小鳥遊ひかりと語りたい (まむれ)
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昼食の後に語りたい
世界には
――
ところが入学式初日、突然絡んできた彼女はそう宣言したし、それから学校生活を送っていると更に、頭と胴が分離したデュラハンの
その中で春明は特に
それから数日、
「ねー暑いー!」
「日下部さんにでも引っ付いたらどうだ?」
「素っ気ないなぁ……」
春明とひかりの雰囲気はいつもと大して変わっていなかった。佐竹から「あーお前らって、付き合ってるんだっけ?」と聞かれるくらいには以前のままに見えるらしい。
「ひかりを扇ぐと俺が暑くなるし」
「そこはほら、私に尽くす的な」
「俺は従者じゃないから」
尽くし尽くされの関係が柄じゃないのはひかりもわかっているのだろう。軽いブーイングだけしか返ってこない。
それにしても暑いというのは春明も思っていて、七月にしてはやけに気温が高い。春明の見た朝のニュースでは真夏日と言っていた。30度を越えればただの人間だって冷房の効いた家から出たくなくなる。日の光や熱さが苦手な吸血鬼の場合、それはより一層強く感じるのだろう。
だからと言ってしょうがないな、とはならない。それをやれば待っているのは労働による疲労とさらなる体温の上昇だ。
「あ! じゃあお互いに扇ぐのはどうかな?」
「途中でやめたりしないだろうな」
「全然信用されてないー!」
最初だけ真面目にやって、五分もすればその勢いがなくなって形だけ扇いでるように見せる、そんな確信があった。
とは言え、こうもぐったりとしているとやはり申し訳なさもあるもので。日陰になる場所とは言え、休み時間に屋上まで来てもらって昼食を一緒に取ってくれた側としては、何かしてやらねばと思うのだ。
だからまあ、扇ぐくらいなら良いだろう。
「ほ? 口では嫌だと言っても結局やってくれるんだ?」
「少しだけな、疲れたらやめるし」
内ポケットから扇子を取り出し、腕を振ってそれを開く。あとは不真面目にそよそよと風を送るだけ。実に簡単な奉仕活動だ。
「扇子持ってるんだねー」
「持ち運び出来るから、俺は重宝してるよ」
パタパタと風のお届けを始める。ただしその風は涼しいと言うのはいささか温すぎるもので、送られたひかりの方もしかめっ面のまま。
「涼しくない……」
「そらそうでしょ」
何せ外である、日陰とは言え、暑い日の外である。そんな場所の空気で風を作ったところで、清涼感はほぼ0だ。
もういいとぶっきらぼうに告げるひかりの言葉に腕を止める。体力を消耗しただけで何も変わっておらず、むしろ不快感でひかりの機嫌が下がっている気配すらある。
どうにかしてご機嫌を取らねばならない。それが春明の役目で、否、やりたいことだった。
とは言え――
「あーつーいー……」
この完璧に脱力して外界からの刺激に反応することも面倒そうな様子に、どうご機嫌取りをしていいものか。
「あー、帰りにアイスでもどうだ?」
「私が食べ物で釣られると思ったら大間違いなんだからね?」
この手は駄目らしい。顔が丸ごと別の方向を向いてしまった。流石に昨日使ったばかりの手段は通じないか。
ちなみに前日の機嫌を損ねた理由は下校時に手を繋いでいるところを同級生にからかわれた結果、羞恥からかご機嫌斜めになった。赤みがかった頬はそのままに、手を振り払って早歩きになったひかりは実に可愛く、それでニヤニヤしていたら更に機嫌が下がったまでが顛末。
もちろん、「昨日は釣られたよね?」などとは言わない。言えば事態がややこしくなるのは明白。思っていても語る必要がなければ語らないのも大事だ。
「じゃあ今度映画とか」
「春明が行きたいだけじゃないの?」
「そ、そんなことないし」
割と図星だった。言い訳をするならば、映画そのものではなく、ひかりと行くことが重要なのだ。彼女が出来たらデートとかしたい。周りに可愛い彼女を見せびらかしつつ、二人で休日を楽しむ、最高のイベント。これをやりたくない男子などいるだろうか、いやいない。春明とて男子高校生、隙あらば誰かに彼女を自慢したいお年頃だった。
すっと視線を逸らす。疑わし気なひかりと目が合えば、後ろめたいところがある春明としてはそのまま交錯を維持する胆力はない。
「ほらほら、他には他にはー?」
「もう楽しんでるだろひかり……」
「たまには私だって、虐めたくなるしー!」
「ほーん……?」
「な、何よ……」
なるほど、どうやら自分は虐められていたらしい。それならば遠慮はいらない、これは防衛のための仕方ない反撃、自分は悪くない。
「好きな人を虐めて喜ぶとはずいぶんと子供らしい」
「それ自分で言っちゃう!?」
「そりゃあ彼氏だし」
もちろん恥ずかしさがまったくない訳ではない。が、春明の言葉で混乱しているひかりがそこまで見抜けるはずもなく、ひかりのしたり顔も一瞬で崩壊、ポーズを決めて一歩後ろに下がる。
右腕を斜めに、左腕はその下へ。見る人が見れば変身するんだな、なんて言いそうな姿だった。
「うぐぐ、なんか余裕で悔しい……」
「今の俺は余裕しかないからな」
小鳥遊ひかりという恋人がいるのだから、好きな人が彼女なのだから。これで精神にゆとりが生まれないわけがない。
「ふーんだ! どうせ私は余裕のない子供ですよーだ」
「そんなに怒るなって」
「余裕がないから怒りまーす!」
これは少し前に巻き戻ってしまった。
「俺が悪かったから」
「へー」
「ひかりさんはとても大人っぽいと思います」
「馬鹿にしてない?」
「してないしてない」
「声が違うもん」
「バレたか」
心を込めていない言葉は響かない、流石に見抜かれた。やがて深いため息をひかりが吐いて、仕方ないなあと笑みを浮かべる。
「いーよ、映画で許してあげる」
「ん?」
その脈絡の無さに、春明自身が思わず首を捻る。そうしたらひかりは「さっき言ったでしょ」と膨れっ面になり、そこで春明は「あぁ」と自分の発言を思い出すのだった。
確かに、そんなことを言っていた。その時点ではスルーされてしまったから、そのまま忘れることにしたのだが、まさかここで返ってくるとは。
「何、その反応?」
「あ、いや喜んで行かせて頂きます」
ジト目のひかりに慌てて返事をする。デートのチャンスを見逃しては男として許されない。
行くのは決定、メンバーは自分とひかり以外有り得ない。そうなると次は何時にするか。
「いつ行こっかー」
「放課後でいいんじゃね?」
「えー……」
こいつありえねーって顔だった。何も考えてないわけではなく放課後に直行というのも中々雰囲気は出ると思っていたのだが……春明はそう考えていてもひかりは違うようだ。
「じゃあ土日か?」
「うーん、土曜日は皆でプールあるし、日曜は、ちょっと……」
「ん? 何かあるのか?」
そういうことなら土曜日は仕方ないが、日曜日の方で歯切れが悪くなっている理由がわからない。先を促してみるがやはり意味不明なうめき声をあげるのみ。
土曜も日曜も駄目ならば結局映画を見に行くのは難色を示した放課後直行案しかない。そう伝えると、やっと教えてくれた。
「あーその、土曜日のプールってその、肌が一杯露出するじゃん?」
「うん、ちょっと覗きたいくらいだ」
「……その話は後にするけど、そうするとうん、日焼けがね? 身体が赤くなっちゃうの」
「へー……へー! そうかぁー!」
口の端が釣り上がる。春明にとってそれは、「良い事」を聞いたようなもので。その様子にひかりも何を考えているのか気付いたのか、狼狽えながら「絶対に遊びに来ないでよね!?」と叫ぶ。「言われたら行けないなぁ」とは春明の言葉だが、声色からしてそんなことをまったく思っていないのは明らかで、ひかりは同じ言葉を繰り返した。
「ほんっとうに来ないでね!? 見られたくなーい!」
「行かないってば、ほんとほんと」
「こんなに人を信用出来ないのって初めてだよ!」
「ひかりに信用されなくて悲しい」
悲しさの欠片も感じ取れない、ただの茶番だった。
「あ、あとお願いなんだけど」
「ん?」
「日焼けのことは皆には内緒にしてほしいの」
曰く、気を遣われるのが嫌だ、遊びに誘われたりしなくなっちゃうかも。
春明が自分に言ったのは良いのかと聞けばそもそも聞きだしたのはそっちじゃんと睨まれてしまった。ごもっともだった。
「それに、春明はそんな遠慮しないって思ってたし」
「お、おう」
面と向かって言われると中々恥ずかしい。頬を掻いて目を逸らす。
「そ、そういう訳だから! 日焼けの話はおいといて!」
「いやそんな大声出さなくても……」
「私達のプールを覗きたいって言ったことについて何か言い訳する?」
「じゃ、今日はここまでで」
昼食はとっくに食べ終わっている。時間も大分過ぎてそろそろ休み時間も終わる頃だろう。キリも良いのでここまで。さっと立ち上がった春明は離脱しようとして――その腕をガッチリと掴まれる感触を味わった。
それが出来る存在は横に座っていた者のみで、顔を下に向ければ逃がさねーよと真顔のひかりがいた。春明は思う。あ、これあかん奴。
「覗きなんてさいてーだよ!」
「はい、その通りだと思います」
「私はともかく、ユッキーやマッチーも来るんだから!!」
「はい……」
それから予鈴がなるまで、そこには彼女に叱られる情けない彼氏の姿があった。
――――
「ところで『私はともかく』って最初言ってたけど、夏休み中に期待してもいい?」
「……っ! き、機会が、あったら……」
「あ、顔が日焼けしてる」
「余計な事を言わないでっ!」
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漆黒は口に苦し
「とうっ!」
「あっ」
帰り道の自販機の前、ガゴンと120円と引き換えに缶が落ちてくる。その様子を春明とひかりは揃って眺め、缶を取り出すこともなくお互いを目で牽制し合う。
ほら取れよ、と春明は顎で取り出し口を示すものの、ひかりはそれに従わず遂には両手を挙げて威嚇を始めていた。
ピリピリとした空気が二人の間を漂う。一触即発、爆発寸前。タダならない空気。
「……押したのはひかりだよなあ?」
「大丈夫、これ私からの奢りだから!」
「タダになるからって許されることじゃ、な、い、ぞ!」
「いたたたた! 肩を強く掴むのは駄目ぇ!」
正面からひかりの両肩に優しく手を置き、親指をシャツ越しにひかりの肌へぐいと押し込める。次いでタオルを絞るように手に力を籠めれば、ひかりは悲鳴と共に春明の腕を降参とばかりに叩く。
「で、これどうするよ」
「あ、ブラックだったんだー」
掴んでいた手はそのままに、力を弛めて春明は取り出し口へと視線を落とす。そこにはほとんど黒に塗られたスチールの入れ物が一つ、企業のロゴと白で塗られた『BLACK』の文字が、まだかと言わんばかりにこちらを向いていた。
つまり缶コーヒーで、その中でも甘さの欠片もないブラックコーヒーだった。春明は微糖までは飲めても、無糖となれば流石に飲めない。ひかりもこの様子では同じだろう。
「ひかりぃ……まさかお前」
「うん、見ないで適当に押しちゃった。て、てへっ――いだだごーめーん!」
判決、有罪。テヘペロと可愛い動作をされても、許す許さないの判断に影響はない。
ぐりぐりと肩を優しく揉んであげれば先ほどの光景が再び繰り返される。十秒ほど続ければ春明も気が済んで、放置されたままの缶を乱暴に取り、片手でお手玉の様に遊ぶ。
「はぁ……タダになるならしょうがない」
「飲めるの?」
「まあ、高校生にもなればブラックくらい飲めるだろ」
もちろん、嘘である。高校生になって三か月、進学してからは飲めるどころかチャレンジすら今日が初めてという有様。
缶コーヒーの蓋に指をかけ小気味良い音と共にそれを引き起こす。密閉されていた缶が開き、真っ黒い中身が小さな出口から顔を覗かせていて、春明は口を付けて少しだけ流し込む。
濃い味が一瞬で口に広がり、容赦ない苦みが舌を蹂躙する。春明は我慢できず、「にげぇ」と顔を顰め、缶を凝視。やっぱり無理なものは無理だった。
「ぷっ」
「元の原因はひかりなんだけど」
はるあきの こうげき!
ひかりは ひらりと みをかわした!
春明の舌打ちが流れる。三度目になれば手を伸ばした時点で警戒して一歩後ろに飛んで避けられてしまう。へらへらと余裕そうに笑うひかりの姿に、知らず知らず缶を持つ手に力が入る。
「飲め」
「え゛」
「そう遠慮するな、元はひかりのお金で買ったものだし」
「いやー……私はほら、飲めないから、あはは、全部春明が飲んで!」
全力で遠慮するひかりに春明も全力で勧める。良く言えば仲間に、悪く言えば道連れに。中身を零さない程度に缶を押し付けてしつこく。
「そ、そもそも! 春明が口付けてるじゃん! 間接キスになっちゃうよ!?」
「……言われてみればそうだな」
言われてみて気付く。確かにこれは間接キスに値することだ。
が、それは関係ない。そもそも間接キスなど気にする間柄ではないはずだ。何せ恋人である。まだ経験はないが、間接どころか直接キスをする時がいつか来る。なのに間接ぐらいで動揺してはその時どのような取り乱しをするかわかったものではない。
いつ直接するかの見通しは不明だが。こういうのは雰囲気が重要で……そこまで考えて思考がズレていることに気付く。とりあえず今は、如何にこのコーヒーを飲ませるか。
「でもほら、間接キスくらいどうってことないでしょ」
「あ、あ~る~よ~! え? なんで? なんで冷静なの!?」
「だって間接だぞ?」
両手を身体の前で握り、羞恥に耐えているひかりに対して春明はコーヒーを差し出したまま。
「う~~ん、そもそもコーヒーって私と相性悪いんだよねぇ」
「え?」
「なんか、成分がどーの、とか? だからコーヒー牛乳とかはまだ平気なんだけど、コーヒーまんまで飲むのはオススメしないって昔言われたの」
「あー、体質かぁ……じゃあしょうがないなぁ」
大分要領を得ない言葉だったが、事情が事情ならば春明も素直にコーヒーを飲ませようとも思わない。というか、それならそう言えと春明は言いたかった。コーヒーの苦さで顔を歪ませるひかりが見れないのは残念ではあるが。
「ココアとかは平気なの?」
「え? 大丈夫だけど」
「はいどーん」
屈んで床へ缶を置き、ちゃりんちゃりんとコインを三枚、自販機へと流し込んで冷たいココアのボタンを一突き。ひかりが制止する間さえなく、「ちょっと待って」と言う頃には鈍い音と共にココアが吐き出されていた。
「俺だけ飲んでるってのもあれだし、ほれ」
「そんな気を遣わなくても」
「気遣いとかじゃなくて、俺が心置きなくコーヒー飲むためだと思え、いやマジで」
「何それ~! ……じゃ、もらおっかな」
軽い動作で投げた缶が、目の前にいるひかりの手に落ちる。軽快な音の後にひかりがココアを飲む。「おーいしー!」と笑顔の横で、春明は一口一口ゆっくりと飲み進める。
苦い、その一言に尽きた。とにかく口に残る。匂いと苦みが口内でとにかく攻撃されていて、もう顔は歪みっぱなしだ。
「そんな無理して飲まなくても……」
「買ってもらったものだし、勿体ないだろ」
120円、されど120円。出されたものはきちんと全部食べるべし、飲食物のお残しはいけませんと両親に口酸っぱく言われてきた。お金を払って買ったものならそれは尚更。約200mlの小さな缶ならばちょっと我慢すれば飲み切ることは不可能ではない。
ちょっとした会話をしながらちまちまと飲み続けてしばらく、もう飲み終わったのかひかりは両手に缶を持ったまま、春明をちらちらと見ていた。
コーヒーも残り少し、やっとこの強敵に勝利を収める時が来たのだと感慨深くなる。味も密度も濃いひと時の終わりが目前ともなれば、たまには良いものだとすら思える。
「……飲み終わった?」
「あと一口ぐらい」
「貸して」
ひかりは右手にココアを持ち、左手が開かれていて早く缶をよこせと言わんばかりにぐいぐいと動いていた。
しかしさっきの話では身体に良くなさそうという話だったし、間接が云々で渋っていたがどんな心変わりをしたのだろうか。何を考えているのかわからず、素直に渡していいものかと悩んで中々渡せない。
「別にちょっとだけなら問題ないし! だからほら! 早く!」
「いやでも」
「い~い~か~ら~!」
「ちょ、あぶねぇ!」
まるで先ほどとは立場が逆で、春明が渋っているとひったくるように春明から缶を奪い、代わりにココアを押し付けられてしまった。
そこまでは勢いがあったが、春明から奪ってすぐに缶を見たままひかりは動かない。何かと戦っているかのように一心に缶を見つめたままで、その様子を見ていると視線に気付いたのか肉食動物のような唸り声で牽制されてしまった。
こうなるとあまり刺激すると反応が怖い。とりあえずのところ、手元にあるココアをどうにかしよう。
「じゃあこれはもらっとくね」
「……! っ!」
押し付けられた缶を改めて確認してみれば、中身はちょっと以上に残っていて、口直しには丁度良さそうな量が入っていた。これを見越して残してくれていたのなら、ありがたいことだ。
温くなったココアは冷たい時に比べればやはり味は落ちる、しかしひかりの飲みかけだと思うと、未開封の冷たいココアより貴重な物。一気に呷れば、身体にちょっとした熱さを残して春明の喉へと落ちた。
飲んだ瞬間、横で面白いように表情を変えたひかりがいたのは突っ込まないことにする。多分、突っ込んだら滅茶苦茶叩かれる。
「春明、ちょっと顔赤いじゃん」
「……夏だからな、暑いんだよ」
痛いところを突かれて思わずぶっきらぼうに答える。これが冬であったなら、夕日のせいだなんて言い訳も出来たかもしれないのに、夏が間近の今では確かに傾きつつあるものの、照れ隠しの原因にするには空色のままだった。
言い訳をすれば友達との間接キスはどうでも良いのは本当。ただ、好きな人との間接キスはどうしても意識するところがあった。それだけの話。
また一つ勉強になったなぁと春明は思った。
「……~~んっ」
ニヤニヤと笑みを浮かべて肩を突いてきたひかりも、それからすぐにコーヒーを呷る。
そして表情を崩して心からの感想が一つ。
「にっがぁ~~い!!」
「知ってた」
予想していて、回避不可能な結末だった。コーヒーとはまた違った苦笑いを抑えきれない。
しかしこれでお残しもなく無事討伐完了だ。強敵だったが二人でかかればどうとでもなる。コーヒーの80%ぐらいは春明一人の手によるものだったが、最後の一口はひかりだった訳で。
「飲み終わったしさっさと行くか」
「いつも悪いねー春明さんや」
「俺がやりたいことだし、気にする必要などありませんよひかりさん」
ちょっとした小芝居しつつ、自販機横のゴミ箱へ缶を捨て、向かい合っていた二人は並んで歩みを進める。
今日はいつものお手伝いをする日だった。ひかりの両親には既に一段階進んだことはバレていて、それ以降春明を見る目が若干温かくなったのは別の話。
あとは、ひかりのいないところで、父の浩二と妹のひまりから「朝起こしに来てはどうか」と割と本気の表情で提案を受けていたり。寝起きが酷い姉と言えど、流石に朝に彼氏から声をかけられれば一瞬で起きるだろうとは妹の談。春明はひかりに同情しつつ、面白そうですねとノリノリでその提案を受けた。近い日に決行予定だ。
「な~んか変な事考えてない?」
「いやちょっとコーヒーの味を思い出しただけだから」
「ふ~ん……私、ブラックは二度と飲まない……」
「俺も自分からは飲まないよ……」
コーヒーは苦くて辛かったが、二人の空間は甘さしかなかった、かもしれない。
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日下部春明は見逃さない
「なあ」
「ん?」
「もうすぐ夏だな」
「だねー」
日の光が容赦なく降り注ぐこの頃、今日も今日とて二人と無駄話に精を出していた。話題と言えばやはり暑くなってきた最近のこと。どちらかと言うと『もうすぐ』ではなく『もう』なのだが。
机に
「夏と言えばよー、水着だよな!」
「誰かこいつをひっ捕らえろ」
夏と言えば、海。海と言えば水着。ノートで軽く叩いて
ましてや容姿端麗に
ただ惜しむらくは――
「でも水着を見る機会なんてなくない? 僕達、遊びに行く予定もないでしょ」
「そもそも海に行こうぜって言って頷いてくれるかどうかわからないだろ。特に井森と木村」
友達であるのは間違いない。しかし海に行こうぜと男から誘うには、見え見えな下心が悩みの種だった。佐竹は論外として、春明もつい最近プール関係で失言をしてしまい、ひかりに睨まれたばかり。太田が誘ってもその背後にいる存在を見抜けない程女は甘くない、と春明は思っていた。
詰んでいる状況だった。――いや、春明だけは、彼女達が今度の土曜日、学校のプールで遊ぶことを知っている。
しかしそれをこの場で言えばどうなるか。目の前の
だから太田に同調して口を
「だがしかぁし! 俺は職員室でたまたま聞いちまったんだよ!」
「え?」
「あれは佐藤先生の新たな一面を見れないかと何気なく職員室を通った時だった」
駄目だこいつ早く何とかしないと。漏れ出そうになった言葉を寸でのところで飲みこむ。
「テツ先生が校長先生にプール使えますかって聞いてるところを! これは間違いなく
「あの先生が動くときって大体
テツ先生もタイミングが悪い。目を輝かせる佐竹に自然とため息が出る。それを目ざとく見つけた佐竹に「お前もしかして知ってたか」と突っ込まれ、「知ってたぞ」と肯定すれば軽いジャブの一撃。
「お前に教えると覗きに行こうとするから教えたくなかったんだよ……」
「いやだって、逆に聞くけどオメーの彼女もきっと来るぞ、見たくないのか?」
「見たい」
「春明……」
一瞬も間がなかった。それくらいには問われれば見たいもので、見たくないと取り繕ろうことなど出来ない。太田の声は聞こえないふりだ。
机の上で暑さにやられていた佐竹が一気に復活する。拳を作り、それを天に突き出し一言。
「だから覗きに行こうぜ!」
「佐竹よぉ、流石にそれは不味いぞ」
「先生に見つかったら大変だし、やめておくべきだと思うよ」
遂に危惧した事態になってしまった。太田と春明、両名からの制止が飛ぶもどこ吹く風、桃源郷だの理想郷だのとやる気満々だった。
覗きである。盗み見である。バレたらお説教と反省文、オマケに覗かれた女子の好感度がマイナスを振り切ってしまう。理解はできてもリスクとリターンを考えれば、とても実行に移す気にはなれなかった。
「なあ太田」
「僕は行かないからね」
「一緒に覗けとは言わねー。ただちょっと周囲の警戒をしてほしいだけなんだよ。お前は偶然学校に来て、そこにいたって、それだけだ」
「……まあ、それくらいなら」
おい太田。
「春明よぉ」
「俺は行かないからな?」
「まあ聞け」
悪魔の顔、だった。
「先生に先に見られてもいいのか? んん?」
「……一理ある」
言われてみれば。なるほど恋人になって丁度夏がやってきて、それで水着の披露が彼氏以外の人間にとは……と思わなくもない。
が、その相手は先生となれば気にするだけ無駄かなと逆に清々しい気持ちになるのだ。ハグだって(頬に)ちゅーだって先にやられてしまっている。そもそも先生って立場だし。
そう考えると今度は佐竹がひかりの水着を見るという事実に辿り着く。しかも非合法な手段で、だ。
「なあ佐竹、逆に考えるんだ」
「お、おう?」
「先生は先生だ。だがな、佐竹、お前が覗き見するのは、違うよなぁ?」
「いやお前も来ればいいじゃねぇか」
「覗かなくても夏休み中には見れるだろうし」
腕を組み、勝ち誇った表情を佐竹に向ける。見ようと思えば見れる、この事実は大きい。
ひかりと両想いでなければ覗き魔に加担していたろうと駄目な自信がある。けどそれは昔の話で、今は違う。わざわざリスクを冒してまですぐに見たい、とはならない。
「さりげなく自慢すんじゃねーよ!」
「ふん、ってなわけで俺はむしろお前を阻止しなくちゃな」
「こ、これは予想外だぜ……」
「諦めなよ佐竹」
「彼女が出来るとこうも変わるのか……」
偉く失礼な反応だ。あながち間違いではないが。
単純に、他の女友達の水着に大きな興味を持たなくなった。もちろん、見たいかと言われれば見たい。しかしとにかく見たい相手がいて、それを見れる保証がされているのならそうでもないかなと。
「目の前に、目の前に天国があるんだ!」
「頼む佐竹、俺はお前を学校から消したくないんだ」
「こうなると僕も見張りする必要はなさそうだね」
「か、隠れて見つからなければどうにでも……」
どこまでも諦めの悪い佐竹に春明は逆に感心する。駄目な方ではあるがその執念には尊敬できる。
孤立無援でも実行しようとするその気力は褒めるが、それとこれとは違う話だ。
「じゃ、次の土曜は三人でどっか遊びに行くか」
「なん……だと」
「あー、いいねそれ」
「お前も乗り気なのかよ」
そこまでの決意があるならば仕方ない。いっそ拘束してしまえばいい。丁度、三人でぱーっと遊びに行きたいと思っていたところだった。
普段ぐうたらしている休日だが、たまには野郎達で一日を潰してもいいだろう。
「来なかったら、わかるよな?」
「よ、用事があったりすんだよなーこれが」
「確認を取りたいなぁ?」
「ぐ、ぐ、あー! わかった! くっそー!」
大きな音を立てて、復活していた佐竹が再び机の上に沈む。同情を覚えないわけではないが、これは譲れないことだった。
突っ伏した佐竹が顔だけをぐりんと春明へ向けて「そんかわし昼飯奢ってくれ」と切ない声で頼んでくるものだから、「それくらいなら」と首を縦に振る。佐竹の変態的視線から守るのが昼飯代だけなら安いもの。
「まあまあ、友達と遊びに行く方が楽しいよきっと」
「水着……水着……」
「そんなに水着が見たいなら俺らで夏中に海でも行くか」
「勘弁してくれよお゛! 俺の理想郷がぁ!」
――
土曜日。雲が少し見えるくらいでほとんどが青く染まっている。気温も高く絶好のプール日和と言えるだろう。
プール使えるぞーと先生から伝えられて、それにはしゃいで皆を誘ってやっとこの日が来た。
「あれ? ひかりも学校指定の水着なんだ」
ユッキーの言葉が更衣室からプールサイドに向かう途中の道に広がる。
「え、え? なんかおかしーかな?」
「おかしくはないけど、意外というか。ひかりってこういう時は自前の水着持ってくるかなって」
「あ、確かに……」
マッチーもふんふんと首を上下に振って同意していて、誤魔化してはいるけどなかなか痛いところを突かれてしまった。
「それならユッキーだってがっこーの水着じゃん!」
「言うのが遅すぎなの! 水着を買いに行く余裕なんてなかったんだから!」
そんなに余裕はないのかな? 「次の土曜日はプールだー!」って言ったのが三日前。放課後に買いに行けば一つくらいなんとかなる。
どうやら「色々悩みすぎて結局買わずじまい……」と頭を抱えているユッキーを見る限り「自分は悪くないじゃん」の結論に辿りつく。うん、私は悪くない。
「地元で『雪女だから夏はプール入らなくても涼しいしー』なんて言ってなければ良かった……」
「雪ちゃん……」
顔を覆うユッキーの肩をマッチーが慰めるように叩く。
「マッチーは競泳水着なんだねー」
「うん、お洒落な水着を着た時に万が一上が流されてもすぐには気付けないから」
「海とかで起きると致命的だね~それ……」
どこか遠くを見るマッチー。確かに、海に行くと頭は置いて目に見える範囲に身体があるけど、水面の下はどうかわからない。強い波のあとで身体を水面から出したら上が流されてました、ってこともありえる。
「でもひかりちゃんはそういうのないでしょ? お洒落な水着とか、持ってるよね?」
さてどう返そう。確かにマッチーの言う通りビキニが家にある。しかもプールが決まった後に買った新品が。
ただ今日持ってこようと思って、そこでちょっと考え事をしちゃって、それで結局飾らない水着をバッグに突っ込んだ。
日焼けするから、なんて言ってしまえば色々気付かれちゃうし……と悩んでいる間に通路の先から光が差し込んでくる。どうやら、プールサイドに着いたらしい。
「ん~……それはそれとして、プール始まるよー! 飛び込むぞー!!」
「私も一緒にやる~!」
「あ、二人ともー!」
丁度良かった。笑いながら通路から出て、そのまま地面を蹴って飛びこむ。授業でやれば怒られることも、センセーはちょっとくらい見逃してくれる。
三人分の派手な音と、水飛沫があがって太陽のひかりを反射して輝いて、綺麗だった。
「頭から飛び込むのだけは駄目だからなー」
「はーい!」
水中を蹴ってちょっと泳いで、それから浮かんで顔を出す。センセーの注意には素直に頷いて空気を吸う。
「で? 結局ひかりはどうして――きゃっ! こぉのー!」
問い詰められる前にユッキーへ両手で救った水を投げつける。丁度口を開けていたせいで、それが口に入って慌てて吐き出したあと、怒ったように水を投げ返された。
それからはマッチーにもやろうとして、頭が別の場所に合って歯がみして、ビーチボールを持ち出してこれならと思ったら、それすらもマッチーは手慣れた動作で打ち返して、「すごーい!」ってユッキーと褒めたり。
一度遊びが始まっちゃえばすぐに忘れてくれたみたいだ。
良かった。
「これを一番に見せるのはやっぱり春明かなー」なんて理由、とてもじゃないけど素じゃあ言えない。
どうしても覗きに行く理由が思いつかなかったのでアニメとは別展開になりました
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日下部春明の想像
また、アニメとは違う展開なのでご注意ください
日下部雪という少女がA組にはいる。ちょっとした悩みで自身が雪女の
とにかく、隠し事をしていた彼女が雪女であると発覚したのが四月のとある日、体育の授業だった。
四月にしては気温が高く、陽射しの強い日にグラウンドでの体育は誰もがしんどそうな表情で早く終われと願うくらいで、暑さに弱い雪女が耐えられる訳もなく、見事に気を失ってしまった。
つまり何が言いたいかと言うと――
――――
「あーうー」
「もうまじ無理ぃ……」
あれから三か月、暑さも陽射しも強力になった今の天気に、雪女と、ついでに吸血鬼もやられっぱなしだった。
授業の終わりまであと少し。A組とB組の合同授業で行ったサッカーは、男子はA組、女子はB組が勝利しての閉幕。
A組には佐竹と、その遊びに中学から付き合わされていた春明がいるので地力が違う。太田も、最近佐竹に付き合ってちょくちょくサッカーをするので他の人よりは動ける。B組にはそんな生徒がいなかったため、余裕の勝利だった。
それはさておき、残った時間は休んでいいぞと体育教師の有難い号令に、二クラス分の生徒は各々友人と駄弁ったり水道で身体を冷やしたり、はたまた人を集めてボールを蹴りだしたりと自由に過ごしていた。
春明も佐竹に来いと言われたが、そこは「見に行きたい奴いるから」で振り払う。この合同体育がB組以外とだったなら、二つ返事で混ざっていただろう。
「これ生きてるの? 溶けてない? 灰になってない?」
「あ、あはは……」
校庭の片隅、大きな木の日陰でぐったりしている二人を元気なデュラハンと見守る。
この様子ではまともに会話もできまい。佐竹の方に混じった方が良かったかなあと思いつつもこれはこれで見るのが面白いから有りだった。
それに、ちょっと言いたい事もあった。ただしそれは町の方に。
「クラスの女子から聞いたけど、町さん大活躍だったって? 凄いね」
「ありがとう。それほどだったかな?」
「いやいや、デュラハンの強みを生かしてるなーって思ったよ」
女子は地力の違いがほぼなかった。故に、強力な司令塔がいたB組がA組女子を下した。
戦場で動く胴体部分と、ちょっと離れたところから全体の動きを見る頭の部分。距離があるため、届かせようと声を張り上げる彼女の姿は正しく隊長だった……とはそのクラスメイトの談。
「でもちょっと喉が疲れちゃった」
「ああ、相当に大きな声だったもんね、男子の方も聞こえてたし」
「地面に置く用のクッションはあるんですけど、ボール飛んできた時に避けられんだろって先生がわざわざ」
ああ確かに。他の人ならば身体を捩るなりでボールを避けるのは簡単だが、町はその避けようとする身体がコートの中。パスミスやカットでごろごろ転がってくれば顔面直撃を避けられない。教師としては、そんな事故避けたかったのだろう。
「でも私には役割があるんですって言って先生の言ったところよりは前に置いてもらいました!」
「ぐいぐい行くね」
「野球やバスケで指示を出すのって中学生の時もやってたから譲れないんです」
かっこいいな、と思った。首がないことを逆に長所にするのは素晴らしい。
「でも、他の人に身体で視線遮られたらきつくない?」
「そうしたらその分他の人のマークが薄くなるので、その人にボールを回せるから……」
それに、一人だけじゃ全部遮るのは難しくて、案外見えるんですよ、と不敵な笑み。なるほど、勝てない訳だ。
指揮官と言うか部隊長というか、これで馬に跨っていたらさぞ絵になることだろう。
「うーん昔のデュラハンもそうやって人を率いてたのだろうか……」
「昔?」
春明が町の顔を見ながら漏れる呟きを、耳ざとく拾ったそれに反応が来るとは思わず、顎に置いていた手を降ろして説明する。
「あ、いやね。デュラハンって馬に乗ってる騎士、みたいなイメージがあるじゃん?」
「うん、絵やお話とか大体はそう描かれてるぐらいだから」
「大昔、デュラハンの誰かが部隊を指揮して大きな戦果を挙げた。今ですら三人しかいないんだから、昔も似たようなものだろうし、ある意味印象に残ったんじゃないかな、良くも悪くも」
「へー……面白い考えですね」
「そ、そう?」
他ならぬデュラハン本人に面白い、と言われてしまっては得意げになってしまうのも無理はない。暑い中、セミと一緒にうめき声の合唱を披露する二人をBGMにして言葉を続ける。
「デュラハンについて少し調べたけど、どんなに逃げても必ず先回りするってあって、それは相手の行動を予測する戦術眼みたいなものを持ってたんじゃないかとか」
「な、なるほど」
「あと、一部でアンデッドとして描かれてるのは、きっとそのデュラハンを敵から見た図なんだろうなって」
「頭が繋がってなくてそこから火が出てる……って」
「敵にそんなのが居たら、生きてるかどうかを疑うんじゃないかな」
以上、おしまい。苦笑いで自分の考えた説を締めくくる。実は吸血鬼よりも先に真面目に起源を考えてみたり。
こうして本物に話すのは勇気が必要だったが、町の様子を見る限りでは悪くは思われていないのだろう。
「他の人のこういう話聞くの、楽しいですね!」
「お、そう?」
「はい! そんな話をする人は中学の時にいなかったから、新鮮かな。今も高橋先生ぐらいだけど……日下部さん、似てきてる?」
「え゛っ」
春明の動きが止まる。ついでに授業の終了を知らせる鐘が鳴り、無事昼休みへと突入したが、それどころではない。
まさか、そんな、いやいやと首を振り、「ぜってー違う」と両断。
「いやほら、その、あれだ。そこで灰になりかけてる奴がな」
「ひかりちゃんですね」
「あー、その、好きなんだけど」
「皆知ってます」
「うぐっ……まあとにかく、それで、あれこれと伝承や御伽話から想像するのが、ちょっと楽しくなっちゃって」
大元はそこだった。例えばひかりのあの部分と吸血鬼のあの話は似てるなーとか。そんなことを考えて考えて、考え過ぎた。
そうしたら今度は近くにデュラハンと雪女がいるではないか。検索をかけてはあれこれと類似点やこじつけを浮かべるのが最近の暇つぶしだった。
ただ、だからと言ってあの
「じゃあ、ひかりちゃんはもちろん雪ちゃんのことも考えてたり?」
「あー、まあ少しは……」
「面白い話をしてるじゃないか」
「あ、先生」
「げぇっ」
後ろからにゅっと現れたのは件のおっさん……ではなく高橋先生。
「体育だったのか」
「はい、A組との合同体育でした」
「ということはひかりも一緒……さぞご迷惑をかけたことだろう」
「いや、その……」
「テツせんせー、あれ見ても同じこと言える?」
くいっと春明が親指を向けた先には変わらず日陰で死んでいる二人の
「……ま、それはともかく、だ。中々面白い話じゃないか日下部」
「えっと」
「
「もちろん知ってますよ? ひかりは映るみたいですけど」
「お前はどう考えた?」
あ、これ少年の目だ。春明はなんとなくそう思った。キラキラしているというかなんというか。
「あー、その……」
「おう」
「ひかりと同じだったんじゃないかと」
「ひかりと?」
訝し気な視線が刺さる。しかしこれは中々面白いんじゃないかと春明も思っていた。
「要するに、映りはするんですけどそれを活かせないというか。鏡を使って身だしなみを整えられなかったんじゃないかって」
「は?」
「あー、その話の元になった吸血鬼には付き人がいて、毎日毎日朝の用意に付き合わされた人がうんざりして流した噂がそのまま根付いた」
私のご主人は一人で身だしなみを整えられない、鏡に自分の姿が映っていないんじゃないかと疑うぐらいだ、が尾鰭ついちゃった、とかもあるかもしれない。
「はは、そりゃ面白い!」
「丁度それが悪魔は魂の結びつきが云々と重なって真実味を帯びた……帯びてしまったなんて」
「なるほど、そういう考え方もあるのか」
やけに関心したような先生の表情が、春明にはとても意外だった。
「オレはどうしても生物学とかそっちの面から見ちゃうからなァ……元となった存在の性格が、とかで考えたりするのはあんまりなくてな」
「へー……」
「あとはやっぱりオレ以外の人から
その理由、さっき誰かから聞いたばかりのものだった。春明は町の方を見ながらにやりと笑みを浮かべて、
「……先生に似てるって言うなら、町さんの方が似てるんじゃねぇか?」
「へ、へ!?」
「どうした急に」
急に話を振られて奇声をあげた町の様子がおかしく、更に愉快な気持ちになる。思い当たったのか、なんとか春明を黙らせようとさせるが、片手が塞がっている状態ではどう頑張っても出来ない。
「ついさっき町さんにもデュラハンについて話してて、先生とほとんど同じ理由で俺の話を楽しんでくれたんです」
「ほほう、そうなのか? 町」
「は、はい!」
「なるほど、じゃあ日下部のその話、今度聞かせてくれ。すぐ聞きたいが……流石に休み時間がなくなってしまうからな」
確かに少々話し過ぎた気がしなくもない。先生が来るちょっと前にチャイムが鳴って、それからしばらく経っている。ご飯も食べなければいけないし、これが切り上げ時なのだろう。
「それで、そこの死にかけの二人だが、昼休みの残り時間くらいは理科室来るかー、冷房ガンガンだぞ」
それは正しく神のお告げだったのだろう。高橋先生の言葉を聞いた途端、吸血鬼も雪女も揃って立ち上がった。ゾンビのようなさっきまでとはがらりと変わり、元気の塊のようにはしゃぐのはひかりで、その後ろを幽鬼のように付いていくのが日下部雪。
「……っ、い、いくー! エアコン! 天国!」
「冷気……冷気が私を求めてる……」
「ああもう二人とも待ってよー!」
「日下部は来ないのか?」
「今日は佐竹達と飯食おうかなって」
灰になりかけた吸血鬼もハイになる。エアコンは文化の極みなのだ。
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夏休みのことを言えば
男は誰だってふとした拍子に胸へ目が行ってしまう。例えそれが友達でも、だ。
そうして一瞬見たあと、すぐに目を逸らして罪悪感でいっぱいになる。夏は特にそれ多くなってしまう季節で、去年はともかく今年からは色々困る。具体的にはとある人物の視線が痛い、怖い。
何故春明がこんなことを考えていたのかというと、丁度そのとある人物が目の前にいたからである。しかも下校中に並んで歩いている中でとても答えづらい質問をしてくるのだから、どう答えたものか。
「胸は大きいのがいいの?」
なんて前振りも何もなく聞かれれば、「は?」とマジトーンで返すのも仕方ない。件のとある人物――小鳥遊ひかりの不満そうな顔つきを見ても、自分は悪くないと言い切れる。
「だぁってぇ~~」
「何が『だって』なんだ」
どう返事をすればいいのかさっぱり見当が付かない。何を返しても大体同じ結果になりそうとも言う。
とはいえ、ずっとどうなのどうなの? ねぇねぇどうなの? と言われ続けていれば鬱陶しくなるわけで。
出来るだけひかりを見るフリをして、その先にあるコンクリートの堀へ焦点を合わせて春明は口を開いた。
「まあ、佐竹とかは大きいのが良いって言ってたな」
「サタッケーじゃなくて、春明のこと聞いてるんだけど……」
「ただ俺はそうは思わない。やっぱこう、形が大事なんじゃないか、お椀型? みたいな」
「へ、へぇ~そう、ありがとー……あはは!」
一歩、距離を取られた。
「だ~から答えなかったんだよ! そっちから聞いといてそれは理不尽じゃね!?」
「好きか嫌いかで答えてくるかなって思ったらそれ以上だったんだもん! しょーがないじゃん!」
それは俺悪くねぇと叫びたい衝動を、額に手を当てながら必死に抑える。
ひかりの方は旗色が悪いのを分かっているのかその声は勢いがやや弱く、そう思っているならその開いた一歩の距離を詰めて欲しかった。ひかりの持つ鞄は擦りそうな程堀に近くなっており、鞄のためにも不自然に空いた隙間は埋めるべきだろう。壁に擦れば汚れるし。あと春明の精神的にも。
「……で、何で急にそんなことを」
「今日のお昼って私達は準備室に行ったんだけど……そこでマッチーが」
「わかった、過程はわからないけど結果はわかったからそれ以上は言わなくていい」
咄嗟に両手を構えて、念を押す。ひかりはともかく、町の名誉のためにもそこからは言わせない方が良い。
春明の制止に開いていた口を噤んだひかりは、左肩にかけた鞄の持ち手を右手で持って身体を揺すり、ズレを戻してから大きくため息をついた。
「うぅ……頭に栄養が行ってるのに……どうして……」
思わず漏れる。「うわぁ」の吐息。「なーによー!」なんて怒られても、「うわぁ」としか言えない。
「ひかりは取ってる栄養が少なすぎるんじゃないか」
「ぬぁにを~~!?」
「頭にも栄養が行ってないもんなぁ……」
「頭に行ってないのはお互いさまじゃん! え? ところで『も』って何? ねぇ!」
きしゃーなんて鳴き声が聞こえてきそうだ。八重歯を剥き出しにして言い返してくるひかりを見て暢気に考える。お互い様なのは春明も耳が痛い。
だからそっと自分の耳をふさいで知らぬ存ぜぬを押し通す。ついでに別のことも知らんぷり出来たのは嬉しい誤算。
「ま、いつか大きくなるんじゃないの?」
「大きくなるかなんてわからないじゃん……」
「何を言えばいいのかわからないんだよ察しろ」
そこまで言って、ひかりから目を逸らして反対側へ顔を向けた。
胸がどうのなんて話を女の子と、しかも彼女と繰り広げるなど難易度が高い、高すぎる。
「えー? ……あ、うん、そう、そうだねー!」
ようやく誰と、何を、話しているのか、考えが至ったひかりがどのような表情をしているか、想像に難くない。
ふと、ここで定番と言えば『好きな人に揉んでもらう』だよなーと浮かんでくる。
ひかりがトチ狂ってそれを言い出さなくて良かった、と春明は心の底から安堵した。言われてもそれを出来る程の胆力がないからだ。
「そ、それより今日はほんと暑そうだったな」
「ほ?」
「四限目の時」
「あ、あぁ~……」
ひかりが気付いてから、お互い口を閉じてしまったので春明の方から話題を変えることにした。やはり真っ先に思い返すのが体育の授業だろう。
日下部と共に日陰でぐったりとしている姿を見たのは初めてだったが、まさかあそこまで元気がないとは春明も思わなかった。
「運動した後だから尚更暑くてね~。八月とかでも普通に歩いたり出かけたりする分にはあんなにならないよ~」
「普段からああなったら登校すらままならないよなあ……」
思い返して、自分の状態を客観視したのか苦笑いであの時だけとひかりが笑う。
もしいつもああだと想像を走らせれば、汗だくになりながらうめき声を漏らしてゆっくりと歩く存在。アメリカならパンデミックが起きたと勘違いされそうな映像だ。
「夏休み入ったらいっぱい遊びたいなぁ~」
「その前に宿題終わらせないといけないけどな」
「しゅく……?」
「本気で解らないって顔するのはやめような」
ごく自然に首を傾け、宿題の存在を否定しようとするのは流石にどうかと思う春明。ちゃんと提出しないとテツ先生辺りから監督不行き届きで説教が飛び火してきそうなことを考えると頭が痛い。
まずは夏の課題を片づけ、憂いを無くしてから遊び倒すのが一番楽しめるだろう。
「一緒にやればすぐ終わる。そしたら残りは遊んだってぐうたらしたって誰も文句は言わないだろ?」
「そうだけどぉ……」
「それとも課題放置して新学期にテツせんせーに怒られてガチ泣きする?」
茶化すように言えば、ひかりは予想通りの色に顔を染めて声を高める。
テストの結果発表後、成績優秀者の名前が張り出された掲示板の前で一人の生徒がマジで泣いていた──という話は一年生なら誰でも知っている噂だ。その正体が誰かは、春明の横に居る存在を見れば察しが付く。
「でもせんせーに怒られるのはやだ……」
「じゃーやるしかないな」
何も毎日やれと言う訳ではない。ただ七月からちょっとずつこなして、例えば八月の上旬に終わらせればあとは好き放題出来るじゃないかと、そういうお話。もしくは、合間合間に遊んで適度な息抜きをしつつ、31日に終わるように調整するとか。
宿題の存在を否定して待っているのは、夏休み最終日にどうしようもない無力感と絶望に苛まれる自分達なのだから。
「ひまりさんとか町さんとかいるし、わからないところは教えて貰おう」
「そこで自分に聞けって言わないのはださーい」
「おうおう、俺の中間テストの成績知ってるだろ?」
ひかりは赤点三つ、春明は赤点二つ。成績的に二人とも教えて貰う側である。見栄を張ったとして、いざ聞かれると答えに詰まって呆れた目を向けられる未来が100%。それならば最初から見栄を張らない方がまだ格好悪くない。
ただ教えて貰うとして、問題は場所だった。男組が三人、女組が四人。場合によっては更に二人が入ってくるから最大九人の大所帯。それだけの人数が集まって周囲を気にせず勉強できるところなどあるのだろうか。
「問題はどこでやるか、か」
「流石に皆をってなるとウチの家も狭いからね~……」
「図書館じゃあ静かにしなきゃいけないし、かといってファミレスってのもなあ」
「あ、カラオケとか?」
「集中出来るのかそれ」
確かにカラオケBOXならば騒いでも大丈夫だ。しかし周囲の部屋から聞こえる楽しそうな歌声、普通のより低い机のため姿勢が辛そう、お金がかかるから失敗した時の反動とか。
他になんか良い場所ないかなーと春明は顎に手を添える。が、全員が集まれる場所となると中々思いつかない。
「もーいっそ私達だけでやる? ひまりに頼んで」
「あー、それでもいいかもなあ……でもひまりさん大丈夫かな?」
「へーきへーき! ……多分」
あれこれと質問が飛び交うのは間違いなく、それに忙殺されてひまり自身の宿題が一切進まない光景が容易に想像できる。
その時は自分だけでも出来る限り教科書で調べてわかるところを埋めようと固く誓うのだった。
「そんでー、宿題全部終わらせたら、どこ行こっか!」
「海」
「へんたーい!」
「いやいやいや」
まったくもって、理不尽な謗りだった。海に行きたいと、そう言っただけではないか。
「どーせ私の水着が見たいだけじゃん」
「そりゃそーだ、彼女の水着を見たいってのは健全な発想だと思うんだ!」
「開き直るところじゃないよね?」
わかっていないな、と春明はかぶりを振る。
「男は、そんなもんだよ」
「はいはい」
聞き流された。けれど、そんなものなのだ。可愛い女の子の水着は見たい。ましてや彼女ともなれば、いや見たくねーしと強がれる男はこの世にいるだろうか。いや、いない。
やたら視線が冷たいような気もするが、それを気のせいだと切り捨てるくらいに春明はひかりの水着を見たかった。
そもそも──
「ちょっと前に似たような話をして機会があったらって言ってたじゃん」
「……い、言ってたっけ?」
「惚けるなら俺の目を見て言え」
忙しなく視線をあっちこっちへ移すその姿に、我慢しきれなかった笑い声が零れる。
視線を揺らす割には春明と目を合わせようとしないのだから、あからさま過ぎるのだ。
「別に二人でって訳じゃなくて、他の皆とか誘ってさ」
「あ、そうだねー、江ノ島とか行きた~い」
「鎌倉散策もついでに出来るなー」
「中学の時に行ったなー、懐かしいわ」
あの時は決められたところとちょっとの自由時間のみだった。今度は友人達と自由気ままに、というのも悪くない。難点は、海が混んでるくらいだろう。
「つっても全員の予定合わせるのはキツそうだよなー」
「う~ん……それなら行ける人だけとか?」
「大人数の方が楽しいのは間違いないけど、ま、その時でいいか」
「うんうん、今から考えてても大分先だしね~~」
「そもそも、課題終わらせるのが先だしな」
「……」
「都合が悪くなるとすぐ目が別のとこ見るよな」
理由はどうあれ、誤魔化す方法が同じなのは喜ぶべきなのか嘆くべきなのか、悩むことだった。
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日下部春明の日曜日
「来ちゃった」
「来ないでって言ったのにぃ~!」
佐竹と太田の三人で遊び倒した翌日、妹の方に連絡を取り、突撃許可を頂いてから小鳥遊家のインターホンを鳴らしていた。
お菓子と飲み物を引っ提げ、最初にドアを開けたひかりの父親と挨拶を交わし、「今日は食卓に春明君が追加されるねー」「えーいいんですかー」なんて話し、部屋へと案内してもらってから丁寧にノック、出てきたひかりへ悪戯成功と言わんばかりにベロを見せたのが今。
普段の白い素肌は、陽射しの強い屋外ではしゃいだせいなのか赤く染まっている。思わず「痛くないのか」と聞けば「へーきへーき」と返ってくるので、色だけなのかと安堵の息を吐く。
「ほんと凄いなそれ」
「ずーっとプールで遊んでたし。それに、毎年のことだもん」
「そうなの?」
「日焼けするからってずっと家にいるのもつまんないじゃん?」
「それはある」
「だから、夏でも構わず遊びに行くよ? 日曜日にじっとしてれば治るし!」
悪戯が成功したあとは、嘆息するひかりに連れられて、玄関から数歩進んだ左にある襖を開けた先の和室に横たわりつつ、会話を楽しんでいた。
テーブルの上にはひかり用のトマトジュースと自分用のミルクティー、あとはポテトチップス系の袋がぶちまけられていた。文字通り、買い物袋を逆さまにしてテーブルに落とし、食べたいものを自分で開けて食べるようにしている。
来客で騒がしい姉を諫めんと降りてきたひまりが無造作に散らばるそれらを見て、姉のひかり共々俺達に雷を落としたのは、今考えれば当然の結果だろう。
「いっぱい遊んだあとに丸一日室内でのんびりするって、さいっこう~!」
「勉強とか、やらないのか?」
「春明がそれ言う? 私知ってるんだからね、春明のテストの成績」
「ひかりよりは赤点少ないし」
「二つも三つも大して変わらないと思うけど……」
もの言いたげな視線――実際に言われた――で俺を見るひかりからさっと目を逸らす。あぁ、縁側って良いなぁと現実逃避。
そもそ春明だって勉強しないじゃん、と言われてしまえばぐうの音も出ない。太田の鬼教師が発揮された勉強会がなければ、もう一つか二つ程赤点が増えていた自覚があるくらいには、普段から勉強というものをしなかった。
ちなみに赤点が増えていた場合はひかりにすら総合点数で負ける屈辱を味わうことになったので、太田には感謝している。
「やっぱ休日に全力でだらけるのって最高だわ」
「さっきと言ってること違うのってださいよね~」
「ところで」
「……なに?」
苦しい時は話題の転換が一番だ。ひかりの視線が若干辛いのは気にしていられない。
「いや、痛くないんだよな?」
「何が?」
「日焼け」
「うん、さっきも言ったけど、色だけだよこれ」
ぺたぺたと自分で肌を触って見せるひかり。それに便乗せんと起き上がり、ふにふにと腕をつつこうとして――その手を叩き落とされた。
「何する気?」
「いや痛くないなら触ろうかと」
「駄目」
「何で?」
「乙女の柔肌は気軽に触っていいものじゃないもん」
ひかりが畳を鳴らし、一歩距離を取る。めげずに叩かれた手を支えに身を乗り出し、もう片手を伸ばせばやはり叩かれる。
不満げに睨んでみるも最初に叩いた時と同じ顔で「駄目」とひかりに拒否された。
「痛くないんでしょ?」
「そうだけどそれとは違う話でしょ」
「何が?」
「私達だけじゃなくてお父さんもお母さんも、ひまりだっているんだからその、見られたら恥ずかしいし……」
なるほど一理ある。俺としては見られても構わないのだが、見た側がいちゃいちゃしてるのをどう思うか、という話だ。突然開けられた襖を閉められる体験はしたくない。その時に残す言葉は「ごゆっくりどうぞ」で決まりだ。
触るのを諦めると再び畳に寝転がり、そのままローラーのように窓の近くまで転がる。
「プールを楽しんでるようでなによりだよ」
「うん、この肌のとーりっ」
ぺちん、とひかりが自分の頬を叩く音が鳴る。つまり、それくらい楽しかったらしい。
下心抜きに、一緒に遊びたかったなぁと思う。
「三人以外はテツせんせーだけ?」
「サッキーが来てた!」
「なん……だと……?」
未開封のポテトチップスの袋が床に落ちる。サッキーと言えば佐藤先生、佐藤先生と言えばサキュバス。普段は九割程抑えられている色気が解放されていたかもしれないと持っていたものを落とすのもしょうがない。
口に出したりしないが、正直に言えばめちゃくちゃ見たかった。下心100%で一緒に遊びたかった。
「あー! ぜえったいサッキーのこと考えてるでしょ!」
「ソンナコトナイヨー」
「棒読みはもうちょっとなんなかったの!? だめだよだめ!」
もっとも、それはすぐにバレてしまったようだが。
「いやいやでも佐藤先生だぞ、男子は逃げられない!」
「わたしがいるじゃん!」
「お、おう」
流石にその返しは予想していなかった。ひかりの方も反射的に言ってしまったようで、机を叩いた手がそのままに、一拍置いてからすごすごと座りなおす。
それから恥ずかしそうにポテトチップスを摘んで噛み砕いている。無言で。何だこいつ可愛いぞ。
「いやそれは、そうだけど、え? 今見せてくれるの?」
「ど、どーして今すぐにって発想が出てくるかなぁ……」
ごめん願望が。
プールや海でもない、家の中で水着を見せてほしいなどただの変態ではないかと首を横に振る。
「んーでもプール自体は、夏休み行こうぜ」
「いいねいいね!」
「いっそちょっと前カラオケ行った面子で行くかー?」
「シッズーとアッツーも?」
「シッズー……? アッツー?」
「C組の二人」
佐竹に引き続きあの二人もあだ名で呼ばれるようになったらしい。確か静香と敦美だったと春明は二人の顔を頭に浮かべる。なるほど。
佐竹があだ名で呼ばれた時、二人も羨ましそうにしていたからなぁ。
「誘うなら私がやりましょうか?」
「ぬおっ!」
「ひ、ひまり! 急に出てこないでよもぉ~」
「驚かすつもりはなかったんだけど……」
音を鳴らさず滑る襖、にゅっと顔を出した後に入ってきたのはひまりさんだ。自分の買ってきたポテチとはまた別の、おそらく元から買い置いてあったであろうコンソメ味を片手にテーブルの前に座る。
どうしたのか聞けば、勉強も終わって暇になったので、様子見がてら姉と春明の会話を聞きに来た。そこで同じクラスの友人のことを聞いて気になったとか。
さっき肌をぷにぷにと触っていたままだったらお約束の展開がなされてるところだった。
「よっしゃじゃあひまりさんも行こうか」
「えっと、それは……」
「いいじゃんいいじゃん! 勉強ばっかじゃ息詰まっちゃうよ~!」
「お姉ちゃんは勉強しなさすぎ! 日下部さんも!」
ひかりと顔を見合わせる。余計な事を言ったばかりに飛んできたお小言に、次の瞬間には見事と言う他ないハモりで、まったく同じ言葉を発していた。
「勉強はつまらないからなあ」
「勉強はつまんないも~ん」
「息ピッタリか! もー!!」
────────
それから少し経って、次は
「ちょっとコンビニ行ってくるけど、何か欲しいものはあるかい?」
「私アイス~~!!」
「俺は特にないです」
「私も大丈夫ー」
投げかけられた言葉に各々が返す。ひかりは遠慮のない要望を、俺は遠慮して、ひまりさんは本当にいらなさそうに。
自分だけが物を所望したからなのか、いらないと言った二人にきょとんとした顔を向け、
「……おとーさん、良い?」
「もちろん大丈夫だよ。二人にもアイスは買っておくから、欲しかったら冷蔵庫から取ってね」
すっと耳に通る柔らかく優しい声で微笑む小父さんに、頭を下げる。
「あと、春明君は良かったら後で買い物に付き合ってくれるかな? 夜ご飯の買い物行くんだ」
「あ、いいですよ」
「パパ! 日下部さんをあんまり荷物持ち扱いしちゃ駄目よ!」
「……ってひまりが言ってるけど」
荷物持ちなどひかりの御付きとして既に何度も行っているため、それと同じ気分で軽く承諾する。
しかし、聞いていたひまりさんひゃそう思わなかったようで、眉を顰めて小言を飛ばす。困ったような笑顔の小父さんを庇うようにまあまあとひまりさんを抑える。
「そんな気にすることないって」
「でも、かなりの頻度で姉に付き合ってもらってるのに休日まで……」
「いいって、今日のご飯はおじさんに誘われてるから、それのお返しだし」
「うんうん、それに車出すし、持つとしてもスーパーの中と、車までの間と、帰ってから冷蔵庫前までぐらいだよ」
「いーじゃんひまりー、春明もこう言ってるし気にしすぎ~」
ひまりさんとしては至極まっとうな事を言っているつもりだったのに本人すら肯定してしまった。
そう言えば、前に「もう家族みたいなものだからね~」と
「あ、みどりも一緒だから」
「まじっすか」
「春明、まだおかーさん苦手なの?」
「苦手じゃないし良い人だって思ってるけど、独特な会話がまだコツ掴めなくて」
普通に話は出来るし、楽しいのだが、時たまに突然良いことを言い出して、こちらに同意を求めてくることがある。
それ自体は良い。問題はその「突然さ」で、繋がっているようで繋がっていないのだから返しに困る。困惑しているうちに別の言葉で締めくくって次の話題に移るので、どうにもそこらへんが未だに慣れない。
ここまで回想してから、彼女の親に対する評価じゃないなこれ、と笑う。
「じゃあ先にコンビニだけ──」
襖を閉じようと手をかけたその瞬間、甲高い音が小鳥遊家に響く。呼び鈴が誰かの手によって鳴らされたようだ。
宅配便かそれとも何かの営業か。小父さんがすぐにドアを開ければ可愛らしい声が外から聞こえてきた。
その声は俺もひかりも毎日聞く声で、聞けば誰かすぐわかるもの。
「あの、ひかりはいますか?」
「あれ、雪ちゃん? こんにちは、今日はどうしたの?」
つまり、友人の日下部雪のものだった。
三人で揃って顔を見合わせる。その様子から、どうやらアポがあった訳ではないらしい。
ゲリラ的な訪問、ということか。伝承で突然家を訪ねる雪女らしいと、思ってしまった。
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日下部春明の日曜日(2)
さてどうしたものかと二人を見る。ひかりの方は悩んでいて、ひまりさんは何も言わないで姉の判断に任せるようだ。
「どうするの? お姉ちゃん」
「う~ん」
せっかく来てくれたのだから一緒に語りたい、けれど今の自分は全身が日焼けしているのでそれを知られるのは……そんなところだろうか?
結局悩んで悩んで、
「春明はどー思う……?」
「俺にパスするのかぁ」
ひかりは自分へと投げてきやがった。
自分に投げられるとは思っていなかったから、慌てて腕を組んで考える。
「いーんじゃない? それ、どうせ何時かは知られることだろ?」
「えー軽い」
「俺にはこうとしか言えないからね」
「むむむ……」
「というか」
決めあぐねるひかりに廊下へ親指を向ける。残念ながら、悩んでいる暇はないと教えてあげなければいけない。
「あ、わざわざ日焼け止め返しに来てくれたんだね、ありがとう。それじゃあこれはひかりに渡しておくから」
「はい! 急に来てしまってすみませんでした……」
「いいのいいの、いつでも遊びにおいで!」
「もう日下部さん帰っちゃうぞ」
「…………」
玄関から聞こえてくる二人の声。どうやら日下部さんが用事を済ませ、帰ろうとしているようだ。
「ま、まって……! あ~~!」
1、2、3、4、5秒。床に手を着いて廊下へ顔を出し、日下部さんを引き留めようとしてバランスを崩した結果、倒れてとても女の子が出してはいけない声を響かせるまでの時間だ。
カエルが潰れたような声ってこういうのを言うのかなぁとその様子を見て暢気に笑っていたが、ひかりから思いっきり睨まれて笑みを引っ込める。
ひかりの眼光は蛇のようで、カエルは自分だった。
「ど、どうしたんだい……?」
「ひか……り?」
しかし、そのひかりも玄関から注がれる二対の眼差しには耐えきれなかったようで、起き上がって咳払いをすると「あ、あがっていーよ~」と日下部さんを手招きして歓迎するのであった。
──
「日下部君も来てたんだ」
「ああ、ひかりが日曜に来るなよ! 絶対来るなよ! って言うから」
「ひどくな~い!? 私何度も念押ししたのに!」
「私には連絡あったけれどねー」
「ひまりは知ってたなら教えてよ……」
お菓子を咀嚼する音が鳴る。小鳥遊家に一人増え、三人から四人になった和室ではお菓子の消費が増えていく。ちなみに一番食べているのはひかりである。
食べるのは構わない。しかし自分が口に運ぶより二倍程早い手の動きに、こいつ夕飯食えるのかなと思わなくもない。
ちらりと自分の持ってきた菓子の袋──テーブルの上にばら撒いたのをひまりに怒られたあと元に戻した──を見れば残りも少なくなっていた。
先ほどからちらちらとひかりを伺う日下部さんに、まあ気になるよなぁと思いつつ、それにしては何かこう、思い詰めているというか。深刻そうな顔をしているのが気になった。
「っと、飲み物が……」
「お姉ちゃん飲みすぎ!」
「しょーがないじゃん! 喋ってると喉乾くんだから!」
「ごめんね日下部さん、ひかりのやつ、遠慮を知らないんだ」
「ひまりに言われるならともかく、春明がそれ言うの?」
空になった1.5Lのプラスチック容器を左右に振る。持ってくる時は重かったそれも今では指二本で摘めるくらいの軽さだった。
テーブルの上のグラスの中で、日下部さんのグラスが空になっていて、しかし肝心の飲み物は既に空。
「ごめんね雪ちゃん、お姉ちゃんは遠慮を知らないのよ」
「あ、あはは」
「ひ~ま~り~!」
大食いを揶揄すれば、頬を膨らませて抗議をするひかり。しかしその言い方をすれば当然、ひまりが後に続く。
恨めし気に妹を睨む姉の図、一丁あがり、である。「ひまりに言われるのなら」と口走っている以上、そのひまりさんに言われてはぐうの音も出まい。
「ま、ちょっと待ってて。んー、冷蔵庫になんかあったかな」
「お茶ならあるよー、あとトマトジュースは常備してるの」
「ここひかりの家だよね?」
「そうだけど?」
懐疑の視線を注ぐ友人に、何を当たり前のことを聞いているのか首を傾げながら頷く。
そうだよね、と彼女は呟いているが、どこに引っかかる要素があったのか、いくら考えてもわからない。
「日下部さんはかなりの頻度でうちに来ますから」
「付き合い始めたの最近だよね?」
「それより前から、まあ色々と」
ひまりさんへ微妙な視線を向ければ、それに返すように淡々と日下部さんへ返す。それを聞いた少女の表情は推して知るべし。
「そーいえば、なんだけどさー」
「ん?」
「春明ってユッキーのこと苗字で呼んでるけどこんがらがらない?」
「ん? 確かに自分の苗字を呼んでるようで違和感はあったりするけど」
「別に名前で呼んでもいいんだよ? 私も違和感あるし、その方がいいかも」
本人からもお墨付きはもらった。となれば否定する理由はない。三か月前ならいざ知らず、今は友人なのだ。
「よし、雪さんで。俺のことも名前でいいぞ」
「ふふ、春明君、でいいかな」
「ああ」
日下部さん──改め雪さんはそう言って微笑む。なんだか、不思議な気分だった。
「じゃ、飲み物取ってくる。お茶でいいよね」
「あたしはトマトジュースねー」
「ひまりさんも一応来てくれ。俺が一人で冷蔵庫漁ってるのってなんつーか」
「今更パパもママも気にしないと思いますけど」
「俺の気分の問題だよ。あと、コップも新しいの持ってこないと」
「わかりました」
ほらはりーはりー。自分にとってもタイミングが良い。これで雪さんとひかりを二人にしておけば、もしかしたら何かを伺う雪さんも話しやすいだろう。
ひまりさんそれに気付いていない訳ではない。姉を一番見ているからこそ他に姉へ飛ぶ視線に敏感なのだと語っていたひまりさんを思い出す。
お茶を持ってくるならばジュースを入れていたコップは使えない。だからとってもタイミングが良い、のだ。
すぐ戻れる距離ではあるが、涼しい部屋にぬるっとした空気を入れるのは嫌なので襖はきちんと閉める、これ大事。
「どうしたんですかね、雪ちゃん」
「あそこまで露骨だとねぇ……でもひかりはいつも通りだしわからん」
コップと飲み物を取る間、ひまりが廊下へ目を向けながら言った。それに対する答えを春明は持っていない。
なにせ、ひかりときたら普段と変わらないのだ。最初は日焼けのことかなーと思ったが、それにしては雪の雰囲気は重々しくて、首を傾けるばかりだ。
「ま、ちょっとゆっくりして……」
「春明くーん、そろそろ行こうと思うんだけど、大丈夫かい?」
とんとんと手慣れた手つきで用意をしていたところ、ドアが開いて
「あーじゃあこれお願い出来る?」
「いつもすみません」
申し訳なさそうに頭を下げるひまりさん。「いやいや」と手をぶらぶらさせるのは様式美。しかし忘れてはいけない。
「でも俺が買い出しに行くようになったのってひまりさんが一芝居打ったからなんだよね」
「そういうこと言っちゃいます?」
「一芝居……?」
小父さんが引っかかったようで、ひまりさんの方を見ている。そこを突っ込まれてしまうとまたこの両親の前で昔話をしなければいけないので適当に誤魔化す。
まさかお宅の娘さんと仲良くなるために協力してもらいました、なんて言えるわけがないだろう。言いたくもない。
「いえなんでも。それより行く前にひかり達に一言言ってもいいですか?」
「ああもちろんだよ」
ひまりさんは両手で物を持っているため、俺が襖を横にスライドさせる。途端、冷房が効いた部屋の涼しい空気が頬を撫でる。数分と言えど、生温かい場所にいたから冷気が気持ちいい。
が──
「……」
「……」
「……」
「な、なんか言ってよ」
「雪さん、どうかし──あっ」
無言で固まる三人。まさか、ちょっと席を外している間に雪さんがひかりを押し倒しているとは、この春明を以てしても見抜けなかった。
沈黙が気まずいのか、半ば投げやりに雪さんの下から焦った声で凝視してくるひかり。ひまりさんと顔を見合わせ、取った行動はもちろん、
「──ごゆっくり」
「ひかりは女の子の方が好きだったんだね! ちくしょー!」
お約束の反応である。
「待って! 違うの! ひまりちゃん!」
「事故! これは事故! 春明もわざとらし過ぎるよ!」
二人そろって両手を不規則に振るその姿は、ひまりさんと自分が望んだ反応まんまであった。
「冗談はさておき」
「春明は後でお話ね」
「俺は小父さん達と買い物行ってくるから」
「んー、献立は?」
「買い物次第」
献立までは知らされていない。怒筋が浮かんでそうな声色はスルーするのが精神的に良いので右から左に流す。
「じゃー行ってくる」
「ごめんねひかり、ちょっと春明君を借りるよ~~」
「べ、別に私に言わなくてもいーから!!」
襖を閉める前、余計な一言を小父さんが飛ばす。自分達しかいない時ならばまだしも、ここには雪さんやひまりさんもいるわけで、その二人から優しい顔をされる俺達の身にもなってほしい。
「小父さん」
はぁ、と息を吐く。
「まあまあ、ほら、みどりも来たし~~」
「わかりました……」
何も言うまい。それに、ポジティブに考えればそんな冗談をひかりの両親が言えるくらいには受け入れてくれているとも思える。
そう思えれば、悪い気もしない。
二階から降りてきた小母さんは、そのまま玄関……ではなく皆がいる部屋の襖を勢い良く開けて中へ入っていく。
「あら?」
「雪ちゃんに挨拶しに行ったのかな、話さなきゃ! って言っていたし」
「なるほど」
声が聞こえてくるが、驚くほどにオチがつかない。言ってることは良いことなのだけど、それが突然過ぎて反応出来ないというか。
雪さんがどんな状態なのか簡単に予想出来る。そしてそれは自分が昔に通った道だった。
「みどりー! 春明君も待ってるから! そろそろ買い物いこー!」
「はーい!」
じゃ、雪ちゃんも良かったら晩御飯食べてねー!
開けた時とは違い、ゆっくりと丁寧に襖を閉めた小母さんが「お待たせ!」と言いながら靴を履く。
「大丈夫です」
「今日は私がご飯作ろうかな~!」
「ホント!?」
「雪ちゃんも春明君もいるし、たまには私だって作らなくちゃ腕が鈍っちゃうわよ~」
『良かったら』と言いつつも既に雪さんがご相伴なのは確定の様だ。
あれこれと雪さんが遠慮しようとしてそのまま押し切られる未来が見えた気がした。
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日下部春明の日曜日(3)
「さて、春明君」
一体どうしてこうなってしまったんだと思う。
「んふふー! 邪魔者がいないって素晴らしいわね~~~!」
二人の大人が悪意しか読み取れない笑みを浮かべて迫ってくる。
正しく地獄そのものの光景。逃げ出したくとも自分を挟んで両脇にそれぞれが陣取っていて立とうものならば同時に腕を掴まれる未来が浮かぶ。
ここはスーパー付近のカフェ。買い物をしている時はやたらと急いでいるなぁと思っていたが、まさかお礼だからと言われて入った店内で、最初は何気ない世間話で油断させておいてから本命の話を繰り出すなんて、彼女の両親からされるなど誰が予想できようか。
「黙秘とか……」
「あー、ごめんねー」
「ないない! こんなチャンス、滅多にないんだからぁ!」
欠片も誠意のない謝罪と、清々しい開き直りが返ってくる。ああ、大人って汚いなって。
「で? ひかりとはどこまで進んだの~?」
「どうしてもみどりが話したいって言うから、本当に、ごめんね」
だから、溜息を吐いて二人に告げるのだ。
「よくよく考えたら手を繋ぐくらい、ですかね」
「……」
「……」
何を言っているのかわからない。そんな台詞が二人の顔からありありと読み取れる。
本当に、言われてみて、今までを思い返してみればお互いがお互いを好きだと知ってから『それっぽい』ことはほとんどしたことがない。
ぶっちゃけて言うと、嬉しかったのといつも通りのやりとりの中での何気ない差異が嬉しくて、それで満足出来ていた。
「そういうの、したいとか思わないのかい?」
小父さんが一言。予想外過ぎたのか、その台詞からは困惑の感情が溢れ出ていることが俺でもわかる
「えーと、それ言わなきゃだめですか?」
「もちろんよ!」
ストローから汲み上げられた冷たいココアが口内に広がる。
一縷の望みをかけてお伺いを立てるもバッサリ一刀。逃げ道なんて、なかった。というか、なんてことを聞いてくるんだろうこの二人は。
「言われてみれば、めっちゃしたいです」
「ほぅ」
改めて考えれば、確かにそんな甘々なことをしてみたい。だって相手がひかりだもの。
「そうですね、せっかくなので聞いてほしいんですけど」
「何かしら?」
「今までと違う反応をされるとそれだけで満ち足りるというかもう幸せなんですよ」
けれど、何気ない日常での差異こそが、堪らない。
「例えばどんな?」
どんな? と聞かれたらまず挙げるとすれば、これだ。
「例えば買い物中なんですけど、前まではどっちが多く持つかでちょっと揉めたりしたんですけど」
「それ初耳」
「最近では『彼氏面させろ』って言ったらすぐ渡してくれるようになりました」
「へ、へぇ……」
とても、微妙な顔だった。何故なのか。
「あー、付き合うことになって初めて二人だけで昼ごはん食べる時とか、肩が触れるんじゃないかってぐらい詰めて座ってみたら縮こまってましたね、それが面白くて」
あの時は見ものだった。普段はうるさいくらいの声も、その時は借りてきた猫のように大人しかった。
「まあ、次の瞬間にはひかりが自分の弁当からおかずを持って俺の口に突っ込んできましたけどね」
あれはとても良い一撃だった。美味しかったけど急過ぎて咽て、それをいい気味だとひかりが笑う。
箸をそのままひかりが使っていたのに気づいたのは昼休みが終わる頃で、「なんか挙動不審になってるけど」なんて言われて誤魔化したり。
「あと教科書を貸してってのが一度ありまして。俺の教室に来て、受け取ってから周りの温かい目に気付いて、教科書忘れないようにしたとかなんとか」
「やたらと朝に鞄の中を確かめていると思ったら……なるほど~」
ひかり曰く、「ひまりが貸してくれなくなった」らしい。ズボラな一面を、いつまでも許すほど甘えさせるわけにはいかないそうで。そうして頼ったのが春明であり、得られたのは教科書と周囲の視線だった。
忘れ物をして借りればいいと思って直さないのはよろしくないことだから、良い事だと思う。
「他には何かないかしらー? 娘のこんな話を聞くのって、新鮮で!」
「あまり言うと、後から怒られそうなんですが」
「イイじゃない! 娘の成長記録、よ!」
「でもみどり、あんまり遅くなるとひかりとひまりに怒られちゃうよー?」
油断させるためにした世間話の時間も含めれば、ただの買い物と言い張るにはそろそろ厳しくなる。
不自然な程に遅く帰れば待っているのは詰問であり、ひまりさんの性格を考えれば自分を不必要に付き合わせたことに関するお小言。ひかりからは余計なことを言ったり聞いたりしてないかの説教。
ひかりの場合は、こちらにも飛び火してしまう。小父さんの言葉は渡りに船だった。
「じゃあ帰りましょう。俺だって怒られるのは勘弁ですし」
「機会はいつでもあるもんね~!」
「いやほんと勘弁してください……」
彼女の親に交際の進行具合を聞かれるなんて、冗談じゃない。
────
ただいまー、おかえりー。ちょっと遅くない? いやいやそんなことないよ。
そんなやりとりを交わした後、料理支度の手伝いを終えて、小母さんを呼ぼうと女子組のところへ再び歩みを進める。
「ひかりはね、生まれた時に髪も肌も明るくて、それで『ひかり』って名付けたのよ?」
四人の楽しそうな笑い声。ひょこっと顔を出せば、面白い話をしていた。シンプルな由来から、その通りの性格になったひかりは自分のことなのに「へー」と他人事のような反応だった。
「ひまりはせっかく双子だし語感を揃えたくて! それに「ひまり」も温かそうで良くないかしら?」
雪さんの「じゃあひまりちゃんは?」の疑問にもすらすらと小母さんは答える。覚えているのが当然とばかりに。
ひまりさんは特に何のリアクションも示さない。自分から言わせてもらうならば、こと姉のことに関しては温かすぎて暴走しているのではと考察してしまう。あ、睨まれた。
「た、確かに二人は由来通りに育ってるなぁ」
「何言ってるんですか」
あぁ、ひまりさんの目が怖い。でもひかりは本当にその通りに育っているんじゃないかなと他人ながらに思う。
名前通りに育ったひかりに目を奪われたからこそ、言える。すげーなーって。
「二人で一生懸命ひかりとひまりを育てたつもりよ。でも、教わることの方が多かったかもね……」
「例えば?」
「
そう言って微笑む小母さんの姿が、とても大きく見えた。とても数十分前にずかずかと恋人の進捗状況に踏み入ってきた人とは思えない程に。
それは一人の母親の姿。周りとは違う
「っとと、なんかまじめになっちゃったわね。つまり私も色々育てられたのよ! 緑は日の光と、温かさで育つように」
双子に寄って、その頭の上に手を置いて、優しく撫でる小母さん。双子はそんな母親の姿に特に嫌がるでもなく──いや二人ともちょっと恥ずかしそうだが──その手を受け入れていた。
これが家族の絆なのだろう。思わず、その様子に胸が温かくなる。自分個人としても、ここまでひかりを魅力的に育ててくれてありがとうございますと拝みたくなってくる。
「……それ、僕が蚊帳の外なんだけど」
ふと廊下から擦れた声が聞こえてた。何奴、と目を向ければ小父さんの姿。呼びに行ってから少々時間が経ち過ぎていたため、結局小父さんも呼びにきた、のだろう。
擦れた声からは今までの話を全部聞いていただろうことが伺える。「あはは」と誤魔化すような笑いが雪さんから出た。
「あらぁ? そんなことないわよ~! さ、ご飯作りましょ!」
先ほどまでの空気はどこへやら、双子から手を離すとまるで誤魔化すように小父さんの横をすり抜けてキッチンへ向かっていく。
「ご飯ごはーん!」
「またレバニラ炒めじゃないでしょうね……パパはお客さんがご飯食べてく時いっつもそれなんだから」
「えっとあの……」
「雪ちゃんそこで止まったら私が歩けないから、ほーらー」
何か言いたげに視線を乱すものの、後ろから押されて止む無く連れていかれる雪さんと、背中を押すひまりさん。
「えーと……?」
「──なんてね」
全員がいなくなったあと、ぱっと笑顔を浮かべて「さぁ僕達も行くよなんて」さっきの声が嘘のように生き生きとこれは内緒なんだけどと小父さんが教えてくれた。
「昔、似たような話をしたことがあったなぁ」
「そうなんですか?」
「その時に『緑には水が必要不可欠なのよ』って。ほら、僕の名前、さんずいが付いてるでしょ?」
小父さんの下の名前は……浩二、だったはずだ。言われてみれば確かに水の要素だ。
「その後漢字について調べたら『浩』って漢字には豊かとか大きい、広いって意味もあるらしくてね。それで双子を授かった僕に『浩二』なんて運命としか思えないでしょ?」
「偶然にしては出来過ぎ、って思っちゃいます」
「僕もそう思うよ」
肩を竦める小父さんは、口ではそう言いつつも顔は心底嬉しそうに歪んでいた。「僕もねぇ、ノロケの一つぐらいはしたくてね」と。
ところで、そこまで考えて疑問が一つ。
「小父さんが名前の通りにってことはひかりとひまりさんを大きな心で包み込んで育てたってことになりますけど、そうすると今度は小母さんが仲間外れになりません?」
「んー、そんな考えもあるねぇ」
そう問いかけると、おじさんはここではないどこかへ目を向けて、僕へ決め台詞のように言ってのけたのだ。
「だって、みどりは僕のパートナーだからね。絶対に横にいるんだから包みこんで守らなくてもいいのさ」
…………
「いいですね、そういうの」
「だろう!? いやー、本当は誰にも話すつもりなかったんだけど、ひかりの彼氏がいるってなるとねぇ!」
「あ、はい」
「春明君にも、そういう話期待してるから!」
さっきの雰囲気はどこへやら。ばしばしと背中を叩く小父さんに、言い返す言葉を浮かべる暇もない。
「あったとしても話したりしませんからね!」
「え~~~」
そんな透明に話す必要なんて、どこにもないじゃないか!
Q.おい
A.すまん
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月曜日の朝は突然に
日下部春明の朝は早い。いや、普段は早くなかった。割とギリギリまで自宅でゆっくりして、学校へ着く直前に走ったりする日があるぐらいには学校へ行くのが遅い。
けれども週が始まった月曜日、小鳥遊家から御暇して半日も経たない内にまた呼び鈴を鳴らしていた。
呼び鈴を一回鳴らせば、すぐに小父さんがドアを開いてくれた。おはようございます、と挨拶をして玄関横の階段をとんとんと登って行く。目標の場所は二回のとある部屋。
「あ、おはようございます」
「あれ、おはようひまりさん」
目標の部屋の前で、ドアによりかかって番人のように立っていたのは小鳥遊ひまりだった。
体重を預けていたドアから背を離し、春明を一瞥した彼女はドアを開けて向き直る。
「姉を、よろしくお願いします」
なんてことはない、ひまりは番人などではなく、春明の仲間だったのだ。今から入る部屋の主、その双子の妹であるにもかかわらず、ひまりは部屋唯一の出入り口の守りを放棄した。
春明の足が止まる。
「入らないんですか?」
「いやどうにもね」
「今更ですよ、昨日と同じようなものですから」
春明の視界にはドアの向こうから見える部屋があった。机の上に並んだ漫画、その横にある可愛い吸血鬼らしきぬいぐるみ。真っ白な壁と部屋の窓はピンク色のカーテン、そして床は緑のカーペットが敷かれていて、思ったよりは片づけられていた。
昨日は本人にアポを取らずの来訪だったため、確かにそれと同じと言われれば確かだ。覚悟を決めて一歩。良い、匂いがした。
「ほら起きろ、朝だぞ」
目的の位置まで数歩。すっと屈んで、遠慮気味に手を伸ばして肩に振れ、そのまま左右に揺らす。
彼女は安心しきった顔で、すぅすぅと規則正しい寝息をしていたが、それによって眉間に小さな皺が浮かぶ。
「もぉあさぁ……?」
「そうそう、早く起きないと学校遅刻するぞ」
「だぁいじょーぶだいじょーぶぅ……」
起きる気配がない。え? まじ? と顔を向けてみればいつもの事とひまりが首を横に振った。まじだ。
「ほら、起きてひかり、お前が起きないと俺も遅刻しちゃう」
「ひまりはけっきょくわたしおいてっちゃうじゃ~ん……」
朝に弱いことは聞いていた。それでも、自分とひまりを間違えたことに春明はほとほと呆れる。
「誰がひまりだよ、ほら起きろ!」
「きょうは……ゆらすんだねぇ……あと、こえ、ひくい……」
ぐらぐらと、より強く揺らせばようやく彼女──小鳥遊ひかりがやっと起き上がる。
それでも眼はほぼ閉じられていて、ここで起きたかと油断すればあっという間に夢の世界へ戻るのは明らか。仕方ないのでしっかりと声を張って伝えるのだった。
「俺はひまりじゃなくて春明だよ、ほら、一緒に学校行くぞ!」
「んぅ~~~~?」
ごしごしごしと目を擦り、とろんとした声色で疑問を浮かべたひかりの、視界があるのかないのかわからない目が、こちらに向いた途端、ふらふらと揺れていた身体がぴたっと止まる。
徐々に開かれた目はやがてくわっと見開かれ、広がる光景を受け入れられないというか、驚愕で思考が止まっていることがありありと読み取れた。
「……はるあき?」
「おう」
「おはよ~」
「うん、おはよう」
「…………」
「…………」
後ろから小さく笑いを堪える音が聞こえてくる。面白くて面白くて仕方がないようだ。
朝の大事な挨拶から数秒、奇妙な静寂が春明とひかりの間を通り過ぎ、
「な、なんではるあきがいるのおおおお!!」
「いやだってお前が朝おぎっ!」
薄暗い部屋に走る絶叫。布団を掻き抱いて、後ずさってヘッドボードにぶつかる。
何故ここにいるのか、その謎に答えんと口を開いた瞬間、春明の視界に広がったのは白色。
混乱極まった小鳥遊ひかり、手元にあった白い枕を思わず投げてしまった故の悲しい事故。
枕が直撃する音とそれを見て余計に笑うひまりの声、それはどちらも軽かった。
──────
「んふ……!」
「あの、ひまりさんいつまで笑ってるんですかね?」
「ご、ごめんなさい、でも……!」
いつもと変わらぬ通学路、坂道を登りながら、転落防止柵の向こう側に見える木々と街、そして同じ制服を着た高校生もほぼ毎日見るソレだ。
けれど横を見ればいつもとは違う風景になる。昨日まではあんなに焼けていた肌もすっかり元通り、けれど顔だけは恐らく怒りで赤いままひかりと、朝のあれから食事を経て今に至ってまで、ツボに入ったのかちょくちょく思い出し笑いをしているひまりさん。
こっちは朝食の時はパンを落としかけ、ひかりの髪をセットする時には手元を狂わせてひかりの悲鳴があがり、ちょっとした段差に足を取られて転びかけ、もう支障がでまくってる有様だった。
「でも、酷くなーい? 乙女の寝顔を盗み見るなんて!」
それはそれとして、ひかりの方は常に機嫌が悪かった。
いつも通りのはずだった朝、眠気が良い感じに心地よさを与える中、信頼しきった妹に髪をセットしてもらうのは毎朝の楽しみだったのに。
今日に限ってはいないはずの彼氏である自分が目覚まし役をしていて、それに思いっきり枕をぶつけた結果、朝の至福のひと時は髪を変な方向に引っ張られて毛根への一撃と化す。
ちなみに俺はと言えば、顔面にダメージを負ったものの、永久保存レベルと言っても大言でないひかりの寝ている顔を拝み、小父さんと小母さんからありがとうと言われて割と得しかしていなかった。
「いやでもひかりが朝は弱いって聞いたから」
「う……でも、なんか一言くらいさぁ~~」
そんなものはない。いや、俺は悪くない。
「だって、ひまりさんが」
「お姉ちゃんは一度くらい朝にちゃんと起きなかったらどうなるか分かった方がいいのよ。勉強になったでしょ?」
「う、ぐ……」
「私は前々から朝はちゃんと起きてって言ったのに、自業自得よ」
言葉が重い。長年ひかりの寝起きの悪さに付き合ってきたからこそ言えるのだろう。優等生である彼女が遅刻しかけたことは一度や二度ではすまない事も、本人から良く聞いている。
前日、帰る前にこっそりと話した彼女は「言ってやらせて、それでも変わらないなら仕方ないです。日下部さんがいてくれて助かりました」と。俺もそんなことで存在を有難がられるとはまったく新鮮な体験だった。
「うぐぅ……」
「ぐうの音もでないとはまさにこのことだなぁ」
「ぐうとは言ってますけどね、久々にお姉ちゃんに対してスッとなりました」
この妹、本当に容赦がない。
「朝ちゃんと起きれば、日下部さんに寝顔を見られる事も、私に見捨てられる事もないじゃない」
「むむむむ……明日から、ガンバリマス……」
うんうんと唸って、やがて受け入れたらしい。明日から、出来るかどうかはまた別として頑張ろうとするのは大事なことだ。彼氏として、手伝えることは手伝わなければならないと使命感が湧く。
「じゃあ俺も出来るだけ朝迎えに行くか」
「え゛」
「あ、いいですねー」
「で、でも朝ごはんとかどうするのっ」
「早めに食うか、ま、道すがらで食ってもいいよなって」
これくらい、ひかりの頑張りに比べればなんてことはない些事である。
「うん、頑張る……」
今度はがっくしと肩を落とす。一日二日で出来る事でないのはひかり自身がわかっているのだろう。もうあと何度か寝起きを見られることに諦めがついたのかもしれない。
「それはそれとして、昨日も思ったけど小父さんと小母さんは本当に料理が上手いよね」
「えぇ、もうずっと私達のご飯作ってくれてますから」
「二人はどうなの? ご飯とか」
「私は趣味の範囲になりますけど」
「ひまりさんは流石だね」
ひまりさんは本当に隙がないなと思う。当たり前のことだと言い切った彼女は、ひかりに関する事以外で弱点はまったく見当たらないし、想像が付かない。うーん、すごい。
「はいはーい! 私も出来るよー! えっへん!」
「さいですか」
「反応うっす!?」
「え? 本当? マジ?」
「私だって料理くらいするよ!」
「日下部さん、姉は本当に料理が上手なんですよ」
「え、えぇ……?」
こんな、朝も起きられず忘れ物もしょっちゅうして落ち着きがなく、挙句の果てには時間のかかる髪型を自分でなく妹にやってもらうこの駄目の烙印を全身に押される、ひかりが、料理を作れる……?
「ふっふーん、吸血鬼として当たり前のことなんでっす!」
「吸血鬼は料理が上手くないといけない決まりでもあるの……?」
ひかり曰く、正体を隠していた昔の吸血鬼は、自分の城に客人を招いてそれから血を得ていたという。その客人を歓待するには吸血鬼にも一定の料理スキルや接待スキルは必要なのだと。
それを聞いた俺は思った。
「それ、漫画で読んだわ」
「よ、読んでたんだぁ~~……」
そりゃあ、吸血鬼を題材にした漫画である。つい最近読んだこともあってはっきりと覚えていた。ちょっとしたことですぐ死ぬ吸血鬼と、強いのか強くないのかよくわかんない吸血鬼ハンターのでこぼこコンビを描く漫画で、中々面白かった。
ま、その内容をドヤ顔で語るひかりは見てて中々愉快だった。
「そ・れ・にー! パパとママからみっちり教えて貰ったし!」
「お姉ちゃん、一気に上達したんです。私より料理の腕は上ですよ」
「へえーじゃあ、ひかりが起きれるようになったら朝ごはんは持って行かなくてもいいかなぁ」
「私が作ること決定してる!?」
「それを待たなくても、私達は時々ご飯作りますよ? 本当に時々ですけど」
「料理のやり方を知ってても作らないとどんどん忘れちゃうからって!」
なるほど、確かにそれは言えている。大分前に飽きたゲームを久しぶりにやると、勝手がわからず失敗したりとかで経験がある。すぐに感覚を思い出して昔の通りに操作できるようになる。が、料理でそれが起こると主にそれを食べる人が現実で被害を被るから笑えない。
「ひかりの手料理、食べたいなぁ……」
彼女の手料理とは、即ち男子の憧れである。
「気、気が向いたら、ね」
「そりゃまた」
ううむ、ひかりにとって手料理は簡単に振る舞う程軽くはない、ということか。
感想やお気に入りありがとうございます!
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がじがじがじがじ
実はひかりと二人だけで過ごす時間は付き合う前と今では大して変わらない。
というのも自分が良く太田や佐竹とつるんだり、ひかりが町さんや雪さんと絡んでいたり、もしくはテツせんせーとお話していたり。そんな毎日でも充分にひかりとは話していたり、「無意識に惚気を挟まないで」と太田に言われることもある。
何が言いたいかと言うと、現在進行形で俺の前にある光景はとても貴重なもの、ということだ。
「えへ~」
「え、えぇ……? 何、どうしたのさ」
「えへへ~」
駄目だこいつ人の話を聞いていない。
場所は小鳥遊家二階の一角、横で俺にしな垂れかかる女の子の部屋。先日モーニングコール(現実)を行ってからそんなに日も経っていない放課後、なんとなくで小鳥遊家の玄関を跨ぎ、だらだらと他愛ないお喋りをしていたら急に表情を崩してぐぐっと体重を押し付けてきて。
それから数分、こうやって話しかけてもにへら、と笑うばかりで会話が成り立たない有様である。アルコールでも飲んだんですかね。
控えめに言って可愛すぎて心臓がヤバイ。人の寿命と心臓の鼓動回数は関係あるなんて説が正しかった場合、このままだと今日で数年分くらい寿命が縮まる。ついでに言えばこの有様が急過ぎたので俺の体も緊張で縮まっている。
「ふふ~ん……ねぇ、ちょっとぐらい、良いよね?」
「な、なにが?」
手と膝を使い、屈んだまますり寄るとそのまま手が俺の両肩を掴み、ぶら下がるような体勢になる。それに合わせて足を伸ばし、くるりと身体を回転させt、きちんと座っていたはずのひかりがあっという間に仰向けに寝転がってるような状態へ。
下から見上げてくる彼女の姿、惚れた弱みの特効効果も相まって身じろぎする事すら憚られる。
それでも頭の片隅は冷静なようで、しっかりと警鐘を送っていた。何かがおかしい、今までこんな露骨な甘え方はしてこなかったはずなのに。ああ、でも重力に従ってひかりの髪が足に落ちてきて、それがまた、良くて、おかしい思考が彼方へ飛ばされる。
「最近ご無沙汰でさ~」
「何の話!?」
「はむっと、ね~え~いいでしょ~?」
ん? 『はむっと』?
「痛くはないからさぁ、ね?」
「おい」
「く~びっ!」
「やっぱりかぁ……」
「ちょっとがじがじするだけだから! ね~ぇお願い!」
そんなにお願いされなくとも、頼まれれば別に構わない。でも腕やらなんやらを思いっきりすっ飛ばしていきなり首に来るとは思わなかったし、様子がちょっと違うようなそんなような。
けれど小さくバタバタと足を揺らし身体を揺する姿に、深く考えることを止めた。ひかりのお願いはつまり神の宣告、俺の中で起こる抗議など無効。首を傾けて、噛みつきやすしように……
「ってちょっとストップ!」
「ほ?」
あることに気付いた俺は慌てて首を手で覆い、ひかりの攻撃を阻止する。OKから一転してお預けを貰ったひかりはむくれて不機嫌になってしまう。
下らないことだったら強硬手段に出るぞ、とその目は言外に語っていて、あれだ、獲物を狙う狩猟者のソレだった。
「汗! 暑くて汗掻いてるからちょっと抵抗が……」
「はるあきなら気にしないよ~? とーいーうーわーけーでー」
「あちょ」
ひかりが身を乗り出す。片手で器用に身体を支え、首を隠していた俺の手を剥がす。その一連の流れは突然で、腕に力を入れる前にそれが自然であるかのように持っていかれてしまう。
というか片側にひかりの重さがほぼ全て掛かってる。そっちにも意識を裂いていたから、わかっても対応できていなかったかもしれない。
何はともあれ、無防備になってしまった首筋の末路はわかりきったものだった。視界の隅にあったひかりの顔が、見えなくなる
「がじがじ」
「っ」
この、何この、何?
吐息が、かかるのである。
噛まれた部分が、湿っているのである。
首の肌が、何度も何度も歯で押されるのである。
ちくちくと、尖った歯が攻めの変化役になるのである。
しかも、たまに首筋を温かくて湿ったものが這うのである。
自分とは違う温かさを持つ濡れたモノが意識を集中している部分をちろちろと、不規則な線を描くのである。
油断をすれば声が出そうだ。その度に我慢して、唇を噛む。ちょっと気持ち良い、これは長時間噛まれるとマズい。がじがじの緩急が良くも悪くも相乗効果を生み出している。
「ひ、ひかりさぁーん?」
「んー? んふふー」
「ど、どれっくらい続くんだ?」
いつもより声が高くなっていることを自覚しながらも、それを直せない。なにせほぼ密着状態。肩にあった手は既に背中に回され、今度は腕が代わりに寄りかかるようになり、これだけ距離が近ければ呼吸をするたびにひかりの匂いが入ってくる。
で、結局どれくらい続くんですかこれ。全身に力が入っちゃって無駄に体力を使う。
「わたしがまんぞくするまでー」
俺の疑問にはきっちりと答えてくれた。一旦口を離して、流し目でそれだけ言って、再びがじがじする作業に戻ってしまったが。
気持ち良いのは確かだが、今度はくすぐったくなってきた。首への息が原因だろうか。
止めなければという思いと、別にこのままでもいいじゃないかという考えがせめぎ合う。
──結局、それからずっと首を占領されるハメに。終わる頃には若干の名残惜しさすら感じてしまった。
時計に目をやれば、なんと一時間ばかり過ぎていて驚く。そんなに時間が経っていたとは思わなかったしよく一時間も耐えたと自分を褒めたい。
「わ、わたしはどうしてぇ……!」
そして現在、かの小鳥遊ひかり嬢は自分のベッドに顔を埋め、足でベッドをひたすら叩いていた。リズムもなく、とにかく叩いて叩いて叩きまくる。
長く息を吐き、とても満たされているのが誰にでもわかる面もちだったが、正気に戻ったと言うべきか、顔を伏せてするするとベッドの近くまで滑ると、そのまま奇声をあげてダイブして今に至る。
「うぅ……最近ひまりをがじがじしてなかったから溜まってたかも……」
「それでいきなり首を噛んでくるのか、最初は腕かと思ったんだけどなぁ」
「そ、その……」
「その?」
「春明はさ、私の事色々わかってくれてるじゃん?」
「まあわかることはね」
「我慢してる時にそんなことをふと考えちゃったら、もう歯止めが利かなくって」
「お、おぉそうか」
そこまで気を許されてると考えれば悪くない。何より、ちょっと気持ちよかったし……とは言えないが、ひかりとほぼ密着状態でかつ良い匂いを散々嗅げたと思えばむしろメリットしかない。
「というか汗とか良かったのか?」
「匂いはしたけど、なんでだろー気にはならなかった、かな? むしろ男のコっぽいってゆーか」
「そ、そうですかい」
「あ! でもちょっとしょっぱかった!」
「その報告いるか!?」
「あ、う、いるもん! 美味しかった!」
「そういうことを聞いてるんじゃないよ!」
二次災害だった。顔から火が出るほど恥ずかしいとはこういうことを言うのであろう。男であるなら尚更、自分の首の味を聞きたいとは思わないはずだ。
自分もベッドの近くへ行き、そのままサイドフレームに寄りかかって目を覆う。死にたい、と。
「次は歯止めが利かなくなる前にちゃんと申し出てくれ、腕ぐらい貸すから」
「反省してマス……」
ここが小鳥遊家だから良かった。仮に、我慢に我慢を重ねた結果学校で爆発してしまったとなれば大惨事だ。
『お願いいますぐ春明の(首を)ちょーだい!』
『いきなり何を言ってくれてんの!?』
『もうずっとお預けされて、我慢できないんだってば~!』
……しばらくの間次の日から学校へ行くのが憂鬱になりそうな状況になるな。
「けどひまりさんをがじがじしてないってのも不思議だな。家にいる間とかちょっとした暇くらいあるでしょ?」
「そう! 聞いてよもお~~!」
あ、これめんどくさいの踏んだ。
頬を膨らませ、ここにはいない妹への愚痴を存分にまき散らす。
「ひまりったら、『お姉ちゃんには日下部さんがいるじゃない』とか『いつか解決しなきゃいけない問題だから、今のうちにがじがじしても良いと思う』とか言って!」
「もしかしなくても笑いながら言ってたり……」
「そーなの! そんなこと言われたらユッキーとかに頼るわけにもいかなしさぁ~……お陰でここ数日は歯が大変だったよー……」
今まで我慢しても学校から家に帰るまでだったひかりが、限界
不満そうにまあ、確かにひまりさんの言うことも一理あるが、それにしたって俺に一言くらいあってもいいのだろうか。
「歯が大変だったって?」
「なんてゆーのかな、歯の中が痒かったり歯ぎしりした時にもぞもぞが残って掻き毟りたくなったり」
「重症じゃねーか」
「その分たーくさんがじがじした!」
「そもそもさっさと言い出せばよかったじゃんか」
「それは、その……恥ずかしくてぇ……」
おかげさまで心身ともにだいぶ体力がなくなった。残念ながら諸々のメリットを鑑みても定期的に腕を差し出す方が精神の安定はある。
俺だって年頃の男子高校生、自分の彼女に妖艶な雰囲気を出しながら迫られて毎回我慢しきれる自信はない。
ひかり自身の美貌と、まるで補正でも入ってるんじゃないかと疑わんばかりの空気。小説だったりで吸血鬼は魅了や拘束の魔法を得意とするのが多かったりするが、どうしてそれが得意かよく体験出来た。
「あ、でもね」
「今度は何だよ」
急に、悪戯を思いついたのかひかりがベッドから起き上がってから隣に座ってくる。
そのまま首をがじがじする直前の体勢──つまりは俺の両肩を持ってそのままぶら下がる状態だ──に。自然、目を合わせるには上目遣いになる。
「たまには首も、いいでしょ?」
あー、もう、本当に俺の
断る理由もない、そもそも断るつもりもないのだから、頷くほかはない。
一つ付け加えるならば、
「寝首を掻くような事だけは、やめてくれよなぁ」
そのぼやきに、ひかりはそんなことはしないとしっかり約束してくれた。
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招かれざる客
風邪をひいた。
夏風邪、というやつなのだろう。常に喉に違和感が付き纏い、喋ればそれが声で大きくなって不快感が増す。身体は動きたくないと全力で主張していて、意思表示の手段としていつもより体温を上げる暴挙にでていた。
「あ゙ーきっつい……」
俺は対風邪戦闘に黒星を付け、学校もお休みと相成った。黒星ではあるが、この場合白星の方が身体的にはブラックとはこれ如何に。
それはともかく、こうして普段学校に行ってるであろう時間に家でのんびりしていると優越感が沸いてくる。問題点があるならば、その優越感を示せる相手がいないことと、快調ではないこと。
親は二人とも仕事だし、一人っ子なので上にも下にも家族は家族はいない。必然、自宅には自分以外誰もいなかった。
「……話し相手が欲しい」
そうなると次に出てくるのが孤独感だ。風邪で体力を消耗しているのもあるけれど、それ以上に弱っている中で一人でいるというのは心にクる。目に見える範囲は見慣れた自分の部屋のみ、それらをじっくりと見るのは寝込んで数秒程度で飽きた。
布団の上にいるからそこで動く時以外には無音で、今こうして玄関から呼び鈴の音が鳴ってようやく地球に自分以外の誰かがいることを思い出す……とは言い過ぎだが。
「うん?」
そう、呼び鈴だ。まさかの来客である。だが家主は仕事、唯一いるのが風邪でダウン中の自分のみともなれば取るべき手段はただ一つ。
「どーせ新聞か訪問販売だしな」
無視。お仕事への熱意は尊敬してもそれを汲み取る意思はこちら次第。更にバッドステータスの風邪持ちともなれば尚更。応対して風邪を移してしまっては申し訳ないと言う建前もある。
第一、身体が動かないし動いてくれない。冬の寒い朝の日は布団が身体を離してくれないが、風邪は身体が布団を離してくれない。
話題は戻って寂しいってところ、佐竹辺りならば風邪とは無縁なので呼んでも罪悪感が無い。それに、馬鹿は風邪をひかないとも言う。正面でゲホゲホと咳をしたって問題はないだろう。
呼び鈴は二度目の来客通知を奏でる。
もぞもぞと動かない身体を叱咤し、起き上がる。佐竹を呼ぶにしてもまずはスマホを取らねばならず、それは布団から数歩先にある机の上に置いてある。
ちょっとだけ、ちょっとだけ動いてくれればそれで良い。その後はまた布団と身体をズッ友に戻してあげるから。
三度目、四度目、五度目と鳴り終わる前に連続して押され、ドア向こうの存在にはよ出んかいと非難された気がした。
まさか、呼ぶ前に佐竹や太田でも来たのだろうか。それならば呼ぶ手間が省けた。早く開けなければいけない。
話が違う、机までの数歩だけじゃないか! そんな身体の抗議もなんのその、のそのそと廊下を踏破し、閉まっていた鍵をわざとらしく大きな音をたてて解除する。これは何度も呼び鈴を鳴らしたことへの嫌味的なアレで、他意はない。
ドアノブを倒してそのまま押してやれば、薄暗い廊下に外の光が差し込む。
「そんな何度も押さなくてもいいだ……ろ……?」
開口一番、繰り返されたチャイムに抗議をしながら佐竹を迎えようとすれば、そこにいたのは男友達ではなく──
「開けるのおっそ~~い!」
いやなんでやねん。
がさりと道すがらに買ったであろう商品の入ったビニール袋を揺らしながら、小鳥遊ひかりが頬を膨らましてそこにいた。
──────
「俺風邪なんだけど」
「知ってるよ~学校休んでたんだし」
「うつるぞ」
「だいじょ~ぶ! 春明が一人で寂しいかなと思って、この私が看病に来たんだから!」
わざわざ来てくれたのに追い返すのも気が引けるため、仕方なく家に招き入れる。とは言えいい加減に戻らないと身体が反旗を翻しそうなので、不本意ながら自分は壁に背を預けて掛け布団を肩に引っ掛けながらひかりと話す。
会話が噛み合っていない。さては既に病魔に犯されてしまったか。そんな心配が顔に現れてしまったのか、ひかりが不満げに眉を寄せる。
「来ない方が良かった?」
「いや」
間をおかず、頭に響かないようにゆっくりと首を振る
「丁度寂しいなって思ってたところだったから、来たのがひかりで凄く嬉しい」
「……そ、そう?」
慌ただしく漁られるビニール袋。動揺しているのが一目でわかる。
風邪と言うのは身体以上に精神を摩耗させる。ましてや家に一人しかいなく、例えば不意に悪化して苦しさから助けを求めても誰も応える人がいないともなれば。有り得ない事だと解っていても不安は徐々に苛んでいく。
現在進行形でそうなっていた今、「いや寂しくねーし」などと言える程の余裕など持ち合わせていなかった。
「一応連絡は入れといたんだよ~」
「え、まじか」
ひかりを連れてきたついでにと机の上から持ってきたスマホを見ればメッセージアプリに新着通知が来ており、確かにそんな感じのメッセージが昼に表示されていた。
ただ、昼頃は丁度寝ていた時間だ。起きても気怠でスマホを取ろうという気にもなれなかったのだから気付かなかったのは仕方ない。
「既読付いてないのに良く来たなぁ」
「あー、その、ほら! 私彼女だし!」
「お、おう」
「こーゆー時は看病しに行くんだって漫画でね! 病院行ってていないとか寝てるかもーとか考えたんだけど!」
「漫画」
「で! 心配だったし、行かなかったらずっと頭に残っちゃいそうだったからとりあえず行こっかなーって」
うーん可愛い。それ以外の言葉が思い浮かばない。
着ているのが制服な辺り、本当に学校が終わってそのまま来たであろうことが伺える。しかも差し入れのオマケ付き。
さっきまでの孤独感がそっくりそのまま幸福に置き換わり、ただでさえ風邪でやられた頭が余計に悪化する。
「というか俺の家はどうやって知ったんだ」
「サッタケーが教えてくれたー。ちょっと様子が変だったけど」
あぁ、こういう状態って佐竹も好きそうだからな、悔しがる顔を容易に想像できる。……ジュースでも奢ってやるか。
「色々買ってきてくれたみたいで、あとで金払うよ」
「あはは、いーのいーの! ご飯は食べたの?」
「ん、軽いもんだけど済ませた」
そっかーと短く返したひかりが取り出したるはプリン。右手にスプーンを左手にプリンを。
鼻歌交じりに蓋を剥がしたひかりが、気持ち小さめにプリンを掬ったスプーンをこちらに剥けるまで都合15秒。
何をする気だ。いや解ってはいるが、確認的な意味で確かめる。
「あの?」
「なに?」
「自分で食べられるんだけど」
「ふ~ん、で?」
いや、「で?」じゃない。わざとらしくほんの少しだけ傾けられた首がそんな問答を意図的にしているのだと如実に語っている。
自分で食べられると言っても、だからどうしたと言わんばかりに小さく揺れるスプーン。
これはもしかしなくても、所謂、『あ~ん』というやつだろう。
「ほらほら」
「恥ずかしい」
「誰も見てないよ?」
「そうじゃなくてだな」
誰が見ていようと見ていまいと、『あーんして食べさせてもらう』という行為事体に気恥ずかしさを感じてしまうものなのだ。
お互いの距離も近くなるし、される側からすればスプーンの先にはひかりの手と腕があって、それだけでも眼福なのは間違いないのだが視界のほとんどをひかりが占めることになるのは幸せであり、主導権を握られているから下手に動けず向こうがスプーンを引いてくれるのを待つしかない。
普段自分で出来ることを誰かに、ましてや彼女にしてもらうのは全幅の信頼をおいてますと宣言しているようなもので、する側は弱っている相手の手伝いになりたい、ちょっとでも楽させてあげたいと思ってますよと表明しているようなもの。
そんな思いが嬉しくもあり、同時に好意をぶつけられたようで恥ずかしくもなる。
と、そんなことを懇切丁寧に説明したところ、余裕ぶっていたひかりがスプーンをプリンの上に戻して目を逸らした
「そ、そう言われると私もなんだか恥ずかしくなってきたよう、な……」
「よしばっちこい」
「なんでぇ!?」
もちろんそんな力説は八割がたそれっぽいことを言っただけだ。なんで恥ずかしくなるんだろうなぁ。
そんな下らないことを言ったのはあれだ、自分だけ恥ずかしいのが気に食わなかっただけなのだ。ひかりが羞恥を覚えた今ならばイケる。
彼女に看病されながらオマケに食べ物を食べさせてもらえるとは、なんと彼氏冥利に尽きることだろうか。
「……もぉ!」
「いてっ」
ぺちんと頭を一回叩かれる。反射的に「痛い」なんて台詞が飛び出したが、まったく痛くない優しい一撃だった。
深く吐かれた溜息の後に、置かれたスプーンを持ち直したひかり。
「はい、早く食べてよね」
さっきより控えめに向けられたスプーンと逸らされた目。その様子は贔屓目抜きに可愛い。
悪戯心が働いてそのまま見ていると、ちらちらと目がこちらを見始めて早く食えとスプーンが数センチ近づく。それもまた素晴らしい。
「ありがとう」
あまり待ち過ぎると怒られてしまうだろう。忘れてはならないお礼の言葉を伝えて、スプーンを口に含む。
市販のプリンと言えばそれまでだが、今までで一番美味しく感じられる。
「ん、次」
二口目。すぐに受け入れればゆっくりとスプーンが引かれる。
それをお互い無言のまま十数回繰り返せば、容器はあっという間に空になる。
「ゴミはどうしよ?」
「あー、そこに捨てといていいよ」
役目を終えた容器とスプーンはゴミ箱の中へ。
いざ食べ終わってしまうと、さっきまでの無言が名残惜しい。
なんというか二重の意味で美味しく、甘かった。
リアルで風邪引きましたが当然彼女の看病はありませんでした(自分語り)
感想やお気に入りありがとうございますっ
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