東方夢喰録 〜 Have a sweet nightmare!! 〜 (ODA兵士長)
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東方夢喰録
第1話 夢の中へ –– ユメノナカヘ ––


 

 

「––––おやすみなさい、霊夢」

 

長い髪の女は、優しい笑みを浮かべて言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァハァハァ……」

 

女は、ひたすら走っていた。

 

「なんで、なんで私がこんな目に……ッ!」

 

息を切らして、ただ走る。

 

「––––ふふっ」

「なっ!?」

 

いきなり現れた人影に女は驚き立ち止まる。

 

「ひとつ聞いてもいいかしら?」

「やだ……や、やめて……」

「教えて欲しいの、貴女の夢って––––」

「まだ……死にたくない……ッ!」

 

女の目の前には、ヒトのモノとは思えない大きな––––それはそれは残酷で美しい––––口があった。

 

「–––– オ イ シ イ ノ ? 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………!」

 

気づくとそこには、いつもの天井があった。

なにか……夢を見ていた気がする。

いや、違う。

なんだろう?この感覚は……

 

 

まあいいわ、そのうち分かるか忘れるかするでしょ。

そんなことを思いつつも、私は気になっていた。

何か、思い出さなきゃいけない気がする。

私の勘が、そう言っている。

 

私の勘は昔からよく当たる。

いい時も悪い時も、あらゆる面でよく当たるのだ。

自分で言うのはどうかと思うが、いわゆる天才というやつなんだろうか?

勘に従えば、ある程度なんとかなってしまう。

だから私は、昔から自分の勘に従ってきた。

そんな私の勘が告げているのだ。

 

 

––––お前は思い出さなければならない。

 

 

「何を思い出したらいいかも、分からないんだけどね」

 

私は苦笑した。

 

 

 

––––ピンポーン

 

突然、インターホンが鳴る。

 

––––ピンポーン

 

「あーもう、うるさいわね………っしょ」

 

私はようやくベッドから出た。

欠伸をして、頭を掻きながら玄関へと向かった。

 

––––ピンポンピンポンピンポーン

 

インターホンが鳴り響く。

扉の向こうにいる人物が既に予想できていた私は、扉を開けて文句を言った。

 

「何度も鳴らさないでくれる?迷惑なんだけど」

「おっす霊夢、迎えに来たぜ」

 

そこには私、博麗(はくれい)霊夢(れいむ)の名前を呼ぶ––––あんな鳴らし方はコイツしかしない––––霧雨(きりさめ)魔理沙(まりさ)がいた。

また遊びに来たのか。そう思いつつも、ふと気づく。

 

「……迎えに来た?」

「ああそうだぜ」

「……?」

「まさか、お前……忘れてたのか?」

 

私は首をかしげる。

なんのことかさっぱりだ。

 

「そんな可愛げに首傾げられてもなぁ……って、本当に忘れてたのかよ」

「現在進行形で忘れているわ。何の話?」

「はぁ?忘れてるんじゃなくて覚えてないってか?」

「ええ、綺麗さっぱりね」

「そりゃないぜ霊夢!」

 

必死に思い出そうとする。

いやそんなに必死でもないか。だって思い出せる気がしないもの。

 

「……ダメ、本当に出てこない。何か約束してたっけ?」

「おいおい、この間約束しただろ?今日は私たちのデートだぜ?」

「……あんた、何馬鹿なこと言ってんのよ?」

「休日に2人きりで出かけるのに、デートじゃなきゃ、何だって言うんだ?」

「女同士でしょうが……」

「おいおいまさか……そこまで忘れてるとは言わせないぜ?」

「……え?」

「私たち––––」

 

魔理沙が私の目をまっすぐ見て言った。

 

「––––付き合ってるじゃないか」

 

何を言っているか、わからなかった。

 

「は……?」

 

いや、冷静になれ。

そんなことはありえないはずだ。

確かに魔理沙には特別な想いを抱いているかもしれない。

だがそれは "友達として" のはずだ。

 

「………」

 

普段から私は他人に興味を持たないし、誰かを特別好いたり嫌ったりしない。

魔理沙が、唯一とも言える例外であることは確かだ。

 

「…………ふざけてるなら、ぶっ飛ばすわよ?」

 

未だに魔理沙は、私の目をまっすぐ見据えている。

 

「––––ぷっ」

「!?」

 

見据えて"いた"……はずが、いきなり破顔。

何考えてんのコイツ?

 

「あっはははは!何マジな顔して、目丸くしてんだよ!」

 

ああ、そりゃあそうよね。

こいつはお調子者だ。

普段なら、こいつのこんな冗談、軽く流せるのに。

 

「……はぁ、寝起きだから、頭働いてないのよ」

「くっはははっ、あー、さっきのお前の顔最高だったぜ!ははははっ!」

「……笑いすぎ、頭のネジ外れるわよ?」

 

ムカつく。あとでやり返す。絶対。

 

「元から外れてるぜ?」

「それもそうね」

「認めるなよ……とにかく、2人で出かけるって約束してたんだぜ?それに、お前から誘って来たんじゃないか」

「え?そうだっけ……?」

「しっかりしてくれよ、新しくできたケーキ屋に行きたいって言ってたのはお前だろ?」

「……け、ケーキ屋?」

「なんでも、駅前にできた、連日行列の人気店らしいぜ。お前から聞いたんだけどな」

「……私が?そんな話、したっけ?」

「お前にしては、随分と女子力のある話だなぁと思った記憶があるぜ」

 

なんかムカつくが……魔理沙の言う通りだ。

私がそんなものに興味を持つなんて、考えられない。

いや、美味しいものは好きだけどね?

 

「……そうね、そんな話、私らしくない。多分別の人よ」

「そうかーあれは別人だったのかー」

「そうよ、じゃあね」

「おい、人をいくらか待たせといて、そんな仕打ちかよ?」

「何?怒ってるの?」

「はぁ……怒りを通り越して呆れるぜ」

「そう、悪かったわね」

「なぁ、今日のお前、おかしいぞ?」

「……」

 

自分でも分かっている。

いつも以上に素っ気ないし、なんか引っかかることがある。

 

「何かあったのか?」

 

そんな変化に気づく魔理沙。

 

「何もないわ。ただ……」

「……ただ?」

 

そんな魔理沙が、私には鬱陶しく感じられ、そして嬉しくも感じられていた。………のかも、しれない。

そんなこと言わないけど。

 

「……とにかく約束を破ったことは謝るわ。約束した記憶はないのだけれど」

「まさか、記憶喪失にでもなったのか?」

「その、まさかかもね」

 

この可能性は、なんとなく浮かんでいたのだ。

ここがどこかも、自分の名前も、交友関係も全部覚えている。

でも、何か忘れているような……気がする。

 

「……本気か?」

「起きた時から違和感があるのよ」

「この約束のことなんじゃないのか?」

「……そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。もしくはそれだけじゃないかもしれない」

「今日のお前、本当に変だぞ?」

 

うん、変だ。おかしい。

魔理沙を突き放そうとしている。

まるで魔理沙との接触を避けるかのように。

 

何故だろう?

分からない。

ただ、1つだけ言える。

 

––––魔理沙に心配されるって、なんかムカつくわね。

嬉しいけど。まあ、それも当然言わない。

 

「……今のは忘れて、特に意味はないと思うわ。ただ単に、あんたとの約束を忘れてたってだけかもしれないしね」

「なんか納得いかないな……」

「もういいでしょ?それで?今からそのケーキ屋に向かうの?面倒臭いわね」

「心の声が漏れてるぜ。誘ったのはお前なのに、随分と理不尽な心の声だな」

「別に、正直なだけよ」

「正直が必ずしも良いとは限らないぜ?まあ、だが、そんなお前に良い情報がある!」

「何よ?」

「ジャジャーン!」

 

魔理沙は体の後ろに隠していた箱を差し出した。

 

「なにこれ……ケーキ?」

「お前を待ってる間、先に並んでたんだ。なのにお前が来ないから、買って持ち帰って来たぜ!」

「……ありがとう」

「へへっ、霊夢に素直にお礼言われるなんてなぁ…照れるぜ」

「気持ち悪い」

「ひどっ!」

「そもそも、私は元々素直でしょう?」

「え……霊夢が素直?」

「何よ?」

「いや、まあ、霊夢は素直だなー」

「……心がこもってないわね。まあいいわ、上がりなさい」

「おう。邪魔するぜ」

「好きなようにくつろいでなさい。お皿とフォーク持ってくるわ」

 

魔理沙はいつもの場所に座り、ケーキの入った箱を開けた。

 

「なかなか美味そうだな」

「はい、お皿。あとフォークね」

「サンキュー」

 

私も箱の中を覗いてみる。

中には様々な種類のケーキがあったが、どれも色鮮やかで綺麗だった。

 

「……あら、本当に美味しそうね」

「さすが、霊夢イチオシの店だぜ!」

「うん、さすが私ね」

「……お前、それ言ってて恥ずかしくないのか?」

「え?何が?」

「何がって、お前……あっ!私のショートケーキ取るなよ!」

「名前は書いてなかったわ」

「名前って……あのなぁ……」

 

魔理沙は心底呆れた表情だった。

私は構わず、フォークでケーキの先端部分を切り取り口に運ぶ。

濃厚なクリームと柔らかいスポンジ、それらは私を笑顔にするには十分だった。

 

「うん、美味しい」

「ちょ!食うなよ!ふざけんな!その苺のショートケーキはな、人気高すぎて、お一人様一個限定だったんだぞ!?」

 

騒ぐ魔理沙を横目に、もう一度フォークでケーキを掬う。

 

「うるさいやつね……ほら」

 

そして今度は自分の口ではなく、魔理沙の口へと運んだ。

 

「……え?お前、これって……え?」

「何よ?いらないの?」

「い、いる!!」

 

魔理沙は一瞬躊躇ったが、勢いよく咥えた。

 

「ちょっと、危ないわよ?……美味しい?」

「……あ、ああ……お、美味しいぜ……」

「何よ、そっぽ向いて?」

「な、なんでもないぜ?」

 

そう言う魔理沙の頰は少し紅潮していた。

 

「へんなの」

「……」

「……んー、美味しい」

 

魔理沙は横目で私のことを見ていた。

そして私はそれに気づいたが、構わずに再びケーキを口に運んだ。

 

「ずるいぜ、私だけ……こんな……」

「ん?なんか言ったー?」

「なんでもない!私も違うケーキ食べるぜ!」

「え?これはもういいの?」

「もういい!」

 

再び魔理沙は、私から視線を逸らす。

しかし、頰が紅く、そして熱くなっているが分かる。

––––可愛いヤツめ。

 

「……あっそ、残念ね」

「え、残念?」

「可愛い魔理ちゃんの照れ顔が見れなくて、残念なのよ」

「––––ッ!!」

 

魔理沙の頰はさらに紅潮していた。

 

「あはは、面白いわね、その顔」

「全部分かってやってたのか!?タチ悪いぜ!」

「私はそんなに天然じゃないわ。それに今更、間接キスくらいで何騒いでんのよ」

 

私は声に出して笑ってやった。

魔理沙は頭を掻きながら、不貞腐れたような表情だった。

 

「さっきの仕返しよ。さっきは散々笑ってくれたわね」

「……くそっ、なんか疲れたぜ」

「じゃあ休んでなさい。ケーキは全部貰うわ」

「そ、それは()()()いぜ!()()()だけに!」

「全然()()()ないわよ、ケーキは()()()けど」

「くっ……なんかムカつくぜ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜、食った食ったぁー!」

「あんた……買いすぎ……」

「確かに多かったなぁ……もう()()()()はいらないぜ!」

 

また魔理沙はくだらない事を……マイブームかな?

 

「……今日は寒いわね、布団に入ろうかしら」

「スルーかよ」

「じゃあ、なんて反応すればよかったのよ?」

「んー、それは…分からん」

「でしょ?いきなりオヤジギャグ紛いのことを言われても困るだけよ」

「そうなのかー」

 

魔理沙は手を横に伸ばした。

その動作に見覚えがあったが、私は触れなかった。

 

「……あ、突然だが霊夢、知ってるか?」

「ほんと突然ね。知らないわよ、多分」

「そうか、ならば魔理沙さんが教えてやろう」

「は?別に頼んでないんだけど」

「そんなこと言うなよ……」

 

魔理沙が残念そうにしている。

仕方ないから聞いてやることにした。

 

「はぁ……で?何の話?」

「よく聞いてくれたぜ!」

 

魔理沙の顔は一瞬で明るくなった。

 

「霊夢、お前は"ユメクイ"って知ってるか?」

「ユメクイ?あー、あの夢を喰べるとかいう生き物のこと?名前の通りだけど。そんなのが一体どうしたのよ?」

「最近さ、窒息死する奴が増えてるって、聞いたことあるだろ?」

「そうなの?」

「結構騒がれてるぜ?お前、ニュース見てないのか?」

「さぁ?」

「さぁ……って、自分のことだろ?」

 

そもそも、うちにテレビなんてあったかしら?

……あ、あったわ一応。あんまり見てないけど。

 

「そんなことより、なんで窒息死なんかが増えてるのよ」

「なんでも、突然呼吸をやめて、そのまま死んじまうらしいぜ」

「はぁ?呼吸をやめる?どういうこと?」

「いや、呼吸をやめるというより、正確には"何もしようとしなくなる"らしいぜ。街中で突然倒れて、周りがざわついてるうちに窒息死するんだ」

「……なにそれ。……で?その"ユメクイ"とやらが、犯人だって言いたいの?」

「さすが霊夢!察しがいいぜ!」

「でも、どうしていきなり、そんな突拍子も無い発想になったのよ?」

「私はネットで見ただけだぜ」

「つまり受け売りの知識ってことね」

「でも、お前が持ってない知識だぜ」

「まあ、そうね」

 

それを自慢げに語るのはどうかと思うが。

 

「それで?そのユメクイが、どう関係してくるのよ?」

「ああ、ユメクイはな––––」

 

魔理沙は私の目を真剣な眼差しで見つめた。

 

「––––夢を喰うんだ」

「何を言うかと思えば……そのまんまじゃない。溜めて言うことじゃないでしょ」

「それがな、霊夢。違うんだ」

「なにが違うって言うの?」

「ユメクイに喰われると、心が死んじまうんだよ」

「……心が?」

「ユメクイがどうやって夢を喰うのかは知らないけどさ、夢を喰われると意志がなくなるんだ」

「なるほど……それで、食べられた人間は"何もしようとしなくなる"ってことね」

「そういうことだぜ」

 

私は鼻で笑う。

 

「面白い作り話ね」

「おいおい、信じてないのか?」

「むしろ、あんたは信じてるの?」

「んー、まあ、可能性の1つってくらいには?」

「信憑性に欠けすぎてるわ。私は信じない。……けど」

「ん?」

 

私は少しだけ考える。

だが、答えは出ない。

 

「なんだろう……なんか、信じなきゃいけない気がする」

「霊夢お得意の"勘"ってやつか?」

「まあ、そんなところね」

「霊夢の勘は当たるからなー、そりゃあもう事実ってことなんじゃないか?」

「別にそうと決まったわけじゃないでしょう。あんたの言う通り、可能性の1つよ」

「そうだな」

「でも、夢を食われるなんて、防ぎようないじゃない」

「大丈夫だぜ、霊夢!お前は私が守る!」

 

そう言って、魔理沙は私の肩に手を置いた。

屈託のない笑顔でわたしを見つめる。

 

「何それ、馬鹿みた––––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは一瞬の出来事だった。

 

「––––い。……って、あれ?」

 

私は辺りを見渡す。

目の前の魔理沙も同じくキョロキョロしていた。

 

「おい霊夢、私たちはお前の部屋にいなかったか?」

「ええ、そのはずだけど……」

「……」

「……」

「……おおお落ち着け霊夢。大丈夫だ、私が居る」

「そんなんじゃ落ち着けないし、そもそもあんたが落ち着きなさいよ」

 

明らかに魔理沙は動揺していた。

当然私も、人のことは言えないが。

 

「霊夢、私は敢えて聞くぞ」

「安心しなさい。答えられないから」

 

未だ私の肩に乗っていた魔理沙の手が、少し震えているのが分かった。

 

「……ここはどこだ?」

 

 

 

 

 

 

私達は見知らぬ草原にいた––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 




*キャラ設定

○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」

17歳になる程度の年齢。
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。



○霧雨魔理沙
「おっす霊夢、迎えに来たぜ」

17歳になる程度の年齢。
好奇心旺盛、明朗快活。
男勝りな口調は意識してる。
内面はただの乙女。
霊夢の古くからの友人であり、一番の理解者。


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第2話 白昼夢 –– ハクチュウム ––

 

「ほんと、何もないわね」

「見渡す限り緑だな。目には良さそうだぜ」

「緑が目にいいっていうのは、迷信らしいわよ」

「え、そうなのか?黒板とかも緑なのに?」

「遠くを見るのが目にいいのであって、緑は関係ないのよ。遠くに緑があるから、緑がいいって言われるようになったらしいわ。それに黒板は、元々本当に黒かったのよ」

「そーなのかー」

 

魔理沙は手を横に伸ばした。

 

「ちょっと前から思ってたんだけど、それ流行ってるの?あんたの中で」

「最近ルーミアたちと遊ぶからかなぁ」

「ルーミアって、あの子まだ小学生でしょ?手出しちゃダメじゃない」

「ばかっ!私は女だぜ!」

「そーなのかー」

 

私も真似して手を伸ばす。

 

「ムカつく……」

「そんなことより、事態が一向に変化しないんだけど?」

「まあ、悪くなってるわけじゃないし、いいんじゃないか?」

「それもそうね」

「いや、よくないだろ」

「あんたがいいって言ったんじゃない」

「いやそこはだなぁ、突っ込んでくれないとさ?」

「なんでやねん」

「適当すぎるだろ……」

 

いつもの馬鹿げた会話をしながら、私たちは草原を歩いていた。

 

「なあ霊夢」

「どうしたの?」

「もしかしたらここ、夢の中なんじゃないか?」

「……は?」

「ここに来る前、ユメクイの話をしただろ?」

「ああ、してたわね」

「ユメクイは、夢を喰うって言っただろ?」

「ええ、文字通りね」

「これは私もあんまり信用してなかったから、言わなかったんだが……ユメクイはな、夢の中で人を喰うらしいんだよ」

「…………へぇ?」

「どうやって喰うとかは書いてなかったんだけど、とにかくユメクイの夢の中に引きずり込まれて、そこで捕食されるらしいんだ」

「……つまりここが?」

「そう、ユメクイの夢なんじゃないのか?」

「そうね、その可能性……面白いわね」

「おお、信じるのか?霊夢」

「……すでに信じられないことが起きてるし、何より勘よ」

「そうか、勘か」

「そうなると、ここは危険ね。隠れる場所もなければ戦うための武器もない。ユメクイがどんな生物かは知らないけど、かなり不利な状況ね」

「ユメクイって言えば、やっぱりバクみたいな奴かなぁ?」

「イメージはそんなところね。案外、人間に化けてたりするのかもよ?」

「……どうして、そう思うんだ?」

「……」

 

私は、黙り込む。

そんな私の顔を、魔理沙は不思議そうに見ている。

 

「……おい、霊夢?」

「ねぇ、魔理沙––––」

 

私はニヤリと笑ってみせた。

 

「––––貴女はいつから私が、博麗霊夢だと錯覚していたの?」

「ッ!?」

「ねぇ魔理沙、貴女の夢はどんな味?」

「お、おい霊夢。悪戯が過ぎるぜ?」

「……」

 

魔理沙は––––少し声が震え、怯えてるようにも見えなくはないが––––真正面から私を見ていた。

 

「霊夢?聞いてるのか?びっくりしたが、騙されないぜ?」

「……はぁ、せめて腰抜かすくらいしなさいよ」

「や、やっぱり霊夢なんじゃねぇか!脅かしやがって!」

「でも、一瞬、私がユメクイかもって疑ったでしょ?」

「うっ……一瞬だけだぜ……」

 

 

 

––––ごめんね魔理沙。

本当は私が疑ってたのよ。

あんたの反応が見たかった。

もしあなたがユメクイなら、私を疑うなんてしないはずだもの。

 

 

「まあいいわ。とにかく人の形をしてるかもしれないことは、頭に入れておくべきね」

「ああ、そうだな……はぁ、本当に怖かったぜ……」

 

 

 

 

 

 

それから、どれだけ歩いただろうか?

かなり長い時間歩いた気もするし、ほんのちょっとしか歩いてない気もする。

夢だから時間感覚が狂ってるのかしら?

 

「なあ霊夢」

 

そんなことを考えていたら、突然隣を歩く魔理沙が声を出した。

 

「なによ?」

「あれ……人じゃないか?」

「え?」

「ちょっと遠くだけど、見えるだろ?」

「ああ……確かに、誰かいるわね」

「よっしゃ!行ってみようぜ!!!」

「ちょ、ちょっと!……はぁ、待ちなさいよ、もうっ」

 

駆け出す魔理沙を追いかけた。

 

「おーい!お前、人だろ?人だよなー!?」

「あのバカ…」

 

魔理沙の声に反応して振り返る。

そこにいたのは銀髪の、容姿が整った背の高い少女だった。

 

「よう、お嬢さん!」

「……貴女より年上だと思うのだけれど?」

「そうか?別に私は気にしないぜ!」

「それは年下の貴女が言うセリフなのかしら?」

「まあ、歳なんてどうでもいいぜ」

「……はぁ、疲れるわね。貴女と話すのは」

「それには激しく同意するわ」

 

遅れてその場に来た私は2人の会話に割り込んだ。

 

「あら、お仲間さん?」

「まあ、そんなところね」

「貴女たち、2人でいるの?」

「そうだけど?」

「……なら可能性は低いわね」

「可能性……?」

「いや、なんでもないわ」

 

不敵な笑みを浮かべ、視線を逸らす。

明らかに何かを隠している。

……ムカつく奴。

 

「……ねぇ、あんたさ」

「……私かしら?」

「そうあんたよ」

 

私は少し鋭い目つきで少女を見る。

そして少女は、ムカつく目つきで私を見下ろす。

 

「あんた……どうしてそんなに冷静でいられるの?」

「え?」

「ここがどこだか、私たちが誰だか、分からないんでしょ?」

「お、おい霊夢……?」

「ちょっと黙ってなさい、魔理沙」

「なにが言いたいのかしら?レイム、さん?」

「おかしいのよ。普通なら取り乱してもおかしくないわ、状況的に。なのにあんたは、取り乱すどころか冷静に考え事をしていた––––周りを気にしながらね」

「……」

 

微かに、少女が目を見開いたのが分かった。

私は畳み掛ける。

 

「それに加えて、私達を見ても驚かないし、ここはどこだ?だの、あんたたちは誰だ?だの、質問も一切なし」

「……で?なにが言いたいの?」

「あんたは、ここに来るのが初めてじゃない。そうでしょ?」

「……」

「もしかして貴女……ユメクイ?」

「!!」

「図星みたいね」

 

 

––––パチンッ

 

 

「!?」

「貴女……何故ユメクイを知ってるの?」

 

いつの間にか、少女は右手で逆手にナイフを持ち、私の喉元に当てていた。

先ほどまで、この少女とは、ある程度の距離があったはずだ。

 

「瞬間移動……?どういう原理かしら?」

「質問に答えなさい。答えないのなら、もしくは答えによっては––––殺すわよ?」

 

背筋に悪寒が走る。

凄まじい殺気だ。

 

「……ネットの情報よ、そうなんでしょ?魔理沙」

 

正直に話しているのだが、どうにも信憑性に欠ける。

こんな状況で、私は内心苦笑した。

 

「あ、ああ!そうだぜ!私が調べて、霊夢に教えたんだ!」

 

魔理沙が必死に声を上げ、少女に訴える。

 

「……」

 

少女は魔理沙を睨みつけた。

少し怯む魔理沙。だが、視線は逸らさない。

 

「………はぁ、どうやら本当みたいね」

「え?」

「ごめんなさいね、私の早とちりだったわ」

「……ずいぶん素直に、私達を信じるのね」

「もし貴女たちがユメクイなら、すでに反撃してるはずよ。それに……」

「?」

 

少女は魔理沙に目をやった。

魔理沙は少し驚くが、その少女の目つきに敵意はなかった。

むしろ、少し微笑んでるようにも見える。

 

「貴女の目は、嘘をついてない目だわ」

「……そ、そりゃどうも」

「貴女は嘘をついても、すぐにバレそうね」

 

少女は魔理沙を見て、クスッと笑みをこぼした。

 

「なんだってんだよ……変な奴だな」

「あら、失礼な人ね」

「それで、あんた一体何者?」

「人に名前を聞くときは……」

「ああ、私?そうね、霧雨魔理沙よ」

「な、何言ってんだよ霊夢!?」

「そしてコイツが博麗霊夢よ」

「はぁっ!?」

「ふふっ、面白い人達ね」

「……それで?あんた何者?」

 

少しの沈黙の後、少女は答えた。

 

「……私は十六夜(いざよい)咲夜(さくや)。ユメクイよ」

「「ッ!!」」

 

2人は一瞬で咲夜の元から離れる。

霊夢の勘は、もともと咲夜を危険視するように働いていた。

勘は当たっていたのだ。

しかし、咲夜からの敵意が感じられなくなったとき、不覚にも油断し、安心してしまった。

 

「そんなに身構えなくていいわ。貴女たちを喰ったりなんてしないわよ」

「……なんでよ?ユメクイは、人を喰うために、自分の夢に引き込むんじゃないの?」

「あら、それは少し違うわ」

「……?」

 

咲夜は微笑んだ。

一見するとその笑みには意味があるように思えるが、本当はないと思う。

こーゆータイプは、自分を作ってるんだ。

と、霊夢は咲夜に根拠のない考察をする。

 

「ユメクイは、夢を見ないのよ?」

「……どういうことだ?」

「ユメクイは、人が見る夢を繋げて集めてるだけよ」

「つまり、どういうことなんだ?」

 

魔理沙が問う。

 

「人は、寝ているときだけに夢を見るわけじゃない。貴女たちに経験があるかは分からないけど、白昼夢を見ることがあるのよ」

「白昼夢か。私は見たことないが、聞いたことあるぜ」

「そしてユメクイは、そんな人の夢を集めることが出来るの」

「……そうか!わかったぜ!人の夢を繋げた世界が、この草原ってわけだな?」

「そういうこと。知り合い同士が巻き込まれる可能性ってかなり低いんだけど…貴女たち、手でも繋いでたの?」

 

咲夜は、からかうように笑った。

 

「まあ愛には様々な形があるから、否定しないけどね」

「なっ!私と霊夢はそんな関係じゃないぜ!ただの親友だ!」

「"ただの親友"……ね、面白い表現だわ」

「ちょっといい?」

 

私は堪らず、話の腰を折る。

しかし不愉快な話をやめさせること以外にも、横槍を入れる理由があった。

 

「そういえば霊夢。さっきからだんまりだったな、考え事か?」

「ちょっとおかしいなと思ってね」

「なにかしら?」

「あんた、ユメクイなんでしょ?」

「そうだけど?」

「じゃあ、なんでここにいるのよ?ユメクイが夢を見ないなら、それを集められることもないでしょう?やっぱり私達を引き込んだのは、あんたなんじゃないの?」

 

勘が違うと言っている。

が、理屈で考えたら、やっぱりおかしい。

咲夜はユメクイだ。

ユメクイは人の見る夢を集めるらしい。

そしてユメクイは夢を見ない。

ならばユメクイはユメクイの夢を集めることはできないはず。

––––集める対象の夢が存在しないのだから。

 

「貴女……無駄に、勘がいいのね」

「はぐらかさないで、説明しなさいよ」

「んー……簡単に言えば、私はユメクイの夢に入り込む薬を飲んでいるわ」

「なんでそんなことするのよ?」

「それは––––」

 

そのときだった。

 

「うぉ!?うぁぁあああ!?!?!?」

 

魔理沙が宙に浮いたのだ。

 

「ま、魔理沙!?」

「なっ、なんだよこれ!?」

「……来たのね」

 

何か物知り顔な咲夜の横で、霊夢は魔理沙を"見上げた"。

風に巻き上げられた魔理沙は、そのまま空中に止まっていた。

何かに乗っている、というよりは漂っているようだった。

 

「な、なな、なんだ!?降ろせよ!!」

「あやややや。随分と元気のいい子なんですね。恐怖で声が出ない人や、泣き叫ぶ人が多いんですが」

 

魔理沙のさらにはるか上空から、文字通り、少女が舞い降りた。

 

「誰だ!?」

「名乗る必要もないでしょう?だって貴女は……」

 

少女は、輝かしいほどの笑顔を見せた。

 

「私の エ サ なのですから」

 

その笑顔は、つい、見とれてしまうほど美しかった。

だが、それがさらに恐怖心を煽る。

魔理沙は言葉を失った。

 

––––喰われる……ッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前の少女が、元の容姿から想像もできないほどに––––実際、少女のモノではないのかもしれない––––大きな口を開いた瞬間、魔理沙は本気で死を覚悟した。

だが、その口が魔理沙に届く前に、2人の間を1本のナイフが横切った。

 

「あややっ!?」

 

少女は慌てて後退する。

同時に、魔理沙を浮きあげていた風もなくなった。

 

「うわぁぁぁあああ!?!?」

 

魔理沙は一直線に落下する。

 

「……よっと」

「うわあああああ……って、霊夢!?」

「間に合ってよかったわ」

「あ、ありがとう……」

 

何とか落ちてきた魔理沙をキャッチできた。

腕への衝撃が凄かった。

我ながら、よくキャッチできたなと感心した。

 

「礼なら私よりも、咲夜に言うべきでしょ」

「さ、咲夜……!」

「喋ってる暇はないわ。あいつはユメクイ。この夢の主よ」

 

咲夜は、気が張っていない私達を制した。

咲夜の言葉で私達に緊張感が走る。

こいつが––––ユメクイ。

 

「おやっ、ユメクイをご存知で?」

「知ってるも何も、私もユメクイだもの」

 

咲夜は少女を嘲笑う。

やはりコイツは、自分を作っている。

霊夢は、場違いな思考で、確信した。

 

「なっ!?そ、そんなはず!!ユメクイは夢を見ないのでは!?」

「教える義理はないわ、ユメクイさん」

「……目的は、私を殺すことですか?人間などと仲良しこよしなユメクイなんて、面白いですねぇ」

「ユメクイなんて、この世にいらないもの」

「あややっ!それをユメクイの貴女が言うのですか?ふふふっ、冗談も大概にしてくださいよ!」

「私はね、ユメクイよ。だけど、ユメクイじゃない」

「……はい?」

「私は、ユメクイを喰らうユメクイ。貴女たちを喰らう者よ」

「……私を喰らう?あやややや、それは怖いですねぇ」

 

少女は高らかに声を上げ、大げさに驚いて見せる。

その声に、全く恐怖の色がないことは私にも分かる。

 

「まあ、私を喰らうなど、不可能だと思いますが」

「大した自信ね」

「既に一度見せたことですし、隠す必要もないから言いましょうか。私の能力は風を操る程度の能力。つまり、この広いフィールドこそが、私の武器そのものなのです!そして誰も––––」

「……ッ!!」

 

先ほどまで浮かんでいた少女の姿が消えた。

 

「––––私に追いつけない」

「え……?」

 

私は振り返る。

背後には、先ほどまで上空にいた少女の姿があった。

いや、違う。

"少女"ではなかった。

大きな口を開けた、バケモノとしか思えない、奇妙な生物だった。

 

そうか、これが……ユメクイ––––

 

私は呑気にそんなことを思いつつ、何も出来ずにいた。

そしてその大きな口が私を––––

 

 

 

 

 

 

「霊夢!!!」

 

すぐ隣にいた魔理沙が声を上げる。

私は突き飛ばされた。

 

「痛っ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……え?」

 

 

 

私は、目を疑った。

 

 

 

 

いや、疑うことすら出来ていないのか。

 

 

 

 

今の状況に対する、理解が追いつかない。

 

 

 

 

「 ま… り…さ …?」

 

 

 

 

私の顔に、何らかの液体が付着する。

 

 

 

 

それは温かく、鮮やかな赤色だった。

 

 

 

 

「え……あ……」

 

 

 

 

うまく、言葉が出てこない。

 

 

 

 

少女がこちらを向いた。

 

 

 

 

何か言ってるようだが、理解できなかった

 

 

 

 

「……あ………いや………」

 

 

 

 

ああ、魔理沙が……

 

 

 

 

魔理沙が––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……さ?

 

…りさ!

 

ま……!

 

 

 

誰かが、必死に私の名前を叫んでいるようだ。

 

––––うるさいな。

私は今、眠いんだ。

寝たいんだ。

今すぐに。

動きたくないんだ。

寝かせてくれよ。

 

……沙!!!

 

だからうるさいんだって。

もう疲れた。

何もしたくない。

本当に何も。

 

 

 

 

それこそ、呼吸すらしたくないほどに––––

 

 

 

 

 

 

 

 





*キャラ設定(追加あり)

○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」

17歳になる程度の年齢。
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。



○霧雨魔理沙
「おっす霊夢、迎えに来たぜ」

17歳になる程度の年齢。
好奇心旺盛、明朗快活。
男勝りな口調は意識してる。
内面はただの乙女。
霊夢の古くからの友人であり、一番の理解者。



○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。



○射命丸文
「誰も私に追いつけない」

25歳になる程度の年齢。
元大手新聞社の記者。
諸事情により、現在は別の大手企業で事務職をしている。
年功序列の考えを強く持ち、調子に乗った年下を最も嫌う。
目下の者にも敬語を使うことが多々あるが、それは決して相手を敬っているわけではない。

【 能力 : 風を操る程度の能力 】

風を自由自在に操ることができる。
風の速さや範囲、密度を操ることで、鋭い刃のような風や厚い壁のような風など、ありとあらゆる風を生み出すことができる。


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第3話 崩壊 –– ホウカイ ––

 

 

 

「誰も私に追いつけない」

 

その言葉通り、少女は咲夜の前から"消えた"。

咲夜は何が起こったのか分からず、動きが止まった。

しかし、狙われるのは自分だ思っていた為、すぐさま警戒心を取り戻す。

彼女の視界に、少女は居ない。

 

––––後ろ?

 

振り返りざまにナイフを構える。

しかし、そこに少女の姿はない。

 

––––まさか、上!?

 

そう思い、空を見上げたときだった。

 

 

「霊夢!!!」

 

 

魔理沙の叫んでいるような声が聞こえた。

咲夜は、魔理沙の方へと視線を向ける。

そこには……既に上半身が口の中に入った魔理沙がいた。

そして––––食い千切られた。

 

「…ま…りさ……?」

 

魔理沙の下半身は、行き場を失い、バランスを保つことができずに倒れた。

倒れるというより、転がるという表現の方が正しいかもしれない。

 

「え……あ……」

 

顔に真っ赤な血を浴びた霊夢は、情けない声を上げていた。

 

––––私のせいだ。

 

咲夜は自責の念を抱えていた。

 

ただしそれは、魔理沙を救えなかったことによる後悔ではない。

咲夜にとって霊夢や魔理沙は、つい先ほど知り合ったばかりの、名前しか知らない程度の存在だ。

そこまで深い情など湧いていない。

とはいえ、咲夜もそこまで冷酷な訳ではない。

少なからず、憐れみに近い悲しみは感じている。

それでも、咲夜の心を占めているのは別の感情だった。

 

––––私がもっと早く、能力を使っていれば…!

 

咲夜は能力の使用を温存していた。

もし咲夜がその能力をうまく使えば、相手を殺すことなど、本当の意味で"一瞬"だ。

しかし、能力を見せびらかすなど馬鹿のやることだ。

咲夜は、そう思っていた。

 

それになにより––––格好悪い。

 

しかし今、能力を見せびらかす奴よりも格好悪い状況になってしまった。

咲夜は、魔理沙を救えなかったことではなく、能力を使わなかったことに後悔の念を抱いていたのだ。

 

 

 

「んんっ!美味しい!!!」

 

少女は、心の底からそう思ったのだろう。

その声色から、大きな喜びが感じ取れる。

 

「こんなに美味しい"夢"は久々です!」

「……」

 

霊夢は目を開けながらも、焦点があっておらず、意識なんて無いも同然だった。

 

「さて、次はどちらを頂きましょうか?ああ、逃げなくて結構ですよ。私から逃げるなど不可能ですから」

「……あ………いや………」

「あやや。まともに喋ることなんて出来ませんか」

「……調子に乗るのもいい加減にしなさい」

「ほぅ……?貴女は、そんなことを言う余裕があるんですね!仲良しこよしな人間が食べられてしまったのに!」

「安心しなさい。すぐに殺してやるわ」

「あやややや、怖いですねぇ!さすがは、私を喰らう者(笑)、と言ったところでしょうか?」

 

少女は咲夜に笑顔を向けていた。

しかし、一瞬だけ、目つきが鋭くなる。

 

「……でも、果たして私を捕らえることが出来るのでしょうか?貴女では、私に触れることすらできないのに!!」

「確かに、貴女を捕らえることは不可能みたいね。それこそ––––時間でも止めない限りは、ね」

 

咲夜は意味深な笑みを浮かべる。

しかし少女にはその言葉と微笑みが、ただの負け犬の遠吠えにしか感じられなかった。

少女は、あからさまに咲夜を見下し、嘲笑うかのように声を上げる。

 

「なるほど!!時間を止められてしまっては、さすがの私も逃げられま––––」

 

 

––––パチンッ

 

 

刹那、少女の首にナイフが当てられた。

そして、躊躇なく振り下ろされる。

 

「––––がはっ!!」

 

少女の首から、とめどなく、鮮血が降り注いだ。

咲夜は、その返り血を敢えて浴びているかのように、少女の目の前に立っていた。

 

「ごめんなさいね。貴女、さっきからベラベラと五月蝿(うるさ)いのよ」

「ぅ…ぁ…」

 

少女は声にならない呻き声上げている。

もはや少女のその姿に、戦う意思は見られなかった。

 

最初から、こうしていれば––––

 

咲夜は地面に転がる魔理沙の下半身を見ていた。

 

「––––ッ!」

「あら、気付いたのね」

 

霊夢の目の焦点が咲夜に合った。

それに気付いた咲夜は、霊夢へと視線を移す。

 

「さ、くや?……まりさは?まりさはどこ?」

 

霊夢の声に、普段の––––とは言っても、知り合ったばかりで"普段の霊夢"など、咲夜は知らないのだが––––力強さ、或いはふてぶてしさが感じられなかった。

「落ち着きなさい。彼女は喰われたわ」

 

咲夜は敢えて冷酷に、現実を突きつけた。

霊夢は目を見開いていた。

 

「でも、おそらく貴女は知っているんでしょう?まだ彼女は死んだわけじゃない」

 

嘘は言っていない。

この世界での時間の流れ方は特殊だ。

この世界での出来事は、現実の世界ではほんの一瞬の間に起こってしまう。

 

「この世界で喰われたものは、現実で窒息死する。でもそれは即死じゃないわ」

「……ッ!!」

「人間が呼吸なしでも何とかなるのは、せいぜい5分と言ったところかしら?」

「5分……」

「それ以降は、助かっても脳に障害が残るでしょうね」

「魔理沙……」

「もうすぐ、この世界は崩壊する。そしたら頑張って、彼女を救ってみなさい」

 

 

––––無理だと思うけど。

 

 

それは、口にしなかった。

だが、確実に魔理沙は死ぬだろう。

苦しんで……霊夢の顔を見ながら、死んでいくのだ。

そう言い切れる理由がある。

 

 

––––貴女たち人間は、この世界での記憶は残らない。

 

 

この世界の記憶は忘れてしまう。

人間は、頻繁に白昼夢を見ている。

だが、意識できるものは殆ど無い。

そんな、人が頻繁に見ているにも関わらず、忘れられてしまう白昼夢を集め、食べるのがユメクイなのだ。

 

 

––––貴女は魔理沙が死んでいくのを、慌てふためきながら眺めることしかできないのよ。

 

 

今まで咲夜は、かなり希ではあるものの、霊夢たちのように知り合い同士で夢に入り、片方が喰われ、片方が生き残るという者たちを見てきた。

その者たちの行く末の詳しいことは分からない。

しかし、テレビに流れる死亡ニュ––スを見れば明らかだった。

彼らのうち誰も、生き延びることができなかったのだ。

 

 

––––バリッ

 

 

そのとき、空が割れた。

文字通りだ。空にヒビが入ったのだ。

 

––––そろそろこの世界も終わりね。

 

咲夜はそう思うと、喉を抑え苦しむ少女の方へと視線を移す。

 

「さて、逃さないわ。今すぐ楽にしてあげる」

 

ナイフを持った右腕を振り上げる。

 

「…ゃめ……」

 

咲夜は、何かが聞こえた気がした。

聞こえたが、聞こえてないフリをした。

 

この世界にユメクイはいらない。

ユメクイは、1匹残らず殺してやる。

 

咲夜は、腕を振り下ろした––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––が、少女にナイフは当たらなかった。

 

 

 

 

 

ふと、地面を見る。

 

 

 

 

 

咲夜の手が、転がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!」

 

咲夜は、似合わない悲鳴をあげた、

不意に切り取られた右手を見つめる。

それを見てさらに声をあげ、左手で傷口を抑えようとする。

しかし、寧ろ痛みは増すばかりだ。

悲痛な叫び声をあげ、(うずくま)る。

 

「あは……」

 

少女は微笑んだ。

そして力尽き、本当に死んでしまったかのように、気絶した。

 

 

 

咲夜がナイフを振り上げたとき、少女は最後の気力を振り絞り風を起こした。

小さな、本当に小さな風だった。

しかしそれは、どんな刃よりも鋭い風––––鎌鼬(かまいたち)––––だった。

それが咲夜の右手を切り落とし、その余波が頬の肉を切り裂いた。

腕から血が噴き、頬から血が滴る。

もはや、返り血で汚れているのか、自らの血で汚れているのか……分からなかった。

 

咲夜は叫び、少女が笑う。

 

本当に勝ったのはどちらだろうか––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––射命丸文の夢は崩壊した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何それ、馬鹿みたい」

「……ッ」

 

突然、魔理沙は目を見開いた。

 

「魔理沙?」

 

そして今度は眠るように倒れ込み、私に全身を預けた。

 

「魔理沙!魔理沙!しっかりしなさい!魔理沙!!!」

 

魔理沙は反応しない。

反応できないというより、反応しようとしていない。

生気が感じられない。

なにより、呼吸が止まっている。

 

しかし私には、何が起きているのか分からない––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––はずだった。

 

 

「……大丈夫、私が救ってあげるから」

 

私は魔理沙にそう伝え、窓に目をやった。

 

確実に魔理沙を助けるには、病院に連れていくしかない。

私の勘がそう言っている。

しかし、救急車を待ってる余裕はない。

私が連れて行った方が……速いッ!

 

「魔理沙、大丈夫よ。とりあえず少し時間がかかるから、空気を送るわね」

 

私は魔理沙の顎を押さえ、鼻をつまんだ。

そして唇を重ね、空気を送り込む。

魔理沙の胸が少し浮かび上がった。

 

––––これで、少しはマシでしょう?

 

そう思いながら、すぐに私は魔理沙を抱きかかえる。

そして窓に向かい、蹴り破った。

そのままの勢いで、私は外に"飛"び出した。

 

「すぐに着くから、我慢しなさい」

 

私は魔理沙に微笑みかけてから、病院へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




*キャラ設定(追記なし)

○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」

17歳になる程度の年齢。
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。



○霧雨魔理沙
「おっす霊夢、迎えに来たぜ」

17歳になる程度の年齢。
好奇心旺盛、明朗快活。
男勝りな口調は意識してる。
内面はただの乙女。
霊夢の古くからの友人であり、一番の理解者。



○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。



○射命丸文
「誰も私に追いつけない」

25歳になる程度の年齢。
元大手新聞社の記者。
諸事情により、現在は別の大手企業で事務職をしている。
年功序列の考えを強く持ち、調子に乗った年下を最も嫌う。
目下の者にも敬語を使うことが多々あるが、それは決して相手を敬っているわけではない。

【 能力 : 風を操る程度の能力 】

風を自由自在に操ることができる。
風の速さや範囲、密度を操ることで、鋭い刃のような風や厚い壁のような風など、ありとあらゆる風を生み出すことができる。


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第4話 撒き夢 –– マキユメ ––

本文中に出てくる医療器具の使い方なんて知りません()


 

「急患よ!医者を出しなさい!!!」

 

私は受付で叫んでいた。

私が抱える魔理沙の状態は一目でわかるほど顔が青ざめ、私の発言に信憑性を持たせる。

 

「わ、分かりました!はやく!八意先生を呼んで!!!」

 

受付のナースはすぐさま指示を出す。

しかし、こうなることがわかっていたかのように、"八意先生"とやらは直ちに現れた。

 

「騒がしいわね、何事?」

「や、八意先生!!」

 

彼女はすらっとした長身に、後ろで揺れる銀髪が大人の雰囲気を醸し出していた。

そんなこと、今の私にはどうでもいいが。

 

「あんた医者なの!?なんでもいいわ!魔理沙を診なさい!!」

「そんなに騒がなくていいわ………ッ!!」

 

彼女の目の色が変わった。

 

「人工呼吸器の用意!とりあえず、NPPV持って来なさい!」

「了解ですッ!」

「とにかく時間がないわ、その子預かるわよ」

「え!?」

 

彼女は私から、魔理沙を奪い取った。

私は抵抗こそしなかったが、驚きが隠せなかった。

 

「奥の104号室を使うわ!DIVの準備と、サチュレーションメーター持ってきて!」

「はいッ!!」

 

流れるような連携で魔理沙を病室へと運び、様々なわけのわからない器具を取り付け、適切な––––私は正確に判断することはできないが、おそらく適切な––––処置を施していた。

 

 

 

 

 

 

 

少しして、魔理沙の口は何らかの器具に覆われていた。

とりあえず、酸素を送り込むことが出来ているようだ。

 

「……よし、一応血液中の酸素量が安定したわ」

「よかった……」

 

意識的に止めることのできない心臓や肺の活動は、そのまま継続されているようだ。

人工的に肺の中の空気を換気することで、魔理沙の生命活動は保たれていた。

 

「でもこれは応急処置にしか過ぎない。もっと確実にするには気管を少し切開したいのだけど……」

「もしかして、声が出せなくなるの?」

「いえ、一時的に切開するだけだよ。自分で呼吸ができるようになってから、気管を繋ぎ直せば声を出すことは出来るわ」

「他に何か問題でも?」

「貴女、保護者じゃないわよね?」

「……私が保護者みたいなものよ。魔理沙に家族なんていないから」

「それは……ごめんなさい。配慮が足りなかったわね」

「いいえ、気にしないわ。私も魔理沙も」

「ならいいのだけど。では、貴女の意見を聞くわ。切開してもいいかしら?一生残る傷がついてしまうけど」

「死ぬよりはマシよ。お願いするわ」

「分かったわ。執刀医は私でよろしくて?」

「ええ、さっきまでの貴女の動きを見て入れば分かる。貴女は、かなり腕の立つ医者みたいね」

「ありがとう。自分でもそう思っているわ」

「大した自信ね」

「ふふっ……私は()(ごころ)永琳(えいりん)。この病院の院長をしているわ」

「私は博麗霊夢。こっちは霧雨魔理沙よ。よろしく頼むわ」

「霊夢に魔理沙ね。分かったわ。こちらこそよろしくね。

––––ところで、この子の……魔理沙の容態を見る限り、息が止まってから2分も経っていないようだったけど……家はこの近くなの?」

「私は駅の向こう側にあるマンションに住んでるわ。小さな部屋だけど、少し背の高いマンションよ」

「もしかして、あの一際目立ってるマンションかしら?」

「おそらくそれよ。周りの建物より高いわ」

「……そこから来たの?」

「もちろん。そうだけど?」

「そう……どうやって?」

「どうやってって……普通に……」

 

 

私は魔理沙を抱えて……

 

それから………

 

えー…っと………

 

あ……あれ?

 

 

「どうやって来たんだっけ……?」

「覚えてないの?」

「無我夢中だったから。多分、走って来たわ」

「まあ、普通ならそうでしょうね。でもそれだと……どんなに早くても、10分は掛かるわよ?」

「………?」

「まあいいわ。とにかく魔理沙は助かったんだし、結果が良ければ良いわよね」

「ええ、そうね。あ、でも––––」

 

私は言葉を切った。

 

「でも……何?」

 

永琳が問う。

 

「––––部屋の鍵、掛けたかしら?」

 

永琳が、呆れたように笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔理沙……」

 

魔理沙は目を閉じている。

しかしこれは、魔理沙が自分で閉じたわけではない。

家を出る前に、私が目を閉じさせたのだ。

本当に……"何もしようとしない"。

でも––––

 

「––––生きてる」

 

私は魔理沙の手を握る。

その手は温かい。

私の目には少し……ほんの僅かだが、涙が浮かんでいた。

 

 

––––コンコンッ

 

 

扉を叩く音がした。

私は振り返る。

 

 

––––博麗霊夢さん、御食事を持ってまいりましたわ。

 

 

そういえば、ここに来てから何も食べていない。

外では既に、日が沈み、月が出て、星が輝いていた。

そういえば、夜に食事を持ってくると永琳が言っていた気がする。

どうせ遅くまで、ここにいるんでしょう?と。

なかなかの気配りである。良いお母さん的な。

だが、扉の向こうから聞こえる声は永琳のものではなかった。

でもまあ、永琳の使いだろうし、警戒する必要はないと思うけど……

 

けど––––なんだろう、この感じは?

私の勘が騒いでいる。

しかし、警戒しろというわけではない。

なんとなく、知っているような––––

 

「入って良いわ」

 

彼女の呼びかけから少し間が空いてしまったが、その間に私は、僅かに浮かんだ涙を乾かすことができた。

 

「失礼致しますわ」

 

でも、きっと私の目は赤い。

魔理沙にも見せたくないが、知らない人に見せるのはもっと嫌だった。

私は、彼女の方を向かずに応答する。

 

「その辺に置いといてくれる?」

「かしこまりました。30分から40分ほどで取りに伺いますわ」

「ええ、ありがとう」

 

彼女の足音が聞こえない。

その場にとどまっているようだ。

少し間をおいて、彼女が言う。

 

「……私で良ければ、少しばかり、お話しませんか?」

「え?」

「分かりますわ。今の貴女は、私に目を合わせてくれない。おそらく涙を浮かべていらした……そうでしょう?」

「なっ……」

「恥ずかしがらなくていいんですよ。時に涙は、心の傷を癒してくれます。辛かったら、どうぞ我慢せずに袖を濡らしてください」

「……うるさいわ。消えなさい」

「声が震えていらっしゃる」

 

クスッと笑う声がする。

なんて失礼な奴なんだろう。

そう思いつつも、ほんの少しだけ、楽になった。

私が傷心であることを見抜き、敢えてそれを突くことで、私を立ち直らせようとしている……気がする。

実際、そんな彼女に悪態を吐くことで、少しだけ立ち直った。

もしかして彼女は、私が実は負けず嫌いであるということを見抜いた上でこうした態度を取っているのだろうか?

さすがは永琳の使い……と言ったところか?

なんともまあ、できる女だ。

 

「その患者さんも、例の窒息なんですよね?」

「……ええ、そうよ?」

「怖い世の中ですわ。人がいきなり、呼吸をやめてしまうなんて」

「……」

「貴女はこの原因、何だと思われますか?」

 

いきなりズカズカと聞いてくる。

非常識だ。

末期癌の患者に、『癌は怖いですね』と言っているようなものだ。

私は先ほどまでの彼女への認識を改めた。

コイツはただ、興味本位に私に質問しているだけだったのだ。

純粋に怒りが湧いて来た。

 

「あんたさっきから何なの?食事を持って来ただけでしょう?」

 

私はそこで、彼女の方へ振り返った。

 

「用が済んだならさっさと––––ッ!!!」

 

私は目を疑った。

目を丸くしているだろう私を見て、彼女は微かに笑みを浮かべた。

 

「……あら、やっぱり覚えているのね」

 

そこには、十六夜咲夜が居た。

 

「咲夜……何でここに?」

「何でって、私はここでナースをしているんだもの」

「ナース……?」

「そうよ」

 

私は、意味がわからないといった表情で咲夜を見る。

 

「あら……私、何かおかしな事でも言ったかしら?」

「何で、ユメクイが人間に紛れて生活してんのよ」

「私だって、元は人間よ。それに、この現実世界では人と変わりないわ」

 

咲夜は少しだけ悲しそうに言っている、気がした。

 

「それにしても、夢での記憶が残ってるなんて……貴女、本当はユメクイなんじゃないの?」

「……どういうこと?」

「本来、人間は夢の中での記憶は消えるのよ。おそらく魔理沙も、もし意識が戻るようなことがあれば、夢での記憶はないでしょうね。私みたいにユメクイにならない限り、思い出せないわ」

「本当に?」

「ええ。でなければ、ユメクイの話はもっと世間に知れ渡っているはずよ。どっかの馬鹿なユメクイが情報をインターネットに漏らしてるようだけど」

「確かにそうね……じゃあ、私は何で記憶が残ってるのよ?私はユメクイじゃない。それは夢に巻き込まれた時点で証明されてるでしょ?」

「そう。貴女はユメクイじゃない。だけどただの人間でもない」

「じゃあ、なんだっていうのよ?」

 

咲夜は真剣な眼差しを私に向けた。

 

「貴女は––––"撒き夢"よ」

「……マキユメ?」

「ユメクイにとっての、餌そのものみたいな人間のことよ。今まで夢に巻き込まれたことがないことから察するに、今回の出来事で撒き夢になった可能性が高いと私は思ってるけど、あるいは今まで奇跡的に巻き込まれたことがなかっただけかもしれないわ。まあ……前例が少なすぎて、確かなことは言えないのよ」

「なによ……それ……」

「ただ1つだけ、確実に言えること。それは––––」

 

咲夜の目つきが一段と鋭くなる。

私は固唾を飲んだ。

 

「––––貴女はこれから幾度もユメクイに集められ、その度に今回のような経験をすることになるわ」

「なんですって……?」

 

愕然とした。

もちろん、これから巻き込まれる事に対してもだが、それ以上に––––

 

「もしかして……今回、魔理沙を巻き込んだのは……私ってこと?」

「おそらく撒き夢である貴女と、なにかしらの接触をしていたからでしょうね。今まで知り合い同士で夢に巻き込まれたのはそのケースだもの。ほとんどカップルや親子だったわ」

 

私が魔理沙を巻き込んで、そして魔理沙は––––

 

「私のせいで……」

「それは違うわ、霊夢」

「え?」

 

咲夜は微笑んでいた。

 

「貴女がそう言ってしまったら、せっかく助けてくれた魔理沙の気持ちを踏みにじることになる」

「!」

「魔理沙は自分のことより貴女のことを優先したのよ。魔理沙の気持ちを考えるなら、『私のせいで』なんて考えているよりも、やるべきことがあるわ」

「……やるべきこと?」

「ええ。貴女––––ユメクイにならない?」

「え……?」

 

咲夜は私の目をまっすぐ見据えていた。

冗談で言っているとは思えなかった。

 

「言ったでしょう?私、元は人間だって」

「つまり、人間をユメクイにすることができるの?」

「そうよ。もともとユメクイは、ある薬の副作用で生まれてしまったの。そして今ここに、その薬を"改悪"したもの、つまり副作用のみに特化した『ユメクイ化の薬』があるわ」

 

咲夜はポケットから、袋に入った薬のようなものを取り出した。

 

「それを飲めば私がユメクイになるのね」

「そういうこと」

「でも、なんで私がユメクイにならなきゃいけないのよ?」

「貴女は撒き夢。この先幾度となく巻き込まれることが確定している」

 

咲夜は淡々と続ける。

 

「ならばそれに対抗する手段として、夢を見られなくする薬––––ユメクイ化の薬––––を飲むことを提案しているの」

「巻き込まれる原因である夢を消してしまうということ?」

「ええ。でも、それだけではないわ。ただのユメクイであることは許されない。もしユメクイになるならば、私たちと共に闘う"ユメクイを喰らうユメクイ"になってもらうわ」

「なるほどね……ん?ちょっと待って?私"たち"って…あんたみたいな"ユメクイを喰らうユメクイ"ってのは他にもたくさんいるの?」

「これ以上は機密事項よ。貴女がこの計画に同意しないと、教えてあげられないわ」

 

咲夜は厳しい目つきで私を見る。

もともと整った容姿の咲夜だからだろうか?

その視線には力がある。

 

「……少し、考えさせて」

「いいけど、こうしてるうちに、また巻き込まれるかもしれないのよ?」

「そうだけど……」

 

私は、魔理沙を見た。

もし私がユメクイになったら、魔理沙はどう思うだろうか?

 

「貴女、ユメクイが憎くないの?」

「え?」

「魔理沙をこうしたのは、他の何者でもないユメクイなのよ。恨んで当然だと思うのだけれど」

「ユメクイが……魔理沙を……」

 

私は咲夜に言われるまで、自分の責任だと考えていた。

ユメクイのせいだ、なんて発想はなかった。

でも……確かにそうだ。

ユメクイさえいなければ、魔理沙はこんな状態にならなかったのだ。

そう、ユメクイさえいなければ。

 

「ユメクイさえ、いなければ……」

「そうよ。ユメクイなんて、全て殺してしまいなさい」

「ユメクイを、殺す……」

 

私は魔理沙を再び見つめる。

そういえば、私は魔理沙の手を、ずっと握ったままだった。

魔理沙の表情は、変わらない。

 

「……分かった。その薬、私に頂戴」

「決めたのね。ありがたいわ」

 

咲夜は袋に入ったままの薬を、夕飯のトレーに乗せる。

 

「まだ温かそうだけど少し冷めちゃったわね、温めなおす?」

「そのままでいいわ」

「じゃあここに置いておくから、飲んでおいてね」

「ええ」

「…………私のようなユメクイは、多くないのよ」

 

咲夜は呟いた。

 

「ユメクイになってユメクイと戦うなんてリスクの大きいこと、やりたがる人は少ないわ。それに、無闇に情報を漏らしたくないから、表立った勧誘もできないし……」

 

咲夜は私に視線を移す。

 

「だから……本当に嬉しいわ。決意してくれてありがとう」

「別に、あんたのためじゃないわ」

「ふふっ、そうね」

 

私は魔理沙のために、ユメクイになるのだ。

 

––––いや、違う。

 

私は、私のためにユメクイになるんだ。

私が憎悪の対象をユメクイにするために。

 

自己嫌悪に陥らないために、ユメクイになるんだ––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

「!!」

 

気づけば、そこには日が差していた。

雑木林…と言うのだろうか?

周りには木々が多い茂っていた。

 

「また……巻き込まれたみたいね」

 

咲夜が呟く。

 

「さっさと飲んでいれば、貴女も戦えたのに」

「悪いわね。けど、私は戦力にならないし、邪魔にならないようにしているわ」

「そうして頂戴」

 

 

 

 

––––そのときだった。

 

声がしたのだ。

 

もちろん私ではない。

 

そして、咲夜でもなかった。

 

 

 

 

「おーい、霊夢。ここはどこなんだ?」

 

 

 

 

この口調、雰囲気、そして何よりも声が––––

 

「………ぇ…?」

 

私は耳を、そして目を疑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




*キャラ設定(追記あり)

○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」

17歳になる程度の年齢。
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。



○霧雨魔理沙
「おっす霊夢、迎えに来たぜ」

17歳になる程度の年齢。
好奇心旺盛、明朗快活。
男勝りな口調は意識してる。
内面はただの乙女。
霊夢の古くからの友人であり、一番の理解者。



○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。



○射命丸文
「誰も私に追いつけない」

25歳になる程度の年齢。
元大手新聞社の記者。
諸事情により、現在は別の大手企業で事務職をしている。
年功序列の考えを強く持ち、調子に乗った年下を最も嫌う。
目下の者にも敬語を使うことが多々あるが、それは決して相手を敬っているわけではない。

【 能力 : 風を操る程度の能力 】

風を自由自在に操ることができる。
風の速さや範囲、密度を操ることで、鋭い刃のような風や厚い壁のような風など、ありとあらゆる風を生み出すことができる。



○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」

37歳になる程度の年齢。
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。


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第5話 ユメクイ⇒ヒト –– ユメクイ ナラバ ヒト ––

 

 

 

 

 

––––あれ?ここは?

 

私は、見知らぬ場所で目が覚めた。

こんな場所に来た記憶はない。

況してや、眠った記憶なんてもっとない。

辺りを見渡すと、いくらか木が生えている。

そんな木々の間から、日が差しているのが分かった。

 

そんな中で私は親友を見つけた。

 

「おーい、霊夢。ここはどこなんだ?」

 

その親友––––博麗霊夢は、私の声に反応し、大袈裟な振り返り方をする。

 

「………ぇ…?」

 

なぜか驚いているようだ。

人の顔を見ていきなりその反応とは、なかなか傷つくものである。

私は上体を起こし、霊夢に声をかける。

 

「何だよ霊夢、私の顔に何かついてるのか?」

 

霊夢は驚きのあまり、口をパクパクさせていた。

あ……あ……などと、情けない声を出している。

 

「あら、夢の中では正常に活動できるのね」

 

すぐそばに、銀髪を2つに束ねた長身の少女が居ることに気がついた。

霊夢の知り合いだろうか?

 

––––しかし、私の知らない奴だ。

 

はっきりと明言するのは、いささか恥ずかしさがあるが、私と霊夢はいつも一緒にいることが多い。

だから、霊夢の交友関係は大方把握していた。

加えて霊夢は、自ら進んで関係を広げようとはしない。

だから、霊夢が知らない私の知人は居るとしても、逆は殆どありえない。

 

––––こんなこと考えるなんて、私が霊夢を束縛しているみたいじゃないか。

 

心の中で苦笑する。

 

 

「……その顔だと、やはり私のことを覚えていないみたいね。まあ、それが正しい反応なのだけど」

 

銀髪の少女––––幾らか私より年上に見えるが––––は、うっすら微笑みながら言った。

 

「改めて自己紹介するわ。私は十六夜咲夜。よろしくね、霧雨魔理沙さん?」

「な、何で私の名前を……?」

「まあ……いろいろあったのよ」

 

何だかはぐらかしている気もした。

とても気になったが、それ以上に気になることがあった。

 

「おい霊夢?いい加減なんか喋ったらどうだ?」

 

そこで霊夢は我に帰ったように、目を見開いた。

左手が圧迫される。

ふと見ると、霊夢は私の手を握っていた。

そういえば、さっきからずっと握られていた。

 

「まりさ……?」

 

霊夢が弱々しい声を出す。

霊夢のこんな声を聞いたのは、いつ以来だろうか?

 

「おう!霧雨の魔理沙さんだぜ!」

 

そんな弱々しさは私が吹き飛ばしてやるぜ!

そう思いながら、私は元気に名を告げる。

当然、霊夢は知っているだろうが。

 

「––––魔理沙ッ!!」

「うぉっ!?」

 

急に霊夢が私に抱きついた。

私はつい、変な声を上げてしまった。

 

「ど、どうしたんだ霊夢!?」

 

私は訳が分からなかった。

 

「はぁ……私が説明するわ、魔理沙」

 

咲夜が言う。

大人びている彼女は、その容姿も合わさって、瀟洒という言葉が似合っていた。

 

「貴女、ユメクイを知っているのよね?」

「ユメクイ……?ああ、あのネットに書かれてたやつか?」

「ええ、おそらくそれよ。そして貴女はそれに喰われたの」

「そうか私はユメクイに………えぇっ!?!?」

 

端的に、冷静に説明する咲夜とは対照的に、私は大きな声を上げて驚いていた。

 

「ユメクイに喰われるって……そりゃあ、あれだろ?窒息しちゃうんだろ?私、死んでないぞ?」

「ええ、死んでないわ。だけど、貴女は既に窒息しかけたのよ」

「はぁ???どういうことなんだ???」

「簡単に説明すると、ユメクイは人の夢を集めて繋げる。そしてその夢の中で人を食べることで空腹を満たすのよ」

「ふむふむ」

「そして、その夢の中での出来事は、普通の人間は覚えていることが出来ず、忘れてしまう。つまり、喰われたことも忘れてしまうのよ」

「……それが今の私ってことか?」

「ええ。喰われた貴女は、霊夢の家で呼吸が止まったの。そんな貴女はすぐに病院まで運ばれて、応急処置を施された。意識は戻ってないけど、一命を取り留めたのよ」

「意識は戻ってない?私は意識があるぞ?」

「ここは現実の世界じゃないわ。夢の中よ」

「え?んーと……つまり?」

「私たちは、"また"夢へと巻き込まれてしまったのよ」

「そうか……ここは夢の中なのか……」

 

納得できるようなものではなかったが、それを受け入れる他なかった。

私は、私に抱きついている霊夢を見る。

霊夢は私の腹あたりに顔を埋めて、動かない。

微かに鼻水をすするような音がしている。

 

霊夢……泣いてるのか?

霊夢の泣いたところを見るなんて、これこそ、いつ以来だろうか?

 

「その子が、貴女を必死になって病院に連れ込んだのよ。今貴女がこうしていられるのも、彼女のおかげね」

「そうか……私は霊夢に助けられたのか……」

「ぢがゔ!!」

「うわぁっ!?」

 

霊夢がいきなり顔を上げた。

その顔は涙と鼻水でグチャグチャになっていた。

私は純粋に驚いた。

 

「魔理沙は……私を助けて……私の身代わりにッ」

「れ、霊夢……?」

 

私は親友の弱っている姿にオロオロすることしか出来なかった。

 

「魔理沙、貴女は夢の中で霊夢を救ったのよ。その子が喰われそうになったとき、貴女はその子を突き飛ばして、身代わりとなって喰われたの」

 

咲夜が告げる。

 

「……はっ、私らしいじゃねぇか。良くやったぜ、私」

「よ"く"な"い"い"い"い"!!!!」

 

霊夢がまたしても、いきなり叫ぶ。

その様子は駄々をこねる子供のようだった。

俯き、少し間を置いて、落ち着いた霊夢が声を出す。

その声は、震えていた。

 

「私が……私が巻き込まなければ……魔理沙は喰われなかったのに……元気でいられたのに––––」

 

霊夢は、ぐっと何かを堪えた。

 

「––––違うわね。こんな風に嘆いたら、せっかく魔理沙が救ってくれたのに、その行為を無駄にしてしまう」

 

そして普段の霊夢に戻っていた。

 

「助けてくれてありがとう、魔理沙。今度は私が助けてみせる……!!」

 

霊夢は何かを決意したような表情を浮かべる。

 

「……イマイチ、まだ状況が掴みきれてない…と言うより、全く掴めてないが……とりあえず、霊夢が立ち直ってくれて良かったぜ!」

 

私は元気よく霊夢に言った。

しかし、あることに気がつく。

 

「そういえば、その……前回の夢での出来事を、霊夢や咲夜は覚えてるのか?普通の人間は忘れちまうんだろ?」

「ああ、それは、私も霊夢も普通の人間じゃないからよ」

「え……?」

「私は、撒き夢なの」

 

霊夢がポツリと言った。

私は言葉の意味がわからない。

 

「マキユメ……?」

「ユメクイを引きつける餌、みたいな人間らしいわ。そしてこれから何度も何度も、夢に引き込まれてしまうらしいのよ」

「そんな……それって、ユメクイに喰われる確率が高くなっちまうってことだろ!?」

 

霊夢は諦めたような、悲しい目つきをした。

 

少し間を置いて、咲夜が話す。

 

「そして私はユメクイなのよ」

「え!?」

 

私は驚きが隠せなかった。

なにせ、私たちを餌とする天敵が、こんなにも近くにいたのだ。

 

「でも安心して、私は人は喰わないわ。ユメクイを喰らうのよ」

「ユメクイを喰らう……?」

「正確には"殺す"だけだけど。食べようとは思ってないわ」

 

咲夜は私から霊夢へと視線を移す。

 

「そして霊夢も、私たちと共に戦うと決意してくれた。今はまだ、ただの撒き夢だけどね」

「霊夢……それは本当か?」

「ええ。私は咲夜と共に、ユメクイになってユメクイを殺すわ」

「だ、ダメだ霊夢!!」

 

私は大きな声を上げていた。

 

「でも、そうしないと、私は何の力も無いまま夢の中に引き込まれてしまうのよ?」

「……そう、だけど……もし霊夢が戦って、ユメクイを殺しちまったら……間接的に、人殺しになっちまうんだろ?」

「……え?」

「そうね。現実世界では私のように、ユメクイは人間に紛れて生活しているわ。それこそ、普段は人間と変わりないから見分けなんてつかない。だからこそ、夢の中で殺しているんだもの」

「……私は、たとえ罪人でも、殺しちゃいけないと思う。夢の中で殺せば、外見上はただの窒息死。霊夢が罪に問われることはなくても……霊夢に、殺人の重圧を背負わせたくない……!」

「わたしが……ヒトゴロシ?」

 

霊夢の顔から血の気が引いていた。

 

「ああ、そうだぜ霊夢!私は霊夢に、そんな風になって欲しくはないぜ!」

「……はぁ、要らないことを言ってくれるわね」

 

咲夜が悪態を吐く。

 

「せっかく霊夢が決心してくれたのに……どうしてくれるのよ」

 

咲夜は大きくため息を吐いた。

 

「ねぇ咲夜」

 

霊夢が咲夜に問う。

 

「何よ?」

「咲夜は、どうして……ユメクイを殺すの?」

「……」

「どうして躊躇わずに、殺せるの?」

「……さあね、そんなの忘れちゃったわ」

「教えてよ。あるんでしょ?戦う理由が」

「随分と深入りしてくるのね」

「教えなさいよ」

「はあ……そうね。あなたが決意したときの理由と同じようなものよ。私も仇討ちという名目で、自分の為に殺しているのよ」

「それが……私と同じ理由?」

「そうでしょ、霊夢?貴女は、喰われた魔理沙の仇討ちという名目で、自己嫌悪に陥らない為に、ユメクイを目の敵にしているのよ」

「……!」

「いい顔してるわ、霊夢。図星だったみたいね」

「……ええ、そうよ。私はそんな理由で、人殺しをしようとしていた……」

 

霊夢はグッと目を閉じた。

そしてゆっくりと開く。

 

「でも、私を動かすには十分な理由かもしれない」

「……本当に、少し昔の私を見ているようだわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––この手、離しちゃダメよ。

 

 

 

 

 

 

 

––––咲夜!後ろ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「咲夜?」

「ッ!……な、なんでもないわ。少し昔を思い出してしまっただけ」

 

咲夜は遠い目をしていた。

その目には、咲夜の大切な人が映っているのだろうか?

 

「そんなことより、そんなに呑気に話してる場合じゃないわよ」

「どうしたんだ?」

「ここは夢の中。その夢の主であるユメクイがいるはずよ。今も虎視眈々と、私たちを狙っているかもしれない」

 

咲夜は辺りを見渡す。

 

「生憎ここには、たくさん木が生えている。死角は多いわね」

「そのユメクイを倒さないと、ここからは出られないのか?」

「いや、ここから出る方法は全部で3つあるわ」

 

咲夜は親指、人差し指、中指を立てて、霊夢と魔理沙に突き出した。

 

「まず1つ目は、ユメクイが満腹になるのを待つ。この夢の創造目的は捕食。つまり、その目的が果たされれば自然とこの世界は崩壊するわ」

 

咲夜は中指を畳む。

 

「そして2つ目は、何らかの方法でユメクイに捕食を諦めさせたとき。魔理沙は見ていないし、見ていても忘れてしまっているでしょうけど、前回の夢の崩壊はこの方法によるものだった」

 

咲夜は人差し指を畳む。

残った親指を、自らの顔へと向けた。

 

……しかも何故かドヤ顔。だけど、それが絵になる。

なんとなく、ムカつく奴だ。

 

「そしてもう1つは、ユメクイにしか出来ない方法––––ユメクイを殺すことよ」

 

咲夜は微笑みながら、腕を下ろす。

 

「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

 

咲夜は笑う。

その笑みは、己の強さへの自信から来るものなのだろうか。

実際、咲夜は強いのだろう。

霊夢の様子を見るかぎり、咲夜の実力に一目置いているように思える。

霊夢にそんな風に思われている咲夜に、少しばかり嫉妬していた。

そして同時に、頼りにもしていた。

 

「咲夜!後ろ!!!」

 

そんなことを考えていると、突然霊夢が叫んだ。

 

「何叫んでんだよ霊……む…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––気付けばそこには、銀髪の頭が転がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




*キャラ設定(追記なし)

○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」

17歳になる程度の年齢。
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。



○霧雨魔理沙
「おっす霊夢、迎えに来たぜ」

17歳になる程度の年齢。
好奇心旺盛、明朗快活。
男勝りな口調は意識してる。
内面はただの乙女。
霊夢の古くからの友人であり、一番の理解者。



○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。



○射命丸文
「誰も私に追いつけない」

25歳になる程度の年齢。
元大手新聞社の記者。
諸事情により、現在は別の大手企業で事務職をしている。
年功序列の考えを強く持ち、調子に乗った年下を最も嫌う。
目下の者にも敬語を使うことが多々あるが、それは決して相手を敬っているわけではない。

【 能力 : 風を操る程度の能力 】

風を自由自在に操ることができる。
風の速さや範囲、密度を操ることで、鋭い刃のような風や厚い壁のような風など、ありとあらゆる風を生み出すことができる。




○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」

37歳になる程度の年齢。
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。


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第6話 笑顔 –– エガオ ––

 

 

 

 

 

 

「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

 

十六夜咲夜は笑っていた。

その笑みは他者を嘲笑うものと同種の笑みだった。

咲夜は、自分の力に自信を持っている。

そう思うだけの能力があるし、実力は確かだ。

だがそれが、彼女の唯一と言えるかもしれない欠点である。

私はそう思っていた。

 

ほら、今だって……

後ろから来る敵に気づいていないもの。

 

私は咄嗟に声を上げた。

 

「咲夜!後ろ!!!」

 

すると咲夜はこちらを向いた。

呑気にこっちを見てる場合じゃ……ッ!

 

 

 

––––え……?

 

咲夜、今……笑った?

 

 

 

一瞬だった。

本当に……本当に一瞬だけ。

咲夜はこちらに笑顔を向けたのだ。

それは先ほどの笑みとは種類が違う。

純真無垢な少女の笑みだった。

そして同時に、全てを知っているかのような笑みだった。

 

 

 

 

 

 

––––パチンッ

 

 

 

 

 

––––少女の頭は吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何叫んでんだよ霊……む…?」

 

魔理沙は敵の接近に気づいていなかったようだ。

その、地面に転がった頭を見て––––

 

 

「うわぁぁぁあああ!?!?」

 

 

––––幽霊でも見たかのような、叫び声を上げた。

 

「れれ、れ、れい、れい、れ、、!」

 

ガタガタと音が聞こえそうなほど震えている魔理沙。

あんた、前回の夢の中じゃ、上半身が喰い千切られて、かなりグロい姿になってたのに……と、内心苦笑する。

 

「うるさいわよ、魔理沙。そんなに驚くこと?」

「逆になんでお前はそんなに冷静なんだよ!?」

「私は––––なんか、慣れたわ」

 

私は当たり前のことのように言った。

当然、咲夜もこの光景に驚きはない。

 

「私だけじゃないでしょ。咲夜だって冷静よ?やっぱり貴女が驚き過ぎなだけなんじゃない?」

「まあ私は……自分がやったことだし、驚かないわよ」

「お、おお、お前らおかしいぜ!!」

 

もともと私は、自分が他人とズレている気はしていたが、ついに魔理沙から見てもおかしくなってしまったか。

そんなことを考えながら、私は気づいた。

 

「この世界が崩壊する……」

「え?……あぁ、そうか。襲いかかってきたのを見るに、コイツがユメクイってことだよな?なんだか、呆気なく終わっちまったな……もっと面白いものが見れるかと思ってたんだが」

「面白いものって何よ?」

「なんか、こう……ヒヤッとするようなこととか?」

「あんた、十分ビビってたじゃない」

「あ、あれは、だな……」

「それにしても……こんな風に話せるのも、あと僅かなのね」

「……ああ、そうだな。現実世界の私は寝たきり……なんだもんな。それにここでの記憶も、なくなっちまう……」

 

私たちはお互いの目を見て…

それから、同時に俯いた。

 

「ねぇ2人とも。まだ、お別れの時間は来ないみたいよ」

 

突然、咲夜が割り込んできた。

 

「あの生首、よく見て」

「え?」

「な、なんであんなものを、また見なきゃいけないんだぜ……?」

 

私たちは生首に視線を移した。

 

「なによ、普通の生首じゃない」

「普通の生首ってなんだよ!?」

 

魔理沙が必死に抗議した。

確かに……と心の中で呟く。

 

「よく見なさい。あの生首、血が出ていないわ」

「……え?」

 

確かに生首から血は滴っていない。

切り離された本体も、血が噴き出すなどといったことはなかった。

そして切り離した咲夜も、一滴の返り血すら浴びていない。

 

「おそらくあれは、本体じゃない」

 

私と魔理沙は、息を飲む。

 

「そして本体は––––あそこね」

 

咲夜はナイフを投げた。

そのナイフはかなりのスピードで、一直線に進む。

そして木の幹に当たった。

 

「うわぁっ!?」

 

その木の陰から、1人の少女が飛び出してきた。

 

「きっとアレが、この世界の主よ」

 

少女は立ち上がっていた。

銀髪のボブカットで、魔理沙と同じくらいの身長のその少女は大小2本の刀を背負っていた。

 

「な、なんで私の場所が?それに、貴女一体何者!?どうして半霊を見破ったの?半霊の擬態も、それを使った奇襲も完璧だったのに!!!」

「随分、質問攻めをしてくれるのね」

「答えろ!人間!!」

「答えられないわね。私、人間じゃないもの」

「え?」

 

 

––––パチンッ

 

 

「今すぐ貴女を殺すことなんて、造作もないことなのよ」

 

少女の首には、ナイフが当てられていた。

 

「えっ……?」

「ふふっ。貴女、なかなかいい表情するわね……」

 

少女は心底怯えていた。

何が起こったのか、分からないのだろう。

その様子を咲夜は楽しんでいるようだ。

私はそれを見て、先ほど咲夜を襲った"ハンレイ"とやらの胴体の方を拘束する。

魔理沙も、かなりビビりながら、頭の方を見張っている。

 

「……一体何をしたの?」

「教える義理は無いわ」

「お前は何者……?」

「それに答える義理もない。けど、まあいいわ。冥土の土産に教えてあげる」

「……」

「私は貴女と同じユメクイよ」

「ゆ、ユメクイって……何のこと?」

「貴女のように、人の夢を集めて喰らう存在がユメクイよ」

「私はユメクイ……でも、貴女もユメクイなのに、どうして私を?」

「私は貴女と同じユメクイであって、違うユメクイなの」

「……?」

「私の餌は……ユメクイよ」

「……わ、私を喰べるつもりなの?」

「まあ、私はお腹が空かないし、殺すだけだけど」

「なかなかひどい仕打ちね」

「大量殺人鬼のユメクイが何を言ってるのよ?」

「私はまだ2度目だ!」

「そうなの?道理でユメクイ特有の自尊心と威圧感がないのね。半人前のユメクイといったところかしら?」

「私は半人前じゃない!!!…痛っ……」

「馬鹿ね、下手に動くと刺さるわよ?」

「……あのさ、もう食欲なくなったから離してくれない?誰も食べないよ」

「そんな嘘に引っかかるわけないでしょう?この世界は、ユメクイが捕食を諦めた途端に崩壊するようになってるのよ?」

「そ、そうなの?」

「ええ、本当だけど……貴女のはやっぱり嘘だったのね」

「あ、しまった……」

「……貴女、結構馬鹿ね」

「なっ!?」

「まあいいわ、そろそろこんな茶番は終わりにしましょうか」

「ッ……」

 

咲夜のナイフが僅かに喉元へ刺さる。

少女の呻き声とともに、鮮血が滴る。

 

「なんだか、貴女のことは気に入ったわ。選ばせてあげる」

「……え?」

「選択肢は2つ。ここでこのまま殺されるか。それとも、私達の同胞になるか」

「……つまり、ユメクイを喰らうユメクイになれってこと?」

「死にたくないのならね」

「……」

「ああ、それと私達の同胞になると言うのならそれを証明してもらうわ」

「証明?」

「この夢を崩壊させることよ。それだけで貴女の捕食の意思が無くなったことの証明になるもの」

「……」

「今の私の格好から想像できると思うけど……私は普段、ナースをしているわ。ここらで1番大きな病院よ。分かるかしら?」

「八意永琳のいる病院のこと?」

「あら、院長を知ってるのね」

「そ、それくらい知ってるよ!"あらゆる薬を作る医者"だって、有名じゃない!」

「まあ、そうね。とにかくその病院に来て頂戴。私の名前は十六夜咲夜。受付の者に言ってくれれば分かるはずよ」

「……分かった。もう捕食は諦める」

 

 

––––バリッ

 

 

空が割れた。

咲夜は拘束を解いた。

それを見て、私達も"ハンレイ"から離れる。

 

「……本当に、諦めると崩壊するんだ」

「ふふっ、仲間が増えてくれて嬉しいわ」

 

咲夜は嬉々としていた。

 

「貴女達も、協力してくれてありがとう。本体を拘束した後に頼もうと思っていたのだけど」

「私は勘で動いただけよ」

「すごいのね、貴女の勘って」

 

咲夜が感心したように私を見る。

すると、後ろから声がした。

 

「なぁ霊夢!」

「何よ魔理沙?」

「いや、なんだ?その…………そろそろお別れだなって」

 

魔理沙が俯いて、恥ずかしそうに言う。

同時に何処か寂しそうだ。

 

「私は、全部忘れちまう。忘れないとしても現実では寝たきりだ…………でも」

 

魔理沙は顔を上げた。

その顔には涙が浮かんでいた。

 

「霊夢、お前は違う。お前は忘れないでいてくれるんだろ?だったら、1つだけ覚えていてほしいんだ」

 

魔理沙は私の肩を掴む。

魔理沙は泣きながら、笑っていた。

 

 

 

「私はお前を––––霊夢を助けたこと、後悔してないぜ!」

 

 

 

私は今、どんな表情だろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––魂魄妖夢の夢は崩壊した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ」

 

気づくとそこは、夜の病院だった。

私は魔理沙の手を握っている。

 

「無事に戻ってこれたわね」

「……ええ」

「あら、泣いてるの?」

 

私の頰には、一筋の涙が––––

 

「な、泣いてないわッ!」

 

私は急いで、袖でそれを拭き取る。

 

「ふふっ……結局、"袖を濡らしてる"じゃない」

「くっ……」

「貴女も中々、可愛らしい顔をするのね」

 

咲夜がからかう。

 

「……さて、結局この薬、どうするの?」

「あ……それは、その……」

「まあいいわ、この薬は貴女に預けておく。飲むも飲まないも好きにしなさい」

「……分かったわ。ありがとう」

「ただし、絶対に紛失しないこと。シャレにならないから」

「ええ、分かってるわ」

 

 

––––コンコン

 

 

ドアを叩く音がした。

 

––––失礼します。咲夜さん、いらっしゃいますか?

 

扉の外で女の声がする。

 

「ええ、いるわよ。霊夢、入れてもいいかしら?」

「え?あぁ、いいわよ」

「開けていいわ」

 

私は入り口に背を向けた。

 

「失礼します。咲夜さん、来客の方がいらしてるのですが……」

「あら、アイツ、随分早かったのね。霊夢、ここに呼んでも良くて?」

「好きにしなさい」

「じゃあ、ソイツをここに連れて来て頂戴」

「了解しました」

 

女は病室から出て行った。

 

「咲夜って……私とそんなに歳変わらないわよね?」

「そうだけど、どうして?」

「さっきのナース、貴女より年上じゃない?敬語とかって……」

「霊夢。年功序列なんて考え、古いわよ。私は能力があるから構わないの」

「……大した自信。ユメクイ特有の自尊心って奴なの?」

「さぁ、どうかしらね?」

 

 

 

少ししてから、1人の少女がノックをして、病室に入ってきた。

 

「失礼します」

「どうも、さっきぶりね」

「あはは……そうね。……って、その子、そんな状態だったの!?」

 

少女がベッドの上の魔理沙を見て言う。

 

「ええ、あの子は一度、ユメクイに喰われているのよ」

「そんな……ああ、だから夢が崩壊する前にあんな会話を……」

 

少女は何かを察したようだった。

 

「とにかく、改めて自己紹介するわね。私は十六夜咲夜。時を操るユメクイよ」

「……博麗霊夢。こっちが霧雨魔理沙。どっちも普通の人間よ」

「え?2人は人間だったの!?」

「そうよ?気づかなかったの?」

「少なくとも、貴女達2人はユメクイなんだと思ってたわ」

 

少女が咲夜と霊夢を見ながら言う。

 

「まあ、この子は普通の人間では無いわ。それについては後で説明するとして……貴女、名前は?」

「私の名前は魂魄妖夢(こんぱくようむ)。剣を操るユメクイよ」

「ああ、そういえば貴女、二本の剣を持ってたわね。使ってなかったけど」

「そ、それは咲夜が使わせてくれなかったからで……それより咲夜、時を操れるって本当?」

「ええ、本当よ」

「だから瞬間移動したのね……納得がいったわ」

 

妖夢はウンウンと頷いていた。

そして、咲夜がポケットから薬を出す。

 

「これは私の常備薬。ユメクイの食欲を抑える薬よ。そしてこれを飲めば、夢を見るようになるわ」

「夢を見るようになる……?」

「ユメクイは夢を見ないわ。だからユメクイは、人間の夢を集めて世界を構成しているのよ。故に、ユメクイがユメクイの作った空間に巻き込まれることは、通常ありえない」

「そ、そうなんだ……」

「だからこの薬で、夢を見るようにするのよ」

「そんな薬が……もしかして、これも八意永琳が?」

「ええ、本当に彼女はすごい人間だわ。当の本人は薬を飲んで、万が一も夢に巻き込まれることが無いようにしてるしね」

「す、すごい人なんだなぁ……」

 

妖夢が感嘆する。

そこで1つ、私は気づいた。

 

「え、ちょっと待って、永琳はユメクイの事知ってるの??」

「ええ、もちろんよ。あの人に知らないことなんてあるのかしら?」

「……もしかして永琳の手際がかなり良かったのって、そういうこと?」

「知らない状態じゃなかったのは確かでしょうね。その状態で運ばれたのも、魔理沙が初めてじゃないし……でも、彼女の腕がいいってのも揺るぎない事実だと思うわ」

「そう……貴女がそこまで永琳に敬意を払うなんて、余程永琳って凄い人なのね」

「それはどういう意味かしら」

「だってほら……あんたって自尊心高いじゃない」

 

咲夜がクスッと笑う。

 

「誰でも"母親"は慕うものでしょ?」

「……え?」

「あら?言ってなかったかしら?」

「言われてないわよ。なにそれ?苗字も違うじゃない?確かに雰囲気や顔立ちは似てなくもないけど……」

「血は繋がってないわ」

 

咲夜が笑みを浮かべる。

先ほどとは異種のものだ。

これ以上は詮索するな、ということか?

咲夜の笑顔には色んな種類がある。

咲夜と出会って、まだほとんど経ってないが、私は分かった。

 

「……話を戻すわ。それで、妖夢にはこの薬を飲んで、他のユメクイと戦ってもらうわよ」

 

話を戻された。

私、もう1つ気になることあったんだけど…

とりあえず、後で聞くことにしよう。

 

「はい、どうぞ。良ければ、今すぐ飲んでくれる?」

「分かった、飲むよ」

「聞き分けのいい子は好きよ」

「なにそれ……」

 

妖夢は手渡された薬を、一気に飲み込んだ。

え、水飲まなくて平気なの?

私はそんなことを思っていた。

 

「んっ……これでいい?」

「ええ、ありがとう。その薬は超即効性だから、すでに空腹感はないはずよ」

「あ、確かにさっきまでの空腹はない……」

「これでもう、貴女は夢を見る体になった。つまり––––」

 

咲夜は妖夢の肩に手を置いた。

その置き方は鋭く、そしてひどく無機質だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––貴女は私の餌になったのよ」

 

咲夜は笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




*キャラ設定(追記あり)

○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」

17歳になる程度の年齢。
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。



○霧雨魔理沙
「おっす霊夢、迎えに来たぜ」

17歳になる程度の年齢。
好奇心旺盛、明朗快活。
男勝りな口調は意識してる。
内面はただの乙女。
霊夢の古くからの友人であり、一番の理解者。



○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。



○射命丸文
「誰も私に追いつけない」

25歳になる程度の年齢。
元大手新聞社の記者。
諸事情により、現在は別の大手企業で事務職をしている。
年功序列の考えを強く持ち、調子に乗った年下を最も嫌う。
目下の者にも敬語を使うことが多々あるが、それは決して相手を敬っているわけではない。

【 能力 : 風を操る程度の能力 】

風を自由自在に操ることができる。
風の速さや範囲、密度を操ることで、鋭い刃のような風や厚い壁のような風など、ありとあらゆる風を生み出すことができる。




○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」

37歳になる程度の年齢。
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。



○魂魄妖夢
「私、もう迷わないよ」

17歳になる程度の年齢。
真面目で義理堅い。
ただ、自分に自信がなく、他人に流されやすいTHE日本人気質。
……に見えるが、実は意思がしっかりしている……ようでしてない。

【能力 : 剣術を扱う程度の能力】
具現化した二本の刀を自由自在に操ることができる能力。
だが、いつも長い方しか使ってない。

武器として二本の刀と半霊を具現化させる。
半霊は実体を持たせることも持たせないことも可能。
また、妖夢と同じ姿になら変身することができ、妖夢の声を半霊の口から出すこともできる。
つまり、同時に喋ることは出来ないが、半霊だけが喋ることは可能。


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第7話 空腹 –– クウフク ––

 

 

 

 

 

私は、"また"夢の中に来ていた。

その夢は地面の全てが赤いレンガ造りで、何本か大きな時計塔––––これも赤レンガである––––が立っているのが確認できる。

しかし、その時計塔はひどく歪んでおり、暗い雲が覆う空も、心なしか歪んでいるようだ。

 

そしてなにより––––今回は、仲間だと思っていた、十六夜咲夜に集められたのだ。

 

「安心して霊夢。貴女は妖夢の次に食べてあげるわ」

 

咲夜が私に言う。

その表情は、殺気に満ちているように思えた。

だが、私の勘は言っている。

 

 

––––咲夜は敵ではない。

 

 

「さて、妖夢。貴女の夢は–––– オ イ シ イ ノ ?」

「ひっ!?」

 

咲夜は狂ったように襲いかかる。

妖夢は出現させた刀で、咲夜のナイフを、いなしていた。

 

「咲夜は薬で食欲を抑えてるんじゃないの!?」

「言ったでしょ?さっき貴女に飲ませたのは私の薬。私はまだ今夜の分を飲んでいないの」

「まさか、薬が切れてるってこと……?」

「ええ、そうよ。早く食べさせて頂戴!」

 

妖夢は怯えている。

しかし、余裕がないわけではなさそうだ。

妖夢は、咲夜のナイフが見えている。

 

「……遅いっ!」

 

攻撃の合間を縫って、妖夢が斬りかかった。

 

 

––––パチンッ

 

 

「……あれ?」

 

妖夢の刀は空を切っていた。

 

「くっ、時を止めたのか!」

「……ふぅ。なかなかの剣捌きね」

「裏切り者に褒められる筋合いはない!!」

「裏切り者ねぇ……あはっ、面白いじゃない」

「今すぐ、その不愉快な笑いを止めてやる!!」

 

確かに、咲夜は笑っている。

だが私は、その額に滲む汗を見逃さなかった。

もしかして咲夜はかなり疲れている?

 

 

 

––––ユメクイの戦い方は各々によって異なる。

まず、ユメクイはそれぞれ特有の"能力"を持つ。

また、ユメクイ自身が"武器"と認識したものを出現させることができる。

 

 

例えば十六夜咲夜の場合。

彼女は"時を操る程度の能力"を持つユメクイである。

そして、武器としてナイフを無限に出現させることができる。

 

また、魂魄妖夢の場合。

彼女は"剣術を扱う程度の能力"を持つユメクイである。

そして、武器として二本の刀と半霊を出現させることができる。

 

 

 

 

 

 

彼女たちの攻防は長く続いた。

2人の勝負は拮抗している、ように思えた

遠距離からナイフを用いて、手数で圧倒する咲夜。

間合いを詰め、一本の刀で攻める妖夢。

2人の戦い方は両極端な物だった。

 

「……くそっ、なんて数なの!?」

 

時を止め、無尽蔵にナイフを繰り出す咲夜。

咲夜が優勢になるのは容易に想像ができた。

 

「はぁ、はぁ……」

「そこだっ!!」

「ッ!?」

 

確かに、咲夜が押しているように見える。

しかし、咲夜の方が疲弊し、隙が多いのは明らかだった。

先ほどから、紙一重で躱している。

咲夜には、普段の余裕が見られなかった。

それに……おかしい。

もし咲夜が本気で妖夢を殺したいなら、以前のように、一瞬で––––それこそ時を止めて––––踏み込み、首元を抉るはずだ。

しかし、先ほどから時を止めるのは回避の時のみ。

攻撃に能力を使っていない。

咲夜は一体何を考えている?

 

「はぁ、はぁ……妖夢。さっきよりも剣筋が遅くなったんじゃない?避けやすくしてくれてありがたいわ」

「咲夜に言われたくないよ!そっちこそ、もうヘトヘトじゃない!」

「……ねぇ、咲夜」

 

2人が止まったタイミングで、私は咲夜を呼んだ。

2人とも一旦休戦し、私の方を見た。

 

「あんた、なんで本気で殺そうとしてないのよ?」

「……」

 

咲夜は何も言わない。

だが、私の目をしっかり見ていた。

 

「……ちょっと待って?咲夜本気出してなかったの?」

「もし咲夜が本気を出していたら、貴女は剣を振ることなんてできないでしょ?それは前回で、既に分かっていることだと思うのだけど?」

「た……確かに……ッ」

 

咲夜がその気になれば、妖夢は手も足も出ない。

それはすでに経験していたことだ。

妖夢も悔しそうだが、認めているようだ

 

「何が言いたいの、霊夢?もしかして、貴女から先に食べて欲しい?」

「ええ、いいわよ?食べたいなら食べればいいじゃない」

「……」

「どうしたの?私は無抵抗な人間よ?ユメクイにとって、これ以上の獲物はないでしょう?」

 

私は両手を広げ、咲夜にアピールした。

しかし咲夜が私を襲うことはなかった。

 

「……はぁ、わかった。もういいわよ」

 

 

––––バリッ

 

 

「終わりにしましょう」

 

空が割れ始めた。

 

「ま、待ってよ!私、状況が掴めてないんだけど!?」

「咲夜は裏切ってなんかないってことよ」

「え……?」

「おそらく、妖夢の強さを見る為。あるいは私と妖夢にユメクイ同士の戦い方を教える為。もしくは、その両方かしら?」

「え?ほ、本当なの、咲夜!?」

「………………はぁ、霊夢。貴女の勘は本当にすごいのね」

「どうも」

 

 

 

 

 

––––十六夜咲夜の夢は崩壊した––––

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

私たちは戻ってきた。

咲夜が溜め息を吐いた。

 

「咲夜、本当は薬なんて切れてないんでしょ?」

「当然よ。私の薬は切れてないわ。そんな失態、この私が犯すわけがないでしょ?」

「薬が効いてる状態で夢を集めるのは相当疲れるの?」

「……貴女には全てお見通しなのかしら?そこまでくると怖いわ」

 

咲夜が呆れたように答えた。

 

「ユメクイの集めた夢は、ユメクイの捕食の意思によって保たれてると言ったでしょう?だから、食欲が湧いてない場合は、その世界を維持するどころか、そもそも夢を集めることさえ、普通のユメクイには出来ないわ」

「況してや、薬の効果で食欲を"消している"状態なら尚更…………ってこと?」

「ええ、そうよ。こんな風に自由に夢を集められるようになるには、相当な熟練度が必要になるわ。こんな芸当は、私のように力のあるユメクイにしか出来ないでしょうね」

 

咲夜は、またしても謎の自信を持て余していた。

 

「だから、あんなに疲れてたんだ……」

「そうよ。そんな状態の私と互角程度で、他のユメクイを倒せるのかしら?」

「……」

 

妖夢は黙り込む。

 

「貴女がこれから戦おうとしているユメクイは、今まで相手にしていた人間とは違うの。自分がユメクイだから分かると思うけど、ユメクイは夢の中で超人的な身体能力を得るわ。個々の能力とは無関係にね。だからこそ、人間に負けるなんてことはあり得ないのよ」

 

さらに咲夜は続ける。

 

「だから妖夢には危機感を持って欲しかった。常に命の危険をかけて戦うことに対する心構えも一緒にね」

「……」

「さっきの私は、普段の私よりも相当弱かった。他のユメクイだって、身体能力に加えて個々の能力があるからもっと強いわ。危機感を持ちなさい」

「う、うん……わかったわ」

「……でも」

 

俯く妖夢に咲夜が笑いかける。

それは裏側に何かが潜んでいるような笑みではなかった。

 

「貴女も本気を出していなかったでしょう?私を本気で殺そうとは思ってなかった。現に、半霊を使った攻撃もしてないし。だから……貴女ならできると思うわ。一緒にこれから頑張りましょう?」

 

咲夜は妖夢の肩に手を置く

先ほどの置き方とはまるで違う、安心感のある置き方だった。

妖夢は顔を上げた。

妖夢の顔にもまた、笑顔があった。

 

 

そこは穏やかな、ほんわかとした空気のだった。

そんな中、私はあることを考えていた。

そしてそれを口に出す。

 

「…………お腹すいた」

「え?ああ、そう言えば、ずっと食べずに放置していたわね」

「冷めちゃったかしら」

 

私は立ち上がり、用意された食事に手をかざす。

 

「あれ……?まだほのかに温かい……?」

「まあ、現実世界の時間ではまだその程度の時間しか流れてないってことよ」

「そうなの……?」

「夢の中での時間の流れは特殊よ。少ししか寝てないはずなのに、かなり長い夢を見た経験くらいあるでしょう?」

「あぁ、そういうことね」

「でも、流石に冷めてるわ。温め直してくるわよ」

「別にこのままでも平気よ?」

「遠慮しなくていいわ。そんな冷めたものを客に出すなんて、私が許せないだけよ」

「私、客ってわけじゃないと思うけど……」

 

少しツッコミを入れつつも、咲夜の好意に甘え、温めなおしてもらうことにした。

 

「じゃあ、私は帰るね。何か分からなくなったりしたらここに来るよ」

「別に遊びに来てもいいのよ?」

「あはは……」

 

なんだか妖夢は気まずそうだった。

 

そうして2人とも病室から出て言った。

室内には私と魔理沙だけが残された。

 

 

 

––––霊夢を助けたこと、後悔してないぜ!

 

 

 

魔理沙は最後、そう言っていた。

この言葉に嘘はないと思う。

だけど……どうしても……

罪悪感だけは拭えなかった。

 

「魔理沙……ごめんね……」

 

私は魔理沙の頭を撫でた。

 

––––コンコン

 

扉を叩く音がする。

咲夜だろうか?

 

「入っていいわよ」

「失礼するわ」

 

入って来たのは咲夜ではなかった。

 

「永琳……?どうしたの?」

「いや、咲夜がなかなか戻らないから、何してるのかと思って見に来たのだけど……ここにも居ないのね」

「ああ、咲夜なら私のご飯を温めなおしに行ったわ」

「そう。2人で話し込んでたの?」

「ええ、まあ……そんなところかしらね」

「もしかして……また?」

「また…って?」

「あぁ、意味が分からないなら気にしなくていいわ」

 

永琳は、そこで話を切ろうと右手を軽く上げる、

しかし私は、永琳のその対応で、彼女が何を意図していたのかを理解した。

 

「––––ユメクイのことなら、"また"集められたわよ」

「……本当に記憶が残っているのね」

「忘れたくても、忘れられないと思うけど」

「そういうものじゃないのだけどね……にしても、大分時間がかかってるわね?」

「色々あったのよ」

「色々?」

「えっと、この10分の間に2回集められて……」

「2回も集められたの?」

「ええ、1回は魂魄妖夢っていうユメクイに集められて、もう1回は咲夜に集められたのよ」

「咲夜が夢を集めた……?」

「もちろん、誰かを食べるためじゃないわよ」

「そりゃあそうでしょうね。あの子は人を食べたいだなんて絶対に思わないわ。たとえ薬が切れてもね」

「あ、そういえば……貴女たち親子だったのね。血は繋がってないらしいけど」

「ええ、そうだけど……あの子を養子に迎えたのは、ついこの間の話よ」

「え、そうなの?」

「まあ、色々あってね……1年くらい前のことかしら?」

「そんな最近のことだったのね……」

「……あの日の咲夜は、1人の少女を抱えてこの病院にやって来たわ。ちょうど、今日の貴女と同じようにね」

「……え?」

「運び込まれた子は、まだ意識が戻らない。魔理沙と同じ状態で、1年間ずっと」

「そんな……」

 

 

––––少し昔の私を見ているようだわ

 

 

不意に咲夜の言葉が蘇ってきた。

 

「さて……これ以上のことは私から言うことじゃないわね。気になるなら咲夜に聞きなさい」

「ええ、そうするわ」

「それともう1つ、連絡事項があるわ」

「何?」

「魔理沙の手術が、明後日に決まったわ」

「そう、分かったわ。よろしくね」

「ええ、しっかりやるわ。任せなさい」

 

永琳はそう言って病室から出て言った。

入れ替わるようにして、咲夜が入って来る。

 

「はい、温め直してきたわ」

「ありがとう」

「院長、ここにいらしてたの?」

「ついさっきまでね。そこで会わなかったの?」

「私が来たのとは逆の方に向かったもの。ただ、その後ろ姿が見えたから、ここに来たのかと思っただけよ」

「そう。……ねぇ咲夜、永琳から少し聞いたのだけど……」

「もしかして昔の話?あまり思い出したくも、答えたくもないのだけど」

「どうして?今でも、この病院にいるんでしょ?」

「あら、そんなことまで聞いたの?……喋りすぎね、あの人」

「……私が昔のあんたと似てるってのは、そういうことだったのね」

「そうね。貴女の姿は、完全に昔の私とダブって見えていたわ」

 

咲夜は虚空を見つめていた。

その瞳には、何かが映っているような気がする。

 

「とにかく、この話は明日にしましょう。今日はこれを食べて、早めに休みなさい。今晩ここで寝るつもりなら、毛布でも持ってくるけど」

「いや、一旦帰るわ。家にほとんど荷物なんてないけど……着替えくらいは欲しいもの」

「ナース服なら貸すけど?」

「嫌よそんなの!」

 

私は怒った。

そして、咲夜が笑う。

その場には和やかな空気が流れていた。

 

「私は泊まり込みで働いてるから、何かあれば、いつでも呼んでいいわ」

「あんた、病院に住んでるの?」

「正確には病院の裏に家があるから、泊まり込みとは違うかもしれないわね。院長も一緒に住んでるから、いつでも急患に対応できるようになってるのよ」

「へぇ……なるほどね」

「じゃあ失礼しますわ」

 

そう言って一礼すると、咲夜は病室を後にした。

その姿を確認し、魔理沙へ視線を落とす。

 

––––魔理沙は安らかな表情だ。

もちろん、その表情は何があっても変わることなどないのだろうが。

 

そして私は食事に手をつけた。

 

「……美味しい」

 

それは、とても温かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




*キャラ設定(追記なし)

○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」

17歳になる程度の年齢。
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。



○霧雨魔理沙
「おっす霊夢、迎えに来たぜ」

17歳になる程度の年齢。
好奇心旺盛、明朗快活。
男勝りな口調は意識してる。
内面はただの乙女。
霊夢の古くからの友人であり、一番の理解者。



○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。



○射命丸文
「誰も私に追いつけない」

25歳になる程度の年齢。
元大手新聞社の記者。
諸事情により、現在は別の大手企業で事務職をしている。
年功序列の考えを強く持ち、調子に乗った年下を最も嫌う。
目下の者にも敬語を使うことが多々あるが、それは決して相手を敬っているわけではない。

【 能力 : 風を操る程度の能力 】

風を自由自在に操ることができる。
風の速さや範囲、密度を操ることで、鋭い刃のような風や厚い壁のような風など、ありとあらゆる風を生み出すことができる。




○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」

37歳になる程度の年齢。
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。



○魂魄妖夢
「私、もう迷わないよ」

17歳になる程度の年齢。
真面目で義理堅い。
ただ、自分に自信がなく、他人に流されやすいTHE日本人気質。
……に見えるが、実は意思がしっかりしている……ようでしてない。

【能力 : 剣術を扱う程度の能力】
具現化した二本の刀を自由自在に操ることができる能力。
だが、いつも長い方しか使ってない。

武器として二本の刀と半霊を具現化させる。
半霊は実体を持たせることも持たせないことも可能。
また、妖夢と同じ姿になら変身することができ、妖夢の声を半霊の口から出すこともできる。
つまり、同時に喋ることは出来ないが、半霊だけが喋ることは可能。


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第8話 疑惑 –– ギワク ––

 

 

 

 

「なんだか、久々の我が家ね……」

 

うん。色々あった。

ありすぎたくらいだわ。

私は今、マンションのエレベーター内にいる。

もうすぐ、愛しの我が家に到着する。

まあ、大したものもないし、そんなに大きい部屋でもないのだけど。

 

私はエレベーターを降り、通路を歩く。

部屋番号というより、歩く距離で記憶している自分の自室の前に立った。

そしていつも鍵を入れてるポケットに手を………

 

「あ、あれ……?」

 

私は顔が青ざめていた。

鍵が……ないっ!

 

「お、おかしいわね……」

 

私は試しにドアノブに手をかける。

 

––––ガチャガチャッ

 

鍵が掛かっていた。

 

「鍵は閉まってる。つまり私は、部屋を出るときに鍵を持っていたということよね……?」

 

このマンションのドアはオートロックではない。

マンションの玄関もただの自動ドア。

まるでセキュリティという発想がないような建物だ。

だからデカイわりに安いのだろう。

私はその安さと景色の良さでここに決めた。

景色を見ながらお茶を飲むのが、私の数少ない趣味の1つだった。

女が一人暮らしするには、本来良くない物件なのだろうけど……

 

「困った。まぁ……仕方ないわね」

 

私はマンションの管理室へ向かおうとした。

彼女に会うのは、あんまり気が進まないのだけど……

そンなことを考えていた時だった。

 

––––ガチャッ

 

「どちら様かしら……?」

「え?」

 

私の部屋から、誰かが出てきたのだ。

 

「あ、霊夢じゃない。貴女どこ行ってたのよ?」

「あんた、何やってんのよ!?」

「何って、酷いわね。娘の様子を見にきちゃいけないのかしら?」

「誰が……あんたの娘だって?」

 

出てきたのは、長い金髪で不敵な笑みを浮かべる長身の女––––普通に見たら美人の部類なのだろうが、私は絶対認めない––––八雲(やくも)(ゆかり)だった。

 

「お母さんのこと、忘れちゃったのかしら?」

 

紫は私の"育ての"親だ。

私の母は既に死んでいる。

紫は昔から、主に金銭面で、私を援助してくれる。

昔、なぜかを問いたら『貴女を一人前に育てないと、貴女の母親に顔向けできない』と言っていた。

よく分からないが、それ以上はあまり興味が湧かなかったので、とりあえず貰えるものは貰っている状態だ。

 

「ふざけたこと言ってると、ぶっ飛ばすわよ?」

「あらあら、怖いわねぇ。別に間違ったこと言ってないと思うのだけど」

 

紫は常に携帯している扇子で口元を隠しながら笑っている。

 

「ほんっと、胡散臭い笑い方ね」

 

私は呆れたように言う。

 

「なんであんたがここに居るのよ?」

「だから、様子を見に来たって」

「そうじゃないわ。鍵が掛かっていたでしょ?あんたに鍵を渡した覚えはないんだけど?」

「管理人さんに頼んだわ」

「……あいつ……後でぶっ飛ばす」

「それ、出来ると思ってるの?」

「……」

 

黙るしかなかった。

このマンションの管理人は本当に怖いのだ。

いや本当にマジで洒落にならない。

それこそ、彼女自身がセキュリティシステムであると言っても過言ではないだろう。

 

「あ、それと窓が割れていたんだけど……貴女何かしたの?」

「窓が……?」

「ほらほら、来てみなさいな」

 

なぜか私が、私の家に手招かれた。

だがそんなこと突っ込むよりも、窓の方に興味があった。

紫に連れられて行ってみると、そこには割れた窓があった。

ガラスの破片は内側にはあまり飛んでいない。

 

「……あんたがやったんなら正直に言いなさい。別に怒らないわ、お金取るけど」

「それが私じゃないのよ。実は私もついさっき来たところなのだけど……そのときには既にこの状態だったわ。もしかして泥棒にでも入られて、そこから逃げたのかしら?」

「取るものなんてないでしょうに」

「外から見ただけじゃあ、中に何があるかなんて分からないでしょう?もちろん、"中に何もない"ってことも分からないわ」

「あー、やっぱり私、鍵を掛け忘れてたのかしら?」

「おそらくそうでしょうね。私が来たときには既に鍵が掛かっていたし、貴女は鍵を持たずに外に出ているもの」

 

つまり、私は鍵を掛け忘れ、鍵のかかってないドアから何者かが侵入。

何かを取ったのか、物色したのかは知らないけど、ドアに鍵を掛けて、窓を割って逃げたってことだろう。

 

「でも、おかしいのよねぇ……」

 

紫は唸っていた。

 

「なぜ泥棒さんはドアに鍵を掛けたのかしら?どうして窓を割って外に出たのかしら?」

「さあね、人の家に無断で入るような輩の気持ちなんて分からないわよ」

「あら、それは私にも言ってるのかしら?」

「さあね」

 

はぁ、と紫はため息を吐く。

まるで、反抗期の子供を持った親のように。

ムカつく。

 

「玄関に鍵を掛けたのは、発見を遅らせる為とか、何かしら理由を付けようと思えば付けられる。窓を割って外に出たのも、焦っていたか急いでいたか、説明しようと思えば説明できる」

「ならそれでいいじゃない。説明つくんでしょ?私は泥棒に入られたことに関しては何とも思わないわ」

「さすがにそれは無頓着すぎると思うわ……」

 

紫は呆れていた。

 

「でも1つだけ、説明のつかない事があるのよ」

「何よ?」

「窓を割って外に出て…………こんな所から"跳"んだら、普通死ぬわよ?」

「…………」

 

私の部屋は12階にあった。

この高さから跳ぶなんて、普通は出来ない。

それこそ、"飛"ばない限りは……

 

「とにかく、警察に届けた方がいいでしょうね。というか、私が捜査するわ」

「え、やめて。めんどくさい」

「ダメよ。こんなに可愛い女の子の家が狙われたのよ?これは由々しき事態だわ」

「どうでもいいからやめて。どうせ暫くはこの家に戻ることもほとんど無くなるだろうし」

「どういうこと?」

 

紫が真剣な眼差しで私を見た。

 

「……魔理沙が倒れたのよ」

「魔理沙が?私の知ってる魔理沙は、無駄な元気だけが取り柄だったはずなのだけど?」

「ええ、そうね」

「……今、どんな状態なの?」

「意識がなくて眠ってるわ。次にいつ目覚めるかもわからない」

「……もしかして、例の窒息と関係ある?」

「知ってるの?」

「いや、窒息に関しては知らない人の方が少ないと思うのだけれど?」

「そんなに騒がれてるんだ……」

「貴女、本当に無頓着すぎる……というより、世間知らず過ぎるわよ」

 

紫は呆れている。

 

「それで、今は病院なのね?八意永琳にでも見てもらってるのかしら?」

「なんで分かるのよ?」

「今の日本で、永琳ほど有名な医者はいないわ。貴女、本当に世間を知らないのね」

「悪かったわね」

「それにしても……やはり八意永琳なのね……」

「やはり?」

「実はこの1年間ほど、例の窒息事件を調べているのよ」

 

紫は私立探偵だ。

探偵の世界ではかなり有名らしい。

テレビに出たりとかは無いため、一般への認知度は低い。

実際は、取材依頼がかなり来るらしいが、全て断っているそうだ。

仕事がやりにくくなるから、と。

それでも紫はかなり有能らしく、時には警察からも捜査依頼が来るほどだ。

もちろんそれは秘密裏の契約の為、公開されることはないのだが。

 

「調べ始めてから1年以上経つのに、未だにほとんど手がかりがないわ。ただ……全ての情報に共通して関係している人物がいるのよ」

「それが……八意永琳なの?」

「ええ。彼女が有名になった時期と、窒息死の患者が出始めた時期が大体同じくらいなのよね」

「……へぇ?」

「それに、窒息事件のほとんどがこの病院から半径20~30キロ以内で起こっているのよ」

「でもそれだけじゃ、永琳が関わってるとは言えなそうだけど?」

「そうなのよねぇ。まあとにかく、なんだか怪しいなぁ……とは思うんだけど、確信が持てないのよ」

「……そう」

「あ、そうだ、霊夢の勘は何か言ってる?」

「え?」

「いいのよ、適当に勘で答えてくれれば。それが本当に"適当"なんだから」

 

紫は時々、私の勘を頼ることがある。

そのため本来はタブーであるが、紫は私に情報を漏らす。

それほど私の勘を当てにしているのだろうが、有名探偵がそんなことでいいのだろうか?

当然私は、その情報を他者に漏らしたりはしないが。

 

「さあね。私の勘は何も言ってないわ」

 

嘘だった。

永琳はユメクイを知っている。

そして、ユメクイ対策をしている。

さらに言えば、それを世間に公表していない。

つまり、永琳は何か知られたくない事があるのだろう。

私の勘はそう言っている。

 

「本当かしら?」

 

紫が私の顔を覗き込む。

永琳が何かを知っていることは、ほとんど確実だと思う。

だが……永琳には魔理沙を延命してもらった恩がある。

そして、永琳の力が後々必要になる……気がする。

根拠はないが。

とにかく、紫に嗅ぎ回られるのはあまり良くない気がする。

 

 

––––それが、私の勘の答えだ。

 

 

「本当よ。私は明日も病院に行くけど……気になるならあんたも来る?」

 

だが、紫に協力したいという気持ちもあった。

だから私は、取り敢えず永琳に後はなんとかしてもらおうと思った。

そんなことより今日は眠いのだ。疲れた。

 

「そうね……そうしましょうか」

「とりあえず、そろそろ寝たいわ。今日は色々……本当に色々あって疲れてるのよ」

「そう、じゃあいい夢が見れるといいわね」

 

紫は笑って言う。

珍しく胡散臭い笑い方ではなかった。

 

「いい"夢"ねぇ……」

 

 

だが私は、苦笑いしかできなかった––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、私は紫とともに病院に来ていた。

 

「私は魔理沙のところに行くけど、あんたも顔出す?」

「魔理沙は私のこと分かるのかしら?」

「昔からあんたら知り合いでしょ」

「……そういう意味ではないのだけど」

 

紫が何かをボソッと呟いた。

 

「なんか言った?」

「いえ、何でもないわ。そもそも、魔理沙の所に行かないのなら、私はどこへ向かえばいいのよ?」

「直接永琳のところにでも」

「アポ無しで行くんだもの、そんな事したら門前払いよ」

「確かにそうね」

 

私達は魔理沙の病室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

病室に入り、私は持って来た着替えや日用品を備え付けの棚の中にしまっていた。

それだけ見ていれば、魔理沙のものを持って来たようだが、実際は全て私のもので、当然私が使うものだ。

その間紫は、魔理沙をジロジロと観察していた。

いや、違う。

魔理沙に取り付けられている医療器具を念入りに観察していた。

 

「へぇ……こうすれば死なずに済むのね」

 

紫は感心したように呟いた。

 

 

––––コンコン

 

 

不意に、ドアを叩く音がした。

 

––––霊夢?入ってもいいかしら?

 

咲夜の声だった。

 

「ええ、入っていいわよ」

 

扉を開け、咲夜が入って来た。

 

「失礼するわ。朝食を持ってみたのだけど……あら、2人分持って来た方が良かったかしら?」

「あぁいいわよ、コイツの分は」

「そうなの?」

「ええ、いいですわ。私、朝はあまり食べないのよ」

「承知致しました。では失礼致しますわ」

「あ、待って咲夜」

「何かしら?」

「コイツ、永琳に会いたいみたいなのよ。会わせてやってくれる?」

「院長に……?」

 

咲夜が不思議そうに紫を見た。

 

「私は八雲紫。霊夢の育ての親なの。魔理沙のことも知らない間柄じゃないわ。この度は2人がお世話になったみたいだから、ご挨拶しようと思って」

 

紫は胡散臭い笑いを浮かべていた。

自分が探偵であることは伏せている。

 

「畏まりました。院長には、そのように話を通しておきます」

 

咲夜が一礼して、部屋を出て行った。

 

 

 

 

暫くの間、私は食事を取りながら、そして紫は医療器具を観察しながら、ポツリポツリと会話をして過ごしていた。

すると再び扉を叩く音がする。

咲夜が食器を取りに来たのだ。

 

「美味しかったわ、ありがとう」

「それは良かったわ」

「これって、もしかして貴女の手作り?」

「そうよ、よく分かったわね?」

「いや、なんとなく。勘よ」

「また勘なのね……」

「まさか、病人全員分を作ってるの?」

「さすがにそれはないわ。貴女の分だけよ」

「へぇ、嬉しいわ。病院の食事って、美味しいイメージないから」

「まあ、私の手料理よりは遥かに劣るでしょうね」

「すごい自信だこと」

「当然よ」

 

私と咲夜が談笑する。

 

「そんなに美味しいなら、昼食を頂こうかしら?」

「ちょっと紫、迷惑でしょ」

「いいわよ霊夢。どうせ貴女の分は作るつもりだったし」

「……悪いわね、咲夜」

「構わないわよ」

 

紫は微笑ましそうに見ていた。

 

「それにしても貴女たち……随分と仲がいいのね」

「別に……ただ色々と世話になってるだけよ」

「私は霊夢のことが好きでこうしていますわ」

 

咲夜が何食わぬ顔で言う。

なんだか凄いことを言ってる気がする。

私は少し恥ずかしくなった。

 

「ふふっ、いいお友達を持って、お母さん嬉しいわ」

「誰が母さんよ……」

 

紫は心底嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に美味しかったわ。ご馳走様」

「喜んでいただけて光栄ですわ」

 

昼食後に、咲夜は再び訪れた。

もちろん、食器を下げるためだ。

 

「今度咲夜に料理習おうかしら」

「あら霊夢、料理が苦手なの?」

「苦手ってことはないわ。大体のものは作れるし」

「霊夢の作る料理も美味しいわよ?最近食べてないけど」

「なんであんたに作る必要があるのか、甚だ疑問だわ」

「酷いわねぇ、たった1人の家族じゃない?」

「"義理の"ね」

 

 

––––コンコン

 

 

そんな下らない話をしていると、扉を叩く音がした。

 

 

––––八雲様、院長がお呼びです。

 

 

知らない女の声だった。

おそらく数いるナースのうちの1人だろう。

 

「今行きますわ」

 

紫が扉を開け、部屋を出る。

 

「それじゃあ、また後でね、霊夢」

 

また後でって…………いつになるんだろう?

 

––––霊夢はふと、そんなことを考えていた。

 

 

「ちょっと霊夢。あの人、何者なの?」

 

咲夜が唐突に尋ねる。

 

「どこまでユメクイのこと知ってるの?」

「ほとんど知らないに等しいわ。ただ、永琳を少し疑ってるみたい」

「へぇ……院長をね。だから会いたかったってことかしら?」

「そうよ」

「なるほど。それなら院長が上手くやるでしょうね」

「……ねぇ咲夜。どうして貴女達は、ユメクイのことを世間に公表しようとしてないの?」

「さぁ?私もそこまでは知らないのよ。ただ、無闇矢鱈に言いふらすことじゃないって言われてるわ。疑問は残るけど、とりあえずそれに従ってる。院長には恩があるから」

「そう……なるほどね」

「食器、片付けるわね」

「ありがとう。……そういえば咲夜」

「何かしら?」

「今日はナース服じゃないのね」

「ええ、今日は非番だもの」

「なら自分のために時間を割きなさいよ。私の世話なんかじゃなくて」

「いいのよ、好きでやってるんだから」

「またそんな、恥ずかしげもなく……」

「それに、病院に用があるから、そのついででもあるのよ」

「病院に……?あ、もしかして……」

「そう。私はお嬢様の様子を見にきているの。貴女と同じよ」

「……お嬢様?」

「––––貴女には、話してあげてもいいかもしれないわね」

 

咲夜が食器の乗ったトレーを持ち上げる。

 

「少し、昔話に付き合ってくれるかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




*キャラ設定(追記あり)

○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」

17歳になる程度の年齢。
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。



○霧雨魔理沙
「おっす霊夢、迎えに来たぜ」

17歳になる程度の年齢。
好奇心旺盛、明朗快活。
男勝りな口調は意識してる。
内面はただの乙女。
霊夢の古くからの友人であり、一番の理解者。



○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。



○射命丸文
「誰も私に追いつけない」

25歳になる程度の年齢。
元大手新聞社の記者。
諸事情により、現在は別の大手企業で事務職をしている。
年功序列の考えを強く持ち、調子に乗った年下を最も嫌う。
目下の者にも敬語を使うことが多々あるが、それは決して相手を敬っているわけではない。

【 能力 : 風を操る程度の能力 】

風を自由自在に操ることができる。
風の速さや範囲、密度を操ることで、鋭い刃のような風や厚い壁のような風など、ありとあらゆる風を生み出すことができる。




○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」

37歳になる程度の年齢。
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。



○魂魄妖夢
「私、もう迷わないよ」

17歳になる程度の年齢。
真面目で義理堅い。
ただ、自分に自信がなく、他人に流されやすいTHE日本人気質。
……に見えるが、実は意思がしっかりしている……ようでしてない。

【能力 : 剣術を扱う程度の能力】
具現化した二本の刀を自由自在に操ることができる能力。
だが、いつも長い方しか使ってない。

武器として二本の刀と半霊を具現化させる。
半霊は実体を持たせることも持たせないことも可能。
また、妖夢と同じ姿になら変身することができ、妖夢の声を半霊の口から出すこともできる。
つまり、同時に喋ることは出来ないが、半霊だけが喋ることは可能。



○八雲紫
「当然よ。私は常人じゃないもの」

国家機密になる程度の年齢。
知る人ぞ知る名探偵。
洞察力、思考力に長けるが故に何を考えているか分からない。
その上、笑顔で隠そうとするから本当にタチが悪い。
霊夢のことを気にかけているが、それが霊夢の為なのかは不明。
彼女に年齢ネタは禁句です。


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第9話 追懐 –– ツイカイ ––

 

 

 

 

––––私はいつも1人だった。

 

 

 

 

幼い頃から、どこか冷めていた私は、同年代の連中が馬鹿に見えて仕方がなかった。

そんな風に思っていた私は、当然のように周りから浮き、そして嫌われていた。

友達なんてものは出来るはずがなかった。

 

 

家に帰れば、父が母に暴力を振るっていた。

私は部屋にこもり、怯えることしかできなかった。

母はいつも私に謝っていた。

父は私に無関心だった。

 

 

しかし、私が成長していくにつれて、父の私を見る目がおかしくなっていた。

私が中学生の頃だった。

父が私に手をかけた。

私は恐怖で抵抗できなかった。

そんな私を助けたのは母だった。

 

 

母は狂ったように泣き叫び、そして刺した。

ナイフで父を刺した。

 

何度も……

 

何度も……

 

 

何度も、何度も、何度も––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––気づけば私も、父を刺していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

既に息絶えた父は、無抵抗に刺されている。

私は声も出さずにナイフを突き刺す。

そして抜いて、また突き刺す。

それを繰り返す。

その感触は驚くほど柔らかいものだった。

 

––––ほんの少しだけ、愉快だった。

 

 

 

父は死に、母は有罪判決となった。

私は母に庇われ、無罪となった。

この事件は、かなり大きなニュースになった。

母の判決に関して、世の中の意見は割れていた。

最低な父親を持った母と娘に同情する人々。

一方で、狂った母親に恐怖し極刑を求める人々。

 

 

しかし少し経てば、そんな事件のことは人々の記憶から消えていた。

 

 

 

両親を失った私は、引き取ってくれるような身内もおらず、一人暮らしをする余裕もなかったため、施設に預けられた。

施設での生活は、よく言えば穏便なものだった。

事務的な作業として世話をする職員。

目の光を失った子供達。

誰も私に干渉しない、快適な空間ではあった。

しかし同時に、刺激が無さすぎた。

 

そんな施設で1年ほど過ごしたある日のこと。

私は、夜中に施設を抜け出した。

 

 

 

 

 

1本のナイフを手に––––

 

 

 

 

 

 

私は、あの時の感覚が忘れられなかった。

柔らかい肉を切り、温かい血に染まる。

あんなにも刺激的で興奮することなんて……他にない。

私は獲物を求めて、ひたすら歩いていた。

 

 

 

 

 

 

どれほど歩いただろうか?

まだ夜明けにはなっていないが、かなりの時間が経ち、もうここがどこだか分からなかった。

そんなとき、私は猫を見つけた。

そして私は笑っていた。

 

私はその猫に近づいた。

猫は私に気付いたが逃げなかった。

いや、逃げられなかったのだ。

その猫は足を怪我していた。

 

私はさらに、その猫に近づいた。

猫は私を威嚇していた。

しかし、その威嚇に何の恐怖も感じない。

寧ろ、その反応が私の気分を煽った。

 

 

そして私は満面の笑みで、ナイフを振り上げた––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––何してるの?」

 

私はナイフを振り下ろす直前で固まった。

 

「何を、しようとしているの?」

 

 

––––ドクンッ

 

 

私の心臓の鼓動が響く。

 

「だんまりかしら?」

「…………」

「……まあいいわ。貴女、ここがうちの庭だって知ってる?」

「…………は?」

「貴女、不法侵入よ」

「…………?」

 

ふと、左手に大きな館があるのが見えた。

 

「気づいてなかったみたいね。はぁ……うちの門番は一体何をしてるのかしら。勤務時間外だけど」

「……」

「貴女、どこから来たの?名前は?」

「……忘れた」

「忘れた?何?記憶喪失とでも言うの?」

「……名前なんて、私にはない。帰る場所も、ない」

 

父に付けられた名前があるが、あんな名で呼ばるなど不愉快だった。

名付け親が母なら、こんなこと思わなかったかもしれないが。

そして帰る場所がないのは……本当だ。

 

「へぇ……なんだか訳ありみたいね」

「……」

「私はレミリア。レミリア・スカーレット。この館の主よ」

「主……?貴女が?」

 

レミリアというその少女は、明らかに私より年下の、まだあどけなさが残る幼い容姿だった。

 

「そうよ。私はスカーレット家の跡取り娘。将来が約束された存在なの」

 

レミリアは自分の立場に誇りを持っているようだった。

 

「そうだ。貴女、ここでメイドとして働いてみないかしら?どうせ帰る場所どころか、行く場所すらもないんでしょう?」

「私が……メイド?」

「そう。なかなかいい案だと思うのだけど、どうかしら?」

「なんで?」

「ん?」

「なんで、見ず知らずの私なんかを雇おうだなんて思うのよ?警戒しないの?」

「庭をウロつかれるよりはマシよ」

「だからって警戒心なさすぎだと思うわ」

「すぐに貴女を消してやってもいいのよ?」

 

レミリアは私を睨む。

その目は、正直怖かった。

 

「ッ……まあ、私にとっては悪い提案じゃないしね。いいわ。メイド、やってやろうじゃないの」

「ふふっ、威勢のいい人。でも、ここで雇う前に、その口の聞き方なんとかしないとね」

 

レミリアは私に近づいて来た。

ナイフを持ってるこの私に、怯むことなく。

 

「は?………………っ!?」

 

一瞬だった。

右手と襟元を掴まれた所までは覚えている。

その後は何があったのか、理解できない。

気づけば私は、地面を背にして天を仰ぎ、ナイフを失っていた。

 

「私のことはお嬢様と呼びなさい。そして、敬語も忘れないようにね」

「……は、はい」

「さて、貴女の名前を考えましょうか……」

「え?」

 

お嬢様は、うーんと、首を唸りながら考える。

 

「そうねぇ……んー…………あっ」

 

お嬢様は空を見て、何かに気づいたようだった。

 

「ねえ、貴女には、あれが何に見える?」

 

お嬢様は空を指差し、私に問う。

そこには大きな月があった。

 

「……満月、ですか?」

「惜しいわね。あれは満月じゃないわ」

 

お嬢様は視線を私に落とし、年相応の可愛らしい笑みを浮かべた。

 

「あれは十六夜。そんな夜に咲かせた出会いの花」

「……」

「十六夜……咲夜。これが貴女の名前よ」

「お……お嬢様……」

「惚れたかしら?月が綺麗、なんて言わせないわよ」

「死んでもいいわ」

 

お嬢様は呆れたようにため息を吐き、そして言う。

 

「敬語を使いなさい」

 

私は手首を捻られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様!!!」

 

遠くから、お嬢様を呼ぶ声がした。

そしてその声の主はこちらに走ってくる。

 

「こんなところにいらしたんですね!もう、夜中に抜け出すのはやめて下さいとあれほど……」

「私は夜行性なのよ」

「明日は朝から、妹様と出かけるのでは?」

「…………あ」

「起きられなくても知りませんよ?」

「えっ!?なんでよ!起こしてよ!」

「言うこと聞かない人の言うことなんて聞きませんっ!」

「なによ!ケチ!アホ!ダメーリン!」

「ひ、ひどいです!名前をいじるなんて最低です!」

「はぁ……分かったわよ。朝は自分で起きるわ……それよりも」

 

お嬢様は私の方に振り返った。

 

「あの子は、今日からこの館で働く十六夜咲夜。教育係は貴女が適任ね。よろしく頼むわ、美鈴」

「え!?い、いきなり!?というか、私ッ!?」

「貴女、世話をするのが好きなんでしょ?例えば……そこの野良猫とか」

「ば、バレてたんですか……?」

「当たり前じゃない。私はこの館の主よ?」

「ッ……恐れ入りました」

「分かればいいのよ。じゃあ、よろしくね。私は部屋に戻って明日の為に寝るわ。あ、1人で戻れるから、2人で話してていいわよ」

「はい。お休みなさい、お嬢様」

「ええ、お休み美鈴。咲夜もね」

「お、お休みなさい」

 

お嬢様は欠伸をしながら、館の方へと消えていった。

 

「それで、貴女が新しいメイドさんなんですか?」

「ええ、そうよ」

「なんでまた、この館でメイドなんか……それにこんな時間に」

「流れよ。深い意味なんてないと思う。私に合わなかったら出て行くつもりだし」

「そ、そんな勝手な……はぁ、お嬢様も変わった人を気に入ったんだなぁ……」

「気に入った?」

「え?ああ……まあ、なんでもないですよ」

「……それにしても、あの子が本当にこの館の主なの?」

「はい、そうですよ。この館はお嬢様の"お小遣い"で建てられたものです。両親はイギリスに住んでいますが、お嬢様が日本で暮らしたいと希望されたため、こうして別々に暮らしているらしいです。お父様もお母様も仕事で世界を飛び回っているので、イギリスに住んでいるという表現も正しくはないかもしれませんが」

「へぇ……世の中にはいろんな人がいるのね」

「ええ、この世界は本当に広いので、想像もつかない人や出来事なんて幾らでもあるんです」

 

何故か物知り顔で言う、赤毛の女。

私より長身で、何よりその胸に目がいく。

私なんか……………………コホンッ

 

「とにかく、貴女のお世話は私が任されましょう!私は(ほん)美鈴(めいりん)。この館で門番をしています」

「門番?門番なんかにメイドの仕事がわかるの?」

「少し前まではメイドだったんですよ」

「へぇ……なのに今では館の外に追い出されちゃったのね?」

「ち、違いますよ!私はメイドながらも、腕が立つので……適材適所というやつです」

「なるほどね。つまり脳筋ってことでいいかしら?」

「違いますよ!?」

 

 

こうして、私はこの紅い大きな館––––紅魔館で働くことになった。

 

 

 

 

 

私の教育を任された美鈴は、さすが元メイドなだけあって、家事を卒なくこなしていた。

しかし、どこか不器用な面があった。

 

その点私は、やはり難なくこなすことが出来た。

分からないことでも一度見れば覚えられるし、教えられたことを応用することもできた。

美鈴から教わることは、早くも無くなっていった。

 

 

「咲夜さん、本当に優秀ですよね」

「そうかしら?私は普通にしてるだけなんだけど」

「いやいや、普通はこんなに早くできるようになりませんよ!もう私より手際いいじゃないですか!」

「それは美鈴が脳筋だからよ」

「だから違いますって!」

 

美鈴は全力で否定する。

最近はこのときの美鈴の表情が面白くて、何度も振ってしまう。

 

「にしても、真面目な話。咲夜さん、異常に出来ますよ。やはりお嬢様には"視えて"いたんでしょうか?」

「見えてた?何が?」

「お嬢様は、たまにこうおっしゃるんですよ」

 

美鈴が腰に左手を当て、右手で顔を覆う。

そして指の隙間から目を光らせながら言った。

 

「私には、運命が視えるのよ!」

「……ぷっ、なにそれ」

 

私はたまらず吹き出した。

美鈴は続けて、両手を胸の前に置き、こう言った。

 

「運命を操るなんて、私には容易いわ」

「あははっ。なんか、言いそうね」

 

私は堪えきれずに笑い声をあげた。

美鈴も満足そうな顔をしてから、一緒に笑った。

 

 

「––––2人して私の悪口なんて、いい度胸ね」

「「ッ!?」」

 

私たちは硬直した。

恐る恐る、声のする方へと視線を向けた。

するとそこにはレミリアお嬢様––––

 

 

 

––––の妹である、フランドール・スカーレット様がいた。

 

「どう?私も似てた?アイツの真似!」

 

妹様は輝かしいほどの笑顔を向けていた。

 

「い、妹様……心臓に悪いですよぉ……」

 

美鈴が弱々しい声を出す。

 

「それに妹様、お嬢様をアイツ呼ばわりは……」

「いいじゃん、アイツはアイツでしょ」

「こらこら、お姉様をアイツ呼ばわりしないの」

「あら、居たのねお姉様」

「「お、お嬢様!?」」

 

振り返ると、お嬢様は私達を見てニッコリと笑っていた。

 

「2人にはお仕置きが必要ね」

 

気づけば私達は2人とも、天を仰いでいた。

 

 

 

 

「痛たた……」

「ねえ美鈴」

「なんですか?」

「貴女、腕が立つんじゃなかった?」

「お嬢様には敵いません」

「なんでお嬢様、あんなに強いのよ……」

「なんでも、護身用に柔道を習われたそうです」

「相当有名な人が教えたんでしょうね、あんな小さい体で私達二人を捻るなんて……普通考えられないわ」

「本当です……イタタタ……」

 

 

「ねぇ2人とも。聞こえてるわよ?」

 

天を仰ぐ私達を見下ろして、お嬢様は仁王立ちしていた。

 

「随分と仲良くなったみたいね。貴女たちは私の家族みたいなものだから、笑い合ってくれるのは本当に嬉しいことよ。でも––––」

 

お嬢様の眼光が鋭くなる。

 

「––––主人を笑うなんて、どうかしてるわ」

 

お嬢様が私達の腕を捻る。

痛みを訴え、もがく私と美鈴。

その光景を見ながら笑う妹様。

 

そんな環境に、私は心地良さを感じていた––––

 

 

 

 

 

 

 

 




*キャラ設定(追記あり)
キャラが増えてきてこのコーナーが長ったらしくなってしまった為、今回からはその回の登場キャラのみの設定を載せていきます。


○十六夜咲夜
「いいわ。メイド、やってやろうじゃないの」

16歳になる程度の年齢。(3年前)
容姿端麗で、頭が良く、運動神経も抜群。
だが、それ故に周りを見下す為、友達はいないようだ。
中卒で紅魔館に就職した模様。



○レミリア・スカーレット
「すぐに貴女を消してやってもいいのよ?」

11歳になる程度の年齢。(3年前)
義務教育?なにそれおいしいの?的な英才教育を受けに受けまくった天才児。
えいさいきょーいくってすげー。
『うー☆』なんて言わないカリスマ系お嬢様(のつもり)。



○フランドール・スカーレット
「今の紅魔館じゃない!あの何でもない日々が良かったの!」

6歳になる程度の年齢。(3年前)
純粋無邪気。
狂気なんてないよ、たぶんね。
ただ、悪戯は好き。レミリア相手には特に。
……実はレミリアよりも、頭が良かったりする。
(勉強が出来るという意味ではなく、思考力という意味で)



○紅美鈴
「私はメイドながらも、腕が立つので。適材適所というやつです」

25歳になる程度の年齢。(3年前)
元メイドの現門番。
居眠りなんてしません。夜中に入り込んだ咲夜が悪い。
お嬢様相手に手加減しているため、ガチで戦ったら余裕で美鈴が勝ちます。
実は強い美鈴。
ただ、腰が低い。


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第10話 必要 –– ヒツヨウ ––

 

 

 

 

 

 

「おはようございます、お嬢様」

「ええ、おはよう咲夜」

「では、本日の日程ですが––––」

 

私がここ、紅魔館でメイドとして働き始めてから2年が経とうとしていた。

そんな、ある日の朝のことだった。

私はお嬢様の自室に居た。

 

「––––のようになっております」

「分かったわ、ご苦労様。下がっていいわよ」

「誠に失礼ながら、お嬢様。後頭部に寝癖がついております」

「あら……まあ、いいわよ。どうせ、後でシャワーを浴びるわ」

「いえ、主たるもの、常に美しくあるべきでございます。私がお直し致しますので、どうぞこちらへ」

 

私はドレッサーの前の椅子を引き、お嬢様に腰を掛けていただく。

私はお嬢様の髪を湿らせ、櫛でといたのちに、ドライヤーをかける。

お嬢様の髪は非常に美しかった。

指の間を通るたび、私は何故か満足した気分になる。

 

「……いつものことながら、本当に綺麗な髪ですわ」

「咲夜の銀髪も、私結構好きよ?」

「勿体無いお言葉でございます」

 

私はコンセントからドライヤーのプラグを抜き取る。

そしてコードを纏めていた。

 

「咲夜……本当に貴女。変わったわね」

「……?」

「いや、悪い意味じゃないわ。むしろいい意味よ」

「……申し訳ございません。私では、意味を理解するに及びません」

「そうねぇ、なんで言ったらいいのかしら?とにかく、一人前のメイドになったわねってことよ」

 

そう言って、お嬢様は笑っていた。

 

「もう私は、貴女のいない生活が想像出来ないわ。貴女がいなかった頃の私はどうしていたのかしらね?思い出すのも難しいわ」

 

私は胸の奥から何かが込み上げてきた。

必死にそれを抑えていた。

 

「……訂正するわ。一人前じゃない。メイド10人分くらいの働きね。流石は自慢のメイド長だわ」

「身に余るお言葉でございます」

 

私は深々と頭を下げる。

私は抑えられなかった。

 

 

 

 

 

 

––––私はいつも1人だった。

 

 

 

 

 

 

でも、今は違う。

 

 

私のことを必要としてくれる人が、こんなに近いところにいる。

 

 

「咲夜、泣きたいときは泣いた方がいいわ。涙は時に、心の傷を癒してくれるのよ」

 

 

お嬢様の言う通り、それは私の過去を––––傷を洗い流してくれるようだった。

 

 

私は手で顔を覆い、両膝を床に着け、泣き崩れた。

 

 

そしてお嬢様は、そんな私を優しく抱きしめて下さった。

 

 

私の人生で、これほどまでに満ち足りたことが、他にあっただろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

お嬢様が、何かに驚いたような、間の抜けた声を出した。

 

「ど、どうされまし……ッ!?」

 

私は驚きを隠せなかった。

館にいたはずの私たちは、いつの間にか知らない場所にいた。

場所、という表現が正しいかどうかも分からない。

その空間は光で埋め尽くされているように見える。

だが、違和感があった。

この世界では影ができない––––

 

そんな私の目に、涙は浮かんでいなかった。

 

 

「あ、ニンゲンだ」

 

突然背後から声がした。

私たちは揃って振り返る。

するとそこには金髪のショートヘアーで、妹様と同じくらいの歳であろう少女がいた。

全体的に黒い格好だった為だろうか?

咲夜には、彼女がこの世界で唯一の闇だと直感的に感じられた。

 

「今回は発見が早いなぁ」

「貴女、何者よ?」

「うーん、なんだろうね?私にも分からないんだよ」

 

お嬢様の問いに少女は首を傾げた。

 

「でも、ニンゲンじゃないことは確かかな」

 

少女は"闇を展開"した––––

 

先ほどとは異なり、あたりが一面暗闇と化す。

咲夜には何も見えなかった。

もちろんそれはお嬢様にも言えるのだろう。

お嬢様は私の手を強く握った。

 

「この手、離しちゃダメよ」

 

それは私に助けを求めるために握られたわけではなかった。

2人で逃げようと、いや、私を助けようとしているのだろう。

 

「見えないでしょ?実は私も見えないんだ。どっちが先に見つけられるか勝負だね」

 

少女に見つかってはいけない。

それは、私にも理解できた。

 

「咲夜、声と音を出さないように。できるだけ離れるわよ」

 

お嬢様が私の耳元で囁いた。

私は手を握り返すことで、返事をした。

 

 

それから、お嬢様に手を引かれ、私たちは逃げていた。

暗闇で辺りが見えない中で走ることは、普段視覚に頼ってばかりの人間にとっては恐怖でしかない。

しかし、お嬢様は駆ける。

私はそんなお嬢様に手を引かれているからこそ、走り続けることが出来た。

……だが、どれだけ走っても、闇を抜け出すことは出来ない。

 

「おかしいわね、いつになったら抜け出せるのよ」

「お嬢様、この闇には終わりがあるのでしょうか?」

「……ないかもしれないわね」

 

薄々感じていた。

これでは距離を取れても、抜け出すことは出来ない。

だが、距離を取らなければ見つかってしまう。

私たちはひたすら走る他なかった。

 

その時だった。

 

「きゃっ!?」

「痛っ!?」

 

お嬢様が誰かとぶつかった。

暗闇の中で見えないために、上手く支えられるか分からなかったが、私は咄嗟に体が反応し、なんとかお嬢様を抱きかかえることが出来た。

 

お嬢様とぶつかったのは、先ほどの少女とは違う女だった。

 

「いきなり後ろからぶつかるなんて……まあ、貴女たちは人間のようね。2人でいるみたいだし」

「貴女、この闇の中で見えるの?」

「ええ、見えるわよ。私は魔法が使えるから。この程度の闇なら"視る"ことができるわ。それに……」

 

彼女の手が発光した。

 

「少しくらいなら、光も出せるわ。この闇の魔力はそこまで高くないけど……流石にこの程度の光が限界ね」

 

彼女の顔が灯りで照らされる。

金髪にカチューシャをした彼女の顔立ちは造形物のように端正だった。

まるで人形のようだ。と私は思っていた。

 

「私はアリス・マーガトロイド。魔法使いみたいなものよ。この闇の主を殺しに来たわ」

 

アリスは随分と物騒なことを言い出した。

私は少し顔を引きつらせてしまう。

 

「私はレミリア・スカーレット。この子は私の自慢のメイド、十六夜咲夜よ」

「ご丁寧にありがとう。ところで、貴女たちは逃げて来たようだけど、その先にこの闇を操ってる者が居るのかしら?」

「ええ。おそらく移動してるでしょうけどね」

「でも、重要な手がかりにはなるわ」

 

アリスは灯りを消した。

 

「これ以上光らせてると、見つかっちゃうかもしれないから消させてもらうわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう遅いよ、見つけちゃった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に少女の声がした。

 

「咲夜!後ろ!!!」

 

少女の声は私の背後からだった。

お嬢様が叫ぶ。

 

「いただきまーす」

 

そのとき、不意に私は突き飛ばされた。

 

「……え?」

 

倒れた私の体には、何やら液体のような物が降り注ぐ。

液体と一緒に、腕のような何かが、私の元に落ちて来た。

これは私を突き飛ばした手、だろうか?

もう片方は、私と手を繋いでいる。

 

「……あれ?間違えちゃった?まあいいや、美味しかったし」

「よ、よくも…………私の目の前で……ッ!」

「本当はもっと食べたいんだけど…………面倒くさいね、あんた」

 

少女が何かを言っていた。

私には理解が出来なかった。

 

「…………お嬢様?どこにいらっしゃるのですか?」

 

手は離していない。

だが、お嬢様の場所がわからない。

私の呟きは、ただ闇の中を彷徨っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––ルーミアの夢は崩壊した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お嬢様?」

 

私はお嬢様に抱かれ、泣いていた。

初めて必要としてくれたお嬢様には、感謝しかなかった。

そんなとき、不意にお嬢様が私に体重をかけてきたのだ。

元々軽いお嬢様なので、大した負荷ではなかったが––––違和感があった。

お嬢様の体に、力が入っていない。

 

「……お嬢様!?」

 

私はお嬢様の肩を掴み持ち上げ、顔を合わせた。

その顔は、恐ろしいほど無表情だった。

そして私は気づいた。

 

呼吸(いき)をしてない……?」

 

私は愕然とした。

 

 

 

 

そこから先は、必死過ぎてあまり憶えていないのだけど……

 

私はお嬢様を抱きかかえ、そのまま走って館を出た。

途中、美鈴が驚いたようにこちらに何かを言っていたが、そんなものを聞いてる余裕などなかった。

私は、ただひたすら自分が何をすべきかを考えていた。

 

 

私は幼い頃からなんでも卒なくこなしてきた。

それは普段から自分がどうあるべきか、正確に考え、そして理解していたからだった。

 

 

そして今の私がするべきこと。

それはお嬢様に呼びかけることでも、救急車を呼ぶことでもなかった。

 

 

館の近くに、大きな病院がある。

そこには最近有名になった名医––––"あらゆる薬を生み出す医者"がいた。

私はその医者を求め、病院へ向かった。

 

 

気づけばお嬢様は様々な器具を取り付けられ、なんとか一命を取り留めた。

私はその名医––––八意永琳にひたすら感謝していた。

 

 

そして、いつの間にか私には、"また"帰る場所がなくなっていた。

紅魔館に、私の居場所は無くなったのだ。

お嬢様と最後にいた私が全責任を取ることになったからだ。

"責任を取る"とは、辞職という名の解雇である。

 

お嬢様の両親も酷く冷たいものだった。

まあ、ほぼ別居状態で世話は全て使用人に任せていたのだ。

お嬢様に対して、愛情など沸いてなかったのだろうか?

紅魔館の当主は、お嬢様に代わり、妹のフランドール・スカーレット様となった。

 

––––これらは全て、その日のうちに美鈴から聞いた話である。

 

 

しかし、私にはどうでもいい事だった。

私はこうして、ただお嬢様の側に居られるだけで良いのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、永琳が私達の病室に訪れた。

 

「心中お察し致しますわ」

 

永琳は、ベットの横で座る私の横に椅子を持ってきて腰掛けた。

永琳にはお世話になった。

本当に、感謝している。

 

その永琳が私に言う。

 

「まだ世間ではあまり認知されていないけど……最近、突然呼吸を止めてしまう人が増えてるのよ。貴女の大切なお嬢様のようにね」

 

私は黙って、永琳の話を聞いていた。

 

「そして、この事件には犯人がいるわ」

「……?」

 

私は永琳の方を向く。

事件……?

犯人……?

彼女は何を言ってるのか、私には理解出来なかった。

 

「貴女の大切なお嬢様が、どうしてこうなったか……知りたいかしら?」

「……貴女は知ってるの?」

「知ってるのは貴女なのよ。今はそれを思い出せないだけ」

「……?」

「この薬を飲めば分かるわ。全てを思い出す」

 

永琳はポケットから薬を取り出した。

 

「ただし、この薬を飲んだら、貴方は命がけの戦いを強いられることになる。その覚悟があるなら、飲むことをオススメするわ」

 

私に迷いはなかった。

私にはお嬢様しかいない。

私の命は、お嬢様の為にあるのだ。

 

「飲むわ、その薬。寄越しなさい」

「どうぞ」

 

私は一気に飲み込んだ。

 

 

 

 

 

「………………ッ!!!!」

「その薬は超即効性よ。既に全てを思い出したんじゃないかしら?」

 

私は涙が止まらなかった。

 

「お嬢様…………お嬢様ッ!」

 

私は眠るお嬢様の手を掴む。

その手が、身体と繋がっていることを確認し、また泣いた。

 

「……申し訳ないけど、私の説明を聞いてくれるかしら?その薬を飲んでしまった今、貴女はいつユメクイに襲われるか分からない状態なのよ」

 

永琳が私の肩を叩く。

私はそれで、少し正気を取り戻した。

 

「貴女の大事なお嬢様を喰べたのは、ユメクイと呼ばれる生き物よ」

 

永琳は淡々と説明し始めた。

 

「ユメクイは、人の夢を掻き集めて仮想世界を形成する。そしてその中では超人的な身体能力と、個々に特有な能力を発揮できるようになるわ」

 

私は、先ほどの闇を想像していた。

 

「そしてユメクイは夢を見ない。だから他のユメクイがユメクイの作った世界に入り込むことは本来ありえないわ」

 

私はアリスの存在が頭によぎった。

彼女が魔法を使っていたことを思い出す。

彼女もユメクイだったんじゃ……?

でも、ユメクイが2人もいるなんてありえない……?

 

「そしてその世界での出来事を、ユメクイ以外は忘れてしまう。先ほどまでの貴女のようにね。しかし貴女は今、全てを記憶している。これが何を意味しているかわかるかしら?」

「私は……ユメクイになったの?」

「ええ、そうよ。ただし、ただのユメクイじゃない。夢を見るユメクイよ」

「え…………?」

「先ほど貴女が飲んだ薬は2種類。ユメクイになる薬と、"ユメクイに集められやすい夢"を見る薬。これから貴女は、幾度もユメクイに"集められる"わ。貴女にはそこで、ユメクイを殺して欲しいの」

「ユメクイを殺す……?」

「現実世界では、ユメクイは人に紛れて、判別するのは不可能だわ。しかし、その世界の中では明確に分かるし、殺しても現実ではただの窒息死になるわ。そこで、貴女にはユメクイを殲滅してもらいたいのよ」

「……もしかしてアリスも?」

「あら、アリスに会っていたのね。そうよ、あの子もユメクイを喰らうユメクイよ」

 

永琳は私の目をまっすぐ見て言った。

 

「貴女の、今するべきこと。それは、貴女の大事なお嬢様を喰ったユメクイ共を、殺してしまうことだわ」

 

私があいつを……あいつらを殺す…………

 

「……ええ、分かったわ。やってやる。殺してやるわ」

「ふふっ、いい面構えね。私……貴女のこと、結構気に入ったわ」

 

永琳が私に笑いかける。

 

「貴女、住む場所がなくなったのでしょう?良かったら私と住まないかしら?」

「…………え?」

「私の家はこの病院の裏にあるわ。いつでも急患に対応できるようにね。だけど、タダで住まわせるほど、私はお人好しじゃないわ。だから、ここでナースとして働いてくれないかしら?」

「…………いい……のですか?」

「ええ。働き手が多く居て、困ることはないしね。金銭面以外は」

「ありがとうございます」

 

私は立ち上がり、頭を下げた。

それは住む場所を提供してくれたことへの感謝でも、働き口を紹介してくれたことへの感謝でもなかった。

もちろんそれらに対する感謝が全く無いわけではない。

しかし、私の心を大きく占める感情。それは––––

 

 

 

 

 

––––必要としてくれて、ありがとう。

 

 

 

 

 

 

私はいつも1人"だった"。

 

 

 

 

 

 

 

 




*キャラ設定(追記あり)

○十六夜咲夜
「いいわ。メイド、やってやろうじゃないの」

18歳になる程度の年齢。(1年前)
容姿端麗で、頭が良く、運動神経も抜群。
だが、それ故に周りを見下す為、友達はいないようだ。
中卒で紅魔館に就職した模様。



○レミリア・スカーレット
「すぐに貴女を消してやってもいいのよ?」

13歳になる程度の年齢。(1年前)
義務教育?なにそれおいしいの?的な英才教育を受けに受けまくった天才児。
えいさいきょーいくってすげー。
『うー☆』なんて言わないカリスマ系お嬢様(のつもり)。



○アリス・マーガトロイド
「私はもう、目の前で人を死なせない」

19歳になる程度の年齢。(1年前)
人形のような美しさを持つ美女。
冷静であることを心がけているが、予想外の出来事には若干弱い。
しかし、その予想外の出来事を楽しむことができる。
また、かなりの世話焼きで、子供が大好き。
子供を愛でるのは、人形を愛でるのと同じよう感覚……らしい。

【能力 : 魔法を扱う程度の能力】
主に支援・回復系魔法を使う。

【能力 : 人形を扱う程度の能力】
具現化した人形を武器として用いる。
その人形はまるで生きているかのように行動する。
爆弾を内蔵しているものや、武器を所持しているものなど用途により種類は様々。


○ルーミア
「……はぁ、わかったよ。断る方が面倒くさそうだし」

8歳になる程度の年齢。(1年前)
極度の……本ッ当に、極度の面倒くさがり。
ただ、楽しい事や面白い事は普通に好き。
突拍子も無いことを言ったり考えたりするが、実は全て計算されている……かもしれない。

【能力 : 闇を操る程度の能力】
自らの周囲に闇を展開する。
その闇の中では相手も自分も視界を奪われる。
ただ、闇の中に何らかの方法で光が生まれると違和感を感じるようだ。

武器として闇を具現化させる。


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第11話 再会 –– サイカイ ––

 

 

 

 

 

 

 

「––––そして、私は院長の所に養子という形で迎えられ、今に至るわ」

「へぇ……でも貴女、お母さんとは呼ばないのね」

「ふふっ、どうでしょうね?」

「どういうことよ……?」

 

咲夜は笑っていた。

 

「まあいいわ……そしてこの子が、その"お嬢様"って訳ね」

「そうよ」

 

咲夜がお嬢様と呼ぶこの少女––––レミリア・スカーレットは魔理沙と同じく、瞳を閉じて安らかに眠っていた。

 

 

「私があんたに似てるってのも、少し分かった気がする。境遇がなんとなく似ているのね。お互い、大切な人に助けられ、生き延びてしまった」

「……ええ。だからこそ、貴女にはユメクイになって欲しかったし、共に戦いたいとも思ってるの。でなければこんな話するわけがないわ」

「……ねえ、咲夜。その"闇を操る"とかいうユメクイは、もう殺したの?」

「いいえ、あれから会ってないわ。会ったら正気でいられるか、少し自信がないけど……確実に殺してやるわ。手加減なんか、絶対にしない」

「……そう」

 

咲夜は、厳しい顔つきで言った。

少しだけ、怖かった。

 

「私は暫くここにいるわ。魔理沙のところに戻っていていいわよ」

「えっと……そうね。そうするわ。それじゃあ」

 

そう言って私は、病室を後にするために扉を開けた。

 

「わっ!?」

「へっ!?」

 

するとそこにはある人物がいた。

私たちはお互いに驚いた。

 

「あらアリス。いらっしゃい」

 

後ろから咲夜の声がする。

この人が、アリス・マーガトロイドか。

確かに咲夜が話していたように、人形のような美しさがある。

 

「ごきげんよう、咲夜。今日非番だって聞いてたから」

「ええ、非番よ」

「ところで……あなたは誰?」

 

アリスは私に視線を向けた。

 

「私は博麗霊夢。ただの人間よ」

「そう。でも、事情は知ってるの?」

「ええ。貴女が咲夜と同じ種類の"存在"だってのも、ついさっき聞いたところよ」

「へぇ……咲夜、まさか昔の話もしたの?」

「ええ、霊夢には特別ね」

「なんで貴女が、ただの人間にそこまで思い入れてるのかは理解できないけど…………興味ないわね」

「ふふっ、それは良かった」

 

アリスは持ってきた手荷物から、少し大きめの箱を取り出した。

 

「咲夜、これ……つまらないものだけど」

「またなの?もういいって言ってるのに」

「やっぱり、謝っても謝りきれないわ。私が居ながら、あんなことに…………私の目の前で––––ッ」

 

アリスは心底悲しそうな表情をした。

咲夜の話では、レミリアが喰われたとき、彼女は側にいながら何もできなかったようだった。

それを未だに悔やんでいるのだろうか?

 

「本当に、もういいわ。それに私も––––」

 

咲夜は私を見た。

 

「––––謝りたくなる気持ちは分かるわ。でも貴女のせいじゃない。悪いのはユメクイよ」

 

それは自分自身に、そして私に訴えているようだった。

 

「そうだけど…………気持ちだから。受け取って頂戴」

「はぁ、分かったわ。ありがたく受け取るわね」

 

咲夜は箱を受け取る。

 

「中身はお菓子かしら?3人で食べる?」

「え、私も?」

「ああ、あれなら魔理沙のところで食べてもいいけど?」

「私が参加するのは確定なのね……」

 

咲夜が笑いながら言う。

 

「だって、大勢で食べた方が美味しいじゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

結局私たちは、魔理沙の病室へ向かうことにした。

私はどちらでも良かったのだが……まあ、そりゃあ魔理沙の病室の方が良かったけど、こちらへ向かうことになったのはアリスのおかげだった。

アリスが、"夢で喰われながらも生存している"魔理沙に興味を示したのだ。

 

 

 

 

 

そして、私たちが魔理沙の病室に入ると、そこには2人の少女がいた。

 

「魔理沙!?なんで起きないのよ!!」

「あんまり揺らすのは良くないんじゃないかな?」

「揺らさないと起きないでしょ!?」

「揺らしたら一生起きないかもよ」

 

そこには馬鹿みたいに……そう、馬鹿みたいにうるさい青髪の少女と、それを面白がってる金髪の少女がいた。

2人とも、魔理沙がよく遊んでいる小学生だ。

 

「あんたら、ここは病院よ。うるさくするなら追い出すわよ、馬鹿」

「あ!霊夢が馬鹿って言った!馬鹿って言った方が馬鹿なのよ!バーカッ!」

「つまり、チルノは馬鹿なのかー?」

「だからねぇ……」

 

私は拳骨をした。

 

「うるさいって言ってんのよ、馬鹿共が」

「い、痛い……」

「なんで私まで……」

「ルーミア、あんたもチルノを止めなかったんだから同類よ」

「そ、そーなのかー」

 

ルーミアのその言葉は、私に魔理沙を思い出させた。

そういやあいつ、このセリフ気に入ってたわね。

まだ昨日のことなのに、だいぶ昔のように感じる。

 

「なんであんた達ここに居るのよ?教えたつもりないんだけど?」

「けーね先生に聞いたんだよ」

「誰よ、それ」

「私たちの担任の先生だよ。上白沢慧音。魔理沙は会ったことあるけど、霊夢はないんだね」

「霊夢はあんまり、私たちと遊んでくれないもん」

「なんで私が小学生と遊ばなきゃ行けないのよ」

「魔理沙は学校まで来て遊んでくれるよ。もちろん、放課後の校庭だけど」

「え、それって大丈夫なの?」

「けーねが、『おっけーね』って言ってたわ!」

 

チルノは右手で輪を作って頰に付け、ウインクしながら言った。

 

「……そう。まあいいわ。それで、なんでその慧音って奴は、魔理沙がここに居るって知ってるのよ?」

「黒髪の女の人が、魔理沙を抱えて病院に入るのを見たって。多分霊夢だったんだね」

「あー、あの時見られたのね」

 

私はふと、先ほどから咲夜とアリスが黙っているのに気づく。

 

「ああ、紹介するわね。この青いのがチルノ。金髪の方がルーミアよ……って、2人ともどうしたの?」

 

2人は青ざめていた。

 

「……あれー?なんか見たことある人だ」

 

ルーミアがアリスを指差し言った。

 

「なによ、あんたら知り合いなの?」

 

私はアリスに問う。

 

「…………初めましてのはずよ?ルーミア……ちゃん?」

 

アリスはやはり、酷く青ざめていた。

 

「そっか。気のせいかな?」

「ふんっ、馬鹿ねルーミア」

「馬鹿って言った方が馬鹿なんでしょ?」

「あ……あたいは天才よ!」

 

あんたらはまた……と私が2人を窘めようとしたとき、不意に後ろへ引っ張られた。

咲夜が青い顔をして、私を引っ張っていた。

そして病室を出る。アリスも一緒だった。

 

「あいつ、ユメクイよ」

「はぁ?あいつ?誰のことよ?」

「あの金髪の、えっと、ルーミア?あいつよ」

 

咲夜は早口で、普段とは違ってかなり焦っているようだった。

 

「なんで分かるのよ?現実世界じゃ見分けつかないんでしょ?」

「あいつは、お嬢様を喰ったユメクイなのよ」

「…………え?」

 

2人が青い顔をしていた理由が分かった。

 

「今から私が、夢を集めるわ」

「でも、ユメクイは集められないでしょ?」

「ええ。だから貴女に協力してほしい」

「…………なるほど、私がルーミアに触れてればいいのね?」

「そうよ。貴女に触れていれば夢に巻き込まれてしまうという性質を利用するわ」

 

咲夜は早口で続ける。

 

「もしあいつがユメクイじゃなくて、他人の空似ならそこで尋問すれば分かるわ。人間なら、傷どころか記憶すら残らないしね。とりあえず集めるから、協力しなさい」

「でも、あんたは薬を飲んでるから不利なんじゃない?」

「主な戦闘はアリスに頼むわ。私も出来る限り協力するけど」

 

少々気は進まないが、私は頷いた。

 

「ねえ、3人とも何やってんのよ」

「ああ、チルノ、今戻るわ。なんかこの2人、人見知りみたいで恥ずかしがってるのよ」

「なにそれ、馬鹿みたいね」

「……あんたそれしか悪口知らないんでしょ?」

「悪口なんて知ってても得しないわ」

「確かに。あんた、いい事言うわね。本当は頭がいいのかしら?」

「ふんっ、今更気付いても遅いのよ」

 

私とチルノは軽口を言い合いながら病室へと戻る。

 

「さて、紹介するわ。こっちが十六夜咲夜。で、こっちがアリス・マーガトロイドよ」

 

2人は軽く会釈をした。

 

「ふーん、やっぱり見たことある気がするけど……」

 

ルーミアは2人を覗き混むようにして見る。

 

「やめなさいルーミア。アリスが困ってるわ」

 

私はルーミアを牽制しようと手を出した。

その手は、ルーミアの肩に向かって伸びる。

しかし、私の手はルーミアに避けられてしまった。

 

「まあいいや、よろしくね」

 

今、ルーミアは狙って避けたのだろうか?

それとも偶然……?

 

「それと霊夢」

「な、なによ?」

「髪の毛にゴミがついてるよ」

 

ルーミアは私に手を伸ばす。

 

しかしその手は私に触れなかった。

咲夜がその手を掴んでいた。

 

「え、なに––––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

 

 

 

「––––え?」

 

––––パチンッ

 

あっという間に、咲夜がルーミアの首元にナイフを突きつけていた。

 

「え、なにこれ」

「単刀直入に問うわ。あなたはユメクイ?それとも人間?」

「痛いんだけど」

 

ルーミアの首元から血が滴る。

咲夜の手には、力が込められていたようだ。

 

「質問に答えなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––何してるの?」

 

 

 

不意に、背後から声がする。

咲夜の動きが止まった。

 

 

 

「何を、しようとしているの?」

 

 

 

––––ドクンッ

 

 

 

咲夜の心臓の音が、私の耳まで届いた気がした。

 

 

 

「…………お、じょ……う、さま……?」

 

 

 

咲夜の手から力が抜ける。

 

 

 

「隙あり」

 

ルーミアが咲夜の腕を振りほどいた。

そして咲夜との距離を取る。

 

「闇の展開はさせないわ!」

 

アリスが多数の人形を出現させ、ルーミアへと飛ばした。

その人形は1つ1つが武器を持っている。

 

「めんどくさいなぁ」

 

ルーミアは人形達から逃げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「咲夜?何してるのよ、こんなところで?というか私たち、何故こんな場所にいるの?私の部屋にいなかったっけ?」

 

レミリアは非常に困惑した様子だった。

当たり前だろう。

レミリアにとっては、咲夜に寝癖を直してもらっていたあの朝から、記憶がなくなっているのだ。

 

「咲夜……大丈夫?なんだか顔色が悪いわ」

 

レミリアはそう言いながら、咲夜に手を伸ばす。

 

「……いえ、お嬢様。私には、殺さなければならない奴がおりますので」

 

––––咲夜は、レミリアの手を避けた。

 

「さ、咲夜……?」

「霊夢、お嬢様をよろしく。私はアリスを援護しに行くわ」

「ええ、分かったわ」

「それではお嬢様、失礼致します」

 

咲夜は一礼した。

そして、アリス達の元へ向かった。

 

「咲夜……どうして……?」

「あんたがレミリアね」

「何?私のこと、知ってるのかしら?」

「咲夜から聞いただけよ」

「そう……それで?これはどういう状況?」

「んー、何から説明しようかしら」

「回りくどいのはいらないわ。単刀直入にお願い」

「あんたはね、一度あの金髪の幼い奴に喰われてるのよ」

「……は?」

「それで今、咲夜が仇をうちに行ってるわ」

「意味が分からないわ。私は死んでないし、あの金髪ことなんか知らないわよ」

「そうでしょうね。あなたには記憶がなくなってるもの」

「……訂正するわ、詳しく教えなさい。本当に意味が分からない」

 

私はレミリアに説明しながら、3人の戦況を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思い出したよ。2人とも私の世界で、一度会ったんだね」

 

ルーミアが逃げながら2人に言う。

 

「でもあのとき、そっちの銀髪のおねーさんは人間じゃなかったっけ?」

「人間なんて、もう辞めたわ」

「へー、そーなのかー」

「いい加減、降りてきなさい!」

「嫌だよ。降りたら殺されちゃうもん」

 

ルーミアは空を飛び、咲夜のナイフとアリスの人形を避けていた。

 

「アリス、何とかして私の届く位置まで降ろしてくれないかしら?そしたら時を止めて、一瞬で切るわ」

「体力的には大丈夫なの?無理しないくても、私がもう一度夢を集めれば……」

「駄目よ。次はきっと警戒される。さすがに現実世界で殺すわけにはいかないしね」

「……分かった、なんとかしましょう」

 

アリスはフワリと浮き上がる。

 

「でも、本当に無理はしないで。もしあいつがここに近づいてきたら、遠慮なく逃げていいわ。今の制限されたあなたじゃ、勝てるか分からないわ」

「濁さなくていいわ。多分負けるわよ」

「……だから、無理をしないでってことよ。もう私は、私の目の前で誰も死なせない––––ッ」

 

アリスは少しだけ唇を噛んでいた。

私はアリスを責めたことはない。

しかし、おそらく……アリスがアリス自身を責めたのだろう。

アリスは悔しそうな、しかし決意に満ちた表情だった。

 

「あいつの上から狙うわ。届きそうな位置に来たら、お願いね」

 

そう言ってアリスは飛び立った。

 

「なんだ。おねーさんは飛べるんだ」

「咲夜も本来は飛べるわ。今は本調子じゃないの」

「なんだかそれ、雑魚が言うセリフみたいだね」

「ふざけてると痛い目見るわよ」

「ふざけてなくても、痛い目見せるでしょ?」

「いいから落ちなさい!!」

 

アリスは、人形の軌道を変え、それらをルーミアの上に降り注ぐ。

なんとか避けるが、次第にルーミアの高度は下がっていた。

 

「本当に……面倒くさい」

 

ルーミアは心底嫌そうな顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




*キャラ設定(追記あり)

○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」

17歳になる程度の年齢。
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。



○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。



○レミリア・スカーレット
「すぐに貴女を消してやってもいいのよ?」

14歳になる程度の年齢。
義務教育?なにそれおいしいの?的な英才教育を受けに受けまくった天才児。
えいさいきょーいくってすげー。
『うー☆』なんて言わないカリスマ系お嬢様(のつもり)。



○アリス・マーガトロイド
「私はもう、目の前で人を死なせない」

20歳になる程度の年齢。
人形のような美しさを持つ美女。
冷静であることを心がけているが、予想外の出来事には若干弱い。
しかし、その予想外の出来事を楽しむことができる。
また、かなりの世話焼きで、子供が大好き。
子供を愛でるのは、人形を愛でるのと同じよう感覚……らしい。

【能力 : 魔法を扱う程度の能力】
主に支援・回復系魔法を使う。

【能力 : 人形を扱う程度の能力】
具現化した人形を武器として用いる。
その人形はまるで生きているかのように行動する。
爆弾を内蔵しているものや、武器を所持しているものなど用途により種類は様々。


○ルーミア
「……はぁ、わかったよ。断る方が面倒くさそうだし」

9歳になる程度の年齢。
極度の……本ッ当に、極度の面倒くさがり。
ただ、楽しい事や面白い事は普通に好き。
突拍子も無いことを言ったり考えたりするが、実は全て計算されている……かもしれない。

【能力 : 闇を操る程度の能力】
自らの周囲に闇を展開する。
その闇の中では相手も自分も視界を奪われる。
ただ、闇の中に何らかの方法で光が生まれると違和感を感じるようだ。

武器として闇を具現化させる。


○チルノ
「あたいはこの館を征服するわ!」

9歳になる程度の年齢。
自由奔放、天真爛漫、おてんば娘。
(バカ)じゃないぞ!自分に正直で、考えることが少し苦手なだけだッ!


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第12話 宵闇 –– ヨイヤミ ––

 

 

 

 

 

「えー、面倒くさい」

 

いつからだろうか?

私はこれが口癖になっていた。

 

「なんでよルーミア!あたい達、"友達"でしょ!?」

「む、無理強いはダメだよ、チルノちゃん」

「でもこいつ、絶対面倒くさいだけだよ!」

「いやだからさ、さっきからそう言ってるじゃん」

 

こいつはバカだ。 いや、本当に。

そしてこの隣に居る、緑髪の……えっと、名前なんだっけ?思い出すのも面倒だ。

とりあえず、みんなから『大ちゃん』と呼ばれてるこの子は、何故かいつもチルノと一緒にいる。

 

「でも、よかったら協力してくれないかな?」

 

大ちゃんは私の目を見て、真剣にお願いしている。

チルノのことを想うが故に、この子は真剣なんだ。

誰かの為に自分を犠牲にするなんざ、馬鹿のすることだ。

みたいなこと、何処かの誰かが言ってた気がする。

そして私もそう思う。

 

「……はぁ、わかったよ。断る方が面倒くさそうだし」

 

私は本気で……本ッ気で嫌そうな顔をしながら答えた。

 

「よし、じゃあ家に帰って、パンとか牛乳とか持って、いつものとこに集合ね!」

 

チルノがそう言うと、私たちは解散した。

 

 

 

 

 

 

 

––––それにしても、"友達"かぁ……

 

 

 

 

面倒くさい関係だ。

自己犠牲をしあう関係。

互いに傷を舐め合いながら、時に傷つけ合いもする関係。

そんなの、本当に面倒くさいだけだ。

 

でも……引き受けてしまった手前、すっぽかしたり、何も持っていかなければ、後々さらに面倒な事になる。

そう考えた私は、家の冷蔵庫にあったハムを取り出す。

パンとかあるかな……

いいや、探すの面倒だし。

私はハムだけ持って家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が集合場所である、"いつもの公園"に着くと2人は既に待っていた。

 

「遅いぞルーミア!」

「ルーミアちゃんは手伝ってくれてるんだから、そんな言い方は良くないよ」

「ごめんね。急いだんだけど、探すのに手間取っちゃって」

 

嘘。

探すのも面倒で、急ぐのも面倒だった。

 

「ううん、良いんだよルーミアちゃん。ありがとう」

 

そんなことを知らずに、大ちゃんは私の目を見て笑顔でお礼を言った。

そんな顔されたら、私だって少しくらい罪悪感が湧く。

だからその顔は面倒で嫌いだ。

私には眩しすぎる。

 

「別に良いよ。はいこれ、ハムしかなかったけど」

「ハムかー、食べるかな?」

「きっと食べるよ!あげてみよう!」

「あたいがあげたい!ルーミア、そのハムかして!」

「良いよ。ほら」

 

チルノは袋を開け、ハムを一枚取り出す。

そして、ダンボールの中に入れられた猫にあげた。

 

2人は今日、この猫の為に食料を持ってきてやりたかったのだ。

飼うことはできないから、せめて……と。

おそらく2人はなんの悪気もなくやっている。

 

 

 

––––だが私は考えてしまう。

 

毎日あげるならともかく、おそらくこの2人が毎日あげることはない。

たとえ毎日あげてたとしても、いずれ保健所に連れて行かれるのだろう。

そんな僅かな間に、幸せを覚えさせることが、果たしてこの猫にとって良いことなのだろうか?

 

––––むしろ残酷なのでは?

 

 

 

「見てよ大ちゃん!ルーミア!たくさん食べてるわ!」

「うん!やったね、チルノちゃん!」

 

私はこの問いに答えを出すつもりはない。

それは面倒だから。

だが不意に頭によぎったこの疑問のせいで、私は猫がハムを食べたことに喜びを感じられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分、つまらなそうな顔してるのね」

 

暗い夜道だった。

私はこうして、夜の闇に包まれて散歩するのが好きなのだ。

もちろん、親にバレたら面倒だから、こっそりと。

隠れて行動するのも面倒なのだが、この散歩だけはやめられなかった。

 

「そんな顔してたら、幸せが逃げるわよ?」

 

そんな至福の散歩中に一人の女が話しかけて来た。

 

「逃げるほどの幸せなんて持ち合わせてないよ」

「外見だけじゃなくて中身もつまらないのね」

「外見も、一番外側の中身だからじゃない?」

 

声とシルエットから、長身の女であることは分かるが、顔までは分からなかった。

 

「眠れなくて夜道を歩いてる、といったところかしら?」

「んん……まあ、そんなところ」

 

嘘。

私はここを歩くのが好きだから歩いてる。

説明するのが面倒なだけ。

 

「そう。なら、この薬をあげるわ」

「……は?」

 

女はポケットから薬を取り出し、近づいてきた。

そして私にそれを手渡した。

なんとなく、受け取ってしまった。

 

「その薬は、夢を見られなくする為の薬よ」

「夢を?」

「人は常日頃から、夢を見ているの」

 

女は語り出す。

聞くのも面倒だが、スルーするのもそれはそれで面倒だ。

することないし、聞いてやることにした。

 

「その多くを人間は自覚できない。実は今も夢を見ているかもしれないのにね」

「……へぇ」

「そしてその薬は、そんな夢を見られなくする薬」

「これを飲んで、夢を見られなくなれば、眠れるようになるってことなの?」

「……さぁ?どうかしら?」

「なにそれ」

「とにかく渡しておくわ、飲むも捨てるも、好きにしなさい」

 

女の顔は、不自然なほど、よく見えなかった。

 

「知らない人からもらった薬なんて、飲む人いないと思うんだけど」

「あら、私のこと知らないの?珍しいわね」

「そんなに有名人なの?」

「そりゃあね。ここらで知らない人は居ないくらいよ」

「ふーん」

「興味ないのね。まあいいわ、ごきげんよう」

 

女は立ち去った。

なんか色々腑に落ちないし、聞きたいこともあったが、追いかけるのが面倒だ。

 

「……そろそろかーえろ」

 

 

 

私は自宅へ戻ってきた。

カギを開けておいた窓から家の中へと侵入する。

電気はつけず、部屋に戻り、そそくさとベッドへ入る。

時計は5:41を指していた。

 

「あ、そういえば……」

 

私はポケットに入れた薬を取り出した。

何処かで捨てようと思ってて……忘れてた。

もうベッドに入ってしまった。

何処かに置きに行くのも面倒だ。

 

「……飲んじゃおうかな」

 

私は軽い気持ちで薬を口に含んだ。

もしこれでおかしくなっても、別に気にしない。

それはそれで面白そうだし。

 

「……ん?」

 

体に変化が現れた。

見た目の変化は全くない。

しかしなんだろう、この感覚は––––

 

 

 

 

「––––お腹空いた……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

 

 

「……??」

 

そこは、光で埋め尽くされたような場所だった。

私には眩しすぎる。

 

 

––––暗くなればいいのに。

 

 

私はそう思った。

その瞬間、私は"闇を展開"していた。

 

「……え?」

 

驚いた。

先ほどまで明るかった場所が、一瞬にして暗くなる。

全く周りが見えなかった。

そして同時に心地よく、ここが私の世界なんだと実感した。

 

 

 

私は闇の中を歩いていた。

時々、声が聞こえた。

私以外にも人がいたのだ。

その人たちは皆、闇に怯え、震え、叫び……精神がおかしくなってしまっていた。

 

うるさいな……と思いつつ、私は近寄って––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––気付けば私の口は、肉を屠り、骨を齧っていた。

でもそれは、私の口とは違う、別の大きな口だった気がする。

 

「……美味しい」

 

私は満腹感で満たされていた。

そして完全に満腹になったとき、空が––––あるいは地面が––––割れる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

––––ルーミアの集めた夢は崩壊した––––

 

 

 

 

 

 

 

いつの間にか、私は自室に戻っていた。

あれは夢だったのだろうか?

あの薬、効かなかったじゃないか。

寧ろ夢見たし。

そんなことを思いつつ時計を見る。

 

時計は5:41を指していた––––

 

 

 

 

 

 

 

あれから何度か、空腹感に襲われたとき、私は我慢せずに自分の世界に入った。

あの場所は本当に心地が良かった。

 

 

 

そして、ある日の学校帰り。

私はチルノと2人で歩いていた。

私たちの家は、結構近くにあるのだ。

 

「ねぇ、ルーミア。あんた最近、なんだか明るくなったわね」

「そうかな?チルノほどじゃないと思うけど」

「そりゃあ、あたいには敵わないわよ。なんたってあたいは––––」

「はいはい、天才でしょ?」

「違うわ!違くないけど、最強よ!」

「あー、そっちだったかー」

「ふふんっ、ルーミアもまだまだね!」

 

こいつは本当に、脳内快適な奴だ。

別に嫌いじゃないけど。

 

「ねぇ、ルーミア。あんたに、あたいの計画を教えてあげるわ」

「突然すぎると思うんだけど」

「見なさい、この大きな館を!」

「あー……この無駄にでかい真っ赤な屋敷でしょ?趣味悪いよね」

「あたいはこの館を征服するわ!」

「頑張ってー」

「あんたにも協力してもらうからね!」

「えー……」

 

そのとき私は不意に、空腹感に襲われた。

この空腹感は、本当に突然やってくる。

そういえば最近、この感じ来てなかったなー。

私はもちろん我慢しなかった。面倒くさいから。

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

 

私は自分の世界に入った。

辺りを見渡す。

やはりそこは明るかった。

 

そして、何度かこの世界に来て学習したことがある。

人を見つけるまで、闇を展開するべきではない。

この闇は全ての光を遮る。

当然、私の視界も遮られる。

そうなると、人間を見つけるのが面倒くさいのだ。

だから私は、早くこの眩しさをどうにかしたいとは思うが、すぐに闇を展開することは避けていた。

 

 

––––しかし、今回は違った。

すぐに人を見つけることができたのだ。

 

 

 

 

 

それから私は見つけた人間と追いかけっこをして遊んでいた。

でも、見つからないし足音もうまく消している。

わたしには探す術が無かった。

 

「まったく……面倒だなぁ」

 

そんなことを呟いたとき、ある場所に違和感が生じた。

 

 

––––私の闇が、壊されている……?

 

 

よく分からない違和感の下へと飛んでいくと、そこには何やら光るものがあった。

弱い光だが、わたしには眩しかった。

だが、その光のおかげで目視できた。

さっきの2人ともう1人。

あれだけ喰べれば満腹かな?どうだろう?

とりあえず、喰べれば分かるよね。

 

そう思って私は1人目を喰べた。

なんだか思っていたのと違うのを食べてしまったようだが……

まあ別に、そこはどうでも良かった。

しかし、さっきの光を出していた女と目があった。

この暗闇で、目があったのだ。

私にすらよく見えていないし、本当は目があっているかもよく分からない。

しかし、向こうは完全に私を捉えていた、と思う。

 

 

「––––面倒くさいね、あんた」

 

 

 

 

 

 

 

––––ルーミアの集めた夢は崩壊した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、ルーミア!聞いてんの?」

「え、あ、なんだっけ」

「あたいがこの館を征服するって話よ!協力してくれるのよね!?」

「えー、面倒くさい」

 

 

そんなことを言う私とチルノのすぐそばを、少女を抱きかかえた銀髪の女が駆けていった––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




*キャラ設定(追記あり)

○ルーミア
「……はぁ、わかったよ。断る方が面倒くさそうだし」

9歳になる程度の年齢。
極度の……本ッ当に、極度の面倒くさがり。
ただ、楽しい事や面白い事は普通に好き。
突拍子も無いことを言ったり考えたりするが、実は全て計算されている……かもしれない。

【能力 : 闇を操る程度の能力】
自らの周囲に闇を展開する。
その闇の中では相手も自分も視界を奪われる。
ただ、闇の中に何らかの方法で光が生まれると違和感を感じるようだ。

武器として闇を具現化させる。


○チルノ
「あたいはこの館を征服するわ!」

9歳になる程度の年齢。
自由奔放、天真爛漫、おてんば娘。
(バカ)じゃないぞ!自分に正直で、考えることが少し苦手なだけだッ!


○大ちゃん
「で、でも……迷惑だよね?」

9歳になる程度の年齢。
友達想い(チルノ想い)の心優しい少女。
本名は………何だろうね?


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第13話 選択 –– センタク ––

 

 

 

 

 

 

「わはー、つよいのだー」

 

ルーミアは地面に横たわり、大の字になって寝そべっていた。

 

「やっと観念したわね」

 

アリスが地面に降り立つ。

その横には咲夜もいた。

 

「……殺していいよ。もう逃げるのも面倒くさい」

「ええ、もちろんそうさせてもらうわ。じゃないと私の気が触れちゃいそうだもの」

「既に触れてると思うぞー」

 

咲夜は出現させたナイフを逆手に持つ。

そして躊躇なく、ルーミアの喉に突き刺す––––

 

 

 

 

「やめなさい、咲夜!!!」

 

 

––––つもりだったが、その声に咲夜の体は反応した。

 

「お嬢様……?何故ですか?」

 

刺してはないが、ルーミアの喉元で牽制していた。

元より、ルーミアに逃亡の意思など既に無かったが。

 

「悪いのはその子じゃないわ。ユメクイでしょ?」

「お嬢様、失礼ながらお言葉を返させていただきます。この少女こそが、そのユメクイなのです」

「霊夢から聞いたわ。生まれながらのユメクイなんていないって。その子も、誰かにユメクイにされてしまっただけ。同じ被害者でしょう?」

「ですがお嬢様。既にこの者が、多くのものを喰い殺しているのは事実でございます。そしてお嬢様も––––」

「…………そうね。それは事実なのかもしれない。でもそれは、貴女も同じなのよ。咲夜」

「……え?」

「ユメクイが新たに人を殺さないために、貴女はユメクイを殺している。それは理解できるし、責められることではないと、私は思うわ」

「ならば……」

 

レミリアは語尾を強めて言った。

 

「でも結局は、同じ人殺しなのよ」

 

咲夜は、以前魔理沙が同じようなことを霊夢に言っていたことを思い出す。

その時の咲夜は、その言葉に何も思うことは無かった。

だが、今この発言をしたのは他でもない、レミリアである。

咲夜には、あの時とは違い、響くモノがあった。

 

「……そのことに関しては私も十分に承知しております。私のこの手は多くの者の血で汚れている。お嬢様に触れることなど、もはや許されないほどに」

「咲夜……」

 

咲夜は視線をレミリアから逸らした。

 

「ですが私は、もう後には引けません。来るところまで来てしまったのです。私にはもう、この者を殺すことしか出来ないのです」

 

ナイフを握る手に力が入る。

 

「……その子を、貴女と同じ種類のユメクイにすることはできないの?」

「わ、私達の同胞に……ということですか?」

 

咲夜は、驚きの色が映った瞳でレミリアを見た。

 

「ええ、そうよ。霊夢が言っていたわ。1人、ユメクイを仲間にしたって」

「咲夜。私からもお願いするわ。交渉だけでもいいから、してくれないかしら?もしルーミアが断ったら、その時の判断は貴女に任せるから」

「霊夢……貴女はこの子に思い入れでもあるの?」

「そうね、無いことはないわ。私の知り合いだし、それ以上に……魔理沙が可愛がってた子の1人だから」

「……そう。分かったわ」

 

咲夜はルーミアに視線を落とす。

 

「もし貴女が"イエス"と言えば、私はこの夢を崩壊させる。もし貴女が"ノー"と言えば、私はこのナイフを突き刺すわ」

 

咲夜が宣言した。

おそらく咲夜は、躊躇わないだろう。

 

「貴女、私達の同胞になる気はないかしら」

 

咲夜は淡々と続ける。

それは冷たく感情が無かった。

自分の感情を押し殺しているようだった。

 

「私達は、ユメクイを喰らうユメクイよ。ユメクイがユメクイの世界に入るために、夢を見る薬を飲んでもらうわ。そして他のユメクイが夢を集める度に、命がけで戦ってもらう。ユメクイを殲滅するまで、ずっとね」

 

咲夜はナイフに力を込める。

 

「––––貴女の回答は?」

 

ルーミアは少し考えて、こう言った。

 

「面倒くさそうだね」

 

咲夜のナイフが、少し食い込む。

ルーミアの首からは血が滴る。

 

「それは"ノー"と言うことかしら?」

 

ルーミアは笑った。

 

「違うよ。面倒くさいけど、面白そうだから……"イエス"だよ」

 

はぁ……と呆れたようにため息をつきながら、咲夜はナイフを引いた。

 

「貴女の回答の方が面倒くさいわ」

「そーなのかー」

 

スッと立ち上がる咲夜。

咲夜はルーミアを睨みつけていた。

そんな咲夜の手を、小さな手が包み込む。

 

「……お嬢様?」

「咲夜の手は汚れてなんかないわ。こんなに綺麗だもの」

「ですがお嬢様、私は既に––––」

「咲夜」

 

レミリアは、俯く咲夜の顔を覗き込んでいた。

 

「貴女最近、泣いてないでしょ?」

「……はい」

「もし貴女自身が、貴女の手を穢れていると思うなら、泣けばいいのよ」

「……涙は、穢れも……洗い流してくれるでしょうか?」

 

咲夜の目には、涙が浮かんでいた。

 

「ええ、きっとね」

 

レミリアの笑顔を見た咲夜は涙を堪えられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––十六夜咲夜の夢は崩壊した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ咲夜、なんでルーミアの腕を掴んでるのよ?」

 

チルノが咲夜に問う。

 

「……ああ、ごめんなさいね。少し汚れていたみたいだから」

 

咲夜が苦笑いで言った。

 

「霊夢にはゴミが付いてて、ルーミアには汚れがついてるの?2人とも汚いのね」

「そうね、2人とも汚いわ」

「何よ咲夜、喧嘩売ってんの?」

「買ってくれるなら喜んで売るけど?」

「いや、やめとく。勝てそうにないし」

「随分と弱気ね」

「そりゃ……あそこに連れ込まれたら……」

 

私は小声で言った。

 

「そんなことよりも、お菓子を食べましょうか。アリスが持って来てくれたのよ」

「おお!お菓子!あたい甘いやつがいい!!」

「チョコレートクッキーだから、甘いのとほろ苦いのがあるわ。好きなのを選んで食べてね」

 

ニコッと笑ったアリスが言った。

青ざめていたのが嘘のような微笑みだった。

 

「私はチルノより大人だから、少し苦いのにしようかな」

「なっ!?じゃあ私もそれにする!!」

「別に食べ物で大人かなんて判断つかないわよ。好きなのを食べて?」

 

アリスが微笑みながら言う。

そんなアリスはとても楽しそうだった。

アリスはこういう、子供の相手が好きなのかもしれない。

 

「食べる前に、ルーミアは少し来てくれるかしら?」

 

咲夜がルーミアに言う。

 

「あー、そうだね。分かったよ」

 

2人は病室を出て、扉の傍に来た。

 

「これが夢を見る薬。これによってユメクイとしての空腹も抑えられるわ」

「ふーん。分かった。飲めばいいんだよね?」

「ええ、今目の前で飲みなさい」

「はーい。別に監視されなくても飲むけど」

 

ルーミアは一気に薬を飲む。

 

「これでいい?」

「ええ。これで貴女は夢を見るようになったわ。近くのユメクイが夢を集めたとき、かなりの確率で巻き込まれるでしょう」

「へぇ。それで、そのユメクイを殺せばいいの?」

「ええ、そうよ」

「面倒くさいなぁ」

 

そういう彼女は、少し楽しそうだった。

そのとき、廊下の向こうから走ってくる人影が見えた。

 

「ルーミア。貴女は室内に戻ってなさい」

「はーい」

 

ルーミアが部屋に戻った。

 

走ってきたナースは息を切らしながら咲夜に言う。

 

「はぁはぁ、さ、咲夜さん!」

「どうしたの、そんなに慌てて……?」

「た、大変なんです!実は––––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私も食べたい」

 

病室に戻ってきたルーミアがアリスに言う。

 

「まだいっぱいあるわ。よかったらどうぞ?」

 

先ほどまで敵対していたルーミアに対して、かなり打ち溶けている様子のアリスを、私は若干不可解に思った。

 

「わーい」

 

ルーミアのその言葉は、やけに棒読みだった。

 

 

すると不意に、勢いよく扉が開く。

その扉を開けたのは、咲夜だった。

 

「ちょっと咲夜、いきなり何よ?びっくりしたじゃない」

「……霊夢、落ち着いて聞きなさい––––」

 

咲夜は私の肩を掴み、まるで私に言い聞かせるように言った。

 

 

 

 

 

「––––八雲紫が倒れたわ」

 

私は驚きが隠せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紫!?」

 

霊夢は病室のドアを勢いよく開ける。

 

「SAT、基準値到達しました!」

「……よし、これで安心ね。下がっていいわ、あとは私が」

「はい、失礼します」

 

助手をしていたと思われるナースは私の横を通り、病室を後にした。

 

「ねえ、永琳。もしかして紫も……?」

 

永琳は振り返る。

私を憐れむような、悲しい目をしていた。

 

「ええ……おそらくね。突然倒れたのよ」

 

永琳は私の目を見ていた。

 

「…………本当に?」

「私が嘘をついてるとでも?」

「貴女は……色々嗅ぎ回る紫が……鬱陶しくて……だから……だから、ゆかりを……」

 

私の目には涙が浮かんでいた。

普段、私は紫に対して素っ気ない態度を取っている。

それは自分でも自覚してる。

だからと言って、紫をどうでもいいと思ってるわけではなかった。

それがどんなに胡散臭いババァであっても……

紫は、私の親代わりだったのだ。

 

––––普段なら、ババァだなんて思った時点で、飛び起きてでも私を殴るのに。

 

紫の目は閉じたままだった。

 

「私が八雲紫を喰ったとでも言いたいのかしら?」

 

永琳の目は冷たく私を見据えていた。

 

「……ええ、そうよ。だって、偶然にしては出来すぎてるわ!貴女と話をしている最中に突然喰われるなんて!!!」

 

私は声を荒げていた。

 

「落ち着きなさい、霊夢。院長には不可能よ」

 

私は咲夜に肩を掴まれ牽制された。

 

「そもそも、院長はユメクイじゃないわ。院長と2人でいるときに喰われたのは、本当に偶然なのでしょう」

「私は撒き夢よ!どうして私が巻き込まれずに、紫が巻き込まれるのよ!?」

「おそらく、私と同時に夢を集めたのよ。貴女の夢は私が集めてしまったから、そのユメクイには集められなかったのよ」

「……ッ」

「それに、いくら撒き夢とは言っても、全ての夢に巻き込まれるわけじゃない。集められる夢の範囲や量にも制限があるし……何より、貴女が同じ世界に入ったからって、どうにか出来るとも思えないけど?」

「で、でも……じゃあ……」

「これ以上院長を––––母を悪く言うなら、たとえ貴女でも容赦しないわよ?」

「…………」

 

私は咲夜の凄みに黙るしかなかった。

 

「咲夜、貴女も落ち着きなさい」

 

永琳が咲夜の手を取り、私の肩から外す。

 

「貴女からすれば信じられないかもしれないけど、これは本当に偶然よ。私にはこんなこと出来ないし、しようとも思わないわ」

 

永琳の目はとても嘘をついてるようには見えなかった。

しかし疑う私もいる。

私の勘は何も言ってくれなかった。

 

「……分かったわ。ひとまず、紫は助かったのよね?」

「ええ。今は安定してるわ」

「…………今回は礼を言えそうにないわ」

「貴女に礼を言われるために助けたわけじゃないわ。医者として当然の職務だからよ」

「そうね」

 

私は紫を見た。

魔理沙やレミリアと同様に、本当に安らかな表情だ。

 

 

 

 

「ねえ、ルーミア。さっきから食われたとかなんとか……意味がわからないのは私が馬鹿だからじゃないわよね?」

「黙ってなよ、馬鹿」

 

部屋に置いてきたつもりだったのだが、チルノとルーミアも付いてきてしまっていたようだ。

それに私たち3人が気付かず話していたのは、少なからず3人ともに焦りがあったからなのだろうか。

 

ルーミアとチルノの後ろでアリスが申し訳なさそうにしていた。

 

「チルノ。あの人はね、悪い病気に喰べられちゃったのよ」

 

咲夜が屈んでチルノに説明する。

 

「チルノは喰べられたくないでしょう?」

「うん!あたいを食べても美味しくないだろうしね!」

「ふふっ、なら喰べられなくなる取っておきの方法があるわ」

「何それ!教えて!!」

 

咲夜は人差し指を立てて、笑みを浮かべる。

 

「大人の言うことは、ちゃんと聞く」

「えー、なにそれー」

「そんなこと言ってると、喰べられちゃうわよ」

「えっ!?」

 

そこでアリスが手を差し出す。

 

「戻りましょう、チルノ。おいしいチョコクッキーが待ってるわ」

「うん!言うことは聞かないとね!」

 

チルノはアリスと手を繋いだ。

 

「私も戻ろうかな。"喰"べられたくないし」

ニヤッと悪そうな顔をして咲夜を見ていた。

咲夜はそれを睨みつける。

 

「うわぁ、言うこと聞かないと、本当に喰べられちゃうね」

 

ルーミアは笑って、アリスとチルノの後ろをついて歩いた。

 

 

「はぁ……チルノが純粋でよかったわ」

 

咲夜がこちらに向き直り、私たちに見せびらかすようにため息を吐く。

 

「まあ、馬鹿とも言うわよね」

「あら、私がオブラートに包んだのに。それを無駄にするのね」

「包む必要なんてないわよ」

 

少し間を置いて、私は呟いた。

 

「……ごめんね、咲夜」

「あら?いきなりどうしたの?」

「ルーミアの事よ。貴女、本当は殺したかったでしょう?」

「ええ、そうね。たとえ刺し違えてでも殺したかったわ」

「ごめんなさい」

「はぁ……」

 

咲夜は私の頭をグシャグシャっと撫でた。

 

「謝らないで。私はあの選択に納得しているし、満足すらしているわ。そもそも私は、自分が納得できないことはしないのよ」

「でも、今殺したかったって……」

「私が殺したかったのは、お嬢様の為よ。なのにそのお嬢様から殺すなって言われちゃったもの。もう殺すことなんて、どうでもよくなっちゃったわ」

「咲夜……」

「それにお嬢様だけじゃない。他でもない貴女からの頼みだから、私は納得したのよ」

「え……?それってどういう?」

「さあ、なんでしょうね」

 

私は訳が分からず咲夜を見る。

咲夜は、まるで馬鹿を見るような目で、笑っていた。

気づくと永琳も、私たちを見てクスクスと笑っていた。

 

「……なによ2人とも。ムカつくわね」

 

私は悪態をつき、2人を睨んだ。




*キャラ設定(追記なし)

○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」

17歳になる程度の年齢。
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。



○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。



○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」

37歳になる程度の年齢。
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。



○アリス・マーガトロイド
「私はもう、目の前で人を死なせない」

20歳になる程度の年齢。
人形のような美しさを持つ美女。
冷静であることを心がけているが、予想外の出来事には若干弱い。
しかし、その予想外の出来事を楽しむことができる。
また、かなりの世話焼きで、子供が大好き。
子供を愛でるのは、人形を愛でるのと同じよう感覚……らしい。

【能力 : 魔法を扱う程度の能力】
主に支援・回復系魔法を使う。

【能力 : 人形を扱う程度の能力】
具現化した人形を武器として用いる。
その人形はまるで生きているかのように行動する。
爆弾を内蔵しているものや、武器を所持しているものなど用途により種類は様々。


○ルーミア
「……はぁ、わかったよ。断る方が面倒くさそうだし」

9歳になる程度の年齢。
極度の……本ッ当に、極度の面倒くさがり。
ただ、楽しい事や面白い事は普通に好き。
突拍子も無いことを言ったり考えたりするが、実は全て計算されている……かもしれない。

【能力 : 闇を操る程度の能力】
自らの周囲に闇を展開する。
その闇の中では相手も自分も視界を奪われる。
ただ、闇の中に何らかの方法で光が生まれると違和感を感じるようだ。

武器として闇を具現化させる。


○チルノ
「あたいはこの館を征服するわ!」

9歳になる程度の年齢。
自由奔放、天真爛漫、おてんば娘。
(バカ)じゃないぞ!自分に正直で、考えることが少し苦手なだけだッ!


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第14話 母親 –– ハハオヤ ––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は揺する。

 

「嫌だよ!起きてよ!」

 

私は叩く。

 

「なんで眠っちゃうの!目を覚まして!!」

 

私は叫ぶ。

 

「居なくなっちゃイヤ!おか––––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––あさん……?」

 

いつの間にか、朝を迎えていた。

私は夢を見ていたようだ。

 

「ごめんなさい、霊夢。起こしちゃったかしら?」

「……咲夜?」

「ええ、そうだけど……大丈夫?」

「うん……」

 

私は上体を起こした。

ベッドの横で椅子に座り、壁に寄りかかって寝ていたようだ。

 

「そんな体勢で……体は痛くないかしら?」

「んっ……ちょっと、痛いかも」

「なら、私がマッサージしてあげるわ。これでも私、少しだけ整体術を齧ってたのよ。もちろんお嬢様の為にね」

「へぇ……なら、少しお願いしようかしら」

「少しだけ待っててくれる?尿瓶と点滴薬変えないと」

「ええ、もちろんいいわ」

「それと、寝てるから今は下げようかと思ってたんだけど……そこに朝食置いておいたから、先に食べちゃっててくれるかしら?」

「分かったわ。ありがとう」

「仕事のうちだもの」

「でも、料理は手作りなのね」

「それは趣味みたいなものよ」

 

咲夜はそう言うと、ニコリと微笑んで作業に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで––––」

 

咲夜は作業を終えると、どこからか簡易ベッドを持ってきた。

私はそこにうつ伏せになっている。

そして、咲夜は私の背中から腰にかけて、念入りに揉み解していた。

 

「––––何か夢でも見ていたのかしら?」

「え?」

「あら、自覚ないの?」

「どういうこと?」

 

私から咲夜の表情は伺えない。

だが、悪戯に笑っていることは確かだ。

なんとなく分かる。

 

「私は、貴方のお母さんじゃないわ。まだ、そんな歳でもないしね」

「なっ……」

 

私は自分の顔が熱くなるのを感じた。

 

「声に……出てたの?」

「いえ、ほとんど聞こえなかったわ。でも何となく、そう言った気がしたから」

「カマかけたのね……最低」

「ふふっ、悪いわね。ただ、貴女の過去には興味があるのよ。それに、溜め込んでいても良いことはないわ。私で良ければ話してみない?」

「…………そうね。話しても良いかも」

「あら、随分と素直なのね」

「別に、そんなんじゃ……」

「ふふっ……やっぱり貴女、可愛いわね」

「はぁ!?」

「ちょっと、動かないでよ。やりづらいわ」

「あ、あんたが変なこと言うからでしょうが!!」

「ごめんなさい、悪気はないわよ?」

「まったく……」

 

咲夜はクスクスと声に出さないように笑っていた。

 

「えっ……と、夢にお母さんが出てきたのかしら?」

「んー、まあそんなところね。私がよく見る夢なのよ。小さい頃は頻繁に見ていた夢で、最近ではほとんど見ないようになってたんだけど……どうしていきなり、見るようになったのかしら?」

「それはきっと……貴女が大切な人を失い過ぎたからよ」

「……え?」

「おそらく今の貴女は、心の奥底で、大切な人達を失うのが怖くなっていて、精神的に不安定なのだと思うわ」

「そう……かもしれないわね」

 

私の脳裏には、魔理沙と紫の顔が思い出された。

 

 

 

「……霊夢?」

「え?あ、ああ……何でもないわ」

 

私は少し、黙り込んでしまっていたみたいだ。

 

「本当かしら?無理しなくても良いわ。たまには弱いところを見せないと、やっていけないわよ。私も実感したし」

 

私は、レミリアの前で号泣する咲夜を思い出していた。

あのくらい晒け出せる相手が、今の私に居るのだろうか?

 

「私で良ければ、貴女の涙や感情、そして話の受け皿くらいにはなるわよ?」

 

確かに今の私にとって、そのような存在に一番近いのは咲夜だろう。

咲夜と出会ったのは、わずか二日前だと言うのに……

私たちは、共に過ごした時間が濃密すぎた。

 

「そうね、お願いするわ」

 

だから私は、咲夜に昔話を聞かせることにした––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見て見て!今日、お母さんの似顔絵を描いたの!」

「え?……あぁ、よく描けてるじゃない。ありがとね、霊夢」

「えへへ〜」

 

母が私の頭を撫でる。

母の手は柔らかく、そして温かかった。

私は母が大好きだった。

 

私の父は、私の物心が付くよりもずっと前に死んでいるらしい。

死因は……昔聞いた気がするが、忘れてしまった。

私にとって父は、その程度の存在でしかないのか、と私は何となく申し訳なかった。

しかし、そんな気持ちがあるからと言って思い出せるわけではない。

 

母はずっと、女手一つで私を育ててくれた。

母の親友である紫は、よく母のサポートをしていたらしい。

だが、私にはあまり干渉をして来なかった。

あくまで、母の為になることをしているようだった。

 

「最近、幼稚園はどう?」

「楽しいよ!あのねあのね、今日はみんなで––––」

 

私は母にその日のことを話すのが大好きだった。

私は身振り手振りを加えながら、自分が経験したことを語り、そして母はそれを笑顔で頷きながら聞いてくれた。

 

「––––それでね私は」

「ねぇ、霊夢」

「なぁに、お母さん?」

「魔理沙が話に出てこないようだけど、仲直りしたの?」

「うっ……」

 

私は先日、魔理沙とケンカをした。

そしてそれから、口も聞いていない。

 

「仕方ない子ね……」

 

母は呆れたように笑って、私と目線を合わせるように屈んだ。

 

「時間が経つにつれて修復は難しくなるものよ。それとも霊夢、貴女は魔理沙とこのままでいいのかしら?」

「そ、それはヤダ!」

「なら早めに仲直りしなさい?分かった?」

「うん……頑張る……」

 

母は私の頭を撫でながら言った。

 

「私は、素直な子が大好きよ」

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね、ねぇ……魔理沙……?」

 

翌日、私は母に言われた通り、魔理沙と仲直りすることにした。

 

「べー、っだ!」

 

魔理沙は舌を出し、私に向けた。

 

「なっ……」

「私はお前なんか知らん!」

「私だってあんたのことなん––––」

 

 

 

––––早めに仲直りしなさい?分かった?

 

 

––––私は、素直な子が好きよ?

 

 

 

私は母の言葉を思い出す。

仲直り……したい。

 

 

俯きながら、私は言う。

 

「……魔理沙、ごめんね。私は前みたいに、魔理沙と遊びたいよ……?」

「………………私だって、遊びたいぜ」

「じゃあ仲直りしよっ!時間が経つと、"シューフク"ってのが難しくなるのよ!」

「……仲直りするときは、握手ってのをするんだぜ!」

 

魔理沙は私に右手を差し出した。

 

「うん!」

 

私はその手を力強く握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––それでね、魔理沙と仲直りしたの!」

「よくやったわ、霊夢。貴女は本当にいい子ね」

「えへへ〜」

 

母は私を撫でてくれた。

 

「ところで霊夢。貴女一体どうして、魔理沙とケンカしたの?」

「え?えっとね––––」

 

私は必死に思い出す。

 

「––––あれ……なんでだっけ?」

「まあ、子供の喧嘩なんてそんなものよね」

 

母は呆れながらも笑っていた。

私も、母の笑顔を見て、笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幼稚園からの帰り道。

いつも通っている道。

私は母と手を繋いでいた。

 

その日にあったことを細かく説明する私。

それを微笑み、頷きながら聞いてくれる母。

 

私の話に区切りがついたところで、今日の夕食は何がいいかと聞く母。

お母さんの料理ならなんでも美味しいと答える私。

それじゃ決められないじゃないと笑う母。

 

 

 

 

––––今でも忘れない、忘れられないあの瞬間。

 

 

 

 

私の母は死んだ。

交通事故だった。

 

日常が壊れていくのを目の当たりにした。

 

 

 

 

 

「嫌だよ!起きてよ!」

 

大型のトラックが突っ込んできた。

運転手は酒を飲んでいたらしい。

 

「なんで眠っちゃうの!目を覚まして!!」

 

母は咄嗟に私を庇った。

母はトラックに吹き飛ばされた。

 

「居なくなっちゃイヤ!おかあさん!!!」

 

いつの間にか、私たちの周りには人だかりができていた。

救急車のサイレンが鳴り響いていた。

 

 

 

「…………ぃむ」

 

母が呟く。

それはかなり小さく、弱々しい声だった。

私はそんな母の声を聞いたことがなかった。

 

「お母さん!?」

 

しかし、私を呼んでいるのだとはっきり理解した。

 

「……ぁぃ…て…るわ」

 

母が私の頭を撫でる。

母の手は柔らかく、そして温かかった。

 

「私だって!愛してる!!いやだ!いやだよ……おかあさん!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––母の手が私の頭から滑り落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気づくと私は、家に1人だった。

あれから、どうしたのだろう?

その場からどう戻ってきたのかも、母がどうなったのかも、分からない。

よく、憶えていない。

 

ただ今は、家の中で"独り"だということだけが分かっている。

"いつも一緒にいた母がいない"ということだけが、私の中で渦巻いていた。

 

––––ガチャ

 

不意に扉の開く音がした。

振り向く気力も、私にはない。

 

「……大丈夫かしら?…………ってのは愚問よね」

 

私は返事をしない。

 

「私のこと、分かるわよね?何度か会ったことはあるのだけど」

「…………ゆかり」

「よかった、生きてたのね」

「……」

 

紫は私の顔を覗き込み、笑っていた。

 

「私は別に、貴女がどうなろうと、正直どうでもいいのだけど……」

 

紫は笑みを消している。

幼い私には、ひどく恐ろしいものに感じられた。

紫の発言よりも、その表情に。

 

「貴女の母親は、よく勘の冴える人だったわ。彼女の勘には、いつも驚かされたものよ」

「……」

「そんな彼女だから、こうなる事もなんとなく分かっていたのかしらね?」

「……」

「少し前、貴女の母親は私に言ったわ。『私に何かあったら、霊夢をお願いしたい』とね」

「……」

 

私は終始無言だった。

 

「だから霊夢、これからは私と暮らしましょう。いいかしら?」

「……うん。分かった」

「あら……随分と素直ね?少しくらい嫌がると思ったのだけど」

「お母さんは……素直な子が好きだって、言ってた」

 

紫はしゃがみ、私と目線を合わせる。

 

「私も、素直な子は好きよ?」

 

紫は笑顔を浮かべていた。

そして私の頭を撫でる。

母の手よりも大きいその手は、私を違和感で満たした。

母はもう、この世にはいない。

改めてそう実感した。

 

 

––––それでも私は、家に1人ではなくなった。

 

 

「霊夢、悪いけれど、この家の物は売らせてもらうわ。もちろんこの家ともお別れよ」

 

紫は立ち上がりながら言った。

 

「誰も住んでないのに、ずっと家賃を払うのは馬鹿馬鹿しいもの。その代わり、このそれらを売ったお金は全額貴女に使うから安心しなさい」

「……でも、思い出は無くなっちゃう」

「ええ、そうね。思い入れがあるものは、うちに持ってくるといいわ。私は一人暮らしで家も小さいから、出来るだけ荷物は少なくして欲しいけど」

「うん。分かった」

「いい子ね。じゃあ私は、引越しに必要なものを揃えてくるわ。貴女はうちに持って来たいものを集めておいてくれるかしら?」

「うん」

「それじゃあ、少ししたらまた来るわ」

 

 

––––ピンポーン

 

 

紫が部屋を出ようとしたとき、インターホンが鳴った。

 

「あら、誰かしら?」

 

紫は部屋を出て、玄関へ向かった。

私は作業に移ることにした。

何を持って行こう?

 

 

––––貴女は、霊夢の友達?

 

 

私の友達……?

魔理沙かな?

何しに来たんだろう?

 

 

––––霊夢なら奥にいるわ。2人で仲良くするのよ。

 

 

紫は、おそらく魔理沙であろう誰かを中に入れ、自身は外に出ていったようだ。

鍵の閉まる音がした。

 

 

––––ガチャ

 

扉が開く。

やはりそこには、魔理沙がいた。

 

「おっす霊夢、遊びに来たぜ」

 

魔理沙の笑顔は眩しいほどだった。

 

「魔理沙……私、今遊べないの」

「なんでだよ?すごく暇そうだぜ?」

「やることがあるの」

「手伝うぜ」

「無理よ。魔理沙にはわからないもん」

「教えてくれれば手伝えるだろ?」

「いいよ。私がやるから」

「なんでだよ、2人でやれば早く「うるさい!!!」

 

私は、怒りを露わにしていた。

 

「あんたなんかと遊びたくない!!もう帰ってよ!!!」

 

私は叫ぶ。

全力で魔理沙を拒んだ。

 

どうして魔理沙を拒んでいるのか、私には分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だな」

 

––––しかし魔理沙は、笑っていた。

 

「霊夢は私と遊びたいはずだぜ」

「あんたに何が分かるのよ!?」

「分かるぜ」

 

魔理沙は自信満々だった。

 

「私も母さん居ないし」

「……え?」

「父さんも、いつも仕事で、家に居ても"サケ"ってのを飲んでるから構ってくれないし……寂しいよな、分かるぜ」

「……」

 

魔理沙の笑顔は、先ほどと変わらず眩しかった。

 

「寂しいときは、泣いて、遊んで、寝るのが一番だぜ」

「寂しくなんか……ないもん……」

「おい霊夢、素直になれよ」

「……素直に……?」

 

魔理沙は真っ直ぐ私を見ていた。

 

「子供の仕事は、たくさん遊んでたくさん寝ることなんだぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらあら、可愛らしい寝顔ね」

 

紫が戻ると、そこには2人の天使がいた。

黒髪と金髪の天使が寄り添って寝ている。

 

「貴女にも見せてあげたかったわ」

 

紫は虚空を見つめる。

 

「……いや、きっと貴女も見ているわよね」

 

紫のその言葉は虚空に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




*キャラ設定(追記あり)

○博麗霊夢
「なんで眠っちゃうの!目を覚まして!!」

5歳になる程度の年齢(12年前)
純粋で素直な良い子。
たった1人の家族である母を心底愛している。



○霧雨魔理沙
「おっす霊夢、遊びに来たぜ」

5歳になる程度の年齢(12年前)
好奇心旺盛、明朗快活。
男勝りな口調は意識してる。
内面はただの乙女。
霊夢の古くからの友人であり、一番の理解者。
(現在と、中身はほぼ変わらない)



○八雲紫
「あらあら、可愛らしい寝顔ね」

国家機密になる程度の年齢。
霊夢の母とは古くからの付き合いであり、お互いに信頼することのできる関係であるようだ。



○霊夢のお母さん
「私は、素直な子が大好きよ」

30歳になる程度の年齢。(12年前)
霊夢のことを1人で育てていた母親。
勘の鋭い女性で、その勘は霊夢と同等以上に的確である。
現在の霊夢を楽観的にしたような性格である。


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第15話 会合 –– カイゴウ ––

 

 

 

 

 

 

 

「それからは紫の家で過ごして、高校に上がるときに一人暮らしを始めたわ」

「八雲紫は貴女の母親代わり、霧雨魔理沙は貴女の心の支えだったのね」

「……なんか、認めたくないけど……まあ、そうなるわね」

「そして貴女は、随分と素直じゃなくなったわね」

「そうかもね」

「でも私は、そんな素直じゃない貴女も好きよ?」

「うるさい」

「照れちゃって」

「照れてない!」

「そうやってムキになるところが可愛いのよ」

「ぐぬぬ……」

「……はい、これでどう?少しは解れたんじゃない?」

 

咲夜はそう言って私の側から少し離れる。

私は立ち上がり、体の動きを確認した。

 

「……そうね、確かに軽くなった気がする」

 

身体が軽くなったのも確かだが、心も軽くなった気がした。

 

「それなら良かったわ」

「ええ、ありがとう」

「あら、素直じゃない」

「昔を思い出したから……かしらね」

「ふふっ」

 

咲夜は部屋の扉を開けた。

 

「それじゃあ私は仕事に戻るわ。何かあったら、すぐに呼んでくれて構わないから」

「ええ」

 

部屋の扉は閉められた。

 

 

 

 

 

「そういえば……紫には結構お世話になったわね」

 

もしかしたら私は、昔のことを思い出さないようにしていたのかもしれない。

もう10年以上前の事だ。忘れてしまっていてもおかしくはないのだが……自分でも不思議なほど覚えていた。

それほど私の記憶に、鮮明に刻まれていたのだろう。

なのにも関わらず、ついこの間までは、まるで忘れてしまっていたようだった。

ただ単純に、自分には両親が居ないという事実だけがあるといった生活だった。

自分でも、今私が何を言っているのか、よくわかっていないが……

紫への恩を、今更になって思い出したような……そんな気がする。

もちろん、魔理沙に対しても同様に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し時間が経った。

私はウトウトしていたみたいだ。

部屋には私以外に、1人の少女がいた。

 

「……妖夢?」

「うぉっ!?」

「変な驚き方ね」

「しし、仕方ないでしょ!寝てると思ってたんだから!」

「まあ、寝ていたわ」

「もしかして起こしちゃった……?」

「そうだけど、別に構わないわよ」

「そう?ならいいけど……」

 

私の目の前には、何故か魂魄妖夢がいた。

 

「それにしても、あんたがここに来るなんて……何の用かしら?」

「え?咲夜から聞いてないの?」

「どういうこと?」

「んーと……霊夢には言ってもいいんだよね?」

「それを私に聞くのは間違ってると思うけど」

「うーん、まあいいか」

「いいと思うわ、私だし。それで何の用よ?」

「私もよく分からないけど、今日はここに、ユメクイ達が集まるんだって。咲夜からそう連絡があったわ」

「ユメクイ達が……?それは、"ユメクイを喰らうユメクイ"達ということでいいのかしら?」

 

そのとき突然、病室の扉が開いた。

 

「ああ、そうだよ。そういう種類のユメクイが集まるのさ」

「……貴女は?」

 

そこには長い白髪で私よりも少し幼い印象の少女がいた。

 

「私は藤原妹紅。そっちの名前は?」

「博麗霊夢よ」

「こ、魂魄妖夢です」

 

妹紅が私を見る。

 

「ああ!お前が博麗霊夢か。話は聞いてるよ」

「そう」

「だが……魂魄妖夢?だっけ?聞いたことないな」

「私は、その……ついこの間仲間になったばかりだから……」

「ああ!そういうことか!なるほどなるほど、よろしくね。そういや今回の目的の1つはそれだったね」

「それ……とは?」

「新しく入った2人を含めての親睦会さ。勘違いで殺されちゃ、堪らないからね」

 

妹紅はニカッと笑みを浮かべた。

 

「まあ、私は死なないんだけど」

「え……?」

「とにかく、そういうことだ」

「そっか……?」

 

なんだか納得いかない様子の妖夢。

やはりユメクイには、独特の自尊心があるのかしら?

そんなことを思っていると、再び扉が開く。

 

「お邪魔するわよ、霊夢」

「こんにちは〜」

 

アリスとルーミアが入ってきた。

 

「あら、妹紅じゃない。久しぶりね」

「アリスか。確かに暫く会ってなかったな」

「元気にしてたの?」

「ああ、変わらないよ。それで、その子はもしかして…………?」

「ええ、新しく仲間になったルーミアよ」

「え、あ、なんだそっちか……」

「そっち?」

「いやいや、同じ金髪だから…………そんなことより、ルーミアか。よろしくな。私は藤原妹紅(ふじわらのもこう)だ」

「うん、よろしくね」

 

アリスが妖夢を見た。

 

「初めましてよね?貴女がもう1人の新しい仲間かしら?」

「そうです。魂魄妖夢と言います」

「妖夢ね。私はアリス・マーガトロイド。こっちは貴女と同じ新入りのルーミアよ」

 

私は1つ気になり、アリスに問う。

 

「そういえばアリス。貴女、随分とルーミアと仲がいいみたいだけど……あんなに顔が青くなるほどだったのに、どうして?」

「あー、私は咲夜と違って、ルーミアを恨んでいたわけでも、レミリアに思い入れがあったわけでもないからかしらね?自分でも不思議なくらい、あの一件の後はルーミアに思うことはなくなったわ」

「ふーん。そういうものかしら」

「どうやらそういうものらしいわ」

「私はお節介を焼かれて、いい迷惑だよ」

 

ルーミアが私たちの会話に口を挟む。

 

「だって貴女、本当に面倒くさがりだから、色々心配なのよ」

「それが面倒くさいんだよ」

「なんか、私にも分かる気がするな」

 

次は妹紅が口を挟んだ。

 

「私も、ちょっとした知り合いに、よく口出されてるんだ……まあ嫌ではないけど、ちょっと鬱陶しくもなる」

「そうそう。鬱陶しいよね」

「そこだけ肯定されるのは、些か不本意だけどな」

「えー、大事なのはそこでしょ。寧ろ、そこ以外聞いてなかったよ。大事なことだけでもいいから聞いてくれって、慧音先生にも言われてるし」

「……慧音先生?もしかして上白沢慧音のことか?」

「あれ、先生のこと知ってるの?」

「知ってるも何も、私に口出すその知り合いこそが、慧音のことだぞ」

「そーなのかー」

 

ルーミアは手を横に伸ばした。

 

「そうか、ルーミアは慧音の教え子なのか……なあルーミア、何か慧音の弱みとか知らないか?」

「そんなの知らないよ」

「んー、それは残念だ」

 

ポリポリと、頭を書きながら苦笑いをする妹紅。

 

 

 

 

「そういえばなんだけど」

「ん?どうしたの、霊夢?」

 

アリスが顔を向けた。

それにつられるように、全員が霊夢を見た。

 

「いや……あんたたちの仲間って、他に何人いるのかなって……」

「ああ、ここに居ないのは咲夜と……もう1人、最も古参のユメクイがいるわね」

「最も古参……?」

 

まるでタイミングを図っていたかのように、病院の扉が開かれた。

 

「噂をすれば、なんとやら……ってやつかしらね」

 

アリスが笑みを浮かべて言った。

 

「な、なんでそんなに注目されてるの……?」

 

不可解な表情を浮かべる、明るい紫色の長髪に特徴的なウサ耳を付けた少女がいた。

 

……そんな耳付けてれば嫌でも注目されそうだけど。

 

「久しぶりね、鈴仙」

「そうね、半年振りくらい?」

「もうそんなになるかしら」

「……全員、集まったようね」

 

不意に扉から声がした。

開けられたままだった扉から、咲夜を引き連れた永琳が入ってくる。

 

「お久しぶりです、師匠」

「貴女は月に1回しか顔を見せてくれないものね、優曇華」

「あはは……」

「とにかく、集まったようなら話を始めるわ」

 

そう言う永琳の後ろで、咲夜が扉を閉めた。

カチャ……と鍵のかかる音がする。

 

「始めるのはいいけど、どうしてここなのよ?」

 

私は疑問に思っていたことを、永琳にぶつけた。

 

「ここは病室の中では1番奥で、さらに奥は病院の関係者しか行かない場所だから、あまり人が通らないのよ。隣も空き部屋だしね。それに、貴女にも関係するでしょ?」

「まあ、そうね」

「では、始めましょうか。とりあえず、新しく入った者のためにも改めて自己紹介をしましょうか。それといつも通り、前回の報告以降に討伐したユメクイの数も教えて貰うわ。優曇華からでいいかしら?」

「わ、私ですか?」

「貴女が1番古参だし」

「まあ……そうですね。分かりました」

 

少女は少し嫌そうだったが、永琳に言われると断れないのだろうか?

そのまま了承し、自己紹介を始めた。

 

「私の名前は鈴仙(れいせん)優曇華院(うどんげいん)・イナバ。"波長を操る程度の能力"を持っています。討伐数は12です」

「12!?そ、それって何ヶ月で、ですか……?」

 

妖夢が驚きの声を上げた。

永琳が答える。

 

「本来は、だいたい月に1回、個別に報告してもらうのだけど……今回はまだ誰も、1ヶ月は経ってないわね」

「い、1ヶ月足らずで12…………?」

 

妖夢は、驚愕している表情のお手本といった顔をしている。

 

「次は私か。私の名前は藤原妹紅。"老いることも死ぬこともない程度の能力"を持ってるよ。私の討伐数は10だな」

 

妖夢はもう、言葉に出来ていないようだった。

 

「じゃあ私ね。私はアリス・マーガトロイド。"魔法を使う程度の能力"と、"人形を操る程度の能力"を持っているわ。討伐数は7よ」

「アリスさんも、綺麗な顔して、結構殺してるんですね……」

「あら、それは私よりも咲夜に言った方が良いかもよ?」

「あ、咲夜なら驚きません」

「それは一体どういう意味かしらね?」

「え、えっと……」

 

ジッと見る咲夜の視線に耐えられず、妖夢は目を逸らした。

 

「まあ良いわ。私の名前は十六夜咲夜。"時を操る程度の能力"を持っているわ。討伐数は22よ」

「22!?」

 

妖夢が目を見開いていた。

咲夜はクスクス笑っている。

 

「あら、私なら驚かないんじゃなかったの?」

「げ、限度があるよ!!」

「そう?別に多くないわよ」

「いや、さすがに私でも多いと思うわ」

 

鈴仙が口を挟む。

 

「咲夜はユメクイを逃がさないからね。夢に巻き込まれれば、ほぼ100%、殺すことができる。どんなに逃げ足が速くても、それこそ時間を止めてしまえば、絶対に捕まえられるわ。本当に、対ユメクイ向きの能力よね」

「普通なら、月に20回程度巻き込まれたとしても、ユメクイを見つけられないこととかを考えれば、その5割程度殺せれば上出来なんだけどな。咲夜は異常だよ」

 

妹紅も、鈴仙に続けて言う。

 

「咲夜ってすごいのね」

「あら霊夢。見直したかしら?」

「別に。もともと強いとは思ってたわよ」

「嬉しいこと言ってくれるじゃない。でも、討伐数と強さは比例しないのよ」

「どういうこと?」

「私には、どうしても勝てないユメクイがいるの」

「え?」

 

咲夜は睨みつけていた。

 

「まあ、私は"負けない"からね」

 

咲夜の視線の先で、妹紅が笑っている。

 

「本当に、いくら殺しても死なないんだから。それに貴女の炎も厄介だし」

 

咲夜は肩を竦めていた。

 

「え、あんたら戦ってるの?」

「もちろん、本気じゃないわよ。ただ手合わせしてるだけ。他のユメクイに負けない為にもトレーニングしてるのよ」

「咲夜は本気で私を殺しに来るけどな」

「いいじゃない、あなた死なないんだから」

「まあ、そうだけど。ダメージはあるんだぞ?」

「雑談はそれくらいにしなさい」

 

永琳が2人の会話を中断させる。

 

「とりあえず、元からのメンバーの紹介終わったわね。新入りさんたちも同じようにお願いできるかしら?」

 

永琳が妖夢とルーミアを見て言う。

 

「はい。えっと、私は魂魄妖夢と言います。能力は……"剣術を扱う程度の能力"、かな?まだユメクイになって1ヶ月も経たないので、把握しきれてないです。あ、もちろん討伐数は0です」

 

妖夢はオドオドしながらも、なんとか話していた。

 

「ほら、ルーミア。貴女の番よ?」

「えー、面倒くさい」

「そんなこと言わないの」

「んー、仕方ないなぁ……」

 

ルーミアは頭を掻いていた。

心底面倒くさそうにしていた。

 

「私はルーミア。"闇を操る程度の能力"を持ってるよ。ちなみに討伐数は1」

「え!?ル、ルーミアもユメクイを殺したことあるの……?」

「アリスと2人でだったけどねー。とどめは私だけど」

「もしかして、0って、私と霊夢だけ?」

「ちょっと、私は人間よ?」

「そ、それじゃあ私だけになるじゃない!」

「仕方ないでしょ、本当のことだし」

「う……」

「そういえば、霊夢は撒き夢だったか?」

 

妹紅が突然尋ねてきた。

 

「ええ、そうよ」

「霊夢も大変だよね。さっさとユメクイになっちゃえばいいのに」

「簡単に言ってくれるわね、ルーミア」

「だって、人間のまま夢に巻き込まれるなんて、面倒くさいじゃん」

「あんたは本当に、それしか言わないわね」

 

私は呆れた。

ルーミアは極度の、本当に極度の面倒くさがりだ。

 

「でも、撒き夢なんて辛いわよね?」

「まあ、気持ちの良いものではないことは確かよね」

「その程度の事として言えるなんて……すごい人間ね、霊夢は」

「ありがとう」

 

何故か鈴仙が撒き夢の私を慰めるように褒めていた。

 

「実は私、元撒き夢なの」

「え……?」

 

 

––––前例が少なすぎて、確かなことは言えないけど。

 

 

咲夜が以前、そんなことを言っていた。

この鈴仙・優曇華院・イナバこそが、撒き夢の"前例"だったのだ。

 

「私は撒き夢のままでいるなんて考えられなかったから、すぐにユメクイになっちゃったけど」

「そう……」

 

やはり、ユメクイになるしかないのか……

私はそう思い、少し気を落とした。

 

「さて、じゃあそろそろ本題に入っても良いかしら?」

 

突然、永琳が切り出した。

全員永琳を見つめる。

永琳の表情は酷く冷たいものだった。

 

「今日、貴女たちに集まってもらったのは親睦を深める意味もあったけど、それは本題ではないわ」

 

永琳は淡々とした口調で述べる。

私たちは全員、なんだか嫌な鼓動の速さを感じていた。

 

「今日集まってもらったのは他でもない。犯人探しよ」

「……犯人探し?」

 

妹紅が尋ねる。

私も意味が分からなかったので、永琳がどう答えるのかに集中していた。

私以外も、おそらくその様子だ。

 

永琳が口を開く。

 

「––––この中に裏切り者がいるわ」

 

私たち全員に緊張が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





*キャラ設定(追記あり)

○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」

17歳になる程度の年齢。
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。



○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。



○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」

37歳になる程度の年齢。
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。



○魂魄妖夢
「私、もう迷わないよ」

17歳になる程度の年齢。
真面目で義理堅い。
ただ、自分に自信がなく、他人に流されやすいTHE日本人気質。
……に見えるが、実は意思がしっかりしている……ようでしてない。

【能力 : 剣術を扱う程度の能力】
具現化した二本の刀を自由自在に操ることができる能力。
だが、いつも長い方しか使ってない。

武器として二本の刀と半霊を具現化させる。
半霊は実体を持たせることも持たせないことも可能。
また、妖夢と同じ姿になら変身することができ、妖夢の声を半霊の口から出すこともできる。
つまり、同時に喋ることは出来ないが、半霊だけが喋ることは可能。



○アリス・マーガトロイド
「私はもう、目の前で人を死なせない」

20歳になる程度の年齢。
人形のような美しさを持つ美女。
冷静であることを心がけているが、予想外の出来事には若干弱い。
しかし、その予想外の出来事を楽しむことができる。
また、かなりの世話焼きで、子供が大好き。
子供を愛でるのは、人形を愛でるのと同じよう感覚……らしい。

【能力 : 魔法を扱う程度の能力】
主に支援・回復系魔法を使う。

【能力 : 人形を扱う程度の能力】
具現化した人形を武器として用いる。
その人形はまるで生きているかのように行動する。
爆弾を内蔵しているものや、武器を所持しているものなど用途により種類は様々。


○ルーミア
「……はぁ、わかったよ。断る方が面倒くさそうだし」

9歳になる程度の年齢。
極度の……本ッ当に、極度の面倒くさがり。
ただ、楽しい事や面白い事は普通に好き。
突拍子も無いことを言ったり考えたりするが、実は全て計算されている……かもしれない。

【能力 : 闇を操る程度の能力】
自らの周囲に闇を展開する。
その闇の中では相手も自分も視界を奪われる。
ただ、闇の中に何らかの方法で光が生まれると違和感を感じるようだ。

武器として闇を具現化させる。


○藤原妹紅
「私はその程度じゃ死ねないんだよ」

16歳になる程度の年齢。
強気で男勝りな性格の少女。
その口調は、魔理沙とは違い自然に出している。
しかし、ちゃんと女の子である。

【能力 : 老いることも死ぬこともない程度の能力】
不死身の肉体(のようなもの)を持ち、"死"に相当するダメージを負うと肉体が再構築され、完全復活する。
魂を消滅させられない限り、負けはない。

武器として炎を出現させる。
出現させた炎に限り、自在に操ることが可能。
(何かに燃え移った炎などは、操ることができない)


○鈴仙・優曇華院・イナバ
「ひ、酷いです師匠!私が師匠を裏切るわけありません!!」

18歳になる程度の年齢。
永琳を師匠と慕う少女。
真面目で陽気な性格。
本来は臆病者だがユメクイ化の影響で少し強気になった。
人は力を手に入れると変わるのである()

【能力 : 波長を操る程度の能力】
光や音の波長を操ることで幻覚や幻聴を起こす。
相手の五感に干渉できる。

武器として弾丸を発射することができる。
自らの手で拳銃のような形を作り、発射する。


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第16話 失態 –– シッタイ ––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは医療ミスによって生まれたものだった––––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユメクイが生まれたのは2年前、私––––八意永琳が少しずつ名声を手に入れ始めた頃だった。

その当時私は、"あらゆる薬を作る医者"として、世の人々に名を知らしめていた。

 

 

本来、薬とは医者によって作られるものではない。

新薬開発を専門とする研究員が開発し、臨床実験や国からの承認などを経てから、ようやく薬は世に出回る。

では、一体どうして、私はそのような名声を手に入れたのか?

それは私の薬の特徴が影響していた。

 

 

私の薬は、化学物質を使用しない。

少し手間や金のかかるものもあるが、全て民間人が手に入れることのできる物質、または動植物である。

もちろん、違法性のものなど全くない。

言わば、私の製薬は"調理"であり、人々から薬と呼ばれているだけの"料理"なのだ。

 

 

そして私は、無闇矢鱈にその"料理"を提供しない。

本当に必要な人に、本当に必要な量だけを作る。

さらにその"料理"を、受け取った患者が服用する以外の目的に使用しないことを条件に提供していた。

それが徹底して守られていることから、私が信頼を得ていることが伺えるだろう。

 

 

そうして私の薬は世に出回るも、情報が漏れることはなかった。

だからこそ、私の医療ミスは––––調理ミスとも言い換えられるかもしれないが––––露呈することが一切ないまま、現在に至ってしまったのだが……

 

 

 

 

 

 

私はある日、不眠症を改善する薬を求められ、眠りに関する研究が始まった。

その研究の中で私は、人間がほとんど全ての時間において夢を見ているということを発見した。

そうして出来上がったのが、"夢を見られなくする薬"だった。

人が常日頃から見ている夢を見られなくすることで、スムーズに眠りへと誘導する。

それが私の狙いだった。

 

事実、服用した患者は皆、急激に眠気に襲われる睡眠薬とは異なり、ごく自然に眠りへと誘われるようになった。

その薬が口コミで広がり、多くの人が服用することになった。

初めは順調だった。

しかしある時、私は気づく。

その薬には、重大な副作用があった––––

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––そうして生まれたのがユメクイよ。私はその責任を取るために、こうして貴女たちに頼んでいるわ。ただ、私が死ぬ訳にはいかないから、戦線から引かせてもらっているけど」

「それに関しては、私達4人は知ってる事だろ?裏切り者ってのが見えてこないんだが?」

「今から話すわ。待ちなさい、妹紅」

 

永琳が全員を優しい目つきで見る。

 

「貴女たちの働きには本当に感謝している。本来私自身ががするべきことを代わりにやってくれているのだから、感謝の念しかないわ。ただ––––」

 

視線が鋭くなる。

永琳の表情は、全員が恐怖するに値した。

 

「––––ニュースでも流れているように、最近の窒息死の死亡件数は増える一方よ。貴女たちが月に50体以上のユメクイを"処分"しているにもかかわらず、ね」

 

永琳は表情を変えずに続ける。

 

「さらに言えば、以前は減少傾向が見られていた。だから、窒息事件も今ほど騒がれてはいなかったわ。これがどういう意味か……分かるかしら?」

 

永琳は笑っていた。

その笑顔は冷たく、鋭かった。

 

「……誰かが増やしている。そしてそれが出来るのはここにいる……いや、もっと言えば古参の私達4人だけ––––そう言いたいのですね、師匠?」

「珍しく察しがいいじゃない、優曇華。案外、貴女が裏切り者なのかしら?」

「ひ、酷いです師匠!私が師匠を裏切るわけありません!!」

「そうね、貴女は私を裏切らない。信じてるわよ」

「そ、そう真面目な顔で言われると照れます……あはは……」

 

恥ずかしそうな鈴仙を、永琳は先ほどとは異なる笑みを浮かべて見ていた。

そしてその笑みを消した後に、永琳は口を開く。

 

「とにかく、優曇華が言った様に、この中に増やして回っている者がいる可能性がある。考えたくはないけど、覚えておいて。それと、これからはユメクイを殺す前に、余裕があれば、どうやってユメクイになったかを聞いて欲しいわ。なんらかの手かがりになるかもしれないから」

 

全員がその言葉に頷いた。

 

「確かに私も、最近増えてるのはおかしいと思ってたよ。だけど、意図的に増やすメリットが分からない。ユメクイなんてもの、いない方がみんな幸せだろ?」

「私には増やしてる輩の気持ちなんて分からないし、分かりたくもないわ」

 

妹紅の純粋な疑問に、永琳が当たり前のように答える。

 

「あはは、確かにそりゃ違いないね」

 

妹紅は、言葉だけで笑う。

表情は真剣そのものだった。

彼女なりに、事態を重く受け止めているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!?」

 

それは本当に突然だった。

何の前触れもなく、いきなりの事だった。

私の前から永琳"だけ"が姿を消し、目の前に広がる光景も変わった。

 

 

そこはあたりに人形が散らばった、まるで子供部屋––––ドアや天井などは見当たらないが––––のような空間だった。

空には紅い月が浮いており、辺りを照らしている。

 

「すごい数の人形だな。まさかアリスがこの夢の主だったりするのか?」

「違うわ、妹紅。確かに私の夢にも人形がたくさんいるけど––––」

 

アリスは、人形を悲しそうな目で見た。

 

「––––私は人形を、こんな風に扱ったりしない」

 

散らばった人形は、頭がもげていたり、手足がちぎれていたり、とにかく悲惨な状態だった。

 

「お前も武器として使ってるから、そこまで人のこと言えないんじゃ……」

「妹紅、うるさいわよ」

 

妹紅は、アリスに怒られてしまった。

アリスはあんな粗末な使い方をしているが、人形への愛は本物の様だ。

 

「……それにしても、全くもって、不運なユメクイね」

「全くだな。私達が全員集まってる中で、夢を集めてしまったんだ。これ以上不運なことはないよ」

 

咲夜の呟きに、妹紅が反応する。

 

「さて、さっさとこの夢の主を探して、出してもらいましょうか」

「あ、じゃあ誰が一番に殺せるか勝負する?」

「鈴仙、あんた楽しんでるわね……」

「だって、みんなで巻き込まれるなんて初めてじゃない!咲夜だって、実は楽しんでたり……」

「あぁ?」

「咲夜さん、女性がしてはいけない顔をしています。やめて頂けると幸いです、はい」

 

 

 

 

「じゃあ私は闇でも展開しようかなー」

「ルーミア、やめなさい」

「アリスはうるさいなぁ」

「貴女が突拍子も無い事をするからでしょ?」

「本気で言ってるわけないじゃん。私だって、闇の中じゃ見えないんだもん」

「はぁ……」

「すっかりアリスはルーミアの保護者なんだな。振り回されてるだけな気もするけど」

「別に保護者のつもりは無いんだけどね」

「だったらやめてよ。面倒くさいから」

「嫌よ。私が言わないと、貴女本当に何するか分からないもの」

「はは、なんだか兄弟みたいにも見えるな」

 

 

 

 

「ねえ妖夢」

「霊夢?どうしたの?」

「いや、はしゃいでないのはあんただけかなと思ってね。やっぱり、ユメクイ特有の自信が、まだ少ないからなのかしら?」

「何なの?霊夢は私を馬鹿にしに来たの?」

「いえ、寧ろ褒めてるつもりよ。他の奴らは危機感が無さすぎるわ」

「うん、確かにそうだけど……でも、これだけ集まってて、負ける気はしないよ」

「普通なら、そう思って当然ね」

「霊夢は違うの?」

「何かが起こる気がする、程度だけど。何だか安心できないのよね」

「さすがに考え過ぎなんじゃないかな?」

「私もそう思うわ」

「え?矛盾してない?」

「仕方ないでしょ?ただの勘なんだから」

「勘なのね…………って、あれ?霊夢の勘って確か––––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––グチャッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

私の顔に、肉片が付着した。

 

 

 

「よ、妖夢……?」

 

 

 

妖夢は体の内側から爆発したようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはははははははははっ!!」

 

 

 

 

 

突然背後から声がする。

 

「凄い凄い!今までで一番派手だったわ!」

 

その、幼い声は狂気に満ち、恐怖心を煽る。

突然のことに、状況を理解できる者は居なかった。

ただ静まり返り、声の主を見ることしかできない。

––––アイツがこの夢の主だ、という当たり前の発想に至るまでに時間を要した。

 

 

 

「妖夢!!!」

 

私が叫ぶ。

その声を機に、全員が我に返る。

そして、理解し緊張感が走る。

 

「次は誰にしよっかなー?あ、でもやり過ぎちゃうと食べられないなー。うーん、どうしよ…………あれ?」

 

その声、表情、そして瞳は狂気に満ちていた。

その狂気に私は動けなかった。

妹紅は戦闘態勢をとる。

鈴仙は、なぜか微笑んでいる。

アリスは睨みつけ、ルーミアはただ見つめる。

 

 

 

 

 

––––そして咲夜が後ずさった。

 

 

「……そこに居るの、咲夜だよね?」

「ッ…………」

「ねぇねぇ、咲夜でしょ?」

「………………い、妹様」

「ほーらっ!やっぱり咲夜だ!」

「なんだ、知り合いか?」

 

妹紅が尋ねる。

咲夜は弱々しく答えた。

 

「……お嬢様の妹……フランドール・スカーレット様よ」

「へぇ、あんたが慕ってる可愛いお嬢様の妹か。まあ、だけど––––」

 

妹紅が咲夜を睨みつけた。

その瞳には明らかな殺意が感じられる。

 

「––––殺さなきゃいけないのはアイツだよな?」

「ま、待って……!」

「咲夜、何を待つんだよ?あいつがユメクイなのは明らかだ。それに、すでに妖夢を殺してる……許されないユメクイだ。私情を挟むんじゃないぞ?」

「ッ……」

「まあ、なんだ。さすがに咲夜がアレを殺すのは辛いだろうから、私が殺るよ。黙って見てな」

「妹紅……」

 

咲夜が、珍しく迷っていた。

 

 

––––妹紅を止めることは決して許されない。

だが、妹様が殺されることも許されない。

お嬢様は妹様を、本当に大切にしていらした。

その妹様が殺されるのを、ただ見ているだけなんて––––

 

 

咲夜の目は焦点があっていなかった。

私は、妖夢が殺されたという事実を理解し、少女を睨みつける。

その少女––––フランドール・スカーレットは今も笑っていた。

 

「ねぇねぇ、さっきから私を殺すとか言ってるけど、本気なの?無理だよ、絶対」

「随分生意気だな。まあいい、私の炎で焼き尽くしてやるさ!」

「……!?」

 

人体が自然発火する。

あまりの光景に、フランは驚きが隠せていなかった。

そして、その炎がフランに迫る。

フランは背中の特徴的な羽を使って––––あの羽で飛べるとは思えないのだが––––空に浮かぶ。

炎をあっさりと避けた。

 

「すっごい!もう一回やって!!」

「やれやれ、楽しませるためにやってるんじゃないんだけどね」

 

妹紅は呆れたように見せる。

 

「背後に気をつけな」

「え?」

 

フランは振り返る。先ほど避けたはずの炎が迫っていた。

 

「うわっ!?」

「…………なんだ、避けるのか。なら、これはどうかな?」

 

辺り一面が炎に包まれる。

そして夥しい量の炎が、フランに迫る。

 

「むぅ……さすがに当たったら熱いよね?」

 

そこに避ける隙間は存在しなかった。

 

「もっと見ていたかったけど、仕方ないね。バイバイ」

 

フランは"目"を握りつぶした。

その刹那、妹紅は弾け飛ぶ。

正確には、妹紅の肉片が内側から弾け飛んだ。

妹紅の肉体の崩壊とともに、彼女の炎も掻き消える。

 

「そろそろご飯にしようかな。お腹空いたし」

 

フランは何事もなかったかのように地に降り立つ。

その右手には、既に全員の"目"を所持していた。

 

「もしかして他の人たちも、さっきみたいな事が出来るのかしら?でもいいよ、やらなくて。もうお腹ペコペコだから。とりあえず動かないで欲しいんだけど、どうせ言うこと聞かないでしょ?だから、動けないようにしてあげるね」

 

フランは早口で捲し立て、その手を握った。

次の瞬間、私たちの両膝が吹っ飛んだ。

 

 

 

「があああぁぁあぁぁああぁぁああぁあああ!!!」

 

私は痛みで叫ぶ。

もちろん私だけじゃない。

 

しかしフラン以外に、もう1人だけ、その場に立っている者がいた。

 

「貴女には何もしないであげるわ、咲夜」

「い、妹様……」

 

フランは笑っている。

 

「でも勘違いしないで欲しいな。私は咲夜が嫌いなの。だってこの私よりもアイツを選んだ訳だからね。まあ、咲夜を拾ったのはアイツだから当然だって理解はできるけど、納得はできないよ。アイツだけじゃなくて紅魔館にいた皆が咲夜のことを家族として想ってた。もちろん私も想ってた。なのに咲夜はいきなりアイツと居なくなるし、美鈴は何があったか教えてくれないし、なんだか私だけ除け者にされてる気がするし、なによりも咲夜にとって私ってその程度だったんだって思った。つまり咲夜は裏切ったんだよね、私たちの想いを、いや私の想いを。そう思ったら許せない。本当に憎たらしいよ。それこそ殺してやりたいくらいにはね。だけど久々に会ったら、少し昔を思い出して懐かしんでる私がいるわ。妹様って響きも懐かしくて、嬉しく感じてる。あはは、感情って、本当に面白いよね、1つに決まらない。ふふっ、咲夜の今の表情も面白いよ。何言ってるか分からない、みたいな顔してる。珍しいね、咲夜がそんな顔するなんて。でもまあ、要するに私の言いたいコトは––––」

 

フランが圧倒するように捲し立てた。

咲夜は何も言えない。

 

 

「––––邪魔したら、コ ロ ス 」

 

 

咲夜は金縛りにあったように動けなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





*キャラ設定(追記あり)

○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」

17歳になる程度の年齢。
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。



○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。



○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」

37歳になる程度の年齢。
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。



○魂魄妖夢
「私、もう迷わないよ」

17歳になる程度の年齢。
真面目で義理堅い。
ただ、自分に自信がなく、他人に流されやすいTHE日本人気質。
……に見えるが、実は意思がしっかりしている……ようでしてない。

【能力 : 剣術を扱う程度の能力】
具現化した二本の刀を自由自在に操ることができる能力。
だが、いつも長い方しか使ってない。

武器として二本の刀と半霊を具現化させる。
半霊は実体を持たせることも持たせないことも可能。
また、妖夢と同じ姿になら変身することができ、妖夢の声を半霊の口から出すこともできる。
つまり、同時に喋ることは出来ないが、半霊だけが喋ることは可能。



○フランドール・スカーレット
「今の紅魔館じゃない!あの何でもない日々が良かったの!」

9歳になる程度の年齢。
突如として消えた姉、レミリアに代わり紅魔館の当主になったようだ。
詳しいことは第17話以降に描かれるだろう。

【能力 : ありとあらゆるものを破壊する程度の能力】
全ての物質に存在する"目"を手の中へと移動させ握り潰すことで、あらゆるものを破壊することができる。
ただし、魂や善悪などといった形のない概念的なものを破壊することはできない。

武器として炎を纏った災いの杖『レーヴァテイン』を具現化させることができる。



○アリス・マーガトロイド
「私はもう、目の前で人を死なせない」

20歳になる程度の年齢。
人形のような美しさを持つ美女。
冷静であることを心がけているが、予想外の出来事には若干弱い。
しかし、その予想外の出来事を楽しむことができる。
また、かなりの世話焼きで、子供が大好き。
子供を愛でるのは、人形を愛でるのと同じよう感覚……らしい。

【能力 : 魔法を扱う程度の能力】
主に支援・回復系魔法を使う。

【能力 : 人形を扱う程度の能力】
具現化した人形を武器として用いる。
その人形はまるで生きているかのように行動する。
爆弾を内蔵しているものや、武器を所持しているものなど用途により種類は様々。



○ルーミア
「……はぁ、わかったよ。断る方が面倒くさそうだし」

9歳になる程度の年齢。
極度の……本ッ当に、極度の面倒くさがり。
ただ、楽しい事や面白い事は普通に好き。
突拍子も無いことを言ったり考えたりするが、実は全て計算されている……かもしれない。

【能力 : 闇を操る程度の能力】
自らの周囲に闇を展開する。
その闇の中では相手も自分も視界を奪われる。
ただ、闇の中に何らかの方法で光が生まれると違和感を感じるようだ。

武器として闇を具現化させる。



○藤原妹紅
「私はその程度じゃ死ねないんだよ」

16歳になる程度の年齢。
強気で男勝りな性格の少女。
その口調は、魔理沙とは違い自然に出している。
しかし、ちゃんと女の子である。

【能力 : 老いることも死ぬこともない程度の能力】
不死身の肉体(のようなもの)を持ち、"死"に相当するダメージを負うと肉体が再構築され、完全復活する。
魂を消滅させられない限り、負けはない。

武器として炎を出現させる。
出現させた炎に限り、自在に操ることが可能。
(何かに燃え移った炎などは、操ることができない)



○鈴仙・優曇華院・イナバ
「ひ、酷いです師匠!私が師匠を裏切るわけありません!!」

18歳になる程度の年齢。
永琳を師匠と慕う少女。
真面目で陽気な性格。
本来は臆病者だがユメクイ化の影響で少し強気になった。
人は力を手に入れると変わるのである()

【能力 : 波長を操る程度の能力】
光や音の波長を操ることで幻覚や幻聴を起こす。
相手の五感に干渉できる。

武器として弾丸を発射することができる。
自らの手で拳銃のような形を作り、発射する。


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第17話 狂気 –– キョウキ ––

 

 

 

 

 

 

 

「あらフラン、おはよう」

「うん、お姉様」

「フラン、挨拶には挨拶で返すものよ」

「別にいいじゃない」

「この子は本当に……」

「おはようございます、妹様。食事の用意が出来ておりますので、どうぞこちらへ」

「おはよう咲夜。ありがとね」

「なんで咲夜には挨拶するの!?」

「別にいいじゃない」

「お、お前なぁ……」

 

 

 

 

 

 

私はこの日常が好きだった。

 

 

 

 

 

 

「わぁ……!綺麗だね!!」

「ありがとうございます、妹様」

「本当に全部美鈴が育てたの?」

「そうですよ。毎朝こうして水をあげています」

「私もやりたい!」

「ええ、いいですよ」

「やったぁー!」

 

 

 

 

 

 

私、お姉様、咲夜、美鈴……他にもたくさんの人がいるこの日常が、堪らなく好きだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日からお前が、この紅魔館の当主だ」

「…………え?」

 

私は突然、お父様に呼び出された。

普段、仕事でどこかに行っているお父様とこうして話したのは数える程度しかない。

それでも私にとっては、たった1人のお父様だったから、それなりに愛着はあった。

 

「お姉様はどうしたんですか?」

「フラン、お前は私の可愛い"一人娘"だ。お前になら、この紅魔館を任せられるよ」

「???」

 

その場は取り敢えず了承しておく他なかったが、私には意味がわからなかった。

 

 

 

 

「ねぇ美鈴!なんで私が"お嬢様"なの!?」

「なんでと仰られましても……お嬢様は"お嬢様"でしょう?」

「違う!前までは妹様だったじゃん!それにお姉様はどこに行ったの?あんな奴でも、居ないと調子狂うんだけど?」

 

美鈴は、ただ困ったような表情をするだけだった。

 

「それに咲夜もいないし……2人ともどこ行ったの?」

「あ、その……え……っと……」

 

美鈴は何か言いたげだったが、やはり困った表情をするだけだった。

 

「メイド長」

「ん?どうしたの?」

「少々来て頂いてよろしいですか?お伺いしたいことが……」

「ええ、いいわよ。ではお嬢様。失礼しますね」

 

美鈴はメイドに連れられ、どこかに行ってしまった。

 

「え、まだ話は終わって…………行っちゃった」

 

先日、お姉様と咲夜が紅魔館から消えた。

代わって当主になった私と、メイド長になった美鈴。

そして私は、"お嬢様"と呼ばれるようになった。

 

「もう……意味わからない……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––これらは、フランドールの知らないこと。

 

 

 

スカーレット家にとって、レミリアは大きな存在ではなかった。そしてフランも。

なぜなら2人は所謂、"妾の子"。

2人はスカーレット卿とその使用人の間にできた子供だった。

そして名目上は"レミリアの意向"で日本に住んでいる2人だが、真実は異なった。

 

 

但し、いくら望まれない子供であったとは言え自分の娘は可愛かった。

野晒しにするなんて考えられず、低級な生活をさせることも耐えられなかった。

だからスカーレット卿はもともと持っていた別荘を2人の家にしてしまった。

イギリスでは多少なりとも有名なスカーレット家だが、日本でその存在を知るものは殆ど居なかった。

 

 

そして2人は日本に送られた。

"自分の意向である"と小さい頃から言われたレミリアは、それを疑うことなく、また本当に日本を愛し、そこに住むことを願った。

 

 

 

そしてこれらは、紅美鈴の知っていること––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、お嬢様!?何されてるんですか!?」

 

お姉様と咲夜が居なくなって、半年が経った。

私は新たな生活に慣れることなく、2人を待ち続けた。

その間、私はお嬢様と呼ばれることも、お姉様の家を私の物として扱うのも我慢していた。

 

「何、美鈴?」

 

だが、もう我慢の限界が来ていた。

あの日常を返して欲しい。

私には責任なんてわからないし、こんな館欲しくないし、お姉様のもとで気ままに暮らす方が性にあっている。

 

「お嬢様……それではまるで––––」

 

 

 

私はあの日常を取り戻したい。

あの頃に戻って、みんなで笑い合うんだ。

美鈴は今でも笑いかけてくれるけど、私にはわかる。

心が笑ってないよ。

だから私は、お姉様に––––レミリア・スカーレットに……!

 

 

 

「––––"元"お嬢様じゃないですか」

 

私は、レミリア・スカーレットになった。

 

 

いや、なりたかった––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「惨めなものね」

「…………え?」

 

私は自分の部屋を抜け出して、庭を散策していた。

この花々は、今でも美鈴が育てているのだろうか?

そんなことを思いつつ、私は歩いていた。

別に私はこうして歩くのが好きなわけではない。

では何故、私がこうしているのか?

それは偏に、しばしばお姉様がそうしていたからだった。

少しでもお姉様に近づく為に––––

 

「もしかしてそれって、私の真似をしてるつもりなの?全然似てないわ」

 

散策をしていると、後ろから声をかけられた。

こんな時間に、しかも敷地内に居るなんて誰だろう?

そう思って私は振り返り、問う。

 

「だ、誰……?」

 

暗闇から少女が姿をあらわした。

聞き覚えのある声に、見覚えのある姿。

 

 

 

 

「––––お、お姉様……ッ!?」

 

 

それはまさしく、レミリア・スカーレットだった。

 

「ど、どうして……!?」

 

それは私の幻覚なのだろうか?

だがしかし、どう考えてもそこに居るとしか思えない。

でもどうして今更になって……?

 

「久しぶりね、フラン。元気だったかしら?」

「お姉様、今までどこにいたのよ!?」

「質問に答えないのね。身なりは私に似せようとしても、やはり中身はそう簡単に変わらないものね」

「なんでお姉様は居なくなったの!?咲夜をどこに連れて行ったの!?」

「はぁ、全く。相変わらず人の言うことを聞かずに、自分の話ばかりする子ね」

「……ッ」

「まあいいわ。そろそろ貴女が壊れるとは思ってたし。予想以上に参ってるみたいだけど」

「お願い、お姉様……帰って来てよ……」

「ふふっ、何を言い出すかと思えば……今のままでいいじゃない?邪魔な私が消えて、貴女は見事に紅魔館の当主になれたのよ?本来なら喜ぶべきだわ」

「よ、喜べるわけない!!!」

「あら、どうしてかしら?」

「わ、私は……お姉様が好きで……咲夜も好きで……美鈴も他の皆も好きで……あの頃の紅魔館が好きだったの!今の紅魔館じゃない!あの何でもない日々が良かったの!」

「……本当に?」

「え?」

「本当に、それが理由なのかしら?」

「そうだよ、それが理由だよ!」

「ならば、私に憎しみが生まれるはずよ。咲夜を恨んでいるはずよ」

「なっ、そ、そんなことあるわけ……」

「だってその日常を壊したのは、私たち2人なのよ?」

「ち、違う……」

「いいえ、そうよ。全ては私たち2人が消えたことから始まったの」

「……!」

「貴女が壊れる必要はないわ。ただ、私たちを恨めばいいのよ」

「な、何でお姉様が、そんなこと言うの?お姉様は私に恨まれたいの?」

「少し違うわ。私は貴女に嫌われたいの」

「どういうこと……?」

「だって私、貴女のことが嫌いだから」

「え?」

「嫌いな奴に好かれるなんて、それこそ、真似されるほど好かれるなんて––––心底気持ち悪いわ」

「ッ……!」

「信じられない、といった表情ね。でも、私だけじゃないと思うわ。咲夜や美鈴も、貴女のこと、本当はどう思ってるんでしょうね?」

「嘘だ……嘘だ……」

「あら、他人の感情まで否定するのね。本当……憎たらしい子」

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!!」

 

 

 

 

 

私はお姉様に飛びかかった。

お姉様は軽く半身になるだけで、私を受け流す。

そして私のお腹に、拳をめり込ませた。

以前のお姉様は、こんなことをしなかった。

稀に投げることはあっても、殴る蹴るはしたことがない。

やはり、そんなに変わってしまうほど、私が嫌いになったのだろうか?

 

「うぐっ……」

「馬鹿ね、貴女が私に勝てるとでも?」

「殺してやる……」

「出来ないくせに」

「殺してやる……ころしてやる……コロシテヤル!」

「本気でそう思うなら、いい情報をあげるわ」

「……?」

「この薬を飲みなさい」

 

私は小さな袋を手渡された。

 

「……くすり?」

「ええ、私も飲んでる薬よ。効用は……そうね、強くなれるってところかしら?」

「強くなれる……?」

「飲むか飲まないかは勝手にしなさい。ただ、もしそれを飲んで、この先私に会うことがあったら……少しは楽しいかもね」

「え?」

 

お姉様は再び闇へと向かう。

 

「ま、待ってよ!」

「バイバイ、フラン。楽しみにしてるわ」

「行かないで!!!」

 

私はお姉様に飛びついた。

しかし、私は地面にダイブしていた。

お姉様が、消えた……?

 

「あれ、お姉様……?」

 

やはりあれは、私の幻覚だったのだろうか?

極度のストレスが、私に幻覚を見せていたのかもしれない。

そう思いながら、手の中に違和感を感じた。

 

「あれ、この薬……」

 

お姉様に貰った薬が握られていた。

 

「……」

 

私は薬を見つめた。

 

「んっ…………」

 

私は一気に飲み込む。

体に見た目の変化は見られない。

 

 

 

「…………お腹、すいたな……」

 

 

 

強いて言うなら……空腹感が私を満たしたくらいだが–––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

 

次の瞬間、私は見知らぬ世界へ入った。

だが私は、その世界に入った瞬間に思った。

ここは私の世界である、と。

 

 

 

そこからの記憶は、酷く曖昧だ––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––邪魔したら、コ ロ ス 」

 

 

私は咲夜に、冷たく言い放つ。

もはや私は、自分がユメクイになった経緯などどうでもよくなっていた。

とにかく自らの欲求を満たすために行動していた。

踊り狂う人を見ることや、怯え惑う人を見るのも好きだし、それを食べるのも好きだった。

 

 

だから私は今も、こうして笑っているのだ。

 

 

「キャハハハッ!すごい声ね!もっと出して!!」

 

両膝を破壊された者たちが、私の目の前でのたうちまわる。

それが滑稽で愉快で堪らない。

 

 

 

 

 

「おいおい、随分と酷いことをしているが、そんなに楽しいのか?」

 

突然、肩を叩かれた。

 

「……え?」

 

振り返るとそこには、先ほど綺麗な炎を見せてくれた人がいた。

でもこの人、私が破壊したはずじゃ……?

 

「ははっ、驚いてるようだな。まあ、当然か。私は死んだはずだからな」

「そ、そうよ!どうしてここに……?」

「悪いな、フランドールとやら」

 

 

 

目の前の人は綺麗な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

「私は、あの程度じゃ死ねないんだ––––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





*キャラ設定(追記あり)

○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。



○レミリア・スカーレット
「すぐに貴女を消してやってもいいのよ?」

14歳になる程度の年齢。
ルーミアに喰われるも、咲夜の懸命な搬送により一命を取り留めた。
しかし昏睡状態で意思を持たない為、呼吸すら自分で行うことはない。


○フランドール・スカーレット
「今の紅魔館じゃない!あの何でもない日々が良かったの!」

9歳になる程度の年齢。
謎の失踪をしたレミリアの代わりとして、紅魔館の当主になったレミリアの妹。
現在は、突然の環境の変化により、精神的に不安定な状態にある。

【能力 : ありとあらゆるものを破壊する程度の能力】
全ての物質に存在する"目"を手の中へと移動させ握り潰すことで、あらゆるものを破壊することができる。
ただし、魂や善悪などといった形のない概念的なものを破壊することはできない。

武器として炎を纏った災いの杖『レーヴァテイン』を具現化させることができる。



○紅美鈴
「私はメイドながらも、腕が立つので。適材適所というやつです」

28歳になる程度の年齢。
元門番の現メイド長。
精神が不安定なフランドールのことを、陰ながら支えている。
彼女が裏の事情をフランに話さないのは、フランの親の圧力によるものである。


○藤原妹紅
「私はその程度じゃ死ねないんだよ」

16歳になる程度の年齢。
強気で男勝りな性格の少女。
その口調は、魔理沙とは違い自然に出している。
しかし、ちゃんと女の子である。

【能力 : 老いることも死ぬこともない程度の能力】
不死身の肉体(のようなもの)を持ち、"死"に相当するダメージを負うと肉体が再構築され、完全復活する。
魂を消滅させられない限り、負けはない。

武器として炎を出現させる。
出現させた炎に限り、自在に操ることが可能。
(何かに燃え移った炎などは、操ることができない)


○鈴仙・優曇華院・イナバ
「ひ、酷いです師匠!私が師匠を裏切るわけありません!!」

18歳になる程度の年齢。
永琳を師匠と慕う少女。
真面目で陽気な性格。
本来は臆病者だがユメクイ化の影響で少し強気になった。
人は力を手に入れると変わるのである()

【能力 : 波長を操る程度の能力】
光や音の波長を操ることで幻覚や幻聴を起こす。
相手の五感に干渉できる。

武器として弾丸を発射することができる。
自らの手で拳銃のような形を作り、発射する。


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第18話 草原 –– ソウゲン ––

 

 

 

 

 

 

 

 

「……妖夢」

 

私は小さく呟いた。

妖夢は眠っている。

 

「また私は、目の前でヒトを…………慢心が過ぎたわね」

 

アリスが厳しい表情で言う。

全員が俯いていた。

 

 

 

 

––––あれから。

夢の世界から帰ってきた私たちは、すぐさま妖夢の手当てを永琳に要求した。

永琳は、4人目だからだろうか、慣れた手つきで応急処置をする。

そして今に至った。

妖夢の病室は、魔理沙と紫の病室の隣になった。

 

 

「そうよ。あんたらが余裕ぶってなければ、妖夢はこうならなかったかもしれないのに……ッ!」

「落ち着きなさい、霊夢」

 

怒りが込み上げる私を止めたのは永琳だった。

 

「夢の中での出来事は、今さっき優曇華から聞いたわ。突然襲われたなら仕方ないことよ。たとえ慢心せずに、危機感を持っていたとしても防げたか分からない」

「で、でも……!」

「それに、妖夢はまだ新入りだけど、この子たちと共にユメクイと戦うユメクイだった。こうなる危険があることも承知だったはずだし、覚悟もしていたはずよ」

「……ッ」

 

何も言えなかった。

確かに彼女たちは自ら戦地に赴く。

当然元々こうなる危険は高く、さらにそれを承知し、覚悟している。

私がこうして怒りを覚えるのは、御門違いなのかもしれない。

 

「恨むべきは、ユメクイよ」

 

永琳が私の心を見透かしたように言った。

その言葉の中には、もちろん咲夜や妖夢といったユメクイは含まれていない。

 

 

 

「それにしても、咲夜」

 

妹紅が咲夜を睨みつけながら言う。

 

「何かしら?」

「……なんで最後、邪魔したんだ?」

「何の話?」

「とぼけんな!あの世界は私が主を殺したから崩壊したんじゃない!主が捕食を諦めたからだ!」

 

妹紅が咲夜の胸倉を掴む。

その声には明らかな怒りが込められている。

咲夜は視線を逸らす。

 

「それは本当なの?」

 

永琳が咲夜を睨んだ。

咲夜は視線を逸らしたまま、言った。

 

「私には、何を言ってるか分からないわ」

「お前はッ……」

「妹紅、落ち着きなさいよ」

 

怒りに震える妹紅を、私は止めた。

もしも魔理沙がユメクイだとしたら、私は殺せるだろうか?

魔理沙が殺されるのをただ見ていることが、出来るだろうか?

 

「なんだよ霊夢?お前には関係ないだろ?」

「ええ、私には関係ないわ」

「なら黙ってな」

「いや、黙らないわ」

「は……?」

「いくら私情を挟んではいけないとしても、限度があるわ。あのユメクイは、咲夜にとっては家族みたいなものだった、そうでしょ?家族を殺されたくない。そんなの人間なら誰でも––––「霊夢」

 

私の言葉を遮ったのは、アリスだった。

 

「間違ってるのは貴女よ」

「え……?」

「ユメクイの殲滅を誓った私たちは、いかなる私情も挟めない。それがたとえ友であれ、恋人であれ……家族であってもね」

 

アリスは淡々と続ける。

 

「それに咲夜は、"人間"じゃないわ」

「そうだ。そして、それなりの覚悟をしている筈なんだ。なのに咲夜は……」

 

妹紅とアリスが厳しい目つきで咲夜を見る。

咲夜はため息を吐いた。

 

「……ええ、そうよ。最後に妹様を助けてしまったわ。いけないとは分かっていたし、少し今でも後悔してる」

 

咲夜は淡々と語る。

もう、視線を逸らしていない。

 

「でも……もしあの時、あのまま妹様が殺されるのを見ているだけだったら、私はもっと悔やんでたわ」

 

淡々と語りつつも、語気が強く感じられた。

咲夜は自分の選択が間違ったとは思っていないようだ。

おそらく間違いだと理解しているが、感じてはいないのだろう。

 

「ただ、貴女のやったことは許されないことね。罰が必要だわ」

「なんでも受け入れるわ。殺したいなら殺せばいい」

「そんな酷いことはしないわよ」

 

永琳が咲夜を真っ直ぐ見つめる。

 

「貴女には今から紅魔館に向かってもらうわ」

「……それはつまり、妹様を……?殺されるよりも酷い罰だと思うのだけど?」

「違うわよ。まあ、本当は殺すのが一番いいのでしょうけどね」

「じゃあ私は何をすればいいのかしら?」

「ここに連れてくるだけでいいわ。その子に全てを説明してあげましょう」

「……え?」

「その後その子をどうするかは、その時決めるわ。もしも納得して仲間になるならそれでもいいし、歯向かうようなら私が殺す」

「……ッ」

「どちらにせよ、重要な手がかりの1つなのよ」

「手がかり?」

「ここに貴女たちを集めた目的、忘れたかしら?」

「……ああ、なるほど。誰にユメクイにされたかってことね」

「そうよ。だから貴女はフランドール・スカーレットを連れて来なさい。お供として、優曇華や妹紅、アリスを連れて行ってもいいわ。ただ、ルーミアと霊夢は残りなさい」

 

永琳が私とルーミアを見て言った。

 

「私は別に行きたくないから、言われなくても残るつもりだよ。もしまた、あんな目にあったら面倒くさいし」

「私も力になれそうにないから行かなくていいけど、どうして私達だけ残らせるの?」

「ルーミアには、フランドールと同じように聞きたい事があるし、霊夢は今日が魔理沙の手術日だってこと忘れたかしら?」

「あ、そういや、今日だったわね……色々ありすぎて忘れてたわ」

「私にかかれば、大した時間もかからないし失敗なんてあり得ないけど、付き添いたいでしょう?」

「ええ、そうね。無事を祈りながら、待つことにするわ」

 

パンッと、永琳が手を叩く。

 

「それじゃあ、全員解散ね。己のすべき事をしなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、終わったわ」

 

永琳がマスクを取り私に言う。

 

「魔理沙は?」

「大丈夫よ。眠ったままだわ」

 

魔理沙の手術は、無事終了した。

永琳はそこまで大きな手術ではないと言っていたが、果たしてたったの30分で終わらせてしまうのは、ただ"速い"という言葉だけで形容していいのだろうか?

人間業じゃない、と私は思った。

 

「そう……ありがとう、永琳」

「あら、御礼を言ってくれるのね」

「もちろんよ。あんたがいなければ、魔理沙は今頃窒息死よ」

「"私がいなければ"……ねぇ」

「何?」

「なんでもないわ。八雲紫と魂魄妖夢の手術も終わらせてしまおうかしら」

「その2人の判断は永琳に任せるわ。私は別に紫の家族じゃないし……」

「そう。なら、勝手にこちらで考えるわ」

 

永琳が窓から外を見る。

 

「そろそろ帰って来てもおかしくないのに……遅いわね」

「咲夜たちのこと?」

「ええ、そうよ。まあいいわ。それより、ルーミアは何処にいるのかしら?」

「ルーミアなら、妖夢の病室にいると思うわ」

「ならそこでいいわ。行きましょうか」

「え、私も?」

「あら、興味があると思っていたのだけど?」

「そりゃあるけど……」

「おそらくルーミアは気にしないだろうし、ルーミアから聞いたことは後で皆に報告するつもりよ」

「なるほどね。じゃあ同行させてもらうわ」

「ええ、ついて来なさい」

 

 

 

 

私は永琳の後ろをついて歩く。

そして妖夢の病室の前に着いた。

 

「ルーミア、開けてもいいかしら?」

「いいよ」

 

奥から投げやりな声が聞こえてくる。

永琳が扉を開けた。

 

「さて、ルーミア。貴女には聞きたいことがあるわ」

 

そう言いながら、永琳はベッドの横に置かれた椅子に腰掛ける。

ルーミアは妖夢の足元で、足をブラブラとさせながら座っていた。

 

「回りくどいことは嫌いだよ。面倒くさいから」

「ええ、単刀直入に問うわ。貴女がどうやってユメクイになったのか、教えてもらえるかしら?」

「誰かに薬をもらったんだよ」

「誰か?」

「うん。名前は知らないし、顔もよく見えなかったなー」

「その人とは何処で会ったの?」

「その辺だよ。夜中に散歩してたら話しかけられた」

「夜中に散歩……?」

「うん。私、暗いところ好きなんだよね」

「そ、そう……」

 

永琳が肩を落とす。

それは情報が得られなかったが故の落胆なのか、奇想天外なルーミアへの呆れなのか、私には判断できなかった。

 

「あ、でも確か」

 

ルーミアが閃いたように言った。

 

「なんだか有名人らしいよ。私のこと知らない人なんているんだ、みたいなことを言ってた気がする」

「有名人……?」

「この辺で知らない人はいないって……あはは、案外犯人って永琳だったりしてね」

「何を言ってるのかしら?」

 

私の方から永琳の表情は見えないが、その声色には怒りが伺えた。

 

「冗談冗談。怒らないでよ、面倒くさい」

 

ルーミアが笑って言った。

 

「……はぁ、貴女を相手にするのは疲れるわ」

 

ため息を吐き、永琳が肩を落とす。

今度は明らかに、呆れからくるものだった。

 

 

 

 

 

 

少しして、部屋の扉を叩く音がした。

 

「入っていいわ」

 

永琳がそう言うと扉が開く。

そこには咲夜がいた。

 

「咲夜、随分と遅かったようだけど?」

「妹様が、紅魔館にいらっしゃらなかったから、少し遅くなってしまったわ」

「なるほど。それで、その妹様は何処いるのかしら?」

「こちらにいらっしゃるわ」

 

咲夜は扉の脇に目配せした。

おそらく、死角で隠れているのだろう。

 

「妹様、大丈夫ですから。どうぞこちらに」

 

咲夜が催促して、渋々といったように姿を見せた。

その様子は夢の中で見た彼女とは全く異なるものだった。

 

「……こ、こんにちは」

 

少女は震える声でそう言った。

彼女の背中に、あの特徴的な羽は生えていなかった。

 

「なんだか聞いていた話とはだいぶ違うのね」

「夢の中じゃ、もっと狂ってたわ。今は同一人物か、疑うレベルよ」

「ご、ごめんなさい!あの時の私は、私じゃなくて……その……」

 

夢の中で狂気に酔いしれていたその少女––––フランドール・スカーレットは、自分に自信のない、弱気な女の子といった様子だった。

 

「今更謝っても遅いわよ。どんな言い訳も許されない。妖夢をあんな風にしたのはあんたなのよ?」

「やめなさい、霊夢」

 

私はフランに罵声を浴びせようとするが、咲夜に止められた。

 

「妹様は、二重人格のような状態なのよ」

「……二重人格?」

「そうよ。なんでも空腹になると意思が曖昧になるらしいわ。でも記憶がなくなるわけじゃないから、いつも罪悪感を感じてたって」

 

フランは俯いていた。

 

「今回も罪悪感に追い詰められて、紅魔館を抜け出したそうよ。美鈴から聞いたけど、今までも何度かあったみたい」

 

フランは震えていた。

 

「つまり、今の貴女と、夢の中の貴女は、同じであって違うのね?」

 

永琳がフランの肩に手を乗せた。

フランは頷く。

 

「なら、話が早くて助かるわ。貴女の狂気が出るのは、お腹が空いたときなんでしょう?」

「……うん」

「なら、この薬をあげるわ。これはユメクイとしての空腹を抑える薬。咲夜も飲んでいるものよ」

「咲夜も……?」

「はい、妹様。私も服用しております」

「……なら、飲む」

 

フランは永琳を見た。

 

「だけど、この薬には副作用があるの」

「副作用?」

「この薬を飲むと、ユメクイに夢を集められるようになる。それも、かなりの高確率でね。いつも狂気の中で能力を使っていた貴女が、その状態でも能力を上手く使えるかはわからないけど……要するに命の危険に晒されることが多くなるわ。それでも飲む?」

 

フランは少し考えた。

だが、決断までそれほどの時間はかからなかった。

 

「飲むわ。私が傷つける側になるのはもう嫌だよ……」

「そう、ならこの薬を飲みなさい」

「うん」

 

フランは一気に薬を飲み込んだ。

 

「これで安心ね。一番良い終わり方をしてくれてよかったわ」

 

永琳が安堵の表情を浮かべている。

 

「今、貴女に質問をするのは酷かしら?」

「別に大丈夫よ」

「じゃあ聞くわ。フランドール、貴女はどうやってユメクイになったのかしら?」

「薬を飲んだわ」

「薬、ねぇ……誰から貰ったの?」

「お姉様よ。あ、お姉様っていうのは私の姉のレミリア・スカーレットで––––「嘘はいけないわ、フランドール」

 

永琳の厳しい目つきに、フランは一瞬硬直した。

 

「レミリアはこの病院で眠っているわ。ユメクイに喰われてね」

「…………え?」

「あら?妹なのに、知らされてなかったの?」

「どういうこと?」

「1年前、咲夜がレミリアを抱えてこの病院に駆け込んできたことは知ってるかしら?」

「…………知らない」

「本当に、何も知らされてないのね」

「お姉様と咲夜は、私が嫌で出ていったんじゃなかったの!?」

 

フランが咲夜を見る。

フランより、咲夜が驚いていた。

 

「そ、そんなことありません!私が妹様を嫌うなんて……況してや、お嬢様はもっとありえません!」

 

咲夜は断言する。

フランは喜びを感じていながらも、戸惑いの方が大きいようだった。

 

「何が何だか分からなくなっちゃった……」

「貴女はスカーレット家の娘でありながら、その権力や影響力は少ないのね」

「…………」

「とにかく、もう一度問うわ。いつ、どこで、誰に薬を貰ったの?」

 

永琳は語気を強めて尋ねた。

 

「……半年くらい前、紅魔館の庭で、お姉様に渡されたの。本当だよ。私はお姉様に渡された薬だから、飲んだんだもの」

「……嘘を言っているようには見えないわね。じゃあ、あんな状態のレミリアが、私たちに気づかれないように紅魔館に行ったということかしら?現実的に考えて不可能だけど」

「私に言われても分からないよ……」

 

フランは俯き、今にも泣きそうな声を出した。

はぁ……とため息を吐いた永琳が言った。

 

「これ以上、貴女に聞いても無駄そうね。そういえば、優曇華達はどうしたのかしら?」

「ああ、隣の病室にいるわ。この話を聞くのは良くないかもしれないって…………でも、ここには霊夢もルーミアもいるし、杞憂だったみたいだけど」

「ええ、そうね。別に貴女達に隠れてこの子達の話を聞こうとは思ってなかったもの」

 

咲夜と永琳が笑い合っていた。

 

「とりあえず、戻りましょうか」

 

 

 

 

 

 

それから、もう一度全員で集まった私たちは知り得た情報を––––新しく分かったことなど殆どなかったが––––共有した。

そして今回の長かった会合は終了し、解散した。

 

 

「妹様は紅魔館に戻られないのですか?」

「ここに居ちゃダメかな?」

「紅魔館にいる者たちが心配しますわ」

「……しないよ、どうせ。私なんて、居ても居なくても変わらないもん」

「妹様……そんなことは……」

「そんなことあるよ。だって、咲夜やお姉様が消えた理由を誰も教えてくれなかったんだよ?私なんて、スカーレット家の血を引いてるってことくらいしか価値がないのよ、きっと」

「妹様……」

 

咲夜は完全に否定する言葉が浮かばなかった。

 

「それにしても、お姉様と咲夜がこんな事になってるなんて知らなかったよ。紅魔館から、目と鼻の先にある病院なのにね」

「私はほとんど病院を出ませんから。それに美鈴には伝えてあったので、てっきり妹様もご存知かと……」

「あー、やっぱり美鈴は知ってたんだ」

「はい」

「あいつ、ここ来るかな?」

「おそらく、妹様を探しに来られるかと」

「じゃあその時でいいや」

「何かなさるんですか?」

「うん。殺す」

「え?」

「冗談だよ」

 

フランは笑った。

調子が戻って来たのだろう。

 

「ねぇ咲夜。私は冗談に聞こえないんだけど」

「大丈夫よ、霊夢。私も本気かと疑ったわ」

「酷いね、2人とも」

 

3人は病室内で笑っていた。

私はフランを許した訳ではない。

かといって私は、いちいちそれを引きずるような性格でもなかった。

言い方は悪いが、私にとって妖夢はその程度だったのだろう。

これが魔理沙なら、こうはならなかったはずだ。

 

 

 

 

 

 

もし、あのユメクイが現れたら––––私はどうするのだろうか?

 

 

 

 

 

 

「咲夜ってさ、言葉遣いの上では私やお姉様に敬意払ってるけど、たまに内容が結構酷かったりするよね」

「そんなこと御座いませんわ」

「まあ、咲夜が内心で何考えてるか分からないって事なら、私も同意するわ」

「私は至って普通の、純粋無垢な少女よ」

「自分で言っちゃう時点で、純粋無垢ではないと思うよ」

「妹様……酷いですわ……」

「あははっ、あんた、そんな顔できたのね。知らなかったわ」

 

ともかくそこは、とても穏やかな雰囲気で、フランの望んだ日常に近いものだったのかもしれない。

そして私も居心地の良さを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!」

「また……?遭遇率が高すぎるわ。普段は2日に一回集められる程度なのに…………やっぱりユメクイが増えて来てるって事なのかしら?それとも、霊夢が引き寄せてる……?」

「ねぇ咲夜!ここが他のユメクイの世界なの?」

「え、ええ……そうですよ。色々と考えても、分かりませんし……とにかく、夢の主を探しましょうか」

「なんだかワクワクするね!」

「……さ、咲夜」

「あら、霊夢?怯えているの?そろそろ夢にも慣れたかと思ってたけど?」

「ここ、あんたには見覚えないの?」

「見覚え?こんな大草原、私は別に見たこ––––ッ!」

 

 

 

 

私達は見知った草原にいた––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––あやっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 




*キャラ設定(追記あり)

○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」

17歳になる程度の年齢。
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。



○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。



○射命丸文
「誰も私に追いつけない」

25歳になる程度の年齢。
元大手新聞社の記者。
諸事情により、現在は別の大手企業で事務職をしている。
年功序列の考えを強く持ち、調子に乗った年下を最も嫌う。
目下の者にも敬語を使うことが多々あるが、それは決して相手を敬っているわけではない。

【 能力 : 風を操る程度の能力 】

風を自由自在に操ることができる。
風の速さや範囲、密度を操ることで、鋭い刃のような風や厚い壁のような風など、ありとあらゆる風を生み出すことができる。




○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」

37歳になる程度の年齢。
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。



○フランドール・スカーレット
「今の紅魔館じゃない!あの何でもない日々が良かったの!」

9歳になる程度の年齢。
幼いながらも頭が良く、思考力に長ける。
但し、精神的には成熟しきっていない部分もあり、まだ成長途中であることも伺える。

【能力 : ありとあらゆるものを破壊する程度の能力】
全ての物質に存在する"目"を手の中へと移動させ握り潰すことで、あらゆるものを破壊することができる。
ただし、魂や善悪などといった形のない概念的なものを破壊することはできない。

武器として炎を纏った災いの杖『レーヴァテイン』を具現化させることができる。



○アリス・マーガトロイド
「私はもう、目の前で人を死なせない」

20歳になる程度の年齢。
人形のような美しさを持つ美女。
冷静であることを心がけているが、予想外の出来事には若干弱い。
しかし、その予想外の出来事を楽しむことができる。
また、かなりの世話焼きで、子供が大好き。
子供を愛でるのは、人形を愛でるのと同じよう感覚……らしい。

【能力 : 魔法を扱う程度の能力】
主に支援・回復系魔法を使う。

【能力 : 人形を扱う程度の能力】
具現化した人形を武器として用いる。
その人形はまるで生きているかのように行動する。
爆弾を内蔵しているものや、武器を所持しているものなど用途により種類は様々。



○ルーミア
「……はぁ、わかったよ。断る方が面倒くさそうだし」

9歳になる程度の年齢。
極度の……本ッ当に、極度の面倒くさがり。
ただ、楽しい事や面白い事は普通に好き。
突拍子も無いことを言ったり考えたりするが、実は全て計算されている……かもしれない。

【能力 : 闇を操る程度の能力】
自らの周囲に闇を展開する。
その闇の中では相手も自分も視界を奪われる。
ただ、闇の中に何らかの方法で光が生まれると違和感を感じるようだ。

武器として闇を具現化させる。



○藤原妹紅
「私はその程度じゃ死ねないんだよ」

16歳になる程度の年齢。
強気で男勝りな性格の少女。
その口調は、魔理沙とは違い自然に出している。
しかし、ちゃんと女の子である。

【能力 : 老いることも死ぬこともない程度の能力】
不死身の肉体(のようなもの)を持ち、"死"に相当するダメージを負うと肉体が再構築され、完全復活する。
魂を消滅させられない限り、負けはない。

武器として炎を出現させる。
出現させた炎に限り、自在に操ることが可能。
(何かに燃え移った炎などは、操ることができない)



○鈴仙・優曇華院・イナバ
「ひ、酷いです師匠!私が師匠を裏切るわけありません!!」

18歳になる程度の年齢。
永琳を師匠と慕う少女。
真面目で陽気な性格。
本来は臆病者だがユメクイ化の影響で少し強気になった。
人は力を手に入れると変わるのである()

【能力 : 波長を操る程度の能力】
光や音の波長を操ることで幻覚や幻聴を起こす。
相手の五感に干渉できる。

武器として弾丸を発射することができる。
自らの手で拳銃のような形を作り、発射する。


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第19話 覚醒 –– カクセイ ––

 

 

 

 

 

「……そういえば、こんな草原だったわね」

「咲夜、あんた……勝てるの?」

「今度は油断しないわ。ただ……」

 

咲夜の表情に、慢心や油断はない。

 

「……先に見つけないと厄介ね。先制されたら避けられないわ」

「見つけるのだって、至難の技でしょう?」

「さっきから時を止めて周りを見ているわ」

「なるほど。それでも、まだ見つかってないのね」

「ええ」

 

咲夜は頷く。

索敵は咲夜に任せておけば平気だろう。

私がそう思っていると、フランが咲夜の横から顔を覗き込むようにして、咲夜に尋ねた。

 

「ねぇねぇ、そんなにここのユメクイは強いの?」

「そうですね。風を操るユメクイで、かなり強力な部類に入ると思われます」

「じゃあ、前回咲夜は負けたの?」

「いえ。勝ってはいませんが、負けてもないと思われます。痛み分け、といったところでしょうか」

 

その咲夜の発言に、私は少しだけ疑問を持った。

 

「え、逃げられてるし咲夜の負けじゃ––––」

「あぁ?」

「––––ないわね、あはは」

 

しかし、咲夜の眼光に、私は負けた。

 

「それにしても……」

 

咲夜が辺りを見渡す。

 

「やけに静かね」

 

風は吹いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「参ったな……あの能力は厄介なのよね」

 

夢の主––––射命丸(しゃめいまる)(あや)は嘆いていた。

文の得意とする速さを活かした攻撃は、時を操ることのできる彼女には通用しない。

そして、お互いに顔と能力が割れている。

前回のように不意を突くことも難しいかもしれない。

文には解決策が浮かばず、接触を避けていた。

 

「本当は諦めるのが一番いいのかもしれないけど、この空腹に耐えるのは結構辛いのよねぇ」

 

誰に説明している訳でもなく、文は1人で飛びながら呟いていた。

 

「そろそろ1人くらい食べないと。お腹が空きすぎたわ」

 

辺りをキョロキョロと見回しながら飛んでいる。

すると、人影が見えた。

 

「よし、あの子にしよう!」

 

文は勢いよく、文字通り、目にも留まらぬ速さで獲物に迫った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やけに何もない場所だな」

 

少女は1人で呟いていた。

 

「向こうから訪ねてくれれば楽だが……これは探しに行くしかないか?」

 

その少女––––藤原妹紅は夢の主を探していた。

 

「まあ、そんな都合のいいことはないだろうなぁ」

 

そのとき、突然風が吹く。

妹紅の体は浮かび上がった。

 

「うわっ!なんだこれ!?」

 

妹紅は慌てる。

しかし、思考は正常に働いている。

こんなことが出来るのは、ユメクイしかいないからだ。

 

「くそっ!ユメクイか!?」

「あやややや、貴女もユメクイをご存知で!?」

 

突如、妹紅の前に1人の少女が現れた。

短めの黒髪に、黒い翼を持つ少女は妹紅の言葉に驚いていた。

 

「もしかして、貴女も私を喰らう(笑)とかいうユメクイなんですか?」

「……貴女"も"?」

「まあ、どちらにせよ、貴女はさぞかし厄介な方なんでしょう。手加減は無用ですね!」

「はっ!?ちょっとま––––」

 

文が風を生み出す。

それは前回、咲夜の腕を刎ねたものと同様に、酷く鋭い鎌鼬だった。

そして、その鎌鼬が妹紅の首を刎ねた。

 

––––妹紅の首が地面に転がった。

 

「……ん?意外と呆気なかったわね。焦る必要も無かったかしら?」

 

文の巻き起こす風の上で、首を失った妹紅の体は力なく倒れていた。

 

「さて、それでは頂きま––––え?」

 

文が妹紅の身体を捕食しようとした途端に、その身体が炎に包まれ燃え尽きた。

 

「ちょ、ちょっと!これじゃあ食べれないじゃない!?」

 

そして、文の肩に手が置かれる。

 

「おい……首を刎ねたくらいで、いい気になるなよ」

「え!?ななな、何故ですか!?」

「私は、その程度じゃ死ねないんだ」

 

妹紅はニヤッと笑う。

文は妹紅の手を振り払い、距離を取る。

 

「ただ、さっきの風……鎌鼬って言えばいいのか?あれは結構楽に死ねるんだな。痛みを感じたのは一瞬だったよ」

「……あやや、やはり厄介な方なんですね。貴女の能力は、"死なない"といったところでしょうか?」

「まあ、ほとんど正解。よく分かったね」

「貴女は死なないユメクイ……なら、貴女に負けはない。ですが、貴女には勝利もありませんよ!」

「すごい自信だね?」

「そりゃそうですよ。貴女は私に追いつけません。それこそ––––時を止めない限りはね」

「ほう……もしかしてお前、咲夜と殺り合ったのか?」

「……サクヤ?」

「十六夜咲夜。時を操るユメクイだが……違ったか?」

「あの方、イザヨイサクヤさんと仰るのですか。覚えておきましょう。私は面白いことと厄介なことは忘れませんので」

「はっ、咲夜に手を焼いているようじゃ、お前もその程度のユメクイって事だな」

「貴女も大した自信ですね」

「そりゃそうさ。だっていくら速くても––––それこそ時を止められても––––私は"負けない"からね」

「––––ッ!?」

 

妹紅が、また笑う。

その刹那、文の周りを炎が覆う。

 

「どうだ!これで逃げられないだろ?」

「こ、これはッ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––使えるッ!

 

 

 

 

 

 

文は、そんなことを考えていた。

灼熱地獄の中にいる文の様子に、周りの炎に対する焦りや恐怖の色はない。

 

「そのまま、私の焔で燃え尽きろ!」

 

その時、爆風が妹紅を襲う。

その風は熱を帯び、火の粉を伴っていた。

それは妹紅に熱を感じさせた。

 

「な……ッ!?」

 

文は内側から風を起こし、炎を搔き消した。

そして……とても嬉しそうな表情をしていた。

 

「素晴らしいです!こんな簡単なことなのに、思いつきませんでした!そうです、そうですよ!逃げ場をなくしてしまえばいい!ありがとうございます!突破口が見えました!」

「……は?」

「ただ貴女は、私と相性が悪かったですね」

 

文は妹紅に笑いかけ………………そして、消えた。

 

「お、おい!どこいった!?」

 

その場には妹紅の声だけが響く。

 

「くそ……追いかけないと…………あいつ、どこにいった?」

 

どこまでも広がっているその草原。

風は、吹いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねー咲夜ぁ、まだ見つからないの?」

「はい、妹様。誰もいませんわ」

「もう疲れたよ、私」

「申し訳ありません」

 

駄々をこねるフランに、咲夜が軽く頭を下げる。

 

「時を止めても見えないレベルの速さ……とか、無いわよね?」

「霊夢、そういうのをフラグって言うのよ」

「何言ってんのよ、それは漫画やアニメの話でしょう?」

「……まあ、そんなものは物理的に考えてありえないわ。そもそも速さの定義は、単位時間あたりにどれだけ進むか、なの。分母の時間が0なら、速さが定義できないのよ」

「あっそ。そんな小学生でもわかる理論が、この世界に通用するとは思えないけどね」

「とにかく、時を止めても見えないなら、ここには居ないと考えるしかないでしょう?たとえ居ても分からないわ」

「そうね。でも咲夜」

「何かしら?」

「私と喋っている時、つまり貴女が能力を使っていないこの瞬間に近付いてるなら、察知できないんじゃ––––」

 

その時だった。

咲夜と私の間に、風が吹いた。

 

私は吹き飛ばされた。

一瞬のことに訳が分からず、尻餅をつきながら辺りを見渡す。

 

「咲夜!?」

 

私と同様に吹き飛ばされたフランが叫ぶ。

その声に反応し、私はフランを見てから、すぐに咲夜を見る。

風は私達を吹き飛ばす為に吹いたわけではなかった。

咲夜と私達を遮るように––––咲夜を取り巻くように風が吹いている。

 

「お久しぶりですね。1人、知らない子がいるようですが」

「ぁ…ぁ……ッ」

 

 

 

––––もし、あのユメクイが現れたら、私はどうするのだろう?

 

 

 

以前考えたときには、怒りに震えるとか我を忘れて殴りかかるとか、予想はしたが答えは出なかった。

だが、まさかこんな風になるとは予想していなかった。

 

 

 

 

––––私は、言葉を失った。

 

 

 

 

「あやや、感動の再会に言葉も出ないほど喜んでくれるのですね!それにしても、人間のくせに記憶が消えていないのですか?もしかして、貴女もユメクイ?」

 

私は何も言えない。

動けない。

 

「お前がこの夢の主ね!咲夜を解放しなさい!」

「こっちの子は随分と威勢が良いですね。ユメクイなのでしょうか?」

「お前なんか、壊してやる!!!」

「……ッ!」

フランは右手に、少女の"目"を握った。

そして、すぐさまそれを握り潰そうと手に力を込める。

だが、少女がそれを許さない。

 

「……え?」

「危ない危ない。何をしようとしたのかは知りませんが、貴女もやはり厄介な方なのですね」

「あ……ああ……ぁぁぁあぁぁあぁぁああぁあ!!!!!」

 

フランは、手首から先が無くなっていた。

途轍もない速さの鎌鼬が、両手首を刈り取ったのだ。

フランは、存在しない手を抱えて苦しんだ。

 

「妹様!!!ぐっ!?」

 

咲夜がフランに駆け寄ろうとするが、風に阻まれる。

その風は抜け穴などなく、竜巻のような形で全方向が覆われていた。

 

「動かない方が良いですよ。もちろん先ほどの鎌鼬ほどではありませんが、多少の攻撃力を持っています。貴女のことはそれでジワジワと嬲り殺しにして差し上げますから」

 

少女は声を上げて笑う。

 

「どうやらこの子は貴女の大切な方の様ですし、目の前で殺してあげるのも良いですねぇ」

「やめなさい、そんなことしたらタダじゃおかないわ!」

「そんな状況で、よくそんなこと言えますね?」

「くっ………………あぁ!!!」

 

咲夜に、風の壁が迫った。

それなりの殺傷力を持っている様だ。

咲夜の皮膚が切れ、血が滲む。

 

「前回はよくも、私の食事の邪魔をしてくれましたね?イザヨイサクヤ、さん?」

「ど、どうして私の名前を?」

「さぁ?貴女の仲間から聞いた、とでも言っておきましょうか」

「ま、まさか貴女……私の仲間を……?」

「素晴らしい炎でしたが、私には無意味でしたね」

「も、妹紅を殺した……もしくは、喰った……の?」

「ご想像にお任せしますよ」

「ぐぁぁ!?」

 

咲夜と風の距離はさらに近づいた。

風は咲夜を中心に回っているが、一定の距離を保っている訳ではない。

近い距離を吹くものもあれば、少し離れたところを吹くところもある。

そのため、どれだけ中心に寄ろうとも、全ての風が当たらない場所は存在しない。

少女の言葉通り、ジワジワと、咲夜の体は削られていく。

「ひ……ひぐっ……さ、さくやを……咲夜を離せぇぇ!!!」

 

フランは痛みから、涙を流していた。

意思は残っているようだが、両手とともに能力が使えないフランは、闇雲に突っ込むことしか出来なかった。

当然のように、少女は半身になるだけで受け流し、ポツリと言った。

 

「うるさいですね。さっさと殺しましょうか」

「やめ……がぁあっ!」

「だから、動かない方がいいと言ってるじゃないですか。馬鹿なんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––あぁ……まただ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––また……こうやって失うんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌だ」

 

足が竦み、言葉の出ない私はもういらない。

 

「もう、誰も失いたくない」

 

私は高らかに宣言する。

 

「あんたらユメクイは、私が殲滅する!!」

 

 

 

そして私は、"飛"んだ––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでッ……なんでよ!?」

 

射命丸文は、動揺した。

ふわふわと浮きはじめた、人間であるはずの少女が自分に迫ってくる。

鋭い眼光は怒りからくるものなのだろうか?

とにかくそれは、文を怯えさせるには十分だった。

 

「ちょっと、貴女、人間じゃなかったの!?」

 

普段、文は人と対峙するときは敬語である。

決してそれは相手を敬っているものではない。

むしろ、相手を蔑んでいた。

その、いつもの営業的な口調を忘れるほど、彼女に余裕はなかった。

 

「くっ、どうして…………どうして風が当たらない!?」

 

目の前の少女は浮いていた。

それは、飛ぶと言うよりも、浮くと言う表現の方が適切だった。

そして彼女は、究極的に浮くことができた。

 

「まさか……攻撃からも浮いていると言うの!?」

 

そんな、焦る文の目に、一枚の札が飛び込んだ。

文は反応することができない。

札が文の顔面に命中し、張り付き、光を放つ。

 

 

––––夢想封印

 

 

小さく少女が呟くと、文は封印された。

いや、捕食と言った方が正しいのかもしれない。

光が文を飲み込み、噛み砕く。

そして跡形もなく消化される。

 

そんな"封印"だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––射命丸文の夢は崩壊した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




*キャラ設定(追記あり)
*霊夢について、原作と大きく異なる独自解釈をする為、必ず参照のこと。


○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」

年齢 : 17歳くらい
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。

【能力 : 空を飛ぶ程度の能力】
文字通り空を飛ぶことができる。
この能力を発展させた技が以下の2つ。

・夢想封印
攻撃技。
武器として出現させた御札に特殊な効果を持たせる。
その札が貼り付いた者は光に包まれ捕食され、跡形もなくなる。
痛みもなく、存在が消える。

・夢想天生
防御技。
ありとあらゆるものから"浮く"ことで、実体を持たない"夢"の状態となる。
相手は攻撃を当てることも出来ず、ただ防ぐ手立てのない御札をその身に受けることになる。
また、その御札は追尾性能を持つ。



○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。



○射命丸文
「誰も私に追いつけない」

25歳になる程度の年齢。
元大手新聞社の記者。
諸事情により、現在は別の大手企業で事務職をしている。
年功序列の考えを強く持ち、調子に乗った年下を最も嫌う。
目下の者にも敬語を使うことが多々あるが、それは決して相手を敬っているわけではない。

【 能力 : 風を操る程度の能力 】

風を自由自在に操ることができる。
風の速さや範囲、密度を操ることで、鋭い刃のような風や厚い壁のような風など、ありとあらゆる風を生み出すことができる。




○フランドール・スカーレット
「今の紅魔館じゃない!あの何でもない日々が良かったの!」

9歳になる程度の年齢。
幼いながらも頭が良く、思考力に長ける。
但し、精神的には成熟しきっていない部分もあり、まだ成長途中であることも伺える。

【能力 : ありとあらゆるものを破壊する程度の能力】
全ての物質に存在する"目"を手の中へと移動させ握り潰すことで、あらゆるものを破壊することができる。
ただし、魂や善悪などといった形のない概念的なものを破壊することはできない。

武器として炎を纏った災いの杖『レーヴァテイン』を具現化させることができる。



○藤原妹紅
「私はその程度じゃ死ねないんだよ」

16歳になる程度の年齢。
強気で男勝りな性格の少女。
その口調は、魔理沙とは違い自然に出している。
しかし、ちゃんと女の子である。

【能力 : 老いることも死ぬこともない程度の能力】
不死身の肉体(のようなもの)を持ち、"死"に相当するダメージを負うと肉体が再構築され、完全復活する。
魂を消滅させられない限り、負けはない。

武器として炎を出現させる。
出現させた炎に限り、自在に操ることが可能。
(何かに燃え移った炎などは、操ることができない)


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第20話 団欒 –– ダンラン ––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ッ!」

 

眼が覚めると、目の前には咲夜がいた。

隣には永琳もいる。

 

「目覚めたようね」

 

咲夜が言う。

 

「……?」

 

私は、いまいち状況が理解できていなかった。

えっと……

確か私は夢の中で、魔理沙を喰ったアイツに遭遇して……

咲夜がやられそうになって、フランもボロボロで……

私は、また、何も出来なくて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––また?

 

 

 

ああ、そうね。

魔理沙の時も、紫の時も、妖夢の時も。

私は何も出来ずに、3人は床に伏してしまう事になった。

そう、また私は何も出来ずに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––本当に?それだけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「霊夢!!!」

「ッ!」

 

気付くと、咲夜が私の肩を揺すり、大きな声を出していた。

何度も私に呼びかけていたようだ。

 

「しっかりしなさい」

「……うん」

「寝ぼけてるの?」

「それ、寝ぼけてたら返事できないと思うけど」

「そんな返しができるなら、大丈夫なようね」

 

咲夜が私から手を離す。

 

「少し聞きたいのだけど」

「え?」

「私が貴女に渡した薬、飲んだの?」

「薬……?」

「ユメクイ化の薬よ」

「ああ、あれなら病室の棚に置いてあるわ」

「つまり、飲んでないのね?」

「ええ」

「……」

 

咲夜は黙ってしまった。

 

「……咲夜?」

「単刀直入に問うわ。貴女、いつユメクイになったの?」

「……え?」

「あんな力を見せつけられて、貴女を人間だと思えるほど、私は頭のおめでたい人間じゃないわ」

「……あんな力?」

「まさか、覚えてないの?」

「…………何を?」

「はぁ……じゃあ貴女、あの夢の中からどうやって出たと思ってるの?」

「……」

「私は囚われ、抜け出すことが出来ない。妹様は手首を切断され、能力が使えない。貴女はそれまで足が竦み、ただ見ていることしかできなかった」

 

咲夜が、厳しく私を睨んだ。

 

「その状況で、どうやってここに戻ってきたのかしらね?それも、誰一人欠けることなく」

「…………」

「貴女の力は圧倒的だったわ。相手からの攻撃は効果がなく、貴女の攻撃は相手を追いかけるように飛んでいき、一撃で仕留めてしまう」

「……なにそれ?」

「貴女の力よ。貴女がやったの。そして私は、もちろん妹様も、その力に救われたのよ」

「私が……そんな……?」

「覚えてないなら––––」

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

 

 

「––––実践してみましょうか?」

 

そこは咲夜の集めた夢の中だった。

隣に居たはずの永琳の姿はない。

 

「どうかしら?何か変わったことはある?」

「変わったこと……?」

 

私は、自分の体を眺めた。

特に変わったことなんて––––

 

 

 

 

 

 

––––あれ?

 

 

「……私、飛べるんだけど」

「貴女、本当にあの時のこと覚えてないのね」

「なんで私飛べるの?」

「知らないわよ」

「……ねぇ、私って、ユメクイなの?」

「おそらくね」

「そう……私もついに、人間やめちゃったのね……」

 

私は俯き呟いた。

 

「取り敢えず、戻りましょうか」

 

 

 

 

––––十六夜咲夜の集めた夢は崩壊した––––

 

 

 

 

「––––」

「……咲夜。夢を集めたのね?どうだったのかしら?」

「霊夢は空を飛ぶことができたわ。戦闘をした訳じゃないけど……霊夢はユメクイよ」

「そう……」

「でも、どうやって私はユメクイになったの?」

 

私には疑問だった。

 

「それに、ユメクイは夢に巻き込まれないはず。つまり、今、咲夜の夢に引き込まれた私は人間だということにならない?」

「…………そう言えば、確かにそうね。いや、撒き夢の能力を持ったユメクイかもしれない……?」

「でも、夢を見ないユメクイが撒き夢の能力を持つって、すごく矛盾してるわよ?」

「"夢を見る程度の能力"を持ったユメクイ、として考えるなら矛盾はしないと思うわ……多分」

「夢を見る程度の能力、ね……仮にそれが私にあったとして、ユメクイなら、それ特有の空腹感があるはずでしょ?私は感じたことがないわ」

「私が薬で夢を見て、空腹感が起こらなくなるように、夢を見る貴女はそもそもユメクイとしての空腹感がないってことかしらね?」

「なんだか、面倒な話ねぇ……」

 

永琳は私たち2人が議論しているのを黙って見ている。

 

「とにかく霊夢。貴女はユメクイであると言う事実は変わらないわ。私たちと共に闘ってくれるかしら?」

「別に人を襲おうとは思わないし、どうせ夢に巻き込まれるんでしょ?なら構わないわ。どちらにせよ、戦わなければ現実に戻って来られないもの」

「まあ……そうね。ただ、無理をする必要はないわ。貴女はまだ、自分の力を制御できないでしょうし」

「そうね」

 

とりあえず、これからの方向性は決定した。

私も"ユメクイを喰らうユメクイ"として闘うという事になった。

 

「そういえば…………ここ、どこ?」

 

先ほどから周りを見て疑問に思っていたが、尋ねるタイミングを失っていた。

そこは、病室ではなかった。

"和"を感じさせる、厳か且つ落ち着いた雰囲気の部屋だ。

誰かの家……?

 

「私たちの家よ。そして、ここは咲夜の部屋」

 

そう答えたのは、先ほどから黙っていた永琳だった。

 

「突然倒れたから、取り敢えず私がここに運んだわ」

 

補足的に説明をする咲夜。

 

「ここが、咲夜の部屋?」

「そうよ」

「へぇ……」

「あんまりキョロキョロされると恥ずかしいわね」

「疚しいものでも置いてあるの?」

「そんな訳ないでしょ」

「なんか無いの?」

「なんかって何よ…………なんでベッドの下を覗いてるの?」

「あ、いや……定番かなって」

「どういうことよ?」

 

咲夜の部屋は、綺麗に片付いており、普段からよく掃除をしていることが伺えた。

さすが、元メイドといったところだろうか?

 

「今日はもう遅いわ。ここで泊まっていってもいいけど、どうする?」

 

窓の外には、月が浮かんでいた。

いつの間にか、私はかなり寝てしまったみたいだ。

 

「え、悪いわよ……」

「別に気にする必要はないわ」

「……なら、そうするわ。ありがと」

「あら、素直な子は好きよ」

「なッ……」

 

永琳は私たち2人のやり取りを微笑みながら見ていた。

 

「貴女たち、とてもいい関係になったわね」

「何よ、いきなり」

「なんでもないわ。泊まっていくのなら、霊夢もお風呂に入りたいでしょう?食事の準備をしておくから、先に入ってて頂戴」

「本当に……悪いわね」

「気にしなくていいわ。それと、咲夜も一緒に入っちゃいなさいね」

「え?一緒に?」

「うちのお風呂は広いし、入れると思うわよ?」

「物理的な問題じゃなくて……」

「別に女同士だし気にしないでしょ?あ……霊夢はまだ思春期かしら」

「うっさいわね」

「まあどっちでもいいわ、とにかく入ってきなさい」

 

永琳はそう言うと部屋を出て行った。

 

「さて、お風呂場まで案内するわ。ついてきて」

 

なんだか納得いかないが、私は咲夜についていく。

部屋を出て、階段を降りる。

そこで気づいた。

 

「この家……やけにでかいのね」

「そうね。母さんは医者だし、そこそこ儲けてるみたいだから」

「なるほど。でも、貴女が来る前は一人暮らしでしょう?それにしては広すぎない?」

「それは私も思ったわ。けど、それについて聞いたことはないわね」

「そっか……まあ、お金持ちって無駄に家がデカい人多いものね」

 

そんな会話をしていると、風呂場に着いた。

 

「ここよ」

「本当にデカいのね……」

「1人じゃ持て余すわ」

「確かに、1人でこの広さは…………って、本当に2人で入るつもり?」

「母さんに、そう言われたから」

「はぁ……まあ別にいいけど」

「私、こうして誰かとお風呂に入るなんて初めてなのよね。ちょっとだけワクワクしてるわ」

「メイド時代に、レミリアとか美鈴とかとは入らなかったの?」

「使用人の分際で、そんな自由はないわ」

「へぇ……意外と厳しかったりするの?」

「まあ、多少はね」

「メイドって大変なのね」

「楽ではないわ。楽しかったけど」

 

私たちは服を脱ぎ、軽く体を流してから浴槽に浸かった。

浴槽は2人で入ってもだいぶ余裕があった。

 

「ん……んんっ…………ぷはぁぁあ…………ふぅ、いい湯ね」

「霊夢、なんかオヤジくさいわ」

「いいじゃない。お風呂くらい好きに入らせなさいよ」

「まあ、いい湯なのは確かね」

「なんだか、こうやってゆっくりお湯に浸かるなんて、久しぶりな気がするわ」

「霊夢はいつもシャワーだけなの?」

「そうね、お湯を溜めるのが面倒に思えるのよ。それに時間がかかって、なんだか勿体無く感じるわ」

「でも、お湯に浸かるって大事なことよ?血行が良くなるから、疲れの取れ方も違うわ」

「うーん、それは分かってるんだけどね〜」

「まあ、面倒に思う気持ちも、分からなくはないけど」

「……あ、そういえば」

「どうしたの?」

「こうしてるあいだに、夢に集められたらどうなるの?」

「どうなる……って?」

「いや、その、裸のまま夢の中に入るのは嫌だなって」

「ああ……今までお風呂の最中に夢の中に入ったことはないから、正確なことは分からないけど……多分大丈夫よ」

「なんで?」

「夢の中だと、体の異常が消えるのよ。 怪我や病気や障害……どんな事でも、自分が異常だと思っていることは、夢の中では全て正常になるのよ」

「へぇ……便利なのね」

「そういえば、老化も、自分が異常だと思えば夢の中では若返るみたいよ」

「本当に?」

「ええ。以前患者さんと一緒に夢に巻き込まれたことがあったんだけど、病気に加えて顔のシワとかも無くなってて……その患者さんは60代だったのに、まるで20代に戻ったかのようだったわ」

「うわぁ……なんか、すごいわね」

「だから、裸というのも異常だと思えば、知らないうちに何かを着せられてるんじゃないかしら?」

「なるほどね」

 

咲夜は立ち上がる。

 

「さて、背中を流してあげるわ」

「別に、そこまでしなくても良いわよ」

「私がやりたいから言ってるのよ。早くこっち来なさい」

「仕方ないわね……分かったわよ」

「ふふっ」

 

咲夜はなんだか楽しそうだ。

ワクワクしている、というのは本当だったのだろう。

なんだか、咲夜が可愛く見えてきた。

 

「霊夢って、結構華奢なのね」

「悪い?」

「そんなこと言ってないでしょ」

 

そんなことを言いながら、咲夜が私の背中を洗う。

不意に、咲夜の手が私の胸に伸びた。

 

「ひゃあっ!?」

「ふふっ、なにその声」

「あんたバカじゃないの!?」

「良いじゃない。女同士だし、減るもんじゃないし」

「死ね!」

「ちょっと、蹴らないで、痛いわよ」

 

咲夜はクスクスと笑っていた。

 

「貴女をからかうのは、本当に面白いわね」

「ムカつく……」

「やり返したければどうぞ?私は触られても気にしないけど」

「そんな汚いもの触りたくないわ」

「き、汚くないわよ!失礼ね!」

 

 

––––そろそろ夕飯出来るから、遊んでないで上がりなさい。

 

 

風呂場の外から、永琳の声が聞こえた。

確かに少し長めの風呂になっているかもしれない。

永琳は、心配して見にきてくれたのだろう。

 

私たちは、まもなく風呂を出た。

 

 

 

「あら、ドライヤーくらいかけてから来ればよかったのに」

「私はいつもかけてないわ」

「髪が痛むわよ?せっかくの綺麗な黒髪なのに」

「別にいいわよ」

「髪は女の命よ。咲夜に乾かしてもらったら?」

「嫌よ、あんな奴」

「あらあら。咲夜ったら、嫌われちゃったのね」

 

永琳は笑いながら言う。

咲夜とは血は繋がっていないというが……なんとなく似ている気がした。

 

「いいお湯だったわ、母さん」

「そう?よかったわ」

 

そして、咲夜も髪を乾かし、戻ってきた。

 

「……そういえばあんた、病室では永琳の事、院長って呼ぶのに……家ではそうなの?」

「私は公私を分けてるのよ」

「別に、そんなことしなくてもいいと思うのだけどね。咲夜ったら、病院では母さんって呼んでくれないのよ」

「仕事に私情を挟むのは良くないでしょう?」

「あんた、この前フランの時……」

「うるさいわね。終わったことをぶり返さないで頂戴」

 

永琳は笑っていた。

そして、私たちに言う。

 

「さて、もう出来てるわ。座ってちょうだい」

 

食事が用意された場所は、本当に広かった。

現代的な洋風の内装だが、どこか和を感じさせるものがある。

和洋折衷の、落ち着いた雰囲気だ。

 

「すごい豪華ね。普段からこんな感じなの?」

「さすがにここまではしないわよ。今日は霊夢がいるから張り切ってみたわ」

「咲夜の料理は何度か食べてるけど……永琳のは初めてだから、気になるわね」

「期待して良いわよ、霊夢。母さんの料理の腕は確かだから」

「嬉しいこと言ってくれるわね、咲夜」

「本当のことだもの」

 

永琳が奥に座る。

私と咲夜は向かい合う形で座った。

 

「それじゃあ、頂きましょうか」

「そうね」

 

「「「いただきます」」」

 

「––––ッ!」

「お口に合うかしら、霊夢?」

「お、美味しい……」

「喜んでくれてよかったわ」

「……うん、やっぱり美味しいわね」

「咲夜もありがとう」

 

永琳の料理は、本当に美味しかった。

そして、それだけじゃない。

こうして、笑いながら誰かと食事をする。

それが料理の味をさらに引き立てる。

 

––––楽しい。

 

私の箸は止まらなかった。

それを見て、永琳が微笑んでいるのが分かった。

 

「……ッ」

 

––––そのとき、ふと、魔理沙の顔が浮かんだ。

浮かんだ魔理沙の顔は、とびっきりの笑顔だった。

 

 

「霊夢?」

「……え?」

「どうしたの?いきなり手が止まったみたいだけど……」

「え、あ……いや、なんでもないわ」

「そう?お腹いっぱいなら、残して構わないわよ」

「いや、そういうわけじゃなくて……」

「どうしたの?」

「なんだか……魔理沙のことを、思い出して……」

「魔理沙のことを?」

「私だけ、こんな楽しい思いをしちゃって良いのかなって。魔理沙に……いや魔理沙だけじゃないわ。紫や妖夢、それにレミリアも含めて、私だけがこんな楽しくなってていいのかなって……そう、思っただけ」

 

私は、今にも泣いてしまいそうだった。

 

「霊夢」

 

咲夜が、力強く私を呼んだ。

 

「魔理沙が貴女に言ったこと、忘れたのかしら?」

「……え?」

「魔理沙は言っていたわ、助けたことを後悔してない、とね」

 

 

––––私はお前を……霊夢を助けたこと、後悔してないぜ!

 

 

「…………ッ」

「魔理沙達に思うことがあるのは分かる。私も時々、お嬢様を想って辛くなるわ」

 

咲夜は少し悲しそうな目をしたが、すぐに目に力が戻る。

 

「でも、それこそが私たちの勝手な同情なのよ。そんな同情、受け取る側は果たして嬉しいのかしら?そんな同情しても失った人は帰ってこないのに、意味があるのかしら?」

 

私は、何も言えない。

 

「あなたに私の考えを押し付けるつもりはないし、魔理沙が私と同じ考えだという保証もない。だけど、少なくとも私なら、そんな同情を受けるよりも、自分が助けた相手が幸せでいてくれた方が嬉しいわ」

「…………私も……もし、魔理沙と立場が逆なら……多分、魔理沙に笑っていてほしいと思うわ」

「そういうことよ。それに、過去を悔やんでも何も変わらない。大事なのは、今どうあるべきか、なのよ」

「今、どうあるべきか……?」

「霊夢はもっと笑うべきだと、私は思うわ」

 

そういう咲夜は、優しい笑みを浮かべていた。

 

「……うん、そうする」

 

私も精一杯微笑む。

私たち2人の傍らで、永琳も笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

私は、ベッドの中にいた。

そしてこの3日間に想いを巡らせる。

 

––––まだあれから3日しか経ってないなんてね。

 

本当に濃い3日間だった。

 

 

1日目、魔理沙が喰われた。

思えば、咲夜との出会いも、ユメクイという存在を知ったのもあの時だったわね。

そうだ。咲夜とは、まだ知り合って3日なんだ……

自分でも訳が分からないほど、咲夜と親しくなってしまった。

 

そして、妖夢と知り合ったのもその日の夜だった。

その夢の中で魔理沙ともしっかり会話できたんだっけ。

今思えばあれも、異常が消えるっていう夢の効果だったのね。

また魔理沙と話したい…………けど、もう魔理沙が喰われるのなんて見たくない。

だから、あんな危険な場所に連れて行くわけには行かないけど……

咲夜に頼んで、集めてもらおうか?

いや、でも……あの集め方は結構辛いみたいだから……

やめておこう。

 

 

2日目には、咲夜の昔話を聞いたわね。

そして、ルーミアもユメクイであることが分かった。

魔理沙と仲が良かったルーミアだから、私は見殺しにできず、レミリアと共に咲夜に無理を言って、ルーミアを仲間にすることにした。

でも、結果的には誰も悲しんでないから、良かったわよね?

 

そしてその後、紫が喰われた。

犯人は分からないが、ユメクイであるのは確かだ。

そういえば……永琳にその時の詳しいこと、まだ聞いてなかったわね。

色々忙しくて聞けなかったけど、今はもう永琳を疑ってないから、聞く意味もないわね。

 

 

そして3日目、つまり今日。

朝にユメクイを喰らうユメクイ達が集結した。

全員集まると、本当にキャラの濃い奴らだな、みたいな事を思った。

 

そしてフランに集められ、妖夢が殺された。

もちろん、現実世界では死んでないけど。

フランの力は圧倒的だった。

でも、私が痛みに苦しんでる間に妹紅が夢を崩壊させたみたい。

 

そして現実に戻って、魔理沙の手術が終わり、フランが仲間になった。

聞けば、フラン自身も自らの狂気に苦しんでいたと言う。

フランを完全に許したわけじゃないが、野晒しにするよりはマシだろう。

そういえば、フランは紅魔館に帰ったのだろうか?

ここにいないということはそうなのだろう。

美鈴とやらが迎えに来たのだろうか?

まあ、今はどうでもいいことだが。

 

そしてその後、私たちはアイツに夢を集められた。

咲夜、フランが共にやられ絶望的状態まで追い込まれた。

そこで私は力を発揮した……らしい。

本当に記憶がない。

でも……なんとなく覚えているような……

懐かしい感じが………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––懐かしい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……咲夜、まだ起きてる?」

「ん?どうしたの、霊夢?」

 

咲夜は私の隣で寝ている。

広いベッドだ。窮屈だとは思わない。

 

「眠れないの?」

「…………なんか、色々考えちゃって……」

「そう……こっちに来る?」

「……」

「遠慮することはないわ」

「……うん」

 

私は、咲夜の腕の中にいた。

すごく、安心する。

 

「––––おやすみなさい、霊夢」

 

私はその言葉に何故か、涙を流していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





*キャラ設定(追記なし)

○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」

年齢 : 17歳くらい
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。

【能力 : 空を飛ぶ程度の能力】
文字通り空を飛ぶことができる。
この能力を発展させた技が以下の2つ。

・夢想封印
攻撃技。
武器として出現させた御札に特殊な効果を持たせる。
その札が貼り付いた者は光に包まれ捕食され、跡形もなくなる。
痛みもなく、存在が消える。

・夢想天生
防御技。
ありとあらゆるものから"浮く"ことで、実体を持たない"夢"の状態となる。
相手は攻撃を当てることも出来ず、ただ防ぐ手立てのない御札をその身に受けることになる。
また、その御札は追尾性能を持つ。



○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。



○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」

37歳になる程度の年齢。
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。


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第21話 成代 –– ナリカワリ ––

 

 

 

 

 

 

 

 

「何から何まで……本当にありがと」

「構わないわ。これからも貴女は病院にいる事が多くなるでしょうし、いつでもいらっしゃい」

「ええ。また喜んでお呼ばれするわ」

 

永琳宅で朝食をとり、私は病院に向かおうとしていた。

 

「じゃあ咲夜。霊夢をしっかり送って行って頂戴ね」

「分かってるわ」

「いや、病院すぐそこだし、送る必要ないわよ。あんたも永琳と一緒に仕事場行きなさいよ」

「この家、結構広いから、意外と迷うわよ?」

「そうなの……?じゃあ、お願いするわ」

「なんだか霊夢。どんどん素直になっていくわね」

「私は元から素直だけど?」

 

永琳と咲夜は笑っている。

なんだかムカついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ私は仕事に戻るから」

 

結局私は、咲夜に魔理沙の病室まで送ってもらっていた。

ポツリポツリと会話をしながら歩いていた2人の時間は、途中の沈黙の時間も含めて、非常に心地の良いものだった。

 

「ええ、お世話になったわ」

「これからも、お世話するつもりよ?」

「そうね、お世話になるわ」

「ふふっ、じゃあまたね」

「うん。頑張って」

 

咲夜は病室を後にした。

私は魔理沙のベッドの横に、元から病室に置いてある椅子を持って来て、腰掛ける。

 

「こうして、あんたの顔をゆっくり眺めるのは、なんだか久々な気がするわ」

 

昨日の手術により、魔理沙は気管に直接空気を送り込む形になった為、以前とは異なり口が覆われていない。

だから、魔理沙の顔を覆うものは何もない。

ふと、紫を見る。

まだ手術を終えていない紫は口が覆われ、そこから空気が送り込まれている。

私は視線を魔理沙に戻した。

 

「魔理沙」

 

意味もなく、私は呟いた。

頰に触れる。

温かい。

生きてる。

 

「…………ダメね。2人きり……紫も居るから3人か。それでも、こうしてると、どうしても感傷に浸っちゃうわ。私も、ナースとかの仕事をさせてもらおうかしら?」

 

当然、その声に反応するものはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、少し時間が経った。

昼には咲夜が食事を持って来てくれた。

時計はすでに16時を指している。

私は院内の売店で買った雑誌を読みながら、何もない時間を過ごしていた。

 

 

 

 

すると突然、誰かが扉をノックする。

こちらが返事をするより先に、扉が開かれた。

 

「霊夢さん、魔理沙さん、居ますか?」

「居るけど…………あんた、何しに来たの?」

「何しに来たの?じゃありませんよ!2日も連絡なしに学校休んで、心配したんですよ?」

「ああ……そういや私たち、学校行ってたわね」

「なんですかそれ!学校忘れてたんですか?今日はもう水曜日です!バリバリの平日ですよ!」

「うるさいわね……ここは病院よ」

「あ、す、すみません……」

 

私と魔理沙は、近くの高校に通っていた。

そういえば連絡入れるの……いや、そもそも存在自体忘れてたわ。

そして今、私の目の前でシュンとしている少女––––東風谷(こちや)早苗(さなえ)は私たちのクラスの委員長をしている。

真面目で正義感の強い彼女は、私たちが無断で休んでいることに納得がいかなかったのだろう。

 

「……え?」

「早苗、どうしたの?」

「その……ま、魔理沙さん……?」

「え?あ、あぁ……ここに寝てるのは魔理沙よ」

「ど、どうされたんですか……?」

「最近噂になってるとかいう窒息死よ。死ぬ前に私がここに運んだから、なんとかまだ生きてるけど」

「そんな…………」

 

早苗は分かりやすく驚愕していた。

 

「ご、ごめんなさい。そんなこととは知らず、責め立てるような真似を……病院という時点で察するべきでした。本当に申し訳ありません」

 

早苗は深々と私に頭を下げる。

 

「いいわよ、別に。気にしてないから」

「なら、良かったですけど……この事は、クラスの人に言わない方が良いですか?」

「別に隠したいとは思わないけど。まあ、あまり騒ぎ立てるのはやめて欲しいわね」

「分かりました。先生には言ってもいいですか?」

「構わないわよ」

「了解です」

 

早苗は笑顔を浮かべていた。

早苗なりに気を遣って、重い空気にしたくないのだろうと私は解釈した。

 

「では、私はこれで失礼しますね。見舞いの品も持ってこれず、申し訳ありませんでした」

「いいわよ、そういうの。気にしないで。まあ、貰えるなら貰うけど」

「はい、今度は持って来ますね!」

 

早苗は病室を出る前に、もう一度私に一礼し、そして去っていった。

と思ったら、すぐに戻って来た。

 

「渡すの忘れてました!見舞いの品とは言えませんが……どうぞ!」

「え、何それ?プリント?」

「はい、配られたプリントと課題です。ここに置いておきますね」

「いや、要らないわよ」

「渡さないと、怒られちゃうので。では、今度こそ失礼します!」

「あーはいはい。さよなら〜」

早苗は、そそくさと去っていった。

 

「なんか……嵐みたいなやつね」

 

私は魔理沙に笑いかけた。

 

「まあ、暇つぶしにはなったけどね」

 

私は再び、雑誌に目を落とした。

するとすぐに、再び扉が叩かれる。

聞き覚えのあるノックの音だった。

 

「入っていいわよ」

「失礼しますわ」

「どうしたの?咲夜」

「2人の点滴を交換しに来たわ」

「そう」

 

咲夜が作業に取り掛かる。

 

「さっきの子、同じ学校なのかしら?」

「早苗のこと?そうだけど、どうかしたの?」

「いや、別になんでもないわ。貴女が変なこと言ってなければ」

「言ってないわよ」

「ええ、信用してるわ」

「そりゃどうも」

 

咲夜は作業を終えたようだ。

 

「それじゃあ、また晩御飯の時に来るわ。それとも、またうちで食べる?」

「そうしたい気持ちもあるけど、今日は魔理沙の寝顔でも眺めながら食べたい気分かしらね」

「そう。じゃあ、ここに持って来るわね」

「ええ、ありがとう」

「どういたしまして。それじゃあ失礼しますわ」

 

咲夜は一礼し、病室を後にした。

 

 

 

 

 

「んー、首が痛い……」

 

私は自分で自分のうなじ辺りを揉みながら、誰に聞かせるわけでもなく呟いた。

私は雑誌を閉じ、腰を上げる。

雑誌を棚に置きつつ、早苗が持ってきたプリントを手に取った。

 

「うわぁ……結構量あるわね……」

 

そんなことを呟いていると、扉を叩く音がした。

先ほどとは違い、聞き覚えのないノックの音だ。

 

「開けていいわよ」

「失礼しますわ」

「……あれ、咲夜?」

「ええ、そうだけど。どうかしたの?」

「いや、なんでもないわ。咲夜じゃないと思ってたから」

「……そう」

 

病室に入ってきたのは咲夜だった。

 

「何しにきたの?夕飯にはまだ早いと思うのだけど?」

「いえ、ちょっと薬の補充にね」

「薬の補充?」

「ええ、魔理沙の点滴薬を変えるだけよ」

「え?さっき変えたばかりじゃない」

「……追加薬を、頼まれたのよ」

「追加薬?」

「ええ。詳しいこと言っても、霊夢には分からないでしょ?」

「何それ、馬鹿にしてんの?」

「怒らせるつもりはないわ」

「はぁ……まあ、確かに分からないし。私もあんたのことは信用してるから、勝手にしなさい」

「じゃあお言葉に甘えて、勝手にさせていただくわね」

 

咲夜は魔理沙の点滴薬に手をかける。

 

 

––––違う。

 

 

「……?」

 

私の勘が、何か言っている。

咲夜は魔理沙の点滴薬を外した。

 

 

––––違う。

 

 

「それだけじゃあ、何が違うか分からないわよ」

「え?」

「ああ、ごめん咲夜。独り言よ、気にしないで」

 

咲夜は怪訝な顔をしたが、手は止めない。

魔理沙の点滴薬が交換された。

 

「それじゃあ、また後でね。失礼するわ」

 

咲夜は病室を出るために扉を開けた。

そのまま出ようとする咲夜に、違和感を覚えた。

 

「––––違う?」

「……何?また独り言?」

 

咲夜が振り返る。

 

「あ、いや……貴女に確認したいことを思い出して」

「私に?何かしら?」

 

ドクンッ、と私の心臓の音が響く。

 

 

 

 

––––魔理沙達に思うことがあるのは分かる。私も時々、お嬢様を思って辛くなるわ。

 

––––でも、それこそが私たちの勝手な同情なのよ。そんな同情、受け取る側は果たして嬉しいのかしら?そんな同情、しても失った人は帰ってこないのに、意味があるのかしら?

 

––––あなたに私の考えを押し付けるつもりはないし、魔理沙が私と同じ考えだという保証もない。だけど、少なくとも私なら、そんな同情を受けるよりも、自分が助けた相手が幸せでいてくれた方が嬉しいわ。

 

 

 

 

私は昨日の、咲夜の言葉を思い出しながら言った。

 

「昨日の夜にあんたが言ったこと、考えていたのよ。本当に、魔理沙達を想い続けることが、彼女達への手向けになるのかしら?それは単なる同情にはならないのかしら?」

 

心臓の鼓動が早くなる。

目の前の咲夜は言った。

 

「…………魔理沙達にとって一番辛いのは、忘れられること。だから貴女が想い続けるのは、彼女達への償い程度には手向けになるんじゃないかしら?」

「それは、私が幸せであるよりも重要?」

「霊夢の幸せ……?貴女の幸せが魔理沙達に何の関係があるの?」

「ッ!!」

 

少女は病室を出ようと、視線を廊下へと戻した。

 

「じゃあ失礼するわ」

「……待ちなさい」

「あら、まだ何か用かしら?」

 

私の心臓の音が病室内に響いている気がした。

 

「咲夜の振りをしているあんたは……一体、誰?」

 

少女は振り返らない。

 

「やっぱりカマかけられていたのね、私」

「……」

「でも、今更気づいても遅いわよ、霊夢」

「は……?」

「それでは」

 

少女は駆け出した。

 

「なっ!待ちなさい!!!」

 

私も少女を追い、病室を出る。

 

「…………いない?」

 

しかし、すでに少女の姿はなかった。

 

「さ、咲夜……ッ!」

 

私はそう言いながら、ナースコールを押す。

少しして、咲夜が来た。

開けたままの扉から入ってくる。

今度の咲夜に、違和感は感じない。

私の勘も静かだった。

 

「霊夢?何かあったの?」

「早く点滴を変えて」

「え?どうしたのよ?」

「いいから早くして、じゃないと魔理––––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––沙が……ッ!」

「……あら、また巻き込まれたみたいね」

 

そこは森の中だった。

太陽は出ておらず、夜空が広がっている。

しかし、異様に明るかった。

夜空には大きな星がいくつも浮かんでいる。

それだけじゃない。

森に生えてる木々の上で、まるで電飾が施されたクリスマスツリーのように、星が光り輝いている。

不思議な光景だった。

 

「でも、ちょうどいいかもしれないわ。何があったのか、ゆっくり説明してもらえるかしら?ここならどんなに長く話しても、現実では一秒も経たないから」

 

咲夜が私に言う。

それに私が答える前に、背後から声がした。

 

「––––なあ、霊夢か?」

「……魔理沙?」

「やっぱり霊夢か。私たち、何でこんなところにいるんだ?それに隣の奴は……」

 

魔理沙に会えて嬉しい。

そう思う気持ちより、私の勘が騒いでいた。

私は、私の勘を否定することに必死だった。

 

「あら、この子また巻き込まれたのね。この短期間に何度も巻き込まれるなんて、霊夢ほどじゃなくても、この子も十分撒き夢なんじゃない?」

 

咲夜が、フッと笑いながら冗談を言う。

 

「魔理沙。貴女にとっては初めましてかしらね。十六夜咲夜よ、よろしくね」

 

そして、咲夜が魔理沙に軽く自己紹介をした。

 

「初めましてじゃないぜ?私は咲夜を知ってるからな」

「……え?」

「あれ?でも、私って忘れるはずじゃなかったか?」

 

魔理沙が首を傾げる。

 

「おかしいな。全部覚えてるぜ。咲夜のことも、喰われたことも、その後にもう一度お前らと会ったことも……全部」

 

魔理沙が笑っている。

 

「もしかして私––––「違う!!!」

 

私は魔理沙の言葉を遮る。

魔理沙が私を見る。

私は俯いてしまった。

目に浮かんだ何かを隠すために。

 

「れ、霊夢?どうしたんだよ、いきなり叫んで」

「違う…………魔理沙は…………」

「あ、分かったぜ!現実じゃあ、私は寝たきりらしいからな。こうやって会えて嬉しいんだろ?」

 

魔理沙がニヤッと笑って、私の顔を覗き込む。

 

「霊夢、泣いてるのか?」

「……」

「嬉し泣き、って感じでもないな。何かあったのか?」

「……」

「ごめんな、霊夢。多分私がお前に辛い思いをさせちまってるんだろうな」

 

魔理沙が私の肩に手を置く。

 

「私はお前に……霊夢に泣いて欲しくないぜ」

 

魔理沙は優しく微笑む。

 

「だから私が、その涙を喰べてやるよ」

「ま、魔理沙……?」

「何でだろうな、霊夢。さっきから私、ものすごく––––」

 

 

 

 

魔理沙のような何かが、私を抱きしめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––腹減ってるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





*キャラ設定(追記あり)

○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」

年齢 : 17歳くらい
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。

【能力 : 空を飛ぶ程度の能力】
文字通り空を飛ぶことができる。
この能力を発展させた技が以下の2つ。
(原作と大きく異なる解釈をする為、必ず参照のこと)

・夢想封印
攻撃技。
武器として出現させた御札に特殊な効果を持たせる。
その札が貼り付いた者は光に包まれ捕食され、跡形もなくなる。
痛みもなく、存在が消える。

・夢想天生
防御技。
ありとあらゆるものから"浮く"ことで、実体を持たない"夢"の状態となる。
相手は攻撃を当てることも出来ず、ただ防ぐ手立てのない御札をその身に受けることになる。
また、その御札は追尾性能を持つ。



○霧雨魔理沙
「おっす霊夢、迎えに来たぜ」

年齢 : 17歳くらい
好奇心旺盛、明朗快活。
男勝りな口調は意識してる。
内面はただの乙女。
霊夢の古くからの友人であり、一番の理解者。

【能力 : 魔法を使う程度の能力】
主に攻撃系魔法を使う。

武器として箒とミニ八卦炉を出現させる。



○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

年齢 : 19歳くらい
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。



○鈴仙・優曇華院・イナバ
「ひ、酷いです師匠!私が師匠を裏切るわけありません!!」

年齢 : 18歳くらい
永琳を師匠と慕う少女。
真面目で陽気な性格。
本来は臆病者だがユメクイ化の影響で少し強気になった。
人は力を手に入れると変わるのである()

【能力 : 波長を操る程度の能力】
光や音の波長を操ることで幻覚や幻聴を起こす。
相手の五感に干渉できる。

武器として弾丸を発射することができる。
自らの手で拳銃のような形を作り、発射する。



○東風谷早苗
「––––この世界では、常識に囚われてはいけないのですよ!」

年齢 : 17歳くらい
霊夢、魔理沙と同じ学校に通う少女。
成績優秀で真面目且つ明朗快活な性格から、学級委員長を任されている。
しかしどこか抜けている。
あと、鼻に付くところもあり、敵を作ってしまうこともしばしば……


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第22話 繰返 –– クリカエシ ––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––霧雨魔理沙の夢は崩壊した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––ッ!」

「詳しい話は後で聞くわ。とにかくこの点滴薬のせいなのね?」

「ま、魔理沙は……?」

「死んではないわよ。……たぶんね」

「た、たぶん……?」

 

 

 

 

 

 

夢の中で、魔理沙が私に手をかけた瞬間、咲夜が魔理沙の顳顬(こめかみ)にナイフを投げた。

その衝撃で、魔理沙は私から離れる。

するとすぐに、咲夜が魔理沙の喉元を掻き切った。

おそらく能力を使ったのだろう。

一瞬だった。

 

 

「夢の中で2度殺された者は見たことがないから、分からないだけよ」

 

咲夜はそう言うと、魔理沙の点滴を外す。

 

「すぐに代わりを持ってくるわ。私の薬を混ぜたものをね」

「……ええ。お願いするわ」

 

ユメクイとしての空腹を抑える薬を混ぜるのだろう。

それはつまり、魔理沙がユメクイであると言うことだ。

さらに言えば、私や咲夜達と同種のユメクイになるという事だ。

そんなことを思っていると、咲夜が戻ってきた。

そして、魔理沙の点滴薬を付け替える。

 

「……よし。これで大丈夫なはずだけど……霊夢、一体何があったの?」

 

咲夜が説明を求めてきた。

 

「あんたが点滴を変えた後、少しして、また変えにきたのよ」

「……誰が?」

「あんたよ」

「私?」

「正確には、あんたの振りをした誰かよ」

「変装ってこと?」

「たぶん違うと思う。あれは咲夜だったわ」

「どういうこと?」

「私も自分の言ってることが分からないけど、あれは咲夜にしか見えなかった。少なくとも外見や声は全く同じだったわ」

「ドッペルゲンガーかしら?」

 

咲夜は少し笑う。

 

「けど、そいつが犯人なのは間違いなさそうね。魔理沙の事はもちろん、ユメクイを増やして回ってるのもおそらくそいつでしょう」

 

咲夜の顔から笑顔は消えていた。

 

「それと、魔理沙の事は許してやりなさい」

「え……?」

「ユメクイの空腹ってのは、簡単に耐えられるものじゃないのよ。それこそ、正確な判断力も無くすほどね」

「……」

「魔理沙が貴女を喰おうとした。それは仕方のない事なの。そこだけは理解してあげなさい」

「……私があの程度のことで、魔理沙を嫌うとでも思った?」

 

少し驚いたような表情をした後に、咲夜は再び笑顔を私に向けた。

 

「いえ、全く」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––腹減ってるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!!」

 

いつもの病室。

寝ている魔理沙と紫。

私は、うたた寝してしまったようだ。

 

「魔理沙……」

 

 

 

––––私のせいだ。

 

 

 

私は自責と後悔の念でいっぱいだった。

 

 

 

––––私は気づいていたんだ。

 

 

 

そうだ。

 

私の勘はずっと言っていた。

 

 

 

––––それなのに私は……

 

 

 

何もできなかった。

 

ただ、座って見ているだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

––––また私は何もできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………また?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––コンコン

 

扉を叩く音がした。

聞き覚えのある、咲夜の叩き方だ。

 

「入っていいわよ」

「失礼するわね。夕飯を持ってきたわよ」

「もうそんな時間……?」

「どうしたの?また寝てた?」

 

咲夜がクスッと笑う。

 

「警戒心がないのね。また私のドッペルゲンガーさんが来たらどうするのよ?」

「殺すわ」

「あら怖い」

「見た目じゃわからないから、とりあえず殺してみようかしら?」

「遠慮させていただきますわ」

 

咲夜は食事の入ったトレーを棚に置く。

 

「それじゃあ、また少ししたら取りに来るから」

「ええ。いつもありがとね」

「構わないわ」

 

咲夜は一礼して、病室を出る。

私は食事をとることにした。

私は箸を使い、食べ物を口に運ぶ。

それらはいつも通り、暖かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………?」

 

私は食事を口に運んでいる。

しかし、なんだか違和感があった。

口にしているものは先ほどと変わらず美味しいし、私の居る場所も、いつもの病室だ。

 

 

 

––––ここは、どこ?

 

 

 

私の勘が言っている。

私は自身に答える。

ここは病院に決まって––––

 

 

 

「……霊夢」

「ッ!?」

 

ありえない方向から声がする。

私は勢いよく振り返る。

ありえない。

嬉しい。

でも、ありえない。

 

 

そこには、魔理沙がいた––––

 

 

「その、さっきぶり…………だな」

 

魔理沙は何処か恥ずかしそうに……いや、後ろめたそうだ。

 

「さっきは、本当に……ごめん」

「……え?」

「私……お前を………………喰べようと……ッ!」

 

魔理沙は涙を浮かべていた。

罪悪感に押しつぶされているような、そんな涙だった。

 

「しっかりしなさい、魔理沙!私は気にしてないから」

「霊夢が気にしなくても、私が気にする!!」

「はぁ……じゃあ、もしこの場で私が、あんたに助けられたことを悔やんで泣きついたらどう思う?」

「え……?」

「どう思うのよ?」

「そりゃ…………私は後悔してないから、気にするなって……」

「そういうことよ。そりゃ、あんたに喰われそうになった時は、正直ショックだったわ。けど、仕方のないことだし、悪いのはあんたじゃないのよ」

 

私は魔理沙を諭す。

魔理沙は俯きながらも、納得してくれたようだ。

 

「…………ごめんなさい、2人とも。お取り込み中のところ悪いんだけど……」

 

私と魔理沙は声のする方を向いた。

 

「これはどういう状況なのかしら?」

 

そこには、首を傾げる紫がいた。

 

「ゆ、紫!?」

「ええ、私よ。それで、1つ聞きたいのだけど…………私って八意永琳と話していたはずじゃなかったのかしら?」

「……ああ、紫の中ではそうなるのね」

「どういうこと?いくら私でも、理解に苦しむわ」

「私にだって、この状況が分からないのよ。だけど…………とにかく、咲夜に聞くべきだと思う。あいつなら分かるかもしれないわ!」

 

 

––––パチンッ

 

 

「申し訳ないけど、そう上手くは行かないみたいよ」

 

振り返ると、そこには咲夜がいた。

 

「私にも何が何だかさっぱりよ」

「咲夜、今、能力を……?」

「ええ。どうやらここは、夢の世界らしいわね」

「……ここが?」

「そうとしか考えられないわ。ここでは能力を使えるし……」

 

咲夜がナイフを出現させ、手に握る。

 

「……こうして武器を出現させることもできる。これは、ここが夢の世界である証拠になると思うのだけど?」

「確かに……そうね」

「でも明らかに、今までの物とは種類が違うわ」

「そうね。こんなに現実と瓜二つってのは初めてよ」

「それだけじゃないわ」

「え?」

「巻き込まれた人間の数が異常よ。今見た限りだと、この病院の者は、ほぼ全員巻き込まれてそうね」

「ぜ、全員……?」

 

その時、扉が開いた。

 

「や、やっぱりここにいた!」

「よ、妖夢!?」

「あなたも目覚めたのね」

「私、なんであんなところで寝てたの?」

「……貴女、殺された記憶はないの?」

「え……?」

「一瞬だったものね。仕方ないかしら」

「ま、待って?私、やられちゃったの?」

「一瞬で爆発させられたのよ。本当に一瞬だったから、貴女の記憶にもないのでしょう」

「そ、そんな…………あれ?でもそれが本当なら、私はなんで生きてるの?」

「貴女、今、剣出せるわよ」

「え……?……あ、ほ、本当だ!ちゃんと二本出せる!え、現実世界で能力が使えるなんて……私、進化しちゃったの!?」

「違うわよ、馬鹿。ここは夢の世界なの。現実じゃないわ」

「え、あ、そっか。だからこうやって…………って、ここが夢!?」

「貴女、いちいちリアクションが面白いわ。状況を考えなさい」

「な、なにその怒られ方!?」

 

私は半ば呆れながら、2人の掛け合いを見ていた。

 

「霊夢」

 

すると、後ろから声がかけられる。

 

「なによ、紫?」

「私、さっきから話についていけてないわ。この頭脳を持ってしてもね」

「なにその自信。気持ち悪いわよ」

「とにかく理解出来ないの。どういう状況?」

「そんなに簡単に説明できることじゃないわ。今はそんな悠長な時間もないから、終わったら説明してあげるわよ」

 

この夢が終わったら、紫は忘れてしまうだろうけど。

 

「そう……分かったわ。なら、私なりに推理するわ」

「さすが名探偵ね」

「ありがとう。それじゃあ、その推理を元に1つだけ提案するわ」

「何よ?」

「八意永琳のところに行くべきだと思う」

 

紫はまっすぐ私を見ていた。

紫の思考回路など、私には到底理解できないが、信頼に値するものである事だけは分かっていた。

 

そして紫の結論は、私の勘とも一致していた。

 

「……あんたに言われなくても、私もそう思っていたところよ」

 

私は咲夜へと向き直した。

 

「咲夜。永琳のところに行きましょう」

「院長のところ……?あの人は夢に巻き込まれないはずよ?」

「この夢は今までとは違う。それに、私の勘が向かうべきだと言っているわ」

「……貴女の勘ね。何よりも信用できるわ」

「ありがとう。それと、あんたら!」

 

私は紫、魔理沙、妖夢に言う。

 

「状況がまだよく分かっていないあんたらは、ここで大人しくしてなさい。間違ってもここから出ないようにね、絶対よ」

 

私はそう言って、咲夜とともに病室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病室を出ると、普段の静かな病院からは想像できないほど、何やら騒がしかった。

 

「夢の中では状態異常が消える。患者達が、それで騒いでいるみたいね」

 

私は不思議そうな顔でもしてたのだろう。

咲夜が説明してくれた。

 

少しして院長室に到着する。

昨夜は扉をノックし、声をかける。

 

「院長。よろしいでしょうか?」

 

返事はない。

 

「院長、返事がないなら勝手に開けますよ?」

 

咲夜はドアを開ける。

鍵はかかっていなかった。

 

「やっぱり、居ないわね」

「…………この病院に、永琳しか知らない部屋ってないの?」

「そんなの知らないわよ。そもそも、院長しか知らないなら、私が知るわけないでしょ?」

「確かにそうだけど」

「とりあえずこの部屋……漁ってみる?」

「プライバシー……とか気にしてる場合じゃないわね」

「善は急げ、よ」

「え、これって善なの?」

 

私たちは院長室を漁る。

本当にそこは夢の世界なのだろうか?

様々な書類がたくさん出てきたが、どれも作り物とは思えず、現実の物と違いなど分からなかった。

 

「……はぁああ!」

 

突然雄叫びをあげる咲夜。

咲夜が、なんとも似合わない声を出した後に、ガゴンッという大きな音がする。

 

「咲夜……?」

「鍵のかかった引き出しがあったから……壊してみたわ」

「……それも、ユメクイ特有の超人的な力って奴?」

「そうね、基礎的な腕力は上がってるわ。でもちゃんとナイフも使って開けたわよ」

「それって"ちゃんと"なの?」

 

私が呆れてる間に、咲夜は中から書類を出す。

鍵をかけるだけあって重要そうな書類が入っていた。

病院の経理報告書、重症患者のカルテ、そして一番奥に眠っていたのは––––

 

 

 

「……なに、それ?」

「………………さぁ、初めて見るわ」

「やっぱり、永琳のやつ、何か隠してたのね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Ym-ki 及び Dm-ki 被験体に関する調書】

 

 

 

『Ym-ki』は、現在蔓延しつつある『Dm-ki』の母となる存在であるが、その性質は根本から異なる。

 

 

『Dm-ki』は、人が見る夢を集めて世界を形成する。

そしてその世界は『Dm-ki』自身が作るものであるため、基本的には己の力が発揮される環境や、己の能力を象徴した空間となり、それは草原や岩場、砂漠や森などといった簡素なものが多い

また、その世界の形成は集めた夢の捕食を目的としており、その世界で死んだ者は現実世界で夢を失う。

夢を失うとは、つまり意思を失うことと同値である。

 

 

 

対して、『Ym-ki』は、あらゆる生物を自らの夢に引き込むことで世界を形成する。

そしてその世界は『Ym-ki』が作るものではなく、引き込んだ生物達の記憶によって形成される。

故にその世界は現実世界とほぼ同じ形をとるため、現実世界と見分けがつかないものとなる。

また、その世界の形成は特定の夢の捕食を目的としている。

 

 

 

 

 

現在開発された、『Ym-ki』検体は以下の2人。

 

 

*検体No.001 「始祖体」

 

夢喰研究の始まりの存在。

その脳異変が先天的なものなのか、事故による後天的なものであるかは不明。

自らの世界に引き込むことのできる人数は数億単位。

"夢を操る程度の能力"を持つ。

 

 

 

*検体No.002 「八意永琳」

 

始祖体の血液から作り出した薬によって開発。

後天的な能力のため始祖体には劣るが、自らの世界に引き込むことのできる人数は数百人程度。

"あらゆる薬を作る程度の能力"を持つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「院長が––––母さんが……ユメクイ?」

「それは違うわよ」

「「!?」」

 

私達は声のした方向へ顔を上げる。

 

「貴女達、こんなところで何をしているのかしら?」

「……永琳」

 

そこには八意永琳がいた。

 

「違うって、どういうこと?これを見る限り、あんたもユメクイと書いてあるように思えるのだけど?」

「確かに、同じような存在であることは確かね。だけど、そこにも書いてある通り、性質が違うのよ」

「この世界は、貴女が形成したの?」

「あら咲夜、院長とも母さんとも呼んでくれないのね」

「質問に答えなさい」

 

永琳が少し悲しそうな目に変わる。

私の気のせいでなければ、といった程度の変化だが。

 

「……この世界は私のものではないわ。私にはこんなに多くの人間を引き込むことは出来ないもの」

「じゃあ、この世界は……?」

「そこにも書いてあるでしょう?始祖体の世界よ」

 

 

––––引き込むことのできる人数は数億単位。

 

 

「そう、それだけ分かれば十分だわ」

「咲夜……?」

 

咲夜が立ち上がる。

私には、その意図がわからない。

 

「とにかくその始祖体ってのを殺せば良いんでしょ?」

 

咲夜の声には力が篭っていた。

 

「すごく簡単な話じゃない」

 

そして咲夜は笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

咲夜と霊夢は院長室から出て行った。

始祖体を倒す為に。

 

 

「繰り返すのか。終止符を打つのか。それとも––––」

 

 

––––八意永琳は呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





*キャラ設定(追記なし)

○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」

年齢 : 17歳くらい
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。

【能力 : 空を飛ぶ程度の能力】
文字通り空を飛ぶことができる。
この能力を発展させた技が以下の2つ。
(原作と大きく異なる解釈をする為、必ず参照のこと)

・夢想封印
攻撃技。
武器として出現させた御札に特殊な効果を持たせる。
その札が貼り付いた者は光に包まれ捕食され、跡形もなくなる。
痛みもなく、存在が消える。

・夢想天生
防御技。
ありとあらゆるものから"浮く"ことで、実体を持たない"夢"の状態となる。
相手は攻撃を当てることも出来ず、ただ防ぐ手立てのない御札をその身に受けることになる。
また、その御札は追尾性能を持つ。



○霧雨魔理沙
「おっす霊夢、迎えに来たぜ」

年齢 : 17歳くらい
好奇心旺盛、明朗快活。
男勝りな口調は意識してる。
内面はただの乙女。
霊夢の古くからの友人であり、一番の理解者。

【能力 : 魔法を使う程度の能力】
主に攻撃系魔法を使う。

武器として箒とミニ八卦炉を出現させる。



○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

年齢 : 19歳くらい
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。



○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」

年齢 : 37歳くらい
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。

【能力 : あらゆる薬を作る程度の能力】
簡単な材料から不思議な薬を作ることが可能。



○魂魄妖夢
「私、もう迷わないよ」

年齢 : 17歳くらい
真面目で義理堅い。
ただ、自分に自信がなく、他人に流されやすいTHE日本人気質。
……に見えるが、実は意思がしっかりしている……ようでしてない。

【能力 : 剣術を扱う程度の能力】
具現化した二本の刀を自由自在に操ることができる能力。
だが、いつも長い方しか使ってない。

武器として二本の刀と半霊を具現化させる。
半霊は実体を持たせることも持たせないことも可能。
また、妖夢と同じ姿になら変身することができ、妖夢の声を半霊の口から出すこともできる。
つまり、同時に喋ることは出来ないが、半霊だけが喋ることは可能。



○八雲紫
「当然よ。私は常人じゃないもの」

年齢 : 国家機密
知る人ぞ知る名探偵。
洞察力、思考力に長けるが故に何を考えているか分からない。
その上、笑顔で隠そうとするから本当にタチが悪い。
霊夢のことを気にかけているが、それが霊夢の為なのかは不明。
彼女に年齢ネタは禁句です。


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第23話 裏切者 –– ウラギリモノ ––

 

 

 

 

 

「行っちまったな、あいつら」

 

私は2人––––霊夢と咲夜が出て行った扉を眺めながら言う。

その扉は閉められている。

 

「それにしても紫、お前も喰われたのか?」

「……食われた?」

「ああ、ユメクイの事知らないのか」

「ユメクイ……?」

「まあ、気にすんな。どうせ忘れるさ」

「はぁ……貴女に振り回されるなんて、私も落ちたものね」

「お前が落ちたんじゃなくて、私が上がったんだぜ」

「貴女の楽観的なところ、ほんの少しだけ、羨ましいわ」

 

紫と私は古い付き合いだ。

ほとんどは霊夢を挟んでの付き合いだったが、こうして2人で話すことも、しばしばあった。

霊夢の家に行ったり、そこから帰ったりするときにバッタリ遭遇なんてのは幾らもあったからな。

 

ふと見ると、気まずそうに、やんわりと笑顔を浮かべている少女がいた。

 

「悪いな、私たちだけ話して」

「あ、いや、別に……」

「確か、一度会ったことはあるよな?夢の中だけど」

「そうですね。私の夢の中で、会ったと思います」

「私は霧雨魔理沙、霊夢の親友だ」

「八雲紫。霊夢の母よ」

「義理だろ?」

「母よ」

「あ、えっと、私は魂魄妖夢です」

「私に敬語なんていらないぜ?」

「え……っと、じゃあ……うん」

「なんか、ぎこちないな」

「私にも敬語じゃなくていいのよ?」

「いや、流石にそれは……年齢の差が……」

「あ?」

「ひっ!?」

 

普段の美貌からは想像できないほどの…………いや容姿が整ってるからこそなのだろうか?

とにかく紫が、もの凄い形相で妖夢を睨んでいた。

そして妖夢は情けない声を上げている。

 

「やめてやれよ紫。妖夢がチビりそうだぞ」

「…………はぁ、まあ、敬語かどうかは任せるわよ」

「は……はい」

 

妖夢は完全にビビっている。

まあ、さっきの紫の顔は私ですら怖かった。

 

「それで、ここはどこなのかしら?」

「見て分からないのか?病院だぜ?」

「違うわよ。この世界はなんなの?ってこと」

「夢の世界だぜ!」

「夢の中……ってこと?じゃあ、あれかしら?なんでも思い通りになったり?」

「うーん、お前は無理だろうなぁ。現実世界と一緒だ」

「あら、残念ね。魔法でも使えればいいのに」

「たぶん、私は出来るぜ。ほらっ」

 

私は幾らかの輝く星とともに、魔法の箒を出現させた。

星はキラキラと輝き、そして消える。

 

「どうだ?凄いだろ?」

「…………貴女、いつから魔法使いになったの?」

「ついこの間だぜ。とは言っても、あれからどれくらい時間が経ったかは、分からないんだけどな」

「え?待って!魔理沙ってユメクイだったの?」

「よく分からんが、気づいたらそうなってたぜ」

「き、気づいたら……?」

 

妖夢は理解できない、と言った表情をした。

 

「さっきから何度か聞くフレーズだけど、ユメクイってのは何なのかしら?」

「夢を喰う奴らのことだぜ」

「そのまんまね」

「そのまんまだぜ」

「…………妖夢、でしたっけ?補足してくださる?」

「あ、はい。えっと……ユメクイは人の夢を集めて、その世界の中で人を喰べるんです。そして喰べられた人間は全ての意思を失ってしまいます」

「もしかして、私達って食べられたから病院にいるのかしら?」

「そういうことになります」

「なるほど……ああ、少し繋がってきたわ。魔理沙や霊夢達の言っていたことも、段々と理解出来きてきた気がする。ただ、1つ聞きたいのだけど」

「何ですか?」

「夢の中での記憶は、残らないのかしら?」

「そ、その通りです」

 

妖夢は驚いていた。

私も当然驚く。

紫の推理力は、半端じゃない。

 

「さて、何となく状況もつかめてきたし……行きましょうか」

「え、行くってどこに?」

「この世界の主、ということになるのかしら?」

「待てよ、何でお前が分かるんだ?」

「思い当たる節があるのよ。確実ではないけど、多分彼女がこの世界を作ったと思うわ」

「……いつものことだが、お前の考えることは常人には理解出来ないぜ」

「当然よ。私は常人じゃないもの」

「何なんだ。その自信は……?」

 

紫は立ち上がり、扉へ向かう。

 

「ま、待ってください!霊夢にここを出るなって……」

「馬鹿ね、貴女。あれは、振りって奴よ」

「ふ、振り……?」

「ねぇ魔理沙、貴女もそう思うでしょ?」

「え?あー、まあ、そうかもな」

「え、えぇ……?」

 

納得いかない様子の妖夢だが、私たちが病室を出ると、すぐについて来た。

 

「ところで紫、私達はどこに向かってるんだ?」

「電力管理室よ」

「……は?そんなところに向かって、何をするんだ?」

「電力を止めるわ」

「何のためにそんなことすんだ?」

「止めれば分かるわよ」

 

やっぱりこいつの考えていることは、理解に苦しむ。

 

「……それにしても紫、何でこの病院の構造が分かるんだ?」

「八意永琳のことを調べていたときに、この病院のことも調べただけよ」

「八意永琳?ああ、霊夢達が会いに行った院長って奴か?」

「ええ、そうだけど……貴女、彼女のことは知らないのね」

「会ったことないからな」

「貴女を救ったのは彼女よ?」

「マジか!?それは記憶にないぜ……」

 

はぁ……と何故か紫に呆れられた。

 

「さて、着いたわ」

「ここか。鍵はどうするんだ?」

「貴女達の能力で何とかならないの?」

「あ、私が斬りましょうか?」

「何だよ妖夢。お前、さっきまでとは違ってノリノリだな?」

「もうどうにでもなれ、と思ってね。どうせ夢だし、紫さんには何か考えがあるみたいだし。協力したいのよ」

「へぇ、そんなもんかね」

「ありがとう妖夢。お願いするわ」

「はい、任せてください」

 

妖夢は剣を出現させる。

そして、扉を真っ二つに切り裂いた。

 

「すごい切れ味ね」

「ありがとうございます」

「さて、入りましょうか」

 

紫に続いて、私達も部屋に入る。

 

「……面倒ね。妖夢、とりあえずその辺の送電線を切ってみてくれるかしら?」

「え?あ、はい」

「おいおい紫、随分と適当じゃないか?」

「いいのよ別に。どう止めるかは重要じゃないもの」

 

そんなことを話していると、突然明かりが消えた。

妖夢が送電線を切り落としたようだ。

 

「やはりここの電力は落ちてないわね」

 

室内の電気は消えているが、管理機材の電源は落ちていない。

 

「おい、紫。結局停電させた意味がわからないぞ?」

「……病院では、別電源で動く場所がいくつかあるわ」

 

紫は静かに話し出す。

 

「それはICUだったり、手術室だったり、警備室だったり……だけど、この地下にある部屋は何でしょうね?」

「……何だってんだ?」

「私の推理が正しければ、この部屋に"彼女"が眠っているはずよ」

「彼女……?そいつがこの夢の主なのか?」

「おそらくね。それでは向かいましょうか」

 

紫は歩き出す。

私と妖夢は、まだ良く理解できていなかったが、おとなしく紫の後をついていくことにした––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何よ、この停電!?」

 

突然、院内の明かりが消えた。

 

「さあね、でも今はそんなことを気にしてる場合じゃないわ」

 

慌てる私に対し、咲夜は冷静だった。

 

「さて、着いたわ。ご対面と行きましょうか?」

 

咲夜が扉に手をかける。

 

 

 

 

 

 

そのときだった。

 

 

「––––待ちなさい!」

 

 

後ろから突然声がする。

 

「……誰かしら?」

 

咲夜と私は振り返った。

 

「始祖体を手に入れるのは、この私よ!」

 

そこには1人の少女––––鈴仙・優曇華院・イナバがいた。

 

「……裏切り者は貴女だったということ?」

「私は、始祖体を手に入れるために今日まで頑張ったの。最後の最後で、邪魔しないで欲しいわ!」

「どんな事情かは分からないけど––––」

 

 

––––パチンッ

 

 

「––––私に勝てると思ってるの?」

「や、やめて!咲夜!?」

「……え?れ、霊夢?」

 

咲夜がナイフを突きつけていたのは、鈴仙ではなく、私だった。

 

「ふふっ、仲間割れなんて、何してるのよ?」

「……貴女の能力?」

「そうよ。方向感覚をズラしてあげたわ。時を止めたって、幻覚は避けられないでしょう?」

 

鈴仙の能力は"波長を操る程度の能力"

それは咲夜の"時間を操る程度の能力"を凌駕していた。

 

 

しかし、咲夜の能力はただ"時を操る"だけではなかった。

"時を操る"ことと"空間を操る"ことは同値である。

そのため咲夜は、空間把握能力に長けていた。

 

 

「––––そこね」

「なっ!?」

 

咲夜は、明後日の方向にナイフを投げつけた。

少なくとも、私にはそう見えた。

しかし、私の目が捉えている鈴仙は、肩に傷を負った。

 

「ぐっ……ど、どうして?」

「違和感よ。そこの空間に違和感があった。本当は心臓を狙ったのだけど……外したわね」

 

目に見える事が必ずしも信じられるとは限らない。

私はその光景を見て、身に染みるように感じていた。

 

「次は外さないわ」

「……ふふっ」

「あら、頭がおかしくなったのかしら?」

 

突然笑い出す鈴仙。

咲夜も私も、その笑顔の意味は分からない。

 

「咲夜、やっぱり貴女は本当に強いわね」

 

鈴仙が呟く。

 

「でも、大きな欠点がある」

「……何かしら?」

 

私に見えていた鈴仙の姿が、まるで風船のように宙に浮かび、咲夜の捉えていた鈴仙と一致する。

 

「これでも、私を攻撃できるかしら?」

「……ッ!?」

 

そして、一致すると同時に、先ほどまで鈴仙がいた場所には、レミリア・スカーレットがいた。

咲夜は鈴仙が何処にいるかを察知することはできた。

しかし、視覚に入ってくる情報は鈴仙に操られているままだった。

 

「貴女は、大好きなお嬢様に、ナイフを向けられるの?」

「……お前は……お嬢様じゃないっ!!!」

 

咲夜が普段とは違う声色で、ナイフを手に鈴仙へと迫る。

 

「咲夜!やめて!!」

 

叫んだのは鈴仙だ。

しかし、声も容姿も、レミリアのそれだった。

咲夜のナイフは、鈴仙の––––今はレミリアにしか見えないが––––喉に触れる既のところで止まる。

咲夜は躊躇ってしまった。

 

「ッ…………お嬢様……」

 

咲夜が呟く。

戦場においては、一瞬の躊躇いが命取りになる。

鈴仙は笑っていた。

 

「バァン」

 

鈴仙は右手で拳銃のような形を作り、悪戯に笑いながら言った。

咲夜の体に、風穴が空いた––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達は紫の先導のもと、目的地へと辿り着いていた。

 

「おい、紫。あれは何だ……?」

 

そして今私たちは、目を疑う光景を眺めている。

 

「姿形は、霊夢に見えるわ」

「奇遇だな。私もそう見えるぜ」

「でも、私が知ってる霊夢は人間のはずなのだけど?」

「またまた奇遇だな。私もだぜ」

「2人とも現実に戻って!?」

「馬鹿だな妖夢。ここは現実じゃないぜ?」

「あーもう!そういうことじゃない!あれはどう考えても霊夢でしょ!?」

「でも私、空を飛ぶ霊夢なんて見たことないぜ」

「奇遇ね。私もないわ」

「紫さんも、ふざけてないで––––」

 

 

その時、私達は光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 





*キャラ設定(追記なし)

○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」

年齢 : 17歳くらい
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。

【能力 : 空を飛ぶ程度の能力】
文字通り空を飛ぶことができる。
この能力を発展させた技が以下の2つ。

・夢想封印
攻撃技。
武器として出現させた御札に特殊な効果を持たせる。
その札が貼り付いた者は光に包まれ捕食され、跡形もなくなる。
痛みもなく、存在が消える。

・夢想天生
防御技。
ありとあらゆるものから"浮く"ことで、実体を持たない"夢"の状態となる。
相手は攻撃を当てることも出来ず、ただ防ぐ手立てのない御札をその身に受けることになる。
また、その御札は追尾性能を持つ。



○霧雨魔理沙
「おっす霊夢、迎えに来たぜ」

17歳になる程度の年齢。
好奇心旺盛、明朗快活。
男勝りな口調は意識してる。
内面はただの乙女。
霊夢の古くからの友人であり、一番の理解者。



○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。



○魂魄妖夢
「私、もう迷わないよ」

17歳になる程度の年齢。
真面目で義理堅い。
ただ、自分に自信がなく、他人に流されやすいTHE日本人気質。
……に見えるが、実は意思がしっかりしている……ようでしてない。

【能力 : 剣術を扱う程度の能力】
具現化した二本の刀を自由自在に操ることができる能力。
だが、いつも長い方しか使ってない。

武器として二本の刀と半霊を具現化させる。
半霊は実体を持たせることも持たせないことも可能。
また、妖夢と同じ姿になら変身することができ、妖夢の声を半霊の口から出すこともできる。
つまり、同時に喋ることは出来ないが、半霊だけが喋ることは可能。



○八雲紫
「当然よ。私は常人じゃないもの」

国家機密になる程度の年齢。
知る人ぞ知る名探偵。
洞察力、思考力に長けるが故に何を考えているか分からない。
その上、笑顔で隠そうとするから本当にタチが悪い。
霊夢のことを気にかけているが、それが霊夢の為なのかは不明。
彼女に年齢ネタは禁句です。


○鈴仙・優曇華院・イナバ
「ひ、酷いです師匠!私が師匠を裏切るわけありません!!」

18歳になる程度の年齢。
永琳を師匠と慕う少女。
真面目で陽気な性格。
本来は臆病者だがユメクイ化の影響で少し強気になった。
人は力を手に入れると変わるのである()

【能力 : 波長を操る程度の能力】
光や音の波長を操ることで幻覚や幻聴を起こす。
相手の五感に干渉できる。

武器として弾丸を発射することができる。
自らの手で拳銃のような形を作り、発射する。


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第24話 師匠 –– シショウ ––

 

 

 

 

 

 

 

 

––––今から2年ほど前。

 

 

 

 

 

 

 

少女は、ある場所へと忍び込む。

そこはハジマリのユメクイ––––始祖体の眠る場所。

 

「––––これが、始祖体……」

 

そこには何かしらの液体の中に保存された脳がある。

隣には遺体を保存してある冷凍庫。

少女はここに、こういったものがあることを知っていた。

しかし、見るのは初めてだった。

少し興味を惹かれ、見とれてしまう。

 

「ダメだ、早く探さないと」

 

少女の目的は、ある薬だった。

普通、薬を作る際、きっちり1人分を作ることはない。

多少多めにできてしまう。

それは、この薬についても同様だった。

 

「……よし、意外と分かりやすいところにあってよかった」

 

暗い部屋の中、小さな薬の入ったケースを手探りで探し当てた少女––––鈴仙・優曇華院・イナバは、その薬を即座に服用した。

 

 

 

「––––誰かいるの?」

 

突然、後ろから声がする。

身体をビクッと反応させながら、鈴仙は振り返る。

 

「優曇華……?」

「し、師匠……ッ!」

「貴女何やって––––」

 

そこにいたのは、彼女が師匠と慕う––––そして今、最も会いたくない人物––––八意永琳が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、とっさの判断だった。

 

 

 

 

 

鈴仙は永琳に"狂気の瞳"を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––誰かいた気がするのだけど、気のせいみたいね。私も歳かしら」

 

永琳は部屋に入るが、その目は鈴仙を捉えていない。

そして、鈴仙が居たことすらも覚えていない。

永琳は始祖体を眺める。

 

「もしかして、貴女が動いたの?」

 

永琳は冗談を言うと、少し微笑む。

そのとき、扉が"ひとりでに"閉められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Ym-ki』型のユメクイと『Dm-ki』型のユメクイとの相違点は多々存在するが、その中でも最も大きな相違点は"現実世界で能力を使用できる"ことだった。

これにより、八意永琳は現実世界で、"あらゆる薬を作る"医者として名声を手にしたのは言うまでもない。

 

永琳は能力を得るために『Ym-ki』型のユメクイになる薬を作り服用したが、鈴仙の目的は能力を得ることではない。

これは、本当の目的を達成するための手段であった。

 

 

 

『Ym-ki』型のユメクイが『Ym-ki』型のユメクイを捕食すること––––共喰い––––には非常に大きな意味がある。

それは、能力の転移。

喰われた者から喰った者への一方的な転移だ。

 

鈴仙は、始祖体の夢の中で、始祖体を喰うことが目的だった。

そうすれば鈴仙は始祖体の能力、"夢を操る程度の能力"を手に入れることができる。

この力があれば、世界の全ては意のままになる。

 

 

とはいえ、彼女がこの能力を欲するのは己の為ではなかった。

 

 

 

 

 

––––この力があれば、私は師匠のお役に……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が師匠と出会ったのは、今から8年前。

まだ小学生だった私は、患者として師匠の元へと運ばれた––––

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………?」

 

気づくとそこは、知らないベッドの上だった。

私の頭には包帯が巻かれている。

ふとベッドの脇を見ると、母であろう女性が私の手を握り、祈るように俯いていた。

 

「お母さん……?」

「ッ!鈴仙!?目が覚めたのね!?」

 

私が声をかけると、彼女は顔を上げ、驚きながらも喜びを露わにしていた。

その瞳には涙が浮かんでいる。

 

「良かった……!」

 

彼女は、私に抱きつく。

力強く、だけど弱々しい腕が私を包んだ。

私は状況が理解できない。

 

「……先生を呼んでくるわ。少し1人で待っていて」

「え?う、うん」

 

彼女は私の頭を軽く撫でると、部屋を後にした。

 

「––––ここ、どこ?」

 

白を基調とした無機質なその空間に、私は不安を覚える。

私の呟きは白い闇の中に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

少しして、扉が開く。

先ほどの彼女と共に、1人の背の高い女性が入ってきた。

 

「よかったわ。目が覚めたのね」

「先生のおかげです」

 

そう言って彼女は、その女性に頭を下げていた。

 

「鈴仙、貴女もお礼を「あのっ!」

 

 

言葉を遮り、私は問う。

 

ずっと……思っていたことだ。

 

 

「その……"レイセン"って、私のこと……ですか?」

「…………え?」

 

私の目の前で目を見開き、驚きを隠せていないこの女性が、私の母であるということは分かる。

分かるし、実際そうなのだろう……しかし、実感はない。

私は、母であろうこの人に、母への思念を向けることができない。

 

言葉の出ない彼女に代わり、医者らしき女性が私に問う。

 

「貴女、名前は?」

「––––分からない」

「この人は、貴女の何?」

「……たぶん、お母さん?」

「生年月日と自分の年齢は?」

「––––分からない」

 

母らしき人が頭をおさえながら、しゃがみ込んだ。

私に質問をしていた女性が慌てて支える。

そして彼女に告げた。

 

「記憶喪失、でしょうね」

「きおく、そうしつ……?」

 

彼女は呂律が回らないほど落ち込んでいた。

 

「ええ。どの程度かは、詳しく調べてみなければ分かりませんが」

「そんな…………」

 

記憶喪失。

––––私が?

私は2人の会話を聞いていたが、よく……分からなかった。

 

俯いていた女性が、顔を上げる。

悲しみに暮れている顔…………ではなかった。

目には涙を浮かべているが、その表情には怒りが現れている。

 

「私のこと、覚えてないの?」

「え……?」

「今まで貴女を育てたのは誰だと思ってるのよ?」

「お、お母さん……?」

「私の名前は?」

「––––ごめんなさい」

「信じられない……今まで私1人で、苦労してきたのに、全部忘れたというの!?」

「ごめんなさい……」

「ふざけないでよ!!!」

 

私の肩が掴まれる。

 

これは後で分かったことなのだが、母は私が生まれる前に、おそらく父であろう男と別れたそうだ。

結婚すらしていなかったらしい。

彼女は、その男と結婚するための材料としてしか、私を見ていなかったのだ。

結局、結婚も出来ず、既に成長してしまった私を堕ろすこともできず、今まで育ててきたそうだ。

 

自分が腹を痛めて産んだ子に愛情がないわけではなかったのだろう。

しかし、自分に育てられた記憶を無くしたことを許せるほどの愛情はなかった。

 

そんな彼女は、私の前から消えた。

 

 

 

 

 

 

入院してから半月ほど経った。

私の母である女性との連絡が絶え、私は未だ何も思い出せていない。

あれから一度だけ、小学校の友達らしい人たちが見舞いに来たが、それっきり私を訪れる者はいなかった。

見舞いに来られたところで、思い出せる気はしなかったが……

 

「傷口も完全に塞がったし、もう大丈夫そうね」

 

私は遊具から転落したらしい。

頭を打ち、かなりの出血と切り傷を負ったらしい。

 

 

––––傷を負った部分の皮膚が剥がれたせいか、髪の毛がその部分だけ抜け落ちてしまっていた。

もう、その部分の髪の毛が生えることはないらしい。

 

 

「ありがとうございます」

 

手術で傷口は縫い合わされ、抜糸も終えている。

私は退院の日を迎えた。

 

 

 

だが、私の帰る場所なんて––––

 

「ごめんなさいね。貴女のお母さんと、連絡取れなくて」

「いいです。あの人が母であるという意識はあまりないので」

「そう……貴女、これからどうするつもり?」

「え、そ、それは…………分かりません」

「頼る人なんているの?そもそも、居たとしても覚えてるのかしら?」

「う……」

 

ハッキリ言われると少し辛いが、その通りだった。

 

 

死にたいとは思わないが、生きたいとも思わない。

生きる意味を完全に見失っていた。

 

 

––––私は、何がしたいんだろう?

 

 

この半月間、小学生ながら生きる意味を探していた。

誰も知らないこの世界で私の存在意義を求めた。

 

 

––––私は、どうして生きてるの?

 

 

私に生を授けてくれたのは、母であるあの女性であり、私の知らない父親なのだろう。

だが、そんなものは今の私に意味はない。

 

 

––––私は、誰に生かされている?

 

 

答えはすぐ近くに"いた"。

朝になると私の部屋に訪れる女性。

彼女が私の傷を縫合し、命を救ってくれた。

この命は、彼女なしでは途切れていたのだ。

 

 

 

 

 

 

––––そうだ、私もこの人みたいに…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––大丈夫?」

「……!」

 

気がつくと、その彼女の顔が目の前にあった。

 

「ボーッとしていたみたいだけど、体調が優れないのかしら?」

「……いえ、大丈夫です」

「そう。ならいいのだけど……」

 

彼女は私から顔を離す。

少し、申し訳なさそうな表情だ。

 

「病室やベッドには限りがあるわ。貴女の境遇には同情するし、ここに置いてあげたいけど…………悪いわね」

「謝らないで下さい。私が今生きていられるのは、先生のおかげなんですから」

「……小学生なのに、随分としっかりしてるのね」

 

少し、彼女の表情は和らいだ。

 

「養護施設の紹介くらいならしてあげられるわ。ちょうど近くにあるから」

「ありがとうございます」

「何かあれば、いつでもここにいらっしゃい。出来ることならしてあげるわ」

「…………あ、あのっ」

「何かしら?」

「わ、私も…………先生みたいに…………」

 

私は俯く。

 

「…………人の役に立てるでしょうか?人を救うことが、出来るでしょうか?」

「それは…………貴女次第よ」

「……私はッ!」

 

私は布団を、固く握り締めていた。

そして、顔を上げる。

 

「先生の、お役に立ちたい…………です。だから……だから……その………………」

「……そう」

 

口ごもる私に、彼女は少し考えた後に、冷たく言い放つ。

 

「荷物をまとめなさい。昼前にはここを出てもらうわ」

「そんな、まだ何処に行くか……」

「この病院の裏に、私の家があるわ」

「……え?」

「私の家に来なさい。私の役に立ちたいのでしょう?」

「は……はいっ!」

「ちょうど、助手が欲しかったのよ。記憶を失っている貴女なら無駄な事も考えなそうだし、信頼に足ると判断したわ」

 

私を見る彼女の目は、感情が伺えない、冷たい目だった。

 

「要するに私は、色々と都合のいい貴女を利用したいだけ。それでも来る?」

「はい!命の恩人である、貴女の為なら!」

「……ふふっ」

 

彼女は先ほどとは表情を一転させ、私に笑いかける。

そして、私の頭を撫でる。

 

「ごめんなさいね。少し脅かすような真似をして」

 

彼女の手は、私の傷口に触れる。

そこには髪の毛が生えておらず、地肌に直接触れていた。

 

「本当に申し訳ないけれど……どうしてもこの傷のせいで、ここの髪の毛は戻りそうにないのよ」

「……大丈夫です。死ぬよりはマシですから」

「でも、髪は女の命でしょう?」

「……」

「そこで、私考えたのよ。これ、付けてみたらどうかしら?」

 

彼女が取り出して私に見せたのは、ウサギの耳のような謎の何かだった。

 

「これなら傷を隠すこともできるし、可愛いでしょう?貴女に似合うと思ったのだけど……嫌かしら?」

 

彼女のセンスはどうかと思った。

しかし、私を救ってくれた命の恩人である彼女が私の為に考えてくれたのだ。

それだけで私は嬉しかった。

 

「嫌じゃないです!ありがとうございます!」

「ならよかったわ」

 

そう言いながら、彼女は私の頭にウサ耳を付けた。

 

「……うん、やっぱり似合ってる。可愛いわよ」

「ありがとうございます」

 

私は、本心から言っていた。

それを聞いた彼女は笑っていた。

 

「一生着いて行きます!師匠!」

「…………し、師匠?」

 

師匠は、この先もう見ることは出来ないであろうほどに、間の抜けた表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––そして私は、師匠の助手として、夢喰研究に携わることになった。

携わる、とは言っても、ほとんど関わらせては貰えてない状態だった。

役に立てているとは、思えなかった。

だから……

 

 

 

 

 

––––だから私は、この力で……!

 

 

 

 

 

––––もう少し……もう少しなんだッ!

 

 

 

 

 

「––––待ちなさい!」

 

 

 

 

 

––––だからこんなところで、邪魔しないでよ……ッ!

 

 

 

 

 

「始祖体を手に入れるのは、この私よ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




*キャラ設定(追記なし)

○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」

37歳になる程度の年齢。(現在)
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。

【能力 : あらゆる薬を作る程度の能力】
簡単な材料から不思議な薬を作ることが可能。



○鈴仙・優曇華院・イナバ
「ひ、酷いです師匠!私が師匠を裏切るわけありません!!」

18歳になる程度の年齢。(現在)
永琳を師匠と慕う少女。
真面目で陽気な性格。
本来は臆病者だがユメクイ化の影響で少し強気になった。
人は力を手に入れると変わるのである()

【能力 : 波長を操る程度の能力】
光や音の波長を操ることで幻覚や幻聴を起こす。
相手の五感に干渉できる。

武器として弾丸を発射することができる。
自らの手で拳銃のような形を作り、発射する。


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第25話 胎動 –– タイドウ ––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……貴女、強すぎないかしら?」

「そうね、私も驚いてるわ」

「それにしても、酷いわね。貴女がさっさとその能力を使ってくれてれば、私がこんなにならずに済んだのに」

 

左肩を抑えながら、咲夜は私に文句を言っている。

 

「私の能力がここまで凄いなんて、知らなかったもの」

「はぁ……貴女…………一体何者?」

「さあね。そんなこと興味ないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––数分前。

 

 

 

 

 

「バァン」

 

––––咲夜はギリギリのところで反応し、なんとか急所に当たるのだけは避けていた。

 

「ぐぁっ!?」

 

しかし、その銃弾らしきものは咲夜の左肩を貫通し、鮮血が溢れていた。

必死に傷口を抑え、倒れる。

 

「咲夜!」

 

私は叫んでいた。

咲夜は返事をせず、ただ呻いていた。

 

「しぶといわね。今のを避けるなんて…………でも」

 

鈴仙は手で拳銃のようなものを作る。

咲夜は能力を使わない。

いや、使っても動けない?

それとも、消耗が激しくて、能力が使えない?

 

「これで終わりよ」

 

そう言う鈴仙の手から、咲夜に向かって銃弾が放たれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––しかし、咲夜には当たらない。

鈴仙には見覚えのない、御札のような何かが銃弾と相殺していた。

 

「何、今の……?」

 

その御札は私の手から放たれたものだった。

 

「霊夢……?」

 

何が起こったか理解できない鈴仙は、私に怪訝な顔を向ける。

肩をおさえ、苦しんでいるはずの咲夜が、笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

––––勝った。

 

 

 

 

 

咲夜は声を出さずに、口だけを動かしていた。

 

「へぇ……これが私の武器なのね」

 

私は何枚か御札を出現させた。

 

「でも、なんで御札なのかしら?」

「霊夢……どういうこと?霊夢もユメクイになったの?」

「さぁね。分からないことだらけだけど、1つだけ言えるわ」

 

私は鈴仙を見据える。

 

「あんたには負けない」

「随分な自信ね。でも……幻覚は誰にも止められないわ!」

「本当にそうかしら?」

 

 

 

––––夢想天生

 

 

 

「……あれ?波長が操れない……?」

 

実体のない夢となった私に、波長など存在しなかった。

 

「なんで……?」

 

鈴仙は私に発砲する。

しかし、当たらない。

 

「攻撃が……効いてない?」

 

鈴仙は自身に降り注ぐ、撃ち落とすことのできない札から逃げていた。

しかし傷を負う鈴仙に、避けきれるはずがなかった。

 

「この札、どうして追いかけてくるのよ!?」

 

鈴仙に一枚の札が張り付いた。

 

 

 

––––夢想封印

 

 

 

私が小さく呟くと、札は光を放つ。

そして辺りは照らされ、光に包まれた––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「咲夜、怪我は平気なの?」

「これが平気に見える?」

「あんたのその様子なら大丈夫そうね」

「案外キツイわよ。ただ、能力を使えるくらいには休ませてもらえたけど」

「傷口の時間でも止めてるの?」

「まあ、そんなところね。血が乾くのなんて待ってられないから、表面の血の時間を止めて傷口を覆っているわ」

「あんたの能力、便利すぎない?」

「でもこれ、集中力がいるのよ。本当にキツイわ」

 

咲夜の額には汗が滲んでいる。

私達がそんなことを話していると、後ろから声がした。

 

「霊夢!」

「……え、魔理沙?部屋で大人しくしてろって」

「あれは振りだって解釈させてもらったぜ」

「はぁ?何言ってんのよ?それに紫と妖夢まで……あんたらこいつを止めなさいよ」

「おい、失礼だな。ここに向かうって最初に言ったのは妖夢だぜ?私と紫は止めたんだ」

「え!?ちょっと魔理沙!?」

「……妖夢、こいつの戯言にいちいち口出してたらキリないわよ」

「酷いぜ霊夢」

 

そう言いながら、魔理沙は笑っていた。

 

「でも、いつもの霊夢だな」

「はぁ?」

「いや、だってお前、さっきの……」

「あぁ……見てたの?」

「お前も、ユメクイになっちまったのか?」

「んー、それは少し違うわ」

「え?」

「私は元々、ユメクイだったみたい」

「……どういうことだ?」

 

訳がわからないと言った様子の魔理沙。

そんな魔理沙とは対照的に、紫は頷き、そして呟いた。

 

「やはりこの先にいるのは……」

 

そんな紫を、私は鬱陶しく、胡散臭く思いながら問う。

 

「そんなことより、なんであんたらがここにいるのよ?」

「霊夢。貴女、この先に誰が眠っているかは分かっているの?」

「いや、まずは私の質問に………………」

 

紫の目は真剣そのものだった。

その眼差しに、私は息を飲んだ。

 

「……始祖体って呼ばれてるユメクイらしいわよ」

「そうじゃなくて、何処の誰か知ってるの?」

「そんなの、知るわけないでしょ」

「そう……じゃあ貴女、今のうちに覚悟しておいた方が良いわ」

「は?」

 

紫はそう言うと、私の脇を通り、始祖体の眠る扉の前まで歩いて行った。

私達はそれをただ黙って見ていた。

ただ1人、咲夜を除いて。

 

「八雲紫。貴女、何か知ってるのかしら?」

「あまり喋ると傷に響くんじゃなくて?」

 

 

––––パチンッ

 

 

「貴女、一体何を知っているの?」

 

咲夜が右手でナイフを逆手に持ち、紫の胸に突きつけた。

互いの額が当たる程、咲夜は紫に顔を近づけ、睨んでいる。

紫は笑っていた。

 

「あまり無理はしないほうがいいわよ?顔色が悪いわ」

「質問に答えなさい」

「……全部、私の推理よ。本当かどうかは、この扉を開けなきゃ分からないわ」

「貴女は何も知らない、と言いたいの?」

「そうね、私は何も知らない。知ろうとしてるだけの、無知で無力な人間よ」

「……はぁ、貴女は只の胡散臭い人間ってことかしら。疑うのも無駄みたいね」

「分かったなら退いてくださる?」

「ええ、そうするわ」

 

咲夜の右手にあったナイフは消え、手持ち無沙汰となった右手で傷口をおさえながら、咲夜は道を開けた。

 

「咲夜。あんた、誰彼構わずナイフを突き立てるのヤメたら?」

「別に、考え無しにナイフ突き立てるほど、私は脳筋じゃないわよ」

「……紫は確かに、胡散臭いし何考えてるか分からないし本当にムカつく奴だけど」

 

私は視線を紫に移す。

紫は扉に手をかけていた。

 

「頼りになる、頭のいい、ただの人間なのよ」

「……貴女が言うなら、そうなんでしょうね」

 

 

 

そして、扉は開かれた––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あの人が……始祖体?」

 

 

 

 

 

 

私は、言葉がうまく出てこない。

 

 

 

 

 

 

「おそらく、そうなるのでしょう。そして、私の推理通りだわ」

 

 

 

 

 

 

紫も驚いているようだが、予想していたからだろうか?

 

 

私よりは幾分落ち着いている。

 

 

 

 

 

 

 

「嘘でしょ?そんなはずない……」

 

 

 

 

 

 

私は信じることができない。

 

鈴仙の幻覚が、まだ続いてるんじゃないか?

 

そんなことを思っていた。

 

 

 

 

 

 

「霊夢、そして紫。久しぶりね。私にとっては昨日振りくらいの感覚なんだけど」

 

 

 

 

 

 

なんで……

 

 

 

 

 

 

 

 

なんで?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんでなんでなんでなんでなんで––––ッ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで、ここに居るの?––––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の中では、喜びと疑問が渦巻いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––お母さん!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––目の前には、死んだはずの母が立っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大きくなったわね、霊夢」

 

母の手が私の頭に伸びる。

そして、撫でられた。

––––あの頃の、温かい手に。

 

「どうして……?」

「会いたかったわ、霊夢」

「そろそろ質問に答えてあげたらどうかしら––––操夢?」

 

紫が、私の母––––博麗操夢(はくれいそうむ)に言う。

母は笑っていた。

 

「私も、あまり実感はないのよ。だって私にとって、あの事故はついさっきの出来事だもの」

「やはり、眠らされていたのね?」

「ええ。生きたまま、死んでいたらしいわよ」

「八意永琳の仕業でいいのかしら?」

「そうね、私を利用したのは事実だし。だけど命の恩人でもあるわ。それに––––」

 

母は私に向き直る。

 

「こうして、また霊夢に会えたのだもの。今は感謝しかないわ」

 

そして、微笑んだ。

 

「それと、そこに居るのは魔理沙かしら?」

「え、そ、そうだぜ……?」

「やっぱり魔理沙なのね。ずいぶん綺麗になったわね。あの頃はまだ可愛かったのに……私のこと、覚えているかしら?」

「…………」

 

魔理沙は黙って、少し俯きながら首を振る。

 

「そう……まあ、仕方ないかしら。もう10年以上経ってるし、貴女はまだ幼稚園児だったものね」

 

魔理沙は申し訳なさそうに俯いている。

そんな魔理沙を母は優しく撫でた。

 

「それにしても紫。貴女は少し老けたんじゃない?」

「……なんですって?」

「冗談よ。怖いくらいに昔のままだわ。本当に怖いくらい」

「…………そう」

 

 

 

 

 

 

 

「ね、ねぇ咲夜」

 

少し遠目に見ていた妖夢が、同じく離れていた咲夜に声をかける。

 

「何よ、妖夢」

「私たち、ここに居ていいのかな?邪魔じゃない?」

「ええ、邪魔でしょうね。でも、私たちがここに居る意味はあると思うわよ」

「え?」

「だってアレ、ユメクイよ。しかも最初の」

「……最初のユメクイ?」

「そう。そして今、あの3人に警戒心はない。なら、せめて私たちだけでも警戒しておくべきよ」

「なんだかよくわからないけど……咲夜は休んでなよ。あの人が暴れたら私がなんとかするから」

「ふふっ、ありがとう。全く頼りにならない言葉ね」

「酷っ!?」

「冗談よ。貴女……自分で思ってるほど半人前じゃないわ。自信持ちなさい」

「……え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて霊夢。そろそろ始めましょうか?」

 

母は言う。

私には意味がわからない。

 

「始める……って、何を?」

「貴女、私を殺しにきたんじゃないの?」

「え……」

「私は始祖体。この世界の創造者よ」

「い、いやよ……」

 

私は弱々しく呟く。

 

「ここは狭いわね。外に出ましょうか」

 

母は手を振り上げる。

天井に––––とは言っても、地下にいるため、地面と言った方が正確かもしれないが––––大きな穴が開く。

しかし、音も破片も何もない。

ただ消え去ってしまったかのように、大きな円状の穴が出現し、陽の光が差し込んだ。

 

「楽しくなりそうね」

 

その言葉通り、母は幾分楽しそうに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと!何であんた飛べるのよ!?」

「さぁ、何でだろうね」

「くそっ!あたいも飛んでやる!んーっ、んーっ!!」

「あはは。チルノはやっぱり馬鹿だなぁ」

 

チルノは力を振り絞っているが、人間がそんなことで飛べるはずがない。

 

「ほら、あんまりはしゃぎ過ぎないの」

「アリス、飛び方教えて!」

「ごめんね、チルノ。教えて出来るものじゃないのよ……」

「えー!ヤダヤダ!あたいも飛びたい!」

 

こうなるとチルノは面倒くさい。

困り果てたアリスの横に、私は降りる。

 

「アリスの魔法は?チルノにかけたら飛べるみたいなの」

「そんな魔法はないわ」

「そーなのかー」

 

せっかく私が……この私が考えてやったというのに、使えない魔女だ。

なんてことを冗談交じりに思っていると、顔に出ていたらしく、アリスに睨まれた。

怖いなぁ、そんな顔しないでよ。面倒くさい。

 

 

 

その時突然、後ろから声がする。

 

「おーいたいた。なんだか、揃ってるな」

「妹紅。まさか探している人って、チルノとルーミアだったのか?」

「いや、どちらかといえばアリスだな」

 

私たちもよく知っている、銀髪で背の高い女性––––上白沢慧音を連れて、妹紅が空から降ってきた。

 

「あ、けーね先生だ」

「やあチルノ。それにルーミアも」

 

私はとりあえず会釈しておく。

ああ……面倒くさくなりそう。

 

「そちらの方は初対面だな。私は上白沢慧音。この子たちの小学校で先生をしている者だ」

「初対面…………?ああ、そうね…………」

「どうした?」

「いえ、なんでもないわ。アリス・マーガトロイドよ。この子たちの……そうね、保護者みたいなものかしら?」

 

え、アリス、認めちゃうの?

私がそう言う前に妹紅が言った。

 

「ん、ついに認めたのか?お前がこいつらの保護者だって」

「まあ、私もそう言われて嫌なわけじゃないしね」

「私はいい迷惑だよ。面倒くさい」

「なんですって?」

「アリスは冗談が通じないなぁ」

 

私とアリスのやり取りを、慧音先生は微笑ましそうに見ていた。

 

「この子らも懐いてるみたいだし、お世話になってるようだな。礼を言おう」

「好きでやってるだけだから、構わないわよ」

 

少し頭を下げる先生に、アリスは軽く手を上げて笑って見せた。

すると、妹紅が真面目な顔をしてアリスに言う。

 

「ところでアリス。この状況、お前は分かってるのか?」

「夢の中、と言うことくらいかしら?」

「私と同じか……でも、こんな夢初めてだな。人の量も半端じゃないし、建物なんかも精巧に作られてる。これじゃあまるで現実だ」

「実は現実かもよ。私たち、進化したのかもね」

 

私はニヤッと笑ってみせた。

 

「否定する材料は今の所ないけど、それはないと思うわよ」

「でもまあ、現実で飛べたら楽だよな」

「ねー。移動が簡単だよ」

 

アリスは私と妹紅を見て呆れていた。

 

「ねぇ、あんた誰?」

「私か?私は藤原妹紅だ。よろしくな」

「あたいはチルノ。よろしくしてあげるわ」

「なんだか、生意気なガキだな……」

「ごめんね妹紅。こういう子なのよ」

 

こう見ていると、アリスは本当に保護者みたいだ。

是非ともチルノ専用の保護者になって頂きたい。

 

…………ん?専用の保護者って何だ?

 

「まあいいけど…………ところでアリス、これからどうするつもりだ?」

「これから?別に目的はないけど……」

「なら、永琳のところに行ってみないか?」

「永琳のところ?あの人は夢には巻き込まれない筈だけど」

「そうだけど、この夢はいつもと違う。それに病院に行けば咲夜もいるだろ?」

「ああ、そうね。彼女に協力を仰ぐのはアリかもしれないわ」

「アリスだけにアリッス、ってことか?」

 

 

一瞬空気が凍りついたのが分かった。

 

……ああ、面倒くさい。

 

 

「……ルーミア、コイツ食べていいわよ」

「えー、今お腹いっぱいだよ。薬効いてるし」

「おいおい、酷いな。私はただ、この場を盛り上げようとだな……」

「妹紅。今のは私もどうかと思うぞ」

「け、慧音まで……」

「ねぇ妹紅」

「ん?どうしたチルノ?」

「あんた、馬鹿ね」

「……なんだか、コイツに馬鹿って言われちゃいけない気がするんだが」

「そーなのかー」

 

内心爆笑しながら、手を広げて見せる私を尻目に、アリスは呆れていた。

 

「はぁ、とにかく病院に行くわよ」

 

アリスがチルノを連れ、妹紅が慧音を連れ、私たちは病院に向かって飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




*キャラ設定(追記あり)

○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」

年齢 : 17歳くらい
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。

【能力 : 空を飛ぶ程度の能力】
文字通り空を飛ぶことができる。
この能力を発展させた技が以下の2つ。

・夢想封印
攻撃技。
武器として出現させた御札に特殊な効果を持たせる。
その札が貼り付いた者は光に包まれ捕食され、跡形もなくなる。
痛みもなく、存在が消える。

・夢想天生
防御技。
ありとあらゆるものから"浮く"ことで、実体を持たない"夢"の状態となる。
相手は攻撃を当てることも出来ず、ただ防ぐ手立てのない御札をその身に受けることになる。
また、その御札は追尾性能を持つ。



○霧雨魔理沙
「おっす霊夢、迎えに来たぜ」

17歳になる程度の年齢。
好奇心旺盛、明朗快活。
男勝りな口調は意識してる。
内面はただの乙女。
霊夢の古くからの友人であり、一番の理解者。



○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。



○魂魄妖夢
「私、もう迷わないよ」

17歳になる程度の年齢。
真面目で義理堅い。
ただ、自分に自信がなく、他人に流されやすいTHE日本人気質。
……に見えるが、実は意思がしっかりしている……ようでしてない。

【能力 : 剣術を扱う程度の能力】
具現化した二本の刀を自由自在に操ることができる能力。
だが、いつも長い方しか使ってない。

武器として二本の刀と半霊を具現化させる。
半霊は実体を持たせることも持たせないことも可能。
また、妖夢と同じ姿になら変身することができ、妖夢の声を半霊の口から出すこともできる。
つまり、同時に喋ることは出来ないが、半霊だけが喋ることは可能。



○八雲紫
「当然よ。私は常人じゃないもの」

国家機密になる程度の年齢。
知る人ぞ知る名探偵。
洞察力、思考力に長けるが故に何を考えているか分からない。
その上、笑顔で隠そうとするから本当にタチが悪い。
霊夢のことを気にかけているが、それが霊夢の為なのかは不明。
彼女に年齢ネタは禁句です。



○アリス・マーガトロイド
「私はもう、目の前で人を死なせない」

20歳になる程度の年齢。
人形のような美しさを持つ美女。
冷静であることを心がけているが、予想外の出来事には若干弱い。
しかし、その予想外の出来事を楽しむことができる。
また、かなりの世話焼きで、子供が大好き。
子供を愛でるのは、人形を愛でるのと同じよう感覚……らしい。

【能力 : 魔法を扱う程度の能力】
主に支援・回復系魔法を使う。

【能力 : 人形を扱う程度の能力】
具現化した人形を武器として用いる。
その人形はまるで生きているかのように行動する。
爆弾を内蔵しているものや、武器を所持しているものなど用途により種類は様々。



○ルーミア
「……はぁ、わかったよ。断る方が面倒くさそうだし」

9歳になる程度の年齢。
極度の……本ッ当に、極度の面倒くさがり。
ただ、楽しい事や面白い事は普通に好き。
突拍子も無いことを言ったり考えたりするが、実は全て計算されている……かもしれない。

【能力 : 闇を操る程度の能力】
自らの周囲に闇を展開する。
その闇の中では相手も自分も視界を奪われる。
ただ、闇の中に何らかの方法で光が生まれると違和感を感じるようだ。

武器として闇を具現化させる。



○チルノ
「あたいはこの館を征服するわ!」

9歳になる程度の年齢。
自由奔放、天真爛漫、おてんば娘。
(バカ)じゃないぞ!自分に正直で、考えることが少し苦手なだけだッ!



○藤原妹紅
「私はその程度じゃ死ねないんだよ」

16歳になる程度の年齢。
強気で男勝りな性格の少女。
その口調は、魔理沙とは違い自然に出している。
しかし、ちゃんと女の子である。

【能力 : 老いることも死ぬこともない程度の能力】
不死身の肉体(のようなもの)を持ち、"死"に相当するダメージを負うと肉体が再構築され、完全復活する。
魂を消滅させられない限り、負けはない。

武器として炎を出現させる。
出現させた炎に限り、自在に操ることが可能。
(何かに燃え移った炎などは、操ることができない)



○鈴仙・優曇華院・イナバ
「ひ、酷いです師匠!私が師匠を裏切るわけありません!!」

18歳になる程度の年齢。
永琳を師匠と慕う少女。
真面目で陽気な性格。
本来は臆病者だがユメクイ化の影響で少し強気になった。
人は力を手に入れると変わるのである()

【能力 : 波長を操る程度の能力】
光や音の波長を操ることで幻覚や幻聴を起こす。
相手の五感に干渉できる。

武器として弾丸を発射することができる。
自らの手で拳銃のような形を作り、発射する。



○上白沢慧音
「少しは部屋を綺麗にしたらどうなんだ?」

26歳になる程度の年齢。
病院近くの小学校の教師。
内面的にも物理的にも石頭。
その頭突きは地球をも破壊する(チルノ談)
そして胸が……大きいぞ………(妹紅談)



○博麗操夢
「––––楽しくなりそうね」

40歳になる程度の年齢。
始祖体と呼ばれ、全てのユメクイの(はは)となる存在。

【能力 : 夢を操る程度の能力】
夢の中ならば、全ての現象を操ることができる。
また、夢を現実にすることも可能。
この能力を発展させた技が以下の2つ。

・夢操封印
攻撃技。
相手の存在を消し去る。
そこには光も音も痛みも存在しない。
一瞬で消えて無くなる。

・夢操天生
防御技。
ありとあらゆるものを"操る"ことで、実体を持たない"夢"の状態となる。
相手は攻撃を当てることも出来ず、ただ防ぐ手立てのない操作をその身に受けることになる。

夢想天生と夢操天生が対立した場合、他の能力等が武器とならず、二人の闘いはただ力の限り殴り合うだけの赤子の戦いと化す。


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第26話 対峙 –– タイジ ––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは、どこかしら?」

 

少女は病室らしき場所にいた。

少女の呟きは虚空へ消える。

 

 

––––とにかく、ここを出てみましょうか。

 

 

少女は病室を出る。

そこは大きな病院で、かなりの人がいた。

 

 

––––それにしても、五月蝿(うるさ)いわね。

 

 

院内は騒がしかった。

少女は普段、あまり病院に来ることがない為、そこまで病院というものを知っているわけじゃない。

しかし、平常時の病院が静かな場所であることくらいは想像がつく。

 

 

––––別に、どうでもいいけど。

 

 

少女は騒がしい病院を、出口を目指して歩く。

そして、外に出た。

少女は普段から外を出歩く方ではなかったが、そんな少女にも見覚えのある街が広がっていた。

 

 

––––そういえば、近くにこんな病院、あったかもしれないわね。

 

 

そう思いながら、少女はある場所を目指して歩きだす。

 

 

––––こうして1人で外を歩くなんて、初めてかしら。

 

 

少女は慣れない状況を少しだけ楽しんでいた。

 

 

––––それにしても、なんで私は病院に……?

 

 

もしかしたら、私は倒れたのかもしれない。

だとしたら、いきなり病室を抜け出すのは良くないかもしれない。

少女はそんな後悔を少しだけして、すぐに思い直した。

 

 

––––いや、私はどこも悪くないわ。

 

 

そんな少女は目的地は病院から目と鼻の先にある。

そしてその目的地を目の前にして、こう思った。

 

 

––––門番が……違う?

 

 

少女の知る門番は、そこには居なかった。

代わりに1人の女が立っている。

 

「誰かしら、貴女」

「……え?私のこと?」

「そうよ。まあどうでもいいわ。門を開けなさい」

「開けるわけないでしょ。ここは迷子センターじゃないよ、お嬢ちゃん」

「……は?」

「そんな怖い顔しないでよ。悪いけど私は仕事中だから、構ってる暇はないの」

「何を言ってるの、貴女?ここの門番をしておきながら、主の顔すら分からないのかしら?」

「主……?ここの主は、フランドール・スカーレット様よ?」

「な……フランが、主だと?」

「ほらほら、分かったらお家に帰りなさい」

 

女の手が少女––––レミリア・スカーレットに伸びる。

しかし、女の手がレミリアに辿り着く前に、レミリアはその腕を掴み、自らの腰を支点にその女を投げた。

 

「いっ!?」

「貧弱ね。その程度で門番だなんて、笑わせるわ」

 

レミリアは自ら扉を開ける。

見慣れた庭が広がっていた。

 

「しかし……この庭は、ちゃんと美鈴が手入れをしているみたいね」

 

綺麗に手入れされた庭に、彼女の知る門番である紅美鈴の癖を感じ取ったレミリアは、そう呟いていた。

 

「貴女、メイド長のことを知ってるの?」

 

門番の女が、後ろからレミリアに問う。

レミリアは振り返る。

 

「メイド長?咲夜のこと?」

「え、いや、紅美鈴メイド長だけど……」

「は?アイツがメイド長……?」

「メイド長をアイツ呼ばわりするな!」

「貴女、口の利き方がなってないわね。もう一度投げられたいかしら?」

「や、やめ––––あ、メイド長!」

 

女がレミリアの後方を見ながら、そう言った。

 

「さっきから、なんだか騒がしいわね。どうかし––––ッ!?」

 

レミリアの後ろからやってきた女––––紅美鈴は、驚きを隠せなかった。

 

「お、おお、お嬢様!?どうしてここに!?」

「どうしてって、家に帰っただけよ」

「いやいや、お嬢様は病院で……」

「ええ、なぜか病院にいたわ。私、倒れでもしたの?」

「……えっと、えー、あ、あのですね?」

 

美鈴は完全にパニックに陥っていた。

 

「なんでそんなに慌てるのよ?」

「いや、だって……あれ、咲夜さんはどうしたんですか?」

「咲夜?見てないけど?」

「おかしいですね。お嬢様が目を覚ましたら、1番に駆けつけそうなのに」

「咲夜はここにいるんじゃないの?」

「えっと……色々ありまして……あはは」

 

美鈴は薄ら笑いを浮かべる。

 

「とりあえず、おじょ…………妹様の部屋まで行きましょう。話はそこでします」

「そう。分かったわ」

 

レミリアは美鈴の後ろに付いて歩いた。

 

「…………どういうことなの?」

 

門番の女の呟きはレミリアには届かないほど小さなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼しますお嬢様。開けてもよろしいでしょうか?」

「お嬢様って……?」

 

––––入っていいよ。

 

「失礼します。お嬢様、お客様ですよ」

「お客様?私にお客なんて珍し………………ッ!?」

 

先ほどの美鈴と同じような表情を浮かべた幼い少女––––フランドール・スカーレットがそこにはいた。

 

「ねぇフラン、そこは私の席だと思うのだけど?」

「お姉様……?本当にお姉様なの!?」

「ええ、そうだけど」

「お姉様!!!」

「ちょ、ちょっと、フラン?」

 

フランがレミリアに抱きつく。

普段、ここまでの愛情表現をしないはずの妹のこの姿にレミリアは違和感を覚えていた。

しかし、それ以上に違和感を感じるものが、フランの背中にあった。

 

「……貴女、これは何?」

 

レミリアはフランの背中の独特な羽を触りながら言う。

 

「……え?あれ?なんで?」

 

フランは自分の背中を触る。

そして、羽があることを確認した。

まるで、今まで背中に羽が付いていたことに気づいていないようだった。

 

「なんだって、自分でつけたんじゃないの?このアクセサリー」

「……これは、夢?」

「いきなり何言ってるの?」

「……」

 

フランは黙ってしまう。

そして、いきなり右手を上にあげた。

 

「きゅっとして––––」

「……フラン?」

「––––ドカーン」

 

その刹那、部屋の照明が消えた。

いや、壊れた。

 

「……え?」

「やっぱり、使える」

「ふ、フラン?」

「あはは、お姉様のそんな顔見たことないよ」

「貴女、本当にフラン?」

「もちろん」

「お嬢様、お怪我はありませんか!?」

「大丈夫よ。私がやったことだし」

「……ねえ美鈴。なんでフランがお嬢様なのよ?」

「えっと、その……レミリアお嬢様は、1年間病院で眠っていらしたので……色々と状況が……」

「は?1年間?なんで???」

 

レミリアには意味が分からなかった。

 

「美鈴、今はお姉様もいるんだし、私は妹様にしてよ」

「……分かりました。そうします」

「そんなことよりお姉様」

「何かしら?」

「病院から来たんだよね?」

「ええ、そうだけど」

「咲夜はどうしたの?」

「咲夜は居なかったわ。1人でここまで来たもの」

「……来るとき、何かおかしなことはあった?」

「おかしなこと?別に何も…………ああ、やけに病院内が騒がしかった気はするわ」

「騒がしかった……?やっぱり、何か起きているのかな」

 

フランは考え込んだ。

 

 

––––この子は頭がいい。

 

 

レミリアはそんなことを思っていた。

これは決して、レミリアが姉としての贔屓目でフランを見ているわけではない。

本当に、頭がキレる。

しかし前までは、精神的に弱い部分があると、レミリアは思っていたが……

 

 

––––私が寝ていたという1年間に、この子も成長したということなのだろうか?

 

 

「……病院に行こう」

 

それが、フランの出した結論だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その能力はこの夢の世界において最強と言っても過言ではない能力だった。

夢の中のものは全て、人々の記憶を元に創造されている。

そして創造させている彼女は、それらを簡単に操ることができた。

それが、母の能力––––"夢を操る程度の能力"

私は、そう解釈した。

 

母は地面を消し去ることで、大きな穴を開け、地上へと出る。

私と、紫を連れた魔理沙が続いて外に出る。

消耗しきっている咲夜も、妖夢に連れられ外に出た。

 

外に出ると、そこは病院の駐車場だった。

人の姿はない。

母が消したのだろうか?

 

「霊夢、どうしたの?」

「……いやだ」

「嫌……?戦いたくないの?」

「当たり前でしょ!?せっかく会えたのに、どうして戦うのよ!?」

「どうしてって……」

「それに、お母さんが生きてたなんて…………まだ、信じられない……」

「私だって信じられないわよ。もう霊夢がこんなに大きくなってるなんてね」

 

母は微笑んでいる。

 

「そんな霊夢と戦いたいなんて、当然思わない」

「な、なら……ッ!」

「でもね、私を止められるのは霊夢しかいないのよ。暴走した私は、霊夢以外に止めることは不可能だから」

「暴走……?」

「私を止めれば、現実世界で魔理沙達は目覚めるわ。そしてユメクイも消える」

「……え?」

「私を止めなければ、貴女を食べて、私だけが目覚めるわ」

「ッ……」

「さて霊夢。貴女は私と魔理沙達、どっちを選ぶのかしら?」

「そんな……選ぶなんて……」

「そうね、そんな選択は酷だと思うわ。だから言ってるでしょう?私を止めて、と。早くしてくれないと私––––」

 

 

 

 

母の目つきが変わる。

それは今までの温和で優しい、そしてどこか楽しそうな目ではない。

 

 

獲物を狩る、獣の目だ。

 

 

 

 

「––––お腹が空いて堪らないの」

 

その目に、私は固まった。

母が私に向かって来る。

でも私は––––

 

「霊夢!!!」

 

横から飛び出したのは魔理沙だった。

迫り来る母を、間に箒を挟み、受け止めていた。

魔理沙の出現させた箒は、軋むことなく、2人の間で圧力に耐えていた。

 

「魔理沙……?」

「霊夢、しっかりしろ!!」

「魔理沙もユメクイだったのね。予想外だったわ」

「くそっ…………強い…………ッ!」

 

余裕そうな母と、顔を歪ませる魔理沙。

次第に魔理沙は押されていった。

 

「邪魔するなら貴女でも容赦しないわよ」

「そう易々とはやられないぜ!」

 

フッ、と魔理沙が右手だけ力を抜く。

母は体勢を崩した。

その隙に魔理沙は、何やら黒い物体を出現させた。

 

「行くぜッ!マスタースパーク!!!」

 

その黒い物体––––ミニ八卦炉から超極太レーザーが打ち出された。

超至近距離で、母はそれを避けることができない。

母はその光線に包まれた。

それは如何にも魔理沙らしく、派手で豪快かつ高火力であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––しかし、母はそこに立っていた。

 

まるで何事もなかったかのように。

 

「…………あれ、効いてないのか?」

 

 

––––夢操封印

 

 

小さな声が聞こえた。

 

「………………魔理沙?」

 

一瞬だった。

魔理沙が、消えたのだ。

 

「侮ってもらっちゃ困るわ。私はこの夢を完全に操れる。その存在を消すなんて容易いのよ」

 

母は笑みを浮かべて、その場に舞い降りる。

 

「況してや、あの程度の稚拙な攻撃を無効化するなんてことなら、尚更ね」

 

笑顔だが、私に向ける目は獣のそれだった。

 

「……よくも……よくも」

 

私の声は震えていた。

それは怒りと悲しみ、どちらによるものなのか、私には分からなかった。

 

「よくも魔理沙を!幾ら母とはいえ、許さない!!!」

「やっとやる気になってくれたの?早く私を止めて欲しいわ!」

 

 

––––夢想天生

 

 

私がそう呟けば、全ての攻撃と能力が無効化される。

さらに私の攻撃を防ぐことも不可能になる。

それはまさに、母の夢を操る能力に対抗する唯一の手段であった。

 

「面白くなってきたわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい咲夜、これは一体……どういう状況だ?」

 

上空でぶつかり合う2つの影を見上げながら、先ほど到着した妹紅は咲夜に問う。

 

「そんなの、分からないわよ」

「咲夜、その傷は大丈夫なの?」

「これが大丈夫に見えるなら、病院に行くことをお勧めするわ、アリス」

「何言ってるの、病院は此処でしょう?」

 

そう言うとアリスは、咲夜の左肩に手を添える。

そして傷口が鈍く光った。

 

「回復魔法よ。全快とは行かずとも、幾らかマシになったでしょう?」

「……そうね。ありがとう」

「どういたしまして」

 

咲夜の傷口からの出血は止まっている。

痛みも魔法で和らいでいる。

しかし見た目は、痛々しいものであった。

 

「……咲夜?」

「ッ!」

 

後ろから、ふと声がした。

咲夜は振り返る。

 

「その傷、大丈夫なの?」

「お嬢様……ッ!?」

 

そこにはレミリア、そしてフランと美鈴がいた。

 

「お姉様にはある程度のことは教えたわ。私自身、この世界が現実ではないことくらいしか理解してないけど……咲夜にもこの状況は分からないの?」

「すみません、妹様」

「謝らないでよ。それで、あの霊夢が戦ってるのがこの夢の主なの?」

「はい。霊夢の母親であり、ユメクイの(はは)––––始祖体でございます」

「シソタイ?」

「はい。詳しいことは私にも分かりませんが……ただ、はっきり言えることは––––」

 

咲夜が空を見上げた。

釣られてフランも、そして周りの少女たちも見上げる。

 

「––––この状況を収められるのは霊夢だけ、ということです」

 

例え死なない妹紅であっても、存在を––––魂を消されてしまえば太刀打ちできない。

集まった少女達には何も出来ないのだ。

ただ、上空で繰り広げられる戦いを見ていることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





*キャラ設定(追記あり)

○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」

年齢 : 17歳くらい
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。

【能力 : 空を飛ぶ程度の能力】
文字通り空を飛ぶことができる。
この能力を発展させた技が以下の2つ。

・夢想封印
攻撃技。
武器として出現させた御札に特殊な効果を持たせる。
その札が貼り付いた者は光に包まれ捕食され、跡形もなくなる。
痛みもなく、存在が消える。

・夢想天生
防御技。
ありとあらゆるものから"浮く"ことで、実体を持たない"夢"の状態となる。
相手は攻撃を当てることも出来ず、ただ防ぐ手立てのない御札をその身に受けることになる。
また、その御札は追尾性能を持つ。



○霧雨魔理沙
「おっす霊夢、迎えに来たぜ」

17歳になる程度の年齢。
好奇心旺盛、明朗快活。
男勝りな口調は意識してる。
内面はただの乙女。
霊夢の古くからの友人であり、一番の理解者。



○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。



○レミリア・スカーレット
「すぐに貴女を消してやってもいいのよ?」

14.歳になる程度の年齢。
義務教育?なにそれおいしいの?的な英才教育を受けに受けまくった天才児。
えいさいきょーいくってすげー。
『うー☆』なんて言わないカリスマ系お嬢様(のつもり)。


○フランドール・スカーレット
「今の紅魔館じゃない!あの何でもない日々が良かったの!」

9歳になる程度の年齢。
幼いながらも頭が良く、思考力に長ける。
但し、精神的には成熟しきっていない部分もあり、まだ成長途中であることも伺える。

【能力 : ありとあらゆるものを破壊する程度の能力】
全ての物質に存在する"目"を手の中へと移動させ握り潰すことで、あらゆるものを破壊することができる。
ただし、魂や善悪などといった形のない概念的なものを破壊することはできない。

武器として炎を纏った災いの杖『レーヴァテイン』を具現化させることができる。



○紅美鈴
「私はメイドながらも、腕が立つので。適材適所というやつです」

28歳になる程度の年齢。
元門番の現メイド長
不器用なところもあるが、紅魔館の家事を取り仕切っている。
武術の心得があり、門番の教育も担当している。



○アリス・マーガトロイド
「私はもう、目の前で人を死なせない」

20歳になる程度の年齢。
人形のような美しさを持つ美女。
冷静であることを心がけているが、予想外の出来事には若干弱い。
しかし、その予想外の出来事を楽しむことができる。
また、かなりの世話焼きで、子供が大好き。
子供を愛でるのは、人形を愛でるのと同じよう感覚……らしい。

【能力 : 魔法を扱う程度の能力】
主に支援・回復系魔法を使う。

【能力 : 人形を扱う程度の能力】
具現化した人形を武器として用いる。
その人形はまるで生きているかのように行動する。
爆弾を内蔵しているものや、武器を所持しているものなど用途により種類は様々。



○藤原妹紅
「私はその程度じゃ死ねないんだよ」

16歳になる程度の年齢。
強気で男勝りな性格の少女。
その口調は、魔理沙とは違い自然に出している。
しかし、ちゃんと女の子である。

【能力 : 老いることも死ぬこともない程度の能力】
不死身の肉体(のようなもの)を持ち、"死"に相当するダメージを負うと肉体が再構築され、完全復活する。
魂を消滅させられない限り、負けはない。

武器として炎を出現させる。
出現させた炎に限り、自在に操ることが可能。
(何かに燃え移った炎などは、操ることができない)



○博麗操夢
「––––楽しくなりそうね」

40歳になる程度の年齢。
始祖体と呼ばれ、全てのユメクイの(はは)となる存在。

【能力 : 夢を操る程度の能力】
夢の中ならば、全ての現象を操ることができる。
また、夢を現実にすることも可能。
この能力を発展させた技が以下の2つ。

・夢操封印
攻撃技。
相手の存在を消し去る。
そこには光も音も痛みも存在しない。
一瞬で消えて無くなる。

・夢操天生
防御技。
ありとあらゆるものを"操る"ことで、実体を持たない"夢"の状態となる。
相手は攻撃を当てることも出来ず、ただ防ぐ手立てのない操作をその身に受けることになる。

夢想天生と夢操天生が対立した場合、他の能力等が武器とならず、二人の闘いはただ力の限り殴り合うだけの赤子の戦いと化す。



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第27話 真実 –– シンジツ ––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––今回は、どうなるかしら?」

 

病院の屋上にいる1人の女––––八意永琳は呟いた。

 

 

 

 

 

 

この世界の崩壊条件は、以下の2つのうちいずれかを満たすことである。

 

1つは、始祖体を喰らう、または殺すこと。

 

もう1つは、始祖体が博麗霊夢を喰らうこと。

始祖体の捕食対象は『Ym-ki』型のユメクイである。

なぜならそれが、自分の娘への手がかりであるからだ。

 

 

––––鈴仙・優曇華院・イナバ、博麗霊夢の2人が"撒き夢"と呼ばれる性質を持つのは、2人とも『Ym-ki』型のユメクイであるが故である。

『Dm-ki』型のユメクイは、『Ym-ki』型のユメクイ––––もとい始祖体から作り出されたコピー品に過ぎない。

 

そして始祖体の目標は博麗霊夢である。

その目標への手がかりとなるのが、己と同じ『Ym-ki』型の血であった。

それ故に『Dm-ki』型のユメクイは無意識のうちに『Ym-ki』型のユメクイを集めることになるのだ。

従って、2人は"撒き夢"と呼ばれる性質を持つ。

 

また同様に、八意永琳も"撒き夢"の性質を持つが、彼女は"夢を見られなくする薬"によってその効果を抑えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思えば、この始まりは10年以上前だったわね––––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今から、10年以上前。

八意永琳はまだ若手の医者であった。

しかし、既にその腕は高く評価されていた。

 

 

そんな彼女の下に、1人の女––––博麗操夢が運ばれてきた。

操夢は事故により身体を大きく損傷。

運ばれてきた時点で既に心臓が止まっていた。

故にそれは"遺体"と呼ばれていた。

念のため、永琳は死因の特定を目的に彼女の身体を検査した。

そして、永琳は気づく。

彼女の脳に、"異変"があることに––––

 

 

––––彼女の脳は、まだ、生きている。

 

 

その異変は永琳の興味を惹いた。

そして彼女は、その知的欲求を抑えることができなかった。

その知的欲求の強さこそが、彼女が天才と呼ばれるまでに大成した所以なのかもしれない。

とにかく彼女は、操夢の脳を研究したいと思い、その遺体を保存することにした。

もちろんそれは秘密裏に行われ、彼女とたった1人の協力者––––鈴仙・優曇華院・イナバのみがそのことを知っていた。

 

 

幸い、操夢には娘が1人いるのみで、近しい友人も数が少なかったようだ。

葬儀などは行われることがなく、彼女らの所業が明るみに出ることはなかった。

 

 

それから、彼女の研究が開始された。

そして、その研究が実を結んだのは2年前。

彼女は操夢の血液から開発した薬により、『Ym-ki』型のユメクイになることが出来た。

そしてその瞬間、彼女は"あらゆる薬を作る程度の能力"を持つことが出来た。

 

 

しかしその後、その能力を用いて作られた"夢を見られなくする薬"によって『Dm-ki』型のユメクイが誕生してしまう。

それを検知したのは、薬を盗み飲んで「撒き夢」の性質を持った、鈴仙・優曇華院・イナバであった。

 

 

 

それから妹紅、アリス、咲夜と共にユメクイの殲滅が開始した。

その殲滅の目的は、窒息死件数の減少だけではなかった。

本当の目的は別にある。

しかし、その殲滅の本当の目的を3人とも知らない。

 

では、その本当の目的とは––––?

 

 

 

 

 

 

ユメクイが何故夢を喰べるのか?

それは酷い空腹感から、そうせざるを得ない。

しかし、その行為をして空腹感を満たしても、それがそのユメクイ自身の栄養分になるわけではない。

その空腹感は我慢できるものではないが、例え我慢出来たとして、夢を口にしなくとも死ぬことは決してない。

 

 

––––では、何故喰べるのか?

 

 

『Dm-ki』型のユメクイは自分のために夢を喰べる訳ではない。

彼らは––––彼らも知らないうちに––––夢を"喰べさせられている"のだ。

 

彼らが、その口––––彼らのモノとは思えない大きな口––––で喰べた夢のエネルギーは、始祖体に集まる。

つまり、博麗操夢にそのエネルギーが注がれる。

 

そして始祖体は集めたエネルギーを用いて夢を形成するだけ力を手に入れようとしているのだ。

 

 

 

その事に気がついた八意永琳は、それを阻止するためにユメクイの殲滅を行なっていた。

本来ならば、博麗操夢の脳を破壊すれば良かった。

しかし、操夢の脳を破壊すれば己の能力を失うかもしれない。

自分勝手な理由だが、彼女はその能力により人々を救うことで、自分の非道徳的な研究を正当化していた。

そんな彼女に、博麗操夢を殺すことはできなかった––––

 

 

そして、殲滅作戦の結果は失敗となる。

何者かによりユメクイが量産され、操夢は夢を形成してしまった。

 

 

いや––––今回も、夢を形成することができた。

そう言うのが正しいだろう。

そうでなければ、このループを終わらせることは出来ないのだから。

 

 

「結果的には、貴女は私に協力してくれていたことになるわね––––優曇華」

 

 

誰がユメクイを量産したのか、それを"今の"八意永琳は知っている。

そして今回も、皆が揃っているあの場所に姿がないことがそれを物語っているだろう。

 

 

「さて、そろそろ決着かしら?」

 

 

八意永琳は空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私と母はぶつかり合っていた。

それは己の体を使った、空中での肉弾戦であった。

 

––––私の夢想天生は、母の能力と中和し打ち消されてしまった。

そして私も母も、全ての能力が効果を持たず、ただ己の力の限りをぶつけ合う事しかできない。

 

私は大好きだった母を殴る。

母はたった1人の愛娘を殴る。

 

先ほどまでは、魔理沙を殺されたという事が私の原動力となり母に立ち向かわせていた。

しかし、幾らか冷静になってしまった。

先ほどの魔理沙の死に、何も意味はないのだ。

この夢の世界で死んだところで、現実世界の魔理沙への影響は一切ない。

 

 

もう既に、魔理沙の呼吸は止まっているのだから––––

 

 

 

 

「––––なんで」

 

そのことに気がついた私は、もう疑問を唱える事しかできなくなった。

 

「なんで、こんな事にっ!」

 

私はそう言いながら、殴りかかってくる母の拳を受け止めた。

 

「私にも分からない。ただ、お腹が空いてるのよ」

「お母さんを止めるなんて––––殺すなんて出来ないわよ!」

「なら、大人しく喰われなさい!」

 

母の目が怖かった。

 

「……私が食べられても、魔理沙達は眠ったままなの?」

「そうね。目覚めるのは私だけよ」

「私が死ぬのなんて、どうでもいいわ。だけど、魔理沙達が目覚めるなら私は……」

「どうするの?私を止めるの?」

 

母の腕は私の体へと伸びている。

普段なら、絶対に振り払わないだろうその腕を、私は掴み食い止めていた。

 

私は心の中で天秤にかけていた。

人の命を天秤にかけるなど、本来なら善いこととは言えないだろう。

しかし、今はそうせざるを得ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔理沙や紫を救うか––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母を救うか––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––私は迷っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どちらを選ぶべきか、私には分かった。

 

本来なら、既に死んだはずの母さんよりも……

 

永遠の眠りにつく必要のない、未来の長い魔理沙たちの方を救うべきなのだ。

 

そして母の願いも、おそらくそうなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––ダメ。やっぱり、出来そうにないわ」

 

私は腕の力を抜く。

いや、抜けてしまった。

母は私の肩を掴む。

 

「だって私は、お母さんが大好「––––おやすみなさい、霊夢」

 

母は私の言葉を最後まで聞くことなく、捕食した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美味しい!美味しいわ!」

 

私は満足感で満たされていた。

口の中に広がる濃厚な味わいと、この満腹感。

それは何事にも代え難いほどの幸福なひと時であった。

 

「霊夢、貴女美味しすぎるわ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––霊夢?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––え?」

 

私は目を疑う。

ここに居るのは私の可愛い可愛い娘、博麗霊夢だ。

しかし、首から上が存在しない。

 

 

それを喰い千切ったのは––––

 

 

 

「あ––––」

 

その時、私の脳内に電流が走った気がした。

そして私は、全てを思い出す。

私は、"また"やってしまったのだ。

 

「ぁぁぁあぁぁああぁあぁあぁぁあぁぁああぁぁあぁぁああああああああああ!!!!!!」

 

私は大声で泣き叫んだ。

狂ったように、ただひたすら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––霊夢が」

 

魂魄妖夢は呟いた。

少女たちは全員、唖然として見ていた。

霊夢がどれほど強力であるか知っている妖夢や咲夜、紫はもちろん、妹紅達も目を見開いている。

 

––––空が、割れ始めた。

 

 

 

「私は……何も、出来なかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––やはり、繰り返すのね」

 

空が割れている。

 

「今回はいつもと、色々と違っていたから、期待していたのだけど」

 

八意永琳は空を見上げる。

そこには1人の女が頭の無い娘を抱きしめながら、大声で泣いているのが見えた。

永琳はその光景を、今までに何度も見ている。

 

「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––博麗操夢の夢は崩壊した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!」

 

十六夜咲夜は病院内を歩いていた。

そしてそこには、いつもと同じ光景が広がっている。

先ほどまでの騒がしさは、そこにはなかった。

 

「あの規模の夢でも、やはり誰も覚えてないのね」

 

そう呟き、窓の外を眺めた。

そして咲夜は目を見開く。

 

 

 

 

「––––空が…………割れてる?」

 

 

それは現実のものとは思えなかった。

いや、現実ではないのだろう。

でもこれじゃあ、まるでここが夢の––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––博麗霊夢の夢は崩壊した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




*キャラ設定(追記なし)

○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」

年齢 : 17歳くらい
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。

【能力 : 空を飛ぶ程度の能力】
文字通り空を飛ぶことができる。
この能力を発展させた技が以下の2つ。

・夢想封印
攻撃技。
武器として出現させた御札に特殊な効果を持たせる。
その札が貼り付いた者は光に包まれ捕食され、跡形もなくなる。
痛みもなく、存在が消える。

・夢想天生
防御技。
ありとあらゆるものから"浮く"ことで、実体を持たない"夢"の状態となる。
相手は攻撃を当てることも出来ず、ただ防ぐ手立てのない御札をその身に受けることになる。
また、その御札は追尾性能を持つ。



○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。



○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」

37歳になる程度の年齢。
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。

【能力 : あらゆる薬を作る程度の能力】
簡単な材料から不思議な薬を作ることが可能。



○魂魄妖夢
「私、もう迷わないよ」

17歳になる程度の年齢。
真面目で義理堅い。
ただ、自分に自信がなく、他人に流されやすいTHE日本人気質。
……に見えるが、実は意思がしっかりしている……ようでしてない。

【能力 : 剣術を扱う程度の能力】
具現化した二本の刀を自由自在に操ることができる能力。
だが、いつも長い方しか使ってない。

武器として二本の刀と半霊を具現化させる。
半霊は実体を持たせることも持たせないことも可能。
また、妖夢と同じ姿になら変身することができ、妖夢の声を半霊の口から出すこともできる。
つまり、同時に喋ることは出来ないが、半霊だけが喋ることは可能。



○博麗操夢
「––––楽しくなりそうね」

40歳になる程度の年齢。
始祖体と呼ばれ、全てのユメクイの(はは)となる存在。

【能力 : 夢を操る程度の能力】
夢の中ならば、全ての現象を操ることができる。
また、夢を現実にすることも可能。
この能力を発展させた技が以下の2つ。

・夢操封印
攻撃技。
相手の存在を消し去る。
そこには光も音も痛みも存在しない。
一瞬で消えて無くなる。

・夢操天生
防御技。
ありとあらゆるものを"操る"ことで、実体を持たない"夢"の状態となる。
相手は攻撃を当てることも出来ず、ただ防ぐ手立てのない操作をその身に受けることになる。

夢想天生と夢操天生が対立した場合、他の能力等が武器とならず、二人の闘いはただ力の限り殴り合うだけの赤子の戦いと化す。



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第28話 回帰 –– カイキ ––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………!」

 

少女は目覚めた。

見覚えのあるその空間に違和感を感じながら。

 

 

 

––––お前は思い出さなければならない。

 

 

 

「何を思い出したらいいかも、分からないんだけどね」

 

少女は苦笑した。

 

––––ピンポーン

 

––––ピンポーン

 

インターホンが立て続けに鳴った。

まるで、世界の始まりを知らせるように。

 

「あーもう、うるさいわね………………っしょ」

 

少女は身を起こす。

ベッドから出て、欠伸をする。

そして頭を少し掻きながら、玄関へと向かった。

 

––––ピンポンピンポンピンポーン

 

インターホンが鳴り響く。

少女は少しイラついた様子だが、どこか嬉しそうな……

不思議な表情を浮かべていた。

そして少女は扉を開けた––––

 

「おっす霊夢、迎えに来たぜ」

 

そこには少女––––博麗霊夢の名を呼ぶ、霧雨魔理沙がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いつも通り、霊夢が夢を展開したわ。貴女もいつも通りよ。せめて霊夢が能力に目覚めるまで、空腹に耐えなさい」

 

返事はない。

 

「今度はちゃんと、霊夢に喰われてほしいわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"夢の中の夢"において、博麗操夢は博麗霊夢を捕食した。

そして操夢の夢は崩壊し、霊夢の夢––––咲夜達だけでなく、霊夢すら現実世界だと思い込んでいた世界––––に戻った。

そして意思を失った霊夢は、夢を維持する意思も失い、すぐさま霊夢の夢は崩壊した。

 

そして"本当の"現実世界へ戻る。

霊夢は己が死ぬ前に夢を崩壊させることになった為、己の夢の中で命を落としてはいない。

しかし、"また"失敗してしまったのだ。

 

今度こそ––––と、霊夢は再び夢を形成した。

もうこれで何度目か、誰も覚えていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今はまだ、こうして色々考えられるけど……そろそろ私も……」

 

––––霊夢の夢では記憶障害が起こる。

記憶が改竄され、今が"本当の現実"だと思ってしまう。

そしてそれは、操夢が夢の展開をするまで––––

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––さて、そろそろ診察の時間ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前回の夢において、"本当の現実"とは異なることが幾つか発生した。

その中でも大きな影響力を持ったものは以下の3つである。

 

 

1つ目の相違点は、霧雨魔理沙の生存。

現実の魔理沙は、射命丸文に喰われ、そのまま息絶えた。

博麗霊夢は己の勘に従い、彼女を病院へと連れて行くも、間に合わなかった。

 

 

––––しかし、前回の夢では、間に合ったのだ。

これは霊夢が、無意識のうちにユメクイとしての飛行能力を使用し、病院へと向かった為である。

この、魔理沙の生存という現実との相違点こそが、前回の夢において最も大きな影響力を持つこととなった。

 

 

 

 

そして2つ目の相違点は、霊夢の圧倒的な力。

現実での霊夢は、その「撒き夢」の性質から魔理沙の死を憶えており、それを切欠に『Dm-ki』型のユメクイになるための薬を服用した。

そして、その薬の服用により、霊夢は本来の圧倒的な力を出せなくなってしまっていた。

 

––––しかし、前回の夢において、それを回避することができた。

結果として霊夢は他のユメクイを凌駕する力を手に入れることができた。

いや、元々持っていたため、力に目覚めたと言った方が正確だろうか。

 

 

 

最後に3つ目の相違点は、十六夜咲夜の生存。

現実の咲夜は、射命丸文との2度目の対戦で敗北し喰われている。

 

––––だが前回の夢では、射命丸文の夢での出来事が霊夢の能力覚醒の切欠となり、咲夜とフランは救われた。

 

 

 

ほんの少しの狂いから、"前回の夢"は"現実"と懸け離れたものとなったのだ。

そして今回も、前回の夢と殆ど同様にして、操夢の夢が展開した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––ッ」

 

八意永琳は院長室にいた。

 

「––––ああ、始祖体が目覚めたのね。いつものことながら、霊夢の夢の中では、どうして忘れてしまうのかしら?」

 

1人呟く。

急がなければ、霊夢や咲夜が準備を終わらせてしまう。

すぐに部屋の扉を開け、始祖体のところへと向かう。

 

 

 

 

 

––––鍵は、掛けていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギイィ……と音のする古びた扉を開ける。

そして私は目の前の女に声をかけた。

 

「ごきげんよう」

「……誰?」

 

彼女は、今の自分の状況が理解できていないようだ。

まあ、いつものことだが。

 

「私は八意永琳。貴女の担当医よ」

「えっと、私は確か事故で––––死んでないの?」

「死んではいないわ。少なくとも頭はね」

 

彼女––––博麗操夢は考え込む。

 

「……もしかして、ここは私の––––夢?」

「ええ、そうよ。そしてもうすぐ、貴女の娘がここに来るわ」

「霊夢が………………?」

「貴女が"死んだことになって"10年以上経った。霊夢はもう高校生。そしてユメクイでもある。貴女を止めるくらいの力は持ってるわ」

「そう…………10年以上も経っているのね。道理で私––––」

 

操夢は自らの顔を触りながら言う。

 

「––––ちょっと老けたと思ったわ」

 

操夢は水槽を見つめ、そこに映る己の顔を見て苦笑いをしていた。

––––その水槽は、己の脳が保存されている場所だとも知らずに。

 

「とにかく、貴女は霊夢に喰われなさい。そうすれば、全てが丸く収まるわ」

「まあ霊夢に喰われるなら本望かも」

「貴女、今は冷静だからそんなことが言えてるけど、これまでに何度も失敗してるのよ」

「……え?」

「この後、霊夢に会えば、貴女は極度の空腹感に襲われるわ。それに耐えられず、貴女は霊夢を喰べてしまう」

「そんな……私が霊夢を?あり得ないわ」

「いつも貴女はそう言っていたわ」

「はぁ……訳がわからない。いつもって何よ?」

「気にしないで。霊夢を喰うか、霊夢に喰われるかすれば思い出すわよ」

「はぁ……?」

「まあ、今の状況を軽く説明するわ––––」

 

 

私が貴女を利用する為に生かしてしまったこと。

その結果、様々な"弊害"が生まれ、それらを駆除する為に霊夢達が戦っていること。

魔理沙、紫が既に喰われていること。

操夢が喰われれば、霊夢にとって幸せな結末を迎えること。

 

 

私は簡潔且つ正確に伝えた。

 

「…………霊夢は、私が"始祖体"であることを知ってるの?」

「知らないわ。教えたほうがいいかしら?」

「いいえ、その必要はないわ」

「……どうして?」

「教えない方が、楽しそうでしょう?」

「はぁ……貴女はいつもそう言うわ」

「え?」

「なんでもないわよ。それじゃあ私は、そろそろ戻らせてもらうわ。一応私も、貴女の捕食対象だから」

「……」

「それと、言っても無駄かもしれないけど……なんとかして空腹に耐えなさい。そしていい加減、霊夢に喰われて頂戴」

「任せなさい」

「貴女のその言葉、信用の欠片もないわ」

 

 

私はそう言って、院長室に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

院長室の扉を開けると、資料に釘付けになっている2人がいた。

私の接近に、気づいていないようだ。

 

「院長が––––母さんが……ユメクイ?」

「それは違うわよ」

「「!?」」

 

2人が一斉に顔を上げる。

私は2人を、冷たい目で見下ろした。

 

「貴女達、こんなところで何をしているのかしら?」

「……永琳」

 

私の存在をやっと認識できたような様子の霊夢。

その隣には私を睨みつける咲夜がいる。

そんな2人が、私に問う。

 

「違うって、どういうこと?これを見る限り、あんたもユメクイと書いてあるように思えるのだけど?」

「確かに、同じような存在であることは確かね。だけど、そこにも書いてある通り、性質が違うのよ」

「この世界は、貴女が形成したの?」

「あら咲夜、院長とも母さんとも呼んでくれないのね」

「質問に答えなさい」

 

咲夜の目つきは鋭かった。

それなりに長い時間を一緒に過ごした、義理の娘だ。

そんな目で見られると、少しだけ……心に刺さる。

 

「……この世界は私のものではないわ。私にはこんなに多くの人間を引き込むことは出来ないもの」

「じゃあ、この世界は……?」

「そこにも書いてあるでしょう?始祖体の世界よ」

 

チラッと資料に目を落とす。

納得したように頷く咲夜。

 

「そう、それだけ分かれば十分だわ」

「咲夜……?」

 

咲夜が立ち上がる。

霊夢が弱々しい声をあげて、咲夜を見る。

 

「とにかくその始祖体ってのを殺せば良いんでしょ?すごく簡単な話じゃない」

 

笑う咲夜。

相変わらず自信たっぷりな表情をしている。

 

「貴女が思うほど、簡単ではないわ」

「……どうして?」

「私は、貴女がそう言って、何度も失敗してきたのを見ているもの」

「どういうこと?」

「なんでもないわ。聞き流して頂戴」

「……それが1番気になるわよ」

「とにかく、始祖体を殺せば良いのは確かよ。そうすればこの悪夢も終わらせることができる」

「任せなさい。それが私の仕事よ」

「……貴女に出来れば、苦労はしないのよ。咲夜」

「……は?」

 

咲夜が私を睨みつけた。

 

「気分を害したなら謝るわ。だけど、事実よ。貴女では始祖体は倒せない」

 

私は、未だに少し困惑している様子の霊夢に視線を移す。

 

「しっかりしなさい、霊夢。この夢で鍵を握るのは貴女なのよ」

「え……?」

「始祖体を倒せるのは、貴女だけ」

「私だけ……?」

「……確かに、私も"あの"霊夢には勝てる気がしないわ。もし本当に霊夢にしか倒せないのなら、私が勝てないのも納得できる」

「ま、待ってよ。私にそんな力あるわけ……」

 

私は霊夢の肩を掴む。

 

「貴女がやらなきゃいけないわ。貴女が始祖体を殺しなさい」

「……わ、分かったわよ。分かったから離しなさいって」

「……本当に。終わらせて頂戴」

 

霊夢の肩から、手を退ける。

 

「地下の一角に始祖体が眠ってるわ。鍵は外してきたから、あとは貴女達がそこへ向かい……殺すだけよ」

「この夢が終わったら、いろいろ説明してもらうわよ––––母さん」

「ええ………………出来たらね」

「行くわよ霊夢。いつまで間抜けた顔してるつもり?」

「なっ、間抜けってあんたねぇ……って、待ちなさいよ!」

 

咲夜と霊夢は院長室から出て行った。

始祖体を倒す為に。

 

「繰り返すのか。終止符を打つのか。それとも––––」

 

––––八意永琳は呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





*キャラ設定(追記なし)

○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」

年齢 : 17歳くらい
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。

【能力 : 空を飛ぶ程度の能力】
文字通り空を飛ぶことができる。
この能力を発展させた技が以下の2つ。

・夢想封印
攻撃技。
武器として出現させた御札に特殊な効果を持たせる。
その札が貼り付いた者は光に包まれ捕食され、跡形もなくなる。
痛みもなく、存在が消える。

・夢想天生
防御技。
ありとあらゆるものから"浮く"ことで、実体を持たない"夢"の状態となる。
相手は攻撃を当てることも出来ず、ただ防ぐ手立てのない御札をその身に受けることになる。
また、その御札は追尾性能を持つ。



○霧雨魔理沙
「おっす霊夢、迎えに来たぜ」

17歳になる程度の年齢。
好奇心旺盛、明朗快活。
男勝りな口調は意識してる。
内面はただの乙女。
霊夢の古くからの友人であり、一番の理解者。



○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。



○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」

37歳になる程度の年齢。
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。

【能力 : あらゆる薬を作る程度の能力】
簡単な材料から不思議な薬を作ることが可能。



○博麗操夢
「––––楽しくなりそうね」

40歳になる程度の年齢。
始祖体と呼ばれ、全てのユメクイの(はは)となる存在。

【能力 : 夢を操る程度の能力】
夢の中ならば、全ての現象を操ることができる。
また、夢を現実にすることも可能。
この能力を発展させた技が以下の2つ。

・夢操封印
攻撃技。
相手の存在を消し去る。
そこには光も音も痛みも存在しない。
一瞬で消えて無くなる。

・夢操天生
防御技。
ありとあらゆるものを"操る"ことで、実体を持たない"夢"の状態となる。
相手は攻撃を当てることも出来ず、ただ防ぐ手立てのない操作をその身に受けることになる。

夢想天生と夢操天生が対立した場合、他の能力等が武器とならず、二人の闘いはただ力の限り殴り合うだけの赤子の戦いと化す。


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第29話 夢喰 –– ユメクイ ––

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––夢想天生」

 

 

「面白くなってきたわね––––夢操天生」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私––––魂魄妖夢は上空で博麗親子が戦う様子を見ていた。

見ていることしか、できないのだ。

私には、この状況をどうにかする力はない。

 

「咲夜。私たち、本当に何もできないんだね」

 

悔しさも込めながら、私は咲夜に言う。

 

「そうね。先ほどの魔理沙の攻撃はかなりの高火力だったはず。それなのに無効化されるなんて……笑うしかないわ」

 

そう言う咲夜は、上空の2人を睨みつけていた。

彼女自身、かなり悔しさを感じているのだろう。

言葉とは裏腹に、その表情には笑みなどなく、純粋に怖かった。

 

「か、顔が怖いよ、咲夜」

「咲夜の顔が怖いのは元々だと思うぞ?」

 

妹紅が突然口を挟む。

 

「あ?喧嘩を売ってるの?」

「本当に怖いな……」

「妹紅でも、この状況はどうにもならないの?」

 

死ぬことがない妹紅なら……

と、淡い期待を抱きながら、私は妹紅に尋ねた。

 

「そうだな……いくら死なないとは言え、魂ごと消されちゃ、一溜まりもないだろうな」

「そっか……」

「妹紅、この世界では死んでも、この夢から戻ることができたら––––つまり始祖体が死ねば、現実で目を覚ますらしいわよ?」

「え、本当か?なら一か八か行ってみるのもアリか……」

「もう言わせないわよ」

 

突然アリスが会話に割り込んできた。

なんだか、妹紅に怒っている?

 

「え?あ、あぁ……今のは言うつもりじゃ……ってか、さっきのアレは忘れろ!」

 

妹紅は少し頰を赤らめながら、必死に訴えた。

私と咲夜は意味がわからない。

堪らず咲夜が問う。

 

「なんの話かしら?」

「妹紅が馬鹿だって話だよ」

 

アリスの後ろから、ひょこっと顔を出したルーミアが言った。

 

「……ねぇ、ふざけ過ぎなんじゃない?そんなに気を緩めてもいい状況なの?」

「おっと、まさかお前にそんなことを言われるとはな––––たしか、フランドールだったっけ?」

 

私にとっては面識のない彼女––––名はフランドールというようだ––––が全員に警告するように語気を強めて言った。

 

「たしかにこの子の言う通りね。あんなに狂ってた子に諭されるなんて、なんだか複雑だけど……」

 

アリスが言う。

狂ってた、とはどういうことなのだろうか?

私には分からなかったが、突っ込んで聞きたいと思うほど興味はなかった。

 

「あの時の私は、私じゃなかったから…………そんなことより、なんとかして霊夢を助けてあげられないの?」

「お前の能力はどうなんだ?始祖体って奴を壊してしまえば……」

「……それは私も試したけど、シソタイって方だけじゃなくて、あの2人とも"目"が掴めない。まるで実体のない、夢のような存在だわ。私は物質的なモノしか壊せないから…………」

 

フランド––ルは空に手を当て何度か握ってみせた。

しかし、何も起こらない。

 

「ねぇ妖夢」

「ん?どうしたの、ルーミア?」

「妖夢はあの子に思うことないのか?」

「え、どうして?」

「……あぁ、知らないならいいや。面倒だし」

「え、何それ……」

 

なんとなく、ルーミアの言っていたことが気になるが、彼女はアリスの元へと戻ってしまった。

私はふと、フランドールを見る。

 

目があった。

すぐ逸らされてしまったが……

 

 

––––あれ、もしかして私を殺したのって……?

 

 

「妖夢。妹様も悪気があったわけじゃないのよ。今の妹様とあの時の妹様は別人だと考えて欲しいわ」

「や、やっぱり私、あの子に……?」

「ええ、そうよ。妹様を恨むのは貴女の勝手だから、私が指図することではないけど、妹様に手を出すなら容赦しないわよ」

「そ、そんな、手を出すなんてしないよ!」

 

そう言った後、私は俯く。

 

「……私は元々、咲夜に殺されてもおかしくなかったわけだし、力のない私が殺されても文句は言えないよ」

「はぁ……貴女、本当にユメクイ?」

「え……?」

「さっきも同じようなこと言った気がするけど、貴女は自分で思ってるほど弱くないわ。自信持ちなさい」

「そんなこと言われても……」

 

私は、ふと上空を見上げる。

そこでは2人のユメクイがぶつかり合っている。

お互いに能力を打ち消し合い、ただの殴り合いと化しているその戦いは、先ほど地下で見た鈴仙と霊夢のような、綺麗なものではない。

しかし、私たちに介入の余地はない。

咲夜のナイフも、妹紅の炎も––––もちろん私の剣も、あの親子には無効だ。

 

「……私には、何もできないよ」

「本当に、そうかしら?」

「……え?」

 

私は咲夜に視線を戻す。

咲夜は上空を見上げていた。

 

「ここ最近、霊夢とずっと一緒にいたから、影響されたのかしらね……私の勘が言ってるのよ」

 

咲夜は私には視線を向けた。

その顔は、微笑んでいる。

 

「––––貴女が霊夢を助けてくれる、ってね」

「私が……霊夢を?」

 

 

私は、自信がない。

意思がないわけでも、弱いわけでもない。

その意思を、自分を信じることができないのだ。

私は、弱い存在だ。

 

 

––––貴女は自分で思ってるほど弱くないわ。

 

 

そんなこと言われたら、少し、期待してしまう。

私が、本当は強いんじゃないかって、期待してしまう。

あり得ないのに。

そんな訳、ないのに。

 

 

––––でも、嫌だ。

 

 

もう、こんな弱い自分、嫌だ。

だけど……そう思ったところで、何もできない。

私は、弱い存在だから––––

 

 

 

「あんた、馬鹿ね!」

「……え、な、なによ……?」

 

突然、背中を叩かれた。

振り返れば青髪の少女がいた。

 

「人の言うことを聞かないと、食べられちゃうのよ!」

「…………は?」

「咲夜が強いって言ってるんだから、あんたは強いのよ!」

「ッ…………」

「まあ、あたいほどでは無いけどね!」

 

少女は何故か偉そうに踏ん反り返っていた。

 

「……ふふっ」

「な、なんで笑ってんのよ……?」

「ううん、なんでもないよ。その……ありがとう。えっと…………名前、教えてくれる?」

「あたいはチルノ!あんたは?」

「私は魂魄妖夢よ。ありがとうね、チルノ。私––––もう迷わないよ」

 

私は二本のを出現させる。

そしてそのうち一方の剣––––それは、普段はあまり使わない、少し短い方の剣––––を抜いた。

それを自らの横腹に当てた。

 

「ちょ、ちょっとあんた!?何してんの?」

「これで、もう迷わない」

 

その様子を見たチルノは慌てている。

近くにいた咲夜や他の者達は私を見て一瞬驚くが、何かを察したように私を見つめた。

 

「そんなの刺したら痛いじゃ––––ッ!!」

 

私は自らの腹部へと刺し込んだ。

普通ならば、その体制から剣を刺すなど不可能にも思える。

だが、その剣はまるでそこに何もないかのように体の中へと入り込んだ。

 

「はぁぁあああ!!」

 

私は切腹した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魂魄妖夢は二本の剣を出現させる。

 

 

一本は楼観剣。

その剣はかなり長く、扱うにはかなりの技術が必要となる。

ただし、その一振りでユメクイ10体分の殺傷力を持つため、扱えさえすればかなりの脅威となる。

 

 

そして、もう一本は白楼剣。

その剣は少々短めであり、妖夢が実戦で用いることは少ない。

しかしその剣には特殊な効果がある。

それは、"迷いを断ち斬る"ことができるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

そして私は今、その白楼剣で切腹した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––なんで」

 

私は疑問を唱える事しかできなくなった。

 

「なんで、こんな事にっ!」

 

そう言いながら、私に殴りかかる母を受け止める。

 

「私にも分からない。ただ、お腹が空いてるのよ」

「お母さんを止めるなんて––––殺すなんて出来ないわよ!」

「なら、大人しく喰われなさい!」

 

母の目が、怖かった。

 

「……私が食べられても、魔理沙達は眠ったままなの?」

「そうね。目覚めるのは私だけよ」

「私が死ぬのなんて、どうでもいいわ。ただ、魔理沙達が目覚めるなら私は……」

「どうするの?私を止めるの?」

 

母の腕は私の体へと伸びている。

普段なら、絶対に振り払わないだろうその腕を、私は掴み食い止めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––私は、迷っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––ダメ。やっぱり、出来そうに「霊夢!!!」

 

私が力を抜こうとしたその瞬間に、横から声がした。

私も、そして母もその声の方へと顔を向ける。

そこには、剣を振りかぶった妖夢がいた。

 

「はぁ!!」

 

妖夢が、私を斬る。

それは真上から振り下ろされた、凄まじい速さだった。

私は––––私の迷いは斬り捨てられた。

 

「あとは任せる!喰うも喰われるも霊夢次第よ!」

 

 

––––夢操封印

 

 

妖夢が母に消された。

跡形もなく、綺麗さっぱりと。

 

「もうすぐで食べられそうだったのに……要らない邪魔が入ったわ」

 

母が呟く。

 

「さて、霊夢。そろそろ貴女を––––「ごめんなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––え?」

「ごめんなさい。お母さん」

 

私は右手で、母の顔面を鷲掴みしていた。

 

「れい……む?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––死んで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は母の顔を握りつぶした。

それは一瞬だった。

悲鳴など、聞こえるはずもなかった。

 

 

「いただきます」

 

 

私は左手で首元を持つ。

右手についた顔の肉片を舌で舐めとる。

頭蓋骨の破片が舌に刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––しかし、それが堪らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モットタベタイ––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今の私は、どんな表情(かお)だろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––空が割れ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妖夢…………貴女、霊夢に一体何を?」

 

十六夜咲夜は呟いた。

変わり果てた霊夢の姿に、恐れをなしながら。

すでに"封印"された妖夢に向かって。

 

「何もおかしいことはないわ」

 

突然、後方から声がする。

その声の主は、八意永琳だった。

 

全員が永琳に注目する。

 

「あれが、夢喰(ユメクイ)よ。純正の夢喰、博麗霊夢よ」

「どういうこと?」

「貴女達は知らないだけ、いや、覚えていないだけ。夢喰が、どうやって人を食べるのか」

 

永琳が上空を見上げる。

それに合わせて、全員が見上げる。

 

手で千切り、歯で噛み切る。

原始的な食べ方で捕食をする霊夢の姿があった。

 

––––夢喰が、どうやって人を食べるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空が、割れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––博麗操夢の夢は崩壊した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




*キャラ設定(追記なし)

○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」

年齢 : 17歳くらい
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。

【能力 : 空を飛ぶ程度の能力】
文字通り空を飛ぶことができる。
この能力を発展させた技が以下の2つ。

・夢想封印
攻撃技。
武器として出現させた御札に特殊な効果を持たせる。
その札が貼り付いた者は光に包まれ捕食され、跡形もなくなる。
痛みもなく、存在が消える。

・夢想天生
防御技。
ありとあらゆるものから"浮く"ことで、実体を持たない"夢"の状態となる。
相手は攻撃を当てることも出来ず、ただ防ぐ手立てのない御札をその身に受けることになる。
また、その御札は追尾性能を持つ。



○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。



○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」

37歳になる程度の年齢。
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。

【能力 : あらゆる薬を作る程度の能力】
簡単な材料から不思議な薬を作ることが可能。



○魂魄妖夢
「私、もう迷わないよ」

17歳になる程度の年齢。
真面目で義理堅い。
ただ、自分に自信がなく、他人に流されやすいTHE日本人気質。
……に見えるが、実は意思がしっかりしている……ようでしてない。

【能力 : 剣術を扱う程度の能力】
具現化した二本の刀を自由自在に操ることができる能力。
だが、いつも長い方しか使ってない。

武器として二本の刀と半霊を具現化させる。
半霊は実体を持たせることも持たせないことも可能。
また、妖夢と同じ姿になら変身することができ、妖夢の声を半霊の口から出すこともできる。
つまり、同時に喋ることは出来ないが、半霊だけが喋ることは可能。



○フランドール・スカーレット
「今の紅魔館じゃない!あの何でもない日々が良かったの!」

9歳になる程度の年齢。
幼いながらも頭が良く、思考力に長ける。
但し、精神的には成熟しきっていない部分もあり、まだ成長途中であることも伺える。

【能力 : ありとあらゆるものを破壊する程度の能力】
全ての物質に存在する"目"を手の中へと移動させ握り潰すことで、あらゆるものを破壊することができる。
ただし、魂や善悪などといった形のない概念的なものを破壊することはできない。

武器として炎を纏った災いの杖『レーヴァテイン』を具現化させることができる。



○アリス・マーガトロイド
「私はもう、目の前で人を死なせない」

20歳になる程度の年齢。
人形のような美しさを持つ美女。
冷静であることを心がけているが、予想外の出来事には若干弱い。
しかし、その予想外の出来事を楽しむことができる。
また、かなりの世話焼きで、子供が大好き。
子供を愛でるのは、人形を愛でるのと同じよう感覚……らしい。

【能力 : 魔法を扱う程度の能力】
主に支援・回復系魔法を使う。

【能力 : 人形を扱う程度の能力】
具現化した人形を武器として用いる。
その人形はまるで生きているかのように行動する。
爆弾を内蔵しているものや、武器を所持しているものなど用途により種類は様々。



○ルーミア
「……はぁ、わかったよ。断る方が面倒くさそうだし」

9歳になる程度の年齢。
極度の……本ッ当に、極度の面倒くさがり。
ただ、楽しい事や面白い事は普通に好き。
突拍子も無いことを言ったり考えたりするが、実は全て計算されている……かもしれない。

【能力 : 闇を操る程度の能力】
自らの周囲に闇を展開する。
その闇の中では相手も自分も視界を奪われる。
ただ、闇の中に何らかの方法で光が生まれると違和感を感じるようだ。

武器として闇を具現化させる。



○チルノ
「あたいはこの館を征服するわ!」

9歳になる程度の年齢。
自由奔放、天真爛漫、おてんば娘。
(バカ)じゃないぞ!自分に正直で、考えることが少し苦手なだけだッ!



○藤原妹紅
「私はその程度じゃ死ねないんだよ」

16歳になる程度の年齢。
強気で男勝りな性格の少女。
その口調は、魔理沙とは違い自然に出している。
しかし、ちゃんと女の子である。

【能力 : 老いることも死ぬこともない程度の能力】
不死身の肉体(のようなもの)を持ち、"死"に相当するダメージを負うと肉体が再構築され、完全復活する。
魂を消滅させられない限り、負けはない。

武器として炎を出現させる。
出現させた炎に限り、自在に操ることが可能。
(何かに燃え移った炎などは、操ることができない)



○博麗操夢
「––––楽しくなりそうね」

40歳になる程度の年齢。
始祖体と呼ばれ、全てのユメクイの(はは)となる存在。

【能力 : 夢を操る程度の能力】
夢の中ならば、全ての現象を操ることができる。
また、夢を現実にすることも可能。
この能力を発展させた技が以下の2つ。

・夢操封印
攻撃技。
相手の存在を消し去る。
そこには光も音も痛みも存在しない。
一瞬で消えて無くなる。

・夢操天生
防御技。
ありとあらゆるものを"操る"ことで、実体を持たない"夢"の状態となる。
相手は攻撃を当てることも出来ず、ただ防ぐ手立てのない操作をその身に受けることになる。

夢想天生と夢操天生が対立した場合、他の能力等が武器とならず、二人の闘いはただ力の限り殴り合うだけの赤子の戦いと化す。


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最終話 終焉 –– シュウエン ––

 

 

 

 

 

 

「………………ぁれ?」

 

私は、食事をとっていた。

トレーの上にある、ごく普通の食事だ。

 

 

 

 

 

 

 

––––いや、私が今食べていたのは…………

 

 

 

 

 

 

「––––ッ!?」

 

私は口に手を当てる。

吐き気がする。

いや、吐かなければ。

私は、私は、なんてことを––––

 

 

 

「大丈夫よ。落ち着きなさい」

「––––さ、咲夜……?」

「魔理沙の時も言ったはずよ。ユメクイの食欲は、簡単に抑えられるものではない。おそらく貴女のアレも、それに似た状態だっただけ」

 

咲夜は私の背中を摩りながら、落ち着いた口調で言った。

 

「––––やっと、終わったわね」

 

その時、咲夜ではない声がした。

振り返ると、そこには八意永琳が居た。

 

「霊夢。貴女、まだ思い出してないかしら?」

「え…………?」

「ここは、貴女の夢よ。そして貴女は目的を達成してしまった。この夢はそろそろ崩壊するわ、貴女の意思で」

「ここが……私の夢?一体どういうこと……?」

「私にも分からないわ。ここは現実でしょう?」

「違うのよ、咲夜。もうこの世界はおわる。さあ霊夢、反転させなさい」

「は、反転……?」

「そうよ、夢と現実を反転させるの。この夢を正夢にするのよ。今の貴女にはできるはず」

「そ、そんなこと––––ッ!!!!」

 

 

 

私の脳内に、電流が流れたかのような衝撃が走った。

そうだ。

私は今までこのために––––

 

 

 

「––––反転させるわ」

「霊夢……?」

「見てなさい咲夜。この世界からユメクイが消えて、ハッピーエンドを迎えるわ」

「ちょっと、一体どういう––––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––博麗霊夢の夢は反転した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………!」

 

目が覚めた。

ここは、私の部屋だ。

 

 

––––始まりは、いつも此処なのね。

 

 

「でも、今回は違う。やっと、還ってきた」

 

私は笑っていた。

 

「此処から、また始めるのね」

 

夢の反転。

それは今の私にとっては、至って簡単な作業だ。

理屈なんか知らないが、感覚で出来る。

そうして世界は反転した。

 

この世界の創造主は私だが、すでに私にその権利はない。

ここが、現実世界なのだ。

私の持つ"夢を操る程度の能力"では、何も干渉できない世界になった。

 

そして、何故かは分からないがスタート地点は此処らしい。

本来の現実世界––––私がこの世界と入れ替え、今は夢の世界になったもの––––との矛盾を無くすために此処からやり直せ、ということなのだろうか?

 

「それじゃあ、今までのことを覚えているのも、私だけということかしら?……なんだか、残念ね」

 

同じ『Ym-ki』型の八意永琳なら、覚えているかもしれないが。

 

 

 

––––ピンポーン

 

インターホンが鳴り響く。

 

––––ピンポーン

 

この鳴らし方は、何度聞いただろうか。

 

「まったく、うるさいわね………………っしょ」

 

私は身を起こす。

ベッドからでて、欠伸をする。

まるで寝起きだ。

本当に長い夢を見ていた。

そして頭を少し掻きながら、玄関へと向かった。

 

––––ピンポンピンポンピンポーン

 

インターホンが鳴り響く。

どんな顔してこと扉を開けよう?

おそらくそこにいる私の親友に、なんと声をかけよう?

 

 

––––いつも通り、がイチバンよね。

 

 

「何度も鳴らさないでくれる?迷惑な––––」

 

私は、扉を開けた。

そこにはいつも通りのアイツが––––

 

 

「おっす霊夢」

 

そこには私––––博麗霊夢の名を呼ぶ、霧雨魔理沙がいた。

 

 

「迎えに来たわ」

 

そして、もう1人––––

 

 

「…………紫、なんであんたがいるのよ?」

「娘の様子を見に来ちゃ、悪いかしら?」

 

 

––––八雲紫がいた。

 

 

「あんたが来るのは今日の夜じゃ……?」

「え?」

「……いや、何でもないわ。そもそも、あんたに娘なんていないでしょうが」

「貴女は私の自慢の娘よ?」

「あーはいはい。そーですねー」

「……お疲れ様、霊夢」

「え?」

 

真剣な眼差しを向ける紫。

 

「貴女は、よく頑張ったわ」

「紫……覚えてるの?」

「当たり前じゃない。なかなか忘れられるようなものではなかったわ」

「なんで…………」

 

夢の中での出来事を、人間は覚えていられない。

それが夢喰世界のルールだったはずだ。

どうして––––?

 

「偏にこれも、私の頭脳ゆえの結果ね」

「相変わらず、むかつく自信ね」

 

ただの人間であった紫でさえ覚えてるなら––––

 

「魔理沙、あんたも……?」

「私も当然覚えてるぜ。でも私は、最後の瞬間を見てなかったんだよなぁ……」

「あ、あれは見なくていい!」

 

あんな姿、魔理沙に見せたくない。

 

「いきなりでかい声出すなよ…………そうだ、ケーキ買って来たんだが、食べるか?」

「そこはいつも通りなの?」

「まあ、この世界が始まった時には既に持ってたからな」

「なるほどね。とりあえず上がりなさい、用意するから」

「了解だぜ」

「紫、あんたも食べるでしょ?」

「ええ、頂こうかしら」

「じゃあ適当に座ってなさい」

 

私は台所に食器を取りに行く。

あまり物が置かれていない部屋にポツンとある小さなテーブルの脇に2人は座った。

 

「ほら、お皿とフォークね」

「サンキュー」

「ありがとう」

「魔理沙、あんたはショートケーキ食べたいんだっけ?」

「え?あー、そうだなぁ。霊夢が来ないせいで一個しか買って来れなかったしな」

「また食べさせてあげようか?」

「い、いいっ!自分で食うぜ!」

「食べさせてあげる……?魔理沙、貴女もしかして霊夢に『アーン』でもしてもらったのかしら?」

 

紫は魔理沙に顔を近づけた。

笑っているが、その表情は明らかに怒りの色を示していた。

 

「い、いや、そのな……」

「な、なんて羨ま……けしからんことをッ」

「ゆ、紫……?顔が怖いぜ……?」

「霊夢はやらないわよ」

「私はあんたの物じゃないわ」

 

とりあえず、暴走気味の紫の頭を叩いておいた。

 

「い、痛いじゃない……」

「うるさい。あ、私モンブラン貰うから」

「娘を想うのは当然よ?私もモンブランが良いわ」

「だからあんたの娘じゃないわ。なら譲るけど」

「酷いわぁ、私はこんなに想ってるのに。譲らなくていいから、一口アーンして頂戴?」

「キモい」

「……泣くわよ?」

「うっさい」

「……」

 

紫は口をへの字にして、目に薄っすらと涙を浮かべながら、上目遣いでこちらを見る。

………………うわぁ。

 

「だははははっ!なんだよその顔!紫、歳考えろよ!!」

「…………魔理沙、コロス」

「ひっ!?」

 

はしゃぐ2人を冷めた目で見ながら、私はモンブランを口にした。

濃厚な栗の甘さが口の中に広がる。

 

「んー、、美味しい」

 

美味しいものを食べるって幸せよね。

そんなことを思いながら、食べ物だけでなく、2人とともにいるこの空間に、私は幸せを感じていた。

 

「あ、私、食べ終わったら、行きたいところがあるわ」

「私もあるぜ」

「3人とも意見が揃うなんて、全く珍しいことではあるけれど……私もあるわよ。そしておそらく、貴女達と同じところでしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は病室にいた。

服装はラフなものだった。

 

––––今日は、オフかしら?それとも夜勤?

 

なんだか記憶が曖昧な…………

いや、ここに戻るまでに色々ありすぎたのだ。

 

だが……なんとなく……思い出してきた。

 

 

––––そういえばいつも、始まりはこの日だったわね。

 

 

「……咲夜?」

「ッ!」

 

声がした。

私が愛してやまない、少女の声が––––

 

 

「お嬢様……ッ!やっと、お目覚めにッ……」

「ちょ、ちょっと咲夜!?」

 

私は無礼を承知で抱きついていた。

こうせずにはいられなかった。

もう何処にも行かせない。

私が護ってみせる。

 

「はぁ……貴女らしくないわね…………ねぇ咲夜、ここどこよ?」

「……病院でございます」

 

私は顔を上げる。

おそらく、涙でグチャグチャだ。

声も震えている。

 

「酷い顔ね…………って、病室?なんで?」

 

お嬢様には、記憶がないようだ。

当然だろう。

人間は夢の中での出来事を覚えていられない。

 

「それは––––「待って」

 

お嬢様が左の手の平を私に向けて、言葉を遮る。

右手で顳顬辺りをトントンと叩きながら、俯いている。

 

「覚えてるわ。私、喰われたのよね?」

「お、お嬢様……?」

「喰われて、貴女がここに運んだ。違わない?」

「はい、仰る通りですが……何故、覚えてらっしゃるのですか?」

「それは私にも分からないわ。だけど、覚えてる。全部」

 

お嬢様は顔を上げた。

その表情は、どんな花より華やかな、輝かしい笑顔だった。

 

「咲夜はいつも私を第一に考えてくれていたわね……ありがとう。そして、これからもよろしくね」

 

私の目には涙が浮かんでいた。

お嬢様は私を受け止め、私の頭を撫でてくださった。

 

「まったく、いつも強気な貴女がこんなに弱いところを見せるなんて……」

 

突然、勢いよく扉が開かれた。

私は驚きながらも、お嬢様から離れて振り返る。

1人の少女が飛び掛かってきた––––

 

「お姉様!咲夜!!!」

 

その少女––––フランドール・スカーレット様は私とお嬢様をまとめて抱き寄せた。

 

「ふ、フラン!?危ないでしょ!?」

「お姉様!良かった!ちゃんと生きてる!!!」

「ええ、生きてるわよ。落ち着きなさい」

「––––すみません、咲夜さん!教えたつもりはないのですが…………え?お、お嬢様……?」

 

妹様に遅れて入ってきたのは、紅魔館の門番––––現在はメイド長らしいが––––紅美鈴だった。

妹様が手の力を緩め、美鈴へと振り返る。

 

「レミリアお嬢様……?どうして……?」

「美鈴には記憶がないのね」

「どういうことですか、咲夜さん?…………って、大丈夫ですか?」

「何が?」

「咲夜さん、目が……真っ赤ですよ」

 

私は恥ずかしくなり、視線を逸らす。

 

「大丈夫よ、気にしないで」

「そ、そうですか……?」

「それにしても、美鈴は覚えてないようね」

「何をですか?」

「違いは何なのかしら?」

「––––霊夢と関わったかどうか、だと思うわ」

 

扉の方から声がする。

 

「霊夢と関わったか……?」

「ええ、おそらくそこの赤毛の彼女は、霊夢とあまり関わりがなかったのでしょう。あの世界は霊夢の夢だから、彼女が大きな影響力を持っているわ。おそらくその影響を受けていない者は、記憶することが難しいのよ」

「じゃあ、あの世界で霊夢と関わった者だけが、覚えているということ?」

「恐らくそうなるわ」

 

扉の縁に背中を預け、胸の下で腕を組みながら、八意永琳は語った。

彼女には、本当にお世話になった。

 

「ところで貴女、これからどうするの?」

「これから……?」

「そこの妹ちゃんと一緒に、紅魔館へ戻るのかしら?」

「それは……」

「戻ってきてよ!また、前みたいに暮らそう?」

「妹様……」

「"前みたいに"ということは、私が紅魔館の主人に戻るということでいいのかしら、フラン?」

「もちろん!あれはお姉様のものであって、私のものじゃないよ」

「ふふっ、やはり紅魔館を持つべき器は私の方が––––「だってあれ、近所の人たちに趣味悪いって言われてるから、私のものだって思われるの嫌だもん」

「なっ……!?かっこいいでしょ!?」

「そう思ってるのは、お姉様だけよ」

 

 

 

 

「……紅魔館へ戻らせてもらうわ」

「ええ、貴女にはそれが1番良いと思うわ」

 

私は和気藹々とされてるお嬢様と妹様を眺めながら、母さんに言った。

 

「でも私は、まだ貴女を娘だと思ってる」

「母さん……」

「何かあったら、いつでも訪ねてくれて構わないわ。もちろん、何もなくてもね」

「……ええ。ありがとう。本当に……ありがとう」

 

私は頭を下げていた。

私の足元に、雫が落ちているのが分かった。

 

 

 

 

 

––––私って、こんなに泣き虫だったかしら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レミリアの病室を出ると、そこには私の助手が立っていた。

 

「師匠……」

「貴女だけは裏切らないと思ってたけどね––––優曇華」

「あ、あはは……やっぱりバレてますよね」

「そうね。まったく……お仕置きが必要かしら?」

 

私は優曇華へ手を伸ばす。

 

「ひっ!?ご勘弁をぉ〜………………え?」

 

私は優曇華の頭を撫でながら、言った。

 

「ありがとう」

「師匠……?」

「貴女が私のために行動してくれたことは分かっているわ。そして、結果として貴女の行動があったからこそ、操夢は目覚めることができたし、こうして終わりを迎えることが出来たのよ」

「私は…………師匠のお役に立てたのでしょうか?」

「ええ、もちろんよ」

 

私が笑いかけると、優曇華は今まで見せたことのないほどの輝かしい笑顔を、私に見せてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルーミア!あたい、変な夢を見たわ!」

「そーなのかー」

 

学校からの帰り道、私たちは公園に寄っていた。

私とチルノは地べたに座り込んでいる。

大ちゃんはチルノを挟んだ向こう側にしゃがんでいる。

 

「おんなじようなことを何回も繰り返して……あ、でも最後はちょっと違ったかな……」

「へー」

「そういやあんた!夢の中で飛んでたことがあったわ!あたいは飛べなかったのに!」

「そーなのかー」

「ずるいぞ!あたいにも飛ばせろ!」

「そーなのかー」

「ちゃんと聞け!」

「えー、面倒くさい」

「ご、ごめんねルーミアちゃん。チルノちゃんも、ルーミアちゃんを困らせちゃダメだよ?」

「私は別にいいよ。チルノはいつもこうだから」

「で、でも……迷惑だよね?」

「……うるさいチルノも面倒だけど、大ちゃんも結構面倒くさいよね」

「え……?」

「それにしても、チルノは覚えてて、大ちゃんは覚えてないんだね」

「どういうこと……?」

「忘れていいよ」

「えぇ……?」

 

ルーミアはニヤッと笑うと、空を見上げた。

日差しが私を照らす。

私の闇を侵食するように。

 

––––もう私に闇なんてないのかもしれない。

その日差しが心地いい。

 

「わはー」

 

私は手を広げ、地面に背中をつけた。

私は太陽にやられてあげたのだ。

まあ……つまり日向ぼっこだね。

 

「あたいも!わはー!!」

 

チルノも寝転がる。

ノリのいいやつは嫌いじゃない。

私がチルノを見ると、チルノも私を見た。

2人で笑い合う。

…………こーゆーの、何だかいいね。

 

「ふ、2人とも!?汚れちゃうよ!?」

「大ちゃんも、ほらっ!」

「ちょ、ちょっと!……うわぁ!?」

 

チルノが大ちゃんの手を引いた。

しゃがんでいた大ちゃんは、バランスを崩して倒れてしまう。

チルノに覆い被さるような格好だ。

 

「ご、ごめんねチルノちゃん!痛かったよね?」

「大丈夫、へーきだよ」

「2人は相変わらず熱々だなぁ」

 

違うよっ!と否定しながらもどこか嬉しそうな大ちゃんを見ながら、私とチルノはまた笑った。

そうしていると、後ろから『にゃ〜』と声がする。

 

「おおっ!お前、また来たのか!」

 

その猫は以前3人で餌を与えていた猫だ。

今、その猫には首輪がついている。

 

「ほーら、おいで!今日は何も持ってないけど」

 

チルノが寝転がったまま、猫を呼ぶ。

その猫は警戒することなくチルノへ寄り添った。

 

チルノは猫の首筋を撫でている。

気持ちよさそうに猫が鳴いているのが分かった。

 

それを見て、私も大ちゃんも顔に自然と笑みが浮かんでいた。

 

 

 

––––私も、少しだけ……チルノへ寄り添ってみた。

 

「チルノ、ありがとう。もちろん大ちゃんも」

「……は?」

「……へ?」

「私、行くところがあるから……そろそろ帰るよ」

 

私は立ち上がり、チルノたちへ背を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––友達って、案外いいものだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妹紅、少しは部屋を綺麗にしたらどうなんだ?」

「あーうんうん、今度ね」

「今度と言っても、やらないだろう?」

 

いつも世界が始まるとき、私の部屋には慧音がいた。

そして毎度同じく、慧音の小言から始まる。

 

「分かったって。そんなに何度も言われると耳にタコができる」

「そ、そんなに言った覚えはないんだが……」

「いや、何度も言ってる。繰り返し、繰り返し、何度も」

 

 

––––本当に、何度もね。

 

 

「でも、ありがとう。いつも私なんかと居てくれて」

「……と、突然どうした、妹紅?」

「何でもないよ。とりあえず、用事を思い出したんだ。部屋は後で綺麗にしておくから」

「ま、待て妹紅!」

「だから、掃除なら後で––––「私は!!」

 

慧音が私の言葉を遮る。

真っ直ぐ私を見ていた。

 

「私は、妹紅 "だから" 一緒に居たいんだ。私 "なんか" などと言うんじゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の頰を温かい何かが通っていた––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あれ、私どうして……?」

 

少女は狼狽えていた。

当然だ。

自分は既に死んだようなものだ。

夢の中なら分かるが、ここは現実世界。

 

「しかも何だか……ちょっと前の世界?」

 

付いていたテレビから流れてくるものは、以前にも見たことがあるものだった。

 

「…………そうか。終わったんだ」

 

ふと、訳が分からないまま呟いた。

 

終わった……?

あれは……

いや、あれらは……全部夢だった?

 

「分からない……けど」

 

少女は顔を上げる。

その表情に曇りはない。

 

「行こう」

 

少女––––魂魄妖夢は部屋の扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………夢…………だったのね……」

 

少女は呟く。

そこは彼女がよく知る自室。

幾らか人形が飾ってある。

 

そうだ。

この世界はいつも、ここから始まった。

思えば、ほとんど同じような世界の繰り返しだった。

最後の二回はいろいろ変化があったが……

 

今となっては、どうでもいいことだけど。

 

あの世界は、所詮夢の世界。

本当の現実世界はここから始まる。

 

「じゃあ、行ってくるわ––––上海、蓬莱」

 

扉を開け、外に出た少女––––アリス・マーガトロイドは空を見上げた。

 

雲ひとつない、青空だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅かったじゃない、霊夢」

「主役は遅れて登場するものでしょ?」

「まあ、あれはあなたの夢だし、これもあなたの夢と言えなくもないし……主役は譲るわ」

 

私が扉を開けると、咲夜が出迎えた。

そこには、よく知る顔がたくさんあった。

 

「それにしても……本当に勢揃いしてるわね。みんな記憶あるの?」

「らしいわね。永琳の話だと、夢の中で貴女との関わりが深かった人が覚えていられるらしいわ」

「そう……なるほどね。道理で私の知る顔がたくさん居るわけね」

 

私は部屋に集まる少女達を眺めた。

 

ルーミアの世話を焼くアリス。

それを見ながら笑う妹紅。

その横で妖夢はフランに謝られていた。

フランの隣にいる赤毛の女性––––彼女が紅美鈴だろうか?––––は、ただ困惑しているようだった。

 

そんな輪の中に鈴仙は入っておらず、永琳と2人で少し離れて立っていた。

私に気づいて、少し気まずそうにしている鈴仙。

 

そして私の隣にいる紫は、永琳を見ている。

その視線に永琳は気づいているようだが……

 

私と話す咲夜の隣には、レミリアがいた。

レミリアと目が合う。笑いかけてきた。

とりあえず私も笑顔を返す。

 

なんだか目のやり場に困ったので、咲夜へと視線を戻した。

咲夜と目が合う。

 

「霊夢、お疲れ様。色々あったけど、上手く纏まったわ」

「そうね。誰も失わずにすんだ。すごく……いい世界になったわ」

「あなたのおかげよ。ありがとう、霊夢」

「咲夜…………」

 

咲夜は笑いかけた。

なんだかその笑顔にも、私は目のやり場に困ってしまった。

 

「ふふっ、本当に霊夢は可愛い反応するわね」

「な……ッ」

 

顔を上げ、咲夜を見る。

再び目が合う。

咲夜が私の頰に手を伸ばした。

 

「ストォォォォオオオオップ!!!」

「ま、魔理沙!?」

 

咲夜の手を、魔理沙が掴んでいた。

 

「どうしたのかしら、魔理沙?」

「どうしたのか、じゃねぇよ!霊夢は、やらん!」

「わ、私はあんたの物じゃないわよ」

「そうね。私の(もの)だもの」

「紫のでも無いわよ」

「じゃあ誰のものなんだよ?」

「私は誰のものでもないわよ……」

「霊夢は競争率が高いわね」

 

ふと、後ろから声がする。

振り上げれば八意永琳がいた。

紫は敵意剥き出しだった。

 

「……八雲紫。あなたは勘違いしているようだけど、貴女を喰べたのは私じゃないわ、本当よ」

 

永琳は真っ直ぐ紫を見る。

紫は眼力を弱め、ため息をついた。

 

「………………まあ、いいわ。この世界では関係ないしね」

「それじゃあ、紫と呼んでもよろしくて?」

「……勝手になさい、永琳」

 

 

 

「あの2人が話してると、なんだか周りに纏うオーラが違う気がするわ……」

「……そうだな。なんというか、うん、怖い」

 

呟く咲夜に、魔理沙が同調する。

 

「別にそんなことないでしょ」

「霊夢、そう思えるのはお前だけだと思うぞ?」

「そうなの……?」

「あ、あのっ、霊夢……さん」

「……なによ、鈴仙。てか、なんで敬語?」

「あ、それは…………あはは」

「別に、私あんたに怒ってないし、むしろ私が倒しちゃったわけだし」

「で、でも裏切りを……」

「だったら私より、他の奴らに謝りなさいよ」

「別に私らも怒ってないさ」

 

妹紅が私たちの会話に入ってきた。

 

「お前も、お前なりの考えがあったんだろ?鈴仙」

「う……うん」

「正しさなんて、誰にも分からない。それは人の数だけあるんだからな。私たちはお前を責めるつもりも、そんな資格もないんだよ」

「妹紅……」

「私も同じ気持ちよ。終わり良ければすべて良し。今はこうしてみんなで笑っていられるのだから、それで良いでしょう?」

「アリス……」

「私は納得できないわ」

「さ、咲夜…………?」

 

鈴仙が咲夜を見る。

咲夜は鈴仙に顔を近づけ、その目を見る。

 

「貴女なんかに負けた、己の弱さがね」

「え……?」

「咲夜って、言い回しが面倒くさいよね」

 

ルーミアが咲夜と鈴仙の間に入る。

ルーミアが咲夜を見る。

咲夜は若干、ルーミアを睨んでいる。

だがそれに怯まず、咲夜から鈴仙へと視線を移して、ルーミアは言った。

 

「必要以上に申し訳なさそうにする鈴仙もね」

「ルーミア……うん、ありがとう。みんなも、ありがとう」

 

鈴仙は頭を下げた。

 

「だからそれが面倒く––––ッ!?」

「静かにしましょうね?」

 

アリスがルーミアの口を押さえていた。

 

「––––ぷはぁ、いきなり酷いなぁ」

「貴女が要らないことを言おうとするからでしょ?」

「ははは、本当にアリスは保護者になってるな」

「本当だね。2人で並んでると、親子か姉妹みたいに見えるよ」

 

妹紅と妖夢が2人を見て笑う。

釣られて、周りも笑っていた。

 

みんなの笑顔が、魔理沙の病室に"なるはずだった"空間を満たしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––夢物語は、終焉を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八意永琳は、地下室に向かっていた。

そこには博麗霊夢の遺体と脳が別々に保管されている。

 

夢の中で死んだものは意思を失い、窒息死を起こす。

そう、本来ならば。

 

博麗霊夢の肉体は、既に死んでいる。

生きているのは脳––––魂と言うべきかもしれない––––だけだだった。

脳が保管されているこの液体は、脳が潰れない程度の圧力をかけ、高濃度の酸素や養分等が溶け込んでいる特殊な液体だ。

 

 

––––つまり彼女に『窒息死』はない。

 

 

彼女はまだ、生きている––––

 

 

 

 

永琳は軋む音とともに扉を開く。

部屋の闇は、飲み込まれてしまいそうな錯覚に陥るほど暗く、そして深かった。

扉の脇にある照明のスイッチを手探りで探す。

ある程度の位置は把握している。

すぐにスイッチを押した。

部屋の明かりが灯る。

 

 

––––永琳は目を見開いた。

 

 

「おはよう。そんな時間じゃないかもしれないけど」

「貴女、どうして––––ッ!?」

 

––––夢の中では、全ての状態異常が消える。

 

博麗霊夢の夢は、特殊であった。

彼女の夢は人々に記憶障害を起こすほどの大きな力を持っていた。

だからこそ、そこが夢であることに誰も気づくことができず、また状態異常が治るなどの夢特有の現象も殆ど起こらなかった。

 

––––しかし、その彼女の夢の力に対抗できるほどの強い力を持っていたら?

 

記憶障害は起こらず、夢の中として生活できるのかもしれない。

いや、きっとそうなのだろう。

八意永琳は心の中でそう呟く。

だって今、目の前に、全ての状態異常が消えた博麗操夢が––––

 

 

 

 

 

 

「なんだか、お腹が空いたわ」

「……ッ」

 

永琳は息を飲んだ。

それを見た操夢は、クスッと笑ってから言う。

 

「あ、今のは夢喰としてじゃないから安心して。普通にご飯が食べたいの。それに、今の私に能力なんてないから」

「え……?」

「だって私、霊夢に食べられちゃったから。そっくりそのままあの子に移っちゃったわ。だからこそ、この世界がある訳だし」

「……そうね、確かにそうだわ。警戒の必要はない…………のよね?」

「たぶんとしか言えないけど……もう私はただの人間よ。能力を使うことも、夢を展開することも出来ないわ」

「分かったわ。なら、うちに来なさい。ご飯を用意するわ」

「あら、本当に?優しいのね」

「……今日は、多くの者が私の家に来ることになったわ。今更1人増えようと、影響ないのよ。もちろん食事面においてのみだけど」

 

彼女を連れて行けば、おそらく大騒ぎになる。

 

「もしかして、その中に霊夢もいるの?」

「当然でしょう?」

「それはそれは––––楽しくなりそうね」

 

博麗操夢は、悪戯に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

–––– 東方夢喰録 完 ––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





◎(読まなくても損をしない)あとがき

東方夢喰録をここまでご覧下さった皆様、そしてお気に入りに登録して下さった方や感想を下さった方、本当にありがとうございました。
UAも合計で1000近くまで伸び、本当に嬉しく思います。

注意書きにもある通り、この作品には『ヒトクイ』及び『ヒト喰イ』という元ネタとなる漫画が存在します。
この作品を少しでも面白いと感じてくださった方は、是非その漫画をご覧になって下さい。
この作品の数万倍は面白いですよ!

この作品を書き終えて、自分はかなり満足しています。
自分の中で全力を尽くせたと思っていますし、こうして最後まで書き抜けたことが自信にもつながりました。
本当にここまでお世話になりました!
そして、これからもODA兵士長を宜しくお願い致します!!!





◎(できたら読んでほしい)告知

活動報告には書かせて頂いたのですが、この作品のEXTRA編を作ることに致しました!
主な内容としては、まだ過去が詳しく明かされていないキャラの過去話や、本編では語られなかった空白の時間を埋める内容になります。
かなり蛇足感が拭えませんが……EXTRAには"余分な"って意味もあるんやで(ニコッ
是非EX編も楽しんで頂けたら幸いです!!!





最後にもう一度。
ご愛読ありがとうございました!
これからも宜しくお願い致します!!!


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東方夢喰録 EXTRA
第1話 夢 –– ユメ ––



〜 プロローグ 〜









「いい子を演じるのは、もうやめだ」
「悪いな。その程度じゃ死ねないんだ」

不死のユメクイ––––藤原妹紅は、何を思い何を考えユメクイになったのか?











「さて、どう遊ぼうかしら?」
「私はもう、目の前で人を死なせない」

魔法や人形を器用に操るユメクイ––––アリス・マーガトロイドは、何故ユメクイを殺す決意をしたのか?











「––––飛べるようになったから、いいのよ」
「やはり"夢を操る"とは言っても、私には追いつけないようですね」

風を操るユメクイ––––射命丸文は、物語の鍵を握る。彼女は果たして敵か?それとも……?











「そういえば貴女はどうして––––すぐに否定してくれなかったのかしら?」
「ま、まさか……カマをかけたというの!?」

賢い頭脳を持った"ただの"人間––––八雲紫は、ユメクイに非ずしてどのように物語に深く関わるのか?











「私は、誰も守れない––––何も出来ないッ」
「私の勘が言ってるわ。私が母さんを止めないといけないって……」

出来損ないのユメクイ––––博麗霊夢は、如何にして母と戦う意思(ゆめ)を生んだのか?













繰り返される霊夢の夢の中で戦い続けた少女達。
そんな彼女達の、語られることのなかった"現実の"物語––––





















「––––おやすみなさい、お母さん」



















 

 

 

 

 

 

 

––––うるさい。

 

 

 

––––うるさい。

 

 

 

––––うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!

 

 

 

 

 

 

私は、"初めて"親に抵抗した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すごいじゃない、妹紅!」

「お前は俺たちの自慢の娘だ、妹紅」

「ご近所でも鼻が高いわ、妹紅」

「お前は本当に出来る子だな、妹紅」

「信じてるわ、妹紅」

「期待しているぞ、妹紅」

 

 

 

 

––––私には全て重圧だった。

 

 

小さな頃から、親は私に期待を寄せていた。

私も初めのうちは、それが嬉しくて必死に努力した。

 

 

 

 

 

 

「どうして出来なかったの、妹紅」

「お前なら受かって当然だろ、妹紅」

「向かいのお子さんはT大学を出たんですって、妹紅」

「お前の学力じゃ無理だろうな、妹紅」

「信じていたのに––––」

「期待を裏切るのか––––」

 

「「––––妹紅?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっせーな!クソがッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は中学受験に失敗した。

そんな私に親のかける言葉は慰めの類ではなかった。

 

 

私はもう、疲れた。

 

 

そして私は、部屋に篭った。

幸い、私の部屋には鍵がついていた。

その鍵を初めて使った。

 

当然親達は、そんな私のことを心配した。

 

 

 

––––いや、違う。

 

 

 

"引きこもりの親"のレッテルを貼られることを心配したのだ。

自分たちの面子のために、私を心配しているだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

「いい子を演じるのは、もうやめだ」

 

 

 

 

 

 

 

私はいつも敬語だった。

両親をお父様お母様と呼び、友達––––お互いにそう思っていないだろうが––––には苗字に"さん付け"をする。

そして徹底的に口調を矯正されていた。

 

その反動だろうか?

1人でいるときの私の口調は、男が使うそれに近いものになっていった。

その口調が、どうにも心地よかったのだ。

しかし、両親の前でも友人の前でも、その口調は使わない。

私は独り言の量が増え、次第に矯正された口調が息苦しく感じられるようになった。

 

 

 

 

 

 

「私は、もう我慢しない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––久しぶりだな、妹紅。

 

 

ある時、部屋の外から声がした。

 

こうして部屋の外から話しかけられることは度々あった。

しかし、それらは全て両親のものだった。

食事を持ってきて、上辺だけの心配の言葉をかけ––––時折、罵声も浴びせられたが––––私はそれに聞く耳を持たない。

ただ、それだけだった。

 

今回は違った。

だがそれは、聞いたことがある気がした。

あまりよく、覚えていなかったが––––

 

 

––––上白沢慧音だ。覚えてないか?

 

 

「……慧音?」

 

私の向かいに住む上白沢慧音は、私の幼馴染……というものなのだろうか?

小学校低学年の頃までは、よく遊んでもらった記憶がある。

慧音は私が敬語を使わない、数少ない相手だった。

……いや、訂正しよう。唯一の相手だった。

 

 

––––私と少し話をしないか?

 

 

「……」

 

 

––––どうか、開けてほしい。

 

 

「……親は?」

 

 

––––ここにはいない。私だけだ。

 

 

「本当に?」

 

 

––––こんなことで嘘をついても仕方ないだろう?

 

 

「……分かったよ」

 

鍵を開ける。

すぐに扉が開いた。

 

「失礼するよ」

「さっさと閉めな。鍵もね」

「ああ、分かった」

 

慧音は扉が閉め、鍵をかける。

 

「……で?なんで来たんだ?」

「なんでって……妹紅が最近部屋から出ないと聞いたからな」

「それで、心配になったってか?」

「まあ、そんなところだ」

 

慧音は恥ずかしそうにするわけでもなく、私のことをじっと見つめていた。

 

「……なんで、長い間、碌に会ってなかった奴の心配なんかするんだよ」

「別に会いたくなくて会わなかったわけじゃないんだぞ?」

「知ってるよ。受験で忙しくなって、その後も大学が忙しかったんだろ?」

「ああ。ついこの間卒業して、無事に就職出来たよ」

「そうかそうか、秀才は違うな」

「そんなことはない。私には夢があるだけだ」

「夢……?」

「ああ。私は小学校の先生になるのが夢だったんだ」

「……慧音、まさか就職って?」

「もちろん、小学校教諭だ」

 

 

慧音は少し誇らしげだった。

私とは違う人種だ、と思った。

自分が惨めに思えた。

私だって––––

 

 

 

 

なんだよ?

私だって……なんだよ?

 

私だってやれば出来る……と言うつもりだったのか?

ふざけんなよ。

 

出来てないから、こんなにも惨めなんじゃないか––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妹紅、大丈夫か?」

 

気づけば、慧音は私の肩に手を置き、俯く私の顔を覗き込んでいた。

 

「座って、少し話そう」

 

慧音は笑いながら言った。

私は頷き、座り込んだ。

正面に慧音が座る。

慧音は真っ直ぐ私を見ているが、私はそれを直視出来ず、俯いたり目をそらしたりしていた。

 

––––話って言っても、何をするつもりだ?

 

お互いに座ってから、少し時間が経ったと思う。

いや、本当は短い時間だったのかもしれないが、私には長く感じられた。

沈黙が続いている。

 

 

 

 

「……慧音。お前、何しに来たんだ?」

 

私は痺れを切らし、慧音に尋ねる。

慧音はまだ私を見ている。

 

「何もしないつもりか?だったら帰ってくれ」

 

慧音は笑った私を見ている。

 

「……いい加減、邪魔なん「妹紅」

 

慧音が口を開いた。

私は言葉を止め、聞き入る。

 

「少し部屋を綺麗にしたらどうだ?」

「……は?」

「少し散らかっているようだからな。私も手伝うぞ」

「いや、いいって」

「部屋の乱れは心の乱れだ。よく言うだろう?」

「……それを言うなら、部屋じゃなくて服装の乱れじゃないか?」

「細かいことはどうでもいいんだ。身の回りがキチンと整理されれば、気持ちも整理されるはずだ」

「……そうかい。分かったよ」

 

私たちは何故か、部屋の掃除をすることになった。

 

 

確かに私の部屋は汚れていた。

ゴミが溜まるなどの汚さではないが、物が乱雑に置かれ、とても人を呼べるような空間ではなかった。

こんな空間に慧音を入れてしまったことを、今更ながらに後悔した。

 

 

慧音の指導のもと、整理が進められた。

もともと私は、物を捨てられないといった性格ではない為、また、慧音もスパッと決断することが出来る人間だった為、作業はスムーズだった。

 

では、何故ここまで散らかっていたのだろうか?

 

慧音を部屋に入れた時点では、本棚に入っていた教科書や参考書等は床に散らばっていた。

衣服も脱ぎ捨てられており、自分でも覚えのないものがたくさん存在した。

しかし、あんなに散らかっていたのに、やってみると短時間で片付いた。

 

 

 

「––––ふぅ、こんなものだな」

「見違えるようだね。まあ、元々部屋にあるものが少なかっただけなのかもしれないけど」

 

私の部屋に、玩具の類はない。

 

「どうだ。スッキリしただろう?」

 

確かに、慧音の言う通り、気持ちも整理されたかもしれない。

短時間ではあったが、この単純作業の間に色々と考えることができた。

 

「……まあ、少しは」

「妹紅。お前は私のことをどう思っている?」

「な、なんだよいきなり?」

「私は、妹紅から見たらどんな人間だ?」

「……凄いやつ」

「どう、凄いんだ?」

「……」

 

私は少し考え、それから言った。

 

「私には出来なかったことを成功した人間。私とは違う人種。そんな慧音に憧れもあるし、妬みもあるが、秀才と呼ばれるだけの器と能力がある……凄い人間だよ」

 

私は慧音に思っていることを、ありのままに語った。

言った後で少し恥ずかしくなったが、慧音はやはり私を真っ直ぐ見ている。

 

「そうか……だが妹紅、それは違うんだ。そんなものは私ではない」

「どういうことだ?」

「所詮私も、学歴が人生を左右すると言う周りに流され、言われるがままに勉強をしてきた。操り人形みたいな人間だ…………そう、妹紅と同じなんだ」

 

慧音は少し悲しそうな目だ。

 

「でも、結果を出してるじゃないか」

「そうだな。そしてそれこそが、妹紅と私の違いだ」

「……嫌味か?」

「そうじゃない。そもそも妹紅はまだ……まあいい。では何故、私と妹紅に違いがあると思う?」

「そんなの、元の能力の違いで…」

「そうじゃない。私も妹紅も、才能に大差はない。むしろ、私に才能など皆無だ」

「嫌味にしか聞こえないぞ。怒っていいか?」

「話は最後まで聞くんだ。私にあって、妹紅に無いものが1つだけある。それは何だと思う?」

「私に無くて、慧音にあるもの……?」

「……既に答えは言っているんだ。少し前だが」

「既に言ってる?」

「分からないか?」

 

慧音曰く、私と同じように言われるがままに勉強をしてきたそうだ。

しかし、慧音には結果が付いてきた。

私はこのザマだ。

能力の差でないとしたら、何が違う?

 

私だって、一生懸命勉強した。

努力家の慧音にだって、負けないほどに。

私だって、頑張ったんだ––––

 

 

 

––––何の為に?

 

 

 

私は、一体、何の為に––––?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……慧音には、夢がある」

 

私は呟いた。

慧音はずっと私を見ている。

 

「慧音の努力には、意味があった。それに比べて、私の努力は……何の為の努力なのか、分からない……」

「……そうだ。それこそが、私と妹紅の違いだ」

 

俯く私に、慧音は続ける。

 

「私も妹紅くらいの頃は、何の為に勉強をしているのか分からなかった。そして"何の為なのか分からないまま勉強している"という事にすら気付いていなかったんだ。だから私は、周りの大人たちの言う通りに勉強をしていたよ」

「……」

「あれは、中学に上がった頃だったか……私はそのことに(ようや)く気が付いた。そして……絶望したんだ。今の妹紅と同じようにな」

「……」

「絶望すると同時に、私の中に強い思いが生まれた。それが私の夢––––小学校の先生になることだ。私のような思いをする子供が少しでも減ればいいと、そう思って私は今、教師になったんだ」

「その夢があったからこそ、慧音は勉強を続けられたってこと?」

「綺麗事かもしれないが、つまりはそういうことになるな。私は誰の為でもなく、自分の為に勉強出来たんだ。そう思えるようになってからは、辛いとは思わなくなったな」

「……夢、か。そして慧音は、夢が叶ったんだな」

「いや、まだだ」

「え?」

 

慧音が力強く私を見る。

その真意を私は理解できない。

 

「私の夢は、先生になって終わりではない。先生になって、少しでも子供達が希望を持てるような指導がしたい。それが、私の夢の終着点なんだ」

 

慧音は私の頭に軽く手を乗せた。

 

「そして今、私が救いたいと思っていた者が、目の前にいるんだよ」

 

慧音は笑っている。

 

「妹紅には、夢があるのか?」

「……ないよ、そんなもの」

「うむ。ならば、これから見つけていこう」

「夢が見つかれば、私も慧音みたいになれるのか?」

「私みたいになんて、ならなくていい。妹紅は妹紅だろう?」

「……ああ、そうだね。よし……見つけてやるよ、私の––––私だけの夢を!」

 

私は立ち上がり、言った。

 

「……だけど、何したらいいんだ?」

 

慧音は苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





*キャラ設定


○藤原妹紅

12歳になる程度の年齢(4年前)
教育に熱心な両親のもとに生まれ、彼らの期待という重圧を一身に受けていた少女。
その反動からか男勝りな口調だが、中身はしっかり女の子である。



○上白沢慧音

22歳になる程度の年齢(4年前)
小学校教諭を目指し、見事にその夢を叶えた女性。
正義感が強く、とても頼りになる存在である。
幼い頃から知っている妹紅を妹のように想っている。


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第2話 焔 –– ホムラ ––

 

 

 

 

 

 

 

慧音が帰ってから、1時間以上経った。

"夢を見つける"という当面の目標が定まり、私はやる気に漲っていた。

 

だが、何をすればいいのか、さっぱりだった。

 

 

 

 

––––いや、本当は1つだけ、私の中で結論が出ている。

 

この狭い部屋を––––家を抜け出したい。

 

 

 

 

 

慧音は就職と同時に新居を購入し、一人暮らしを始めたらしい。

だから今はもう、向かいには住んでいないそうだ。

 

 

 

––––私のこと、置いてくれないかなぁ…

 

 

 

そんな事を考えてはいたが、流石に言い出す事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………眠れねぇ…」

 

私はベッドの中にいた。

綺麗に整理された暗い部屋で、私は目を閉じていた。

 

しかし、眠れない。

一度眠れなくなると、色々と考え出してしまう。

 

 

 

––––私は何故か、"死"について考えていた。

 

人は死んだらどこへ行くのだろう?

"無"となって自我がなくなり、死んだことすら生きていたことすら忘れてしまうのだろうか?

それとも、天国や地獄があって、あの世という世界が存在するのだろうか?

あるいは、輪廻によって再び生を受けるのだろうか?

 

どれを取っても、"永遠"という苦痛が、私を待っているのだろうか?

 

 

 

 

 

「………ダメだ。考え出したら、さらに眠れなくなった」

 

私は目を開ける。

既に私の目は部屋の暗さに慣れ、ある程度の物を把握できるようになっていた。

 

 

––––別に明日何かあるわけでもないし、起きてしまおうか。

 

 

そう考えて、私は身体を起こす。

それに合わせて、布団が捲れる。

少し寒かった。

私は布団から足を出し、床に着ける。

少し冷たかった。

私は立ち上がり、机へ向かう。

ごく普通の一般的な勉強机だ。

少し前……とは言っても1ヶ月ほどだろうか?

中学受験に失敗するまでは、ここで毎日勉強をしていた。

それこそ、寝る間も惜しんで。

 

 

––––今、そんな事をする気には全くならないが。

 

 

ふと、部屋から出たくなった。

この1ヶ月、トイレ以外で部屋の外に出た事はない。

トイレに出た時、何度か母親に遭遇した事があった。

しかし、睨みつければオドオドするだけで、私を無理やり外に出す等はしなかった。

母親なら、いくらでも振り切れるだろうが。

 

 

私は部屋の鍵を解除し、扉を開く。

音を立てないように、慎重に。

足音を消し、息を殺す。

万が一にも、親に気づかれてはいけない。

今は父親がいる。

もし、取り押さえられたら敵わないだろう。

 

 

2階にある自室を出た私は、階段を降りていた。

一段一段、慎重に降りた。

なんだか私は、未知の領域を探索しているような気分だった。

よく知る我が家が、未開の地に思えた。

私は久々に、興奮を覚えていた。

 

 

階段を降りると、リビングの扉が見えた。

 

 

––––よし、冷蔵庫から食料の調達しよう。これが私のミッションだ。

 

 

そう思い、私はリビングの扉を開ける。

引き戸タイプのそれを、音を立てずにゆっくりとスライドさせた。

リビングは当然真っ暗だった。

いくら多少は暗闇に目が慣れてきているとはいえ、とても見にくい。

それに1ヶ月ほど、ここには来ていないのだ。

記憶を頼りにはしているが、壁伝いに歩くことにした。

 

 

 

 

「…………ない」

 

 

 

 

––––ん?

 

私は音を立てずに移動している。

もちろん、声など出すはずがない。

 

 

 

 

「……は…………ない」

 

 

 

 

––––お母様…?

 

 

 

心の中ですら、母親のことを"お母様"と呼んでしまう私は、長年の習慣から抜け出せていないのだろう。

しかし、今はそんなことを考えてる暇はない。

 

 

 

––––何……してるんだ?

 

 

 

私はさらに息を殺し、今まで以上慎重に、声のする方へと向かう。

 

 

 

そのとき、ピチャッ…と足音を立ててしまった。

私の背筋に悪寒が走る。

 

 

 

「………………もこう?」

 

 

 

母が気づいてしまった。

私は逃げ出したかった。

だが、逃げ出せない。

何故か私の体は固まってしまった。

 

 

 

「……わるくない。わたしはわるくない。そうでしょう、もこう?」

 

 

 

暗闇に隠れ、影としてしか母の存在を確認する事はできない。

母は、私の方へと顔を向けたようだ。

そして何か言っているようだが、私は理解に苦しんだ。

 

 

 

––––それにしても、この足についた液体は何だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………サヨナラ」

「…は?」

 

 

暗闇の中で母の顔が、明るく照らされた。

そして次の瞬間、私の周りも明るくなった。

先ほどまでの暗闇が嘘のようだった。

そしてその光は、私の右足からも放たれていた。

 

「なっ!?!?!?」

 

一瞬にして炎に包まれる。

リビングには引火性の高い液体が撒かれていたようだ。

そして、それを踏んでしまった私の右足にも引火した。

私は咄嗟に、足を壁に擦り付けた。

激痛が走る。

しかしそれ以上に、熱が私の足を襲っていた。

なんとか火を消す事は出来たが、私は体勢を崩し、尻餅をついていた。

 

 

叫び声が聞こえる。

母のものだった。

火達磨になった母は叫びながら、のたうち回る。

 

 

 

 

 

 

 

「何やってんだ!?」

 

後ろから声がする。

父だった。

 

「……お…お父様」

「妹紅…?」

 

父はそこまで言うと、すぐに母へと視線を戻した。

父が母の名を呼びかけている。

しかし、母は叫び声を上げるだけだった。

父は燃え盛る母に近付こうとするも、炎がそれを遮った。

 

「妹紅!119番だ!」

「ッ……はい!」

 

私は少し離れた位置にある電話を手に取った。

父は庭に面しているガラス戸を開け、花に水を撒くためのホ––スを部屋まで伸ばし、母にかけていた。

母の火は少し弱まったが、空気が入り込み、家の中の炎の勢いは増してしまった。

 

 

私は電話を掛け終え、ただその様子を眺めていた。

少しして消防士が駆け込んで来た。

私はそのうちの1人に保護され、抱き抱えられてながら外に出た。

外には既に人だかりができていた。

消防士が私の右足を見ると、すぐさま救急車へと私を運んだ。

私の右足は焼け(ただ)れていた。

よくもまあ、この状態で壁に擦り付けられたもんだ。

それほど火を消すのに必死だったのだろう。

むしろ擦り付けたからこそ、ここまで酷くなってしまったのだろうか?

 

 

そんなことを考えていると、睡魔が今更襲って来た––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目覚めると、そこは病院だった。

室内には日が差し、部屋の壁の白さも合わさって、とても明るい空間だった。

 

まるで昨日の闇が嘘のようだ。

 

 

––––まあ、火がついてからは、かなり明るかったけど。

 

 

ふと、自分の右足に違和感を感じる。

骨折でもしたかのように包帯でグルグル巻きにされていた。

ギプスをなどの固定具は、もちろんしていないが。

 

 

––––ああ、そういや、火傷したんだな。

 

 

最後に自分の足を見たときは、非常に痛々しいものであった。

実際、痛かったし。

だが、今は驚くほど痛みがない。

 

「痛っ!?」

 

少し触ってみた。

もちろん包帯の上から。

激痛が走った。

動かしたり触ったりしてはいけないのだと、認識した。

 

「……妹紅?起きたのか?」

「え、慧音?」

 

突然声がした。

振り向くと慧音がいた。

 

「なんでここに?」

「妹紅の付き添いだ。妹紅の親父さんから頼まれてな」

「……いつから、居てくれたんだ?」

「実は一緒に救急車に乗って来たんだが…妹紅は眠っていたからな」

「え、なんで慧音があの場に?」

「あの日は実家帰りをしていてな」

「なるほど……ごめん。迷惑かけたな」

「いや、気にしないでくれ。私がこうしたかったんだ」

 

慧音は優しく微笑んだ。

なんだか私は直視出来なくて視線を逸らす。

 

「……妹紅。私は妹紅を信じているぞ」

「…は?いきなりどうした?」

「信じている。しかし………」

 

いきなり、訳の分からないことを言われ振り向くと、今度は慧音が視線を逸らした。

 

「慧音?」

「……妹紅。私は疑ってる訳じゃない。これは確認なんだ。確認のために聞かせてくれ」

「聞きたいことがあるなら、さっさと聞きなよ。さっきからウザいぞ」

 

さっきから慧音がムカつくほど、私の様子をうかがっている。

普段、物事をはっきり言う慧音にしては珍しいことだ。

 

しかし今度は黙り込む。

一体何を聞くつもりなんだ……?

 

 

 

 

「……妹紅」

 

ついに慧音が口を開く。

私は何も言わずに、ただ慧音を見ていた。

 

少し躊躇った後に、慧音が言った。

 

「––––放火したのは、妹紅なのか?」

「……は?」

「妹紅が、家にガソリンを撒いて、火をつけたのか?」

「な、何言ってるんだよ…?」

「違うんだよな?妹紅じゃないんだよな?」

 

慧音は、うっすらと涙を浮かべているようだった。

その涙の意味を、私は推し量ることが出来なかった。

 

「当たり前だ!私はそんなことしない!」

「そうか……そうだな。ああ。妹紅がそんなことするはずがない」

 

慧音は自らに言い聞かせるように、目を閉じてそう言った。

 

「……しかし、妹紅」

「何……?」

「どうして、部屋から出ていたんだ?」

「え?」

「この1ヶ月余り、部屋からほとんど出なかったのに……何故、あの日に限って外に出ていたんだ?」

「それは、その……眠れなくて」

「……そうか。ならいいんだ。変に聞いてすまなかった。私は妹紅を信じている」

「……確かに、疑われてもおかしくないかもな。あの状況は」

「ライターも、ガソリンの入ったタンクも、燃えて指紋などは出ないそうだ。母親の自殺と、娘の殺人の両方の線から捜査しているらしい」

「自殺……?殺人……?未遂じゃないのか?あの人は、今どうなってるんだ?」

「………」

 

慧音は俯く。

 

「……亡くなったよ。今朝、ゆっくりと息を引き取った」

「!!」

 

私は目を見開く。

母が……死んだ……

予想外にも、悲しみを覚えた。

あんな母親でも、私にはたった1人の母だったのだ。

 

「亡くなる前、一言だけ言い残していた」

「……」

「––––ごめんね、と」

「ッ………」

 

それが果たして、私に向けられた言葉なのかは分からない。

もしかしたら父に向けた言葉かもしれない。

しかし私は、その言葉に何か感じるものがあった。

 

 

 

––––これは、後で分かったこと。

母は鬱病だった。

私を追い詰めてしまったことを、後悔していたそうだ。

母は教育熱心で、誰よりも子供のことを考えていた。

しかしそれが、行き過ぎてしまっただけなのだ。

たった1人の娘は可愛かった。

しかし、その娘に拒絶され、何より原因が自らにあることが母を苦しめていた。

 

 

 

 

 

「妹紅」

 

慧音が私を呼ぶ。

少し考え込んでしまっていたようだ。

私はその声で、我に返った。

 

「……何?」

「私と、暮らさないか?」

「……は?」

「実は、妹紅のお父さんから、そうお願いされたんだ」

「え……?」

 

 

 

 

 

––––俺には、妹紅を育てる資格も器も……自信もない。

 

 

 

––––妹紅が唯一心を開いているのは、慧音、君なんだ。

 

 

 

––––もちろん、妹紅の生活費は俺が払う。可能なら、それ以上の仕送りもさせてほしい。

 

 

 

 

 

「私には断る理由がないんだ。お金など貰わなくとも、妹紅を引き取る覚悟はある」

「慧音……」

「言っただろう?今、私が救いたいと思っていた者が、目の前にいるんだ」

 

慧音は微笑みながら私に言った。

 

 

 

「妹紅、結婚してく「それは違うだろ」

 

 

 

そして私は、慧音に引き取られることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





*キャラ設定 (追記なし)


○藤原妹紅

12歳になる程度の年齢(4年前)
教育に熱心な両親のもとに生まれ、彼らの期待という重圧を一身に受けていた少女。
その反動からか男勝りな口調だが、中身はしっかり女の子である。



○上白沢慧音

22歳になる程度の年齢(4年前)
小学校教諭を目指し、見事にその夢を叶えた女性。
正義感が強く、とても頼りになる存在である。
幼い頃から知っている妹紅を妹のように想っている。


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第3話 薬 –– クスリ ––

 

 

 

 

 

 

 

 

––––あの火事から、2年が経った。

 

 

 

あの火事は私が放火したとしても、おかしくないものだった。

しかし、私の容疑は直ぐに晴れた。

母がガソリンを購入していた事実が判明したのだ。

また、まだ幼い私が、自らにかけることなく、母をガソリンまみれにすることが出来るとは考えにくく、私の容疑は薄れていった。

まあ元々、可能性の1つ程度にしか疑われていなかったそうだが。

 

 

 

 

 

––––つまり、慧音の家に来てから2年が経った。

 

 

 

私は地元の公立中学校に通っていた。

小学校時代、あまり友達の多い方ではなかったが、見知った顔の多い学校だ。

そして中学に上がり、私が敬語を使わなくなってから、友達と呼べる者が多くなった。

私はそれなりに充実した生活を送っている。

 

 

慧音も教師2年目に入り、まだ慣れないことも多く、辛いこともたくさんあるようだが、それなりに楽しんでいるようだ。

子供たちに夢や希望を与える。

そんな綺麗事のお手本みたいな目標を胸に、慧音は教師をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と綺麗に出来たな…」

 

私は病院にいた。

右足の火傷は痕が残ってしまう程の傷だった。

 

「私の腕をナメないで欲しいわ」

「出来るなら、さっさとやって欲しかったけどな。体育とか隠すの大変だったよ」

「この薬は、つい最近出来たものなのよ」

「医学の進歩って奴か」

「私の能力の進歩よ」

「は……?」

 

そんな私の火傷痕を消したこの医者––––八意永琳は、少し変わった人間だ……と、私は思っていた。

ただ、自意識過剰なだけかもしれないが。

 

 

しかし、その自信が頷ける程の能力を持っているのは確かだ。

この2年間、私が何度も忌々しいと思っていた右足の傷を見事に消してみせた。

2年前は––––というよりも、ついこの間までは––––治せる見込みはないと言われていたにもかかわらず。

 

 

それが今日になって突然、治せる薬が出来た、と永琳は何やら青っぽい液体が入った容器を手にしながら、微笑んでいた。

何だかアヤシイ薬のような気がしたが、それを塗ってもらうと、たちまち傷が消えていった。

私自身も、言ってる意味が分からない。

 

しかもこれ、永琳の自作らしい。

何者だ、こいつ。

本当に意味が分からん。

 

 

「師匠、お薬をお持ちしました」

「そこに置いておいてくれるかしら?」

「はい」

「………なんか、いつもと違うな?」

 

私は定期的に通院していた。

あの火事の日から、眠れない日がある。

それが連続することもあれば、一度きりで暫くはぐっすり眠れる日が続くこともある。

精神的なものだろう、と永琳は言った。

そして私に、軽い睡眠導入剤を処方してくれた。

まだ私が中学生だからだろうか?

永琳は必要以上の薬を私に持たせなかった。

だから私は頻繁に通院しているのだ。

 

 

そして今日も、いつものように、薬を貰いに来ていた。

そして今日も、いつものように、永琳の助手––––鈴仙・優曇華院・イナバが薬を持ってきた。

しかし今日は、いつもと違う薬だった。

 

「ええ、新薬よ。私オリジナルのね」

「また永琳作の薬かよ。もしかして私で実験してるのか?」

「想像に任せるわ」

「……まあいいけど。どんな薬なんだ?」

「夢を見られなくする薬よ」

「は……?何だそれ?」

「言った通りよ」

「いや、夢を見られなくしたらよく眠れるのか?」

「ええ。人は"常に"と言っていいほど、夢を見ているわ」

「え?」

「今も夢を見ている可能性が高いのよ」

「……どういうことだ?」

「白昼夢というものがあるのだけど、聞いたことがあるかしら?」

「ああ、あるけど……あれって自分の妄想とか空想とかが鮮明にイメージされてるだけなんじゃないのか?」

「今まではそう思われていたわ。だけどそれは間違いだった。人間は一日中、本当に夢を見ているのよ」

「へぇ……それで?」

「その夢は、睡眠の妨げになることがある。眠りに入りにくくなるの」

「ほぅ……その薬を飲めば、眠りに入りやすくなるって事か?」

「そうよ。ただ、誤解しないで欲しいけど、この薬は睡眠導入剤ではないわ」

「確かに、所謂睡眠薬と呼ばれているものとは種類が違うな。体にも悪くなさそうだ」

「そうね。とりあえず、1週間分だけ出しておくわ。眠れない日があったら飲んでみなさい」

「ああ、分かった。飲むのは寝る前でいいのか?」

「ええ。その薬は超即効性だから、直ぐに自然な眠りが訪れると思うわ」

「分かった。ありがとな」

「仕事よ。礼なんていらないわ」

「そういう訳にはいかないさ」

「……まあ、気持ちはありがたく受け取っておくわね」

 

永琳は呆れたように––––だけどどこか嬉しそうに––––微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少しして、また眠れない夜が来た。

なぜかは分からない。

永琳の言う"精神的なもの"に、あの火事が関係しているのかも分からない。

とにかく、無性に目が醒めるのだ。

 

 

私は部屋から出る。

音を立てずに、こっそりと。

別に疚しいことをする訳ではない。

ただ、慧音を起こしたくないだけだ。

 

 

しかし、こんな風に薬を取りに行くときはいつも思います。

あの火事の日も、こうして音を立てないように部屋を出たんだ。

 

 

私は処方された薬を戸棚から取り出し、冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出す。

食器棚から小さなコップを取り出し、水を注ぐ。

半分くらい注いだところで止め、開けっ放しにしていた冷蔵庫にペットボトルをしまい、扉を閉じた。

 

 

そして口に薬を含むと、一気に水で流し込む。

薬が喉を通るこの感覚が、私は少しだけ好きだった。

んっ……と息が漏れる。

超即効性らしいが、あまり変化があるようには思えない。

とりあえず、再び音を立てないように、部屋に戻った。

ベッドに入り目を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––気づけば朝だった。

 

 

本当にぐっすりだった。

途中で目が醒めることはもちろん、寝ていたことすら疑わしいほどだ。

しかし、体の疲れは取れた気がする。

 

「妹紅、そろそろ……ん?珍しいな、自分で起きたのか?」

 

慧音が私の部屋にやってきた。

私は普段、自分で起きることが出来ない。

眠気には勝てない。

だから慧音が、いつも起こしてくれるのだ。

 

「おはよう、慧音。今日は調子がいいんだ」

「ああ、おはよう妹紅。それは良かった。朝食は出来てるから、降りてきてくれ」

「うん、ありがとう」

 

 

 

––––確かに、夢を見ることはなかった。

 

"夢を見つける"という目標を掲げていた私が、夢を見られなくなる薬を飲むなんてな……と、私は内心苦笑する。

あれ以来、まだ明確な夢は決まっていない。

慧音のように人を導きたいとも、永琳のように人を救いたいとも思わない。

私は慧音と笑いあえるこの空間に居ることで、満足していた。

慧音にそのことを––––もちろん、恥ずかしくて多少は(ぼか)したが––––話すと、それも1つの生きる理由だと言っていた。

夢は無理して探すものじゃない。今満足できているなら、そのうち自然に見つかるだろう、と。

 

 

 

そんな慧音の作る食事は、とても美味しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌週、私は再び病院にいた。

薬が切れた為だ。

 

「じゃあ別に、眠れない日が続いた訳じゃないのね?」

 

私は、あの気づかないうちに眠っているような感覚が好きになってしまった。

それ故に、眠れない症状が出ていない日も飲んでしまい、きっちり一週間で薬を使い切ってしまった。

 

「まあこれは、睡眠薬と違って、体への負担はほとんどないけど……飲み過ぎていいこともないと思うわ」

「これ飲むと、本当によく眠れるんだよ」

「そうでしょうね。私が作ったんだもの」

「相変わらずの自信だな」

「とにかく、この薬がないと眠れないなんてことになっても大変よ?追加で処方するけど、飲み過ぎには気をつけなさい」

「既に中毒かもな」

「はぁ……体の出来上がってない子供には強力すぎるのかしら?改善が必要ね」

「やっぱり私は実験台だったのか」

「とりあえず、また1週間分だけ出すわ。今度は眠れない日だけにしなさい」

「……できるだけ気をつける」

 

私は視線を逸らす。

言葉だけではなんとでも言えるが、内心無理だと思っていた。

 

「……でも、気持ちはわかるわ。実はこれ、私も使ってるのだけど、気持ちいいほどぐっすり眠れるもの」

「なんだ、永琳も使ってたのか」

 

するとちょうど薬を持ってきた鈴仙が、私の耳元に口を近づけ、小声で言う。

 

「師匠は毎日飲んでらっしゃるわよ」

「へぇ……私には偉そうに言っておいて、自分も中毒かよ」

「自分で試してみようと思って飲んだら、やめられなくなったって言ってたわ」

「優曇華、要らないことは言わなくていいのよ」

 

永琳は鈴仙を睨みつけた。

鈴仙は少し怯む。

 

「はぁ……私はいいのよ、自分で作った料理を食べてるようなものだもの。でも妹紅は違うわ」

「どういうことだ?」

「貴女がこの薬の中毒になったら、私無しでは生きていけなくなるのよ?」

「……そ、それは、嫌だな」

「でしょう?この薬は私にしか作れないから、代替が効かないわ」

「分かった……出来るだけ気をつけるよ」

 

"出来るだけ"な。

永琳は断定しない私を見て、私に聞こえるようにため息をついていた。

 

 

 

 

 

 

 

そして私は、その晩も薬を手にしていた。

眠れそうにない、という訳ではなかった。

ただ……やはり、この薬に頼りたくなってしまう。

私は薬を口に含み、水で流し込む。

何度か飲んでいて、超即効性というものには頷けるようになった。

本当に、飲んですぐに効き目が現れるのだ。

ベッドに入った途端に朝を迎える。

そして私はその感覚が堪らなく好きだった。

 

 

私は部屋に戻ると、布団をめくり、その中に体を入れた。

そして目を閉じれば朝に––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––ならない。

 

 

 

 

おかしい。

いつもと違う。

なんだこれ?

眠れないぞ?

いや、無理やり寝ようとすれば寝られるのかも知れないが……

今までそんなことはなかった。

私が目を閉じれば、日が既に昇っており、鳥たちの鳴き声が聞こえ、慧音が不思議そうな顔をして起こしにくるのだ。

 

 

 

 

 

 

––––なんだ?

 

 

 

なんなんだ、これは……?

 

 

 

 

どうして私は––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––腹が減っているんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





*キャラ設定


○藤原妹紅

14歳になる程度の年齢(2年前)
教育に熱心な両親のもとに生まれ、彼らの期待という重圧を一身に受けていた少女。
その反動からか男勝りな口調だが、中身はしっかり女の子である。



○上白沢慧音

24歳になる程度の年齢(2年前)
小学校教諭を目指し、見事にその夢を叶えた女性。
正義感が強く、とても頼りになる存在である。
幼い頃から知っている妹紅を妹のように想っている。



○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」

35歳になる程度の年齢(2年前)
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。

【能力 : あらゆる薬を作る程度の能力】
簡単な材料から不思議な薬を作ることが可能。



○鈴仙・優曇華院・イナバ
「ひ、酷いです師匠!私が師匠を裏切るわけありません!!」

16歳になる程度の年齢(2年前)
永琳を師匠と慕う少女。
真面目で陽気な性格。
本来は臆病者だがユメクイ化の影響で少し強気になった。
人は力を手に入れると変わるのである()

【能力 : 波長を操る程度の能力】
光や音の波長を操ることで幻覚や幻聴を起こす。
相手の五感に干渉できる。

武器として弾丸を発射することができる。
自らの手で拳銃のような形を作り、発射する。


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第4話 能力 –– ノウリョク ––

 

 

 

 

 

「……随分と立派だな」

 

そこには竹林が広がっていた。

まるで高層ビルのように背の高い竹が、辺りを覆い茂っている。

私はその竹を見上げていた。

 

辺りを見渡せば、驚くほど視界が悪い。

一度迷い込めば、出て来られる保証はないだろう。

しかし、ここがどこなのか––––

 

 

 

––––私には分かった。

感じることができた、という方が正しいかもしれない。

 

ここは私の世界だ。

それは一瞬で理解できた。

とは言え、何もかもが初めて見るもので戸惑いを覚えているのは確かだ。

私はもう一度辺りを見渡す。

 

 

「……にしても、腹が減った」

 

 

私はひどい空腹感を覚えていた。

こんなに竹が生えているのだ。

筍が生えていてもおかしくはない。

もし見つけたら食べてしまおうか。

 

あ……生の筍って毒あるんだっけ?

 

「まあ、焼けば食えるか?」

 

そんなことを思いながら、無意識に左手の手の平から炎を出す。

 

 

 

「……ッ!?!?!?」

 

人体が自然発火している。

しかも、私の手だ。

驚かないはずがない。

 

だが––––

 

 

「熱く……ない?」

 

 

私の手は燃えている。

しかし、熱さは感じない。

まるでこの炎が、私の身体の一部であるかのようだ。

 

ふと、右手からも炎を出してみた。

当然のように出すことができる。

 

次は、目の前の竹に向かって炎を投げてみた。

火の玉が飛んでいく。

当然、竹に火がつき燃え出した。

 

私はいい気になって、次々に炎を出して竹を燃やしてみた。

先ほど同様に火の玉を投げてみたり、竹に直接炎を出現させてみたり、火で生き物を形作ってぶつけてみたり……

様々な方法で、竹を燃やした。

 

そして、気づいた。

結構暑い……というか、熱い。

どうやら、私の手を離れ、私の管理下に無くなった炎は熱いようだ。

周りの竹が燃え、かなりの熱を持っている。

 

てか……私ここから抜け出せないんだけど?

 

調子に乗りすぎた。

私は少し焦っていた。

このまま燃え死んだらどうしよう?

 

 

 

その時だった。

突然、竹が爆発した。

文字通り爆竹のように、大きな音を立てて爆発したのだ。

 

竹の中身は空洞であり、空気が入っている。

それが熱せられて膨張し、爆発したのだ。

 

熱風と共に、燃えた竹の破片が飛んでくる。

避けることは叶わず、私にその破片が刺さる。

酷く熱い。そして痛い。

 

私は情けない声をあげながら、竹に謝っていた。

しかしそんな私の声は届かず、破片が次々と飛んでくる。

その破片の1つが、私の喉に突き刺さった。

 

息ができない。

 

苦しい。

 

え、私このまま死ぬの……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––なんだこれ?

 

 

私は宙に浮いている。

実体を持たない魂として。

私の目ではない何かで、辺りを眺めていた。

私の肉体は燃えて消滅した。

それは爆竹による熱や炎で消滅したわけではない。

私の肉体は、自主的に発火し、燃えて無くなった。

 

 

––––死んだのか?私は……

 

 

違う。

死んでない。

直感的にそれが分かる。

そして、次に生き返ることも容易だった。

あの辺で生き返ろうか。

そう思うだけで、次の瞬間には私の肉体は再生していた。

 

「なんだ、この力……」

 

私は燃える竹林を、空から眺めていた。

今の私には身体がある。

自らの目で、しっかりと眺めている。

私の体は、宙に浮いている。

 

「私……どうしちまったんだ?」

「貴女が、今度のユメクイなのね?」

「れ、鈴仙!?」

 

私が振り返ると、そこには鈴仙がいた。

そして彼女も、空を飛んでいる。

 

「やっぱり……あの薬の効果かしら。それにしても、どうして私ばっかり集められるんだろう……?」

「何の話をしているんだ?」

「ああ、気にしないで。こっちの話だから」

 

いや、そんな言い方は逆に気になる。

そう思いながらも、私は突っ込まない。

それ以上に私の心を占める思いがある。

 

 

 

 

 

 

 

––––こいつ、美味そうだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでもいい。とにかく今は、腹が減ってるんだ」

「ああ、もう。どうして私ばっかり……」

「とりあえず喰わせろッ!」

 

私は炎を鈴仙へと向ける。

焼いたら美味そうだし。

しかし私の炎が届くよりも先に、私の右肩に風穴が空いていた。

炎の操作などする余裕はなくなり、鈴仙は軽々とそれを避けていた。

 

「な………ッ」

「捕食は諦めなさい。夢を崩壊させて、急いで病院に来て」

「……いっ……てぇ…………」

 

私は空腹が抑えられない。

 

「やっぱり、言っても聞かなそうね……その目は」

 

鈴仙は諦めたように私を見ていた。

 

「ごめんなさいね」

 

私の心臓に穴が空いた。

飛んでいることすら難しくなった私は、重力に身を任せ、そのまま落下した。

そして竹林の炎の中へと消えていく。

 

それを見ている鈴仙の表情や視線は、酷く冷たい。

 

「いつの間にか……殺すことに、躊躇わなくなっちゃったな……私」

 

鈴仙は1人呟く。

それを私は、しっかり聞いていた。

 

「安心していいぞ。まだ殺せてないみたいだからな」

「え…?」

 

鈴仙が私の声に反応して振り返る。

 

「心臓に穴が開くと、あんなに痛いんだな」

「ッ……!?」

「いやぁ……もっと、一瞬で逝くのかと思ったけど、結構辛かったわ」

「なんで……!?」

「いや、私も分からないけど……とりあえず、腹が減ってるんだよ」

 

鈴仙は私の頭を撃ち抜く。

私の体は燃えて消滅する。

そして再び蘇生––––再構築(リザレクション)––––した。

 

「もしかして……死なないの?」

「そうらしいね。なんでかは分からないけど」

「だったら大人しく諦めてよ!終わらないじゃない!」

「お前が諦めて喰われればいいんじゃないか?」

「嫌よ、私は死んじゃうもの」

「だったら死ねばいい」

「なんて傲慢なの……もちろん、それは出来ないけど」

 

鈴仙は私の体を再び撃ち抜く。

鈴仙は自分の武器の使用に慣れているようだった。

戦い慣れていない私は、なす術なく被弾する。

 

 

鈴仙は死なない程度に私を痛めつけた。

腕や足に幾らか風穴を開け、今は首を掴み、程よく締め付けている。

苦しい。

だが、抵抗するほどの力も残っていない。

いっそのこと、殺してほしいと思った。

 

「捕食を諦めて。そうすれば、この世界は崩壊する」

「……はぁ………はぁ………」

「まあ当然、声なんか出ないわよね」

 

私は目が朦朧としてきた。

 

「貴女はこの夢を崩壊させるだけでいいのよ。そして、病院に来なさい」

「…………………ッ…………」

 

 

 

 

 

––––空が割れた。

 

空腹感よりも苦痛が勝った私は、捕食を諦めざるを得なかった––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––藤原妹紅の夢は崩壊した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ッ!」

 

目が覚めると、私はベッドの上にいた。

朝にはなっていない。

私は少しの空腹感が残っていた。

 

 

 

––––私、何しようとしてたんだ?

 

––––鈴仙を、食べようとしてたのか?

 

 

 

先ほどの自分の思考が理解できなかった。

そもそもあれは何だったのだろうか?

 

現実ではないことは確かだ。

今の私は飛ぶことも炎を操ることもできない普通の人間だ。

あの世界は一体……?

 

 

 

私はそんなことを考えつつ、家を出た。

病院に向かうために––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

扉を叩く音がする。

自らの書斎で大きな黒い椅子に腰掛け、他人には任せられない業務をこなしていた八意永琳が入室の許可をすると、その扉は開かれた。

永琳の予想通りの人物がそこには立っていた。

 

「失礼します、師匠」

「何か用かしら?」

「はい。先ほど、またしてもユメクイに集められました」

「……そう。やはり増えているのね……改良しているのだけど、ダメなのかしら」

永琳は心底残念そうに視線を落とした。

その視線の先には自身の右手がある。

何度か握り、そして開く。

 

「この能力も、完璧じゃないのね」

 

永琳は呟いた。

 

「それで……また、殺したの?」

「いえ、殺せませんでした」

「殺せなかった…?貴女の能力が効かないほどの力があったの?」

「いえ、私は能力を使いませんでした。そしてそのユメクイが強かったわけでもありません。ただ……」

「ただ?」

「……そのユメクイは、不死のユメクイでした」

「不死のユメクイ……?」

「はい。おそらく、そういった能力かと……」

「そう……それで?そのまま逃したのかしら?」

「いえ、病院に来るように言ってあります」

「病院に?」

「すでに"窒息死"が騒がれ始めています。私だけで対処しているのには限界があるかと……」

「そうね。そのユメクイが協力してくれるなら、貴女の考えもいいと思うわ。でも、そのユメクイが協力してくれる保証でもあるの?」

「……おそらく」

「まあいいわ。それじゃあ病院に向かいましょうか」

「はい」

 

永琳は机から何かを取り出し、立ち上がる。

 

「師匠、それは?」

「夢を見られるようにする薬よ。貴女も飲んでいるでしょう?」

「あぁ……なるほど」

「じゃあ行きましょう」

「はい」

「ところで、優曇華」

「なんですか?」

「今から会うユメクイに随分と信頼に近い何かを寄せているようだけど……今回のユメクイは、誰だったの?」

「あ、それは––––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外は少し冷えていた。

風が吹き私の体温を奪う。

私は手をポケットに入れ、寒さに耐えていた。

 

「もう少し、なんか着て来るべきだったかな……にしても……」

 

––––お腹が空いてきた。

 

「さみぃな……」

 

 

もしかしたら、私は寝ぼけているのかもしれない。

薬の使い過ぎで効果が切れ、夢を見たのかもしれない。

私が病院に行っても、鈴仙は待っていないかもしれない。

 

だが……私は向かっていた。

あれが現実ではないとは思えなかった。

もちろん、現実世界ではないのだろうが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待っていたわ、妹紅」

 

病院に着くと、門前に八意永琳と鈴仙・優曇華院・イナバが待機していた。

 

「まさか貴女がユメクイになるとはね。やはり、あの薬が原因だと認めざるを得ないのね……」

「私を殺すのか?それとも、実験台にでもするのか?」

「そんな事しないわよ。実験台……の方は間違ってもないけど」

「何をするつもりなんだ?」

「優曇華、渡してあげて」

「はい」

 

鈴仙が私に薬を差し出した。

私はその薬に見覚えがある。

 

「夢を見られなくする薬か?」

「違うわ。それは夢を見られるようにする薬、"ANTI-Dm-ki"。『Dm-ki』への特効薬とも言える薬よ」

「でぃえむ……なんだって?」

「名称なんてどうでもいいのよ。とにかくそれを飲めば、空腹感がなくなるはずよ」

「ふーん……まあいいや。飲んでやるよ」

「随分と警戒心がないのね。ガサツなだけかしら?」

「ほっとけ。私はただ、お前の能力を信用しているだけだ」

「私の"能力"、ね……」

「なんだよ?」

「なんでもないわ。さっさと飲んでしまいなさい」

「何だか、はぐらかされた気がするな……まあいいか」

 

私はカプセル錠剤を一気に飲み込む。

 

「……ん?」

 

 

 

 

 

 

––––空腹感が無くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして––––

 

 

 

 

 

 

 

 

––––罪悪感が私を襲った。

 

 

 

 

 

 

「効果は現れたかしら?」

「わ、私は……人を……喰おうとしてたのか……?」

「気に病む必要はないわ。それは悪い病気みたいなものよ。悪い夢、と言った方が正しいかしら?」

「私も妹紅を殺そうとしたし、おあいこね」

「……そうか。でも、ごめん」

「じゃあ妹紅、その代わりと言っちゃなんだけど、私と一緒に戦ってほしいわ」

「戦う?」

「先ほどまでの貴女のような、野良のユメクイを殲滅する為にね」

「……そうか。だから鈴仙は戦い慣れていたんだな」

「それで、戦ってくれる?というか、戦わざるを得ないと思うけど」

「どういう事だ?」

「その薬は、"ユメクイに集められやすい"夢を見る薬なのよ」

「……あのさ、さっきから、ユメクイユメクイ言ってるけど、一体なんのことか、私にはさっぱりなんだけど?」

 

え、当然だよな?

いきなりユメクイだなんて言われてもねぇ?

なんで2人とも、そんなに呆れた顔してるの?

私、変なこと言ったか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどな」

「分かってくれたかしら?」

「とりあえず、お前の尻拭いをすればいいんだろ?」

「不本意だけど、そうなるわね」

「永琳には世話になったし、戦わざるを得ないし……やってやるよ。ユメクイの殲滅」

「ありがとう。それに、よかったわね優曇華。少しは貴女の負担が減るかもしれないわよ?」

「そうですね。そうなってくれると嬉しいです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––今回の藤原妹紅の一件をきっかけに、ユメクイ騒動の原因は主に"夢を見られなくする薬"の副作用によるものだと、八意永琳は帰納的に判断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





*キャラ設定


○藤原妹紅

14歳になる程度の年齢(2年前)
教育に熱心な両親のもとに生まれ、彼らの期待という重圧を一身に受けていた少女。
その反動からか男勝りな口調だが、中身はしっかり女の子である。



○上白沢慧音

24歳になる程度の年齢(2年前)
小学校教諭を目指し、見事にその夢を叶えた女性。
正義感が強く、とても頼りになる存在である。
幼い頃から知っている妹紅を妹のように想っている。



○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」

35歳になる程度の年齢(2年前)
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。

【能力 : あらゆる薬を作る程度の能力】
簡単な材料から不思議な薬を作ることが可能。



○鈴仙・優曇華院・イナバ
「ひ、酷いです師匠!私が師匠を裏切るわけありません!!」

16歳になる程度の年齢(2年前)
永琳を師匠と慕う少女。
真面目で陽気な性格。
本来は臆病者だがユメクイ化の影響で少し強気になった。
人は力を手に入れると変わるのである()

【能力 : 波長を操る程度の能力】
光や音の波長を操ることで幻覚や幻聴を起こす。
相手の五感に干渉できる。

武器として弾丸を発射することができる。
自らの手で拳銃のような形を作り、発射する。


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第5話 遊戯 –– ゲーム ––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いな。その程度じゃ死ねないんだ」

「ひっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––バリッ

 

 

 

 

 

 

「またこの世界も終わりか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––●●●の夢は崩壊した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鈴仙の言った通り、あれから何度も夢に巻き込まれ、戦わざるを得なくなった。

この世界で死んだものは、現実世界で窒息死する。

その説明は聞いていたが、ニュースになっているのを見て、少しだけ罪悪感が湧いた。

 

 

––––私も、人殺しになるのか?

 

 

というか、永琳が全部悪いんじゃないか?

情報公開した方がいいんじゃないか?

 

そう考えたが、思い直す。

もし永琳が情報公開すれば、確実に捕まるだろう。

しかし、そうなってしまっては困るのだ。

ユメクイの殲滅という、単純且つ唯一の解決策が実行不可能となる。

薬を飲まなければ、私もただのユメクイだ。

永琳の薬でユメクイになってしまったことは確かだが、永琳の薬がないと"ただの"ユメクイになってしまうことも確かなのだ。

 

だから私は、戦わざるを得ない。

 

––––そしてそれが、私の小さな目標(ゆめ)となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妹紅、朝だぞ〜」

「……むぅんんんっ、ねむぃ……」

「少し前は自分で起きれたというのに、また戻ってしまったな」

 

慧音が私を起こしに来た。

私は例の薬の効果により、多少の夢を見ることとなった。

その所為か、以前のような寝起きの良さはなくなってしまった。

とは言え、寝つきはそこそこ良い為、不眠に悩まされることは無くなったが。

 

「そろそろ起きないと、遅刻するぞ?」

 

慧音が私の肩に触れる。

そして私の体を揺すった。

 

「うぅ……はぁ、今起き––––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––るよ……って、またか」

 

夢を集められた。

先ほどの眠気が嘘のように吹き飛んだ。

 

「妹紅……?ここは?」

「慧音も巻き込まれたのか!?」

「巻き込まれた?」

「くそ、やりづらいなぁ……」

「おい、妹紅?話が見えないんだが?」

「とにかく私から離れないでくれ。あと、死ぬな」

「な、なにを突然……?」

 

私は左手から炎を出す。

 

「も、妹紅!?手が……ッ!」

「ここは慧音の知らない世界だ。でも、慧音は私が絶対に守る。だから、離れないで欲しい」

「……よく分からないが、分かった。妹紅についていれば良いのだな?」

 

慧音は私から手を離し、納得いかないような顔をした。

 

「それにしてもここはどこなんだ?」

「簡単に言えば、夢の中だ。そしてこの世界には主がいる」

「主……?」

「ああ。そして、そいつを殺せばここから出られる」

「殺すのか……?」

「仕方ないのさ。()らなければ、()られちまうからね。この世界は、残酷なんだ」

「その主とやらも、私たちを殺しにかかるってことか?」

「正確には喰いかかるんだけどね。まあ、結果は同じさ」

「そうか……私には何が何だか分からない。だから、妹紅に任せよう」

「そうしてくれると助かる。とりあえず、死者を最低限にする為にも、この世界の主を探さないとな」

 

私は慧音とともに歩き出した。

そこは至って普通の、簡素な森だった。

 

––––ただ、一点を除いては。

 

 

「それにしても……あれはなんだ?」

 

 

森の中の木々には、人形が吊り下げられていた––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なによ、あれ」

 

少女は森の中にいた。

その木々には、少女自身が操作可能な人形が吊り下げられている。

そして、その人形達が得た情報は少女の元へと届く。

 

そんな中で、その少女––––アリス・マーガトロイドは、不可解な現象を目にしていた。

 

「人体発火……?ありえないわ」

 

人間の身体に火がつくなどあり得ない……というより、あってはならない。

それは当然、人間の身体は燃えてしまうからだ。

にもかかわらず、彼女の身体は燃えなかった。

その上、自ら炎を出現させ、操っているように見えた。

まさに、人間業ではない。

 

「……彼女も、私と同じようなモノだと言うこと?」

 

彼女は人間ではない何か––––ユメクイを知っている。

それはもちろん、彼女自身がユメクイであるが故だ。

彼女は既に何度かこの世界を創造し、捕食行為を繰り返している。

その度に得られる満足感が、彼女の原動力となり、何度も夢を集めていた。

 

 

––––だが彼女は、それが窒息死の原因であることを知らない。

これは自分の夢であり、現実とはかけ離れている物だと解釈していた。

当然、現実と離れていることは確かだ。

しかし、無関係ではない。

ここでの死は、現実世界での窒息死と"ほぼ"同値である。

彼女がそれに気付かない……いや、気付くことができない原因は、まだ窒息死の発生件数が少なく、大したニュースとして取り上げられていないことにあった。

 

 

––––彼女にとって、この夢の世界はゲーム会場だ。

如何にして、(えさ)を喰らうか。

彼女の中には、それしかなかった。

 

 

「まあ、少し困難があるというのも、悪くないかもしれないわね」

 

 

そして彼女はこの状況を楽しんでいた––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、視界が悪いな。焼き払うか?」

「環境破壊は感心しないぞ」

「いや関係ないって」

「良い森じゃないか。空気が美味しいぞ」

「そうか?だとしても、空気なんか楽しんでる余裕ないんだけど」

「私は、こういった自然が好きなんだ」

「ふーん。そのくせして、住んでるのは都会なんだな」

「都会は便利だろう?自然への憧れもあるが、たまに嗜むくらいが丁度良いんだ」

「そーゆーもんか」

「……にしても、自然の物とは思えないモノが私たちを見ているな」

「そうだね。さっきから、ずっと見られてる––––あの人形達に」

 

慧音も不可解に思っていたようだ。

明らかに自然の造形物ではない人形が吊り下げられているのだから当然だが。

そして何よりも気味が悪いのは、その人形達の視線が私たちに集まっていることだ。

 

「さっさと出てこいよ……気持ち悪い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリスは2人の様子を伺っていた。

彼女は自身の失敗を良しとしない。

彼女はいつでも完璧を目指していた。

それ故に、彼女の"狩り"は慎重且つ丁寧だった。

 

 

 

「さて、どう遊ぼうかしら?」

 

 

 

––––しかし、聊か遊戯的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ…ッ!」

 

木々の間から、1人の少女が飛び出してきた。

輝かしい金髪に、透き通った白い肌。

まるで精巧に作られた人形のような美しさをもつ少女だった。

それは女の私でも見とれてしまうほどに。

 

「助けてっ!」

 

そんな少女が、私たちに助けを求めた。

息を切らし、汗を滲ませながら。

 

「どうしたんだ!?」

 

慧音が問う。

只ならぬ状況であることは一目瞭然だった。

 

「ば、化け物が……ッ!」

 

化け物––––おそらくユメクイのことだろう。

少女は心底怯えた表情で化け物について語った。

 

しかしそれは、私の知るユメクイとは異なるものであった。

 

大きな体に四足歩行。

裂けたような口に剥き出しの眼球。

皮膚には硬い鱗を持ち、手には鋭い爪を持つ。

まさに絵に描いたような化け物の姿を、少女は語った。

 

 

私のユメクイに対する認識は、超人的な能力を持った人間であるということだ。

今まで遭遇したユメクイ達は皆、人の形をしていた。

当然だ。

現実世界では、ユメクイも人間なのだから。

 

そして、奴らは知性を持っている。

人を騙すことも、当然のように出来るだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––だから私は思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この世界(ゆめ)の主はお前だな?」

「……え?」

 

私は怯える様子の少女の首を勢いよく掴んだ。

 

「かはっ!?」

「お前、ユメクイだろ?」

「ユ……ユメ、クイ……?」

「人を喰らう化け物のことさ」

「……ッ!」

「お前なんだろ?さっさと吐いてくれよ」

 

私は片手で少女を持ち上げ、宙に浮いていた。

背の高い彼女を持ち上げるには、私は飛ぶ必要があった。

今、少女の足は地面についていない。

私はさらに首を締め付ける。

相当キツイのだろう、見る見るうちに表情が苦痛に歪む。

 

「……?」

 

しかし、突然少女は笑った。

声は出さずに。

いや、出せないのかもしれないが。

そんな中、苦しみながらも、口角が上がったのが確認できた。

私は意味がわからなかった。

 

 

 

––––え?

 

 

 

その刹那、私の腕が切り落とされた。

肘から先が無くなっている。

 

私の手は力を失い、目の前の少女は重力に身を任せ、落下した。

 

「……は?」

 

激痛を感じる暇もなく、私の心臓が突き刺された。

 

「妹紅!!!!」

 

慧音の叫び声が聞こえた。

私の体は"焼失"した。

 

「げほっ、はぁ…はぁ……」

 

少女は咳き込みながら、私の"残り火"を見ている。

 

「……身代わり?」

「それは違うな」

「ッ!?」

 

少女は声のする方へと振り返る。

私は微笑んで見せた。

 

「私は、あの程度じゃ死ねないんだよ」

 

少女は驚愕の表情––––ではなく、嬉々とした様子で言う。

 

「なら殺してあげるわ」

「妹紅!」

「え、け、慧––––」

 

慧音が私に突っ込んできた。

抱きつくような形で私を押し倒す。

 

––––私がいた位置には、スピアを持った人形が通過した。

その人形は勢い余って少女へと向かった。

少し慌てた様子で、少女はそのスピアを躱す。

 

「慧音、危ないだろ!?」

「危ないのは妹紅の方だった!」

「良いんだよ、私は死なない!」

「……ッ」

「慧音も、さっきのを見ただろ?私は不死身だ!」

「でも……」

 

慧音は真っ直ぐ私を見る。

 

「……痛いだろう?」

「え……?」

 

「そろそろ茶番は終わりにしましょうか?」

 

そう言う少女は左右に2体の人形を連れていた。

 

一方は、先ほど私の心臓を貫いた、鋭いスピアを所持した青い服の人形。

もう一方は、私の腕を切り落とした、大きなソードを所持した赤い服の人形。

 

「退いてくれ、慧音」

「妹紅……」

「気持ちは嬉しい。が、もう手を出すな。黙って見ていてくれ」

 

私は覆い被さる慧音を退かし、立ち上がる。

 

「安心しろ。私は死なない」

 

私は精一杯笑ってみせた。

慧音はそれを見て少し考えた後に、一歩後ろへ下がる。

 

「慧音は私が守る」

「お熱いのね、お二人さん」

 

私は少女へと向き直る。

 

「紹介するわ。こっちの青いのが上海、そしてこっちの赤いのが蓬莱よ」

「なんだよいきなり」

「そして私は、アリス・マーガトロイド。よろしくね」

「いや……意味わからん」

「闘いの前には名乗るのが礼儀でしょう?」

「……そんな容姿のくせに、武士みたいな考え方だな」

「貴女のお名前は?」

「スルーかよ……私は藤原妹紅だ」

「そんな性格のくせに、ずいぶんと和風な名前なのね」

「お前、ムカつくな」

「さて、始めましょうか?」

「お前とは、会話ができそうにないしな」

「ふふっ……楽しいゲームになりそうね」

 

私たちは不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





*キャラ設定(追記あり)


○藤原妹紅

14歳になる程度の年齢(2年前)
教育に熱心な両親のもとに生まれ、彼らの期待という重圧を一身に受けていた少女。
その反動からか男勝りな口調だが、中身はしっかり女の子である。



○上白沢慧音

24歳になる程度の年齢(2年前)
小学校教諭を目指し、見事にその夢を叶えた女性。
正義感が強く、とても頼りになる存在である。
幼い頃から知っている妹紅を妹のように想っている。



○アリス・マーガトロイド
「私はもう、目の前で人を死なせない」

18歳になる程度の年齢(2年前)
人形のような美しさを持つ美女。
冷静であることを心がけているが、予想外の出来事には若干弱い。
しかし、その予想外の出来事を楽しむことができる。
また、かなりの世話焼きで、子供が大好き。
子供を愛でるのは、人形を愛でるのと同じよう感覚……らしい。

【能力 : 魔法を扱う程度の能力】
主に支援・回復系魔法を使う。

【能力 : 人形を扱う程度の能力】
具現化した人形を武器として用いる。
その人形はまるで生きているかのように行動する。
爆弾を内蔵しているものや、武器を所持しているものなど用途により種類は様々。


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第6話 人形 –– ニンギョウ ––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はっきり言おう。

少女––––アリスは、私の相手にはならない。

アリスの戦闘力が低いわけではない。

むしろ、今まで戦ってきたユメクイの中では上位に入るほどの実力を持っているだろう。

 

––––しかし、意味がない。

私に致命傷を負わせることができない。

いや、既に何度か殺されてはいるのだが……

私の能力––––"老いることも死ぬこともない程度の能力"の前には、全ての攻撃が無意味だった。

 

 

 

 

 

「本当に……気持ち悪いわね、その能力」

 

アリスが呟いた。

 

「悪いな。私に負けは無いんだ」

「そうみたいね、本当に強いわ」

 

そう言うアリスは笑っている。

 

「でもね、強いから勝つわけじゃない。勝ったものが、本当の強者なのよ」

 

アリスは、笑っている。

 

「そして守るモノがあると、どんな強者も弱者に成り得るのよ」

「……は?」

「ふふっ、分からない?分からないなら、教えてあげるわ!」

「……ま、まさかッ!!」

 

私は勢いよく振り返る。

私の視線の先には、慧音がいる。

 

「……え?」

 

その慧音が、疑問の声を上げていた。

何が起こっているか分からない。

そんな様子だった。

 

 

 

––––慧音の右胸を、針のように細く鋭いスピアが貫いていた。

慧音の背後には、そのスピアを持ったアリスの人形がいる。

慧音は肺に穴が開いたのだろう。

呼吸もままならず、声も上げられずに、胸を押さえて倒れこんだ。

 

「慧音!!!」

「馬鹿ね。隙だらけよ」

「ッ!?」

 

片足を刈り取られた。

私は支えを失い、倒れる。

その刹那、人形たちが降り注いだ。

その手には杭のようなスピアが握られている。

 

私の体は地面に(はりつけ)にされた。

 

「これなら逃げられないし、死ねないでしょう?大人しく私の食事になってもらうわ」

「……ぁ……ぁぁぁあぁぁあぁぁああぁあ!!!」

「くっ……厄介ね、この炎は」

 

私は全身に炎を纏う。

しかし、この炎を維持することでやっとだった。

 

「じゃあ、貴女が力尽きるのを待ちながら、こっちを喰べることにするわ」

 

アリスは慧音の方へと向かう。

慧音は依然として、(うずくま)ったままだった。

 

「死んでないわよね?」

「……くはぁっ!はぁはぁッ!」

 

アリスが慧音の髪を掴み、顔を無理やり上げさせる。

慧音は苦しそうな表情で、必死に呼吸をしている。

 

「今、楽にしてあげるわ」

 

大きな口が開く。

少女のモノとは思えない、大きな口だ。

 

「いただき––––「待テよ」

 

アリスが振り返る。

そこには、身体中にスピアが刺さった私がいた。

 

「慧音をハなセ」

「な、なんで……?」

「離セってイッてンだよ!!」

 

私はアリスを慧音から引き剥がした。

 

「きゃっ……ッ!」

「慧音ダけは、ゼッ対に守ル……」

「……も、もしかして、守るモノが貴女を動かしていると言うの……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

––––不思議な感覚だった。

私の体が、私の物ではないような感覚だ。

なんだか、他人に乗り移ったような……

いや、逆だろうか?

分からないが、もう痛みを感じない。

炎を出すこともできない。

もしかしたら、今なら蘇らずに死んでしまうかもしれない。

どうでもいい。

私は、慧音さえ救えれば、どうでもいいんだ。

 

 

 

 

 

 

私は、この時の記憶が……少し曖昧だ––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––勝てない。

 

アリスは直感的にそう感じた。

そしてその瞬間に空が割れ始めた。

 

「守るモノが、ここまで人を変えてしまうというの……?」

 

アリス・マーガトロイドは、愛を知らない。

そんなもの、幻想の世界の物だと思っている。

現実の愛とは、欲望の塊。

見返りを求める恋と、ほぼ同義。

結局は自分が得をするために、人を愛するのだ。

 

 

––––そう、思っていた。

しかし、目の前の少女は違った。

彼女は、守るモノの為に命を削る覚悟で立ち上がった。

実際、今ならば彼女は蘇らずに絶命するかもしれない。

それほど、体力、精神共に危機的な状況であると思う。

 

 

 

––––でも、勝てない。いや、彼女は負けない。

 

 

 

アリスはその場から、その思考から逃げた。

自ら作り出した森をひたすら走り抜ける。

妹紅は、そんなアリスを追いかけることをしなかった。

今の妹紅の目的はアリスを殺すことではない。

慧音を守ることだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––アリス・マーガトロイドの夢は崩壊した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––る、よ……?」

 

気づけば、慧音が私の体を揺すっていた。

あれ、私って確か磔にされて……

 

「どうした、妹紅?」

「いや……なんだか、凄く長い夢を見ていた気がして……」

「……夢?」

「ああ……夢だ」

「……妹紅?どうして……泣いているんだ?」

「え……?」

 

私の頰には温かいものがあった。

 

 

 

 

––––私は、慧音を救えたんだ。

 

 

 

 

「……なんでもない」

「怖い夢でも見たのか?」

「うん……そうさ。怖い夢だった」

 

私は体を起こし、慧音に抱きついた。

 

「……良かった。慧音が、ここにいる」

「寝ぼけているのか?妹紅?」

 

そう言って慧音は、微笑みながら私の頭を撫でてくれた––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、いつでも1人を選択してきた。

可能な限り、1人で居ようとした。

人付き合いなど、私には煩わしいだけだった。

 

 

 

 

––––違う。

 

本当は怖いだけだ。

裏切られるのが、怖いだけだ。

 

人は皆、己の欲望を糧に生きている。

善意など、そこには存在しない。

 

自分がよく見られたい、自分が認められたい。

善意などは全て、そんな思いからくるのだ。

欲望から、善意は生まれる。

 

そしてその欲望は、いずれその身を滅ぼすのだ。

周りの人間を巻き込んで。

 

だから私は、出来るだけ人と関わらない、安全な生活を送っていた。

––––そんな私の信頼できる存在は、人形達だった。

 

 

私は外に出る際––––そもそも、あまり出ることはないのだが––––常に人形を携帯している。

周りの人間から、白い目で見られることにはもう慣れた。

所詮、私とは関係のない人間達の目だ。

 

「上海、蓬莱、行きましょう」

 

そして今日も、人形達を連れて外に出た。

 

私が外に出るときは、決まって空腹を感じたときである。

それは人間としての空腹ではない。

あの世界においての空腹だ。

今朝は、起きた直後にそれを感じた。

私は直ぐに支度をして、家を出る。

 

私の家の近くに、小さな公園がある。

そこには大きな木が一本と小さな砂場があり、その奥には滑り台がある。

砂場あたりには、小学生らしい子と高校生らしい子の2つの姿が確認できる。

そして私はそれらが見渡せるベンチに腰掛けていた。

 

私はいつも、ここで"食事"をするのだ。

 

そして今日も––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––ッ!」

 

初めてだった。

捕食に失敗したことは、今まで一度たりとも無かった。

今回で分かったことは2つ。

 

1つは、捕食が失敗しても、あの世界から戻って来られるということ。

あの世界は、私の意思で成り立っているのだろうか?

捕食を断念した途端に世界が崩壊し始め、こちらへ帰ってくることになった。

 

そしてもう1つは……

 

 

 

 

「––––愛は、存在する?」

 

あの状況下で、再び私に刃向かう力が存在するとは思わなかった。

そしてその原動力が、守るモノへの愛だなんて……

 

「私は––––間違っていた?」

 

不意に、人が恋しくなった。

誰かと話し、触れ合いたくなった。

 

そう思って、人形達を抱きしめた。

それらは外の空気に冷やされ、冷たくなっていた。

 

 

 

 

「ねぇねぇ、そのお人形さん、貴女の?」

「……え?」

 

顔を上げると、先ほどまで砂場の方にいた女の子がいた。

 

「可愛い人形だね。私にも抱かせてくれないかな?」

「こ、この子は私の……」

「ダメなの?」

 

少女は私の上海を指差し、首を傾げながら私を見る。

 

「……乱暴に扱ったらダメよ」

「もちろん!」

「はい、どうぞ」

「やったッ!」

 

上海を抱きかかえると、嬉しそうに笑った。

 

「随分と可愛らしいお人形さんですね、諏訪子様」

 

人形を抱えた少女を"諏訪子様"と呼ぶのは、先ほどこの子と一緒にいた高校生らしき少女だった。

 

「そうだね。お人形さんみたいだ」

「……?人形みたい?」

「そうだよ。貴女がね」

「わ、私が……?」

「うん。貴女は人形のような可愛さ、美しさを持ってる。精巧に作られた造形物みたいだよ」

 

少女は、年相応とは思えない口振りで私に言う。

 

「ただし、心がない。それこそ、人形みたいにね」

「……え?」

「す、諏訪子様?突然どうされたのですか?」

「なんでもないよ。返すね、この人形」

 

少女は私に人形を手渡すと、再び砂場の方へと戻っていった。

 

「本当に諏訪子様はマイペースで……ごめんなさい。迷惑でしたよね?」

「……そうね。いい迷惑だったわ」

「申し訳ないです……でも、諏訪子様の仰ることも分かる気がしますよ」

「……?」

「ああ、えっと…その……お気を悪くされたら申し訳ないですが……はっきり言って、目が死んでました」

「……私の目が?」

「そうです。まるで自殺でもしてしまうような……すみません、失礼が過ぎますね」

「別に構わないけど……そう、周りからはそう見えていたのね」

「……何かあったのですか?私でよければ聞きますよ?」

「なんで見ず知らずの貴女に相談しなきゃいけないのよ」

「それもそうですね。でも、見ず知らずの私だからこそ話せる、というのもあるのではないですか?」

「……はぁ、なにそれ。常識的に考えておかしいでしょう?」

「そうかもしれません。ですが––––」

 

目の前の少女は、私の目を真っ直ぐ見て言った。

 

「––––この世界では、常識に囚われてはいけないのですよ!」

「……なにそれ。ふふっ、面白い人ね」

「えぇ…?面白いことを言ったつもりはないのですが……やっと、笑ってくれましたね!」

「え……?あぁ、今まで忘れてたわ。人と話すのが、こんなにも楽しいなんてね」

 

私の表情筋は、笑い方を覚えていたようだ。

 

「やはり間違っていたのね、私は」

「……?」

「なんでもないわ。ありがとう。気付かせてくれて」

「いえ、私は何もしてないですよ。貴女が自分で気付いただけです」

 

少女は笑った。

 

「……私は、アリス・マーガトロイド。貴女は?」

「私は東風谷早苗と言います。そしてあちらにいらっしゃるのが、洩矢諏訪子様です」

 

早苗は、砂場にいる少女を見て言った。

 

「……あの子、何者なの?ただのお子様には思えないのだけど」

「あ、諏訪子様は私より年上ですよ」

「……は?」

「かなり童顔ですし、身長も低いですが」

「いや、童顔とかのレベルじゃないも思うけど……」

「もしかしたら、何かの病気なのかもしれませんが、困ってないので医者に見せたことがないんですよね」

「……それにしては、幼い部分もあるのね」

 

諏訪子は砂場で遊んでいる。

その様子は、見た目の年齢に合致するものだった。

 

「そうですね。よく分かりませんが、諏訪子様は砂場が好きなんです。大地を感じられるとかどうとか……」

「大地って……あんな作り物に?」

「ですから、よく分からないんです」

「……そう」

 

あはは……と、早苗は困ったように愛想笑いを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





*キャラ設定(追記あり)


○藤原妹紅

14歳になる程度の年齢(2年前)
教育に熱心な両親のもとに生まれ、彼らの期待という重圧を一身に受けていた少女。
その反動からか男勝りな口調だが、中身はしっかり女の子である。

【能力 : 老いることも死ぬこともない程度の能力】
不死身の肉体(のようなもの)を持ち、"死"に相当するダメージを負うと肉体が再構築され、完全復活する。
魂を消滅させられない限り、負けはない。

武器として炎を出現させる。
出現させた炎に限り、自在に操ることが可能。
(何かに燃え移った炎などは、操ることができない)



○上白沢慧音

24歳になる程度の年齢(2年前)
小学校教諭を目指し、見事にその夢を叶えた女性。
正義感が強く、とても頼りになる存在である。
幼い頃から知っている妹紅を妹のように想っている。



○アリス・マーガトロイド
「私はもう、目の前で人を死なせない」

18歳になる程度の年齢(2年前)
人形のような美しさを持つ美女。
冷静であることを心がけているが、予想外の出来事には若干弱い。
しかし、その予想外の出来事を楽しむことができる。
また、かなりの世話焼きで、子供が大好き。
子供を愛でるのは、人形を愛でるのと同じよう感覚……らしい。

【能力 : 魔法を扱う程度の能力】
主に支援・回復系魔法を使う。

【能力 : 人形を扱う程度の能力】
具現化した人形を武器として用いる。
その人形はまるで生きているかのように行動する。
爆弾を内蔵しているものや、武器を所持しているものなど用途により種類は様々。



○東風谷早苗
「––––この世界では、常識に囚われてはいけないのですよ!」

15歳になる程度の年齢(2年前)
霊夢、魔理沙と同じ学校に通う少女。
成績優秀で真面目且つ明朗快活な性格から、学級委員長を任されている。
しかしどこか抜けている。
あと、鼻に付くところもあり、敵を作ってしまうこともしばしば……


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第7話 被選者 –– エラバレシモノ ––

 

 

 

 

 

 

 

 

私は扉を開け、部屋に入る。

そして人形をいつものように置いた。

 

「今日は食べられなかった……」

 

先ほどのゲームに失敗した私は、まだ"食事"を摂っていなかった。

 

「……でも今は、アレを楽しむ気分じゃ––––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––ッ!」

 

また、ここへ来てしまった。

確かに空腹感を感じては居たが……

今は食べる気分じゃなかった。

 

しかし……

 

「……お腹、空いたわね」

 

ここへ来た途端に空腹感が膨れ上がった。

それは、自分ではどうにもならないほどに。

 

「食べましょうか。今回は楽しむつもりはないから、さっさとね」

 

私は人形達を使い、索敵を行う。

木にぶら下げられた人形達が見た情報が事細かに伝えられる。

その膨大な情報量を、私は全て制御し、理解する事ができた。

 

先ほどの少女––––藤原妹紅は、そこに居なかった。

 

「……1番近いのはあそこね」

 

そして私は、"食事"を摂ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––アリス・マーガトロイドの夢は崩壊した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!」

 

満腹感と、底知れぬ満足感を得た私は元の世界へと戻って来た。

 

私の捕食方法は、至ってシンプルだ。

まず、獲物に近付き人形を展開する。

突然現れた私に驚く者や、逆に藁にもすがる思いで私と関わろうとする者など、獲物達はいろいろな反応を見せる。

しかし、私が人形を展開した途端、獲物達は皆同じ反応をする。

 

それは、逃走だ。

 

 

––––彼らは何故逃げるのだろうか?

 

 

多くの者は次のように考えるだろう。

 

目の前で起こった不可解な現象に、恐れをなして逃げているのだ、と。

或いは、その人形達が武器を所持していることや、明らかに私が好意的でない目を向けているのも理由になるだろう、と。

 

 

 

 

––––違う。

 

 

彼らが逃げる理由はそんな事ではない。

もっと根本的な理由がある。

では、彼らはなぜ逃げるのか?

それは––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––そこに足があるからよ。

 

 

私は展開した人形で即座に足を狙う。

逃走手段を奪うのだ。

 

あとは喉を潰して声を奪う。

五月蝿い悲鳴など、聞きたくない。

 

それから私は、"食事"を摂るのだ。

 

 

 

 

 

 

そして、今回食べたのは合計5人。

 

私と同い年くらいの男性と小学生くらいの女の子。

ちょっと化粧の濃いオバさんに、サラリーマン風の中年男性が2人。

 

どれも、現実に居そうな、ごく普通の人間だった。

会ったこともない人を、よくもまああんなに再現できるものだ。

私の想像力は凄いのかもしれない。

もしかしたら、人と関わらなすぎて編み出した能力かも知れないわね。

 

そんな冗談を思いながら、私はテレビをつけ、昼食の支度を始めた。

今度は人間としての食事だ。

生憎、あの空想世界での食事では、本当にお腹を満たすことは出来ないのよね……

 

 

––––それにしても、人と関わらなさ過ぎるのも、良くないかもしれないわね。

空想世界で、そのことに気付かされるなんて思ってもいなかったけど。

もちろん、諏訪子と早苗のおかげで気付けたと言っても良いと思うけどね。

 

「……関わると言っても、そんな人いないわね」

 

そう。

これが現実だ。

ご近所付き合いなど皆無だし、友達は作らないようにしてきた。

今更関わろうとしても、誰も––––

 

 

《臨時ニュ––スです。またしても"窒息死"が発生しました》

 

 

「……窒息?」

 

 

《近頃増加の一途を辿るこの窒息死ですが、先ほど午前8時14分頃都内にて、ほぼ同時刻に5名が倒れ救急搬送されましたが、搬送中に死亡が確認されました》

 

 

「……ぐ、偶然……よね?」

 

 

《いずれも通勤、通学途中に突然倒れた模様です》

 

 

気付けば私は、テレビに釘付けだった。

 

 

《死亡したのは以下の5名です》

 

 

テロップで5人の名前が表示される。

男性名と思われるものが3つと、女性名と思われるものが2つ。

 

 

《現在警察では原因の究明を急ぐ方針です。では、次のニュ––スです》

 

 

「……嘘でしょう?」

 

私は、捕食の前に必ず名を告げる。

そして、相手の名を聞くのも欠かさなかった。

もちろん恐怖で答えられない者もいるが、ほとんどの者が、その恐怖から答えざるを得なかった。

 

そして今回も、5人とも名前を聞いている。

 

––––そして、5人とも合致している。

 

 

 

「わ、私が……喰い殺したというの?」

 

 

 

 

 

––––この世界の主はお前ということだな?

 

 

––––お前、ユメクイだろ?

 

 

 

 

 

 

あの白髪の少女––––藤原妹紅が言った事だ。

彼女は、私の世界の創造物ではないということ?

現実に、存在する?

もちろん彼女だけでなく、他の者も全て。

 

 

 

 

私は––––人形?

 

 

 

 

私は––––人殺し?

 

 

 

 

 

私は––––ユメクイ?

 

 

 

 

 

 

私は––––私は––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––いったい何?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうして、展開してくれないのよ!?」

 

私はもう一度、あの少女に会わなければならない。

そしてあの少女に会うために、もう一度あの世界を創造しなくてはならない。

 

 

––––しかし、出来ない。

意図的に生み出すことは出来ないのだろうか?

 

 

確かにアレは、いつも突発的で、多少の猶予––––公園に移動する間などの短い猶予––––を持たせることはできるものの、自由自在に制御できるものではなかった。

 

 

––––アレが展開するとき、私はいつもお腹が空いていた。

酷い空腹感に襲われていた。

それをつい先ほど、満たしてしまったのだ。

 

 

私は、その空腹感が再び訪れるのを待つしかなかった––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《––––5名が倒れ救急搬送されましたが、搬送中に死亡が確認されました》

 

 

「怖いな……何かのウイルスかもしれない。妹紅、手洗いうがいはしっかりするんだぞ?」

 

テレビを見ながら、慧音は私に言った。

 

「そんなので防げるなら苦労はしないよ」

「そんなのとはなんだ。手洗いは大事だぞ?」

「病気ならね」

「……どういうことだ?」

「なんでもない。慧音、のんびりテレビなんか見てないで支度したらどうだ?」

「私は準備を終えているぞ?」

「……パジャマで行くつもり?」

「あ……そ、そうだな。今日はパジャマで出勤だ」

「馬鹿なこと言ってないで着替えな」

「……うむ」

 

そう言うと、慧音は着替えの為に自室へと向かった。

 

私達はいつも、着替える前に朝食などを済ませる。

着替えてからだと、食事や洗顔等で汚す可能性があるからだ。

まあ、私は別にどちらが先でもいいと思うが。

 

着替え終えた慧音が戻ってきた。

 

「じゃあそろそろ行こうか」

 

私たちはいつも、同じタイミングで家を出る。

慧音の小学校はかなり近く、私の高校は若干離れているのだが、お互いに出る時間が大体同じだ。

 

「待て妹紅」

「なに?」

「お弁当を忘れてるぞ」

「あぁ、サンキュ––」

 

慧音は毎朝、自分と私の分の弁当を作ってくれる。

いつも自分のを作るついでだと言ってくれるのだが、明らかに私のことを想って作ってくれている。

嫌でもわかるほどに。

 

 

だって……弁当箱開けたら" I ♡ MOCO "って書いてあったんだぞ?

恥ずかしすぎて、そっと蓋を閉じることしかできなかったわ。

本気で便所飯を考えたね、あの時は。

 

 

流石に今はそんなことないし、やめろって言ったから普通の弁当––––少し、可愛らしい気はするが––––になっているけど。

 

「他に忘れ物はないか?」

「たぶん平気」

「なら出よう」

 

そして私たちは、家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから2日が経った。

私はまだ、あの世界を展開することができていなかった。

 

空腹を感じる間隔は不定だった。

しかし今回は、少し長かった。

私は、次の空腹が待ち遠しい––––

 

 

私が、恐らく"ユメクイ"と呼ばれる殺人鬼であることを知った時はショックだった。

しかしその後、どこからともなく、"誇り"を感じるようになった。

 

あの後、ニュースで取り上げられているのを目にする機会が増えた"窒息死"事件。

それは私のような者が他にも多く存在することを示していた。

そしてあるキャスターが言った。

 

 

––––これは悪い病気だ、と。

 

 

それが喰い殺された人たちに向けられた言葉であることは明らかだ。

しかし、私は思う。

病気にかかったのは他でもない、私達だ。

 

 

––––つまり、選ばれたのが私達なんだ。

 

 

弱肉強食の、分かりやすく残酷な世界。

そんな世界を創造し強者になることができる選ばれた存在––––ユメクイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お腹が空いてきたわ––––やっとね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ」

 

気付けば、また巻き込まれていた。

何度目だろうか?

もう……慣れたものだ。

私はユメクイを殺してここから出る。

いつも通りだ。

 

 

––––さて、今回のユメクイはどんなのかしら?

 

 

辺りを見渡す。

そこは一見すると、普通の森に見えた。

 

ただ一点を除いて––––

 

 

 

「……人形?」

 

木々にぶら下げられた人形と目があった。

酷く気持ちが悪い。

たくさんの人形がぶら下げられているが、私の目に入る人形はどれも私を見ているようだった。

 

「そんなに見ないで欲しいわ」

 

 

撃ち落とす。

 

気持ちが悪い。

 

そして、また撃ち落とす。

 

 

「……あ。これってもしかして、索敵手段?」

 

もしそうなのだとしたら、そのユメクイはここに来ないかもしれない。

判断を誤ったかもしれない。

警戒されては、"狩り"がしにくくなってしまう。

だが––––

 

「……貴女も、ユメクイなの?」

 

後ろから声がする。

私は振り返った。

見るとそこには、先ほどの人形を大きくしたかのような少女がいた。

 

「貴女……ユメクイを知っているの?」

 

ユメクイに関しては、私たちがそう呼んでいるだけで、世間的に広まっている物ではない。

それを知っているということは、関係者?

少なくとも私は知らないが。

 

「ええ。ついこの間聞いたばかりだけど」

「……へぇ、妹紅にでも聞いたの?」

「そうよ。よく分かったわね」

「……妹紅のことも知ってるのね。貴女、何者?」

「私は、アリス・マーガトロイド。貴女は?」

「名乗れと言ったわけじゃないわよ」

「でも私は名乗ったわ。貴女も名乗るべきじゃないかしら?」

「はぁ……鈴仙・優曇華院・イナバよ。それと、1つ言っておくけど」

「何かしら?」

「……私をユメクイなんかと一緒にしないで欲しいわ!」

 

私は発砲する。

たった1発。

それは、心臓目掛けて飛んでいく。

 

しかし、アリスには届かなかった。

アリスは自身の正面に魔法陣を展開し、私の銃弾を受け止めた。

銃弾は勢いを殺され、地面に落ちる。

 

「……へぇ、魔法使いか何か?」

「ええ。まあ、攻撃のメインはこっちだけど」

 

アリスは十数体の人形を展開した。

人形たちは鋭いスピアや長いソード、或いは爆弾などを手にしていた。

それらは全てまるで自我があるように動き、私に向かって来る。

 

私はマシンガンの如く乱射した。

あまりこの形は好きではない。

確かに不可避となり、また今回のように数が多い相手には有効なのだが、破壊力が落ちるのだ。

 

「馬鹿ね、貴女」

 

アリスが言う。

何が言いたいのだろうか?

確かに破壊力は落ちているものの、人形たちを戦闘不能にすることくらいは出来ている。

ほら、もうすぐ人形も全滅––––

 

 

––––ドォンッ

 

 

人形は、爆弾を持っていた。

それに私の銃弾が着弾し爆発した。

そこまで距離があったわけじゃない。

私は吹き飛ばされてしまった。

 

「いったぁ……結構な火力ね」

 

しかし、ただ爆風に巻き込まれただけだ。

少し擦り傷はあるが、大したことはない。

私は立ち上がり、顔を上げる。

そこには爆煙が立ち込め、視界を遮っていた。

アリスの姿は確認できない。

やばいか……?と思ったが、それはアリスも同じことだろう。

お互いに姿が確認できない今、爆煙が消えるのをただ待つのは馬鹿馬鹿しい。

一旦姿を隠すか?

隙をついてゼロ距離から発弾できれば、魔法陣も無効に––––

 

 

 

 

「––––あ」

 

木にぶら下げられた人形が、そこにはあった。

そして、こちらを見ている。

 

 

––––目が、合った。

 

突如、煙の中から人形が現れた。

手にはスピアを持っている。

咄嗟のことに、私は避けきることができなかった。

 

そのスピアは、私の脇腹を抉った。

 

「ぐぁっ!?」

 

激痛が走る。

私がここまで重傷を負ったのは、これが初めてだった。

 

「1つ聞いていいかしら?」

 

爆煙の中から少女が現れる。

 

「……貴女は、死ねるユメクイ?」

 

私の目の前にいる、その少女は……笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





*キャラ設定


○藤原妹紅

14歳になる程度の年齢(2年前)
教育に熱心な両親のもとに生まれ、彼らの期待という重圧を一身に受けていた少女。
その反動からか男勝りな口調だが、中身はしっかり女の子である。

【能力 : 老いることも死ぬこともない程度の能力】
不死身の肉体(のようなもの)を持ち、"死"に相当するダメージを負うと肉体が再構築され、完全復活する。
魂を消滅させられない限り、負けはない。

武器として炎を出現させる。
出現させた炎に限り、自在に操ることが可能。
(何かに燃え移った炎などは、操ることができない)



○上白沢慧音

24歳になる程度の年齢(2年前)
小学校教諭を目指し、見事にその夢を叶えた女性。
正義感が強く、とても頼りになる存在である。
幼い頃から知っている妹紅を妹のように想っている。



○鈴仙・優曇華院・イナバ
「ひ、酷いです師匠!私が師匠を裏切るわけありません!!」

16歳になる程度の年齢(2年前)
永琳を師匠と慕う少女。
真面目で陽気な性格。
本来は臆病者だがユメクイ化の影響で少し強気になった。
人は力を手に入れると変わるのである()

【能力 : 波長を操る程度の能力】
光や音の波長を操ることで幻覚や幻聴を起こす。
相手の五感に干渉できる。

武器として弾丸を発射することができる。
自らの手で拳銃のような形を作り、発射する。


○アリス・マーガトロイド
「私はもう、目の前で人を死なせない」

18歳になる程度の年齢(2年前)
人形のような美しさを持つ美女。
冷静であることを心がけているが、予想外の出来事には若干弱い。
しかし、その予想外の出来事を楽しむことができる。
また、かなりの世話焼きで、子供が大好き。
子供を愛でるのは、人形を愛でるのと同じよう感覚……らしい。

【能力 : 魔法を扱う程度の能力】
主に支援・回復系魔法を使う。

【能力 : 人形を扱う程度の能力】
具現化した人形を武器として用いる。
その人形はまるで生きているかのように行動する。
爆弾を内蔵しているものや、武器を所持しているものなど用途により種類は様々。


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第8話 代償 –– ダイショウ ––

 

 

 

 

私の世界に、またしてもユメクイが現れた。

そのユメクイは、私の索敵手段である人形を次々と撃ち落としていた。

 

それを見て私は––––嬉しかった。

 

私が会いたかった少女ではない別の少女だったが、私に新たな発見を(もたら)してくれる可能性があるからだ。

 

––––さて、今回のユメクイはどんなのかしら?

 

私はそう思いながら、彼女の元へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「案外、呆気ないのね。前みたいに、色々と楽しませてくれるかと、期待していたのだけど」

 

目の前でひどい出血量の脇腹を抱えて苦しみながらも私を睨みつけている少女––––鈴仙・優曇華院・イナバに、私は言う。

 

「やっぱり、"死なない"ってかなりのチート能力よね。何度殺しても生き返るんだもの」

「……はぁ、はぁ……はぁ」

「そろそろキツイ?大人しく喰べられてくれるなら、すぐに楽にして上げるわよ」

「…だ、誰がッ……喰べられるもんか……」

「威勢だけは良いのね。でもまあ、念には念を……かしら?」

 

私は、スピアを持った人形たちを展開する。

そして以前の妹紅のように、鈴仙を磔にした。

 

「ぁぁぁあぁぁあぁぁああぁああぁぁぁああ!!!」

「やはり喉は潰すべきね、五月蝿いわ」

 

私は喉を潰そうと、人形をもう一体具現化させた。

その時、鈴仙が呟いた。

 

 

––––幻朧月睨(ルナティックレッドアイズ)

 

 

 

鈴仙の目が、赤く光る。

私はそれを見つめてしまう。

 

「……ッ!?」

 

 

突如、私の四肢に激痛が走る。

立つことなど出来ないほどの痛みだ。

 

よく見ると私の四肢は、何かに食い千切られたようになくなっていた。

私は地面を背に絶叫した。

 

気づけば、鈴仙が私を見下ろすように立っていた。

まったく傷など負っていない鈴仙が。

 

「病院に来なさい」

 

私は絶叫している。

普通なら、鈴仙の声など聞こえないだろう。

しかし、私の耳は鈴仙の声を聴き漏らさなかった。

 

「悔しいけど今の私には、貴女を殺す力は残ってない。だから、病院に来なさい」

 

私には意味が分からない。

なぜ病院なのか?

なぜ私を殺せないから、病院に来させるのか?

何も分からない。

 

「ここらで1番大きな病院よ。分かるでしょう?」

 

鈴仙の言葉の意味は理解できない。

しかし、なぜか私の心にその言葉が響き、まるで使命であるかのように聞こえた。

そんな私は、いつの間にか空が割れていることに気がつかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––アリス・マーガトロイドの夢は崩壊した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––ッ!」

 

誰も喰べられなかった夢は、これで2度目だ。

 

「……病院」

 

私の夢の中で、あの少女は言った。

病院に来い、と。

それは私に、使命感にも近い何かを感じさせていた。

 

「行かなきゃ」

 

そして私は家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴女は……」

 

私が病院に着くと、門前には2つの影があった。

その1つは先ほどの鈴仙・優曇華院・イナバだ。

そして、もう1つは––––

 

「あら、私のことを知っているのかしら?」

「当然よ。貴女は最近有名になっているじゃない。それに私は、貴女の元患者よ」

「……そう。私が忘れていたようね、ごめんなさい」

「良いわよ別に。貴女くらいになれば受け持つ患者数も多いのでしょう?私のことなんて忘れて当然だわ」

「そう言ってくれると、気が楽ね」

 

 

––––八意永琳。

"あらゆる薬を作る"医者として、近頃有名になった名医。

そして、私は3ヶ月ほど前に彼女の患者だった。

 

「それで、本題だけど……優曇華」

「はい」

 

鈴仙が私に薬を手渡した。

私は突然のことに戸惑いつつも、薬を受け取る。

 

「これを飲んで欲しいわ」

「……何の薬?」

「夢を見られるようにする薬、"ANTI-Dm-ki"。これを飲めば、ユメクイとしての空腹が消える。そして、夢に巻き込まれやすくなるの」

「つまり?」

「私や妹紅のように、ユメクイの殲滅に協力して欲しいわ」

「……何故私が?」

「貴女、結構強いじゃない」

「まあ、貴女よりは?」

「私は本気出してないわ。それに殺しきれてないでしょ?」

「なら、今ここで殺ろうかしら?お腹空いてるし」

「別にいいわよ?貴女には不利な条件になると思うけどね」

「……不利?」

「だって、今なら多分、妹紅も巻き込まれるし……ほら」

「え?」

 

鈴仙が、私の後方を指差す。

 

「うわぁ、マジで居やがるよ」

「藤原妹紅…ッ!」

 

ポケットに手を突っ込んだまま歩く少女––––藤原妹紅がそこにはいた。

妹紅は私の顔を見るやいなや、露骨に嫌そうな顔を向けた。

 

「アリス……マーガレットだっけ?」

「マーガトロイド、よ」

「なんでもいいや。それにしても、随分威勢がいいんだな。ひょっとして、まだ薬飲んでないのか?」

「ええ、飲んでないけど……どうして?」

「いやぁ、それ飲むとヤバイからさ。慰めてやろうかと思ってたんだが」

「ヤバイ?」

「……誤解を生むような言い方だったか?別に薬を飲んだら変になるとかじゃないんだ。まあ、変になるっちゃなるんだけどな。飲めば分かるさ」

「飲めば分かるって、貴女ねぇ……」

「どちらにせよ、お前には飲むしか選択肢はないだろ?」

「……あー、はいはい。飲めばいいんでしょ?別に、私が死んでも悲しむ人なんていないし、この世界に未練なんてないわよ」

 

私は半ばヤケクソ状態で薬を口に含んだ。

そういえば水くらい欲しいわね……と思ったが、言い出せる状況でもなかったので、そのまま飲み込んだ。

 

「––––ッ!!」

「お、来たか?」

「……私、人を––––ッ」

 

私は口を押さえて蹲る。

 

 

「その薬を飲むと食欲が消えて、正常な判断が戻ってくる。そんなユメクイが次に感じるのは––––」

 

 

 

人を––––喰べていた?

 

 

 

「––––強烈な罪悪感だ」

「人を……私が……嘘でしょう?」

「ユメクイによっては、捕食後にも罪悪感を感じることがあるらしいが、それは一時的なもので程度も低い」

「……嘘だ嘘だ嘘だ」

「人を食べたことのない私でさえ、その罪悪感に押しつぶされそうになったんだ。況してや、大量に食い殺したお前なら……尚更だ」

「嫌ぁぁあああ!!」

「そんなお前の気持ちが、少なからず分かるし同情もする。今のお前は、相当な苦痛を味わっているだろうからな」

 

妹紅はしゃがんで、私と視線を合わせた。

そして、私の肩に手を置いた。

 

「だから、慧音を殺そうとしたこと。実際に喰い殺しかけたこと。全部水に流してやる。その代わり––––」

 

私は泣き喚くのをやめて、顔を上げた。

 

「––––もう、お前の目の前で人を死なせるな」

「……」

「私は許すが、お前は既に人を殺しすぎた。当然の償いだろう?」

「……私の目の前で、人を……死なせない?」

「そうさ。まあ、詰まるところ、私たちと一緒にユメクイを殲滅しろってことだな」

「……分かった。私はもう、目の前で人を死なせない」

 

私の目には、もう涙はない。

その目を見て、妹紅は立ち上がる。

 

「……2人とも、これでいいか?」

「私はユメクイ殲滅の為に戦ってくれるなら、理由なんてどうでもいいわ」

「私も師匠と同じ意見よ」

「そうか。なら、改めてよろしくな。アリス・マドリード」

「……マーガトロイドよ。よろしくね、妹紅」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、人形の人」

 

私は公園に来ていた。

別に今日は"食事"の為じゃない。

そもそも、もう食欲なんてない。

 

「今日は人形を連れてないんだね」

「そうね。連れて来た方が良かったかしら?」

「……いや、連れて来なくて良かったよ。うん。連れてない方がいい」

「どうして?」

「今日の貴女はいい目をしてるから」

「……え?」

「諏訪子様〜ッ!」

「早苗、遅かったね」

「遅かったね、じゃありませんよ!突然姿が見えなくなったので心配しましたよ?」

「だって早苗、散歩中の犬っころと戯れてたし。お人形さんがいたし」

「私は人形じゃないわよ」

「うん、今は違うね」

「今も昔も人間なんだけど?」

「お久しぶりですね、アリスさん」

「私のこと、覚えてるのね」

「もちろんですよ。それにしても––––いい目になりましたね」

「……貴女も、それを言うの?」

「早苗もそう思うよね」

「はい!」

「そう……私、変わったのかしら?」

「それはもう、別人のように」

 

それから、私と諏訪子と早苗は、よく公園で会うようになった。

人と関わることを避けることは無くなったが、依然としてコミュニティがない––––ユメクイ仲間は少し別として––––私にとっては、数少ない知り合いである。

私は、この2人と共にいることが、少し心地よかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌だ、死にたくないっ!」

「逃げないでよ。そんなことしても、どうせあんたは『逃げられない』んだ」

「だ、誰か助けてっ!!」

 

男は、少女を追っていた。

少女は恐怖に震えながら、ひたすら走る。

 

––––しかし、躓いた。

何もないところで。

 

「はははっ!俺の"言葉"から逃げられないのさ!!!」

「い…いやぁ、こないでぇ……」

「このままあんたは、俺に『喰わ––––がはっ!?」

 

少女は目を見張った。

目の前の男が、喉を切り裂かれた。

 

 

––––人形によって。

 

 

「危なかったわね、貴女」

 

そして1人の少女が姿を現す。

 

「……この男の能力は、"言霊を操る程度の能力"と言ったところかしら?随分と厄介な能力だけど、その使い手が馬鹿じゃあ、仕方ないわね」

「かはっ、はぁ、はあっ!」

「喋ろうとしても無駄よ。隙だらけだったから、綺麗に喉を抉って上げたわ。自分の弱点や急所をさらけ出して高笑いするなんて、本当に馬鹿ね」

 

男は喉を押さえて蹲る。

 

 

––––空が割れ始めた。

 

 

「……私の名前は、アリス・マーガトロイド。冥土の土産に、覚えておきなさい」

 

そしてアリスの上海人形が、太く鋭いソードを振り下ろした。

 

血が飛散する。

真っ赤な鮮血だった。

 

私の後ろにいる少女は、もはや声も出せていなかった。

当たり前だろう。

人間の成せる技を超えるモノを目にしているのだ。

恐怖を感じて当然だ。

 

「今回も、誰も死なせなかった。貴女が生きていて良かったわ」

 

私は精一杯の笑顔を少女に見せた。

しかし少女の表情は硬く、目には涙を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––■■■の夢は崩壊した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニュ––スで、先ほど殺したユメクイが速報で取り上げられていた。

結局私がしていることは、前と変わらぬ殺人だった。

 

しかし、目的が違う。

 

 

––––救うために殺す。

 

 

言わばこれは、一種の治療なのだ。

体内に異変が起こってしまった患者への唯一且つ簡潔な治療法こそが、殺すことなのだ。

私は自らにそう言い聞かせ、自らを正当化していた。

 

そしてもう1つ。

 

 

 

––––私はもう、目の前で人を死なせない。

 

 

 

この使命を果たすことを目的とすることで、私は罪悪感から逃れ、ユメクイを喰らうユメクイとして、日々戦う時を過ごしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





*キャラ設定


○藤原妹紅

14歳になる程度の年齢(2年前)
教育に熱心な両親のもとに生まれ、彼らの期待という重圧を一身に受けていた少女。
その反動からか男勝りな口調だが、中身はしっかり女の子である。

【能力 : 老いることも死ぬこともない程度の能力】
不死身の肉体(のようなもの)を持ち、"死"に相当するダメージを負うと肉体が再構築され、完全復活する。
魂を消滅させられない限り、負けはない。

武器として炎を出現させる。
出現させた炎に限り、自在に操ることが可能。
(何かに燃え移った炎などは、操ることができない)



○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」

35歳になる程度の年齢(2年前)
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。

【能力 : あらゆる薬を作る程度の能力】
簡単な材料から不思議な薬を作ることが可能。



○鈴仙・優曇華院・イナバ
「ひ、酷いです師匠!私が師匠を裏切るわけありません!!」

16歳になる程度の年齢(2年前)
永琳を師匠と慕う少女。
真面目で陽気な性格。
本来は臆病者だがユメクイ化の影響で少し強気になった。
人は力を手に入れると変わるのである()

【能力 : 波長を操る程度の能力】
光や音の波長を操ることで幻覚や幻聴を起こす。
相手の五感に干渉できる。

武器として弾丸を発射することができる。
自らの手で拳銃のような形を作り、発射する。


○アリス・マーガトロイド
「私はもう、目の前で人を死なせない」

18歳になる程度の年齢(2年前)
人形のような美しさを持つ美女。
冷静であることを心がけているが、予想外の出来事には若干弱い。
しかし、その予想外の出来事を楽しむことができる。
また、かなりの世話焼きで、子供が大好き。
子供を愛でるのは、人形を愛でるのと同じよう感覚……らしい。

【能力 : 魔法を扱う程度の能力】
主に支援・回復系魔法を使う。

【能力 : 人形を扱う程度の能力】
具現化した人形を武器として用いる。
その人形はまるで生きているかのように行動する。
爆弾を内蔵しているものや、武器を所持しているものなど用途により種類は様々。



○東風谷早苗
「––––この世界では、常識に囚われてはいけないのですよ!」

15歳になる程度の年齢(2年前)
霊夢、魔理沙と同じ学校に通う少女。
成績優秀で真面目且つ明朗快活な性格から、学級委員長を任されている。
しかしどこか抜けている。
あと、鼻に付くところもあり、敵を作ってしまうこともしばしば……


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第9話 破約 –– ハヤク ––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、永琳。薬をもらいに来たぞ」

 

院長室の扉をノックもせずに開けながらそう言うのは、藤原妹紅だ。

その院長室にはには、シックな濃い茶色のデスクの奥で、大きな黒い椅子に座る女がいる。

しかしそれは、八意永琳ではなかった。

 

「あら妹紅、いらっしゃい」

「……アリス?なんでお前が?」

 

その座っている女とは、私––––アリス・マーガトロイドだ。

 

「ちょうど私も薬をもらいにね。にしても貴女、ノックをしないのは、どうかと思うわよ?」

「自分の部屋でもないのに、そんなところに座って"いらっしゃい"とか言っちゃう方も、どうかと思うぞ?」

「これは……座ってみたかったのよ。そもそも、ノックをしてくれれば急いで立っていたわ」

「まあ、座りたいのは分かる……てか、私も座りたい」

「ふふっ、どうぞ」

「……何やってるのよ、貴女達」

 

私が立ち上がり、妹紅が座ろうとしたところで永琳が部屋に入って来た。

 

「おい永琳。ノックしろよ」

「なんで自分の部屋に入るのに、ノックか必要なのかしら?」

「確かに」

「はぁ……それで、薬を貰いに来たの?」

「ええ。私も妹紅も、それが目的よ」

「少し待ってなさい。取りに行ってくるわ」

「……ん?取りに行く?」

「だって貴女達、アポなしで来るんだもの。貴女達の薬をいつでも携帯してるわけじゃないのよ?」

「いやいや、そうじゃなくてさ。鈴仙はどうしたんだ?いつもならあいつに取りに行かせるだろ?」

「あぁ……あの子なら、突然1人暮らしがしたいとか言って、出て行っちゃったわ」

「出て行った?」

「別に、ユメクイ殲滅の仕事を辞めたわけじゃないし、あの子ももう高校2年になったから、1人暮らししても問題はないでしょう」

「女子高生の1人暮らしなんて、結構危ない気がするけど」

「まあ、そんなことより、薬を取ってくるから、2人で大人しく待ってなさい」

「うぃー」

「分かったわ」

 

永琳は部屋を出て、扉を閉めた。

それを確認すると、妹紅は椅子に座った。

その様子を見て、私はクスッと笑った。

 

「な、なんだよ?」

「いいえ、なんでもないわよ」

 

妹紅は、ちょっと恥ずかしそうだ。

 

「にしても、鈴仙はもう高2かぁ……」

「貴女は中学生かしら?」

「ああ。鈴仙より2つ下だからな」

「なら受験期じゃない」

「まあ、そうだな」

「それにしては、随分余裕そうね」

「まだ5月だし……それに私は、そこまでレベルの高いところに行くつもりもないしな。もう、受験勉強は懲り懲りだ」

「貴女、中学受験でもしたの?」

「……さあな。忘れちまったよ、そんな昔の話」

「まあ、察しておくわ」

「そういや、アリスも一人暮らしだよな?」

「ええ、そうよ」

「大学生か?」

「いや、学生はもう辞めたわ」

「そうか。仕事してるのか?」

「ええ。人形を作って売ってるわ」

「え、お前、現実でも人形遣いなのか?」

「うーん、人形売りと言った方が正しいかも」

「へぇ……売れるのか?」

「ぼちぼちよ。私1人がやっと生活できる程度かしらね」

 

そんな下らない話をしていると、部屋の扉が開く。

 

「お待たせ。持って来たわよ」

「おお、サンキュー」

「ちなみに妹紅」

「なんだ、永琳?」

「アリスの人形、海外で人気なのよ」

「へ?」

「割と稼いでるわよ、この子」

「本当か!?」

「……まあ、それなりに人気があるわよ。けど貴女が知ってるとは思わなかったわ」

「私に知らないことなんてないもの」

 

なぜか得意げな永琳。

 

「まあ、そんなことどうでもいいでしょ?」

「ふふっ、そうね。じゃあ、今月の報告をしてもらってもいいかしら?」

「ええ、私の討伐数は5よ」

「私は7だ」

「そう……また増えたわね」

「そうだな。夢に巻き込まれる機会が増えてるからな」

「……まあいいわ。また、1ヶ月後に会いましょう。引き続き頼むわよ、2人とも」

「おう」

「ごきげんよう」

 

私は妹紅とともに院長室、そして病院を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、アリス」

「どうしたの?」

「––––まさかお前と、こんな風に並んで歩くことがあるとはなぁ」

「……」

「私たち、本気でお互いを殺そうとしてたのに。まあ、私は実際に何度か殺されたけど……。愛情と憎悪は紙一重ってよく言うが、これもそーゆーことなのかな」

「分からないわ。分からない––––けど、人と話すのは……なんだか楽しいわね」

「なんだよ突然。今の話の主旨とズレてないか?」

「いいのよ。これが貴女との出会いで分かったことなのだから」

「お前が何を考えてるのか、私にはさっぱりだよ」

「別に、分かって欲しいだなんて思ってないもの」

 

そう言う私の顔には、自然と笑顔が溢れていた––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

 

 

「––––ッ!」

 

私は夢の中へと引き込まれていた。

それはいつも通り何の脈絡もなく、突然だった。

 

「……私だけなのね」

 

隣に居たはずの妹紅の姿はない。

現実世界と同じ位置関係で成り立つ世界であるが故に、それは妹紅が巻き込まれていないことを意味していた。

 

「それにしても––––明るすぎるわね、ここ」

 

私が足をつけているこれが地面なのかも、そもそも地面が存在しているかも分からない程度には、光で埋め尽くされている。

しかし、眩しさはあまり感じない。

そんな不思議なこの世界には––––影ができない。

まるで全ての闇が消え去っているように––––いや、闇が消えているのではない。

何者かが、全ての闇が操り、集めている……?

 

 

そんなことを考えていると、一気に辺りが暗くなった。

その"何者か"が、闇を展開したのだろうか?

先ほどとは一転して、何も見えなくなった。

 

私は魔法を使う。

暗闇でも"視える"ように。

 

この暗闇で視るには、集中力が必要だった。

五感全てを使っては、集中力が保てない。

私は全神経を視覚に集中させた。

 

 

––––これで、なんとか視えるわね。

 

 

この闇の魔力––––本当にこの表現が正しいかは分からないが、私にはそう表現するしかない力––––はそこまで高くない。

ある程度の距離までなら見渡せた。

 

しかし、私は"視る"ことに集中しすぎていた。

私は、背後から近づいて来る足音に気がつかなかった。

 

「きゃっ!?」

「痛っ!?」

 

私は慌てて振り返る。

体制を即座に立て直し、臨戦体制をとる。

しかしそれは無意味だと、すぐに悟った。

 

「いきなり後ろからぶつかるなんて……貴女たちは人間のようね。2人でいるみたいだし」

「貴女、この闇の中で見えるの?」

「ええ、見えるわよ、私は魔法が使えるから。この程度の闇なら"視る"ことができるわ。それに……」

 

私は指先から光を放つ。

しかし魔力の消費が大きく、長時間や、高光力を保てるものではなかった。

 

「少しくらいなら、光も出せるわ。この闇の魔力はそこまで高くないけど……流石にこの程度の光が限界ね」

 

光で2人の少女の顔が照らされた。

1人はまだ小学生か中学生ほどの女の子だ。

しかしその目は既に大人びており、服装からも高貴な者であることが分かる。

もう1人は、私と同い年くらいだろうか?

服装からメイドであることが伺える。

おそらくこちらの少女の付き人であるのだろう。

 

「私はアリス・マーガトロイド。魔法使いみたいなものよ。この闇の主を殺しに来たわ」

 

私は前から、自己紹介をするのが自分の中での礼儀だった。

そして今回も、しっかりと自己紹介をする。

メイドの方が、私に怪訝な顔を向けてきた。

私は何かマズイことでも行ったのだろうか?

 

「私はレミリア・スカーレット。この子は私の自慢のメイド、十六夜咲夜よ」

「ご丁寧にありがとう。ところで、貴女たちは逃げて来たようだけど、その先にこの闇を操ってる者が居るのかしら?」

「ええ。おそらく移動してるでしょうけどね」

「でも、重要な手がかりにはなるわ」

 

私は笑顔を作り、感謝の意を示す。

そして明かりを消した。

 

「これ以上光らせてると、見つかっちゃうかもしれないから消させてもらうわ」

「もう遅いよ、見つけちゃった」

 

突然、声がした。

全く気配に気がつかなかった。

そして私は即座に対応出来なかった。

 

普段、索敵に人形を使っている私は、知らず知らずのうちに、人形に頼りすぎていたのかもしれない。

索敵に関して、今回はいつもより圧倒的に情報量が少なすぎる。

 

「咲夜!後ろ!!!」

「いただきまーす」

 

私は一部始終を視た。

 

 

レミリアが、咲夜を突き飛ばす。

 

 

そして咲夜はそのまま倒れこむ。

 

 

レミリアは突き飛ばした反動で後ろへと倒れようとする。

 

 

しかし咲夜は、レミリアと繋がれた手を離さない。

 

 

そのためレミリアは、咲夜の方へと引っ張られた。

 

 

 

 

 

 

 

そしてレミリアが、咲夜の元いた場所へと––––大きな口の中へと吸い込まれてしまった。

 

「…え?」

 

咲夜には血が降り注ぎ、レミリアの体の一部が飛んでいるようだった。

 

「……あれ?間違えちゃった?まあいいや、美味しかったし」

「よくも……私の目の前でッ!」

 

 

 

––––もう、お前の目の前で人を死なせるな。

 

 

この妹紅の言葉が私の中を渦巻いていた。

 

 

 

「本当はもっと食べたいけど……面倒くさいな、お前」

 

私は少女と目が合う。

しかし少女の目が私を捉えてるのかは分からなかった。

 

「……お嬢様?どこにいらっしゃるのですか?」

 

咲夜が、いるはずのない"お嬢様"へと呼びかけていた。

繋がれたその手を抱きしめながら。

 

––––その手を離していれば、レミリアは食べられずに済んだかもしれないのだが。

 

そして、空が割れた。

いや、闇が割れたと言った方が正しいだろう––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––ルーミアの集めた夢は崩壊した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!」

「分かって欲しくないだなんて、酷いこと言うな。それって私を拒否してるってことだろ?」

「わ、私は……人を……」

「……アリス?どうした?もしかして、集められたのか?」

「……め、目の前で……………貴女と約束したのにッ!」

 

私は蹲る。

 

「おいっ、アリス!?どうしたんだ!?」

「人を……死なせちゃった」

「……!」

「私、貴女と約束したのに。私の償いだったのに……ッ」

「落ち着け、アリス。お前の所為じゃない。悪いのはユメクイなんだ」

「……」

「お前がここで項垂れてしまったら、その殺された奴も浮かばれないぞ?」

「……」

「その、目の前で死なせてしまった奴へのせめてもの手向けとして、これからも戦うんだ。そしてもう、死なせるな」

「……それで、私の償いは達成されるの?」

「はっきり言うが、お前の償いなんてどうでもいい。そんなものは、お前自身の自己満足でしかない」

「ッ……」

「お前が仇を討ち、少しでもこれからの被害を減らす。これが私たちに課せられた使命なんだ」

「……」

「既にユメクイになってしまった私たちが生きていくには、それしか許されない。そうだろ?」

「……そうね、分かったわ。でも、もう誰も死なせない。それが自己満足の償いでも、私は償いたい」

「そうか。それなら私は止めないよ」

「ええ。でも……本当に、許されないわ。被害者を出した上に、ユメクイを逃してしまうなんて……」

「……逃しちまったのか?お前が?……そんなに強かったのか?」

「いえ、強くは……ないと思うわ。ただ、厄介な能力よ」

「厄介な能力?」

「おそらくあれは……"闇を操る程度の能力"といったところかしら?」

「闇……ねぇ。そいつは随分と面倒臭そうな奴だな」

 

 

 

 

 

––––そんな話をしている間、妹紅の背後を銀髪の少女が走り抜けたことに、2人とも気がつかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





*キャラ設定


○藤原妹紅

15歳になる程度の年齢(1年前)
教育に熱心な両親のもとに生まれ、彼らの期待という重圧を一身に受けていた少女。
その反動からか男勝りな口調だが、中身はしっかり女の子である。

【能力 : 老いることも死ぬこともない程度の能力】
不死身の肉体(のようなもの)を持ち、"死"に相当するダメージを負うと肉体が再構築され、完全復活する。
魂を消滅させられない限り、負けはない。

武器として炎を出現させる。
出現させた炎に限り、自在に操ることが可能。
(何かに燃え移った炎などは、操ることができない)



○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」

36歳になる程度の年齢(1年前)
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。

【能力 : あらゆる薬を作る程度の能力】
簡単な材料から不思議な薬を作ることが可能。



○鈴仙・優曇華院・イナバ
「ひ、酷いです師匠!私が師匠を裏切るわけありません!!」

17歳になる程度の年齢(1年前)
永琳を師匠と慕う少女。
真面目で陽気な性格。
本来は臆病者だがユメクイ化の影響で少し強気になった。
人は力を手に入れると変わるのである()

【能力 : 波長を操る程度の能力】
光や音の波長を操ることで幻覚や幻聴を起こす。
相手の五感に干渉できる。

武器として弾丸を発射することができる。
自らの手で拳銃のような形を作り、発射する。


○アリス・マーガトロイド
「私はもう、目の前で人を死なせない」

19歳になる程度の年齢(1年前)
人形のような美しさを持つ美女。
冷静であることを心がけているが、予想外の出来事には若干弱い。
しかし、その予想外の出来事を楽しむことができる。
また、かなりの世話焼きで、子供が大好き。
子供を愛でるのは、人形を愛でるのと同じよう感覚……らしい。

【能力 : 魔法を扱う程度の能力】
主に支援・回復系魔法を使う。

【能力 : 人形を扱う程度の能力】
具現化した人形を武器として用いる。
その人形はまるで生きているかのように行動する。
爆弾を内蔵しているものや、武器を所持しているものなど用途により種類は様々。



○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

18歳になる程度の年齢(1年前)
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。


○レミリア・スカーレット
「すぐに貴女を消してやってもいいのよ?」

13歳になる程度の年齢(1年前)
義務教育?なにそれおいしいの?的な英才教育を受けに受けまくった天才児。
えいさいきょーいくってすげー。
『うー☆』なんて言わないカリスマ系お嬢様(のつもり)。


○ルーミア
「……はぁ、わかったよ。断る方が面倒くさそうだし」

8歳になる程度の年齢(1年前)
極度の……本ッ当に、極度の面倒くさがり。
ただ、楽しい事や面白い事は普通に好き。
突拍子も無いことを言ったり考えたりするが、実は全て計算されている……かもしれない。

【能力 : 闇を操る程度の能力】
自らの周囲に闇を展開する。
その闇の中では相手も自分も視界を奪われる。
ただ、闇の中に何らかの方法で光が生まれると違和感を感じるようだ。

武器として闇を具現化させる。


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第10話 現実 –– ゲンジツ ––

 

 

 

 

 

 

 

 

「この子が、新しい仲間の––––」

「十六夜咲夜よ。よろしくお願いしますわ」

 

私は言葉が出ないでいた。

 

「よろしくな、咲夜。私は藤原妹紅だ」

「私は鈴仙・優曇華院・イナバよ。よろしくね」

「妹紅に、鈴仙ね」

「……おい、アリス?お前も自己紹介しろよ?お前、名を名乗り合うの好きじゃねぇか」

「ああ、いいわよ妹紅。アリスのことは既に知っているわ」

「え?」

「––––夢での事、覚えているのかしら?」

「ええ。薬を飲んだら思い出したわ」

「そう––––」

 

私は、頭を下げた。

 

「ごめんなさいッ!私が居ながら、あのような失態を……ッ」

「……頭を上げて、アリス。悪いのはユメクイであり、貴女ではないでしょう?」

「そうだぞアリス。昨日も私が言ったじゃないか」

「だけど……やっぱり私の責任よ」

「貴女が責任を取っても、誰も喜ばないわ」

「ッ……」

「私も、お嬢様も、貴女の所為だなんて思ってないから。貴女が責任を感じたところで変わることは何もないわ。なら、貴女に––––私達に出来ることは何?」

「……ユメクイの、殲滅?」

「分かってるじゃない。流石は私の"先輩"かしら?」

「そっか。もうアリスが1番の新参じゃなくなるんだな」

「後輩に諭されるなんて、ダメな先輩ね」

 

妹紅に続いて、鈴仙が私に言う。

鈴仙の顔は、憎たらしい笑顔が埋めていた。

 

「あら、優曇華。貴女、一度アリスに殺されかけてるのに、随分と強気なのね?いや、だからこそなのかしら?」

「し、師匠!?今それは関係ないですよ!」

「なんか、鈴仙が調子乗ってるな。私らで締めるか、アリス?」

「……ふふっ、そうね。磔にしてやろうかしら」

「磔にするのなら、ナイフを投げてもいいかしら?私、的確に心臓を差し抜く自信があるのよ」

「さ、3人とも止めてよ!?」

 

本気で嫌そうにする鈴仙の顔を見て、私達3人は本気で笑っていた。

そして永琳は、それを可笑しそうに眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––それから、1年。

 

少女たちは未だに、ユメクイの殲滅を完成させることはできなかった。

むしろ、ユメクイによる死者数は増えている。

おかしいとは思う者もいた。

しかし誰も言い出さず、そのまま私達は戦い続けていた。

 

そんな、ある日のこと––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……手は尽くしたわ」

「そんな……嘘でしょ!?魔理沙!魔理沙ぁ!!」

 

病室から悲痛な叫び声が聞こえて来た。

 

 

––––やはり、ダメだったようね。

 

 

ユメクイの集めた夢の世界での記憶は残らない。

例外はそのユメクイ自身か、私たちのような夢を見ることのできるユメクイか、"撒き夢"と呼ばれる性質を持った人間だけだ。

つまり、普通の人間は忘れてしまう。

 

そして今、病院で叫ぶ少女––––博麗霊夢も例外ではなかったのだろう。

 

––––結局、霧雨魔理沙は死んでしまった。

 

 

「どうして!?なんで私を助けて死んじゃうのよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 

––––助けて……死んだ?

 

 

確かに魔理沙は、霊夢が喰われる寸前に突き飛ばし、その身代わりとして喰われる形になった。

そう。霧雨魔理沙は博麗霊夢を助けて死んだのだ。

 

 

––––だが、おかしい。

 

 

どうして彼女は、その事を知っている?

いや……まさか本当に憶えているというの?

 

 

彼女が病院に駆け込んだときは驚いた。

夢の中での出来事を憶えているのかと思ったからだ。

しかし、すぐに思い返した。

体の異常を訴えるために病院へ駆けつける。

これは至って普通の考えだからだ。

だが、気になったのは確かだからこそ、こうして私は病室の扉の脇で、背中を壁に預けながら聞き耳を立てていたのだ。

 

 

 

「咲夜、何してるの?」

「ッ!?」

「そんなに驚かなくても……まさか貴女、あの子達と一緒に巻き込まれていたの?」

「……ええ、そうよ。だから少し気になってね」

「そう……気になるといえば、さっきのも聞いたわよね?」

「もちろん。やはり院長も、おかしいと?」

「ええ。あれはどう見てもユメクイに喰われて死んだものだし……"助けて死ぬ"ってのは、どうしても引っかかるもの」

「彼女、夢の中での出来事を憶えて……」

「その可能性はあるわ。もしかしたら、かなり昔の鈴仙みたいな状態なのかもしれない」

「……撒き夢、ということ?」

「ええ、そうよ」

「院長、私が彼女と話してきてもいいかしら?」

「いいけど……流石に今はやめた方がいいと思うわ」

 

私たちは病室内に目を向ける。

そこには周りを気にすることなく涙を流す霊夢がいた。

 

「貴女、今日は夜勤よね?その時に話したらどうかしら。少しは、あの子の気持ちも落ち着いてるでしょうし」

「分かった、そうするわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––その日の夜。

 

私は看護師の制服に身を包み、事務的な作業をこなしていた。

すると、本日の巡回の時間がきた。

 

 

この病院では、夜間に看護師が巡回をする。

もちろん病室にナースコールがあるため、急病の場合はそちらを押していただくのだが、それほど急でもないことや、ただ話し相手になってほしいというような患者さんのために巡回をしているのだ。

その巡回中に、あの少女––––博麗霊夢の病室に向かうことにした。

 

 

ユメクイに喰われた少女––––霧雨魔理沙には親族がおらず一人暮らしだったようだ。

その事情も考慮して、院長は暫く病室を貸すことを提案した。

この提案をした院長には、ユメクイを生み出してしまった自責の念があることも確かだろう。

そして、その提案に乗った霊夢は、今も魔理沙と共に病室にいる。

 

 

ちなみに、先ほど私が行なっていた"事務的な作業"とは、霊夢に斡旋する葬儀屋や火葬場の手配と死亡診断書に関するものだった。

詳しい話は明日以降にするつもりだ。

今日話したいことは、他にある。

 

 

 

 

そんなことを考えながら、ある場所に寄った後に病室の前へと着いた。

そして扉をノックする。

 

「博麗霊夢さん、御食事を持ってまいりましたわ」

 

私は手に、食事の入ったトレーを持っていた。

先ほど寄ったのは、この病院の給食室だった。

私は事前に作って置いた食事を、霊夢へと持っていくことにしたのだ。

 

中から返事がない。

眠ってしまったのだろうか?

 

 

––––入って良いわ。

 

 

そんな事を考え、再びノックしようかと思った頃に返事が来た。

もしかしたら、涙を拭き取っていたのかもしれない。

 

「失礼致しますわ」

 

私は部屋に入る。

霊夢は、こちらに背を向ける形で座っていた。

 

––––振り返り、私に目を合わせることはない。

 

「その辺に置いといてくれる?」

「かしこまりました。30分から40分ほどで取りに伺いますわ」

「ええ、ありがとう」

 

今はこのまま帰った方がいいかとも思った。

食事を摂った後なら、もう少し気持ちの整理もついているかもしれない。

しかし私の中で、好奇心の方がほんのちょっとだけ優勢だった。

 

「……私で良ければ、少しばかり、お話しませんか?」

「え?」

「分かりますわ。今の貴女は私に目を合わせてくれない。おそらく涙を浮かべていらした……そうでしょう?」

「なっ……」

「恥ずかしがらなくていいんですよ。時に涙は、心の傷を癒してくれます。辛かったら、どうぞ我慢せずに袖を濡らしてください」

「……うるさいわ。消えなさい」

「声が震えていらっしゃる」

 

私はクスッと少し声に出して笑ってみせた。

やはり涙を流していたのだろうか?

私はさらに、踏み込んでみることにした。

 

「その患者さんも、例の窒息なんですよね?」

「……ええ、そうよ?」

「怖い世の中ですわ。人がいきなり、呼吸をやめてしまうなんて」

「……」

「貴女はこの原因、何だと思われますか?」

 

自分でも、この質問が非常識であることは分かっていた。

しかし私は、霊夢が私の顔を見たときの反応が見たかった。

もし私の顔に覚えがなければ、ただ嫌われるだけだろうが……

 

「あんたさっきから何なの?食事を持って来ただけでしょう?」

 

明らかに霊夢は怒りをあらわにしていた。

そして私の方へと振り返る。

私の望み通りに。

 

「用が済んだならさっさと––––ッ!!!」

 

霊夢は目を丸くしていた。

期待通りの反応、といったところだろうか?

やはり霊夢は私を––––夢の中での出来事を憶えている。

 

「……あら、やっぱり覚えているのね」

「咲夜……何でここに?」

「何でって、私はここでナースをしているんだもの」

「ナース…?」

「そうよ」

 

霊夢は、意味がわからないといった表情で私を見る。

 

「あら、私、何かおかしな事でも言ったかしら?」

「何で、ユメクイが人間に紛れて生活してんのよ」

「私だって、元は人間よ。それに、この現実では人と変わりないわ」

 

なんとなく、お嬢様の事が頭をよぎってしまった。

"元"人間の私を、お嬢様は受け入れてくれるだろうか?

そんな事を、考えてしまった。

しかし、今はどうでもいい事だ。

 

「それにしても、夢での記憶が残ってるなんて……貴女、本当はユメクイなんじゃないの?」

「……どういうこと?」

「本来、人間は夢の中での記憶は消えるのよ。私みたいにユメクイにならない限り、思い出せないわ」

「本当に?」

「ええ。でなければ、ユメクイの話はもっと世間に知れ渡っているはずよ。どっかの馬鹿なユメクイが情報をインターネットに漏らしてるようだけど」

「確かにそうね……じゃあ、私は何で記憶が残ってるのよ?私はユメクイじゃない。それは夢に巻き込まれた時点で証明されてるでしょ?」

「そう。貴女はユメクイじゃない。だけどただの人間でもない」

「じゃあ、なんだっていうのよ?」

 

私は真剣な眼差しを霊夢に向けた。

 

「貴女は"撒き夢"よ」

「……マキユメ?」

「ユメクイにとっての、餌そのものみたいな人間のことよ。今まで夢に巻き込まれたことがないことから察するに、今回の出来事で撒き夢になった可能性が高いと私は思ってるけど、あるいは今まで奇跡的に巻き込まれたことがなかっただけかもしれないわ。まあ……前例が少なすぎて、確かなことは言えないのよ」

「なによ……それ……」

「少なくとも、1つだけ確実に言えること。それは、貴女はこれから幾度もユメクイに集められ、その度に今回のような経験をすることになるということよ」

「なんですって……?もしかして……今回、魔理沙を巻き込んだのは……私ってこと?」

「おそらく撒き夢である貴女と、なにかしらの接触をしていたからでしょうね。今まで知り合い同士で夢に巻き込まれたのはそのケースだもの。ほとんどカップルや親子だったわ」

 

霊夢は驚愕といった表情だった。

そしてそれは、自分が撒き夢である事を告げられた時よりも酷いものだった。

 

「私のせいで……」

「それは違うわ、霊夢」

「え?」

「貴女がそう言ってしまったら、せっかく助けてくれた魔理沙の気持ちを踏みにじることになる」

「!」

「魔理沙は自分のことより貴女のことを優先したのよ。魔理沙の気持ちを考えるなら、『私のせいで』なんて考えているよりも、するべきことがあるわ」

「……するべきこと?」

「ええ。貴女、ユメクイにならない?」

「え……?」

 

霊夢は、何を言っているのかわからないと言った様子だった。

 

「言ったでしょう?私、元は人間だって」

「つまり、人間をユメクイにすることができるの?」

「そうよ。もともとユメクイは、ある薬の副作用で生まれてしまったの。そして今ここに、その薬を"改悪"したもの、つまり副作用のみに特化した『ユメクイ化の薬』があるわ」

 

私はポケットから、袋に入った薬のようなものを取り出した。

 

「それを飲めば私がユメクイになるのね」

「そういうこと」

「でも、なんで私がユメクイにならなきゃいけないのよ?」

「貴女は撒き夢。この先幾度となく巻き込まれることが確定している」

 

私は淡々と続ける。

 

「ならばそれに対抗する手段として、夢を見ない為の薬––––ユメクイ化の薬––––を飲むことを提案しているの」

「なるほど、巻き込まれる為の夢を消してしまうのね」

「ええ。でもそれだけではないわ。ただのユメクイであることは許されない。もしユメクイになるならば、私たちとともにユメクイを喰らうユメクイとなってもらうわ」

「なるほどね……ん?ちょっと待って?私"たち"って……あんたみたいなユメクイを喰らうユメクイって他にもたくさんいるの?」

「これ以上は機密事項よ。貴女がこの計画に同意しないと、教えてあげられないわ」

「…少し、考えさせて」

「いいけど、こうしてるうちに、また巻き込まれるかもしれないのよ?」

「そうだけど…」

 

霊夢は魔理沙を見た。

その顔には白い布が被せられている。

 

「貴女、ユメクイが憎くないの?」

「え?」

「魔理沙をこうしたのは、他でもないユメクイなのよ。恨んで当然だと思うのだけれど」

「ユメクイが……魔理沙を……」

 

霊夢の目が、どんどんと険悪なものになっていくのが分かった。

その姿は、完全に過去の私とダブって見えた。

 

「ユメクイさえ、いなければ……」

「そうよ、ユメクイなんて、全て殺してしまいなさい」

「ユメクイを、殺す……」

 

霊夢は魔理沙を見ながら言った。

 

「……分かった。その薬、私に頂戴」

「決めたのね。ありがたいわ」

 

私は袋に入ったままの薬を、夕飯のトレーに乗せる。

その夕飯の上に手をかざしてみた。

ほのかに温かいが、少し冷めている。

 

「まだ温かそうだけど少し冷めちゃったわね、温めなおす?」

「そのままでいいわ」

「じゃあここに置いておくから、飲んでおいてね」

「ええ」

「……私のようなユメクイは、多くないのよ」

 

咲夜は呟いた。

 

「ユメクイになってユメクイと戦うなんてリスクの大きいこと、やりたがる人は少ないわ。それに無闇に情報を漏らしたくないから、勧誘もできないのよ」

 

私は霊夢にに視線を移す。

 

「だから、本当に嬉しいわ。決意してくれてありがとう」

「別に、あんたのためじゃないわ」

「ふふっ、そうね」

 

霊夢は魔理沙のためにユメクイになると思っているのだろうか?

 

––––しかしそれは違う。

同じような境遇の私だから分かる。

 

霊夢は、私と同じように––––罪悪感に押しつぶされないようにユメクイを殺すのよ。

その殺意が、憎しみが、後悔が––––己に向かないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





*キャラ設定


○藤原妹紅

16歳になる程度の年齢。、
教育に熱心な両親のもとに生まれ、彼らの期待という重圧を一身に受けていた少女。
その反動からか男勝りな口調だが、中身はしっかり女の子である。

【能力 : 老いることも死ぬこともない程度の能力】
不死身の肉体(のようなもの)を持ち、"死"に相当するダメージを負うと肉体が再構築され、完全復活する。
魂を消滅させられない限り、負けはない。

武器として炎を出現させる。
出現させた炎に限り、自在に操ることが可能。
(何かに燃え移った炎などは、操ることができない)



○上白沢慧音

26歳になる程度の年齢。
小学校教諭を目指し、見事にその夢を叶えた女性。
正義感が強く、とても頼りになる存在である。
幼い頃から知っている妹紅を妹のように想っている。



○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」

37歳になる程度の年齢。
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。

【能力 : あらゆる薬を作る程度の能力】
簡単な材料から不思議な薬を作ることが可能。



○鈴仙・優曇華院・イナバ
「ひ、酷いです師匠!私が師匠を裏切るわけありません!!」

18歳になる程度の年齢。
永琳を師匠と慕う少女。
真面目で陽気な性格。
本来は臆病者だがユメクイ化の影響で少し強気になった。
人は力を手に入れると変わるのである()

【能力 : 波長を操る程度の能力】
光や音の波長を操ることで幻覚や幻聴を起こす。
相手の五感に干渉できる。

武器として弾丸を発射することができる。
自らの手で拳銃のような形を作り、発射する。


○アリス・マーガトロイド
「私はもう、目の前で人を死なせない」

20歳になる程度の年齢。
人形のような美しさを持つ美女。
冷静であることを心がけているが、予想外の出来事には若干弱い。
しかし、その予想外の出来事を楽しむことができる。
また、かなりの世話焼きで、子供が大好き。
子供を愛でるのは、人形を愛でるのと同じよう感覚……らしい。

【能力 : 魔法を扱う程度の能力】
主に支援・回復系魔法を使う。

【能力 : 人形を扱う程度の能力】
具現化した人形を武器として用いる。
その人形はまるで生きているかのように行動する。
爆弾を内蔵しているものや、武器を所持しているものなど用途により種類は様々。



○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。



○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」

17歳になる程度の年齢。
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。


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第11話 優劣 –– ユウレツ ––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頼むわ、妖夢」

「お願いね、妖夢」

「ありがとう、妖夢」

 

 

 

「うん、任せてよ」

 

 

 

「妖夢って––––本当に使えるわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、いつも他人に流されてしまう。

そんな自分が嫌いだった。

 

 

人に頼まれると、いつも断ることができない。

それは自信がなく、意思が薄弱だからだ。

私は優しいのではない––––捨てられるのが、怖いだけだ。

 

 

私の周りでも、当然のように、いじめや差別があった。

それは大小様々だろうけど、どこにでもあることだし、全てを消し去るなんてことは無理だと思っている。

 

 

そして私はそれらを止められるほど、力も勇気も持ち合わせていなかった。

ただ私は、自分がその対象にならなければ良かった。

その為に私が考えたこと。

 

 

それは––––どんなモノが対象になるのか?

 

 

第一に考えられるのは、奇抜であるモノだろう。

それは悪い意味ではもちろん、いい意味でも。

 

 

人と違う思考を持っていたり、人と違う容姿や生い立ちの所為でいじめに遭うなんてことはザラにある。

逆に、頭が良かったり、容姿が良かったり、異性と仲が良かったり……そんな良い意味での奇抜な人間がいじめに遭う事も少なからずある事だ。

 

 

だから私は、周りに合わせる。

周りの人間の真似をする。

そうやって自分を殺してきた。

自分を守る為に、私は自分の意思を持たなくなった。

 

 

 

そして第二に考えられるのは、不必要な存在であるモノだろう。

そのコミュニティにおいて不要と判断されれば、差別化が成される事は容易に想像ができる。

 

 

だから私は、周りに従う。

頼まれればなんでもする。

そうして私は、断ることが出来なくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴女、随分と滑稽よね」

 

私は部活帰りで、家に向かって歩いていた。

今日も片付けを任され、それを笑顔で引き受け、人より遅く学校を出た。

すっかり暗くなった道を歩き、あの角を曲がれば家に着く。

––––その時、声をかけられた。

 

「……え?」

「貴女のことは、興味深く観察させてもらっていたわ。保身のために身を削る。本当に滑稽ね」

「な、なんですか?」

「貴女、そろそろ疲れたでしょ?」

「あの、一体何の話を……?」

「もし自分の思い通りになる世界があったら、どうする?」

「自分の思い通りに……?」

「そう。貴女は人を超えた存在になり、貴女以外は全て、貴女の餌と化す世界」

「……???」

「まあ、体験してみるのが早いわよね。ほら、この薬を飲みなさい?」

「薬を……?さすがに、危ない薬は飲みたくないです……」

「あら、断るの?」

「ッ……」

「いいのかしら?人の言うことには従うのが、貴女の信条じゃなくって?」

「で、でも限度が––––ッ!?」

 

私の目の前には、クラスメイトがいた。

いつも私をこき使い、利用する––––しかし共にいてくれるクラスメイトたちが。

 

「ほら、みんな見てるわ。早く飲まないと」

「……う、わ、わかった。飲むよ」

「ふふっ、それでいいのよ」

 

特に変化はなかった。

 

「これで、どうすれば……あれ?」

 

もう、私の目の前には誰もいなかった。

 

見渡しても誰もいない。

 

私だけがそこに取り残されたかのような不安が感じられた。

 

「……お腹空いたな」

 

そして、その次に来たのは、何故か空腹感だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……」

 

気づけば見知らぬ場所に、私は1人だった。

 

だが、不思議と恐怖はない。

この場所が初めての場所であるとは思えなかった。

いや、初めてなのは確かだが、ここは私の世界なんだという印象があった。

 

「……これが、自分の思い通りになる世界?」

 

そして1人なのは、もう慣れている。

恐怖なんて感情が、私に訪れるはずがなかった。

 

「よ、妖夢……?」

 

私を呼ぶ声がする。

そこには先ほども私の前に現れた、クラスメイトのうちの1人が居た。

 

 

––––この子も、私を使い回す、私のトモダチの1人だ。

 

 

「やっぱり妖夢ね!良かった……ここ、どこだかわかる?」

「ううん、私にも分からないんだ」

「はぁ……?使えないわね」

「……うん。ごめんね」

 

さっきまで不安そうにしていたのが嘘のように、少女は強気になる。

私は思った。

おそらくこの少女は、自分より下だと思っている者がいることで少なからず安心感を得ているのだろう。

人間は、弱い生き物だ。

自分が優位に立とうとし、自分より劣位の者を作ろうとする。

そしてその環境ができたと思った時に、底知れぬ安心感を得るのだ。

 

 

まさにこの少女が、それを物語っている––––と、私は思った。

私は既に、貴女より劣位だった私とは別物であることを知らずに––––

 

 

「妖夢?」

「……え?」

「どうしたの、ボーッとしちゃって」

「……ううん、なんでもないよ」

「そう?ならいいけど。さあ、移動しよう?」

「移動……?どこに行くの?」

「んー、それは分からないけどさ、とりあえず見晴らしのいいところに出たいし、他に人がいるかも知れないし……食べるものとか、飲むものとか必要だし」

「そっか……ちゃんと考えてるんだね」

「当たり前よ。じゃあ妖夢、先歩いてくれる?」

「……え?」

「え……って。私怖いもの。妖夢なら平気でしょ?」

「そんなの、私だって––––「先行けよ」

 

少女は酷く恐ろしい目つきで、私を睨みつける。

 

「……分かったよ。私が行く」

「分かってくれればいいのよ」

 

少女は先ほどと打って変わって、笑顔を浮かべていた。

 

私はそんな少女の表情に、嫌悪感しか抱かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも食糧なら、もう見つかったよ」

 

 

 

「え?どこに––––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––魂魄妖夢の集めた夢は崩壊した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……美味しかった」

 

––––貴女は人を超えた存在になり、貴女以外は全て、貴女の餌と化す世界。

その意味を理解した。

 

私はクラスメイトを食べてからも、他に3人捕食した。

どの"夢"も、美味して私を満足させた。

 

「本当に、私の為の世界なんだ……ッ!」

 

私はこの能力を得て、本当に嬉しかった––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––翌日。

 

学校は暗い雰囲気だった。

昨晩に喰べた少女が、亡くなったのだ。

それは普通ではない死に方––––最近話題の窒息死––––だった。

 

「……」

 

 

––––私が、喰べたから?

 

 

そうとしか、考えられなかった。

もしかしてあの世界で食べられた人間は、この世界で窒息死するのだろうか?

 

その考えに至ったとき、私を襲ったのは罪悪感でも、もちろん空腹感でもなかった。

 

 

 

 

底知れぬ満足感を得ていた。

 

 

 

 

––––人は、自分が優位に立ち、自分より劣位の者を作っては満足感を得る。

 

 

 

 

私も所詮、そんな弱い人間のうちの1人だった––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が夢を集め始めてから、まだ2度目のことだった。

今回も私は、私の餌として巻き込まれた人間どもを––––あわよくば、普段私を見下すクラスメイトたちを––––喰べるつもりだった。

 

 

しかし、そう上手くは行ってくれなかった––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

「––––ッ」

 

私は、夢に巻き込まれた。

それはやはり、突然のことだった。

 

「……また、巻き込まれたみたいね」

「もしかして、また夢の中?」

 

私と共に、霊夢も巻き込まれたようだ。

 

「……これが、撒き夢の性質なのね」

 

やはり霊夢には、撒き夢の性質があるようだ。

少し霊夢は落胆していた。

 

「ごめんなさい。まだ薬を飲んでいないから、戦えないわ」

「別にいいわよ。その代わり、ユメクイとの戦い方をよく見ておくことね」

「……ええ。分かったわ」

 

私は辺りを見渡す。

そこは、それなりに大きな木々が立ち並ぶ雑木林だった。

そして、死角が多い。

 

空間把握能力に長ける私は、微かな違和感を感じ取った。

敵は……2人?

いや、1人かもしれない。

酷く曖昧な人影がそこにはあった。

その影は、こそこそと木の後ろに身を潜めて私の様子を伺っているようだった。

 

「……居るのは分かってるわ、出て来なさい」

 

私はそう言うと同時に、ナイフを投げていた。

そのナイフは一直線に、ある木へと飛んでいく。

 

「うわぁっ!?」

 

そのナイフが刺さった木の影から、1人の少女が飛び出した。

 

「びっくりした!!なにこのナイフ!?貴女、何者!?」

「随分と元気のいいユメクイね」

「へ?ユメクイ?」

「あら、違うのかしら?貴女はここで、人間を食べているのでしょう?」

「そうだけど……って、なんで知ってるのよ!?」

「私も貴女と同じ、ユメクイだからかしら?」

「私と同じ?ユメクイ……?」

「ええ。だけど、貴女とは違うユメクイよ」

「え?それってどういう……?」

「だって私はの餌は––––ユメクイだもの」

「え?」

 

––––パチンッ

 

私は能力を使って、一気に間合いを詰めた。

 

「……あら、よく防いだわね」

「しゅ、瞬間移動……?」

 

私はナイフで喉元を切りつけようとするも、少女の剣がそれを阻止していた。

 

「瞬間移動とは違うけど、似たようなものね」

「厄介な技ね」

「技ではなく、能力よ」

「そんなのどうでもいい!」

 

少女は力任せに刀を振り、私を突き飛ばそうとする。

少女の力は、その体からは想像もできないほどに大きなものだった。

しかし、私の腕は動かない。

 

「な、なんて力……!?」

「ふふっ、貴女には分からない」

 

鍔迫り合いをしている中で、私の腕は動かない。

もちろん私が莫大な腕力をもっている訳ではない。

今の私の腕は、壁のようなものだ。

少女の剣にかかる力は、ただの抗力。

少女の剣から受ける力と同じ大きさの力が作用しているに過ぎないのだ。

 

 

 

 

––––私は、腕の時を止めていた。

 

 

 

 

私が時を止めた世界で動けるのは、"私以外"の時を止めているからだ。

つまり、全ての時を止めているのではない。

そんな事をしては、私も動くことができなくなってしまう。

私はいつも、"私以外"という部分的な空間の時を止めているのだ。

 

 

従ってその逆、"私のみ"の時––––今回は、"私の腕のみ"の時––––を止めることも可能だった。

そして、何もかもが動けない時の中で、いくら力を入れようとも動くはずがない。

 

部分的な時間停止は、多大な集中力と精神力を使う為、かなり辛いことは否めないが。

 

 

 

––––ちなみに、私が時を止めた世界で相手に攻撃をしないのもそのためだ。

その世界では、私のナイフが通るものは存在しない。

だから私は、間合いだけを詰めてから、時を動かしナイフで切りつけるのだ––––

 

 

 

 

––––そしてそれらを、目の前の少女に理解できるはずがない。

 

 

 

少女は、私に莫大な腕力があると誤解するだろう。

それでいい。

私を恐れてくれれば戦いやすい。

 

「くッ……」

「諦めなさい。貴女が力任せに対抗しても、絶対に勝てないから」

 

目の前の少女は負けず嫌いなのだろうか?

一向に力を抜く気配がない。

 

「はぁ……やめないなら、こちらから仕掛けるわよ?」

 

私は余っている左手で、具現化したナイフを握る。

私の背後にあるそのナイフを、少女の目は捉えていない。

 

「貴女、二刀流みたいだけど……一本しか使わないのね」

「お前だって一本しか使ってないじゃないか!」

「……ふふっ、それはどうかしら」

 

そう言って私は左手のナイフを、少女の腹へと突き刺した。

そして刺さったナイフの上から、少女の腹に膝蹴りを入れる。

深くナイフが突き刺さった少女は、体制を崩して後ろへ倒れた。

 

少女の腹からは鮮血が溢れる。

口からも血を吐いた。

おそらく、胃か腸に穴でも空いたのだろう。

 

「今、楽にしてあげるわ」

 

私はナイフを構えて少女の下へと––––その瞬間、背後の空間に微かな"違和感"を感じた。

 

「咲夜、後ろ!!!」

 

霊夢が叫ぶ声がした。

私は即座に振り返る。

 

「……ッ!」

 

そこには、剣を振りかぶる少女の姿があった––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––パチンッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––空が割れた。

 

これはいつも、私が満腹になると訪れる現象だ。

そしてこの世界の終わりを意味する。

 

「いい奇襲だったけど……ごめんなさいね。私は一瞬でも隙があれば避けられるのよ」

 

私はまだ、1人も喰べられていない。

主に目の前の少女のせいで。

 

だが、もう私には戦う力も人を喰う力も残っていない。

この世界は私の為の世界じゃなかったの?

 

「戦意喪失かしら?分身の方はまだ動けそうなのに……本体が諦めちゃったのね。情けないユメクイだわ」

 

半霊は半独立状態で、私の意思がなければ動かない。

私が諦めた今、半霊はただ様子を見るように突っ立っているだけだった。

 

「まあ諦めるのは勝手だけど……逃さないわよ」

 

少女が近づいてくる。

 

「さようなら。名前も知らないユメクイさん」

 

心臓をひと突き。

私は苦しむ間も無く、絶命した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––私は、一体誰のために……何のために生き……そして、死ぬのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あちゃー、やられちゃったか」

 

魂魄妖夢をユメクイにした張本人––––鈴仙・優曇華院・イナバも、その夢に巻き込まれていた。

 

「あの子……妖夢、だっけ?ああいう子は、現実世界に大きな不満や強いトラウマがある分、強力なユメクイになると思ったんだけど……まあ、咲夜相手じゃ厳しいか。ちょっと対戦時期が早かったかもね」

 

始祖体を目覚めさせるために、彼女はユメクイを増やしていた。

 

ある時は、今回のようにユメクイ化の薬を直接手渡ししたり、またある時は病院に潜り込み––––もちろん、八意永琳の病院ではない––––点滴薬や注射薬にユメクイ化の薬を混ぜてたりしてた。

 

そのどちらも、"Ym-ki"型のユメクイである彼女だからできることだった。

現実世界に能力を持ち込んだ彼女は、幻覚を見せたり己の姿を見えなくしたりすることで、彼女の行動はバレずに、そして的確に行われていた。

故に、爆発的に現在進行形で、ユメクイは増えている。

 

「さっさと目覚めてくれないかなぁ、始祖体さん」

 

そんなことを思い、呟きつつも、実はこの行為を彼女は楽しんでいた。

いかに強いユメクイを作り、咲夜や妹紅、アリスたちに対抗させるか。

それは彼女にとっては、ある種のゲームのような感覚だったのだ。

 

「私の"最高傑作"とも互角だったし、咲夜は本当に強いわね。そういえば、あの妹ちゃんも相当な力持ってるわよねぇ……あぁ、早く戦わないかしら?」

 

––––もう空は、ほとんど崩壊していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––魂魄妖夢の夢は崩壊した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




*キャラ設定(追記あり)


○鈴仙・優曇華院・イナバ
「ひ、酷いです師匠!私が師匠を裏切るわけありません!!」

16歳になる程度の年齢(2年前)
永琳を師匠と慕う少女。
真面目で陽気な性格。
本来は臆病者だがユメクイ化の影響で少し強気になった。
人は力を手に入れると変わるのである()

【能力 : 波長を操る程度の能力】
光や音の波長を操ることで幻覚や幻聴を起こす。
相手の五感に干渉できる。

武器として弾丸を発射することができる。
自らの手で拳銃のような形を作り、発射する。


○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。


○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」

17歳になる程度の年齢。
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。

【能力 : 空を飛ぶ程度の能力】
文字通り空を飛ぶことができる。

武器として御札を出現させる。



○魂魄妖夢
「私、もう迷わないよ」

17歳になる程度の年齢。
真面目で義理堅い。
ただ、自分に自信がなく、他人に流されやすいTHE日本人気質。
……に見えるが、実は意思がしっかりしている……ようでしてない。

【能力 : 剣術を扱う程度の能力】
具現化した二本の刀を自由自在に操ることができる能力。
だが、いつも長い方しか使ってない。

武器として二本の刀と半霊を具現化させる。
半霊は実体を持たせることも持たせないことも可能。
また、妖夢と同じ姿になら変身することができ、妖夢の声を半霊の口から出すこともできる。
つまり、同時に喋ることは出来ないが、半霊だけが喋ることは可能。


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第12話 不随 –– フズイ ––

 

 

 

 

「……あやっ?」

「文……?気づいたの!?」

 

私は何故か、知らないベッドの上で眠っていた。

そしてそこには、私の顔を覗き込み、安堵の息を吐く同僚––––姫海棠はたてがいた。

 

「よかったぁ……」

「……えっと、はたて?ここは?」

「病院よ。心当たりあるでしょ?」

 

私は、とある病院にいた。

少し街外れにある、小さな整形外科だ。

––––この時は、何故ここにいるのか、そもそもここがどこであるかすら、理解できなかったが。

 

「……心当たり?」

「え、まさか憶えてないの?」

「えっと確か……」

 

私は"窒息死"事件を追っていた。

近頃増え始めた、謎の"窒息死"。

突然呼吸が止まってしまう……というより、呼吸を止めてしまうそうだ。

そんな不可解極まりない大事件を、私は追っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––これは若き雑誌記者、射命丸文の今から1年以上前の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日の私は、この街で最も大きな病院にいた。

しかし、私は通院していたわけではない。

あの日は取材で、病院を訪れた。

 

「本日は取材にご協力頂き、誠にありがとうございます」

「構わないわ。貴女の取材を通して、少しでも私が救える患者が多くなるのならば、それに越したことはないもの」

「いやぁ、素晴らしいお心持ちですなぁ」

「医者として当然よ」

「いやいや、最近はハートフルな医者も少ないものですから。まだお医者様としては若手でいらっしゃるのに、能力があり精神的にも成熟していらっしゃる。本当に素晴らしいですよ、尊敬致します。まだ私も若くて舐められてしまう事が多いのですが––––」

 

 

(おだ)ててから話を聞くのは、記者の常套手段だ。

しかしそれが通用する相手は、ある一定のレベルより下の人間である。

取材経験の浅い私は、まだその事を理解していなかった。

 

 

「……で?何が聞きたいのかしら?薄気味悪いおべっかを使わなくても、答えられることは答えるし、答えられないことは答えないわよ」

「あやや……手厳しいですねぇ。私の言葉は、正真正銘、本心からですよ?」

「どうだかね」

「……まあ、貴重なお時間を割いてもらっているのは確かですし、話を進めることに致しましょう。八意永琳先生、貴女に聞きたいのは、近頃増加している"窒息死"についてです」

 

経験は浅くとも、取材自体は既に何度か経験している事だ。

さらに私は、人の表情の変化に気付く事ができる。

それが目の前の医者のように、動揺を隠すのが上手い人間だとしても、例外ではない。

 

––––だから私は、彼女の眉が、2mmほど上がったのを見逃さなかった。

 

「巷では、死神のノートだの、新種のウイルスだの、様々な臆説が流れていますが……先生はどうお考えですか?」

「私が知っているのは、世間の人と同じレベルの情報だと思うわよ。原因なんて、全くわからないもの」

「……嘘はいけませんよ、八意先生」

「嘘……ですって?」

「ところで先生」

 

突然話を変える私を、八意永琳は少し苛立った様子で睨みつけた。

私は臆することなく、彼女に問う。

 

「貴女が有名になったキッカケとなった薬、"夢散薬"を憶えていらっしゃいますか?」

「ええ、もちろん」

「その夢散薬が出回った1週間後に、初めての"窒息死"の死者が出たことはご存知ですか?」

「へぇ、そうなの。それは知らなかったわ」

「そうですか……では、さらにその1ヶ月後、夢散薬の処方を中止したのは何故ですか?」

「薬の問題点が発覚したからよ」

「問題点……ですか?」

「ええ。とは言っても、薬の効果に関しては全く問題なかったわ。夢を見られなくすることで眠りへとスムーズに誘導すること自体にはね」

「では、何故?」

「……少しばかり、中毒性が確認されたわ。中毒になったところで体に悪影響はないのだけど、あの薬は私以外には作れないものだから、後々困ることになるでしょう?」

「なるほど……しかし、貴女に"しか"作ることができないという点が気になりますね。何故でしょうか?」

「それは機密事項よ。答えられないわ」

「……そこをなんとか」

「無理よ。始めにも言ったでしょう?答えられないことは答えないわ」

「そうですか……残念ですねぇ」

 

私は溜息を吐き、精一杯の落胆を表現した。

しかし私は諦めていない。

聞き方を変えてみることにした。

 

「では、薬の作り方を教えていただくことは?」

「その作り方こそが、私にしか出来ない理由よ」

「それは製造工程ですか?それとも、素材の収集でしょうか?」

「素材はどれも、簡単に手に入るわ」

「なるほど。ならば、特別な道具や機械を使っているということですか?」

「使う機材は、ごく普通のものだけど……なんだかこのままだと、深いところまで入り込まれそうね」

「あやややや。気づかれてしまいましたか!」

「意外と油断ならないわね、貴女」

「お褒めに預かり光栄です」

「……褒めてないわ。むしろ邪魔な人間だと思っただけよ」

「邪魔になる程度には、私を認めてくれているということでしょうか?」

「はぁ……ムカつくほどのポジティブシンキングね」

「それにしても……おかしいですねぇ」

「……何かしら?」

 

私は首を捻ってみせる。

八意永琳は、そんな私を睨みつけるように見ていた。

 

「所謂"企業秘密"の理由は多くの場合、次の2つのどちらかです。1つは自らの利益を他人に分配したくないから。しかしこれは、貴女の"医者として当然"とまで言った心持ちに反しますよねぇ?」

 

八意永琳は、未だ私を睨みつけている。

しかし私は怯まない。

こんな視線には慣れっこだ。

 

「そしてもう1つは、特別な技術があるから。しかし貴女は、"ごく普通"の機材を使って、"簡単に手に入る"素材から薬を製造している。隠す理由が分かりません」

「……何が言いたいの?」

「いやぁ、魔法や超能力などを使わない限り、貴女に"しか"出来ないなんてあり得ないんですよ」

「……医者がそんな現実離れしたものを使うと思ってるの?」

「使ってない、とは言わないのですか?」

「ふふっ、想像に任せるわ」

「おおっと、そういえば企業秘密にする理由はもう1つありました!」

「……何かしら?」

「––––世間に知られては不味い事だから、ですよ」

「……」

「おや、もしかして図星ですか?」

「はぁ……貴女、本当に邪魔な人間ね」

「それは、肯定と取って構いませんか?」

「そんな訳ないでしょう。優曇華、お客様がお帰りよ」

「あやっ!?まだまだ聞きたいことがッ……」

「私は忙しいの。今日も多くの患者が私を待っているわ。それにこれ以上は––––」

 

八意永琳の目が、先ほどとは比べ物にならない程、鋭くなった。

私も……ほんの少しだけ息を飲む。

 

「––––不愉快よ」

「射命丸さん、こちらへどうぞ」

「で、ではまた、必ず伺いますよッ!」

「……」

 

私は、まだ高校生になったばかりと思われる小娘に連れられて、院長室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「見送りは、もう結構ですよ。八意永琳先生に、また必ず伺うと、もう一度伝えておいてください」

「分かりました」

「では、これで失礼––––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……結局、なんで私は病院に?」

「ほ、本当に憶えてない?ウソでしょ……マジで?」

 

院長室を出て、助手らしき少女と一言二言会話して……

最後に振り返って、営業スマイルを見せたところから記憶がない。

 

 

私は、記憶がなくなってる……?

 

 

「……私、なんで病院にいるの?」

「うわぁ……本当に憶えてないのね」

「そろそろ質問に答えなさいよ」

「んー、ショック受けるよ?聞かないほうがいいかも」

「はぁ?」

「まあ、自分の足のことだし……遅かれ早かれ、分かることだろうけどさ」

「いいからさっさと––––「文の足、もう動かないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––は?」

 

 

 

 

 

はたての言葉を理解するのに、時間がかかった。

 

 

 

 

 

「動かない?どういうことよ?」

「……そのまんまよ」

「そのまんま……って、馬鹿にしてんの?」

「じゃあ、動かしてみなさいよ」

「そんなの簡単に––––簡単に……ッ」

 

 

 

 

––––簡単に、かんたんに、カンタンニ……

 

 

 

 

はたては、何も言わずに私を見ている。

私も、現状を理解するのに時間がかかった。

 

 

 

 

 

少し……いや、かなり長かったかもしれない。

とにかく沈黙が続いた。

 

 

 

そしてその沈黙を破ったのは、はたてだった。

 

 

 

「……いきなり飛び出したらしいわよ、あんた。そこに、ちょうどダンプが突っ込んできて……あとはまあ、いろいろあってここに運ばれたの。一緒にいた鈴仙って子が運んでくれたみたいだけど。あ、ちなみに最初はこの病院じゃなくて––––」

「……もういいわ、ありがとう。あんたの崩壊した言語力のお陰で、少し正気を取り戻せたわ」

「は?」

「本当に、そんなんでよく記者やってるわね」

「私は撮る専門だし」

「はぁ……まあ要するに、事故で私の足は動かなくなったのね?」

「まあ、うん。そんな感じかな」

「……」

 

いつも通り薄気味悪いヘラヘラした笑みを、はたては浮かべている。

そう、"いつも通り"––––

 

「ちゃんとリハビリして、さっさと治しなよ。あんたがいないと、職場で張り合う相手もいないしね」

「誰と誰が張り合うって?」

「あんたの記事より、私の写真の方が売れてるわ」

「いや、それはない」

「ともかく、さっさと治せって言ってるのよ」

 

はたてがこの場にいるということは、職場に連絡がついているということだろう。

そして、いつリハビリを終えて復帰できるかわからない女の記者を気長に待っていてくれるほど、会社は––––世の中は甘くない。

私は当然、クビになるだろう。

 

「とりあえず、私はこれで帰るわね。もう夜も遅いし、ここに泊まるわけにはいかないから」

「ええ、いいわよ。その……色々、ありがとね」

「……キモッ」

「人がせっかくお礼してるのに、失礼ね」

 

おそらく、はたても––––いくら頭の悪い彼女だとしても––––それくらい分かりきっていることだろう。

その上で彼女は、"いつも通り"の態度で、私に希望を持たせようとしてくれているのだ。

 

 

 

そのことを理解した私は、さらに––––惨めになった。

 

 

 

取材で彼方此方駆け回る記者にとって、命とも言える足が動かないのだ。

 

私には絶望しかなかった。

 

 

 

「あ、帰る前に先生か看護師の人呼ぶわよ。目覚めたら呼んでほしいって言われてたし。だから、少ししたら人が来ると思うから」

「……」

「じゃあ……またね」

 

そう言うと、はたては病室を出て、扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は扉を閉める。

最後の文の辛そうな表情が、脳裏に焼き付いていた。

私は少し、その場を動けなかった。

 

昨日、文は近頃有名になった医者を取材すると飛び出して行った。

その帰りに文は事故に遭った。

その時に一緒にいた少女––––彼女は病院の外まで見送ってくれたらしい––––の話だと、文は突然道路へ駆け出して、運悪く通りかかった大型のダンプカーと接触。

一度、取材をしていた病院に運び込まれた後に、この病院へと移された。

脊椎の一部を損傷し、下半身付随だそうだ。

 

 

––––これらは全て、鈴仙という少女から聞いた話である。

 

 

そして文は、意識がないまま1日が経ち、つい先ほど目を覚ました。

私はその間、目覚めるのを待っていたのだが……

まあ、そのことに関しては、今度文に何か奢ってもらうことで勘弁してやろう。

そんなことより––––

 

 

 

 

 

 

––––この一件に関しておかしな点が、いくつかある。

 

 

まず、文はどうして飛び出したのか?

アイツを褒めるなど、全くもって癪に触ることではあるが……文は普段から周りが見えている。

そして、ずる賢いとも言える頭の良さがある。

そんな文が、意味もなく道路に飛び出すなど考えられなかった。

目撃者があの少女しかいない為、彼女の証言を信じるしかないのだが。

 

 

2つ目は、事故の痕跡が残っていないこと。

普通ならブレーキ痕や血痕などが残るはずなのだが、それらが全く見当たらない。

そのせいで、事故の捜査は全く進む気配がないそうだ。

今も、文を轢いた運転手は捕まっていない。

 

 

そして何よりおかしいのは、脊椎以外に、文に外傷が全く見当たらないことだ。

文の身体には、擦り傷1つなかった。

だからこそ、文は自身の足が動かないなんて夢にも思わなかったのだろう。

 

 

 

––––まあ結局、私が考えてもさっぱりだけど。

 

 

 

私はまだ、病室の扉の前から動けないでいた。

 

文の前では、気丈に振る舞った。

いつものように冗談を言い合った。

しかし、文の足が本当に動かないと知ったときは、私も言葉に詰まってしまった。

衝撃だった。

布団の中にある足を、直接見たわけではないが……

それらがピクリとも動かずに静止していることは分かった。

 

「……ッ」

 

いつの間にか、私の目には涙が浮かんでいる。

さっきまでは、ちゃんと堪えられたのに。

 

そのとき、(すす)り泣く声が病室から聞こえてきた。

当然、文のものである。

 

私は手で口を押さえ、声を出さぬように努めた。

私はまだ動くことができず、その場にしゃがみ込んだ。

口を覆う手が、涙で濡れ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか?」

「ッ……!」

 

突然声をかけられた。

それは、この病院のナースらしき人物だった。

私は驚いて声が出そうになるも、すでに手で覆っていた為、なんとか声を出さずに済んだ。

 

「……ご、ごめんなさい、帰ります」

 

私は涙を隠す為に俯きながら言った。

 

「あの、文が……この病室の射命丸文が、目を覚ましたので、先生に伝えておいてください」

 

私は目を合わせずに、一礼してさっさと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




*キャラ設定(追記あり)


○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」

36歳になる程度の年齢(1年前)
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。

【能力 : あらゆる薬を作る程度の能力】
簡単な材料から不思議な薬を作ることが可能。



○鈴仙・優曇華院・イナバ
「ひ、酷いです師匠!私が師匠を裏切るわけありません!!」

17歳になる程度の年齢(1年前)
永琳を師匠と慕う少女。
真面目で陽気な性格。
本来は臆病者だがユメクイ化の影響で少し強気になった。
人は力を手に入れると変わるのである()

【能力 : 波長を操る程度の能力】
光や音の波長を操ることで幻覚や幻聴を起こす。
相手の五感に干渉できる。

武器として弾丸を発射することができる。
自らの手で拳銃のような形を作り、発射する。



○射命丸文
「誰も私に追いつけない」

24歳になる程度の年齢(1年前)
大手新聞社の記者。
年功序列の考えを強く持ち、調子に乗った年下を最も嫌う。
目下の者にも敬語を使うことが多々あるが、それは決して相手を敬っているわけではない。



○姫海棠はたて
「もー、あいつマジでムカつくっ!」

24歳になる程度の年齢(1年前)
大手新聞社のカメラマン。
年功序列の考えを嫌うも、上には逆らえない。
あまり活発な性格ではないが、仲の良い者といる時や、感情が高ぶった時などは饒舌を振るう。


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第13話 風 –– カゼ ––

 

 

 

 

 

 

––––射命丸さん、入ってよろしいですか?

 

 

部屋の外から声がした。

おそらく、はたてが呼んだ看護師だろうと思い、私は急いで目元を拭ってから、『どうぞ』と入室を許可した。

 

「失礼します。お目覚めになられたようで」

「……ええ」

「点滴薬を交換しますね」

 

看護師は私の点滴薬に手をかける。

そういえば、私はいつから眠っていたのだろうか?

はたての話から察するに、少なくとも1日は寝ていたのだろうが……

この点滴の所為で空腹感が無く、時間が経った気は全くしなかった。

そんな事を思いながら点滴薬を変える動作を、私は意味もなく眺めていた。

すると、看護師が私に問う。

 

「……足の調子は、どうですか?」

「私の意思では動かせない程度には傷んでるみたいよ」

「そうですか……」

「治す目処は、無いのかしら?」

「申し訳ありません」

「謝られても仕方ないわ。貴女を責めても仕方ないし」

「それはどうでしょう」

「……は?」

「いえ、なんでもないですよ」

 

意味のわからない事を言った看護師は、気持ち悪い笑みを浮かべていた。

そんなやりとりのうちに、看護師は点滴薬の交換を終えていたようだ。

 

「先生を呼んで参りますね」

「……」

「それでは、お楽しみ下さい」

「……あんた、さっきから何言ってるの?」

 

またしても意味のわからない発言をした。

私が率直に問うも、彼女はそれに答えることなく退室した。

 

「……アイツ、意味わかんない」

 

その言葉は、意図せず漏れた。

少し……いや、かなり気になる。

昨日までの私なら、調べるなり人に聞くなり、気になることは逸早く解決しようとしただろう。

この場合はおそらく追いかけて、先ほどの発言の意味を問うだろう。

 

 

––––しかし、できない。

 

追いかけるための足を、私は失った––––

 

 

「……」

 

自分の足を見つめる。

 

「……小腹空いたわね」

 

私は疲れたのかもしれない。

少しお腹が空いてきた。

はたてを無理やり誘い出し、飲みに行きたい気分だ。

イカゲソの唐揚げや枝豆、焼き鳥なんかもいいなぁ。

蟹味噌好きなのよね、私。

あぁ、ほっけの開きなんかもいいかも

そんな定番のおつまみと一緒にビールをぐいっと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……あれ?私、さっき点滴薬変えたばかりよね?

 

お腹なんて空くはず––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

気づけば私は、大草原の上に居た––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「優曇華、お客様がお帰りよ」

 

師匠が私に言う。

それは暗に、コイツを外に連れ出せということを意味していた。

 

「あやっ!?まだまだ聞きたいことがッ……」

「私は忙しいの。今日も多くの患者が私を待っているわ。それにこれ以上は、不愉快だもの」

「射命丸さん、こちらへどうぞ」

 

私はその記者の肩を叩く。

諦めたように、記者は立ち上がる。

しかし内心では全く諦めていないのだろう。

 

「で、ではまた、必ず伺いますよッ!」

「……」

 

記者の言葉に、師匠は何も言わず、反応を見せなかった。

 

 

 

 

 

 

「見送りは、もう結構ですよ。八意先生に、また必ず伺うと、もう一度伝えておいてください」

 

部屋を出て少し歩く。

病院の入り口に差し掛かったところで、その記者は私に言った。

 

「分かりました」

 

 

––––貴女、本当に邪魔な人間ね。

 

師匠はこの記者を、そのように評価した。

私も同感だった。

この記者は、かなり鋭い"鼻"を持っているようだ。

記者としての嗅覚が優れている。

彼女がこれから先、さらに年を重ね経験を積むことで、敏腕記者と呼ばれることは容易に想像できた。

 

 

しかしそんなこと、私にはどうでもいい。

この記者は、私の始祖体捕食計画の邪魔になる存在になりかねない。

もしも要らない何かに気づいて、師匠に危険が及ぶのも嫌だし、ユメクイのことが世間に知れ渡るのも厄介だ。

 

 

––––邪魔な因子は排除する。

しかし、利用できるなら利用したい。

誰で試そうか躊躇していたあの薬を、この記者に使うことにしよう。

そう思い私は––––

 

 

「では、これで失礼––––」

 

 

––––幻朧月睨《ルナティックレッドアイズ》

 

 

––––目の前の記者に、狂気の瞳を向けた。

 

 

「は……?いきなり何––––ッ!?」

 

 

失えば絶望を与えられ、さらに失っても死ぬことはないもの。

 

 

––––それは足だ、と私は思う。

 

 

だから私は、足を奪った。

––––正確には、足を失ったと思い込ませた。

故に彼女の身体は、健常者と何も変わらない身体であるにも関わらず、彼女の足はもう動かない––––

 

 

射命丸文は、自らが下半身不随である"幻覚"を見ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、下半身不随だと"思い込んでいる"記者の病室へと向かっていた。

すると、その病室の前に人影があった。

この人は確か、射命丸文の同僚の記者だ。

私は姿を変え––––本当に変えているわけではないが––––その人物に声をかける。

 

「大丈夫ですか?」

「ッ……!」

 

彼女は、口を押さえて泣いていた。

 

「……ご、ごめんなさい、帰ります」

 

私に涙を見せないようにしているのだろうか?

俯いたまま私に言う。

 

「あの、文が……この病室の射命丸文が、目を覚ましたので、先生に伝えておいてください」

 

そして彼女は、その場を立ち去った。

彼女を見つけたときは、少し面倒だと思ったのだが、案外早めに退いてくれて助かった。

 

私は目的の病室の扉を叩く。

 

「射命丸さん、入ってよろしいですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成功したみたいね」

 

突然の状況に理解できず、私は呆然としていた。

しかし、何故か不安はなかった。

そんな状態でいると、突如声がした。

その声が聞こえるまで接近に気がつかなかった。

もしかすると、自分でもわからない程度には戸惑いを覚えていたのかもしれない。

まあ、戸惑って当然な状況だとは思うが。

 

 

––––今もこうして、頭の中がゴチャゴチャしている。

 

 

「……あ、あんたは」

 

声がした方向にいたのは、私の記憶が曖昧になる直前まで一緒にいた少女がいた。

確か八意永琳に、"ウドンゲ"と呼ばれていた気がする。

 

「鈴仙・優曇華院・イナバよ。鈴仙と呼んで」

「……射命丸文。まあ、知ってると思うけど」

「何か聞きたいことはある?」

「ありすぎて、逆に何を聞けばいいのかわからないわよ」

「……そう。じゃあ、説明したほうがよさそうな事を説明するわね」

「ええ。よろしく」

 

 

彼女の説明によると––––

 

ここはユメクイと呼ばれる者の世界。

人が常日頃見ている夢を繋ぎ合わせて作られた世界。

そして、この世界を作ったのは私である。

故に私はユメクイということになり、鈴仙は巻き込まれた人間ということになる。

 

「……なんで私は、こんな世界作ったの?」

「それは今、貴女自身が感じてるんじゃない?」

「……」

「私を見て、思うことがあるでしょう?」

 

気持ち悪い笑みを浮かべた鈴仙が、私の顔を覗き込むように見る。

ムカつく。

 

「ええ……あるわ。あるけど、今はそれよりも情報収集よ」

「流石は記者、と言ったところかしら?」

「……とにかく、色々聞きたい事をまとめたわ」

「早いわね」

「まず、あんたは何者?」

「私もユメクイよ。ただ、この世界の創造主ではないけど」

「……なるほど。つまり私が作った世界に他のユメクイが混じることもあるのね?」

「それは違うわ」

「え?」

「本来、ユメクイは夢に巻き込まれない。なぜなら、集められる対象となる夢を見ないから」

「……じゃあ、なぜ?」

「私は特別な薬を飲んでいるわ。だから巻き込まれた」

「……そう。八意永琳の薬?」

「そうよ。察しがいいわね」

「夢を見ない……ということは、ユメクイと夢散薬は何か関係が?」

「さぁ?私は知らないわ」

「……」

 

鈴仙は両手を使い、分からないことをアピールする。

ムカつく。

 

「疑ってもいいけど、答えないわよ」

「……違う質問をするわ。私はどうしてユメクイに?」

「さぁね。なんでかしら?」

 

あからさまに首を傾げてみせる。

憎たらしい笑顔を浮かべて。

ムカつく。

 

「……じゃあ最後に。どうして––––私の足は動いているの?」

 

私は今、地に足をつけて立っていた。

地面の感触が、ひどく懐かしく感じられた。

今すぐにでも駆け出したかった。

しかし今は我慢するとしよう。

 

「それはここが夢の世界だからよ」

「つまり、なんでも叶うのかしら?」

「貴女次第ね」

「……分かった。とりあえず知りたいことは知れたわ」

「なら良かった」

「だからそのムカつく顔を––––私に頂戴?」

 

私は鈴仙が姿を現してからずっと、彼女に感じることがあった。

 

 

1つは、年下のくせに調子に乗ったその面をグチャグチャにしてやりたいということ。

私は、調子に乗った年下が1番嫌いなのだ。

上下関係はしっかりしなくてはならない。

無論、私は上司に従順だ。

まあとにかく、コイツはムカつく。

 

 

そしてもう1つは––––底知れない空腹感。

空腹感自体は、この世界に来た時から––––むしろこの世界に来る前から––––ずっと感じていた。

しかし辺りを見渡しても草原が広がるばかりで、食べられそうなものはなかった。

だが、今は違う。

こんなにも美味しそうなムカつくガキが、目の前にいる––––

 

 

 

 

気づけば、鈴仙の首が地面に転がっていた。

目が見開かれ、夥しい出血量とともに首を失った身体は地面に倒れた。

 

 

私は風を操ることができた。

それは意識して行うものではなかった。

イメージを浮かべるだけで、風を起こしたり、風を集めたり……刀のような鋭い風––––鎌鼬《カマイタチ》––––を扱うこともできた。

 

 

「あはっ!あははははっ!」

 

私は笑う。

こんなに清々しい気分は初めてだ。

なんで強力な力を手に入れることが出来たのだろう。

 

 

––––それでは、お楽しみ下さい。

 

 

あの看護師の言うことが今理解できた。

そうかそうか。

この世界を楽しめと言うことか。

 

でも、あの看護師はどうしてこの世界のことを……?

 

 

 

 

「うるさいわね。確かに強力な力ではありそうだけど」

「……え?」

「頭を使わなきゃ。この世界は楽しめないわよ」

「なんで生きてるの?」

「さぁ?何故でしょう?」

「本当につくづく……ムカつくガキねっ!」

 

私は大きな風を起こす。

しかし鈴仙とは、距離があった。

軽々と避けられしまう。

 

「"風を操る程度の能力"みたいね。かなり強力そうだけど……戦い慣れてないせいか、攻撃が単調だしそこまで脅威に感じないわ。つまらない」

「あややっ、安い挑発ですねぇ」

「……敬語?」

「まあいいでしょう。その挑発、乗って差し上げます!」

 

 

私は鈴仙の後ろにいた。

 

––––殺傷力よりも当てることを重視した、範囲の広い大きな風でさえ軽々と避けられてしまう程度には離れていた私が、既に鈴仙の真後ろにいた。

 

 

「……ッ!?」

 

鈴仙は振り返る。

 

「ゼロ距離ならどうでしょうか?」

 

私は小さな––––その分殺傷力の高い––––風を鈴仙へと発射した。

鈴仙の身体など、その風にとっては豆腐のようなものだった。

まるで障害物など初めから存在しなかったかのように、風は鈴仙を貫通した。

 

 

そして鈴仙は、口から血を吐きながら倒れた。

 

 

「––––誰も私に追いつけない」

 

 

私は、また笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからうるさいって」

「な……ッ!?」

 

気づけば目の前に鈴仙が立っている。

そこには穴の空いた身体が転がっていたはずだが、既に存在しない。

そういえば、少し前に首を刎ねた胴体もそこにはなかった。

 

「ふふっ、すごく驚いてるわね」

「……あぁ、そうでした。貴女もユメクイ。ならば私のように特別な能力を持っていてもおかしくはないですね」

「そうね」

「貴女の能力は……死なない、とかですか?」

「それは私じゃないわ」

「……私じゃない?」

「ああ、気にしないで。とにかく、私は死ねるわよ」

「なるほど。では、先ほどからどうやって生き返って……いや、もしかして貴女は死んでいなかった?」

「ふふっ。流石、察しがいいわね」

「ならば……"身代わりを立てる程度の能力"とかですか?」

「なによそれ。ダサいわ」

「……では一体……どんな手を?」

「私は貴女の能力が分かっているこの状況で、貴女も私の能力がわからないとフェアじゃないかしら?まあ、教えてあげる」

 

鈴仙は得意げな表情で、自らの能力を口にした。

 

「私の能力は"波長を操る程度の能力"よ。簡単にいえば、相手の五感を操作できるわ」

「相手の五感を?もしかして、さっきのアレは幻覚……?」

「あとは想像に任せるわ。でも、貴女がその"目"で私を捉えている限り、私に攻撃は当たらないでしょうね」

「……なるほどなるほど。では、貴女も私が見ている幻覚なのでしょう。位置がわからないなら、仕方ありません」

「諦めちゃうの?」

「まさか。なぜこの世界が殺風景な大草原なのか、今わかりました」

「……なにをするつもり?」

「いくら姿を隠そうとも、貴女はこの世界に存在しているはず。ならば––––」

 

私は全方位に風を送った。

それは鎌鼬のような殺傷力は無いものの、空気の密度を上げることで、まるで壁が押し寄せるが如く、あたり一面を吹き飛ばしていた。

 

「––––これは避けられない」

「きゃっ!?」

 

少し後方で、悲鳴に近い声が聞こえた。

本体はそこにいたのかと思い振り返ると、その姿は目視することができた。

おそらく今の衝撃で、私の波長とやらを操れなくなったのだろう。

 

「風の吹くところすべてが、私の攻撃範囲なのですよ!」

 

鈴仙は反応しない。

 

「……気絶したの?そんなに呆気なく終わっちゃ、それこそ"つまらない"わ」

 

私は倒れた鈴仙の下へと近づく。

 

「……それじゃあ遠慮なく––––」

 

私は、私のものとは思えない大きな口を開けて鈴仙を……

 

「––––いただ「バァン」

 

突然目を開けた鈴仙は、にっこりと笑いながら、拳銃のような形を作った右手を私に向けた。

私の胸に穴が開く––––

 

「たとえ、私が追いつけない速さの貴女でも––––ゼロ距離ならどうかしら?」

「……げほっ!!」

 

私は口から血を吐き出す。

 

「再生するとかいう能力は持ってないのね、楽でいいわ」

「はぁっはぁっはぁっ!!!」

「ふふっ、苦しそうね。まあ、肺に穴が空いたから当然だけど」

 

 

 

––––バリッ

 

空が割れ始めた。

 

 

 

「心臓は外したはずだから安心しなさい。それに元の世界に帰れば、その傷は消えているわ。当然、足は動かないでしょうけど」

 

胸を押さえ苦しむ私に、鈴仙は続ける。

 

「始めにも言ったけど、私は特別な薬を飲んでいるから巻き込まれているだけで、普通のユメクイは貴女の夢に現れないわ。貴女は思う存分––––お楽しみ下さい」

 

鈴仙は笑っている。

胸を押さえ、吸えない呼吸をし、私は鈴仙を見た。

 

 

––––あの看護師は貴女だったのね。

 

 

そう言うために口を動かすも、私の口からは声など出て来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––射命丸文の夢は崩壊した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




*キャラ設定 (追記なし)


○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」

36歳になる程度の年齢(1年前)
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。

【能力 : あらゆる薬を作る程度の能力】
簡単な材料から不思議な薬を作ることが可能。



○鈴仙・優曇華院・イナバ
「ひ、酷いです師匠!私が師匠を裏切るわけありません!!」

17歳になる程度の年齢(1年前)
永琳を師匠と慕う少女。
真面目で陽気な性格。
本来は臆病者だがユメクイ化の影響で少し強気になった。
人は力を手に入れると変わるのである()

【能力 : 波長を操る程度の能力】
光や音の波長を操ることで幻覚や幻聴を起こす。
相手の五感に干渉できる。

武器として弾丸を発射することができる。
自らの手で拳銃のような形を作り、発射する。


○射命丸文
「誰も私に追いつけない」

24歳になる程度の年齢(1年前)
元大手新聞社の記者。
諸事情により、現在は別の大手企業で事務職をしている。
年功序列の考えを強く持ち、調子に乗った年下を最も嫌う。
目下の者にも敬語を使うことが多々あるが、それは決して相手を敬っているわけではない。

【 能力 : 風を操る程度の能力 】

風を自由自在に操ることができる。
風の速さや範囲、密度を操ることで、鋭い刃のような風や厚い壁のような風など、ありとあらゆる風を生み出すことができる。



○姫海棠はたて
「もー、あいつマジでムカつくっ!」

24歳になる程度の年齢(1年前)
大手新聞社のカメラマン。
年功序列の考えを嫌うも、上には逆らえない。
あまり活発な性格ではないが、仲の良い者といる時や、感情が高ぶった時などは饒舌を振るう。


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第14話 隠秘 –– インピ ––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––今から1年程前。

 

 

 

「それにしても、もっと落ち込むかと思ってたんだけど……案外平気なのね」

「だって、予想できてたしね」

「それもそうだけど、私が言いたいのは……」

「もー、またそれ?辛気臭くなるからやめなさいよ」

「やめたくても思い出しちゃうわよ!だって、あんたの車椅子を押してるのは私なんだからね?」

「まあ、それもそうね。感謝してるわ〜」

「むー、心がこもってないなぁ」

「ごめんごめん。本当に感謝してるから」

「……別に、感謝される為にやってる訳じゃないよ。だけど、こうやって押すたびに考えちゃうんだもん……

–––どうして文の足は動かないんだろう?って」

「……」

「考えれば考えるほどおかしいもの。足以外の傷も事故の痕跡もない。突っ込んできたとかいうダンプの運転手についても手がかりなし。本当は事故なんてなかったんじゃないかって思うほど––––––––ごめん。私が悩むことじゃないよね。1番辛いのは文なんだし……」

「……ぷっ、馬鹿じゃないの?」

「え?」

「確かに不便だし、困ることも多いんだけどさぁ––––」

 

車椅子に乗った私––––射命丸文は笑っている。

 

「––––飛べるようになったから、いいのよ」

「はぁ?あんた……酔いすぎなんじゃない?」

 

私の車椅子を押す"元"同僚––––姫海棠はたても、呆れた様子で笑っている。

 

 

 

私達は今しがた、飲みに行ってきたところだ。

今日は私の退院祝いと退職祝い––––ただのクビなのだが––––を兼ねた2人だけの飲み会。

足以外は至って健康な私が病院に居続ける理由はなく、また足が使えない私を会社が雇う理由もなくなった。

突然の解雇のため、30日間は給料が保障されているが……

これからの生活をどうすればいいのだろうか?

 

 

 

そんな悩みもあったからだろうか?

私は、かなり酔っ払っていた。

私達2人は酒には強い方なのだが……

それにしても、かなりの量を飲み食いしたと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––それでも私は、お腹が空いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––今から半年程前。

 

 

 

私は大手企業の事務員として働いていた。

特に私のことを可愛がってくれていた上司のコネがあった為だ。

まだ若いとはいえども新卒でない、況してや足の不自由な私を雇ってくれる会社などある筈がないと思っていたが……

上司にいい顔していてよかったと、心の底から感じた。

 

 

その新しい職場環境は、悪いものではなかった。

ハンディキャップを背負った私に対する周りの目の中には辛辣なものもあったが、そんな私を支えてくれる人も多かった。

また、タイピングなどのパソコンの扱いには元々精通していた為、業務上困ることはなかった。

 

 

––––しかし、今まで取材業をしてきた私には退屈すぎた。

刺激のない単純作業の繰り返し。

私にはストレスが溜まっていた。

 

 

よく、ストレスを食事で解消する人がいる。

今までの私は専ら、飲むことでストレス解消をしてきた。

しかし、最近のストレス解消法は"食事"に変わっていた––––

 

 

 

 

 

 

「なんだか最近は……よくお腹が空くわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––そして、現在。

 

 

 

 

「……ッ!!」

 

私は目を見開いていた。

息切れが激しく、鼓動が早い。

 

 

––––本当に、死ぬかと思った。

 

 

「随分と厄介な能力だったわ。時を操るなんて……チートじゃない」

 

私は1人、部屋の中で悪態を吐く。

 

「はぁ……食欲も失せちゃったわ」

 

先ほどの夢の中で一応3人は喰べていたが、それでも満腹とまでは行かなかった。

しかし不思議と、食欲は収まっていた。

食欲以上に命の危機を感じたからかもしれない。

 

 

––––それにしても、最後に喰べた1人は中々美味しかったわね。

 

 

そんなことを思いながら、私は家を出た。

今日は日曜日。

久々のオフである。

 

私はハンドリム––––車椅子の車輪についている持ち手––––を握り締め、前進した。

最近、腕の筋肉が付いてきた気がする。

逆に足の筋肉は落ちているのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁー、見てよ文!あのお店並びすぎ!」

 

私は今日、はたてと共に駅の方へと出掛けていた。

 

「そうね。並んでるのを見ると、美味しそうに感じるわよね」

「行ってみる?」

「あんた、ケーキ好きだったっけ?」

「嫌いじゃないわ」

「別に並んでもいいわよ。私はどうせ座ったままだし」

「んー、文が乗り気じゃないならいいや」

「まあ、私達にはケーキみたいなオシャレなものより、居酒屋の枝豆みたいな渋い方が似合うわよ」

「私達、中身はオヤジかもね」

 

そんなことを言いながらも、私達には明確な目的地があった。

寄り道をする余裕など、元からなかった。

況してや、行列のできるケーキ屋なら尚更だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達は目的地であるカフェへと入る。

そこには既に、ある人物が到着していた。

 

「こっちよ」

 

彼女は少し手を挙げると、私達を呼んだ。

 

「お久しぶりです。早かったのですね。待ちましたか?」

「コーヒーを1杯飲み干すくらいは待ったかしらね」

「それは大変失礼しました」

「気にしなくていいわ。私はただ、時間に遅れるのが嫌いなだけよ。そして、時間に遅れる人もね」

 

––––今は約束の時間の5分前。

 

「危うく、嫌われてしまうところでしたか」

「ふふっ、そうね。元々好きでもないけど」

「あやややや……厳しいですね」

 

はたてが椅子を1つ退かして、私の車椅子をテーブルにつけると、自らはその隣の椅子に腰掛けた。

 

「……捜査はあまり進んでいないわ。警察はもちろん、私個人の捜査もね」

 

私と向かい合う形になった彼女が切り出した。

 

「でも、貴女も知っているように、八意永琳に繋がる情報が多いのは確か。もっと踏み込んで彼女を調べたいけど……」

 

彼女は私を––––私の足を見た。

 

「現状、八意永琳とのコンタクトは取れそうもないわ。不用意に近づいたら、貴女のようになってしまいかねないもの」

「……やはり貴女は、コレを八意永琳によるものだとお考えで?」

「ええ。貴女の事故の不審な点を考慮すれば、八意永琳に繋がるのは当然よ。それに、最初に運ばれたのは彼女の病院なのだから––––」

 

––––偽装も容易だ、と彼女は言いたいのだろう。

 

「まあ、どうせ"八雲紫"の名前じゃ、門前払い食らっちゃうわよ。八意永琳にとって私なんか、影響力の欠片もない"無名の探偵"でしょうからね」

「その点、私は影響力のある大手新聞社の記者でしたからね」

「ええ。だから私は貴女とコンタクトをとって情報を共有しようとしたのだから」

 

 

八意永琳の取材の少し前。

目の前の彼女––––八雲紫は私に接触して来た。

どこで掴んだかは分からないが、彼女は私が八意永琳を取材すると言う情報を聞きつけていた。

彼女は私を利用して、八意永琳を調べようとしていたのだ。

 

そして私は、それを承諾した。

記者は取材の前に情報収集を欠かさない。

八雲紫は私を利用する代わりに、それまでに彼女が知り得た情報を私に提供したのだ。

私に断る理由はなかった。

 

八意永琳が開発した"夢散薬"が出回った1週間後に初めての窒息死者が出たこと。

そしてその1ヶ月後に"夢散薬"の開発を中止したこと。

さらに窒息死が全て––––当時は全てであったが、今も極一部の例外を除いては––––病院の半径30キロ以内で発生していること。

 

それらの情報を手にした上で、私は取材に臨んだ。

 

 

 

––––しかし、結果はこのザマだ。

 

殆ど皆無といえる情報量に、八雲紫は落胆の色を隠しきれていなかった。

私が重傷を負った手前、あからさまにそれを私に向けることはなかったが……今でも少しだけ、その色が現れ、私に刺さることがある。

 

 

「……とまあ、八意永琳が怪しいとは思うけど、なかなか踏み込めずにいるといった状況よ」

 

はぁ……と溜息を吐きながら、八雲紫は残念そうな表情を浮かべていた。

 

「同じことを半年以上前にも聞いた気がしますね」

「……ええ、同じことを言ったかもしれないわ。だって、それほど得られた情報が少ないんですもの」

「では何故––––今日は私を呼んだのですか?」

 

今日、八雲紫とこうして会っているのは、親睦のためでは勿論ない。

私は目の前の彼女に呼び出されここに来ている。

 

––––久々のオフだというのに。

 

––––はたてと飲みに行く約束をしていたというのに。

 

そんな愚痴を心の中で垂れながら、表面には出さずに営業スマイルを浮かべている。

 

「そんな大した理由は無いのよ。ただ、探偵というものは同じことを何度も聞いたり説明することがあるの。そうすることで新たな発見があったりもするのだから」

 

そんな私に、八雲紫も笑いかける。

本心から笑ってないのは明らかだろう。

 

「……嘘ですね」

「……?」

「後半の探偵どうたらこうたらは、私の知ったこっちゃありませんが……私を呼んだのには理由がある。そうでしょう?」

「……ふふっ、やっぱり私、貴女のこと嫌いかもしれないわ」

「お褒めに預かり光栄です」

「うん、本当に嫌いだわ」

 

八雲紫は笑顔を浮かべて言った。

私は黙って、その顔を見つめる。

私の顔からは、営業スマイルが消えていた。

 

「時には、突飛な発想って大事よね。別の角度から見ることで、ある事象が立体的に浮き出て見えることもあるわ」

「……」

「でも、そんな発想出来る人は中々いない。選ばれし、ほんのひと握りの天才にしか出来ないのよ。それは勉学なんて関係なく、生まれ持った天性の才だもの」

「……何が言いたいのですか?」

「つまり、私は天才だということよ」

「はぁ…….?」

「貴女––––"窒息死"に関係があるでしょう?」

「……え?」

「その足も、演技だったりしてね?」

「な、何を……」

「貴女には聞きたいことがあって呼んだのよ。あの日––––八意永琳と何を話したの?」

 

私は目を見開く。

無性に喉が渇き、唾を飲み込んだ。

 

 

まさかこの女––––私を疑っている……?

 

 

「ちょっとあんた!さっきから黙って聞いてりゃ偉そうにッ!」

 

八雲紫と会ってから今まで、ずっと口を閉ざして会話を聞いていた同僚(はたて)が突然大声を出した。

 

「あんた、文がどれだけ辛い思いをしてるか知ってるの!?想像したことある!?いきなり両足が動かなくなる恐怖を!!」

 

はたては自分のことのように怒りを露わにしていた。

 

「理解しろだなんて言うつもりはないわ。私だって自分の身に起きたことじゃないから、文の気持ちを完璧に理解するなんて不可能よ。でも、考えることはできるでしょう!?少し考えれば、あんたの発言が文にとってどれだけ––––「はたて!!」

 

私がはたての言葉を遮る。

 

「……文?」

「もういいわよ。私、そんなに気にしてないから」

「文が気にしてなくても、コイツのさっきの発言は許せないよ!」

「……ふふっ、元気のよろしいことで」

 

八雲紫は笑っている。

 

「私、貴女のことは好きかもしれないわ」

「……は?」

 

笑いかける八雲紫とは対照的に、はたての顔は引きつっていた。

 

「いえいえ……ごめんなさいね。私の発言が2人を傷つけるようなものであったことは自覚しているわ」

 

八雲紫は続ける。

 

「それに、彼女の足が本当に動かないのは分かっているわ。彼女の入院した病院に行って、診断書を少し調べさせてもらったからね」

 

八雲紫の背後には国家警察という大きな組織がある。

本当に"無名の探偵"ならば、診断書を調べるなどといった行為は認められないのだろうが、それを八雲紫は可能にしていた。

 

「その診断書には、貴女の足が動くことはないと記されていたわ––––八意永琳の名前と共にね」

 

私の目を真っ直ぐ見て、八雲紫は言った。

 

「そういえば貴女はどうして––––すぐに否定してくれなかったのかしら?」

 

その目を見ていると、何故か飲み込まれてしまいそうな感覚に陥った。

 

「貴女の仲良しな元同僚さんは、すぐに否定したのにねぇ?」

「……文?」

 

そんな感覚のせいだろうか?

私の額には汗が滲んでいた。

何か異常を察知したのか、はたても私の顔を覗き込む。

 

私は再び、唾を飲み込んだ。

 

「やっぱり貴女––––"窒息死"と関係があるわね?」

「……あやややや。そんなに怖い顔をしないでください」

「私はただ、目を見て話しているだけよ?何か隠し事でもあるから、怖く見えるだけじゃなくって?」

「……隠し事なんてありませんよ。私は清く正しい射命丸ですから」

 

私は精一杯の笑顔を作って見せた。

精一杯の作り笑顔である。

 

––––私に隠し事があるのは、誰から見ても明らかだった。

いつの間にか、はたても大人しくなっている。

 

「……そう。やっぱり私、貴女のことは嫌いだわ」

「私も貴女のことは好きになれそうにありませんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もー、あいつマジでムカつくっ!」

「まあまあ。探偵という職業柄、疑うのと考えるのが好きなのよ、きっと」

「なんであんたは、何かとあいつの肩を持つのよ?」

「んーまあ、能力としては尊敬に値するだろうし……そして何より年上だもの」

「はぁ……あんたのその年功序列的な考え、古いわよ?」

 

はたては年齢や地位をあまり気にしなかった。

というより、気にしたくなかった。

年上にペコペコするのも嫌いだし、年下に威張り散らすのも嫌いだった。

 

つまり、私とは正反対の考え方だ。

 

「それにしても……」

 

はたてが言う。

 

「あんたは一体––––何を隠してるの?」

 

私がはたてに、"ユメクイ"のことを打ち明けるはずがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––翌日、午後。

 

 

「頂きます」

 

私は遅めの昼休みを取っていた。

 

私の職場では、昼休みを各自が自由に取ることができた。

中には昼休みの分遅く出勤する者もいる。

 

私は3時過ぎに昼休みを取るのが好きだった。

5時までランチタイム営業しているファミレスも近くにあるし、お弁当を食べるにしても人が少なく快適だ。

 

元々私は、朝ごはんをかなりしっかり食べる方なので、午前中にお腹が空くことはあまりない。

時には空いてしまうこともあるのだが、それはそれで集中できるし、まあいいかと思っている。

 

 

まあ、こんな話はどうでもよく、私は会社の休憩室で持参した弁当を開いていた。

周りに人はほとんどいない。

人見知りでは全くないし、いわゆるコミュ障とはかけ離れた存在の私だが、この姿になってからは如何せん周りの目を気にし始めた。

というより、気を使われるのが嫌だった。

なまじ親切な人間が1番嫌いだった。

 

 

もしかしたら私は、気丈に振る舞いつつも、話し相手が欲しいのかもしれない。

先ほどからいらない話をしてしまう。

 

私は丁寧に盛り付けられた具材を、二本の棒を操り巧みに操り口へと運ぶ。

日本人はどうして、こんなに使いにくそうな道具を生み出してしまったのだろうか?

フォークやスプーンのように、刺したり掬ったりする方がずっと合理的に思える。

しかし、どうしてだろう?

これ以上に使いやすい食器とは出会ったことがない。

この二本の棒––––箸と呼ばれている物––––は、日本人の最大にして最高の発明品だと私は思う。

…………あれ、箸って中国由来だっけ?

 

 

いや、そうじゃない。

大事なのはそこじゃない。

ほら……また、どうでもいい話をしてしまった。

 

 

そんなことを考えてるうちに、私のお弁当はほとんど空になっていた。

最後の一口を口へと運ぶ。

そして、少し弁当箱にこびり付いていたごはん粒を器用に箸でつまんで口に運んだ。

 

 

「……ご馳走様」

 

 

私は手を合わせて、小さな声で言った。

 

我ながら美味しいお弁当だった。

私の胃袋は充分に満たされた。

 

だが、しかし––––

 

 

 

 

 

 

「––––お腹、空いたわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





*キャラ設定(追記あり)


○射命丸文
「誰も私に追いつけない」

25歳になる程度の年齢。
元大手新聞社の記者。
諸事情により、現在は別の大手企業で事務職をしている。
年功序列の考えを強く持ち、調子に乗った年下を最も嫌う。
目下の者にも敬語を使うことが多々あるが、それは決して相手を敬っているわけではない。

【 能力 : 風を操る程度の能力 】

風を自由自在に操ることができる。
風の速さや範囲、密度を操ることで、鋭い刃のような風や厚い壁のような風など、ありとあらゆる風を生み出すことができる。



○姫海棠はたて
「もー、あいつマジでムカつくっ!」

25歳になる程度の年齢。
大手新聞社のカメラマン。
年功序列の考えを嫌うも、上には逆らえない。
あまり活発な性格ではないが、仲の良い者といる時や、感情が高ぶった時などは饒舌を振るう。



○八雲紫
「当然よ。私は常人じゃないもの」

国家機密になる程度の年齢。
知る人ぞ知る名探偵。
洞察力、思考力に長けるが故に何を考えているか分からない。
その上、笑顔で隠そうとするから本当にタチが悪い。
霊夢のことを気にかけているが、それが霊夢の為なのかは不明。
彼女に年齢ネタは禁句です。


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第15話 主導権 –– シュドウケン ––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––コンコンッ

 

 

扉を叩く音がする。

 

 

––––八雲紫様、院長がお呼びです。

 

 

外から女の声がした。

 

「今行きますわ」

 

私は扉を開け、部屋を出る。

 

「それじゃあ、また後でね、霊夢」

 

 

また後でって…………いつになるのかしら?

 

––––私はふと、そんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は今日、霊夢と共に病院に来ていた。

つい先ほどまで、魔理沙の病室にいた。

……既に魔理沙は冷たくなっていたが。

 

魔理沙のことは、幼い頃からよく知っている。

正直あまりいい印象は無いのだが……彼女といるときの霊夢は、笑顔で溢れ、とても輝いていた。

魔理沙には、"霊夢の親"として、非常に感謝していた。

そんな彼女の死に、流石の私もショックを隠しきれなかったが、霊夢が居てくれたお陰で正気を保つことができた。

霊夢に弱いところを見せるわけにはいかない。

 

 

そして今、私は1人のナースに連れられて院長室へと向かっていた。

この病院の間取りは既に頭の中に入れていたし、この子の案内が無くとも院長室くらいなら辿り着けたが、私は黙って付いて行った。

 

少しして、院長室前へと辿り着いた。

では、失礼します……と、付き添いのナースは退いた。

私は1人になり、扉を叩く。

 

 

––––返事はなかった。

 

 

呼び出しておいて、どんな神経してるんだ?

……と一瞬思ったが、よくよく考えれば、アポ無しで突撃している私の方が非常識であることは明らかなので黙って待つ事にした。

 

5分……いや、10分だろうか?

少しして、八意永琳が現れた。

部屋から出てきたのではなく、何処からか廊下を歩いて現れた。

 

「貴女が八雲紫さんかしら?」

「ええ、そうよ。八意永琳先生?」

「ごめんなさいね。少し立て込んでしまっていて……もう少し待っていてくださるかしら?」

 

……はぁ?

この医者、舐めすぎじゃないかしら?

 

そんなことを思いつつも、口にはしない。当然だが。

 

「ええ、構いませんわ」

「ありがとう。こんなところで立っているのは疲れるでしょう?中に入って、座ってて構わないわよ」

 

微妙な上から目線。

正直、少し……いや、かなりムカついた。

 

「別に外でも構いませんわ。なにせ、まだ若いので」

「ふふっ、面白い冗談ね」

 

あぁ?

 

口には出さないが、もしかしたらほんの少しだけ表情に出てしまっていたかもしれない。

 

「ごめんなさい、気を悪くさせるつもりはないのよ。どうぞ、座って待っていて下さるかしら?」

「……ええ、分かったわ。それじゃあ、お言葉に甘えて」

 

八意永琳が扉を開ける。

鍵はかかっていなかった。

もしかしたら、彼女は私が無断で部屋に入るか否かを確かめていたのかもしれない。

 

……流石に考えすぎか。

それに、私は無断で部屋に入るなんて非常識なことは絶対にしない。

 

…………霊夢の家は別よ。アレは娘の家なんだから。

 

 

私は院長室に入ると、無駄に座り心地のいいソファに腰掛けた。

 

「じゃあ、少ししたら戻って来るわ。本当に、ごめんなさいね」

「いえ。忙しいところにお邪魔したのは、こちらだもの」

「そう言ってくれると助かるわ」

 

八意永琳は扉を閉めた。

私は院長室に1人になった。

時計のカチカチ…という音だけが響いていた。

 

私は部屋全体を見渡した。

その部屋にある多くの棚には鍵穴が見受けられた。

おそらく患者のプライバシーを守るために、厳重に保管されているのだろう。

しかし私には、彼女の秘め事を守るための壁にしか見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

40分が経った。

 

私は苛立ちから、破壊衝動に襲われていた。

今すぐにこのソファを引き裂いて、机を投げ、ガラスを殴り割り、棚のものを外へと放り出してやりたい。

 

まあ、絶対にそんなことはしないが。

半分冗談でそんなことを思っていた。

当然、半分冗談ということは、残りの半分は––––

 

 

––––ガチャ

 

 

そんなことを考えていると、部屋の扉が開いた。

 

「お待たせしちゃって申し訳ないわ」

 

八意永琳が現れた。

 

「……そうね、随分と待たせてもらったわ」

 

嫌味っぽく、私は続ける。

 

「貴女ほど有名な医者にもなれば、さぞかし忙しいんでしょう?」

「ええ、そうね。医者が忙しくて良いことなんて無いけれど」

「全くですわ」

 

私は作り笑顔を浮かべる。

作り笑顔とは、実に便利なものだ。

自分の本心を隠すのに、これほど有効な手段はない。

 

「……それで、貴女は何故私と会いたかったのかしら?」

「霊夢と魔理沙がお世話になったみたいだから、そのお礼にね」

 

当然これは建前である。

 

「……霧雨魔理沙を救うことは出来なかったわ。流石の私も、死者蘇生をすることは出来ないもの。だから、感謝されるようなことは何もしていないわよ」

「でも、お世話になっているのは確かでしょう。だって普通なら、遺体を病室に安置しておくなんてあり得ないわ。ベッドの回転率を上げる為にも、魔理沙には早く退いて貰いたいというのが病院側の本音でしょう?」

「……この病院の責任者としての本音は、確かにそうかもしれないけれど」

「なのに貴女は、霊夢や魔理沙の現状を考えて、退室を猶予してくれているわ。それだけでも感謝に値すると思うわよ」

「なら……その気持ち、ありがたく受け取っておくわ」

 

八意永琳も私に笑顔を向ける。

 

 

 

しかし、すぐに一変した。

 

「……でも、それは貴女の本当の目的ではないでしょう?」

 

鋭い目つきで、私を睨みつける。

 

「ねぇ?警察とも繋がりの深い、名探偵の八雲紫さん?」

「なっ……」

「営業スマイルが崩れてるわよ?」

「……どうして、私のことを?」

「貴女、射命丸文とも繋がっているでしょう?」

「……知っていたの?」

「いえ、知らなかったわ。私の憶測よ」

「ま、まさか……カマをかけたというの!?」

「ふふっ、名探偵が聞いて呆れるわね」

 

八意永琳は笑っている。

それは幾分、見下した笑みだった。

 

「おかしいとは思っていたのよ。あんなに若い記者が、私の薬と"窒息死"の関係を調べ上げてるなんてね。だから元々、裏で誰かと繋がっていることは想像していたし、調べていたわ。そうして調べている中で、貴女の名前が挙がっていたのは事実よ」

「でも、十分な確証が無かったから、私にカマをかけた……ということ?」

「ええ。まさかこうして、本人と話す機会が訪れるとは思ってなかったけれど」

「……はぁ、調子狂うわ」

「貴女が名探偵であるように、私は天才医師なのよ。一般人相手と同じ調子で話していたら、狂うのは当たり前」

「私自身、自意識過剰な面があると自覚しているけど……貴女ほどではないわね」

「自意識"過剰"ではないわ。事実だもの」

「……あら、そう」

「ところで––––」

 

八意永琳は、再び表情を変えた。

 

「––––貴女はどうして、私が"窒息死"に関係すると考えるようになったのかしら?」

「それは……"窒息死"を調べていたら、貴女に行き着いたからよ?」

「……本当に、それだけかしら?私に行き着くほどの情報があるとは思えないのだけど?」

 

その通りだ。

窒息死の発生時期、発生範囲を調べることくらいなら誰にでもできる。

しかし、それらとこの病院を繋げる事など普通は思いつかない。

況してや、八意永琳の薬と結びつけようと思う者は尚更いないだろう。

 

いくら突飛な発想力を持つ私と言えども、厳しいものがある。

では、何故私はこの発想に至ったのか?

 

それは––––

 

 

 

「––––10年以上前に、私は貴女と会っているわ」

「……10年以上前?」

「ええ。貴女は、博麗操夢を憶えているかしら?」

「……」

 

八意永琳は私から視線を外し、考えているような素振りを見せる。

 

「普通は覚えていないわよね?10年以上も前の患者のことなんて」

「……」

「でも、貴女が"憶えていない"と言えないのは何故かしら?」

「……考えていただけよ」

「なるほど……では少なくとも、聞いたことあるかもしれないと思える程度には、貴女の頭の中に入っているのね?」

「……」

「でもどうして何千人……いや、何万人と患者を診てきたであろう貴女が、たった1人の患者––––それも、10年以上も昔の患者を憶えているのかしら?」

「……さぁね」

 

その八意永琳の返事に、私は笑みを零す。

面白くって堪らないわ。

 

「ふふっ、"憶えている"こと自体は否定しないのね」

「ッ……!」

「確かに私は今、"窒息死"事件を追っているわ。でもそれ以前に私は––––10年前からずっと––––博麗操夢の行方を追っているのよ」

「……」

「あの時の私は、大切な人を失ったせいで、正確な判断力や認識力がなかったのでしょうね。精神的に壊れる寸前だったのかもしれないわ。私が彼女の––––操夢の遺体が消えていることに気がつかないなんてね」

「……」

「これまでの会話で、貴女が操夢の件に関係していることも、"窒息死"の件に関係していることも明らかよ」

「……」

「もしかして、操夢と"窒息死"にも関係性があるのかしら?」

「……」

「そろそろ何か話してくれない?」

「……はぁ、やはり私もまだまだね。簡単に主導権を奪われてしまったわ」

 

八意永琳が私を待たせたのは、自らが主導権を握るためだったのだろう。

彼女に待たされた私は、少なからず苛立ち、冷静な判断力を失っていた。

だからこそ、始めにまんまと主導権を握られてしまったのだ。

 

 

しかし私は、それを見抜いてしまった。

 

「貴女が天才医師であるように、私も名探偵なのよ」

「ふふっ、貴女も邪魔な人間ね」

「……私のことも、射命丸文と同じような目に合わせるつもり?」

「どういうことかしら?」

「そう、とぼけるのね」

「……え?いや……なんのことかしら?」

「まさか……シラを切っているわけではないの?」

「射命丸文が、どんな目にあったというの?」

「……なんですって?」

「確かに、あれから一年。また取材に来ると言った癖に来ないから、おかしいと思っていたのだけど……」

「ちょっと待ちなさい。事故のことすら知らないの?」

「事故?」

「この病院の目の前で、ダンプカーが人に接触する事故があったって……」

「知らないわよ?そんな事故」

「……え?どういうこと?射命丸文の診断書には貴女の名前もあったわよ?」

「私には彼女を診察、もしくは治療した記憶はないわ。流石に彼女なら、印象強くて忘れないと思うし……」

「じゃあ、彼女を診断したのは一体––––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––誰な……きゃっ!?」

 

ドスッという音と共に、私は尻餅をついた。

 

「いたたた……な、なにこれ?」

 

私は地面に手を着く。

そこには草の感触があった。

 

先ほどまでのソファや机が……いや、そんなレベルじゃない。

病院そのものが……いや、もっとだ。

世界が全て消え去って––––そこは大草原と化していた。

 

そしてそこに、八意永琳の姿はない。

 

「何処よ……ここ?」

 

私の呼びかけに答えるものなど––––

 

 

 

 

 

 

 

 

「あややっ!?」

 

突然声がした。

私の真後ろからだった。

 

でも、何故?

そんなところに人の気配はしなかったのに……

 

「……射命丸、文……?」

 

振り返るとそこには、射命丸文が立っていた。

しかし、彼女の足は––––

 

「どうもお久しぶりです。昨日振りですね」

「ええ、そうね」

「いやはや、世の中偶然や奇跡って起こるんですねぇ」

「……はぁ?」

「消したいと思っていた貴女が、まさか迷い込んで来るなんて!!!」

「……どういうこと?貴女は一体、何をするつもりかしら?」

「ふふっ、いいでしょう。世に蔓延る"窒息死"の正体を教えて差し上げましょう!!」

 

少女は口を開く。

少女のものとは思えない、大きな、本当に大きな口を。

 

「是非、身をもって体験してください!」

 

 

––––私には、今何が起きているのか、考える暇もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




*キャラ設定


○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」

37歳になる程度の年齢。
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。

【能力 : あらゆる薬を作る程度の能力】
簡単な材料から不思議な薬を作ることが可能。



○射命丸文
「誰も私に追いつけない」

25歳になる程度の年齢。
元大手新聞社の記者。
諸事情により、現在は別の大手企業で事務職をしている。
年功序列の考えを強く持ち、調子に乗った年下を最も嫌う。
目下の者にも敬語を使うことが多々あるが、それは決して相手を敬っているわけではない。

【 能力 : 風を操る程度の能力 】

風を自由自在に操ることができる。
風の速さや範囲、密度を操ることで、鋭い刃のような風や厚い壁のような風など、ありとあらゆる風を生み出すことができる。



○八雲紫
「当然よ。私は常人じゃないもの」

国家機密になる程度の年齢。
知る人ぞ知る名探偵。
洞察力、思考力に長けるが故に何を考えているか分からない。
その上、笑顔で隠そうとするから本当にタチが悪い。
霊夢のことを気にかけているが、それが霊夢の為なのかは不明。
彼女に年齢ネタは禁句です。


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第16話 見舞 –– ミマイ ––

 

 

 

 

 

 

 

「ルーミア、ちょっといいか?」

 

学校の廊下で私を呼び止めるのは、私の担任教師––––上白沢慧音だ。

 

「いいけど、手短にね。面倒くさいから」

「ははは……お前はいつもそれだな」

 

慧音は笑っているが、少し怒っているような気もした。

あー、面倒くさい。

 

「まあ、そんな事を言いたいわけじゃないんだ。私は昨日の日曜日に病院に用があったんだが、その帰りに病院から出たところで、お前達がよく遊んでいる……霧雨魔理沙だったか?彼女を見かけたんだが……」

「もしかして、魔理沙が病気とか?」

「そうかもしれない。黒髪の少女と共に救急車から降りてきて、病院内に運ばれていたぞ」

「……結構重傷みたいだね」

「ああ。もし暇なら、見舞いに行ってやったらどうだ?」

「あー、そうだね。行ってみようかな」

「ん?面倒くさい、とは言わないのか?」

「いくら私でも、興味がある事を面倒とは思わないよ」

「そうかそうか。私も付いて行こうか?」

「いいよ。チルノとか連れて行くから。それに慧音は面倒だし」

「……私には興味がないということか?」

「まあ、そうだね。むしろ、興味があるって言われて嬉しいの?」

「教え子に好かれる事は嬉しい事だろう?」

「まあ……そうかな」

「そんなことより––––」

 

慧音は笑っている。

しかし、目が笑っていなかった。

 

「––––先生のことを呼び捨てにするんじゃない」

 

慧音は頭が硬い(物理)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここだね」

 

私はチルノと共に病院に来ていた。

受付で魔理沙の病室を聞いたら、ここだと言われた。

 

それにしても、受付のナースがやけに悲しそうな表情をしていたのはなぜだろう?

 

 

–––––コンコンッ

 

 

私は扉を叩く。

 

 

––––入っていいわよ。

 

 

中から声がする。

慧音の話を聞いた時点で予想はできていたが、そこには黒髪の少女––––博麗霊夢がいた。

 

「ルーミア、それにチルノ?あんたら、どうしてここが?」

「慧音に……私たちの担任の先生に聞いたんだよ。魔理沙がここに運ばれてるのを見たって」

「……そう。それで?何しに来たの?」

「え、見舞いだけど?」

「へぇ、見舞い……ねぇ?」

「霊夢?」

「見なさい。綺麗な顔して眠ってるわよ」

「……え?」

 

霊夢は立ち上がり、霊夢の背後にあったベッドへと向かう。

そこで私達は(ようや)く、魔理沙の顔に白い布がかけられていることに気がついた。

霊夢がその布を取り上げる。

 

「魔理沙!?どうして!?」

 

叫び声にも近い大きな声をあげたのはチルノだ。

 

「静かにしなさい、チルノ。ここは病院よ」

「でも、でも!魔理沙が……ッ!」

「ええ。もう、生きていないわ」

「そんな……」

 

私も、目を見開いていた。

普段、他人のことで自分が乱されることなどない私でさえ、悲しみが込み上げ、今にも泣き出しそうだった。

魔理沙は優しくて元気で……私達は彼女が大好きだった。

 

「……霊夢。魔理沙はどうして?」

「窒息死だったわ。最近話題になっているらしいけど、知ってるかしら?」

「うん、知ってるよ」

 

私が知らないはずがなかった。

 

近頃増え続けている"窒息死"。

それには私と同じような者が関わっていることは分かっていた。

だからと言って空腹を我慢するなど、面倒くさいからしなかったけど。

 

しかし、よく知る人物が"喰われた"となると、やはり堪えるものがあった。

 

「……来てくれてありがとう、2人とも。きっと魔理沙も喜んでるわ」

「うん……そうだといいけど。なんだか、霊夢にお礼を言われるなんて……むず痒いね」

「こんな時に軽口叩くなんていい度胸ね。私はただ、魔理沙の代わりにお礼を言わせてもらっただけよ」

 

私はニヤリと笑ってみせる。

しかしその目が涙で潤んでいることは、自分が1番よく分かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、私達は帰るね」

 

酷く冷たい魔理沙の手を握ってみたり、血の流れを感じさせない魔理沙の青白い顔を眺めてみたり、返事が帰ってくるわけのない魔理沙との会話をしてみたり……

 

どの行為も、私達を––––魔理沙を含めた私達を––––惨めにさせるだけだった。

意味のない行為ほど、面倒なものはない。

 

その間チルノは私の隣で、嗚咽を喉に絡ませ、何も出来ずにいた。

かなりのショックだったのだろう。

今もただ『ひぐっ……』と声を出すだけだ。

 

 

そして私は、この病室を後にする為に扉を開けていた。

 

「葬式を営むつもりはないのだけど、魔理沙を明日火葬場に連れて行くのよ。あんたらも来る?」

「……うん。そうするよ」

「分かったわ。じゃあ、明日連絡する。今日はありがとね」

「うん。じゃあ……バイバイ」

 

私とチルノは、病室を後に––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやだ!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然、チルノが叫んだ。

 

「チ、チルノ?」

「いやだ!いやだ!!なんでバイバイなんていうのよ!ばかっ!!!あたいはまだあそびたい!まりさとあそびたい!!おきなさいよまりさぁ!!!!!」

 

チルノが魔理沙の下へと駆け出した。

 

私は慌てて、病室の扉を閉める。

閉めたところで、音はかなり漏れるだろうが。

 

「なんでおきないの!?げんきなまりさはどこにいったのよぉ!!!」

「チルノ、いい加減に––––」

 

霊夢がチルノを制するために立ち上がったところで、病室の扉が大きな音を立て開いた。

その音に、霊夢もチルノも振り返る。

 

もちろん扉を開けたのは私ではない。

私もその音に驚き振り返った。

 

そこには、どこかで見たような顔の長身の女が立っていた。

 

「何事かしら?」

「だ、誰……?」

 

チルノが弱々しく声を出す。

突然の出来事に、少し我に返ったようだ。

 

「この病院のナースよ。今日は夜勤だから、まだ制服じゃないけどね」

 

そう言いながら、女はチルノの下へと向かう。

私には目もくれずに。

 

女はチルノの目線に合わせる為にしゃがみ込んだ。

 

「先ほどの大きな声は貴女かしら?」

「……ぅ、うん」

「別に私は怒ってないわよ。そんなに怯えないで欲しいわ」

「……」

「でも、他の患者様に御迷惑なのは確かだから。静かにしてもらえるかしら?」

「わ、分かった」

「聞き分けのいい子ね。よかったわ」

「悪いわね、咲夜。手間かけちゃって」

「いいわよ別に。私もすぐ上の階に居たし」

「上の階まで響く音だったのね」

「まあ、かなり大きかったし」

「ご、ごめんなさい……」

「もういいわよ。人が死んで悲しむのは当然だからね」

 

申し訳なさそうに俯くチルノの頭を軽く撫でながら、サクヤと呼ばれたその女は立ち上がった。

 

「じゃあ私は戻るわ。もう、うるさくしないでね?」

「ええ、気を付けさせるわ。ありがとう、咲夜」

 

女は霊夢にそう言うと方向転換して、扉へ向かった。

 

そして私と、目が合った。

 

「あら、もう1人いたの––––ッ!」

 

女の目が見開かれるのが分かった。

 

「咲夜?どうしたの?」

 

霊夢のその声に、女は我に返った。

すると突然、女が私に近付いてきた。

私はその間、意味が分からず、ただその女を見つめることしかできなかった。

 

そして、女は私の肩を掴んだ。

 

「え、いきなりな––––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

「––––に……ッ!?」

 

そこは全てが赤いレンガで作られた世界だった。

時計塔が立っているのがわかる。

しかし、それらは全て歪んでいた。

 

「やっと見つけたッ!!!」

 

目の前の女が、どこからともなくナイフを取り出した。

そしてそれを私の喉へと突き刺す。

突然の出来事に私は驚き、それを避けることなどできなかった。

 

「ゲホッ!?」

 

女は私の喉からナイフを抜く。

すると鮮血が溢れ出した。

「咲夜!?なにしてんのよ!!」

 

霊夢が叫んでいるのが聞こえた。

 

しかし私はその内容を聞き取る余裕はなく、ただ声も出せずに倒れる。

 

「……邪魔するなら、貴女も殺すわよ」

「ッ!?」

「まだ死んでないわよね?貴女にはもっと苦しんでもらうわ、覚悟しなさい」

 

確かに死んではいなかったが、すでに喉が抉られ、呼吸が出来ず、死ぬのは時間の問題だった。

私は動くことも声を出すこともできなかったが、ただ目の前の女の顔を見ることだけができた。

 

 

その女の目は、ひどく黒ずみ、正気を失っているように見えた。

しかし少女の顔は、満足感か高揚感かは分からないが、笑顔で埋まっていた。

 

 

怖い笑顔だ。

 

 

 

––––ああ、あの時のお姉さんか。

 

 

 

私は思い出した。

 

 

いつも愉快な夢の中で、唯一面倒だと感じた夢だからだろう。

あの夢は印象に残っていた。

 

 

 

でもあの時は、このお姉さんは人間だった気がするんだけど––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もっと……もっと……もっともっともっとぉ!!!」

 

 

私はナイフを振り下ろす。

 

 

何度も、何度も、何度も。

 

 

楽しくて、堪らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい加減戻ってきなさい!咲夜!!!」

 

「……ッ!」

 

霊夢が私の手を掴んだ。

そこで私は正気に戻る。

 

「……霊夢?」

「もう見ていられないわ。貴女がルーミアに対して何を思ったのかは知らないけど……これはやり過ぎよ」

 

グチャグチャの赤く染まった何かが、そこにはあった。

 

「ルーミアは……ユメクイだったの?」

「……そうよ。そして、私がユメクイになる切欠をくれたユメクイよ」

「咲夜がユメクイになる切欠……?咲夜も、誰かを殺された……とか?」

「貴女には関係ないわ。それ以上聞くなら、貴女もここで殺すわよ」

「ッ……わ、私だってユメクイなんだから、それなりに戦えるのよ?」

「ふふっ……貴女程度で––––」

 

 

––––パチンッ

 

 

「––––私に勝てるとでも?」

 

一瞬で霊夢の背後に回り込む。

首元にナイフを突きつけた。

 

 

––––この夢の中では、私はかなりの負荷を負っている。

空腹を感じていない状態での夢の維持には、かなりの技術と労力、そして集中力を要するのだ。

 

 

「空を飛ぶことしか出来ない、出来損ないのユメクイの癖に、生意気な口を聞くんじゃないわよ」

 

 

しかし、霊夢にそのことを悟らせてはいけない。

もし本気で戦うことになれば、時間が経つにつれて私が不利になるのは明らかだからだ。

 

 

「……分かったわよ。詮索しないわ。そもそも、そんなつもりもなかったけど」

「ならいいわ」

 

 

––––空が割れた。

 

 

「そのかわり、ルーミアの手当てはしなさいよ。ルーミアが死んだら、きっと魔理沙が悲しむから……殺さないで」

「そうね……善処するわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––十六夜咲夜の夢は崩壊した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––翌日。

 

 

 

「ありがとう、チルノ。きっと魔理沙も浮かばれたわ」

「……うん」

「ルーミアも……連れてきてやりたかったわね」

「うん……でもルーミアには、あたいが伝えるし、大丈夫よ」

「そう。それなら良いけど」

 

魔理沙は火葬場で骨と灰になった。

魔理沙はよく分からない豪華そうな箱に詰められて、今は私がその箱を手にしている。

本来なら、墓に入れたりするらしいのだが、私は家に持ち帰ることにした。

 

 

––––そういえば、母さんの骨はどこにあるのだろうか?

 

 

今まで思いもしなかったが、ふと気になった。

しかし考えてもわかるはずがなく、すぐに気にしないことにした。

 

 

 

 

 

 

 

一度チルノを家に招き入れ、軽く食事をとった。

そしてチルノを家に帰し、私は再び病院へと訪れた。

 

「……」

 

私は病室にいた。

そこには私のよく知る顔が、"2つ"あった。

2人とも、まるで死んでしまったかのように、ぐっすり眠っている。

 

「はぁ……どうしてこんなことに」

 

私は、ただ嘆くことしか出来なかった。

 

 

––––コンコンッ

 

 

扉が叩かれた。

私が返事をすると、ナース姿の咲夜が入ってきた。

 

「……何か用?」

 

私は振り返らずに問う。

 

「今日、私達と同じ種類のユメクイが集まることになったわ。その集合場所をここにしたいんだけど、よろしいかしら?」

「……別に、勝手にしなさい」

「ええ、そうさせてもらうわ。入っていいわよ」

「……え?もう来てるの?」

 

私は振り返る。

それと同時に、再び扉が開かれ、3人入って来た。

 

 

1人は、長い白髪で私よりも少し幼い印象の少女––––藤原妹紅。

 

1人は、金髪に人形のように整った容姿の少女––––アリス・マーガトロイド。

 

そして最後の1人は、明るい紫色の長髪に特徴的なウサ耳を付けた少女––––鈴仙・優曇華院・イナバ。

 

 

3人とも、私や咲夜と同じく"ユメクイを喰らうユメクイ"である。

そんな彼女たちは今日、八意永琳によって集められた。

 

その目的は、"裏切り者"を探すため。

 

ユメクイを殺しても殺しても増え続ける現状で、永琳は彼女達に疑いの目を向けたようだ。

 

結局その場で犯人が割れることはなく、とりあえず可能性の1つとして、全員の頭に入れておくことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!?」

 

それは本当に突然だった。

何の前触れもなく、いきなりの事だった。

私の前から永琳"だけ"が姿を消し、目の前に広がる光景も変わった。

 

 

そこはあたりに人形が散らばった、まるで子供部屋––––ドアや天井などは見当たらないが––––のような空間だった。

空には紅い月が浮いており、辺りを照らしている。

 

「すごい数の人形だな。まさかアリスがこの夢の主だったりするのか?」

「違うわ、妹紅。確かに私の夢にも人形がたくさんいるけど––––」

 

アリスは、人形を悲しそうな目で見た。

 

「––––私は人形を、こんな風に扱ったりしない」

 

散らばった人形は、頭がもげていたり、手足がちぎれていたり、とにかく悲惨な状態だった。

 

「お前も武器として使ってるから、そこまで人のこと言えないんじゃ……」

「妹紅、うるさいわよ」

 

妹紅は、アリスに怒られてしまった。

アリスはあんな粗末な使い方をしているが、人形への愛は本物の様だ。

 

「……それにしても、全くもって、不運なユメクイね」

「全くだ。私達が全員集まってる中で、夢を集めてしまったんだ。これ以上不運なことはないね」

 

咲夜の呟きに、妹紅が反応する。

 

「さて、さっさとこの夢の主を探して、出してもらいましょうか」

「あ、じゃあ誰が一番に殺せるか勝負する?」

「鈴仙、あんた楽しんでるわね……」

「だって、みんなで巻き込まれるなんて初めてじゃない!咲夜だって、実は楽しんでたり……」

「あぁ?」

「咲夜さん、女性がしてはいけない顔をしています。やめて頂けると幸いです、はい」

 

咲夜と鈴仙がふざけた言葉を交わす。

 

「……あんたら、そんなに浮き足立ってていいの?」

「何も心配いらないさ。私達は百戦錬磨のユメクイ集団だぞ?そこらへんのユメクイなら、軽く捻ってやるよ」

「もし、かなり強力なユメクイだったらどうするのよ」

「別に幾ら強かろうと関係ないさ。だって私は"死なな––––」

 

 

 

 

 

 

 

––––グチャッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

私の顔に、肉片が付着した。

 

 

 

「も、妹紅……?」

 

 

 

妹紅は体の内側から爆発したようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはははははははははっ!!」

 

 

 

突然背後から声がする。

 

「凄い凄い!今までで一番派手だったわ!」

 

その、幼い声は狂気に満ち、恐怖心を煽る。

突然のことに、状況を理解できる者は居なかった。

ただ静まり返り、声の主を見ることしかできない。

––––奴がこの夢の主だ、という当たり前の発想に至るまでに時間を要した。

 

 

 

「妹紅!!!」

 

私が叫ぶ。

その声を機に、全員が我に返る。

そして、理解し緊張感が走る。

 

「次は誰にしよっかなー?あ、でもやり過ぎちゃうと食べられないなー。うーん、どうしよ…………あれ?」

 

その声、表情、そして瞳は狂気に満ちていた。

その狂気に私は動けなかった。

鈴仙は、なぜか微笑んでいる。

アリスは睨みつけている。

 

 

––––そして咲夜が後ずさった。

 

 

「……そこに居るの、咲夜だよね?」

「ッ…………」

「ねぇねぇ、咲夜でしょ?」

「………………い、妹様」

「ほーらっ!やっぱり咲夜だ!」

「咲夜、知り合い?」

 

アリスが咲夜に問う。

 

「……お嬢様の妹……フランドール・スカーレット様よ」

「なるほど……あの子の妹なのね。それにしては、随分と節操のない子みたいだけど?」

「……以前の妹様とは、かけ離れているわ」

「咲夜、申し訳ないけどあの子は……」

「……殺すしかない。そんなことは……分かってるわよ……けど……」

 

「あんたら、そんな呑気に話してる場合なの!?妹紅が……妹紅が死んだのよ!?」

 

咲夜とアリスがペチャクチャと話していることが信じられず、私は怒鳴っていた。

怒鳴る時間ももったいないと、私は感じていた。

 

「落ち着いて、霊夢」

 

私の肩を掴み、私を抑えたのは鈴仙だった。

 

「これが落ち着いていられる状況!?」

「まあ見てなさいよ」

 

少しばかり鈴仙を睨みつけたのちに、私は先ほどの少女––––フランドール・スカーレットに視線を移した。

 

 

 

 

「ど・れ・に・し・よ・う・か・なぁ〜?」

 

笑顔で餌を選ぶフラン。

 

「咲夜は、やめとこうかな?」

 

 

 

 

 

 

 

そんなフランの後ろで、突然炎が上がった。

 

「……え?」

 

フランは振り返る。

 

「私は選択肢に入らないのか?」

「……な、なんで?」

 

そこには、不死鳥を形作った炎を纏う、藤原妹紅がいた。

 

「悪いな、あの程度じゃ私は––––死ねないんだ」

 

妹紅はフランの肩に手を置いた。

 

「さぁ、始めようか?ユメクイ––––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––フランドール・スカーレットの夢は崩壊した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!」

 

私は病室に戻っていた。

妹紅の力は圧倒的だった。

それは豪快で、見る者を魅了する程のものであった。

 

不意を突かれたフランは、妹紅の炎に焼かれることしかできていなかった。

 

「……妹様」

 

咲夜が呟く。

その表情は酷く辛そうだった。

 

夢の中でアリスに言っていた"お嬢様"も"その妹"というのも、私には理解できない単語であった。

詮索を拒否された咲夜の過去に、何かあったことは確かなのだろうが……私には分からない。

 

「悪いな。でも、ああするしかなかった……そうだろ?」

「ええ。貴女に恨みなんて抱いてないわ。でも、今頃妹様は……ッ」

「……また、巻き込まれたの?貴女達」

 

永琳が言う。

彼女は巻き込まれていなかったが、いきなり様子が変わった私達を見て察したのだろう。

 

「はい、師匠。レミリア・スカーレットの妹に集められ、妹紅が討伐しました」

「なるほど、それで咲夜は……」

 

永琳は咲夜を見つめて、言った。

 

「でも、諦めるのは早いんじゃない?」

「……え?」

「ほら、あの時の咲夜みたいに、誰かが妹ちゃんを運んでくるかもしれないでしょう?それなら間に合うかもしれないわ」

「ッ!!」

「一応私は、受付の方で準備をしておくわ。咲夜も来るかしら?」

「……当たり前でしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––しかし、その日の病院に"急患"が運ばれることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





*キャラ設定(追記あり)


○藤原妹紅

16歳になる程度の年齢。
教育に熱心な両親のもとに生まれ、彼らの期待という重圧を一身に受けていた少女。
その反動からか男勝りな口調だが、中身はしっかり女の子である。

【能力 : 老いることも死ぬこともない程度の能力】
不死身の肉体(のようなもの)を持ち、"死"に相当するダメージを負うと肉体が再構築され、完全復活する。
魂を消滅させられない限り、負けはない。

武器として炎を出現させる。
出現させた炎に限り、自在に操ることが可能。
(何かに燃え移った炎などは、操ることができない)



○上白沢慧音

26歳になる程度の年齢。
小学校教諭を目指し、見事にその夢を叶えた女性。
正義感が強く、とても頼りになる存在である。
幼い頃から知っている妹紅を妹のように想っている。



○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」

37歳になる程度の年齢。
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。

【能力 : あらゆる薬を作る程度の能力】
簡単な材料から不思議な薬を作ることが可能。



○鈴仙・優曇華院・イナバ
「ひ、酷いです師匠!私が師匠を裏切るわけありません!!」

18歳になる程度の年齢。
永琳を師匠と慕う少女。
真面目で陽気な性格。
本来は臆病者だがユメクイ化の影響で少し強気になった。
人は力を手に入れると変わるのである()

【能力 : 波長を操る程度の能力】
光や音の波長を操ることで幻覚や幻聴を起こす。
相手の五感に干渉できる。

武器として弾丸を発射することができる。
自らの手で拳銃のような形を作り、発射する。


○アリス・マーガトロイド
「私はもう、目の前で人を死なせない」

20歳になる程度の年齢。
人形のような美しさを持つ美女。
冷静であることを心がけているが、予想外の出来事には若干弱い。
しかし、その予想外の出来事を楽しむことができる。
また、かなりの世話焼きで、子供が大好き。
子供を愛でるのは、人形を愛でるのと同じよう感覚……らしい。

【能力 : 魔法を扱う程度の能力】
主に支援・回復系魔法を使う。

【能力 : 人形を扱う程度の能力】
具現化した人形を武器として用いる。
その人形はまるで生きているかのように行動する。
爆弾を内蔵しているものや、武器を所持しているものなど用途により種類は様々。



○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。


○ルーミア
「……はぁ、わかったよ。断る方が面倒くさそうだし」

9歳になる程度の年齢。
極度の……本ッ当に、極度の面倒くさがり。
ただ、楽しい事や面白い事は普通に好き。
突拍子も無いことを言ったり考えたりするが、実は全て計算されている……かもしれない。

【能力 : 闇を操る程度の能力】
自らの周囲に闇を展開する。
その闇の中では相手も自分も視界を奪われる。
ただ、闇の中に何らかの方法で光が生まれると違和感を感じるようだ。

武器として闇を具現化させる。



○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」

17歳になる程度の年齢
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。

【能力 : 空を飛ぶ程度の能力】
文字通り空を飛ぶことができる。

武器として御札を出現させる。



○チルノ
「あたいはこの館を征服するわ!」

9歳になる程度の年齢。
自由奔放、天真爛漫、おてんば娘。
(バカ)じゃないぞ!自分に正直で、考えることが少し苦手なだけだッ!


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第17話 無力 –– ムリョク ––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、"元"魔理沙の病室にいた。

 

ここには私のよく知る2人が眠っている。

 

1人は、咲夜の夢の中で殺されたルーミア。

もう1人は、その夢と同タイミングで展開された誰かの夢の中で殺された八雲紫だ。

 

 

 

 

 

––––私は、無力だ。

 

 

 

––––私には、何も出来なかった。

 

 

 

 

 

「私も……ユメクイなのに」

 

"空を飛ぶ程度の能力"

 

それが私の能力だった。

しかし––––そんな能力無くとも、ほとんどのユメクイは空を飛ぶことができる。

私の能力は無意味だった。

寧ろ私は、この能力が無ければ飛ぶことすらできない、"出来損ないのユメクイ"なのだ。

 

 

「誰も……守れない」

 

 

 

 

 

 

 

––––コンコンコンッ

 

 

扉が叩かれる。

私が返事をすると、扉は開かれた。

そこに居たのは、十六夜咲夜だ。

 

「食事を持って参りましたわ」

 

外は暗くなりはじめていた。

咲夜が、少し早めの夕食を持って来た。

 

「……ありがとう。いつも悪いわね」

「別に私は、院長に言われて持って来てるだけだもの。仕事のうちよ」

「そう」

 

咲夜が食事の乗ったトレーを、病室に備え付けられている棚の上へと乗せた。

 

「ここに置いておくわ。少ししたら取りに来るから」

「……今日のは、貴女の手作りじゃないのね」

 

それは、明らかに咲夜の料理とは思えなかった。

 

「私は、他の仕事がたくさんあるのよ。貴女の食事に構っている暇なんてないわ」

「……そう。でも、用意してくれてありがとう」

「だから、仕事のうちだって言ってるでしょう?」

 

はぁ、と溜め息を吐きながら咲夜は扉を開けた。

 

「それじゃあ、失礼致しますわ」

 

一礼する咲夜。

 

「ちょ、ちょっと待って!」

「……何よ?」

 

私は咲夜を呼び止めた。

 

「咲夜はどうして、戦うの?」

「は……?」

 

咲夜は扉を閉めた。

 

「……突然どうしたのかしら?私が戦う理由なんて、聞いてどうするの?」

「どうする……ってわけじゃないけど、聞きたくなって」

「はぁ……もしかして戦うのが怖くなったとか?」

「え?」

「もしくは……そうね。戦っても、勝てる気がしないとかかしら?」

「……そう、かもしれないわ。私は、誰も守れない––––何も出来ないッ」

「はぁ……」

 

咲夜は私に近づくと、私を見下ろすように立った。

元々身長の高い咲夜だが、私が椅子に腰掛けている分、余計に高く見えた。

またそれだけではなく、咲夜の威圧感や纏うオーラも、彼女自身を大きく見せていた。

 

 

「……貴女、本当にユメクイかしら?」

 

「え……?」

 

「ユメクイには何故か、自尊心が高い者が多いわ。おそらく己の力への自負からくるのでしょうね」

 

 

確かに今まで見て来たユメクイのほとんどが、自尊心が高かった気がする。

 

 

「そして、その自尊心こそが強さの秘訣よ。自分を信じられない者に、他人を守ることなんて、出来るはずがないでしょう?」

 

 

私は何も言えなかった。

 

そして咲夜は、突然笑う。

 

 

「……ふふっ、まあ、"出来損ない"には無理かもしれないけど」

「ッ……」

「安心しなさい。貴女がこの病院にいる限り、私と貴女は高確率で同じ夢に巻き込まれるでしょう。私が同じ夢にいる限り、貴女のことは私が守ってあ––––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––げる、わ……?」

 

辺りが一変した。

座っていた私は尻餅をつきそうになるも、"飛ぶ"ことでそれを回避した。

 

「また、巻き込まれたみたいね」

 

咲夜が言う。

私は何も言えない。

 

「最近多すぎるわ。やはり、ユメクイが増えてきているということかしら?」

 

私は何も出来ない。

 

「霊夢?顔が真っ青だけど……どうしたの?」

 

私は脳裏に焼き付いたあの時のことが、思い出されていた。

 

「まあ……怖いならそのままでいいわよ。私がさっさと終わらせてあげるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––私は、"見知った"大草原にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふっ、再戦ね」

 

私は偶然にも、"再び"射命丸文の夢に十六夜咲夜と共に巻き込まれていた。

 

私の初期位置は病院からそう遠くなかった。

つい先ほどまで病院に居たからだ。

 

私は咲夜と霊夢を見つけると、見つからないように尾行していた。

まあ見つかっても、目を見てくれさえすれば簡単に操作できるのだが。

 

「さて……今回はどちらに軍配が上がるのかしら?」

 

嬉々とした様子で私は––––鈴仙・優曇華院・イナバは呟いた。

その顔は満面の笑みが埋めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いけるっ!絶対勝てる!」

 

ここにも、嬉々として笑みを浮かべる少女がいた。

私––––射命丸文は、喜びに満ち溢れていた。

 

私はつい先ほど、死なないユメクイと戦ってきたところだ。

彼女の捕食は諦めたが、時を操るユメクイ––––イザヨイサクヤという名前らしい––––との戦いのヒントを得ることが出来た。

 

「……っと、調子に乗って近付いたら、時を止められちゃうわね」

 

落ち着け、私。

ここで油断して不意を突かれたら元も子もない。

 

さて––––どう攻めようか?

 

 

彼女には飛行能力があるのだろうか?

無ければ上空から索敵していれば、攻撃されることはないかもしれない。

いや……ダメだ。

もし飛行できたらどうする?

というか、先ほどの死なないユメクイも飛んでいたし、飛べるのが普通なのかもしれない。

それに、飛び道具を持っていないとも言い切れない。

空中から不用意に攻めるのは却下だ。

 

 

では、地上から行くべきだろうか?

それも危険だ。

私の世界の草原は、人の体を隠すほど伸びていないし、木なども生えておらず死角になるところがない。

こちらから目視できるということは、あちらからも目視できるということになる。

絶望的に目が悪いことにでもかけてみようか?

そんなこと、命懸けの戦いでできるわけがない。

地上から近付くのも却下だ。

 

 

 

––––攻め手がない……ッ

 

 

 

時間を操るということが、どれだけ大きなアドバンテージであるか、考えれば考えるほど思い知らされていた。

どんな近付き方をしても、時を止められては敵わない。

確実に仕留められてしまう。

 

 

どうする––––?

 

 

逃げられないように、動きを封じる術を見つけたいうのにッ……

時を止めても抜け出せない、風の壁を––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––風の壁……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

私と咲夜は、ほとんど移動していなかった。

初期位置に留まり、"彼女"が訪れるのをひたすらに待った。

 

しかし、彼女は訪れない。

 

「…ふぅ………」

 

能力を使い、索敵をする咲夜。

その表情には疲れの色が見える。

 

いくら能力によって自由に操れるとは言っても、連続して何度も操っていれば疲れるのだろう。

それはおそらく、常に走り続けたら息が上がるのと同じような事なのだろう。

 

 

––––風は、吹いていない。

 

 

私は、気持ちの整理を終わらせていた。

この夢に巻き込まれた時は少し動揺してしまったが、今ではある程度の冷静な判断は出来る。

 

私には、辺りをキョロキョロと見回すことしかできないが––––

 

 

 

 

「……ッ!!」

 

突然だった。

咲夜が目を見開いた。

私がそれに気がついたのは、ふと咲夜の顔を眺めた瞬間だったからだ。

 

「咲夜……?」

 

私はそう呟く。

咲夜は何も答えない。

私は辺りを見渡してみた。

 

 

––––風は、吹いていない。

 

 

「咲夜、一体––––「黙れ」

 

咲夜が言う。

普段とは異なる、酷く低い声だった。

正直言って、怖かった。

 

 

「そこね」

 

咲夜が呟く。

そして同時に、具現化させたナイフを飛ばした。

ナイフは一直線に飛んでいく。

 

––––しかしある点で、そのナイフが不可解な動きを見せた。

軌道が曲がったのだ。

 

「……外した?」

 

咲夜がそう呟いた瞬間だった。

 

 

 

––––風が吹き乱れた。

 

 

 

「やはり、最大限の警戒をしておいて間違いはありませんでしたね!」

 

姿を現した。

魔理沙の仇––––風を操るユメクイだ。

彼女は超スピードで飛行しつつ、自身に風を纏わせることで咲夜のナイフの軌道を変えたのだろう。

随分と器用なことが出来るユメクイだ。

 

そしてそんなユメクイが、新たな風を巻き起こす。

 

「貴女はもう、逃げられないッ!!」

 

その風は、咲夜を取り巻くように吹いていた。

それは、あの時に咲夜の腕を切り落とした鋭い風––––鎌鼬だった。

分散している分、幾らか殺傷力は弱まっているようだが、それでも多少の傷を付けるには十分だった。

 

「咲夜!!」

 

私は叫ぶ。

あんなに強かった、そして自信のあった咲夜が囚われてしまった。

 

 

––––私に、何が出来る?

 

 

「ジワジワと嬲り殺しにしてあげましょう!」

「くっ……咲夜を解放しなさい!」

 

私は御札を具現化させた。

当たれば、一定時間は動きを封じることができる。

 

––––当たれば、の話であるが。

 

 

「あやっ?貴女は人間だと思っていたのですが……どうやらユメクイだったようですね」

 

私は御札を投げつける。

それは一面に広がるように投げつけられ、避ける隙間を与えない。

 

「……はぁ、御札による弾幕ですか。お粗末な攻撃ですね」

 

少女は私の御札を、いとも簡単に吹き飛ばした。

 

「避けるまでもありませんよ」

「ッ……」

「……貴女も時を操る彼女のように、私を楽しませてくれるのかと思いましたが……期待外れですね」

 

 

––––やはり、私には何も出来ない。

 

 

「後で食べてあげますから、大人しくしていてください」

 

鎌鼬が飛んできた。

目にも留まらぬ速さのそれを避ける術を、私は持っていなかった。

 

 

私の右足が、刈り取られた––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、こちらの方が死んでしまう前に、貴女のことを食べましょうかね––––イザヨイサクヤさん?」

 

風の中に囚われた私に少女は言う。

彼女に名前を教えた覚えはない。

 

「……何故、私の名前を?」

「貴女のお仲間から聞いた、とでも言っておきましょうか?」

「まさか貴女、私の仲間を……?」

「あの炎は厄介でしたが、私には無意味でしたね」

 

炎から連想されるユメクイはアイツしかいない。

だが、アレは不死身の––––

 

「妹紅を……喰ったとでも言うの?」

「ご想像にお任せしますよ?」

 

少女は笑顔で私に問う。

今すぐにナイフでグチャグチャにしてやりたいが、風の壁が私の邪魔をする。

 

「それよりも、痛々しい傷が幾らか見受けられますが、大丈夫ですか?」

「……これが大丈夫に見えるなら、病院に来なさい。手当てしてあげるわ。主に頭をね」

「あやややや!そんなご冗談が言えるほど余裕があるのですねぇ……それとも何か秘策でも?」

 

 

––––部分的な時間停止。

 

 

停止した時間の中では、あらゆるものが不動となる。

私が"私の身体のみ"の時を止めれば、こんな風は私の身体を通らない。

不動、つまり動かないならば傷が付くこともない。

 

だが、これには集中力と精神力を使う。

"自分以外"の時を止めるのにも集中力がいるのだが、範囲が大きい分、精密な操作が必要なく簡単である。

範囲が制限されればされるほど、精神を擦り減らす作業となるのだ。

 

要するに今の私は、時間停止を"しない"のではなく、"できない"のだ。

先ほど、索敵のために空間把握能力を最大限まで活用した。

だからこそ、目の前の少女の接近に気が付けたのだ。

気が付いたところで、完全に無意味だったが……

 

それに加えて、時を止めてしまっては、私の身体が不動となるが故に、身動きが取れなくなる。

さらに言えば、時を止めたところで、この風の壁は破れない。

 

 

 

 

––––私には、打つ手がなかった。

 

 

 

 

「残念ながら全く無いわ。笑っちゃうほどにね」

「自分の死が迫って、開き直っているのですか?」

「さぁ、どうかしらね?」

「……貴女の余裕な笑みは、ムカつきますね。もっと痛みを与えるべきでしょうか?」

「ふふっ、好きにしたらいいわ。抜け出せる気がしないもの」

「では、お言葉に甘えて」

 

風の壁の内側に、さらなる風が発生する。

それは壁を構成している分散されたものとは異なり、あらゆるものを簡単に引き裂いてしまうほど鋭利な風だった。

 

 

それが私の両腕を……肩から先を切り落とした。

 

 

「……ッ!!!」

 

人間は強烈な痛みを感じたとき、声が出なくなるようだ。

私は声も出せずに膝をついた。

 

「ふふっ、貴女にもそんな顔ができるんですねぇ」

 

それを見た少女は笑い、私に歩み寄る。

いつの間にか、風の壁は無くなっていた。

 

私はもう、時間操作どころかナイフを持つこともできない。

 

「さて、貴女の夢は–––– オ イ シ イ ノ ? 」

 

少女が大きな口を開け、私に迫る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––お嬢様。

 

最後にもう一度、言わせていただきます。

 

私を必要としてくれて、ありが––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユメクイに喰われたものは、意思が無くなる。

 

それは、十六夜咲夜がレミリア・スカーレットを想うことすら許さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「––––っ!!!!!」

 

私は目を見開く。

程よい歯応えに、滴る紅い血。

骨を砕くたびに訪れる快音と旨味。

 

どうしてこんなにも––––オイシイのだろう?

 

ここまで美味な人間は初めてだ。

いや、人間ではなくユメクイか。

ユメクイって、こんなにもオイシイのだろうか?

 

「なんて美味しさなの!?!?」

 

私は悲鳴にも近い声を上げていた。

それほどに美味だったのだ。

 

そして私は気付く。

この夢には、まだあと2人のユメクイがいる。

そしてそのうちの1人は、すぐそこで––––まるで死体のように––––身動きが取れなくなっている。

 

「もっともーっと、食べたいわ!」

 

私は十六夜咲夜を喰らい終えると、もう1人のユメクイの下へと向かった。

 

「貴女の夢も––––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––空が、割れ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

右足を失った。

痛い。動けない。

 

 

傷口を抑えることもできずに倒れこんでいる私は、多量出血の為に、意識が朦朧としていた。

おかげで痛みが少し緩和されている気がする。

痛いことには変わりないが。

 

 

そんな霞む視界の中で、私は咲夜が喰われるのを見た。

 

私は––––何も出来なかった。

 

私は––––無力だ。

 

 

少女がこちらに歩み寄る。

何か私に言っているようだ。

私はもう、意識が遠のき、その言葉を理解することはできなかった。

 

私はこのまま、喰われるのだろうか––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––空が、割れている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっ、待って!!なんでよ!?」

 

私は叫んでいた。

 

「私はまだ喰べ足りないのにッ!?」

 

––––空が割れている。

 

しかし私は、まだ満腹を迎えていなかった。

さらに捕食を諦めたわけでも、殺されたわけでも勿論ない。

その上、目の前には美味しそうな私の餌がある。

 

なのに、私の夢が–––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どういうこと?」

 

鈴仙・優曇華院・イナバは呟いていた。

 

ユメクイの夢の崩壊条件は全部で3つ。

 

1つ、その夢の主であるユメクイが満腹を迎えること。

1つ、その夢の主であるユメクイが捕食を諦めること。

1つ、その夢の主であるユメクイが絶命すること。

 

これらの条件のうち、少なくとも1つを満たせば、夢は崩壊する。

 

しかし、今回の夢ではどの条件も満たしていない。

それは射命丸文の態度から見ても明らかであろう。

だが、夢の崩壊は止まらない。

 

 

それはまるで、強制的に夢を崩壊させられているような––––

 

でも、ユメクイの夢の世界に干渉できるほどの大きな力があるなんて有るわけ––––

 

 

「ま、まさか……目覚めるというの?」

 

 

 

 

 

 

十六夜咲夜は強力なユメクイだった。

"時間を操る程度の能力"という高級な能力に加え、それを応用することを可能にする自身の有能さを、彼女は持っていた。

それ故に、"高エネルギー"なユメクイだった。

 

喰われた者のエネルギーの行く先は、その者を喰ったユメクイではない。

そう、その行く先とは––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––射命丸文の夢は崩壊した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ」

 

 

私は戻ってきた。

 

そこはいつもと変わらない、白い病室だ。

 

正面には、博麗霊夢がいる。

 

その奥には2人の患者が眠っている。

 

私は、再びこの現実世界に––––

 

 

「……咲夜?貴女、どうして––––」

 

 

あれ?私は確か夢の中で……

 

おかしい。

 

どうして私は––––

 

 

「「––––生きてるの?」」

 

 

2人の言葉が重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





*キャラ設定(追記なし)


○鈴仙・優曇華院・イナバ
「ひ、酷いです師匠!私が師匠を裏切るわけありません!!」

18歳になる程度の年齢。
永琳を師匠と慕う少女。
真面目で陽気な性格。
本来は臆病者だがユメクイ化の影響で少し強気になった。
人は力を手に入れると変わるのである()

【能力 : 波長を操る程度の能力】
光や音の波長を操ることで幻覚や幻聴を起こす。
相手の五感に干渉できる。

武器として弾丸を発射することができる。
自らの手で拳銃のような形を作り、発射する。


○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。


○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」

17歳になる程度の年齢。
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。

【能力 : 空を飛ぶ程度の能力】
文字通り空を飛ぶことができる。

武器として御札を出現させる。



○射命丸文
「誰も私に追いつけない」

25歳になる程度の年齢。
元大手新聞社の記者。
諸事情により、現在は別の大手企業で事務職をしている。
年功序列の考えを強く持ち、調子に乗った年下を最も嫌う。
目下の者にも敬語を使うことが多々あるが、それは決して相手を敬っているわけではない。

【 能力 : 風を操る程度の能力 】

風を自由自在に操ることができる。
風の速さや範囲、密度を操ることで、鋭い刃のような風や厚い壁のような風など、ありとあらゆる風を生み出すことができる。


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第18話 穴 –– アナ ––

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなにも早いなんて……ッ!咲夜のエネルギー量が大きかったということ?」

 

私は病院へと向かって"飛"んでいた。

そう遠くない所にいた為、すぐに辿り着くことが出来た。

私は病院入り口へと降りる。

自動ドアを潜り抜け、病院へと入る。

何やら騒がしかった。

 

––––夢の中では身体の異常が消える。

 

それを病院の患者たちが体験している最中のようだ。

仮初めの健康に喜ぶ患者たちを見て、私は憐れみながら目的地へと急ぐ。

 

生憎私には、大規模な破壊をもたらす能力など持っていない。

今すぐにでもこの病院を、せめてこの床だけでも破壊して、地下に向かいたかった。

だが、私には出来ない。

ユメクイ特有の身体能力を持ってしても不可能だ。

私は仕方なく、病院内を駆けていた。

 

 

「––––優曇華?」

 

 

声がした。

その声に私は、反応せざるを得なかった。

私は足を止める。

 

「ッ……師匠」

「忘れ物でもしたのかしら?そんなに慌てて、どうしたの?」

「えっと……な、なんでもないですよ」

「そんなことはないでしょう?私が声を掛けなければ、私に気がつくことすら出来なかったでしょう?」

「あ、あはは……」

「それにしても、院内がやけに騒がしいようね?」

「それは、師匠が見に行った方が良いのではないですか?あの、私は……"探し物"があるので、失礼しますね」

「そう……?まあ、好きにしなさい。ただ––––」

 

師匠は私の目を真っ直ぐ見た。

なんだか心の中まで覗かれているような––––

 

「––––院内は走らないでくれるかしら?」

 

師匠はまだ、この世界の異常性に気がついていないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は師匠と別れると、角を曲がったところ––––つまり師匠の視界から外れたところ––––で再び駆け出した。

階段を駆け下り、目的の地下室へと向かう。

 

 

「はぁっはぁっ!」

 

 

息が上がる。

身体能力が上がっているとはいえ、疲れるものは疲れるのだ。

 

私は扉の前に辿り着いた。

 

「はぁ……はぁ……やっと、ここまで来た」

 

保管されている脳と身体が、そこにはあるはずだ。

一度入っているし、ある程度の位置は記憶にある。

 

部屋に入り、その脳と身体–––始祖体を喰らう。

それが私の最終目標だ。

そうすれば、始祖体の力で、私は師匠のお役に––––

 

私は扉に手をかける。

ドアノブを回す。

しかしガチャガチャと音がするだけで、ドアノブは回らない。

扉には、鍵がかかっていた。

 

「くっ……打ち破るしかないかな?」

 

金属製の頑丈な扉であるが、少し錆付いている。

今の私の身体能力なら破れるかもしれない。

いや、キツいか……?

でも、やるしか……

 

そう思い、私はドアに体当たりを––––

 

 

その時、カチャッという音がした。

まるで鍵が開けられたような––––

 

 

 

「誰かしら……?」

 

 

 

「…………は?」

 

 

 

不意に扉が開く。

 

「貴女は誰?それよりも、ここは何処?私は誰……ああ、それは分かるわ。記憶喪失じゃないみたい」

 

中から女が出てきた。

その女こそ、最強にして最悪のユメクイ––––博麗操夢である。

 

「……は、博麗……操夢さん、ですよね?」

「ええ、そうよ。貴女は私を知ってるのかしら?」

「……どうして、生きて……?」

「え?どうしてって、そりゃあこの世に生を享けたから……かしらね?」

「そんなことじゃなくて––––ッ!」

 

 

私は気付く。

 

––––夢の中では身体の異常が消える。

 

そうか。

それは彼女も例外ではないのだ。

今の彼女は事故前と同じ姿……つまり、正常に身体が動き頭も使える。

彼女は即ち––––最強のユメクイ、そのものだ。

 

私の計画では、彼女は眠ったままであり、動かない彼女を捕食する予定だった。

そうであれば、幾ら最強のユメクイであったとしても……私は彼女を喰らうことができる。

 

 

だが、今はどうだろうか?

彼女の持つ"夢を操る程度の能力"に対抗する術が、私にあるのだろうか?

 

答えは否。

そんな力、あるはずがない。

 

もちろん私にだけではなく、咲夜も妹紅もアリスも……どんなユメクイにもそんな力は存在しないだろう。

なぜなら私たちユメクイは、『Ym-ki』と『Dm-ki』の違いはあれど、所詮彼女から生まれた"コピー品"に過ぎないのだから––––

 

 

 

「どうかしたの?」

 

ふと、考え込んでしまったようだ。

博麗操夢は、私の顔を覗き込んでいた。

 

「い、いえ。なんでも……」

「そう?それならいいけど」

 

博麗操夢は微笑んでいる。

 

 

––––そこに敵意は感じられない。

 

 

––––今なら、不意をつける?

 

 

彼女の能力が発動する前に、彼女の動きを封じてしまえば……いや、捕食してしまえばいい。

そうだ。

私はこの時のために、今まで頑張って来たじゃないか。

こんなところで、引き返すことなんて出来ない。

私は自分の決めた道を、最後まで突き通す。

それが、師匠を……仲間を裏切ってしまった私が果たすべき責任なんだ。

そして私が能力を得て、謝罪の意味も込めて世界を変えてやる。

咲夜も妹紅もアリスもあの記者もルーミアや妖夢だって……みんながみんな、ハッピーエンドを迎えられるように。

 

そして何よりも、師匠の為に私はッ––––

 

 

 

「––––貴女の能力が必要なのよ!!!」

 

 

 

––––幻朧月睨《ルナティックレッドアイズ》

 

 

 

私は狂気の瞳を、博麗操夢に向けた。

博麗操夢は私の目を見ている。

 

私の目を見た者は、その狂気から逃れることは出来ない……ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………え?」

 

 

 

博麗操夢は微笑んでいる。

 

 

 

––––顔が引きつる私とは対照的に。

 

 

 

「貴女、霊夢と同じ匂いがするわね」

「は……?」

「美味しそう」

 

 

 

博麗操夢は微笑んでいる。

 

 

 

––––私の顔から血が引いていくのが分かる。

 

 

 

「どうして……波長が、操れないッ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––私は死ぬのだろうか。

 

師匠を裏切った挙句、その責任も果たせずに––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、美味しかったわぁ。さぁて、そろそろ探しに行こうかしら?」

 

女は腕を上げ、掌を天井にかざす。

 

天井––––それは地下の天井、つまり地面––––には、大きな穴が空いた。

 

そこから女は……外へと出た。

 

「––––霊夢……何処にいるの?」

 

 

彼女の目標は博麗霊夢である––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが、夢の中?」

「ええ、そうよ。というより……そう考えないとおかしいでしょう?」

「だけど、こんなに現実世界と同じような夢なんてあるの……?」

「さぁね。ただ、ユメクイに関しては、何が起きても不思議じゃないかもしれないわよ?」

「……だからって、こんなに大勢の人が巻き込まれるなんて––––」

 

私と霊夢は、病室の窓から外を眺める。

そこにはいつも通りの街が広がってる。

 

そう、いつも通りの世界なのだ。

つまり、大量の人間が、この精巧に作られた夢の世界にいることになる。

もしそうだとしたら、この夢の主であるユメクイの力量は測りきれない。

しかし、そう考えざるを得ないのだ。

 

この病室で眠っていた2人の患者が、つい先ほど目を覚ました。

2人とも、夢の中で死んでいる。

つまり、現実世界で目を覚ますことはあり得ない。

 

そして何より、この私も––––

 

 

「とにかく私達にできることは、主を殺して現実世界に帰ることよ。そしてそれが私達の使命でもある」

「……いいの?」

「何かしら?」

「その……現実世界では、あんたは目を覚まさないのよ?」

「別にいいわよ。未練なんてないわ。どうせ、お嬢様もいない世––––」

 

 

 

––––お嬢様……?

 

 

 

「咲夜……?どうかしたの?」

「––––もしかしてッ」

 

私はとっさに駆け出していた。

あの2人が目覚めたのなら、きっとお嬢様も––––

 

私は時を止めることすら思い付くことができないほど、全力で走っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと咲夜!?」

 

咲夜は突然目を見開くと、病室から駆け出して行った。

 

「なんなの……?」

 

私には、咲夜のその行動の意味が分からない。

 

「あの……霊夢?ちょっと聞いてもいいかしら?」

「どうしたのよ、紫」

「さっきから、貴女達は何の話をしていたの?それに私はどうしてここに寝ていたの?」

「そんなの……私が聞きたいわよ」

「え……?」

「私が知らないところで勝手に喰われて勝手に眠って……紫なんか、紫なんか……」

「れ、霊夢?」

「紫の––––バカッ」

「一体、何があったの?」

 

私は目から湧き出る何かを、グッと堪えていた。

それを不思議な面持ちで見つめる紫。

 

そんな中で、ルーミアが布団から首だけを出して言う。

 

「あのお姉さん、居なくなった?」

 

ルーミアが咲夜がいないことを確認すると、布団を剥ぎ、姿を現した。

 

「よかった。また殺されちゃうのかと思ったよ」

「……ごめんね、ルーミア」

「え?何で謝るの?」

「私が咲夜を止められていれば、あんたは殺されなかったかもしれないのに––––」

「別にいいよ。それより、謝らないでよ。面倒くさい」

「で、でも……」

「あーもう。霊夢はもっと……我が強くて、他人に興味がなくて、重い感情が嫌いで、サッパリしてて、何より面倒くさくない人間だと思ってたんだけどなぁ」

「……は?」

「そうね。私もそう思うわ」

「紫まで……」

「何があったのかは知らないけど、今日の霊夢は何だかおかしいわね?」

「……私には––––何も出来ないから」

 

私は俯き、涙を落とす。

それは先ほど堪えたものとは、異なる種類の涙であった。

 

 

 

 

 

 

 

––––その時、音もなく地面に大きな穴があいた。

 

しかし私は、それに気がつかなかった––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様!!!」

 

私は、ある病室へと駆け込んだ。

その病室には私の主人––––レミリア・スカーレット様がいらっしゃる。

 

「咲夜?どうしたの、そんなに慌てて?」

「お嬢様ッ……!」

「それよりも、ノックをするのが礼儀ではないかしら?普段の貴女なら、怠らなかったでしょうに……何かあったの?」

 

お嬢様が私に尋ねる。

私は、何からどう説明すればいいのか分からず、少し狼狽えてしまった。

 

「まあいいわ。それにしても……どうして私は、こんなところにいるのかしら?」

「……お嬢様が憶えてらっしゃらないのは、当然でございます」

「どういうこと?私が憶えてないって……何を?」

「お嬢様は、今昏睡状態にあるのです」

「え……?私、意識あるわよ?」

「ここは、現実世界ではございません」

「……何を言ってるの?」

 

 

––––パチンッ

 

 

「ここは夢の世界」

「ッ!?」

「私のようなユメクイが力を発揮する世界ですわ」

 

私は一瞬で、扉付近からお嬢様の目の前へと移動した。

それはまさしく、人間業ではない。

 

「……貴女、咲夜よね?」

「はい。十六夜咲夜でございます」

 

お嬢様のその言葉は、少しだけ私に突き刺さる。

 

「じゃあ、今のは……何?」

「私は十六夜咲夜。人間を辞めてしまった、ユメクイですわ」

「……ユメクイ?」

「はい。そして、ユメクイは夢を––––人を、喰べるのです。お嬢様はユメクイによって喰われ––––ッ」

 

私は言葉に詰まる。

思い出してしまった。

あの時の、お嬢様の血を浴びた感覚を。

 

「そう……それで、昏睡状態ということ?あまりにも突飛すぎて、話についていけないけど……」

 

お嬢様は右手で頭を抱える。

 

「……ん?咲夜、ユメクイ……とかいうやつなのよね?」

「はい、仰る通りです」

「なら……私を喰べるの?」

「そんなことは致しませんわ」

「どうしてよ?ユメクイは、人を食べるのでしょう?」

「私はユメクイであって、ユメクイではありませんので」

「何を言ってるの?」

「つまり私は、お嬢様を喰べるなど致しません」

「……まあ、貴女のことは信じているわ」

「身に余るお言葉でございます」

「ところで咲夜、アレは……何かしら?」

「……?」

 

お嬢様が窓の外を指差し、私に仰る。

私が窓の外へと視線を向けると、そこには驚くべき光景が広がっていた。

 

「……穴?」

「美しいと思うほどだけど……あんなところにある物だとは思えないわね」

 

そこには駐車場がある"はず"だった。

しかしそこには、地下が丸見えになるほど大きな穴があいていた。

 

 

––––1人の女が、そこから現れる。

彼女は空を飛んでいる。

それはつまり、彼女が人間ではないことを示していた。

 

彼女こそが––––この夢の主である。

その考えに至るまでに時間は掛からなかった。

 

「お嬢様、私は行かねばなりませんわ」

「行くって……あそこに?」

「ええ」

「何を……するつもりなの?」

「この世界を終わらせるのです」

 

私は窓を開けた。

窓枠に手をかける。

 

「それが私達の––––"ユメクイを喰らうユメクイ"の使命ですわ」

 

そして私は––––

 

「ちょっと咲夜!?まさか、そこから飛び降りるつもりじゃ––––」

 

 

––––パチンッ

 

 

「––––き、消えた……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は病院のロビーにいた。

なぜか騒がしい患者たちが居た為である。

聞けば彼らは皆、身体の異常が消えたと言う。

 

 

––––それじゃあまるで、この世界がユメクイの世界であるみたいじゃない。

 

 

そんなことを思いながら、患者たちを診た。

すると、本当に異常が消えていた。

 

ならば本当に、この世界はユメクイの世界だとでも言うのだろうか?

現実世界となんら変わらない風景に、存在する人間の数が測りきれないこの世界が?

 

 

そんなの、あり得るわけ––––

 

 

 

––––その時、私は思い出した。

 

 

巻き込まれた人間の記憶から精製された、現実世界と瓜二つの世界を生み出すユメクイ––––『Ym-ki』型のユメクイ。

 

尚且つ、巻き込める人数が数億にも達する、生まれながらにしてのユメクイ––––始祖体。

 

 

 

––––彼女が、ついに目覚めたと言うの?

 

 

 

"夢を操る程度の能力"

それは、ユメクイの世界––––夢の中では最強と言える能力である。

夢を操るとは即ち、この世界の全てを操るということだ。

この世界のありとあらゆるモノが彼女の思い通りになる。

そんな彼女に対抗する策など、人間はもちろん、私達ユメクイですら持ち合わせていない。

 

 

 

彼女が動き出す前に、止めなくては––––

 

そこで私は思い出す。

先ほど駆けて行った優曇華の姿を。

 

––––まさかあの子、気付いて…………

 

 

 

「……ッ」

 

私は少し考え込んでしまったようだ。

ふと我に返る。

先ほどまで騒がしかった患者達が妙に静かだった。

そして全員の視線が、外へと向いている。

 

一体何があるというのだろうか?

そこにはいつも通り駐車場が広がっているだけだろう。

何をそんなに見つめるものがあるのだろうか?

 

 

私も周りの患者たちと同様に、視線を外に移した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




*キャラ設定(追記あり)


○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」

37歳になる程度の年齢。
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。

【能力 : あらゆる薬を作る程度の能力】
簡単な材料から不思議な薬を作ることが可能。



○鈴仙・優曇華院・イナバ
「ひ、酷いです師匠!私が師匠を裏切るわけありません!!」

18歳になる程度の年齢。
永琳を師匠と慕う少女。
真面目で陽気な性格。
本来は臆病者だがユメクイ化の影響で少し強気になった。
人は力を手に入れると変わるのである()

【能力 : 波長を操る程度の能力】
光や音の波長を操ることで幻覚や幻聴を起こす。
相手の五感に干渉できる。

武器として弾丸を発射することができる。
自らの手で拳銃のような形を作り、発射する。



○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。



○レミリア・スカーレット
「すぐに貴女を消してやってもいいのよ?」

14歳になる程度の年齢。
義務教育?なにそれおいしいの?的な英才教育を受けに受けまくった天才児。
えいさいきょーいくってすげー。
『うー☆』なんて言わないカリスマ系お嬢様(のつもり)。



○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」

17歳になる程度の年齢。
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。

【能力 : 空を飛ぶ程度の能力】
文字通り空を飛ぶことができる。

武器として御札を出現させる。



○八雲紫
「当然よ。私は常人じゃないもの」

国家機密になる程度の年齢。
知る人ぞ知る名探偵。
洞察力、思考力に長けるが故に何を考えているか分からない。
その上、笑顔で隠そうとするから本当にタチが悪い。
霊夢のことを気にかけているが、それが霊夢の為なのかは不明。
彼女に年齢ネタは禁句です。



○博麗操夢
「––––楽しくなりそうね」

40歳になる程度の年齢。
始祖体と呼ばれ、全てのユメクイの(はは)となる存在。

【能力 : 夢を操る程度の能力】
夢の中ならば、全ての現象を操ることができる。
また、夢を現実にすることも可能。
この能力を発展させた技が以下の2つ。

・夢操封印
攻撃技。
相手の存在を消し去る。
そこには光も音も痛みも存在しない。
一瞬で消えて無くなる。

・夢操天生
防御技。
ありとあらゆるものを"操る"ことで、実体を持たない"夢"の状態となる。
相手は攻撃を当てることも出来ず、ただ防ぐ手立てのない操作をその身に受けることになる。

夢想天生と夢操天生が対立した場合、他の能力等が武器とならず、二人の闘いはただ力の限り殴り合うだけの赤子の戦いと化す。


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第19話 親子 –– オヤコ ––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴女が、この世界のユメクイね?」

 

ふと、声がする。

それは突然だった。

つい先ほどまで、そこに人の気配などしなかったのだが……

 

 

というよりも、人間がいるはずがないのだ。

 

––––私は、飛んでいるのだから。

 

 

「誰かしら?」

「名乗る意味がある?」

「そうね……無いかもしれないわ」

「……貴女、既に誰かを喰ったの?」

「え?あぁ……喰べたわよ。なかなか美味しい子だったわ。でも、どうして分かったのかしら?」

「口の周りにそれだけ血を付けていれば、簡単に想像できるわよ」

「ふふっ、それもそうね」

「でも……おかしいわ」

「何かしら?」

「まさか貴女、"自分の口"で人を喰べたの?」

「もちろんよ。それ以外の何処で喰べると言うの?」

「……ユメクイは決して、自分の口で人を喰らうことはないわ」

「?」

「ユメクイ自身のものではない、別の大きな口が現れて……人を喰うのよ」

「貴女が何を言ってるか分からないわ。そのユメクイって何なのよ?」

「貴女のように、人間の夢を集めて喰べる生き物のことよ」

「……ふふっ、あははは!」

「何がおかしいの?」

「人間の夢を集める?そんなこと、私してないわよ?」

「……どういうこと?」

「ここは私が作った夢だもの。他の誰のものでもないわ。私は自分の夢に人を––––ありとあらゆる生物を引き込むの」

「……?」

「教えてあげるわ。私はこの世界の全てを操ることができるの。もちろん、貴女のこともね」

「……ッ!!」

 

 

––––パチンッ

 

 

時が止まっている。

なるほど。

私にこの夢を操る能力があるように、彼女には時間を操る能力があるのだろう。

 

どうして彼女にそんなことができるのか?

彼女は人間ではないのか?

そんな疑問が浮かんだが、すぐに興味を失った。

 

 

だって私には––––どんな能力も無意味だもの。

 

 

具現化させたナイフを手に、彼女は私との距離を詰める。

 

「物騒なものを持ってるのね」

「ッ!?!?」

「ふふっ、なんて顔してるのよ?」

「な、何故……?時間は止めているはずなのにッ!?」

「言ったでしょう?私は、この世界の全てを操ることができるのよ」

「そんな……私の能力が……通用しない?」

 

 

––––パチンッ

 

 

時間が流れ始めた。

彼女の能力は、私によって殺されたのだ。

 

「貴女も、霊夢と同じような匂いがする……けど、紛い物ね」

 

彼女からの返事は得られない。

 

「さて、貴女には消えて––––ん?」

 

 

––––天網蜘網捕蝶の法

 

 

私の周りに、得体の知れないレーザー光線のような何かが、まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされた。

それは私に命中させるよりも、私の動きを制限することを目的としているように思われた。

 

私はその光源へと視線を移す。

そこには医者の風貌をした女がいた。

 

「咲夜に––––私の娘に、手出しはさせないわ」

「か、母さん!?」

「咲夜、貴女は下がっていなさい」

 

空を飛ぶ目の前の彼女もまた、人に非ざる存在なのだろう。

そんな彼女は、私に大きな弓矢を向けていた。

 

「貴女は霊夢と同じ匂い……」

「夢を終わらせなさい!!」

 

そして彼女は、私に矢を放つ。

 

 

––––夢操天生

 

 

彼女の矢は私の居る地点を"通過"した。

 

「当たっていない……?」

「美味しそう」

「ッ!?」

 

私は彼女の方へと向かう。

––––辺りに張り巡らされたモノなど、気にも留めずに。

 

「どうして……貴女から––––貴女"達"からは霊夢と同じ匂いがするのかしら?」

「霊夢と……同じ匂い?」

「ええ、特に貴女からはハッキリとするわ。さっき食べたウサギちゃんも同じ匂い」

「ウサギ……?まさか、優曇華を喰べたというの?」

「ウドンゲ?それがあの子の名前なのかは知らないけど……そうね」

 

 

––––幻朧月睨(ルナティックレッドアイズ)

 

 

「それは優曇華の……ッ!?」

「へぇ……面白い能力ね。相手のリズムのような何かを操ることができるのかしら?」

 

私は彼女の目の当たりの何かを弄っている。

……そういうような感覚、というだけだが。

相手のリズムを狂わせることで、五感に干渉できる……というようなものなのだろうか?

 

とにかく私は、そんな能力が備わった。

––––とはいえ、この能力も私の"夢を操る程度の能力"の一部であるに過ぎない。

私はこんな能力を得ずとも、同様のことができるのだ。

 

おそらく目の前の彼女の視界はグチャグチャになっていることだろう。

平衡感覚を失い、フラフラとしている。

 

「ふふっ。もう貴女には私を捉えられていないでしょう?さぁ、私の餌になりなさい!」

 

私は彼女に手を伸ばす。

彼女は私の腕すら捉えられない。

捉えたところで、どうすることもできないだろうが––––

 

 

「お母さん!!」

 

 

声がした。

聞き覚えのあるような––––そんな声が。

 

「……霊夢?」

 

私は振り返る。

そこには霊夢の面影がある少女がいた。

 

「貴女……霊夢なの?」

「お母さん……どうして?」

「私の知ってる霊夢は、もっと小さいはずなのだけど?ねぇ––––紫?」

 

霊夢であろう少女の背に負ぶさるような形になっている彼女は私の信頼できる友人––––八雲紫である。

紫は霊夢と異なり、ほとんど外見に変化はなく––––少し老けた気がするが––––すぐに本人だと理解できる。

 

「久しぶりね、操夢。なんだか今、不必要な考えをしていたみたいだけど?」

 

私に対して凄む紫。

私は勘が冴えると自負しているが、紫の"ある話題"に対する勘は私のそれを遥かに凌駕するものだ。

 

「そんなことないわ。紫は相変わらず綺麗よ?」

「誰も私の容姿のことなんて言ってないのだけれど?」

「ふふっ、本当に"相変わらず"ねぇ」

「……ふざけるのも大概にしましょう。貴女……どうして生きてるの?貴女はあの時の事故で––––」

 

そうだ。

私はあの事故で死んだはずだ。

最期は幼い霊夢の顔を見ながら逝ったはずだ。

 

––––どうして私は生きている?

 

 

「私にだって分からないわ。目が覚めたらこの病院の地下に居た。それだけよ」

「やはり八意永琳、貴女の仕業……って、消えた?」

 

私は振り返る。

いつの間にか、そこには誰もいなくなっていた。

 

「え?あら、本当ね。時を操る子も居ないみたいね」

 

時間を止められた気はしなかった。

では、どうして消えたのだろうか……?

 

「……まあ、関係ないわ。どうでもいい」

 

私は見据える。

 

「どうして成長しているのかは知らないけれど……久しぶりね、霊夢」

「お母さん……?」

「操夢、貴女……その目はまるで、獲物を狩る目のような––––」

 

私は、私の餌に––––博麗霊夢に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね霊夢。お腹が空いて堪らないの」

 

母は私の頭に手を乗せながら言った。

 

「え……?」

 

それは遠い記憶の中にあった、優しくて柔らかくて暖かい、母の手だった。

––––だが、その手が酷く怖かった。

 

「だから大人しく私に…………?」

 

でも私にその手を振り払うことなど出来る訳がなかった。

だって、大好きなお母さんが––––

 

「貴女…………本当に、霊夢なの?」

「……え?」

 

私はさっきから母の言葉を聞き返すことしかしていない気がする。

しかし、そうせざるを得ない程度には、母の言動は理解に苦しむものだった。

 

「なんだか……匂いが混じってる」

 

母は私に顔を近づけ匂いを嗅いでいた。

 

「……お母さん?」

「違う。霊夢の匂いじゃない」

「どういうこと?」

「霊夢はどこ?」

 

やはり私には、母の言動が理解できない。

 

「操夢。貴女は一体何を言ってるの?」

「紫、霊夢は何処にいるの?」

「だから、貴女は一体何を––––」

 

 

 

「博麗操夢!!!」

 

突然声がする。

私や紫のものではない。もちろん母のものでも。

 

「博麗霊夢を探しているなら、私について来なさい」

 

そこには姿を消していた十六夜咲夜が居た。

 

「霊夢に会えるなら喜んでついて行くわ」

 

母は私を探しているようだが、私には目もくれずに咲夜の方へと振り向いた。

 

 

––––ブンッ

 

 

「ッ!?」

 

一瞬で景色が変わった。

ここは……病院のフロント?

でも、私はさっきまで空を飛んでいたはずだ。

 

それにしても今のは––––風?

 

「やはり"夢を操る"とは言っても、私には追いつけないようですね」

「な、なんであんたがここに––––ッ!?」

 

少し暖かい風が吹いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




*キャラ設定(追記なし)


○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」

37歳になる程度の年齢。
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。

【能力 : あらゆる薬を作る程度の能力】
簡単な材料から不思議な薬を作ることが可能。



○十六夜咲夜
「まあ、1番早いのは、私がユメクイを殺すことでしょうね」

19歳になる程度の年齢。
冷静沈着、才色兼備………を装っている。
実力、容姿共に十分だが、自意識過剰。
しかし結構他人想いで、世話焼きな面もある。
また家事全般を余裕でこなせる為、嫁にしたい女子No. 1である。(作者調べ)

【能力 : 時を操る程度の能力】
時間を加速、減速、停止させることができる能力。
巻き戻すことや、なかったことにする事はできない。

武器としてナイフを具現化させる。
その数に制限はない。


○博麗霊夢
「私は勘で動いただけよ」

17歳になる程度の年齢。
他人に無関心なところもあるが、人との関わりを避けているわけではない。
楽しいことも美味しいものも普通に好き。
勘が鋭く、自分でも驚くほどの的中率を誇る。

【能力 : 空を飛ぶ程度の能力】
文字通り空を飛ぶことができる。

武器として御札を出現させる。



○射命丸文
「誰も私に追いつけない」

25歳になる程度の年齢。
元大手新聞社の記者。
諸事情により、現在は別の大手企業で事務職をしている。
年功序列の考えを強く持ち、調子に乗った年下を最も嫌う。
目下の者にも敬語を使うことが多々あるが、それは決して相手を敬っているわけではない。

【 能力 : 風を操る程度の能力 】

風を自由自在に操ることができる。
風の速さや範囲、密度を操ることで、鋭い刃のような風や厚い壁のような風など、ありとあらゆる風を生み出すことができる。



○八雲紫
「当然よ。私は常人じゃないもの」

国家機密になる程度の年齢。
知る人ぞ知る名探偵。
洞察力、思考力に長けるが故に何を考えているか分からない。
その上、笑顔で隠そうとするから本当にタチが悪い。
霊夢のことを気にかけているが、それが霊夢の為なのかは不明。
彼女に年齢ネタは禁句です。




○博麗操夢
「––––楽しくなりそうね」

40歳になる程度の年齢。
始祖体と呼ばれ、全てのユメクイの(はは)となる存在。

【能力 : 夢を操る程度の能力】
夢の中ならば、全ての現象を操ることができる。
また、夢を現実にすることも可能。
この能力を発展させた技が以下の2つ。

・夢操封印
攻撃技。
相手の存在を消し去る。
そこには光も音も痛みも存在しない。
一瞬で消えて無くなる。

・夢操天生
防御技。
ありとあらゆるものを"操る"ことで、実体を持たない"夢"の状態となる。
相手は攻撃を当てることも出来ず、ただ防ぐ手立てのない操作をその身に受けることになる。

夢想天生と夢操天生が対立した場合、他の能力等が武器とならず、二人の闘いはただ力の限り殴り合うだけの赤子の戦いと化す。


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最終話 夢の中へ –– ユメノナカヘ ––

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!」

 

私は戻ってきた。

空の弁当箱が目の前にある。

ここは社内の休憩室だ。

 

「あれは……一体––––ッ!?」

 

 

––––足が……動いてる?

 

 

「なんで……?わ、私の足は––––」

 

心地よい風が吹いた。

 

「これじゃあまるで……夢の中じゃない」

 

壁で仕切られた建物の中で––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現実世界での能力行使。

そんなことが出来るのだろうか?

普通に考えたら有り得ない。

"夢"と言う世界だからこそ使える能力なのだ。

 

まあ、そんな夢の世界なんてのも普通に考えたらおかしいんだけど。

と、私は内心苦笑する。

 

しかし今、私は能力を行使することが出来る。

まさか、私だけ出来るようになったのだろうか?

何かしらの突然変異だろうか?

もしそうだとしたら私は––––

 

 

 

私は窓を破った。

勿論、風を操って。

 

 

 

おそらくここは現実世界ではない。

その考えに至るのに時間は掛からなかった。

身体の異常が消え、能力が行使できる。

それらは、ここが夢の世界であることの証拠となる。

 

 

だがしかし––––

 

 

 

「本当に……夢なのかしら?」

 

眼下に広がる街並みに、私は呟いた。

街が精巧に作られているだけでなく、人も大勢いるようだ。

まさに……いつも通りの世界。

そこは私が作る夢とは似ても似つかぬ世界だった。

 

 

 

私には訳が分からない––––ならば、調べるしかない。

 

今の私には、調べるための"足"がある。

 

人に聞こう––––誰に?

 

––––そんなの、八意永琳しかいないでしょう?

 

 

 

 

私––––射命丸文は病院へ飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、よく出来た世界ね……」

 

私は空を飛びながら、感嘆した。

そんな中で私は、仕事を途中で投げ出した形になったことを、少し後悔していた。

仮に……もしも本当に、私が現実世界で能力を使えるようになっただけなのだとすれば、おそらく私はクビになる。

元上司のコネを使い無理やり入れてもらった職場だが、それなりに恩を感じているし、何より私の生活に支障が出る。

だから、少しだけ後悔していた。

 

まあ、もし本当に能力を使えるなら、クビになっても何かしら手段があると思うけど。

大道芸とかサーカスとかマジシャンとか。

私の風って、結構使えそうよね。

 

そんな馬鹿げたことを考えていると、病院が見えてきた。

私は段々と速度を落とす。

 

 

 

「貴女……ユメクイね?」

「ッ!?」

 

突然女の声がした。

私は驚き、振り返る。

 

「まあ、空を飛んでいることが何よりの証拠よね」

 

容姿が整い過ぎている金髪の少女が、そこにはいた。

 

「……それは貴女にも言えることでは?」

「ふふっ、そうね。私もユメクイよ。でも、貴女たちとは違うわ」

「あぁ……もしかして貴女も、"イザヨイサクヤ"とやらの仲間ですか?」

「咲夜を知ってるの……?」

「そりゃあもう。美味しく頂きましたよ」

「え……?」

「なんなら貴女の夢も––––」

 

その時、突然目の前が赤く光る。

いや、赤というよりもオレンジかもしれない。

とにかくそれは、異常に熱かった。

 

「なっ!?!?」

 

私はその場を離れ、風を纏うことで炎を掻き消した。

 

「アリス、大丈夫か?」

「ありがとう、妹紅。少し呆気にとられていたから……助かったわ」

「あやややや……この炎は貴女でしたか」

「よう。さっき振りだな」

「そうですね。その節は大変お世話になりました。お陰様であのヒトを喰らうことができました」

「……どういうこと、妹紅?」

「さぁね。私は知らないよ。ただ、ついさっきまで、こいつの夢に巻き込まれていたのは事実さ」

「そう……まあいいわ。私たちの仕事は決まってるもの」

「ああ、そうだな」

「言っておきますが、ここは私の夢じゃありませんよ?」

「分かってるさ。お前の夢は草原だったからな」

「貴女がこの夢の主であろうと、そうでなかろうと関係ないのよ」

「……なるほど。ユメクイの殲滅が、貴女たちの目的ですものね」

「分かってるじゃないか。さぁて、始めよ––––「先手必勝ッ!!!」

 

私は風を繰り出す。

それは白髪の少女の首を刎ねた。

 

「……あぁ、貴女には意味なかったんですね。忘れていましたよ」

 

首を刎ねられた少女の体は焼失していた。

そして既に新しい身体が蘇生(リザレクション)している。

 

「妹紅、彼女の能力は?」

「"風を操る程度の能力"だろうな。結構厄介な能力だ。それを使うユメクイ自体も厄介な奴だが」

「なるほど、さっきのは風の一種なのね」

「ああ。それと、信じられんほど速い」

「速い……?」

 

「––––そう、私には誰も追いつけません」

 

私は金髪の少女の背後に立っていた。

そして風を––––

 

「……?」

 

私の風は、不思議な壁に阻まれ、その少女には届かない。

 

「私の名前は、アリス・マーガトロイド。見ての通り、魔法使いよ」

 

私は直ちにその場を離れる。

 

なるほど……これは魔法陣というものだろう。

しかし、どうして彼女はご丁寧にも自己紹介を……?

 

「貴女の名前は?」

「……名乗る意味がありますか?」

「闘う前には名乗るのが礼儀でしょう?」

「はぁ……?」

「ああ、こっちにいるのは藤原妹紅。知ってるみたいだけど」

「……名前までは知りませんでしたよ」

「そう。それで、貴女の名前は?」

「……」

 

ユメクイには記憶が残る。

私を殺し損ねたら、現実世界で探すつもりなのだろうか?

 

「別に警戒しなくていいわ。現実世界で貴女を探すつもりはないもの。それに––––」

 

まるで私の心を読んだかのようにアリスは言う。

 

「––––貴女はここで死ぬのだから、関係ないでしょう?」

「おぉ、こわいこわい」

 

私は嘲笑ってみせる。

 

「まあいいでしょう。私は射命丸文と申します。まあ、こんな名前を知っても意味はないでしょうけど」

「……?」

 

そう言うや否や、私は一気に間合いを詰めた。

狙いはアリスだ。

文字通り、目にも留まらぬ速さで私は接近する。

 

「––––貴女はここで死ぬのですから」

「ふふっ、甘く見過ぎよ」

「甘く見ているのはそちらでは?」

 

私が繰り出した風は、再び魔法陣により防がれる。

だか、私は何も正面にしか風を起こせない訳ではない。

 

「––––風の吹くところ全てが、私の攻撃範囲なのですよ」

 

簡単な話だった。

魔法陣を回り込むように––––いや、魔法陣の向こう側に風を発生させればいい。

それだけだ。

 

しかし––––

 

「私を忘れてもらっちゃあ困るな」

「な……ッ!」

 

相手が2人であることを、私は忘れていた。

不覚にも、私は肩を掴まれていた。

 

「そのまま燃え尽きなッ!!」

 

咄嗟に私は妹紅の右腕を切り取り、その場を離脱する。

 

「ぐっ……」

「危ないですね。確かに、貴女のことを忘れていましたよ」

 

妹紅は腕を抑え、痛みに歪んだ顔をこちらに向ける。

 

「蘇生は出来ても、再生は出来ないのですね」

「ッ……」

「ならば死なない程度に痛めつけて差し上げましょう!!」

「私のことも忘れてるのかしら?」

「同じような手に2度も……ッ!?」

 

私は振り返る。

警戒をしていない訳がなかった。

つい先ほど、相手が2人であることを確認したばかりなのだ。

 

 

しかし––––相手は2人ではなかった。

 

「私は魔法使いであり……そして、人形遣いでもあるのよ」

 

多数の人形達が私に向かって来る。

 

「こんなものッ!」

 

私は爆風を巻き起こす。

人形達は吹き飛ばされる。

アリス自身は魔法陣を盾に、その風をしのいでいる。

 

「また私を忘れてるんじゃないのか?」

「なっ!?」

 

上から声がする。

ありえない。

彼女とは少し距離があったはずだ。

まるで瞬間移動でもしたかのような––––

 

「大人しく焼かれなッ!!!」

 

飽きもせず、妹紅は右手から炎を発射する。

しかし、私の風には敵わない。

彼女の炎は、私の風に掻き消される。

 

「その程度の炎で私の風は破れ…………あやっ?」

 

私は目を疑う。

 

 

––––その右腕は、私が切り落としたはずだ。

 

 

「誰が再生出来ないなんて言ったんだよ?」

「ッ!!!」

 

妹紅は私の心を見抜いたかのように言い放つ。

 

「私は完全再生能力を持ってる。どんなに切り刻もうと、意味無いのさ!」

「ッ……」

 

予想外のことに、私は一瞬の隙を見せてしまった。

––––そしてそれが命取りとなるなんてことは、私には分かっていたはずだ。

 

「アリス!!」

「分かってるわ!」

 

妹紅が私の周りに炎を繰り出す。

あっという間に私は囲まれてしまった。

 

––––でも、これくらいの炎なら……ッ!!

 

アリスが魔法陣を展開した。

そしてそれは、私をその炎ごと取り囲んでいた。

 

「こ、これは……ッ」

 

 

––––破れないッ!

 

 

私の風では、この魔法陣を破ることはできない。

下手に風を起こしてしまっては、熱風と共に、この炎が私を襲うことになる。

私は風を起こせない……ッ

私の能力が––––封じられた。

 

「上手く掛かってくれて良かったよ」

「ええ、そうね。それにしても……これを使う日がくるなんてね」

「練習しておいて正解だったな」

「咲夜以外に使うことはないと思っていたけどね」

 

2人は和気藹々とした様子で私の下へと向かって来る。

 

 

––––おかしい。

 

なぜ私を殺さない?

この炎を増幅させるなどして、私を燃やし尽くせば済むはずだろう。

私を喰うことが目的ならば、殺さないことにも納得がいく。

だが……おそらくそれはない。

 

何故ならこの世界では、私の腹が減らないからだ。

 

この世界に来る前の世界––––つまり、私の夢の中では、喰べ足りず、私は空腹を感じていた。

しかし、この世界に来た途端にそれが消えている。

 

それがこの世界特有のものなのか、己の世界以外では空腹を感じないのか、私は確かなことは言えない。

だが、おそらく後者だろう。

今まで遭遇したユメクイ––––十六夜咲夜、藤原妹紅、鈴仙・優曇華院・イナバ––––は全て、殺す為にユメクイを殺していた。

私のように、喰う為に人を殺していた訳ではないのだ。

 

だからこそ、疑問が残る。

何故私を殺さない?

そして、何故この炎は––––

 

「どうだい、その中は?熱くて死にそうか?」

「……いえ、全く」

「ははは、そうだろうな。私は炎を操るんだ。その温度までもね」

「そうみたいですね。触れても全く熱く感じません」

「凄いだろ?」

「……」

 

––––この少女は、一体何を考えている?

 

「妹紅、無駄話が過ぎるわよ」

「ああ、そうだな。悪い悪い」

「まったく……」

 

アリスは深く溜息を吐いた。

それから私を見る。

 

「何故生かされているのか、分からないと言った表情ね?」

「……その通りですよ」

「随分と素直ね」

「私は純粋なのですよ」

「へぇ、どうでもいい」

「……」

「さて、貴女には聞きたいことがあるわ」

「……なるほど。何かを聞く為に私を生かしている、と?」

「ええ、そうよ」

「そこまでして聞きたいことが……?」

「ええ」

 

そんな話をしていると、一体の人形が下方からやって来た。

新しく出現させたようには見えない人形だ。

どうして今更になって––––

 

「まず1つ目。咲夜を喰ったって、本気で言ってるのかしら?」

「え……?ああ、本気ですよ。とっても美味しく頂きました。ユメクイって美味しいんですねぇ、知りませんでしたよ」

「……そう。まあ、咲夜なら病院にいるだろうから平気だと思うけど」

「本当に咲夜が負けたのか?あの咲夜が?」

「本当だと言ってるでしょう?なぜ、そこまで疑うんですか」

「いや……だって、あの負けず嫌いの十六夜咲夜だぞ……?」

「私も意外だけど……まあ、本題はその話じゃないわ」

「ああ、そうだな」

 

2人の少女は私に向き直る。

 

「貴女は一体どうやって、ユメクイになったの?」

「ユメクイになった方法……ということですか?」

「そうよ。ユメクイは自然に生まれるものではないわ。人為的に作り出されるものなのよ」

「そうですね……確かに私は、薬の投与でユメクイになりました」

「その薬は、夢散薬のことかしら?」

「……ああ、やはりその薬は関係あるのですか」

「やはり……?」

「いえ、こちらの話です。ですがこれで、八意永琳がユメクイの件に絡んでいるのは確定的ですね……」

「……?」

「私の考え、間違ってなかったようですよ。なるほどなるほど。分かりました」

「貴女、一体何を––––「アリス!!!」

 

妹紅が叫ぶ。

 

 

 

 

––––アリスの首は、飛んでいた。

 

 

「言ったでしょう?風の吹くところ全てが、私の攻撃範囲だと」

「て、てめぇ……ッ!」

 

炎の温度が急激に上昇する。

しかし意味は無い。

私は風で、それらを消し飛ばす。

 

 

––––魔法陣は既に解かれている。

 

 

熱風が妹紅を襲った。

その刹那、私は妹紅の両手を刈り取る。

 

「ぐぁっ!!!」

「あやや。そんなに痛いのなら、再生しては如何ですか?」

「くっ……気づいてんのか?」

「いやぁ、すっかり騙されましたよ」

 

––––私が多数の人形に気を取られているうちに、妹紅は殺されていたのだ。

妹紅を殺したのは––––アリスの人形。

大量の人形に紛れ妹紅に近づき、殺したのだろう。

そして私の知らないところで死亡した彼女は、私の頭上で蘇生した。

一体どういう仕組みなのかは私にはわからないが、彼女の再生と瞬間移動のタネは、そういうことなのだろう。

 

「死んでもらっては困りますが……」

 

私は風を巻き起こす。

 

「とりあえず……落ちてください」

「ッ!?」

 

妹紅は風圧で落下した。

この高さからあのスピードで落ちれば死んでしまうかもしれないが……

なんとか気絶で済んでくれることを祈った。

まあ、どちらにせよ––––

 

「––––私には追いつけないでしょう?」

 

私は病院へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり"夢を操る"とは言っても、私には追いつけないようですね」

「な、なんであんたがここに––––ッ!?」

 

私は目を疑う。

何故ここに、風を操るユメクイが––––

 

「どうも。清く正しい射命丸文と申します。以後、お見知り置きを」

「……ッ」

「別に貴女を取って喰おうという訳ではありませんから、そんな顔をしないでくださいよ」

「何故、貴女がここにいるのかしら?」

 

私の横にいる紫が問う。

2人は知り合い……?

そう思うも、それを聞けるほど落ち着いていられる状況ではなかった。

 

「協力してもらってるのよ」

 

私の背後から声がする。

その声は、いつの間にか姿を消していた八意永琳のものだった。

 

「彼女の"速さ"ならば、まるで時を止めたかのような瞬間移動ができるわ。彼女の元々のスピードに合わせて、風を操り空気抵抗を限りなく0に近づけることで成せる技ね。興味深い能力だわ」

「あやや、研究材料にされるのは御免ですよ?」

「それは残念。にしても、貴女に救われることになるとはねぇ……」

 

永琳と咲夜が消えたのは、咲夜が時を止めて移動したのだと思っていた。

しかし、母は咲夜を"時を操る子"と言っていた。

咲夜が不用意に自分の能力を相手に伝えることはない。

つまり母は、咲夜の能力を見抜き……そして封じ込めることが出来ていたのだろう。

 

そんな中で、風を操るユメクイ––––射命丸文が2人をあの場から遠ざけたのだ。

つい先ほどの私たちと同様のやり方で。

どうして彼女があの場にいて、私達に協力しようとしているかは分からない。

だけど、久々に私の勘が言っている。

彼女は頼りになる、と。

 

「……八意先生、そろそろ状況を伺っても?言われた通りにこの2人を連れて来ましたけど」

「そうね、説明するわ。まず霊夢、貴女はこの薬を飲みなさい」

「……なにそれ?」

「これはユメクイ化の薬よ」

「は……?私は既にユメクイなんだけど?」

「そうね。貴女は今、『Dm-ki』型のユメクイよ」

「……?」

「これは『Ym-ki』型のユメクイになる薬。種類が違うのよ」

「よく意味がわからないんだけど?」

「貴女は難しいことを考えなくていいわ。兎に角この薬を飲んで、この夢を終わらせなさい」

「母を殺せ……と言うつもり?」

「違うわ。でも、貴女なら分かるんじゃないかしら?この夢に来る前、この射命丸文の夢に居たんでしょう?」

「どういうこと……?」

「私の夢は––––」

 

射命丸文が話し出す。

 

「––––私が終わらせた訳ではありません。もし私が終わらせるのなら、貴女を喰ってから終わらせるはずでしょう?」

「……ッ」

「私の夢は、終わらせ"られた"のです。あの、始祖体と呼ばれるユメクイに」

「つまり……私が新たな夢を作って、この夢を終わらせるということ?」

「そうよ。察しが良くて助かるわ」

「なんで……私なの?」

 

私は俯く。

 

「……霊夢?」

「私は、何もできない。弱いユメクイよ。紫もルーミアも咲夜も……魔理沙も守ることが出来ない、弱い存在よ。それなのに……どうして、私なの?」

「はぁ、霊夢。そんなに弱気な貴女は初めて見るかもしれないわ」

「紫……」

「貴女が強いのか弱いのかなんてどうでもいい。大切なのは、やるかやらないか、でしょう?」

「やるか……やらないか……」

「コイツのことを信用している訳じゃないわ。寧ろ嫌悪感しか抱いてない」

 

紫は永琳を指差して言った。

 

「それは心外ね」

 

永琳は軽く笑って受け流す。

 

「でも、彼女に考えがあるのは分かる。霊夢にこの薬を飲ませるのにも訳がある。どんな理由なのか、それは私の知るところではないわ。そもそもこの世界自体が分からない私に理解できるはずがないでしょう」

 

紫は少し悔しそうな顔をしていた。

 

「紫……」

「さあ霊夢、飲んでくれるかしら?」

 

永琳はそう言うと、私に薬を手渡す。

私は再び俯いた。

 

「やっぱり、分からない。どうしてそんな重大なことを私に任せるのか……でも––––」

 

私は顔を上げる。

そこには八意永琳、八雲紫、射命丸文がいる。

なんとも言い難いメンツだ……と、どうでもいいことを思う。

 

「––––私の勘が言ってるわ。私が母さんを止めないといけないって……夢喰としてと言うよりも、母さんの娘として」

 

私には、何も出来ない。

 

––––違う、何もしようとしていないだけだ。

 

私に出来るかは分からない。

 

でも––––やるしかないんだ。

 

 

 

 

「––––おやすみなさい、お母さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––博麗操夢の夢は崩壊した––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––––––ザワッ––––––––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………!」

 

気づくとそこには、いつもの天井があった。

なにか…夢を見ていた気がする。

いや、違う。

なんだろう?この感覚は––––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

–––– 東方夢喰録 第1話へ続く ––––

 

 

 




これにて東方夢喰録は全て完結となります。
(後日談を少しだけ書こうかとは思っていますが)

ここまで読んでくださった読者様、本当にありがとうございました。
処女作故に、至らない点も多々あったと思います。
しかし、セリフ回しに力を入れたり、1話から何度も読み返して矛盾点をなくしたり、自分がイメージしているものを如何に分かりやすく伝えられるか悩んだり……
自分自身、力を出し切れたという自信はあります。
これが今の自分の全力です。
心から満足しています。

第1話の投稿が3月下旬ですので、半年近くは執筆していたことになります。
そんな中で読んで下さる方が少なからずいらっしゃり、それが実感できた時は本当に嬉しく思いました。
この半年間は本当に長く、且つ充実した執筆活動でした。

最後に繰り返しになりますが、ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
次回作は咲夜さんが主役の原作に沿った物語を考えています。
是非、そちらの方も宜しくお願い致します。

では、また会う日まで、さようなら!!!


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ゆめくいっ!
第1話 大団円 –– ハッピーエンド ––


本編の後日談になります。
軽い気持ちで見てやって下さい。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––ガチャ

 

 

扉が開かれる。

そこには大勢の者がいた。

無駄に広いと思っていたこの家も、これだけの人が入れば些か窮屈に思える。

 

「母さん、待ってたわよ」

 

扉を開けた私の義娘––––十六夜咲夜が私に言う。

彼女が取り仕切り、食事の支度をしていたようだ。

テーブルに盛り付けられた豪勢な料理を見るに、もうほとんど準備は終わっているようだ。

 

「ありがとう、咲夜。準備していてくれたのね」

「料理は好きだし得意だから構わないわ。それにこれは、母さんへの感謝でもあるのよ」

「私への感謝……?何故かしら?私は恨まれても良いほどなのに」

 

「誰も永琳を恨むことはないさ」

 

会話に割って入ってきたのは妹紅だった。

 

「この世界では、ユメクイなんてモノは初めから存在しなかったらしいからな」

「……どういうこと?」

「そのまんまさ。私達の様に"あの世界"の記憶がない者には、ユメクイ––––まあ、窒息死と言った方がいいかな。その記憶は誰にも無いんだよ。何故だかは知らないけど」

「だとしたら……霊夢のおかげね」

 

私は目線で霊夢を探す。

レミリアとフランドールが、妖夢と優曇華を交えて何かを話している。

その少し離れたところで、霊夢は魔理沙と紫、ルーミア、そしてアリスと共に話していた。

私が霊夢を見つけると同時に、彼女は私に視線を移した。

まるで、私が彼女を探していたのを見抜いていたかのように。

これも彼女の鋭すぎる"勘"ゆえのことだろうか?

 

そんなことを思っていると、霊夢が私に近づいてきた。

 

「何よ。人のことをジロジロと……」

「いえ、ごめんなさいね」

「なんか用かしら?」

「そういうわけじゃないわ。ただ、お礼が言いたいと思っただけよ」

「礼?なんの?」

「まあ、いろいろよ。貴女には感謝してるわ」

「ふーん。まあ、感謝されて困ることはないから、されといてあげるわ」

 

そう言うと霊夢は元の場所へと戻ろうと蹄を返す。

 

「待ちなさい、霊夢」

 

私は霊夢を引き止めた。

 

「……やっぱり用があるの?」

「そうね、あるわ。実は––––「お母さんのこと?」

 

霊夢は私の言葉を遮り言った。

 

「えっ……?」

「来てるんでしょう?」

「どうして……?」

「分かるわよ。まあ、ただの勘だけど」

「そう、流石ね。残念だわ……」

「残念?」

「驚く貴女が見れると思ってたのに」

 

 

––––ガチャ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なかなか広い家ね」

 

––––でも、私の紅魔館には敵わない。

 

今日付で紅魔館の主に戻った私––––レミリア・スカーレットはそんなことを考えていた。

ユメクイに喰われた私は1年間昏睡状態にあったわけだが、美鈴の話によれば、私は若年性脳梗塞により意識不明の重体だったらしい。

 

まあ、似たような状態だったのだが、記憶が改竄されている。

 

そして咲夜は、明日からメイドとして復帰することになった。

しばらくは美鈴がメイド長として就き、咲夜が仕事の慣れを取り戻したところで1年前と同じ配置にする予定だ。

これらを首尾よく取り決めたのは、私の代わりとして1年間主を務めていた我が妹––––フランドール・スカーレットである。

 

そのフランが私に言う。

 

「お姉様、それ嫌味になるよ」

「紅魔館の方が広いのは当たり前でしょう?あそこは私達だけが住んでるわけじゃなもの」

「そうね。確かに、2人で暮らすには勿体無いくらいの広さだわ」

「だから嫌味でも何でもないのよ」

 

「あの……フランちゃん?」

 

フランに話しかけたのは、ウサ耳が特徴的な少女––––鈴仙・優曇華院・イナバだった。

その傍らには魂魄妖夢もいる。

 

「何?」

「あ、あの……その、えっと……あ、謝りたくて……」

 

鈴仙は何故か、酷くオドオドした様子だった。

 

「あぁ……咲夜から聞いたよ。あの時のお姉様は貴女だったって」

「ご、ごめんなさいっ!酷いことばかり言ってしまって……」

「そうだね。私には辛い言葉だったわ」

 

頭を下げる鈴仙に、フランは近付き、頭の上に手を軽く乗せた。

 

「でも、咲夜に許してあげて欲しいって言われてるの。それに今はもう、お姉様も咲夜も帰ってきて、元通りの紅魔館になったからどうでもいいよ。……あー、でもやっぱりちょっとムカつくから––––」

 

フランは鈴仙の付け耳を片方だけ取り外す。

 

「これ没収♪」

「なっ!?ちょ、ちょっと!それは流石に––––あれ?なんで……?」

 

顔を上げた鈴仙は、何かを隠すように頭に手を当てた。

そして鈴仙は、何故か目を見開き、疑問を唱えていた。

 

「髪が、ある?どうして傷が……?」

「鈴仙?」

 

声を掛けたのは側にいた妖夢だった。

 

「あ、その……ううん、なんでもないわ」

「そっか……?まあ、でもなんだか……嬉しそう」

「え……?」

 

鈴仙は困惑しつつも、口角が少し上がっていた。

 

「ねぇお姉様、似合う?」

 

片耳だけのウサ耳を付け、私に向かって首を傾げながら問うこの天使は誰だろう?

 

「お姉様?」

「あ、え、いや……似合うわ。ええ、とっても」

「やったぁ」

 

そう言って笑う姿は可愛すぎる。

流石は我が妹だわ、と訳のわからない自賛をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美味しそうな匂いだぜ」

「そうね。咲夜は本当に料理が上手だから」

「私も一度頂いたけど、かなり美味だったわ」

「お前ら2人がそこまで褒めるなんて、相当期待していいみたいだな」

 

私たち3人は次々とテーブルに並ぶ料理を見ながら、その匂いを楽しんでいた。

目と鼻で料理を楽しんでいると、すぐにお腹が空いてきた。

早く口でも楽しみたいものだ。

 

「魔理沙〜助けて〜」

「うぉっ!?ルーミア、どうしたんだ?」

 

ルーミアが突然魔理沙に抱きついた。

 

「アリスがいじめる」

「いじめてないわよ」

 

アリスが遅れてその場に来る。

 

「幼女虐待か。感心しないな」

「だから違うって……」

「アリス、こいつとまともに喋ってたら疲れるわよ?」

「霊夢ひどいぜ」

「魔理沙は面倒だけど面白いよ」

 

ルーミアが、フォローになってないフォローを入れる。

 

「おい、面倒とはなんだ面倒とは」

「"面白い"の方を強調したつもりなんだけど」

「そーなのかー」

 

魔理沙は腕を横に広げる。

 

「……真似しないでよ」

「嫌なのかー?」

「え、なんか……キモい」

「辛辣すぎて泣きそうだぜ……」

 

腕を落とした魔理沙は、視線も落とし、涙をも落としそうだった。

 

「そんな顔しないでよ、面倒だから」

「うぅ……私は悲しいぜ」

「やっぱり疲れるかも、魔理沙と話すの。霊夢の言う通りだね」

「でしょう?伊達に魔理沙と長い付き合いじゃないわ」

「霊夢は魔理沙が大好きだもんね」

「霊夢が私を……?」

「……ルーミア、変なこと言わないでよ」

「あらあら、聞き捨てならないわ」

「どうしてあんたがここで話に入ってくるのよ、紫」

「霊夢が1番好きなのは私でしょう?」

「はぁ?」

「あら、違うのかしら?お母さん悲しいわぁ」

「誰が母さんよ」

 

私が1番好きな人なんて、決まっている。

 

 

––––ガチャ

 

 

その時、扉が開かれた。

 

「黒幕の登場ね」

 

紫が呟く。

咲夜が開けたドアの向こうには八意永琳がいた。

咲夜と少し話しているようだ。

 

「黒幕って……まあ、確かに永琳はそういう立ち位置になるの?」

「彼女が居なければ、ユメクイなんて生まれなかったのよ?」

「そうだけど……永琳が居なければ、あんたも魔理沙も、それにルーミアやレミリア、フランだって……こうして笑い合えることはなかったかもしれないのよ?」

 

私は辺りを見渡す。

それぞれいろんな表情を浮かべているが、誰1人として負の表情を浮かべているものは居なかった。

それぞれが、それぞれの幸せを感じている。

まさに、ハッピーエンドと言えるだろう。

 

「それに、お母さんだって––––」

「え……?操夢が、どうして出てくるのよ?」

「お母さん、多分生きてるわよ」

「どうして……?」

「なんとなく、そう思っただけ。ただの勘よ」

「ただの勘……ねぇ」

「ちょっと永琳と話して来るわ。なんだかこちらを見ているようだし」

 

私はその場を離れ、永琳の下へと向かう。

 

 

 

「何よ。人のことをジロジロと……」

「いえ、ごめんなさいね」

「なんか用かしら?」

「そういうわけじゃないわ。ただ、お礼が言いたいと思っただけよ」

「礼?なんの?」

「まあ、いろいろよ。貴女には感謝してるわ」

「ふーん。まあ、感謝されて困ることはないから、されといてあげるわ」

 

私が戻ろうとすると、永琳は呼び止めた。

 

「待ちなさい、霊夢」

「……やっぱり用があるの?」

「そうね、あるわ。実は––––「お母さんのこと?」

 

私は永琳の言葉を遮る。

 

「えっ……?」

「来てるんでしょう?」

「どうして……?」

「分かるわよ。まあ、ただの勘だけど」

「そう、流石ね。残念だわ……」

「残念?」

「驚く貴女が見れると思ってたのに」

 

 

––––ガチャ

 

 

再び扉が開かれた。

それを開いたのは、紛れもない、私の母だった。

 

「沢山、人がいるのね」

 

予想できていたことであった。

今となってはここは現実世界だが、一応元は私の夢だ。

普通の人間ならば、ここが夢であることに気付くことすら出来ない。

しかし、夢の世界に精通している者––––ユメクイならば、話は別かもしれない。

夢の世界と同様に、体の異常が消え、そしてこうして私の前に姿を現わすことが––––

 

 

 

「お母さんッ!!!」

 

私は母に抱きついていた。

この衝動を、私は抑えられなかった。

大好きな––––本当に大好きな、私のお母さんだから。

 

「れ、霊夢?」

「お母さん、お母さんッ!!!」

「ふふっ––––おはよう、霊夢」

 

私は母を全力で抱きしめる。

母もそれに応えるように、私の身体に腕を回す。

 

「驚く……とは違ったけど、意外な霊夢の一面が見れたわね」

「そうね。操夢を連れて来れば騒ぎになるとは思ってたけど、まさか霊夢が赤ちゃん返りするなんて思わなかったわ」

 

咲夜と永琳が、私を茶化すように話している。

 

「ごめんね、霊夢。たくさん迷惑かけちゃったわ」

「ううん、平気よ。お母さんの為なら、なんでもないわ」

「嬉しいことを言ってくれるのね」

 

母は私の頭を撫でた。

 

「なんだか妬けちゃうわ」

「あら紫。貴女も撫でて欲しいの?」

「違うわ。どうしてそうなるのよ」

 

紫が私と母の間に割り込むように、横槍を入れた。

 

「私の方が霊夢と居た時間は長いのよ?それなのに……やっぱり本物の母には勝てないのかしら」

「紫……確かに、霊夢をこうして育ててくれたのは貴女なのよね。本当にありがとう」

「貴女に頼まれたんだもの。当然のことをしただけよ」

「私、頼んだかしら?」

「覚えてないならいいわ」

 

「……ねぇ、紫」

 

私は母から離れ、紫の下へと向かう。

 

「私を育ててくれてありがとう––––"母さん"」

「––––ッ!!」

 

私が微笑みかけると、紫は目を見開き……そして頰に涙を零していた。

 

「準備が出来たみたいね。宴会を始めましょうか」

 

永琳のその言葉を機に、私たちは各々椅子に腰掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第2話 宴会 –– エンカイ ––

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 乾杯 】

 

 

––––物語が終焉を迎えた日、八意永琳宅にて。

 

 

永琳「さて、乾杯しましょうか」

 

咲夜「乾杯の音頭は霊夢かしら?」

 

霊夢「え、私がするの?」

 

魔理沙「お前、主人公だぜ?お前しかいないだろ」

 

霊夢「はぁ……?」

 

操夢「貴女がやるべきよ、霊夢。ノリが悪い子は嫌われちゃうわ」

 

霊夢「お母さんまで……まあ、分かったわよ」

 

魔理沙「おお!やったれやったれ!」

 

霊夢「えー……長い間お疲れ様。今こうして笑い合えているのも、ここにいる皆が、それぞれなりに頑張ったからだ思うわ。ここにいる者同士でギクシャクしたこともあったかもしれないけど、それは全て夢よ。全部忘れて現実《いま》を生きましょう。では、私達全員のこれから起こり得る全ての幸福に……乾杯ッ!」

 

全員「「「乾杯ッ!!!」」」

 

 

 

霊夢「ふぅ……疲れたわ」

 

魔理沙「霊夢、その……なんていうか……」

 

霊夢「何よ?」

 

魔理沙「普通だな」

 

霊夢「は?」

 

咲夜「そうね、普通だったわ」

 

霊夢「何が言いたいのよ?」

 

紫「今回からは書き方も大幅に変えて、ギャクを書いてみたいという作者の意図を汲み取れてない。貴女、それでも芸人かしら?」

 

霊夢「芸人じゃないわよ!それにメタい!!!」

 

 

 

 

 

 

 

操夢(霊夢、いい事言ってたわぁ……)←親バカ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 お酒は二十歳(はたち)になってから 】

 

 

霊夢「アリス、何を飲んでるの?」

 

アリス「これはシャンパンよ。流石、永琳ね。なかなか上等なものみたいで、かなり美味しいわ」

 

霊夢「え……アリスって成人してたの?」

 

アリス「今年成人したわ」

 

霊夢「そっか……良いわね、お酒」

 

永琳「ダメよ、二十歳になってからにしなさい」

 

霊夢「早く成人したいわ……ん?」

 

レミリア「ふふっ、なかなかの代物ね」

 

霊夢「レミリア……あんた、何飲んでんの?」

 

レミリア「見て分からない?ワインよ?」

 

霊夢「見て分かるから聞いてんのよ」

 

レミリア「あら、知らないの?イギリスでは、保護者の承諾があれば5歳以上から、家庭内での飲酒なら可能なのよ」

 

霊夢「は……?」

 

レミリア「咲夜、これ飲んで良いわよね?」

 

咲夜「どうぞ。お飲みください」

 

妹紅(咲夜が保護者ってことか……?)

 

霊夢「イギリスでは良くても、ここは日本なのよ!?」

 

フラン「霊夢、あれブドウジュースだよ」

 

霊夢「え……?」

 

レミリア「うー☆美味しい」ニコニコ

 

咲夜(可愛い)チュウセイシンマルダシ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 お酒は二十歳になってから 2 】

 

 

霊夢「あんたら2人はオレンジジュース?」

 

魔理沙「そうなのだー」

 

ルーミア「だから真似しないでよ、恥ずかしい」

 

魔理沙「別に良いだろ?減るもんじゃないし」

 

ルーミア「そーゆー問題じゃ……あー、面倒くさい」

 

霊夢「ルーミアも大変ねぇ……ん?紫は何飲んでるの?」

 

紫「お茶よ。お茶が1番美味しいわ」

 

霊夢(婆くせぇ)

 

紫「…」ギロッ

 

霊夢「あんた……こう言うときだけ、本当に勘がいいわよね」

 

操夢「本当に紫は、"相変わらず"なのね〜」

 

霊夢「紫って昔からそうなの?」

 

操夢「ええ、自分の容姿や年齢を悪く言われるのが嫌みたい。そんなことより、紫は飲めない訳じゃなかったわよね?折角だから飲めばいいのに」

 

紫「何言ってるのよ。私はお酒なんて飲んだことないし、飲めないわよ?」

 

操夢「え?」

 

紫「だって私、未成年よ?」ユカリサン ジュウナナサイ☆彡

 

霊夢「……」

 

操夢「……」

 

魔理沙「……」

 

ルーミア(面倒くさい)

 

 

 

永琳「……クスッ」

 

紫「おい八意、表出ろや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 ババア無理すんな 】

 

 

*この投稿は八雲紫の検閲により削除されました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 うどみょんはお好きですか? 】

 

 

妖夢「そういえば鈴仙、結局付け耳してるんだね」

 

鈴仙「うん、なんだか無いと落ち着かなくて。それに、これは師匠から貰った大切なものだから……」

 

妖夢「そっか……鈴仙って、可愛いよね」

 

鈴仙「え……?」

 

妖夢「その耳がよく似合ってる。鈴仙は可愛いから、よく似合うんだね」

 

鈴仙「よ、妖夢……?」

 

妖夢「私みたいなのじゃ、付けたら笑われちゃうよ」

 

鈴仙「そ、そんなことないよ!妖夢も十分可愛いよ!!」

 

妖夢「やめてよ、お世辞なんて」

 

鈴仙「お世辞じゃない!!!」

 

妖夢「え?鈴仙……?」

 

鈴仙「妖夢は可愛いよ!私なんかよりもずっと!少なくとも、私はそう思う!!!」

 

妖夢「……ふふっ、ありがとう。お世辞でも嬉しいよ」

 

鈴仙「だ、だからお世辞じゃ……あ、なら試しにこの耳付け––––「ヤダ」

 

妖夢「絶対に、ヤダ」

 

鈴仙「えぇ〜……」ショボ-ン

 

 

 

妹紅(うるせぇな、こいつら)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 清く正しい射命丸 】

 

 

呼び鈴「ピンポーン」

 

永琳「あら、こんな時間に誰かしら?」

 

呼び鈴「ピンポンピンポンピンポーン。早く開けろや」

 

永琳「うるさい呼び鈴ね」

 

紫「待ちなさい、私が出るわ」

 

永琳「貴女が?」

 

紫「私が呼んだのよ。この物語の重要人物の1人をね」

 

永琳「ああ、まさか……」

 

 

 

 

紫「ほら、入りなさい」

 

?「失礼します!」

 

霊夢「あ、あんたは––––ッ!」

 

文「どうも、清く正しい射命丸です」

 

霊夢「……って、何だか大物感出してるけど、タイトルで既にネタバレしてるのよね」

 

文「おぉ、メタいメタい」

 

霊夢「というか、あんた死んでなかったのね」

 

文「生きてるみたいですよ、ええ」

 

魔理沙「あー!!!お前、私を喰った奴じゃないか!!!」

 

文「あやや、貴女にも記憶があるのですか?」

 

魔理沙「霊夢と関わった者に記憶があるらしいぜ」

 

文「なるほどなるほど、だからですか……」

 

霊夢「だから?」

 

文「ああ、いえ。色々とおかしなことがあって」

 

紫「おかしなこと?」

 

文「私、新聞社をクビになってなかったんですよ。今も記者として働いてるみたいです」

 

紫「……え?」

 

文「私が過去に事故にあったという記憶が誰にもなく、クビになった事実もありませんでした。それに私の足はこうして動いています」

 

鈴仙「あ……その、射命丸さんの怪我は私の能力によるものなので……本当は動くはずの足なんですよ」

 

文「あやややや、そうだったんですか!?」

 

紫「なるほど……ユメクイに関係することは全て、辻褄合わせの為に改竄されているのね。だからこの世界では、"窒息死"すら存在しなかったことになっている」

 

文「まあ、つまり私にとってもハッピーエンドで終わったということですね!」

 

 

 

 

妹紅(ただの説明回じゃねぇか。ギャグはどこに行ったんだギャグは)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 ひどくやらしい射命丸 】

 

 

 

咲夜「お嬢様、お注ぎ致しますわ」

 

レミリア「さすが咲夜ね、気が効くわ」

 

フラン「お姉様、それ毒盛られてるよ」

 

レミリア「まさか。咲夜に限って、そんなことあるわけないでしょう?」

 

咲夜「ふふっ」

 

レミリア「……え、ちょっと待って、何今の笑いは」

 

咲夜「何でもございませんわ」

 

レミリア「……」

 

文「サクヤさん、少し伺っても?」

 

咲夜「……」ジ-ッ

 

文「そんな怖い目で見ないで下さいよ。あれは全部夢なのですから」

 

咲夜「はぁ……で、何かしら?」

 

文「サクヤさんとは、一度話してみたかったんですよ」

 

咲夜「私は話したくないわ」

 

文「あややっ!それは手厳しい」

 

咲夜「それと私は十六夜咲夜。その変なカタカナ表記止めなさい」

 

文「了解です、咲夜さん。あ、私は射命丸文と申します」

 

咲夜「そう」

 

文「ところで、御三方はどういった関係なのですか?」

 

レミリア「咲夜は私の自慢のメイドよ」

 

文「あやや、咲夜さんはナースではなかったのですか」

 

咲夜「一年前まではメイド。今日まではナース。そして明日からは、またメイドよ」

 

文「なるほど……色々あったのですね。ではこちらの方は?」

 

咲夜「フラン様は、レミリアお嬢様の妹でいらっしゃるわ」

 

文「なるほど。レミリアさんに似て、とても可愛らしいですね」

 

フラン「私とお姉様って似てるかな?」

 

文「ええ、似てますよ。とっても」

 

フラン「えへへ〜、やった」

 

レミリア「あら、私に似てるのがそんなに嬉しいの?」

 

フラン「嬉しいよ。だって私はお姉様が––––」

 

レミリア「……?」

 

フラン「やっぱり、なんでもない」

 

レミリア「???」

 

文「レミリアさんのことが大好きなんですよ」

 

フラン「ちょっと!なんで言うの!?」

 

文「気持ちは言葉にしないと伝わらないこともあるのですよ」

 

レミリア「––––フラン」

 

フラン「な、何?お姉様?」

 

レミリア「私の方が、貴女を愛しているわ」ドヤァ

 

咲夜(可愛い)タダシチュウセイシンハハナカラデル

 

文(なぜドヤ顔……?と言うより、私が脱ぐ回じゃないの……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妹紅(タイトル詐欺かよ、つまんね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 私にもっと出番を 】

 

 

妹紅「さっきから私が空気だ」

 

アリス「突然どうしたのよ?」

 

妹紅「私まだカギカッコのセリフが無い」

 

アリス「私だって二言だけよ」

 

妹紅「でも、声を出せてるだけマシだろ!?」

 

アリス「現在進行形で声出してるんだから良いじゃない」

 

妹紅「そういうことじゃ……よし、なら何かやろう」

 

アリス「何か?」

 

妹紅「何か爪痕を残すんだ」

 

アリス「そんな……売れない芸人じゃないんだから」

 

妹紅「もこアリ流行らせようぜ」

 

アリス「はぁ……?」

 

妹紅「もこたんアリスにINするお!」

 

アリス「……妹紅、作者が下ネタNGだって」

 

妹紅「はぁ?なんでだよ。作者男だろ?別に平気じゃ……」

 

アリス「妹紅、貴女は一体いつから––––作者が男だと錯覚していたの?」

 

妹紅「え……ま、まさかッ––––」

 

 

 

 

 

 

 

もこアリ((爪痕は残せたかな……?))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 自尊心 】

 

 

霊夢「なんか、あんた変わったわよね」

 

鈴仙「え……?いきなりどうしたの?」

 

妹紅「確かに変わったな。前の鈴仙は、もっと自信に溢れてたよ」

 

鈴仙「自信……?」

 

霊夢「ユメクイ特有の自尊心だった、ってこと?」

 

妹紅「そうかもしれないな。私も今は、自分の力を信じるなんて出来ないし」

 

霊夢「でも、アリスはあんまり変わって無いみたいね」

 

アリス「私……?まあ、私は元々、他人に興味がないから。自分と他人を比べることがないのよ」

 

霊夢「へぇ……咲夜もあまり変わってなさそう」

 

妹紅「あれは元から……なぁ?」

 

アリス「そうね、元から……」

 

鈴仙「確かに咲夜は……」

 

咲夜「呼んだかしら?」

 

うどもこアリ「「「ナンデモナイデス」」」

 

咲夜「ふふっ……貴女達、面白い顔するのね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 解散 】

 

 

 

霊夢「そろそろ帰る?」

 

紫「そうね、大分長居してしまったわ」

 

操夢「美味しかったわぁ〜」

 

霊夢「今日はありがとう、永琳」

 

永琳「喜んでくれてよかったわ。お礼は咲夜に言ってあげて頂戴」

 

霊夢「うん……まあ、今は忙しいみたいだから、また今度改めて言うことにするわ」

 

永琳「そうしてあげて」

 

 

 

魔理沙「私もそろそろ帰るぜ」

 

ルーミア「私も帰ろうかな」

 

魔理沙「ルーミアは、アリスに送ってもらうのか?」

 

ルーミア「別に1人で帰れるけど」

 

アリス「ダメよ。貴女、フラフラとどっかに行っちゃいそうだもの」

 

ルーミア「面倒くさいなぁ……」

 

妹紅「いいじゃないか、ルーミア。想ってくれる人が居るってことなんだからさ」

 

ルーミア「んー……まあ、嬉しくないとは言ってないよ」

 

霊夢「……あ、魔理沙。明日学校よ」

 

魔理沙「げっ、そうか今日は日曜日だったな……というか、学校なんて随分長い間行ってない気がするぜ」

 

 

 

レミリア「フラン、帰るわよ」

 

フラン「咲夜はどうするの、お姉様?」

 

レミリア「あの子は、今日まではこの家の娘らしいわ」

 

フラン「じゃあ、明日になったら戻ってくるってことね」

 

レミリア「そういうことよ」

 

永琳「今日まで、じゃないわ。これからもずっと、咲夜は私の娘よ」

 

レミリア「そう……それは構わないけど、咲夜は紅魔館(わたし)のものよ」

 

永琳「なんだか、娘を嫁に出す気分ね」

 

レミリア「元々咲夜は紅魔館にいたのよ?」

 

永琳「でも、繰り返したすべての夢の時間を合わせれば、咲夜は私といた時間の方が長いわ」

 

レミリア「ぐぬぬ……」

 

フラン「お姉様って、独占欲強いんだね」

 

 

 

妖夢「永琳さん、私もそろそろお暇しますね」

 

永琳「ええ、気をつけて帰りなさい」

 

鈴仙「待って妖夢!一緒に帰ろう?」

 

妖夢「もちろんいいよ」

 

永琳「貴女達……そんなに仲良かったかしら?」

 

妖夢「いえ……ちゃんと喋ったのは、この世界に来てからなんですよ。でも、なんだか共通点もあって、色々と話が合うんです」

 

永琳「そう……この子には、親しい友と呼べるものがあまり居ないわ。優曇華のことを、よろしくね」

 

妖夢「はいっ!」

 

永琳「……それと、優曇華」

 

鈴仙「なんでしょうか、師匠?」

 

永琳「貴女、これからどうするつもり?」

 

鈴仙「どう……とは?」

 

永琳「……私の娘が、明日家出をするのよ。この広い家は1人で使うには少し広過ぎるわ」

 

鈴仙「ッ……」

 

永琳「もう1人くらい、一緒に住んでくれると助かるんだけど」

 

鈴仙「……準備が出来次第、また……帰ってきてもいいですか?」

 

永琳「好きにしなさい。私はいつでも構わないわ」

 

鈴仙「はい……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

咲夜「あー忙しい忙しい」カタヅケチュウ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……こんなものかしら?」

 

腰に手を当てながら溜息を吐く少女––––十六夜咲夜は呟いた。

それを見た私––––八意永琳は、彼女に話かける。

 

「私が提案したのに、準備から片付けまで……本当に悪いわね」

「構わないって言ったでしょう?私のことなんて遠慮なく使えばいいのよ。私は貴女の娘なのでしょう?」

「咲夜……ありがとう」

 

私は咲夜に、軽く頭を下げる。

その感謝の言葉には、色んな意味を含めていた。

咲夜もきっと、それを理解してくれたのだろう。

咲夜は私の頰に手を添えて言った。

 

「母さんが人に頭を下げるなんて、明日は雪でも降るのかしら?」

 

咲夜は今まで見たこともないほどに輝いた笑顔を浮かべていた。

 



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