしょうっか?」
「それならよぉ、ドラの字が教えてくれたんだが展望車にいかないか?今だとバーチャル映像ってのがあるらしいぜ?」
「バーチャル映像か、いいかもね。行きましょう」
里香がタケコプターを取り出す。
「ん?おい、そりゃなんだ?」
クラインが里香の取り出したタケコプターについて尋ねる。
「あ、アンタは知らなかったわね。ドラえもんの道具よ。これを頭につけると空を飛べるの」
「おいおいおい、そんな便利なもんあるのかよ!ドラの字、俺にも貸してくれよ!」
「いいよ、はい」
ドラえもんがポケットからタケコプターを受け取り、クラインが装着した。
瞬間、彼は天井に頭を打ち付ける。
「だ、大丈夫ですか!?クラインさん!」
「な、なんとか」
「これは操作に時間がかかりそうだ」
ドラえもんの手助けを借りながらクラインはなんとかタケコプターの操作をマスターする。
和人、のび太、詩乃の三人を置いて、明日奈達は展望車を目指す。
「外が黄色いからわからないが、本当に宇宙空間なんだよな?」
「そうだよ」
「アンタ達も最初からきていればねぇ、土星とか、地球もみれたのに」
「そうなんですか!?残念です」
「でも、これからずっとワープしているわけじゃないから、色々とみられるかもしれないよ!」
「そうだね、キリト君と二人で」
明日奈は宇宙を恋人のキリトと眺めている姿を想像して小さく笑う。
その姿を見て里香はからかう。
「明日奈ぁ、キリトと二人っきりになりたいのはわかるけれど、ずぅっと一緒はいられないんだからねぇ」
「わ、わかっているわよ!」
全員が展望車の中へ入ると。
爆発が二人を出迎えた。
「うぉおおお!?」
「きゃっ!?」
「ば、爆発!?」
「な、なんなの!」
「きゅうぅ」
「ちょっと、シリカ!?」
「どうしたんだい?」
倒れた珪子に全員が慌てていると暗闇の中から紫色の服を着た青年がやって来る。
失礼と声をかけてから青年は珪子の脈を測った。
「どうやら気絶しただけのようだ。ここで休ませるといい」
青年は空いているシートへ珪子を寝かせる。
「一体、今の?」
「バーチャル映像、大銀河のはじまりがスタートしたのさ。今の爆発はそのはじまりなのさ」
「銀河の始まりって、これがか?」
頭上から流れる音声にクラインが驚きの声を漏らす。
珪子を休ませて各々が映像を見ている。
しかし、クラインは眠くなり舟をこぎはじめていた。
「クラインってば」
「無理もないかな?」
呆れる里香に、琴音は苦笑する。
明日奈はよほど興味を持ったのか、隣の青年、ボームに色々と聞いていた。
夜の時刻となり、それぞれの部屋で休むこととなる。
部屋はそれなりに数があるので困ることはない。
のび太はドラえもんと寝ることにした。
同じころ、明日奈も着替えを終えて就寝準備のために歯を磨いていた。
母からの許可をもらい、銀河超特急へこれたが色々と経験ができた。これものび太君やドラえもんのおかげだなぁと思いながら鏡を見る。
ふと、明日奈は目の前の鏡に変なものが映っていることに気付いた。
黒いマントにシルクハット、青い肌に。口元から覗く牙。
吸血鬼。
そう呼ばれるような存在と明日奈は目が合う。
「ハァアアアアアロォォォォォォォォォ!」
素敵な笑顔を浮かべて吸血鬼が挨拶する。
「い、いやぁあああああああああああああああああああああああああ!」
その姿に明日奈の顔が真っ青になり悲鳴を上げた。
部屋を飛び出し、彼女は和人の部屋へ突撃する。
「へ?」
驚いた顔をしている和人の姿を見つけると迷わずに明日奈は抱き着いた。
「おい!?明日奈!?どうしたんだよ」
「お、お化け!お化けがでたの!」
「お化け?そんなものいるわけ」
「本当なの!鏡に現れて、私にハーローって、挨拶してきたの!」
「こんばんはじゃないんだ」
「怖くて!キリト君。一緒に来て!」
「あぁ、わかった」
和人は明日奈の手を引いて彼女の部屋に向かう。
警戒しながら和人は中に入り、おそるおそる化粧室を覗き込む。
そこには誰もいなかった。
明日奈の話すようなお化けの姿はない。
「アスナ、誰もいないぞ?」
「ウソ……?」
おそるおそる明日奈も覗き込むがそこには誰もいなかった。
「でも!私、見たのよ!」
「わかった、明日、ドラえもんに相談しよう……それで、どうするんだ?」
「どうするって?」
「いや、この部屋で寝るかどうか、無理なら……リズに話をして寝かせてもらえば」
「ねぇ」
もじもじと手を動かしながら明日奈は和人を見る。
「キリト君の部屋で寝ちゃ駄目かな?」
「へ?」
ぽかんとした表情で和人は明日奈をみる。
彼女は顔を真っ赤にしていた。
「え、え、でも、いいのか?」
「うん……今日だけでいいから」
このままの明日奈を放置するわけにはいかないと和人は考えて了承する。
SAOやALOにおいて、一緒に寝ていたこともあるのだ。別に問題ない。
うん、現実で初めてだけど、大丈夫だ。大丈夫なのだ。
自分に言い聞かせて、明日奈を連れて和人は部屋に戻る。
互いにドキドキはしたが自然と眠りについた。
翌日、和人はドラえもんに相談を持ち掛ける。
「えぇ、お化け!?」
「うん。私の部屋に現れたの」
「うーん……」
「前に直葉が忍者を見たといっただろ?それと関係があるんじゃないか」
和人の言葉にドラえもんは少し考えて。
「車掌さんのところに行こう」
ドラえもん、和人、明日奈の三人がいなくなってから。
クラインが慌てて部屋から飛び出す。
「あれ、クライン、どうしたの?」
青ざめた顔をしている彼の姿を見つけて琴音が尋ねる。
「海賊」
「え?」
「海賊が出たんだよ!」
「えぇ!?海賊ぅ!」
「そうなんだよ!俺が部屋でくつろいでいたら窓を突き破って現れたんだよ!!」
「見間違い、とかじゃ」
「「「うわぁあああああ!」」」
すぐそばの個室から詩乃、のび太、珪子の三人が飛び出してきた。
「三人ともどうしたの!?」
「な、なんなのよ。あれ!」
「へ?」
「き、恐竜!恐竜が出たんです!」
「窓を突き破ってきたんだ!」
三人の話に琴音とクラインはおそるおそる中を覗き込む。
しかし、そこに恐竜の姿はない。
「見間違いか?」
「でも、三人がみたんだよね?偶然でもありえないよ」
「どうしましょう?」
「ドラえもんを探そう。何かわかるかも!」
のび太の言葉で彼らは展望室へ向かうことにした。
展望室へ向かうとドラえもんの姿はなく、ワープの景色を眺めている直葉と里香の姿があった。
「あれ、のび太君、どうしたの?」
「全員、何慌てているの」
「里香さん!ドラえもんさん、知りませんか?」
「ドラちゃん?それなら――」
直葉が話そうとした時、列車が大きな汽笛を鳴らす。
突然のことに驚いていると向かい側の通路から和人、明日奈、車掌、ドラえもんがやってくる。
彼らの顔はどこか緊張している。
「みんな!」
「ドラえもん、どうしたの?」
「アンタ達、何をそんな険しい顔をしているのよ」
「大変なことが起こったんだ。話はミーティングルームで!」
ドラえもんに言われて全員がミーティングルームへ向かう。
彼らの騒動を見ていた客が車掌へ尋ねる。
「何かあったのかい?」
「実は本社から緊急の連絡がありまして」
「盗賊団?」
「そう!ダーク・ブラック・シャドー団、無人の小惑星群を根城に、快速艇で暴れまわっているんだ」
「小惑星を根城って、列車は回避できないの!?」
「ワープを抜けてすぐだから、どうしようもできないんだ」
里香の叫びにドラえもんは首を振る。
「そんな、じゃあ、私達はどうするんですか!?」
「車内で大人しくすることしかできない……」
「おいおい、何だよそれ!安全なんじゃねぇのか!?」
クラインが我慢できず叫ぶ。
「ごめん、僕がこんなところに誘わなければ」
「待って!」
明日奈が思いついたように言う。
「だったら、帰ればいいのよ!どこでもドアで!」
「あ、そっかぁ!」
ドラえもんは喜びの表情を浮かべる。
「シャドー団が攻めてきても乗客が居なければ、何の問題もないじゃない!」
「流石です!アスナさん!」
「じゃあ、シャドー団がいる小惑星を通過するまで帰ろう!」
ドラえもんがどこでもドアを出して全員がドアを通り抜けようとした時。
壁にぶつかったように全員が弾き飛ばされる。
「あぁ!?バリアを張られた!シャドー団の仕業だぁ!」
ドラえもんはドアを叩く。
ドアの側面は黒い壁のようなものに阻まれていた。
その頃、銀河超特急はワープを抜けて小惑星群の中に来ていた。
「小惑星を抜けるためフルスピードで回避運動を取ります。激しい揺れが起こりますのでご注意を!」
車掌のアナウンスと共に列車が派手に揺れる。
ミーティングルームにいたドラえもん達は派手に揺れる車内の中で椅子にしがみついていた。
激しい揺れの中、我慢できないという表情でクラインが立ち上がる。
「くそぉ、このままでいられるか!おい、ドラえもん!奴らとやりあおうぜ!」
「ちょ、ちょっと、クライン!?」
「俺達はあのSAOをクリアするまで戦い続けたんだぜ!?たかだか強盗団なんかに臆してたまるかよ!俺達で戦おうぜ!」
「クライン、アンタ、今日はかっこいいじゃない」
「そうね。私達はSAOをクリアしたんだから、この程度で怯えているわけにはいかないわ」
クラインの言葉に里香と詩乃が賛同する。
「そうだな、クラインの言葉通り、俺達はいろいろな冒険もしてきたんだ。こんなことくらい、乗り越えてやろうぜ」
「うん!悪者たちと戦おう!」
彼らは拳をぶつけ合い決意する。
急遽、リアルにおいて、SAO攻略組が結成された。
「通りぬけフープ!」
ドラえもんが天井に通りぬけフープを取り出す。
「僕とのび太君、詩乃ちゃんの三人で外の様子を見てくる。和人君や遼太郎さん達は中にシャドー団が攻め込んでこないようにしておいて」
「わかったぜ!」
「のび太、気を付けてね!」
「のび太さん……気を付けてね」
外へ出たはいいが、急にタケコプターが機能しなくなる。
「わ、た、タケコプターが!?」
「危ない!」
続いて出た詩乃がのび太の足を掴む。
「宇宙空間じゃタケコプターは使えないよ」
最後に出てきたドラえもんがのび太に伝える。
「そうなの?わわ!」
バランスを崩したのび太をドラえもんが掴む。
「もう、仕方ないな。ペタリ手ぶくろとペタリぐつ!」
ドラえもんはポケットからカエルの手足のようなものを取り出す。
「何か、カエルみたいだね」
「私は絶対につけないわよ!」
「まぁ、詩乃ちゃんは大丈夫だろうから、とにかく、機関車の方へ向かおう」
ドラえもんに言われて彼らは走り出す。
「待って!誰かいる!」
身構えている三人だが、近づくにつれて人影が明らかになった。
「車掌さん!?」
「お客さん!危ないですよ!」
「なんで、外に?列車の運転は大丈夫なの?」
詩乃の問いに車掌は頷く。列車は自動操縦にしており、シャドー団が来ないか見張っているという。
話をしていると小さな大砲が現れる。
「あ、大砲があるんだ?」
「信号弾です。ないよりましかと」
「おや、君たちは」
振り返ると客車から一人の青年がやって来る。
小太りの彼は先ほど、展望車で出会った人だ。
「さっき、展望室にいた」
「僕はコスモタイムスという新聞記者をしているボームという」
「のび太です。こっちは詩乃ちゃん」
「ちゃん付けするな。朝田詩乃よ」
「僕はドラえもん。ネコ型ロボットです」
「新聞記者がいたのね」
「休暇を取っていたんだがね……まさか、とんでもない特ダネに当たるとはね」
「あら、何か光っているわ」
「あの岩陰にシャドー団が隠れているんです。もう、まもなく襲い掛かって来るでしょう」
車掌の言葉通り、岩陰から快速艇に乗ったシャドー団がゆっくりと列車へ向かってくる。
「うわ、やってくるぞ!?」
驚きながら車掌が大砲を撃つ。
しかし、快速艇は華麗に躱して攻撃を仕掛けてくる。
列車が激しく揺れる中で車掌が大砲を撃つも、躱されてしまう。
「見ていられないわ。代わりなさい!」
詩乃が車掌を押しのけて大砲を構える。
「あ、こ、子供のおもちゃじゃありませんよ!」
「大丈夫だよ。詩乃ちゃんの射撃の腕はすごいから!」
「アンタにいわれても嫌味にしか聞こえないけれど……」
意識を集中させて詩乃は大砲を撃つ。
一発で快速艇に直撃した。
「やったー!」
「やりましたぁ!」
ドラえもんと車掌が喜びを上げる。しかし、次々と快速艇がやってくる。
「数が多いわね」
驚きながらも詩乃は次々と快速艇を撃ち落とす。
しかし、多勢に無勢で列車を包囲するように快速艇が攻撃を仕掛けていく。
やがて、列車がバランスを崩して落ちる。
「落ちるぅぅぅぅぅ!」
「操縦不能!」
「コントロールが効かないのか!?」
「あの星に吸い寄せられるぅぅぅぅぅぅう!」
派手な音を立てて列車は銀色の光に包まれた。
銀河超特急は深い霧の中に停車していた。
どこかの惑星に不時着したようなのだが、列車に傷一つない。
「ここは……」
車外、気絶していたメンバーの中で最初に目を覚ましたのは詩乃だ。
「ちょっと、起きて」
詩乃は傍にいたのび太を揺らす。
続いてドラえもんに声をかける。
しばらくして全員が起きた。
「あれ、シャドー団は?」
「目を覚ました時から姿を見せていないわ」
「どこいったんだろ?」
「おーい!ノビ坊!」
「あ、クラインさん!こっちだよ!」
霧の中、客車の上を遼太郎達がやってくる。
「シャドー団とかいう連中はどこいったんだ!?」
「それが消えたみたいなんだ」
「消えたって……どっかに隠れているかもしれないってことよね!?」
「ドラえもんさん、どうなっているのかな?」
「わからない」
「とにかく、車掌さんに相談して警備隊に連絡を」
パンパーン!
その時、何か音が響きだす。
全員が身構える。
「なんだ!?」
「シャドー団とかの襲撃か!」
「待って、これ、花火だよ?」
耳を澄ませていた琴音が音の正体は花火だと気付く。
「花火!?」
「あ、霧が晴れてきたみたいですよ」
あたりを包み込んでいた霧がなくなる。
列車の先。そこには巨大な建物が存在していた。
建物の方から音声が流れてくる。
『皆様、皆様、ようこそいらっしゃいました。宇宙最大、最新、最高の夢の楽園、ドリーマーズランドへ』
「ドリーマーズランド?」
首を傾げるのび太にボームが手を叩く。
「銀河の果て、ハテノハテにアトラクションを作っているといっていたがまさか、ここだったのか」
『最初のアトラクション、列車強盗団はいかがだったでしょうか?』
「え、あれはアトラクションだったの!?」
「おいおい、スリリングがありすぎるだろ」
放送に明日奈は目を見開き、和人は呆れた声を出す。
その間もドリーマーズランドの説明が続く。
『ドリーマーズランドでは周辺の小惑星一つ一つに西部の星、忍者の星、恐竜の星など冒険コースを用意しております』
解説が終わると車内からたくさんの人が出てくる。
誰もがドリーマーズランドの存在に驚いている様子だ。
「うわぁ、こんなに人が乗っていたんだね」
「六百人はいたはずだよ?」
驚く琴音にドラえもんが話す。
彼らが客車の上にいる姿をある三人が見つける。
「あ、ねぇ、みて、あの人たち、面白格好しているわ」
「随分と古い格好だな」
「昔モンじゃねぇの!」
「やぁ」
彼らの前にのび太が降り立つ。
「僕達は二十世紀からきたんだ」
のび太としては挨拶をするつもりでいたのだが、三人は二十世紀から来たと聞くと驚き、笑い出す。
「二十世紀!?テレビでみたことがあるわ」
「まだ洞窟で暮らしているんだろ?石の槍とか弓で」
「まさかぁ、そろそろ鉄とか使ってんでしょ?」
三人、アストン、ドン、ジェーンの言葉に客車の上にいた里香が怒る。
「失礼な!アタシ達を原始人扱いするんじゃないわよ!」
「里香さん、落ち着いてください」
「初対面であそこまでいうなんて、度胸あるわね」
詩乃は彼らの態度に半ば感心していた。
「でもよぉ、流石に原始人扱いはねぇだろ」
「そうですよ。ひどすぎます」
彼らに文句を言おうとした時、車掌が乗り物に乗ってやってきた。
「皆さん!これよりドリーマーズランドに入場しますので列車にお戻りください。お戻りくださーい!」
車掌の言葉に全員が客車へ戻っていく。
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38:銀河超特急(中編)
「まさか、客車がそのままロッジになるなんて」
ドラえもんやのび太、和人達が生活する客車、七号車と八号車はロッジになっていた。
「ドラえもん、僕達もそろそろ行こうよ。みんな、既に行っちゃったんだよ!?」
「まぁまぁ、よし、読み終わったっと」
用意されたパンフレットを読み終えたドラえもんが立ち上がる。
「じゃあ、レンタルロケット場に行こうか」
「あら、アンタ達」
外に出た二人の前に詩乃が立っていた。
丁度、二人の部屋をノックしようとしていたのだろう。驚いた顔をした彼女の姿がそこにある。
「みんな、それぞれで出て行っちゃったわ。のび太は西部の惑星に行くでしょ?」
「うん、もしかして、詩乃ちゃんも?」
「ちゃん付けするな。当然。GGOの時の雪辱を晴らしてやる」
ギロリと詩乃がのび太を睨む。
ヒッと小さな悲鳴をのび太は漏らしそうになった。
「まぁまぁ、それじゃ、一緒にレンタルロケットのところへ行こうか」
「あ、詩乃ちゃ……詩乃、和人達はどこへいったのかな?」
「キリトとアスナはドリーマーズランドを見て回っているはずよ。クラインとフィリアは忍者の星、リズベットとシリカは怪奇となんとかの星へ肝試しにいっているはずよ」
「あれ、メルヘンは?」
「明日、行くことになっているわ」
「あ、そうなんだ」
「とにかく、西部の星へ行きましょ」
詩乃がそういうとのび太の手を掴んで歩き出す。
「あ、待ってよぉ~」
残されたドラえもんが慌てて後を追いかける。
三人は銀色の道路を歩いていた。
「レンタルロケットの場所までどのくらいのあるかな?」
ふらふらと歩いていたのび太に止まり木にいた鳥のロボットが答える。
『ここから二キロの先にあります。ピコ!』
「「二キロ!?」」
二人は驚きながらも歩いていく。
「い、いくらなんでも無理があるんじゃないの?」
「そうだよね?なんで、二キロなんて」
「おーい、昔モン、何やってんだぁ?」
「もしかして、ベアリングロード知らないんじゃないのぉ?」
「うそぉ、遅れているうぅ~」
あの三人が道路をすべるようにして追い越していく。
「あ、そうか、ベアリングロード!」
「何それ?」
「足元を見て、びっしりと銀色の玉がついているでしょ?速く走ろうと思えるほど、速く進めま~す」
「成程~~」
「そういうことは早く言うべきでしょ」
三人はあっという間に二キロあったレンタルロケット場まで到着する。
レンタルロケット場では様々な時代に存在した車や飛行機が置かれていた。
担当女性の話では中身は重力推進ロケットというものが使われて、音声入力システムによって場所を言うだけで到着できるしっかりとした安全性がある。
のび太とドラえもんは白いプロペラ式の飛行機。
詩乃は青色の車をチョイスした。
二台は西部の星へ向かう。
「そういえば、ドラえもん、さっきの人が言っていた禁断の星ってなに?」
「昔、メズラシウムっていう鉱石が取れたんだけど、今は無人の穴だらけの廃墟になっていて危険だから立ち入っちゃダメになっているんだ」
「そんな惑星があるのね」
しばらくして、西部の惑星へ到着する。
レンタルロケットを預けて、彼らは西部の星の首都といえるガンスモーク・シティへやってきた。
「ようこそ、いらっしゃいました。私は市長のクリント・イースト・ウードです」
市長のいる部屋に大勢の人が集まっていた。
西部の惑星に元からいる人とのび太達のようにレンタルロケットでやってきた人たちだ。
「早速ですが、ぜひとも皆様の中からわが町の保安官を決めさせてもらいます。これから射撃大会を開かせていただき、保安官助手を決めさせていただき、名誉保安官を決めさせてもらいます」
「それでは、皆様、着替えて広場に集まってください」
解散となりガンスモーク・ホテルへ向かうことになる。
「なんだ、昔モンも来ていたのかよ」
「銃よりも弓の方がいいんじゃねぇの」
「むっ」
「問題ないわ。どっちでも命中させるから」
三人組の一人、アストンのバカにするような物言いに詩乃が答える。
それから各自、ホテルで着替えた。
「この銃、弾が入っているけれど、大丈夫なの?」
「問題ないよ。悪役ロボットに当たれば機能停止、人に当たっても体が膨らんでしばらく宙に浮く程度だから」
「GGOと比べたら安全ね。できれば、狙撃銃があればよかったのに、みんなと同じリボルバー式なんですもの」
「まぁまぁ」
のび太と詩乃、ドラえもんは広場へ向かう。
審判が試験の説明をする。
六発の空き缶空き瓶を審判の合図と共に狙う、二発命中すれば合格となる。
最初の一人は外れ。
次の人は二発で合格。
三人組のドンは全弾はずれ、ジェーンは審判に命中して失格。アストンは五発命中して合格。
今までの最高記録をたたき出した。
膨らんだ審判を見て「私は絶対にあの弾に当たらないわ」と真顔で詩乃は呟く。
ドラえもんは三発命中合格となる。
そして、のび太の番となる。
「今度は昔モンだぜ!」
「みんな、隠れようぜ。弾がどこに飛んでくるかわからねぇぜ」
アストン達が野次を飛ばすがのび太は気にせず構える。
ジッ、と詩乃はのび太の動きを注視した。
笛の音と共に銃を構える。
放たれた弾丸によって空き缶が一個、地面へ落ちた。
「命中、一発!失格!!」
「だはは、失格だってよぉ!」
「やっぱり、昔モンだぜ!」
「よく見てください!」
みんながバカにする中、のび太は空き缶を手に取って審判へ見せる。
空き缶には同じ側面に穴が開いていた。
「穴が六つ?」
「弾はこの中です」
ジャラジャラと六発の弾丸が出てくる。
「全弾命中!合格!」
「やったね!のび太君!」
「次の方!」
呼ばれたのは詩乃だ。
「頑張って」
「大丈夫よ」
詩乃は笛の合図で同じように空き缶に六発の穴をあけて合格をたたき出す。
「この程度できなきゃね」
試験が終わり、のび太、詩乃、ドラえもんの三人は保安官助手となる。
法と秩序を守り、犯罪者と戦い、ガンスモーク・シティを平和な街へして下さいという市長の言葉で解散となる。
「のび太君も詩乃ちゃんも似合っているよ?」
「ドラえもんだって」
「とにかく、これで第一歩ね。次はどうするのかしら?」
「多分、どこかで悪役ロボットが騒ぎを起こすんだろうね」
ドラえもんの言葉と共に向こうの角から慌てた様子の人がやって来る。
「大変だ!ビリオン銀行に強盗団だ!」
「あ、のび太君。詩乃ちゃん、出番だぞ」
「ちょ、ちょっと、背中を押さないで」
「そ、そうよ!危ない!」
詩乃の言葉で左右に分かれる。
直後、弾丸が飛んできて、強盗団が乗る馬が通過した。
のび太が発砲するも届かない。
「駄目だ、後を追いかけよう」
「待って、タケコプターは使用禁止でしょ」
ポケットからドラえもんがタケコプターを出そうとするのを詩乃が止める。
「あ、そうだった」
「邪魔だ!どけどけぇ!」
「うわわあ」
続いて保安官助手達が乗る馬がやって来る。
「昔モン!もたもたするな!」
馬上からアストンが叫ぶ。
「馬を借りた方がよさそうね」
「確か、OK牧場があったはず!」
「オーケー!」
「ドラえもん、笑えないわ」
OK牧場で馬を二頭借りた。
しかし、
「乗馬用のポニーより、これ?」
「僕達が乗れるような馬はこれしかないんだから、仕方ないよ。ま、のんびり行くしかないかな?」
「呑気ね。先に強盗団を捕縛されているかもしれないわよ」
「ガイドによると、西にあるデスバレーに強盗団がいるらしい」
ドラえもん達が峡谷のような場所へ到着すると浮遊している丸い人の姿があった。
「あ、やられたんだ」
「おーい、やられちゃったよ!相手は六人だ。でも、腕利きのガンマンだ」
「大丈夫ですかぁ?」
「一時間経てば、自然と降りられるってさぁ、わぁ~」
「どうやら、全滅したみたいね」
先を見た詩乃の言葉通り、撃たれた保安官助手たちの姿があった。
そこにはアストンの姿もある。
「のび太君、詩乃ちゃん。ここからは慎重に行こう」
「うん!」
「そうね」
二人は銃を抜いて先に進む。
しばらくして、小さな建物を見つける。
「あれが強盗団のアジトね」
「待って。このまま進んだら見つかるから、これを使おう」
ドラえもんはドンブラ粉を取り出す。
「何よ、それ?」
「確か、地面にかけたら潜れるんだよね?」
「そうそう、これで行こう」
ドラえもんの言葉に従って詩乃、のび太はともに。ドラえもんと二手に別れて進む。
建物に近づいたのび太はゆっくりと地面から出る。
「窓から様子を見よう」
「待って、誰か出てくるわ!」
詩乃に言われて慌てて二人は土の中に潜る。
しかし、帽子までは潜り切れず、そこに残ってしまう。
ドアが開いて悪人面のガンマンが出てくる。
「追手はもうこねぇのか。張り合いのない奴らだぜ」
ガンマンは周りを見て、地面に落ちている帽子を見つけた。
「何だ、あの帽子?」
「あ、のび太君にシノンちゃん、見つかったか?」
「チュウ」
背後から地面に体の半分を出したドラえもんだったが、傍にやってきた鼠を見て悲鳴を上げてしまう。
「ぎゃあああああああああああああああああああ!」
悲鳴を上げて気絶したドラえもん。
その音に六人のガンマンたちがそろう。
「タヌキ型ロボットとは珍しい」
「生意気にバッジつけてやがるぜ!」
「他に仲間がいないか吐かせようぜ」
「よし、俺がやる!」
一人のガンマンが拳銃を抜く。
「待て!」
のび太の声に全員が振り返る。
「私達が相手よ!」
二人同時に銃を抜いて発砲した。
弾丸は悪役ロボットたちに当たり、全員を機能停止させる。
「やったわね!」
「うん!」
二人は銃をホルスターにしまってハイタッチした。
「ノビ・ノビータ氏とアサダシノン氏を名誉保安官に任命します」
ガンスモーク・シティでのび太と詩乃は保安官助手から名誉保安官となる。
その頃、忍者の星ではクライン=遼太郎とフィリア=琴音の二人が崖をロープで這い上がっていた。
「クライン、早くしてよ~」
「わかってるって、よし、これで!」
遼太郎が這い上がり、続いて琴音が崖の上へ到着する。
「よくぞ、試練をクリアした!」
二人の前に雲に乗ったおじいさんが現れる。
「おじいさん!これで仮免許もらえるんですよね!」
「さよう!」
「うっしゃああ!」
遼太郎と琴音は忍び装束を纏っている。
クラインは赤、琴音は青だ。
雲に乗ってやってきた仙人の言葉に二人は喜ぶ。
「これにて仮免許を与えるぞ」
忍者の星。
そこでは修業を積み、師匠に認められれば巻物を与えられる。
今回、二人がお試しで受けてみたのは仮免許皆伝。
最初に受け取る巻物をチャレンジすることにしたのだ。
成功した二人に仙人風の老人は小さな巻物を差し出す。
「随分と小さな巻物だな」
「これで忍術が使えるんですよね?」
「さよう、忍法バッタの術。忍法壁抜けの術。忍法鼠変身の術が使える」
「すくな!?」
「仮免許ならこの程度じゃ……そうじゃ、おぬしらの実力なら本免許を受けてみてはどうじゃ?」
仙人に案内されてやってくるのは巨大な城。
「なぁ、爺さん、本免許だと、どんな術が使えるんだ?」
「ありとあらゆる術がインプットされておる」
「うし!やる気が出てきたぜ」
「洋風の城ばっかりだったけれど、こういう城もハントし甲斐があるよ!」
やる気を見せるクラインとフィリア。
二人は巻物を口にくわえるとバッタの術を使う。
ぴょんぴょんと飛びながら正門へ向かわず裏手へ回る。
バッタの術という変な名前だが、本物のバッタ並みに飛べることからかなり便利だった。
城の壁に張り付いて、二人は壁抜けの術を使う。
「巻物のおかげであっさりと入れたね」
「小さな巻物だけど、バカにできねぇな」
二人はあまり音を立てずに廊下を歩く。
「密書を取ってこいということだけど、どこだろうな?」
「うーん、情報が少ないから――」
フィリアが最後までいう前にすぐそばの扉が開く。
「「……」」
絶句する二人の前に現れたのは侍だ。
彼は二人を見ると「曲者!」と叫んで刀を抜く。
「うぉおおおい!?一人に見つかったらここまでくるのか!?」
「走って、どんどん増えているよ!」
フィリアの言葉通り、後ろから侍の集団が追いかけてきていた。
「くそう、ALOやSAOだったら刀で応戦するっていうのによぉ!」
「武器がないんだから仕方ないよ~」
「そうだ、あの術、使おう!」
「あの術かぁ」
二人は巻物を口にくわえて叫ぶ。
「鼠変身の術!」
ドドドドド!と侍集団が去っていく中、床に二匹の小さな鼠が転がっていた。
赤と青の鼠はむくりと起き上がる。
「術が使えてよかったね!」
「でもよぉ、足腰いてえぇぜ」
鼠の二人はしばらく移動する。
しばらくして、密書の間という場所に到着する。
「もしかしたら、ここにあるかもしれねぇな」
「入ってみよう」
顔をのぞかせてフィリアは中を覗く。
「誰もいない」
「お、あれが密書だな!」
クラインは中央に置かれている朱塗りの箱を開ける。
パカッと中を開けると一枚の紙が入っていた。
「おぉ」
「これで完了だね」
「随分と簡単に――」
二人が最後まで言い終える前に頭上から檻が降ってきた。
「なぁあああああああああああああ!?」
「新米忍者ども!まんまと罠に引っかかったわ!」
「忍び込むなど十年速いわぁ!」
ぞろぞろと現れる侍たち。
包囲網から抜け出せず二人は檻の中に放り込まれる。
その日の夜。
ロッジで彼らはそれぞれの出来事について話をしていた。
「みんなはそれぞれの惑星へいっていたみたいだけど、どうだったの?」
「私とのび太は西部の星で名誉保安官として色々な悪役ロボットと戦ったわ」
明日奈の質問に詩乃が答える。
「詩乃ちゃんが無双していたよ」
「リボルバーを0.6秒で六発フルバーストしたアンタにいわれたくない」
「西部の星はシノンやのび太にぴったりだったってことだな」
「俺やフィリアは忍者の星にいったんだがよう」
「密書を手に入れるのに失敗して牢屋に放り込まれちゃったの……なんとか壁抜けの術で脱出したけれど、時間切れ」
クラインとフィリアは残念そうに言う。
「まぁ、二人にとってはおあつらえ向きってことだったんだな」
「本当だよ~」
「アタシとシリカは怪奇と伝説の星へ行ったんだけど」
「もう二度と行きたくないですよ!怪奇を体験できるということで、人食い鬼や死神とかに追いかけられたんですから!」
「シリカがありえないくらい追いかけられたもんね」
あの時のことを思い出しながら里香は苦笑する。
「和人と明日奈さんはどうだったの?周辺をみてまわったんでしょ?」
「あぁ、二人で遊園地を回ったんだが」
「凄かったよ!私たちの時代の遊園地よりも楽しかった!」
「アスナがここまで目を輝かせるなんて相当ね」
「明日はどうする?恐竜の星でも」
「アタシ達で話したんだけどぉ」
和人が尋ねようとした時、里香がにやりと笑みを浮かべる。
続いて、詩乃、珪子、琴音もほほ笑む。
のび太と和人は同時にいやな予感を覚える。
クラインは二人を試すように微笑んでいた。
「明日はメルヘンの星へいくわよ!」
「「えぇ~~~」」
直葉も参加してのび太と和人は半ば強制的にメルヘンの星へ連れてこられた。
「ねぇ、詩乃ちゃん」
「ちゃん付けするな」
「僕を縛る必要あったの!?」
「当然でしょ。アンタだけ、懲りずに逃げようとしたんだから、これぐらいは当然」
詩乃が操縦する飛行機型レンタルロケット。
その後ろの座席にロープで縛られたのび太の姿があった。
和人は大人しく参加する意思を見せたのに対してのび太だけはこっそりと抜け出そうとした結果だ。
「でも、詩乃ちゃんがメルヘンへ行こうなんて驚いたよ」
「なに?私が少女趣味を持っていたら問題あるかしら?」
「そういう意味じゃなくて」
「……別に、小さい頃はそういうものにあこがれていたわ。体験できるなら、してみたいと思うのは当然でしょ?………好きな人とならなおさら」
「え?」
後半の部分は聞き取れなかった。
のび太は目の前にやってくるペガサスの群れをみて驚きの声を上げる。
「降りるわよ」
詩乃に引きずられる形でのび太は管理事務所へ向かう。
「のび太君、大丈夫?」
「えっと、まぁ」
「往生際が悪すぎるのよ。キリトを見習いなさい」
里香の言葉でのび太は和人を見る。
和人は苦笑しながらのび太と目を合わせた。
「(諦めが肝心だぞ)」
「(和人ォ)」
管理事務所で詩乃達は様々なコースの説明を受けた。
「白雪姫コースが一番の人気なんですか?」
「はい、今のところ八回待ちです」
「うへぇ~~~」
「白雪姫が人気って、驚きです」
「他のコースはどうなんですか?」
「今なら、シンデレラ、人魚姫、マッチ売りの少女や、眠り姫などができます」
和人、クライン、のび太を置いて女性陣が話し合う。
何をやるか決めようとしているのだ。
「クラインが騒がないなんて珍しいな」
「そういえば」
「ふっ、俺は学習したのさ」
「学習?」
首を傾げるのび太にクラインは力説する。
「こういう手の場合において反論せず、おとなしくしておく!俺が学んだ事さ」
「「……」」
クラインの告白に二人は何故か、悲しさを覚えた。
「さ、行くわよ」
「え、あ、ちょっと!?」
「キリト君も」
のび太は詩乃に手を引かれていく。
明日奈は和人を連れて、その場を離れた。
この後、のび太は詩乃、珪子とシンデレラを。
和人は、明日奈、里香、琴音、直葉と“眠れぬ森の美女”を行った。
顔真っ赤にしてのび太王子と踊る珪子。
微笑みながら最後までリードし続けた詩乃。
寝ている彼女を助けるために奮闘した和人。王子の助けを待つ明日奈、里香、琴音、直葉。
それらの様子をドラえもんは管理事務所でみて。
「あ、録画をお願いします~」
係員にディスクの録画を頼んでいた。
録画されていることを知ったのび太と和人は愕然してしまうのは別の話。
「くそぉ!やっぱり、納得できねぇ!!」
ミーティングルームでジュースを飲んでクラインは叫んでいた。
「メルヘンの星の時とえらい違いだな」
「やっぱり、不満だったみたいだよ」
のび太と和人は怒れるクラインを見てひそひそと話す。
「そうだ!明日は恐竜の星に行こうよ!」
「恐竜かぁ、男として一度はみてみたいな!」
「何言ってんだよ。SAOで恐竜型モンスターと何度か戦っているじゃないか」
「それとこれとは別でしょ?ロボットだけど昔の恐竜なんだから、楽しみだよ」
「じゃあ、明日は恐竜の星だね」
のび太の言葉で全員が頷く。
明日も楽しみだといって彼らはそれぞれの部屋へ戻る。
この時、ある騒動が起こり始めていたことに誰も気づかなかった。
翌日。
寝ていたドラえもんは明日奈に起こされる。
「どうしたの?明日奈さん」
「どこでもドアを出してほしいの」
「ドアを?何か用事?」
「お風呂……その、昨日、入っていなかったから」
「あぁ、それなら、奥の部屋を使えばいいよ」
「奥の部屋?」
「奥の部屋がお風呂になっているんだ」
首を傾げる明日奈にドラえもんが説明する。
「そうだったの?ありがとう」
明日奈は感謝して風呂場へ向かう。
ドラえもんはあくびをして部屋で休むことにする。
「あれ?風呂場のこと、里香ちゃんに伝えていたと思うんだけどなぁ?」
数十分後、風呂を覗いたUFOがいたと明日奈が出てきた。
「アスナさんの風呂を覗くなど許せん!」
「まず、和人が怒るよね」
「当然だ。でも、こんなおもちゃが侵入してくるとは」
和人は明日奈の手の中にある紫色のUFOをみて驚きの声を漏らす。
「UFOは置いといて、そろそろいかねぇか?」
クラインの言葉にのび太達はレンタルロケットで恐竜の星へ向かうことにした。
ベアリングロードで向かう途中、ボームと出会う。
「ボームさん」
「やぁ、みんな。これからお出かけかい?」
「はい、俺達は恐竜の星へ行くんだ」
「そうだ!ボームさんも一緒にどうです?」
「あぁ、すまない。私は予定があってね。キミ達だけで楽しんでくれ」
「あ、そうなんだ」
みんなは残念がりながらレンタルロケットに乗って恐竜の星へ向かう。
恐竜の星の管理事務所で和人達は説明を受けていた。
この星では様々な時代の恐竜ロボットが生活しているという。
一日目は恐竜たちと友達となり、二日目は仲良くなった恐竜と共にレースに参加する。優勝者は好きな恐竜を一匹もらえる。
「俺はぁ、もらえるならでかいのがいいかもな!」
「あのぉ、でかい恐竜をどこに置くんですか?」
「あ、そっか」
珪子の指摘にクラインが声を漏らす。
「あのぉ、恐竜って、肉食獣もいますよね?」
「います」
直葉の質問に職員は頷く。
「襲ってきたり」
「襲われます」
『え!?』
「襲われたらどうなるんですか?」
「食べられます。その後は化石になって吐き出されます。つまり、ゲームオーバーです」
「それは、怖いなぁ」
ドラえもんが感想を漏らす。
「安心してください。係員が責任をもってもとに戻します」
「……ま、まぁ、気を付けないといけないってことね」
里香の言葉に全員が頷く。
そういって、全員は管理事務所を出てタケコプターを使う。
「この星じゃ、タケコプターが使える!」
「とにかく、でかい恐竜を探すぜ!」
「キリト君、頑張ろうね!」
「あ、あぁ」
「ナビゲーターによるとこの近くにステゴサウルスがいるみたいだよ」
ドラえもんが先導して向かうと、ステゴサウルスがいた。
「うぉ、やっぱ、リアルでみるとでけぇなぁ!」
「皮膚が温かい、まるで生きているみたいだね」
「でかいです~」
それぞれが感想を漏らす中、和人はステゴサウルスに乗ってみる。しかし、ステゴサウルスは反応しない。
「……ドラえもん、ステゴサウルスはレース向きじゃないな」
「そうみたいだね」
のび太がステゴサウルスの顔に触れるとくしゃみした。
「ぶっ!?」
まともに受けたのび太は地面に倒れる。
「だ、大丈夫ですか!?」
「うん、なんとか……」
「みんなで固まっているより、別々に探してみた方がいいかもしれないわね」
詩乃の言葉に全員が頷く。
「何かあれば、ナビゲーターで連絡を取り合おう!」
全員が別方向へ飛んでいく。
和人は明日奈。
里香と珪子。
琴音とクライン。
直葉と詩乃。
のび太とドラえもんだ。
「リズさん!トリケラトプスですよ!」
珪子は目の前を進むトリケラトプスをみる。
「いかつい顔しているわねぇ」
「恐竜なんですから……ピナも成長したらこんなになるのかな?」
思い出すのはVR世界にいるフェザーリドラの赤ん坊。
ここは現実世界なのでピナは存在しないが仮にあの子が成長したら目の前のトリケラトプスのようになるのだろうか?
「この速度はレース向きじゃないかもね。妨害アリならいけるかもしれないけど」
「他の恐竜を探しましょうか」
成長した姿を見たいようなみたくないような不思議な気持ちになりながら珪子と里香は次の恐竜を探すことにした。
琴音とクラインは深い森の中を進んでいた。
「恐竜の姿。まったくねぇなぁ」
水を飲みながらクラインはため息をこぼす。
「そうだね、この森の中じゃ」
先を歩いていた琴音は近くの茂みへ隠れる。
「ん、どうし?」
琴音に尋ねようとしたところでクラインは引っ張られて茂みへ隠れる。
「さっき、ナビゲーションをいじっていた時に見つけたの」
彼女の視線は茂みの向こう側。
数体の恐竜へ向けられていた。
「ヴェロキラプトル。すばしっこくて頭がいいの」
「みるからに凶悪そうな面だな」
細長く凶悪そうな顔を見てクラインは感想を漏らす。
「集団で狩りをする恐竜で、獲物を引き寄せるために一体が囮になって、残りが後ろへ回り込んだり」
「後ろねぇ……っぁ!?」
ふと、後ろを見たクラインは目を見開いて、前を見ている琴音を揺らす。
「ふぃ、ふぃ、フィリア!フィリア!」
「え、なに?って!?」
振り返った琴音も目を見開いた。
後ろから二匹のヴェロキラプトルが近づいている。
二人は慌ててタケコプターを使って空へ飛ぶ。
捕まえようとヴェロキラプトルが鋭い爪を振るう。
「ぎゃあああ?!」
鋭い爪がクラインのズボンの尻部分を切り裂いた。
「く、クライン!?大丈夫!」
「うぉぉおう、あぶねぇ、ズボンが切り裂かれちまっただけだ」
中のパンツが丸見えだが、命が助かっただけ儲けものだった。
琴音はクラインの後ろへ立たないようにしながらドラえもんと合流することを考える。
和人と明日奈は恐竜になかなか巡り合えずにいた。
明日奈が巨大な恐竜に少しばかり怯えていたということが理由でもあった。和人は休憩がてらチューイングピザを食べることにした。
「これ一つで腹いっぱいになるんだから、まぁいいよな」
「お弁当、作ってくればよかったかなぁ?」
「明日奈のお弁当か、そうだな。この場だったら独り占めできたなぁ」
「もう、食い意地が張っているんだから」
和人の言葉に明日奈は苦笑する。
その時、向こう側から薄桃色の小さな恐竜がやってきた。
「きゃっ!?」
「アスナ!」
驚いた様子で和人が明日奈を守ろうとしたが小さな恐竜に敵意がないことを気付く。
「大丈夫だ。この子に敵意はない」
和人は目の前の薄桃色の恐竜を見る。
恐竜は和人の手の中にあるチューイングピザをみていた。
「どうやら、これが欲しいみたいだな」
チューイングピザを地面へ落とすと恐竜はクンクンと匂いをかぐ。
しばらくして、ぱくぱくと食べ始める。
えさを与えたことで和人や明日奈に警戒心を緩めたのだろう。近づいてくる。
「え、ちょ、ちょっと」
「大丈夫だ。明日奈、撫でてみろよ」
和人にいわれて明日奈は目の前の小さな恐竜へ手を伸ばす。
首を傾げながら彼女に恐竜はなでられる。
やがて、明日奈は小さな恐竜を抱きかかえた。
「どうやら、明日奈のことを気に入ったようだな」
「私も!この子可愛い!」
微笑み、小さな恐竜を地面へ降ろす。
すると走り出し、
「え!?」
「おいおい……」
沢山の仲間を連れてきた。
小さな薄桃色の他に、成長した桃色の恐竜までいる。
「危険な恐竜、じゃない、よね?」
「えっと」
和人は慌ててナビゲーターを起動する。
表示された恐竜の情報はオルニトミムス。
草食で大人しいという。
二人は仲間にチューイングピザを与える。
餌付けだが、親しくなるには一番の方法だろう。
しばらくして、草原をオルニトミムスに乗って走る和人と明日奈の姿があった。
「なんか、見つからないね。恐竜」
のび太とドラえもんの二人は海岸沿いで寝そべっていた。
「みんなは恐竜と親しくなったかな?」
「どうだろう~」
ふと、のび太は空を見る。
どこまでも続く青空を羽ばたく翼竜の姿があった。
「ねぇ、ドラえもん!プテラノドンっていいんじゃない?」
「うん!空を飛べるし、レース向けかもね!」
二人はプテラノドンがいる海岸までやって来る。
そこでは羽休めなのかのんびりしているプテラノドンがいた。
「さて、どうしょうか?」
「僕に考えがあるよ!」
のび太はタケコプターをしまって、ゆっくりとプテラノドンの後ろへ回り込む。
そして、プテラノドンの足を掴んだ。
驚いたプテラノドンは空を舞う。
足に抱き着いているのび太に驚いていたが敵意がないと知るとそのまま羽ばたく。
「やるなぁ、のび太君!」
ドラえもんは驚きながらも同じような手法で空へ舞い上がる。
「中々に良い恐竜が見つからないわね」
「そうですね~」
タケコプターで草原を飛んでいる直葉と詩乃。
二人も未だに恐竜と出会えていなかった。
「あ、詩乃さん!あそこ、でかい足跡ですよ!」
直葉は地面にぽっかりと空いている巨大な足跡に気付く。
「これはかなりでかいわね……案外、すぐ近くにいるんじゃないかしら?」
「うわ、し、詩乃さん!詩乃さん!あそこに、すぐそこにいます!!」
詩乃は肩を揺らされて上を見る。
そこにはとてつもなく巨大な恐竜がいた。
「ブラキオサウルス……草食の中で巨大なサイズね」
ナビゲーターで恐竜の情報をみた詩乃が呟く。
「スピードなどからして、レース向けじゃないわね……他の恐竜を探すべきかも」
「詩乃さんって、負けず嫌いですね」
「当然でしょ……アイツに負けるつもりはないわ」
「アイツって、のび太さん?」
「えぇ」
詩乃は負けず嫌いだと知っている直葉だが、少しのび太に対しては様子が違うような気がした。
「詩乃さん、のび太さんのこと、好きなんですよね?」
「!?」
直葉の指摘に詩乃の顔は真っ赤に染まる。
「にあ、なにを!?」
「だって、詩乃さんをみているとそんな気がするんだもん」
「…………そうね、私はアイツのことが好きよ」
GGOの死銃事件、それ以前から彼のことを好きだっただろう。
だが、詩乃は認められなかった。
自分のことが許せなかったから、嫌いだったから。
そんな詩乃が変わるきっかけがあったのは。
「だから、私はアイツと肩を並べられるようになりたい。今の私じゃ、届かないから」
「負けず嫌いじゃなくて、意地っ張りだと思うなぁ」
直葉が苦笑していると傍のブラキオサウルスが悲鳴を上げて走り出す。
「え、な」
「なに!?」
二人が驚いて去っていくブラキオサウルスをみていると、後ろから大きな鳴き声が聞こえてくる。
振り返ると赤い体皮、するどい牙が並ぶ肉食恐竜。
ティラノサウルスが二人の姿を捉える。
「直葉、逃げて!」
「え、詩乃さんも!」
「アイツの速度じゃ、すぐに追いつくわ。私が囮になる」
「詩乃さん!そんなこと」
距離が詰まっていた時、急にティラノサウルスが動きを止めた。
それを皮切りに各地の恐竜たちが機能停止を起こした。
文句を言うために管理事務所へ集まったのび太達。
「それが、全ての恐竜ロボットは中央惑星が管理しているんです」
「だったら、連絡してなんとかしてください」
「それがぁ」
係員の話によると中央惑星へ連絡しているのだがうんともすんともいわないという。
「あれ?」
明日奈は外を見る。
何か騒がしい。
そのことをみんなへ伝えようとした時、係員が大きな声を上げる。
「何だ、これは!?恐竜たちが勝手に動き出したぞ!?中央コントロール!中央コントロール!応答してください!」
係員が慌てる中、ドラえもんがみんなへ呼びかける。
「みんな、中央惑星に何か起こったのかもしれない。一旦、戻ろう!」
「うし!」
「わかった」
「は、はい!」
「そうね」
全員がレンタルロケットの置かれている駐車エリアへ向かう。
「あれは何かな!?」
琴音が空を指す。
全員が振り返るとプテラノドンの群れがこちらへ向かってきていた。
「プテラノドンの群れが襲ってくるよ!?」
「急ごう!」
一台の飛行機と二台の車が走り出す。
それを追跡するようにプテラノドンが追いかけてくる。
「ぶつかるよ!?」
「相手はロボットだ!気にせずに突っ走るんだ!宇宙空間へ出れば、追ってこないはずだ!」
「おし、速度を上げるぞ」
「任せな!みんなは掴まっているんだぞ!」
のび太、和人、クラインの三人は速度を上げる。
プテラノドンの一体がのび太とドラえもんの乗る飛行機に迫った。
衝撃にのび太が目をつむる。
飛行機の翼にプテラノドンがぶつかる、しかし、その皮膚が剥がれて中の機械がむき出しとなって地面へ落ちていく。
宇宙空間に出るとプテラノドン達は追いかけてこなかった。
彼らはそのまま中央惑星へ向ける。
「ねぇ、キリト君。あれ!」
車を運転している和人の隣、助手席にいる明日奈は中央惑星を指す。
惑星からはもくもくと黒い煙が噴き出していた。
「なんだろう、あの煙?」
「コントロールタワーの方だわ!」
詩乃の言葉通り中央惑星のすべてのロボットやシステムを管理するコントロールタワーから煙が噴き出していた。
「どうする?」
レンタルロケット場からベアリングロードでコントロールタワーへやってきたドラえもんは周りへ指示を出す。
「各自でタワーの中を調べよう。何かあればナビゲーターで連絡して!」
「はい!」
「わかった」
「シリカ、私達はあっちに行くわよ!」
「はい!」
里香と珪子の二人はコントロールタワーの奥、タキシオン通信センターへ向かうことにした。
「あっちこっち破壊されているわね!」
「リズさん、煙が!危ないかもしれません!」
珪子はここを探ることを反対するが里香は奥へ向かってしまった。
「あぁ、もう!待ってください。私も」
後に続こうとした珪子は背後を振り返る。
吹きあがっている煙の中に何かがいた。
「……だ、誰かいるんですか?」
怯えながら珪子は尋ねる。
逃げ遅れた職員かもしれない。
そう思いながら声をかける。
しかし、煙の中から現れたのは黒いローブを身にまとい、シルクハットをのせている吸血鬼だった。
「い、いゃああああああああああああああああああああ!」
珪子の悲鳴に里香は驚いて来た道を戻る。
「シリカ!?どうしたの!シリカぁ!!」
その頃、コントロールセンターではのび太達がそれぞれに調査を行っていた。
「そっちはどう?」
明日奈が階下にいる琴音とクラインへ声をかける。
「駄目だ、人っ子一人いねぇ」
「みんな、避難したのかな?」
「キリト君!のび太君はどう?」
「システムを見ようと思ったんだが、完全に壊れている」
「うんともすんともいわないよ」
のび太と和人がシステムの履歴を調べようとしたが完全に画面はブラックアウトしていた。
「ドラえもんさん、シノのん、直葉ちゃん、そっちは?」
「駄目、何もいない」
「ゴキブリ一匹いないや」
「みんな、避難してここを放棄したとか、そんなところかな?」
直葉の言葉が有力だろう。
しかし、こちらに全く連絡がないのはどういうことだろうか?
全員が考えているとき、ドラえもんのナビゲーターに反応があった。
「はい、こちらドラえもん」
『大変なの!』
連絡の相手は里香だった。
『シリカがいなくなったの!!』
里香の話によるとちょっと目を離したすきに珪子が行方不明になったという。
合流するために通信タワーの方へドラえもん達は走る。
「あ、待って!」
先を走っていたドラえもんが立ち止まる。
急に停まったことで、ドラえもんの頭にのび太が、続いて和人、明日奈、直葉、詩乃、琴音、クラインがぶつかった。
「な、何?」
「シッ、何かが近づいてくる」
近くの茂みに彼らは隠れる。
少し遅れて、彼らの傍、遊園地の扉を壊して巨大な芋虫のような乗り物が現れた。
「なにあれ!?」
「あ、キリト君と一緒に乗った乗り物だね」
「……そう、だな。自動で動いているのか?」
彼らが首を傾げている中、直葉が空を見た。
「みんな、みて!」
見上げると、空一杯に不気味な怪物たちが飛んでいた。
「怪物がうようよいるぞ!?」
「怪奇と伝説の星、その他に存在する惑星のロボットたちがやってきているんだ」
「何か、怖い」
幽霊系が苦手な明日奈は和人の手を強く握りしめていた。
その姿を見た詩乃はこっそりとのび太の手を握る。
ロボットたちが去って行ったあと、彼らは通信タワーへ到着した。
「ドラえもん、キリト、こっちよ!」
隠れていた里香の誘導に従って彼らは合流する。
「ごめん、アタシが目を離したばっかりにシリカが」
「リズのせいじゃないよ。それにしても、シリカちゃん、どこにいっちゃったのかな?」
項垂れている里香を明日奈が励ましていた時、里香のポケットから音が鳴る。
ナビゲーターを取り出すとそこに映っていたのは珪子だ。
『リズさん、どうしたんですか?』
「シリカ!?アンタ、どこにいるのよ!?」
『とっても安全な場所を見つけたんです。皆さんも来て下さい』
シリカの話によるとロッジの方にはお化けやロボットの類はいないという。
お化けの類が大の苦手な明日奈はそのことにひどく安心していた。
空のロボットを見てから震えていて、恋人の和人の手を掴んで離さない。
「あの、詩乃ちゃん?」
「なに?」
「う、ううん。なんでもないよ」
のび太は自分の腕を掴んでいる詩乃へ尋ねようとしたが、彼女の眼力に臆して追及できなかった。
ロッジへやって来ると立っている珪子の姿がある。
「あ、いたぞ!」
クラインの声に彼らが珪子へ近づく。
小さく微笑んでいる珪子は周りを見た。
「シリカ!急にいなくなるんじゃないわよ!」
「みんな、いるみたいですね」
近づいてくる里香、皆の姿をみてからにやりとほほ笑む。
明らかに珪子が浮かべる笑みじゃないことに気付いたのび太が叫ぼうとした時。
「出番です!」
ロッジに隠れていたキューピッド達が矢を放つ。
放たれた矢が地面にぶつかると大量の煙が包み込む。回避運動も間に合わず彼らは意識を失う。
倒れた彼らの姿を見て珪子は微笑む。
「よくやった、ヤドリ0009号」
頭を下げる珪子の傍にやって来るのはのび太達を昔者と罵倒していた一人、アストンだ。
彼は不気味な笑みを浮かべて倒れている彼らを見ている。
「まもなく、天帝様をはじめとする八百万がやってくる。ここにある肉体だけでは足りなくなるぞ。いずれやってくる全銀河支配のために」
不気味に笑うアストン。
不穏な空気が星を包み始めていた。
ロッジ。
その室内につながる出口へクラインがタックルする。
しかし、ドアに弾き飛ばされてしまう。
「くそっ!おい、シリカちゃん!今すぐここから出せよ!」
「そうよ!なにバカなことしてんのよ!」
クラインの言葉に里香が叫ぶ。
ロッジの出口、そこで立っている珪子は二人を睨む。
「うるさい!大人しくしていろ!」
「シリカちゃんがそんな野郎みたいな口調で話すなよ」
「シリカぁ?俺様はヤドリ、0009号だ!」
「ヤドカリ0009号だって」
「ヤドカリ?」
里香の言葉にドラえもんは考える。
「ヤ、ド、リ!!宇宙で最高の存在なんだ。いいか、お前たちはこれからやってくるヤドリの仲間に乗り移られるのだ。これほど名誉なことはないんだぞ!」
「なんか、ヤドリに乗り移られるとかいってんだけど」
「乗り移られる……寄生生物かな?」
「寄生生物?」
里香の質問にドラえもんは頷く。
「肉体を持たない脳みそだけの存在。体を求めてよその生き物に寄生するんだ」
「ちょっと待てよ!それってつまり、宇宙人だろ!?そんなものがいるのかよ!」
「キミ達の時代じゃ、確かに確認はできないけれど、ここは地球じゃないんだ。他所から別の生き物がいてもおかしくはない」
「ドラえもん、このままじゃ、銀河系の危機だよ!すぐに助けを呼ぼう」
「そうだね、すぐに」
のび太に頷いてドラえもんが四次元ポケットへ手を入れる。
直後、雷撃がドラえもんに起こった。
「ドラちゃん!?」
倒れたドラえもんに直葉が駆け寄る。
「四次元空間を閉鎖された」
「えぇ!?」
「つまり、道具が使えないってことなのか?」
「そう」
和人の質問にドラえもんは項垂れる。
そのことをわかっていたのか珪子が外で笑う。
「あ、お前は!?」
気配を感じて珪子が振り返った時、手刀を受けて彼女は気絶する。
「悪いが、少し眠っていてもらうよ」
車掌と共にやってきたボームはそういってロッジのドアを開ける。
「私が気付いたとき、周りは既にヤドリ人間だらけだった。車掌君に途中で出会っていなければ、私も仲間入りをしていただろう」
「マジかよ。じゃあ、残っているのは」
「私達だけってことだよね」
クラインと明日奈が暗い表情で答える。
「気落ちしていたところでどうしょうもないわ。それよりも、救援を求めないと、脱出する方法はないのかしら」
「なくはありません」
詩乃の言葉に答えたのは車掌だ。
「かなり危ない賭けになりますけれど」
「手段がないより、マシだ。その方法って」
その日の夜。
ヤドリが寄生した魔女は空を飛行していた。
何者かが中央惑星から逃げ出さないようにするためだ。
レンタルロケット場所は抑えてある。
魔女は通信機片手に報告する。
「こちら、監視係、ものすごい煙です」
通信機に応答するのはアストンの声だ。
『火事など、どこでも起こっておる!それよりも人間達が逃げ出さないよう見張りを続けるのだ!』
「わかりましたぁ~」
魔女が周囲を警戒していくその遥か上空。
もくもくと空へあがっていく煙の中から銀河超特急が姿を現す。
ヤドリ達が火事と誤認した煙は煙幕であり、それを利用して彼らは中央惑星から脱走することに成功した。
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39:銀河超特急(後編)
次回はGGOのラストの後、短編っぽいのをいくつかやっていきます。
のび太は目を覚ますと、ベッドから放り出されていた。
それだけではない。
どういうわけか列車が逆さまだった。
「あれ、のび太?」
「和人、起きたの、これは一体」
「どうなっているんだ?俺の記憶が確かなら普通に宇宙空間を走っていたはずだ」
「僕はぐっすり寝ていたからわかんないや」
二人がどういうことかと話していると外から話声が聞こえてくる。
のび太と和人が外に出ると車掌と里香、クラインの姿があった。
「気にするこたぁねぇよ」
「非常時だったもの、仕方ないわ」
「ねぇ、これって?」
「実は」
車掌の話によると機関車のエネルギーがヤドリによって抜き取られていたらしく、途中でエネルギーが尽きて、ある惑星に引き寄せられてしまったという。
「みんな!」
逆さまになっている列車からタケコプターをつけたボーム、ドラえもん、明日奈がやってくる。
「部屋中のあっちこっちからタケコプターをかき集めてきたよ」
「あと、列車の乗客の様子を見てきたけれど、薬か何かで眠らされているみたいだった」
「幸いね。みんなが目を覚ましていたら大騒ぎになっていたわ」
『やい!こんなところに閉じ込めやがって!今すぐに出せ!』
すぐ近くの部屋から珪子に憑依したヤドリが叫ぶ。
「ごめん、本当の珪子ちゃんに戻るまで出すことはできないよ」
ドラえもんがそういい、遅れてやってきた詩乃や直葉、琴音たちも集まったことで彼らは列車の外に出た。
「うわぁ、これはひどいね」
のび太達の前に広がるのは砂漠のような山にひっくりかえっている列車だ。
「この灰のおかげで被害が少なかったんです」
「この山、灰なの!?」
「はい、メズラシウムという鉱石をとると、こんな灰が残るんです」
「ということは、ここは禁断の星か!?」
ボームの言葉にのび太達は驚く。
立ち入りが禁止された惑星に自分たちが漂流したということに驚きを隠せない。
「マジかよ!?俺達はこのまま何もできずにこの灰みたいに干からびちまうのかぁ!?」
悔しさを込めた声でクラインが足元の灰を蹴り飛ばす。
「いえ、すぐにはそうならないと思います」
ついてきてください、と車掌の言葉に従ってのび太達は禁断の星の空を飛ぶ。
しばらくして、廃工場のような場所へたどりついた。
「車掌さん、ここは?」
「この星を去る時に機材などがそのまま放置されていたんです。ここは食糧庫で多くのものが保管されています。なので、すぐに飢え死にするという心配はありません!」
和人に車掌が説明する。
「うぉぉおし!早速、調べようぜ!」
お腹がすいていたということで彼らは様々な食事を選ぶ。
クラインはあつあつのハンバーガーを。
和人はチューブ入りスパゲッティ。
明日奈、里香、直葉はデザートを。
詩乃、のび太はパスタを。
ドラえもんと琴音はおいしそうなピラフを。
どら焼きがなかったことでドラえもんは残念がっていた。
それぞれが食事を味わう。
ハンバーガーを食べ終えたクラインはおかわりをするために倉庫へ向かう。
その時、車掌とボームの話声が聞こえた。
「うし」
クラインは決意した表情である場所へ向かう。
「ねぇ、シリカって、お腹がすかないのかしら?」
里香の言葉でのび太達はそういえばという表情を浮かべる。
「ヤドリも、お腹がすくのかな?」
「寄生しているといってもあれはシリカちゃんの体だから、やっぱり空腹はあるんじゃないかなぁ」
「ここにある食事を持っていきましょう」
段ボールをもって、明日奈、直葉、ドラえもんが列車へ戻る。
「二人とも気を付けてね、車内のものがひっくり返っているから転ばないように」
車内に入るとドラえもんが注意を促す。
その時、彼は足元にある何かに躓いて倒れる。
「ど、ドラちゃん!?大丈夫!」
「もう……こんなおもちゃ!」
ドラえもんは列車の扉をあけて足元にあった円盤を放り投げる。
「あれ……風呂を覗いたUFOだよね?ただのおもちゃなのかな?私、ボームさんへ相談してくるわ!」
明日奈は落とした紫のUFOを拾って外へ出ていく。
「シリカちゃん、失礼するねぇ」
「油断しないでね」
先を歩く直葉は警戒しながらドアを開ける。
彼女が襲い掛かってこないかヒヤヒヤしつつも、反応がないことに驚きながら中へ入るとそこには地面に倒れている珪子の姿があった。
「シリカちゃん!?」
慌てて直葉が駆け寄る。
寝ていたと思った珪子が不敵に笑うと額から怪しい輝きが真っすぐに直葉へ放たれた。
光を受けた直葉は動かない。
「どうしたの?」
その様子にドラえもんが尋ねた時、直葉がにこりと立ち上がり。
バコン!
傍にあった箱でドラえもんの頭を殴る。
殴られたドラえもんは悲鳴を上げることなく、床に倒れた。
「いつでも体は入れ替えることができたのさ!」
頭にタケコプターをつけて直葉は空へ飛び出す。
「フィリア、なんとかできそうか?」
「任せてよ!これでもSAOやALOじゃ、トレジャーハンターやっているんだから、今回の財宝は機関車だけど」
遼太郎と琴音はある坑道へ来ていた。
彼は車掌とボームがある地図をみて話をしているところを盗み聞きしていた。この坑道の中央部分に機関車が置いてある。
この星から脱出するためにも必要だと判断して彼らはここへきていた。
遼太郎はヘルメットのライトをつけて、琴音は地図を見ながら暗闇の中を歩き始める。
そのことを和人達は知らない。
「これなんですけど」
明日奈はボームに風呂を覗いたUFOをみせていた。
「これは、ドリーマーズランドのものではありません!」
「風呂に入ってきたのでそこにあった銃の形をしたスプレーみたいなものを吹きかけたら動かなくなったの」
覗き込んだ車掌が叫ぶ。
「おや?何か音がする」
カラカラとなっている音に気付いてボームはUFを揺らす。
UFOの中から丸い小さなものがでてきた。
虫眼鏡のようなものでボームは覗き込む。
「これは……わかったぞ、これがヤドリだな」
虫眼鏡の向こうには小さなお化けみたいなものが泡に包まれていた。
「スプレーって、これじゃないですか?」
車掌が倉庫から青と白のおもちゃみたいな銃を持ってくる。
明日奈はそれをみて頷いた。
「真空スプレーです!泡で体を包み込む道具です」
「そうか、それで、ヤドリが固まったのか」
「ボームさん」
ボームが確信したように言っていると直葉が呼ぶ。
「直葉君?」
「ちょっと、こっちに」
直葉に呼ばれて彼が曲がり角の方へ歩いていく。
横から覗き込もうとした時、直葉がハンマーを振り下ろす。
「直葉君!?」
慌ててハンマーを躱す。
明日奈は咄嗟に真空スプレーを手に取って構える。
放たれるスプレーに気付いて直葉はひらりと躱してしまう。
明日奈がもう一度、構えようとした時、騒ぎに気付いた詩乃がそれを奪い取る。
真空スプレーを構えてスィッチを押す。
放たれたスプレーを顔に受けた直葉はぺたんと地面に座り込んだ。
「え!?私がボームさんを!?ごめんなさい!」
「気にしちゃダメだよ?ヤドリが原因だから」
「それに直葉君のおかげでヤドリの対処法がわかったんだ」
謝る直葉にボームは気にするなという。
「それにしても、流石、シノのんだよね。一発で当てちゃうんだもん」
「私よりものび太の方が規格外よ。GGOでも驚かされてばかり、西部の星でも」
「のび太君、射撃の腕は誰にも負けないからね~。お兄ちゃんも悔しがっていたよ」
三人が話をしているとドラえもんに背負われてやってくる珪子の姿があった。
「おーい、珪子ちゃんが意識を取り戻したよ~」
「皆さん!すいません!私が……」
「アンタのせいじゃないわよ。ヤドリが悪いんだから」
頭を下げる珪子の頭を里香が撫でる。
「そうさ、悪いのはヤドリ。シリカが悪いわけじゃない」
「うんうん!」
「……ねぇ、今更なんだけど、クラインとフィリアはどこにいったの?」
詩乃の言葉に全員が驚く。
「あぁ、そういえば!?」
「二人はどこに?」
夜。
タケコプターで和人達は空を飛んでいた。
彼らは姿を消した遼太郎と琴音の行方を捜していたのだ。
「おーい!クラインさん!フィリア!」
「全く、シリカが元に戻ったと思ったら今度はあの二人なんて!」
「無事、だよね?」
「そう願うしかないわね。仮にも大人のクラインがいるから信じるしかないわ」
「フィリア~!」
彼らが空を飛んでいる中、ドラえもんが慌てた様子で叫ぶ。
「おーい!彼らの足跡があったぞお!」
ドラえもんの言う場所へたどり着くと。
「しまった!坑道に入ったのか!?」
「くそっ!フィリア!クライン!」
「いけません!」
入ろうとしたボーム、和人を車掌が止める。
「危険です!入ったらお二人も迷子になってしまいます」
「だからといって」
「二人を見捨てるわけにはいかない!」
「危ない!落盤だ!!」
ドラえもんの叫びと共に彼らが坑道から離れる。
少しして二人が入っていた入り口が封鎖されてしまう。
「そんな!」
「フィリアさん!」
「ウソ、でしょ!?ねぇ、こんなの!」
「……すぐに別の場所から」
誰もが目の前の入り口が封鎖されたということにショックを受けていた。
その時だ。
目の前の壁から黒い汽車が現れる。
「へ!?」
目の前の事態にのび太が驚きの声を漏らす。
封鎖された場所から現れた黒い機関車の上、そこには巻物を加えている琴音の姿があった。
「忍法、壁抜けの術……ってね」
「フィリア!」
「ウソ!?どういうこと!」
「えへへ、実はね」
琴音はのび太達に説明する。
二人で洞窟の中をさ迷っていたが無事に列車の置かれているエリアへ到着した。
そこにはアストンと共に行動をしていたドンとジェーンの二人と出会う。
彼らは宇宙空間でヤドリに憑依されたアストンに放り出されてしまい、隕石ごと、この星へ引き寄せられたという話だ。
彼らは運よく列車の場所を知っており、二人は喜び、クラインとフィリアは巻物を使って列車を外に出したという。
「驚かさないでよ!」
涙を流して直葉が琴音に抱き着く。
「ごめんね、でも、何もできないのは嫌だったから」
「ま、俺達にかかればこれくらい造作もないってことさ」
「クライン、アンタ、今回は見直したわ」
里香の言葉に遼太郎は胸を張る。
二人が持ち帰った列車と銀河超特急を入れ替えて禁断の星を脱出することとなった。
「おそらくだけど、途中でヤドリに遭遇するんじゃないかと思うの」
ミーティングルームで明日奈を中心に今後のことについて話をしていた。
「絶対、やってくるだろうな。ヤドリは肉体を求めている。この列車にはたくさんの人がいるからな」
和人の言葉に全員が頷く。
「ヤドリと戦うにしても私達だけで相手をしないといけない。武器は?」
「真空ソープをありったけ積んだ。奴らにぶつければ、憑依されていてもなんとかできるよ!」
「銃か、俺達に使えるか?」
「連中に遭遇するまでに私とのび太が教えるわ。射撃なら西部の星で何度もやってきている」
「え、僕も?ま、任せてよ」
「シノンとのび太なら安心ね!」
「よろしくお願いします!」
その頃、ヤドリの乗っている宇宙船と憑依された人間達の乗る海賊船が宇宙を走る銀河超特急を発見する。
ヤドリ達は小惑星群へ逃げようとする銀河超特急に砲撃を仕掛けた。
攻撃を受けた超特急は無人の惑星へ不時着する。
ヤドリ達が不時着した銀河超特急へ向かおうとした時。
「そこまでだ!」
タケコプターをつけて岩陰から姿を見せる和人達。
「待ち伏せか!」
憑依されたアストンが光線銃を構える中、和人達は真空ソープで迎え撃つ。
和人は迫る光線を躱して、真空ソープで人の顔を撃つ。
顔に当たらなくても全身を泡の膜で包み込むことからヤドリに効果は絶大だ。
「剣より使いにくいが、いける!」
「キリト君!」
和人の傍に同じく真空ソープを構えている明日奈が駆け寄ってくる。
「面!」
「リーファ、援護は任せて!」
「俺達が相手してやるぜぇ!!ヤドカリ野郎!」
「ヤドリだよ。クライン」
近づこうとするヤドリのUFOに直葉は竹刀で牽制しつつ、琴音、遼太郎が真空ソープで援護する。
「ひゃああああああ!こ、こないでくださぁい!」
「アンタ、こんなにひっかけるって」
「ある意味、才能ね」
無数のヤドリUFOに追いかけられていた珪子を、里香、詩乃の狙撃で撃ち落とされる。
「贅沢言うなら、狙撃銃の方がいいわね」
「この騒動が終わったら言ってみたら?ボディソープなんだから役に立たないかもしれないけど」
「それもそうね」
「真空ソープをありったけ積んできてよかったね!」
「うん、む!あの金ぴかUFOがヤドリの親玉だ!逃がすなぁ!」
ドラえもんが海賊船へ逃げていく金色のUFOをタケコプターで彼らは追いかける。
ヤドリが海賊船の中へ入った直後。大きな音と共に青銅の戦士が現れた。
それはドリーマーズランドで目撃したロボットだ。
「ヤドリがロボットに乗り移るなんて!?」
「体さえあればヤドリは操ることができるんだよ!ヤドリ本体を倒せば動けなくなる!みんなひるむなぁ!」
焦るのび太にドラえもんが叫び。
全員が真空ソープで撃つ。
しかし、泡が奥にいるヤドリまで届かず、一時撤退となった。
ヤドリが大きな音を立てながら隠れた人間達を探す。
きょろきょろと探していた時、佇んで動かないのび太の姿を見つける。
「一人、隠れておったか。腰を抜かしたか?まぁいい、お前に憑依するとしよう」
のび太をつまみあげて、掌へ置くと青銅ロボットは口を開ける。
そこから金色のUFOが姿を見せた。
「そこだ!」
瞬間、のび太は目を見開き、懐に隠していた真空ソープを撃つ。
真空ソープから放たれた泡は天帝ヤドリのUFOを包み込んだ。
「ンガァ!?ザ…ン…ネ……ン」
音を立てて天帝ヤドリが地面へ落ちる。
「やった!」
のび太が喜ぶのもつかの間、宿主を失った青銅ロボットはバランスを崩して倒れていく。
慌ててタケコプターを出そうとしたのび太を後ろから詩乃が抱きかかえる。
「詩乃ちゃん!」
「ちゃん付けするな!もう、おいしいところ、持って行ったわね」
「いやぁ」
半眼でこちらをみる詩乃にのび太は苦笑する。
ヤドリはのび太達の手によって敗北した。
残りのヤドリは逃げ出し、もう戻ってこないだろう。
のび太達は車掌の操縦する銀河超特急によって二十世紀地球へ戻っていた。
「アストンが、パパとランドの再建を約束してくれたんだ!」
「ほぉ、そいつは良かったな!」
ドンの言葉にクラインが喜ぶ。
「とっても楽しかったからまた戻ってほしいわね」
「また、遊びに行きたいですね!」
里香と珪子は頷く。
「キミ達や色々な人に迷惑をかけたからね。昔者とバカにしてごめん、キミ達の勇気は見習わなくちゃ」
「そうでもないさ、俺達は仲間がいたからなんとかできた」
アストンと握手しながら和人は答え、後ろを見る。
SAO、ALOなどを共に攻略してきた仲間たち。
彼らがいたから、今回の大冒険も無事に終わることができたのだと思っている。
「ランドが再建できたら、キミ達を招待するよ」
「約束だ」
そういって、和人達は到着した二十世紀地球の裏山へ降りる。
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40:詩乃とのデート
あと、仕事が忙しくて更新がしばらく不定期になります。
なるべく、更新はしていきます。
大長編も資料を集めたりしていきますので、少しばかり時間がかかります。
「やぁ、野比君」
「出木杉君。ごめんね。忙しいのに」
学校の食堂。
そこで野比のび太は出木杉英才と話をしていた。
「いいよ。それより、どうしたの?」
「実はァ……デートのことについて相談したくて」
「え?」
飲もうとしていたコップをあやうく出木杉は落としそうになった。
慌ててのび太がキャッチしたので難は逃れる。
「あぁ、ごめん。少し驚いちゃって。えっと、デートの相手って、紺野君かな?」
「へ?」
「あ、もしかして、綾野君?」
「違うんだ。デートの相手は詩乃ちゃんで」
「朝田君?本当に?」
「いや、なんでそんなに疑うの」
「えっと、気にしないでくれるかな?」
のび太は知らないがALOをプレイしている中でシノンのような気の強い女性にいじられているノビタニアンをみていて、いじる、いじられる相手という関係なのだろうなというのがギルド、ジャイアンズの考察だった。
「(考えを改めないといけないね)」
「出木杉君?」
「ごめんごめん、デートだけど、どういうプランなの?」
「実は……」
朝田詩乃は一人暮らしをしている。
その家は少し前に滅茶苦茶になったが未来からやってきたネコ型ロボットの手によって綺麗になっていた。
シャワーを浴びて、詩乃は服を着替える。
普段はなるべくシンプルなものを選ぶのだが。
「薄めにして、攻めてやろうかしら」
彼女がこれからデートをする相手は超がつくほどの鈍感。
勿論、告白はまだしない。
あくまで相手に自分のことをちゃんとした女だと意識させるためだ。
「アイツは、女であろうと男だろうと仲間というくくりでしかない。少しくらい女として意識させてやる」
そうして、距離を取ろうものなら。
「寝込みを襲う……いやいや、こんな過激なことを考えるなんて駄目ね」
少なからず自分も緊張しているのかもしれない。
詩乃はそう思いながら時間を見る。
そろそろ約束の時間だ。
着替えを終えた詩乃は外に出る。
今日はのび太とデートだ。
よし、行こう。
「うぅ、緊張するよぉ」
約束の時間の二十分前。
野比のび太は待ち合わせの場所に一人来ていた。
出木杉と相談して、デートの心構えを教えてもらい、待っているのだが。
「ゾンビの射撃って、大丈夫かなぁ?」
詩乃のデートプラン。
期間限定のシューティングゲームに参加。その後は食事や映画という丸一日を費やしたデート。
流れを想像してのび太は緊張する。
果たしてうまくいくかどうか。
「ごめんなさい、遅れたわ」
考えていたら詩乃がやってくる。
「ううん。僕が少し、先についちゃっただけだから」
「そう……どうしたの?」
詩乃はのび太がじっと見ていることに気付く。
「いや、その服、似合っているなぁって」
白を基調とした服を着ている詩乃をみて、感想を漏らすのび太。
小さく詩乃は微笑む。
「そういってもらえると嬉しいわね。さ、行くわよ」
「え、ちょっ!?」
微笑みながら詩乃はのび太の腕を掴んで歩き出す。
思いっきり体で抱きしめられたから彼女のぬくもりを感じてしまってのび太は顔を赤くしてしまう。
「何、赤くなっているのよ?この程度、SAOやGGOでもあったでしょ?」
「いや、あれはVRであって、ほら、リアルとは」
「うるさい、行くわよ」
「えぇ!?」
少し頬を赤くしながらのび太を引っ張るようにして詩乃は歩き出す。
そんな二人を後ろからみている三人の姿に気付かず。
「な、なぁ、明日奈。ドラえもん、こんなこと、しなくていいんじゃないか?」
桐ヶ谷和人は目の前の二人へ静かに問いかける。
「何を言っているんだ!あののび太君がデートなんだよ!?変な問題が起きないか見守る義務が僕にはある!僕はネコ型ロボットである前に子守りロボット!それに、見守るだけだよ。ほら、温かい目!」
「だって、シノのんは少し前に色々あったんだよ!変な連中に絡まれないように見守るのは必要だよ!大事な友達の幸せを願うことは当然よ!ほら、温かい目!」
「二人して、その目はやめろ!」
目の前で変なスイッチが入ったのか尾行する気満々の和人の恋人の結城明日奈。そして、お世話ロボットのドラえもん。
この二人、のび太と詩乃がデートをすると聞いた途端、こんなスイッチが入ってしまった。
「(少し、恨むぞぉ。出木杉ィ)」
二人がデートする情報をリークした相手の顔を思い出して和人は溜息を吐く。
何よりドラえもんがやる気に満ち溢れていることが少し怖い。
相手は二十二世紀のネコ型ロボット、ドジな部分はあるが、本気を出したらとにかく止められない。未来の道具はどれも強敵なのだ。
「二人に見つかるとまずい!これを使おう!」
ドラえもんが取り出したのは“透明マント”。
三人は透明マントを装着して、尾行する。
「(これ、ユウキがデートするときになったら明日奈がどうなるか、少し怖いな。のび太、頼むから変な気を起こすなよ?そうなったら、骨だけは拾うように努力するから)」
親友の未来を想像して和人は小さく合掌した。
「ブルッ!?」
「どうしたの?」
「ううん、少し寒気が……エアコンが強いのかな?」
三人に尾行されていることを知らない二人はあるビルの中へ入っていた。
二人がいるのは期間限定で行われているゾンビを倒すシューティングゲーム。
「そういえば、詩乃ちゃん。これって、警官と女性がゾンビと戦うゲームみたいだけどさ……どっちが警官なの?」
「私に決まっているでしょ、お嬢さん」
「あははは、じゃあ、頑張ってサポートするよ」
支給されているおもちゃの拳銃をみながらのび太は答える。
内心、警官はのび太だろうと思っていたが、狙撃手としてのプライドと、恥ずかしいから自分がヒロインに向いていないと思っているから、詩乃は素直に言えなかった。
「来るわよ、準備は良い?」
「怖いけれど、なんとか」
足が震えているのび太をみて詩乃は小さく笑う。
「何かあれば私が手を引いて、連れて行ってあげるから」
「あははは、お願いします~」
二人はやって来るゾンビに発砲する。
攻撃を受けたゾンビは倒れて、のび太と詩乃にポイントが与えられていく。
不意打ちで襲い掛かって来るゾンビが出てくるがそれはSAOなどの経験からかろうじて回避して撃ち倒す。
「これ、六連発バーストできないなぁ」
「GGOや西部の星みたいなチートするんじゃないわよ」
「だよねぇ……」
そんなことを考えながら逃走をしているが、ゾンビは追いかけてくる。
「どうしょっか!?」
「どちらかが囮になるべきかしらね」
「囮かぁ……あれ?」
ゾンビたちが急に向きを変えたと思うと走り出した。
どうしたのだろうと思うと何かに向かって走っている。
同時にバタバタと悲鳴みたいなものが聞こえていた。
「何、かしら?」
「さぁ、でも」
「「チャンス!!」」
二人は同時に銃を構える。
このゲームにおいて二人は最高得点をたたき出した。
その頃、透明マントで隠れていた和人達は。
「いゃああああああああああああああああああああああああ!」
「明日奈、それはロボット!ロボットだから!振り回さなくていいから!」
暴れる明日奈の手を引いて和人はその場から逃げようとする。
ちなみにドラえもんは足元にやってきた鼠を見て気絶していた。
「くそぉ、なんで、こうなるんだよぉぉぉぉおお!」
和人は二人を連れて全力でゾンビから逃げ続けた。
昼。
のび太と詩乃の二人はファミレスに来ていた。
ハンバーグセットをのび太は選ぶ。
詩乃はピラフをチョイスした。
「それにしても、最後のゾンビたち、あれは苦労したね」
「よく言うわよ。無駄弾使わずにポイント稼いでいたんだから。これでGGOをプレイしていなかったというのが信じられないわ」
「まぁ、ほら、僕、和人としかゲームとかしてこなかったからさ、あまり一人でプレイしようなんて考えなかったんだよねぇ」
「そうなの?」
「うん。ドラえもんがいなくなってから、和人と遊ぶことが多かったから」
「…………そうだったわね。アンタ、ドラえもんがいなくなってからは」
「まぁ、少しやさぐれていましたから」
誤魔化すように口調を変えたのび太。
ハンバーグを食べ終えてから詩乃へ尋ねる。
「えっと、次って」
「映画よ……少し、みてみたいものがあるから」
少し歯切れの悪い詩乃に首を傾げながらのび太は映画のタイトルを尋ねる。
「なんでどら焼きがないのさ!?」
「ファミレスにどら焼きは普通ない!」
「のび太君!そこはシノのんにあーんをするところだよ!」
「明日奈、声を小さくしないと見つかるから!」
「和人「キリト君、静かにしないと見つかる!」」
「……すいません」
二人に怒られて理不尽だと和人は心の中で呟いた。
「いやぁ、星野スミレさん、復帰していたんだね」
「アンタがSAOに囚われてからしばらくして、復帰したみたいよ。噂だと結婚するから引退するみたいな話だったらしいけれど。詳しいことは知らないわ」
星野スミレが主演の恋愛映画を二人はみてきた。
「結婚?」
「えぇ、色々と噂があったわ。落目なんとかとデキていたとかくだらない話もあったけれど、それは違うみたいだし」
「そっか」
のび太は遠い目をして頷いていた。
「アンタ、どうしたの?」
「ううん。ほら、僕らもいつか、大人になるわけじゃない?だから……その、誰かといつかは結婚するのかなぁって」
小学生の頃はしずかちゃんと結婚すると思っていた。しかし、未来は変わる。
彼女は今、出木杉といい雰囲気だし、のび太自身、祝福はしていた。
こんな自分と結婚してくれる人なんているのだろうか?
「……ちょっと、ついてきて」
詩乃はのび太の手を引いて歩き出す。
連れてこられるのは小さな児童公園。
のび太は彼女に言われるまま、ブランコへ腰かける。
その隣へ座って詩乃は無言でブランコをこぎ始めた。
「あの、詩乃ちゃん?」
「結婚」
「え?」
「アンタ、今、付き合いたい人とかいないの?」
のび太の顔を見ないまま、詩乃は尋ねる。
その言葉の真意をわからないのび太は首を振った。
「わかんないかなぁ」
「わからない?」
「うん、少し前まではしずかちゃんと結婚したい!と思っていた。でも、今は違う。それにSAOで生き残るのに必死で恋愛なんて考えてこなかった」
「今は?アンタは色々と親しい女子がいるでしょ?ユウキ、シリカ……私とか」
「そうだけど……」
のび太は悩む。
どうしても、答えを出すことができない。
「……そう、わかったわ」
ブランコから降りると詩乃はのび太の前に立つ。
「詩乃、ちゃん?」
何かする暇もないまま、のび太は詩乃に抱きしめられる。
突然のことに目を白黒させるのび太に囁く。
「アンタは誰かを好きになることが怖いんじゃないの?」
「怖い?」
そんなこと、と否定しようとするが言葉が出ない。
「きっと、アンタは今の幸せな時間が壊れることが嫌で嫌で仕方ないのよ。だから、無理に自分から進もうとしない」
「それは」
「でも、関係ないから」
「え?」
「アンタのことを本気で好きな私達はそんな気持ちを上塗りさせるくらい、愛して見せるから」
「あ、愛して?」
「私はアンタのことが好きよ」
「!?」
のび太は目を見開く。
「何をいまさら驚いているのよ。GGOでも、その……キス、したじゃない」
「あ、いや、あれは」
「初めて、だったのよ」
詩乃の言葉にのび太の顔が真っ赤になる。
あの時のことを思い出したようで二人とも真っ赤。
しばらく、沈黙が場を支配する。
「とにかく!これから私はアンタにどんどんアタックしていく。今が幸せだけじゃなくて、これから私と一緒にいることが幸せだと思えるようにね……」
「詩乃ちゃん」
「言っておくけれど、私を強くしてくれたのはアンタだってこと、忘れないで」
詩乃はそう言って離れる。
「さ、帰りましょう」
彼女の手を掴んでのび太は立ち上がる。
「その前に」
二人はそろってある場所を見た。
「アンタ達、いつまで隠れているつもり?」
「そろそろ、出てきてほしいな。和人、ドラえもん、明日奈さん」
ギク!と音を立てて近くの茂みが揺れた。
「出てこないなら」
「こっちから行くよ」
「ま、待った!」
茂みから透明マントを脱いだ和人が現れる。
「和人……」
「アンタ」
「いや、悪いのはこっちなんだが、すまん。ほんの少しだけ待ってくれ」
「「え?」」
和人の様子がおかしいことから二人は茂みの中を覗き込む。
見なければよかったと二人はすぐに後悔した。
「うわぁあああん!のび太君!ごめんね!僕はそんなことすら気づけなかったよ!お世話ロボット失格だぁあああああ!」
「シノのん!かっこいいよ!うん、私も頑張るよ!キリト君と頑張って幸せになるからシノのんも幸せになってねぇ!いえ、幸せにしてみせるよ!!」
地面に座り込んで泣きじゃくっているドラえもんと明日奈。
その光景を見たのび太は和人へ尋ねる。
「なに、これ?」
「二人の会話を見たらこうなったんだよ……その、すまん」
謝る和人の姿に二人は自然と笑ってしまった。
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41:恐怖のアベコンベ
ロストソングやろうにも、データが消失……飛ばし飛ばしになるかと。
「うーん、これ、どうしようかなぁ?」
のび太の部屋。
道具の整理をしていたドラえもんは手の中にあるハート形の矢印が左右についた道具をみていた。
アベコンベ。
ハートの矢印にぶつかったものはすべてアベコベになる。
この道具の使い道に悩んでいた。
「あれ、ドラえもん」
「おかえり……あれ、ユウキちゃん?」
「やぁ、ドラえもん」
部屋に入ってきたのはのび太と紺野木綿季という少女。
長かった病院生活も終わり、彼女は姉の藍子と一緒に両親が住んでいた家に住んでいる。
住んでいるのだが。
「お姉ちゃんが病院で検査があって今日は帰れないからのび太の家でお世話になろうと思って!おばさんに許可はとってあるから!」
いつの間にか玉子に許可をもらっていたということにドラえもんは驚くが彼女の行動力の早さは驚かされる。
「そういうわけだから、今日はよろしくね!アミュスフィアもちゃんと持ってきたから」
カバンの中から取り出したアミュスフィアをみて、のび太は苦笑するばかりだ。
「じゃあ、今日はここでALOの攻略をしよう!」
「うん!」
二人はそういって布団を敷いてアミュスフィアを起動する。
ドラえもんもアベコンベを机に置いてアミュスフィアを装着した。
「「「リンク・スタート!」」」
三人が仮想世界に入った時、小さな揺れが起こった。
その際に机の上に置いてあったアベコンベが転がり落ちる。
アベコンベの先端が寝ている木綿季の頭にぶつかって。
「なぁ、ノビ坊」
ノビタニアンは仲間たちと共に砂丘峡谷ヴェルグンデの攻略をしていた。
シャムロックが先に攻略されていたりと後手に回っているが今のところ、順調だった。
そんなノビタニアンへサラマンダーのクラインが話しかける。
「ユウキの奴、やけに様子がおかしくねぇか?」
「え?」
クラインに言われてノビタニアンは振り返る。
今は洞窟内の探索をしているのだが、インプのユウキは先ほどから俯いていて表情は長い髪で隠れている。
「そう、かな?」
「アンタね。おかしいに決まっているでしょ」
二人で話をしているとリズベットが話しかけてくる。
リズベットがノビタニアンへ近づくとぴくりとユウキが反応した。
そのことに気付かないまま、ひそひそと話す。
「あんな元気爆発みたいなユウキがおそろしいくらい静かなのよ?アスナがいたら大慌てで心配するレベルよ!?」
「うーん」
首を傾げていたノビタニアンはぞくりと嫌な予感がして振り返る。
そこには紫色の剣を構えているユウキの姿があった。
「ユウキ!?」
驚いたノビタニアン目がけて、ユウキが剣を振り下ろす。
「ちょ、どうし」
「おい!ユウキ!何やってんだ!?」
「うるさいなぁ」
ぶつぶつといいながらユウキは剣を戻す。
「やっぱり、ノビタニアンを閉じ込めないと」
「へ?」
俯いていたユウキは顔を上げる。
その瞳は闇色に染まっていた。
嫌な予感がしてノビタニアンは走り出す。
「逃がさないよ!」
剣を構えて追いかけるユウキ。それから逃げるノビタニアン。
「どうなってんだ!?」
「き、キリト達に知らせるわ!」
別の場所を調べている仲間へメッセージを送り、リズベットはキリト達がやってくるのを待つ。
その頃、洞窟の奥へ逃げたノビタニアン。
「逃がさないといった!」
魔法を用いてステータスの底上げを行ったノビタニアンは身構える。
「みぃつけた」
ゆらりと長髪を揺らしてユウキが剣を構えてやってきた。
その姿はいつもの知る彼女と真逆だ。
「ねぇ、ユウキ。どうしたの?」
「別に……ボクは普通だよ?ただ、我慢できないんだ」
「我慢って、何が?」
「ノビタニアンが女性と話をすることが我慢できない!もっとボクをみてよ!ボクのことを気にかけてよ!我慢できない。他の女性と話をするなんて、ノビタニアンを独り占めするためにボクはこうすることにしたんだ。大丈夫」
ニコリと微笑んでユウキは地面を蹴る。
「痛みはないから!」
振り下ろされる剣を防ぐ。
事前にステータスの底上げを行っていたことと彼女の剣技を見慣れていたことから対処できた。
しかし。
「なんか、いつもより、速くて、重たい!?」
咄嗟に剣で受け止めたがユウキの速度が増している気がした。
これは、本当にヤバイかもしれない。
ソードスキルがないだけマシなのかもしれないが焦らし続けていれば、ソードスキルが使われる。
「よそ見は駄目だよ!」
笑顔で振るわれる剣。
腕に装着していたバックラーで剣を受け止める。
「ボクだけをみてよ!ボクをみてよ!ボク、ボクボクボクボクを!」
ぞっとするような冷たい声にノビタニアンは後ろへ下がろうとした。
下がってしまった。
「隙ありだよ」
ユウキの剣が輝く。
ソードスキルが来る!
ノビタニアンは咄嗟にヴォーパル・ストライクを放つ体勢になろうとした。
「遅いよ!」
紫色の斬撃がノビタニアンを襲う。
ヴォーパル・ストライクのような一撃必殺のような技ではない。連撃技だとノビタニアンは察する。
ヴォーパル・ストライクが打ち消され、多くの斬撃がノビタニアンの体を切り裂く。
攻撃を受けたノビタニアンは壁に叩きつけられた。
「リズ!ノビタニアンは!?」
洞窟内にキリト達がやってくる。
「洞窟の奥へ行ったんだけど……なんか、ユウキの様子がおかしいのよ」
「おかしい?」
首を傾げるキリトへクラインが話す。
「それがよぉ、いつもは明るいユウキがまるで全部が入れ替わったみたいに暗くなって、ノビタニアンに執着しているみたいなんだよ」
「入れ替わる?」
キリトの言葉にドラモンが考える。
「それになんか、独占欲とか……全部、ひっくり返ったみたいなのよね!アタシ達も止めようとしたんだけど……なんか、本気で殺されるんじゃないかと思ったわ」
「でも、ユウキがそんなことをするなんて何か理由があるんじゃ?」
リーファの言葉にみんなが考える中。
「もしかしたら」
「ドラモン、何か心当たりが?」
「実は、ユウキちゃんとノビタニアン君と僕は同じ場所でALOにログインしているんだけど……そこに秘密道具を置きっぱなしにしちゃっていたんだ」
「何の、秘密道具だ?」
「アベコンベっていう道具なんだけど、その道具を使ったものはすべてアベコベになっちゃうんだ」
「もしかして、そのアベなんとかっていうのがユウキの性格を真逆に変えているっていうの!?」
「どうすればいい?」
「僕が今からログアウトしてなんとかするから、少しの間、ユウキちゃんを足止めして!」
「よし、行くぞ!クライン」
「お、おうよ!」
「アタシ達も行くわよ!」
「はい!」
キリト、クライン、リーファ、リズベットが洞窟の奥へ向かう。
攻撃を受けて吹き飛んだノビタニアンにゆっくりとユウキは近づいていく。
「できれば、無駄な抵抗はしないでね。HPをゼロにしたくないから」
ブン!と剣を振るうユウキにノビタニアンは下がることしかできない。
さっきのユウキの一撃を受けた拍子に持っていた剣を手放してしまったのだ。
メニューから武器を取り出そうとすれば即座にユウキに切り伏せられてしまうだろう。
じりじりと下がるノビタニアンへ近づいてくるユウキ。
「ね、ねぇ、ユウキ。どうしてこんなことを」
「ボクだって、ノビタニアンに甘えたいんだ。抱きしめたいんだ」
「甘えたいって」
「だって、最近、ノビタニアンはシリカやシノン……ストレア達といちゃついてばっかりじゃないか!ボクなんか、全然、何にもできていないじゃないか!こんなの、我慢できないよ!」
心の中をぶちまけたユウキはそういうと剣を振り上げる。
「大丈夫だよ。独り占めしたあとは」
「待てよ」
後ろから聞こえた声にユウキは振り返る。
「キリトかぁ」
「ユウキ、お前はドラえもんの道具で性格が逆転しているだけだ。そんなことをすべきじゃない」
「うるさいなぁ、邪魔するならキリトでも容赦しないよ?」
向けてくる剣に対してキリトは二本の剣を構える。
「そういや、SAOでガチのぶつかり合いはしたことなかったな」
不敵に笑っているキリトとユウキがぶつかりあう。
「ノビ坊!大丈夫か!?」
駆け寄ってきたクラインがノビタニアンへポーションを飲ませる。
それを受け取ってHPを回復させた彼はクラインへ感謝してキリトへ叫ぶ。
「キリト!ユウキはOSSを持っているから気を付けて!」
「OSSだと!?」
クラインが驚く中、ユウキがにやりとほほ笑む。
その時、彼女の動きがぴたりと止まった。
同時にユウキの姿が消える。
身構えていたキリトは剣を下す。
「どうやら、間に合ったみたいだな」
「え、どういうこと?」
困惑するノビタニアンへキリトが話す。
「ドラえもんの道具の仕業かぁ……」
「ノビタニアン、一度、ユウキの様子を見てきた方がいいかもしれない」
「そうだね、悪いけど、一度、ログアウトするね」
そういってノビタニアンはログアウトする。
「のび太ぁ」
現実世界へ戻ると心配そうにこちらを見ている木綿季の姿があった。
「ユウキ!元に戻ったんだね!」
「ごめん!ボク、あんなことを」
「仕方ないよ。ドラえもんの道具が原因なんだから」
「それでも、ボクは」
「大丈夫!ユウキは悪くないから」
そういってのび太は彼女を抱きしめる。
「ごめん!本当にごめんなさい!」
涙を流し続ける木綿季の頭をのび太はなで続けた。
尚、今回の騒動の原因であるドラえもんは迷惑をかけてしまった木綿季へどら焼きを謝罪の品としてプレゼントして、彼女に謝り続けたという。
おまけ。
その日の夜、ユウキとのび太は同じ布団の中にいた。
「ごめんね、ボクの我儘に」
「いいよ、これぐらい。それにSAOじゃ、一緒に寝ていたでしょ?」
「そうだったね……でも、ありがとう。のび太」
彼の腕に抱き着きながら彼女は小さく呟く。
「大好きだよ。のび太」
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42:開かずの扉
次の大長編は過去話になります。
SAOで出てくるのは桐ヶ谷兄妹です。
「(やぁ)」
のび太の部屋。
くつろいでいたのび太とドラえもんの前に姿を見せたのはドラニコフだ。
彼はドラえもんズの一員で、メンバーにおいて無口で謎の人。
そんな彼が何を言いたいのかドラえもんズのメンバーは理解できるという。
「暇だから遊びに来たみたいだよ」
「じゃあ、何かで遊ぶ?」
ドラえもんの言葉にのび太が尋ねると、ドラニコフは四次元マフラーからアミュスフィアを取り出す。
「どうやら、ドラニコフはALOの世界に行きたいみたいだよ」
「ALOに?」
「(コクン)」
頷いたドラニコフはアミュスフィアの装着準備を始める。
「そうだね。僕も行こうか……ドラえもんは?」
「ごめん、僕は用事があるからお願いしていいかな」
「うん、わかった!」
頷いてのび太はアミュスフィアを装着する。
空都ラインへ行けば、誰かいるだろう。
そう考えてのび太はドラニコフと共にALOへログインする。
空都ラインへインプのノビタニアンが到着すると先にログインしていたドラニコフことニコフが待っていた。
彼は現実の服装と大差ない姿だ。ちなみにケットシーだ。
「ド、ニコフはどうしたい?ラインを散歩してみる?」
「(コクン)」
ニコフは頷くとノビタニアンと一緒に空都ラインを散歩する。
「おや、お前はノビタニアンではないか」
呼ばれてノビタニアンが振り返るとサラマンダーのプレイヤーがやって来る。
「ユージーン将軍」
サラマンダーの最強プレイヤーといわれるユージーン将軍がやってくる。
彼は赤い甲冑に身を包み、今はないがレジェンダリー・ウェポンの魔剣グラムを操る。
実のところ、ノビタニアンは一度、ALOに初ログインしてから少しした時にユージーン将軍と出会い、デュエルして勝利を収めた。
その時にどういうわけか気に入られて何度かデュエルを申し込まれてしまう。
「あぁ、悪いですけれど、僕は今日予定があって」
「安心しろ、今日は領主会談があり、お前とデュエルしている暇はない」
「あ、そうですか」
「何とタイミングの悪いことか、次こそは」
「あ、はいぃ」
半ば尻込みしながらノビタニアンは頷く。
彼は残念そうに肩を叩いて去っていった。
「(?)」
ニコフが不思議そうに尋ねてくる。
「えっと、デュエルして、色々と目を付けられちゃってね」
ノビタニアンが苦笑していると彼に声をかける者たち。
「あ、ノビタニアンさん!」
「やぁ、シリカちゃん。キリト、アスナさんも」
「こんにちは……そちらの人は」
「ニコフだよ」
「あぁ、ドラモンの友達か」
やってきたのはシリカ、アスナ、キリトの三人だ。
「三人はこれから攻略?」
「開かずの扉へいってみようと思ってな」
「開かずの扉って……?」
「氷山地帯に氷に閉ざされた扉が発見されたそうなんです。周りに強い敵がいるわけではないので、扉まで行くこと自体は難しくはないらしいのですが……」
氷を溶かす方法がわからないのでその先へ行くことができないという。
「何か、キリトが喜びそうな話だね」
「うふふ、やっぱり、ノビタニアン君はキリト君のことをよくわかっているね~」
アスナがからかうように二人へ言う。
「おいおい、やめてくれよ」
「そうだよぉ」
「新しい攻略にキリトさんは目がないですから。それで、その扉を調べに行くことになったんです!それで」
「僕とニコフも暇だから、行ってみようかな?」
「(コクン!)」
キリト、アスナ、ノビタニアン、シリカ、ニコフの五人は目的の場所へ向かう。
途中、モンスターが現れた。
「なんというか……その」
「シリカは知らなかったな。ニコフは丸いものを見るとスーパーウルフマンに変身するんだよ」
キリトの言葉にアスナは苦笑するしかできない。
「え、あの、ニコフさんって、ドラモンさんと同じネコですよね?」
「そこは気にしないで上げて」
道中、丸いモンスターが現れたためにニコフが狼男へ変身してしまうという問題が発生しながらも目的の扉の前に到着した。
「これは力ずくでどうにかできるものじゃないね」
ノビタニアンの前に広がるのは分厚い氷の壁で閉ざされたドアだ。
試しにノビタニアンが氷に触れてみた。
「何か仕掛けがあるって考えて、まず間違いはないと思うけど」
「少し、調べてみましようか」
「(コクン)」
扉周りを調べていた時。
「あ」
アスナが声を漏らす。
「何か見つけたか?」
「みんな見て!この扉、よく見たら表面になにか書いてあるみたい」
「本当ですね!氷のせいでかなり見づらいですね」
「でも、手がかりを見つけたね!」
「!!」
キリトが扉の文字へ目を凝らす。
「妖精族の…、…腕を広げ、…を抱かん。想いし心……囁けば、扉……開かれん……」
「うーん、肝心なところがわからないね。何を示しているのかな?」
「これだけじゃ、情報が足りないね。他に手がかりはないかなぁ」
「いえ、あたし、なんとなくわかった気がします!」
「!?」
「え、本当?」
「これは多分……『抱き合って思いの丈を囁けば扉が開く』ってことなんじゃないでしょうか?」
「きゅる!」
「……………………えっ?」
「い、いや、シリカ?それはさすがにないんじゃないか?」
「ま、まぁ、今の文だけなら、そう考えるかもしれないけれど……」
「?」
「確かに、それみたいな文面をしているけれど、そのままの意味じゃないんじゃないかな?」
「そうでしょうか?でも、試す価値はあると思います」
シリカは力説する。
「本当の気持ちを囁く。それができるプレイヤーが居なくて、今まで扉は開かれなかった。そう考えることはできないでしょうか?」
「うーん、まぁ、試す価値がないでもないか。じゃあ、試しにやってみるか?」
「ま、まぁ、やってみるだけなら」
「とはいってもどんなことを言えばいいのかな?」
首を傾げるアスナ。
「想いし心ですから、相手を思う気持ちがあれば、どんな囁きでもいんじゃないでしょうか?」
「相手を思う……かぁ」
「あ、あの!もし、よければ、あたしからノビタニアンさんへの思いで試させてもらえませんか?」
「え、僕?」
「あっ、ぅぅ、他意はないんです!もちろん、こういう場合、キリトさんとアスナさんがいいっていうのはわかっていますよ!」
「し、シリカ!?」
「や、やだな!何言っているの!?」
「(ポッ)」
「ニコフ!?」
顔を赤くして二人を見守るニコフの姿を見てつい、ノビタニアンが叫ぶ。
「感謝の気持ちは本物ですから……お願いです!やらせてください!」
「うん。いいよ、シリカちゃん」
「そんな風に言われたら断れないな。な?」
「わ、わかったよう」
「あ、ありがとうございます!」
「シリカちゃんの気持ち、ちゃんと受け止めてあげないとダメだからね」
「う、うん……えっと、おいで?」
「は、はぃ……」
ノビタニアンが手を広げるとシリカはおずおずとその腕の中へ入っていく。
「ノビタニアンさん、いつも、いつも、あたし達のこと守ってくれて、ありがとうございます。あたしも、これから一生懸命、ノビタニアンさんのお役に立ちますから!だから、これからもたくさん一緒に冒険してくださいね」
「ありがとう、シリカちゃん、僕もシリカちゃんがいてくれて、とても助かっているよ。これからもよろしくね」
ノビタニアンの言葉にシリカは顔を真っ赤にしてより強く抱き着いた。
しかし、扉に変化はない。
「なにも、起きないみたいね?」
「そうみたいだな」
キリトが扉を見てから、シリカへ声をかける。
「シリカ?」
「きゃあああ、ご、ごめんなさい!いつまでもくっついたままで!や、やっぱり、あたしじゃダメみたいですね」
顔を赤くしてシリカは下がる。
「うーん、そもそもの条件が違うんじゃないか?」
「いえ、まだわかりません!思の丈が足りなかったかも!」
「きゅる!」
シリカに同意するようにピナも頷く。
「そうだ、お互いを思いあう気持ち……わかりました!ここはキリトさんとアスナさんの愛の力じゃないと開かないんですよ!きっとそうです!」
「あ、愛の力!?」
「そうです!それがわかれば善は急げですよ!」
「何か……歯止めがきかなくなってきているみたいな?」
「あははは」
ノビタニアンの言葉にキリトは苦笑する。
「シリカ……本当にこれで扉が開くのか?」
「ま、まぁ、二人ともやってみてよ」
そういわれてアスナとキリトは互いを見る。
ノビタニアンとシリカは少し離れた。
「あっ、あ、あたし、後ろ向いてますから!」
「僕も……ほら、ニコフも」
「(しょぼん)」
三人は後ろを向きながらも耳を澄ませる。
「そうだね、分かった。シリカちゃんが頑張ってくれたのにここであきらめちゃダメだよね」
二人は距離を詰めていく。
「はぁ、仕方ない。わかった、やろう」
「キリト君。愛しています。これからもずっと、キリト君の隣にいたいな」
「俺もだよ、アスナ。これからも絶対、手を離さないから」
「キリト君……」
互いに顔を見つめあう。
その瞳はゆらゆらと揺れている。
もし、誰もいなければ、キスをしてしまいそうな空気だ。
「はぅぅ」
「きゅるぅ」
「いやぁ、これは」
「(ポッ)」
「や、やっぱり何も起こらないね!」
「そ、そうだな、ほら、シリカ、やっぱり条件が違うんだよ」
「うぅぅ、こんなにロマンティックなお二人の囁きでも扉が開かないなんて」
「シリカちゃん、顔真っ赤よ?」
「アスナさんも真っ赤です。うう、自分で告白するのも、お二人の告白を聞いているのも恥ずかしかったです」
「俺も久々に精神力を削られた気持ちだよ」
「僕も、疲れたよ」
「今日のところは一度、街に戻らないか?」
「賛成~」
「うん、そうだね。そうしよう」
「うぅ、わかりました、そうしましよう」
この時、ニコフがじぃっと壁をみていることに四人は気づかなかった。
数日後。
エギルの店でくつろいでいたキリトへアスナがあるものをみせる。
「ねえねえ、キリト君、シリカちゃん、ノビタニアン君!これ」
「MMOトゥモロー、ALOの攻略記事か、どれどれ?」
「あ、これ、この前の開かずの扉ですか!」
「そうなの!やっぱりあれ、全然違う条件があったみたい」
「攻略されちゃったのかぁ」
ノビタニアン達は記事を読む。
「成程、あの扉のすぐそばに雪に埋もれた妖精のレリーフがあったみたいだな」
「そうなんですか!?全然、気が付かなかった」
「情報通りだと初見だと見落としそうな位置だなぁ」
「クリアされていないクエストだったし、うまく隠されていたみたい」
「その妖精のレリーフの手に愛の唄ってアイテムをはめ込めばクリアだったらしい」
「囁くのは、自分たちの想いじゃなかったみたいだね」
「だな」
「中々に、恥ずかしい体験だったな」
「次からは慎重に行きましょ」
「それで、これを攻略したのはぁあああああああああああああああ!?」
キリトが大声を上げる。
「ど、どうしたの?」
「これを見ろ!」
三人がのぞき込み、同じように声を上げる。
攻略者のところに載っている人物。
ニコフ、ドラモン、キッド、マタドーラ、ドラメッド、ドラリーニョ、王の七人だった。
「油断ならないなぁ」
記事を見て、キリトは小さくため息をこぼした。
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43:伝説の武器を求めて
「のび太!のび太!」
SAO帰還者の学校。
荷物をまとめていたのび太を紺野木綿季が呼び止める。
「どうしたの?」
「あのね、ALOのことなんだけど、この前、行ったクエストで新しい発見があったんだ!今日、ログインできる?」
彼女が言うクエストとはレジェンダリー・ウェポン入手の話だろう。この前はクエストを達成したのだが、肝心の武器が手に入らなかった。
木綿季はそれが悔しくて情報屋のアルゴに探してもらっていたという。
「うん!この前のリベンジだね。じゃあ、スリーピングナイツのメンバーも?」
「欠席者がいるけれど、大丈夫だよ!じゃあ、帰ったらすぐにALOにログインだからね!」
「わかったよ」
ビューン!と弾丸のように彼女は去っていく。
車椅子が不要になったから余計に元気の塊のようにみえる。
「のび太君、今、木綿季が」
「あ、うん。ALOにログインするんだぁーって、急いで帰っちゃった」
入れ替わるようにやってきた明日奈が廊下から顔を出す。
傍には恋人の和人がいる。
「本当に元気だな、ユウキの奴」
「まぁ、毎日が楽しいみたいだから」
少し前まで病床生活だったからこそ、今の世界が素晴らしく思えるのだ。
「のび太も帰るんだろ?俺達と途中まで帰らないか?」
「え、いいの?二人っきりの時間を潰しちゃうけれど」
「もう!リズみたいにからかわないでよぉ!」
「大丈夫だ……ALOも一緒だからな」
「……わかったよ。リズさんがこういうのをバカップルっていうんだって」
苦笑しながらのび太は立ち上がる。
「おう!のび太!」
三人で歩いていると反対側からジャイアンがやってくる。
「あれ、ジャイアン?」
「お前ら、ALOにログインするんだろ、出木杉やみんなが今日、インできないみたいでさぁ、そっちに参加してもいいか?」
「私達は良いけれど」
「ごめん、僕はユウキ達と攻略に出るから、ユウキに聞かないといけないんだ。インした後にメッセージを送るよ」
「すまねぇな、んじゃ、後でなぁ~」
ひらひらと手を振ってジャイアンと別れる。
その後、和人と明日奈の二人とも別れてのび太は家に帰ってALOにログインした。
「遅いよぉ!ノビタニアン!」
「ごめん、ごめん」
待ち合わせ場所の空都ラインへ到着すると腕を振り回して怒るユウキの姿がそこにあった。
彼女の他にサラマンダーのジュンとウンディーネのシウネーがいる。
「あれ、ランさんは?」
「姉ちゃんは用事、他のメンバーもリアルの都合で来られないんだ」
「そうだ、ジャイトスを呼んでもいい?後、キリトやアスナさんも」
「そうだね、これから受けるクエストはアルゴからの情報だけど、かなり大変だって~」
「……なんというか、もう少し情報を集めておいても」
「もう、ユウキは」
「ごめん。ノビタニアンさん。うちの仲間が」
「いや、気にしてないから……SAOでもこんなんだったから」
ユウキの無茶ぶりは今に始まったわけではない。
ノビタニアンはジャイトス、アスナとキリトへメッセージを飛ばす。
すると、すぐに返事が届く。
どうやら、全員参加可能のようだ。
しばらくして、ジャイトス、アスナ、キリトの三人がやって来る。
「おう!来たぜ!」
「ようし!これからレジェンダリー・ウェポン獲得に行くよぉ!」
拳を突き上げて叫ぶユウキに全員が頷いた。
「それで、どうしてこうなるんだよ!?」
薄暗い洞窟の中、全力で走りながらジャイトスが叫ぶ。
「そりゃ、トラップに触れたからだろ!?」
同じように走っているキリト。
ノビタニアン達は洞窟の中を全力で走っていた。
その後ろを無数の蛇の群れが追いかけている。
「なんか、これと似たようなこと、随分、前にあったぞ!?」
「マヤナ国だよ!」
ジャイトスにノビタニアンが話す。
後ろから追いかけている蛇は真っ白で赤い瞳をしていた。
かつて、タイムホールの負荷によってマヤナ国という場所に繋がったことがあり、そこでノビタニアン、ジャイトス、キリトは白い蛇の群れに遭遇したことがある。
「魔法で倒したりしてみたけれど、キリがないよぉ~」
「どこかでやり過ごすしかないわ!」
ユウキが涙目で叫ぶ。
「みて、あそこ!」
視線の先に出口が見えてきていた。
「出口だ!」
全員が勢いよく飛び出す。
そこは川の上だった。
『え!?』
ぽかんとした表情のまま、全員は川の中に落ちていった。
事の始まりは数十分前。
前に受けた山に隠された洞窟があり、そこを攻略すればレジェンダリー・ウェポンが手に入るという。その洞窟の中でトラップに引っかかって全力で逃げていた結果。
川の中に落ちていく。
「ひ、酷い目にあったぜ」
「ジャイトス、大丈夫か?」
川から這い出たノビタニアン達は近くの岩場で休憩していた。
「山のダンジョンで、地下水が流れている……気を付けないと、永遠に迷ってしまうかもなぁ」
「そうだね。何か情報があればスムーズに行けるかもね」
「情報かぁ、ユウキ。何かアルゴさんから聞いていない?」
「ごめん。可能な限り情報を集めてもらったんだけど。ここにウェポンがあることしかわかっていないんだ」
「……そっかぁ」
「パパ!」
ぴょことキリトの服からユイが現れる。
「ユイ、どうしたんだ?」
「この先の道に強力なモンスターがいます」
怯えた様子でユイが先につながる道を指さす。
「モンスター?」
「はい、このダンジョンに生息するモンスターの中で一番の強さです」
「おお!腕が鳴るぜ!」
「暴れてやります!」
「ユウキ、どうする?」
「勿論。行こう!」
彼らは道を進む。
しばらくして、開けた空間に出る。
「ノビタニアン!あれ見ろ!」
先を歩いていたジャイトスの指の先。
そこには壁に刺さって輝く剣がある。
「あれが、レジェンダリー・ウェポンじゃねぇのか!?」
「そうかも!」
興奮してジャイトスとジュンが駆け出す。
「あ、二人とも、危ないですよ!」
シウネーが注意するも二人は飛び出して戻ってこない。
その時だ。
「パパ!何かが上から来ます!」
「みんな!気をつけろ!」
キリトが叫んだ直後、天井から黒い影が降り立つ。
「こいつ!?」
その姿を見たキリト達は驚きを隠せなかった。
なぜなら、その敵と彼らは一度、遭遇しているのだ。
「リベリオン……ナイト」
SAOで倒した叛逆の騎士。
その姿は前と少しばかり差異はあったが、間違いない。
「どうして、こいつが!」
「ユイ、どうして」
「わかりません、ですが、ALOはSAOサーバーを利用しています。もしかしたら、そのデータがこちらで再現されたのかもしれません」
「そうか、とにかく。強敵だ!みんな、油断するな!ジャイトス、ジュン、でタンクを頼む!」
「任されよ!ジュン、あのモンスターの一撃は強力だ。危なく感じたらすぐに離れろよ!」
「はい!大丈夫っす!」
「アスナとシウネーさんは後方で支援を!ユウキ!ノビタニアンはわかっているよな?」
「勿論!」
「任せて!」
「ようし、行くぞ!」
先陣を切るようにキリト、ユウキ、ノビタニアンが走る。
三人を見てリベリオンナイトは巨大な大剣を振り上げた。
「こっちだぜ!」
「俺達が相手っす!」
ジャイトスとジュンが挑発行為をする。
それに反応してリベリオンナイトが大剣を突き刺そうとした。
魔法でステータスの底上げを受けた、ユウキが攻撃の隙間を潜り抜けて、ソードスキルを繰り出す。
紫色の剣の攻撃を受けて大きく後退するリベリオンナイト。
「行くぞ!」
「オッケェエエエイ!」
二刀流のキリト、片手剣ソードスキルを放つノビタニアンの攻撃。
キリトの連続攻撃の硬直をカバーするようにノビタニアンの斬撃がリベリオンナイトを切り裂く。
しかし。
「なに!?」
「HPが減っていない!?」
「ウソだろ!?キリト達の攻撃だぞ!?」
叛逆の騎士はどういうわけか攻撃を受けているのにHPが減少していない。
「こんなことがありえるのか?」
キリトが困惑の声を漏らす。
攻撃を受けた騎士はのけ反ったと思うと拳で地面をたたいた。
「おい!なんか出てきたぞ!?」
ジャイトスの言葉通り、地面から人のようなものが現れる。
その姿を見たジャイトスは目を見開く。
羽飾りのついた兜、顔の上半分をフェイスマスクのようなもので身を包み、鍛えられた肉体をさらけだした男。手には石槍が握られている。
男の姿をジャイトスは知っていた。
「てめぇは、コアトル!」
嘗て、マヤナ国でジャイアンが戦った槍使い。
その姿にジャイトスは自身の斧を構える。
「いいぜ、またてめぇとは戦ってみたかったんだ!ジュン!てめぇは下がっていろ!こいつは俺の獲物だ!」
「は、はい!!」
驚くジュン。
ジャイトスは自身の武器を構える。
「来いよ。成長した俺の力を見せてやるぜ!」
斧を構えてジャイトスは駆け出す。
「……待てよ」
攻撃をしていたノビタニアンはふと、動きを止める。
目の前のリベリオンナイトのHPは減っていなかった。
そして、ジャイトスの前に現れたコアトル。
こちらはHPの減少は起こっている。
「なーんか、こんなことが前にもあったような?」
「ノビタニアン、どうした!?」
「……みんな!鼻をつまんで!」
「え!?」
驚いた声を上げるシウネー。
誰もがノビタニアンの言葉に戸惑う。
彼らを除いて。
「よし!」
「わかったぜ!」
「オッケー!」
「え、えっと、うん!」
キリト、ジャイトス、ユウキ、アスナは鼻をつまむ。
少しして、ジュン、シウネーも続く。
しばらく鼻をつまんでいると急に叛逆の騎士の姿が消える。
「そうか、あそこか!」
キリトの視線は洞窟の上、岩の上で隠れている術者の姿を捉えていた。
「こんな展開、前にもあったなぁ!」
コアトルの槍攻撃を受け流してジャイトスがソードスキルを放つ。
「こ、これはどういうことでしょう」
「幻術です」
後退したノビタニアンが戸惑うシウネー達に話す。
「あそこにいる術者が香りで僕達に幻影をかけていたんだ。普通ならバッドステータスにでるんだけど、体に悪影響を与えるようなものじゃないから、気付かなかったんだ」
「で、でも、どうして、初見で気づいたんだよ?」
「まぁ、体験済みだったからかな」
ノビタニアン、ジャイトスはかつてマヤナ国である術者の幻術に引っかかったことがある。
その際、鼻をつまんで回避したのだ。
丁度、キリトが術者を倒したようで目の前に存在していたリベリオンナイトが消滅する。
「って、おい!?俺様を放置か!?」
「だって、一対一でしょ?邪魔しちゃ悪いじゃん」
ユウキの言葉にジャイトスは苦笑いを浮かべながらコアトルと戦っている。
危なかったら参戦することも考えたがジャイトスの顔を見てその判断はなしにした。
悪態をつきながらジャイトスはコアトルのHPを削り取っていく。
「本当は槍のスキル取得も考えたんだがなぁ、これが俺様には丁度いいんだよぉぉぉおおおお!」
叫びと共に両手斧のソードスキル“ヴァイオレント・スパイク”を繰り出す。
コアトルは防ぐことも出来ず荒々しく振り下ろされた二連撃をその身に受けた。
HPを刈り取られ、コアトルのHPはゼロとなり消滅する。
「うし!どんなもんだい!」
両手斧を振り回し、雄叫びを上げるジャイアンにジュンやユウキが拍手を送る。
「倒したのに、終了の通知が出ないな」
キリトが周りを見渡して呟く。
「そうだね。まだ、何かあるのかな?」
「例えば、あの剣を抜かないといけないとか?」
ノビタニアンが壁に突き刺さっている剣を指さす。
「ありえるな。とにかく、行ってみるか」
キリトとノビタニアンは突き刺さっている剣に近づいた。
「凄いな、レジェンダリー・ウェポンだぞ……片手直剣、クラウ・ソラス……前に見たエクスキャリバーに匹敵するステータスだ」
驚くキリトが剣へ手を伸ばした時。
ザシュと地面に矢が刺さる。
「なに!?」
「キリト君!あそこ!」
洞窟の上から影が降り立つ。
背中に赤いマントを羽織り、兜はタカか何かを模しており、顔の部分は琥珀色の仮面のようなもので隠されている。
降りてきた相手は地面に刺さっているクラウ・ソラスを抜き取る。
「これを欲しければ、私を倒すことだ」
クラウ・ソラスを構えて相手は言う。
それと同時にHPと名前が表示される。
HPバーは一本。
相手の名前は太陽王。
「え?」
その姿にキリトは驚く。
現れた名前は少しばかり衝撃だった。
キリトが剣を構えようとした時。
「貴様」
クラウ・ソラスの剣先をノビタニアンへ向ける。
「この剣を欲しければ、インプの剣士、貴様が相手をするのだ」
「僕?」
戸惑いを隠せないノビタニアン。
太陽王は頷いた。
少し考えてノビタニアンは頷いて剣を手に取る。
「わかった、僕が相手だ」
ブンと剣を構えた。
ノビタニアンが頷くとデュエルが始まる。
「え、これはどういうこと?」
「どうやら、あのNPCが現れたことで強制デュエルが発動したみたいです。ママ」
戸惑うアスナにユイが話す。
「でも、なんで……ノビタニアン君を」
「多分、このクエストはあれをモデルにしているんだ」
「あれ?」
「なぁ、キリト。これって、マヤナ国だよな」
「あぁ、間違いない」
「キリト、ジャイトス、マヤナ国って?」
「SAOで大冒険について、話しただろ?かつて、ドラえもんの道具でマヤナ国というところに行ったことがあるんだ。そこはティオっていう王子がいたんだよ」
「とっても強い奴だったぜ」
「ねぇ、もしかして」
「あぁ、茅場はSAOのデータにノビタニアンの大冒険の記憶を設定していたといっていた。このALOにそれが反映されているとしたら、あり得ない話じゃないだろ?」
「じゃあ、あれは」
「おそらく、ティオをベースにしている敵だ」
「ノビタニアンは勝てると思うか?」
小さい時の相手とはいえ、ティオは強かった。
力と技が成長している姿と想定して、果たしてノビタニアンはどこまで。
「やれるさ」
ジャイトスにキリトは言う。
その目は絶対の自信があった。
「SAOで二年間。ALOやGGOで強くなっているのは俺達だけじゃない。いくら相手がティオだろうとノビタニアンは負けない。何より」
ニヤリとキリトは笑みを浮かべる。
「三剣士と数えられている白銀の剣士がそうそう負けるわけがないだろ?」
「そうだよ!ノビタニアンなら大丈夫だ!」
「(見える……相手の動きが!)」
太陽王の繰り出される剣の突撃を右へ左、時に剣で受け流しながらノビタニアンは戦っていた。
相手の動きがわかる。
自ずとその理由は分かっていた。
大冒険、SAOの戦い、ALOやGGOの戦いで成長を怠らなかったからこそ、得たものだろう。
しかし、長引けば自分が不利になる。
相手が使う武器は伝説級。
ランと戦った時もなんとかやりあえたが、それ以上の力があるのか、使い手の問題なのか武器の耐久値はかなり減少していた。
「(またリズさんに怒られるよぉ)」
「よそ見とはいい身分だな!!」
太陽王が繰り出したソードスキルがノビタニアンに迫る。
直撃したらHPが大幅に削られてしまうだろう。
ならば。
ノビタニアンは地面を蹴る。
額に刃がぶつかる直前、体をそらして太陽王の懐へ入り込む。
「!?」
仮面の向こうで太陽王が目を見開いている中、ノビタニアンの剣が輝く。
事前にインプの魔法、エンハンス・ダークを発動していたことによって闇色の輝きを放つ。
繰り出されるソードスキル“ノヴァ・アセンション”が太陽王の体を切り裂いた。
太陽王はくぐもった声をあげて後ろへ下がる。
「……見事だ」
体にノイズが入りながら太陽王がいう。
「強くなったな……」
「そうかな?まだまだだよ」
「だが、貴様はこの剣を受け取る資格を得た。受け取るがいい」
「……ありがとう」
太陽王が差し出したクラウ・ソラスをノビタニアンは受け取る。
「(重たい)」
両手にずっしりと感じる重み。
今の自分では使いこなせないだろうとノビタニアンは思う。
「僕は、この剣を使いこなせるような剣士になるよ。絶対」
「……頑張れ」
太陽王の体が消滅する。
同時にクエスト終了の音が鳴り響く。
「ノビタニアン!」
「う、わわ!?」
振り返るとユウキがノビタニアンに抱き着いた。
バランスを崩してしまい、しりもちをつく。
「やったね!レジェンダリー・ウェポン!」
「うん、ユウキ!やったよ!」
「おめでとう、ノビタニアン」
「やったな!」
仲間達が次々と賛辞の言葉を贈る。
ノビタニアンは素直に喜ぶ。
「それで、どんな武器なんだ?そいつは」
ジャイトスの言葉にノビタニアンは両手の中にあるクラウ・ソラスを見せる。
ステータスを見て、ジュンやジャイトスは驚きの顔を浮かべ、シウネーはにこにこと微笑んでいた。
更新遅れてしまい、申し訳ありません。
余裕があれば、明日も投稿する予定です。
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44:銀河グランプリ(前編)
のび太はドラえもんに尋ねる。
「ねぇ、ドラえもんはどんな誕生日プレゼントが欲しい?」
ある日の夜。のび太は近づいているドラえもんの誕生日のことで話し合っていた。本来は2112年なのだが、のび太達はドラえもんの生まれた日で祝うことにしていた。
「僕は気持ちがこもっているならどんなものでも嬉しいんだ」
「そっかぁ……ねぇ、ワックス塗りすぎじゃない?」
ドラえもんは全身がテカテカするほどにワックスを塗りたくっていた。
全身がてかてか輝いていて少し派手じゃないかと思っていた。
「明日は同窓会だからね!これぐらいの方がいいのさ」
「そっか、楽しみだね」
のび太の一言にビクン!とドラえもんが反応する。
「あれ、楽しくないの?」
「そんなことないさ!さ、おやすみ!」
そういってドラえもんは自室へ入っていく。
電気を消して部屋の中を覗き込む。
気落ちした様子のドラえもんが鏡を見て息を吐いていた。
不思議とその様子がのび太は気になった。
「ノビタニアン、何をしているの?」
ALOの中、海岸の傍で佇んでいるノビタニアンの姿を見つけてユウキが声をかける。
「うん?あぁ、ユウキか。少し考え事」
「考え事?」
「うん、そろそろドラモンの誕生日が近いからプレゼントをどうしようか考えていたんだ」
「ドラモンの誕生日かぁ、どら焼き五十個じゃダメかな?」
「前にそれと似たようなことをしたからね、他のことをしてあげたいなって」
「……そういえば、少し気になっていたんだけど」
ユウキは前から気になっていたことを尋ねることにした。
「どうして、ドラモンって、リアルだと耳がないの?」
「あぁ、それ?ドラモンが昔、鼠に耳をかじられちゃったんだ」
「耳を?体が黄色いことは知っていたけれど、そんなこともあったんだね」
「うーん、そうだ」
ポン、とノビタニアンは手を叩く。
「ドラえもんに耳をプレゼントしよう!」
これが新たな騒動のはじまりになると彼らは知らなかった。
近づいてくるドラえもんの誕生日に向けてのび太、和人、直葉、明日奈、ユウキで打ち合わせをするためにのび太の家へ来ていた。
「あれ、ドラえもん、同窓会だったんじゃないのか?」
中へ入るとドラえもんが蹲っていた。
「ドラちゃん?」
「や、やぁ、お帰り」
「何、その頭につけているおにぎりみたいなの?」
「!?」
のび太の言葉にドラえもんの目が開かれる。
「何かの仮装でもするのか?」
「もしかして、同窓会で芸でもするとか」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ」
泣き声を上げてドラえもんは家を飛び出していった。
「な、何だったんだ?」
「びっくりしたぁ」
「あ!ドラえもんの同窓会の写真かな?」
ユウキが机に置かれている写真を見る。
「ドラちゃん、一人だけ青いなぁ……ドラえもんズはいないのかな?」
「他は黄色いんだね。もしかして、ずっと前にいっていた、特別クラス編入前の同窓会なんじゃないかなぁ?」
直葉とユウキが話をしている中、のび太は落ちているパンフレットを拾う。
そこには猫耳を付けたモデルたちの姿があった。
「そうかぁ!?」
のび太は気づく。
ドラえもんは耳がない。
同窓会でも自分だけ色が違うことなど、色々と気になっているものがあるのかもしれない。さっきのおそらく自分に耳をつけようとしていたのだ。
「何か、悪いことしちゃったかも」
明日奈の言葉にのび太達が俯いていると引き出しが音を立てて開く。
「おめでとうございまーす!ドラえもんさんに!ギャラクシーレースの参加資格が当たりましたぁああああ!」
「へ?」
「ギャラクシーレース?」
「何、それ?」
現れた女性に困惑するのび太達。
その女性は簡単にギャラクシーレースについて話す。
銀河をまたにかけたレースで優勝すればどんなものでも手に入るという。
「どんなものでも?」
「はい、野球場、星、どんなものでも手に入ります」
どんなものでも、と聞いてのび太は手の中にあるパンフレットを見る。
ドラえもんに耳がプレゼントできるかもしれない。
そう考えたのび太は。
「僕、参加する!」
「え!?」
「のび太?これはドラえもんが」
「参加者は多い方がにぎやかになりまーす!」
「じゃあ、ボクも!」
「ちょっと、ユウキ!」
「私も少し、興味あるかも」
それぞれがボードに名前を書き込んでいく。
現れた女性、カレンがタイムホールを開いて、みんなを連れていく。
「あ、のび太君?」
「さ、行こう、ドラえもん」
「え、どこに?」
「ギャラクシーカーレースさ!」
現れたドラえもんにのび太が話す。
「えぇ、レースなんて、僕、知らないよ!?」
「またまたぁ」
「ドラえもんがいないと二十二世紀から人がくるわけがないだろ?」
驚くドラえもんにのび太と和人が言う。
「そろそろ到着します」
カレンが言った直後、座っていた椅子が跳ね上がり、投げ飛ばされる。
のび太達が地面につくと大量のスポットライトが当たった。
『最後に特別枠として二十世紀の少年レーサーたちの登場です!』
「キミ達への拍手だよ、答えたら」
困惑しているのび太の前に白いタキシードを着た男性が促す。
「うわぁ、嬉しいな!どうも、ありがとう!」
戸惑いながらみんなは拍手に答える。
「なんか、恥ずかしいね」
「そうだな」
明日奈と和人は戸惑っている中、直葉は威嚇するようにドラえもんがネコのロボットを見ていることに気付く。
ギャラクシーレース。
それは星を超空間でつないで行われるレース。
危険な星もあって、中には負傷者もいたという。
ドラミからその話を聞かされて和人は驚いていた。
「そんな危険なレースにドラえもんが招待されたのか?」
「だから、僕は知らないって」
「どういうこと、かしら?」
「タヌキや子供が参加するには危険なレースだ、やめておきな」
困惑する明日奈達に声をかけたのはデポン。
「僕はタヌキじゃ!」
「ドラえもんはタヌキじゃない!ネコ型ロボットだ!それにレースはやる前に勝負がつくわけじゃないでしょ」
「成程、それは確かに一理あるな。ほら、ご褒美」
白いネコ型ロボット、デポンは皿をのび太へ渡す。
「何それ?」
「パンの耳……」
「耳?むかぁ!!」
ドラえもんが顔をしかめる。
「とにかく、レースに参加する!」
「参加するにしても車が必要よ?私やお兄ちゃんの使う道具はデパートのものだから、こういうレース向きじゃないの」
「え!?」
「車がないんじゃ、参加できないなぁ」
和人の言葉にのび太は考える。
「車を貸してもらえるように探してくる!!」
「あ、ボクも行くよ!!」
「……俺も行くか」
駆け出したのび太とユウキ。その後を和人は追いかけることにした。
「ねぇ、なんでのび太はレースに出ようとしているの?」
「ドラえもんに耳をプレゼントしたいんだ」
「耳?」
「そっか、ドラえもんはもともと、耳があったな」
のび太の言葉で和人は思い出す。
思い出してユウキも納得する。
「だから、レースに勝ってドラえもんに耳をプレゼントしたいんだね」
「そう、だからレースに勝ちたい……そのために」
「車が欲しいのか、よし、俺達も手伝うぜ!」
和人の言葉にのび太は涙を浮かべて二人の手を取る。
レース当日。
「何か、私達も参加できたね」
明日奈はベンガルという人から運よく?車を借りることができた。
助手席に直葉の姿がある。
「それにしても、キリト君やのび太君達は大丈夫かなぁ?」
「あ、いたよ!……ぇ?」
直葉が身を乗り出す。
先を見て目を丸くする。
「……すっごい、恥ずかしい」
「言わないで、まさか僕もこんなものだなんて」
「おっかしいなぁ、ボクの設計図通りに頼んだのに」
黄色いアヒルの乗り物?に和人、のび太、ユウキ、ドラえもんが乗っていた。
「何か、これで安心したよ」
ユウキの持っている設計図を見てドラえもんが安堵の声を漏らす。そこには不死鳥みたいな落書き?が描かれている。
「キリト君!」
「アスナ!?その車は?」
「ベンガルさんに借りたの。でも、みんな、それは……」
「まぁ、色々ありまして」
あの後、自転車屋ゴンスケの一漕ぎ三百メートルのアシスト自転車を車に変えてもらったのだが。まさかのアヒルさんに三人は言葉を失ってしまう。
「まさに醜いアヒルの子だな」
デポンの言葉に四人は顔をしかめる。
「見てろ!?絶対に優勝してやるからなぁ!」
デポンに対抗心を持つドラえもんが憤慨していた。
レースは四つの惑星を超空間で通って行われる。
彼らの周りには様々なレーサーの姿があった。
「何か、緊張してきた」
「うぅ、ボクもだよ」
「頑張るよ!」
開始のブザーが鳴りだしても彼らは動けなかった。
「お、おい!?」
気付いた和人に言われて慌ててのび太とドラえもんがペダルをこぐ。
その瞬間、ものすごい速度で他の車たちを追い抜いていた。
「すっごい!?」
「あの爺さんの自転車、案外、バカにできないな」
ユウキと和人が驚愕している中、あっという間にデポンと並走する。
「そんな急いでいて問題ないのかぁ?レースは始まったばかりだぞ」
「うるさい!」
「だ、大丈夫!僕達は負けないから!」
息の荒いのび太。
そうして、目の前にある超次元扉を潜り抜けた。
瞬間、岩の棘のようなものが視界に広がる。
「わぁああああ!?」
「和人、スィッチ!」
「よし来た!」
のび太と入れ替わって和人が運転席へ変わる。
「ドラえもん、ボクに任せて」
「うん!」
二人は入れ替わり、指示を飛ばしあいながら岩の道を躱していく。
しかし、道が平面でないことから進むことが難しい。
「よし、コエカタマリン!」
ドラえもんがポケットから道具を取り出す。
薬品を飲んでのび太が声を出した。
すると声が固まり突起物を破壊していく。
しかし、平面でないことから色々な車に抜かれていた。次の超空間ゲートに移動する際、ビリの場合、脱落してしまう。
『スイッチを押せ!』
その時、アヒル号に設置されているスクリーンからゴンスケが指示を飛ばす。
「スイッチ、これだね!」
ユウキがスイッチを押した途端、アヒルの顔が伸びた。
あっという間に顔がゲートを突破する。
「あれ、アリなのか?」
『アリです!』
和人の呟きに司会者が応答した。
続いて、彼らがやってきたのは灼熱の惑星。
マグマが川のように流れている。
ドライバーたちは設置されているテキオー灯によって活動は出来ていた。
「活動はできるといっても」
「暑いよぉ、服を脱ぎそうになるよぉ」
交代して後ろにいるユウキが服をペラペラとめくる。
「ドラえもん、なんとかしてよぉ」
ペダルを漕いでいるのび太の言葉でドラえもんがポケットを探り、取り出したのは。
「アベコベクリーム!」
「クリーム?」
「これを塗るとすべて、アベコベになるんだ」
「何だろう、少しトラウマを刺激されたような」
アベコベクリームを見て、ユウキはブルリと体を震わせながら体にクリームを塗る。
すると、先ほどまで暑かったはずなのに涼しく感じるようになった。
「あ、あれは」
少し先。
デポンがマシンの機械を弄っていた。
のび太はアベコベクリームをデポンへ差し出す。
「これ、使ってよ」
「結構だ」
デポンは差し出したクリームをはじく。
「なんてことするんだ!」
ドラえもんがデポンに怒る。
「俺は誰も助けないし、助けられない。そういう主義だ」
「成程、根っからのソロプレイヤーか」
去っていくデポンのマシンを見ながら和人は呟く。
落ちたクリームを拾ってユウキがノビタニアンへ近づいた。
「レースはまだ続いているよ。頑張ろう!のび太!」
「そうだね、ユウキ!」
道具を受け取って彼らは次のエリアに向かう。
次のエリアは放棄された無人の衛星。
ところどころ道が破壊されており、かなりのレーサーが足止めを受けていた。
「どっちに行けばいいんだろう?」
「こればっかりは慎重に行動しないといけないな。なんかマップもあてにできないし」
「それなら、これがある!」
ドラえもんは杖のような道具を取り出す。
「ミチサキステッキ!これで行く先がわかるんだ」
「便利だな」
ステッキを倒して表示された矢印の方へアヒル号を進ませる。
「ところで、これ、いつからアヒル号になったの?」
「さぁ?おじさんが呼んでいたからかな?」
ユウキの言葉にのび太が答える。
その時、すぐ近くで誰かの泣いている声が聞こえた。
アヒル号を止めて近くを見ると落ちてクラッシュした一台のレースカーがあった。
「うわぁ、これはひどい」
「俺達も気を付けないといけないな」
「違うぶひぃ!後ろから追突されたんだぶひー!猫耳を付けた奴だったぶひぃ!」
「猫耳?」
「追突とは穏やかじゃないな」
「とにかく、気を付けよう」
ドラえもん達をのせてアヒル号は走り出す。
やがて、大きな空間に出てくる。
狭い道を走っていると後ろからデポンの乗るレースカーがやってきた。
目の前の道が左右に別れる。
ドラえもんがミチサキステッキを取り出す。
倒れた先は左。
「よし、こっちだ」
「待て!」
左へ進もうとしたドラえもん達にデポンが声をかける。
「そっちは嫌な音がする。やめるんだ」
「うるさい!お前みたいな卑怯なことをする奴の言うことなんか聞くか!」
「何を言っている!」
「行くよ!」
「え、いいの?」
戸惑うのび太はデポンを見ながらも左へ進む。
デポンは舌打ちしながらその後ろを追う。
その時、のび太達が進む数メートル先の道。
裏側に設置されている爆弾が起動する。
「チッ!」
音に気付いたデポンがアクセル全開にして後ろからアヒル号にぶつかり加速する。
二台が走り抜けた直後、道が爆発を起こす。
アヒル号は転倒してのび太達は倒れる。
起き上がったドラえもんが駆け寄ってくるデポンに叫ぶ。
「一体、何の真似だ!こんなことをして!」
「あれをみろ」
デポンが後ろを指すと破壊された地面があった。
「これは」
「お前はお手伝いロボットだろ!」
茫然としているデポンの胸倉をつかむ。
「待って!」
和人に肩を借りてのび太がやってきた。
彼は足を押さえている。
「のび太君!?けがをしたの?」
「大丈夫、それより助けてくれてありがとう」
のび太が感謝の言葉を伝えるがデポンは何も言わずにレースカーに飛び乗る。
「気をつけろ、このレースは何かおかしい」
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45:銀河グランプリ(後編)
レース会場では観客が不満の表情を浮かべていた。
「何にもみえないもん!」
「今回のレースは色々と問題だらけだなぁ」
観客席でドラミが不満を漏らし、傍にいるキッドがつまらなそうな顔をしていた。
「お兄ちゃんたち、大丈夫かなぁ?」
「乗っているマシンはともかく、あいつらはSAOサバイバーだからな、命がけの危険があったとしても、なんとか潜り抜けられるだろう」
「だとしても!もう、お兄ちゃんたら、こんなに心配させてぇ!」
「落ち着けって、ほら、メロンパン」
「あむ!」
キッドが差し出したメロンパンをドラミは頬張る。
「のび太、大丈夫?」
後部座席に腰かけているのび太にユウキが尋ねる。
「まだ痛むけれど、大丈夫!」
ユウキを安心させるためにのび太は微笑む。
前でペダルを漕いでいる和人達は衛星空間から未開拓惑星へやってくる。
「薄暗いなぁ~」
「こりゃ、何がでてきたとしてもおかしくはないな」
太陽の光が深い森に閉ざされていて、日が差し込まない。
傍を巨大なダンゴムシのようなものが過ぎていく。
「SAOでも、巨大な昆虫が闊歩していたエリアがあったよね?」
「あったな、カマキリとか、蜂とか」
「気のせいか、後ろでミミズみたいなでかいのがいるんだけど」
「ルールによると最後の惑星は今年のレースで新たに取り入れられたらしいから、何が起こるかわからないっていう話だけど……」
「まさか、巨大昆虫の惑星とはなぁ。明日奈、大丈夫かなぁ?」
「いやぁあああああああああああああああ!」
「明日奈さん!気持ちはわかるけれど、落ち着いてぇえええ」
後ろから追いかけてくる巨大なダンゴムシの姿に明日奈と直葉は顔を真っ青にして逃げていた。
女性たるもの虫は苦手である。
その時、二人の乗っている車のモニターにベンガルが映る。
「あ、ベンガルさん!」
『今!ネコ型ロボットに襲われている!』
「えぇ!?」
「直ぐに行きます。場所を」
『いや、キミ達には相手のデータを送る!これを委員会に届けてほしいんだ!そして、犯人を捕まえて……あああああ!?』
派手な音と共にベンガルとの交信が途切れる。
「明日奈さん、どうしょう?」
「キリト君と合流しましょう……」
何か気になることがあるのか明日奈は和人達と合流することにした。
その頃。
「うぉぉぉぉぉ、わしの車がバラバラじゃあああ!」
「酷いアル!」
他の参加者の車が解体されているという不思議な事態に和人達は遭遇していた。
「これは、どういうことだ?」
「多分、分解ドライバーだ」
「何それ?」
「レースで相手の車を解体して優勝を狙うレーサーさ」
「妨害か……ここまでして勝ちたいということか…。気持ちはわからないでもないが、やりすぎだ」
「犯人はどこにいったの?」
「あっち!」
教えられてのび太達は犯人を捜すべく走らせようとした時。
「みんな!後ろ!」
ユウキの悲鳴に振り返ろうとした時。
巨大な“口”が目の前に現れた。
反応する暇もなく、彼らは飲み込まれてしまう。
レース会場は苛立ちに包まれていた。
先ほどから目の前にスクリーンに何も映らないどころか、レーサーの行方すら明らかになっていない。
「こりゃ、とんでもないことになっているかもしれないなぁ」
「お兄ちゃん」
不安そうにドラミは目の前のスクリーンを見続けていた。
体を揺らされてのび太は目を覚ます。
そこでは心配そうにこちらをみている木綿季の顔があった。
「あれ、ここは」
「虫の中、かなぁ」
「虫、そうだ!?」
のび太は思い出す。
レース中に巨大な芋虫のようなものに飲み込まれたということを。
「なんちゅう奴だ!」
聞こえてきた声にのび太は体を起こす。
木綿季の手助けを借りて騒ぎの方へ向かうとデポンを囲むようにレーサーたちがいる。
彼らは全員、怒っていた。
「どういうこと?」
「のび太君、大丈夫?」
のび太に気付いた直葉がやってくる。
「これは?」
「このレースの妨害をしている人がデポンだって、わかって」
「俺は何もしていない!」
「ウソつけ!」
「お前がやったという証拠はでているアルよ!」
「証拠、って?」
「違う!」
デポンがやったという証拠があることに戸惑うのび太。
そんな中、ドラえもんが大きな声を上げる。
全員の視線が集まる中で強い瞳でドラえもんは訴える。
「デポンは嫌な奴だ。偉そうで、誰の手も借りようとしない頑固……でも、レースにおいて、こいつは卑怯なことは絶対にしない!そんな奴がこんなことをするわけがないよ!」
「でも……ベンガルさんが襲われた証拠があるって」
「だったら、それを調べてみるべきだな……明日奈、そのデータはどこに?」
「あっちの車に」
「その必要はないよ」
聞こえてきた声に全員が身構える。
暗闇の中、明日奈が指さした方向から人影が現れた。
それは猫耳のような被り物をしたベンガルだ。
「ベンガルさん!?」
「どうして……」
「悪いね、私はなんとしてもレースで優勝しなければならなかった。そのために、キミ達を利用したんだがねぇ……まさか、ここまで思い通りにいかなくなるなんて、本当に困ったものだ」
苛立ちを隠さずにベンガルは言う。
彼はそのまま色々なことを話す。
今回のレースの最後の惑星。
最後のエリアはベンガルが私有している惑星で、全ての生き物は彼の言うことをしたがうように設定されているという。
「じゃあ、半年くらいこの中に入っていたまえ」
ベンガルがそういうと外に出ていく。
残されたメンバーが後を追いかけようとしたが、その口は閉ざされてしまう。
「どうにかして、外に出ないと!」
「でも!あの口、全然あかないし……車も」
「大丈夫!僕達にはアヒル号がある!」
「そうだよ!外に出れば、ボク達のアヒル号でなんとかできる!でも、瓦礫に挟まっていて動けなくて」
「そんなことははよいわんかーい!」
「行くあるよ!」
のび太を担いでアヒル号の場所へ向かう。
その途中、のび太のポケットから一枚のパンフレットが落ちる。
ドラえもんが拾って中を見ると猫耳の絵が描かれていた。
「これは……」
「ドラえもんさんにプレゼントするためにのび太君はレースに参加したみたいだよ?」
後ろから明日奈が教える。
「のび太君……」
涙目になりながらドラえもんが前を行くのび太を見つめた。
「でも、どうやって脱出するの!?」
思い出したように直葉が叫ぶ。
「大丈夫、僕に考えがある。ドラえもん、アベコンベとジーンマイクを出して」
「え、うん」
ドラえもんはポケットからアベコンベとジーンマイクを取り出す。
ジーンマイクにアベコンベをぶつける。
それをみて、木綿季は顔をしかめて、明日奈は苦笑した。
「じゃあ、明日奈さんか直葉ちゃん、歌って」
「え?どうして?」
「ジーンマイクは人を感動させることができるんだけど、アベコンベを使ったから……ジャイアンの歌を再現できると思うんだ」
「……うわぁ」
それを想像して和人は顔をしかめる。
「よくわからないけれど、任せて!」
明日奈はマイクを握り締めて歌い始める。
本来なら誰もが涙する歌だっただろう。しかし、アベコンベによって逆転したジーンマイクで聞いた大型芋虫はうめき声をあげて中のものを吐き出す。
メンバー全員が吐き出されながらのび太、和人、木綿季、ドラえもんをのせたアヒル号が走り出した。
「おい!」
走り出すアヒル号にデポンが声をかける。
ドラえもんが振り返ると、デポンが親指を立てた。
「ネコ型ロボットの意地をみせてやれ!」
「うん!」
「カレン!もうすぐだ!優勝すれば、私たちの結婚を認めてもらえる!」
『ベンガル……』
ゴールまであとわずか、長距離のホールの中を走りながらベンガルは最愛の人、カレンと通信していた。
全ては愛する人と自分が結ばれるため。
そのために卑怯な手を使ってまでレースで優勝する。
画面越しでキスをしようとした時。
『おーっと!後ろからものすごい追い上げをしているのはアヒル号だぁああ!』
レースのアナウンスを務めている男性からの声にベンガルは振り返る。
そこには全力でペダルを漕いでいる和人達の姿があった。彼らは道具を使って速度を上げていた。
やがて、ベンガルの頭上にアヒル号が追いつく。
「や、やぁ、キミ達!ここはお金で解決しないかい?キミ達の好きなもの、何でも買ってあげるから、ここはおじさんに優勝を譲ってくれないかなぁ?」
笑顔を浮かべて勧誘してくるベンガル。
「「「「ニコッ」」」」
それに対して、四人は微笑むと。
「「「「アッカンベー!」」」」
同時に舌を出す。
「悪いけれど、レースとか、競争で負けるつもりはないんだ」
「お金なんかで買えるようなものじゃないから、遠慮するよー!」
「おじさんなんかに負けないよ!」
彼らの言葉にベンガルは顔を引きつらせてアヒル号に体当たりしようとした。
「教育的指導!」
「くらうかよ!」
ハンドルを握っている和人がアヒル号を先に走らせる。
「逃がさん!」
ベンガルは車を操作する。
すると、後部から大量の光弾が放たれてアヒル号に迫る。
「のび太!」
「任せて!」
ひらりマントを手にもってのび太は迫る光弾をすべて躱していく。
「行くよ、キリト!」
「おう!」
その間に木綿季と和人が全力でペダルを漕ぐ。
ホールを抜けて、地上に到達する。
このまま走り抜けば自分達が優勝だ。
そう思ったとき、大量の花火が降り注いでい来る。
「なに!?」
「多すぎるよ!」
「ここまで妨害してくるなんて」
「駄目だ、ひらりマントで躱しきれないよ!」
突如、ベンガルの車がアヒル号へ体当たりしてくる。
「くっ、何……」
隣を見た和人は目を見開く。
ベンガルは錯乱していた。
何か大事なものが失われたような顔をして、わけのわからない言葉を口走り、光弾を放っている。
のび太達は知らないことだが、レースの妨害をしていたカレンが実の父親でレース運営をしていた理事長に悪事がばれて、捕まった。
そのため、ベンガルは乱心してしまう。
派手な音を立てて爆発が起こる。
クラッシュしたベンガルの車と前輪が取れたアヒル号。
のび太とドラえもんが必死に横転しないようにアヒル号のバランスを整えていた。
「まずい!」
あと少しというところでバランスが崩れてアヒル号が横転した。
前のめりになって吹き飛ばされるドラえもん。
体が丸まり、ゴールに向かって転がっていく。
「ドラえもん!」
「「「行け~~~!」」」
三人が叫び、ドラえもんは目を丸くしながらゴールのテープを切る。
そして、優勝はアヒル号となった。
優勝者は好きなものが手に入る。
司会者に聞かれてドラえもんが選んだこと、それは。
「この会場の皆にどら焼きをプレゼント!」
ドラえもんの言葉と共に空から大量のどら焼きが降り注ぐ。
「でも、良かったのか?」
和人がドラえもんに尋ねる。
「のび太の奴、ドラえもんに耳をプレゼントするつもりだったのに」
「うふふ、僕はいいんだ。耳なんかよりももっと素晴らしいものをもらっているから」
微笑むドラえもんに和人はそれ以上、いうことはなかった。
ドラえもんが気にしないのならそれでいい。
どら焼きをおいしそうに食べている彼らの姿を見て、ドラえもんと和人も続く。
次回から行う長編は鉄人兵団にしました。
ちなみに新旧を混ぜ合わせたものになるかと思います。ちなみにこれの主役はSAOキャラになるかと思います。
次回も楽しみにしていてください。
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46:鉄人兵団 その1
「もう、この日なんだねぇ」
「そうだな」
桐ヶ谷直葉と兄の和人は裏山へ来ていた。
セミがうるさく鳴いている山道を進みながら二人はある場所に出る。
木々が生い茂っている林の中。
小さな石でできたお墓みたいなものが二つ。
直葉はその墓石の前に花束を置く。
「どうやら、のび太達は先に来ていたみたいだな」
「うん」
頷きながら直葉は目の前の墓石をなでる。
「リルル、ピッポ、今年も来たよ」
「本当なら死んでいないんだけど、ここに墓石を作ったのは変な感じだよなぁ」
「仕方ないよ。私達の知っている二人はきっと、いないから」
悲しそうに言いながら直葉は墓石をなでる。
かつて、直葉が友達になった少女のことを思い出す。
――お兄ちゃんがどこに行くのか突き止める!
桐ヶ谷直葉は最近、兄の和人がふらふらと外に出かけている事が気になっていた。
インドアな兄は今までネットゲームや機械類を弄ることばかりが生き甲斐のような感じだった彼が外に出かける頻度が多い。
何かある。
そう感じた直葉は剣道の練習がない日を見計らって尾行することにした。
尾行する日はすぐにやってきた。
兄が意気揚々と出かけているその後ろを直葉が追いかける。
一定の距離を保ち、テレビでみた警察のような気分になりながら。
自分の尾行に気付いていない兄はやがてある一軒家の中に入っていく。
「えっと……なんて書いてあるのかな?」
“野比”と書かれている表札を見て直葉は首を傾げながら中に入る。
「あのぉ」
「あら、いらっしゃい。どうしたの?」
部屋の奥からやってきたのはメガネをかけた女性だ。
「私、桐ヶ谷直葉っていいます」
「ああ、和人君の妹かしら?」
「あ、はい!あのぉ、お兄ちゃんは」
「和人君なら二階ね。のび太とドラちゃんと一緒にいるはずだわ」
のび太?ドラちゃん?
首を傾げながら直葉は女性、玉子に二階まで続く階段に連れて行ってもらいあがっていく。
直葉が引き戸を開けて中に入る。
しかし、誰もいなかった。
「あれ?」
首を傾げながら直葉は周りを見る。
そして、奇妙な桃色のドアを見つけた。
「ドア?」
ゆっくりとドアノブを回して中に入る。
「寒い!!」
ドアの向こうは北極だった。
「えぇ!?」
驚きの声を上げる直葉。
その時、氷の山の方から何かが飛んでくる。
「え?」
奇妙な物体が真っすぐにこちらへ向かってきた。
直葉は慌ててドアの向こうへ逃げ込む。
「「うわぁあああああああああああああああああああ」」
少し遅れて二人分の悲鳴と共に室内に巨大な塊が突撃した。
机の下に隠れた直葉が様子をうかがっていると、二人の声が聞こえてくる。
「のび太、大丈夫か?」
「う、うん。和人は大丈夫?」
「あぁ、それにしても、これ、何なんだろうな」
「うーん?」
首を傾げている二人の足元に青いボーリングのボールのようなものが転がってくる。
三つの穴が輝いていると大きな音がした。
「お、おい!?」
「また何か出てきた……待てよ。ねぇ、和人。このパーツって、巨大ロボットの足になるんじゃないかな?」
「え?言われてみれば……確かに」
二人が話している中、直葉がおそるおそる顔を出して尋ねる。
「お兄ちゃん?」
「え?」
「スグ!?」
驚いた兄、和人が自分を見る。
「どうして、お前がここに!?」
「お兄ちゃんがどこに出かけているのか、その、心配になって」
「えっと、和人、この子は?」
「あぁ、桐ヶ谷直葉。俺の妹……だ。直葉、こっちは野比のび太。俺の親友だ」
「はじめまして、直葉ちゃん」
友達いたんだと失礼なことを思いながら直葉は挨拶を返す。
「あ、は、はじめまして」
メガネをかけた少年、のび太と直葉が握手をした時、ドアが開く。
氷漬けになった青い生き物が現れる。
「道に迷うは、シロクマに追いかけられるわ、散々な目にあったぁ」
「ドラえもん!」
のび太が声をかけると青い生き物が顔を上げる。
どことなく愛嬌のある顔。
可愛いな、と直葉は思った。
「あれ?この子は?」
「俺の妹だ。直葉、コイツはドラえもん、未来からやってきたネコ型ロボットだ」
「ネコさん?可愛いなぁ!」
「え、そう?嬉しいなぁぁって、なにこれ!?どうしたのぉ!?」
「ドラえもんが出したんじゃないの?」
「僕、知らないよ!?」
「そうなのか?てっきり、俺達はドラえもんが出してくれたのだとばっかり」
「まぁいいや、それよりこのロボットを組み立てようよ!」
「組み立てるって、これだけでかいの、どうするつもりだい?庭なんかで組み立てたらママが怒るよ?洗濯物が干せないって」
「うーん、なぁ、前に鏡の世界にいっただろ?生き物も何もない世界」
和人の言葉にドラえもんがポケットから入りこみ鏡を取り出す。
「でも、この大きさだと鏡の中に入れないよ」
コンコンと長方形の鏡を取り出してドアの傍にある物体へぶつける。
「あぁ、そっかぁ」
「良い案だと思ったのに」
「まぁ、手がないわけじゃないよ。逆世界入りこみオイル、あと、お座敷釣堀!」
ポケットから色々な道具を取り出しているドラえもんを見て、直葉は尋ねる。
「お兄ちゃん、ドラちゃん、ポケットから色々出しているけれど」
「少し信じられないかもしれないけれど、ドラえもんは二十二世紀からやってきたネコ型ロボットなんだ。あのポケットは四次元空間に繋がっていて色々なものが…………って、わからないみたいだな」
頭から煙を出している直葉に和人は苦笑する。
その間にドラえもんとのび太が運ばれてきたパーツを鏡の世界へ運び込んでいた。
「さて、俺達も行くか。スグ、おいで」
差し出された和人の手を握り返して直葉は目の前のお座敷釣堀の中へ飛び込む。
怖くて、目をつむったが目の前に広がる景色を見て直葉は目を輝かせる。
そこは先ほどまでと同じのび太の部屋のようにみえて、違う。
まず、さっきまでの騒がしさがない。
続いて、壁に掛けられているカレンダーなどの文字、それらが全て逆になっている。
「おーい、和人!直葉ちゃん!」
のび太が手を振っている。
「しばらく、ここでロボットの組み立てだな!」
「うん!」
二人が話をしている様子を見て、直葉は正直に羨ましいと感じた。
翌日、のび太からすべてのパーツがそろったかもという連絡を受けて和人は家を出ようとした。
こちらをじぃっとみている直葉に気付く。
「……スグも来るか?」
「うん!!」
頷いて、直葉の手を掴んで和人は家を飛び出す。
「うわ!?こんなにそろっているのか!?」
野比家の周りは見たことのないロボットのパーツで埋め尽くされていた。
その数の多さに和人が驚きの声を漏らす。
「これから鏡の世界へ行くよ!はい、直葉ちゃん、これ、タケコプター」
ドラえもんからタケコプターの操作方法を教わって、和人はかるがる手袋を受け取り、ロボットの組み立てを始める。
最初は見ているだけだった直葉だが、かるがる手袋を受け取って四人で組み立てていく。
「あ、ジョイントがずれないように!」
「直葉ちゃん、もう少し持ち上げて!」
「はい!」
「ドラえもん、ここ、機械が入るはずなんだが……」
「えぇ、そんなパーツないよ?」
「仕方ない。二十二世紀で買って来よう」
「え、大丈夫なの?」
「うん。バーゲンセールやっているから……お金が足りるといいなぁ」
ドラえもんはそういって元の世界へ戻る。
「それにしても、おっきぃねぇ」
「これだけでかいロボットならスネ夫たちに自慢できるな」
「スネ夫?」
「俺達の友達だ。実は」
和人が直葉に話す。
なんでもスネ夫が従兄にミクロスというロボットを作ってもらいそれを自慢したという。
悔しくてのび太と和人がドラえもんに相談するも激怒したドラえもんが北極へ涼みに行き、このロボットのパーツを見つけたという。
その間、直葉はのび太と和人が知り合った経緯、ドラえもんの冒険について話を聞いた。
「お兄ちゃんだけずるいなぁ、楽しいことして」
「う、ま、まぁ、すまない」
「そういえば、どうして、教えてあげなかったの?」
「いや、その、ごめん」
話しているとドラえもんが戻ってきてロボットが組みあがった。
完成したロボットの胸部ハッチが開くと中に操縦席がある。
「うわぁ、カッコイイ!」
「SF映画に出てくるみたいな操縦席だな」
「僕から乗っていいかな?」
「オッケー」
和人に許可をもらい、のび太が操縦シートへ腰かける。
「大丈夫?」
「問題ないよ。僕がついているから!」
不安そうな表情の直葉にドラえもんが安心させるように頭をなでる。
その間にのび太が操縦桿を握り、動かし始めた。
ロビットは大きな音を立てて歩き出す。
地響きを立てながらロボットは進みだした。
「すごい!僕って天才かしら」
「いやいや、それはないだろ?」
興奮するのび太に和人が諭すように言うが彼も興奮していた。
しばらくして、のび太は手を止める。
「どうしよう?」
彼らの目の前には小さな小屋がある。
「このままじゃ潰しちゃうよ」
「鏡の世界だから壊れて問題ないよ」
ドラえもんに言われて悩むのび太。
やがて、
「方向転換してぇ!」
「おいおい……それで……ウソだろ?」
呆れる和人の前でロボットが勝手に動いた。
「どういうことだよ!?のび太がエスパーか!?」
「あはははは、ごめんごめん、実はこれで動かしていたんだ」
ドラえもんが取り出したのは小さな掌サイズのコントローラーのようなもの。
サイコントローラーと呼ばれる脳波操縦方式の道具らしい。
渡された道具にのび太は気落ちしながらサイコントローラーを受け取る。
その時。
「そうだ!しずかちゃんを呼ぼう」
「しずかちゃん?」
「のび太の友達さ。俺の友達でもあるけれど……スグも仲良くなれると思うぞ?」
和人に言われて直葉は小さく頷いた。
結果から言えば、直葉はしずかとすぐに仲良くなれた。
ロボットで町中を飛んだり水中を楽しく泳ぎながら直葉はしずかと友達になれていた。
「ロボットが水に浮かぶなんて」
ある湖畔、そこに浮かぶロボットを見てドラえもんが驚きの声を漏らす。
「ドラえもんだって、ロボットじゃないか」
「そうだけど、見たこともない合金で作られている」
「あの、名前をつけませんか?」
おずおずと直葉が提案する。
そういえば、とのび太と和人は気づく。
ロボットを組み立てたはいいけれど、肝心の名前を決めていなかった。
「どうしょっか?」
「ラッコちゃんは?」
「……それはちょっと」
「ロボットに付ける名前じゃないな」
「ザンダクロスはどうだろう?」
「カッコイイ名前!」
「由来は?」
「サンタクロースをかけたのさ」
「成程、北極で見つけたからか」
「そうゆうこと!」
ドラえもんの言葉にのび太はロボットをなでる。
「お前は今日からザンダクロスだ!」
その後、鏡の世界にて交代でザンダクロスを操縦していた。
しずかがザンダクロスを操ると奇妙な踊りをしている。
「なに、これ?」
「バレエよ」
「……バレエ」
和人が苦笑しているとしずかはあるボタンを指さす。
「ねぇ、これは?」
「あぁ、それは意味ないから」
「そう」
のび太が言うとしずかはボタンを押す。
問題ないから興味本位で押したのだろう。その時、外でザンダクロスの瞳が怪しく輝く。
コクピット内では不気味な音が鳴り始めている。
戸惑っている中、ザンダクロスの瞳から光線が放たれた。
光線は目の前のビルを破壊したばかりか背後に並ぶ建物を潰していく。
夕方。
「これは……」
崩壊した建物の傍でドラえもん達が佇んでいた。
「私!知らなかったの!こんなことになるなんて!」
しずかは泣き崩れる。
のび太や和人、直葉が慰めていた。
こんなことになるなど、自分達も知らなかったと。
「どうも嫌な予感がする。ザンダクロスはこのまま鏡の世界において、しばらく訪れるのをやめよう」
「え、でも」
「確かに、こんな恐ろしい破壊能力を持っているんだ。動かし続けてとんでもないことになるのは避けないとな……」
和人の言葉にのび太も場の意見に賛同して頷いた。
心の底では納得しきれていなかったが。
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47:鉄人兵団 その2
それから数日、のび太はどこか魂が抜けたように毎日を送っていた。
「まだ、ザンダクロスのこと、引きずっているのか?」
先生に怒られて残らされていたのび太と共に和人は通学路を帰っていた。
「うん……あれだけかっこいいのに、もう会えないと思うと」
「それだけ気に入っていたのか」
話していると背後からプロペラ音が聞こえてくる。
和人が振り返ると緑色のロボットがのび太のランドセルを奪う。
「あ、返せ!」
「裏山に行くぞ」
「スネ夫のロボットだな!」
二人がロボットを追いかけると木の上にジャイアンとスネ夫がいた。
笑いながら地面に飛び降りると昨日の雨で濡れていた木から大量の水滴が落ちる。
先日、大雨が降ったばかりだったから、木々に水がついたままだったのだろう。
「やぁい!のび太!ビルよりでっかいロボットはどうしたぁ!」
ブルブルとその場のメンバーが体の水滴を払う。
ジャイアンの言葉にのび太は戸惑う。
「え、何のこと?」
「とぼけるなぁ!!」
「あぁ、あれ?ウソだよ」
「「うそぉ!?」」
「そこまで過剰反応する必要ないだろ?あの場のノリみたいなものさ」
何とかやり過ごそうとする二人だが、頭に血が上っているジャイアンとスネ夫は聞かない。
のび太を拘束したジャイアンがスネ夫に攻撃を指示する。
和人が止めようとして飛びかかり、スネ夫の操縦が狂い、緑のロボットはジャイアンを蹴り飛ばす。
「スネ夫ぉおおおおおおおおおおおおお!」
「悪いのはのび太だよぉおおおお!」
「まぁてぇのび太ぁああああああああああああ!」
「お前ら落ち着けって!」
四人が走り回る中、一人の少女が声をかける。
「貴方、のび太?」
その声に四人は動きを止める。
現れたのは長い髪を揺らしている綺麗な少女。
青いスカートに桃色のシャツだけの格好だが、それでも美少女であることは変わりなかった。
だから、彼らは見惚れてしまう。
あまり女性に興味がない和人ですら頬を赤らめていた。
倒れているのび太の手を引いて立たせる。
「そう、だけど」
「私はリルル。あなたを探していたの」
「リルル?外国人みたいな名前だなぁ」
「ガイコクジン?まぁいいわ、行きましょう」
のび太の言葉にリルルは首を傾げつつ、手を引いて歩き出す。
慌てて和人がその後を追う。
「待てぇ!」
「僕達がのび太に用事があるんだぞ!」
ジャイアンとスネ夫が叫ぶがリルルという少女は無視する。
「無視したぁ!?」
「やれ、ミクロス!」
スネ夫がロボットをコントローラーで操る。
のび太に迫る中、リルルはロボットの前で指を振るう。
すると反転してロボットがスネ夫とジャイアンへ攻撃していく。
「スネ夫ぉおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
「コントロールが効かないんだよぉおおおおおおおおおおおお!?」
ロボットに追いかけられて走るスネ夫とジャイアン。
和人とのび太はその光景を見ているだけしかなかった。
「貴方は?」
「あ、か、彼は僕の親友だよ!行こう和人」
「おう」
二人はリルルを連れて野比家へ向かう。
のび太が一階でジュースやお菓子を用意している中。和人とリルルは二階ののび太の部屋にいた。
「(この子、何を探しているんだ?)」
部屋に入ってからリルルはしきりなしに周囲を調べていた。
机の中や窓の外。
流石にのび太の机の上に乗って窓から外を見ている時は目をつむった。
「って、何しているの!?」
「どこにあるの?」
「何のこと?」
「ロボットよ。ビルより巨大なロボット」
「「ロボット!?」」
リルルの言葉にのび太と和人は同時に叫ぶ。
「そ、そんなものあるわけないじゃないか」
「……そう」
「なぁ、どうして、ロボットを探しているんだ?」
「この星へバラバラにして送ったはずなの……でも、連絡が取れなくて」
「もしかして、キミがあの破壊ロボットの持ち主!?」
「お、おい!」
のび太の言葉に和人が止めようとするが遅かった。
「破壊ロボット!?やっぱり知っているのね」
リルルの探るような言葉にのび太は手で口を隠す。
問い詰めるようにのび太を見て、リルルは口を開く。
「あれは破壊ロボットじゃないわ。土木工事用なのよ」
「土木工事?」
「あのビームが」
戸惑うのび太と和人。
脳裏を過るのはザンダクロスによって倒壊したビルだったもの。
泣き崩れるしずかの顔。
そんな二人へ懇願するようにリルルが言う。
「お願い、ロボットがあるのなら見せて」
「……和人」
「のび太の言おうとしていることはわかる……でも」
「本当の持ち主なら……返さないと」
「そうだな、よし」
頷いた二人はお座敷釣り堀を取り出す。
「この中にあるんだ」
「この……中?」
戸惑うリルルと共にのび太と和人は鏡の世界へ入る。
用意したタケコプターをリルルへ渡すが彼女はどういうわけか普通に空を飛んでいた。
「どうなっているんだ?」
「和人」
「リルルだよ。タケコプターもなしに空を飛んでいるなんて」
「不思議だよね。でも」
追求しようとすれば、このお座敷釣堀のことなどを聞かれてしまう。
沈黙している間に高層ビルの前に立っているザンダクロスを見つける。
「ジュド!」
ザンダクロスを見て、リルルが喜びの表情で近づいていく。
「今、なんて?」
「ジュドって、ザンダクロスの方がカッコイイと思うけどなぁ」
「そういう問題じゃ」
リルルはザンダクロスへ話しかけていた。
「無理だよ。ロボットなんだから」
「ただのロボットじゃないわ。人工知能が内蔵されているのよ」
「そんなの、なかったぞ?」
「これくらいのボールよ」
「……それって」
「あれ?どこにいったんだろ?」
のび太達は記憶を探る。
最初は青いボウリングの玉みたいなものがあった。
途中からザンダクロスの組み立てに意識を向けてしまって、すっかり忘れていた。
「入れなかったの!?そんな」
ショックを受けるリルルにのび太がポケットからサイコントローラーを取り出す。
「代わりというわけじゃないけれど、サイコントローラー。これを使って動かすんだ」
リルルはサイコントローラーを受け取ると指示を出した。
動き出すザンダクロス。
それを見て、リルルは微笑んだ。
「これで、許してくれる?」
「……あと二つ、約束してくれたら許してあげる」
リルルが伝えた約束というのは以下のことだった。
お座敷釣り堀をしばらくリルルへ貸すこと。
そして、今回のことはリルル、和人、のび太の三人だけの秘密にしておくというものだった。
のび太君の様子がおかしい。
ドラえもんは部屋へ戻っていくのび太の姿を見てそんなことを思っていた。
「(釣り……鏡、のび太君が反応したことを考えると)」
お座敷釣り堀、鏡の世界。
彼のことだからザンダクロスのことを憂いているのかと思っていた。
しかし、少し様子が違う。
まるでその会話を避けるように。
少し様子を伺おう。
考えていたその日の夜。
のび太が家から抜け出した。
行先は裏山……かと思えば、桐ヶ谷家へ向かう。
「和人君に用事が?いや、違う」
しばらくして、のび太と和人の二人がタケコプターで裏山へ向かった。
「裏山?」
首を傾げながらドラえもんもタケコプターで後を追う。
しばらくして、二人はお座敷釣堀の中へ入っていた。
「こんなところにどうしてお座敷釣堀が?」
戸惑いながらドラえもんも後を追う。
潜り抜けるとのび太と和人が茂みの中で隠れていることに気付いた。
後ろから二人の肩を叩く。
「僕だよ」
現れたドラえもんにのび太と和人は驚いた表情になる。
「キミ達がこそこそしているから後をつけたんだ。さぁ、隠していることをあらいざらい話してもらおう!」
ドラえもんに促されて二人はリリルのことを話す。
裏山の中を進む三人。
「謎の少女、リルルかぁ」
ドラえもんはタケコプターなしで空を飛ぶ少女の存在に戸惑いつつも、彼らがウソをつくとは思えなかったから信じる。
しばらくして、裏山の広い場所に出る。
そこで彼らは言葉を失う。
「何……これ?」
「裏山のほとんどが開拓されてSFみたいな基地になっている!?」
「こんなことが……」
裏山の一部の森林が切り抜かれてほとんどが機械の施設で覆いつくされていた。
高い塔のような場所。
そこからザンダクロスとリルルが現れた。
「あ、ザンダクロスだ」
「何か話しているな……」
「これを使おう」
ドラえもんがポケットから取り出したのは“糸なし糸電話”
片方の糸電話をザンダクロスとリルルのうしろへ飛ばす。
耳を澄ます三人。
『総司令から連絡がきたわ!鉄人兵団が母星を旅立ったそうよ!急いでこの基地を完成させなさい!地球人捕獲作戦のために!』
「地球人捕獲作戦!?」
「あ、こら!」
叫んだのび太をドラえもんが慌てて止める。
糸なし糸電話。
それは糸電話と同じシステムであり、リルル達の会話が聞こえるのと同様にのび太達の会話も相手へ聞こえるのだ。
『のび太君?』
糸電話の向こうからリルルの声が聞こえる。
『よかった、キミをここへ呼ぼうと思っていたの。お座敷釣り堀の範囲を広げてもらおうと思ったの……』
リルルの言葉にのび太達は沈黙する。
普通に語り掛けているリルルだが、その言葉はどこか機械的で不気味なものが感じられた。
『あなたのことが気に入ったの。のび太君、キミだけは地球人の中で特別な地位につかせてあげる。さぁ……こちらへいらっしゃい……さぁ!』
「逃げろぉ!」
ドラえもんが叫ぶ。
タケコプターを使って空へ逃げる。
「逃がさないわ!」
ザンダクロスが飛び立ち、三人を追いかける。
飛行して逃げる三人。
森の合間を縫うように獣の姿をしたロボットがのび太を捕まえた。
「うわぁ!!」
「のび太!」
「空気砲!」
ドラえもんは空気砲を装着して撃つ。
放たれた空気の塊がロボットにダメージを与える。
ロボットの手からのび太が落ちそうになったが和人が掴んでそのまま飛ぶ。
だが、空から巨大な衝撃を受けて三人は地面へ落ちた。
「ザンダクロス!?」
驚くドラえもん達の前に現れたのはリルルによって操られているザンダクロス。
「いらっしゃい、のび太君」
「に、逃げるんだ!」
空高く飛びあがり、逃げようとするのび太達。
「逃がさないわ!!」
リルルの指先から光が放たれる。
光線がのび太達のタケコプターを破壊した。
「え!?」
「うそぉ!?」
タケコプターが破壊されて落ちそうになる和人とのび太をドラえもんは掴む。
だが、二人の重量を支え切れることができずにドラえもんは落ちていく。
地面へ落下するはずだった。
運よく、三人はお座敷釣堀の中を通り抜けて元の世界に戻る。
「た、助かった」
「てない!!」
のび太の叫びと共にお座敷釣堀の中からザンダクロスの手が飛び出す。
『そのまま、鏡の世界の枠を広げるのよ!』
聞こえたリルルの叫びにドラえもんが驚く。
「なんて力任せな!そんな負荷をかけたらお座敷釣堀が耐えられるわけがない!!」
「どうなるの!?」
「負荷に耐え切れず、システムが大爆発」
「……今、なんて?」
「大爆発」
苦笑するドラえもん。
直後、お座敷釣堀が大爆発を起こした。
爆風で三人は木々に叩きつけられる。
お座敷釣り堀のあった中心地は巨大なクレーターが出来上がっていた。
「これは、どうなったの?」
「連中は鏡の世界に閉じ込められたんだ!」
「つまり……俺達は助かったのか」
「その通り!」
ドラえもんの言葉に二人は喜び手を叩く。
三人で手を合わせながらぐるぐると回る。
こうして、鉄人兵団をめぐる争いは終わった。
そう、思っていた。
翌朝、疲れて眠っていたドラえもんが庭で鳴り響く音に気付かなければ。
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48:鉄人兵団 その3
「あー、もう、うるさいなぁ」
外で鳴り響く音にドラえもんが窓から身を乗り出す。
玉子の叫び声と定期的に鳴り響いている音。
その音が何なのか。
ドラえもんはある予感に気付いて体を起こす。
「の、のび太君!」
寝ているのび太を起こして一階の中庭へ向かう。
そこでは玉子が箒を片手に走り回っている。
玉子が追いかけているのは青いボーリングのようなもの。
箒から逃げる青いボーリング。
追いかけようとして転んだ玉子から拾うようにしてのび太がボーリングを手に取る。
言い訳をしてそのまま、二階へ駆けあがる。
のび太の手の中で暴れているボーリングは定期的に信号を鳴らしている。
「これ、何か伝えたいみたいだけど」
「よし、ほんやくコンニャク」
ドラえもんは青いボーリングの上へほんやくコンニャクを叩きつける。
『つめたっ!?おい!体をどこにやった!体を返せ!!』
ピーピー鳴っていた音から声が上がる。
「お前の体は仲間と共に鏡の世界へ閉じ込めてやった!」
『なっ!?リルル!リルル~~~!』
しばらく叫ぶボールだが、静かになる。
『うぅうぅうぅぅ、応答がない……は、は、はははぁあああああああ!今、メカトピアから連絡があった!』
ボールが嬉しそうに叫び、のび太とドラえもんが首を傾げる。
『既に鉄人兵団は本星を出撃して、ワープを繰り返し、いずれ、地球にやって来るだろう』
「「えええ!?」」
『お前達に勝ち目はない。すぐに降伏するのだ!』
ドラえもんとのび太は慌てて、右へ左へ。
しばらくして、一階に降りて玉子へ話すも相手にされない。
その時に球体を縛って襖の奥に放り込んだ。
「警察もダメだ……」
「こうなりゃ、やけくそだ!警視庁!自衛隊!総理大臣!!特命係!!」
ドラえもんの叫びを聞きながらのび太は各所へ連絡を取るも……。
「誰にも相手にされない」
ショックを受けるのび太とドラえもん。頼りになりそうな特命係は存在しないと言われる始末。
ふと、のび太はあることを思いつく。
「そうだ!」
「本当、なのか?」
「うん!信じて、和人!」
のび太は頼りになる親友である桐ヶ谷和人へ持ちかけていた。
「信じるさ。のび太がこんなウソをつくような奴じゃない。それに、俺も同じような目にあったばかりだぜ?」
勿論、鏡の世界とリルル達が人類を奴隷にしようという事実を知っているので、すぐに信じてくれる。
「和人が信じてくれてよかったよぉ」
「でも、和人君が入ったとしても、僕達を入れて、三人か」
「それなら、だけど」
和人が気乗りしないような表情で二人へある提案をする。
「「鉄人兵団が攻めてくる!?」」
和人の提案はジャイアンとスネ夫へこの事態を話すということ。
恐竜の冒険をしたことで信用はできるだろうという判断だった。勿論、普段の態度は置いておくとして。
「信じてくれた!」
「まぁ、なんとなーく、不安はあったんだけど」
驚くのび太の横で和人はちょっと目を逸らす。
五人は腰を下ろして話し合いをしていた。
鉄人兵団についてどう戦うか。
ドラえもんの道具を宛にするということもあったが、もともと、子育て用のドラえもんの道具は戦争兵器というわけではない。
そこで、スネ夫がある提案をした。
「それならさ、その、ザンダなんとかっていうのを改造して仲間にしちゃうっていうのは?」
「おー!」
「それはいいかもしれない。あれはもともと、向こうのロボットだ。こちらの味方にすれば心強い」
「待ってよ!」
スネ夫の案にのび太が待ったをかける。
「いくら敵だからって、改造するなんて駄目だよ。できるなら話し合いとかできないから」
「でも!侵略ロボットだぞ!?」
「話し合ってみないとわからないじゃないか!」
スネ夫の言葉に反論するのび太。
「確かに、のび太の言うとおりだな」
うんうんと頷くジャイアン。
「敵だからって改造というのは俺も反対だ」
「ジャイアン!?」
「じゃあ、話し合いをしてみよう」
ドラえもんの言葉で全員がのび太の家へ向かう。
「よかったな」
歩いている途中、のび太へ和人が話しかける。
「うん」
「のび太は優しいな」
「だって、改造なんてよくないよ……できるなら話し合って仲良くしたい。僕はそう思うんだ」
「そうだな」
和人は小さく頷いた。
それから彼らは家へ向かう。
のび太の部屋では青い球体が天井からつるされていた。
ピポピポと鳴り響いて暴れる球体をジャイアンと和人が抑え込む。
逃げ出そうとする球体の上にドラえもんがほんやくコンニャクをのせる。
『つめた!?やい、よくも僕をこんな目に合わせたな!お前達は鉄人兵団が来れば終わりだピピ!』
コンニャクがずれて言語がただの音声へ戻る。
スネ夫がコンニャクをのせた。
『鉄人兵団は最強なんだ!お前達なんか抵抗したところで無意味だ!鉄人兵団の攻撃に人類はなすすべもなく――ピピピポポポ』
途中でコンニャクが落ちる。
和人が球体へコンニャクを叩きつけた。
『鉄人兵団に慈悲など存在はない!千切っては投げ!千切っては投げ!千切っては投げる!やがて、お前達はすべて下僕になって――ピポピピポピピポピピピ!』
「「「「「だぁあああああああああああああああ!」」」」
五人は我慢の限界を迎えて叫ぶ。
「暴れるなよ!」
「話ができないだろうが!!」
「よく考えたらこんな球体と話ができるなんて考えたのが間違いだったんだぁ!」
「ピポピポうるさい!暴れるからコンニャクがずれるだろ!!」
「仕方ない、この外観が問題なら変えてしまおう」
ドラえもんはポケットから炊飯器のような道具を取り出す。
「おはなしボックスだよ!これで外観を作り替えるんだ」
『何をする!』
暴れるボールとほんやくコンニャクを放り込み、スイッチを入れる。
しばらくして、音と共に蓋から現れたのは青い球体の被り物をつけたヒヨコのような姿をした生き物?だった。
その愛らしさにのび太達はほっこりした表情を浮かべる。
「可愛いなぁ」
「あんな球体からここまで変わるんだぁ」
「癒しだな」
「ヒヨコみたいな姿をしているのとピピポポポっていうから、ピッポっていう名前はどうかなぁ」
愛らしい顔でいうのび太の顔に球体(ピッポ)の足が直撃した。
「ダサイ名前だな。僕に似合わない。ピッポなんて名前は気に入らない。僕はジュドだ」
バカにするような表情でピッポは手をやれやれと動かす。
「人間は愚かでどうしようもないバカだ」
どれだけ人間は愚かなのかということを話し続けるピッポ。
「よくよく考えたら」
ブルブルとスネ夫が拳を作る。
「顔は可愛くても中身はアレなんだよな」
ジャイアンも我慢はしていたが苛立っている。
「この中で特にのび太はどうしようもないダメでのろまでクズだピョ~」
「酷い言い草だ」
「人間はロボットの奴隷だぴょ~」
ピッポの言葉に和人が異を唱える。
「それは違うぞ」
「?」
ピッポが不思議そうに和人を見る。
「ドラえもんはロボットだ。そして、のび太とドラえもんは友達だ。奴隷とか、そういう関係じゃない」
「そうだよ!ロボットは奴隷じゃない!僕達は友達になれるんだ!」
真剣な顔でのび太はピッポと向き合う。
ピッポはのび太の真剣そうな表情に揺れる。
今までのピッポがみてきた感情と異なっていた。
揺れていたピッポだが笑顔を浮かべて。
「僕!考えを改めるよ!」
「え?」
五人は驚いた表情でピッポを見る。
「キミ達に協力するよ!だから、僕の体のところに案内して!」
「本当か!?」
「やったぁ!」
「ザンダクロスが味方になるなら心強いよ!」
「これからよろしくね!」
「嬉しいよ!僕の気持ちが伝わったんだね!これから、僕と君は友達だ!」
嬉しそうにピッポを抱きかかえるのび太。
ピッポは表情を一瞬、歪めながら笑顔を浮かべる。
そんな二人の様子を和人はみていた。
「だからって、なんでうちのお風呂なんだよ!」
鏡の世界へ向かうために和人の家のお風呂へ来ていた。
「だって、和人の家のお風呂が僕の家のお風呂より大きいんだもん」
「だからって」
「それに、今日はおばさんいないでしょ?」
「まあ……そうだけど」
少し納得できない表情を浮かべながら和人達は鏡の世界へ入る。
時間が進んで直葉が浴室へ入ってきた。
彼女はお風呂に入るために湯船へ手を入れる。
「あれ?」
不思議そうな表情をして直葉は湯船の中へ顔を入れた。
「!?」
目を見開いた直葉は目の前の景色を見る。
そこにあったのは鏡の世界だった。
「どうしよう……もしかして、お兄ちゃんたちが……そうだ!」
直葉は浴室から出てある場所へ連絡をする。
その相手は源しずかだった。
鏡の世界へやってきたのび太達。
初めてくる鏡の世界にスネ夫とジャイアンは興味津々という表情だ。
「ここが鏡の世界!?」
「誰もいないのかよ!」
「僕の体はどこ?」
「あそこだよ」
のび太は裏山を指す。
方角を見たピッポは一目散に駆け出す。
「あれ、ピッポ?」
少しの距離が開いたところでピッポは振り返る。
彼はふりふりと尻尾を揺らしてベロンと舌をだす。
「ここまでくれば、もうお前達に用なんかないんだよ!」
「ああ!」
「裏切ったな!?」
「この場合、騙したというんじゃ」
「待てー!」
「そんな……ピッポ」
町中から裏山へ目指すピッポを追いかけるのび太達。
その中でのび太だけは心配そうにピッポを見ていた。
ピッポはひよこのような姿をしていながらとんでもない速さで商店街の中に入っていく。
かなりの距離を開けていたがジャイアン達に追いつかれてしまう。
商店街の中に入ったところで三体のロボットが降り立つ。
人型の姿をしておりながら頭部はどことなく獣の姿をしていた。
「撃たないで!僕はジュドです!」
獣のロボットの前でピッポが手を広げる。
目の前に獣のロボットは単眼でピッポを調べた。
「形状が一致しない。こいつはジュドじゃない」
ロボットの瞳から熱線が放たれる。
熱線がピッポに当たる直前、のび太が飛び込んで助けた。
標的を失った熱線は後ろにあった車を破壊した。
「な、なんだぁ!?」
「あれが鉄人兵団のロボットか?」
「空気砲!」
「のび太!」
「人間だ!捕獲しろ!」
爆炎の中和人はのび太のいる場所に向かって走る。
ドラえもんは四次元ポケットから空気砲を取り出して近づいてきたロボットに向けて撃つ。
空気の塊を受けて吹き飛ぶロボット。
「和人!早くこっちにこい!」
「のび太!急げ!」
「のび太君!和人君!」
ジャイアン達の叫びを聞きながら和人はピッポを抱えているのび太に近づく。
「のび太!ピッポ!大丈夫か?」
「和人、大丈夫……ピッポも」
「よし、すぐに」
逃げようという時、頭上から新たに獣型ロボットが現れた。
「まずい、こっちへ逃げるぞ!」
のび太の腕を引いて走る和人。
「排除しろ」
リーダー格の獣ロボットの声と共に瞳にエネルギーが集まり始める。
「やめろ!うわっ!?」
空気砲を構えようとしたドラえもんの腕に熱線が通過した。
熱線が消えると空気砲が両断されて小さな爆発を起こす。
真っ直ぐに向かう熱線がのび太と和人達のいた場所に直撃して、大爆発を起こした。
「そ、そんな……ウソでしょ!?」
「のび太!和人!この野郎!」
「そんな、のび太君」
ショックを受ける三人を獣型のロボットたちが拘束していく。
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EX:緊急クエスト、サムライアントマンズ討伐
鉄人兵団を書こうとするとなぜか、モチベが下がるという呪いが発生している。
どういうことだろうか。
年内最後になるかもしれません。
桐ヶ谷家
「お兄ちゃん~、今日の予定、忘れていないよね?」
桐ヶ谷和人は妹の直葉の言葉に顔を上げる。
「ああ、それにしても、クリスマスが終わって、すぐにこんなクエストがでてくるとは……なんか、悪意を感じるな」
「お兄ちゃん、言っていたね。大掃除をさぼろうとしたらとんでもない事態に巻き込まれたって」
「まあ、あれの良き思い出だけどな」
苦笑しながら和人は時計の時間を見る。
「クエスト開始まで三十分前か、そろそろログインしよう」
「うん!」
頷いた二人は自室へ戻り、アミュスフィアを装着する。
野比家
「のび太~、大掃除は終わったの?」
「今日のノルマは達成、そういう木綿季の方はどうなったの?」
「ボクのところは姉ちゃんと頑張ったよ!二人だけだし、使っている場所が少なかったからすぐに終わったし」
「そっか」
「楽しみだね!緊急クエスト」
「うん……」
「どうしたの?」
木綿季はのび太が少し気落ちしていることに気付いた。
二年間、共に戦ってきた仲間でありこの程度の気分の変化はすぐに見抜ける。
「なんというか、このタイミングで、クエストの内容に少し悪意を覚えたと言いますか」
「内容?」
「まあ、話はエギルさんのお店へ行ってから話をしようか。多分、みんなに話さないといけないことになるから」
「やあ、ごめんごめん、遅くなったよ」
襖をあけてドラえもんがやって来る。
三人はアミュスフィアを装着してVRMMO“アルヴヘイム・オンライン”の世界へ飛び込む。
エギルが経営しているお店へノビタニアン、ユウキ、ドラモンの三人は中に入り込む。
「プリヴィエート!ノビタニアン君」
「うわっ!?セブン!」
ドアを開けたところで飛び込んできたのは少し前までクエスト勝負を競っていたシャムロックのリーダーセブンだった。
あの時は色々あったが、仲間とレインたちの奮闘によってなんとか騒動を終えたことは記憶に新しい。
尚、その際にノビタニアンは何故か、“セブン”に気に入られている。
横でユウキが頬を膨らませているがドラモンがまぁまぁとなだめていた。
「あれ?今日のクエストは難しいかもって」
「そうだったんだけど、なんとか予定ができたからログインしたの!それに……」
セブンは頬を赤らめながらぼそぼそとつぶやいた。
「お姉ちゃんにも会いたかったし」
「ああ、じゃあ、彼女も?」
「うん!ログインするの!もうすぐ、キリト君と一緒に来るはずよ」
その言葉通り、ドアを開けてスプリガンのキリトとウンディーネのアスナ達がやってくる。
「あ、ノビタニアン君、セブンちゃん」
「先に来ていたのか」
「うん、キリトは今?」
「いや、少し前にアスナとアイテムの補充を、武器はリズに預けたか?」
「ここへ来る前にね。フルメンテを終わらせたらもってきてくれるって」
「リズも大変だよね。このタイミングで全員の武器を見るなんて」
「だが、フルメンテしてもらっていないと何が起こるかわからないクエストだからな」
「……サムライアントマンズの討伐。名前はともかく、アレだよね?」
「ああ、アレだ」
過去の出来事を思い出してノビタニアンとキリトはため息を零す。
「二人だけで黄昏続けているんじゃないわよ」
「そーだぞ!俺達にもとっとと内容を聞かせろ。お前らの大冒険の一つだろ?」
そんな二人にシノンとクラインが呆れたように尋ねる。
「大冒険って、そんなものじゃないよ」
「まー、きっかけはのび太だけどな」
「それは否定できない」
キリトの言葉にのび太は頷いた。
少しして、フルメンテを終えたリズベット、外にいたフィリア、リーファ、シリカ、ユイ、ストレア、最後にレインがやってくる。
「よし、全員そろったな」
「キリの字、ノビ公!クエストの内容に覚えがあるんだろ?話してくれ!」
「うん」
クラインに急かされてのび太は答える。
「はじまりは年越す直前、僕達は家の大掃除をさぼるために学校へ遊びに来ていたんだ」
「そこで、先生が学校の掃除をしていてな。俺達も手伝いをしていたんだが、当然、さぼる目的でいたから飽きた。そこでのび太がドラえもんの四次元ポケットの道具でガラパ星からきたセールスマンから生物進化研究所。そこの話を聞いて、アリを進化させて掃除を手伝わせようと考えた」
「それが騒動の原因だったんだけどね。僕達が選んだアリは実はサムライアリでね。他のアリを奴隷として攫う、乱暴者達だったんだ。進化したサムライアリは鞭で僕達を奴隷にしようとしたんだ。サムライアリ達をなかったことにしようとした僕達はもう一度、ガラパ星へ行ったんだけど、そこは女王アリに占拠されていた。ドラえもんを残して僕達は繭に閉じ込められちゃったんだ」
「そこからは僕が話すね。過去へ戻ろうとした僕はサムライアリ達が張っていたバリアで少し前の過去に飛ばされてしまうんだ。そこで僕はサムライアリ達の弱点を見つけるんだ。ジャイアンの歌というものをね」
「……あれは兵器になりうるわね」
ドラモンの言葉にリズベットが同意する。
他のメンバーも頷く。
「僕は過去の仲間を未来へ連れて、もう一度、ガラパ星へ向かったんだ。そこで繭に閉じ込められていた仲間たちを解放して、サムライアリ達を無力化して元に戻すことへ成功したんだ」
「今回のクエスト、サムライアントマンズの討伐クエストは、悪さを働くサムライアントマン達を制限時間内に倒すというクエストだ。アントマンは鞭を使う他、NPCを拉致して仲間にしようとする」
「おそらくだけど、女王アリの鞭裁きは普通のアントマンよりも強敵だと思う」
「ALOはSAOのデータを基にしています。そして、SAOのデータは……その、パパ達の話を基にしたものもあるらしいので、おそらくこの話もノビおじちゃんから聞いたものをベースにしたんだと思います」
ナビゲートピクシーの姿をしているユイの言葉にストレアも頷いた。
「他の連中は苦戦するかもしれないけど、俺達には頼りになるメンバーがいるからな!」
「そうです!」
「大丈夫だよ!私達ならできる!」
「後方支援は任せて」
シリカ、
フィリア、
シノンが頷いた。
「さ、暴れるわよ!」
リズベットの言葉を合図に全員が立ち上がる。
「さあ、行こうぜ!」
クエストの内容はスヴァルトアルブヘイムの平原。
存在する村を襲撃しようとするサムライアントマンズを討伐する制限時間つきのクエスト。
クエスト失敗はサムライアントマンズが村に入りNPCをすべて拉致されたら、プレイヤーサイドの勝利条件はサムライアントマンズを駆逐、もしくは制限時間内まで生き残ることとなっている。
村は周囲を木の塀で囲まれているのみ、入り口は一か所しかない。
「ちなみにだけど」
二刀流の剣を構えながらレインが尋ねる。
「ノビタニアン君やキリト君達が体験した時はどのくらいの数がいたの?」
「……えっと」
「だいたい、五匹か六匹くらいだよな?」
「そんな感じだったね」
「うーん」
「どうしたのよ?」
レインの考えるような仕草にリズベットが尋ねる。
「いや、このクエストが緊急と制限時間がついているって意味を考えていて」
「意味?」
アスナが首を傾げる。
「緊急と制限時間、村の規模が小さいことから、アンタ達の過去経験よりも数が多い可能性っていうのも……」
シノンの言葉と共にクエスト開始時間となる。
ボコンと彼らの前の地面が盛り上がった。
そこから現れるのはコケ茶色の姿をしたグンタイアリ。
「クエスト開始……って!!」
キリトは目の前の光景に叫ぶ。
盛り上がった地面の穴は軽く二十を超えていた。
「多すぎでしょ!?」
続けて現れる穴に流石の数にユウキも叫ぶ。
「こりゃ、死ぬ気でやらないといけないな」
クラインも刀を構える。
「過去話をどうやったらこんなことになんのよ!?」
「製作者の悪意を感じますよ」
「……私とアスナ、ドラモンは後方支援ね」
「その方がいいかもね」
「ノビタニアン君!頑張ってね!」
薄情者!とノビタニアンは叫びながら剣と盾を構える。
出現したサムライアントマンは三十体以上だった。
「年末とはいえ、暴れ甲斐のあるクエストだぜ!」
「そうだ!ノビタニアン!ボクがノビタニアンより多くの敵を倒したらパフェをおごってね!」
「え!?」
「いいわね、私も乗った」
「ええ!?」
「私も、私も!」
「えええ!?」
「わ、私だってやります!頑張ろうね!ピナ!」
ノビタニアンを置いていつの間にかパフェ争奪戦が勃発していた。
「なら、私が一番ね」
遠くからシノンの射る矢がサムライアントマンの一体を貫く。
砕け散るサムライアントマンの姿を見て茫然とする一同。
「ボクも負けないぞぉお!」
駆け出すユウキ。
続けて、キリト。
その後にみんなが続く。
年末最後のクエストはとてつも波乱だったということをノビタニアンはのちに語った。
尚、財布の中はすっからかんになったらしい。
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49:鉄人兵団 その4
「のび太、大丈夫か?」
「うん、っ!」
「ケガしたのか!?」
壊れた車の狭い路地裏。
そこに和人とのび太、そしてピッポが避難している。
ギリギリのところで二人はここまで走り飛び込む形で隠れていた。
獣型ロボットたちから死角になっており、気付かれることはなかった。
和人はのび太の腕から血が滲んでいることに気付く。
顔を歪めているのび太にピッポが心配そうに見ていた。
「大丈夫、かすり傷、だから」
「でも」
「ドラえもん達を助けに行かないと」
「なんでだ!?自分が助かったんだからいいじゃないか」
のび太の言葉にピッポが反論する。
「駄目だよ!!」
ピッポにのび太は叫ぶ。
腕を怪我して痛いのに、彼は必死な表情で立ち上がる。
「ドラえもんは友達なんだ。放っておけない!大事な、とても大事な友達なんだ!」
「なんで、助けるんだ?」
「友達だからさ」
「ピッポ」
困惑するピッポに和人が声をかける。
「のび太はこういったら聞かないんだ。だから、逃げるなら今だぞ」
和人の言葉にピッポは昔を思い出す。
メカトピア時代に歌っていたピッポ、しかし、歌は貴族がたしなむためのもの。
奴隷である自分は電磁鞭で半壊まで追い込まれた。
そんな自分を助けてくれたのはリルルだ。
彼女は自分を助けてくれた。その時。
――理由なんかないわ。放っておけなかっただけよ。
彼女の言葉を思い出して。
「仕方ないな!特別に手を貸してやる!」
「え?」
「それって」
「僕の体は裏山なんだろ?取り戻して手を貸してやるから。その間にお前達の仲間を取り返すんだな!」
「ピッポ……」
「ありがとうピッポ!やっぱり、キミは良い奴だ」
「ふ、ふざけるな!自分のためにやるんだ!お前達のためなんかじゃないんだからな!!」
顔を赤らめながらピッポは叫ぶ。
「じゃあ、俺達はドラえもん達のところに」
「ピッポ、無理しないでね」
「うるさい!」
二人と一匹?は別れる。
和人とのび太が向かうのは改造された町内の基地。
そこにドラえもん達がいる。
一人、裏山へやってきたピッポ。
土砂崩れによって半ば土の中に埋もれているザンダクロス。
獣ロボット達は岩などを退かしていく。
悪態をつきながら彼らは除去作業をしていた。
その隙をつくようにピッポはザンダクロスの足から機械の中へ入っていく。
「こいつはもうゴミだな」
「でかいゴミだな!」
「ガハハハハ!」
外から聞こえてくる声にピッポは体を震わせる。
「違う……」
体を震わせながら自らの体をザンダクロスへ接続させる。
「僕はゴミなんかじゃなぁああああああああああい!」
叫びと共に土砂崩れの中からザンダクロスがその体を起こす。
泥などを退かしていた獣型のロボットは慌てて逃げていく。
滅茶苦茶にザンダクロスは周囲へ光線を放つ。
起き上がり、光線を撃ちながら空へ舞い上がる。
ザンダクロスが暴れていることで前線基地の本部のロボット達は慌てるように外へ飛び出していく。
鉄のボールのようなものに閉じ込められているドラえもん達は異変に気付いた。
「何か、騒がしいね」
「何が起こっているんだ!?」
「今なら外へ逃げだせるかもしれない」
ドラえもんがポケットから道具を取り出そうとした時、こっそりと入り口からのび太と和人が現れる。
「和人、のび太!?」
「お前ら、無事だったのか!!」
「のび太君!和人君!」
「ピッポが外で陽動をしてくれているんだ」
「だからすんなりと侵入出来たんだ。もぬけの殻だ。すぐに抜け出そう」
「任せて、通り抜けフープ!」
取り出した道具を使って檻から脱出するドラえもん達。
そのまま抜け出したところで通信施設のような場所を見つけた。
通信施設では鉄人兵団が出立してワープを繰り返し、まもなく地球へ到着するというメッセージ。
応答がないリルルへの問いかけだった。
逃げ出しても事態は何も変わっていないということをドラえもん達は理解してしまう。
「リルル~~~!」
やってきたザンダクロスからピッポが出ていくとそのままリルルを探しに行ってしまった。
その頃、裏山で直葉としずかの二人はリルルと遭遇。
彼女は腕からケーブルなどがむき出しになっており、ロボットであることが発覚する。
リルルは指から光線を打とうとして意識を手放してしまう。
直葉としずかはリルルを連れて源家へ運ぶ。
「この人、ロボットなんだ」
「これだけ高性能なロボット、はじめてみたわ」
リルルの汚れを取り除いてしずか達はこれからどうするか話し合おうとした。
その時、階下で何かが壊れるような音がする。
「直葉ちゃんはここで待っていて」
「う、うん!」
しずかはゆっくりと階下へ向かう。
源家のリビング。
そこで獣型のロボットがいた。
「!?」
「人間だ!」
悲鳴を上げるしずかに迫る獣型ロボット。
飛びかかろうとした、その時。
砲撃と共に獣型ロボットが機能停止する。
突然の事態に驚くしずか。
倒れた獣型ロボットの後ろ。
そこには空気砲を構えるのび太の姿があった。
「のび太さん!」
涙を浮かべながらしずかはのび太を抱きしめる。
突然のことに目を白黒させながらのび太はしずかを抱きしめ返そうとした。
「しずかちゃん!」
「しずか!?なんで」
壊れた中庭からジャイアン、和人達がやってくる。
慌てて離れる二人。
「お兄ちゃん!」
階段を思いっきり駆け下りて直葉は和人の姿を見つけると一目散に抱きしめる。
「スグ!?」
「怖かった!お兄ちゃんが無事でよかった!」
直葉がいることに驚く和人。
そして、周りがニヤニヤしていることに気付いた。
「おい、何だよ」
「「「別にぃ~~」」」
「だったらその三白眼みたいな目をやめろぉおおお!」
和人の叫びがこだまする横でピッポが二階へ駆けあがっていった。
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50:鉄人兵団 その5
鉄人兵団が迫っている。
これからどうするかとドラえもん達は話し合い、鉄人兵団を鏡の世界へ誘導することにした。
問題はここが鏡世界であることがばれないようにすること、そのため、ドラえもん達は町中にいる獣型ロボット達を無力化させていく。
ドラえもんが用意した瞬間接着銃で動きを止めて、そのまま、用意した場所に閉じ込める。
そうすることで町中にいたロボット達がすべて、消える。
その夜。
「一度でいいからハムを丸ごと食べてみたかったんだ!」
「高級ステーキちゃん!」
「おいしいもの沢山!」
「あらあら」
「おいおい……まあ、俺も好きなもの、食べるけどさ」
「お兄ちゃん~、届かないよぉ」
ドラえもんが用意したBBQセットの上で様々なものを焼いて食べる。
ジャイアンはハムを丸かじりしていた。
直葉は身長差のために鉄板に届かず、和人が肉をとってあげるということをしている。
その中でピッポにのび太が色々な食べ物をあげていた。
元々、ロボットなので食事をしたことがないピッポ、半ば生物になったことで目の前の食事をおいしそうに食べている。
団欒の時間というべき光景をみて、ピッポは考えていた。
――人間って変な奴だ。
食べて、ロボットの襲撃がない中、それぞれの家で休むことになった。
翌朝。
「のび太、ピッポ、どうしたんだ?」
和人はのび太の頭上、正確に言えば、頭の上に居座っている青い被り物をしていないピッポへ尋ねる。
どういうわけかのび太がピッポの被り物を装着していた。
ドラえもんの話によると道具の影響で二人は離れられないらしい。
「これからのことを話すにして……ピッポは僕達の敵?それとも味方?」
「……僕はどちらでもない。リルルの味方だ」
「リルルは……味方ではないようだから、ミミバン!貼り付けるとどんな音も通さない。リルルに作戦がばれたらまずいからね」
しずかと直葉の態度からリルルの状況を理解したドラえもんがピッポの耳の部分へミミバンを当てる。
ジャイアンやスネ夫がからかうもミミバンのおかげで声が届くことはない。
「作戦は?」
「この間、行った大きな湖、そこに逆世界入り込みオイルを使って鉄人兵団をこの世界へ誘い込むんだ」
「成程、連中に独り相撲をさせるのか」
ドラえもんの作戦に和人は納得する。
「でもさ、どうやって誘い込むのさ」
「それはピッポがこの世界へ部品を送り込むために使っていた信号を利用するのさ」
「僕はちんちくりんじゃない!」
ドラえもん達の会話が聞こえていないピッポは勝手な解釈をしてのび太の頭上で怒っていた。
「あの信号を湖から発信する……ただ、リルルに邪魔されるとまずい。リルルの様態は?」
「どんどん良くなっているわ」
「作戦を邪魔されるとまずいから、これを飲ませるんだ、ただ眠らせるだけだから」
「でも……」
「そんなことしてだいじょうぶなの?」
ドラえもんの提案に渋る様子を見せたしずかと直葉。
「眠るだけだから問題ないよ」
スネ夫の言葉にしずかは納得して瓶を受け取る。
「ジャイアンとスネ夫君は街の見張りを頼む」
源家。
しずかと直葉はリルルの包帯を外す。
少し前まで配線や基盤がみえていたのだが、今は普通の女の子として謙遜なかった。
「私の服を貸すわ。どれがいい?」
「どれでもいいわ」
「えー、もったいない!」
「……興味ないもの」
どうでもいいというリルルの言葉にしずかと直葉が反論する。
「ねえ、これ着てみて、ばんざーい」
「一人で着られるわ!」
「わー、可愛い!」
「うん!」
「でも、すぐに動いちゃダメよ。今日は安静にして」
「人間のすることってわからない。どうして敵を助けるの?」
「理屈で説明できないことをするのが人間なのよ。さ、これを飲んで、ゆっくり休めば治るわ」
「あんせいにしてね?」
しずかと直葉の視線から逃れるようにリルルは背を向ける。
「もう、寝ちゃったの?」
反応がないリルルの姿を見ながらしずかは首元に星のペンダントをつける。
しずかと直葉は部屋から出ていく。
寝たふりをしていたリルルは口の中から薬を吐き出した。
ドラえもん、和人、のび太、そしておまけのピッポは湖にオイルを流していく。
瞬く間に湖は鏡の世界を繋ぐためのゲートへ変わる。
ドラえもんはピッポが使用していた電波を用意した受信機で送信する。
「凄いな、さすがはドラえもん」
「後は連中がやって来るのを待つだけ……僕と和人君は街で仕掛けをしてくるからここで待っていて」
「のび太、ピッポ、頼んだぞ」
「うん」
「…………うん」
タケコプターで離れていくドラえもんと和人。
残されたピッポとのび太は森の中を歩いていく。
鏡の世界で生き物のいない森の中。
しばらくして、道具の効果が切れて、二人は離れていた。
その中を二人で歩いているとのび太は呟く。
「まるで僕達だけしかいないみたいだ」
「のび太は怖がりだ!」
ピッポがのび太へ言う。
「違うよ!」
「違わないね!」
「違うって!」
「違わない!のび太は怖がりだ。やーい!」
のび太をからかっていたピッポの頭の上に花びらが落ちる。
突然のことにピッポは驚いて飛び回った。
「なーんだ、僕よりピッポが怖がりじゃないか!」
「違う!驚いただけだ!怖がりじゃない!僕は怖がりじゃない!」
「違わない!違わないったら違わない~」
顔を真っ赤にして否定するピッポをのび太がからかう。
「わ、笑っていられるのも今のうちだぞ!鉄人兵団が来たら、お前達はあっという間にけちょんけちょんだぞ!僕だって元の体に戻ればあっという間だぞ!あとで謝ったって許してやらないぞ!」
「僕は……ピッポと戦うのは嫌だなぁ」
のび太の心からの言葉にピッポは言葉を詰まらせ、やがて、泣きながらのび太へ近づいていく。
「僕はのび太と戦うのは嫌だ……リルルにもこの気持ちを伝えたいのに答えてくれない」
「離れていても会話ができるの?」
のび太はピッポと近くにある木に腰かけながら話をしていた。
「僕にはリルルの体の一部があるから……でも、今は心を閉ざしてしまっている。僕の感じたものをリルルに感じてほしいから」
「来たぞ!」
夜。
湖畔の傍で待機していたドラえもん、和人、のび太、ピッポ。
湖が光り輝くとともに大量の人型ロボット、そして、巨大なクモを模したような戦艦が現れる。
「す、すごい数だ」
「これが鉄人兵団」
驚く和人達の前で鉄人兵団は都心部へ向かっていく。
その姿を確認したドラえもんはどこでもドアを出してのび太の家へ向かう。
家の中にはスネ夫とバットを持ったジャイアンが待っている。
「鉄人兵団は都心部へ向かったよ」
「そうか、にしししし」
笑いあうドラえもんと和人。
「すっげぇ」
スパイカメラで映像を見ていた彼らは驚きを隠せない。
鉄人兵団の攻撃を受けてビルから反撃があった。
驚きながらも鉄人兵団は反撃していく。
「一体、兵団と戦っているのは誰?」
驚く彼らにドラえもん達は種明かしをする。
ドラえもんの道具で彼らは人がいると思いながら自分達が放った攻撃を躱していく。
そんな話をしていた時、タケコプターをつけたしずかと直葉がやってきた。
「大変よ!」
「リルルがいなくなったの!」
「リルル!!」
ピッポが窓から飛びだす。
少し遅れてドラえもん達も行方を捜すために外へ出ていく。
傘を差しながら街を歩いていたのび太と直葉。
やがて、地下鉄の階段のところで座り込んでいるリルルを見つける。
「リルル!」
「こんなところにいた!」
驚くのび太と笑顔を浮かべる直葉。
「さぁ、一緒に帰ろう」
「そうはいかない。アンタ達のインチキを総司令へ報告するの!」
リルルの言葉にのび太は目を見開く。
「そ、そんなことしたら」
「そうよ。本当の世界を総攻撃して、人間を捕獲するの」
この世界に鉄人兵団を縛り付けられているのは鏡の世界の秘密を知らないからだ。
もし、ばれてしまえば、この世界から鉄人兵団は本当の世界へ向かってしまう。
「そんなこと、させないぞ!」
「撃ちなさいよ!」
のび太は懐から武器を取り出す。
挑発するリルルの前でのび太は手を止める。
「駄目!」
「撃たないで!」
両手を広げてのび太の前に立つ直葉。そして、リルルの前に立つピッポ。
「駄目!リルルを撃っちゃだめ!」
直葉がのび太へ叫ぶ。
「お前は、ジュド?どうして、そんな姿に!?」
「リルル、人間を捕まえるなんて言うの、やめて……」
「お前は祖国を裏切るつもり!?」
「……心を閉ざさないで、僕の心を聞いて、ううん。本当はもう君だってわかっているはずだよ」
「やめて!私はメカトピアに尽くす義務があるの」
「本当に撃つぞ!本当だぞ!」
「撃ちなさいよ!撃たないと私は止められないわよ!撃って!」
懇願するように叫ぶリルル。
銃を向けているのび太とピッポの目が合う。
ピッポは首を横に振る。
「……」
「のび太君!」
のび太は銃口を下へ下ろす。
「意気地なし!」
リルルの指先から光線が放たれる。
のび太へ当たる直前、ピッポが割り込む。
光線を受けた倒れこんだピッポに直葉とのび太が駆け寄る。
リルルは涙を零しながら空へ飛び出す。
頭上へ巨大な鉄人兵団の戦艦が現れる。
「リルル、なぜ、応答しなかった?」
「不測の事態により連絡ができない状態にありました。申し訳ありません」
「リルル、地球人はどこにいる?」
「答えろ。リルル」
「……答えたくありません」
「今、なんといった?」
リルルの言葉に総司令官が杖を振るう。
殴られたリルルは水たまりの上に倒れこむ。
「人間など、ゴミだ」
「……ゴミなんじゃありません!私達と同じ、いえ、それ以上に複雑な心を持っています!」
電撃がリルルを襲う。
連行されたリルルは処刑されようとしていた。
「処刑準備整いました」
「リルル、何か言い残すことはあるか?」
「奴隷狩りを中止して引き返してください」
「塵も残さず焼き尽くせ!」
兵団から攻撃が始まるという瞬間。
近くの建物が爆発を起こす。
「リルル!助けに来たよ!」
太陽の光を受けながら飛来するザンダクロス。
その肩にひらりマントを構える和人、ショックガンを握り締めているのび太。
「かっさらえ!」
胸部の操縦席の中にいるジャイアンの指示でスネ夫が操縦桿を操る。
しずかがピッポを抱きしめて、直葉は正面のスクリーンを見ていた。
拘束されているリルルを助け出すのび太達。
彼と鉄人兵団総司令の視線が交差する。
ザンダクロスはそのまま空へ飛び去っていく。
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59:鉄人兵団 その6
鉄人兵団編、完結です。
果たして、この作品を待っている人はどれだけいるだろう?
鉄人兵団からリルルを奪取したのび太達はこっそりと源家に戻る。
リルルはしずかのベッドに座り込んでいた。
沈んでいる表情のリルルに対してのび太達の表情は明るい。
「これで、俺達はもう仲間だよな!」
皆の気持ちを表すようにジャイアンが笑顔で言う。
今まで敵対?していたリルルは自分達のために鉄人兵団を裏切った。
そんな彼女を最早、敵としてみるものは誰もいなかった。
「お願い!」
だが、リルルは立ち上がる。
「お願い、私を閉じ込めて」
「「「えぇ!?」」」
突然のリルルの言葉に全員が困惑する。
ただ一人、わかっていたのかピッポは何も言わない。
「どうして!?」
直葉が叫ぶ。
折角、仲良くなれたのにこんなことをいうの!?と訴える様に直葉は叫ぶ。
「私は、自分がわからないの……司令官の行おうとしていることが間違っていることはわかる。でも、メカトピアを……私の故郷を見捨てるなんていうこともできないの!だから、お願い、私を閉じ込めて」
「リルル……」
悲しそうに直葉がリルルの手を握る。
握られたことに気付いた彼女は優しく、握り返す。
「これは自分で決めたことだから……ありがとう、直葉」
「リルル!」
「スグ……これ以上はリルルの気持ちを無碍にしてしまう。今は整理させてあげるんだ」
「お兄ちゃん」
ポンポンと和人に頭を撫でられて直葉は渋々、リルルから離れる。
「じゃあ、ここに入れるよ?」
ドラえもんがスモールライトでリルルを小さくして鳥かごの中に入れる。
鳥かごはしずかが飼っているカナリアのものなのだが、鏡の世界に生き物は存在しない。そのため、かごの中は空だった。
そこにリルルを入れて、ドラえもんは全員を見る。
「おそらく、敵はそろそろ仕掛けに気付くかもしれない。決戦の準備をしよう」
「うん!」
「わかった!」
「任されよ!」
「い、いよいよかぁ」
ドラえもんの言葉にのび太、和人、スネ夫、ジャイアンが頷く。
リルルの護衛として、しずかと直葉が残る。
彼らがどこでもドアで湖へ向かう。
最後に残っていたピッポがリルルをみた。
「(ジュド、行くのね)」
「(うん、のび太と一緒に居たいんだ!)」
言葉を出さずとも二人の考えていることはわかる。
「いってくるね」
だが、ピッポは最後の言葉を口に出してドアの向こうに消える。
「お兄ちゃん……」
「のび太さん、皆……」
「ジュド」
湖の近く。
そこでのび太達は簡易的な穴を複数、掘る。
穴の中には毎度おなじみショックガン、パワー手袋、ひらりマント、空気砲、瞬間接着銃が複数個用意されていた。
鉄人兵団と戦うためにドラえもんが用意したアイテム。
強力な武器はないが鉄人兵団を無力化させるために用意した。
「のび太、大丈夫か?」
和人は震えているのび太へ声をかける。
少し離れたところでジャイアンがスネ夫を励ましていた。
励ましているようなのだが、背中を叩いて穴の中へ落としている。
「大丈夫!だって、ピッポも戦おうとしているんだ。僕だけ逃げるなんて、出来ないよ」
「のび太は強いよな」
「そんなことないよ。僕だって、怖いよ」
「あぁ、悪い。そういう意味じゃないんだ」
和人はひらひらと手を振る。
「ピー助の時もそうだけどさ、のび太は心が強いんだよ。誰だって怖くて逃げだしたい。自分なんかじゃ分不相応って思うかもしれないのに、誰かのために行動できる。そんなお前が強いって俺は思う」
「お前達は仲良しだな!」
ピョコンとのび太の膝の中で隠れていたピッポが顔を出す。
「ピッポ、聞いていたのか……」
「のび太は一人だと心配だからな!僕がついてあげているんだ!」
胸を張るピッポの姿に和人は小さく微笑む。
和人とピッポが話している横でのび太は小さく呟いた。
「和人……でもね、僕はみんながいてくれるから頑張れるんだ。みんながいてくれるから、だから、頑張ろうって思えるんだ」
「これはどういうことだ!」
鉄人兵団の侵略総司令官は映像を見て叫ぶ。
地球の地図。
誘導信号から突入する前に撮影していたもの、そして、現在の地図。
「逆さまではないか!」
「そうなんです、映像を確認して調べたところ、このような事実が」
「……そうか」
総司令は杖を叩く。
怒りのあまり杖が床を砕いた。
「我々は騙されたのだ!あの地球人どもめええええええ」
総司令の電子頭脳に浮かび上がるのはジュドに乗っていた人間。
メガネをかけた子供。
その姿を思い出した途端、よくわからないものが総司令の中に浮きあがる。
「そう、総司令?」
「我々が突入したポイントへ向かう!あそこが偽の世界から本来の世界へ戻るための出口だ!」
「は、はいぃ!」
カマキリのようなデザインをしたロボットが指示を出しながら総司令のロボットは拳を強く握りしめる。
「各地に散らばっている部隊も呼び戻せぇえええええ」
湖の入り口。
穴で待機しているジャイアン、スネ夫、和人、ドラえもん。
そこから少し離れたところで鎮座しているザンダクロス。
ザンダクロスの足元にはピッポとのび太がいる。
「きた……」
スネ夫がぽつりと言葉を漏らす。
空を埋め尽くす鉄人兵団。
巨大な浮遊要塞が姿を見せる。
ガチガチとスネ夫は震えそうになる体を叩く。
「一体も湖の向こうへ通すな!」
ドラえもんの叫びに全員が一斉にショックガン、空気砲、瞬間接着銃を放つ。
空気砲を受けて吹き飛ぶ兵士、
ショックガンで機能停止する兵士、
瞬間接着銃によって動きを封じられる兵士ロボット達。
「数が多いよぉ!」
「泣き言いってんじゃねぇ!俺達が食い止めねぇと」
「ジャイアン、上だ!」
「うっとぉ!サンキューな!和人!」
「のび太君!」
ドラえもんが後方にいるのび太へ叫ぶ。
のび太は手にしているショックガンを握り締めた。
「のび太!」
走り出そうとしたのび太へピッポが声をかける。
「ピッポ?」
「僕が、僕がのび太とみんなを守るから!」
ニコリとピッポは微笑む。
彼はザンダクロスの中へ入り込む。
ピッポが入り込むとザンダクロスの瞳に光が灯る。
起動するザンダクロスの瞳から光線が放たれた。
光線は空にいた兵士たちを次々と撃ち落とす。
「あれは!」
「ジュド!」
高みの見物をしていた総司令。
彼はジュドの姿を見た時、杖を叩く。
音を立てて浮遊要塞が形を変えてクモのロボットへ姿を変える。
クモのロボットは巨大な脚を振り下ろす。
ザンダクロスは両手でその脚を受け止める。
「ピッポ!」
受け止めたザンダクロスは脚を掴んで思いっきり地面の方に向けて振り下ろす。
衝撃で足が千切れて、バランスを崩すクモのロボット。
瞳から光線を放ちながらザンダクロスは巨大な蜘蛛の要塞へ突撃する。
大爆発が起こった。
「ピッポォォォォォォオ!」
兵士にショックガンを撃ちながらのび太は叫んだ。
源家。
鳥かごの中にいるリルル。
直葉としずかの二人はベッドで腰かけていた。
リルルの護衛として二人は残っている。
しずか達はのび太のことを心配していた。
「たったの六人で何万の鉄人を相手に……」
「どうして、こうなったのかしら」
リルルはぽつりと呟く。
「メカトピアを発展させることが宇宙の正義だと信じてきたのに……それがこんなおそろしい争いの原因になるなんて」
「リルル」
呟いたリルルを直葉はみる。
「どこかで進む道を間違えたのかしら?それとも神がアムとイムをお作りになったことがそもそも間違いだったのかしら」
神が作ったという最初のロボット、アムトイム。
この二体からメカトピアの文明ははじまったとされる。
いつからか貴族制度が作られ、叛逆が起こり、奴隷を求めて地球へやってきた。
「そうだよ……神様が悪いんだよ!」
我慢できないという風に直葉が叫ぶ。
「間違ったことをしているからだよ!」
「直葉の言うとおりね……神様に会えるのなら文句を言いたいわ」
どこか自虐的な笑みを浮かべるリルルにしずかがはっとした表情を浮かべる。
「そうよ!神様に文句を言いに行けばいいんだわ!」
「え?」
しずかはリルルの入っている鳥かごへ近づいた。
「力を貸してもらえる?」
「どうすればいいの?」
「神様へ会いに行くの!大昔の世界へ」
「え、どうやって?」
戸惑う直葉とリルル。
「まず、もとの大きさに戻って」
“スモールライト”を使ってリルルを元の大きさへ戻す。
そこから“入りこみミラー”で元の世界へ、そこからどこでもドアでのび太の部屋からタイムマシンへ三人は乗り込む。
「メカトピアの建国はいつごろ?」
「つい、去年、三万年の祝典記念を迎えたわ」
リルルの手助けを借りながらしずかと直葉は三万年前のメカトピアにたどり着く。
人も何もいない、緑豊かな惑星だった。
そこにぽつんと存在する建築物。
後にメカトピアの鉄人が神様とあがめる科学者がそこにいる。
「そんなことになるとは思いもよらなかった」
しずか達から話を聞いた博士。
傍には彼が作り出したアムとイムの姿があった。
「博士にならなんとかしていただけるんじゃないかと」
「お願い!お兄ちゃんはみんなを助けたいんです!」
二人の訴えに博士は考える。
「頭脳に競争本能を植え付けたのは間違いだったか」
「競争本能?」
「他人より少しでもすぐれた者になろうという心だよ。みんなが競い合えばそれにつれて社会も発展する。しかし、ひとつ間違えると……自分の利益のために他人をおしのけ、弱いものをふみつけにして強い者だけが栄える。弱肉強食の世界になる。わしの目指した天国とは程遠いものだ」
博士は椅子から立ち上がる。
ふらふらと覚束ない足取りで彼はアムとイムをシートへ座らせて自分も作業用の椅子へ腰かける。
「何をするの?」
「頭脳を改造する」
「博士、大丈夫ですか?」
しずかが不安げに尋ねる。
「他人を思いやるあたたかい心を……なんとか改造を完成するだけの体力が私に残っていればいいが」
作業を開始する博士。
「この改造で三万年後のメカトピアはガラリとちがった国になるはずだ」
「すると、あのおそろしい鉄人兵団は?」
「存在しなくなる」
博士の言葉にしずかと直葉、リルルも笑顔になる。
「やったー!」
「よかったわ!」
「よかった……」
ハッとしずかはそこで気づく。
歴史が変わる。
それはつまり、三万年後の未来も変化しているということだ。
「でも、それじゃあ、リルルさんも!?」
「え?」
呆然とする直葉。
「わたしも、消えてしまう?……というよりはじめからこの世にいなかったことになってしまう」
「ピッポォォォォォォォォ!」
爆発が晴れた中、のび太は走る。
巨大戦闘要塞の爆心地。
そこにザンダクロスはいた。
「あぁ!」
「そんな!」
「ボロボロだ……」
ザンダクロスは爆発に巻き込まれて無残な姿になっていた。
片足は千切れ、左手はなくなり、右腕には大きな亀裂が入っている。
頭部も一部が欠如して、中にいるピッポの姿がむき出しになっていた。
「ジュドめ!ようやく動かなくなったか」
総司令官がふらふらと姿を見せる。
「あぁ、総司令!空を!」
部下の言葉に総司令は顔を上げる。
各地へ散っていた部隊が戻ってきていた。
ドラえもんは空気砲を構える。
空を覆いつくす鉄人の姿にスネ夫は武器を落とす。
ジャイアンはなんとか気持ちを奮い立たせようとする。
和人はザンダクロスの下へ向かったのび太の方を見ていた。
大きな音を立てて、しずか達の前に博士が落ちてくる。
「どうしたんですか!?博士!」
しずかが博士の体を抱き起す。
博士は自らの胸を抑えていた。
「駄目だ……体が、もう、限界だ」
「そんな!ここまできて!?」
「博士、教えてください。私に操作の方法を!」
「リルル!?」
「そんな、ダメだよ!消えちゃうんだよ!?」
直葉が泣きながらリルルの腕を掴む。
そんな直葉の手に自らの手を重ねる。
リルルは笑顔だ。
「すばらしいと思わない?」
「え?」
「ほんとうの天国づくりに役立てるなんて」
そういってリルルは作業を開始する。
――ジュド、私がなにをしようとしているかわかる?
――うん、リルル。
リルルはジュドに自身の体の一部を与えている。
そのため、お互いの気持ちが理解できた。
ジュドは大事な親友のために戦う。
リルルは祖国がよくなることを願って。
作業を終えたリルル。
その時には彼女の体がうっすらと透け始めていた。
「リルル!」
「リルル!」
しずかと直葉が作業用シートから落ちてくるリルルの両手を掴む。
「リルル!嫌だ、嫌だよう!」
「リルル……」
「天使のようなロボットになりたい……ねぇ、直葉、しずか」
ニコリと微笑みながらリルルは二人をみる。
「今度、生まれ変わったら」
鏡の世界。
突如、異変が起こる。
鉄人兵団たちが次々と消えていくのだ。
「え?」
「何が起こっているの!?」
「鉄人兵団が、消えていく!?」
「なぜか、わからないけれど」
戸惑うドラえもん達。
のび太がザンダクロスから落ちてくるピッポを受け止める。
「ピッポ!?」
鉄人兵団と同じようにピッポの体も透け始めていた。
それは消えた鉄人兵団たちと同じ現象。
理解は出来ていないがのび太は感じ取っていた。
ピッポも消えてしまう。
泣きそうになりながらのび太は堪える。
なぜなら、ピッポは泣いていないのだ。
「ねぇ、のび太」
「なに?ピッポ」
声が震えないようにしてのび太は尋ねる。
「今度、生まれ変わったら」
「「友達になってね?」」
そういって直葉としずかの前でリルルは消えた。
そういってのび太の前でピッポは消えた。
こうして、鉄人兵団をめぐる騒動は終わりを告げた。
現代。
裏山、そこにのび太達は墓を建てた。
リルルとピッポはもしかしたらメカトピアに存在しているかもしれない。
しかし、そこにいる二人はのび太達の知っているリルルとピッポではないのだ。
「直葉、そろそろ行こうか」
「うん!」
和人の言葉に直葉は頷いた。
「そういえば」
「うん?」
「前にのび太がいっていただろ?」
「あぁ」
直葉は思い出す。
鉄人兵団の戦いが終わった一週間後、ボンヤリして、身が入らずに教室で残っていたのび太は空を舞う二つの影をみたという。
天使のような翼を生やしたリルル。
鳥のような姿をしていたピッポ。
「見間違いじゃないといいな~」
そういって直葉は澄み切った空へ手を伸ばした。
今回で鉄人兵団は終わりです。
次回については投稿時期は未定ですが、現実世界の話、一応、過去編を予定しています。
ただし、大長編ではないのであしからず。
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60.盗まれた記憶(前編)
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警視庁特命係。
それは組織犯罪対策部組織犯罪対策第五課の奥。
とても小さな個室に特命係と書かれているプレートがついている。
特命係には二人の刑事が所属している。
一人は杉下右京
仕立てのスーツを着用、ベルトは使わずボタン留めのサスペンダーを使用している。
紅茶を愛用しており、愛用のマグカップに独特な淹れ方が目立つ。
もう一人は甲斐亨、特命係に所属する巡査部長。
ノーネクタイのシャツ、ジレを愛用してジャケットにジーンズを愛用している。
特命係は人材の墓場といわれている。
杉下右京の下へ就いた六人が一年も経たずに警察を去っていった。
その例外の三つ目が杉下右京によって推薦された甲斐亨こと、カイトである。
特命係は基本的にこれといった仕事はない。
他部署から依頼された仕事を手伝う。それ以外はこれといってやることのない。
右京やカイトも思い思いの時間を過ごす。
今日もそのはずだった。
「よっ、暇か?」
特命係の入り口から警視庁組織犯罪対策部組織犯罪対策五課の課長である角田六郎がやってくる。
「なんだよぉ、コーヒーの準備しとけよなぁ」
「ここへコーヒー飲むためだけにくるの、やめたらどうです?」
角田はコーヒーメーカーをみてぶつぶつと作業を始める。
カイトは肩をすくめた。
「あ、そうだ、警部殿。アンタにこれ」
思い出したように手紙を差し出す。
「おや、手紙ですか?」
「そ、警部殿宛だったみたいよ」
角田から手紙を受け取る。
「変わった宛名ですね」
「どれどれ?あ?旅の霊夫?」
カイトは裏に書かれた名前を読む。
「変な名前だな。いたずらですかね?」
「中をみてみましょうか」
杉下は手紙の封を切る。
後ろからカイトも覗き込む。
すぐに顔をしかめた。
「何だ、これ!」
『杉下右京様へ。はじめまして、私は旅の霊夫といいます。突然ですが、私は一人の少年の大事な記憶を盗みました。名刑事、名探偵と名高いあなたへ挑戦をします。少年の記憶を取り戻せる自信がありましたら、下記の場所へ向かってください』
手紙の内容は杉下右京への挑戦状。
しかし、内容がばかばかしい。
「随分とふざけた悪戯だな」
「記憶を盗んだぁ?いたずらにしては随分とバカらしい内容だな」
同じように手紙の内容を見た角田もカイト同様にいたずらと判断している。
「しかし、気になりますねぇ」
「何ですか?」
カイトは杉下へ尋ねる。
「この記憶を盗むということです。これはいうなれば窃盗予告のようなもの……警察へ送ってきたというのに放置するのはどうかと思います」
「だけどぉ、記憶を盗むって、何を盗むっていうのさ?」
「そこです。何の、どういった記憶を盗むのか……そこを確かめてから悪戯と判断すべきでしょう」
外出準備を始めた杉下にカイトは待ったをかける。
「もしかして、行くつもりですか?」
「嫌ならこなくていいですよ?」
そういって出ていく杉下。
「あぁ、もう!杉下さん、待ってください!」
カイトは少し悩みながらも上司を追いかけることにした。
角田課長はコーヒーを一口。
「大変だねぇ、アイツも」
「杉下さん、本当に行くんですか?」
杉下右京の車で目的地である家へ到着する。
「当然です」
今更というようにカイトをみる右京。
この上司へこれ以上、何を言っても無駄ということを学んだカイトは無言でついていく。
『野比』と書かれている表札のドアホンを鳴らす。
しかし、反応はない。
「留守じゃないですか?」
「おや、空いていますね」
ドアノブを捻ると、ドアが開かれる。
ドシン!という大きな音と「のび太君!」という声が聞こえてきた。
「杉下さん!」
「二階からです」
異変を察知した杉下とカイトは階段を駆け上がる。
「大丈夫ですか!?」
二人がドアを開けて小さな部屋に突入した時、そこに信じられないものがいた。
「青い、タヌキ?」
カイトの漏らした言葉にタヌキ?が怒る。
「僕はタヌキじゃなぁぁあああああい!」
「キミ、大丈夫ですか?」
叫ぶ青いタヌキ?をおいて、杉下は気絶している少年へ駆け寄る。
「あ、のび太君!」
「気絶しているだけのようですね」
杉下の言葉に青いタヌキは安心した表情を浮かべる。
「あの、ところで、貴方達は?」
「あぁ、失敬、私達は――」
「ドラえもん!のび太が来て……え?」
二階へあがってきた少年は驚きの声を漏らした。
のび太を寝かせて、ドラえもんと桐ヶ谷和人の二人は特命係の杉下右京と甲斐亨と話をしていた。
「ほぉ、二十二世紀の未来からやってきたネコ型ロボットです」
「僕、ドラえもんです」
「うわぁ、ネコよりかタヌキにみえる」
「失礼な!」
カイトの言葉に怒るドラえもん。
「ところで、刑事さんの二人はどうして、のび太の家に」
「あぁ、そのことなのですが」
「う、うぅん」
隣でうめき声が聞こえて和人とドラえもんが視線を向けると、寝ていた少年、野比のび太が目を覚ます。
「あれ、僕、何をしようとしていたんだっけ?家出をしようとして……何か大事なことを忘れてしまったような?」
「のび太君!」
「のび太!目を覚ましたか?」
二人の言葉に目を覚ましたのび太は首をかしげる。
「キミ達、誰?」
「え」
「おい、のび太?」
突然の言葉に困惑する二人。
「何を言っているのさ?和人君に、ドラえもんだよ」
「あぁ、そっか、和人にドラえもんだよね……」
少し考えるのび太。
「ドラえもん、和人、僕とキミ達ってどういう関係だっけ?」
「「!?」」
のび太の言葉に戸惑う、和人とドラえもん。
対して、杉下とカイトは目を見開く。
「ちょっと、失礼します。野比のび太君。僕は警視庁特命係の杉下右京と言います。突然のことですが、いくつか確認をさせてもらいますよ?」
「え、あ、はい」
「和人君にドラえもん、アルバムか何か用意してもらえるかな?」
カイトに言われて二人はアルバムを探しに向かう。
数分後、用意されたアルバムを眺めるのび太。
その顔は酷く困惑している。
「駄目だ、ジャイアン、スネ夫、しずかちゃん、おばあちゃんのことは覚えているのに、ドラえもんや和人、パパとママのこと、顔はわかるのに何も思い出せない」
「では、確認です。キミの両親、ドラえもん君、和人君の記憶が失われているのですね?」
「はい」
頷くのび太。
考える杉下へカイトは尋ねる。
「杉下さん、これって」
「えぇ、どうやったのかはわかりませんが何者かがのび太君から特定の人の記憶を盗んだようです」
「記憶を盗むって、どうやって?」
記憶を盗まれたという事実に動揺をしているのはのび太だけではない。
「ねぇ、のび太君、本当に忘れたの?」
「う、うん」
「本当なのか?俺とのび太が出会った時のことや……」
「僕達と一緒に色々とした冒険も?」
「ごめん、思い出せないんだ!」
「おや?」
杉下は泣きじゃくるのび太の額を注目した。
「杉下さん?」
「のび太君、その額の文字はなんですか?」
「え?」
のび太は置かれている手鏡で覗き込む。
そこにはある文字が書かれていた。
「この鏡の謎を解け 旅の霊夫」
「杉下さん!」
文字を見たカイトが杉下をみる。
少しばかり目を見開きながら杉下右京は頷いた。
「どうやら、ここで繋がったようですね」
ここで杉下は三人へ事情を話す。
特命係へ届いた旅の霊夫と名乗る者からの挑戦状。
彼らが野比家へやってきたタイミングで起こった異変。
何もかもが繋がってしまった。
「さて、謎というものですが」
杉下は手鏡を調べる。
そこには奇妙な暗号が書かれていた。
「なんすか?これ」
「簡単な暗号ですね」
「「えぇ!?」」
驚く和人とドラえもん。
「これは鏡がヒントになっています」
杉下は手鏡を用意して別の鏡を取り出す。
「みてください。すべての文字が真ん中で左右対称になっています。つまり、真ん中にぴったりと鏡を立てて、みることで文字がわかるということです!」
「凄い……」
「つまり、文字を半分だけ消してみると」
「「六年前の空き地!」」
「けれど、これが手がかりってどういうことだよ?」
「そうですね」
「ドラえもん!」
「うん、六年前の空地へ行こう!」
「いや、行こうって、そう簡単に行けるわけ」
和人とドラえもんの言葉に杉下とカイトは戸惑う。
二人の目の前でさらなる驚きが起こった。
のび太の机、引き出しをあけて、のび太を連れて二人は中に飛び込んだ。
「!?」
「おやおや」
驚くカイト、杉下は机の中を覗き込む。
そこは広大な空間があり、奇妙な機械に乗っている二人。
「杉下さん!甲斐さん!こっちです」
「早く!」
「行きましょう」
「えぇ!?」
驚くカイトを余所にタイムマシンへ乗り込む杉下。
五人は六年前の空地へ向かう。
その途中で和人が杉下とカイトへタイムマシンの説明をする。
「成程、これがタイムマシンですかぁ!」
「頭がパンクしそうだ」
子供のようにウキウキした表情でタイムマシンを見る杉下。
カイトは頭を押さえていた。
たどり着いた六年前の空地。
そこには幼いのび太とパパの姿があった。
のび助が投げるボールをキャッチできず頭にぶつけるのび太。
笑うのび助にのび太が頬を膨らませる。
「なぁ、のび太。なぜ、お前にのび太って名前を付けたか知っているか?」
「知らない!」
のび助は話す。
「のびのびと健やかに育ってほしいからだよ。勉強ができなくてもいい、運動ができなくてもいい、とにかく健康に育ってくれれば、それだけでパパは嬉しいんだよ」
「うん!」
のび助と話して嬉しそうに答えるのび太。
呆然としているのび太の足元に転がって来るボール。
手に取ると汚い字で「のびた」と書かれている。
のび太はそのボールを手に取ってのび助へ投げた。
「確か、こんなふうに投げたんだっけ?」
投げたボールをのび助は受け取る。
その時、のび太の頭にある映像が流れ込む。
幼いのび太とのび助が夕焼け空の下でキャッチボールをしている姿。
「のび太?」
和人が泣いているのび太へ声をかける。
「僕、野球は下手だけど……」
手で涙を拭きながらのび太は微笑む。
「パパとキャッチボールをするのは大好きだったんだ」
「どうやら、キミのお父さんの記憶は取り戻したようですね?」
「はい!」
「おぉ!すっげぇ!」
「やったぁ!」
「良かったな!」
のび太が記憶を取り戻したことに喜ぶ一同。
「喜ぶのはまだはやぁい!」
聞こえた声に彼らは振り返る。
空き地の木の上、そこに立っている者がいた。
「誰ですか!」
杉下が叫ぶ。
シルクハットをかぶり、杖を持った初老の男性。
「あの謎を解いたのは褒めてやろう。だが、次からはそうはいかん!このアルセーヌ・ルパンが相手をしよう!」
「はぁ!?アルセーヌ・ルパン!?」
「残り三つの記憶、そうやすやすと取り戻せると思わないことだ!」
ルパンを名乗った人物と後ろにいた何者かは自らが展開していたタイムホールの中に消えてしまう。
現代。
「おそらくだけど……アルセーヌ・ルパンは架空人物たまごで呼び出されたんじゃないかと思う」
「架空人物たまごぉ?」
「名前の通り、小説などにしか存在しない、架空とされる人物のたまごということですね?」
ドラえもんの言葉に右京は尋ねる。
「つまり、相手も未来の道具を使う奴がいるってことか?」
「うん、それと、のび太君の記憶を盗んだ道具は、メモリーディスクだと思うんだ」
「メモリーディスク?」
知らない言葉にドラえもんは説明する。
「人の記憶、それを最も強い形にして取り出すことができる道具なんだ。ただ、この道具はとても危険なもので、記憶を取り出して三日以内に持ち主へ返さないとその人との記憶が消えちゃうんだ」
「消える!?そんな!ママや和人、ドラえもんの記憶が!?」
「つまり、タイムリミットがある」
「マジかよ」
「ですが、我々に成す術がないというわけではありません」
杉下右京は冷静だった。
「この三日間で、我々にルパンは挑戦をしてくるでしょう。その挑戦全てをクリアすればのび太君の記憶は取り戻せます」
「必ず、のび太君の記憶を取り戻そう!」
「俺も、俺も手伝うよ!」
「二人とも……」
「杉下さん、これはとんでもないことになりましたね」
「えぇ、ですが、必ず記憶は取り戻して見せますよ」
翌日。
のび太、和人、ドラえもん、杉下、カイトのメンバーは美術館へ来ていた。
「流石に不法侵入をするわけにはいきませんよね」
「幸いにもこの時間は誰もいません……しかし」
杉下の手には挑戦状が握られている。
『美術館へ来い』そう記された挑戦状で彼らは来ていた。
車で行くと少しばかり時間がかかるのでドラえもんのどこでもドアを使っている。
「ヤバイ、俺の知っている現実が音を立てて崩壊しようとしている」
「あははは」
頭を押さえているカイトをみて、和人は苦笑する。
「杉下さん!」
カイトは地面に倒れている警備員の姿を発見する。
「これは」
「邪魔なのでね、少し寝てもらった」
「その声は、でてきなさーい!」
杉下の言葉で姿を見せるルパン。
身構えるカイト。
「また会えたな。お前達の探し物はこの美術館のある場所へ隠してある。探し出すのだ」
「ふざけんな!どこに隠しやがった!」
「カイト君!」
とびかかるカイト。
しかし、ルパンはワイヤーで天井へ舞い上がる。
「どこに隠したんだ!」
和人が叫ぶ。
「昼間は口をあけて笑い!夜は口をつぐみ黙り込むお嬢さん!」
ルパンは笑いながら地面にボールを叩きつける。
ボフゥン!と煙が舞い上がって彼らの視界が隠された。
しばらくして、煙が晴れるとルパンの姿はどこにもなかった。
「どういう、意味だ?」
「訳の分からない言葉を残しやがって」
顔をしかめながらカイトは周りを見る。
そこには自画像や絵画、様々なものが展示されていた。
「昼間は口をあけて笑い……夜は口をつぐみ黙り込むお嬢さんとかいっていたけれど」
「どういう意味だろう」
首をかしげるのび太と和人。
カイトは周りの絵をみる。
「昼は笑っていて、夜は黙り込む女の絵……かなにか?」
「でも、絵が笑って黙り込むなんてことあるのかなぁ?
ドラえもん達が悩んでいたころ、杉下は地面をみていた。
「カイト君」
「はい?」
杉下はルパンが立っていた地面を指さす。
「これ、なんでしょう?」
「粉?みたいにみえますね……」
「甘い香りみたいなものもしますねぇ」
「そうですね、何の香りだろう?」
考える杉下。
立ち上がって杉下は周りを見る。
そして、目を閉じた。
「杉下さん?」
静かにというように指を突き付ける。
小さく鼻を動かすようにしながら杉下はゆっくりと歩んでいく。
「一体、何を?」
「わからない」
首をかしげるドラえもん達。
カイトたちは杉下を置いて周りを調べる。
しばらくして。
杉下はある場所で立ち止まる。
「見つけました」
彼の言葉で全員が集まる。
「杉下さん、これって」
「ルパンは我々と知力ゲームを楽しんでいる。最初の鏡の謎、そして、今回の謎も必ずと言っていいほど、手がかりを残しています。一つ、昼は口を開けて笑い、夜は口をつぐみ黙り込むお嬢さん」
「いや、でも、これ、チューリップですよ?」
カイトが指さしたのは窓際に並べられているチューリップだ。
「だからこそです!チューリップという花は昼間、花を開いて夜を閉じています。この数ある絵や像の中で街頭するものはそれしかありません」
もう一つ、と続けて指を動かす。
「ルパンが立ち去った際に落としていた粉。これは詳しく調べればわかることですが花粉です。考えられる限り、ここにのび太君の記憶の手がかりがあるはずです」
杉下はチューリップの花の中を調べる。
その中から出てきたのは小さなクレヨン。
「クレヨン?」
「どういう……」
「もしかして」
クレヨンを見ていたのび太は声を漏らす。
のび太が思い出したのは家へ戻ってきたときにママがみせてくれたチューリップの絵。
風邪をひいていたのび太へママが持ってきてくれたチューリップ。
太陽の光をたくさん浴びた、チューリップの香りにのび太は翌日にすっかり元気になった。
そのお礼でチューリップの絵をママへプレゼントした。
「ママは大事にしまってくれていたんだ」
のび太は嬉しそうにクレヨンを握り締めた。
「思い出したんだね!ママとの思い出!」
「うん!」
「やったな!」
ドラえもんと和人は喜ぶ。
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61.盗まれた記憶(後編)
ザ・ドラえもんズにあった漫画の内容ですが、いくつか修正を加えています。
警視庁特命係。
そこで杉下右京は紅茶を飲んでいる。
カイトはタブレットでゲームをしているが落ち着いていない。
「ルパンから挑戦状、来ませんね」
「おそらくですが、相手も残り二つの記憶を奪われないように念入りな準備をしているのでしょう。おそらく、まとめての挑戦になるのでしょう」
「のび太君、大丈夫ですか?」
カイトは記憶を盗まれたのび太の身を案じる。
「のび太君の身を案じることもそうですが、我々はもう一つの謎を解かなければなりません」
「謎?」
「えぇ。なぜ、旅の霊夫と名乗る人物はのび太君を標的にしたのか、どうして、我々へ挑戦状などというものを送ってきたのか」
「それは……」
「もし、野比のび太君へ恨みがあるというのなら記憶を盗んだまま、隠し続けばいい。そうすれば……彼は大事な四人の記憶を失って取り戻すこともない苦痛を味わうことになる。ですが、あえて挑戦状という形で我々へ送ってきたことには何か意味があるのではないでしょうか?」
「意味って」
その時、特命係の固定電話が鳴り出す。
「はい、特命係……はい、わかりました」
杉下は受話器を机へ置いた。
「のび太君からです。挑戦状が届いたようです」
「行きましょう」
挑戦状
残りの思い出を返してほしくば、今夜、ドリームランドへ来い。
「困りましたねぇ」
のび太達に見せられた内容に杉下は唸る。
「杉下さん?」
「このドリームランド、夜は閉園しています。夜に行けば不法侵入になってしまいますねぇ」
「あぁ」
「それなら……あまり使いたくないけれど、これで行こう」
ドラえもんがポケットから取り出したのは定期券のようなもの。
「これは?」
「オールマイティーパス!有効期限がついているけれど、どこの施設でも入場可能な道具だよ」
「成程、それならば不法侵入にならないと?」
「あまり使いたくない道具なんですけど」
杉下とカイトは今回、緊急時ということでオールマイティーパスを使用することを決めた。
ドリームランド、それは街のはずれにある遊園地。
ファンタジーランド、アドベンチャーランドと複数のランドが展開されている大規模遊園地である。
噂では未来のドリーマーズランドのひな型ではないかと未来の歴史評論家は考えている。
「やはりというべきか、真っ暗ですねぇ」
「ギリギリに職員へパスを見せて入りましたけれど、人がいないのは――」
当然、とカイトが言おうとした時、施設の明りが一斉に灯り、メリーゴーランドなども動き始める。
「う、動き出したぞ!?」
戸惑う和人達。
メリーゴーランドがくるくる回る中でピエロが現れる。
「ようこそ、諸君」
「お前、誰だ!」
和人が警戒するように叫ぶ。
ドリームランドに人はいない。そのはずなのにピエロがいることに警戒するのは当然だろう。
「ルパンですね?」
杉下の言葉にピエロは笑いだす。
「その通り!流石は杉下右京だ!」
「この野郎!捕まえてやる!」
カイトがルパンへとびかかる。
しかし、ルパンは袖口から射出したワイヤーで空へ逃げた。
「ルパン!のび太の記憶をどこへ隠した!」
「木と土の間に一つ、隠されている!見つけられるといいな!」
情報を告げるとルパンはタイムホールの中へ逃げ込んだ。
「逃げられた」
「木と土の間に隠してあるってどういうことだろう?」
「もしかして、木の根っことかに隠しているという意味かな?」
「時間がないから、手あたり次第に掘り起こそう!」
ドラえもんはポケットからシャベルを取り出して皆へ渡す。
その中で杉下は思案する。
別々に分かれて一時間後。
「駄目だ、見つからない」
のび太が周りを見る。
「これだけ探しても見つからないなんて……」
「おそらくですが、木と土の間というのはそのままの意味ではないのでしょう。しかし、情報が少なすぎます……」
「あれ、使えないかな?」
のび太はドリームランドのファンタジーランドに設置されている大きな巨人を指さす。
「未来っていうのは、何でもありか?」
数分後、魂ステッキと呼ばれるアイテムで巨人こと、ガリバーに命を吹き込んでファンタジーランドの一角、小人の国の町中を歩いていた。
ガリバーの掌に乗っているカイトはぽつりと呟く。
すぐ隣では興奮したような上司の姿がある。
「何なんだ、まるで遊園地へ来ている……いや、来ていたか」
呆れているカイト。
頭上で魂を吹き込まれたガリバーがアナウンスをする。
調べるためにドラえもんが魂ステッキでガリバーに命を吹き込んだ。
「私はガリバー、このファンタジーワールドは私が訪れた小人の国を再現している。その奥にはロビンソン・クルーソーのいるアドベンチャーワールドがある」
「それって、ロビンソンが無人島に漂着して大活躍する冒険小説だね!」
ガリバーの説明にドラえもんが尋ねる。
「そういえば、ロビンソン・クルーソーにはフライデーという名の従者がいると聞きました」
「金曜日に出会ったから英語でフライデーなんて、安直というような気もしますけど」
杉下の言葉にカイトが呆れていた時、異変が起こる。
ガリバーが体を震わせて、のび太達を投げ飛ばしたのであった。
咄嗟にドラえもんが全員へタケコプターを装着したことで大けがを負うことはない。
しかし。
「おいおい、どうなってんだ!ガリバーが暴れだしたぞ!?」
「もしかして、魂ステッキが壊れちゃったのかな!?」
ドラえもんがポケットから取り出した魂ステッキを見る。
「おい!あれ、止めないと鍵まで壊されるんじゃないか!」
「仕方ない……空気砲!」
ドラえもんが空気砲を取り出して手短に説明する。
カイトが装着して撃つ。
しかし、空気砲はガリバーの頭部を吹き飛ばすだけで止まらない。
「くそっ!これよりパワーのある奴は?」
「そんな道具、僕持っていないよ!」
騒ぐ中、杉下はある方向を見てのび太に叫ぶ。
「のび太君!アドベンチャーワールドへ向かってください!」
「え?」
「急いで!そこにキミの記憶の鍵があります」
のび太はおろおろしながら目的の場所へ向かう。
そんなのび太に気付いたのか、暴走の向きが偶然だったのか、狙う様に追いかけていく。
「何か、何か……」
カイトはあるものに気付いた。
息も切れきれなのび太はアドベンチャーランドの入口にたどり着く。
しかし、ガリバーも追いついた。
足がのび太を踏みつけようとする。
「やめろ!」
「カイト君!」
ガリバーの後ろからジェットコースターに乗ったカイトの姿があった。
彼の腕には空気砲が装着されている。
「無理だよ!空気砲じゃ、パワー不足」
「いや、いける!」
カイトの叫びと共に放たれる空気砲。
轟音と共にガリバーの体に大穴を開けた。
うめき声を漏らしながらのび太の目の前でガリバーが崩れ落ちる。
「え、どうゆうこと?」
「おそらくですが、ジェットコースターの加速を利用して空気砲のパワー不足をおぎなったのでは?」
「成程!」
「うわぁああああああああああああ!?」
杉下とドラえもんが感心している中、安全シートも装着せずにジェットコースターに乗っていたカイトの悲鳴が聞こえていたが二人に届かなかった。
のび太、カイト、ドラえもん、杉下、和人のメンバーはアドベンチャーワールドの入口に集まる。
杉下は入り口に立つ二体の人形を指さす。
「ルパンが告げた木と土の間の金、それは木曜日と土曜日の間、つまりは金曜日のことを指します。金曜日はフライデーと英語でいいます」
「もしかして……」
「このフライデーはロビンソン・クルーソーの従者フライデーの事を指すと考えられます」
「ここに思い出を蘇らせるカギが!」
のび太がフライデーのポケットを探る。
中から出てきたのは二つのもの。
一つは鈴。
「これって……」
バチンとのび太の記憶に衝撃が走る。
ドラえもんがやって着た翌日。
町を案内している最中にドラえもんの首元の鈴を落としてしまった。
大事な鈴ということでのび太は必死に探した。体がくたくたになっても、手足が泥だらけになった末に見つけたドラえもんの鈴。
その時にドラえもんがのび太の手を握り締める。
「キミは勉強もスポーツもダメだけれど、素晴らしいものを持っているよ……って、ドラえもんが僕に言ってくれたっけ!」
「思い出したんだね!僕との思い出!」
喜ぶドラえもんはのび太を抱きしめる。
頷いたのび太はもう一つの思い出の鍵を見ようとした。
瞬間。
「え?」
バチンと衝撃が走って手から思い出の何かが転がり落ちる。
叩き落したのは。
「フフッ」
「和人!?」
不敵な笑みを浮かべながら鍵を拾い上げる和人。
「何を……お前、和人君じゃないな!」
「ガリバーがおかしくなったのもお前の仕業だな!」
カイトとドラえもんの言葉に怪しい笑みを浮かべながら和人?は顔へ手を伸ばす。
直後、ワームホールが開かれてそこから煙幕が投擲される。
煙幕は瞬く間に周囲へ広がった。
「ゲホ!ゲホ!」
カイトはせき込みながら周囲を見る。
煙が晴れる中、思い出の鍵があった場所に抜け殻のような和人の変装道具が転がっていた。
「くそっ、逃げられたか」
「霊夫も簡単には終わらせてくれないようですねぇ」
杉下の視線は思い出の鍵が落ちていた場所へ向けられていた。
そこにあったはずの鍵がなくなっている。
「あそこ!」
ドラえもんがこの遊園地のシンボルともいえるファンタジー城へ駈け込んでいく影を見つけた。
追いかける彼らを城の前で高らかに笑うルパンが出迎える。
「諸君、いよいよラストゲームだ!」
「どういう意味だ!?」
ファンタジー城の高い塔の上、ルパンは足元の時計をこつこつと叩く。
「十二時、この時計が十二時になる時、取り戻せなかった思い出は永遠に消える」
「思い出が消える……和人との!?」
「思い出の鍵をどこにやった!」
カイトがルパンへ叫ぶ。
「このファンタジー城のどこかに思い出の鍵は霊夫が持っている」
「くそっ、そもそも霊夫は何者なんだよ!」
「“人には見えているが自分には見えない!”それが霊夫の正体だ!」
「か、和人は無事なの!?」
「ゲームに勝つことができれば会えるだろう。さぁ、ゲーム開始だ!」
ルパンの姿が消える。
「とにかく、時間がありません!急いでファンタジー城の中へ!」
杉下が先陣を切ってファンタジー城の中に入る。
途中でカイトが追い抜いて分厚いドアをタックルするようにして開けた。
「なぁ!」
中を見たカイトは絶句する。
ファンタジー城の中には溢れかえるほどのおとぎ話にでてくる住人で一杯だった。
シンデレラ、白雪姫、アラジンなど、様々なおとぎ話の住人達でホールは溢れかえっている。
「どうなってんだ、これ!?」
「おそらく、霊夫たちがたましいステッキで命を吹き込んだんだ!」
「くそっ!」
カイトが人形の一体の首を掴む。
すぽんと首が取れるも中身は空っぽだ。
「はずれか!」
「これは……」
「とにかく、手あたり次第、探すしかないよ!」
各々、ショックガンを手に人形を狙う。
しかし、数が多くルパンはおろか霊夫の姿も見つけられない。
「くそっ、きりがないぞ!」
「このままでは、和人君の記憶が」
「嫌だ……」
ぽとりとのび太の瞳から涙がこぼれる。
「嫌だよ!記憶がないけれど、大事な記憶の筈なんだ、そんなの失いたくなんて、ないよ!」
涙を零しながら叫ぶのび太。
その姿にドラえもんやカイトは何も言えない。
杉下はのび太をまっすぐに見ていた。
その時、室内に鐘の音が鳴り出す。
「十二時の鐘だ!」
「そんな!」
泣き崩れるのび太。
その時、階段の上から笑う声が聞こえる。
「どうやら、僕の勝ちみたいだね!」
シンデレラの格好をしているが声は明らかに男のものだ。
その手に握られているものはスコップ。
「霊夫、お前が霊夫だな!」
一番、近くにいたのび太が階段を上がって霊夫に近づく。
階段を上がった先は左右が鏡になっている。
そのまま鏡の迷路という構造だった。
「そうですか!」
鏡に映るのび太、そして霊夫を見た杉下は気づいた。
「思い出も和人もいただいていくよ!」
「待て!」
追いかけようとしたのび太だが、段差に躓いてしまう。
「のび太君!」
泣きながら追いかけようとしたのび太へ杉下が叫ぶ。
「霊夫の正体は鏡の中にあります!」
「鏡?」
のび太は鏡を見る。
そこに映る自分の姿。
パチンと誰かがのび太の頭の中の電球のスイッチを入れたように閃く。
「待て!」
のび太は自分の足へショックガンを突き付ける。
「おい!何やってんだ!」
「のび太君!」
突然の行動に戸惑うカイトとドラえもん。
のび太は覚悟を決めた表情でショックガンを自分へ撃った。
足の痛みに涙を零しながら堪える。
数秒後。
「ギャアアアアアアアアアアアアアア!」
悲鳴を上げて地面に倒れていったのは霊夫だった。
「え?」
「どういうことだ……」
「やはり!」
杉下が階段を上がっていく。
のび太の傍に霊夫が握り締めていたスコップがあった。
「これは……そうだ、あの日の、あの日のスコップだ」
野比のび太と桐ヶ谷和人がはじめて出会ったあの日。
スネ夫達に本物の化石を見つけると宣言したのび太が、地層を直感に頼って見つけた場所を掘っていた時に誤って落としたスコップ。
拾い上げてこちらへやってきた彼に熱心に話して、それから。
「そうだ、これのおかげで僕と和人は出会えたんだ」
ぽろぽろと涙を零しながらのび太は微笑む。
「のび太君、記憶を取り戻したようですね」
「杉下さん、はい!」
「のび太、大丈夫か?」
「のび太君!」
動けないのび太をカイトが抱えた。
「全ての答えはルパンが伝えた言葉にありました。人には見えているが自分は見えないもの、それはたった一つだけ、自分自身です。どうやっても自分のことを見ることは出来ません。鏡などを使わない限り」
「でも、それだけでのび太はどうして?」
「おそらくですが」
杉下は倒れている霊夫の頭を抜き取る。
その中から出てきたのは。
野比のび太の顔だった。
「のび太の顔!?」
「変装じゃ!?」
「いいや、違うんだ。そこののび太はのび太なんだ。でも、少し先の未来ののび太だ」
階段からルパンと共に和人が降りてくる。
和人を見てのび太は泣きながら抱き着いた。
「和人!無事でよかった!」
「のび太!よかった」
再会を喜ぶ二人だが、カイトは疑問をぶつける。
「でも、彼が未来ののび太だというのなら、どうしてこんなことを」
「おそらくですが、未来の彼が過去の彼に干渉するという理由については一つ考えられます。それは未来の彼が体験したことを過去の彼に行わせないためではないでしょうか?」
「え?」
「SFなどで過去を変えるという事はその先の未来を酷く不安定にさせることになります。場合によっては自分の存在を消し去るほどの危険があるという。それだけの危険をしてまで変えたい何かが未来ののび太君にあったのではないでしょうか?」
「杉下さんのおっしゃる通りです」
ゆっくりと未来ののび太が立ち上がる。
ルパンの手助けを借りながら未来ののび太は話し始めた。
「三日前のあの日、僕はパパとママたちと喧嘩して家出をしたんだ。ドラえもんのスペアポケットを使って無人島へいったものの、猿にスペアポケットを奪われて一週間、無人島でさ迷うことになってしまった……」
腹を空かせながら猿を追いかけていたのび太は、偶然にも猿がポケットから落とした架空人物たまごを使ってスペアポケットを取り戻して家に帰宅。
そこで自分の身を案じていたパパ、ママ、ドラえもん、そして和人が出迎えてくれた。
「僕は大事な人たちにあれほどの心配をかけさせてしまった。だから、過去の僕に家出をどうしてもやめさせたかったんだ」
「そのために、キミは家族の思い出を盗んだのですね?大事な人たちだということを理解させるために」
「はい……その、杉下さん達も巻き込んでしまってごめんなさい!」
「確かに、これだけのことをやってしまえば警察としては何もせずに終わらせるということは出来ません」
「杉下さん!?」
「なので」
指を伸ばしながら。
「きちんと親孝行をすること、約束です」
「はい!」
未来ののび太と過去ののび太は頷いた。
ルパンはその光景を見て笑みを浮かべる。
「どうやら私の役目は終わったようだな。杉下右京といったな」
杉下とルパンの目が合う。
「またの機会があれば、キミと本気で勝負をしたいよ」
「世紀の大怪盗に言われるとは光栄ですね。僕も柄にもなく興奮しました。もし、貴方が現代で盗みを働いていれば僕が必ず捕まえていたでしょう」
「さらばだ」
互いに握手を交わした後、ルパンは姿を消した。
「それにしても、とんでもない三日間でしたね」
特命係のオフィスに戻ったカイトは珈琲を飲みながら思う。
「そうですか?」
「えぇ、未来の人間やら秘密道具とやら……その結果が未来の自分が犯人なんて」
「まぁ、大きな犯罪でなくてよかったではありませんか」
「そうですけど、あ、そうだ。杉下さん!いつ、霊夫がのび太だって気付いたんですか?」
カイトは疑問だった。
どこで霊夫の正体が未来ののび太だと気付いたのだろうかと。
「あぁ、そのことですか」
紅茶を淹れながら杉下は言う。
「実はのび太君と出会った時から疑ってはいました」
「そうなんですか!?」
「えぇ、まさか犯人が未来ののび太君だと最初は思っていませんでした。そもそも、答えは最初からあったのですよ」
「えぇ!?」
杉下右京は紙に文字を書いていく。
――たびのれお。
平仮名で書いた文字をくるりと反転させる。
「あぁ!?」
――おれのびた。
その文字を見たカイトは椅子に座り込む。
「これ、わかっていたらもっと楽に済んだんじゃないですか?」
「どうでしょうねぇ」
この時、カイトに告げなかったが一つの疑問が杉下の中にあった。
なぜ、特命係が関わることになったのか。
犯人がのび太というのなら身内だけを巻き込んだ最低限のことにすればよかったはず。
どうして、未来ののび太が特命係を巻き込んだのか。
この時、杉下は知る由もなかった。
今よりも先の未来。
再び、特命係は彼らと出会う。
仮想世界で起こる殺人事件という出来事において。
この時、誰も知るよしのないことだった。
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62.事件のはじまり
「そういえば、少し前にお二人はVRを体験しましたよね?」
その日、特命係の室内では青木が杉下右京とチェスをしていた。
ふと、思い出したように青木が尋ねる。
「えぇ、とても貴重な体験でした」
事件の調査とはいえ、VRを体験できたことは杉下右京にとって新たな発見だった。
事件の結果についてはなんともいえないところだが。
話を聞いて読んでいた雑誌を閉じて冠城亘が尋ねる。
「どうしたんだ?急にVRの話をするなんて」
「別に、ただ、VRをやるのなら、フルダイブもチャレンジしてみてはどうかなぁと思っただけだ」
「フルダイブ……青木君がいうのはアミュスフィアのことですかね?」
「アミュスフィア?」
「何も知らないんだな!冠城亘!」
小バカにする青木の態度に顔をしかめながら冠城は杉下へ尋ねる。
「それで、アミュスフィアというのは」
「VRMMORPGを使用するために開発されたアミュスフィア。安全にフルダイブできるということで、発売当時は話題になりました。キミも聞いたことはあるでしょう?SAO事件の事は」
「あぁ、警察も手を焼かされたあれですね?確か。ナーなんとかという機械で脳みそが破壊されるとかいう」
「ナーヴギアだ。冠城亘!」
SAO事件、ナーヴギアを開発した茅場晶彦が引き起こした最大の事件は警察の汚点ともいえる大事件だ。
プレイヤーたちをゲームの世界へ閉じ込めて、ゲームで死ねばリアルの体も死ぬというもの。
「当時は警察も開発者であり、事件の主犯である茅場晶彦を捕まえようと躍起になったのですが、結局見つからず、事件発生から二年と少し、閉じ込められたプレイヤーたちによって自力で脱出したことで事件は終わったのですよ。開発者である茅場晶彦の死という結果ですが」
「SAO事件中にナーヴギアの後継機で安全にフルダイブを楽しめるというキャッチコピーで作られたのがアミュスフィアだ。わかったか?冠城亘」
「ところで、青木君。どうして、アミュスフィアの話を?」
杉下の問いかけに待っていたという表情で青木は口を開く。
「安全にフルダイブをできるというアミュスフィア、それで人が死んだって聞いたらどう思います?」
「え?安全なんだろう?」
「えぇ、ナーヴギアは高出力の電磁パルスを引き起こして、人の脳を破壊するというものでしたが、アミュスフィアはその問題点を排除するためにセキュリティシステムが大幅に強化され、電磁パルスについても、出力は大幅に弱められたと聞いています」
「実をいうと、アミュスフィアで人が死んだというわけではないんです」
「え?どういうことだよ」
「黙っていろ、冠城亘。これから説明するんだ」
青木は持ってきていたパソコンの画面を起動するとある映像を見せる。
「これは?」
「ネット放送局【MMOストリーム】で一番の人気コーナー、今週の勝ち組さんというコーナーです。毎週、様々なVRMMOから勝ち組といわれるプレイヤーが選ばれるんです。今回はその中で特に過激と言われているGGOからのゲストでした」
「GGO?」
「そこは後で、問題はコイツです」
青木が指さすのはサングラスを付けた青い髪の男。
正確に言えば、これはプレイヤーが作成したアバターなのだが青木は説明せずにフンと鼻音を鳴らす。
「このゼクシードという男、GGOの中で嘘の情報を広めて自分が有利になるように活動をしていたらしく、ゲーム内でもだいぶ、嫌われていたんだが、そいつがこの放送中に死んだんですよ。ほら、ここ」
突如、ゼクシードは胸元を抑えた途端、急にログアウトしてそのまま姿を見せなかった。
「体調が悪くなったんじゃないのか?」
「ところが違う!後日、警察の方で死んだ男の部屋を調べてみたところ、あら不思議、ソイツはアミュスフィアを装着したまま心不全で亡くなっていたんです。そして、サイバーセキュリティー対策本部で僕が調べたところ!その男はゼクシードのリアルだとわかりました。そして」
停止していた映像を青木は再会する。
場所が変わって、どこかの酒場。
それはSF映画みたいに様々な姿をした人間たちがいる。
酒場の中心で怪しい恰好をした男が銃を構えていた。
「これが本当の力!本当の強さだ!愚か者どもよ、この名を恐怖と共に刻め!」
――俺とこの銃の名は死銃……『デス・ガン』だ!
「お前、コイツが犯人だと思っているわけ?」
映像を見た冠城は青木へ尋ねる。
「警察は信じないだろうな。だが、ネットの海は違うぞ!死銃がゼクシードを殺したと騒いでいる」
「いや、偶然だろう?ただ単にゼクシードとかに苛立って発砲したらうまくいってあんな宣言をしただけってことも考えられる」
「気になりますねぇ」
青木と冠城の視線が紅茶を飲んでいる杉下へ向けられる。
杉下は青木が再生していた画像を繰り返し観ていた。
「この銃は本当に現実の人を殺せるのでしょうか?」
「え、右京さん?」
ニヤリと笑みを浮かべる青木に対して、冠城は目を丸くしていた。
立ち上がった杉下は上着を手にして外へ出ていく。
冠城はため息をこぼしながら彼の後を追いかけていった。
「フフッ」
青木は笑みを浮かべパソコンを手にして特命係を出ていく。
「特命係を出たと思ったらどうして、電気街なんですか?」
「アミュスフィアを手に入れるためですよ」
杉下は電気街へやってくるとアミュスフィアとソフトを購入する。
まさか、彼がゲームへ手を出したことに驚きながら後をついてきた。
この上司の突拍子もない行動はいつも驚かされているが、今回も驚いてしまう冠城である。
「おや?」
電気街を歩いていた杉下はぴたりと立ち止まる。
突然のことに冠城はぶつかりそうになった。
「どうしたんです?」
「キミは先に戻っていて結構です。用事が出来ました」
杉下はそう言うとある方向へ歩いていく。
首を傾げながら冠城は杉下が向かう方を見た。
目を何度も瞬きしながら、もう一度、確認する。
「あの、黄色いのなんだ?」
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63.再会
「キッドもついてこなくてよかったんだよ?」
野比のび太は街中を歩いていた。
後ろを振り返ると黄色いネコ型ロボットがいる。
アメリカの国旗を模したベストにテンガロンハット。
彼の名前はドラ・ザ・キッド。
ドラえもんの親友であり西部開拓時代で保安官助手として活動している。
今回、ドラえもんがドラミによって22世紀の病院へ定期健康診断のために強制連行された為にのび太の面倒を見るため期間限定で来ていた。
「お前は厄介ごとに最近、首を突っ込んでいるってドラえもんが心配していたからなぁ。仕方ないだろ」
「うーん、そんな無茶なことをした覚えがないんだけどなぁ。それに、僕よりも和人の方が無茶なことをしているよ」
「どっちもどっちだよ」
呆れたキッドの言葉にのび太は苦笑するしかない。
しばらくして目的の店についたのび太とキッドの二人。
やってきた店員へのび太は「先客がいると思うのですが」と伝えた時だ。
「おーい!ノビタニアン君!こっちだよぉ!」
大きな声にのび太はため息をこぼす。
店員へのび太は声の方を指さす。
「先客の人です」
のび太はそう言うとキッドと共に彼のいる場所へやってきた。
「やぁ、遅かったね!隣の……黄色いネコは知り合いかい?」
「そんなところです。菊岡さん、用件というのは」
「まぁまぁ、まずは座ってケーキを頼みなよ!ここは僕のおごりだよ!」
笑顔で話しかける男は菊岡誠二郎。
国家公務員のキャリアで総務省総合通信基盤局高度通信網振興課第二別室、省内での名称は通信ネットワーク仮想空間管理課。通称『仮想課』の人間だ。
無秩序で氾濫状態にあるVRワールドを監視する国側のエージェント。
そんな人物とのび太がなぜ知り合いか?それはSAO事件が解決した直後、リアルの世界で目を覚ましたのび太や和人達に事情聴取をしたのがこの菊岡なのである。
その時に和人がユウキこと紺野木綿季の所在を教えることを条件にSAO内のことを話すという約束を取り付けたということを知って、お礼のために用事で動けない和人に代わってのび太が来ていた。
「じゃあ」
メニューを片手にのび太はいろいろなケーキを注文する。
菊岡に遠慮はするな。
それが会う前に和人から言われたことである。
普通なら遠慮するところなのだが、この男、時々、無遠慮というか失礼なところがあり、のび太も遠慮することを放棄していた。
机に並べられるたくさんのケーキ。
菊岡はほんの少し頬を歪ませながらそれを食べるのび太とキッドの二人を見ていた。
「いやぁ、おいしそうだね。そのミルフィーユ」
「それで?僕達にケーキをごちそうするためだけに呼んだわけじゃないでしょう?」
のび太の言葉に菊岡は頷きながら机に資料を広げる。
その一つを偶然目撃した主婦が口元をハンカチで抑えた。
写真の一つは明らかに死体。
キッドが見る限り、死後何日かは経過しているもの。
「これを僕に見せてどうするの?」
「ノビタニアン君、ゲーム内で人を殺せると思うかい」
「それはナーヴギアを付けた状態で?」
「いいや、アミュスフィアだ」
「それはないね」
首を振りながらケーキを食べるのび太。
「和人から聞いているけど、アミュスフィアは安全対策がしっかりされているから、そんなことはないって」
「でもね、ノビタニアン君。この写真の人はゲームプレイ中に死んだんだよね」
「死因は?」
「心不全さ」
「それなら持病とかも考えられるだろう?見る限り、不摂生な生活していそうだし、のび太も気を付けろよ?」
「僕は大丈夫だよ、ほら、最近はスグちゃんに誘われて和人と一緒に剣道をしているし」
少し筋肉も付いたんだよと腕に力を籠めるのび太。
「それで、なんだけどね?ノビタニアン君。実は心不全で死んだのは彼だけじゃないんだ」
「え?」
菊岡はさらなる資料を見せる。
それは警察が事件性なしと判断した人たち。
どれもが心不全、そして、共通点として。
「アミュスフィアを装着して同じゲームをしていたのさ」
「ゲーム?」
「君なら知っているんじゃないかな?ガンゲイル・オンラインというんだけど」
「あぁ、VRMMOで課金制があるけど、拳銃を使えるっていう。確か、そういうプロもいるんだとか?」
のび太も友人から何度もガンゲイル・オンラインをプレイしないかという誘いを何度か受けていた。
「まさか、菊岡さん、ゲームの中に犯人がいると思っているの?」
「その可能性があるのさ。それで、キミに調べてもらえないかなぁって」
「おいおい、本気で言ってんのか?殺人鬼がいるかもしれないゲームへのび太を調査へやるなんて」
「いやぁ、本当はうちでやりたいんだけど、予算とか制約とかがさぁ。その点で行けば」
「確かに外部協力者を使うという点は良いかもしれませんが、未成年を巻き込むというのは感心しませんね」
「「うわっ!?」」
真後ろから聞こえた声にのび太と菊岡は同時に驚きの声を上げる。
すぐ隣の席に紅茶を飲んでいる男性がいた。
彼が咎めるように菊岡を見ている。
「だ、誰ですか、貴方?」
「失礼、私はこういうものです」
警察手帳を見せる。
「け、警察?」
「杉下さん?」
驚く菊岡だが、のび太は相手の名前を呼ぶ。
「あぁ、やはり、のび太君ですね?大きくなりました」
「お久しぶりです!」
再会を喜ぶ二人に菊岡は尋ねる。
「ノビタニアン君、この警察の人知り合いかい?」
「はい、杉下右京さん、警視庁の刑事さんです。杉下さん、こちら菊岡さん、総務省の仮想課という部署の人です」
「あぁ、確か、VR関係の取り締まりなどを行っている部署でしたね。しかし、その役人がなぜ、のび太君を?」
「あぁ、その、彼は」
「僕がSAO生還者だからです」
のび太の言葉に杉下は目を丸くする。
SAO生還者。
それはあの最悪と言われたデスゲーム事件をクリアして無事に現実世界へ戻ってきた者達をいう。
「そうですか、のび太君がSAO生還者ですから、何かのVR事件の調査をさせようということですね?二年と言う時間をVRMMOにつぎ込んでいるから……しかし、それは未来ある若者の将来を狭めてしまうのではないですか?」
「それは、そうですが、何分、我々も制限というものがありましてねぇ。別に危険というわけじゃないんです。その世界の調査を頼むだけですから」
「あぁ、それでしたら、私も同行して構いませんか?」
「え?」
「杉下さんも?」
「実のところ、この事件、気になって調べていたところなんですよ。それに、まだVRMMOは体験したことがなかったので、興味があるんですよ」
「ま、まぁ、元々は警察が手放した案件ですから、再調査ということであれば、よろしくお願いします」
杉下によって終始ペースを乱された菊岡は半ば投げやりで参加を了承する。
その後、支払いを菊岡が済ませて(杉下の分の支払いもした)、のび太とキッド、そして杉下の三人は道を歩いていた。
「おや、ドラえもん君はいませんのですか」
「ちょっと、未来へ戻っていて」
「代わりに俺が来ているのさ。それにしても、アンタ、すごいな」
「何のことです?」
「あの菊岡って奴のペースを乱すわ。調査の参加を申し込むとか、自分のペースに持ち込んでいたじゃないか」
「どんなことでも気になってしまうのが僕の悪い癖でしてねぇ。あぁ、事件の調査の件ですが、改めて話をしましょう」
「はい……その、杉下さんがいてくれると心強いです」
旅の霊夫事件の事を思い出しているのび太に杉下は指を口元へあてる。
「不謹慎ながら、僕も少しワクワクしています」
野比家。
キッドと共に自宅へ戻ったのび太は机の上に置いてあるアミュスフィアを手に取る。
片手には前から知り合いに誘われているガンゲイル・オンラインのソフト。
色々なことが重なってプレイすることができていなかったが、まさかこういう形でプレイすることになるなんてとのび太は思う。
「しっかし、ガンゲイル・オンラインねぇ」
「キッドはやったことないの?」
「おいおい、俺は西部開拓時代にいるんだぜ?そんなゲームできねぇよ。つぅか、日夜、コイツでどんぱちだ」
キッドは四次元ハットから空気大砲を取り出す。
彼の愛銃ともいえるものだ。
「まぁ、興味はあるけど、俺はお前の面倒を見るようにドラえもんとドラミに頼まれているからな」
「軽い調査だし、大丈夫のはずだよ」
「のびちゃん!」
「なぁにぃ?」
一階からのび太の母親玉子が呼ぶ。
「晩御飯よぉ。下りてきなさい」
「はーい」
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