鋼の英雄に焦がれて (宇佐木時麻)
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プロローグ -1-

シルヴァリオ トリニティはいいぞ!(宣伝)


 辛いとき、苦しいとき、悲しいときに。

 どこからともなく現れて、助けてくれる無敵のヒーロー。

 そんな人がいてくれたらと、あの日の僕らは望んでいた。

 炎の中を駆けながら、狂おしいほど願っていたんだ。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 西暦2004年、冬木市――

 何の変哲もない日常はまるで幻のように、呆気なく崩れ落ちた。

 燃え盛る炎が建物を、大地を、人々を、際限なく何処までも燃やし尽くす。悲鳴と怨嗟が鼓膜の内側で乱反射を繰り返し、瓦礫の隙間を駆ける両足は休憩を求めて絶えず悲鳴(激痛)を上げている。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――!」

 

 煙混じりの空気を幾ら肺へ吸い込もうとまるで足りない。擦り傷からは血が滲み、痛みのあまりに脇目も振らずその場に崩れ落ちて泣き喚きたい。けれどそうしないのはこの手に握る少女の手の温もりがあるから。

 手の平を通して伝わる温もりを心の支えとして、精一杯の勇気を振り絞ってもがき足掻く。

 そう、だって自分は男の子だから。

 せめて、どうか女の子(きみ)だけは、守りたいと思うから。恐怖を必死に我慢して地獄の中を駆けていた。

 

「大丈夫、大丈夫だから、僕が君を守ってみせる。だって僕は男の子なんだから――」

 

 男として生まれた以上、女の子(誰か)を守らなければいけない。それが男の意地なんだと、語った父は既に()()()()。母も同じように、まるで出来の悪い映画のように呆気なく死んだ。

 勇気を形にするために嘘を口にしても、それはまるで羽のように軽い。ああ、なんて自分は弱いのだろうか。

 保障のない励まししか口に出来ない自分の不甲斐なさに、かつてないほど激しく呪う。

 女の子一人を連れて逃げ惑うことしかできない自分が、泣きたいほど情けなく叫びたいほど悔しかった。

 ああ、力が欲しい。強くなりたい――せめて君を守れるように。

 願い、求め、焦がれ、餓えて、せめてせめてせめてこの子だけでもと、生まれて初めて本気で天に祈る。

 

 ――神様、どうかお願いします。

   辛いとき、苦しいとき、悲しいときにどこからともなく現れて、助けてくれる無敵のヒーロー。

   地獄を砕く救世主。涙を希望へ変えてくれる英雄を、どうかこの地へ呼んで下さいと。

 

 無様にただ救いを求めることしか出来ず、涙を流しながらどうか希望を欲する。

 

「――誰か、助けて」

 

 思わず零れ落ちた涙と共に漏れた祈りは、無論他の人々と同じく届くはずがない。

 他の先に死んだ死者達と同じく、絶望という現実を突きつけられる。

 そして、ついに破滅は追い付いた。

 

「――ぎぅッ、ああああ⁉」

 

 瞬間、背中から迸る衝撃と爆音。

 幼い身体では到底耐えきれるはずもなく、せめてこの子は守ると少女の身体を抱き締めながら滅茶苦茶に吹き飛ばされて瓦礫へと叩き付けられる。

 痛い、痛い、痛いと脳を埋め尽くす電気信号。まるで身体の内側に千本の針が形成されてそれが同時に内側から突き破ろうとしているような過去最大の激痛。あまりの衝撃にただ胎児のようにその場に蹲ることしか出来ない。

 それは即ち、詰みを表す。

 激痛に点滅する視界の中、赤と白のハイライトを繰り返す光景で、自分達を追っていた追跡者がもう目前にまで迫っている事に気付かされた。

 だから。

 だからだからだから――

 

「せめて、この子だけは……ッ!」

 

 どうか助けて下さいと、歯を恐怖でガチガチと鳴らしながらそれでもこの腕の中で先の衝撃で気を失った少女だけは助けてと無様に命乞いをする。

 

『――、―――ッ、――――!』

 

 その言葉に、黒い影は嘲笑う。嘲笑を隠しもせず、人智を超越した怪物は牙を鳴らす。両親を殺し、この街を滅ぼした一体である怪物はそんな餓鬼の命乞いなど見向きもせずその力を解放する。

 度台無理な話だったのだ。この街を滅ぼした怪物に命乞いなど効くはずもなく、せめてこの子だけは守るためにこの命を代えて、少女に覆いかぶさる。

 振り下ろされる爪牙、それに切り裂かれる自分の未来の姿を幻視してそっと目を閉じた、その刹那――

 

「――そこまでだ」

 

 響く荘厳な王の宣誓がすべての絶望(ヤミ)を灼滅させた。

 

「――――――」

 

 その時、視界に映る雄々しい背中を自分は生涯忘れないだろう。

 痛み、嘆き、そして絶望。それら遍く負の因子を鎧袖一触する煌めきが、無辜たる民を守り抜くと宣誓していた。

 そう、ゆえに悲劇はこれにて閉幕。

 希望の熱に嘆きは消え、恐怖と痛みは希望に染まる。

 湧き上がるのは震えるほどの頼もしさ。心の臓腑がかつてないほど高らかに鼓動する。()()()()()()()()()と、万の言葉より雄弁に魂が咆哮する。

 恐れることなど何もない。

 あらゆる邪悪はあの英雄に討ち倒されるのだと、確信できた。

 

 彼の英雄こそ、魔術王。グランドキャスター。

 72体にも及ぶ悪魔の軍勢を従えし、神の如き奇跡を奮う王。

 まさに、そう彼こそが――

 

 魔術王、ソロモン。

 

 王冠の位に位置する最強の英雄が、涙を明日へと還るべく怪物へ立ちはだかった。

 後は――

 後は、ああ――

 後はもう、言葉にするだけすべてが無粋で――

 サーヴァント(英雄)同士が激突する空前絶後の大激突、鮮烈な英雄譚を最前列で見つめ続ける。

 

「―――あぁ、あぁ」

 

 その光景に、自分はただ魅せられる。逃避も逃亡もすでに思考の彼方、激痛が奔る肉体はそれ以上の歓喜で身体を震わせる。目前で繰り広げられる光景に、ただただ見惚れていた。

 胸を張り、誰かのために、誇りを抱いて戦い続ける()()()を。

 未来を光で照らすために戦い続ける英雄だけを見て、一人静かに震えていた。

 目頭の奥が熱い――頬を伝う涙の雫は、泉のように止め処なく。

 けれどそれは先ほどまでの悲しみの涙とは断じて違う。これは、歓喜の涙ゆえに。

 

「来て、くれた」

 

 辛いとき、苦しいとき、悲しいとき。

 どこからともなく現れて、助けてくれる無敵のヒーロー。

 

「守るために……それだけの、ために」

 

 見も知らぬ誰かであろうとも、そんなの一切関係なく。

 涙を止めるために、明日の希望を守るために、邪悪を滅ぼす御伽噺から現れたような英雄(ヒーロー)

 

「こんな、僕なんかのために……!」

 

 誰より強く、誰より立派で、誰より雄々しい英雄が。

 

「あなたは助けに来てくれた! どんな化物が相手でもッ」

 

 ――嘗て憧れ、夢見た存在は今、目の前に存在している。

 嘘偽りなく、確かにそこにいるのだ。

 

「あ、あぁ、あああああぁぁぁぁっ」

 

 その現実(希望)に胸を打たれ、響き渡る感動が天に轟き胸の奥を貫いて、とても立ってなどいられない。

 嘘じゃない、幻覚なんかじゃ断じてない! いるのだ、この世に英雄は! 悪の敵は、誰かを守る正義の味方は確かに――存在したのだ!

 

「僕も、あなたのように」

 

 強くなりたい――誰かを守り抜けるように。

 強くなりたい――誇りを抱いて光の道を歩めるように。

 強くなりたい――今度こそ、自分の手で彼女(誰か)を守り抜くために。

 

「――英雄(あなた)に、なりたい」

 

 決意を宣したその瞬間、胸の奥で炎が燃え上がったのが感じる。

 刻み込め、焼き付けろ。今この時に感じた誓いを永遠まで昇華するのだ。

 魂に刻まれたのは“斯く生きろ”という烙印。その憧憬()が未熟な自分を狂おしいほど変革させる。

 よって、未来はもはや確定した。俺は光のように生き、駆け抜けながら死んでいこう。

 道半ばで倒れようと構わない。たとえ英雄に届かなくとも、あの背中に焦がれ、同じように誰かの涙を止められるなまだこんな自分には上等すぎるだろう。

 

 さあ、今こそ勝利をこの手に掴め。

 天を目指して蝋翼を羽ばたかせ、太陽(理想)へと墜落()ちて往け。

 

 

 

『蝋の翼を代償に、恒星(ほむら)へ至れ――天駆翔(ハイペリオン)

 

 

 

 無論――是非もなし。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 柄の鍔付近と頂点付近をそれぞれの手で握り締め、上段に振り被る。上段の構えを取ると、渾身の一振りを正眼の位置まで振り下ろすのと同時に半歩分すり足で前進し、一呼吸。再び振り被りのと同時に半歩すり足で後退し、同じ鍛錬の繰り返し。

 汗は既に身体の至るところから吹き出し、回数は既に忘却の彼方。素振りにおいて回数を気にしている内はまだ半端者だ。大事なのは肉体だけでなく意識にも刷り込ませること。無意識であろうとも最善の一振りを放てるように、無駄な力を抜き渾身の一振りを放てるよう鍛錬を惜しまない。

 そうして鍛錬を続けてどのくらい経過しただろうか。不意に訓練所の入口に誰かが近づいてきているのを感じた。

 視線を向け訓練所の扉が開けば、そこから現れたのは銀髪を片方に纏めて気丈にこちらを睨む少女の姿が。その“私怒ってます”と口よりも告げている険しい目尻に思わず笑みを浮かべて挨拶する。

 

「おはよう、マリー。今日は初となるレイシフト試験日だけど、調子はどうだ?」

「ええ、兄さんがこんなところで一人素振りをしていなければもっとマシでしたでしょうね」

 

 皮肉げに言われてしまえばその通りとしか言えず、曖昧な笑みを浮かべて誤魔化すしかない。この少女――否、()に掛けた迷惑に比べればこの程度の小言を受けて然るべきだろう。

 

「あはは……それに関しては悪いと思ってるよ。けれど俺に手伝えることは少ないだろう? オルガマリー()()。俺が現場に居ても周りの雰囲気を悪くするだけだろうし、 実際ロマンの事を“ロマニが現場にいると空気が緩む”とか言い出して追い出したじゃないか」

「うっ、それはそうだけど……けれど隣で居るだけでもいいじゃないの……何だったら兄さんが変わってくれたらいいのに」

「そういう訳にもいかないだろ? 俺は所詮養子でしかないんだ。アニムスフィア家の正当な後継者はアニムスフィア家の魔術刻印を受け継げる身内しか不可能だ。なのに魔術刻印の受け継げない俺がカルデアの所長面したら皆から反感を買うことになるさ」

「それはそうだけど……」

 

 不満気に俯くのは自信がないからだ。無理もない、マリーは三年前に父が急死して以来学生だったのにも関わらず親父の代わりに急遽カルデアの所長という任を引き継ぐ事になってしまった。

 それは見ず知らずの大海にいきなり放り込まれたようなモノ。右も左も分からず重責をいきなり背負わされて不安に思わない輩などいない。

 何とか手助けしてやりたいが、所長の任は責任が重く、ただの養子でしかない俺にはあまりに権限が高すぎて手伝えることなどこうして精々愚痴を訊く事ぐらいだった。

 

「それに、こうして素振りしていたのは何もマリーを避けてた訳じゃない。今日は少し夢見が悪くてね。こうして心頭滅却していた訳さ」

「夢見が悪いって……もしかして、十一年前のこと?」

 

 流石に十年以上の家族をやっていればバレるかと、図星を付かれて気恥ずかしくなり頬を掻く。あの頃は事件の直後とあって魘されていたためマリーにはすぐお見通しだった。

 

「ああ、十一年前のあの日……俺が冬木の街で行われていた聖杯戦争に巻き込まれて……そして、聖杯戦争に参加していたマリスビリーさんに運よく引き取られた時の事をね」

 

 目を閉じれば今も尚思い出す。あの日の悲劇を、そして雄々しく勝利したあの英雄の姿を。

 俺がこうして不自由なく生きていられるのも、あの日聖杯戦争に参加していたマスターの一人であったマリスビリー・アニムスフィアさんに引き取って貰えたから。()()あの人のサーヴァントに命を助けられ、()()()()魔術回路を持ちえていた事からあの人は家族を失った俺を引き取ってくれた。

 そこに魔術師としてのメリットもあったのだろう。けれど俺がこうして今日まで生きて来れたのは間違いなくあの人のお蔭。ああ、勿論感謝しているとも。

 

「きっと今日がレイシフト実験日だからだったんだろうな。俺の身体が、魂が、初心を思い出させてくれたんだと思う」

 

 

 

『然り――忘れるな、我が片翼。勝利をこの手に掴むため』

 

 

 

 拳を強く握り締める。燃え盛る鼓動が炎のように熱く血を滾らせた。

 ああ、覚えている。忘れるものか。あの日の宣誓を、決意を、決して無かったことにはしない。今度こそ、俺は――

 

「……ああ、もうこんな時間。少しお喋りが過ぎたわね。もうすぐ説明会の時間だから、今度は兄さんもちゃんと来ること。いいわね? あとそれから汗臭いからちゃんと来る前にシャワー浴びてくること!」

「了解しました、オルガマリー所長」

 

 マリーが意識の切り替えをしたので、俺もそれにならってカルデアの部下として敬礼する。彼女はそれにふんっと鼻で返事をすると訓練所の出入り口へと歩いていく。

 その前に、

 

「マリー、大丈夫。きっと全部うまく。ここには優秀なスタッフや皆がいるんだ。だからそんなに不安がることはないよ」

 

 兄として、彼女の不安を取り除くべく言葉を口にした。

 それは楽観かもしれない。けれどそれは同時に事実でもあった。このカルデアに居るのは決してマリーだけではない。それぞれの分野のエキスパート達が皆協力して助け合っているのだ。ならきっとどんな困難でもやり遂げられる。俺はそう信じている。

 俺の言葉にマリーの歩みは止まり、それから所長としてではなく妹の顔で少しだけ微笑んだ。

 

「――当然よ。ここには兄さんやレフがいる。ならきっと上手くいくわよ」

 

 彼女はそう告げると、今度こそ訓練所から出ていった。

 最後に見えた後ろ姿は、来る前より僅かに肩が軽くなっていた気がした。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 汗をシャワーで洗い流し、カルデアから支給された制服に袖を通す。壁掛け時計を見れば説明会開始の時刻まであと僅か。慌てて忘れ物がないか確認していたところ、ふと思い出す。

 

「そういえば……」

 

 思い返すのは、マリスビリーさんの遺言。あの人が最後に俺に残してくれた物を思い出し、そっとそれが仕舞ってあったクローゼットから()()を取り出す。

 それは俺用に調整された剣型の魔術礼装。鍔に近い刀身箇所には俺の魔術回路に調整した聖晶石が埋め込まれており、サーヴァントを呼び出す事を可能とする魔力を有する聖晶石の恩恵を十分に受け取ることが出来るという品物だ。

 この礼装一つ作るのにどれほどの資金が必要となるのか、見当もつかない。あの人には死んでも頭が上がらない。

 けれど、これを作ってくれたのはきっと俺が昔話した誓いを覚えていてくれたからだろう。そのための力と手段をあの人は俺に与えてくれたのだ。

 

「……そうだ。今度こそ、俺はなるんだ」

 

 あの日、絶望から俺を救ってくれた英雄のように。

 あの日、何も出来なかった俺に道しるべをくれた義理父のように。

 あの日、守れなかった誰か()を今度こそ守り抜くために。

 

「――世界(誰か)を守る、英雄にッ」

 

 その宣誓に迷いはなく。

 剣を取り腰のベルトに巻き付け固定する。いざ往かんと雄々しく扉を開けて――

 

「フォウッ!」

「おわっ!?」

 

 急遽飛び出してきたカルデアを徘徊する謎の生物に出鼻を挫かれるのであった。

 

「あ、危ないな、まったく……」

「フォウさーん! 何処ですかーッ! あっ、アッシュさん、フォウさんがそちらに向かいませんでしたか!?」

 

 慌てて駆けていく白い小動物の姿に茫然としていると、同じ方向から駆けてくる少女の姿が。紫の髪に眼鏡を掛け、白衣を着たその姿は見慣れたもの。マシュ・キリエライトの慌てた様子に思わず呆ける。

 

「えっと、フォウならさっきあっちに向かったけど……どうしたんだ?」

「はい、それが何やらフォウさんに着いて来るよう言われた気がして……こっちですね、ありがとうございます!」

「あっ、おい……まったく、慌ただしいな」

 

 尋常ではない様子に、少し好奇心が芽生える。説明会まで時間も幾ばくも無いが、少しくらいの寄り道ならば問題ないだろう。

 マシュの後を追って暫く。カルデアの出入り口付近まで駆け寄ると、そこには茫然と佇むマシュの姿、相変わらず何種なのか分からないフォウの姿、そして――

 

「女、の子……?」

 

 何故か廊下で眠っているカルデアの制服を来た栗色の髪の少女が横たわっていた。

 あまりの状況に一見しただけでは判断できず、先に現場に付いていたマシュに説明を求める。

 

「えっと。マシュ、これはどういう状況で……?」

「いえ、それがわたしが来た時から既に眠っていて……もしやそういう特殊な場所で睡眠を取る人で……」

「いや、そんなわけないだろ……そういえば、確かマリーが数合わせで一般枠から一人呼ぶって言ってたな……もしかして、48人目のマスター候補? なら量子ダイブの不慣れで気絶したのかもしれない。あれは慣れてないと脳に負担が掛かるから」

 

 とりあえずこのまま床で眠らせて置くのも悪いため、とりあえずソファにでも運ぼうとして近づき背中と膝に腕を引っ掛けて持ち上げる。

 

「なるほど、とりあえず身ぐるみを剥いで身元を確認するつもりですね」

「そんなつもりないから。とりあえず何処か横になれる所まで運ぶだけだからな?」

「フォウフォーウ!」

「う……うぅん……」

 

 と、騒がしくしていたためか。腕の中で眠っていた少女が目を覚ました。瞼を開き、焦点の合わない視線をこちらに向けること暫し。そこでようやく自身の現状を把握したのか、いきなり顔が真っ赤に染まった。

 

「……、………? …………ッ!? あ、ああああああののののののおおおおおおおッ!?」

「アッシュさん、凄いです。人ってこんなに素早く顔色が変わるものなんですね」

「フォウ、フォーウ!」

 

 起きたら見ず知らずの男性に抱きかかえられていたら驚くのは当然か。慌てて離れようとする少女を安全に下ろしてから謝罪の念を込めて頭を下げる。

 

「申し訳ありません、お嬢さん。幾ら床で眠っていたからとはいえ、許可もなくあなたの身体に触れた事は緊急とはいえ不快な気持ちにさせた事に大変申し訳ない」

「え、いや、そうじゃなくて……えっと、床で眠ってた?」

「はい、先輩はカルデアの入ってすぐの廊下で倒れていたところをフォウさんが発見、それをわたしとアッシュさんが見つけて運ぼうとしていたのが現在の経緯です」

「あ、そうなんだ、というかフォウさんって? あと先輩?」

 

 目覚めたばかりでいきなり様々な情報を言われたせいか混乱する彼女を落ち着かせるためにも一度わざと咳をし注目を集めた上で彼女に問う。

 

「それで、悪いけれどあなたが何者なのか一応身分証明して貰えませんか? 流石に廊下で気を失っている間抜けな侵入者などではないとは分かっておりますが、それでも一応場所が場所ですので」

「あ、はっはい! 一般枠から来ました、藤丸立香と言います! 素人ではありますが精一杯頑張りますので、どうか宜しくお願いしますッ!」

 

 確認を取れば、慌てて懐から送られてきたであろう書類を取り出し渡してくる。それを受け取り確認すると、確かに以前マリーが募集していた一般枠からの案内状だった。

 

「確認しました、48人目のマスター候補の立香さん。カルデアはあなたを歓迎します。では遅れましたが、我々も自己紹介を。こちらにいる少女が、マシュ・キリエライトと申します」

「マシュ・キリエライトです……名乗るほどの者ではない、とか言った方がいいですか?」

「いやそういうのいいから。で、こっちにいる小動物がフォウ、カルデアのマスコット的存在です」

「フォウフォウフォーウ!」

「そして俺が――」

 

 これから共に過ごすであろう仲間に対し歓迎の意を込めて手を差し出す。この出逢いが掛け替えのないモノになるようにと願いながら。

 

 

 

「――アシュレイ・H(ホライゾン)・アニムスフィア。親しい者からはアッシュって呼ばれてる。これから苦難を共にする仲間として、宜しく頼むよ」

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 ゆえに、ここにて全ての役者は揃った。

 逃れられない運命の歯車があらゆる犠牲を巻き込んで回り出す。

 勝利を掴む、その日まで。

 

 ――創世神話(マイソロジー)は、此処にある。




 シルヴァリオ トリニティのギルベルトとアッシュを見て。
「……ほう」
 Fate/Grand Orderのマリスビリーとマシュを見て。
「……ほうほう」
 アッシュとマシュの共通点を見つけて。
「……ほうほうほう」

 ――あとは、分かるな?


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プロローグ -2-

 神代は終わり、西暦を経て人類は地上でもっとも栄えた種となった。

 我らは星の行く末を定め、星に碑文を刻むもの。

 人類をより長く、より確かに、より強く繁栄させる為の理――人類の航海図。

 これを魔術世界では『人理』と呼ぶ。

 そして魔術だけでは見えない世界、科学だけでは計れない世界を観測し、人類の決定的な絶滅を防ぐために成立された特務機関。

 人類史を何より強く存続させる尊命の下に、魔術・科学の区別なく研究者が集められた。

 それこそが人理継続保障機関・カルデアの使命である。

 

「――というのがカルデアの目的なんだが、理解できたか?」

「うん、分かった――何一つ分からない事が分かったよ」

「先輩目がグルグル回ってますもんね」

「フォウフォーゥ……」

「あはは……」

 

 まもなくカルデアの説明会が開かれる時刻なので、会場に移動しながら素人である藤丸立香に簡易なカルデアの説明を行っておく。素人とはいえ何も知らないのは憐れだろう。

 もっとも、先の返答から無意味に終わったらしいが。

 

「まあ、無理もないさ。立香はつい最近まで魔術の事すら知らなかったんだろ?」

「うん、封筒が届いた時は宗教か詐欺かなって疑ってたんだけど、その時にお父さんが『あれ、言って無かったっけ?』とか凄い今更感で教えてくれて、私もちょうど長休暇だったしこりゃ行くっきゃねえ! という若気のノリでつい……」

「す、凄い行動力ですね……」

「自慢じゃないけど、中学の渾名が『怒りの暴走列車』だったからね、私。後先考えず行動して此処ぞという時に呪いみたいにドジっちゃうんだよね~」

 

 此処に来る時も飛行機のチケットを失くしかけて大変だったよー、と明るく笑う彼女に吊られて思わず俺達も笑みをほころばせる。なんというか、カルデア、いや魔術師ではあまり見ないタイプの人物だ。

 元来、魔術師という存在は優秀なればなるほど外道が多い。世界の始まりとされる根源を目指し代々研究を追究する魔術師は、世代を重ねるほどにその宿業が重くなり倫理を失う。目的を叶えられるのならば如何な犠牲を払おうと惜しまないというのが魔術師の基本である。

 魔術師が普段社会において大人しくしているのも、騒ぎを起こせば粛清を実行する組織が存在するため。もしただ一度で必ず根源に到達できる手段があり、そのために世界を滅ぼす犠牲が必要となれば、魔術師は迷うことなく世界を犠牲にするだろう。

 だからこそ、立香のように人間性溢れる魔術師をカルデアで見るのは非常に稀な事だ。普段一部の者にしか心を開かないマシュが初対面にも関わらずここまで距離が近いのもそのためだろう。

 

「う~ん、でもそうなると大丈夫かな?」

「何がだ、立香?」

 

 親しげに彼女の名前を呼ぶのは、彼女にそう呼ぶよう頼まれたからだ。最初は初対面の事もあって敬語で話していたのだが、壁を感じるから敬語は要らないし名前で呼んでと求められため、なら自分もアッシュでいいとマシュも交えて皆で名前を交換した。

 不安げに顎を親指と人差し指の半ばで挟みながら呻る立香は声を掛けられると苦笑いしながら後頭部を掻いて、

 

「いや、アッシュやマシュの話を訊いてると専門家ばかり集まってるみたいだし、そんなところへ素人の私なんかが来てもよかったのかなーって。それに、えぇっと、特異点だっけ? そんな凄いところに行くなんて危険じゃないかなーなんて思ったり」

 

 いや、ちゃんと詳しく説明も見ずに来ちゃった私が悪いんだけどね? と苦笑う彼女の表情から恐怖と不安の色が隠しきれていない。

 まあ、無理もない話だ。素人がいきなり専門家が集う場所に来れば尻込もるのは当然の事であり、ましてや命の危険に晒されるともなれば不安がるのは自然の摂理だ。

 だからこそ、彼女の不安を取り除くために俺とマシュは一度向き合うと頷いて、立香の不安を取り除くべく口を開いた。

 

「まあ、確かに人類の存続を計測していたカルデアスが人類の生活を表わす光を見えなくなってしまったのは非常に危険な事態だろうな。百年で人類の生活が崩壊したとなると、その原因を取り除く今回の事例は危険がないとは絶対に言えない」

「でも大丈夫ですよ。幾ら所長でも全く訓練を行っていない人をいきなり特異点に送ったりなんかしませんよ」

「そうそう、まずは俺達Aチームが特異点の調査、Bチームがその支援、Cチームは欠番が出た場合の補佐、Dチームは万が一の場合に備えて待機だろう。そんな心配しなくても大丈夫さ」

「うぅっ、その言い方だと何か役立たずと言われてるみたいで若干ショック……って、俺達って事はアッシュもマシュもAチームなの? 二人共凄いんだね!」

「そんな、わたしは少し例外ですし……でもアッシュさんは凄いんですよ! マスター候補の中でも常にトップクラスに入り続けて、期待のマスターなんですからッ!」

「ほぇ~、アッシュってそんなに凄かったんだ。ぜひ先輩って呼ばせて下さい!」

「あはは。そう言っても俺なんてまだまだだよ。今は経験の長さが結果に繋がってるだけさ。準備期間が俺は他のマスター候補と違って三年以上あったし、もっと精進しなくちゃな」

 

 そうだ、こんなところで満足する訳にはいかない。

 もっと遠く、果てなき理想へ羽ばたくためにも、歩みを止める訳にはいかない。

 

「強くなるんだ――今度こそ、守り抜くために」

 

 改めて決意を顕にしていると、ふと立香が傍から顔を覗き込んできて不意に思ったことを口にした。

 

「何だかアッシュって、英雄になろうとしているみたいだね」

「――――」

 

 その、本人からしてみれば何気なく言ったであろう図星に、思わず目を見開いてしまう。

 

「……アッシュさん? もしかしてその表情は……」

「いやまあ、なんというか……」

 

 まさに()()()()()()()()()()()()()からこそ、指摘された図星に思わず頬を掻く。おそらく直感なのだろうが、先の話からそれを推測するなど中々侮れない鋭さである。

 俺の反応に図星だったのだと理解して立香とマシュの表情が驚愕に染まる。まさか当たるとは思っていなかったのだろう。

 

「難しいのは分かってるよ。けれど今より少しでも、一歩でも近づきたいとは思っている」

「あ、でもさ。良く聞く話だけど英雄になりたい者はなろうとした瞬間に失格であるとかいうけど、アッシュはどう思ってるの?」

「ああ、だから俺は――その言葉が嫌いでな」

 

 吐き捨てるように、若干冷たい口調でその言葉を切り捨てる。

 

「最初から限られた人間しか頂点には至れない。そんな言葉を壊したいから、鋼の英雄になりたいんだ。成りたいものを目指すからこそ人は理想(ユメ)へと近づけるし、そのためなら頑張れる……当たり前のことじゃないか」

 

 曖昧な目標より確固たる願いに向かって進む方が順当に歩みが早いし結果的に大成する。少なくとも怠けてやっている者よりは確率が高いだろう。

 

「けれど、英雄を目指すという課題において返って来るのは毎度のように、先程立香が口にした訳の分からない理屈ばかりさ。夢に焦がれたその瞬間からおまえはまさしく偽物で? 成ろうと努力すればするほど資格が無くしてしまうだなんて――馬鹿を抜かせよふざけやがって、無茶苦茶だろうが、どうなっている」

 

 自然発生する人間にしか英雄(ヒーロー)の資格がないというのなら、後天的に足掻いた者はどれも皆無力なままだとでも? 冗談じゃない。

 

「理想に近づけるよう努力しているんだから。何もしないままでいる者より、何かが出来る人間になっているのは当然じゃないか」

 

 だからこそ、本物を目指す者は偽物止まりなんていう理屈が心底気に入らない。

 

「英雄になってやると頑張った人間は、仮に二流で終わっても誰かを救える存在へ少しは近づいているんだよ。その足跡まで馬鹿にするような風潮が俺はどうにも腹が立って仕方ない」

 

 始まりが憧れでも、嘘であっても、どれだけ無様であろうとも、辿り着こうと足掻く間に生まれる意味は決して嘘ではないのだから。

 

「だから俺は英雄を目指しているんだ。誰もが正道を歩めるように、その確かな道筋を俺は作ってみたいんだよ」

 

 自分でも餓鬼染みているなと自嘲しつつも、その意志に嘘偽りはない。()()()()()()()()()()()()ままならば、誰がその道を歩みたいと思えるのだ。

 誰だって痛みや苦しみが待っているならその道に進もうとは思わないし、楽な道に逃げるに決まってる。それが間違いだとしても、気分が乗らないだとか今日は調子が悪いとか理由を付けて楽な道を選ぶのが人の性だ。

 だからこそ、俺は英雄になりたいのだ。誰もが光を歩めるように、怒りではなく笑顔を以て明日へ踏み出せられる瞬間を、心の底から願っている。

 

「……とまぁ、偉そうに語ったけど実際暗中模索だけどな。手探りながらだから今できることを精一杯やってるだけで限界なんだけどさ」

「いいと思うよ? そういうの、私は好きかな」

「はい。アッシュさんの夢は、決して間違いではないと思います」

 

 柄でもなく自分の心境を語ってみれば、二人共煽ることなく真摯に受け止め笑顔で肯定してくれた。その微笑みにこちらが気恥ずかしくなりつい視線を逸らして頬を掻く。

 

「――おっと、此処にいたのかアッシュ、マシュ。そろそろマスター適正者のブリーフィングが始まるから管制室に移動するように。おや、そちらにいるお嬢さんはどなたかな?」

「あっ、はい! 本日よりここでお世話になります藤丸立香と申します! どうか宜しくお願いします!」

 

 ニコニコとこちらを微笑ましく見つめてくる二人にさてどうしたものかと悩んでいると、場の雰囲気を変えるが如く丁度いいタイミングで緑茶色のコートと帽子を着た男性が近づいてきた。

 彼の登場に感謝しつつも立香に彼の紹介をする。

 

「こちらはレフ・ライノール教授。近未来観測レンズ「シバ」の開発者であり、カルデアにおいて欠かせない人物さ」

「よしてくれ、アッシュ。私だけでなく、今回のミッションには全員の力が必要なのだから。それに、藤丸……ああ、No.(ナンバー)48、一般採用の。どうか悲観しないで欲しい。先程も言ったが、今回のミッションには君たち全員が必要なんだから」

「はい、未熟な身ではありますが、精一杯務めさせて頂きます!」

「おや、いい返事だ。どうやら私は余計な事を言ったかな? それとも既に君たちが励ましていたのかな、アッシュにマシュ?」

「いいえ、それは彼女自身の強さです。俺達は何もしてません」

「はい、先輩は凄い人です」

「あ、あの、あんまり持ち上げられると居心地が悪いといいますか……」

「ははは、仲が宜しくて大いに結構。さて、それでは管制室へ向かうとしよう。遅刻でもしようものなら一年は所長に睨まれるぞ?」

「「「了解ッ!!」」」

 

 レフ教授の指示の元、俺達は急いでブリーフィングが行われる管制室へと足を運び、そこで所長のマリーからありがたい御言葉を頂いて――

 

 

 

『――信じられない! 素人がわたしのカルデアに入れる枠なんてないわ! いいからこの新人を一秒でも早くわたしの前から叩き出しなさい!』

 

 

 

 最初のシミュレーションで半覚醒状態だった立香は案の定マリーの徹夜で考えていた口上に耐えきれず熟睡し、彼女の怒りを買ってしまうのだった。

 

「うぅっ……眠ってしまった私が悪いけど、何もそこまで怒らなくても……」

「あはは……まあ、時期が悪かったな。普段ならまだしも、今は余裕がないからあんなにも気が立っているんだ。少し経てばすぐに落ち着くよ」

 

 項垂れる立香を励ましつつ彼女の部屋へと案内しながら一応マリーのフォローを入れておく。確かにマリーは悪人だと思われがちだが、実際は責任感が強く誰にでも厳しいだけで根は真面目な女の子なのだ。

 もっとも、相手に対して容赦のないところは悪人と呼ぶに相応しいのだが。

 

「そういう言い方をするって事は、ひょっとしてアッシュは所長のこと詳しいの?」

「ん? まあね、これでも一応兄貴だから、彼女との付き合いは長い方さ」

 

 俺がそう真実を告げると、立香はこちらを見上げキラキラとした瞳で口にした。

 

「……もしかして、アッシュって貴族(ボンボン)……ッ!」

「いや、戸籍上兄であるだけで義理だよ。俺は前所長のマリスビリーさんに引き取られた養子だから、むしろ権利は低いよ。まあ確かに少なからず恩恵は貰ってるけどな」

「つまり、紐……ッ!」

「いや、違うからな?」

 

 なんて雑談を交えている内に彼女に用意された寝室の前まで来てしまい、道案内を終えたという訳で管制室に戻るため踵を返す。

 それと、この時間ならばきっとここにあの()()()()がいると思うから、

 

「じゃあ俺はこれで。ああ、それと立香。おそらく部屋に不審者がいると思うけど、危険な人じゃないから安心してくれ。きっと仲良くなれるさ」

「待って、え? 私の部屋なのに不審者いるの? ていうか警備ガバガバ過ぎない?」

 

 時間もだいぶ押しているため何か立香が言っていたがそれを無視して駆け出そうとしたが、その直前に大きく自分の名前を呼ばれたので立ち止まって振り返る。

 

「――頑張ってね、アッシュ」

 

 そう告げて笑みを浮かべる彼女に、何が起こるか分からない不安で震える腕を必死に押さえつけながらそれでも誰かのために優しい笑みを浮かべる立香に、俺も負けじと雄々しく笑みを浮かべて、

 

「――ああ、任せろ」

 

 女が格好つけたのならば、男も格好つけ返すのが礼儀だから。

 今度こそ振り返らず、皆がいる中央管制室へ足を運ぶのだった。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 管制室へ到着すれば、先ほどブリーフィングで座っていた席には誰もおらず、その奥に佇む霊子筐体(コフィン)の前で皆おのおのカルデアから支給された礼装であるカルデア戦闘服に着替えており、擬似霊子転移(レイシフト)への準備をほぼ完了させていた。

 

「しまった、俺も急いで終わらせないと――」

「兄さん!」

 

 慌てて着替え室に向かおうとするところへ、マリーの声が掛かりそちらへ向き直る。視線を向ければマリーが慌ててこちらへ駆け寄り、その手には見慣れない服を掴んでいた。

 

「まったく、何処行くつもりなのよ、あなたは」

「いや、俺も自分の戦闘用の礼装に着替えようと思って……」

「兄さんのは、これでしょ! お父さんが何のためにこの礼装を用意したと思ってるの」

「あっ――」

 

 マリーに投げつけられるように手渡された物を見て、それが何なのかを理解する。それは義理父が残してくれた礼装の一つ。幼い頃、かつて自分がそれをみて憧れ、ならいつか時が来ればお前に譲ってやろうと言っていた父の形見とも言えるアニムスフィア家の正装だった。

 絹のように軽く、されど込められた神秘は半端者の自分でも一級品だと分かる物。それが今の自分用並びに戦闘用に改良されていた。

 持つ腕が震える。それは身に余る品物を渡されたからではない。

 

「……なあ、マリー。本当に、俺がこれを着てもいいのかな?」

「何を今更言うのよ。いいにきまってるでしょ? だってそれは――」

 

 それは、あの人の想いの形。

 

「――兄さんは家族(アニムスフィア家)なんだから。それを着る資格は十分あるわ」

 

 家族という、愛の結晶だった。

 

「ああ、そうだな。そう、だった」

 

 迷いは晴れた。

 俺は着替え室に雪崩れ込むと、着ていた衣服を脱ぎ手に取った礼装を着込む。軍服に近い黒の絹地と黄金の装飾は荘厳で、着ているだけで試されているように背筋が伸びる。

 だがそれはむしろ上等で、腰のベルトに剣型の魔術礼装を掛ける。これにて全ての準備は完了した。

 

「さぁ――往くぞ」

 

 これこそ始まりの一歩。

 コフィンに入り意識がレイシフトに向けて薄れていく中で、それだけは強く意識し続ける。

 世界を救うファーストオーダー。その始まりを今か今かと待ち望み、

 

 

 

 ――瞬間、爆音と衝撃と灼熱が全てを塗り潰した。

 



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特異点F -1-

最近クリプター系FGOが増えたので、アッシュ君や総統閣下がクリプターだったらみたいな妄想してたらつい書きたくなった。


 ——夢を見ている。

 

 燃え盛る廃墟と化した街。炭と灰が覆い隠し赤く変色した空。生存者など自分達を於いて他におらず、ただ屍だけが無限に転がる現世の地獄。

 その中で、絶望だけが唯一存在する世界で、それでも尚輝きを放つ背中を、あの日の英雄の背中を幼い俺は見つめていた。

 傍で燃える炎が肌を焦がす。だがそれよりも更に熱い炎が俺の胸の内で燃え盛っていた。

 森羅万象数多の魔術など目にも入らない。瞼の裏側にも刻まれた景色は、英雄の強き覚悟。無辜たる民を守るという鋼の意志。それに比べれば怪物の殺意などもはや意にも介さない。

 だからこそ、憧れた。憧憬の存在。作り話の中でしか生きられないと思っていた英雄の真実。ならば、焦がれるのは自然の摂理だろう。

 

 例え、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それ以外の事はどうでもいい。

 

「辿り着いてみせるさ」

 

 立ち止まってなどいられない。あの日見た背中に追い付くためならばどんな犠牲さえ厭わない。

 この手に“勝利”を掴むその日まで——

 

『ならば——』

 

 さあ、どうするか? 答えるがいい片割れ(イカロス)よ。

 虚偽も拒絶も逡巡も断じて一切許容しない。おまえの決意(ほのお)を此処に晒せ。

 

 

 

揺ぎ無い“勝利”を

 

求めた理想の“再生”を

 

あの日の少女へ“贖罪”を

 

 

 

『——ふざけるな』

 

 不適格——いいやそれ以下、なんて塵屑。話にならない。

 嚇怒の念が意識を燃やして世界を炎で埋め尽くす。蝋の翼は未熟で不純で燃料にさえ未だ至らない有様だった。

 よって、大前提さえ不足したまま未完成の天駆翔(ハイぺリオン)は、地を這いずりつつ涙と泥に塗れている。

 運命の幕はまだ兆しさえ見せていない。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

「待ってくれ、俺は——!」

 

 暗闇の中で手を伸ばす。理由は分からない。ただ、大切な誰かに何かを言われその期待に応えられず失望されてしまった様な焦りが身体を突き動かした。

 消えていく、焔の熱が。この身を焼き焦がすほどの質量が今では風前の灯火にも感じない。それでも諦めなければきっと届くと浮上する意識と共に微かに感じる熱へと手を伸ばし——

 

「——きゃぁん」

 

 そして——

 

「んぅ、っ……はぁ、あぁぁ……」

 

 そし、て……——

 

「そんな、待っ、いきなり、んぅっ、大胆……はぅ、うぅぅ……」

「——……」

 

 この手でしかと掴んだ女性の神秘的部分が掴まれた拍子に形が崩れる様子を間近で見てしまい、頭が真っ白になってしまっていた。

 いや、待て。ちょっと待て。タイム休憩ストップなんでもいいから待ってくださいお願いします——何なのでしょうかこの状況は?

 気が付いたら無意識に胸を揉んでいた? 馬鹿野郎どんな言い訳だ最低な屑男が吐きそうだな其処になおりやがれ俺がぶっ殺してやる——というか俺だよ、最低男。

 しかも相手からは突然男に押し倒されたようなものだから小鹿の如く震えて呆然とするしかなく、更に間の悪い事に彼女が来ている魔術礼装・カルデアはどういう製作者の意図なのか胸の部分が上下のガーターによって強調される形となっているわけで……。

 

「あ、あぁぁっ……ひゃぅっ」

 

 もにゅりと、立派に自己主張する女性特有の柔らかさが手の平を覆うように伝わって来た。豊満とはいかないものの、しっかりと育っているわけで更にちょうど手の平に収まる安心感さえ感じてしまい、意識が遠くなる。

 

「あの、その、こういうのはもっと互いの事を知り合ってからした方が——」

「——は、はは。あはははははは」

 

 まるで、強姦魔に襲われて最後の抵抗らしき台詞が聞こえた辺りでもう色々限界だった。

 さよなら現世。何が英雄だコンチクショウ。色情魔アシュレイ・H・アニムスフィア、全世界の女性の敵、ここに眠るというわけで。

 

「そうだ、切腹しよう」

 

 それがいいしそれしかない。こんな男は一分一秒でも呼吸しているだけで何処かの女性を孕ませてしまうに違いない。こんな塵屑は一秒でも早く死ぬべきだ。

 自分の馬鹿さと駄目さ加減に達観の笑みを浮かべて、彼女の胸から手を放し地に額を磨り潰すが如く擦り付ける。

 鬱だ、死のう。

 

「すみません、あなたの胸を蹂躙した不埒な所業に対して自分は、産廃以下の塵屑男として何一つ弁明できる立場にございません」

「あ、あの……」

「クズですね、カスですね、ゴミですアホです死ねばいい。故意ではなかった? 言語道断ふざけるな、謝罪一つでチャラになるほど女性の乳房は安くない。クソ童貞の自分にも重々承知の真実ですとも!」

「あっ、アッシュ童貞なんだ。いやそうじゃなくて!」

「こんな塵屑男に痴漢に押し倒され、思うさま揉みしだかれたあなたの苦悩に至って筆舌に尽くしがたいと言えるでしょう。真に、真に申し訳ない!」

「いや、ちょっとアッシュ聞いてる? もしもーしっ?」

「なのでいざ、俺は今から婦女凌辱の裁きとして腹を切って償います! どうかその死に様で納得して頂きたい!」

「ふわっ!? そ、そこまでしなくていいから! 私の胸なんかで、それに不慮の事故みたいだからそんなに気にしなくても、ね?」

「いいえ、これは全て男の責任です。

 

 

 

というかラッキースケベなど死ねばいいッ!」

 

 

 

 期せず相手の肢体に触れたり、都合よく着替えに遭遇する。其処にどんな偶然や理屈が存在したとして、果たしてそれが女性を辱しめることを肯定される理由になる? 否、断じて否!

 

「男の沽券と乙女の涙が釣り合うはずがないのです。よって当然、俺はさっくり死んで詫びるべきであり、あなたもまた優しさゆえに止める必要もございません」

「その例えだと私の方が気まずくなるんだけど!? ラッキースケベで死なれたらこっちが気が滅入っちゃうからね! そ、それに私自身あんな風に初めて求められて、その——」

「非常に心が傷ついたと! ならばもはや是非もなし」

 

 覚・悟・完・了。

 帯剣していた魔術礼装に手を伸ばし、淫猥な性犯罪者(じぶん)へ引導を渡すべく、こんな不甲斐無い自分自身に涙を飲んで。

 

「さあ、いざご照覧あれッ——!!」

「なにやってるんですか——ッ!!」

 

 介錯の寸前、横合いから飛んできた身丈ほどの巨大な盾に吹き飛ばされ、宙を舞った。回転すること三回転半、介錯を中断され俺は地面と熱い接吻を交わす事となった。

 

「気を失ったアッシュさんを発見して周囲の安全確保のため警戒していたら、いきなり先輩の胸を揉みだして! 更に切腹しようとするなんて本当にどうかしたんですか! もしやアッシュさん、切腹マニアかなんか何ですか!?」

「失敬な。常識的に考えろ、誰が好んで腹を切るか。単にこれは命でなければ償えないって話だろうが」

「私はそこまで重いの求めてないよ!? 自分のこと軽く見過ぎでしょ。おっぱい以下とかどんな基準?」

「無論、おっぱい以下だろう」

 

 断言すれば、何故かため息を突かれた。何故だ。

 

「というかマシュ、その姿は……それにここは一体」

 

 ある意味目覚めの一発となったのか、頭が冷静になり周囲の状況をようやく把握できるようになった。

 周囲を見渡せば、そこはカルデアとは一変していた。北極に建てられた近代技術の全てを駆使して作られたカルデアにはあり得ない崩壊した道路と崩れた廃墟と化した建物。そして何より、空が見えるにも関わらず突き刺さるような寒さを感じない。

 そして何より、俺はこの景色に見覚えが——

 

 

 

『そんな事は今思い出す必要はない』

 

 

 

「——ぎィ、ガァッぅ、ッ!?」

 

 瞬間、脳の奥で電力でも奔ったような鈍い頭痛が込み上げ頭を押さえる。まるで思い出すなと自分自身に言い聞かせているように奔る痛みにとりあえず記憶の思い出しは一時保留して別の記憶を探る。

 

「……確か、俺はレイシフトの為にコフィンに入ってそれで……光と、爆発音が——」

「はい、レイシフト時に人為的な火災事故が発生し、実験そのものが中断しました。恐らくレイシフトされたのは奇跡的に先輩とアッシュさんだけだと思います」

「人為的な事故だって……じゃあ他のAチームや皆は」

「恐らく、あの爆発事故に巻き込まれて……」

 

 マシュの言葉に思わず手が握り拳になる。

 カドック、オフェリア、ヒナコ、スカンジナビア、キリシュタリア、ベリル、デイビット——一癖も二癖もあったAチームの仲間達。向こうはこちらをただの親の七光りだと思っていたかも知れないが、自分にとってこれから苦難を共にする頼りがいのある仲間だったのだ。

 そんな仲間を失った悲しさに歯を食い縛る。だがいつまでも悔やんでいる暇はない。進まなくては、失った彼らの分まで、彼らの無念を胸に刻んで飛翔するために。

 

「——状況は把握した。マシュのその姿はデミ・サーヴァント化による影響か?」

 

 意識を切り替え、マシュの姿を改めて見れば彼女の姿は一変していた。服装は近代的な私服から中世の騎士の鎧を改造したような軽装となり、その手には明らかに身丈ほどの巨大な盾を持っている。

 カルデアの第六実験、デミ・サーヴァント。その詳細はアニムスフィア家の一員として記載のみ記憶している。人間と英霊の融合。だがその実験は今まで一度も成功しなかったはずだが……

 

「はい、流石ですねアッシュさん。真名は答えを聞けずに去ってしまったので分からず仕舞いですが……」

「いや、それだけでも戦力に大幅な期待ができる。真名に関しては追々知っていけばいい。それで今後の方針はあるか?」

「とりあえず先ほどDr.ロマンがおっしゃっていた霊脈の強いポイントに向かいそこで新たな情報を得るつもりですが、どうでしょうか?」

「ん、悪くない。外部と連絡できるなら越したことはないしな。よし、立香!」

「は、はいっ!」

 

 今まで蚊帳の外だったのが原因なのか、立香の名前を呼ぶと彼女はいきなり背筋を伸ばして大きな返事を上げた。

 

「……いきなりどうした?」

「あっ、いや、正直私みたいな素人が凄い場違いな気がしてついっ……それでどうしたの?」

「今後の方針が決まったから、とりあえず情報共有をな。二人とも、この特異点で敵性存在と接触はしたか?」

「ええ、言語による意思の疎通は不可能だと思わしき敵性生物との接触がすでにありました」

「というか、普通に考えて武器持って襲ってくる骸骨は無理だと思うよね」

「なるほど」

 

 二人の情報と状況、そして戦力を踏まえた上で戦略を練る。考えられるに、基本はこの立ち位置がいいだろう。

 

「よし、じゃあ立香は後衛で補助を頼む。魔術は初心者と言っていたけどカルデアの礼装を着ているなら初歩的な魔術なら扱えるだろう? それにマスターはサーヴァントと一心同体。マスターが殺られればサーヴァントも戦う事が出来なくなるからな」

「わ、私そんな重要な役割できるかな……?」

「ええ、マスターは指示をお願いします。それならアッシュは中衛で、私が前衛で——」

「いや、マシュは中衛を頼む。前衛には俺が行く」

 

 俺がそういうと二人は驚いた様子でこちらを見てきた。そんなに驚くことを言っただろうか?

 

「だ、駄目ですよアッシュさん! アッシュさんはただの人間なんですから、ここはデミ・サーヴァントであるわたしが……!」

「あ、アッシュがやるなら私だって……!」

「いや、おまえ達……」

 

 正直、残酷な話だからあまり直接的に言いたくなかったのだが……

 

「だってマシュは戦闘経験あまり無いだろ? 鉄棒だって半分までしか出来ないし」

「はうゥッ!?」

「立香に至っては素人魔術師が何を言ってるんだ。マスターが死んだらサーヴァントは戦えないってさっきも言っただろ?」

「ふぐゥッ!?」

 

 正論を言えば、二人は胸に突き刺さったように呻くと膝を付いた。……だから正直言いたくなかったのだ。

 

「で、ですがそれがアッシュさんが前衛になる理由にはなりません! ここで一番戦闘に向いているのはわたしですから!」

「そうだよナイスマシュ!」

「ふん。ならそこまで言うなら試してみるか? 幸い()()()()()()()()()()()()()()()みたいだし」

 

 帯剣した剣の柄を握りながら視線を彼方へ向ければ、そこにはこちらの騒動に気づいたのか近づいてくる骸骨の化物の姿が。咄嗟に臨戦態勢を構える二人を手で制して前に出る。

 正直に言えば、不安はあった。マシュには戦闘経験といったが、俺もそんなものはない。今まではシミュレーターの中での出来事で命に別状はなかった。

 だが今回は違う。正真正銘命を懸けた戦い。死の恐怖が身体を強張らせる。

 けれど——

 

「心配するなよ。これでも俺は——英雄を目指しているんだからな」

 

 ここで強がらなくて、いつ強がるんだ。

 安心させるための笑みを浮かべて覚悟を決める。剣型魔術礼装を腰から引き抜き構える。敵性エネミーの反応は三体。人型に槍や剣、弓などの武器を携えている所から人間に近い動作と判断。しかし油断しない。

 さあ、ここが初陣だ。いざ尋常に——始めを告げた(魔術回路を開いた)

 




ラッキースケベなど死ねばいいッ!


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