FAIRY TAIL ◼◼◼なる者…リュウマ (キャラメル太郎)
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原作開始
第0刀  もう1人の最強候補


容姿はシャドバの白い方の剣豪を黒くしたものと考えて下さい。
まあ、どんな主人公を考えてもらってもかまいませんが





 

 

ここはフィオーレ王国にある魔導士ギルドの一つである FAIRY TAIL(フェアリーテイル)

 

このギルドは世間から良くも悪くも言われる色々な意味で有名なギルドであり、これはそんなギルドでの話しである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほんの数日前…鉄の森(アイゼンヴァルド)というギルドが、年に何度か地方のギルドのマスター達を呼び集めて開く定例会中に襲撃しようとした。

 

鉄の森(アイゼンヴァルド)のマスターとは別にリーダー的存在だったエリゴールという男が、封印されていたゼレフ書の悪魔を復活させ、ゼレフ書の悪魔が使用する

集団呪殺魔法にてマスター達を殺害しようと企むが、ナツ達がその悪魔を滅したことによって事件は問題なく解決された。

 

そしてその道中にナツがエルザに交わした真剣勝負も評議員の介入により有耶無耶となってから翌日、新入りであるルーシィはカウンターでフェアリーテイルの看板娘であるミラと話をしていた。

 

「あ~あ~…今月の家賃の納期が迫ってきてるぅ…。ミラさ~ん!報酬の高いクエストとか無いんですか~?」

 

ルーシィはミラに愚痴りながらもそう質問した。

仕事自体はチームを組んだナツ達と行くのだが、いかせん周りの物を悉く破壊しまくるせいで報酬を貰えなかったりするのが殆どだ。

 

質問されたミラは、ルーシィが興味を引くような話しをし始めた。

 

「ん~、ル-シィにはまだ早いんだけど。S級クエストがあるわよ?S級クエストはチーム内にS級魔道士が1人いれば同行者も行けるんだけど…その代わりに難易度も跳ね上がるから死の危険が伴うの!ルーシィがやってみたいならエルザに頼んでみたらどうかしら?」

 

「えぇぇ!?そんなの絶対無理ですよ!!てか、そのS級の人ってこのギルドに何人いるんですか?」

 

ルーシィは興味本位からS級魔道士がフェアリーテイルにはどれくらいいるのかを聞いてみた。

ミラはもちろん知っているので名前を挙げていく。

 

「ん~とね?エルザにラクサスにミストガンでしょ?ギルダーツと()()()()かな?エルザが強いのは知ってると思うけど、他の皆もとっても強いのよ?ふふ♪」

 

ミラからS級魔道士の名前を聞いていく中でルーシィには1人だけ聞き覚えのない人の名前があった。

先日行われたナツとエルザの戦いの時、周りのギャラリーがポツリと言っていた最強候補に出ていなかった名前だからだ。

 

ルーシィは気になるので早速ミラに聞いてみることにした。

 

「ミラさん!今リュウマって人もS級魔道士って言ってましたけど…その人ってどんな人なんですか?」

 

「あ、ごめんなさい。ルーシィにリュウマについて教えてなかったわね!リュウマはさっきも言った通りS級魔道士で、今はとあるクエストに行っていて半年位帰って来てないの。仕事は基本1人で行くんだけど、クエストに誘えば一緒に行ってくれるわ。それにギルドの結構な人達がリュウマに何かしらで助けられているから皆から慕われているのよ?」

 

「へ~!そんな人がいたんですね…って…半年!?半年もギルドに帰って来てないんですか!?一体どんなクエストを受けてんのよ…」

 

一つのクエストに対して半年も帰って来ていない事に驚くルーシィであるが、受けているクエストがクエストなだけあって半年なのだ。

何故ならば…

 

「けど、それも仕方ないわよ。リュウマは今100年クエストを受けているんだもの」

 

クエストをランクで表すと最上位に位置するクエストを受けているのだから。

 

「あの…100年クエストってなんですか?」

 

まだまだギルドに関して知識が疎いので、これを機に覚えようと思い質問していく。

 

 

「100年クエストっていうのはね?クエストにはランクがあって、普通の魔道士が受けることができるのが掲示板に張ってあるクエスト。そしてマスターから認められた人だけが受けることができるのがS級クエスト」

 

「さっき言っていたクエストですね」

 

「そうなの!だけどね?そのS級の更に上にSS級クエストっていうのがあって、その更に上には10年クエストっていうのがあるの。10年クエストは10年間に誰も達成出来た者のいないクエストで、100年クエストはその更に上…100年間に誰も達成出来た者のいないクエストの事をいうの」

 

「そんなクエストが…」

 

 

もちろんS級クエストが死の危険を伴うならば、更に上にある100年クエストなんてものは常人からは想像を絶するような内容や危険度を誇る。

故に100年クエストをうけられるのはほんの一握りの魔導士だけだ。

 

無論のこと、その一握りの魔導士達は1人1人が並の魔導士では天地がひっくり返っても足下にも及ばない程の実力を持っているのだ。

 

ルーシィがそれを聞いてリュウマという人について考えていると、フェアリーテイルのマスターであるマカロフが皆に聞こえるように叫んだ。

 

「おいガキども!今しがたリュウマから連絡があり、あと少しで帰ってくるらしいぞ!」

 

マカロフが周りに響き渡るような声量で叫んでからというもの、いつも騒がしいギルドがもっと騒がしくなった。

 

「あいつやっと帰ってくるのか!」「半年ぶりか?」「あいつクエスト成功させたんだろうな!」「リュウマだぜ?当然だろ!」 「うおー!リュウマー!帰ってきたら勝負だー!」「今回はどんくらい滞在するんだろうな!」

 

各々がリュウマについて騒いでいる

ルーシィはそんなメンバー達を見て、自分も見てみたいと思った。

 

心の中でそう思いながらミラと1時間程色んな世間話をして楽しんでいると、誰かがフェアリーテイルの扉を開けて入って来た。

 

─ギイィ…「「「「「「!!!!!!」」」」」」

 

扉が開いた瞬間、ルーシィは今までに感じたことのない魔力を感じ、扉の方を見て見る。

 

そこには…以前何かの本を読んだ時に見たサムライと呼ばれた人がしていた格好に似た黒い服を着ており、顔があまり見えないような作りになっている三度笠を被り、左腰に真っ黒な刀を差した青年がいた。

 

ルーシィはこの人がリュウマだと…何故かは分からないが、この人こそがそのリュウマであると本能的に頭で理解した。

 

「今帰った。マカロフはいるか」

 

「リュウマ-!オレと勝負だー!!!!!」

 

そしてそのリュウマがマカロフの有無を周りの人に聞いた時、突然ナツが勝負を仕掛ける為に一気に駆け出していった。

 

ルーシィが危ない!と、思ったその瞬間…ナツは何かで殴られたようで、上へとふき飛び天井にめり込んだ。

 

「ナツ、俺はまだマカロフに報告をしていない。あとにしろ。」

 

ルーシィはその光景を呆然としていた。

自分が知るナツは直ぐに敵に突っ込んでいくが、しっかりと敵を倒してくる程の強さを持っているのだ。

そのナツが一瞬で吹き飛ばされてやられてしまったのだ。

驚くなという方が無理だった。

 

「やっぱ…ムチャクチャ強ぇ!」

 

ナツは嬉しそうに目を輝かせながらそう口にした。

これがミラが言っていた最強候補の一人であるリュウマその人である。

 

ルーシィはリュウマに貫禄があって近寄りがたい雰囲気出ていると思ったのだが、不思議と安心させる空気も感じていた。

 

 

 

 

彼女がこの時、このリュウマにこれから先に色々な場面にて助けられるということをまだ知るよしもなかった。

 

 

 

 

 

 




〈リュウマ〉

歳・???

容姿・シャドバの進化版剣豪で服の色は黒。

身長182、体重76、魔力は膨大でありながら回復力も異常に早い

髪の色・白よりの銀

瞳・金


詳細は話が進むごとに明らかに…的な?






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第一刀  帰ってきた男

書く側ってめっちゃ難しいですね。
文もおかしくなったりだとか…
1番困るのは他の人に自分の書いた小説を読まれる恥ずかしさ…

いやぁ、恥ずかしい恥ずかしい




リュウマが100年クエストを受けて以来となるため、ギルドへは約半年ぶりの帰還となる。

 

人によっては長く、人によっては短く感じる半年…彼には久しぶりに感じて同時に懐かしい感じがした。

 

──あいつらは元気にしているだろうか…いや、あいつらの事だ、仕事先の街で何かしらを壊したりしていたのだろう

     ※あながち間違いではない

 

彼がそうこう考えている内に、何時の間にかギルドの前まで来ていた。

外観も100年クエストを受けて出発した時となんら変わりはなかった。

 

それにまだ中に入っていないのにも関わらず、中からは既に賑やかな声が聞こえてくる。

メンバー達は相変わらずのようだ。

彼はそんなことを考えながら扉を開けた。

 

「今帰った、マカロフはいるか。」

 

「リュウマー!オレと勝負だー!!!!!」

 

──ナツ…帰ってきた奴に対しての第一声がそれか…。

 

本当に変わらないし、早速来たかと思いながら腰に差している刀を左手で握る。

飛びかかってくるナツを刀を抜かず鞘に納めた状態で振り上げて顎をかち上げた。

よってナツは勢い良く天井まで飛び…めり込む。

 

「ナツ、俺はまだマカロフに報告していない。あとにしろ。」

 

「やっぱり、ムチャクチャつえ-や!」

 

リュウマはナツを吹き飛ばした後、マカロフの所に行きクエストの有無を報告した。

 

「お~リュウマ帰ってきたか!半年ぶりじゃの~。どうじゃった100年クエストは?まあ、お前さんのことじゃから問題はなかろうがな!」

 

「あぁ、半年ぶりだな。100年クエストに関しては無事終了した。それなりに大きな仕事はしたから少しはここに滞在することにする。」

 

「ほうほう、そうかそうか!無事でなによりじゃ!そうだな、少しゆっくりしていけ。

それとつい最近新人が入ってのぅ、そこでミラと一緒にいるのがそうだから、自己紹介でもしといてくれぃ」

 

「新人?分かった」

 

リュウマはマカロフに言われた通りミラの方を見るとその金髪の女性…ルーシィがいたので自己紹介のために向かった。

 

「お帰りなさい!100年クエストお疲れ様!こっちにはしばらくは滞在するの?それなら今度一緒にお買い物行きましょ?」

 

「ただいまミラ。こっちには少し滞在する予定でいる。買い物については…まあ、分かった。

それでお前が新人だな?ミラからある程度聞いているとは思うが俺はリュウマだ。まあこのギルドは良くも悪くも騒がしいが良いギルドだ。これから仲間としてよろしく頼む。」

 

「はい!あたしはこの前入ったルーシィって言います!このギルドには憧れで入りました!よろしくお願いします!リュウマさん!」

 

「ルーシィだな。フェアリーテイルに常識人はあまりいないかもしれんが…悪い奴らではないから多めに見てやってくれ。」

 

「はい…リュウマさんに言われた通り、常識人がいないことは身を以てしってますので…」

 

ルーシィはなかなか苦労人のようだ…。

リュウマはそう心の中で思うも、口には出さなかった。

 

2人との話しも終わり、1度家に帰ろうかと思っていたところをエルザにナツ(復活した)にグレイが話しかけてきた。

 

「リュウマ、100年クエストお疲れ様だ。お前は流石だな。帰ってきてすぐで悪いのだが明日久しぶりに手合わせをしないか?つい最近ナツと勝負をしたんだが、途中で邪魔が入って不完全燃焼だったんだ」

 

「あ!ずりぃぞエルザ!オレもリュウマと勝負してぇ!」

 

「やめとけクソ炎、さっきみたいに瞬殺されんのがおちだぜ」

 

「あ?今何つった!!お前は勝負すらしてねぇだろうがこの腰抜け野郎が!」

 

「んだとクソ炎が!」

 

「「やんのかこの野郎!!!」

 

「やめんか!!!」

 

『ドガッ』『バキッ』「「ギャ-!?」」

 

「ふざけるのも大概にしろお前達!」

 

「「ずいまぜんでじた」」

 

この2人は相変わらず喧嘩が絶えないようである。

ことあるごとに突っかかっては喧嘩してエルザに止められるのが一種の流と化している。

 

「変わりないようで何よりだエルザ、ナツ、グレイ。

お前達の勝負の事だが…いいだろう。明日2人共順番に相手してやる、そうだな…最初にナツで次にエルザの順番にしよう。グレイはどうだ?」

 

「いやいやいやいや。やめとくよ、リュウマとやったら命いくつあっても足りねぇし…」

 

「お~!明日はナツとエルザとリュウマの勝負が見れるのか!」「マジかよ!?」「やっべぇ明日が待ち遠しいな!」「リュウマの戦いがみれんのか!よっしゃぁ!」

「賭けしようぜ賭け!」「またやんのかよ…」

 

「エルザの前にぶっ飛ばしてやる!覚悟しとけよリュウマ!」

 

「2番目か、まあいい、楽しみにしていよう。

では明日の準備をするために今日は帰らせてもらおう、リュウマ明日はよろしく頼む」

 

「ぜってぇ負けねぇからなリュウマ!」

 

「あぁ、半年ぶりの手合わせだからな。俺もそれなりに楽しみになってきた」

 

リュウマは2人と手合わせの約束を交わしてから、他の久方ぶりの奴らと話したあと帰路へついた。

 

リュウマの家はマグノリアの比較的端にある平屋建ての一軒家だ。

 

S級クエストやSS級クエストをやっていたらいつの間にか膨大な大金を手に入れていたために、消費するためにとりあえず普通の家よりは大分大きい家を購入したそうだ。

そんな家を流石に1人では掃除しきれないので週に一度雇った召使いを呼んで掃除を頼んでいる。

 

家が無駄に広いため、ナツ達は偶に不法侵入などをして勝手にお邪魔していたりするのだが、昔は施錠とは別に魔法による防衛機能を施していたのだが、それに不法侵入しようとしたナツ達が引っかかったために魔法を消した。

 

己の持つ家に侵入しようとするのだ、それ相応の罰が必要だろうと、作動すると大分キツイ罠の魔法を掛けた矢先にナツ達である。

驚かせようとしたのか、他に目的があったのか、リュウマがクエストに行っている時を狙って忍び込もうとしたのが仇となった。

 

当然の如く罠に掛かったナツ達は、リュウマが帰ってくるまで丸2日、リュウマの家の前で動けない状態が続いたことがあった。しかし、それでも彼等は懲りなかった。だからこそ、リュウマは魔法による罠は解除した。代わりに、不法侵入した時に警報が鳴るようにしたのだ。

 

「ふふ、楽しみだ」

 

リュウマは強くなったであろうナツ達のことを思い、自然と口の端が釣り上がって行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 







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第二刀  決闘

書いたのに1回消えて心折れかけました。

戦闘シーンなんて書いたことないので違和感あったらすいません。




 

 

リュウマは先日約束した通り、ナツとエルザとの手合わせをするためにギルドへ来ていた。

ギルドの中へ入り見てみると、2人はどうやら準備は完了しているようなので話しかけた。

 

「ナツ、エルザ、準備は出来ているのか?」

 

「おっリュウマ!俺はいつでもいけるぞ!」

 

「私も準備はもう出来ている、いつでも始められるぞ」

 

思っていた通り、準備できているようなのでマカロフに審判頼んでおく。

他の人に審判を任せると戦いのレベル的に無理があるためにマカロフに頼んだのだ。

 

「マカロフ、2人との手合わせの審判を頼む」

 

「むっ、そうか、任せろい!ナツがいると周りも破壊しかねんから少し広い場所でやるぞぃ」

 

「一理あるな、分かった、2人共移動するぞ」

 

     「「分かった」」

 

「お前ら~!3人の試合だとよ~!行こうぜぇ!「待ってました~!」「楽しみにしてたぜぇ!」

 

──まったく、相も変わらず騒がしい奴らだな…まあ、それがフェアリーテイルのいいところなのだがな。

 

リュウマはそう心の中で呟きながら手合わせの為に移動していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周りに破壊を招くナツがいるために少し距離があり、見晴らしの良い所まで移動し終わり、最初の相手はナツのため、ナツとリュウマは互いに向き合う。

 

「ナツぅ~!がんばれ~!」「せいぜいこっぴどくやられちまえクソ炎!」「漢ならば勝て!!」「リュウマ~頑張って~!」「リュウマ~お前の力見せてくれぇ~!」「2人とも~ファイト~!」

 

観戦者のテンションが上がっていく。

それも、ギャラリーのその後ろではナツがリュウマを倒すではなく、リュウマとの試合に何秒持つかにかけているようだ…。

それからしてマカロフから声がかかる。

 

 

「これより!ナツVSリュウマの試合を始める!双方準備はよいか!」

 

「俺は大丈夫だぜじっちゃん!」「俺もだ」

 

「うむ!では、試合開始じゃー!!!」

 

「「「ウオォォォォォォォォォォ!!!!」」」

 

「いっくぞぉ~リュウマー!!『火竜の鉄拳(かりゅうのてっけん)』!」

 

ナツは開始直後、リュウマに向かって真っ直ぐに突っ込んでいく。

リュウマはそれを避けたりするのではなく、右手に何時の間にか召喚した木刀を使って受け流して防ぐ。

 

「まだまだー!!ウオォォォ!!」

 

ナツは受け流された後も拳に炎を纏った状態で連続で殴りかかっていくのだが、それも先程と同じように軽々と受け流して防ぎきる。

 

タイミングを見計らい、ナツに木刀で叩きつけるように攻撃するが両腕によってガードされる。

しかしガードをしたナツに対してリュウマはニヤリと笑った。

 

──そこで防御は少し悪手だぞナツ。

 

彼はそこから尚力を込めてナツの両腕によるガードを上へと弾く。

それによってナツは両腕を上げながら少し後ろへと仰け反り、胴ががら空きとなる。

 

まさに、相手にとっては狙って打ち込んで下さいと言ってるようなものだ。

もちろんそんな隙を逃す彼ではない。

 

木刀をナツに向かって突きの構えで構え…

 

「ぬおっ!?」

 

間髪入れずに空いた胴に一瞬で3度の突きを入れる。

 

「ゴハァ!?」

 

ナツは後ろへと吹き飛ばされる…がすぐに空中で体を捻りながら体勢を立て直し、着地する。

木刀とはいえ、3度の突きを入れられて少しダメージが入っただけであるナツは頑丈だ。

 

「い、いってぇ…しかも一瞬で3発ももらっちまった、だけど、まだまだこれからだァァ!!!」

 

ナツはまたも真っ正面から突っ込んでくるのでリュウマは下の地面に木刀をゴルフの用量でフルスイングしながら抉り取り、(つぶて)のように弾き飛ばす。

その威力は並のショットガンのようだ。

 

しかしナツは上へジャンプして回避しながらも、そのまま飛びかかっていく。

 

「おぉ!『火竜の鉤爪(かりゅうのかぎづめ)』ぇぇ!!」

 

足に炎を灯した踵落としが落ちてくる。

それを冷静に木刀で柔らかく受け止めることで威力を殺し、相殺したらそのまま押し飛ばす。

 

「くっそぉ!攻撃があたらねぇ!なら、これでどォだァー!『火竜の咆哮(かりゅうのほうこう)』ぉぉぉぉぉ!!!」

 

ナツは咆哮を線状に放つのではなく、扇状に拡散するように放つことでリュウマの逃げ道を潰した。

 

──半年前に見たときより火力が大分上がっている…よくこの短期間にこれほど強くなれるものだ。

 

ナツの咆哮が迫り来る中…先程と同じように突きの構えをとった。

 

「シッ!!」

 

それなりに力を込めて迫り来る咆哮の中心を正確に狙い、突いた。

すると咆哮は突きの威力に負けて四方へと散らばるようにして消滅した。

 

「「「えぇぇぇぇぇぇぇ!!??」」」

 

「なに~~!!??」

 

みんなが驚き叫ぶ中、また突きの構えをとる。

 

「ナツ、これでやられてくれるなよ?少し強めにいくからな」

 

ナツはその言葉に警戒を示したのか、いつでも対処出来るように構えた。

リュウマはそれを見て、飛ぶ斬撃ならぬ…飛ぶ突きをナツに放った。

 

    「『革命舞曲・ボンナバン(ガボット・ボンナバン)』」

 

ナツは避けきれないと思ったのか、攻撃をするように構えをとった。

避けられないならば迎撃するという戦法に変更した。

 

「やられてたまるかぁぁ!『火竜の翼撃(かりゅうのよくげき)』ィィ!!」

 

2つの技が2人のちょうど中心で衝突した。

衝撃は一瞬だけだが拮抗したが、リュウマの技の威力の方が高かったためにナツは吹き飛ばされていった。

 

「げほっげほっ!つ、つえぇ…!攻撃が届かねぇ!」

 

「まだまだだなナツ」

 

その場で体の力を軽く抜いて脱力をし、脱力することで次に備えるという一種の構えをとる。

 

「ナツ、次で終わりにしよう」

 

「望むところだぁぁー!!!」

 

ナツは両手に炎を纏わせながら全力且つ一直線に走って行く。

向かっていく途中で攻撃などをされなかったので近くまで近づく事が出来た。

射程距離に入ったことにより両手の炎を勢い良く合わせた。

それにより魔力と同時に炎の勢いも上がっていく。

 

「右手の炎と左手の炎!2つの炎合わせてぇぇ!!」

 

「ほう…?なかなかの魔力ではないか」

 

「食らえ!『火竜の煌炎(かりゅうのこうえん)』!!!!」

 

──少し見ない間に強くなったな…ナツ。

 

リュウマは下段に垂らすように構えていた木刀を振り上げた。

すると、ナツの炎は何の抵抗もせず左右へ真っ二つとなる。

斬られたことによりナツは驚きに目を見開いている。

当然だ。

今のナツが放てる最大の魔法だったのだから。

 

「ナツ、まだまだ強くなれ

 

鼻唄三丁・(はなうたさんちょう・)

 

リュウマはナツの通り抜き際に斬った。

しかし、ナツは痛みがないために外れたのだと誤解したまま振り返り、再び突っ込もうとしているが、斬られたのだ…もう遅い。

 

      矢筈斬り(やはずぎり)』」

 

 

       『『斬っ!(ザンッ!)』』

 

 

ナツは突如体に走った衝撃に耐えきれず気を失い、そのまま倒れこんだ。

そしてすかさずマカロフのコールの声が上がる。

 

「ナツの戦闘不能により、勝者リュウマ!!」

 

「「「「すっげぇぇぇぇぇ!」」」」

 

「ナツの魔法木刀で斬りやがった!?」「うひゃ~すっげぇな」「最後の攻撃なんか見えなかったぜ!」「流石はリュウマ!」「かっけぇぇぇ!!」

 

こうして第一試合のナツVSリュウマの戦いは…リュウマの勝利で終わった。

 

「…やはり強くなったな…ナツ」

 

リュウマはそう言いながら刃先に()()()()()木刀を見下ろす。

木刀を持っているリュウマであるからこそ分かるのだが、先程のナツの最大の魔法を斬った時に罅が入った。

 

木刀と言えども使い手によっては名刀にもなる。

リュウマが使ってもそれは同じ事だ。

だが、ナツの攻撃はそれにも関わらず木刀に罅を入れたのだ。

リュウマはこれからが楽しみだと思いながら木刀を消した。

 

「流石だな。相変わらず素晴らしい剣技だ。…次は私だがすぐいけるか?」

 

「問題ない、すぐにいける」

 

木刀を消した直後にエルザに声をかけられて振り返って話す。

ナツとの試合に続き連戦できるのか聞きに来たのだ。

リュウマはまだ全く疲れてなどいないので大丈夫だと伝えた。

 

「そうか!分かった。あ、そ、それとこれは試合に関係ない事なのだが…」

 

エルザは少し言い辛そうにしながらリュウマを見る。

リュウマは如何したのだろうかと思いながらも続きを待つ。

エルザの顔は心なしかほんのり赤くなっているように見えた。

 

「この試合が終わったら後日、か、買い物に付き合ってくれんか!?い、色々と買い揃えたい物があってな!?リュウマに頼みたいんだ!」

 

買い物…そういえばミラとも約束をしていたと思い出しながらも、何か大事な用がある訳でもないので了承することにした。

 

「いいだろう、その買い物に付き合おう」

 

「っ!そ、そうか!分かった!楽しみにしていよう!」

 

エルザはどことなく嬉しそうな雰囲気を出しながらリュウマからは見えない角度で小さくガッツポーズをとった。

 

「どうした、顔が少し緩んでいるぞ?」

 

「っ!?な、なんでもない!!そ、そうだ試合だ!試合を始めよう!」

 

リュウマが少し緩んでいた顔のことを指摘するとテンパり始めたが、無理矢理話しを変える。

そして、そうこうしているうちに時間が過ぎていたようでエルザとリュウマの試合が始まろうとしていた。

 

 

 

 

「これから第2回戦目!エルザVSリュウマの試合を始める!双方準備はよいか!」

 

「大丈夫だ」「こちらも問題ない」

 

「うむ、では!試合開始じゃー!!」

 

「「「「ウオォォォォォォォ!!!!」」」」

 

 

エルザはナツとは違い冷静にリュウマの動きを注視し、どんな攻撃がきてもすぐに対応することが出来るように警戒をしている。

しかし、そのリュウマは斬り掛かる訳でもなくその場にゆらりと佇んでいる。

 

彼はは自分から攻めるつもりなどなく、その場から動いていない。

エルザはそれを察したために、自分からしかけにいくことにした。

 

換装(かんそう)・『天輪の鎧(てんりんのよろい)』!征け(ゆけ)剣達よ(つるぎたちよ)!」

 

エルザは天輪の鎧へと換装し、自分の周りに剣を浮かせながら斬り込みに行く。

 

天輪の鎧…己が持つ数多くの武器を背後に浮かせるような形で多数一気に使う事の出来る能力だ。

自分が囲まれたりした時や、相手が大多数で攻めてきた時などに真価を発揮する鎧だ。

 

それをたった1人に向かって使うということは、それ即ち数えるのが憶測になるほどの連撃を繰り出すということだ。

しかも、その中にエルザ本体もいるため、1度の連撃数は40を超える。

 

多くの剣を従えながら向かってエルザを見てナツと同じような木刀では耐久不足と判断し、短槍を2本召喚した。

 

左右の手に一本ずつ持ち、独りでに斬り掛かってくる剣達を弾きながらエルザからの攻撃も同時に防いでいく。

周りに居るギャラリーには最早、何がどうなっているのか分からないほどの速度での剣戟に言葉を失う。

 

エルザはこれ以上斬りつけても無駄と判断し、剣をけしかけさせて、自分は後方へと少しさがった。

 

「くっ…舞え!剣達よ!『循環する剣(サークルソード)!!』

 

自分を中心に円を描くように剣を飛ばして周りを一気に斬りつける技なのだが、今回は剣の円をリュウマに飛ばすように斬りつけたので連続での斬りかかりが迫る。

 

しかし、それも2つの短槍で防いでいき、武器をはたき落としていく。

リュウマの周りにははたき落とされて制御を失った剣が落ちている。

 

「っ!この数を防ぐのか…流石としか言えんな」

 

「クカカ…木刀のままでは流石に折れる危険があったからな」

 

「なるほど。手数だけでは意味が無いということか。…ならば…換装・『黒羽の鎧(くれはのよろい)』!」

 

黒羽の鎧…剣で相手を一度斬りつける毎に威力を上昇させていくという能力を持つ。

数の暴力ではリュウマの防御網を突破することが出来ないと悟ったので、一撃の攻撃力を上昇させながら戦うという戦法に至った。

 

「ほう…?手数ではなく一撃の攻撃力を取ったか」

 

「あぁ、剣達を折られても困るからな」

 

「いい判断だ。次飛んできたら全て斬り捨てようと考えていたところだ」

 

「本当にいい判断をしたようだ。…よし!いくぞリュウマ!!」

 

「来るがいい」

 

エルザは黒羽の鎧によって一撃の攻撃が強くなっていくため、短槍を消して新たに直剣を召喚した。

 

エルザは黒羽の鎧に付いている飛行能力を与える羽で飛びながら斬りかかるため、リュウマはその場から動かずに受け止める。

そのまま激しい攻防をしていたが、エルザの胴に蹴りを入れて無理矢理距離を取らせる。

 

「ぐっ!ガードが全く崩すことが出来ない…!」

 

「当然だ。そう簡単に斬れると思わないことだ」

 

そう言いながら直剣を上へと持っていき構え、上段に構えた状態で直剣に魔力を流して纏わせる。

纏わせた魔力は黒い炎と化していき、剣を包み込むようにしながら荒々しく燃えている。

 

「今から少し重い攻撃をするが…耐えろよエルザ?

炎龍一閃(えんりゅういっせん)』」

 

「っ!!」

 

放った炎の斬撃は真っ直ぐエルザへと向かっていき爆発した。

その爆発によって砂煙が上がるが、エルザは斬撃が目前に迫っているにも関わらず避ける動作を見せなかった…否…避けられなかったのだ。

 

砂煙が晴れてエルザの姿が見えてくる。

砂煙から出て来たエルザの格好は先程とは違っていた。

 

「くっ!危なかった…間一髪間に合ったようだ」

 

──なるほど、斬撃が当たるその一瞬で『炎帝の鎧(えんていのよろい)』に換装し、炎の威力を殺したのか。

間に合わなければ危なかっただろうが、そこはエルザの換装スピードの賜物だな。

 

炎帝の鎧とは、炎を司る鎧であるために炎による攻撃を緩和させる効果を持つ。

それを斬撃が当たる寸前で換装してリュウマの炎の斬撃の威力を下げたのだ。

 

「流石エルザだ、まさか本当に防ぐとは思わなかったぞ」

 

「なんという威力の斬撃なんだ、威力を殺したにも関わらず一撃で鎧が使い物にならなくなってしまった」

 

そう、一撃は凌いだが鎧はところどころが破損し、炎帝の鎧としての効力を失っており、使い物にならなくなっている。

 

「さてエルザ、そろそろ終わりにしよう」

 

「あぁ、これ以上続けても私の装備が破壊されるだけだからな、私もそう思っていたところだ。

換装・『巨人の鎧(きょじんのよろい)』!」

 

巨人の鎧は着た人物の物の投擲力をあげる能力だ。

そしてエルザが手に持っているのは『剛傑の槍(ごうけつのやり)』と呼ばれる投擲にて敵を射ることのみに特化した槍。

 

「では、いかせてもらう!貫け!剛の槍よ!!」

 

エルザは槍を巨人の鎧のブーストも合わせて全力で投擲したためにスピードも威力も凄まじいことになっている。

普通に受けたならば一溜まりもない。

 

しかし、それならば()()()()()()()()()()()

 

リュウマは直剣を下に下ろし構え、轟音を出しながら迫る槍が自身の目前に来るまで集中する。

 

    (……………今!!!!)

 

    「『絶剣技・城勝軌流(ぜっけんぎ・じょうしょうきりゅう)』!」

 

エルザの槍を下から刃先を使って上へとかち上げて進行方向を上空へと無理矢理変える。

進行方向を変えた槍はそのまま進み、雲を突き抜けていった。

 

──なんという威力のものを投げているんだ…。

 

そう思いながらも直剣を消し、普通の刀よりも少し長い刀を召喚した。

リュウマが今からやろうとしている技は、手に持つそこらに売っているような刀でこそ放てる絶技だ。

 

「エルザ、お前もまだまだ強くなる、そんなお前にこの技をくれてやる。

至高天・燕返し(しこうてん・つばめがえし)』!」

 

本来並行世界から自身が放つ斬撃を三つ呼び出して同時に放つ技だが、これはそれをさらに昇華させ…驚異の72の斬撃を同時に放つ技だ。

エルザは避けることも防ぐ事も許されず、すべて直撃し、吹き飛ばされていった。

 

「ぐっ!ゴホッゴホッ!?な…んとう技術…だ…凄まじい…な…降参…だ…」

 

「エルザの降参により、勝者リュウマ!」

 

「「「「すっげぇぇぇぇぇ!!!」」」」

 

周りが叫んで盛り上がっている中、エルザの元に寄りって回復魔法を使い傷の回復をする。

燕返しは少し強力だったと思ったのだ。

 

「大丈夫か?エルザ」

 

「あぁ、大丈夫だ、今回はいい経験になった。

ありがとう、またの機会にまた手合わせしてくれ」

 

「あぁ、もちろんだ」

 

こうしてリュウマ達の試合は無事終了を迎えた。

半年ぶりの仲間の成長ぶりに、リュウマは自分達のことのように嬉しく思った。

 

 

 

 

 

リュウマはこの後、復活して早速殴りかかってきたナツを気絶させて帰路についた。

 

 

 

 

 

 




初めての戦闘シーンですがあまりにも難しくてたいへんでした。


マシロは次回からあまり出てきません。
会話には出てこないけど、そこには居ると思ってください。
気まぐれで出したりもするかも。




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幽鬼の支配者
第三刀  襲われたギルド


ガルナ島は主人公出ても倒す敵いないのでカットします。

皆さんもキレる主人公みたいですよね?
ってことでカットです笑笑

今回はちょっと長め




 

 

ルーシィは先程まで繰り広げられていたナツとエルザとリュウマの戦闘を見てから興奮が収まらないでいた。

 

アイゼンヴァルドとの件、その時に見たエルザやナツの実力は間近で見ていたので十分知っている。

しかし、そのエルザやナツを一方的に圧倒してみせたのだ。

そんなものを見れば誰であろうと興奮する。

 

ルーシィが先程までの戦いを思い返していると、ナツ、グレイ、エルザ、ハッピーが話していたのを見つけて話しに交ざりに行く。

 

「くっそぉ!また負けたぁ!次は絶対かーつ!!」

 

「やめときなよナツぅ~、またコテンパンにされちゃうよ?」

 

「うるせぇなハッピー、次は勝つからいいんだよ!」

 

「お前じゃ何年かかっても無理だクソ炎」

 

さっきまで気絶していて、起き上がったと思えばまた挑み、同じように気絶させられていたというのにも関わらずグレイと早速喧嘩しているのを見て溜め息を一つ溢す。

 

なんでそこまで喧嘩するのかとナツとグレイを知っているならば誰しもが思う疑問を抱きながら見守る。

しかしそんな中、当の本人の2人は互いにヒ-トアップしていた。

 

背後から近づくエルザ(止め役)に気がつくことがなく。

 

「そもそもテメェは挑んですらいねぇだろうが!」

 

「オレは無駄な戦いはしねぇんだよ」

 

「ただ負けるのが怖ぇだけだろ軟弱野郎」

 

「あ?今何つった?ツリ目野郎!!」

 

「軟弱野郎っつったんだよ!このタレ目野郎!」

 

「「……………。」」

 

「「やんのかコラァァ!!!」」

 

背後に立ったエルザは、喧嘩している2人の頭の上で拳骨を作り…

 

「喧嘩をするなど言っているだろうお前達!」

 

『ガン!』『ガン!』「「ギャー!?」」

 

まぁ予想通り振り下ろして黙らせる。

ルーシィが心の中でため息をしていると、エルザが驚きの話しを話しをし始めた。

 

「しかし、私は強くなったつもりなのだが…やはり師には勝てないな…それどころか遊ばれる始末だ」

 

リュウマが師匠と聞いて驚くルーシィ。

エルザは強いし、リュウマは更に強かった。

しかし、まさかリュウマがエルザの師匠であったとは思わず驚いたのだ。

 

「リュウマさんがエルザの師匠なの!?」

 

「ん?あぁ、師匠と言っても私が小さい頃に少し剣の使い方などを教えてもらっただけで、私が勝手にそう言っているだけなんだがな」

 

エルザは小さい頃に起きたとある事情により、今使っていたエルザの魔法である騎士(ザ・ナイト)を発現させた。

もちろん小さい頃は剣を握ったことすらなかったために扱いが分からなかった。

 

そんな中、フェアリーテイルで唯一武器を使いながら自分よりも遥かに強者であるリュウマに剣の使い方を教えてもらったのだ。

 

そしていざ教えてもらい、持ち前の天才肌で剣の技術はすぐに吸収していった。

飲み込みが早いので本当に短期間だったのだが、教えてもらったことには変わりないため、密かに師匠と呼んでいるだけだ。

 

余談だが、当時教えていたリュウマは飲み込みが早いエルザに頬を引き攣らせていたりいなかったり?

 

「あと、遊ばれていたってどういう…?」

 

話しの中でもう一つ気になる発言があったので再び質問するが、答えたのは先程拳骨を落とされたグレイだった。

頭を抑えて痛そうにしながら説明をしていく。

 

「いっつつ…なんだルーシィ気づいてなかったのか?リュウマは最初のナツの試合、そして2回戦目のエルザとの試合、どっちも1歩もその場から動いてねぇのさ」

 

「な、なんですと…?そ、そうだったの!?」

 

グレイの説明に驚きながら、先程までの戦いを頭の中でフラッシュバックさせる。

それ故に気がついた。

確かに開始から終了まで一歩もその場から動いていない。

その事実にルーシィは背中に冷や汗をかいた。

 

「重ねて言うならば魔法だって攻撃的なもの使ってないしな、剣に魔力を乗せたりはしてるけど、大分セーブしてる」

 

「リュウマさんってほんとに強いんだね…」

 

「次は絶対かーつ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──決闘から数日後

 

 

 

この日のギルドではナツ達が無断でS級クエストを受注し、ガルナ島へ行きいざこざに巻き込まれている同時刻、リュウマは少し遠出をしていた。

 

「ここに来るのも久しぶりに感じるな」

 

彼は今…とある山奥に住む老人を訪ねに山を登っているところだ。

 

彼が使う武器の中に、特殊研磨武器(とくしゅけんまぶき)というものが存在する。

 

これは普通の武器とは違って特殊な方法でなければ研磨することが出来ないもの武器達のことを指す。

彼とて武器を使って戦うため、必然的に普通の武器なら自分で研ぐことが出来るのだが…特殊研磨武器だけは無理だ。

故に研げる人の所へ定期的に持っていっているのだ。

 

もちろん頼ってばかりではなく、最終的には自分で研げるようになりたいと思っている。

何時までもやってもらうだけでは己の矜恃が許さなかった。

 

彼は少々険しい獣道を進んでいくと、一軒の古い建物へと到着する。

察すると思うが、ここが唯一、彼の特殊研磨武器を研磨することのできる人物の家だ。

 

──コンコンコン!…ギィィ…

 

「はいよ、どちらさんかね?」

 

「『ケン爺』、また研いでもらいにきた」

 

「おぉ!リュウマ君かい、お安いご用だよ」

 

「感謝する」

 

出て来た老人は優しい笑顔でリュウマを向かい入れる。

何度も御世話になっているためにもちろんのこと仲はいい。

彼は家に入れてもらい、それぞれの武器をケン爺に見せる。

 

「毎回思うがどれもこれも綺麗に使ってくれるね~」

 

刃毀れ(はこぼれ)は剣を使う者として未熟だからな、気をつけている」

 

「ホッホッホ、そうかいそうかい!綺麗に使ってもらえて嬉しいよ、研ぎ師冥利に尽きるというものだからね~。

じゃあ、これから研ぐから一日待っておくれよ」

 

「あぁ、頼んだ」

 

彼はその後、ケン爺の家で世間話などに興じたり、置いてあった薪を割って手伝ったりなどをしてその日を過ごした。

そしてその翌朝、ケン爺に研いでもらった武器を返してもらう。

 

「この度も世話になった、代金はこれくらいでいいか?」

 

彼は感謝気持ちの分も上乗せし、常人には驚いて腰を抜かす程の代金を手渡す。

それを渋々といった具合に受け取るケン爺。

ただ研いだだけでその大金はあまりにも多すぎたのだ。

 

「本来はこんなにいらんのだがのぉ…そもそも山奥に住んでおるから金なんぞ、下へ下山したときくらいしか使わんのに…お前さんときたら毎回大金渡すから使うことに苦労するわい」

 

「俺からの気持ちだ、受け取ってくれ」

 

それも一人暮らしであるために必要な物は早々買い出しに行かない。

仮に買ってもそこまで高くもないものだ。

 

最初の頃は流石に多すぎると言って返していたのだが、

リュウマが全然受け取らずにいざ無理矢理返してリュウマを帰らせたと思いきや、何時の間にかテーブルの上にその大金が置かれているのを見て渋々諦めた。

 

故にケン爺は渋々受け取っているのだ。

 

「ではケン爺、また来る」

 

「はいよ、お前さんが来るの待っておるよ」

 

ケン爺に背中を見送られながら、彼はギルドへの帰路についていった。

 

 

 

 

帰った頃には()()()()()()()()()()()()とは知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──数時間後

 

 

少々長い道のりから帰ってきた彼は、彼にしては珍しくも呆然としてギルドの前に立っていた。

 

何故ならば、ギルドには鉄の混が何本も刺さっており、如何にも襲撃されているのが分かったからだ。

 

彼は自身がいない間に一体何があったのか事情を聞くためにマカロフの元へと向かった。

マカロフはいつものように所々破壊されているが、ギルドのカウンターの上で酒を飲んでいた。

 

「…マカロフ。今帰ったのだが…一体何があった?」

 

「よっおかえり、いやなに、夜中に誰もいないギルドを襲われただけじゃ」

 

──誰もいないギルドを襲った?…つまり怪我人はいないということか。

 

そう考えているうちにナツ達(S級クエストへ無断で行ったことはミラから後に聞いた)が何故反撃しないんだ!と騒いでいたが、マカロフが強引に話を終わらせて解散となった。

 

リュウマもそれに従い、自分の家へ帰ろうとしているところを後ろからミラに話しかけられた。

 

「リュウマ!ちょっといい?」

 

「どうした?何か用件でもあるのか?」

 

「うん!あのね?襲ってきたファントムがこの街まで来てるって事は私達の住所も知られてる可能性があるの。

だから皆お泊まり会しようって話しになってるんだけど、ルーシィの所に行ってあげてくれない?

ルーシィもう帰っちゃって誘いそびれちゃったの!けど、リュウマがいると心強いから!それに多分だけど、ナツ達も行ったと思うから!」

 

ナツ達と言われてエルザもいるので安全なのだが、護衛する人数は多いに越したことはない。

それも護衛にリュウマがいるとなると、仮に襲われたとしてもまずやられる心配はない。

 

「分かった。これから向かおう」

 

「そう?良かった!じゃあよろしくお願いね?…あ!リュウマも今度家に久しぶりに泊まりに来てね?エルフマンと待ってるから!」

 

「そう…だな、ならば今度行こう」

 

「うん!約束よ?ふふ」

 

ミラはリュウマからの了承を得ると嬉しそうに微笑んでから、別れの挨拶をして家に帰った。

 

リュウマはミラと約束してから、ミラから聞いたルーシィの家へと向かう。

道中なんの手土産も無しに行くのはおかしいと思い、ケーキ屋へ寄りケーキを買って(ナツ達がいるため多めに買った)再びルーシィの家へ向かう。

エルザがケーキ好きなので女性はケーキが好きな物だと思ってケーキにした。

 

※うちの主人公はフェアリーテイルで貴重な常識人です

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ルーシィの家にて

 

ルーシィはミラから襲撃があるかもしれないから気をつけてと言われ、帰り道に少し警戒しながらも家に帰った。

 

しかし扉をあけるとまさかのナツ達総出での不法侵入。

最初は不法侵入に対して怒ったのだが、ギルドを襲った奴が誰かを襲うのを危惧して泊まりに来たということを聞いて渋々だが理解した。

 

まぁ、だからと言って納得したというわけではないが。

 

──もう~!なんで家主よりあんたらが先に入ってんのよ!しかも無断で!!

 

ナツ達が自分の家で好き勝手に騒いでいる中…インターホンがなった。

 

──ピンポーン

 

「なんだ?誰か来たのか?」「宅配便か?」「こんな時間に訪問か?」「ルーシィ~早く出なよ」

 

ほんとに誰だろう?そう思いながら玄関を開けると予想外のリュウマが立っていたので驚いた。

それと同時にインターホンを鳴らしてくれたことにも驚いた。

 

「ルーシィの部屋であっているな、こんな時間にすまんが、ミラから言われて泊まりに来たのだが…連絡も無しに来てすまん」

 

「へぇ!?リュウマさん?い、いえいえ!ナツ達もういるんでどうぞ!」

 

──うぅ…ちゃんとインターホン鳴らして玄関から来てくれた…。多分ミラさんに言われた…っていうのは、さっきエルザから聞いたやつだよね。

 

エルザから襲われても大丈夫なようにという話しで察して納得した。

リュウマはそんなルーシィを見て、懐に手を入れて高級そうな真っ白な箱を取り出してルーシィに渡す。

 

「これはそんな大したものではないが、ナツ達と食べてくれ」

 

「こっこれは!?すっごい美味しいって評判だけど値が張るからなかなか手が出せないっていう高級ケーキ!?

リュウマさんどんだけいい人なの…(泣)」

 

「いや…手土産も無しにいくのは流石にどうかと思ってな」

 

普通だろ?という風に首を傾げながら告げるリュウマに感動する。

何故ならば家主よりも先に家に上がり、好き勝手に騒ぐ奴等が現在進行形で家にいるから。

 

ルーシィのリュウマに対しての好感度は、本人の知らない間にうなぎ登りとなっていた。

 

──手土産を渡してからルーシィが固まってしまったがどうしたんだ…?甘い物は嫌いだったのか?ならば申し訳ないことをしたのだが…

 

「ルーシィは甘い物は苦手だったか?」

 

「っ!いえいえ!全然!それにこんな高いケーキありがとうございます!!」

 

ルーシィはハッとしてリュウマにお礼を告げる。

先程ルーシィが述べた通り、リュウマが買ってきたケーキはかなり高級で美味しいと評判なケーキなので嬉しかったのだ。

 

リュウマはルーシィに許可を貰って中へ入れてもらうと、ナツ達は既にいて寛いでいる。

 

「おっ!リュウマも来たのか!」

 

「大人数になったね~」

 

「勝負だリュウマー!」

 

「む!ルーシィそのケーキ食べても良いか!!??」

 

「エルザ気づくの早い!?てか、ナツやめなさ-い!!」

 

とりあえずリュウマは家に被害がないようにナツを大人しく(気絶)させた。

エルザは大好きなケーキの匂いを感じ取ったのか、ルーシィが持つ高級ケーキに釘付けだ。

グレイは人様の家であろうと関係なく服を脱いでおり、ハッピーは壁で爪研ぎをしている。

 

まさかの寛ぎようにルーシィに対して可哀想な者を見る目を向けながら労いの言葉をかける。

 

「ルーシィ、苦労かけているな」

 

「うぅ、リュウマさんは私の癒やしのオアシスです…」

 

──オアシスは言い過ぎなのではないだろうか…?

 

そうこうしているうちに時間は過ぎ、みんなが風呂に入り、リュウマが折角だからと作った美味しいと評判の料理を食べたあと、今回のギルドの一件の話しをしていた。

 

「ねぇ?なんでファントムはいきなり襲ってきたのかな?」

 

「さあな、今までは小競り合いなんかは良くあったが今回のような直接的なのは初めてだ」

 

「じっちゃんもビビってねぇでガツンとやっちまえばいいんだ」

 

「じーさんはビビってるわけじゃねぇだろ、あれでも聖十大魔道(せいてんだいまどう)の1人だぞ」

 

「聖十大魔道?」

 

「魔法評議会の議長が定めた大陸で最も優れた魔導師10人につけられる称号だ」

 

「へぇ~すっごい!!」

 

聖十大魔魔道になる者は全員が途方も無い魔力を持っている。

 

聖十大魔道であるということは、評議会の全員の意見が一致して授与する勲章であり、名誉なことだ。

ステータスとしてはかなりの物となる。

 

もっとも、評議会は強すぎる者に聖十大魔道の称号を与え、その人間が悪事や評議会に不利なことをしないよう制御したりするのにも使ったりするのだが…。

 

「ん?じゃあ100年クエストとか受けられるリュウマさんも聖十大魔道の1人?」

 

ルーシィはエルザですら歯が立てない実力と、自分と会う前に行っていた100年クエストのことでリュウマはどうなのかと疑問に思ったのだ。

 

「いや、残念ながら俺は聖十大魔道ではない、俺は主に武器を使う戦闘であるから評議会は魔法があまり使えないが強い…という風に考えているんだろう、まあ、聖十大魔道の称号なんぞ別段いらんがな」

 

聖十大魔道の第一の条件は魔力量が多いということ。

リュウマは武器を召喚して戦うために、魔法を戦闘中で使用することはあまりなくなる。

 

その為に評議会は、武器を使っての戦闘は強い…しかし魔法はあまり使わないから魔力がそこまでない…。

という勝手な偏見を持って誤解しているのだ。

本人は全く気にしていないのだが…。

 

「そうなんですか…強いのに勿体ないですね…」

 

「そうか?ククッ、それとルーシィ、リュウマ『さん』やら俺に対して敬語やら少しよそよそしいからリュウマでいいし敬語は使わなくて良い」

 

エルザにも敬語を使って話していないというのに、自分に対してだけ敬語を使われていると余所余所しいと思って提案した。

 

「そ、そうです…そっか!じゃあ、これからもよろしくねリュウマ!」

 

「ふっ、よろしく頼む」

 

敬語をやめて話してくれたことに、優しく笑いかけながら言われた。

リュウマのとても整った顔に優しく笑いかけられながら言われたルーシィは気恥ずかしくなって少し顔を赤くさせる。

 

「どぅうぇきてる~~!」

 

「っ!うっさいこの青猫!!それと巻き舌風に言うな!////」

 

それをハッピーに弄られたので尚更顔を赤くさせながらも反発する。

 

「…ムゥ…」

 

エルザはリュウマとルーシィのやりとりが少し気にくわないのでムスッとした顔している。

 

部屋の空気が何かよく分からない空気になってきたので、リュウマがさっきまでの話しの続きを促す(うながす)

 

「先ほどの話の続きだが、ファントムのマスター、ジョゼも聖十大魔道の1人だ」

 

「ビビってんだよ!!ファントムは数が多いしさ!!」

 

「うわわ…!」

 

ナツの突然の大声にルーシィは驚いた。

ナツは誰もいないとはいえ、自分の家とも言えるギルドを壊されてイライラしていた。

ビビっている云々は抜きにしてもファントムの総勢は確かに多いのだ。

 

「それは違うぞナツ。マカロフもミラも2つのギルドが交戦すれば一体どうなるのか…それを分かっている故に戦いを避けているんだ」

 

()()()()()()()()()()()()()

 

フィオーレにあるギルドの中でも、頭が飛び抜けて強いとされているフェアリーテイルとファントムの戦争は鮮烈を極めるのは必須。

 

そしてそんな戦争が起きないようにとマカロフはナツ達に手出しは無用と言っているのだ。

 

「…ゴクッ、そんなに強いの?ファントムって?」

 

「大したことねぇよあんなやつら!!!」

 

「いや、実際争えば潰し合いは必至……戦力は均衡している」

 

フェアリーテイルにいるS級であり、実力者であるエルザやリュウマなどがいるのと同じように、ファントムにも強者はいる。

 

『マスター・マカロフと互角の魔力を持っていると言われている聖十大魔道のマスター・ジョゼ』

 

『ファントムでのS級魔導師にあたるエレメント4』

 

「そして1番厄介だとされているのが鉄竜(くろがね)のガジル、今回のギルドの強襲の犯人と思われる男」

 

「『鉄の滅竜魔導師(てつのドラゴンスレイヤ-)』」

 

滅竜魔導師(ドラゴンスレイヤ-)!?」

 

「な、ナツ以外にもいたんだ…じゃ、じゃあそいつ…

 

 

   ()()()()()()()()()!!??」

 

 

ルーシィはナツが同じ属性である炎を食べることからそう推測する。

その推測は間違いではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──???

 

 

『ボリッ』『バキッ』『バリッ』『ボリッ』

 

建物の中のとあるテーブルに男が腰掛けており、そこから何か固い物を砕いているかのような音が聞こえてくる。

するとそこに一人の男が近づき話しかけた。

 

「ガジル~聞いたぜぇ~?妖精の尻尾(フェアリーテイル)に攻撃しかけたんだって!?うっはぁ~スゲェ!」

 

ガジルと呼ばれた男は声をかけてきた男に対して無視を決め込み、引き続き何かをしている。

 

『バキッ』『ボリッ』『ガリッ』『ベキッ』

 

その何かによって先程と同じような固い物を砕いている音が響く。

無視された男は構わずに話を続けた。

 

「ひゃっはァ!あいつら今頃スゲェブルーだろうなぁ!!!」

 

「ざまぁみろってん──」

 

──ズドン!!!

 

「──ごっ!?」

 

「あ~らら」「ぷっ」「ひえぇぇ~!?」

 

話していた男の腹部に、ギルドに突き刺さっていた物と同じ形をした鉄の混が突き刺さり、その威力によって壁へと叩きつけられる。

吹き飛ばされた男は一発で気絶した。

 

「メシ食ってる時ァ話しかけんなっていつも言ってんだろーがよォクズが!」

 

妖精の尻尾(ようせいのケツ)が何だってんだ?強ェのは俺達の方だろうがよ」

 

仲間を攻撃して気絶させたにも関わらずそう吐き捨てる。

この男こそがギルドを破壊した張本人のガジル・レッドフォックスだ。

 

「火種はまかれた…見事ですよガジルさん」

 

すると扉の奥から突如現れた怪しげな男がガジルに向かってそう呟く。

それに対してガジルはニヤリと笑った。

 

「あめぇよ()()()()、あれくらいじゃクズどもは動かねぇ、だからもう一つ()()()()()()()()()()()()

 

「それはそれは…ただし間違っても“(やつ)”は殺してはダメですよ?」

 

 

       「『ギヒッ』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──同時刻

 

 

マグノリアの街の中で南に行ったところにある南口公園でそれはおこっていた。

いつもならば子供などが遊んで楽しそうな声が聞こえてくる公園。

だがその時はいつもとは少々違っていた。

 

公園には人だかりが出来ており、公園の一部に人が集まっている。

 

『ざわざわ』『ざわざわ』『ざわざわ』

 

人がザワザワとしている中、フェアリーテイルの面々が到着した。

フェアリーテイルが何故来たのかと言うと…民間人に公園の真ん中に生えている木の所まで来てくれと連絡を受けたのだ。

 

「すまん通してくれ!ギルドの者だ!」

 

妖精の尻尾が着き、連絡があった通りに公園の真ん中に生える1本の木の元まで行くと『それ』はあった。

 

「「「「!!!!!」」」」「うっ」

 

「レビィ…ちゃん…」「ジェット!ドロイ!」

 

そこには見て分かるほどにボロボロな状態で木に張り付けにされている。

それもレビィの腹部にはファントムのマークが書かれていた。

やった犯人はファントムだということは一目瞭然だ。

 

それを目にしたフェアリーテイルの女性陣は口を手で覆って眼を逸らし、男性陣は血が出るのではないかというほどに拳を握り締めている。

 

「ファントム…………」

 

そこに聖十大魔道の服を着たマカロフとリュウマが現れた。

 

2人の周りは膨大な魔力により、大気がグニャリと歪んでいる。

それだけでもどれだけの怒りを感じているのかは分かる。

 

大切な家族をやられた妖精(最強)は……

 

「ボロな酒場までならガマンできたんじゃがな…」

「怪我人がいないから容認をしていたんだがな…」

 

誰から見ても分かる…(いな)…分かってしまう程に…

 

「ガキの血を見て黙ってる親はいねぇんだよ…」

「仲間をやられ…黙ってる程優しくないんだよ」

 

 

      『『戦争(せんそう)じゃ/だ』』

 

 

 

 

        激怒(ふんぬ)していた

 

 

 

 

 




ルーシィの家

リ「ルーシィは小説を書くのか?」
ル「えっそうだけど…」
リ「是非とも見せてくれ、俺は本を読むのは好きなんだ」
ル「は、恥ずかしいけど、レビィちゃんにも読んでもらってるし…別の人からの感想も欲しいし…特別だからね?」
リ「あぁ、楽しみにしている」ニッコリ
ル「は、はひっ////」
ハ「どぅうぇきてる~」

エ「……」ムウ



こんなやりとりがあったりなかったり…?


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第四刀  怒り狂う妖精

ここを書くのはなかなか難しいですね、でも頑張りたいと思います。





 

 

公園に駆けつけたフェアリーテイルメンバー達はレビィ、ジェット、ドロイをマグノリアにある病院に送った後、魔導士ギルド幽鬼の支配者(ファントムロード)の前まで来ていた。

 

フェアリーテイルの家族をあそこまでやったのだ…みんなにはもはや温情一欠片すら残っていない。

拠点に着くと、早速ナツがファントムの入り口を破壊してフェアリーテイルの各々は中へと入って行く。

 

いきなり攻撃されたファントムの者共は最初こそ困惑していたが、相手がフェアリーテイルと知ると戦闘態勢に入った。

 

「妖精の尻尾じゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

マカロフの叫びが開始の合図となり皆がファントムの奴らに攻撃をしていく。

ファントムも負けじと攻撃をしていくが、少数とはいえ精鋭揃いのフェアリーテイルに押されていく。

 

「ぬあぁぁぁぁぁぁ漢!漢!!漢ォ!!!漢なら…漢だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「ぐわあ!?」「何言ってんだコイツ!?」「なんだあの手は!?」

 

接収(テイクオーバー)だ!こっこいつ!あの大男!腕に魔物を接収していやがる!!」

 

「そんな魔法あんのかよ!?」

 

エルフマンも雑兵に対して右腕をビーストアームにテイクオーバーして吹き飛ばしながら暴れている。

 

ファントムとフェアリーテイルがごった返しになっている中…リュウマも近くにいる奴らを真剣にて斬っていく。

斬られた奴等は一撃でやられていき、彼の周りには死んではないにしろ、やられたファントムの人間の山が出来ている。

 

その光景を作り出していくリュウマの近くにいる人間は顔を青くし、震える手で武器を持っている。

 

「ひっヒィィィィィィィィィィィ!!??」

 

「こっこいつ!妖精の尻尾のリュウマだぁ!!」

 

見覚えのある背格好と武器の扱い、そしてその戦闘力の高さ故に気がついた一人の男が叫ぶ。

それを聞いた他の奴等も顔を青くさせる。

 

リュウマは巷ではかなりの噂になっている。

ありとあらゆる武器を召喚しながら戦い、狙った獲物は逃がさず…狙われた獲物は逃げられない。

 

一度狙われたのならば、どこかの物陰に隠れて息を潜め…ただ只管神へと祈るべし…と。

もっともそう噂を流したのは、リュウマに狩られてしまった闇ギルドの人間なのだが…。

 

しかし、しかしだ。

闇ギルドであろうと狙った獲物は逃がさないのは結局は同じだ。

そして今その標的は…周りの人間達になっている。

 

つまり…狩る側と狩られる側の構図は既に形成されているのだ。

 

「貴様らは出してはならないギルドに手を出したのだ…」

 

彼はゆらりとした足運びで周りの男達を見遣る。

辺りには殺気が充満し、その殺気の濃度によってリュウマの姿が朧気に見える。

その姿が今は尚更恐ろしく見えた。

 

    

 

     「生きて帰れると思うなよ?」

 

 

 

「た、助けてくれ…死にたくねぇ…!死にたく──」

 

          斬ッ!(ザンッ!)

 

「ガフッ…!?」

 

その恐ろしさに負けて彼に対して背を向けながら武器を放り捨てて駆け出す男。

そんな狩るには格好の人間を逃がすわけもなく、斬撃を飛ばして斬り裂いた。

 

「言ったはずだぞ?生きては帰さないとな」

 

彼は手加減などせず、次の敵…次の敵と辻斬りの如く斬っていく。

雑兵はその場から逃げ出すのだが、逃げ切ることが出来ずに斬られていく。

 

中には後ろから攻撃してくる者がいるが…『超直感(ちょうちょっかん)』や『見聞色の覇気』を持つ彼には攻撃してくる瞬間など手に取るように分かる。

 

そうして周りの雑兵を次々と斬っていくとマカロフとエルザの会話が聞こえた。

 

「ジョゼはおそらく最上階、ワシは奴の息の根を止めてくる…!」

 

「お気をつけて」

 

──何か嫌な予感がするが…大丈夫だろうか…。

 

マカロフはファントムのマスターであるジョゼの元へと向かって行くが、リュウマはその後ろ姿に対して何か少しの嫌な予感を感じた。

 

リュウマは少しの思うことがあれど、それを見届け…手に持っている刀の他に2本の刀を召喚する。

1つは口に咥え、もう2本は左右の手に持つ。

 

その状態でゆらりと構えた。

 

 

         「三刀流──」

 

 

雑兵はそのリュウマの背後に…龍を見た。

 

 

    「───『黒縄大竜巻(こくじょうおおたつまき)』!!」

 

 

彼が刀を振り抜いて発生させた斬撃を含む斬れる大竜巻は敵を巻き込んでいくが消えることなく、次の敵へと進み斬ってゆく。

周りの人間は次々と斬られていき、逃げようとするも…竜巻が追尾してきて逃げられない。

 

「き、気をつけろぉ!斬れる竜巻だぁぁ!」

 

「うわぁぁー!!」「助けてくれぇ!」

 

助けを求めるが、追いつかれて斬られていく。

中には自分が持つ盾の強度に自信があるのか防御しようとする者もいるが…大竜巻の斬撃に触れた瞬間には何の抵抗もなく断ち斬られた。

 

「盾が斬れたぁ!」「どこまで追いかけてくるんだぁ!」

 

 

       「地獄の果てまで」

 

 

  「ヒィィィィィィィィィィィィィ!!??」

 

ギラリとした目で睨まれながら告げられて悲鳴を上げていく。

大竜巻はまだ消えずに斬り裂いていく。

逃げる術は…ない。

 

するとそこに、マカロフがジョゼの元へと消え、天井に両足のみで張り付き、事の成り行きを隠れて見ていた鉄竜(くろがね)のガジルが降りてくるなり…リュウマへと攻撃を仕掛けた。

 

「よぉ、彼の有名なリュウマさんよォ!俺が相手してやるぜ!」

 

腕を鉄の混に変えて殴りかかるものの、リュウマは右手に持つ刀を1本だけを使い防ぐ。

防ぐ事は分かりきっていたのか、ガジルは悪人面の笑みを濃くした。

 

「名高いてめぇをぶっ潰してみたかったぜ!ギヒッ!」

 

「残念だが、貴様の相手は俺ではない」

 

彼は気配で分かっていたためにその場でしゃがむ、するとすぐ上を猛スピードで飛んできたナツが通り過ぎていった。

気配とは向かってくるナツのことだったのだ。

 

「ガジルーーーーーーー!!!!!!」

 

「なにっ!?ゴハッ!?」

 

ナツはレビィ達を襲ったガジルが許せないのであろうか、ガジルを見つけ次第飛んできたのだ。

 

リュウマはそんなことは分かっていたのでその場を離れて別の敵へと標的を変える。

そんな彼の元へ前から5人の敵が来るが、たかだか5人程度なんぞ…なんの脅威でもない。

 

      「居合い・『五軌(ゴキ)』」

 

   「「「「「ゴハァッ!?」」」」」

 

刹那の居合い抜きによって出来た五つの斬撃は、5人の男達を正確に斬った。

 

斬った男達を無視して先に行こうとするも、倒した5人がいたその奥から他のやつよりは強い闘気を身に纏い、肩に大剣を持っている大男がやってくる。

 

「よおォ、彼の有名なリュウマ殿よォ?俺とやろうぜェ!」

 

「なかなかの闘気だ…だが、まだまだだな」

 

大男はニヤリと笑いながらリュウマに対して大剣を突きつける。

しかしリュウマはそんな男にまだまだだと評した。

この大男では役不足もいいところだと判断したからだ。

 

「それはどうか…なっ!!!!」

 

実力差を分かっていない愚かな大剣の剣士は…すぐさま近づいて大剣をなぎ払って斬りつける。

 

しかし…リュウマは手に持つ3本の刀を納刀し、迫り来る大剣の刃を…たった親指と人差し指で挟んで止める。

 

受け止められた大男の剣士の顔は驚き1色に染まる。

まさか自分の大剣を指2本で止められるとは思っていなかったのだろう。

 

「なっなに!?指2本で止めるだとぉ!?」

 

「やはり、まだまだだな…弱き者よ」

 

闘気はその体から満ち溢れていれど…所詮はその程度。

彼が刀を使ってまで戦う程の敵ではない。

 

彼は掴んだままの大剣に力を込めてへし折り、大男の懐まで一瞬で移動して()()()()()()()()

これはとある体術の応用で、極めた手刀は鋼すらも切り裂く。

そして手刀で切り裂かれた大男は声をあげることもなく床に伏した。

 

彼は次の敵を殺りに行くために足を動かそうとした瞬間…上から『何か』が落ちてきた。

 

その『何か』を見た瞬間のフェアリーテイルの反応は様々だった。

困惑するもの、絶望するもの、信じられないような顔で見る者…。

 

その原因となる上から落ちてきたのは…フェアリーテイルのマスターであるマカロフその人だったのだから…。

 

それだけなら吹き飛ばされたのだろうと思うが、この時は違った。

マカロフから()()()()()()()()()()()()()だ。

 

「ま、魔力が…ワシの魔力が…」

 

この異常にその更に周りにいる者も気づいたのだろう、皆から伝染していき、焦り・混乱の表情が見え始めた。

そして周りより早く状況を理解したエルザが叫んだ。

 

「撤退だーーーーーーー!!!!!!!!」

 

「全員!!ギルドへ戻れぇぇぇぇぇ!!!!」

 

「「「「「!!!!!!!!!」」」」」

 

「バカな!?」「ここまで来て逃げられるか-!」「漢は退かんのだーー!!」「俺もだ!「私も!」

 

「動けないマスターを庇いながらジョゼは倒せん!!撤退する!!!命令だ!!!!!」

 

マスターがいない今の状況では庇いながら戦うのは無謀というものがある、それにここはファントムのギルド、何があるかも分からない。

そう考えてリュウマも撤退しようとした時、聞き逃せない言葉がガジルとエレメント4のアリアから聞こえた為に足を止めた。

 

「全てはマスタージョゼの作戦…素晴らしい!!」

 

「いちいち泣くなよ」

 

「で、ルーシィとやらは捕まえたのかい?」

 

──…ッ!!なに?ルーシィを捕まえた…?

 

「“本部”に幽閉している」「何!?」

 

その会話を、少し離れているナツにも聞こえていたようで反応していた。

 

その後ガジルとアリアは消えてしまったが、それどころではない。

リュウマはナツとハッピーの所へ向かった。

 

「ナツ、お前はルーシィのこと聞こえたんだろう?どうする?」

 

ナツは家族を人一倍大切にする。

なのでこの質問は愚問も愚問である。

 

「今すぐ助けに行く!だけど、本部への道が分かんねぇ」

 

確かにファントムの本部までの道と本部の場所は知らない。

だが、そんなのは知っている者に()()()()()()()()()()

 

「大丈夫だナツ、俺に考えがある、行くぞ!」

 

そう言ってすぐ、リュウマはすぐそこに転がっているファントムの男の襟首を掴み引きずるようにして連れて行く。

ナツとハッピーは俺のあとを着いて来てるか確認すると、掴んでいる男に問うた。

 

「吐け、貴様らが攫ったルーシィはどこにいる」

 

「し、知らねぇよ…誰だそれ…?」

 

リュウマは腰に差している刀を1本引き抜き、男の右太腿へと迷いなく突き刺した。

 

「ギャアァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

「さっさと吐け…()()()()()()()…?」

 

「ヒィッ!?ほ、本当に知らねぇんだよぉ…!で、でも、俺達の“本部”はこの先の丘にある!!そこかも…」

 

リュウマはそれを聞いて男を適当な場所に投げて捨てる。

ナツに場所を伝え、リュウマとナツとハッピーは急いでその場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ファントム本部

 

 

連れ去られたルーシィはどうやら眠らされていたようで、目を覚ましたが両手を後ろに縛られ、身動きができない状況にいた。

 

「ん、え?ちょっと何よこれ!?てかどこ!?」

 

「お目覚めですかな?()()()()()()()()()()()()()

 

「誰!?」

 

突如現れては自分にいきなり話しかけてきた怪しい男に警戒を示す。

男はそんなルーシィを見て笑っていた。

 

幽鬼の支配者(ファントムロード)のギルドマスタージョゼと申します」

 

「ファントム!!」

 

──そうだ…!あたしエレメント4に捕まって…。

 

「このような不潔な牢と拘束具…大変失礼だとは思いましたが、今はまだは捕虜の身であられる理解の程をお願いしたい」

 

「これほどきなさいよ!!何が捕虜よ…!よくもレビィちゃん達を…!」

 

「貴女の態度次第では捕虜ではなく“最高の客人”としてもてなす用意もできてるんですよ?」

 

「何それ…」

 

すると、いきなりルーシィの足を何か這い上がるような感触がしたので反射的に見てみるとムカデか登ってきていた。

ルーシィは悲鳴を上げながら身をよじって払う。

目覚めたばかりでよく見ていなかったが、部屋を見渡してみるとかなり古ぼけていた。

 

「ね?こんな所嫌でしょ?大人しくしてくれればスイートルームに移して差し上げますよ」

 

「なんであたしたちを襲うのよ」

 

「あたし『たち』?あぁ…妖精の尻尾のことですか『ついで』ですよ、ついで」

 

もっともな問いをしたところ、狙ったのは違う目的があったからで、傷つけられた仲間達はただのついでだと言った。

それに驚きと怒りを覚えてジョゼを睨み付けるが、ジョゼは気にしていないようで話を続けた。

 

「私達の本当の目的は()()()()を手にいれること…その人物がたまたま妖精の尻尾にいたので、ついでに潰してしまおう……とね」

 

「ある人物…?」

 

「あのハートフィリア家のご令嬢さんとは思えないニブさですねぇ…貴女のことに決まっているでしょう?()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

鈍いと言われたあげく、自分の正体を知っているということに羞恥心を刺激された。

財閥の令嬢であることは知られたくない事だったのだ。

 

「なんで知ってんのよ?」

 

「あなた…ギルド内では自分の身分を隠していたようですねぇ」

 

隠していたことに対しては本当のことなので押し黙ってしまう。

ジョゼはそんなことには気にせず続けた。

 

「ま、何故資産家の令嬢が安く危険な仕事をしているのか知りませんがねぇ」

 

「誘拐ってこと…?」

 

「いえいえ滅相もない、あなたを連れてくるように依頼されたのは、他ならぬあなたの()()なのです」

 

──え…?ウソ…そんな…

 

ファントムに依頼を出した人物が、まさかの自分の父親であったということに固まる。

ルーシィは父親とは上手くいっておらず、フェアリーテイルにいたのは単なる家出だったのだ。

それ程父親がいる家には居たくなかった。

 

「あたしは、あたしは絶対帰らない!あんな家なんかには帰らない!!!」

 

そう叫ぶが、ジョゼは困ったご令嬢だと言いながらもニヤニヤと笑っていた。

 

「あたしを今すぐ解放して」

 

「それは出来ません」

 

にべもなく返答されてふて腐れて何かここから抜け出す方法はないかと思考する。

そして自分でも中々だと思える案が浮かんだので直ぐさま実行に移すことにした。

 

「てか、トイレ行きたいんだけど…」

 

ルーシィはジョゼを顔を少し俯かせながら見つめてそう口にした。

 

「随分古典的な手ですね~」

 

ジョゼはそれに対してやれやれといった具合にかぶりを振りながら呆れた風に言葉を溢す。

 

「いや、マジで…うぅ…助けてぇ…」

 

「どうぞ」

 

──バケツーーーー!!!!????

 

顔をほんのりと赤くさせながらモジモジとしてアピールするも、ジョゼがどうぞといいながら寄越してきたのは見事なまでにボロボロのバケツだった。

 

「ほほほ、古典的故に対処法も多いのですよ」

 

そんなことはお見通しだとでも言うような顔をしながらルーシィを見やるが、ルーシィはバケツの上でモゾモゾとさせていた。

 

「ぶふぉっ!?するんかい!?」

 

ジョゼは事を済ませようとしているルーシィを見て渋りに渋った後、ルーシィから体ごと目を背けて無防備に背中を見せた。

 

「な、なんてはしたないご令嬢なんでしょう!」

 

──ニヤッ…

 

ルーシィはジョゼが後ろを向いて見えていないことをいいことにニヤリと笑った。

そしてジョゼの後ろまで忍び寄ると…力の限り思いっきりジョゼの股間を蹴り上る…!!

 

──チイィィィィィィィィィン!!!!

 

「ネパァーーーーー!!!!!!!!」

 

どんな世界においても男に対して絶対やってはならない事をやってのけた彼女は、ざまぁみろとでも言うようにジョゼを見やってその場から離れようとする。

 

出入り口は一つしか無いようで、目の前に扉もなく開いている所へ向かうが、外には床などなく、下を見るとここは高い塔のようなもので地面からかなり離れていた。

万が一落ちたりしたら死んでしまう程の高さだ。

 

「よ、よくもやってくれましたねぇ、こっちへ来なさい…!ファントムの恐ろしさを思い知らせてあげましょう…!」

 

マスタージョゼが迫ってくる中ルーシィは…後ろ向きで倒れるように()()()()()()()

 

「は!?」

 

マスタージョゼはさっきのルーシィの急所への攻撃が効いているのか追ってこない…てか、痛すぎて追えない。

ルーシィは猛スピードで落ちていくが、何も策がなく飛び降りたんじゃない…

 

──声が聞こえたんだ…絶対に…いる!

 

 

「ナツーーーーーーーーー!!!!!!」

 

 

ルーシィは確信的な思いもあってあらん限りそう叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュウマ達が急いで本部へ向かい、もう着くといった所で叫び声が聞こえたのでその方向を見てみると、上からルーシィが落ちて来ていた。

 

「ナツーーーーーーーーー!!!!!!」

 

「ルーーーーシィーーーー!!!!!!」

 

先頭を走っていたナツが更にスピードを上げ、受け止めに行ったのを見てリュウマはスピードを緩めた。

ナツならば余裕を持って受け止めると思ったからだ。

 

──何故上から落ちて来たのかは知らないが…無事なようで良かった。

 

そう思い見ていたところ…ここまで来てナツがスピードを上げすぎたせいなのか、ルーシィの着地地点より先に行ってしまい…落下地点を通り過ぎた。

それには流石のリュウマも焦った。

 

─ヒュンッ「あれ!?」「ウソーーー!!??」

 

──あの愚か者が…!!!そこまで行って距離を間違える阿呆がどこにいる!!

 

リュウマはスピードを緩めてしまっていたのでまだ距離がありルーシィはもうすぐで地面に激突してスプラッタな事になってしまう…。

 

だが…この距離なんぞ()()()()()()()()()()()()()()()

 

リュウマは神速の移動法『縮地(しゅくち)』を使い、一気にルーシィの元へ一気に駆ける。

 

速度は十分であり、ルーシィを見事キャッチしたのだが、ギリギリだったのでスピードは緩めたものの…そのまま転がり奥の壁へと激突した(壁にはリュウマからぶつかりルーシィは無事だ)

 

「あ、ありがとうリュウマ…!し、死ぬかと思った…」

 

「むっ…んぅっ…!」

 

キャッチする際に無理な体勢になったために、リュウマの顔をルーシィの豊満な胸が押しつぶすというご褒美(アクシデント)があったものの、キャッチ出来て一安心であった。

 

リュウマは顔を赤くしながらも自分の上から退いてもらい、ルーシィ腕を縛っている縄を切った。

 

「よし、ルーシィを取り返した、ギルドへ撤退するぞ」

 

「なんでだよ!?ここが本部なんだろ!?ならこのまま…」

 

「駄目だ、撤退だと言っただろう」

 

「そうだよナツぅ~マスターだって重傷なんだよ?」

 

「!?」

 

リュウマ達の話を聞いていて、マスターがやられたという事に驚くルーシィ。

先程上でジョゼに言われたことを思いだしてしまった。

マスターや仲間が今も傷ついているのは、自分のことを連れ戻すように依頼した己の父親のせいなのだから。

 

「俺がじっちゃんの仇をとるんだよ!」「…」

 

ナツとハッピーが未だに言い争いをしている中…ルーシィは目の端に涙を浮かべながら謝りだした。

 

「ごめん…ごめんね…」

 

──フェアリーテイルのみんなが…あたしのせいで苦しんでる…。

 

「全部…あたしのせいだ…ごめんね…」

 

そう言い泣き出してしまったのだが、それでもルーシィは泣きながらも自分の気持ちを言った。

 

「それでもあたし…ギルドにいたいよ…妖精の尻尾大好き……!」

 

それっきり泣いていて話しが出来ないので、リュウマ達は泣くルーシィをどうにか慰めながら連れて行き、ギルドへと帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

──ギルド・フェアリーテイル

 

 

リュウマ達がルーシィをギルドへ連れて帰って来て、数時間が経った。

 

ルーシィを奪還した事にみんなは怒るよりも多いに喜んだ。

しかし、ファントムがこれだけで済ます訳でもないし、何よりも大事な仲間を…マスターをやられたことは許せないどころか更に怒りを募らせるばかりで、各々が次の戦いの準備をしていた。

 

奇襲の際に受けた傷の応急処置を済ませ…ある者は本部の奇襲の立案をし、ある者は爆弾の準備をし、ある者は倉庫から魔道書も持ち出し使うために解読をしていた。

 

リュウマは暗く沈んでいるルーシィの元へと行く、そこにはナツ、ハッピー、グレイ、エルフマンがいた。

 

「どうした?まだ不安か?」

 

「ううん、そういうのじゃないんだ…ごめん」

 

「けど、オイラ驚いたな~ルーシィなんで隠してたの?」

 

そこからルーシィは語った、1年前に家出をしたこと、父親が依頼したせいでこうなったことを。

それ故にファントムの狙いは自分であってみんなはそれに巻き込まれたということを…。

 

「本当にごめんね、あたしが家に帰ればいい話なんだけど…」

 

ルーシィが益々卑屈になっていくので、発破のつもりリュウマが答える。

 

「俺は綺麗なドレスを着ているルーシィは知らない」

 

「!!」

 

「この汚い酒場にて笑い、騒ぎながら冒険をしている方がルーシィという感じがする」

 

「助けに行った時に自分でここにいたいと言ったな?」

 

「戻りたくもない場所に行って何がある?何が待っている?」

 

「お前は妖精の尻尾(フェリーテイル)のルーシィだろう?」

 

「ここがお前の帰る場所だ」

 

ルーシィはこの後泣いてしまったが、顔を上げた時にはさっきまでの悲壮感はなくなっていた。

 

 

 

 

そして、このすぐ後、戦争に本腰を入れることになるとは皆思っていなかった。

 

 

 

 

 




めちゃ長く書いた気がする…

ナツ、台詞取ってすまない…だがあくまでリュウマが主人公だから…


次で戦いに入ります


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第五刀  戦争終戦

この話し書くのめっちゃ大変。

ジュピターの威力あげます、理由は…読んでからのお楽しみで笑






 

 

ミラは今、この場にいないラクサスに助太刀してもらえるよう頼むため、通信用魔水晶(つうしんようラクリマ)の前にいる。

 

直ぐ近くにはカナがミストガンの居場所を探しているが、雲行きは怪しいようだ。

 

ラクサスとミストガンはフェアリーテイルにおけるS級魔導士である。

そんな2人が帰ってきてくれれば、マスターがやられてしまって危機的状況にあるフェアリーテイルの戦力が増強するのだが…

 

「…~~~ッ!ダメ!ミストガンの居場所は分からない!」

 

「そう…残念ね……」

 

カナはカードを使った占いをしてミストガンの居場所を探ろうとするも、見つけることが出来なかった。

 

「ルーシィが目的だとすると奴等はまた攻めて来るよ…怪我人も多いし…マズイわね」

 

「マスターは重傷、ミストガンは行方が分からない…頼れるのはあなただけなのよ…ラクサス」

 

ミラは通信用ラクリマに映し出されているラクサスに向かって喋りかける。

 

『あ?』

 

「お願い…戻ってきて、妖精の尻尾のピンチなの」

 

ミラは悲しそうな表情をしながらラクサスに頼む。

しかし、ラクサスはそんなミラに対して嘲笑うかのような顔をした。

 

『あのクソじじぃもざまぁねぇなァ!ははは!

オレには関係ねぇ話だ、勝手にやっててちょうだいよ』

 

「…!ラクサス!!あんた!!」

 

あまりの言いようにカナが立ち上がりながら告げるが、ラクサスは意に返しておらず、ニヤニヤ笑っている。

 

『だってそうだろう?じじぃの始めた戦争をなんで俺達がケツ拭かなきゃなんねぇんだ』

 

「ルーシィが…仲間が狙われてるの…」

 

『あ?誰だそいつァ…あぁ、あの乳のデケぇ女か…

俺の女になるなら助けてやってもいいと伝えておけ!

それとじじぃにはさっさと引退してオレにマスターの座をよこせとなぁ!』

 

「あんたって人は…!」

 

『オイオイ…それが人にものを頼む態度かよ?とりあえず脱いでみたら?オレは案外お色気によわ──」

 

──パリィン!

 

「ミラ…」

 

ミラは怒りの感情を抑えていたが、とうとう我慢ならずラクリマを破壊してしまった。

 

「信じらんない…こんな人が…本当に妖精の尻尾の一員なの…?こうなったら私も次は戦う!」

 

「な!?何言ってんのよ!!」

 

ミラの言葉にカナは驚く。

自分がいながらもルーシィを連れ去られてしまったという自責の念からの考えだった。

 

「ダメよ…今のあんたじゃ足手まといになる」

 

「たとえ…()()S()()()()()でもね」

 

「……………」

 

ミラは悔しくてたまらなかった。

過去の自分であれば戦えたというのに…今の自分では足手纏いにしかならないのだから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュウマは今、妖精の尻尾に備えつけてあるシャワールームでシャワーを浴びながら戦争について考えていた

 

 

──マカロフは不在…ラクサスにミストガンもか、怪我人はきわめて多い…俺とエルザ、そしてナツ達がいるとはいえ戦争を続けるのは不可能か…?

 

 

 

『ジョゼはおそらく最上階!ワシが息の根を止めてくる』

 

『お気をつけて』

 

 

 

──あの時、何か嫌な予感はしていたんだ…あの時に予感通り止めていれば…情けない…。

 

嫌な予感がしていたというのに、

 

 

──ズウゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!

 

「!!!!」

 

『ズウゥン!』『ズウゥン!』『ズウゥン!』

 

突如巨大な何かによる地響きのようなものが聞こえてくる。

すると妖精の尻尾のメンバーが叫んだ。

 

「外だあぁーーーーーーーー!!!!!!」

 

リュウマはそれを聞いた瞬間すぐに着替えて外に出た。

 

「な、なんだ…あれは…」

 

『ズシィン!』『ズシィン!』『ズシィン!』

 

「ギルドが歩いて…」「ファントム…か…?」

 

 

 

──六足歩行ギルド・幽鬼の支配者(ファントムロード)

 

 

 

『ズシィン!』『ズシィン!』『ズシィン!』

 

 

「想定外だ…こんな方法で攻めてくるとは…」

 

「ど…どうする!?」

 

ギルドが歩行してくるなんて誰が思うだろうか?

ファントムのギルドは動く要塞と化している。

 

リュウマがそう思っていると、ファントムのギルドから巨大の魔力を感じた。

それはどんどん大きくなっていき、1つのギルドは消し飛ぶほどの魔力が集まっていた。

 

──魔導収束砲…!?まずい、後ろにはギルドに皆がいる…封印を外す時間もない…仕方ない、そのまま受け止めよう…!

 

 

──キュイィィィィィィィィィィィィィィ!!!

 

 

「お、おい…あれ…魔導収束砲じゃ…!」「ギルドごと吹っ飛ばすつもりか!?」「ヤバいぞ!」

 

リュウマはみんなが慌てふためいている中、前に進んでいき、皆の前に躍り出た。

 

「全員!!今すぐ伏せろぉぉぉ!!!!」

 

彼は後ろにいる奴等に叫んだ。

 

「リュウマーー!!!」「どうする気だ!?」

 

リュウマは体中に魔力を張り巡らせて全身をコーティングする。

 

「ま、まさか受け止めるつもりじゃあ…」「いくらリュウマでもそれは…」「リュウマ死んじまうよ!」「やめろ!リュウマ!!」

 

彼は再度後ろの奴等に叫ぶ。

 

「伏せろぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 

「リュウマ!!!!」

 

「ナツ!ここはリュウマを信じるんだ!!」

 

「りゅ、リュウマ…」

 

「う、うぁ…」

 

 

そして魔導収束砲が発射された。

 

 

──ドゴォォォォォォォォォォォォォン!!!!

 

 

迫り来る砲撃を俺は真っ正面から受ける。

 

「リュウマーーー!!!!」「リュウマ!!」

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

リュウマは全身に力を入れてこれ以上後ろへ行かせないように踏ん張るが…彼が受け止めると分かっていたのかやたらと威力が強かった。

 

少し後ろに下がりかけたが…踏み留まる。

そして砲撃は止まり、リュウマは後ろへとはじき飛ばされた。

 

「す、すげぇ…」「あれを受け止めちまった!」「さ、流石だぜ」「け、けどよぉ…」

 

衝撃が強すぎて中々立てない…これは少し休まなくてはならないな…

そんな俺にナツとエルザが走り寄ってきた。

 

「リュウマ!」「リュウマしっかりしろ!」

 

するとファントムの方からマスタージョゼの声が聞こえてきた。

 

『マカロフにリュウマが戦闘不能

 

ルーシィ・ハートフィリアを渡せ…今すぐだ!』

 

「ふざけんな!」「仲間を敵に差し出すギルドがどこにある!」「ルーシィは仲間だ!」「そうだそうだ!」「帰れ!」「ルーシィは渡さねぇ!」

 

         『渡せ!』

 

 

「仲間を売る(渡す)くらいなら死んだ方がマシだ!!!!!!!!」

 

『オオオオオォォォォォォォォォォ!!!!!』

 

「オレたちの答えは変わらねぇ!!お前らをぶっ潰してやる!!!」

 

『ならばさらに特大のジュピターを食らわせてやる!!!

装填まであと十五分!恐怖の中であがけ!!!』

 

後十五分という時間はフェアリーテイルにとっては十分の時間だ。

みんなが未だに混乱している中、リュウマは無理矢理立ち上がった。

それを見ていたエルザとナツは休めというがリュウマは無理して立ち上がる。

 

そしてリュウマはナツにジュピターを破壊してこいと言った。

 

「おっ、おい!休んでいろ!」

 

「あれをぶっ壊せばいいんだな!?任せろ!」

 

「よし、ならば今からナツをあそこまで飛ばす。

俺が合図をしたら跳んで俺の脚に乗れ」

 

「…分かった、無理すんなよ」

 

ナツの言葉に頷き、ナツの斜め後ろに立ったら蹴りのモーションに入った。

この瞬間にナツに合図を出し、ナツはそれに従ってリュウマの足に両足揃えて乗る。

 

「『空軍(アルメドレール)・パワーシュート』!!」

 

ナツを乗せた脚を思い切り振り、ジュピターの所まで一直線に飛ばした。

 

「エルザ、俺は回復させるために意識を飛ばす。

お前にはその間、ファントムの中に入りエレメント4のアリアを倒してくれ、あれはエルザでないと他の奴等には荷が重いはずだ」

 

「分かった。リュウマは出来るだけ回復に力をいれてくれ」

 

エルザの言葉に頷き、リュウマは安全な場所まで行き魔法を発動した。

 

     『自己修復魔法陣・発動』

 

自身の傷ついた体を修復させる魔法を発動したことを確認してから意識を手放した。

無駄な体力を使って修復時間を遅らせないためだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エルザはリュウマに言われた通りにエレメント4のアリアを倒すために中へと侵入していた。

 

道中ファントムのメンバーがいたが、エルザにとっては雑魚なので問題なく倒していく。

 

──それにしてもリュウマのことが心配だ、私がジュピターを止めようとしたが、リュウマにやらせてしまっただけではなく、あのリュウマに傷を負わせてしまった。

 

エルザはリュウマが傷を負ったのを見たのは、自分をを助けてくれた時以来ということもあって悔やんだ。

また、同じように守ってもらい…リュウマを傷つけた。

その事実が悔しくて仕方なかったのだ。

 

──だが、いつまでも引きずっていても仕方がない。

 

彼女は自分に言い聞かせてファントムの中を進んでいく。

このギルドは先程突如の変形によって二足歩行ロボットへとなり、道が分かりづらくなっている。

 

そしてこのギルドはフェアリーテイルのギルドへ『煉獄砕破(アビスブレイク)』を放とうとしている。

 

一度放てば巨大な山であろうと消し飛ぶほどの威力を誇る超破壊魔法だ。

 

煉獄砕破はエレメント4の存在によって起動しているのだ。

つまりはエレメント4を全て倒せば止まる。

 

そしてフェアリーテイルは既に3人倒しているため、十分なエネルギーが送れないのか魔法陣を描く速度が大分遅くなっている。

しかし…それを抜きにしてもあと少しで完成してしまう。

 

──早くエレメント4を倒さなくては…。

 

エルザは少しの焦りを感じながらも通路を駆けていく。するとエレメント4のアリアとナツが戦っていた。

 

だが、ナツはアリアにやられてボロボロになってしまっている。

それを見てからエルザは動き出した。

リュウマとの約束通り、アリアの相手をして倒すためだ。

 

それにナツは必ずガジルのところへ行くはずということも考えていた。

そして、そうこうしているうちにナツがやられそうになっているので、エルザはアリアの顔に蹴りを入れて阻止する。

 

「エルザ!」

 

「ほう…」

 

「エルザ!助かっ「こいつがマスターを…」ひっ!」

 

エルザのトーンが下がった声を聞いて恐怖し、ナツとハッピーは互いに抱き合いながら震えた。

 

「悲しいな…火竜(サラマンダー)だけでなく妖精女王(ティターニア)の首まで私にくれるとは…」

 

──こいつが……マスターを……

 

「私達の親に手を出したのは…この男だな」

 

「エルザ…」

 

「ふふふ…流石にエルザとなると…」

 

そう言いアリアは自分の目を覆っていた布を取った。

アリアは自身の膨大な魔力を抑えるために目隠しをしている。

それを外したということは…本気でやるということを意味する。

 

「私も本気を出さねばなりませんな…来い…エルザ」

 

「『死の空域(ゼロ)発動』この空域は全ての命を喰いつくす」

 

──命を喰いつくす…?なぜ、そこまで…!

 

「なぜそこまで簡単に人の命を奪えるんだ!!貴様等は!!!」

 

「さあ、楽しもう…」

 

エルザ手に直剣を換装させながら駆け出した。

それをニヤリと笑いながら見たアリアはエルザに対して空気の弾をぶつける。

 

「あなたにこの空域が耐えられますかな?」

 

「エルザ!」

 

だが、エルザは見えない空気の弾をまるで見えているかのような動きで斬り裂いた。

 

「バカな!?空域を切り裂いて…ちょっ!」

 

エルザは鎧を『天輪の鎧(てんりんのよろい)』に換装し、アリアを斬った。

 

天輪・繚乱の剣(てんりん・ブルーメンブラット)!」

 

「がふぉぉあ!?」

 

「……………!!!!!」

 

この程度でマスターがやられるはずがない。

それがエルザが思った感想だ。

 

「マスターが貴様ごときにやられるはずがない……今すぐ己の武勇伝から抹消しておけ」

 

そしてこの瞬間…ファントムロードは動きを止めた。

アリアを倒したため煉獄砕破が止まったのだ。

 

エルザはガジルを倒しに行ったナツを見送ったあと、適当な場所に座り体を休めた、流石に魔法の中を進んでいくのは応えたようだ。

それからしばらくするとミラ、グレイ、エルフマンが来た。

 

「エルザーーーーーー!!!!」

 

「なんでこんな所に…………!?」「!!」

 

「その怪我…戦ってたのか…」「あなたがアリアを倒したのね」

 

近くで白目を向いて倒れているアリアを見て察した。

 

「おまえたちにこんな姿を見られるとは……私もまだまだだな…」

 

すると、とてつもなく邪悪な魔力を感じ…寒気がした。

今まで感じたこともない膨大な魔力とその邪悪さに当てられて体が震える。

 

「いやいや、お見事でしたよ皆さん…」

 

「ま、マスタージョゼ!!」

 

「まさかここまで楽しませてくれるとは、正直思ってもみませんでしたよ…」

 

──こいつが…。

 

──ファントムのマスター…。

 

──なんて邪悪な魔力なの…!?向かい合っているだけで吐き気がする…!

 

それぞれはそう心の中で叫んだ。

無理はない。

相手はマスターマカロフと同じの聖十大魔道の1人であるのだから。

 

「さて、楽しませていただいたお礼をしませんとなァ

たっぷりとね…」

 

ふとした魔力反応を感知したエルザはグレイ達に叫ぶ。

 

「よけろぉぉぉ!!!」

 

──バリバリバリバリバリバリ!!!!

 

「がはっ!?」「ぬぁあぁ!?」

 

だが間に合わなく、グレイとエルフマンがやられてしまう。

 

「エルフマン!!!グレイ!!!」「くっ…」

 

ジョゼはそのまま魔法で薙ぎ払い、皆を吹き飛ばした。

 

吹き飛ばされたエルザは直ぐに黒羽の鎧に換装して斬りつける。

だが、ジョゼに斬っても避けられてしまい、その隙に脚を掴まれ壁へ投げ飛ばされた。

 

「貴様はアリアと戦い消耗しているはず…何故立っていられる?」

 

「仲間が私の心を強くする…愛する者達の為ならばこの体などいらぬわ」

 

「ほう?強くて気丈で美しい……なんて殺しがいのある娘なんでしょう………」

 

エルザはそこから斬りつけようとするが、避けられ、魔法で防がれ、攻撃され吹き飛ばされる。

 

どれだけ斬りつけようとダメージを与えることができず、代わりにダメージだけが入っていく。

そこでナツの魔力を感じ、ファントムのギルドが崩壊した、どうやらナツが勝ったようだ。

 

「クク…よく暴れまわる竜だ…」

 

「ナツの戦闘力を計算できていなかったようだな…わ…私と同等か…それ以上…の力を持っているということを…」

 

「フン、謙遜はよしたまえ妖精女王、君の魔力は素晴らしい!現に私とここまで戦えた魔導士は初めてだ…アリアとのダメージがなければもう少し良い勝負が出来た可能性すらある」

 

「そんな魔導士が…マカロフのギルドに他にもいたとあっては気にくわないんだよ!」

 

「うわあぁぁぁぁぁ!!」

 

攻撃をまともに受けてしまい壁に吹き飛ばされた。

そこからジョゼは自分の目的語ったが、内容は想像以上のゲスなことを言っていた。

 

家出したルーシィを捕まえたら父親には返さず、人質として使ってハートフィリア財閥の金や権力を使おうとしていたのだ。

 

それも、この戦争を起こしたのは自分のギルドが1番でないことが許せず引き起こしたようだそんなんな理由で家族を傷つけられたと理解したエルザは怒り狂った。

 

「そんな下らない理由で貴様は…!!」

 

──ブワァッ!!!

 

「うっ!?」

 

エルザはジョゼの魔法に捕まってしまった。

鎖状になって体に巻き付いているため身動きをとることが出来ない。

 

「この戦争の引き金は些細な事だ、ハートフィリア財閥のお嬢様を連れ戻す依頼さ…」

 

──ルーシィ…!?

 

「この国有数の資産家の娘が妖精の尻尾にいるだと!?貴様等はどれだけ大きくなれば気が済むんだ!?

ハートフィリアの金を貴様等が自由に使えたら…間違いなく我々より強大な力を手に入れる!」

 

「それだけは許してはおけんのだァ!!」

 

「ぐっ!がはっ」

 

縛り付けている魔法がもっと締め付けてくる。

だが、それでも言葉を放つ。

 

「どっちが優れているのか騒いでいる時点で嘆かわしい…が…貴様等の情報収集能力のなさにも…あきれ…る…な…」

 

「なんだと?」

 

「ルーシィは家出をしてきたんだ、家の金が使えるはずがないだろう、家賃7万の家に住み、私達と同じ…ように…仕事をして…共に戦い…共に笑い…共に泣く…同じギルドの魔導士だ!」

 

「戦争の引き金だと?ハートフィリア家の娘?花が咲く場所を選べないように子だって娘を選べない」

 

「貴様に涙を流すルーシィの何が分かる!!!」

 

「これから知っていくさ」

 

「ただで父親に返すと思うか?金がなくとも飼いつづけてやる、ハートフィリア家の財産は全て私の手に渡るのだ」

 

──こいつ…!こんなにもクズな奴は初めてだ…!!

 

「おのれぇぇぇぇぇ!!!」

 

エルザはありったけの力を込めて拘束している魔法を引き千切って破壊しようとする。

しかし、引き千切ることは出来ず、逆に自身が着ている鎧に罅が入る。

 

「力まん方がいい、余計に苦しむぞ」

 

「ぐああぁぁああぁぁぁ!!!!!」

 

さらに魔力を込められて激痛が走り、声をあげた…が、それもすぐに終わった…

 

         『斬ッ!(ザンッ!)

 

      「「!!!!!」」

 

突如…エルザを拘束している魔法は解かれ、彼女は下に落ちた。

 

「魔法が…誰だ!!」

 

エルザが魔力を感じた方向を見てみると、砂煙の中に、慣れ親しんだシルエットが浮かんでいた。

 

 

『一体どれ程の仲間の血が流れた?』

 

 

『不甲斐ない者のせいで血だけではなく涙も流れ…助けを求めた』

 

 

『これ以上の戦争は死をもたらす…故に──』

 

 

砂煙が晴れるとそこにいたのは…

 

 

 

    「この戦争を…終わらせに来た」

 

 

 

「リュウマ……」

 

 

「天変地異を望むのか」

 

「それが家族(仲間)の為ならば」

 

 

体中から計り知れない魔力を滾らせている我らがリュウマ(最強)だった…。

 

 

魔法陣によって回復し終わったリュウマはすぐさまジョゼの元へ向かった。

そしてエルザとジョゼの魔力を追ってここまで来たのだ。

 

「なんだ…?この温かいような懐かしい膨大な魔力は…?」

 

リュウマは近くにいる奴等に声をかける。

最初は彼1人に任せるということに渋ったのだが、エルザが自分達がいたのでは足手纏いにしかならないと言ったので避難することにした。

 

「彼方が出てきたならば雑魚にもう用はありません、しかし後で必ず殺してあげますよ」

 

「…貴様はリュウマが出て来た瞬間に運命は決まっている。精々こっぴどくやられるがいい」

 

エルザの言葉に鼻で笑い、ジョゼはリュウマへと向き直った。

 

「こうして会うのは六年前の定例会で、あなたがマカロフの護衛に来ていた時以来ですねぇ、それまでにあなた方のギルドがここまで大きくなるとは…ふふ、もう潰れちゃいましたけどもね」

 

「…ギルドとは、形のみで出来ているのではない。人と人との和によって出来ている」

 

「フン…しかし、嬉しいですねぇ、かの有名なフェアリーテイルのリュウマとこうしてやりあえるとは」

 

「塵が。全ての仲間に感謝する…妖精の尻尾であることを誇れ!!!!!!!」

 

──ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!

 

リュウマとジョゼの高まった膨大な魔力により、晴れていた空に雲がかかり、雷を生み出す。

だが、それのみならず暴風を噴き荒らし、周りに影響を与えていく。

 

「なんだ!?」「空が…」「ヒイィッ」「うあ!」

 

リュウマはジョゼに向かって召喚したレイピアを使いその場で突きをする。

突いた威力で出来た衝撃がジョゼの肩を貫き、ジョゼの体を後方へと吹き飛ばした。

 

ジョゼは飛ばされながらも魔力で作った弾を放つがレイピアによって易々と弾かれた。

それにニヤリと笑いながら魔力を籠める。

 

「『デッドウェイブ』!!」

 

下に浸透した魔力が波のように襲う。

それを見たリュウマは冷静に対処する。

 

「『月降魔(げっこうま)』!」

 

魔力をレイピアに流し込んでから床へと突き刺すことによって衝撃が浸透していく。

 

2人のちょうど中間地点で二つの魔力がぶつかり合うことによって弾け、周りに衝撃が走る。

 

「うわぁ!」「ナツ!」「大丈夫!?」

 

衝撃は離れたところにいたナツとハッピーとルーシィの元まで届いた。

それによって床が崩れてずり落ちそうになるも踏ん張る。

 

「なんだろう今の?」「へへっ」「??」

 

「こんな魔力…リュウマしかいねぇ!!」

 

ナツには直ぐに分かった。

これは自分達が信頼している男の魔力であると。

 

 

所戻りリュウマ達はまだ向かい合って睨み合っている。

 

「クカカ…聖十の称号を持っているだけはある。それを違うことに使えばこんな事にはならなかったものを」

 

「説教のつもりかな?」

 

興味ないとばかりな顔をするジョゼを余所に…両の手を突き合わせてその間に高濃度の魔力を送り込み始めた。

 

 

「妖精の尻尾の審判のしきたりにより、貴様に3つ数えるまでの猶予をくれてやる──」

 

         『跪け(ひざまずけ)

 

「は?」

 

跪けと言われたジョゼは何を言っているのか分からないといった顔をするが、リュウマは魔力を送り込み続けている。

 

そして…カウントダウンは始まる。

 

「一つ」

 

「ははっ、何を言い出すかと思えば跪けだァ!?」

 

「二つ」

 

「王国一のギルドが貴様に屈しろだと!?冗談じゃない!私は貴様より強い!!」

 

「三つ」

 

「跪くのは貴様等だ!!消えろ!!チリとなって歴史上から消えて消滅しろ!!フェアリィィィィティィル!!!」

 

「そこまで」「!!??」

 

審判の時は満ちた……

 

「『妖精の法律(フェアリーロウ)』…発動」

 

 

審判によって貴様は罰せられるだろう…

だが…それは己の罪であるが故に──

 

 

 

      甘んじて受けるが良い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュウマがフェアリーロウを発動した時、他の場所では辺り一面にまばゆい光が差し込んでいた。

それに気がついたフェアリーテイルメンバー達は驚きの声と表情をする。

 

「な、なんだこの光!?」「まぶし!?」「う、うおおお!?」「何がおきてんだ!?」

 

「あ!ジョゼの作った幽兵(シェイド)が!」

 

ジョゼがフェアリーテイルのギルドを破壊させるために送り込んだ影の兵士が光となって消滅した。

 

「幽兵だけが消えていく…」

 

「俺達はなんともない…?」

 

「これは…優しい光……?」

 

みんなを包んでいる光は優しく包み込むような安心感を与え…敵の幽兵だけを次々と消し去っていく。

その光景に覚えのあるエルザは気づいた。

 

妖精の法律(フェアリーロウ)だ」

 

「フェアリーロウ?」

 

「聖なる光をもって闇を討つ、術者が敵と認識した者だけを討つ」

 

「もはや伝説の1つに数えられる超魔法だ」

 

 

聖なる光はフェアリーテイルの勝利の印となりて光り輝き、やがて消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妖精の法律(フェアリーロウ)によって、体が真っ白になり、立ったまま微動だにしないマスタージョゼにリュウマ絶対零度の瞳を宿しながら言い放つ。

 

「二度と妖精の尻尾(フェアリーテイル)に近づくな。これ程派手にやったんだ、評議会は黙ってはいまい。次は己のギルドの勢力ではなく…己の身を心配するのだな」

 

その場で踵を返してフェアリーテイルへと帰っていく。

だが、その背後に忍び寄る者がいた。

 

 

…スウゥゥゥゥ…

 

 

──マスターマカロフの時と同じ!!隙だらけ!!もらった!!

 

エルザにやられたアリアだ。

ボロボロの体のままに、マカロフの魔力を消し去った魔法を…背を見せていて隙だらけ()()()()()()()リュウマへと──

 

──ドゴッ!!

 

「あぐぁ!!」

 

叩き込む前にマカロフが殴り飛ばした。

リュウマは勿論のこと気がついていたが、同時にマカロフがいる事にも気がついていた。

故に背を向けたままであるっていたのだ。

 

「もう終わったんじゃ、ギルド同士のケジメはつけた。

これ以上を望むなら、それは“掃滅(そうめつ)”跡形も無く消すぞ」

 

「ジョゼを連れて帰れ、今すぐだ」

 

 

そしてリュウマとマカロフはギルドへと帰っていった。

 

 

「ところでマカロフ、いるなら出て来てジョゼと戦えば良かったではないか」

 

「いや~そのぉ~……ホホホホホホ…!」

 

──めんどくさがったな…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──破壊されたギルドの前

 

 

リュウマ達は壊されたギルド前に集まり、このギルドであった思い出を思い出していた。

 

マカロフはその有様を見て溜め息を吐いてから嘆きの言葉を漏らす。

 

「こりゃあまた…派手にやられたのぅ…」

 

その中でルーシィが人混みから出て来て謝罪の言葉を出そうとする。

 

「あ…あの……マスター……」

 

「ん~?お前もずいぶん大変な目にあったのぅ」

 

「…っ」

 

自分のせいでギルドが破壊されたというのに責めるのではなく、優しく言葉を投げかけられたことに言葉を詰まらせる。

 

するとそこに病院から来たレビィ、ジェット、ドロイのチーム・シャドーギアとリーダスが現れてルーシィに言葉をかける。

 

「そんな顔しないのルーちゃん」

 

「…!」

 

「みんなで力を合わせた大勝利なんだよ!」

 

「ギルドは壊れちまったけどな!」

 

「そんなのまた建てればいいんだよ」「ウィ」

 

「レビィちゃん…リーダス…ジェット…ドロイ…!」

 

「心配かけてゴメンねルーちゃん」

 

謝るべきは自分だと思っているルーシィは狼狽える。

 

「ち、違う…それはあたしの……」

 

「話しはきいたけど、誰もルーちゃんのせいだなんて思ってないんだよ」

 

そこで連れ去られ時に護送役をしていたリーダスが話し始めた。

その顔はとても申し訳なさそうだ。

 

「オレ……役に立たなくて……あの…あの…ゴメン……」

 

「…っ!」

 

ルーシィは言葉が出ないのか、首を振って意思表示をする。

そしてマカロフがルーシィに言い聞かせるように優しく語りかける。

 

「ルーシィ」

 

「楽しいことも悲しいことも、全てとまではいかないがある程度は共有出来る」

 

「それが()()()じゃ」

 

「1人の幸せはみんなの幸せ、1人の怒りはみんなの怒り、そして、1人の涙はみんなの涙」

 

「自責の念にかられる必要はない、君にはみんなの心が届いてるハズじゃ」

 

「顔を上げなさい」

 

「………っ!」

 

──君はフェアリーテイルの一員なんだから。

 

「……っ!………っ!……っ!………っ!」

 

やがてルーシィは目に涙を溜めて堪えていたが、ついには泣いてしまった。

だが、そんな姿をみんなは温かい目で見守っていた。

 

誰も…そう誰も…ルーシィが悪いと思っていないし、ルーシィを責める事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(しっかし、それにしても、ちとハデにやりすぎたかのぅ…)

 

(こりゃぁ評議院も相当お怒りに…いや…待て……ヘタしたら禁固刑…………!!!)

 

「あーーーーーーーん(泣)」

 

「マスターーーーー!!!???」

 

 

 

 

 

これにて、ファントムとの戦いは幕を下ろした…

 

 

 

 

 

 




マ「フェアリーロウなんぞどうやって覚えたんじゃ?」
リ「昔にマカロフが使ったのを『視た』」
マ「1回しかやっておらんぞ?」
リ「1回視れば十分だ」
マ「(唖然)」

な~んてことがあったり…?


日常系書きたいな~(チラッ




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楽園の塔
第六刀  明かされる正体


主人公つえぇ…
でも、いいよね…?
皆強くてかっこいい主人公好きだもんね?

じゃあ、行ってみよ~




 

 

幽鬼の支配者(ファントムロ-ド)との戦いも終わり数日が過ぎた。

 

そしてその数日の間に起きた大きな出来事と言えば、ルーシィが実家へ帰るというもの。

 

実際は、ファントムとの戦争の原因を作った張本人である自分の父親に、妖精の尻尾に手を出すな…ということと、自分がこれから何をしたいのかということを告げる決意表明だった。

 

ナツ達はルーシィが部屋に置いておいた置き手紙の内容でギルドを去る…と、勘違いして慌てて出て行ったが、ルーシィが語るのはそういうことだった。

 

因みに、何だかんだ言いながらリュウマもルーシィの家へと行った。

 

それと余談ではあるのだが、ルーシィの家の敷地があまりにも広すぎて、あのリュウマが皆と同じようにポカンとしながら驚いたのは秘密だ。

 

フェアリーテイルとファントムの戦いにて、評議院が下したのは4つ。

 

1、『幽鬼の支配者の解散』

 

2、『ジョゼの聖十の称号剥奪』

 

3、『リュウマへの聖十授与』

 

4、『妖精の尻尾は無罪放免』

 

とのことであった。

 

妖精の尻尾の無罪は一重に、魔法評議員をしており、マカロフの旧友であるヤジマのおかげだ。

ヤジマは何かとフェアリーテイルを弁護しているため御世話になっている。

主に周囲の物の破壊被害だが。

 

リュウマの聖十の授与は、評議会がマスタージョゼを打ち倒す程の存在を野放しにしておくわけにはいかない…ということだ。

 

簡単に言ってしまえば、リュウマという不確定要素に首輪をし、評議員会の不利になるようなことはさせないようにするということだ。

 

それ以外にも、聖十大魔道として仕事を依頼すれば高難易度のクエストもクリアさせることも出来る。

今回の無罪放免という恩があるため、拒否は出来ないのだ。

 

聖十大魔道に任命された一番の要因は妖精の法律(フェアリーロウ)だ。

同じく聖十大魔道のマカロフしか使うことの出来ない超魔法を見ただけで使ってしまったのだ。

当然とも言える。

 

リュウマ本人は、やってしまったことは仕方がない…と言って授与を受け入れた。

それ故にこれからは聖十として、時々評議会から出される指名式クエストをやらねばならないことになった。

 

そして今日から、フェアリーテイルの仕事の受注が再会した。

 

「みんなーーーー!今日から仕事の受注再開するわよ~!仮設のカウンターだけど、ガンガン仕事やろー!」

 

「うおぉぉ!!」「仕事だ仕事ーー!!」

 

いつもは酒を飲んではダラダラするか、どんちゃん騒ぎをしているだけの大人組が勢い良く雪崩の如く仮設カウンターへ押し寄せる場面を見て、ルーシィは目を丸くして驚いた。

 

「何あれ?いつもはお酒飲んでダラダラしてるだけなのに…」

 

「あはは」

 

「そういや、ロキいないのかな?」

 

「あ~あ…ルーシィもとうとうロキの魔の手にかかっちゃったのね」

 

「違います!!」

 

女ならば取り敢えず口説く…という程の女好きであるロキが何処に居るか聞くルーシィにミラはからかい半分に告げ、直ぐに否定した。

 

「なんか、落とした星霊の鍵拾ってくれたようで…一言お礼したいな…と」

 

ロキは目の下に隈を作りながら、ルーシィの鍵を探し出して渡していたのだ。

ルーシィはそのお礼を言いたいので探していた。

 

「うん、見かけたら伝えとくわ、それより星霊に怒られなかった?」

 

「怒られるとかそういう騒ぎじゃなかったんですよ…」

 

 

『落とすなっつったよなァえぇ?小娘よォ??』

 

 

「思い出しただけでお尻が…」

 

「あ~らら…」

 

そんなミラとルーシィの会話を聞いていたらしいナツ、ハッピー、グレイが絡む。

 

「冷やしてやろうか?」」「さり気ないセクハラよ?それ?」

 

「ルーシィ~赤いお尻見せて~プクク」「堂々としたセクハラよそれ!?」

 

「もっとヒリヒリさせたらどんな顔すっかな?」「鬼かお前は!!!!!!」

 

どれもこれも碌でもない会話ばかりでゲンナリしたところでリュウマも加わった。

 

「そういうのに良く効く湿布をやろう」

 

「うぇ~ん!やっぱりリュウマは常識人で良かったぁ~!」

 

「いや、普通の事だと思うぞ…」

 

「……」

 

ルーシィが泣きながらリュウマへと抱きついた。

それを見ていたミラは頬をプクッと膨らませて不機嫌そうな表情をしていた。

 

そうやって話しをしていると…エルザの怒鳴り声が聞こえた。

 

「もう一ぺん言ってみろ貴様!!!!」

 

『ざわざわ』『ざわざわ』『ざわざわ』

 

突如上げられたエルザの怒鳴り声に、フェアリーテイルのメンバー達は少しざわつきを見せる。

 

「エルザ?」

 

「この際だからはっきり言ってやるよ、弱ぇやつはこのギルドに必要ねぇ」

 

エルザが言い争いをしていたのは、仕事先から帰って来ていたラクサスだった。

 

「貴様…」

 

「ファントムごときになめられやがって、恥ずかしくて外も歩けねぇよ」

 

「帰って来てたのか」「あの野郎、好き放題言いやがって」「S級のラクサス…」

 

周りにいる奴等を見渡していたラクサスは、レビィを見つけて指を指しながら文句をつける。

 

「オメーだよオメー」「!!」

 

「元はと言えァオメーらがガジルにやられたんだって?つか、オメーら名前知らねぇや誰だよ?」

 

レビィや、同じチームであるジェットとドロイは事実を言われたので言い返すことが出来ず、顔を俯かせてしまう。

 

そんなチームシャドウギアを見て、尚更侮辱しながら笑った。

そして今度はルーシィを見つけた。

 

「お?これはこれは更に元凶のねーちゃんじゃねぇか」

 

「ラクサス!!」「!!」

 

ミラがラクサスの薄情な言動に耐えかね、怒鳴るようにラクサスに言う。

 

「もう全部終わったの、誰のせいとかそういう話しだって初めからないの!戦闘に参加しなかったラクサスだってお咎め無しって、マスターは言ってるのよ」

 

「そりゃあそうだろうよ?オレには関係ねぇことだ、てかよぉ───お前がいながら随分なやられようだなぁ?リュウマよぉ?」

 

「「「「!!!!!!」」」」」

 

ルーシィの次はリュウマへと標的を変えたラクサス。

それには流石の周りのみんなも顔色を変えた。

 

「つい最近聖十大魔道になったようだが、これじゃあかの有名なリュウマも形無しだよなぁ!ま、オレがいたらこんな無様な事にはならなかっただろうよ?」」

 

「「「「「………………!!!!!」」」」

 

リュウマはジュピターを止めたり、マスタージョゼを打ち倒したりなど、これ以上無い程にフェアリーテイルに貢献した。

それをみんなが認めているので全員がラクサスを睨み付けた。

 

「ラクサスてめぇ!!!」「ナツ!」

 

直情的なナツはラクサスを怒りに任せて殴り飛ばそうとするが、ラクサスは体を雷へと変換させて避ける。

ルーシィは初めてラクサスの魔法を見たので驚いている。

 

「ラクサス!!!オレと勝負しろぉ!!!この薄情もんが!!!!」

 

「あははははっオレをとらえられない奴が何の勝負になる!」

 

ラクサスはナツの決闘をにべもなく断り、フェアリーテイルの全員に聞こえるような声で叫んだ。

 

「オレがこのギルドを継いだら弱ぇもんは削除する!そして刃向かう奴も全てだ!!」

 

「最強のギルドを作る!!誰にもなめられねぇ史上最強のギルドだ!!!!」

 

それからラクサスは高笑いしながら出て行ってしまった。

 

仮設のカウンターでは、ルーシィとミラが談笑しているが…どうやらラクサスがマカロフの実の孫であるということを教えているようだ。

 

昔のラクサスはこんな薄情な人間では無かった。

しかし、時代は人間を良くも悪くも変えてしまうのだ。

 

それから、エルザの提案によりナツ、ハッピー、グレイ、エルザ、ルーシィでチームを組んだ。

暫定最強チームだそうだが、リュウマには周りへの被害最強チームに見えた。

 

後日、ナツ達の仕事でやる劇を見に来てほしいとルーシィに誘われて行って見てみたのだが…何とも最強チームらしいことをしていて思わず笑ってしまっていた。

 

劇自体は人気なようで、なかなか帰れないと愚痴を聞いていたりしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わり、リュウマは今、ロキと2人で会って話しをしている。

誰にも聞かれたくない話のため、人気が無い場所での会話だ。

 

「ロキ、お前に残された時間は後どれくらいだ?」

 

「……やっぱりリュウマには分かっちゃうか…」

 

リュウマの質問に、観念したような顔をした。

 

「俺はお前を一度『視た』からな、その時のお前の体は()()()()()()()()()()()

 

リュウマは色々な能力を瞳に宿して使う瞳術というものをよく使う。

その中で相手の魂や存在などを瞬時に解析する能力をもつ瞳術を使ってロキを視た。

 

その時のロキの体や魂は人間ではなかった。

 

「敵わないな…そうだね…今月中が限界かな?」

 

「…案ずるな。お前を助けられる奴がいる」

 

今月中が限界だと、諦め気味に告げるロキ。

しかし、リュウマはそれに対して助けられる奴がいると言った。

 

無理だ、そんなことは出来ないと言うロキだが、リュウマは更に強い口調でいると言い放った。

 

「時がくる、それまで持ちこたえろ」

 

「ははは…期待しないで待っておくよ」

 

それから少ししてリュウマ達は別れた。

 

──大丈夫だ、お前を助けてやれる奴はもういるんだ。後は頼んだぞ?()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュウマは今、ナツ達最強チームと賊退治の仕事を受けていた。

何故一緒にいるのか?

ナツのせいだと言えば伝わるだろう。

 

この仕事を一緒に行こうと誘われ、俺はいいと最初は断ったのだが、行こう行こうとあまりにもしつこく誘ってくるので承諾した。

 

「よし、これで全部だな」「弱いなこいつら」「張り合いがねぇなぁ」「あい!」

 

「俺が来た意味はほとんどないな…」

 

「ゴメンねリュウマ?無理矢理付き合わせて…報酬はちゃんと渡すから!」

 

実は本当にに雑魚を1人しかやっていなかったりする。

しかも、リュウマの存在に気がつかずに後ろへと後退して来たところを足を引っかけて転ばせただけなのだ。

 

転ばされた賊は運が悪かったのか、頭を大きめな石の角にぶつけ、痛みで白目を剥きながら気絶した。

 

「いや、俺は賊の雑魚を1人やっただけで何もしていないから報酬はいらん、何ならルーシィにくれてやろう。

今月も少し危ないんだろう?」

 

「うっ!申し訳ないです…でも…流石に受け取れないよ!」

 

「こいつらがかけてる迷惑料だと思って受け取れ」

 

「…そこまで言うなら…ありがとね?」

 

「ククッ気にするな…その代わりと言ってはなんだが、後で頼み事があるのだが…」

 

「あ、うん!任せて!」

 

「そうか、では後で頼もう」

 

──これであの件を頼むとしよう、ルーシィなら大丈夫なはずだ、いや、ルーシィだからこそだ。

 

リュウマはそう心の中で言葉を溢した。

 

その後に(途中にロキと会いながら)宿をあと一日分とってあるということで、マグノリアから少し西に行った所にある小さな村『鳳仙花村(ほうせんかむら)』に来ていた。

 

ここにはリュウマが好きなタイプの東洋建築が並ぶ観光地だ。

今はナツが旅館の部屋で枕投げをしようとしている。

 

「始めんぞーー!!!!!」「ぞーっ!」

 

「なんだよ、やっかましいな、オレは眠ーんだよ」

 

「オイ!見ろよ旅館だぞ!!!旅館!!!」

 

「旅館の夜っつったら枕()()()だろうが!!」

 

「枕投げだよ…」

 

グレイがツッコミを入れていると、部屋の奥からやたらとやる気に満ちあふれたエルザが出て来た。

それもかなりの数の枕と共に。

 

「ふふ…質の良い枕は全て私が揃えた、貴様等に勝機はないぞ」「質って…」

 

「俺はエルザに勝ーーーーーつ!!!」

 

ナツがエルザに向かって投げた枕は当然当たることはなき、更に奥にいたグレイに当たった。

グレイはキレてその枕をナツへと全力で投げた。

 

「あはははっよぉ~し!あたしもまざるかなっ」

 

そういった矢先、猛スピードの枕がルーシィにぶち当たり、吹き飛ばされた。

そんな吹き飛ばされそうになっていたルーシィの後ろへ回り、背中を押さえる形で助けたのはリュウマだった。

 

「あ、ありがとうリュウマ…!」

 

「いや、このままだと屋外にまで吹き飛ばされそうだったからな…」

 

「あ、あはは…否定出来ない…」

 

リュウマはここでルーシィに対して前に言っておいた頼み事をすることにした。

 

「ルーシィ、頼み事を聞いてもらってもいいか?」

 

「えっ…あ、うん、どんな頼み事?」

 

「ロキを…頼んだ」

 

「えっ?それってどういう…」

 

リュウマはそれだけ伝えてルーシィから離れて行った。

何処へ向かったかというと、ゆっくり入る為にまだ行ってなかった風呂場だ。

 

因みに、風呂場へと向かって行く途中、エルザとナツとグレイが旅館を全壊させそうな勢いの枕投げをしていたので、枕投げ3人組は気絶させて布団の中に入れておいた)

その事を後に旅館の女将とルーシィからとても感謝されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──夜が過ぎ次の日のこと。

 

 

リュウマからロキに関することであやふやな感じにぼかされながら頼み事をされた後、ルーシィは、散歩している途中にゴロツキにやられそうになった所をロキに助けてもらい、食事に誘ってゴロツキの事と鍵の事にお礼を言った。

 

しかし、ロキは『僕はもうそろそろ死んじゃうんだ』という事をからかい半分にルーシィに言い、怒りを買って殴られながらルーシィとすぐに別れた。

 

ルーシィは嫌いな類いの冗談を言われたことで頭にきて、ロキの顔を殴ってから今現在までイライラが治まらないでいた。

 

リュウマがいたら話を聞いてもらったりしたのだろうが、この日はまだ一度も見かけていないためダメだった。

 

そんなルーシィを余所に、ナツとグレイが昨日リュウマに気絶させられる前、どっちが枕投げで勝ったかということで揉め合っていた。

 

「「ルーシィ!!勝ったのは俺だよなっ!?」」

 

「うっさい」

 

「「ご、ごめんなさい」」

 

ルーシィの普段よりも数段低い声で言われたナツとグレイは固まってすぐに謝った。

いくらナツ達とはいえ、空気ぐらいは読めるようだ。

 

そこから自称ロキの彼女…と主張する女軍団がフェアリーテイルへと来て、ロキを出せと言ってきた。

 

それに対していないと答えると、容姿が優れているルーシィを見つけては、あんたがロキの彼女か…などといったことを集団で言われ、嫌になってしまい家へと急遽帰った。

 

家に帰って来てから頭を冷やし、よくよく考えてみたところ、昨日はついカーッとなって殴ってしまったのだが、リュウマからの頼み事を聞いており、考えているうちに冗談に思えなくなってしまった。

 

ルーシィは南十字座のクルックス、通称クル爺にロキと過去に関係があった星霊魔導士について調べてもらった。

 

そして、関係があった人物はカレン・リリカ。

 

過去にとても美人であったために週刊ソーサラーのグラビアなどをやっていた人物だ。

 

──カレンとロキ…そしてあの時に言われた嫌いな類いの冗談…

 

「…!あれ?…なに…この違和感…」

 

ルーシィが頭を悩ませていると、玄関からグレイが猛スピードで突き抜けてきた。

 

「ルーシィ!大変だ!!ロキの奴が妖精の尻尾を出て行っちまった!!」

 

「えぇ!?な、なんで!?」

 

「知らねぇよ!!今皆で探してんだ!!あいつ…ここんとこ様子おかしかったからな…」

 

『ロキを…頼んだ』

 

──…!?まさか…リュウマが言ってたのって…!?

 

ルーシィは急いで家を飛び出し、ロキが居るであろう場所…いや、居る場所へと走って行った。

 

そして、その場所にはやはり…ロキがいた。

 

ルーシィは自身の存在にまだ気がついていないロキの背中へと声をかけた。

 

「皆探してるよ?」「…!ルーシィ!?」

 

「カレンのお墓でしょ?ここって」

 

そう…ルーシィが一目散に向かったのは…カレン・リリカの墓であった。

そしてルーシィは自分が気づいたことを話していく。

 

「星霊魔導士カレン…あなたの所有者(オーナー)よね」

 

「星霊ロキ…ううん…本当の名は()()()()()()

 

そう…ロキの正体は黄道十二門の1つである獅子宮のレオなのだ。

 

「……よく、気がついたね…」

 

レオはバレてしまったものは仕方ないのか、諦めて白状した。

 

「あたしもたくさんの星霊と契約してる星霊魔導士だからね、あなたの真実に辿り着いた」

 

そしてルーシィはロキの口から3年もの間、人間界(こっち)にいることを聞いた。

 

人間が星霊界で生きることができないように、星霊も人間界では生きていく事は出来ない。

だが、それでもレオは3年も人間界に居た。

 

「3年って…!1年でもあり得ないのに!!」

 

「あぁ…もう限界だ…力が出ないんだ」

 

そう言ってとうとう倒れ込んでしまうレオ。

その体は少しずつ光の粒子へとなってい消え始めていた。

 

「あたし…助けてあげられるかもしれない!!

帰れなくなった理由は何!?あたしが門ゲートを開けてみるから!!」

 

どうにか救おうとするルーシィとは別に、ロキは助けをいらないと言った。

レオは星霊界からも永久追放されているのだった。

 

ロキが語ってくれたのは、カレンが他の星霊のアリエスを不当に扱っているのが我慢ならず、人間界に顕現し続けてカレンに星を出させないようにするというもの。

 

そのせいでカレンは仕事ができず、3ヶ月経った頃、無理矢理2体同時開門しようとしたが失敗…仕事先で亡くなったそうだ。

 

そしてロキは間接的とはいえ、所有者を殺してしまったことから永久追放をされているということ。

 

すると、先程まで話していたロキが話し終えた瞬間に突然倒れた。

ルーシィは倒れたレオに慌てながら近寄る。

 

「ロキ!!」

 

「時間…かな…」

 

「な、何言ってるの!?」

 

「あの日を境に星霊界へ帰れなくなった、星霊界も主人の命令に背いた星霊を拒否してる」

 

「最期に君のような素晴らしい星霊魔導士に会えて良かった、ありがとうルーシィ」

 

「待って!!絶対助ける!!諦めないで!!」

 

ルーシィは自身の魔力を使って扉を開いてレオを星霊界へ戻そうとする。

 

「開いて!お願い!!」

 

「ルーシィ…もういいんだ…やめてくれ……」

 

──いいわけがない!!!!!!

 

「目の前で消えてく仲間を放っておけるわけないでしょ!?」

 

ルーシィは持ちうる魔力全てを使い、星霊界の扉を開けようとするが、開く様子はない。

 

「ルーシィ…!一度にそんなに魔力を使っちゃダメだ!」

 

「言ったでしょ!?絶対助けるって!星霊界の扉なんてあたしが無理矢理開けてみせる!!

 

「開かないんだよ!契約してる人間に逆らったら星霊は星霊界へ帰れない!!やめてくれ!君が星霊と同化し始めてる!!このままじゃ君まで消えてしまう!!」

 

「これ以上僕に罪を与えないでくれぇー!!!」

 

「何が罪よ!そんなのが星霊界のルールなら、あたしが変えてやるんだから!!!!」

 

 

     『クカカ…良く言い切ったな』

 

 

      「「!!!!」」

 

突如声がした。

 

それも自分達には慣れ親しんだ声だった。

 

「言っただろう?ロキ、いや、レオ…()()()()()と」

 

現れたのはリュウマであった。

 

彼はルーシィ達の事の成り行きを茂みの奥から静かに見ていたのだ。

 

リュウマは最初から分かってあの時、あたしにロキを頼んだって言ったんだ…と、ルーシィは今理解した。

 

2人が驚いている中、リュウマはルーシィ達の近くまで行き、言い放つ。

 

「だが、ルーシィだけでは星霊界の扉を開けるのは荷が重いだろう?少し手を貸してやろう」

 

手を貸すと言ったリュウマではあるが、星霊界の扉を開くことが出来るのは星霊魔導士のみと決まっている。

それ故に胡散臭そうなものを見る目でリュウマを見た。

 

「ふっ、そんな胡散臭そうな顔で見るな…よし、いくぞ?」

 

そう言ってルーシィとロキの肩に手を置いて呟いた。

 

「もういいだろう星霊王…許してやれ、せっかくこれ以上ない星霊魔導士に会い、自分の罪を認めているんだ、これ以上は酷だろう『絶対強制開門(アブソリュートゲート)』」

 

────ドオォォォォォォォォォォン!!

 

その瞬間、ルーシィ達の周りにあった水が弾けて前の空間に吸い込まれてゆく。

 

「ま…まさか…そんな………!!」

 

 

      「「星霊王!!??」」 

 

 

「星霊王を…呼び出した…?」

 

そう…リュウマがやったのは星霊界と人間界を繋ぐ扉の強制的開門だ。

本来ならば絶対できないのだが、リュウマはその絶対を覆して見せたのだ。

 

ルーシィ達は絶句していたが、今はレオの方が優先されるので、ルーシィは星霊王に向かって申し立てをした。

 

「もういいルーシィ!!僕は誰かに許してもらいたいんじゃない!!罪を償いたいんだ!!このまま消えたいんだ!!」

 

「そんなのダメーーーー!!!!!!!!」

 

ルーシィはありったけの力を使い星霊を同時開門する。

 

そんな彼女の傍には…タウロス、バルゴ、アクエリアス、サジタリウス、キャンサー、プルーがいる。

 

「罪なんかじゃない!!仲間を想う気持ちは罪なんかじゃない!!!!」

 

──星霊が……これほど同時に……!?

 

しかし、黄道十二門の同時開門勿論のこと短時間も耐えきれず閉門して倒れてしまうが、言葉を続ける。

 

「ルーシィ!!」

 

「あたしの()()()も皆同じ気持ち。

あんたも星霊ならロキやアリエスの気持ちわかるでしょ!!」

 

       『……………』

 

「なんて無茶なことを!!一瞬とはいえ死ぬ可能性だってあるんだぞ!」

 

       『……………』

 

 

『古き友にそこまで言われては…間違っているのは“法”やもしれぬな』

 

「「!!!!」」

 

『同胞アリエスの為に罪を犯したレオ…そのレオを救おうとする古き友…その美しき絆に免じ、この件を“例外”とし、レオ……貴様に星霊界への帰還を許可スル』

 

ルーシィとレオの絆を見た星霊王は、とうとうルーシィの言葉に頷いてレオに星霊界へ帰還する許可を与えた。

 

「いいとこあるじゃないヒゲオヤジ♪」

 

星霊王はルーシィにニカッと笑い続けた。

 

『免罪だ…星の導きに感謝せよ』

 

そして星霊王は消えていく。

ロキはまだこのことが信じられないのか呆然としていた。

 

「待って下さい……僕は……」

 

 

『それでも罪を償いたいと願うならば…』

 

 

『その友の力となって生きていく事を命ずる』

 

 

『それだけの価値がある友であろう…命をかけて守るがよい』

 

 

そう言い残し、光となって完全に消えた…。

 

「…だってさ」

 

ロキは感動のあまりに泣いている。

 

──これで僕の罪は消えた訳じゃないけど…君には前へ歩き出す勇気をもらった。

 

「ありがとう…そしてよろしく…今度は僕が君の力になるよ」

 

そう言ってレオは鍵となり、ルーシィの手元へと落ちて来た。

ルーシィは優しい笑顔でレオに言った。

 

「こちらこそ」

 

こうしてルーシィは黄道十二門・獅子宮のレオを手に入れたのだった。

 

 

 

 

「やはりルーシィが星霊魔導士で良かった、ルーシィだからこそレオを任せられた」

 

「リュウマ!あんたあんなこと出来たの!?」

 

「あぁ、強制的に扉をこじ開けただけだがな、予想以上に魔力を持っていかれたぞ」

 

そう言いながら少し笑っていた。

ルーシィはどうやったのか聞こうと思ったが、リュウマの笑顔を見ていたら聞く気が無くなってしまった。

 

──まあ、いいよね!リュウマはリュウマだし!

 

「いきなり頼み事された時はビックリしたんだからね!お詫びとして買い物に付き合ってよね!!」

 

「??まあ、その程度ならばいいが…」

 

「(やったっ!)じゃ!ギルドへ帰ろっ!」

 

そう言ってリュウマを引っ張り、ルーシィ達はギルドへ帰っていった。

 

 

 

 

 

     こういうのもまた『面白い』

 

 

 

 

 

 




いや~書いたわ~。
この話し好きなんで書いてみました。
主人公ちょっと空気な気が…
まあ、偶にはいいよね!

さあさあ、3人と買い物の約束をしましたよ?
どうします?(チラッ



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第七刀  攫われた妖精女王

章を設けて分かりやすくしましたがどうですか?
タイトルだけだと分かりづらいと思いまして…

自由の塔の主人公の相手どうすっかな…敵少なすぎて困るわ~

あと、リュウマの台詞の、皆は…って、皆(みな)は…
なので、脳内修正よろしくお願いします。


 

 

リュウマとルーシィはギルドの所へ帰って来てから、みんなにロキが実は星霊である…ということを説明した。

 

それには案の定みんなが驚いていた。

 

説明した後、レオはロキとして生きていた時に行こうとしていたリゾートホテルのチケットをナツ達に渡していた。

 

「君達には色々と御世話になったし…これ、あげるから行っといでよ」

 

「海!!」「おぉ~!!!」「こんな高ぇホテル泊まったことねぇぞ!?」

 

「エルザにも渡しておいたから楽しんでおいで」

 

「わ~い!!」

 

するとそこに、エルザが引っ越しの荷物ではないのかと思える程の荷物を持って現れた。

 

みんながその荷物は全部必要なのか…?と思ってしまったのは仕方ないと思う。

 

「貴様等何モタモタしている、置いていかれたいか」

 

  「「気ぃはえぇぇよ!!!???」」

 

人一倍気合いが入っているエルザにナツとグレイが直ぐさまツッコミをいれた。

 

「クカカ、何ともエルザらしい…くれぐれも周りの物を壊してくるなよ?」

 

「えっ?リュウマ行かないの?」

 

「ん?あぁ、俺は遠慮しておく」

 

リュウマがそう答えると、ルーシィや聞こえていたのかエルザやナツ、グレイにハッピーが詰め寄ってきた。

いきなり周囲を囲まれたリュウマは少したじろいだ。

 

「何故行かない!?共に行こうではないか!」

 

「そうだぞリュウマ!一緒に行こうぜ!」

 

「せっかくなんだ、行こうぜ」

 

「オイラ…リュウマとも一緒に行きたいよ…」

 

──せっかくなのだから、チームで行けばいいだろう…。

 

そう思って伝えたのだが、エルザとルーシィがそれでも諦められないのか…

 

「共に行かないか…?私もリュウマと共に行きたい…」

 

「一緒に行こう?リュウマ」

 

と、悲しそうな顔で言って誘う作戦に出た。

そして、結局のことリュウマが折れてナツ達と一緒に行くことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───アカネビーチ

 

 

レオから貰ったチケットは、高いだけあって海も砂浜もとても綺麗で、見ていて飽きないような景色だった。

 

そこからみんなは思い思いにビーチで色々しながら遊んで楽しんだ。

 

そんな遊んでいるナツ達とは別に、リュウマはビーチパラソルを広げ、その下で涼みながら日光浴を楽しんでいた。

 

いつも着ている着物を脱いだことによって見える極限まで鍛え抜かれた肉体による造形美。

そして顔に傷があるものの、それが逆にアクセントとなる整った顔。

 

それに釣られ…

 

「ねぇねぇ!あの人ヤバくない…!?」

 

「なにあの身体…!すごいフェロモン感じる…!」

 

「ちょっと話しかけてきなよ!」

 

「えぇ~!?わ、私~!?」

 

若い女の子達が群がっていた。

他にもお姉様方やマダムまで幅広くくぎ付けだ。

 

それを分かっていない当の本人はというと…

 

「……zzz……zzz……」

 

あまりの心地良い日差しについつい眠ってしまっていた。

そこにいざ話しかけようとした女の子がいたが…

 

「リュウマ、こんな所まで来てどうする」

 

「リュウマも一緒に遊ぼう?」

 

「むっ…ふ…ふあ…あぁぁぁ…!…そうだな…」

 

スタイル抜群の美女(エルザ)美少女(ルーシィ)がリュウマを起こして遊びに誘ってしまったために、肩を落として引き下がっていった。

 

寝ている間に面倒な出来事を回避したリュウマだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビーチで遊んでから時間が過ぎ、日が沈んだのを皮切りにみんなはホテルへと帰った。

 

今はホテル内にあるカジノで皆遊んでいるのだが…リュウマは持ち前の超直感を無駄に使い荒稼ぎをしていた。

 

「お、お客様…これ以上は…!」

 

「なんだ、これで遊び始めてから3分も経っていないぞ。この店は客にスロットを3分もやらせないのか?」

 

「い、いえ…!そういうわけでは決して…!」

 

「ならば下がっていろ。周りをうろちょろされていると鬱陶しいことこの上ない」

 

「ど、どうしよう…!」

 

リュウマの隣にホテルの従業員が来て、泣きながら勘弁してくださいと言ってくるがまだ始めて3分も経っていないので続けてプレイする。

 

「お客様。これ以上は…」

 

ホテルの従業員が偉い人階級の従業員に切り替わった。

だが、その数分後には前の従業員と同等の青い顔をし、狼狽え始める。

 

すろとそこで、攻撃的な魔力の反応があり、周りが暗闇に包まれた。

 

──何者かによる襲撃か?あいつらは大丈夫だろうが、他の一般人が気になるな…

 

そう考えていると、どこからか1発の発砲音が聞こえた。

 

その直後に何かの魔法にかかりそうになったが、リュウマには効かずに『抵抗(レジスト)』されたので気配を絶って身を潜める。

 

数分経つと暗闇が晴れたのでナツ達を探しに行く。

広場に行くと縄に縛られたルーシィがいたので駆け寄った。

 

「ルーシィ!一体何があった?」

 

「リュウマ!良かった、これ解いてぇ!どんどんキツくなって痛い!」

 

「分かった、ジッとしていろ」

 

ルーシィを縛っていたロープを引きちぎった。

本来は簡単に千切れない強度なのだが、リュウマは腕力のみで千切ってみせた。

 

「ありがとうリュウマ!実はエルザが…」

 

ルーシィがそこから語ったのは、エルザが何者かに連れ去られたということ。

 

連れ去った連中はもう行ってしまったようだが、ナツならば匂いで追えるだろうと考えて周囲を見渡して探すが見つからない。

 

その代わりに、倒れているグレイを見つけた。

ルーシィが駆け寄って身体に触れてみると氷のように冷たかった。

それにはルーシィが焦るが、リュウマはそのグレイが偽者だと看破しているので教えてやる。

 

「ルーシィ落ち着け、それはグレイの氷だ」

 

「えっ!?あ、本当だ!」

 

グレイは咄嗟に氷で身代わりを造り身を潜めた。

因みに本体はというと…

 

「グレイ様はジュビアの中にいました」

 

「な、中…あは…あはは…」

 

グレイはジュビアの中に隠れていたようだ。

 

「そういや、ナツやエルザは?」

 

「ナツは分かんない、エルザは…」

 

──ドッゴオォォォォォォン!!!!!!

 

「「「!!!!」」」

 

少し離れたところでナツの炎が立ち上るのを見て、探す手間が省けた。

 

「痛えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

「普通口ん中に鉛玉なんかぶち込むか!?下手すりゃ大怪我だぞ!?」

 

「普通の人はアウトなんだけどね…」

 

「あんの四角野郎ぉぉ…逃がすかぁぁぁ!!!」

 

──やはり敵の追跡にはナツだな。

 

リュウマ達は駆け出したナツを追ってエルザのいる場所を目指す。

 

そしてどうやら、エルザを連れ去った敵は海の方角に行ったようなので、リュウマ達は小さいが船を出して海にでた。

 

「どこだよここはよぉ!?」

 

「ジュビア達は迷ってしまったんでしょうか?」

 

「ねぇ、ナツ…本当にこっちであってるの?」

 

「お、おぉ…おぉ…」

 

「オメーの鼻頼りにしてきたんだぞ!!しっかりしやがれ!!」

 

ナツは乗り物に対して極端に弱いから仕方がないのだが、困った事態になる。

そんな中、リュウマが辺りを見回していると…塔を見つけた。

 

「おい、あそこに塔があるぞ…!?」

 

「あ、あれは…楽園の塔!?」

 

──あの塔は“まだ”あったのか…。

 

リュウマはまるで塔の存在を知っているかのような言葉を胸の中で溢した。

 

一行は…エルザにとってある意味思い出の塔…楽園の塔目指して進んで行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──独房の中

 

 

エルザはホテルで昔の塔で奴隷のように働かされていた仲間達に連れて行かれ、今は独房の中にいる。

昔の仲間であったショウという男がエルザに語る。

 

「“儀式”は明日の正午、それまでそこにいろ」

 

──儀式…!?Rシステムを作動させるのか!?

 

エルザが心の中で驚愕しているのを余所に、ショウは話を続けていく。

 

「しょうがないよね、裏切ったんだから…ジェラールは怒ってる、儀式の生け贄は姉さんに決まったんだよ」

 

「……………」

 

「もう姉さんには会えなくなるね、でもさ、“楽園”のため…」

 

エルザは昔を思い出してしまい震える。

自分にとっても思い出したくはない過去なのだ。

 

「震えてる?生け贄になるのが怖い?それともここがあの場所だから?」

 

その言葉に昔のことを少し思い出してしまう。

 

ショウの立案により、みんなで脱走を試みるも兵士に見つかった時の話だ。

 

 

『そう簡単に逃げ出せると思ったのか!?このガキ共!!』

 

『一刻も早くRシステムを完成させなきゃならねぇってのに!!』

 

『まあ待て、これ以上の建立の遅れはマズイ、本来なら全員懲罰房送りなんだが』『『!!!』』

 

『今回は1人とする、脱走立案者は誰だ?懲罰房はそいつ1人にいってもらおう』

 

その時私は皆を危険に晒したくないために、私がやったと言おうとした。

だが…

 

『俺が立案者だ』『!』

 

『俺が立案して皆に指揮を出した』『……』

 

『“トラ”……』

 

『ほう…?』

 

『いや、この女だな』『!!』

 

その時は何故かエルザが選ばれてしまい、懲罰房送りになった。

 

結果的に他の子が危険な目にあわなかったから良かったと今でも思う。

それでも、トラには立案者に偽らせてしまったのは心残りだった。

 

「あの時はごめんよ、立案者はオレだったのにトラ兄さんには名乗り上げさせちゃったし…

でも…怖くて言い出せなかった、本当…ズルいよね…………」

 

そんなことは今となってはどうでもよかった。

エルザはショウにRシステムがどれ程危険なものなのか問うが…ショウは昔のようなショウではなくなってしまっていた。

 

こんなショウを見たらしトラが悲しむだろう…

 

エルザはそう思いながら、鎖に繋がれていない脚でショウの顎に蹴りを入れて気絶させた。

その後に腕を縛られている縄を切る。

 

昔のようなショウは今や復讐に狩られた醜い男となっている。

ショウをこんな風にしたジェラールに、エルザは怒りをあらわにした。

 

 

「ジェラール…貴様のせいか………!!」

 

 

エルザはジェラールを探し出すために独房を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュウマ達はジュビアが見つけた水の中の通路を抜けて塔の内部へと来ていた。

 

みんなはジュビアの空気の入った水玉を被って来ていたが、リュウマは水中でも素速く動けるため遠慮しておいた。

 

必ず敵がいるであろう故に、無駄な魔力消費を抑えさせるためだ。

 

「なんだ貴様等はーーー!!!!」

 

みんなは兵士に見つからないようにこっそりと行動していたのだが…塔の中なだけあってすぐに見つかってしまった。

 

「やば」「ここまで来たらやるしかねぇ!」「はい!」

 

「なんだ貴様等はァ…だと?上等くれた相手も知らねぇのかよ!!」

 

ナツが上に架かっている足場の柱をへし折った。

それに伴い橋が壊れ、上を渡っていた兵士は下へと落ちる。

 

「妖精の尻尾だバカヤロウ!!!!」

 

ナツの叫び声を合図に敵が攻めてくる。

しかし、所詮はただの兵士に過ぎないため、ナツ達は苦も無く次々と兵士を打ち倒していく。

そんな光景を見ながらリュウマは銃を召喚して敵を撃っていく。

 

「開け!巨蟹宮の扉!キャンサー!」「エビ!」

 

「俺の髪がぁ!!!」

 

「『水流斬破(ウォータースライサー)』!!!」

 

「ギャ-!!」

 

「アイスメイク『大槌兵(ハンマー)』!

 

「ぐげぇ!!!」

 

「『十弾ショット(じゅうだんショット)』」

 

「助けてくれぇぇぇ!!」

 

兵士はやられるか、ナツ達に恐れをなして逃げるかの選択にせまられ、逃げの一手を選択して引き上げていく。

 

「む…?なっ!?お前達がなぜここに…!」

 

そしてリュウマ達は部隊を全滅させた後、たまたま敵を倒していたエルザと合流した。

 

エルザはナツ達に帰れと言うが、ハッピーが捕まっていると説明した。

それを聞いたエルザがミリアーナが連れて行っただろうと推測して言うとナツがすぐに駆けだして行ってしまう。

 

ここまで来たのだしエルザに力を貸すと告げると、エルザはここが楽園の塔ということと、昔に何があったのか語り明かした。

 

自由を手に入れるために戦うしかないと言われて戦う覚悟をしたということを。

 

 

 

『大人しくしねーかクソガキ!!』

 

『うわ~ん!』『落ち着けショウ』『ショウくん…大丈夫だよ、おじいちゃんがついてるからね』

 

『ドカッ!』『バキッ!』『ドコッ!』

 

『『『!!!!』』』

 

『自由が欲しいんだろう?ならいつまでこんな所で座っているつもりだ?』

 

『自由が欲しいなら戦え、ジッとしていたら手に入ると思うな』

 

『反乱だーーーーーー!!!!!!!』

 

『従い、逃げても自由なんぞ手に入らない、戦うしかないんだよ』

 

『自由が欲しいなら、立ち上がれ!!』

 

 

「私達は自由のため、ジェラールを救うために立ち上がった」

 

「あの頃にいたトラは、あまり喋ったりしなかったが、いざとなったら行動的で、とても強くて…私の憧れだった」

 

表情にこそ出ていないものの…心の中では複雑な気分のリュウマだ。

 

「ジェラールも正義感が強く、みんなのリーダー的存在だった」

 

「しかし、ある時を境にジェラールは別人のように変わってしまった、もし、人を悪と呼ぶならば…私はジェラールをそういうだろう」

 

そこから反乱を起こし、戦っていたのはいいが…魔法を使う兵士が現れる。

その兵士達に対抗していたところ、やられそうになったエルザの前にロブという老人が庇い…死亡してしまった。

その光景を目の当たりにしたことにより、エルザの魔法が覚醒したこと。

 

 

 

『ま、待ってくれ、あの時は悪かった』

 

『た、頼む許してくれ…!』

 

『邪魔だ』

 

『ザシュッ!』

 

『『うわぁぁ!!!!』』

 

 

『ジェラール!それにトラ!』『…』『来たか』

 

『ジェラール!全部終わったんだよ!』

 

『トラに言われて気づいたの!そして戦った!』

 

『シモンは重傷でロブおじいちゃんは死んじゃって、他にもけが人いっぱいいるけど!でも勝ち取ったよ!』

 

『エルザ、そいつはもうお前の知るジェラールじゃない』

 

『えっ?』

 

『エルザ…本当の自由はここにある』『え?』

 

『ジェラール?何を言ってるの?トラ、ジェラールが変なことを言ってる…』

 

『……』

 

『エルザ、この世界に自由はない』『!?』

 

『本当の自由は、ゼレフの世界だ』

 

そこからジェラールは人が変わったように人を殺していった。

 

そしてジェラールは楽園の塔を自分が完成させると言った。

それからすぐにエルザを攻撃し、そこをトラに助けられて、トラに逃がしてもらったのだ。

 

 

 

『ジェラール…』

 

『エルザ、俺がジェラールを止めておくからお前はこの塔から逃げろ』

 

『トラ…?』

 

『お前程度がオレを止める?無理な話だ』

 

『エルザ…元気でな』

 

『ジェラール、お前は操られている…俺が正気に戻してやろう』

 

そこからは無我夢中で何があったのか、何をしたのかほとんど覚えておらず、いつのまにか岸に打ち上がっていたそうだ。

 

 

「私は…ジェラールと戦うんだ」

 

 

語り終えたエルザは…その目に涙を浮かべながらも、強い意志を宿しながら言い放った。

 

 

──まったく…いつまで経っても仕方のない奴だ。

 

エルザの過去の話を聞いていたリュウマは、心の中でそう言った。

 

エルザの話で出て来たトラという子供は…実のところリュウマである。

 

リュウマは当時、評議会から指名式の仕事を受けた。

内容は近頃噂になっている塔のことを調べてきてほしいとというものであった。

 

聞いた情報から。子供の方が攫われやすいと考え、変装魔法で自分の姿を子供に変えた。

 

作戦は成功し、態と捕まることができたのだが…兵士達のあまりの非道な行いに数人の兵士を片づけてしまい、危険だということで、独房に入れられた。

 

塔の兵士は、たった1人で複数の人間を殺したリュウマを怖がり、近づきたくないということで食事の運びを子供にやらせた。

 

その時の子供がエルザであり、この時がリュウマとエルザの初めての出会いだった。

 

 

『あ、あの…ご飯を持って来ました…』

 

『…なんだ貴様は…』『ひっ!?』

 

『貴様は俺のことが化け物にでも見えるのか?』

 

『だ、だって…兵士の人を何人も殺したって…』

 

『ふん、あんな者ども殺されて当然な奴等だろう』

 

『そ、そうかもしれないけど…』

 

『貴様はそれを置いてさっさと帰れ』

 

『えっでも腕縛られてるよ?どうやって食べるの?』

 

『食わんでも生きていける』『だ、ダメだよ!』

 

『ちゃんと食べないとダメ!わたしが食べさせてあげるから!はい!あ~ん』

 

『ふざけてるのか?』『早く!』『チッ』

 

『思っていたより怖くないんだね』

 

『お前の神経が図太いからだろう』

 

『どういう意味よ!もぅ…ね!名前はなんていうの?』

 

『(本名は伏せるか)……トラだ』

 

『トラか!いい名前だね!わたしはエルザ!よろしくね!』

 

 

その後もエルザは何かとリュウマ話しかけ、いつしか同じ牢屋にいれられたりもするようになった。

 

脱走立案者の時は動くわけにはいかないために、エルザの右目がやられてしまったのには罪悪感を覚えたのは、未だに覚えている。

 

奴隷達による反乱の騒ぎに紛れて証拠を探している時に、マカロフに自身の友だと言われたロブという者が、話の通りみんなを庇い死んでしまった時は呆然としたのも覚えている。

 

そこからはエルザの言っていた通りで、ジェラールを正気に戻してやろうとした瞬間に大きな爆発のせいで見失い、エルザが向かった方向に向かった。

 

エルザが岸に打ち上がっていた所を元の姿に戻ったリュウマが、妖精の尻尾まで連れて行った。

 

あまり思い出したくない思い出なのか、子供だったからなのか、類似している部分があるのだが、リュウマがトラであることはバレてはいなかった。

 

リュウマはこの事をエルザに明かすつもりは無い。

気づいたとしても別にいいが、態々明かすことでもないだろうという考えだ。

 

故にミリアーナやシモン達の事はもちろん知っていた。

 

まぁ、そのミリアーナやシモン達がエルザを攫うとは思ってもみなかったようだが。

 

余談だが、他の避難者達は無事に岸に着くように魔法で船の操縦をし、孤児院などに引き渡してはいた。

 

 

 

 

 

 

──俺はエルザ達の為にも、この塔を破壊しなくてはならない。

 

それは、あいつらはあまりにもヒドい過去を送ってきた、もう十分だろうという考えがあっての事だ。

 

そのためにもまず、ジェラールをどうにかしなければならない。

 

 

 

 

みんながこれから如何するかという話をしている中、リュウマは密かに塔を破壊することを決意していた。

 

 

 

 

 




はい、なんか設定ゴタゴタですが、忍び込んでいた設定で…

楽園の塔書くの超難しいんすけど…




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第八刀  落とされた最終兵器

エルザの昔に主人公を入れたらなんか過去に穴がありそう…

髑髏会3人とか少なすぎ…


 

 

エルザの話を聞いてショウは、8年という長い年月の間…ただ只管にジェラールに従っていたが、その実…裏切られていたと理解して酷く混乱している。

 

しかしそれも無理もないのだろう。

裏切っていたと思っていたエルザが実は自分と同じ被害者だったのだから。

 

「正しいのは姉さんで、ジェラールが間違っているとでもいうのか!!」

 

 

「そうだ」

 

 

「「「!!!!」」」「シモン!?」

 

ショウの悲観的叫びに答えたのは身体の大きな男、シモンであった。

リュウマにとっても久しぶりの顔だ。

 

ホテルでの暗闇は、シモンの使う魔法であった。

そして誰も殺すつもりはなかったが故に、身代わりを造ったグレイに気づいていたが、態と見逃した。

 

「お前もウォーリーもミリアーナも皆ジェラールに騙されているんだ、機が熟すまでオレも騙されているフリをしていた」

 

「オレは初めからエルザを信じてる、8年間ずっとな」

 

「会えて嬉しいよ…エルザ、心から」

 

「シモン…」

 

エルザとシモンは感動の再会から熱い抱擁をする。

シモンはジェラールの元にいながらも優しく、逞しく成長していた。

 

そんな2人を見守っていると、シモンがリュウマを見て訝しげな視線を送る。

 

「お前は…どこかで…」

 

──…っ!バレたか…?

 

「なんで俺は姉さんを信じられなかったんだ!くっそおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!何が真実なんだ!!」

 

ショウが叫んで視線が切れてホッとした、ここでバレてしまうのは不本意なためだ。

 

気づかれたのならば仕方がないのだが、出来れば知られなくはないというのが本音だ。

 

そして、シモンが言うにはナツの力が必要とのことだ。

ナツはさっき一人で走って何処かに行ってしまい、ウォーリーとぶつかるかもしれないということで急いで探さなくてはならなくなった。

 

ナツを探して道を進んでいると…壁のそこら中に口が現れ、独りでに喋り出した。

 

「なにこれ!?」「気持ち悪い!?」

 

『ようこそみなさん、楽園の塔へ』

 

「しゃ、喋り出しましたよ!?」

 

「ジェラールだ、塔全体に聞こえるように話している」

 

「塔全体にこの口が…」

 

塔全体に口があると考えると、流石に気持ちが悪くなってしまったルーシィだが、それは他の者も同じだった。

 

『俺はジェラール…この塔の支配者だ、互いの駒は揃った、そろそろ始めようじゃないか』

 

『楽園ゲームを』

 

どうやら塔の中にいる人間を駒と考え、ゲームと見立て戦うようだ。

 

ジェラール側には3人の戦士を配置しており、倒しきらなければ目標であるジェラールの元へは行けなくなっているらしい。

 

しかも、評議会がここに衛星魔方陣(サテライトスクエア)という究極の破壊魔法エーテリオンを落とそうとしているとのこと。

 

エーテリオンとは、評議会が最終兵器として使う『超絶時空破壊魔法』だ。

 

評議院が保有する兵器の一つで、現評議員9名の承認と上級職員10名の解除コードで発射することができる。

上空に描かれた衛星魔法陣(サテライトスクエア)から地上の標的を消滅させる。

 

その威力は、やろうとすれば1つの国を跡形も無く消すことの出来る程。

 

詳しい説明が終わった瞬間、ショウがエルザをカードに変え、そのまま連れ去った。

それを視認した時にはもうリュウマが追いかけていた。

 

「ショウ!?何をする!?」

 

「エルザ姉さんには指1本触れさせない!!」

 

「お前達!ショウは俺が追う!お前達は他の奴等を倒してこい!」

 

少し走った所で、後ろからナツの声が聞こえてきたのだが、あそこにはシモンもいることだし大丈夫だろうと考え、そのまま追いかけることにした。

 

ショウがどこに向かっているか分からないが追いかけてしばらくすると、ルーシィとジュビアの魔力が融合した。

それから考えられるのは合体魔法(ユニゾンレイド)

 

合体魔法(ユニゾンレイド)は使用者の全員の息が完全に合っていないと発動することすら無い魔法だ。

世には合体魔法を使うことすら出来ないまま生涯を終えたりするほどの超高難度魔法でもある。

 

──合体魔法を放つということは…髑髏会の誰かと戦っていたのだろう、仲が悪そうに見えて実際は仲がいいようだ。

 

しばらくしてショウに追いつき話しかけた。

ショウはまさかずっと追いかけていたとは思わず驚いている。

 

「どこまで行くつもりだ?」

 

「なっ追いかけて来てたのか!エルザ姉さんには指1本触れさせないぞ!」

 

「少しは落ち着け」

 

すると通路の先に女が立っていた、十中八九髑髏会のものだろう。

 

「うちは斑鳩と申しますぅ、よしなに」

 

「どけよ、なんだこのふざけた奴は」

 

「あらぁ~…無粋な方やわぁ~」

 

「てめぇになんか用はねえ!!」

 

そう言って斑鳩という女に向かってカードを投げつける。

…が、相手が持っている刀を抜くのを見て気づいた。

 

こいつは、なかなかの手練れだ…と。

しかも、剣士としても強いと。

 

リュウマはショウでは歯が立たないと思い叫んだ。

 

「やめろ!そいつは──」

 

だが、1歩遅かったようで、相手はもう斬りつけていた。

常人では当然視認すら出来ない程の速さだ。

 

「バ…カな!?」

 

「うちに斬れないものはありません」

 

投げたカードが真っ二つに斬られ、ショウの身体も斬られてしまった。

 

「ガハァ!?」

 

倒れた拍子にエルザのカードが懐から出てきてしまう。

 

ショウがカードには外部から攻撃しても意味はないと言っているが、斑鳩はカードの中にいるエルザに一太刀いれた。

エルザはガードしたが、カードの中では不利だ。

 

斑鳩がまた攻撃しようとしたのを見て、リュウマはエルザのカードをキャッチしながら大凡20の斬撃を召喚した忍者刀で受け止める。

 

「あらぁ~、お兄さんやりますな~…でも──」

 

音を立てながら召喚した忍者刀の刃の部分が砕け落ちた。

 

咄嗟だったが故に、耐久度が弱い物を召喚してしまったが、リュウマが、召喚した忍者刀はそこらで売っているやつよりも断然強い。

 

──これを砕くとは…中々どうして楽しめそうだ。

 

リュウマは斑鳩を見ながらニヤリと嗤った。

 

 

「それはほんのあいさつ代わりどす、あれ?もしや彼の有名なリュウマ殿は見えてませんでした?」

 

「随分いらない挨拶を貰ったが…俺もちゃんとあいさつを返したぞ?」

 

「ん?──なっ!?」

 

リュウマがそう言った瞬間、斑鳩の結んでいた髪のゴムが切れて髪が下に下ろされた。

 

──あの瞬間にリュウマも攻撃していたのか…やはりリュウマは強いな…。

 

エルザは心強く思いながらカードの中で戦いを見ていた。

 

──ど、どんな速さの剣なんだよ…どっちの剣も全く見えなかった…!

 

ショウもあまりの剣戟の速度に驚がくしている。

 

「お兄さんやはり強いどすな~、流石はリュウマ殿やわ~」

 

「貴様も中々やるではないか、まあ…まだ発展途上だがな」

 

「リュウマ殿は厳しどすなぁ」

 

リュウマは相手に向かい合いながらエルザ喋りかけた。

 

「エルザ、ここは俺が相手をする。お前は先に行け」

 

そう言ってリュウマはカードと化しているエルザに魔法を使い解除した。

エルザはどうやったのか分からないが解いてくれたことに感謝する。

 

「なっ!?オレの魔法を解いた!?」

 

「こんなもの、いくらでも解くことはできる」

 

ショウは自分の魔法が一瞬で解かれたことを驚いているようだ。

 

「ありがとう、助かった。…だが…」

 

「お前はジェラールと戦うんだろう?ならこんな所で魔力を使うわけにはいかないだろう、気にせず行け。…すぐに後を追う」

 

──そう…だな。今はジェラールをどうにかしなければ…

 

「…すまない、助かる」

 

 

エルザはリュウマに礼を言って先に進んで行った。

目指すはジェラールただ1人である。

 

 

 

 

 

エルザを見送ったあと、リュウマは斑鳩と睨み合う。

見送るまでの間、態々待っていたことから剣の腕に自信はあることが窺える。

 

「すぐに行くとは言いますな?貴方はここでおわりではりますよ?」

 

「お前は確かに強い、剣速は早いが…それだけだ」

 

そう言いながらクナイを4本召喚してもう一つ、またも同じ忍者刀を召喚して右手に持つ。

 

「武器の召喚どすか?いくら召喚しても無駄どすよ?」

 

「お前の相手はこれだけで十分だ」

 

「そうどすかぁ、なら…ぼちぼち始めますか」

 

そう言って斑鳩が斬りつけに突っ込んで来る。

 

刀による袈裟斬りをしてくるが剣速が速いため、忍者刀で受け止めるとまた砕かれると判断し、斑鳩の刀の刃を忍者刀の刃上を走らせるように受け流す。

その後も次々と切り結んでくるが…全て受け流す。

 

「なるほど?砕かれないように受け流しますか~、やはり技術が素晴らしいどすなぁ。ましてや、本命の武器でもないというのに」

 

「確かに本命の武器は貴様と同じ刀だが、これは滅多には抜かないのでな、貴様は抜くには役不足だ」

 

「それは悲しいわ~」

 

そう言いながらも顔は笑っているため、斑鳩も強い者と戦うのが楽しいようだ。

 

だが、残念だが相手はリュウマである。

それもエルザを早く追いかけなくてはならないのですぐに終わらせなくてはならない。

 

彼は斑鳩に向かって歩いて近づいていく。

斑鳩は近づいてくるリュウマに対して何かを感じ取ったのか構える。

 

左手に持ったクナイを四方八方へバラバラに投げる。

斑鳩は訝しげな表情をするが、リュウマがクナイに予め縛っておいた極細の紐を引いて軌道修正をしながら斑鳩に向ける。

 

途中から軌道修正されたにも関わらず、斑鳩はクナイを迎撃した。

 

「『無月流・夜叉閃空(むげつりゅう・やしゃせんくう)』」

 

バラバラの位置から狙ったクナイを寸分の狂いもなくたったの一閃で全て砕き割った。

 

「『無月流・迦楼羅炎(むげつりゅう・かるらえん)』」

 

体勢を立て直しながら炎を纏う斬撃を飛ばした。

それに対して同じように迎撃する。

 

「『絶剣技・甲賀式(こうがしき)』」

 

斬撃を忍者刀の刃全体を滑らせるように使って下から上へといなす。

いなされた斬撃は上へと飛んでいき、天井に斬痕を残しながら破壊した。

 

「まさかそうやって防がれるとは思っていまへんでしたわ~…でも、これからどすよ」

 

「この程度で驚かれても困るがな、来るがいい」

 

…なんなんだ…なんなんだこいつらは…なんという戦いをしているんだ…!

 

ショウが心の中で只管に驚がくしているのを余所に、彼と斑鳩は互いに見合う…。

お互い次の攻撃で決めようとしているからだ。

 

どちらも睨み合う中…最初に動いたのは斑鳩だった。

斬りつけにくるのを見てリュウマも走りだす。

 

「これで最後どす、覚悟ぉぉぉ!!!」

 

「楽しかったぞ、斑鳩…強き者よ」

 

互いに剣を抜いた状態で…すれ違った。

 

「終わりどすな」

 

「そうだな、『絶剣技・蜻蛉返し(とんぼがえし)』」

 

        『斬ッ!(ザンッ!)

 

相手の攻撃を刹那の内に受け流し、その威力を使い斬るカウンター技を使い…袈裟に斬った。

 

「ゴフッ!み、見事…うちの…負けどす…」

 

「斑鳩…その名を覚えておこう」

 

「かの男は…いい男どすなぁ…あと、10分」

 

「落ちてゆく~正義の光は~皆殺し~ぷ、ヒドい詩…」

 

──10分だと?エーテリオンのことか?マズいな…全く時間が残されていない…。

 

傷で動けないでいるショウに話しかける。

 

「ショウ、怪我は平気か?」

 

「えっ、あ…うん、なんとか」

 

「今すぐシモンや俺の仲間を連れてこの塔を離れろ」

 

「で、でも…」

 

エルザが先に行ってしまっているために、少し渋ってしまうショウ。

そんなショウにリュウマは優しく言葉をかける。

 

「いいな?ショウ」

 

『いいな?ショウ』

 

「あ、あんた…まさか…」

 

リュウマは気づいたと思われるショウに対し、口元に人指し指を添えながら釘をさしておく。

 

「シー…その言葉はお前の胸の内に潜めておけ」

 

「…!」

 

「俺は決着をつけなければならない」

 

彼はそう言ってエルザが向かった方向に駆けだしていった。

 

「まさか…そんな…!」

 

そんな駆け出していく後ろ姿を、ショウは目に涙を浮かべながら呆然と見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

リュウマがジェラールがいるであろう部屋へ向かっているが…どうやら間に合いそうになかった。

しかし、仲間を置いて逃げるわけにもいかない。

 

エーテリオンはもう投下されるだろう。

その証拠に遥か上空にある魔方陣が膨大な魔力を放ちながら光り輝いている。

 

「『複写眼(アルファスティグマ)』…発動」

 

目を複写眼に変え、エーテリオンの魔方陣を解析する。

すると発射まで…残り20秒であった。

 

 

 

 

 

 

彼は目を瞑り…来るであろう衝撃を待った。

 

 

 

 

 

 

 




エーテリオン投下。
複写眼でエーテリオン視ましたね~分かる人はどういう意味か分かるはずです笑笑

さ~て、原作崩壊しますよ~


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第九刀  過去の少年の真実

主人公はサクリファイスが好きなんですよ…

斑鳩って美人だよなぁ…





 

 

───…一体どうなった?エーテリオンは確かに落ちたはず…

 

リュウマは眩しい光が目を刺激し、その光によって目覚めた。

辺りを見渡すと壁一面がラクリマに覆われていた。

 

いや、言葉に語弊がある。

壁の奥からラクリマの壁が出て来た。

しかもそのラクリマは途方もない魔力を内包している。

 

「…何が…ぐっ…!?…頭をぶつけたようだ…」

 

痛む頭を抑えながら立ち上がる。

ズキズキ痛むことから、衝撃で何処かに頭を強く打ったことが分かった。

 

頭の強打によって気絶していた時間は数分に満たない。

しかし…事の運びに数分はあまりに大きかったことを知ることになる…。

 

「こんな途方もない魔力をこの塔だけに押し留めめるには無理がある…急がねば暴走を起こして大爆発を起こしてしまう…」

 

途方もない魔力…27億イデリア…簡単に表記すると、世界中の魔導士の全魔力を掻き集めても足りるかどうか…という程の魔力だ。

 

彼の言うとおり、そんな魔力の塊をこの塔だけに押し留めめるには無理があった。

いくら塔全体が魔力を吸収し貯め込むラクリマでも、そもそも押し留めるためのラクリマは多大に不足している。

 

それを瞬時に看破した彼は、ここには長くは居られないと判断し、先程から爆発音がする最上階まで一気に移動することにした。

 

 

 「『絶剣技───

 

 

召喚した直剣の刃先に魔力を籠めていく。

それによって直剣の周りの空間は歪み軋む。

 

それ程の魔力を籠めた直剣を──

 

 

       ───羅貫(らかん)』!」

 

 

  突く要領で放ち…頂上まで大穴を開けた。

 

 

 

彼は頂上まで一気にぶち抜いた穴から上へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が頂上に着くと…倒れているシモンに抱き付き、涙を流しながら叫んでいるエルザと、それを呆然とした顔で見ているナツがいた。

 

ジェラールはそれを見て狂ったように笑っている。

 

「イヤァアァァアァァアァァアァァ!!!!」

 

「くだらん!!そういうのを無駄死にっていうんだぜ!?シィモォォン!!」

 

リュウマも今来たところではあるが…察してしまった。

何故なら…シモンから魔力の反応がないのだから…。

 

リュウマが頭を打って気絶している間に状況は最悪の方向へと進んでいたのだ。

 

評議員の中に、若くして評議員へとなった青年…ジークレインという人間がいた。

その者は顔から顔にある痣まで全てがジェラールと瓜二つだった。

 

エルザは最初、そのジークレインという青年をジェラールと勘違いして斬り掛かったことがあるのだが、評議員であるということから全くの別人だと思っていた。

 

しかし…ジークレインはジェラールの思念体にすぎず、先程落ちたエーテリオンをこの楽園の塔へ落とすために評議員に潜入させたのだ。

 

そのエーテリオンを落とすことにより、27億イデリアという魔力をラクリマに吸収させた。

 

エルザはジークレインがジェラールの元へ戻って力を取り戻す前に戦っていた。

それからエーテリオンが落下し、楽園の塔が完成し、ジークレインを自身へと戻したジェラールが力を取り戻し、エルザとナツを強力な魔法で殺そうとした。

 

そして、強力な魔法で殺そうとしたところを…シモンが現れて庇い…死んだのだ。

 

「大局は変わらん!どの道誰もこの塔からは出られんのだからなァ!!」

 

「黙れえぇぇぇ!!!!!!」

 

「ごはぁ!!??」

 

ナツはジェラールの傍まで行くと今までに無い威力の拳で殴り飛ばした。

その威力にリュウマも驚き、よく見てみると…

 

──まさか…エーテルナノを食っているのか!?

 

エーテルナノとは大気中に含まれる魔力の素であり、魔導士はそのエーテルナノを自動的に体が吸収することによって魔力が回復するのだ。

 

ナツが食べられるのは同じ属性の炎のみ。

しかし、今食べているのは…あらゆる属性のエーテルナノが詰まっているラクリマだ。

 

「ナツ!エーテルナノの中には炎以外の属性も入っているんだぞ!?」

 

「ぐっ…く、う、ウオオオォォォォォォォ!!!」

 

エーテルナノを吐き出し、悶え苦しんでいると思えば…エーテリオンをその身に取り込んだ。

それによって顔の所々には竜の鱗のような模様が入っており、その体からはかなりの魔力が感じられる。

 

───全く…ナツらしいと言えばそうだが…今回は度が過ぎるな…まぁ…ジェラールはナツに任せて、俺は俺のやることをしようか…。

 

リュウマはその場で床に手を付き、床のラクリマに魔方陣を組み込む。

 

その魔法陣には現代において使われていない古代文字が描かれており、それ故に何の効果を持つ魔法陣なのか分からなかった。

 

魔法陣がちゃんと組み込めて何時でも発動出来ることを確認すると、一際大きなラクリマの所に向かった。

 

その大きなラクリマはいわば操作するラクリマであり、そのラクリマに少しだけ手を入れる。

 

Rシステムは生け贄を1人捧げることによって、1人の人間を蘇らせることの出来る禁忌の魔法。

ラクリマはまだ、生け贄となる人間を欲している。

 

ナツが今も戦闘中においてラクリマを破壊しているおかげでラクリマが暴走を起こそうとしている。

自身がラクリマと同化すれば、内側から塔を制御出来るかもしれないと考えた。

 

しかし、その案は直ぐに捨てた。

 

───そんなことをしなくても大丈夫か…

 

彼がそんなことを思っている間に、ナツとジェラールの戦いも終わりを迎えた。

 

「自分を解放しろォォ!!ジェラァァァァァァァァァル!!!!!」

 

───流石はナツだな。

 

ジェラールが『煉獄破砕(アビスブレイク)』という超破壊魔法を放とうとするも、最初にエルザと戦った時の傷が痛み…不発に終わる。

 

ナツはその瞬間を狙い、ありったけの魔力と力を籠めた拳を叩きつけることによってジェラールを打ち倒すことに成功した。

 

そして力を使い果たしたナツは倒れるが、エルザが優しく抱き抱える。

リュウマも2人の近くに駆け寄った。

 

「エルザ、終わったようだな」

 

「あぁ、ナツのおかげだ」

 

──ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!

 

「「!!」」

 

「マズいな…崩壊が始まっている、早く脱出するぞ!こっちだ!」

 

「シモン…くっ…分かった!」

 

エルザはシモンの骸の方を向き直るが、塔が崩壊し始めたことによって亀裂の入った床の隙間から落ちていってしまった。

 

今向かって骸を回収する時間は残されていないため、悲壮感に染まった顔をした。

 

そんな中、リュウマは先程までいた所に戻り…止まった。

 

「?どうしたリュウマ、早くしないと…」

 

急がなければ爆発に巻き込まれてしまうというのに止まってしまったリュウマに困惑の表情をした。

 

止まって背を向けていた彼はゆっくりとエルザ達の方へと向き直る。

 

その顔は…優しく2人に微笑んでいた。

 

「エルザ…元気でな」

 

『エルザ…元気でな』

 

エルザはその顔に見覚えがあった…。

先程自分達を庇って死んだシモンが、最後に振り向いて見せた笑顔にそっくりだったのだ。

 

そして…昔に生き別れたトラとリュウマが…重なった。

 

「なっ!?それは────」

 

エルザが気づいた時には2人を後ろに押して座標をグレイ達がいるボートへと設定した『転移魔法陣』の中に入れて発動させる。

 

「待っ…!」

 

下に展開されている魔法陣が転移系の魔法陣だと気づき、手を伸ばすも時既に遅し…転移魔法陣を発動されてその場から消えた。

 

そして楽園の塔に残されたのは…リュウマたった1人である。

 

「………これでいい。世界中の魔力を掻き集めても足りるかどうかという程の魔力による爆発であろうと…()()()()()()()()()()()()()

 

そう口にした時、ラクリマが本格的に暴発しようとしているので最後の準備にかかった。

 

「『影分身の術』」

 

手で印を組みながら魔力を練ることにより、彼そっくりの影分身が6人出来上がった。

 

「総員持ち場に付け」

 

「「「「「「了解」」」」」」

 

本物の彼の言葉に影分身達は応え、全員バラバラの六方向に向かった。

 

影分身達の状況は本物の彼には全て伝わっているため、全員が持ち場に付いたことを確認すると…勢い良く床に手を突いて魔法陣を組み上げる。

 

影分身の彼等も、それぞれの持ち場で同じように魔法陣を展開していく。

 

 

     「『結界(けっかい)六方封陣(ろっぽうふうじん)』!!」

 

 

 

 

なんと、リュウマはこのラクリマの塔全体を真っ黒な結界で囲いこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───脱出ボート内にて

 

 

エルザとナツがリュウマの組み込んだ転移魔方陣によって跳びされた時、先に脱出していたグレイ達は慌てていた。

 

何せ塔からエルザ達が戻って来ていないのだ。

 

「あの中にはまだ姉さんが…!!」

 

──ギュン!!

 

「「「「!!!!!!!」」」」

 

ショウが悲痛の叫びを上げたその時…突如ボートの底に魔法陣が現れ、その中からエルザとぐったりしたナツが現れた。

それにはグレイ達も驚きの声を上げる。

 

「エルザ!?それにナツ!?」「どうやって…」「それもそうだがリュウマは?」「リュウマさんは…?」

 

──そうだ…!リュウマ!!

 

誰かがリュウマの存在の有無を聞いた瞬間に、エルザは自分達を跳ばした張本人の彼が塔に残されている事を思い出して叫ぶ。

 

「リュウマはまだあの中に…!」

 

「何だって!!??」「あの中にまだいるのか!?もう爆発するぞ!?」

 

塔からは計り知れない魔力が漏れており、後数秒で爆発するのは明白であった。

 

「おい、あれ…」「なんだ…?あれ」

 

そんな中、塔を見ていたみんなが驚いていた。

 

エルザは釣られてみんなが見て驚いている塔の方を見てみるとそこには、…楽園の塔を囲んでいる黒い膜があった。

 

───ま、ま…さか…周りに…私達に爆発の余波がいかないように結界を張ったというのか…!!??

 

エルザは感じ取ってしまった。

そう、リュウマは結界を張り、その中に塔を閉じ込めることによって超爆発の余波がエルザ達にいかないようにしたのだ。

 

───リュウマ…!!!!

 

エルザが心の中でなを叫んだ瞬間…塔がとうとう大爆発を起こした…

 

 

──ドオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!

 

 

爆発による余波は、リュウマが結界を張っていることによって飛んできさえしなかったが…それよりもリュウマ本人の方が本当に心配だった。

 

「と、トラ兄さん…!」

 

──トラ…兄さん…?

 

つい言ってしまったショウの言葉に直ぐさま反応したエルザは、ショウに問うた。

 

「ショウ…トラ兄さん…とは?」

 

「……言うなって言われたんだけど…リュウマがトラ兄さんなんだ…」

 

転移魔法陣によって跳ばされる前にあった記憶の重なりによってはまりかけていたピースがカチリとはまった。

やはりリュウマがトラであったのか…と。

 

しかし…その肝心のリュウマは…

 

「リュウマ…」「リュウマ…!」「バカヤロウが…!」

「リュウマぁ…!」

 

──あの爆発の中では…

 

エルザ達一行はとても暗い表情をしながら、ずっとここに居ても始まらないため、とりあえず岸へと目指した…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エルザ達はホテルで少し休んだ後、楽園の塔周辺を探して回った。

 

だが、リュウマの体や身に付けていた物、血痕すら見つけることが出来なかった…。

 

その間に、ウォーリー達が世界を回ってみたいがための別れなどもあったのだが、リュウマがいなくなってしまったことがみんなにはあまりにもショックすぎた…

 

彼等ははまだ引き続き探そうとしたのだが、いつまでもホテルに泊まっていることは出来ないため、渋々一度ギルドへ帰ることにした。

 

それで今はギルドに到着し、エルザがマカロフに事の事情を全て話している所だ。

マカロフの周りにはギルドメンバーが勢揃いしており、リュウマの事を聞いて涙を浮かべた。

 

「そんなことが…大変じゃっただろう…リュウマの奴…」

 

「うっ…ぐすっ…リュウマぁ」「リュウマ…」「リュウマぁ…オイラ寂しいよぉ…」「ウソ…」「クソッ…」

 

──私達の為とは言え…リュウマ…

 

ギルドのみんなの顔が暗く沈み、涙を流して嘆いていた時…

 

────ギイィィ……

 

ギルドの扉が開き…

 

「今…帰った…」

 

 

 

体中に多少の傷を負っているリュウマがいた…

 

 

 

「「「「「「リュウマ…!!!!」」」」」」

 

 

 

ギルドメンバーは総じてリュウマの元へと行き、みんなで抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの塔の爆発はあまりにも強大であり、死にはしなかったものの、数日間気絶する程のダメージをリュウマは受けた。

 

運が良く彼はホテルから三キロ程離れた岸に打ち上がっていた。

 

傷が痛むので自己修復魔法陣を発動させながらギルドへと歩って帰って来たのだ。

傷が少なかったのは、道中自己修復魔法陣を発動しながら来たので治っていたためだ。

 

そして先程のようにギルドへ帰って来たのだが、そこからは大変だった。

みんなが泣きながら抱き付いてきて、折角治した体の傷が開くところであった。

 

そして案の定ナツ達にはものすごい形相で叱られた。

 

ミリアーナ達が世界中を旅して回ると聞いたときは密かにホッとした。

折角手に入れた自由なのだから、この広い世界を見て回ってきて欲しい…という考えだ。

 

そして今は(無理矢理)ポーリュシカの所に来ており、治療を受けている。

 

「あんたもそうとうバカだね。世界中の魔導士の魔力を集めても足りないほどの魔力による爆発の中心にいるなんて、普通は何も残らない程消し飛ぶよ」

 

「返す言葉もない…」

 

「まったく…なんでこうあんた達は怪我してくるんだい」

 

「すまない…」

 

「はぁ…当分は絶対安静だよ。あと、あんたにお客さんだ」

 

「分かった」

 

ポーリュシカの言葉を合図に入って来たのは、リュウマの予想通りのエルザだった。

 

「リュウマ…大丈夫か…?」

 

「あぁ、大丈夫だ」

 

「リュウマ…少し聞きたいことがあるんだが…」

 

「トラのことか?」「!?」

 

先に言われたことに目を見開くエルザ。

それに対して苦笑いしながら続けた。

 

「トラは正真正銘この俺だ。だが、岸で会った俺がいるから混乱しているんだろう?」

 

「そ、そうだ…」

 

「それはな…」

 

彼はゆっくりと過去の紐を解いていき、エルザに全てを話した。

潜入していたこと、魔法を使ってあの姿をしていたこと…

 

「そういうことだったのか…」

 

「あぁ…」

 

「…あの時は助かった、それに…リュウマは私を見守ってくれていたんだな、ありがとう」

 

「いや、気にするな」

 

「ふっ…これからもよろしく頼むリュウマ」

 

「あぁ、よろしく頼む」

 

 

 

 

 

その後、2人っきりで色々話し…笑いあった。

 

 

 

その時のエルザの顔は…無邪気な子供のような…見ていて眩しい笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 




なんか無理矢理だったけど、主人公に塔を任せてみたかったんです笑

新しくなるギルドはもう見せてもらい説明を受けた設定です。




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収穫祭~Bof~
第十刀   不本意な掲載


楽園の塔の最後つまらなかったですよね?
大丈夫!書いた私ですら思いましたから!

ジェイソン書くのダルい…





 

 

この日…ルーシィはすこし緊張していた。

 

理由を述べるのであれば、今日は週刊ソーサラーの記者が直々にフェアリーテイルをインタビューをしに来るからだ。

 

週刊ソーサラーとは魔法専門誌であり、通称週ソラと呼ばれている。

色々な魔導士ギルドの情報や魔導士のグラビアなどが掲載されてある。

 

そしてルーシィの愛読誌であり、美男美女の魔導士の特集も載せているのだ。

 

そうこうしている内に、週刊ソーサラーを手がけている記者のジェイソンが入ってきて、ハイテンションでエルザの元へと向かった。

 

「ohーーーーーー!!!ティターニア!!」

 

「やっべ、すげぇ本物だ…クールCOOLクゥール!!!!」

 

「本物のエルザじゃんクゥゥゥゥル!!!!」

 

ここまででエルザは一言も喋っておらず、手に持ったケーキを食べ続けている。

それでも構わないのかジェイソンはハイテンションをキープしている。

 

週ソラに載れるかもしれない機会なので、ルーシィはいつもは出さないような甘い声を出しながらジェイソンに自己紹介する。

 

「あたしルーシィって言いまーす♡

エルザちゃんとはお友だちでぇー…」

 

「良かったら二、三質問に答えてくれない?」

 

「構わないが……」

 

しかしガン無視されてしまった。

そんな中、エルザへの質問は始まっていく。

 

「換装できる鎧は全部でいくつぐらいあるんです?」

 

「100種類以上だ」

 

「COOL!!!!!!!!」

 

「好きな食べ物は?」

 

「チーズケーキとスフレは外せないな」

 

──うぅ…あたしの知名度ってこんなもんなの…

 

ジェイソンが質問してこないことに意気消沈し落ち込む。

 

「ぷっ…」

 

「あんたに言われたくないわ!この青猫!?」

 

そんなルーシィを見ていたハッピーは態とらしく笑う。

笑われたルーシィは怒りながらもハッピーだってインタビューされないと高をくくる。

 

「おーーーー!!!!ハッピー!!!どうして君はそんなに青いんだい!?」

 

「ネコだからです」

 

───こんなのに負けたんだけどーー!!

 

だが、ジェイソンのインタビュー相手にハッピーも入っていたそうでとても意味が無さそうな質問し、ハッピーは答になっていない答を返した。

 

「!!!!」

 

ハッピーのインタビューを終えたジェイソンはなんとルーシィの方を見た。

それに少し期待して笑顔を見せる。

 

「グレイだーーー!!!!本物のグレイがいるーーーー!!!!!」

 

だが、またしても狙いは違かった。

ルーシィを見たのではなく、ルーシィの更に奥にいるグレイを見ていたのだ。

 

「何故君はすぐ服を脱ぐんだい?」

 

「脱がねぇよ!!人が変態みてーに!!!」

 

「グレイ様服ーーーー!!!!????」

 

脱ぎ癖を指摘されて否定したところ、もう既に脱いでいた。

それをジェイソンをメモ帳に書き留めているため、またも週刊ソーサラーにグレイは脱いだ云々を書かれるだろう。

 

「なんかあつーい、あたしも脱いじゃおっかな~」

 

「!!」

 

脱ぎ癖のあるグレイがインタビューされたことから、ルーシィはやけくそ気味に服を着崩してアピールする。

ルーシィの声に頭を上げたジェイソンは…

 

「だーーーーらぁーーーー!!!!!記者ってのはどいつだコラァァァァァァ!!」

 

「ナツ!!火竜(サラマンダー)のナツ!!!!」

 

机と椅子をひっくり返し、怒りの炎で体が燃え盛った状態で乱入した。

その衝撃にルーシィも吹っ飛ばされてしまい、やもなくアピール失敗した。

 

「オレが今日1番会いたかったまどうぬやにゆたねはクォーーール!!!!!!!」

 

──いや、興奮しすぎだから……。

 

最早興奮し過ぎて人語を忘却したジェイソンに心の中でツッコミを入れた。

 

「やいやいやい、いっつもオレの事悪く書きやがって!!!」

 

「YES!!!!!!!!」

 

「オレが何か壊したとか壊したとか壊したとか!!」

 

「COOL!!!!COOL!!!!COOL!!!!」

 

実際のところ、ナツは依頼先で周りの物を無差別に破壊する。

それも記念物や街の象徴的な重要な物まで幅広く。

 

そのため週刊ソーサラーに載るのはナツが如何にどれ程の物を破壊したか…しか書かれない。

しかし、結局は本当のことなのでナツは文句は言えない。

 

「やっべ本物だ超カッケェ………!!!!」

 

ジェイソンはナツの超大ファンである。

それこそ、記事にどれ程の物をどんな風にどの規模で破壊したのか事細かに記載するほど。

 

「あ、握手して下さい!!!!!」

 

「うっせぇ!!!!!」

 

──バッコオォォォォォォォォォォォォン!!!!

 

感激のあまり、ナツに会うたんびにやる握手にナツは拳で答えた。

殴られたジェイソンは頬を赤く膨らませながらきりもみ回転してルーシィの足下まで転がってくる。

 

「やっべ!!・かっこよすぎ!・さすがヒーロー・『こんなCOOLな握手は初めて』……と」

 

──なんかすっごいプロだってことは分かった…。

 

殴られたにも拘わらず、笑みを浮かべながらよく分からない感想をメモ帳に書いていく。

そんなジェイソンを見てプロだと思うルーシィは間違っていない。

 

「あ、あの記者さん?あたしに質問とか…」

 

「!!」

 

もう遠回りしながらアピールしていると帰るまでインタビューしてくれないと思って直球でいった。

 

「エルフマンだーーー!!!!COOL!!!」

 

結局それすらも無視されてしまったのだが…。

 

「あなたにとって漢とは?」

 

「漢だな」

 

こんな質問と答えよりも自分は下だと考えると軽く絶望した。

 

「マスター!!新しいギルドの抱負を…」

 

「あ…えーと…愛と正義を胸に日々精進…」

 

──ウソくさっ!!!???

 

絶対日々思っていないであろうことを震えて嘘くさそうに答えるマカロフに驚いた。

そもそも愛を胸に精進しているのはジュビアだけだし、フェアリーテイルにおいて正義もクソもない。

 

そもそも問題児だらけのフェアリーテイルが正義だったら他はどうなるというのか。

 

「先程からどうしたんだ?ルーシィ」

 

「あ、リュウマ…」

 

「!!!???」

 

さっきから何かに空回りしているルーシィに話しかけたのはリュウマだった。

というよりも、さっきからその空回りを見ていて痛々しくなってしまって話しかけたのだ。

 

「リュウマ!!!!!?????クール!!クゥゥル!!COOOOOOOOOOOOL!!!!!」

 

そして意図しないところでジェイソンが釣れた。

 

「リュウマ!!!!質問いいかな!!!!????」

 

「ん…?あぁ、ジェイソンか…いいぞ?」

 

折角だからリュウマに愚痴を聞いてもらおうとしたところ、今までと同じ要領でジェイソンにインタビューされてしまった。

 

「名前覚えてくれてた!!!!超クール!!!!じゃ質問!リュウマが使う武器ってどれくらい!!??」

 

「残念だがそれには答えられん。数は俺ですら把握しきれていないが故に」

 

「oh!!!!クール!!!!!最高だねぇ!!!」

 

自分の使っている武器の数が把握し切れていないと聞いて何気にルーシィが驚いた。

 

「あと、いつも帽子被ってるけど、素顔見せてもらえる?」

 

「??別に良いが…」

 

ジェイソンに三度笠を取ってくれないかと言われて外す。

中からは右目に刃物か何かに付けたのか刃物傷があるが、それを抜きにしてもとても整った顔立ちの顔が現れる。

 

大抵は三度笠を被っているせいで見えない整った顔立ちを見れたルーシィはポーッとしながら見つめた。

 

「やっべ!やっぱ超イケメン!!!!うちでモデルしてくんない!!!???」

 

「いや、俺は顔に傷があるんだが…」

 

「クール!!!!でもカッコいいから大丈夫!!!!」

 

「そ、そうか…なら…」

 

いきなりの申し出に困惑しながらもルーシィのことをチラリと見た。

 

「そこにいる金髪の女性をルーシィというのだが…うちの唯一の星霊魔導士でな、インタビューしてくれたら出てやる」

 

「えっ!?」

 

「マジで!?クーーーール!!!!それなら全然オッケー!!!!じゃあ、後で迎えに来るからね!」

 

「早速今日やるのか…」

 

彼がジェイソンにそう言うと一瞬で承諾した。

ルーシィはやっとの事でインタビューをしてもらえたのだ。

 

ルーシィの心の中はリュウマに対する感謝しかなかった。

リュウマがいなかったらインタビューされなかった可能性が大だったからだ。

 

その後も、ガジルが歌ったり、ナツが暴れてドタバタしたりしたものの、フェアリーテイルの取材は無事終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで後日、インタビューを元に書かれた雑誌が発売された。

 

まあ、予想通り妖精の尻尾(フェアリーテイル)の名を悪名高くする結果になったのだが。

 

しかし、悪いものばかりではなかった。

 

リュウマの帽子を外して撮った撮影…その写真集で、イケメンランキング1位と彼氏にしたいランキング1位を独占していた。

 

それも表紙をカラーでデカデカとリュウマを載せる仕様で。

 

フェアリーテイル内でもその写真集を買い、女性陣が黄色い歓声を上げていた。

まぁもっとも、本人は恥ずかしそうにしていたが…。

 

まさかエルザにミラさんも持ってるとは思わなかった…と、言葉を漏らすルーシィだった。

因みにルーシィも既に買っている。

 

表紙に載ったリュウマに多大な人数の女性ファンができ、フェアリーテイルに来てサインを強請りに来たのはみんなの記憶に新しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ファンのサインの時

 

 

数日前にジェイソンに約束したモデル仕事が予想以上に大変であったため、その日のリュウマは珍しく脱力していた。

 

本人としては少し撮って終わりだと思っていたのだが、撮影者が最高の材料がきた…!と言って終わらせなかったのだ。

 

まぁ、もう過ぎたことなのでよしとし、今はカウンターに座ってミラの料理を食べている。

そして料理を食べ終わったと同時、外がやけに騒がしくなった。

 

「ミラ、外が騒がしくないか?」

 

「そうねぇ?なんでかしら?(絶対写真集よね…)」

 

フェアリーテイル内が騒がしいならいつも通りであるため分かるが、外が騒がしいので首を傾げた。

 

「「「「リュウマ様~~~!!!!♡」」」」

 

疑問に思っているところで入り口が勢い良く開き、外から若い女性達が一気になだれ込み、リュウマの周りに来て周囲を囲った。

 

「リュウマ様握手してください!」「リュウマ様色紙にサインして~!!」「リュウマ様こっち向いて~~!!」「リュウマ様結婚して~~~!!」

 

なんだかよく分からないことに混乱しながらも、彼は一人一人ちゃんと対応していった。

 

 

「あ、あぁ…握手は…これでいいか?」

 

「キャーッ!もう手洗えな~い!!////」

 

──いや、洗った方がいいと思うのだが…

 

 

「色紙にサインだったか…?…ほら、これでいいな?え…?ニーシャへ愛を込めてと書いてくれ?…こうか?」

 

「もう死んでもいいですぅ…////」

 

──大袈裟すぎるだろうに…

 

 

「向いてくれと言ったのはお前だったか?…ん?帽子を取ってくれ?…これでいいか?すこし微笑んでくれ?…こうか?ニコッ」

 

「さいっっこぉぉ~////」

 

──顔に傷がある奴の笑みのどこがいいんだ…?

 

 

「結婚だったか…?いや…流石にそれは無理があるが、慕ってくれる気持ちは嬉しい、ありがとう。ん?微笑みながらのありがとう?…ありがとう」

 

「あぁ~大好きでしゅうぅぅ~////」

 

──純粋な好意を受けるのは悪くないな///

 

 

「「「「リュウマ様~!サインくださ~い!!」」」」

 

 

若い女性達はリュウマにサインを強請る。

 

周りを囲まれてゴチャゴチャしていたら書けないと思った矢先、女性達は瞬きする一瞬で彼の前に一列で並んだ。

フェアリーテイルの実力者達も目を見張る結束力だった。

 

そこまでされて追い返すのも悪いと思い、一人一人にサインしていく。

 

 

『『『『クソッ!イケメン野郎が!』』』』

 

 

フェアリーテイル内の男性陣は心の中で悪徳つく。

 

そしてそれから3時間後、リュウマは大量にいた女性達から解放された。

 

…と、思っていたらエルザ、ミラ、ルーシィがリュウマの元へと向かってくる。

 

「随分嬉しそうだったな?リュウマ」

 

「楽しかったかしら?ウフフ…」

 

「リュウマデレデレしてたね…?」

 

──いや、何故俺が責められているんだ…?

 

顔は綺麗なのに目が笑っていない3人にたじろいだ。

そんなリュウマを余所に、エルザが話しかけてくる。

 

「リュウマ、週刊ソーサラーで写真を撮ったようだな?」

 

「あ、あぁ…ジェイソンとの約束でな」

 

「それで…私もリュウマが載っていたから買ってみたんだ…」

 

「そ、そうか…仲間に見られるのは恥ずかしいな…」

 

仲間から見られたということに顔を赤くする。

中には自分は絶対にとらないであろうポーズをしているのもあったからだ。

 

「そっそれで!せっかくだから私にもサインをくれないか!?いっ嫌ならばいいんだぞ!?」

 

「いや、何故嫌がると思った?…こんな感じでいいか?」

 

サインを書いてエルザへと渡す。

 

「むっ…あ、あぁ…で、出来れば…エルザへ愛を込めてと書いて欲しい…」

 

渡された色紙を受け取らず、最後の方は小声になってしまっているが、顔をほんのり赤くしながらそうお願いした。

 

「わ、分かった…これでいいか?」

 

「う、うむっ…上出来だ(よしっ!)、そうだ…今度一緒に仕事に行かないか?2人で」

 

「2人…?あぁ、構わんぞ」

 

「そうか!約束だからな?」

 

「わ、分かった…」

 

エルザは上機嫌になり、最後に綺麗な笑顔を浮かべながら帰っていった。

その笑顔にリュウマは少し見惚れた。

 

エルザが去った後に今度はミラが来る。

 

「リュウマ?楽しかったかしら?」

 

それも額に青筋を浮かべながら。

それには流石のリュウマも焦った。

 

「い、いや…普通だったぞ!?ただ驚いただけだ」

 

「ふ~ん…?じゃあ私も色紙貰おっかな~?」

 

不機嫌そうに答えるミラに嫌な予感を感じ取って慌ててサインをした。

 

「これでい「愛を込めては?」…これでいいか?」

 

「うん♪バッチリよ♪あっ!あと握手ね?」

 

「??まあ、いいが」

 

そして手を握って握手するが、なかなか離れない。

それどころか指の間に指が絡みつき、恋人繋ぎをしてきた。

 

「ちょっ!?ミラ…!?そこまで指を絡めなくとも…!?」

 

「なぁに?わたしは握手してるだけよ?」ニギニギ

 

「ぐっ…流石に恥ずかしい…のだか…」

 

「ん~、リュウマのかわいい反応も見れたし…はい!ありがとね♪」

 

「あっ…ハッ!?…いや!?大丈夫だ」

 

「うふふっ(かわいい♡)じゃあね♪」

 

いきなり離されたために物足りなさを一瞬感じてしまったが、直ぐさま切り替えた。

そんな彼をミラはいたずらっ子のような顔で見ていたが…。

 

ミラも機嫌良く帰っていくと、最後のルーシィがくる。

 

「リュウマはモテモテですね?」

 

「いや、初めて載った男に興味を持っただけだと思うぞ」

 

「う~ん、まっ!そういうことにしとこっか!そうだ、あたしにもサインちょうだい?」

 

「あぁ、分かった…これ「あ、愛を込めても…ね?」わ、分かった…これでいいか?」

 

男心をくすぐるような笑顔で言ってくるルーシィの要望に応えて書く。

 

「うん!バッチリ!って…うわ~何かに躓いた~(棒)」

 

どこか不自然な言い方をしながら倒れこむが、リュウマは優しく受け止めてあげた。

 

「むっ、大丈夫…か?」

 

ハッとして気がついた。

ルーシィがリュウマの首に腕を回し、べったりと抱きついているため柔らかい物が色々と当たり形を変えている。

 

「も、もう大丈夫だろ?早く立ってくれ」

 

それはマズいと思ってルーシィを立たせる。

一生懸命柔らかさを忘れようとするが、顔が赤いままなのでルーシィにはバレバレだ。

 

「ふふ、ありがとうリュウマ(可愛い♡)」

 

「ふぅ…いや、気にすることはない」

 

「じゃあ、次の写真集楽しみにしてるね♪」

 

「いや、次もやるかは分からない…」

 

はっきり言いうと、あまりやりたくないというのが本音だ。

 

「そっか…じゃあ、またやる時を楽しみにしてるね?」

 

「あぁ、覚えておこう」

 

「うん!じゃあまたね!」

 

──これで全員終わったか…ん?何故皆(男の大人達)俺を見てるんだ…?

 

『『『『『くっそぉ!!モテるだけの性格と顔してるから憎むに憎めねぇ!!!!』』』』』

 

※皆にサインなどをしてあげてリクエストにも応えたせいで、元からの人気が尚爆発的に上がり、どこかのイケメン軍団が悔しがっていたのは余談である。

 

 

 

 

こうしてドタバタしながらも、この日は過ぎていった。

 

 

 

 

 




最後の方にオリジナルを入れましたがどうですか?
恋愛はあまり分かんないんで、「なんだこりゃつまんね」って思わせてしまったらすみません。

だけど、これが私の限界です…!

リュウマは女性経験がないのでこんな感じです(作者も)



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第十一刀  落雷を阻止せよ

これあれですよね、視点が多くて誰から手をつければいいのか分かんないやつですよね…


主人公の技のレパートリー尽きそうですヤバい…




 

 

フェアリーテイルに在籍する大人の男達は今、これから始まるものが楽しみで仕方ない。

 

何が楽しみであるか?

 

それはもちろん、ミスフェアリーテイルコンテストが今から開催されるからだ。

 

ミスフェアリーテイルは、フェアリーテイルに在籍する女魔導士達が賞金のため、観客達である男達に如何に自分達が美しいかをアピールする一種のイベントだ。

 

──いや~、楽しみじゃの~!今日フェアリーテイルにいないのはミストガンにリュウマ、ギルダーツくらいじゃ、ギルダーツとミストガンはいつも通りだとしても、リュウマは勿体ないの~…まさか評議会から指名されて仕事がくるとは…リュウマよ、お前の分もワシが楽しんでおくぞぃ!

 

これから始まるであろうミスフェアリーテイルコンテストを想像し、鼻の下を伸ばしながらそう心の内で溢す。

 

ギルダーツとミストガンはいつも通りでいないのだが、今回はリュウマもいない。

彼もイベントを楽しみにしていたのだが評議員が来て、やってもらいたいことがあると依頼してきたのだ。

 

それにはリュウマも…ではなく、他のメンバー達が怒り狂った。

折角のイベントになんで連れて行くんだ帰れ…と。

しかし、リュウマはこういう時に聖十大魔道として呼ばれると行かなくてはならない。

 

故にどうにかみんなを宥めて評議員と一緒に行ってしまった。

なので今回彼はいない。

 

『エントリーNo.1異次元の胃袋を持つエキゾチックビューティー!カナ・アルベローナ!』

 

ミスフェアリーテイルが開幕したようで、最初はカナからだ。

出場した動悸は酒代が欲しいから…というもの。

 

カナはカードを大量に放り投げ、一瞬にして水着に着替えるという芸当をこなして歓声を集める。

 

そこからはグレイに見てもらいたいが為に出たジュビアも水着で勝負し、モデル仕事を偶にするということで出たミラが残念な変身魔法を使って自滅。

 

折角のイベントなのだから出なければ損ということでエルザが出てゴスロリに換装し、男のハートを掴んでいく。

そして、ルーシィの出番になった時、始まってしまった。

 

ルーシィの出番で雷神衆(らいじんしゅう)が現れ、出場していた女性を全員エバーグリーンが石に変えてしまった。

 

女性陣が石にされたことを呆然と見ていると、ラクサスが現れてこれからバトル・オブ・フェアリーテイルを開催すると宣言した。

 

内容はミスフェアリーテイルで出場した女性達を人質として捉え、制限時間3時間でメンバー同士が戦いあい、妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強を決めるというものだ。

 

「バトルフィールドはこの街全体(マグノリア全体)、オレ達を見つけたらバトル開始だ」

 

フィールドはマグノリア全体ということは、魔導士の戦いに巻き込まれて負傷者が出るということだ。

いつもの喧騒ならば直ぐに収まるのだが、これはそんな簡単な話ではないため危険だ。

 

「ぶさけおってぇぇぇ!!!!!!!!!」

 

マカロフの堪忍袋の緒が切れ、体を巨大化してラクサスや雷神衆をとっちめてやろうとするが、分かっていたのかラクサスが動いた。

 

マカロフが一歩踏み出した時…辺りに強力な光が包んだ。

閃光弾のようなものを使ったらしい。

 

「うおっ!?」「なんだ!?」「ま、眩しい!!」

 

閃光が消えてから目を開けると…もう雷神衆はそこにいなかった。

 

『バトル・オブ・フェアリーテイル開始だ!』

 

どこからともなくラクサスの声が響き渡り、バトル・オブ・フェアリーテイルの開始を宣言した。

 

「クソォオオ!!姉ちゃん達を助けねぇと!!」

 

「あいつらぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「ラクサスを捕まえろォ!!!」

 

「つーかぶっ潰してやる!!!」

 

姉のミラが石にされたことから助けるために叫んで出て行ったエルフマンを皮切りに、他のメンバー達ももラクサスを捕まえに行った。

 

「ワシが…ワシが止めてやるわ!!!!クソガキがぁ!!!!」

 

──ゴチーーーーーーーーーーン!!!!!!」

 

「あたーーーーー!!!???」

 

その中でマカロフもラクサスを捕まえに行こうとするも、出ようとした時に見えない壁のようなもので遮られた。

出られないのはマカロフだけなようで、近くにいたグレイにどうにか出ようと手伝ってもらったが、マカロフだけが出られなかった。

 

──ヴヴヴヴヴヴ… 「「!!」」

 

すると、入り口に文字が刻まれ始めた。

マカロフはその文字と使い方に見覚えがあるためすぐ気づく。

 

「こ、これは…フリードの術式か!?」

 

「術式?」

 

「結界の一種じゃ、踏み込んだ者を罠にかける設置魔法…おそらくこのギルドを囲むようにローグ文字の術式が書かれておる!!」

 

「なんじゃそりゃ!?」

 

設置すること自体には少し時間がかかってしまうが、設置した罠にかかると行動の自由などを抑制することが出来るためとても厄介だ。

 

『80歳を超える者と石像の出入りを禁ずる』

 

刻まれた文字から察するに、マカロフと石像にされた女性達が出られないようにするために張ったようだ。

 

「こうなった以上オレ達がやるしかねぇ…」

 

グレイは出られないマカロフを見て自分達がラクサス達を捕まえるしかないと考えた。

 

「たとえあんたの孫だろうが容赦しねぇ、ラクサスをやる!!」

 

そう言ってグレイは行ってしまった。

そんなグレイの後ろ姿を見ながらマカロフは思考していた。

 

ラクサスは自分の孫であることを抜きにしてもとても強い魔導士…フェアリーテイル内ではトップクラスの実力を持つ。

 

──あんなバカタレだが強さは本物じゃ……ラクサスに勝てる者はいるのか…?…いや!!リュウマがいる…!

 

その時に1人の男…リュウマが思い浮かんだ。

しかし直ぐにダメだと切り捨てる。

リュウマは今評議員からの使命クエストをやらされていてこの場に来れない。

 

そこで取り敢えずは石像にされた女性達を助けるために、近くで隠れていたリーダスにフェアリーテイル顧問薬剤師のポーリュシカを連れてくるように頼んだ。

 

リーダスはそれを了承して街の外に出ようとするが、またもフリードの術式に遮られる。

誰かがでようとしても出られないよう、予め街全体に術式を仕込んでいたのだ。

 

街の端でやられている時、ギルド内では珍事件が発生していた。

 

バトル・オブ・フェアリーテイルを始めると言ったラクサスに向かって殴りかかったナツが、勢い余って壁に激突して気絶していたのだが…気絶から回復して今の事情を聞いてラクサスを止めに行った。

 

ここまでは良かったのだが、なんとナツもフリードの術式に阻まれてギルドの外に出られなかったのだ。

それに続いて鉄漁りをしていたガジルもラクサスを止めるようマカロフに言われて行こうとするのだが…ガジルも術式に阻まれた。

 

 

『80歳を超える者と石像の出入りを禁ずる』

 

何故ナツとガジルが出られないのだろうか…?

マカロフも首を捻る案件だった。

 

─ビビビ………

 

珍事件が起きてから数十分してからというもの、文字が刻まれていた術式が動き出して違う文字を刻み始めた。

 

『バトル・オブ・フェアリーテイルの途中経過速報』

 

『ジェットVSドロイVSアルザック』

 

「な、なんじゃこれは…!?」

 

「なんでこいつら戦ってんだ?」

 

『勝者…アルザック』

 

『ジェットとドロイ戦闘不能』

 

『フェアリーテイル…残り人数81人』

 

フリードの術式は仲間内での戦闘の有無を知らせる文字を刻んでいった。

 

ラクサスを捕まえに行ったはずのメンバー達が同士討ちを始めてしまったことにマカロフは嘆いた。

 

そんな時、ナツが心配するなと言った。

ラクサスは石像にされた奴等を砕いたりしない奴だと。

そんな言葉を聞いてマカロフは少し感動していた。

 

──ナツ…お前はあのラクサスを仲間だと言うのか…?そこまではやらないと…信じておるのか…?ワシは…

 

『残り時間2時間18分…残り人数…42』

 

だが、それでもバトル・オブ・フェアリーテイルは続いていく。

まだ始まってそう経っていないというのに、残っている人数は半数を切っていた。

 

『エルフマンVSエバーグリーン…勝者エバーグリーン』

 

「まさかエルフマンがやられるなんて…」

 

「ぬうぅ…グレイはビックスローと戦ってやがる…」

 

「雷神衆が動き出したんだ…!!」

 

『残り人数41』

 

フェアリーテイルでも上位の強さを持つエルフマンなどもやられていく。

メンバー達がやられていくのをジッとしているしかないマカロフは悔しさと自身の無力さに歯を食いしばる。

 

──頼むリュウマ…!帰って来てくれ…!

 

 

それから少しの時間が過ぎたあと、右目が義眼であるエルザが石化から復活し、エバーグリーンを倒したことで他の石化されていた者共が元へと戻った。

確かに戻った…戻ったのはいいが…またも危機が迫ってきた。

 

 

──ビービービービービービービービー!!

 

 

突如フェアリーテイル内にどこか不安を煽るような警報が鳴り響いた。

 

『聞こえるか?ジジィ、そしてギルドの奴等よ』

 

『ルールが一つ消えちまったからな、今から新しいルールを追加するぜ』

 

『バトル・オブ・フェアリーテイルを続行するために、オレは神鳴殿(かみなりでん)を起動させた』

 

雷鳴殿とは、マグノリア全体を囲うように空中に設置された雷の魔力を持つラクリマが浮かび、時間内にラクサスを倒さなければマグノリアに落雷するというものだ。

 

「何を考えておるんじゃラクサス!!関係ない者達を巻き込むつもりか!!!!」

 

──ズキンッ!

 

大声と興奮していたこともあり、持病がぶり返して心臓に激痛を走らせた。

マカロフはその痛みに膝をついて倒れ込む。

 

「大変!いつものお薬!」

 

「こんな時に…!」

 

「じっちゃん!!」

 

──くっ…こんな時に限って………!

 

マカロフは緊急のため速やかに医務室へと送られた。

 

 

 

 

 

 

ミラがマスターの薬を持って来てから、ふと外を見ているとマグノリア全体を囲うようにかなりの魔力が込められたラクリマを見た。

 

それによって雷鳴殿が本当に作動しているということを知る。

それを他のエルザを抜く石像にされていたメンバーに告げると、ビスカがライフルに換装してラクリマを撃ち抜いた。

 

「こんなの全部私が…!──あぁああぁあぁああぁああぁああぁ!!!???」

 

そしてそんなビスカを襲ったのは天から落ちた雷。

ビスカはその威力によって為す術もなく気絶してしまった。

 

どうやらラクリマ一つ一つに生体リンク魔法がかかっているようだ。

ラクリマに攻撃を加えると、その加えた者に対して同じ分だけの雷で攻撃するという魔法だ。

 

──これじゃあ下手に壊すことが出来ない…どうすれば…あっ…!

 

これから雷鳴殿をどうしようか悩んでいると、一つのことを思い出した。

 

ミラはリュウマから使い捨ての通信用小型魔水晶(つうしんようこがたラクリマ)を1個渡されているということを。

 

通信用ラクリマを取り出してはすぐさまリュウマへと繋いだ、リュウマならこの状況をどうにか出来ると信じて。

 

──お願い…!繋がって……!!!

 

──プルルルル…プルルルル…ブウン!

 

『誰だ?今魔獣と交戦中なのだが?』

 

幸いなことに、リュウマへと繋がった。

その事にミラは心の底から安心した。

 

「繋がった…!ごめんなさいリュウマ!けど、お願い…助けてほしいの…!」

 

『…少し待っていろ』

 

切羽詰まったミラの表情を見てただ事ではないと察した彼は、ラクリマの向こうで相手をしていた魔獣を直ぐに叩きのめした。

 

『今終わった、で…なんだ?』

 

「うん…実はね…?」

 

それからは今の状況を事細かに教え、空に自分達では対処できないラクリマがあることを教えた

 

『…なるほど…そんなことが…分かった。今から全速力で戻る10分…いや5分待っていろ、そのラクリマに攻撃するなよ?それは俺がどうにかしよう』

 

忙しい中でも直ぐに帰って来てくれるという彼にミラは心の中が温かくなった。

 

「分かったわ…ごめんなさいリュウマ…いきなりこんなことを頼んで…」

 

『いや、構わなん。俺とて街の人々が危険な目にあっているなら見過ごせないからな…今から向かうから待っていろ』

 

その言葉を最後にラクリマの通信が切られ、ラクリマは砕けた。

ラクリマはリュウマがどうにかしてくれるが、自分達が何もしない訳にはいかないと思い、ギルドを出て負傷者の手当に向かった。

 

 

 

 

 

 

───マグノリアから数百キロ地点

 

 

リュウマが評議会から出されたクエストの目的である魔獣と交戦していると、ミラから通信用ラクリマに連絡があり、今マグノリアで起きている事について聞いた。

 

まさか収穫祭があるというのにそんなことになっているとは思いもしなかった。

 

昔は周りにうまく溶け込もうとしない一匹狼のようなラクサスであったが、最近はそれが顕著になり、やたらと強さを求めるようになっていた。

 

そんなラクサスを見ていてその内何かをしでかすとは思っていたが、街の人間を巻き込むならば自分も出るしかないと思った。

 

「早く向かわねば。模倣(もほう)させてもらったぞジェラール、『流星(ミーティア)』!」

 

楽園の塔でナツとの戦闘で見せていたジェラールの神速の移動魔法である流星を使った。

実はあの時に横目で戦闘を見ていてちゃっかり魔法を覚えていた。

 

彼は流星を使いながら更に神速の移動方法である縮地を使い、さらに速度を上げる。

現在地からマグノリアまでは数百キロという距離があるが、これならすぐに着くだろう。

 

 

 

 

 

彼が移動を始めて本当に五分が経った頃、彼は街に着いた。

 

マグノリアの空を見上げてまだラクリマは浮いていることから、指示通り手を出していないことを確認する。

 

彼は一度にラクリマの全部を破壊すため、街の中心へと移動して、ラクリマのある高さまで飛ぶ。

 

手に両手で持つ程の大きな大鎌を召喚し、水平に振りかぶった。

 

 

      「『死神の円舞曲(サイレントワルツ)』」

 

 

彼が横に薙ぎ払うと、水平に黒い波のような斬撃が飛び…確認した限りある298個のラクリマを破壊した。

 

だが、これだけで終わりではない…破壊されたことによって298個分の生体リンク魔法が発動しようとしている。

 

流石に自身の攻撃298回分は耐えられないので右手で自分に触れて能力を無効化する。

 

 

      「『幻想殺し(イマジンブレイカー)』」

 

 

「ガッ…!?…流石に全部とまではいかんか…」

 

生体リンク魔法を無効化することは出来たが、全部とまではいかず、2個分程の生体リンク魔法が通ってきた。

 

体中に少なくない雷が走るが、298個分全部くるよりはマシだろうと考えて下に降りていく。

 

ミラの報告では負傷者がかなりいるというので、その手当をするべく、街の中を探していくことにした。

 

 

 

 

リュウマが歩きながら誰か探していると、少し離れた所からミラの膨大な魔力を感じたので、そっちに向かうことにした。

 

──…ミラが戦っているのか…?

 

ミラはエルフマンの他にもう1人妹がいたのだが、過去の事件で亡くしていた。

 

それからというもの…ミラは一切戦うことが出来なくなってしまっていたが…どうやら一歩前進したようだ。

 

魔力が反応した所に着いた時にはちょうど戦いが終わっていたようで、ミラとフリードがいた。

 

「来年こそは一緒に収穫祭楽しみましょうね」

 

「うん…えぐっ…」

 

ミラとフリードの話も終わったようなので、リュウマは2人の元へと向かった。

 

「終わったようだな、ミラ」

 

「あっ!リュウマ!!雷のラクリマも壊してくれたのね!ありがとう!生体リンク魔法は大丈夫?」

 

「あぁ、来る瞬間に無効化したから大丈夫だ」

 

「あはは…リュウマらしいね」

 

「それよりも、ミラ…一歩前進したな」

 

「うん、一歩だけ前に進めたよ」

 

一歩前進することの出来たミラの笑顔は、過去を思い出したのが少し悲しそうではあったが、とても綺麗だった。

 

「良かった、傷の手当てをしてやろう。カナ、エルフマンは…ジュビアも連れているのか、なら一緒に手当てをしよう」

 

ジュビアはフリードの術式によってカナと戦う事になっていたのだが、入ったばかりであり、ファントムの時に敵として戦ったことからみんなに認めてもらいたく、攻撃したくなかったので頭上にあるラクリマを破壊した。

 

それによってジュビアは体中に重傷を負っていたのだ。

 

「『回復魔法・治療する光(かいふくまほう・オールヒール)』」

 

傷を回復させることの出来る緑の淡い色の光を出して全員を一緒に回復させる。

みんなの傷はみるみると塞がっていった。

 

「ありがとうリュウマ」「助かったよ」「助かったぜリュウマ」

 

「あぁ、ジュビアは安静にさせておけ、俺はラクサスの所へ行ってくる」

 

「気をつけてね」

 

ミラ達は傷は回復したとはいえ、疲労は回復しないので休ませ、リュウマはラクサスの魔力を感じた教会に行ってみることにした。

 

だが、彼が着いて最初に見たのはナツがラクサスを打ち倒し終わったところの場面だった。

 

「終わってたようだな」

 

「「リュウマ!!」」

 

「リュウマ、神鳴殿の破壊助かった、ありがとう」

 

「いや、お前達も街の人も無事なようで良かったぞ」

 

リュウマはバトル・オブ・フェアリーテイルが終わりを迎えたことによりギルドへと帰り、傷ついた仲間達の回復をしてやった。

 

 

 

 

 

どうにか街全体を巻き込むかもしれないという大騒動は終わりを迎え、収穫祭は続行出来ることとなった。

 

 

 

 

 

こうしてバトル・オブ・フェアリーテイルは終了した。

 

 

 

 

 

 




バトルオブフェアリーテイルなんか、主人公最初からいたらものの数分で終わるので、最初はいない設定にしました。

これもちょっと書くのが難しかったのですが、書き終えることができて良かった…
次は破門と収穫祭ですね!




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第十二刀  破門

ここ書くの大変やわ~

どうしよっかな…





ラクサスが起こしたバトル・オブ・フェアリーテイルの一件が終わり、翌日のこと…今日が収穫祭の日だ。

 

昨日はフェアリーテイルみんなの疲労が残っていることもあって、リュウマが回復させるにも時間が足りなかったということで一日遅れの延期となった。

 

メンバーを治していくにあたり、ナツとガジルのラクサスとの戦いで負った傷も治そうとしたのだが、これは治さなくていいと拒否したのでやめておいた。

 

ラクサスは先程、ギルドへ顔を出した。

ポーリュシカからマカロフが危篤と言われて一目見ようと来たのだ。

ギルドメンバー達はどの面下げてと騒いでいたが、リュウマのやめろの一言に黙った。

 

恐らくラクサスは破門となるだろう、しかし…ラクサスはまた必ず戻ってくる…リュウマはそう感じていた。

 

結果は案の定ラクサスの破門となった。

ギルドメンバー達は流石に破門はないだろうと抗議したが、マスターであるマカロフの判断なので従うしかなかった。

そして時は過ぎ…夜、待ちに待った収穫祭が始まった。

 

『ドーンッ!』『ドーンッ!』『ドーンッ!』

 

『ワアァァァァァァァァァァァァ!!!!!!』

 

年に一度開催されるの収穫祭なだけあって街中で賑わいを見せるが、これからが本番だ。

色々なパレードご終わっていく中、次はフェアリーテイルの出し物だ。

 

ルーシィ、レビィ、ビスカが舞台の上で旗を振っている。

 

『ミスフェアリーテイルに出てた子達だ!』『かわいいー!』『いいぞー!』『まさに妖精だ!』

 

3人衣装はとても似合っていて妖精のようで綺麗だ。

今度はエルフマンとミラの番であり、エルフマンは全身ビーストソウルで大迫力だ。

 

『うおぉぉ!!すげぇ!!』『迫力すげぇ!』

 

そこにミラが表れて巨大な生き物に変身した。

 

『ウオオォォォォォォォォォォォォォォ!!』

 

今度はグレイとジュビアのペアだ。

水を凍らせて城を作り、ジュビアが周りに水を纏わせる事で幻想的な演出をしている。

 

『なにあれ!?』『氷の城!?』『綺麗!!』

 

そして一際人気を高めているのがエルザだ。

エルザは最初、自分の周りに剣達を浮かべて舞わせていたが、換装して綺麗な衣装と剣を持ち、文字通り剣の舞をしている。

 

妖精女王(ティターニア)だ!』『剣が浮かんでる!』『カッコいい!!』『結婚してくれぇ!!』

 

次はナツなのだが…拒否したために回復していない傷が痛むのかFAIRY TAILと炎で形作ろうとしているが失敗している。

 

『どうしたナツ!?その怪我!?』『よせってナツ!』『グダグダじゃねぇか!!』『あはははは!!』

 

そしてそろそろリュウマの出番となった。

彼は出し物の上に設置してある塔の一番上から一つ下、2番目に高い場所の影に隠れている。

出て来るタイミングとなったので、クラッカーによって出された紙吹雪と一緒に出てくる。

 

『あ!リュウマだ!』『フェアリーテイルのリュウマだ!』『カッコいい!!』『リュウマ様ー!♡』

 

「『召喚・石川五右衛門の大筒(しょうかん・いしかわごえもんのおおづつ)』!」

 

リュウマは出し物の周りに9発の筒を召喚した。

片手を水平に構えた後、空へと腕を降って大筒の中身を遥か上空へと放った。

 

 

       『F A I R Y T A I L』

 

 

大筒の中身が飛んで空中で爆発した。

それによって現れたのは大きなフェアリーテイルという文字。

 

彼はもしかしたら遠くにいて見れない子供もいるかもしれないと思い、誰でも見上げれば見えるように上空にFAIRY TAILと文字が出る花火を用意したのだ。

 

『すっげぇぇぇ!!』『フェアリーテイル最高!』『リュウマ様素敵ー!♡』『リュウマ兄ちゃんありがとう!』

 

彼は見物客に微笑みながら次の花火を用意して次々と放っていった。

 

そろそろ最終局面へと入るとき、フェアリーテイルのメンバー全員が空に向かって人指し指を上げた手を掲げた。

これは昔ラクサスが、パレードをしているマカロフに見えるように、見ているというポーズだった。

 

『たとえ姿が見えなくとも』

 

『たとえ遠くに離れていようと』

 

『ワシはいつでもおまえを見てる』

 

『おまえをずっと…』

 

 

 

      『見守っている』

 

 

 

このメッセージを、きっとラクサスは見ているのだろう。

 

 

──ラクサス、しばしの別れだが…また会おう…。

 

 

 

 

こうして収穫祭も盛り上がり、ラクサスの送別も無事に終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

収穫祭が終わって一週間以上経った今、ラクサスが破門になって少なからず皆がショックを受けていた雰囲気も落ち着きを取り戻していた。

 

ナツは納得いかないとマカロフに再び抗議をしていたが、エルザによって(物理的に)止められていた。

 

マカロフはマカロフで孫の責任をとってマスターの座を降りるなど言っていた。

 

もちろんのことみんなで説得してやめさせた。

雷神衆は、少しずつではあるが他のメンバー達とうち解けてきている。

 

そしてエルザなのだが、ミストガンの素顔を見てしまったようだ。

ミストガンの顔はまさにジェラールと瓜二つ。

 

リュウマも初めて見た時は驚いたが…全くの別人だと理解している。

今はあまり会うことがないが、それでも昔会った当初はリュウマとミストガン、そしてもう1人の女の子と少しの間旅をしたりしていたのだ。

 

その時ミストガンはギルドに所属していなかったので、フェアリーテイルに来ないかと勧めた、それが今のミストガンである。

 

そんな時、ギルドの一角でスゴい盛り上がりを見せていた。

ミスフェアリーテイルの結果が張り出されていたようだ。

 

「優勝はやっぱりエルザか~!」「ルーシィは2位か!」「3位はジュビアだ!」「おめでとう!」

 

優勝賞金を本気で狙いにいっていたルーシィは惜しくも2位であった。

それにはルーシィ本人も肩を落としている。

 

エルザはゴスロリの服と、普段の凛とした佇まいがギャップを引き起こして1位となったようだ。

 

評議会からの仕事があったために見れなかったリュウマは、是非見てみたかったと言葉を溢していた。

 

その後、ルーシィの父親が廃業したために、自分と亡くなった妻との思い出の場所に仕事を貰ったが、その場所が襲われていると知ったルーシィが助けに行って(すれ違いがあった)事件を解決などがあった。

 

そして今はその事件のせいで出来なかったルーシィの家賃返済の金を稼ぎにヤジマ元評議員の店に来ている。

 

リュウマはただヤジマに、店を手伝ってくれと言われているので来ているの。

 

開店してから少し経った頃、ルーシィは自分で何をしているのか疑問に思ったようで荒れていた。

 

「あたしは一体何やってんのよ!?」

 

「ルーシィこれも仕事のうちだぞ」

 

「全然魔導士の仕事じゃないじゃない!」

 

「ここは魔法料理を作ってるんだよ?」

 

「たまにはウェイターの格好もいいな」

 

「服着てから言ってーーー!!!!」

 

グレイは服を着ていないのにネクタイはしているというのもあって変態にしか見えない。

 

「見てみろルーシィ、エルザなんかノリノリだぞ」

 

グレイに言われて別のテーブルを見てみると…エルザはテーブルの上に身を乗り出し、その抜群のプロポーションを使って男心を刺激している。

 

「注文を聞こうか」

 

「「全部下さい!!♡♡」」

 

それを違うところで見ていたリュウマも負けてはいられないと思い、注文を頼もうとしている女性2人の所へと向かった。

 

「いらっしゃい、注文は決まったか?」

 

リュウマは今ウェイターの格好をしており、いつも被っている三度笠がないためにその整った顔立ちが見えている。

そんな顔で少し微笑みながら聞くと…

 

「「はい♡あなたをテイクアウトで♡」」

 

案の定なことに注文をされてしまった。

 

その後、何処かに遊びに行こうだの、家はどこだの聞かれたがエルザとルーシィが助け(雰囲気が怖かった)ので事なきを得た。

 

店を閉めてリュウマはナツ達をヤジマと一緒に見送ったあと、ヤジマと話しをしていた。

 

「リュウマくん、ワスが評議員をやめるときに気になる事を言っておったよ」

 

「それは一体どのような…?」

 

「それがな、六魔将軍(オラシオンセイス)を倒スために、近々連合を組むことになるらスぃんだよ」

 

「なるほど…最近やたらと噂になっている闇ギルドか…」

 

仕事先でも、そのオラシオンセイスの傘下ギルドである闇ギルドが襲ってきたりする。

それを機に少し情報を集めると、オラシオンセイスが動き出したことが分かったのだ。

 

「そスて、聖十大魔道で、尚且つかなりの実力と実績があるリュウマくんに、連合による戦いをスる前にオラスオンセイスと少し戦ってもらい、相手の情報を探ってこさせようとスてるみたいなんだよ」

 

──そんなことを考えていたのか…連合を組む程の相手を先に俺に行かせて情報収集をさせるとは…新しくなった評議会はなかなかやるようだな。

 

どんなにこの案件が面倒であっても、連合を組むということはフェアリーテイルからはナツ達が出る確率が高い。

いや、確定していると言ってもいいかもしれない。

そんなナツ達が戦闘を有利にするためにも、リュウマはこの案件を受けるしかないのだ。

 

「分かった、助かった」

 

「いいってことよ、くれぐれも気をつけていくんだよ、ワスは応援スることスか出来ないから…」

 

「いや、それだけでも助かる、ではまた来る」

 

それからリュウマはギルドへと帰った。

その翌日に評議会から収集命令が降りて来て、行ってみるとヤジマの言う通りオラシオンセイスの情報収集の命令が下された。

 

評議会から出された仕事を先にマカロフに報告しておく。

その報告を受けたマカロフは目を見開いて驚いていた。

 

「なんじゃと!?それは本当か!?」

 

「あぁ、評議会から直接言われたからな」

 

「くっ、評議会め…ふざけおって…!」

 

「心配するな、情報を少しでも手に入れた方がやりやすいのは確かなんだ、俺に任せておけ」

 

「……分かった…頼んだぞリュウマ、いつもすまん…こんな役ばかりやらせてしまって…」

 

「気にするな、仲間のためだ」

 

「リュウマ…お前…」

 

「では、早速行ってくる…情報を出来るだけ取ってくる」

 

「…気をつけて行って来てくれ…」

 

 

 

 

 

そしてリュウマはオラシオンセイスがいると言われた情報を元に…マグノリアを出発した。

 

 

 

 

 

 




さあ、主人公は先にちょっとだけ戦ってきてもらいます。

まあ、強いから大丈夫でしょう多分!

収穫祭の話、短くてすいません…
ルーシィの話とばしてすいません…



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六魔将軍
第十三刀  六対一


1人で6人とかキツくね?
あ、書く私がですよ?笑笑

ジェミニがダルいわ~主人公真似されたらキツいわ~





 

 

リュウマは今、とある森に来ていた。

 

ここは近々集まる連合の集合場所から少し離れた場所であり、評議会から聞いた話があっていればここにオラシオンセイスが潜んでいる。

 

しかし、ここら辺にいるとしか聞いておらず、連合の集合が明日に行われる。

そのためオラシオンセイスを急いで見つけなくてはならない。

 

「『反響定位・反響地図(エコーロケーション・はんきょうマップ)』」

 

本来は魔力を音波状に飛ばして辺りの物の形などを把握するものだが…そんなことに魔力を使っている暇はないのだ。

もし案外近くにいたのならば、エコーロケーションに使った魔力を探知されてしまう。

 

リュウマがいるところは集合地点から離れてるとはいえ、少しだけなためリュウマ自身から行きたいのが本音だった。

 

そうしてエコーロケーションを広げること数キロ…三キロほど先のちょうど開けた場所に6人いることを確認した。

 

──見つけたぞオラシオンセイス…。

 

そしてリュウマはオラシオンセイスがいる所へ走って行った。

 

 

走ること数十分。

驚異的速度で走ったことにより、残り500メートル程先にオラシオンセイスがいるという所まで来た。

 

出来るだけ足音を消しているが、魔法によって目がいい奴がいる可能性があるため保険を掛けておく。

 

「『魔界(まかい)777ッ能力(どうぐ)毒入り消毒液(イビルキャンセラー)』」

 

リュウマが頭から満遍なく被ったこの液体は、被ったものは周りから視覚されなくなるというものだ。

 

だが、それはあくまでも視覚だけであり、同じく被ったもの同士は見えてしまうという欠点がある。

しかし、今のリュウマのように1人で行動している場合にはとても役に立つ。

 

姿が周りからは透明になっている状態で出来るだけ足音を消して近づいていくが…残り50と行った所で1人の男にバレてしまった。

 

「おい、そこでコソコソしているやつ、足音が聴こえるぞ出てこい」

 

──…っ。足音は極限まで消しておいたはず…この距離で聞こえた?コイツは耳が良いのかもしくは聴力系魔法を使うのか…

 

「お?賢明だな?なかなかいい考え方じゃねぇか」

 

──…!?読まれた…?聴力だけじゃないのか…?

 

「まあそんなもんだ、いいから早く出てこいよ、もうバレてんだからよ」

 

──…仕方ない…出て行くとしよう…。

 

リュウマは能力を解き、オラシオンセイスの前に出てくる。

 

「貴様等がオラシオンセイスだな?」

 

「如何にも…(ぬし)は何者だ?何故我らの元へ来た」

 

「そう簡単に教える訳が無いだろう」

 

「どうするブレイン?ここで始末するか?私は一向に構わないんだゾ」

 

「我らを見たからには消すしかあるまい、コブラが言うには態々遠くから様子を伺っていたようだからな」

 

表情には出さなかったが、少し驚いていた。

それなりに出来た隠密行動だと思っていたのだが、コブラという男には最初からバレていたのだから。

 

「残念だったな兄ちゃんよ?オレには聴こえてたぜ」

 

ニヤニヤとしたコブラの顔が気に食わないが、バレており、尚且つ姿を晒している以上は戦闘は必須。

何時でも何処からでも攻撃されても対応出来るように臨戦態勢へと入った。

 

「レーサーやれ、ぬしのスピードを見せてやれ」

 

「任せときな」

 

1人の男が走る予備動作をした…と思った時、レーサーと言われた男はいつの間にかリュウマの近くにまで迫っていた。

 

リュウマはその速度に驚きはしたものの、冷静に思考してスピードを上げる能力と仮に結論付ける。

 

レーサーが近づくのを視認しながら片手に槍を召喚し、貫くつもりで突くが…掠るか掠らないかのギリギリのところで躱された。

 

「…っ!?このオレのスピードに付いてきたあげく攻撃だと?かなりの反応速度だ」

 

いくらオラシオンセイス相手に手の内を明かしたくなくとも、一人でも強力だという魔導士が複数いる状況に魔法一つ使わずにいられると思う程慢心していないため、魔法を使用した。

 

「『流星(ミーティア)』!」

 

レーサーと言われたメンバーに近づき腹に掌底を放つが、少し軽い…咄嗟の判断で後ろへ跳んで威力を殺したようだ。

 

「…!?速い…!」

 

リュウマは一気に近づいて槍を薙ぎ払うように振るうが避けられる。

だが、避けた所に向かって進み蹴りを放つ。

しかしレーサーはさらにスピードを上げて避けた。

 

「速いな…」

 

つい言葉を漏らしてしまう程にレーサーは速い。

 

だが、リュウマはレーサーがスピード上昇系の魔法だと素直に思えなかった。

此奴はそんな魔法ではなく…何かが違うと超直感が告げていた。

 

──此奴以外の奴等の情報も知りたいところなのだが…

 

「ブレイン、コイツは俺達の情報を集めようとしてるみたいだぜ、確かに聴こえた」

 

──しまった…!コブラという男は心が読めるのを忘れていた…!

 

「なに?こやつはそれが狙いか…それにレーサーのスピードにも対応しているし、何よりもあの格好…良く聞く聖十大魔道のリュウマではないか?」

 

──なっ!?ここへ来る前に姿を変えて来たというのに見破れた…?

 

リュウマはここへ来る前に姿を幻覚を使って変えていた。

その証拠に最初は彼が何かと有名であるリュウマ本人であると気がつかなかった。

 

「ぬしの話は良く聞く。かなりの実力者だとな?そんな貴様が我々の情報収集をするとは…何を企んでいるのか怪しくなってきたぞ」

 

「かのリュウマは色々な武器を換装して使うと聞きましたデスネ!これはお金の匂いがしますデスネ!」

 

「黙ってろホットアイ」

 

「グ~…グ~…」

 

「こんな時にもミットナイトは起きねぇし」

 

「うむ、仮にも聖十大魔道の者、情報を漏らされても敵わんからな、全員で始末するぞ」

 

「了解だゾ」

 

相手が聖十大魔道のリュウマであると分かって一気に全員を相手にすることになる羽目となった。

ブレインという男は冷静な状況判断が出来るようだ。

 

「残念だが、逃がさねぇぜ?」

 

同この場をやり過ごすか思考すると、又もコブラによって心を読まれてしまった。

これでは行動が筒抜けとなってしまうために手を打った。

 

「『並列思考(マルチタスク)』」

 

「…!?コイツ…」

 

今、彼の頭の中では同時に5つの思考をしている。

これならば言葉が5つも重なりに重なって読むことは出来ないだろうとの考えだ。

 

今は4つの思考をバラバラに考えて、一つは今のこの状況を判断している。

後はこれを続けていればいい。

 

そうしていると、オラシオンセイス全員が(寝ている奴以外)動きだした。

 

「どうやったか知らねぇが…お前の心が聴こえなくなった。だが…それだけで勝てると思うなよ?」

 

コブラが真っ正面から突っ込んでくるが、手に持っている槍を突き刺すように投擲する。

 

「おっと、させませんデスネ!」

 

コブラに向かって行った槍を、まるで水のように柔らかく変化した土が絡みつくように掴んで止めた。

ホットアイと言われた奴は土を柔らかく変化させて操る魔法のようだ。

 

ここは下全面が土であるがため、上に居なくては危険だと判断して魔法で飛ぶ。

 

「ホットアイの魔法から逃げるために空中へ行こうとしてるが…逃がさねぇぜ!」

 

「ぐっ…!」

 

レーサーと、コブラが一緒にいた蛇が翼を生やしてそこへ乗り、追いかけてきたコブラに追撃されて地面へ叩き落とされた。

これでは空中へ行っても無駄かと判断する。

 

「開け、『双子座の扉・ジェミニ(ふたござのとびら・ジェミニ)』」

 

「適当な奴に化けて倒してくるんだゾ」

 

──なっ!?星霊魔導士だと!?黄道十二門が一体…他にもいるか…?

 

ルーシィと同じ星霊魔導士の存在に驚いている間に、コピーしたのだろう大男の姿をしたジェミニが襲いかかってくる。

 

リュウマが大金槌を召喚して叩き込もうとすると大男となったジェミニは拳を召喚した大金槌に叩き込んできた。

 

だが、武器を使い、尚且つリュウマの筋力は強いのか、消すことは出来ないが後ろの方へ後退させることはできた。

どうやらコピーした大男は腕力に自信があった人物のようだ。

 

「ジェミニ、何やってるんだゾ」

 

「あいつ凄い強いよ」

 

リュウマはジェミニとエンジェルが話に夢中になっている隙に、槍を召喚して地面へと突き立てた。

 

「我は地獄から(いかずち)を呼び寄せる者・『地獄の黒き雷(ジゴスパーク)』!」

 

突き立てた槍を中心に放電させるようにジゴスパークを放ち、全員に攻撃を仕掛ける。

 

「なかなかやるデスネ!」

 

ホットアイは地面を操り仲間の盾を造り出したが、ジェミニを消すことには成功した。

この時にミットナイトと呼ばれている男に迫った黒雷が曲がるのを見た。

 

「チッ…頭がいい奴だゾ」

 

「流石は聖十大魔道のリュウマだ。うぬをやるには苦労しそうだ」

 

「そう簡単にやられるつもりは無い」

 

リュウマはそう返しながら、オラシオンセイスの指令塔であるブレインに向かって駆け出す。

 

「来るか…『常闇回旋曲(ダークロンド)』」

 

ブレインはかなりの魔力による波状に向かってくる魔法を使ってきたので、直剣を召喚して迎撃。

 

「『月降魔(げっこうま)』!」

 

ブレインの攻撃を相殺したあと、防がれたことに驚くこともなく直ぐさま追撃を仕掛けてきた。

 

「金のために死んでもらいますデスネ!」

 

ホットアイの魔法が足に絡みついてきて動きを制限された。

彼は抜け出そうとするも、隙を突いてきたレーサーから攻撃がくる。

 

「モォタァ!!」

 

「チッ…『衝底(しょうてい)』」

 

レーサーの蹴りによる攻撃を掌底で弾き返すが、いつの間にか後ろにコブラがいた。

 

「おらよ!」

 

「くっ…!」

 

コブラの拳を受け止めることは出来たが、後ろからの攻撃を受け止めて、足は土が掴んでいるので動けない。

そこをエンジェルに狙われた。

 

「私もいるんだゾ」

 

「くっ!『鉄塊(てっかい)』!」

 

どこか機械を連想させるような星霊で斬りつけてきたが、体を硬質化して防ぐ。

 

「『サイクロン』…!」

 

「チッ…!」

 

「危ないんだゾ」

 

リュウマは魔法でサイクロンを造り出して自分の周りに展開。

コブラとエンジェルが後退している間に足の土を砕く。

オラシオンセイスの連携が厄介なのもあるが、1人1人の魔法も強力だ。

 

少し思考する時間が出来たので、ミットナイトについて考える。

魔法が当たる直前で湾曲してミットナイトを避けたことから魔法を曲げる、若しくはそれに類するような魔法だと推測する。

 

「我らオラシオンセイスを相手にここまでやるとはな?驚いたぞ」

 

「伊達に聖十大魔道をやっていないからな」

 

「スピードも大したもんだぜ」

 

「オレの魔法に変な対処してきやがったぞ」

 

「私の土魔法をぶつけても弾かれてしまいますデスネ!」

 

「ジェミニを消すときの直感はスゴいゾ、それにいい男だゾ」

 

「…エンジェルと言ったな…そんな目で見てくるな」

 

何故かギラギラした目をリュウマへと向けるエンジェル。

早く撤退しなければ、何かやってくるかもしれないと危険を感じた。

 

「うぬは強いが、逃がすわけにはいかん」

 

「ブレイン、こいつを捕まえて情報を吐かせたら私に欲しいんだゾ」

 

「…うむ、まあいいだろう」

 

──全く良くない…!

 

手の内を明かすようで嫌なのだが、背に腹はかえられないので早速撤退する。

 

「『神器召喚・双弓ハーリット(じんぎしょうかん・そうきゅうハーリット)』」

 

召喚したのは腕から雷のように発生するように出ている弓。

ただそこに展開されているだけでも高い魔力がひしひしと伝わってくる。

 

「なんだあの武器は?」

 

「ものすごい金の匂いがします…デスネ!」

 

「何かする気だゾ」

 

「気をつけよ…あの武器からはかなりの魔力を感じる」

 

オラシオンセイスは未知の武器に警戒するが…もう遅い。

ミットナイトには魔法が逸れて意味はないことは分かるが、寝ているので問題は無い。

他の奴等に効果があればいいのだから。

 

「さらばだ、『大停電(ブラックアウト)』」

 

瞬間、リュウマを中心とした10マイル以内にいる生物の思考を停止させる能力が発動した。

 

思考が止まっているオラシオンセイスを見てすかさずミーティアを使いながら縮地を使ってその場を早急に離脱した。

 

──これである程度の情報は手に入れた。あとは、これを明日集まった連合の連中に流せばいいだけだ。

 

リュウマは高速で移動しながらそう考えていた。

しかし、明日までどこでどうしようか悩む。

 

もし仮に、後を何らかの形で追われ、見つかったのが連合の集合場所付近だとマズい。

故に集合場所からかなり離れた所まで移動することに決めた。

 

後は、明日までオラシオンセイス1人1人の魔法について考えておき、一人一人の魔法などを推測すればミッションは完了だ。

 

 

 

 

彼の仕事はこれにて一応終了となった。

 

 

 

 

 

 




さあ、主人公がなかなかやらない技を出しました。
敵が強いからせっかくなんでだしました笑笑

「…………///」「…………」ニコッ

上二つの表現の仕方を使ってて分かり易いですか?
私は感情や表情が分かり易いので使っていきたいと思います。



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第一四刀  合流

オラシオンセイスって6人しかいないので、誰を当てようか迷いますね~…




 

 

リュウマ以外のフェアリーテイルメンバーは、いつもと同じようにギルドへと来ていた。

 

だが、今日はいつものギルドとは違い、カウンターの横にあるスペースの空中に何か複雑に絡み合った図が書かれてた。

 

見ていても何のことか分からないルーシィは、これが何かミラさんに聞いてみる。

 

「何ですか?コレ…」

 

「闇ギルドの組織図を書いてみたの」「あ…書いたのオレ…」

 

「どうしてまた?」

 

──なんで態々書いたんだろう…?

 

「最近動きが活性化してるみたいだからね、ギルド同士の連携を強固にしないといけないの」

 

確かにルーシィ達は最近、仕事先でその闇ギルドの奴等と良く会う。

と言っても、ナツ達がすぐ片付けてしまうのだが。

 

「この大きい括りはなんだよ?」

 

ルーシィがちょうど聞こうとしていたところをエルフマンが質問した。

図には真ん中に大きな丸が3つあり、闇ギルドの名前らしきものを囲っていた。

 

「ジュビア知ってますよ。闇ギルド最大勢力…『バラム同盟』」

 

バラム同盟は3つのギルドから構成されている闇の最大勢力であり、それぞれが直属のギルドを持っていて闇の世界を動かしているのだそうだ。

 

そんな中には、ナツ達が倒したギルド…鉄の森(アイゼンヴァルド)もあった。

 

アイゼンヴァルドは六魔将軍(オラシオンセイス)という名の最大勢力のギルドの傘下だったそうだ。

 

ナツ達も色々な闇ギルドを壊滅させているが、雷神衆も色々な闇ギルドを潰していたそうだ。

 

「ま、そんなもん気にする必要はねぇさ!噂じゃあオラシオンセイスってギルドは6人しかいねぇらしいし」

 

「どんだけちっせぇギルドなんだよ!」

 

オラシオンセイスが全員で6人しかいないと言って馬鹿にするメンバー達ではあるが、ミラ達がそんなメンバー達に教えてやる。

6人というのがどれ程のことなのか。

 

「たった6人で最大勢力の1つを担っているのよ」

 

そう…闇ギルドの最大戦力の一つが6人のみで構成されている…逆を言えば6人のみで最大戦力としてやっていっているのだ。

 

「その六魔将軍(オラシオンセイス)じゃがな…」

 

各々が闇ギルドについて話していると、ちょうどマカロフが来た。

 

「ワシ等が討つこととなった!!」

 

「「「「「!!!!!!!」」」」」

 

突然の宣言に固まるメンバー一同…。

それもそうだ、つい今ほどそのオラシオンセイスの話をしていたのだから。

 

「あ~!マスターお帰りなさい」

 

ミラは何処までいってもマイペースであり、それにはルーシィがずっこけた。

 

「マスター…一体どういうことですか…?」

 

「前日の定例会で何やら…オラシオンセイスが動きを見せるていることが議題に上がった」

 

オラシオンセイスが動きを見せた途端に討伐命令…それ程危険なギルドであることが分かる。

 

「無視出来んということになり、何処かのギルドが奴等を叩くことになったのじゃ」

 

「またビンボークジを引いたなじいさん…」

 

「フェアリーテイルがその役目を…?」

 

倒すのはいいが、いかせん戦力がもっと欲しいと思っていたのが本音だった。

しかし、その思いは杞憂に終わった。

 

「いや…今回ばかりは敵が強大過ぎる。ワシらだけで(いくさ)をしては後々バラム同盟にココだけが狙われる事になる…そこでじゃ」

 

マカロフはフェアリーテイルのメンバー達に聞こえるように大きな声で告げた。

 

「我々は連合を組むこととなった!!」

 

「「「「「連合!!!???」」」」」

 

「『妖精の尻尾(フェアリーテイル)

 

 『青い天馬(ブルーペガサス)

 

 『蛇姫の鱗(ラミアスケイル)

 

 『化猫の宿(ケットシェルター)

 

この4つのギルドが各々メンバーを選出し、力を合わせて奴等を討つ」

 

相手は強大であると思い、評議会は既に手を打ってあったのだ。

それがこの連合システム。

つまり、他のギルドと力を合わせて打ち倒してこいということだ。

 

「なんだよそりゃ…」「オレ達だけで十分だ!てか、オレだけで十分だ!!」「マスターは後々のことを考えてだな…」

 

4つのギルドを合わせて戦う…それはつまり、4つのギルドで戦わなければ勝てないと判断されたということだ。

故にナツは不満だらけで叫んでいる。

 

「相手はたった6人なんでしょ?何者なのよそいつら…」

 

ルーシィはそのオラシオンセイスの規格外っぷりに驚いて言葉を溢す。

 

そして、ふと何時も見る人物がいない事に気がついた。

辺りを見回しても見つからないので、マカロフに聞いてみることにした。

 

「あの…マスター、リュウマがまだ来てないんですけど…」

 

「……」

 

質問を受けたマカロフは悔しそうに歯を食いしばり、下を向いて俯いてしまった。

そのまま数十秒が過ぎると、顔を上げてリュウマについて話し始めた。

 

「お前達には先に話しておこう…今リュウマがいないと気づいた者はいると思う。だがそれは…リュウマがまだギルドに来ていないからではない…」

 

では仕事か?と思ったが、マカロフの雰囲気がそうではないと思い、黙って話しの続きを聞くことにした。

しかし、内容は驚愕するものであった。

 

「リュウマは数日前に評議会に呼び出され命令されていた、『今現在身を隠しているオラシオンセイスを見つけ、同盟ギルドが揃う前に交戦し…できうる限りの情報を集めてこい』…と」

 

「「「「!!!!!!??????」」」」

 

「なんだって!?」

 

「何でリュウマだけ!?」

 

「無茶だ!」

 

「評議会のヤロウ…!」

 

「リュウマを使って情報を探らせるだぁ…!?」

 

「だ、大丈夫なのかよ…」

 

各々が流石に無茶だと叫んでいる。

リュウマのことは信頼しているが、何も一人で行くことはなかっただろうという話だ。

 

「じっちゃん!何でリュウマに行かせた!引き留めておけばいいじゃねぇか!!!」

 

「よさんかナツ…」

 

みんなが思っていることをナツが代弁する。

エルザは何故、リュウマが一人で行ったのか推測出来てきたのかナツを止めようとする。

 

「…ワシがそんなものに一人で向かわせたいと思うと思うか?ワシだって引き留めようとした…!だが…リュウマが言ったんじゃよ…」

 

「…なんて言ってたんだ?」

 

リュウマが言っていたということが気になったグレイが聞くことにした。

それには他のみんなも同意だ。

 

「リュウマは『俺が情報を集めておくことにより、同盟ギルドの連中やフェアリーテイルの奴等が助かるというのであれば是非も無し…俺に任せておけ』…とな」

 

「「「「「「…………っ!!!!」」」」」」

 

まさかそんなことを言って行ったのかと、せめて行くことぐらい言ってくれよと叫びたかった。

 

「お前達に伝言を預かっている…『俺はお前達の為にもできるだけ情報を集めて所定の集合場所で待っている』だそうだ」

 

「あいつ…」「リュウマさん…」「リュウマ…!」「あいついっつも…!」

 

リュウマはみんなの為にも頑張ってくれてるんだ…と、感謝した。

 

そしてフェアリーテイルの面々は、リュウマに感謝の念を持ちながらオラシオンセイス討伐の詳細をマカロフから聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇ギルド最大勢力のバラム同盟。

 

その一角である闇ギルド…六魔将軍(オラシオンセイス)

 

たった6人でしか構成されていないそのギルドのメンバーは、それぞれがとても強い魔導士である。

 

地方ギルド定例会ではそのオラシオンセイスを討伐すべく、4つのギルドが連合軍を結成する事にした。

 

ブルーペガサス・ラミアスケイル・ケットシェルター・フェアリーテイル…。

 

それらを改めて整理し、ルーシィは思った…

 

「何であたしまでこんな作戦に参加することになってんの~!?」

 

…と。

 

そう、本人は何故か分からない間にこんな作戦に加わり、今はその拠点への移動中なのだ。

ルーシィが叫んでいるとグレイが反応した。

 

「オレだってめんどくせーんだ。ぶーぶー言うな」

 

──何よ!あんたは強くていいかもしんないけど、あたしは強くないもの!

 

「マスターの人選だ。私達はその期待に応えるべきじゃないのか?」

 

確かにマスターであるマカロフから直々に指名されて選ばれた以上、その期待に応えるべきなのだろう。

しかし、ルーシィは自分で認めるほど戦闘要員ではない。

 

そう思って他にもガジルやジュビアがいると発言するのだが…

 

「2人とも別の仕事が入っちゃったからね」

 

残念ながら間が悪かった。

もう少し時期が早いか遅いかだったならば、ルーシィは行かなくてよかったのかもしれない。

 

まぁ、もう目的地に行く馬車に乗っている時点で手遅れなのだが。

 

「てか……まだ……着かねぇ…の…か……?うっぷ…」

 

因みに、選出されたメンバーにはナツがおり、ここは馬車の中…。

もう既に酔っていてグロッキーだ。

 

「選出されたメンバーも結局…いつものメンバーになっちゃったのよね…」

 

選ばれたのはナツにグレイ、エルザにハッピー、そしてルーシィだ。

ついでに言えば現地にいるリュウマもそうだ。

 

「あっ!集合場所が見えてきたよ!」

 

窓の景色を見て魚を探していた(?)ハッピーが目的地を発見したので教えてくれた。

 

そして目的地に着き、ナツ達は馬車を降りて趣味が悪い集合場所の建物へと入っていった。

 

「趣味が悪い所ね…」

 

やはり女であるルーシィもそう思ったようだ。

どんな外装だったか?

 

ブルーペガサスのマスターである、ボブの別荘だと言えば分かるだろうか?

分からない?

 

…取り敢えずハートマークをふんだんに使っている、見ていてオゲーとなるような外装だ。

 

ナツ達は気を取り直して雑談も交えながら話しながら奥へ進むと、突如天井からスポットライトの光が差し込み、3つのシルエットが見えた。

 

『ようこそみなさん、お待ちしておりました』

 

『我ら青い天馬(ブルーペガサス)より選出されたトライメンズ』

 

ライトを使って煌びやかに、それもうんと派手な演出で出て来たのは…

 

白夜(びゃくや)のヒビキ」

 

聖夜(せいや)のイブ」

 

空夜(くうや)のレン」

 

ブルーペガサスと言えば?と聞かれれば、世の女性がトライメンズと答えるほどに有名なイケメン軍団…トライメンズのそれであった。

 

「しまった!服着るの忘れた!?」「うっぷ…」

 

それに比べてフェアリーテイルは…なんと残念なことか…。

ここにリュウマが居れば違ったであろうに…。

 

「噂に違わぬ美しさ…」「初めまして妖精女王(ティターニア)」「さあ…こちらへ」

 

それよりも、トライメンズは早速エルザをナンパしている。

 

「おしぼりをどうぞ」「水割りでいいのかな?」

 

「いや…」

 

エルザは困惑した表情のままソファの所まで連れて行かれて接待されている。

 

「さあ…お前も座れよ。つか、お前可愛すぎんだろ」

 

もちろんルーシィのことも忘れていない。

ちゃんと強引にエスコートして連れて行く。

 

「今回はよろしく頼む。皆で力を合わせ「かわいい!」…」

 

「その表情素敵だよ。僕、ずっと憧れてたんだ!」

 

「……。」

 

人の話を遮っておきながらどうでもいい話をし始めたイブにイラッときたが、同盟相手であるため我慢した。

 

──スッ…

 

別の所ではレンという男がそっぽを向きながら飲み物をルーシィの手元ににスライドさせた。

 

「べ、別にお前の為に作ったんじゃないからな///」

 

───ツンデレかい!!??

 

そしてこのレンという男…テンプレが如くの反応をするツンデレだ。

 

「さあ、長旅で疲れてるでしょう…今夜はボク達と…」

 

「「「フォーエバー♡」」」

 

「「…………………………。」」

 

もう既に2人の中では面倒くさいの一言しか無かった。

 

『君達…その辺にしておきたまえ』

 

一夜(いちや)様!!」

 

どこからか甘ったるい声が聞こえた。

それには何故か知らないが鳥肌が立ち、後ろへとつい後退したルーシィ。

 

「一夜…?」

 

どうやら知り合いであったようで、エルザは予想する人の名を口にした。

 

「久しぶりだねエルザさん」

 

「ま、まさか…お前が参加しているとは……」

 

「会いたかったよマイハニー。あなたの為の一夜でぇす!」

 

──ま、マイハニー!!!???

 

ルーシィは心の中で絶叫した。

失礼だが、自分だったらどうなっても有り得ないような人だからだ。

 

「一夜様の彼女さんでしたか…それはとんだ失礼を「全力で否定する」」

 

言い終わらないうちに否定したエルザ。

それもどこか顔が青く見えるのは気のせいだろうか。

 

「むっ!?くんくん…」

 

高いのか低いのか、顔が大きすぎるために分からない微妙な鼻をヒクヒクさせながら匂いを嗅ぎ、ルーシィの近くまで来た。

 

「ん~!いい香り(パルファム)だ!」

 

──は、果てしなくキモいんですけど!?

 

派手にクルクル回りながら人の匂いの事を言う一夜は特別気持ち悪かった。

 

そこからは色々あった。

 

何故かグレイとトライメンズの3人が喧嘩になりそうになり、エルザが止めようとした…。

 

そこで一夜が至近距離でエルザの匂いを嗅いで扉の方に殴り飛ばされたり…。

実際自業自得なのだが…。

 

それも力の入れ方と腰の使い方では本気でやっていた…。

 

すると、ちょうど誰か入って来ていたのか、その人物が一夜を掴んで(凍らせながら)受け止めた。

 

「これはずいぶんな挨拶だな…貴様等は蛇姫の鱗(ラミアスケイル)上等か?」

 

「リオン!?」

 

「…!?グレイ!?」

 

「私もいることをお忘れなく」

 

入ってきたのはリオン、そしてシェリーだった。

 

この2人は、ナツ達が無断で行ったS級クエストの現地で厄介事を起こし、ナツ達をいざこざに巻き込んだ人物達だ。

 

そこからまた犬猿の仲なのか、喧嘩に発展しそうになるが3人目のラミアスケイルの男が止めた。

 

「やめい!!」「「「!!!」」」

 

「ワシらは連合を組み、オラシオンセイスを倒すのだ。仲間内で争っている場合か!」

 

「ジュラさん」「ジュラ!?」「こいつがあの…」「ラミアスケイルのエース…岩鉄のジュラ…」

 

「誰だ?」「聖十大魔道の1人だよ!」

 

岩鉄のジュラ…数年前に聖十大魔道に認定された実力のある魔導士だ。

 

「これで2つのギルドが揃った。残るはケットシェルターの連中とリュウマ殿のみだ」

 

「連中というか、1人だと聞いてまぁす」

 

ギルドからたった1人の派遣と聞き、どれ程の者が来るのか考えていると1人の少女が走りながら入り口から入ってきた。

 

──ズテェーーーン! 「きゃあっ!」

 

そして何も無い所でいきなり転んだ…。

 

「痛ぁ…あ、あの…遅れてごめんなさい…化猫の宿(ケットシェルター)から来ましたウェンディです。よろしくお願いしますっ」

 

「子供…!?」「女!?」

 

なんと、どこか弱々しい印象を与えるこの少女こそが…ケットシェルターから派遣された魔導士である。

 

「これで残るはリュウマ殿だけか…」

 

「話し進めんのかよ!」

 

ジュラはウェンディのことは気にしていないようで、最後の一人であるリュウマの事を考えていた。

 

「この大がかりな討伐作戦に子供を寄こすなんて…ケットシェルターは何を考えているのかしら…」

 

「あら、1人じゃないわよ。ケバいお姉さん」

 

さっきまで聞かなかった声に顔を向けると…猫がいた。

それもハッピーと同じように二足歩行で歩き喋る猫だ。

 

「シャルルついてきたの!?」

 

「当然よ。あなただけじゃ心配だもの」

 

シャルルと呼ばれた猫はウェンディの相棒のようで、鈍くさいウェンディが心配でこっそりついてきていたようだ。

 

「あ、あの…私…戦闘は全然出来ませんけど…皆さんの役に立つサポート魔法をいっぱい使えます…」

 

なんと、ウェンディはサポート系の魔法を使うのだそうだ。

この連合の中でサポート系の魔法を使えるのは少ないので、まだ小さいが貴重な戦力である。

 

そこからまたトライメンズの3人がウェンディをナンパしたりしたが、これでやっとリュウマ以外の人間がが揃った。

 

「さて…あとは1人だね…」

 

一夜さんがそう言ったちょうどその時…扉が開いた。

 

──ギイィィ……「「「「!!!!!」」」」

 

この場には1人以外が揃っている、なので必然的に入ってきたのは…

 

「待たせたな。…ふむ…どうやら俺以外の皆は揃っていたようだな」

 

「「「「「リュウマ!!!!」」」」」

 

ナツ達よりも一足先に行っていたリュウマが入って来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───時を遡ること数分前

 

 

リュウマはオラシオンセイスに見つけられた場合のことを考え、態と遠くに行ったのが仇となり、移動している途中で集合時間を過ぎてしまった。

 

魔力を使って加速し、一気に集合場所まで行ってもよかったのだが、魔力を感知されても困る。

 

それに、オラシオンセイスには聴く魔法を使うコブラが居るので大きな音を立てたくなかったのだ。

 

そういったものを踏まえて魔力を使わず出来るだけ急ぎ、集合地点へと走った。

 

そして音を出来るだけ殺しながら走り続けること数分…やっとの思いで集合場所に着いた。

 

彼はセンスの悪い建物の扉を開けて中へと入っていく。

 

見渡すと自分以外の人間は揃っているようで、やはり遅れてしまったかと反省した。

 

「待たせたな。…ふむ…どうやら俺以外の皆は揃っていたようだな」

 

「「「「「リュウマ!!!!」」」」」

 

「あれがあの有名な…」「フェアリーテイルのリュウマ…」「あいつ強いな…」「連合軍最大戦力…」「ジュラさんと同じ聖十大魔道…」

 

各々がリュウマを見て色々言っている中、ナツ達がリュウマへと走り寄って来た。

 

「リュウマ!先に戦ってたんだろ!?大丈夫だったか!?」

 

「オイラ心配だったよ~!」

 

「ちゃんと先に言えよな!」

 

「心配したんだからね!」

 

「無事なようで良かったぞ!」

 

「すまないなお前達。俺は大丈夫だ、あくまで情報を得るだけだったからな」

 

彼がそう言うとナツ達は安心したようでホッと息を吐いた。

 

どうやらリュウマの予想していた以上に心配をかけていたようで、ホッとしながらも体をペタペタ触れて傷の有無を探していた。

 

「リュウマ殿。お久しぶりです」

 

そんな中、ラミアスケイルのジュラがリュウマに話しかけた。

久しぶりという言葉から、既に2人は知り合いである事が分かる。

 

「ジュラか、久方ぶりだな。お前も参加しているとは…心強い味方が出来たな」

 

「そんな、リュウマ殿に比べればまだまだです」

 

リュウマはジュラと昔、マカロフの護衛として同行した定例会で会っていたので顔見知りなのだ。

 

するとそこへ、なんとも濃い顔の男が近づいて来た…一夜である。

 

「メェーン!リュウマさん、お久しぶりでぇす」

 

「あ、あぁ…一夜か…久方ぶりだな…?」

 

──相変わらずなようだ…。

 

一夜の決めポーズなどを見て顔を引き攣らせる彼は凄かった。

普通ならば絶対に後ろへ下がるところだ。

 

「おいお前達!お前達を抜き去ったイケメンに挨拶をしておけ!」

 

「「「オス!師匠!!」」」

 

なんかよく分からないうちにトライメンズが来ており、口々に挨拶していった。

 

「やあ、ボクはヒビキ」

 

「僕はイブ!」

 

「オレはレン」

 

挨拶は挨拶なのでよろしくとだけ返しておいた。

 

「「「よろしく我がライバル」」」

 

──一体何のライバルなんだ…?

 

まあ、気にしないでおいた方が吉というもの…。

 

まぁ、気になるという言うならば…週刊ソーサラーとだけ言っておこう。

 

「りゅ、リュウマ…さん?」

 

──…っ!?この声は…!

 

「リュウマさんなんですよね…?」

 

彼はいきなりだが、聞こえた懐かしい声のする方を見るとそこには…涙を目いっぱいに溜めて彼を見つめている1人の少女…ウェンディであった。

 

「ウェンディ…?」

 

「やっぱりリュウマさんだ…!うっ…うぅ…会いたかったです!」

 

そう言いながらウェンディはリュウマの元へ駆け寄り…思いっきり抱き付いた。

 

「なっ!?」

 

「えっちょっ!?」

 

エルザとルーシィが何故か反応しているが、リュウマはウェンディに話しかける。

 

「んっ…ウェンディ…?」

 

「リュウマさん…ずっと会いたかったです…」

 

「すまなかったなウェンディ。元気にしていたか?」

 

「うっ…グスッ…はい…!」

 

泣きながらも見せてくれたウェンディの笑顔は…昔見せてくれた可愛らしい笑顔だった。

 

「リュウマ…聞きたいことが出来た」

 

「あたしもかな~?」

 

そして同時に彼はピンチを迎えている。

 

リュウマは皆が見ている中、離れないウェンディの頭を撫でてやりながらエルザとルーシィに説明した。

 

彼は昔、S級クエストに向かっている途中にウェンディが森の中を1人で彷徨っている所を保護し、しばらくの間一緒にいたのだ。

 

その時に一緒に居たミストガンのことは伏せた。

ミストガンは諸事情により、人に知られるのを避けているためだ。

 

ルーシィとエルザは話しを聞いてはいるが、変なオーラを出しているのでリュウマは背中が凍るかと思った。

 

そこからウェンディをどうにか説得して離れてもらい(服の裾は離さなかった)、今回の討伐作戦についてリュウマが話し始めた。

 

「では、気を取り直して…俺の方から作戦の説明をさせてもらう」

 

「いや、その前にトイレの香り(パルファム)を…」

 

「はあ…行ってこい…」

 

「そこに香り(パルファム)ってつけんなよ…」

 

何故このタイミングに…と思うが、一夜に漏らされても困るので許可することにした。

 

そして戻って来たタイミングで話しを再開する。

最初に話さなくてはならないのは、オラシオンセイスが狙う物からだ。

 

ここから北へ行くとワース樹海と呼ばれる樹海が広がっている。

古代人達はその樹海に、ある魔法を封印した…

 

その名も…ニルヴァーナ。

 

「ニルヴァーナ?」

 

「??」

 

「聞かん魔法だ」

 

「ジュラさんは?」

 

「いや…知らぬな」

 

「古代人達が封印するほどの魔法だとは分かるんだが、どんな魔法かは知らないんだ」

 

リュウマは知っているのだが、これには訳があり他の者には教えてはいない。

時が来れば話すことにはなるのだが、今はその時ではないのだ。

 

オラシオンセイスが樹海に集結したのはおそらく、ニルヴァーナを手に入れる為と予想されている。

 

連合軍であるリュウマ達はそれを阻止するためにも、六魔将軍(オラシオンセイス)を討つのだ。

 

「こっちは13人、あっちは6人…でも侮ってはいけない、この6人がまたとんでもなく強いんだ」

 

そうブルーペガサスのヒビキが言うと、魔法を使ってオラシオンセイスのメンバーの顔写真を空中に投影する。

 

「『毒蛇を使う魔導士・コブラ』

 

 『その名からしてスピード系の魔法を使うと思われる・レーサー』

 

 『天眼・ホットアイ』

 

 『心を覗けるという女・エンジェル』

 

 『情報が余り出回っていない男・ミッドナイト』

 

 『全員の司令塔・ブレイン』

 

それぞれがギルドを1つ潰せるほどの魔力を持つ。我々は数的有利を利用するんだ。…まあ、今回はフェアリーテイルのリュウマさんが相手を探ってくれているから、情報でも少し有利になっているけどね」

 

「すまない、リュウマ殿。力になれないばかりかこんな役目を押しつけてしまい…」

 

「気にするな。こんな時の為に役に立ち、有利に事を進めるために受けたんだ」

 

「…感謝する」

 

──まあ、この時のために交戦したからな。

 

リュウマはオラシオンセイスのメンバーがどんな魔法を使うのか全員に教える。

 

「よし、まずはコブラと呼ばれる男の情報からだ。こいつの近くにいる蛇は翼を生やしてコブラがその上に乗り、空中戦をすることが出来る。そして1番恐ろしいのがこちらの心の声を聴く魔法を使うところだ」

 

「心の声を聴く魔法か…厄介だなコイツ」

 

「あぁ、実に厄介だ。故にコブラの魔法に対して対抗できる術を持つ俺がコブラの相手をしよう。だからコブラは俺に任せて欲しい」

 

「防ぐ術を持ってんのかよ…」

 

「流石リュウマだ!」

 

「では頼むとしよう」

 

恐らくコブラに対して対抗する術を持つのは自分だけだと思っているので先に釘を刺しておく。

そうしなければナツなどが知らずに特攻する。

 

「次にレーサーだが、戦ってみた感想だが確かに速かった。だが、スピードを上昇させる魔法かと問われれば疑問を持つのが本音だ」

 

「じゃあどんな魔法なんだ?」「確かに気になるな」

 

グレイとリオンが問いかけてくるため、自分なりの推測を話す。

 

「これは俺の推測になってしまうのだが、恐らく己自身のスピードを上げるのではなく、相手を遅くしたりする魔法と思われる。レーサーと戦っていた時に周りの動いていた動物がゆっくり動いていた気がしたからな」

 

「へぇ…なるほどな」「それならば確かに…」

 

「まあ、あくまで推測だがな」

 

あの時一瞬だが、走っていた鹿が遅く動いているように見えたのを思い出した故の推測なのだ。

 

「次にホットアイだが、コイツの魔法は土を水のように柔らかくする魔法だ。これのせいで足下をとられたりしたため足下には注意だ」

 

「土を柔らかくですか…」「下が土なだけあって厄介だな」

 

「次にエンジェル、コイツは心を覗けるというよりも、コイツが使役する星霊が相手の容姿・能力をコピーし、相手の思考も読み取るというものだった。コイツは黄道十二門を複数持つと思われる星霊魔導士だ」

 

「あたしと同じ星霊魔導士!?」

 

「黄道十二門を複数か…」

 

「相手の姿と能力をコピーされるのはマズいな…」

 

「見分けるのが困難になるからな」

 

「相手をコピーするのは双子座のジェミニと言っていた。相手にするには注意をしろ」

 

「黄道十二門のジェミニ…」

 

ルーシィは同じ星霊魔導士として思うところがあるらしい。

 

「次にミッドナイトだが…俺も詳しくは知ることが出来なかった。コイツは戦闘が始まってもずっと寝ていたからな」

 

「戦いの最中寝てんのかよ!?」

 

「あぁ、だが…此奴の方へ向かっていった魔法が避けるように曲がったのを目視した。それを考えるにミッドナイトは魔法を逸らせる魔法を使うと推測される」

 

「かなり有力な情報だね」

 

「謎が多いだけ助かる」

 

本来ならば、もう少し探りたかったというのが本音だ。

もっと情報を集めることが出来れば、更に有利になることが出来るのだから。

 

「そして最後にブレインだが…こいつはかなりの魔力を持っていて、どうやら広範囲攻撃を得意とするようだ。司令塔なだけあって頭の切れる奴だ。やるならば早めに倒してしまった方がいい」

 

「なるほど…」

 

「確かに恐ろしいな」

 

「気をつけなくっちゃね」

 

「オレが倒してやらぁ!!」

 

「これが俺の集められた情報の全てだ」

 

「ここまで情報が揃えば助かるよ」

 

リュウマは不服そうだが、相手は強大な魔導士であると分かっているので、他の面子にとってはありがたいものだった。

 

「やっぱりイケメンか…」

 

「やることがカッコいいね!」

 

「ちっ…どんだけイケメンなんだよ」

 

「「「流石は我らのライバル!」」」

 

──なんだろうな…全く嬉しくない…

 

褒められているのだろうが、何故か褒められてる気がしないリュウマだった。

 

「あ、あの…あたしは頭数に入れないでほしいんだけど…」

 

「私も同じくです…」

 

「ウェンディ!弱音吐かないの!」

 

ルーシィもウェンディも、戦おうと思えば戦えるのだが、本人達はそうは思っていないようだ。

 

「我らの作戦は戦闘だけにあらず。奴等の拠点を見つけてもらえさえすればいい」

 

「拠点?」

 

「奴等は樹海に仮設拠点があると推測されている」

 

そこまで調べられれば良かったのだが、いかせん時間が足らず、バレる可能性もあるため…やめておいたのだ。

 

「もし可能ならば奴等全員をその拠点に集めてほしい」

 

「なんで集めるの?」

 

そこら辺のことは全てブルーペガサスに一任している。

 

「我がギルドが大陸に誇る天馬クリスティーナによって拠点諸共葬り去る!」

 

「おおぉぉ!!」

 

「魔導爆撃艇!?」

 

因みに、魔導砲の破壊力はなかなかに素晴らしい。

リュウマは過去に一度だけ見る機会があったのだが、興味を引かれるほどの物だった。

 

「てか、人間相手にそこまでするの…?」

 

「そういう相手なのだ。よいか…戦闘になっても決して一人で戦ってはならん、敵1人に対して2人以上でやるんだ」

 

「…っ!!」

 

ジュラの言うとおり、オラシオンセイスのメンバー達は、2人以上でやらなければやられる可能性もある。

 

「よっし!燃えてきたぞ!6人まとめてオレが相手してやらァ!!!!」

 

そう言ってナツは外へと走って行ってしまった…。

元々ナツは人の話しを聞いていることが苦手な人間なので仕方ない。

 

リュウマ達はナツを追うように各々が外に出て行く。

 

 

 

 

まさかこの後すぐに戦闘になるとも知らずに……

 

 

 

 

 

 




長くなってしまいましたね…

長く本編書かずすみませんでした…

しかしお気に入り登録が増えていて驚きながらも嬉しく思います!

ですがプレッシャーががががが…

これからも頑張っていきたいと思います!



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第一五刀  開戦

一瞬ですが日間ランキング40位に載って驚きました笑
えっ!?嘘!?って感じです笑笑
まあ、今はもう違いますが…お気に入り登録してくださった方も多くいる事なのでできうる限り頑張りたいと思います。




 

 

今ジュラの心はリュウマに対しての感謝の念と自分の不甲斐なさで胸がいっぱいであった。

 

いくらリュウマが元から聖十大魔道に相応しい程の力を持っていたとしても、つい最近着任したばかり…。

 

本来ならば、数年前から聖十大魔道となったジュラが情報収集に行かなくてはならないものをリュウマに行かせてしまった。

それがとても心苦しかった。

 

だが、いつまでも己を責めたとしても、それは情報収集をしてくれたリュウマにかえって失礼だと思い、心の中でも感謝の言葉を送ってこの話は終わった。

 

そして現状、フェアリーテイルのナツを皮切りに…ジュラと一夜を残し、外へと行ってしまった。

その中にはリオンとシェリーもおり、彼奴等は…と心の中で溜め息を溢した。

 

始まりがこんな形になってしまったが…作戦は決行しているため気合いを入れ直す。

 

「なにはともあれ作戦開始だ。我々も行くとしよう」

 

「その前にジュラさん」

 

自分ともう1人残っている一夜に声をかけていざ行こうと思った矢先、一夜に呼ばれたので振り向く。

 

「かの聖十大魔道と聞いていますが…その実力はフェアリーテイルのマスターマカロフにも匹敵するのでは?」

 

一夜の質問はジュラの実力が、同じ聖十大魔道であるマカロフに匹敵するのか?というものだった。

 

それをジュラは即答で否と答えた。

 

聖十大魔道の称号は評議会が決めるもの。

リュウマが一番新しく聖十大魔道に入ったので、リュウマが聖十大魔道序列12番である。

 

ジュラはリュウマが入ったことによって一つ繰り上げられて序列11番だ。

 

実際のところ序列にあまり深い意味合いはない。

強いて言うならば強さのランクが序列になるが、末席の時点ではあまり関係ない。

 

しかし、聖十大魔道の中にも実力差というのは必ず存在し、ジュラはマカロフは自分よりも余程上であると答えた。

 

ジュラ自身、過去に開かれて付き添った定例会でリュウマの戦闘を見たことがあるが…正直言って底が知れないというのが本音だった。

 

今から数年前の…その時のリュウマに対して今の自身でも真面な戦闘になれるかどうか…というほどのものであり、今回の連合軍ではこれ以上なく頼もしい存在と考えている。

 

「それを聞いて安心しました。マカロフにリュウマと同じ強さだったらどうしようと思ってまして…」

 

「うっ…!」

 

一夜がよく分からない事を言っていたので、どういう意味なのか聞こうとしたところ…辺りから変な匂いを感じ取って膝を着いてしまう。

 

「相手の戦意を消失させる魔法の香り(パルファム)…だってさ」

 

膝を着いてから立ち上がろうと足に力を入れるが、立ち上がることが出来なかった。

 

「一夜殿!!これは一体!?…がはっ!!??」

 

香りのせいもあり、体が満足に動かすことが出来ずにいると…ジュラは一夜が隠し持っていたのであろうナイフを腹に深々と刺された。

 

刺してきた一夜は笑い、体は泡のように変化し…次いで姿が小さい生き物2つに変わった…。

 

「ふぅ/戻ったー」

 

それはリュウマが情報伝達の際に言っていた星霊のジェミニだった。

 

実は一夜がトイレに駆け込んだところを不意打ちで気絶させ、コピーしてからみんなの所に現れたのだ。

 

「一夜ってやつエロい事しか考えてないよ/考えてないね!ダメな大人だね」

 

「はいはい!文句は言わない」

 

「「ピーリ/ピーリ」」

 

そこに1人の女が現れた。

その人物をジュラは知っている…。

 

それはついさっき、みんなで見ていた人物映像に映し出されていたエンジェルその人だった。

 

「一夜殿をどうした…!」

 

「コピーさせてもらったゾ。おかげでアナタたちの作戦は全部分かったゾ」

 

「「僕たちコピーした人の考えまで分かるんだー」」

 

──リュウマ殿が手に入れてくれて流してもらった情報通りということか…!…だというのにワシはこんなところで…!

 

「無…念…──」

 

ジュラは多大な出血によって意識を繋ぎ止めることが出来ず、前のめりに倒れてしまった。

 

「邪魔はさせないゾ光の子たち。邪魔する子は天使(エンジェル)が裁くゾ」

 

 

 

 

ジュラは最後にそんな言葉を聞いて…意識を暗転させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジュラがエンジェルにやられてしまった頃、別の場所では…リュウマがナツを先頭にして先に行ってしまった奴等を追って樹海の所まで来ていた。

 

──これから討伐作戦に移るというのにこいつらときたら…緊張感がまるで足らんな…。

 

心の中で愚痴りながら少しの間走っていると、ナツ達が魔導爆撃艇クリスティーナを見つけた。

 

「おぉ!!」

 

「魔導爆撃艇クリスティーナ!!」

 

「すっげぇ!!」

 

「あれが噂の…天馬…!!」

 

初めて見る飛行船に感嘆の声を上げていく面々。

興味津々だったナツがクリスティーナに乗り込もうと足を踏み出した瞬間…小規模な爆発から始まり、段々規模を大きくさせて最終的にクリスティーナが爆発四散した。

 

「えっ!?」

 

「そんな……」

 

「クリスティーナが…!」

 

「オイオイ、マジかよ…!?」

 

「「こ、壊されたーーー!!!???」」

 

オラシオンセイスを壊滅させる切り札が使う前に破壊されてしまった。

それに驚きながらもみんなは辺りを警戒した。

 

リュウマは戦闘を苦手としているウェンディに、どこか安全なところに隠れるよう指示を飛ばす。

 

「ウェンディ!お前はそこの岩の後ろに隠れておけ!」

 

「あ、は…はい…!」

 

それぞれが警戒していると、グレイが爆煙の中に人影を発見し、声を上げて知らせた。

 

「おい、誰か中から出てくるぞ…!」

 

現れたのは複数人の人間…

 

「「「六魔将軍(オラシオンセイス)!!!!」」」

 

やはりクリスティーナを破壊したのはオラシオンセイスだった。

オラシオンセイスはコブラの使う聴く魔法を頼りにリュウマの走る足音を聞き、この場所を割り出したのだ。

 

「うじどもが。群がりおって…」

 

「お前達の考えはお見通しだゾ」

 

「ジュラと一夜もやっつけたぞ/どうだどうだ」

 

「何ですって!?」「バカな!?」

 

既に聖十大魔道であり、リュウマと並ぶ連合最高戦力であるジュラがやられたという言葉に、信じられないという顔をしながらリオンとシェリーが反応した。

 

「動揺しているな?聴こえるぞ」

 

「仕事は速ェ方がいい。それにアンタら…邪魔なんだよ」

 

「お金は人を強くするデスネ!いい事を教えましょう“世の中は金が全てを「お前は黙ってろホットアイ」」

 

「グ~…グ~…」

 

「ほんとに眠ってる人いるんですけど…」

 

「まさかそっちから来るとはな」

 

あまりに早い場所の特定は、自分のせいだと理解したリュウマは奥歯を噛み締めた。

先に仕掛けるつもりが、先制を許してしまった。

 

彼がそう考えている内に戦闘が始まっていた。

 

ナツとグレイがオラシオンセイスに突っ込むが…レーサーに初撃をとられて弾き飛ばされた。

 

ルーシィはルーシィに化けたジェミニに攻撃され、リオンとシェリーはホットアイに攻撃されていた。

 

エルザはコブラに天輪の鎧に換装して複数の剣で攻撃するも…聴く魔法によって全て躱されている。

 

やはりコブラはリュウマが相手をした方が良さそうである。

でなければ考えている事を読まれてしまい、攻撃を与えることが出来ない。

 

「エルザ!無理をするな!コブラの相手は俺に任せて他のオラシオンセイスのメンバーを相手にしてこい!」

 

「リュウマ…分かった、任せたぞ!」

 

リュウマはエルザと交代し、コブラと向かい合う。

出て来たリュウマに、コブラは笑みを深くさせた。

 

「やっぱり来やがったな?リュウマさんよ」

 

「貴様等がこんなに早く来るとはな」

 

「てめぇの足音が聴こえたんだよ。こっちまでな」

 

──チッ…こいつの効果範囲はどれだけ広いんだ…!

 

リュウマとコブラが睨み合っている間にも、ナツにグレイ、ルーシィにエルザ、ブルーペガサスのトライメンズやラミアスケイルの者達も次々とやられていく。

 

エルザはやられるというよりも、追い込まれているだけなのだが、人数の差が出来てきているため時間の問題とも言える。

 

コブラを先に倒してしまわなければ、リュウマ以外の奴等の行動が読まれてしまい、尚更不利になってしまう。

それ故にリュウマはすぐに動き出した。

 

「『並列思考(マルチタスク)』…貴様等を殲滅する」

 

「…チッ…やっぱり聴こえねぇ…」

 

リュウマは手に双剣を召喚してコブラに斬りかかる。

 

だが、コブラはそれを読んでスレスレのところを避けて蹴りを入れようとするが、リュウマはその足を腕で絡めて地面へと投げ飛ばす。

 

「てめぇ…」

 

彼はすぐに剣を構え直して斬りかかるが、足下の地面が動いたのを感じ取りながら超直感に従い真横へと跳ぶ、すると彼がいた場所の土が盛り上がった。

ホットアイの土を柔らかくする魔法だ。

 

「リュウマ…やはり強い…」

 

こっちを狙っているオラシオンセイスのメンバー達に警戒しながら、周りを見ると他の連中がエルザ以外全員倒れていた。

 

エルザは肩で息をしているため、少し危ないかもしれない。

 

「うぅ…」

 

「強ェ…」

 

「おのれぇ…!」

 

「くそっ」

 

「ゴミ共め。まとめて消えるがよい」

 

倒れ伏すナツ達を見て、ブレインは杖に膨大な魔力を溜めていく。

リュウマはそれを見て倒れてる連中の前に出て双剣を構える。

 

「なんですの…この魔力」

 

「大気が震えてる…」

 

「『常闇回旋曲(ダークロンド)』…ッ!?」

 

すると、魔法を放とうとしていたブレインが止まった。

 

「どうしたブレイン!」

 

「なぜ魔法を止める!」

 

「……………ウェンディ」

 

「え?…え?」

 

ブレインは岩から顔を出して戦場を見ていたウェンディに気がつき、呆然と見つめていた。

 

「どうしたブレイン、知り合いか?」

 

「間違いない。『天空の巫女』…」

 

「天空の…」

 

「巫女…?」

 

「なにそれ…?」

 

オラシオンセイスのブレイン以外のメンバー達の頭の上に??(ハテナ)が浮かんでいるのを余所に、ブレインはウェンディに向かって杖を構えて浮き上がらせた。

 

「これはいい物を拾った…来い!」「きゃっ」

 

        『斬ッ!』

 

「なにっ!?」「うわわっ…!」

 

魔法で浮き上がり、連れて行かれそうになっていたウェンディ。

リュウマは双剣を高速に振ってブレインの魔法を霧散させた。

 

「俺が許すわけないだろう愚か者め」

 

「チッ…邪魔をしおって…」

 

魔法を消されて邪魔をされたことに、ブレインは忌々しそうにリュウマを見た。

 

「ありがとうございますリュウマさん…」

 

「気にするな。少し離れていろ」

 

「はい…!」

 

リュウマはウェンディをこの場から離れさせた。

ウェンディはリュウマの言葉に従って離れたところまで行った。

 

「貴様等が何を企んでいるか知らんが…ウェンディを連れて行かせんぞ」

 

剣を構え直してオラシオンセイスと向かい合う。

 

「チッ…お前達、リュウマをやれ」

 

ブレインが指示に出した瞬間オラシオンセイスの奴等が動いた。

武器をオラシオンセイスに向かって投げ、手前で爆発させる。

 

「『爆』!」「チッ」

 

爆発はコブラに少し掠っただけだったが、これは目眩ましである。

本命は…

 

()ァ!」

 

「きゃあ!?」

 

仲間に化けるジェミニを使役するエンジェルだ。

 

エンジェルはリュウマの掌底によって吹き飛ばされていき、召喚していたジェミニは光となって消えた。

 

リュウマは向き直り、次にレーサーに攻撃をしようとするが…

 

「金に…上下の隔て無し!!」

 

ホットアイが地面を陥没させて攻撃してきたため、飛んで避けるが、そこをレーサーに追撃される。

 

「おらよ!!」

 

「くっ!」

 

攻撃を無理な体勢になったが防御して着地すると…後方でウェンディの叫び声か聞こえた。

 

「きゃあ!」

 

「油断したな?」

 

コブラが右腕でウェンディを捕まえていた。

リュウマはそれを見ると直ぐに動き出そうとするが…罠だった。

 

「なんてな…!」

 

「ピーリ/ピーリ」

 

ウェンディは消えたはずであるジェミニがウェンディのコピーをしていただけであった。

 

「残念だったな」「シャ~!」

 

油断したところを毒蛇に右腕を噛まれてしまった。

それも即効性の毒である。

 

リュウマが動けないでいる間にも、ウェンディはオラシオンセイス連れ去られてしまった…。

それも一緒にいたハッピーまでも一緒に連れていかれた…。

 

「うぬらにもう用はない!消えよ!」

 

「『岩鉄壁(がんてつへき)』!」

 

ブレインの攻撃を、ギリギリでやってきたジュラが魔法で防いだ。

 

「ジュラ様!!」

 

「すごいや!」

 

「ありがとう助かったよ」

 

「あいつらがいねぇ!!」

 

「クソッ逃げられた!」

 

「ウェンディ…」

 

「ジュラさん。無事で良かったよ…」

 

「いや、危ういところだった…」

 

「その傷…!」

 

ジュラは一夜に化けて刺してきたジェミニにやられており、傷は塞がっていないため服に血が滲んでいた。

 

その後、ナツ達が何か喋っているがリュウマはそれどころではないため…日陰に体を引きずりながら移動する。

 

──はぁ…はぁ…マズ…い…もう体に…力が…今のうちに…

 

「!!??」

 

ルーシィが這いずるリュウマに気づいて駆け寄ってきた。

 

「リュウマしっかりして!」

 

「「「「!!!!」」」」

 

「リュウマ!!」

 

リュウマは上着を脱いで、取り出した紐でまだ毒が回っていない右腕の上腕を思いきり縛る。

 

自己修復魔方陣や回復魔法で治したいが…あれは傷の回復であって毒の除去は出来ない代物だ。

彼は毒の除去が出来る魔法をまだ模倣していないため、消せない…。

 

「リュウマ…?何やってるの?」

 

「このままでは全身に毒が回る…故に…」

 

どうにか召喚した切れ味のいい剣を出して左手で持ち、振り上げる。

 

「右腕を切り落とす…」

 

「「!!??」」

 

「バカな事言ってんじゃねぇ!!」

 

「体がうまく動かないだろう、オレがやる」

 

「リオン!?」

 

リオンが代わりにやってくれるようで剣を受け取った。

 

「リオンてめぇ!!」

 

「やれ…」

 

「よせ!」

 

──俺は今こんなところで座り込んでいる暇はないんだ…!

 

「今、この最大戦力に死んでもらうわけにはいかん」

 

そうだ、リオンの言うことは正しい。

 

「け、けど…!」

 

「どんだけ甘いんですの!?妖精さんは…!」

 

「あんたに何が分かるってのよ!!」

 

──だ、ダメだ…意識が……

 

「早く…やれ…!」

 

早く斬り落とさせるために叫んで促す。

そんなリュウマを見て、やはりやらせるわけにはいかないのか、フェアリーテイルの面々が止めようとする。

 

「やめろリオン!!」

 

「よさないか!」

 

「そんなことしなくても…!」

 

「リュウマ殿の意思だ」

 

そしてリオンは剣を振り下ろした…

 

──…ガキィン!!

 

が、リオンの振り下ろした剣はグレイが氷で受け止めた。

 

「貴様はこの男より腕が大事か」

 

「他に方法があるかもしれねぇだろ?短絡的に考えるなよ」

 

──もう…ダメだ…

 

彼は耐えきれず倒れてしまった。

 

「「「「リュウマ!!」」」」

 

 

 

 

リュウマは無駄な体力を消費して毒が早く全身に回るのを防ぐため…意識を手放した。

 

 

 

 

 

 




少しだけ主人公にはダウンです。
大丈夫!すぐに良くなる(微笑み)
それにこれは敗北ではない…動けないだけだ(真顔

相手を6人で書くのはキツいですね…



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第一六刀  反転魔法

いや~、なかなか書けずにすみませんでした。
諸事情によりエンジェルは強化することにしました。





 

 

リュウマがコブラの相棒の毒蛇の毒に犯されてからといもの、同盟ギルド達は各々行動に移していた。

 

途中、オラシオンセイスの傘下ギルドなどが邪魔をしたりしてきたが、持ち前の戦闘能力でそれぞれ撃破して進んで行った。

 

グレイはオラシオンセイスのレーサーと出会い、不利の状況につくも、兄弟子のリオンと共闘をして見事レーサーを破ることに成功した。

 

ナツは己の相棒であるハッピーと連れ去られたウェンディを救い出すことに成功するが、ウェンディが回復させて復活を遂げたジェラールと対面する。

 

ジェラールに飛びかかったが痛い反撃をくらい、起き上がったときにはジェラールはもうおらず、仕方が無いのでウェンディを連れてリュウマの元へと急いだ。

 

ヒビキの魔法の古文書(アーカイブ)は情報を圧縮することによって、離れた相手にも様々な情報を与えることが出来るサポーターとして使い勝手良い魔法で、ナツにリュウマがいる場所を教えて向かわせた。

 

ナツ達は気絶しているウェンディを起こし、リュウマの体を犯している毒を消してもらうように頼み、見事リュウマの毒を消し去ることに成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毒に犯されていた体が軽くなったような気がして意識が元に戻ったリュウマは、目は開けずに耳をすますとナツ達の声が聞こえてくる。

 

毒はすっかり消えたが、まだ体が上手く動かず本調子ではないので少しだけ横になって休憩する。

 

ウェンディの声も聞こえてくることから、どうやら救出に成功してウェンディが自身の毒を消してくれたことを理解した。

 

「しばらくは目を覚まさないかもですけど…もう大丈夫です」

 

「へぇ、本当に顔色が良く治ってる…これが天空魔法なのね」

 

「ルーシィちゃん近くないかい…?」

 

治ったことを確認するように顔を近づけるルーシィだが、その距離が近すぎた。

リュウマが心の中で驚いているが話しは進んでいった。

 

「いいこと?ウェンディにこれ以上天空魔法を使わせないでちょうだい。見ての通りウェンディの魔法は魔力をたくさん使うの」

 

「わ、私のことはいいから…」

 

ウェンディの治療魔法はサポートとしてとても優秀ではあるのどが、残念なことに本人の魔力が少ないため連続使用が出来ないのだ。

 

「リュウマさんが目を覚ましたら反撃の時だね」

 

「うん!打倒オラシオンセイス!!」

 

「おーーー!!ニルヴァーナは渡さないぞー!」

 

気合いを入れ直したこの瞬間…膨大な魔力の渦を離れた場所で察知した。

ニルヴァーナが発動してしまったのだ。

 

「ジェラールがいる!!」

 

ナツが遠くにいるジェラールの匂いを感じ取って叫んだ。

 

「ナツ!?ジェラールってどういうこと!?」

 

「わ、私の…私のせいだ……」

 

「会わせるわけにはいかねぇんだ!エルザとリュウマには…!あいつはオレが潰す!」

 

そう言って走り去ってしまうナツ。

それを見てルーシィ達も追い掛けようとする。

ナツが行く方向にはジェラールもニルヴァーナもあるからだ。

 

「ナツ…ジェラールとか言ってなかった?」

 

「私が…ジェラールを治したせいで…ニルヴァーナが見つかっちゃって…ナツさんやエルザさんや……」

 

──ま、マズい…!このままでは…!

 

寝っ転がっているリュウマは、まだ怠い体を起こしてウェンディの後ろに瞬時に移動し、当て身をして気絶させた。

 

「リュウマ!?」

 

「アンタいきなり何すんのよ!!!!」

 

リュウマは気絶させたウェンディを背負い、ルーシィ達に着いてくるように言ってから走り出した。

 

「驚かせてすまん。気絶させただけだ」

 

「どうして!?てかもう大丈夫なの!?あと何で走ってるのーー!!??」

 

現状があまり理解し切れていないルーシィは、リュウマに叫ぶように質問を投げかけていく。

 

「納得出来ないわね…確かにウェンディはすぐぐずるけどそんな荒っぽいやり方」

 

「オイラもそう思うよ?リュウマ」

 

確かに荒っぽい手かもしれなかったが、それは仕方のない事だったのだ。

 

率直に言ってしまえば…リュウマはニルヴァーナという魔法を知っているのだ。

 

「まあ、ヒビキ?だったか。お前も知っているだろう」

 

「まあね…」

 

「あんたも!?」

 

ヒビキもニルヴァーナのことを知っており、言ってきたリュウマに肯定した。

 

そもそも、ニルヴァーナのことは言わなかったのではなく、言えなかったのだ。

 

魔法の()()()誰にも言うことができなかった。

 

このニルヴァーナという魔法は一度意識すると危険なものであり、故にナツやグレイにエルザ、ルーシィにハッピーも知らず、リュウマだけが知っていた。

 

そう聞いてルーシィはまだいまいち理解できていないようだ。

 

「どういうこと…?」

 

ルーシィに聞かれたので、リュウマはニルヴァーナの魔法の詳細を教えていく。

 

「これは恐ろしい魔法だ。()()()()()()()()()、それがニルヴァーナだ」

 

「「「!!??」」」

 

「光と…」

 

「闇が…」

 

「入れ替わる…!?」

 

ルーシィにハッピーとシャルルは驚いているようだ。

だが、魔法によって入れ替わるが…

 

「入れ替わるのは最終段階だ。まず最初に封印が解かれると黒い光が空へと上る、まさにあの光だ」

 

リュウマ達が走っているその先に、その黒い光の柱が上っており、ニルヴァーナの封印を解かれたという確固たる証拠がある。

 

最初に出る黒い光は、手始めに光と闇の狭間にいる者を逆の属性へと変換させる。

 

強い負の感情を持った光の者は()()()()()

 

「そ、それじゃあ…ウェンディを気絶させたのって…!」

 

そう、あの場でウェンディを気絶させたのは…

 

 

『私の…私のせいだ…私がジェラールを治したから…』

 

 

“自責の念”は負の感情であるためだ。

 

もいあのままウェンディに後悔させたりしていたら、今頃は確実に闇へと落ちていた。

 

彼がそう説明するとルーシィは焦ったように叫んだ。

 

「ちょっと待って!!それじゃあ“怒り”は!?ナツもヤバいの!!」

 

「俺からはなんとも言えん…その怒りが誰かの為というのであれば負の感情とは言い切れんのだが…」

 

知っているというだけで理解しているわけではないため、判断がつかないのだ。

 

もしかしたら怒りなどでも反転させられてしまうかもしれないし、反転しないかもしれない。

 

「どうしよう…オイラ意味が分からないよ…」

 

「あんたバカでしょ…。つまり、ニルヴァーナの封印が解かれた今、正義と悪とで心が動いてる者が性格変わっちゃうってことよ!」

 

シャルルはなかなか頭がいいようで、未だに分かっていないハッピーに対して分かるように説明した。

 

今説明したことが、この魔法を黙っていた理由である。

 

人間とは物事の善悪を意識し始めると…思いもよらぬ負の感情を生む…。

 

最初から知っていたら、今のようなもしもの場合…大多数が闇に落ちる可能性もあった。

 

それを防ぐために、必要最低限の者がニルヴァーナの情報を持っていたのだ。

 

「そのニルヴァーナが完全に起動したら、あたし達も皆悪人になっちゃうの?」

 

「でもさ、それって逆に言うと闇ギルドの人達はいい人になっちゃうってことでしょ?」

 

善人が悪人になるならば、悪人は善人になるのではないか?

 

そう口にしたハッピーの疑問は確かにそうだ。

しかし、ニルヴァーナの恐ろしいところはそんなところでない。

 

ニルヴァーナはその善悪反転を()()()()コントロールすることが出来るのだ。

 

例えるならば、ギルドに対してニルヴァーナを使った場合…仲間同士の躊躇などない殺し合いに始まり、他のギルドとの理由なき戦争…そんなものが簡単に起こすことが出来る。

 

やろうと思えば、悪人はそのままに…善人だけを悪人へと反転させることだって出来てしまう。

 

「う、ウソ…」

 

「一刻も早く止めなければ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

リュウマ達は今まさに…危機に瀕している。

 

このままニルヴァーナの封印を完全に解かせるわけにはいかない。

 

 

 

彼等は事の重大さに焦り、走る速度を更に上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼等が少し走っていると川の近くに着いた。

 

そこにはグレイとナツがいたが、何やら様子がおかしく、意味もないのにナツが乗り物の筏の上にいる。

 

「かかったなナツ…確かお前の弱点は乗り物だ」

 

「お…おま…うっぷ…」

 

「死ね…!」

 

どこか様子のおかしいグレイは、筏の上でナツに氷で造られた槍を突き刺そうとしていた。

 

そんなグレイがナツを突き刺す前に、ルーシィが呼んだ星霊のサジタリウスで槍を射貫いて止めた。

 

「何してんのよグレイ!!」

 

「であるからしてぇ~もしもし!」

 

「る、ルーシィ…うっぷ…!」

 

「邪魔すんなよルーシィ」

 

「な、なによこれ…まさかグレイが闇に落ちちゃったっていうの…?」

 

──いや、こいつは恐らくグレイじゃないな。

 

リュウマが今目の前にいるグレイが、本物のグレイではないことを看破すると同時…ハッピーがナツの元へと飛んでいった。

 

「ナツ!今助けるよ!!」

 

──パキィン! 「ホゲ-!?」

 

そして飛んでいった所を偽者のグレイに攻撃され、氷付けになってしまう。

 

「オスネコ!」

 

「ハッピーに何すんのよ!!」

 

「ハッピーは空を飛ぶ。運べるのは一人。戦闘力は無し。情報収集完了」

 

──ハッピーの情報を集めているのか…!

 

「グレイから見たルーシィ…ギルドの新人。ルックスはかなり好み。少し気がある」

 

「は、はぁ?な…何言ってんのよ…そんなこと言われてもあたしは…」

 

言われた内容は少し嬉しいが、頬を少し赤く染めながらリュウマのことをチラッと見るルーシィ。

そんなルーシィに、何故か頬が熱くなるリュウマだった。

 

「見た目によらず純情。星霊魔導士。ほう…星霊ね…面白い!」」

 

「!!」

 

偽者がルーシィを攻撃をするが、傍にいるリュウマがウェンディを背負いながらではあるが…脚で魔法を蹴り飛ばして防御した。

 

「やはり貴様はグレイではないな。闇に落ちたわけでもない」

 

「え?グレイじゃない…!!??」

 

「グレイから見たリュウマ、フェリーテイルの魔導士。男前。かなり強い。頼りになる。憧れている。女にモテる。武器を召喚して戦う。剣術が強い。体術もこなす。情報収集完了」

 

そう言ったあと、偽者はルーシィの姿へと変えた。

 

「君、頭悪いだろう?今更ルーシィさんに化けても意味もない」

 

ヒビキの言葉にニヤリとしながら、偽者のルーシィは服の裾に手を当てた。

 

「本当にそう?アンタみたいな男は女に弱いでしょう?うふっ♡」

 

と、言うと偽者は服を捲って上半身を露出させた。

それにはヒビキとサジタリウスが目を白黒させる。

 

「もしもしもしもしもしもし!!??」

 

「……………!!!!!!」

 

「きゃあああああああああ!!!???」

 

──俺は見ていないからな?ギリギリだったが後ろを向いたぞ。

 

決してチラリとだが見えてしまった訳ではない。

 

リュウマは捲った瞬間には後ろを向いた。

なのでギルドで1、2を争う程の豊満な胸部など見ていない。

見ていないと言ったら見ていない。

 

「リュウマありがとう…てか、あんたらは少しは眼を逸らしなさいよ!リュウマを見習え!!」

 

「星霊情報収集完了。へぇ…すごい…」

 

「!!」

 

服を元に戻した偽者のルーシィは、何かに感心するように声を上げる。

 

「サジタリウス()()()()

 

──ドスッ! 「ガッ!?」「フッ!」「え?」

 

突如横にいるリュウマとヒビキに向かってサジタリウスが矢で攻撃してきた。

 

リュウマはまだウェンディをおぶっているため腕は使えないので脚で蹴り砕いたが…ヒビキはやられてしまった。

 

「な、何よこの馬!?裏切り…!?」

 

「ち、違いますからして…それがしは…!」

 

「ぐっ…」

 

「ヒビキ…!」

 

──チッ…ウェンディはシャルルに頼むか。

 

「シャルル!ウェンディを連れて離れろ!」

 

「言われなくても分かってるわよ!」

 

偽者のルーシィは本物のルーシィの星霊を操れると悟ったリュウマは、サジタリウスを強制閉門するように促す。

 

「ルーシィ!サジタリウスを星霊界に戻せ!」

 

「うん!サジタリウス強制閉門!」

 

これでウェンディとシャルルを狙われる心配はない…と思われたその時…

 

 

「開け人馬宮の扉・『サジタリウス』」

 

 

「お呼びでありますか?もしもし…って…あれ?」

 

「えーーーーーーー!!??」

 

なんと、偽者のルーシィが本物のルーシィの星霊であるサジタリウスを呼び出した。

 

「あの飛んでる猫殺して」

 

「いや、しかしそれがしは…」

 

──させるか…!

 

リュウマはサジタリウスに近付いて殴り、光の粒子に変えて消した。

サジタリウスは消えてしまうが仕方ない。

 

「すまないサジタリウス…」

 

「いえ…助かったでありますからして…もしもし──」

 

 

「もういいゾ。ニルヴァーナの場所が分かったからあのガキの役目も終わったゾ」

 

 

そこに現れたのは…エンジェル。

ルーシィの姿をしていたのは、相手の容姿や能力をコピー出来る星霊のジェミニだ。

 

「は~いルーシィちゃんにリュウマ。エンジェルちゃん登場だゾ」

 

「やはりこいつはジェミニだったか」

 

「そうだゾ。この子達はその人間の容姿・能力・思考の全てをコピーできる双子のジェミーとミニー」

 

「やっぱりリュウマが言ってた通り…」

 

ルーシィが戦恐していると、エンジェルがジェミニに指示を出し、ジェミニが姿を変えたら今度はリュウマの姿に変わった。

 

「コブラにやられて弱ってたから、リュウマをコピーすることに成功してたんだゾ。やれジェミニ」

 

「そ、そんな…!?」

 

本来、ジェミニは契約者である者よりも強い相手はコピーすることが出来ないのだが…リュウマは先程まで毒に犯されて弱体化していたのだ。

 

実は毒に犯された瞬間をジェミニに触れられており、コピーされていた。

 

「分かった~、『絶剣技…

 

──絶剣技…!?マズい…ルーシィを…!!

 

「ルーシィ…!」「きゃっ」

 

 

───魔水衝(ますいしょう)』」

 

 

危険を察知したリュウマは、ルーシィを巻き込んで一緒に横へと避ける。

 

するとすぐ横を水の斬撃が進んでいき、直線上の物を()()()()()()

 

「ひっヒイィィィィィィ!!??」

 

「すごい威力だゾ…」「ピーリピーリ」

 

──危なかった…ルーシィに当たっていたら今頃真っ二つだった…

 

「ルーシィ、俺はあのジェミニの相手をする。ルーシィはエンジェルを頼んだ」

 

「あ、あたし!?」

 

「別に俺がエンジェルでもいいが…そうなるとルーシィは…」

 

彼はそう言ってチラリとジェミニの方を見ると、つられてルーシィも見る。

 

そこにはジェミニがリュウマの姿で居合の構えをして殺気を飛ばしていた。

 

「む、無理無理無理無理!!??」

 

「そ、そうか…ヒビキはやられてしまいナツもダメだ。俺はジェミニの相手をしなくてはならんから…ルーシィにしかエンジェルを頼めない…頼む」

 

「リュウマ…分かった。あたしやってみる!」

 

「うむ、どうしても危なくなったら呼べ。加勢しに戻ってくる」

 

「分かった。気をつけてね」

 

「あぁ、任せておけ」

 

リュウマはルーシィと頷き合ってからジェミニの方を向く。

 

「ジェミニ、お前の相手は俺がしてやろう」

 

「前回はやられちゃったけど…今度はやられないよ」

 

「さぁ?どうだろうな?」

 

リュウマはそう言ってニヤリと嗤いながら構えた。

 

ジェミニはさっさと片づけてルーシィの加勢にいくとしよう。

 

 

 

 

1人と一体は構えた所から同時に動き、斬りかかった。

 

 

 

 

 




ルーシィあっぶねぇ…真っ二つになっちゃうところだったよ笑笑
新しく書いてある番外編どうでしたか?
ハガレンファンで、こんなのじゃない!と思わせてしまったら申し訳ないです…
ただ、相手と同じ姿になるやつが思いつきませんでしたので…






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第一七刀  星々の超魔法

敵少ないってほんと嫌になるね…
あと、原作見て思うけど、ジェラールってハーレム作れんじゃね…?
クソッ…イケメンめ…!
私も心肺停止すれば人工呼吸してくれますか?(白目)




 

 

リュウマは今までにも、ありとあらゆる相手に化けて真似をする奴等と戦い、打ち倒してきたが…。

 

彼自身も相手の技を盗むため皮肉にしか聞こえないかもしれないが、自分と戦うというのは実に面倒だと感じていた。

 

ましてやジェミニは性格がなかなかに悪いのか、戦っている最中ルーシィに斬撃を飛ばす。

それを受け止めると、隙ありと言わんばかりに攻撃してくる。

 

しかもこっちの思考も読んでくるため本当に面倒であった。

黄道十二門の星霊はどれも強力だが、ジェミニほど相手にしていて疲れる星霊はいないはずだ。

 

「考え事なんかしてていいの?」

 

「どちらの攻撃も打ち消しあっているのだから仕方あるまい」

 

ジェミニは喋りながらも刀で刺突をしてくるが、刀の腹で受け流すことによって回避。

そして今度はリュウマが首を狙って横に薙ぎ払うように斬りつけるが、ジェミニは軽々と受け止めた。

 

「斬り合いの最中にルーシィに向かって斬撃を飛ばすな」

 

「しょうがないじゃん。命令なんだもん」

 

──チッ、エンジェルめ…。ルーシィの方は大丈夫だろうか…?

 

構えながら横目で見てみると、羊を連想させるような姿をした星霊のアリエスとレオが戦っていた。

その他にも機械のような星霊も呼び出している。

 

それはつまり、エンジェルは今現在2体同時開門しているということになる。

オラシオンセイスのメンバーであるだけあって、魔力もあるようだ。

 

早く加勢に行かなくてはルーシィが危険である。

エンジェルが2体だけではなく、3体同時開門出来ないとは限らないのだから。

 

そういったことを考えていると、その思考をジェミニは読んで感心した風な顔をした。

 

「頭の回転が早いね?ボクたちを相手にしながらそれだけ考え事できる君は強いよ」

 

「生憎だが、真似されているだけで負けるつもりなど欠片もない」

 

「ふ~ん、けど。ボクたちも負けるつもりない…よ!」

 

ジェミニが近づいて袈裟斬りをしてくるが余裕を持って受け止める。

そこから素速い攻防を繰り返すが、本物なだけあってリュウマが押し勝つ。

彼はジェミニの腹に、刀を持っていない左手で拳を叩き込んでダメージを与えると共に距離をとらせた。

 

「ガフッ!?…やっぱり強いや。でも、そろそろやられてもらうよ?」

 

「やってみるんだな」

 

「覚悟してね!『絶剣技…

 

 

リュウマはジェミニが絶剣技を繰り出す直前…刀を黒く変色させて硬化させ、ジェミニを真っ二つに斬り裂いた。。

 

 

「武装色硬化…黒刀・『死・獅子歌歌(し・ししそんそん)』…!」

 

 

 

 

─────斬ッッッッ!!!!!

 

 

 

 

「やっぱりやられちゃったか~/やられちゃったね~」

 

「ただ真似するだけで勝てると思わないことだな」

 

ジェミニは光の粒子となって消えた。

 

星霊がやられたということは、オーナーであるエンジェルも理解しているだろう。

そうなると、新しい星霊を出される可能性もあるのでルーシィの元へと急ぐ。

 

 

 

 

リュウマはルーシィとエンジェルがいる場所へと走っていった。

 

 

 

 

 

───少し前のルーシィ達

 

 

足下が川が流れていたおかげで、ルーシィは自身の持つ星霊の中で、最強の攻撃力を持つアクエリアスを呼んだ。

 

しかし、エンジェルの呼び出したアクエリアスの彼氏であるスコーピオンと共に消えてしまった。

 

これでルーシィが呼び出せる王道十二門のアクエリアスを封じられた。

ジェミニはリュウマが相手をしてくれてるからいいものの、ジェミニは星霊を2体同時開門している。

 

ルーシィは現時点で2体同時開門はまだギリギリなのだが、流石のオラシオンセイスメンバーでありエンジェルは手強い。

 

「…そうだ!もう一人いるじゃない!開け!獅子宮の扉・『ロキ』!」

 

「──王子様参上!」

 

──よし!これで…!

 

まだ魔力が残っていたため、アクエリアスを除いた星霊の中で最強の星霊であるレオを召喚した。

 

「お願い!あいつを倒さないとギルドが…!」

 

「お安い御用さ」

 

「クス…星霊の相関図は知っておかないとダメだゾ。開け…『白羊宮の扉…

 

「え!?」「!!」

 

────アリエス』」

 

「──ごめんなさい…レオ」

 

「あ、アリエス…?」

 

アリエスとは、前の契約者であるカレンの元にいた星霊であり、レオが2年もの間人間界にいることになった時に関係のあった星霊だ。

 

「なんでアンタがカレンの星霊を…」

 

「アタシが殺したんだもの。コレはその時の戦利品だゾ」

 

「あぅ…」

 

そう、エンジェルは無理して仕事に来ていたカレンを殺し、王道十二門であるアリエスを奪ったのだ。

 

折角の再会が敵同士であるということで、レオを強制閉門して星霊界に戻そうとするルーシィであるが、レオ自身がそれに待ったをかけた。

 

「例えかつての友だとしても、所有者(オーナー)が違えば敵同士。主のために戦うのが星霊だよ」

 

「例え恩ある相手だとしても主の為ならば敵を討つ」

 

敵であるアリエスもレオと同じ意見であるようで、かつての友であるレオに鋭い視線を送っている。

 

「「それが僕たちの…/私たちの…」」

 

 

「「誇りだ!/誇りなの…!」」

 

 

ロキとアリエスは互いに殴り合い、蹴り合う…。

ルーシィは友達同士がぶつかり合う光景など見てられないと感じていた。

 

──折角会うことができたのに、次会ったら戦わなきゃいけないなんて…

 

「あっれ~?やるんだ?ま…コレもこれで面白いからいいゾ。でも…流石に戦闘用のレオ相手じゃ分が悪いか…『カエルム』!」

 

────ズドォォン!!

 

「がっ!!??」

 

「いぎっ!!??」

 

カエルムから出たレーザーがロキとアリエスを同時に貫いた。

 

──…え?仲間の星霊ごと…

 

「見たかしら!これが3体同時開門!まあ、3体は流石に長時間は無理だけど、一瞬さえあれば十分だゾ」

 

仲間であるアリエスごと攻撃したことに呆然としたが、次には怒りを覚えた。

星霊は物ではなく、自分と同じ生き物であるというのがルーシィだ。

 

「あんたそれでも星霊魔導士なの!?」

 

ルーシィはすぐにタウロスを呼んで攻撃するが、エンジェルがお色気をするだけで動けなくなって倒された。

次にキャンサーを呼ぼうとするけど、ふらついて座りこんでしまう。

 

「な、なんで…?あたし…ハァ…ハァ…」

 

「大して魔力も無いくせにそんなに星霊を出すからだゾ」

 

──う、ウソ…そんな……

 

「あぐっ…!」

 

魔力切れによって動けないところを、近寄っていたエンジェルに蹴りを入れられる。

 

「ジェミニはリュウマとやってるし、他の奴いちいち呼ぶのは魔力が勿体ないから、私が直接やってやるゾ」

 

ルーシィは体が動かすことが出来ない故に、エンジェルに蹴り飛ばされる。

だが、そんな彼女の目には諦めの感情はない。

 

「なぁに?その目。生意気な目だゾ」

 

「アリエスを開放して…」「はぁ?」

 

「ロキと一緒にいさせてあげたいの…!」

 

「タダで?」

 

──そんなことは言わない…だから…

 

「鍵以外ならなんでもあげる…!」

 

 

 

「じゃあ…“命”ね」

 

 

 

エンジェルがカエルムを握りながら近づいてくる…

 

 

────ギュウゥゥ……

 

 

と、その時…誰かが後ろからルーシィの首を絞めた…。

この状況で残りの人物は…

 

「あはは!!リュウマはとうとう闇に落ちたか!!あはは!傑作だゾ!!」

 

──ウソ…リュウマなの…?そんなぁ……

 

「り、リュウマぁ……」

 

「そんな悲しそうな声を出すな…罪悪感が酷いことになる」ボソッ

 

──え…?リュウマ…?

 

「じっとしておけ。…動くなよ?俺がかつて読んだ魔道書にあった超魔法の知識を…お前に移す」

 

──覚えたはいいが、星霊魔導士でないと使えなかったからな…

 

「くっ!闇に落ちてなかったのか!!おのれぇ~!カエルム!やるよ!!」

 

「一度しか移せないからな。『記憶移行(メモリーシフト)』」

 

な、なにこれ…!?あたまの中に知らない知識が…!

 

 

 

魔法陣を構築…成功…標的を捕捉…魔力不足の為停止…外部からの有機生命体による魔力補助により再構築…成功…発動及び詠唱開始…。

 

 

 

「天を測り天を開き・あまねく全ての星々よ…その輝きをもって我に姿を示せ…」

 

 

 

「な、なんなの!?」

 

 

 

「テトラビブロスよ・我は星々の支配者・アスペクトは完全なり・荒ぶる門を開放せよ…」

 

 

 

「な、何よこれぇ…ちょっ!?」

 

 

 

「全天88星………光る…!」

 

 

 

 

 

 

 

    「『ウラノ・メトリア』!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃあああぁぁあああぁああ!!!」

 

 

 

ルーシィはハッとして辺りを見渡すと、空からエンジェルがボロボロの状態で落ちてきて川へと沈んでいった。

 

「よくやったなルーシィ」

 

「リュウマ!あ、ヒビキとハッピーとナツが…!」

 

エンジェルの呼び出したサジタリウスによって負傷しているヒビキや、凍ってしまっているハッピー、筏の上でグロッキーになっているナツのことを思い出して焦る。

 

 

「ぐっ…く…ま、負けないゾ…六魔将軍(オラシオンセイス)は…負けない…一人一殺…!朽ち果てろォ!!」

 

 

すると、やられた筈のエンジェルがまた立ち上がってカエルムで攻撃してくる…

ルーシィは無意識下で放った超魔法により体が動かせない。

やられる…!と思ったその時…

 

 

「やらせるわけがないだろう。大人しく寝ていろ」

 

 

──バキィ!! 「ガフッ…」

 

リュウマがエンジェルのことを殴り飛ばした。

 

そんな光景に、容赦が無いと思っているのも束の間…筏につけられていた紐が解け、川の流れに沿って流されていってしまった。

ルーシィはナツの所に急いで向かい手を伸ばす。

 

「ナツ!しっかりしなさいよ!!」

 

「う、動けな…うっぷ」

 

──もう!世話が焼けるんだから!

 

弱りきったナツの手をどうなか掴むことが出来たが、意図せず一緒に乗ってしまい流されてしまう。

 

「急流~~~!!!???」

 

「まったく…いきなり助けに行ったと思えばこれか…」

 

急流で落ちそうになったところを、リュウマがルーシィとナツを抱き締めて落ちないようにして支えた。

因みに、ルーシィは抱き締められている状況に顔を赤くしている。

 

 

 

ルーシィはエンジェルにやられた傷の痛みと、リュウマに抱き締められている安心から筏の上だというのに気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──はぁ…ルーシィが気絶したと思ったら…まさかすぐに滝で落ちるとは思わなかったぞ…。

 

筏に乗って流されてから少し、いきなり滝となっていたので気絶したルーシィとナツを抱き抱えて飛び、安全な場所まで運んでいった。

 

ナツはただ筏の上で酔っていただけだから外傷はないが気絶している…。

問題はルーシィだ。

エンジェルにやられた切り傷が悪化仕掛けているため、リュウマが回復の魔法をかけて傷を癒しておく。

 

「『回復魔法・傷を癒せ(ヒーリング)』」

 

あとは、戦闘によってボロボロになった服なのだが、そこにルーシィの星霊のバルゴが現れた。

 

「リュウマ様。私が姫のお召し物をお持ちしました」

 

「バルゴか…自分の魔力で扉を通って来たのか…?」

 

「はい。姫は今魔力が少ないため、私自身の魔力で来ました」

 

──ほう、それは助かった。

 

「では、ルーシィの服は頼んだ」

 

「はい、お任せを…それと、ナツ様とリュウマ様の分のお召し物もございますがいかがいたしますか?」

 

ナツのものはリュウマが着替えさせるとして、自分のはどうしようか悩んでしまう。

今着ている和服がお気に入りだからだ。

 

「俺は今来ている和服の物以外は着なくてな、すまないが「和風バージョンもございます」…あるのか」

 

用意周到なことに、和服バージョンもあるということなのでお言葉に甘えることにした。

 

リュウマはバルゴから受け取った服をナツに着させてから自分の分の服を着たのだが…何故かサイズがピッタリだった。

 

「…どうだろうか…?」

 

「…とてもよくお似合いです…//」

 

──そうか…サイズのことは気にしないでおくとして、これはなかなか着心地がいいな…。

 

「礼を言うぞバルゴ」

 

「お仕置きですか?」

 

「いや、何故お仕置きをしなくてはならんのだ…」

 

「そうですか…」

 

されないと言われて何故か残念そうにするバルゴに苦笑いを溢す。

 

そうやってバルゴと話していると…突如ニルヴァーナの光が黒から白へと変わった。

これはニルヴァーナの封印解除の段階が進んでいることを示す。

 

「バルゴ。俺は今すぐニルヴァーナの所へ向かう!ナツとルーシィのことは起きるまで頼んでいいか?あと、5分か10分といったところで起きるだろう」

 

「承りました。気をつけて行ってらっしゃいませ」

 

「あぁ、ありがとう」

 

リュウマは急いでニルヴァーナの方へと駆けていった。

このままだとすぐにニルヴァーナの封印が解けてしまう。

 

──エルザはどこにいるんだ?ジェラールがいるならばエルザもいるはず…だというのに封印の解除が進んでいる…一体どうなっているんだ…

 

ニルヴァーナの光が上る場所へと走って行き、ある程度近づいたところで地響きが起きた。

 

 

 

───ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!!!!

 

 

 

彼も地響きかと思った瞬間…大地が盛り上がりニルヴァーナの全体が姿を現した。

 

リュウマは咄嗟に掴まり、ニルヴァーナの端の方に乗っているが、途中振り落とされそうになったので焦ってしまい冷や汗をかいていた。

 

──チッ…封印が完全に解かれてしまった…!

 

こうなってしまうと止める方法は限られてくるので、コントロールシステムを破壊してニルヴァーナを止めようと画策する。

 

正規の方法で止めるやり方は知らないため、それしか今は考えつかない。

 

分からなかったら壊してみるという考え方はナツみたいで少し…いや、大分後ろ髪を引かれる思いだが仕方ないということにした。

 

──コントロールシステムを破壊しよう。

 

彼はそう思いコントロールシステムを目指すのだが…

 

「どれもこれも同じ景色に見えるせいで道に迷った…」

 

どれもこれも同じような形をした建物のようなものしかないため、見事に道に迷った。

 

 

 

「『反響定位・反響地図(エコーロケーション・はんきょうマップ)』…!」

 

──ニルヴァーナはなかなか広いな…むっ…このシルエットは…ホットアイにミッドナイト…?…何故仲間内で戦っているんだ…?

 

コントロールシステムの所に早く行きたいが、どちらにせよ標的は全員なため2人が油断したらまとめて早く片づけて目的地へと急ごうと考えた。

 

リュウマは気配を消しながら、ミッドナイトとホットアイの方へ向かって駆けだして行った。

 

 

 

2人がいる場所に着いたが、ちょうどホットアイがやられた瞬間だった。

 

 

「ぐああああぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「ボクは父上をも超える最強の魔導士なんだ」

 

 

ホットアイはミッドナイトの前に倒れ伏し、ボロボロの状態で気絶しているにも拘わらず…ミッドナイトは無傷で立っていた。

 

「ボクがいる限りニルヴァーナは止まらないよ」

 

そんな光景を見ていると、ミッドナイトが現時点で最も有力な情報を呟いた。

それに対してニヤリとしながらミッドナイトの前に姿を現す。

 

「…っ!いつからそこにいたんだい?」

 

「残念だがたった今だ。しかし、そんなことはどうでもいい…貴様を殺ればいいのだな?」

 

「君に出来るのかい?その前に君のその顔を恐怖で染め上げてあげるよ」

 

「やれるものなら…やってみろ小僧」

 

 

 

リュウマは運が良いことに、ニルヴァーナを止める鍵となる者と接触した。

 

──どれ、さっさと片づけてニルヴァーナを止めるとしよう。

 

彼はニヤリと嗤いながら構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──エルザとジェラール

 

 

エルザとジェラールはニルヴァーナの上にある建物の間を通って、とりあえず中央に向かっていた。

ニルヴァーナを止める方法が分からない以上、他のもの達と合流したいところだが、難しいようだ。

 

──ドオォォォォォォン!!

 

そんな時…中央に聳え立つ大きな塔から、大きな音と共に爆発が起きた。

 

「今の爆発はいったい…」

 

「どうやら中央の塔からのようだ」

 

エルザが何故爆発したのか疑問に思っていると、近くから破壊音が聞こえてきて、だんだん近づいて来ていた。

 

──ドゴオォン!バアァン!ガン!ギン!

 

「何かが近づいて来ている…気をつけろ」

 

「分かった」

 

エルザとジェラールは警戒していると、正体が分かった。

 

その音の正体とは、オラシオンセイスのミッドナイトという男とリュウマが戦っていた時に生じた音だった。

 

やがて戦闘していた2人が互いに距離をとると、リュウマが直ぐそこにいるエルザとジェラールの存在に気がついた。

 

「むっ…エルザに…ジェラール…?」

 

「あれ?まだ生き残りがいたんだ」

 

──しまった…!ジェラールのことをリュウマに教えなくては…!

 

「君は誰だい?オレを知っているのか?」

 

リュウマに今のジェラールが記憶喪失であることを伝えようとする前に、ジェラールがリュウマに話しかけて致命的な事を言ってしまった。

 

「…何?ふざけているのかジェラール」

 

意味が分からない事を言われたことに、リュウマの眉間に皺が寄る。

仕方ないので、睨み合っているがジェラールのことを話しておくことにした。

 

「リュウマ、実は今のジェラールは記憶喪失だ。理由は分からないが、私が会った時から記憶がない」

 

「ほう、まあそれは後で聞くとして…今はこいつだ」

 

興味深そうな目をジェラールに向けたが、取り敢えず今はミッドナイトを打倒することにする。

 

「君達はボクが殺してあげるから待っているといいよ」

 

「残念だが、リュウマを相手にした時点でお前に勝機はない」

 

「勝つのはボクさ。ボクは最強の魔導士なんだから」

 

「ならばその最強の力…見せてもらおう…か!」

 

リュウマはミッドナイトに斬りかかるが、剣が当たる瞬間…剣閃が曲がった…。

リュウマが調べていた通り、魔法などを曲げることが出来る魔法なのだ。

 

「無駄だよ。ボクの屈折(リフレクター)はあらゆる物を曲げたり跳ね返したり歪ませたりすることができるんだ、君の攻撃は当たらないよ」

 

相手にするならば厄介極まりない魔法ではあるが、対峙しているリュウマからは焦りの感情は伝わってきていない。

それどころか余裕のような表情をしている。

 

「俺はもう既に一つ弱点を見つけたぞ」

 

「…なに?」

 

今まで誰にも知られたことのない自身の魔法の弱点を看破したというリュウマに、訝しげな表情をした。

 

「まずはこれだ」

 

リュウマはさっきと同じように斬りかかる。

 

「いくら早く斬りかかろうともボクのリフレクターは破れない」

 

袈裟に斬ろうとしたが、やはり剣閃は曲がった…が…

 

「これだ。『衝底(しょうてい)』!」

 

────バキィ!!

 

「ガフッ…!!??」

 

今まで攻撃の軌道を曲げていたミッドナイトに、リュウマの攻撃が入った。

そのことにミッドナイト自身も驚愕としている。

 

「貴様のリフレクターは一カ所にしか展開することが出来ない、故に剣を曲げることが出来たが、その後の俺の衝底を逸らすことが出来なかった」

 

つまり、1度目の攻撃を逸らされるのを分かっており、態と逸らさせて第二撃を叩き込んだのだ。

 

「ぐっ…だけど、それだけじゃあ勝てないよ」

 

──ギュウゥゥ……!!!!

 

「…!!くっ…」

 

ミッドナイトがリュウマに向かって手をかざすと、彼が着ていた服が突如ねじ曲がった。

 

「ぐっ…これも弱点だ。そして…頭上と足下注意だ」

 

「なに…?───ッ!ぐあああぁぁぁぁ!!??」

 

ミッドナイトの足下と頭上から様々な武器が降り注いだり、突き出したりしてミッドナイトを攻撃した。

 

「これはさっき言った通り一カ所にしか展開することができないこと、そして…貴様は服をねじ曲げることが出来るが…人体をねじ曲げることが出来ない」

 

仮に魔法で人体を曲げられるならば、服ではなく人体を直接やった方が実に手っ取り早い。

 

「そしてこの服は先程ルーシィの星霊のバルゴから譲り受けた服だが、魔力を通す素材だったため俺の魔力を繊維の中に編み込んだ、故に…ふっ!」

 

リュウマが力を入れた瞬間、ねじ曲がっていた服が元の状態に戻った。

 

「ん?この服を入れると弱点は三つのようだな?クカカ…」

 

こんな短時間でありながら、相手の弱点を直ぐに調べ上げる観察眼にエルザは感心した。

 

──実にリュウマらしい、追いかけ甲斐のある背中だ。

 

「フフフ…ボクは真夜中でこそ真価を発揮する…モウドウナッテモシラナイヨ…?」

 

突如ミッドナイトの体がどんどん大きくなって膨れ上がり…最早人間の姿ではなくなっていた。

 

「無駄だ。『絶剣技…

 

リュウマは変わり果てたミッドナイトの懐まで一瞬で潜り込み、そのまますれ違うように斬った。

 

 

───覚正(かくせい)』」

 

 

「ぐあああぁぁぁ!!??ぼ、ボクが…負けた…?幻術は完璧だったはず…」

 

 

「俺に幻術は効かない。相手を間違えたな」

 

 

そう言って見えたリュウマの目は白く…眼の周りに何本もの筋が入っていた。

 

 

 

 

何はともあれ、リュウマは苦労することなくオラシオンセイスのミッドナイトを撃破した。

 

 

 

 

 




とりあえずここまでにしときます。
もうちょっと敵いれば苦も無くぶつけられるのに…
6人はちょっと…



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第一八刀  外す封印

オラシオンセイス編長いんじゃ~…




 

 

ミッドナイトが発動した幻術中に『白眼』を発動させて幻術であるということを見破った。

 

それによってミッドナイトがかけてきた幻術を破り、一気に接近してすれ違い様斬り伏せた。

 

その後にオラシオンセイスの真のマスターと名乗ったゼロという男が、とうとうニルヴァーナをウェンディが所属するギルド・ケットシェルターに向かって発射した。

 

だが、空から魔法で破壊された部分を補強したクリスティーナで攻撃(攻撃自体はイブの雪魔法だそうだ)し、ニルヴァーナの攻撃はギリギリ天井部分を掠って逸れる事で事なきを得た。

 

それからヒビキの魔法である古文書(アーカイブ)によって頭に直接伝えられた情報によれば、ニルヴァーナは大地から6本の足を使い、膨大な魔力を自然界から通して吸収し、稼動しているようだ。

 

そして6つの足にそれぞれ一つずつ付いているラクリマを、全くの同時に破壊することが唯一の止める方法なのだそうだ。

 

止める方法を教えている最中にゼロはテレパシーをジャックし、自分は6つある内のどれか一つのラクリマの前にいる…と宣言した。

 

1度塔の所で完膚無きまでにやられてしまったナツ達は、ボロボロになりながらも立ち上がり、運が良ければ殴れると叫んでいる。

 

今はそれぞれがどの番号に行くのかという話しになっており、各々は叫ぶようにして番号を指定していく。

 

「1番だ…!」

 

何の躊躇いも無く、ナツはいの一番に1番を選んだ。

 

「オレが2番に行く…!」

 

続いてグレイが2番を指定。

 

「あたしは3番ね…!」

 

ゼロと当たらないことを祈りながらも、ルーシィは3番を指定した。

 

「私が4番に行こう!メェーン!」

 

何処に居るのか全く分からないが、何やら苦しそうに4番を指定したのは一夜だ。

 

因みに、苦しそうなのは…闇ギルドの奴等に丸焼きにされる豚よろしく、棒に手足を括り付けられているからだ。

 

「ならば私が5番だ」

 

ジェラールもこの場に居るが、彼が名乗り出るわけにはいかないので必然的にエルザが5番となる。

 

「最後になったが、俺が6番だ」

 

リュウマは何処でもいいと考えていたので最後まで待ち、残った6番を指定した。

 

『よし、最後に壊すタイミングを時間にして皆の頭にインプットした…頼んだよ』

 

そう言って繋いでいたヒビキの魔法が切れた。

切れたと同時にそれぞれの頭の中にタイムが刻まれ、時間が経過していく。

このタイムが0になった時に壊せば、ニルヴァーナの活動を停止させることが出来るのだ。

 

「ゼロはおそらく1番にいる」

 

タイムが正常に時を刻んでいることを確認したエルザは、当然だとでも言うように1番にゼロがいると言った。

 

そんなエルザにジェラールは記憶が無いので分からず、何故かと問うた。

それに対して簡単に説明した。

 

「ナツは鼻が良いからな、ゼロの匂いが1番からしたんだろう」

 

滅竜魔法を使うドラゴンスレイヤー達は、総じて体の器官が鋭かったり強靱だったりする。

ナツやガジル、ラクサスも鼻が良く、耳も良く聞こえる。

そんなわけでナツは1番からするゼロの匂いを嗅ぎ分けて速攻で1番を選んだのだ。

 

「よし、ではまた後でな」

 

リュウマの言葉に頷いて、エルザとジェラールは走って行き、その場を後にした。

 

いつまでも喋っている暇はないため、自分の持ち場へ向かったのだ。

 

リュウマも指定した番号である6番に向かって足を勧めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

走り続けること数分のこと…リュウマは6番を選んだことを少し後悔していた。

 

エルザ達と別れた場所から1番近かったのは1番、つまり1番から最も遠いのが6番なわけで…。

今更ながら2番にしていればよかった…と、考えながら6番に着いたので、ラクリマがある広場へと出た。

 

 

「やっと来やがったな」

 

 

しかし…そこには先客がいた…ゼロである。

 

ゼロがいるのは1番である筈だと思っていたリュウマは呆然とした。

それから直ぐに復帰して、どうしてこの6番に居るのか問うた。

 

「何故貴様がここにいる…?1番にいるはず…」

 

「あぁ、テメェらのところの火竜(サラマンダー)が匂いでも嗅ぎつけたんだろ?コブラと同じなら鼻が良いことぐらい嫌でも分かる。だからオレは匂いがついたジャケットを1番に置いて逆の6番に来たんだよ。雑魚が来てもつまらねぇし、相手が分かってたら尚更つまらねぇだろうが」

 

──あぁ…頭が痛い…ならばナツは今頃……

 

 

 

 

 

──ニルヴァーナ1番の足

 

「なんであいつがいねぇんだコラアァァァァ!!!」

 

「……」

 

 

 

 

 

──なんてことになっているのではないだろうな…?いや、なっているな…まあ…

 

「仲間をやたら痛めつけてくれた返しは俺がしてやろう」

 

「フハハ…最初に会った時から殺したくて堪らなかったぜリュウマ…!」

 

リュウマとゼロは互いに構える。

だが残り時間が余り残されていないため、一気に近づきながら槍を召喚し、胴体を狙って素速く横に薙ぎ払う。

 

「ハアァ!!」

 

「フッ…!」

 

ゼロはギリギリの所を避けるが逃がす気などない。

避けた方に距離を詰め、ゼロの腕を掴み投げ飛ばす。

推測した着地地点に先に移動し、背中から飛んでくるゼロに突くように追撃した。

 

「ぐっ…!舐めるなァ!!」

 

ゼロは体を捻り回避しながらも魔力の込めた拳を叩きつけようとしてくる。

だがリュウマはその拳を避けながらまたも腕をとり、ゼロの力を利用して地面へ叩きつけた。

 

「ガハッ!?クソがァ…!」

 

叩きつけた後にすぐさま槍で突き刺そうとするも、魔力の盾を創り出して防御される。

ゼロは直ぐさま起き上がり、後ろへと跳んで距離をとった。

 

「フン…これでも喰らえ『常闇奇想曲(ダークカプリチオ)』!!」

 

ビーム状の魔法が飛んでくるがその場でしゃがんで避ける。

 

リュウマは自身のすぐ上を通過したため分かったが、このダークカプリチオという技は貫通性のある魔法のようだ。

リュウマが避けた後も次々とダークカプリチオを連続で撃ってくるが…全て避けてゆく。

 

「真っ直ぐにしか飛ばせねぇと思うなよ?オラァ!」

 

──…っ!足下から魔法が…!

 

「ぐっ…!!」

 

足下の床を貫通し、下から抜けた魔法がリュウマの体に微かだが当たり、よろめいたところを曲がってまた向かってくる。

体勢を少し崩していたのでまた当たりそうになるも、今度は完璧に避ける。

 

「クハハハハハハハハハ!!!壊れろ!壊れろォ!!」

 

次々としつこいぐらいに撃ってくるダークカプリチオがいい加減鬱陶しいので迎撃することにした。

 

「『猿王・剛拳(えんおう・ごうけん)』!」

 

 

──────ゴオオォォォォン!!!!

 

 

貫通性の魔法に拳を叩き込むという行為は、普通なら正気の沙汰ではないだろうが、リュウマは別だ。

 

叩き込む拳を魔力で覆っておくことにより、防御壁を作っておいたため無傷である。。

 

「貫通性の魔法を殴り消すとは…面白ぇ…!」

 

「フンッ…その程度の魔法で俺を壊せると思い上がるな」

 

と、言ったものの…戦闘が始まってから少し経っているため時間に余裕が無かった。

 

──残り時間は6分と言ったところか…久々にあれをやるか。

 

「こっちは時間が無いんだ。早々に片づけさせてもらうぞゼロ」

 

「フハハハハハ!出来るもんならやってみやがれぇ!!」

 

リュウマが己が己自身に掛けた封印を解く。

 

「『封印・第一門・解』!!」

 

その瞬間…彼の体から純黒の魔力が溢れ出し、体全体を覆い隠すように溢れ出ている魔力は6番の足全体を大きく揺らすほどのものである。

 

 

───ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!

 

 

──こ…これほどの魔力は…いったいどこからくるんだ…!

 

「な、なんだ…何なんだこの魔力は…!?」

 

今までのリュウマから感じられた魔力量が、封印を解き放った瞬間から跳ね上がった。

そのことにゼロは冷や汗を流しながら叫んだ。

 

「あァ…久々の我が魔力…極一部とはいえ戻ってきたぞ…」

 

「この…化け物があァ!!!!」

 

ゼロはリュウマから感じられる膨大過ぎる魔力に恐れを成してダークカプリチオを飛ばした。

 

しかし…今の彼に対して最早…ゼロの魔法の総ては効くことは無く、無駄な足掻きにしかならないのだ。

 

「ふうぅ…」

 

彼が飛んで迫ってくるダークカプリチオにそっと息をふきかけると…()()()()

 

「な…なに…?」

 

「我が黒き魔力は総てを呑み込み…塗り潰す」

 

「なんなんだ…貴様は…」

 

「俺か…?俺は…

 

少し踏み込み…刹那にゼロの目の前まで移動する。

 

突然目の前に来たリュウマに対して回避行動をしようと反射的に行おうとするのだが…時既に遅し…。

 

「…!!」

 

 

 

 

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だ」

 

 

 

 

 

 

─────ドカアアァァァァン!!!!

 

 

「ガアアァァァァァ!!??」

 

ゼロはリュウマに殴り飛ばされて壁へと激突した。

 

「貴様に勝機なんぞ最初から存在しない。諦めろ」

 

「……クソが…クソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがァ!!!!!」

 

ゼロは叫びながら接近してリュウマに向かって魔法を放った。

 

「墜ちろおォ!『ダークグラビティ』!!」

 

リュウマには全く効かないが、魔法の威力によって足下の床が崩れ、落下していく。

下には更に違う床があったので着地する。

 

「死ねええぇぇぇ!!!!『ダークウェイブ』!!」

 

──タンッ…

 

ゼロから発せられる邪悪な魔力の波が襲いかかるが、リュウマが床に脚を踏み込むだけで魔法は弾けて消えた。

 

「──ッ!!もういい!貴様にオレの最高の“無”をくれてやる!我が最大魔法のなあァ!!!!」

 

「ハァ…これだけやられてまだ諦めんのか…まあいい、受けて立ってやろう」

 

リュウマは魔力を練り上げながらゼロの元へと歩み始めたが、これだけの実力差を見せてやったというのに、性懲りも無く向かってくるゼロに呆れていた。

 

「『ジェネシス・ゼロ』!!」

 

──ほう…?なかなかの邪悪な魔力だ。

 

最大の魔法ということだけはあって、感じられる魔力はとても高い。

しかし…リュウマからしてみれば所詮はその程度…で、片付けられてしまう程度のものだ。

 

「開け…鬼哭の門…!無の旅人よ!その者の魂を!!記憶を!!存在を食い尽くせ!!」

 

ゼロの言葉に従うように、全方向から怨念とも言えるような禍々しいものが次々と押し寄せてくる。

 

「消えろ!!ゼロの名の下に!!!!」

 

確かに凄まじい魔法だ、普通の魔導士ならば抵抗させることもなく一瞬で消されているだろう。

 

だが…生憎、前に居る男は()()()()()()

 

「この程度の魔法で俺を殺そうと思っていたのか…?舐めているにも程があるな。『燃えろ』」

 

彼がそう発言すると、ジェネシス・ゼロは突如発生した黒炎によって瞬く間に燃やされ消えてしまった。

 

「ジェネシス・ゼロが黒炎に燃やされて……」

 

自身が放てる最高最強の魔法を…たったの一言で消されたことに呆然とする。

 

「終いだゼロよ…『絶拳技…

 

ゼロの目の前まで瞬時に移動したリュウマは…拳を振りかぶる。

 

 

 

 

飛び立つ龍の飛翔(スカイ・ライジング)』!!」

 

 

 

 

 

腕全体に濃密な魔力を纏わせたリュウマの強力な殴打によりゼロは天井全て突き破り…ラクリマに激突した。

 

そして当たったラクリマは、ゼロの衝突の威力に耐えられず…粉々に砕け散った。

 

そこでカウントダウンもちょうど(ゼロ)になった。

 

他の皆も壊したのだろう、ニルヴァーナの崩壊が始まり、周りの壁がどんどん崩れていった。

 

──俺もさっさと退避するか…あっ…封印をまたかけなければ…ハァ…封印すると動きづらくて仕方ない…重りを付けたまま水中を移動しているかのようだ…まあ慣れたが。

 

 

 

 

リュウマは内心でくだらないことを考えながらも、崩れていくニルヴァーナから脱出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脱出した後、ジェラールを取り巻く新生評議院とのいざこざがあったりもしたが…ジェラールは結局逮捕という形で連れて行かれてしまった。

 

彼が今までの記憶をほとんど思い出せない…と言っても過去の過ちは消えることはない。

 

だが、みんなには不思議とこれで別れ…という風には感じられなかった。

 

理由を聞かれても答えることは出来ないだろうしかし…それでもまた会うという確信めいたものがあったのだ。

 

それ程遠くない未来…ジェラールとはまた出会うだろう。

 

その時までしばしの別れ…。

 

そして今は怪我をしていたみんなの治療も終了し、怒濤の戦いが終わってから1日明けて広間へと集まっている。

 

ケットシェルターのマスター・ローバウルが礼を言いたいとのことだ。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)青い天馬(ブルーペガサス)蛇姫の鱗(ラミアスケイル)、そしてウェンディにシャルル」

 

「よくぞ六魔将軍(オラシオンセイス)を倒し、ニルヴァーナを止めてくれた。地方ギルド連盟を代表してこのローバウルが礼を言う」

 

「ありがとう…なぶらありがとう…」

 

──今更だが、なぶらとはどういう意味なのだろうか…?

 

少なからずみんなが気になっていたであろう事を、心の中だけにとどめておいたリュウマは偉いだろう。

 

「どういたしまして!!!マスター・ローバウル!!!オラシオンセイスとの激闘に次ぐ激闘!!!楽な戦いではありませんでしたがっ!!…仲間との絆が我々を勝利に導いたのです!!!」

 

「「「さすが先生!!」」」

 

「ちゃっかりおいしいとこ持っていきやがった」

 

「あいつ誰かと戦ってたっけ?」

 

ローバウルの感謝の言葉に対して真っ先に応えたのは何故か一夜だ。

それに乗っかってトライメンズも騒ぎ立てる。

 

今まで一夜が誰と戦っていたのか全く分からないグレイとルーシィは、ただ美味しいところを持っていっただけにしか見えなかった。

 

事実…一夜はオラシオンセイスの誰も倒していない。

 

「お前達もよくやってくれたな」

 

「やっと終わりましたわね」

 

「ジュラさん…」

 

 

「この流れは宴だろーー!!」「あいさー!」

 

 

「一夜が」「一夜が!」「活躍」「活躍!」

 

「「「「ワッショイワッショイワッショイワッショイ!!!!」」」」

 

一夜を先頭にしてトライメンズはヘンテコな踊りを披露して騒いでおり、ナツも一緒になって騒ぎ始めていた。

 

「宴かぁ」「まあ、いいだろう」

 

「あんた達は服を脱ぐなーーー!!!」

 

 

 

「「「「……………………………………」」」」

 

 

 

しかし…何故か分からないが…ケットシェルターの人々はみんなが黙りこくっており、誰も喜んでいるようには見えなかった。

 

その異変に気づいたのか他の者達もみんな黙り、ケットシェルターの者達を見る。

するとマスター・ローバウルが語り出した。

 

「皆さん…ニルビット族の事を黙っていて申し訳なかった」

 

ニルビット族とは…昔にニルヴァーナを造った一族であるが、ニルヴァーナ自体が危険であると判断して封印した一族であり、ケットシェルターの人達全員がニルビット族だとオラシオンセイスに告げられていた。

 

「そんなことで空気壊すのか?」

 

「全然気にしてねぇのに、な?」「あい」

 

「マスター?私も気にしていませんよ?」

 

口々に気にしていないと言われたローバウルではあるが…その顔はまだ何かあるといった表情だ。

 

「……皆さん。ワシがこれからする話しをよく聞いてくだされ」

 

「まず、最初に…ワシらはニルビット族の末裔などではない」

 

ニルビット族だから今までの戦いがあったというのに、自分達がニルビット族ではないと話し始めたので、みんなの頭の上にはハテナマークが乱立していた。

 

しかし…そんなのも直ぐに消え去る。

 

「ニルビット族そのもの。400年前…ニルヴァーナを造ったのは、このワシじゃ」

 

「何!?」

 

「うそ…」

 

「400年前!?」

 

「……」

 

なんと…ローバウルがニルヴァーナを造り出したと言い放ったのだ。

それにはみんなの度胆を抜いて驚愕させる。

 

「400年前…世界中に広がった戦争を止めるために善悪反転の魔法ニルヴァーナを造った」

 

「ニルヴァーナはワシ等の国となり平和の象徴として一時代を築いた…」

 

「……しかし…強大な力には必ず反する力が生まれる。闇を光に変えた分だけ、ニルヴァーナはその“闇”を纏っていった」

 

「………」

 

「バランスをとっていたのだ、人間の人格を無制限に光に変えることは出来なかった…闇に対して光が生まれ、光に対して必ず闇が生まれる」

 

「そう言われれば確かに…」

 

グレイには心当たりがあったため、そう言葉を溢した。

 

「人々から失われた闇は我々ニルビット族に纏わり付いた」

 

「そ、そんな…」

 

「地獄じゃ。ワシ等は共に殺し合い全滅した」

 

「生き残ったのはワシ1人じゃった…肉体はとうの昔に滅び去り、思念体に近い存在だが、ワシは罪を償うため…ニルヴァーナが破壊できる者が現れるまで、この地にて400年見守ってきた」

 

「今……ようやく役目が終わった」

 

「そ、そんな話し…」

 

──七年前にウェンディを預けた時は不思議には思わなかったが…まさかこの村人全員が思念体か…?

 

リュウマがローバウルが語った真実からそう考えていると、その説はあっていたようで、思念体の村人が次々と光の粒子となって消えていく。

 

「村人が消えていく…!?」

 

「ギルドメンバーに村人は皆、ワシの創り出した幻じゃ…」

 

「なんだと!?」「人格を持つ幻だと!?」「なんという魔力なんだ…」

 

「ワシはニルヴァーナを見守るためにこの()()1()()()住んでいた」

 

「七年前…1人の少年と1人の青年がワシの所に少女を連れてきた」

 

 

『この子を預かってください』

 

『俺からも頼む』

 

 

「少年達の真っ直ぐな眼に、ワシはつい承諾してしまった。1人でいようと決めていたのにな…」

 

「そして幻の仲間達を創り出した」

 

「ウェンディの為に創られたギルド……!」

 

「いや…いや!そんな話し聞きたくない!!みんな…消えないで!!」

 

今まで一緒に苦楽を共にしてきた村の人たちや、ギルドのみんなが消えていくのが耐えきれないのか、ウェンディは耳を手で塞ぎながらしゃがみ込んでしまう。

 

「ウェンディ…シャルル…もうお前達に偽りの仲間達は必要ない…何故なら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お前達にはもう本当の仲間がいるではないか」

 

 

 

 

 

 

 

「お前達の未来は始まったばかりだ…」

 

「マスター!!」

 

そして終には…ローバウルまでもが消えてしまった…。

 

 

 

 

 

 

『皆さん…本当にありがとう。ウェンディとシャルルを頼みます』

 

 

 

 

 

「マスター…マスターーーーー!!!」

 

 

 

ウェンディは悲しみのあまり、大声で泣き叫ぶ。

 

それを止める者は…否…止められる者はいなかった。

 

だがそんな中…リュウマはそんなウェンディに近寄り肩に手を置いて話しかけた。

 

「愛する者との別れの辛さは痛いほどに知っている…だが、そんな辛さは仲間が埋めてくれる」

 

 

 

 

「一緒に来い。我がギルド…妖精の尻尾(フェアリーテイル)へ」

 

 

 

 

ウェンディとシャルルにそう言って微笑みかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛する者との別れは知っている…

 

 

 

 

そう…あの時に…。

 

 

 

 

これでもかという程に…。

 

 

 

 

 




いや~長い…!!
オラシオンセイス長い!!
あと、エドラスってやった方が良いのかな?
書くの大変そうだ(白目)




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パラレルワールド~エドラス~
第一九刀  帰ってきた男 抑える感情


エドラス書くことにしました。
エドラスのリュウマの立ち位置どうしよう…




 

 

オラシオンセイスの討伐から数日が過ぎたフェアリーテイルは…今日も今日とて騒いでいた。

 

数日前までには大陸中の光のギルドの一大事だったというのに早い切り替えである。

 

ウェンディはフェアリーテイルに来た後、マスターマカロフに事情を話し、すぐに快く加入させてもらった。

 

尚、今まで会えなかった分を取り戻すかの如くウェンディがリュウマにアプローチをしているのを見て、シャルルが「こんなウェンディ初めて見たわ…」と言っていたり、フェアリーテイルの女魔導士が大いに焦り私も!といった感じで気合いを入れてリュウマに迫り、リュウマが美少女や美人に囲まれて照れながらも対応していたのは余談である。

 

リュウマは最近よく女性に迫られることで女性に対して免疫が少しだけだがついた模様。

 

数多の美少女や美人に言い寄られて羨ましいことこの上ないマジ羨ましいちくょう爆発しやがれイケメンめ顔か顔がいいのかでも性格もいいから全体的に負けてる気がす…ハッ!?…ん”っん”!…。

 

何はともあれ、フェアリーテイルはいつも通りである。

だが今回はとある者が数年ぶりに帰って来るようだ。

 

既知の者は期待を…知らぬ者も胸に期待を…

おや…?リュウマの様子が…?

 

 

 

 

では…お楽しみ下さい。

 

 

 

 

   ◆      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

オラシオンセイスとの戦いから数日が経ったが、フェアリーテイルの内部はいつも通り。

あんなに鮮烈な戦いをしたというのに、いつも通りすぎてどこか夢だったように感じているルーシィ。

 

ふとそこで、入ったばかりであるウェンディがギルドに慣れたのか気になり、聞いてみることにした。

 

「どお?ウェンディとシャルルはこのギルドに慣れた?」

 

「フンッ、別に?」

 

「もぅシャルル?私はもう慣れました!」

 

「まあ、女子寮があるのは気に入ったわ」

 

フェアリーヒルズとは、フェアリーテイルの女魔導士

専用の特別な寮のことで、大抵の女メンバー達はそこに部屋を借りている。

内部も新品同様でとても綺麗であり、一つ一つの部屋の広さも十分なのでとても人気なのだ。

 

「そういえば、ルーシィさんは寮じゃないんですか?」

 

「女子寮の存在は最近知ったのよね…てか、寮の家賃って10万(ジュエル)でさ…入ってたら払えなかったわよ…」

 

因みに、ルーシィが借りている寮の一ヶ月の家賃は7万Jだ。

 

この家賃は寮の中では比較的安く、中も広くて綺麗であるため優良物件なのだが…ルーシィは毎月毎月家賃の納金に手間取っている。

 

「えっ…でもナツさん達と同じチームなんじゃ…?」

 

「そうね、癪だけどあのオス共は強いもの」

 

ウェンディの考えは最もで、ナツ達はギルド内でもトップクラスの実力を持っている。

しかし…持っているからといって仕事を完璧に遂行するとは限らないのだ。

 

特にギルドの問題児にして破壊王であるナツは。

 

「ナツとグレイは喧嘩で周りの物を壊して…エルザは喧嘩止めようとして尚更周りの物を壊して…結局報酬貰えなかったり…ハアァ…おかげであたしはいつも家賃がピンチよ…」

 

「そ、そうだったんですか…」

 

「まあ、ほんとにピンチになったらリュウマの仕事に着いていったりするんだけどね?リュウマは物を壊したりしないし、2人で行くから高い報酬半分貰えるしさ!」

 

本当に危険になった場合は、いつもリュウマに助けてもらっていた。

彼に助けてもらわなかったら一体今頃何ヶ月ぶんの家賃が溜まっていることか…考えたくもなかった。

 

周囲の物を壊すこともなく、女であるルーシィをエスコートし、仕事自体は直ぐに終わらせて早期解決、お金が無いルーシィにはご飯だって奢ってくれる。

これだけのことをしてくれれば、ついつい頼ってしまうのは世の常と言える。

 

──リュウマはやっぱりあいつらとは違うわね…。

 

因みにだが、件のリュウマは今、仕事に行っていてギルドにいない。

 

「私も今度一緒に行って来よっかな?ね、シャルル」

 

「私はどうでもいいわ」

 

──あたしも誘っとこ!ウェンディに先越されちゃうし…

 

もちろん、ただ楽が出来るからというだけで一緒に行っているのではない。

 

恋する乙女としての負けられない戦いが…そこにあるのだ。

 

 

 

 

 

「大変だーーーーーーーーーー!!!」

 

 

 

 

 

フェアリーテイルのギルドのメンバーの1人が、顔に汗をかきながら大声で叫び、転がるように勢いよく入って来た。

 

一体どうしたんだ?と思って聞こうと思ったその時…大きな鐘の音がマグノリア中に響いた。

 

 

────ゴーーンゴゴーーン……!!!

 

 

そしてその鐘の音は、どこか独特の音の鳴らし方であるので、この鐘の合図が何であるのかはルーシィやウェンディなどの新しい新人には分からない。

 

「なに!?」

 

「鐘!?」

 

ルーシィと同じくウェンディが驚いていると、ナツ達は興奮したようにギルドの外に駆け出しながら叫んでいた。

 

「この鳴らし方は…!」

 

「あい!」

 

「おぉ!!」

 

「??」

 

「まさか!!」

 

同じく新人であるジュビアも分からないようで、興奮するみんなを不思議そうに見ている。

 

「ギルダーツが帰ってきたァ!!」

 

「あいさー!!」

 

「ギルダーツ?」

 

ルーシィがS級とは何たるかをミラから聞いた時に、少しだけ話に出て来た程度なので会ったこともなく、余り詳細を知らないのだが、取り敢えずウェンディには強い魔導士とだけ説明しておくことにした。

 

「ものすっごい強い魔導士なんだって…」

 

「わあぁ!」

 

どんな人なんだろう…!と期待で胸を膨らませているウェンディに、ギルダーツの事を教えてあげようとカウンターにいたミラがやって来た。

 

「皆が騒ぐのも無理ないわ。3年ぶりだもん…帰ってくるの」

 

「えぇ!?3年ぶり~!?」

 

「3年も何してたんですか…?」

 

「ウェンディがいるからもう一回説明するわね?ギルダーツはもちろん仕事よ?S級の上にあるSS級クエストっていうのがあるんだけど、その更に上の10年クエストって言われるクエストがあるの…10年間誰も達成した者はいないから10年クエスト」

 

「そんなクエストがあるんですね…」

 

「それだけじゃないの、ギルダーツはその更に上の100年クエストに行っていたのよ」

 

「100年…クエスト…」

 

殆どのメンバー…というか、ギルダーツとリュウマ以外の者はSS級に行ったことがないが、SS級クエストはS級クエスト以上に危険であり、行く者を本当に厳選しなければ一瞬で死ぬような内容のものばかりだ。

 

10年クエストなんてのはSS級クエスト以上に危険であり、100年クエストというのは、最早普通の人間には達成不可能と言われる程の超超高難度依頼のことだ。

 

ギルダーツはその100年クエストに行っていており、3年という長い間帰ってきていなかったのだ。

 

リュウマもS級クエスト以上のものも指名といった形で受けたりしている。

 

頼めば早期解決をしてくれて、フェアリーテイルでは珍しい周囲の物を破壊したり、何かをしでかすという事が無いため安心して頼めるからだ。

 

その代わり、あっちこっちに引っ張りだこであるのでリュウマ自身が疲れてしまうのだが。

 

 

────『マグノリアをギルダーツシフトへ変えます。町民の皆さんはすみやかに所定の位置へ!繰り返します──』

 

 

ギルダーツシフト…というのが分からず、ポカンとしながら見合うルーシィとウェンディに、ミラはクスリと笑った。

 

「うふふ、外に出てみると分かるわ」

 

 

 

 

 

ミラに言われ、外に出たルーシィ達が見たのは…マグノリアの街が真ん中からパックリ割れてる光景だった。

 

「街が…割れたーーーーーー!!??」

 

「ギルダーツは触れたものを粉々にする魔法を使うんだけど…ボーっとしてると民家を突き破って歩いて来ちゃうの♪」

 

それだけの魔法を使うのにボーッとして民家を破壊することに驚くも、1番驚いたのは…

 

「その為だけに街を改造したのね…」

 

「スゴいねシャルル!!」

 

「えぇ…スゴいバカ…」

 

何と言っても、その為だけに街全体を改造したという何とも言えない事へと驚きだった。

 

余談ではあるが、ギルダーツが使う魔法は超上級破壊魔法に認定されている『クラッシュ』という名の魔法だ。

 

ミラが言っていた通り、触れた物を粉々に破壊するという反則染みた能力を持つ。

 

 

────ガシャン…ガシャン…

 

 

「来たーーーーー!!!!」

 

「ギルダーツ!オレと勝負しろォ!!」

 

「いきなりかよ!?」

 

「おかえりなさい」

 

やって来たのはオレンジ色の髪をオールバックにし、少し薄汚れたローブを着ている40代程の…所謂おやじだった。

 

「む…お嬢さん、確かこの辺りに妖精の尻尾(フェアリーテイル)ってギルドがあったはずなんだが…」

 

「ここよ、それに私はミラジェーン」

 

「ミラ…?──ずいぶん変わったなお前ー!?つーかギルド新しくしたのかよーーーー!?」

 

──外観じゃ気づかないのね…フェアリーテイルのマークとかあった筈なんだけど…。

 

心の中でそうツッコミを入れたルーシィは悪くないはずだ。

いっつもボーッとしているので、前とは見違える程に綺麗になったフェアリーテイルの外装にすら気がつかないのだ。

 

「ギルダーツーー!!」

 

まだ来ないのか早く来い…とウズウズしていたナツがとうとう我慢の限界となり、やって来たギルダーツに炎を拳に灯しながら突っ込んで行った。

 

「おぉ!!ナツか!久しぶりだなァ」

 

「オレと勝負しろって言ってんだろーー!!」

 

近付いたナツは、下限も全くしてない全力の拳を顔目掛けて放つのだが…

 

─────バチイィン…!!

 

「ごぱっ!?」

 

「はっは!また今度な」

 

ナツは上に軽々と片手で弾き飛ばされ、天井まで吹き飛んでからめり込んだ。

実力は確かであるナツがたった1発でやられたことに、ルーシィとウェンディは驚いていた。

 

「いやぁ~、見ねぇ顔もあるし…ほんとに変わったな~」

 

「ギルダーツ」

 

「おぉ!マスター!!久しぶりーーーー!!!」

 

「仕事の方はどうじゃった?」

 

「がっはっはっはっはっは!!!!」

 

頭をかきながら大声で笑っていたギルダーツは、周りを驚愕させる事を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

「ダメだ。オレじゃ無理だわ」

 

 

 

 

 

 

 

なんと…フェアリーテイル最強筆頭であるギルダーツが、クエストを失敗してしまっていたのだ。

 

「何!?」

 

「ウソだろ!?」

 

「あのギルダーツが…」

 

「クエスト失敗…!?」

 

ギルドの最強筆頭であるギルダーツのクエスト失敗に、ギルド内にいるメンバー全員が言葉を失った。

ギルダーツとはそれ程の実力者なのだ。

 

「そうか…ぬしでもダメか…」

 

「すまねぇ…名を汚しちまったな」

 

「いや、帰ってこれただけでもよいわ。ワシが知るかぎりこのクエストから帰ってきたのは…お前さんとリュウマだけじゃ…」

 

今度はギルダーツが驚く番だった。

何時の間にかリュウマが100年クエストに行っており、尚且つクリアして帰ってきているのだ。

 

「…っ!へぇ…リュウマもか…で、リュウマはどうだった?」

 

「あやつは100年クエストをクリアして帰って来たぞ、半年でな。その後も似たようなクエストも受けて帰ってきおった」

 

「…やっぱり強ェなァ…!流石だぜ」

 

やはりあのギルダーツですらリュウマの強さ認めている。

なんせ、このギルドにギルダーツの相手を務めることが出来るのは…彼だけなのだから。

 

その後失敗したギルドについて話を聞こうとしたところ…ギルドの扉が開き、数日ぶりの魔力がした。

 

 

────ギイィィ…

 

 

「まったく評議会め…意味の分からん魔法の解析なんぞに俺を呼びおって…まあ、使えそうな魔法だから覚えてきたが…」ブツブツ…

 

「「「「……………!!!!」」」」

 

中に入ってきたのはリュウマであった。

数日ぶりの期間なのでルーシィとウェンディは駆け寄ろうとしたのだが…

 

「おいやべぇぞ…」

 

「なんでこのタイミングで…」

 

「これいつものだよな…?」

 

「やっべ…!?」

 

「避難しとこ…」

 

突如周りの者達がザワザワと騒ぎ出したので足を止めた。

 

リュウマはいきなり騒がしくなったこっちを見て、それから視界にギルダーツを捉えてから固まった。

 

ギルダーツも同様で、帰って来たリュウマを見て同じく固まった。

 

そして──

 

 

 

「…………………。─────ッ!」

 

 

「…………………。─────ッ!」

 

 

 

そして2人は同時に駆けだし、ギルダーツは魔力を籠めた拳を…リュウマは抜いていない刀を振り抜いた。

 

 

 

────────ガアアァァァァァァン!!!!

 

 

 

「ぬおぉぉ!?」「やっぱり~!?」「キャアァァ!?」「吹き飛ばされるぅ!?」「やめてくれぇぇぇ!!」「ギルドが消し飛ぶ!!」「凄い衝撃だ…!!」

 

2人が衝突した瞬間…凄まじい衝撃波が襲い、周りの椅子やら机やらを全て吹き飛ばした。

 

他のみんなはその衝撃に吹き飛ばされないようにと、柱などに掴まってどうにか凌いでいた。

 

 

 

「久方ぶりだな?ギルダーツ…?」

 

 

「あぁ、久しぶりだなリュウマ?」

 

 

 

そして2人が睨み合いながら…次の攻撃に魔力を溜め始めて…

 

 

「やめんかバカタレ!!新しくしたギルドを跡形も無く破壊する気か!!」

 

「……。」

 

「……。」

 

マカロフが大声で叫ぶと2人は魔力を消して構えを解いた。

 

いきなり攻撃しあった場面を見て、ルーシィとウェンディは仲が悪いのかと思ったのも束の間…件の2人はさっきまでの事が無かったように話し始めた。

 

「いやぁっはっはっは!ほんと久しぶりだなリュウマ!!」

 

「クカカ…そうだなギルダーツ。クエストはクリアしたのか?」

 

互いににこやかに会話をし始める2人を見て、あれ?と思うのも仕方ない。

 

「まったく…毎回コレだとギルドがそのうち無くなるわい…」

 

実はこれ、会う度にやっているのだ。

被害はギルド内と言えども尋常ではなく、必ずギルド内の備品が吹き飛んでみんなで直す羽目になるのだ。

 

ぼやきながら椅子や机を周りが直している間にも、当の2人は呑気に会話を続けている。

 

「あ~クエストなんだがよ、オレじゃ無理だったわ」

 

「なんだ失敗したのか?俺に出来たのだ、ギルダーツには物足りないと思っていたのだがな」

 

「オイオイ…謙遜はやめろよな…お前に言われると皮肉にしか聞こえねぇよ。なんたって()()()()()()()()()()()()()()からなァ」

 

「ギルダーツが勝ったことない!?」「オイオイ…リュウマどんだけ強えんだよ…?」「やっぱりリュウマが最強か?」「戦ったことあんのかよ…」「化け物同士の戦いか…」

 

何気ない2人の会話の中で、フェアリーテイル最強が決まってしまった。

そんな会話を見逃すはずもなく、周りは興奮したように話を聞いていた。

 

「お主等はいったいいつ勝負したんじゃ?」

 

マカロフがみんなも気になっているであろう事を聞いた。

 

「あぁ、離れた所でやったんだが、前回は間違えてカラミア島消し飛ばし「それ以上言うなギルダーツ」あ…」

 

どこか「しまった…!?」と、言っているような顔をギルダーツがしいる。

 

補足しておくと、カルミア島というのは…今から大体()()()()突如として消えてしまった無人島のことである。

 

ここまで言えば察することが出来ると思うが…実は3年前にカルミア島で勝負した際に、勢い余って島一つ消し飛ばしてしまっていたのだ。

 

ルーシィはその時、ちょうど読んでいた新聞でビックリしたので印象深く覚えていた。

因みに他のメンバー達も印象深い事件だったので覚えており、頬を引き攣らせている。

 

「な…なななな…なあぁ~!!??あれをやったのはお前達じゃったのか~!!??」

 

「島消し飛ばした…?」「どんだけだよ!?」「マジかよ…」「無人島で良かったな…」

 

「…よ、よ~しナツぅ~、オレん家来~い…土産だぞ~…?」

 

「ギルダーツ壁壊さないで扉から出ろよ!?」

 

額に脂汗を出しながら震える声でナツを呼び、壁を破壊して出て行ってしまった。

残ったリュウマはというと…

 

「リュウマ?どういうこと…じゃ…?って…どこ行きおった!?」

 

既にその場には居なかった。

 

戦闘中の移動も速ければ、必然的に逃げるのも途轍もなく速かった。

リュウマでも偶にはやらかしてしまうという事を学べたルーシィ達一行だった。

 

 

 

この日はこんな感じで過ぎていった。

 

 

 

  ◆       ◆       ◆

 

 

 

 

 

 

ギルダーツがマグノリアに帰ってきてから2日後のとある場所にて、リュウマは先日結局マカロフに島の件について怒られたことをぼやいていた。

 

「まったく…この前はギルダーツがうっかりマカロフに島を消したことを発言してくれたおかげで、俺だけが叱られる羽目になったぞ…」

 

まあ、消したのは事実であるために、何を言われても仕方ないのだが…その時は仕方がなかったのだ。

 

何せ勝負でボルテージが上がったギルダーツが、本気でリュウマを粉々にしようとしてきたのだ。

 

それを防ぐためにも応戦したら、彼等の魔力に島が耐えきれずものの見事に消し飛んだのだ。

 

確かにリュウマも悪いが、どちらかと言うと本気になったギルダーツも悪い…と思いたい。

 

 

 

 

 

 

「ハァ…最近は強き者…猛者がいないな…ギルダーツがいるが…俺が求めているのはそんな戦いではなく()()だ」

 

 

互いの命を掛け合う死合いがしたい…。

 

 

──過去にあった事は忘れたくも忘れられない事実ではあるが…あの時はあの時で違う意味で充実していた…。

 

 

リュウマは最近不完全燃焼を食らっていた。

 

確かに戦った中には強い奴もいた。

しかし…それでもリュウマを満足させる程の強さを持っている訳でもなく…命の奪い合いがしたかったのだ。

 

 

 

 

 

 

あァ…心ゆくまで闘い尽くし(愉しみ)たい……

 

 

 

 

 

 

 

 

──…ハッ!?ダメだ…!今は違うだろう…!俺は今は妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だ…!あんな姿をあいつらには見せられない……そう…見せられない…あいつらに俺のあんな姿を……。

 

 

目を閉じたら瞼の裏に映し出されるは…フェアリーテイルのみんなだった。

 

 

『リュウマ~!勝負だーーー!!!!』

 

 

『リュウマ~この魚食べる?』

 

 

『リュウマ。こんな造形魔法どうだ?』

 

 

『リュウマ。この武器はどう扱えば──』

 

 

『リュウマ~!家賃のために手伝って!』

 

 

『リュウマおかえりなさい』

 

 

『リュウマさん。この仕事一緒に行きませんか?』

 

 

『やっぱり強ェ!!』

 

 

『リュウマ』『リュウマ!』『リュウマ?』『リュウマ…!』『リュウマ~!』『リュウマさん!』

 

 

 

   『『『『『リュウマ!!』』』』』

 

 

 

      見せられるわけが……

 

 

 

 

 

    『────よ』 『───ちゃん』

 

 

 

─────ッ!

 

 

 

 

 

「────ッ!!!!ハッ!?…ハァ…ハァ…ゆ、夢…?疲れが溜まっていたのか…ハァ…帰ろう…妖精の尻尾(フェアリーテイル)へ…」

 

 

頭を振り雑念を消しながら、()()()()()()()()()()()()()()から離れて歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

そして彼は、妖精の尻尾が…()()()()()()()消えているとはつゆ知らずに帰るのであった。

 

 

 

 

 

 

 




リュウマの過去にも少しずつふれていきましょうかね~…

まだ設定はあやふやなので、食い違いなどがあったら申し訳ないです…


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第二十刀  エドラスへ

エドリュウマの設定が未だに決まらない私は追い込まれている(白目)





 

 

リュウマは仕事先から電車などを使わず、徒歩のみで数時間かけてマグノリアに帰って来た。

理由としては、特にこれといって何かあった訳ではない。

ただ…気分を落ち着かせながら歩ってゆっくりしたかった…それだけだ。

 

だが、数時間ぶりに帰ってきたリュウマが目にしたものは…いつものマグノリアではなく、辺り一面白銀と化した殺風景な光景だった。

フェアリーテイルも何もなくなっており、街も店も文字通り何も存在しない消えてしまっていたのだ。

 

ボーッとしながら来たのでここまで来てから気づいたのだが…街全てが綺麗さっぱり消えているという自体に、リュウマはガラにもなく焦っていた。

 

───こ、これは一体どうなっているんだ…?マグノリアはここで合っているはず…。慣れ親しんだ街を間違えるほど俺は方向音痴では…ん?かすかな魔力反応…何かの魔法…?

 

 

「リュウマなのか…?」

 

「…っ!」

 

頭の中で現状と、如何して何のために、一体誰がこんな事をしたのかを考察していると…後ろから声をかけられたため、振り向くとそこに居たのは…

 

「ミストガンか?」

 

「あぁ、久しぶりだなリュウマ…」

 

「あぁ…久方ぶりだな…だが、今はそれよりもこの状況だ。一体何があった?」

 

「…大きくなりすぎたアニマの仕業だ…」

 

アニマ…各地で発生する異常気象扱いされている超常現象のことだ。

快晴であったはずの空に、何時の間にか雲が形成され渦巻いていると思えば、渦巻く雲の下にある物を吸い込んでしまう。

ミストガンは何故か分からないが、各地を仕事の合間に渡り歩きながら、そのアニマをけしていっているのだ。

因みに、アニマの存在はミストガンからリュウマはある程度聞いていた。

 

「確か、こことは違う別世界で魔力を補充するための魔法…だったか」

 

「その認識で構わない。先程星霊を使って凌いでいたルーシィという少女と、ガジルという男を別世界…エドラスへと送った所だ。間に合わなかったが、ナツとウェンディに青い猫と白い猫もアニマの魔力の残痕を使ってエドラスに向かった」

 

───ルーシィは星霊で逃げ延びたのか…ガジルは何故だ?ナツとウェンディが吸収されなかったということは、ドラゴンスレイヤーは吸収されないのか…?まあいい……おそらくナツ達は魔力として吸収された仲間や街の人を取り戻す為にすぐに出発したのだろう…だが、それだけでは流石に無理がある。相手の情報も何も手に入れていないのだから…。

 

ルーシィだけだと心配になってしまうがガジルも送り、ウェンディに関してもナツとハッピーシャルルがいるので心配はないと思うが、相手は未知数の存在故に少しの不安が残った。

 

「なるほど…ナツがいるならばウェンディ達に関しては安心だな…」

 

「いや、そうでもない…」

 

が…ミストガンはそうではないらしく、リュウマの言葉を否定した。

リュウマはそんなミストガンの事を見て、何故そう思うのか聞いてみることにした。

 

「エドラスでは魔法は使えないんだ。ルーシィにはこの『エクスボール』を飲ませた、これはエドラスで魔法を使えるようになる薬だ」

 

「ほう、便利だな」

 

「他の皆が元に戻ったらこれを飲ませてくれ。魔力にされてラクリマとなった人間は、ドラゴンスレイヤーが砕くことで人間へと戻る、だからガジルにはラクリマを見つけたら砕いてエクスボールを飲ませるように言ってある」

 

確かに魔法が使えないとなると、魔導士であるナツやウェンディ達には不利だなと思った。

説明と共に貰ったエクスボールが数個入っている瓶を受け取り懐にしまった。

 

「これからあなたをエドラスへ送るが、エドラスのリュウマに気をつけてくれ」

 

「…ん?別世界には俺がいるのか?」

 

「あぁ、エドラスにはフェアリーテイルの皆もいるが皆がそれぞれこっちとは違うんだ。エドラスのリュウマはエドラス王国魔戦部隊()()…つまりエドラスで最強とされている人間だ、あなた意外には相手をすることが困難だろうから…見つけたら頼む」

 

こっちのリュウマはS級を超してSS級…更には一番上の100年クエストもこなすことが出来る。

異世界であるエドラスの場合、エドラスのリュウマは王国軍に属してかなりの地位を手にしているらしい。

 

「分かった。では早速エドラスへ送ってくれ」

 

「頼んだ…」

 

 

 

 

こうしてリュウマは、ミストガンによって別世界のエドラスと言われる所に飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side、???

 

 

 

「陛下!!!!!」

 

───タッタッタッタッタッタッタッ!

 

少女が長い廊下を走り目的の人物の元へと急ぐ。

 

「予定通り四日後にはあの巨大ラクリマから魔力を抽出出来るとのことです!やりましたね!」

 

 

「足りんな…」「っ?ほへ?」

 

「陛下…今なんと…?」

 

「あれでは足りぬと言っておる」

 

 

「お言葉ですが陛下ーーーーー!!!!あのラクリマはアースランドの魔法都市一つ分の魔力なのですよー!この先10年相当の我が国の魔力として利用できるのですよーーー!!!!」

 

と、少女は走り回りながら陛下と呼ぶ者に対して説明をする。

アースランドとは、ナツやリュウマ達のいる世界のことであり、こちらの世界のことは先程通りエドラスという。

 

 

「我が偉大なるエドラス王国は有限であってはならぬのだ」

 

 

「…!!」

 

そう言うやいなや、その者は玉座のような物から立ち上がりながら叫んだ。

 

 

「よこせ…もっと魔力をよこせ────ワシが求めるのは永遠!!永遠に尽きぬ魔力!!!」

 

 

 

 

 

「王がお望みとあらば」

 

 

興奮したように叫ぶ老人に向かい、話しかける青年がいた。

 

 

「お主か…」

 

「王がお望みとあらば永遠の魔力…手に入れて御覧にいれましょう…」

 

「期待しておるぞ…王国軍魔戦部隊総帥───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「お任せあれ…」

 

 

 

 

 

 

異世界を巻き込むほどの悪意は…着々と動き始めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side、リュウマ

 

 

 

ミストガンの何らかの魔法によって飛ばされてから、少しの衝撃からゆっくり目を開けると…確かに全く違う世界だった。

近くに街があるようで賑わいの声が聞こえる。

彼が今いるのは、その街の近くにある森のような場所だ。

これは結構助かる場所に到着した。

 

エドラスにいるリュウマは、王国軍の部隊の総帥だと言っていた。

とどのつまり…身分がかなり高く、世間に顔が知れているということ…リュウマが街などの人が集まっている場所に顔を出せば、たちまち大騒ぎになって国の者に見つかるかもしれない。

彼はそう思考しながら、まずはミストガンからエクスボールを飲んだ。

 

「…?甘い…イチゴ味か…」

 

───何故イチゴ味なのだろうか…?魔法を使えるようになる万能な薬だというのにイチゴ味とは…まあ、確かに赤いが…。

 

疑問に思いながらも使えるようになった魔法で黒いフード付きのマントを召喚して頭から被る。

フードを被れば顔が暗闇によって阻害され、他者からは見えなくなるという優れ物だ。

発動していることを確認したリュウマは、この世界の情報を集めるには打って付けであろう図書館へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

『ザワザワ』 『ザワザワ』 『ザワザワ』

 

 

街に着いたはいいが、この世界では魔法は体に溜めた魔力を放出して使うのではなく、魔力の籠もっているラクリマを道具に埋め込むなりして使うらしい。

それ故に魔力は有限…故のアニマである。

しかし、他にもこの世界のことを知りたいため、情報の宝庫である図書館へと向かって行った。

…のだが、場所が分からないので人に聞いてみてからにした。

 

「少しいいだろうか」

 

「ん?どうした?」

 

「図書館は何処にあるだろうか」

 

「なんだこの街は初めてか?」

 

「あぁ、実はまだ来て日が浅くてな」

 

「そうかい!図書館だったよな?図書館はこの道進んでちょっと行った先を右に曲がるとあるよ」

 

「感謝する」

 

「いいってことよ」

 

リュウマは聞いたとおりに進み図書館を見つけて中へ入る。

色々な本がある中を見ていると、エクシードについてという本を発見した。

何なのか気になったため、手に取り読んでいく。

 

「エクシード、それは今から100年以上前から生きている猫型の天使。エクシードは体に魔力を内包しており、その魔力を使い翼を出して飛行する」

 

───猫に翼…?ハッピーとシャルルのような存在がこちらにもいるということか…?

 

「尚、エクシードの王は神であり絶対の存在…かの者が何かを命じれば我ら人間は従うしかない…エクシードの王は人間を消し去る力を持っているためである…」

 

───なんだそれは…?意味が分からん…

 

 

──ワアアァァァァァァァァァ!!!!!!!

 

 

なんだか外が騒がしくなったので、様子見も兼ねて行ってみる。

外に出てみると、何やらパレードのようなものがやっていた。

だが、その中で目を引く物があった…それは…

 

「巨大なラクリマ…?切り取られた後がある、となるとあれで全部ではない…?」

 

巨大なラクリマが荷台に乗せられ、街中を移動していた。

この巨大なラクリマこそが、ラクリマとされた人々そのものである。

 

「エドラスの子らよ…」

 

上に乗っている老人が喋り出して演説が始まった。

周りの叫んでいる者がいうには演説しているものはこのエドラス国の王のようだ。

 

「我が神聖なるエドラス国は、アニマにより10年分の“魔力”を生み出した」

 

生み出しただと…?俺の仲間や街の人々を無理矢理ラクリマに変化した分際でェ…!!!

 

「共に歌い共に笑い…この喜びを分かち合おう」

 

「エドラスの民はこの魔力を共有する権利があり、また、エドラスの民だけが未来へと続く神聖なる民族…!!」

 

「我が国からは誰も魔力を奪えない…!!!」

 

「そして我はさらなる魔力を手に入れると約束しよう…!これしきの魔力がゴミに思える程のなァ!!!」

 

この国の王は手にしている杖で、背後に聳え立つ巨大なラクリマを砕き割った。

小規模とはいえ、ラクリマは元はエドラスの人々…駆け出して攻撃を仕掛けなかっただけ、リュウマは良く持ったと言える。

 

───…っ!彼奴…!ラクリマを砕き…!!!あの…塵がァ…!!!!

 

「あの者は許さん…許さんぞエドラスの王…!!」

 

彼は湧き上がる魔力を、どうにか抑え込みながらその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

まずはあの広場にあるラクリマをどうかしなくてはならないため…これだけ大々的にやればナツやガジルが気づいて来ると思ったのだが…なかなか来ないことに不思議に思っていた。

ナツならば我先にと飛び出てくると思ったのだ。

いっそのこと前にいる兵士は適当に気絶させ、ラクリマを『神威』で跳ばして持って行こうと考えた時…背後から声をかけられた。

 

 

「お前…リュウマか…?」

 

 

───む、この声は…

 

リュウマは聞き覚えのある声に後ろを振り向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side、L

 

 

ルーシィは街で怪しいからと憲兵に捕らえられそうになっているところを、ハッピーとシャルルの翼で運ばれて来たナツとウェンディと合流を果たした。

その後、偶然見つけたエドラスのフェアリーテイルで自分と会ったりもした。

 

エドラスとルーシィ達が住むアースランドの世界では色んな物が違い、エルザはフェアリーテイルの仲間ではなく、妖精狩りのエルザと言われる王都側の人間だった事を知る。

 

エドラスのルーシィ…通称エドルーシィは途中で居なくなってしまったが、今ルーシィ達は王都城下町に来てパレードを見た。

彼女達の仲間がラクリマにされ、しかもそれを目の前で砕かれるところを目撃した…。

心の底から怒りがこみ上げてくるが、ここは我慢しなくてはならない。

…こんな所で見つかったら他の仲間が探し出すことが出来なくなる。

 

ルーシィ達は今、シャルルの案により城からの脱出用に造られた通路を歩ってる。

ここを通れば城への唯一の近道…。

因みに、ナツとウェンディは魔法が使えないため、現最強はルーシィだったりする。

 

「どうやらここから城の地下へと繋がっているようね」

 

「どういう原理なのか知らないけど、シャルルがいて助かったわ」

 

「私にも分からないわよ…次から次へとこの世界の情報や地理が頭の中に入ってくるんだもの」

 

案内は何故か道筋が頭の中に流れ込んでくるというシャルルか買って出ている。

正直道が分からなかったので助かっていた。

 

「ここからが大変よ、気づかれずに王の寝室に入って気づかれずに脱出するの」

 

王のことをルーシィの新しく契約したジェミニの能力を使ってコピーし、頭の中の情報を抜き取る…っていう作戦だ。

成功させるには、出来うる限り王に近付かなくてはならない。

 

「兵隊に見つかったら今の私達じゃ勝ち目はないわ」

 

「ま、いざとなったらあたしの魔法があるんだけどねー」

 

いつも戦闘が出来るナツやグレイ、エルザの後ろから星霊を使って攻撃しているルーシィは、今だけ味わえる優越感に浸っていた。

 

「あまり期待できねぇけどな…」

 

「何言ってんのよ!この作戦だってあたしのジェミニあっての作戦なのよ!?」「はいはい」

 

─────ギュルル!!

 

「きゃあ!?」「ルーシィ!!」

 

ルーシィ達は固まっていたところをベタベタと粘着性のある魔法によって捕らえられてしまった。

突然の攻撃に対処できなかったナツまでも捕らえられ、反撃は出来ない状態となる。

 

「きゃ!」「ウェンディ!!」

 

「ふぉぼ!!??」「ナツ!!」

 

───う、動けない……ウェンディもナツもあたしと同じように捕まっちゃった…。

 

─────ザッザッザッ…!!

 

そこに現れたのは隊を作って進んでくる兵隊達。

武装していることから、ルーシィ達が元々ここを通ってくるということは見越していると分かる。

 

「なんでこんな坑道にこれだけの…」

 

「どうして見つかったんだ…」

 

「………!」

 

 

 

「こいつらがアースランドの魔導士か…」

 

「そのようだな」

 

 

 

聞こえてきた声にルーシィ達は勢い良くそっちに向かって顔を向ける。

隊を作っていた兵士を別け、現れたのは鎧を身に纏っているリュウマと、軽装であるが武装しているエルザだった。

 

「奴等とそっくりだ、ナツ・ドラギオン…ルーシィ・アシュレイ…とは本当に別人か?」

 

「エルザ!!」「リュウマ…!!??」

 

───エルザとリュウマが…!!

 

「総帥殿が来るまでもありませんでした。御足労をかけて申し訳ありません」

 

「よい。アースランドの者がどんな奴等なのか見ておきたかったからな」

 

「ありがとうございます」

 

「うむ、連れて行け」「ハッ!」

 

喋り方から声までも全て自分達の知るリュウマとエルザであることに驚きながら、身をよじって2人の前まで来たルーシィは、話を聞いてもらえるように喋り掛けた。

 

「お願いリュウマ!エルザ!話を聞いて!」

 

「はばべーーー!!!!」

 

「シャルルー!!」「ウェンディ…!!」

 

エルザとリュウマがハッピーとシャルルの前に立つ。

何をするつもりなのか分からないルーシィは、見守る事しか出来ないことでハラハラとしていた。

 

「エクシード…」「えっ?」

 

そしてエルザやリュウマに兵士達も全員膝をついて頭を垂れた。

現状を上手く理解出来ていないルーシィ達は目を丸くし、頭を垂れられているシャルルとハッピー達を見た。

ハッピー達も状況を理解していないようで、ナツ達を見ては困惑した表情を浮かべていた。

 

 

「おかえりなさいませ…エクシード」

 

 

「ちょっ!?えぇぇぇぇ!!!???」

 

「エクシード…?」

 

「……!!!!」

 

「ハッピー…シャルル…あなたたち一体…」

 

 

「侵入者の連行ご苦労様でした」

 

 

───え……ウソ…どういうことなの…?

 

 

 

 

ルーシィは全然状況を掴めないまま、ナツ達とは違う所に連行され…牢屋に入れられた。

 

 

 

 

 




ハッピー達の話どうしよっかな…
短いけど結構好きなんですよね…



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第二一刀  脱出

エドリュウマの武器どうするかにかなり悩みました…

感想などを書いてくださると励みになりますので出来ればよろしくお願いします。




 

ルーシィ達が地下の坑道で此方の世界のリュウマとエルザに捕まってから少し経った今、ルーシィはたった1人で独房に、ナツとウェンディは別の独房に入れられて離れてしまった。

ハッピーとシャルルは兵隊達に手厚いおもてなしをされながら、ルーシィやナツ達とはまた違う場所へと連れて行かれた。

 

────は~…ハッピーとシャルルがねぇ…

 

「ハッピーとシャルルはエクシードっていう種族…」

 

エクシード…この世界において“天使”のような存在であり、そのエクシードという種族の女王であるシャゴットは“神”と云われている。

 

「神の言葉は絶対であり、人間を管理するのが仕事……その口が“死”を宣告するのであれば、その人間は死ななくてはならない…バカバカしいわ!?どんだけ理不尽なのよ!?」

 

 

「ほう…?よく調べているのだな、この世界のことを」

 

 

1人で文句を言っていると独房の扉が開き、外からルーシィのよく知る顔であるリュウマが入ってきた。

ルーシィは突然の来訪に驚くも直ぐに顔を引き締め、後ろで両手を拘束されているので這いずるように詰め寄った。

 

「みんなは無事なの!?」

 

「あぁ、全員無事だ。捕らえてから傷一つ付けていない」

 

「……よかったぁ…!」

 

────無事ならよかった…ずっと気になってたから一つ安心したわ…。

 

捕まえられたが、傷一つ負っていないというのであれば一安心というもの。

深く息を吐くルーシィに、エドラスのリュウマは訝しげな表情をして問いかけた。

 

「……よくそんな言葉が出てくるものだ。今己自身の置かれている状況を分かっていての言葉か?」

 

「あぁ、うん…そうだね…でも、顔も声もあたしの知ってるリュウマと同じだから気が緩んじゃって…」

 

地上(アースランド)の俺か…」

 

「うん、やっぱりあたしの知ってるリュウマじゃなくても、リュウマだと気が緩んじゃう」

 

自分の世界のリュウマのことを思い描き、エドラスのリュウマにアースランドのリュウマの話をし始めた。

 

「あなたはね、あたし達の世界じゃ妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員なんだよ?」

 

「…何?」

 

「すっごい強くてかっこよくて、スゴい人気で…皆から頼りにされてるの」

 

「……」

 

「でもね、あまり女の子に慣れてないのかな?迫られると動揺するの」

 

「……」

 

「それでね──きゃあ!」

 

ルーシィがエドラスの世界のリュウマについて教えている途中で、アースランドのリュウマに髪を鷲掴まれて引きずられた。

 

「そのうるさい口を閉じろ。言っておくが俺は貴様の知るリュウマなどではない」

 

「痛っ…!」

 

リュウマはルーシィの髪を掴んだまま歩き出した。

そのためルーシィは床を引きずられながら移動する。

 

─────うぅ…リュウマはこんな事しないし、痛い…。

 

「で、でも…!根の部分は同じ気がするの…!あなたは人の不幸を笑うような人じゃない…!」

 

そう言った瞬間、リュウマはルーシィを通路の壁に投げつけ、ルーシィは背中を勢い良くぶつけた。

 

「うぅっ…!力を貸して…お願い!あたしは仲間を助けたいだけなの!!」

 

リュウマはルーシィの手首を拘束している鎖を掴むと、そのまま持ち上げて外へと追いやり宙吊りにした。

ここは城の上の方にあるから下を見てみると人が豆粒のように小さく見える。

万が一ここから落ちた場合、ルーシィはタダでは済まないというのは考えるまでもない。

 

ルーシィは下を見て恐怖を感じながら、エドラスのリュウマに訴える。

 

「リュウマは、無抵抗な人にこんな事しない!!」

 

「……」

 

「リュウマは優しいんだ!!こんな事絶対にしない!!」

 

「……貴様は先程根が同じだと言ったな」

 

「…それがなんなのよ」

 

「─────く…クックック…」

 

リュウマはルーシィが答えると顔を下に俯かせながら肩を震わせて笑った。

ルーシィはなんで笑うのか分からず困惑した表情をしている。

 

「根が同じだというのに優しい…?フン、バカバカしい…!根が同じだと言うのであれば、貴様等が知っている俺はとんだ猫被り者という者だ」

 

「な、なんでそんなことを…」

 

「俺は確かに王の下で働いている。だが…そこに()()()()()()()()()()。なんなら奴などすぐにでも殺せる」

 

そう言いながらリュウマは顔を上げた。

 

だがその顔は…()()()()()

 

驚いて嘘でも言っているのかと思ったのだが、目が本気で言っていると物語っている。

リュウマは本気でこの国に、王に、忠誠など誓っていない。

それ程までに狂気が渦巻く眼をしていた。

 

─────ど、どういうことなの…?このリュウマは絶対におかしい…こんな奴の根があたしが知ってるリュウマと同じなわけない…!大体…!ここはエドラス!あたし達が住むアースランドとは全く違うんだ!

 

「俺はただただ闘いを…殺し合いを楽しみたいんだよ。この国は確かに大きい、だが…どれだけ国が大きかろうと逆らう者はもちろん必ずいる、それが人間だからだ。俺はそんな逆らう奴等を侵略という名目で斬り殺した。魔戦部隊総帥ともなると大抵の事は融通が利く、この国の王も俺を信用しきっているからな」

 

「な…なによそれ…」

 

「最近は逆らう奴も強き者もいないから殺し足りないが、それはこの際我慢する。それと…俺の本質は闇…ただただ黒く、全てを呑み込み塗り潰す闇だ。貴様が知ってる俺は優しい…?それはただ猫を被り、お前達と一時の仲良しごっこをしているだけに過ぎん」

 

────嘘だ…!こっちとあたしの知ってるリュウマは違う…!

 

エドラスのリュウマは今だ嗤いながらも面白そうにルーシィを見ていた。

目いっぱいの涙を溜め、声を震わせながらもエドラスのリュウマを睨みつけた。

 

 

「あたしの大好きなリュウマの顔で…声で…そんなこと言うな」

 

 

精一杯の強がりはしかし……

 

 

「ならば直接本人に聞いてみるのだな────」

 

 

そう言ってエドラスのリュウマは…

 

 

 

「あの世で…な」

 

 

───手を離した。

 

 

ルーシィはそのまま真っ逆さまに下へと落ちていく。

落ちる瞬間見たエドラスのリュウマは既に元の表情に戻り、落ちていくルーシィを無感情な目で見ていた。

落ちていく中、まるで冷静であるように思考していた。

 

────そんなことない…リュウマはそんなこと言わないし、そんなことを考えない…!だってリュウマは優しくて…頼りになって…皆に頼られる人なんだ!

 

 

「ルーシィーーーーーーー!!!!!!」

 

 

「…ッ!!ハッピー!!」

 

落ちていく所を猛スピードで飛んできたハッピーが攫うように受け止めて飛び上がる。

 

と、言えれば良かったのだが、実際はハッピーが勢い余って壁に激突したので代わりにシャルルが受けとめてくれたのだ。

 

──────あれ?てか、ハッピー達羽が…ここに来たときは羽が消えて飛べなくなってたのに…。

 

「羽はどうしたの?」

 

「心の問題だったみたいだわ」

 

「うぅ…久しぶりだから勢いつきすぎたよ…」

 

「コレは一体…その女は女王シャゴット様の命令にて抹殺せよと…」

 

飛んで話しているとエドラスのリュウマが話しかけてきた。

 

「命令撤回よ」

 

「しかし…いくらエクシードの直命であっても、女王様の命令を覆す権利はないはずでは?」

 

「う…っ!」

 

ハッピーが事実のこと指摘されて渋る。

 

ハッピーとシャルルはこの国のエクシードじゃないからバレたら最大戦力に剣を向けられるので失敗する訳にはいかない。

 

「その女をこちらに引き渡していただきたい」

 

エドラスのリュウマは険しい顔で言ってくる。

顔には不信感か出てる。

 

────や、ヤバいよ…バレちゃう…!

 

「頭が高いぞ人間…」

 

「えっ…」

 

「私を誰と心得る!?女王シャゴットの一人娘でありエクスタリア王女シャルルであるぞ…!」

 

「!!!!」

 

え…えええええぇぇぇぇぇぇぇえ!!??

ナニソレェェェェェ!!??

 

ハッピーとルーシィはいきなりのシャルルの豹変ぶりにポカンとしてる。

だがそれも仕方ないだろう。

普段こんな事を言わないシャルルが女王のように言っているのだから。

 

……ツンデレ過ぎて似たようなことを言っているとは言ってはいけない。

 

「はっ!申し訳ありません!!」

 

と、言ってリュウマは跪いた。

 

え、えぇ…?騙せるの…?コレで…?

 

ルーシィは心の中で呆然とさせながらリュウマを見ていて、リュウマとしては信じきっていて本気で跪いている。

 

「ウェン…2人の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)はどこ?」

 

「西の塔の…地下牢に…」

 

「今すぐ解放しなさい」

 

「私だけの判断では何ともなりません」

 

「いいからやりなさい!!」

 

 

「総帥様!!」

 

 

「パンサーリリー?」

 

 

と、そこに同じエクシードとは思えない巨大で筋骨隆々のパンサーリリーが険しい顔をしながらやって来た。

 

「アイツもあんたの仲間なの…?」

 

「あ、あんなゴツいエクシードいなかったよ…」

 

 

「その二人はエクシードの“堕天”です!エクスタリアを追放されたもの達です!!」

 

「何だと!?」

 

堕天というのはエクシードの中でも裏切り者の事を言い、所謂エクシードの住まう浮遊島から追放されてしまった者達でもある。

 

「逃げるわよ!!!」

 

「シャルルは姫じゃないの~!?」

 

「堕天って言われたら誰であろうと裏切り者扱いみたい…」

 

「なにそれ!全然ダメじゃない!!??」

 

ルーシィ達はすぐに逃げようとしたのだが、上からエクスタリアのエクシード兵達が追いかけて攻めてきていた。

 

その後に下に逃げようとしたが、城の兵士がもう既に外へと出てきていて下に逃げることも不可能。

万事休すとなったところで、エドラス王国の王が出てきて、何やら巨大なスポットライトのような光をエクシード達に浴びせてラクリマに変えた。

 

ルーシィ達はその時に起きた混乱に乗じて、ナツとウェンディが閉じ込められている西の塔に向かった。

今はその塔の中を走っているところである。

 

「大変なことになってきちゃってるね…」

 

「まさか人間とエクシードが戦争を始めるなんて…」

 

「私達には関係ないことよ、どっちもどっちなんだし勝手にやってればいいのよ」

 

 

「そう簡単に逃がすと思うのか?」

 

 

「えっ?きゃっ!」「うわぁ!」

 

ルーシィ達が走っていると、エドラスのリュウマの声がしたと同時に槍がかなりのスピードで飛んできて足下を砕きながら突き刺さった。

突然のことでバランスを崩してしまい床に倒れ込んだ。

 

「この先へは行かさんぞ」

 

「貴様等はここで終わりだ」

 

その後に出てきたのはエドラスのリュウマとエルザ…あと多数の兵士達だった。

ここは道が一方通行のため、今通って来た道か、兵士達が通って来た道しかない。

 

ルーシィは変な手枷の所為で魔法を使うことが出来ない。

 

例え使えたとしても、相手はエドラスとはいえリュウマとエルザ…今のルーシィ達では抗って抵抗しようとも逃げ果せる事など不可能に近い。

 

「もうあたし達に興味なんてなくなったんじゃないの!?なんでまだ追いかけてくんのよ!!」

 

───キイィン…

 

「えっ!?」

 

さっき飛んできた槍が光り出したと思ったら、大きい爆発が起きた。

まだ近くにいたルーシィ達はその威力に吹き飛ばされる。

 

「ほう…私の魔法を食らっても尚、まだ生きているのか」

 

「しぶといな」

 

 

──きゃああああああああああ……!!!!

 

 

「─────ッ!!」

 

「ウェンディ…?」

 

「近くに…」

 

そこに聞いたことのある少女の叫び声が上がった。

何かやられているのか苦痛の叫び声となっている。

その声に聞き覚えのあるルーシィ達はまさかと思った。

 

────この声…絶対にウェンディだ…!それに苦しそうに叫んでる…!

 

「あんた達…ウェンディに一体なにしてるの…!?」

 

「作戦に必要な魔力を奪っているだけだ」

 

ウェンディの叫び声はずっと続いている。

 

動くこともままならないルーシィ達には聞いている事しか出来ない。

仲間が近くにいて苦しんでいるというのに、何も出来ない自分達に怒りを覚えて顔を歪める。

 

「まあ、案ずるな。貴様等は死ぬのだからな」

 

そう言ってエドラスのリュウマは近くに倒れているシャルルの前まで行き、後ろの兵士から渡された槍を構えた。

 

「まずは貴様からだ…」

 

「シャルルはやらせないぞ!!」

 

たけど、そのシャルルの前にハッピーが出て来て、両手を広げて仁王立ちした。

 

────だ、ダメ…このままじゃハッピーとシャルルが…!

 

 

「─────ならば先に貴様だ」

 

 

エドラスのリュウマは持っている槍を後ろに引いて大きく振りかぶり…ハッピーに向かって振り下ろし───

 

 

 

 

 

 

 

 

『おい』

 

 

 

 

 

 

 

 

「…!!」

 

「…ククク…」

 

「何だ…!!」

 

声が聞こえたと思ったら天井が崩れて人が人影が三つ降りてきた。

後ろにいた兵士達はその3人の攻撃によって次々と倒されていく。

 

「オイ…こらテメェ等…」

 

「あがあぁぁぁ!?」

 

「うわあぁぁ!!」

 

一人が兵士を氷づけにしながら言う。

兵士達はなすすべもなく氷のオブジェと化し倒される。

 

「そいつらをウチらのギルドのだと知っててやってんのか?」

 

「ギルドの仲間に手を出した者を私達は決して許さんぞ」

 

もう一人は換装した剣を手に持ち、兵士達を切り倒していく。

 

「我等が何も出来ないことを良いことに、好き放題やってくれたからなァ…報いを受ける覚悟はできたか?」

 

最後の一人は2人が倒して出来た道をゆっくり歩いて近づいてくる。

 

 

ルーシィ達はその3人をよく知っている。

 

 

「貴様等はもはや殲滅対象だ…妖精の尻尾(フェアリーテイル)のなァ!!」

 

 

「グレイ…!エルザ…!リュウマ…!」

 

 

 

 

ルーシィ達の頼もしい仲間達なのだから。

 

 

 

あたしは3人が来てくれたことに安心感から涙を浮かべながら笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────数分前

 

 

 

アースランドのリュウマが街のパレード時に住人へと見せていたラクリマの近くで会ったのは、先にこっちの世界に来ていたガジルだった。

ガジルはミストガンからラクリマから人間に戻す方法を聞いていたらしくすぐにラクリマを人間に戻した。

 

因みに、リュウマはラクリマからの元に戻す方法が滅竜魔法で砕き割るとは思ってもみなかった。

 

しかし、砕いたラクリマから戻ったのはエルザとグレイだったのは良かったとも言える。

フエアリーテイルでもトップレベルの実力者なのだから。

 

直ぐさま状況説明をした後にエクスボールを飲ませ、魔法を使えるようにしてから騒ぎが起きた場所へ急いで向かい、一人の兵士を捕まえて情報を(無理矢理)吐かせた。

 

ルーシィやハッピーにシャルルが逃げて、ナツとウェンディが牢屋に捕まっていることを聞いたリュウマ達は、すぐさまルーシィの魔力を追って西の塔に来た。

 

リュウマ達が天井を破壊して入ったら驚き一点、エドラスの自分とエルザがいた。

ルーシィ達がやられそうになっているのを見ると間一髪だったようで一安心した。

 

「な…なんだ!?エルザ様とリュウマ様が2人!?」

 

「あっちはグレイ・ソルージュか…!?」

 

「違う!アースランドの者共だ!!」

 

「えぇ!?」

 

 

「俺達の仲間は何処にいんだ?ア゙?」

 

 

グレイの放った魔法を合図に、エルザ達は同時に駆け出し攻撃しあう。

攻撃が当たると辺りに衝撃が走り周りの兵士も吹き飛んでゆく。

どちらもエルザなだけあって戦闘力は均衡している。

 

エドラスのエルザの持つ槍が一瞬見えたが、槍の形が変わっては能力も上がった。

つまりエドラスのエルザは槍の形を変えることで多数の能力を付与するようだ。

 

しかし、目の前にいる此奴(リュウマ)は一味違った。

 

「……ククク…気配で天井を突き破ってくるのは分かっていたぞ」

 

「……ほう?なら分かっていて仲間に手を出そうとしたのだな?」

 

 

「…もう少し遅かったら尊い2つの命が消えるところだったな?」

 

「…そうなったらこの城の人間は真っ赤に染まる所だったな」

 

 

「クク…別にこの場にいる人間がどうなろうと興味は無い…だが…貴様には興味以外感じられない」

 

「貴様も結局は俺ということか」

 

 

「リュウマ対リュウマ……」

 

「ルーシィ…行くぞ…ここに居たらオレ達は足手まといだ」

 

グレイはリュウマが言わずとも理解してルーシィを立たせて避難を開始する。

グレイにはナツ達を探すように言ってあった。

エルザ達も俺達が動くと分かったのか、戦闘の最中移動して離れていく。

 

「リュウマ…頑張ってね…絶対勝ってね」

 

ルーシィが行く前に俺の方に向き直り、目に信頼の感情を乗せて応援をしてくれる。

 

「任せておけ」

 

冷たい対応だと分かりつつも簡潔に返事をして返す。

それを聞いたルーシィは満足げな顔をしてグレイ達と離れていった。

 

2人のリュウマ達は互いに半身になりながら拳を構える。

エドラスの己の眼には底知れぬ強者との闘いに対する狂気が見て取れる。

しかし対するアースランドのリュウマは無表情ながらも目には仲間をやったことに対する殺意しかない。

 

「王国軍魔戦部隊総帥リュウマ・エルマディア」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士リュウマ」

 

そして彼等は──

 

 

「「推して参る!!」」

 

 

 

 

────拳を振り抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人のリュウマ達は互いに拳を振り抜き殴り合う。

エルマディアに一撃を入れようとすれば受け流されカウンターを入れられる。

 

リュウマは返されたカウンターを受け流してカウンターを入れる。

互いが互いであるため、筋力技量観察眼などが全てほぼ同じ。

カウンターをカウンターで返すやりとりが最初からずっと続いていた。

 

互いの拳は何かに当たった訳でもないのに、周りの壁を穴だらけにしている。

これは拳を振り抜いた事で生じる拳圧に他ならない。

 

「まさか俺とここまで拳を交えられるとはな」

 

「それはこちらとて同じこと」

 

拳を受けとめられた。

受けとめられた拳を軸に最短距離で頭に向かって蹴りを放つ。

 

「速いな」

 

が、首をかしげるように最小限の動きで躱される。

 

「お返しだ」

 

エルマディアは膝を腹めがけて放ってくる。

一切加減のない膝蹴りだ。

常人が食らえば肋は折れて一撃で終いだろう。

 

「舐めるなよ」

 

膝蹴りに対して膝蹴りを放ち相殺。

互いの膝蹴りの威力に、辺りの壁が破壊された。

脚は腕よりも3、4倍の威力があると言われている。

そうなれば辺りが吹き飛ぶのも必然と言える。

 

─────拳を交えているが此奴…

 

「何故貴様の世界の魔法を使わない、使えばいいだろう。現にエドラスのエルザ…ナイトウォーカーと言ったか?奴はすぐに使っていたぞ」

 

それなりに離れているはずなのだが、エルザ達の戦闘の音がこちらにも聞こえてくる。

自分であるだけに苦戦しているのだ。

 

「俺は魔法…というよりも武器は一度使うとすぐに相手を殺してしまうからな。殺す前に闘いを楽しんでおきたかった」

 

エルマディアはそういいながら嗤っている。

 

魔法というよりも武器と言ったエルマディア。

この世界では、魔力が籠められたラクリマと武器を一つにすることによって初めて意味を成す。

 

武器と言ったのは、魔法は付属的感覚でしか使わず、本体の武器をそのままに使うということに他ならない。

つまり、アースランドのリュウマのように剣技による戦闘を主としている。

 

─────これだけ打ち合っているにもかかわらず一度も攻撃が入らないとなると…見稽古を使えると見た方がいいか。

 

恐らく、武器は刀。

 

絶剣技なんぞ使ったら最後、恐らく持っているであろう視稽古で覚えられて反撃を食らうかも知れない。

故に導き出されるリュウマの第一の解は…

 

────刀ではない武器での短期決戦…!

 

これ以外無いだろう。

 

絶剣技なんぞまともに食らったらいくらアースランドのリュウマであろうと真っ二つにされてしまう未来が確定する。

絶剣技とはそれ程危険な技だ。

 

「では、異世界とは言え俺自身である貴様に期待して、久方ぶりに武器(魔法)を使わせてもらおうか」

 

エルマディアはそう言い、半身になりながら片手を前に出した状態になる。

 

「顕現せよ──…『菊一文字(きくいちもんじ)』」

 

そして現れたのは一本の刀。

特に特徴的なものは無く、強いて言うならば普通の刀よりは少しだが長いという程度。

この程度の長さの刀ならいくらでもある。

だが、特徴的なものがない故にどんな能力を持つかが分からない。

 

─────ナイトウォーカーの槍は形状を変化させることにより能力を変化させていた。ならばそれと似たようなもの…?

 

「クク…久方ぶりの感触…これを握るほどの相手が居なかったからな。実に気分が高揚する」

 

エルマディアは満足そうに刀を握り…構える。

刀を握り構えただけで先程と比べ物にならないほどの圧力が俺の体にのし掛かる。

 

エドラスの己とはいえなんという剣気なのかと、異世界の己に呆れながら構えた。

常人なら気絶…気弱な者ならショック死する殺気を送ってくるエドラスのリュウマは、アースランドのリュウマが構えたのを見て笑みを深めた。

 

アースランドのリュウマは刀を使うわけにはいかないため、双剣を召喚する。

 

「…!それがアースランドの貴様の魔法か…何も無い空間から黒い波紋のようなものが出て武器が出てくる。便利だな」

 

エルマディアは興味深そうに見ながら観察している。

 

これだけではないが、態々自分の手札を見せるのは愚者のすること。

教えはせず、俺は黙って通す。

 

「では、互いに準備が整ったんだ…」

 

エルマディアは刀を構えながら下半身に力を入れ──

 

 

「殺らせてもらおう」

 

 

──目前に迫っていた。

 

 

「───────ッ!!!!!」

 

 

───ギイィィィィィィンッ!!!!!

 

 

あまりの速さに驚きながらも双剣をクロスさせて反射的に防いでいた。

 

「…やはり防いだか…九割九分はこれで終わったんだがな」

 

残念そうに言うエルマディアだが、その実、顔は笑い目は獰猛な獣のような目をしている。

 

─────なんだ…?今の速度は…?初速からあの速度…縮地にしても速い…一体何が……?

 

エルマディアの足下から薄く煙が立っていた。

ふと思って見てみただけで気づいただけなのだが、足下から出ているのではなく…()()()()()()()()()()()()()()()出ていた。

少し思考することでどのような仕組みになっているのか見破ったリュウマに、エルマディアも気付いた。

 

「まさかもう気づいたのか…?なんという観察眼、流石はアースランドの俺だ」

 

恐らくエルマディアの履いている靴は、靴底から風を勢い良く放出させることにより、爆発的な推進を可能としていると推測し、実際にはその通りであった。

 

「まさか靴にも魔法が付いているとは…」

 

「貴様はいつから魔法は武器にしか付いていないと錯覚していた?」

 

一人1個だと勝手に思い込んでいたことに恥じながらもリュウマは武器を構え直す。

 

「そら、いくぞ?」

 

エルマディアは鍔迫り合いの状態から一気に刀を引き、リュウマの体勢が少しだが崩れた時を狙い袈裟斬りをしてくる。

 

リュウマは態と前に倒れるように体を傾けながら双剣を背に持って行き、刀を背中の前に持ってきた双剣で受けとめる。

そのまま弾き、体を縦回転させて顔に踵を入れる。

 

「フッ…!」

 

だが、分かっていたのか後方へ後退して避けた。

 

振り下ろした踵を止めずに床に叩きつけて衝撃を床を通してエルマディアを狙う。

 

「『地渡り(ちわたり)』」

 

床からの衝撃を刀を地に突き刺して起こした衝撃により相殺された。

衝撃のぶつかり合いによって中心から亀裂が入り崩壊した。

 

─────あの靴が邪魔だな。攻撃をするが、入りそうになる瞬間に靴の推進力を使って避けてくる。

 

「速くて面倒だ。その靴使えぬよう脚を斬り落としてやろうか」

 

「なんとも恐ろしいことを言ってくれる。ならば貴様のその身のこなし…面倒故に真っ二つにしてやろうか」

 

2人はなかなか入らない攻防に少し苛つきを感じて売り言葉に買い言葉をぶつける。

 

「やれるものなら…やってみろ!」

 

双剣を構えながら近づき斬りかかる。

右側と左側とで挟み込むようにして斬る。

 

「『咥型(クワガタ)』!!」

 

「『鎌斬り(カマキリ)』!!」

 

リュウマの斬り込みを、後ろから勢い良く振り下ろして加えた遠心力による縦の斬り込みとぶつかり合わせた。

 

斬撃が飛び、リュウマの斬撃はエルマディアの後ろから左右の壁に斬り込みを、エルマディアの斬撃はリュウマの後ろから天井と床に斬り込みを互いに入れた。

 

─────言えた義理ではないが…なんという威力だ…食らったら縦から真っ二つだ。

 

─────なんだ今の斬撃は?軽量な双剣にも関わらず、俺が刀を使っての斬撃と同等…?

 

エルマディアもリュウマと同じような事を考えていた。

2人は同時に後ろへと跳び距離を取った。

互いに強力な技を繰り出すためだ。

 

「これで終いにしてやる」

 

「残念だが、終いになるのは貴様だ」

 

互いに武器を振りかぶり───

 

 

「オレが止めてやらあァァァァ!!!!」

 

 

─────止まった。

 

 

辛うじて残っている(互いの斬撃のせいだが)通路からナツが叫びながら勢い良く出て来た。

2人はいきなりのことに少なからず驚き、構えたままの体勢で固まった。

ナツは2人いるリュウマが目に入った瞬間固まった。

 

ナツはやがてふるふると震え始めては顔を真っ青にして叫びながら踵を返して走り去った。

 

 

「化け物大決戦だァァァァァ!!??」

 

 

────おい待て。闘いの最中故にこの場から離れてくれるのはありがたいが…化け物大決戦とは何だ。助けに来てやったのに御礼の言葉も無く、挙げ句は顔真っ青にしての化け物か。

 

よろしい。ならば戦争だ(仕置きだ)

 

次会ったらナツに仕置きをしてやることを密かに心に誓ったリュウマであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー真っ青になって逃げたナツ+α

 

 

「まったく、いきなり走ってどっか行きやがって!あのクソ炎が…!」

 

「ナツさん…」

 

「あれ…あの方向ってWュウマ(ダブリュウマ)が…」

 

「は?Wュウマって…ってなんか来るぞ…!」

 

「やだ!また兵士が追いかけて…!」

 

「すごいスピードです…!」

 

 

「あああああああああああああああ!!!!」

 

 

「テメェかよ!?」

 

「ど、どうしたのナツ!?」

 

「ナツさんの顔がこの世の終わりを見たかのような顔に…」

 

「り、リュウマとリュウマが戦ってた…!化け物大決戦だあァ!!!この世の終わりだあァ!!」

 

「「「あぁ…(察し)」」」

 

「そりゃあ…流石に…」

 

「この世の終わりと…」

 

「言わざるを得ないですね…」

 

 

後にお仕置きをされるナツである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナツが(失礼なことを)叫びながら引き返してからというもの、2人のリュウマが居る空間は変な空気になってしまっていた。

エルマディアは最初こそ少し驚いていたが、次に浮かべたのはリュウマをバカにしているかのようなニヤニヤした顔だった。

 

─────なんだ此奴は…!自分と同じ顔だが本気で腹が立つ!!

 

「良い仲間だなァ?ン?」

 

「ぶち殺すぞ貴様」

 

────…ハッ!…危ない…。危なく此奴の変なペースに乗せられるところであったわ…。

 

「邪魔が入ったが…仕切り直そうか」

 

「……いいだろう」

 

エルマディアは菊一文字を鞘に収め、居合の構えをとるがリュウマは構えない。

 

「なんだ、構えないのか」

 

「俺は既に構えている」

 

構えていないというのに構えていると言うリュウマに対して訝しげな表情を向けるエルマディア。

 

本来構えとは、剣の道の基本。

いつ相手が動いたとしても直ぐさま対応するためのルーティーンだ。

 

が、これは言うなれば()()()()()()

 

────貴様はまだ分からないだろうが、知るがいい。剣の道を進む者が必ずや構えるとは限らない…と。

 

とある流派の応用技…

 

「双剣ver 零の構え・蓬莱柿(ほうらいし)

 

「…っ!面白い…。受けて立とう」

 

互いに睨み合う…。

どちらか一方が動けば始まり…そして終わると思わせる…否…終わると解る緊迫した空間。

 

 

─────動いたのは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────ッ!!!!!!!」

 

 

「────────ッ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

───────全くの同時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──独流居合・『死閃(しせん)』!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュウマの体が二つに斬り裂かれた────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アースランドの俺よ…実に…っ!」

 

─────…いや…待て…居合で斬ったにしろ手応えがあまりにも…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「秘剣・『妖炎(カゲロウ)』」

 

 

 

エルマディアが斬ったのはリュウマの創り出した残像。

 

 

そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

「双秘剣・『双衝塵(そうしょうじん)』!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

舞い上がっていた砂煙から一気に駆け抜け、リュウマはエルマディアの胴に双剣による重打撃と重斬撃を同時に入れた。

 

 

「………ゴフッ…まだ………だ……っ…」

 

 

エルマディアは口と腹部から大量の血を流しながらも尚戦おうと刀を構え、続けようとするも…。

 

「………………………………」

 

「…目を開け…更には立ったまま意識を飛ばしたか…その執念…見事なり」

 

目を開け、立ったまま意識を跳ばしていた。

それでも、体からは闘気が消えていなかった。

 

 

 

 

 

アースランドのリュウマとエドラスのリュウマ…リュウマ・エルマディアとの闘いは終わった。

 

 

 

 

 

 




無の構えの実態が解った人は話が合いそうですね~。
やっぱり刀ですよねっ!

前書きでも書いてありますが。
感想や評価お待ちしております。



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第二二刀  1人の衝突

とりあえず投稿しましょうかね。




 

エドラスのリュウマ…エルマディアを下したリュウマはとりあえず、先に避難したルーシィ達を追うことにした。

エルマディアは立ったまま気絶していたが、そのまま放置という訳にもいかないため、変装用に服をはぎ取って近くの柱に寄りかからせるように置いてきた。

異世界とはいえ、リュウマであることに変わりは無いため、服のサイズはピッタリだった。

傷口は深く、放っておけば出血多量で危険なため、起きたら辛うじて動けるだろうというレベルまで回復させた。

 

急いでルーシィ達の所へ向かっている途中、先程からナツが暴れているのだろう、破壊音が響いている。

それとは別の破壊音が近くから聞こえたが、今はもう静かになっている。

小さいがルーシィの魔力を感じたので、ルーシィだろうと当たりを付けた。

 

と、思い歩きながら向かっていたリュウマだったのだが……

 

「なんだ此奴は…?」

 

顔が人に見えなくもない巨大なタコ型の怪物が、白目を剥きながら倒されていた。

実は先程の、ナツがやっているものとは違った破壊音は、ルーシィが魔法でタコ型の化け物になった老人を倒した時の音だったのだ

 

「もう少しよ~…!」

 

「おっぱいでかいよぅ……!」

 

少し周りを探索していると、巨大なタコ型の老人に押し潰されてしまい、少女に引っ張ってもらっているルーシィがいた

どうやらこのタコを倒したはいいが、その拍子に巻き込まれて挟まったようだ。

 

「ここに居たのか…」

 

「…!あ…エドラスの…リュウマ…」

 

「り、リュウマ様…う、うぅ…おしまいだよぅ…」

 

ルーシィは話しかけたリュウマの姿を見るや、顔がどんどん青くなっていき、ルーシィを引っ張り出そうとしている少女もどんどん顔を真っ青にしていく。

 

リュウマはエルマディアではないのだが…エルマディアの服を着ていたからか気づかなかったようだ。

 

「俺はアースランド、フェアリーテイルのリュウマだ。エルマディアを倒し終わってから変装用に服を奪っ…拝借した」

 

「…!!な、なんだリュウマだったんだ…ビックリした…あれ?今不穏な言葉が…」

 

「アースランドの…リュウマ様…」

 

「驚かせてすまん。ところで、このタコはルーシィがやったのか?」

 

「あ、うん。こいつ敵でね、魔法の液体を自分で飲んで変身したの。とりあえずバルゴから貰った鞭で倒したんだけど…挟まっちゃった…」

 

「なるほど…引き抜くのを手伝おう」

 

「ありがとうリュウマ!」

 

ルーシィの元に行き、引き抜こうとするのだが…なかなか抜けないため、大きく足を振りかぶり…ボールを蹴っ飛ばすようにタコを蹴り飛ばした。

タコは蹴り飛ばした勢いで壁を破壊して何処かへと跳んでいった。

 

「うわぁ…蹴っただけなのにあんなに跳んでった…」

 

「アースランドのリュウマ様も強い…」

 

タコを蹴り飛ばしたリュウマを呆然とした2人が見つめていたが、今急いでいることを思い出した2人は何があったのかを詳しく話し始めた。

 

──────ふむ、竜鎖砲というナツとウェンディから抽出した滅竜魔法の魔力を使った鎖…それを空中に浮いているラクリマがある島に接続してエクシードの住む島にぶつける…と。そして今その作動させる鍵が奪われたといったところか。マズい状況だ…恐らくもうそろそろ発射されるだろう。ラクリマの所に行き、止めるしかあるまい。

 

「直ぐにラクリマの元へ行くぞ!」

 

「けど、どうやってあそこまで行くの?」

 

「私に任せてください!」

 

そう言うと少女は窓の方に向かい、首元に下げていた笛を吹いた。

 

「来て!レギピョン!!」

 

 

「グオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 

すると、空から見たことの無い生き物が現れた。

ルーシィがあまり驚いていないところを見ると、見ること自体は初めてではなさそうだ。

 

レギピョンと言われた生物、レギオンの背に乗り、城から突き出た砲台の元へ行っていると、竜鎖砲が発動してラクリマの浮遊島へと当たり接続された。

 

「竜鎖砲が…!」

 

「王様が発動したんだ!」

 

「間に合わなかったか…」

 

下を見てみるとナツとグレイにエルザがいた。

リュウマ達は急降下し、ナツたちの元へと降りていく。

 

「みんなー!乗って!!」

 

「コイツで止められるのか!?」

 

「分かんないけど、行かなきゃ!!」

 

リュウマ達は再びレギオンに乗ってラクリマを目指した。

 

そして着いたら直ぐに散らばり、皆の力でラクリマがぶつからないように反対側から押仕返そうと行動に移した。

 

「うおおおおおお!!!止まれえぇぇぇぇぇ!!!」

 

「止まってえぇぇぇぇぇ!!!」

 

「なんとしても食い止めろ!!!!」

 

皆で押しているが少し遅くなった程度で止まらない。

各々が持つ魔力を解放していき押す。

 

すると後ろからシャルルがやって来て、その後にエクスタリアに住むエクシードのスゴい数が飛んできてラクリマを押し返そうと奮起になる。

 

「止まれえぇぇぇぇぇ!!!!」

 

「みんながんばれーーーー!!!」

 

「押せーーーーーー!!!」

 

「オレ達なら出来るぞーーーーー!!!」

 

「お願い止まってぇぇぇぇ!!」

 

皆が全員歯を食いしばりながらも押すことにより、ラクリマは少しずつ後退していき…

 

─────カッ!!!!!

 

ラクリマが突如として消えた。

そのことに皆が皆驚き固まっている。

あれ程のラクリマが一瞬のうちに消えてなくなったので無理はない。

 

─────一体何が起きたんだ…?

 

「アースランドへ帰ったのだ」

 

「「「「───────ッ!?」」」」

 

「全てを元に戻すだけの巨大なアニマの残痕を探し遅くなったことを詫びよう。そして、皆の力がなければ間に合わなかった」

 

「ミストガン!」

 

「おお!!」

 

「元に戻ったってことは…」

 

「そうだ。ラクリマはもう一度アニマを通り、アースランドで元の姿に戻る。全てが終わったのだ」

 

ミストガンがそう言うと皆が喜び叫んだ。

 

──────そうか…街もフェアリーテイルも元の姿に戻ったか…。

 

ミストガンは黒い人型の猫と話していた。

 

「君の故郷を守れて良かった…」

 

「えぇ…ありがとうございます…()()

 

「王子が帰ってきたよぅ…」

 

この世界のジェラールは、王の実の息子であるため、実質的な王子であるのだ。

しかし、喜びに浸っているのも束の間…地上から一条の光が放たれ、リリーの腹部を貫いた。

 

───ドギュウゥゥゥゥゥン!!!!

 

「──ガッ!?」

 

「──ッ!リリーーーーーーー!!!!」

 

気を抜いていた瞬間だった。

黒い猫が何者かにレーザーで撃ち抜かれたのだ。

突然の事態に皆が驚き呆然としている、かくいうリュウマも驚き固まってしまった。

 

放たれたレーザーの先を見てみると、エドラスのエルザ、ナイトウォーカーがいた。

 

「まだだ…まだ終わらんぞ!!スカーレットォォォォォォォ!!!!!!!!」

 

「ナイトウォーカー…」

 

エルザにやられたのが悔しいのか腹いせなのか分からないが、顔が怒り一色になっている。

 

ナイトウォーカーが居るということは…

 

「フハハハハハハハハ!!ゴフッゴホッ…!ま…だ…まだ終わらせんぞォ!!アースランドの俺よ!!!」

 

エルマディアも居るということである。

 

──────エルマディアめ…少し回復させておいたとはいえ…血を流し吐き出したりしながらも追いかけてくるとは…。なんというしつこさだ。

 

「エドラス王国王子であるこの私に刃を向けるつもりか、エルザ・ナイトウォーカー、リュウマ・エルマディア」

 

「くっ…!」

 

ミストガン、いや…エドラスのジェラールがナイトウォーカーに向かってそう言うと、ナイトウォーカーは渋り止まった。

 

ナイトウォーカーは止まるかもしれんが…この世界のリュウマがその程度の事で止まるわけがなかった。

 

「だからなんだァ!!貴様が王子であろうが神であろうが関係ない!!邪魔立てするのであれば何者であろうと殺す!!!!!」

 

「「「「「────────ッ!!」」」」」

 

「…エルマディア…それがお前の本性か…」

 

皆がエルマディアの言動に驚いている。

アースランドのリュウマとて、そこまでして向かってくるとは思わなかった。

何人かがエルマディアを見てから自分達の知るリュウマに向かって視線を向けるが、エルマディアとリュウマが全く違うとは言えないため目を逸らせてから顔を背ける。

 

『ワシは貴様を息子と思ったことなど一度も無い』

 

「「「「……!!!」」」」

 

「王様の声!」

 

「どこ!?」

 

『よくおめおめと戻ってこれたものだ。貴様が地上でアニマを塞いで回っていたのは知っているぞ…この売国奴めが』

 

「この声何処から…」

 

「オイ!姿を現せ!!」

 

「あなたの計画は失敗に終わったんだ、もう戦う意味はないだろう」

 

ジェラールはそう反論した。

 

『意味?戦う意味だと?これは戦いなどではない。王に仇なす者への一方的な殲滅…』

 

「な、何あれ!!」

 

「!!!!」

 

声がしていたのは地上からそこに目を向けると…

 

『ワシの前に立ちはだかるつもりならば、例え貴様であろうと消してくれるわ…跡形も無くなァ!』

 

「父上…!」

 

『ワシは父などではない、エドラスの王だ。貴様をここで始末すれば地上でアニマを塞げる者はいなくなる』

 

『また巨大なラクリマを造り上げてエクシードを融合させることなど何度でも出来る』

 

『フハハハハハハ!!王の力に不可能はない!王の力は絶対なのだ!!!!』

 

機械で出来たドラゴンのような物があった。

この世界では魔力は有限の筈だというのにかなりの魔力を感じさせる。

 

「ドロマ・アニム…」

 

──────ドロマ・アニム…?それがあの兵器の名前か。

 

「ドロマ・アニム…こっちの世界の言葉で“竜騎士”の意味…ドラゴンの強化装甲か…!」

 

「強化装甲って何!?」

 

対魔専用魔水晶(ウィザードキャンセラー)が外部からの魔法を全部無効化させちゃう搭乗型の甲冑…王様があの中でドロマ・アニムを操縦してるんだよぅ…」

 

エクシードはドロマ・アニムに恐れて逃げるが、ナイトウォーカー達が謎の光を浴びせてラクリマへと変えていく。

リュウマ達はナイトウォーカーとエルマディアを追撃しようとするが…。

 

「人間はこの場から誰一人として逃がさん!この場で死んでもらう!消えろオォォォォォォォォォ!!!」

 

「ハアァ!!」

 

国王がリュウマ達に向かってレーザー状の魔法を放ってきた。

だがジェラールがその魔法を受けとめた。

 

「エルザ!リュウマ!今のうちに行け!!『鏡水(きょうすい)』!」

 

魔法をドロマ・アニムに跳ね返した。

だが強化装甲は本当に魔法が効かず、ジェラールはもう一度飛んできた魔法をまともに食らい吹き飛ばされて落ちていった。

 

「次は貴様等だ!!!」

 

「クソ!あれを躱しながら戦いのは無理だ!」

 

───────確かに難しいかもしれないが、忘れているぞ。

 

───ドゴオォン!!!!

 

「ぬう…!」

 

俺達の仲間には…

 

───ズドオォン!!!!

 

「ぐあ…!」

 

ドラゴンに対して…

 

天竜(てんりゅう)の…咆哮(ほうこう)!!」

 

───ズガガガガガガガガ!!!!

 

「ぐおおおおおおお!!!???」

 

 

「やるじゃねぇかウェンディ」

 

「いえ、二人の攻撃の方がダメージとしては有効です」

 

「ヤロウ…よくも俺の猫を…」

 

三人の有効打撃を与えられる滅竜魔導士がいることを。

 

「ナツ!」「ウェンディ!」「ガジル!」

 

ドロマ・アニムは三人に任せて、リュウマ達はリュウマ達でやらねばならないことをする。

逃げた残りのエクシードを追っている王国軍を追いかけてラクリマ化を止める。

 

──────しかし、エルマディアやナイトウォーカーは何処へ消えた…?

 

「待っていたぞスカーレット…」

 

「来ると思ったぞエドラスの俺よ…」

 

「「「…!!!!」」」

 

「罠か…!!」

 

気づいたときには遅く、リュウマ達が乗っていたレギオンが攻撃され、撃ち落とされた。

エルザはナイトウォーカーの近くにいるレギオンに乗り、リュウマはエルマディアの近くにいるレギオンに乗り移った。

 

「待ちくたびれたぞ…!」

 

「…そろそろ決着をつけようかエルマディア」

 

少し離れた所にいるエルザ達も直ぐに始めるようだ。

リュウマとエルマディアも互いに見合い睨み合う。

 

「全員地上へ降りろ!こいつは俺が相手をする!!」

 

「「「はっ!!!」」」

 

 

「貴様は闘いだけに目が眩み仲間を傷つけすぎた…」

 

「貴様もリュウマでありながら感情を殺しすぎた…」

 

 

 

 

 

 「「この世にリュウマは二人といらぬ」」

 

 

 

 

 

「「この闘い…どちらか一方が死ぬまでだ!」」

 

 

 

 

 

 

俺達はぶつかった。

 

 

 

 

 

 

 




いや~ちょっと短いかもしれません…。




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第二三刀  己達の決着

コレ見てどんな技や道具を使ったか分かった人はなかなかの同志です。

想像力が豊かな人なら主人公の過去が大体予想できてくると思います。


 

リュウマ達は今、浮遊している大きな島の一つにいる。

攻撃し合っているうちに、いつのまにか遠く離れた所まで来てしまったのだ。

ドロマ・アニムと戦っているナツ達やエルザ達を巻き込む危険が無いと思えば、その場から大きく移動したことは幸いだろう。

 

「ゴフッ…さぁ…まだまだいくぞ…」

 

「…止めておけ。そのまま続ければ貴様は死ぬぞ?」

 

「闘いの果ての死ならば…本望だ!!」

 

エルマディアは血を吐きながらも、自分の得物である菊一文字を振りかぶって斬りつける。

血塗れで血反吐吐こうとも向かってくるエルマディアに目を細めたリュウマは、剣を構えて魔力を載せる。

 

─────闘いの果ての死は本望か…ならば…

 

「直ぐに終わらせてやろう…『崩撃(ほうげき)』」

 

「ガッ!?」

 

直剣を召喚してからの、剣に高い魔力をのせて切り上げ攻撃に、エルマディアは衝撃に負けて上方へと吹き飛ばされて行く。

 

「くっ…フライシューズ…!」

 

エルマディアは上空まで飛んで行ったあと、履いている靴から強い風を出して空中に浮遊する。

一瞬の内に相手の目前に現れる程の推進力なのだから、それを使って空中に浮遊することも容易い。

 

「ハァ…ハァ…俺が使う魔法はこれだけではないぞ…?貴様にやられてから一度取りに戻ったからな。俺のもう一つの魔法を味わうが良い…!」

 

そう言いながら何かを懐から出した。

 

此奴はまだ何かの魔法を使うのか。

リュウマは一人一つだと思っていたが…エルマディアに至っては例外ということである。

 

「さぁ…舞い踊るぞ…『私の剣は千の剣(ソード・オブ・サウザンド)』…」

 

「…!増えた…?」

 

懐から出した一本の剣…だが、その剣がぶれたかと思うと2本になった。

 

「増やせば増やすほど集中力と魔力を使うが…出し惜しみはせん!」

 

2本から4本と倍々へと増えていき…やがてその数は100本へと到達した。

エルマディアの背後には剣に埋め尽くされている。

 

「…征け…!」

 

「…!!」

 

飛んでくる100本の剣を直剣で弾いていくが圧倒的にリュウマの手数が足りない。

直ぐさまもう一つの直剣を召喚しようとするが、エルマディアは目敏くその動作を見破った。

 

「させん!!」

 

「何!?ぐっ!?」

 

もう1本召喚しようとしたら突然、エルマディアが100本の剣を操りつつも突貫してきた。

剣を受けとめた瞬間にエルマディアの背中から飛んできた剣に軽く頬を斬られる。

 

──────チッ…数が多いというのにエルマディアまで斬りつけてくる…どうにかしなければ…。

 

リュウマはもう一度直剣を召喚しようとして…

 

「させんと言っただろう!」

 

エルマディアが先程と同じように剣と突貫してくるが…

 

「─────足下注意だ」

 

「なっ!?うぐっ!」

 

自分の手元だけではなく、エルマディアの足下からも槍や剣などといった武器を突き刺すように召喚した。

リュウマはエルマディアが体勢を崩している間に、隙を使った召喚を行った。

 

「神器召喚・『霊槍(れいそう)シャスティフォル』」

 

リュウマが持つ武器達の中で、破格の強さを誇る神器を召喚した。

 

「抜かったか…!」

 

「残念だったな。征け…『飛び回る蜂(バンブルビー)』」

 

エルマディアの100本の剣にシャスティフォルを向かわせて斬り結んでいく。

 

「なんて速さで動く槍なんだ…まさか100本全部をたった一本で相手をするとは…」

 

「それが神器だ。だが、安心するのは早いぞ?『剣閃(けんせん)』」

 

「──ッ!」

 

直剣を素速く振り抜き…斬撃を飛ばす。

エルマディアは菊一文字で受けるが、威力に圧倒され後方へ押される。

 

「…!菊一文字!」

 

奴が叫ぶと菊一文字の刀身が()()()

突きの構えから伸びた刀身をスレスレで避ける。

 

──────なんだ、あの刀は伸びるのが特徴だったのか…。

 

「初見で避けるか…」

 

「危なかったがな」

 

ちょうど上で斬り結んでいたエルマディアの100本の剣の内、95本程破壊したので仕掛ける。

 

「霊槍シャスティフォル第五形態・『増殖(インクリース)』」

 

シャスティフォルを細かい多数の小さな刃へと変化させた。

 

「次は頭上注意だ。『炸裂する刃雨(ファイトファイア・ウィズファイア)』」

 

「上からか…!だが…ソード・オブ・サウザンドの限界は100本ではないぞ!」

 

「…まだ増えるのか…」

 

エルマディアの剣はシャスティフォルで残り2本まで破壊されたが、そこからまた増えていき、今度は200本程へと増えた。

 

200本へと増えた剣を使い、シャスティフォルの攻撃を防いだが100本程折ることが出来た。

 

「何故あんな小さい物で我が剣がいとも簡単に折れるんだ…!…こうなれば…限界まで増やすまで…!!!」

 

100本あった剣が益々増えていき、とうとう800程の剣へとなった。

エルマディアは全ての剣を操るのに集中しているからかピクリとも動かない。

この膨大な数の剣を操るのには相当の集中力を有し、制御するにはそれ以外のことを疎かにするしかないのだろう。

 

──────800もの剣を同時に操る…なんという集中力に精神力だ。それにしても多い。シャスティフォルだけでは全く足りないな。

 

「神器召喚・『グシスナウタル』及び『金の羽矢』」

 

この弓矢は、彼の英雄エルヴァル・オッドが父から譲り受けた弓で、それと一緒にある3本の矢は小人が造り出した魔法の矢で自らの意思で飛び回り、拾わずとも手元に戻ってきて、命じればいかなる防具さえ貫くとされている神の弓矢。

後に怪物クラーケンをこの弓矢で撃ち倒したとされている。

 

グシスナウタルに金の3本の矢を番えて放つ。

 

「我が矢よ。我に仇なす物を全て撃ち貫け」

 

3本の矢は凄まじい速度で飛んでいき、小さく変化したシャスティフォルと共に800もの剣を撃ち壊してゆく。

 

シャスティフォルは縦横無尽に、3本の矢は斬りつけてくる剣達をまるで意思を持っているかのような動きで回避し、撃ち壊す。

一度に3、4本ずつ壊していくため、もう半分以上が壊されていた。

 

数が少なくなったことにより操作がし易くなったのか、残り300といったところでシャスティフォルと矢を100本で相手をして、200本程をこっちに飛ばしてきた。

 

「どれだけ剣を折れば気が済むのだ…征け!」

 

一つ一つが複雑な動きをしながら飛んでくる。

 

「少し贅沢だが…『殲滅王の遺産(ゲート・オブ・アルマデウス)』」

 

瞬間。リュウマの背後には数多くの黒い波紋が現れ、その一つ一つ中心から様々な武器が現れる。

この武器達は彼が持つ至高の物ばかりだ。

それぞれが絶大な威力、力、能力を持っているが今回は…

 

「征け…我が至高の武具達よ…!」

 

全て飛ばして使うとする。

 

次々と現れては飛んでいき剣を破壊する。

中にはリュウマを狙って飛んでくる剣もあるが、リュウマを守るように武器を展開することで防ぐ。

 

「最後の1本だ」

 

─────パキイィン…!!

 

これで全ての剣を破壊された。

名前の通りならばこれ以上は出てこないだろうし、仮にまだ出て来てもまた破壊するだけ無駄である。

もっとも、これ以上は無く、出てくる心配は無いだろうから、ゲートは閉じて神器も戻しておく。

 

今回は神器を二つ召喚しながらも、ゲート・オブ・アルマデウスまで使ったために魔力をなかなか使った。

元々リュウマは魔力も多いが、回復も早いので問題はない。

 

「千もの剣をこうも易々と破壊されるとは…」

 

「物量で挑むのは間違いだったな、俺には己自身ですら把握仕切れない程の武器がある」

 

「フッ…アースランドの俺は底知れぬな…最後に問いたい」

 

「…なんだ」

 

「貴様の真の名を教えてはくれないか…」

 

─────俺の真の名…か…。

 

普段なら絶対に教えはしないが、相手は異世界とはいえ己自身なのだからいいだろう。

リュウマはそう思いながら、幸いなことにフェアリーテイルの者は近くにいない為明かすことにした。

 

「俺の真の名は…

 

 

 

 

 

 

   リュウマ・ルイン・アルマデュラだ」

 

 

 

 

 

「そうか…アルマデュラ…感謝する」

 

エルマディアはリュウマの名を噛み締めて言い、微笑みながらも礼を言った。

 

「ではアルマデュラよ。終いにしよう」

 

「然り。貴様も限界のようだしな」

 

「フン。やった張本人が言うものよ」

 

エルマディアはそう言うと靴の推進力を上げて空高くへと上っていった。

態々上に上って行くということは、それ程の最大の攻撃なのだろう。

リュウマはそれに応える為にも浮遊している島に降りる。

最後の勝負であるため、刀を召喚した。

 

「アルマデュラよ…これが今の俺に出来る最大の攻撃だ」

 

エルマディアの持つ刀が大きく長くなっていく。

 

「菊一文字は魔力を使うことによって長さや太さなどを限界まで自由に伸ばすことが出来る」

 

エルマディアの持つ菊一文字は人2人分程の長さになるがまだ伸びていく。

 

「菊一文字を限界値の長さ100メートル、太さ100メートル、厚さ100メートルへ…」

 

空には刀だった大きな鉄の塊が浮いている。

かなりの上空から落とすように突貫するのだろう。

その時の破壊力は尋常では無い…だが…

 

「その勝負…受けて立つ!!」

 

「ならば征くぞ!!アルマデュラァァァァァァァァァ!!!!!!!」

 

そして天から墜ちてきた。

100メートル四方の塊は重力に従い墜ちてくる。

その姿はまさしく巨大な隕石そのもの…。

周りに浮く浮遊島は迫る菊一文字の破壊の余波に耐えきれず崩壊している。

 

リュウマは出しておいた一本と合わせるために、あと二本の刀を召喚する。

この闘いに終止符を打つならばやはり刀で終わらせよう。

エルマディアは決死の覚悟の全身全霊で挑む、ならば全力で応えようというリュウマの意思であった。

 

「武装色・硬化…黒刀…」

 

刀を覇気で硬化させる。

刀は硬化されたことにより柄の(かしら)から切先までが黒く変化する。

 

九山八海(くざんはっかい)一世界(ひとせかい)…!」

 

一本を口に咥えて二本は左右の手へ。

 

「…千集まって小千世界(しょうせんせかい)…」

 

二本を前に持ってきたら回転させる。

 

「…三条結(さんじょうむす)んで斬れぬもの無し…!」

 

準備は整った。

あとは放つのみ。

 

エルマディアはもう目前まで迫っている。

お互いに嗤い合いながら…

 

 

「潰れろォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!」

 

 

「『一大(いちだい)三千(さんぜん)大千(だいせん)世界(せかい)』!!!!!」

 

 

 

 

         衝突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

後に映った光景は…

 

 

 

「……………ガフッ…………」

 

 

半分から()()()()()()菊一文字と共に落ちるエルマディアと…

 

 

「…我に斬れぬもの無し」

 

 

落ちて行くエルマディアを見つめるリュウマだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

菊一文字とエルマディアを共に斬ったリュウマは浮遊島から降りてエルマディアを探している。

斬った後落ちていった所を見ていたので着地地点は大凡分かる。

そして歩き続けること五分程経った時、エルマディアを見つけた。

 

「……ゴフッ…ゴホッゴホッ…!?」

 

傍に両断された菊一文字が転がり、エルマディアは大量の血を吐き出している。

斬られた腹部は深く斬り裂かれ、こっちからも大量の血を出している。

 

回復させれば持ち直すだろうが、エルマディアはそれを望まないだろうことは分かってしまう。

それでも一応体として治そうとする。

 

「…治してやろう」

 

「…ゲホッ…やめろ。情けをかけるな…」

 

「…であろうな」

 

やはり回復させようとしたリュウマを止めた。

察して分かるほどに、施しも救いも受けるつもりはないようだ。

闘いの果てが死ならば本望とまで言ったのだ、当然とも言える。

 

「……アルマデュラ…頼…む…」

 

「……良いだろう…」

 

エルマディアの意思を汲み取り、先程召喚した刀を三本共消しながら傍まで行く。

 

「…召喚…『斬首刀(ざんしゅとう)首斬(くびきり)』」

 

斜め後方に来たら一本の刀を召喚し上段に構える。

 

「…何か言い残す言葉はあるか」

 

「…実に…心躍る…闘いであっ…た…」

 

「…どうか安らかに…」

 

 

「嗚呼…父上…母上…今そちらへ参ります…」

 

 

 

────っ…!

 

 

 

 

 

 

彼はエルマディアに向かって刀を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 




一つ言っておくと、作者は上条当麻やらISの主人公などが大嫌いです。
何なんですかね?人を助けないと生きていけないのですかね?
因みにハイスクールD×Dは主人公勢死ぬほど嫌いです。
何勝手に領地にしてんの?って感じです。
共感出来る人の価値はおいくらか?おいくらか?



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第二四刀  みんなで帰還

共感出来る方がいてホッとしました笑笑
自分だけではないんだ…!…と。




 

 

 

────終わったか…

 

 

 

上空に巨大なアニマが出現した。

アースランドから魔力を吸い出そうとするならば分かるが、エドラスでアニマが発動している。

 

ミストガンが巨大なラクリマをアースランド…リュウマ達の世界へ戻した時と似たように、アニマを逆展開でもしてエドラスからアニマで魔力を吸い出し、アースランドへ戻そうとしているのだ。

 

範囲は周りにある魔力を宿し浮いている浮遊島が落ちていることから、この世界中の魔力を吸い出していると推測される。

 

体が薄白く光りながら、リュウマは先程エルマディアが言っていた言葉を頭の中で繰り返していた。

 

 

『嗚呼…父上…母上…今そちらへ参ります…』

 

 

この言葉から、()()()()()()()()()()()父上と母上とはもう会えていない事が分かった。

 

─────ダメだな…感傷に浸るのは俺らしくない。いくら悲しくとも所詮過去とは過ぎた物。戻ることはない。だが…やはりそれでも…

 

「父上…母上…また会いたいです…」

 

いくら無理な願いであろうとも、そう願わずにはいられなかった。

やはり、親というのは恋しいものである。

 

リュウマの体はとうとう空へと浮かび始めた。

 

「時間か…さらばだエドラスよ…魔力が無くなった世界になろうと、貴様等の未来に幸あらんことを…」

 

 

 

 

体はアニマに吸われエドラスから姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──アースランド

 

 

気がつくとリュウマ達の世界へと戻っていた。

 

それもありがたくも空中に…。

 

リュウマはそのまま下にいたナツ達の上へと落ちた。

どうやら全員元の世界に戻ってこれたようだ。

 

驚いたのはエドラスにいたエクシードまでもがこっちにきていたということ。

 

だが、そらも確かに納得出来るものである。

()()()()魔力を吸ってはいたが、元々あっちにいたエクシードがこっちにもれなく全員来るとは思わないだろう。

体内に唯一魔力を持つ種族故に、魔力として送り込まれたのだ。

 

シャルルはエクシード達とで何を揉めていたのか知らないが、エクシードがあっちの世界からこっちの世界に住むのは反対していた。

曰く、シャルル自身に滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)を抹殺するよう使命を与えてアースランドへ送ったことが許せないらしい。

 

エクシードは6年前、エクシードの女王シャゴットの持つ未来を見る力で地に落ちるエクスタリア…エクシードが住んでいた浮遊島を見たそうだ。

 

今考えればアニマ逆展開における魔力枯渇による自然落下なのだが、当時のエクシード達は落下を人間の仕業だと思っていたらしい。

 

無理もない。そんな断片的な部分しか見ていないならばそう思うのは当然と言える。

 

そしてエクシードの上層部はエクシードでは人間に勝てないのは火を見るより明らか故に、100人の子供をエドラスからアースランドへ()()()計画を立てた。

 

そんな計画を表向きは異世界の怪物滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)を倒すための作戦だということにした。

 

結果的にエドラスの人間の力を借りて100人の子供をこっちに送り込むことは成功したが、計算外だったのはシャゴットと同じシャルルの持つ予知能力。

 

無意識に発動した能力は記憶を混乱させ、エドラスの断片的な未来を予言したことにより、あたかも自分達に与えられた『使命』であると錯覚させた。

 

結局それを聞いたシャルルは不承不承といった感じにだが、エクシードがこっちに住むことを許可していた。

 

 

────ここだけの話だがな?誰にも言うな?特にナツあたりには(真顔)

 

俺は魔力を視る事が出来るのだが…シャゴットとシャルルの魔力は酷似していた。つまりそういうことなのだ。ハッピーとどこか仲良さそうにしていた白の雄猫と水色の雌猫の魔力もどこか似たような感じだった。つまりはこっちもそういうことだ。

 

それぞれが打ち明けようとしていないため、リュウマから言うのは筋違いであろうということで黙っている。

まあ、近くに住んでいるのだしハッピー達に明かさなくとも本人達が気づくのは時間の問題とも言えよう。

 

気づけるまでリュウマは傍で酒でも飲み、その瞬間を温かく見守っているとしようと考えていた。

 

「リリーは何処だ!?パンサー・リリーの姿がどこにもねぇ!!」

 

そう思っているとガジルが騒ぎ出していた。

 

探しているのはエドラスの魔戦部隊にいた人間のようなエクシードのことだ。

 

「オレならここに居る」

 

「「「─────ッ!?」」」

 

「小っちゃ!?」

 

確かにいた…小さいハッピー達サイズで…。

 

「オレは王子が世話になったギルドへ入りたい。約束通り入れてくれるんだろうな?……ガジル」

 

「もちろんだぜ!!相棒(オレのネコ)!!!!」

 

そう叫ぶとリリーに泣きながら抱き付き頬擦りしている。

 

ガジルは最近、同じ滅竜魔導士であるナツとウェンディにネコの相棒がいるのに自分には何故いない!?と嘆いていたので余程嬉しいのだろう。

 

「で、それとは別に怪しい奴を捕らえたのだが…」

 

「…怪しい奴だァ?」

 

「そうだ。来い!」

 

リリーはそう言うと手に持っていた縄を引っ張り、その怪しい奴を引きずり出した。

 

だが、その怪しい奴とは…

 

「きゃっ」

 

二年前に…仕事先で死んだと思われていた…

 

「私も妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員なんだけど?」

 

「…リサーナ…?」

 

ミラとエルフマンの妹…リサーナだった。

 

 

 

最初は皆がエドラスにいたリサーナだと思っていたのだが…

 

「ナツーーーーーー!!!!!」

 

「えっ…どわーーーー!!???」

 

ナツに向かって駆けだして…

 

「また会えた…()()()ナツに…!」

 

涙ながらにそう言い放ったリサーナに、皆が少なからずエドラスのリサーナではないと思った。

 

「お前は二年前に死んだはずだぞ…」

 

エルザが皆が思っていた疑問を口にする。

そしてリサーナは一つ一つ語りだした。

 

二年前にミラとエルフマンとリサーナの三人で行った仕事の最中、格上の相手を無理矢理行ったテイクオーバーのせいで暴走をしたエルフマンを宥めようとして失敗し、吹き飛ばされて意識を失った直後、当時多数あったのであろうアニマに吸い込まれた。

 

目が覚めた時にエドラスにあったフェアリーテイルを発見し、メンバーが自分の知っている人達とどこか違うことに驚きつつも、自分が違う世界のリサーナだと告げることが出来ずに早二年…そこにこっちの世界のナツとハッピーが現れた。

 

だが、違う世界とはいえ…姉と兄を二度と悲しませたくないという一心から、エドラスに残ることを決意し黙っていたのだそうだ。

 

そして訪れたアニマの逆展開による魔力の吸引。

 

それにより魔力を持つリサーナはこちらに戻ってきた。

 

エドラスのミラとエルフマンは最初から自分達の本当の妹のリサーナではなく、アースランドのリサーナだと分かっていたようで、アースランドの私達によろしくと言われて送り出された。

 

仕事先でリサーナが死んだと言われた時には呆然としたが、()()()()()()()()()()()と言われて疑問に思っていたが、アニマに吸い込まれたと聞いてリュウマは合点がいったと感じた。

それならば確かに…と。

 

 

そして今リュウマ達は今、リサーナを連れてマグノリアにあるカルディア大聖堂に来ている。

 

何故か?こっちでは大して時間が経っていないためミラとエルフマンがこっちでの今日、リサーナの命日だったということで墓参りに来ているからだ。

 

要するにサプライズをしようということになったのだ。

 

 

「ミラ姉~~~~~~!!!!エルフマン兄ちゃーーーーん!!!!」

 

 

「「────ッ!」」

 

 

かつて愛する妹と同じ声で、他でも無い自分達を姉や兄と呼ばれて驚きながらも2人は、顔を上げながら直ぐさま振り向き、絶句している。

 

「ウソ…リサー…ナ…?」

 

「リサーナ…?」

 

2人は追いついてきた思考回路を働かせ、自分達に抱き付いて来たリサーナを見ながら確かめるように名を呼んだ。

 

「グスッ…ただいまっ…」

 

リサーナは涙を流し震える声で帰ってきた者が口にする挨拶を…。

 

 

「…うっ…グスッ…おかえりなさいっ」

 

 

それに対してエルフマンと共に泣きながらも、帰りを待ち続けていたミラは…とても…とても綺麗な笑顔でそう口にした。

 

 

離れ離れになっていた家族が再開した瞬間であった。

 

 

他の皆がそんなミラ達を優しげな目で…表情で見ている中…

 

「…?リュウマ…?」

 

 

 

リュウマは無表情で見ていた。

 

 

 

そんなリュウマの瞳の奥にはきっと…会えないと思っていた家族と再開できた…という奇跡に対する羨ましさに嫉妬が炎となって…彼の体を燃やさんとする程に熱く…愚かしくも燃え盛っていたのだろう。

 

だがそれ故に彼の言葉は─────

 

 

「…いや─────()()()()()

 

「…??そっか」

 

 

こう言うしかないのだろう。

 

 

 

 

全ての人間に対して平等に奇跡が起こるとは限らない。

 

 

 

 

奇跡が起きるのはいつだって、少なからず正の道を歩んできた者達だからだ。

 

 

 

 

リュウマは、今更に自分に対して奇跡が起きてほしいとは思わない。

 

 

 

だが…嘆くくらいは許してほしいと思う。

 

 

 

 

嗚呼…何故こんな運命を歩むのが俺なのだろうか…と。

 

 

 

 

彼奴さえ…あの()さえ居なければ…こんなことにはならなかったのに…と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リサーナがこっちに帰ってきてからギルドの者達にエドラスであったことを教えてやり、リサーナの帰還にどんちゃん騒ぎをしてからというもの、皆が酔い潰れて寝てしまってから、リュウマは一人ギルドから出て行った。

 

途中起きたルーシィが寝ているナツの顔に落書きをしようとして、寝惚けたナツの火竜の鉄拳によって天井を突き破り、吹き飛んで行ったのを何とも言えぬ顔で見てから見て見ぬふりした…。

ルーシィならば大丈夫だ……。

 

………………。

 

リュウマは一応湿布をその場に置いていった。

 

 

 

もう夜中のために暗く、それでいて涼しく静かな街の中をゆったりと適当に歩きながら考えていた。

 

─────この時期はそろそろあの時期か…。

 

あの時期とは我がギルド…フェアリーテイルの毎年恒例S級選抜試験のことだ。

 

毎年この時期になると新たなS級を選抜するために試験を行い、武に知を試し、尚且つ覚悟があるか見極め、どれらもS級たり得ると判断した者をS級魔導士にする行事だ。

 

リュウマとてこのS級選抜試験をクリアしてS級へと上がった。

 

危険な生物が生息する地域からとある物を取ってこいというものだったので、向かってきた生物は全部睨み付けて追い払いながら反響地図で場所を特定して直ぐに持って来た。

 

クリア時間は驚異の20分。

リュウマはあの時のマカロフの顔は今でも忘れてはいない。

顎が地面に付きそうな程開けて、何とも面白い顔で驚いていたのだから。

 

そしてその後にS級クエストを次々とクリアしていたリュウマを見たマカロフに、SS級クエストを紹介され受けてクリアして…。

その後に10年クエストを紹介されて…挙げ句の果てには100年クエストを…………話が逸れた。

 

この時期になるとカナ・アルベローナのカナが、S級選抜試験に合格出来なかったらギルドを辞めると言い出すのだ。

 

理由は少し複雑故に今はなんとも言えない。

 

心優しい正義の心を志す者ならば、悩み苦しんでいるカナに優しい言葉を投げかけてやるのだろうが…リュウマには出来ない。

 

いや、する気は無い。

 

何故ならば血の繋がった家族同士で解決してこそだと思っているからだ。

数年前にカナが事情を話してくれて聞いてはいたが、リュウマは背中を押すことはしても引っ張りはしない。

 

同じに聞こえるが、それは少し違う。

 

背中を押すということは手助けはすれど、手助けによって背中を押すだけであり、目標に向かって駆けだしていくのは結局は本人ただ一人であること。

 

逆に手を引くということは、カナではない第三者が介入してカナよりも先に歩きながらも、カナの速度ではなく第三者の速度で目標に向かって()()()()()()()()()()ということなのだ。

 

リュウマはエルザとマカロフによる会議で、今回のS級選抜試験出場者は既に把握しているが、ここは敢えてこう言うことにした。

 

「今年の選抜者は誰だろうな?」

 

…と。

 

リュウマの胸の中には楽しみだという感情があった。

若い芽が各々何かしらを胸に抱き挑む試験。

 

 

 

 

俺に見せてくれよ?()()()()()可能性を。

 

 

 

 

リュウマは人知れず、ニヤリと嗤いながら静かな気持ちの良い夜の街を歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼はこの時夢にも思わなかった…。

 

 

 

 

 

この今年のS級選抜試験で…

 

 

 

 

 

奴と再開することになるとは…夢にも…。

 

 

 

 

 

 




正義の味方達はよく人の過去に土足で入って綺麗事ならべて救った風にしてますが、結局解決しなきゃならないのは本人なのでは?と思います。



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S級選抜試験 in 天狼島
第二五刀  想いを胸に


三人称の練習させてください。

あと、題名変えました。

もしかしたらまた変わってしまうかもしれません。

元々適当に決めた題名で、後ほど変えようと思っていた題名ですのでご容赦ください。




 

 

side、ルーシィの家

 

 

 

「フンフンフフ~ン♪」

 

ルーシィは今自分の家に帰ってきてからお風呂に入ってシャワーを浴びていた。

一日の疲れを取ってくれるお風呂の時間はルーシィの癒やしの一つでもある。

 

「あぁ…気持ちいい…やっぱり自分家は落ち着くな~…」

 

 

「いいとこねー」

 

 

「でしょ~?………?」

 

ここは自分の家でありそして風呂場で自分以外に居ることはないはずなのに自分の独り言に対して返しがきた。

あまりにも自然な返しであったのでルーシィは一瞬気づかなかったが、ハッと思い後ろを向くと…

 

「私もここに住もうかな~…」

 

「ギャアアアァァァァァァ!!??」

 

我が物顔で何時の間にか湯船に浸かっているカナがいた。

 

「ルーシィ酒ないの?酒」

 

「ここ…あたしの家……」

 

カナが酒がないかルーシィに聞くがルーシィは不法侵入されていることに対して(いつも通りだが)絶句していた。

今はもう一緒の湯船に浸かっている。

 

「はぁ…」

 

「どうしたの?元気ないみたいだけど…?」

 

「いや…別に…てか、あんたあれから父親とはうまくやってんの?」

 

「!?」

 

あれからというのは、ルーシィの父親が仕事で失敗をし、財産全てを無くしかつてルーシィの母…レイラと出会った酒場で仕事をもらおうとするが、そこが襲撃を受けていると聞いたルーシィが父親も巻き込まれていると思い襲撃犯を撃退した時の話しである。

 

なお、ルーシィの父親はその時まだ酒場に着いてすらいなかったので無傷だった。

その時にギクシャクしていた親子間の何かが繋がった。

 

「う~んどうかな?いってなくもない…っていうか連絡もしてないし」

 

「ふ~ん」

 

ルーシィの答えにあまり面白くなさそうに返すカナ。

 

「はぁ…」

 

「何よ~悩みがあるなら聞くけど?」

 

「…………」

 

カナが溜め息を溢すと悩みがあるのではと思ったルーシィは悩みなら聞くと宣言した。

それを聞いたカナは湯船から立ち上がり…

 

「私………ギルドやめようと思うんだ」

 

と告げた。

 

「え…?えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」

 

 

 

 

この日の夜ルーシィの叫び声が寒い冬の夜を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──次の日

 

 

 

 

「───って、いうわけなんですよミラさん!カナってば理由も言わないし!!」

 

ルーシィは昨日の夜にカナの口から告げられた事をミラに話して聞かせた。

 

そんな話しを聞いていたミラはそんなルーシィを見てクスリと笑っていた。

 

「大丈夫よ。この時期になるとカナはいつもそうやって言い出すの」

 

「えぇ!?」

 

この時期になるといつもと言われたルーシィは驚きの声を上げる。

 

その後もミラと少し話していたが、ナツがギルドに顔を出したが、何やらいつもより早く来ているのは気のせいだろうか?

 

するとナツが大声を上げながら直ぐさま仕事に向かった。

 

「仕事仕事ォ~~!!!」

 

「あいさ~!!」

 

「あっ仕事ならあたしも…!」

 

「悪い!この時期は1人で行くんだ!」

 

仕事に向かうナツにルーシィは同行しようとするも、断られてしまい、ナツはハッピーを連れて行ってしまった。

 

ハッピーは猫であるからか1人とはカウントしないようだ。

 

「ただいまァ!!」

 

ナツとすれ違い様にグレイが朝から行っていた仕事から帰ってきた。

 

「おかえり!グレイ服は?」

 

「それどころじゃねぇ!次の仕事だ!!」

 

「姉ちゃん!俺この仕事行ってくる!」

 

帰ってきたグレイにミラが声をかけるが、グレイはすぐに次の仕事へと行ってしまい、エルフマンもミラに仕事の受注をしてもらいすぐに仕事に行った。

 

「仕事仕事~!!!」

 

「うおおお!!!」

 

「オイてめぇそれは俺が先に…!」

 

「知るかよ!」

 

「どけてめぇ!!」

 

「んだと!?」

 

 

「ちょっ…!?何ごと!?」

 

「直に分かるわよ?」

 

ルーシィがいたカウンターの所に色んなメンバー達が一気に押し寄せて仕事を受注していった。

ルーシィはその人の波に押し流されてカウンターの下に避難した。

 

ミラはルーシィに直に分かると、人の波の中から片手を振りながら答えた。

それでも人混みをさばいていくミラは流石である。

 

 

 

 

 

所変わり、少し離れたところでは…リュウマとガジルの相棒になったパンサー・リリーのリリーが剣を交えていた。

 

「フッ…」

 

「ハァッ!」

 

リュウマは召喚した剣を使い、リリーはエドラスの時になっていた人型の姿…戦闘フォーム(元の姿)で剣を持って打ち合う。

 

常人には見えないような素速い剣戟の中2人は笑いあい、そして…

 

「ここまでだ」

 

「ふぅ…」

 

リリーの戦闘フォームが解けてハッピー達サイズの小ささへとなった。

 

「元の姿に戻れるのは短いな…」

 

「ふむ、中々の剣裁きだな。まあ、まだまだの所が多々あるが」

 

「どうだリュウマ!これがリリーの実力だ!!」

 

リリーは戦闘フォームの利用時間が短いことに残念そうにしていた。

 

リュウマはリリーの剣裁きを大した物と褒めながらも甘いところがあると指摘する。

ガジルは自分の猫が強いことを嬉しそうに自慢していた。

 

「いやいや…流石は()()()()といったところだ。これが…このギルド最強と言われる力か」

 

リリーは元々エドラスにおり、エドラスのリュウマ…エルマディアの補佐などをしていたことから最初は様呼びなどをしていたが、俺はエルマディアではないとリュウマに言われてリュウマと呼ぶことにしていた。

 

そしてリュウマの強さに尊敬の念を抱きながら言葉を溢した。

 

 

 

 

所戻り、リュウマ達のやりとりを見ていたルーシィは人をさばき終わったミラに喋っていた。

 

「なんかせかせかと仕事をする人もいれば、まーったくいつも通りの人もいて何が何だか…」

 

「明日になれば分かるわよ」

 

ミラはルーシィに微笑みながらそう告げた。

 

 

 

 

 

 

──その次の日

 

 

 

この日のギルドはいつもとは少し違い、ギルドメンバーのほとんどが揃っていた。

ギルドの奥にはステージのような物があり、その前を布で覆い隠している。

 

ギルドのメンバー達は観客さながらステージの前に集まっていた。

 

「一体なんの騒ぎだ?」

 

「さあな」

 

と、リリーとガジル。

 

「マスターから重大発表があるんだって」

 

「興味ないわ」

 

と、ウェンディとシャルル。

 

「………」

 

カナは何か物憂いそうな顔をしてステージを見ている。

 

「やっと秘密が分かる…」

 

「ジュビアドキドキします…グレイ様を見ていると!!」

 

「あんたもう帰れば?」

 

と、いつも通り過ぎるジュビアに苦笑いしながらツッコミをいれるルーシィ。

 

そしてとうとう幕が取られ、ステージ上にはマスターのマカロフを始め、リュウマ、エルザ、ミラ、ギルダーツがいた。

 

「マスター!!」

 

「待ってました~~!!!」

 

「早く発表してくれーー!!」

 

「今年は“誰”なんだー!」

 

と、皆が各々が騒ぎ始め、マカロフはコホンと咳き込み一旦周りを静かにさせてから話し始めた。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の古くからのしきたりにより…これより…」

 

そして言葉を一時区切り周りを見渡してから

 

「S級魔導士昇格試験出場者を発表する!!」

 

と告げた。

 

「S級魔導師昇格試験!?」

 

「燃えてきたぞォ!!」

 

周りのボルテージはどんどん上がっていった。

 

「各々の心…魂……ワシはこの1年見極めてきた。参加者は8名」

 

そしてマカロフの口から参加者の名が出されていった。

 

 

 

「ナツ・ドラグニル」

 

「おっしゃあ!!」

 

「やったねナツ!」

 

 

 

「グレイ・フルバスター」

 

「やっとこの時がきた」

 

 

 

「ジュビア・ロクサー」

 

「…え?ジュビアが?」

 

 

 

「エルフマン」

 

「漢たるものS級になるべし!!」

 

「頑張ってエルフ兄ちゃん!」

 

 

 

「カナ・アルベローナ」

 

「………」

 

 

 

「フリード・ジャスティン」

 

「ラクサスの後を継ぐのは…」

 

 

 

「レビィ・マクガーデン」

 

「私……とうとう…!」

 

「「レビィがキターーーー!!!」」

 

 

 

「メスト・グライダー」

 

「メストだ!」

 

「昨年は惜しかったな!」

 

 

 

選ばれた者は気合いを入れたり嬉しがったり、選ばれなかった者は悔しそうにしていた。

 

「そっか…このメンバーに選ばれたいからみんな自分をアピールしていたのね」

 

「うわぁ…!みんな頑張ってください!」

 

ルーシィはやっと合点がいったと思い、ウェンディは選ばれた人に応援の声を届けた。

 

マカロフは皆に今年の試験からはS級魔導士を一人だけ選ぶと宣言して周りを騒然とさせた。

選ばれたのはフェアリーテイル屈指の実力者であるため、誰がS級魔導士になるのか予想がつかないからだ。

 

因みにガジルが何故自分が入っていないのにジュビアが入っているのかと叫んだが…リリーにエルザがまだギルドに信用における立場にないと拒否された事を教えられて膝から崩れ落ちた。

 

その一方シャルルは…

 

「────ッ!」

 

──何なの…今一瞬……あの男は…誰?

 

 

と、己が持つ予知能力で断片的に見た未来の光景に驚いていた。

 

 

 

 

「初めての者もおるだろうからのう、ルールを説明しておく」

 

マカロフは新人がいてルールが分からないだろうということでルール説明を開示する。

 

「選ばれた8人のみんなは準備期間である“一週間以内に”“パートナー”を一人決めてください」

 

「パートナー!?」

 

「二人一組のチーム戦さ」

 

「この試験じゃあ仲間との絆も試されるのさ」

 

ミラの説明に驚くルーシィにリーダスなどが教える。

 

「パートナー選択のルールは二つ。一つ、フェアリーテイルのメンバーであること。二つ、S級魔導士はパートナーに出来ない」

 

「リュウマさんと組んだらすぐ終わっちゃいますもんね…」

 

エルザの説明に納得するウェンディ。

確かにリュウマが出払ってしまえば、もたらすは勝利。

出て来た瞬間に勝ちが決まってしまう。

 

それに元とはいえミラやエルザ、ギルダーツであっても同様で、それでは試験にならないためである。

 

「試験内容は天狼島に着いてから発表するが、今回も貴様等の道を塞ぐ」

 

「「「「えええぇぇぇぇぇ!?」」」」

 

「今回は私もみんなの邪魔する係やりま~す♡」

 

「「「「えええぇぇぇぇぇ!!??」」」」

 

エルザに続いてミラまでも邪魔すると言われ、選ばれたメンバーは絶叫した。

 

「も、もしかしてエルザやミラさんを倒さなきゃS級になれないわけぇ!?」

 

「まあ、それなりに手を抜いてくれるらしいんだが…」

 

「だからいつもハードなんだよ…」

 

ルーシィはエルザ達が出てくることに驚き、心の中で無理でしょう…と思っている。

だが、現実は非常でまだ邪魔者がいた…

 

「ブーブー言うな。S級になる奴ァみんなが通ってきた道だ」

 

「ちょっと待てよ…」

 

「まさか…」

 

「ギルダーツも参加すんのか!?」

 

「嬉しがるなァ!?」

 

ギルダーツが参加すると聞いた瞬間ほとんどが狼狽えた。

唯一ナツだけが嬉しそうにしていた。

 

「ってことは…」

 

「このパターンでいくと…」

 

そして最後のS級魔導士…リュウマの方に全員目を向ける。

目を向けられたリュウマは、見てくる全員をゆっくりと見回して最後に…

 

 

        『ニヤアァ…』

 

 

と、嗤った。

 

 

「「「「終わったーーーーー!!??」」」」

 

 

全員の心が一つになり、声が木霊した。

 

「なんだよその顔!?」

 

「めちゃくちゃ落とす気満々じゃねぇか!?」

 

「当たったらまず終わりだろ!?」

 

「何を言っている?そんなことはせん、精々…ギルドに帰してやるだけだ」

 

「「「「それを落とす気っつーんだよ!」」」」

 

選出メンバーに絶望を抱かせた瞬間であった。

 

「選出されたメンバーの8名とパートナーは一週間後にハルジオン港に集合じゃ。以上!!」

 

マカロフがそう締めくくり、選出メンバー発表はこれにて終了となった。

 

 

 

その後ナツ達はいつも通りのメンバーで固まり話していたが、ナツはハッピーと、グレイはルーシィの星霊のロキと、エルフマンはエバーと、ジュビアはエドラスで仲が良かったとのことでリサーナと、レビィはかなりの意外性があるがガジルと組むことになった。

 

試験中はロキが使えなくなることにルーシィは渋っていたが、去年からの約束とのことで許可した。

ウェンディはミストガンの弟子であったと言っているメストという男にパートナーになってほしいと言われ承諾した。

 

後はカナだけのパートナーが決まっていないが、ルーシィが家に帰る帰宅途中に家と家の間の隙間で雪に埋もれながら泥酔して寝ているカナを見つけ介抱し、カナから何故S級に拘るのか聞いてルーシィがカナをギルドを辞めさせないと決意してパートナーとなった。

 

 

これにてS級選出メンバーのパートナーは全て揃った。

後は、各々がそれぞれの想いを胸にS級魔導士昇格試験を待つのみとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

──試験当日の邪魔者係達

 

 

 

「ア~ッチィ~~~な~~おい~~~…」

 

「やめろギルダーツ。見ていてこっちが暑くなる」

 

天狼島へと行く途中の海は海流の影響で年中真夏日の気温と化しているのだ。

そのためギルダーツはいつもの暑そうなマントなどを脱ぎ捨てて大の字で甲板に寝っ転がっている。

 

「確かに熱いな…」

 

「そうね~…」

 

エルザやミラもいつもの服とは別に水着となっている。

2人の綺麗な肌や出てるところは(かなり)出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる完璧なプロポーションを曝け出している。

 

女に目がないギルダーツはガン見しており、リュウマは少し顔を赤くしながらも少し見てしまっていた。

 

なお、ガン見し続けていたギルダーツはリュウマに注意(目潰し)されていた。

 

「それにしても、リュウマはいつもの格好だが暑くはないのか?」

 

「それもそうね。私も気になってたところなの」

 

「あぁこれか?魔法で自分の周りの気温を下げてい…る…」

 

リュウマは自分の魔法で己を中心とする範囲の気温を下げることにより自分の周りの気温を自分にちょうど良い気温に調整していた。

 

だが、そんなズルをしていたことを正直に話してしまったため、前にいる2人の女魔導士ワンツーから鋭い視線をもらっていた。

 

「へぇ~…そんな対処してたんだ~…へぇ~…」

 

「私達が暑がっているというのにお前は随分酷なことをしてくれるではないか…なぁリュウマ…?」

 

「いや…わ、悪気があった訳ではなく…言うタイミングが…!」

 

「「こっちに来い/来なさい」」

 

その後リュウマは両の腕を2人に抱えられながらピッタリと密着され、天狼島までその状態のままでいさせられた。

 

 

 

「く、くっつきすぎではないか…?」

 

「エルザが離れればいいのよ」

 

「ミラが離れればいいだろう」

 

「「フフフフフフ……」」

 

「…俺を挟んで火花を散らさないでくれ…」

 

 

「オレもいるんだがな~……」

 

 

……少し哀れな感じのギルダーツがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──選出メンバー及びパートナー達

 

 

 

先に行っていたリュウマ達と同じく暑い海域を通り天狼島を目視できる距離にまで来た選出メンバー達はマカロフから改めてルール説明を受けていた。

 

「これより第一次試験の内容を発表する」

 

()()試験?」

 

「だいたい毎年何段階かに分かれてるんだ」

 

ウェンディの質問にメストが答える。

 

「島の岸に煙が立っておるじゃろ?まずはそこへ向かってもらう」

 

マカロフは天狼島の岸に立つ白い煙を見ながら言った。

 

「そこには八つの通路があり、一つの通路には一組しか入ることは出来ん。そして通路の先はこうなっておる」

 

マカロフは魔法で空中にディスプレイを表示させる。

そこには番号と通路、そして文字と邪魔者の顔などが書いてあった。

 

「ここを突破できた者のみが一次試験合格じゃ」

 

「“闘”?」

 

「エルザやギルダーツの顔に“激闘”って書いてあるぞ」

 

「それって…」

 

「“静”ってのもある」

 

「なんか通路にねぇところにリュウマの顔と…“死”…?」

 

そう、1番と2番が合流する形になり“闘”と書かれていたり、3番にギルダーツの顔が書かれていて“激闘”と書かれているのに対してリュウマの顔は通路の外に描かれており“死”とだけ書かれていた。

 

「“闘”のルートはこの8組のうち、2組がぶつかり勝った1組だけが通れる」

 

「“激闘”は現役S級魔導士を倒さねば進めん最難関ルート」

 

「“静”のルートは誰とも戦うことなくこの一次試験を突破できるルート」

 

「そして…我がギルド最強であるリュウマは“死”のルート、これは何処に現れるか分からない神出鬼没の道じゃ。もしかしたら“闘”に現れて2組を相手にするやもしれんし、“激闘”に現れて現役S級魔導士とタッグを組むかもしれん、はたまた“静”に現れて“激闘”になるかもしれん」

 

「リュウマおかしすぎんだろォーーー!?」

 

「“死”そのものじゃねぇか!?」

 

「神出鬼没とか最悪だろ!?」

 

「じゃ、じゃあ出てくるのはリュウマの気分次第ってこと…?」

 

「お、漢だ…」

 

「当たったら終わる当たったら終わる当たったら終わる当たったら終わる当たったら終わる当たったら終わる」

 

「ちょっ!?しっかりしろ!?」

 

「燃えてきたぞ!」

 

「やる気でてる!?」

 

「ギヒッ!おもしれぇ!」

 

「何も面白くないよ!?」

 

リュウマのあまりの規格外ルートっぷりにみんなは騒然としている。

 

神出鬼没だというならばそれはもうただの運でしかない。

だが、それこそがこの第一次試験の内容の1つでしかなかった。

 

「一次試験の目的は武力…そして運!」

 

   『────運って…………』

 

また皆の心が一つになった瞬間だった。

 

 

「さぁて…これより試験開始じゃ!」

 

 

その言葉を合図に試験は始まった。

 

だが、ここはまだ岸から離れた沖、皆が疑問に思ったところでいち早く閃いたナツがハッピーの(エーラ)で飛んでいこうとしたが、フリードの術式に阻まれ阻止された。

 

本来5分は出られない術式だったが、レビィが一瞬で書き換えてレビィとガジルだけ出れるようにし、エバーグリーンも同じ要領でエルフマンと出た。

 

その後に術式は解かれて他のメンバーが出られるようになったがそれぞれが速くてルーシィとカナのチームは出遅れて最下位になってしまった。

 

 

 

 

 

──side、ナツチーム

 

 

ナツ達が入っていったのはEと書かれた通路。

ナツ曰く、エルザの“E”とのこと。

ただのバカである。

ハッピーはそんなわけがないと思いながらナツと通路を進んでいく。

 

「おっ?誰かいるぞ!」

 

「誰だろう…?」

 

最初は暗く見えなかったが、目が慣れて見えてきた。

そこに居たのは…

 

「ぎ、ギルダーツ…」

 

現役S級魔導士ギルダーツ、リュウマを除くとフェアリーテイル最強の魔導士であった。

 

「ようナツ、運がなかったな?オレぁ何ごとも手ぇ抜くのが嫌いでな…」

 

「終わった…」

 

ハッピーはもう終わったと思い絶望しているが…

 

 

「燃えてきたぞ……!!!!」

 

 

ナツは諦めるどころか闘志に燃えていた。

そしてナツはギルダーツに向かって走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───ジュビアチーム

 

 

 

ジュビアとリサーナはそれなりに早く到着したためDルートを進んでいた。

だがこちらはもう既に戦闘が始まっていた。

 

「強い…!こんなに強かったの………?」

 

「『海王の鎧(かいおうのよろい)』…ジュビアの水を防ぐ気だ…」

 

「どうしたジュビア…そんなんではS級にはなれんぞ」

 

エルザは海王の鎧に換装してジュビアの水に対する耐性を手に入れて戦闘を有利に進めていた。

 

「ジュビアは…あなたに勝つ!」

 

ジュビアは体を水にして勢い良くエルザに突進する。

水によってバランスを崩しかけるも冷静に判断して斬るエルザだが、水の体であるジュビアには効かず通り抜けた。

 

「『水流斬破(ウォータースライサー)』!!」

 

直ぐさま魔法で斬ろうと放つもエルザはしゃがんで避ける。

 

「もらったわよエルザ!」

 

エルザがしゃがんで避けたことにより隙が出来たので、後方から部分的に鳥を接収(テイクオーバー)したリサーナが勢い良く近づく。

 

「きゃあ!!」

 

だが、エルザは持っている剣を地面に突き刺し、その威力で飛び上がりリサーナを空中で蹴りによる迎撃でジュビアの方へ吹き飛ばした。

 

「「うああああああああああ!!!」」

 

そのまま2人を剣圧で吹き飛ばした。

2人は(手加減を知らない)エルザにどこまでやれるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──side、エルフマンチーム

 

 

「よりによって…」

 

「こいつと当たるなんて…」

 

エルフマンとエバーグリーンはAルートを選択して進んでいた。

進んだ先にあったのは“激闘”の文字。

相手は消去法でいくと…

 

 

「弟でも手加減しないわよ?エルフマン」

 

 

「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!??」

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」

 

 

元とはいえ、最近力を取り戻しつつある女魔導士最強の一人…ミラジェーンだった。

それにもうサタンソウルの姿の(いらない)おまけ付きである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──side、カナチーム

 

 

 

 

「×が7つ…やっぱり私達が一番最後みたいね…」

 

「大丈夫よ!残り物には福があるっていうでしょ!それにあたしは運には自信があるの!」

 

カナとルーシィが岸に着いた頃には一つのルート以外は×印がされて封鎖されていた。

 

カナは最後であったことを確認して、ルーシィはポジティブに考えてカナを励ました。

 

「絶対S級になろうね!カナ!」

 

「…うん。ありがとうルーシィ」

 

ルーシィの力強くも自分を励ましてくれている言葉にカナは少し笑顔で答えた。

 

そしてルーシィ達はCと書かれた通路に入って行く。

 

「思ったより明るいのね」

 

「霊光虫って夏の虫が体を光らせてるんだ」

 

「へぇ~…ってここ…“闘”!?」

 

上に配置された幕にはデカデカと“闘”の文字が書かれていた。

つまり誰かのチームと戦闘になるということ。

ルーシィは「流石に“静”はなかったか~…」と少し残念気味だ。

 

カナは誰が相手であっても負けないという固い意志で尚更気合いを入れた

 

 

「ガッ…は…うぐ…」

 

「こ、これ…は…!」

 

 

「誰!?」

 

何者かの声を聞いたカナは声をかけるが見つからずルーシィと一緒に奥へ行った。

そこに居たのは…

 

「こ、ここまで…強いのか…」

 

「歯が…立た…ねぇ…」

 

 

「残念だったなフリード、ビックスロー。貴様等はここで失格だ。よく考えずに突っ込むからこうなる」

 

 

ボロボロになって倒れているフリードとビックスローと…

 

 

「…ん?あぁ…ルーシィとカナか」

 

 

“死”のルート…リュウマだった。

 

 

「残り物には…なんだっけ?ルーシィ…」

 

「ご、ごめんなひゃい…」

 

 

 

初っ端から絶望以外感じていない2人だった。

リュウマはそんな2人を見てニヤリと嗤った。

 

 

 

 




いかがですか?三人称ぐらいかけるようにならないと他の部分で書けなくなるので頑張りました。
ダメだったらすみません…



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第二六刀  攻略せよ 死の難門

そういえば、祝!お気に入り500件!

ほんとにありがとうございます。
頑張ります。




 

「どうすんのよこれ…」

 

「ご、ごめんカナ…」

 

ルーシィとカナは絶賛ピンチである。

試験が開始され、行こうと思えばフリードの術式に阻まれ、解けて向かえば出遅れる。

 

いざルートを選択して進んでみれば“闘”…からの“死”。

完全な厄日として自分のカレンダーに記載出来るほどの出来事を30分という短い時間の間に味わっていた。

 

「さあ、始めるぞ」

 

だが、現実(リュウマ)は非情。

2人が少し絶望していることを知りながらも嗤いながら試験の開始を促す。

そんなリュウマを前にしてルーシィとカナは…

 

「…!よし!行くよルーシィ!」

 

「うん!絶対に負けない!」

 

諦めてなどいなかった。

それどころか気合いを入れ直し、2人の目はどんなことがあろうと負けないと言わんばかりの闘志が見て取れる。

そんな2人を見てリュウマは少し目を丸くしながらも構えた。

 

「俺が相手となると少しは気後れすると思ったのだが…思いの外そうでもないか?」

 

「当然だよ!あんたが知ってる通り、私はどうしてもS級にならなきゃいけない理由があんだ!」

 

「あたしはカナをS級にするって決めたの!相手がリュウマであろうとあたし達は諦めない!」

 

「…素晴らしいが本質に気づかなければ意味はない」

 

「…?」

 

リュウマが思ったことを口にするも、カナとルーシィはそんなことはないと言い返す。

最後にリュウマがボソリと言葉を溢した。

カナは聞こえなかったがルーシィには聞こえ、どういう意味かと思ったがとりあえず戦闘になるため気を取り直した。

 

「リュウマならこれだろ!『セクシーお姉さんカード』!」

 

「む…」

 

カナは先手必勝と言わんばかりにカードを投げた。

そのカードからは男なら必ず反応してしまうようなとても美人でセクシーなお姉さんが5人程出て来てリュウマを囲む。

リュウマは眉を顰めて…

 

 

「くだらんな…」

 

 

手刀でお姉さん達の首を全て斬り落とした。

 

手刀によって首を斬り落とされたお姉さん達は光となって消滅していく。

 

余りのことに2人は絶句した。

当然とも言える。

いくらカードの魔法で出来たお姉さんとはいえ、躊躇いなく首を斬り落としたのだから。

 

「今の俺は試験官であるため、私事は挟まない」

 

最悪の展開である。

 

だが、そんなことは想定の範囲内。

いくらリュウマとはいえ、試験官としているのでそんなことにひっかかってくれるとは思っていない。

…心に受けた期待心へのダメージは別として。

 

「ルーシィ!」

 

「うん!開け!『処女宮の扉・バルゴ』!」

 

ルーシィが黄道十二門のバルゴを呼び出した。

 

「サービス精神全開ばあじょん」

 

…何故か水着仕様で。

 

「また水着か…」

 

リュウマはまた女が相手ということでつい言葉を溢す。

 

「バルゴの心得のバ・バスルームの清掃の清掃もお任せあれ。ル・ルーシィ様に今日もご奉仕。ゴ・ゴミの分別大切です」

 

「何がしたいんだ…」

 

──ゴン…!

 

「あん」

 

「弱っ!!??」

 

バルゴの心得なるものをし始めて最後に決めポーズをとるも、呆れ顔のリュウマのチョップによって沈んだ。

ルーシィも思わず叫んだ。

 

「なんであんなの呼んだの!!」

 

「やっぱり女の子がいいのかと…」

 

ツッコミを入れるカナとまだちょっと諦めきれないルーシィだった。

 

「バルゴ…何がしたかったんだ?」

 

「私の心得を…と。お仕置きですか?」

 

「…ほう?仕置きがされたいのか?今は敵であるからしてやってもいいぞ?ン?」

 

「お、お願いしまふ♡」

 

「バルゴ強制閉門!!!!」

 

嗜虐的な顔をしたリュウマに顎を持ち上げられながら見つめられ、仕置きをされそうになっている(恍惚とした表情の)バルゴを急いで強制閉門した。

最近女性に対して耐性がついてきて時々(女性にとって)いけない感じになるリュウマである。

 

「あまり痛めつけたくないからな。降参してくれると助かる(まぁ、しないだろうが)」

 

「冗談!諦めないよ!」

 

カナはリュウマに向かって8枚のカードを投げる。

カナが使うカードは丈夫で、投げると…投げた人にもよるが普通に壁に突き刺すことができるカードだ。

 

「武器としていただこう」

 

だがリュウマは指と指の間に挟む形で一瞬のうちに全てのカードをキャッチした。

 

「チッ!こんな所で負けるか!『祈り子の噴水』!」

 

カナは噴水が描かれたカードを地面に叩きつけた。

そこから水が鋭く尖った状態でリュウマに向かって突き進むが、リュウマは先程キャッチしたカードを一枚使って水を斬り裂いた。

 

「全刀流・『完全刀一(かんぜんとういつ)』」

 

「本当に使うのかよ!」

 

本当にカードを使って水を斬り裂いたのをみてカナは声を上げた。

完全刀一は手にした物をすべて刀として使う技で、それはつまり手に取られてしまえばリュウマに武器をあげたも同然だということだ。

そのことにカナは悔しそうにする。

 

「水だ!」

 

「ルーシィダメよ!これは攻撃用の水!触ったら危「大丈夫!んっ」ルーシィ…!?」

 

カナの攻撃用の水の中に鍵と一緒に手を突っ込んだルーシィ。

 

「開け!『宝瓶宮(ほうへいきゅう)の扉…!

 

ルーシィが態々攻撃用の水の中に手を入れてまで呼んだのは…

 

 

       アクエリアス!!』」

 

 

自身が持つ星霊の中で唯一召喚条件があるが故に最強の星霊のアクエリアスを呼ぶためだった。

 

「ほう…なかなかの魔力…」

 

リュウマは感心しながらさっき防いで使い物にならなくなって捨てたカード以外の7枚のカードを構える。

 

「くらいなァ!!」

 

「カナ!何かに掴まって!」「何ィ!?」

 

もう既に岩に掴まってばっちしスタンバってるルーシィに驚きながらも、急いでルーシィに掴まるカナ。

 

「うおおおおおォ…!らァ!!!!」

 

そしてアクエリアスは自身が持つ壺から膨大な量の水を津波のように出してリュウマに向かって攻撃した。

……ルーシィとカナを巻き込みながら…。

 

そして向かってきた津波張りの水にリュウマは…

 

「フッ…!」

 

──ズバアァァァァァァァァン!!!!

 

持っていた7枚のカードを投げて津波を7分割に斬り裂いた。

 

「なっ!私の水を斬り裂いた!?」

 

自身の水をカードで斬り裂かれたアクエリアスは驚きの声を上げた。

 

「オイ!てめぇ!?なんて事しやがる!?」

 

「あん?」

 

「ちょっカナ……」

 

リュウマが斬った時に運良く斬られなかったことで水から脱出したカナはアクエリアスに文句を言って、ルーシィはアクエリアスの恐ろしさを知っているのでアタフタしている。

 

「敵と味方も分かんねーのかよ!」

 

「ハンッ小娘は全員敵だよ敵!プリプリしてりゃあ正義だとでも思ってんだろ!」

 

「あぁ…」

 

ルーシィは心配そうに2人を見ている。

因みにリュウマも取り敢えず見て待っている。

 

「あ~…そんなんだから彼氏出来ねーんだよ。0点だな、女として0点」

 

「男がいるくらいで上から目線かよ?底が知れるやっすい女だねぇ」

 

「なんか似てるわね…2人とも…」

 

青筋を額に浮かべながらも、にこやかに会話する2人を見て変に冷静になるルーシィだった。

 

そして気を取り直して向かい合う3人。

 

「そろそろ俺からも行こうか」

 

「…っ!来るよルーシィ!」

 

「うん!」

 

その言葉に構える2人。

 

「クク…『焔の風(ほむらのかぜ)』」

 

リュウマは右腕を振りかぶってから振り抜き、炎による風を出して攻撃する。

 

「くっ!」「うわぁっ!」

 

2人はどうにか躱してやり過ごした。

 

「開け!『巨蟹宮(きょかいきゅう)の扉・キャンサー』!」

 

「呼んだか…エビ」

 

「リュウマを攻撃して!」

 

「了解…エビ」

 

「蟹で…エビ?」

 

呼び出したキャンサーに攻撃を指示し、向かって行き攻撃したキャンサー。

リュウマは語尾にエビということに疑問を浮かべながらも迎え撃った。

 

「カット…エビ…っ!オレのハサミが…!」

 

「『武装色・硬化』…髪を切られるのは少し嫌だからな。『焔の風』」

 

キャンサーが髪を切ったと思えば硬質化した髪に負けてハサミがボロボロになっていた。

呆然としているキャンサーに、さっきと()()()()使()()倒した。

そしてカナとルーシィは気づいた。

リュウマが『焔の風』を放ち終わった時に、右から振りかぶり左に腰を捻るように放つため、最後は2人に向かって少し背を向けるのだ。

カナは次はそこを狙おうと画策するが、ルーシィは違った。

 

──リュウマが隙を見せる技を態々2回も使う?…これ、何かあるわね…それに始めるときに小さく言った言葉が気になる…まさか…!

 

「ハァッ!」

 

ルーシィが何かに気づいた時にはカナはリュウマに飛び掛かり攻撃していた。

そしてその瞬間がまた訪れた。

 

「まだまだだな。『焔の風』」

 

「それを待ってたんだよ!」

 

カナはダメージ覚悟で魔法に飛び込み、隙が出来たリュウマに向かって攻撃を…

 

 

「待ってカナ!!攻撃しちゃダメ!!」

 

 

「──っ…くっ!!」

 

「…!」

 

ルーシィの攻撃するなという大声に何でだと心で叫びながらも攻撃をギリギリで逸らせることに成功した。

 

その時のリュウマの顔は少しだけだが目を見開いていたのでルーシィは自分の考えに確信を持った。

 

──やっぱり!ということはリュウマには…

 

ルーシィは頭の中で作戦を立てる。

 

この絶対に突破できないと思われた“死”の関門を()()()()()()()作戦を。

 

「ぐっ!…ルーシィ!一体何で止めたの!もう少しでリュウマを…!」

 

「ごめんカナ。でも聞いて」

 

「…分かった。何?」

 

「うん。あのね───」

 

途中で攻撃を逸らしたことで無防備になってしまい、蹴り飛ばされながらもルーシィの方に戻ってきて、少し非難する目で見てくるカナに謝りながらも、ある事を確信したことにより勝つという強い意志を宿した力強いルーシィの目に負けて承諾したカナ。

ルーシィはカナに作戦を伝える。

 

 

 

 

その一方リュウマはそんな2人を見ながら思考していた。

 

──あのタイミングでカナを止めた。もしや()()()()か?だとしたら良く気づいたな。カナが突っ込んできて試験官である俺が焦ったぞ…。

 

リュウマは狙いがあり同じ技を使っていたのだ。

そしてまさかのその狙い通りに来たカナに対して()()()のだ。

 

──ふむ、カナは本当に良いパートナーを見つけたな。これはもう…

 

リュウマは大方確信したことにより、表情を見えないようにしながら少しだけ綻ばせた。

 

 

 

 

 

「───ってことなの!どう?」

 

「…そっか…確かにそうだ、そうすると辻褄が合うね…ありがとうルーシィ。私を止めてくれて」

 

「ううん。大丈夫だよ?だってあたしはカナのパートナーだもん!」

 

「…本当にありがとう」

 

作戦と自分の考えを伝え終えたルーシィはお礼を言うカナに笑顔で返す。

カナはそんなルーシィを見て心からの感謝の言葉を述べた。

他の人から見たらそんな2人はとてもチームとして良い関係だろう。

そんな2人を眩しそうに見ながらリュウマは切り出した。

 

「して?考えと作戦は決まったか?」

 

「態々待ってもらって悪かったね」

 

「もう大丈夫よ!」

 

ほう?と言い、薄く笑いながら構えるリュウマ。

 

「ならばゆくぞ?」

 

「私は絶対に()()してS級になるんだ」

 

「あたし達はこの試験に()()するのよ!」

 

「…!」

 

「開け!『白羊宮(はくようきゅう)の扉・アリエス』!」

 

「もこもこですみませ~ん…」

 

リュウマに勝つと言わずに合格と言ったことにより少しだけ動揺したリュウマの隙を突いてルーシィはオラシオンセイスの時にエンジェルが契約していた星霊のアリエスを呼び出した。

 

「やってアリエス!」

 

「はいぃ!う、『ウールミスト』!」

 

「これは…」

 

アリエスはリュウマにモッコモコの雲のような物を出して周りを囲み視界を0にした。

 

「…周りが見えん…っ!なんだ!?」

 

「す、すみま~ん…!」

 

周りが見えないと思っていると背中に何か張り付いてきた…と思ったらアリエスが抱き付いていた。

 

「周りと同じ色で見えなかったか…って…いつまで抱き付いている!?」

 

「ふわぁ~すごい…硬くて…(背中が)大きい…いい匂い…///」

 

「ブッ!?やめろ離せ!?」

 

何かとても勘違いしそうな事を天然で言っているアリエスと、いきなりのことに少し赤くなりながら吹き出して剥がそうとするもなかなか離せないリュウマ。

 

「隙あり!」

 

そして上空から突如落ちて現れたカナ。

 

「マズい…!そォら!」

 

「きゃっすみませ~ん!」

 

「うわっ!」

 

「残念だったな…『焔の風』!」

 

攻撃をどうにか避けてからアリエスを振り解いて着地した瞬間のカナに目掛けて投げる。

2人まとまった瞬間に『焔の風』を叩き込んだ。

 

「今です~!」「「今だよ!ピーリピーリ」」

 

光になって消えていったアリエスと()()()()()()()()()()()()

ルーシィはアリエスが視界を遮断した後、ジェミニを呼んでカナに化けさせていたのだ。

 

──ボフンッ!

 

「残念だったな…なんてね!」

 

「…!」

 

そしてアリエスが放った『ウールミスト』から勢い良く出て来た本物のカナ。

突き破ってきた穴の向こうからルーシィが『星の大河(エトワールフルーグ)』──エドラスでタコになった敵を倒した時に使っていた鞭──を振り抜いているのが見えた。

 

カナが近づく中、リュウマはなるほどと思った。

いくらモコモコしているといえども、これは歴とした魔法…。

普通に突っ込んだだけでは線密性が高いこの魔法を突き破れない。

故にルーシィは鞭をカナに巻き付けて振り回し、遠心力を加えてカナに突っ込ませたのだ。

結果はこの通り成功…見事隙だらけのリュウマの前に躍り出たのだ。

 

これがルーシィが考えた作戦だった。

先ずはアリエスにより視界の遮断、次にアリエスによって行動を制限、そこからのカナに化けたジェミニによる特攻と見せかけた錯乱、そしてルーシィに勢いを付けさせたカナの本命の特攻。

どれかズレていたらリュウマが『ウールミスト』を吹き飛ばして視界を確保し、作戦失敗に繋がった賭けであった。

 

 

──よくぞ…よくぞ見破った!見事なり──

 

 

リュウマは心の中で賞賛を送った。

 

 

そしてカナは手に持ったカードを振りかぶりリュウマに向かって振り下ろし────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────────………………」

 

 

「─────────………………」

 

 

 

 

 

体に当たる寸前で()()()

 

 

そしてそこから動かずジッとリュウマを見るカナとルーシィに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───……フッ…合格だ」

 

 

 

 

第一次試験“死”のルート合格を言い渡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして今は2人に出来た傷をリュウマに治してもらい、今回の試験について聞いていた。

 

「フゥ…当ってて良かったぁ…」

 

「でもなんでこんな試験だったんだ?私はてっきりリュウマを倒さなきゃいけないと思ってたんだけど…」

 

「誰が試験は戦いだと言った?俺は始めるぞとしか言っていないぞ?」

 

「……あ…」

 

リュウマは少し笑いながらカナの質問に答える。

 

「マスターはリュウマは神出鬼没で出会ったら戦うとは言ったけど、それはあくまでマスター。リュウマは自分自身が試験官って言ってた、つまりリュウマと当たった場合は、本来とは違うリュウマの試験が適用される…って事よね?」

 

「うむ、その通りだ」

 

ルーシィの自分なりの答えにリュウマは肯定した。

確かに第一次試験は当たった人と戦闘にはなるが、リュウマが当たった時はリュウマが試験官となり、第一次試験のテーマに則って試験を出すのだ。

フリードとビックスローはリュウマとの戦闘だけだと勘違いしてそのまま戦い、リュウマにやられた。

 

「じゃあなんで“死”なんて言ってんだよ!?分かりづらいわ!」

 

「それはあたかも俺と当たったら戦闘になる…と、思わせるためだ。態と大きな壁に当たらせ、その壁に相対しても冷静でいられるかを判断するためだ」

 

「…!」

 

まさかそんな事が隠されていたとは思わずカナは驚きの表情を浮かべる。

ルーシィは大体予想着いていたのかやっぱり…といった顔をしている。

 

「確かにマカロフは第一次試験の説明をしたが、マカロフ以外に俺がそうするとは誰も言っていない。そして俺がこの第一次試験で見るのはまず、俺と相対しても闘う意志を消さない《諦めない闘志》」

 

リュウマは2人を見ながら話しを続ける。

 

「そして俺がどんな風に動き攻撃するのか、どのタイミングでやれば連携が取れるのかを判断する《冷静な状況判断》」

 

「俺が同じ技を使いつつ、隙があり…尚且つ()()()()()()()()()()()()、今の状態を分析する《的確な分析力》」

 

「「…っ!」」

 

ルーシィは自分がリュウマの発言を聞いて思い返していたことがバレていたことに驚愕し、カナはそこまで分析出来ていなかった自分を悔しく思った。

 

「…クスッ」

 

リュウマはそんな悔しそうにするカナを見て、バレないようにクスリと笑う。

 

「そして…例え片方が気づかずに突っ走っても、そのパートナーを止め、意思疎通をし、共に戦うための《仲間を信じる心》」

 

「…!」「あ…」

 

2人は全部自分達がしていたことに気がついた。

リュウマは先の戦闘の中で、自分達の全部を見て判断してくれていたのだ。

 

「カナ…お前は今回で5回目のS級選抜試験だろう?」

 

「…!覚えて…」

 

「無論だ。カナから聞いた話から…いや、試験に選抜してから今までの4回全部応援していた」

 

「……っ」「リュウマ…」

 

カナはリュウマがそこまで自分を思って応援してくれていたことに視界を少しぼやけさせた。

ルーシィは覚えていたリュウマに感心する。

 

「試験の本質にあまり気づかなかったのは悔しいだろう?だが、今回のことを糧に覚えればいい。それに…」

 

「ぅっ……?」

 

カナは少し声を漏らし始めながらも、言葉を区切ったリュウマを見る。

リュウマはカナを優しげな目で見てからルーシィを見た。

 

「それにお前には…良いパートナーがいるではないか」

 

「…っ!」「あたし?」

 

カナはもう涙を我慢できなかった。

少しずつ涙をポロポロと流しながら俯く。

ルーシィは突然の良いパートナーに嬉しく思いながら驚く。

 

──ぽすん…

 

「ぁ…っ…グスッ…」

 

リュウマは俯きながら涙を流すカナの頭に手を置いて優しく…割れ物を扱うように優しく撫でてあげた。

撫でられたカナは驚いて顔を上げ、涙に濡れた瞳でリュウマを見る。

 

「良いパートナーと一緒にここまで(S級という高みまで)来い」

 

頭を撫でていた手を下ろし、涙を親指で拭ってやりながら語りかけるリュウマ。

 

 

   「俺は応援しているぞ、カナ」

 

 

「…グスッ…うっうぅ…っ」

 

「おっと…仕方ないな…クク…」

 

カナは耐えきれずにリュウマに抱き付いた。

リュウマは仕方ないと言いながらも頭を撫でてやった。

ルーシィとリュウマはそんなカナを優しい目で見て、泣き止むまで待っていてあげた。

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん…あんがと…」

 

「なに、気にするな」

 

カナが泣き止んでリュウマから離れた。

 

「よし、この先に行け。先程も言った通り合格だ。だが、侮る事勿れ…試験はまだ一次…これからが本番だ」

 

「任せな!私は絶対にS級になるんだ!」

 

「あたしは絶対にカナをS級にする!」

 

「その意気だ」

 

 

 

 

そして2人は見事合格して奥へ続く道へと進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっリュウマ!あんたすっごい良い匂いだったよ!ニシシッ!」

 

「なっカナ!?むちゃくちゃ羨ましいっ(あたしも後で…)」

 

 

「ブッ!?さ、さっさと行け!!///」

 

 

 

 

……進んで行った。

 

 

 

 

 




どうでしたか?
お色気で倒すと思った人ちゃんと正直に答えなさい?笑笑

いやー、大変でした…。
面白いと感想で言ってくれたのでサービスで頑張っちゃいました笑笑(チョロい
他の7組は原作通りです。



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第二七刀  攻め込まれた天狼島

そろそろリュウマの異常性が出てくる頃ですかね?
原作最初の頃って敵雑魚ですから。
あと少しで書きたかったリュウマが!(まだ先です)

良かったら活動報告見てみてくださいね。




 

 

リュウマの試練が終わり、ルーシィとカナが先へ進むと、先にガジルとレビィのチームが着いていた。

 

その後直ぐにナツが突破したようでハッピーと一緒に合流、あとはエルフマンチーム、ジュビアチーム、グレイチーム、メストチームだけである。

 

「あっ!ロキ!グレイ!やっぱり一次試験を突破したんだね」

 

そこにちょうどグレイチームが到着した。

グレイはこの場にいるチームが少ないことに驚く。

 

確かにカナチーム、レビィチーム、ナツチーム、グレイチームの4チームしかいないので驚くだろう。

 

「さて、これで全員出揃ったかな?」

 

茂みの奥からマカロフが現れてどこのチームがどう勝ち進んだか説明に入る。

 

「カナとルーシィはフリードとビックスローと“闘”になるところを“死”のリュウマが乱入。じゃが、見事試練を乗り越えて突破じゃ」

 

「「な、なにーーーーーー!!!???」」

 

「ふふん♪」「へっ♪」

 

驚く皆にドヤ顔を決める2人。

 

「ナツとハッピーはギルダーツの難関をクリアし突破」

 

「ウソだーーーーーー!!!???」

 

「オイラ何もしてないけどね!」

 

グレイはまさかのギルダーツの難関突破に叫んだ。

 

「レビィとガジルは運よく“静”のルートを通り突破」

 

「へへっ」

 

「運がいいだと!?」

 

レビィは戦わないで一次試験合格出来たので嬉しそうだが、ガジルは誰も殴れなかったことが気に食わず、不機嫌だ。

 

「グレイとロキはメストとウェンディを“闘”で破り突破」

 

「あっちゃー、ウェンディやられちゃったか…」

 

「つーかジュビアは落ちたのか?」

 

ルーシィは残念…と思いながら言い、グレイはジュビアがいないことに疑問に思ったが、マカロフが呆れきった顔をしながらも教えてくれた。

 

ジュビアとリサーナはエルザと当たってしまい、ボコボコにやられてしまったのだ。

 

…エルザは全く加減を知らないので仕方ない。

 

エルフマンとエバーグリーンは途中でボロボロになりながらもミラに勝利して一次試験合格をした。

因みに、どうやって勝ったのかは頑なに言おうとしなかった…。

 

そして二次試験を開始しようとするも、珍しく考え事をしていたナツが他の合格者に誰がS級になるか勝負だ!と言い、皆の心に火を付けた。

 

これからがS級試験本番である為、皆気合いを入れ直してマカロフに改めて二次試験の内容を聞くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──天狼島の簡易ベース

 

 

ここでは一次試験で邪魔係をしていたリュウマ、エルザ、ミラ。

それと残念ながら落ちてしまったジュビアとリサーナがご飯の用意と休憩をとっていた。

 

今はエルフマンとエバーグリーンのチームにやられてしまったミラの話しを聞いていた。

 

「何!?エルフマンとエバーグリーンが結婚!?」

 

「…で、動揺した私に一撃くらわしてくれたの」

 

「な、なんと大胆な作戦だ…」

 

エルザはは驚くが、ミラは冷静に補足する。

リュウマはそんな作戦で…と思いながらも少し笑っている。

 

「ちょっと待て!式はいつだ!?てゆーかいつからそんな関係に…!?」

 

「いや、冷静に考えて嘘だろう…」

 

「うん。私を動揺させる為の作戦」

 

「本当に作戦なのか!?」

 

「いきなり結婚はないだろう…」

 

「あの2人はないと思うな~…だってあの2人が結婚して子供が出来たら………」

 

そしてミラは今のエルフマンとエバーグリーンの顔を、足して二で割った顔を想像した。

そしてあまりの…こう…残念さに顔を覆う。

 

「…ふっ…っ……んっ……ふふっ…っ!」

 

リュウマはミラが想像した赤ん坊があまりにも面白くて肩を震わせながら笑っている。

どうにか押し殺そうとするも声が漏れる。

 

「リューウーマー??」

 

「…!いや!今のは仕方なかろう!?ミラがあまりにもお、面白い想像をするから…!」

 

魔力が目に見えて上昇していくミラをどうにか宥めるリュウマであった。

 

「ねぇリュウマ?子供って欲しくない?」

 

「………ん?」

 

「欲しいんだったら私が「おっとすまん手が滑った」痛い!」

 

何やらちょっと怪しいことを言おうとしたミラをエルザが持っていたお玉で頭を叩いた。

そこからは目を合わせてバチバチと火花を散らして笑顔で(目は笑っていない)攻防している。

因みに、ただのアイコンタクトで…。

 

──それ以上は言わさんぞミラ?

 

──あら、どうせ将来はそうなるんだからいいじゃない?

 

2人のやりとりを見ながらリサーナとジュビアはまたか…と心の中でため息をついた。

リュウマはなんなのか分からず首を傾げている。

 

その後、目での語り合いは終えてウェンディ達の話しになった。

 

ウェンディ達がまだ一次試験から帰って来ていないのだ。

 

心配したエルザはジュビアと2人で探しに向かった。

…ジュビアはちゃっかりグレイの応援をしに行こうと思っていたので出鼻を挫かれた。

 

 

 

この間にエバーグリーンとエルフマンが何故か天狼島にいる黒魔導士ゼレフの呪いの餌食になりそうになるも、居合わせたナツに助けられ…。

 

 

天狼島に侵入してきていた敵と相対したガジルとレビィが戦い、レビィを逃がしたガジルは、苦戦を強いられてボロボロになりながらも敵を倒すことに成功していた。

 

 

 

 

 

 

 

──バン!

 

 

リュウマは赤の信号弾…つまり敵が現れたため迎撃態勢をとれ…の合図を見て立ち上がった。

 

「…リサーナ、ミラ」

 

「…うん。迎撃態勢の合図だね…」

 

「敵が出た…ってことね…」

 

「俺は行って来る。リサーナとミラはここで誰かが来たときのために待機しろ」

 

「…分かったわ。気をつけてね」

 

「エルフ兄ちゃんを見つけたらよろしくね」

 

「分かった」

 

リュウマは敵が他にもいないか探しに行く。

 

 

 

 

 

この時、マカロフが攻めてきた敵の親玉にやられているとは…誰も気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

──何故このタイミングなんだ…?もしや、俺達が狙いか?

 

リュウマは思考しながら走って行く。

だがその最中、空から光る粒を見つける。

一つ二つではなく、数百単位で降ってきていたのだ。

 

「…?なんだ?…っ!魔力反応!」

 

──パンパンパパンパンパパンパンッ!

 

「ヒャッハー!」「全員殺せー!」「お?いきなり獲物はっけーん!」「やっちまえー!」

 

なんと、光の粒が弾けると…中から武装した男達が現れた。

 

「光が弾けたら人間?…攻めてくるか」

 

──それに今高い魔力反応が…マカロフか…?

 

リュウマは敵が本格的に攻めてきたことに警戒した。

マカロフの魔力反応があったので、リュウマはマカロフも戦闘していると推測する。

 

 

「おい…」

 

 

そして…敵は降ってくる場所を誤った…。

 

 

「貴様等…」

 

 

よりにもよって…

 

 

「覚悟は出来ているんだろうな?」

 

 

ギルド最強であり敵に対して無慈悲の男の前に降ってきてしまったのだから。

 

 

 

 

「貴様等は全員もれなく殲滅対象だ」

 

 

 

 

数百いる敵が全滅するのは、この後の…僅か30秒後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

──side、ミラ・リサーナ

 

 

 

──ドゴオォォォォォォォォォォン!!!!

 

「きゃあ!」

 

「うわぁ!」

 

ミラとリサーナは天狼島に攻めてきた闇ギルド…悪魔の心臓(グリモアハート)の煉獄の7眷属が一人・アズマにやられていた。

 

「子供や女ばかりでは本気が出せんね」

 

「くっ…ミラ姉!サタンソウルを!」

 

「…そう何度も使える魔法じゃないのよ」

 

ミラはリュウマが倒していたように、上から降ってきていた敵を倒すのにサタンソウルを使ってしまっていた。

それ以前にエルフマン達との戦いでもサタンソウルを使って魔力がほとんど残っていなかった。

 

「姉妹…?まさか…おまえはあのミラジェーンか!」

 

「昔の話よ」

 

「ミラ姉が本気になればめちゃくちゃ強いんだから!」

 

リサーナは精一杯の強がりを言う。

アズマはミラに自分と本気で戦えと言うが、リサーナがいるのでミラが渋っているとアズマから仕掛けた。

 

「どうやら本気は上手く出さなそうだな…仕方ないのだがね…」

 

──ギュル!

 

「えっ!?なにこれ!?」

 

「リサーナ!」

 

リサーナは180と表示された魔法のディスプレイがある、木に巻き込まれる。

 

「3分後に大爆発を起こす」「…!」

 

「おっと、あまり弄らない方がいい、解きたければオレを倒すことだね」

 

「卑怯者!」

 

「あの魔人と戦えるのならオレはなんでもするがね」

 

「くっ!『サタンソウル』!」

 

「ミラ姉!」

 

ミラは魔力が少ないながらも、敵に捕らわれているリサーナのために魔法を使った。

 

──魔力がもちそうもないけど…やるしかない!!

 

ミラは全力で力を込めてアズマを蹴り飛ばす。

アズマは受けたにも関わらずダメージがあまり入っていない。

 

カウントダウンは進む。

 

ミラが手足を拘束されて端から爆発していき巻き込まれそうになるも翼を出して脱出しアズマに向かって飛ぶ。

アズマは向かってくるミラを向かい打って殴り合う。

 

カウントダウンは進む。

 

カウントダウンに目を取られアズマの爆発に吹き飛ばされるも、ミラのエクスプロージョンがアズマに当たり大爆発を起こした。

だが、アズマは木を盾に防ぎきった。

 

カウントダウンは進み、残り僅か。

 

「さあ、もっと楽しもうミラジェーン」

 

──ダメだ…こいつ強すぎる…!!

 

残り数十秒。

 

ミラはリサーナの元まで全速力で飛んでいった。

 

「ミラ姉!?」「何をするつもりかね!」

 

ミラはリサーナに抱き付く。

 

「無駄だ!それはオレを倒さないと解けんぞ!」

 

「さあ!時間が無いぞ!もっと本気を見せてくれんかね!」

 

「ごめん…」

 

ミラはリサーナに謝りながらサタンソウルを解いた。

 

「悔しいけどアイツを倒すだけの魔力が残ってない…今の私には無理だわ…」

 

「ミラ姉…」

 

ミラはリサーナに向かって微笑みかける。

 

「でも、私は信じてる。アイツを倒せる人が…きっとリュウマが…必ず倒してくれるって…」

 

「なに…言ってんの…よ…ミラ姉…」

 

リサーナは涙をその目に溜めながら言う。

 

「だからお姉ちゃんは降参しちゃうけど…心配しなくていいわ…」

 

ミラはキツく…キツくリサーナを抱き締めた。

 

カウントダウンは…

 

「リサーナ…」

 

とうとう…

 

「あなただけは二度と死なせない」

 

「ミラ姉ーーーーーーーーーー!!!!」

 

0になり…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「案ずるな。誰も死なせはせん」

 

 

「…!」「リュウマ…!」

 

 

 

──ドオォォォォォォォォォォォン!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

大爆発を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュウマは大爆発を起こす瞬間…リサーナとミラを抱き締めて爆発をその身に受けて2人を守った。

それによりリュウマの体からは爆発によって煙が立ち上っている。

 

「…ぐっ…ゴホッ…だ、大丈夫…か?」

 

「ウソ…リュウマ…?」

 

「り、リュウマ…?だ、大丈夫…!?」

 

「ふっ…っ…大丈夫だ。掠り傷にすらなっていない…」

 

 

「おまえは…リュウマかね?これは最高の大物がかかったね」

 

アズマはまさかの大物に笑みを深くした。

 

「ミラ…リサーナ…この場から…離れていろ」

 

「でもリュウマは今の爆発で…!」

 

「そうだよ!体の傷が…!」

 

 

「俺がしたことを無駄にするつもりかァ!!」

 

「「……!!!!」」

 

リュウマは怒りの形相で2人に叫んだ。

2人には早くこの場から逃げて欲しかったからだ。

そんなリュウマの意をくんでミラはリサーナと一緒にその場を後にした。

 

──絶対…絶対負けないでね…!

 

──待ってるからね!

 

2人は振り返らずに唇を噛み締め悔しそうにしてからそう言った。

 

 

「……ふっ…任せておけ」

 

 

リュウマにはちゃんと聞こえていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかこんな大物がかかるとはね」

 

「貴様は…ミラの前で…リサーナの前で…彼奴らの家族を殺そうとした…」

 

リュウマの顔は俯いて見えない。

 

「強者と戦うためならばオレはなんでもするがね」

 

「…………そうか…ならば…」

 

そしてゆっくりと顔を上げた…その顔は…

 

 

「────ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その強者との闘いの果てに殺してやる」

 

 

 

 

 

無表情でありながら、絶対なる殺意を眼に宿していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……フフフ…実に楽しめそうだね」

 

 

「楽しむ間もなく殺す」

 

 

 

 

 

 

リュウマと煉獄の七眷属の戦闘が始まる。

 

 

 

 

 

 




すいません。
とりあえずすみません。
なんか、戦っているはずの場面色々飛ばしてすみません。
ただ、ミラを助けるリュウマを書きたかったんです…!



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第二八刀  男が今…動き出す

とりあえずあげますが…面白くなかったらすみません。




 

 

天狼島に侵入者が現れ、フェアリーテイルのメンバーがそれぞれ見つけた敵と戦っている時、ルーシィとカナは運良く強敵と遭遇しないでいることが出来た。

 

そのうち見つかる、又は見つけて戦闘になるのはどちらも分かってはいるが、出来れば戦いたくないというのが本音だった。

 

カナは敵どころではなく、一刻も早くS級になりたいため。

 

ルーシィはただ単純に自分では敵に勝てるとは思えないためであった。

 

途中降ってくる雑魚は2人で協力して倒したが、本隊がいると聞いて当たりませんように!と、心の中で叫んでいた。

 

カナは不意にルーシィに第二次試験の問題が分かったとはなんだと聞いた。

 

実はS級昇格試験の第二次試験は、6時間以内にフェアリーテイル初代マスターのメイビス・ヴァーミリオンの墓を見つけ出せ。

と、いうものだったのだ。

 

それをルーシィは1時間程で第二次試験の問題を解いた。

 

残念ながら、カナはそれを聞く前に敵が現れ、聞きそびれてしまっていた…。

 

故にカナは今聞いておこうと思い、ルーシィが推測にすぎないと言っている考えを聞いた。

 

ルーシィの推測は満点で、実際にルーシィの考え通りに行けば初代マスターの墓はある。

 

だが、カナはルーシィが言い終えると同時に魔法で眠らせたのだ。

 

何故そんなことをしでかしてしまったのかは分からないが、ルーシィは茂みの中に連れて行って寝転がせてから、1人で行ってしまった。

 

 

直ぐ近くに本隊のうちの1人がいるというのに。

 

 

眠ってしまっているルーシィに現れた大男は踏みつけて殺そうとするも、ルーシィはギリギリで起き上がり、回避することが出来た。

 

「じじじ自分は悪魔の心臓(グリモアハート)七眷属の一人、華院=ヒカル!つ、強いっスよ」

 

「あたし達のギルドでは立ち向かう事の方が大事なの!相手になるわ!かかってきなさい!!」

 

内心では少しビビっているが、顔には出さずに叫び、同時に自分を鼓舞する。

 

「いいっスよ。自分の魔法、“丑の刻参り”見せてやるっス」

 

そして懐から出したのは、どこか不気味に感じながら、額の部分に『呪』とかかれた人形だった。

 

この人形に対象者の髪を付けることで、持っている人間が人形を動かせばその通りに動かすことのできるとても強力な呪殺魔法なのだ。

 

因みに、この人形の説明を信じなかったルーシィに対して、華院ヒカルは自分の髪の毛を人形に付けて渡し、ルーシィによってめちゃくちゃ遊ばれた。

そして自分でやったのに怒り出してルーシィを本格的に攻撃し始める。

 

「開け!『金牛宮の扉・タウロス』!」

 

「MOーーーーーーーーー!!!!」

 

「どどすこーい!!」

 

「がふぁ!?」

 

ルーシィはタウロスを呼んで攻撃させるも、華院ヒカルの張り手によって一撃で倒されてしまった。

 

「そんな…!?魔法使わない方が強いってなんなのよこいつ!」

 

追いかけてくる華院ヒカルからどうにか走って逃げながらも星霊を召喚して戦う。

 

「開け!『天蠍宮の扉・スコーピオン』!」

 

「ウィーアー!『サンドバスター』!!」

 

「どどすこい!」

 

ルーシィはジェミニやアリエスと同じく、倒したエンジェルから手に入れた黄道十二門のうちの一つ、スコーピオンを呼び出して攻撃させる。

だが、華院ヒカルには全く効かず、それどころかスコーピオンも張り手でやられてしまった。

 

「ば、バカな!?オレっちの砂が…!」

 

「何も…効かない…!?何なのコイツ…!」

 

「人形にはまだ自分のゴワ毛がついたままっス。その人形の材質を変化出来るとしたら?」

 

「…!まさか…!」

 

そう、華院ヒカルは自分につけた人形の材質を自由に変えることによって自分自身を強化していた。

確かに呪いの力は強いが、髪がないならば無意味。

だが、他の使い道として自分の髪をつけて自分の強化に使えばいいのだ。

 

人形(ノーロさん)チェンジ!材質を鉄から光源体へ!『シャイニングどどすこーい』!」

 

「きゃあああああああ!!!!」

 

光源体へとなった華院の素速い突っ張りに吹き飛ばされるルーシィ。

 

「そして、人形(ノーロさん)の材質を光源体から綿へ!」

 

華院ヒカルは体を綿にすることにより、巨体に似合わずフワフワと空へ飛んで行く。

 

「これでとどめだー!材質を鉄へ!潰れろーい!」

 

「んうぅ…!」

 

上から材質を鉄に変えたことにより、巨体と相まって猛スピードで落下してくる華院ヒカル。

ルーシィは突っ張りの時のダメージが大きかったのか動けず、思わず目を瞑る。

 

本来ならば助けてくれる人が近くにいるのだが、今は一人…誰も助けに来れない。

 

もうあたしはここでお終いなのかな…。

 

脳裏に浮かぶのは大好きな人の姿だった。

 

瞑った目から涙を流しながら心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──助けて…リュウマ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────ドカアァァァァァァァァァァン!!!!

 

 

 

「ゥウウェーイ!!!???」

 

 

「ぇ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫か?あと、怪我はないか?」

 

 

「ぁ…リュウマぁ…!」

 

 

 

 

 

リュウマはルーシィの心の声に応えるかのように、華院ヒカルを何かで吹き飛ばしながら現れた。

 

ルーシィは心の底から安心した。

 

何故なら…

 

 

「助けに来たぞ」

 

 

この人がいれば怖いもの無しなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──時を遡ること数十分前──

 

 

 

 

 

 

 

「ガアァアァアァアァァアァアァアァッ!?」

 

島の端側…つまり岸の方からアズマははるばる吹き飛んで、天狼島の中央に生える大樹にぶつかりめり込んだ。

 

──な、なんなのかね…この威力の()()は…!!

 

そう、リュウマはアズマが魔法を使い攻撃しようとした瞬間…ただ純粋な脚力による蹴りだけでアズマを大樹の所まで蹴り飛ばしたのだ。

 

「なかなか吹き飛んで行ったな?まぁ、どうでもいいが。立て…貴様が望んだ通りの強者との闘い(一方的な蹂躙)をしてやる」

 

「ぐっ…す…さまじいね…!実に心躍るというものだね!」

 

アズマは直ぐに起き上がりリュウマに向かって駆け出していく。

 

「フハハ!『ブレビー』!」

 

片手をリュウマに向けた途端リュウマは横に回避。

避けた後、リュウマがいたところが爆発した。

 

「シッ!」

 

リュウマは回避した瞬間から駆け出しており、アズマに向かって拳を叩きつけた。

アズマは魔法で操った天狼島の大樹の根を使い、盾のようにして防ぐ。

だがリュウマはそこからまた拳を振り上げた。

 

「無駄だね!」

 

アズマは同じく大樹の根を曲げて防ぐ。

 

「無駄だ。『二重の極み』!」

 

「なっ!?ガッ!?」

 

一瞬のうちに二度拳をぶつけることにより、一度目で殴った対象が拳に対して反発する力を打ち消し、二度目に拳の全エネルギーを浸透させる技がある。

 

それを使って根を粉々に破壊し、無防備のアズマの腹に『二重の極み』を応用した蹴りを叩き込む。

 

アズマは完全に全エネルギーが乗った蹴りをまともにくらい、くの字になりながら勢い良く吹き飛んでいく。

 

体勢を空中で立て直して着地する。

顔が苦渋の表情になるも、口元は笑っている。

 

「血が滾るね!『枝の剣(ラームスシーカ)』!」

 

天狼島の根から鋭い枝を多数作り出して発射する。

一つ一つがエルザの『金剛の鎧』を削るほどの威力を秘めているため、当たれば重傷では済まない。

 

「数はあれば良いという物ではない。そんな物は当たらん…『見聞色の覇気』」

 

だが、リュウマはその枝を全て避けてゆく。

まるでいつ何処に何が来るのかが全て分かっているかのように避けるのでアズマは驚きながらも笑う。

 

「全て避けるかね。なら…この数ならどうかね!」

 

避け続けるリュウマの周りにある全ての根からラームスシーカを飛ばして攻撃する。

数は最初の六倍に及ぶ。

 

だが、それでもリュウマは全てを完全に避けながら、それどころか前に進んで行く。

これでもダメなのかと思い、魔法を重ねがけする。

 

「『葉の剣(フォリウムシーカ)』!!」

 

かなり数が増えた事により眉を寄せて鬱陶しそうな顔をするリュウマはその場で攻撃を避け続けながらも魔力を籠め始めた。

 

「鬱陶しい。七つの星に裁かれよ…」

 

リュウマはその場で右手で二本の指を立て、左手の平の上に置き構えた。

この技はかつてジェラールがナツに放った隕石に相当する威力を持つ破壊魔法。

 

ジェラールが元祖の魔法かもしれない…だが…それが使えて尚且つ、籠める魔力量が桁違いのリュウマとなると…

 

 

 

       「『七星剣(グランシャリオ)』」

 

 

 

ラームスシーカを全て消し飛ばしつつ、アズマも巻き込み、辺り一面を吹き飛ばす大爆発を起こした。

 

 

リュウマは吹き飛ばされたアズマの所まで行き、上から無表情で覗き込む。

 

「ゲホッ…この魔法は…」

 

「俺はどんな魔法であろうが能力であろうが、全てを模倣し、貯め込み、何時でも自由に使うことが出来る」

 

「なるほど…だが…」

 

倒れているアズマは…リュウマの足をガシリと掴んだ。

逃がす気がないのか、これでもかという程に握り締めている。

 

「……ッ!」

 

「倒れているとはいえ、オレはまだ戦えるのだがね…!」

 

アズマは大樹のアークをありったけの力で使用し、島の魔力を制御する。

 

 

「天狼島に眠りし魔力を…今!解放する!!」

 

 

天狼島全体が膨大な魔力によって大きく揺れる。

 

天狼島はフェアリーテイルの紋章を刻む者に加護を与え、島の中で死なないようにする他、魔力を高める力を持つ。

 

つまり、島自体が内包する魔力は計り知れないのだ。

アズマはそんな天狼島の魔力をたった一点に集中させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「受けるがいい!『大地の叫び(テラ・クラマーレ)』!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

今この瞬間…島の魔力がリュウマたった1人に対して集中し、大爆発を引き起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ…ハァ…島の魔力をこの距離で受けたんだ…人間ならば耐えられまい…」

 

──本来ならば戦いを楽しむところだが…マスターハデスの命令がある…仕方ないね…。

 

 

アズマはリュウマを倒したということに達成感を絶大に感じ、余韻に浸る。

 

 

だが…忘れてはならない…

 

 

──人の気配…まさか!

 

ゆっくりと顔を上げる…。

 

「…っ──────ッ!」

 

 

リュウマは人間ではあるが…

 

 

「効いたぞ…」

 

 

()()()()()()()()()

 

 

()()だがな?…クカカ…」

 

 

リュウマは島の膨大な魔力による大爆発を受けきったのだ。

 

リュウマは大抵の場合(ミラとリサーナを助けた時は咄嗟だったため出来なかった)は体の表面全てを魔力で覆っており、それを突き破られない限りはダメージが入らないようになっている。

 

今回は突き抜けたが、膨大な魔力で覆っていたので殆どダメージなど入っていない。

 

故の「少し」なのだ…。

 

構造を簡単に言うならば、どこぞの破面が使う鋼皮(イエロ)

 

もっと簡単に言うならば、魔力で出来た鎧だ。

 

 

      「今度は俺の番だな?」

 

 

「何故生きて…!──ガァ!?」

 

リュウマは肩で息をしているアズマの顎を殴り上げて上空へ上げる。

 

次に空中に吹き飛ばされた所を追いかけ、追いついた所で殴りつけることで下へと叩きつける。

 

「ぐっ!『タワーバースト』!」

 

アズマは魔力を籠めて一気に放ち、炎の柱を出してリュウマを焼こうとする。

 

体を捻って空中で方向転換をし、タワーバーストの真横スレスレを落下しながら右手を…態と炎の柱の中に突っ込んだ。

 

「血迷ったのかね!」

 

アズマは何故態々炎の中に腕を突っ込んだのか理解できず叫ぶ。

 

「こうするためだ」

 

「なっ!ぐっ…うっ…!」

 

リュウマは一瞬でアズマの目の前までくると焼け焦げた右腕で首を掴み持ち上げる。

 

剥がそうとするも、万力な如くの力でギリギリと締め上げられて振り解けない。

 

──ピシッ!

 

──なっ!?焼け焦げた右腕にヒビが…!

 

リュウマは驚いた顔をするアズマを見てニヤリと嗤うと…

 

「焼き焦がした我が身を触媒としてのみ発動できる禁術。…犠牲破道」

 

「かひゅっ…っ…待っ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   「破道の九十六・『一刀火葬(いっとうかそう)』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この瞬間…まるで天狼島自体を刀で貫き…貫通させたかのように、刀の切っ先の形をした莫大なエネルギーが立ち上った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少しずつエネルギーの塊が小さくなっていき…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………はっ…あ……ぐっ…」

 

「ほう…?これでもまだ生きているのか」

 

そこには未だにアズマの首を掴んだままのリュウマがいた。

 

それ即ち…掴んだままアズマを逃がさずに莫大なエネルギーの中心地に押し止めていたのだ。

 

だが、先程のアズマとは違い、体中がボロボロであり、傷がないところを探すのが困難である程の重傷だった。

 

因みに、リュウマの焼け焦げた右腕は全身と合わせて既に『自己修復魔法陣』で完治されていた。

 

 

「つ、強い…ね…やはり…といったところ…か…ね…」

 

「そんなことはどうでもいい」

 

リュウマはアズマの言葉を興味がないと切り捨てる。

そして…

 

 

「言い残す言葉はあるか?」

 

 

──ゾクッ!

 

 

リュウマはアズマを無表情で見つめ、当前な事の確認でもしているかのように、至極自然に…当たり前とでも言うように問うた。

 

そんなリュウマを見た瀕死の状態であるアズマは、自分の心臓が凍り付いたかのような錯覚を感じた。

 

「…おまえは…強い…だが…マスターハデスには…勝て…ないね…大魔法世界が…始まる…」

 

「然様か」

 

──む、あそこにいるのは…なるほど…ちょうどいい。

 

「ではな、アズマとやら。精々あの世を満喫するといい」

 

掴んでいるアズマを、自分の体の向きを少し方向を変えながら、変え終わった前方の空中に放り投げる。

リュウマ自身も後ろへと一気に下がり、一本の刀を召喚して突きの構えをとった。

 

 

「一歩音越え…!」

 

 

そして第一歩を踏みしめて爆発的推進力をもって駆け出す。

 

 

「二歩無間…!」

 

 

更に一歩踏みしめて地を蹴り上げ…第二加速。

 

今もなお…第一歩目の音しか聞こえず。

 

 

「三歩絶刀…!」

 

 

落ちてきたアズマに向かって跳び、目の前まで来た。

 

今の距離…射程範囲内。

 

足音は遅れて最後に一歩分だけが…鳴った。

 

 

 

 

    「『無明(むみょう)三段突き』!!」

 

 

 

 

放たれた三つの突きは()()()()()()アズマの鳩尾に吸い込まれるように美しく入った。

 

 

一度目で刺し貫かれ。

 

 

二度目で深く抉られ。

 

 

三度目で円形に()()()()

 

 

 

「………───────」

 

 

だが突きの威力はとどまることを知らず。

アズマは真っ直ぐに…()()()()()()()()()()()向かって飛んでいった。

 

リュウマはアズマが()()()当たったのを見て、ニヤリと嗤いながら飛んで行き、着地して告げた。

 

 

 

「大丈夫か?あと、怪我はないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──そして今に至る。

 

 

 

 

リュウマはルーシィに近づいて手を引っ張り起こしてあげる。

 

「助けに来たぞ」

 

「うん!ありがとう!」

 

ルーシィは目に溜まった涙を拭いて立ち上がり礼を言った。

 

「ぐっ…なんなんスか…?ん?アズ…マ?こ、これは…!?」

 

華院ヒカルにぶち込んで吹き飛ばしたのはアズマ()()()者。

大樹のアークを使いすぎた反動からなのか、体が木と化して死んだのだ。

 

「お前がアズマさんをやったっスか」

 

「無論。片付ける瞬間、ルーシィがやられているのを見て、そいつを貴様目掛けて吹き飛ばしたんだ」

 

「そうだったんだ…」

 

華院ヒカルはよくもやってくれたっスね…と言いながら人形に付いた髪を黒から()()()へと変えた。

 

「自分の仲間にやられるといいっスよ」

 

「…?何故ルーシィにやられブッ!?」

 

「えっ!?きゃあああ!?ごめんリュウマ!!」

 

疑問に思い何を言っているんだと口にした瞬間、リュウマはルーシィに横っ面を思い切り殴られた。

 

「な、何故今殴ったんだ?ルーシィ…」

 

殴られた頬を抑えながら何とも言えない顔で見るリュウマ。

 

「ご、ごめん!違うの!アイツが持ってる人形!あれのせいなの!」

 

「なに?」

 

そこには華院ヒカルがルーシィの髪をつけた人形の腕を右に突き出させていた。

 

「…見るだけで効果が分かる人形だな…」

 

「お前は仲間の女にやられるがいいっす!それ!」

 

操られているルーシィがまた殴りかかるが、リュウマは避けてルーシィを後ろから羽交い締めにする。

だが、傷つけるわけにはいかないので全力で拘束できず、しかも、操られている効果なのか力がものすごく強い。

 

「あん…っ…ちょ、苦しいよリュウマ…」

 

「し、かたないだろう…!力が強いんだ…!…ハッ!?」

 

もう完全に後ろから抱き付いていることに気がついたのか少し顔が赤くなるリュウマ。

 

「な、なに?どうしたの?…ぁ…」

 

そして後ろを振り向いてリュウマの顔が超近くにあったために、現状に気がついて同じく赤くなるルーシィ。

 

「あ″あ″あ″あ″あ″あ″!イチャつくんじゃないっスよ!」

 

「貴様がやっているんだろうが!」

 

「あたしはこのままでも別に…///」

 

「ルーシィ!?」

 

なんとも言えない空気に叫んだ華院ヒカルだがやっているのは本人だ。

 

──まぁ、つまりはあの人形をどうにかすればいいんだな。

 

リュウマは頭の中でそう考え…

 

「──っふ!」

 

実行に移した。

 

リュウマはルーシィから手を離して少し離れた所に行く。

 

「ふむ、しかし…なかなかどうして面白そうな魔法だな…」

 

そう言って()()()()()()()()見下ろす。

 

「…あれ!?ノーロさんがねぇっス!?…あ!いつの間に!?」

 

「あ、本当だ…」

 

「クク…『強奪(スナッチ)』少々手癖が悪くてな」

 

そう言いながら嗤うリュウマ。

手癖が悪いのではなく、態とである。

 

「ふむ………あ…ククク…!」

 

「あ、あのぅ…リュウマ?」

 

そしてとても面白いことを考えついたリュウマは少し離れた木に背を付けて座り、人形を構えた。

 

「(ルーシィの前に)召喚・六爪の刀」

 

「はぇ!?」

 

「な、なにするつもりっスか…」

 

リュウマは自分の武器をルーシィの前に召喚してルーシィを人形で操って武器を持たせる。

因みに、人形にも小さいバージョンの刀を持たせている。

 

 

 

「さぁ、ゆくぞ?ルーシィがな!」

 

「あたしぃ!?」

 

※ここからのルーシィはリュウマが操っています。

 

ルーシィは華院ヒカルに向かって走り出す。

 

「よく分かんないっスが女もお前も殺すっス!」

 

華院ヒカルの突っ張りがくるが…

 

「わっきゃあ!?」

 

「ウゥーウェ!?」

 

腕を掴み、突っ張りの勢いを全て使い背負い投げをした。

そして倒れたところですかさず上に飛んで華院ヒカルにのし掛かる。

ただでは軽いが、今のルーシィは『重金属(ヘビィメタル)』なので重量数百キロだ。

 

「ゴフゥ!?」

 

そしてルーシィは横に蹴り飛ばしてから、腰に付けた六本の刀を引き抜いた。

片手に三本ずつの計六本だ。

 

「ちょっ!これ指痛い!?」

 

「調子にのるんじゃねぇっス!」

 

「きゃあ!?」

 

華院ヒカルが起き上がり再び突っ込んでくるが…

 

「『CRAZY STREAM』」

 

ルーシィは突っ込んで来た華院ヒカルが間合いに入った瞬間に両手の六爪で左右への横凪攻撃で斬り裂いた。

それを続けて連続で斬る。

華院ヒカルは腕をクロスさせてガードするも、腕がどんどん斬られていく。

 

「う、ウーウェ…!」

 

そしてガードに徹している華院ヒカルに向かって斬る攻撃をやめて両腕を開いて回転してさながら竜巻のように斬りつける。

 

「やられねぇっスよ!」

 

華院ヒカルが後方に跳んだのを見計らい…

 

「『MAD DRIVE』」

 

六爪を地面にこすりつけるように走らせてから振り上げ、衝撃波を飛ばしてぶつけた。

 

──ドゴオォォォォン!!

 

「ウーウェ!!!!」

 

吹き飛ばされて体勢を崩した所をすかさずルーシィは空中に跳びながら追いかけて目前に着地する。

着地すると同時に…

 

「『GROUND DRAGON』」

 

「ウウウウウェウェウェウェ!!??」

 

ルーシィは地面に六爪を突き立てて地を這う龍のような電撃を華院ヒカルにぶつけた。

 

「あばばばばばばばっ!!??」

 

未だに電撃で痺れて動けないでいる華院ヒカルに向かって、又も目前で六爪のうちの五本の刀を地面に勢い良く突き刺す。

するとそこから複数の轟雷が落ちてきた。

 

1本目の雷に刀を1本投げて雷を纏わせて斬りかかり、右腕を斬る。

 

2本目の雷に刀を1本投げて雷を纏わせて斬りかかり、逆の左腕を斬る

 

3本目の雷に刀を1本投げて雷を纏わせて斬りかかり、左足を斬る。

 

4本目の雷に刀を1本投げて雷を纏わせて斬りかかり、逆の右足を斬る。

 

5本目の雷に刀を1本投げて雷を纏わせて斬りかかり、胴を袈裟斬りした。

 

最後の6本目の刀を上空へ投げると、今までとは比にならない轟雷が鳴り響き、雷が刀に纏う。

 

「『HEART BOLT』!」

 

最後に手にした最後の刀で…

 

 

 

 

 

        『斬ッ!』

 

 

 

 

 

「ぐわああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 

 

 

 

      華院ヒカルを斬った。

 

 

 

 

 

 

 

 

華院ヒカルが完全に気を失ったことにより、リュウマはルーシィの髪を抜いて六爪を戻した。

 

「あ、あたし…あんな動き出来たんだ…今のあたし最強じゃなかった…?」

 

ルーシィは先程の戦いがものすごく圧倒的であったため、夢心地で余韻に浸っていた。

 

 

そして肝心のルーシィを操って絶技を繰り広げたリュウマはというと…

 

 

 

「…………………………………………。」

 

 

自分でやったのにも関わらず呆然&絶句していた。

 

 

因みに心の中の言葉を伝わりやすく、且つ分かりやすく表現すると…

 

 

 

──え…なにこれめっちゃ面白い楽しい──

 

 

 

と、いった感じだった。

 

なんかもう色々と残念すぎる。

 

そして同時にこの瞬間…ルーシィ最強説(ガチ)が浮上した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ…ふ…ふふっ…んっ…ふ…っ」

 

「そこまで笑わなくてもいいじゃない!?」

 

「い、いや…ルーシィがあまりにも強くて…っ…」

 

「リュウマがやったんじゃない!?あたし自身じゃないし!?」

 

「…っ…ふぅ…だがよくやったな」

 

「ありがとう!リュウマも助けてくれてありがとう!」

 

「あぁ、気にするな」

 

「でも、ちょっとは先に言ってほしかったかな?」

 

「それは…すまん」

 

「じゃあお詫びとして買い物に付き合ってね!」

 

「買い物か…分かった」

 

「じゃあよろしく!(やったっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 




無明三段突きおかしかったらすみません。

バサラの伊達政宗クッソ難しかったです、てか、技の構成自体が分からないので私の想像になっちゃいました。

大樹を何故倒さなかった?
自然は大切にしましょう。

一刀火葬はここでやると決めてました。
後悔はしてませんはい。

ルーシィ最強説(爆笑)wwwwwwwwww


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第二九刀  カナの過去…父はあの男…

最近増えた低評価…やばいですね…。
恐らくありきたりな内容と駄文であるからだと思われ(白目

一応のコンセプトとすれば、敵に容赦せず、敵を命をかけて助けたりもせず、「なんでそこでいうこと聞いちゃうの!?」っていうのを無視する私好みの主人公なのですが、そんな場面ありませんでしたから分かりませんよね…。

ですが、面白いと言って下さる方々やお気に入りしていただいている方々がいるので頑張って書きます。

面白くなかったらマジですみません。




 

 

リュウマとルーシィが華院ヒカルを下した後のこと。

 

リュウマは他の七眷属を倒しに行くと…ルーシィはナツやウェンディ達の事が心配だと互いに言い、二手に別れることにした。

 

その後、ルーシィは傷ついたマスターマカロフを背負うナツとハッピー、ウェンディとシャルルと合流を果たす。

 

その間にロキが七眷属の一人のカプリコーンを倒したり、ジュビアとエルザが同じく七眷属のメルディを倒した。

 

他の場所でもフリードとビックスローにエルフマンが力を合わせて七眷属の一人、ラスティローズを倒している。

七眷属のザンクロウはナツが最初に倒し、あとはウルティアとブルーノート、マスターハデスの三人だけだ。

 

ウルティアは天狼島にいた黒魔導士ゼレフを見つけて撃破したところをグレイに見つかり、嘘を述べて自滅させようとするも、嘘を見破られて戦闘へと移行した。

 

ブルーノートは偶々見つけたナツ達を自分の使う強力な重力魔法で地面に貼り付けにし、フェアリーテイル三大魔法の一つ、妖精の輝き(フェアリーグリッター)を寄越せと言った。

 

ナツ達はそんな物知らないと答えるがブルーノートは信じず重力魔法を更に強くしていく。

ナツ達は今、絶体絶命のピンチに陥っていた。

 

 

 

 

 

一方、ルーシィを置いて行ってしまったカナは…

 

──この先にメイビスの墓が…やっとS級になれる…やっとお父さんに会える…!

 

ルーシィが出した答え…最初の一次試験の際に早い者勝ちで選んで通っていた洞窟の入り口、そのEルートを進んでいた。

 

そして奥へと進むこと数分…カナはメイビスの墓へと到達した…。

 

「なによこれ…お墓が…光ってる…?」

 

そこにあったメイビスの墓は…神々しく光り輝いていた。

まるで辿り着いた者を歓迎するかの如く光り輝き、堂々と建てられていた。

 

「何…?この光…」

 

カナは不思議に思い、光り輝く墓に触れる。

 

──バチィ!

 

「うっ!?」

 

が、触れるなと言われているかのように弾かれた。

だがそれと同時に墓の前に魔法のディスプレイが出現し文字が刻まれていく。

 

『妖精三大魔法が一つ…妖精の輝き(フェアリーグリッター)…ここに封じる』

 

最後にはそう刻まれ止まった。

 

まさしくこれこそがフェアリーテイル三大魔法の一つ…ナツ達を今尚襲撃しているブルーノートが欲しているフェアリーグリッターだった。

 

「私が欲しいのは魔法なんかじゃない!!試験はどうなってんのよ!マスター!何処に居るの!?」

 

だが…カナが欲しているのはフェアリーテイル三大魔法なんかではなく、S級昇格の合格だけであった。

見回しても何処にも居ないマスターマカロフに焦り叫ぶ。

 

「この試験には私の12年が詰まってるんだ!」

 

カナが言う12年…。

 

これはただの過ぎ去った時に非ず…。

 

この数字は…今から昔…フェアリーテイルのカナという人間が誕生した時の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

───カナの過去についての独白

 

 

 

12年前…。

 

病気で死んだ母の遺言で私には父親がいることがわかった。

私は父を探すために妖精の尻尾(フェアリーテイル)へと辿り着いた…。

 

 

──実の父親…その名は()()()()()

 

 

「ん?お嬢ちゃんこんな所で何してんだ?」

 

ギルダーツはまだ小さく…フェアリーテイルのギルドの前に立っていた私に気づいて声をかけてきた。

 

私はやっと会えた事に目に涙を溜め…嬉しさに体を震わせながらギルダーツに言おうとした…。

 

──お父さ…

 

「早く家へ帰んな。こんな所にいたら服が酒臭くなっちまうぜ?ガハハハハハ!」

 

「…………」

 

だがギルダーツは私という実の娘の存在に何も言わず…。

そればかりかそこら辺にいる子供に言って聞かせるように言って…()()()()()()()()()()()()

 

私はその場で呆然とした。

 

──あれ?何で?何で私に気づかないの?

 

ギルダーツに伸ばした腕が…手が…空を切る…。

 

──言いそびれちゃったな…。

 

それからというもの…父の帰りを待って何度も出入りしているうちに、そんな私を見かねた…当時はまだ入ってそんなには経っていなかったリュウマに…

 

「カナ…であっているな?そう何度も出入りしているのは面倒ではないか?お前が良いならば折角だ、ギルドに入ってみるのはどうだ?入るならば俺がマカロフに進言してやろう」

 

という言葉に頷き、私はフェアリーテイルに入ったんだ。

 

お父さんは一度仕事に行ったら、なかなか帰ってこないし、帰ってきてもすぐに違う仕事に行っちゃう…。

 

「大きくなったな!カナ」

 

「あ…」

 

「ギルダーツ!列車が行っちまうぞ!」

 

「はいはい!じゃあまたな、カナ」

 

「あっ…待っ…行っちゃった…」

 

 

「……大丈夫だ、直ぐに帰ってくる」

 

「リュウマ…うん…」

 

あの時も…。

 

「次はこれにすっかな~…よし!行くかァ」

 

「あ、あの…」

 

「おっ!カナか!俺ァちょっくら仕事行ってくるわ~じゃあまたな」

 

「ぁ…待っ…おとうっ…うぅ…」

 

 

「……時間がかかりそうなものを選んだか…。俺も同行して直ぐに帰ってくる、遅くはならんから待っていろ」

 

「…ありがとう」

 

あの時も言えなかった一言が…時が経つに連れて大きく…大きくなっていった…。

 

途中…どうやってか分からないけど…リュウマが私とギルダーツは実の親子なんじゃないかって気づいてくれて…私の話を聞いてくれたりしてくれたっけ…。

 

でも、お父さんはみんなの人気者で…ギルド1番の魔導士で…。

 

私とは…比べものにならないくらいに…いつもキラキラと輝いていた…。

 

本当のことが言い出せないまま時は流れていき…いつしか私は…本当のことを伝えるのが怖くなってしまっていた…。

 

だけど、そんな私にも転機が訪れた。

きっかけはS級魔導士昇格試験。

 

「え、私が?」

 

「おぉ!とうとうカナも選ばれたか…がんばれよ?」

 

「ぁ…うん!!」

 

決めた!この試験に合格したらお父さんに真実を…私のことを伝えよう!って。

 

でも、結果は4年連続不合格。

私より後にギルドに入ったエルザやミラが次々と合格していく…。

 

私は落ちこぼれなんだ…。

 

 

    私はお父さんとは…釣り合わない。

 

 

私は…心からそう思った。

だから今回で本当に最後にしようって決めた。

 

『ギルドやめようと思うんだ…』

 

今回がダメなら私は、きっとギルダーツの娘である資格なんてない。

 

ギルドを辞めて…街を……出る。

 

 

 

 

 

『あたしがパートナーになる!!絶対ギルドを辞めさせたりなんかしない!!!!』

 

『良いパートナーと一緒にここまで来い。俺は応援しているぞ、カナ』

 

 

────ッ!!!!!!

 

──ピコーンピコーン!

 

「……!」

 

カナが持つカードの1枚が音を出しながら光った。

 

 

『何?このカード?』

 

『ルーシィの危険を同じカードを持ってる私に知らせてくれる特注カードさ。もし試験中にこいつが光ったら、たとえどんなに離れていようと…』

 

 

      『私が助けに行くから』

 

 

それはルーシィに危険が迫ったときに、同じカードを持っているカナへと知らせるカードだった。

 

手に今も尚、光りつつルーシィの危険を知らせるカードを

手を震わせながら持ち、ルーシィとの過去の会話を頭の中でフラッシュバックさせた。

 

 

『あたし運ならいけるかも!』

 

 

『あたし運だけはいいからねっ』

 

 

『これは攻撃用の水!触ったら危険『大丈夫!んっ…!』ルーシィ…!?』

 

 

『あたしは絶対に…カナをS級にする!』

 

 

 

『絶対にS級になろうね!カナ!』

 

 

 

「何を…何をやってるんだ私は…」

 

カナはルーシィとのことを思い出して今の自分にハッとした。

己は一体何をやっているんだ…と。

あそこまで自分をS級にしようとしてくれて頑張ってくれたルーシィに…一体自分が何をした?何をしてやった?それどころか…一体何をしでかした?…と。

 

「う、うぅ…うあああぁああぁあああぁああぁああああ!!!!!」

 

カナはあまりの自分の愚かさに涙を流しながら思いっきり叫んだ。

もう、心の底から…大声で叫んだ。

 

「うっうぅ…ち、違う!!こんなはずじゃなかった!!仲間を裏切るつもりなんてなかった!!……私は…もう…ダメ…」

 

カナはメイビスの墓の目前で膝を折り、跪いた…。

 

──……ガリ…!

 

だがカナは、地面についた手に強く力を込めて握り締める。

 

「S級魔導士なんかになれなくていい…」

 

少しずつ立ち上がる。

 

「お父さんに気持ちを伝えられなくてもいい…」

 

己の脚に力を入れ…立ち上がった。

 

「それ以上に私は……仲間を守りたいんだ!!」

 

そしてカナは最初に触れようとして弾かれたメイビスの墓に触れようとする。

だが、同じように弾かれようとする…が、カナはそれでも力を抜かず…尚力を込める。

 

「もう何もいらない!!このギルドにいられなくてもいい!!私がどこにいようと…!心はいつも…!同じ場所にあるから!!」

 

「だからお願い…!私にギルドを守る力を貸して!……私は…私は…!」

 

 

 

   「このギルドが…大好きなんです」

 

 

 

    『ならば何も恐れることはない』

 

 

 

「────ッ!!!!」

 

 

どこからともなく声が聞こえた。

 

 

   『過ち(あやまち)は人の歩みを止める枷にあらず』

 

 

      『心を育てる糧である』

 

 

──この声は…もしかして…。

 

『さぁ…行きなさい。妖精の輝き(フェアリーグリッター)をそなたに貸そう』

 

──マスターメイビス…

 

「…っ…はい!!」

 

──私は1番大切なものの為に戦うんだ!これが最後の戦いになるかもしれない!でも、12年分の恩返しするからね!妖精の尻尾(フェアリーテイル)のみんな!!!!

 

カナは来た道に振り返り、全力で走る。

カナのその腕には…大きな魔力を放つ紋章が刻まれていた。

 

カードの道案内に従い…全力で駆けていった。

そして見つけた…ルーシィ達をまさに今襲撃しているブルーノートを…!

 

「お前かァ!!!!」

 

「おっ…」

 

「カナ!」

 

「カナさん!」

 

ルーシィ達は現れたカナに反応した。

 

妖精の…(フェアリー…)!!!!」

 

カナはフェアリーグリッターを発動させながら、ブルーノートに向かって飛び掛かった。

 

「…!!!!」

 

「光?なんだあの魔法…!」

 

「まさか…」

 

だが、あと少しで発動する…!という時にブルーノートの重力魔法によって叩き落とされてしまった。

 

墓にあるはずのフェアリーグリッターにナツは「まさか試験は…!」と言うが、カナにそれは今は置いておいて欲しいと言われて黙った。

 

ブルーノートは魔法でカナ達を吹き飛ばして体勢を崩させ、また重力魔法によって地面に貼り付けにした。

 

「まさか探してた魔法が向こうからノコノコやってくるとはな…その魔法はオレがいただく」

 

その言葉にカナはギルドの者にしかこの魔法は使えないと反論する。

だが、ブルーノートはその事実に対しても反論した。

 

「“魔”の根源を辿ればそれはたった一つの魔法から始まったとされている。いかなる魔法も元はたった一つの魔法だった」

 

──たった一つの魔法…?あれ…この話…昔どこかで聞いたことあるような…

 

ルーシィは重力下にあって動けずにいるが、昔どこかで聞いたことがあると思い出そうとするもなかなか思い出せずにいた。

 

「魔道の深淵に近づく者はいかなる魔法も使いこなす事が出来る」

 

「ぐっ…!」

 

カナを魔法で浮かび上がらせて締め付けながら言い放つブルーノート。

 

「逆に聞くが小娘。てめぇこそフェアリーグリッターを使いこなせるのか?」

 

「あ…たり…前…だ…!」

 

「太陽と月と星の光を集め濃縮させる超高難度魔法…テメェごときに使えるわけねぇだろうが」

 

そしてカナを攻撃して魔法を無理矢理奪おうとするも、ナツがその場で地面に顔を突っ込んで下から火竜の咆哮を放ち、隙を作る。

カナはその隙を逃さずに…構えた。

 

──私にはこの魔法が使える…!

 

「…!!」

 

「集え!妖精に導かれし光の川よ!!」

 

──妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だから!!!!

 

「照らせ!!邪なる牙を滅する為に!!」

 

「ま、まさか…!?」

 

カナの紋章が刻まれた右腕に膨大な魔力が集まり…濃縮されていく。

 

「『妖精の輝き(フェアリーグリッター)』!!!!」

 

「ぐおおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

発動した時にはブルーノートの周りを金色に輝く光の輪が取り囲んでいた。

 

「すごい光!!」

 

「これがギルドの三大魔法の一つ…」

 

 

「消えろォォォォォォォォォ!!!!!!」

 

ブルーノートを取り囲んだ輪が大爆発を…

 

 

「オォォォォォォォォォォォォ!!!!!!落ちろォォォォォォォ!!!!!」

 

 

引き起こさなかった。

 

ブルーノートが重力魔法を使い、フェアリーグリッターを地へと叩き落とした。

 

その威力も相まって地に向かって魔法がコースを変更され…大爆発を起こした。

 

「…この程度で妖精の輝き(フェアリーグリッター)だと?笑わせんな。いくら強力な魔法でも術者がゴミだとこんなもんなのか?あ?」

 

──そ、そんな…

 

ブルーノートはカナへと近付いていく。

 

「知ってるか?殺した後でも魔法を取り出せるって」

 

──私の…力不足で…

 

「カナ…!」

 

「やめ…て…」

 

「おね…が…い…」

 

「オレは今日も飛べなかった。だが、お前は地獄に落ちろ」

 

ブルーノートはカナに向かって手をかかげ、カナは目を瞑った。

 

そして…

 

 

 

───ドゴッ!!!!!!!!!!!

 

 

 

何者かがブルーノートを殴り飛ばした。

 

カナの絶体絶命のピンチを救ったのは…

 

「ぁ…」

 

カナの…

 

「ギルダーツ!!」

 

「ギルダーツだーーー!!!!」

 

実の父…ギルダーツだった。

 

──お父…さんっ…!

 

カナは助けに来てくれた己の実の父の大きな背中を見て涙を溢し…心の中でそう叫んだ。

 

 

例え…実の父が実の娘がいるとも知らずとも…。

 

例え…直ぐ傍にいるとも分からずとも…。

 

親子は見えない絆に結ばれているのだ。

 

それは今…実際に起きているのだから事実の理であるのだろう。

 

 

 

 

 

実の娘の窮地に颯爽と現れたギルダーツと、マスターハデスが強者であると認めるブルーノートの戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────所変わり違う場所にて

 

 

リュウマは目的地に向かって脚を進めていた。

 

元々…リュウマは七眷属を態々1人ずつ相手にするつもりなんぞ最初から毛頭無かった。

 

それは一体何故か…?

 

リュウマは既に誰よりも解っていたのだ。

 

いつの時代も戦いとは…その相手側の大将…つまり頭を潰すことで早急に終わらせることができる…と。

 

頭がやられれば兵士全体の士気が死に、機能せず、実質的な勝利へとなるからだ。

 

簡単に言うならば、人間が頭を潰されれば体が動かなくなり、死を迎えるのと同義。

 

それ故に今向かっている先は無論悪魔の心臓(グリモアハート)のマスター、マスターハデスと呼ばれている奴のいる舟。

 

他にも七眷属がいる事は分かってはいるのだが、ナツ達がやってくれると思い、自分はハデスを早急に潰すことに決めたのだ。

 

 

 

 

そして時が少し進みつつも場所を移りグリモアハートの舟の中…。

 

そこには七眷属達とは比べ物にならない程の魔力を内包した老人…マスターハデスがいた。

 

「ギルダーツか…マカロフめ、中々のコマを持っておるわ。私以外にブルーノートを足止めできる者がいようとは…」

 

ハデスは面白そうに口端を少し吊り上げる。

だが、直ぐに不可解だ…といった表情へとなる。

 

「しかし…アズマには天狼島の魔力を支配するように言っておいたが…まだなのか?それとも…」

 

 

「残念だがいくら待っても支配は出来んぞ。もう其奴は()()()死んでいるからな」

 

 

「…っ!?」

 

最初に天狼島の魔力を支配するよう命令してあったはずだというのにも拘わらず、未だに健在である天狼島の大樹に疑問を持ったハデスであったが、突如後ろから話しかけられたことによって思考を中断した…いや、せざるを得なかった…。

 

──この距離に近付かれ…あまつさえ声を投げられるまでこの私が気づかなかっただと…!?一体何者…!

 

ハデスは心の中で、自分に対して一切の気配を感知させず、ここまでの接近を許したことに大きく驚きながらも後ろへと振り向いた。

 

振り向いた先にはリュウマがただ1人…静かに佇んでいた。

 

 

()()()()だな?ハデス…否…プレヒト?」

 

 

「…お主は…あの時の…リュウマか…!?何故ここに!?」

 

ハデス改めプレヒトは自分の記憶の中にいる人物と瓜二つな人物がここに居ることに驚愕していた。

 

一瞬偽者か?と思ったが、久方ぶりという言葉に完全な同一人物であると結論付けた。

 

「何故?…無論俺がフェアリーテイルに所属しているからだが?」

 

「…なるほど、アズマをやったのはぬしか。だがそれよりも…何故…何故その姿なんだ!ぬしのその姿…1()0()0()()()()()()()()()()ではないか!!」

 

「…ハァ…まったく、この場に彼奴らがいなくて助かった…。この姿については貴様に語る必要などあるまい?敵に己のことを教えるのは愚者のすることだ」

 

プレヒトがリュウマの姿が昔と…1()0()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()驚き問うも、教える必要はないと、にべもなく絶ち切られた。

 

「貴様はフェアリーテイルの奴等を傷つけすぎた」

 

「なんだ、情でも移ったのか?ぬしともあろう者が」

 

「さぁ、どうだろうな?…だが…この日は彼奴らがそれぞれの想いを…誓いを…その胸に抱え、迎えたS級昇格試験だった。それを…貴様等は踏みにじったのだ…」

 

リュウマの周りが高密度に高められた膨大な魔力によって歪み…震え…夥しい魔力に舟全体もが揺れる。

 

「許さぬぞ。()()()

 

「言わせておけば…!ぬしであろうと私は止められぬわ!」

 

とうとうリュウマとマスターハデス…人知れず…

 

 

 

 

 

     2人の頂上決戦が始まった。

 

 

 

 

 

 




いやー、カナのエピソードって感動するんで書いてみました。
感動が伝わらなかったら私の駄文を書く才能によるものなので申し訳ないですはい。



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第三十刀  臆するな…妖精達よ

ラクサスどう突っ込めばいいのかすごい悩みました…。

まあちゃんと出しましたがね?



 

 

ギルダーツとブルーノートの戦いは一瞬で片が付いた。

 

ブルーノートは自分の拳がギルダーツに競り負けたことに驚きながらも好戦的に戦い、超重力の球を作り出してギルダーツを吸い込もうとするが、その魔法をギルダーツは破壊し、魔力を乗せた拳で殴り抜くことで倒した。

 

同時刻の違う場所では、グレイが七眷属の長であるウルティアと戦っていたが、接戦の末に倒しきることが出来た。

 

今はある程度回復したナツ、グレイ、エルザ、ルーシィ、ウェンディ、ハッピー、シャルル、リリーでマスターハデスを打倒しようと向かっていた。

 

「じっちゃんやったハデスはオレがぶっとばす!」

 

「勢いはいいがナツ、相手は悪魔の心臓(グリモアハート)のマスターだ。油断せずにいくぞ」

 

「そうだよナツぅ~オイラ達まだ回復したばっかりなんだから」

 

皆は走りながら舟へと向かって行くが、実は皆心の中では不安が少なからずあった。

 

いくらか回復したとはいえ、七眷属には全員が手こずっていたのだ。

その七眷属の更に上、トップにいるのがマスターハデス。

 

流石に強いというのが分かる。

 

だが、それでも皆はマスターハデスの所に向かう…。

 

喧嘩を売られたからには倍以上にして返すのが妖精の尻尾(フェアリーテイル)だからだ。

 

そして、森の中を進んで行くとグリモアハートの舟を発見した。

だが、みんなは足を止めた。

 

それは何故か?

 

舟の中から継続する爆発音が聞こえ、舟の中から膨大な魔力が感じられたからだ。

 

それぞれは理解した。

 

何処にも居ないと思っていたリュウマは一足先に来て、マスターハデスと戦っていたのだ。

 

ナツ達はハッピーとシャルルとリリーに舟の中にある動力源を破壊してくるように頼んだ。

それに三匹は了承し、先に飛んでいった。

 

ナツ達はグレイが作った氷の階段で舟へと登り中へ入って行く。

 

中へ進むほど爆発音は増し、肌で感じられる魔力も…桁違いに上がっていった。

 

みんなの肌がピリピリするほどの魔力…。

 

ここまでの魔力を出して戦っているリュウマは初めてで、魔力が感じられる扉を…開けた。

 

そこで見た光景は…

 

「おいおい…こりゃあぁ…」

 

「な、なんて戦いだ…」

 

「す、すごいです…リュウマさん…」

 

「これが本気のリュウマの戦い…」

 

「すっげーーーーー!!!???」

 

みんなが驚くのは当然だった。

 

リュウマとハデスは互いが離れれば魔法で攻撃し、近づけば近接格闘で戦う。

 

どれもこれもナツ達が入り込めない程の攻防だった。

 

 

「お前達!!しゃがめ!!!!!!」

 

 

「「「「「!!!!????」」」」」

 

 

 

 

 

 

だがそれも、直ぐに崩された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ナツ達が来る数十分前

 

 

 

リュウマとプレヒトの戦いは他者が入り込む余地が無いほどに鮮烈を極めていた。

 

「ハッ!」

 

「フッ!」

 

リュウマとハデスは近距離で体中に魔力を張り巡らせながら殴り合いをしていた。

 

「どうした?プレヒトよ、その程度か?」

 

「ぐっ…舐めるでないわ!」

 

殴り合いといっても一方的なものであった。

リュウマがプレヒトを殴り飛ばしたと思えば何時の間にか背後に回り込んでおり、また殴り飛ばされる。

体勢を立て直し、前を向き直った瞬間にはもう目前にリュウマがおり、蹴りを入れられた。

 

「グハッ!?何という速さ…!」

 

プレヒトが殴りかかるも、リュウマは持ち前の超直感と長年の戦闘による未来予知にすら勝るレベルの先読みで全ての攻撃を回避し、カウンターを入れる。

 

「うぬは未来予知でも出来るのか!?」

 

「限りなくそれに近い事ならばな」

 

「くっ…!」

 

これでは一方的にダメージを受けるだけだと判断したプレヒトは後方へと下がり魔法による攻撃に移行した。

 

「私は魔法と踊る!」

 

子供が小さい時にやるように指を銃に見立てて指先から魔力の弾を多数発射する。

 

それに対してリュウマは手元に二丁の拳銃を召喚した。

 

「そんなもの、いくらでも撃ち壊してくれるわ」

 

プレヒトが発射した魔力の弾を寸分の狂いもなく銃で撃ち壊していくリュウマ。

10…20…と撃ち合っているにも関わらず彼は銃のリロードをしようとしなかった。

するそぶりすらも見せない。

 

召喚した銃はただの銃ではなく魔導銃であった。

 

この魔導銃に弾は一発も入ってなどいない。

 

では何故弾を現に撃ち出せるのか…?

 

籠められているのは全てリュウマの魔力…。

この魔導銃は使用者の魔力を媒介に魔導銃の中で弾を生成し撃ち出す仕組みになっている。

故に籠める魔力によっては高火力の魔弾を撃ち出すことも可能なのだ。

 

「クカカ…『チャージショット』」

 

「何!?ぐあっ!!」

 

左に持つ銃で迫り来る魔弾を弾き、右の銃に魔力をチャージして一気に放った。

魔弾にチャージショットが当たるが、魔弾を突き抜けてチャージショットはプレヒトの土手っ腹に直撃して爆発した。

 

プレヒトはチャージショットが腹に当たる瞬間に体を捻り当たり所をずらし、威力を殺していたのでダメージは少ないものの、爆発の余波を少し受けた。

 

プレヒトはリュウマが持つ魔導銃の危険性と厄介性を理解した。

 

片方で牽制し、もう片方で溜めた魔力を放つ。

百発百中の絶技を繰り出してくるだけあって実に効果的で、相手にするならばやりづらいことこの上なかった。

 

「出鱈目な技術をしおって!ハァッ!」

 

リュウマに向かって鎖状の魔法を飛ばす。

 

「あぁ、貴様はその魔法が得意だったな」

 

だが、それを余裕を持って避けていくリュウマ。

手に持った銃を消して新たに一本の刀を召喚した。

 

「召喚・『無限刃(むげんじん)』」

 

とある歴史に名を残すほどの刀匠が鍛えた最終型殺人奇剣にして、刀でありながら不殺を貫く逆刃刀・真打の兄弟刀と言うべき刀。

 

この刀の特徴は、刀の連続使用による刃毀れで切れ味が鈍っていく刀から発想を逆転させ、刃を鋸歯状にする事で殺傷力を常に一定に保っているというもの。

実質的な研ぎの動作を省略化しているのだ。

 

手に持った無限刃を使って飛んでくる鎖を素速い動きと一緒に斬り落としていく。

そしてその鎖を斬るインパクトの一瞬…

 

──ギャリン!

 

彼は力を少し込めると…無限刃から力強くも荒々しい黒き焔が舞い上がった。

 

無限刃の刃の先にある鋸歯を物と擦ることで刀を発火させ、相手に刀による斬撃と焔による追加ダメージを与えるというものだ。

 

しかもただの発火による焔では少し弱火だと思い、彼は焔に己の魔力を混ぜ合わせることで難点だった部分の火力を爆発的に上げているのだ。

 

その他にも焔を一瞬の目眩ましに使うことも出来る。

何にでも応用することのできる魔力は何かと便利であった。

 

「征くぞ…壱の秘剣・『焔霊(ほむらだま)』!」

 

「ぐあっ!あァァァァ!?」

 

飛んでくる鎖を斬り払い、避けながらプレヒトに近づき、近くに来たところで床に無限刃の刃を擦らせて黒い焔を発火させてから斜め下からの斬り上げで斬った。

だが、それでは終わらせずに斬り上げた無限刃を切り下ろして第二閃にて又も斬る。

 

プレヒトはあまりの熱量を持つ黒き焔と二度の斬り込みの痛みに苦渋の顔をしながら叫んだ。

 

「ぐうぅぅ!!??小癪なァァァ!!!!」

 

「そんな物は俺には届かんぞ」

 

斬られた事と焔の痛みから怒りの表情を作るプレヒトは、零距離から鎖を幾十も伸ばして拘束しようとするも、そのすべての鎖を超人的動きで回避され距離をとられた。

 

距離をとられても尚鎖を伸ばし、数を増やしていく。

伸ばしてくる鎖が増えたのでリュウマも斬り払いながらも、また違う物を召喚した。

 

「鎖は貴様だけの専売特許ではないぞ?神器召喚・『地獄鎖の篭手(じごくくさりのこて)』」

 

召喚したのは名前の通り篭手である。

黒い色をした片手用の篭手を右手に付けた。

 

そしてこの篭手から伸ばされる鎖はまさに地獄の鎖。

 

使用者が思った通りの変幻自在な動きにも全て応え、あまつさえその鎖は千切ることも斬る事も出来ない。

 

リュウマはそれを伸ばしてプレヒトをガチガチに拘束した。

 

最初はプレヒトも鎖をはたき落とそうとするも、己の鎖を生き物の如く避けていく。

逃げようとするが時既に遅く、体を拘束された。

 

「ぐっ…こんなもの…!くっ…ぬうぅぅぅぅ!!!!な、なんだこの鎖は!?千切れぬ!?」

 

「その鎖は地獄にいる咎人を拘束する絶対の鎖…千切ることも斬る事も不可能だ」

 

「だが魔法は使える…!抜かっングッ!?」

 

「俺がそれを許すとでも?」

 

プレヒトがしゃべり終える前に口元を、無限刃を持っていない左手で鷲掴んだ。

だが、その掴んでいる左手には何時の間にか真っ黒な手袋を付けていた。

 

この手袋を付けた状態で魔力を纏わせる。

すると、手袋が自動的に魔力を少しの衝撃で起爆する起爆性のある魔力に変換させる。

 

リュウマはプレヒトに向かって突きの構えをとるが、狙いはプレヒトではない。

勘の良い者ならば理解するであろうことを、プレヒトも理解し、焦る。

 

だが、動くことが出来ない。

 

「吹き飛ぶが良い…弐の秘剣・『紅蓮腕(ぐれんかいな)』!!」

 

──ギャリン!

 

「─────ッ!!!!!!!」

 

リュウマの流した魔力を起爆性のある魔力に変換させた()()()()()()()無限刃を突き、鋸歯の部分で擦り上げる。

 

手袋は外からの衝撃に、リュウマの魔力のブーストもあって大爆発を起こし、プレヒトを後方の壁まで吹き飛ばした。

 

そしてこの手袋は、使用者に爆発の威力がいかない特殊な魔法をかけてある。

一度使うと文字通り消し飛ぶので、1回限りの技なのだが、リュウマの武器庫には予備が山ほどあるので使用切れの心配はない。

 

リュウマは吹き飛んでいったプレヒトの元まで行き、冷たい眼と表情で見下ろしながら言い放つ。

 

「さっさと立て。この程度では終わらせんぞ」

 

「…ガフッゲホッ……やはり強いな…だが…あの者共はどうだ…?」

 

「何?──まさか!?」

 

プレヒトが目を向ける先には此方を覗き見ていたナツ達だった。

リュウマはプレヒトが言った言葉を瞬時に理解してナツ達の元へ駆け出す。

 

「お前達!!しゃがめ!!!!!!」

 

「えっリュウマ!?」

 

「なっなんだ!?」

 

「うおぉぉ!?」

 

「えっえっ?」

 

「なっまさか!?」

 

 

「うぬの鎖に拘束されている時に仕掛けさせてもらった…。さぁ、いかようにするリュウマよ!『天照(アマテラス)100式魔法陣』!…それも三重重ねだ…!フフフ…フハハハハハハハ!!!!」

 

 

マスターマカロフが最大防御をしたにも関わらず、一度でほぼ戦闘不能に追いやった魔法陣が三つも重ねがけされている。

その威力たるや…想像も絶する…。

 

──間に合え…っ…!!

 

リュウマは叫んだとおりに固まってしゃがみ込んでいるナツ達の所に駆け出す。

 

 

 

──ドゴォォォォォォォォォォン!!!!!!

 

 

 

全員を巻き込み、舟を大きく揺らす程の巨大な大爆発がみんなを呑み込んだ。

 

 

 

 

「ゲホッゲホッ!どうなったんだ?」

 

「分かんねえ…こっちにリュウマが来たと思ったら…」

 

「すごい衝撃だったが…衝撃だけで爆発の威力は来なかったな…」

 

「なんなのよもぉ~…!」

 

「うぅ…ぁ…リュウマ…さん…!!」

 

「「「「!!!!????」」」」

 

それぞれが困惑しながらも立ち上がる。

 

その中で立っていた所が、比較的扉の所と近かったウェンディは顔を上げて目の前にいる人物に気がつき震えた声で言った。

それに気づいた他のメンバーもそれに驚きその場所に目を向けた。

 

そこには…

 

 

「……………………。」

 

 

爆発からナツ達を守るように前に立ちはだかり…両腕をクロスさせた状態で静止しているリュウマがいた。

 

体は至る所が傷だらけで血が流れている。

誰の目から見ても重症であった。

 

「…………っ…ゴプッ…無事な…よう…だな…?よもや…一日に…二度も同じことを…することに…なる…と……は…─────」

 

静に後ろを振り向いてナツ達に声をかけるが、とうとう前に倒れ込んだ。

 

「「「「「リュウマ/さん!!」」」」」

 

ナツ達はまさか自分達を庇ってやられてしまうとは思わず駆け寄り口々に謝っていくが、リュウマは意識を手放していた。

ノーガードで強力な魔法を三重で全部受けたので仕方なかった。

その証拠に、リュウマの後ろはほとんど無事だが、リュウマが居なかった所の後ろは抉り飛んでいた。

 

「フハハハハハハ!!やはり庇りおったか!!うぬ等には感謝しよう…危うくやられるところであったが、うぬ等がいたおかげでこうして──」

 

「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

──ドガッ!!!!!!!!

 

「ぬあぁっ!」

 

ナツはプレヒトに向かって一気に飛び掛かり殴り飛ばした。

 

「じっちゃんやっただけじゃなく、リュウマまでやりやがって!!オレが灰にしてやる!!!!」

 

「てめぇはぜってぇ許さねぇ!!」

 

「リュウマをやりおって…剣の錆にしてやる!!」

 

「あなたのことは許しません!!」

 

「あんたなんかすぐにやっつけてやるんだから!!」

 

ナツ達はリュウマをやられたことから怒り、各々が魔法で攻撃していく。

 

──カチカチカチカチカチ…

 

故に気がつかなかった…。

 

「………………。」

 

服に隠れて見えなかったが、下の肌には幾十もの複雑な線が走り…自己修復魔法陣が刻まれ…リュウマの体を超高速再生させていることに。

 

リュウマはガードする上で魔力で覆うことを捨て、自己修復魔法陣を予め発動させていた。

このままいけば、僅か数分で全快する。

 

それを知らないナツ達はプレヒトに立ち向かっていくが、いくらリュウマとの戦闘でダメージが入っていたとしても、相手は悪魔の心臓(グリモアハート)マスターであると同時に、かつて…妖精の尻尾(フェアリーテイル)2代目マスターであり、妖精の尻尾(フェアリーテイル)創設メンバーの1人であるので、攻撃が入ってもダメージは全く入れられなかった。

 

流石最強チームなだけあって連携は素晴らしく、プレヒトの攻撃が誰かに当たったら他がサポートして助け、他のメンバーが攻撃する。

 

ウェンディが使う付加(エンチャント)でみんなの攻撃力やスピードなども上がっているが…

 

「ちょこまかと…フンッ!」

 

「「「うああああああああ!!!!」」」

 

やはりプレヒトにはまだ敵わなかった。

 

──クソッ…こいつ強えぇ…!

 

──全く本気出してない…!?

 

──なんという強さだ…リュウマはコイツを1人で…

 

──あたし達じゃやっぱり…

 

──うぅ…つ、強いです…

 

心の中ではみんなが悔しがっていた。

自分達が邪魔をしなければリュウマは絶対に勝っていた。

そして自分達がいざ戦ってみるとこの通り、やられてしまう。

力が無い自分達が悔しかった。

 

「なかなか持った方だが…うぬ等は消えよ…!」

 

とどめをさされそうになった瞬間…舟に雷が落ちてきた。

 

「よぉ…お前ら。随分こっぴどくやられてるみたいだな」

 

「「「ラクサス!!!!」」」

 

直感で感じ取った友のピンチに現れたのはラクサスだった。

 

「てめぇがじじぃをやりやがったのか…」

 

「うぬは…まさかマカロフの…小僧──」

 

──ドカァ!!!!!

 

ラクサスは破門の原因になったバトルオブフェアリーテイルの時とは見違える程の力でプレヒトを圧倒していった。

 

「『雷竜の咆哮』ォォォォォォォ!!」

 

「ぐおおおおお!!??」

 

だが、それでも最初だけだった…やはりプレヒトは強く、時間が経つに連れてラクサスが押され始め…ラクサスが強力な魔法によってやられてしまった。

 

「うぬはもう消えよ!!」

 

「ぐっ…ガアアァァァ!!」

 

だが…

 

「…ッ!オレの奢りだ…受け取れナツ…!」

 

やられる瞬間にナツに対して自分の魔力をすべて明け渡した。

 

ナツはその雷を吸収し、自身を新たなステージ…『雷炎竜(らいえんりゅう)』へと至った。

 

その力は凄まじく…高火力の炎の打撃に続き、強力な雷による追加ダメージを与えていく。

プレヒトは反撃を許されず、ナツの新たなモードによってダメージを与えられていく。

そしてナツは最後に魔力をすべて籠めて最大の攻撃を放った。

 

「消えろォォォ!!『雷炎竜の咆哮』ォォォォォォォォォ!!」

 

「グアァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

その一撃は舟を突き抜け…海の更に向こうまで飛んでいく程の威力だった。

 

みんなはプレヒトを倒した!と喜びを噛み締める…。

 

「マカロフめ、まったく恐ろしい小僧どもを育ておるわ」

 

だが、プレヒトはまだ倒し切れていなかった。

 

「『悪魔の眼』開眼…!うぬ等には見せてやろう…魔道の深淵…ここからはうぬ等の想像を超える領域だ」

 

プレヒトが悪魔の眼を開眼した途端、元々途轍もなかった魔力が更に跳ね上がる。

まるで留まることを知らないとでも言うような魔力に、ナツ達は恐怖し体を震わせる…。

 

「魔の道を進むということは、深き闇の底へと沈んでゆくということだ…そしてその先に見つけたるや“一なる魔法”…あと少し…あと少しで辿り着く…!故に私が一なる魔法を手に入れてみせる」

 

──一なる魔法…やっぱりどこかで聞いたことが…!ママ!?

 

ルーシィは一なる魔法というものについて少しずつ思い出してきた。

 

「だが、うぬ等はここで終わりだ…」

 

プレヒトはどこか不吉なものを感じる構えをとった…。

 

「ゼレフ書…第四章十二節より…裏魔法・『天罰(ネメシス)』」

 

そう唱え終わるや否や…戦闘で破壊され飛び散っていた土塊から、一体一体が途轍もない魔力を持つ化け物が生み出された。

しかもそれが凡そ数百体…。

 

「深淵なる魔力を持ってすれば…ただの土塊から悪魔をも創造することが出来る。悪魔の踊り子にして天の裁判官…これぞ裏魔法だ」 

 

あまりの事態に全員が体を震わせている。

 

──一体一体がなんと絶望的な魔力の塊…あ、ありえん…!

 

──怖い…!!怖い!!怖い!!

 

──瓦礫から化け物を創ったのか…!

 

──か、体が…動かねぇ…!!

 

──怖くて…もう…ダメ…誰か…あたし達に勇気を…助けて…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     「何を恐れる必要がある」

 

 

 

 

    「「「!!!!????」」」

 

 

 

突如後ろから聞こえた声に全員が驚愕した。

本来は立ち上がる事すら出来ないと思われたリュウマが立ち上がって、自分達を見据えていたのだから。

 

「確かに一体一体は高い魔力を持っている…だが、()()()()()。あの塵共に意思などない、ただの動く土塊に過ぎない。さぁ…立ち上がれお前達、決着をつけてやれ」

 

 

──それにプレヒトよ…貴様には一なる魔法は手に入らない…無論…俺にもな…。

 

 

リュウマの言葉で足の…体の震えは止まった。

何故ならば…こんなにも頼もしい男がいるのだから!

 

「だが今のお前達には辛かろう。故に少し力をくれてやる」

 

そしてリュウマはナツ達に向かって手を向けた。

 

「五分間だけお前達に俺の力を貸してやる…『同調する我が力(リンク・フルバースト)』」

 

リュウマの手から放たれた黒い力の塊は()()()胸元まで飛んでいき、吸い込まれていった。

 

──ドクンッ!!!!

 

「「「「「────ッ!!!!!」」」」」

 

これは五分間という限られた時間だけ、使用者の力を対象者にリンクさせる魔法。

つまりこの瞬間…リュウマは7人になったも同じということだ。

 

──なんだこの魔力…!!??

 

──力が…止めどなく溢れて来やがる!!

 

──これがリュウマの目線…!

 

──すごい力!!

 

──なんて魔力なの…!!

 

「征け!お前達の全魔力は俺から全て供給される!好きなだけ使え!『封印…第一門・解』!!」

 

そして更に自分に施した封印を一つ解き放ち…ただでさえ膨大だった魔力が凡そ()()()()()膨れ上がり、全員の体から純黒の魔力が溢れ出した。

ナツ、グレイ、エルザ、ルーシィ、ウェンディは確信した…勝てる!と。

 

「そんなもので思い上がるなガキ共ー!!!!踊れ!土塊の悪魔よ!!」

 

背後に待機していた悪魔達が一斉に彼等に向かっていくが、そんなもので彼等の前進は止まらない。

それぞれが悪魔を一瞬で蹴散らしていく。

それには流石のプレヒトも目を見開いて驚愕した。

 

──なんだ…なんだあの力は…!!

 

今のナツ達の力は封印を解いたリュウマと同等、いや、そのもの…!

たかが土塊から創られただけの悪魔が彼等に歯が立つわけがなかった。

 

──俺も準備しておくか。

 

リュウマは空に手を向けてある剣を呼び出した。

 

「神器召喚・『金属器』」

 

剣からは途轍もない魔力が感じられるが、これは全快ではない。

 

「久方ぶりにやるな…魔装バアル!!」

 

リュウマの体に水色の鎧が装着され、腕は水色の竜の鱗のようになり、腰には尻尾のようなものが生える。

その姿はまさに半竜半人といったものであった…。

 

そしてそのまま静かに魔力をその剣に溜め始めた。

 

一方ナツ達は悪魔を全滅させて、プレヒトに攻撃を加えていく。

 

 

「うおおお!!『氷刃七連舞(ひょうじんななれんぶ)』!!!!」

 

「ぐうっ!!!」

 

 

「換装!『天一神の鎧(なかがみのよろい)』!征くぞ!『天一神(なかがみ)星彩(せいさい)』!!!!」

 

「ぐっくああ!!」

 

 

「えぇい!『アームズ』!『天竜の翼撃』!!」

 

「ぬあああ!!」

 

 

「これならいける!五体同時開門!!お願い!『タウロス』!『キャンサー』!『アリエス』!『ジェミニ』!『スコーピオン』!」

 

「この数の星霊を!?ぐあぁぁぁぁ!!!」

 

 

「うおおおお!!滅竜奥義・『紅蓮爆雷刃(ぐれんばくらいじん)』!!!!」

 

「カアアァァァァァァァ!!??」

 

 

「全く人使いが荒いぜ…食らえ!滅竜奥義・『鳴御雷(ナルミカヅチ)』!!」

 

「なっ貴様等は!?グアァァァ!!??」

 

 

それぞれが攻撃し、吹き飛ばされるプレヒトは反撃をしようとするが、力が抜けたことに困惑した。

 

──なんだ!?私の魔力が…まさか…!私の心臓を…!

 

舟にある動力源である“悪魔の心臓”…これはプレヒトが作ったプレヒトの心臓そのもの。

ナツ達よりも先に行ったハッピー達が見つけて破壊したのだった。

故にいきなり力が抜けて上手く体が動けなくなってしまったのだ。

 

その先に攻撃準備を整えたリュウマがいるのにも関わらず…。

 

「先はよくもやってくれたな?とっておきの返しをしてやるわ!!……憤怒と英傑の精霊よ…汝と汝の眷属に命ず…我が魔力を糧として我が意志に大いなる力を与えよ!」

 

「なっその魔力は…!」

 

リュウマは更に膨大の魔力を籠め、その魔力量に完全に危機感を持ったプレヒトはどうにか避けようとするも…もう手遅れだった……

 

 

「極大魔法……」

 

 

正面から飛んでくるプレヒトに向かって剣を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   「『雷光滅剣(バララークインケラードサイカ)』!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

剣に集めた莫大な魔力の極雷が巨大な剣を形作り、舟を一刀両断しても尚進み…遙か遠くにある雲をも突き抜けていった。

 

 

 

 

 

極大魔法を放たれたプレヒトは当然戦闘不能へとなり、この瞬間をもって…悪魔の心臓(グリモアハート)との戦いは幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 




リクエストに答えて極大魔法使いましたが…実はマギってそこまで詳しくないので、技が違う感じだったらすみません…。



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第三一刀  黙示録に記されし…黒き竜

やっとアクノロギア出て来たよ…。




 

 

プレヒトが敗れたと同時に残っていた悪魔の心臓(グリモアハート)の雑魚兵が仇討ちと言わんばかりに攻めてきたが、その場に現れた残りのフェアリーテイルのメンバーを見て恐れをなして逃げていった。

 

「つか、リュウマ!!さっきのあれなんだ!?めっちゃ力が湧いてきたぞ!!しかも魔力が跳ね上がってよ!!あとその格好なんだ!?ドラゴン!?」

 

「そういう魔法だ。魔力はただたんに封印を一つ外したからだ、これは魔法の仕様だ。あと耳元で叫ぶな煩い…」

 

至近距離の大声で叫んでくるナツに煩そうにしながらも簡潔に教えてあげる。

 

「一つってことはまだあるんですか?」

 

「…ふふ…内緒だ」

 

気になったことをウェンディが問うが、少し微笑んだリュウマははぐらかす。

 

「さて、皆の傷の手当てをしよう。重症患者が多いからな…ウェンディ、手伝ってくれるか?」

 

「あ、はい!任せて下さい!」

 

フェアリーテイルで七眷属にやられた負傷者を治していくリュウマとウェンディ。

ウェンディの回復は体力で、リュウマの回復は傷口と魔力。

 

「傷が痛いな~?お願いリュウマ~治して~?」

 

「ミラさん!リュウマさんに抱き付かないで下さい!」

 

「なっ…ミラ…治す、治すから少し離れろ…っ」

 

リュウマの体に真っ正面から抱き付きしな垂れかかるミラと(私情混じりに)注意するウェンディ。

 

「爆発から助けてくれたお礼してないも~ん!ねっ…どう?私の体柔らか『ガン!』痛い!」

 

「ミ~ラ~?油断も隙もあったものではないな?」

 

危ない発言をしようとしたミラを何時ぞやの時のように頭をひっぱたき止めるエルザ。

もちろん目は笑っていない。

 

「いいじゃない。助けてもらったお礼なんだし?」

 

「なら私達も助けてもらったが?」

 

「そうですよミラさん?」

 

「抜け駆けはダメですよミラさ~ん?」

 

見かねたルーシィも、ウェンディと一緒に交ざる。

因みに全員笑顔だが目が(ry

 

「いや…後が詰まってるから早くしてくれ…」

 

火花散る輪の中に取り残されたリュウマを、他の皆はちょっと可哀想な者を見る目で見ていた。

そんな目で見られた彼の心はいたたまれなかった…。

 

 

ところで、リュウマは相手の傷を自分の魔力で傷の修復速度を上げて、それと同時に魔力をその相手に分け与える事が出来る。

だが体力までは分け与えられないのでウェンディが担当しているのだ。

 

リュウマが使う回復魔法での強みは、分け与えるリュウマ自身の魔力が膨大であり、一度に何人にも分け与える事が出来ることと、失った魔力の分は持ち前の超回復力で直ぐに回復することが出来ることだ。

 

ウェンディは自分に対して回復が使えないが、リュウマは自己修復魔法陣を己の体に刻み込むことで一瞬で回復させることが出来る。

 

 

 

多種多様に形を…色を変えることの出来る彼の魔力は多岐に渡る魔法を扱える。

故に彼がよくやる魔法…というよりも技術は、『模倣』と呼ぶにはとても合っていた。

 

本来『模倣』と同じように『コピー』という魔法を使う魔導士は、世界に少ないながらもいることにはいる。

 

だが、それは所詮…相手が持つ魔法を全く同じにコピーするにすぎない。

 

彼が使う『模倣』…その真骨頂は相手の魔法…技術を()()()()()()()()()というもの。

つまり、覚えた魔法を普通に使うことも、それから派生させ進化させて使うことも出来るのだ。

 

故にどこかで聞いたことのあるような技も、少し違う形で彼に使われている。

武に関する技術に対しても同じ…いや、此方の方が恐ろしい。

彼は元々真似る事が何故か得意だった、何故か出来た。

それに伴い頭脳も天才的に良かった。

そしてそれを(超短期間の内に)極めることにより、()稽古という形に昇華させた。

 

彼が使う()稽古は恐ろしく、本当ならば見稽古と言い、2回見なければ完全には覚えられないのだが、彼はたった一度でも見るだけで…その技術の途中であっても全貌を予測し完全に覚える。

故に()稽古。

 

見た技術を無意識下に自分の頭の中でトレース…自分の体を使って再現し、何がどうなりどういった技術であるのかを事細かに分解し再構築…そして理解、実現。

途中であっても、彼の類い稀なる頭脳にとって、数多の技術を詰め込んでいる故に途中であろうが、その先がどうなるのか予測するのは容易であった。

 

どんなに複雑な技術も見た瞬間覚える。

そして彼自身が持つ最高位と言う言葉すら生温い程の武に対する才能…否…それはもはや災能と言った方が良いのかもしれない…。

 

だがそれは何故か?

 

見て覚えたにも関わらず、それを今度は自分好みに…自由自在に変化させ使う。

そして彼の武の災能は留まることを全く知らない。

比喩でも大袈裟でも無く…ただただどこまでも底など無い…無限に進化し続ける能力()

 

数多の…それこそ一体どれ程の者を()()()きたか本人ですら憶測になるほどの相手と戦ったが、誰もがその能力の前に等しく沈んでいった…。

 

彼はあまりにも強くなりすぎた。

 

彼はあまりにも強くなる災能に恵まれすぎた。

 

彼は強くならざるを得ない環境に居すぎた。

 

彼は生まれ持った体も魔力も総てがあまりにも強すぎた。

 

 

故に彼は周りに合わせるように自分自身に自分以外では解けない絶対の封印を施した。

 

 

本来の力は余りに強大で、余りに禍々しく、余りに周りとかけ離れ過ぎていたから。

 

元々これだけの事があり彼を最強の頂きに君臨させているにも関わらず…その力総てに対して絶対の恩恵を与え、彼の力の根源とも言える物…。

 

 

どんな時であっても常に腰に必ず差している…そのたった一本の()()()色をした刀。

 

 

この刀が彼の総てであり…彼の始まりと言ってもいい。

 

この刀は……どうやら彼とウェンディが治療を終えたようだ。

刀のことはまたの機会になるだろう。

 

もしかしたら…それよりも君達はあの刀の存在がどういったものなのか分かるやもしれない。

後は…語るに及ばず。

気長に待つのもまた一興だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みんなの傷の手当てが終わって少し経った頃。

最初はマカロフが試験の中止を言い放ち、案の定ナツ達(何故かガジルも)が不満を口にしたが、マカロフがリュウマに勝てたなら合格にしてやってもいいと言い、全員が一斉に諦めた。

 

因みに、ナツは望むところだと言って向かっていったが拳骨一発脳天に叩き込まれて終わった。

 

そして今はカナがギルダーツに自分のことを告白するとルーシィに言い、ギルダーツの所まで来ていた。

リュウマは何故か見守っていてほしいとカナに言われ、部外者なのに…と言いながらもついてきた。

 

「……………。」

 

「どうしたんだ?カナ」

 

カナはいざ前に立ち、言おうとするが、やはり少し詰まってしまう。

だが、茂みの奥で今も尚応援してくれているルーシィとリュウマを見て覚悟を決めた。

 

「私がギルドに入った理由ってさ…父親を探しに来たのが…きっかけで…さ」

 

「へぇ~そりゃ初耳だな。ってことはあれか?お前の親父さんはこの妖精の尻尾(フェアリーテイル)にいたのか?」

 

「えっと…う、うん」

 

カナは顔を少し俯かせ、服の端をギュッと掴みながらも言った。

 

「ギルダーツなんだ」

 

「……え?」

 

言われたギルダーツは固まった。

 

「えぇーーーー!!!!????」

 

「色々あって……ずっと言えなかったんだけどさ…」

 

「ち、ちょっと待て…えっ…?お、お前…!」

 

ギルダーツはあまりの事に顔中に脂汗をかいていた。

 

「うん…受け入れがたいよ…ね…」

 

カナはそんなギルダーツを見て受け入れられないと悟ったのか、言葉が弱々しくなっていく…。

だが…

 

 

「誰の子なんだ!?サラ…ナオミ…クレア…フィーナ…マリー…イライザ…エリー…エンナ…いやいや髪の色が違う!!エマ…ライラ…ジーン…シドニー…ミシェル…ステファニー…マリア…ミランダ…ハルミ…etc……」

 

「オッサン!!!!どんだけ女作ってんだよ!!」

 

この男かなり最低だった。

あまりの囲う女の多さにカナもツッコミを入れた。

 

「あーーもう!!腹立つーー!!こ~んなしょーもない女たらしが父親をなんて~~~~~!!!!!」

 

「わ、分かった!!シルビアだな!?性格とかそっくりだぜ!!」

 

ギルダーツは性格が似ているということから当たりをつける。

 

「もぅ!とにかくそういうことだから!それだけ!!」

 

「ま、待てって!」

 

カナは呆れかえり帰ろうとする。

 

「私が言いたかったのはそれだけ!!別に今更家族になろうとか言ってるわけじゃなくて、今まで通りに───」

 

カナが途中で振り返り、小言を言い放とうとするが、ギルダーツが後ろから抱き締めた。

 

「コーネリアの子だ間違いねぇ」

 

ギルダーツはカナを抱き締めながらそう口にした。

コーネリアとはギルダーツが過去に唯一愛した女性だった。

 

「仕事ばかりのオレに愛想をつかして出て行ったのが18年前…風の便りで逝っちまったのは知ってたが…まさか子供がいたなんて…すまねぇ…お前にきづいてやることすら出来なくて…!」

 

カナは抱き締めるギルダーツの腕をそっと解く。

 

「いいよ…態とバレないようにしてたの私だし…勝手で悪いんだけどさ、私はこれで胸のつかえがとれたよ…」

 

「こんな近くに…オレの娘がいたなんて…」

 

ギルダーツは顔を俯かせ、自分の不甲斐なさに呆れかえりながら体を震わせていた。

 

「よせって…責任とれとかそんなこと言うつもりで今はなしたんじゃないんだ…今まで通りでいいよ。ただ…1回だけでいいから言わせてよ」

 

カナは笑顔になりギルダーツに向かって言った。

自分が1番言いたかったことを。

12年間自分の中に溜めていたことを…。

 

「会えてよかったよ お父さん」

 

そんな顔で、声で言われたギルダーツは昔のことを思い出した。

自分が初めてギルドの前で会った時のこと。

 

帰って来た自分に遠くから少し複雑そうな顔をしている時のこと。

 

自分のことを悲しげな表情で見ていた時のこと。

 

ギルダーツはもう限界だった。

泣きながらカナを思いっきり抱き締めた。

カナは今度はそれに答えて自分からもギルダーツを抱き締めてあげる。

 

「もう寂しい思いは二度とさせねぇ…!!これから酒飲むときも仕事行くときもずっと…一緒にいてやる…!」

 

「それはちょっとウザいかな?」

 

そう言いながらもカナはその目に涙を溜めながらも笑っている。

 

「だから…だから…」

 

ギルダーツは尚いっそう力を籠めて抱き締める。

 

「オレにお前を愛する資格をくれ…!!」

 

2人は互いに強く抱き締め合った。

この時にカナの心に空いた穴は何かによって埋まったのだった。

 

実に感動的ではあるが………

 

 

 

 

 

みんながそれぞれ暖かな日差しの中にいた時…

 

 

X784年12月16日…

 

 

天狼島にて…

 

 

「…?──────────ッ!!!!!!」

 

 

──この気配は……!!見つけた…見つけたぞ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      破滅は突然やって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ…!!!!!!!!!!!!!

 

 

この咆哮が聞こえた瞬間、天狼島にいる全員が気がついた。

 

「おい見ろ!!あそこだ!!」

 

リリーが指さした空を見るとそこには…

 

「何だあれ!?」

 

「で、でけぇぞ…!」

 

「ドラゴン…!?」

 

「何なの…?一体…」

 

「マジ…かよ…」

 

「本物のドラゴン…!!」

 

「ドラゴンはやっぱり生きてたんだ…!!」

 

みんなが驚いている中マカロフが信じられないものを見たような顔で言った。

 

「黙示録に記されし…黒き龍…アクノロギア…」

 

アクノロギアは一気に急降下して天狼島に向かってくる。

 

「おい!来るぞ!!」

 

「逃げろーーーーー!!!!!!」

 

一度戦い、自身を死ぬ一歩手前まで追い込まれたことのあるギルダーツは逃げるように叫ぶ。

 

そして…

 

───ドガアァァァァァァァァン!!!!

 

アクノロギアが降り立った。

その衝撃で天狼島が大きく揺れ、地を叩き割る。

 

その体は黒く青い模様が入り、胸の部分には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の二つの傷痕があった。

 

そしてその巨体からは…今まで感じたことの無いほどの魔力を感じる。

 

「な、なんつー威力なんだ!!」

 

「ウソだろ!?」

 

「なによこれ!?なんなのコイツ…!?」

 

「船まで急げェ!!!!」

 

みんながそれぞれ全速力で船に向かう。

 

アクノロギアが腕を振り、その威力に辺りのものを破壊していく。

その衝撃にナツは転ぶが、アクノロギアの前に立つ者がいた。

 

「………………。」

 

「リュウマ!!」

 

リュウマであった。

 

「早く船まで走れ。ハァッ!」

 

──ガアァァァァン!!!!!!

 

「───ッ!!!」

 

「まだだ…『二重の衝底』」

 

「グオオオオ…!!」

 

迫り来るアクノロギアの顎を蹴り抜き上体を反らせ、二重の極みを応用した掌底を腹に叩き込んで後退させた。

それでもアクノロギアにダメージはない。

 

だが…

 

「リュウマ無茶だ!!」

 

「リュウマ!やめてくれ!」

 

「…………。」

 

何かを思ったのか、眼を細めてリュウマを見ていた。

リュウマはそのチャンスを使い、後ろにいるフェアリーテイルのメンバー全員に言い放つ。

 

「今のうちに駆けよ。アクノロギアは俺が止めておく」

 

「かくなる上は…!」

 

「当たって砕けてやるわー!!」

 

 

「俺の言うことが聞こえなかったのか!!!!駆けよと言ったはずだ!!!!最後ぐらいは人の言うことを聞かんか愚か者共がァ!!!!!!!!」

 

 

立ち向かおうとしたみんなの足を止めた。

ここまで怒鳴るリュウマは初めて見たからだ。

 

──最後って……!

 

ミラは手を口にあてて心の中で叫んだ。

 

「ガキ置いていく親がいるかァ!!!!」

 

だが、マカロフはそれでもリュウマの所に行こうとするも…

 

「マカロフ…『眠れ』」

 

「な…んじゃ…と…リュウ…マ…───」

 

リュウマによって眠らされた。

 

「ラクサス。分かっているな」

 

「……分かった…!」

 

言われたラクサスはマカロフと暴れてオレも戦うと言って聞かないナツを引きずり逃げていく。

 

「ラクサスお前…!」

 

「………。」

 

ナツはラクサスに文句つけようとするが、ラクサスは目にうっすらと涙を浮かべていた。

 

「リュ…リュウマ……くっ!」

 

「う…うぅ…!」

 

「ごめん…ごめん…!!」

 

「リュウマーー!!」

 

「リュウマ…さん…!」

 

「チッ…!クソが…!」

 

皆口ぐちに謝り、涙を浮かべながら逃げていった。

 

 

リュウマはみんなが逃げたのを確認すると止まっているアクノロギアと向かい合う。

 

「…漸く…漸く貴様を見つけたぞアクノロギアよ」

 

「………………。」

 

「如何様であった?我が父と母は。強かったであろう?その胸のその傷が良い証拠ぞ」

 

「………………!」

 

「漸く貴様のことを見つけたのだ…折角だ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ここで逝ね。アクノロギア」

 

 

 

 

彼は一気に駆け出してアクノロギアに向かって拳を振り上げる。

だがアクノロギアは向かってくるリュウマに、自身の腕を叩きつけるように振るう。

 

「『猿王獣の王拳』!!!!!!」

 

「グオオオオッ…!」

 

振り下ろされる腕を殴りつけて弾く。

アクノロギアは自身の腕を弾いたその威力に少しだが驚いた。

 

「貴様相手に出し惜しみなどはせぬぞ。『封印…第一…第二…第三門・解』!!!!」

 

──と、言っても…彼奴等がまだおるうちは本気なんぞ出せぬがな。余波で死ぬやもしれぬ…。

 

フェアリーテイルの誰もが見たことも感じたことも無い程に彼の魔力が上がっていった。

 

その総魔力量…初期の大凡8倍…。

 

あまりの魔力量に天狼島を覆い尽くすほどの魔力であった。

 

「神器召喚・『戦鎚ギデオン』!」

 

呼び出したのはリュウマの身の丈程ある大鎚。

その重さは驚異の2200ポンド。

分かりやすく表すと…実に約一トン…!。

もはや人間の身長程の大きさに関わらず一トンの重さのこの大鎚は、人間が扱うには不可能に近い武器であった。

※ここでは人間サイズです

 

だが彼はそれを軽々と持ち上げ、体の周りで自由自在に振り回す…。

 

封印されていた己の筋力を使えば実に容易い芸当だ。

 

「『砂の渦(サンドワール)』」

 

「…!」

 

アクノロギアの足下の砂を流砂のように柔らかくさせ機動力を奪った。

いきなり砂が柔らかくなったことでアクノロギアはバランスを崩して膝をつく。

 

そこに間髪を入れずに近づき超重量の大鎚を頭に叩きつける。

 

「食らうがよいわ!!!」

 

「────ッ!!??」

 

流石のアクノロギアも、その衝撃に頭を下に叩きつけられ、地面に大きな亀裂が入った。

 

「天狼島を破壊するわけにはいくまい。『大地の剛剣(グラウンド・グラディウス)』!!」

 

「グオオオオオオオオッ!!!!」

 

大地からせり上がった剣の形をした大岩を腹に食らい、上空まで押し上げられて空中に放り出された。

 

アクノロギアは翼をはためかせて空中に飛んでいる。

リュウマも魔法を使い空中に飛んだ。

 

「ここならば天狼島を気にせんでよい。準備運動はもう十分だ」

 

「グルルルルルルルルル…」

 

そしてあの伝説の黒き龍…アクノロギアがたった1人の人間を相手に警戒をした。

 

龍はすべて高い知性を持っている。

人間の言葉だって理解して使うことだって簡単だ。

だというのにも関わらずアクノロギアは喋らなかった。

 

何故か?それは人間を虫けらにしか思っていないからだ。

 

人間が蟻に対して喋りかけないように、アクノロギアは人間に対して喋りかけなかった。

それは今も同じだ。

だが喋らないだけで警戒はしていた。

 

この人間はそこらにいる人間とは違う…と。

 

「空中だとこれはもう使えんな。神器召喚・『天叢雲剣(アマノムラクモノツルギ)』」

 

天叢雲剣は三種の神器と言われる物の一つである。

神話において八岐大蛇を退治した際に、斬った尻尾から出て来たとされる神剣である。

 

「骸となった(ドラゴン)から出てきた神剣であり…貴様と同じ竜から出てきたのだ…貴様に対して多少なりとも効くのでないか?…まぁ…貴様で試し斬りをするがなァ!!!!」

 

空中で急加速し真っ直ぐに向かって行く。

アクノロギアとて黙って向かってこさせる訳がなく、尻尾の振り払いで彼を狙う。

 

「天叢雲剣よ…汝が力を我に与えよ」

 

天叢雲剣から突如轟雷が発生した。

そのまま向かってくる尻尾に向かって振り下ろすと、轟雷の力も相まって尻尾は勢い良く弾かれた。

 

アクノロギアは弾かれた自身の尻尾を見る。

そこには痛みはほとんど感じられないが、雷が帯電し、鱗が少し斬れていた。

 

「グオオオオ!!!!スウゥーーーーッッ」

 

それに怒りを表し大きく息を吸い込んだ。

 

咆哮(ブレス)か…これだと凌げんな…神器召喚・『金属器』」

 

アクノロギアが膨大な魔力を溜めている間に天叢雲剣を消して羽扇の金属器を召喚した。

 

「魔装・『ダンダリオン』」

 

そう唱えると、耳の後ろ側から大きく湾曲した角が生えながらも全身を金属質の鎧に覆われ、彼の手の甲には八芒星が描かれている。

 

──キュイィィィィィィィィィン!!!!

 

「──ッ!!グオオオオオオオオオ!!!!」

 

そして溜め終わったのか、その強力無比にして絶対の威力のある咆哮を放った。

 

…今の彼に…放ってしまった。

 

 

 

「己自身で食らえ。『七星転送方陣(ダンテアルタイス)』!!」

 

 

「ッ!?グオオオオオアァァァァ!!!!」

 

 

リュウマは自分の真ん前に空間を繋げる魔法を広げ、アクノロギアの真下と繋げた。

咆哮がその空間を通っていき、下から来る自分の咆哮を受けてアクノロギアは叫び声を上げる。

いくら強く硬い竜の体でも、自身が放った咆哮はそれなりのダメージにはなったようだ。

 

「…っ!ハァッ…ハァッ…!どれだけの威力の咆哮なんだ…?転送しただけで我が魔装が剥がれてゆく…」

 

転送したリュウマはダメージはないものの、転送した咆哮が強すぎて魔装が耐えきれず剥がれ落ちた。

 

──チッ…これだともう一度は無理か…それよりも彼奴等は逃げ終えたのか…?いつまでもこれだけでは此奴は殺せぬわ。漸く見つけた我が怨敵だというのに…!

 

「「「「リュウマーー!!!!!」」」

 

「────────ッ!!!???」

 

──彼奴等は一体何を…!何故まだ逃げていないのだ…!

 

「グオオオオオオ!!!!!!!」

 

「ハッ!?しまっ──────」

 

────バキャッ!!!!!!!!!

 

天狼島からした自身を呼ぶ声に驚き振り向いた瞬間…その隙をアクノロギアが見逃すはずがなく、体に似合わない高速移動で一気に接近し、強大な魔力を纏わせた拳でリュウマのことを()()()()()

 

今まで腕で払うようにしてしか攻撃していなかったアクノロギアが初めて、ちゃんとした攻撃をした。

 

それを真っ正面から受けたリュウマは下に凄まじい速度で吹き飛び、海面に当たるが速度が速すぎて水切りをした石のように数回バウンドして天狼島へと突っ込んだ。

 

封印を解いていなかったら、柔い状態で受けたので確実に死んでいたかもしれないが、封印を三つまで解いていた為に防御力も跳ね上がっており、多少傷を負っただけで済んだ。

 

吹き飛び着地したのは…

 

「ごめんなさいリュウマ、置いて逃げちゃったりして…」

 

「すまねぇ…」

 

「やっぱり置いていけないよ!」

 

「一緒に戦おうぜ!」

 

「リュウマにそんな怖い顔してほしくないよぅ…」

 

「フェアリーテイルはお前を置いて逃げるほど聞き分けよくねぇだろ?」

 

「リュウマ、ワシ等はお前さんを置いていったりなどせん」

 

「…ゴホッ…貴様等…この…愚か者共が…」

 

フェアリーテイルのみんなの腕の中だった。

 

実はリュウマが飛び立ち戦っているところで、みんなはやっぱり置いていけないと言い、引き返していたのだ。

今まで見たことも無い程強いリュウマが戦っている相手が自分達にどうこうできるとは、もちろん思わなかった。

だからせめて守ってあげようと、全員で魔力を溜めて防御の準備をとっていた。

 

そして呼んではたき落とされた所を全員でクッションをして受けとめたのだ。

 

その事実に責める気を失せたリュウマはゆっくりと立ち上がった。

 

「ね?リュウマ、みんなで一緒に帰りましょう?」

 

「私たちはみんなで絶対にフェアリーテイルに帰るの」

 

「リュウマさんだけを犠牲にできませんよ」

 

「私達はいつも一緒だぞリュウマ」

 

「あたし達もついてるからね?」

 

 

──コオォォォォォォォォォォォ!!!!!!

 

 

アクノロギアは天狼島の真上まで飛んで止まり、又も咆哮(ブレス)をするために膨大な魔力を溜め始めた。

 

「くるぞ!!」

 

「まさか島ごと消すつもりじゃないでしょうね…!」

 

「リュウマ!さっきやってた転移魔法は!?」

 

「一度転移させたら鎧が砕けて使い物にならん…」

 

「なら他の防御魔法は!?」

 

「それならばなんとかいける。皆の魔力を俺に!」

 

「みんなリュウマに魔力を集めて!!」

 

フェアリーテイルのメンバー全員が手を繋いで大きな輪を作る。

 

「オレたちはこんな所で終わらねぇ!!」

 

「うん!諦めない!!」

 

「みんなの力を一つにするんだ!!」

 

「ギルドの絆を見せてやろうぜ!!」

 

そんなメンバー全員を見て、マカロフは本当にいいギルドだと思い、涙ぐみながら言った。

 

「みんなで帰ろう…」

 

 

 

 

 

 

 

 「「「「「妖精の尻尾(フェアリーテイル)へ!!!!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

フェアリーテイルのメンバー全員の心が一つになった。

 

 

 

そして同時に……

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────────ッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

アクノロギアの無慈悲なる咆哮が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     X784年12月16日 天狼島

 

 

 

 

 

      アクノロギアにより消滅

 

 

 

 

 

 

 

    アクノロギアは再び姿を消した。

 

 

 

 

その後…半年にわたり近海の調査を行ったが…

 

 

 

 

     生存者は誰1人確認出来ず…

 

 

 

 

 

          そして…

 

 

 

 

 

 

 

      7年という月日が流れた…。

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて天狼島編は終了です。
ここまで読んでくれてありがとうございます。

次はいよいよあれですね…!

あと、ギデオンはリュウマの身長程に縮小してあります。
脳内変換よろしくお願いします。


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大魔闘演武~竜王祭~
第三二刀  帰ってきたメンバー達


戻ってくる所って意外と書きづらいの知ってました?笑




 

 

アクノロギアの攻撃に晒されたフェアリーテイルのメンバー達は、世界の人々に死んだかのように思われた。

 

しかし、実際は違った。

 

確かにアクノロギアの攻撃は当たったが、その前に妖精三大魔法・『妖精の球(フェアリースフィア)』を発動させ、攻撃を凌いだ。

 

フェアリースフィアは幽体であるかつての妖精の尻尾(フェアリーテイル)初代マスターのメイビス・ヴァーミリオンが、フェアリーテイルメンバー全員の絆と信じ合う心を魔力へと変換させ、そしてリュウマが集めていた魔力も合わせて発動させたのだ。

 

ありとあらゆる悪からギルドを守る絶対防御魔法…妖精の球(フェアリースフィア)は強力であるため、皆を凍結封印したままで、解除するのに7年もの歳月がかかってしまったのだ。

 

かつて共にオラシオンセイス討伐を行ったギルドのブルーペガサスの情報によって、封印から解除された天狼島を見つけ…7年もの歳月を待っていたフェアリーテイルメンバーはそれこそ大いに喜んだ。

 

なお、主要メンバーが消えたためにギルドが小さくなっていて、帰って来たメンバー全員が驚いていたのは余談だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7年の時の呪縛から解放されたナツ達は、(実際は7年前だが)先程の事など無かったかのように意気揚々と船に向かって行った。

しかしその中でリュウマだけは先に行ってくれとみんなに言い、自分はみんなより少し離れた所まで来ていた。

 

「…メイビス」

 

何も無い所にそう声をかけるリュウマ。

しかしその直ぐ後に、先程まで凍結封印していたことを説明していたメイビス・ヴァーミリオンが現れた。

 

「…久しぶりですね。リュウマ」

 

「然り。貴様に会うのはあの時ぶりよな」

 

まるで旧知の仲であったかのようにしゃべり始める2人。

だがその雰囲気は、かつての友と話しているような雰囲気ではなく、緊迫した雰囲気だった…。

 

「俺は漸くアクノロギアを見つけた。…貴様との話も終わりに近づいている」

 

「……どうしてもなんですか?」

 

「俺は元々ここには相応しくはなかった存在…。本来あるべき所に戻るだけの話だ」

 

「あなたが()()()()フェアリーテイルの皆さんが悲しみます。それでもあなたは…」

 

「諄い。元からそういった話であったはずだ」

 

メイビスが悲しそうな顔で話すも、リュウマはそれを切り捨てた。

 

「今すぐというわけではない。だが、近々時は満ちるであろう…その時は…分かっているな?」

 

「…はい。あなたのことを…皆さんに全て話します。そしてあなたは…」

 

「…そういうことだ。頼んだぞ」

 

 

──それでもあなたは皆さんに…

 

 

そう心の中で呟いたメイビスであったが、リュウマが踵を返すと同時にやめた。

 

「あなたのことはきっと彼等が───」

 

メイビスはその場から立ち去るリュウマの背に向かってそう言い…ふわりと消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天狼島組のみんながフェアリーテイルに帰って来た日は飲んで食べて、かつての喧騒を取り戻すかの如く騒いだ。

 

7年前よりも小さくなってしまっていたフェアリーテイルは、とあるギルドに金を借りながらもやりくりしていたようだが、器物損害などされてお金もなかなか貯まらず、その規模を小さくさせてしまっていたようだ。

旧フェアリーテイルは前と同じ所にはある。

 

 

 

そして今リュウマ、エルザ、ミラはその金を借りたギルドとやらを訪問していた。

 

本来はマカロフが行くところなのだが、7年もの間にあったことを代理を務めていたマカオから聞いたりして忙しいため、リュウマに代理を頼んでいた。

 

最初は乗り気ではなかったリュウマだったが、エルザとミラにどうしてもと頼まれてこの話を受けた。

 

 

そのギルドの名は黄昏の鬼(トワイライトオウガ)という。

 

 

「だからさぁガキィ…今更話すことなんかねぇんだヨ?貸した金きっちり返してくれればウチらはそれでいいわけヨ」

 

トワイライトオウガマスターのバナボスタという男が、前のソファに座るリュウマに向かって言い放つ。

ソファの後ろにはエルザとミラが立って控えている。

 

「そう言われてもだな…其方が知っての通り驚くほど金がないのだ。それに帳簿を見る限り金の出入りが明らかに腑に落ちないところがある」

 

「アァ?いちゃもんつけようってのかヨォ?」

 

「いやそうではない。借りた金とその正当な利子については払う(いつかは)」

 

「こっちは今すぐ払えっつってんだよガキィ!!」

 

バナボスタは顔に青筋を浮かべ、ソファから立ち上がりながらリュウマを睨みつける。

 

「うむ…故に金利の計算をやり直して…」

 

「こっちは若ぇもんが5人もテメェらにやられてんだゴラァ!!貸した金も返ってきませんじゃこっちのギルドのメンツに関わるんだヨ!!」

 

因みにその5人とは、帰還メンバーが帰ってくる少し前に、大きくなったロメオに危害を加えようとしたところを、着いた帰還メンバーにボコボコにされた奴等のことだ。

 

「む?今日は金の話で来たのだが…その話もするのか?」

 

「そっちもこっちもないんじゃワレェ!!」

 

バナボスタはリュウマと自分の間にあるテーブルを蹴っ飛ばしながら大声を上げる。

 

「…『貸したものは返せ』…それが貴公らのギルドの信条…ということでよいのか?」

 

「7年前…私達のギルドに対する器物損害及びメンバーへの暴行…」

 

後ろに控えるエルザの魔力がたちまち上昇していく。

 

「その分全てを私達もあなたたちに返さねばならなくなりますよ?」

 

その横に控えるミラの魔力も上昇していく。

 

 

「7年間仲間が受けた苦しみ…胸に秘めた悲しみ…それらを考えるだけでも言葉も出ぬわ…」

 

 

そして…リュウマの魔力が上昇していきギルド全体が大きく揺れ始める。

 

「小僧が…貴様等は我等と戦争を始めるという宣戦布告で──いいんだなァ?」

 

ミラがサタンソウルに、エルザが煉獄の鎧に、そしてリュウマは手に大剣を持っている。

 

「ちょっ…えっ?」

 

そんな3人を見て、ギルド内の人間がこの世の最後を見たかのような悲壮溢れる顔になる。

 

そして…辺りに響き渡る程の叫び声が木霊した。

 

それは実に…7年前のフェアリーテイルそのもののやり方であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日のギルド内で、ロメオから今のフィオーレ一のギルドについてナツ達が聞いていた。

 

7年前はこれといって目立っていなかったのだが…ギルドマスターが変わったことと、すごい魔導士が5人入ったことが強くなったことのきっかけなんだそうだ。

 

そしてフェアリーテイルが最下位であると聞かされたナツ達は、上にのぼる楽しみが増えたと案の定燃え上がっていた。

 

この時、ギルダーツはマカロフに旧フェアリーテイルの地下室に行き、フェアリーテイルの秘密を教わり、新しきフェアリーテイルのマスターになるよう言われている。

 

 

 

 

そしてそれから時は過ぎ…今はナツとマックスが戦って勝負をしていた。

 

かつてのナツならば瞬殺していた相手であったのだが、攻撃は躱され、時には砂で防御し、マックスがナツを押していく。

しかしナツは、マスターハデスとの戦いで手に入れたモード『雷炎竜』になり、強力な咆哮でマックスの横スレスレを通過して後ろのものを吹き飛ばしてマックスの降参によって勝利した。

その後に魔力消費が多すぎて倒れたが…。

 

「しっかしこりゃ大問題だぞ?元々バケモンみてぇなギルダーツやラクサスやエルザ、リュウマとかならともかく、オレ達の力はこの時代に全くついていけてねぇ…」

 

「バケモンとは言ってくれるではないかグレイ」

 

「ほ、褒め言葉だって!」

 

リュウマの言葉に慌てて修正を加えるグレイ。

 

「確かにナツでさえあのマックスに苦戦するものね…」

 

「あのマックスさんに…」

 

「2人ともズケズケ言うね…」

 

2人の容赦ない言葉に手と膝を地に付けながらズーンと落ち込んでいるマックスだった。

 

で、魔力を一気に上げられないかという話になり、フェアリーテイル顧問薬剤師であるポーリュシカの所に来たのだが…

 

「つー訳で──」

 

「帰れ」

 

にべもなく追い返された。

 

その後も何か無いかと聞くが、扉から出てきたかと思えば物を投げつけられて退散した。

その際ウェンディがポーリュシカのことをずっと見ていた。

 

同時刻では、ギルダーツのマスター就任を発表したが、垂れ幕の奥にいたのはニコニコとしながら手を振っているミラだった。

ミラがギルダーツから渡された手紙には、ラクサスをギルドの一員として認め、6代目マスターをマカロフに任せると書かれていた。

ラクサスが一員に認められることに不服そうにしているマカロフだったが、体が震えているのが分かる。

そして最後には、自分が帰ってくる時にはフェアリーテイルをまたフィオーレ一のギルドにするようにと書かれていた。

 

みんながそれは少し…と言っている傍ら…ロミオが大魔闘演武について話していた。

 

 

 

所戻りリュウマ達の方では…

 

 

「誰よ~ポーリュシカさんのところに行こうっていったの~!」

 

「ここまで追っかけてくるとは…とんでもねぇばーさんだな…」

 

「まぁ、人間嫌いと自分で言っているぐらいだからな、仕方あるまい」

 

「あそこまでとはね…」

 

「オイラネコだよ…」

 

「…………。」

 

そこでみんなが泣いているウェンディに気がついた。

 

「どうしたの!?」

 

「あんのばっちゃん!ウェンディ泣かしやがったな!」

 

「ち、違うんです…懐かしくて…」

 

「!?」

 

「会ったことあるの?」

 

懐かしいと言うウェンディに以前どこかで会ったことがあるのか聞くがそれも違うそうだ。

 

「初めてあったはずなのに…懐かしいの…あの人…声が…匂いが…天竜(グランディーネ)と同じなんです」

 

ウェンディの言葉に、リュウマ達は驚いた。

 

ナツが人間に化けていると当たりを付けるが年代の辻褄が合わなかった。

777年に消えた竜達だが、ポーリュシカはそれ以前からマカロフとの知り合いなのだから。

 

「アンタ前に言ってたわよね?グランディーネは人間が好きって」

 

「どうしよう…ネコが嫌いだったら…」

 

シャルルの言葉に見当違いの言葉を漏らすハッピー。

 

「グランディーネは優しい竜なんです…」

 

「優しい竜ってのも想像できねーな…」

 

「アクノロギア見ちゃったからね…」

 

「イグニールも優しいぞ」

 

「全ての竜が人間嫌いとは限らんのだぞ?」

 

 

「優しくなくて悪かったね」

 

 

「「「のわぁぁぁぁぁぁ!!!???」」」

 

いきなり現れて後ろから声をかけてきたポーリュシカに驚くリュウマとウェンディ以外のメンバー。

 

「ポーリュシカさん…後ろから突然声かけないで…」

 

「ビックリした~…!」

 

ウェンディはポーリュシカがグランディーネにやはり似ているのか見つめている。

ポーリュシカも同じくウェンディを見ていた。

 

「隠しておくこともない。アンタらにだけ話しておくよ…まぁ、あんたはもう気づいてるみたいだがね」

 

「リュウマ…?」

 

ポーリュシカが既に気づいていると指摘したのはリュウマだった。

 

「推測にすぎないが…ポーリュシカはここの世界のグランディーネではなく正真正銘の人間…だが、簡単に言えば…エドラスのグランディーネなのではないか?」

 

「えっ!?」

 

「ウソッ!?」

 

「…その推測で間違いないよ。私は何十年も前にこっちの世界に迷い込んだエドラスのグランディーネだ」

 

そしてポーリュシカはリュウマの推測に対して肯定した。

 

「ひょんなことからマカロフに助けられてね…私もこっちの世界が気に入ったもんだから、帰れるタイミングがあってもこっちに残ることにした」

 

「もしかしてイグニールやメタリカーナも向こうでは人間なのか!?つーかこっちにいんのか!?」

 

「知らないよ、会ったこともない」

 

ナツの質問に答えるポーリュシカ。

ナツは少し残念そうにしていた。

 

「けど、天竜とは話したことはある」

 

「えっ!?」

 

まさかの答えにウェンディが驚く。

 

「会った訳ではなく、魔法かなんかで私に語りかけてきたんだよ」

 

そう言いながら懐から紙の束を取り出した。

 

「あんたらは強くなりたいと言ってたね、そのウェンディって子だけならなんとかなるかもしれないよ。天竜に言われた通りに書き上げた魔法書だ」

 

その紙の束をウェンディへと渡すポーリュシカ。

 

「二つの天空魔法…『ミルキーウェイ』と『照破・天空穿(しょうは・てんくうせん)』…アンタに教え損ねた滅竜奥義だそうだ」

 

「グランディーネが私に…」

 

「会いに来たときには渡して欲しいとさ。その魔法は高難度だ…無理して体を壊すんじゃないよ」

 

何だかんだ言いながらも、体の心配をするポーリュシカ。

踵を返して帰ろうとするポーリュシカにウェンディは駆け寄って行った。

 

「ありがとうございます!ポーリュシカさん…!…グランディーネ!」

 

元気いっぱいにそう言うウェンディにポーリュシカは少しだけ頬を緩めた。

 

「良かったなウェンディ。折角のグランディーネからの奥義だ、ものにしなくてはな」

 

「リュウマさん…はい!私頑張ります!」

 

「うむ、分からないことがあれば聞くがいい。微力ながら力を貸そう」

 

「はい!お願いしますね!」

 

ウェンディに新しい魔法に関する魔法書が渡され。

他には特にやることはないので、ギルドへと帰って来た。

だがギルドでは出る出ないと言い争いをしているマカオとロメオがいた。

 

「父ちゃんは決める権利ねーだろ!もうマスターじゃねぇんだから!」

 

「オレはギルドの一員として言ってんの!」

 

「何の騒ぎだ?」

 

「親子喧嘩にしか見えないわね…あと服」

 

「うおっ!?」

 

ロメオとマカオの言い争いは、端から見てみれば確かに親子喧嘩にしか見えなかった。

 

「出たくない人ー!」

 

「「「はーーい!!!!」」」

 

「あれはもう勘弁してほしいな…」

 

「生き恥さらすようなものよね…」

 

マカオの言葉に賛同していく大人組。

 

「だけど今回は天狼組がいる!!エルザ姉やリュウマ兄がいるんだぜ!!」

 

「??」「??」

 

「フェアリーテイルが負けるもんか!!」

 

いきなりのことに頭の上にハテナを浮かべるエルザとリュウマだった。

 

「実はナツ兄達がいない間にフィオーレ一のギルドを決める祭りができたんだ!」

 

「おーーーー!!!!」

 

「そりゃ面白そうだな!」

 

「フィオーレ中のギルドが集まって魔力を競い合う祭り…その名も……

 

 

 

 

 

 

        大魔闘演武!!」

 

 

ロメオの言葉にナツ達は盛り上がる。

 

「しかしのぅ…お前達の実力で優勝なんぞ狙えるかのぅ…」

 

「そうなんだよ!」

 

渋るマカロフにマカオは賛同するが…

 

「優勝したらそのギルドに三千万J入るんだぜ!」

 

「出る!!」

 

「マスター!?」

 

…直ぐに参加が決まった。

 

「オレ達はずっと最下位だったんだぞ!?」

 

「セイバートゥースだって出るんだぞ!」

 

「そんなの全部片っ端から蹴散らしてくれるわい!」

 

「燃えてきたぞ!!!!」

 

大魔闘演武までは残り3ヵ月はあるとのことで、天竜島組のメンバーは張り切っていた。

 

「目指せ三千…ゴホン…目指せフィオーレ1!!」

 

 

「「「「おーーーーー!!!!」」」」

 

 

「チームフェアリーテイル!大魔闘演武に参戦じゃーー!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

みんなが大いに叫ぶ中で…

 

 

 

「大魔闘演武…またの名も…竜王祭…か。歯車は既に回り始めているということか…」

 

 

リュウマはそう口にしていた。

その言葉はフェアリーテイル内の叫び声に紛れて誰の耳に入らずに消えた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リュウマは私達と来るのよ?」

 

「違います!あたし達と来るんですよ!」

 

「今回は譲れません!」

 

「私的にはこっちに来てほしいんだけどね~」

 

「リュウマには私達の修行を手伝ってもらわなくてはならないから諦めろミラ、カナ」

 

「……。」

 

今何について言い争いをしているかというと…実にリュウマが修行する場所である。

3ヵ月という人によっては短く感じる期間しか大魔闘演武まで猶予がない。

なので天狼組はそれぞれその3ヵ月を有効に使うために修行をしに行ったのだ。

 

そして事件が起きた。

リュウマの存在である。

 

ギルド1の実力者に他のメンバーも着いてきて欲しいと思っていたが…乙女のパワーには勝てなかった…。

 

今はエルザ、ルーシィウェンディがいるチームとミラ、カナがいるチームでリュウマの取り合いをしている。

 

「3ヵ月もリュウマと会えないなんて耐えられないわ!」

 

「それはこっちも同じだ」

 

「ミラさんが相手でもこれだけはダメです!」

 

「まあまあ、そう言うなよルーシィ」

 

「私はリュウマさんに滅竜奥義を一緒に考えてもらわないといけないんです!」

 

「姉ちゃん!別にリュウマがいなくても──」

 

「エルフマンうるさい」

 

「ごめんなさい」

 

話し合いは一向に平行線を辿っている。

尚、男子陣は長く決まらない話に飽きてきていた。

エルフマンはミラに反論しようとするが、ギンッと睨まれてすぐさま謝った。

後にエルフマンはこう語った…まるで昔の姉ちゃんの目だった…と。

 

「…俺が1人で修行するのは──」

 

「「「「ダメ!!」」」」

 

「…俺のことなのに何故俺が決めたらダメなんだ…」

 

リュウマは最初1人で修行しようとしていたのだが、乙女達に肩をガシッと掴まれて逃げられなかった。

 

「ハァ…もう公平にじゃんけんで良いのではないか?」

 

リュウマのその一言にみんなは渋々ながら賛成した。

どうやら自分達でも平行線で決まらないと分かっていたようだ。

 

選手はエルザとミラ…勝負は1回限り。

 

「勝ってねエルザ!」

 

「お願いしますエルザさん!」

 

「任せておけ」

 

 

「頼んだよミラ」

 

「絶対に勝つわ」

 

 

「「最初はグー!じゃんけん────」

 

2人の内…勝負は…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フッ…私の勝ちだ」

 

「なん…ですって…?」

 

 

勝負は一瞬…!エルザの勝利で終わった。

 

ルーシィとウェンディは後ろでハイタッチしながら喜んでいる。

 

「リュウマは貰うぞ?」

 

「…うぇ~ん!3ヵ月も会えないなんて嫌~!!」

 

負けたミラはカナに泣きついており、カナはそんなミラの頭を優しく撫でていた。

そんな泣きついているミラと慰めるカナの元へリュウマは近づいて行った。

 

「ミラ、カナ」

 

「グスン…なに?リュウマ」

 

「どうしたんだ?」

 

「確かに離れるが…3ヵ月だ。3ヵ月後…お前達の修行の成果を楽しみにしているぞ」

 

「…!任せて。うんと強くなって驚かせてあげる!」

 

「…そう言われちゃ張り切るしかないね!」

 

リュウマの言葉に、心に火をつけた2人。

リュウマはそんな2人を見て3ヵ月後が楽しみだ…と思っていた。

 

こうしてリュウマはエルザ達と一緒に行くことが決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side、リュウマ

 

 

 

 

何かに対して久方ぶりだと思うのだが…まぁいいか。

 

エルザがミラにじゃんけんで勝ったので、俺はエルザ達とビーチに来ていた。

ミラ達は山らしいのだが、我々はビーチということになった。

ナツとグレイは着いて早々ビーチを楽しんでいた。

 

具体的には、海を泳ぎ日焼けして大食い勝負をした後、ホテルに帰って行った。

 

一つ問いたい…修行はどうした…。

 

と、思っていたらエルザやルーシィ、ガジルに断られてこっちに着いてきたレビィも態々水着に着替えて遊び始めてしまった…。

ジェットとドロイはおまけ感覚で着いてきていた。

レビィのことしか見ていないが。

 

俺は遊ばずに一人、少し離れた所に行き、刀を召喚した。

ビーチで抜き身の刀なんぞ持っていたら不審だから人目につかないような所でやっている。

 

刀に俺の眼が写るようにし…永遠の万華鏡写輪眼を発動させ…

 

「…フゥ…『月読』!」

 

 

俺自身を精神世界へと引き摺り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

そもそも月読とは…目を合わせた相手を空間・時間・質量すらも術者のコントロールする事の出来る幻術の世界…精神世界に引きずり込む術だ。

相手の意識に直接干渉するため、この幻術により体感する痛みや時間の感覚は術を受けた者にとって現実のそれとなんら変わらない。

 

つまり、俺次第ではこっちの10年では現実の1秒…なんてことも出来るということだ。

 

ただ、これは魔力の消費が激しく、あまりに使いすぎると眼が痛く、それでも続けると眼を開けていられない。

それに精神があまりにも屈強な者がかかっても、かけるだけ無駄だったりする。

ん?実に現実味を帯びている話だと?

 

……実際にいたからな…とても屈強なのが。

 

まあ、それはさておき…ここで何をするかというと…。

 

「…………。」

 

前には今とは違う格好をした俺自身がいる。

 

ここでは何もかもが俺の自由の世界。

つまりかつての俺を出すことだっていくらでも出来る。

 

今回俺自身が相手をするのは…完全な全盛期である時代の俺だ。

 

自分に封印をかける前…例外を除いてだが…ありとあらゆる存在から畏怖され…疎まれ…恐怖されていた時代の俺だ。

 

分かったか?今回はイメージトレーニングだ。

 

今俺と全盛期の俺は、何も無い見晴らしの良い平原で向かいあっている。

今の封印を施している俺では全盛期の俺には何がどうなろうと勝てない。

 

故にこそイメージトレーニングにもってこいだ。

 

「フゥ…スゥ!ハアァァァァァ!!!!」

 

俺は全速力で奴に向かって駆け…刀を振りかざし、奴に向かって振り下ろした。

今の全力で加減などしていない。

 

だが…

 

 

 

「フフフ…フハハハハハハハハ!!!!」

 

「……─────」

 

 

 

俺の首は引き千切られ…かつての俺の手に掴まれていた。

首を失った俺の体はゆっくりと前に倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

それを幾千幾万幾億と続け…幾千幾万幾億と…全てが全て殺された。

 

 

 

 

 

「──ッ!ハァ…!ハァ…!ハァ…!」

 

 

 

 

 

月読の精神世界から帰って来た俺は大きく息を吸う。

分かっていながらも己の首を擦り、しかと付いていることに安堵の溜め息を溢す。

 

最初こそ動いた瞬間には殺されていたが…封印を()()()()外しながらの最後の方では、少しは戦いと呼べるような事にはなっていた。

 

因みに…精神世界では半年ほど経っていたが現実の世界では三分ぐらいだ。

 

何故三分かだと?

 

昼休憩にとあらかじめ作っておいたカップ〇ーメンが出来る時間だからだ…(ズルズルッ)

俺は三分経ったら直ぐに食べてしまう派だ。

匂いに釣られてついつい食べてしまう。

 

貴様等はどうだ?ふふ…

 

 

 

 

 

それにしても半年間も殺され続けて平常心でいながらカッ〇ラーメンを食べている自分自身にほとほと呆れる。

 

しかし…よもやあれ程とは…確かにあれならば畏怖されるであろうな…。

結局一撃どころか()()()()()()()()()()()()()()()

 

これ程とは…な。

 

それに…俺が常に腰に差している刀も抜かせることも出来なかった。

 

あれを見るたびに思う──

 

 

 

 

 

───全盛期の俺は本当に人間なのか?…と。

 

 

 

 

 

まぁ、それはさておき…(ゴクンッ)…食べ終わった事だ…次は技の型を全て振るい、精度を見直すとしよう。

精神世界ならばどれだけ大規模な破壊を行おうが問題無いからな。

それに実際に振るわなくとも、俺は精神世界の事を実際に現実世界で扱うことができる。

 

 

 

 

 

 

この日はひたすらに己が持つ全ての技の精度を今よりも尚磨き上げた。

 

 

 

 

 

 




かつての自分自身にひたすらコロコロされるリュウマ笑
そんなに殺されたら普通廃人ですよ?笑

万華鏡写輪眼を持っている方は注意しましょうね?笑



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第三三刀  修行する妖精達

日々UAが上がっていき、読んでくれる人はいるんだな~(歓喜
と、思いながらも嬉しく思います。
お気に入り登録や、面白いと感想を頂いたりと、疲れる日々を送る私の癒やしであり励みです。
本当にありがとうございます。



 

 

ビーチに修行をしに来て二日目。

 

初日の遊びがなんだったのか、今日は最初から真面目にそれぞれの修行をしている

 

まぁ、着いて早々修行を開始していたリュウマに、リュウマが修行している時に自分達は遊んでいたのか…と思い、真面目に取り組みだしただけなのだが…。

 

その中でリュウマは昨日行っていた精神世界での修行をまたやろうとしていたのだが、今日は少し違っていた。

 

「リュウマー!…おっ!ここに居たのか!」

 

「??…どうしたグレイ、俺に何か用か」

 

「折角リュウマがいんだ、オレに少し修行をつけてくんねぇか?頼む!」

 

「…グレイは自分の力だけで強くなろうとすると思っていたのだがな」

 

「一人じゃ自分に足りない部分が分かんねぇ時もある。だからそれをリュウマに教えてもらいてぇんだ!」

 

「ふむ…なるほど…良いだろう」

 

「いよっし!」

 

いざ、月読で精神世界に入ろうとしたところをグレイが現れてそう口にした。

昨日の最後の方には修行をしていたのだが、自分達の所には遙か高みにいるリュウマがいる。

そのリュウマに修行をつけてもらおう!と思い、グレイはリュウマを探していた。

 

リュウマは自分一人で修行して強くなると思っていた筆頭、その内の一人であるグレイがそう言って来るとは思っておらず、驚きながらも面白いと思い…修行をつけてやることを了承した。

 

「うむ、早速始めよう。時間は有限だ」

 

「おう!」

 

リュウマの言葉に元気よく応えるグレイ。

まさか本当にリュウマから教えてもらえるとは思っておらず嬉しそうだ。

2人はその場から離れて広々としつつ、人がいないビーチに行った。

 

「では、先ずは俺と模擬戦をしよう」

 

「…は!?いきなり模擬戦かよ!?」

 

「当然だ、ただ教えてもらうだけではその者の修行にはならん。今の己に何が足りないのかは、模擬戦を通して己自身で知れ」

 

「…なるほど。こりゃ為になる修行だぜ」

 

グレイから少し離れながら徒手空拳で構えるリュウマ。

ただ少し構えているだけだというのに、強い威圧感を漂わせるリュウマに冷や汗を流しながらも、自分のためになるやり方だと納得した。

 

「じゃあいくぜ!アイスメイク・『槍騎兵(ランス)』!」

 

氷で作り出した槍を放つが体を捻って躱され、グレイに向かって駆けてくる。

 

「アイスメイク・『(フロア)』!」

 

駆けてくるリュウマの動きを止めようと、辺り一面の地面を滑りやすく凍らせた。

 

「『振脚(しんきゃく)』」

 

だがリュウマは、凍らされた地面に踏み込むと同時に力を加え、凍った地面に衝撃を行き渡るように透して全て砕き割った。

 

「マジかよ!?アイスメイク──「遅い!」ぐあぁ!」

 

魔法を放とうとしたグレイだったが、一気に近づいたリュウマに蹴りを入れられて吹き飛ばされる。

 

「くっ…アイスメイク・『戦斧(バトルアックス)』!」

 

「その体勢から放つのはいいぞ。だが──」

 

吹き飛ばされている間に氷の斧を地面と水平になる形で勢い良く放ったが、リュウマは斧の刃が自分に当たりそうになるスレスレで、右腕の肘と右足の膝を使って挟み込むようにして打ち付けて破壊した。

 

「──いかせん()()()()()()足りない」

 

「どんだけだよ!?…ん?速さと威力…」

 

リュウマの放ったさり気ないアドバイスに何か思うところがあったのか考えるグレイ。

そして何か掴めたのか俯かせていた顔を上げてリュウマを見据えた。

 

「よし…もっかい頼む!」

 

「何か掴めたようだな。ならば、ゆくぞ?」

 

リュウマは先程と同じようにグレイに向かって駆けていく。

 

「アイスメイク・『飛爪(ひそう)』!」

 

先端に爪がつけられた鎖を飛ばして捕まえようとするもが先程と同じように体を捻ることで躱された。

 

「アイスメイク・『(フロア)』!」

 

「また同じ技か」

 

先程と同じ流であったので残念に思いながらも、同じく衝撃を透して砕こうと──

 

「──からの『牢獄(プリズン)』!」

 

「…!」

 

砕こうと足を持ち上げた瞬間に、地面を凍らせていた氷がリュウマを囲うように建ち上がって牢獄を造り上げた。

 

「造型魔法で造ったのは全部オレの魔法だ。だから造り上げた後もオレの意思で造り替えられる」

 

「あぁ、その通り。だがこれだけで俺は止められんぞ?フンッ!」

 

自身を囲っていた氷の牢獄をいとも簡単に破壊して出て来ようとするリュウマだが…

 

「それはただの時間稼ぎだぜ!アイスメイク・『大槌兵(ハンマー)』!」

 

氷を破壊しているリュウマの頭上に氷の大槌を造り出す。

本来はこれを落として叩きつけるのだが、この大槌には鎖が付いており、それを辿るとグレイの手の中にあった。

 

「おぉぉぉぉぉぉッらァァァァァァ!!!」

 

鎖を思いっきり下に引っ張り大槌を振り下ろした。

大槌は氷の牢獄を易々と破壊してリュウマに叩きつけられた。

それは速度も威力も上がり、リュウマのさり気ないアドバイスが活かされていた。

 

「ど、どうだ!」

 

確かな手応えを感じて振り下ろされた大槌を見やる。

 

──ピシッ

 

だがその大槌にヒビが入った。

そこからヒビが広がり大槌が粉々に破壊される。

 

「『二重の極み』…ふむ、速度も威力も活かされている。気づいたようだな」

 

「壊しておいてそれ言われても説得力がねぇよ…」

 

大槌に潰されていたはずのリュウマが、破壊された大槌の中から拳を上に上げている状態で姿を見せた。

 

やったのは至って単純。

 

ただ迫り来る大槌に二重の極みを一瞬で叩き込んだだけだ。

大槌はその威力に負けて粉々に砕け散った。

ただそれだけのことであった。

 

「どうだ?模擬戦を通してコツは掴めたか?」

 

「おう!さり気ないアドバイスもありがとよ!」

 

「うむ、では後は出来るだろう?お前のことだ、おんぶに抱っこは嫌だろう?」

 

「もちろんだ!それに早く強くならなくちゃな!」

 

グレイから相手をしてくれてありがとうと言われながらその場を後にした。

リュウマはグレイがこれからどんな修行をして強くなるのか楽しみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ナツの場合

 

 

「うおらァァァァァァァ!!!!」

 

「相手の動きをよく見ろ」

 

「ぐへぇっ!」

 

グレイの相手をしていたところをナツは見ていたらしく、ずるいオレにも勝負しろと言われて相手をしていた。

 

「『火竜の鉄拳』!」

 

「威力が増しているが…それだけだ。『一本背負い』!」

 

ナツの鉄拳を軽く避けて腕を掴み、地面に投げ飛ばして叩きつける。

叩きつけられたナツはその場で足を振り回して勢いをつけ、下段の回し蹴りをするが飛んで避けられ、着地と同時に踏みつけられそうになるも起き上がって回避しながら距離をとる。

 

「全然当たらねぇ…」

 

「相手にただ殴りかかるだけでは武術を使う奴には攻撃を予想されて簡単に避けられてしまう、ではそういう場合にはどうすればいいと思う?」

 

「避けられねぇ速さで殴る!」

 

「阿呆かお前は…そういう場合はな…相手の癖をよく見るんだ」

 

「クセ?」

 

「人が何気ない日常で無自覚にもついやってしまう仕草のことだ」

 

リュウマの言葉に首を傾げるナツ。

そんなナツに少し苦笑いしながらも丁寧に教えてやる。

 

「人間には日常的についやってしまう癖が必ずどこかにある。それを見つけるんだ」

 

「そんなもん見つけてどうすんだ?」

 

「確かに最初にそう思うだろう。だが、俺がナツに殴りかかるとする…そしてお前は抵抗できずに俺に殴られてしまった…」

 

「オレは避けられるぞ!」

 

「例え話だ。…確かに殴られてしまった。だが、その時に俺が殴る時の癖をお前が知っているのだとしたら?」

 

「…!」

 

流石のナツもリュウマが何を言おうとしたのか気づいたようで真剣な顔つきになり、続きを聞いていた。

 

「今度は気づいたようだな?俺が殴ろうと構えた際に殴る位置に視線を向けるとした場合、お前は『視線が左の頬を向いているから拳は左から来て頬を狙う』と予めに知ることが出来る。すると?」

 

「避けられる!」

 

「うむ、しかも、それどころかカウンターだって入れることが出来る。そういった物も考えながら戦ってみると良いのではないか?」

 

「確かに…ありがとなリュウマ!」

 

「うむ、後は頑張れよ」「おう!」

 

リュウマにニカッと笑いながら礼を言い、ナツはタイヤを自分と紐で縛り付けながらダッシュしてその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──エルザの場合

 

 

「ハァァァ!!!!」

 

「ほう…以前よりも剣閃の鋭さが大分増したな」

 

目にもとまらぬ速さで斬り合う中で、片手に召喚した直剣を使い攻撃を全て弾きながらリュウマは感心したように言った。

エルザはそんなリュウマに歯痒く思いながらも攻撃をしていく。

 

「換装!『天輪の鎧』!征け、剣達よ!」

 

天輪の鎧に換装したことによって扱える剣の数を増やしながらもその剣を全て使い、リュウマの間合いを詰めようとするも…間合いに入った途端には剣の悉くが弾かれていった。

 

「『天輪(てんりん)繚乱の剣(ブルーメンブラット)』!!」

 

剣達を弾かれるのは承知の上で大量に向かわせてリュウマに弾かせる。

弾いているところをすれ違いざまに後ろに待機させている無数の剣と自身が持つ剣を使い連続で斬りつけた。

 

大量の剣を弾かせながらも自身がすれ違いざまに斬ったので流石に一太刀くらいは入った…と思ったが手応えが無かったことに気がついた。

 

「絶剣技・『制空剣(せいくうけん)』…狙いは良かったぞ」

 

「あ、あの数を弾きながらも私の剣までも弾いたのか…!?」

 

──それにいつのまにか左手に剣を持っている…出す瞬間すら捉えられなかった…。

 

リュウマが使った『制空剣』とは、本来武術家が自分の攻撃が届く範囲内に侵入した、ありとあらゆる物体に自動的に反応させて攻撃するというもの。

それを剣を使って実現させただけのこと。

 

言っている限りでは簡単そうに思えてくるが…()()()()()()()()()()()()()使()()()のだ…この男は。

右ではもちろん尚も飛んでくる剣を弾き続けていた。

それも一瞬で左手に剣を召喚させながら。

 

片手でそれぞれ違うことをするというのは出来るようで出来ない事…例えるならば、右で星形を描きながら左で四角形を描くようなものだ。

中には手先が器用で出来る人間もいるかもしれないが、リュウマが行ったのは一瞬の出来事で、尚且つ大量の剣を捌く最中にだ。

それも左に対して一度も目を向けることもなく。

 

まさに絶技…故の絶剣技だった。

 

「あれを捌ききるとは…やはり強いな」

 

「そうか?慣れれば誰でも出来る芸当だ」

 

慣れるだけで出来るならば、武術を天才の師匠達から死ぬ思いで学ぶどこぞの苦労少年は文字通り苦労していない。

 

「エルザは動きが速い者や、多数いる敵に対して天輪の鎧を使う節があるな?だがそれは何故だ?」

 

「それは…やはり手数で押そうと…」

 

「うむ、確かにそれは間違いではない。それも一種の手だ。だがそれだけの為に剣を大量に出して同時に使うことの出来る天輪の鎧を使うのは勿体ないな」

 

「確かにそうだな…ならばどういう風に天輪の鎧を使えばいいんだ?」

 

「それは…む、あれを見ろ」

 

突然リュウマが何かに気づき海の方に指を指す。

言われた方に目を向けると大量の人間大の大きさをした蟹がこっちに向かって来ていた。

 

「な、なんだあれは!?」

 

「あれは偶に見かける蟹で、音のする方に近寄る習性がある。本来は波の音などで海底にいるのだが…浅瀬に来たときに俺達の剣戟の音に釣られてきたのだろう。因みに食っても美味くない、実に不味い」

 

「(食べたことがあるのか…)では、どうする?このままにしても危険だが…」

 

「タイミングが良いな。あの蟹の特徴は…生まれてくる際にそれぞれ違う特徴を持っているということ…分からないという顔をしているな?

例えば、三匹生まれてきた…一匹は硬く、一匹は毒を吐き、、一匹は動きが速い…といった風にそれぞれが持つ特徴が違う。故に見ろ…色だったり甲殻の形だったり少し違うのがいたりするだろう?」

 

「…本当だな、それぞれが違う…」

 

よく目をこらしてみると色が違かったり甲殻が鋭利だったり丸かったりと多種多様の蟹が大量にグチャグチャになりながらも向かって来ている。

 

「そういうのを見分ける方法を知っているか?」

 

「いや、瞬時には思いつかないな…」

 

「教えてやる。そして学べ…大量の武器はこういう使い方をすることも出来る」

 

リュウマは大量の蟹に向かって手の平を下にするようにしながら腕を上げる。

それに従い、蟹達の頭上には広範囲に渡って黒い波紋が現れる。

 

「墜ちてこい…『殲滅王の遺産(ゲート・オブ・アルマデウス)』」

 

そう言いながらも上げていた手を振り下ろすや否や…一つ一つの黒い波紋から次々と武器が流星の如く雨のように蟹達に向かって一直線に降り注いだ。

蟹達は突然の攻撃に驚きそこから逃げようとするも、大量にいて仲間達同士で逃げ道を潰し合い…その間に武器が尚も降り注いだ。

少し経ってリュウマは波紋を消した。

 

「見てみろ、かなりの硬度を持つ奴はその場で待機し、足が速い奴は回避し穴を掘ることの出来る奴は地中に潜り回避したりなど…それぞれが違う対処をするだろ?」

 

「本当だ…なるほど、大量の武器は相手の特徴を捉えることに使う事にも使えるということか…」

 

「うむ、そういうことだ。流石エルザだな、理解が早い」

 

「そうか?…このことは大いに私の為になった、ありがとう。…それにしてもこの蟹はどうする?」

 

蟹達は驚いただけで全部生きており、攻撃してきたのはリュウマだと分かって怒ったのか、一斉に群がってくる。

エルザは剣を換装して構えながらリュウマに問うた。

 

「食えん奴等をここで始末しても後が面倒であるが故に、出力は最低に抑えた…一匹も死んではいない」

 

──あれで最低の出力だったのか…。

 

エルザは先程見た降り注ぐ武器の雨を思い返して心の中でそう溢した。

 

「『全風(まんぷう)逆鱗(げきりん)』」

 

リュウマが蟹達に向かって腕を振るうと突如広範囲に暴風が吹き荒れ、蟹達を一匹も残さずその場から遙か後方までへと吹き飛ばした。

 

「これでいい。彼処まで飛ばせばもう来まい」

 

「そ、そうだな…」

 

あまりの暴風にリュウマに掴まりながらそう口にしたエルザの顔は引き攣っていた。

 

「参考になることを態々すまないな、改めて礼を言う…ありがとう」

 

「なに、折角だからな。後は大丈夫だな?」

 

「あぁ、後は自分で考えてみようと思う」

 

「然様か。ではまた旅館でな」

 

「今日の礼に私が(ずっと隣で)お酌をしよう」

 

「む、(態々来て)お酌をしてくれるのか?では頼む」

 

ちょっとしたすれ違いをしながら別れた2人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ウェンディの場合

 

「うぅ…どういう意味なのか分からないです…」

 

「焦る必要はない、ゆっくり確実に理解してゆこう」

 

「そうですね…分かりました!」

 

ウェンディがポーリュシカから貰った滅竜奥義が書かれた紙を見て首を傾げているのを見て、一緒に解読をしようと言って今に至る。

 

「この文字なんて読むか分からない…なんて書いてあるんだろう…」

 

「どれだ?」

 

「あ、これなんですけど…」

 

ウェンディが読めないと言っていた所を覗き込んで見てやるリュウマ。

ウェンディはその横顔を見てポーっとしている。

 

──これは魔法陣の文字か?それも今よりも古い時代に使われていた文字か。それに今はもうこんな文字使われていないが…よく書けたなポーリュシカ…。

 

「これはな…どうした?俺の顔を見て、何か付いていたか?」

 

「ぁ…いえ!?なんでもないでしゅ!うぅ…」

 

いきなり向き直ったリュウマに驚いて噛んでしまい顔を赤くするウェンディ。

リュウマは少し驚きながらも、そんなウェンディに優しく微笑んで文字をスラスラと解読していく。

 

「これは今ではもう使われていない古い文字でな?ここは───で───と書かれていて──」

 

「はい、あぁ…なるほど」

 

解読してもらったことを少しずつ確実に理解していく。

だがここでふと疑問に思ったことリュウマに尋ねた。

 

「リュウマさんはこの文字何で読めるんですか?これ、今はもう使われていない古い文字って言ってましたけど…」

 

「あ、あぁ…それは…」

 

──マズい…不用意なことを言わなければ良かった…!

 

心の中で少し焦ったが、直ぐに答えを導き出した。

 

「俺は本をよく読むのでな、まあ所謂…愛読者というやつだ。その中にも魔道書なども読むのだが、偶に文字が分からない物がある。そういう物も読めるように自分なりに勉強したんだ」

 

「すごいです!じゃあリュウマさんは頭も良いんですね!」

 

「う~む、そうなのか?自分のこと故に何とも言えんな」

 

ウェンディの言葉に少し苦笑いしながらも応える。

その後も仲良く解読を進めていき、ある程度解読し終わり少し経ってから、リュウマが立ち上がった。

 

「大方解読し終わったからな。少し実戦してみよう」

 

「はい!」

 

「うむ、では撃って良いぞ」

 

「はい!……はい?」

 

撃って良いぞと言いながら、少し離れた所で両手を広げるリュウマに驚くウェンディ。

 

「やはり実戦には相手が必要であろう?さ、来い」

 

「で、出来ませんよそんなこと!」

 

いきなり撃って来いと言われても相手はリュウマ…自分が想いを寄せている男だ。

優しいウェンディが出来る筈もなく否定した。

 

「大丈夫だ。俺を信じろ」

 

「…!分かりました…やってみます!」

 

ウェンディは力強くこちらを見据えるリュウマの事を信じて魔法を放つことにした。

本来ならば絶対にやらないが、相手が居た方がやりやすいのも事実なので決心したのである。

 

「危なくなったら避けて下さいね!!」

 

「分かった。約束しよう」

 

ウェンディの言葉にしかと頷いて、放たれるであろう滅竜奥義を静かに待つ。

 

──心配はいらぬと思うがな。

 

心の中でそう思いながら。

 

「いきます!『照破(しょうは)・天空──ッ!!」

 

リュウマの周りに風が集まり、まるで結界でもあるかのようにして閉じ込め…いざ放つ…!となった所で周りに風が弾けて消えた。

 

「ハァ…!ハァ…!な、なん…で?」

 

「やはりな」

 

「ど、どういう…?」

 

やはりと言いながらウェンディの元へと歩いてくるリュウマにウェンディは膝を折り、その場でしゃがみ込みながら聞く。

 

「単純に魔力が足りなかったんだよ。滅竜奥義とは元々そう多くは使えない、何故だと思う?」

 

「わ、私が今みたいに…なってるってことは…魔力消費が大きいから…?」

 

「うむ、その通りだ。その証拠に、あのナツも戦闘中何度も滅竜奥義なんぞ使わないだろう?つまりはそういうことだ」

 

「な、なるほど…」

 

「辛そうだから回復させるぞ」

 

「はい…お願いします…」

 

ウェンディの頭に手を乗せて魔力を与えてやり回復させた。

先程までへばっていたのが嘘のように立ち上がった。

 

「リュウマさんが大丈夫って言ってたのって、私が滅竜奥義を撃とうとしたら魔力が足りないと分かっていたからですか?」

 

「まぁ…大方予想はしていた」

 

「いじわるです」

 

ウェンディは頬をぷくっと膨らませながらリュウマを見た。

そんなウェンディを見てリュウマはクスリと笑いながら謝った。

 

「すまない、だがこれで目先の目標が決まっただろう?」

 

「はい…魔力の向上ですね」

 

「うむ、流石に魔力の底上げに俺は手伝うことは出来ないからな。後は自分で出来るか?」

 

「はい、大丈夫です!ありがとうございました!」

 

「また何かあったら言うといい、また力になろう」

 

「はい!」

 

ウェンディの頭を三回ほど優しく撫でてあげてからその場を後にする。

 

「頭撫でてもらえちゃった…えへへ」

 

そんな後ろ姿をポーっと頬を少し赤くしながら見つめて、見えなくなったら頬をパチパチと叩いて気合いを入れ直し、魔力向上の修行に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ルーシィの場合

 

「魔力を上げるには精神力を鍛え、魔力の器そのものを上げるのです」

 

「心を落ち着かせると上手くいく。何も考えずに無心になれ」

 

「……………。」

 

ルーシィは自分が肝心な時に魔力切れを起こす弱点を何とかしたいと言い、ウェンディと同じく魔力向上の修行に取り組んでいた。

 

傍には天狼島で戦った七眷属の一人に操られていたところをロキが倒し、新しくルーシィと契約したカプリコーンとリュウマがいた。

 

もっとも、元々ルーシィの母…レイラ・ハートフィリアの星霊であったので、契約したというよりも、引き継いだと言った方が正しいのだが。

 

「スゥーーッ…ハァーーッ…!」

 

ルーシィは精神を集中させて解放していく。

だが、少ししたところで解けてしまった。

 

「ハァ…!ハァ…!キツい…」

 

「レイラ様も同じように特訓をして星霊魔法を鍛えておりましたよ」

 

「ルーシィの母は中々努力家なのだな」

 

「はい、それはもう」

 

「へぇ~…」

 

カプリコーンの言葉に感心するリュウマとそうだったんだと思いながらも休憩しているルーシィ。

 

「しかし、中々上手くいかないようだな?ルーシィ」

 

「うん…あたしにはちょっとキツくて…」

 

「ふむ…ならばコツを教えてやろう」

 

「えっどうやって?」

 

「リュウマ様が?」

 

ルーシィとカプリコーンが疑問的な目で見るのを余所に、座るルーシィの隣に来て座禅を組んで、左手でルーシィの手を握る。

 

「えっ!?あ、あの…」

 

「大丈夫だ。何もしない…『繋がる身体(フィジカル・リンク)』」

 

手を握られたことに顔を赤くするルーシィを尻目に、リュウマはルーシィと自分の感覚をリンクさせた。

 

「よし、これでルーシィと俺の体はリンクされて…どうした?」

 

「あの…手が…」

 

「ん?…あ、すまな「このままでいいわ」…そうか」

 

手を離そうとしたところを遮られて逆に手を握られた。

カプリコーンはそんな2人を微笑ましそうに見ていて、リュウマはその視線がむず痒かったが、事を進めることにした。

 

「今から俺が魔力を解放していく。リンクしているからルーシィにもその感覚は共有される…その感覚を覚えるんだ」

 

「分かった」

 

「よし、では…ゆくぞ?……──────」

 

「……──────」

 

リュウマとルーシィは目を瞑り精神を集中させて、リュウマは少しずつ魔力を解放していく。

 

──これ…スゴい…例えるなら…そう…全く波の揺れもないスゴい広大な海のよう…それに…スゴい魔力…この場を完全に支配してるみたい。

 

──…!これはなんて静かで研ぎ澄まされた魔力…なんと素晴らしい…それにこの魔力量…言葉も出ません…これは滅多にお目にかかれないですね…。

 

まるで広大でありながら波も無い静かな海を想像するルーシィと、感じ取った魔力の静かさと鋭さに驚き、魔力量にも驚愕するカプリコーン。

 

リュウマは長年に渡る時の中で、自分のものは独学でありながら全てを徹底的に鍛え上げた。

魔力とて例外に非ず…その黒き魔力は極めて静かでありながらも、触れたら全てを斬ってしまうかのような鋭さであった。

 

リュウマは魔力を少しずつ解放していって、周りの物がカタカタと震え始める程にまで上昇した…。

 

ルーシィは思った。今まさに…この場を支配しているのは自分達とでもいうような圧倒的魔力だと。

 

そしてそこからゆっくりと魔力を下げ始め、元の状態に戻った。

 

「───……フゥ…こんな感じだ。コツは掴めたか?」

 

「…スゴい貴重な体験だった。ありがとねリュウマ」

 

「私も素晴らしいものを見せていただきました…ありがとうございます」

 

「良い良い。少し魔力を高めただけだ、気にするな」

 

何でも無いように言うリュウマだが、実際は絶対に体験できないものを体験出来たのだ、何故ならこれ程までに鍛えられ上げられた熟練者の魔力を自分の肌で直接感じることが出来たのだから。

ルーシィにとってもこれはかなりの良い経験であった。

 

「あ、そういえばさ…“一なる魔法”って知ってる?」

 

「全ての魔法の始まりの魔法…でございますね」

 

「無論知っているぞ」

 

突然のルーシィの言葉に肯定しながら答える2人。

 

「ハデスがね、それを手に入れたいって言ってたの。あたし…お母さんからその話きいたことあるんだけど…ゼレフとか大魔法世界とかそんな物騒な話じゃなかった」

 

「と、言いますと?」

 

リュウマはルーシィの話しを静かに聞いて、カプリコーンは話の続きを聞く。

 

「もしね…お母さんが言っていた“一なる魔法”が真実なんだとしたら、あの時のハデスじゃ絶対に手に入らないもの…想像すらできないもの…それは一見簡単に手に入るようでとても難しい…そして確かに何ごとにも勝るとても強い力でありながらもとても弱い力でもあるの」

 

ルーシィが目を瞑り、まるで夢物語を子供に話す母親のような優しい笑みを浮かべながら話す。

2人はルーシィの話しを静かに聞いていた。

 

「お母さんは言ってたの…全ての魔法は愛から始まったって…だからあたしはね、“一なる魔法”って愛のことだと思うの」

 

「とても素晴らしい解釈です」

 

そう話し終えたルーシィの優しい顔は…かつてとても優しく微笑みかけてくれた彼女の母…レイラ・ハートフィリアのようであった。

 

カプリコーンはそんな母の面影を見て取れたルーシィに素晴らしいと言葉にした。

 

「ハデスもそう考えることが出来たら…闇の深淵に触れることはなかったのかなぁ…」

 

ルーシィがそう言って話は終了した。

最後の方は何も言わず黙っていたリュウマだったが、心の中では違っていた。

 

──愛…か…素晴らしい答えだ。ルーシィ…お前は──

 

ルーシィの答えに心からの感心と賞賛を贈っていた。

やがてリュウマも目を開けてルーシィの修行を手伝っていった。

 

 

この二日目、リュウマはみんなの修行を見てから自分の修行に入った。

 

女性陣は先に修行を終わらせて旅館に帰っており、男性陣もある程度いい時間になったということで、悠々と旅館に帰っていった。

 

 

 

 

楽しみにしていた豪華な晩食と酒がもう無いことも知らずに…。

 

 

 

 

 




すみません…報告です。

気づいた方もいるかと思われますが、ゲート・オブ・デウスを『殲滅王の遺産(ゲート・オブ・アルマデウス)』に変更させていただきました。

何故かと言われると、先ではあるのですがデウスの部分が他のキャラの技と被ってしまい、技名として微妙になってしまったのが由来です…。
勝手な変更申し訳ないです…。
御容赦下さい…。


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第三四刀  初めての星霊界

昨日は諸事情により(精神的に)死にかけました…

なので書きました。どうぞ。




 

 

昼間に各々が修行を積み、一日の疲れを風呂で癒やし終えてから長期予約している旅館の部屋に行くリュウマ達。

 

修行で疲れた体を温泉で癒したのだから、次は旅館の美味しい晩ご飯だ!と思い襖を開けると…。

 

「オレ達のめ、飯が…」

 

「酒もない…」

 

「どうなってんだこりゃあ!?」

 

「…先に帰って酒を飲んだら酔ったといったところか…?」

 

そこには、きっと美味しかったであろうご飯を全て平らげられ、酒に酔って暴走している女性陣がいた。

 

「さっさと私に酒を出せーーー!!!!」

 

何処かに向かって無茶苦茶怒鳴り散らしているエルザ。

 

「ねぇ~リュウマ~?あたしの首ゴロゴロ~ってしてぇ~?」

 

「ご、ゴロゴロ…?」

 

リュウマによく分からない甘え方をするルーシィ。

 

「きゅう~…」

 

「だ、大丈夫なのか…?」

 

目をぐるぐると回し、ダウンしながらもリュウマの膝枕をさり気なく堪能しているウェンディ。

 

「グレイ様に水着褒めてもらえなかった~!!うえ~ん!!」

 

「うおおおおお!!!???落ち着けジュビアやめろおおおおおお!!!!!」

 

泣き上戸になりながら、グレイを水の体で引き摺り込もうとしているジュビア。

グレイはそれに必至で抵抗していた。

 

「あっはははははははは!!ジュビアがグレイを…あっはははははははは!!」

 

笑い上戸になっているレビィは、グレイの惨劇を見て大爆笑している。

ジェットとドロイはそんなレビィを止めようとするも、アタフタしていて止められそうになかった。

 

「な、なんじゃこりゃ…」

 

「仕方あるまい?酔っているだけだ、許してやれナツ」

 

「その前にジュビアを止めてくれぇ!!お、溺れブクブクブクブク…!?」

 

カオスな場面に呆然としながら言葉を溢すナツに、ルーシィとウェンディの相手をしながら答えるリュウマ。

グレイはとうとうジュビアの中へ…。

 

「こ、これは一大事だぞ!フェアリーテイルの男共ーー!集ごぺっ!?」

 

「うるさいぞナツ!!貴様はさっさと私に酒を注げ!!」

 

緊急集会を開こうと大声を出すナツに酒瓶をぶん投げて怒鳴り散らすエルザ。

ナツは今の酒瓶でダウンした。

 

シャルルはどうなっているのか?

 

 

「さっさと進みなさいこの下僕!この!この!」

 

「あいた!?あいた!?なんでオイラがこんなことに…あいた!?」

 

 

ハッピーの上に乗って文字通り馬車馬の如く扱き使っているが?

 

リュウマはそんな女性陣に仕方ない…と溜め息を溢しながら全員を集めた。

 

「これでは収拾が付かないだろうに…お前達は少し『眠れ』」

 

「「「「「…!!??………zzz」」」」」

 

リュウマの飛ばした言霊にやられて()()()()()()()眠った。

 

言霊とは、発した言葉に内包する霊力のことである。

 

声に出した言葉が、現実の事象に対して何らかの影響を与えると信じられ、良い言葉を発すると良いことが起きたり、不吉な言葉を発すると凶事が起こるとされていた。

 

リュウマは本来霊力を籠めることで現実に影響を及ぼす言霊に魔力を籠めて使用している。

 

そうすることで、リュウマの全てを塗り潰す黒き魔力が相手に…又は自然や超常現象…その他にも相手が使う能力にすら干渉をしている。

 

一種の絶対命令権と言えば簡単かもしれない。

 

リュウマの編み出した言霊は術者の魔力が高ければ高い程現実に影響を及ぼす。

本人の魔力量は計り知れなく…質も異常であるため、封印を解いて全力で使うとどうなるか見当もつかない。

 

ただ、この言霊は何度も使っている。

オラシオンセイスのマスター・ゼロとの戦い然り、天狼島でのマスターを眠らせた時も然り。

 

本人は汎用性が高いので結構気に入っていて、重宝していたりする。

 

「あ…強く飛ばし過ぎた…」

 

そして少し強く飛ばして全員眠らせたことを、やった後に少し後悔した。

 

「仕方がないな…」

 

そう言って女性陣は女性陣で、男性陣は男性陣で固めて布団に寝かせてやっていた。

みんながみんな幸せそうな顔をして寝ているので自然とリュウマの顔も少しの笑顔が浮かぶ。

 

だが、その直ぐ後には憂いが見て取れる表情になる。

 

「いつまでもこんな時が続けば良いのだがな…平穏とはいつか必ず壊れるのが常…今だけは…もう少しだけ…このぬるま湯に浸かっていよう」

 

そう言ってその部屋から音を立てないようにそっと出て行き、旅館の女将に新しい酒を貰った。

 

目指すは修行メンバーがいる部屋ではなく…夜の空に星々がキラキラと輝き、それを映し出して幻想的な景色を作り出している海…その浜辺。

 

「ん…と。偶には1人酒も悪くは無いな」

 

1番綺麗に見えるポイントでその場にあぐらをかき、酒を一緒に持ってきていたお猪口に注ぎ入れ、それを片手に海を見つめる。

 

「……漸くアクノロギアを見つけた…それに伴い永い時が経った。…居心地が良かったのだが…致し方ない…か」

 

注いだ酒を一気に煽ってふぅ…と、息を吐き出す。

 

 

 

その言葉の真意を問いただす存在は…この場にいない。

 

 

 

リュウマはその後も海を見つめながら酒をあおり…無くなったら直ぐに旅館へと帰って行った。

 

 

その後ろから見える背中は、いつもの逞しく頼りになるリュウマの背中ではなく…いつもよりも弱々しく…悲しそうな背中であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──修行に来て3日目…大魔闘演武まで残り3カ月。

 

 

「充実した修行の日々だな!」

 

「オレ達が本気で鍛えりゃこんなもんだろ!」

 

「魔力も最初の方よりも大分上がりましたしね」

 

「リュウマの教えもあるしな」

 

「俺はきっかけを与えたに過ぎん」

 

「これならあと3か月じゃなくて、まだ3か月って感じね」

 

みんなは朝から始めた修行を一旦やめて休憩中だった。

リュウマももう少しだけやろうかと思ったのだが、みんなが集まって休憩していたので自分も休憩をすることにした。

 

そんな休憩中にルーシィの星霊のバルゴが、自分の魔力を使ってゲートを潜り、現界した。

 

「ちょっどうしたの突然?」

 

「……。」

 

どうしたのか聞くルーシィの言葉に沈黙で返すバルゴ。

みんなはそんなバルゴをどうしたのかと黙ってみていて、話し始めるのを待っていた。

けれど、バルゴは直ぐに口を開けた。

 

「星霊界のピンチなのです。どうか星霊界を救って下さい」

 

そう口にして頭を下げた。

ナツ達はその言葉に驚き、何があったのか聞こうとするが、急いでいるため全員を星霊界に跳ばすといい口をつぐんだ。

リュウマは唯一バルゴの心の中を読み取り、別に星霊界のピンチではないことを知ったので、ゆったりと事の成り行きを見ている。

 

「では参ります」

 

「ちょ!?あたしまだ心の準備が──」

 

足下に展開された魔法陣が輝き、全員を星霊界へと跳ばした。

 

「あ、あれ…?オレ達は…」

 

「置いてけぼり…?」

 

ジェットとドロイを残して…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「おわあぁぁぁ!!??」」」」

 

「おぉ…ここが星霊界か。初めて来たぞ」

 

魔法陣によって跳ばされたみんなはごちゃごちゃになりながらも着いた。

リュウマはちゃっかり普通に着地していたが…。

 

本来星霊界に人間は入れないので、星霊界の服を着用することによって行動を可能にしている。

 

「あっ!星霊王!」

 

「なんだこいつ!?」

 

「でけぇ!?」

 

「お前が星霊王とやらか」

 

「星霊王に向かってお前とか言っちゃったよ!?」

 

それぞれが初めて見る星霊王に反応を示していく中、ルーシィは星霊界のピンチとはなんなのかと聞いた。

星霊王は黙っていたが他の星座の星座と一緒に叫んだ。

 

「ルーシィとその友の時の呪縛からの解放を祝して…宴じゃーーーーーー!!!!!」

 

「「「「おめでとう!!!!」」」」

 

「「「「はい…??」」」」

 

「クカカ…やはりか」

 

実は星霊界のピンチというのは嘘であり、ルーシィ達をこっちの世界に連れてくる為にでっち上げた嘘だ…バルゴの。

 

「……てへ」

 

「あんたの嘘かーー!!」

 

ルーシィが契約している星霊全員で祝ってやりたかったが、全員現界することは出来ないので…逆に本来は連れては来れない星霊界にみんなを連れてきたのだ。

 

そう知るや否や、ナツ達は思い思いに騒ぎ、星霊界を満喫していった。

 

リュウマは星霊界の料理を満喫していると、かつてのロキ改め、レオが来たので食べるのを中断して話すことにした。

 

「やあ、久しぶりだねリュウマ」

 

「レオか。最近は会っていなかったからな、久方ぶりだ」

 

「元気そうで何よりだよ。…因みにルーシィのナイトの座は僕のものだから負けないよ?」

 

「う、うむ」

 

「レオあんた…!何言ってんのよ!!」

 

レオの言葉に困惑しながらも頷くリュウマと、顔を赤くしながらレオを怒るルーシィだった。

 

因みに、バレてないよね…?って感じで赤みがかる顔でチラッとリュウマを見るルーシィの顔はとても可愛らしかった。

リュウマがそれを見てちょっと照れたのは余談だと思う。

 

 

 

 

──アクエリアスの場合

 

「お前は変な島で会った奴だね」

 

「む…お前はアクエリアスだな」

 

「そうだよ。……ふぅ~ん?」

 

アクエリアスはリュウマを頭の先から爪先までじっっくりと品定めするように無遠慮に見る。

リュウマは堂々とそんな目で見てくるアクエリアスが何をしたいのか全く分からず困惑している。

 

「なんだ…そんなにジロジロ見て…」

 

「…良いオトコじゃん。あんたルーシィのコレになる気はないか?」

 

と、言いながら小指を立てるアクエリアス。

 

「??その小指はどういう意味だ?」

 

「これか?コレは所謂かれ「ちょおおおおっとやめてもらえますかアクエリアスさーーん!!!!」なんだい邪魔くさいね…ルーシィ」

 

「アクエリアスが変なこと言おうとするからでしょ!?」

 

「お前の為を思ってやってやってんだろォが…ハンッ」

 

「なんで今鼻で笑ったのかしら!?」

 

間一髪の所を飛び込んで阻止したルーシィだったが、その反応から気づいたアクエリアスは彼女を弄くり回す。

ルーシィはそれに顔を赤くしながらもどうにか逃げる。

その際の顔を赤くしたルーシィが(ry

 

 

 

 

 

──アリエスの場合

 

 

「あ、あの…楽しんでもらえているでしょうか…?」

 

「ん?あぁ、天狼島で会ったアリエスか」

 

「は、はい!そうでしゅ!うぅ…すみませ~ん…!」

 

オドオドしながら話しかけてきたアリエスに対応するリュウマ。

緊張して噛んでしまい、謝るアリエスを微笑ましそうに見る。

 

アリエスを見ていると心が癒されると同時に、自分が汚く思えて心に多大のダメージを負っていく。

何気にあのリュウマに(精神的に)ダメージを無自覚に与えるアリエスだった。

 

「あっ、そうだ…。コレ美味しいんです…よかったら食べきゃっ!」

 

リュウマに食べてもらいたく持ってきた、お盆に載せた料理を何も無いところで躓き…空中に散布する。

 

「ふっ…ほっ…はっ…っととと…大丈夫か?」

 

倒れそうになるアリエスを片腕で抱き締めるように抱き抱えて助ける。

そして、余った片腕で宙を舞った料理を、すぐそこにあったお盆で宙を舞う前の形になるように華麗にキャッチした。

 

給仕をする場合には絶対得する絶技を何気に披露した。

 

最後にその格好のままアリエスに向かって優しく微笑んで安否を確認する。

そんな超絶羨ましい(カッコいい)ことを目と鼻の先で見つめていたアリエスは当然──

 

「あぅあぅあぅあぅ…きゅう~…////」

 

「気絶してしまった…俺が悪いのか…?」

 

目をぐるぐるさせてダウン(気絶)した。

 

──ガッシャーン!! × 3

 

「どうしたエルザ!?そんな華麗な3回転半捻りを決めながらお盆ひっくり返して!?」

 

「なんでルーシィは態々近くにあったお盆と一緒に転んだの?」

 

「何やってんのよウェンディ!?」

 

3つの場所から同時にお盆が落ちる音がしたのだが気のせいだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

──キャンサーの場合

 

「天狼島の時には鋏を破壊してしまったが…大丈夫だったか?」

 

「心配要らない…エビ。それよりも髪が長くなってて鬱陶しそう…エビ。カットするか?…エビ」

 

「む…やはりそう思うか?最近切っていないからな…頼めるか?」

 

「任せる…エビ」

 

──チョキチョキチョキチョキチョキ……

 

「いかがですか…エビ」

 

「…うむ、いつも通りの髪型だ。良い腕だなキャンサー」

 

「そう言って貰えると嬉しい…エビ」

 

キャンサーと礼を述べて握手をするリュウマ。

何だかんだ仲が良かった2人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ジェミニの場合

 

「ピーリ/ピーリ」

 

「天狼島の時ぶりだな、ジェミニ」

 

「そうだね!/帰還おめでとう!」

 

「うむ、ありがとう」

 

「あ、ねぇねぇ/コレ見てよ」

 

「ん?」

 

──ボフン!

 

ジェミニが煙に包まれ、出てきたらその姿はリュウマの姿となっていた。

 

「星霊界だと所有者に関係なく、なりたい人になれるんだ~、まぁ、能力とかをコピーするんじゃなくて姿だけなんだけどね」

 

「ほう…?こうして自分を見ていると…なんとも不思議な気分だな」

 

ジェミニがリュウマの動きに合わせて鏡のように動くので、この場所だけリュウマが2人いて同じ動きをする奇妙な絵図になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──スコーピオンの場合

 

「オレっちとは初めましてだな!オレっちはスコーピオン!よろしくな?ウィーアー!」

 

「スコーピオン…蠍…天蠍宮か」

 

「お?お前頭良いんだな!すぐに気づくとはな、ウィーアー!」

 

「そうか?星座を知っていれば誰でも「スコーピオぉン♡」なんだい?アクエリアス」

 

「………。」

 

いきなり現れたアクエリアスには驚いていないが…アクエリアスの軟化に軟化を重ねた態度に顔を引き攣らせる。

 

「なんだい?その顔…あぁ…私とスコーピオンは恋人なんだよ♡」

 

「そういうことだぜ!ウィーアー!」

 

「そ、そうか…」

 

態度について何も言わなかった。

 

何故か?

 

──余計なこと言うんじゃねぇぞ?お?

 

と、スコーピオンから見えない的確な角度から睨み付けているから。

リュウマは何も見なかったことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──タウロスの場合

 

「フンヌゥゥゥゥゥゥゥゥゥオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」

 

「クカカ、まだまだだな」

 

「ふぐオオオオオオオオオ!!!!!」

 

「星霊界で1番の怪力のタウロスが相手になってない…」

 

何をしているのかと言うと…腕相撲だ。

 

事の発端は…

 

『ルーシィさんのナイスバディは渡さねっす!オレと勝負だ!』

 

『(もぐもぐ)…いきなり何の話だ?』

 

『いいからオレと腕相撲で勝負!!』

 

『(もぐもぐ)…ハァ…折角星霊界の美味なる物を食べていたというのに…やるからには容赦はせぬぞ』

 

『望むところ!!』

 

『あんたは何をしようとしてんのよー!!』

 

的な事があったので…イマニイタル…。

 

MO()oooooooooooooooooo!!!!!」

 

「そらそらどうした?それが星霊界随一の怪力の持ち主の力か?ン?」

 

──ぜんっぜん動かん!?ピクリとも動かんんんんんんんんんんんん!!!!!!

 

タウロスの腕には血管がバッキバキに浮き上がっているに対して、リュウマの腕は何も変わっていない。

それどころか涼しい顔をしt…いや、ニヤニヤ嗤っていた。

 

「そら、特別に両手でやってもよいぞ?」

 

「こんのォォォォォォォォォォ!!!!」

 

「それでも動かないのね…」

 

「リュウマさん力が物凄く強いんですね…」

 

「リュウマの腕は着物で見えないが…腕に限らず身体には脂肪などほぼゼロだぞ?それに日頃超重量の武器を複数同時に振り回すんだ…力が強くない訳がない」

 

「「あぁ~……」」

 

エルザの言葉に納得する面々。

その間にも、タウロスとリュウマの腕相撲勝負は(一方的にだが)鮮烈を極めていた。

 

タウロスの巨体と太い両腕が、タウロスと比べると細いリュウマの片腕に対して押し込めずにいる。

 

リュウマを知らない人から見たら完全に異常な光景だった。

 

「ぐおおおおお!!!!!!」

 

「残念だったなタウロス。力をつけて出直してくるがいい」

 

──ドゴン!!!!

 

リュウマが少し力を入れるだけで、タウロスの両腕が勢い良く倒され…リュウマの勝利が決まった。

 

「に、人間じゃねぇっす…」

 

「失礼な。俺は歴とした人間だ愚か者」

 

リュウマに両腕で負けたので、タウロスは少し離れたところでうちひしがれている。

 

その後も色々な物を食べて充実した一日を過ごしていった。

最後の見送りにはみんながルーシィに改めておめでとうと言い、ルーシィは涙を流しながら喜んだ。

その光景はとても美しく…ルーシィが如何に星霊に愛され星霊を愛しているのかが分かるものであった。

 

しかし…ここで誤算が生じた。

 

「星霊界と地上では時間の流れが少し違います」

 

「それってもしかして…!?」

 

「こっちの一年があっちの一日的な…!?」

 

足下に魔法陣が展開され、地上へと送られるみんな。

そんなみんなにバルゴは最恐の一撃を放った。

 

「いえ、星霊界での一日は…地上での3カ月に相当します」

 

それを聞いてポカーンとして固まる面々。

そして状況が飲み込めたのか…

 

 

 

   「「「「「終わった…」」」」」

 

 

 

リュウマ以外がorzといった風に絶望した。

 

 

「まぁ…そうなるだろうとは思ったな…うむ」

 

 

大魔闘演武まで残り数日…。

 

 

 

 

 

 

リュウマの声が良く響くように感じたのは勘違いではない。

 

 

 

 

 

 




一日で3か月ってハンパないですよね…。
3か月あればもっと強くなったであろうに…。



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第三五刀  第二魔法源と邂逅

《警告》

ここを読んで「は?」と思っても第四二刀まで、又は第四二刀を読むことをお勧めします。

でなければ話の展開が読めないと思うので。




 

 

星霊界に行き、時間の概念が現実と違い…星霊界で一日過ごしただけで現実で3ヶ月過ぎた。

 

何処かの世界にある神様の宮殿の修行ゾーンの逆展開のような事態によって、折角の3ヶ月が怒濤の勢いで水の泡となった。

 

元々化け物並みに強いエルザとリュウマはいいが、マックスに苦戦したナツを見たらその他のメンバーが全くこの時代についていけていないのは明白であった。

因みに残りは3日間といったところだ。

 

「~~~~ッ!!!!こうなったら死ぬ気で修行だ!!お前達!この3日間眠れると思うなよ!!??」

 

みんなが現状に絶望している中、エルザが半ば…完全にやけくそとなり叫んだ。

 

本来ならばその言葉に悲鳴を上げる所だが…3ヶ月も消えて崖っぷちのみんなには頷く他なかった。

 

「リュウマ!私達を死ぬ程鍛えてくれ!!」

 

「死ぬ程に…?…そう死に急ぐこともあるまい」

 

「「「どんな修行させるつもりだ!?」」」

 

「クカカ…………訊きたいか?」

 

「「「「いえ…いいデス」」」」

 

ニヤリと嗤いながら告げるリュウマに嫌な予感を感じて拒否した。

リュウマ程の強者の死ぬ程の修行だ…過酷も過酷だろうことは簡単に予想が付いた。

 

──パタパタパタパタ

 

そんな中、1羽の真っ白な鳩が飛んできた。

 

「…む?何だこの鳩は?」

 

「足になんか付けてるぞ」

 

「伝書鳩?」

 

飛んできた鳩は一直線にリュウマの元へと行き、頭の上へと着地した。

リュウマは伝書鳩なようなので、頭に鳩を乗せたまま足に付いている紙を取る。

 

「……ほう?」

 

「なんて書いてあんだ?」

 

「果たし状か!?」

 

「いや違う。内容はここから少し離れた所にある橋を渡り、その奥にある小屋の前にて待つ…と」

 

「絶対罠だろ!?」

 

「怪しさが全開です…」

 

目的も送った人物も分からない紙にみんな否定的だった。

そこでリュウマがならば一人で行くと言い出したのだが、それならばオレ達も行く!となり、結局全員で行くことになった。

 

紙に書かれていた方角へ行くと、確かに橋が架かっていた。

壊れて渡れそうにないが。

 

「壊れて…ん?」

 

「橋が…」

 

「直ったーー!!??」

 

完全に破壊されていた橋がまるで時が戻ったかのように直されていく。

そんな橋を渡って行くと…

 

「来てくれてありがとう…妖精の尻尾(フェアリーテイル)

 

「ジェ…ジェラール…?」

 

ジェラールとウルティア、それと同じく元煉獄の七眷属であったメルディがいた。

 

ジェラールは7年前のオラシオンセイスとの一件から、牢獄に入れられていたのだが、ウルティアとメルディが牢を破り、ジェラールを連れ出したのだそうだ。

 

ジェラールは記憶が消えてしまっていたのだが…牢獄に入れられてから1年が経過した頃のある日、唐突に記憶の全てを思い出したのだそうだ。

自分が今までに一体何をしたのか、一体誰を殺したのかも全て。

 

今はジェラールとウルティアとメルディの3人で独立ギルド…魔女の罪(クリムソルシエール)というギルドを立ち上げて所属していた。

 

このギルドを立ち上げた目的は、自分達のような闇に取り憑かれてしまった魔導士をこれ以上生まないためにも、ゼレフ…延いては闇ギルドを全て払うために結成されたのだ。

その証拠に、この7年でクリムソルシールが潰した闇ギルドは山ほどある。

 

「大魔闘演武に出場するんだってね?私達は会場に近づくことは出来ない、そこであなたたちに頼みたいことがあるの」

 

「頼みたいこと?」

 

ウルティアが言った頼みたいこととは、毎年開催されている大魔闘演武の開催中に限り、妙な魔力を感じているのだそうだ。

妙で済めばまだ良かったが、その魔力が邪悪であり、ゼレフの魔力に酷似しているとのこと。

 

「ふむ…ゼレフ…その話請け合おう。俺も開催中目を光らせておく…俺なりに探りを入れて、見つけ次第お前達に連絡しよう。それでいいか?」

 

「いいのかよリュウマ?」

 

「ただ邪悪であるだけならば早々に見つけて潰すのは容易い。だが、魔力がゼレフに似ているというのであれば話はいくらか違うものになってくる。ゼレフとくれば見て見ぬふりなんぞ出来まい」

 

リュウマの言っていることは最もであるため、他のメンバーもその言葉に頭を縦に振った。

少し邪悪ならば関係なく潰せるが、ゼレフとなると周りの人間が巻き込まれたりする可能性だってあるからだ。

 

「連絡方法は…他のラクリマに繋げることが出来る特殊ラクリマを渡しておく。これに魔力を籠めれば忽ち繋がる品物だ」

 

「いいラクリマね。それならありがたく貰っておくわ」

 

リュウマはラクリマをウルティアへと渡した。

本来は使い捨ての物であるのだが、リュウマが少し改良を加え、元よりも格段に長持ちするラクリマへと変身していた。

 

「大魔闘演武の件に対する報酬は先に払うわね」

 

「食費!!」「家賃!!」

 

「残念ながらお金じゃないわ…」

 

7年の時の呪縛のせいで、家に盗人が入られて食費を盗まれていたナツと、既に今月分がピンチと化しているルーシィは完全に私欲へと走る。

 

否定されて少し残念そうにしているが、ウルティアの出す報酬はそれよりも更に破格であった。

 

「私の進化した時のアークが…あなた達の能力を底上げする」

 

「「「えっ!?」」」

 

「パワーアップ…と言えば聞こえはいいかもしれないけど…実際は違う」

 

世界にいる全ての魔導士に共通してその人の魔力の限界値を決める器のようなものがある。

これが大きければ大きい程、魔力を自分の中に蓄える事が出来る。

 

例えその器内の魔力をすべて使い果たして空にしてしまっても、大気中にあるエーテルナノという魔力の元を身体が自動的に摂取することによって器の中は元に戻る。

所謂、魔力回復だ。

 

しかしだ。

 

この7年の間にも魔力に関する研究は進み、最近の研究の発表で魔導士の持つその器には、普段使われることのない部分がある事が判明していた。

 

その名も…第二魔法源(セカンドオリジン)

 

ウルティアの進化した時のアークがその器を成長させて第二魔法源を使える状態にする…というものだ。

 

今まで以上に活動時間を増やし、今まで以上に強大な魔力を使えるようにするのだ。

 

聞くだけではピンとこない者もいるだろう。

 

例えるならば、10の器を持っている人間がいるとする。

その人間が魔法を放とうとするが、その魔法の消費魔力は12である。

 

つまり、必要な魔力が無いため放つことが出来ない。

何処かの世界の、身の丈ほどのフォークを持ったチビ悪魔のような状態だ。

 

しかし、その第二魔法源を発動させれば、使用者の総魔力量がもう一つ追加されて20へとなる。

そうなれば、最初に放とうとした消費12の魔法を放つことが出来るのだ。

 

もっと簡単に且つ、簡潔に求めると…魔力2倍ということになる。

 

今のナツ達にとっては最高の報酬であった。

 

「ただし、今まで感じたことのないような想像を絶する激痛と戦うことになるわよ」

 

「え、えぇ…」

 

「め、目が恐い…」

 

目をギラッとさせて告げるウルティアに対して既に怯えたレビィとウェンディだった。

 

 

 

 

 

 

「か…はっ…あがっ!…ぐぁぁ!!??ぐっくぉ…あぁああぁあぁああぁあぁ!!!!!」

 

「「「………………。」」」

 

誰が何で苦しんでいるのかというと。

ウルティアの第二魔法源覚醒に必要な魔法陣を身体に描いて引き出しているところだ…ナツに。

 

あまりの苦しみように、他のメンバーもサーーッと顔を青くしている。

まさかここまでとは思わなかったようだ。

 

「頑張ってね。潜在能力を引き出すのは簡単じゃないのよ」

 

「だ、だからってこれは…」

 

そう言いながらチラッとナツを横目に見るグレイ。

 

「ぐっ…ガァァァァァァァ!!!!!!」

 

一瞬で顔を青くした。

 

「ど、どんだけ痛いのよ…」

 

「こいつ痛みで死なねぇよな…?」

 

「感覚リンクしてみる?♪」

 

「ふっざけんな!?」

 

この間もナツは痛みに叫び声を上げながら地面をのたうち回っている。

想像を絶する痛みなだけあるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまない…オレには婚約者がいるんだ」

 

「~~~~~!!!???」

 

別の場所での同時刻では、ジェラールとエルザの2人だけの秘密の逢瀬が起きていた。

 

自分は死ぬべきなのかもしれないと、過去を思い出したことによって蘇った記憶の中にある自分がした悪事に、そう口にしたジェラール。

 

それに対してふざけるな、そんな弱音を吐くお前はジェラールじゃないと言ったエルザ。

 

その拍子に2人して少しの坂から転がり落ちて、いい感じの雰囲気になり、両者の唇が触れる…となった時にジェラールが婚約者がいると言ったのだ。

 

「大事な…人なのか?」

 

「あ、あぁ」

 

ジェラールの少し赤くなり、少し俯かせた横顔を見て、エルザは微笑みながら問いかけた。

 

「だったら、その人の為にも生きなければならないな」

 

「フッ…そうだな」

 

その後先に戻ると言って、エルザはウルティアによって苦しんでいるメンバー達の元へと戻って行った。

…エルザの胸の中には同時に2人の男が存在するのだが…不器用なエルザ本人はまだ気がつかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………待たせて済まなかった。もう出てきていい」

 

 

そう口にするジェラール。

その言葉によって林から姿を現したのは…

 

「…人のことを呼んでおきながら、あんな雰囲気になるからな…流石に焦りを覚えたぞ」

 

他でもないリュウマだった。

ジェラールはエルザと会う前に、リュウマに来て欲しいと言っておいていたのだ。

 

リュウマはそれに対して了承して向かったのだが…先程までの光景を見てしまい一瞬野暮であるため帰ろうとしたのだが、了承したために帰るに帰れなかったのだ。

 

「…本当にそれで良かったのか?」

 

「…いいんだ。クリムソルシエールは罰こそが掟。これは3人で決めたことだ」

 

そう口にしてリュウマを見る。

 

「エルザを幸せにしてやってくれ。オレはエルザが幸せならそれでいいんだ」

 

「…何故それを俺に言う。貴様が──」

 

「いや、オレではダメだ。それに…お前は気づいているんだろう?()()

 

「…!何故それを…」

 

ジェラールが告げた楽園の塔にいた時の名を言われて驚く。

そんなリュウマに対してジェラールは簡単だ…と言って続けた。

 

「評議員にそれに関する書類があった。実力があるものにこの役目を与えると…そんな中で1番やたらと大人びていたトラがそうかと思って、お前にカマをかけたんだ。結果は当たっていたようだがな」

 

「…クカカ…俺としたことが抜かったか。しかし、ある程度は予想が付いていたと見える。でなければ実力があるというだけで俺へとは辿り着くまい」

 

「喋り方…変装するなら気をつけた方がいい」

 

「…ハァ…なるほどな」

 

案外基本的なことだったことなので、当時の俺は一体何をやっているんだと呆れた。

 

「それで、先の話だ。何故気づいていると?」

 

「…塔にいた時にも、オレ達のことをよく観察していたし、何より…他人の感情には敏感な感じがした。それにお前はオレ達が悲しんでいたりすると決まって声をかけてきたし、フォローが完璧のタイミングだった」

 

「ならば大凡は分かるだろう?俺がどう思っているのかを」

 

「…お前は答えないのか?エルザだけではない。その他の人達の想いに──」

 

「仕方の無いことだ。教えるわけにはいかないが…俺には不可能だ」

 

「…それはどういうことだ?」

 

「教える気はない」

 

「何故…そう言い切るんだ…?何故…!!」

 

はっきりと告げるリュウマにジェラールは怒鳴るように問いかけるも、リュウマは話そうとはしない。

 

「…クリムソルシエールは罰こそが掟と言ったな?お前自身がそれを罰と言うのであればそれは罰なのだろう。お前はそれ程の罪を犯したと自覚している。そしてその罪を償うために独立ギルド立ち上げて今も尚活動を続けている。しかし…その罰を一生をかけて償うというのは些か言い過ぎというものだ。本当の償いとは、犯した罪に対してそれ相応の償いをすることだ…例え一度大罪を犯したとしてもその者の一生をかけるなんて事は殆ど無い。まぁ、本当にどうしようもない罪は別だが」

 

「だったらオレはそれ程のことをした!だからオレは一生をかけて償って──」

 

「果たしてお前の言う一生とやらを…何時まで言い切れるのだろうな?」

 

「…どういう意味だ」

 

「何、善い行いをする者には良い事が返ってくる…ということだ」

 

そう言いながらうっすらと笑うリュウマ。

ジェラールは言葉の意味が分からない訳ではないが、リュウマの真意が分からなかった。

一体何が言いたいのかも分からなかった。

表情や目の動きから探ろうとするも、相手はリュウマ…探ることなど出来なかった。

 

「お前達の未来は明るく光り輝くことに違いは無い。そうなるし…そうさせる。お前達は…いや、何でも無い」

 

「そうさせる…?」

 

「アクノロギアは俺が殺す…それによって全てが終わりを迎える。その時にエルザの隣にいなくてはならないのは俺でもなく他でもない…お前だジェラール。決して俺では無い。その他であってもそうだ、俺では無いし俺には有り得ない」

 

「お前は一体何を知っているんだ?何をしようとしているんだ?お前は一体…」

 

そう問いかけるもリュウマからは何も返ってこなかった。

これ以上は答える気がない…ということなのだろうとジェラールは思った。

 

「時が満ちれば自ずと解る…いや、解るというのは少し違うのかもしれんが…まぁ、必ず来る未来だ。気長に待っていればいい」

 

「あ、おい!それはどういう意味…!!」

 

ジェラールが問いかけるも、リュウマは早々にその場を後にした。

その場にはジェラールしかおらず、先程の話しを自分なりに噛み砕こうとするも…やはり分からなかった。

あまりにも複数の話しを断片的に話したため、どれがどの話に繋がるのか分からなかった。

 

「リュウマ…お前は何をしようとしているんだ…?」

 

ジェラールの言葉はその場で静かに消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前のおかげで強くはなれるかもしれんが…同時にみんなは動けそうにないな」

 

「そうだな。これは明後日程まではここから動けなそうだ」

 

「なんであなた達は平気なのよ…」

 

後ろにある小屋の中から、身体に魔法陣を刻まれた各々は苦しそうに叫び声を上げている。

しかし、エルザとリュウマはそうでもなく…ケロッとしていた。

エルザは色々な強敵との戦いで既に第二魔法源を引き出せていたのだが、リュウマは引き出せていなかった。

 

いや、この場合は引き出す必要もなかった…と言った方が良い。

 

まぁ、それはともかく。

何故平気でいられるのかというと…

 

「俺は痛覚を麻痺させているからな」

 

ちょこっとズルをしていた。

 

「あ…そう」

 

「痛覚って自分で麻痺させられるんだ…」

 

独特の対処法にウルティアとメルディは顔を引き攣らせていた。

 

「じゃあ、オレ達はもう行く。ギルドの特性上一カ所に長居は出来ないからな」

 

「そうか、分かった」

 

「また会おう」

 

「エルザもリュウマもな。大魔闘演武の魔力の件は頼んだ」

 

そんな会話をしてクリムソルシエールの3人とは一時的に別れた。

別れ際にジェラールがリュウマを複雑そうに見ていたことにエルザは疑問を感じたが、すぐに行ってしまったので気にしなかった。

 

「エルザ、俺は少し用があるから先に行く。恐らく初日には少し遅れるだろうから先にクロッカスに行っていてくれ」

 

「どんな用事だ?なんなら手伝うが…」

 

「いや、そこまで大した用事でもないから大丈夫だ」

 

「そうか…ではクロッカスで合流しよう」

 

折角の二人きりなのだが、用事があるとなれば仕方ないので…渋々にではあるが了承した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日が過ぎ…大魔闘演武当日。

 

着いたのはフィオーレ王国の首都…花咲く都・クロッカス。

年に一度開催される魔導士達の祭り…大魔闘演武。

街はそんな大魔闘演武に出場するフィオーレ中の魔導士や、見物に来た観客達で溢れかえっている。

 

街の中央にはフィオーレ王の居城である華灯宮(かとうきゅう)メルクリアス。

 

そしてその西にある山に…大魔闘演武の会場であるドムス・フラウがある。

 

 

ナツ達は、第二魔法源覚醒の時の痛みによって、少し体が不調ではあるが、確かな魔力向上を感じていた。

エルザが聞いていた通り、リュウマはまだとの事なので先に選手登録は済ませてある。

 

メンバーはナツ、グレイ、エルザ、ルーシィ、ウェンディで構成されている。

 

登録を済ませた選手達は夜の1()2()()()()()()()()()()宿にいればいいとのことなので、各々は観光だったり初めての街なので探検をしたりしている。

 

ナツとハッピーとルーシィが現最強ギルドである剣咬の虎(セイバートゥース)の看板…2人の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)であり、双竜と呼ばれるスティングとローグに絡まれたり…。

 

ジュビアと(強制的な)デートをしようとしていたグレイのところに、兄弟子であるリオンが現れ…ジュビアに一目惚れをしてしまい、片や恋の為…片やフェアリーテイルの仲間為にジュビアを取り合っていたり…。

 

シャルルと仲良く観光していたウェンディを、黒くて小さい使い魔が影から狙っていたり…。

 

そういったものは余談である。

 

因みにエルザは指定された宿で寛いでいるが…相手が誰もいないので暇そうにしている。

 

 

 

ナツ達がクロッカスに着いて二時間程した頃に、やっとリュウマは到着した。

リュウマは1番最後であり、ラクサス率いる雷神衆や、山に修行していたミラやエルフマンにリサーナとカナ、ガジルとリリーはリュウマが着く30分程前に着いていた。

 

リュウマが何処で何をしていたのかは…すぐに分かる。

 

「この時間だと選手登録は間に合うか不安なところだな…マカロフが先に選手登録を済ませていれば助かるのだが…」

 

用事で少し遅くなったので不安になるリュウマだが、とりあえず着いた事を報告するためにフェアリーテイルの拠点へと向かう。

 

途中で食べ歩きや逆ナンに会いながらもフェアリーテイルの拠点に着いたリュウマは扉を開ける。

 

そこにはラクサス、ミラ、ガジル、グレイより先に返ってきていたジュビアがいた。

どうやら他のメンバー達も観光などをしているようだ。

 

「おっ?やっと来やがったぜ」

 

「おせーんだよ」

 

「ふ、2人でジュビアのと、取り合いを…!グフフ…」

 

「遅い帰還じゃなリュウマ。お主が最後じゃよ」

 

「む…やはりそうか。少し用事があってな、すまなガッ!?」

 

いきなりの腹へと衝撃により、くの字になって吹き飛ばされて壁に激突し、その痛みに悶えるリュウマ。

 

…………鳩尾に綺麗に入ったっぽい。

 

何が衝突したのかというと…まぁ、ミラである。

リュウマが入ってきてから一言も喋らずに立っていたのだが、我慢出来なくなってダッシュして抱き付いた。

衝撃はただのタックルみたいになった抱き付きだ。

 

「な、なんゲホッ…なんなんだ…?…ミラか?」

 

「……………」

 

リュウマの問いかけに答えないミラを見て頭に疑問符をを浮かべた。

しかしマカロフ達はその光景から目を逸らしている。

 

「ど、どうしたんだ?ミ「3ヵ月…」ん?」

 

「3ヵ月…言われた通り我慢したわ…でも…ざ…ざびじがっだー!!うえ~ん!!」

 

「そ…そうだったのか」

 

実は2ヵ月経った頃から少し危なくなっていて、ここに着くまでどうにか我慢したのだが肝心のリュウマはおらず、目に涙をいっぱいに溜めて…来るであろうこの拠点にバッチリスタンバっていたのだ。

 

それをずっと見ていたマカロフ達は…

 

──やっとミラが落ち着く…

 

と、一安心していたのだ。

 

決して面倒なものに巻き込まれたくないし、リュウマの助けを求める目から逃げてる訳ではない。

……違うからね?

 

リュウマは優しくミラの頭を撫でてやる。

ミラの顔はリュウマの腹にくっついていて見えないが、下ではうっとりとしている。

 

 

──ギュウウ…

 

「すまなかったな。少し用事があってな、遅くなった」

 

「うん…」

 

──ギュウウウウウウ…!

 

「あの…だな…っ…力を緩めてくれると…俺は大変嬉しいのだが…っ!」

 

「…スンスン…」

 

──ギュウウウウウウウウウウ…!!!!

 

「かっ…はっ…息が…ひゅっ…し…死…」

 

「…スンスン…ハァハァ…ウフフフ…」

 

 

「「流石に離せ!!??」」

 

 

「リュウマさんが死んじゃいますよ!?」

 

「ミラ!?お前さんリュウマを殺す気か!?上を見んか!あのリュウマの顔がすごく青白くなっておるわ!?」

 

 

……流石に全員で止めた。

 

 

その後全員でどうにかこうにかしてミラをリュウマから引っ剥がした一行はリュウマの居ない間に話していた内容をリュウマに告げる。

…ミラはリュウマの腕にべったりくっついているが…。

指摘したら先のような身の舞になるのでみんな見て見ぬふりに徹している。

 

「ナツ達のチームはA…そしてこの場にいるメンバーでBチームを作る…か。いいのではないか?」

 

今年から一ギルドから2チームまで参加が許可されたのだ。

なので、マカロフはリュウマ、ラクサス、ガジル、ミラ、ジュビアでチームBを組んで参加してくれないか相談していたのだ。

 

だがリュウマ以外の奴らは…

 

「まずオレが参加するチームがBってのが気にくわねぇ」

 

「なんでオレがそんな面倒くせぇことしなきゃなんねぇんだ。やってられっかよ」

 

「ジュビアはどちらでも…」

 

「私はリュウマが出るなら出るわ♪」

 

と、言っているのだ。

 

リュウマは別にBでも出る気なので必然的にミラも参加だ。

ジュビアはリュウマが頼んだらOKを出してくれた。

 

残りの気難し2人は…

 

「ラクサスとガジルは不参加か…ならばマックスとドロイをBチームに入れるとしよう」

 

「「待てやゴラァ!!」」

 

「オレの代わりがマックスだとォ?」

 

「オレの代わりがあのデブだとォ?」

 

「「出てやろうじゃねぇか!!」」

 

 

……すぐに参加が決まった。

 

誘導したリュウマは2人から見えないようにニタリと嗤った。

 

当然ながら態とである。

しかもものすっごく悪い顔をしながら。

 

「と、いうことだ。参加するから選手登録を──」

 

「そんなことだろうと思って選手登録は既にしておいたわい」

 

何だかんだこうなることは予想がついていたので、選手登録は既にされていた。

流石問題児多数のマスターである。

 

「因みに、お主等に全力でやってもらうために…報酬を用意した」

 

「ほう?どんな報酬だ?」

 

「勝ったチームが負けたチームに一日好きなようにする権利じゃ!」

 

それを聞いた瞬間、ラクサスはナツとエルフマンをパシらせ、ガジルは歌っているがルーシィをバニーの格好にさせて踊らせ、ジュビアは……グレイと桃色空間なことを想像し、ミラはエルザにサンマの塩焼きを作らせている。

肝心のリュウマは…

 

「……最高級ステーキのバイキングでもさせるか?」

 

何気に(財布的な意味で)ダメージが大きそうなものを考えていた。

 

一日好きに出来るとのことなので、Bチームは最高に燃えていた。

 

 

選手登録は済ませてあり、Bチーム結成されたので、後は指定された宿に指定された時間にいればいいので各々は好きに過ごすことにした。

 

ミラはリュウマから離れなかったのだが、後で絶対に埋め合わせをすると言って離れてもらった。

……その時のミラの目がギラッギラしていたのは勘違いだと(ry

 

リュウマは残り4時間ぐらいあるので、珍しい武器や食べ物がないか周りを散歩することにした。

 

知らなかったと思うが、リュウマは普段そこまで食べないだけで、本当は物凄い大食いだ。

燃費が良いのですぐに腹は空かないし、少量でも食べれば十分ではあるが、満腹になることはまずない。

なので美味しそうな物があるとつい買って食べてしまう。

 

修行の時にエルザとリュウマを襲ってきた蟹は完全にハズレだった。

 

まぁ何を言いたいかと言うと…

 

「む…これは美味そうだ。コレを1つ」

 

──パクっ

 

「お…これは珍しい形の食べ物だな。コレを4つ」

 

──パクパクっ

 

「あぁ…良い匂いだ。コレを8つ」

 

──パクパクパクっ

 

「こ、これは…!食べずとも解るぞ…これは美味だ…!店長、コレをあるだけ全部。…ん?200個あるが大丈夫かだと?…フッ…釣りはとっておけ」

 

──パク…ウマイ…パクパクパクパクっ

 

1人にするとマジでものすっごい食う…ということだ。

周りに人は居ないが、いたら絶対ドン引きする。

 

そんなリュウマの元へ真っ直ぐと、しかしひっそりと背後から近づく1つの影。

 

「(モグモグ)ふふ…この街の食べ物は美味だ…」

 

「……。…──ッ!!」

 

その影は背後から忍び寄り…その手に武器を手に取り…無防備のリュウマの頭目掛けて振り下ろした…!

それによってリュウマは為す術もなく──

 

「フン…残念だったな。気配を消した程度では俺を取ることは出来んぞ」

 

──やられる筈もなく。

 

食べていた串団子の串を使って振り下ろされた武器を振り返らずに後ろで受けとめた。

 

「…やはり流石です…()()

 

「───ッ!!…その師匠呼び…お前は──」

 

受けとめたのは鞘に収まったままである刀。

それを使うのは…

 

 

「7年ぶりですね…()()師匠」

 

 

「カグラ…か?」

 

 

最後に会った頃よりも、女の魅力を溢れさせる程に成長したカグラであった。

 

短かった髪は長くなり、胸もとても成長して豊満と言える程にまで成長している。

それでいて出るところは出て引っ込むところはしっかりと引っ込んでいる良い意味の凹凸性。

それでありながら体は鍛えられており、綺麗に引き締まっている。

 

完璧なプロポーションであった。

 

そのあまりの変容に驚くリュウマ。

それ故に気がつかなかった…

 

 

 

 

 

 

カグラがリュウマのことを恍惚とした表情で見ているということに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お元気でしたか師匠」

 

「あぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は昔とは違い…こんなに大きくなりました」

 

「あぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はもう立派な女です」

 

「あぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ですので私と結婚して下さい師匠」

 

「あぁ…………………あァ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございます師匠。私が絶対に幸せにします」

 

「頼むから待ってくれ」

 

 

 

 

 

 

リュウマ、大魔闘演武開始前にいきなりピンチを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 




まぁ、言いたいことは分かりますよ?

ですが許して下さい。
話を読んでいけば解き明かされていきます。



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第三六刀  意図しない約束 予選開始

暇なのであげてみました。




 

 

「ま、待てカグラ。正気か?俺はお前の師だぞ?」

 

「勿論です。ですがこんな言葉をご存知ですか?…愛さえあれば関係ない…という素晴らしい言葉を」

 

「そんな言葉が……なんて言うわけがないだろう!?それよりも退け!この状態はどう見ても可笑しい!!」

 

突如背後から攻撃をしてきたのは、かつて剣に対する天賦の才能を持っていたことから興味本位で一年程弟子にしていたカグラだった。

 

そのカグラは世間話から流れるようにプロポーズをしてリュウマを混乱の極致へと追いやった。

 

少しずつ…しかしジリジリと近寄ってくるカグラから後ろへ後退していったところ、まさかのご都合主義の如く聳え立つ壁によって逃げ道を塞がれ、背中が壁に当たった拍子に切れた警戒を一瞬で潜り抜け…リュウマの顔の横に手をついて左右という逃げ道をも潰した。

 

つまるところ…逆壁ドンの状態である。

 

逃げ道を失い、顔がドアップで写る中…只管に結婚させようとしてくるカグラに顔を赤くしながらもどうにか逆壁ドンから逃げようとするが…

 

「嗚呼…頬をうっすらと赤く染める師匠も美しい」

 

カグラには完全に逆効果だった。

 

そんなカグラに貞操の危機を本気で感じたリュウマは大いに焦る。

もう顔も背中も冷や汗ダラダラである。

 

「い、いきなり結婚などと…」

 

「安心して下さい」

 

「さ、流石に結婚は冗談──」

 

「結婚指輪はもう購入済みです。ちゃんとしたペアです」

 

「何も安心できん!?」

 

まさかの指輪まで用意されていることに驚愕してツッコミをいれる。

…懐からキラリと光る高そうなリングはカグラが言う結婚指輪とは違う物だと思いたい。

 

「す、すまんが…お前の気持ちには応えてやれん。諦めてくれ」

 

このままだと危ないと判断したので、ここは正直に応えてカグラの結婚を断った。

カグラは正面から言われたことにより絶望的な顔を浮かべ──

 

「と、仰られるのは想定内でした。ですが私には考えがあります」

 

──てなどいなかった。

 

「いきなり求婚しても師匠ならば断るのが当然だと考えていました。なので…今大会…大魔闘演武にて私が師匠に勝ったら私と結婚してください」

 

「な…!?」

 

まさかの提案に固まるリュウマ。

まあ、当然なのかもしれない。

 

大会に出るとは分かっていた、これでも一年は傍でその剣の腕を見ていたのだから。

だが、まさか大会に自分が勝ったら結婚しろと言ってくるとは思わなかったのだ。

 

「敗者は勝者のもの。分かり易いと思いますが…この条件が呑めないのであれば仕方ありません」

 

「な、なんだ…?」

 

「私とて心苦しいのですが…ちょうどそこにあるピンク色のホテルで…」

 

「分かったその勝負受けて立つ…ハッ!?」

 

「ありがとうございます師匠」

 

完全に誘導されて承認してしまった。

因みに心苦しいと言っておきながら目は本気(マジ)だった。

承認したリュウマをカグラは蕩けるような笑顔を向けて壁ドンをやめて正面に立つ。

 

「安心して下さい。花嫁修業は完璧ですので、大魔闘演武が終了と同時に結婚できます。では」

 

そう言って来た道を颯爽と走り去っていった。

残されたリュウマはとんでもない契約をしてしまったことにその場でしゃがみ込んで頭を抱える。

 

「しまっっったあぁ…!…この大会負けることが許されない物になってしまった…それに…花嫁修業だと…?安心できんのだが…?」

 

リュウマの言葉はその場で静かに空に消えた。

 

時間は11時半程…指定された時間まで残り少ないので、とりあえず指定された宿に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまん…今帰った」

 

「おっせーよ…あと5分ぐらいだぞ」

 

「何してたの?」

 

宿に着いたのは12時の5分前であった。

先に宿に着いていたラクサス達は、なかなか帰ってこないリュウマを心配したのだが、帰ってきたことにホッとしていた。

リュウマはギルドの最大戦力なので欠けてもらうと困るのだ。

ミラは違う意味で困るが…。

 

「いや、何でも無い…少し面倒な輩と遭遇しただけだ…」

 

「お前が面倒っつう奴だ?どんな奴なんだよソイツ」

 

「いや…お前達は気にしなくて大丈夫だ」

 

疲れ気味の顔をしながらも答えるリュウマに気になったが、そろそろ12時になるので、みんなスイッチを入れ替えた。

 

───ゴーン…ゴーン…ゴーン…ゴーン…

 

そして12時に回った。

 

『大魔闘演武にお集まりの皆さん。おはようございます♪』

 

『これより参加チーム113を8つに絞るための“予選”を開始しま~す♪』

 

突如街の真ん中の上空に現れたカボチャ頭のマスコットキャラクターのようなものが、街の隅々に行き渡るような声量でそう説明した。

このカボチャは魔法ラクリマによる立体映像によって上空に映し出されている。

 

「予選だと?」

 

「そんなん聞いてねぇぞ」

 

「113組もいるんですね」

 

「たった8つに絞るなんて…」

 

「なるほど、故の指定された時間に宿か」

 

リュウマ達は納得した。

いくら何でも指定された…というところにそれぞれが怪しんでいたのだから。

そして案の定コレだった。

 

『毎年参加ギルドが増えて~内容が薄くなってろとの指摘をいただき~』

 

カボチャ頭は上空で奇妙なダンスをしながら補足説明をしていく。

 

『今年は本戦を8チームのみで行う事になりました~』

 

つまりはそういうことらしい。

参加ギルド全部が出来る内容を考えたら質が落ちるので、幅広く量を…から、幅狭く質を…ということにしたということだ。

 

『予選のルールは至って簡単!』

 

「な、なんだ!?」

 

「ゆ、揺れる!?」

 

「上がっていっているのか?」

 

カボチャ頭がそう告げた瞬間にリュウマ達の宿が突如動き出し、その場から上へとせり上がっていった。

宿には全て細工が施されており、合図と共に上へとせり上がっていく仕組みへとなっていた。

限界の高さまで行くと、窓の外に階段が現れ、その先に複雑な表面をしている球型の建物のようなものが出現した。

 

『魔法の使用は自由!制限はありません。早くゴールした上位8チームのみが予選突破となります♪』

 

『ただし5人全員が揃ってゴールをしないと失格♪』

 

「まぁ、妥当だわな」

 

「当然だろうよ」

 

『そ・れ・と♪…迷宮で命を落としても責任はとりませんので♪』

 

「「「迷宮?」」」

 

予選程度で命を落とすつもりはないので気にしてはいないが、迷宮というところに食いつくBチーム。

 

 

何を隠そう予選は──

 

 

 

『大魔闘演武予選!!空中迷宮(スカイラビリンス)…開始!!!!』

 

 

 

空中に浮かぶ建物全てが迷路となっている迷宮なのだ。

 

 

「ギヒッ!面白ぇ!」

 

「勿論1番はいただきだな」

 

「頑張りましょう!」

 

「迷宮なんて楽しみね♪」

 

「迷宮か…」

 

Bチームはすぐに動き出して階段を駆け上っていき、直ぐさまスカイラビリンスの中へと入っていった。

この同時刻、ナツ達Aチームはウェンディがいないこともあり、代理としてエルフマンがチームに加わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「着いたはいいが…これどうすりゃいいんだ?」

 

「迷路だしね…」

 

着いたはいいが、進む方向は分かっているのだが、いかせん迷路なだけに進めずにいた。

因みにAチームは東へ進めばいいが、Bチームは逆側の西へ進めばゴールだ。

 

さて、皆様に思い出していただきたい。

 

 

「迷宮ならば俺に任せておけ」

 

 

「「!!!!」」

 

数ある迷宮を一瞬に走破してしまう(チート)の存在を…

 

「俺にかかれば迷宮なんぞ───」

 

 

 

 

────ただの一本道に過ぎん

 

 

 

 

迷宮を一本道に変える男が今…動き出す

 

 

 

 

「『反響定位(エコーロケーション)反響地図(はんきょうマップ)』!!」

 

リュウマは魔力を音波状に飛ばし、それが物に当たり跳ね返ってきた時間などを計算して地図を作り出す。

それをこのスカイラビリンス全体を覆う程の音波を出すことによってゴールを見つけ出す。

 

──クカカ…見つけたぞ。

 

「ゴールを見つけた。俺の後に付いてこい」

 

「おいおい…マジかよこいつ…」

 

「予選楽勝じゃねーか」

 

「スゴいです…」

 

「流石リュウマね♪」

 

リュウマを先頭に付いていくラクサス達。

まさか開始早々こうなるとは思ってもみなかった。

 

もうこの予選が空中迷宮(笑)にしか思えなかった。

 

「そういや、Aチームは今どうなってんだ?」

 

ゴールへと走りながら、使った能力の説明を受けたことでふと気になったことをラクサスはリュウマへと尋ねた。

 

「Aチームか?Aは今……………」

 

「あ?どうしたんだよ」

 

なかなか返答が来ないことに怪しむガジルだが、リュウマは正直に教えてあげることにした。

 

「マッピングをしていたが、他のギルドの者と遭遇して叩きのめし…相手がしていたマッピングのした地図を自分達のと繋ぎ合わせることで完成度を上げるコツを掴んだのか…他のギルドの参加者達を片っ端から襲って地図を奪っている」

 

「「「「……………。」」」」

 

リュウマの言うとおり、ナツ達は地図を書きながら進んでいたのだが…マッピングしていた敵と遭遇して案の定叩きのめして地図を奪い、自分達の地図の完成度を上げていたのだ。

 

絶対やりかねないナツ達らしい言葉に黙るBチーム。

らしいと言えばらしい行動だった。

 

──ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 

そして突如スカイラビリンス全体が揺れ始めた。

これはただの迷宮なのではなく、不定期でスカイラビリンス自体が回転するようになっているのだ。

 

それを超直感にて、今の足場が逆さまになると予感したリュウマは指示を出す。

 

「飛べる者は誰がいる?」

 

その問いにラクサスとミラが手を上げる。

 

「今から足場が逆さまになるため、ラクサスとミラは飛んで回避。ガジルとジュビアはその場から動くなよ?」

 

ラクサスは雷へとなって空中に飛び、ミラはサタンソウルへとなったことによって生えた翼で飛ぶ。

 

「ぬおっ!?」

 

「きゃっ!」

 

リュウマがガジルとジュビアに向かって片手を向けて上へと上げると、2人が持ち上がって空中に静止した。

リュウマ自身も直ぐに浮かび上がる。

 

これはリュウマが使う重力魔法だ。

 

リュウマは今までの戦闘で宙に浮かび上がりながら戦ったりなどをしていた。

それはこの重力操作魔法を使って自分の周りの重力を操り飛んでいたのだ。

 

今回はガジルとジュビアの周りの重力も操作して浮かび上がらせている。

スカイラビリンスが回転し終わり、止まったのをみてから2人をゆっくりと下に降ろす。

 

「お前こんな事もできたんだな」

 

「ありがとうございますリュウマさん」

 

「何、気にするな。よし、大分進んでゴールは間近だ…一気に進むぞ」

 

「「「了解!」」」

 

またリュウマを先頭に一気に迷宮を駆け抜けていくBチーム。

リュウマからしてみれば他のギルドの奴等も何処で何をしているのか全て分かるため、他の選手と会うこともなくスムーズに進んでいく。

 

ノンストップで進んでいくリュウマ達はとうとう…

 

「クカカ…ゴールだ」

 

「えっ……」

 

そこにいたのは先程まで空中に投影されていたカボチャ頭のマスコットキャラクターだった。

あまりの早いゴールに驚いて言葉を無くしている。

 

「…コールはどうした?」

 

「ハッ!?…ゴホンっ…ゴールおめでとうございます。1位通過ですカボ」

 

「まぁ、そりゃあな」

 

「このスピードで来て1位じゃないわけがねぇ」

 

「これは圧倒的でしたね」

 

「リュウマのおかげね!」

 

マスコットキャラクターは未だに驚いていた。

フェアリーテイルがいなくなってからの7年間で、最強ギルドはフェアリーテイルからセイバートゥースへと変わっていたのだ。

 

そのセイバートゥースとて、この予選は必ず出ている。

しかし、そのセイバートゥースを抜いての堂々たる圧倒的な1位通過…驚かない方が可笑しかった。

 

因みに、1位通過は当然だと思っていたセイバートゥースは2位通過だと言われて驚き、どこのギルドが1位通過したんだ!と詰め寄るも秘匿にされて引き下がる他なかった。

 

なお、ナツ達Aチームはギリギリの8位通過だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

──Aチーム控え室

 

 

 

 

予選が終わり次の日の朝。

この日の最初は予選にて通過した8チームの紹介が始め、ギルド紹介がなされる。

 

そしてこの控え室にはAチームのナツ達がいた。

外は待ちに待った大魔闘演武が始まるとのことでスゴい大歓声が聞こえる。

 

「スゴい歓声だ…」

 

「こんなに人が集まるんだ…」

 

フィオーレ中の魔導士のみならず、一般の客もいることで文字通り大歓声なのだ。

 

「おいおい…オレにこれを着ろと…?」

 

「ぷっ…だっはははははははは!!そりゃあいい!!」

 

マカロフが用意したチーム一貫のチームカラーが施された服を手に持ちながら狼狽えるエルフマンと、それを見て笑い転げるナツ。

 

元々ウェンディが出るところなのだが、出られなくなったウェンディの服が置いてあり、3ヵ月で元々の巨体が尚更巨体になったエルフマンには小さすぎた。

 

 

 

ウェンディになにがあったかと言うと数十分前、リサーナがAチーム控え室にウェンディが、何者かに襲われて倒れている所を発見したと告げられて治療室に向かった。

 

そこにいたのはベットでシャルルと一緒に寝転びながら休んでいるウェンディの姿だった。

 

「無事か!?」

 

「何があった!?」

 

「すみま…せん。よく…思い…出せなくて…うっ」

 

 

「魔力欠乏症だよ。一度に大量の魔力を失った為に全身の筋力が低下している」

 

 

「ポーリュシカさん!」

 

治療室に慌ただしく入ってきたナツ達にウェンディの現状を教えたのは、フェアリーテイル顧問薬剤師であった。

 

「うぅ…黒い…動物のような…のが…」

 

「あ、おい!無理すんな!」

 

ウェンディは何か思い出そうとするも、頭痛が酷く…思い出す事が出来なかった。

 

「みんな…ごめ…せっかく…修業…したのに…私…出られなくて…」

 

ウェンディは涙ぐみながらもみんなに対して謝った。

ウェンディは何も悪くないのに、それでも…謝った。

 

「エルフマン…さん…」「なんだ」

 

「私の代わりに…頼みます」

 

「…任せろ…!!」

 

エルフマンはやられて動くことの出来ないウェンディの為にも勝つことを心に誓った。

 

その後は、病人に無理させるなということでポーリュシカに追い出されてしまったが、ポーリュシカの腕は確かなので任せることにして控え室に戻ったのだ。

 

 

 

 

闘技場では、いよいよ待ちに待った選手入場ということもあり、観客の歓声は爆発していた。

そんな中、大魔闘演武の司会者は自己紹介を始める。

 

『今年もやって参りました!年に一度の魔法の祭典!大魔闘演武!!』

 

『実況は私…チャパティ・ローラ!解説は元評議員のヤジマさんにお越し頂きました!ヤジマさん、よろしくお願いします』

 

『よろスく』

 

『1日目のゲストにはミス・フィオーレにも輝いた青い天馬(ブルーペガサス)のジェニー・リアライトさんをお招きしております!』

 

『今年はウチが優勝しちゃうぞ~♡』

 

ミス・フィオーレというだけあって、観客の男性陣から熱烈な声が多く上がった。

 

『さあ、いよいよ選手入場です!先ずは予選8位!過去の栄光を取り戻せるか!名前に反した荒くれ集団!妖精の尻尾(フェアリーテイル)!!』

 

──ブーブーブーブーブーブー!!!!

 

「んなっ!?」

 

「ブーイング…だと?」

 

「ぐぬぬぬぬ…」

 

フェアリーテイルの(ナツ達はまだ知らないが)Aチームが出てくると、観客の全てから熱烈な(?)ブーイングの嵐だった。

 

『毎年最下位だったフェアリーテイルが予選を突破し…既に8位以内は確定ですからね~』

 

つまり観客達は、毎年最下位だったギルドが8位確定なのが不満だということだ。

観客からの声援はないが、フェアリーテイルからの応援はある。

 

ナツ達は一際大きい声を上げて応援するところに気がつき…その方を見ると、マカロフを始めとするフェアリーテイルのメンバー全員が応援を送ってくれていた。

 

しかしその中に少しおかしな存在が…

 

「フレー♪フレー♪フェアリーテイル♪」

 

「初代ーーー!!!???」

 

「「「マスターメイビス!!!」」」

 

なんとそこにいたのは…天狼島で会った初代フェアリーテイルマスターのメイビス・ヴァーミリオンがいたのだ。

そのことにマカロフは驚きの声を上げた。

 

「リュウマに誘われて応援しに来ました♪」

 

「リュウマお主かーー!!!!」

 

そう…リュウマが用事があると言っていたその用事とは、天狼島に行き、大魔闘演武があるから来ないかという誘いをする為だった。

勿論他にも理由があるが、大体は誘いに行ったことがほとんどだ。

 

メイビスは誘われたらすぐに食いついて付いてきた。

曰く…

 

「天狼島に1人でいても暇なんですよ?」

 

とのこと。

 

因みに、メイビスのことはフェアリーテイルの紋章を刻んでいる者以外には見えない為安心だ。

 

8位のチームの紹介が終わったので残りのチームも紹介が進んでいく。

 

 

『さぁ!続いて予選7位は…地獄の猟犬軍団…四つ首の猟犬(クワトロケルベロス)!!』

 

「ワイルドォ~~!!」

 

「「「オオォ!!!!」」」

 

 

 

『6位には女性だけのギルド!大海原の舞姫!人魚の踵(マーメイドヒール)!!』

 

「「そんなギルドがあったのか!!」」

 

フェアリーテイルのエロオヤジ共こと…マカオとワカバは目をハートにしながら叫んでいた。

…ロメオはそんな父親達オヤジをゴミを見るような目で見ている。

 

 

 

『5位は漆黒に煌めく蒼き翅…青い天馬(ブルーペガサス)!!』

 

出てきた瞬間に映像ラクリマに向かって決めポーズをとっていくトライメンズと一夜と何かの人形のような者…。

因みに一夜が決めポーズをとった瞬間に、黄色い女性の声援は悲鳴へと変わった。

 

 

 

『4位…愛と戦いの女神…聖なる破壊者!蛇姫の鱗(ラミアスケイル)!!』

 

「聖十のジュラだ!!」

 

「マジかよ!?」

 

「すっげぇ!本物だ!!」

 

ラミアスケイルのチームに、あのジュラがいるという事実に、観客は盛り上がりを見せる。

ジュラは7年間でも修業を怠らず、聖十大魔道5位という位置にいるのだ。

 

因みにそのメンバーの中にいる、シェリアという女の子は、シェリーの従妹でもある。

 

「アタシよくドジしちゃうからな~きゃっ!」

 

っといった風な…ドジっ子でもある。

 

 

 

『続いて第3位!おおっとこれは意外!初出場のギルドが入ってきました!真夜中遊撃隊!大鴉の尻尾(レイヴンテイル)!!』

 

「なんじゃと!?イワンのギルドか!?」

 

「闇ギルドじゃねぇか!!」

 

『えー公式の情報によりますと…レイヴンテイルは7年以上前から存在してきましたが…正規ギルドとして認可されたのは最近のようです』

 

『ギルド連盟に認可されている以上は闇ギルドじゃないよな』

 

「イワンめ…ふざけおってぇ…!」

 

イワンとは、マカロフの実の息子であり、フェアリーテイルの秘密を手に入れようとしている奴のことだ。

 

選手の中に1番デカい奴の肩に乗っている黒い使い魔が、ウェンディの顔に化けた後、倒れる仕草をフェアリーテイルに見せた。

 

それによってウェンディが、レイヴンテイルに襲われたことを知った。

 

「お前らがウェンディを…!」

 

「許さねぇぞこの野郎…!!」

 

 

 

『さあ!残す予選突破したチームは残り2つ!』

 

「あれ?1つはセイバートゥースだよな?」

 

「あと1つはなんだ?」

 

セイバートゥースがいるが、残り1つが分からないため、観客は違う意味で盛り上がりを見せる。

 

「まだ強ぇギルドが隠れていやがったのか」

 

「ジェラールの言っていた魔力と関係があるのか…」

 

実際は違う。

しかしそんなことは当然分からないので、実況が紹介するのを大人しく待つことにした。

 

 

 

『さあ!第2位です!おぉっ!?これは意外も意外!まさかまさかの…剣咬の虎(セイバートゥース)だあぁぁぁ!!!!』

 

「セイバートゥースが2位!?」

 

「じゃあ1位なんなんだ!?」

 

まさかの天下無敵にして絶対王者と言われるセイバートゥースが2位ということで観客は混乱している。

 

「どこのギルドが1位なんだよ…」

 

「クソッ…大恥かいたぞ…」

 

「これは記憶にないね…」

 

「カーカッカッカッ!あんだけ威張っといて2位とかダッセーー!!!!」

 

「うるせぇぞナツさん!!」

 

街の中で絡まれたことをまだ根に持っているのか、ここぞとばかりに煽りまくるナツと、青筋を浮かべながら言い返すスティング。

 

とうとう最後の1位の発表ということで、観客が静かになった。

セイバートゥースを破って1位になったギルドがどんなところなのか興味津々なのだ。

 

 

 

『さぁ!お待ちかねの第1位は…!こ…これは…!まさかの予想外!堕ちた羽のはばたく鍵となるのか!?まさかまさかのぉ…!』

 

「んなっ!?」

 

「はぁ!?」

 

 

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)Bチームだぁぁぁぁぁぁ!!!!!』

 

「なにーーーーーー!!!???」

 

「姉ちゃん!?」

 

「ガジル!?」

 

「ジュビア!?」

 

「ラクサスがいるーー!!??」

 

「おいリュウマは反則だろー!!??」

 

「フェアリーテイルがもう1チーム?」

 

観客どころか選手達ですら驚きの声を上げる中、リュウマ達Bチームは悠々と中央に向かって歩き進める。

 

その姿は正に王の凱旋のようだった。

 

「なんで2チームも?」

 

「どうなってんだ?」

 

『いやー今大会からルール改正によって戸惑っている方も多いようですねヤジマさん』

 

『ウム…今大会は各ギルド1チームまでない()2チームまで参加できるんだよ』

 

「そんなの聞いてなかったよ…」

 

「マスター…」

 

実況の説明によって理解したようだ。

これが決勝まで行った場合はもちろんのこと、同じギルドの者同士でも戦うことになる。

 

 

「冗談じゃねぇ!!!!」

 

 

ナツがズンズンとBチームの前まで来ると、そう口にして叫んだ。

いきなりのことに呆気にとられる観客達だがナツは続ける。

 

「たとえ、同じギルドでも勝負は全力!!手加減なんかしねぇぞ!!別チームとして出たからには敵!!負けねぇぞコノヤロウ!!」

 

「ハンッ、望むところだっつうの()()()()()チームさんヨ」

 

「ぐ、ぐぬぬぬ…!」

 

痛いところをつつかれて黙ってしまうナツと、そんなナツを見ながらニヤニヤしているガジル。

この2人はいつも通りだった。

 

「姉ちゃぁん……」

 

「頑張ろうねエルフマン♪」

 

「そりゃねぇよぉ!」

 

と、ミラとエルフマン。

エルフマンはミラと対戦で当たったらしどうしようかと悩み始めた。

 

「リュウマ…お前…」

 

「すまんなエルザ。こういうことだ」

 

「まさか1位で通過したのは…!」

 

「そうそう。コイツの力だぜ?一瞬で着いちまったから味気なかったがな」

 

ラクサスはリュウマの肩に腕をかけながらニヤリとして言う。

エルザはリュウマがまさか違うチームになるとは思ってもみなかったようで本気で驚いている。

 

「よ、用事とは何だったんだ…?」

 

「あぁ、それなら、メイビスを連れてくることが用事だ」

 

「天狼島まで行っていたのか!?」

 

「飛べば直ぐに行ける、折角だからな」

 

「そ、そうだったのか…」

 

あの短時間で天狼島まで行くとは…と戦慄した。

 

「ところでウェンディはどうした?エルフマンがでているようだが…」

 

「む、そうだ。そのことなのだが──」

 

エルザはウェンディにあったことや、レイヴンテイルにやられたことなどをリュウマに話した。

リュウマは黙って聞いており、表情は変わらないものの…魔力の質が変わっていた。

 

その魔力は他者を圧倒するような荒々しい物に変わっている。

まさに怒りの炎が魔力になったようだ。

 

「なるほど…あの塵共がなァ…。仕返しは考えておくとして…ウェンディは何処だ?」

 

「医務室にいる。…ウェンディに面会してやってくれ。とても悲しんで負い目を感じていた」

 

「…そうか。分かった、この後向かおう。教えてくれてありがとう」

 

「う、うむ。だ、大丈夫だ。気にするな」

 

リュウマの先程までの圧倒的な魔力はなりを潜めてエルザに優しく微笑んで礼を言う。

エルザはそんなリュウマの微笑みに顔を赤くした。

 

「あれ…?あの着物の人って…!」

 

「リュウマ…?聖十大魔道のリュウマか…!?」

 

「7年前にソーサラーに1回だけ出てたあの…!?」

 

「あの伝説のリュウマだ!!!!」

 

「本物かよ!?」

 

「す、すっげーーー!!!!」

 

「やっべぇ生で見ちまったよ!!」

 

「えっ…リュウマ様?」

 

「は?ユキノ今なんて言った?」

 

「な、なんでもないです…!」

 

「超カッケーーー!!!!」

 

「リュウマ様ーーー!!!!♡」

 

「「「「キャーーーー!!!!////」」」」

 

選手紹介の一環として、1人1人に映像ラクリマに映していき、リュウマの番となって映したところ…この歓声である。

 

7年前に一度だけやったモデルの雑誌で知った女性が黄色い声を上げ、その強さや姿などもありつつ、聖十大魔道ということもあって、小さい子供にはヒーローのように大人の男性が語る為に、本人が知らないところでは人気だったのだ。

 

そんなことは知らないリュウマは突然のことに驚き、周囲のあまりの歓声に照れながらも、小さく手を振ってあげる。

 

その控えめながらに頬を少し赤くし、片手で帽子を下に下ろして顔を隠す仕草から女性達は(*´д`*)みたいな顔をしてホッコリとしている。

 

男性達はまさかの大物に驚きながらも、自分達の子供や、リュウマをあまり知らない友達にどれ程の人物なのか説明したり語ったりする。

 

だが、黄色い歓声をあげられたところから不機嫌になる女性が複数名いた。

 

「リュ~ウ~マ~?」

 

「嬉しそうだな?」

 

「そんなに女の子からの声援が嬉しい?」

 

目の前にいたエルザと、少し離れたところにいたミラとルーシィだった。

因みにカグラは遠くからリュウマが出てきたところからずっと凝視している。

レベルで言うならば視姦レベルで。

 

「い、いや…!折角なのだから手ぐらいは振っておこうと…!」

 

「「「いいからこっちに来い/来なさい」」」

 

「あっ…待て痛!み、耳を引っ張るな!俺が何をしたというんだ!?」

 

「「「鼻の下を伸ばしてた」」」

 

「断固否定する!?」

 

──それにカグラから何か得体の知れないオーラがここまで来ている…!何故か悪寒が止まらん…!

 

3人に耳を引っ張られて連れて行かれるリュウマを他のみんなは、眼を逸らした。

カグラは顔こそいつものクールフェイスだが、握っている刀がミシミシ言っているのは気のせいだと思いたい。

 

それはともかくとして…。

実況からポイントの補足説明があり、順位によってポイントが入った。

 

1位…10ポイント

 

2位…8ポイント

 

3位…6ポイント

 

4位…4ポイント

 

5位…3ポイント

 

6位…2ポイント

 

7位…1ポイント

 

8位…0ポイント

 

と、なっている。

 

プログラムは…

 

1日目…隠密(ヒドゥン)+バトル

 

2日目…???+バトル

 

3日目…???+バトル

 

4日目…???+タッグバトル

 

5日目…?????????

 

と、なっている。

 

ハテナとなっているのは競技バトルであり、それに関してはチーム内で出場する選手を選ぶことが出来る。

 

バトルに関してはファンの投票の結果などを考慮して、主催者側の方でカードを組むとのこと。

バトルの説明の時にナツはやたらと燃えていた。

 

バトルのルールは簡単で、勝ったチームに10ポイント、負けたチームは0ポイント、引き分けの場合は両チームに5ポイントとなっている。

 

 

 

 

 

そしてこれからプログラムに書かれている通り、オープニングゲームとして隠密(ヒドゥン)が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 




また一万超えました(ガクガク

暇って恐いですね。



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第三七刀  愚かな大鴉

ヒドゥンってやってる方はマジで難しそうですよね…。
だって本物そっくりなのがいっぱいいるんだもの…。




 

 

リュウマは今医務室へと向かっていた。

 

エルザからウェンディがレイヴンテイルにやられたということを、Bチームのメンバーに話したところ、第一試合の隠密(ヒドゥン)は自分達の誰かから選出しておくからウェンディの所にお見舞いに行ってこいと言われ、向かっていたのだ。

 

なお、ウェンディがやられたことを話した時はもちろんラクサスもガジルもミラもジュビアも怒り心頭といった具合であったが、今はまだその時ではないと説得した。

 

今は…ということは、仕返しはするということを暗に示しているので恐ろしい。

 

──コンコンコン…

 

「ウェンディ、大丈夫か?」

 

「えっ!リュウマさっ!うっ…!」

 

「興奮すんじゃないよ!…まったく…面会が多いね。この娘はまだ弱ってるんだ、面会は短く済ませな」

 

「無論そうする」

 

リュウマがお見舞いに来てくれたことに驚いたウェンディは、寝ているところから上半身を起き上がらせようとして、痛みに悶えた。

 

ポーリュシカはそんなウェンディに呆れながら再びベットに寝かせて面会は短く済ませろと言う。

もちろん相手は病人で、無理はさせたくないので了承した。

 

「ごめんなさい…修業したのに…私…!」

 

「悪いのはウェンディではない。それは皆が知っていることだ。ウェンディが出られない分は我等がやる…気にしなくていい」

 

「グスッ…ありがとう…ございます…!」

 

「辛そうだな…大丈夫か?」

 

謝りながらも辛そうにしているウェンディの額に手を乗せて優しく擦る。

ウェンディは撫でられて気持ちがいいのか、そのまま目を瞑った。

 

「リュウマさんに撫でてもらえたら気分が良くなりました…我が儘になっちゃうんですが…私が眠れるまで…手を…握っ…て…」

 

「あぁ、分かった。眠るまで手を握っていよう」

 

瞼が少しずつ閉じそうになりながらもお願いするウェンディに応えて手を握ってあげるリュウマ。

もう片方の手はウェンディに抱き抱えられながらも一緒に寝ているシャルルの頭を撫でている。

 

「…スゥー…スゥー…」

 

「…スゥー…スゥー…」

 

「眠ったか…ふふ…2人で仲良く気持ち良さそうに眠りおって」

 

そう言いながら優しく微笑んで2人の頭をゆっくり撫でている。

 

──レイヴンテイル…一度で終わりとは限らん。恐らくはもう一度どこかで邪魔をするはず…その時は…

 

「折角小娘が寝たというのに、そんな阿呆みたいな魔力垂れ流しにするんじゃないよ」

 

「…!そうだな、すまない」

 

レイヴンテイルに対して怒りを感じていたら何時の間にか魔力が出ていたようだった。

それをポーリュシカに指摘されて慌てて抑える。

 

「用が済んだんならさっさと出て行きな。本来はもう誰も入れるつもりはなかったんだからね」

 

「そうか、それは失礼した。では…ウェンディ達の事は頼んだ」

 

「顧問薬剤師舐めるんじゃないよ」

 

最後にありがとうと言って医務室を後にした。

ウェンディが寝ているベットの傍の棚には、何時の間にか花が置いてある。

リュウマが来るまではなかったということは、リュウマがこっそりと置いていったのだろうとポーリュシカは思った。

 

「小娘が寝たところで、もう一度検査しておくかね」

 

ポーリュシカは寝ているウェンディの布団をゆっくりと剥がして顔色などを見ていく。

しかし…

 

──カチ…カチ…カチ…カチ…

 

「なんだい…この音は…この2人から聞こえるのかい?」

 

どこからか、時計の針が時を刻むような音が聞こえ不審に思い、出所であるウェンディとシャルルの服を少し捲って見てみると…

 

「こ…これは…魔法陣?」

 

複雑な形をしている魔法陣が2人の体に刻まれていた。

それを見た瞬間、まさか誰かにやられたのかと思ったが、自分はずっとここに居たし誰も入れなかった。

 

それに魔法陣をよく見てみると、攻撃的なものではなく、治療系の魔法陣に見えた。

 

──これは…文字はかなり古いものだね。古すぎてなんて書いてあるか分からないが…治療…?いや、時間逆行…違う…まさか体を再構築しているのか…?

 

ポーリュシカはあまりに古い文字と複雑で強固な魔法陣を見てそう思考する。

 

実際に再構築というのは合っている。

 

これはリュウマが自身に大きな怪我を負った時などによく使う『自己修復魔法陣』である。

魔法によって傷そのものを塞いだり、自然治癒力を極限まで高めたりするものではなく、コレは更にその上位。

 

刻んだ対象の体を分析…そこから更に解析し…健全な状態を把握したら、それに合わせてるように体の組織を再構築する魔法陣。

 

つまり、どんな傷であろうと、この自己修復魔法陣を刻めば傷跡を残すことがなく、筋力低下であろうがなんであろうが健全な状態まで治す事が出来るのだ。

 

ただし、効果は刻んだ対象者の総魔力量に依存する。

魔力が高ければ高い程早く修復させることが出来るが、魔力がそこまで高くないと修復に時間がかかってしまう。

 

元々リュウマが自分の為に独力で創り上げた魔法陣なため、仕方ないのだが…それでも時間さえあれば対象者を完璧に修復させるこの魔法陣の効果は凄まじかった。

 

因みに、刻まれた文字は古いなんてレベルの物でなく、現代において最早使われておらず、使っていた()()()1人を遺してもういない。

つまるところ、これは世界で唯一の最古にして世界的に貴重な文字だ。

 

どれ程かというと、古代文字に関する学者がいたら卒倒し、何が何でも手に入れようとする程のものだ。

 

「まさかあの男が…まったく…これじゃあ顧問薬剤師が形無しだよ」

 

ポーリュシカはそう言いながらも、顔色を良くして大分回復してきている2人を見て安心したような顔つきになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──Bチーム観覧席

 

 

 

 

リュウマは医務室を後にしてから直ぐに自分のチームであるBチームの観覧席へと向かった。

競技パート第一試合の隠密(ヒドゥン)は既に始まっているため急いで戻る。

 

「試合の方はどうなっている?」

 

「リュウマ!ヒドゥンにBチームからはジュビアがでたわ」

 

「もう試合ははじまってるが…」

 

「ギヒッ!こいつはダメだな」

 

「…?何かあったのか?」

 

「それがね──」

 

ヒドゥンは魔法によって具現化された街の中で、相手の選手をどんな魔法でも攻撃するというもの。

攻撃すれば1点加算され、攻撃されれば1点減点される。

 

もちろんそれだけではなく、街中には選手達のコピーが山ほど召喚されており、それに間違っても攻撃すれば1点減点されながらもスタート位置に転送されるというものだった。

 

ジュビアはAチームから出たグレイのコピーに開始早々抱き付いて減点を食らったようだ。

流石のリュウマも溜め息を吐いた。

 

グレイやジュビアも頑張っているのだが、いかせんレイヴンテイルから出たナルプディングがフェアリーテイルを集中攻撃をし、ポイントを稼ぎながら邪魔をしてくるのだそうだ。

 

そうしている間にセイバートゥースのルーファスが動き、魔法で造り出された光の矢を他の選手に放ち高得点を一気に手に入れる。

初見で唯一躱し、反撃に出たナルプディングも撃破して結局全員分のポイントを一瞬に手に入れて首位へと立った。

 

そこからジュビアやグレイも健闘したのだが、グレイが最下位のジュビアが下から二番目という結果に終わった。

 

今のところAチームは今だ0ポイント。

Bチームが11ポイントといった具合だ。

 

「ギャハハハハ!フェアリーテイルよっえ~!!」

 

「流石は万年最下位だな!!」

 

「もうお前らの時代は終わってんだよォ!!」

 

試合が終わった瞬間、観客からフェアリーテイルに向けて侮辱の言葉と罵倒雑言、嘲笑いが飛び交う。

グレイもジュビアも顔を俯かせてそれぞれの観覧席へと帰って行く。

 

「ご…ごめん…なさい…!じゅ、ジュビアは…!」

 

ジュビアが観覧席に帰ってきたら直ぐに頭を下げてBチームの全員に謝る。

下げて見えないが水滴が下に落ちていることから泣いているのが分かり、何と声をかけてやればいいのか困惑しているが、リュウマがジュビアに向かって歩き出す。

 

ジュビアは怒られるのかと思い肩をビクリとさせる。

リュウマがジュビアにその手を伸ばし…

 

──ポン…

 

「…!」

 

「普通ならば優しい言葉をかけてやるのだろうが、俺はその場凌ぎの優しさなんぞ与えない。故に俺はお前にこう言おう…この屈辱を…敗北感を…絶対に忘れるな。この敗北を次に生かせ。そして乗り越えろ…!悔しいのはお前だけではないし、ここに居る皆が同じ気持ちだ。故に…次は期待しているぞ、ジュビア」

 

「──ッ!…うっ…グスッ…はいっ…はいっ!」

 

リュウマは頭を下げるジュビアの肩に手を置いてそう口にした。

ジュビアは優しい言葉をかけられるのではなく、この今の気持ちを忘れずに次に生かせと言われた。

 

顔を上げればBチームの全員がジュビアを見ていたが、その目に否定的な感情を宿しておらず、みんながジュビアと同じ気持ちだとでも言うような目をしていた。

 

そしてあのリュウマが…妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強たる男が自分に対して期待していると言ってくれた。

散々に負けて罵倒雑言言われる原因たる自分に。

その事実が流す涙を促進させるが、嬉しかった。

 

優しい言葉よりも自分を掻き立てる言葉を言ってくれたリュウマに対して泣きながら小さな声で何度もお礼の言葉を繰り返した。

 

「あなた達もこれ位言えなきゃね♪」

 

「ケッ!」

 

「オレのガラじゃねぇよ…」

 

ミラの言葉に顔を逸らす2人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ!1日目のバトルパート第一試合!対戦は…』

 

そしてこの後はバトルパートであり、第一試合の対戦は…

 

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)A!ルーシィ・ハートフィリア VS──』

 

「あ、あたし!?」

 

 

大鴉の尻尾(レイブンテイル)!フレア・コロナ!』

 

「金髪ぅ…」

 

 

最初からフェアリーテイルとレイブンテイルとの戦いとなった。

 

バトルパートは広大な闘技場全てがバトルフィールドとなるため広く戦うことが出来る。

 

制限時間は30分であり、相手を戦闘不能状態に出来たら勝利である。

 

 

 

『それでは第一試合…開始!!』

 

 

実況の開始合図がされた瞬間にルーシィが動いた。

 

「行くわよ!開け!金牛宮の扉・『タウロス』!」

 

「MOォーーーーー!!!!」

 

召喚したタウロスがフレアに向かって自身が持つ斧を振り下ろし攻撃するが避けられてしまう。

 

「『スコーピオン』!」

 

「ウィーアー!」

 

ルーシィはそれだけだと手数的にダメだと悟ったのか、スコーピオンを呼び出して二体同時開門をする。

 

「『サンドバスター』!!!」

 

「フフフ…」

 

スコーピオンの機械仕掛けの尻尾から放たれる砂の竜巻状の攻撃を、フレアは伸ばした髪の毛で受け止めた。

自身の髪を伸ばしての戦闘は珍しいのでフェアリーテイルのメンバーは少し驚いている。

 

「タウロス!スコーピオンの砂を!」

 

ルーシィの指示でタウロスはスコーピオンの放った砂を自身の持つ斧へと吸収させて合体技を繰り出した。

 

「『砂塵斧(さじんぶ)アルデバラン』!!」

 

「ぐあぁあぁあぁぁ!!くっうぅ…金髪ぅ」

 

フレアはその威力に吹き飛ばされるも、空中で体勢を立て直しながら髪を狼の形にしてルーシィを狙うが…

 

「『キャンサー』!」

 

「任せる…エビ」

 

呼び出したキャンサーを使って髪の毛を切り尽くし防いだ。

フレアは着地と同時に髪を地面へと突き刺した後に伸ばしてルーシィの足下まで伸ばしたら、足に絡めさせて振り回し、地面へと叩きつけた。

 

「私の赤髪は自由自在に動く…」

 

「うぐっ…それならあたしの星の大河(エトワールフルーグ)だって自由自在よ!」

 

ルーシィは腰に付けた星の大河をフレアの腕に巻き付けた。

フレアとルーシィはお互いにお互いを振り回して吹き飛び痛み分けとなる。

女同士の戦いにも関わらず両者は一歩も引かなかった。

 

フレアの髪は焼ける赤髪であるため、触れた物は焼ける程の熱をもつのだが、掴まれたルーシィの足はブーツが焼けただけであった。

 

それに業を煮やしたのかまたも自身の髪を地面へと突き刺した。

ルーシィはその行動に先程と同じく地面からの攻撃かと予測するのだが何処からも来ないので警戒する。

 

しかしフレアは指をフェアリーテイルの応援席へと向ける。

それに従いチラッと見てみると、アルザックとビスカの一人娘であるアスカの横にフレアの赤髪があった。

 

「──ッ!?アスカちゃ──んぐっ!?」

 

「声を出すな…これは命令…」

 

──この人…やり方がきたない…!

 

ルーシィはそう心の中で叫んだ。

しかしそこからはフレアがルーシィに何もするなと命令して攻撃を与えていく。

アスカを人質に取られているために防御する他ないが、髪でも魔法であるため着実にダメージが入っていく。

 

「このまま何もするな…いいな」

 

 

 

 

 

 

「……キャンサー!!」

 

四肢を髪で縛られて動けないところを命令されるが、キャンサーを呼び出して拘束していた髪を残らず切った。

 

「この…!あの子供がどうなってもいいのか!」

 

「やれるものならやってみなさい」

 

「…そう…なら望み通りにしてあげ…る…」

 

フレアはアスカの方を見て意思のように固まった。

何故か?

 

フレアの視線の先には…

 

 

「リュウマ!?何故ここに!」

 

「………。」

 

「わ~お兄ちゃんどうしたの~?」

 

 

Bチームの観覧席に居るはずのリュウマが片手でアスカを抱き上げながら、もう片方の手でフレアの赤髪を掴んで黒い焔で燃やし尽くしていた。

 

リュウマの顔を隠していた三度笠から目が見えた。

その目は…

 

 

『良かったな?俺が貴様の相手だったら無惨に斬り殺していたぞ塵が』

 

 

と、物語り…首に抜き身の刀を突きつけられ、今まさに斬られそうになっていると錯覚してしまう程の殺意を飛ばしていた。

 

それをダイレクトに飛ばされているフレアの身体はカチコチに固まってしまい、動けずにいた。

 

 

 

 

 

 

──ルーシィが反撃する数分前

 

 

──なんだ…突然ルーシィが一方的にやられだした。

 

先程まで優勢だったにも関わらず、いきなり一方的にやられ始めたルーシィに対してリュウマは怪しんだ。

戦いの中でやられるならば分かるが、防御だけで反撃もしないことに怪しんだ。

 

そこで思い出した…相手はレイブンテイルだったということを。

 

ルーシィはフレアに激しく攻撃されながらもBチーム観覧席にチラリと視線を向けた。

実際にはリュウマに向けて視線を向けた。

所謂、一瞬のアイコンタクトだった。

 

──アスカちゃんが…お願い!

 

「…なるほど…やはりそうか」

 

そして、そのアイコンタクトをリュウマは完璧に拾い上げた。

 

そこからは速かった。

魔力を脚に纏わせて強化し、重ねて縮地を使って神速の速度を持ってフェアリーテイルの応援席へと移動した。

 

──この赤髪は確かにあの小娘の物だな。

 

そう心の中で呟きながらアスカを抱き上げて髪を掴み燃やした。

 

「リュウマ!?何故ここに!」

 

「………。」

 

「わ~お兄ちゃんどうしたの~?」

 

ここでルーシィが、リュウマがアスカを助け出した事を悟り反撃に出たのだ。

 

──さぁ…お前に教えたアレを見せてやれ

 

リュウマのその言葉に、ルーシィは頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

──ところ戻り闘技場にて

 

 

 

──ありがとうリュウマ!!

 

そう心の中で感謝するルーシィは、フレアに向き直る。

 

「よくもアスカちゃんを人質にしてくれたわね…許さないんだから!」

 

「あ…あぁ…」

 

フレアは未だにリュウマの殺気をその身に受けているため動けない。

ルーシィはそれを見逃さずに、ビーチの修行の時にリュウマから直々に教えて貰った技を使おうとする。

 

『ルーシィは鞭を使うのだったな。こんな技があるのだが、良ければ覚えてみないか?』

 

『えっ!あたしに教えちゃっていいの?リュウマの技なんでしょ?』

 

『ルーシィならきっと…これを使いこなすだろう。それならば何も惜しくない。是非使ってくれ』

 

『うん!ありがとう!』

 

──リュウマ…あたしの為にありがとう!練習の成果今見せるね!

 

「リュウマ直伝!───」

 

その場から空中に飛んで、星の大河を地面へと思い切り叩きつけた。

するとそこから小さい岩がフレアへと向かっていき、フレアを足下から迫り出てきた巨大な岩が包み込んだ。

ルーシィはそこからはもう一度地面へと鞭を叩きつける。

すると白い蛇のような形をした魔力が巨大な岩を螺旋状に駆け上り…頂上へと着いた瞬間──

 

「──秘技・『地這い大蛇』!!!!」

 

「きゃああああああああああ!!!!」

 

巨大な岩を四方へと弾き飛ばしながら大爆発した。

 

フレアはその爆発に吹き飛ばされるもまだやられておらず立ち上がろうとするが、ダメージが大きくなかなか立てずにいる。

 

「チャンス!『ジェミニ』!」

 

「ピーリ/ピーリ」

 

──ボフン!

 

「って…なんでその格好なのよーー!?」

 

「しょうがないよ、コピーした時の姿なんだから…」

 

「あ…お風呂上がりの…」

 

『『オオォォォォォォォォ!!!!』』

 

「ば、バスタオル…!」

 

「い、イイ!!!」

 

「いいぞぉーー!!!」

 

「うぅ…まさかバスタオルなんて…」

 

チャンスだと思い、ジェミニを呼び出して自身へと変身させるが、まさかのバスタオル一枚の姿で現れたので驚く。

観客はそんなジェミニに釘付けとなり歓声を上げた。

ルーシィはその観客の歓声に恥ずかしそうにするも、試合中なので直ぐに気持ちを立て直す。

 

ルーシィは自分に変身したジェミニと手を繋ぎながらあの詠唱を唱えていく…

 

 

「「天を測り…天を開き…あまねく全ての星々…」」

 

 

かつて、オラシオンセイスとの戦いの際にリュウマによって教えられた星々の超魔法…

 

 

 「「その輝きを持って我に姿を示せ」」

 

 

その威力たるや…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のもの…

 

──とうとう己の物にしたか…流石だな。

 

リュウマはそう口にした。

修行の時に放てるようにと練習台となっていたのだから、その努力は1番知っていた。

 

 

「「テトラビブロスよ…我は星々の支配者…アスペクトは完全なり」」

 

 

「な、なに…なんなのコレ…!」

 

 

──見せてあげるわ…これこそが妖精の尻尾(フェアリーテイル)の力よ!!

 

 

    「「荒ぶる門を開放せよ」」

 

 

──これがギルドの誇りをかけた一撃!!

 

 

   「「全天88星………光る!」」

 

 

──魅せてやれ…その一撃を!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「『ウラノ・メトリア』!!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃあああぁああぁあぁああぁああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

フレアはルーシィの放った星々の超魔法により吹き飛ばされ、気を失った。

ルーシィの戦いは…見事勝利で終わったのだ。

 

 

『し、試合終了ー!!何という凄まじい魔法でしょうか!フレア選手は戦闘不能となりこの試合…フェアリーテイルAのルーシィ・ハートフィリアの勝利です!』

 

「よっしゃあーーー!!!」

 

「よくやったぞルーシィ!!」

 

「…!うん!!」

 

ルーシィはフェアリーテイルの応援席に向かって満面の笑みを浮かべながら大きく手を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ウラノ・メトリアを放つ数分前

 

 

「いきなりここまで来て、どうしたというんじゃ?リュウマ」

 

「あのルーシィの相手の髪がアスカを狙っていた。恐らくは…いや、確実に人質にとって脅していたのだろう」

 

「「「……!!!!!」」」

 

そう言って燃えカスとなっている髪の毛をフェアリーテイルのみんなに見せる。

みんなはその事実に騒然とさせて怒り心頭といった具合だ。

 

「あいつ…!」

 

「なんてきたねぇんだ!」

 

「レイブンの奴めぇ!!」

 

みんなはレイブンテイルの方を睨み付けながら言葉を溢す。

 

「アスカをありがとうリュウマ…」

 

「私達が気づかないばかりに…本当にありがとう…なんてお礼を言ったらいいか…!」

 

「クカカ、そう気にするな。しかし…レイブンテイルは今度何をしてくるか分からんからな…皆も用心しておけ」

 

「おう!」

 

「気をつけるな!」

 

「本当にありがとう…!」

 

「ありがとう…!」

 

アルザックとビスカからお礼の言葉を言われて、気にするなと言いながら、フェアリーテイルに注意をしておく。

レイブンテイルは何処から何をしてくるか分からないためだ。

 

もしかしたらまた人質に誰か襲うかもしれないし、何か罠を仕掛けてくるかもしれない、そういったものをフェアリーテイルのメンバー頭の中に入れておかせた。

 

「アスカ?少し父と母の元へ行ってくれないか?」

 

「え~なんで~?」

 

「後で高い高いをしてやる…それならどうだ?」

 

「ほんと!?わかった~!!」

 

リュウマは自分に抱き付いていたアスカを下ろしてやり、トテトテと走ってアルザックとビスカの元へ行ったのを確認すると、アスカの耳を塞ぐように指示をした。

 

そして──

 

 

「『おい…レイブンテイルの塵共。次に余計な真似をしてみろ…貴様等の仲間を1人ずつ攫って拷問にかけた後、体を24分割に切り分けて1時間に1パーツずつ貴様等の拠点に送りつけてやる…最初は爪だ…次に指…次に手首まで…嫌なら大人しくすることだな…ゴミに群がることしか能の無いカラス共め』」

 

 

「「「「「……………………。」」」」」

 

「え~?何も聞こえないよ~?どうしたの~?」

 

リュウマはその場で身の毛もよだつような言葉を吐き捨てる。

本来この場で言っても聞こえないはずなのだが、リュウマは自分の声を目的の位置にまで届かせる音弾をレイブンテイルの観覧席にまで飛ばした。

 

「どれ、アスカ?高い高いだ!」

 

「きゃっ!あはは!わーい!あははははは!もっとやって~!あはははは!」

 

「ふふふ…仕方ないな」

 

 

((((こ…こっえぇぇぇぇぇぇぇ!!??))))

 

 

フェアリーテイルのみんなの心の声が1つとなった。

その張本人はアスカに高い高いをしてやって遊んであげていた。

先程までの見ただけで死にそうになるような眼はなんだったのか、早い変わりようである。

 

「では、俺は観覧席に戻る。見つかると面倒だからな、またなアスカ」

 

「うん!またねお兄ちゃん!」

 

「ふふ、うむ」

 

アスカの頭を優しく撫でてニコッと笑ってあげると、その場から一瞬にして消えた。

 

 

((((絶対怒らせないようにしよう…))))

 

 

みんなの心に誓いを立てさせながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──大鴉の尻尾(レイブンテイル)観覧席

 

 

「チッ…フレアめ、何をしているんだ」

 

「分かんねぇでさぁ…」

 

「あんな魔法を食らったらフレアは戦闘不能になるな…オーブラ、あの女の魔法を消せ」

 

「……。」

 

相手の魔法を消し去ることの出来るオーブラが実行しようとしたその時──

 

 

『おい…レイブンテイルの塵共。次に余計な真似をしてみろ…貴様等の仲間を1人ずつ攫って拷問にかけた後、体を24分割に切り分けて1時間に1パーツずつ貴様等の拠点に送りつけてやる…最初は爪だ…次に指…次に手首まで…嫌なら大人しくすることだな…ゴミに群がることしか能の無いカラス共め』

 

 

突如計り知れない殺気と共にそんな声が観覧席に響いた。

その言葉を真実たらしめるかの如く殺気が観覧席を覆っているため、レイブンテイルのマスターたるイワンは冷や汗をダラダラと掻き、それ以外のレイブンテイルのメンバーは全員白目を向いて泡を吹きながら気絶した。

 

あまりの殺気に幻を見てしまったのだ…

 

 

自分に対して嗤いながら拷問し…最後まで死なないように手足から少しずつ己の体を24分割に斬り落としていくリュウマの姿を…斬り落とされていく自分の体…その鮮明な幻を…。

 

 

無論そんなものに耐えられる筈もなく、脳がこれ以上は危険だと判断して自動的に気絶という手を取った。

つまりは、ただの殺気だけで今まさに集団で死にかけたということだ。

 

 

──な、なんなんだ…これは…!ば、化け物か…!もういい…試合なんぞこの際どうでもいい…目的を最優先にする。さもなくば…我々が死ぬ…。

 

 

 

 

リュウマの脅しは、想像以上に効いたらしく…レイブンテイルに恐怖とトラウマを刻み込みながら釘を刺すどころか叩き刺すことに成功した。

 

 

 

 

 




いや~、リュウマ様恐いですねぇ…。
ウチのリュウマ様ならやりかねない…てかやりますねはい。



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第三八刀  頂上決戦 模倣能力の脅威

ついにあの決戦です。
めっちゃ長くなっちゃった…




 

 

バトルパート第一試合は、試合中にアスカが人質に取られたりなどありながらもルーシィとフレアの試合はルーシィの完全勝利で幕を閉じた。

 

ルーシィはその事を、自分のAチーム観覧席に戻った時に話したのだが…当然ナツ達は激怒した。

しかし、それをどうにか宥めているうちにバトルパートの第二試合が始まっていた。

 

第二試合は、青い天馬(ブルーペガサス)のレンVS人魚の踵(マーメイドヒール)のアラーニャだった。

 

戦っている最中、実況席にいるジェニーによってシェリーとレンが婚約しているという情報をサラッと言われ、レンのファンにダメージを与えつつも試合は進んでいく。

 

「べ…別にあんな奴…ただの腐れ縁だよ!ただの!いっつも傍に居やがって鬱陶しい!」

 

「ヒドイ!?」

 

アラーニャが放つ魔法から避けながらそう言い放つレンだが、忘れてはいけない…

 

「けど…お前が傍にいねぇと調子が出ねぇよ…」

 

「もぉ…レンったら♡」

 

 

  『『『うわ~…すっごいデレた~…』』』

 

 

…この男はものすごいツンデレで有名だ。

 

そんな男に惚れたシェリーは面倒くさい相手に惚れたな…と、同じギルドのメンバーに言われるも、目がハートと化して全く聞こえていない。

てかトリップしている。

 

「お前が居る前じゃ無様は晒せねぇな…『エアリアルフォーゼ』!!」

 

「うああああああああ!!!!!」

 

レンは空気魔法を巧みに扱い、アラーニャの魔法をかいくぐりながら本人を攻撃して戦闘不能にした。

 

『勝者ブルーペガサスのレン・アカツキ!これでブルーペガサスは14ポイント!マーメイドヒールは3ポイントです!』

 

これは余談の話になるのだが、外見や性格や気持ち悪さなどを抜きにすると、ブルーペガサスの最強の魔導士は…あの一夜だったりする。

 

第二試合に続き、第三試合は四つ首の猟犬(クワトロケルベロス)のウォークライと、剣咬の虎(セイバートゥース)のオルガ・ナナギアであった。

 

ウォークライは、とても珍しい涙魔法という魔法を使用する。

それは意外に避けづらいと評判なのだが…

 

「ウオオオオオ!!涙の分だけ人は強くなれ──」

 

──ドオォォォォォォォォォォォォン!!!!

 

オルガの強力な黒雷によって一撃で倒されてしまう。

これでセイバートゥースは18ポイントとなり、クワトロケルベロスは2ポイントとなる。

 

オルガは呆気なく終わってしまったことをスティングに指摘されて、態々闘技場の真ん中まで戻り、何処からかマイクを取り出して大音量で歌い出す。

それは恒例となっているのか、観客達は笑って楽しんでいた。

 

「黒雷か…どうであった?ラクサス?」

 

「ケッ…お前に一度叩き込まれた()()の方が断然強力だったぜ」

 

「あれ?リュウマって黒雷が出せるの?」

 

「まぁな、威力は流石に純粋な雷を使う魔導士には及ばんがな」

 

──よく言うぜ、あんなのオレですら見たことねぇ威力だったぞ。

 

リュウマの謙遜的な言葉に、心の中でそう言葉にする。

ラクサスは昔、まだ小さかった(反抗期の)頃にリュウマに喧嘩をふっかけてボコボコにされた記憶があった。

その時に一瞬使った雷の色は黒だったのだ。

自分にとっては苦い思い出であるので未だに覚えていた。

 

『さぁ…いよいよ本日の最終試合となりますが、残っているのは妖精の尻尾(フェアリーテイル)Bと蛇姫の鱗(ラミアスケイル)ですね』

 

『そうだねぇ…』

 

『昔はこの2つのギルドの実力は均衡していたので面白い試合になりそうね』

 

実況で言われた通り、7年で大分名が堕ちてしまっているが、7年前は実力が均衡していたとされている。

フェアリーテイルと均衡させる程の力を持っている筆頭は、もちろんのこと聖十のジュラだ。

 

ジュラは聖十大魔道でありながら真面目で自分に厳しく、鍛練を怠ることはしなかった。

そんなジュラは期待の声が大きいため…

 

『選手は蛇姫の鱗(ラミアスケイル)…ジュラ・ネェキスVS──』

 

バトルパートで当たることは簡単に予想がつく。

対するフェアリーテイルBからの選手は…

 

『フェアリーテイルB…リュウマ!!』

 

「キターーーー!!!!」

 

「ジュラだーーー!!」

 

「すげぇ!リュウマが相手だ!!!」

 

「聖十大魔道と聖十大魔道の戦いか!?」

 

まさかの選手の采配に盛り上がりを爆発させる。

観客達はこれから始まる試合がどれ程高レベルの戦いであるのかを理解していない。

 

この場にいる実力者達はみんな…この2人から得るものがあると確信して、他の試合以上に緊張している。

 

「おいおい…まさかあのオッサンかよ」

 

「ギヒッ!運がねぇな。まぁ、テメェの実力を見させてもらうぜ」

 

「まぁ…こうなるだろう事は分かってはいた。しかし…クカカ…中々如何して面白い」

 

リュウマはニヤリと嗤いながら席を立ち上がり、闘技場へと向かおうとする。

 

「リュウマ!あの…」

 

「…?どうした、ミラ」

 

「えっ…えっと…あの…が、頑張ってね。応援してるから」

 

ミラはジュラの実力を自分の目で見たことはないが、噂では良く聞いていたので不安になっていた。

リュウマが負けるとはもちろん思っていない。

しかし、負けるとは思っていないのと不安にならないのは別物なのだ。

 

リュウマはそんな不安そうにするミラに少し笑って見せた。

 

「案ずるな。お前は信じて待っていろ、他でもない…この俺の勝利を。俺にはそれだけで大きな力となる。…では、行って来る」

 

リュウマはそう言うと、その場を後にして闘技場へと向かって行った。

 

ミラにはもう不安は無かった。

 

他でもないリュウマが信じろと言ったのだ、ならば私が信じなくてどうすると心の中で言い放った。

 

まぁ、ちょっとトキめいて顔を少々赤くしているので締まらないが…。

 

ラクサスとガジルは呆れた顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

──フェアリーテイル応援席

 

「まさかジュラが相手とは…リュウマは大丈夫なのかのぅ…」

 

「リュウマ兄を信じようぜ!」

 

「私は心配などしていませんよ?6代目」

 

「初代…そうですな…ガキを信じずにどうするというんじゃ…!おいガキ共!リュウマを応援するぞ!」

 

「リュウマー!!頑張れよーー!!!!

 

「絶対勝てよなーーー!!!」

 

「リュウマー!!ファイトーー!!!」

 

「リュウマお兄ちゃんがんばれー!」

 

 

 

 

 

 

 

──フェアリーテイルA観覧席

 

「あのめっちゃ強ぇオッサンか!?」

 

「おいおい…大丈夫かよリュウマの奴…」

 

「リュウマなら勝つに決まってるでしょ!」

 

「そうだぞ。リュウマなら勝つに決まっている。私達はその為にも応援するぞ」

 

「…そうだな。何だかんだ負けるところが想像出来ねぇや。頑張れよリュウマー!!」

 

「ウオォォォ!!!負けんじゃねぇぞーー!!!」

 

「頑張ってねリュウマーー!!!」

 

「ふふ、リュウマ!お前の力を見せてくれ!」

 

 

 

 

 

 

 

──ブルーペガサス観覧席

 

「これからイケメンのライバルの試合だ!目を離すなよ!」

 

「「「はい!師匠!!」」」

 

「さぁ見せてくれたまえ…君の力を…」

 

「あの人の戦いは見たことがないから楽しみだね」

 

「オラシオンセイスとの戦いの時には、何だかんだ見れなかったからね」

 

「チッ…負けんじゃねぇぞ」

 

 

 

 

 

──ラミアスケイル観覧席

 

「頑張れー!!ジュラさーん!!」

 

「この勝負は貰ったな」

 

「まだ試合始まってねぇし、相手は聖十大魔道のリュウマだよ!!」

 

「キレんなよ…」

 

 

 

 

 

 

──マーメイドヒール観覧席

 

「あの人がカグラちゃんのお師匠さん?」

 

「そうだ。私には師匠が負けるところなんぞ想像出来ない」

 

「カグラにそこまで言わせるとはね。相当強いんだね」

 

「楽しみだわ」

 

「ぽっちゃり舐めちゃいけないよ!」

 

「(この試合で師匠の力を拝見出来るとは…見逃さないように気をつけねば…)

 

 

 

 

 

──医務室

 

「ジュラさんとリュウマさんが試合を…?お、応援しなきゃ…あう!」

 

「こら!まだ完全に治っちゃいないんだ。安静にしてな」

 

「リュウマさんがあのジュラさんと戦うんです!応援させて下さい!」

 

「……ハァ…まったく…行かせてもいいが、私も同行するからね」

 

「ありがとう!グランディーネ!」

 

「ポーリュシカだよ」

 

ポーリュシカに車椅子に乗せてもらい、Aチーム観覧席へとやって来た。

 

「ウェンディ!?大丈夫なのか!?」

 

「はい、大分良くなりました。ここにはリュウマさんの応援に来ました。ジュラさんと戦うって放送で聞いたので…」

 

「そうか、リュウマの相手はジュラのオッサンだからな、応援してやれよ」

 

「はい…!リュウマさん!頑張ってっ…!ケホッケホッ…!?」

 

「ほら言わんこっちゃないよ」

 

「大丈夫?ウェンディ。でも…ウェンディの声は聞こえてたみたいよ」

 

リュウマはウェンディが少ししか声が出せなかったにも関わらず、その場で振り返りウェンディに向かって小さく手を振っていた。

 

ウェンディはそれを見てぱあっと表情を明るくさせた。

 

「よっしゃ!オレ達でウェンディの分も応援してやるぞ!」

 

「そうね!」

 

「ま、しょうがねぇか!頑張れよー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──闘技場

 

 

 

 

 

リュウマとジュラはお互いに正面から向かい合っていた。

両者は遠目から見るとお互いがリラックスして自然体に見えるが、魔導士には分かる。

2人の体からは夥しい量の魔力が溢れてぶつかり合っている。

 

「お久しぶりですな、リュウマ殿」

 

「然り、俺からしてみれば一年と経っていないのだが…ここは7年ぶり…と言っておこうか」

 

 

『さぁ、今ここに今大会最強候補の2人がぶつかります!どちらも聖十大魔道の魔導士であるため、期待が膨らみますね!』

 

『きっとスんごいスあいになるよ』

 

『私も楽しみ~!』

 

 

「個人的には妖精の尻尾(フェアリーテイル)に頑張ってほしいのですがな…ウチのオババがうるさくてのぉ…」

 

「ほう…?それは大変だな」

 

 

『さぁ、本日の最終試合…開始!!!!』

 

 

「なので相手がリュウマ殿でも手加減は出来ませんぞ」

 

実況の開始の合図が上がり、ジュラはその服の上からでも分かるほどの屈強な体に、更に魔力を纏わせて強化しながら構える。

 

しかしリュウマは構えず…

 

 

「……ふ…フ…フフ…フハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」

 

 

──突如笑い出した。

 

その事に観客はおろか、他の選手達や実況の人、相手であるジュラですら呆気にとられるが、リュウマはそんなことは気にしておらず…心底可笑しいと言わんばかりに笑っている。

 

「ハハハハハハハハハハハ!!…ハァ…手加減…?手加減だとォ?…クッ…クハハハハハハ…!…よもや勘違いを起こしているようだなァ?ジュラよ」

 

「か、勘違いとは…?」

 

「それは無論──」

 

ジュラはリュウマが笑ったり、自身の問いに答える時にも一切警戒を解いていなかった。

それは、当然リュウマが自他共に認める強者であると知っているからだ。

だというのに…

 

 

 

「貴様は俺に勝つことなんぞ出来んということだ」

 

 

 

「───ッ!!??ぐあッ!?」

 

「ジュラさん!?」

 

全く知覚できない速度で懐に潜り込まれ…ジュラの腹に蹴りを入れた後振り抜き、闘技場の壁を破壊しながら叩きつけたのだから。

 

ジュラは体を強化していたのでダメージは少ないが、あまりの速度に驚愕しながらも直ぐさま立ち上がり、リュウマを見据える。

 

「来るがいい。この戦い…俺の勝利に揺らぎはない」

 

その言葉にジュラが感じたのは…圧倒的な歓喜。

そしてリュウマという強者に対する戦闘意欲。

 

フェアリーテイルの主要メンバーが消えての7年間、鍛練を積みながらも色々な相手と戦ってきたが、終ぞ自身が満足するほどの相手と戦う事が出来ず、長期間による不完全燃焼を食らっていた。

 

元々強者との手合わせをするのが趣味と言っても過言ではない程の戦闘狂である。

心躍らない筈がなかった。

 

「『岩錘(がんすい)』!!」

 

円柱状の岩がリュウマの周りから何本も隆起し、逃げ道を塞ぎながら押し潰さんと迫る。

 

しかしその全てを見切りながら避けていき、岩錘が挟み撃ちをして迫ったと思ったら飛んで回避して岩錘の上を駆けていく。

 

リュウマは隆起した岩から更に伸びてくる岩を背にしながら足に魔力を纏わせた。

そしてその場で軽く膝を折り、力を入れる。

 

「…!『岩鉄壁(がんてつへき)』!!」

 

ジュラはリュウマが最初のような超スピードで走り寄ってくると睨んで、自身の前方に複数のブロックを積んだような岩の壁を建てる。

 

この壁はオラシオンセイスの戦いで見せたように、とても頑丈であり、今のところこれを破壊した者は数人しかいない程の強度を誇る。

 

「誰が真正面から行くと言った?」

 

背後から未だに近づく岩錘が当たるとなった瞬間に、縮地を使ってその場から消えた。

 

「なっ…は、速ぇ!!」

 

スピード系の魔法を使うジェットが驚きの声を上げる。

周りからは消えたようにしか見えない速度で移動し、次に姿を現したのはジュラの背後からだった。

 

「何!?しまっ──」

 

「食らえ…『衝底(しょうてい)』!!」

 

背中に衝撃を伝える掌底を受けたジュラは、魔力で強化されたにも関わらずダメージが通った事に驚きながらもどうにかその場で吹き飛ばずに踏みとどまる。

 

振り向き様に拳を入れようとするが、拳に手を当てられた後に軽く横に逸らされ、その後に肘を掴んでジュラの勢いを使いながら投げ飛ばされる。

 

しかし空中にいるうちに地面の岩を隆起させて自身の着地地点を作り出した。

 

着地に使った岩をそのまま伸ばし、一緒にリュウマへと向かっていく。

 

ジュラは岩から飛び上がり、岩はそのまま激突させようとするが、リュウマの下から掬い上げるような回し蹴りによって無理矢理に進行方向を上に跳んだ自身へと変えられて狙われる。

 

しかし曲げられたその岩を少し離れている所でピタリと止めて足場として着地したあと、リュウマに向かって跳躍する。

 

リュウマはそんなジュラを見据えており、自身に振るわれる拳に対して同じように拳を叩きつける。

 

お互いの拳の威力によって周囲に衝撃が走るがどちらも引かず、均衡していたがジュラの上からの落下によるエネルギーが殺されて地面に着地する。

 

リュウマとジュラはお互いに目を合わせて見ていたが、お互いは同時に後ろへと跳んで距離を離す。

 

 

一瞬の攻防を見ているうちに忘れていた呼吸をする観客達。

それ程までにその一瞬に魅入られていた。

そして直ぐ後に、盛大な歓声が上がった。

 

 

 

 

──実況席

 

「な、何という高レベルな戦いでしょう!?これが聖十大魔道同士の戦いなのかーー!!??」

 

「いや~…相変わらずスんごいねぇ…」

 

「す…すごい…私達とはレベルが違い過ぎる…」

 

 

 

 

 

──Aチーム観覧席

 

「リュウマやっぱり強ぇ!!」

 

「ジュラのオッサンの攻撃を受け流して投げたぞ…後ろ向いてる状態からいきなりだったのによ…」

 

「私は1番最初の攻撃が気になるな…まったく見えなかった」

 

「ジュラさんとあそこまで…スゴいです…!」

 

「あの男…なかなか強いんだね」

 

 

 

 

 

──Bチーム観覧席

 

「ありゃ様子見って感じか?」

 

「ギヒッ!だろォな。あいつは確か武器を出して戦ってた筈だ」

 

「リュウマは武器も使うけど、素手でも戦えるのよ?」

 

「なんだそりゃ…弱点無しかよ」

 

「ま、何にせよこれからってことだ」

 

「リュウマさんはやっぱり強いんですね」

 

 

 

 

 

──セイバートゥース観覧席

 

「どっちもハンパねぇな」

 

「スティング君の方が強いですよ!」

 

「フローもそう思う」

 

「この戦い…しかと記憶しよう」

 

「さっさとデケェ魔法使えばいいのによォ!じれってぇぜ!」

 

「(ポーッ)」

 

「ユキノなんてずっと上の空だしよ」

 

「昔に一度だけ出た週刊ソーサラーのイケメンランキングと彼氏にしたいランキング同時1位だったと記憶しているよ」

 

「あぁ…なるほどな」

 

「(ポーッ)」

 

 

 

 

 

 

 

──ラミアスケイル観覧席

 

「ジュラさんが投げ飛ばされた!?」

 

「ジュラさんやられないよね…?」

 

「だ、大丈夫だ…!オレはジュラさんこそがフィオーレ1の魔導士だと思ってる。ジュラさんは負けん」

 

「そうだね。ジュラさんをいっぱい応援しよ!」

 

「もちろんだ」

 

 

 

 

 

──マーメイドヒール観覧席

 

「わ~!カグラちゃんのお師匠さん強いね~!元気最強?」

 

「師匠の力はこの程度ではない。これは単なる様子見と相手の分析をしているだけだ」

 

「すごいのね。あなたの師匠は」

 

「これが聖十大魔道の力なんだねぇ!」

 

 

 

 

 

──ブルーペガサス観覧席

 

「強いなあいつは」

 

「当時も連盟の最大戦力って言われてたしね」

 

「べ、別に…最初からやられなくてホッとしてるんじゃねぇからな」

 

「君達よく観察したまえ…あれはただの探り合いだ。これからの戦闘はもっと激しくなる…よく見て技術を盗むんだ!」

 

「「「はい!先生!!」」」

 

 

 

 

 

──フェアリーテイル応援席

 

「リュウマ兄すげぇ!」

 

「お兄ちゃんかっこいい~!」

 

「どうやら少し様子見といったところですかな?初代」

 

「それもありますが、岩を駆けていくときに目が隆起する瞬間の岩も観察していました。恐らくどれ程の速度で作り上げ…どれ程の速度で迫ってくるのか見極めていたのでしょう」

 

「なるほど…そこまで見ていたのですかリュウマは…」

 

「さっすがリュウマだぜ!」

 

「リュウマ兄はやっぱり強ぇ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──闘技場

 

 

 

 

リュウマもジュラも周りが自分達のことで盛り上がっている事に気づかず、いや…そんなものを気にしていられる程この戦いは甘くは無い。

 

両者はお互いの一挙一動を観察している。

 

応援席や観覧席で何人かが気づいていた通り、今までの戦いは相手の戦闘能力の探り合いだ。

 

相手がどんな体勢からも立て直すことができるのか、癖はどんなものがあるのか、苦手とする型は何か。

 

そんなものを先の戦闘で見極めようとしていたのだが、どちらも強者。

 

片やイシュガル四天王を除くと人類最強の男、片やフェアリーテイル最強の男。

 

自分のことを悟らせまいと戦うのは基本中の基本だ。

 

 

しかし…その探り合いも終わりを迎えた。

 

 

「ジュラよ、探り合いはもう十分であろうよ」

 

「そうですな…時間も限られております。これからは少し本気でいきましょうか…」

 

『な、なんと!?今までのはただの探り合いですとーー!!??一体この2人はどれだけの強さを隠し持っているのかーー!!??』

 

『解説もいいが、ちゃんと見ておきなさい…はズまるよ…頂上の戦いが』

 

『どれだけ強いのよ…!』

 

リュウマ達の声を拾った実況が盛り上がるが、ヤジマに指摘されたのでこれから始まる攻防を見逃さんと集中した。

 

それに伴い観客達も全員静かになり…2人は動き出す。

 

「…此処らで教えておこう。俺と戦うにあたっての警告を」

 

「…それはどういったものですかな?」

 

「俺と戦うにあたって…魔法を使えば使うだけ不利になるぞ?」

 

「…?」

 

「今は分からなくとも良い…今から知る事となるのだからな…征くぞ?…()()()()()()──」

 

「あ、あの構えは…!?」

 

「おいおい…何の冗談だよ…!?」

 

リュウマはどこか見たことのあるような、右手を握りこみ…開いた状態で左腰に持ってきている左手にトンッと添えた。

 

その構えに身に覚えがありすぎるグレイとリオンは驚きの声を上げる。

 

「──『槍騎兵(ランス)』!」

 

「なんと!」

 

12本の氷の槍が向かってくるが…ジュラは冷静に判断して見極め、自身に当たりうる6本の槍を下から隆起させた岩で防ぐ。

 

「それだけで終わりにはせんぞ?アイスメイク・『大猿(エイプ)』!『大槌兵(ハンマー)』!」

 

「オレの造形もだと!?」

 

氷で出来た大猿と大槌がその場に造形されるが、ジュラに向かっていく訳でもなく、頭上から降ってくる訳でもないので失敗か?と、誰もが思う中…大猿が大槌に向かっていく。

 

「クカカ…合技(ごうぎ)──」

 

「合体した!?」

 

「そんなことも出来たのか…!」

 

氷の大猿が氷の大槌をその手に掴み取った。

 

すると、ただの大きな猿を形取っていた大猿の体に氷で出来た鎧と兜が装着され、手にした無骨な大槌が所々が鋭利な物へとなり、凶悪な物へと変化した。

 

これぞ技と技の合わせ技…故の合技。

 

「『氷仕掛けで大槌使いの王猿(キングコング・アイスバトラー)』」

 

大猿はそのままジュラへと駆け出して、その手に持つ巨大な大槌を横凪に振り抜いた。

 

ジュラはその大槌が来る前に岩を複数本隆起させて防ごうとするも、大猿の力が予想以上に強く、岩を砕かれながら直撃して吹き飛ばされてしまった。

 

「ぬぅ…!何というパワーか!ワシも負けてはおれんな!『岩鉄竜』!」

 

岩で胴が細長い竜を作り出して大猿に向かわせる。

 

大猿は大槌を叩きつけて破壊するも直ぐに再生し、大猿の体にとぐろを巻くように締め付けていき…締め壊した。

 

岩の竜は次にリュウマに向かっていき、またも締め付けようと周囲を回りながら距離を詰めていく。

 

「やはり破壊するか。…天より落ちて灰燼と化せ──」

 

「お前にそれは1回しか見せてねぇよ…」

 

右腕を天に上げてそう口にする。

その体からはかなりの魔力で出来た雷が帯電しており、バチバチと音を立てている。

 

空には膨大な雷のエネルギーが固められており、今にも落ちてきそうだ。

 

そして岩の竜がいざリュウマを締め付けようと一気に詰め寄った瞬間に…放った。

 

「『レイジングボルト』!!」

 

空中に固められていた雷のエネルギーが落ちてきて大爆発を起こし、岩の竜を粉々に破壊した。

 

「なるほどのぅ…他者の魔法を使うことが出来るということか」

 

「然り、それに制限などない。強いていうならば、複雑過ぎるものは無理だがな」

 

──なんという技術力…!クックック…!血が滾るわい!

 

ジュラは獰猛な目と顔をしながら腕を上に振り上げて岩のブロックを複数投げつける。

それを紙一重で避けながら足場として踏み台にして空中へと逃げていく。

 

そしてリュウマはある程度上昇した空中で静止して、両手を頭に持って行き、構えた。

 

記憶造形(メモリーメイク)──」

 

「…!これは記憶にないね。ヒドゥンの時に記憶されたようだ」

 

ルーファスが競技パートの時に使っていた魔法であり、これを使った時は一気に他の選手を攻撃した、対多勢に向いた魔法だ。

 

「──『星降ル夜ニ』」

 

下から突き上げてくるブロックの一つ一つに向けて放ち、爆散させた。

そのうちの一つをジュラに向けたのだが、下から自身を覆うように岩を展開させることで苦も無く防ぐ。

 

覆っていた岩を退かして空を見るが、そこにはリュウマは既にいなかった。

 

「──何処を見ている」

 

「…!!『岩鉄壁』!」

 

突如気配も無しに後ろから声が聞こえたので咄嗟に岩鉄壁を後ろへと展開する。

 

しかし…リュウマはジュラの真ん前…詳しく言うならば懐に潜り込んでいた。

背後からした声は、レイブンテイルに警告した際にやった音弾で、本体は真っ正面にいたのだ。

 

「『火竜の──」

 

「オレの滅竜魔法まで!?」

 

既に腕は振りかぶられており、ジュラは驚きで体を一瞬硬直させていたため…防御に間に合わなかった。

 

「──鉄拳』!!」

 

「グハァ!!」

 

ジュラの腹に、炎を纏ったリュウマの拳が深々と突き刺さった。

 

その威力に負けて後方へと吹き飛ばされてしまうが、リュウマはそれだけで終わらせる気は毛頭無い。

 

「天を駆ける俊足なる風を…『バーニア』!」

 

「え…!?」

 

リュウマは速度を上昇させて吹き飛ばされているジュラの後ろへと瞬時に移動した。

 

「天を切り裂く剛腕なる力を…『アームズ』!」

 

「…!アームズまで…!」

 

飛んでくるジュラに対して構えながら攻撃力上昇の魔法をかける。

 

「『天竜の──翼撃』!!」

 

「私の滅竜魔法…!」

 

「ぐぅっ!…!『岩鉄剣』!!」

 

両手に纏った風の力を使ってジュラを更に吹き飛ばすが、ジュラもただではやられるつもりはないため、岩で作られた巨大な剣をリュウマの頭上から振り下ろす。

 

「スゥーーーーッ……『鉄竜の──」

 

「ギヒッ!…あいつオレの滅竜魔法まで覚えてやがったのか」

 

迫る巨大な剣に向かって大きく息を吸い込むと、狙いを定めて吐き出した。

 

「───咆哮』!!」

 

鉄の破片などが入り混じる咆哮によって、剣はあっという間に削り切られてしまった。

 

岩鉄剣を破壊している間にもジュラは体勢を立て直してリュウマを見ていた。

その瞳は最高の相手との手合わせにギラリと光っている。

 

リュウマはそれを見てニヤリと嗤った。

 

『な、何ということでしょう!?リュウマ選手、他の選手の魔法を淡々と真似て使っていくーー!!??これはどういうことなのかーー!?』

 

『リュウマ君は見た人の魔法を使えるようだねぇ』

 

『しかも途中ではアレンジされているのもあったわ。一体なんて魔法なのかしら』

 

実況席の3人が盛り上がりを見せていると同時に、観客達もざわついていた。

 

それも当然とも言えよう。

 

前試合に見た魔法を…全く違う人間が使っているのだから。

 

それも中にはセイバートゥースのルーファスの魔法だって含まれていた。

 

そんなことに驚きながらも、高レベルの戦いが更に激しさを増したことから、尚歓声は大きくなっていった。

 

「いやはや…、まさか滅竜魔法まで使い出すとは思いもよりませんでしたぞ」

 

「まぁな…滅竜魔法は選ばれた者以外が使うと()()()()()()()()()()からな、俺とて多用はしない。使うこと自体は初めてだが、上手くいったな」

 

「そうなのですか…それで、何時までも()()()()の戦いをしていては決着はつきますまい。制限時間も残り15分といったところ…どうですかな?決着をつけるのは」

 

「クカカ…いいだろう…そろそろ幕引きだ」

 

 

──ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…!!!!

 

 

『な、なんだぁ!?両者の計り知れない魔力に闘技場全体が揺れているーー!!??』

 

『本当にスんごい魔力だね』

 

『こ、これ闘技場壊れないわよね!?大丈夫よね!?』

 

 

 

 

 

 

 

──フェアリーテイルAチーム

 

「とうとう2人が本腰を入れてきたぞ」

 

「リュウマとジュラのオッサンの魔力でとんでもねぇことになってんぞ」

 

「オレもこの喧嘩混ざりてぇーー!!!」

 

「ナツあんた死ぬわよ!?」

 

「す、スゴい魔力です…!」

 

 

 

 

 

 

 

──フェアリーテイルBチーム

 

「やっと本気でやるみてぇだな」

 

「ここまででも十分バケモンみてぇだがな」

 

「どちらも譲りませんね」

 

「私はリュウマを信じるわ」

 

 

 

 

 

 

 

──フェアリーテイル応援席

 

「両者とも凄まじい魔力じゃのぅ…それにリュウマが他の奴等の魔法も使えるとは思いもせんかったわい」

 

「リュウマ兄色んな魔法使えんだな!」

 

「本気で弱点無しなんじゃねぇか?」

 

「だけどこれからだよな…どっちの魔力もとんでもねぇことになってるしよ…」

 

「お兄ちゃんすご~い!」

 

「そうねぇ、スゴいね?」

 

「アスカもあれ位強くなってくれれば安心なんだけどな~」

 

「アスカもお兄ちゃんみたいに強くなる~!」

 

 

     『『『可愛いな~…』』』

 

 

「(あの魔法のコピー…いえ、模倣能力…凄まじいですね…まるで本人の魔法のような完成度…流石は────といったところですね)

 

 

 

 

 

 

 

──ラミアスケイル観覧席

 

「ジュラさん楽しそうだね」

 

「そうだな…ジュラさんが満足して戦うほどの相手だということだろうな」

 

「あの男色んな魔法使いこなしてたしな」

 

「なんでそんなことできんだよ!!」

 

「キレんなよ」

 

 

 

 

 

 

 

──マーメイドヒール観覧席

 

「にゃー!?カグラちゃんのお師匠さんの魔法っていっぱいあるんだねー!」

 

「師匠にはあの程度簡単にやってのける」

 

「カグラの師匠なだけあって個性的ねぇ」

 

「この魔力もすごいし」

 

「これからの試合運びが楽しみね」

 

 

 

 

 

 

 

──セイバートゥース観覧席

 

「ルーファスの魔法真似やがったな」

 

「私の魔法を見ただけで使う人物は記憶にないね」

 

「どうなってんだか…」

 

「それでもセイバートゥースの敵ではありませんよ!」

 

「フローもそ思う」

 

「オレなら一瞬で片づけられるぜ」

 

「(あの男…まだ何かあるな…)」

 

「格好いい…」

 

「ユキノ?」

 

「ハッ!?なんでもないです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───闘技場

 

 

 

両者の魔力は天井知らずとでも言うのか、更に更にと上昇を繰り返して周りの物を浮かせたり破壊したりと…闘技場内で天変地異が起きていた。

 

互いはニヤリと笑い、嗤いあいながら構えていく。

 

「少々お遊びが過ぎた事に謝罪の代わりとし…お前に一つ良い物を見せてやろう」

 

「それはどういったものですかな?」

 

 

「何…少し力を出すだけだ…封印…第一門──」

 

 

「───ッ!!!!」

 

今この瞬間に…闘技場はリュウマが出す魔力によって全てを支配された。

 

あまりの魔力にジュラは大きく目を見開いて固まっている。

 

それは観客も選手も応援席にいる者も全て全て全て…等しく同じであった。

 

先程までの魔力の鍔迫り合いがなんだったのかと言わんばかりに…リュウマの体から黒い黒い真っ黒な純黒なる魔力が溢れ出る。

 

 

 

 

 

          解…!

 

 

 

 

 

 ここから先は何人も逆らうことを許さぬ領域

 

 

 

 

      心ゆくまで堪能するが良い

 

 

 

 

 

 

       そう言って嗤った。

 

 

 

 

 

 

 




滅竜魔法はナツ達じゃないとドラゴン化してしまうのでそう使うことはありませんよ?
今回はこんなのも使えるんだぞーってことですから。



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第三九刀  聖十 対 聖十 決着

まぁちょこちょこ書いてたんですよはい。

あと、面白いと言っていただきありがとうございます。
高評価もとても嬉しく思います。
メッセージもちゃんと読んでますよ?
ありがとうございますね(^^)
もう狂喜乱舞ですはい笑

あぁ…心がピョン(ry

物足りないかもしれませんが、活動報告に書かれたリクエストに応えました。
私もちょっと物足りないので、別の場面でドカンとやりたいと思いますのでお付き合い下さい。




 

 

リュウマから止め処なく溢れる純黒なる魔力。

 

その魔力の膨大さに…その凶悪さに当てられ、選手達の中には顔を青くさせながら震えている者もいる。

 

では、それを真っ正面且つ至近距離から受けているジュラは?

体を震わせる?顔を青くさせる?降参を申し出る?

 

否…否…!否…!!断じて否である…!!!!

 

ジュラは根っからの戦闘狂である。

 

ただ、周りを置いていく程の実力の高さから、周りに合わせるように手を抜いたりして自重(じちょう)していたにすぎない。

 

そんな人間が目の前の強者(バケモノ)に対して降参を申し出る?何の冗談だ。

その証拠にジュラは…

 

──これは…先程まで拮抗していた魔力が押し返されるどころか押し潰すされそうじゃ…!これほど…これほど手合わせに燃えたことはない!血が滾るどころではないのぅ…全身の血が沸騰しそうだわい…!!

 

そう心の中で叫び、顔にはまるで…ご馳走を目の前にした空腹の肉食獣のような笑みを浮かべている。

 

「これはたまげたわい…リュウマ殿の実力がこれ程とは。益々戦闘意欲が湧いてきましたぞ」

 

「フッ…ナツが霞んで見える程の戦闘狂であったな。最早これからの戦闘に言葉は不要…いざ──」

 

「尋常に──」

 

 

      「「──勝負!!!!」」

 

 

ジュラはこれ程の魔力を滾らせる相手からの攻撃を直接食らえば一溜まりないと悟り、全身に最初の頃よりも強固に魔力を纏う。

 

何時超速度で近寄られて攻撃を入れられるか分からないのでその判断は正しい。

 

リュウマは準備整えたジュラを見ながら…このバトルが始まって初めて武器を召喚した。

 

「召喚・『無限刃(むげんじん)』」

 

観覧席にいるフェアリーテイルAチームは、手元に出した見覚えのある刀を見て戦慄した。

 

それは天狼島に少数で攻め込み、尚且つ主要メンバーに強敵だったと言わしめた悪魔の心臓(グリモアハート)のマスターであるマスターハデスを追い詰める時に使用していた刀なのだから。

 

「『岩錘』!!

 

ジュラが放った円柱状の岩がリュウマに向かって迫る。

しかしそれを紙一重で躱してからジュラに向かって一気に駆け出した。

 

駆け出しながらも、横で自身がいた所に伸びていた岩の表面に無限刃の鋸歯状の刃を添わせる。

 

無限刃の鋸歯によって触れた所の岩は、ガリガリと音を立てながら削り取られていく。

 

ジュラは向かってくるリュウマに更に8本の岩錘を向かわせる。

しかしその全てを躱され、尚且つ速度は衰えずに真っ直ぐ向かってくる。

 

「ふんっ!」

 

もう目の前まで来たといったところで、リュウマの真ん前に岩を迫り上げる。

 

かなりの速度でしかも、目の前に出現させたので一先ず進行を防いだと思ったのも束の間。

 

「壱の秘剣・『焔霊(ほむらだま)』」

 

目前に突如迫り出て来た岩に対し、隣の岩に摩擦させていた無限刃を一気に引いて黒い焔を出しながら右斜め下から斬り上げる。

 

岩は一瞬にして断ち切られた。

 

それも斬った断面が黒い焔によって溶解されて溶岩のような状態になっている。

 

そんなものを直接食らうのはマズいと判断したジュラは、更に自身の前方に何本もの岩を隆起させるも、リュウマの無限刃によって断ち切られていく。

 

「『岩鉄剣』!!」

 

岩を何本も向かわせている間に、少し離れたところで3本の巨大な剣を作り出して、同時に叩き潰さんと頭上からリュウマに向かって落下させた。

 

それに対し他の隆起してくる岩を斬りながら気がついたリュウマは、その場で回転するように無限刃を振るって一閃…周りの岩すべて斬り尽くし、迫る岩鉄剣に向かって無限刃を構えた。

 

「番外秘剣・『燕返し(焔)』」

 

全くの同時に放たれた黒い焔を纏う斬撃は、無論のこと3つの岩鉄剣を真っ二つに両断する。

 

そしてやはり、3つの岩鉄剣の斬られた断面は融解されて溶岩のようになっている。

 

頭上で崩れながら落ちていく岩鉄剣の残骸の中を縮地を使って神速を持って接近する。

 

それによって懐まで侵入を許してしまい、ジュラは自身の胸倉をガシリと何時の間にか黒い手袋を付けている左手に掴まれた。

 

「お返しだ。弐の秘剣・『紅蓮腕(ぐれんかいな)』!」

 

「──ッ!!」

 

左手に付けた黒い手袋に向かって無限刃を振るい、鋸歯で擦り上げることで爆発させた。

 

ジュラは振り解こうとしたが間に合わず、爆発によって吹き飛ばされるも…それでは終わらない。

 

「ぐっ!ハァ…!」

 

「何…?」

 

吹き飛ばされながらも、リュウマの足を小さな手を形取った岩で掴んでその場に固定する。

その直後に左右の両サイドから巨大な岩の拳が迫ってきた。

 

リュウマは手に持つ無限刃を横凪に一閃…続く二閃。

黒い焔を乗せた2つの斬撃が飛び、2つ岩を真っ二つに両断した。

 

「それを読んでおったわい!それは(おとり)じゃ!」

 

「む…!」

 

しかしその拳の岩の更に後方から、更に巨大な拳の形をした岩がもうすぐそこまで迫って来ていた。

ジュラは第一波が両断されることを予測して遠近法を使い、予めその第一波の奥に更に巨大な岩を隠したのだ。

 

「むんッ!!!」

 

目論見は成功し、巨大な岩は両サイドからリュウマをサンドするように激突した。

それによって岩が砕け散りながらも押し潰し、更には迫っていない前後からも巨大な岩を先程と同様に叩きつけた。

 

リュウマは全方向を岩の山に埋もれる形となり、ジュラはその岩に魔力を籠めていく。

その光景に見覚えがあるナツ達は顔を青くした。

 

「やべぇぞありゃ!」

 

「オラシオンセイスのブレインをやった魔法だ!」

 

「リュウマ!早く脱出しろ!」

 

「リュウマさん!」

 

その魔法はブレインをたった一度で戦闘不能に追いやった高威力の魔法であり、特徴は相手を岩に埋もれさせること。

つまり相手の逃げ道を塞ぐのだ。

 

「『覇王岩砕(はおうがんさい)』!!」

 

ジュラが籠めた魔力が岩を通して大爆発を引き起こした。

ナツ達は大丈夫かと心配するが、今のリュウマに対して心配する必要はない。

 

「──効いたぞ…少しなァ…!」

 

所々傷を負っているも…爆発によって舞い上がった砂塵から一気に駆け抜ける。

 

何時の間にか無限刃を消しており、その手には長槍を持っていた。

 

そして接近しながらその槍をジュラに向かって突き出す。

 

「『岩鉄壁』!」

 

しかしその槍が届くといったところで壁に阻まれ、半分程貫通し、刃がジュラの目と鼻の先にあれど不発に終わった。

 

ジュラはその壁を多数のブロックに分解して弾けさせ、リュウマに向かって飛ばして狙う。

 

リュウマはそのブロックを至近距離から飛ばされたにも関わらず全て避けていく。

飛ばしてくるブロックを後ろへと後退しながら避けていくが、周囲全方向を囲まれた。

 

「「「リュウマ!!」」」

 

「大丈夫だ。『空中歩行(スカイウォーク)』!」

 

しかしその場からジャンプして飛び上がると、そのまま空中を蹴った。

 

強靱な脚力による瞬発力を使って空中を蹴ると、蹴りによって空気が一瞬固くなって踏み台となって足場となる。

それを繰り返しながら尚も飛んでくるブロックを避けていく。

 

重力操作魔法を使うと機動力に欠けるが、スカイウォークを使うことによって機動力を向上させて瞬時に移動をはかることが出来る。

 

「──そこだ!!」

 

「む…!覇ッ!」

 

しかしそれでもジュラは見切り、ブロックを投げつけた。

それをリュウマは分かっていたのか、ニヤリと笑いながら手に持つ槍で叩き壊す。

 

その後に迫るブロックも巧みな槍裁きによって最初と同じ要領で破壊していく。

 

全て破壊し終わったところで空中から下にいるジュラに再びニヤリと嗤いかけ、両腕を大きく広げながら高々と告げた。

 

「加減はしてやろう…宇宙魔法──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         『流星雨(メテオリックシャワー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天空から何かが勢い良く墜ちてくる轟音がする。

 

それを気に、観客や実況…他の選手達や応援席にいるみんなが空を見上げた…。

 

ジュラもそれに続きリュウマの背後に向かって目の焦点を合わせる。

 

それを目にし…目を見開いた。

 

闘技場に向かって墜ちて来ているのは…一つ一つは小さいながらも複数個の()()であった。

 

『な…な…なんだあぁぁぁ!!??そ…空から多数の隕石が降ってきたー!!!???こ、これは一体!?』

 

『スんズられんけど…空から隕石を降らス魔法のようだねぇ』

 

『って…悠長に言ってる場合!?ジュラさん死んじゃうわ!』

 

実況席と観客が驚きの表情に染まり、中には危険だと悟ってその場から退避し始めようとする者もいるが…ジュラが空を見上げながらも、まだ獰猛な獣のような目をしているのを見て踏み止まる。

 

流石に空から隕石が降ってくるとは予想外だったが、リュウマ殿ならばやりかねん…と、直ぐさま納得して自身が持つ最大防御魔法を発動して迎え撃つ。

 

 

「ハァァァァァァ!!『巌山(がんざん)』!!!!」

 

 

ジュラを覆うように展開された巨大な像が作り上げられ、空から降ってくる隕石を防いでいく。

その連鎖する爆発によって闘技場を砂煙が覆い尽くす。

 

リュウマはその砂煙の中に突撃して行き、地面に降り立ったら手に持つ槍の石突きの部分を闘技場の地面へと突き刺すように叩きつけた。

そしてそこから真っ黒な魔法陣が広がっていく。

 

「まぁ、隕石は囮に過ぎんのだがな?我は地獄から(いかずち)を呼び寄せる者…」

 

ジュラは懸命に墜ちてきている隕石を防ぐべく、破壊されていく巌山を瞬時に修復しているため、視界を塞ぐ砂煙も相まって魔法陣を展開しているリュウマに気がついていない。

 

「本命はこっちだ…『地獄の黒き雷(ジゴスパーク)』」

 

「───ッ!!??ッガアァァァァ!!!!」

 

どうにか全ての隕石から身を守ることに成功し、一息ついたのも束の間…。

 

リュウマの足下に展開されている魔法陣と同じ魔法陣がジュラの足下にも展開され…そこから黒雷が迸り、ジュラを高威力の黒雷の檻の中に閉じ込めた。

 

その激痛に叫び声を上げながらも、魔力を体に瞬時に張り巡らせて耐える。

 

黒雷から解き放たれた時には体から煙を上げつつ、体中に黒雷がビリビリと音を立てながら帯電している。

それによって体が痺れて思うように動かない。

 

しかし動かないのは体だけなので、巨大な拳をした岩をリュウマに向かって飛ばす。

 

そんな拳が迫る中、リュウマは槍を体の周りで縦横無尽に振り回して右脇に挟むようにして構えた後…

 

「『全反射(フルカウンター)』」

 

「曲げたー!!??」

 

槍を横に振るって岩の威力を三倍程にしてジュラへと反射させた。

反射した岩がジュラに届く前に、岩を更に曲げられて三倍程になった威力の岩が再びリュウマに迫った。

 

「この距離で返すか…『二重の極み』三連!」

 

しかしリュウマは二重の極みを3回岩へと放ち、粉々に破壊した。

三倍以上にして返して仮にそれすらも返されたらと考えて、自身が破壊できるレベルで反射したのだ。

 

そして岩を破壊した直後にその岩の欠片の中をかいくぐり、ジュラへと接近すると互いに近接格闘へと移行した。

 

ジュラはリュウマに向かって殴りかかるが攻撃を全て躱され、代わりにカウンターを貰う。

リュウマは逆に攻撃を全て躱し、カウンターを入れていく。

 

──攻撃が掠りもせんわい…近接格闘は不利か。…?なんじゃ…体の調子が悪いのか、思うように動かなくなって…

 

ジュラは段々動きのキレが無くなっていく。

 

それに対してリュウマの動きが尚も良くなっていく。

 

それに気がついてまさかと思った。

そしてそんな目を向けてくるジュラに対して嗤って返す。

 

「気がついたか。お前の身体能力を奪っているのは俺だ…『身体狩り(フィジカルハント)』。中途半端に取るとどんな攻撃が飛んでくるか分からんからな…身体能力の全てを貰う(奪う)

 

遠近法で小さく見えるジュラを包み込むように両手を添え、ニヤァっと嗤いながら見る。

 

リュウマの視点から見ると、自身の手という檻の中に、ジュラという一匹の獣を囲っているように見える。

 

「…なるほど…これは早く決着をつけなければなりません──な!!」

 

ジュラは一気に近づいて素手で攻撃をしながらも魔法も使って攻撃をするが、回避に徹しているリュウマを捉えることが出来ないでいる。

 

 

体に疲労感のようなものが襲う。

 

 

リュウマの足を絡め取って機動力を削ごうと、小さな手の形をした岩で掴もうと狙う。

しかし地面に槍を突き刺し、その威力の反動を使い空中へと回避。

 

 

腕に力が入らなくなって…最後にはだらんと力無く垂れ落ちる。

 

 

腕が使えなくとも足がまだあると言わんばかりに走り寄って蹴りによる近接格闘を仕掛ける。

それに対してリュウマは槍の柄全体を使って受け止め、時にはスルリと受け流して防御する。

 

 

足にも力が入らなくなってきて、自重(じじゅう)を支える足が震えてきた。

 

 

身体に力が入らなくなると同時に魔法も上手く扱うことが出来なくなっており、リュウマに向かって飛ばした複数の岩が飛んでいく途中で所々欠けていっていた。

 

そんな不完全な魔法が当たるわけも無く、刹那に突き出された槍の威力によって衝撃波が発生し、岩を木っ端微塵に吹き飛ばされる。

 

 

最早その場から動く程の力も出すことが出来ない程に身体能力を貰われ(奪われ)た。

 

 

しかし…それでも闘争心に火を付け…己の身体を信じ…前方にて自身を見据えているリュウマに向かわんと、力無く垂れる腕に…自重(じじゅう)にすら震える足にあらん限りの力を込め…一歩を踏み出す…!

 

だが…それを見ているリュウマは腕を持ち上げて手をジュラに向けて広げ…ゆっくりとその手を握っていく。

それに従い、ジュラの身体能力が更に多く一気に失っていき、リュウマへと還元される。

 

 

 

 

そしてとうとう──

 

 

 

 

「くっ…!体が…動かぬ…!」

 

「ふむ…存外に長く持ったな」

 

『おぉっとこれはどういうことだー!!ジュラ選手が突如仰向けに倒れてしまったー!!これもリュウマ選手の魔法なのかー!!??』

 

『恐らく魔法だろうねぇ…ズュラくんの動きが鈍くなるにつれて、リュウマくんの動きが良くなった。ということは身体能力か何かを奪ってたんだろうねぇ』

 

『だから攻撃しないで全部回避していたのね…それに身体能力を奪う魔法なんて聞いたことないわ…』

 

実況が解説をしていく中、リュウマは仰向けに倒れたジュラの元まで歩いて行き、傍まで寄ったところで止まり…左腕をジュラに向け、右腕を大きく振りかぶった。

 

「愉しかったぞ、ジュラ」

 

「ワシも楽しめましたわい。次があるならば()()()()()()()()()やりたいものですな」

 

「そうだな」

 

『おぉ!?リュウマ選手は倒れているジュラ選手に向かい腕を振りかぶっているー!?これが最後の攻撃とでもいうのかー!!』

 

『ズュラくんの身体能力を奪い尽くして、魔力で強化した攻撃は相当強力だろうねぇ』

 

『ジュラさん大丈夫かしら…』

 

「ジュラさん!!」

 

「お願い…もうやめてー!!」

 

何か危険な感じがしたのか、観覧席から叫んでやめてくれと叫ぶリオンとシェリア。

しかしリュウマはそんな声をまるで無視するかのように拳に魔力を籠めていく。

 

籠められていく魔力が膨大になるにつれて顔を青くするリオンとシェリアだが、リュウマは止める気も無い。

 

これは尋常な戦いであって遊びではない。

 

故に決着がつくその時まで手は抜かない。

 

それを感じ取ってジュラは笑顔でゆっくりと目を閉じた。

 

そして───

 

 

 

 

「これで終いだ──」

 

 

 

 

「ジュラさーーーーん!!!!!!」

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 

       『猿王獣の王拳』!!

 

 

 

 

 

      その拳が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

封印を一つといたリュウマの身体能力に、ジュラの身体能力が上乗せされたその一撃は…闘技場の床全てを蜘蛛の巣状に衝撃を通していき、何らかの軽い衝撃がかかると闘技場の底が抜けるのではないかというほどに破壊された。

 

周りの観客は、まるで先程リュウマが墜とした隕石が大地に墜ちたかのような轟音と砂塵によって闘技場にいるリュウマ達の姿が見えなくなってしまった。

映像ラクリマもその威力にノイズを走らせるだけで機能していない。

 

破壊の衝撃が止んで少しずつ砂塵が風に流されて視界が確保されていく、するとそこには…

 

「見事…降参じゃ」

 

「クカカ…俺の勝利だ」

 

ジュラの顔の真横で肘辺りまで腕を地面にめり込ませたリュウマと、それによって傷を負っていないジュラがいた。

 

『し、試合終了ー!!最後はどうなるかと思いましたが、リュウマ選手が態と攻撃を逸らしたことでジュラ選手は無事でした!何はともあれ勝者…フェアリーテイルB!リュウマーーー!!!!』

 

『いや~スんごいス合が見れてよかったよ』

 

『ジュラさんが無事で良かったわ…』

 

「シェリア!ジュラさんの傷を!」

 

「うん!任せて!」

 

リオンとシェリアは直ぐさまジュラの元へ駆け寄り、リオンはジュラに肩を貸してやり、シェリアはジュラの傷を魔法で治していく。

 

「最初からジュラに向かって振り下ろすつもりはなかった。肝を冷やしただろう、すまなかったな」

 

「いや、そもそもこれはジュラさんとお前の試合だったんだ。オレ達外野が止めることじゃなかった」

 

「でも、ジュラさんに攻撃しないでくれてありがとう!流石にアレを受けちゃったら一溜まりも無いと思うから…」

 

そう言ってさっきの攻撃を思い出す2人。

如何に信用しているジュラでも、弱体化されているところにアレやられたら危険だと思っていたのだ。

それに対して礼を言ってジュラと引き返そうとするが、ジュラが待ったをかけた。

 

「では、リュウマ殿。手合わせありがとうございました。またの機会に」

 

「うむ。何時でも来るがいい」

 

そう言って2人でガッチリと握手をした。

先程までの激しい戦闘だったのか、今は穏やかな雰囲気が出ていた。

 

 

 

 

──フェアリーテイルAチーム観覧席

 

 

「「いぃぃぃぃよっっっっし!!!」」

 

「流石リュウマ!ジュラに勝った!」

 

「本当に強いな…何時まで経っても背中すら見えない。私も精進せねば」

 

「漢ォォォォォ!!漢らしく勝利だ!」

 

「リュウマさんの戦いスゴかったです!」

 

「フン、まぁ大したもんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

──フェアリーテイル応援席

 

 

「「「「よっしゃぁぁぁぁぁ!!!!」」」

 

「リュウマ兄勝ったぜ!」

 

「当然だな!」

 

「これでBも10ポイント獲得か!」

 

「いやはや、リュウマには驚かされるわい」

 

「どうやらお二人とも本当の本気ではないみたいですが、とりあえず勝利です!」

 

「初代…何故双方本気ではないと…?」

 

「単純に、あれ程の実力者が戦えば、此処ら一帯は更地になるので本気ではないと思います」

 

「な、なるほど…納得じゃわ」

 

「お兄ちゃん勝った~!」

 

メイビスの推測に驚くマカロフの隣では、アスカが嬉しそうにピョンピョンジャンプしながらリュウマに手を振っていた。

 

 

 

 

 

 

──セイバートゥース観覧席

 

 

「これ程とは…記憶しきれないね」

 

「オルガはあれを一瞬で片付けられるんだっけ?」

 

「あんなの分かるわけねぇだろ!」

 

「で、でもスティング君の方がつ、強いですよ!」

 

「ふ、フローもそ思う…」

 

「(お願いしたらサインくれるかな…)」

 

 

 

 

 

──ラミアスケイル観覧席

 

 

「ジュラさん大丈夫ですか?」

 

「うむ、問題ない。ありがとうシェリア」

 

「これこそが愛…です!」

 

「愛ではないと思うが。リュウマ…か。強い奴だった」

 

「オラシオンセイスの時は戦うところを拝見出来なかったが、これならば最大戦力と言われるわけじゃわい」

 

「まさかジュラさんに勝っちゃうんだもんね」

 

「ワシも精進して、リュウマ殿に追いつきたいものだ」

 

 

 

 

 

 

──マーメイドヒール

 

 

「お師匠さん強いねー!!聖十の人倒しちゃったー!元気最強~!」

 

「師匠が負けることはない」

 

「カグラ嬉しそうだねぇ」

 

「敬愛する師匠のことだもん。そりゃあねぇ」

 

「私達も負けてられないね!ぽっちゃり舐めちゃいけないよ!」

 

 

 

 

 

 

──ブルーペガサス観覧席

 

 

「流石は僕達のライバル」

 

「スゴい戦いだったね!ボク驚いちゃったよ!」

 

「チッ…どんだけ強ぇんだよ」

 

「リュウマ君の戦いを糧に、今よりももっとイケメンになるんだぞ君たち!」

 

「「「はい!師匠!!」」」

 

「リュウマ君、ナイス香り(パルファム)だったよ」

 

 

 

 

 

──クワトロケルベロス観覧席

 

 

「すっげぇ戦いだったな!」

 

「見ててゾクゾクしたぜ!」

 

「かっちょいいじゃねぇか!」

 

「負けてられねぇぜ!ワイルドォ~!?」

 

 

 

「「「フォーー!!!」」」

 

 

 

 

──フェアリーテイルB観覧席

 

 

リュウマは周りからの大歓声を浴びながら観覧席へと戻ってきた。

 

「よぉ、お疲れさん」

 

「ギヒッ!やるじゃねぇか」

 

「リュウマさん、お疲れ様でした!」

 

「戦ってるリュウマすごい格好良かったわ!」

 

「ありがフグッ…ありがとう…」

 

帰ってきたリュウマに勢い良く抱き付いてきたミラを受け止めたらまたも鳩尾に入った。

 

「これでオレ達の持ち点は11点だな」

 

「順位は3位ってとこか」

 

「ジュビアがもっと点数を取っていれば…」

 

「気にするな、これから取り返して優勝すればいい。1日目はこれで終了したが、気を抜かずに優勝するぞ」

 

「「おう!/はい!/うん!」」

 

 

 

 

 

 

そこからは大魔闘演武1日目終了ということで、観客はもちろんのこと、それぞれのギルドの選手達はギルドの拠点へと帰っていった。

 

大魔闘演武は1日目2日目と連続して開催されるので身体を休めるのも一つの戦いでもある。

いくら強くとも休憩が無ければ完璧なパフォーマンスが出来ないからだ。

 

Aチームも拠点へ帰っていったのでBチームも帰ろうとするのだが、ここで問題が起きた。

 

中々直せないのだ。

 

リュウマがジュラとのバトルの最後に放った拳で破壊した闘技場が。

 

少しの負荷がかかるだけで底が抜けそうな程に破壊してしまったので、闘技場を直す係の人間も流石にお手上げな状態になってしまっていたのだ。

 

そこで、他人の魔法を模倣して使えるリュウマに白羽の矢が立った。

試合運びをしていたカボチャ頭がリュウマの所に来て、闘技場を修復するのを手伝ってくれないかと言われたのだ。

 

リュウマは自身が破壊したのでBチームに先に帰ってもらって、闘技場を直す手伝いをすることにした。

まぁ、ものの数分で直したが。

 

闘技場から出るとBチームの面々が待っていてくれたので、Bチームは拠点へと世間話をしながら帰っていった。

因みに帰るまでの間、ミラはリュウマの腕に抱き付いていた。

 

 

 

 

 

 

そして1日目のポイントと順位はこうなっている。

 

 

1位 剣咬の虎(セイバートゥース) 20ポイント

 

2位 青い天馬(ブルーペガサス) 14ポイント

 

3位 妖精の尻尾(フェアリーテイル)B 11ポイント

 

4位 妖精の尻尾(フェアリーテイル)A 10ポイント

 

5位 大鴉の尻尾(レイヴンテイル) 8ポイント

 

6位 蛇姫の鱗(ラミアスケイル) 6ポイント

 

7位 人魚の踵(マーメイドヒール) 3ポイント

 

8位 四つ首の猟犬(クワトロケルベロス) 2ポイント

 

 

やはりバトルの点数が高いようだ。

何と言っても勝つだけで競技パート1位になった場合と同じ点数を獲得できるのだ。

だが、大魔闘演武はまだ始まったばかりである。

 

 

 

 

 

これからどういった試合運びになるのかは後の楽しみというやつである。

 

 

 

 

 

 




多分、明日か明後日かに上げられるかもですね。
まぁ、都合が合えば…ですが笑

~作者の独白~

ヤバい…最後の方なんか悪者っぽくなっちゃった…書き直そ…。

……(φ(._.)カキカキ)

ヤバい…闘技場壊しちゃった…直させよ…。

カ「闘技場を直して欲しいのカボ…」

リ「正直すまんかった( ・_・)」



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第四十刀  狙われた少女 垣間見る異常性

結局土日に上げることが出来ずすみませんでした…。
都合が合わなかったもので…。

そういえば、最初の頃の自分の投稿を見て思ったのですが…へったくそですね!
見てて(羞恥で顔を赤くしながら)笑ってしまいました。
なので、先の方になりますが、全部三人称に直したいと思います。

まぁ、まだまだ先の話なので、頭の片隅にでも入れておいてくれれば幸いです。




 

 

リュウマ達がフェアリーテイルの拠点へと着いた時にはやはり、残りの全員は拠点にいた。

 

マカロフやフェアリーテイルの面々はBチームに労いの言葉をかける。

もっとも、まだ何もしていないラクサスとガジルは不満そうではあったが。

 

因みに、ウェンディはポーリュシカに見てもらっている。

最初はもう治ったと言い張っていた(リュウマがいるから)のだが、病み上がりということでポーリュシカが却下して強制連行したのだ。

 

 

とりあえず大魔闘演武1日目が終了し、景気づけに酒場を貸し切っているからとのことで、フェアリーテイルは酒場へと行った。

酒場へと着いたら早速マカロフが宴開始の言葉をかける。

 

「勝った試合もあれば負けた試合もあった。じゃが!今日の敗戦は明日への糧!のぼってやろうじゃねぇか!ワシ等に諦めるなんて言葉はない!目指せフィオーレ1!!!!!」

 

「「「「「「「「オオオオオオオオオ!!!」」」」」」」」

 

フェアリーテイルの各々は思い思いに叫んで暴れてどんちゃん騒ぎをしていく。

 

とても競技パートで惨敗を期して嘲笑われたとは思えない光景に、酒場の従業員も困惑しているが、フェアリーテイルのいいところはこういうところだ。

 

何があろうと、例え笑われようと仲間と一緒に乗り越えていく。

決して下を向くことはない強い信念。

そんなフェアリーテイルは今夜とて楽しそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「次は誰だー!!!景気づけにかかってこいやーー!!!!」

 

「いいぞナツー!!」

 

「よえーぞマックスー!」

 

「こ、こんなのに勝てるかよ…」

 

景気づけと言って周りの連中を薙ぎ倒していくナツに、残留組はなんで3ヶ月でこんなに強くなるんだよ…と、戦慄しているが、実は3ヶ月をたった1日で消費したことを知らない。

 

「面白ぇ…オレが相手してやるぜ。ギヒッ!」

 

「やめとけガジル。お前とナツじゃ遊びで終わらねぇ」

 

「おうおう?あのラクサスが随分と丸くなったもんだねぇ?」

 

「………。」

 

「やめなよガジル!」

 

「き、貴様!ラクサスになんてことを!今我等の誇りが踏みにじられている!ラクサス親衛隊雷神衆!集合ォォォ!!!!」

 

ナツの元へ行こうとしたガジルをラクサスが止め、ガジルは最初の頃よりも丸くなったラクサスに挑発的な言葉をかけながら、頭をペシペシと叩いている。

そんなガジルに抱き付きながら止めようとするレビィだが聞き耳持たず。

 

しかし、当の本人は全く気にしていないのだが、ラクサスを敬愛するフリードが怒って雷神衆を集合させようと号令をかける。

 

だが、その雷神衆であるエバーグリーンとビックスローはというと───

 

「も、もう…ダメ…」

 

「オオォォォ…」

 

「なっさけないねー!」

 

カナとの無謀な酒飲み勝負に負けてぶっ倒れていた。

カナはそんな2人から目を離して、近くで飲んでいたリュウマを見つけて捕まえた。

 

「なぁ~リュウマ~♪私と一緒に飲も~?」

 

「カナ…お前は少し飲み過ぎだぞ」

 

「いいじゃんかよ~。私と酒でタメ張れるのリュウマぐらいなんだからさぁ」

 

「まったく…仕方ないな」

 

「やっりぃ!♪」

 

カナは嬉しそうにリュウマの腕に自分の腕を絡めながら元の場所へと歩っていき、また飲み始めた。

どちらもグビグビと飲んでいくので、周りの酒にあまり強くない人達は見ているだけで酔いそうになっていた。

 

「リュウマは相変わらずお酒強いわね?」

 

「ちょっと意外…」

 

「リュウマは昔から酒に強くてな、カナと差しで飲みあえるのはリュウマだけなんだ」

 

リュウマが酒に強いのを知っているミラは相変わらずと口にしているが、ルーシィはそんな姿を見たことがないので意外そうな顔をして、エルザはそんなルーシィに補足する。

 

元々が超大食いなので、同時に酒も大量に飲む訳で…酒に強くなるのは必然ではあった。

 

「姉ちゃんに兄ちゃんも強いねぇ…オレと飲み比べてみねぇか?」

 

「む…なんだ貴様は?」

 

「ちょっとした酒好きだよ」

 

酒を飲み合っているリュウマとカナの元へ1人の男が来て酒飲み勝負に誘った。

リュウマは誰なのか知らないので首を傾げるが、カナはノリノリでその勝負を受けた。

 

「誰だか知らねぇがやめとけ!」

 

「そいつらバケモンみてぇに酒強いぞ!」

 

傍に居たマカオとワカバが見知らぬ男に警告を出すが、男は構わねぇと言ってやる気満々であるため止めるのをやめた。

 

「クカカ…やるからには手加減せんぞ」

 

「なら私がお酌してあげるわね♪」

 

「あ!ミラさんずるい!それならあたしも!」

 

「修業しに行った時に結局お酌してやれなかったからな。私もしよう」

 

「さ、3人か…」

 

ミラに続いてルーシィとエルザがリュウマにお酌すると言ってリュウマの周りを囲んで来た。

リュウマはまさか3人も来るとは思っておらずタジタジになるが、勝負が始まったので飲み始める。

 

3人が飲んでいるのはどれもこれも度数の高い酒ばかりで、中にはウォッカの酒だって転がっている。

そして3人とも、スタートから止まらずのハイペースで飲んでいき──

 

「あっはははは…私…もう…ダメだわ…」

 

「に、兄ちゃん…強ぇなぁ…」

 

「フフフ…ヒック…どうした?この程度か?フフフ…おれはまだまだいけるぞぉ?」

 

「「「酒強すぎんだろ!!??」」」

 

「いや、ちょっと酔ってるよな?」

 

少しだけ呂律が回っていないものの…カナと男はぶっ倒れてダウンした。

リュウマはまだいけると言いながらも、ほんの少しだけ頭が左右にフラフラしている。

 

「…ん?お前はバッカスか?」

 

「よぉ…エルザ…相変わらずいい女だねぇ…ウップ…」

 

エルザはそこで初めて男が自分の知人であるバッカスだと分かり声をかけた。

 

「お前は大会に出ていないようだが?」

 

「わはははは!大会は若ぇ奴に任せようと思ったんだけどよぉ…ウォークライの奴がコテンパンにやられて…それを見せられちゃぁ黙っていられねぇってもんよォ」

 

バッカスと呼ばれた男は酒のせいでフラフラで顔を真っ赤にしながらもそう口にした。

 

「リザーブメンバー枠を使ってオレが入る事になったんだわ…ウップ…魂が震えてくらァ…」

 

「……。」

 

エルザはバッカスが大会に参加する事になったと聞いてつばを飲み込む。

バッカスという男がどんな人物か知っているからだ。

 

「明日以降にぶつかったらいつかの決着つけてぇなぁ…魂はいつでもぉ~…ワイルドォォォォォ…?」

 

「………フォー」

 

「ノリ悪ィぜエルザァ…!わはははははウップ…!」

 

バッカスは笑いながらフェアリーテイルの拠点から出ていった。

時々何かを吐き出しそうになりながらも…。

 

 

『わはははははは!』

 

──ズテーン!ガシャーン!

 

『わはははははは!』

 

──ガッシャーン!!

 

『わはははははは!』

 

『前向いて歩けお前!?』

 

『わははは……ウップ…オロロロロロロ…!』

 

『うわっお前こんな所でギャー!!??』

 

 

「いや…なんなのよアイツ…」

 

四つ首の猟犬(クワトロケルベロス)のS級にあたる男だ…奴とは仕事先でぶつかることが多くてな…その強さはよく知っている」

 

エルザはルーシィの疑問に答えるように話し始めた。

 

「酔いの鷹…(すい)劈掛掌(ひかしょう)のバッカス…何度か戦ったことがあるが、決着はつかなかった」

 

「え、エルザと…互角?」

 

「エルザも昔よりも強くなったからなァ…今なら勝てるだろうよ…フフフ…ヒック…」

 

「あの…リュウマ大丈夫?」

 

エルザ自身に互角だと言われて驚くルーシィだが、後ろからリュウマがフラフラとしながら来たので心配になって駆け寄って問うが、リュウマはフフフ…と笑っているだけで答えになっていなかった。

 

「フフフ…ルーシィ…」

 

「えっ…何?どうし──」

 

呼ばれたので近くに寄っていったところ…リュウマに真っ正面から抱き締められた。

左腕を背中へと回して右手を後頭部に添えると自分の方へと寄せてぴったりと密着する抱擁だ。

 

「なっなっなっ…!?////」

 

「フフフ…ヒック…スウゥー…ハアァ…ルーシィはとても…いい匂いがするな」

 

「う…うぅ…////」

 

ルーシィはいきなり抱き締められたことに驚きながらも、首筋で思いっきり匂いを嗅がれた後にいい匂いがすると言われて顔を真っ赤にした。

 

そしてそのままルーシィの後頭部に添えていた右手を顎へと移動させてから、優しく持ち上げて上を向かせ…至近距離でその瞳をジッと見つめる。

 

「ぁ…」

 

「それにとても…美味そうだ…」

 

見つめ合っている2人の顔は少しずつ近づいていき…2人影が1つに──

 

「何をやってるのかな?」

 

「一体何をやろうとしているんだ?」

 

──なるといったところで、ミラとエルザがガシリとリュウマの肩を掴んで引き剥がした。

ルーシィは折角のチャンスにちょっとムッとした。

 

「なんだ?エルザ…ミラ…おれはルーシィを味わおうと…」

 

「なら私なんてどう?美味しそうでしょ?」

 

「む…確かに…ミラも美味そうだ…」

 

「姉ちゃん!!やめろリュウマー!!」

 

「まぁまぁ…落ち着けよエルフマン」

 

「落ち着けるかァァァ!!!!」

 

今度は自分に寄りかかって目を瞑り、小さく口を自身に突き出すミラへと標的を変え、顔を少しずつ近づかせていき…その美味しそうな唇を…

 

「させるわけないだろう」

 

合わせるわけがなく、エルザに止められた。

離れたところで羽交い締めにされていたエルフマンはホッと息を吐いていた。

 

「まったく…仕方が無いな。ほら、私の膝を貸してやろう」

 

「む…ならば借りようか…」

 

エルザはフラフラしているリュウマの手を(ニギニギとしながら)引いて長椅子の所まで誘導したら、自分の膝の上へとリュウマの頭を乗せた。

ミラやルーシィと同じ事をしたら止められるのは分かっていたので戦略的にいった。

エルザはこの戦い(?)に見事勝利したのだ。

 

「エルザの太腿は…とても柔らかいな…」

 

「んっ…こら動くな。ふふ」

 

膝の上で大人しくなったリュウマの頭を優しく撫でながら優しい微笑みを浮かべる。

そんなエルザ達を見ていると、まるで本物の夫婦のようなふんわりとする光景だった。

しかし、そんな状況を許す訳がない2人がいるわけで…

 

「エルザばかりずるい!私に変わって!」

 

「あたしもリュウマに膝枕したい!」

 

「ふっ、残念だったな。リュウマは私の膝が良かったのか服を握っていて離れられないのだ」

 

そう言って2人にドヤ顔を見せた。

ルーシィとミラはそんなエルザに悔しそうな顔をしている。

リュウマは既にエルザの膝の上で心地好さそうに眠ってしまっているため、起こすわけにもいかないのでそのままにするしかなかった。

 

リュウマは酒を飲みすぎると完全に酔いはせずとも、何とも扱いやすい感じになるのだ。

しかし、例えそんな状況になろうとも戦闘力は健在であるので、酔っているからといつものナツのように突撃をかますと即ぶっ飛ばされる。

その証拠にナツはリュウマに突撃していない。

 

他のフェアリーテイルメンバー達はそんな光景は最早いつものことなので気にしていなかった。

と、言っても、ルーシィとの絡みで顔を赤くする者はいたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして夜が過ぎて大魔闘演武2日目。

早速始まった2日目の競技パートは『戦車(チャリオット)』。

舞台となるのは本物の戦車の上で、戦車は全て動いており、クロッカスの観光名所を巡ってゴールである闘技場…ドムス・フラウに向かうというものだ。

因みに、2日目のゲストは週刊ソーサラー記者のジェイソンだ。

 

チャリオットの試合運びは魔水晶映像(ラクリマビジョン)に映し出されているのだが…フェアリーテイル全メンバーは呆然とした。

何故ならば、戦車(チャリオット)と言ってるぐらいなので乗り物だと分かるはずなのだが…AとBからはナツとガジルが出場しており、最下位争いをしているのだ。

 

尚、セイバートゥースのスティングも出場しているのだが、ナツや何故か乗り物がダメになってしまったガジルと同様にグロッキーになっている。

 

チャリオットの先頭の方では1位争いをしており、1番先頭にレイヴンテイルのクロヘビがいたのだが、チャリオットに出場していたバッカスが戦車を破壊しながら一瞬で先頭へと進み…見事1番でゴールした。

 

『バッカスが一瞬でゴール!!四つ首の猟犬(クワトロケルベロス)10ポイント獲得!!』

 

「魂が震えてくらァ!!」

 

そこから続いてクロヘビ、リズリー、ユウカ、一夜とゴールしていき…残すはナツ達だけである。

 

スティングはたかだか数ポイントなんていらないし、何故そこまで大会に力を入れるのか分からずナツに聞いた。

 

それに対してナツは…仲間の為だと迷わず言い切った。

7年間待っていてくれた仲間のためにも、フェアリーテイルが歩み続けた証を見せてやるために、前に進むと言った。

 

応援席にいる残留組はナツの言葉に涙を流した。

観客達の中にはその言葉に…その絆の深さに感化されてフェアリーテイルを応援しようと言う言葉が出始めた。

そして2人はどうにかこうにかゴールしたのだ。

 

ナツは6位で2ポイントで、ガジルは7位で1ポイント、スティングはリタイアしたので0ポイントだ。

 

スティングはこの程度のポイントなんていらないと言った時に、ガジルにその1ポイントに泣くなよと言われたが気にしなかった。

それが後にどう影響するのかは…お楽しみであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

──医務室

 

 

ナツが乗り物酔いで顔色がとんでもないことになっているため、ルーシィがナツを医務室まで運んできた。

今はナツもベットに横になって寝ている。

 

「ナツ…大丈夫ですか?」

 

「何の心配もいらないよ。ただの乗り物酔いじゃないか」

 

ポーリュシカが呆れながら言ったとおり、ただの乗り物酔いなので心配には及ばない。

乗り物酔い自体はいつものことだ。

 

「ウェンディとシャルルは?」

 

「もう殆ど回復しているよ」

 

「私は大丈夫よ」

 

「良かったぁ…みんな待ってるからあたしはもう行くね?」

 

「分かったわ」

 

ルーシィが居なくなってから、シャルルとポーリュシカは話し始めた。

 

「黙っているつもりかい?」

 

「…話したところで信じないわよ」

 

「ま、自分が信じていないことを、他人が信じハズもないね」

 

「そうよ!私はあんなの信じない!ただの夢だわ…アレは夢…予知じゃない…」

 

シャルルは少し前に断片的な予知を無意識に行い見た…。

 

街が火の海になりながら崩れ落ちる(メルクリウス)…。

その中で泣きながらも何かを()()()()()ルーシィ。

 

しかし、シャルルはそれが気になって仕方がなかった。

 

 

 

ルーシィが応援席へ帰った頃、ちょうどバトルパートが始まっていた。

第1試合の対戦相手は、レイヴンテイルのクロヘビと、ラミアスケイルのトビー・オルオルタであった。

 

レイヴンテイルの相手ということでフェアリーテイルは注意深く観察していたが、これといって不正をすることはなくトビーとの戦いで勝利した。

 

最も、試合中にした賭けでトビーが勝ったらクロヘビの本名を教えて、クロヘビが勝ったらトビーのとっておきの秘密を教えるというものをして、クロヘビが勝ったのでとっておきの秘密を教えてもらったら、片方の靴下がないという秘密だった。

 

実は最初から首に紐でぶら下げていたのだが、それに気がつかず何ヶ月も経っていたのだそうだ。

クロヘビは首を指摘して靴下のありかを教えてあげたのだが、すぐに靴下を取り上げてビリビリに破り捨てた。

 

トビーはそれを見て泣き叫ぶが、クロヘビは…

 

「大切なものほど壊したくなるんだよね…ボク」

 

とのことで笑っていた。

それを見ていたレイヴンテイルの連中も大声で笑っていたが、観客や応援席や選手の誰も笑っていなかった。

 

 

気を取り直して2試合目に移行したところ…選手はクワトロケルベロスからバッカスと、フェアリーテイルAからはエルフマンだった。

 

エルザでも決着がつかなかったとのことで応援席の方では諦めモードに入っているが、実際の対戦相手ならばエルザになるはずだった。

 

何故エルフマンになったかと言うと、対戦相手を決めるにあたって、この国の王に決めてもらおうと思って問うてみたところ…

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)のあの…変身するやつじゃ!!名前が思い出せん…エル…エル~…』

 

『分かりました。そのように手配しておきます』

 

というような会話があり、このような対戦になったのだ。

 

バッカスとエルフマンが対峙していると、バッカスがエルフマンに言葉を投げかけた。

 

「お前の姉ちゃんと妹、エレェ美人だよなァ…オレがこの試合に勝ったら貸してくれや…一晩両方一緒に」

 

「───ッ!!」

 

「ふぇっ!?」

 

リサーナは言われたことに驚いて、ミラは不安そうな顔をしている。

エルフマンはバッカスを睨み付けながら言葉を溢す。

 

「漢…漢として許せないことがある…砕け散れ」

 

「商談成立って事でいいんだよなァ?魂が震えてくらァ」

 

バッカスと負けるわけにはいかないエルフマンの戦いが始まろうとしている。

しかし…別の所では、また違う戦いが始まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい!もっと速く走れ!」

 

「これでも全力だ!」

 

「人1人担いでんだから仕方ねぇだろ!」

 

人が居ない廊下を仮面を付けた男3人組が、ウェンディ、ポーリュシカ、シャルルを担ぎながら走っていた。

つまるところ誘拐犯である。

まぁ、シャルルの場合は担いでいるというよりも、持っているというのが正しいが。

 

「チッ!早くしねぇと!」

 

「だったらもっと速く走れよ!」

 

「うるせぇな!」

 

「そうだな、速く走らないと誰かに見つかってしまうぞ」

 

「そうだよ…な……は!?」

 

3人組が走りながら話していると、聞き覚えのない声がして隣を向くと…

 

 

「クカカ…その2人と一匹を何処に連れて行くつもりだ?ン?塵共よ」

 

 

何時の間にかリュウマが並走していた。

 

「うわあああああ!!!!!」

 

「やべぇ!こいつ聖十のジュラをやったやつだ!」

 

「てめぇらは先に行け!コイツはオレが相手をする!」

 

1人の男がウェンディを別の男に託して向き直り、リュウマに向かって二丁の拳銃を構えた。

 

「魔導士にはコイツが1番だ!食らいやがれ!!」

 

直ぐさま拳銃の引き金を引き、合計で14発の鉛玉をリュウマへと撃った。

リュウマは飛んでくる鉛玉を素手でありながら一瞬で全て掴み取り、その場で手を広げると1()0()()()()鉛玉が地面へパラパラと落ちた。

 

男は素手で受け止められた光景に顔を青くさせる。

 

「す、素手で…受けとめやがった…?」

 

「俺の仲間をどうするつもりだ?まぁもっとも──」

 

 

──何をどう取り繕っても…今の貴様等に命の保証なんぞ皆無だがなァ

 

 

ニタリと嗤いながらそう告げた瞬間には、男はその場から逃げ去ろうとしていたが…相手はリュウマである。

そもそもリュウマに見つかってしまった時点で色々と終了している。

つまり…完全に手遅れなのだ。

 

 

「この俺が逃がすと思うか?残念だが───(魔王)からは逃げられない」

 

 

リュウマは手に持っている4発の鉛玉を、握り拳を作ったことによって出来た人差し指と親指の間の窪みに置き、親指で弾いたにも関わらず…拳銃で撃った時以上の速度で弾を放った。

 

鉛玉は寸分の狂いもなく、男の両肩と両腿を易々と貫通した。

弾自体は更に奥にある壁にぶち当たり破壊した。

それだけでどれ程の威力なのか窺えた。

 

「ぎゃあぁああぁああぁああぁあぁ!!!!」

 

「そう大きい声を出すな…昨日の酒のせいで地味に痛む頭が更に痛む。それにしても…あとの2人だが追うのも面倒だ…『戻れ』」

 

リュウマがそう口にすると言霊が発動し、先程駆けていった2人の男がリュウマの目の前に現れた。

まるで瞬間移動したかのような早業だった。

 

「あ、あれ!?」

 

「ど、どうなってんだ!?」

 

男達は混乱しているが、四肢から血を流している仲間と目の前にいるやったであろう張本人のリュウマを見てから顔を真っ青にした。

 

「さて…貴様等には聞きたいことがあるが…尋問は今のところ1人で十分だ。故に…貴様等はいらん」

 

そう言い終わると2人の男の懐に加減無しに拳を入れて、胃の中の物を吐き出させながら気絶させた。

 

2人が背負っていたポーリュシカとウェンディとシャルルは優しくキャッチして近くの壁に寄りかからせ、両肩と両腿を打ち抜いた男の元まで行く。

 

男はゆっくりとした足取りで向かってくるリュウマに恐怖を感じて震え、どうにか逃げようと藻掻くが…撃ち抜かれた身体では身動きが取れない。

 

「さて…大抵暗殺者や雇われて人攫いをする者は、万が一捕まってしまった時の為に痛みに対する訓練を受けているのだが…貴様はどうだろうな?」

 

「ひっ…ひぃっ!?」

 

「ふむ…どうやら訓練は受けていないようだな。まぁ受けていたらいたで痛覚神経を直接刺激するか、痛覚を数十倍にして拷問でもすればいいだけなのだからどちらでも良いのだがな?」

 

リュウマの残虐的で非情な言葉に男はもう既に絶望的な表情をしていた。

しかしそんな顔をしたところで、リュウマは止めるつもりも可哀想だと思うことも、ましてや慈悲をくれてやろうなどと考えていない。

 

故に何故ウェンディ達を狙ったのか吐かせるために尋問を開始した。

 

「さて…貴様はどれだけ持つのだろうな?何、心配には及ばん。ショックで死んでも…換えはまだ2つもある」

 

そう言って気絶している2人の男をチラリと見た。

つまり、お前が情報を漏らさず死んだとしても他の奴に尋問をするから、殺さないように配慮しながら聴き出すことはない…ということだ。

簡単に言えば、喋らなければ殺すと言っているのだ。

 

その言葉に最早尋問される男は泣き出したが、リュウマは全く気にしていない。

 

「さて…先ずは目的を言え。嘘をついてみろ?どうなるか分からんぞ」

 

「れ、レイヴンテイルに…頼まれたんだ…医務室にい()少女を攫ってこいって…!」

 

「医務室にい()?ふむ…なるほど」

 

「オレはそれだけしか──」

 

──パキャッ…!

 

「ギャアアアァアァアアァアアァア!!!」

 

リュウマは男の指を踵で強く踏みつけることによって骨を踏み砕いた。

 

男はあまりの痛みに叫び声を上げる。

因みに、叫び声でウェンディ達が起きないように空気を魔法で操作して声が響かないようにしてあるし、目覚めてこの光景を見ないように魔法で眠りを深くさせている。

 

「医務室にいた少女のところは本当のようだが…雇ったのはレイヴンテイルではないな?嘘をついたらどうなるか分からんぞと言っただろう?つい勢いが付きすぎて指を踏み砕いてしまった。さて…続きだ…本当は誰に雇われた?」

 

「うっ…うっぐ…!」

 

「次は二の腕の骨だ…3──」

 

「ふっぐっ…!」

 

「2──」

 

「うぅ…!!!」

 

「1──」

 

「───────ッ!!!!」

 

リュウマが男の二の腕の骨を捻り折ろうとした瞬間──

 

「我々は王国兵の者です!3人組の男が人を攫っていたとの通報を受けて参りました!」

 

王国兵の服装をした男達がリュウマの元へと来て、男達は私達に任せて下さいと言ってきた。

もう少しで吐かせられたところに来たので待つように言った。

 

「今雇い主が何者か吐かせ終わるところだ。待っていろ」

 

「いえ、それは私達の仕事ですのでリュウマ様は観覧席の方へお戻り下さい」

 

「……いいだろう。後は()()()王国兵に任せよう」

 

「ハッ!!勿体なきお言葉です!」

 

王国兵はリュウマの皮肉気な言葉に()()()()()()()()男達を連れて引き下がって行った。

リュウマはその後ろ姿を疑惑的な目で見ながら思案していた。

 

──タイミングがあまりにも良かった…つまりいざという時にはレイヴンテイルに罪を押しつけるように王国側が指示をしていた…ということか。

 

「王国も敵という可能性が大いにある…しかし何故医務室にいた少女…ルーシィを狙った?…情報が少なすぎる…か」

 

リュウマはとりあえずこの事は頭の隅に入れておき、ウェンディ達を起こした。

 

「ん…あれ…?リュウマさん?」

 

「何でアンタが…それよりもなんで私達はここに…」

 

「確か…そうだ…男達が入ってきて…」

 

「3人組の男がお前達を攫っているのを見つけて俺が捕まえた」

 

リュウマは混乱しているウェンディ達に何があったのか話し始めた。

どうやらウェンディ達は、あの男達に何か薬品のような物で眠らされたようだ。

 

「リュウマさんが助けてくれたんですね!ありがとうございます!」

 

「まぁ、感謝はしとくわ」

 

「まさか襲ってくるとはね…しかも医務室にいた少女…あの金髪の娘だね」

 

ポーリュシカはすぐに思い出して思案するが、やはり情報が少なすぎるために何故ルーシィが狙われたのかは分からなかった。

 

「では、俺は試合の方があるからもう行くが…ウェンディはもう大丈夫か?」

 

「はい!リュウマさんが私とシャルルに何かしてくれたんですよね?本当にありがとうございます!」

 

「気にしなくていい。では、また後でな」

 

「はい!」

 

リュウマはウェンディ達に見送られながら観覧席へと急いだ。

ウェンディ達はその場からすぐにまた医務室の方へと帰っていき、念のために薬品による体調不良などがないか検査をしたが、至って良好なのでウェンディとシャルルは完全復活を遂げた。

 

これは余談になるのだが、ウェンディ達が帰ってきた時、ナツはベットで気持ちよさそうに寝ていたそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

──Bチーム観覧席

 

 

リュウマが急いで観覧席へと帰ってきた時にはエルフマンとバッカスの試合は少し進んでいた。

最初の頃は居なかったので試合運びが分からなかったが、ラクサスが教えてくれたので把握できた。

 

もっとも、試合中に交わした賭けの内容にはブチッといきかけたが、ジュビアが宥めて事なきを得た。

 

流石に手は出さないにしろ、観覧席で魔力を解放でもされたら大変なことになっていたのは必然だった。

 

エルフマンは最初、バッカスにテイクオーバーしながら向かって行ったのだが…バッカスは酒を飲んでいないにも関わらずエルフマンを圧倒して見せた。

エルフマンが息切れを起こして膝をついた時に賭け事を改めた。

 

「オレが勝ったら…大会中お前等のギルド名は四つ首の仔犬(クワトロパピー)な」

 

「…プッ!…OK。それでいいよ」

 

バッカスはその賭けの内容を承諾して持ってきていた瓢箪に入った酒をグビグビと飲み始めた。

 

バッカスが使う魔法…それはそんなにも珍しくもなんともない手の平に魔力を集束するタイプの魔法だ。

しかしバッカスはそれに劈掛掌(ひかしょう)という武術を取り入れ、尚且つ酒による…さながら酔拳のような不規則な動きをしながら強力な掌打を繰り出すという戦い方をする。

 

酔った鷹の動きは予測不可能…故に世間からは(すい)劈掛掌(ひかしょう)のバッカスとまで呼ばれるようになったのだ。

 

つまり、酒を飲んだ今のバッカスは本気ということだ。

 

「『ビーストソウル──」

 

「──無駄ァァァァァ!!!!」

 

エルフマンがテイクオーバーを使おうとした瞬間には既に攻撃を繰り出してエルフマンの背後に立っていた。

その速度とその速度の中で繰り出した掌打数に、Aの観覧席にいるエルザは驚いた。

 

7年前よりも速度も威力も上がっていたからだ。

それも一瞬のうちに7度…エルフマンに掌打を叩きつけた。

 

「今何がおきたんですか…!?」

 

「バッカスがすれ違いざまに掌打を7度打った」

 

「今の一瞬で!?」

 

見切れなかったジュビアのためにリュウマが解説した。

その事実にジュビアは驚いている。

 

しかし…闘技場では逆にバッカスが驚いていた。

 

「な…なんじゃこりゃあぁぁぁぁ!!??」

 

「──リザードマン』!」

 

バッカスは攻撃をした両手を見て絶叫した。

何故ならば、自身の腕を覆っていた甲冑が粉々に砕けている上に、手がボロボロになっていたのだ。

 

エルフマンは寸前にテイクオーバーしたのはリザードマンという蜥蜴のような身体。

その身体には鋭く尖った鋭利な刺が多数ある。

バッカスはそれによってダメージを負ったのだ。

 

スピード系のテイクオーバーですら酔っていない状態のバッカスにあしらわれた。

ならば当ててもらえばいいという奇策に出たのだ。

 

「オラァ!オレの身体とお前の腕…どっちが先に壊れるか勝負じゃい!!」

 

「…面白ぇ…魂が震えてくらァ!!!」

 

そこからはただの意地のぶつかり合いだった。

バッカスが掌打を只管に与えていき、エルフマンがガードに徹していく。

エルフマンの身体中の刺によって手は傷だらけ…しかしエルフマンの頑丈な鱗は掌打によって裂ける。

 

どちらも血で血を洗うかの如くの試合だった。

闘技場には打撃音だけが響いていたが…決着の時が来た。

両者は息切れを起こして膝をついていたが…立ち上がったのは…

 

「わはははははははははははは!!!!!」

 

バッカスだった。

その事実にリサーナは涙を流し、ミラは悲しそうな顔をしながらリュウマへと抱き付いた。

応援席にいるフェアリーテイルのメンバー達も暗い表情をしているが、リュウマは違った。

 

穏やかな顔でうっすらと笑っていた。

 

悲しそうな顔でも怒りに染まった顔でもなく、エルフマンに対して良くやった、とでも言っているかのような穏やかな表情だった。

そしてリュウマは何時の間にか手に扇子を召喚しており、バッ!と広げながら告げる。

 

その広げた扇子には《見事!漢之勝也(漢の勝利なり)!》と描かれていた。

 

「──見事!良き戦いであった!」

 

リュウマの声にハッとして闘技場をへと顔を上げてエルフマン達を見るフェアリーテイルの面々。

 

そこには、立ち上がっていたバッカスが後ろへと倒れていく場面が映っていた。

 

「お前…(おとこ)…だぜ…」

 

バッカスが完全に倒れると、膝をついていたエルフマンがゆっくりながらも…己の足で立ち上がった。

よって…この意地のぶつかり合いにて勝利を収めたのは…エルフマンであった。

 

『ダウーン!!クワトロケルベ…四つ首の仔犬(クワトロパピー)のバッカスがダウーン!!勝者は妖精の尻尾(フェアリーテイル)A…エルフマン!!』

 

『COOL!COOL!!COOL!!!エルフマン超COOOOOOOL!!!!!』

 

「ウオオォォォォォォォォォッ!!!!」

 

エルフマンの勝利の雄叫びが闘技場全体に響き渡る。

ルーシィによるバトルパート勝利に続いて2度目のAチーム大金星であった。

 

「く、クワトロ…」

 

「パピー…」

 

「ま、マイルドオォォォォォ…?」

 

「「「フウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…」」」

 

クワトロケルベ…クワトロパピーのメンバー達は大会中とはいえ、猟犬から仔犬になってしまったことに呆然としていた。

 

 

 

 

 




私の主人公は全く優しくないの知ってますよね?
知ってるから文句はありませんよね?(白目)

扇子の技は誰の技だぁ?私…ワカラナイナ(目逸らし)

あと、私イラスト書いてみたのですが…私は人間の顔をチュパカブラに変える天才のようです。
なので諦めました。はい。



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第四一刀  ♡女の魅力勝負♡

さて、ここを書くのは中々に苦労しましたよ笑




 

 

エルフマンはバッカスとの試合にて大金星を上げることが出来たのだが、全身に重傷の傷を負ってしまっているために、試合終了後にすぐ医務室へと運ばれた。

 

今は既にポーリュシカによって手当がされており、医務室には同じAチームと雷神衆、そして妹のリサーナが集まっていた。

 

「私はエルフマンという(おとこ)を、少々見くびっていたようだ」

 

エルザはエルフマンの試合を見ての感想を感心しながら言う。

 

「その打たれ強さと強靱な精神力は我がギルド1かもしれんな…エルフマンの掴み取った勝利は必ず私達が次に繋ごう」

 

エルザの言葉に他のAチームも同意していく。

姉と妹のためにも漢らしく戦った戦いはとても好評だ。

 

「エルフマン兄ちゃんは頑丈なだけが取り柄みたいなものだからね」

 

「なんか淋しい取り柄だな…プフッ」

 

「オメーも似たようなもんだろ!!」

 

笑いながら告げるリサーナの言葉にバカにしたように笑いながらナツは弄くる。

それに対してナツとて同じだと反論するエルフマンだが、結局はどっちもどっちだ。

 

「でも…本当にすごかったですよ!」

 

「情けねぇが、オレはこのざまだ。後は頼んだぞウェンディ」

 

「はいっ!」

 

エルフマンがダウンしたということで、完全復活を遂げたウェンディが空いた枠にリザーブメンバーとして入ることになった。

 

そしてウェンディとシャルルとポーリュシカが医務室で襲われたということもあり、警戒するに越したことはないので雷神衆を医務室に付けることにした。

 

特にフリードの術式による防御網は強固であるので一安心である。

因みに、エルフマンとエバーを添い寝させようかとビックスローがからかって遊んで、2人とも顔を赤くさせていたりということもあったりなかったり?

 

 

ナツ達Aチームは、次の試合が既に始まるということで医務室を後にしたが、観覧席に向かいながらウェンディ達が襲われた時の話をしていた。

 

「ウェンディ達を襲ってきた奴等は大鴉の尻尾(レイヴンテイル)って言ってたんだが、リュウマは違うって言ってたんだよな?」

 

「はい、リュウマさんは『医務室にい()少女…つまり、ナツを運んでいったルーシィを狙っていた筈だ』って言ってました」

 

ウェンディはリュウマから教えてもらったことを再度エルザ達に話した。

まぁ、流石に拷問紛いなことをして吐かせようとしたことはウェンディに話していないが。

 

「つか、リュウマはそいつ等のことを直ぐに見つけたんだよな?流石だよな、どっかの仲間が攫われてるにも関わらず寝ていた寝坊助とは」

 

「ああ″?誰のこと言ってんだァ!?」

 

「さぁなァ?どっかの寝坊助のことだっつうのクソ炎」

 

「んだとォ!?ぶっ飛ばすぞ氷野郎!!」

 

「上等だこの野郎!!」

 

「やめんかお前達!!」

 

いつものように喧嘩し始めたナツとグレイだが、止め役のエルザによって(物理的に)止められた。

ルーシィとウェンディとリサーナはいつものことなので気にせず歩き続けている。

 

「それにしてもリュウマさんが助けてくれて良かったです」

 

「あたしなんか狙われてるのよね…安全のためにリュウマの近くに居ないとっ」

 

「…ルーシィさん?別にリュウマさんじゃなくてもいいんですよ?」

 

「ううん、リュウマの傍が1番安心だからリュウマで大丈夫よ?」

 

因みにこの会話の最中の2人はどっちもニコニコしているが、目は全くニコニコしていない。

 

「もぅルーシィさんったら…冗談がお上手なんですね」

 

「別に冗談じゃないんだけどねぇ?」

 

2人の間では火花が散っているかのような幻覚が見えるのだが、それはきっと気のせいだ。

リサーナがその2人を見て苦笑いしていたりするのも気のせい…かもしれない。

 

その後はエルザも加わって少しピリピリした空気になるも、何か起こる訳でもなく観覧席へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

──応援席

 

 

大魔闘演武2日目のバトルパート第3試合は、フェアリーテイルBからミラジェーン・ストラウスVSブルーペガサスのリザーブ枠からジェニー・リアライトだった。

 

医務室から帰ってきたシャルルに、ハッピーが号泣しながらも大喜びする。

しかし、シャルルは少し難しそうな顔をしていた。

それはやはり、自分が見た予知が関係する。

 

──あれは夢…その夢なんかに引っかかっても仕方ないわね…今は私たちのギルドを応援しなくちゃ。

 

「ミラジェーン!!頑張りなさいよーーーー!!!!って…え?」

 

気を取り直して大声で応援したものの…闘技場を見てから固まってしまった。

近くに居るハッピーとリリーの方に顔を向けると、二匹も何とも言えない顔をしていた。

何故そんな顔をするのか?それは──

 

 

 

 

「こんな感じ?」

 

『『『『オオオォォォォォ!!!!♡』』』』

 

「こう?」

 

『『『『オオオォォォォォ!!!!♡』』』』

 

 

(主に男性の)大歓声の中、水着で男心を抜群に刺激するようなポーズをとる2人がいたからだ。

シャルルはそれを見て固まっていたのだ。

それもそうだろう、バトルパートなのにバトルしていないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

──Aチーム観覧席

 

 

「「なんじゃこりゃーーー!!??」」

 

「む…」

 

「み、ミラさん…」

 

「…と、週ソラに載ってる彼女にしたい魔導士1位のジェニー…」

 

Aチームの観覧席でも、闘技場で行われているポージングに驚愕していた。

エルザは何とも言えない顔をして、ウェンディは自分のことのように恥ずかしそうにしていた。

 

 

 

 

 

 

──闘技場

 

 

本来はバトルパートなので戦う筈なのだが、対戦者が元グラビアモデル同士ということで変則ルールが適応されてグラビア対決ということになっていたのだ。

 

「こっち?」

 

「は~い♡」

 

『『『『オオオォォォォォ!!!!♡』』』』

 

ミラとジェニーは互いに変身系統の魔法を使うため、違う水着へと変身して色々な魅惑的ポージングをしていく。

 

男性の観客は大いに大興奮しており、その中でもフェアリーテイルの応援席にいるマカロフ、マカオ、ワカバなどの女大好き組は鼻血を垂らしながらも見ている。

 

傍に居るロメオが道端に落ちている生ゴミを見るような目を向けられているとは知らずに…。

もうどうしようもない人間達だった。

 

「流石にやるわねミラ。まさかグラビア対決にのってくれるとは思わなかったわ」

 

「うん、だって私って殴り合うのとかあんまり好きじゃないし…平和的に決着がつくならその方がいいじゃない?」

 

『元グラビアモデル同士!そして共に変身系の魔法を使うからこそ実現したこの夢のようなバトル!!ジャッジは我々、実況席の3人が行います』

 

『責任重大だねぇ』

 

『どっちもCOOL&ビューティ!!!!』

 

『では、次のお題の方に──』

 

 

「お待ちッ!!!!」

 

 

実況席にいる3人の内の1人、チャパティが次のお題を発表しようとしたところに待ったの声がかかった。

そして闘技場に降り立つは三つの影。

その正体とは──

 

「小娘ばかりにいいカッコさせる訳にはいかないからねぇ!」

 

「強さだけでなく…美しさでも人魚の踵(マーメイドヒール)が最強なのさ!!」

 

「な、なんでアチキまで…」

 

いつもはぽっちゃりとした体型をしていたはずのリズリーはほっそり体型をしており、それに続きアラーニャ、ベスが乱入してきたのだ。

 

ベスは恥ずかしそうにしながらあまり乗り気ではないようだ…。

因みにマーメイドヒールのリーダーであるカグラは参加していない。

 

マーメイドヒールの突然の参加に驚く観客達。

その上…更には──

 

「お待ちなさい!あなた達には愛が足りませんわ!水着でポーズを取れば殿方が喜んでくれると思ったら大間違いですわ!やはり“愛”……“愛”がなくては!」

 

「私も負けてられないもんね!」

 

続けて蛇姫の鱗(ラミアスケイル)からは、シェリーとシェリアまでもが闘技場へと乱入し、(これまた主に男性の)観客は大興奮している。

フェアリーテイルの応援席でも大興奮している。

 

 

 

 

 

──フェアリーテイル応援席にて

 

 

「うわぁ…みんなすごいなぁ…」

 

 

「感心してる場合ではありませんよ!他のギルドにだけいいカッコさせていいんですか?」

 

 

「…え!?」

 

レビィが上げた感嘆の声に対して直ぐさま反応したのは、応援席で幽体の状態で観戦していた初代マスターであるメイビス・ヴァーミリオンである。

 

「ま、まさか…私達も…!?」

 

「でも水着なんて持ってきてないしねぇ…」

 

リサーナはまさかの言葉に驚愕し、カナはメイビスに反論するのだがメイビスは余裕の表情を崩さない。

その何か含みのあるような笑みに、少し嫌な予感を感じた。

 

因みに、水着を持ってきていないと言ったカナに、「いや…その服はほぼ水着じゃん?」みたいな感じの目線をみんなは送っていた。

 

「心配ご無用です!こんなこともあろうかとぉ───全員分の水着を持って来ちゃいましたー!!」

 

満面に笑みで全員分ある大量の水着を空中へと放り投げるメイビス…。

水着を着て出るしかないように逃げ道を塞がれてしまったフェアリーテイルの女性メンバーは参加することになった。

 

その様子を、マカロフは流石初代…読みが我々とは違う!と、意味が分からない感激していた。

ロメオは単に遊びたかっただけなんじゃね…?と思っていた。

 

ちなみにメイビスはAチームの方にも現れて参加を促す。エルザはノリノリで、ルーシィとウェンディは渋々と参加することになった。

 

「あなた達も見てるだけじゃダメですよ?み~んなで参加しましょう!」

 

「し、初代…」

 

「わ、私達もですかぁ…?」

 

「あたし達も出なきゃいけないのね…水着用意されてるし…」

 

メイビスはAチームの方にも現れており、エルザとルーシィとウェンディにも水着を渡していた。

何故かエルザはノリノリであり、ルーシィとウェンディは渋々といった具合であったのだが…

 

「リュウマも見てくれますよ?」

 

という鶴の一声(?)によって2人のやる気が満ち溢れ、エルザが更に気合いを入れたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

──フェアリーテイルBチーム観覧席

 

 

メイビスの言葉によって3人の乙女が唆されて参加をする決意をした頃…Bチームの方では、既に水着へと着替え終えたジュビアが準備万端でスタンバっていた。

 

「水着が一番似合うのは水を操る魔導士であるこのジュビア♪」

 

「あ?なんだ、お前も行くのかよ?」

 

「恋する女はこういう時に戦わなくちゃいけませんから!!」

 

ジュビアのハイテンションに少々困惑しているガジルとラクサスだが、リュウマはジュビアに応援の言葉をかける。

 

「うむ、流石はジュビアだな。それならばグレイも良い反応を示すだろう。よぉく見せてくるがいいぞ」

 

「ッ!はいっ!ジュビアグレイ様の元へ行ってきます!」

 

ジュビアは闘技場へと全力で走っていった。

それをラクサス達は呆れ顔で見ていたが、リュウマに意見する。

 

「お前…グレイが大変な目にあうの分かってて言っただろ…」

 

「さぁな?だが…折角頑張って準備して行ったのだ。サポートくらいしてやっても文句はあるまい?」

 

「あの男は文句大有りだと思うがな」

 

「……………ギヒッ!」

 

「苦し紛れにオレの真似すんじゃねぇよ!?」

 

良い事したのか悪い事したのか…まあ、良いことだろう。

グレイには…黙祷を捧げておこう。

因みに、リュウマがガジルの真似した時の声が、ガジルの声にもそっくりだったのでラクサスが驚いていた。

 

模倣するだけあって声模写も出来るようだ。

何故こんなにもハイスペックなのだろうか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

──闘技場

 

 

真ん中にいるミラとジェニーの周りに、他のギルドやフェアリーテイルなどの多くの女性達が水着姿でそれぞれ好きな様にポージングをとっている。

 

それを液晶ラクリマで見ている観客の内の男性客の歓声は…天井知らずの超大歓声だ。

 

因みに、件のジュビアはグレイに向かってポージングをしていて、それを見ているリオンが観覧席の手摺を握力のみで罅を入れた。

 

「なんだかおかしな事になっちゃったわね♪」

 

「ま、お遊びにはいいんじゃないかしら」

 

『こ…これは…!も、ものすごいことになりましたー!!しかし!これはとても美味しいのでこのまま続行させていただきます!!』

 

『これだけ盛り上がっているのに止めたら暴動が起こるからねぇ…』

 

『グレイトCOOOOOOOOOOL!!!!』

 

実況席も実況席でかなりの盛り上がりを見せている。

しかし、試合の勝敗はあくまで選手として出ているミラとジェニーに委ねられるとのことである。

 

それを放送を聞いてレビィが、それなら出る意味ないじゃない…とツッコミを入れたのだがすっごいノリノリの初代に宥められていた。

 

メイビスも水着を着て出ているが、それに対して幽体なのに出る意味あるのかと問うたカナの言葉は無視だ。

そこは…ロメオが言った通りである。

 

そんな中でもお題は続いていく…

 

 

 

 《お題───スク水》

 

 

「なんでいきなりマニアックなものになるの…」

 

「…ウェンディは違和感ないね…?」

 

「う、嬉しくないです!!!!」

 

レビィの言い分はもっともではある。

そしてリサーナの言い放った言葉に対してウェンディは心からの声で叫ぶ。

 

その中で豊満な胸を持っているミラやリサーナは少し違和感があるが、こ…これはこれで…。

 

…おや?ウェンディと同じくレビィの方もあまり違和感がな『バキッ』───

 

 

 

 

       《少々お待ち下さい》

 

 

 

 

 

 《お題───ビキニにニーソ》

 

 

 

「何か…水着だけより恥ずかしい気が…!」

 

スク水でもマニアックだったというのにも関わらず、更にマニアック度…というか変態度を上げたお題が出てきた。

観客の極一部は鼻血を噴いている。噴いているのだ。

大事なことなので2回言った(棒)

 

ルーシィはマニアック過ぎるこの格好は流石に恥ずかしいのか顔を赤くさせている。

その横ではジュビアがグレイの方を(ry

 

 

 

 《お題───メガネっ娘》

 

 

「私はいつもと同じなんだけどね」

 

ラキや、医務室から何時の間にか来ていたエバーグリーンは元からメガネをしているため全く変化はない。

 

しかし、マーメイドヒールのベスはビン底眼鏡をつけているため全くやる気がないということは分かるし、めんどくさいという意思が伝わってくる。

 

 

 

《お題───ネコ耳》

 

 

「私がしても…意味なくない?」

 

猫であるため猫耳はあるのだが、自分の耳を畳み込んでまで態々猫耳バンドを付けているシャルルは、そんな自分自身の姿に疑問を感じていた。

ハッピーはそれでも良いのか目がハートと化している。

 

そんなシャルルの背後では、ビスカとアスカが仲良く親子でネコ耳をしていて微笑ましい。

応援席で一眼レフカメラを構えて写真を撮っている(アルザック)がいるのは気のせい…ではない。

 

 

 

《お題───ボンテージ》

 

 

「これも一つの……“愛”!」

 

「はまり過ぎ…!」

 

シェリーが鞭を振るう姿を目にしてシェリアがちょっと引いていた。

 

「どうかしらエルザ?そろそろ負けを認める気になった?」

 

エルザに対抗心を持っているエバーグリーンは、中々に似合っているボンテージ姿でそう告げるが…

 

「──何か言ったか」

 

「参りました」

 

もう完全にそっちの気がある人が見たら「踏んで下さい!!」と言い出すほどの姿と鋭い眼光に一瞬で土下座をかました。

 

観客の超極一部の中に、何故か体を前屈みにしながら鼻息が荒い人間がいるのだが…(気持ち悪いので)気にしない方がいい。

 

 

 

そしてとうとう…

 

『次のお題はウェディングドレスです。パートナーを用意して着替えて下さい!』

 

 

誰かさんにとっては大変なお題が出てきてしまった。

 

 

周りの者達は各々がパートナーを選んでいっている。

リサーナはナツに突撃をかまし、小さい頃にした「お嫁さんになってあげる♪」という甘~い約束をほじくり返し、ナツには珍しい赤面するという反応を大いに楽しんでいる。

 

リオンはジュビアを捕まえてお姫様抱きをするが、膝蹴りをしてきたグレイによって奪い返され、ジュビアはグレイによって奪い返されるという場面に猛感激している。

 

ハッピーはテンプレな如くなツンデレの反応を見せるシャルルとペアを組む。

組めたハッピーはとてもハッピーそうだ。

…………ギャグではない。

 

その他にブルーペガサスのレンとラミアスケイルのシェリーの婚約者カップル。

 

 

所変わりBチーム観覧席ではこのようなことが…

 

「なぁガジル。お前は行かんのか?」

 

リュウマは席で寝転んでいるガジルにそう声をかけた。

 

「あ?ンで行かなきゃなんねぇんだよ、面倒くせぇ」

 

「…そんなにも準備万端にしているのにか?」

 

「はぁ?」

 

そう言って自分の服を見るガジルだが、目を見開いた。

何故ならば…

 

「なんっじゃこりゃぁ!?なんでタキシードになってんだよ!?」

 

先程まで自分が着ていた服だというのに、何時の間にかタキシードになっていたからだ。

実はリュウマがガジルに声をかけた時、肩に手を置いたのだ。

 

その時に服を変化させる魔法を使ってタキシードに変えたのだった。

マジシャンも驚く早業だ。

 

「オメェの仕業だな!?さっさと元に戻しやがれ!!」

 

「まぁ待て、そう堅いことを言うなガジル…クカカ」

 

そう言ってガジルの服をガシリと掴んだリュウマ。

それに何か嫌な予感を感じ取った。

 

「……なんで服掴んでんだよ」

 

「…………………ギヒッ!」

 

「───ッ!?離せコノヤロウ…!!」

 

またも自身の真似をしながら、今まさに家を放火させようとしている放火魔のような…そんな邪悪極まりない笑顔を見たガジルは全力で振り解きにかかる。

 

しかし、リュウマは既に掴んだ腕に力を込めて腰を捻っているのでもう手遅れだった。

 

「──レビィ!!受けッ…取れえぇい!!!!」

 

「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!??」

 

こっちを見て何か期待した目線を投げかけていたレビィにガジルを背負い投げの要領でぶん投げた。

 

レビィに向かって投げ飛ばされたガジルはレビィに直撃し、レビィの胸を揉むといういい感じのハプニング(ラッキースケベ)を起こしていた。

 

リュウマは真っ赤になってこっちを見ているレビィにウィンクしてから…

 

 

『が・ん・ば・る・ん・だ・ぞ』

 

 

と、口パクでそう言ってあげていた。

それを理解したレビィは更に顔を真っ赤にして頭から煙を出している。

因みにジェットとドロイは血涙を流していた。

 

 

 

そしてそんなことをしている間にも…リュウマに迫る影が…

 

「リュウマーー!!」

 

そう…ミラである。

それも完全にターゲットをロックオンしているのでやらせる気満々である。

 

それを見たリュウマは嫌な予感が鐘の音並に大音量で鳴っているのでその場で踵を返す。

 

しかしそんなリュウマに対して、その場にいるラクサスが話しかけた。

 

「オイオイ…何処に行くんだよ?」

 

「……いや、腹が痛くてな…少し用を足しに」

 

「…ミラの奴がこっちに来てんぞ。お前がお望みだろ」

 

「いや…そのだな…?」

 

「なんだ?ガジルの服変えられたんだ。お前の服も出来んだろ?」

 

「あ、あぁ…」

 

ラクサスが何故かニヤニヤしながらにじり寄って来るので後退していく。

 

「ま、オレに任しとけよ」

 

「ラクサス!待っ──」

 

リュウマはラクサスに通路の方に無理矢理連れて行かれてタキシードを着させられた。

そして見事ミラに捕まってしまい、結局闘技場の方へと行くはめになった。

 

 

 

──所戻り闘技場

 

 

「まぁ、手頃なところで…」

 

「この方がはまったりしてね…」

 

ジェニーの相手はブルーペガサスのヒビキだったようだ。

そして対するミラは先程の通り…

 

「ありがとうリュウマ♪」

 

「く、クカカ…気にするな。それにしても…俺の背に鋭い視線が…」

 

相手はもちろんのことリュウマである。

しかしその背中には、ものすごく鋭い視線が複数突き刺さっている。

 

てか、フェアリーテイル応援席からも(男からの)嫉妬の視線が来てる。

まさかのリュウマの正装姿に観客の女性客も黄色い歓声をあげた。

 

「ふふふ、リュウマ君。これは君と僕というライバルの勝負でもあるんだよ。だから全力で勝負をしよう」

 

「いや…そんなことを言われても知らんのだが…」

 

指を差しながら高々と告げてきたヒビキの言葉に対し、

割と本気で訳が分からないという感じで返すリュウマ。

オラシオンセイスの時から言われているが、何と言えば正解なのか分からないのだ。

 

『さあ!これからはアピールタイムです!お二人の仲の良さを観客の皆さんにもドキッとさせる程にアピールして下さい!!』

 

『楽しみだねぇ』

 

実況席のその言葉を聞いたヒビキは、早速ジェニーの手を引いてエスコートしながら闘技場の真ん中に行き、お姫様抱っこをした。

 

そんな世の女性が羨ましがるであろうその姿に…会場の女性客から黄色い歓声があがった。

 

「お姫様抱っこ…ジェニーとヒビキもやるわね…リュウマ?ちょっと耳貸して?」

 

「嫌な予感がする。ものすごく嫌な予感がする」

 

「うふふ♪あのね────」

 

ミラはニコニコしながらリュウマの耳で作戦を告げていく。

そして作戦の話しが進むにつれてリュウマの顔が青くなっていく。

作戦を告げ終わったミラはリュウマの顔をニコリと微笑みながら見た。

 

「み、ミラ…それは少し…いや大分…!」

 

「ねぇリュウマ?」

 

「な、なんだ?」

 

出来ればやめていただきたいと思っているリュウマに対し、ミラは容赦なかった。

 

「クロッカスに着いた時、どうしても別行動したいって言ったリュウマに私はどんな条件出したっけ?」

 

「──────ッ!!!!」

 

そう…リュウマは思い出したのだ。

必ず埋め合わせをすると言った自分の言葉を…。

それによって本格的に青くなった。

 

「くっ…やるしか…ないのか…!」

 

「うん!お願いね♡」

 

可愛らしく言うミラだが、リュウマには小悪魔的な角と尻尾が見えた気がした。

 

そしてリュウマはミラから少し離れた所に移動してからゆっくりとミラへと近づいていく。

観客達はどんなことをするのかドキドキしながら見ている。

 

リュウマはありとあらゆる人の目がある中で…ミラの前まで行くと片膝を突いてしゃがみ込んだ。

 

「ミラ…いや…ミラジェーン・ストラウス」

 

「…はい」

 

それはこの世に生きる女性達が夢見るシチュエーションの頂点に堂々と君臨するもの…。

 

「俺はお前が笑いかけてくれるところも、優しいところも、俺の全てを受け止めてくれるその心の器も全てが好きだ…愛してる…だから──」

 

リュウマは懐から真っ白な小さい箱を取り出して蓋を開ける。

そこにはとても綺麗な指輪が入っていた。

それをミラへと捧げるような形で持ち上げる。

 

 

 

「結婚してくれ。俺と共に幸せになろう」

 

 

「────はいっ!」

 

 

 

 

    まさに理想的なプロポーズだった。

 

 

 

 

この瞬間…女性の観客達は顔を真っ赤にしながら黄色い歓声をあげ、男の観客は指笛を鳴らす。

ミラは指輪を箱から取って左手の薬指に嵌めてから液晶ラクリマに向けて蕩けるような笑みを向ける。

 

リュウマは指輪を付けたミラを見て胃に穴が空いた気がした。

 

その後ミラはリュウマに駆け出していき飛びついてお姫様抱っこをしてもらう。

リュウマはお姫様抱っこをしながら悟りを開いた。

 

 

『な、なんとぉーーーー!!!!リュウマとミラジェーン選手はプロポーズ作戦に出たーーーーー!!!!観客の女性達がまさかの作戦に次々と倒れていくーーーー!!!!』

 

『まるで本物のプロポーズを見ている気分だったよ』

 

『COOOOOOOL!!!!!!リュウマとミラのプロポーズ場面さいっこうにCOOOOOOOOOL!!!!!!!!!』

 

「まさか…そんな作戦に出るなんて…!」

 

「やっぱり僕達のライバルだ…」

 

観客の女性達は未だに顔を赤くさせながら熱い吐息を吐いていた。

相当いい感じに乙女心を刺激したようだ。

 

しかし…この作戦によってとうとう我慢の限界がきた乙女達が居るわけで…。

 

「「「リュウマ/さん!!ミラ/さんにそんなことをしてズルい/です!!」」」

 

「クカカ…こうなると思ったぞ…」

 

「流石にそれは見過ごせません!」

 

「ミラさん!なんて…なんて羨ましい!」

 

「ミラ…何故そこで指輪を嵌めた?さっさと外せ」

 

「い・や♡折角リュウマからプロポーズされながら貰った結婚指輪だもの♡」

 

「「「リュウマ/さん!!!!!」」」

 

「俺に如何しろと…それに四方八方から視線が…俺の身体に穴が空きそうだ…」

 

3人から詰め寄られて冷や汗ダラダラかくリュウマだが、他にも別方向から視線が刺さっていた。

もうグッサリぶっ刺さっていた。

 

 

 

 

「リュウマ様からのプロポーズ…いいなぁ…」

 

「ユキノ何か言ったか?」

 

「いえ…何でもないです…(うぅ…いいなぁ…)」

 

 

 

「おうおう。ずいぶんど派手にいくねぇ」

 

「おいカナ。お前いつもより酒飲むスピード早くね?」

 

「うっさいね。酒が美味いんだよ」

 

「さっきあんま美味しくないって「うっさい」」

 

 

 

 

「カグラ?あんた手摺強く握りすぎて砕けてるよ?」

 

「問題ない」

 

「いや、壊しちゃダメでしょ…」

 

「問題ない」

 

「…ダメだこりゃ」

 

 

 

 

 

どこかで誰かが羨ましがってもそれは気にしない方向で。

でなければそろそろリュウマの胃に大穴が空くというものだ。

 

「リュウマ!あれ本気で言ったんじゃないよね!?」

 

「それは違いますよね!?」

 

「まさかな。それで?どうなんだ?」

 

「いや、あれはミラからの…」

 

「本当のプロポーズよ♡」

 

「「「ミラ/さんは黙って/下さい!!」」」

 

「ねぇリュウマさん?私にもプロポーズしてほしいな~?」

 

「ジェニー…?おいヒビキ!お前はパートナーだろ!どうにか…」

 

「僕の…完敗さ…フッ」

 

「この役立たずが!!」

 

リュウマに本気なのか演技なのかの有無を問うがミラが答えて喧嘩になりかけており、ジェニーはリュウマの体にしなだれかかりながらプロポーズをおねだりしている。

 

そんなジェニーを止めるようにヒビキを呼んだが、ヒビキは完敗だといいながらorzという格好をして落ち込んでいた。

もうこの場が色々なものがありすぎて混沌と化している。

 

 

しかし…そこにこの場面を救う(壊す)人物が現れたのだ。

 

 

「──そろそろアタシの出番のようだねぇ!!」

 

突如響き渡る声のした方を全員が見やった。

闘技場に設置されている銅像の上…そこにいたのはラミアスケイルのマスターであるマスター…オーバ・ババサーマ、通称オババその人であった。

 

「女の魅力…アタシが教えてやるよ~!!」

 

銅像の上から闘技場真ん中に飛び降りてきたオババは、自分の姿を隠すのに着ていたマントを勢い良く脱ぎさってポージングを決めた。

 

「うっふ~~~ん!♡」

 

─────バキイィィィィィィィンッ

 

今この瞬間…会場全体の時が完全に凍りついた…。

誰も彼も全て動かず…喋らずという完全なる沈黙というものが起きた。

 

『……えぇ…ただいまの一撃を持ちまして…会場のテンションは一気に冷めきってしまいましたので乱入組も続々引き上げていきます』

 

みんなが肩を落とし、真っ白になりながら引き上げて行く最中…たった一人だけはオババに対して心の底から感謝している者がいた。

 

──礼を言うぞラミアスケイルのマスターよ!!これでこの場は凌ぎきった!!

 

もちろんのことリュウマだ。

あのままだとどうなっていたかは想像すらしたくなかった。

 

『さぁて!時間を大幅にオーバーしてしまいましたので…次がラストのお題とさせていただきます!』

 

その瞬間、ジェニーがこの時の為にと密かに組み立てていた対ミラ作戦を発動する。

 

「ねぇミラ、さっきの試合にちなんで私達も賭けをしない?負けた方が───週刊ソーサラーでヌード掲載するの!」

 

「いいわよ♪」

 

オババの途中参加によって、暗い海の底よりも沈んで冷たくなった会場が再び盛り上がりを取り返す。

無論のこと観客の内の全ての男性客のボルテージは過去最高のフルマックスだ。

 

ジェニーがこう言い出したのはちゃんとした訳がある。

実況席で審査員をしているチャパティとヤジマは若い娘が好みだったりする。

 

ジェイソンは自身が手掛けている雑誌の売り上げの為にも、7年振りに復活を遂げて歳は当時のままというミラを雑誌に載せたがるであろうと見込んでのことだ。

 

そして元グラビアモデル最後のお題は…戦闘形態。

 

自身の勝利は決まっていると確信するジェニーは早速魔法を発動して変身した。

ミラも変身しながらジェニーに語りかける。

 

しかし…テイクオーバーしていくミラの体からは膨大な魔力が迸っている。

 

「さっきの試合の流れにそって賭けが成立したんだから…最後は力のぶつかり合いって事でいいのよね?私は賭けを承諾した──今度はあなたが力を承諾して欲しいわね」

 

ミラが変身したのは魔人…ミラジェーン・シュトリ。

エルザ曰く、私が知る限りでは最強のサタンソウル…とのことだ。

折角立てた作戦の目論見が外れたジェニー。

こんな状況は想定外だったがために冷や汗をかきながら後ろへ後退していく。

 

「そ、そんなぁぁぁ!!??」

 

「──ねえ」

 

次の瞬間には強力無比な一撃がジェニーを後方へと吹き飛ばしていた。

 

その一撃を持って勝者はミラとなった。

元々はバトルパートなので元々あるルールに則っているので誰も文句は言えない。

 

「ゴメンね?生まれたままのジェニーの姿を楽しみにしてるからね♪」

 

「いぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

ニッコリとした笑顔でそう告げるミラに対してジェニーは泣き叫んだ。

 

因みに、この後に約束通り掲載したジェニーのヌード写真集は売り上げがとても好評であった。

何故かトライメンズと一夜のヌード写真集も載っていたのは何故だったのだろうか?

 

 

 

「ねぇリュウマ!君もヌード写真出してみない!?きっとCOOOOOOL!!な写真が撮れるよ!!」

 

その後ジェイソンは何故か近くのゴミ捨て場に落ちていたそうな。

 

 

 

 

──Bチーム観覧席

 

 

見事勝利をもぎ取ってきたミラは悠々とBチーム観覧席に戻ってきた。

そんなミラを出迎えるBチーム面々。

まぁ、そんなBチームの顔複雑そうな表情をしているのだが。

 

「お疲れ様ですミラさん」

 

「何だかはしたない格好をたくさんしちゃった気がするわ……」

 

「一番エグかったのは最後なんだけどな…」

 

「俺は何かが削り取られた気がするぞ…」

 

「まぁこれで22ポイント。ナツ達のチームに並んで暫定トップってとこだな」

 

ラクサスの言葉に頷くBチーム。

ここまでの試合運びとしてとてと良い路線を突き進んでいる。

 

「しかし…ヌード掲載には驚いたぞ。それに即答したミラにもだがな?」

 

「ごめんね?でもね、(エネルギーチャージした私は)絶対に負ける気はしなかったの。許して♡」

 

「ハァ…まったく…仕方がないな」

 

てへっといった具合に可愛らしく微笑むミラを見て何も言う気を失ったリュウマは仕方ないと言いながら許した。

そしてリュウマはジュビアにグレイとはどうだった?と聞いてみたところ…

 

「はい!とてもいい感じにバッチリでした!グレイ様はリオン様からジュビアを取り返してくれました!その上お姫様抱っこまでしてもらってその後も──」

 

只管グレイとあったことを語るジュビアを見て、リュウマはそうかそうかと言いながらニヤリと悪そうな笑顔を浮かべた。

そんな黒い笑顔の意味を知っているラクサスとガジルは顔を引き攣らせていた。

 

何はともあれ…バトルパートはミラの勝利に終わり、一度地に堕ちた妖精は…観客達に綺麗な羽ばたきを魅せていた。

 

 

 

 

 

「ところでミラ。召喚した指輪が消せないのだが…その左手薬指に嵌めているのを返してくれ」

 

「ん~…い・や♡」

 

手を握って取られないようにしながらそう告げるミラに、リュウマは頭を抱えた。

 

 

 

 

 

このままだと大魔闘演武が終わる頃には誰かしらと結婚していそうだった。

 

 

 

 

 




これ書くの本当に時間かかりました…。
プロポーズの言葉はレベル低いかもですが…結婚していない私に求めないで下さい☆



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第四二刀  破門された少女 真夜中の襲撃

評価や感想お待ちしてます。

今回は過去最長です。
書くこと書いたら長くなりました…。

みんなユキノ好きすぎィ…!
ということで少しサービスを…。




 

 

ミラVSジェニーのバトルでフェアリーテイルが勝ったということで、観客席は大賑わいを見せている。

だがそれも当然のことなのだろう。

 

フィオーレに住む人々の中での共通認識とは、セイバートゥースこそ最強というものなのだから。

 

それが今やどうであろうか?

 

予選ではフェアリーテイルBがそのセイバートゥースを押しやって堂々たる1位通過。

競技パートでは2日続けて大それた順位や記録を残せなかったものの、バトルパートでは完勝続き。

 

ルーシィによる星の超魔法のパフォーマンス。

ミラとジェニーの元モデル同士の変則試合からの圧倒的な力によるミラの勝利。

そして、この大会だからこそ叶えることが出来た、聖十大魔道たるリュウマとジュラの白熱した闘い。

 

堕ちたはずの妖精の力強い羽ばたきは観客を魅了し引き込んでいく。

そしてついには…フェアリーテイルを応援する観客が大多数を超えた。

 

勿論のこと他のギルドを応援する声はある。

しかし…しかしだ。

 

最底辺の存在であった者達が…頂上に居座っていた者を喰い漁るとなれば…誰しもが胸を熱くはさせないだろうか?

 

それ故に今や大賑わいを見せてフェアリーテイルに大歓声を贈っていたのだ。

 

そしてこれから始まるのはセイバートゥースとマーメイドヒールとのこの日最後のバトルパートだ。

 

『さぁ!今日の残すところ最後の試合は…剣咬の虎(セイバートゥース)のユキノ・アグリアVS人魚の踵(マーメイドヒール)のカグラ・ミカヅチ~!!!!!』

 

『どちらも強いからねぇ、楽スみだよ』

 

『どっちも美人でCOOOOOOL!!!!』

 

カグラは美人であり沈黙的な性格からクールで凛々しいと世間から言われて週間ソーサラーで一押しの女魔導士である。

 

対するユキノはセイバートゥースに所属する女魔導士でありながら今大会に初出場…ということで観客からは期待する目がある。

 

そんな2人は闘技場の中心で互いに見合っている。

 

「よろしくお願いいたします」

 

「あぁ、こちらこそ」

 

ユキノが丁寧に礼をしながら挨拶をしたのでカグラも礼を返しながら言葉も返す。

それから直ぐに試合が始まるかと思われたが、2人は互いを見つめたまま動かなかった。

 

「…あなたからは私と同じ匂いがします」

 

「…奇遇だな。私も思っていたところだ」

 

2人は何かを相手から感じ取ったのかそう口にした。

そこでユキノから提案が出された。

 

「…前の試合からの流れに則り、私達も何か賭けましょう」

 

「…私は軽はずみな賭け事などしないが…今回に限ってはいいだろう。私が、いや…私達が賭ける()など決まっている」

 

リュウマに対して勝ったら結婚しろと言ったことを棚に上げながらそう口にするカグラに対し、ユキノは首を縦に振って肯定した。

 

2人が賭ける物…それは───

 

「私は──(コレクション)を賭けましょう」

 

「私は──(コレクション)を賭けるとする」

 

互いにギラリとした目つきで睨み合いながらそう告げた。

 

観客や実況席、他の選手達がその発言に驚愕している。

だがそれも当然と言えるものだ。

 

2人は()()()コレクションに命と魂を捧げているのだから。

 

そんな深読みが出来ていない観客やその他は、ただ普通に命そのものという不穏なやりとりをしているようにしか見えないのだから。

 

因みに、どこかの観覧席にいる男がこの時に悪寒を感じていたらしい。

 

『な、なんとも不穏な賭け事か決まってしまいましたが…2日目のバトルパート最終試合…開始!!!!』

 

実況席から開始の合図が上がり、2人は同時に後ろへと跳んだ。

己の宝物(コレクション)がかかっているために慎重になっているのだ。

 

緊迫した空気の中で先に仕掛けたのは…ユキノだ。

懐から金に輝く鍵…黄道十二門の鍵を取り出して掲げた。

 

「開け…双魚宮の扉・『ピスケス』!」

 

「あたしと同じ星霊魔導士…!?」

 

観覧席で自分と同じ星霊魔導士の存在にルーシィが驚いている中、呼び出された二匹の巨大な魚のよう星霊はカグラに向かって突進していく。

 

突進してきたピスケスを上空に避けることによって回避し、そのままピスケスの体の上を駆け出していくカグラ。

その姿に対する既視感に…誰もに見覚えがあった。

 

そう…ジュラとの戦いにて、岩錘の上を駆けたリュウマの姿によく似ていたのだ。

刀を持っているだけあって尚更そっくりだった。

 

そんなカグラを見てこれだけではダメだと悟ったユキノは更にもう1本の鍵を取り出した。

 

「開け…天秤宮の扉・『ライブラ』!」

 

出て来たのは踊り子のような格好をした美人な星霊のライブラ。

その美人さに観客も違う意味で盛り上がりを見せる。

 

「カグラ様の周りに超過重力力場を展開」

 

「了解」

 

「むっ…!」

 

ライブラが両の手に持つ天秤が光り輝いたと思うと、カグラの体に周りよりも10倍以上の重力がかかった。

 

体の上を駆けられていたピスケスが体を捻ったと同時、足場が無くなったことによって闘技場の地面へと猛スピードで落ちていった。

 

着地には成功したが、着地した地面は超過重力が上乗せされたカグラの荷重の着地に耐えきれず、陥没するように割れる。

 

だが…それでもカグラは立っていた。

 

「重力か。──私に重力系統の攻撃は効かん」

 

そして何ごともないかのように駆け出し始める。

それには流石のユキノも驚く。

何せ周りの重力を10倍以上にしているのに動いているのだから。

 

「私に重力魔法教えたのはカグラだからねぇ、カグラを舐めちゃあいけないよ!」

 

マーメイドヒール観覧席にいるリズリーが叫んだ。

競技パートの戦車(チャリオット)の時、戦車の側面を走るという芸当をしたリズリーが使うのは重力魔法。

そしてリズリーにその重力魔法を教えたのはカグラだ。

 

ここで気づく者もいるやもしれない。

その証拠にフェアリーテイルBチームではリュウマ以外の4人が気がついている。

 

何故ならば…ガジルとジュビアと自分を浮き上がらせる為にリュウマが使った重力魔法と同じだったから。

それも…ピスケスの上を駆けるカグラの姿、その姿とリュウマとの類似性。

これで気づかない訳がない。

 

「なるほど…私に開かせますか──13番目の門を…」

 

そう言って同じく懐から真っ黒な鍵を取り出した。

 

 

その鍵は世界に十二個しかないが故に強力な黄道十二門よりも更に…強大な魔力を秘めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

──フェアリーテイルBチーム観覧席

 

 

「13番目の門…?黄道十二門だから12個だけじゃなかったの?」

 

「恐らく蛇遣い座だろう」

 

何でも無いように答えたリュウマにみんなが視線を向けた。

 

「蛇遣い座の星座は黄道上にはない故に黄道十二門という括りでの意味では無いのだろう。しかし、強力な鍵という意味での13番目の鍵…という言い回しならば合っていると思われる」

 

「リュウマさんはそんなことも知ってるんですか」

 

「リュウマは物知りなのね」

 

「そんなことも知ってんだな」

 

「お前…頭いいんだな…」

 

「ガジルよりは良いと断言しよう」

 

「喧嘩売ってんのか!!」

 

リュウマの弄りを本気にしたガジルはジュビアが宥めて止めた。

そういう所の事を言われているということを…ガジルはまだ知らない。

 

「つーか、お前の動きに似てたが…カグラっつうのはお前と何か関係あんのか?」

 

「あぁ、隠すことでもないが、1年程彼奴の師匠というものをしていた。故に戦い方が似ていたのだろう」

 

「…本当にそれだけ?」

 

「そうだが…どうしてだ?」

 

「…ううん!何でも無いわ♪(どこか同じ匂いがするのよね…あとセイバートゥースのユキノって子からも少し…)」

 

ちょっと勘が鋭いミラだった。

そんなミラに、リュウマは心の中で冷や汗を流していた。

 

 

 

 

 

 

 

──闘技場

 

 

「開け…蛇遣い座の扉・『オフィウクス』!」

 

呼び出した途端に現れたのは…上空に長く且つ巨大な体をうねらせている機械的な体を持つ蛇であった。

その体から滲み出ている魔力は他の黄道十二門の星霊とはかけ離れていた。

 

それを見たカグラは…躊躇いなど無く、オフィウクスに向かって一気に駆け出した。

そして腰に差していた刀を鞘ごと引き抜く…。

 

「大きければ良いという訳ではない…それはただ単に的を大きくしたに過ぎない。怨刀不倶戴天──」

 

跳び上がったことによって目前に迫るオフィウクスに向かって鞘に納めた刀を構え──

 

「抜かぬ太刀の型・『三閃』」

 

巨大なオフィウクスの体を頭から尻尾までを三分割に斬り裂いた。

斬り裂いた後はユキノへと急接近し、抜かずの太刀で斬った。

 

「わ、私が…セイバートゥースが…負けた…?」

 

「貴様の(コレクション)は私がいただ…預かる。良いな」

 

「…グスッ…仰せのままに…(折角集めた私の…コレクションが…うぅ…)」

 

『勝者はマーメイドヒールのカグラ・ミカヅチーーー!!!!セイバートゥースのユキノを圧倒的な力で破り10ポイント獲得です!!』

 

『中々スごい戦いだったねぇ』

 

『どっちもCOOOOOOL!!COOOOOOL!!!COOOOOOOOOL!!!!今日は最高だったよ!!』

 

闘技場中に観客の大歓声が上がる中、勝負は決した。

2日目最後の試合はマーメイドヒールの勝利でセイバートゥースの敗北で終わったのだ。

 

 

この試合を別の場所から見ていたこの国の王国騎士長はユキノを…歓喜溢れる顔で見ていた。

 

「星霊魔導士がもう1人…!これで計画はより完全なものとなる…!!」

 

 

また別の場所にて、変装しながらクロッカスの街の中で、毎年感じる筈のゼレフに似た魔力を探していたジェラールは呟いた。

 

「おかしい…。2日目だというのにあの魔力の反応がない…どうなっているんだ…」

 

 

これにて大魔闘演武2日目は終了となる。

それと同時に運命の日まで静かに…しかし着実に近づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2日目が終了しての夜。

エルザとリュウマは、変装して街の中でゼレフに似た魔力を探していたジェラールと落ち合っていた。

リュウマは行かないと言ったのだが、エルザに無理矢理連れてこられた。

 

そして落ち合ってからジェラールが口にしたのは、ゼレフに似た魔力が未だに感知出来ていないというものだった。

 

「どういうことだ?」

 

「毎年感じていたのだろう?」

 

「…可能性は絞られる。人物ならばこの街にいないのか、この街にいるが魔法を使っていない。魔力の正体が装置などであった場合は装置が稼働してないか、魔力を外部に漏らさないようなフィルターのようなものがあるのか…」

 

「俺も主催者側に探りを入れてみる。ウェンディ達を攫おうとしていた王国側も気になるからな」

 

リュウマの言葉に2人は頷いた。

ジェラールには先程、ウェンディを連れ去られそうになっていたことを話しておいたのだ。

 

「いくら変装しているとはいえ、目立ったことはするなよ?」

 

「お前は指名手配されているし、この大魔闘演武には評議員も紛れている」

 

「分かってる。ここに来るとき、ウルティアに大分釘を刺されたよ」

 

ジェラールの言葉にリュウマとエルザはクスリと笑った。

 

「じゃあおやすみ、エルザ、リュウマ」

 

「うん」

 

「あぁ、おやすみ」

 

ジェラールは暗い街の中に溶けるように消えていった。

その場に残されたリュウマとエルザは、フェアリーテイルが先に宴会しているために戻ることにした。

 

「それにしても、良かったのか?」

 

「ん?何がだ?」

 

「…ジェラールと折角会えたのだ。もう少し話しておいても良かったではないか。見張りならば俺がやっても良かったというのに」

 

「いや、いいんだ。元々はこんな普通に話せるはずではなかったんだ、十分だ」

 

エルザはそう満足そうに答えるが、リュウマの目は…エルザに対して可哀想な子供を見ているようなものを宿していた。

 

「…やはり…気がついていないんだな」

 

「ん?どういう意味だ?」

 

リュウマの少しいつもと違う雰囲気を感じ取り、足を止めてリュウマを見る。

 

「…この際だから言っておこう。エルザ、お前が俺にしているのはただの穴埋めだ」

 

「…それはどういう意味だ。具体的過ぎて私には分からないのだが…」

 

リュウマは少し顔を俯かせ、頭の中で今言おうか言うまいかの選択をし、告げることを選んだ。

 

「いいかエルザ…お前が俺に対して想っているのは違う。先も言った通りただの穴埋めだ。お前はジェラールのことが───」

 

リュウマがいざ確信的なことを告げようとしたとき…

 

 

「やーーっと見つけたーー!!!!」

 

 

「「……っ!!」」

 

リュウマ達がいる所よりも高い位置から声が響き渡った。

それに驚き言葉を止めてしまう。

 

「貴様は誰だ」

 

「ウフフ…元気最強?」

 

フードを被っていて分からない相手に警戒を示すエルザだが、フードの人物の言葉を聞いてハッとした。

 

「お、お前は…ミリアーナ…か?」

 

「エルちゃん。久しぶり♡」

 

エルザの小さい頃に一緒に楽園の塔で奴隷をして、何時ぞやの楽園の塔の事件以来、時の呪縛も入れれば…かなりの間会っていなかったミリアーナだった。

 

ミリアーナは高い段差から飛び降り、着地と同時にエルザへと抱き付いた。

エルザもミリアーナを受け止めて抱きしめ返す。

 

「会いたかったよ…エルちゃん…!」

 

「わ、私もだ…!ミリアーナぁ…!」

 

2人は目の端に涙を浮かべながら強く抱き締め合って感動の再会を喜んでいた。

 

そこでエルザはリュウマがいることを思い出してミリアーナの肩越しに目を向けると…リュウマは優しく微笑んでおり、口元に人指し指を添えていた。

 

まるで俺のことはいいから、話してこいと言っているようだった。

 

ミリアーナはリュウマがかつて、一緒に労働していた仲間のトラであることを知らない。

あれはたまたまショウが気がついただけで、楽園の塔ではミリアーナと会っていなかったのだ。

 

それにショウには他の人に言わないようにと釘を刺しているために知られていないということもある。

 

リュウマはエルザとミリアーナに背を向けて帰って行った。

折角会えたんだから積もる話もあるだろうというリュウマなりの配慮だった。

エルザはそんなリュウマに心の中で感謝の言葉を述べる。

 

 

しかし──感動の再会により、先程リュウマが自分に何を言おうとしていたのか…エルザの頭からは既に抜けてしまっていた。

 

 

リュウマは暗く涼しい夜の街を散歩しながら小さく言葉を溢す。

 

「タイミングが悪かったか…。エルザ…お前は本当に穴埋めをしているに過ぎないんだよ…しかし…近々気づくだろう。その時俺は…いくらでも祝福しよう。()()()()()()()()()()

 

彼の言葉は静かに夜の街へと消えていく。

この言葉を影で聞いているような者も…ましてや偶然聞いてしまった…なんて者もおらず…本当に静かに溶けるように消えていく。

 

そんな中、彼の顔は珍しくも…悲しそうであった。

 

「…今日は満月か…()()()()こんな風な静かな夜によく見える満月が見えた。どれだけ時が経とうと…月は変わらないのだな…クカカ…らしくもない…さて、こっちに行ってみよう。こっちの方角に何かあると俺の勘が告げている」

 

まるで彼に対して語りかけるような月の光が照らす中、彼は街のいりくんだ道を迷い無く進んでいく。

 

空を見上げていた時に浮かべていた悲しそうな表情は消え、何時もの彼へと戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

リュウマが適当な道を歩いている同時刻。

再開を果たしたエルザは、ミリアーナからジェラールに憎しみを抱いていることを告げられていた。

 

そしてマーメイドヒール最強の魔導士であるカグラが持つ刀…。

不倶戴天という物騒な刀が、必ず殺すと決めた相手にしか抜かないと決めた怨刀であること…。

 

そしてその相手が…ジェラールであることを知った。

 

 

 

 

また別の所では、街の中を歩っていたナツとハッピーとルーシィの所にユキノが訪ねてきた。

 

最初こそセイバートゥースということで警戒していたのだが、ユキノは礼儀正しい姿勢でルーシィに話を持ち掛けたのだ。

 

内容は、自身が持つ2つの黄道十二門である天秤宮のライブラと双魚宮のピスケスを受け取って欲しいとのことだった。

 

ユキノは元々大魔闘演武が終わったら、自分よりも鍵のオーナーに相応しいルーシィに鍵を託そうと考えていたらしい。

しかし、肝心のルーシィはその申し出を断った。

鍵のオーナーはそう簡単に変えて良いものではないし、その黄道十二門はあなたのだと言って受け取らなかった。

 

話が済んだら早々にユキノは帰って行ったのだが、ナツとハッピーは夜の街を駆けていた。

最後まで礼儀正しく接していたユキノに対して、自分達の方が態度が悪かったから謝りたかったのだ。

 

そして走って追いかけること数分。

目的のユキノを見つけては頭を下げて謝った。

自分達は酷い態度をとったと告げて頭を下げるナツ達に対し、ユキノは涙を流した。

謝ったのに泣き始めてしまったユキノに焦る。

 

「何かあると思って来てみれば…夜の街で女を泣かせているとは…ナツ…」

 

「あれっ!?リュウマがいる!?」

 

「ちょっ…!?オレじゃねぇ!謝ったら泣き始めちまったんだよ!!」

 

「リュウマ様…?」

 

そしてそんなところに突如現れたリュウマ。

まるでナツが1人の女性を泣かせているような場面に来たために、ナツが泣かせたのかと思って目を細める。

 

目が冷たくなったリュウマにガクガク震え始めたナツだが、ユキノが待ったをかけてくれたのでホッとする。

 

「リュウマ様…ナツ様達のせいで泣いているのではないのです…」

 

「お前は…今日の試合でカグラと戦っていたユキノ…だったな」

 

ナツの方を見ていたので気がつかなかったが、女の方を見て初めて相手がユキノであることを知った。

それと同時に何故、セイバートゥースがこんな所にいるのかも疑問を感じた。

 

そんな彼の疑問に対して答えるようにユキノは話し始める。

 

「私が泣いていたのは悲しいのではなく、嬉しかったのです…私はこんなに気を遣われた事が無かったので…」

 

「…何故だ?」

 

今の一言で大体のことは察したリュウマだが、ユキノに話しの続きを促す。

ユキノは悲しみからなのか、地面へとへたりこみながら話し始める。

 

「…私は辞めさせられたのです…ずっと憧れていたセイバートゥースに去年…やっと入れたのですが…たった一度の敗北で辞めさせられたのです…」

 

その時点でナツは苦虫を噛み潰したかのような顔をする。

しかしユキノの話しは続いた。

 

セイバートゥース全メンバーがいる広場で裸にさせられ、自分の手でギルドの紋章を消させられたのだそうだ。

その間、他のセイバートゥースのメンバーは無関心を貫いていたのだそうだ。

 

「悪いけどよ…他のギルドの事情は分かんねぇ…けどよ、同じ魔導士としてなら分かるぞ…!辱しめられて…自分の手で紋章を消させられて悔しいよな…仲間を泣かせるギルドなんて…そんなのギルドじゃねえ!」

 

「ナツぅ…」

 

「仲間…」

 

「リュウマ!そいつ頼むな!行くぞハッピー!!」

 

「あいさーー!!」

 

ナツは怒りの表情でハッピーと一緒に何処かへと駆け出して行った。

 

「ハァ…勝手に行きおって…。もう辺りは暗い、送って行こう」

 

「あ…ありがとうございます…」

 

立ち上がらせるために手を伸ばし、ユキノは何故か分からないが顔を赤くさせながら手を掴んだ。

 

「宿は近いのか?」

 

「はい…ここから直ぐです」

 

とりあえずユキノを送って行くために歩き出す2人。

ユキノはチラチラとリュウマを…正確にはリュウマの手を見ていた。

 

「…?どうした、俺の手に何かあるのか?」

 

「あっ…えと…そ、その…」

 

その視線に気がついたリュウマは何かあるのかと首を傾げながら問う。

 

問われたユキノはほんのり頬を赤く染めながら、おずおずと手をリュウマに差し出す。

 

「あの…て、手を…握ってくれませんか…?」

 

おずおずと手を出しながら頬をほんのり赤く染め、恥ずかしそうにしながらも上目遣いで聞いてくるユキノに、リュウマは思わずドキリとした。

 

「…っ…あぁ…構わないが…」

 

「あっ…ありがとうございます…///」

 

ユキノは手を握ってくれたことから嬉しそうにはにかみながらお礼を言った。

 

その後2人は手を繋ぎながら夜の街を歩ってゆく。

 

身長が182と普通の人よりは大きいリュウマは、もちろんのこと足も長い。

鍛え抜かれ、極限まで引き締められたその体は…まさに黄金律の調和を持っている生ける彫刻のようだ。

 

そうなれば必然的に身長が違うユキノと歩幅が合わないはずなのだが、ユキノはとても歩きやすく歩くことが出来ていた。

 

こっそり足下を見ると、彼はユキノの歩幅に合わせながら歩ってくれていた。

 

そんな彼のさり気ない優しさがとても嬉しく感じた。

 

セイバートゥースを辞めさせられたのは確かに悲しいが、今の状況は自分にとってはお釣りが出てくる程の嬉しい状況だった。

 

「あの…リュウマ様…」

 

「ん?どうした」

 

「リュウマ様は昔に出られた週刊ソーサラーのモデル仕事は、もうなさらないのですか?」

 

「……あれか…」

 

突如の質問に答え辛そうにする。

それはそうだ、少し撮って終わるはずが…完全カラーで表紙にデカデカと載せられ、あまつさえ中のほとんどがリュウマの写真だったのだから。

 

ユキノは7年前、その週刊ソーサラーに出ているリュウマを見て憧れていたのだ。

他のモデルの人は全員カメラ目線なのだが、リュウマだけは恥ずかしそうに、それに不服そうにしながら撮られていたのだから。

 

それを見て…

 

「あ…この人、他の人達と違うし…格好いいなぁ」

 

と思うのは当然だった。

 

いつの世も、小さい頃は年上のお姉さんやお兄さんには憧れを抱くのだ。

ましてや、相手は大陸に認められた優れた魔導士…聖十大魔道の内の1人。

憧れるなという方が無理な話しだ。

 

「あれは色々あって一度出ただけだ。恐らくもう一度出ることはない。…今も声をかけられるが…。お前はあの雑誌を読んだのか…」

 

「はい!私は当時まだ10と少しだったのですが、その時に写真集で見たリュウマ様のお姿がとてもかっこよくて…!当時は何か落ち込むようなことがあるとリュウマ様の写真集を見て自分を優しく慰めてくれるリュウマ様を妄想───ハッ!?」

 

ここで漸く自分が誰に誰の話をしているのか気が付いた。

それも少し自分の恥ずかしい事まで…。

 

ギギギと錆びたブリキ人形のように首を曲げて隣のリュウマを見る。

 

「ぅ…ぁ、あぁ…役にたっていたのならば…撮って良かったというものだな…うむ」

 

ユキノから顔を背けてそう口にしているため顔は見えないが、チラリと見えた耳が真っ赤であることから、顔が真っ赤であることが窺えた。

 

「ふ、ふぁい…へ、変なこと言って…すっ…すみませんっ」

 

そして、顔が真っ赤になっているリュウマにつられてユキノも顔を真っ赤にした。

 

「い、いや良い。高々写真程度だ、気にするな」

 

「あ…ありがとう…ございます」

 

2人は互いに顔を少し背けながら会話をする。

しかし…繋いでいる手は最初からずっと離していなかった。

 

片や極度の緊張と羞恥、片や多大な羞恥から手汗をかいてしまっており、繋いでいる手は手汗がすごかった。

 

それでも、2人は何故か離さなかった。

 

そんな何とも言えない空間を作り出しながら歩くこと数分後、ユキノが取ったという宿に着いた。

 

「ここまで送っていただきありがとうございました」

 

ユキノは名残惜しそうに…本当に名残惜しそうに繋いでいる手を離した。

 

「気にするな、夜の街を1人で歩かせたくなかっただけだ。…ではな」

 

「あっ…お待ち下さい…!」

 

ナツ達の所へ向かおうとしたところ、呼び止められたので振り返った。

呼び止めたユキノは玄関の前でモジモジとしながら、何処から取り出したのか色紙とペンを持っていた。

 

「あの…良ければでいいのですが…サインを下さいませんか…?」

 

「クカカ…サインだな?良いぞ」

 

頭の中では断られませんように…!と連呼しながらのお願いだったのだが、リュウマは優しく微笑んで軽く了承した。

ユキノはOKを貰えたことにぱあっと嬉しそうな表情をした。

 

リュウマは慣れた手つきでサインを書き上げて色紙をユキノへと返す。

とうとう手に入れる事が出来たリュウマのサインに感激し、本当に大事そうに胸元で抱き締めながらお礼を述べた。

 

「ありがとうございます…!家宝にします…!」

 

「うむ、家宝は言い過ぎだな」

 

嬉しそうにするユキノを見てから、もう良いだろうと思ってリュウマは踵を返してその場から去っていく。

 

その後ろ姿を見ていたユキノは頭の中で一瞬の思考をした。

 

──リュウマ様に手を握っていただき、サインも貰った。これ以上を求めたらバチが当たりそうだけど…頑張れユキノ…!こんな機会は滅多に来ないのよ…!うっ…うぅ…!い、行っちゃえぇぇ…!!

 

ユキノは後ろ姿…自身に背を向けているリュウマに向かって駆け出して行く。

その足音に気が付いたリュウマは再度振り返った瞬間…

 

──ぽすんっ

 

自分の胸元にユキノが抱き付いてきたので慌てて身動ぎ(みじろぎ)するが、ユキノはそんなリュウマの背に腕を回して服をきゅっと掴んで離れないようにした。

 

「な、なんだ…どうし──」

 

「リュウマ様、ここまで送っていただき、手を握っていただきありがとうございました…嬉しかったです…お、おやすみなさいっ」

 

至近距離から赤くなった顔でニコリと微笑んだユキノに固まった。

そこでユキノも流石に我慢の限界だったのかサッと離れて猛スピードでホテルへと帰って行った。

 

そんな後ろ姿を見ていたリュウマは少しの間固まっていたが、再起動した。

 

「…………………柔らかかったな…あ……ナツ達を追いかけよう」

 

ついつい言葉を溢してしまったことにしまったと思い、誰かに聞かれていないか周りを見渡し、誰も居ないことにホッとしてからナツ達を追いかける為に縮地を使い、その場から一瞬にして消えた。

 

 

 

一方部屋に急いで帰ったユキノは…ベッドの中で悶え転げていた。

 

「~~~~~~っ!!!!や、やってしまいました…!抱き付いてしまいました…!」

 

やり遂げたは良いが、いざ先程までの光景を思い出すと恥ずかしくて仕方なかった。

 

「で、でも…体すごい逞しかったし…すごい良い匂いが…ハッ!?」

 

そしてまた思い出して悶え転げるというやりとりを繰り返すこと10度。

やっとのことで落ち着きを取り戻した。

 

「…今日は色々あって疲れました…。今日のところはもう寝ましょう…おやすみなさい…リュウ…マ…様…──」

 

リュウマから手ずから書いて貰ったサイン入りの色紙を大事そうに抱えながら眠りについた。

直ぐ眠ってしまったことから、今日一日の疲労が大きかったということが分かる。

 

 

 

 

この時…ナツとリュウマがセイバートゥースの拠点を襲っていることをまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──剣咬の虎(セイバートゥース)の宿・クロッカスガーデンにて

 

 

みんなが寝静まる中、セイバートゥースの宿を大きく揺るがす轟音にセイバートゥース全メンバーが目を覚ました。

スティングやローグなども飛び起きて相棒のレクターやフロッシュと一緒に駆け出した。

 

「侵入者だ!!」

 

「侵入者だと!?セイバートゥースの全メンバーがいる宿だぞ!!一体何者だ!?」

 

「分からん…だが、ここから生きて帰る気はないんだろうな…」

 

騒ぎの原因たる広場へと辿り着いたスティングとローグが見た光景は──

 

「テメェ等のマスターはどこだコラァァァァァァ!!!!」

 

セイバートゥースの雑魚兵を次々となぎ払い、吹き飛ばしながらマスターを探し回るナツの姿であった。

 

「間に合っ…てはないな…ハァ…」

 

そして次に声が聞こえた所に目を向ければ、分からない者はいないであろう人物…リュウマが破壊された扉の所に立っていた。

 

「このワシに何か用か、小童共」

 

ナツが派手に入ってきた時の騒ぎを聞き付け、セイバートゥースのマスターであるマスター・ジエンマが姿を現した。

ナツは現れたジエンマを睨み付け…

 

「たった1回の敗北でクビだって?アァ?随分気合いはいってんじゃねーか───じゃあお前もオレに負けたら…ギルド辞めんだなァ!!」

 

ナツとリュウマの2人を前にして、セイバートゥースの大会出場メンバー達は驚きを隠せないでいる。

 

しかし…ナツの叫びを、ジエンマは興味ないとばかりに無視し…リュウマの方へと顔を向けて言葉を投げた。

 

「ふむ、昨日の貴様の試合…実に見事であったわ。貴様のその力は我がギルドにこそ相応しい。そんなゴミのようなギルドなんざ辞めてセイバートゥースへ来い」

 

ジレンマの上から目線の勧誘にナツが怒り狂って殴りかかろうとするが、リュウマが手を上げて止める。

 

「クカカ……貴様のギルドに入っていた()()()()は貴様等の前で裸にされる辱めを受け…己の手でギルドの紋章を消させられた。…それを強要した貴様とそれを黙って見ていたその他塵共に過ぎん奴等がいるギルドに俺が入るだとォ?フンッ…冗談も程々にせよ───俺は綺麗好きなんだ」

 

俺はお前達のような汚れた連中と一緒の空間にいたくない…ということだ。

言葉の意味を理解したセイバー全メンバーは怒り狂う。

もっとも、リュウマは態と怒らせるように言ったのだが。

 

「自分のギルドの仲間を…仲間とも思わねぇ奴は許せねぇんだよ…!」

 

「貴様等のような者を見ているだけで反吐が出る」

 

──まさか、ユキノのことを言っているのか…?

 

──アンタ等には関係ねえだろ…!そんな事で乗り込んでくるかよフツー!!??

 

ローグとスティングや他のメンバー達は、リュウマ達が一体誰のことを言っているのか察しがつき、内心驚いている。

しかし、当の本人たるジエンマはユキノに対して全く興味なかったのか首を傾げている。

 

それを見たナツは完全にキレて、ジエンマへと殴りかかった。

 

「ドーベンガル、相手をしてやれ」

 

「お前はジエンマの方に行け。他の奴等は俺がやる」

 

ナツはリュウマの言葉に頷き、ジエンマへと走っていった。

ジエンマに命令されたドーベンガルはナツから標的をリュウマに変える。

 

「無理ですよ!ドーベンガルはウチのギルドで10番目に───」

 

「『眠れ』」

 

走り寄ってきたドーベンガルに言霊を使い眠らせた。

走っている途中であったドーベンガルはそのまま倒れながらも引き摺られるように進み、リュウマの足下まで来た。

 

「──10番目に…なんだと?良く聞こえんぞ」

 

足下にいるドーベンガルを一瞬見てから視線を外して足を振り上げた。

そして…

 

「ほれ、返すぞ」

 

──バキャッ…!

 

ドーベンガルの顔を蹴り抜いてセイバーが固まっている所へ向かって蹴り飛ばした。

 

蹴り飛ばされたドーベンガルは顔が見るも耐えない状態になりながら吹き飛んで、メンバーを数十人巻き添えにして止まった。

 

あまりの非道な攻撃手段に顔を青くさせた。

しかし、ジエンマがいる以上敵前逃亡など以ての外。

 

後退すれば地獄、進めば殲滅。

 

既にセイバーは追い詰められていた。

 

「そら、さっさとかかってこい。今だけならば骨折程度で済ませてやろう」

 

目前のセイバーに向けている人指し指をクイッと曲げて挑発しながらニヤリと嗤った。

 

「ち、調子に乗ってんじゃねぇぇぇぇ!!」

 

「数で押せぇ!!!!」

 

大会メンバー以外のメンバーの内、20人程の人間がリュウマへとけしかけていく。

だが所詮は雑魚兵に過ぎず、手刀一撃を首に叩き込まれ…皆等しく床へと沈んでいく。

 

「オオォォォォラアァァォァ!!!!!」

 

その中で一際筋骨隆々の男が猛スピードで迫り、リュウマに手を伸ばした。

伸ばされた手を握り返してその場で力による力勝負になる。

 

「ムウマはセイバーで一番の怪力なんですよ!お前の腕なんか直ぐに折っちゃいますよ!」

 

レクターがリュウマと力勝負をしているムウマという男について自慢話のような解説をするが、ムウマの様子がおかしかった。

 

「ふっ……グッ…オォォォ…!!!!」

 

「…なんだ。一番の怪力は()()()()なのか?」

 

ムウマが顔中から汗を滝のように流しながら腕にありったけの力を籠めている。

その証拠に、丸太のように太い腕には青筋が浮かび上がっている。

 

それでもリュウマには遠く及ばない。

 

そもそも、ありとあらゆる武器を使いこなすリュウマに腕力及び力が無いわけが無い。

封印を施していることもあって、出せる力なんて全盛期に比べれば雀の涙…無いにも等しい。

 

だが、それでも…他の人間にとっては規格外もいいところであった。

 

リュウマは指にゆっくりと力を入れていく。

それに伴いムウマの手からはミシミシと音を立てていく。

 

「ぐっ…アァアアァアアァアァアアァアア!!!潰れるゥアァアァァアァ…!!!!」

 

「ハァ…最近溜め息が多くなった気がするぞ。そこまで力を入れていないというのにもうダメか。ならば──失せろ」

 

「ガッ…!?あァ…───」

 

その場で腕を自身に向かって引っ張ることで勢いをつけ、腹に蹴りを入れた。

蹴りは鳩尾に綺麗に入り、大男であるムウマは白目を向いて気絶した。

 

「…で?次は誰だ?一人で来るのが恐いならば…全員一斉に来ても良いぞ」

 

徒手空拳に構えながらそう告げた。

本来舐めきっている発言故に激昂して殴り込むところだが、一歩が踏み出せない。

 

踏み込んだら駄目だ…早く逃げろ…と、人間に残された原始的な本能が叫んでいた。

 

 

リュウマが次々と雑魚兵を倒していっている中で、ナツはジエンマの目前へと躍り出ていた。

 

そこでスティングがナツに対応しようとするが、ジエンマがスティングを下がらせ、ナツと相対した。

 

ジエンマの強い魔力の衝撃によって一度吹き飛ばされそうになるが、足を踏み込んで耐えた。

至近距離にいるので拳に炎を纏わせ、ジエンマに火竜の鉄拳による連撃を叩き込んだ。

 

マスターであるジエンマにダメージを与える光景をセイバーは呆然としながら眺めていた。

 

「ウオォォォォ…!!モード・『雷炎竜』!!」

 

「図に乗るな小童めが…!!」

 

ナツが体中に炎と雷の魔力を漲らせ、己の物とした雷炎竜モードとなり、ジエンマも魔力を溜めて攻撃へと移った。

 

「『雷炎竜の撃鉄』!!!」

 

「何ッ…!?」

 

しかし、ジエンマの攻撃はナツの強力な一撃によって掻き消されながら自身へと迫り、余波だけだというのにも関わらず宿の一部を爆発で吹き飛ばした。

 

空いた穴から入ってきた風によって爆発による塵煙が晴れる。

するとそこには…一人の女が片手をナツに、片手をジエンマへと向けて()()()立っていた。

強力なナツの攻撃をどうやってかこの女は打ち消したようだ。

それだけで高い実力の持ち主であることが分かる。

 

「ミネルバ…!?」

 

「お嬢!!」

 

間に割って入った女は、マスタージエンマの実の娘であるミネルバであった。

ミネルバはナツとリュウマを見てから提案を持ちかけた。

 

「今宵の宴もここまでにしまいか?」

 

「ア″ァ?」

 

「このまま続ければ父上が勝つのは確実…。だが、大魔闘演武に出場する選手を殺したとなればセイバートゥースたる妾達に立つ瀬がない。ここは1つ妾の顔に免じて引いてはくれんか、さすれば此方の部下がやられたことは口外せず不問にしよう」

 

「ふざけんじゃねぇ!!誰がそんな提案呑むか!!」

 

ナツは直ぐさまミネルバに反論するが、ミネルバは意地悪い表情を作り、何処からかハッピーを取り出した。

 

「これでもか?」

 

「ナツぅ…オイラ捕まっちゃったよぉ…」

 

「ハッピー…!!」

 

ナツはハッピーが囚われていることに顔を顰めて悔しそうな顔をした。

 

「…引くぞナツ」

 

「あぁ、分かってる…これ以上は無理だ」

 

ナツは取り返したハッピーと一緒に出口へと向かって行った。

リュウマはナツに続いて出口へと行く前にミネルバへ向かって斬り殺されるところを幻視してしまいそうな殺気と視線を向ける。

 

それに対してミネルバは妖艶な笑みを浮かべてリュウマを見返していた。

その殺気はレイヴンテイルの面々を緊急気絶へ持ち掛ける程のものであるのに関わらず平気そうだ。

 

「フフフ…そのような熱い視線を送ってくれるな。妾の体がゾクゾクしてしまう」

 

「…フン」

 

今度こそ踵を返し、ナツとハッピーと共に出口へ向かって行った。

すると、背中にジエンマとミネルバの声が掛かった。

 

「なかなか骨のある小童共だ」

 

「大魔闘演武にて決着をつけようぞ…思う存分と…な」

 

「お前らなんかには負けねぇよ。つーかオレ達には追いつけねぇ」

 

「貴様等は痛い目を見るだろう。その時まで…精々覚悟しておくが良い」

 

ナツとリュウマはセイバートゥースに向かってそう言い残し、さっさと宿を去って行った。

 

ローグはリュウマ達が言っていた仲間…という言葉について自分なりに考える。

スティングは、小さい頃に憧れたかつての自身の目標であるナツがこんなにも強かったとは…と心の中で歓喜していた。

 

「フフフ…フェアリーテイル。面白い。リュウマという男もいい男であった。それにユキノの代わりも必要…か。ここは1つ…妾も遊ばせてもらおうか」

 

 

 

 

今ここに…剣咬の虎(セイバートゥース)の真の最強が出揃った。

 

 

 

これからもたらすのは…一体何か。

 

 

 

フィオーレ1に輝くのはまたもセイバートゥースか…

 

 

 

または復活を遂げたフェアリーテイルか。

 

 

 

 

 

      結末はまだ…分からない

 

 

 

 

 

 




甘っっっっっっったるい!!!!!

か~ら~の~…

少し戦闘…!!

なんかよく分からない愉悦…!

以上でした。

ユキノにキュンキュンきた人はちゃんと報告しなさい?笑笑
因みに、書いた私も想像してキュンキュンきました。



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第四三刀  伏魔殿 解放せし第四の門

いざウェンディとシェリアのとこ書こうとしたら、その前にエルザと測定機あるやん…!
ということで出鼻挫かれました。

お楽しみ頂けると嬉しいです。

あと、もう封印の仕様が理解できる筈です。

余談ですが見ていてつまらないという感想をいただきました(涙)
やはり文才でしょうか…




 

 

ナツとリュウマがセイバートゥースの宿を襲って一夜が明けた。

 

ユキノは朝早くから既に泊まっていた宿から出発しており、手には荷物を多く入れられるキャリーバッグを持って移動している。

 

「おい、聞いたか?」

 

「昨日のことだろ?」

 

「あ?何のことだよ?」

 

ユキノが目的地へ向かっている途中、道中を歩っていた男の3人組が話していた。

本来ならば気になることではないのだが、話の内容が気になった。

 

「セイバートゥースの宿が夜、何者かに襲われたらしいぜ?」

 

「はぁ?セイバーに喧嘩売るとか…一体どこのバカだっつうの」

 

セイバートゥースが昨日の夜襲われたと聞いてつい、足を止めて盗み聞きしてしまう。

 

「さぁな。ま、場外乱闘なんつーのはいくらでもあんだし気にすることでもねぇよ」

 

「折角の祭りなんだからもっと派手にやりゃぁいいのによぉ!」

 

そんな話をしていく男達は笑いながら過ぎ去っていった。

 

──ナツ様…リュウマ様…?

 

顔を上げ、今はもう始まっているであろう闘技場…ドムス・フラウへと視線を向ける。

 

「……ふふ。まさか…ね」

 

彼女はまたゆっくりと歩き出した。

 

そんな彼女の足は…何故か分からないがとても軽そうに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───闘技場・ドムス・フラウ

 

 

大魔闘演武3日目となり、まず最初に開催されるのは競技パートだ。

1日ずつゲストが変わっていく大魔闘演武で、この3日目にゲストとして招かれたのはラハールだった。

 

ラハールとはナツ達も面識がある。

どの時かと言うと、オラシオンセイスとの戦いが終わってジェラールを拘束しに来た検束部隊の隊長がラハールだったのだ。

そんなラハールは実況席で紹介されている。

 

『大魔闘演武もいよいよ中盤戦の3日目に突入です』

 

『今日はどんな戦いを見せてくれるんだろうね』

 

『そんな今日のゲストは魔法評議院よりラハールさんにお越し頂いてます』

 

『よろしくお願いします』

 

『ラハールさんは強行検束部隊大隊長…ということですが』

 

『えぇ、大会中の不正は許しませんよ』

 

彼の物言いに観客も笑い、場が暖まった。

ラハールが無理矢理連れて来たため、観客席にはドランバルトもいる。

名前で分からない人にはメスト…と言えば分かるはずだ。

 

『3日目の競技パートは伏魔殿(パンデモニウム)で参加人数は1人です!』

 

実況で言われたので、各ギルドの選手達は人選していく。

 

 

───フェアリーテイルAチーム

 

 

「よし、私が行こう」

 

「頑張ってねエルザ!」

 

「ファイトです!」

 

「オレを出せぇぇぇぇ!!!!」

 

「うっせぇなテメェはよ」

 

「んだとコラァ…?」

 

「うっせぇっつったんだよ」

 

「「………ぶっ飛ばす!!」

 

「ハァ…あんたらは…」

 

「あはは…いつも通りですね…」

 

 

フェアリーテイルAからはエルザ・スカーレットの選出。

 

 

 

 

 

───マーメイドヒール

 

 

「エルちゃんが出るなら私に行かせてカグラちゃん!」

 

「うむ、許可しよう」

 

「頑張っておいで」

 

「うん!」

 

 

マーメイドヒールからはミリアーナの選出。

 

 

 

「負けないよ~?エルちゃん!」

 

「…あぁ」

 

昨日の夜にジェラールに対する復讐心で人が変わったように豹変したミリアーナを思い出し、少し感情的になってしまうエルザ。

 

しかし気持ちを入れ替えて頬をパン!と叩いて気合いを入れ直す。

 

因みにAチームではウェンディ以外がミリアーナのことを知っているため、マーメイドヒールに入っていたことに驚いていた。

 

 

 

 

 

───レイヴンテイル

 

 

「評議院の前だ、余計なことをするなよオーブラ」

 

「……(コクン)」

 

 

レイヴンテイルからはオーブラの選出。

 

 

 

 

 

───ブルーペガサス

 

 

「天馬からは僕が行こう」

 

「「「「キャーーーーーーー♡♡♡♡」」」」

 

観客席では女性の黄色い歓声が飛び交う中、ブルーペガサスからはヒビキ・レイティスの選出。

 

 

 

 

 

───クワトロケル…パピー

 

「わ、ワイルドォ…?」

 

「「「フォーーー……」」」

 

「ぱ…パピー…」

 

仔犬という名前に涙を流した。

 

 

クワトロパピーからはノバーリの選出。

 

 

 

 

 

 

────セイバートゥース

 

 

「オレが行く。全員オレの黒雷のチリにしてやる」

 

「競技が何なのかまだ分からんのにか?」

 

「フフ…」

 

「(勝手にやってろ。ナツ・ドラグニルが出て来ねぇなら興味ねぇ)」

 

「……。」

 

 

セイバートゥースからはオルガ・ナナギアの選出。

 

 

 

 

 

 

───ラミアスケイル

 

 

「ジュラさんが出るの?」

 

「オババの命令じゃ仕方ない」

 

「靴下ぁ…」

 

「新しいの買えよ…」

 

「うむ、ワシに任せておけ」

 

 

ラミアスケイルからはジュラ・ネェキスの選出。

 

 

 

 

 

 

───フェアリーテイルBチーム

 

 

「クカカ…この競技パートは俺が行こう」

 

「頑張ってねリュウマ!」

 

「応援してますね!」

 

「オレに出させろォォ!!」

 

「お前はもう出ただろう?…アレに」

 

「納得出来るか!?」

 

「オレはパスだ」

 

「満場一致だな」

 

「ふざっけんな!!」

 

 

フェアリーテイルBからは…リュウマの選出。

 

 

 

 

各それぞれの選手達は闘技場へと集まり、挨拶をしていく。

 

「リュウマ…お前が出るのか…」

 

「あぁ、よろしく頼むぞエルザ?」

 

競技の内容が決まったわけではないのに、何故か負ける所しか想像できないエルザだった。

 

「リュウマ殿。今日はよろしく頼みますぞ」

 

「む、ジュラか。此方こそよろしく頼む」

 

握手をする2人は仲が良さそうだ。

そんな中、昨日は諸事情により休暇を貰っていたカボチャ頭のマトー君が現れて説明をしていく。

 

「それではこれから伏魔殿(パンデモニウム)の説明をさせていただきます…カボ」

 

マトー君がそう言い終わると、闘技場に地響きがして大きく揺れ始めた。

揺れと同時に空で巨大な魔法陣が現れる。

 

「こ…これは…!」

 

「すっ…ごぉい…」

 

その中から少しずつ姿を現したのは…まさに巨大な神殿だった。

 

「邪悪なるモンスターが巣くう神殿…伏魔殿(パンデモニウム)

 

「でっかーーー!!??」

 

「モンスターが巣くうだと?」

 

「そういう設定です…カボ。ただの」

 

モンスターが巣くうというところに反応したジュラに設定と言った。

しかし、外見は完全にそういう感じの雰囲気を出している神殿だった。

 

「この神殿の中には100体のモンスターがいます」

 

マトー君のその言葉に観客がざわめき出す。

それはそうだ、モンスターがもし仮に逃げて観客席に来たら抗う術が無いのだから。

 

「…と言っても我々が作り出した魔法具現体。皆さんを襲うことはありませんカボ」

 

と言う言葉にホッとした。

それを余所にマトー君はパンデモニウムの説明を続けていく。

 

神殿内にいるモンスター達には全てランク付けがされている。

モンスターはD・C・B・A・Sといった具合だ。

 

それとランク付けに伴い、ランクごとにモンスターの戦闘力も違うそうだ。

もちろんのこと、Sが一番強い。

 

数は、Dが50体、Cが30体、Bが15体、Aが4体、Sが一体だ。

 

「Dクラスのモンスターがどれ程の強さを持っているかと言いますと…」

 

マトー君が空を指さすと映像ラクリマによるスクリーンが現れ、中にいるDクラスのモンスターが映し出された。

 

モンスターは壁際に置かれた高さ5メートル程の石像に突進し、いとも簡単に破壊して見せた。

 

そこで映像の中に、凶悪そうな外見を持つモンスターが勢揃いする。

 

「あ~んなのやこ~んなのより強いのが100体うずまいているのがパンデモニウムです…カボ」

 

観客席はとっくにシーンと静まり返っていた。

 

マトー君が言うには、クラスが上がるごとに戦闘力が倍々になっていくらしい。

それから想像すると、Sクラスがどれ程の強さなのか分からなくなってしまう。

 

「因みに、Sクラスのモンスターは聖十大魔道といえども…倒せる保証はありません…カボ」

 

「ム…」

 

「ほう…?」

 

マトー君の言葉にジュラが眉をぴくりと動かして反応し、リュウマが感心した風に頷きながらギラリと目を鋭くさせて嗤う。

 

この時隣にいたノバーリがヒッ…!と声を上げた。

 

マトー君の説明は続く。

 

選手達には決めた順番によって戦うモンスターの数を選択する。

それを挑戦権という。

 

例えば5体のモンスターを選択するとしよう。

すると神殿内にはモンスターが5体出現する。

 

この5体のモンスターを撃破した場合はその選手には5点が入り、次の選手は残り()()()()()()()()()()()挑戦権を選ぶ事になる。

 

それを終わるまで繰り返していき、モンスターの数が0又は選手達の魔力が0になった時点で競技は終了となる。

 

聞いただけでは難しそうに思わないが、先程のことを思い出してほしい。

 

モンスターにはランクが存在する。

 

そして挑戦権によって出現するモンスターのランクは全てが()()()()

 

1体選ぼうが5体選ぼうが、どれもランダムで出現するのだ。

 

つまり、如何にSクラスと当たらないかという点に戦略が必要だということだ。

 

まぁもっとも、特定の選手達はそんなもの関係ないのだが。

 

話は戻り、ポイントはモンスターのクラスに関係なく、倒した数によってポイントが入る仕様だ。

一度神殿内に入ってしまえば出ることは出来ず、挑戦を成功させるかやられるかしないと出れない。

 

神殿内でダウンしてしまった場合は今まで自分の番で獲得した点数はそのままに、その順番での撃破数は0としてリタイアとなる。

 

例えば、1巡目に5体倒して5ポイント手に入れた。

しかし2巡目に3体の挑戦権を使用したが、倒せずやられてしまった。

 

そこでのポイントは1巡目に倒して手に入れた5ポイントで、2巡目に手に入れるはずだった3ポイントは0となり、そこで終了。

総ポイントは5…ということだ。

 

欲張って多数出現させると高ランクが出てくるし、欲がなさ過ぎると他に遅れをとる。

 

肉体的強さのみならず、度胸に運、頭脳戦などといった物が交ざった難しい競技だ。

 

「それでは皆さん。クジを引いて下さい」

 

マトー君が持ってきたクジが入った箱に手を伸ばしていく。

リュウマも手を伸ばすが、今手を伸ばしているクジが絶対にいい順番なのは直感で分かっていた。

 

なので意気揚々と引っこ抜こうとして──

 

「おっと。お前が引こうとしたクジは…私が引かせてもらおう」

 

あと少しといったところでエルザに取られた。

その後仕方ないといった具合に溜め息を吐いて残ったクジを引いた。

 

 

 

 

          8番

 

 

 

 

直ぐにエルザの方へ向き直ると、エルザが手にしていたクジが見えた。

 

 

 

 

          1番

 

 

 

 

エルザは冷や汗をダラダラ流しながらリュウマに謝った。

 

「すっすまんリュウマ!まさか1番最後になるとは…」

 

「いや…いい。これも運だとしよう…うむ」

 

それでもジロリとエルザを見ることはやめない。

実は聖十大魔道が倒せるか分からない…と、言わしめたSクラスのモンスターが出てくると聞いて少し…いやかなり期待しており…

 

  1回に100体全部出そうとしていた。

 

そんな何気ない計画も無駄に終わったが。

 

何故終わりなのか?自分の番で残りの全部出せばいい?

 

彼はとっくに察している…

 

「リュウマにはすまないが…この競技はクジ運で全ての勝敗が決まってしまうな」

 

「え?クジ運で?い、いや…どうでしょう…戦う順番よりペース配分と状況判断力が大切なゲームかと…」

 

フェアリーテイルのエルザ・スカーレットが…

 

「いや…これは最早ゲームにならんな」

 

「…はい…?」

 

必ずや…

 

 

 

 

「100体全て私が相手をする。挑戦権は100だ」

 

 

 

 

100体全部を相手にするということを…。

 

 

 

 

エルザの言い放ったその言葉に…闘技場内は騒然とした。

1人1人が数を指定していくゲームだというのに、1人でその全てを相手してみせるといったのだから…。

 

「む、無理ですカボ!1人で全滅できるようには設定されていませんカボ…!!」

 

「構わん」

 

そう言って早速パンデモニウムの中へと入って行った。

 

パンデモニウムは挑戦権を100ということで100体全てが出現する。

彼女は天輪の鎧へと換装し、周りに多数の剣を従える。

 

エルザはあの時に、ある男に言われた事を思い出す。

自分は多数の敵を相手にする時、天輪の鎧を使う節があると。

 

そしてその天輪の鎧をただ使うのでは勿体ないと言った。

そして教えてくれたのは…天輪の鎧で使うことの出来る多数の武器を…相手の情報を得るためだけに使うというものだ。

 

───こんなに早く実践することになるとは…感謝する…!

 

「『天輪(てんりん)繚乱の剣(ブルーメンブラット)』!!」

 

かなりの数の剣達を周囲へと拡散するように放った。

 

それによってやはり反応が様々だ。

 

ランクが低いのは当たって数十匹が砕けて消えた。

 

他のランクの内、硬さに自信があるモンスターは動きもせずその場で当たりながらも凌ぐ。

 

他にも剣を直接殴って攻撃を逸らして回避するのもいれば、素速い動きで剣本体を避けるモンスターもいる。

 

それ等全てを見て観察し、自分が持つ鎧の中でどれでどれを対処すればいいのか計画を立てていく。

 

「換装!『黒羽の鎧』!」

 

一撃を与えるごとに攻撃力を上昇させる黒羽の鎧へと換装し、剣をその身で防いた硬いモンスターの元まで飛んで斬り裂いた。

 

 

 

その後も次々とモンスターを破壊していくエルザを見て、フェアリーテイルの応援席では大盛り上がりを見せていた。

 

その中でロメオが一斉に全部破壊しようとしたのか問うと、メイビスがそれぞれの能力や特徴を調べたのだと補足した。

 

「素早い判断力…それを支えるだけの高い精神力…とてもすばらしい魔導士ですね」

 

メイビスはそう言って楽しそうにパンデモニウムを見つめた。

 

 

 

メイビス達が話している間もエルザは止まらない。

色々な特徴を持つモンスター達を的確な判断力で鎧を選択していき換装する。

 

換装してすぐ最短ルートで向かってすぐに打ち倒す。

モンスターはすぐに数の利を使ってエルザを倒そうとするも金剛の鎧でガードし、すぐに攻撃へと移行する。

 

それを見ている観客席の観客達はその戦いに魅せられていく。

 

フェアリーテイルのエルザはこんなにも強いのかと。

 

堕ちたはずの妖精はここまで力強いのかと。

 

フェアリーテイルの面々は全員がエルザの勝利を確信している。

そもそも彼女が負けると思っている人間など…誰1人として存在しないのだから。

 

そしてモンスターを打ち倒していくことの数十分。

体中がボロボロで血も流れている中、残りは5体にまで減らした。

 

残るはAが4体にSクラスが1体だ。

挟み撃ちのように迫るモンスターに、エルザは鎧を消して妖刀紅桜を出した。

 

妖刀紅桜は身を守るための鎧を全て捨てないと握ることさえ出来ないという刀である。

防御を捨てたことで握れる紅桜の効力は凄まじく、振れば相手は忽ち両断される。

 

それ程の刀であり、エルザが持つ武器の中で最高ランクの武器だ。

 

それを横凪に振ってAクラスのモンスターを両断する。

そこへ隙が出来たエルザに向かって突進してきたもう一匹のAクラス。

 

隙を晒したエルザは突進によって吹き飛ばされるが直ぐに体勢を立て直し、そのAクラスを忽ち両断する。

 

残る一匹のAは空から襲ってくるが、エルザは分かっていたのか攻撃を避けてカウンターを入れる。

 

カウンターによって仰け反ったAの腹に突きを入れて貫通。

これでSクラス以外のモンスターは全て打ち倒した。

 

 

残るは…Sクラス1体のみである。

 

 

『つ、遂に……遂に残すは後1体となりました!!Sクラスのモンスターとは一体どのような…って…え?』

 

その場に残っていたのは…戦闘が始まった当初からいて、目玉が一つだけついており、そこから足が6本生えただけの…

 

「「「「ちっせぇぇぇぇぇぇ!!??」」」」

 

とても小さいモンスターだった。

 

その小さい容姿に会場全員の気持ちが一つとなった。

しかし、エルザは紅桜を消して刀を2本取り出して握り、ただの刀による二刀流となる。

 

「態々出した紅桜からただの刀の二刀流?あの小さいモンスター相手に?」

 

「何かあるようね…」

 

応援席にいるハッピーとシャルルは分析する。

 

するとエルザとモンスターの姿が消えた。

そして転送されたのは円形の決戦場。

 

それと何時の間にかモンスターは…先程の小さい姿からは想像できない程に巨大化していた。

 

『だ~から無理だと言ったんですカボ…Sクラスのモンスターが最後に残ると…強さが3倍になるよう設定されてますカボ』

 

「何だその裏ルール!!??」

 

フェアリーテイルの応援席やAチームとBチームの観覧席でも動揺が走る。

 

その中、エルザは攻撃してきたモンスターの攻撃をギリギリで躱し、その両の手を細切れに斬り刻んだ。

 

その攻撃速度から応援席や観覧席からは大きな歓声が上がった。

 

応援席にいるレビィは、今見ているこの闘いを…忘れることがないように…心に焼き付けるためにも言葉を刻んでいった。

 

 

──大魔闘演武3日目…パンデモニウム。…私はこの日の事をずっと忘れないと思う…

 

 

 

斬り刻まれた事によって突如走った両手の痛みに苦しむモンスター。

しかしその背後には既に…エルザがいた。

 

背後に回ったことによって隙だらけの背から2本の刀を同時に降り下ろして顔の斬った。

 

顔を斬られたことによって激昂したモンスターは、巨大な足を使ってエルザを蹴り飛ばした。

 

エルザは舞い上がる塵煙の中へとその身を隠した。

モンスターはエルザを探して顔をそこらに向けるが中々見つからない。

 

 

──傷だらけになりながらも地に墜ちたはずの妖精が舞う…

 

 

そして塵煙の中から突如一気に飛び出したエルザは両手の刀を全力で振り抜いた。

 

狙ったのはモンスターの体の中心に埋め込まれている核そのもの。

 

刀による攻撃に核が耐えきれず…砕け散った。

 

 

──妖精女王(ティターニア)…ここにあり…!!

 

 

Aチーム観覧席にいるルーシィとウェンディは互いに泣きながら抱き合って喜びを分かち合う。

ナツとグレイは互いに見やって笑いながら拳を合わせた。

 

闘技場にいるミリアーナや観客席にいるドランバルトはエルザの雄志に思わず涙を流した。

 

他の応援席にいる選手もエルザを見ていたり、感動して泣いていたりしている。

その中でも観客席の拍手喝采が凄まじい。

 

 

全て打ち倒してみせたエルザはゆっくりと…右手に持つ刀を掲げる。

 

まるでフェアリーテイルに勝利を捧げているかのよう。

 

 

───それはまるで凛と咲き誇る緋色の花…

 

 

『し…し…信じられません…!!たった一人でありながら100体のモンスター全てを全滅させてしまったーーー!!これが…7年前に最強と謳われたギルドの真の力だとでも言うのか!?フェアリーテイルのAチーム…エルザ・スカーレットの圧勝ー!!文句なしの大勝利ーーーー!!』

 

闘技場内の至る所から拍手に大歓声が飛び交って闘技場を包みこんでいった。

 

「す…すっげぇ…」

 

「私…覚えてる…。フェアリーテイル最強の女魔導士のエルザ…エルザ・スカーレット…!!」

 

「あぁ、妖精女王(ティターニア)のエルザ!!」

 

 

闘技場内の大歓声はどこまでいっても鳴り止むことはなく、エルザの大健闘を讃えている。

 

そんな大歓声の中、フェアリーテイルAチームはみんなでエルザの元へと駆け出した。

 

「やっぱスゲーよエルザ!!」

 

「後でオレと勝負しろ!!」

 

「あたし感動しちゃった…!」

 

「私…感動で胸がいっぱいで…」

 

「おいおい…まだ優勝した訳じゃないぞ…」

 

詰め寄るナツ達に驚きながら笑ってみせた。

 

リュウマはそんなナツ達を眩しそうに見ており、エルザがリュウマの視線に気がついて目が合った。

 

「良くやった。エルザ」

 

「ありがとうリュウマ」

 

2人は互いに微笑みながら言葉を交わした。

 

 

 

 

 

 

 

──セイバートゥース観覧席

 

 

エルザの戦いを見ていたミネルバは、愉快そうに笑っていた。

 

「面白い…口先だけではないということか…フェアリーテイル…」

 

 

 

 

 

───マーメイドヒール観覧席

 

 

大健闘をしたエルザに冷たい視線を投げかける人物が1人…カグラだった。

 

「エルザ・スカーレット…ジェラールをよく知る者…」

 

 

 

 

 

 

 

 

──所戻り闘技場

 

 

エルザは拳を空へ向かって高々と上げる。

 

『パンデモニウム完全制圧!!フェアリーテイルA10ポイント獲得です!!』

 

実況の言葉により、闘技場内の歓声が更に大きくなる。

因みにエルザは傷の手当てのため、医務室へと向かった。

 

そして残されてしまった残りの7チーム。

パンデモニウムはエルザが制圧してしまったがために、もう使うことが出来ない。

 

神殿とモンスター100体出す魔力がもう残っていないのだ。

それを理解した選手達はどうするのかと思っていると、どうやら運営側と相談していたのであろうマトー君が小走りで戻ってきた。

 

「えー…協議の結果、残りの7チームにも順位をつけないとならないということになりましたので、いささか味気ないのですが簡単なゲームを用意しました」

 

その言葉に選手達は静かに聞いて先を聞こうとする。

それを確認してマトー君は続ける。

 

「使うのは魔力測定器(マジックパワーファインダー)…通称MPF」

 

「マジックパワーファインダー…測定機…魔力を測るのか?」

 

「はい。この装置に魔力をぶつける事で魔力が数値として表示されます。その数値が高い順に順位をつけようと思います」

 

マトー君の説明に納得する選手達。

ややこしいものよりも、全力で叩けばいいこの変則試合は面倒くさくなくて良かった。

 

「純粋な力比べか…僕にこれはちょっと分が悪いかな…?」

 

「パワーなら負ける気がしねぇな」

 

「リュウマ殿。悪いですがこの勝負貰いますぞ」

 

「クカカ…俺とて負ける気はせんよ」

 

ヒビキはパワーというよりも分析による戦略型の魔導士であるため分が悪いと悟り、オルガは自信満々だ。

 

ジュラはリュウマへと視線を向けてニヤリと笑った。

どうやらまたリュウマと競い合えるのが楽しみなようだ。

 

「挑戦する順番は先程の順番を引き継ぎます…カボ」

 

 

その順番でいくと2番を引き当てた物が最初ということになる。

 

そしてその2番を引いたのはミリアーナなので、最初はミリアーナからとなった。

 

「じゃあ私からだね!行っくよー!」

 

ミリアーナは右手に魔力を集めてMPFを狙う。

 

「『キトゥンブラスト』!!」

 

ピピッという機械的な音が鳴ったかと思うと、MPFの上に数値が表示された。

 

その数値は365と出ている。

 

だが、観客達はざわめいていた。

無理もないだろう…1番最初にやったので比べる基準が無いのだ。

 

それ故にミリアーナが出した数値が高いのか低いのか判別することが出来ない。

 

しかしゲストであり、実況席にいるラハールはこの数値を部隊長を任せられる程に高いと称した。

 

「ミリアーナの真の実力はパワーじゃないんだけどね…」

 

「これはちょっと分が悪いかな」

 

マーメイドヒールにいるリズリー達がそう溢す。

 

『続いてクワトロパピーのノバーリ!数値は124!ちょっと低いか?』

 

ノバーリは全力でやったのに、女であるミリアーナの約3分の1ということで落ち込んでいる。

 

 

「僕の番だね」

 

ヒビキが出て来るだけで観客席は大盛り上がりを見せる…全員女性だが。

 

「知力タイプのヒビキには厳しいね」

 

「チッ…オレが出てればな…」

 

「君たち、友を信じたまえ」

 

「「はい!師匠!!」」

 

ブルーペガサスの観覧席で、自身の周囲を無駄にキラキラさせた一夜が2人にそう言葉をかけるのだが…

 

『数値は95!これは残念!!』

 

「信じた結果がこれか…」

 

「メェーン…」

 

「あぁ…なんてことだ…」

 

ヒビキは両手を地面に付いて涙をキラキラと落としていった。

リュウマはそんなヒビキになんと声をかければいいのか困惑したが…結局気にしないことにした…。

 

 

『続いてはレイヴンテイル、オーブラ!』

 

「あいつは…」

 

「ウェンディをやった奴ね…」

 

「どんな魔法を使うんだろう…」

 

オーブラが着ているマントを広げると、中から小さい使い魔が飛び出して測定器へと体当たりした。

 

測定機の数値は4であった。

 

「なっ…!?」

 

「ふざけてんのか…!?」

 

「何なのよあいつ…てか、エルザは医務室にいなくていいの…?」

 

「大丈夫だ。それに…リュウマの番が気になるのでな」

 

「た、確かに…」

 

フェアリーテイルAチーム観覧席では、ウェンディをやったオーブラがどんな魔法を使うのか見ようと思ったのだが、まさかの使い魔の突進で出鼻を挫かれた。

 

オーブラにマトー君がやり直しはきかないと告げるのだが…当の本人は全く気にしていなかった。

 

 

現在のトップはマーメイドヒールのミリアーナによる365だ。

 

その暫定結果に喜びを表すミリアーナ。

 

「やったやったー!私が1番だー!みゃーー!」

 

「そいつはどうかな」

 

オルガはミリアーナを押し退けてMPFの前に躍り出た。

 

『ここでオルガ登場ー!!すごい歓声です!』

 

オルガが両手を上下に、まるで銃の砲身に見立てるように構える。

その手と手の間に黒い雷がスパークし、魔力を跳ね上げていく。

 

「『120mm黒雷砲』!!!」

 

MPFの上に表示された数値は…なんと3825。

 

「みゃーー!?私の10倍ーー!!??」

 

「なんじゃそりゃー!!??」

 

──こ、こんな数値…我が部隊でも見たことがない…!

 

「さっすがオルガ君!パワーなら最強ですね!」

 

「フローもそ思う」

 

いきなり暫定トップへと立つ結果となった。

 

フェアリーテイルAチーム観覧席ではナツとグレイが驚いており、セイバートゥース観覧席ではレクターとフロッシュが自慢しながら盛り上がっていた。

 

実況席にいるラハールは部隊にもそんな数値を出した者はいないため、心底驚いていた。

 

周囲にドヤ顔を晒したあと、真ん中で歌いだした。

 

 

『さあ…それに対する聖十のジュラはこの数値を越せるかどうか注目されます!!』

 

「ジュラさん勝てるよね…?」

 

「無論。オレの心配は別にある──」

 

ラミアスケイルで、シェリアとリオンが話している。

その顔にはジュラが勝つという確信が見て取れる。

 

「本気でやってもいいのかな?」

 

「もちろんカボ」

 

マトー君に本気でやっていいのかと確認をとってからジュラは掌を合わせて精神を集中させていく…。

 

ジュラの持つ膨大な魔力によって闘技場全体に地鳴りが鳴り響いた…。

 

そして…、その魔力を全力で放った…!

 

「『鳴動富嶽(めいどうふがく)』!!」

 

地面の下に溜められ、籠められた膨大な魔力が轟音を鳴り響かせながら装置を貫き、そして更に高く…空まで貫く。

 

 

 

その数値は…8544と表示されていた…。

 

 

 

「なっなにーーーー!!??」

 

「オッサンおかしいだろそれーー!!??」

 

「……………は?」

 

ナツとグレイの絶叫が響き、オルガのなんとも気の抜けた声が溢れる。

 

「流石…の一言だな…」

 

「そのあまりの強さに聖十の称号を持つ者の出場を制限されないかということだ」

 

エルザは冷や汗を流しながらジュラを見ており、リオンは自信満々に言葉を放った。

しかし…それ程の威力をジュラは放ったのだ…。

 

そんな光景を…

 

 

()()()…面白い…」

 

 

1人の男は愉しそうに嗤いながら見ていた。

 

 

 

 

 

 

───フェアリーテイルAチーム観覧席

 

 

「次は…最後のリュウマね…」

 

「リュウマさんなら大丈夫…ですよね?」

 

ジュラの記録を見たルーシィとウェンディは不安そうにしている。

 

「大丈夫だ。リュウマだぞ?私達が信じないでどうするんだ」

 

エルザのそんな言葉に不安は飛んだ。

そうだ、仲間である私達が信じないでどうするんだと思い、リュウマを応援していく

 

「頑張れよリュウマーーー!!!!」

 

「頑張れよぉーー!!!!」

 

「頑張れリュウマ!」

 

「頑張って下さい!!」

 

「さぁ、リュウマ。お前の力を私達に見せてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

──フェアリーテイルBチーム観覧席

 

「とうとうリュウマの番ね……」

 

「さっきはすごい数値を出しましたからね」

 

「リュウマと戦っている時は溜める隙なんてなかったからな、とんでもねぇ威力だぜ」

 

「ギヒッ!まぁ、たっぷりと見させてもらおうぜ」

 

「リュウマ頑張ってーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

───マーメイドヒール

 

 

「今度はカグラのお師匠さんだねぇ」

 

「昨日の試合を見る限りだとパワーというよりもテクニックだと思うんだけどね」

 

「アチキはパワーもいけると思うよ。隕石落としたしね」

 

「…師匠は全てにおいて頂点だ。それは…これからを見ていれば分かる」

 

 

 

 

 

 

 

 

──セイバートゥース

 

 

「フフフ…リュウマの番がきたな」

 

「しかと記憶させてもらおう」

 

「あの人何かと規格外だからな…何すっか分かんねぇぞ」

 

「…興味ない」

 

「ふん…!あの男は無理に決まってます!」

 

「フローもそ思う」

 

 

 

 

 

 

 

───ラミアスケイル

 

 

「あの人ジュラさん倒した人だよね?大丈夫かな?」

 

「…大丈夫だ。ジュラさんのあのパワーには勝てないはずだ」

 

「…そうかなぁ…」

 

 

 

 

 

 

 

───フェアリーテイル応援席

 

 

「ジュラの数値はギルダーツといい勝負というもの…大丈夫かのぅ…」

 

「リュウマ兄なら大丈夫だって!」

 

「初代はどう思われますか?」

 

「………。」

 

「…?初代?」

 

「……これから起こるのは力そのもの…気をしっかり持って下さいね」

 

「それはどういう…?」

 

 

「でなければ……呑み込まれます」

 

 

メイビスがそう口にした時には…リュウマはMPFの前に出ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───闘技場

 

 

 

リュウマはMPFの前に立つとマトー君の方を向いて質問した。

 

「本気でやっていいんだな」

 

「もちろんですカボ。思いっきりやっちゃって下さいカボ」

 

その言葉を聞いてリュウマはもう一度聞いた。

しかしその問いは…何故かその場にいた人間に悪寒を感じさせる程に冷たかった。

 

 

「本当に───本気でやっていいんだなァ?」

 

 

流石に悪寒がしたために首を振る形で肯定した。

それでやるのかと思いきや…

 

「マトーといったな。これから放つのは危険極まりないものだ。…故にMPFを上へ持って行って上でやらせてもらうぞ」

 

「あ、はい。それ程まで言うならば許可しますカボ」

 

マトー君の許可を手にしたリュウマはMPFに手をかざして上へと持ち上げていく。

するとMPFはふわりと浮き上がって上空へと上がっていき、闘技場のどの場所よりも高くなった所で止める。

 

『おぉっと!リュウマ選手がMPFを上空へと持ち上げたー!これはどういうことなのでしょうか!』

 

『恐らく、真っ正面にやると危険…ということなんだろうねぇ』

 

『それ程の魔法…どういうものなのでしょうか…』

 

実況席が解説していく中で、リュウマ自身もMPFの高さにまで飛んでいった。

それを観客や選手達も見守っていた。

 

 

 

 

 

ここで…先程のメイビスの言葉が正しかったことを知ることになる。

 

 

 

 

 

「………………ふぅ…偶には…()()魔力を使うのもいいだろう」

 

そう言って自身に掛けている封印を外していく。

 

それに伴い…リュウマの体から純黒なる魔力が溢れ出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「封印・第一門…解」

 

 

 

 

 

 

 

 

総魔力量が2倍となる

 

 

 

 

 

 

 

 

「封印・第二門…解」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総魔力量が4倍となる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「封印・第三門…解」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総魔力量が8倍となる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「封印・()()()…解」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総魔力量が…16倍となる…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのあまりの魔力の膨大さによって純黒なる魔力がリュウマの体を大きく包み込み───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闘技場の真上に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒き太陽が顕現した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




放つと思った?

残念!次回でした…!!!!!


やめて下さい物投げないで…!
次回…!次回書きますから…!



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第四四刀  放つ神の槍 親との決別

これを書きたかった…!
やっと書く事が出来た…!
この小説書いたのもこれを書くためと言っても過言ではない程です。

余は満足じゃ……。

あと、新記録更新で長いです。




 

リュウマが封印の第四を外した時、闘技場内にいる人間が感じたのは…圧倒的なまでの恐怖。

 

魔力を持たない観客は体に途轍もない重さの物が乗っているように感じられ、何故か体が震えた。

 

応援席にいる各ギルドの魔導士達は、リュウマから発せられている今までに感じられた事の無い程の魔力量に顔を青くさせる。

 

ギルドの代表として出ており、精鋭揃いである観覧席にいる魔導士達は、魔力による圧力に耐えてはいるものの、額に少なくない冷や汗を流しながら目を見開く。

 

しかし、闘技場内にいる人間がそうなるのも当然だろう。

 

リュウマは全ての封印を掛けている状態でも聖十大魔道で通用する。

今はその戦闘力の16倍だ。

誰もがそうなるのは仕方のないことだ。

 

これ程の魔力を感じても何も思わないのがいたとすれば相当の阿呆か若しくは…

 

 

 

    ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

リュウマは辺りに撒き散らすように放出している純黒なる魔力を己の体一点に収束させていく。

それによって今の彼の体は魔力で出来た小さい一つの星そのものの質量を持つ。

 

そんな状態で行う次の行動は…

 

 

「神器召喚───来い…我が至高の武具達よ」

 

 

己が持つ武器の中でも、他の武器の追随を許さない程の能力()を持つ神器を十二…喚び出した。

 

 

 

 

 

 

───フェアリーテイルA観覧席

 

 

「な、何だったんだよ…さっきの魔力はよ…」

 

「い、意味が分かんねぇぞ…!」

 

「相手はリュウマなのに…あたし恐いって…この場から逃げたいって思っちゃった…」

 

「わ、私も…です…」

 

「…私も一瞬思ってしまった。しかしこれ程の魔力を今までに感じたことも、ましてや使用しているところを見たこともなかった…私達はリュウマを知らなすぎる」

 

「…そういえば…リュウマはあたし達のことを理解してくれてるけど…あたし達は…」

 

「ほとんど知らない…ですよね…」

 

「ふっ…これから知っていけばいい。今はリュウマを信じて見届けよう」

 

「うん…!」

 

「はいっ…!」

 

 

 

 

 

 

───フェアリーテイルB観覧席

 

 

「バケモンだとは思ってたが…ここまでくると同じ人間かどうかも怪しくなってくるぞ」

 

「ガジル君…!」

 

「けどよ、ここまでの実力をなんで隠すんだろうな。それについてオレは気になるぜ」

 

「…きっと何かあるのよ。私達だって色々あったもの…リュウマにもリュウマの事情とかあるはずよ」

 

「オメェは気にならねぇのかよ?」

 

「ふふっ♪もちろん気になるわよ?で・も♪いい女は相手から喋らせるのよ?」

 

「…聞かないとは言わねぇんだな」

 

 

 

 

 

 

───セイバートゥース

 

 

「…何だったんだよ…あれ…意味分かんねぇ…」

 

「…オレも感じたこともない魔力だった」

 

「…こんな魔力を持つ人間は記憶に無いね」

 

「…っ…せ、セイバー…トゥースには…か、勝てませんよ…!セイバートゥースこそが…っ…最強なんです…!」

 

「ふ、フローも…そ思う…」

 

「…ククク…リュウマ…あれこそ我がギルドに相応しい人間だ…必ず、必ずや妾が手に入れてみせる」

 

 

 

 

 

 

 

───マーメイドヒール

 

 

「カグラのお師匠さん…とんでもないね…」

 

「カグラの師匠の昨日の試合見たから凄い強いのは分かってたけどさ、ここまでとはアチキ思わなかったよ」

 

「(流石は師匠…何処までもついて行きます)」

 

 

 

 

 

 

───ブルーペガサス

 

 

「押し潰されるかと思ったよ…」

 

「チッ…こんな力隠してやがったのかよ…!」

 

「んん~…こんな香り(パルファム)は初めてだよ…それに、まだまだ何かありそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

───フェアリーテイル応援席

 

 

「初代が言っていたのはこの事だったのか…」

 

「は、ハンパねぇ…!リュウマ兄ハンパねぇよ…!」

 

「潰れるかと思ったぜ…」

 

「一瞬で酔いが覚めちまったよ…」

 

「…って、飲み直すな!?」

 

「…これでもまだ何かありそうですね」

 

「…!それは本当ですかな?」

 

「えぇ、この競技に全魔力を使うとは考えにくいですし…ちょうど彼がやるみたいですよ」

 

「なんじゃあれは…12の…武器…?」

 

 

 

 

 

 

───闘技場

 

 

 

リュウマは喚び出した武器を、時計の数字の位置と同じように闘技場の地面へと落として突き刺していく。

観客達は彼が何をやっているのかまだ分からない。

 

 

「神器召喚・『太陽神ルーの槍』」

 

 

その手に喚び出したのは己の背よりも長い1本の槍。

しかし、その槍は…武器が持つとは思えない程の途方もない魔力を内包していた。

 

太陽神であるルーの槍は、ケルト神話の神々が持つ四つの秘宝の一つである。

 

北方のゴリアスの都にあり、ドルイド僧エスラスによって守られていた魔槍…。

あるいはフィンジアスの都にあったともされている。

 

ダーナ神族がフォモール族と戦ったモイトゥラの戦いにて、神々の王ヌアザとエスラスによってルーの手に渡された。

 

投げると稲妻となって敵を死に至らしめる灼熱の槍であると云われている。

 

「我が十二の神器達よ…汝が力を解放し我に与えよ」

 

地面に突き刺さっている神器達がバチバチと帯電し、やがて轟雷を発生させていく。

そして彼の言葉に従うかの如く、彼の持つ槍へと轟雷が集まっている。

 

召喚した十二の神器は全て雷系統の武器だった。

 

その武器達の雷をたった1本の槍へと集束させていき…溜め込んでいく。

 

『リュウマ選手は一体何をやっているのですか?ヤジマさん』

 

『リュウマ君が持っている槍に雷が集まって魔力を溜めている。ということは、手にスている槍には相当な魔力が集まっているってことだねぇ』

 

『私には最早どれ程の魔力が籠められているのか言葉で表せません。しかし言うなれば…こんな魔力は生まれてきて初めてです』

 

内包している雷のエネルギーが尽きたのか、十二の神器達から流れる雷が消えた。

それによって十二の神器を消し、手に持っている槍を強く握り締める。

 

「『地獄の黒き雷(ジゴスパーク)』…展開」

 

十二の神器の雷を吸い尽くした槍に…彼自身の魔法による黒雷も吸収させていく。

槍には常に雷がスパークしており、解放はまだかまだかと待ち詫びていた。

 

「全魔力解放…!我が成すは殲滅…遺すは災悪…然りとてもたらすは常勝…!我が呼び掛けに応え共鳴せよ…我は◼◼◼(なり)

 

彼は言葉を紡ぎながら槍をMPFに向かって構える。

 

魔力解放したことにより、又も周囲を純黒なる魔力が包み込むが…その魔力を全て槍に纏わせた。

 

槍は全体に純黒なる魔力を纏い、触れたら塵になるのではないかという程の雷を生み出している。

 

そして……

 

 

「真名解放…全てを穿て…神の槍よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『稲妻纏う灼熱の神槍(ブリューナク)』…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全力で投擲した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音は無かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

投擲された神槍は音もなくMPFを貫通し…その奥の遥か彼方まで音を置き去りにして突き進んだ。

 

しかし、後に訪れたのは轟音轟雷灼熱の嵐…。

 

まるで先に征った神槍を追い掛けるように発生し、貫通されたMPFを完全に呑み込んだ。

 

嵐のような衝撃が止み、観客達は視界を確保できるようになり…目を見開き呆然とした。

 

 

MPFが無かった

 

 

存在するのはノイズ混じりに表示された9999という数字と、事の発端であるリュウマだけ。

 

MPFは破壊されるのでもなく、吹き飛ばされるのでもなく…完全にこの世から()()()()()()

 

 

『な…何ということでしょうか…聖十のジュラの全力でも傷一つ付かなかったMPFが破壊…というよりも消滅してカンストしています!!な…何なんだこのギルドは!?競技パートをワンツーフィニッシュ!!もう誰も妖精の尻尾(フェアリーテイル)を止めることは出来ないのかーーーーー!?』

 

『とんでもないねぇ』

 

『(なん…なんだ…あれは…信じられない…)』

 

実況席が盛り上りをみせる中、会場中から大魔闘演武始まってから1番の歓声が辺りを包んだ。

そんな大歓声を受けているリュウマは、空からゆっくりと降りて闘技場の真ん中で高々と告げる。

 

「止まることは無い。───我等こそがフェアリーテイル也!!!!」

 

この場にいる全員に対して宣言するような言葉に、観客達は更に大きな歓声で以て応えた。

 

 

 

 

 

しかし…この場にいる人間は誰も疑問に思うことは無かった。

 

 

投擲された槍は何処までもいった?…と。

 

 

途方も無い力によってもたらされた影響はなんなのか…と。

 

 

そして会場は興奮しているが故に気がつかない。

 

 

投擲された神槍による轟雷の衝撃により、下にあった海が一筋の線を残すように()()()()()()()()

 

 

投擲された神槍の灼熱の熱量によって快晴であったこの日の天気が曇りがかり…嵐が来る前兆のように所々、規模は小さいながらも雷が鳴っていることを。

 

 

投擲された神槍は投擲された後も只管直線状に突き進み大気圏を突き抜け…宇宙空間をも突き進み…3つほどの()()()()()()()()()()()()()ことを。

 

 

 

 

 

 

この場にいる人間は誰1人として…それに気がつかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───フェアリーテイルA観覧席

 

 

「「なんっっっっだそりゃーーー!!??」」

 

「え、MPFが無くなっちゃいました…」

 

「すっごい威力ね…あたしリュウマはテクニックタイプだと思ってた…」

 

「私もそうだと思ったが…昨日のジュラの戦いで見せた隕石の件もある。リュウマはまだまだ力を隠しているようだな」

 

「クッそぉぉぉ…!絶対にぶっ飛ばしてやらァァァ!!」

 

「テメェじゃ何100年経とうが勝てねぇよ」

 

「んだとォ?」

 

「んだよ?」

 

この後何時もの喧嘩を始めたが、エルザによって沈められた。

 

「リュウマさんはやっぱりスゴいですね…!」

 

「スゴすぎて見惚れちゃった!」

 

「投げる瞬間の顔も勇ましかったな」

 

「エルザさん見えたんですか!?」

 

「あたし見えなかった…」

 

「ふふ、役得…といったところか」

 

ルーシィとウェンディはエルザが見たという投げる瞬間の勇ましい顔が見れずとても悔しそうにしており、エルザは少しドヤ顔をしていた。

 

 

 

 

 

───ブルーペガサス観覧席

 

 

「す、すごかったね…」

 

「あれ程とは思わなかったよ…」

 

「お前はよくやったぜヒビキ。べ、別にお前のためをと思って言ったんじゃねぇからな!」

 

「ありがとう、レン」

 

「リュウマ君はイケメンでありながら他の追随を許さない強さも持っている。これを見習い、君達も精進したまえ」

 

「「「はい!先生!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

───ラミアスケイル

 

 

「な、なんだあれは…ジュラさんで8000だったというのに…あの男はMPFを消滅…?ありえん…!」

 

「なんでか分からないけど、こうなるのかもな~って思ってたんだ…」

 

「シェリアお前…!」

 

「良い。ワシが負けたのは事実じゃ」

 

「ジュラさん…お疲れ様でした…」

 

「お疲れ様ジュラさん!」

 

「うむ、しかし…リュウマ殿は恐ろしく強い。昨日の手合わせといい…血が滾るわい」

 

「次はラミアスケイルが勝つ!」

 

「うん!私も頑張る!」

 

「あぁ、ワシも一肌脱ごう。最早目指すはフェアリーテイルの打倒じゃ」

 

「「はい!」」

 

 

 

 

 

 

 

───マーメイドヒール

 

 

「ごめんね…全然いい点数とれなかった…」

 

「あんなのがいる中じゃ仕方ないよ」

 

「ナイスファイトだったよ」

 

「てか、それにしても…カグラの師匠はとんでもないねぇ…同じ人間には思えないよ」

 

「か、カグラの前でそれは…!」

 

「私も師匠が人間ではない程の強さを持っていると思っている」

 

「えっ…カグラちゃんも?」

 

「あぁ。しかし、師匠がどれだけ強くても、例え人間でなかったとしても私は師匠の元から離れることはない」

 

「いや、カグラらしいね…」

 

「カグラの敬愛レベルはスゴいねぇ」

 

「(師匠の一撃…流石は師匠です)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───セイバートゥース

 

 

「じ、冗談だろ…?あれはバケモノかなんかか…?」

 

「人間とは思えない魔力だった」

 

「あの男は記憶に無いことばかりだ」

 

「あんなバケモノだったとはな…」

 

「チッ…あんなのが相手なんて聞いてねぇぞ…!」

 

「まあ、お疲れさんオルガ」

 

「我がギルドに乗り込んで来るのだ、強いのは先の魔力解放を感じれば嫌でも分かるが…これ程とは…益々欲しくなったぞ…!」

 

──しかし、この大会中にこのまま野晒しにしておくわけには…あぁ…いいことを思いついたぞ…。

 

 

ミネルバはフェアリーテイルBの観覧席に戻っていくリュウマを見ながら怪しげな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

───フェアリーテイル応援席

 

 

「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」」」」

 

「リュウマ兄の魔法すげぇ!!」

 

「魔法ってより、武器だけどな…」

 

「どちらにせよハンパねぇのには変わんねぇよ」

 

「…リュウマの奴…こんな魔力を持っておったのか…」

 

「相変わらず途轍もない魔力です」

 

「初代はリュウマとお会いしたことがあるのですか?」

 

「えぇ、色々ありまして」

 

「そうだったのですか…」

 

「はい。…それにしても…」

 

──なんて真っ黒な魔力…。悪意があるわけでも邪気が混ざっているわけでもない…ただ単純に真っ黒な魔力…。この力があればきっと…

 

「どうしましたかな?初代」

 

「いえ、何でも無いですよ♪」

 

「そうですか…何はともあれ、良くやったぞリュウマ!」

 

「お兄ちゃんすごかった~!」

 

アスカの一言で応援席はほんわかとした雰囲気となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

───フェアリーテイルB観覧席

 

 

リュウマは周りから送られる大歓声の中、悠々と観覧席へと戻ってきた。

 

「良くやったじゃねぇか」

 

「ギヒッ!オメェあんな魔力持ってたんだな」

 

「もうガジル君?素直にお疲れ様って言えばいいのに…リュウマさんお疲れ様でした」

 

「あぁ、ありがとう。少しやり過ぎたかと思ったが…とりあえず2位は取れたからな」

 

リュウマの少しという言葉にやり過ぎだとは思ったが、好成績を取ってきただけあって何も言わなかったラクサスとガジルだった。

 

「凄かったわリュウマ!」

 

「むっ…ありがとうミラ」

 

話し終えたリュウマに飛び付くミラを危なげなく抱き留めた彼だが、今回は鳩尾に入らないように注意した。

鳩尾はいくらなんでも痛かったようだ。

 

「あれがお前の全力か?」

 

そんな中、ラクサスが先程リュウマを抜いたBチームで話していた力について直球で聞いてみた。

ラクサスの体によって隠れているが、その背後ではジュビアが冷や汗を流している。

 

「…クカカ…引き出しは多い方がいいだろう?」

 

まだ他にもあるということを多少臭わせる形で答えた彼に、ラクサスはそうかとだけ答えた。

 

そこからはいつも通りのBチームの雰囲気となったので話は終わったが、リュウマ以外の全員が彼の本当の力について興味を示していた。

 

だが、聞いたところで答えないだろう事はラクサスとの質疑応答で分かっているので口には出さなかった。

本当はすごく知りたいが…。

 

そんな感じで時間が過ぎると、次は競技パートが終わった後のバトルパートへと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

3日目バトルパート第一試合は人魚の踵(マーメイドヒール)のミリアーナVS四つ首の仔犬(クワトロパピー)のセムスだ。

 

試合が始まってからミリアーナはセムスに向かって攻撃を仕掛けるが、セムスは躱した。

その隙にセムスが攻撃しようとしたのだが、相手は女性ということでその場を流してしまう。

 

流したことによって出来てしまった隙をついて、逆にミリアーナが蹴りによる攻撃を背中に入れた。

蹴りによるダメージが予想より大きかったセムスは油断していたと気合いを入れ直し、腕を地面と水平になるよう構えて回り出した。

 

回る速度が速くなりコマのように高速回転しながらミリアーナを狙う。

一撃だけミリアーナは回転攻撃を受けてしまったが、何か思いついたのか魔法で縄を作り出す。

 

「『ネ拘束チューブ』!!」

 

尚も回転しながら向かってくるセムスを紙一重で躱し…ネ拘束チューブを伸ばして囲む。

すると回転していたことによってセムスの体に縄が巻き付き、雁字搦めにした。

 

「元気最強?みゃー」

 

「わ、ワイルドォ…」

 

雁字搦めにされても魔法を使って抜け出そうとするも魔法が使えなかった。

 

ミリアーナが使う魔法の縄は拘束した者の魔法を使えなくさせることが出来る。

過去にその縄で拘束されていたルーシィもこの縄のせいで星霊を呼び出せず、リュウマが来るまで藻掻いていた。

 

魔法が使えず、自力では脱出不可能と判断してセムスの負けと判断された。

 

第一試合の勝者はマーメイドヒールのミリアーナで終わった。

 

 

 

 

続く第二試合。

 

第二試合のバトルでの組み合わせは剣咬の虎(セイバートゥース)のルーファスVS青い天馬(ブルーペガサス)のイブだった。

 

イブは元々評議員の1人だった。

それも所属はラハールが受け持つ強行検束部隊の一員だった。

当時からものすごい逸材であり、ギルドに入って魔力に更に磨きがかかったと実況席でラハールが解説している中、試合は始まりイブが仕掛けた。

 

「『白い牙(ホワイトファング)』!!」

 

己が使う雪魔法を使い、ルーファスを周りから囲んで逃げ道を潰しながら狙う。

それをさらりと苦も無くその場で跳んで避けた。

 

記憶造形(メモリーメイク)───」

 

ルーファスが魔法を使おうとしているのを見て観覧席にいるグレイとリオンが反応を示した。

種類は違えど同じ造形魔導士として思うものがあるようだ。

 

「───『燃ユル大地ノ業』」

 

「うわあぁぁぁぁあぁぉあぁぁ!!」

 

ルーファスが地面に片手を付いた時…大地から業火が噴き出てイブを呑み込んだ。

雪魔法を使うことだけあって炎熱系の魔法には弱いようでイブは一撃でやられてしまった。

 

第二試合の勝者はセイバートゥースのルーファスだった。

 

 

 

 

 

 

 

第三試合は妖精の尻尾(フェアリーテイル)BのラクサスVS大鴉の尻尾(レイヴンテイル)のアレクセイだ。

 

「ラクサスがんばってね♪」

 

「何の心配もいらねーだろ」

 

「でも…ジュビア何だか嫌な予感がします…」

 

ミラとガジルの信頼、そしてジュビアの勘による心配を背にしながら闘技場へと向かっていくラクサス。

 

「待てラクサス」

 

そこへリュウマが立ちはだかり止めた。

なんか用かと声を出そうとした時、ラクサスに向かって拳を突き出した。

 

「奴等が何かをしてくるのは明白というもの。故に任せたぞ…ラクサス」

 

「任せとけよ」

 

リュウマの言葉を受けてうっすらと笑いながら拳で応えた。

 

──────ビリッ…

 

「…!」

 

ラクサスがリュウマと拳を合わせた瞬間…拳から雷が小さく発した。

それに少し驚きながら雷が走った己の手を見る。

そこには…真っ黒な雷が手に帯電していた。

 

少しの間それを見ていたが、手を握り締めて今度こそ闘技場へと向かっていった。

 

ラクサスのそんな後ろ姿を、リュウマはニヤリとしながら嗤って見ていた。

 

 

 

 

 

対戦者であるラクサスとアレクセイが闘技場で向かい合っている中、フェアリーテイル応援席の方ではメンバー全員でレイヴンテイルを警戒していた。

 

リュウマが止めたが、ルーシィの試合の時のようなことがあるかもしれないということだ。

 

ビスカはテレパシーを使えるウォーレンと連絡を取り合いながら換装した狙撃銃でレイヴンテイルのマスターであり、マカロフの息子のマスター・イワンをスコープで見ながら監視している。

 

他にも雷神衆とプラスしてリサーナがレイヴンテイルである他のメンバーを見張っている。

因みに、エバはこの時の為に態々医務室から帰ってきていた。

 

「こちら雷神衆、エバがエルフマンの所へ戻りたいと言っていますが許可を下さい。どうぞ」

 

「言ってないだろ!!!!」

 

ウォーレンのテレパシーにビックスローがそう言ってエバにどつかれていた。

しかしその顔はほんのり赤くなっていた…何故だろうか(目逸らし

 

そんなふざけ合いながらも仕事はキッチリこなしている雷神衆や、レイヴンテイルを警戒してギルド一丸となっている今のフェアリーテイル見て、メイビスは嬉しそうに微笑みながらクスリと笑う。

 

仲間を守るためならば何だってやってみせる…そんな今の状況が不謹慎だが楽しく…そして素敵だと思っていた。

 

メイビスが目指したギルドの究極の形が今…目の前にあるのだから。

 

「この形を忘れないで下さいね3代目…えと…6代目?」

 

「あ、ありがたきお言葉…!そして7代目です」

 

「6代目で合ってるよ!しっかりしてくれ!」

 

 

 

 

 

『それでは3日目のバトルパート第三試合…開始です!!』

 

実況席から開始の合図が響き渡り、アレクセイとラクサスが同時に動いた…が、それを見てフェアリーテイルが驚き目を見開く。

何故ならば…

 

「フンッ…!」

 

「グアァ…!」

 

アレクセイに一方的にやられているラクサスが目に映ったのだから。

フェアリーテイル内でもトップクラスの実力を持つラクサスが一方的にやられているのを見て、監視チームや雷神衆に動揺が走る。

 

───ハァ…何ともまぁ下らんことを…

 

目の周りに複数の筋を作り、目の虹彩がやや薄紫色がかった白い眼で視ているリュウマを除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

───闘技場にて

 

 

アレクセイに手刀がラクサスの肩を切り裂き、吹き飛ばした。

切り裂かれた痛みによってうまく起き上がることができないでいるラクサスを…()()()()()()()()()()()()()()()()()()冷たい目で見ていた。

 

「…こいつぁどういうマネだ?」

 

「なに、幻影魔法の一種だよ」

 

同じく開始から一歩も動いていないアレクセイは今使っている幻影魔法によって解説した。

 

この幻影魔法は強力で、辺りにいる人間には今こうして話しているラクサスとアレクセイの実体は視えていない。

それに声も聞こえないとのことだ。

視えているのは今も勝手に戦っている幻のみ。

 

()()ねぇ…そいつはすごいこった」

 

そう言いながらフェアリーテイルBの観覧席の方をチラリと見る。

本当に全員がかかっているとは思っていないからだ。

 

──ま、アイツは気づいてんだろうな…

 

「で、意味分かんねぇぞ。お前等が幻とやらで勝って何になるんだ?」

 

「その通り。我々の目的は“勝利”ではない。この幻影は周囲への目眩ましだ」

 

「アァ?」

 

「幻影は幻影でも結果は如何様にも変更できる。我々との交渉次第ではお前を勝たせてやる事も出来る」

 

「幻なんか関係ねぇ。今ここで現実のてめぇを片づけて終わりだ」

 

汚い交渉話を持ち掛けてきたアレクセイに、ラクサスは唾を吐き捨てながら上着を脱ぎ、構えて応えた。

 

「それは無理」

 

「現実はキビシイでサー」

 

「ククッ…」

 

「………。」

 

「いかにお前といえども…大鴉の尻尾(レイヴンテイル)の精鋭同時には倒せんよ」

 

そこにアレクセイの背後からアレクセイ以外のレイヴンテイルメンバー全員が現れた。

幻影はアレクセイのみではなく、メンバー全員に掛けていた。

 

「それにもう一つ…」

 

全員揃ってから、アレクセイがずっと付けていた仮面を外し始めた。

その仮面から見えたのは…

 

「オレの強さは知ってんだろォ…バカ息子ォ…!」

 

「そんなことだろうと思ったぜ…クソ親父」

 

ラクサスの実の父親であり、レイヴンテイルマスターのイワンだった。

 

「教えてもらおうか…()()()()()()()()()()()の在り処を…!」

 

「…?何の話だ」

 

アレクセイ改め…イワンから告げられたルーメン・イストワールという聞いたこともないことに首を傾げながら聞き返す。

 

「とぼけなくていい。マカロフがお前に教えているはずだ」

 

「本当に知らねぇんだけどな」

 

知らないと答えているラクサスに知っているはずと答えるだけのイワン。

それに例え知っていたとしても、お前には教えねぇと答えたラクサスにイワンは呆れた。

 

「オイオイ…この絶望的な状況下で“勝ち”を譲るって言ってんだぜ?条件が呑めねぇってんならお前…幻で負けるだけじゃあ済まねぇぞ」

 

「ったく…いちいち面倒くせぇ事しやがって…ジジィが見切りつけたのもよォく分かるぜ」

 

「なに?」

 

イワンの言う絶望的な状況下でも全く心が揺らがないラクサスの言葉に、イワンは疑惑的な表示と目を向ける。

 

そんなイワンを余所に…ラクサスの体には雷が帯電し始めた。

完全な臨戦態勢だ。

 

「まとめてかかって来いよ。マスターの敵はオレの敵だからヨ」

 

「…どうやら教えてやる必要があるみてぇだな…対 妖精の尻尾(フェアリーテイル)特化型ギルド・大鴉の尻尾(レイヴンテイル)の力をなァ…!!」

 

レイヴンテイルはラクサスを倒さんと構え、ラクサスはレイヴンテイルを倒さんと雷の出力を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

───フェアリーテイルB観覧席

 

 

「そんな…」

 

「おいおい…冗談だろ…」

 

「ラクサスさんがやられて…」

 

ラクサスとイワンがお互いに臨戦態勢に入る少し前のこと、フェアリーテイルBの観覧席ではリュウマを除いた3人に動揺が走っていた。

 

リュウマは動揺している3人に余所にジッと闘技場を視ている。

 

「ど、どうしようリュウマ…!このままじゃラクサスが…!」

 

「落ち着けミラ。闘技場で戦っているのはただの幻にすぎん」

 

「えっ…!?」

 

そう言って振り返るリュウマだが、3人はその言葉の他にも、彼の目を見ても驚いた。

 

何せ何時もの虹彩が黄色い目ではなく、目の周りに筋が何本も入っており、虹彩がやや薄紫色がかった白い眼をしているのだから…。

 

「なんだよその目…」

 

「あぁ、これか?これは『白眼(びゃくがん)』といって、幻を看破する事の出来る透視能力のある目だ」

 

白眼というのは…発動中ほぼ360゚の視界と透視能力、望遠能力を得ることができ、魔力の存在…それが人体を通る道筋及び排出口である点穴を見通すことが出来る。

 

サーチ能力に関しては万華鏡写輪眼の劣化版でありながら、動体視力を上げることの出来る写輪眼をも上回るトップクラスの性能を持っている。

 

それによってリュウマはイワンが施した幻覚を易々と看破していた。

発動は試合前に行っており、最初から応援席にいるイワンが幻影であることは分かっていた。

それでも彼は何も言わなかった。

 

「じゃあ今は何やってんだ?」

 

「今は…レイヴンテイル総出でラクサスと対峙している。それもアレクセイの中身はマスター・イワンだ」

 

ガジルの質問に答えたリュウマ。

しかしその答えに3人は驚いた。

自分達には見えないが、それはつまるところラクサスはギルドのマスターであるイワンを入れた5人と対峙していることになるのだから。

 

「大変…!早く止めないと!」

 

「それはならん。これはラクサスの戦いだ」

 

「んなこと言ってる場合か…!?」

 

助けに行こうとするミラ達を止めたのはリュウマだった。

それには流石に同意出来なかったのか、ミラがガジルに指示を飛ばした。

 

「ガジルお願い!ラクサスを助けてきて!」

 

「ギヒッ!ちょうど体動かしたかったところべへぁ!?」

 

意気揚々と闘技場に降りていこうとしたガジルだが、身を乗り出そうとした時に何か見えない壁のようなもので遮られ顔を強打した。

 

「いっ…てぇぇぇ…!なんじゃこりゃ…文字?」

 

「これは…術式…!?」

 

顔をぶつけて下にずり落ちたことによりガジルが見たのは、観覧席を囲うように施された文字…術式だった。

 

「──────『ここから先妖精の尻尾(フェアリーテイル)の紋章をその身に刻んだ者の出入りを禁ずる』…闘技場に行くことはこの俺が許さん。これはフリードが使う術式に俺が改良を加えたものだ。今は使われていない文字を使っている故に文字を改変して出ることは出来ん」

 

「リュウマさん…!」

 

「な、なんで…」

 

事実、術式に使われている文字は見たことが無い文字で描かれていた。

つまり、どうやっても術式の外に出ることは出来ない。

リュウマを倒せば別だが…それは論外であることは周知の事実だ。

 

「ラクサスを信じろ。それに…これはラクサスがイワンと決別する大切な瞬間だ。いくら仲間ともいえども、その邪魔をさせるわけにはいかん」

 

「で、でも…!」

 

(くど)い…!!」

 

それでもやはり助けたい気持ちがあるジュビアが声を上げるが、リュウマはそれを切り捨てる。

 

「俺とて部外者であるが故にここに居るのだ。大人しく下がっていろ」

 

言葉と共に向けられた鋭い視線と怒気に渋々下がる3人。

流石にここまでリュウマに言われた後に何か言おうとは思わなかった。

 

「…仲間を助けたいというその心意気は素晴らしい。だが今回は別だ。これは他でもないラクサスとイワンという実の親子の話だ、分かってくれるか?」

 

「はい…私も何度もすみません」

 

「ふふ、良い良い。心意気は素晴らしいと言っただろう?ラクサスを応援してやれ、それが今の最大の助けだ」

 

「はい、分かりました!」

 

聞き分けのいいジュビアに微笑むリュウマ。

彼が信じろと言うならば信じるしか無いし、信じなければ仲間と言わず何というのか。

 

3人は幻影を見て動揺するのをやめてラクサスを応援することにした。

 

「まぁ、流石にやられている幻影を見て応援をしろというのは無粋か…効果範囲拡大…『抵抗(レジスト)』」

 

「これは…!」

 

「わ、すごい…!」

 

「ギヒッ!ありがてぇ」

 

リュウマは幻影を抵抗(レジスト)させ、それの効果範囲を観覧席全体まで拡大させた。

これによって3人もリュウマと同じように実際のラクサス達を見ることが出来た。

 

「さぁ、ラクサスによる蹂躙の始まりだ」

 

 

彼は闘技場を見ながらニヤリと嗤って告げた。

 

 

 

 

 

 

「さっきの眼って透視能力があったのよね?まさかとは思うけど…それ使って女の子のお風呂とか覗いてないわよね…?」

 

「ブフッ…!?そんなことするわけなかろうが…!」

 

「…本当に…?」

 

「ほ、本当だ…!」

 

「(ジーーーーーーーーーーーーーー)」

 

「……ッ…。」

 

「そ、なら良かった♪」

 

「あ、あぁ…」

 

ジッと自身の目を真っ直ぐと見てくるミラの目にハイライトが無く、冷や汗どころか体温が下がっていたのは秘密である。

 

───なんだ先程の目は…!?何故か(貞操に)恐怖を感じたぞ…!

 

……最後に残念な感じになってしまったが、ミラの着眼点が的確だった。

これが普通の男で、ましてやってしまっていたら…ハイライトが消えたミラのすることなんぞ想像できなかった。

てか、したくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

───所戻り闘技場

 

 

レイヴンテイルに在籍しているメンバーは全員がフェアリーテイル主要メンバー達の苦手な魔法の使い手達で構成されている。

今イワンの横にいる4人は、その中でも精鋭の人間だ。

 

しかし、ラクサスはイワンの言葉にマカロフはレイヴンテイルの全てを把握していることを告げる。

ギルドの構成人数、ギルドの場所、7年間の動向…その全てを。

 

「ガジルだ!あいつが謀ったんだ!」

 

「あいつめ…二重スパイだったのか…!」

 

情報が筒抜けだということにフレアが叫び、イワンがすぐに察した。

 

本来からガジルはマカロフの指示を受け、レイヴンテイルに行って二重スパイとして潜入していたのだ。

そんなガジルが集めた情報は既に、マカロフへ渡されている。

 

だが、その全てを知っていても…それでもマカロフは動こうとしなかった。

 

7年間ギルドに手を出されたということもなく、ルーメン・イストワールに関する情報の漏洩も無かった…というのもある。

 

『奴が動かぬ限り…ワシも事を荒立てるつまりはない』

 

マカロフはそうラクサスに言ったが、その顔はひどく悲しそうだったのを今でも覚えている。

ラクサスはその表情から、親子であるためにイワンを信じたいんだろうと思っていた。

 

「クッ…黙れえぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

もう話を聞く気がないのか、人のような形をした紙を大量に使ってラクサスへと放ち、ラクサスはそれを腕全体でガードした。

 

イワンは語った。

 

この日のためだけに日陰の中で暮らしてきたということ…ルーメン・イストワールを手に入れるために…。

 

7年間危害を加えなかったのはただ単に、残っていた残留チームがルーメン・イストワールの情報を持っているはずがないと確信していたから。

 

どうやってか分からないがギルドの中も、街も、果てには天狼島も全て探した。

それでも全く見つからないどころか手がかりも無かったということ。

 

それ故に主要メンバーが戻るこの時まで牙を研いでいたのだ。

 

「ルーメン・イストワールはどこだぁ!?言えぇぇッ!!ラクサスゥゥ!!オレの息子だろうがァァァ!!」

 

ラクサスに向かって叫びながらイワンは更に攻撃を繰り出していく。

飛ばしてくる紙はラクサスの体に切り傷を付けていく。

 

「オーブラ!やれ!魔力を消せ!!今こそ対 妖精の尻尾(フェアリーテイル)特化型ギルドの力を解放せよ!!」

 

「シャッ…!」

 

「コイツはウェンディとシャルルをやった奴か…」

 

ラクサスは全身に雷を纏い、イワンの攻撃の渦から一気に抜け出した。

抜け出した勢いのまま一瞬でオーブラの前に移動し、そのスピードのまま腹に突進して顔を蹴り飛ばす。

 

オーブラが吹き飛ばされて気絶した奥からナルプディングとフレアが接近してきた。

 

「『ニードルブラスト』!!」

 

「『赤髪』!!」

 

最初にフレアの髪が生き物のようにラクサスに迫るが、バックステップすることで回避。

続くナルプディングは棘が生えた腕を振るって殴りかかるも、それすらも完全に回避する。

 

2人の攻撃を躱していきながらラクサスは、レイヴンテイルのメンバーにやられた仲間の分を返す。

 

「これはグレイの分だ…!」

 

上から地面に叩きつけるように殴り、ナルプディングへ雷による第二波をぶつけて倒した。

 

「捕まえたぞォ…!!」

 

そこへフレアが殴った腕の逆の腕に髪を結びつける。

 

「コイツはルーシィの分…!」

 

口から雷竜の咆哮を吐き出してフレアに浴びせる。

フレアはその強力な咆哮の威力に悲鳴を上げながら吹き飛ばされていった。

 

その直後に砂へと擬態していたクロヘビがラクサスの背後から現れる。

 

「お前は…よく分からん」

 

「ぬあぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

よく分からないが、取り敢えず強力な雷を浴びせることでクロヘビを一撃で吹き飛ばした。

 

「わ、我が精鋭部隊が…!!」

 

メンバーが1人1人…それも一撃で倒されていき全滅していくのを見て、イワンは焦りからくる汗を流しながら後ろへと下がっていく。

 

「アンタの目的がなんだか知らねぇが…やられた仲間のケジメは取らせてもらうぜ」

 

「ま、待て!オレはお前の父親だぞ!?お前の家族だ!!お前は実の父を殴るというのか!!??」

 

「オレの家族は妖精の尻尾(フェアリーテイル)だ」

 

そう叫んで宣言したラクサスは…右手に帯電している()()()()食べた。

これは先程のリュウマとの拳をぶつけ合う時、リュウマから譲渡された黒雷だ。

 

それはリュウマの純黒なる魔力で出来ている雷故に…右手に帯電しているだけの小規模な雷でも…マスターを吹き飛ばせる程の魔力を秘めている。

 

「こいつはオレが信頼し、オレを信頼する…そうだな…オレの友達からの餞別だ」

 

黒い雷を食べたことにより、ラクサスの魔力が跳ね上がるのを感じたイワンは恐れてラクサスを止めようとするが…仲間に手を出したイワンはもう既に遅かった。

 

「お前とは決別だ…滅竜奥義───“改”!!」

 

「ま、待てラクサス…!オレが悪かった…!だから───」

 

「もう遅いんだよ…家族の敵はオレの敵だ!!」

 

膨大な魔力を右手一点に集中させていく。

その魔力はラクサスの黄色い雷の魔力とリュウマの純黒な雷の魔力が混ぜ合わさり…融合した。

 

イワンはラクサスの背後に…自身を一瞬で恐怖のどん底へ叩き落とした男が鋭く睨み…刀を今まさに抜き…自身を斬り殺さんとしている光景を幻視した。

 

 

 

 

 

 

 

    「───『黒御雷(クロミカヅチ)』!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

突き出した拳から放たれた轟雷は…真っ正面にいるイワンを一瞬で呑み込み、後方へと吹き飛ばすと壁に衝突させて意識を飛ばさせた。

 

イワンが気絶したことで周囲の人間に掛けられていた幻が解け、幻が解けたことにより現実を見ることが出来るようになった観客達が見たのは…闘技場の中央に立つラクサスと…地に倒れ伏したレイヴンテイルの5人だった。

 

『こ、これは一体…!?』

 

「ラクサス!」

 

「ラクサスが消えて別のラクサスが!?」

 

「な…!イワン…!?」

 

『しかし…これは…何が起きたのでしょう…!?』

 

「ギルドマスターカボ!アレクセイの正体はマスターイワンカボ!!」

 

アレクセイの中身がイワンだと気がついたマトー君が叫んだ。

それによって観客達もアレクセイの正体がイワンであると理解した。

 

『先程まで戦っていたラクサスとアレクセイは幻だったのか!?立っているのはラクサス!試合終了!!』

 

『そスて見えない所で5人がかりの攻撃…更にはマスターの大会参戦…これはどう見ても反則じゃの』

 

『な、何はともあれ勝者は…フェアリーテイルBのラクサス!!』

 

「あいつ一人でレイヴンのメンバー全滅させたのか!?」

 

「さっきのエルザといい…MPF消滅させたリュウマといい…」

 

「バケモンだらけじゃねえか!妖精の尻尾(フェアリーテイル)!!」

 

観客もレイヴン5人を一人で全滅させたラクサスに賞賛の声と拍手を盛大に送る。

フェアリーテイルのメンバーも大歓声をあげた。

 

賞賛の声と拍手、そんな大歓声を浴びながら闘技場を去ろうとするラクサス、そんな時に気絶から回復したイワンが背中に声をかけた。

 

「今回はオレの負けだ。だが…これだけは覚えておけ…ルーメン・イストワールはフェアリーテイルの闇。いずれ知る時が来る…フェアリーテイルの正体を…ククク…ハハハハハハハ!!!!」

 

ラクサスはイワンの言葉に驚いた顔をし、振り向いて言い放ったイワンを見るが…イワンは笑いながら王国兵に連れて行かれていた。

 

イワンの他にもレイヴンテイルのメンバー達も王国兵に連れて行かれていった。

 

ラクサスはイワンが長い年月を掛けてでも欲したルーメン・イストワールとは何なのか疑問に思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてレイヴンテイルのメンバーが連行されている中…

 

 

 

「また会おうキキ…妖精の尻尾(フェアリーテイル)…キキッ」

 

 

 

 

 

オーブラの使い魔が服の中から飛び出し、逃げていくのを…観覧席にいるリュウマは絶対零度の眼で見ていた。

 

 

 

 

 

 




ブリューナク如何でしたか?
私はブリューナク大好きなんです。
まぁ、私オリジナルの真名解放でしたが…。



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第四五刀  戦う少女達 修羅の威を狩る虎

最近低評価が増えたのでモチベーションが上がらず下がる一方…。
うーん…流石に非難されると凹みますね…。




 

 

───フェアリーテイルB観覧席

 

 

レイヴンテイルの不正が発覚し、大会に3年間の出場停止を下されてレイヴンテイルの者達全員が王国の兵士に連行されている中、ラクサスは自分のチームの観覧席へと戻って来ていた。

 

「お疲れ様、ラクサス」

 

「お疲れ様ですラクサスさん」

 

「ギヒッ!お前ならやると思ってたぜ」

 

「おう。まぁ、任せろって言ったしな」

 

ラクサスはそっぽを向きながらそう言うが、ミラとジュビアは顔を見合わせながらクスリと笑った。

ぶっきらぼうだが、とても頼もしいのは先程の戦いを見ていれば分かる。

 

「ラクサス」

 

「リュウマか。お前の分も叩き込んでやったぞ」

 

「ふっ…実にいい戦いっぷりだったぞ」

 

2人は顔を見合わせながら笑って互いに拳を打ち付け合った。

そんな2人は他から見ているととても仲がいい戦友のようであった。

 

「それにしてもアレには驚いたぞ」

 

「…?アレってなんだ」

 

アレ…と表されるものに覚えがないラクサスはリュウマに聞き返すが、それに対してリュウマはニヤニヤとしながら見ていた。

ラクサスは何故かその顔に嫌な予感を感じた。

 

「いやはや…よもやラクサス本人が俺のことを()()と呼んでくれるとは…な?」

 

「はっ…!?まさか聞こえて…!」

 

幻影は効かないことは分かっていたが、まさかあの時のセリフを聞かれていたとは思わず狼狽える。

 

「そう狼狽えるな。お前の口から出て来た友達…良い響きではないか」

 

「やめろおぉぉぉぉ…!!!!分かったから取り敢えず黙れ…!」

 

「なんだ、別に良かろうに………友達なのだから」

 

「やめろって言ったよな!?」

 

リュウマがラクサスで弄って遊んでいるのを余所に、ミラはそんな2人を微笑ましそうに見ていた。

 

「なんでミラさんはそんなに微笑ましそうに見ているんですか?」

 

「ふふふ、だってリュウマがあんなに嬉しそうにしてるんだもの♪見ていると私も嬉しくなっちゃうわ♪」

 

「嬉しそう…?」

 

ジュビアは少し首を傾げながら弄っては雷で攻撃して弾くという連鎖をしている2人を見た。

その中でリュウマを見てみると、確かにどこか嬉しそうだった。

 

「ね?嬉しそうでしょ?」

 

「言われてみれば、そうかもしれませんね」

 

そう言って2人はふふふと笑った。

 

 

「ラクサスやめろぉ!!こっちに被害がきてんだよ!!」

 

ガジルはリュウマが弾いたラクサスの雷から一生懸命避けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラクサスとレイヴンテイルのバトルパートが終わっても、この日はまだ消化していない試合があるため大魔闘演武は続く。

 

運営側の競技の結果でレイヴンテイルは失格となり、レイヴンテイルの大会出場権を3年間剥奪となった。

もっとも、イワンが言っていたルーメン・イストワールを奪う計画は絶たれたため、イワンが大会に現れることはないだろう…。

 

『さて、何とも後味の悪い結果となりましたが…続いて第四試合!本日最後の試合です!!』

 

実況の紹介によって闘技場へと入ってきたのは…

 

 

『フェアリーテイルAからウェンディ・マーベル!』

 

「頑張れよウェンディ!」

 

「はい!」

 

 

『ラミアスケイルからシェリア・ブレンディ!』

 

「がんばっちゃうよー!」

 

「思いっきりやってきなさい」

 

「はい!!」

 

シェリアはジュラからの鼓舞に元気よく応えて闘技場の中央へと走って向かって行き…

 

「きゃうっ」

 

何も無いにも拘わらず前からダイブするように倒れた。

そんな姿に観客は面白そうに笑っている。

 

「あ、あの…大丈夫ですか…?」

 

自身の対戦相手のシェリアが倒れたので小走りで近寄って行き…

 

「あうっ」

 

ウェンディもシェリアと同様に前からダイブするように倒れた。

そんな2人の姿に観客は大受けして笑いを取る。

 

「よ、よろしくお願いしますっ」

 

「う、うん。よろしくねっ」

 

2人は倒れながらも顔を合わせて挨拶をした。

そんな2人を見ながらフェアリーテイル応援席にいるメイビスは、シェリアから感じる魔力に目を細めていた。

 

『こ、これはなんとも可愛らしい対決となったぞー!オジサンどっちも応援しちゃうピョン!』

 

『あんたキャラが変わっとるよ』

 

2人の可愛いさにやられて実況のチャパティが鼻の下を伸ばしながら興奮していた。

それには流石のヤジマも引いた。

 

 

 

 

闘技場でウェンディとシェリアの試合が始まろうとしている時、街に変装しながら魔力の正体を追っていたジェラールはゼレフの魔力を感知した。

 

「これは…!…会場の方か…!!」

 

直ぐさま魔力の場所を特定すると全速力で闘技場へと向かって行った。

その時にウルティアとメルディには待機を言い渡しておく。

今合流するより、一番近いジェラールが向かった方が早いからだ。

 

 

 

 

 

 

『大魔闘演武3日目最終試合。フェアリーテイルAのウェンディVSラミアスケイルのシェリアの試合…開始です!!!!』

 

──折角リュウマさんにも修行手伝ってもらったんだ…頑張らないと…!

 

「行きます…!」

 

「うん…!」

 

心の中で気合いを入れ、シェリアを鋭く見据えた。

そんなウェンディの視線を向けられたシェリアは戦う者の顔つきとなる。

 

「『攻撃力強化(アームズ)』・『速度上昇(バーニア)』…付加(エンチャント)!!」

 

「おっ」

 

「『天竜の翼撃』!」

 

直ぐさま自身の攻撃力と速度を上げる魔法を使い、天竜の翼撃でシェリアを狙う。

しかし、速度を上げたウェンディの翼撃をシェリアは柔らかい動きで全て躱した。

軽く躱されたことにウェンディが驚く。

 

「『天()北風(ボレアス)』!!」

 

「ウェンディ…!」

 

「黒い風!?」

 

「あいつ…」

 

シャルルがウェンディの心配をし、ナツが黒い風に驚き、オルガが何かを悟った。

ウェンディはシェリアが風の渦を出す瞬間に風の動きを感知し、その場で跳んで回避していた。

 

「すごい!これを避けるんだね!…だったら──」

 

自分の初撃を避けてみせたウェンディに驚きながらもそのまま黒い風を操って急接近した。

 

「──『天神の舞』!!」

 

「うわぁあぁぁあぁぁあぁぁぁあぁぁ…!!」

 

「まだまだ…!!」

 

そのままウェンディに黒い風による暴風の渦に巻き込ませて上空へと吹き飛ばした。

吹き飛ばされたウェンディは空中で両手に展開した風によって体勢を立て直しながら、追撃のために向かってくるシェリアを迎撃した。

 

「『天竜の鉤爪』!」

 

「うぐっ…!」

 

蹴りを真面に顔で受けたシェリアは下へと落ちていき、ウェンディも停滞することが出来なくなり下へと落ちていった。

 

「『天竜の──」

 

「『天神の──」

 

2人は着地と同時に大きく息を吸い込んで魔力を溜め込む。

シェリアの吸い込む動作を見たナツやガジルやラクサスは気がついた。

 

失われた魔法(ロストマジック)…」

 

「シェリアは天空の滅神魔法を使う…天空の滅神魔導士(ゴッドスレイヤー)だ」

 

メイビスは応援席で呟き、観覧席にいるリオンは誇らしそうに何故かグレイに向かって言い放った。

 

 

     「『咆哮!!/怒号!!』」

 

 

そんな中…闘技場にいる2人のブレスが同時に放たれ衝突し、辺りに強い衝撃を伝えた。

 

滅竜魔法が竜迎撃用ならば…滅神魔法とは神迎撃用の魔法となる。

人間が神を葬るために編み出された魔法…その威力たるや…

 

「うっうぅ…」

 

「ふふふっ」

 

同時に着弾したにも拘わらず、ウェンディへ一方的に傷を付ける程の威力だ。

決してウェンディの咆哮が弱いのではない。

ただシェリアの咆哮の威力がウェンディの咆哮を凌駕したのだ。

 

『おぉっとぉぉぉ!!何と!可愛らしい見た目に反して2人とも凄い!!凄い魔導士だーーーー!!!!!』

 

『あんた…カツラが…』

 

実況のチャパティが盛り上がりを見せる中、ラハールがカツラの無いツルツルの頭を見て呟いた。

チャパティのカツラはウェンディとシェリアの咆哮の衝突した威力による暴風で星となったのだ。

 

「驚き…ました…」

 

「リオンから聞いてたんだ。フェアリーテイルにアタシと同じ魔法を使う子がいるって!…ちょっとやり過ぎちゃったかな?ごめんね、痛くなかった?」

 

少し痛む腕をもう片方の腕で押さえながら立ち上がるウェンディを見て、シェリアは痛くないかと聞いたが…ウェンディは戦いであるから大丈夫だと答えて立ち上がってみせた。

 

シェリアはウェンディに戦いを楽しもうと言うが、ウェンディは元々戦うことは得意ではない。

しかし、ギルドのために頑張ると言い放った。

 

「うん!それでいいと思うよ!アタシも“愛”とギルドのために頑張る!」

 

「ハッ…!?」

 

話しながら魔力を溜めて風を纏っていたシェリアが黒い風をウェンディへと飛ばして吹き飛ばした。

 

だが、そう簡単にやられる訳にはいかないので力強く足を踏みしめて耐えた。

 

──みんながここまで繋げてくれたんだ…!エルフマンさんに後は頼むって言われた…リュウマさんだってこの戦いを見てくれてる…!私は戦いは好きじゃないけど…ギルドの為に戦う時は──

 

「全力でやります…!スウゥゥゥゥーーーー!!!!」

 

辺りにある新鮮な空気を吸い込んで、魔力の回復と自信の強化を図る。

 

「あっ…やっぱり“空気”を食べるんだね!じゃあアタシも…いただきまふぅ…!」

 

それを見ていたシェリアもウェンディと同じように空気を食べ始めた。

やはりゴッドスレイヤーもドラゴンスレイヤーと同じくその属性の物を食べるようだ。

 

「はむっ…はむっ…はむっ…」

 

「あむっ…あむっ…あむっ…」

 

2人はほっぺたを膨らませながらも一生懸命空気を食べている。

そんな2人は小動物のような愛らしさがあるため、闘技場内はほんわかとした柔らかい空気となった。

 

因みに、2人が空気を食べたためか…闘技場内の酸素濃度が薄くなったような気がした。

 

そして大凡回復が出来たのかウェンディが空気を食べることをやめ、高い魔力を籠めながら構えた。

 

 

「滅竜奥義───」

 

 

「なっ!?もう片方を修得したとでも言うのかい…!?」

 

「出るぞ!」

 

「ウェンディが奥義だと?」

 

「これ凄いんだよ!」

 

「勝ったわね」

 

ウェンディが言った滅竜奥義という言葉に、試合を見ていたポーリュシカが驚いた。

滅竜奥義の全貌を見たことのあるナツやルーシィはついにきたか!とテンションが上がっている。

 

対戦相手であるシェリアは驚愕していた。

それは何故か?それは…

 

「『照破───」

 

「何…コレ…!?風の結界!?閉じ込められた!?」

 

シェリアの周りを風の結界が逃げ道の無いように包み込んでいたのだ。

 

これは修行の時、武器を持たない徒手空拳であるリュウマをも閉じ込めてみせた結界だ。

そして…

 

 

「───天空穿(てんくうせん)』!!!!」

 

 

風の結界によって逃げ道が無いシェリアを…集束した風の暴力が穿った。

 

そんな一撃を見た観客は目を見開き、リオンは直撃したシェリアの名を叫んだ。

シェリアは体中に傷を負って倒れ伏したままだ。

 

──ミルキーウェイはリュウマさんと一緒に解読したけど…戦闘用じゃない…これが私の全力…全魔力…やり過ぎちゃったかな…?でも…これで…。

 

『シェリアダウーーン!!勝者は──』

 

「あぅ~ごめんね!ちょっと待って、これからだから!」

 

「………え?」

 

マトー君が起き上がらないために試合終了の合図を出そうとした時…シェリアが起き上がった。

勝ったと思って脱力していたウェンディは信じられないものを見た。

それは…

 

「ふぅー…やっぱすごいね」

 

シェリアの体中にあった傷が()()()()()()()()()()

 

完全の無傷であった。

 

天空の滅神魔法はウェンディが出来なかった傷の回復を可能としていたのだ。

ウェンディは傷の手当てが出来ないので傷だらけのままだ。

 

「降参しない…のかな?」

 

シェリアの言葉にウェンディは目で応える。

その目に降参の意思は見えなかった。

それでも、フラフラしているウェンディに降参するように論したのだが…

 

「できません。私がここに立っているということは…私にもギルドの為に戦う覚悟があるという事です。情けはいりません。私が倒れて動けなくなるまで全力で来て下さい!お願いします!!」

 

フェアリーテイルのメンバー達はウェンディを止めようとした。

しかし…小さな少女がギルドの為に…と、ここまで言っているのだ。

止めることなど…以ての外だった。

 

「……うん!それが礼儀だよね!」

 

そしてシェリアはそれを承諾した。

全力できてほしいといっているのだ、それに対して応えるのが礼儀だと思った。

 

故にこれから全力でやる。

 

「じゃあ今度はアタシが大技出すよ!この一撃で楽にしてあげるからね!」

 

「…!」

 

「滅神奥義!!!!」

 

黒い風がシェリアの周りに展開されて空気の渦のようになっている。

その風に籠められた魔力はかなりのものだ。

 

「よせシェリア!」

 

「それはいかん!」

 

「バカタレ!相手を殺すつもりかい!!」

 

「全力の気持ちには全力で応える…それが“愛”!!」

 

ラミアスケイルの観覧席と応援席でシェリアの奥義の威力を知っているリオンとジュラとオババは叫ぶが、シェリアは全力で応えると言った手前…もう取りやめることはない。

 

シェリアが撃ち出すために構えると、黒い風が黒い羽のような形を形成していく。

その羽の一つ一つはかなりの魔力を内包していた。

 

そしてその魔力の塊を…放った。

 

 

      「『天ノ叢雲(アマノムラクモ)』!!」

 

 

黒い羽の形をした魔力の奔流はウェンディを…呑み込むことはなく、ウェンディの横スレスレを通り過ぎて行った。

それには撃った本人であるシェリアも驚いている。

 

 

 

 

 

───フェアリーテイルB観覧席

 

 

「ありゃあ外れたのか?」

 

「いや、あれは外れたのではない…()()()()のだ」

 

「どういうことですか?」

 

ラクサスが疑問に思って口にしたことをリュウマが答えた。

しかし、何故外させたのか分からないのでジュビアは詳細を聞くために質問した。

 

「シェリアが出来るのは傷の回復であって体力の回復は出来ん。しかしウェンディは傷の回復は出来んが…体力の回復は出来る。つまり、ウェンディはシェリアが奥義を放つ瞬間に体力を回復させた」

 

「んで勢いがつきすぎて狙いが外れた…ってことか?」

 

「うむ、そういうことだ。一歩間違えれば体力を回復させただけで奥義が直撃する賭けのような作戦だが…ウェンディは見事やり遂げた…見事!」

 

リュウマは感心するようにウェンディ達の戦いを見ている。

闘技場では、小さな女の子達が意地のぶつかり合いで戦っていた。

 

 

 

 

 

 

──闘技場

 

 

ウェンディが攻撃をして傷を付ければシェリアは魔法で直ぐさま回復する。

しかし、シェリアが傷を付ければウェンディは回復することは出来ない。

 

それでも…ウェンディは立ち向かい戦った。

 

その拳に乗せる想いはとても強く大きく…とても美しく、見ていて圧巻の一言であった。

 

2人は小さな手でぶつかり合うが、終ぞ決着はつかず…タイムアップによって戦いの終わりは告げられた。

 

『タイムアップ!!ここで時間切れのため試合終了ー!!!!この勝負は引き分けです!!』

 

実況のコールの後に起こったのは…観客からの拍手の嵐であった。

小さな女の子がギルドのために戦い、大健闘してみせたこの試合は観客の多くの人間の心を動かしたのだ。

 

「大…丈夫…?」

 

「は…い。」

 

互いにボロボロになりながら相手の顔を見ていた2人は一緒に吹き出して笑った。

 

「楽しかったよ、ウェンディ」

 

「あっ傷が…ありがとうございます」

 

シェリアは自身の傷を治すとウェンディの元へと行って傷を治して上げた。

 

「ね!友達になろうよ!」

 

「あっはい!私なんかでよければ…」

 

「違うよ!友達同士の返事!」

 

卑屈になるウェンディに笑ってみせて手を差し伸ばすシェリア。

 

「友達になろっウェンディ」

 

「──うん!シェリア!」

 

2人は握手をして友達となった。

戦いの後にあるのは何も、勝者と敗者だけではない。

 

時には…互いに魅せあい、友を得るのだ。

 

 

 

 

所変わり闘技場の応援席では…ゼレフの魔力を追ってきたものの、その魔力の持ち主がシェリアだと思っていたのだが、試合が終わったにも拘わらず魔力が移動しているため更に追い駆けていった。

 

その時にリュウマから貰った通信用ラクリマでリュウマとエルザに連絡を入れた。

 

 

 

その場面を…1人の復讐に燃える女に見られていたと気づかぬままに…。

 

 

「ジェラール…!!私が…この手で…!!」

 

 

こうして大魔闘演武3日目は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───大魔闘演武4日目

 

 

大魔闘演武四日目の競技パートは『海戦(ナバルバトル)』。

 

各ギルドの各チーム1名が闘技場に設置された大きな球状の水の中に入って他の選手を攻撃しあい、水球から外に出てしまったら負けだ。

故に最後まで残った者こそが優勝となる。

 

ただし、最後に2人だけ残った場合にのみ、特殊ルールが追加される。

その特殊ルールの内容は5分間の内に場外に出てしまった方は…なんと最下位となる。

 

ルールの確認をした各チームは参加者を決めていく。

 

 

 

 

──蛇姫の鱗(ラミアスケイル)からはシェリア。

 

 

「頑張るんじゃぞ」

 

「うん!がんばるぞー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

──青い天馬(ブルーペガサス)からはジェニー。

 

 

「ミラにやられたけど…今度こそ負けないんだから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──人魚の踵(マーメイドヒール)からはリズリー。

 

 

「人魚をなめちゃあいけないよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──妖精の尻尾(フェアリーテイル)Bからはジュビア。

 

 

「水といったらこのジュビア!これはジュビアの独壇場です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──剣咬の虎(セイバートゥース)からは…ミネルバ。

 

 

「この競技は都合がいい。さて…どうしてくれようか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──妖精の尻尾(フェアリーテイル)Aからはルーシィ。

 

 

「昨日はウェンディも頑張ってたし、あたしも負けられない!…それにこの競技はアクエリアスに有利の場所だしね!」

 

 

 

 

『おぉっとぉ!?これはまた華やかな絵になったー!!各チーム女性陣が水着で登場だーー!!』

 

『ありがとうございます…ありがとうございます』

 

実況のチャパティと、大魔闘演武4日目のゲストであるシェラザート劇団座長・ラビアンが興奮のをしながらコメントした。

因みに観客席にいる男性陣も多大な興奮に包まれている。

 

 

──あと、四つ首の仔犬(クワトロパピー)からはロッカー

 

「あの~…オレもいるんですけど…ワイルドォ…」

 

水着の女性陣に混じっての参加となるが、誰もが女性陣ばかり見ていた誰もロッカーを見ていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

『外に出たら負けのナバルバトル…開始です!!』

 

実況からの試合開始のコールが入り、選手達はみんな臨戦態勢をとる。

 

「早速だけど…みんなゴメンね!開け宝瓶宮の扉…アクエリアス!!」

 

「オォォォォッ!!水中は私の庭よォ!!」

 

試合開始直後にファーストアタックを仕掛けたのは…アクエリアスを呼び出したルーシィだ。

アクエリアスは水が無ければ出せないが、この競技は水の中…好きなときに最強の星霊を呼び出すことが出来る。

 

呼び出されたアクエリアスは両手に持つ武器である壺から渦巻く水流を生み出す。

 

「させない!『水流台風(ウォーターサイクロン)』!!」

 

アクエリアスの攻撃範囲から抜け出そうと動く中で唯一…ジュビアだけがその場に残り、迫る渦に向かって同じような渦をぶつけた。

 

アクエリアスとジュビアの魔法がぶつかり合い力比べとなる。

自身の水の渦に対抗してくるジュビアにアクエリアスは驚いた。

 

「互角!?」

 

「ジュビアは絶対に負けません…!」

 

アクエリアスとジュビアは互いに互角という白熱した戦いをしている。

しかし、戦っているのはこの2人だけではない。

 

「まず一人!」

 

「ワイルドォォッ!」

 

アクエリアス達の余波を含む攻撃範囲から抜け出していたジェニーは、周りを見渡していて隙だらけのロッカーに蹴りを入れて場外へと吹き飛ばした。

 

「その間にあなたも!」

 

「ぽっちゃりなめちゃいけないよ!」

 

他の所では両手に黒い風を展開し、多少の推進力を得たシェリアがリズリーの背後から迫った。

 

黒い風を纏ったシェリアの攻撃を、リズリーはぽっちゃりさせた体型をほっそりとしたグラビアモデルのような体型となって躱した。

 

──さて…妾はいつ始めようか…。

 

水中での戦況を見ながら悠々と佇み、自身の計画を実行させるタイミングを見計らっていた。

 

「私は戻るよ」

 

「へ?…ちょっと待って!水中じゃあんたが一番の頼りなのに…てかなんで!?」

 

「ふふん。デートだ」

 

「ちょっとぐらい待ってよ!?」

 

まさかの戦闘中での帰る宣言に仰天する。

そして理由がまさかまさかの予想通りすぎてまたも仰天する。

 

「悔しかったらお前も彼氏作るんだね」

 

「待ってよーー!!??」

 

「隙アリ!!」

 

アクエリアスが消えたことで無防備となったルーシィにジュビアが急接近して蹴りを入れる。

攻撃を防ぐことが出来なかったために場外へと飛ばされそうになる。

 

「ひえぇぇぇぇっ!ば、バルゴ!アリエス!」

 

「セクシーガードです。姫」

 

「もこもこですみませ~ん…!」

 

バルゴとアリエスを緊急召喚して2人をクッションにすることにより、どうにか場外まで出なくてすんだ。

会場は新たな(水着の)美女の登場にボルテージが上がった。

 

『水中での激戦が続いています!ガンバれ!シェリアたん!!それにしてもフェアリーテイルA!何故ウェンディたんを出さなかったのかァ!?』

 

「うるっさいわ!?」

 

実況席のチャパティが本気で残念そうに言うのにツッコミを入れているところで…ジュビアが動いた。

 

「全員まとめて倒します!──今こそ見せます!第二魔法源(セカンドオリジン)の解放により身につけた新必殺技…届け愛の翼!!グレイ様ラブ!!♡」

 

「やめろーーーー!!!!????」

 

フェアリーテイルAの観客席でグレイが叫んだ。

残念だが…その叫びはジュビアへと届いていなく攻撃を続ける。

 

またもジュビアが水中で渦を発生させる。

しかし…その渦にはこれでもかとハートマークが入っていた。

 

──さあグレイ様!ジュビアの想いは通じて…

 

期待した目でAの観覧席にいるグレイを見るのだが…本人はドン引きしていた。

それを見たジュビアはガーンと落ち込む。

 

しかし、ジュビアの想いを乗せた攻撃は見た目に反して強力でジェニー、リズリー、シェリアが場外へと投げ出された。

 

ミネルバは腕に魔力を集め、空間歪ませたのか相殺していた。

ルーシィはバルゴとアリエスに腕を引っ張ってもらってまたもどうにか耐えて残っている。

 

『ここでジュビアが三人まとめて倒してしまったー!!水中戦では無敵の強さだー!!』

 

──引かれてしまいましたが…ジュビアはこんなに活躍しましたよ…!

 

再びAの観覧席にいるグレイへ視線を向けるジュビアなのだが…見た目に反して強力であるが故に違う意味で引いていた。

 

またガーンとショックを受けていたジュビアだったのだが…突如訳も分からず水の外…場外へと出てしまった。

 

残るはルーシィとミネルバの2人のみ…。

ミネルバは唇を歪め、冷たい視線でルーシィを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

──フェアリーテイルB観覧席

 

 

「あんのバカが!」

 

「え、何で?」

 

「今、何された?」

 

「あのセイバーの女がやったようだ」

 

リュウマの言葉にミネルバを見やるラクサス達。

だが、どうやったのか分からないので説明してくれるようにミラが頼んだ。

 

「あの女は何も無い空間から捕まえたハッピーを出したことがある。それから考えると…別の空間と別の空間を繋げられると考えられる」

 

「空間を繋げる…?じゃあなんで最初にそれやらなかったんだ!?」

 

ガジルの言い分は最もというものだ。

空間を繋げられるならば、最初に発動していれば圧倒的に競技パートを終わらせることが出来たのだから。

 

故に何故直ぐにやらなかったのか疑問なのだ。

 

リュウマはそこに人末の不安を抱きながら試合を見ていた。

 

「…何かするつもりかもしれん」

 

「ルーシィ…」

 

リュウマの言葉にミラはルーシィを心配そうに見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──所戻り闘技場

 

 

『残るはミネルバとルーシィの2人のみ!勝つのはセイバートゥースか!?それともフェアリーテイルか!?そしてここからは5分間ルールを発動します!この5分の間に場外に出た方は最下位となります!』

 

『何の為のルールかね?』

 

『最後まで緊張感を持ってもらうためです!』

 

実況がルールの補足をしている時、ルーシィは胸の前で小さくガッツポーズをとりながら気合いを入れる。

ここまで残れたのは幸運だが、これから5分は場外になってはならないからだ。

 

「フフフ…そなたは運がない。我等の為に餌にでもなってもらおうか」

 

「…餌?あんた一体何───」

 

突如言われた意味の分からない言葉に聞き返そうとするルーシィのすぐ隣で空間が歪んだ。

 

なんだこれと不思議に思った瞬間…いきなり爆発した。

 

──何これ…!熱い…!!

 

水の中であるというのに、その爆発は熱を持っていた。

それには観覧席にいるナツ達も驚いている。

 

爆発の威力によって反対方向へと吹き飛ぶルーシィ。

だが…次は吹き飛ばされている途中で頭の上で空間が歪む。

…そして先程同じように爆発。

 

次の爆発は鉛のような重さへと変化しており、無防備のルーシィを襲う。

 

──このままじゃダメ…反撃しないと…!

 

反撃の為、腰のベルトに付けた星霊の鍵を手に取ろうとするが手に取れない。

何故と思いベルトを見た…

 

「あれ!あたしの鍵が…っ!…いつの間に!!」

 

鍵は付いていなかった。

それにまさかと思いミネルバを見ると…ルーシィへ見せびらかすかのように鍵をプラプラと振りながら持っていた。

 

星霊を使役して戦うルーシィは鍵が無くなると戦闘力が著しく低下する。

鍵を取られた故に反撃の手段がない…ことはない…。

しかし、それはバルゴから貰った鞭を使っての白浜戦だ。

 

それに気がついてベルトの反対側に手を伸ばすも…

 

「捜し物はこれか?」

 

「…!鞭まで…!」

 

それすらもミネルバが既に持っていた。

何時の間にか武器を全て取られていることに唇を噛む。

こうなれば残された選択肢は2つに1つ…

 

ミネルバに向かっていき鍵を取り返すか…この5分間を耐えて2位を狙うか…その2つの内1つだ。

 

ミネルバはこれだけの事を一瞬のうちにやってみせた。

それに対して自分は攻撃手段が無い。

だからルーシィは…耐える方を選んだ。

 

「ほう…耐えるつもりか?…ならば耐えてみるのだな!」

 

またも空間が歪み爆発した。

それは背中からの爆発であったために前方にいるミネルバの方へと吹き飛ばされる。

 

「そら!」

 

「がふ…っ!」

 

狙い通り飛んできたルーシィの腹に向かって蹴りを入れてダメージを与える。

蹴りの衝撃によってルーシィは腹から何かがこみ上げてくる感覚に襲われるが…我慢して無理矢理耐える。

 

「まだ終わらんぞ。時間はまだまだあるのだからな!」

 

ルーシィの目の前の空間が歪み、腕でガードする前に爆発が起こりまたも吹き飛ぶ。

今回は威力が強かったため、このままの速度で行けば確実に場外になる。

 

「うっ…今…場外になるわけには…いかないのっ」

 

それを手足を使って速度を殺し、場外になるギリギリで耐えた。

それにはフェアリーテイルのメンバー達の胸が熱くなった。

もうリタイアしてもいいというのに…彼女は一生懸命に2位を取ろうと藻掻いているのだ。

 

「…ふん。根性だけはあるようだな。…それがいつまで持つか楽しみというものよ!!」

 

「きゃあああぁあぁあああぁぁぁ…!!」

 

背中側の空間が歪み爆発…吹き飛ばされてミネルバの元へと行き打撃を与えられる。

それを何度も繰り返されて体は痣だらけだ。

 

そこで…誰かが不可解に思った。

 

先程からミネルバはその場から動いていない。

それはまだいい…だが問題は…

 

 

同じ方向から同じ方向へルーシィを引き寄せ、嬲っているのだ。

 

 

 

 

まるで…痛めつけているところを態と誰かに見せているように…。

 

 

 

 

 

 

 

──フェアリーテイルB観覧席

 

 

「ひどい…」

 

「なんてことを…」

 

「抵抗出来ないの奴をここまでやるとはな…!」

 

「ギヒッ!…なんつー奴だ」

 

Bチーム内で闘技場での戦いについて呟いている中…リュウマは只管表情の無い顔で試合を見ていた。

 

──あの女…態とこっちに見えるように角度を調節して…

 

リュウマは横やりを入れることが出来ず…奥歯をギリッと鳴らした。

 

 

 

 

 

 

──闘技場

 

 

ミネルバからの猛攻を繰り返される中…ルーシィの目からは光が消えてなどいなかった。

ミネルバからの猛攻を受けながらも己自身を鼓舞するかのように叫んだ。

 

「あた…しは…どんな攻撃にも…耐えてみせる!こんな所で負けたら…ここまで繋いでくれたみんなに…合わせる顔がない!絶対に…っ…諦めない!」

 

「…………。」

 

ルーシィの絞り出すような声で放たれた言葉にフェアリーテイルのメンバーの中には泣き出す者もいた。

ミネルバも何か思うことがあったのか、魔力を籠めていた腕を下ろして静止した。

 

そして…

 

『ここで5分が経ちました!これにてどちらが場外に出てもそのチームは2位となります!』

 

ルーシィにとって長く…本当に長く感じられた5分間が過ぎて後は順位をつけるのみとなる。

 

この時…もうルーシィの意識は既に朦朧としており、これ以上攻撃を加えられたら気絶してしまう程にまでやられていた。

 

「もういい!ルーシィ!もう場外に行け!!お前は良くやった!!」

 

AチームやBチーム、フェアリーテイル応援席から良くやった、もういいから場外に出て休めという叫び声がが聞こえた。

 

───そっか…5分…経ったんだね…。

 

これ以上続けても鍵を取られている自分ではどうやっても勝ち目がなく、先程までと同じようにやられるだけなので痛い体を動かして場外に出ようとする。

 

「どこへ行く?」

 

「なっ!?」

 

だが…もう場外だというところで景色が変わった。

 

気がつけば…ミネルバの目前にいたのだ。

 

「言ったはずだ。そなたは餌だ…妾の計画の為にも踊ってもらうぞ」

 

「ぇ…」

 

最後の方はルーシィにしか聞こえないほどの小さな声で告げた。

 

「それにだ…頭が高いぞ妖精の尻尾(フェアリーテイル)!我々を何と心得るか!?我等こそが天下一のギルド…剣咬の虎(セイバートゥース)ぞ!!!!」

 

「きゃあああぁぁぁあああぁぁあぁ!!!!」

 

ルーシィの周りに複数展開された歪みの空間に捕らわれ、直ぐに爆発して発生した衝撃波によって吹き飛ぶルーシィ。

 

ミネルバからの攻撃は終わらず…何度も何度も吹き飛ばされる。

 

『これはさすがに場外にな…って消えた!?と思ったらミネルバの目の前!?』

 

「フンッ!!」

 

「いあぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁ…!!」

 

腕と足を同時に掴まれたことで体を固定され、ミネルバはそんなルーシィの肋を狙って膝蹴りを入れた。

ルーシィは膝蹴りを入れられた瞬間に肋からミシリと嫌な音がなった気がした。

 

 

ミネルバからの攻撃は…止まらない。

 

 

 

 

 

 

「やめろォォォォッ!!」

 

「あいつゥ…!!!!」

 

「ふざけんなよテメェ!!!!」

 

「もうやめてェェ!!」

 

フェアリーテイルのメンバー達はミネルバにやめるよう大声で叫ぶ。

ミネルバはその声が聞こえたのか、やめることはせず、逆にルーシィを更に痛めつけるように攻撃した。

 

 

「「ははははははははははは!!!!」」

 

「見ろよあの女!ボロボロじゃねぇか!お嬢も人が悪いねぇ!」

 

「ククク…そう言うんじゃねぇよスティング。カスなりに頑張ってんだぜ?」

 

「オルガ君も言いすぎですよ…まあ?散々ボク達をコケにしてくれた報いですけどね!」

 

「フローもそ思う」

 

「この光景は記念としてしかと記憶しておこう」

 

「………。」

 

セイバートゥースはルーシィの姿を見て何が面白いのか笑い合っており、フェアリーテイルAチームが自分達を見ていることに気づくと態とらしく嘲笑いの表情をした。

 

どう見ても大会が始まってからの屈辱と、ナツとリュウマによる襲撃の屈辱を合わせて意趣返ししてきている。

 

 

「「「セイバートゥースゥッ………!!!」」」

 

 

そんなセイバートゥースに仲間をやられたことに対する果てしない怒りと共に、セイバートゥースを睨み付けるナツ達だが…今はセイバートゥースを構っている場合ではなかった。

 

このままではルーシィが危ないと直感的に理解し、ナツ達は観覧席から飛び出して駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

──フェアリーテイルB観覧席

 

「ルーシィ…!!」

 

「痛めつけてやがるぞあいつ…!」

 

「もう勝負はついてんだろうが…!!」

 

勝負がついているにも拘わらず痛めつけるミネルバに激昂するBチームの面々であるが…

 

 

         ぶちり

 

 

自分達がいる所の後方から…何かが切れたような音がしたような気がした。

 

その音に伴い後ろを振り返って見てみると…リュウマから膨大な魔力が流れ出ており…周りの3箇所に黒い波紋が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──闘技場

 

 

ずっと続けていたミネルバの攻撃によりルーシィは既に意識を失っていた。

 

観客はあまりに凄惨な光景に声も上げられず、中には目を手で覆い見ないようにしている者もいる。

 

小さい子達は泣き出しており、それはフェアリーテイル応援席にいるアスカも同じであった。

 

──これくらいで良いだろう…最後の仕上げだ。

 

先程からピクリとも動かないルーシィの首を掴み、そのまま手に魔力を籠めていった。

今までやっていた歪みによる爆発を掴んだ手から零距離でやろうとしているのだ。

 

ミネルバはセイバートゥースで最強の魔導士と言われている。

そんなミネルバがかなりの魔力を籠めての爆発を零距離…ルーシィがどうなるかなんぞ考えるまでもない。

 

「「「やめろォォォォォォォ!!!」」」

 

全速力で駆け寄ってくるてくるナツ、グレイ、エルザを目の端に捉えたが…目的は違うため無視し…魔力を放とうとする。

 

「やめさせろォ!星霊魔導士が壊れる!!競技をやめさせろォ!!!!」

 

アルカディオスがマトー君に叫んでレフリーストップをするように促すが…その宣告がされる直前…ミネルバの魔力が爆発して──

 

 

 

 

 

       『三刀流奥義───』

 

 

 

 

 

しまう前に…体が凍るような声が響いた…

 

──フフフ…やっと来たか…!

 

ミネルバが爆発させようとした瞬間…水の闘技場が六分割された。

 

 

 

 

        『六道の辻(ろくどうのつじ)

 

 

 

 

その次に、溜めていたミネルバの魔力が爆発して辺りを水蒸気となった水が包み込む。

 

「「「───ルーシィー!!!」」」

 

まさか今の爆発でやられたのではと思いルーシィの名を呼ぶ3人は、視界が悪く先が何も見えなくなった闘技場で目を凝らした。

 

遅れてウェンディや、心配でウェンディに付いてきたシェリアも追いつき立ち止まって闘技場で目を凝らす。

 

水の闘技場が消えたことで地面に着地したミネルバは、目前にある光景を見て唇を歪め…楽しそうに呟いた。

 

 

「…これで妾の計画通りだ」

 

 

水蒸気が風に流され…映った光景は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気を失っていることでピクリとも動かないルーシィ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなルーシィを抱き抱えている…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  「決めたぞ───貴様等は殲滅対象だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  純黒なる魔力を放出するリュウマであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まぁ…途中に出てくるセイバートゥース本気で最悪ですね笑



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第四六刀  誤った選択 放たれた四頭の竜

皆さんこの時のセイバートゥース嫌いですねぇ…笑




 

 

闘技場に展開されていた水の闘技場を、リュウマは刹那の内に6分割に斬り裂いた。

 

その後はミネルバの魔法による爆発により、6分割された水の闘技場は水蒸気となって消し飛んだ。

 

その中で、リュウマは最速の縮地を使い…爆発の衝撃に襲われる前にルーシィを抱き抱えて闘技場の地面へと降り立った。

 

あまりの早業に眼で捉えられた者はいない。

それに、そんな速度で抱き抱えて移動すれば人間の体はどこかしらの骨が折れたりして重症となるだろう。

 

それでもルーシィがミネルバからやられた傷以外に傷が増えていないのは…抱き抱えると同時に膨大な魔力でバリアのようにルーシィの体を包み込んで防いだことに他ならない。

 

つまり…ルーシィを庇うために魔力で覆っていたために、リュウマは爆発の…それも爆心地ど真ん中を突っ切って来たのだ。

 

その証拠に…彼の服の所々が破けている。

 

しかし…リュウマ本人はそんなことはどうでも良かった。

 

今…彼の心の中を巣くっているのは…荒々しく燃え盛る憤怒。

 

態とらしく観覧席にいる自身へ、見せつけるようにルーシィを嬲ったミネルバをどういった苦痛を与えた後に殺してやろうかと考えていた。

 

そんなリュウマの心の内を知らず、ミネルバはいやらしく口角を吊り上げてリュウマ達を見ていた。

 

「「「リュウマ!ルーシィ!!」」」

 

『おぉぉぉ!?まさかのリュウマの乱入によってルーシィ選手は助け出されました!颯爽と現れ女性を助け出すリュウマ!なんと頼もしいことなのだろうか!!!!』

 

『……。』

 

実況でチャパティが解説をしている隣では、ヤジマがいつもの糸目を少し開き、ミネルバに鋭い視線を向けていた。

 

──ルーシィ…。

 

片膝を付き、横たえて苦しそうにしているルーシィを横抱きに抱き締め、右手をルーシィの頬の方へと持っていく。

 

近くで見ると離れて見ていた時より更に傷が酷かった。

 

体のあちこちに出来ている生々しい傷の数々…女だというのに顔にも傷が出来てしまっており、殴られたり蹴られたりしていたためか大きく腫れている。

 

そのため、頬に持っていった手を止めた。

傷に触れたらルーシィが痛いだろうし、傷に触れる事自体がよろしくない。

 

行き場を失ってしまった右手を握り締める。

力強く握ったためか、手からはバキリと音がした。

 

「…ウェンディ。ルーシィを頼む」

 

「あ、はい!任せて下さい!」

 

「ウェンディは体力の回復を!私が傷の回復をする!」

 

早く傷の手当てをしなければならないので、走って来てくれていたウェンディに回復を頼む。

同じ競技をしていたので近くにいたシェリアもルーシィの傷の回復の為に手伝ってくれた。

 

ウェンディとシェリアによって手当てをされている時、少し離れたところでは観覧席から全速力で走ってきたナツとグレイとエルザがミネルバを睨み付けている。

 

「テメェ…何で意味もねぇのにルーシィを攻撃しやがった!!」

 

「勝負はついてただろうが!!」

 

「やめろナツ!グレイ!今殴りかかるのはダメだ!」

 

ナツとグレイがミネルバに向かって叫んでいる。

エルザは今にも殴りつけそうな2人の腕を掴んで殴りかからないようにしている。

 

「何を言っておるか?妾はただルールに則り試合をしたまでのこと…。感謝してほしいものだ…2位にしてやったのだぞ?その使えぬゴミの娘を。…それにだ。ルール違反をしたのはそっちにいる男であろう?試合中の競技に乱入しただけに留まらず…選手である妾を傷つけたのだからな」

 

「んだとてんめぇぇ!!!!!」

 

「このクソ女が…!!!!」

 

演技がかった風に告げながら赤い血がポタポタと流れ、地面に垂れ落ちている手の平を見せびらかすミネルバ。

それも観客達にも見えるように映像ラクリマで映る位置に手を出していた。

 

「これは最早…出場停止やもしれんなァ?」

 

そう言い放つミネルバはニヤリとしたあくどい笑顔で笑っていた。

 

ミネルバが考えていた計画とは…リュウマの出場停止処分。

 

いくら自分達のギルドが天下一であろうと、聖十のジュラを一方的に打ち倒す高い戦闘能力…。

そして昨日に見せた不正が不可能であるがために魔導士の純粋な強さを測ることの出来るMPFの消滅。

 

それらをやってのけたリュウマという化け物は…セイバートゥースがフィオーレ1に立つには大きすぎる障害だった。

 

ミネルバは愚かであるが馬鹿ではない。

 

セイバートゥース最強を名乗るだけあって冷静な判断を下すことが出来る。

 

それで考えた作戦がリュウマの出場停止だ。

 

戦えば敗北が必須だというならば…戦わなければいい。

詳しく言うと、戦うことすら出来ない状況に立たせればいい。

 

それでルーシィをリュウマに見せびらかしながら嬲ったのだ。

そしてとどめは選手である自身に、乱入してきた存在であるリュウマが傷を負わせたという状況…。

 

だが、傷が出来た手の平を見たナツ達は刹那で理解した。

 

手の平に出来ている傷はリュウマが付けたものでは絶対にない…と。

 

何故そう言いきれるか?考えてもみてほしい。

 

リュウマは巨大な水の闘技場を6分割に()()()()()のだ。

 

どうやったら、闘技場を分割する程の斬撃でミネルバの手の平から…それも多少血が垂れる程度の小さな傷を付けられるのだろうか…?

 

仮に先程の斬撃で傷を付けようと斬撃の軌道上に手を持って行ったとしたら…まず間違いなく手首から先が無くなる。

 

故にナツ達はミネルバが傷を偽装していることを直ぐに看破したのだ。

 

事実、ミネルバは空間を繋げる事が出来る。

それに先程あったではないか…観客や実況、はたまた観覧席にいる魔導士達ですら視界を0にする程の()()()()

 

爆発で発生させた水蒸気ですらミネルバの計画のうちであったのだ。

後は水蒸気の中で別の所からナイフを取り出して自分の手を切るだけだ。

 

笑っているミネルバに看破した傷について問い詰めて吐かせてやろうと、腕を掴んで止めていたエルザの手を振り払って一本踏み出した…が。

 

それを邪魔をする奴等がいた。

 

「おっと…いくらナツさんでもお嬢には近付かせねぇよ?」

 

立ちはだかったのはセイバートゥースの観覧席にいたスティングとルーファスとオルガだった。

ローグはレクターとフロッシュと一緒に観覧席に残っていた。

 

 

両者が睨み合う中…リュウマが動いた。

 

 

治療されているルーシィを見ていたリュウマが、ユラリと立ち上がり…セイバートゥースの方へとゆっくりとした足取りで向かっていく…。

 

顔は俯かせており、被っている三度笠のせいで表情を見ることは出来ない。

だがそれでも…怒り狂っているのは分かった。

 

何故なら…彼の周りの空間が放出される凶悪な魔力の圧力に耐えきれず…悲鳴を上げているのだから…。

 

『おぉーーーとっ!?これは両チーム一触即発かーー!!??』

 

実況でチャパティが冷や汗を流しながら叫び、観客はこれからどうなるのかソワソワしながら見守っている。

 

「リュウマさんも落ち着きなよ。お嬢はルールに則って試合を───」

 

スティングはリュウマを宥めるために喋り掛けるが…それ以上言葉を続けることをやめた。

 

いや…やめざるを得なかった。

 

ゆっくりと歩って来るリュウマが手をセイバートゥースに向かって翳すと…ミネルバを含めてスティング達4人の首元に剣・斧・槍・刀が添えられていたのだ。

 

彼等は武器の元を辿ってみると…何時の間にか背後に黒い波紋が広がり、その中心から突き出ていた。

 

その間も近付いていたリュウマが直ぐそこまで来ており、ナツ達は底知れぬ圧力を感じて彼のために道を割く。

 

そして…とうとうセイバートゥースの面々の前まで来た。

 

「…貴様は俺を選手として出場停止させいたいのだな」

 

最初に発したリュウマの言葉はそんなものだった。

完全な事実を述べている声色で言い放った彼に何故バレたと心の内で驚くミネルバ。

 

「良いだろう。出場停止だの永久停止だの好きなように受けてやる。その代わり───」

 

スティング達は背中にゾクリとした嫌な予感を覚え、体を震わせた。

それも体温が急激に下がり、超重の重りを体につけられたような感覚がし、リュウマの顔を見ると…瞳に何も写していなかった。

 

「この場で貴様等を斬り刻んで殺して残りのセイバー共に食わせる。後はその残りのセイバーも殺してそこらのカラスにでも食わせ、マスターであるジエンマも殺す。貴様等に明日は無い。この場で終わりだ」

 

己の手元に1本の身の丈程の大きさをした鋸を召喚しながら身の毛もよだつような言葉を吐き捨て…構えた。

 

「精々あの世で悔やむがいい…己の愚かさをな」

 

流石にやらせるわけにはいかなく、ナツ達やマトー君が止めようとするが…彼は既にセイバートゥースへ向かって振り下ろし──

 

「リュウマ…」

 

「──────ッ!!!!」

 

スティングの首を斬り落とす直前で止まった。

後ほんの少し遅かったら確実に落とされていた…。

身を以て知ったスティングは顔を青くさせた。

 

当の本人は掠れて普通ならば聞き逃すであろう声を聴いたために止まった。

 

己の名を呼んだ…ルーシィの声に…。

 

「ルーシィ…!」

 

彼は直ぐさまルーシィの元へと急いだ。

ルーシィは半分閉じているが目を開けており、リュウマのことを見ていた。

 

自分の掠れるような小さな声に反応し、態々走り寄って来てくれたリュウマに弱々しいながらも手を伸ばす。

 

そんなルーシィの手をリュウマはしっかりと取り、両手で優しく包んで握った。

それに嬉しそうにしながら、ルーシィはリュウマに優しく語りかける。

 

「リュウマ…そんな恐い顔…しないで…笑って?」

 

言われたことにハッとし、少し目を瞑って精神を落ち着かせてから出来るだけ優しく微笑みかける。

ルーシィはそんな笑顔に満足したのか続ける。

 

「やっぱり…あたしは…リュウマの優しい笑顔…好きだよ…それにね…2位…取ったよ」

 

「あぁ、見事であったぞ…よくやった」

 

まだ傷が治りきっていない顔で誇らしそうにするルーシィに、魔力を解放しそうになるも、どうにか耐えて頷きながら褒めてやる。

 

「それでね…あたし…ここまでしか…出来なそうなの…後は…リュウマに任せても…いい?」

 

「あぁ…あぁ…!任せておけ…!俺が必ずや妖精の尻尾(フェアリーテイル)を優勝させよう…!」

 

「ふふ…ありがとう…じゃあ、おねが…い…───」

 

最後にそう言い残して完全に気絶した。

リュウマはそんなルーシィを少しの間見続けてから右腕を背中に、左腕を膝下に通して抱き上げた。

 

そしてそのまま闘技場の選手出入り口へ向かって歩き出す。

目指すはポーリュシカのいる医務室である。

 

「これだけは言っておいてやる。お前達は───怒らせてはならないギルドと人物を怒らせた」

 

エルザは最早セイバーに意味はない警告を出し、ナツ達と一緒にリュウマの後を追っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何なんだよあれ…」

 

スティングは去って行くリュウマ達の後ろ姿を見ながら首を擦っていた。

リュウマに首を斬り落とされそうになった時…一瞬本当に斬り落とされたかと思ったのだ。

 

そして一番驚愕したのが…何の躊躇いも無く首を狙ったこと…。

…ルーシィの声が無ければ確実に死んでいた。

 

その事実が、やられたわけではないのにルーファスやオルガにも伝わった。

 

「…あの時の眼…確実に人を殺したことのある者の眼だった」

 

スティングに鋸を構える時に見えたリュウマの瞳は…何も写していなかったのは分かった。

しかし…その奥に…途方もない殺意が秘められていた。

 

その時の眼を思い出し、自身の作戦は決行して正解だとしみじみ思った。

あれ程の男は強敵なんてレベルではない…と。

 

 

しかし、セイバートゥースは気づいても遅すぎた…。

 

 

もうとっくに特大の火種は自分達で撒き散らしてしまっているのだから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───フェアリーテイル用医務室

 

 

リュウマ達がルーシィを医務室に運んでから少し経っていた。

その部屋にはフェアリーテイルAチームとBチーム、ハッピーやシャルルにリリーもいる。

やはり痛めつけられたルーシィが心配だったのだ。

 

傷はシェリアが応急処置とし、魔法を掛けてくれたおかげで傷痕すら残っていない。

ウェンディもルーシィの体力を回復させてくれたので、今は休ませてあげれば直ぐに良くなる。

 

「ん…うっ…」

 

AチームやBチームのみんながルーシィを見守っていると、ルーシィが目を覚ました。

 

そんなルーシィにリュウマはゆっくりと近付いてベッドの脇に置いてある椅子に座り、ルーシィの頭を優しく撫でてやる。

 

「ありがとうリュウマ…」

 

「良い。今は休んでおけ」

 

「うん。そうするね…あ、あたしの鍵…」

 

「はい、ルーシィ」

 

ハッピーがルーシィの星霊の鍵を渡す。

爆発で少し遠くに飛んでしまっていたのをハッピーが回収しておいてくれたのだ。

 

「ありが…とう…スゥ…スゥ…」

 

傷が治っても精神的に疲れたのか直ぐに眠ってしまった。

眠ったルーシィを起こすわけにはいかないので、ベッドから離れていく。

 

みんなはセイバーの所業にはらわたが煮えくりかえりそうだった。

特にリュウマなど、自身を出場停止させるためだけという低俗なことのためにルーシィを狙われたのだ。

 

体から魔力が出ないようにするのに苦労している。

それでも、洩らさずに(表面上は)冷静を保っているリュウマは流石だった。

 

「AチームBチーム全員…揃っているようじゃな。ちょうど良かった」

 

そこにマカロフが医務室へと入ってきて、両チームが集結しているのを確認して目を瞑った。

 

その時のマカロフは何か重大な事を言おうとしている表情なので静かにして話の切り出しを待つ。

 

「たった今、ABチームの統合命令が運営側から言い渡された」

 

「「「「………!!!」」」」

 

「何!?」

 

「ABチーム統合だと!?」

 

「どうしてですか?」

 

みんなが驚きを表す中、マカロフはミラの質問に答えていった。

 

大鴉の尻尾(レイヴンテイル)の失格によって、各ギルドの参加チーム数が7つとなり、奇数になってしまっていた。

 

奇数だと運営側がバトルパートの組み合わせが出来ずに困るということで、両チームを1つにする統合命令が出されたのだ。

 

「点数はどうなるの?」

 

シャルルが大会において一番大切である点数について質問した。

確かに、いくら勝ち進んでいるからと言っても、やはり両チームでは点数差は生まれている。

 

そして、統合された結果の点数は…低い方の点数となる。

つまり、Aチームの45ポイントだ。

しかし…ここで問題があった…リュウマだ。

 

「運営から試合に乱入した者は今大会へと出場を停止させられ──」

 

「ふざけんな!!」

 

「悪ぃのはあいつらだろ!」

 

「なんで助けたのにリュウマさんが出場停止にされなきゃいけないんですか…!」

 

「あの女は確実に過剰攻撃だっただろうが!!」

 

マカロフから告げられたリュウマの出場停止処分について、ナツ達は怒りの声を上げた。

それもそうだ、リュウマはとどめを刺されそうになったルーシィを助けただけなのだから。

 

……その後の鋸のことは抜きとして。

 

「ちょっ!待て待て!ワシはまだ全部言い終わっておらん!」

 

そんなマカロフの言葉に取り敢えず落ち着きを取り戻す各々達。

ナツはまだ騒いでいたが誰か(エルザ)によって宥められて(殴られて)いた。

 

「ミネルバに傷を負わせた…ということもあり出場停止なのじゃが、ミネルバの方も選手ではないリュウマを攻撃している。それにレフリーストップがかかる直前だということもあり、特別手当てがされることとなった」

 

内容はこうだ。

 

・次同じような事があれば問答無用で出場停止。

 

・リュウマをチーム内に入れる場合はチームに10点減点のペナルティ。

 

・相手を過剰に攻撃した場合は大会への出場永久停止。

 

というものだ。

3個目に関しては鋸の時の話から持ち上がった条件だ。

 

この条件によってリュウマをチームに入れると折角の10点が消えるため、渋られるところだ。

 

 

      普通のギルドならば

 

 

「つーことはだ。リュウマは出場停止じゃねぇんだな?」

 

「ならこっちのもんだぜ!」

 

「良かったです…」

 

「セイバーに吠え面かかせてやりなよ!」

 

フェアリーテイルにとって10ポイントの減点など痛くも痒くもない。

 

何故たかがポイント如きにリュウマの出場を渋るのだ?

他でもない家族(仲間)を守った事に誇れはすれど、悲観することなど有り得ない。

 

故にリュウマの大会不参加なんぞ誰の頭にも入っていないし、そんなこと思いつきすらしない。

逆にリュウマは絶対参加させるまである。

 

出場停止にならずに済んだ事に盛り上がりをみせるメンバー達を見て、リュウマは胸が温かくなった。

やはり此奴等はいいな…と。

 

「うむ。では…これからの大会の出場メンバーを決めていくのじゃが、リュウマとラクサス。それとエルザは確定じゃ。ミラはどうする?出るか?」

 

「いえ、私は大丈夫ですよマスター。それに…私より出たがってる人がいますしね♪」

 

言わなくても分かると思うが、ナツ、グレイ、ガジルのことだ。

今だってオレを出せと叫んでいる。

 

「うぅむ…困ったのぅ…後ふたりなのじゃが…」

 

「それならば俺に考えがある」

 

悩んでいるマカロフに、リュウマがニヤリとしながら告げてチームメンバーについて話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───闘技場

 

 

闘技場では観客達が新生フェアリーテイルの到着を今か今か騒ぎながら待っていた。

 

そんな大騒ぎの中で実況にいるチャパティとヤジマ、それと4日目のゲストであるシェラザート劇団座長・ラビアンはこれからの予定を解説している。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)のチーム再編成も終了し、いよいよ4日目バトルパートに突入します』

 

『4日目のバトルパートはタッグマッチなんだね?』

 

『2対2ですか!ありがとうございます!!』

 

因みに対戦カードはというと…

 

青い天馬(ブルーペガサス)VS四つ首の仔犬(クワトロパピー)

 

人魚の踵(マーメイドヒール)VS蛇姫の鱗(ラミアスケイル)

 

剣咬の虎(セイバートゥース)VS妖精の尻尾(フェアリーテイル)

 

この様な形になっており、観客は特にセイバートゥースとフェアリーテイルのタッグマッチを楽しみにしていた。

 

『あ、フェアリーテイルの入場準備が整ったようです!さぁ…新フェアリーテイルが姿を現したぞーーーー!!!!』

 

──頑張ってね…みんな…。

 

医務室のベッドで横たわりながら応援するルーシィ。

 

──頼んだぜ。

 

同じく医務室のベッドで応援するエルフマン。

 

「本当の意味で最強チームね♪」

 

「このチーム相手にしたら恐いぐらいだよ」

 

ミラとリサーナは新チームに笑顔を向ける。

 

「応援してますね!」

 

「負けたら許さないんだから!」

 

医務室でポーリュシカと一緒にルーシィとエルフマンの看病をしているウェンディとシャルル。

 

「これはすんごいチームだよ」

 

酒を飲みながらもチームの凄さに頷くカナ。

 

「負ける姿が想像できないメンツです」

 

「私もそう思う!」

 

負けることはないと確信するジュビアとレビィ。

 

「我等の想いは1つとなった。この想い…主等に託すぞ」

 

「今こそ見せる時です。私達の絆の力を」

 

出て来るチームを見ながら誇らしそうにしているマカロフとメイビス。

 

         そして…

 

『会場が大歓声によって震えるーーー!!!!今ここに…』

 

 

 

 

      妖精の尻尾(フェアリーテイル)が参上した

 

 

 

 

『1日目のブーイングがウソのような大歓声!!たった4日でかつての人気を取り戻してきたーーー!!!!』

 

出て来たのは真ん中の先頭にリュウマ。

その両隣の右をラクサスが歩き、左をエルザが歩く。

ラクサスの隣はナツが歩き、エルザの隣はガジルが歩く。

 

 

       その姿は正に……

 

 

 

      王の凱旋のようであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───遡ること数分前。

 

 

「メンバーにナツとガジルを入れ、リザーブ枠にグレイを入れる」

 

「なんでオレなんだよ!!」

 

自分をリザーブ枠にされたことに不満を口にするグレイだが、リュウマは考えがあると言っただろうと言って続ける。

 

「セイバートゥースのローグがまだどの試合にも出ていない。となればこの後のタッグマッチには必ずや出て来るはずだ。スティングとローグはセットで双竜と呼ばれている、となれば此方から出すのは同じ滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)であるナツとガジルだ」

 

リュウマの言葉に同意していくメンバー達。

事実、スティングとローグは世間から双竜と呼ばれていて人気だ。

 

「それでグレイはその後に開催するメンバー全員参加になるゲームにナツとガジルのどちらかと交代すればいい。そこでルーファスとも思う存分戦えるだろう」

 

「「オレは絶対出るぞ!…アァ?」」

 

「…分かったよ、それでいい。オレをリザーブにするんだ…絶対勝てよな」

 

ナツとガジルが喧嘩を始めているが、グレイはリュウマの提案に賛同することにした。

それが最善だと理解したからだ。

 

こうして新フェアリーテイルのメンバーは、リュウマ・ラクサス・エルザ・ナツ・ガジルとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新フェアリーテイルの入場から少し過ぎ、タッグバトルは始まった。

 

第一試合はブルーペガサスVSクワトロパピーであり、それぞれの出場選手はブルーペガサスから一夜と変なウサギの着ぐるみ。

クワトロパピーからはバッカスとロッカーだ。

 

実はこのウサギの着ぐるみ…大魔闘演武が始まってからずっと居たのだ。

しかし、その異様さから誰も質問しなかった。

だがそれも漸く解き明かされるようである。

 

「さて、ついに君を解放する時がきたよ!」

 

「(コクン)……。」

 

「さぁ見せてやるがいい…そのイケメンフェイスを…!」

 

一夜の呼び掛けに応えて頭の着ぐるみを外した…中から現れたのは…

 

「「「「えええぇぇーーー!!??」」」」

 

「「「うわあぁー……………………。」」」

 

現れたのはエドラスにて一夜と瓜二つの顔を持つ猫…ニチヤだった。

同じ顔を持つ猫、又は人間に運命を感じて一夜がギルドに入れたそうだ。

 

一夜は自分と同じ顔を持つため、自身と同じ戦闘力を持っていると推測したのだが…バッカスの掌底で一撃だった。

 

やられたニチヤを見た一夜は、何故か分からないがイケメンは正義であると言ってやる気を出し、体を膨れ上がらせていく。

 

「くらうがいい…!!これが私のビューティフルドリーマー…」

 

ムッキムキとなった体を映像ラクリマの方に態々向け、観客に見せびらかしながら…

 

 

        「微笑み」

 

 

やたらとキラッキラした微笑みを浮かべ…

 

 

「スマーーーーーーーーッシュッッッ!!!!」

 

 

………バッカスとロッカーをアッパーの一撃で戦闘不能にした…。

 

これには観客達もゲロゲロと吐き尽くし、子供は泣き叫び、闘技場内を混沌へと追いやった。

 

……忘れているのか認めたくないのか分からないが、皆さんは知っているだろうか…?

 

 

ブルーペガサス最強の魔導士は…一夜であると…。

 

 

こうして場を混沌の渦へと引き摺り込んだ一夜ではあったが、勝利は勝利。

第一試合はブルーペガサスの勝利で終わった。

 

 

 

 

続く第二試合はラミアスケイルからの出場選手はリオンとユウカ。

対するマーメイドヒールからはカグラとミリアーナだった。

 

この試合はとても見応えがあり、30分間の激闘の末…時間切れとなって両者引き分けのドローとなった。

 

「ハァッ…ハァッ…やっぱ…強ぇな…カグラは…」

 

「ハァッ…まだ…本気を出しているようには見えんし…何と言っても…()()()()()()()()()()()()()()…」

 

「毎年そうなんだよ…カグラが本気になったトコなんて誰も見たことねぇんだ…」

 

ユウカとリオンは息切れをし、去って行くカグラとミリアーナの後ろ姿を見ながらそう口にした。

 

カグラはあのリュウマの唯一の弟子である。

教え込まれた期間が1年だけだったとしても、教えてもらったことには嘘は無く事実である。

 

1年経った後も…1日も欠かさず鍛練を続けている。

 

そんなカグラの実力は…如何程なのだろうか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今までの2試合で興奮覚めやまぬ会場ですが…次のバトルも目が離せないぞーーー!!!!』

 

実況のチャパティが大興奮しているように、観客もこれから始まる試合に大興奮しており、両者のギルドの旗が闘技場に掲げられた。

 

『7年前…最強と言われていたギルドと…現最強ギルドの因縁の対決…!!!!!』

 

第三試合…妖精の尻尾(フェアリーテイル)からの出場選手はナツとガジル。

 

剣咬の虎(セイバートゥース)からはスティングとローグ。

 

まさにリュウマが予測した通りの組み合わせとなった。

 

『この4人は全員が滅竜魔導士!!全員が竜迎撃用の魔法を持っているーーー!!!!』

 

「この時を待っていたぜ…ナツさん」

 

「テメェ等は許さねぇぞ…!」

 

『遂に激突の時ーー!!勝つのは妖精か虎か!?戦場に四頭の竜が放たれたァーーーー!!!!』

 

───この時をずっと待ってたんだよ…ナツさん!

 

スティングが昔からの憧れであるナツとの戦闘を前に、心臓が爆発するのではないかという程に早く鼓動を刻む。

それは緊張からではなく…夢の実現の高揚感からだ。

 

『試合……開始ィーーー!!!!!』

 

「行くぜぇ!!!」

 

「あぁ…!」

 

開始の合図が出されたと同時にナツ達に向かって全速力で駆け出した。

 

…が。

 

「…は?」

 

「なに…!?」

 

スティングとローグの目前には既に…ナツとガジルがいた。

開始と同時に駆け出したにも拘わらず、ナツとガジルはセイバーの2人の速度を軽く凌駕したのだ。

 

両者はナツ達にそれぞれ殴り飛ばされ、体勢を立て直したところで既に接近されていたナツ達にまたも殴り飛ばされて吹き飛んだ。

 

「ハハハッ…『白竜の──」

 

開始から予想以上の戦闘力を見せたナツにギラリとした目を向けて息を吸い込んだ…咆哮(ブレス)の予備動作だ。

 

「────咆哮』ッ!!!!!!」

 

スティングから放たれた咆哮は白いレーザー光線のように放たれナツを狙う。

それをナツはしゃがむことで回避した。

 

「はっハァッ!!!!」

 

出し続けているレーザーのような咆哮を体と一緒に頭も曲げることにより、咆哮を湾曲させて回避した後を追う。

 

それすらも避けたナツだが、方向転換したことによって離れてローグと戦っていたガジルの元へ着弾して爆発する。

 

「おっと…!」

 

迫っていることは爆発していた音から分かっていたのか、背中越しからの方向を避ける。

 

「『影竜の斬撃』!」

 

「『鉄竜剣』!」

 

避けたガジルに向かって鋭い魔力を手に纏わせたローグが急接近し振り下ろしたが、ガジルは腕を鉄の剣に変えることで防ぐ。

 

隙を突いて攻撃したというのに防がれたローグを余所に、ガジルは腕に力を込めてローグを後方にいるナツへと吹き飛ばした。

 

「いっくぞオォォォォォ!!!!」

 

「ガッ!?離…せ…!!」

 

飛んできたローグの顔を鷲掴んだナツは、ローグがやられていることに驚いて止まっているスティングへ向かって駆け出した。

 

「なにっ!?」

 

「『火竜の──」

 

ローグの顔を掴んでいる手と、もう片方のフリーになっている手に炎を灯し…

 

「───翼撃』ィ!!」

 

翼撃を爆発させて2人諸共ぶっ飛ばした。

それには観客も実況も驚き、スティングとローグが一方的に押されていることに目を見開いていた。

 

「やっぱ強ぇなァ…こうこなくっちゃな…!」

 

「ガジル…!」

 

所々小さい傷を作っているスティングとローグは更に戦闘意欲を膨れ上がらせる。

 

「お前…その程度の力で本当に(ドラゴン)を倒したのか?」

 

ナツはスティング達へと言葉を投げかける。

まだ大魔闘演武の予選すら始まっていないフリー時間中、ナツとスティング達は街中で出会って邂逅し、いざこざを起こしていた。

 

その時にスティングは言っていたのだ…自分達を育ててくれたドラゴンは自分の手で殺してやった…と。

 

「倒したんじゃない。殺したのさ…この手で…!」

 

「…自分の親じゃなかったのか?」

 

「アンタには関係ねぇことだ。それに今から…その竜殺しの力を見せてやるよ…!」

 

そう言った矢先…スティングとローグの体から高い魔力反応を示した。

 

「『ホワイトドライブ』」

 

「『シャドウドライブ』」

 

スティングの体を白い光が、ローグの体を黒い靄のようなものが包み込んだ。

 

「あれは…魔力増幅の術…」

 

「ハァッ!!」

 

溢れ出る魔力を纏ったスティングはナツ目掛けて一直線に向かって拳を叩きつけた。

その拳は見切れる程度だったのでナツは腕をクロスさせながらガードした。

 

しかし、先程まで戦っていた時と比べられない程に力が上がっていた。

 

「聖なる白き裁きを──くらいなァ!!」

 

「ぐっ!」

 

火竜(サラマンダー)!」

 

殴った方とは逆の腕に魔力を込め、ナツの腕をかいくぐって殴りつけた。

ナツがやられたことに気を取られたガジルは、何時の間にか傍まで来ていたローグに蹴りを入れられる。

 

「影は捉えることが出来ない…」

 

「コイツ…!」

 

ローグに手刀を入れるも、実体となった影のように消え、反対側から反撃をもろに食らう。

 

ナツとガジルはスティング達の良くなった動きと増幅した力によって翻弄されて打撃を受けてダメージが入っていく。

 

「いけーー!!必勝パターン入りましたよー!」

 

「フローもそ思う」

 

セイバートゥースの観覧席ではレクターとフロッシュが嬉しそうに飛び跳ねながら喜び、フェアリーテイルの応援席では戦闘力が上がった2人に驚いている。

 

「オレはずっとアンタに憧れてた!そしてアンタを超えることを目標にしてきた!!」

 

連撃を繰り出してナツを後退させながら叫ぶように語りかける。

 

「今がその時だ!!」

 

「ナツ!!」

 

スティングがナツの腹に拳を入れた…まではいいのだが、ナツの腹部の服は破け、腹に白く光り輝く紋章のような物が刻まれていた。

 

「白き竜の爪は聖なる一撃…聖痕を刻まれた体は自由を奪われる」

 

「!!!!」

 

聖痕を刻まれたナツの体は何故か動かなかった。

動きを封じるための聖痕である。

 

「これでオレは…アンタを超える!!」

 

動けないナツに向かい、右手にかなりの魔力を籠めた拳を振り上げた。

 

 

別の離れたところではガジル達も戦っていた。

だが、ガジルはなかなか影となるローグを捉えられないでいる。

 

「影なる竜はその姿を見せず…確実に獲物を狩る」

 

影となって消えては現れて攻撃を加えていく。

そしてまたも影となって消え、違う方向を向いているガジルの背後に現れて魔力の籠もった腕を振り下ろし…

 

──ガシッ…!

 

「…!!??」

 

「確実に獲物を…何だって?」

 

攻撃が当たるといった手前で…ガジルが突如振り向いて腕を掴み取った。

完全にローグを捉えての行動である。

 

 

所戻り、動けないナツに向かって拳を振り下ろしたスティングは…ナツがニッと笑うのを見て何だと疑問に思った瞬間…ナツに殴り飛ばされた。

 

「な…何故動ける…!?」

 

確かに刻んだ筈の聖痕の所を見てみると…何も無かった。

ナツは動けないが、魔力は使える。

そのため…聖痕を炎で()()()()()のだ。

 

「なかなかやるじゃねーか。たけど…まだまだだ」

 

 

 

 

「あまり調子に乗ってんなよ?コゾーども…!」

 

ガジルの方でも戦いは進んでおり、ガジルは掴んだローグの腕を引っ張って肘を顔面に叩き込んだ。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)をなめんなァ!!」

 

「ごはァ…!!」

 

そこから更に殴られることで苦しげな声を上げて後退した。

 

切り札を切っているというのに更に押され始めたスティング達を見て、レクターとフロッシュは固まってしまった。

それ程信じられない光景なのだろう。

 

「やっぱり最高だぜアンタら…!」

 

ドラゴンフォースを使っても押される自体に冷や汗を流しながらも嬉しそうに笑って魔力を練り上げるスティング。

 

「こっちも全力でいかねぇとなァ!!白き竜の拳は炎さえも灰燼へ還す…滅竜奥義───」

 

練り上げた魔力を右腕1点に集中させてナツを殴りつけるが、ナツはそんなスティングを見ながら棒立ちに徹していた。

 

「『ホーリーノヴァ』!!!!!」

 

叩きつけた拳が大爆発を起こして辺りに砂塵を撒き散らす。

それには流石のナツもやられたんじゃ…とざわつかせている観客達。

そして砂塵が晴れるとそこには…

 

「…な…に?」

 

右腕を突き出してスティングの拳を受け止めていたナツの姿だった。

 

なんとナツは魔力による強化や魔法による防御もせず、ただ本当の素手のみで…スティングの滅竜奥義を防いで見せたのだ。

 

「そ、そんな…」

 

「あ、あれ~…?」

 

「ウソだろ…!?」

 

「あの技が防がれた記憶は無いね…」

 

セイバートゥースの面々が驚きの一色に染まった。

スティングの滅竜奥義は絶対で、相手は必ず一撃で倒されてきたのだから。

 

『ヤジマさん…!これは一体…!?』

 

『ウム…』

 

「三カ月の修行と第二魔法源(セカンドオリジン)が2人をここまで強くさせたのか…」

 

応援席ではマカロフが2人の雄志を誇らしそうに、まるで我が子の成長を喜んでいる親のような表情で呟く。

 

実況席ではチャパティがヤジマに聞き、ヤジマは静かに試合を見ていた。

 

「ガッハァッ…!?」

 

「グアァ…!?」

 

その間もスティング達はナツ達によって叩きのめされて吹き飛ばされていった。

これだけ見れば分かるであろう…そう。

 

 

 

     『格が──違いすぎるね』

 

 

 

 

       その1点に尽きた

 

 

 

 

 




あ、私の小説では女キャラが「ふみゅ?」とかいった言葉は使いません。絶対。
そんな物は他の小説に任せます。

これは私の小説…つまり!!!!

私があまり好きではない表現は使われない…!!!!
そもそも何ですかふみゅ?って…
踏まれちゃったんですか…?

それに…私は暴力系ヒロインとか唾を吐きかけるのも嫌なほど嫌いなので、私の小説では魔力が流れることはあれど、暴力を振るうことはないです。

耳を引っ張ったことがある?
その程度暴力に含まれません。



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第四七刀  火竜の力 転がる竜の屍

少しずつ明かされていく真実…素敵だと思いません?




 

 

『こ、こんな展開…!!一体誰が予想したでしょうか!?剣咬の虎(セイバートゥース)の双竜…妖精の尻尾(フェアリーテイル)の前に手も足も出ずーーー!!!!!』

 

大魔闘演武4日目のナツ達の第三試合…開始から5分しか経っていないのにも拘わらず、セイバートゥースの双竜であるスティングとローグは…ナツとガジルの前に両手両膝を付き息を荒げていた。

 

「そ、そんな…カボ」

 

審判として見守っているマトー君もあまりの信じられない光景に驚き、語尾を付け忘れるところであった。

 

それ程までに7年間という月日の中で、双竜の異名は世間に浸透していたのだろう。

 

「負けるものか…」

 

ローグがゆっくりと立ち上がりながらそう口にした。

そしてその言葉に同意するようにスティングも立ち上がる。

 

「あぁ…簡単に超えられる壁じゃねぇことくらい…分かってた…!」

 

「す、スティング君…!」

 

「ろ、ローグぅ…」

 

そんな2人を目の端に涙を浮かべながら見ているレクターとフロッシュ。

スティングはレクターと約束していた。

 

誰にも負けないほどに強くなる…と。

 

「レクターの為にも──負けられねぇんだよ!!」

 

しっかり立ち上がったスティングの体が、先程まで使っていた『ホワイトドライブ』という魔力増幅の術の時よりも光り輝き…顔から始まり体にも、所々痣のようなものが広がっていく。

 

ローグもスティングがそれを使ったことに伴い同じ物を発動する。

体の所々痣のようなものが広がり…陽炎のように揺らめく黒いオーラを纏った。

 

「!!!!」

 

「なんだ…この魔力は…!」

 

前に立つナツ達はその魔力の増加に驚いた。

ホワイトドライブやシャドウドライブの時よりも更に魔力量が上がったのだ。

 

「第三世代の真の力に恐れ(おのの)くが良い」

 

「バカな…!?自らの意志で発動できるのか!?」

 

セイバートゥース観覧席にいるミネルバは意地の悪い笑みを浮かべながら口にし、観客席でゼレフの魔力を追っていたジェラールは驚きに声を上げる。

 

スティングとローグの今の状態のことを魔法専門家はこう名付けており…知っている者はこう呼んだ…

 

「ど…ドラゴンフォース…!?」

 

滅竜魔法の最終段階…『ドラゴンフォース』…と。

 

ドラゴンフォースとは、滅竜魔法を使う者の最終段階であり、その力はまさにドラゴンと同等と言われている程のものだ。

 

過去にナツも使ったこともある。

その時は楽園の塔にて、エーテルナノを食べることで吸収し、一時的なドラゴンフォースを身に纏った。

その時の力は途轍もなく…ジェラールを一方的に倒してしまう程のものだ。

 

そしてミネルバが言った第三世代とは、スティングとローグのことを示す。

 

滅竜魔法に世代があり、本物のドラゴンから滅竜魔法を習った者を第一世代…ナツやガジル、ウェンディのことだ。

 

第二世代は、体に滅竜魔法のラクリマを埋め込むことによって滅竜魔法を使えるようになった者のことで…ラクサスやオラシオンセイスのコブラなどのことだ。

 

そして第三世代とは、ナツ達のように本物のドラゴンから滅竜魔法を学び、尚且つ体にも滅竜魔法のラクリマを埋め込んだ者のこと…つまり、どちらにも属しているハイブリッドな世代ということだ。

 

「ローグ、手を出すな」

 

ガジルに向かって歩き出そうとするローグを手で遮りながら言ったスティング。

 

「オレ1人で十分だ」

 

そしてスティングは1人で十分だと言った。

先程まで一方的にやられ、2人同時に劣勢に追い込まれていたというのにこの発言…そうとうの自身があるのだろう。

 

「なめやがって…!」

 

「けどこの感じ…強ぇぞ」

 

スティングの発言に苛立ちを覚えるガジルだが、ナツの言葉には同意する。

明らかにやられる前とは比べものにならない魔力と威圧感を感じているからだ

 

「はァッ!!」

 

「───ッ!!」

 

ナツに向かって踏み込む動作をしたかと思えば、既にナツの目前に出現したスティング。

それに驚きながらも両腕で向かってくる拳による攻撃を受け止めるも…競り負けてガードを崩された。

 

崩れたガードに第二撃目を入れようとするが、それを黙って見ている訳にはいかないのでガジルが蹴りを入れる。

だが、簡単に避けられて反撃を食らった。

 

体勢を立て直したナツが殴りかかるが易々と受け止められ、腕を引き寄せられて腹に強力な膝蹴りを入れられた。

鳩尾に入ったために嘔吐いていたナツに蹴りを入れてガジルの元へと吹き飛ばした。

 

「『白竜の──」

 

スティングは衝突した2人の頭上へと瞬時に移動し…

 

「───ホーリーブレス』!!!!」

 

強力な咆哮を放ちナツ達を呑み込んだ。

 

咆哮によって闘技場の床は破壊。

ナツ達は咆哮の威力もあって闘技場の下にあった広々とした地下的空間の一番下まで落ちていった。

 

「闘技場の床が…」

 

「崩壊…!?」

 

「な、なんつー威力なんだ…!?」

 

応援席にいるマカロフやグレイ、観覧席にエルザなどが驚きで声を上げる。

闘技場の床は数日前に破壊一歩手前までいったことがある。

 

他でもない、バトルパートでジュラと戦っていたリュウマによって。

その時ですら、精々破壊一歩手前である。

それをスティングは咆哮の一発で破壊してみせたのだ。

 

この事実だけでもスティングの咆哮が強力であるのが分かるであろう。

 

一番下まで落ちていったナツ達は、やられるだけでは性に合わない性格なので反撃をするも、ダメージを負っている気配が無い。

 

「白き竜の輝きは万物を浄化せし──」

 

反撃をしたことで空中におり、スティングはダメージは無いものの反撃を食らったので下にいる。

 

つまり、今の状況ではナツ達に避けるという手段が無く、その隙を突いてスティングは魔力を籠めて狙いを定めた。

 

「『ホーリーレイ』!!」

 

光り輝く光の槍がナツ達を襲い多大なダメージを与えていく。

 

「光…!?」

 

「“聖”属性の魔法なのかい…?」

 

エルザや、医務室から念のためにとやって来ていたポーリュシカが言葉を溢す。

白竜は聖属性を司るドラゴンであり、その滅竜魔法も聖属性の魔力を持っている。

 

「おらァ!!」

 

ホーリーレイを受けて吹き飛ばされ、転がりながらも体勢を立て直したナツにスティングが迫る。

 

魔力を籠められて光り輝く拳を全身に力を入れてガードしたナツだが、ガードした腕からはメキメキと音を立てた。

 

「飛べよ」

 

「ぐっ…く…グアァァ…!!」

 

威力に負けてナツが吹き飛び、地下にあった建造物のような物に突っ込んだ。

 

そこへ後ろから強襲をかけるガジルだが、振り向きざまに蹴りを入れられて失敗。

 

瓦礫の中から復活したナツと、体勢を立て直して駆け出して接近したガジルの2人同時の攻撃を捌ききり、反撃するスティング。

 

──見ているか…レクター!!

 

やがてスティングの猛攻によって倒れた2人を余所に拳を上へと掲げるスティング。

その光景にはフェアリーテイルは暗い表情を作る。

 

「時代は移りゆく…7年の月日がオレ達を真の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)へと成長させた。旧世代の時代は終わったんだ」

 

スティング達の戦いを諦観していたローグは、出来た闘技場の穴へと降りていってそう言葉を紡ぎ、スティングもそれに同意した。

 

「でもさ…やっぱり強かったよ…ナツさんガジルさんは…」

 

ドラゴンフォースを解きながら告げるスティングは、何かをやり遂げた後のように清々しそうな顔をしていた。

 

『これはフェアリーテイルのナツとガジルの両者ダウンかーーー!!??』

 

実況は倒れて動かないナツとガジルにダウン宣言をするのだが…

 

「ちょーーっと待てって!」

 

「…!!」

 

ナツがスクッと立ち上がった。

それに続いてガジルもすぐに立ち上がる。

 

「おぉいってー…」

 

「思ったよりやるな」

 

体はボロボロだというのに、まるでピンピンしている2人に驚くスティングとローグ。

当然だ。

ドラゴンフォースで猛攻していたのだから、普通ならばとっくにダウンしている。

 

そう…相手がタフなナツとガジルでなければ…

 

「よっし…お前の癖は全部見えたぜ」

 

「何ッ…!?」

 

ニヤリとしながら告げた言葉にスティングは言葉を失った。

戦っている最中にずっと自分の癖を見て覚えていたのだから…つまり、攻撃を食らっていたのは態と…癖を見るためだけの行動だ。

 

 

 

「ナツ…クカカ。あの時教えたことをここで実践するとは…まったく」

 

フェアリーテイル観覧席ではリュウマがナツの言葉に呆れていた。

 

三カ月の修行期間の最初に教えた癖の有無を、まさかこんなところで…しかも土壇場でやってのけるナツには呆れたのだ。

 

しかし、それでも嬉しかった。

 

教えた事を実践するところをこの目で実際に見ることが出来たのだから。

 

「この試合はもう見る意味は無いな──ナツ達の勝利だ」

 

確信したリュウマは笑いながら映像ラクリマを見ていた。

 

 

 

「バカな…!こっちはドラゴンフォースを使ってたんだそ…!?」

 

「おう!大した力だぜ!おかげで体中痛ぇよチクショウ…」

 

所戻り闘技場では、スティングが有り得ないと叫んでいるが…ナツはそれに軽く返す。

体中痛いと言っておきながら笑っているため、説得力はない。

 

「つーか、今更だけどよ。お前のドラゴンフォースよりもリュウマの拳の方がいってぇぞ?」

 

「なん…だって?」

 

「だ~か~ら~…リュウマに殴られた方が痛ぇんだよ!」

 

ナツはこの試合を見ているリュウマの拳の方が痛かったと話し始めた。

 

「なんかよ…リュウマの拳ってこう…腹の奥にズドンって来るんだよな…」

 

「あぁ?そりゃどういうこった?」

 

「なんかな──」

 

そこからナツはガジルと雑談し始めてしまった。

 

余談ではあるが、リュウマは殴るインパクトの瞬間に魔力による衝撃を加えたり、技術的な事で衝撃を加えたりしているので体の中にまで衝撃を伝えているのだ。

 

つまり、腕でガードをしようが、リュウマがやろうと思えばガード越しに衝撃を伝えてダメージを与えたり出来るのだ。

 

それなら確かに、力だけのスティングの拳よりも痛い。

 

「つまり、アンタは何が言いたいんだよ?」

 

自分達のことをほっぽり出し、雑談をしているナツ達に苛立ちながらも質問をした。

 

「おっとそうだった。ある時に言われたんだよ、相手の癖を見ろって。例えばお前は攻撃の時、軸足が11時の方を向く」

 

「いーや、10時だな」

 

「いや11時だよ」

 

例えを出してみたナツだが、それにガジルは違うと反論した。

どうやら2人の癖の味方は微妙に違っていたらしい。

まあ、10も11も大して変わらないのだが…。

 

「半歩譲って10時30分!11時じゃねぇ!」

 

「11時だ!何だったら23時でもいい!」

 

「1周してんじゃねぇか!!」

 

何とも下らない言い争いをするナツとガジルだが、突如ナツがガジルを押し、後ろにあるトロッコの中に入れて始動するレバーを引いた。

 

それでトロッコは動き出してしまい、酔ったガジルは動けなくなって洞窟の奥へと姿を消した。

 

それには流石に意味が分からなかったのか、スティング達は呆然として見ていた。

 

「なめられた分はキッチリ返さねぇとな。オレ1人で十分だ…まとめてかかってこい!」

 

「「…!!!!」」

 

「燃えてきただろ?」

 

拳に炎を灯しながら挑発するように告げるナツに、冷や汗を流した。

 

 

 

 

「………。」

 

そんな光景を映像ラクリマを通して見ていたフードを被った謎の人物は…涙を流していた。

 

 

 

 

「…!!」

 

──これは…奴か?

 

街の中で闘技場での試合風景を映していたラクリマを見ていたジェラールは、目的の魔力の出現を感知した。

 

『ジェラール!今度は逃がさないで!』

 

「分かってる!試合も気になるが今は…!」

 

名残惜しそうにラクリマから視線を切ったジェラールは、直ぐさま魔力の元へと駆け出していった。

 

 

 

 

「ふざけやがって…!」

 

「お前にようはない。ガジルとやらせろ…!」

 

「だったらオレを倒してから行くんだな」

 

完全になめられていることに怒りをあらわにするスティングに、ガジルを寄越せと言うローグだが、ナツを倒さない限りはガジルの元へは行けない。

 

「ドラゴンフォースは竜と同じ力…この世にこれ以上の力は無いんだ!!あるはずがねぇんだよ!!」

 

「完全じゃなかったんじゃねーの?」

 

体に解いたドラゴンフォースをまた発動させ、ナツへと殴りかかるスティングだが…その攻撃を今度は完全に防いでみせたナツ。

 

「オレはこの力で白竜(パイスロギア)を殺したんだ!!!!」

 

「そうか…だったらオレはこの力で──」

 

防いだ腕に力を込めてスティングのことを押し返す。

 

「──笑われた仲間の為に戦う」

 

スティング一気に押し切って殴りつけた。

スティングが殴られた衝撃で後方へと飛んでいく中、背後からローグが狙う。

 

「『影竜の咆哮』!!」

 

「『火竜の咆哮』!!」

 

振り向くと同時にローグへ向かって咆哮を放つ。

衝突した咆哮は均衡することもなく、ナツの咆哮がローグの咆哮を呑み込んでローグすらも呑み込んだ。

 

そこからはまさに一方的であった。

 

2人がかりであるにも拘わらず全ての攻撃を捌き、防ぎ、受け流し、時にはカウンターでもって反撃する。

 

ナツに向かって攻撃しているはずなのに、いなされて仲間同士で攻撃したりもした。

 

「スティング君…!」

 

やられてボロボロになっていくスティングのことを、観覧席にいるレクターは涙を溢しながら見ていた。

自分の中での最強はスティングだ…最強なのはスティング以外有り得ない…。

 

しかし、世界は広い。

 

スティングが最強であると信じるのはいい。

 

だが、時には世界に目を向けなければならない。

 

つまりは…上には上が存在するということだ。

 

「スティング…!」

 

「おう…!!」

 

掛け声に反応し、スティングはローグの元へと駆け寄りローグと一緒に魔力を解放する。

 

合体魔法(ユニゾンレイド)…!?」

 

魔力が融合し始めたところを見たマカロフは驚きながら声を上げた。

ユニゾンレイドは術者同士の息が完全に合わないと発動しない超高難度魔法…。

 

狙ってやるにはあまりにも難しく、魔導士がユニゾンレイドを覚えようとして生涯全部の時を掛けても修得出来なかったと言われる程のものだ。

 

──僕は強いスティング君を見てるのが好きなんです。スティング君は最強なんです!

 

涙を溢れさせながら心の中で叫ぶレクター。

それを静かに見ている者がいた…メイビスだ。

 

──力だけでは決して破れない壁があります…

 

「「『聖影竜閃牙(せいえいりゅうせんが)』!!!!!」」

 

融合した魔力を同時にナツへと放った。

それを見ていたナツはゆっくりと構えた。

 

「滅竜奥義───」

 

──しかし…それを打ち破る力があるとすれば想いの力…

 

両手に集めた魔力を体を捻りながら放った。

それは1人でありながらスティング達のユニゾンレイドと同等の魔力を感じられる。

 

 

 

「『紅蓮爆炎刃(ぐれんばくえんじん)』!!!!!」

 

 

 

──ギルドとは…想いを育む場所…。

 

スティング達の放った聖影竜閃牙をナツの放った紅蓮爆炎刃は易々と呑み込んで消し去り、スティング達を呑み込んで大爆発を起こした。

 

その威力には闘技場の地下の壁を破壊して風穴を開ける程のものだった。

 

──ナツ・ドラグニル…底が…知れない…

 

──レクター…強すぎるよ…ナツさん…

 

スティング達はとうとう倒れ…気絶した。

 

『こ、ここここここれは…!妖精の尻尾(フェアリーテイル)だーー!!!双竜破れたりーー!!!!』

 

闘技場の観客席から大歓声が上がり、闘技場内は凄まじい熱気に包まれた。

 

現最強のギルドで有名な双竜のスティングとローグは…同じ滅竜の力を持つたった1人の男によって打倒されたのだった。

 

これにて大魔闘演武4日目は終了した。

 

残るは最終日にある全員参加のサバイバル戦。

 

果たして…優勝は一体どのギルドとなるのか…?

 

「やっぱりこうなるのねぇ」

 

「さすが…というべきか」

 

「最終日の目標は決まったよ!」

 

応援席に座っているブルーペガサス、クワトロパピー、ラミアスケイルのマスター達は最初から薄々感じていたことを述べた。

 

「来い!!」

 

マカロフはそんなマスター達が向けてくる視線に応え、叫んだ。

この時点で標的はたった1つに絞られた…。

 

 

   「「「打倒…妖精の尻尾(フェアリーテイル)!!」」」

 

 

「待っていろグレイ…!」

 

「リュウマ殿。それにマカロフ殿の孫のラクサス殿か…」

 

「エルザ…」

 

「ガジルか…」

 

「メェン。楽しもうじゃないか…ナツ君」

 

観覧席にいる魔導士達は、フェアリーテイルにいる標的を見据えて声を紡ぐ。

 

 

 

──完敗だ…

 

地下で気絶から回復したが、体中の痛みによって動けないでいるローグは心の中で囁いていた。

 

──ガジルも…ナツと同じくらいの戦闘力だとしたら…オレ達はどれ程思い上がっていたんだろう…

 

気づいたときにはもう遅い。

あれ程自分達が強いと豪語していたにも拘わらず…戦ってみればこの様である…。

 

ローグは思い上がっていた自分自身を恥じた。

 

 

 

 

 

「クッソォ…!サラマンダーめ…ぜってぇぶっ殺す…!」

 

ナツが勝利したことで忘れ去られているガジルは、レールが無くなった事で転倒したトロッコから転げ落ち、気持ち悪さを抱えながらナツを恨んだ。

 

「つーかここ何処だよ!?闘技場の下の更に下なのか!?」

 

落ち着きを取り戻して辺りを見渡せば、全く分からない場所にいた。

取り敢えず進むしか手が無いので洞窟の奥へと進んで行く。

 

「な、何だ…こりゃ…!?」

 

先に進んで開けた場所に出たガジルが見たのは…

 

 

「ドラゴンの……墓場!!??」

 

 

数多くの竜の屍が転がる、広い空間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──???

 

 

「あの日…私達は優勝を信じていた…」

 

とある場所にて…顔に傷のある1人の少女が日記に向かって座り、事を書き込みながら言葉を紡いでいた。

 

「最終日はすごい激戦だったよね…()()()()()憶えてるかな?」

 

その顔に傷のある少女は、どこかで聞いたことのある人物の呼び名を溢す。

 

「そして7月7日…私達は…運命という言葉に負ける」

 

日記に一粒の水が垂れた。

それは少女が流した涙であった。

 

「◼◼◼は死んだ。◼◼◼も死んだ。◼◼◼も◼◼◼も…大好きだった◼◼◼も…言葉にならないよ…ルーちゃん…!」

 

その顔に傷のある少女…

 

「もうイヤだよ…誰か…助けて…」

 

レビィ・マクガーデンは泣きながら救いを求めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「止まれ」

 

「……。」

 

──女…か?

 

ジェラールは、街を駆けて漸く目的のもの…人物の元へと辿り着くことが出来た。

その人物はローブで体を覆っているが、足は女物のサンダルを履いていることから女と推測する。

 

「オレも正体を明かす。だからお前も正体を明かせ」

 

「…………。」

 

そう言って同じく顔を隠すためのフードを外したジェラールと、それを承認したのか振り返るローブの女。

 

「────ッ!?お前は…」

 

ジェラールはその女の顔を見て驚愕した…

 

一体…どんな顔をしていたのか…彼女の正体は何なのだろうか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───大魔闘演武4日目の夜

 

 

最後のナツ達の戦いから数時間後。

良い子は寝静まるような時間のこと、街の人々は一つのボードの前に集まり賑わいを見せていた。

 

賑わっている理由は、この大魔闘演武4日目時点での得点が表示されているからだ。

 

得点の方はこうなっている。

 

 

1位 妖精の尻尾(フェアリーテイル) 45ポイント

 

2位 剣咬の虎(セイバートゥース) 44ポイント

 

3位 人魚の踵(マーメイドヒール) 40ポイント

 

3位 蛇姫の鱗(ラミアスケイル) 40ポイント

 

4位 青い天馬(ブルーペガサス) 30ポイント

 

5位 四つ首の仔犬(クワトロパピー) 15ポイント

 

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)パネェ!!」

 

「現在1位かよ!」

 

「やっぱ妖精の尻尾(フェアリーテイル)だな!」

 

「オレは妖精の尻尾(フェアリーテイル)が強いって思ってたぜ!」

 

「にしても剣咬の虎(セイバートゥース)…プクク!」

 

「こりゃあもうダメだな…セイバーは」

 

街の人達はこの得点を見て騒いでいたのだ。

 

今1位に躍り出ているのはフェアリーテイル、次にあれだけ騒がれていたセイバートゥース…。

 

街の人々は簡単な手の平返しでフェアリーテイルを褒めちぎっている。

 

やれ、リュウマはどうだの。やれ、ルーシィはどうだの。やれ、ナツはガジルはと…。

 

最初の日に散々バカにし、蔑み、ブーイングをしておきながら1位を取るとこの有様…この場にリュウマが居たならばふざけるなと言っているだろう。

 

そして今やセイバートゥースを応援している人は余りいない。

 

あれだけ騒がれていたというのにたったの4日でこれだ。

大魔闘演武の影響力は凄まじいことこの上ない。

 

「でもよ、セイバートゥースもこのまま終わるとは思えねぇぞ?」

 

1人の男がそう口にした。

そう、セイバートゥースはこのままでは終わらない。

 

 

腐ってもフィオーレ1を名乗っていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───クロッカス・ガーデン

 

 

ここはセイバートゥースが拠点を置いている場所。

その宿泊地の中では…セイバートゥース史上一番と言ってもいい程の緊迫した空気を醸し出していた。

 

その理由は…スティングとローグだ。

 

「スティング…ローグ」

 

「「………。」」

 

広場に集められたセイバートゥース全メンバーと、マスターであるジエンマの間にスティングとローグは立たされていた。

 

ジエンマは一際豪華な椅子に深く座りながら2人を睨み付けている。

そして問うた…あのザマはなんだ?と。

 

「言葉もありません…完敗です…。ナツは雷を纏った炎を使わずにオレ達を圧倒してみせた…想像を遥かに超える強さです…!ナツ・ドラグニル…!」

 

ローグは数時間前の戦闘を頭の中で思い出しながら悔しそうに手を握り締めて告げた。

しかし、ジエンマが聞きたいのはそんな言葉ではない。

 

「それが最強であるギルドに所属する者の言葉か?ア″ァ″?誰があんなみっともねぇ姿晒せって言ったよ?誰が敗北してこいと言ったよ?」

 

体から膨大な魔力と覇気を出しながら告げるジエンマ。

スティング達の戦いには相当の怒りを持っているらしい。

 

「最強ギルドの汚しおってからにッ!!!!」

 

「グッ…!」

 

「グァ…ッ!」

 

ジエンマを中心として放たれた衝撃波に2人は後方へと吹き飛んでいった。

そんな2人を後ろに控えるメンバー達は見向きもせず、ずっと前だけを向いている。

 

それはユキノの時と同じ光景だった。

それ程までに強者主義のギルドなのだ…ここは…。

 

「貴様等に剣咬の虎(セイバートゥース)を名乗る資格なんぞ無いわァ!!!!」

 

「グハッ…!」

 

「あぐっ…!」

 

激昂し、窓が割れるのではないかという程に叫びながら2人を殴りつけた。

傷が回復しきってない2人は上手く起き上がることも出来ない。

 

「消せ!ギルドの紋章を消せ!!我がギルドに弱者なんぞいらぬわァ!!!!」

 

「ま、まぁまぁ…マスター…スティング君もローグ君も頑張りましたよ」

 

怒り狂うジエンマに話しかけ、スティング達を弁護するのは…スティングの相棒であるレクターだ。

そんな出て来たレクターをジエンマはただ見ている。

 

「今回は負けちゃったけど…僕は誇りに思いますよ…?」

 

「レクター…」

 

スティングの元へと歩きながら話すレクターは、ジエンマの放つ覇気と強面の顔に怯えながらもどうにか話を続ける。

 

「僕は思うのです。人は敗北を知って強くもなれるって…スティング君は今回の戦いでそれを学びました…!」

 

レクターのそんな言葉に、スティングは這いつくばりながらも感動し、何時の間にか成長していた相棒を誇らしそうに見た。

 

しかし…ジエンマは違った…

 

 

「誰だうぬは」

 

 

そもそも、レクターの存在自体知らなかった。

 

「ぇ…い、いやだなぁマスター…僕だってここにセイバーの紋章を入れたれっきとした──」

 

服を捲って背中を見せるレクター。

そこにはセイバートゥースである者が刻んである紋章がしっかり刻まれていた。

それをこの人物は…

 

「何故に犬猫風情が我が誇り高き剣咬の虎(セイバートゥース)の紋章を入れておるか」

 

犬猫風情と称した。

仲間であるはずのレクターに対してそんな言葉を放ったかと思えば…

 

「きえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいッ!!!!!」

 

「スティ…ング…君───」

 

「レクターーーーーーーー!!!!!!!!」

 

レクターに魔法を放ち…消し飛ばした…。

 

「目障り目障り…猫が我がギルドの紋章など入れてからに…」

 

ジエンマがそう言ったのを皮切りにスティングは泣きながら叫んだ。

目の前で相棒であるレクターが消された…その悲しみと怒りから叫んだ…心の底から…。

 

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

「ガブぁッ!?」

 

「「「「「「!!!!!!!」」」」」」

 

そしてスティングは…これ以上無いという程に魔力を溜めた拳でジエンマを殴り…ジエンマの腹に風穴を開けてみせた。

 

それには後ろに控えるメンバー達も目を見開き、驚愕していた。

 

「フフフ…それで良い」

 

そんな光景を…ミネルバは口を歪めて笑って見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体何があるんですか?ガジルさん…」

 

「いいから黙ってついてこい」

 

セイバートゥースで事件が起きているとき、フェアリーテイルの一部のメンバーがガジルの後をついていっていた。

 

面子はナツ、ガジル、ウェンディ、ハッピー、シャルル、リリー、グレイ、ルーシィ、そして…リュウマだ。

 

「リュウマも気になるの?あたしもその口なんだけどさ」

 

「あぁ、ガジルが態々ついてこいと言うほどだ…俺も気になってしまった。迷惑だったか?」

 

「んーん?全然!」

 

ルーシィはそう言いながらリュウマの腕に抱き付いた。

その反動で腕に何か柔らかい物が存分に当たって…押し付けられ、リュウマは少し視線を泳がせる。

 

──ふふふ、かーわいい♪

 

「ルーシィさんズルいです!」

 

そこに先を歩っていたはずのウェンディも加わり、両手に花の状態となった。

 

因みに感触は…これからに期待だ。

 

そんな光景は今に始まったことではないので周りは気にしてすらない。

 

「ついたぞ、ここだ」

 

「ぇ…」

 

ガジルの言葉に前を向いた面々は驚きに目を見開き口をポカンと開けた。

リュウマはそんな光景を目を細くして見ている。

 

案内されたのはガジルがナツによってトロッコに乗せられ、たまたま行き着いた竜の屍が転がる墓場であった。

 

「これ全部竜の骨!?」

 

「それもすごい数…」

 

「竜という生き物の存在を決定づける場所だな」

 

リリーの言葉はもっともだ。

世界には未だにドラゴンの存在を信じない人々がいる。

中には研究者でありながらドラゴンの存在を認めないという者も居るくらいだ。

 

そんな奴等を一発で黙らせるほどの光景が今…目の前に広がっているのだ。

 

数多くの竜の骨を見ていたハッピーが、もしかしたらこの中にイグニールが…と発言し、失言だったとナツに謝ったが、ここにイグニールがいるのは有り得ない。

 

イグニールやその他のグランディーネやメタリカーナが姿を消したのは、封印されていた期間も合わせて14年前…ここに転がっているのはそれよりも遙か昔の遺骨だからだ。

 

「ウェンディ、ここでミルキーウェイをやってみたらどうだ?」

 

「あ…そうですね!」

 

「え?どういうこと?」

 

リュウマとウェンディの会話を、傍で聞いていたルーシィが質問した。

 

ミルキーウェイとは、ポーリュシカが頭の中に語りかけてきたグランディーネの言葉を聞き、書き留めたウェンディの滅竜奥義のことだ。

 

天の川へと続く(ドラゴン)の魂の声を聴け…それはつまるところ、死したドラゴンの魂を呼び寄せ言葉を交わす魔法なのだ。

 

「よし、準備が出来たぞウェンディ」

 

「ありがとうございます、リュウマさん!」

 

ミルキーウェイには魔法陣を描く必要があるため、リュウマが魔法陣をそこら辺に落ちていた枝を使って描いた。

 

ウェンディが書いてもよかったのだが、間違えるかもしれないということでリュウマに頼んだのだ。

 

まあ、リュウマにとっては魔法陣を描くなど朝飯前なので、ものの数分で描き終えたのだが。

 

「では皆さん、少し下がってて下さいね」

 

ナツ達はウェンディの言葉に後ろへと下がっていった。

そしてウェンディは魔法陣の中央へと座り、意識を集中させた。

 

「さまよえる竜の魂よ…そなたの声を私が受け止めよう…『ミルキーウェイ』」

 

発動した瞬間…光り輝く綺麗な光が辺りを包み込んだ。

洞窟内でのその光はとても美しく幻想的である。

 

そして洞窟内にあるドラゴンの屍がカタカタと震えだす。

…ルーシィは怯えてリュウマに抱き付いた。

 

「竜の魂を探しています…この場にさまよう残留思念はとても古くて…小さくて…っ!見つけた!」

 

ウェンディがこの場にある唯一の残留思念を見つけて呼び寄せた。

現れたのは…

 

「いっ…!?」

 

「これは…!?」

 

 

『グアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!』

 

 

翡翠色をしたドラゴンであった。

 

「「「うわあぁぁぁぁぁぁぁ!!??」」」

 

巨大なドラゴンに驚き叫ぶナツ達。

しかし、リュウマは分かっていた…これが所詮は幽体であると。

 

『アァァァァァァァぁあーはっはっはっは!』

 

「「「「…!!??」」」」

 

『人間の驚いた顔というのは…いつ見ても滑稽じゃのぅ…!』

 

翡翠の竜は突然流暢な言葉で喋り始めた。

それにはナツ達も驚く。

元々、ドラゴンは高い知能を持っているため、人間の言葉を話すことが出来るのだ。

 

『我が名はジルコニス…翡翠(ひすい)の竜とも呼ばれておった…ワシの魂を呼び起こしたとは…天竜の術じゃな?どこにおるか?』

 

ジルコニスと名乗ったドラゴンは辺りを見回し、魂を呼んだであろう天竜を探す。

だが、そこにいたのはウェンディであった。

 

『かーわええのぅ…こ~んなちんまい滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)がワシを起こしたのか!』

 

「おい!ウェンディに近づくな!」

 

『嫌じゃ。この娘はワシが食う!』

 

「てめぇ!」

 

食うと言ったジルコニスに対して、ウェンディの前に立って立ちはだかるナツ。

まあもっとも、それは意味がないのだが…

 

『冗談に決まっておるだろうが!馬鹿な種族よ!!ほれ、幽体であるワシに何が出来ようか!?ぶあっはっはっはっは!!』

 

「こっ…こいつ…!!」

 

それで理解した、このドラゴン結構ウザいと。

 

「何なのこのふざけたの…」

 

「ドラゴンだろ…」

 

『我が名はジルコニス…翡翠の竜とも…』

 

「「さっきも聞いたわ!!」」

 

下らないやりとりに呆れたのか、シャルルが質問することにした。

 

「ここで何があったの?」

 

「ここには竜の亡骸がいっぱいあって…」

 

「その真相を知るためにお前の魂を呼び覚ましたんだ」

 

『ふん、人間に語る事など無い。立ち去れ』

 

ジルコニスは人間が嫌いであるため、人間に語ることはないと言って素っ気なく返す。

 

「でもオイラ達猫だよ?」

 

『そうだな…あれは400年以上前のことだ…』

 

「なんだそのアバウトなルール…」

 

結局話すことになったようだ。

それにはナツ達もずっこけたが、話してくれるということで聞くことにした。

 

『かつて竜族はこの世界の王であった…自由に空を舞い…大地を駆け…海を渡り繁栄していった…。この世のもの全ては竜族のものであった…人間などは我々の食物にすぎなかったのだよ…ぐふふ』

 

話が話であるため、言いたいことはあるがナツ達は静かに聞くことに徹した。

 

そこからジルコニスは語った…

 

その竜族の支配に異論を唱える竜達がいた…。

人間と共存できると…そんな世界を作りたいと言ったのだそうだ。

 

それに賛同する竜と、反対をする竜との間で戦争が起こった…。

ジルコニスは反対派で戦っていたそうだ。

 

『ワシは人間が好きではない。食物としてなら好物であるがな!』

 

「食いもんと喋んのかオメー…プクク」

 

『ほら!そういうのがムカつくの!』

 

どうやらバカにしたりしてくるのが嫌なようだ。

それはジルコニスも同じなのでどっこいどっこいだ。

 

話を戻すが、戦争の戦況は拮抗していた。

竜同士であるのでそれは必然で、竜と竜の戦いは幾つもの大地を裂く程のものであった。

 

やがて共存派の竜は一つの作戦を思いついた。

 

人間に竜を滅することの出来る魔法を与え、戦争に参加させた。

 

「滅竜魔法…」

 

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の原点…」

 

その戦争に投入された滅竜魔法を使う人間達の力は絶大であり、人間との共存を望んだ竜達の勝利は目前と迫っていた。

 

しかし…ここで誤算が生じた…

 

『力をつけすぎた滅竜魔導士たちは…人間との共存を望む竜達でさえも殺していった…』

 

「…………。」

 

ジルコニスが始まってから、リュウマは諦観しながら話を聞いていた。

 

そして人間の中に一人…竜の血を浴びすぎた男がいたのだ…。

 

ジルコニスはその男の名を口にするのも恐ろしいと言った…それは恐怖の象徴であると…。

 

『男は数多の竜を滅ぼし、その血を浴び続けた…。やがて男の皮膚は鱗に変わり…歯は牙へと生え替わり…その姿は竜そのものへと変化していった…』

 

「人間が竜に…!?」

 

『それが滅竜魔法の先にあるものだ』

 

滅竜魔法を使う人間が竜へと変わったと聞いてルーシィは驚き、ナツとガジルは冷や汗を流す。

 

『ここに眠る竜たちもその男により滅ぼされた…男は人間でありながら竜の王となったのだ…竜の王が誕生した戦争…それが──竜王祭だ』

 

竜王祭とはどうやら、竜の王を誕生させてしまったことを称した日のことをいうそうだ。

そして…ジルコニスはその男の名を口にした。

それにナツ達も覚えがある名だ…

 

『王の名は“アクノロギア”…竜であり竜ならざる暗黒の翼』

 

「「…!!」」

 

「あれが…」

 

「元々は人間だったのか…!?」

 

「…………。」

 

みんなが驚く中…ただ一人、何の反応を示さない男が一人…リュウマだけだ。

 

『そして…竜の滅びを話すならばこの人間のことを忘れてはならない…いや…忘れる訳にはいかない…!』

 

「…?まだ他になんかあんのか?」

 

含みのある言い方にナツが質問した。

人間であるナツに質問されて少しムッとしたが、しょうがないと言いながら話すことにした。

 

『アクノロギアが恐怖の象徴ならば…“奴”は全ての竜にとっては死の象徴…その人間は…滅竜魔法を使わずに竜を屠っていった…』

 

「滅竜魔法を使わずに…!?」

 

ジルコニスが言うには、その人間は滅竜魔法を使わず…ただ純粋な人間でありながら竜を殺していったようだ。

それだけで、その人間の強さが分かる。

 

『その者は幾百幾千もの竜を殺し…喰っていった…!』

 

「ドラゴン食ったのか!?」

 

『そうだ。竜たちは最初、そんな人間なんぞありえんと聞く耳も持たなかった…しかし、それを調べに行った竜が帰ってこなかった』

 

「「「…!!!!」」」

 

その後も何度も竜が調べに行ったが、その竜たちも帰って来ることはなかった。

 

そしてそのまま戦争が始まり…アクノロギアが生まれて竜たちは殺されていった…。

 

だが、実際に全ての竜が死に絶えたのは…アクノロギアが生まれてから数日後のことだったそうだ。

 

アクノロギアが生まれて7日後に隠れていた残りの竜が一気に殺され始め…それから僅か7日で残りの竜の全てがその人間によって殺されたそうだ。

 

『その人間の名は───』

 

        「『黄泉へ還れ』」

 

ジルコニスは光の粒子となって消えてしまった。

 

まるで無理矢理()()()()()()()

 

突如消え失せてしまったジルコニスに慌ててウェンディに駆け寄ってどうしたのか聞いた。

 

「……ダメです。この場から思念が完全に消えました…東洋の言葉で成仏というものでしょうか…?」

 

「つーか滅竜魔法使いすぎるとドラゴンになっちまうのか!?」

 

「それは困る!」

 

「どうしよう…」

 

消えてしまったものは仕方ないと、諦めることにした。

それよりも、ナツ達はドラゴンになってしまうというのが気になって仕方ないようだ。

 

そんな中で…リュウマは光となって消えたジルコニスが居た場所を…鋭い眼で見ていた。

やがてもういいのか向き直り、後ろにある岩へ向かって言葉を発した。

 

「何時までそこにいるつもりだ。さっさと出て来い」

 

リュウマの言葉に驚いたナツ達は、リュウマが見ている方を見た。

するとそこから男が現れた。

 

「いやはや、やはりバレていたか。流石はリュウマ殿だ」

 

 

 

 

 

 

その男は…シャルルが未来予知の時に見た白い鎧を着た騎士であった。

 

 

 

 

 

 

 




はい、後に上げると言ってこんな時間になってしまった!

書くことが多くて遅くなりました…。



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第四八刀  やらかす王国 最終種目

やっとここまで来たよ…。




 

 

「話は聞かせてもらった。やはり我々の研究の史実は一部だが一致していた」

 

リュウマが岩に向かって声を投げ、それに反応して出て来たのはシャルルが未来予知の際に見た白い甲冑を着た騎士…。

 

その騎士はジルコニスとの会話を聞いており、その話の内容が一部とはいえ一致していたことを喜ぶように話しながら近付いてくる。

 

「君達はゼレフ書の悪魔は知っているかね?アクノロギアは1人の滅竜魔導士をゼレフがアクノロギアにしたと推測される」

 

他にも数多くの推測などがされているのだが、その中でもこの騎士はゼレフがアクノロギアを今のような竜の形にしたという説を信じている。

 

「まぁ、流石に…アクノロギアの他に竜を屠っていた存在がいたとは知らなかったがね…。出来ることならば名を聞いておきたかったのだが、今回は仕方ない。話を戻せば、全ての元凶であるゼレフを討つことがアクノロギア攻略の鍵となるのだ」

 

「ゼレフを倒す!?」

 

「ユキノ!?」

 

説明しながら歩いてくる騎士の後ろには、なんと軍服を着たユキノがいたのだ。

それに何で居るのか分からないといった風にルーシィが声を上げた。

 

「自己紹介がまだだったね。私はフィオーレ王国軍クロッカス駐屯部隊桜花騎士団団長・アルカディオス」

 

「同じく臨時軍曹のユキノ・マグリアでございます」

 

「ユキノ…あんたセイバトゥースの一員じゃなかったの」

 

「辞めさせられたって言ってたよね?」

 

「はい、その通りです」

 

自己紹介が終わったところでルーシィが疑問に思うところを指摘する。

事実、ユキノはたった一度の敗北でセイバトゥースを辞めさせられていた。

 

だが、そこで黙っていたリュウマが的確な発言をした。

それは…

 

「ユキノは今臨時…と言ったな。つまり現状軍に何かしらの力を貸しているということ…そこから推測するに、同じ星霊魔導士であるルーシィを攫おうとしたのは…貴様等だな」

 

「「「!!!!」」」

 

「…何故そう思うに至ったのかね?」

 

別段隠すつもりは毛頭無いのだが、何故そう思うに至ったのか知りたいため問うた。

 

「ルーシィを襲ってきたのは兵士であろう?走る時の体の軸のブレが常人より少なかった。あれは訓練された者の走り方だ、例えば…軍が導入する対人格闘術などな」

 

「…いやはや、走り方だけでバレるとは…恐ろしい方だ」

 

アルカディオスは溜め息を吐きながら肯定とも言える言葉を吐いた。

それによってルーシィを攫おうとしたのは軍であったということが判明する。

 

「その件については…申し訳なかった。私達にはどうしても星霊魔導士が必要だったのだ」

 

「必要だっただと?必要ならば攫っても良いと?──巫山戯るなよ貴様。我等が攫われそうになっていたルーシィをどれだけ心配したと思っている!!!!それに星霊魔導士が必要なんて理由なんぞ後付けでどうとでもなるんだよ。…行くぞ。こんなのに付き合っていられるほど我等は暇ではない」

 

そう言って来た道を引き返すリュウマ。

いくらルーシィの星霊魔導士としての力が必要だからといって、何でもやっていいわけにはならない。

 

攫うのではなく、直接ギルドの方に来て力を貸してもらえるよう説得すれば快く貸してくれたであろうに、やってしまったことは変えられないのだ。

 

「ま、待って下さい…!」

 

踵を返して本気で帰ろうとしているリュウマの手を握り、待ったをかけたのは…ユキノだった。

 

手を握られて引き留められたリュウマは振り向き、ユキノの目をジッと見る。

 

その真っ直ぐで、それでいてどこか冷たいものを感じさせる目で見つめられ、つい後退してしまいそうになるが、耐えてしっかり目を見返して説得を試みる。

 

彼は許さないと決めたらとことん許さないが、誠意があれば話は聞いてくれるのだ。

 

つまり、説得はアルカディオスには不可能で…ユキノの誠意が伝われば良いのだ。

 

「お願いします…話しだけでも聞いて下さい…。確かにアルカディオス様はやり方を誤りました…ですが…!計画のためにも仕方のないことだったんです!…再びお願いします…話しだけでも…話しだけでも聞いて下さい…!」

 

彼の手を離して深々と頭を下げるユキノをジッと見つめる。

 

頭の中ではどうしようか葛藤していた。

 

話しと言っても相手はルーシィを攫おうと指示を出した奴の話し…正直に言えば、腹に剣を突き立ててから殴り飛ばして放置したい気持ちだ。

 

しかしそんな事をする訳にはいかず、かといって頭を下げてお願いしているのはユキノ…アルカディオスですらない。

 

もうその時点で帰ってもいいのだが、ユキノからは絶大な誠意が感じられて無下には出来ない。

 

そんなことを頭の中で思考すること約2秒程…

 

「…良いだろう。ユキノの誠意に免じて話しは聞いてやる。感謝するのだなアルカディオスとやら」

 

「…申し訳ない。感謝する」

 

「あ、ありがとうございます!リュウマ様!」

 

ここで帰られるわけにはいかないため、説得することが出来たことに内心ホッとするアルカディオス。

ユキノは自分の誠意が伝わって了承してくれたことにぱあっと表情を明るくさせた。

 

「この計画が成功すれば…ゼレフを、そしてアクノロギアを倒すことが出来ます」

 

そんなユキノの言葉にナツ達は驚いた。

ゼレフは不死身であることもあり殺せず、アクノロギアの強さは身を以て知っているのだから。

 

それ故にその話しには懐疑的になるのは仕方なかった。

黙示録に書かれているほどの存在であるアクノロギアをそんな簡単に倒せるならば苦労だってしない。

 

それに、もうこの時点でその計画とやらが失敗することをリュウマは…確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───華灯宮(かとうきゅう)メルクリアス

 

 

今リュウマ達はアルカディオスを先頭に道案内をされながら目的地へと向かっていた。

アルカディオスから是非見せたい物があるとのことだ。

 

その間にも計画の概要などを説明されていく。

計画に手を貸して貰う以上、内容を話す義務があるからだ。

 

大魔闘演武とは元々、魔導士達が持つ魔力を大量に接収するために建設したカモフラージュなのだそうだ。

 

毎年大魔闘演武を開催し、その闘技場で競技などをやらせて魔力を使わせる。

それを毎年続けることによって少しずつ魔力を貯めていたのだ。

 

ガジルにやる事がきたないと指摘されるも、アルカディオスは気にしていない。

全ては計画のためにしたことであるので、非難される覚悟などとうに出来ているらしい。

 

そして、貯めた魔力を使って造り上げようとしていたのは…世界を変える扉・エクリプス。

 

「なんだこりゃ!?」

 

「と、扉?」

 

ナツ達が案内されながら着いたのは巨大な扉のような装置が設置されている広間だった。

その大きさに圧倒されて思わずポカンとする面々。

 

「太陽と月が交差する時…十二の鍵を用いてその扉を開け。扉を開けば“時”の中…400年の時を渡り…不死になる前のゼレフを倒す。それこそがエクリプス計画」

 

アルカディオスから放たれた計画の全容に冷や汗を流していく。

時を駆けて過去に行き、ゼレフを倒す計画…冷や汗の一つや二つかいてもおかしくはない。

 

星霊界と人間界の時間の流れは全く違う。

ナツ達はあっちで1日過ごしただけだというのに、戻ってきたら3ヵ月が過ぎていた。

 

そんな星霊界の次元境界線を利用して星霊魔導士の力でこの扉を開くのだそうだ。

 

当初の計画では、星霊魔導士は擬似的な魔力で代用出来る予定だった。

 

だが、本物の星霊魔導士と十二の鍵があれば、計画はより完璧なものとなることが判明し、星霊魔導士が必要不可欠な存在となった。

 

太陽と月が交差する日…つまり3日後の7月7日にのみ扉を開く事が出来るようだ。

 

ここまで完璧に計画を立てられると、流石に少しの納得感が生まれてくるナツ達だが、そんなことを露程も思わない人間がいる。

 

「時を駆ける?ハッ…貴様等は何も知らないのだな。この計画は破綻する。この俺が断言してやろう」

 

リュウマだった。

彼は計画を話したアルカディオスに哀れな者を見る目で見た。

こんな下らないことをする為だけに事を大きくしたのか…と。

 

「どういう意味だ!この計画は完璧だ!何故破綻すると言い切れる!!」

 

計画を真っ向から否定されたことにアルカディオスはリュウマに向かって声を上げる。

しかし、リュウマの哀れみの目は消えていなかった。

 

「この際だから教えてやる。確かに時を駆ける扉には星霊魔導士が必要だ」

 

ここまではリュウマも合っていると言った。

だが肝心なのはここからだったのだ。

 

「開くときに星霊魔導士が確実に必要だ…ならば()()()()()()()()?それにも必要になるに決まっているだろう。つまるところ、扉を開くには繋がっている時代に星霊魔導士と十二の鍵がそれぞれ必要だ。でなければ繋がりはすれど、繋がる時代はランダムだ」

 

「な…に?そんなことはない…!魔導士と十二の鍵は開く時のみでいい!でっち上げを言うな!それにお前に何が分かる、私達は数多くの研究者を総動員してこの計画を成しているんだ!お前に分かるわけがない!」

 

アルカディオスはリュウマの言葉を信じ切れず、否定した。

 

否定してしまった。

 

本来ならば教えてやる義理も義務も存在しないので教える必要も無いし、教えるつもりもなかった。

けども、ユキノの誠意を組んだ手前教えておいてやろうと思って教えてあげたのだ。

 

それを否定してしまった。

 

最早リュウマはアルカディオスの事を放っておくことにした。

やはり言うだけ無駄だったかと思いながら。

 

「ならば忠告だけはしておいてやる…人間は未来をより良くしようとするために過去から学び、輝く未来を作っていくんだ。過去を変えて歴史の書き換えなんぞ言語道断もいいところだ、話にすらならん。故に──」

 

 

扉を開いてどうなったとしても───俺は知らんぞ

 

 

アルカディオスは自身の計画に絶対の信頼を乗せており、リュウマの言葉を聞かなかった。

 

だが、ユキノは違った。

 

リュウマが何故扉について知っているのかは抜きにして、彼の言葉には何故か信じてしまう程の自信を感じられた。

もっとも、自信ではなく事実を述べただけなのだが。

 

そしてそれを踏まえて計画をどうすれば上手くいくのか声をかけようとしたその時…

 

「そこまでだ!!」

 

入り口の扉が開き、中から王国兵が大量に入ってきた。

走り寄ってはリュウマ達を、それもアルカディオスとユキノにも武器を突きつけて取り囲んだ。

 

「大人しくしてもらおう、アルカディオス大佐」

 

「国防大臣殿!?これは一体何のマネですか!?」

 

兵をかき分けて出て来たのはフィオーレ王国の国防大臣であるダートンだった。

アルカディオスには何故こんな事をするのか、理解が出来なかった。

 

国防大臣は極秘計画である超国家機密を部外者に漏らすなど言語道断と言ったが、アルカディオスは部外者ではないと反論した。

 

国防大臣は計画に反対なだけだと叫ぶのだが…

 

「反対に決まっておるわ!!歴史を変える危険性を少しでも理解出来んのか!!小僧がァ!!」

 

国防大臣の迫力に押されて押し黙るアルカディオス。

過去を変える話しはリュウマからも出ているが、計画は絶対であると、まだ諦め切れていなかった。

 

「アルカディオス大佐を国家反逆罪の容疑で拘束する!!並びにユキノ・アグリア、ルーシィ・ハートフィリアも拘束!それ以外の者は追い出せ!!」

 

「何っ!?」

 

「なんであたしまで!?」

 

国防大臣はルーシィとユキノの拘束を兵士に言い渡した。

それに怒ってナツが魔法を使って兵士を吹き飛ばそうとするが…

 

「いかん!ここで魔法を使ってはならん!!」

 

拳に炎を灯したナツにアルカディオスが叫ぶが…遅かった。

ナツの灯した炎が勢い良くエクリプスに吸い取られてナツ本人は気絶した。

炎の分だけでなく、ナツの全魔力を吸い取られてしまったからだ。

 

離れているが故に少しずつ吸い取っているのに、こんな至近距離で魔法を使えば魔力は全て持っていかれてしまうのは仕方がなかった。

 

「騒ぎは起こさんでくれ。魔法を使えん魔導士など、我が王国兵の敵ではないのだから」

 

「ちゃっ、やめてよ!触らないで!」

 

「うっ…離して下さい!」

 

兵士は拘束するよう言われたルーシィとユキノを取り囲み、腕を掴んで拘束していく。

このままでは連れて行かれると思ったその時…

 

「魔法が使えん魔導士は敵ではない?よく言えたな。ならば決死の覚悟でかかってこい。今貴様等の前にいるのは──魔法を使えん弱小魔導士だ」

 

群がる兵士を蹴り抜いて吹き飛ばし、ルーシィとユキノを助け出したリュウマだった。

 

魔法が使えないリュウマが王国兵より下?

 

一体それはどこのifの世界の話だ?

 

元々武器を使い、近接格闘を混ぜ合わせながら戦うリュウマが、たかだか少し訓練された程度の王国兵に負けるはずがない。

 

ルーシィとユキノを背に隠しながら、前に居る王国兵に徒手空拳の構えをした。

 

「捕まえたくば───捕まえてみよ」

 

ニヤリと嗤って告げるリュウマに、倒さなければ確保出来ないと悟った王国兵はリュウマへと駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相手は1人だ!数で押せ!」

 

相手は1人であり、自分達はそれなりの人数がいる。

 

その事実が、相手があの聖十のジュラを真っ正面から打ち倒してみせた同じく聖十大魔道のリュウマであろうと、勝てると確信させた。

 

そんなことは有り得ないというのにだ。

 

「言っておくが、俺は敵に慈悲など与えんぞ。ましてや貴様等は仲間すら狙っているのだ」

 

リュウマは向かって来た3人の兵士に素速く足払いをかけた。

 

足払いによって空中に投げ出されたところを1人目に拳による打撃、2人目に蹴り、3人目にその威力を使っての回し蹴りを叩き込み、後方に居る兵士達に衝突させた。

 

「このっ!食らえ!」

 

1人の兵士が手に持つ槍を使って突きを放ち、動きを制限さんと迫る。

万が一リュウマが抵抗すれば、武器を使うことは許可されていたからだ。

 

「遅い」

 

突いてきた槍を横に軽くズレることで回避し、掌底で兵士の顎を打ち抜いて吹き飛ばした。

 

「武器を渡してくれるとは…良い心がけだぞ」

 

兵士が吹き飛ばされた拍子に武器である槍を手放してしまい、リュウマの手の中へと落ちてきた。

これで勝てる見込みはゼロからマイナスへと落ちた。

 

「い、行け!数の利を使って囲んでいけ!」

 

兵士達の部隊長らしき男が指示を飛ばす。

その指示に従ってリュウマを円を描くように囲み、一斉に攻撃を仕掛けた。

 

その一斉攻撃に対し、槍をその場で兵士の槍に向かってグルリと回し斬りすることで他の槍を斬り落とした。

 

例え使う武器が同じであろうとも、使う人間の力量次第では同じ武器を斬り裂くことさえ容易いのだ。

 

槍を無力化されたことに驚いている隙をつき、手に持つ槍の石突の部分で鳩尾を正確に抉り込むように突き、6人の兵士を気絶させた。

 

「おりゃあ!!」

 

背後から斬られた槍の刃部分を持った1人の兵士に狙われる。

 

「背後から奇襲するならば…叫ばないことだ」

 

「ガフッ…!?」

 

そんなことは目を瞑っても分かるし、何と言っても奇襲しながら叫んでいるのでバレる以前の問題だ。

そんな兵士に振り向き様に回し蹴りを叩き込んだ。

 

回し蹴りを入れられて空中でくの字に曲がり、地面に大の字で倒れた兵士。

そんな倒れた兵士が持っていた刃が空からクルクルと回りながら落ちてきてそれをキャッチ。

 

大の字で倒れた兵士の太腿に…突き刺した。

 

「ギャアアァアァアアァアァアアァ!!!!」

 

「これならば叫んでも良いぞ」

 

突き刺された刃によって地面に貼り付けにされ、その刃を早く引き抜こうと試みる。

それを周囲を見渡しながら踏みつけて尚更刃を深く抉り込んだ。

 

兵士は痛みによって叫び声を上げて白目をむき、口から泡を吐き出しながら気絶した。

 

そんな一連の流れを見ていた兵士達は顔を青くしながら一歩、また一歩と後ろへと下がっていく。

同じ二の舞になりたくがないための行動だ。

 

「そのまま失せろ。でなければ…一生歩くことも出来ん体にしてやる」

 

槍を体の周りで振り回し、右脇に構えながら告げるリュウマに攻め込めないでいる兵士達。

 

この間にもグレイ達も戦っていたのだが、リュウマのようにはいかず兵士にやられてしまい、残すはリュウマとルーシィにユキノのみとなっていた。

 

「もういいよ…リュウマ。あたし、捕まるよ」

 

「私もルーシィ様と同意見です、リュウマ様」

 

そんな2人の言葉にバッと振り返り、何を言っているんだという表情をする。

このままいけば王国兵は退けられるのに、何故態々捕まりに行くのか分からなかった。

 

「これ以上戦っても、フェアリーテイルに迷惑がかかってしまいます」

 

「だから…ね?それに、あたし達が捕まればリュウマ達に危害は加えないでしょ?」

 

「約束しよう。私もこれ以上犠牲を出したくない」

 

ルーシィに質問されたダートンは肯定した。

最初はリュウマのこともすぐに拘束することが出来ると思っていたのだが、高い戦闘力によって次々倒されていく兵士を見て焦っていたのだ。

 

捕まえたいが捕まえる事が出来ない。

しかし、ルーシィが自分から捕まってくれるならば是非もなかった。

 

「…チッ。分かった…。ならばこれを2人に」

 

そう言ってダートンや兵士から見えない角度からルーシィとユキノに渡したのは…縦から真っ二つになって二つに分かれた鍵。

それを2人に半分ずつ。

 

装飾はルーシィが白い羽が3枚で構成されて半分の鍵となっており、ユキノは逆に黒い羽の3枚で構成されて半分の鍵となっている。

 

二つを合わせればちょうど一つの鍵となる代物だ。

 

「必ず助けに行く。それまでその半分に両断されている鍵を持っていてくれ。2人の身に何かが起き、危険な目に遭った場合…使え。使い方は鍵が教えてくれる」

 

そう言ってリュウマは離れ、ルーシィとユキノを兵士が連れて行った。

そんな2人の少女達の背中を見つめ、国防大臣であるダートンを睨み付ける。

 

怒気に微かな殺意を含まれたリュウマの視線に冷や汗を流しながらダートンもリュウマを見た。

 

「先もアルカディオスに言ったが…どうなっても知らんぞ。貴様等はたった今───フェアリーテイルに手を出したんだからなァ…!」

 

「…私とて本意では無いことを理解していただきたい。全ては国家の為…」

 

「国家の為ならば無実の罪で少女2人を牢屋に入れても良いと?…なるほど…」

 

ダートンの言葉は確かに不本意である事が伝わってくる。

国という大の為ならば2つの小を犠牲にするというやり方も仕方が無いのだろう。

 

だが、それを他の者が納得するのかと問われれば否である。

特に…

 

「──最早貴様等()には何も期待せん。故に…何が起ころうと貴様等に手は貸さんし、やることによっては滅ぼす。国家不敬罪で捕まえたくば捕まえるが良い。だが心せよ…この程度では済まさんからなァ…!!!!」

 

リュウマはその場で踵を返してグレイ達の所へ向かい、気絶しているナツを回収してギルドへと帰っていった。

 

この程度と言った時、リュウマが見たのは太腿に刃を深く抉り込まれて泡を吐き出しながら気絶している兵士だ。

 

この程度では済まさない…つまり先程言った滅ぼすというのは国その物である事を意味し、目が本気であったことを理解したダートンは手を出してしまったことを少し後悔した。

 

だが、それでも…国の為には仕方ない。

小さな犠牲が必要だと心の中で鼓舞することで頭からリュウマの言った言葉を掃き出した。

 

 

 

後悔した時には遅いというのにも拘わらず…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気絶していたグレイ達を目覚めさせ、魔力を全て持って行かれて気絶したナツはリュウマが負ぶっていた。

 

「すまねぇ…情けなくやられちまった…」

 

「すみませんリュウマさん…」

 

「チッ…魔法が使えりゃあ負けねぇぜ」

 

「良い。どの道ルーシィとユキノを拘束されて俺達は追い出されただろうからな」

 

取り敢えず悔しそうにするグレイ達を許し、ギルドへの道を通って向かう。

 

リュウマが兵士を打ち倒している間、グレイとガジルがダートンから聞いたことを話してくれた。

 

この国の陛下は妖精の尻尾(フェアリーテイル)を大層気に入っており、大魔闘演武で優勝すればその陛下に謁見する機会を与えられる。

 

その時に陛下に頼めば、心優しい陛下ならば面会もさせてもらえ、処遇についても配慮してくれるだろうとの話だ。

 

「処遇について配慮するだとォ…!!どこまでも巫山戯おってェ!!!!」

 

どこまでも上から目線でもの申してくる国に頭にきて魔力が垂れ流しになる。

その影響でリュウマが踏んでいる道のコンクリートがひび割れる。

 

「我慢ならん。行って来る」

 

「…は?どこに何しに行くんだよ?」

 

ナツを背負ったままUターンするリュウマにグレイがツッコんだ。

 

振り向いたリュウマの右手には真っ黒な球体が浮かんでおり、途轍もない魔力が感じられる。

 

「これをあの城の上空で放って…」

 

「…放って?」

 

 

 

 

「辺り一帯を更地にしてやる」

 

 

 

 

「「ちょっと待て!!!!」」

 

そんな物を放たせるわけにはいかないので全力で止めた。

 

グレイとガジルが止めても中々止められず、本当にやりそうになったのでウェンディに頼んだ。

 

「リュウマさん…お気持ちは分かりますが…ルーシィさん達の為にもやらないで下さい…お願いします」

 

涙目…しかも上目遣いで悲しそうにするウェンディに言われ、リュウマも何とか止まって真っ黒な球体を消した。

背後では危なかった…とグレイとガジルが額に流れた嫌な汗を拭っていた。

因みに、結構本気でやる気だった。

 

「取り敢えず、早くフェアリーテイルに行ってこの事をマカロフに説明するぞ」

 

調子を取り戻したリュウマの言葉に一同は同意し、駆け足でフェアリーテイルへと向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──7月5日 大魔闘演武…最終日前日

 

 

王国兵にルーシィが捕まってから一夜が明け、フェアリーテイルが貸し切りにしている飲み屋のBAR SUNにリュウマ達は集まり、昨日起こった事の報告の為に集まっていた。

 

昨日いなかったメンバーであるマカロフから始まり、エルザ、ラクサス、ジュビア、ミラがおり、リュウマからの報告を聞いている

 

ルーシィが捕まった経緯をリュウマが代表し、内容を事細かに説明していく。

もちろん、超国家機密も全てだ。

 

国家機密であろうが何であろうが、仲間を捕まえているならばフェアリーテイルに関係などなかった。

 

「つまり何だ?大魔闘演武で優勝しなきゃルーシィを取り返せねえのか?」

 

「その話も信用していいのか分からねぇがな…」

 

「だからンなことはどうでもいいんだよ!オレは今すぐ助けに行くぞ!!」

 

柱に縄を使ってギチギチに縛られたナツが叫ぶ。

そんなナツをウェンディが宥めている。

 

相手が王国なだけあって無茶な事をすることは出来ない。

なので取り敢えず馬鹿正直に真っ正面から殴り込みに行くナツを拘束した。

でないと城まで走って突撃かましそうだから。

 

話の全容を聞いたマカロフは王国が相手なだけに迂闊な事は出来ず、かといって王国側も国民をぞんざいに扱う事は出来ないと考え、ルーシィ達はエクリプス計画が中止されるまでの人質と考えていた。

 

そこでガジルが国家機密を知ってしまった自分達を何故解放したのか腑に落ちないと言った。

確かにそれには一理ある。

 

だが、よくよく考えてみると解放した理由は出てくる。

 

アルカディオスを断罪する場合、後に証人として立ってもらうため…という可能性もあるし、これ以上隠し通すことが困難であるからという可能性もある。

 

しかし一番有力な可能性は、リュウマ達が大魔闘演武の出場者であるということ。

 

それだけならばなんで?となるかもしれないが、考えてもみてほしい。

 

前日までいた注目の選手達がそろいも揃って欠場となるのだ。

それも全て大注目中のフェアリーテイルとなれば誰もが気がつくというもの。

 

出場者が消えるとなればそこから足がつき、魔導士達を敵に回すということになる。

王国はそれを恐れたという可能性が一番高いのだ。

 

ルーシィ達が捕らえられたのは不条理ではあるが、王国側も正義には反していないということだ。

 

「だーーーッ!!ごちゃごちゃ言ってねぇで助けに行くぞーーーー!!!!!こぴゃっ!?」

 

自身を縛っていた縄を力ずくで引き千切ってギルドから出て行こうとしたナツを、リュウマが頭を鷲掴んで宙に浮かした。

 

「ナツ…今話しを聞いていたか?あまり事を大きくするべきではないと言っただろう?やはり聞いていなかったのか?ン?それとも貴様の脳に直接叩き込んでやろうかァ?」

 

「ず…ずびばぜんっ…!」

 

段々力が強くなってミシミシいう頭に恐怖して速攻謝って離してもらった。

その時の事をナツはこう語る…あの目は恐い…と。

 

「落ち着くんじゃナツ。おぬしの気持ちは皆同じじゃ」

 

マカロフは何時ものおちゃらけた態度ではなく、目を細めて静かに怒っていた。

 

「いつもみてぇに後先考えんで突っ込んでも今回ばかりは分が悪い。……が、黙ってられるほど腰抜けじゃねぇぞ───」

 

 

 

        妖精の尻尾(フェアリーテイル)はよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───7月6日…大魔闘演武最終日

 

 

年に一度開催される大魔闘演武の最終日なだけあり、この日は今までよりも更なる盛り上がりを見せていた。

観客はこれから出場してくる選手達を心待ちにしており、花火などを上げて騒いでいる。

 

『いよいよ!!いよいよやって参りました!!魔導士たちの熱き祭典…大魔闘演武最終日!!』

 

『泣いても笑っても今日…!優勝するギルドが決まります!!!!』

 

大賑わいである観客に実況も熱が入っている。

実況は同じみのチャパティと、解説には元評議員であるヤジマ。

そして最終日のゲストには、大魔闘演武のマスコットキャラクターであるマトー君が来ていた。

 

マトー君の仕事は種目の審判なのだが、今日に限っては他の者に代役を頼んでいるらしいので大丈夫なそうだ。

 

マトー君の事を紹介し終わったチャパティは、準備が整って入場してくる選手達及びギルド紹介をしていく。

 

 

 

『現在6位!大逆転なるか!?猟犬改め仔犬!四つ首の仔犬(クワトロパピー)!!!!』

 

今は最下位ではあるが、この最終日の種目を通して大逆転し、優勝しようと狙っている。

仔犬は最後に猟犬へとなるか楽しみである。

 

 

 

『続いて青い天馬(ブルーペガサス)!!クワトロパピー同じく大逆転なるのか!!』

 

出て来ながら映像ラクリマに向かって決めポーズと決め顔をして観客を沸かせていくトライメンズ達。

因みに、観客達は一夜がラクリマに映ったら目を逸らしていた。

 

 

 

蛇姫の鱗(ラミアスケイル)!!聖十のジュラがいるこのギルドは一気に1位を狙うのか!?』

 

攻防には聖十のジュラがおり、状態異常を狙う魔法に魔法を打ち消す波動。

氷で体の自由を奪い、ダメージはシェリアが回復させる。

とても安定感があるバランスが良いチームだ。

 

 

 

人魚の踵(マーメイドヒール)!!現在3位である人魚は美しく優勝を狙う!!』

 

女性のみで構成されているギルドではあるが、カグラはリュウマを師匠に持っているだけあってかなりの力を持っている。

この日は誰も見たことが無い本気を見れるのか。

 

 

 

『そして現在2位!このまま王座陥落となってしまうのか!?それとも再び最強の座に君臨するのか!?剣咬の虎(セイバートゥース)!!!!』

 

出て来たメンバーを見て観客は違うざわつきを見せる。

今まで王者である事を誇るように大々的に出て来たのに対し、今回は静かに登場してきたのだ。

 

それにヤジマは気合いを入れ直したのだろうとコメントし、マトー君はそんなセイバートゥースがかっこいいようだ。

 

「あれ?応援席にいた猫一匹足りなくね?」

 

「あ、本当だ」

 

──レクター…

 

観客達の中にはレクターがいないことに気がついた。

それによって応援席にはフロッシュが一匹だけでポツンと立っていた。

 

スティングは顔を少し俯かせて、前まではそこにいたレクターを幻視した。

 

心の中でもう負けないと誓いながら。

 

 

 

『そして現在1位!!7年前最強と言われていたギルドの完全復活の日となるのか!?妖精の尻尾(フェアリーテイル)入場ーーー!!!!…おや?こちらはメンバーを入れ替えてきたーー!!!!』

 

そう、入場してきたフェアリーテイルチームはメンバーを入れ替えてきたのだ。

 

ナツがいたところにグレイが入り、メンバーはリュウマ、ラクサス、エルザ、グレイ、ガジルで構成されている。

 

ナツが消えてしまったことに観客は少し沈んだ。

スティングとローグをたった1人で叩きのめしたナツの戦いを見たかったようだ。

 

ナツがいないことに国防大臣であるダートンは、やはり回復しきっていなかったかと結論付けた。

 

 

 

 

 

 

 

───フェアリーテイル応援席

 

 

「リュウマー!!頑張れよーー!!」

 

「お兄ちゃんがんばって~~~!」

 

「グレイ!(おとこ)見せろォ!!」

 

「エルザーー!!頑張れー!!」

 

「ガジルー!!ぶっかませーー!!!!」

 

「ラクサス!!その勇姿を見せてくれぇ!!」

 

フェアリーテイル応援席では、出場者であるリュウマ達のことを大声で応援している。

 

みんなにはルーシィが囚われていることを伝えられているが、敢えていつも通りにするようにと言われているため、いつも通りに応援している。

 

そんなメンバー達が応援している中で、マカロフとメイビスは話しをしていた。

 

「考えましたね6代目」

 

「こうするしかなかったのです…」

 

フェアリーテイルが優勝すれば、ルーシィを合法的に返してもらうことが出来るかもしれない…。

 

しかし、そんな言葉だけの口約束を全て信じることは出来ない。

 

そして観客や王国側も最終日である大魔闘演武に夢中となっているこの時が好機。

応援席ではいつも通り応援する。

 

その裏では…別動隊がルーシィの救出に向かう二面作戦となっているのだ。

 

この案を出したのはリュウマであり、最初は俺も救出隊に入ってルーシィ奪還をすると言っていた。

 

勿論のことそれは却下されたが、リュウマに折れてもらうにはかなり苦労していた。

どうしても俺が行くと聞かず、みんなでどうにかこうにか説得したのだ。

 

「リュウマは今大会の最注目選手であり、注目の的ですからね…」

 

「リュウマがいないとなれば必ず王国側に警戒されてしまいますので…」

 

つまりはそういうことだ。

 

フェアリーテイルのなかでも一番注目されているリュウマがいないとなると絶対に王国側が不審に思う。

そのためリュウマには出場してもらうしかなかったのだ。

 

それならばナツは良いのかと言われれば、ナツはいいのだ。

ちょうどエクリプスに魔力を全て吸い尽くされてダウンしていると思わせることが出来るからだ。

それもダートンにその場を目撃されている。

 

ナツの魔力回復はリュウマが施した。

傷はないので必要ないが、ナツに魔力を分け与えることで全回復させた。

 

「頼んだぞ…ガキども…!!!!」

 

マカロフは城の方を向いて、今は居ない救出作戦に向かったナツ達へ言葉を送る。

 

救出作戦に向かったメンバーはナツ、ミラ、ウェンディ、ハッピーを始めとしたエクシード三匹だ。

 

大魔闘演武に夢中になっていることで無人と化している街の中を颯爽と駆け抜けていき、ルーシィが囚われている城…メルクリアスを目指す。

 

王国側も予想していないだろう。

まさか助けるために優勝するのではなく、優勝して注意を引いて別動隊がルーシィを直接助け出すなど。

 

だがそれでこそフェアリーテイルだ。

 

フェアリーテイルは例え相手が王国であろうが神であろうが敵に回す。

そんなとんでもないギルドだ。

 

 

それに…救出する以前にルーシィ達にはとある()をリュウマに渡されている。

 

 

それは一体何の鍵であるのか…それは本人のみが知っている。

 

 

 

 

 

闘技場におり、残念ながらも救出に行くことが出来なかったリュウマは…

 

 

 

 

 

牢屋に入れられながらも、鍵を言われた通り隠し持っているルーシィとユキノを思い浮かべ…ニヤリと嗤った。

 

 

 

 

 

 




はい、鍵はなんの鍵なのでしょうか…?

まあ分かることは…リュウマが渡しただけあってただの鍵ではない…ということです。



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第四九刀  救出作戦 動き出す妖精

始まりましたね…最終日の決戦!

さぁ、皆様が大好き(であろう)リュウマの蹂躙劇(の予定)の始まりだァ…!!




 

 

『己が武を…魔を…そして仲間との絆を示せ。最終日…全員参加のサバイバルゲーム───大魔闘演武を開始します!!』

 

とうとうやってきた最終日の大魔闘演武最後の種目。

それには観客のボルテージは天元突破グレ…天元突破の勢いだ。

 

サバイバルゲームでやるバトルフィールドはなんと…()()()()()()()()()だ。

各ギルドの選手達は既に分散しており、開始の合図を待っている状態。

 

街中を駆け巡り、敵ギルドのメンバーと会ったら即戦闘となる。

 

相手を気絶…戦闘不能にすると、そのギルドに直接1ポイントが入ることになる。

 

又、各ギルドには1人だけリーダーを設定してもらっている。

これは他のギルドのメンバー…もちろん応援席のメンバーや観客にも分からないようになっている。

 

そしてそのリーダーを倒せば…1人倒した時に得られるポイントの5倍…5ポイントが手に入る。

 

このシステムによって得られる最多ポイントの理論値は45ポイント…どのギルドでも優勝することを狙える理論値となっている。

 

チーム一丸となって動くのか、それぞれが分散して動くか…戦略が別れるところである。

 

「いいか、俺達には優勝する以外に道はない。ルーシィを取り戻す為にもな」

 

「そうだな。私達には優勝するしかない」

 

「ギヒッ!そんなもんは余裕だぜ」

 

「まぁ、優勝にはもう一つの目的もある」

 

「7年間苦い思いをした…ギルドの奴等の為にもな」

 

フェアリーテイルメンバーの待機場所では、リュウマが優勝宣言をし、それに同意していくエルザ達。

 

ルーシィの為もあるが、7年間苦い思いをしてきた仲間達のためにも…優勝以外は有り得ないのだ。

 

そして…

 

『栄光なる頂はは誰の手に!!大魔闘演武…開始です!!!!』

 

大魔闘演武…サバイバルゲームが始まった。

 

「征くぞッ!!」

 

「「「「オォッ!!!!!!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合が開始され、選手のそれぞれが動き出した。

 

自分の力を信じきっているセイバーは1人1人ばらけており、ブルーペガサスなどは3人一組みなどで行動している。

 

ラミアスケイルは2人一組で行動しており、何時どこから攻撃をされたとしても、直ぐに対応出来るように警戒しあっている。

 

ミネルバは試合が始まる直前に、オルガとローグに一つの命令を出していた。

 

リュウマと戦うに当たって注意すべき要点は、他の追随を許さない程の高い戦闘能力だ。

 

同じ聖十大魔道を一方的に打ち負かすその力は…特に注意しなくてはならない。

 

故にリュウマと戦う場合はポイント差が10は欲しい。

そうしなければ、有り得ないが全滅させられるかもしれないと考えていたからだ。

 

なのでオルガとローグには、5ポイントであろうバッカスと一夜を狙うように言ってあるのだ。

クワトロパピーとブルーペガサスのそれぞれのリーダーは、その2人を除いて他にいないと考えている。

 

「…!これは…」

 

「どうした?ルーファス」

 

索敵をしていたルーファスがふと何かに気がついたのか足を止めた。

それに気づいたオルガが同じく止まってルーファスに質問を投げかける。

 

魔法の応用で敵の位置を把握することの出来るルーファスは気づいた。

 

『こ、これは…!?どうしたのでしょうか妖精の尻尾《フェアリーテイル》!!全員目を閉じたまま動いていないぞーー!!!!』

 

「動いていない…」

 

フェアリーテイルメンバー達が誰も動いていないということに…。

 

「何やっとんじゃあやつらーー!!!???」

 

「ど、どういうこと?」

 

「知らないわよ…」

 

「獲物は早いもん勝ちだぞ!早くやっちまえぇ!」

 

フェアリーテイルの応援席では、動かずジッとしているリュウマ達に叫んでいる。

それでもリュウマ達は動く気配がない。

 

フェアリーテイルが動かない間にも戦況は進み、既に敵と接触を者もいる。

 

「オレが魔法封じてる間に!」

 

「おぉーん!!」

 

「はっ!?2人かふべぇ!?」

 

ラミアスケイルのユウカとトビーの2人一組が、クワトロパピーのノバーリを倒す。

これで1ポイント獲得だ。

 

 

「女子と当たるなんてついてない」

 

「本当だね…!」

 

ブルーペガサスのトライメンズ3人が、マーメイドヒールのアラーニャとベスを倒す。

これで2ポイント獲得だ。

 

この間もフェアリーテイルは動いておらず、変わらずに目を閉じたまま待機している。

 

『点数が動く動く!それでもフェアリーテイルは動かず!一体どうしたというのか!?』

 

チャパティが解説していく中、リオンがクワトロパピーのセムスを倒し、ジュラが同じくクワトロパピーのイエーガーを倒した。

これによりラミアスケイルは2ポイント獲得だ。

 

「ジュラとリオンがいればラミアスケイルは無敵だ!」

 

「そいつァどうかな?」

 

調子が良いユウカとトビーの前にバッカスが現れる。

バッカス以外の3人がやられているのに5ポイント宣言がないということは、消去法で確実にバッカスがリーダーということが分かる。

 

いざ戦闘が始まるといったその時…

 

「アァ?」

 

「アンタは眠ってろ」

 

空からスティングが飛んできて、バッカスを押し潰して撃破した。

これによりセイバートゥースに5ポイントが入った。

 

「チクショウ!やられた…!」

 

「2人でこいつ倒すぞ!」

 

「…ッ!!」

 

会ったものは仕方ないと、ユウカとトビーがスティングに立ち向かおうとしたその時…!

 

「おがっ…!?」

 

「な…!?グハッ…!?」

 

『か、カグラが来たーーー!!!!!』

 

2人を一瞬でカグラが仕留めた。

あまりの早業に目で追えた者はいなく、ユウカとトビーはいつの間に…!?という間にやられたのだ。

 

「弱い。そして…次は貴さ…?消えた…」

 

2人を撃破した次はスティングだ…と思って振り向いた時、その場にはスティングはおらず、消えていた。

 

いなくなってしまったものは仕方ないので、カグラは違う獲物を探しに歩き出した。

 

スティングはミネルバからの指示で、カグラとジュラ、早期段階でのリュウマは避けろと言われていたのだ。

故にユウカ達を倒している間に戦線離脱していた。

 

また他の場所では、ミリアーナがクワトロパピーの最後の一人を倒して1ポイントを獲得し、クワトロパピーはこの時点で敗退が決まった。

 

 

しかし…それでも妖精は動かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──フェアリーテイル応援席

 

 

「何をやっておるんじゃ!ルーシィを助ける為にも勝たねばならんのだぞ!!??」

 

何時までも動かないリュウマ達にしびれを切らし、立ち上がりながら怒鳴り声を上げるマカロフ。

 

「だからこそ…だからこそ冷静にならねばなりません」

 

「…!?」

 

そんなマカロフの横にいるメイビスは、静かに語り出した。

 

「私は今までのこの4日間で、敵の戦闘力…魔法…心理…行動パターン…その全てを頭に入れました。それを計算し、何億通りもの戦術をシミュレーションしました」

 

「へ!?」

 

「初代…何を…?」

 

今までと雰囲気の違うメイビスに、応援席にいる面々は困惑した表情でメイビスを見た。

 

「敵の動き…予測と結果…位置情報…。ここまで全て私の計算通りです」

 

どこまでも平坦な声で告げるメイビスに、マカロフはゾワリとしたものを感じた。

 

「作戦は既に伝えてあります…」

 

この時…動きに変化がなかったリュウマ達が…目を開いた。

 

「仲間を必ず勝利へ導く──それが私の“(いくさ)”です。妖精の星作戦…発動!!」

 

メイビスが高らかに告げると…リュウマ達が一斉に動き出した。

 

 

妖精の星作戦が今…発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、ナツ達救助組みはというと…城の内部へと侵入することに成功していた。

 

中には兵士がいるので、変身魔法で兵士へと姿を変えたミラが、態と捕まっているフリをしたナツ達を牢に入れようと提案する。

 

提案された城の兵士は陛下も国防大臣もいないことから指示を貰えないので、取り敢えず牢に入れることを承諾した。

 

 

そんな順調な動きを見せるナツ達を余所に、城の上部にあるとある一室では…

 

「姫様、今が好機かと…」

 

「そうですね…。…始めましょう。エクリプス“2”計画を…」

 

翡翠色の髪を持つ女…フィオーレ王国王女、ヒスイ・E・フィオーレが動きを見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『妖精の尻尾《フェアリーテイル》が動き出したー!!』

 

動きを見せたフェアリーテイルに気がついたチャパティは、観客に伝わるよう大きく叫んだ。

観客はやっと動き出したフェアリーテイルに歓声を上げる。

 

「各自散開!次の目的地まで進んで下さい!!」

 

指示を出し始めたメイビスに、応援席にいるメンバー達はポカーンとしながら見ていた。

 

「この時点で97%の確率でルーファスが動きます」

 

そんなメイビスの言葉通り、クロッカスのどこかにいるルーファスは…動きを見せたフェアリーテイルを狙った。

 

「まとめて片づけて差し上げよう。記憶造形(メモリーメイク)・『星降ル夜ニ』」

 

放たれたのは、初日に敵を全滅させた魔法。

それは空中から降り注いで5人を一斉に狙う。

 

「上空に光を目視してから2秒以内に緊急回避することで避けられます」

 

飛んできたルーファスの魔法をエルザとガジル、グレイは余裕を持って避け…

 

「この魔法の構成など、既に解析し終わっているというのに…これで俺を倒そうとは…頭が高いぞ」

 

迫る魔法に対して、リュウマはその場から回避をすることもせず歩き続ける。

 

そして…()()()リュウマのことを避けた。

迫り来る『星降ル夜ニ』は既に解析して使った事がある。

その時の解析結果を応用して飛んでくる最中にジャック…乗っ取って避けさせたのだ。

 

「この魔法の属性は雷。ラクサスはそれをガードして下さい」

 

ラクサスは『星降ル夜ニ』を態とガードして受けてみせた。

ついでに食べて吸収しておく。

 

「何…!?受け止めた!?」

 

受け止められたのを感知したルーファスは驚きの声を上げる。

 

「敵は同様し思考が乱れます。この思考の乱れによりルーファスは68%の確率で我々への接近を試みます。残りの32%の確率でその場で待機…。しかしその場合も私達の作戦にさほどの影響はありません」

 

「な、何言ってんだ初代…」

 

「さぁ…?」

 

「妖精の星作戦…」

 

「勝利するための作戦ってことは分かるけど…」

 

いきなり状況分析をし始めたメイビスに、どうコメントしたらいいか分からない応援席メンバーは困惑している。

 

 

『エルザはこの時点で、北西に進むことで敵と接触』

 

「初代の言った通りだな。恐ろしいお方だ」

 

「げぇっ!?エルザ!?」

 

メイビスに指示されていた通りに北西に進むと…ブルーペガサスのジェニーがおり、苦も無く倒して1ポイントを獲得した。

 

 

『ガジルは南方の敵を撃破して下さい』

 

「ギヒッ!悪ぃな兄ちゃんヨ」

 

「ガジルッ!?」

 

「クソッ!ヒビキだけでも逃げろ!」

 

こちらも同じ通り指示に従って南方に来たガジルは、トライメンズを発見した。

 

トライメンズのレンとイブは全滅を避けるため、ヒビキを逃がしてガジルに撃破される。

この時点で2ポイント獲得。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)には僕の古文書(アーカイブ)の計算を超える者がいるのか!?」

 

「──そういうこった」

 

「────ッ!?」

 

『ガジルの元から噴水広場へ逃げてきた敵をグレイが撃破。その後はそのままポイントBー4へ直行してください』

 

逃げるヒビキのことは既に予測されており、そのため噴水広場へ待機していたグレイによって撃破される。

1ポイント獲得…トライメンズ全て合わせて3ポイント獲得だ。

 

「ラクサスはそのままFー8へ。エルザはSー5へ。この辺りで敵に動きがあります」

 

「お…思い出したぞ…初代の異名…!」

 

メイビス・ヴァーミリオン…その異名とは…。

 

かつて起こった数々の戦争にて、その天才的な戦略眼をもって(いくさ)に勝利をもたらした存在。

 

その時についた呼び名は…

 

 

 

        妖精軍師…メイビス

 

 

 

「で、出来る子だ…」

 

「ただの癒し系じゃなかった…」

 

「いやいや、フェアリーテイル創設したのこの人だからね?」

 

マカオとワカバがアホなことを抜かしているが、メイビスは歴とした初代フェアリーテイルのマスターだ。

癒し系だけな訳がない。

 

 

「一夜さん…申し訳ありません…」

 

「ウム。後は私に任せて…」

 

「一夜殿。隙有りで───」

 

闘技場の方では、氷付けにされたヒビキの言葉に頷く一夜と…そんな一夜を背後から狙うジュラがいた。

ジュラの攻撃か一夜を捉え、ポイントを…

 

「『白竜の咆哮』!!!!」

 

「『影竜の咆哮』!!!!」

 

「メェーーーーーーーーーーーン!!!???」

 

「むっ!」

 

途中で合流したスティングとローグの同時攻撃に晒され、一夜は吹き飛ばされて気絶。

ジュラは気配を察知していたので避けることが出来た。

 

合わせた咆哮は強力で、不意打ちとはいえ…ブルーペガサス最強の男である一夜を一撃でノックアウトした。

これにより、リーダー撃破なため5ポイント獲得だ。

 

攻撃されたのでスティングとローグを撃破しようと振り向いた時には、違う場所でのカグラと同じようにその場から消えていた。

 

ミネルバからの指示通り、一夜を撃破してジュラとの戦闘は控えたのだ。

 

『おぉぉぉおお!?スティングとローグが力を合わせ、ブルーペガサスのリーダーである一夜を仕留めたァァァァ!!』

 

『ふむ、これでセイバートゥースは54ポイントだねぇ…』

 

『セイバートゥース強いカボ。それに人数も大分絞られてきたカボ!』

 

なかなかの戦況に実況も盛り上がりを見せている。

こうしている間にもシェリアがマーメイドヒールのリズリーを撃破して1ポイント獲得している。

 

この時点でクワトロパピーとブルーペガサスは全滅しているため、残りは4チームとなっている。

 

 

サバイバルゲームはまだ…始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻…城の牢屋では、ナツ達はルーシィとユキノの奪還に成功していた。

 

牢屋は鋼鉄製であったので、ナツの炎で融解させてねじ曲げることで通り道を作った。

 

そしていざ逃げようと思った矢先、ルーシィとユキノは隠し持っているリュウマから渡された鍵以外を全て取られているそうだ。

 

それを取り返すために城の内部を探そうとするのだが…床がパカリと開いて地下へと落ちていってしまう。

 

『見事に罠にかかりましたね…辺りを見なさい。ここは死の都…奈落宮。罪人が行き着く最後の自由…しかしここから出られた者は誰1人としていない』

 

落ちたところにホログラムの映像が現れ、この城の姫であるヒスイが映し出された。

 

『そこで朽ちるがよい…賊よ』

 

「なんだ?あの感じワリー奴」

 

「この城の姫です」

 

「お姫様!?」

 

「なんか恐いね…」

 

そんなヒスイはナツ達に冷たい視線を向けながら朽ちろと言い、ホログラムを消した。

 

映像を出していた部屋では、付き添いの兵士達がヒスイを褒め讃えるが…ヒスイはどこか浮かばない表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『息詰まる攻防戦の続く大魔闘演武!ここからは更なる熱戦が予想されます!』

 

「ここに来ればアンタに会えるって聞いてたが…流石初代だな」

 

「これはこれは…」

 

闘技場ではメイビスが作戦を立てる時に、グレイが聞いたルーファス居所へと向かい、見事そこにいたルーファスと対峙していた。

 

ルーファスはセイバートゥース攻略に関するキーなのだ。

 

フェアリーテイルのメンバーの居場所を特定しており、その他のギルドのメンバーの居場所ですら特定しているルーファスは、最初の方に倒しておきたい相手だった。

 

そんなルーファスは最初リュウマに向かわせて撃破させようと考えていたのだが、グレイの希望もあって対戦はグレイに任せたのだ。

 

「行くぞ仮面野郎!アイスメイク・『氷創騎兵(フリーズランサー)』!!」

 

「記憶」

 

「逃がすか!『氷撃の鎚(アイスインパクト)』!!」

 

「記憶」

 

ルーファスに向かって攻撃を仕掛けていくグレイだが、攻撃は全て避けられ、ルーファスは避ける度に記憶と口にしている。

 

ルーファスは自分で魔法を解説をした。

自身の使う記憶の造形魔法は見た事のある魔法を記憶し、そんな記憶を元に新たな魔法を造形することが出来ると。

 

そんな記憶の中には、先程見たグレイの氷の造形魔法や、オルガが使う雷の魔法がある。

それを混合させることで新しい魔法を造り出した。

 

記憶造形(メモリーメイク)・『凍エル黒雷ノ剣』」

 

「ガアッ!?」

 

空から黒雷が降り注ぎ、地面に着弾すると同時にその場所が凍り付いた。

グレイはその魔法を食らってしまう。

 

「『荒ブル風牙ノ社』」

 

「アイスメイク・『(シールド)』!」

 

次は暴風で造り出された竜巻が迫ってくるので、盾を造形して防ごうとするも…

 

「盾…記憶。そして忘却」

 

「なっ…!?盾が──ぐあぁあぁぁあぁあぁ!!」

 

造り出した盾をルーファスに消され、迫り来る竜巻の餌食となってしまい、吹き飛ばされてしまった。

 

どうやら憶えた魔法を忘却させて消すことが出来るようで、一度使った魔法はルーファスには効かないようだ。

 

力量差を見せつけたルーファスは、グレイに私には勝てないと言うが、グレイは妖精の尻尾(フェアリーテイル)の紋章を刻んでいるからには…同じ相手には二度と負けないと言ってみせた。

 

「アイスメイク…」

 

「記憶」

 

「────『限界突破(アンリミテッド)』!!」

 

「───ッ!!!!」

 

グレイが魔法を使い、ルーファスがそれを記憶しようとするも…その造形した物の多さに目を見開いた。

 

──な、なんという造形速度だ!?

 

次から次へと…それも形が全く異なる武器を造形していくグレイに冷や汗を流す。

 

「憶えたかい。うちのギルドには…やたらと武器を使う(エルザ)(リュウマ)がいるんでね。()()()()()武器を造らせてもらったんだよ!」

 

グレイの造形速度…1秒間に4つの武器を造り出し、10秒で40という武器を造り出した。

その速度には記憶が追いつかず、忘却させることが出来ない。

 

「食らいやがれ!『一勢乱舞(いっせいらんぶ)』!!」

 

「ぐっくああぁぁあぁ…!!クッ…氷属性だけなのが惜しいね…!」

 

造り出した武器を全てルーファスに向かって突撃させて攻撃するも、それを憶えていた炎で燃やしてグレイも狙う。

 

「オレはもっと熱い炎を覚えてる…『氷魔剣(アイスブリンガー)』!!」

 

燃える炎の中、ルーファスに向かって一直線に走り抜けたグレイは…両手に剣を造り出して斬った。

 

斬られたルーファスは柱へと吹き飛ばされて叩きつけられ…気絶。

 

『ルーファスVSグレイの戦い…勝者は…グレイだーーーー!!!!|妖精の尻尾が勝利ーー!!!!ルーファス敗れるーーー!!!!』

 

こうしてルーファスVSグレイの戦いは…グレイの勝利で終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──奈落宮

 

 

グレイがルーファスを倒した時、地下にある奈落宮へ落とされたナツ達は…奈落宮からの出る出口を探していた。

 

「ナツぅ…天井も全部塞がってるよ…」

 

「出口は無さそうね」

 

天井から落ちてきたので、天井部分にも道があるかも知れないとハッピーとシャルルに飛んで調べてきてもらったが…収穫は無かった。

 

「せーっかくこのまで来たのによ!」

 

「ミイラ取りがミイラに…ってことね」

 

「情けないです…」

 

この事態には流石に困ったのか、ナツ達もどうしたらいいのか分からなくなっていた。

 

「そういえばナツ、試合はどうしたの?」

 

「癪に障っけど、グレイと替わったんだ」

 

「へぇ~」

 

そうなんだ…と思いながら嬉しく思うが、本音を言うならばリュウマに来てほしかったというのは内緒だ。

 

「最初はリュウマも俺がルーシィ達を救出しに行くんだーって言ってたんだけど、出場選手だし注目されてるから却下されたんだ」

 

「な、何よそれ…!見たい…!スゴイ見たい!」

 

自分のために行くと進言してくれたリュウマの一場面を見たがるルーシィだが、ちゃっかり話を聞いていたユキノも同意していた。

 

「実はね…それ映像ラクリマで撮ったんだ~」

 

「それ早く見せて!」

 

「私からもお願いします」

 

ハッピーが背負っているバックから1つのラクリマを取り出しながら言うと、直ぐさまルーシィとユキノが食いついた。

因みに、横ではウェンディとミラが少し不機嫌になっている。

 

『ルーシィとユキノは俺が救出しに行く。…何?俺は注目されているから却下だと?注目されているからといってルーシィ達を救出しに行ってはならない理由にはならんだろう!俺が行く!…出なかったら王国側が不審に思う?確かにそうだが…俺は必ず行くと言ったのだぞ!?…クッ…仕方が無い…今回は諦めるが…ルーシィ…ユキノ…無事でいてくれ…』

 

「……………よっし…!」

 

「大丈夫です無事ですリュウマ様ありがとうございますはいユキノは元気です何の心配をなさらずともリュウマ様の元へ帰ります」

 

自分達の為に試合を放棄しようとする姿勢…そして最後の祈るように心配する声でノックアウトした。

 

ルーシィは溜めに溜めてガッツポーズをし、ユキノは…トリップした。

ウェンディとミラは尚更不機嫌になり、ナツ達は気にしないことにした。

 

「みんな!こっちに通路が…なにこの空気?」

 

他に道が無いのか更に探していたシャルルが戻って来た時には…なんかちょっとしたカオスとなっていた。

 

取り敢えず気を取り直し、シャルルが見つけた地面の裂け目のような場所を進んで行く一行。

 

「んっ…この通路狭いわね…!」

 

「あっ…本当ね…!」

 

「ひゃんっ…蜘蛛の巣様にかかってしまいました…」

 

「蜘蛛の巣様って何よ…」

 

「……………。」

 

狭い通路を通っているのだが…母性の象徴がとても豊かなルーシィとミラとユキノは詰まりながらも進んで行く。

 

ウェンディは…何故か、何故か分からないがスムーズに進むことが出来た。

何故かは分からないが…。

 

なので胸部をペタペタ触れて悲しそうな顔をするウェンディはいないのだ。

 

「あれ…?誰かいますよ?」

 

(一部にとっては)狭い通路を抜けたところ…先に1人の男が倒れていた。

その男の所まで行くと…その人物はアルカディオスだった。

 

「あたし達と同じように…落とされた…?」

 

「うっ…に…逃げ…ろ…」

 

「え?」

 

気絶から回復したアルカディオスは、ルーシィ達を見て逃げろと口にした。

何からの意味なのか聞こうとするが…

 

 

「ぱーーん。シュワー」

 

 

「うおっ!?」

 

「なに…!?なんなの!?」

 

後ろに大きな男が立っており、地面をも溶かす酸の液体をかけようとしてきた。

それをルーシィ達は回避し、ナツはアルカディオスを掴んで回避した。

 

「タイタイターイ!…大漁ォ~!!ターーイ!!」

 

「うわあぁぁぁあぁあああぁぁ!?」

 

「うおぉおおぉぉ!?」

 

「きゃああぁああぁぁああぁああぁ!!」

 

そんな回避したところを、更に現れた男に地面を鋭く隆起させる魔法で攻撃された。

それによりそれぞれ吹き飛ばされる。

 

「陰から王国を支える独立部隊…王国最強の処刑人…餓狼騎士団…!奈落宮からの生還が不可能なのは…奴等がいるからだ…!」

 

その場に集結したのは男が3人で女が2人。

合わせて5人で形成されている騎士団…餓狼騎士団であった。

 

 

「餓狼騎士団…(ヒト)(ゴー)(マル)(マル)…任務開始」

 

 

大魔闘演武の陰では人知れず…戦いが始まろうとしていた。

 

 

「フィオーレ独立部隊餓狼騎士団特別権限により…これより罪人の死刑を執行する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──なんだ?今…何か見られてはならないものを見られたような気が…

 

闘技場ではリュウマが敵を探しており、適当な道を歩っていた。

 

そんな時に何故か、背中にゾクリとしたものが駆け上がり、見られてはならないものを見られた気がした。

 

因みに、それはハッピーがルーシィとユキノに見せた映像ラクリマだ。

 

「『天神の北風(ボレアス)』!!」

 

「むっ…!」

 

嫌な予感を感じて横へと回避行動をすると、傍を黒い風が吹き荒れていき、建物を破壊していった。

 

『おぉぉっと!?ここでリュウマに攻撃を仕掛けたのは…みんなのシェリアたんだーーー!!!!』

 

「あなたはフェアリーテイルの人!」

 

「お前は…シェリアか」

 

背後から攻撃を仕掛けてきたのはシェリアだった。

 

完全に不意を突いて攻撃したのに避けられたシェリアは、いつ攻撃がきてもいいように臨戦態勢をとりながらリュウマを見ている。

 

「これはまた…倒すのに苦労する者が来たな」

 

そう言いながらも顔は笑っており、こちらを警戒しているシェリアを見ていた。

 

「さっきは避けられちゃったけど…次は外さないよ!『天神の北風』!」

 

「同じ技か?」

 

前から飛んでくる黒き暴風を見ながら口にし、余裕を持って横へと回避した。

だが、風自体は囮であり…目的は舞い上がらせた砂塵だ。

 

暴風によって撒き散らされた砂塵によって視界が悪くなり、シェリアを見失う。

 

「ここだよ!」

 

すると右斜め後方からシェリアが飛び出し、右手に黒い風を纏った状態で殴りつけてきた。

 

「あぁ、知っている」

 

「えっ…きゃああぁぁあぁ!!」

 

殴りつけてきた拳を少し身を逸らすことで回避し、手首を掴んで建物に向かって投げ飛ばした。

 

投げ飛ばされたシェリアは建物に突っ込み、突っ込まれた建物は威力に耐えきれず崩壊してシェリアの上へと崩れ落ちる。

 

早くもシェリアダウンか?と思われたが、黒い風が吹き荒れて建物の瓦礫を吹き飛ばし、中から所々傷を負っているシェリアが出て来た。

 

「うぅ…やっぱり強いなぁ」

 

そしてみるみる傷が回復していき、無傷の状態へと戻ってしまった。

 

シェリアの厄介なところは…この回復力。

 

いくらダメージを与えたところで直ぐさま回復してしまうのだ。

 

これがただの試合でなく、本気の殺し合いであるならば…リュウマは一瞬で首を斬り落としていただろう。

 

だが、これは試合であって殺し合いではない。

 

残念ながら首を斬り落とすわけにはいかず、どう倒したらいいか悩んでいた。

 

「どんどん行くよっ!」

 

そんなリュウマを余所に、傷を回復させたシェリアは手に風を纏って推進力を得て突っ込んでくる。

 

そこで…

 

「きゃうっ」

 

……足を掛けてみることにした。

 

すると効果は絶大で、シェリアはものの見事に引っかかって前から勢い良く倒れた。

 

「いったぁい…足掛けなんてヒドいよっ」

 

「…真っ正面から堂々と突っ込んでくる方が悪いのではないか?」

 

「うっ…それは…確かにそうだけど…」

 

結構な正論を言われたシェリアは、胸の前で人差し指をちょんちょん突き合わせながら俯く。

頭の中では確かにそうかも…と納得していた。

 

その間にシェリアをどう倒そうか思考しておく。

態とこの場で正論を言ったのは…少し時間が欲しかったからだ。

 

──どうするか…あぁ…思いついた。

 

「…あっ…嵌められた!?」

 

ちょうど対策を考えついたところでシェリアが嵌められたことに気がついたようで、ハッとしながら構えた。

 

「もうっ。絶対倒してやるぅ…!」

 

またも真っ正面から来るのかと思いきや、学習したのかリュウマの周りを円を描くように高速移動しながら狙う。

 

「ここだ!『天神の舞』!!」

 

円を描くような高速移動から一転、一気に接近したシェリアは至近距離で風を舞い上がらせてリュウマを上空に吹き飛ばそうと試みる。

 

「召喚・『芭蕉扇(ばしょうせん)』」

 

手にした扇を振るって暴風を呼び出し、逆にシェリアを上空に吹き飛ばした。

 

召喚したのは、形状が芭蕉の葉に似た扇。

 

一扇ぎすれば大風を起こし…

 

二扇ぎすれば乱雲を呼び…

 

三扇ぎすれば豪雨を降らす…

 

…とも言われる扇であり、風の魔法を使うシェリアに対抗するために呼び出したのだ。

 

「…ッ…『天神の怒号』ォォォォ!!!!」

 

上空に吹き飛ばされたシェリアは、黒い風を使って体勢を立て直し、真下にいるリュウマに向かってブレスを放った。

 

「二扇目だ」

 

迫り来るブレスに対して二扇目を振るった。

すると振られた場所から乱雲が発生し、辺りを黒い雲が包み込んで彼の姿を覆い尽くして隠れさせた。

 

着弾したブレスは地面を大きく削ったがその場にはリュウマはおらず、ゆっくりと降下しながら辺りを見渡して探す。

 

「───ここだぞ」

 

「あっまず───」

 

探していたリュウマは何時の間にかシェリアの上におり、芭蕉扇をシェリアに向かって振るった…三扇目である。

 

振るわれたところから豪雨と言える程の雨が発生してシェリアを呑み込み、地面へと叩きつけた。

 

叩きつけられたシェリアは直ぐに起き上がろうとするが、二扇目で出来た乱雲から三扇目に発生した果てしない豪雨が降り注ぎ地面へと貼り付けにした。

 

「う、動けな…い…!」

 

リュウマは芭蕉扇を持ったまま下へと降り立ち、シェリアがいる豪雨の中へと入っていく。

 

シェリアが貼り付けにされる程の豪雨の中だというのに苦もなく歩き続け、貼り付けにされたシェリアの肩に手を置いて魔法を施した。

 

「『不動(うごかず)の陣』」

 

発動したのは刻んだ相手の自由を奪う魔法陣である。

 

魔法陣を刻まれたシェリアの体は動かす事が出来ず、上から覗き込んでいるリュウマの顔を見ているしか無い。

 

と言っても、動かせないのは体だけであるし、この魔法陣は今即興で作った魔法陣なので縛れる時間は少ない。

 

まぁ、リュウマにとってはその少ない時間で十分なのだが。

 

因みに、貼り付けにしていた豪雨は、もう必要無いので芭蕉扇を消したことによって消失している。

 

「動けない…!」

 

「それはそうだ。動けないようにしたのだからな」

 

動かない体をどうにか動かして起き上がろうとするも、力が入っても動く気配がなかった。

 

「少し失礼するぞ」

 

「…え?ちょっ…!?」

 

リュウマはなんと、寝っ転がっているシェリアの上に乗っかって首筋に手を置いて優しく擦り始めた。

 

それにはシェリアも顔を赤くしてその場から逃げようとするも、動けない。

 

「では…()()()()()()

 

「まっ…待って…!?」

 

そして…剥き出しになっている何のシミも無い綺麗な首筋に…(軽く)噛み付いた。

 

 

───ゴキュッ…

 

「はっ…あ…ぐっ…」

 

───ゴキュッ…

 

「ふ…んっ…はっぁ…」

 

───ゴキュッ…

 

「ゃ…ぁん…ゃめ…ぁっ…」

 

───ゴキュッ…

 

「ゃ…気…持ち…い…ぃ…んっ…」

 

「……ふぅ。馳走になった」

 

 

『な…な…なななななぁぁぁ!!??リュウマはシェリアたんに何ということをーー!!!??シェリアたんの首筋に噛み付いて血を吸ったーー!!そこ替われぇぇぇぇ!!!』

 

『血じゃなくて魔力だねぇ…それに君、欲望がだだ漏れだよ』

 

『魔力を吸うなんて、吸血鬼みたいカボ!』

 

首筋に噛み付いて吸っていたのは…シェリアの魔力。

 

それを一気に吸い上げて己の魔力へと還元し、シェリアの魔力をほんの一瞬で0にした。

 

「ハァッ…ハァッ…な…に…これ…?」

 

「お前の魔力を全て貰った(奪った)。これで回復は出来まい」

 

そう言ってシェリアの上から退いて顔を覗き込む。

 

やられた側であるシェリアは顔をほんのり赤くし、少し涙で濡れた瞳をリュウマへと向け…熱い吐息を溢している。

 

…年不相応な扇状的な雰囲気を醸し出していた。

 

はっきり言ってしまえばエロ…妖艶だった。

 

そんなシェリアをその場で放置するわけにもいかないので、腕を背中側と膝下に差し込んで持ち上げて抱き上げた。

所謂、世の女性が夢見るお姫様抱っこだ。

 

「ベンチまで運んで行こう」

 

「う、うん…お…お願い…します///」

 

恥ずかしそうにしながらも、抱き上げてくれているリュウマの首に腕を回して抱き付いた。

 

その際にリュウマの首筋に顔が近付いてしまい、どうしたらそんな匂いなるのか?というような良い匂いがした。

 

──なんか…すごい良い匂い…落ち着く…もうちょっとだけ…嗅いでた…いな…。

 

「zzz…zzz…」

 

「…ん?寝た…のか?」

 

一定のリズムで聞こえてくる吐息の音に、少し覗き込んでみるとすっかり眠ってしまっていた。

 

魔力を空にされたこともあるが、良い匂いに包まれながらリュウマに抱き上げられた安心感によって眠ってしまった。

 

「これで…よし」

 

そんなシェリアを近くにあるベンチまで運んでから寝かせ、タオルケットを1枚召喚してかけてあげる。

 

因みに、召喚したタオルケットは高級店で売ってる最高級タオルケットよりも肌触りが良くて気持ちがいい。

まさに至高の一品だ。

 

そんなタオルケットに包まれたシェリアは、本当に気持ち良さそうな顔をしながらギュッと握り締めて眠りを深くした。

 

「ふふふ、そこまで気に入ったか」

 

微笑ましそうにしながら見ていたが、いつまでもそうしているわけにはいかず、次の敵を探しに歩き出した。

 

余談ではあるが、この戦い?を見ていた男性の観客は血の涙を流し、女性の観客は羨望の眼差しをシェリアに送っていたのだそうだ。

 

 

 

 

何はともあれ…リュウマの勝利でフェアリーテイルは1ポイントを獲得した。

 

 

 

 

 




シェリアファンに叩きのめされるの覚悟で書きました。

反省も後悔もしていない…!

私は何気にシェリアが好きだから…!!



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第五十刀  窮地の召喚

皆さんセイバーに制裁を下すところ見たすぎませんか…?笑

そんなにこの時のセイバー嫌いですか笑
まぁ、私もあまり好きではありませんが…笑

お気づきかもしれませんが、サブタイ入れました。
今まで自分でも読み辛いと思ってたので笑

三人称に改修していないところはサブタイが入っていません。
逆を言えば、サブタイが入っているところが改修済みです。

あと、この頃時間があって思うのですが…こんな小説を面白いと言っていただけるとほんっとに嬉しく思います。
心から感謝します!




 

 

リュウマが闘技場でシェリアを撃破した同時刻。

 

城の地下にある罪人の処刑場でもある奈落宮では、ナツ達の前に餓狼騎士団と名乗る集団に狙われていた。

 

集結した餓狼騎士団を見て、ナツが爆笑しながら髑髏などを形作る装飾品を付けている連中に騎士団てナリでないと指摘する。

 

「特にお前!」

 

「タイ?」

 

ナツが指差したのは、後頭部に髪の毛を縛って、他の部分はスキンヘッドで鉢巻きを巻いている男。

しかし…この集団は見た目に惑わされてはならない。

 

「侮るな!奴等の使う魔法は…“人を殺す為の魔法だ”」

 

餓狼騎士団の1人1人が使う魔法は、処刑人と自負するだけあって人を殺すことに特化した魔法を使う。

 

それを聞いたナツは出口が向こうから来たと気合いをいれ他のメンバー達も気合いを入れるが…仕掛けてきた餓狼騎士団の魔法に翻弄される。

 

女が紙を飛ばしてきて、それをナツが燃やそうとするが燃やすことが出来ない特殊な紙の魔法であり…。

 

そんな紙をウェンディが風で吹き飛ばせば、別の女が食人植物を地面から生やす。

 

それを破壊したり、リリーが大剣で切り払えば強力な酸を出す男が後ろから狙ってきて溶かされそうになる。

 

それらを凌げば今度は吸い込む食人植物を女が召喚する。

召喚された食人植物にみんなが呑み込まれそうになったところを、ナツの号令で一斉攻撃して爆散させた。

 

しかし、その拍子にみんなバラバラな場所へと吹き飛んで行ってしまう。

 

「───ぶはっ!…おーい!みんな無事かー!?」

 

吹き飛ばされた拍子に瓦礫の下となっていたナツは、這い出てきて叫んでみるが応答は無い。

どうやら完全にはぐれてしまったようだ。

 

「どうやら先程の衝撃で方々へと散ってしまったようだな」

 

「…!」

 

「だが、私の部下は優秀だ。誰1人として生きては帰さん」

 

「ここでルーシィとはぐれちゃ意味がねぇってのに」

 

ナツは餓狼騎士団のリーダー的存在と当たったようだ。

 

 

「みなさーん!どこですかー!」

 

「美しい…あぁ、いえ…美しいというより可憐…かしら。でも処刑よ」

 

ウェンディはみんなをはぐれさせる原因を作り、食人植物を召喚していた女と当たる。

 

 

「へへへ。ぱーん」

 

「クソッ…みんなとはぐれたか…!」

 

リリーは何かと人を溶かそうと酸を出す男と当たった。

それもリリー1人なため、戦闘フォームを維持できるかが胆だ。

 

 

「ルーシィ!ユキノ!どこー!!」

 

「よそ見してる場合じゃないわよ。アンタ」

 

ミラは色々な状態異常を付属する紙を使う女と当たった。

 

 

「うぅ…」

 

「私達もはぐれてしまったようですね…」

 

救出対象であるルーシィとユキノは、動けないでいるアルカディオスとハッピーとシャルルで固まってはぐれてしまっていた。

 

「よりによって戦力の無い者同士が一緒になっちゃうとか…」

 

「鍵も無いですしね…」

 

「とりあえずみんなを探そうよ…ッ!?あわわわわわ!?」

 

「ハッピー!?」

 

これからのことを確認していたハッピーが、突如空中に浮かび上がった。

 

ハッピーの魔法である(エーラ)を出していないことから、第三者による干渉だということが分かる。

 

「釣れたタイ!」

 

「オイラ魚じゃないよぅ…!」

 

「…………本当だ」

 

「ふべっ!?」

 

釣れたのは本当に魚だと思っていたようで、ハッピーが魚じゃないと指摘すると柱に向かって投げつけて叩きつけた。

 

相手はナツがバカにしていたウオスケという処刑人だ。

 

常に表情が変わらないウオスケに、やられたハッピーは痛む鼻を押さえながら魔法を使えなくても勝てるとバカにした。

 

「そんなこと言ったら…怒っちゃうぞー」

 

怒っちゃうぞと言いながらも…やはり表情は変わっていない。

 

「勝てるかも!…ザコっぽいし!」

 

「はい!」

 

「い、いかんぞ…!奴は──」

 

見た目だけに惑わされているルーシィ達は、倒れ込んでいるアルカディオスを見た。

城に仕える餓狼騎士団のことを知っているアルカディオスは戦慄していた。

 

「──処刑した人間の骨すら残さぬという…!」

 

 

「「…………え?」」

 

 

ルーシィ達は顔を見合わせて気の抜けた声を出し、前方ではウオスケが表情は変わらないままにプンプンと怒っていた。

 

 

 

 

 

「命は儚きもの…己の罪に鳴け」

 

「何もワリーことした記憶ねぇんだけどな」

 

名も知れぬ鎌を2つ背負う男とナツは対峙しており、ナツが絶対に有り得ないこと口走る。

 

常に何かしらを破壊しているギルド1の問題児の発言に、この場にはいないどこぞのマスター(マカロフ)の背筋に冷たいものを走らせた。

 

聞いても絶対に答えないし、相手は自分を殺しに来るので一度ぶっ飛ばしてから道を聞こうという考えにナツは至り、とりあえず前の男をボコボコにすることにした。

 

ナツが臨戦態勢を取ったのを感じ取った男は、背に背負っている鎌を2つ共引き抜き、斬り掛かった。

 

それを寸前のところで避けると、後ろにあった石造りの柱がバターのように両断された。

これだけで鎌の凄まじい切れ味が分かる。

 

そして只管に斬りつけてくる男から避けているナツは気がついた。

 

男はずっとナツの首しか狙っていない。

 

つまり、死神の如く首を狩ろうとしているのだ。

 

「我が狙うは罪人の首のみ」

 

「おっかねぇ奴だな」

 

「残念だが…貴様はここで死ぬのだ!」

 

男は真っ直ぐにナツへと向かって斬り掛かってきた。

そんな真っ直ぐな攻撃をナツが食らうわけもなく、余裕をもって回避した。

 

回避された男は、通り過ぎた鎌を切り返し…ナツの首を狙う。

しかし…

 

「何ッ…!?」

 

「そろそろぶっ飛ばしても…いいよな?」

 

ナツはそれを素手で掴み取ってみせた。

男はそれには驚き、付けている仮面の向こうで目を見開く。

 

「オラァ!」

 

「グアッ!!」

 

掴んだ鎌を握力のみで破壊し、仮面を付けた顔を思い切り殴りつけた。

その威力に男は柱を三本ほど破壊してから壁に叩きつけられた。

 

「なん…なんだ…!この男は…!」

 

「『火竜の鉄拳』!!」

 

下にずり落ちた男に襲いかかるのは、炎で破壊力を増したナツの拳…。

それを受けて背にしていた壁を破壊して隣の空間へと殴り飛ばされた。

 

「私にこんな事をして…貴様等王国を敵にまわすつもりか…!」

 

「敵に…まわすだァ?」

 

「…!」

 

壁を壊した事で包み込んでいた砂塵の中から、炎を拳に纏わせながら振りかぶっているナツが現れた。

 

「お前等こそ…妖精の尻尾(フェアリーテイル)を敵にまわす覚悟は出来てんだろうなァ?オレ達は家族(ギルド)を守る為なら国だろうが世界だろうが敵にまわす───それが妖精の尻尾(フェアリーテイル)だ!!」

 

そう宣言して男を火竜の鉄拳で殴り飛ばし…更に奥にあった壁をぶち破って打倒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「胞子爆弾…『リンカ・レンカ』!」

 

「きゃあっ!?」

 

ウェンディは人間には危険な植物を召喚する女と戦い、少し押されていた。

 

「その悲鳴も可憐…。さぁ…眠る時間よ…『マクラ・カムラ』」

 

「これは…!」

 

足下に何時の間にか召喚されていた植物から噴き出てきたのは…眠気を促進させる胞子。

それをウェンディは吸い込んでしまう。

 

「この胞子の睡眠効果により眠ってしまったら…あなたは二度と目を覚まさない死の魔法…」

 

「あぅ…うっ…」

 

「さぁ眠れ…永遠に…」

 

「うぐ…ふ…」

 

睡眠効果のある胞子の力によりその瞳を瞼が覆っていき…目を…閉じてしまった。

 

これによりウェンディは二度と目を覚ますことが…

 

 

 

「───状態異常耐性付加(エンチャント)…『リレーゼ』」

 

 

 

──ない…と思われたが…目を開けた。

 

目を覚ますはずがないと思っていた女は、起きたウェンディを信じられないものを見たという目で見た。

 

「…え?なん…で!?」

 

「私に状態異常系の魔法は効きません。私はみんなのサポートがお仕事だから…!」

 

天空の滅竜魔法が得意とするのは、ありとあらゆるものに対する付加術。

 

自分に眠り耐性を付加させることにより、睡眠効果のある胞子の魔法を打ち消したのだ。

 

起きたウェンディは手に風を纏わせ、対峙する女の周りに風の結界を構築していく。

 

それを初めての見る女は慌てふためき、脱出しようと試みるが…逃げることが出来ない。

 

逃げることは風の結界が…許さない。

 

「だけど…戦わなきゃいけないときは───私は天竜となります!」

 

「待って…やめ──」

 

やめさせようとするが…もう遅い。

 

相手は…仲間の為に天竜と化した少女だ。

 

 

「いきます…!『照破・天空穿』!!」

 

 

ウェンディの放った天空の滅竜奥義は完璧に決まり…女を真っ直ぐ壁へと吹き飛ばして壁を貫通させ…打倒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「酸を使うとは…厄介な…!」

 

「ぱーん。溶けろ。溶けろ」

 

リリーは伸縮自在の大剣を手に持ちながら、酸を造り出す大男と対峙していた。

 

大男が出す酸は強力で、先程からその酸を避けているが…その拍子に酸に触れた壁や柱は一瞬で溶けていた。

 

「そぉら!!」

 

「クッ!」

 

前方から前へ扇状に散布した酸を、リリーは大剣を地面に突き刺して引っ剥がして盾にした。

 

しかしその場を直ぐに離れるリリー。

 

すると、盾にした引っ剥がした地面は数秒で全て溶かされてしまった。

そのままそこにいたら確実に一緒に溶かされていた。

 

「オラオラどうした?溶かしちまうぞ!ぱーんってよォ!」

 

防戦一方であるリリーに気分を良くしているのか、男はニヤニヤしながら見ていた。

 

だが、リリーに焦りなどない。

 

───ガジルと共に授業してきた日々を思い出せ!

 

「鉄の拳!奴の拳を何度も受け止めてきたこの体!その鉄の硬度が誇るは───己の精神力!!!!」

 

3ヶ月という期間の中でガジルの強力な鉄の拳を受け止めてきたのは自分だ。

 

そんな己がこの程度の敵に臆することなど有り得ない!

 

「何事にも負けぬ鉄の意志!!」

 

「なァ!?さ、酸を…斬った…!?」

 

リリーは前方から迫る酸の波を大剣を勢い良く振ることで出来た斬撃で斬った。

 

修行前は斬撃など出すことは出来なかったが…3ヶ月の修行で己のものとした。

 

「お前はここで終わりだ…ギヒッ!」

 

「ぐあぁぁあぁあぁああぁあぁぁあぁあぁ!!」

 

リリーはその斬撃で割れた酸の無い道を駆け抜け…大男を峰打ちで斬って吹き飛ばして壁へと叩きつけ、更にそこに蹴りを入れて壁をぶち抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紙吹雪…『緑の舞』」

 

「…!ゲホッ…ゲホッ…!」

 

ミラが相手をしている女は、数多くの緑色のした紙を吹雪の如く吹き荒らした。

するとそこから緑の煙が噴射されて舞い上がる。

 

「緑の紙は毒の神」

 

「ゲホッゲホッ…この人…確実に命を狙って…!」

 

吸い込むと危険だと察知したので後方へとバックステップすることで毒の煙の中から出て来た。

 

それでも少しは吸い込んでしまったので苦しそうに咳き込んだ。

 

「大分苦しそうね。そろそろ死んじゃう?」

 

「…っ…。魔法は人を殺すためのものじゃない…!…だけど…大きな力が無ければ愛する人たちを守れない…」

 

「矛盾してるわよね」

 

「───何を言ってるの?」

 

的を得ているはずの言葉に何を言っているのと返された女は首を傾げた。

そんな女を余所に…ミラの魔力がみるみる上昇していく。

 

「あなたは1つ大きなミスをした」

 

上昇していく魔力によって地面の石礫が浮き上がり…粉々に砕けていく。

 

「私ね…大会の会場とか…仲間が近くにいたりとかね…誰かに見られてると思うと自分の力を抑えちゃうの…さっきの矛盾からくる私のジレンマなのかしら?…私が“1人”の時───それは私が100%の力を出せる時なの」

 

「…え?う…そ…毒を吸って…!」

 

ミラはサタンソウルを纏いながら…辺りに充満していた毒を()()()

 

「悪魔に毒?──大好物なんだけど♡」

 

残念ながら毒による殺害はミラには効かないのだ。

悪魔という因子を接収(テイクオーバー)する事の出来るミラにとって、ナツに大して炎攻撃をするようなもの。

 

逆に吸い取って己の力とすることが出来る。

 

「わ、私達に手を出していいと思ってるの!?私は王国の兵なのよ!?」

 

「ふーん…だから?」

 

「…え?」

 

自分に手を出すことはつまり…国1つを敵にまわすことだぞと暗に示しているのだが、ミラの返答はだから?

それには流石に固まった。

 

「あなた達が手を出したんでしょ?リュウマが怒ってたわよ?だ・か・ら──」

 

ミラは左手の薬指に嵌めている指輪を愛おしそうに撫でた。

 

それは女の魅力勝負となった変則試合の時にリュウマから貰った(奪った)指輪だ。

 

「こういう時に何て言ってたっけ?リュウマは…あ、そっか──」

 

こういう時にリュウマが何て言っていたのかを思い出したミラは手を合わせてニコリとしながら女を見る。

 

その時点で嫌な予感がした女は…後退して逃げようとした…が…手遅れだ。

 

「あなた達は──」

 

『貴様等は──』

 

「ヒッ!?」

 

ニコリとしたまま右腕に魔力を集中させて…振りかぶり…

 

「──殲滅対象よ♡」

 

『──殲滅対象だッ!』

 

「いやあぁあぁあぁああぁあぁぁあぁ!!!!」

 

女を殴り飛ばして壁をぶち抜いて…打倒した。

 

女は後に語った…あの(ミラ)の背後に…恐い男がいた…と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「地形効果・『溶岩(タイ)』!」

 

「何かくるわよ…!」

 

「はいっ!」

 

ウオスケと対峙しているルーシィ達は、何かの魔法を使ったウオスケを警戒した。

 

すると…地面が突如燃えだし、罅割れて砕け…下から溶岩が流れる地形となった。

 

ルーシィ達はその時にバランスを崩し、溶岩に落ちそうになったが…咄嗟に地面を掴んで耐える。

 

ルーシィとユキノが溶岩へ落ちそうになっているところをハッピーとシャルルが駆けつけて助けようとするが…

 

「地形効果・『重力(タイ)』」

 

「はぎゅっ!?」

 

「あうっ!?」

 

重力を操られて地面へと叩きつけられ…貼り付けにされた。

 

真下に溶岩があるルーシィ達の足をじわじわと熱が炙っていく…。

それを苦しそうに声を上げるルーシィ達だが…

 

「がん…ばれ…君達…2人は…私達の希望…なのだから…!」

 

「アルカディオス様…!」

 

「こんな時にまたその話し…?悪いけどあたしは…」

 

「君達がいなくては…エクリプスが起動しない…!」

 

アルカディオスは痛む体に鞭を打ち、立ち上がった。

 

そして…

 

「私はその為ならば…この命──惜しくはない!!!!」

 

溶岩の中へと…足を踏み入れた。

 

アルカディオスのまさかの行動に驚愕している中…痛みによる叫び声を上げながら進んでいく。

 

溶岩の中であるが故に肉が焼け…煙を放つが…アルカディオスはそんなことは気にせず只管ルーシィ達へと目指して進んでいく。

 

「…え?…えぇ…?人間って溶岩の中入れたっけ…?」

 

ウオスケがそんなアルカディオスを見ながら冷や汗を流し、呆然とするのは当然だろう。

 

溶岩とは大凡900℃から1100℃…人間が中に入って動けるなど有り得ないのだ。

 

それでも進んでルーシィ達の元へと辿り着き…盛り上がった地面へと押し上げた。

 

「ぐあぁぁあぁああぁぁ…!!!!」

 

「アルカディオス様!!」

 

「あんたも早く!!」

 

手を伸ばすルーシィ達に…首を横に振った。

もう自分がダメなことは自分がよく知っているのだ。

 

「もし…ここを無事に出られたのならば…姫様に…ヒスイ姫に会うのだ…エクリプスが正しいかどうかは…君たちが決めるといい…」

 

そう言い残して…溶岩の中へと沈んでいった…。

ルーシィとユキノの悲痛な叫び声が響き渡る。

 

「だよねだよね?フツー死ぬよね?あービックリした…」

 

アルカディオスが沈んでいってしまったところを見ていたら…なんとブクブクと泡をだして盛り上がり…中からホロロギウムが現れた。

 

「ギリギリセーフといったところですかな…いや…私の体はアウトといったところでしょう…」

 

「ホロロギウム…!?」

 

「僕は門を自由に行き来できるからね。君たちの“星”は君たちの元に」

 

「ロキ!!」

 

ホロロギウムが召喚されたのは、1人で人間界に来たロキが召喚したからだ。

ロキはルーシィの他の鍵を回収しており、もちろんのことユキノの鍵も回収してあった。

 

「ここに十二の鍵が揃った…反撃の時だ」

 

「うん!」

 

「参ります!」

 

鍵を取られて攻撃手段が無かったが…今ここに全ての黄道十二門が揃った。

 

先ずはユキノの攻撃で、大魔闘演武のバトルパート…カグラとの戦いの際に召喚したピスケスを呼び出した。

 

「開け!双魚宮の扉・『ピスケス』!!」

 

しかし、現れたのはバトルの際に見た魚の姿ではなく…人間型の女と男の2人の星霊だった。

 

「これがピスケスの真の姿…母子一体の星霊…!」

 

「この姿で呼ばれたということは…ママ」

 

「敵の殲滅よ。ボウヤ」

 

そんな女の方のピスケスを見てロキが相変わらず子持ちとは思えない美しさ…となんかほざいているが、確かに美しい星霊で、男の方は顔が整っていた。

 

「お願いします」

 

「オーケーママ!」

 

「私はママじゃありません」

 

「フフ…」

 

ピスケスはウオスケへと走り出した。

それを見ていたウオスケは地形効果・『重力帯』を使って迎え撃とうとするが…

 

「開け!天秤宮の扉・『ライブラ』!」

 

これもまたカグラとの戦いにて呼び出した星霊であり、操るのは重力。

それ故にライブラの力を使って重力帯の重力を打ち消した。

 

重力帯を打ち消されたことによって隙だらけになったところを、接近していた男のピスケスに蹴り飛ばされ、吹き飛んだところを女のピスケスに殴り飛ばされた。

 

「地形効果・『渦潮(タイ)』!!」

 

痛い攻撃を食らったウオスケは辺り一面に渦潮を呼び出してピスケスを呑み込んだ。

 

ピスケスは魚であるので水など効かない…とルーシィは思ってたのだが…。

 

なんとピスケスは魚なのに水が弱点なのだそうだ。

それには驚いたが…水があることであの星霊を呼び出せる。

 

「開け!宝瓶宮の扉・『アクエリアス』!!」

 

「タイ!?」

 

召喚条件があるが故に強力なアクエリアス。

そんなアクエリアスはウオスケが出した渦潮帯に勝るとも劣らない水量の波を造り出して放った。

 

「みんな流れちまいなァ!!!!!!」

 

「ちょっとーーー!!!!」

 

「アクエリアス様…!これは…きゃあぁぁぁ!!」

 

そして当然にして毎度の如く味方までも流していく。

ユキノはアクエリアスのやり方を初めて目の当たりし、驚いたまま流されていった。

 

「ま、負けんタイ!地形効果・『溶岩帯』!!」

 

迫り来る大波に大して溶岩帯を出現させた。

それにより一気に温められた水は爆発し…水蒸気爆発となって辺り一帯に爆発の余波を届けた。

 

水蒸気爆発の威力によってアクエリアスを始めとしたロキ、ライブラ、ピスケスは消えて星霊界へ消えてしまった。

 

「うっ…うぅ…」

 

「すごい爆発です…」

 

「タイタイターイ!一時はどうなるかと思ったけど…これならいつも通り殺せそうタイ」

 

爆発で吹き飛ばされたルーシィ達の元へと、ウオスケはゆっくりと近付いてくる。

 

敵の魔法である渦潮で無理矢理アクエリアスを呼び出したために魔力をごっそり持って行かれている。

 

ユキノはまだ魔力があるが、何と言っても先程の爆発で星霊は倒されて送り返されたのでしばらくは呼べない…。

 

2人にとって万事休す…といったところだ。

 

──どうすればいいの…!?これ以上はあたしの魔力が持たない…この状況を覆せる鍵は…

 

──私は黄道十二門を2つしか所持していませんし…先程やられたのでしばらくは呼べません…どうすれば…

 

心の中でこの戦況を打破するための策を考えるが…吹き飛ばされた衝撃で頭が上手く回らない…このまま処刑されるのか…と思った矢先…

 

 

     《魔力を…魔力を寄越せ》

 

 

「「────ッ!!」」

 

どこからともなく声が聞こえた。

それもどこかで聞いたことのあるような声で…どこか安心させるような声色だ。

 

その時…ルーシィは思い出した。

 

この戦況を大きく覆せる可能性がある鍵があるではないか…と。

 

1つの鍵が縦から両断されている3つの翼を形作っている装飾をした鍵。

しかもユキノがいるので合わせて完全の鍵が…。

 

 

《さぁ…魔力を寄越せ…さすれば汝に勝利をもたらさん》

 

 

「──ユキノ!!」

 

「はい!ルーシィ様!」

 

ルーシィの掛け声に反応したユキノは、やはり同じ事を考えていたのか…胸元…それも豊満な胸部故に出来た谷間から黒い半分の鍵を取り出した。

 

因みにルーシィも谷間に白い半分の鍵を隠していた。

バレる訳にはいかないので絶好の隠し場所に隠したのだ。

 

そして2人は鍵を──合わせた。

 

「お願い…力を貸して…!」

 

「リュウマ様…私達を助けて下さい…!」

 

 

  《さぁ…唱えよ…我を呼び出さんが為に》

 

 

「「代償召喚…来たれ…翼人の門・()()()()」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ッ!!来たか!…『並列思考(マルチタスク)』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

代償召喚…触媒は合わされて1つとなった鍵と…呼び出そうとしている者の魔力。

 

魔力を注ぎ込み…勝手に口から出て来た名前…リュウマを呼び出した…。

 

辺り一面に黒い閃光が走ったかと思えば…ルーシィ達の後ろに真っ黒な門が現れた。

 

それがゆっくりと開き始め…中から手が出て来て門をこじ開ける。

 

 

出て来たのは…やはりのことリュウマだった。

 

 

「嗚呼…この状態は久方ぶりだ…もっとも、魔力で出来た仮初めの体だがな」

 

 

しかし…おかしい…というよりも有り得ない物が付いていた。

 

それは…鍵に施されていたような片方に白い羽が3枚…もう一方に黒い羽が3枚…。

 

 

       まさに…翼人だった

 

 

「えっ…リュウマ!?」

 

「リュウマ様!?」

 

現れた…というよりも呼び出した者がまさかのリュウマだと分かると驚きの声を上げる。

因みに、いつも腰に差している黒い刀は下げていない。

 

「必ず助けに行く…と言っただろう?」

 

そんな2人を見て面白そうに目を細めて笑って言った。

 

正気を取り戻したルーシィ達がそんな台詞に少し赤くなりながらも試合はどうしたのかと聞くと、これはただの魔力で出来た体だから本体は尚も試合中と答えた。

 

呼び出す対象はリュウマであるので、今ここに居るリュウマは魔法生物としてリュウマであってリュウマでない者になるはずなのだが…。

 

試合中のリュウマは一度に複数の思考をすることが出来る『並列思考(マルチタスク)』をすることで、試合中でありながらこの魔力で構成された体を動かしているのだ。

 

本来呼び出した者の魔力を合わせた分だけの魔力しか、この体には宿らないのだが…そこはリュウマ クオリティ。

 

本体からも魔力を注ぎ込むことで、そこら辺の魔導士なんぞ簡単に一捻り出来るほどの魔力を持っている。

 

「てか、その翼どうしたの…?」

 

「リュウマ様は鳥…だったのですか?」

 

「鳥…。いや…これはな?……仕様だ」

 

まさかの返答に2人ともずっこけた。

しかし、いつまでもこんな与太話をしているわけにはいかない。

 

何故なら、まだ敵は目の前にいるのだから。

 

「彼奴が敵か?」

 

「あ、そうなの!リュウマお願い!」

 

「私達にはもうリュウマ様に頼るしかないのです…」

 

そんな2人の願いを断るはずも無く、任せろと言ってウオスケと対峙した。

 

リュウマの後ろにいるルーシィとユキノは、相手が魔力で出来た魔法生物であるにも拘わらず…本物のリュウマの背を見ているかのように安心感を抱いた。

 

「どれ、俺も魔力を注ぎ込んだとはいえ…そう長く持つものでも無し。さっさと片付けてしまおうか」

 

「なんか1人…1羽…?増えたタイ。けど…結局は処刑に変わりは無いタイ!」

 

ウオスケには誰が現れようと関係ないようで、表情が変わっていないので分からないが、表情が変わっていたらきっと残忍な表情をしているだろう。

 

それに対して、リュウマは本体と同じようにニヤリと嗤った。

どんな相手であろうと関係ない。

結局は前に居る者を叩き潰せばいいだけなのだから。

 

「地形効果・『溶岩帯』!!」

 

「ほう…?」

 

先に仕掛けたのはウオスケであった。

 

ウオスケはリュウマの足下を溶岩帯に変えて焼き尽くそうとする。

 

しかし、今のリュウマは今翼を生やしている。

 

当然の如く大きな翼6枚をバサリと広げて羽ばたかせ、空中へと飛んだ。

 

「地形効果・『重力帯』!!」

 

「リュウマ!」

 

「リュウマ様!」

 

「案ずるな。俺に重力系の魔法なんぞ効かん」

 

空中に逃げたことによって重力を操って叩き落とそうとするも、直ぐに彼は重力を更に操って相殺した。

 

「クカカ…来い!空を飛ぶ手解きをしてやる!」

 

「た、ターーイ!?」

 

6枚の翼を一度大きく羽ばたかせるとその場から消え…次に出現したのはウオスケの真後ろだった。

 

背後に回ったリュウマはウオスケをガチリと抱き抱え、空へと飛んで空中旋回する。

 

そして段々旋回する速度が上がり、旋回しているので1つの円が出来上がった。

彼等の飛行する姿が目で追えなくなったところで一気に急降下し…

 

「『空円墜とし(イェンプティ・ドロップ)』!!」

 

「ターーーーイ!!!???」

 

現在の最高速度で地面へと叩きつけた。

 

その威力は凄まじく、周囲に隕石が落下したかのような衝撃が走り、ウオスケが叩きつけられた所は、1つのクレーターのようになっている。

 

翼をバサリと羽ばたかせて空を飛び、ルーシィ達の元へと戻ってくる。

これだけでも倒せたかとルーシィ達は思ったのだが…相手は王国最強の騎士団…まだ立ち上がった。

 

「た…タイ…ま、負けんタ…イ…」

 

しかし、足はガクガクと震え、痛んで動かせない右腕を左手で押さえながら立ち上がっていた。

 

どうやら頭も強打したようで意識が朦朧とするが、命令を受けた以上はやり遂げるのが部下である自分の務めである。

 

「お前達は…ここで…処刑する…タイ…!」

 

そんな自分に誇りを持っているウオスケはボロボロでありながら、前に佇むリュウマを(表情は変わっていないが)鋭く睨む。

 

そんなウオスケを見たリュウマは、またも翼を羽ばたかせて空へと飛び、今度はその場で旋回し始めた。

 

分かると思うが…旋回速度を上げて勢いを付けているのだ。

 

段々旋回する速度が上がり、先程の攻撃時と変わらない速度にまで達すると…ウオスケに向かって飛び駆けた。

 

「処刑だと?───ならば貴様が死ね」

 

「───ゴプッ…!」

 

どんなに相手が矜持を持っていたとしても、どんな大義があったとしても…やはりリュウマには全く関係ない。

 

相手がボロボロである…故に手を抜く?攻撃しない?回復させてやって説得する?

 

 

          何故?

 

 

ボロボロだからといって手を抜く理由が一体どこにあるのだろうか?何故攻撃しない?逆にチャンスの筈だ。

回復させて説得?誰だその脳内お花畑の奴は?

 

敵である以上は慈悲の心など持っていないし、そんなものは以ての外。

 

それ故にリュウマ現在の最高速度で懐へ飛び込み…腹を殴り抜き…背後にある柱を12本程破壊し、壁を3枚ぶち抜いた。

 

そこで…ちょうどウオスケの他の餓狼騎士団が壁突き破って現れ、全員が仲良く衝突した。

 

タイミングがいいことに、他のメンバー達も同じくタイミングで餓狼騎士団を倒したのだった。

 

「む、時間切れか…翼はやはり魔力を多く使うようだ」

 

そう言ったリュウマの体は光の粒となって足から少しずつ消えていっていた。

6枚の大きな翼は少し燃費が悪かった。

 

「リュウマありがとう!」

 

「私もありがとうございました。試合の方頑張って下さい」

 

「絶対優勝してね!」

 

「任せておけ。では…気をつけるんだぞ」

 

体は光の粒へとなって完全に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

「鍵を使ったが故に危険だと分かって焦ったが…無事なようで良かった…」

 

闘技場にいる本体のリュウマは、今のところ無事であるルーシィ達を見れてホッとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

リュウマの一撃で吹き飛んでいったウオスケによって開けられた穴を通ってナツ達と合流したルーシィ達は、ナツの尋問によって鎌を持っていた男から出口を教え…喋らせた。

 

鎌の男から出口の場所を聞き出した一行は、教えられた方角へと道を進んでいた。

因みに、アルカディオスはナツが背負っている。

 

「アルカディオス様…大丈夫なのでしょうか…」

 

「大丈夫と言えば大丈夫ですけど…」

 

「むしろ熔岩の中で生きてた方が不思議だよ…」

 

ホロロギウムに助けられたといえど、アルカディオスは溶岩の中に体を突っ込んでいる。

今はウェンディの回復を受けて多少マシにはなっているが、気絶しているのは変わらない。

 

リュウマが消える前に回復出来たら良かったのだが、直ぐに消えてしまったのでそんな暇無かった。

 

そもそも、溶岩の中を進んで無事で済んでいるのは…彼の身に付けている翡翠の宝石のおかげだ。

宝石が強力な護符になっているみたいだ。

 

「翡翠…あのドラゴン!」

 

「確か…姫の名前もヒスイ様だったと…」

 

「アルカディオスはここを出たら、姫に会えって言ってたわよね」

 

「エクリプスが正しいかは自分達で決めるといい…だったわね」

 

「その姫様にここに落とされたんだけどな!!」

 

ナツは未だに奈落宮に落とされたことを根に持っているようだ。

 

「…ッ!?オイ!あれを見ろ!」

 

リリーが驚きながら叫んだのに全員がその方向へ目を向けると…前方に巨大な扉があった。

 

出口だと思ったナツは、いきなり扉を破壊しようと走り出して火竜の鉄拳をかまそうとするが…扉は向こうから開かれたことによって不発に終わり、中へと滑り込んだ。

 

ゴロゴロと回りながら滑り込んだナツ。

そんなナツの滑り込みの勢いが殺され、止まった時…前に足が見えた。

 

その足を辿って上を向くと、頭から足首辺りまでフードですっぽり覆っている人物がいた。

 

扉の向こうから来たということもあり、警戒する一行だったが…

 

「誰だ…おまえ」

 

ナツが先陣切ってドストレートに問うた。

 

「…………。」

 

 

 

 

ナツに質問されたその人物は…一体何者なのだろうか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──華灯宮メルクリアス内

 

 

「姫様ー!!大変です!!」

 

姫であるヒスイの傍に兵士が走り込んで来て、派遣した餓狼騎士団が全滅した事を告げた。

 

元からヒスイの傍へと仕えていた兵士達は、餓狼騎士団全滅の報告を受けてパニックに陥っている。

 

──そうですか…やはり…

 

肝心のヒスイは、後ろで慌てふためく兵士達から見えないように安堵の笑みを浮かべながら溜め息を溢した。

 

「いけませんな姫。そのような表情をされては…考えが筒抜けですぞ」

 

「ダートン…!?」

 

国防大臣であるダートンは陛下と共に闘技場へ行ったと思っていたのだが、ダートンは妙な胸騒ぎがして戻って来ていたのだそうだ。

 

ダートンはヒスイにこの事態はどういうことだと問うて、ヒスイは何故裁判も待たずにアルカディオスを奈落宮に突き落としたのかを問うた。

 

しかし、ダートンは見抜いていた。

 

その奈落宮へと落とされたアルカディオスを救うために…妖精の尻尾(フェアリーテイル)を利用したということを。

 

そして、エクリプス計画の実権を握っているのはヒスイであること。

アルカディオスがダートンの前で憎まれ役を買って出たのは…その裏にいるヒスイを隠蔽するためであること。

 

「姫…今一度考え直して下され。あれは危険な物…世界は変えてはならないのです」

 

「いいえ…()()()()世界は変えねばならないでしょう」

 

「おそらく…?」

 

「これは誰にも言ってはならないと…()()()との約束だったのですが…あなたには話しておいた方が良さそうですね…エクリプス“(ツー)”計画のことを」

 

「2…!?」

 

「本当のエクリプス計画のことです。…この作戦が失敗すれば…明日…この国は滅びるのです」

 

ヒスイはダートンへ語り出した。

 

今まで誰にも言わず、秘密にしてきたエクリプス2計画という計画の全貌を…。

 

 

 

 

果たして…エクリプス“2”計画とはなんなのだろうか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

それはまだ…ヒスイとダートン…それと“あの方”という者しか…知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




翼はシャドバのルシフェルみたいな形だと思って下さい。

色は片方の3枚が黒、もう片方の3枚が白

合わせて6枚の羽ですね。

うわぁ…超かっこいいやん…。



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第五一刀  最悪の未来 始まる戦い

祝…お気に入り800!

ありがとうございます!




 

 

奈落宮で餓狼騎士団を見事打ち倒し、開いた扉の向こうからローブに包まれた謎の人物とナツ達が邂逅している時、闘技場でも展開は進んでいた。

 

リュウマがシェリアを打倒し、次の相手を探して歩いている途中…ルーシィ達に渡した()()()()()リュウマを呼び出されたため、並列思考で戦っている時…エルザはメイビスに指定されていた場所へと来ていた。

 

シェリアは驚異的な回復力を持っており、フェアリーテイルの当たったメンバーによっては苦戦を強いられるのでリュウマが足止め、又は撃破を頼んでおり…その間にエルザがミネルバと当たるという作戦だった。

 

──初代の作戦ではここに来れば…セイバーの──ッ!!

 

「フッ…!!」

 

そう…()()()のだ。

 

『カグラだーーッ!!!!エルザの元にカグラが出現したーーー!!!!』

 

そこにはミネルバが来るはずであると予想していたメイビスは、まさかの予想だにしない相手の出現に固まって驚いている。

 

───初代の読みが外れた…!?

 

エルザも出て来たのがカグラだと分かって驚くが、カグラは既に抜いてはいないが、刀を構えている。

それに対して応戦するために、エルザも刀を抜刀した。

 

接近して斬り掛かってくるカグラに、刀で応戦して剣を交えていくが…どちらも凄腕の剣士。

観客からしてみれば、どちらも残像を残す程の速度で斬り合っている。

 

だが、肝心の斬り合っているエルザの身としては…額に多少の冷や汗をかいていた。

 

それもその筈…相手はリュウマの人生において初めてにして唯一の弟子だったカグラだ。

 

それも…7年間修業を欠かさず行ってきたカグラだ。

 

──つ、強い…!

 

カグラが描く剣閃は鋭く速く重い…まさに刀のための剣技だと言える素晴らしいものだ。

それ故に攻めることはおろか、あのエルザが防戦一方と化している。

 

──噂通りの武人か確かめさせてもらおうと思ったが…()()()()()実力ならば期待外れもいいところだぞ…妖精女王(ティターニア)!!

 

「ぐはっ…!?」

 

剣戟の中でエルザは突然後方へと吹き飛ばされた。

何かをされて吹き飛ばされたエルザは勢いを殺し、構え直すが…何をされたのか見えなかった。

 

カグラが行ったのは至極簡単なこと…ただ斬り合いの中でエルザの腹に掌底を入れただけだ。

 

師匠は剣もさることながら、体術であろうと何であろうと関係なく使うリュウマだ。

 

教えてもらったのが剣だけな訳がない。

 

──この戦い方…どこかで…?

 

エルザは身に覚えのある戦い方をされたが故に、その人物は誰だったか思い出せそうだったのだが…驚異的な速度で斬り掛かって来たカグラによって頭から消しざるを得なかった。

 

又も目で追うのが困難になるような速度で斬り合っていると…突如カグラとエルザの目前で空間が歪み…腕が現れて2人の顔を掴んで双方逆方向に投げ飛ばした。

 

『なーーー!!??ミネルバが乱入ーーー!!!!』

 

「妾も混ぜてはくれまいか?」

 

ミネルバがエルザとカグラの戦いに乱入したことで、三つ巴の戦いとなった。

 

それぞれが大会に出ているギルドの中で屈指の女魔導士だ。

この状態はメイビスを以てしても、予測不可能と言わしめる程のものだ。

 

ミネルバはセイバートゥースのマスターの実の娘にして最強の魔導士…その実力は双竜をも凌ぐ。

 

エルザはフェアリーテイルにおいて、周知の事実であるほどの女魔導士最強。

 

カグラはマーメイドヒールの最強魔導士にして、あのリュウマの弟子である。

 

各々が最強の称号を持っているだけあって、その3人がいる空間は強い緊張感に包まれていた。

 

「誰が相手であろうと…押し通る」

 

──エルザ…何故ジェラールを匿う…?

 

エルザが新たに現れた敵であるミネルバを見据えているとき、カグラは心の中でエルザに対して疑問を持っていた。

 

マーメイドヒールにはミリアーナが在籍しており、楽園の塔であったことや過去の話などを聞いている。

 

それ故にエルザがジェラールにされたことは、到底許せるはずのものではないのにも拘わらず、ジェラールを匿っているという事実。

 

それに対して疑問を持っていたのだ。

そんなカグラの内心を余所に、ミネルバは話し始めた。

 

セイバートゥースの信頼は今大会で大きく落としてしまっている。

それはフェアリーテイルとマーメイドヒールのせいだと言った。

 

「セイバートゥースこそが最強であることを証明するためには…そなた等()()()はまとめて始末してみせようぞ」

 

「大した大口だな」

 

「相手の力量を測ることも出来ないとは…愚かな」

 

それぞれが見合い…一気に駆け出した。

 

ミネルバは手に魔力を纏わせ、エルザは抜き身の刀を構え、カグラは納刀したままの刀を振りかぶる。

 

そして同時に衝突。

 

その威力は凄まじく、辺り一面に破壊の衝撃波を走らせた。

 

相手が3人と奇数であるため、エルザがミネルバを攻撃すれば防がれ、カグラがどちらかを攻撃する。

 

次にカグラがエルザを攻撃すればミネルバが誰かを攻撃するという戦いをしていた。

 

相手が1人で一対一ならば直ぐに決着がついたであろうが、現状は3人…なかなか勝負がつかない。

 

すると、ミネルバが2人を魔力にものをいわせて怯ませ、一気に攻撃へと出た。

 

「『イ・ラーグド(消えろ)』」

 

怯ませたところをどこか聞いたこともない言語で詠唱したミネルバは、2人の体を空間を操って閉じ込める。

そこから間髪入れずに又も聞き慣れない言語で詠唱し始めた。

 

「ネェル・ウィルグ・ミオン…デルス…エルカンティアス…『ャグド・リゴォラ』!!」

 

ミネルバの放ったヤクマ十八闘神魔法によって魔力が天高く上り…2人を包み込んだ。

 

しかし、2人は服こそ多少破れているもののほぼ無傷で耐えきり、ミネルバを鋭く睨み付けていた。

 

まさかのあの爆発でほとんどダメージが入っていないことに、実況も観客席の人間も口を大きく開けて絶句している。

 

「なるほど…よもやここまでやるとは計算外だ」

 

自身の魔法を食らってもほとんど無傷であるエルザとカグラを見ながらそう呟くミネルバ。

しかし、その顔には未だに余裕が見て取れた。

 

このままだと戦いの勝敗に埒があかないと判断したミネルバは、空間を操り1人の人間を出した。

 

「「…!ミリアーナ!!」」

 

ミネルバに痛めつけられ、囚われていたのはミリアーナだった。

 

ミリアーナには湾曲している空間が絡みついており、中にいる者の魔力を常に吸い続けている。

 

「そうだ…その表情が見たかった」

 

どちらにとっても大切な友人であるミリアーナを、痛めつけながら目前に晒すミネルバに怒り…鋭く睨み付ける。

そんな怒気や殺気混じりの視線を受けているミネルバは妖しく笑っていた。

 

しかし…その表情も直ぐに崩れ去った。

 

 

         『斬ッ!!』

 

 

「「!!!!」」

 

「何!?妾の魔法が…!?」

 

突如ミリアーナを閉じ込めていた空間魔法が乱斬りにされて解かれた。

 

そこへ一陣の風のようなものが通り過ぎ、倒れ込みそうになっていたミリアーナを受け止めて過ぎ去った。

 

「貴様は…本当に俺の威を狩るのが得意だな?」

 

現れたのは…リュウマだった。

 

先程ミネルバが放った膨大な魔力による爆発を感知し、ここへと向かっていたのだ。

皮肉なことに、最後まで残しておこうと思っていたリュウマを呼び寄せたのは、自分の魔法であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「力を…貸して…!」

 

「あれ…?今の声…」

 

「お前は…」

 

地下ではナツ達も前に現れたローブを羽織った人物が、泣きながら力を貸して欲しいと述べていた。

 

その時の声に…どういうことだと思い警戒を解いた。

そして…被っているフードをずらして顔を見せるとその顔は…ルーシィだった。

 

もう1人いるルーシィの存在に驚く面々。

何故もう1人がいるんだと思っていたナツ達に、そのもう1人のルーシィはエクリプスを使って未来から来たのだと言った。

 

「この国は…もうすぐ…」

 

そして何かを伝えようとしたのだが、疲れが溜まっていたのか倒れてしまった。

 

とにかく未来から来たルーシィをその場で放っておくことも出来ないので、ナツが担いでその場を一旦離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リュウマ!」

 

「師匠!」

 

──マズい…よもやこの場にリュウマが来るとは計算外もいいところだ…!

 

捕らえていたミリアーナを救い出されミネルバに鋭い視線を向けているリュウマに対して笑みを浮かべているが、内心焦っていた。

 

勝てないとは思ってはいないが苦戦はすると考えている身としては、どうにか聖十のジュラと当ててどちらか一方を倒させる。

 

そこで疲労している勝った方を生き残っているセイバートゥースで袋叩きにして打倒しようと考えていたのだ。

 

それが今では叶うことはなく、エルザかカグラかリュウマの誰かを相手にするしかなくなっていた。

 

相手が絞られてしまい、迷うが直ぐに決断した。

 

「妾の相手は…そなただ──エルザァ!」

 

空間魔法を使ってエルザを自身の前に移動させる…つもりだった。

 

「残念ながら…俺はエルザではない」

 

「何ッ!?」

 

移動させる対象はエルザで、目前にはエルザが来るはずなのに…前に居るのは嗤っているリュウマだった。

 

「貴様の魔法は何度も視ている。そんな魔法を俺が模倣出来ないとでも?甘いんだよ小娘!!」

 

「ガッ!?」

 

ミネルバが魔法でエルザを転移させようとした瞬間、リュウマは魔法でミネルバの魔法の転移先を自身へと弄って跳ばさせたのだ。

 

驚いているミネルバに蹴りを食らわせてその場から離らかせ、エルザにはカグラの相手を頼んで、自分はミネルバと戦うことにする。

 

「エルザ、カグラを頼んだぞ」

 

「分かった…!ミリアーナのこと…ありがとう」

 

エルザのお礼の言葉に対して頷きながらその場から一瞬にして消えた。

 

ミネルバにやられたことによってミリアーナは気絶してはいるが、それ程外的外傷が無いことにエルザはホッとした。

 

「ミリアーナが無事で良かった…それにお前の師匠とは───」

 

そこまで言ってその場から跳び引いた。

 

ミリアーナを安全な場所に運んでおいて、顔色を見ていたエルザにカグラが後ろから斬りつけてきたからだ。

 

「貴様が…貴様がミリアーナの仲間のフリをするな!!そして…貴様が師匠のことを語るな!!」

 

そう激昂したカグラに目を見開いて驚くエルザ。

 

 

今ここに…ギルドの最強女剣士の魔導士同士の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

「クッ…!そなた…妾の魔法に何をした!」

 

「敵に教えると思うのか?」

 

蹴られたことにより、エルザ達の元から大分離れてしまった所では、ミネルバとリュウマが対峙していた。

 

「貴様のことはルーシィを痛めつけていた時から気に食わず、どうしてやろうか考えていた」

 

「ふん、良いのか?妾には過剰な攻撃は加えられないぞ」

 

ルーシィを痛めつけていたミネルバから助け出すために、リュウマは試合における違反を犯しており、選手への過剰攻撃を許されない。

 

その事を示して嫌らしく笑うミネルバに、リュウマは全く動じていなかった。

 

「そうだな。過剰攻撃は認められていない…故に──貴様には俺の世界に来てもらう」

 

「…?何を言っておるのだ?」

 

俺の世界と言われ、いまいちよく分からないミネルバは首を傾げながらリュウマのことを見た。

 

見てしまった。

 

「今…貴様は俺の眼を見たな?」

 

「…!?何だその眼は!?」

 

大体の部分が赤くなり、黒い模様が入って不気味な眼をしたリュウマに驚くが…眼を見てしまっていた。

これだけで、ミネルバは最早リュウマの手の上なのだ。

 

 

「さぁ…来い。───『月読(つくよみ)』」

 

 

ミネルバを…自身の精神世界へと引き摺り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

別の場所ではガジルとローグが対峙し、戦っていた。

 

メイビスの作戦が最早機能していないことを悟ったガジルは、誰かと当たった場合に戦えばいいと思って適当にぶらついていた。

 

それでも中々敵と会えず、なんとなく塔のような場所に上ってみると、そこへローグが現れた。

 

バトルパートでは途中でナツによる妨害から、目標であるガジルと戦うことが出来なかったローグは、このチャンスを使って勝ってみせると口にした。

 

しかし、いざ戦って見れば一方的にやられるだけだった。

 

それもその筈、ガジルをナツと同じくらいの戦闘力とするならば、スティングと2人でも圧倒的実力差でやられたというのに…ローグ1人で勝てるわけもない。

 

ついでに言うならば、1日やそこらで力の差が埋まるわけではないので尚のことだ。

 

ガジルが全くの無傷で、ローグは傷を負って息も荒げさせて膝を付く。

 

そんな状態ならばこれ以上戦う意味はもうないと言ってその場から去ろうとするガジルだが…ローグのお前はナツ・ドラグニル程ではないという発言に足を止めた。

 

ローグは語った。

 

ガジルとは対面したことがあり、ローグはそんなガジルがいる幽鬼の支配者(ファントムロード)に憧れ…大きくなったら幽鬼の支配者(ファントムロード)に入るんだと息巻いていた。

 

だが、そんな幽鬼の支配者(ファントムロード)妖精の尻尾(フェアリーテイル)に抗争の末に敗れてギルドは解散。

 

事もあろうか、憧れの存在であったガジルは…その抗争相手であった妖精の尻尾(フェアリーテイル)へと入った。

 

最初こそ全く理解出来きず、信じられなかった。

 

よりにもよって所属していたギルドを潰した相手のギルドに入ったのだから。

 

「けど、お前が妖精の尻尾(フェアリーテイル)にいる意味が分かってきたんだ。…仲間…だろ?」

 

「…………。」

 

剣咬の虎(セイバートゥース)にそんな仲間意識など無かった。

 

セイバートゥースに所属するメンバー達は全員がマスターの兵隊であり、駒であった。

 

命令は絶対厳守で勝利こそが絶対だった。

 

ギルドとはなんだ、仲間とはなんだ。

 

深夜に襲撃して来たナツやリュウマの言葉に考えさせられ、今までずっと考え抜いてきた。

 

だが、今なら分かった。

 

それ故にフェアリーテイルが何故こうも強いのか、セイバートゥースが何故勝てないのか。

 

「カエルは…仲間だろ」

 

「カエル?」

 

そんなことを語ったローグに、ガジルはカエルは仲間だ…と言った。

最初こそカエル?と思ったが、すぐにフロッシュのことだと分かった。

 

「フロッシュはカエルじゃない!猫だ!」

 

「正確にはエクシードだ…な?」

 

「…そうだ…フロッシュはオレの仲間だ…」

 

──かなわないな…

 

自分では何もかもガジルには勝てないと悟り、小さく笑みを溢した。

これ以上は戦う意味が無い…そう思って参ったと声を上げようとしたその時…

 

        《ローグ!》

 

「──────ッ!?」

 

どこからか声が聞こえてきた。

 

誰の声なのか探るために首を回して辺りを見渡すも、それらしき人物はおらず、そんなローグを不思議そうに首を傾げながら見ているガジルだけだった。

 

《前を見ろ。敵はまだ目の前にいる。ローグ…ガジルを殺せ…それがお前の運命だ》

 

「誰だ!何処に居る!!」

 

「おい、どうしたんだお前?」

 

《バカめ…オレはお前の影だ》

 

ふと視線を感じて自分の影を見ていると…目が合った。

 

《力を貸してやる…ガジルを……殺せ…!》

 

「あ…ああぁあぁああぁあぁあぁあぁああ…!」

 

ローグは…何者かに取り憑かれた。

 

そこからは又も戦闘へと入った。

 

しかし、そのその戦闘は今までとは違い、ローグがガジルを圧倒していた。

 

ガジルが攻撃しようとしても影となってスルリと躱し、隙を見つけては攻撃を加えていく。

 

その状態のローグから感じる魔力は、メイビスの知識の中にも存在しない未知の魔力だった。

 

やがてガジルはローグに動けなくなる程に痛めつけられ、地へ倒れた。

そんなガジルを影か少しずつ呑み込んでいく。

 

「影がお前を浸食する。そして永久に消える…眠れ。暗闇の中で」

 

「…………ギヒ…。」

 

少しずつ体が影に呑み込まれていく中で…ガジルは笑った。

 

火竜(サラマンダー)に出来てオレに出来ねぇ筈がねぇ…」

 

「!?」

 

なんとガジルは…自身を呑み込もうとしていた影を…食べて吸収したのだ。

やがて全て吸収し…体を黒い影が包み込み…纏った。

 

「誰だか知らねぇが…その体から出て行け。それと…そいつはオレの弟分だったライオスだ。お前はオレに憧れてたんじゃねぇ…あの頃のオレはそんな男じゃなかったのはオレが1番知っている」

 

傷ついてボロボロであった筈のガジルは、ゆっくりと立ち上がってニタリ悪人のような笑みを浮かべてローグ…ライオスを見た。

 

「お前はオレに恐怖していたんだ。もう一度思い出させてやる───オレの恐怖を…」

 

ガジルは至ったのだ…ナツがラクサスの雷を食べて『雷炎竜』に至ったように…『鉄影竜(てつえいりゅう)』へと…。

 

「ギヒッ!」

 

「ぐは…!?」

 

ガジルはその場で影となって瞬時に移動し、ローグの背後へと移動すると腕を混に変えて殴った。

 

殴られたローグはそのまま倒れるように影となり、溶けるように地面の中に入って影のまま移動する。

 

それを見たガジルも同じように影となってローグの後を追った。

 

やがてガジルの影がローグの影に追い付くと、影の中から腕を伸ばしてローグを引き摺り出した。

 

引き摺り出されたローグはガジルに上空へと投げられ、影になって逃げる事が出来なくなった。

 

そんなローグにニヤリと笑いかけながら大きく息を吸い込んで魔力を溜め込み…

 

「『鉄影竜の───咆哮』ォォォ!!!!!」

 

───これが…オレの知らない…ガジルの…力…

 

強力な咆哮(ブレス)を放ってローグを呑み込み…戦闘不能にした。

 

「クク…所詮今のローグにはこれが限界か」

 

「ア?」

 

そう呟いたとき、ローグから1つの影の塊のような物が出てきて、地面を泳ぐようにして消えていった。

 

ローグに取り憑いていた影が気になるが…取り敢えずはガジルの勝利となって1ポイント獲得した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更に別の場所では、索敵をしていたラクサスの元に、セイバートゥースのオルガが現れ戦闘となっていた。

 

どちらも雷を使うということで言い戦いをしており、なかなか勝負がつかないでいた。

 

するとそこへ聖十のジュラが現れて戦いの輪に加わった。

 

オルガは聖十大魔道を倒すチャンスだと思って意気揚々としてジュラへと向かって行ったのだが…

 

「甘いのぅ」

 

「ガッ…!!」

 

殴られて建物を突き破り、吹き飛ばされていった。

 

それを間近で見ていたラクサスは冷や汗を流すが、逆に燃えてきたと言って立ち向かって行った。

 

「『雷竜方天戟』!!」

 

「『岩錘』!!」

 

ラクサスの放った強力な雷の槍を隆起させた岩で防いで爆発させる。

 

リュウマとの戦いを見ていたのでジュラの戦いにおいての防御力は屈指であり、とても硬い。

 

そのため雷となって雷速で移動して近接戦闘を仕掛けていく。

ジュラもそれに乗って近接戦闘をしていくが、流石はリュウマとの戦いで善戦しただけあって近接戦闘もお手の物。

 

雷速で移動しているにも拘わらず打撃を与えてきてダメージを与えられていく。

しかしラクサスも負けじとダメージを与えていき…どちらも息を荒げていた。

 

するとそこへ予想外の事が起きた。

 

剣咬の虎(セイバートゥース)を…なめるなァ!!───『雷神の荷電粒子砲』!!!!」

 

吹き飛ばされてやられたはずのオルガが、瓦礫の中から強力無比の雷の砲撃を放ったのだ。

 

それには流石に防御が間に合わず、直撃を食らってジュラは倒れてしまった。

 

「む…無…念…」

 

「テメェ…!」

 

「ハァッ…!ハァッ…!オレはまだ…やられちゃいねぇんだよ…!!」

 

ラクサスとの戦いのダメージもあってかジュラはオルガによってとどめを刺されてしまい、セイバートゥースに5ポイントが入ってしまった。

 

しかし、ラクサスはそんなことよりも…折角思う存分自分よりも強いジュラとの戦闘を楽しんでいたというのに、横やりを入れられて邪魔をされたことにキレていた。

 

オルガはそんなことは承知の上だが、セイバートゥースに所属して試合に臨んでいる以上は勝利こそ絶対。

例えやり方が汚くても勝つというのがオルガのやり方だった。

 

「テメェはぜってぇ許さねぇ…!」

 

「来いよラクサス…勝つのはセイバートゥースだァ!」

 

ジュラとの戦闘によるダメージが抜けきれず、最初こそオルガに攻め込まれていたものの…そこは雷竜の意地。

 

巻き返してオルガへダメージを与えていく。

互いにボロボロになりながらも殴り合い、蹴り合い…雷竜と雷神は互いを蹴落とそうとする。

 

殴り合いが始まってから10分以上が経過し、魔力も底をつきかけてきた両者は…次の一撃で決着をつけることにした。

 

「オレはセイバートゥースだ…!負ける訳には…いかねぇんだ…!」

 

「お前等のことなんか知らねぇよ。ルーシィの為にもこっちも負けられねぇんだよ…!」

 

最後の攻撃の為に魔力を籠めていく両者。

もはや底をつきそうであるが故に最後の一発となるが…どちらもそんなことを感じさせない迫力で睨み合っている。

 

「いくぜぇ…!──『120mm黒雷砲』!!」

 

「食らえ…!滅竜奥義──『黒御雷』!!」

 

同時に放った互いの魔力は、両者のちょうど中間で当たって大爆発し…2人を呑み込んだ。

 

そんな光景をラクリマや映像を通して見ている観客や、フェアリーテイル応援席にいるメンバー達は固唾を呑み込んで見守る。

 

やがて爆発による砂塵が晴れ…立っていたのは…

 

 

「ハァ…ハァ…妖精は…神をも食うんだよ…」

 

 

ラクサスだった。

 

 

オルガは地に倒れ伏しており、一時はどうなるかと思われたラクサスの戦いは、見事勝利で終わったのだ。

これで1ポイント獲得だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時を少しばかり遡り、数十分前。

 

その時城に潜入してローブを被っていたルーシィを回収したナツ達は…絶賛城の中で迷っていた。

今は取り敢えず、城の食堂だと思われる場所に来ていた。

 

未来のルーシィを連れて来たはいいが道に迷って途方に暮れていると、未来のルーシィが目を覚ました。

 

城の中にいることに気がつき、このままでは王国軍に再び捕まってしまうと告げて移動することにした。

 

しかし、その前に聞いておかなくてはならないことがある。

 

何故ルーシィが未来から遙々過去へ来たのかということだ。

 

ウェンディにどうして未来から来たのかと問われた未来のルーシィは…最悪の未来を変えるためと言った。

 

「最悪の未来だぁ?」

 

「一体…あなたの未来では何が起きたのですか…?」

 

「…あたしが居た未来は───」

 

 

 

 

 

  一万を超えるドラゴンの群れに襲われる

 

 

 

 

 

未来のルーシィは…そう述べた。

 

城は崩壊し、街は焼かれ、人々は意味もなく殺される。

立ち向かった魔導士も等しくドラゴン達の前に沈んでいったそうだ。

 

そんなとんでもない話を聞かされて、ナツ達は呆然としながら絶句した。

 

やがて正気を取り戻したナツがドラゴンを向かい討つ為に意味の分からない装備などを揃え始めたが、ルーシィのこの話を信じるの?という言葉に嘘なのか!?と驚いていた。

 

未来のルーシィは嘘ではなく、本当のことであると言った。

 

しかし、少し恐かったのだ…こんな話を誰も信じないのでは?…と。

それに対してナツは何故ルーシィの言葉を疑うんだ?と、当然のことを言うように言い放った。

 

それには今度は未来のルーシィが絶句した。

それと同時に心の底から嬉しく思った。

 

「ねぇ…ドラゴンが来た時…。同じ城にいた私達はどうなったの…?」

 

「シャルル…察してあげよう?多分私達は…」

 

「………。」

 

シャルルの疑問に未来のルーシィは答えることが出来なかった。

 

未来のルーシィはドラゴンに襲撃され、何日経ったか覚えていないが…エクリプスのことを思い出したそうだ。

 

起動方法など分かるわけも無く、我武者羅に弄って扉を開けた。

もしかしたら過去に戻れるかもしれないと思って。

 

そしたら本当に戻ることが出来た…。

 

X791年…7月4日に…。

 

しかし未来のルーシィは地下を通ってジェラールと合流してほしいと言った。

 

一足先に未来のルーシィと邂逅したジェラールに、未来のルーシィは未来について全て話してあり、対策を練ってもらっていた。

 

対策を練るという言葉に引っかかりを覚えたナツ達だが、残念ながら未来のルーシィは対策を持ってきたわけでないと謝りながら言った。

 

そんな言葉を、先程から意識を取り戻していたアルカディオスは聞いていて疑問を覚えていた。

 

ヒスイが言っていたエクリプス2計画…それは未来人から教えられたもので、エクリプスのもう一つの使い方のことだ。

 

大魔闘演武を使って7年間もの間、エクリプスに集めていた魔力はエーテリオンに匹敵する程のものとなっている。

 

それを一気にドラゴンの大群に放出し、ドラゴンを殲滅する…。

 

それは目の前にいる未来のルーシィからヒスイへと教えられたはずだと。

 

──お前が姫にエクリプス2を助言したはず…4日に来たというのもウソだ…何故仲間にウソをつく!?

 

「本当ゴメン…これじゃあたし何のために来たのか…今日までどうしていいのか分からず、街をウロウロしてた…」

 

「いや…オレ達がなんとかする…ありがとうな。オレ達の未来の為に」

 

涙ぐむルーシィに、ナツは笑顔でそう言った。

後ろに居るミラやウェンディ、ハッピーやシャルルやリリーも、ルーシィにありがとうと言っているような笑顔を向けていた。

 

そんな中、ユキノは少し顔を俯かせ…アルカディオスは未来のルーシィが流す涙を見て…何かを確信したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

───クロッカスから離れた場所

 

 

そこではジェラールが、未来のルーシィから聞いた未来で襲ってくる一万のドラゴンの対策をウルティアとメルディに話し手説明していた。

 

説明し終わったジェラールは、最後にルーシィが言った事が全て真実とは限らないと言った。

 

「全てが真実とは限らない?」

 

「それって未来のルーシィがウソをついているってこと?」

 

その言葉に疑問に思ったウルティアとメルディは質問するが、ジェラールは何かを考えていた。

そして口を開く。

 

王国に攻め込んで来る一万を超えるドラゴンの群れ…エクリプス…そして自分達が追っているゼレフに似た魔力…いくつか辻褄が合わないことがあった。

 

「ルーシィの言葉が虚偽なのか…ルーシィそのものが虚構の存在なのか…」

 

真実はまだ…分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───闘技場

 

 

闘技場の開けた場所では…剣を交えている音が響いている。

 

その音の発生源は、エルザとカグラだ。

 

ミネルバをリュウマが無理矢理連れて行ってから、カグラはエルザの事を何かの目の敵にしているようで斬り掛かってきた。

 

それに対して応戦しているのだが…いかせんカグラがとても強い。

 

下から掬い上げるような斬り込みに刀の腹を使ってガードするが、あまりの力強さに押し込まれた。

 

このままではダメだと思って後ろへと後退し、天輪の鎧へと換装して両手に二本の剣を換装した。

 

「天輪…『五芒星の剣(ペンタグラムソード)』!!」

 

五芒星を描くような刹那の内の5連撃の斬り込みを…カグラは冷静に受けて防ぎきった。

 

「甘い!!」

 

「ガフッ!?」

 

斬り抜けたことによって背後に居るカグラから、納刀したままの刀の打撃を背中から食らい、天輪の鎧を粉々に砕かれながら柱へと叩きつけられた。

 

そこへ間髪入れずに接近してきたカグラに、危険を察知したエルザは金剛の鎧へと換装する。

 

金剛の鎧は完全に防御のみに能力をまわした鎧であり、エルザが所持している鎧の中で随一の防御力を誇る。

 

「私の前に防御など無意味」

 

絶対防御力を前に、カグラは一気に踏み込んで刹那で7度斬った。

 

納刀しているので斬れないと思っていた鎧が…ものの見事に斬られ…7箇所から血が噴き出てきた。

やがて7箇所の亀裂から耐えきれなくなった金剛の鎧も砕け散り、エルザは痛みから膝をつく。

 

しかし直ぐに立ち上がり、カグラへと駆けて行った。

 

「飛翔・『音速の爪(ソニッククロウ)』!!」

 

駆けている間に、自身の速度を上げる能力を持つ飛翔の鎧へと換装し、驚異的な速度で斬り掛かり、一瞬で10を超える斬りつけをしてみせた。

 

「…ごふっ…」

 

そんなエルザは駆け抜けた先で血を吐き出す。

 

なんと一瞬で10を超える斬りつけをしたにも拘わらず、カグラはその全ての斬りつけを捌ききり、尚且つ反撃として逆に10度以上斬っていた。

 

「立て。この程度では終わらせんぞ」

 

「くっ…強い…!」

 

斬られすぎて痛む体を押さえながら立ち上がるエルザ。

 

 

 

 

 

前に居て此方を見据えるカグラの目は…とても冷たいものを含んでいた。

 

 

 

 

 




ラクサス達の戦いは、得点上こうなってしまいました。

こうなることなら、違う5ポイントを倒さしておけば良かったと後悔しています。



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第五二刀  見える片鱗 助けた少女

       《注意》

この話は、今までよりも特に残酷な描写があります。

こんな主人公嫌だ…や、残酷な描写が嫌だ…や、こんな主人公だと思わなかったと思いたくない方はこの作品を見ないことを勧めます。

何度も言っていますが、主人公は善人ではないです。

その注意を受けているにも拘わらず、何でこんな事書くんだ…や、主人公がそんな奴だと思わなかった…と、言われても、私は言いましたし注意しましたとしか返答しませんのであしからず。

大体、私正義正義言うキャラ大嫌いなので、私の書く主人公は必然的に真逆な位置にきます。




 

 

エルザとカグラが戦って鮮烈を極めているとき、別の場所ではグレイとリオンが対峙していた。

 

リオンと対峙した時、グレイはボロボロであり、魔力も底を尽きそうであった。

それでも、負ける訳にはいかないと言って戦闘を開始する。

 

最初こそ互角にやり合っていた2人ではあるが、やはり直前にルーファスとの戦闘が尾を引いているのか、グレイが押され始めた。

 

それには流石にグレイもダウンかと思われたが、限界を超えてこその限界突破…アンリミテッドだ。

 

ルーファスを撃破してみせた技でリオンと打ち合い、見事撃破してみせた。

 

二回戦における強敵との戦いでもう動く力が無いのか、その場で座り込んで回復するのを待った。

これで1ポイント獲得だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「立て。この程度では終わらせんぞ」

 

「こ、これ程の者が…いようとは…!」

 

どの鎧の力を使って攻めても、カグラによって真っ正面から叩き潰されて居たい反撃を食らう。

それによってダメージが溜まり、とうとう膝を付くエルザ。

 

そんなエルザをカグラは冷たい眼で見ていた。

 

「その強さは…ジェラールへの怨み故…なのか…」

 

「───黙れ」

 

カグラから冷たい眼で見られながらも言葉を紡げば、その言葉に対して更に顔を険しくさせたカグラは、エルザの腹に蹴りを入れて後方にあった柱を突き破り、6本目の柱に叩きつけられた。

 

蹴られた腹を押さえながら痛みに歯を食いしばり、それでも立ち上がりながら向かってくるカグラを見る。

 

「ゲホッ…貴様がジェラールに…どのような怨みを持っていようが…構わん…が…未来へ向かって歩き出したミリアーナを巻き込むな!」

 

「あいつの意思だ」

 

ミリアーナについて話すエルザを睨み付けながら、エルザの顔を殴って怯んだところを足を掴んで投げ飛ばす。

 

又も柱に叩きつけられたエルザは苦しそうな声を上げるも、カグラを見やることをやめない。

 

ミリアーナは長い間、ただただ塔のために…自由のためにと働かされていたというのに、真実を知ってみれば昔のようなことを繰り返していただけ。

 

それも友達であったシモンを信じていたジェラールの手によって殺されたことにより、後に出会ったカグラと同じようにジェラールに怨みを持ったのだ。

 

カグラはミリアーナも自分と同じでジェラールを憎み、怨んでいるため、ジェラールを殺すことを誓っているのだ。

 

「ぐっ…そこまでの怨み…何があったというのだ…」

 

「……その男の事は貴様もよく知っている筈だ。ジェラールに殺されたシモンは──私の兄だ」

 

「───ッ!!」

 

───シモンの…妹…!?

 

カグラの家庭には父と母は早くに死去してしまい、家は幼いカグラと少し年上のシモンだけだった。

それ故に働き先など無く…とてもひもじく貧しい暮らしをしていた。

 

だが…それでも幸せだった。

 

しかし、そんな小さい幸せも17年前に起きた子供狩りで終わりを告げられた。

 

そんな子供狩りから運良く、どうにか逃げ延びることが出来たカグラは何年も…何年も当てもなく兄のシモンを探した。

 

その過程で探し出すにも力が必要だと感じたカグラは、襲ってきた数人の盗賊を打ち倒し、そこで手に入れた刀を使って力を手に入れるために剣の腕を磨いた。

 

 

そんなある日…出会ったのがリュウマだった。

 

 

数日歩いて見つけた村にある酒場にて、シモンの目撃情報等を聞き込みしていたところを村に迷惑ばかりかけているという闇ギルド一歩手前のギルドの奴等に目を付けられ戦闘となった。

 

が…流石に当時まだ少女であったカグラは大の大人の…それも大人数という数の暴力には勝てず、攫われて人身売買されそうになっていた。

 

そこにちょうど流浪していたリュウマが村に立ち寄っており、村長から報酬を貰う代わりにそのギルドの奴等を退治してくれと言われていた。

 

リュウマはその依頼を面倒ではあるが受け、ギルドの奴等をほんの一瞬で片付けてしまった。

 

その時の力の片鱗を見たカグラは、黙ってその村から去ろうとしていたリュウマに弟子にして欲しいと願ったのだ。

 

心優しい者ならば直ぐに応と答えるだろうしかし…リュウマは違った。

 

『弟子?…そんなものを取る気は無い。失せろ小娘』

 

何故意図せず頼まれた面倒な依頼を済ませた後に、全く知らないどこぞの小娘を弟子にしなくてはならないのだと思い断った。

 

断られたカグラはそんな返答にもめげず、健気にも彼の後を追って弟子にしてくれるように頼み込んだ。

 

それに対してもリュウマは否と答え…時には諄いしつこい黙れついてくるな…と言われて置いて行かれそうになったりもしたが、それでもついていった。

 

それが実を結んだのか、そんな2人の前に盗賊が現れた。

 

リュウマはそんな盗賊を早々に叩きのめそうと思って動こうとしたのだが…代わりに動いたのがカグラだった。

 

ついていく途中で気がついていた。

 

まだ彼には自分の力を見せていない…と。

 

それ故にちょうどいいタイミングで襲って来た盗賊を使ってデモンストレーションのようにリュウマへと力を示した。

 

そんな戦いを見て、剣の腕は年の割にはあり…そんなカグラの剣に対する才能を感じ取った彼は弟子にしてやることを決めた。

 

『弟子にしてやるが…修行中に弱音でも吐いてみろ。直ぐに破門にして捨てるぞ』

 

『──はい!よろしくお願いします!師匠!』

 

『わ…ではなく…俺とて初めての弟子だ。

故に──貴様には俺の最強を教えてやる』

 

それからがマーメイドヒール最強であり、あのエルザを真っ正面から叩き伏せる程の実力を持つカグラの始まりであった。

 

リュウマを師事して1年…。

稀に見る剣に対する天賦の才を持つカグラは学んだことを一つ残らず吸収していき、たった1年で学ぶことを全て学んだ。

 

あとは実践経験だと言われて渋々…本当に渋々リュウマと別れて旅を続け、ミリアーナと出会った。

 

その時にミリアーナから塔での詳細を聞き、兄のシモンの壮絶な苦しみと死を知った。

 

何年も奴隷として働かされ…その果てにジェラールによって殺された。

自身の目の前が真っ暗闇になった気分だった。

 

「それ故に誓ったのだ。兄の仇であるジェラールを殺す時…この刀を抜こうと」

 

「……ミリアーナはその場に居なかった…」

 

「…!」

 

絶望した過去をを思い出しているのか、刀の不倶戴天を強く握り締めているカグラに、エルザは教えた。

 

その時その場に居たのは自分とジェラールとナツ、少し遅れたがリュウマも居たことを。

 

「確かにシモンが死んだのはジェラールのせいかもしれない…だが…殺したのはジェラールではない…この私だ」

 

「──────────。」

 

目に涙を溜めながら告げたエルザに、カグラは頭の中の何かが勢い良く切れた気がした。

怒りからか憎しみからか怨みからかは分からない…。

 

もしかしたら全部かもしれない、言い表せない感情から体が震え…手も震える。

 

「そこまで…そこまでしてジェラールを庇うつもりか…!!」

 

「事実だ…私の弱さが…シモンを殺したのだ…」

 

「───────ッ!!!!!!」

 

心臓の鼓動が早くなり、ドクンドクンと鼓動を刻んでいく。

そして…腰に差した刀…不倶戴天を握り、涙を浮かべて震えながら居合の構えをとり…そして…

 

「ああああああああああああ!!!!!!」

 

         抜刀した

 

「……すまない」

 

恐るべき速度で引き抜かれて振るわれた刀の斬撃に、舞台となっている街に対して一筋の線を描くように衝撃が走った。

 

そのあまりの威力に、観客はエルザが死んだと思ってしまう…それ程の威力なのだ。

 

だがエルザは…膝をつきながらも妖刀紅桜でカグラの刀を受け止めていた。

 

「だが───私は死ぬ訳にはいかない」

 

自身の斬撃を受け止めたエルザを涙を溢しながらもギロリと睨み付けるカグラ。

 

「シモンに生かされた…ロブおじいちゃんに生かされた…仲間に生かされた…この命を諦める事は…旅立って行った者達への冒涜だッ!」

 

己の足で立ち上がりながら刀をカグラへと突きつける。

その目には…生きていくという強い意志が感じられた。

 

「…殺す…貴様も…ジェラールも…まとめて殺してやるッ!絶対に殺してやるッッッ!!!!!」

 

驚異の瞬発力を持って接近し、斬りつけてきたカグラの不倶戴天をエルザは妖刀紅桜でもって受け止めた。

 

「それがお前の活力ならば…それもよし。その想いを踏みにじるつもりは無いが…負けるつもりも無いッ!!」

 

その瞬間には…エルザはカグラの背後へと駆け抜けており、さながら瞬間移動でもしたかのような速度でカグラを斬った。

 

何時ものカグラならばギリギリではあろうが受け止められたであろう攻撃を受け止められず、斬られて宙を舞い…倒れた。

 

『エルザだーーーーー!!!!!なんという精神力!!全身ボロボロであり、最初こそ押されていましたが大逆転ーー!!!!』

 

『流石だねぇ…』

 

『すごい…カボ』

 

誰もがカグラの敗北だと思ったその時…

 

 

「わ…たし…は…私…は…ジェラール…を…殺す…!」

 

 

…立ち上がった。

 

「カグラ…」

 

だが様子がおかしかった。

先程までは理性がありながらも怒り狂っていたカグラであったが、今の彼女はゆらりと立ち上がり、体に黒い靄のようなものが付き纏っている。

 

ゆっくりと顔を上げれば目は真っ赤であり、まるで何かに取り憑かれたような状態であった。

 

「殺す…殺ス…ころす…コロす…コロス…コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス…コロシテヤル…ッ!!!」

 

「待て!正気に戻れカグラ!!」

 

殺すとだけ口にしてゆらりと刀を構えるカグラに、エルザは正気を保つように声をかけるがそれには応じず。

 

彼女は完全に可笑しくなってしまっていた。

 

「…シネ」

 

「───────ッ!!!!?????」

 

動く予備動作をしたかと思えば…カグラはエルザの目と鼻の先におり、刀を下から上へと斬り上げようと既に振りかぶっていた。

 

それを受け止めようとしたが…本能的にマズいと思ったのか瞬時に横へと避けた。

その直後にカグラが刀を振り切り…

 

「な…に?」

 

空に浮かぶ雲を一刀両断した。

 

ただ振っただけだというのにも拘わらず斬撃を生み…空を割った。

 

空を見て絶句していたが、そんな攻撃を受ける訳にはいかないとカグラを見た時にはその場にはおらず…

 

「シンデシマエ」

 

「後ろ…だと…?」

 

エルザの背後に居て既に刀を振り下ろしていた。

 

そんな時に世界がスローになった気がした。

 

俗に言う走馬灯か…と、何故か納得してしまった。

もうどう足掻いても避けることは出来ない。

受け止めるなんてものは不可能だ。

 

故に目を瞑ってこれから来る斬撃を待った。

 

 

 

 

「この愚か者が。怨み如きに取り憑かれおって」

 

 

 

 

しかし…それを直前にリュウマが受け止めた。

 

ただ受け止めただけでは発生した斬撃が周りに被害を生むため、受け止めた後に直ぐさま召喚していた刀を一気に振るった。

 

その振り切りで刀を振るった軌跡に真空が発生し、その真空を埋めようと大気が押し寄せる。

 

大気が元に戻ろうとする引力を使って斬撃の衝撃を誘導して空へと無理矢理に軌道修正させた。

そんな斬撃は最初と同じように空へと放たれた。

 

 

「絶剣技・『真空誘導(しんくうゆうどう)』」

 

 

相手が放った斬撃を真空を使って誘導し逸らせる技。

少しでもタイミングを誤ると斬撃が直撃する他、周りに居る者にある意味誘導して斬撃をぶつけてしまう恐れがある。

 

「リュウマ…?」

 

彼がミネルバと消えてからそう経っていない。

それにミネルバも周りには居ない。

つまり、リュウマはこの短時間にミネルバを撃破してこの場へ駆けつけてくれた事となる。

 

「あのエルザが危ないところだったな。大丈夫か?」

 

「あ、ありがとう…」

 

少し振り向いて薄く微笑んだリュウマに、まさか危機的状況を助けてもらうとは思わず、つい赤面してしまう。

それ程来るタイミングは完璧だった。

 

「それにしても…」

 

エルザに向けていた顔を前へと向けてカグラを見る。

 

「コロス…コロシテヤル…」

 

その姿は何時ものカグラではなく、先程言ったように取り憑かれていた。

 

「ハァ…仕方が無いな…師として貴様を止めてやろう」

 

そう言って召喚していた刀を構えながらニヤリと嗤った。

 

 

そもそも、どうやってミネルバを早々に撃破したのか…?

 

 

それは数分前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──遡ること数分前。

 

 

「な…なんだここは…!?」

 

リュウマの眼を見てからというもの…瞬きをした次の瞬間に自分は見たことも無い場所に立っていた。

 

辺りには何も存在せず、あるのは地面と所々に生えている草だけ。

生き物も建物も存在せず…何処に居るのか分からなかった。

 

居るのは前にニヤニヤと嗤っているリュウマだけ。

 

「どうだ?ここは俺が今創りあげた世界だ」

 

「貴様…妾に何をした!!」

 

「俺の眼を見たその瞬間にこの場へと引き摺り込んだ。ここは精神世界。故に今あるこの体は仮の物でしかなく、本体は今も闘技場で立ち尽くしている。時間は俺が決める故に現実では未だに1秒だって経っていない」

 

この世界についての説明を受けたミネルバは、出鱈目な力に少し呆然としたが、直ぐに理解した。

つまりは幻術に掛けられているだけなのかと。

 

「それで?妾をこの世界でとうするつもりだ?幻術であるならば本体でない以上…攻撃するだけ無駄なだけであろう」

 

「それは…どうだろうな?」

 

──ずりゅ…

 

腹に何かの感触がした。

 

そう思ったミネルバは自身の腹へと視線を落とすと…

 

「こ…これ…は…ゴプッ…」

 

腹から…腕が貫通していた。

 

背後には、前に居るリュウマとは別の…もう1人のリュウマがいたのだ。

そのもう1人のリュウマがミネルバの腹へと腕を埋め込んで貫通させていた。

 

後に襲ったのが貫通したことによる痛み…それも想像を絶する痛みだ。

 

痛みによって叫び声を上げようと口を開いた時、前に居たリュウマが目前に移動しており…ミネルバの口の中に手を突っ込んだ。

 

ミネルバの口は成人男性の手を丸々口に含めるほど大きくない…故にゴキリ…と音を立てながら顎が外れてしまっていた。

 

「ぅ…ぶっ…ゴプッ…ぅぶ…」

 

「現実では何も出来ないが…この世界とて痛みはある。さぁ───愉しもう」

 

「~~~~~~~~ッ!!!」

 

悪魔のようにニタリと嗤うリュウマの顔を見て、今まさに現状を理解し、目の前の男が何をしようとしているのかも理解した。

 

この男は…この世界で自分を嬲る気だ…と。

 

逃げようとするも既に腹は腕が貫通し、口には手を差し込まれている。

神経を貫かれたことから腕は上がらず…何も出来ない。

 

「取り敢えず…1度死ね」

 

口の中に入れていた手に魔力を籠め…爆発させた。

その威力は強大であり、ミネルバの頭を完全に…爆散さた。

 

残った体は糸を切られたマリオネット人形のように地面に倒れた。

それで終わりかと思われたが…ほんの一瞬でミネルバの死体が消えて、無傷のミネルバがその場に立っていた。

 

頭を爆散されたことで意識が飛んでいたミネルバは、傷も何も無い己の顔をペタペタと触れて確かめる。

 

「言っただろう、この世界は精神世界だと。つまり───何度でも死を体験出来るぞ?」

 

「────ッ!!この化け物がァ!」

 

背筋を凍らせるような恐怖がミネルバの体を襲い、後ろへと後退すると共にリュウマの周りの空間を歪ませて大爆発させた。

 

本来ならばこの精神世界ではリュウマの好きなような世界にすることが出来るので…ミネルバが魔法を使えないようにすることも可能だし、動けないようにすることだって可能だ。

 

しかしそれでは面白くも何ともない。

 

だからこそ現実と全く同じようにしたのだ。

違うとすれば、周りに観客も誰もおらず、死んでも死なない事だけだ。

 

もちろんのことだが、この世界から逃げる術など無い。

 

大爆発を起こした爆心地を警戒しながら見るミネルバ。

いくら相手がリュウマであろうと、偽者は消して本体にも多少なりともダメージは入っただろうと思ったからだ。

 

「その程度の攻撃が効くとでも?ならばその希望的観測は消しておいた方が良いぞ」

 

しかし、そんなものはリュウマには全く効いていない。

もうもうと上る砂煙の中から、全くの無傷であるリュウマが出て来た。

 

「貴様はどうしてくるようかと考え、思いついたのが何度も殺すということだ。まぁ…俺が殺したかっただけなのだが」

 

そう言い終わるとその場から消え、ミネルバの背後にいた。

右腕に違和感を感じたミネルバは急いで右腕を見ると…肘から先が無くなっていた。

 

「あぁあぁああぁぁあぁあぁぁあぁ!!!!」

 

「煩いぞ。高々腕がもがれた程度で」

 

もいだのはもちろんのことリュウマであり、ミネルバの右腕を手に持ちながらプラプラとさせながら見ていた。

そしてそれに飽きたのか黒い炎で燃やした。

 

「次は…左足」

 

「ぐああぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁ!!??」

 

宣言通り左足を持っていかれたことで立つことが出来ず倒れ込む。

そこに近付いて残っている左手の甲を踏みつけて骨を踏み砕いた。

 

「フフフ…フハハハハハハハハハハハ!!!ハーッハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!痛かろう?苦しかろう?だが残念だな。この程度では済まさん」

 

左手の甲を踏み砕いたリュウマとは別に、もう1人のリュウマが倒れているミネルバの背中の上に現れ、足を背に乗せてから力を込めていく。

 

「ぐ…は…ごッ…うぶッ…かひゅっ…」

 

次第に体が重さに耐えきれなくなり、背骨からバキバキと鳴ってはならないような音を奏で始めた。

 

「だ…だずげ…!」

 

「助けて?ここに助けなど来ないんだ──よッ!」

 

重力魔法を使って踏み付けている右足の重力を、大凡20倍程に引き上げる。

そこから思い切り踏み付けることでミネルバの体を背中から貫通して地面へと届き、地面はその威力に陥没した。

 

いくら胴体を踏み抜かれたと言っても、虫の息ではあるが生きているので…次は頭を踏み抜いてザクロのようにした。

 

しかし…また無傷の状態で戻る。

 

「そ、そなたは…怪物だ…!」

 

「そうか。貴様がそう思うのならば怪物なのだろうな…まぁ、興味無いが」

 

何を言われようと興味無いとばかりにジリジリとにじり寄ってくるリュウマから、後ろへと後退するミネルバ。

 

「そうだ。貴様にルーシィと同じ目に遭わせてやろう」

 

思い出したと言わんばかりに手をポンと叩くと、右手をミネルバに向けてからパチンと指を鳴らした。

 

するとミネルバの周りの空間が歪んで爆発した。

まるで、ルーシィがやられた時のような爆発だ。

 

「があぁぁあぁあぁあぁぁあぁあぁ!!!!」

 

「そらそら、これで終わりではないぞ?」

 

強力な爆発を受けたことで吹き飛ばされ、その先でまたも空間が歪んで爆発。

それを何度も繰り返してミネルバをボロ雑巾のようにした。

 

爆発を止めたことで空から落ちてきたミネルバは、そのまま地面に叩きつけられて仰向けとなる。

 

その場に歩って近づいたリュウマはミネルバの上へと跨がって腰を下ろし、首に手を置いて締め付けていく。

 

「かっ…はっ…ぁ…ぉ…やめ…ぅ…」

 

「次は窒息して死ぬが良い」

 

酸素を取り入れることが出来ないので顔が青白くなり、白目を剥いて体をビクンビクンとさせながらやがて死んだ。

 

「ハッ…!?」

 

「さぁ…次はどうやって死にたい?」

 

ミネルバは一目散にその場から撤退…というよりも一目散に逃げ出した。

それをやっていることとは不釣り合いな程な穏やかな表情で見ていたリュウマは、その場でしゃがんで小さな小石を手に取る。

 

「貴様の魔法はなかなか便利だな?こんなことも出来る」

 

「───ガッ!?」

 

遠くへと逃げていたミネルバと、手に取った小石の位置を入れ替えた。

それはミネルバが使う絶対領土(テリトリー)という魔法であり、彼が既に模倣していた。

 

そのせいでリュウマの元へと一瞬で瞬間移動させられ、首を絞められたかと思えば地面に叩きつけられる。

 

背中から行ったので咳き込んでいる内に、両手両足に召喚した剣を深々と柄まで刺されて貼り付けにされた。

そのせいで激痛が走るが、腕をもがれたりするよりは我慢出来る痛みだ。

 

「質問なのだが…生きたまま骨を抉り取られる痛みとはどれ程の痛みだと思う?」

 

「…ま…まさか…!」

 

「実はこれはやったことがなくてな?上手く出来るか分からんが───試させてくれ」

 

「い…嫌だ…嫌だ!やめてくれ!!」

 

その場から逃げようとじたばたとするが、剣が突き刺さって地面と貼り付けにしており、逆に痛みを増すばかりだ。

 

そんな中…リュウマの魔の手が伸ばされた。

 

「先ずは…肋骨からいくか。ルーシィも蹴りで罅を入れられていたからな」

 

ミネルバにやられた傷の症状を見た時、脇腹が青白くなって腫れ上がっているのを見た。

それは骨に罅が入っていたがためになっていた痕だ。

 

もちろんのことシェリアが魔法をかけて治してくれたので痕になることもなく治ったのだが…ルーシィにそれ程の攻撃をした事実は変わらない。

 

伸ばされた手はミネルバの綺麗な肌をした腹に触れ、ゆっくりと指を押し込んでいき…皮を突き破る。

この時点で痛みからミネルバが叫ぶが、もう1人現れたリュウマの手によって口を塞がれる。

 

やがて手が全て腹の中へと入り、特に意味もなく指をバラバラに動かして中の肉をグチャグチャにした。

それには耐えきれず、口を塞いでいる指の間から血を吐き出した。

 

中の肉を少しの間掻き回した後、横にある肋骨に触れて優しく撫で上げる。

プロポーションから分かるほどに綺麗な曲線を描く肋骨であるが、それをガシリと掴んだ。

 

何と無しにミネルバの顔を見てみれば、涙を流しながら一生懸命首を横に振ってやめてくれという意思表示をしている。

 

それを見た肋骨を掴んでいるリュウマは、手はそのままにミネルバの顔に自身の顔を近づけ、耳元で優しく呟いた。

 

「大丈夫だ。痛みで意識が飛ばないように脳に直接魔力を送って刺激し、強制的に起こしておいてやる」

 

「───ッ!!んーーー!!!んん!!んんーーー!!!!」

 

「何、遠慮することはない」

 

口を押さえてなければ半狂乱になりながらやめてくれと叫んでいるだろうが、生憎口は塞がれている。

そもそも、やめてくれと言われてやめようとは思っていない。

 

ルーシィに対しての攻撃をやめろと言っているのに、ミネルバはやめなかったのだから。

 

「先ずは1本目だな」

 

肋骨を掴んでいる手に力を少しずつ籠めていくと、段々ミシミシという音を立てていき…バキッという音と共に折れた。

 

この時点で常人ならば既に気絶しているだろうが、もう1人のリュウマがミネルバの脳に直接魔力を流し込んで刺激し、気絶しないようにしている他、出血多量で死なないように微妙な回復を施しながら口を押さえている。

 

なのでミネルバの口からはくぐもった叫び声が上がるのだが、それを余所にへし折った肋骨を引き抜いて取り出した。

 

「ほら、貴様の肋骨だぞ。自分の肋骨なんぞ滅多にお目にかかれんからな、しっかり見ておくがいいぞ」

 

虚ろな目になっているミネルバの顔の前に、折って取り出した肋骨を出して見せてやる。

 

だが、何時までもなんとも言わないので肩をすくめて手に持った肋骨を適当な場所に投げ捨てて、更に腹に空いた穴へと手を突っ込んだ。

 

「~~~~~ッ!!!!~~ッ!~~~~ッ!」

 

手を入れられて痛みが走ったのか、虚ろだった目を見開いて暴れようとするが結局は無謀なことだ。

 

その後は折っては取り出してを繰り返していき、半分以上の肋骨を体内からへし折って取り出した。

 

それには流石に回復をされながらやられていたミネルバも、目には何も映しておらず死んでいるかのように動かない。

 

しかし、手を突っ込んでいたので心臓が動いているのは知っているため、死んでおらずちゃんと生きていることは分かっている。

 

「このままでは何も出来んな…もう一度死んでやり直せ」

 

2人のリュウマは同時にミネルバの頭を踏み抜いて殺した。

 

それからも何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も…ありとあらゆる行為を繰り返しては殺していき、ミネルバが元に戻っても立ち尽くしている程に壊れかけた頃。

 

「ふむ…飽きてきた。それにもう良いだろう」

 

やろうと思っていた拷問なども全て済ませ、大体気が済んだので終わらせることにした。

 

「良いか。貴様が誰を怒らせたのか…誰を怒らせてはならんのか理解しただろう。これを機に、今までの自分と向き合い、その精根を改善するのだな」

 

「…………………。」

 

聞いているのか、はたまた聞こえていても反応できないのかは分からないが…ゆっくりと近付いて額を人指し指でちょんと突ついた。

 

それに伴い後ろから倒れると同時…光の粒となって消えた。

もっとも、ミネルバをこの精神世界から消したのはリュウマなのだが…。

 

その後、リュウマも精神世界から現実世界へと帰ってきた。

 

観客からして見れば2人が少しの間目を合わせていただけで、いきなりミネルバが倒れて気絶したという風に写るだろう。

 

その裏では…誰もが目を背けたくなるような事が起きていたというのにだ。

それでもリュウマの行ったことには誰も…気がつかない…分からない…理解出来ない。

 

「流石に1秒でミネルバが倒れれば、不審に思うかもしれんから5分程経たせたが…エルザ達はどう───ッ!!」

 

そこに突如、途轍もない殺気と邪気を感じその方を見れば…ちょうど一つの斬撃が空を割るところであった。

 

その出場所がエルザとカグラが居た場所から、そう遠く離れていない場所だと分かったリュウマは、縮地でその場を離れた。

取り敢えず、リーダーのミネルバを打倒したことで5ポイント獲得した。

 

余談であるが、突如倒れたミネルバに観客や実況が絶句していたりしていなかったり…。

 

 

そして冒頭へと戻るのだ。

 

 

「リュウマ!カグラが何故か豹変して…」

 

「分かっている。それによく見ろ…あの刀…不倶戴天からあの黒い靄が出ている」

 

エルザはリュウマに言われた通りにカグラの持つ不倶戴天を見た。

すると確かに、不倶戴天から黒い靄が出てカグラの体を包み込んでいる。

 

───あの刀から怨念が出ている以上…あれをどうにかすればいいのだな。

 

此方を見ながら刀を構え、殺気を飛ばしているカグラに近付いていく。

 

取り憑かれている要因は不倶戴天だ。

要するに、その不倶戴天をどうにかすればいいという話なのだから、話は早い。

 

「カグラ。教えた剣を復讐に使うもその他に使おうとも、俺はなんとも言わん…だが───」

 

「ぐっうぅぅぅ…!!!!」

 

己が敬愛する師匠であるリュウマが近付くと、一歩ではあるが後ろへと後退した。

だが、結局は怨念に呑まれたのか鋭く睨み付けている。

 

しかし…リュウマはそんなことどうでも良かった。

 

「───剣を使う者が剣に振り回されて如何するか!!この愚か者がッッッッ!!!!!!!」

 

「…!!!!」

 

「リュウマ…」

 

険しい剣幕でカグラへと怒鳴るリュウマ。

 

カグラには己が剣を教えた。

その剣を復讐に使おうが誰かを守るために使おうが、はたまたただ強さを求めるために使おうがどうでも良かった。

それをどう使おうがそれは本人次第だからだ。

 

しかし…しかしだ。

 

剣を扱う者が、何故剣に呑まれるのか。

 

それが許せなかった、

 

「愚か者が。貴様は少し…頭を冷やせ」

 

「ジェラール…!邪魔ヲスルナラ…キサマモコロス…!」

 

「師匠である俺も分からんとは──なッ!!」

 

言い終わると同時に刀を左腰に納刀し、一気に接近する。

それを感知したカグラは迎え撃つために腰を低くし、居合の構えをとった。

 

互いが射程圏内に入ると神速の居合を放つ。

 

当たった瞬間に衝撃波が辺り一面に走り、建物や柱などを残らず消し飛ばした。

 

近くに居たエルザはリュウマ達の邪魔になってしまうと思って退避していたのだが、あまりの衝撃に目を見開いた。

 

刀を合わせたところから鍔迫り合いになっていたのだが、やはり筋力や膂力ではリュウマの方が勝り、カグラを押し通した。

 

押し通されたために後方へと跳んだカグラは、着地と同時に魔力を刀に纏わせて斬り掛かる。

 

「絶剣技・『燕返し』」

 

迫ってきたカグラに向かって同時に3回斬り掛かるが…それを予知したのか、差している鞘を引き抜いて前方の地面に突き刺し、その反動を使ってその場から後方へと退避した。

 

回避は不可能の筈の燕返しが避けられ、少し驚いたが想定の範囲内のことである。

 

勢いそのままに退避したカグラへ向かっていき、カグラはそんなリュウマに対して迎撃しようとした。

 

そこでリュウマはニヤリと嗤って刀の腹を見せるようにして前に構え…少し傾けた。

 

「…!クッ!」

 

やったのは太陽の光の反射による目眩ませ。

 

カグラによる強力な2回の斬撃により、空の雲は全て吹き飛んでおり…快晴と言ってもいい程の天気と化している。

 

それを有効的に使ってカグラの目を眩ませて怯ませ、隙を作った。

一瞬の目眩ませ故に直ぐに立ち直ってしまうが、リュウマにとってはその一瞬の隙で十分だ。

 

「絶剣技───」

 

今まで以上に魔力を籠めて構え、対するカグラは受け止めてみせようとしているのか刀を前方に出した。

 

リュウマの狙い通りに。

 

「──────『神砕き(かみくだき)』」

 

「ゼアァ…ッ!!!!」

 

振り下ろした刀とカグラの刀がぶつかり合い…地面が蜘蛛の巣状に罅割れて陥没し崩壊する中…

 

「──────ッ!!??」

 

カグラの持つ不倶戴天が…半ばから真っ二つに折れた。

 

最初から狙っていたのは不倶戴天本体。

 

エルザに言った通り、カグラが豹変したのは不倶戴天から流れている怨念であるため破壊しようとしていたのだ。

 

それを見事やってのけ、カグラは膝から崩れ落ちる。

 

もう彼女の体に黒い靄は纏わり付いておらず、いつも通りのカグラの姿であった。

 

「頭は冷めたか?この未熟者」

 

「…っ…申し訳…ありません…でした…」

 

前に立つリュウマを縮こまりながら言うカグラに、仕方ないと思いながら後ろへと下がっていった。

 

代わりとしてその場に出て来たのはエルザだ。

戦闘が終わったと同時にこの場に向かって来ているのを分かっていたリュウマは、エルザにこの場を譲るために下がったのだ。

 

「カグラ。今更なのだが…私はお前のことを知っている」

 

「…何?」

 

「いや…思い出したというべきか…シモンの妹…くらいの記憶しか無かった…」

 

「…ッ!ま、まさか…」

 

「そうだ…私もローズマリー村出身だ…シモンやお前と同じ…な」

 

ローズマリー村で子供狩りがあったのでエルザは捕まってしまい、楽園の塔の建設に奴隷として働かされていたのだが…。

 

その捕まる時に兄とはぐれたのか、お兄ちゃん…お兄ちゃんと泣きながら兄を探している小さい子供をエルザは見つけていた。

 

自分よりも小さい子を捕まらせる訳にはいかないため、自分もいつ捕まるのか分からない恐怖を耐えながら手を引いて誘導し、子供1人が入る木箱の中に入れて身を隠させた。

 

『ここに隠れて!』

 

『お、お姉ちゃんは…?』

 

『別の場所見つけるから大丈夫だよっ。それよりも───』

 

 

         生きて

 

 

 

その後楽園の塔の兵士に捕まり、楽園の塔へと連れて行かれてしまった。

 

木箱に隠れていた小さい時のカグラは、周りから聞こえてくる叫び声に怯えながら時が過ぎるのを待った。

 

そうしている内に何時の間にか眠ってしまい、翌朝になってから起きて木箱から出てみると…そこには焼かれて何も無くなってしまい、誰も居ないローズマリー村だった。

 

「シモンからお前の話をよく聞いていた…私もずっと気がかりだった…お前の無事を…祈っていた」

 

「……っ……ふ…うぐっ…」

 

「今も…な」

 

「うっ…ぐすっ…ご…めんなさい…ごめんなさいっ」

 

泣き出してしまったカグラの頭を抱き寄せてあげ、抱き締めて優しく撫でてあげるエルザは…まるでカグラの姉のようであった。

 

しばらく泣いていたカグラではあったが、何時までもそうしている訳にはいかないのでエルザに礼を言いながら立ち上がった。

 

「師匠…エルザ…誠にすまなかった。まだ心の整理は出来ないが…この勝負は私の負けだ」

 

「ゆっくり考えるといい。お前が思うようにしろ、私からはそれだけだ」

 

「怨念を持つのもいいが、これに懲りたら程々にしておくんだぞ」

 

「はい…申し訳ありませんでした」

 

『一時はどうなるかと思われましたが…見事最後にリュウマがカグラを打ち倒し、カグラの宣言によりフェアリーテイルに5ポイントです!』

 

『いやぁ…本当に一時はどうなるかと思ったねぇ』

 

『緊張したカボ』

 

カグラの宣言により、リーダーであるカグラを打倒したということでフェアリーテイルに5ポイントが入った。

 

これで残すは…セイバートゥースのスティングのみ…。

 

 

「オレはここにいる…来いよ。妖精の尻尾(フェアリーテイル)!」

 

 

スティングの魔法によるセイバートゥースのマークが闘技場となっている街の上空に上げられた。

 

フェアリーテイル全メンバーは誰も欠けることが無く、全員がマークの元へと向かって行った。

 

 

フェアリーテイル全メンバーを倒せば逆転勝利となる点数である。

 

 

スティングは…見事全員を打ち倒し優勝するのか…。

 

それとも、万年最下位だったフェアリーテイルが優勝するのか…。

 

 

 

 

 

どちらに転んだとしても…次で終わりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでリュウマ。カグラのお前を見る視線がやたらと熱いのだが…どういうことだ?」

 

「カグラとは師弟関係であって…やましい関係なのでは…」

 

「誰がやましい関係だと言った?」

 

「ハッ!?…いや…俺は…」

 

「足が疲れた。運んでくれ」

 

「…分かった…」

 

「あぁ、言っておくが…おんぶではなくお姫様抱っこでな?」

 

「……なんだろうな…後ろから視線が突き刺さっている気がする…!」

 

「ふふふ、これも中々良いな…今度からこれをしてもらおう」

 

 

 

 

「くっ…!エルザ…師匠になんて羨ま…ずる…けしから…羨ましいことを…!」

 

 

 

 

 




リュウマさん恐いですねぇ…怒らせてはならない人筆頭ですよ笑

怨刀不倶戴天折っちゃいましたけど、大丈夫ですので。



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第五三刀  大魔闘演武終了 悲劇の幕開け

日々少しずつお気に入りが増えていますので、目指せお気に入り1000!という事で頑張っていきます笑

感想などドシドシ待ってますので、感想初めての方でも気軽にどうぞ。

あ、それと…これから先の原作は知らない方も居るので、感想でのネタばらしはNGな方向でお願いします。




 

 

ミネルバを幻術世界で完膚無きまでに下し、カグラが敗北宣伝をしてフェアリーテイルに5ポイント入った。

 

それによって残った選手はセイバートゥースのスティングただ1人となり…魔法を空へと放って居場所を示したので、フェアリーテイルのメンバー達はそれぞれの場所から向かった。

 

やがて全員が揃い、スティングの前に立ちはだかって見据え、スティングはそんなメンバー達を見て眩しそうに見ていた。

 

「壮観だね。みんな…オレが7年前に憧れた魔導士ばかりだ」

 

「御託はいいんだよ。これが最後だ」

 

「一対一でやってやる。誰がいい」

 

「待て。ガジル、グレイ」

 

自信に満ち溢れているスティングに、ガジルとグレイが前に進み出て戦おうとするのを、手で静止ながらリュウマが止めた。

 

「スティング。俺が相手をしてやる。貴様が俺に勝てたのならば…俺以外の4人のポイントもくれてやる」

 

「…!」

 

『おぉー!!??リュウマは自分に勝ったら他4人のポイントもくれてやると発言したーー!!!!これだとスティングがリュウマに勝った場合…その時点でセイバートゥースの優勝となってしまう…!!果たしてそれでもいいのかーー!!!???』

 

実況が放送して事を告げることで観客は騒然としているが…フェアリーテイル応援席では全く動揺などしていなかった。

 

それは呆れかえっているわけでも、どちらにせよスティングに負けるからと諦めているからではない。

 

リュウマが誰を相手にしようが、絶対に負けることはないという信頼と確信故である。

 

それは今この場に居るエルザやラクサス、ガジルにグレイも同じ事であり、リュウマが負けたらポイントを持っていかれようが、そもそもリュウマが負けるとは思っていないので何も言わない。

 

「言ってくれるじゃんか…リュウマさん…。オレはこの時を待っていたんだ!レクターに見せてやるんだ…!オレの強さを…!!」

 

前に立つリュウマに鋭い目線を向け、そう吼えるスティングの体からは、今までよるも…ナツ達と戦ったときよりも高い魔力を感じた。

 

だが…

 

「─────ッ!!!!」

 

見てしまった…前に立つリュウマの眼を…

 

前に立つリュウマは別に、計り知れない魔力を迸らせている訳でも…何かの武術の構えをとっている訳でもなく。

 

それどころか自然体で何の構えをとっておらず、リュウマの代名詞とも言える武器を手にしている訳でもない。

 

 

なのに…勝てるイメージが…全く湧かない。

 

 

後ろに控えているエルザ達とてそうだ。

 

もう全身ボロボロで…軽く押せば倒れてしまうのではないかと思えるほどに疲労しているというのに…スティングを見る目には諦めも…敗北するかもといった感情を含んでいない。

 

あるのは勝利へと絶対的な確信。

 

リュウマを信じる心だけだ。

 

そんなフェアリーテイルのメンバー達を見て、一歩を踏み出そうとするも、嫌な脂汗をかき…手足は震える。

 

それでも、ミネルバにジエンマに消されそうになったレクターを助けてもらうも、優勝しなければレクターは渡さないと言われて未だに離れ離れの相棒の為にも…勝つしかない。

 

それなのに…膝をついてしまった…。

 

「か…勝てない…降参…だ」

 

そして…戦わずして敗北を認めたのだった。

 

今この瞬間に…万年最下位だと罵られていたフェアリーテイルは…見事大魔闘演武を優勝したのだった。

 

 

『け…決着!!!!優勝は──妖精の尻尾(フェアリーテイル)!!!!!』

 

 

「「「「────────ッ!!!!」」」」

 

 

闘技場内にいる人間達の大歓声が爆発した。

 

フェアリーテイル応援席にいるメンバー達は泣きながら喜び、他の者達と手を取り合って喜びを分かち合う。

 

そんな中で、リュウマは前で両膝をついて跪いているスティングの元へと向かって歩き出した。

 

そして何故最後まで立ち向かって来なかったのか?と問うてみると、スティングはレクターに会えない気がしたからだと答えた。

 

勝ちさえすればレクターに会うことが出来る…それなのに会えないという気がしたのだ。

自分にも分からないが…今の自分では会えないと感じたのだそうだ。

 

「エルちゃーーーん!!」

 

するとそこへ、ミネルバにやられた傷から回復したのかミリアーナが走ってきた。

しかし…その手には…

 

「レ…クター…?」

 

そう…眠っているレクターを持っていたのだ。

 

もう会えないと思っていたレクターが今…目の前に居る。

その事実だけがスティングを動かして走らせる。

 

直ぐさま立ち上がってレクターの元へと走りながら叫んた。

その声に眠っていたレクターにも聞こえて起き、こっちに走り寄ってくるスティングを見て、涙を流しながらミリアーナの腕から飛び降りて駆け出した。

 

やがて2人は涙を流しながら抱き締めあい、喜んだ。

 

実はレクターはミネルバの空間に囚われていた。

そこでリュウマは何と無しにミネルバの空間へと干渉し、中にある物を探ったのだ。

 

するとまさかの中からレクターが出て来た。

 

最初は何故レクターがミネルバの空間内にいるのか疑問を感じていたのだが、思い当たる節もないので取り敢えず、気絶していたミリアーナの横に寝かせておいたのだ。

 

因みに、なんで態々ミリアーナの横に置いてきたのかというと、ミリアーナは知らないがリュウマは楽園の塔の関係者を知っているので、ミリアーナが無類の猫好きだということを知っていたからである。

 

再会を喜び合うスティング達を少しの間見ていたリュウマは、エルザ達が居るところへと向かった。

 

「優勝だな」

 

「ま、余裕だったがな」

 

「ボロボロのくせに」

 

「オメーも同じだろうが!」

 

「こんな時ぐらい喧嘩はよせ…」

 

エルザ達はなんともいつも通りな感じにはなっているが、それぞれの表情には喜びが見て取れる。

やはり、優勝したことは嬉しいのだ。

 

「誰かルーシィ達が帰ってきたという報告は入ったか?」

 

「いや…まだ来ていないな」

 

ルーシィが無事であるのは、試合中に鍵を使って呼び出された時で知っているのだが…いかせんその後が分からない。

 

なのでルーシィ達が帰ってきたらテレパシーで伝えるようにウォーレンに言ってあるのだが、そんな連絡はまだ来ていなかった。

 

どこか胸騒ぎがするリュウマは、取り敢えずこの場を後にし、ナツ達が居るであろう場所へ向かってみることにした。

 

「エルザ、俺はナツ達を探しに行ってくる」

 

「そうか…ならば私も行こう」

 

「いや、お前は傷の回復をしておけ。それに、俺がすれ違う可能性もある」

 

「なるほど…分かった。ルーシィ達を頼んだ」

 

エルザの言葉に任せろと返して駆け出してその場を後にするリュウマ。

 

 

 

 

一体…城の方では何が起きているのか…

 

 

 

 

 

 

 

 

──時を遡ること数分前

 

 

「みんなこっちよ!」

 

「お前よくこんな道知ってんな」

 

「せめてみんなが王国兵に捕まる未来だけは回避したかったから!」

 

餓狼騎士団を倒して扉を見つけ、その扉で会った未来のルーシィから恐るべき未来を聞いたナツ達は、今から王国兵達が押し寄せて来るという未来を教え、逃走をしていた。

 

未来のルーシィが必死に探し出したであろう逃走経路を進んでいくこと数分…こっちに向かってくる大人数の足音をナツが聞き取った。

 

「いたぞ!脱獄者だ!全員捕まえろーー!!」

 

ナツ達を見つけるや否や、直ぐさま捕まえようとしてくる兵士達に動揺を隠せない未来のルーシィ。

 

まさかこんな所にまで兵士がいるとは夢にも思わなかったのだ。

 

しかし、悲観することはない。

 

現地点は魔力を吸い上げるエクリプスから大分離れているため、ナツ達は魔法を行使することが出来る。

それに魔力も大分戻ってきていた。

 

いざ戦闘に入るといったところで、ウェンディが声を上げた。

 

「あ、あの…!アルカディオスさんとユキノさんがいません…!」

 

「何…!?」

 

「も~…!なんで勝手なことするかな~…!」

 

今そこにいた筈のアルカディオスとユキノが居ないことを教えるウェンディに、ナツ達は混乱するも、ミラがアルカディオスはともかくユキノは放っておけないということで探しに行った。

 

ミラが来た道を戻って探しに行き、ナツは前に居る兵士達を薙ぎ倒していく。

そこに戦闘フォームとなったリリーと、ルーシィが召喚したレオも合わさり、更に薙ぎ倒していく。

 

ただ一介の兵士過ぎない兵士が、魔法を使う魔導士に勝てるわけもなく、段々と押されていく。

 

やがて呼んできた兵士の中でも魔法を使う魔法部隊が到着し、ナツ達を攻撃し始める。

 

だが、やはり本職である魔導士には勝てず、押されていく。

 

するとそこへ…餓狼騎士団が到着した。

 

「餓狼騎士団をなめないでくれる?」

 

「タイターイ!」

 

「貴様等の理念はよく分かった…ここからは私の理念を通す。罪人を生かしたまま城外には出さない」

 

「しつけぇな…チクショウ…!」

 

倒しても倒しても、次から次へと現れる王国兵に加え、倒したばかりである餓狼騎士団までもが加わり、戦いは鮮烈を極めようとしていた。

 

 

別の場所では、ナツ達と密かに別れていたアルカディオスが自室に入り、己が戦の時にしか使わない真っ白な騎士の甲冑を身につけていた。

 

甲冑を付けた後は部屋を出て、堂々としているアルカディオスに困惑している兵士に無理矢理ヒスイがいる場所を聞き出して向かった。

 

思い出すのは未来のルーシィが涙を流していたところ。

 

──あれは嘘をついている者の涙ではない…嘘をついているのは…姫だ…!

 

確かめねばならない事が出来ているため、アルカディオスはヒスイがいる最上階を目指すも…そこには既に誰もいなかった。

 

ヒスイは既に…エクリプスへと向かっていたのだ。

 

エクリプス“2”改め…エクリプスキャノンを地上へと持っていくために…。

 

 

所戻りナツ達の所では。

 

また現れた餓狼騎士団の不意打ちによりウェンディが召喚された植物に絡め取られ、リリーの戦闘フォームの維持時間が過ぎて元に戻ってしまった。

 

万事休すか…と思われたその時…餓狼騎士団を含めた全兵士達の足下が真っ黒になり、ナツ達を除いた兵士達が全員沈んで行って消えてしまった。

 

「なんだこりゃ!?」

 

「兵士達が…呑み込まれていく…」

 

この時…街から離れた場所にいるジェラールは見落としていたものに気がついた。

 

ジェラールが街の中で未来のルーシィを見つけて事情を聞いていたとき、未来のルーシィは7月4日に来たと言った。

 

しかし実際には7月3日の24時だ。

 

毎年()()()()を感知していたというのに、やって来ていたのは最近…。

 

もっとも、ジェラール達が7年間もの間感知していた魔力の正体とはエクリプスで間違いなど無い。

 

だが…今年に限ってはそれが()()だった。

 

エクリプスというゼレフ書の魔法を使って未来から過去の現在へと来たために、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

未来から来たルーシィの言葉を全て信じるのであれば、未来のルーシィが来たのは3日の夜…では…7月3日の()()にジェラールが闘技場内で見たルーシィは…?

 

 

アルカディオスは急いで城の外の広大な広間に向かい、エクリプスを発動させようとしているヒスイ達を見つけた。

 

ヒスイに真実を語ってもらうため、一時の気の迷いでも主君であるヒスイの事を疑ってしまった自分に剣を突きつけさせ、ヒスイの言葉が嘘ではなかった場合、己自身で命を絶つとまで言った。

 

ヒスイはそんなアルカディオス押され…真実を語り出した。

 

「私は姫の言う未来人に会いました。エクリプス“2”計画など知らなかった…。これから起こることは知っていたが、対処法が無いと涙を流していました」

 

「いいえ…あの方ははっきりと対処法を私に示しました」

 

ナツ達が話しているところを気絶しているフリをしながら聞いていたアルカディオスは、未来のルーシィか対処法が無いと言っていたことを話した。

 

しかし、肝心のヒスイに関してははっきりと対処法を示したという。

この時点で食い違いがあるため、アルカディオスは叫んだ。

 

「ではその未来人が嘘をついていると…!?私には()()が仲間を騙して得する事が追い浮かばない!!!!」

 

これ以上ないという言葉をヒスイに言い放ったのだが…ヒスイは驚愕の表情をしながら震える声で告げた…。

 

「彼…女…?」

 

「!!」

 

「私に助言をした未来人は───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       ()()()()でした」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジェラールが夕刻に見たというのはルーシィではなかったのだ。

 

つまり…()()()()()()

 

 

 

 

ルーシィとは別に…未来から来た者が…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「王国兵がみんな…影の中に…」

 

「誰かいるぞ!」

 

「気をつけて!!」

 

王国兵を全員呑み込んだ真っ黒な影は消え、瘴気のようにもうもうと立ち上る霧のような影の奥から人影が出て来た。

 

その人物も同じエクリプスを使ったことで、ゼレフに似た魔力が残留していた。

 

「誰だ…お前…!」

 

「影がのびる先は…過去か未来か…はたまた人の心か…懐かしいな…ナツ・ドラグニル」

 

ではその人物は…

 

「お…お前は…」

 

「オレはここよりも少し先の時間から来た──ローグだ」

 

 

     一体何の為に来たのか…?

 

 

 

 

 

 

 

「未来人は2人いた…1人はルーシィ…仲間に未来の危険を伝えるために来た…」

 

「もう1人は姫に危険を伝えるために来た…」

 

食い違いを明らかにしたアルカディオスは呟き、それに近くにいた国防大臣のダートンが確認する。

事の成り行きは周りにいる兵士達に不信感を抱かせた。

 

「2人共目的は同じ、この国を救うために来たのです。仮に3人目4人目がいたとしても…私は驚きません」

 

「…姫?」

 

ヒスイの言葉に驚いているアルカディオスに、突きつけさせていた剣を、騎士ならば剣を向けるべき処へと言って返す。

 

「私は扉を開きます。この国を救うために…私は剣を抜くのです」

 

そう告げるヒスイの目は絶対的な決意の炎を灯しており、どれだけの想いがあるのか見て取れるほどのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「王国兵を一掃して助けてくれたのかい?」

 

「お前…雰囲気変わったな」

 

霧のような影の奥から出て来た未来のローグに、みんなは動揺を隠せない。

 

そんな未来のローグに対してなんも言えばいいのか迷っていると、シャルルが先陣切って質問することにした。

 

「未来から態々何しに来たの?」

 

質問されたローグは薄く笑いながら扉を開く為だと言った。

その言葉に現代のルーシィがエクリプスの事かと思わず叫び、未来のローグは話し始めた。

 

エクリプスには2つの使い道がある。

 

1つは未来のルーシィや自分がやったような時間移動。

 

そしてもう一つは攻撃用兵器の(エクリプス)・キャノン…。

 

これからこの街へと攻め込んでくる一万を超えるドラゴンを倒すことの出来る唯一の手段だと。

 

──一万のドラゴンを…倒せる…!?

 

未来のローグの話しを聞いていた未来のルーシィは、心の中で話の内容…エクリプスキャノンについて驚愕した。

 

「じゃあ話ははえーな!味方って事じゃねーか!」

 

「やったー!ドラゴンを倒せるんだね!」

 

「未来は救われるんですね!」

 

「──いや、話はそう単純なものではない」

 

ローグの話を聞いてドラゴンを倒せると喜んでいたナツ達に、未来のローグは話を続けた。

 

未来のローグは文字通り未来から来た。

 

そしてそんな未来のローグは今から7年後の未来から来たのだそうだ。

 

その時代では世界がドラゴンによって支配され、生き残っている人類は元の1割にも満たないらしい。

 

エクリプスも今のような力はもう残っていない。

 

「今ここでドラゴンを止めなくては世界が終わる」

 

「だから扉を開けてぶっ放すんだろ!?簡単じゃねーか!」

 

「しかし7年前…扉を開くのを邪魔する者がいた」

 

ローグが言うには、その者のせいで扉は開かれることはなく…一万を超えるドラゴンに向かってE・キャノンを放つことが出来なかった。

 

世界を破滅へと導いた者がいたと言った。

 

「オレはそいつを抹殺するためにここに居る」

 

「物騒な話ね。その人に事情を話せば邪魔なんてしないんじゃないかしら?」

 

「何も殺す必要はないだろう」

 

シャルルとリリーがそう言ってローグを見るが、ローグは首を振って否定した。

 

「例え今説得出来たとしても…そいつは必ず扉を閉める。そう決まっているのだ」

 

「…決まっている?」

 

「運命からは逃げられない。生きる者は生き、死ぬ者は死ぬ…扉を閉める者は扉を閉めるのだ。例え何があっても生きている限り…」

 

ローグの言い回しを上手く理解出来なかったナツは、ローグに結局その邪魔者は誰かと聞いた。

 

するとローグはとある人物の方へと顔を向ける。

 

「お前だ──ルーシィ・ハートフィリア!!」

 

「───え?」

 

「───ッ!?ルーシィ!!」

 

ローグは魔法で造り出した剣を…ルーシィに向かって投げた。

突然の事でナツが反応した時には遅く、ナツの横を通り過ぎていた。

 

このままルーシィへと突き刺さり──

 

「───ゴプッ…」

 

死んでしまうという前に…未来のルーシィが前に躍り出て剣を体を張って受け止めた。

 

それによって夥しい量の血を口から吐き出して倒れ込む。

 

「ちょ…ちょっとアンタ…!!」

 

「ルーシィーーーー!!!!」

 

「ルーシィが2人…だと…?」

 

庇われた現代のルーシィは未来のルーシィを慎重に抱き上げて傷口を手で押さえるも…血が全く止まらない。

 

「しっかりして…!」

 

「あ…たし…扉なんて…閉めて…ない…コフッ…」

 

「分かってる…!あたしはそんなこと絶対しない!!なんで…何で自分を庇ったの…!?」

 

未来のルーシィは目を細め、口から血を吐き出しながらも言葉を紡いでいく。

 

「あんたの方が…過去の…あたし…だか…ら…あんたが…死んじゃうと…どうせ…あたしも…消えちゃう…の…自分に…看取られて…死ぬの…って…変な…感じ…」

 

「あたしだって変な感じよ!!死なないで!!」

 

「もう…いい…の…」

 

レオがウェンディに回復出来るかと問えば、涙を流して口を手で覆いながら首を振った。

それ程深刻なダメージを負っており、回復する見込みは無いのだ。

 

「2度と…会えないと…思ってた…みんなに…もう一度…会えた…あ…たしは…それだけ…でも…幸せ…」

 

そう言った未来のルーシィは、涙を流して出来るだけの笑顔でそう言ったが…少し笑顔が曇ってしまった。

 

「でも…心残りは…リュウマに…会って…お話し…したかった…な…」

 

もう命の灯火が消えてしまう間際…その際に思い浮かんだのは…自分の大好きな人の顔だった。

 

大魔闘演武の映像にリュウマが映っていた時、会いたくて…でも会えなくて…人知れず暗い街の路地裏で声を潜めて泣いていた。

 

自分が想いを寄せる相手が今、ここに来れないのは知っている…彼は大魔闘演武最終種目に出場しており、今もギルドの為に戦い続けているのだから。

 

でも…やっぱり…会いたいな。

 

そう願わずにはいられなかった。

 

本来ならば会うことが出来ずに終わるあろう場面ではあるのだが…未来から来てまで仲間を救い出そうとする勇気ある勇ましき少女に…女神は優しく微笑んだ。

 

 

 

──斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬ッ!!!!!

 

 

 

近くの壁に線が幾度も刻まれて粉々に崩壊された。

 

刹那の内に壁を細切れにする…それ程の斬撃を生み出すことの出来る人物など…彼しかいない。

 

「ここら辺でナツ達の魔力を感知したのだが…ん?あぁ、やはりここにいたか」

 

未来のルーシィが死に際に望んだ…リュウマであった。

 

いざという時には必ず来てくれるリュウマの登場に、喜びながら未来のルーシィの元へ急ぐように声をかける。

 

「リュウマ!早くルーシィの所へ!」

 

「リュウマさん!早く!」

 

「ルーシィが2人…?…分かった!」

 

急かされたリュウマは、倒れて血を流すルーシィに気がついて急いで向かい、膝をついてルーシィを抱き上げる。

 

望んだ人物が来てくれた事に、未来のルーシィは瀕死でありながらも綺麗な笑顔を作った。

 

「わぁ…リュウ…マだ…会えて…嬉しい…なぁ…」

 

「ルーシィ!しっかりしろ!今治してやる!!」

 

傷を治そうと手を翳したリュウマに、ゆっくり首を振って答えた。

自分の体なのでもう手遅れである事はわかっているのだ。

 

「最後に…リュウマ…に…会え…て…よかっ…た…」

 

「最後なんて言うな愚か者!!な…何故こんな事に…!」

 

ルーシィに縋り付こうとしたハッピーだったが…そっと肩に手を乗せられたことに振り返ると…涙を流しているナツがおり、首を横に振った。

 

ハッピーはそんなナツに抱き付いてナツもハッピーを抱き締め、2人で一緒に涙を流しながらリュウマ達を見守った。

 

「あたしは…この時代の…この世界の…人間じゃ…ない…この世界の…()()()は…仲間と…一緒に…生きて…いく…だから…ね…悲しまない…で…?」

 

「悲しまないで…?そんなもの…無理に決まっているだろうがッ!!誰が何と言おうがお前は…お前だろうっ…仲間…なんだぞっ?悲しいに決まっているだろう…!」

 

「嬉しい…な…。ね…ギルドマーク…見せて…?」

 

未来のルーシィは現代のルーシィに向かってそう言って震える左手で現代のルーシィの手を掴んでフェアリーテイルの紋章を愛おしそうに見た。

 

「アンタ…右手…!」

 

「ルーシィ…右手が…!」

 

未来のルーシィにはもう…ギルドマークが刻んである右手が…無かったのだ。

 

「もっ…と…冒険…したかった…なぁ…」

 

「そんなものいくらでも連れて行ってやる!!そうだ…!大魔闘演武優勝したぞ!万年最下位から優勝したんだ!これから数多くの新人が入ってくる!そしてそれ以上に多くの仕事が入ってくるぞ!それらを一緒にやっていこう!…だから…逝かないで…くれっ…」

 

とうとうリュウマの目には涙が浮かび…声が震えた。

 

頭の中を流れるのは…いつも笑顔で話しかけてくれるルーシィ。

 

家賃が払えないと泣きついてくるルーシィ。

 

美味しい物を見つけたからと、他には内緒でこっそりデートに誘ってくるルーシィ。

 

人一倍怖がりなのに、いざという時は相手が誰であろうと勇ましく戦うルーシィ。

 

そして…行こうって言いながら右手を差し伸べるルーシィだった。

 

「リュウマ…未来を…守ってあげて…」

 

「やめてくれ…逝かないで…くれっ…逝くな…逝くなルーシィ…!!」

 

声だけではなく、手も…体も震える中で未来のルーシィの左手をギュッと握り締めるリュウマだが…未来のルーシィは少しずつ目を閉じていった。

 

そして最後に───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    ねぇ…リュウマ?…あたしね…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    あなたのこと…大好き…だったよ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

未来から来た勇気ある美しき少女は…想いを寄せる者の腕の中で…幸せそうな笑みを浮かべながら…この世を去った。

 

 

 

       嗚呼…またこれか…

 

 

 

「扉を閉める自覚が無かった…?」

 

「何が扉よッ!あたしは絶対そんなことしない!なのに…!」

 

「今は…な。だが…数時間後にお前は扉を閉める」

 

「あたしは扉なんて閉めない!めちゃくちゃな事言って…あんた何が目的なのよ!!」

 

「扉は閉まる。そう決まっている…お前が生きている限り…!」

 

 

 

()()…大切な者を目の前で死なせてしまった…俺は何も学ばない…気がついた時には手遅れ…遅すぎる

 

 

 

「お前の言葉に真実などない!全ては運命によって決まっている事だ!!」

 

「運命なんてオレが焼き消してやるッ!!ルーシィの未来は奪わせねぇ!!」

 

 

 

     何故…こうなるのだろうか…

 

 

 

「ルーシィ!リュウマ!ここから離れて───」

 

「「「「────────ッ!!!!」」」」

 

瞬間…身の毛もよだつような圧倒的魔力を…リュウマから感じた。

 

何時もならば圧倒的魔力で終わりなのだが…今回ばかりは…全てのものに対して攻撃的な魔力を感じた。

 

そして…リュウマがいつも腰に差している純黒な色をした刀が…カタカタと独りでに震えている。

 

やがてカタカタからガタガタへと変わり…ビキリという音がした。

 

実際に刀に罅が入ったわけでも無いのに…何かが壊れるような音…その音はまるで…

 

 

 

 

何かを封じ込めているモノが…内側から壊されかけているような音…

 

 

 

 

    『愛しているぞ…我が息子よ』

 

 

     『元気でね…リュウちゃん』

 

 

 

「───ッ!!ア″ア″ァ″ア″ア″ァ″ア″アァアアァアアアァアァアアアァアアァアアアアァアアァアァアアアアァアアァァアアァアアァアァアァアァ──ッ!!!!!」

 

「リュウマ!?」

 

「おい大丈夫か…!?」

 

余りにも常軌を逸したリュウマの反応に、その場に居たローグ以外の者達が心配そうに駆け寄る中…リュウマは背中を丸めてその場に跪く。

 

すると…リュウマの和服の背中部分…肩甲骨辺りが一気に破けて素肌を現した。

 

その素肌が突如盛り上がり…何かが皮膚を突き破って血を撒き散らし…外へと飛び出してきた。

 

「ヒッ!?」

 

「こ…これは…!」

 

「ほ…骨?」

 

そう…骨。

 

それも細い骨が6本…背中の内側から出て来たのだ。

 

6本の細い骨はそれぞれ広がっていき…やがて突き破った背中から赤い管のような物が伸びてきて骨へと巻き付いて端々へと張り巡らされていく。

 

それはまさに人間の体に張り巡らされている血管であった。

 

今度は赤い肉のような物が這い上がって血管の下に形成されていき、内側にある血管も巻き込んで包み込んでいく。

外側からだと分からないが、中では神経すらも通っていく。

 

最後に片方に真っ白な羽が生え始め…もう片方の所でも真っ黒な羽が生え始めた。

 

やがて6つの場所の羽が生え終わり、バサリと1度羽ばたいた…。

 

そのたった1度の羽ばたきで…周りに暴風を生んだ。

 

ナツ達は吹き飛ばされないようにどうにか耐えて凌ぎ、恐る恐るリュウマの方を見れば…立ち上がって骸となった未来のルーシィを見下ろしていた。

 

現代のルーシィには見覚えがある姿だった…餓狼騎士団のウオスケを倒すために呼び出した時の魔法生命体としてのリュウマそのものだったのだから。

 

 

これが…これこそが…リュウマ自身によって隠されていた()()姿()だったのだ。

 

 

ナツ達は魔力が悲しみや怒りによって魔法が暴走を引き起こし、魔法として出来た物だと思っているが…そうではない…。

 

 

 

     ()()()()()リュウマなのだ

 

 

 

「…っ…死ねッ!」

 

未来のルーシィに気を取られている内に現代のルーシィを殺そうと接近したローグであるが…

 

「──『失せろ』」

 

「ガハッ…!?」

 

リュウマのたった一言により、無理矢理距離を取らされた。

まるで見えない壁が迫って押し返してきたような感触に戸惑うローグであるが、リュウマの力によるものだと理解した。

 

後方に下がったローグを一瞥したリュウマは、倒れている未来のルーシィへまた膝をついて抱き締め、その大きな6枚の翼で自分と一緒に優しく包み込んだ。

 

包まれた翼の隙間から黒い閃光が一瞬だけ走ると、翼を広げて未来のルーシィを解放する。

 

未来のルーシィの血まみれで傷があった体は…綺麗に傷一つ無い状態へとなっていた。

服も同様で破れた部分も繋がって綺麗になっていた。

 

「…ナツ」

 

「はひぃ!?」

 

翼が生えるという事態に混乱していたナツは、突然話しかけられたことに驚いて声が裏返ってしまったが返事をした。

 

「…俺はルーシィを連れて地上に出る。その小僧はお前に任せるぞ」

 

「…おう!任されたぞ!」

 

リュウマの言葉に大きく頷いて承諾したナツはローグの元へと向かって駆け出していった。

 

「…!逃がすか!!」

 

「お前の相手は…オレだコノヤロウ!!!!」

 

向かってくるローグに炎を灯した拳が顔を捉えて殴りつける。

後方までまた引き摺られたローグは、忌々しそうにナツを見た。

 

そこから激しい戦闘が始まるのだが、未来のローグの相手はナツに任せているので、リュウマ達はルーシィを連れて地上へと避難した。

 

──…感情に左右されたしまったおかげで此奴の()()()()()()()()()しまい…それを制御するのに力を使っていれば、違う封印に綻びが出た挙げ句解けて翼が出てしまう始末…誤魔化す方法を考えておかねばならんな…

 

自分には強大すぎる力故に暴走をする…なんてことは有り得ない。

 

何故ならば、それは自分の力である以上制御するなどの話ではなく…如何に使うかという話だからだ。

 

他の世界では余りある力のせいで暴走したりする者達(主人公)がいるが…それは所詮その者達が未熟だからだ。

 

自分の力を受け入れ、如何に使うかという考えに至って鍛練を積めば…そんな強大な力なんぞ手足のように使うことが出来る。

 

リュウマが余りにも莫大な魔力に封印を施しているのはただ単純に、封印していないだけで周りに被害が出てしまうからというだけだ。

 

例え封印を全部解いたとしても勿論のこと制御…というか使うことが出来る。

 

ただ今回は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ので掛け直している間に違う封印が解けてしまっただけだ。

 

だが、結局は翼が生えてくる場面もバッチリ見られてしまっているため、どういう言い訳を言おうか迷っているだけだ。

 

まぁもっとも、ナツ達は人間に翼が生えるとは思っていないので魔法だと思っているので、翼が魔法であると言って信じさせるのは簡単なのだが。

 

──フゥ…それよりも…ずっと気になっていた一万のドラゴンはどこから来るというんだ…?ドラゴンはアクノロギアを除いて()()()()()というのに…

 

この世界にはアクノロギアを除いてドラゴンはもう一匹も存在していない…だというのに一万という数多のドラゴンが攻めてくるという…意味が分からなかった。

 

地下にあった竜の屍が転がる空間で聞いたジルコニスの話でも、アクノロギアと人間によって全部殺されたと言っていた。

 

 

ならば…その一万のドラゴンは何処から来るのだろうか…?

 

 

──一万のドラゴン…何故だ…未来のルーシィが死んでしまった時と同じような胸騒ぎがする…。

 

「どうかしましたか…?リュウマさん」

 

「考え事かい?」

 

「この翼って飛べるのに使えるの?」

 

難しい表情をしながら走っているリュウマに、ウェンディやレオが気に掛けて声をかけてくれた。

ルーシィは呼び出した時と同じように飛べるのか気になっていたようだ。

 

「いや…何でも無い。取り敢えず地上まで急ぐぞ…因みに飛べる」

 

各々は地上目指して走って行った。

しかし、そんな地上では既に…ヒスイによってエクリプス計画が実行されていたのだ。

 

 

 

 

未来のルーシィの死によって…絶望の未来は回避できるのか否か…

 

 

 

 

   それはまだ…誰にも分からないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つ…翼触っていい…!?」

 

「わ、私もお願いします…!」

 

「……別に良いが…(汗)」

 

 

 

「…ふわぁ…柔らかいですぅ…」

 

「…なにこれぇ…すっごいふかふか…気持ちいぃ…」

 

「んっ…おい待て…それ以上は…ひゃっ!?」

 

 

「ここかな~?ここがいいのかな~?♪」

 

「気持ちいいですか~?♪」

 

「ハァ…ハァ…ふっ…ぁ…やめ…あぁっ…!」

 

 

「…君達…僕の存在忘れてない?」

 

 

 

 

 

…神経通っているので案外弱点だったりする。

 

 

 

 

 




まぁ、大体の人が予想していた通りですね笑

強大な力を持ってる主人公が暴走したりしますが、何故に暴走するんでしょうね?
自分の力の一端だというのに…

…男の荒い息遣いとか誰得だよ(ボソッ

…ん?誰か来たよう──斬ッ!



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第五四刀  格上殺し (ジャイアントキリング)

皆さんはジャイアントキリングというものを知っているだろうか?

簡単に言えば弱者が強者を倒すという意味であるが…他にも…

弱者の戦略が強者を倒す…という意味もある。




 

 

これからエクリプスを起動させ、この街を襲撃しに来るであろう1万のドラゴン軍勢を迎え撃つため、この国の王であるフィオーレ国王のトーマ・E・フィオーレは中央広場に大魔闘演武に出場していたギルドの魔導士を集めていた。

 

エクリプスキャノンは1万のドラゴンを一網打尽にする切り札だと聞いているが、そのたった1発で全てのドラゴンを倒せるかと問われれば応と答えることが出来ない。

 

故に万が一の取りこぼしが出たときの為に魔導士を集めて、ドラゴン討伐に力を貸して貰うように王直々に頭を下げているのだ。

 

「生き残ったドラゴンを皆さんの力で倒して欲しい…この通りです…この国を…救って下さい」

 

不安になりながらも頭を下げる国王であったが…その不安は杞憂に終わった。

前に居る数多くの魔導士達は叫ぶようにして任せろと言った。

 

例え相手が1万のドラゴンであろうと、この国は今まで自分達が住んでいた国だ…助けない理由など存在しないと。

 

「ありがとう…ありがとう…カボ」

 

「「「「「……………え?」」」」」

 

みんなの結束力に涙を流していた国王は最後に…絶妙な爆弾を落としていった。

 

 

 

 

 

 

 

──庭園

 

 

国王が救助要請をしている時…庭園ではもう既にエクリプスの扉が開かれようとしていた。

ヒスイの号令によって、扉に施されていた大掛かりな施錠は多くの兵士達が見守る中…大きな音を立てながら解放していく。

 

そんな場面にちょうどやって来たのがリュウマ達だった。

地下から駆けて脱出してきたリュウマ達は、近くの茂みに隠れてエクリプスが開かれようとしているのを見ていた。

 

そこで気配で気づいていたアルカディオスに声をかけられてヒスイ達の前へと出て来る。

そこでドラゴンを倒すことが出来るのかと問うと、絶対とは言い切れないからこそ、今陛下が魔導士達に救助要請をしているという事を聞いた。

 

「見ろ!!」

 

「オォッ!!」

 

「人類の希望が…開かれる!」

 

「勝利の扉が開くぞ!」

 

そんな時…とうとう人類の希望であろうエクリプスが開かれた……開かれてしまった。

 

──……1万のドラゴンは一体何処から来るんだ?ドラゴンは400年前に奴を残して絶滅した筈…それに1万という数のドラゴンがまだ居れば…俺が気づく…だというのに何故…。

 

そこでまさか…と、思ったが…気がついてしまった。

 

 

時代を繋げる時代にドラゴンが居て…この時代に流れ出て来るのだとしたら?…と。

 

 

「──ッ!!扉を閉めろ!!!!」

 

「リュウマ…?」

 

「な、なりません!これはドラゴンの大群に対抗できる唯一の兵器なのです!!」

 

突如叫びだしたリュウマの方へヒスイが向き直り、認められないと叫ぶが…そんなことに構っている暇は無い。

早く閉めなければ取り返しの付かないことになる。

 

「愚か者!!1万のドラゴンは───」

 

そして…

 

 

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!」

 

 

 

 

扉の中から…ドラゴンが現れた。

 

「扉から…ドラゴンが…!」

 

全貌を現したドラゴンを見て、ヒスイは守られるようにアルカディオスの腕の中で呆然とした。

 

そこでドラゴンは怒濤の叫び声を上げ、周りに居る兵士達を叫び声だけで散らせた。

それには兵士達が怖じ気づいて呆然とし…そんな中…ドラゴンが足を振り上げた。

 

上げられた足は振り下ろされて地面を叩き割り、前方にあった建物をも破壊していった。

 

「これ程…なのか…!」

 

「ウソ…だろ…こんなの…」

 

「か…勝てる訳がねぇ…!」

 

その一撃で腰を抜かした兵士達は絶望感に顔を歪ませ、本物のドラゴンの力をその目で見たアルカディオスは夢を見ている気持ちだった。

 

「も…もう1頭出て来たぞォッ!!!!」

 

「どうなってやがる!?まだ出て来るぞ!?」

 

追い打ちを掛けるかの如く…最初に出て来たドラゴンの後を続くようにもう1頭…もう1頭とドラゴンが姿を現していく。

 

「扉…扉はどうやって閉めるの…!?」

 

「あ…あ…あぁ…」

 

「早く!!!!」

 

「ハッ!?…そ…そこの台座で…」

 

呆然としているヒスイに詰め寄って扉の閉め方を聞いたルーシィは、教えられた台座の所まで駆け出した。

 

途中で新たに出て来た体中が炎に包まれているドラゴンによる咆哮によって吹き飛ばされそうになるも、ウェンディに支えて貰い台座へと辿り着いた。

 

「このトリガーを引くのね!星霊魔導士の力で!!」

 

「い…1万のドラゴンは…扉から来るのですね…」

 

ヒスイは涙を流しながら絶望した。

城を…民を…全ての人間を救うための作戦が世界を滅ぼす原因であったのだから。

 

エクリプスというのは、ゼレフ書の魔法と星霊魔法が合わさって出来た装置なのだ。

本来は時間座標を指定し、その時間へと時間跳躍するものなのだが…今日はその魔法を狂わす。

 

 

7月7日…つまり今日の今は…月蝕の日である。

 

 

そのせいもあってエクリプスの魔法は狂わされて繋がったのだ…ドラゴンがまだ生きており…世界はまだドラゴンが支配していた時代へと。

 

「ま、まただ!!またドラゴンが出て来た!!」

 

「岩だ…岩が動いてるッ!!」

 

ルーシィが懸命にレバーを引いて扉を閉めようとしているのだが、レバーが動かず閉めることが出来ない。

その間にも全身が岩で出来ているドラゴンが出て来た。

 

「くっ…このぉ…!!」

 

「ルーシィさん!扉はまだ閉まらないんですか!?」

 

「次から次へとでてくるよぉ…!」

 

「何で!?何で閉まらないの…!?」

 

焦りながらもレバーを引こうとするが、岩で出来ているドラゴンが足を踏みならし、その余波によってルーシィは台座から転がされてしまった。

 

だが、諦めず直ぐに立ち上がって台座へと走り、レバーを引き続き引こうとするが…まだダメだった。

 

「星霊魔導士の力が足りないのか…!」

 

「私が居ますッ!」

 

「ユキノ!」

 

「ミラさん!」

 

そこへ走り寄って来たのはユキノであった。

城の内部で意気消沈していたユキノであったが、ミラの優しい説得により自信を取り戻し、この場へと現れたのだ。

 

現れたユキノはルーシィに黄道十二門の鍵を全て出すように言って、ルーシィはユキノの黄道十二門を合わせた。

そして鍵を空へと放り投げると、十二の鍵は円を描くように浮遊して光り輝きだした

 

「「黄道十二の星霊達よ…悪しきものを封じる力を貸して!!」」

 

「「開け十二門の扉───」」

 

 

 

 

 

 

 

 

ゾディアック

 

 

 

 

 

 

 

 

ルーシィとユキノが互いに向き合い、膝を突いて手を繋ぎながら放たれた言葉に呼応するように十二の星霊が現れた。

 

「お願い」

 

ルーシィの言葉に星霊達は一様に頷き、エクリプスの方へと飛んでいき、扉を両サイドから押して閉じようとした。

 

しかし、そこに更に出て来ようとしていた頭がライオンのようなドラゴンが扉に手を掛けて妨害してきた。

星霊もどうにか閉めようとするが、ドラゴンの力が凄まじく閉じきる事が出来ない。

 

 

そこへ…遥か上空から黒き流星が墜ちてきた。

 

 

「扉を閉める邪魔をしおって…!」

 

それは…遥か上空からトップスピードで急降下しているリュウマ。

 

扉が閉めきれないと分かった瞬間には翼をはためかせて遥か上空へと飛び去り、一気に急降下して速度を上げ…邪魔をするドラゴンへと向かう。

 

墜ちる最中、右手に真っ黒な色をした魔力の球を生成し、右腕を引き絞る。

それは王国に対して怒り心頭となったリュウマが、城に向けて放とうとしていた魔力球だ。

 

そして…

 

「潔く元の時代へと失せろ…トカゲが」

 

妨害していたドラゴンに速度そのままに、出ている顔へと叩きつけた。

それによって一瞬辺りに真っ黒な閃光が走った後、大爆発が起き…ドラゴンはその威力に扉の向こうへと追いやられて扉は完全に閉められたのだ。

 

「オォッ!」

 

「やったぞーー!!!!」

 

「喜ぶのはまだ早い!ドラゴンは何頭出て来た!?」

 

「な、7頭です!!」

 

扉を閉めたことによってドラゴンがこれ以上来るのを防ぐことこそ出来たものの…もう此方に来てしまったドラゴンは消えない。

 

「やってくれたな…ルーシィ…ユキノ…!…だが、7頭も居れば十分だ。正直、1万は制御しきれん」

 

「ローグ…様…?」

 

「ナツはどうしたの…!?」

 

「あの方は…私に未来を告げた未来人…」

 

「奴が姫を騙した未来人…!」

 

「まさか…あんたはこれが最初から目的で…」

 

城の方から現れたローグは所々傷を負っているだけで大きなダメージを受けているとは思えない。

ナツと地下で戦っていたのだが、流石に未来から来ただけあってナツを倒してしまった。

だが、ナツはそれだけでやられるたまでもないので直ぐに起き上がり、今地下からローグを追い掛けている最中だ。

 

「良く聞け…愚民共」

 

ローグの出現に警戒を示すルーシィ達にニヤリと笑い、腕を大きく広げて高々と宣言した。

 

 

「今より人の時代は終わりを告げ…これよりドラゴンの時代が始まるのだ」

 

 

扉から出て来た7頭のドラゴンが空を飛びながらローグの周りに集まってきた。

しかし、攻撃をすることもなく旋回して空を飛んでいるだけだ。

 

そんなドラゴン達に、手始めとしてこの街にいる魔導士達を皆殺しにしてこい…という命令を下し…ドラゴン達はそれに従い街へと飛んでいってしまった。

 

それに驚くルーシィ達だが、ローグは未来からドラゴンを引き連れるだけが目的なのではなく…ドラゴンを使()()()世界を我が物とする為に来たのだ。

 

故にローグは竜を支配することの出来る操竜魔法というのを使うことが出来るのだ。

 

「竜を…支配…」

 

ローグは手を差し出したドラゴンの手に乗り、空へと飛んで行ってしまった。

 

そうしている間にも…その他6頭のドラゴン達は広場に居る魔導士達の元へと辿り着いて攻撃を開始していた。

 

国王からドラゴンが倒し漏れて来るかもしれないという話をされていたことから、ある程度の心構えは出来ていたものの…そのドラゴン達が扉から来ているというのはまだ知らないのだ。

 

しかし、攻撃を仕掛けてきているのは事実なので迎撃態勢へと入って攻撃を加えていくのだが…いかせんドラゴンにダメージが入らない。

 

聖十大魔道であるマカロフが、体が全て燃え盛っているドラゴン…アトラスフレイムに巨大化して拳を叩きつけるのだが効かず…逆に拳を焼かれてダメージを負うこととなってしまった。

 

「我が名はアトラスフレイム…貴様等に地獄の業火を見せてやろう」

 

空気を吸い込み…吐き出された煉獄の炎は爆発するように発せられてフェアリーテイルの魔導士を襲った。

その攻撃は余りに強く、そこら一帯の民家を粉々にすると同時にその更に周辺の住宅などの建造物を焼いた。

 

「攻撃が通らない!?」

 

「こんなにも鱗が硬いとは…!」

 

「人は…ドラゴンを倒せるものなのか…!?」

 

その他の場所でもセイバートゥースやラミアスケイル、ブルーペガサスなどといったギルドの魔導士を殺そうと襲いながらも街を次々と破壊し…破壊されていっていた。

 

魔導士達は諦めず攻撃を与えてはいくのだが…竜の鱗は攻撃を弾き、竜の咆哮は破壊を撒き散らし、竜の爪は大地を裂く。

魔法が効かないとなると、魔導士には勝ち目が無く…倒すどころか押す事すら出来ない。

 

それ程までに…ドラゴンというのは理不尽の塊であるのだ。

 

 

 

 

「ま…街が…そんなっ」

 

そんな光景を見ていたヒスイは膝をつき、信じられないといった顔をしながら手で口を覆って涙を流していた。

 

「……………。」

 

それを見た地に降りてきたリュウマは早足でヒスイの元へと寄り…ヒスイの髪を無雑作に鷲掴んだ。

 

「痛いっ…や、やめて下さい…!」

 

リュウマはそのまま歩き出し、ヒスイは髪を掴まれていることから引き摺られてしまい、着ていた綺麗で高級であろう服が土で汚れてしまう。

だが、そんなことはどうでもいい。

 

「貴様!姫に何を───」

 

言葉は最後まで言いきることは出来なかった。

 

ヒスイが痛がりながら引き摺られていく光景に黙って見ていることなど出来ず、アルカディオスがリュウマに声を荒げて離させようと手を伸ばすが…

 

「黙れ小僧。貴様に用は無い。失せろ」

 

殺気混じりにギンッ!と鋭い眼で睨まれただけで…体が…意識が…完全に止まってしまった。

今のアルカディオスは、非捕食者が絶対的捕食者を前にしているのにも等しく…行動の一切を許されない。

 

ヒスイの髪を掴んで引き摺るリュウマは、街が見える場所まで歩いて行き、辿り着いたら髪を上に持ち上げてヒスイに無理矢理街を見せた。

 

「どうだ。この街の現状は全て貴様が招いた結果だ。未来から来たというだけで悪意に満ちた者の口車に乗せられた挙げ句、関係の無い者達まで巻き込み、俺の仲間をも無罪の罪で裁こうとした。それも我等のギルドを良く思っているから国王は情けに大会に優勝すれば処遇は配慮されるだろう?何様のつもりだ貴様等は。神にでもなっているつもりか?笑わせるな小娘が。──この光景は貴様の行動が招いた結果だ。エクリプスを使って世界を…城を…民を守るゥ?世界を滅ぼす要因を作り出したのは──他でも無い貴様だ」

 

「ちょっ…リュウマ!何もそこまで…!」

 

「そうですよリュウマさん!」

 

「黙っていろ。これは現実的現状であり、まごう事無き事実を述べているだけだ。俺はこんな光景を作り出して()()()()()()()()()()()この小娘が気に入らんのだ…それとも何か?可哀想であるから、この国の姫であるから、年ゆかぬ少女であるが故に仕方がないから許してやれと?言っておくが姫や少女である前に──1人の人間だ。過ちを犯したならば裁かれるのが当然であり、王の1人娘であり次期の王となるのであれば尚のこと当然というものであろうがよ」

 

リュウマの物言いに黙ることしか出来ないルーシィとウェンディ。

それもそのはずだ、リュウマは間違った事など言ってない。

ヒスイは確かにまだ少女であるが、人々の上に立ち、人々を…己の国に住む民達を導く義務がある。

 

だというのに導いた先はこれ(火の海)だ。

 

逆に何も無く無罪放免であるわけが無く、それどころかこれは後世に語られても仕方が無い程の案件である。

それでもリュウマはこの(現実を突き付ける)程度で済ませているだけまだ優しさがある。

 

「そんなことは姫だって分かっておる!それ故に姫は嘆いておられるのだ!早くその手を放──」

 

近くに居た国防大臣であるダートンが叫びながら近付いてリュウマの手に触れようとしたところ…腹部で小規模の爆発が起き、後ろにある石壁に勢い良く叩きつけられて気絶した。

 

ダートンがやられたことに驚く一同であるが、()()()()()()()()()()()()()()ダートンの方など一瞥もくれてない。

元々ルーシィとユキノを連行していった無能である国防大臣のダートンが気に入らなかった。

 

無能だというのは、国防大臣…つまり国を守ることに関して一任されている立場である人間だというのにこの体たらく…無能と断言しても可笑しいことなど何一つも無い。

 

そんな者が話の最中であるというのに近付いてヒスイを無理矢理解放させようとしたのだ…つい攻撃して気絶させても仕方がないだろう。

 

「リュウマ殿!!この国の国防大臣であるダートンを攻撃して許されるとでも思っているのか!?いくら現状が危機的状況であるとはいえ、国家反逆罪と言われても反論出来んのだぞ!?」

 

「──だから何だ?」

 

「────ッ!!」

 

睨まれた時の硬直から我に返ったアルカディオスが、ダートンを攻撃してしまったリュウマに対して叫ぶように言い放つが…リュウマはそんなこと心底どうでも良かった。

何故か?そんなこと決まっている。

 

「まさか俺がこの国に忠誠心を持っているとでも?ハンッ…笑わせるな。俺がこの国に居るのは…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。例え有り得ないが忠誠心を持ち合わせていたとしても…この件で評価など地の底に墜ちている」

 

リュウマは元々、誰かの下につく…ということ自体とても嫌う。

フェアリーテイルにいるのは下にいるという事ではないのかと思われる者も居るかもしれないが…フェアリーテイルに上下関係など無い。

あるのは家族であるというとても強い繋がりだけだ。

 

そんなリュウマを国家反逆罪で裁こうとしても無駄に終わるだけだ。

国が彼を裁こうものならばフェアリーテイルが黙っていないし、何より──

 

 

彼がこの国を裁くだろう。

 

 

絶句しているアルカディオスに興味を失せたのか視線を外し、再びヒスイの方へと視線を向けた。

 

髪を未だに掴まれているので動くことは出来ず、痛みを和らげるために掴んでいる手を掴んで耐えていながらもヒスイは…街を見て涙を流していた。

 

「どうだ?街は火の海となっているぞ」

 

「…っ…グスッ…こ…こんな──」

 

「『こんな事になる筈ではなかった』…などと宣うなよ?──今の貴様に人は着いてなどいかん」

 

そう言い終えると髪から手を離した。

それに従いヒスイは地面に崩れ落ちて声を上げないながらも顔を手で覆って涙を流していた。

 

リュウマは少女であろうと容赦はしない。

 

人々はそんな彼を最低だとか少女にも…女にも容赦をしない屑であると言おうが彼が変わることなど無い。

やるからには徹底的にやり容赦はせず我を通す。

 

それこそがリュウマとしての在り方だ。

 

そんな時…上空を飛んでいた一匹のドラゴンの背中で爆炎が上がり、ドラゴンが()()()()()()()上げた。

 

ドラゴンに対して有効的ダメージを与えたのはナツだ。

 

ナツに攻撃されて声を上げたドラゴンは、ローグを先程手に乗せていたドラゴンだ。

ナツは高い塔からそのドラゴンの上に乗ってローグと戦闘していたのだ。

 

「聞こえるかァ!!!!!!!!」

 

ナツは大きく空気を吸い込んであらん限りの声を上げて街の魔導士全員に声を届けた。

魔導士達はその爆音と言ってもいい程のナツの声に顔を上げて聞いていた。

 

「滅竜魔法ならドラゴンを倒せる!!滅竜魔導士なら()()いる!!ドラゴンも7人いる!!今日…この日の為にオレ達の魔法があるんだ!!今…戦う為に滅竜魔導士が居るんだ!!──行くぞォ!!ドラゴン狩りだァ!!!!!」

 

7人と言ったが、この場には6人しかいないと疑問に思う魔導士がいるが、ナツには分かっていた…オラシオンセイスに所属していたコブラが来ていると。

 

コブラは現在も服役中であるのだが、状況が状況であるということでドランバルトが無断で連れて来たのだ。

現在コブラはラミアスケイルが手を焼いている体が岩のドラゴンの所に行って戦っている。

 

「クカカ…ナツらしい声量だ。これで()()()者達の士気が上がったな」

 

リュウマは面白そうに笑って空にいるドラゴンを見ていたが、顔を引き締めて視線を逸らした。

何故ならば…

 

「あーはっはっはっ!美味そうな人間がいるなァ!さて…どいつから食ってやろうか」

 

この場にドラゴンが現れたのだから。

 

現れたドラゴンは、闘技場の地下でウェンディの魔法によって話しすることが出来た翡翠色の竜…翡翠のジルコニスだ。

 

ウェンディはそんなジルコニスに話したことを覚えていないのか問うが、答えは勿論否だ。

 

ウェンディ達が話したのは死んでから数百年経っているジルコニスてあり、このジルコニスは過去から扉を通って来たジルコニスなのだから。

 

普通ならばこの国に仇成す存在を排除するのがこの国に忠誠を誓っている兵士達の役目なのだが…

 

「む…無理だ…」

 

「勝てっこねぇよ…!」

 

「し…死にたくねぇ…!」

 

頂上の存在であり、捕食者としての迫力を放つ実物のドラゴンを前にして及び腰となっていた。

扉から出て来た最初のドラゴンの腕の振り下ろし攻撃を見てから心が既に屈服しており、本物が自分達を見据えて食べようとしているのを見て完全に戦うという選択肢を放棄していた。

 

「ウェンディ、ミラ、ルーシィ。少しで良い、時間を稼いでくれ。俺に考えがある」

 

リュウマは直ぐに迎撃するのではなく、兵士を見てそんな言葉を発した。

頼まれたミラやルーシィ、ウェンディは相手がドラゴンではあるが、リュウマからの頼みならば快く引き受ける。

 

「任せて!」

 

「私は滅竜魔法があるので、頑張ります!」

 

「時間を稼ぐって言っても、そんなに保たないから出来るだけ早くね!」

 

ルーシィ達の言葉に頷いて、今まさにこの場から逃げようとしている兵士達の前まで歩いて行き、話し始めた。

兵士達は前に出て来たリュウマを見ているが、その瞳は早くこの場から逃げたい…逃げ出したいという心が見える。

 

「今…この場にいるこの国の兵士達よ。あの()が恐いか?己等一介の兵士に相手出来るはずが無いと思っているのではないか?この場から逃げ出したいか?」

 

その場の兵士は当たり前だ!と叫んで反論し、中には恐怖から顔を青くさせて体を震えさせている者もいる。

 

「そうか。ならば──この場から失せるが良い」

 

「なっ!?リュウマ殿…!何故そんなことを──」

 

「黙れ。貴様等は見ていろ…これこそが──人を導くということだ」

 

ヒスイの元へと駆けてジルコニスから守っているアルカディオスは、まさかのリュウマの言動に反対しようとするが、リュウマはそれを黙らせた。

 

兵士達はリュウマに言われるまでも無いと言わんばかりに…踵を返してその場から逃げていく。

そんな腰抜けとも…騎士の風上にも置けないとも言える兵士達に…言った。

 

「そして──」

 

 

 

 

 

 

 

 

家族や恋人…友人知人…己の息子や娘…避難を終えている己の親しい者達に今…貴様等が感じている恐怖を…絶望を味合わせたい者も──この場から失せるが良い。

 

 

 

 

 

 

 

逃げて行っていた兵士達の…足が止まった…。

 

 

 

 

 

 

「嗚呼残念だろうよ。避難場所では今この状況を不思議に思っているであろう住民達は…突如現れたドラゴン達に蹂躙されて挙げ句殺されるのだからな。何故…避難場所にドラゴンが行くのだろうなァ?」

 

 

 

 

 

 

今は避難場所にドラゴンが行く様子は無い…しかしそれは、今ドラゴン達にローグが魔導士を先に殺せと命令しているだけだ。

それが万が一にも完了され、次に狙われるのは…この国に住む住民達だ。

 

 

 

そんな事実が兵士達の頭を駆け抜け…拳を強く…より強く握らせた。

 

 

 

自分達の今感じている恐怖を…味合わせたい者など…この場に居ない。

 

 

 

 

エミア(恋人)に…こんな恐怖は教えたくない…」

 

 

 

カレン()にドラゴンなんて見せたくない…」

 

 

 

ライナ(息子)に…クレア()に…逃げたオレがどの面下げて会えばいいんだ…」

 

 

 

「オレを励ましてくれたジン(親友)に…失望されるのは嫌だ…」

 

 

 

彼奴ら(家族)の為ならば…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オレ達は何とだって戦おう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュウマに背を見せていた兵士達は…先程までの絶望に満ちた顔は何だったのかと言われても可笑しくないような…覚悟を決めた顔で振り向き…リュウマの前まで戻ってくると隊列を組んだ。

 

そんな兵士達を見て、離れた所にいるアルカディオスとヒスイは驚きに染まった顔をしていた。

先程までの心が砕けた兵士達が…今や歴戦の戦士のようなオーラを放ちながら隊列を組んでいるのだ。

 

 

「…この場に戻ってきたということは死ぬ覚悟でも出来たのか?それとも、敵前逃亡した時の罪に怖じ気づいたが為の行動か?」

 

 

顔を見ればそんなつもりが無いことは一目瞭然であるのだが…体として問うた。

そんな言葉に否と答えたのは…最前列の真ん中にいた1人の兵士だ。

 

 

「──オレ達は死なない。このドラゴンを倒して…家族達に何時もと同じように笑いかけ…笑いかけてもらい…何時もと同じ生活を送るんだ。その為なら──ドラゴンなんて恐くない!!」

 

 

他の者達も同意見であるのでジッとしながらリュウマを見ている。

そんな兵士達を見て、心の中で満足そうに頷くと声を上げる…この場にいる兵士達へ向けて。

 

 

「ならば戦え!!目前に居るあの害悪(ドラゴン)を見事打ち倒し…その手に勝利を掴め!!そしてドラゴンの頭に直接叩き込んでやれ!!!!化け物を殺すのは──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何時だって人間であると

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

兵士達はリュウマの声に呼応して武器をその手に持って高々と上げて声を張り上げる。

それはまさに今から国のために戦争を始めんとする兵士達のようである。

 

「作戦を貴様等に伝える暇なんぞ無い。故に貴様等の頭に直接送り込む。確と理解し実行せよ!神器召喚・『双弓ハーリット』」

 

両手を突き出したところ、手から光で出来た弓が形成されて形を作る。

これは光で出来ている物ではあるが、実体があるため武器を受け止めたりすることも出来る。

 

「『光矢伝達(ブロードキャスト)』」

 

ハーリットから飛ばされた光状の矢が2本飛び交い、前に居る兵士の頭に突き刺さった後突き抜け、次の兵士へと突き刺さって突き抜けてを繰り返す。

 

これは自分の考えを他の者達の頭の中に直接送り込むことが出来る魔法であり、それは多人数に使うことも出来る。

この方法によって兵士達へと作戦伝達を一瞬にして終わらせて準備を整えた。

 

「ミラ!ルーシィ!ウェンディ!交代だ!」

 

ジルコニスを相手にしていて危なくなってきていたルーシィ達を呼び戻して交代させる。

ドラゴンも魔法を使うことが出来、ジルコニスは人間の尊厳を奪う類の魔法を使う。

 

ルーシィはその魔法をやられてしまい裸となってしまっていたが、リュウマが魔法であ分身を作り出してマントのような物を被せた後、この場はルーシィには危険と判断して別の場所へと運ばせた。

 

「始めるか…第一部隊…前進せよ」

 

その場に居る兵士達の総数は大凡100といったところ…それを25人ずつに分けて4つの部隊を作っている。

その内の第一部隊は総じて運動神経が優れている者達で構成されている。

 

何故全員が運動神経が良い者達で構成出来るかというと…リュウマが兵士達の歩き方を見て運動神経の優劣を付けた。

判断したのは、この場から逃げようとした時の歩き方だ。

 

「そのドラゴン…ジルコニスを翻弄しろ」

 

「なんだこの人間共は?我を馬鹿にしているのか?」

 

第一部隊は武器である槍を持ちながらあちこちへと動いてジルコニスの視線を自分達へと誘導させる。

その間に次の指令を出していく。

 

「次に第二部隊…第一部隊の補助をせよ」

 

第二部隊の兵士達の運動神経は、第一部隊と比べると劣ってしまうものの、危機察知能力が第一部隊よりも優れている。

 

それを判断したのは初めてドラゴンを見たときの行動だ。

 

第二部隊に割り振られた兵士達は、最初のドラゴンが足を振り上げたと同時、振り下ろした時の攻撃の余波の範囲内から1番最初に退避していた者達だ。

 

その兵士達の役目は第一部隊の兵士が翻弄している時、ジルコニスに攻撃されて当たりそうになった時に補助して助けたりする事を主としている。

 

その役目を全うしており、ジルコニスが鬱陶しそうに手を振り払った時に当たりかけた兵士を第二部隊の兵士が助け出して再び翻弄を開始する。

 

「第三部隊…半数は炎熱系魔法を放ち、もう半数は水系統の魔法を放ち炎熱系魔法に衝突させよ。狙いはジルコニスの周辺だ」

 

第三部隊は全員魔法を使うことが出来るか兵士達で構成されており、その者達の半数は杖に魔力を送り込んで火の玉をジルコニスの周辺へと放つ。

 

もう半数は続くようにして杖に魔力を送り込んで水の塊を作っていた兵士達は火の玉狙って放ち…着弾。

 

そして…ジルコニスの周辺を、2つの属性の魔法による爆発で出来た煙が包み込んでジルコニスの視界を0にした。

 

「なんだこれは!?周りが見えん!──チッ…周りにいる人間共はなんだ鬱陶しい!!」

 

やったのは水蒸気爆発というものだ。

 

水蒸気爆発とは、水が非常に温度の高い物質と直接的に接触することにより、温度が高い物と当たった水が一瞬で気化されて発生する爆発現象のことである。

 

それを兵士達の魔法をぶつけ合わせることで発生させて爆煙を上げさせて包み込み、ドラゴンの特徴である優れた視力を奪う。

 

「こんなもの…吹き飛ばしてくれるわァ!」

 

しかし、ジルコニスが背にある翼を羽ばたかせると煙を全て消し去ってしまった。

これで視界を確保される…と思いきや、又も周辺で爆発が起きて視界を奪う。

 

「良いぞ第四部隊。そのまま第三部隊と代わる代わる魔法を使って視界を奪い、隙を見て魔法で攻撃」

 

第三部隊は撃ち終わると後ろへと後退し、代わりに第四部隊が前へと出て来て()()()()()()()()魔法を放った。

 

第四部隊は第三部隊が魔法を放っている間に魔力を籠めて魔法の準備をしておけと命令してある。

それに従い準備を済ませており、後退してきたと同時に前に出て魔法を放った。

 

後ろへと後退した第三部隊は、魔法を放っている第四部隊が放ち終わる前に魔力を籠めて魔法の準備を整えておく。

 

とある武将は戦争時、その時代ではまだ銃の装填速度はとても遅く、戦いにおいて使うということは愚策であると言われていた。

しかし、その武将は戦争においてそれを使った。

 

鉄砲部隊と名付けられていたその部隊は3つあり、第一部隊が撃ち終わったら第二部隊が撃ち、次に第三部隊が撃つ。

撃ち終われば銃の装填を行っておき、順番が回って来るまでに準備を整えるという戦法だ。

 

人々は其れを…鉄砲三段撃ちと呼んで後世に語られていった。

 

リュウマはそれを魔法で実践して常に魔法によって視界を奪い続けている。

 

煙を消しても消しても消しきれないジルコニスは焦れったくなり、翼を羽ばたかせて空へ飛ぼうとしたが…何故か飛べない。

 

「此処ら一帯には術式を組み込んでおいた。『人間以外の生物の飛行を禁ずる』精々地で藻掻けよ」

 

「に…人間風情がァァァァァァ!!!!」

 

足下では人間が効かないとはいえ持っている武器で突っつき回し、振り払おうとすれば避けられるか他の人間に助けられて再び突っついてくる。

 

視界は煙によって見えず、煙を散らしても直ぐに煙が発生して又も視界が0になる。

いい加減に怒り心頭になってきた。

 

 

リュウマの狙い通りに。

 

 

「生物というのは種族に関係なく、頭に血が上ると動きが単調になり、鬱陶しいものを見ると範囲攻撃をして一気に蹴散らそうと考える。貴様の動きなど考えるまでも無い」

 

その証拠にジルコニスは空気を大きく吸い込んでブレスを放とうとしている。

その隙を見逃すはずもなく、リュウマは新たに号令を出しておく。

 

「神器召喚・『地獄鎖の篭手』。この鎖を第一部隊と第二部隊は手に持って準備をしておけ。第三部隊及び第四部隊は炎熱系魔法準備!」

 

地獄鎖の篭手から出される漆黒の鎖は咎人を地獄に繋ぎ止めておく為の戒めの鎖。

それは長さに限界など存在せず、持ち主の求める長さまで伸び、持ち主の思う通りに…それこそ変幻自在に動く。

 

そしてその鎖は斬ることも千切ることも出来ない絶対的強度を誇る漆黒の鎖である。

 

第三部隊と第四部隊は言われた通りに炎熱系魔法を準備し、やがて準備が整った。

 

「ドラゴンは火を吐く場合、体の中にある炎を吐くための臓器を使って吐く息に炎を乗せる。だが──肺は炎に弱い。魔法を口に向けて放て!!」

 

ジルコニスの周辺にはまだ煙が蔓延しており、視界が悪く、飛んでくる火の玉に気がついていない。

それ故に吸い込む動作をやめておらず…火の玉まで吸い込んでしまった。

 

「───ッ!!??がふぉッ!?がふ!!ゲホッ!ゲホッ!なんだっ!?」

 

「第一部隊、第二部隊!鎖を使って奴の手足を拘束して動きを止めろ!」

 

「なん…!?クソッ!!」

 

鎖は独りでに手足へと巻き付いて近くの建造物に巻き付いてから兵士達の元へと戻ってきた。

兵士達はその鎖手に持って力いっぱい鎖を引いて拘束する。

 

それによってジルコニスはバランスを崩して一歩後ろへと後退してしまった。

そして…その足が地面へとめり込んで尚のことバランスを崩す。

 

実はリュウマが第三部隊と第四部隊の内の半数…つまり奇数人であるので、最後の溢れた1人と1人、合わせて2人にはジルコニスの背後…その一歩分後ろの土をこれ以上無いという程に柔らかく、そして乾燥させておくように命令されていた。

 

その場所は2人だけであるため少しずつではあるが、着実に小規模の流砂を作り出していた。

ジルコニスは見事それに引っかかり、足を取られて片膝を突いた。

その状態ではなかなか力を込めることが出来ずに身動きが上手く取れない。

 

「オラァ!人間様が作った音爆弾を食らえぇ!!」

 

「ついでに閃光弾もなァ!!」

 

2人の兵士が音爆弾と閃光弾をジルコニスの顔に向かってぶん投げて着弾。

凄まじいまでの高い音と眩しい閃光が走った。

 

「ぐあぁぁぁぁぁ!!!!!目がァ!み、耳がァァァァァァ!!!!」

 

拘束されているジルコニスに対処法があるわけもなく、かといって人間が作った物に対する知識もあるわけでも無いため、もろに食らってしまう。

 

ドラゴンは視力も良ければ聴力も優れているため、音爆弾と閃光弾は効果的であり、抜群の効力を発揮した。

 

リュウマはジルコニスが怯んでいる間に呆然と今までの戦いを見ていたヒスイとアルカディオスの元へと歩み寄って話しかけた。

 

「どうだ。貴様等の兵士があのドラゴンを追い込み、あと一歩といったところまで追い詰めているぞ。これが人を導くということだ。そしてアルカディオス…貴様は部下にドラゴンを任せて貴様自身は安全な場所で諦観か?騎士団長というのは見ていれば良いのか?つまらん役職だな」

 

「し、しかし…私は騎士だ…主である姫を守るという義務がある」

 

「ほう…?傍にいるだけで主の前に現れた障害を撃退せんと?──貴様の頭の中は塵でも詰まっているのか?呆れ果てて溜め息も出んぞ。騎士とは主の盾となり──剣となるのだ。であれば目の前の障害を斬り伏せろ。それが今の貴様に出来る唯一にして最大の行動だ」

 

アルカディオスはハッとした。

確かに自分は主である姫のヒスイを守ることに徹していただけで、盾とはなっていたが障害を打つ剣とはなっていない。

 

そんなもの騎士とは呼べず…ただ主の傍にいるだけの人間だ。

 

それを感じ取ったアルカディオスはゆっくりと立ち上がってジルコニスを見据えた。

そしてリュウマに姫を頼むと言ってから駆け出したのだ…障害(ジルコニス)に向かって。

 

「見よ。そして学べ…無知なる姫よ。これこそが国に仕える兵士の使い方だ」

 

「リュウマ…様…」

 

ヒスイは己に出来ないことを平然と行って見せたリュウマが余りにも眩しかった。

 

これからは色々なものを見て学び、今回のようなことが2度と起きないようにしようと心に誓いを立てた。

 

「下等生物の人間がァ!そんなへなちょこの鉄の塊で我の鱗に傷を付けられると思い上がるなァ!!」

 

「私は姫の盾であり剣である。そして!この国を守る騎士団の団長だ!私はお前達の存在を認めない!!」

 

「ほざけ下等生物が!!消し飛ばしてくれるわァ!」

 

大きく跳躍して上から手に持つ剣を振り上げるアルカディオスと、そんな彼に向かって口を大きく開けて炎ではなく、魔法による咆哮を放とうとするジルコニス。

 

それが放たれればアルカディオスは文字通り消し飛んでこの世から消え失せるだろう。

そこで…リュウマがアルカディオスに魔法を施した。

 

「『同調する我が力(リンク・フルバースト)』」

 

リュウマが翳した手の平から黒い光の玉が飛んでいき、アルカディオスの背後から体内へと入っていった。

 

それは天狼島のマスターハデスとの戦いにて、ナツ達に施した魔法であり、効果は対象者を5分という限られた時間だけ術者とリンクさせるというものだ。

 

「消え失せろォォォォォォォ!!!!!」

 

「オオォォォォォォォォォォ!!!!!」

 

放たれたジルコニスの咆哮は確かにアルカディオスを一瞬にして呑み込んでしまったが…咆哮は左右に分かれるように断ち切られていく。

 

リュウマと同じ戦闘力を兼ね備えたアルカディオスの剣が咆哮を真っ正面から断ち切っているのだ。

 

やがて咆哮は消えて中から白い鎧が大きく砕け散り、至る所が焼け焦げているものの…目はジルコニスを捉えて離さず、剣をもう一度振り上げる。

 

 

 

 

 

 

「『雷の破壊剣(トゥルエノ・バスタード)』!!!!!」

 

 

 

 

 

 

上からの切り下ろし斬りは、リュウマの戦闘力をそのままであるが故にドラゴンの鱗を斬り裂き、上からの下へと斬った。

 

ジルコニスはまさかの鱗を斬り裂かれるという事実に対する驚愕と、斬り裂かれた痛みから白目をむき…その巨体を…

 

 

「我が…こんな…下等生物…なんぞ…に…──」

 

 

倒したのだった。

 

 

 

「勝った…のか…?」

 

「オレ達が…やったのか…?」

 

「か…勝った…勝ったぞ…!」

 

「ドラゴンを倒したんだァ!!!!!」

 

倒れたジルコニスを見て狂喜乱舞する兵士達と、リュウマのバックアップがありながらも、ドラゴンにとどめを刺したアルカディオスは信じられないといった風に己の手を見つめていた。

 

やがて強く拳を握り締めて実感したのだ。

自分達はドラゴンを倒すことが出来たのだと。

 

その事実がこの場に居る兵士達の士気を限界以上に高めることとなり、話は街の至る所にいる兵士達に繋がり、最後は全ての兵士の士気を上げる結果となるのだ。

 

「言ったであろう?」

 

座り込んでドラゴン打倒を自分の国の兵士が行ったことを目を見開いて見ていたヒスイに話しかけ…最後にこう言ったのだ。

それは最初に兵士達に言った言葉であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

化け物を殺すのは何時だって──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュウマはニヤリと嗤った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かがこんな事を言った…。

 

 

 

真の英雄は目で殺す…と。

 

 

 

言うなればこれは

 

 

 

 

真の強者は手を下さずして殺す…といったものだ。

 

 

 

 

強い者が先陣切って戦うのもあるだろうしかし…しかしだ…そうなると、弱き者は如何すれば良い?

 

 

やられて野垂れ死んでいればいいのか?

 

 

それに対してリュウマは否と答えよう。

 

 

 

強者を殺すのは何も純粋な力だけでは無い。

 

 

殺すのはやり方次第である…と。

 

 

 

故に弱者であろうと侮る事勿れ。

 

 

 

 

 

 

弱者の牙は弱者であるが故に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強者を殺すことが可能なのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




強いキャラが先陣切って戦うのはあれど、強いキャラが他人を使って戦いに勝つという小説余り見掛けないなと思って書きました。

なんで兵士にやらせるんだよ!?って思うかもしれませんが…結果が分かってるものほどつまらない物はないでしょ?笑

言ったではないですか…リュウマは頭も天才だと笑



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第五五刀  竜王祭終幕

ここって視点多いのですが…全部は書き切れないのでリュウマの所が多いですね。
他の視点を読みたい人には申し訳ない…。




 

 

「やったわねリュウマ!!」

 

「リュウマさんスゴいです!!」

「なに、俺はただ指示を出したにすぎブフォッ!?」

 

神器を召喚して王国兵士達の頭の中に作戦内容をインプットし、常に戦場を見て状況把握をしながらの口頭での的確な指示。

その全てを見ていたミラとウェンディは、その凄まじさとハイスペックさから溢れる想いが止められず、走り寄って勢い良く抱き付いた。

 

リュウマはその抱き付きの予想外の威力に負けて後ろから倒れ、地面に頭を思い切りぶつけて悶絶した。

 

「あ、あら…ごめんね?リュウマ」

 

「す、すみません!」

 

「お、おごぉっ…!?…ッ…き、気にするな…」

 

とは言ったものの、後ろは大きなたんこぶが出来ている。

せめてもの痩せ我慢だ。

 

「リュウマ様…その…」

 

そんなリュウマの所へ、顔を俯かせているヒスイ姫が近寄った。

顔が見えないものの、纏う暗い雰囲気から大事な話しなのだろうと察したミラとウェンディは、リュウマから離れて見守ることにした。

 

「先程の兵士達へと指示…感服しました。助けていただきありがとう御座いました」

 

ヒスイは顔を上げて礼を言い、頭を深く下げた。

後ろでアルカディオスが姫が頭を下げるなどと…!と、叫んだが、他でもないヒスイの「今回の原因である私が頭を下げないでどうするのです」という言葉に黙ってしまう。

そんなヒスイの謝罪をリュウマは──

 

 

「──勘違いするなよ」

 

 

──受け取るはずも無かった。

 

 

「状況が状況であるため貴様等を助けたように見えなくもないが、俺は死んでしまった未来のルーシィの言葉に則りジルコニスを倒したに過ぎん。未来のルーシィの言葉が無ければ、散々なことをしでかした貴様等なんぞ救おうとも思わん。それを努々忘れるなよ」

 

「はい…本当に申し訳ありませんでした…」

 

そもそも、助けて守ったという前提が可笑しいのだ。

 

リュウマは最早この国に期待どころが興味すら無い。

 

それは勿論、ヒスイを始めとした防衛大臣、それに加担していた兵士達のやった行いが妖精の尻尾(フェアリーテイル)の家族達を危険に追い込むような事であったがためである。

他にも、未来のローグに騙されていなければ、同じ未来から来たルーシィが死ぬことも無かったし、今は避難所にいて気づかれてはいないが、住民を危険にさらしている。

 

それらを踏まえてこの国に期待も興味も持っていないのだ。

それはそれで自業自得というものでもある。

 

「ハッピーはここから西へと行った所に居るルーシィを回収して来い。ミラはここで待機、そこら辺にばら撒かれている小型竜の排除。ウェンディとシャルルは俺と一緒に岩の竜の所へ行って手助けだ。あそこには滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)がいないからな」

 

「分かったわ。任せて!」

 

「分かりました!」

 

「しょうがないわね」

 

「ルーシィどこら辺にいるんだろう…」

 

リュウマの指示に従い、それぞれが行動を開始する。

小型竜というのは、リュウマ達がジルコニスと戦っている間に未来のローグが乗るマザーグレアと呼ばれるドラゴンが生み出した小型な竜の生物である。

 

それがヒスイを殺すかもしれないのでミラにはこの場に待機してもらい、それの掃滅を図ってもらう。

助ける義理は無いが、ヒスイが死ぬと兵士の士気に拘わるのだ。

 

ハッピーは大雑把な西というのをヒントにして飛び去ってルーシィを探しに行くが、肝心のルーシィはとある物を見つけていた。

 

ウェンディはシャルルに運んでもらい、リュウマはまだ生えている3対6枚の羽を使って飛行し、ブルーペガサスとマーメイドヒールが相手をしている岩の竜の所まで飛んでいった。

 

「戦況はあまりよろしくないみたいね」

 

「私達も加勢しに行きましょう!」

 

「いや、少し待て」

 

空に居るため、ブルーペガサスとマーメイドヒールのメンバーと岩の竜は気がついておらず、どうにか倒そうと奮闘しているものの、ドラゴンに対して決定打である滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)がいないことで圧倒的不利な状況となっている。

 

そこでウェンディが直ぐに加勢しに行こうとするのをリュウマが止め、シャルルはそんなリュウマに怒鳴りつけた。

 

「あんた状況分かってるの!?あのオス共やられそうじゃない!!」

 

「静かにしろ。その為にもあの竜の分析をしているのだろうが。ただ矢鱈に突っ込んで勝てる相手だと思うな」

 

リュウマの言葉に黙ってしまったシャルルを尻目に、今も尚人間を襲っている岩の竜を見やって分析している。

 

「ゴハハハハハハ!我が体はドラゴンの中でも特に硬い部類に入る!貴様等人間の攻撃など効かぬわ!」

 

「クソ…!こいつ本当に硬い…!」

 

「弱点は無いのかヒビキ!?」

 

「今探してるよ…!」

 

「カグラの魔法も効かないなんて…!」

 

「ク…!(刀さえあれば多少マシに戦う事が出来るのだが…!)」

 

岩の竜の体はまさに動く岩石。

その体はとても強固であり、その強固さ故に魔導士が扱う魔法が効かず攻め倦ねているのだ。

そんな戦況を少しの間見ていたリュウマはとある事に気がつき、作戦を頭の中で整えて指示を出した。

 

「よし、ウェンディは一度岩の竜の所に居る魔導士を後ろへ下がらせろ。出来次第俺が魔法を放って動きを止める」

 

「分かりました!行こうシャルル!」

 

「分かったわよ!あんたも早く来なさいよね!」

 

「無論だ」

 

ウェンディ達はリュウマの指示に従い、ブルーペガサスとマーメイドヒールの魔導士達を後ろへと後退させた。

それを確認したリュウマは竜の背に向かって急降下しだした。

 

「なんだ人間共!とうとうオレに恐れを成して逃げ──」

 

 

「る訳が無いだろう。『氷の牢獄(アイスシェル)』」

 

 

岩の竜の背にリュウマが触れて魔法を発動させ、その巨体を黒い氷で覆い尽くし、大きな氷の像を造り出した。

その光景には攻め倦ねていた魔導士は信じられないという顔をし、リュウマがやったと理解した瞬間に人混みを縫ってカグラが駆け寄った。

 

「師匠!流石のお力です!」

 

「うむ、しかし…これだけでは終わらんぞ。これはただの時間稼ぎに過ぎん。──者共良く聞け!これからこの竜を打ち破る突破口を開いてやる!その為に貴様等は自分が出来る最大の魔法の準備を整えておけ!」

 

背後に居る魔導士は突如来てくれたリュウマと、その背に生えている翼に目が釘付けであったが、リュウマの声にハッとして言われたとおりに魔法の準備をし始めた。

 

「カグラ、お前の刀は試合中に俺が折ってしまったからな…代えの刀をくれてやろう」

 

そう言って手を出し、その上に黒い波紋が広がったと思うと1本の刀が現れた。

サイズは怨刀・不倶戴天と同じくらいであり、見た目は特に変わった所のない刀だ。

 

「これの名は『震刀(しんとう)揺兼平(ゆれかねひら)』。これをお前に授ける。使い方を誤るなよ」

 

自身へと渡されようとしている刀を、カグラは壊れ物を扱うが如く震える手で涙を流しながら受け取った。

それ程までに師匠であるリュウマから貰ったのが嬉しかった。

 

「はい…!ありがとう…御座います…!命よりも大切にします…!」

 

「うむ、完全に言い過ぎだな」

 

取り敢えずカグラに刀を渡し終えたので、竜の方へと向き直る。

 

「人間が小賢しい真似をォ…!!」

 

岩の竜はリュウマが氷付けにしたにも拘わらずその氷を少しずつ破壊し、中から出て来ようとしてきていた。

 

「…始めるか。──合わせろカグラァ!!」

 

「──はい!師匠!!」

 

 

 

「『合体魔法(ユニゾンレイド)』!!!!」

 

 

2人は互いに手を向けあい…魔力を高め合う。

高め合った魔力はリュウマの純黒の魔力とカグラの青紫の魔力が混ぜ合わさり、辺りの地面が揺れ始め…小さな石が浮かび上がり粉砕されていく。

 

「さぁ、貴様の劈開は何処だ?」

 

混ぜ合わさった魔力で形成されている魔力球は人の拳程の大きさという小規模の物であるが、内包されている魔力は計り知れなく…それを──

 

 

 

 

 

「「『反則的に変則的な超重力空間(イレギュラーズ・コーロスト・グラビティー)』!!」」

 

 

 

 

 

──投げつけた。

 

 

 

魔力球は寸分の狂いもなく岩の竜へと吸い込まれるように飛んでいき、着弾した。

 

すると竜の全身を囲うように弾けて展開され、中で超重力が前後左右上下斜め方向など、ありとあらゆる全ての方向へと圧力をかける。

もし仮に人間がこの魔法を食らったとしたら、その人間は展開されてから数秒でただの肉塊へと成り果てるだろう威力。

 

「ガハハハハハハ!!何をするかと思えば!オレの全身は鋼鉄をも凌ぐ!こんなちっぽけな魔法が効くか!」

 

「──だと…いいな?」

 

岩の竜は何ともないことを誇らしげに、全身が岩なので分かり辛いが、リュウマを含めた魔導士達を嘲笑っている。

 

 

だが…リュウマはその竜を嘲笑おう。

 

 

「貴様が魔導士達を攻撃している所を見させて貰ったが…貴様…体が硬いのはいいが、同時に全身が固いな?」

 

 

リュウマが言っているのは、硬度的な意味なのではなく…体の柔軟性としての固さだ。

歩く時、足を普通に交互に出せば歩けるというのに、この岩の竜は体全体を左右に揺らしながら歩っていた。

 

それは全身が…つまり足の付け根の部分までも硬いということであり、それ故に全身が岩に囲まれているということになる。

 

そこでリュウマが先程言った劈開(へきかい)という単語が関係してくる。

 

結晶や()()()割れ方がある特定方向へ割れやすいという性質を持つ。

これを劈開というのだ。

鉱物学・結晶学・岩石学用語であり、宝石の加工や、工学の分野で重要な性質の1つでもある。

 

岩石を構成する造岩鉱物は結晶構造由来の結晶面を持っており、この面では原子間の結合力が弱く、この面に沿って外的圧力を加えると割れやすい。

劈開によってできた結晶面を劈開面といい、この性質は物の硬さを表す硬度以外に、物の衝撃による脆さを表す靱性とも関係する。

 

靱性は物質の脆性破壊に対する抵抗の程度、あるいは亀裂による強度低下に対する抵抗の程度のことで、端的には破壊に対する感受性や抵抗を意味する。

簡単に言うと、材料の粘り強さとも言える。

 

故にこその全身が固いという部分に着目していたのだ。

だが、この合体魔法(ユニゾンレイド)だけではまだ威力が足りない。

 

「ならば──足すまでよ!!」

 

ニヤリと嗤ったリュウマは魔力を練り上げながら、詠唱を始めた。

 

 

(にじ)み出す混濁(こんだく)の紋章

 

不遜(ふそん)なる狂気の器

 

湧きあがり 否定し 痺れ 瞬き 眠りを妨げる

 

爬行(はこう)する鉄の王女

 

絶えず自壊する泥の人形

 

結合せよ 反発せよ 地に満ち己の無力を知れ

 

 

破道の九十

 

 

 

 

 

 

 

 

「『黒棺(くろひつぎ)』」

 

 

 

 

 

 

 

 

天から墜ちてくるは真っ黒な直方体状のもの。

しかしその全長は岩の竜を易々と呑み込んで余りあるほどの物であった。

 

そしてその内部は…多大なる重力が流れ、その重力の奔流は内部に居る者を残らず圧砕するという極めて危険な技であるのだが…それを全ての詠唱を唱えて魔力を流し込み、更に威力を上げた危険極まりない魔法である。

 

そんな黒棺は竜を呑み込み、最初に放った合体魔法と合わさって強烈な超変則的重力空間を完成させた。

 

 

「ヌウゥゥゥゥゥゥゥ…!!なんの…!!この…程度…!我が体には──」

 

 

──ピシッ

 

 

そんな岩の竜のちょうど胸辺りにある岩に…罅が入った。

 

まさかの己の体の自体に、岩の竜は目を見開いて事の重大さを理解した。

ここに居るのは危険だと判断したのだが…いかせん超重力空間の中である。

 

いくら生物の頂点に君臨する絶対捕食者たるドラゴンであろうとも…その場から逃げ果せることなど、前の(リュウマ)が許さない。

 

「征くぞウェンディ!胸の岩を狙う!」

 

「はい!」

 

後ろに控えているウェンディに声をかけ、2人並んで空気をありったけ吸い込んだ。

 

 

「「『天竜の──」」

 

 

「お前達も準備しておけ!師匠達の攻撃が終わったら私が出る!その後に集中攻撃だ!!」

 

「メェーーン!力の香り(パルファム)…全開!!」

 

「ライバルにいいとこばかり見せさせないよ!」

 

「ボクもね!」

 

「べ、別にお前達の為じゃないんだからな!…でもありがとよ」

 

溜め込んでいる間にカグラが後ろに居るブルーペガサスやマーメイドヒールの魔導士に指示を出し、自分は師匠であるリュウマから授かった震刀(しんとう)揺兼平(ゆれかねひら)を強く握り締めた。

 

そしてリュウマとウェンディは……

 

 

 

「「──咆哮』!!!!!」」

 

 

ドラゴンの天敵である滅竜魔法を胸の罅が入っている岩へと放った。

魔法は動けない岩の竜に直撃し──

 

──バキャッ

 

とうとうその硬くてどうしようも無かった岩の鎧を…破壊したのだった。

 

「お、オレの体が…!?」

 

「──震刀・揺兼平…剛の型」

 

破壊された体に驚愕している岩の竜の元へと駆け出しているカグラは超至近距離…零距離にて刀に手をかけ…

 

 

「──『震撃断空(しんげきだんくう)』!!」

 

 

凄まじい速度と共に()()()()()震刀・揺兼平で

斬り裂かれた。

 

震刀・揺兼平は、その刀が個別に持っている特殊な能力がある。

 

その能力は、魔力を流されるとその魔力量に応じた振動を刃へと届かせて超振動する破壊の刃とすることが出来るのだ。

例えるならば、悲鳴共鳴と言えば分かるだろう。

 

「よっしゃ今だ!やれぇ!!!」

 

「おらァ!オレ達の魔法を食らいやがれェ!!」

 

「ぽっちゃり舐めちゃいけないよ!!」

 

「メェーーン!!!!」

 

控えて準備を整えていた魔導士達は、ここだというタイミングで一斉に魔法を放ち、大量の魔法が1つとなって岩の竜の弱点となった部分を襲った。

 

そんな硬い部分を破壊された岩の竜の内部は、硬い物で守っているからこそ柔く…直接的な大ダメージを与え…

 

 

「オレ…が…人間に…クソ…がァ…!──」

 

 

ドラゴンを…倒したのだった。

 

崩れ落ちる岩の竜を見ていた魔導士達は、数秒程固まっていたのだが…自分達でドラゴンを倒したと頭で理解した瞬間…飛び上がるように歓喜した。

 

7頭居る内の2頭を仕留めたことにより、兵士達の情報交換でその事が伝わっていき士気が更に上がる。

そしてリュウマのおかげでドラゴンを倒されたということも同時に上げられてフェアリーテイルの魔導士達の心に火を付けた。

 

「やっぱりな。流石はリュウマだぜ」

 

「凄まじいわね!」

 

「こうなんだろうとは思ったぜ!」

 

「オレ達も負けてらんねぇな!!」

 

残りの5頭を相手にしている魔導士達も続くように激しい攻撃を入れていき、それぞれに1人は居る滅竜魔導士を中心に戦っている。

 

そんな更なる戦いの火蓋が切られている街の上空で、ローグが乗るマザーグレアと対立し、攻撃し合っているドラゴンがいた。

 

そのドラゴンの名はアトラスフレイムといい、操竜魔法を食らっているところをナツという炎竜王イグニールの息子に会うことで魔法を打ち消しローグに楯突いていた。

と言っても、きっかけは全身が炎で形成されているアトラスフレイムをナツが食べてパワーアップを図ろうとしたのが始まりなのだが。

 

そんな折、ナツはアトラスフレイムの背からマザーグレアの背に乗り移ってローグと一対一のサシで殴り合っていた。

そこへちょうど岩の竜の撃破されたことを喜ぶ兵士達の大声を聞いて下の戦況を理解し、ローグは唇を噛んだ。

 

「7頭の内2頭もやられただとォ…!!」

 

「へっ。リュウマにとっちゃこんなの朝飯前だ!」

 

「ほざけナツ・ドラグニル!──マザーグレア!!小型竜にリュウマを襲わせて殺せ!!他の魔導士は後だ!リュウマを最優先で抹殺しろ!!」

 

「…っ…!テメェ!!」

 

「ハハハハハハ!!これで最後だァ!!」

 

2人の戦いは激しさを増していく一方で、マザーグレアはローグの命令通りに小型竜へリュウマという人間を殺すように命令を下した。

 

小型竜は一体一体が放つビーム状の咆哮が極めて強力で貫通力もあり、それでいてかなりの数が生み出されている。

そんな小型竜に押されていた一介の魔導士達はいきなり自分達へは見向きもしなくなり、一斉に同じ方向へと走り去っていくのを見て疑問符を浮かべた。

 

 

──……何か…来る!

 

狙われたリュウマは数えるのも面倒くさくなるほどの足音が一斉に此方へ向かってくるのを感知しており、狙いが確実に自分であると言うことを悟ってこの場から動こうと考えた。

早くしなければ近付いて来る奴等に、今疲弊している者達が次いでと言わんばかりに狙われる危険性もあったからだ。

 

「こっちにかなりの数の敵がやってくる。狙いは俺のようだ」

 

「えっ?それって本当ですか?」

 

「ならば向かい打つまでですな。メェーン」

 

「いや、この場から俺が動いて囮となり、そのまま集めて一気に殲滅する。お前達は魔力の回復をし、他の奴等のサポートに回れ」

 

囮となってそのまま叩くと言ったリュウマの言葉に、一同ポカーンとしていたのだが、言葉を呑み込み終わったら無茶だ!と叫んで1人で行かせないようにしようとするのだが、何もリュウマは策が無いまま囮となる言っているわけではない。

 

「お前達は知らないかもしれんが…元々俺の魔法は()()()()()()()だ。はっきり言えばお前達を巻き込むんだよ」

 

リュウマにそこまで言われてしまうと黙るほか無い。

相手はフェアリーテイル最強であると同時に、今この場に居る魔導士総勢を合わせても群を抜いて最強なのだ。

そんなリュウマの超広範囲殲滅型魔法なんてものをフレンドリーファイアされたら消滅してしまう。

 

それを理解して渋々ではあるが頷いて止めるのをやめた。

しかし、それでも心配でしょうが無いのがウェンディであり、カグラもリュウマがやられないのは分かっているものの心配である。

 

「あの…リュウマさん。…私が行っても足手纏いにしかならないし、邪魔になってしまうと思います。なので一緒に行かせて下さいとはいいません…。ですが…お願いです…気をつけて下さい…!」

 

「師匠。私はあなたが負けるとは微塵も思っていません。ですが心配しないという訳ではありません。なのでどうか…お気を付けて」

 

心配そうな瞳で見られたリュウマは心が温かくなるのを感じながら頷いて同意した。

ここまで言われて気をつけない何てことは出来ないなと考えてのことだ。

 

「分かった。気をつけて行ってくる。心配せずとも必ず戻ってくる、それまでは他のドラゴンを頼んだぞ」

 

「はい!」

 

「承知しました」

 

最後に2人の頭を優しく撫でてあげながら微笑み、大多数の足音が聞こえてきたので離れてから翼をはためかせて空へ飛翔した。

 

「なるほど。小型竜に俺を集中攻撃するように命令したのか──無駄なことを」

 

小型竜からのビーム状の強力な咆哮から不規則な線を描くような素速い飛翔で躱しつつその場に居る者達から距離を取らせて何処かへ向かうリュウマの後ろ姿を…顔を赤くしたウェンディとカグラは熱い視線を送りながら見ていた。

 

「チッ…一々行動がイケメンだぜ!」

 

「彼はとてもカッコイイね」

 

「流石ボク達のライバルだね!」

 

「ふむ、やはりリュウマ君はイケメンの香り(パルファム)を多大に感じるね」

 

「カグラの顔がだらしないことになってるよ…」

 

「フェアリーテイルのウェンディもね」

 

そんな会話を後ろでされているのに気がついていない2人の恋する乙女達は、撫でられた頭に手をやりながら赤い顔で夢心地の気分に浸っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──チッ…何だこの数は?俺を殺したいというのは理解出来るが…些か多くはないか?

 

飛翔しているリュウマは咆哮を変則的に飛び交いながら避けているのだが…いかせん数が多い。

それに飛んで誘導している間にも色々な方角から小型竜が現れては狙ってくる。

 

その数何と無しに数えただけでも既に300はいると言ってもいい。

それに今も尚増える一方であった。

 

元々数は100がいいところだったのだが、マザーグレアが更に生み出してけしかけされているのだ。

そのせいで小型竜が300匹も現れては付け狙ってくる。

 

──まぁいい。目的の場所には着いたからな。

 

リュウマは飛翔しながら進むのをやめて空中で止まった。

その場所は街の中でも城の前にある広場とは別に、恋人や家族、散歩する人などが良く来る大広場であり、中央には大きな噴水がある広場である。

 

ここはとても広く、小型竜を集めるには打って付けの場所である。

何故こんな場所を知っているかというと…最初にこの街へ来たときに食べ歩きをしていたが、ちょうどその時にここを通って良い雰囲気の場所だな。と思っていたので印象に残っていたのだ。

 

 

「さて、止まりながら躱すのは少し面倒だ。──覚悟しろ傀儡共」

 

 

止まりながら一斉に放たれる咆哮を避け続けるのは無駄に神経を使う。

そこで小型竜が全て集まったのを確認して両手を空へと掲げ…膨大な魔力を練りながら言葉を紡いでいく。

 

 

天光満つる処に我は在り

 

 

黄泉の門開く処に汝在り

 

 

出でよ 神の雷

 

 

 

 

飛翔しているリュウマの真下に巨大な魔法陣が形成され、そこからは夥しいほどの魔力を放出している。

 

辺りから吸収するように束となっている光のような魔力が、雲の中から突如現れた下にある同じ魔法陣へと集まるため、天へと昇っていき交わり結束し増幅していく。

 

翼を広げながら両腕を空へと掲げているリュウマは神秘的な光景であり、この場に他の誰かがいたらつい息をするのも忘れて魅入ってしまうであろう光景の中で、魔法生物である故に恐怖を知らない小型竜達が…後ろへと後退する。

 

だが、後退している内に背中に何かがぶつかりその場から離れることが出来なかった。

押しても見えない壁のような物で遮られており、これ以上先へ進むことが不可能である。

 

それは、下に展開されている魔法陣の効力であり、この魔法陣の中にいる者は術者が許可するか術者を殺さなければ出ることが出来ない特別な魔法陣だ。

 

小型竜は追い込んでいるように思えて、誘導され何時の間にか罠にかかっていたのだ。

 

詠唱を終えて準備整え終わったリュウマは、小型竜達を無感情な瞳で見下すと…囁くように言葉を送った。

 

 

 

「これで終いだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『インディグネイション』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一筋の光が遥か上空から穿つように降り注ぎ、真下に居る小型竜達を轟音と眩しい光の中に捉えて呑み込み…消し去った。

放たれた秘奥義と呼ばれる魔法は強力無比でありながらリュウマが魔力を籠めることで、尚更威力が強化されて無慈悲な光の柱を大地に打ち立てた。

 

真下に逃げられない…否…逃がさない為の魔法陣のおかげで一気に殲滅出来たことに対して満足そうにしたリュウマは、一休みも兼ねて一度地上に足を付け──

 

 

「───ごぶっ─」

 

 

夥しい量の血を吐き出した。

 

決して身に余るような魔法を使ったわけでも、翼を使い続けた訳でも、何かの持病が再発したわけでもない。

理由は単純にして明快なこと…それは──

 

 

「他にも…いた…だと…ッ…」

 

 

背後に50程の小型竜が口を開き、その内の1匹の口から魔法を放った後なのだろう、煙が出ていた。

視線を己の体に戻せば、脇腹が半円を描くように抉られ…血を吹き出しており…リュウマの服を血で赤黒く染め上げられていた。

 

本来ならば気配で分かるのだが…今回は相手が悪かった。

相手はマザーグレアが創り出した魔法生物であり、一応は生物として分類は出来るものの、小型竜に意思や感情など無く、それ故に気配が無い。

足音は先程の大規模な殲滅魔法の衝撃によって掻き消され、姿は瓦礫となった建物の破片の背後に隠れて身を潜めていたのだ。

 

それも残りの40以上の小型竜は咆哮の魔力を溜め終わり、今まさに放とうとしており、リュウマは脇腹を大きく抉られていることから動けず、翼をはためかせようにも痛みが視界をチカチカさせていた。

 

そして──

 

 

 

「抜かった…か───」

 

 

 

「「「「「──────ッ!!!!」」」」」

 

 

 

数多くの咆哮がリュウマたった1人狙って放たれ…良くあるような窮地に一生を得るような救出劇があるわけでもなく、偶々通りかかった魔導士が小型竜を倒すのでもなく、本体のマザーグレアがやられたことで小型竜が活動停止するのでも無く。

 

ただただ至って当たり前のように魔法はリュウマの体の至る所を…抉り破壊した。

 

右腕の肘から先は吹き飛び、左足は付け根から抉られて宙を舞い、左肩は脇腹と同じように半円を描くように抉られて左腕は薄皮1枚繋がっているような状態へ慣れ果て、その他数多くの場所を消し飛ばし、翼は体と一緒にもがれ、1つの咆哮はリュウマの体の中心を正確無比に穿ち抜いて心の臓腑を消滅させ…最後の咆哮は頭の大部分を消失させた。

 

恐らくこの場に誰かしらが居たのであれば、その光景から目を背けるどころか、耳を塞いで叫び声を上げるであろう光景が今…広がっていた。

 

リュウマだった1つの肉塊は、人間の体とは言えない形をしているためにバランスを崩して後ろへと…血溜まりの中へびちゃりとした不快な音を立てながら倒れた。

 

 

此にて…妖精の尻尾(フェアリーテイル)所属、聖十大魔道序列七位たるリュウマの長かった人生は幕を下ろし──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

否ッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例え心の臓腑を消され、頭の大部分を抉り消されようと。

 

例え体中の肉を消滅させられ、人間たらしめる部位が残されていなかろうと。

 

例え出血多量による死亡が確認され、確実な死を突き付けられようとも。

 

 

 

この身はかつて()()()()()()()()()()()()最強無敵にして無双を欲しいままにしていた至高の肉体だ。

 

 

 

そしてその肉体の持ち主は…ありとあらゆる戦況を見通し、相手が切り札を出すならば更に切り札を出して真っ向からねじ伏せるような反則的な頭脳を持つリュウマその人である。

 

 

()()()()()()()()()()…彼にとっては()()()()()()()()()

 

 

殆ど肉が残されていない中で、その殆どの中に残っていたリュウマの口から、機械的な声色で()()()吐き出した。

 

 

肉体の大部分欠損による意識消失を確認

 

 

右腕部の肘から先の全消失、左脚部の全消失、左脇腹の消失32.38%、右肩の消失86.24%、右腕部の消失0.8%、両翼の消失92.17%で致命的損失を確認、よって魔法力82.37%の欠如を算出、()()()の消失99.98%により現時点機能及び活動停止、内臓の74.54%の消失、脳の損失87.61%により致死的損傷、皮下出血48箇所、体内血量67.97%の消失、全体の身体的損失を算定した結果76.95%と算出──

 

 

推奨・自己修復魔法陣及び肉体創生魔法陣自動展開による肉体の再構築。

 

承認・自己修復魔法陣及び肉体創生魔法陣自動展開による肉体の再構築を開始──自動発動(Auto Start)

 

 

──82.37%の魔法力損失によって再構築完了まで凡そ112秒と推測

 

 

肉塊と成り果てていた体中の至る所に魔法陣が組み込まれ、リュウマの肉体の細胞1つに至るまで全て再構築して完成させていく。

その光景を小型竜が見ており、回復していっていると分かった瞬間から咆哮による攻撃を開始しようとした。

 

 

外的生物による攻撃意思を感知

 

自動迎撃システムを発動

 

推奨・再構築による魔法力22.67%の回復により40.3%の魔法力による魔法迎撃

 

承認・魔法力40.3%の内20%を使用し『穿滅(せんめつ)』を発動

 

 

再構築された眼球が赤く不気味に光り輝き…攻撃準備を整えていた小型竜の内一体の頭部を一筋の閃光が穿ち、そのまま横凪に払って他の小型竜を消滅させた。

 

やがて一分程が経ち、リュウマの体は全て再構築され、破られた服も全て元通りに治っていた。

 

 

「──ッハァッ!!…ゲホッゲホッ…油断していた俺が悪いのだが…よくもやってくれたなァ──傀儡に過ぎん塵共がァアァアァァ…ッ!!!!」

 

 

()()()()()()()()腹を立てたリュウマは直ぐさま立ち上がり、目前にいる小型竜30体程を見やった後、目を瞑った。

 

「とある世界の邪眼を食らい死に晒せ、塵芥の(ゴミ)共が」

 

彼の目尻から血のように赤黒い何かが垂れ流され始めた。

瞼の奥の瞳は虹彩部分が黄色く変色し、何処か気味の悪い瞳へと造り替えられていた。

 

 

 

「『皆死邪眼(みなしにのじゃがん)』」

 

 

 

目を開け…小型竜達を見た…そして見られてしまった。

 

見られた残りの小型竜は、()()()()()()生物としての死を告げ…強制的に殺された。

 

とある世界に血のような何かが常に流れ出ている大きな目が特徴の、外見は翼長150センチメートルに満たない小さめのシロフクロウがいた。

 

稼動範囲が大きくすばやく動く首、可視範囲の広い眼などフクロウが生まれながらに持つ特性を多く備える。

 

しかし…そのシロフクロウは昼でも活動し、その飛行時の瞬間速度は340キロメートル毎時に達する。

これは鳥類でも最速にあたるハヤブサの落下速度に匹敵する。

その生態は一般的なフクロウのそれから大きく逸脱している。

 

そのフクロウは人間にミネルヴァと名付けられ、呼ばれていた。

 

そしてそのミネルヴァが持つ邪眼の能力は至ってシンプルにして単純明快…

 

 

 

視界に入った生物を即死させる

 

 

 

ただそれ1つである。

 

 

 

 

 

 

あぁ こわいよ こわい目が くるよ

 

 

 

 

 

 

山に住む仙人と呼ばれた猟師はそのミネルヴァの目についてこう語った。

 

ひとにらみ、その目のひとにらみでどんな生き(モン)も死んでゆくんじゃ。

 

ミネルヴァは仙人に撃たれて傷を負うも、軍がそれを引き取り兵器として活用しようとした。

だが、一瞬の隙を突かれて逃げ出され…放たれた大都市に住む住民約400万人に睨み殺した。

 

 

 

その掟はやはり1つ

 

 

 

《ミネルヴァ》に見られた者は皆死ぬ。

 

 

 

誰であろうともな。

 

 

 

一体どうしてそうなのか、何故ただ見るだけで生物全てが死んでしまうのか…?

 

 

 

 

理屈は分からない

 

 

 

 

しかし…やはり掟は1つだけ

 

 

 

 

目が合うのではなく、見られただけで例外も何も無く…見られた者は皆死ぬ

 

 

 

 

 

 

だれであろうともな

 

 

 

 

 

 

 

リュウマが使ったのはそのミネルヴァが邪眼であり、小型竜を残らず全て睨み殺して文字通り塵と化した。

 

邪眼は直ぐに解いていつも通りの目に戻しておく。

でなければ万が一にもここに誰かが来て、その人を見てしまえば例外なく必ず睨み殺してしまうからだ。

 

リュウマはしばらく辺りを見回して小型竜が居ないことを確認すると、羽ばたいてもしかしたら小型竜がいるかもしれないエクリプスの元へと飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──エクリプス前・広場

 

 

「か、硬い…!」

 

「ビクともしません…!」

 

「やはり魔力耐性の強いマギナニウム合金を使っているだけあって簡単に破壊は…」

 

エクリプスの所では、ハッピーに見つけてもらったルーシィがユキノと共に星霊を使ってエクリプス本体を破壊しようとしていた。

 

「ま、魔力が…もぅ…」

 

「…ッ!ルーシィ様!!」

 

黄道十二門を連続で使い続けてしまったがために魔力が底を尽き、目眩がしてしまい倒れそうとなる。

そこをユキノに支えられて転ぶことは無かったが、それでも立ち上がってエクリプスを破壊しようとしていた。

 

「この扉を消さないと…みんなが…街が…それはダメっ…誰も死なせたく…ないっ…それに…未来のあたしにも…言われたんだっ…未来を守ってって!」

 

どうにか立ち上がったものの、やはりフラフラしながらで足取りがおぼつかなく、今にも倒れそうだ。

それに立てたとしても魔力が無いので星霊を呼び出すことすら出来ない。

 

だが、それでも星霊を呼び出すために魔力を捻り出そうとして…

 

「ぅ…あ…」

 

後ろへと傾き、地面へと倒れ込んでしまい…

 

 

「大丈夫か?ルーシィ」

 

 

そんなルーシィを、どこからともなく現れたリュウマが優しく抱きとめて6枚の翼で優しく包んでくれた。

その温もりに閉じかけていたルーシィの目は開けられ、近くにあるリュウマの顔を見て泣きそうな笑顔を浮かべながら安心したように言葉を発した。

 

「リュウ…マ…」

 

「待っていろ。今魔力を分け与えてやる」

 

包み込んでいた翼を動かしてルーシィを完全に包み込み、中から一瞬黒い閃光が走ったかと思うとルーシィを解放した。

ルーシィが負っていた掠り傷などや、無くなっていた魔力が全開しており、完全治療を施されていた。

 

「ありがとうリュウマ!あ!それでリュウマ、お願いがあるんだけど…」

 

「どうした?」

 

「リュウマにはこの扉…エクリプスを壊して欲しいの」

 

「私達ではビクともしませんでした…」

 

傍に居たミラと、ユキノに言われて最初は疑問符を浮かべていたが、なるほどそういうことかと一瞬で理解してしまった。

 

ルーシィは、リュウマに避難させられた時、近くにあったゴミ箱に古い日記を見つけた。

それも未来から来た未来のルーシィが書き綴っていた日記だ。

 

そこにはリュウマが考えに至ったものと同じものが書かれていた。

 

万が一この時代においてエクリプスか破壊された場合、未来においてエクリプスが存在しないものとなり、連鎖的に未来のルーシィの存在は消える。

 

つまり、今この扉を破壊すると、未来は「扉が破壊された未来」と言うものに塗り替えられるのだ。

未来に扉が存在しないのであれば、未来のローグはこの時代に留まることは出来ず、ドラゴンも同じである。

それ故に扉の破壊なのだ。

 

「なるほどな。任せておけ」

 

そして頼もしいことにリュウマは任せろと言った。

それにホッとしたルーシィ達はリュウマの所から少し離れて見守ることにしたのだが、ハッピーは不安そうにしていた。

 

「けどリュウマ~、扉は魔力耐性を持ってるんだよ?どうやって壊すの?」

 

「クカカ…何も強い衝撃を与えなければ壊せないという物ではないぞ?例えば俺の場合はこうやって壊す」

 

エクリプスに向かって歩き出したリュウマは、目の前に立つとその扉に触れて魔力を背中にある翼へと集中させた。

 

「我が翼は破壊の翼──呑み込め」

 

6枚生えている翼の内、黒い羽で覆われている翼の3枚を扉へと触れさせた。

すると…その場所が真っ黒な色へと変色し始め、広がっていく。

 

「なっ!?バカな!?魔力耐性の強いマギナニウム合金を浸食しているのか!?」

 

正しくは侵蝕である。

此は最早食べているという感じなのではなく、蝕んでいるのである。

リュウマの純黒なる魔力に当てられたエクリプスは次第にその全体を真っ黒に染め上げられてしまった。

 

 

「砕け散れ」

 

 

翼を元に戻してから触れていた手に力を込めて押し付けると──手が埋め込んだ。

 

そこから罅が入って他の場所へと進んでいき、やがてエクリプスは先程までの巨大建築物とは何だったのか、崩れた黒い塊は風に吹かれただけでサラサラに砕けてその場から消失してしまった。

 

「やったわ!!」

 

「さっすがリュウマ!!」

 

「リュウマ様お見事です!!」

 

「ふふ、そうか?ありがブフォ!?」

 

どこかデジャビュを感じさせるような抱き付きからの後頭部をぶつけるという一連の動作を行い、エクリプス崩壊によるローグやドラゴン達の強制送還が余儀なくされて光の粒子となって消えていく。

 

 

 

 

城の地下にある1人の勇気ある少女(ルーシィ)の骸も…光の粒子となって誰の目にも晒されない内に消えて無くなってしまった。

 

 

 

 

 

此にて鮮烈を極めた竜と人間の戦いは幕を下ろしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リュウマの体良い匂いぃ」

 

「翼もふわっふわ…触り心地抜群ね♪」

 

「(あわわわわわ…!?勢いで抱き付いてしまいました…!は、早く退かないと──ぁ…すごい安心します)」

 

 

 

 

──何時までこの体勢なんだ…?

 

 

 

 

 




さり気なく特大の伏線を入れておきました。

気づいた方はよく読んでいらっしゃる。

気づかなかった方はもう一度注意深く読んでみて下さい。
あれ?これって…?って思ったらそこが伏線ですので(多分)笑



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第五六刀  戦いの後の休息

リアルの用事が一区切りついたので投稿です。
前回の竜王祭終了まで切り詰めて申し訳ないです…。

あと、長いです。




 

 

リュウマが時間跳躍することの出来る扉であり、街が今まさに炎と破壊が撒き散らされている原因でもあるエクリプスを、彼の純黒の魔力で侵蝕し、扉の材質を空気に触れるだけで砂状に崩壊してしまう特殊な材質へと()()させてしまった。

 

そのおかげで扉を通ってきた未来のローグや、7頭のドラゴン達は光に包まれながら粒子状になり元の時代へと還されていった。

 

一方ナツの方では、未来のローグと交戦し、マザーグレアと戦っていたアトラスフレイムに少し力を貸して貰い、見事にリュウマが扉を破壊するまでに未来のローグを打ち倒していた。

 

「オレが…負けた…だと…?」

 

「オレの知ってるローグは…お前みたいな奴にはならねぇし…させねぇよ」

 

ナツにやられてダメージが酷く、起き上がることすら出来ない未来のローグは呆然としながら呟きナツを見た。

するとそこで自身の体が光り輝いているのに気がつき、手が霞んで奥にある建物が見えたことから、自分は元の時代へと還されるのだと理解した。

 

そこでドラゴンを操り圧倒的力を見せつけたにも拘わらず抗い…最後には自分にもドラゴンにも勝ったナツ達に、この時代の未来が絶望に染まらぬようヒントを与えることにした。

 

「影だ…。影がオレを取り込もうとする……何度も何度もだ。オレの中の闇は消えず、フロッシュを失ったあの日…オレは影と1つになった。フロッシュは死ぬ──1年後だ」

 

「1年後…?」

 

「必ずオレに伝えろ。1年後にフロッシュを必ず守れ…と。───フロッシュは─────に殺される」

 

「────ッ!?」

 

未来のローグから1年後にフロッシュを殺す犯人の名前を聞いたとき…ナツは驚きで目を見開いた。

その人物の名はナツもよく知る人物だったからだ。

 

「それと最後に──」

 

もう消える寸前となった時…未来のローグは最後に何かを伝えるべくナツを見やり、先よりも増す真剣な表情を浮かべて言葉を紡いだ。

 

それを聞いたナツは固まってしまい、どういう意味だ!?と問おうとした時…時間切れになってしまったようで未来のローグは完全に姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

『リュウマは()()()隠している。気をつけろ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───???

 

 

未来のローグの攻撃を我が身を立てに過去の自分を守った未来のルーシィは死んでしまい。

当然だが意識が無い状態で戦いは終結しており、自身の体は光となって消えた後…自分は知らない何処かに居たのだ。

 

何か気持ちの良い風を肌で感じたのを機に、ふと目を開けてみると金色に輝く草原の中で寝そべっていた。

 

 

「ここ…どこ?……あれ?あたしの右手…」

 

 

美しく輝く金色の草原を見ながら、風に煽られて顔に掛かる髪を()()()押さえて今気がついた。

 

ルーシィは未来でドラゴン達の攻撃の余波を浴びたときに気絶し、目を覚ました時には僅かしかいないが生き残っている仲間に介抱されており、その時には既に右手が無かった。

 

余波で右手はぐちゃぐちゃに潰れてしまっており、切断するしかないということで切り取られてしまっていたのだ。

 

そんな右手が何故か付いており、服もドラゴンが攻めてきた当時あの時のままであるということにも軽く驚きながら、この場に他にも誰かいないか探すために歩き出した。

 

歩いても歩いても何故か疲れず、しかし目に映るのは変わらず金色の草原だけ。

疲れないのでどれだけ歩いたのか分からなくなってしまっているが、精神的に疲れてきた。

 

「もぅ…他には誰か居ないの?あたしだけなの?」

 

つまらなそうに言葉を漏らすルーシィは何と無しに空を見上げて流れゆく雲を見た…その時だ。

 

 

「ルーシィ」

 

 

「───ッ!!」

 

どこからかは分からない。

しかし今確実に自分の名を呼ぶ声がした。

それも…自分が1番会いたいと思っていた人の声だった。

 

 

「ど、どこ!?どこにいるのリュウマ!!」

 

 

叫んでみるが返答はない。

 

 

「こっちだぞルーシィ」

 

 

また聞こえた…この場にはいないが前の方から聞こえた気がする。

それに従いルーシィは駆け出した。

 

 

「こっちだ」

 

 

走る度に少しずつ聞こえてくる声が鮮明になっていく。

確実に近づいていっているという確信を得られたルーシィは、少しずつ霞んで歪む視界を無視して駆ける…駆ける駆ける駆ける。

 

 

「…んっ…!い…いったぁ…!」

 

 

歪む視界が邪魔で目を走りながら擦っていた時に、ちょうど地面が盛り上がっているところに足を取られて転んでしまった。

そこで少し座って目を強く擦っていると…

 

 

「あぁ、そう強く擦るな。拭いてやるから顔を此方に向けてみろ?」

 

 

膝に置いていた右手を…誰かが優しく包み込むように握った。

 

驚いて顔を上げると…ここまで走ってくるきっかけとなった声の主であるリュウマがクスクス笑いながらルーシィを見ていた。

 

やっと会えたことに喜びで胸をいっぱいにしながら、リュウマの胸元に勢い良く抱き付いた。

 

「リュウマ…!リュウマぁ…!りゅうまぁ…!」

 

「どうしたどうした…ふふ。仕方ないなルーシィは。…ほら顔を上げて見せてみろ。涙を拭いてやる」

 

「…っ…あ…りが…とう…」

 

リュウマが着ている着物の袖部分で優しく涙を拭ってもらったルーシィは、手を引かれながら立ち上がってゆっくり歩き出した。

 

「さて、行くとしようか」

 

「グスッ…どこに?」

 

「ははは…無論──あそこだ」

 

指を指している方に目を向けてみると…己が良く…よく知るシルエットが並んでいた。

 

「みんな…!」

 

「ルーシィ。お前は1人ではない。俺も居るし他にもあんなに居る。どうだ?もう寂しくないだろう?」

 

またせり上がってくる涙を目に溜めながら頭を縦に振る。

それを見ていたリュウマは強く手を握りしめ、よく知るシルエット…仲間達の元へと駆け出していった。

ルーシィもそれに従い顔を俯かせながら手を引かれてついていく。

 

 

 

 

 

「共に征こう──冒険の続きだ」

 

 

 

 

「うん!」

 

 

 

 

 

顔を上げた時…少女(ルーシィ)は涙を浮かべながらも…とても綺麗な笑顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──壊され消えたエクリプス前の広場

 

 

「ハァ…やっと解放された…」

 

抱き付かれていたリュウマはどうにか上から退いてもらい、何時までも生やしている訳にはいかない翼を消そうと封印の準備をしていた。

そこに顔を俯かせて表情が見えないルーシィが静かに近づき翼越しにリュウマの背へと抱き付いた。

 

「…!これは…ルーシィか?なんだまた翼か?」

 

「……少しだけ…こうさせて?」

 

震えているルーシィの声に気がついたリュウマは少し驚きながら、背中にいるルーシィを前に移動させて翼で包み込んだ。

涙を流しているところを他の人に見られたくないだろうということでの配慮だった。

 

ふんわりとした翼に包まれたルーシィは正面からリュウマに抱き付いて胸元に顔を押し付けた。

 

胸元の服が少し濡れていることに気がつきながらも…背中に腕を回して軽く同じ一定のリズムであやすように叩き、頭をもう片方の手で撫でてあげた。

 

 

「どうかしたのか?」

 

「ううん。何でも無いの。けどね…なんとなく……ありがとう」

 

「…どう致しまして」

 

 

 

 

リュウマの優しさに包まれているルーシィは、夢心地になりながら…少しの間だけこの抱擁に甘えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの…本当にこの様な服を着なければならないのですか…?」

 

「うん!すっごい似合ってる!」

 

「素敵よユキノ♪」

 

「ユキノのさんとっても綺麗ですよ!」

 

「ミラ姉ぇ…!これ締めるの手伝って~!」

 

「うふふ。はいはい」

 

「……………。」

 

ユキノは気が乗らないのだが、城にある豪華な服が並ぶ更衣室でミラやルーシィの手を借りながら美しいドレスを身に纏っていた。

 

今は既に大魔闘演武や竜王祭から数日経っている。

 

この国の王は見事街を守り、終いには全部とはいかないがドラゴンを倒してくれた魔導士達に王直々の署名が入った招待状を各ギルドへ送り、城の広場で大々的なパーティーを開いていたのだ。

 

「わぁ!」

 

「すっごい綺麗ですねこの部屋…!」

 

 

「おう。やっと来たかーーー!!!!」

 

「遅いぞお前らーーー!!!」

 

「この肉うめぇーー!!??」

 

「グレイ服着ろやーー!!!!」

 

「酒だーー!!酒寄越せーー!!!」

 

「カナ!!お城の中だぞ!?」

 

着替えが完了したルーシィ達一行は、パーティーの会場である広場へと行き感嘆の声を上げた。

その広場は豪華絢爛な装飾をこれ見よがしに使いあしらわれ、各ギルドのマークを垂れ幕のように垂らして歓迎してくれている。

 

他のギルドメンバー達や、違うギルドメンバーも集結しており、もう既に騒ぎまくっている。

しかしその中でルーシィを始めとしたミラやウェンディ達がある人物を探すが見当たらなかった。

 

「ねぇグレイ?リュウマ何処に居るの?」

 

「あ?リュウマ?……そういえばいねぇな。着替えは同じだったのによ」

 

「あんたは服を着なさいよ…」

 

「リュウマ兄なら選ぶのに時間掛かるから先行っててくれって言ってたぜ」

 

「あ、そうなの?」

 

行方を聞いてみたところ分からないと言われて困ったが、見かねたロメオが教えてくれた。

何でグレイが知らないんだろうと思ったが、服を着てない…というよりも着てないグレイよりちゃんと着ているリュウマの方が時間がかかると納得した。

 

 

「おぉ、なかなか広いではないか」

 

 

ちょうどそこに探していたリュウマの声がしたので振り向いてドレスについてコメントを貰おうと思ったのだが、振り向いて固まってしまった。

ミラやウェンディ、ちょうど見つけたエルザやその他騒いでいた女魔導士もリュウマを見て固まった。

 

 

「どうかしたのか?……何故皆俺を見る」

 

 

リュウマはこの場にいる白い服を着た者達とは違い黒い服を身に纏っていた。

中に着ている白い服とは違い反対の黒い服を着ていることで良く映り、少し開けられた胸元には目も眩む色気を感じさせる。

刀はいつも通り左腰に差しているが、それのおかげでどこかの軍人のような感じも醸し出されてしっかりしたイメージを突き付ける。

 

髪は流すのではなくセットしてもらったのか前髪をかき上げてオールバック風になっており、リュウマの顔がよく見え、形の整っている眉毛を始めとした鋭い瞳にバランスが悪くならない程度の高く美しい鼻、形が良く喋って動く度に視線を吸い寄せられる唇。

 

極めつけは自分が遅れてしまったことに申し訳なく思っていながら、パーティーに間に合ったことへの安心からの溜め息と、その時に浮かべた微笑みとも取れる軽い笑みである。

 

 

場に入って僅か3秒。

 

 

女性から話しかけられていたブルーペガサスのトライメンズメンバーの人気をぶち抜いた。

 

「リュウマとっても似合ってる…わ…」

 

「なんと美しい…」

 

「周りが輝いて見える…!」

 

「私生まれてきて良かった…!」

 

「まるで宝石のよう…」

 

「あぁ…是非ともダンスを…」

 

「お近づきになられたら…!」

 

 

「何だこれは…」

 

 

自覚していない当の本人は只管に困惑するしかなかった。

 

因みにこの時にトライメンズは自分達の敗北を瞬時に理解し、いらぬライバル心に火をつけていた。

リュウマからしたら解せぬ…である。

 

 

 

色めき立つ女性陣が騒ぎ、もてはやされたリュウマが照れているところに嫉妬した恋する乙女達が鋭い視線を送って本人に冷や汗を流させた後、騒ぎはやがて沈静化して元のパーティーの雰囲気を取り戻した。

 

「ねぇ見てシェリア!宝石みたいなゼリーあるよ!」

 

「わぁ…本当だ…どんな味がするんだろう?」

 

ウェンディとシャルルは仲良く色々な場所を見て回り、お盆に載せられた煌びやかに光り輝くゼリーを見て目をキラキラさせていた。

 

「美味しいぞ?食べてみろ」

 

「あっ、リュウマさん!」

 

「リュ…リュウマ…さん」

 

ちょうど近くで違う物を食べていたリュウマは、食べたそうにしている2人を見やると同じゼリーを2つ手にして近寄った。

ウェンディは嬉しそうにし、シェリアは何故か知らないが顔を赤らめていた。

 

 

「「おいし~~~~!!!」」

 

 

「良かったな2人とも」

 

「いいな~2人とも…」

 

取り敢えず渡されたゼリーを食べてみると、口に広がる柑橘系の味に思わず叫んでしまう。

美味しそうに食べる2人をみていると、リュウマの横から声が聞こえ、振り向くとメイビスが口に指をくわえて羨望の眼差しを送っていた。

 

「ハァ…仕方ないな。ほら、食べてみろ」

 

「え?でも私は触れることも──出来る!?」

 

「俺がやったからな」

 

「どうやってやったんですか!?」

 

「それは無論──秘密だ」

 

片目を瞑りながらウィンクするリュウマが、今のメイビスには神様に見えた。

受け取ったゼリーをいただきます!と言いながら美味しそうに食べるメイビスは子供にしか見えず、食べられて嬉しいメイビスはだらしない笑顔を見せた。

 

 

何故幽体であるメイビスがゼリーを食べることが出来たか知りたい?

 

ならばこんな言葉を教えよう。

 

 

 

 

リュウマ クオリティ である。

 

 

 

 

「あの…リュウマさん」

 

「ん?」

 

飛び回りながらゼリーを食べるメイビスを見ていたリュウマに、ウェンディが話しかけてきてそっちを向くと、ゼリーが載ったスプーンを顔を赤くしながら差し出していた。

 

「そ…その……あ、あ~んっ」

 

「…ふふふ…あ~ん」

 

そんな可愛らしいウェンディの行動を無下に扱う訳がなく、ちゃんと「あ~ん」と絶対に言わなそうな言葉も合わせて口を開けてゼリーを食べた。

それを見ていたウェンディはぱぁっとした表情を浮かべ、次に恥ずかしさがMAXになったのか走って何処かに行ってしまった。

 

「ははは…何とも可愛らしい──ん?」

 

──クイックイッ

 

微笑ましそうに後ろ姿を見ていたリュウマであったが、服の裾を引っ張られたので誰だ?と思いながら振り向けば…シェリアがいた。

 

 

「あの…あ~んっ」

 

 

それも先程のウェンディと同じように、ゼリーではないがマカロンのようなサイズの小さいお菓子を差し出していた。

同じゼリーだと嫌かな?と思ったシェリアは、違う食べ物を取りに行っていたのだ…優しい子であり可愛らしい。

 

 

「ありがとう。…あ~ん」

 

 

そしてちゃんと食す。

 

 

差し出された物が案外小さいため、一口でいけると思ったリュウマは少し大きめに口を開けて食べたのだが…勢い余ってシェリアの指ごと口に含んでしまった。

 

 

「ぁ…」

 

 

──ちゅっ

 

 

「おぉ…これも美味いではないか……シェリア?」

 

「…………キュゥ──」

 

シェリアは大会中に起きたちょっとした(首筋から魔力を奪われた)ことを思い出して気絶した。

 

その時の顔は真っ赤でありながら幸せそうだったような。

 

 

 

 

 

「よう、やっと来たんだな。おっせーぞ」

 

「待たせたな。すまん」

 

料理を食べているとリュウマの元へラクサスが現れて話しかけてきた。

それを料理から目を離して手に皿を持ちながら返答する。

 

「なんでンなに時間掛かったんだ?…つか料理盛りすぎだ」

 

「服を選んでいたら遅くなってしまった。…そんなに盛ったか?…普通だと思うが」

 

もちろん出された料理はどれも美味しく大量にあるためなくなるということは無い。

無い…が。

 

 

「皿の上が山みてーになってるし、重さで皿が割れそうだぞ」

 

 

そう…料理の重さで下にしている皿が悲鳴を上げそうになっているほど盛って食べているのである。

それを気にした風にも無く、それどころかまだ積み上げる。

 

「心配するな──魔法で重さはゼロだ」

 

「魔法の使い方勿体なさすぎんだろ!?」

 

何とも無駄な魔法の使いようにツッコミを入れるが、リュウマからしてみたら使い方は正しい。

でなければ皿が割れるから。

 

「ところでよ、ナツ見てねーか?こんな所だと1番に騒ぎそうなあいつが騒いでねぇ…」

 

「む…確かにそうだな…」

 

「……なんかありそうだな」

 

「……何かあるな」

 

とても仲が良く意見が一致した瞬間であった。

 

「まぁ…いい。流石に今から探すのは面倒だ」

 

「…当ててやるよ。飯食いてぇだけだろ」

 

「…………大魔闘演武優勝に乾杯」

 

「図星かよ…まぁ、乾杯」

 

少しの間ゆったりとしながら雑談をし、笑い合っていると女性が何人か寄ってきてナンパをされた。

ラクサスは体が大きく顔も厳ついので近寄りがたい面もあるが、大魔闘演武での活躍をしてなかなかに人気なのだ。

 

特に筋肉好きな女性方からは。

 

「ラクサス様~!」

 

「私とお喋りしましょ?」

 

「わぁ…!すっごい筋肉~!」

 

「お、おい……リュウマ!どうにかし…ろ…」

 

因みにこの時にリュウマは察知してその場から退散していた。

忍者も驚愕の抜き足である。

 

「あいつ…!オレをダシに使いやがった…!」

 

「ね~え~?こっちを見てよ~…!」

 

「ちょっ…覚えてやがれ…!」

 

「お前達!ラクサスにベタベタ触るな!!」

 

 

この後見つかったラクサスに攻撃されるが余裕で回避した。

 

 

 

 

 

 

 

「リュウマ!」

 

「いっぱい食べてるね!」

 

「…ん?ミラとリサーナか」

 

ラクサスの所から退避していたリュウマは、皿に乗せている料理を早々に食べ終わり、違うテーブルに載っている料理の方に侵蝕を開始したリュウマだったが、ステーキを12個程食べたところで笑顔のミラと苦笑いのリサーナが来た。

 

「リュウマの服とっても良いわね!すごくカッコイイわよ?」

 

「ありがとうミラ。選ぶのに時間をかけたからな、そう言ってもらえると嬉しい。ミラもドレスがよく似合っているではないか」

 

「あら!そうかしら?でも、少しだけキツいのよね…」

 

「そこは…仕方ない」

 

胸元を少し押さえながらそう言うミラに、ストレートに言うわけにもいかないのでお茶を濁した。

それも仕方ない、ミラはとても発育がいいのだ。

何処が…とは野暮である。

 

「そ・れ・よ・り・も♪「似合っている」じゃどう似合っているのか分からないな~?」

 

「まぁ、確かにな…」

 

「だから…ね?私は言って欲しいな~?」

 

「…とても綺麗だぞ。ミラ」

 

「ん~??私が~?それともドレスが~?」

 

「も、勿論ミラだ」

 

「あら♪ありがと♡」

 

 

「ねぇ何時まで2人してイチャイチャして私放っておくの?」

 

 

流し目を送りながら片目を瞑り、分からないな~と言いながら唇に指を添えて甘く囁く。

それがとても妖艶で、強調されている胸に視線がいきそうだが、それを我慢して顔を見れば表情にやられる。

リュウマもドキリとしながらも綺麗だと伝えた。

 

そうすれば嬉しそうに、しかも向けられたこっちが蕩けそうになる笑みを向けられて更に心臓の鼓動を早め、視線を吸い寄せられてしまう。

 

周りに甘ったるいピンク色のオーラを放つ2人に声をかけたのはリサーナだった。

最初から一緒に居るのに、なんだか無視されたようでムッとしながら話しかけた。

 

「すまん。勿論リサーナも綺麗だぞ」

 

「ムゥ…ありがと」

 

「ごめんね?ちょっと前に立ったら止められなくて♡」

 

「流石にイチャイチャする場所考えようよ…」

 

「イチャイチャしてないのだが…」

 

リュウマの声は残念ながら周りの笑い声などの喧騒に掻き消されてしまった。

 

「ねぇ、ナツ見てない?」

 

「いや、見てないな」

 

「そうなんだ…探してもどこにもいないんだよね…」

 

寂しそうに言うリサーナを見て、リュウマは少しだけニヤリとすると…その呟きに対して返答した。

 

「そうだな、どこにもいないな…」

 

「どこ行っちゃったんだろ…?」

 

「折角着飾った姿を見て褒めて欲しいのにな?」

 

「そうなんだよね…───ハッ!?」

 

ごく自然に言われたことに答えてしまったリサーナは、言ってしまってから気がついてバッと振り返ると…

 

 

「なるほどなるほど」

 

「あらあらリサーナったら♪」

 

 

とってもニッコニコな(リュウマ)(ミラ)が居た。

 

「なっなっな…!?ち、違うよ!?違うからね!?別に私がナツに褒められたいとかそういうんじゃないからね!?ほんとだよ!?だからそのニヤニヤした顔やめて2人とも!!」

 

「一体どうしたんだ?別に俺は褒める相手がナツとも…ましてや褒められるのがリサーナとも言ってないぞ?」

 

「~~~~~~~~ッ!!!!////////////」

 

「リサーナ可愛いっ♪」

 

「ニヤニヤしながら言わないでよぉ…!」

 

「む、どうした?顔が赤いぞ?大丈夫か?ン?」

 

「リュウマのせいでしょーー!!!!もうーー!!リュウマなんて大嫌いーーー!!!!」

 

リサーナはからかわれたことにもう赤い顔を上げていることが出来ずその場から立ち去って……走り去ってしまった。

 

「クカカ…嫌われてしまった」

 

「うふふ。リサーナったら正直になれば良いのに♪」

 

「そう言ってやるな」

 

「顔を赤くするリサーナは新鮮だったわ!」

 

仲良く喋る2人であるが、この場にリサーナがいたら確実に怒っていただろう話の内容で笑い合っていた。

リサーナからしてみればどっちも悪魔だ。

 

「偶には…ねぇ?」

 

「クックック…まぁ、偶には…なぁ?」

 

 

 

悪魔みたいだった。

 

 

 

 

 

 

 

ミラとの話しを切り上げたリュウマはまた別なところを見ながら違う料理を食べるために適当なところを歩っていた。

 

「もっとだ~!もっと酒持ってこ~い!!」

 

「カナか…いや、飲み過ぎだろう…」

 

カナは叫びながら使用人を使わせて次々と酒を飲んでいき、そこら辺には空いて空になった酒の瓶などが落ちて散らばっている。

 

いつも通りなカナに笑いながら近づいて飲み過ぎだぞと言うと、カナは振り向いてリュウマの肩に腕を回して寄っかかりながらご機嫌になる。

 

「おー!リュウマじゃーん!なになに?私に会いに来たのか~い?か~わいいね~!!」

 

「いや、今お前に飲み過ぎって注意した通り注意しに来ただけだろ…」

 

「んじゃ早速私と酒を飲もーー!!!!」

 

「聞けや人の話!!」

 

「まぁそう言うな。俺なら大丈夫だ」

 

叫んでいる男を手で静止しながらこの場を任せてもらい、酒のせいで少し顔が赤いカナと酒を飲むことにした。

 

「ほ~ら!私がお酌してやるよ~!ありがたく飲みなよ~?」

 

「分かった分かった。それにしても注ぎすぎだ溢れる」

 

グラスに入れてくれるのはいいのだが、いかせん満帆まで入れてくるので少し傾けたら溢れそうになっていた。

それを溢さないように飲みながらカナとの会話をしていく。

 

「大魔闘演武ではなかなかの人気っぷりだったね~?」

 

「そうか?確かに万年最下位のギルドが勝ち進めば、ある程度の人気は出てくるだろうな」

 

「ちーがーうー。あんたが女の子から…ってこと!ま~ったく、どんだけ周りの奴等を落とすに落とせば気が済むのか!」

 

「何故そんなことを気にする?」

 

「はー?そんなもん私が……」

 

「私が…?」

 

ここまで言いかけてカナははたと気がついた。

私はこんな所で一体何を言いかけているんだ?と。

しかし相手はリュウマであり、どこかの主人公(ん?なんだって?)みたいなことはしないし、耳も良いのでちゃんと聞こえている。

 

 

「私が……なんだ?気になってしまうだろう?」

 

 

なので酒を飲みすぎで騒ぎまくって使用人を困らせているカナにお据えを据えてやることにした。

 

「いや~…それは……」

 

「それは?」

 

「それは…そうっ…私が落とされた女に同情しちゃうからさ!」

 

「そうか?だが、何故その言葉が中々出てこなかったんだ?もしかして──違う事を言ったのか?」

 

これでもかと突っついてくるリュウマに後退していってしまうカナであるが、その離された分をリュウマが進んで埋めていき、カナは後ろにあったテーブルに腰が当たってしまい逃げ場を失った。

 

「何故逃げる。俺は聞いているのだが?」

 

「ちょっ…待て待て…!それ以上は…!」

 

追い詰めたまではいいが、リュウマはそこから左手をカナの後ろにあるテーブルに付いて尚更近づいて距離をゼロにし、右手は頬に持っていって親指で優しく尚且つ軽く擦る。

 

「な?聞かせてくれれば退けるのだが…気になって仕方ないのだ…聞かせてくれるか?」

 

「う…ぁ…」

 

「う~む…なかなか教えてくれんな。…もしかしたら酒で少し酔っての発言で間が空いたのかもしれんからな?そうなのであれば酒も程々にな?」

 

「はぃ…」

 

やっと解放してくれるのを、前に居るリュウマが離れていくことで分かったカナは肩を軽くするが、またも…それもいきなり近づいたリュウマに驚いて仰け反ってしまうも、リュウマは左手で頬をそっと掴んで逃がさず、カナの左耳に口を近づけて一言発した。

 

 

「どこか惜しい気もする内容かもしれんが…今は…な」

 

 

「~~~~~~~~~ッ!!!!ぉ…」

 

「お?」

 

「覚えてろーーーーーー!!!!!」

 

どこかに走り去ってしまうカナを見ていたリュウマは、手を軽く振りながらその場を去って行った。

 

 

最後に見えたカナの顔が赤かったのは…酒のせいなのかそれとも別の何かか?

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ…これも美味い。そこの使用人。このここからここまでの料理をそれぞれ30人前ずつ持ってきてくれ」

 

「かしこまりました。30……え?」

 

料理を注文するというだけで使用人を驚かせながら又も料理を食べているリュウマの元に、モジモジしながら歩って来るユキノとルーシィが来た。

 

「ほう…綺麗だぞユキノ」

 

「あ…ありがとうございます…!」

 

リュウマに褒めてもらえたことでほんのり顔を赤くし、はにかみながらお礼を言うユキノは文句の付けようもなく綺麗だった。

 

「リュウマ~?」

 

「ちゃんと気がついているぞ。それにルーシィも綺麗だ」

 

「ありがとう!」

 

「それに元お嬢様なだけあって、ドレスがよく似合うな」

 

「もう!それは言わないでよー!」

 

 

「ユキノ?」

 

するとそこでユキノに声をかけてきた男がいた。

それはスティングであり、その後ろにはローグ等といったセイバートゥースの全メンバーが居た。

セイバートゥースが全員こっちを見る中、ユキノは踵を返してしまう。

 

「あのっ…やはり私…来るべきでは…」

 

「待ってくれ!話しを───」

 

帰ろうとしているユキノに慌てたスティングは、急いで駆け寄って腕をとり、話を聞いてもらおうとてをのばすのだが、下から2本の槍がスティングの進行を遮るようにクロスしながら出てきたので止まざるを得なかった。

瞬時に任意の場所に武器を出せるのはエルザかもしくは…

 

「リュウマさん…」

 

「どうしたスティング?ユキノに何か用か?」

 

リュウマその人だけである。

 

驚いているスティングの前に立ち、ユキノへの道を阻むのは今まで自分達が調子に乗り、傷つけた者達の最強である。

そんな彼の冷たい瞳はスティングの体の自由を奪いその場に足を縫い付け、冷や汗を流させる。

 

応えを間違えるとどうなるか今更ながら分からない。

しかしユキノに言わなくてはならないことがあるので引き返すことは出来ない。

 

「悪い…ユキノが居るの知らなくて…マスターとお嬢は姿をくらませたんだ…」

 

「…!」

 

「オレ達はこれからセイバートゥースを作り直していく……お前にはその…冷たく当たったけどさ…これからは仲間を大切にするギルドを作りたい」

 

「それを…それを私に言ってどうするんですか…?」

 

スティングからの言葉に顔を俯かせながら困ったようにするユキノ。

そんなユキノにスティングは戻ってきて欲しいと言って頭を下げた。

 

「調子がいいのは分かってるんだ…それでも…」

 

 

「無論!調子が良すぎて笑いが出そうだ」

 

 

話に入ってきたのはカグラだった。

それも頬が赤くなっているため、酒で少し酔っているであろうカグラだ。

 

「ユキノの(コレクション)は私が預かっている!ユキノは私達人魚の踵(マーメイドヒール)が貰う!異論は一切認めん!!」

 

「「「何ィーーーーー!!!!????」」」

 

「え…?えぇ…!?」

 

驚くユキノは悪くない。

いきなり現れたかと思えば貰うと言いだしたのだ。

それもカグラの後ろには他のマーメイドヒールのメンバーが勢揃いしていて本気だと分かる。

 

 

「待てーーい!!」

 

 

そしてそこに更なる乱入者ならぬ乱入ギルドが来て場を掻き乱す。

そんなギルドはどこだと周りを見渡すと…

 

「それはウチとて黙ってはおれんな!」

 

「漢だ!」

 

「そーよそーよ!流れ的にウチに入る感じでしょー!!」

 

「おう!」

 

「ユキノはウチが貰うんだよ!」

 

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)だった。

 

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の皆様まで!?」

 

 

まさかの掻き乱す犯人が自分のギルドだと思うと項垂れたリュウマである。

 

「いいや、君のような美しい女性は…」

 

「僕たち青い天馬(プルーペガサス)でこそ…」

 

「輝くぜ」

 

「くんくん。何と美しい可憐な香り(パルファム)

 

「ウチにいらっしゃいな」

 

負けじとこの場にブルーペガサスも混じり…

 

「そういうことならこの蛇姫の鱗(ラミアスケイル)もユキノ争奪戦に参加しよう」

 

「張り合ってどうするんじゃ…」

 

「ウチに来いっての!」

 

「キレんなよ…」

 

またまたあたらしくラミアスケイルも混ざりだし…

 

(おとこ)くせーギルドに咲く一輪の花ってのは…魂が震えてくらァ…大会はどーでもいいがこの戦いには絶対負けねーぜ!」

 

「「「「フォーーーーー!!!!!」」」」

 

果てには四手首の猟犬(クワトロケルベロス)まで入ってくる始末。

それには流石のマスター達も止めるかと思えば…

 

 

「やってやろうじゃねぇか」

 

 

「大会の憂さ晴らしには丁度良いぜ」

 

 

「回るよ」

 

 

「若い頃の血がふつふつしちゃうわぁ」

 

 

俄然乗り気であり、マスター同士でメンチを切り合っている。

やがて本当にユキノ争奪戦は始まってしまい、大乱闘に発展してしまった。

呆然と見ていたユキノはしゃがみ込んで涙を流してしまう。

 

「何も泣くことないじゃない?」

 

「い、いえ…だって…」

 

近づいたミラはしゃがみ込むユキノに目線をあわせるように一緒にしゃがみ込み話しかけた。

ユキノは涙を流して顔を手で覆っていたが、顔を上げれば…

 

「だって…ウソでも嬉しくて…!」

 

涙を流しているが…とても嬉しそうに笑っていた。

 

「うふふ。やっと笑ったわね♪」

 

「グスッ…はいっ」

 

「あなたにはこんなにも居場所があるのよ?」

 

「ありがとう…ございます」

 

ミラの笑顔と言葉に温かい気持ちになりながらニコリと笑うユキノは、最初の頃の無表情などがウソのようであった。

 

 

「どれ、そろそろユキノ争奪戦に俺も混ざるとするか───覚悟しろ貴様等」

 

 

「オイやべぇって!フェアリーテイル最強来たぞ!!」

 

「んなもん数で押せば何とか──くぴゃっ」

 

「オレがぶっ飛ばして──あひゅっ」

 

「よっしゃー!!やったれー!!リュウマーー!!──あふんっ」

 

「あれ!?味方もやった!?」

 

「うわこいつ敵味方関係ねぇ!?」

 

 

「「「「誰か止めろーー!!!!!」」」」

 

 

リュウマが加わって更に大乱闘が激しさを増す…かと思われたが…一方的なものになりつつあったのでそうでもなかった。

 

 

「静まれ!!そこまでだ!!陛下がお見えになる!!」

 

 

上から叫んだアルカディオスの言葉に一度静まり返って沈静化された。

 

「この度の大魔闘演武の武勇と国を救った労をねぎらい、陛下直々にご挨拶なされる…心せよ」

 

みんなが注目しており、上の陛下が現れるであろうスペースに目を向けていると幕が左右に開き…中から陛下が…

 

 

「皆の衆!!楽にせよ!!かーっかっかっかっかっかっ!!!!」

 

 

「「「「なーーーーー!!!???」」」」

 

 

王の証である冠を被っているナツが現れた。

 

「オレが王様だーー!!!王様になったぞーー!!!!」

 

ご機嫌に叫ぶナツであるが…みんなはまさかの自体に固まっており、マカロフの毛はそよ風と共に抜け落ちていった。

 

後にどうにかナツの暴走に終止符を打ったリュウマは、今とても困り果てていた。

ナツを止めて陛下からねぎらいの言葉を(リュウマからしてみればクソほどもいらないが)頂き、いざパーティーの続きを…となった時に音楽が流れた。

 

それはこの場にいる者達でのダンスの開始を意味していることであり、男が女にダンスのパートナーを申し込む時である…のだが…。

 

「リュウマ様私と踊りましょう!」

 

「いえいえ私と!」

 

「私と踊りませんか?」

 

「是非ともダンスのお相手を!」

 

「リュウマ様にエスコートしてほしいわ」

 

四方八方を取り囲まれてしまっていた。

開始早々これであり、輪から抜けようにも押し潰されて出ることはおろか移動も出来ない。

 

と、そろそろダンスを断ろうとした時だった。

 

 

「リュウマ?私と踊りましょう?」

 

 

ミラがとてもニコニコしながらダンスの申し込みをしてきた。

ニコニコしながらである…とても自然とは思えない不自然さでニコニコしながらである。

その迫力に負けて形成されていた輪に亀裂が入ってリュウマをミラが持っていった。

 

「助かったぞ…」

 

「大丈夫よ?でも…いい気はしなかったかな?」

 

「そ、そうか…」

 

他のパートナーを見つけた者同士が踊る所へと出てきたリュウマは、ミラに手を差し出した。

 

 

「では御礼に──私と一曲踊って頂けますか?」

 

「はい。喜んで♡」

 

 

2人はゆったりとしながら踊り、偶にはターンをしながら周りの視線を奪っいく。

 

「ダンス出来たんだな?」

 

「私的にはリュウマが出来たことが驚きだけどね?」

 

「まぁ、やる機会があっただけだ」

 

2人は雑談をしながらもステップを踏んでいき、初心者とは思えない華麗なダンスをした後互いに離れて一礼し終えた。

 

「とても楽しかったわ♪またしましょ?」

 

「あぁ、付き合おう」

 

 

 

 

 

 

───エルザ

 

 

「エルザはダンス出来るのか?」

 

「勿論だ!任せておけ!」

 

「何だろうな…不安が頭をよぎった」

 

手を取り合いリュウマがエルザの腰に手をやろうとする前に…何故かエルザがリュウマの腰に腕を回した。

 

「おいエルザ?……まさか」

 

「私は踊れるが…男のパートしか踊れん!」

 

「だと思ったぞ」

 

そのままダンスが開始されてしまいどうにかエルザを女性側のパートに持っていこうとするが、踊り始めてしまいリュウマが女性側のパートを踊る羽目になってしまった。

 

「おい待てエルザッ!俺達を注目しているぞ!今すぐ交換だ!!」

 

「そんなつれないことを言うな。私なら平気だ」

 

「俺の話だ!!っておい止ま──」

 

 

この後踊ったがずっと恥ずかしいままだった。

 

 

 

 

 

 

───カナ

 

 

「あれ、こうか?」

 

「違うぞカナ、ここはこうだ」

 

カナと踊っているが、踊り自体に興味がなかったのか全く踊れず、周りのダンスを見様見真似でやろうとするので更におかしな事になっていた。

 

「お!こんな感じかい?」

 

「そうだ。良い調子だ」

 

教えていると何時ものおちゃらけた感じのカナではなく、リュウマの話しを真剣に聞いて踊りを覚えてきていた。

それには目を見張るものがあり、教えながら踊るのもなかなか楽しく思えてきた。

 

「このパターンを繰り返していれば大丈夫だ」

 

「なんだ、案外簡単だね」

 

「カナはセンスがあるな」

 

「まっあねー!」

 

フフンとちょっとドヤ顔しながらリュウマを見ており、それには少し笑ってしまった。

 

「それにしてもカナが真剣にやるとは…」

 

「意外だって?そりゃそうさ───」

 

踊りながら腰に回しているリュウマの手を少し引いて体を寄せさせ、頭の位置が低くなったら耳に口を近づけて──

 

 

「だってさ…折角リュウマと踊るんだ──一緒に楽しく踊りたいもん」

 

 

「─────ッ!!」

 

丁度その時音楽はやみ、カナはリュウマから離れて一礼した。

立ち去るときに少し振り向き舌を出しながらウィンクして…

 

 

「クスクス…さっきのお返しだよっ」

 

 

リュウマは少し顔を赤くしながらその場に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

───ルーシィ

 

 

「流石元お嬢様…ダンスはお手の物か…」

 

「もう!それ言わないでって言ったのに!」

 

「違う褒めているんだ。今まででルーシィが1番上手い」

 

「そ、そうかな…?まぁ、あたしはやらされてた…って方が合うんだけどね」

 

ルーシィは元は大金持ちの社長の一人娘なので色々なパーティーにも出席した。

その時に会社の頭として娘であっても恥をかかせないためにもルーシィは無理矢理ダンスのレッスンをやらされていた。

 

昔の事を思い出して懐かしいなと思う反面、今はもう既に父は他界してしまっていることを思い出して表情が少し暗くなる。

 

「わっ…リュウマ?」

 

「そう暗い顔をするな。…ダンスは得意なんだろ?ならば──これに付いて来れるか?」

 

「上手い…!…ふふ。負けない!」

 

2人は競い合うようにダンスを踊っていくが、どちらも一歩も引かず荒々しくも洗練された動きで周りを魅了しダンスを終えた。

 

「まさかあそこまで付いて来れるとは…」

 

「はっはっは!どーだー!…ぷっ」

 

「参りましたー!…クッ」

 

2人は互いにクスクス笑いながら離れてリュウマは軽く頭を下げて一礼し、ルーシィはまるで本当のお嬢様のようにスカートを摘まんで持ち上げ、膝を軽く折って一礼した。

 

 

「また貴方からの申し込みを心待ちにしていますわ」

 

「では…必ずや御期待に応えましょう」

 

 

 

因みにこのダンスが今日のMVPだった。

 

 

 

 

 

 

 

───ウェンディ

 

 

「身長差があって踊れませんね…」

 

「そうだな…ではこんなのはどうだ?」

 

その場で回り始めると雲のような物がリュウマの体を包み込み、勢いが止んで雲のようなものが収まるとそこには…

 

 

「どうだ?これならば踊れるだろう?」

 

 

なんと背の高さがウェンディ程…というよりも、リュウマ自体がウェンディと同じ位の男の子になり、服もそれに合った大きさまで縮小されて着ていた。

 

「えっ!?これが昔のリュウマさん…」

 

「然り…いや──うん。そうだよ」

 

「わぁ…!」

 

年相応とでも言うようなにこやかな笑顔と共に言葉も柔らかくなり、声のトーンが声変わり前の高い声になった。

 

ウェンディは昔のリュウマなど知らないため、目を輝かせて見ており、リュウマが小さくなった辺りから周りの女性は目をギラギラさせて見ていた。

 

「なんか変な視線感じるけど…ではウェンディさん──ボクと一曲踊って頂けますか?」

 

「は、はい!よろしくお願いします!」

 

「あははっ、そういうときはね?喜んで…でいいんだよ?」

 

「はぅっ…よ…喜んで…」

 

2人は少し小さいペアでのダンスとなるが、ウェンディの健気にダンスを踊る様と、そんなウェンディに笑みを浮かべながら優しく先導してエスコートする小さき紳士のダンスはとても微笑ましいものだった。

 

「あの…その声と口調は昔のリュウマさんなんですか?」

 

「んー、一人称はもう少し前から俺になったけど、本当に小さい時はボクって言ってたんだ」

 

「そうなんですか…」

 

「気に入らなかったら元に戻すよ?ウェンディはどっちがいい?」

 

「では、少しだけこのままでも良いですか?私の知らないリュウマさんを見ているようで新鮮です!」

 

「そう?ならこのままにしておくね?」

 

2人は笑いあいながらダンスを踊っていき、楽しげにダンスを踊っていたが時間が来たために離れて一礼した。

 

「じゃあまた後でね?」

 

「はい!」

 

 

 

この後数名の女性に追い掛けられたリュウマだった。

 

 

 

 

 

 

 

───シェリア

 

 

「あの…よろしくお願いします…!」

 

「そんなに緊張しなくてもいいぞ?」

 

シェリアは最初の頃のやりとりを思い出して赤面しているが、ダンスをやめようとは思っていないようだった。

 

「あの…私も身長差があって踊れないから…ウェンディみたいにしてくれると嬉しいな」

 

「あぁ…あれか…やるとまた追い掛けられそうで怖いが…まぁいいだろう」

 

早速魔法を使って昔の頃の姿になろうと思ったら、シェリアが待ったをかけた。

それには首を傾げたが、シェリアは少しのお願いがあったのだ。

 

「あのさ、ウェンディよりも少しだけ成長した位の頃にしてくれないかな?同じ身長よりも少し高い方が踊りやすそうだし!」

 

「それくらいなら任せておけ」

 

お題通りウェンディの時よりも少し成長した時の姿に変わったリュウマを見て、シェリアは目を輝かせてみていた。

 

「同じくらいの子はウェンディくらいしかいないけど、少し年上ぐらいの子はもっといないんだよね!」

 

「それが本音だな?」

 

「あっ…てへへ」

 

仕方ないなと言いながらも、そのまま踊ってくれるリュウマはやはり優しいとシェリアは思った。

大会の試合の時に恥ずかしい方法でやられたが、タオルケットが掛かっていた時は驚いた。

 

それと同時に優しさにも触れて、自分の体温で温められたタオルケット意外に、違う暖かさを感じたのだ。

 

「そういえばあの時のタオルケット返してなかった…」

 

「あれならお前にやろう。手放したくはないだろう?」

 

「ちょっとだけっ」

 

「あれはお前にやるから好きに使って良いぞ」

 

「ありがとう!大事にする!」

 

最初の赤い顔はなりを潜めて楽しそうにダンスをするシェリアは、文字通り楽しそうだった。

ダンスの音楽がやんだら一礼した。

 

「ダンス楽しかったよ!」

 

「俺も楽しめたぞ」

 

 

 

 

この後また追い掛けられた。

 

 

 

 

 

 

 

───カグラ

 

 

「師匠。私にも子供の頃の姿に──」

 

「やらん」

 

「な…何故ですか!?」

 

「気づいてないとでも思ったか?2回ともお前追い掛ける側に混じって俺を追い掛けただろう」

 

実はカグラはあの時に一緒に混じって追い掛けてきていたのだ。

リュウマはそんなカグラの存在に気がついており、此奴の前で昔の姿に戻ろうとするのをしないと心に誓った。

 

「何故ッ!師匠のあの愛くるしい姿がお目にかかれたのですよ!?そんなの写真に納めて永久保存するしかないじゃないですかッ!!」

 

「開き直るな」

 

「そして愛くるしい姿の師匠を抱き締めながら日常を謳歌して…ふ…ふふふ」

 

「鼻血拭け」

 

何故こうも敬愛されているのか本気で分からなかった。

弟子の頃に慕うようになったならば有り得ないというものだ。

常人ならば1年で軽く100回は死ぬような修業をさせたのだ。

そんな鬼畜を慕う奴など普通はいない…カグラを除いては。

 

「何故そうも俺を慕う?師匠事をしていた頃は自分で言うのも何だが相当過酷だったはずだぞ」

 

「───だからこそです」

 

ダンスをしながら質問してみれば、過酷であったからこそであると述べた。

それには流石のリュウマもよく分からず首を傾げた。

 

「最初はまだ小娘であった私をどうとでも思っておらず弟子入りを拒否されていました。しかし、私に可能性を見いだして頂いたのを境に過酷な修業内容を課せられました」

 

「まぁな」

 

「ですが、それはつまり。それ程の過酷な修業を私が突破しやり遂げることが出来ると感じて下さったということです。本当にどうでもいいならば甘い修業にすることも、適当な修業内容を課して放っておくことも出来たはずです。しかし師匠は過酷な修業を課す他にもずっと付きっきりで修業を見てくださったり、師匠自ら相手をしてくれたりと他とは違う充実した期間でした」

 

「そう…か」

 

まさかカグラがここまで自分のことを思っていたとは思わず、言葉を失ってしまったのも無理はない。

確かに修業させていた時は、今まで教える相手がいなかったこともあるが、自分でも過酷だと思う修業を小さい子供にやらせた。

 

しかし…カグラは弱音どころか泣き言1つ言わず、やり遂げ…他にも拘わらず次の修業はなんだと、次はどうすれば良いのかと教えを請う始末。

だから自分も教えを請う者に教える立場となって厳しくした。

 

カグラは修業に専念しすぎて他のことを考える事など出来ないと思っていたが、なるほど。

 

 

己の弟子は自分が思っていた以上に出来る弟子のようだ。

 

 

「フッ…お前は本当に良い弟子だな───」

 

 

「ということで───」

 

 

カグラはダンスの音楽が止んだと同時に離れたかと思えば膝をついて胸元の谷間から1つの箱を取り出して開き、中を見せるようにリュウマへと掲げた。

 

 

 

「正式に私と結婚して下さい」

 

 

 

「先程までの俺の感動を返せ」

 

 

 

それよりも、とうわけで…の使い方がよく分からんし、何故この流れでプロポーズをすることになったんだ?

そもそもそれは男がやるのではないのか?

そして…またプロポーズかッ!!

なんだ?カグラお前はお前自身が夫で俺を嫁にでも取るつもりなのか?阿呆なのかお前は。

それよりマズいこの状態だと誤解…というよりも此奴は本気も本気だがここはホールのど真ん中…絶対に面倒なことになるな…よし断ってこの場から消えるか

 

と、頭の中で思考するのに0.1秒。

 

口を開いて断りの言葉を送り、この場から逃げるというのを実行しようとして口を開く…ここで0.2秒。

 

 

「ねぇどういうこと?リュウマ?」

 

「お前は何故私の妹(となったカグラ)からプロポーズを受けている?」

 

「リュウマさん…その…OKしちゃうんですか?」

 

「リュウマ?ちょっとお話ししよ?」

 

「私のカード占いでは女難の相が出てるよ。ところでこれ何?」

 

「リュウマ様…私…」

 

「えーと…少しだけ気になるなーって思って」

 

 

「…………………………来て囲むの早くない?

 

 

目にもとまらぬ速さというものを体験したことはあるだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

俺は今体験したぞ(白目)

 

 

 

 

 

 

 

 

周りの男達は全力で体ごと眼を逸らした。

 

 

 

 

 

「あのだな…話を聞いてくれると嬉し──待て何故近づいてくる?その奇妙な動きをする手はなんだ?何故全員にじり寄って来る?俺は囲まれているんだぞ?逃げ場が無いし…いや、やめ──」

 

 

 

 

「「「「お話し(OHANASI)……しよ?」」」」

 

 

 

 

 

 

 

城から男の叫び声のようなものが聞こえたとか聞こえなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 




少し飛んだ部分とかありますが…そこはすみません。



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異世界へと跳躍
第五七刀  消えた男


ここからはオリジナルです。
結構重要かもしれませんし重要でないかもしれません。

話数的には2、3話を企画しており、御理解頂けるかもしれませんが短い話数です。




 

 

城に招待されて招待されたギルドの者達は一晩中騒ぎ立てて翌日である今日、それぞれのギルドが建ってある街へと帰っていった。

フェアリーテイルとて同じで、今はもう帰りの馬車に乗ってユラリ揺られていた。

それ故にナツは酔っていた。

 

「うっぷ…気持ち悪ィ…」

 

「だったら乗るんじゃねーよ。降りて走りやがれ」

 

「なんか名残惜しいわね~…」

 

「ばいばいクロッカス」

 

「随分長く滞在したような気がするぞ」

 

「………………。」

 

馬車の中では思い思いのことを喋って花を咲かせていたが、その中でもリュウマだけはずっと黙っていた。

 

「どうしたんだ?リュウマ」

 

「具合でも悪いの?」

 

「……誰のせいだと…」

 

何故リュウマが具合が悪いかと言うと…昨日の夜のカグラのプロポーズ。

それを聞いていたエルザやルーシィ達乙女達は、リュウマに正座をさせてお説教をしていたのだ。

その時間が長すぎて治っている今もなんだか痺れている感じがする。

それが気になって仕方なかったのだ。

 

「それにしても、リュウマはお姫様にも容赦なかったね」

 

「あい!それがリュウマですから」

 

「まぁ、妥当だとは思うがな。あれ以外の罰だと国そのものが崩壊しかねん」

 

エルザ達によるお説教から解放されて少しした後、この国の王直々に話しをしたいと言われてリュウマが呼ばれた。

何用か問えば…

 

 

『リュウマ殿は見事な采配にて我が兵士を使いドラゴンを倒したと聞いた。その類い稀なる智慧を持つリュウマ殿に問いたい。今回の事件を引き起こしてしまった私の娘であるヒスイを始めとした、アルカディオスや国防大臣にどのような罰を与えればいいのか』

 

 

と、提案してきたのだ。

それはこの国の頭として国王自ら下すべきではないのかと言ったのだが、自分はその場に居なかったどころか、自分の身内がこんな事を考えていたことに気がつきもしなかった。

 

それにヒスイは実の娘であり姫である事から贔屓気味にしてしまうかもしれない。

それでは他の者に示しがつかないということでリュウマに頼んだのだ。

 

その提案をリュウマは呑んで罰を考えることにした。

リュウマ以外の者はあまり酷いのにしないでやってくれと進言したが…勿論却下だ。

 

示しがつかないということで自分に頼んできたというのに、軽くしたら何の意味があるのか分かったものではない。

それにいくら王族であろうと処罰は処罰。

王族であるから裁かれるのではなく、王族であり過ちを犯した故に処罰されなくてはならないのだ。

 

 

『ヒスイ姫には2年間、この国の街に降りて無償奉仕を命じ、この国に住む民の視点を知り国民の考えを教授され、民がどういった生活を送っているのかを知ってもらう。要は見聞を広めろ…ということだ。今回の事件は世間を知らなすぎるが為に起きたものだ。これは世間を知ることから始まるのだ』

 

『国防大臣及び騎士長であるアルカディオスに関しては1年間における給与減給。貴様等は関係ない人間を巻き込み取り返しのつかないことをする一歩手前までいった。貴様等が例え自分が悪だと言われようと遂行すると言ったそうだが、それならば貴様等は悪にすらなれない(ゴミ)だ。そんな貴様等は今までやってきたことを心の中に刻み込んで王に仕えろ。他の兵士はこれから毎日例え嵐であろうとも訓練をさせる。訓練メニューは従来の4倍だ。休みは与えん、死ぬ気でやれ。出来ないと弱音を吐くならばその場で腹を切って死ぬか、己の故郷にでも帰れ、訓練如きも真面に出来ん兵士(ゴミ)は居ない方が余程役に立つ』

 

 

リュウマが下したのはそういう罰であった。

ヒスイは見聞を広めるためにもこの国に住む住人達と触れ合うことで気持ちを理解し、物事の善し悪しを身に付けろということだ。

 

国防大臣やアルカディオスに関しては解雇でもいいと思ったのだが、この国において重要な立場にいる2人を一気に失うというのはかなりの打撃に繋がるので減給と王の仕事の手伝いだ。

兵士に関してはドラゴンを追い込むまで戦ったことは誇りではあるが、敵前逃亡しようとしたのは事実。

それはこの国に仕える兵士としてやってはならないことである。

 

なので訓練を休まずやらせてメニュー量は今までの4倍にした。

もしこれすらも出来ないならば兵士として役に立つどころか、兵士ではなく敵から城を守る肉の壁にしかならない。

 

兵士や国防大臣、アルカディオスは内容を聞いて唖然としていたがヒスイは直ぐにそれを受け入れた。

自分の行いが今回の悲劇を生んだのは周知の事実であるし、それどころかこんな内容が罰にしては軽いと思っていた。

本来は国が崩壊しても良い程のことであったからだ。

国王もその内容でいいと言って先程のリュウマの提案をそれぞれに課した。

 

他にもリュウマがしたことがある。

それはセイバートゥースについてのことであった。

いくら前マスターであるエンマやミネルバなどが行方不明になったからといって、今までの行いが許されるわけではない。

 

『ところでセイバーの貴様等はルーシィに対して謝罪したのか?』

 

『えっ…それは…』

 

『ミネルバの小娘にやられていたルーシィを見て大きく口を開けながら嘲笑っていただろう』

 

『それは…』

 

()()謝罪していないのだとしたら早くした方が良いぞ?俺は気が短い時が多々あるのでな』

 

『『『『はいぃ!!』』』』

 

『今すぐいけ3秒以内だ。でなければ──殺すぞ』

 

『『『『イエスマム!!!!!』』』』

 

因みに脅したときのリュウマの目は赤く輝いていて魔力を感知したため、もし直ぐ行かなかったら何時ぞやの小型竜のように消滅させられていたかもしれない。

 

『『『『ルーシィ様!!!!』』』』

 

『えっ!?ちょっ何!?何なの!?』

 

『『『『あの時は笑って本当に申し訳ありませんでした!!!!』』』』

 

『わ、分かったから!だから顔を上げて?』

 

『『『『ありがとうございます!!』』』』

 

『顔上げないし面倒くさい…』

 

セイバートゥースはルーシィに許してもらえて良かったと言える。

何故ならばルーシィの背後に文字通り眼を光らせているリュウマがジッと見ていたからだ。

 

後はセイバートゥースのメンバー達がリュウマに怯えていただけでパーティーは恙なく行われた。

ルーシィへの謝罪の他にも、ユキノがセイバートゥースを信じてまた所属することも決まった。

 

最初は渋っており、どうしようか決められなかったようだが、自分を見るときのスティングや他の者達の目がとても真っ直ぐであったことを感じ、信じてみることにしたのだ。

 

ユキノとセイバートゥースの話も終わり、パーティーが終わって解散したら定められたギルドの本拠地に戻り、朝日が昇るとそれぞれが帰って行ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───マグノリア

 

 

馬車に揺れること数時間のこと、フェアリーテイルのメンバー達はマグノリアへと到着した。

マグノリアの街はそろそろフェアリーテイルが街に到着することを聞かされていたのか、街の至る所にフェアリーテイルのマークが描かれた旗を吊るし、クラッカーや紙吹雪などを舞いて歓迎していた。

 

「来たぞ!帰ってきた!!」

 

「ほら早く!!みんなこっちこっち!」

 

「待ってましたー!!」

 

「おかえりみんなー!!」

 

帰ってきたことに気がついた街の人達は道のサイドに集まりフェアリーテイルに手を振ったり指笛などを鳴らし、まるで凱旋のよ…いや、まさに凱旋であった。

 

「さぁみなさーん!大魔闘演武優勝ギルドをぉ……盛大な拍手で迎えましょう!!」

 

「おめでとー!!」

 

「よくやったぞー!!!」

 

「フェアリーテイル最高!!」

 

 

「「「「妖精の尻尾(フェアリーテイル)凱旋だーー!!!!」」」」

 

 

市民の前に立って指示を出していたのは意外にも黄昏の鬼(トワイライトオーガ)であった。

黄昏の鬼(トワイライトオーガ)が何者か忘れた者の為に補足するのであれば、7年の呪縛に掛かっている間に居残りメンバー達に金を貸すが器物損害や居残りメンバーなどに攻撃するなど、何かとちょっかいをかけてきていたギルドであった。

 

もっとも、トワイライトオーガとフェアリーテイルの話はリュウマにマカロフが任せ、リュウマはエルザとミラを連れて殴り込みに行って最後にマスターを含めたトワイライトオーガ全員を完膚無きまでに叩きのめした。

 

それからトワイライトオーガの面々はリュウマ達にやられた恐怖から心を入れ替え、今のように少し前までの悪い噂が嘘のように良きギルドへとなっていたのだ。

そもそも、フェアリーテイルをこの様に出迎えるように提案して資金を出したのはトワイライトオーガでもある。

 

「すっごい人の数…」

 

「マグノリア近隣からも集まってくれているようだな」

 

それぞれは笑顔で手を振りながら空けられた道を進んで行く。

実はマグノリアだけの人だけではなく、マグノリア近隣に住む人々も凱旋の為に集まってくれているのだ。

 

「イェーイ優勝じゃー!!」

 

「ミラちゃんこっち向いて~!」

 

「は~い♪」

 

「「「可愛い~~~~!!!!」」」

 

「姉ちゃんを変な目で見るな!!」

 

「エルフ兄ちゃん恥ずかしいからやめてよ…」

 

ミラは男性陣にとても人気で、その人気は街に配置されたラクリマで流された女の魅力勝負が切っ掛けとも言える。

 

「おぉ、これはスゴいな…」

 

「ギヒッ!オレ達が1番だーー!!!!」

 

「おー!!ガジルだ!!」

 

「鉄影竜ヤバかったよな!」

 

「双竜戦ではどっか行っちまったけどな!」

 

「オイ!今言ったの誰だコラーッ!!」

 

「やめとけガジル」

 

未だに気にしているのか、スティングとローグとの戦いでのトロッコ事件は苦い思い出のようだ。

それをバッチリ見られていたので、残念ながら街の全員が知っていたし見ていたので怒っても無駄だった。

 

「皆さん応援ありがとうございました」

 

「もう!もっとシャキッとしなさい!」

 

「ウェンディちゃーん!」

 

「ウェンディちゃんナイスファイトだったよ!!」

 

「こっち見てくれ~!!!!」

 

シェリアとの2人でいるところが微笑ましいということで、ウェンディも人気があり、極一部からの特殊な男性陣からは多大な支持率を獲得していた。

 

「ルーシィ良くやったね!」

 

「あ!大家さん!」

 

「よぉルーシィちゃん!」

 

「と…何時も船に乗ってる人!」

 

「優勝と家賃は別の話しだからね!」

 

「ですよねー…ハァ…」

 

大家さんに良くやったと言って貰えて嬉しいものは嬉しいのだが、やはり大家さんは甘くは無かったようだ。

家賃の話はまた別なようで項垂れていた。

 

「エルザさ~ん!」

 

伏魔殿(パンデモニウム)最高だったぜー!」

 

「刀持ってるところ格好良かった!」

 

「エルザー!!愛してるぜーー!!!!」

 

「うむ、なかなか恥ずかしいものだな」

 

「みんなよく見てるんだねぇ」

 

エルザの活躍も見られており、美しい容姿から支持率もあるが、特に凄かったのが伏魔殿(パンデモニウム)だ。

その姿はまさに凛と咲き誇る緋色の花。

みんなの心を鷲掴みにした。

 

「皆も人気だな」

 

「あら?リュウマがそれ言っちゃうのかしら?」

 

「本当の人気者はリュウマだよ?」

 

「リュウマさんが1番人気の筈ですよ?」

 

「そうでもな──」

 

話していた時だった。

エルザやミラ、ルーシィやウェンディと行った美人美少女が集まったことで目線がそっちにいき、それに伴い話していたリュウマを見つけた。

 

 

「リュウマだ!!!」

 

「キャーーーー!!!!リュウマ様ーーー!!!!」

 

「聖十大魔道のリュウマだ!!」

 

「リュウマ様ペロペロ」

 

「こっち向いてくれーー!!!!」

 

「サイン下さーーーい!!!!」

 

「MPFの時はスゴかったぜ!!」

 

「完全に破壊してたもんな!!」

 

 

「ほらね?」

 

「途中で変なのが混じっていなかったか?」

 

「気のせいじゃない?」

 

「そう…か?」

 

因みに全く気のせいではないし言っていたが、知らない方が吉というものだろう。

リュウマの人気は凄まじいもので、一概に手を振って歓声を飛ばしている。

 

 

「皆ありがとう。俺の試合も見てくれていたんだな。…ん?服にサインしてほしい?無論いいとも……これでいいか?」

 

「ありがとな!!」

 

 

「応援ありがとう。…ん?名付け親になって欲しい…名付け親!?そんな大事なものになっていいのか?……分かった分かった。そこまで言うならば…『ルクス』というのはどうだ?ありきたりになってしまうが『光』という意味がある」

 

「ありが…グスッ…ありがとう…ございますっ…!」

 

 

「それではお前は…何?頬を殴って欲しい?いや…それは流石に…やってくれなきゃ自殺!?待て分かった…!…これでいい──かッ!」

 

「あふんっ…やぁん♡幸せでしゅ♡」

 

「……変わった女性だな…」

 

 

「どうした?また子供を連れて来たがまた名付け親か…?何?この子に加護を与えて欲しい?…いや神ではないから出来な……分かったやるからそんな捨てられた猫のような目を向けてくれるな……ん゛ん゛……名も知らぬ人の子よ…我、リュウマの名の下に如何なる時も健やかに又、此からの人生に幸があらんことを祈り…加護を与える……まぁ、恐らくこれからの人生も健康に生きていくだろう」

 

「ありがとうございます…!」

 

「ねぇママ?せきが出なくなったよ?」

 

「えっ!?喘息が!?まさか…うぅ…リュウマ様…いや、神様…!」

 

「なんだろう。何時の間にか人間から神に崇められた気がするぞ」

 

 

「おっ…おぉ…いきなり抱き付かれると困るのだが…出来れば離してくれるとありがたい、少し鋭い視線が体に刺さっていてな……友達と一緒に写真を撮って欲しい?それぐらいなら構わんぞ」

 

「見てみて!リュウマ様と写真撮っちゃった…!」

 

「やっばい!超ヤバい!!」

 

「学校のみんなに自慢できるね!」

 

「リュウマ様大好き!」

 

「悪い気はしな……これは不可抗力だろう…?そんな目で見ないでくれルーシィ達…」

 

 

「リュウマちゃん!」

 

「む、これはこれはケーキ屋のおばさん」

 

「優勝したからね!お祝いにこれ持っていきなよ!」

 

「これは1番と2番人気のケーキ…!?それも20個ずつ…こんなに貰っていいのか…?」

 

「いいのいいの!またおいでね?」

 

「ありがとう。必ず行こう」

 

「ふふふ。待ってるわね」

 

 

素通りして行くのは可哀想だと思いリクエストに応えていったら、一部の方々に神扱いされてしまって困ってしまった。

だが神扱いされるのも仕方ない、生まれ持った病気をその場で治してしまったのだから。

 

 

「街のみんなにいいもん見せてやるよ!!」

 

 

ナツは大通りの真ん中で持っていた袋を開け、中に手を突っ込んでガサゴソと何かを取り出そうとしていた。

やがてお目当ての物が見つかったのか、取り出して上に掲げた。

 

「じゃじゃーん!!」

 

「…ハッ!?国王の冠!?」

 

「ハァーーーー!!!???」

 

「持って来ちゃったんですか…!?」

 

「あ、これじゃなかった」

 

全く違う物を取り出して掲げたが、それは国王が頭に被っていた王冠であったため目を見開いたが、ナツは冷静に袋に戻して違う物を取り出した。

マカロフは毛がまたそよ風によって抜け去り消えていった…。

 

 

「じゃじゃーん!優勝の証!国王杯!!」

 

 

今度取り出したのは、国王の手ずから渡された大魔闘演武優勝の証である国王杯と呼ばれる大きな杯である。

黄金に光り輝くその杯は、長年最下位をとってきた居残りメンバーにとっては眩しくて眩しくて仕方が無い代物であった。

 

「うっ…うぅっ…!」

 

「信じられねぇよな…!」

 

「オレ達が優勝したんだぜ…!!」

 

「ずっと…ずっと最下位だったのによ…!」

 

「「「優勝したんだーーー!!!!」」」

 

「「「わーい!!わーい!!」」」

 

喜ぶ居残りメンバーの内、ロメオに国王杯を渡してナツが肩車をし、街のみんなに見えるように掲げた。

街の人々も誇らしそうにその光景を見ていた。

 

 

「えーコホン!これよりマグノリア町長から、記念品の贈呈です」

 

 

歩って来たフェアリーテイルを待っていたのは、この街マグノリアの町長であるおとこであり、後ろにはその記念品があった。

その記念品はフェアリーテイルメンバーを仰天させた。

 

「記念品とな?そんな気を遣わんでも」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の皆様…どうぞ此方へ──」

 

ついて行けばとても大きな建物が見え、それはこのフェアリーテイルの全員の我が家とも言える物。

 

 

 

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)は我が街の誇れであります。よって───ギルドを修繕して贈呈したいと思います」

 

 

 

 

なんとその記念品とは、7年の間に取り上げられてボロボロになっていた旧フェアリーテイルのギルドであった。

全体は見違えるように綺麗に修繕されており、それを見た居残りメンバーを含めたメンバー達は目に涙を浮かべた。

 

「ギルドが戻ったぞーーーー!!!!」

 

「あいさーーーーーーー!!!!」

 

「町長…あんたって人はぁ…!」

 

「いやいや、この街の者みんなで協力して直したのですよ」

 

「ぐ…うっ…おおおおおおおん!!おおおおおおおん!!!!」

 

街を直して贈呈してくれたはいいが、それをよくよく考えてみれば優勝してから数日しか経っていない。

それにも拘わらず綺麗に修繕されているということは、街の人々は寝る間も惜しんで作業に取り掛かってくれたということなのだ。

 

街の人々の底知れない優しさを見て感じたマカロフは大きな声を上げながら泣き叫び、心の底からこの街にいて良かったと思った。

 

 

「わ、ワシは…この街が大好きじゃ~~~~~~!!!!!!」

 

 

「「「「あはははははははははは!!」」」」

 

 

賑やかである街に、人々の笑い声が木霊した。

この日はお祭り騒ぎになり、2日連続でのお祭り騒ぎではあるが、フェアリーテイルにとっては騒ぐのは日常茶飯事だ。

今日も今日とて楽しそうであった。

 

 

「キキッ」

 

 

そんな光景を遠くの建物の屋上から眺める黒い生き物。

それはレイブンテイルにいた細長い体をした男が使い魔としていた生き物であった。

 

 

「キキッ…キヒヒッ」

 

 

その場からその黒い生き物は走り去り、建物から飛び降りて着地したらそのまま駆け出して街の中を縫うように目的地へと向かう。

 

やがて街から離れて森のような所へと入り、木々の間をすり抜けるように走って行けば1人の青年が胡座をかいて座っており、黒い生き物はその青年の肩へと飛び乗った。

 

 

その青年は───

 

 

「…大魔闘演武を見ていたのですね…ゼレフ」

 

 

 

───黒魔導士ゼレフと呼ばれている。

 

 

 

「…声は聞こえず姿は視えず…でも僕には分かるよ。そこにいるんだねメイビス」

 

「??」

 

ゼレフに分かっても、黒い生き物は感知出来ないようで首を傾げているが、この場に何かがあるというのはゼレフを見て理解していた。

 

 

「……7年前…あなたは私の近くに居た」

 

「……7年前…君は僕の近くに居た」

 

 

「あなたはまだ自分の死に場所を探しているのですか?」

 

「死に場所はもう決まっている。僕は何百年もの間…時代の終わりを見続けてきた」

 

 

話し始めたゼレフの背後に、メイビスはふわりとしながら着地してゼレフを見ていた。

 

 

「人々の争い…憎しみ…悪しき心…新たなる時代においてそれらの浄化をいつも期待する…もう何度目かも分からない…人々は何度でも同じ過ちを……」

 

「それでも人は生きていけるのです」

 

「生きていないよ。本当の意味では…人と呼べる愛しき存在はもう絶滅している」

 

「……………。」

 

 

彼等は互いに言葉を交わしているわけではない、端から見るとゼレフが独りでに喋っているだけにも見えるが、ゼレフにはメイビスがそこにいるのが分かり、何を言っているのか分かるのだ。

 

 

「もう…待つのはやめたのですか」

 

「そうだね。7年も考えて出した結論なんだ──」

 

 

ゼレフはメイビスと座って対話をしていたが、やがて立ち上がって空を見上げた。

 

 

「世界が僕を拒み続けるならば──僕はこの世界を否定する」

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)はこの世界を肯定するでしょう」

 

「これは僕からの贈り物……世界の調和……そして再生」

 

「…戦いになるのですか?」

 

「……いいや──」

 

 

顔を俯かせて表情が見えなかったゼレフは顔を上げてメイビスを正面から見据えた。

 

 

 

 

「──一方的な殲滅になるよ。誰1人として生かしてはおかない」

 

 

 

 

そしてその表情は……とても冷たいものであった。

 

 

 

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)が阻止します。滅びるのはあなたの方です」

 

 

 

 

それに対して見返すメイビスの瞳も…ゼレフ同様とても冷たいものを宿していた。

 

 

「君は妖精の尻尾(フェアリーテイル)が止められると思っているんだね。それは───“彼”がいるからかい?」

 

「あの人は…いえ…“あの方”はあなた達に滅びを届けるでしょう。それが“あの方”の歩んできた道であるから」

 

「“彼”……“リュウマ”の対抗策は既に考えてある」

 

「!?」

 

ゼレフの言葉に初めて表情を著しく変えたメイビス。

それもそのはず、彼女が知る限り彼に勝てる者など存在しないと確信しているからだ。

そんな彼に対して対抗策があるというのは、彼女を大いに焦らせた。

 

 

「“彼女”ならばリュウマを止めることが出来る。その内に君達は殲滅されて終わりだ」

 

「彼ならばそんな存在には負けません」

 

「そうだといいね。リュウマ…いや、こう言おうか──」

 

 

ゼレフはリュウマの知られざる過去を知る者の1人であるため…その名を口にした。

 

 

 

「フォルタシア王国元17代目国王リュウマ・ルイン・アルマデュラ……世界にその名を轟かせた伝説的な人物…それながら歴史に名を残されておらず…人々の記憶から消えた幻の王にして孤独の王……他国に住む人々は恐怖や触れてはならない存在の象徴としてこう呼んでいたね……殲滅王…と」

 

 

 

「………………。」

 

メイビスは黙ってしまう。

そんな存在がギルドにいるのは心強いのだが、それがいざ戦いの時に切り札として切れないのであれば少々キツい戦いになるかもしれないからだ。

 

 

 

───ナツ…決戦の時は近づいているよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかギルドの中に大浴場がね~」

 

「ん~~っ…はぁ…気持ちいい~~」

 

ルーシィはギルドの地下に新しく作られた大浴場で気持ち良さそうにお風呂に入っていた。

そこにはカナやリサーナ、レビィといったほかの女性達もおり、みんな大浴場を満喫していた。

 

「大魔闘演武優勝して以来仕事の量が増えたからね~…」

 

「こんな大浴場入っちゃうとやる気削がれちゃうよ~…」

 

「あれ?レビィちゃんは今日仕事じゃなかった?」

 

「どーゆー訳か分からないんだけどね…ジェットとドロイが偶には2人で行って来るーなんて言いだして…」

 

そう言っているレビィは呆れた表情をしているが、ジェットとドロイが今何をしているかというと…

 

 

「レビィにいいとこ見せるんだ!!…いねぇけど」

 

「当たり前だ!!オレ達だってやれば出来るんだよ!!」

 

「「だから助けてくれガジル~…!」」

 

 

「なんであんなの連れて来た…」

 

「勝手についてきたんだよ!!」

 

無理矢理にでもついていったくせして、ガジルとリリーの足をこれでもかと引っ張っていた。

それも相手は魔法も使えないただの部族相手である。

 

 

「そういえばナツとグレイは?」

 

「一緒に仕事行ったみたいよ?」

 

「へぇ!珍しい!!」

 

「最近仲良くなってるみたいだけど、意外だね」

 

「まぁ、ハッピーもいると思うけどね…」

 

因みにだが、この場にいないエルザとウェンディだが…エルザが報酬が高級ケーキというのに釣られて演劇にでており、ウェンディはそれに巻き込まれていた。

 

「あれ?でもそれだとあの髪の色…さっきからそこにいるのエルザじゃないの?」

 

「え?」

 

離れた湯船の中にいる緋色の髪を持つ女性がおり、リサーナはそれがエルザだと思っていたので不思議に思ったが、先も言った通りエルザはいない。

つまりこの人間は別人であることを証明している。

 

 

「金髪ぅ」

 

 

「な…!?レイブンのフレア…!?」

 

「何でこんな所に…!!」

 

立ち上がって振り向いた顔は忘れもしない、大魔闘演武の時にルーシィが戦った相手であるレイブンテイルにいたフレアだったのだ。

カナは敵だと認識して飛び掛かるが、ルーシィが押さえつけることで止まった。

 

「何すんだよルーシィ!あいつは…」

 

「あの人…そんなに悪い人じゃないかも…」

 

「は?」

 

フレアは指を合わせてモジモジしていたが、石けんの泡を塗りたくった髪をカナの方へと伸ばして絡みつかせた。

 

「体…洗ってあげる…隅々まで」

 

「スゴーーーーーイ!!??」

 

この後カナの全身は文字通りピカピカに綺麗にされた。

 

「私…大鴉の尻尾(レイブンテイル)が無くなって…行くところ…ない」

 

その言葉にルーシィとカナは顔を見合わせていたが、ルーシィはフレアを見てマスターに頼んでみようかと提案した。

 

「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」

 

「ウチに入るの!?」

 

「でも…妖精の尻尾(フェアリーテイル)には入りたくない…」

 

「「じゃあ出てくんなーー!!??」」

 

 

なんとも人騒がせなフレアであった。

 

 

何だかんだ騒がしい筆頭であるナツやグレイにエルザがいない日でも、それなりに騒がしく過ごしたその日の夜。

ルーシィが家に帰るとエルザとウェンディが既に入り込んでいた。

ウェンディだけは申し訳なさそうにしていたが。

 

来た用事は報酬で手に入れたケーキのお裾分けなのだそうだが…エルザはナツとグレイが揃って同じ仕事に行ったのがきになったようで、3日経っても帰ってきていないことから迎えに行ってみようという話しになった。

 

ルーシィもウェンディもその話に乗り、いざナツとグレイの仕事先に行って迎えに行ってみるのだが、仕事の内容自体はその日の直ぐに終わっていたそうだ。

では何故3日経っても帰ってこないかと言うと…。

 

「いい加減にしやがれこのクソ炎!!」

 

「それはこっちのセリフだ変態野郎!!」

 

「てめーはいつもいつも考え無しに突っ走りやがるから──」

 

「オメーがモタモタしてっから───」

 

 

どーでもいいようなことでの喧嘩がずっと続いていたからである。

他にもいつもなら止めるストッパー係がいるのだが、今回は2人とハッピーだけということで…こうして3日も不眠不休で争っていたのだった。

 

余談だが、喧嘩は止めに入ったエルザを2人がつい殴ってしまったことからエルザがキレて、2人を半殺しにして止めた。

 

 

「「「「あっはははははははは!!」」」」

 

「もうコイツとはぜってー仕事行かねぇ」

 

「それはこっちのセリフだバカヤロウ」

 

「仕方ねぇな2人とも」

 

「ガキじゃあるめぇしよ…」

 

帰ってきたエルザ達から事情を聞いた奴等は、その馬鹿みたいな話を聞いて笑っていた。

件の2人はずっとぶすくれていて不機嫌そうだ。

 

「マスター?また緊急の依頼書が届きました!」

 

「うーむ」

 

「大魔闘演武以来…魔導士を指名してくる依頼書が増えたのぅ…」

 

「みんな人気者になりましたしね?…特にリュウマは…」

 

「それもそうじゃのぅ…」

 

大魔闘演武優勝というのは影響力が大きいようで、大会以来から色んな地方から緊急と評して魔導士を指名してくることが多くなっていた。

 

その中でも特に被害者とも言えるのがリュウマであった。

 

彼は聖十大魔道であり、大会でも大活躍してきたということもありかなりの数の依頼が殺到していた。

それもただのクエストだけではなく、S級や…中にはSS級…果てには誰もクリアできない10年クエストなんてものも回ってきた。

 

指名された以上はやるしかないのだが、いかせん数が多いため1日に何回も出かけては帰ってきてを繰り返しており、他のメンバーはそんなリュウマを可哀想にと見ていた。

 

今日ギルドにいないのは、マカロフが最近ずっと仕事に行っていてろくに休んでいないだろうということで休ませているのだ。

彼はその言葉に甘えて自宅でゆっくりとしている。

ミラはリュウマのために何かしてあげようと家に行こうとしたのだが、休ませてあげたいのでやはりやめておいてあげることにした。

 

「どれどれ…おーいナツ!グレイ!お前さんら2人を指名の仕事じゃぞ!」

 

「「またかよ!!」」

 

「そういうことですか…」

 

「折角の指名だ!今度は仲良く行って来い!!」

 

実は一緒に行こうと言って誘って仕事に2人で行った訳では決してない。

ただ2人を指名してのクエストだったから一緒に行って仕事をしてきただけなのだ。

 

 

「……む?…むむむ……こ…これは…!?」

 

 

仕事の内容を確認していたマカロフの額に、少なくはない汗をかいて依頼書を穴が空くほど見ていたのを疑問に感じて、ど突き会いながらナツとグレイが2人ではもう行かないと言ったが、マカロフはそれを拒否するしかない。

 

 

「いや…これは行かねばならん…そして…絶対に粗相の無いようにせよ……!!」

 

 

マカロフのことをこんなにも戦慄させる依頼者が誰なのか気になり、みんなが注目して見る中…マカロフはその人物のことを語った。

 

 

 

「依頼者の名はウォーロッド・シーケン…聖十大魔道序列四位…イシュガル四天王と呼ばれる方々のお一人じゃ…」

 

 

 

なんと、ナツとグレイを指名したのは…大陸に定められた聖十大魔道の中で、イシュガル四天王と呼ばれる者の一人である人物からだったのだ。

 

イシュガル四天王というのはその名の通り四人おり、それぞれが聖十大魔道の中でも頭が幾つも飛び抜けた力を持っていると言われ、その強さは最早人間の域ではないと言われているほどだ。

 

 

「そんな凄い人が…」

 

「一体何事なんだ……」

 

 

 

 

これから何が起こるのか…それはまだ知るよしも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───リュウマの家

 

 

「ふっ…くぅっ…ふわぁ~……何時の間にか寝ていたようだ…」

 

リュウマは今、リビングにおいてあるテーブルの上に散らばった魔道書や、それの内容を噛み砕いて書かれているメモの紙などが散らばって居る上で突っ伏すように寝ていた。

解読していたのは、行って来た10年クエストの報酬で手に入れた何かの魔道書だ。

 

その街の図書館の限られた者しか入ることを許されていない特別なスペースの中に、その魔道書がおかれて埃を被っていた。

 

昔から置かれている魔道書は誰がどうやっても表紙すら開けることが出来ず、しかし古い物であるしそんな厳重に保管されていることから報酬として追加報酬として貰っていたのだ。

 

 

「全く…この文字は一体何時書かれたものだ?大分古いということしか分からないのでありとあらゆる文献を漁ったぞ…」

 

 

開かないならば何か開ける方法があるのではないか?と思い至ったリュウマは早速色々な文字について調べた。

魔道書の表面には彫られるようにして、全体に文字が刻まれていたからだ。

 

 

「まぁ、やっと理解したがな。今から凡そ300年前に使われ、それ以来使われていない古代文字だったからな」

 

 

調べて分かったのが、彫られている魔道書の文字が現在使われていない文字であったということ。

それを理解したならば話は早いというものだ。

言語を噛み砕いて理解し、マスターしてしまえばいいのだから。

 

こんな短期間に1つの古代言語をマスターするのは彼であってこそである。

 

 

「…『開き給え』」

 

 

──…カチャン

 

 

覚えた言語で言葉を放ってみれば、誰も開けることが叶わなかった魔道書から鍵の開くような音がして開けることが出来るようになった。

何分古い書物なので破かないように手袋をしながら慎重に開いていく。

 

しかし……

 

 

「…??どういうことだ?何も書かれていない…」

 

 

何も書かれていなかった。

 

そんなはずはないと思い、次のページ…次のページへと慎重に丁寧に、しかし出来るだけ早く捲っていく。

部屋にはリュウマの呼吸音と、ページを捲る音だけがあった。

 

 

「……ッ!あった」

 

 

ページを只管に捲っていくと、ちょうど中間辺りの部分のページの真ん中に文字が数行だけ書かれていた。

ちゃんと文字があったことにホッとする反面、こんな面倒な言語を覚えてまで開けた本の中が…たったこれだけかという苛つきが心の中に巣くった。

 

 

「チッ…所詮は追加報酬…期待などしていなかったが…これは想像以上だ」

 

 

文句を言いながらも、早速何と書かれているのか調べるために本に視線を落とした。

言語は覚えたので後は読むだけであるため簡単だ。

だが、書いてある内容は不可解なものであった

 

 

「『この本を開けし者よ 其方はこの本の力を目にするのに相応しき存在である 本の力…神の如き力を目にしたくば魔力を捧げよ さすれば扉は開かれ 其方に道を示すであろう  T D』…つまり魔力を籠めろということか?」

 

 

内容は理解出来るが、魔力を籠めるとどうなるというのかが分からないため渋られるが、この程度で終わりだと尚更苛つくということから魔力を籠めることにした。

 

 

「そんなに欲しければ──くれてやる」

 

 

リュウマは本を手に取って魔力を少しずつ流し込んでいくが、この時点で不思議なことが判明した。

 

 

──この魔道書…それなりに魔力をやったにも拘わらず全く起動する兆候が無い…。

 

 

魔力は少しずつではあるが、かれこれ5分以上流し込んでいる。

だというのに一向に起動する兆候が見えず、ただ魔力を持っていかれているだけなため、更にリュウマの苛つきを促進させる。

 

なので全力で送り込むことにした。

本が魔力に耐えきれなかろうが知ったことか精神で。

 

 

「魔力なんぞ幾らでもある。起動するまで流し込んでやるぞ、意味の分からん魔道書よ」

 

 

封印をしているリュウマの魔力は、全盛期の頃に比べれば悲しいものではあるが、それでも今の魔力量は聖十大魔道で普通に通用する程のものだ。

それを相当な勢いで湯水の如く与えていく。

 

 

───ガチャンッ!!

 

 

「────ッ!!」

 

 

とうとう大きな音と共に魔道書に変化が現れた。

 

何の反応も示さないままリュウマから魔力を吸っていた魔道書は少しずつ光り輝きだし、宙に浮かび上がったかと思えば次々に勢い良くページが捲られていく。

 

最後のページまで捲られた魔道書は眩しくて目を瞑ってしまうような光を発しながら震えだし、その本に送り込まれたリュウマからの膨大な魔力を使って扉とは言えない真っ黒な穴を部屋の中に開けた。

 

 

「なんだこれは…?───ッ!!??す、吸い込まれ…!!」

 

 

不思議に思って見ていたところで、突如体全体を凄まじい力で引っ張られていく。

それに抗おうと足に力を入れるが少しずつ引き摺られていき、空いた穴との距離は50センチ程にまでになってしまった。

 

 

「ぐっ…クッ……オォ…!!」

 

 

だが、魔道書が使っているのはリュウマの魔力であり、その量は1つで街1つを更地に出来る程のものである。

普段ならあらがえるものの、自分の魔力だと話が別だ。

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

「クソッ……ぐっ…グアァァアァアァアァアァアァァアァァ────」

 

 

 

 

 

 

 

《其方に可能性の1つを見せよう》

 

 

 

 

 

 

そんな声が、穴の中に吸い込まれている途中でどこからか聞こえてきた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

この日…リュウマは()()()()()()姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───???

 

 

「……ここは…」

 

穴に吸い込まれ、気絶していたのか目を開けてみると、自分は全く見知らぬ所にいた。

 

 

辺りは一面緑…つまり何処かの森の中だ。

 

 

しかし…何故かその森の光景に既視感を覚え、此処ら一帯に潤うように湧き出るエーテルナノ量に驚いた。

マグノリアのエーテルナノ量を10とするならば、ここは22といったところ、つまり魔力回復が2倍以上の早さで行えるのだ。

 

 

───ガサッ

 

「…ッ!!」

 

 

ここはどこなのか推測しようとした時…近くの茂みが揺れて動いた。

人を襲う魔物だった場合のために西洋剣を召喚して手に持ち、何時でも来ていいように構えた。

そこから現れたのは…

 

 

「う~ん…ここら辺で大きな魔力反応がしたんだけど…ボクが間違えたのかな……あれ?なんでこんな所に人がいるんだ?」

 

 

「──────ッ!!!!!!」

 

 

───こ…この子供は…!!

 

 

 

 

 

リュウマが驚愕で目を見開き固まってしまう人物であった。

 

 

 

 

 

 




取り敢えずはここまでです笑



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第五八刀  現状分析 刀は一本

オリジナルの内容書くのってものすごく大変ですね。
展開が分からなくなります。




 

 

「お兄さんはどうしてこんな所にいるんですか?ここどういう場所か知ってますか?」

 

───マズいな…まさかこんな事態になるとは…。

 

リュウマが目を開けて辺りを確認すると、自分は何処かの森の中に転移させられたのだと推測した。

しかし森だというのにどこか懐かしい既視感を感じ、疑問に思っていたところで茂みから一人の子供が現れた。

 

リュウマはその子供を見て驚愕した。

それは見間違いなどを起こしようのない、決定的な人物。

 

 

───何故…昔の子供の頃の“俺”が…!?

 

 

「ねーねー?聞こえてないんですかー?」

 

なんとその出て来た子供の正体は…小さき頃のリュウマであった。

背中に3対6枚の翼を持ち、身長の大きさからして恐らく8つか9つくらいの頃だろう。

服は豪華絢爛なものなのではなく、比較的動きやすいことを重視に作られた戦闘服のようだ。

 

見間違えるはずのない…嘗ての己自身なのだから。

 

 

「えい!!」

 

「んん!?」

 

 

若かりし頃の自分を見て呆然とし、何が起きているのか思考している間に子供のリュウマが痺れを切らしたのか、小さい水を魔力で形成してリュウマの顔に投げた。

いきなりの冷たい水に驚くが、無視のようにしていたことを忘れていた。

 

「あ、やっと気がついてくれましたか。それで…こんな所になんで普通の人が居るんですか?ここは普通の人じゃ直ぐに死んじゃうような所ですよ?」

 

「あ、あぁ…俺は遙々旅をしていてな?それなりに腕にも自信があるから、ここら辺に来てみようと思っていたんだ」

 

「…へ~え?」

 

リュウマの説明に少し片方の眉を顰めて返す。

頭の良さは小さい頃から発揮されていたため、子供が相手だからと少しの嘘でもつくと一瞬にしてバレてしまう。

それに規模は違うが嘘ではない。

 

少し時間軸が違う場所まで(強制的に)遙々旅をしているのだから。

しばらく子リュウマはリュウマを見ていたが、嘘をついていないと感じたのかニコリとしながら手を差し出した。

 

「そうですか。では自己紹介しませんか?ボクの名前はリュウマといいます。ここにはとある物を毟り…ん゛ん゛…奪いに来た少し強い子供です!」

 

「今毟るを言い直したのに結局同じ意味ではないか」

 

「あはは!間違えちゃいました!」

 

「なら仕方ないな」

 

「あれ、いいんですか…」

 

子リュウマは分かっていないが、互いがリュウマなので息はピッタリだ。

子リュウマもこんな会話を余りしたことがないのか、とても楽しそうに会話している。

 

「はい!ボクは自己紹介しました。お兄さんは?」

 

「俺か?俺の名はトラ。少し強い程度の流浪の旅人だ」

 

「トラっていうんですね!じゃあトラって呼んでもいいですか?」

 

「あぁ、それで構わない」

 

リュウマ改めトラは、本来の名を口にしてしまうのは危険だと判断して偽名であるトラという名を使用することにした。

互いに手を取り合って握手をした後、2人は会話の続きをし始めた。

 

「腕に自信があるんですね!ボクもありますが、今回取りに行く物はちょっと1人じゃ大変なんです…旅に支障が無い程度でいいので手伝ってもらえませんか…?」

 

───歳は恐らく6つか7つといったところ…そしてこの場所は“幻獣の森”…ということは恐らく“アレ”の採取のために来たのだろう。

 

トラの言う幻獣の森とは…遙か昔の世界にはドラゴンの他に、強力な力を持つ幻獣などがいた。

現代では余りお目に掛かる事は無く、例え出会えたとしてもそこまで強い幻獣などいない。

精々珍しい動物扱いが関の山だろう。

 

 

だが昔は違う。

 

 

ここ幻獣の森はリュウマの住む城から100キロ程離れた所に広がる広大な森。

その森に住む動物やモンスターはその一体一体がとても強く、幻獣の森の主をしている存在はドラゴンと同等とも言われている。

そんな森は世界に数カ所存在し、1つは今リュウマとトラがいるこの幻獣の森である。

 

本来ならば入った瞬間襲われて一介の兵士如きでは食い殺されて終わりなのだが…リュウマはこの通り10にも満たない歳で森の中にいる。

それだけでもどれだけの戦闘力を持っているのか窺えるというものだろう。

 

幻獣の森は外側の方が猛獣の強さは低いが、中へ中へと入っていくごとに強さを増していき、広大な森の中心域に関しては殆どの人類は立ち入ることすら出来ないのだ。

 

封印を施しているトラが現状で何処まで行けるか分からないが…ここでリュウマの提案を断ったとしてもどうすれば元の場所へ帰れるのか分からないし、この場に留まっていても始まらないということから、リュウマの提案を呑むことにした。

 

「そうだな。旅は未知を求める物だ。その捜し物を手伝おう」

 

「本当ですか!?良かったぁ…御礼は必ずするので期待してて下さいね!」

 

「分かった」

 

──その御礼を貰う前に元の時代へ帰れたらいいのだがな…。

 

心の中の言葉をおくびに出さず、少し微笑んでトラはリュウマを見て、リュウマは1人でつまらなかった探索に1人加わったことを喜んでいた。

 

「では、行きましょうか」

 

「道案内は任せよう」

 

「はい!どこら辺に居るのか分かりませんが任せて下さい!」

 

「不安になってきた」

 

いざという時は覚えている自分がそこはかとなく教えればいいかと思い、2人は探索を開始するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん…どこにいるんだろう?」

 

「聞いていなかったが…何を探しているんだ?」

 

森を歩いて行くこと30分程した頃…目的のものが見つけられないリュウマは困った風に言葉を漏らした。

それをトラは知らないということにして聞いた。

 

「えっとですね…ボクがここに居るのはボクの母…お母さんの誕生日に渡す装飾品に使う宝石を取ってくる為なんです」

 

「…っ…なるほど…それで?」

 

「そしてその装飾品に使う宝石をただの宝石にするのはつまらないので、ボクはこの森に住む宝石で体を覆っている“宝獣”の心臓が欲しいんですよ」

 

──やはりか…。

 

宝獣というのは、体中を宝石で覆い固められており、その宝石の1つ1つは魔力を溜め込み光る性質を持っている。

その中でも宝獣の心臓は、最高級にして最高純度の宝石が結晶として埋め込まれているのだ。

それもその宝石は手にした物に祝福を与えると言われている大変貴重なものである。

 

世の宝石コレクターや金儲けがしたいだけの者達が探し出し、手に入れるためにこの幻獣の森に足を踏み入れるが…帰ってきた者は居ない。

 

宝獣はただ単に宝石を身に纏っているだけではない。

その宝石を使って体を覆っていることから体はとても強固であり、何と言っても幻獣の森の中心に近い所を住み家にしているのだ。

 

普通の人間が辿り着くどころか…その住み家に近づくことすら出来ない。

だが、リュウマは母の誕生日というだけでそのとんでもない猛獣の…しかも1番貴重な心臓の結晶を手に入れようとしているのだ。

10歳に満たない子供が考えつくことではない。

 

だが…それは嘗てのトラであってもそう言える。

何故ならば…トラも昔に宝獣の心臓を抉り取って装飾品にはめ込み、母の誕生日プレゼントとして渡したのだから。

 

「装飾品か…どの種類にするか決まっているのか?」

 

「もちろん!それはですね───」

 

───まあ、俺と同じ首飾りだと思うがな。

 

トラが渡したのは首飾りであった。

つまり、リュウマは宝獣の宝石で首飾りを渡すのだと知っていたのだ。

これはただ体のために聞いたに過ぎない。

しかし…リュウマの返答にトラはまたも驚愕した。

 

 

「ボクは()()()()()()に決めてるんですよ」

 

 

「─────…ッ!?」

 

───なん…だと…?()()()()()()だと!?

 

 

自分は昔…確かに首飾りを作って渡した。

なのにリュウマの作る…それも決めているということに驚いた。

 

 

これでは自分の過去と辻褄が…合わない。

 

 

───ここは過去だと思っていたのだが…まさか…違う世界…並行世界(パラレルワールド)…?エドラスのようなものか…?しかしここまでで違いはこのブレスレットか首飾りしか無い…一方的に決めつけるには判断材料が少ない…か。

 

「…?どうかしたんですか?」

 

「いや…何でも無い。いい心がけだな」

 

「そうですかね?日々お世話になってますからね。何かお返しにあげたいと思うのは当然だと思いますよ」

 

「母が大事なのだな」

 

「もちろんです!」

 

己も母も父も愛していた。

しかし…今はもう会うことが出来ない。

今目の前にいる並行世界の自分と思われるリュウマはまだ悲しい目に遭っていない。

自分にどんなことがあったのか言うわけにはいかないが…その日までは幸せに過ごして欲しいと思った。

 

「それにしても、トラはボクが翼人だというのにあまり反応しないんですね?」

 

「何故?」

 

「だって、翼人は普通の人間達にとっては恐怖でしょ?歴史を辿ればボク達の翼人一族が()()()()()()()()()ことはあれど、その仕返しみたいな感じで戦争仕掛けてくる相手は残らず滅ぼしています。そんな一族が目の前に居るんですよ?本来ならば腰は抜かすと思いますが…」

 

翼を持ち飛ぶことの出来る翼人一族…そんな変わった人間がいれば他の人間がいい考えを持たないのは常である。

それによって迫害などをされていたが、やられる一方ではなく国を立ち上げ仕返した。

それが今のリュウマ達の国の正体である。

 

もっとも…どのように歴史が違うか分からないが、大体はそんな風な運命を辿っていた。

 

「別に恐怖はしない。それはかつての人間が悪かっただけで、今も尚翼人一族が一方的に戦争を仕掛けて滅ぼしているのではなく、攻撃を仕掛けてくるから迎え撃っているだけだ。ならば恐怖する必要などない」

 

「なるほど。あまり持たない思想の方なんですね」

 

「そうか?」

 

「えぇ」

 

2人は雑談を広げていき、時に笑いあいながら森の中を進んでいく。

お互いがお互いであるため話も良く合い、話の幅を広げていくのだが…トラは話の最中気になっていることがあった。

 

──異世界の俺は“コイツ”を持っていないのだな…ならば得物は何を使うというんだ…?そもそも“コイツ”が無ければ俺のような戦闘が出来ないのでは…。

 

気になっていたのは、リュウマが己と同じ純黒の刀を腰に下げていないということだ。

トラは本当に滅多なことではこの刀を抜くことが無いのだが…()()()使()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「グルルルルル……」

 

 

何を使うのか気になっているところ、右の茂みから唸り声が聞こえてきた。

2人がそっちに目を向けてみれば、唸りながら牙を見せ、獲物と思っているのか涎を垂らしていた。

これから戦闘になるかと思われたが…。

 

 

「たかだか狼風情が。ボクはお前達に用は無いんだ。さっさとどっかに行け」

 

 

「グ…グルルル……」

 

リュウマが狼を鋭い目で睨み付けながらそう言葉を発すれば…狼が一歩…また一歩と後退していき、茂みの中へと背を向けて走り去っていった。

いくら見た目が子供であろうと、それはトラと同じような存在だ。

狼の一匹に対して戦闘するまでもない。

 

「ここら辺の猛獣は少し睨み付けるだけで逃げるんで楽ですね」

 

「お前の気迫が自分を大きく上回ったことによる本能的な恐怖だ。逃げるのも無理はあるまい」

 

「まぁ、向かって来られても困りますが──ね!!」

 

『キャウゥンッ…!』

 

離していたリュウマはその手に何時の間にか小さなナイフを1本持っており、反対の左の茂みの奥に向かって投擲した。

当たったのは違う狼であり、右から来た狼が囮となり左から襲おうとしていたのだ。

 

「ダメですよ?いくら外側でまだ比較的弱いといっても、ここの猛獣は既に人を襲っているんですから。戦い方の1つや2つ学びますよ」

 

「そうだな。すまないな」

 

リュウマはトラに注意しながら仕留めた狼の元まで行き、仕留めた狼を拝見しナイフを回収しようとしたのだが…。

 

 

「…!これは…」

 

 

別に狼が死んでいなかったという理由や、狼が何か特別なものであったとかそういうものではない。

ただ…1本投げたはずの狼の腹に、ナイフが()()()()()()()()

自分が投げたのは1本であり、2本刺さっていた…そうすると犯人は限られているわけで…。

 

「気づいていたんですね」

 

「まぁな、一応投げておいたのだが…同時に当たったようだ」

 

「…お強いんですね。投げる瞬間がボクですら捉えられませんでしたよ」

 

リュウマはトラが気づいていて、ましてや攻撃をしているとは思わず驚きと同時に感心した。

大抵のものは目で追うことの出来る動体視力を持っているが、それでも捉えられなかった。

 

「言っただろう?()()腕に自信があると」

 

「ふふ。()()…ですか」

 

今までにない強さの気迫を感じ取ったリュウマはトラの認識を改め、この探し物の同行に呼んで良かったと思うと同時、是非ともこのトラの力を見たいと思った。

 

───俺がナイフを投げて突き刺す時…異世界の俺は手にナイフを出現させていた。だが出す瞬間は俺のように黒い波紋ではなく普通に現れた…これはエルザと同じ換装の魔法かそれに類する魔法による武器の呼び出しだと考えればいいのか…?だとするならば俺は武器を出して戦っても問題は無いということか…それに…ナイフを投げて仕留めたことで武器を出せることは把握されている筈だからな。

 

トラが武器を出して戦うことは既に把握されている。

何故ならばリュウマはまだ小さいが既に武術などにも手を出しており、トラが服の中にナイフ等の硬いものを入れていないことは見れば分かっているのだ。

なのにナイフを使ったということはどこからか取り出したという考え以外に浮かばない。

 

だがリュウマはトラの取り出す武器に関して思うところが無いというのであれば、この世界のリュウマはトラの持つ刀は持っていないことを意味していた。

それ程のことを…純黒の刀はやっていたのだ。

 

「先に進むとしよう」

 

「そうですね。トラが頼もしいということが分かっただけでも儲けものですし」

 

「あまり期待してくれるなよ」

 

「ふふ、何を今更」

 

ナイフを回収し、トラがナイフを粒子状にして消したのを皮切りに歩き出す2人は、殺した狼なんかに目もくれていない。

本来ならば食べたりするところなのだが…その狼は肉が硬く臭くて食べられたものではないのだ。

 

「それにしても…お腹空きましたね」

 

「そうだな…何か食べられる猛獣が現れてくれるとありがたいのだが…」

 

「ボク達の事を見て怯えて出て来ませんよ」

 

「ならばもう少し中央へ行ってみるか」

 

腹ごしらえをしたいので中央へ向かっていくことした2人は、同時に地を蹴り駆け出した。

その速度は現地点にいる猛獣達が追い掛けられる速度を遥かに超えている速度である。

 

木々を縫うように走って行くと、周りから感じる気配がいっそう強さを増した。

それにニヤリと笑ったリュウマとトラは、近くに何かいないか探そうとしたのだが…杞憂に終わった。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 

「へぇ…大きいですね」

 

「見えなかったのを考えると…伏せて獲物を待ち伏せしていたということか」

 

姿を現したのは15メートル程の猛獣で、大きな足で立ち上がりバランスを太く長い尻尾で取り、体の大きさにアンバランスな小さめの前足を持った猛獣。

恐竜のTレックスの立ち上がっているバージョンを思わせるその容姿と、今にも捕食しようとするその生き物は…大抵の生き物の捕食者と言えよう。

 

「来ましたね。いい感じの()()()()

 

「来たな。肉が詰まって…()()()()()

 

ニコリと不自然な笑顔を浮かべるリュウマと、ニタリと嗤うトラの事を見て少し後ろに下がりかけた猛獣は、自分の持つ捕食者として自信でその場に踏み止まった。

 

 

目の前に居る人間が最早…己を食べ物としか見ていないというのに。

 

 

「ボクは右」

 

「俺は左」

 

 

そして…同時に駆け出した。

 

 

「君は図体が大きい分攻撃出来る範囲は広いけど…攻撃自体は遅いよね?」

 

「目の位置からして俺達の事は見えているだろうが、その小さな腕では同時に追撃は出来まい」

 

 

2人が言っている通り攻撃の範囲は広いが動きは遅く、視野は目が横に付いているので見えはしても同時に追撃は出来ない。

その姿を見た瞬間から看破した弱点を同時に突きにいく。

猛獣…名をアブロサウルスと呼ばれる猛獣は同時には無理だと悟った時…尻尾で薙ぎ払いリュウマを狙う。

 

 

「残念ですね。ボクを狙ってくるのは知ってましたよ!」

 

 

迫り来る尻尾に、リュウマは手に槍を換装し、地面に突き刺す事で宙へと飛んでから翼を使って飛翔し浮遊する。

そのままアブロサウルスの顔に向かって突撃した。

 

 

「『槍突(そうとつ)』!!」

 

 

飛翔しながら槍での突撃を顔に向かって放つも、アブロサウルスは寸前のところを右側に体ごと傾けることによって回避した。

躱されたことによりリュウマはアブロサウルスの顔の横に来てしまい、大きく開けた口に捕食されそうになってしまう。

直ぐに避ける事は出来ないのでアブロサウルスは早々に勝ちを確信した。

 

 

「阿呆め。相手は1人ではないのをもう忘れたか」

 

 

死角からアブロサウルスを狙っていたトラは踵落としを地面に叩きつけて小規模の地割れを引き起こした。

足場を崩されたアブロサウルスは体を傾けているところを更に傾けさせ、倒れないのは絶妙なバランス故だ。

 

 

「残念だったな」

 

 

バランスをもう少しで崩すという絶好の機会を逃すはずも無く、トラは地割れによって地面に埋め込んでしまっている足の傍に移動して拳を引いて構えた。

 

 

「『破衝拳(はしょうけん)』!!」

 

「グオオオオオオッ!!??」

 

 

途轍もない衝撃が足の横から入り、超重量である自分を支える一本の足をずらさせ、アブロサウルスの15メートルある巨体が地面へと仰向けに倒れ込んだ。

倒されたことに驚き混乱すると同時に怒りを覚え、唸り声を上げながら起き上がろうとするが…上を向いて1つの影を見た。

 

それは太陽を背にしながら少しずつシルエットを大きくしていき、近づいて来ていることが分かる。

それも……猛スピードで。

 

 

「君に時間かけている暇はないからね──さよなら」

 

 

トラが転ばすのを察知していたリュウマは空高くへと飛んでいき急降下してアブロサウルスを狙っていた。

墜ちて来ながら槍を構え…狙うは頭のみ。

 

 

 

 

その数秒後──爆発音が辺りに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──パチッ…パチッパチッ…

 

 

「わ~!これ美味しいですね!」

 

「そうだな。量もそれなりにはあり、何と言っても味が良い」

 

見事仕留めたアブロサウルスを切り裂いて、手頃の棒に刺して焚き火の上に置いたら回して焼いていく。

全体を回しながら満遍なく焼いて、外側がパリパリになるまで焼いたら齧り付いて味わう。

 

 

お好みで塩こしょうを振りかけるのを忘れない。

 

 

リュウマは子供の体でありながら食欲旺盛であり、巨大な肉の塊を千切りながらであるが食べる速度を落とすこと無く食べていた。

トラも千切っては食べずそのまま齧り付いているが、食べる速度を維持したまま食べ進めていった。

 

15メートルあるアブロサウルスは、食べようと思えば何十人前か分からない程の肉の量にも拘わらず、もう既に半分は食べられていた。

 

 

異世界であろうとリュウマはトラと同じく大食漢であるようだ。

千切って食べているので清楚感があるが、食べている量は途轍もない。

 

 

「口元に付いてしまっているぞ」

 

「あれ…千切っているので付かないと思ってたんですが…」

 

「あ、待てそっちではない」

 

「…?こっちですか?」

 

「あ~…俺が拭くからこっちに来い」

 

 

小さい肉が口元に付いているのを指摘してやれば、付いている方とは反対の方を拭っているので拭いてやるために近くに来させた。

拭いて貰うために近寄ったリュウマはトラの隣に腰を下ろし、顔をトラの方へと向けて取って貰いやすくした。

 

 

「……取れたぞ」

 

「…………。」

 

「…どうした?」

 

 

取り終わってもジッと見てくるリュウマに首を傾げ、何故見ているのか問えば、顔を僅かに逸らしながらあの…と言って話し始めた。

 

 

「ボクは一人っ子なので…今みたいなのがなんだか…こう…ボクに兄がいたらこんな感じなのかと思いまして…」

 

「なるほど」

 

「別に寂しいというわけではないのですが…大体ここに来る時は1人なのでそのせいかもしれませんね」

 

「今は1人で寂しいと感じるかもしれん。だが何れ…自分が心から信用できる者や共に居て楽しいと感じる者が出来る。故に今は少し待つだけで良い」

 

「…そうですね。分かりました!」

 

 

リュウマはトラの言葉に頷いて笑顔を見せた。

自分も昔はこんな事でも笑顔を見せるほど表情が豊かだったのかと思いながら微笑ましそうに見て、まだ肉が残っており、丁度焼けたのを見て残りを食べることを促した。

 

 

「では、残りを食べてしまおう」

 

「ですね。まだあと半分くらいありますし」

 

「柚子胡椒もあるぞ」

 

「何でも持ってますね!」

 

 

残り半分も仲良く食べ進めていき、その場にはアブロサウルスの骨だけが残されていた。

 

現在の時刻は大凡13時。

 

リュウマとトラが出会って共に行動を始めてから3時間ほど経っていた。

途中で食事休憩を設けたものの、2人の進む速度は速いためどんどん奥へと進んで行くのだが、まだ宝獣の在処は掴めていなかった。

 

今回初めて宝獣を探しに来たリュウマが知らないことは無理も無いので仕方ないのだが、トラは既に宝獣を探し当てて討ち取り、心臓にある宝石で母への首飾りを作って渡している。

つまり居所については異世界であるので住み家が違うところになっていない限りは場所を知っているのだ。

 

では何故直ぐにその場へ向かわないかというのであれば、この世界のリュウマと対面した時に旅をしている流浪だと言った。

この森に初めて来た男が宝獣の住み家を知っているのはあまりにも不自然だからだ。

 

今ここで宝獣が居るところを教えてしまうとすると、既に頭が同年代と比べるまでもない程優秀なリュウマが疑問を感じ、トラが何者であるのか探りを入れてくるかもしれない。

お互いがお互いであるので問題ないかと思われるが、バタフライエフェクトという言葉が存在する。

 

他の世界から来たトラは、言わばこの世界にとっての異物も同じ。

仮にここで軽率なことをしてしまえば、どんな影響を与えるか分からないためなかなか難しいのだ。

 

 

なので…さり気なく行ってみることにした。

 

 

「次はこっちの方向に行ってみるとしよう」

 

「…?何故そっちなんですか?」

 

「どちらにせよ見つからんし、どうせならば虱潰しに探していく他ないだろう」

 

「…ま、そうですよね…。ボクも虱潰しに探していこうと思っていたところです」

 

「よし、ならば進むか」

 

「はい!」

 

 

トラが行ってみようと行った方向には、かつて3日かけて見つけた宝獣への道がある。

もちろんいきなり宝獣なんかに会えるはずもなく、途中途中にそれなりに強い猛獣が存在する。

 

一部の狼や野獣などの中には群れを作って行動する者達がいる。

それは一匹だと非力であるため群れをなし、複数で獲物に襲いかかって狩りの成功率を上げるためというのもある。

 

しかし、中には己よりも強い存在の下に付くことで、強い存在を守り、その見返りとして強い存在が仕留めた獲物のおこぼれを貰ったりする頭脳的戦略に出る存在も居る。

一匹の生き物としての誇りや矜持は無いのかと言われてしまえばそれで終わりだが…

 

 

この世は弱肉強食である。

 

 

強ければ生き…弱ければ死ぬ。

 

 

シンプルにして単純。

 

 

故に…恐ろしい。

 

 

そんな実力が無ければ生きていけないような生存競争の激しい幻獣の森で生きていくには、例え誇りが邪魔をしようと、強き存在について生きる手段を確保しなければならないのだ。

 

弱き存在にとって、誇り?矜持?…そんなものでこの世界を生き抜くことが出来るか。

そんなものは糞食らえ…というほどだ。

 

故に宝獣の周りにはそれなりに強い猛獣などが取り囲み、リーダー的存在である宝獣を守護している。

なので、リュウマは出会ったばかりとはいえ、腕に()()自信のあるトラに探し物の同行を願って正解であったと言える。

 

もっとも…

 

 

 

 

仮にトラが弱者であり、早々に死んでいたとしても、リュウマは振り向くことはない。

 

 

 

 

 

死んだならば…()()()()()()()()()()()()と思うだけである。

 

 

 

 

 

リュウマは既に精神は同年代の子供よりも大人びており、物事の判断を冷静に判断し切り捨てることが出来る。

 

例えば、大と小…どちらを切り捨てどちらを救う?

 

と、いった質問をするとする。

子供であるならば、もちろんどちらも大切なので「どちらも」と答えるだろう。

 

 

だが…子供のリュウマは既に違う。

 

 

同じ質問をするとしよう。

そうすると何と答えるか。

 

 

「『大』と『小』の最終的価値による選別を行い、どちらが優先的順位が上であるかを判断し次第切り捨てるものを決める」

 

 

と、答える。

 

つまり…探し物に同行してくれたトラが死んでも何とも思わず探索を再開する。

 

故に見ず知らずのトラを誘ったのだ。

 

無論…トラは()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

当然だ。

目の前に居る小さい体をした大きな存在は、異世界とはいえかつての自分自身なのだから。

 

理解していて当然である。

 

そもそも、自分の身ぐらい守れずしてこんな所に来る訳がないのだから当然とも言える。

 

最終的に何が言いたいのかと言うと…リュウマは親しそうに見えて死ねば切り捨てる…ということだ。

 

 

「何か近づいているな」

 

「ですね。地面揺れてますし。それも音が近づいて大きくなってますし」

 

 

トラを先頭にして宝獣の元へと進んでいると、前から何かが近づいて来る音が聞こえた。

 

腹の奥まで響くような足音は、二足歩行である事が分かる一定の間隔であり、時々木々を薙ぎ倒していた。

少しして見えてきたのは、図体が元の10倍以上あると思われるゴリラであり、腕が六本も生えていた。

 

 

狩猟(ハント)レベル40といったぐらいですかね」

 

──ほう…また懐かしい言葉を…。異世界とはいえここも同じ言葉を思いつくのだな。

 

 

リュウマが言った狩猟(ハント)レベルというのは、その猛獣の強さは大雑把にレベル付けした時のものである。

トラも昔考えついて使っていた。

 

狩猟(ハント)レベル1で一般人が10人いれば倒すことが出来、又…魔導士でいうならば1人と換算出来る。

 

なのでこの場合は、レベル40ということなので一般人なら400人必要で、魔導士ならば40人いれば倒すことの出来る相手であるということだ。

聖十大魔道ならばレベル1000で1人だったりする。

あの聖十大魔道がいれば千人力だ!…と言えばいい感じだ。

 

因みに、現れた猛獣の詳しい情報を開示しておくと…。

 

名称・タワンコング

狩猟(ハント)レベル40

胴体に生えている六本もの腕はそれぞれが剛力であり、並のゴリラなどよりも腕力が数百倍に匹敵する。

動きはそこまで速くはないが、野性的な勘で攻撃を避けたりするため無闇に突っ込むのは危険。

 

「完全にボク達を食べる気ですね」

 

「涎を垂らしているしな」

 

「逃げたら追い掛けて来ますよね」

 

「何時でも動けるように臨戦態勢に入っているしな」

 

「何だか余裕ですね?」

 

「捕食者と被捕食者の関係は変わらん」

 

「──その通りですッ!」

 

リュウマが叫びながら槍をその手に換装しながら駆け出してタワンコングの目を狙う。

こういう輩は目に頼っているだろうとの判断だ。

 

動き出したのを見たタワンコングも動き出しており、顔に向かってくるリュウマの槍を掴もうと左右二本の腕を使って受け止め、残りの四本の腕を使って戦闘不能になる程度にダメージを与えて食べようとしていた。

 

初撃…二本の腕を伸ばして掴もうとし、残りの1メートル…!…だったのだが…

 

 

「グギャアァアァアァァアァ!!」

 

「俺も居るのだが?どこを見ているんだ」

 

 

二本の腕に矢がそれぞれ5本ずつ…深々と刺さっていた。

 

しかも、その見た目によらずある大きい衝撃によって腕は上へと弾かれてしまい、目の前には槍を持っているリュウマがいる。

 

タイミングが悪く避けようとするも…数瞬遅く左目を槍で抉られてしまう。

抉られた痛みからそこらでのたうち回り、痛みを堪えながら立ち上がって弓を持っているトラを睨み付けた。

 

 

「なんだ?先に行ったリュウマだけを警戒していた貴様の落ち度だろう。俺は援護射撃しかしておらんぞ」

 

「グギャアァアァアァオォォオオオォォ!!」

 

「──で、トラを警戒しているうちにボクが攻撃っと!」

 

「──────ッ!!??」

 

 

攻撃してきたトラに怒りの矛先を向け、握り潰してやろうと一歩踏み出したと同時に、リュウマが踏み出した足の健を薙ぎ払いで大きく斬り裂いた。

力が入らなくなったタワンコングは膝をついてしまい、矢が刺さっていない四本の腕で体を支えた。

 

 

「隙だらけだ。──『狙い撃ち(スナイプショット)』」

 

 

目の前にいるトラを見たタワンコングの隙を逃すはずもなく、弓に番えて弦を引き絞っていたトラは、寸分の狂いも無く残った右目に矢を射った。

 

訪れた強烈な痛みから大きな巨大を地面へと叩きつけるように暴れ、痛みを頭から消し去ろうとするが、リュウマによる追い打ちが入る。

 

 

「のたうち回るのはいいけど…周り見よう?…あっ…目はどっちも無いから無理か」

 

「───ッ!?ギャアァアァアァァ!!」

 

「残念もう1本」

 

「──────ッ!!!!!!!!!」

 

 

音も無く近づいたリュウマは、タワンコングの矢が刺さっていない二本以外の四本の腕の内、下側に生えている右腕を斬り落とし、続いて左腕を斬り落とした。

目が見えない状態での腕部切断に混乱と恐怖が心に広がる。

 

野生の勘で攻撃を避けることも出来なかったのに、目が見えず腕も3分の1を斬り落とされた。

自分にはどうしようも勝ち目は無く…このままでは確実な死が訪れる…。

そこまで直感したタワンコングは…

 

 

「───グオォォォオォオォォォ!!!!」

 

 

その場でありったけの力で地に拳を叩きつけ、周囲に地面を殴ったことで生じる砂煙を爆散させて己の姿を隠し…前で巨大な威圧感を放つ2つの存在とは逆方向に向かって我武者羅に逃亡した。

 

片足の健を斬り裂かれたことにより走って逃げられず、かといって上二本の腕には矢が突き刺さっており、下の腕はもう存在しない。

残る片足と真ん中の二本を使って逃げるしかなかった。

 

まぁもっとも──

 

 

「逃げるのか…?貴様から命を狙って来たんだ───貴様も命を賭けろ」

 

 

───この男に向かってきた敵に対して…かけてやる慈悲の心など無い。

 

 

背後に現れた黒い波紋から、一本の何てことはない見た目は普通の矢が召喚される。

この矢特にこれといった能力は持っていないが…構造がとても優れている。

 

この矢を作った職人は、見た目で矢の性能が看破されぬように見た目は普通の矢に…しかし一度番えて放ってしまえば豪速でもって獲物を撃ち抜く速攻の矢となるように手掛けた。

 

それをゆっくりと手に持つ弓に番え──

 

 

 

「潔く死ね。──『散来する速矢(サンレインアローズ)』」

 

 

 

───天に向かって放った。

 

 

放たれた矢は天へと昇っていき…()()()()()

 

不自然に止まった矢は…進行方向を下側へと修正され…先程と変わらない速度で急降下していった。

 

 

「グオォッ…!グオォッ…!グオォッ…!」

 

 

我武者羅に走る手負いのタワンコングの上空500メートル地点に差し掛かると…一瞬ブレたかと思えば()()()()()()()()姿()()()()()

 

 

「────ッ!?」

 

 

走っている途中で気がついたタワンコングは、膨大な数の物が風を切る音に気がついて上を見上げるも…時既に遅し。

 

 

天から降り注ぐ1万の矢によってただの肉塊へと…その姿を変えた。

 

 

「やるじゃないですか!それと…いい援護射撃でした」

 

「クカカ…大したことでも無い」

 

 

───パチンッ

 

 

互いに差し出した手を合わせてハイタッチを済ませ、2人は宝獣のいる住み家へと向かった。

タワンコングに道の邪魔をされてしまったが、宝獣への住み家である入り口まで後少し…そこからは更に強き猛獣がいるが…どうなるのだろうか。

 

 

 

 

 

それは…誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 




リュウマとトラが読み辛くてすみません…!

リュウマ(子)とトラ(現リュウマ)ですので間違えなきよう…。

狩猟(ハント)レベルはトリコの世界の捕獲レベルから取りました。
強さが分かり易くていいと思いまして。



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第五九刀  最深へと進め

高評価ありがとうございました!
これからも頑張っていきます。

それと、今回は地の文とセリフの間をもう一マス分空けました。
読みやすいようでしたらこっちで書こうかと思います。
私の場合は読み易いと思いますが…どうでしょ?




 

 

リュウマとトラはタワンコングを狩った後、さり気ないトラの誘導の元…宝獣の住む住み家へと向かっていた。

道中も勿論色々な猛獣に襲われたりしていたのだが…2人にとっては大して気にするようなものでもなかった。

 

森の中でも比較的外側に位置した所に居る2人には、今鉢合わせている猛獣達は自分達を相手にするにはあまりにも役不足だったのだ。

一応補足しておくと、2人には楽であるが…一介の魔導士達にとっては普通にキツい。

 

 

 

 

───狩猟(ハント)レベル62

 

 

「何ですかこの亀みたいなの…」

 

「取り敢えず甲羅を砕いて中身を攻撃しよう」

 

「!!??」

 

 

 

 

 

───狩猟(ハント)レベル87

 

 

「よく分かんない生物ですね…兎?」

 

「足が速そうだな。……脚を先にもぐか」

 

「───ッ!!??」

 

 

 

 

───狩猟(ハント)レベル145

 

 

「木が動いてますね!」

 

「燃やせば一撃だな」

 

「……!!??────ッ!!??」

 

 

 

 

───狩猟(ハント)レベル219

 

 

「さっき倒したタワンコングに似てますね」

 

「亜種のようなものだろう。──また腕を引き千切ってやれば大人しくなる」

 

「!!!!!!!」

 

 

 

 

 

───狩猟(ハント)レベル354

 

 

「段々強くなってきましたね。これは…鼠みたいですね」

 

「前歯を折るか」

 

「────ッ!!─────ッ!!??」

 

 

 

途中途中で出会う猛獣達が可哀想になるほど弱点を見つけては攻撃して瞬殺する。

当然のこと、向かってきた猛獣達が逃げようとするが、襲ってきたくせに逃げるという手をリュウマとトラが許してくれるはずもなく、等しく狩られていった。

 

何気なく倒していっているが、現状襲ってきた狩猟(ハント)レベル300というのは、一般人ならば3000人必要で…魔導士で計算するならば300人必要である。

そのような強い猛獣を狩っているのはたったの2人であるので、凄まじいにも程がある。

 

猛獣もまさか小さいのが2ついるだけで自分達を倒せるとは露程も思わず襲いかかり、返り討ちにされているのだ。

決して学んでいないと言うわけではない……恐らく。

 

 

「いい加減鬱陶しいですね」

 

「仕方あるまい。それなりに中心に来ているのだ、自分の縄張りに入ってきた不届き者がいれば襲いもかかるだろう」

 

「でも限度があります。さっきから狙われて面倒くさいです」

 

「それは同意しよう」

 

 

リュウマのうんざりとした言葉に、トラも少なからず同意する。

目的地は確かにそこら辺にいる奴等の縄張りを侵入しなければならないが、それでも入った瞬間に襲ってくるのは早すぎる。

せめてもう少し離れたところにいれば、直ぐに縄張りから出て行くというのに。

 

 

「それにこの景色にも飽きてきました」

 

「まぁ、一面緑だからな」

 

「森の中ですからね…仕方ないんですが、でも飽きます」

 

「此処ら一帯焼いてみるか?」

 

「それはやめて下さい」

 

 

いきなり物騒なことを言いだしたトラにすかさずリュウマがツッコミを入れた。

戦っている中でトラが魔法に関しても強いということは分かっているので、やろうと思えばやれることを把握している。

因みに、トラは半分冗談半分本気だ。

 

歩き続けているリュウマとトラであるが…トラからしてみればもうそろそろ目的の場所に辿り着いてもおかしくはないのだが…中々その場所が見つからないのを感じて少し首を傾げていた。

ここが異世界…並行世界であるのは分かっているのだが…宝獣の住む住み家の入り口も違うとなっていた場合は目も当てられない。

 

 

───ここら辺だった筈なのだが…何処だったか…。

 

 

かつて己が見つけたときは確かにこの辺りだった。

だが、現状見付からないのを見ると、もしかしたら場所自体がここではなく、違う場所であるのかもしれないという考えが浮かんできてしまう。

まさかとは思うも、既に己の過去と違うところを思い出すと…不安にもなる。

 

 

「結構進みましたけど…何処にいるんでしょ?」

 

「分からん。勘だとこの辺りだと思うのだが…」

 

「う~ん…飛んで上から見ても森の木々が邪魔で見えませんし…」

 

「体中に宝石を付けているならば、地下のような所に居ると思うのだが…」

 

「そうですね…その可能性も無きにしもあらずあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…ッ!!!???」

 

「……合っていたようだな」

 

 

前を歩っていたリュウマが叫び声と共に消えた。

 

と、思うような光景ではあったが、その実…下にある広大な空間があるため、弱い部分を踏んだリュウマが下へと落ちていっただけであった。

これこそがトラの探していた住み家への入り口…洞窟の穴だ。

 

リュウマも驚いて叫び声を上げながら落ちていき、数秒経ってドスンという音が聞こえたのを確認してから、トラも穴から入って下の空間へと進んで行った。

辿り着けばリュウマが腰をさすりながら涙目でトラを見ており、心なしか少し睨んでいるようにも見える。

何故睨んでいるのか分からないトラは首を傾げていた。

 

 

「……落ちていっているのに何でボクを助けてくれなかったんですかっ」

 

「…??飛べば良かっただろう?」

 

「………………………。」

 

「飛べば良かっただろう?」

 

「……さーてっ…この奥にいそうな感じがします。進みましょうっ」

 

「無かったことにしたな」

 

「進みましょうッ!!」

 

 

頬を膨らませてズンズン奥へと進んで行くリュウマを見て、トラはクスリと笑いながら後をついていく形で進んで行った。

今よりも小さい頃の自分を見ているはずなのに、どうしてか弟のように見えてしまい、微笑ましそうな顔になってしまうのは仕方ない。

 

髪の中から覗く耳が少し赤くなっているリュウマも、この先に他とは比べものにならない威圧感を感じ取っているのか、この奥に何かがいるというのは把握していた。

事実この奥には宝獣が待ち構えている。

もっとも、道中と同じように雑魚敵を倒していかなければならないのだが…。

 

この洞窟は壁の全面に結晶のようなものが埋め込まれており、その全てが天然物である。

地中の圧力などで結晶が形成され、地震や猛獣達の戦闘の余波などによって上の地面が少しずつ削られていき、最終的に地上に近いところにこの結晶の洞窟が存在していたのだ。

 

宝獣はその名の通り体中に宝石を鏤めており、食べ物も天然物で純度の高い結晶を好んで食べていたりする。

そんな宝獣の住み家であるこの洞窟は、入ったら1つの部屋の空間のようになっており、そこから違う部屋のような空間へと続く道が出来ている。

 

道を辿っていくと新しい部屋に差し掛かり番人の如く猛獣が配備され、これ以上は進ませないと言わんばかりに侵入者を撃退するのだ。

全体の構造としては蟻の巣のような形に似ている。

 

 

「なんか不思議な構造してますね」

 

「そうだな。この先進めば必ず何かしらが待ち構えているが…引く必要はないだろう」

 

「ですね!周りの結晶から考えると、宝獣がいるのも決定的ですしね」

 

「ただ、そこまで行くのが面倒だな。何体相手にしなければならないのか…」

 

「それは同意します」

 

 

進むにつれて道が少しだけ狭くなっていき、奥から獣の唸り声のようなものが聞こえてきた。

聞こえた2人は互いに目を合わせて頷き合い、これから起きるであろう戦闘に対応するためにスイッチを入れ替えた。

歩っていくと広い空間に出て、入ってきたリュウマとトラを見据えていたのは一匹のサイのような猛獣だった。

 

 

───結晶サイ・狩猟(ハント)レベル452

 

 

サイの角に当たる部分が透明に輝く結晶から形成されており、硬度は非情に高く純度が高い。

サイであるからか突進による攻撃を主としており、それに当たらなければどうということはない。

 

 

「先にボクが行きますね」

 

「なら俺は後手に回ろう」

 

 

翼を使って飛んでの攻撃には移らず、走って行くサイの方へと向かっていき手元に槍を換装する。

向かってきたリュウマを捉えたサイは前脚で砂を蹴り上げるような動作をした後、頭を下げて角で突き刺そうと狙う。

 

 

「まあそう来るよね!」

 

「…!?」

 

 

迫ったサイの角を紙一重で躱した後飛び上がり、外して突き進んでいくサイの右上を巧みな体裁きで過ぎ去った。

躱されると思っていなかったサイは、リュウマの奥側に立っていたトラをそのまま狙い突進した。

 

 

「一直線に向かって来て素直にやられると思ったか?」

 

「ボクもいますし──ね!」

 

「────ッ!!」

 

 

躱した後体を捻って回転を加え、手に持っている槍を通り抜けていったサイに向かって投擲。

猛スピードで突き進む槍はサイの後ろ足の丁度付け根の辺りに深々と突き刺さった。

猛烈な痛みと間接の間に入り込んだ槍によって突進の速度が低下したサイは、いきなり止まれるはずもなく蹌踉けるようにトラへと突進。

 

 

「クカカ…立派な角だな?嘸かし──よく物に突き刺さるだろうなァ?」

 

 

やられながらも意地で攻撃したが、体を横に少しずらすことでリュウマと同じように紙一重で躱し、左手を首元に、右手を角へとやって時計回りに回転した。

勢いに乗ったサイは脚に刺さっている槍のせいもあってうまく抗うことが出来なかった。

 

 

「そんなに突進が好きならば──壁にでも突進していろッ!!」

 

 

一番近い壁に向かって放り投げたトラの怪力によって、サイは勢い良く壁に突進して角を突き立てた。

あまりの威力に刺さった所から壁に罅が入り轟音と共に石粒が上から降り落ちてくる。

 

投げ飛ばされて屈辱的な受け流しをされたことに怒りを覚え、後ろ脚の痛みに耐えながら角を引き抜こうと試みるも……抜けない。

体を後ろに引いて抜こうとするも……抜けない。

 

 

冷や汗が出た気がした。

 

 

「おやおや?おやおやおやおや????角が嵌まって抜けなくなっちゃったんですか~~??」

 

「それはそれは~…困ったものだなァ??」

 

 

リュウマが綺麗な人形のような可愛らしい笑みを浮かべながら近づいていき、見下したように顔を上に逸らせながらニタリと嗤いトラが近づいて来た。

 

リュウマの表情は確かに人形のような美しさがある笑みではあるが、数秒経ってもその笑顔が崩れず不自然に感じられ、近づくにつれて目元に影が掛かって見えるのは気のせいだと思いたいが…事実であるため恐怖だ。

 

トラに関しては綺麗な笑みどころか悪い顔を隠すつもりなど毛頭無く、身動きが取れないサイをそこら辺に落ちていた生ゴミを見るような目を向けている。

なのにその表情はニヤニヤした笑みで嗤って口元を歪めていた。

 

リュウマがその小さな身に不釣り合いなハンマーを換装して取り出し、トラは黒い波紋を起こして手元に1つの取っ手を取り出した。

その先には鎖が付いており、鎖が音を立てながら黒い波紋から暫く出てくると、先にこれでもかと棘が付いた巨大な鉄球が顔を見せ、落ちて地面を見事に陥没させた。

名を…モーニングスターという。

 

リュウマが取り出したハンマーの重量は大凡100キロ。

トラが取り出したモーニングスターの総重量は大凡400キロ。

 

 

 

ぶっ殺し確定の武器である。

 

 

 

「────ッ!!────ッ!!??」

 

 

 

嫌な予感が頭の中で警報を鳴らしているが、角のせいで抜けなく動けず、刺さった槍が力を入れようとする度に痛みを感じさせる。

必至の足掻きを見ていたリュウマとトラは優しい声でサイに囁いた。

 

 

「安心して下さい───頭は最後ですから♪」

 

「案ずるな───一撃で感覚など消え失せる」

 

 

 

 

 

 

この後一匹の猛獣の断末魔が響き渡り、同時に何かが押し潰されたかのような音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結晶サイをただの肉の塊へと変えた2人は更に奥へと脚を勧めていた。

ここまで来るにあたって、リュウマはもう既にトラの実力を認めていたのは必然であった。

普通ならば何十回と死んでいてもおかしくないような場所を、己と連携をとりながら戦っているのだから。

 

 

つまり、共に闘っていて楽しいのだ。

 

 

今まで自分が相手をしてきたのはもっと強い存在だったが、周りがリュウマのレベルに合わせることが出来ず、いつも1人で戦っていた。

己の母がいれば更に楽しいのかもしれないが、戦場へ誘うわけにもいかないので結局1人で戦っているのだ。

 

だが、今やどうであろうか?

 

偶然見つけた男を探し物に探しに協力してもらい、向かってくる猛獣共を屠っていけば、強くなっていく猛獣をも屠るその強さが窺える。

探し物の礼はぼんやり程度にしか考えていなかったが、これはちゃんと考えておかなければと思ったのは本音であった。

 

 

「次はどんな猛獣でしょうね!」

 

「倒してきた奴等よりも強力な生命力を感じるからな。それなりにやるとは思うが」

 

「ってことは…そろそろ宝獣へと辿り着くって感じですね」

 

「保証はしかねるがな」

 

「楽しみです♪」

 

 

この場では不釣り合いであろう話しをして、笑いあいながら進むこと数分…。

またも空間が広がっている場所へと出て来た。

今回の相手は何処に居るのか探してみるも、何処にも居ないため首を捻りながら進む。

 

 

「……あれ?いませんね」

 

「確かに気配は感じたのだがな」

 

「隠れているんでしょうか?」

 

「恐らくそうかも───」

 

 

と、両名が中央付近に差し掛かったところ…生き物の甲高い叫び声のようなものが聞こえた。

洞窟の中なので音が反響して位置が掴めず、仕方がないので目を凝らしながら見渡して探す。

互いに探し合っている時、リュウマとトラが反対方向に別れて探し始めたときだった…。

 

羽ばたくような音が聞こえたのだ。

 

音が後ろから聞こえたと瞬時に判断したトラは直ぐに振り返ってリュウマへと知らせようとしている。

知らされようとしていたリュウマは、案外近いところから聞こえた羽ばたきの音に気がついて振り向こうとしたのだが…少し遅かった。

 

 

「お前の背後に──」

 

「分かって───うああぁあぁぁああぁぁあぁ!?」

 

「……遅かったか」

 

 

振り向くのが遅れてしまったリュウマは、この場にいた猛獣に鷲掴みにされながら空へと連れ去られてしまった。

現れたのは体の所々に宝石のようなものを鏤めている鷹であり、暗くて見えなかった天井付近の出っ張りのような所で獲物であるリュウマとトラが散るのを待っていたのだ。

 

 

───ルビーノスリ・狩猟(ハント)レベル1656

 

 

全長4メートルの体に鏤められていたのは赤く輝くルビーという宝石。

獲物を相手の死角から狙う鷹には不釣り合いである程輝く宝石であるのだが、ルビーノスリは意図的にルビーの輝きを鈍らせることが出来、使いようによっては目眩ましなどにも使うことが出来る。

 

連れ去られたリュウマは両腕を左右の足で拘束されるように持たれているため両手が使えず、槍を換装させて攻撃することが出来ない。

力ずくで引き剥がそうとするが、獲物を足で捕らえるルビーノスリの力は凄まじくビクともしない。

 

ならば…と、魔力を練って魔法で爆発を起こし、無理矢理にでも引き剥がしてやろうとしたところ、飛んでいることで生じている向かい風が強くなってきた。

 

 

「加速!?は…はやッ」

 

「─────ッ!!」

 

 

飛んでいるルビーノスリは大きな翼を羽ばたかせ、速度を急激に上げることによってリュウマの行動を阻害していた。

同時に旋回しながら更に更にと速度を上げていき、掴んでいる足に力を込めると…壁へと一直線に向かってリュウマを叩きつけた。

 

 

「かはっ…!?」

 

「チッ…この鳥がッ!!」

 

 

最終的に達した速度は時速約800キロ。

普通の生物が出せる速度ではない速度で壁に叩きつけられたリュウマは、背中からの強烈な衝撃によって肺の中の空気を全て強制的に吐かせられた。

1つ前に戦った結晶サイの狩猟(ハント)レベルより4倍近く高いルビーノスリは、単体で優れた身体能力を持っていた。

 

 

「飛び回りおって…引きずり落としてやるわッ!」

 

「…!!」

 

 

空中の高い場所で旋回しながら、残っているトラの出方を窺っているルビーノスリを地へと落としてやろうと、手に黒い波紋を起こしながら弓を召喚した。

後に召喚した矢を弓に番え、魔力を練り込むことで強度と速度を上げさせた。

 

限界まで引き絞ることで弓から軋むような音が生じる。

折れるのではないかというほど引き絞っているトラの腕は、着物によって見えないので分からないが、幾本もの筋が入って血管が浮き出ている。

飛び回るルビーノスリに狙いを定めたトラは…掴んでいた弦を離した。

 

弦が切れる寸前まで力を加えられていた矢はかなりの速度で放たれ獲物を狙う。

速度が驚異的すぎて空気を切り裂いて進んで行くが、ルビーノスリが一度だけ大きく羽ばたき速度を一瞬上げたことで外れ、奥の壁に突き刺さって壁を破壊した。

 

たった1度の羽ばたきでそこまで速度を上げて避けるのかと驚いたトラは、次に備えて少し短めの矢を一本召喚した。

先程と同じように番えられた矢は限界まで引き絞られる事も無く、魔力を籠められただけで放たれた。

 

向かってくる矢を同じように回避しようとルビーノスリが大きく羽ばたいたのを見て、トラはニヤリと嗤った。

速度を急激に上げたルビーノスリが矢を回避したと同時に、壁に当たるはずであった矢は方向転換をして追尾した。

 

 

「!?」

 

「同じ手を連続で使うわけが無いだろう鳥が。精々飛び回って避けてみろよ」

 

「…………。」

 

 

速度を更に上げて矢を振り切ろうと画策するルビーノスリであるが、矢は速度を上げた分だけ加速して迫ってくる。

このままではその内追いつかれると感じたルビーノスリが、背後の矢から視線を逸らして前を向くと、何時の間にか違う矢が急接近していた。

少し慌てながらもどうにか体を捻って避けたが、避けられた矢は反対方向でもお構いなしに方向転換してもう一本の矢と並列して向かってきた。

 

 

「誰が一本だけだと言った?──貴様に当たるまで幾らでも放つに決まっているだろう」

 

「………。…?───ッ!!??」

 

 

いくら追い掛けてくる矢が2本なったといっても、速度では常に自分の方が上。

故に矢は当たることはなくそのままトラを狙えばいい…と考えに至ったルビーノスリであるが、上からの凄まじい威力の衝撃に吃驚した。

落ちていく中で首を捻って攻撃してきた存在を確認すると…槍を手にしたリュウマがいた。

 

 

「よくもやってくれましたね?───許しませんから」

 

「……!!」

 

 

攻撃を食らって落ちていっているため速度が落ち、背後から迫っていた矢が突き刺さらんと狙う。

空中にいたリュウマは翼を使って飛行ではなく、傍を通っていくところであった一本の矢に掴まって矢と共に迫った。

この体勢ではマズいと悟ったルビーノスリが体勢を整えようとしたところで、更に違う衝撃が右側の背中に走って体勢が尚のこと悪くなる。

 

 

「俺が見逃す訳がないだろう」

 

「ナイスタイミングです!」

 

「────ッ!!」

 

 

体勢を大きく崩されたことによって飛んでの回避という選択肢を潰されたルビーノスリに、矢から手を離したリュウマが槍を構えた。

先に到着した2本の矢はルビーノスリに当たりそうになるも、足掻きとして振り下ろされた足によって折られて地へと落ちた。

 

しかしリュウマはまだ残っている。

 

 

「これは先程壁に叩きつけてくれた御礼です。快く受け取って下さいッ!!」

 

「─────ッ!!」

 

 

矛先を突き刺すように叩きつけた威力でルビーノスリの体はくの字にひしゃげて地面へと勢い良く叩きつけられた。

あまりの威力に土煙が上がる中、槍で攻撃したリュウマは…手の痺れに顔を顰めていた。

 

 

───クッ…なんて硬い体なんでしょうか…ボクの手が少し痺れましたよッ

 

 

突き刺したのはいいが、ルビーノスリの体は思っていた以上に硬度が高かったようで槍の矛先を数センチ刺さった程度で止めていた。

リュウマの持つ槍は腕の良い鍛冶屋によって鍛えられた至高の逸品…貫かないものはあまり無いと思っていたが、その考えを覆された。

 

叩きつけられたルビーノスリが体を捻って藻掻き、上に乗っているリュウマを振り落とすと直ぐに飛び立って怒りの表情で下にいる2人の人間を見下ろした。

何か仕掛けてくると感じ取ったリュウマとトラが構えると同時に、翼を大きく広げ…力の限り羽ばたかせた。

 

後に訪れたのは凄まじいまでの暴風。

 

数回羽ばたかせるだけで時速800キロへと至らせる強靱な翼は、全力で使えば嵐と間違う程の暴風を生み出した。

暴風だけならばまだ許容範囲だったのだが…ここは入り口と先に進む道以外が岩石や結晶などによって密閉されている洞窟。

生み出された風は分散されることなくリュウマとトラを襲った。

 

 

「な…んて…強力なっ…風でしょう…かッ!」

 

「凄まじい…風力ッ!」

 

 

ルビーノスリから送られる暴風に吹き飛ばされないよう、リュウマは手に持つ槍を深く地面に突き刺して強く握り締めることでどうにか耐えていた。

逆にトラは暴風に晒されており、武器を召喚しようにも風が強すぎて手を伸ばすことが出来ない。

埒が明かないと判断したトラは、神器である『地獄鎖の篭手』から伸ばされる漆黒の鎖を四方八方の八箇所の地面に突き刺して体を固定した。

 

何処までも伸びて主人の望むように動く鎖がトラの体を締め付けながら固定しているため吹き飛ばされる心配はないが、それはつまりその場から動くことが出来ないということだ。

武器を投げても矢を放っても風に阻まれて無駄だと結論付けたトラは…相殺することにした。

 

 

「神器…召喚ッ!──『蒼神嵐漫扇(あおがみらんまんせん)』ッ!!」

 

───我が()()()()()である彼奴の至高の武具だ…覚悟せよ。

 

 

手元にどうにか召喚されたのは…見る者の目を…心を奪い尽くすような美しい蒼で形作られている1つの扇子。

本来扇いで風を送り涼む為の物である扇子は、戦闘において使われることの無い物であるが…これは違う。

 

決して戦闘において邪魔にならない程度に施された装飾…それでいて手にするだけで心を落ち着かせてしまう程の純粋なまでの蒼…。

しかし…その扇子から感じる魔力は…既に理解の範疇を超えていた。

その証拠に、風を耐えていたリュウマがトラの持つ扇子を見て目を見開いて驚愕していた。

 

 

「『迸り殺す刃の轟嵐(アンブレラ・テンペスター)』ッ!!」

 

「─────ッ!!??」

 

 

一度だ……たった一度の扇ぎで全ては決した。

 

 

魔力を籠めることなく、()()()()()()()()()()()()()放たれた轟風とも呼べる風と、計り知れない風の威力によって風が空気を切り裂いて刃となり、リュウマが持つ槍でも少ししか刺すことが出来なかったルビーノスリの体を細切れにして殺した。

 

生じたあまりの刃と化している風は乱流から竜巻状に姿を変えた後、そこら中の壁という壁に風の爪痕を刻んで洞窟自体を破壊しようとして止まらない。

竜巻状にまで()()()()()()()()制御しているトラは、両手で扇子を押さえるように持ちながら全神経を集中させた。

 

 

───…ッ…!!言うことをッ…聞けッ!!

 

 

洞窟の中で凄まじい破壊の力を生み出す竜巻を、少しずつ抑えることに成功し、やがてそこらの嵐による強風が子供に感じてしまうような風を消失させた。

全神経を集中させて操っていたトラは、肩で息をしながら()()()()()()()()()()()回復させる為に自己修復魔法陣を発動させて治した。

 

 

「……いやはや…とんでもない威力の魔法ですね…。あの鷹が一瞬で細切れになった後、更に細切れになって消滅しましたよ」

 

「…これは元々俺の友が持って自由に操り使っていた扇子だ。…()()()()()俺が使ったために言うことを全く聞かなかったからな…風を消すのに苦労した」

 

「……その友の方は…」

 

「…………。」

 

「そう…ですか。すみません。失言でしたね」

 

「いや、大丈夫だ。事実であるからな」

 

 

トラの言う友という者が今、どういう状況であるのか理解したリュウマは悲しそうな表情をして謝った。

割り切っているトラは苦笑いしながら立ち上がり、リュウマの頭を軽く撫でてから先へと進んでいった。

撫でられたリュウマは手で撫でられたところを触れてトラの背を見ていたが、トラに置いてかれないように頬を少しだけ赤くしながら槍を消して追い掛けた。

 

次の所で待ち構えているであろう所に向かっている途中、トラは自己修復魔法陣で修復させた右腕を見ていた。

大抵…いや、全ての武器を操ることの出来るトラが完全に扱うことの出来ない特殊な武器…。

それが蒼神嵐漫扇(あおがみらんまんせん)の他にも2つだけ存在し、そのどれもが使おうとすると使用者を攻撃してくるのだ。

だからトラの右腕が先程切り傷だらけになって負傷していたのだ。

 

主と決めた瞬間から、例えその主が死んでこの世から消えてしまっていたとしても、その従順さを色褪せることなく守り続けるその意思。

武器とも言えども凄まじいものであった。

この先にいるであろう宝獣にももしかしたら使うかもしれないと考えると、何となく気が重かった。

 

 

「トラ、この先にいるのはもしや…」

 

「うむ…宝獣というやつだろうな」

 

「……戦ってきた奴等よりも強大な魔力を感じますね」

 

「……だが引く気は無いし、宝獣の心臓が必要なんだろう?」

 

「はい。母の為にも必ず」

 

「では…征こう」

 

 

恐らくこれで最後になるであろう広く開けた場所へと進み出てきた。

葬ってきた猛獣達は、それぞれが警戒しながら戦闘態勢に入っていたり隠れて様子を窺っていたりと姑息な真似をしているのが大半であったが…今回は違っていた。

一際広いその空間に着いた時、まず最初に感じたのがなるほどという感情。

 

その訳とは…入って目にした宝獣は、侵入してきたリュウマやトラに対して警戒しているのでもなく、隠れているのでもなく、何か罠を仕掛けているわけでもない。

ただ…ただただ中央に鎮座していたのだ。

まるでここに来るのを分かっており、歓迎しているかのような自然体でいるその生物は…まさに此処ら一帯のリーダーに相応しい風格を纏っていた。

 

 

 

 

───宝王・ゲンマニアクラブ 狩猟(ハント)レベル4852

 

 

 

 

 

「いやぁ…これはとっても強いですねぇ」

 

「そうだな。戦闘を長引かせる訳にもいかんからな…そうなれば───」

 

「必然的に───」

 

 

 

「「短期決戦ッ!!」」

 

 

 

「…………。」

 

 

2人が同時に構えて臨戦態勢をとったのを見てから、ゆっくりと胴体を起こして同じく臨戦態勢をとった。

互いに両者が睨み合う中で先に動いたのは…リュウマであった。

今日の戦いの中で余り使われることのなかった魔力を、換装した槍を覆うよう全体に纏わせ、足全体にも纏わせてから膝を折り…その場から消えた。

 

 

「……??」

 

「───ここですよ」

 

 

次に姿を現した時には…立ち上がった時の全長10メートルという巨体を持つゲンマニアクラブの真上へと移動し終わっており、翼を使っての爆発的な推進力を使って貫通させんと急降下した。

勢い良く突き刺した槍はゲンマニアクラブの体を貫通───

 

 

「かっ…たいッ!!」

 

「…………。」

 

 

───することなく…数ミリも刺さることなく止まってしまった。

 

 

ゲンマニアクラブの体は全体を純度がかなり高く耐久度に優れた宝石をふんだんに埋め込まれており、千差万別であろう宝石をランダムに使われていることで驚異的な耐久性を誇っている。

そのおかげでリュウマの全力の刺突をものともしない甲殻が出来上がっていたのだ。

 

攻撃されたことで攻撃仕返そうと、巨大なはさみ状の爪を真上にいるリュウマへと振り上げて叩き潰そうと狙う。

勿論のことそんな攻撃が来ることを分かっていたリュウマは飛翔して爪を躱して空高くへと回避した。

蟹特有の黒い目をリュウマへ向けた瞬間を狙って、最初の位置に居たトラは大槌をその手に召喚して爪のある前足の他の8本ある足の右前一本の足を狙う。

 

後ろへと大きく振りかぶってから魔力による筋力ブーストと、魔力を推進力のためだけに使う魔力放出を行ったことによる破壊の一撃は、前足の付け根に当たって足そのものを叩き折った。

胴体の甲羅は耐久度が途轍もないかもしれないが、足の方はそこまでではないらしく、比較的簡単に折ることが出来た。

 

だが、蟹は足が合計で8本あるため、一本失っただけでは行動に支障は余り見受けられない。

しかし1と0では少なくとも違うため、次に何処を狙おうかと画策する。

足を取られた側であるゲンマニアクラブの方は、さして気にした様子も無く、近い位置に居るトラを狙って一本の足を振り上げた。

 

踏み潰そうとして隙が出来たことを、飛翔しながら上空で観察していたリュウマは、隙有りとばかりに初撃と同様に急降下して甲羅よりも先にはさみのある爪のある腕の付け根を狙う。

 

そこで…ゲンマニアクラブが振り上げた足を止めた。

 

攻撃してくると身構えていたトラは不審に思っていると、2つある目の内1つの目が、背後から迫るリュウマの方を向いていることに気がついた。

トラの方を狙えば背後にいるリュウマが攻撃を仕掛けてくると見越してのフェイントであった。

 

 

「───ッ!待て!!罠───」

 

「えっ───ごぶっ」

 

 

現状の最高速度で突っ込んで行ったリュウマへ、爪のある腕を振り向き様に振るって横から壁まで叩きつけた。

相当の威力であったのだろう攻撃を受けたリュウマは、壁に埋め込まれている宝石へ背中から突っ込みめり込んでしまっていた。

追い打ちをかけるつもりなのか、リュウマの元へと移動し始めたゲンマニアクラブへ向かってトラが足止めとして攻撃した。

 

転ばせるか体勢を崩させるつもりで地面を思い切り叩きつけ、地割れの如く割ったことによる広がる罅が足に到達するといったところで…ゲンマニアクラブは体を少しかがめた後に高くジャンプした。

足止めの攻撃をその巨体からは考えられないような躱し方で回避したゲンマニアクラブは、ちょうど囲まれた宝石の中から出て来ようとしていたリュウマへ腕を振るっていた。

 

 

「身動きが───アァッ…!?」

 

「此奴ッ!最初から彼奴を狙って…!」

 

 

爪を開いてその間にリュウマを挟み込む形で壁ごと叩きつけたゲンマニアクラブは、腕をそのままにもう片方の腕で別方向から跳び上がってからの振り下ろし攻撃をしていたトラの大槌を受け止めた。

挟まれたリュウマは確かに衝撃もきていたが、それよりも後ろにある壁と左右と前を固めるように爪によって動きを制限されているため、文字通り動くことが出来ないでいた。

 

しかし、リュウマを拘束している以上同じく行動を制限されているゲンマニアクラブは、動けるトラにとっては格好の好きであることには違いないので、リュウマを巻き込まない程度の魔法を放ってリュウマを解放させようとしたのだが。

 

 

「何…!?」

 

「…………。」

 

「こいつ…こんなことが出来たんですか!?」

 

 

リュウマを壁に拘束していた腕を…胴体から()()()()()

 

ゲンマニアクラブが今行ったのは自切(じせつ)と呼ばれる行為である。

 

自切とは、特定の動物達が外敵から己の身を守る為に、足や尾などといった体の一部を自ら切り捨てる行動の事である。

有名なものでトカゲが外敵に尻尾を掴まれたり噛まれたりした時に、尻尾を切り離して本体は逃げるといった行動だ。

 

蟹も同様に、自らの危険を感じた時、ハサミや足を自分で切り離して逃げる。

これを「蟹の自切」と言うのだ。

ゲンマニアクラブはその自切を任意のタイミングで行うことが出来、それと同時に───

 

 

「再生まで…!」

 

「なるほど…蟹は自切したあと、再生が出来るのだったな…ここまで早いのはどうかと思うが…」

 

 

───切り離した腕や足を再生することが出来る。

 

 

本来ならば脱皮をする時に無くなった腕や足が小さく生え、そこから少しずつ元の大きさへと戻っていくのだが…ゲンマニアクラブは瞬時に切り離し、瞬時に再生させることが出来るのだ。

なのでリュウマを拘束している腕も、トラが大槌で無理矢理叩き折った足も再生して元の姿へと戻っていた。

 

蟹が自切と再生を行うことが出来ることを忘れていたトラは唇を噛んでいた。

もう少し早く気がつくか、それよりもリュウマが狙われていることを先に察知していればこの状況を回避することが出来た。

失念していたことに悔しさを覚えながら、召喚していた大槌を消してから刀を召喚し直した。

 

壁に縫い付けられているリュウマの方をチラリと見てから、駆け出して親指で鐔を持ち上げて刃紋の走っている刃を覗かせる。

駆け出してくるトラに冷静に生えたばかりの爪を振りかぶって薙ぎ払う。

神速の抜刀で迎え撃てば辺りに高い金属音をと衝撃波を生み出し、数瞬の拮抗を持って…トラの持つ刀が手から弾かれた。

 

得物を無くしたトラにもう片方の爪で攻撃した反動を使った横からの殴り抜きを入れてリュウマのいる壁とは離れた反対方向の壁へと飛ばして叩きつけた。

まともに正面から攻撃を受けたことで、威力そのままに壁に大穴を開けて上から衝撃で崩れた瓦礫が降り注ぐ。

 

生き埋めになってもう動けないだろうと判断したゲンマニアクラブは、行動を抑制させていたリュウマのいる壁に向き直り…固まった。

そこには確かに縫い付けていたリュウマがおらず、切り離した腕が地面に落ちていたのだ。

2つの目を左右別々に動かしながら何処に行ったのか探していると、背後から声が聞こえた。

 

 

「探し物はボクですか?」

 

「!!」

 

「残念こっちでした」

 

「─────ッ!!??」

 

 

背中の甲羅から聞こえたのでそっちに目を向けてみれば何もおらず、しかしリュウマは既に甲羅から前へと移動して手に握り直していた槍を振りかぶっていた。

トラが大槌で攻撃する時のように、魔力放出による威力増幅を模倣してゲンマニアクラブの両目を横の薙ぎ払いで斬り飛ばした。

 

手足を再生させることは出来ても、目を再生させることは不可能であるため突如訪れた真っ暗闇に驚いたことと、後に襲いかかる激痛から我武者羅に暴れまわって爪で周辺の宝石や岩石などを粉々に壊し回っていく。

 

暴れ回るゲンマニアクラブの姿を空に飛ぶことで攻撃範囲内から回避していたリュウマは、トラが吹き飛ばされた壁を見ていた。

まともに攻撃が入っていたが、その前に攻撃が拮抗した後に弾かれた刀は、回転しながらリュウマの横すれすれの壁に勢い良く突き刺さって壁を破壊し、重さでゲンマニアクラブの爪が下に落ちてその場から離脱することが出来たのだ。

 

それ即ち、トラはリュウマを助けるために態と攻撃を受け、召喚した刀は元々リュウマのいる傍の壁に突き刺さるように計算して手から離したのだ。

一連動作を瞬時に考えついて尚且つ実行するその行動力と判断力に感心し、御礼を言おうと決めたのだ。

 

だが、それよりも先にゲンマニアクラブをどうにかしなければならないので、気持ちを入れ直してこれからどうしようか考えた時…大きな破壊音が鳴り響いてそちらに目を向けた。

目を向けた先には…片手で持てる程の大きさをした(ハンマー)を持ったトラが、崩れていた岩石をその槌で全て粉々にした後であった。

 

 

「俺が彼奴の甲羅を砕く。最後は任せたぞ」

 

「え?でも、あいつの甲羅は相当硬いですよ?ボクの槍が全く刺さりませんでしたから」

 

「同じく友が使用していたこの『赫神羅巌槌(あかがみらがんつい)』があれば、彼奴の甲羅なんぞ幾らでも砕ける」

 

「…分かりました。空で待機しています」

 

 

提案された内容に頷き、翼を羽ばたかせて飛翔し天井のギリギリの所まで上昇してから下にいるゲンマニアクラブと槌を構えているトラを見やった。

赫神羅巌槌(あかがみらがんつい)蒼神嵐漫扇(あおがみらんまんせん)と同じくトラの()()()使用していた至高の武具であり、片手で持てる程の大きさだ。

 

だがそれでも…トラは手にして持ち上げているだけでも腕全体に筋が入り、右腕どころか顔にまで血管が浮き出ている。

それ程までに力を込めなければ今のトラには持ち上げることすら出来ない程の重量がある。

それにだ…トラは封印を限定的に外している。

 

 

「筋力限定での封印第四門までを解放…ッ…だが…それでもッ…これは重いッ…!」

 

 

気を抜いたら地面に滑り落としてしまいそうな程重い槌を持ったまま、幾分か痛みが引いて暴れることをやめているゲンマニアクラブに向かって駆け出していった。

持っている赫神羅巌槌(あかがみらがんつい)の重さによって踏み込んだトラの足が地に大きな亀裂を入れていくが、魔力を張り巡らせて完全に陥没して体勢を崩さないようにしていた。

 

近くにまで迫ったトラは足に限界まで力を入れて地を蹴り砕きながら跳び上がり、音で迫って来ていたトラの存在に気がつき、野生の勘とも言える直感で両の爪を伸ばして攻撃した。

爪が迫るのを見ていたトラであるが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()振りかぶった。

 

 

 

 

「『万物粉砕せし破壊の業(デストルティオ・カタストロフィ)』ッ!!!!」

 

 

 

「─────────ッ!!!!!」

 

 

 

 

我が身へと迫る巨大な2つの爪は…赫神羅巌槌(あかがみらがんつい)に触れた瞬間何の抵抗も無く、当然と言わんばかりに木っ端微塵に完全粉砕された。

続いて逃げるには余りにも手遅れ過ぎたゲンマニアクラブの背中中央に向かって振り下ろした。

 

リュウマが初撃の時に突き刺そうとしても全く刃が通らなかった果てしない硬度を持つ甲羅は…叩き込まれた赫神羅巌槌(あかがみらがんつい)の威力による轟音を鳴り響かせたが、それは甲羅全体に蜘蛛の巣状の罅を入れた時の音であった。

 

本気でこの赫神羅巌槌(あかがみらがんつい)を振るって叩きつけると、地球の地盤をぶち抜いて遥か地中の下にまで巨大な風穴を空けてしまう程の威力を誇るため、()()()()()()叩きつけたのだ。

そのおかげでゲンマニアクラブの甲羅をほぼ全壊させる程度に収めて洞窟は崩れていない。

 

 

「───今だ!!」

 

「待ってましたし───準備は出来てます」

 

 

余計な被害を生む前に()()()()()()()()()()()()()()()()が流れる体に鞭を打ち、その場から退避すると同時に赫神羅巌槌(あかがみらがんつい)を消した。

合図として上空にいるリュウマに叫べば、リュウマは既に準備など整っていた。

 

小さな体の全身から流れる膨大な魔力が、手に持つ()()()()に流れていき纏わせていく。

流し込んだ魔力のあまりの量に、槍が黄金の光を生み出して薄暗い洞窟の中を金色に照らした。

金の太陽ではと思ってしまうその槍を、3対6枚の翼を持つ人間が今…投擲しようとしている姿はまさに神秘的光景という言葉が合っているだろう。

 

 

 

「この時の為に温存した全魔力を解放…さようなら」

 

 

 

文字通り全ての魔力を纏わせたリュウマは、狙いをトラが槌で叩きつけた痕の真ん中に絞った。

ただその一点を穿つために神経を集中させ──全力で投擲した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『穿ち貫く黄金の至高槍(プラドル・アニムス・ランケアナ)』ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

計り知れない魔力を放つ黄金の槍は…狙った通りにゲンマニアクラブの甲羅中央に突き刺さり…地面の遥か数キロまで貫通し破壊した。

 

 

 

 

 

 

リュウマとトラの戦いは…見事な勝利で幕を閉じたのであった。

 

 

 

 

 

 




赫神羅巌槌(あかがみらがんつい)の形は「マイティー・ソー」が持つハンマー「ムジョルニア」に似ている感じだと思って下さい。


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第六十刀  帰還

急ぎ足になり、話が急展開になっているかもしれませんが、御容赦下さい。




 

 

ゲンマニアクラブをリュウマの全魔力を籠めた一撃で見事打ち倒すことに出来たリュウマとトラは、やっと倒せたことに心を軽くさせ、トラが骸となったゲンマニアクラブの体に近づいていった。

 

心臓が1番価値のある宝石だと言ったが、正しくはゲンマニアクラブの体内で長年時間かけて生成される宝石のことである。

好物が宝石などの結晶であるゲンマニアクラブは、食べた結晶や宝石を少しずつ体内に溜め込み、1つの濃縮された宝石を創り出す。

 

出来上がった宝石は求愛するときに用いられてるのだが、ここに居るゲンマニアクラブは雌を見つけることが出来なかった雄であり、かれこれ100年以上生きている大物だ。

体内で生成された宝石は、他の宝石が霞んで見えるほどの莫大な価値を誇る。

 

 

「さて、洞窟崩れないうちに取り出しておくか。やっと見つけて倒したというのに崩れた洞窟の中に埋まった…など目も当てられん」

 

 

体の中央が貫通して骸となっているゲンマニアクラブに近づいて、頭部の場所から数十センチいったところにある宝石を取り出すために傷口から手を入れて宝石を探しにかかる。

中々見付からさず悪戦苦闘していたが、硬い物に指先が触れたので掴んで引っ張り上げた。

 

 

「おぉ…美しい。ここまで純度の高く美しい宝石は滅多に目にすることは出来ないぞ」

 

 

引き抜かれた宝石はダイヤモンドのように光り輝きながら、翳せば奥にある景色が透けて見えてしまうほどの透明感を誇り、当たった日光の光を浴びて優しい光を生み出していた。

形は球型であり、硬度はゲンマニアクラブの甲羅以上に硬いという優れ物だ。

加工は容易ではないが、これをブレスレットに使うとなると豪華極まりない代物と化すだろう。

 

見つけたことを教えてやるために、後ろにいるはずのリュウマへと振り向いて宝石をみせようとしたのだが…背後からポトッと気の抜けた何かが落ちる効果音が聞こえた。

何の音だと頭に疑問符を浮かべながら振り向いたトラが見たのは…槍を投擲するためにいた上空から落ちてピクリともしないリュウマだった。

驚きの光景に吹き出しながら近づいて頭の下に腕を差し込んで起き上がらせる。

 

 

「どうした!何があった!?」

 

「ま…魔力が…」

 

「魔力がどうした!?」

 

「調子に乗って…全魔力を使ってしまい…動けなくなってしまいました…」

 

「………………。」

 

 

確かにゲンマニアクラブの甲羅は硬く、先にトラが罅だらけにするほど破壊していたとしても硬いものは硬い。

なので失敗しないようにと槍に文字通り全魔力を注いで投擲したのだ。

放った今では全力攻撃が仇となって、上手く身動きが出来なくなってしまった。

動けなくなるまでやらなくてもいいのに…と思いながら、トラはリュウマの前で膝をついた。

 

 

「おぶっていこう」

 

「えっと…いいんですか?」

 

「もうこの洞窟は崩れる。早くしなければ生き埋めになるぞ」

 

「…よ、よろしくお願いします」

 

 

おんぶをされるのが恥ずかしいのか、少しだけ頬を赤くしながら、トラの肩に手を置いてから身を乗り出して背負って貰い、トラはリュウマがしっかり乗ったことを確認してから立ち上がった。

母や父…その他信用できる者にしかおんぶや抱っこをして貰ったことがないリュウマは、初めて会って間もない者に負ぶってもらい新鮮な気分だった。

 

まだ子供であるリュウマには魔力欠乏による身体能力低下はキツいらしく、トラの服を握る力はそれ程強くなく、下手したら体勢を崩すだけで落ちてしまうかもしれない。

背負っているトラからしてみれば子供を負ぶっているのだが、相手が異世界の若かりし頃の自分であるのでやはり複雑な心境であった。

 

背負ってバランスを整えていると、リュウマの投擲による破壊の仕業で洞窟の耐久力が著しく落ちてしまい、本格的に崩れ始まってしまった。

現在いるのは洞窟の中でも最深部…つまるところ地上から1番深いところにいるのだ。

 

このままでは大質量の土や岩石、結晶からはじまり宝石などが上から降り注いでくると直感したトラは、片手で背中にいるリュウマの体重を支えて、空いたもう片方の腕を天井に向かって翳して魔力を籠め始めた。

籠められた魔力は広げられた手の平の前に球型の形を成り、発射されてちょうど崩れてきた天井を巻き込んで地上まで突き抜けていった。

 

破壊の余波で周りの物も全て消し去ったおかげで上までの見通しが良くなり、太陽の光が2人を祝福するかのように優しく包み込んだ。

数時間ぶりに浴びる日光は、どこか久しぶりにも感じた。

 

 

「出来るだけしっかり掴まっていろ」

 

「分かりました。お願いしますね?」

 

「任せておけ」

 

 

立っている場所から壁に向かって走り始め、大きく跳躍したかと思えば反対側にある壁に向かって跳ね返るように跳躍…この繰り返しによって地上まで進み、繰り返すこと二十数回の後、緑に包まれている森の中へと降り立った。

 

 

「ここから東に向かって下さい。そこにボクが住む国があります。今回の御礼を是非ともさせて欲しいので一緒に行きましょ?」

 

「……あぁ…分かった」

 

 

これから目指すのはリュウマの育った国である翼人一族が住まう国…フォルタシア王国である。

 

 

しかしそれは同時に…この世界へ来てしまったトラのかつての生まれ故郷である。

 

 

意図せず異世界ながらの我が父と母に会うかもしれないという事に、不安になりながらも…とても…とても胸を締め付けられる想いだった。

叶えたくも叶えられなかった再会を…実際に腹を痛めて産んでくれた実の母や、いつも優しい目を向けてくれた実の父ではないにしろ、背に乗っているリュウマがかつての自分と同じ顔なだけあって必ず顔も同じ筈だ。

 

そんな2人がいる国に行って、ましてや懐かしき我が国を見て正気でいられるのだろうか?

涙を流さないでいる自信は残念ながら無い。

故の不安もありながら、()()()()()をしてしまった母と父の姿を今一度見ることが出来る歓喜に心は分断されていた。

 

軽くも重いという不思議な足取りで歩き出したトラと、何故か居心地が良すぎるトラの背で夢心地になっているリュウマは、ここから東に百キロ程行ったところに存在するフォルタシア王国へと向かったのだった。

 

 

 

───父上…母上…異界の()()()()息子ではありますが……私は今から帰還します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュウマを背負いながら歩き続けること数時間、リュウマの魔力がある程度回復したことで自分の足で歩くと言い出し背中から下ろしてやり、一緒に国へ向かっている途中…陽が沈みかけているということでこれ以上遅くなるのは心配されるという意見により、ここから先はリュウマがトラを運んでいくことにした。

 

 

「本当に大丈夫か?」

 

「任せて下さい!ボクの魔力は既に回復しましたし、大人1人程度問題ないですよ!」

 

「…そうか」

 

 

一度運動前の屈伸の用量で背中にある6枚の翼をバサリ羽ばたかせた後、少し飛翔してからトラの背後へと回り、脇の下に腕を回して持ち上げて飛ぶ準備をした。

トラはこれから起こることに冷や汗を流していた。

何故冷や汗を流すのか?それは勿論───

 

 

「では…行きます!!」

 

「ゆっくりで頼───」

 

 

まだその小さい体に相応しい翼を広げて全力でその場から飛翔した。

推進力として魔力をつかった羽ばたきによる飛翔は、立っていた地を破壊していった。

冷や汗を流していたのは、狭い空間というものを無くしたリュウマが全速力で空を駆けるのではと懸念していたからである。

 

初速は時速200キロ程であるが、そこから2度目の羽ばたきと魔力補助による超推進力での第二加速で時速は500キロ…空気抵抗をなくすために前方に魔力障壁を展開することで更なる加速で時速は大凡1200キロ…マッハ1を超した超速度と化したリュウマとトラは…そこから数十分後に国へと着いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「……酔ったかもしれん…」

 

「いやぁ…ハハハ…すみません」

 

 

自分にも翼があるから飛んでいる以上酔うことは無いのではと思われるが、自分で飛ぶのと飛ばして貰うのでは訳が違うため少し酔ってしまう。

ここにナツがいたならば確実に口からキラキラを出して死んだように気絶しているはずだ。

それでも少し酔っただけで済むのは流石はトラといったところであろう。

 

少し荒くなってしまった息を整えてから恐る恐る顔を上げ、前に広がる光景を目にした。

目に映っていたのはやはり…過去に見てきた己が故郷であるフォルタシア王国へと入り口である巨大な門。

門の横から伸びる国を守る為の壁は高く連なっており、門以外からの侵入を許さない絶壁となっている。

 

しかもそんな壁の上にはバリスタや大砲などといった、戦争を仕掛けてきた者共の一切を一網打尽にする固定砲台が並べられていた。

故に入り口は前にある門しか無く、他にも入り口らしきものはあるが…それは万が一のためにと作られている脱出口となっているので入り口ではない。

 

結局のところ、翼人一族でない空を飛ぶ術を持たない者達はこの門を通ること以外に内部へ入ることは出来ないのだ。

門の前には薄い赤の翼と薄い緑の翼を持っている2人の兵士が立っており、訪れた者を見定めるために監視をしていた。

 

因みにであるが…この2人の兵士はかなりの腕前を持っている。

 

翼人一族というのは元々身体能力などに秀でた…所謂戦闘一族であるため、純粋な人間よりも元から強い一族であるのだが、この門の前に居る兵士はその中でも上位に位置する兵士だ。

 

入り口の警備と聞くと下っ端の兵士の仕事であると思われがちではあるが…そんなものはとんでもない。

国に入る手段である門の前の警備及び門番はかなり重要な役職だ。

であればだ、そこを守護する兵士が弱いわけがない。

むしろ守備として手練れ中の手練れだ。

 

 

「リュウマ様!御帰還お待ちしておりました!!」

 

「して、後ろの者は…」

 

「はい、この方はボクの手伝いをしてくれたトラです。御礼をするために招きました」

 

「了解いたしました。どうぞお通り下さい」

 

「リュウマ様に──敬礼!!」

 

 

見事に綺麗な敬礼を見せた兵士の間を、リュウマとトラは進んで行く。

すると間もなくして大きな扉は音を立てながら開かれていき、道を開いてくれた。

すると中から賑やかな街に住む人々の賑わいの声が聞こえてきて、門が開いて入ってきた人物がリュウマであると分かった瞬間更に賑わいを見せた。

 

 

「あはは…話さなくてすみません。ボクこれでも王家のものでして」

 

「そんなことだろうとは思っていたからな…大丈夫だ」

 

「そうですか。御礼をしたいので城まで来て下さい。おもてなしもしますから」

 

「…お邪魔させてもらおう」

 

 

城への道を空けながらも凱旋の如く開けられた道を進んで行くと、リュウマに声をかけていく住人の声が実に楽しそうであった。

勿論人々は翼人一族であるため、色取り取りの色をした翼を持つ翼人がいる。

 

翼人一族は戦闘能力が高いのも特徴の1つでもあるが、もう一つの特徴が、翼の色が様々であるということだ。

赤もいれば青もいる、黄色に緑、薄い紫等といった実にカラフルな色合いとなっている。

だが、やはりリュウマと同じように片方ずつで色が違う翼を持つ者はいなかった。

 

歩いて過ぎ去っていくリュウマの後ろを歩くトラを見た街の住人達は、最初こそ何故地人が?と、訝しげな顔や怪訝な表情をしていたが、他でも無いリュウマの連れ人であるということで視線を逸らしていた。

地人(ちびと)”というのは、翼を持ちながら人間である翼人と、翼を持たない純粋な人間を別にするときの別称である。

地を歩く人…からちなんで『地人』と翼人達は呼んでいた。

 

フォルタシア王国は広大な面積を持っており、国の象徴である城…シュレディウム城は国の中央に聳え立っているのだ。

国の端から端までを見通すことが出来るようにと建てられた城は、まさに圧巻の一言であるような大きさを誇る。

 

歩いて数十分かけて城へと辿り着いたリュウマの姿を見た兵士が掛け声を上げ、美しい装飾を施された門を開けた。

中は広々としており、フィオーレ王国にあるヒスイ姫達が住む城よりも更に豪華絢爛となっている。

フィオーレ王国は人口1700万人住んでいるのだが、フォルタシア王国は、人口大凡1000万人しか住んでいない。

これは翼人一族の総数にイコールと繋がっている。

即ち、翼人一族は全ての者を合わせても1000万人しかいないのだ。

 

しかし、それでも広大な土地を持って城や国を建てている以上城下町が存在し、領地内にある町などもある。

この数だけで他の数多く存在する国と渡り合っていかなくてはならないのは非常に困難であるが、翼人一族は元が強いため今もこうして国としてやっているのである。

 

リュウマとトラが城に入って来ているのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()現国王と王妃はトラと謁見するために準備をしていた。

リュウマはトラと一緒に居て、同じく謁見を行うために玉座の間へと足を進めていった。

 

やがて扉の前に辿り着き、入り口にいる兵士から入室の許可を貰ってから中へと入っていき、中央の所で片膝を付きながら頭を垂れて跪いた。

この城に住んでいるリュウマはもちろん頭を垂れる必要もないので隣で立っている。

 

 

「陛下と王妃様の───御到着である!」

 

 

兵士の叫び声に伴い、玉座に向かって2人の翼人が姿を現した。

玉座の横側にこの部屋に通じる入り口のようなものがあり、王はその場から入って玉座へと向かうのだ。

 

入ってきた2人から感じるのは途方も無い魔力と存在感…そして…威圧感。

 

一国の王然りとしたその王威は姿を見させずとしても途轍もないプレッシャーを相手に与える。

王の横にいる王妃であっても同じ事である。

国王と比べればまだ優しい雰囲気を感じさせるが、やはり一国の王の妻…他の者達と魔力もプレッシャーも何もかもが違う。

 

 

(おもて)を上げよ」

 

 

国王の言葉に従い顔を上げていく…見えた顔はやはり…自分の知る母と父の顔であった。

 

国王でありリュウマの実の父であるその人物は、手に黄金色に輝く豪華な杖を持ち、王が付ける王冠などではなくこれまた黄金に輝くサークレットを付けている。

着ている服も豪華絢爛でありながら動きやすそうな装飾にとどめられている。

背中の翼は髪の毛や生えている髭と同じくブロンド色であり男ながらにして輝いて美しい。

全身の殆どが黄金か金に包まれていると言っても過言ではない。

名を…アルヴァ・ルイン・アルマデュラ。

 

 

「うふふ」

 

 

隣にある違う玉座に腰掛けているのは女性で、アルヴァ・ルイン・アルマデュラの妻だ。

髪は腰まであるであろう長くも美しいプラチナブロンドであり、背に生える翼も同じくプラチナブロンドだ。

顔は見る者を虜にしてうっとりさせてしまうような美しく整った顔立ち。

口から吐かれる声はまるで鳥の囀りのようで聞く者の心を落ち着かせる。

胸は豊満であるが美しい形を持っており、子供を産んだとは思えない美しいプロポーションを持っている。

前に跪くトラを優しい目で見つめており…いや、何故か凝視していて、何故か分からないが悪寒が止まらない。

名を…マリア・ルイン・アルマデュラ。

 

トラはこの2人を目に映した瞬間から涙を出しそうになったが、いきなり流すわけにはいかないため全力で我慢した。

 

 

「お母様!」

 

「うふふ。お帰りなさいリュウちゃん」

 

「ただいま帰りました!」

 

 

待ちきれなかったのかリュウマが母であるマリア王妃の元まで駆け出して飛び付いた。

抱き付かれたマリア王妃は危なげなくリュウマを優しく受け止めて聖母のような微笑みを浮かべながら頭を撫でていた。

一連のことをつい羨ましそうに見てしまった事にハッとしながら気が付いて、直ぐにアルヴァ王の方へと目を向けた。

 

 

「事情は知らんが、我が子と共に入国したところを顧みるに、我が子の客人ということで良いのだな」

 

「そうですよ!ボクの目的の物を探す手伝いをして貰ったんです!」

 

「あら、そうなの?どんなことを手伝って貰ったの?」

 

「それは…まだ内緒です!」

 

「そうなの?気になるわ…ふふ」

 

 

リュウマの補足により我が子の助太刀をしてくれた者であると理解したアルヴァ王は少しだけ笑いながらトラを歓迎した。

因みに、ここまででトラが腰にしている純黒の刀は預けるように言われていない。

本来ならば預けるのが普通なのだが…この国では武器を取り上げることは無い。

何故か?それは…取り上げる必要が無いからだ。

 

この国での王というのは、ただの血筋による継承で成り立っているのではない…1番強いから王であるのだ。

そんな者の存在を前にして攻撃を仕掛けるのは愚の骨頂であるし、何より触れることすら出来ない。

この場にいるのは国王王妃の他に、大臣や騎士団長などもいる。

その者達が…王への攻撃など許さないし、王単体が強すぎるのだ。

 

 

「我が子の客人であるならば是非も無し…地人であろうと歓迎しよう。今夜は泊まってゆっくりとしてゆくが良い。部屋は侍女に案内させる」

 

「ありがたき幸せでございます」

 

「──ちょっと待って下さる?」

 

「───ッ!」

 

 

短いながらもトラにとっては長い謁見が終了し、いざ下がって部屋に案内してもらおうとしたところ…マリア王妃から待ったの声が掛かり止まらざるを得なかった。

再び跪いたトラの元にマリア王妃が玉座から腰を上げてゆっくりと近付いてくる。

周りもいきなりの王妃の行動に驚いているが、止めはしなかった。

 

トラとしては何故近付いてくるのか分からないため混乱していた。

夢にまで見た母と瓜二つの顔と同じ声、同じ歩き方で近付いてくるマリア王妃は、余りにも心臓と涙腺に悪かった。

跪くトラの前まで来たマリア王妃は、立ち止まって目を合わせた。

 

 

「…っ…何かありましたでしょうか…」

 

「さっき私とリュウちゃんを見ていたでしょ?」

 

「…ッ!申し訳ございません」

 

「いえ、咎めたかった訳ではないの…ただね──」

 

 

言葉を切ったマリア王妃は、トラの両の頬に手を伸ばして優しく包み込んで目を合わせる。

マリア王妃の行動に目を見開くアルヴァ王と、母が何を言うのか気になっているリュウマは見守り、騎士団長や他数名の兵士は何が起こっても大丈夫なように腰にしている剣に手を置いた。

 

 

「ただ──あなたが他人には思えないの」

 

「────────ッ!!!!」

 

「それに、さっき私とリュウちゃんを見ていた時の目が…とても羨ましそうなものを見ているようでありながら……ひどく悲しそうだった…。それが気になったの…あなたを見たときから地人じゃなくて、もっと…なんて言えばいいのかしらね…他人に思えない存在感を感じるの」

 

「……御戯れを…私は一介の旅人に過ぎません…貴方様と私は……初対面でありますが故に…」

 

「そう…ごめんなさいね?」

 

「いえ…」

 

 

手で触れられた頬の部分が尋常でないほどの熱を持っている気がして、顔が真っ赤でないか気が気では無かった。

しかし、何時までも美しい顔を見れたことに満足しながら、やっと心臓に悪い問答が終わったことにホッとした。

 

 

「ところで…これは少し違う話なのだけどね?」

 

「はい…何でございましょう?」

 

「あなた…とっても強いのね?」

 

「…ッ!いえ…それ程では…」

 

「謙遜しなくていいのよ?リュウちゃんと一緒に居たということはかなりの相手と戦って生きているということでもあるし…私には分かるもの」

 

───やはり…母には筒抜けか…。

 

 

リュウマ及びトラの母であるマリア王妃はとても強い…マリア王妃は女性でありながら武器を用いた戦闘を得意としており、父であるアルヴァ王は魔法による戦闘を得意としていた。

純粋な戦闘力で言うならば…国最強であるアルヴァ王より、マリア王妃の方が断然強いのだ。

 

 

「疲れているところ申し訳ないのだけれどね?もし良かったら…少しだけ手合わせ願えないかしら?」

 

「───ッ!?手合わせ…でございますか…」

 

「えぇ、いいわよね?貴方?」

 

「む?…うむ…まぁお前が言うならば良いぞ。しかし、客人のトラが一休みしてからの方が…」

 

「いえ、私は大丈夫で御座います。お時間を態々割いて貰う必要はありません。王妃様のご要望であれば、今すぐにでも行う次第でございます」

 

「まあ!そうなの?それなら…いいかしら?」

 

「もちろんでございます」

 

 

怒濤のように過ぎていく話に、少し置いて行かれそうになるもどうにか着いていき手合わせを了承した。

もう行えないと思っていた母との手合わせに、トラも食い気味に了承してしまったが、後悔は無い。

一生に一度のチャンスであるかもしれないからだ。

 

言ったが早いか、直ぐに戦闘を行うための中庭にある広場へと案内されて移動をしていく。

武器は何がいいか聞かれたので、腰に差している刀を指さしながら刀であると答えておいた。

戦う際には用意された木刀を使うからだ。

 

 

「ルールは…そうね、一撃入れるか参ったと宣言したらでいいかしら?」

 

「はい、それで問題は無いです」

 

 

マリアは木で出来た槍を持って正面に立っている。

対するトラは渡された木刀を持って自然体で構えている。

木の槍の矛先を地面に向けた状態で立っているだけなのだが…マリアから感じる気迫は覇王の如し…常人ならば対峙することも出来ず、これから先自分の身に何が起きるのか分からないまま降参を申し出るであろうしかし、トラは前にしても立って構えていた。

 

 

───かつて己の身と…こっちでは刀であったが…武器1つで戦場を駆け、戦争相手を残らず全滅させたその単騎最大戦闘力、そして美しい姿から『戦女神(いくさめがみ)』と呼ばれたマリア・ルイン・アルマデュラ…今の俺にどこまでいけるかどうか…。

 

 

佇みゆったりと構えるトラを見て、マリアはやはり自分の目に狂いは無かったことを確信した。

自分自身が強いというのは自負している。

それは驕りや慢心から来るものではなく、ただの事実として理解しているからだ。

 

だというのに、目の前にいる男は目を離さず此方を見ている。

これだけでも見ず知らずの会って間もない旅人に手合わせを願い出て良かったというものであった。

 

 

「……………。」

 

「……………。」

 

「……トラ殿とマリア王妃の手合わせ…開始!」

 

 

審判の変わりとして1人の兵士の掛け声と共に、2人の姿はその場から消えた。

これは魔法によって消えているのではなく、超高速戦闘によって見えないほどの速度で動いているのだ。

姿は見えずとも、木と木を高速でぶつけ合わせる音だけが響いていた。

 

姿が消えて見えるほどの高速戦闘中、トラの木刀がマリアの木槍を持つ手元を狙って振るうが、来ることを察知していたマリアは腕を引きながら槍の特徴である長さを生かして離れながらトラの顎を下から上へと狙う。

 

 

「クッ…!」

 

「フッ…!」

 

 

辛うじて後ろへと頭を反らせることで寸前のところを回避、ムーンサルトキックでお返しにと顎を狙うのだが水平に構えた槍で防がれて不発に終わる。

防がれたことで止まった足に力を入れて元の体勢へと戻り上から木刀を振り下ろすのだが、半身になって避けられる。

次に何が来るのかと思った矢先…槍から手を離した。

 

 

「ただの正拳突き…なんてね」

 

「…危ないところです」

 

 

自身の得物を態と離しながら拳を引いて打ち出す。

シンプルな攻撃であるが、やったのがマリア王妃となると話は全くの別物となる。

軽く放っただけで…音を置き去りになりかける程の威力を見せる。

食らうのはマズいし一撃が入ってしまい敗北となってしまうので、木刀で地面を突いて反動を使い後ろへと飛んで回避した。

武器を持ちながら無手による攻撃はまさに、普段トラが使う武器格闘混合型の攻撃方法だ。

 

つまり…トラの戦い方の原点だ。

 

互いに距離をとる形となったことで武器を構え直しあい、足に力を入れて膝を折り踏み込んだ瞬間…マリア王妃とトラは武器を振り下ろした状態ですれ違っていた。

中央の地面が途中で重なり合った衝撃で砕け散り爆散した。

上がった土煙が邪魔で仕方ないため、木刀で振り払うことで起きる剣圧で全て飛ばす。

 

 

「隙有りね」

 

「───ッ!」

 

 

煙が晴れた時にはトラの目と鼻の先にまで既に接近して木槍を構えていた。

驚きながらも木刀の柄の部分で突くように、突いてくる木槍の矛先を受け止める。

2人の持つ武器から威力から軋むような音が聞こえてくるが、お互い引かず押し込もうとする。

 

ここでマリアが少し頭を下げたかと思うと…横から右足の踵が飛んできた。

体勢を下に下げることで予備動作を終え、次に左足を軸に右足の踵蹴りを起こしたのだ。

木刀を持っている右手とは別に左手をクロスするようになりながら側頭部に来る足を受け止めた。

衝撃が強く左手が痺れたような気がしたが、それを気にしている様子は無い。

 

 

「お強いのね」

 

「これが限界でございます」

 

「うふふ。嘘をつくなんてイケない子」

 

「そんなわけでは…」

 

 

その場で跳躍することで後退しながら2度目の距離の取り合いをした。

構えた木刀と木槍から透明の湯気のようなものが上がる。

それは2人の魔力であり、次の一撃で決めようと思っての準備であった。

構えて魔力を籠めてからきっかり10秒経った時…2人のいた場所から爆発音が上がって姿が消えた。

 

 

「…………参りました」

 

「…………ふふふ」

 

 

交差し終わって姿を現したときには、トラの持つ木刀は縦から半分に別れてから粉々に砕け散った。

対するマリア王妃の木槍は無傷であった。

 

これにて勝負は決し、勝者はマリア王妃ということになった。

 

マリア王妃はトラの元まで歩いて行き手を差し出したのを見て察したトラも手を差し出して握手をしたのだった。

因みに、トラはこの時また母に触れられたことに心の中で号泣していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうであった?」

 

「えぇ、地人でかなりの手練れね。手合わせなのが惜しいくらいだわ」

 

 

時間もいい時間となり、今日の晩餐までに時間があるからと風呂へトラを案内させた後、アルヴァ王とマリア王妃は手合わせに関しての話をしていた。

残念ながらアルヴァ王は魔法による遠距離攻撃を主としているため、近接の戦いについてはからっきしだ。

なので実際に戦ったマリアに王妃に話を聞こうと思ったのだ。

マリア王妃は先程までの手合わせが予想以上に面白かったのか、顔を少し綻ばせながらアルヴァ王に如何だったか話す。

 

 

「とってもお強い方だったわ。本気の殺し合いならどうなっていたことか」

 

「…?接戦はしていたが、勝ったではないか」

 

「そうね…表だっては私が勝ったわね?でも──」

 

 

笑顔を濃くしたマリア王妃は着ている服を少し引っ張った。

すると服が右肩から左脇腹まて斬り裂かれていて、引っ張ることで下に着ている服が斬り口越しに見えてしまっていた。

それを驚いた風に見たアルヴァ王にマリア王妃は解説していく。

 

 

「私はすれ違い様にトラさん…だったかしら、トラさんの木刀を縦から斬ったの。けど…トラさんはそれよりも先に木刀を振って傷をつけず上の服一枚分だけを斬り裂けるだけの威力に落とした弱い斬撃を飛ばしたのよ」

 

「つまり、攻撃は元々トラの方が速かった…ということか」

 

「そうね…刀は速度がものをいう武器、単純に斬るのではなく付けてから引くことでものを斬る武器よ。その為には必然的に速度が無くては相手を斬れないもの。私が使うのは槍、長さ故のリーチの長さと突きを主とした攻撃が多くなる。…速度で負けてしまったわね」

 

「だが、お前は()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「そうね。けど、それはあちらも同じ筈。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…ということね」

 

「ふむ…地人にそこまでの者がいようとは…我等翼人に迫る者か…これは他国を更に警戒していく方が良さそうであるな」

 

 

話し終えた2人も城の中へと消えていき、アルヴァ王は晩餐が出来るまで残った執務を終わらせるために執務室へと戻っていき、マリア王妃は愛しの我が子と楽しいお話しをするためにリュウマの部屋へと向かって行くのだった。

 

何も興味本位で手合わせを願ったわけでは無い。

トラが無意識の内に流してしまっている強者特有の存在感をアルヴァ王とマリア王妃は感じ取り、翼人ではない地人の者が現状どのレベルの力をつけているのか探るために願ったのだ。

2人に言葉は不要…互いが互いを理解し合っているからこそ、自然の流れでの調査を兼ねた手合わせの申し込みだったのだ。

 

結局、翼人どころか異世界でいう自分達の息子の力を見て感じて、地人への警戒心を強めてしまったのだが、そこはご愛嬌だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、おやすみなさいませ」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 

最早露天風呂なのでは?と言えるほどの風呂にたっぷり二時間入らせて貰い満喫した後、一体何時ぶりなのか懐かしさすら感じないほど昔に食べた自分の城の食事を食べさせて貰い、今は客人用に造られた部屋のベッドに腰掛けて夢心地を味わっていた。

 

もう見ることすら出来ないと思われた両親の顔を見ることどころか、あまつさえ少しだけだが触れることも出来た。

どちらも全く力を出し合っていないじゃれあいのような手合わせには実に心躍った。

元を辿れば10年クエストをクリアした時の追加報酬から貰った一冊の本から出来た出来事なのだが、今はとても満足する世界規模の旅行を楽しめた。

 

 

「これで…終わりか」

 

 

己しかいない客人用の部屋に、トラの言葉が溶け込むように消えていく。

もう察していたのだ…この大規模な世界旅行の旅が今夜終わるということを…。

何しろ風呂に入った時から注視しなければ分からない程度ではあるが、体が透け始めていた。

とどのつまり、元の世界に還されてしまうという前兆だ。

 

元々トラは跳ばされた瞬間から長居することは出来ないだろうと考えていた。

 

昔…それも300年前に創られた世界を跳躍する魔法。

現代でも解明どころか開発も出来ない超高度な魔法をリスク無しで使用することは困難を極める。

恐らくリスクとしての代償は籠められた魔力なのではと推測している。

 

何せこれだけのことをしでかす魔法だ。

世界を渡らせるための魔力が少量ですむわけが無い。

ここへ来る前にトラは本に都市が滅ぶほどの大魔力を注ぎ込んだ。

籠められた魔力量は普通の魔導士ならば三日三晩注ぎ込んでもまだ足りないほどの魔力だ。

それ程までの魔力を籠めれば魔法は発動してしまう。

 

過去や未来であるならばタイムパラドクスなどを考慮して出来るだけ何もしない事が望ましいのだろうが、ここは異世界であるので、多少の事は許されるだろうと考えて、部屋に置かれているベッドの横にある机の上へと寄る。

 

母に渡すのが首飾りなのではなく、ブレスレット。

リュウマの代名詞とも言える多種武器の出し方が換装のような仕様。

1番有り得ないであろう主武器が刀ではなく槍であり、母であるマリア王妃も槍を使っていたこと。

国の中に()()()()()()()()()()()()

 

これだけのことがあれば完全に並行世界…つまり自分が歩んできた道の別の可能性というものがはっきり分かってくる。

ならば、消える前に置き手紙を置くのもいいだろうとの考えで手紙を書くことにした。

 

手紙と万年筆を黒い波紋の中から取り出して机の上に広げる。

日が沈んで部屋の中は暗いので、机を照らすために設置されたランプの明かりを付けて手元を明るくさせる。

暗い部屋の中で小さいランプの明かりを受けながら手紙を書くトラの後ろ姿は…とても悲しそうだ。

 

黒縁の眼鏡を掛けていざ、手紙を書いていく。

相手が相手なので下手な字なんて以ての外であるが、散々仕込まれたトラの文字は達筆も達筆だ。

異世界に影響を与えないような軽い話をすらすらと書いていき、最後に偽名を添えると机の上に置いて上と下に重し代わりに洞窟の中でちゃっかり回収していた綺麗な結晶を置いておく。

他にもちょっとした物を置いておく。

 

文の中に間違えがないことを確認すると眼鏡を外して後ろへと放る。

空中で消えた眼鏡を一瞥することもなく、疲れからくる大きなあくびを1つして腕を上に上げて体を伸ばし、ふかふかな上質のベッドの上に横になった。

 

 

「……これで終いか。短くもあったが長くもあった今日(こんにち)であった」

 

 

目を瞑り独り言を溢しながら意識を少しずつ飛ばしていく。

 

可能だったならば…アルヴァ王、マリア王妃、リュウマの3人が幸せそうな笑顔を浮かべながら、家族大団円で楽しくお喋りしているところや、笑い合っている光景を目にしたかったと心の中で思いながら。

 

時間が迫っているのか体の透け具合が進み、今では向こう側にある壁すら見えてしまう程の透明度になってしまっている。

少しずつ空気中に解けるように光の粒子となって消えていくトラ…いや…リュウマは幻想的であった。

 

そしてとうとう…

 

 

「さよう…なら…父上…母上…この世界の…俺…よ───」

 

 

異世界から迷い込んだ(リュウマ)はこの世界から姿を消した。

 

 

 

 

消えたベッドの枕には…一粒大の水が落ちたような痕があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、朝を迎えたことで異世界のリュウマを起こしに来た侍女がもぬけの殻となっている客人用の宿泊室を見て大層驚き、机の上にある手紙を見つけて差出人がトラということで直ぐに届けた。

 

いつの間に消えたのだと驚いていたこの世界のリュウマとアルヴァ王とマリア王妃であったが、一先ず差出人が客人だということで3人で読んでみることにした。

 

 

『アルヴァ王様、マリア王妃様、リュウマ様、見ず知らずの地人であるこの私を城に泊めていただき誠にありがとうございました。とても夢心地で眠ることが出来ました。

 

御礼の言葉がこのような置き手紙になってしまうことをお許し下さい。

私にはやらねばならぬ事がございます故。

 

1泊のご恩…というにはつまらぬ物かと思われますが、差し支えなければこの置き手紙と共に置いてあった結晶と、3つの指輪を受け取って頂きたい。』

 

 

ここまで読んでから手紙を持ってきた侍女に視線をやると、跪きながら手を掲げ、手の中には書いてある通り3つの指輪があった。

1つは金色に輝く宝石を埋め込まれている指輪、1つは銀に輝く宝石を埋め込まれている指輪、最後の1つは白と黒の宝石が半々に別れるように埋め込まれている指輪。

指輪を受け取りながらもう一度手紙の内容を読んでいく。

 

 

『私はスパイでも敵でもない正真正銘の旅人…といっても警戒されるのは仕方ないことではありますが、どうかその指輪を受け取って頂きたい。

 

とある方と共に宝石が形成される洞窟に行ったときに持ち帰った純度の高い宝石を加工して使い指輪にはめ込みました。

魔力を溜める性質を持つその指輪には、私から付けた者の魔力を増幅させる効果のある特別な魔法を施させていただきました。

 

有効的に使って頂ければ幸いです。

 

長くなりましたが…私は目的の為に旅を再開させていただきます。

 

ありがとうございました。

 

そしてさようなら

 

またいつか会う…その日まで

 

 

 

あなた方のこれからの人生に…幸あらんことを

 

 

 

時の旅人 トラ』

 

 

読み終わった3人は躊躇いも無く指輪をその手に付けた。

サイズが合わない程大きいリングは、付けた途端に収縮してその指にあった大きさにまで小さくなった。

サイズが分からないので付けた途端にサイズを合わせるように条件式伸縮魔法を施してあった。

 

次いで感じたのは己の魔力の最大値がかなり上がったという点だ。

手紙に書かれていた通り魔力が上がった。

想像以上であった魔力増幅に驚き、これ程の魔法を施すことの出来たトラという旅人は素晴らしい力の持ち主だと確信した。

 

リュウマが少し悲しそうな表情をしていることに気が付いたマリア王妃は、優しく抱き留めながら頭を撫でてあげていた。

 

 

「さようなら…トラ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ…ここは…」

 

 

目を開けたリュウマは見慣れた天井を見たことで、無事に元の世界へ帰って来れたのだと直感的に理解し、溜め息を溢した。

 

ゆっくり寝ていたリビングの床から起き上がり、最後に黒い渦のようなものに吸い込まれた時の衝撃で紙や魔道書が散らばって散乱しているダイニングテーブルの所まで行き、今回の話の元凶たる魔道書を手に取った。

 

魔力を籠めればまた違う異世界に行けるかもしれない伝説的な代物である魔道書を、リュウマは魔力を手に籠めて───

 

 

「これ以上余計なことをされて堪るか。消えて無くなれ」

 

 

───黒き炎で焼き払った。

 

 

数秒足らずで灰と成り果てた魔道書を一瞥した後、カレンダーを見て1日しか経っていないことを確認すると、台所に立って朝食の準備をした。

 

一般家庭で恒例とも言えるスクランブルエッグに刻んだハムを混ぜたものと、噛めば音を奏でるほどに新鮮なキャベツとレタスに添えられたトマトのサラダ。

自分好みに濃くした味噌汁に湯気を上げながら輝く白米。

 

満足出来る朝食を片付けたテーブルの上に置いてゆっくりと食べ進めていく。

 

食べ終わったら台所の流しに置いて洗い、魔法で瞬時に乾かした食器を棚に戻して玄関へと向かう。

 

目指すはフェアリーテイルのギルド。

 

1日置いただけでは大して変わらないであろうギルドへと向かい、今日も異世界に行く前に行っていた大層面倒な指名式クエストを消化しようと玄関を開けた。

 

照らされる朝日の心地よさと涼しいそよ風を浴びながら、リュウマは歩き出した。

 

 

 

「さて…どんな仕事が来ていることやら」

 

 

 

その足取りは…とても軽かった。

 

 

 

 




急ぎ足になりましたが、ここでそんなに時間をかけるわけにもいかないので、仕方なかったんです…。

これを書いた目的というのが、リュウマの両親がどんな人物なのか朧気にも知って欲しいということです。

なので別に内容を濃くする必要はありませんでした。



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冥府の門
第六一刀  狙われた評議院 雷竜の覚悟


感想&評価待ってます笑




 

 

リュウマが異世界に跳び、ナツ達最強チームが妖精の尻尾(フェアリーテイル)創設メンバーの一人であるウォーロッド・シーケンの元まで行って指名式クエストをクリアしてから数日が経った明くる日…魔法評議院では集まりが広かれ会議を行っていた。

評議院のメンバーは新生のメンバーで構成されているため、昔のように処罰を軽くしてくれるような何だかんだ甘い者達ではなくなっていた。

 

今の評議院のメンバーは、前回から評議院として働いているオーグ老師を除いて全員が頭が固いのだ。

それも何かとフェアリーテイルを悪く見たりするため、少しフェアリーテイルが何かをすれば直ぐに議題に上がってくる。

 

 

しかし…そんな評議院は長くは続かなかった…。

 

 

 

 

 

 

───魔法評議院・ERA(エラ)

 

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)が大魔闘演武優勝か…やれやれ…」

 

「天狼組が帰ってきてからすぐこれですよ…」

 

「やはり目立つギルドだのぅ」

 

 

会議室にいる評議院メンバーは本題に入る前に近頃のフェアリーテイルの事について話していた。

大魔闘演武を優勝するのはいいのだが、それ以外での街への損害などが目立って仕方ないのだ。

まぁ、言ってしまえば最強チームのナツとかナツとかナツとかのせいなのだが…。

 

評議員が大魔闘演武の有無自体無くした方が良いのではないだろうか?という不穏な話が進み掛けてしまうが、魔法評議院議長であるグラン・ドマの一声によって静まり返った。

静かになったのを確認したグラン・ドマは今回の議題を話し始めた。

 

今回集まって開いた会議の議題は闇ギルドである冥府の門(タルタロス)についてだった。

ここ数日でタルタロスの傘下だと思われる闇ギルドが数日の間で7つも壊滅しているからだ。

壊滅してくれるのはいいのだが、評議院は傲慢にもありがた迷惑と考えていた。

 

闇ギルドが次々に壊滅しているのが、仮に正規ギルドである場合、もしかしたら報復に来るかもしれないからだ。

中にはジェラールが率いる独立ギルドの魔女の罪(クリムソルシエール)の仕業ではないのかと睨んでいる者もいる。

 

 

「もしかしたらフェアリーテイルのリュウマがやっていたりするのではないですかな?」

 

「…ッ!?」

 

 

突如上がったリュウマの言葉に、評議院のメンバーの中で唯一フェアリーテイルの味方であるオーグ老師は、開いていない右目とは別に、開いてる左目を少し大きく開かせた。

 

 

「あの者はフェアリーテイルの天狼組メンバーの1人…ここ最近は指名したクエストを受けて周りへの損害を全くと言っていいほどにとどめております、しかしそれが逆に怪しい」

 

「何故ですかな…?」

 

「元々リュウマは破壊活動が目立つナツのように周りのことを一切考えないで周りの物を破壊しながら依頼を遂行しておりました、だがその破壊活動が止まると同時に()()()()()()()()()()()()()()という記録が残っております」

 

 

まだフェアリーテイルに入ったばかりのリュウマは、最初から周りへの破壊を考慮せず終わらせればいいと考えて殲滅魔法を放って一撃で終わらせていた。

それと共に周りの建物なども殲滅魔法で一撃で終わらせた。

始末書で困っていたマカロフはリュウマに破壊をしないように相談し、リュウマはそれを渋々了承した。

 

微妙なストレス発散や溜まった魔力の放出などを兼ねた殲滅魔法を止められたリュウマは…()()()()闇ギルドを潰して回っていったりしていた。

寄り道ついでに壊滅している内に味を占めた時には、闇ギルドを幾つも誘導して一箇所に集め…殲滅魔法で一掃したりした。

 

誰かに見られても特に気にしていなかったリュウマであったが、目撃者の中には評議員の回した者などもいた。

今ではそれが仇となって要らぬ容疑を掛けられている。

 

 

「元々聖十大魔道に任命したのは、リュウマの余りに強すぎる力を我々が抑えて手綱を握る為です。奴の力は強すぎる」

 

「大魔闘演武に紛れ込ませた者が言うには、7年前よりも比べものにならない程の力を見せたと言っておりましたぞ」

 

「リュウマに限った話ではない、どうせこれはフェアリーテイルが起こした問題なのではないのかね」

 

「強い力は誇示したくなるのが心理でありますからなぁ」

 

 

表情こそ変わっていないオーグ老師ではあったが、我慢ならなくなったので口を挟み、何かとフェアリーテイルと関係づけるのはどうかと進言した。

言われた評議員は逆にオーグ老師が何故フェアリーテイルの肩を持つのかと言った。

 

 

「可能性…という話でしたら親ギルドであるタルタロスが子ギルドを接収しているとも考えられませんかな?」

 

 

何のために?という言葉にさぁ?と返してお茶を濁すオーグ老師であるが、言い分としては軍備増強や末端人員切り捨てなどといったことなども考えられると言ったのだ。

しかしその意見を他の議長を除いた議員が笑い飛ばした…そんなことは有り得ないと。

議長はオーグ老師の意見も一理あると判断していたが、他の者は怪訝そうな顔をしていた。

 

 

「今まで棚上げにしてきたタルタロスの問題を今こそ取り組む時じゃ──敵の正体は不明…だが、ここを崩せばバラム同盟は全崩壊する。今こそ我々魔法評議院最大の戦力をもって戦う時なのだ」

 

 

議長の迫力に喉を震わせた評議院達は互いに顔を見合わせて頷き合い、これからの戦いは鮮烈を極めるだろうと判断した時だった。

扉からカエル頭の職員が扉を勢い良く開けながら入ってきて慌て口で緊急事態だと言った。

 

 

「侵入者───」

 

 

言い終わらないうちに…魔法評議院・ERA(エラ)を粉々にする程の大爆発が起き、評議員達を含む職員を呑み込んだ。

 

 

爆発が起こった後、ラハールは重傷となり、一緒に行動していたドランバルトも少し気絶していたが目を覚ました。

辺りを見渡せば残骸となった魔法評議院・ERA(エラ)があった。

生き残りがいないか見渡していると、瓦礫の下に傷だらけのオーグ老師がいた。

助けに行こうと思ったのも束の間…オーグ老師の頭を地面に押さえ付ける人物がいた。

 

 

「あかんあかん。あんたは生きてたらあかんわ。狙いは9人の議員全員やからなァ──『爆』」

 

 

掴んでいる手とオーグ老師の頭が高い音を出しながら光り出した。

押さえ付けている何者かが魔法を発動させようとしているのだ。

 

 

「逃げられへんで?オレの爆発からわなァ」

 

「逃げろ!ドランバルト!!」

 

「オーグ老師!!」

 

 

光が段々強さを増していく。

その光景を見ている人間…否…襲撃した者は人間の姿形をしていなかった。

どこか豹のような見た目をした者はニヤリと口角を上げながら、這い蹲って動けないているドランバルトに顔を向けた。

 

 

「オレの名はジャッカル。冥府の門(タルタロス)九鬼門の一人…地獄で思い出せや…評議員を皆殺しにした男の名を───」

 

「己の正義を貫くために生きろ!!ドランバルトォ!!」

 

 

───遂に……

 

 

 

 

「オーグ老師ィィィィィィィィ!!!!!」

 

 

 

 

オーグ老師は襲撃者…ジャッカルの手によって殺されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───ギルド・妖精の尻尾(フェアリーテイル)

 

 

舞い込んでくる仕事の量も落ち着きを見せ、それに伴いリュウマに対する指名式のクエストが減ってゆっくり出来る時間を取れるようになった頃、フェアリーテイルは今日も今日とて朝から酒を飲んでは騒いでいた。

今リュウマはエルザとマカロフの3人で話しをしていた。

 

内容は最強チームがウォーロッド・シーケンの依頼で頼んだ1つの村が凍ってしまった現象をどうにかして欲しいという依頼の途中で、行方を眩ませていたミネルバが闇ギルドに入っていたという話しと、グレイが倒したというゼレフ書の悪魔についてだった。

 

 

「───ということがありました」

 

「ふぅむ…ミネルバもバカタレな娘だのぅ」

 

「その後も行方をまた眩ませたのだろう?」

 

「あぁ、あと一歩の所で逃げられてしまった…」

 

 

見つけることが出来たミネルバを連れ戻すことが出来なかったエルザは、悔しそうにしていた。

大魔闘演武でルーシィに酷いことをしたのは今でも忘れてはいないが、消えてしまったとしては後味が悪かったのだ。

 

 

「それにしても、ゼレフ書の悪魔の魔法で子供になっていたのか…ククッ…エルザの小さい頃か」

 

「むっ…なんだ、何がおかしい」

 

「いや、何。昔のエルザは何かと俺の後を追い掛けては剣を教えてくれ~だの、何をしてるんだ~だの、親鳥に付いて回る子供のヒヨコのようで可愛らしかった…ふふ」

 

「なっ…なっ!?何を言うか!?わ、私は…」

 

「あの時は何とも言えない庇護欲を刺激された」

 

「~~~~ッ!!今は庇護欲を感じないとッ!?」

 

 

エルザの言葉に黙ってしまうのは仕方ない。

ギルドの中でも実力者であるナツやグレイを一方的にボコボコにしている存在だからだ。

庇護欲よりも頼もしさの方が断然上回るというものだ。

 

 

「わ、私だってな…ま、守られたいと思ったり…する…のだぞ…?」

 

「クカカ…そうだな。機会があれば、その願い叶えてやろう」

 

「う、うむ…」

 

 

まぁ…その機会というのは大抵訪れないだろうが…という言葉は顔を赤くしているエルザを見ながら飲み込んでおいた。

蚊帳の外になっているマカロフとて、エルザが守られる…じゃと?と、案外失礼な事を考えていたりする。

 

 

「因みに───小さい頃のエルザとはこんな感じか?」

 

「なぁ!?」

 

「ブフォ!?」

 

 

何故か似合わずもじもじしていたエルザが見ていない隙を使って魔法を使い、エルザが魔法でやられたと思われる小さい頃のエルザへと体を変化させた。

興味本位で見たマカロフはその完成度…というよりも小さい頃のエルザそのものと化したリュウマを見て飲んでいた酒を吹き出した。

 

 

「なっ…何をしているんだお前は!?」

 

「何って…エルザの若かりし頃の姿に…」

 

「今すぐ解け!!」

 

「ハハハ……断る!」

 

「あっ…待て!!さ、流石に恥ずかしい!!」

 

 

魔法を解かせようと追いかけ回すエルザと、追い掛けてくるエルザから巧みな体裁きと三次元機動によって人の中を縫うように逃げるリュウマの図は…周りの者達の口に含んだ酒を吹かせた。

騒いでいたナツが小さい頃のエルザを見て戦闘欲に火を灯し、火竜の鉄拳で殴りかかるも腕を取られて投げられ、本物のエルザにぶつかり邪魔だと言われながら殴られて気絶した。

 

 

「やめろリュウマ!頼むからやめろ!!」

 

「ん゛ん゛……何をやめればいいのか皆目見当がつかんな」

 

「アッハッハッハッハッ!!声がっ!声が当時のエルザそっくりだぁっはっはっはっはっは!!」

 

「さっすがリュウマ!!笑わしてくれるぜ!!」

 

「エルザで遊べるのはリュウマ位だよ…」

 

 

ハッピーは恐怖の権化であるエルザで遊ぶリュウマに戦々恐々としているが、最近仕事ばかりで疲れていたリュウマには楽しくて仕方なかった。

机の上に乗って昔エルザが付けていた鎧を着ながら剣を持って掲げ…ポージングをとっているが、まさにそれは喧嘩をするナツとグレイをのした後のエルザそのものだった。

 

 

「くぅぅぅぅッ!相手がリュウマなだけあって捕まえられん…!ハッ!?───昔のミラも面白いと思うぞ?」

 

「ちょっとエルザ!?」

 

「クカカ───任せろ」

 

「やめてリュウマ!」

 

 

お題が出たからにはやってみるが吉…ということで早速リュウマは過去の荒れていた頃のミラへと変身した。

男勝りで喧嘩っ早くエルザを何かとライバル視していた頃のミラだ。

 

 

「ん゛ん゛……おいおいナツゥ?こんなもんでやられるとかよっえぇなァ?」

 

「キャーーー!!??ちょっとリュウマ!!」

 

「んだとコラァ!!!!」

 

「ナツが起きやがった!?」

 

 

挑発に眠っているのに反応したナツが起き上がった瞬間に声がした方向に向かって炎を吐くが、小さいままのミラの姿のリュウマは風の魔法で小規模ながらの刹那の突風で相殺し、首の後ろに手刀を落として2度目の気絶をさせた。

 

 

「次はルーシィだな!」

 

「えぇ!?あたし!?」

 

「あっ、私も見てみたいわ」

 

「ミラさん!?それ絶対自分のやつやめさせたいだけですよね!?」

 

「想像でやってみるか」

 

 

流石に見たこと無いルーシィの小さい頃が分からないので、自分の中での小さいルーシィを考えて変身するのだがどんぴしゃで過去のルーシィそっくりな姿となった。

可愛らしくポニーテールにしているルーシィはキュートで、女の子大好き組は小さな子に対して鼻の下を伸ばしていた。

 

 

「えぇぇぇぇぇぇ!?まんまあたし何ですけど!?」

 

「ん゛ん゛……おねぇちゃんだぁれ?」

 

「やめてーー!!??」

 

「ルーシィ…可愛いなおい」

 

「グレイ様!?こぉのぉ…恋敵ィィ…ッ!」

 

「ヒィィィィィィ!!??あたし関係ないじゃなーーい!!」

 

 

小さいルーシィの姿でクスクス笑っていたリュウマは、そろそろやめておくか…と思ったが、ルーシィのことをおちょくっているカナを見てニヤリと嗤った。

可愛らしい小さいルーシィが悪どい笑顔を見せたのを目にしたカナは止めようとするが…手遅れだった。

 

 

「昔のカナだ」

 

「あら~?カナも可愛いじゃな~い?」

 

「ちょっルーシィ!リュウマ!あんたやめ───」

 

「───ギルダーツ……大好き♡」

 

「だぁっはっはっはっはっは!!!!!」

 

「やめんかーーーーー!!!???」

 

 

顔を真っ赤にして叫んでいるカナに対して、ルーシィがこれ見よがしに弄り倒しているのを見てある程度満足したが、楽しそうに笑っているウェンディを見つけてもう一度変身することにした。

幸い今よりも更に小さい頃のウェンディを知っているので変身は簡単だ。

 

 

「俺が会ったのはこのくらいだったか?ウェンディ」

 

「リュウマさん!?」

 

「ウェンディ可愛い~~!!」

 

「まあ、懐かしいじゃない」

 

「シャルル!!」

 

 

まだ五歳ぐらいの頃のウェンディに変身したリュウマは、みんながこっちを見ているのを確認してから、水の魔法を使って目尻に水を溜めて涙を我慢しているように見せ、泣きそうな顔をしながらルーシィのズボンの裾を小さく握って上目遣いした。

 

 

「おねぇちゃん…シャルル…どこぉ…?」

 

「かふっ」

 

「ごはっ」

 

「ぶへぇあっ」

 

「やめて下さいリュウマさん!!」

 

「まんま昔のウェンディね」

 

「シャルルーー!!」

 

 

ある程度満足したリュウマは、変身の魔法を煙に包まれながら解除して、笑いすぎたため出た涙を指で拭いながら息を整えて前を向くと…頬を膨らませたエルザ、ミラ、カナ、ルーシィ、ウェンディがいた。

今更ながらやってしまった感に襲われてしまったが、完全に囲まれてしまい逃げ道を無くしてしまっていた。

 

 

「分かってるな?リュウマ」

 

「私とっても恥ずかしかったのよ?」

 

「逃げようとしてないわよね?」

 

「酔いが完全に覚めたよ」

 

「リュウマさんの……ばか」

 

 

「いや…あの……正直すまなかった」

 

 

「「「「ふふ…許さない♡」」」」

 

 

追い詰められたリュウマは、追い詰めた側であるエルザ達の要求を呑まされて変身魔法をまた使う羽目になった。

今回は誰かに変身するとかではなく、昔の小さい頃のリュウマ自身にさせられた。

ちょうど大魔闘演武のパーティーでやっていた時の小ささだ。

 

 

「……これでいいか?」

 

「声は今と違うでしょ?」

 

「喋り方もね?」

 

「ちゃんとやりなさいよ?」

 

「リュウマさん…?」

 

「……ん゛ん゛…これでいいですか?」

 

「「「「「───か、可愛い♡」」」」」

 

 

我慢できなくなってしまった少女達は子供の頃のリュウマに飛び付いて抱き付いたり頭を撫でたり頬ずりしたりほっぺたを摘まんだりとやりたい放題であった。

やられているリュウマとしては揉みくちゃにされているので目を回しそうになっているが、抵抗は許されていなかった。

 

只管弄くられていること数分…入り口から汗を大量にかいたジェットが叫びながら今日1番のニュースを語った。

 

 

 

 

 

内容は……議員全員の死亡を知らせるニュースであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───???

 

 

「久しいな“シルバー”」

 

「お?“キョウカ”の姉ちゃんじゃねぇか。相変わらず色っぽいねぇ」

 

 

城が廃墟と化したかのような場所に数名の部下らしき者達を従えさせる女が現れ、先にその場へ着いていたシルバーと呼ばれた男に話しかけて話しをしていく。

他にも一人丸っこい体をした人間というより生物や、人間のような姿をした者、人間どころか体中が鋭利に尖っている者が同席している。

 

 

「“ジャッカル”と“テンペスター”はいないのか?」

 

「二人とも()()()でございます」

 

 

この場にいない者のことを不思議に思ったシルバーは質問すると、体が丸っこい者が答えた。

答えに対してキョウカが既に作戦が始まっているということかと吐き捨てると、そこにいるメンバーはニヤリと笑った。

 

 

「人間共に冥府の力を見せてやろうぞ。冥府の門(タルタロス)九鬼門の地獄を…!」

 

 

なんと…その場に居たのは…全員がゼレフ書の悪魔であった。

 

 

「しかし、流石はジャッカルさん。派手にやりましたなァ…ゲヘヘ。評議員9人の命の値段はおいくらか?おいくらか?ゲヘヘ」

 

 

───九鬼門・堅甲(けんこう)のフラマルス

 

 

 

「フラマルス。汚ぇ笑い方はよせ…我々の品格を疑われる」

 

 

───九鬼門・晦冥(かいめい)のトラフザー

 

 

 

「悪魔に品格もクソもあるかよ!!次はオレに行かせろキョウカ!!早く人間共を皆殺しにしてぇ!!」

 

 

───九鬼門・童子切(どうじぎり)のエゼル

 

 

 

「エゼルさん。物語には順序がありますわ。これはまだ序章……いいえ……前書きといったところ」

 

 

───九鬼門・涼月天(きょうげつてん) セイラ

 

 

 

「その通りだ。慌てるなエゼル。そなたにはそなたの仕事がある」

 

「体が…!体が疼くんだよ!!ジャッカルとテンペスターだけずりィぞ!!」

 

 

───九鬼門・隷星天(れいぞくてん) キョウカ

 

 

 

「祈り……囁き……そして冥府の祝福あれ…」

 

 

───九鬼門・漆黒僧正(しっこくそうじょう) キース

 

 

 

「……………。」

 

 

───九鬼門・絶対零度(ぜったいれいど)のシルバー

 

 

 

集まった7名は廃墟であったはずの城の中へと入り、不気味な装飾を施されている暗い部屋の中で集まり、気味の悪い髑髏に向かって祈りを捧げていた。

 

 

「全ては我等が主…ゼレフの為に……人類に悪魔の鉄槌を下そう」

 

 

 

 

戦いの火蓋は……既に切られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───レストラン・(エイト)アイランド

 

 

ここは元評議員でありマスターマカロフの友人であるヤジマが開いているレストランである。

今は雷神衆のラクサスを除いた3人が仕事としてヤジマの手伝いをして店を開いている。

 

 

「こりゃぁ…酷い()件だなぁ…」

 

「評議院が爆破!?」

 

 

今朝届いた最新号の新聞を読んでいるヤジマの言葉に反応したフリードが、新聞を覗きこんで1番のニュースを見て驚いていた。

因みに手は驚きながらも料理をやめていない。

同じく違うところでスープを作っているビックスローは既に新聞を読んでいたようで、大して驚いたところは無い。

 

死傷者が総勢119名という一文を見て、元評議員もして働いていたヤジマは悲しそうに見ていた。

同時に何故評議員を狙って爆破で殺したのか気になり考えている。

各々は新聞の記事について話しながら料理を作っていき、客が来るのを待っていた。

 

 

「ラクサス君はまだ戻って来ないのかね?」

 

「おつかいも出来ないとは…仕方のない奴め…ふふ」

 

「あ…噂をすれば…!」

 

 

店の扉が開いたことでエバーグリーンがラクサスか帰ってきたのだと思い振り向けば…入ってきたのはフードの着いたローブのようなもの着ている見るからに怪しい者だった。

入ってきた者から感じる魔力が不吉だと感じたフリードだが…言葉を話す前にそれは起こった。

 

 

「……『ヒュル』」

 

 

「「「「「──────ッ!!??」」」」」

 

 

入ってきた者がたった一言話しただけで、店内で巨大な竜巻が発生し天井を易々と突き破り、壁を破壊して店本体を粉々に破壊した。

突然の攻撃に出遅れた雷神衆とヤジマは風圧に体勢を崩してしまい、襲撃者は竜巻を体の周りに纏ってフリードとビックスローの懐まで飛び込んでから軽く触れ…

 

 

「……『どどん』」

 

「ぐあぁああぁあぁッ!?」

 

「がはっ!?」

 

 

またもたった一言で二人を左右別々に弾き飛ばした。

見かけによらない高威力の衝撃にやられた2人は弾かれながら血を吐き出して店だった残骸に叩きつけられた。

やられた2人を見てヤジマが隙を突いて紙状に薄くなりながら相手の腕に絡みつく。

 

しかし襲撃者は冷静に『ボッ』と口にすると、絡められそうだった腕から高温の炎が噴き出てヤジマを攻撃した。

 

 

「ヤジマ…さん!」

 

「こんのっ…妖精機銃(ようせいきじゅう)…『レブラホーン』!!」

 

「……『ヒュル』」

 

 

放たれた光の魔力の弾丸を言葉を発しながら腕の周りに発生させた竜巻によって弾き返し無効化しながらエバーグリーンを狙って近付き暴風で離れた所にある机や椅子の山に叩きつけた。

襲撃者は傷だらけのヤジマの前まで近付くと首を掴んで持ち上げた。

 

 

「ぐっ…何者…じゃ」

 

「…我に名は無い…九鬼門の一人…人類は我を厄災と呼ぶ…冥府の門は開かれた…人類に裁きを」

 

「ぐうぅううぅうぅうぅ…ッ!!」

 

 

引き剥がそうとしても全くビクともしない腕力に首を締め付けられ、ヤジマは呼吸困難によって苦しそうに声を上げる。

雷神衆はダメージの大きさから立ち上がることすら出来ず、見ていることしか出来ない。

だが…冥府の門というキーワードから、タルタロスであることを察した。

 

狙いが現評議員だけではなく…元評議員までも標的であるということも。

 

 

「冥府へ…堕ちろ」

 

「がっ…は…ぁ…」

 

「ヤジマさーーーん!!!!」

 

 

エバーグリーンが涙ながら叫んだ時…快晴の空から一つの雷鳴が轟き…一筋の雷が降り落ちた。

雷は的確に襲撃者の風を纏ってヤジマを拘束する腕を狙い弾き飛ばした。

次に訪れた第二撃目の雷が襲撃者の頭の上に落ちて呑み込んだ。

 

 

「道には迷っちまったが……テメェを殺すことに迷いはねぇ」

 

 

颯爽と訪れたラクサスの落雷により、圧倒的だった襲撃者に多大なダメージを与えたのだった。

助かったことにホッとしたヤジマはラクサスに相手は突然現れ攻撃を仕掛けてきたことを話し、エバーグリーンがタルタロスでヤジマを狙っていることを補足した。

 

雷を落とされて攻撃されたことで、着ているローブが所々破れて使い物にならなくなったことを確認した襲撃者は…ローブを己の手で引き千切って素顔を見せた。

顔を見たラクサスは驚きで目を丸くした。

ローブを着ていた人物の顔は…獣のような顔つきだったからだ。

この者は…九鬼門・不死のテンペスター。

 

ゼレフ書の悪魔であり…人間ではない。

 

 

「……『ヒュル』」

 

「フンッ」

 

 

最初と同じように竜巻を纏いながらラクサスに向かって突進を仕掛け、距離を詰めて蹴りを入れるが跳んで回避し、避けたところに向かって拳による打撃を入れようとしたがラクサスが雷を纏って高速移動することで余裕をもって避けた。

 

お返しとばかりに空中で逆さまの状態で現れたラクサスが、テンペスターの背後から脳天に向かって蹴りを入れれば地面に叩きつけられながら引き摺られるように滑って岩に叩きつけられた。

 

直ぐに起き上がって睨み付けようとしたところ、その場にはもうラクサスはおらず、何時の間にか背後で仁尾立ちしてテンペスターのことを見下ろしていた。

 

 

「相手が悪かったな──『雷竜の(アギト)』!!」

 

 

組んだ手をテンペスターの頭に向かって振り下ろし攻撃したところ、余りの威力に地面は叩き割れ、テンペスターは白目を向いて気絶した。

フェアリーテイルのS級魔導士なだけあって、フリード達がやられてしまった相手を一方的に倒してしまった。

 

ラクサスが現れて倒してくれたおかげで助かった雷神衆は、座り込んでダメージを回復させてテンペスターの処遇を決めていた。

評議院に連れて行ったところで破壊されているので機能しておらず、下は上がいなければ機能しないのだ。

 

狙っているのが元評議員であるヤジマであることで、目的が知りたいと提案したフリードの案に則りフェアリーテイルに連れて行って拘束しながら尋問することに決めた。

と、ここで気絶していたテンペスターが目を開けて覚醒して独り言を溢し始めた。

 

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)…まさかこれ程の魔力を持つ人間がいようとは計算外…想定外のダメージ…───我は一度死ぬしかないか」

 

「死ぬ?何を言ってやがる」

 

()()()()()()()…ということだ…人間よ」

 

 

話し終えたことに満足して目を閉じたテンペスターの体が…弾けて黒い霧となった。

黒い霧は消えることがなく、周囲に周囲にと広がっいき街を包み込もうとしていた。

何をしたのか理解出来ないラクサス達はテンペスターがどこかに行ったのかと探すが、本当に自爆して消えたのだと感知した。

 

 

『人は厄災には勝てん…これは“魔障粒子”…空気中のエーテルナノを破壊し汚染していく』

 

「アンチエーテルナノ領域…!?」

 

「ぐはっ!?ゲホッゲホッ!?」

 

 

吸い込んでしまったフリードやビックスロー、エバーグリーンはその場で蹲り苦しそうに咳をしていた。

これは魔力欠乏症や魔障病を引き起こし…魔導士にとっては死に至らしめる病である。

 

 

『唯一の弱点は我の体を再生させるために()()()戻らねばならないということ…冥府で会おう…死人達よ───』

 

「……ッ!!」

 

 

テンペスターの声はそこで途絶えてしまった。

だが、今はそれどころではない。

 

黒い霧をこの街全体を覆うほどにまで拡散したテンペスターの仕業で魔導士である雷神衆やヤジマ、ラクサスが死にそうになっている。

黒い霧を吸い込まないように口と鼻を布で覆って霧の無い安全地帯に避難しようとするのだが…肉体に限界が来て倒れ込んでしまう。

倒れたエバーグリーンとビックスローを心配してフリードが駆け寄ろうとするが、フリードも限界が来て倒れてしまった。

 

 

「──誰も死なせねぇ…死なせねぇぞォッ!!」

 

「ラクサス…!口を…塞げっ!」

 

 

「───スウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」

 

 

なんと、ラクサスはフリードの指示には従わず大きく息を吸い込んで、一緒に周りの黒い霧も大量に吸い込んでしまった。

何をしているのか理解出来ないフリードは目を見開き、嫌な予感から来る冷や汗を多く流した。

 

 

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の肺は少し特殊なんだ。こんなモン全部オレが吸い込んでやるよ」

 

「や…やめろ…」

 

 

「───必ず全員連れて帰れ…それがお前の…仕事だ」

 

 

「ラクサーーーーースッ!!!!」

 

 

フリードの叫び声が、黒い霧が少しずつ消えていく街の中に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───数時間後…フェアリーテイル

 

 

 

「ポーリュシカ!!ラクサス達はどうなんだ!!??無事なのか!?おいぃ!!!!」

 

「うるさいね……生きている……が、かなり魔障粒子に侵されている」

 

 

生きているという曖昧な言葉にモヤモヤさせているマカロフではあるが、それは後ろにいるフェアリーテイルメンバー全員に言えることだ。

なので追求したい気持ちを堪えながら、ポーリュシカの話を聞くために落ち着きを取り戻した。

 

 

「5人の中でラクサスの体内汚染が酷い。生きてるのが不思議なくらいだよ」

 

「生きてるのが…」

 

「不思議なくらい…」

 

 

ラクサスの重症レベルを聞いて顔を青くさせるメンバー達だが、ポーリュシカは知らせなくてはならないため、包み隠さず今の現状を教えていく…。

 

 

「元々ごく少量の摂取でも命が危険な毒物だ…完全に回復するかどうか───」

 

「そ…そんな…!」

 

「こままじゃ死んじゃうの…?」

 

 

「───あの子に掛かってる」

 

 

「「「「───ッ!!??」」」」

 

 

ポーリュシカの言葉に驚いて見遣る。

全員の視線を一身に浴びる中、ポーリュシカは付いてこいと言わんばかりの視線を寄越して医療室に向かっていく。

危ない状況だから騒ぐなと念を押してから扉を開けば……5つあるベッドにそれぞれが寝そべり苦しそうにしている。

そこまではいいが…件の5人に手を翳している者がいた。

 

 

「…え?…リュウマ?」

 

 

翳している手の平に黒い魔法陣を展開しながら無表情で何かの魔法による作業を行っているリュウマであった。

治療しているのがリュウマだと分かってそんなことも出来るのかと驚く一同だが、リュウマの眼は左右で違う形をしていたことに気がついた。

 

 

「あの子は今()()()()()()()魔障粒子の除去とダメになっている内臓や細胞の再生。魔力欠乏症の治療を施している。…こんな事が人間に出来るとは思わなかったがね…右眼で5人の体内を透視して的確に悪いところを見破り…左眼で5人の症状がこれ以上進まないように魔障粒子の進行を止めている…らしいよ。全く、考えられない情報処理能力だよ」

 

「そ…そんなことをたった1人で…?」

 

「ここに運ばれてからずっとやってるよ」

 

「おいおい…運ばれてから二時間は経ってるぞ!?」

 

「5人同時にそんな高度なことを…二時間も…?」

 

「リュウマの脳が焼き切れちゃうよぉ…」

 

 

ポーリュシカの言うリュウマの現状に驚きを隠せないが、同時に治療している側であるリュウマのことを心配になってきてしまう。

本来ならば一つの工程ですら満足に行うことが出来ないのに、それを5つ同時に長時間…。

医学の心得があったとしてもやろうとも思わず不可能だと首を横に振るであろう案件だ。

 

 

「だけどこの子はやってるんだよ。『仲間が無茶して人を救おうとしたのだ、俺が同じく無茶をしなくて何が仲間だ』…なんて言ってね」

 

「リュウマ…」

 

「お、漢だ…」

 

 

暫く眺めていたが5人の内ラクサスを除く4人の顔色が良くなったことに気がついたメンバー達は、邪魔するわけにはいかないので見守ることしか出来ないが、額にかいた汗を拭うリュウマを見て安全圏に入ったことは理解した。

 

 

「大丈夫だ。4人に関しては俺の自己修復魔法陣を組み込んで()()()()()()()()

 

「そうか…!そうかそうか…!」

 

 

眼の形が左右違う奇妙なことになりながら何でも無いようにいっているが、人間の体は人間の数だけ違う。

それを分析解析しながら同時に理解していき、自動では無く手動にて体の中にある悪害の魔障粒子だけを消し去ったのだ。

つまり…人間そのものを4つ分理解し治したのだ。

 

普通では有り得ない。

 

 

「そ、それで…ラクサスの容態はどうなんじゃ…?」

 

「……………。」

 

 

黙ってしまうリュウマに絶望しそうになったが、違うと言って手を振る。

治すことが出来ず手遅れだと言いたかったのではなく、治すのに多少時間が掛かるかもしれないということを告げたかっただけだ。

 

 

「マカロフ。ここで一つ決断をして貰う」

 

「……なんじゃ?」

 

 

「今すぐ治せる方法があるが、それは危険極まりない方法だ。だが確実に治る…やるか?」

 

「…どんな方法なんじゃ?」

 

 

聞いてきたリュウマに質問をしてしまい申し訳ないと思いながら、そんなことは全部聞いてからでないと判断しかねるので方法を聞いてみることにした。

そしてリュウマから吐かれた言葉は…予想の斜め上をいった。

 

 

「内臓の殆どが機能を著しく低下させている。これ以上俺の自己修復魔法陣を施しても次から次へと魔障粒子に侵されて終わらないイタチごっこをやるだけだ。そこで───内臓を全て一度消滅させて新たな内臓を創り出す」

 

「……なん…じゃと…?」

 

「内臓を全て…」

 

「消滅させる…!?」

 

「そんなことしたらラクサスが死んじまうよ!!」

 

「このままにしても死ぬのは変わらん」

 

「……ッ!」

 

 

どうする?と無表情で聞いてくるリュウマに薄ら寒いものを感じたマカロフであるが、このままにしても死んでしまうというのは治療しているリュウマの言うことであり正しいのだろう。

ならば…ここはリュウマを信じてやってもらうしかないと判断した。

 

 

「頼むリュウマ…ラクサスを…ラクサスを助けてくれ!!」

 

 

「───任せておけ」

 

 

頭を下げてまでリュウマを信じて頼むマカロフに、ここまでで初めて柔らかな笑みを浮かべた。

向き直ったリュウマは両手をラクサスに向け、魔力を集中させて体内を見遣る。

透視して見えるラクサスの体内は酷い有様になっていた。

 

どうしてもダメな内臓はあっても他の内臓に魔障粒子を届けて容態を悪化させるので、ならば消して真新しい新品の内臓を創り出そうという考えだった。

みんなが見守る中、準備を整えたリュウマは次々と魔法を発動させていく。

 

 

「自己修復魔法陣及び肉体創生魔法陣を同時展開。魔力による圧力で体中の血液を停止、同時に心臓を氷雪魔法で一時凍結──『暴王の月(メルゼズ・ドア)』…体内に発動」

 

「─────ごばッ!?」

 

「頼む…!リュウマ…!!」

 

 

暴王の月(メルゼズ・ドア)』で体内にある内臓の殆どを消滅させて消え去り、直ぐさま自己修復魔法陣による細胞の再生と、肉体創生魔法陣による失われた内臓を創り出していく。

少しでも間違えればラクサスは死んでしまうような超高度な技術であるが、ラクサスを助けてやりたいのはリュウマも同じだ。

 

瞬きすらせず眼に展開した透視眼と修復魔法陣を常に使い続け…5分後…。

 

 

「────ふぅ…治療は完全に成功した。しかし内臓は新品故に当分の間は動くことは出来ない。それを努々忘れるなよ?」

 

「ありがとう…っ…ありがとうリュウマ…!」

 

「さっすがリュウマだ!!」

 

「ラクサス達をサンキューな!!」

 

 

助かったことに一安心したことからか、中には床にへたりこんでしまう魔導士もいるが、本当にへたりこみそうなのはリュウマだった。

久しぶりにこれ程の集中したことはないため、少しだけ疲れてしまった。

本来ならば疲れたどころか脳がオーバーヒートを起こして廃人になっていても不思議ではないというのに、やりきる辺りが規格外のリュウマと言える。

 

ふと目を覚ましたフリードがマカロフに向かって街はどうなっているのか聞いた。

一瞬目を伏せてしまうマカロフだが、少し笑いながら街は無事だと伝えた。

マカロフの言葉に安心したフリードは再び眠りについたが…実際は全く助かっていなかった。

 

ラクサスが助けようとした街は魔障粒子が拡散し全域を呑み込み封鎖され、汚染が酷い状態になっている。

助けようにも近寄ることが出来ず、未だに魔障粒子に侵された民間人が中に取り残されているのが現状だ。

 

魔障粒子は濃く発生しているため、魔力を持っていない一般人にも影響を及ぼしているのだ。

死者の数は既に100を超えており、今も尚亡くなっている人々は後を絶えない。

仮に亡くならず助け出されても魔障粒子に侵されて苦しんでいる。

 

そんなことを伝えられずマカロフは街が無事であると嘘をついた。

 

聞いていたリュウマは疲れた体を動かして扉を潜って入り口へと向かう。

心配したルーシィを始めとしたエルザやカナ、ウェンディミラが何処に行く気なのか質問すると…街に向かうとだけ言った。

 

魔障粒子が蔓延る街に向かうと言ったリュウマを止めようとするが、リュウマは止まることは無かった。

己のことを親友と言ってくれた大事な友が…命をかけて守ろうとした街が魔障粒子に侵されて人々が苦しんでいる?

 

 

そんなこと───(リュウマ)が許さない

 

 

マカロフに通信用ラクリマを渡してから再び街へと向かうリュウマの背に…マカロフは目を伏せて頼む…としか言うことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

リュウマは向かうのだ……

 

 

 

 

 

 

 

嘘を真実にするために

 

 

 

 

 

 

 




ラクサスのやつってこのくらいしないと治らないと思うのは私だけ…?



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第六二刀  謎の女 始まる戦い

やっと出せた……。

最後の後書きまで読んでくれると嬉しいです。




 

ギルドフェアリーテイルから出て来たリュウマは走って行くよりも、文字通り飛んで行った方が確実に早いと決断して自身に掛けている例外的封印を解放した。

本来多過ぎ強すぎる己の純黒なる魔力を周囲に撒き散らし、要らぬ被害を生まないようにと掛けておいている封印なのだが、封印の中に例外的封印を施しているのがある。

 

大魔闘演武を優勝してから、ルーシィ奪還に向かったナツ達の元へと合流したリュウマが、未来から来たルーシィを自分がいない間に殺されかけ、剰え腕の中で死なせてしまった時の怒りと悲しみから外さないようにとしていた封印を外してしまった。

 

 

「封印解放──────出でよ…我が翼」

 

 

背中から生えてきたのは…ドラゴン達と戦っている時に仕方なくも使っていた3対6枚の白と黒に別れた美しき翼。

光り輝いているわけでもないのに、つい目を細めてしまうような奇跡的造形美を持つその翼は…リュウマの元から持っていた翼人の翼だ。

魔法による飛翔でも十分速度が出るのだが、いかせん機動力が疎かになってしまう面がある。

少しとはいえ存在するデメリットを少しでも無くして急ごうということだ。

 

 

「ヤジマが経営している店がある街…だったな。此所からならば出せるだけの速度で…10分といったところか」

 

 

準備運動の要領で一度羽ばたかせると1メートル程空中へと浮き上がり、二度目の羽ばたきで遥か上空へと急上昇していった。

初速からの今日加速によって大気を震わせる程の衝撃が走るが、幸いなことに空中での衝撃なため周囲の物を破壊するということはなかった。

 

人が米粒に見える程まで上空へと上昇したリュウマは、魔力の大放出による推進力を得ながら街へと飛翔していった。

体の中に内包する膨大な魔力を、推進力という面にだけ使ったことで速度は音速を超えた。

超音速飛行によって轟音が鳴り響きながら衝撃波が発生し、通り過ぎた雲を消し去り快晴の空へと変化させていった。

 

脳内で計算していた到着時間に近い9分程経った頃、遥か上空にいるが故に見える、街を呑み込み民間人を今も尚苦しめ続けている黒い霧…魔障粒子によるアンチエーテルナノ領域が見えてきた。

 

人にはとびきりの有害さを持つ魔障粒子に生身で近付くのは愚の骨頂…故に民間人を守るために派遣されてきたフィオーレ王国の軍が先に到着し、ゴテゴテの防寒着のような物を着ながらガスマスクを嵌めて民間人を魔障粒子内から救い出していた。

 

しかし、範囲が民間人の大凡2000人が住むというそれなりに大きい街での被害であるからこそ、魔障粒子の霧の中にいる民間人を全て救うということはまだ出来ていなかった。

二時間しても救い出せない程に危険…だということだ。

今は魔法を使って風を起こし、救い出した者達に降り掛からないように進行方向を変えさせているが、耐えきれなくなるのは時間の問題である。

 

入り口だと思われる場所で数多くの兵士達が治療とは言わずとも、魔障粒子による体内汚染を遅らせようと魔法を使って民間人を看ている塊を発見したリュウマは、下へと急降下しながら落ちていった。

 

あと少しで地面に衝突するといったところまで来たところで、一度ふわりと翼を羽ばたかせ推進力を緩和し、危なげなく着地した。

何か落ちてくると騒いでいた兵士達は相手が大魔闘演武で活躍し、他にもドラゴンを倒す手助けをしてくれた密かに英雄扱いされているリュウマだと知ると安堵した。

 

地べたに布のような物を敷いて患者を寝かせ、一人につき一人の魔法を使える兵士がついて魔法を施している。

足りないところには派遣されて来たのであろう、白衣などを着ている医者が必至に声をかけたりなどをして安否を確認している。

被害が甚大であるということが分かる光景を目の端で捉えながら、リュウマは街へと向かっていく。

 

 

「───リュウマ殿!」

 

「…ん?アルカディオスか?」

 

 

後数十メートルで街へと辿り着く…といったところで話しかけてきたのはアルカディオスであった。

国の内部にある街が汚染され人々が苦しんでいるということを報告されたフィオーレ王国の王は嘆き悲しみ、アルカディオスその他大半の兵士をこの街に向かわせ、人々を救い出す手助けをさせていたのだ。

 

到着してから1時間程しかまだ経っておらず、救い出せた人々は少ないが、派遣されずにいて今救い出されている者達がまだ霧の中にいるよりはまだ良い方だ。

突如のリュウマの出現に驚いていたアルカディオスであるが、助けに来てくれた増援だと分かると安心したような顔付きになった。

 

 

「リュウマ殿が入れば千人力です。して…あなたにはこれから───」

 

「俺はこの邪魔な霧を消してくる。その為に来たのだからな」

 

「な、なんと…!そんなことが出来るのですか!?」

 

「でなければ来ないだろう。今はこっちも色々あって忙しいんだ」

 

 

内容がいまいち分からない話に首を傾げるのだが、取り敢えずはリュウマが来てくれた事に感謝した。

ましてや、現状どうすることも出来ないでいた魔障粒子の霧を除去してくれるときた。

これ以上うまい話というのは無いだろう。

 

 

「それで…どうすればこれは消えるのですか?」

 

「俺が中に入って霧を全て一箇所に集める」

 

「───む、無茶だ!!!!」

 

 

作戦内容を聞いたアルカディオスは顔を青くしながらも険しい表情でリュウマへと詰め寄った。

前に来てまるで通せんぼするように進行を妨げるアルカディオスに、苛つきを覚えながらもリュウマは横を抜けて街へと近付いていく。

 

折角来てくれた最高戦力をここで失うわけにはいかないと考えているアルカディオスは、どうにか考え直して貰えるよう説得する為に腕を引いて止まらせて足止めした。

腕を引かれたことで邪魔をされたリュウマはアルカディオスに冷たい目を向けながら振り向いた。

 

 

「今ここであなたまでも動けなくなるのは我々にとっても大打撃となる!ここは焦る気持ちを抑えて我々の指示に───」

 

「───おい」

 

「がはっ!?」

 

 

何時までもペラペラと喋って邪魔をしてくるアルカディオスに頭にきたリュウマは、掴まれている腕を振り払いながら胸倉を掴み上げた。

足がつかない程にまで持ち上げられたアルカディオスは、胸倉を掴んでいるリュウマの手を握って藻掻く。

ドラゴンとの戦闘である程度成長したかと思えば成長しておらず、口喧しいだけのアルカディオスを睨み付けた。

 

 

「俺は今なんと言った?霧を消しに来たと言ったんだぞ。そんな俺が何の対抗策も無しにノコノコここまで来たと思うたか?笑わせるな小僧。貴様にとって不可能の事を可能にする事が出来る俺を止める暇があるならば───魔障粒子に侵されている民間人を一箇所に集めさせておけッ!!」

 

「ガッ!?ゲホッゲホッ…!」

 

「チッ…要らぬ時間を食ったわ」

 

 

街に向かって進むリュウマの背に何かを叫んでいるアルカディオスを残し、リュウマは…()()()()()()()()()()()

街を呑み込んで蔓延る黒き霧の全ては魔障粒子で形成されており、魔導士が今中に入れば体内に侵入した魔障粒子が体を蝕み、事と次第によっては死に至らしめる猛毒の中をリュウマは何事も無いように歩み進んで行った。

 

 

「魔障粒子とは、本来空気中に含まれるエーテルナノに干渉し破壊する病原菌とも言えるアンチエーテルナノ物質…。それが人間を侵す場合…最初に干渉するのはエーテルナノの塊である魔力そのもの…魔障粒子に魔力を急速に喰われ破壊された魔導士は急激な魔力損失により魔力欠乏症を患う。次いで魔力欠乏症による免疫力低下と魔力を無くした事による無意識下での身体的自動防衛システムが機能しなくなり、吸い込んだ魔障粒子は肺から広がり体の隅々まで細胞の破壊を繰り返す」

 

 

まるで子供相手に言い聞かせるように言葉を溢していくリュウマの全身を…魔障粒子が包み込んで今すぐ侵さんと活動しているにも拘わらず進み続ける彼は、苦しそうどころかいつも通りにしか見えなかった。

言うなれば、霧が黒いせいで前が見辛いということで眉間に皺を寄せている程度だ。

 

 

「治療方法が確立していない魔障粒子による身体的破壊は魔力を無くすか或いは魔力を持っていない者が掛かってしまう。では、治療とはいかずとも───()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

体中を魔障粒子に侵され、訪れる痛みと苦しさに耐えきれなくなったのか民家から暴れるように扉を開けて出て来た中年程の男性を見たリュウマは、一瞥してから少し考えるような素振りをしてから近付いていき転げ回る男性の肩に手を置いた。

 

触れながら発動させた黒いドームのような物で覆われた男性は、先程までの悶え苦しむ様は何だったのかと言いたくなるような変わりようで落ち着きを取り戻し眠りについた。

吸い込んでいる魔障粒子を阻む魔力壁を創り上げたリュウマは少ししてからまた歩み始めた。

 

 

「例えば……魔力を破壊される以前に魔力を()()()()()()()()()()()存在が居たとしたら?魔力を破壊し尽くされる速度よりも魔力を生成する速度が上回ればまず前提から外れ身体的破壊を起こすことも、魔力を急速に失うことで発病する魔力欠乏症にもならない。つまり───()()()()()()()()()()

 

 

増えていき濃度を増していく魔障粒子に眉を顰めたリュウマは辺りを見渡すと、直ぐそこに破壊された跡のある店のようなものを見つけた。

離れたところに転がっている看板に8アイランドと描かれているのを確認したところで、ここがこの事態を発生させた元凶が居た所かと理解した。

 

発現場所はやはり1番濃度が高いらしく、運が悪いことにこの周辺を散歩していたのであろう一匹の犬が地面に力無く倒れていた。

白目を剥き口を広げ、開いた口からは白い泡を吐いている犬はもう助かる助からないの域にはおらず…既に息絶えていた。

このままではいくら犬であろうと報われないと考えたリュウマは、死した犬に向かって手を翳し魔力を練り上げた。

放たれた黒炎は犬の死体に直撃し、ものの数秒で灰すら残さず燃やし尽くした。

 

 

「始めよう───この場に蔓延る全ての魔障粒子よ…『集え』『集え』『集え』『集え』」

 

 

繰り返すことに4度…其処らを蔓延り無差別に人々を苦しめていた魔障粒子に動きが見られた。

いや、動かしているのは他でもないリュウマである。

言霊を使用し上に向けるように翳した手の平の上に全ての魔障粒子を集めさせていく。

 

 

「『我が元に集いて凝縮せよ』」

 

 

勢いを増していき渦を巻く一方で、中心に居るリュウマはただ集まってくる魔障粒子の全てを手の上で球状に濃縮し凝縮させていくことでビー玉程度の大きさの魔障粒子の玉を作り出していく。

消え始めた魔障粒子を見た兵士とアルカディオスは、入り口で信じられないという顔をしながら見ていたが、ハッとしたアルカディオスの指示により民間人を一箇所に集める作業に戻った。

 

 

「こんなものに…こんなものに…ッ!俺を友と言ったラクサスが死にかけていたと思うだけで腸が煮えくり返りそうだッ!」

 

 

出来上がった禍々しいビー玉大の大きさをした魔障粒子の塊を…純黒なる魔力を纏った手で握り潰した。

磨り潰すように握ると中で硝子が割れるような音が響いてくるが中から出てくることはなく、やがて握っていた手を開けば中には何も無かった。

エーテルナノを破壊する特性を持つアンチエーテルナノ物質を…エーテルナノの塊であるはずの魔力が呑み込んだ。

 

後ろから黒い霧が消えたことで街の中に入ることが出来、救い出されていないままでいる民間人を救い出し始めた兵士達の声を聞きながら、リュウマはその場から踵を返して一箇所に集められた重症患者の元まで向かった。

 

 

 

 

こうして…タルタロスのテンペスターが起こした…過去最高にして最悪な大災害は幕を下ろされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで全員か?」

 

「そうだ。リュウマ殿が言った通り、この場に魔障粒子に侵されて重症の民間人を集めた」

 

「数は…1800…といったところか」

 

 

霧を消したことで街の中へと足を踏み入れることが出来るようになると、兵士は直ぐに駆け出して救い出せていなかった人々を救い出しこの場に集めた。

この場に来る前に死者数は既に100を超えていて、今では残念ながら亡くなってしまった人々の数は200にもなる。

悲しい話しではあるが、救えなかった者は仕方ない。

 

何時までも()()()()()()悔やんでる暇など今は残されていない。

早く治療を施してやらないと、折角この場に救い出してきた人々が意味の無い死を遂げてしまう。

ラクサスがあと少しで出来なかった救うということを代わりにやりに来たリュウマは、それだけは許さなかった。

 

 

「封印…第一から第三門まで解」

 

 

封印を解放したことで、リュウマの体から8倍の量となった純黒なる魔力が溢れ出した。

元が聖十大魔道で上位に位置する魔力だったのだが、今から治療するのは1800人弱…いくらなんでも魔力が足りないし一人一人見ていったら終わらないと結論づけた。

街の中で中年の男性に施したドームのようにやればいいと思われるかもしれないが、あれは進行を遅らせるだけで治している訳ではない。

 

そもそも、魔障粒子は人の体の中で無差別に内蔵を破壊していくが、何も全部の人の体を同じように順番で侵していく訳ではない。

規則性の無い侵食を治してやるには、一人一人の体を見て悪いところから順番に治していく他ないのだ。

 

 

「───『私と貴方は同一人物(ドッペルゲンガー)』」

 

 

唱え終わるとその場に夥しい人数のリュウマが現れた。

瞬きをした一瞬の間に現れたリュウマと、その数に兵士達が目を見開いているのを興味無いとばかりに無視して所定の位置についていく。

本体(オリジナル)から生み出されたリュウマの数は…1800弱…この場にいる重症患者と同じ数であった。

 

一人につき一人付くと早速治療を開始した。

生み出されたリュウマが全員が全員本体(オリジナル)と同じだけの戦闘力と魔力を持っているのかと言われれば…それは否である。

一人一人を操っていると本当に脳が焼き切れてしまうため、一つの命令を与えて自動で動かしている。

なのでロボットのように淡々と作業するだけで喋ることは出来ず、命令を遂行したと判断した個体は勝手に消えて本体(オリジナル)の元へ還元される。

 

元々ドッペルゲンガーとは、自分自身の姿を自分で見る幻覚の一種であって、「自己像幻視」とも呼ばれる現象の一つである。

自分とそっくりの姿をした分身、 第2の自我、生霊の類。

同じ人物が同時に別の場所や、一度に複数の場所に現れることもあるが、もう一人の自分とも言える自分が姿を現す現象を指すこともある。

諸説の中には自分のドッペルゲンガーに会ったら最後、確実な死を遂げるとも言われたり、混ぜ合わさりこの世から消えるとも言われていたりする。

 

この魔法の特徴は、自在性を切り捨てる代わりに一つだけの命令権と魔力が持つだけの量を瞬時に用意出来るという点だ。

メリットは中々良さそうに思えるかもしれないが、最大のデメリットは───魔力量がドッペルゲンガー達の分だけ分割されるということだ。

つまり…いくら魔力が8倍になっても、本体(オリジナル)の魔力は今1800分の1しかないのだ。

 

分割されるのは魔力だけで身体能力その他の能力は分割されないが、魔力が1800分の1になるのはリュウマと言えども大打撃である。

 

 

「こんなに沢山の分身を…大丈夫なのですか…?」

 

「…気にする…ことではない…お前達は…俺の分身達の…補佐をしろ…」

 

「……分かりました。御協力…心から感謝します」

 

 

リュウマが大丈夫だと言う以上は大丈夫なのだろうと考えたアルカディオスは、その場を離れて手の足りない治療中の患者の元へと向かっていった。

その背を見ていたリュウマは少しキツそうな溜め息を吐きながら、懐から通信用ラクリマを取り出して同じ物を持っているマカロフへと繋いだ。

 

ちょうどこの時にナツはタルタロス九鬼門で評議院を破壊し評議会の議員を殺した犯人であるジャッカルと戦い、苦しくもあったが見事撃破することが出来ていた。

現議員を狙って殺し、元評議員であったヤジマを狙ったことから元であろうと狙っていると考えた。

 

そこでマカロフはナツやガジルなどといったメンバー別けて膨大な資料の中から元議員達の住所を割り出して護衛に向かわせた。

しかし、手が早いのかナツが向かったミケロ元議員のところ以外の議員は既に殺されていたのだった。

今は緊急事態ということで矢鱈とタルタロスが狙う物に対する閉口が見られたが、マカロフが問い詰めることで情報を吐いた。

 

 

魔導パルス爆弾───フェイス

 

 

起動すれば世界中にある魔力の元であるエーテルナノを残らず全て消し去るという評議会最終兵器の一つである。

タルタロスはそれを起動させることでこの世から魔法そのものを無くし、呪力という魔法とは違う力を持つタルタロスの悪魔達が世界を征するという計画だった。

発動には解除キーが必要なのだが、解除キーは評議員の誰か3人で、それは本人達にも知らされていない。

知らない……それこそが最大の秘匿方法なのだ。

 

 

『おぉ!リュウマか!黒い霧はどうじゃ!?消すことに成功したのか!?』

 

「あぁ…ふぅ…大丈夫だ。全て消し去ることが出来た。今は魔障粒子に侵されている民間人の治療に当たっている。…そっちはどうだ?」

 

『………………。』

 

「…?マカロフ?」

 

 

黙ってしまったマカロフに訝しげな表情をするともう一度如何したのかと聞いた。

少しの間顔を俯かせていたマカロフであったが、今どういう事態に陥っているのかを喋り出した。

ナツとルーシィとウェンディ、ハッピーとシャルルがジャッカルを倒したが、他の議員が死んでおり、今エルフマンがリサーナを連れ去られて意気消沈しながら帰ってきたということ。

 

 

「エルフマンが…リサーナを…置いて帰ってきた?」

 

『そうじゃ。リサーナに関しては直ぐに救い出す』

 

「……外傷は?」

 

『む?外傷は特には無かったな…』

 

───外傷が無い?…溺愛するリサーナを連れ去られるというのに戦闘にならなかった?何時ものエルフマンであれば全力で攻撃してリサーナを救いだそうとするはず…。

 

 

どこか引っかかるところに首を捻るも、マカロフが話しの続きを話し始めたので先にそっちを聞いてから考えることにした。

先程漸く元議長の住んでいる場所を特定出来たということでエルザとミラを向かわせたのだそうだ。

少しの間連絡が無かったが、それは議長を襲ってきた雑魚兵が来て撃退していたからだとのことだ。

 

そこまで聞いてリュウマは合点がいった。

何故…悪魔であるタルタロスが元を含めた議員達の場所を特定して早期抹殺を行うことが出来たのか。

狙うならば元議長を早く狙った方がいい。

他の議員よりも元議長の方が知っていることは多いはずであるからだ。

 

だというのに他の議員を最初に狙って議長を最後…それも雑魚兵を向かわせるという始末…。

そこから導き出される答えは───

 

 

「今すぐエルザとミラが向かった元議長の元へ誰か向かわせろッ!!」

 

『な、なんじゃ!?どうしたのじゃリュウマ!』

 

「それは罠だッ!議員の場所は調べたのではない!何者からか情報を横流しさせたのだ!!それも───()()()()()()()()()()()だッ!!」

 

『なんじゃと!?…むっ!?今ナツが向かったそうじゃ!』

 

───いや、もう手遅れだ。罠ならば速やかに行動するはず…いや、元議長がタルタロスと繋がっているのは確実…ならば油断したところを狙ってエルザとミラを何らかの方法で眠らせるか気絶させるはず…チッ…!一度ギルドに戻って戦力を一箇所に集めるか。

 

 

これ以上は通信用ラクリマで会話していても無駄だと考えて、翼をはためかせて空へと上がりフェアリーテイルのギルドに向かって飛んで行った。

行きの時は魔力を使っていたが、今治療するために1800分の1の魔力しかないため無駄な魔力を使うわけにはいかない。

封印を解放してもいいが、今解放しても殆ど上がらないため今は翼の力だけで向かうしかない。

それでも数百キロは出ているため20分強あればギルドには着くという計算だった。

 

遥か上空で障害物も何も無いところで今出せる全速力で向かっているリュウマであるが、心の中では荒れるに荒れていた。

まさかの元議長による裏切り行為で仲間が捕まってしまい、自分は今のところ何も出来ないどころかその場にすら居なかった始末。

霧を消しさるという誰もが褒め讃えることをしていた間のことなので仕方ないことであるのだが、リュウマ自身が納得しなかった。

 

速く…もっと速く…更に速くッ!と念じながら更に6枚の翼をはためかせて飛翔していくリュウマであったが…

 

 

突如右手に大剣を召喚して振り向き様に薙ぎ払った。

 

 

「────…ッ…ぐあァ…ッ!?」

 

 

飛んで来ていたのは一本の()()()色をした美しい剣…。

斬りつけて弾こうと思ったのだが、リュウマの手にしていた大剣は純白の剣と当たった途端に砕け散った。

 

武器は砕けてしまったが、砕かれながらも衝撃を使って軌道を反らせることに成功したリュウマであるが、違うところに弾いた、有り得ない威力で飛んできた剣を見て目を見開き、次の武器を召喚───

 

 

「ごぼ…っ…!?」

 

 

───しようとしたのだが…間に合わず…リュウマの腹にもう1本の最初とは少し違う形状をした純白の剣が深々と刺さり、下にあった山に向かって落ちていき中腹辺りに叩きつけられて山を半分ほど破壊した。

 

爆発音が響きながら消失した山の削れ口のところでリュウマは、腹に刺さった見覚えのある剣を見てから険しい表情をし、手にして腹から剣を無雑作に引き抜いた。

背中まで貫通していた剣を抜いたことで夥しい量の血が噴き出て服を赤黒く染めるも、直ぐに起動させた自己修復魔法陣によって完治し、服は魔法によって色を落として綺麗にした。

 

 

「───相も変わらず便利な魔法だな?リュウマ…いや…()()?」

 

「な…ぜ…ごほっ…貴様が…()()()()()

 

「何故?貴方の居るところ私有り…だからだ。ふふ」

 

 

降り立って近付いてきたのは美少女とも美女ともとれる女性であった。

腹を押さえて立ち上がるリュウマのことを熱の籠もった目で見て妖艶な笑みを浮かべている。

世の男を残らず魅了するような美しいその顔は、全てリュウマに向けられ、その手には最初に飛んで弾いた筈の純白の剣を持ち、引き抜いたリュウマの手にある純白の剣が震えて独りでに…オリヴィエと呼ばれた女性の元に飛んで行った。

 

戻ってきた剣を手にしたオリヴィエは左右の剣を両の腰に差してリュウマを見て、吸い付きたくなるような艶やかな唇を開けて話し始めた。

 

 

「貴方を見つけて引き上げようと思ったのだが…お喋りに興じたくなってしまった。さぁ…私とお喋りをしよう?」

 

「……何故貴様が()()()()()()()はこの際もう良い。そこを退け…俺は行かなくてはならん所がある」

 

「俺…?あぁ、ギルドに入って本当の自分を偽っているのか」

 

「偽ってなどいない!!今は…まだ話していないだけだ…」

 

「それを偽っていると言わずなんと言う?まぁ、私は貴方に群がる有象無象には興味ないが…そう邪険にしてくれるな。貴方の妻だぞ?」

 

「誰の妻だ貴様ッ!!俺は未婚だ愚か者!!」

 

 

こんな会話でも既に楽しいのか、微笑むようにクスクス笑いながらリュウマを見ていた。

何故オリヴィエが生きていて、ここにいるのか知らなくてはならないが、一刻も早くギルドに戻らなくてはならないリュウマからしてみればこの会話は不毛以外何でもなかった。

付き合ってられないと翼をはためかせて飛ぼうとしたところ……空に行きかけた所で顔を逸らした。

 

 

宙にリュウマの髪が数本散った。

 

 

やった張本人であるオリヴィエの方を向き直り睨み付ければ、件のオリヴィエは何時の間に抜いたのか右手に純白の双剣の内一本だけを抜いて手に持っていた。

飛び立とうとするリュウマの妨害として神速の速度で振り抜いて斬撃を飛ばしたのだ。

 

 

「貴様…俺を殺す気か?」

 

「ふふふ。貴方が()()()()()なのは分かっている。心配は無用だ。それに先から言っているだろう?私とお喋りをしようと」

 

「貴ッ様ァ…ッ!!ならば斬り殺してでも退かせてやるぞッ!」

 

「貴方との久しぶりの戦闘だな。では───少し動けない程度にしてからお喋りをしよう」

 

 

翼を使ってその場から飛翔して向かうのに対し、オリヴィエはもう1本の純白の剣を左手で抜いて駆け出した。

召喚した刀を左手で左腰横で構え…抜刀。

狙うは首のみであるが、来ることを分かっていたとでも言うような笑みを浮かべたオリヴィエは右手の剣で受け止め、左手の剣を突き出して刺突での攻撃に出た。

 

防がれて二の太刀を出そうにも反対側に持っている剣での攻撃…押し込めないでいる以上刀で防ぐのは不可能であると判断し、左手に持っている鞘を刺突してくる剣の切っ先に向かって振り抜いた。

衝突したら本来鞘が勝つのは必然なのだが…そんな物どうしたと言わんばかりに鞘を砕き割って尚も剣は突き進んできた。

 

駄目だったかと半ば確信していたリュウマは、右の3枚の翼を持ってきて右半身を覆って防御した。

鞘を破壊して止まることの無かった剣は翼に当たると金属音を鳴らしながら止まった。

切っ先が羽の一本にも貫通せず止まったのは、現状故のなけなしの魔力を使って硬度を強化したからだ。

 

 

「相も変わらず厄介な剣だ」

 

「そうだろう?私の大切な双剣だからな。…貴方はそれを抜かないのか?」

 

「…抜いたところで意味など無い」

 

「…!なるほど?()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

質問に答えず翼を勢い良く振り払って剣を少し弾き体勢を微妙に崩させたところで、右足に力を込めて左足で腹に向かって蹴りを入れた。

体勢を崩している状態でも体を少し捻ることで回避した後、オリヴィエは過ぎ去ったリュウマの足の膝裏に向かって膝蹴りを入れようとする。

 

関節を砕くつもりかと察知したリュウマは、その場で跳び上がって左脚を軸に半回転し後頭部に向かって踵蹴りを放った。

屈んで蹴りを回避したオリヴィエは口元で小さな笑みを浮かべると、リュウマの体に向かって小さく弾かれていた左手の剣を向けた。

 

 

「『大いなる焰(フレアブラスト)』」

 

「しまっ────」

 

 

切っ先から大熱量の炎が扇状に放たれリュウマを易々と呑み込んだ。

咄嗟に翼で全身を覆ったことで炎の熱から逃れたリュウマであるが、威力とそれに伴う衝撃から逃れられず後方に追いやられた。

爆煙を覆っていた翼を元に戻す時の風圧を使って飛ばしながら、前に居るオリヴィエに視線を向ける。

が…そこには既にオリヴィエはおらず抉られた山の削れ口と青い空と雲だけだった。

 

咄嗟に身をその場で屈めると、音を斬り裂くような音を立てながら1本の純白の剣が回転しながら過ぎ去っていった。

背後かと思って槍を召喚して振り向くと同時に投擲すると、投げた後の格好のままのオリヴィエに向かって吸い込まれるように飛んで行き腹に突き刺さる。

 

 

「残念だな。それは変化させた私の(つるぎ)だ」

 

 

と、いったところで煙を撒いてオリヴィエだったものが1本の剣になった。

身を屈めて躱した剣が変化していたオリヴィエであり、過ぎ去って目を離した瞬間に音も無く変化を解いてリュウマに向かって接近していた。

気がつかなかったリュウマこそ投擲したままの体勢だったが、振り切って下ろしている右手を握り締めて振り向きながら重心を乗せて殴りつける。

 

顔を横にずらして避けながら接近してきたオリヴィエは、空いている左手の平に()()()()()()作られた極小粒の魔力球を形成し、隙の出来たリュウマの腹に押し当てた。

避けようにも押し付けられている以上不可避であるリュウマは、せめてダメージを軽減させようと魔力で腹を覆った。

 

 

「───『純白(じゅんぱく)鎖爆(さばく)』」

 

「──────ッ!!!!」

 

 

大爆発を起こした魔力は凄まじく、軽減させるために張ったリュウマの魔力を紙屑のように引き裂いて爆発のエネルギーを直接届けた。

威力と魔法を入れられた方向から上空に投げ出されたリュウマは、爆発で抉れて血を噴出している腹を右手で押さえながらどうにか翼でバランスをとって飛翔して浮遊するのだが…思うように体が動かせなかった。

 

オリヴィエが突き付けた爆発する魔力球には、触れた者の体の自由を奪う神経系魔法を組み込んであるため、食らってしまったリュウマは数秒間だけ動きの殆どを阻害させられているのだ。

今は翼を動かすことに神経をつかっているので、他の部位が上手く動かせないでいる。

 

 

「先程の黒い霧を消しているところから空で見ていたが…その後に有象無象を救うために魔力を分割しているだろう?」

 

「…っ!」

 

「余り動けないかもしれないが…それでも動かない方がいいな?───後ろに居る有象無象に向かって飛んで行ってしまう」

 

「───な…ッ…!?」

 

 

魔法で浮遊しているオリヴィエは右手に持っている剣の切っ先に直径1メートル程の乱回転している魔力の塊を作り出していた。

正面に居て肌で感じ取れる感じから、籠められた魔力は救ってきた街を簡単に消し去る程のものだと確信したリュウマは、後ろにある街を見てから正面を向き直って苦虫を潰したような顔をした。

 

今のリュウマに今まさに放とうとしている魔力に対抗出来る魔力は持っていない。

そもそも街で未だに分身が治療を行っていて全部元に戻すわけにはいかない。

治療を終えて還元されているのはまだ100もいかない程度…心許なさ過ぎた。

 

 

「───『産み落とす母なる魔魂(エクスプロード・マカテーナ)』」

 

「封印第四門──か───」

 

 

切っ先から放たれた球は寸分違わず一直線にリュウマの元へと飛んで行き、吸い込まれるように着弾して大爆発を引き起こした。

(ひと)爆発で終わりかと思われたが、爆発した後に魔力球から小さな魔力球が複数個辺りに散らばり、空気に触れることでぶくぶくと膨れ上がった。

まばゆい光を放ちながら一つの爆弾が耐えきれなくなってその場で爆発し、それに続いて次の魔力球が連鎖されて爆発を起こしていった。

 

大きい特大の爆発から続いて最初に比べればまだ小さいが、大きい爆発が次々と弾けていくことで爆発音が鳴り響いて下に生えている多くの木を衝撃波だけで薙ぎ倒し、爆発が収まる頃には空に巨大な真っ白なキノコ雲が出来上がっていた。

 

暫く出来上がっていた雲を見ていたオリヴィエであるが、キノコ雲の中から一つの塊が飛び出して来たのを見て剣の切っ先を向けて重力系統の魔法を放った。

重さを何十倍にも上げられた塊…体中が傷だらけで見るに堪えないリュウマは放物線を描く軌道から一転…真下に向かって真っ逆さまに落ちていった。

 

落下した場所はちょうど…オリヴィエとリュウマが戦っていた抉られた山の中央だった。

 

隕石と間違う程の大きな衝撃音を轟かせながら山の麓にまで大きな亀裂を入れ、無理矢理落とされたリュウマは彼を中心に罅割れた地面にうつ伏せで倒れ、6枚の美しい翼は見るも無惨に4枚が根元からもがれ、残った二枚の内1枚は羽の大半が抜け落ち、もう1枚は折れてはならない方向に折れてしまっていた。

 

右腕は肩から吹き飛んで無くなり、左腕は無事だが肘までが真っ黒に焦げてしまっている。

他にも右脚は切り傷のようなものがあるだけだが、左脚は足首から下が無くなってしまっていた。

止血をしていないのに血が出ていないのは、爆発の時に出来た熱によって傷口が焼かれて無理矢理塞がったのだろう。

 

掠れるようにしか息をしていないリュウマだが、封印を解放する寸前で間に合わず直撃し、腹で食らうと体が爆散すると悟った彼は咄嗟に右腕を犠牲にして衝撃を和らげて今の状態に持っていったのだった。

あの場で食らうしかなかった原因の街が後ろに無ければ…もしかしたらこんな事にはならなかったのだろう。

 

 

「私も貴方もどちらも()()()()()()戦った上での勝利に価値など無いな。本来ならばこんな事にはならないだろうに…あの有象無象を守るためか?…全く…昔の貴方は見ず知らずの者にそんなことしなかったぞ?まぁ…でも───」

 

 

両手に持っている純白の双剣を再び両の腰に差し直したオリヴィエは、倒れ伏しているリュウマの近くにまで歩み寄って女の子座りをして座り込み、血が付着している頭を持ち上げて膝の上に置居て優しく頭を撫で始めた。

まるで…いや、愛しい存在を壊れ物を扱うように撫でるその手と見遣る表情は聖母のようであるが、リュウマを戦闘不能にして傷だらけにしたのは他でも無い彼女である。

 

 

 

「───どんな貴方でも…私は何時までも…常に愛しているがな」

 

 

 

意識を飛ばされたリュウマが回復をするまで、大破している周辺とは違って穏やかな表情で頭を撫で続けるオリヴィエだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───…がふっ!…ごほ…っ…!」

 

「あぁ、起きたのか?」

 

 

意識を取り戻したリュウマは激痛に耐えながら血混じりの咳をしてから体を起こそうとするが、所々部位が損失している状態では満足に起き上がることも出来ない。

再び頭が落ちて寝そべったかと思えば、後頭部にとても柔らかな感触がした。

気づくのが遅いと思いながら彼は重い瞼を開けてどうなっているのかを確認した。

 

 

「ふふふ。こうしていると、私はまさに負傷している夫を看病している良妻だな」

 

「オリ…ヴィエ…貴様…」

 

「あまり喋らない方が良いぞ?死なないだろうが痛みはあるのだろう?」

 

「ぐっ…!」

 

 

豊満とは言わずとも十分大きい方であり、どちらかというと美しい形を保っているお椀方の胸の向こうから覗いてくるオリヴィエに、やったのは貴様だと考えながらもう一度起き上がろうとするが、やはり体中に痛みが走って動けなかった。

喋っても熱で焼けている肺が痛いので目でどれ程気絶していたのか睨みも付けて問うと、目を合わせるだけで理解したオリヴィエは頭を優しく撫でることを続けながら教えた。

 

 

「そうだな…ざっと十五分くらいだろうか?その位だと思うぞ?」

 

「じゅう…!ごほっごほっ…!」

 

「言わんこっちゃない。お得意の自己修復魔法陣は私が干渉して発動不可にさせているのだ。回復は出来ないぞ?本来はこんな状態は滅多に拝めないからな…堪能させてくれ」

 

『頭が可笑しいのではないか?何処に妻であると妄想した後に血塗れの男の回復も行わずそのままでいさせる者がいる』

 

「んっ…テレパシーか。いきなりで驚いた。ふふっ…ここに居るぞ?私は貴方を愛しているからこそだ。回復させたら私を殺してギルドとやらに行くのだろう」

 

『当然だ。貴様のせいで十五分も無駄な時間を食った』

 

 

十五分…されど十五分だ。

 

実際にギルドの方ではタルタロスとフェアリーテイルの全面戦争を始めようとしている。

連絡をしてから帰ってくる様子のないリュウマに、最大戦力が欲しいマカロフがラクリマに連絡を入れたのだが、光っているラクリマをリュウマが気絶している間に気がついたオリヴィエの手によって砕かれていた。

 

これ以上時間を食うと本格的にマズいと感じたリュウマは、封じられている自己修復魔法陣をやめて、残り200という程まで民間人を治療し終わったドッペルゲンガー達の還元によって戻った膨大な魔力を溜め込み…一気に肉体を活性化させて傷を回復させようと画策する。

後は活性化をさせる時のタイミングだけだ。

 

 

『貴様…()()()()()()()()?』

 

「──ッ!ふふ。流石に触れれば分かるか?私の本体(オリジナル)はここからかなり離れた国の城の中にある部屋で寛いでいる」

 

『チッ…分身如きにその剣を渡しおって…』

 

「ただの()()()()直ぐに消されてしまうだろう?それにだ…私は本体の()()()()()()()()()()()…貴方のその状態も同じようなものだろう?本体の私ですら戦慄し最強と認める…その純黒の刀に封印を施している時点で」

 

『そんなことはどうでも良い。貴様は何故生きている?あれから()()()()()()()()()()のだぞ。純粋な人間である貴様が生き長らえるとは思えん』

 

「それに関してはとある一族が奉っていた不老不死の霊薬を奪…んんっ…譲り受けたのだ」

 

『 誤 魔 化 す な 』

 

 

いけしゃあしゃあととんでもないことを言い放ったオリヴィエに、痛みが走りながらも口元をヒクつかせるリュウマであった。

釈然としないが、一応()()()()()であるオリヴィエが意味も無く嘘をつかないということを知っているため、話しは本当なのだろうと理解した。

因みに、リュウマ以外の有象無象という人などに対しては普通に意味も無く嘘をつく。

ただ単にリュウマに対してだけついていないというだけだ。

 

 

「1年だ…」

 

『何…?』

 

「私が居る国は黒魔導士ゼレフによって治められている国だ。あ、勿論ゼレフにも他にも私に指一本触れさせていないぞ?」

 

『興味ない。続きを言え』

 

「冷たいがそこもイイっ♡…んんっ…ゼレフは1年後、貴方がいるギルド妖精の尻尾(フェアリーテイル)の地下に隠されているという秘匿大魔法…『フェアリーハート』を奪いに国中の戦力を結集させて攻め込む。私は貴方を見つけるための情報収集の協力をしてくれたゼレフの国に、まぁ…せめてもの恩返しとして貴方と対峙する」

 

『………………。』

 

「勿論対峙する理由は貴方を私の手で下し、貴方を私のものにするためだ。恩返しといってもその延長線上のことでしか無い。だが、ゼレフはかの殲滅王を止める…或いは倒してくれるなら願っても無いと言っていた。だから1年後だ」

 

『────愚かな。()を貴様が下すだと?400年前に彼奴等と共に我の前に…完膚無きまでに敗北しておきながらこの我を下すと?思い上がりも甚だしいわッ!!』

 

 

一気に細胞を活性化させたことによって全回復させてその場から消えて数十メートル先に出現したリュウマの目は…何時もの目ではなく、瞳孔が縦に割れた目をしていた。

感じられる雰囲気も全くの別物に切り替わり、迫力だけで周りに生えていた草木が時を急激に進められたように枯れ果てていく。

 

逃げられて頭を撫でることが出来なくなったことに悲しそうにしながら、立ち上がって緊張感を感じさせない動きで、服に付いてしまった砂を払って落とした。

微笑みを浮かべながら嬉しそうな表情をして、流石に自己修復魔法陣を封じただけでは止められないか…と心の中で密かに反省をしていた。

 

 

「1年後…攻め込んで来るゼレフの兵達を残らずこの我が殲滅してくれる。無論───貴様もだ…オリヴィエ」

 

「ふむ、今度は負けないぞ。1年後に私は貴方を下して私のものにする…貴方以外の有象無象共が何をしようが興味は無いが、私と貴方は永遠に一緒だ…逃がさず…離さず…どこまでも───」

 

「貴様が何と言おうが結末は変わらぬ。我がリュウマ・ルイン・アルマデュラである限り───」

 

 

リュウマは封印を施していて今は何の力も発動しない、腰に差している純黒の刀の鞘に手を置き、親指で(つば)を持ち上げて(はばき)を覗かせた後…中にある何処までも吸い込まれてしまいそうな純黒の刃を露わにする。

体を足を大きく開きながら低くして半身になるように構え…止まる。

 

対するオリヴィエも右脚を前に出して体勢を低くし、両の腰に刺してある純白の双剣の柄…握りとも言われる場所に手を置いてから握り締め、背中側でクロスする位まで広げるように持っていきながら、純白の刃を露わになるくらいまで2本とも鞘から抜き出す。

 

 

「貴様のせいで要らぬ時間を食った…この代償は分身である貴様の命だ───」

 

「ふふふ。それだけでいいならば安いものだ───」

 

 

半分になっているとはいえ、元は高い山であるが故に冷たい風が両者の間を吹き抜けていき───

 

 

 

「────────ッ!!!!」

 

 

「────────ッ!!!!」

 

 

 

───同時にその場から消失した。

 

 

 

「────1年後…待っているが良い」

 

「────あぁ…待ち遠しいよ」

 

 

 

体を縦から半分に斬り裂かれたオリヴィエの分身体は…光の粒子となって消えていった。

 

手に持っていた純白の双剣はまたも独りでに動いて空高く跳び上がり……ある方向に向かって飛び去ってしまった。

 

 

 

 

 

「クソがっ!!……皆の者…俺が今征くぞ…ッ!何も起きていてくれるなよ!!」

 

 

 

 

 

 

翼を羽ばたかせ、リュウマはギルドに向かって音を置き去りに飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────???

 

 

「お帰り…私の(つるぎ)達」

 

 

豪華な一室にある、これまた豪華なキングサイズのベッドの上にネグリジェを身に纏う美しい女性は、開けた窓から舞い戻ってきた純白の双剣を手にして優しく表面を撫でた。

 

分身体が消える前、見聞き感じたものを全て送ってきた情報を読み取り…恍惚とした表情で手に持つ一人の男性が映っている写真を剣達と共に胸元に抱き締めた。

 

女性…オリヴィエは会いたくて会いたくて…想っているだけで身を焦がしてしまう程に愛している男のことを想いながらベッドに飛び乗った。

 

 

「嗚呼…早く…早く早く早く…っ!貴方を私の手に…っ…はぁっ…んっ…ぁ…」

 

 

剣達を横にある棚に置いてから片手に写真を持ち、空いたもう片方の手を下半身の方に持っていき…頬をほんのりと赤く染めながら熱い息を吐き出した。

 

 

「ぁ…は…やくっ…んんっ…待ち…きれん…っ…あぁ…っ…リュウマっ…貴方ぁ…!」

 

 

しばらくの間…部屋からは水のような音と艶やかな女性の声だけが響いていた。

 

 

 

 

 

時は…止まること無く刻み続ける。

 

 

 

 

 

 




オリヴィエ

シャドバに出てくるダークエンジェル・オリヴィエの見た目と名前。
翼と角が無いバージョン。
持っている双剣は色だけが純白です。

強さに関してはオリジナル。
なので、名前と一部の容姿だけの全くの別人です。

私が一目惚れしたキャラ……女性です笑



───貴方

親しい男女間で相手を呼ぶ語。

特に、夫婦間で妻が夫を呼ぶ語。 「 -、ご飯ですよ」 〔相手が女性の場合「貴女」、男性の場合「貴男」とも書く〕

つまり…ねぇ?
痴女とか言った人はこの私が許しません(真顔)



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第六三刀  特攻潜入 

この話の最後はどうしようか迷いますねぇ…主人公強すぎるのがいけないのだ(白目)

ここまでずっと読んでくれている方々には感謝しても仕切れませんっ…!




 

 

謎の女…オリヴィエという者と戦闘を行い、町の人々を救っている途中という弱点を突かれ、十五分という間は短いようで長かった。

超高速飛翔中の時、フェアリーテイルの方では帰ってきていたエルフマンが、タルタロスの九鬼門であるセイラに操られると同時に脅され、魔導集束砲…ジュピターの500倍と途方も無い威力を持った超濃縮エーテル発光体なる爆弾を持たされ、フェアリーテイルにある地下で自分諸共爆発させようとした。

 

どこか何時もと違うエルフマンに気がついたカナの機転により、ギルド内にいた者達を全員カード化させ、空を飛べるハッピー、シャルル、リリーに持たせて()()()()()タルタロス本拠地へと向かった。

実はタルタロスの本拠地は、四角いキューブ状の大陸が浮遊して移動可能である。

直接手を下さずとも、奴等を一掃した…と、早とちりした管制室にいた九鬼門は驚いていた。

 

 

「防衛戦を張れ!!アンダーキューブには近付かせるな!!」

 

「わ、私の…失敗…?」

 

「…おや?他にも反対方向から……超高速接近反応!?」

 

「なんだと!?」

 

 

フランマルスの叫びに反応したキョウカは、管制室にあるモニターに映し出すように指示を出した。

従ったフランマルスが機械を操り、飛んできている飛来物質を映し出せば…鳥のようなモノが見える。

視点が遠すぎてよく分からないのでズームさせると少しずつその全貌が見え始めた…。

フェアリーテイルの誰かしらが見れば、その顔を安堵した表情にする程頼りにするだろう人物…。

 

 

「こ、こいつは!?」

 

「元議長が1番警戒しろと言っていた奴か!?」

 

「速度は大凡2400キロ…ここに着く…4秒前ですわ…」

 

 

顔を怒りから険しくさせた…リュウマであった。

 

 

飛翔途中に見えたギルドの全壊に怒りを露わにしたギルド最強の男が…敵を殲滅せんとマッハ2を超えた超高速飛翔で接近していた。

迎撃する手立ても無ければ、そんな超速度に今から対応することも出来ないタルタロスは、映し出されたリュウマを見ているしかなかった…。

 

次の瞬間……浮遊するタルタロス本拠地が大きく揺れた。

 

体勢を崩していたキョウカがフランマルスに急いで何が起きたのか調べさせると、壁に大穴が空いていた。

 

リュウマは…その速度のまま突っ込んで来たのだ。

分厚い壁をもろともせず穴を開けて着陸したのは…キョウカが拷問紛いのことをして痛めつけていたエルザのいる部屋のすぐ近くであった。

 

 

「クッ…人間が一匹侵入してきたか…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───本拠地内部

 

 

「フェアリーテイルを破壊しおって…!タルタロスは全員同罪だ。全員悪魔らしく滅してくれる」

 

 

突っ込んで中央辺りにまで侵入したリュウマは、白目を剥いて倒れている兵士達の上を態と踏み付けながら歩っていた。

入ってきたリュウマを、偶々見合わせた兵士達が襲ってきたのだが…触れることは愚か、近付く前に純黒の魔力に当てられて気絶した。

 

雑魚には用が無いリュウマは、微かに感知したエルザの魔力を追って進む。

歩って数十秒程度経つまで歩いたらその部屋を見つけた。

重厚な扉が付いているその部屋の中に入ってみると…

 

 

「───ッ!?エルザ!」

 

「ぁ…リュウ…マ…?」

 

 

天井から伸ばされた鎖に両の手首を繋がれ、裸にされたまま吊された傷だらけのエルザがいた。

誰にやられたのか聞くまでもないリュウマは、更に募る怒りで魔力が四方八方に散らばって物を破壊しそうになるが寸前で留まり、吊されているエルザを解放しようと近付いた。

 

が…背中に何か気持ちの悪い肌触りの物が覆い被さってきたので足を止めた。

ここでエルザを見張っていたヤクドリガと呼ばれる蛸のような悪魔だ。

 

 

「何だ、この気持ちの悪い生物は」

 

「クジュッ!?──────ッ!!!!」

 

 

絡みついたヤクドリガは、気持ち悪いと言われたことに怒りを覚えたのか、絡みついたままリュウマに体から発せられる強力な電撃を打ち込んだ。

彼のエルザもこれには悶えて苦しんでいたものなので、ヤクドリガはこの時点で勝ちを確信してしまった…愚かしくもだ。

 

攻撃した相手が誰か……知っていたら誰もやらない。

 

 

「…?何だこのちんけな電撃は?」

 

「…ッ!?」

 

「これで俺をやれるとでも?────本当の電撃をその身に教えてやる」

 

 

体中を軟体であるヤクドリガが絡みついているが、外すのではなく…8本ある足の2本を手に取って指に埋め込むほど力を込めた。

皮膚を突き破って指が入ってきた痛みに、ヤクドリガは離れようとするがビクともしない。

逃げ場など何処にも無いのに逃げようとするヤクドリガに、電撃でエルザを苦しめていたことを悟ったリュウマは歪んだ笑みを浮かべた。

 

 

「死に晒せ。塵が」

 

 

彼の頭で黒い稲妻が音を上げたと思えば…全身を覆うように純黒の雷が放電した。

電気を使うことから、雷に耐性のあるヤクドリガに途轍もない痛みを与えていき、逃げようとするが…足を捉えられていることから逃げ出せない。

少しずつ…少しずつ威力を上げていくリュウマに恐怖心が勝ったヤクドリガは、残った足で降参の意思表示をするが、対するリュウマは嗤った。

 

 

「降参か?そうかそうか───だが断る。俺は死ねと言ったのだ。俺が言ったからには貴様の運命は死…あるのみよ」

 

「───────ッ!!!!!」

 

 

純黒なる雷の無差別致死量放電により、雷耐性のあるヤクドリガは…その身を灰にされて殺された。

 

天井に張り付いて敵が入ってきたら攻撃…までは従順で立派かもしれないが、攻撃した相手がリュウマでは命が幾つあっても足りない。

それに彼は今、かなり怒り心頭なのだ。

慈悲も無く殺されるのは当然のこと。

 

 

「大丈夫か?エルザ」

 

「かっ…はっ…ふぅっ…!うっ…ふっ…ふっ…」

 

「大丈夫…もう大丈夫だ。ほら、大きく息を吸って?…吐いて…繰り返すんだ、ゆっくりでいいからな?」

 

「んっ…す、すぅ……ふ、ふぅ…すぅ…!ふぅ…!」

 

「よしいいぞ、その調子だ」

 

 

拘束している鎖を召喚して投げたナイフで斬り裂き、崩れ落ちるエルザを出来るだけ優しく、衝撃の無いように受け止めたリュウマは、服を着せるよりも過呼吸気味になっているエルザを落ち着かせることを先にした。

 

座り込んでしな垂れかかるエルザを抱き留めてやりながら、背中に腕を回して優しく撫でて、もう一方の空いた手は頭を撫でながら髪を梳くように撫でる。

今居るのは攻撃してくる敵ではなく、俺であると優しく、優しく教えてあげるために。

 

撫でられる心地良さと、安心する匂いで気分が落ち着いたエルザは、指示されたとおりに素直に深呼吸していく。

拷問紛いのことをされたことで楽園の塔にいた頃のことを思い出してしまい、痛覚を引き上げられた状態での鞭打ちや電撃で弱々しく衰弱していた。

体に出来た痛々しい傷は、リュウマがさり気なく自己修復魔法陣を刻んだことで綺麗に消え去り、傷口の痛みも消えた。

 

呼吸を整えたエルザが背中に腕を回して甘えるように服を握り締めたのを感じて、そういえば…昔は俺が仕事に行こうとすると服の裾を握って付いていこうとしたな…と、場違いにも思い出していた。

評議会を破壊される前のギルドで、エルザが言った「私だって守ってもらいたいと思う」という言葉に、その機会があればと答えた。

 

今がまさにその時だったのではないかと考え、その通りだと答えを出した。

 

自問自答で歯を噛み締めたことで歯軋りのような音を立てる。

遅くなってしまったことでこんな事態になってしまった…マカロフからエルザとミラが元議長の所に行った時に自分も行っていれば…と、悔やむ。

 

 

「リュウマ…私はもう…大丈夫だ…助けに来てくれてありがとう。私はそれだけでも嬉しい」

 

「エルザ…遅れてすまなかったな」

 

「ふふ…ケーキ一つ…奢りだ」

 

「それくらいならお安い御用だ」

 

 

回復したエルザが立ち上がりながら袴とさらしを巻いた格好に換装したところで、後ろにあった壁が爆破と共に崩れ落ち、中から上半身裸のナツとアニマルソウルで猫にテイクオーバーしたリサーナが現れた。

 

 

「あれ、リュウマがいんぞ!」

 

「良かったぁ…リュウマが来てくれた!エルザも無事みたいだし!」

 

「私はリュウマに助けてもらっただけだがな」

 

「俺は飛んで来てここに突っ込んだらエルザを見つけたのだ。それより現状は───」

 

 

折角だから今どうなっているのか聞こうと思ったら、ナツがここに誰か近付いていると音で判別して扉の横に隠れた。

リサーナもナツとは反対の扉の横に隠れたのを見て、それでバレないのか…?と思いながらエルザと一緒に崩れた壁の向こう側に隠れた。

 

 

「捕まえたぞ!!」

 

「捕まえたわよ!!」

 

「そ、そなた等…どうやって牢を…!」

 

 

扉を開けて入ってきたのは九鬼門のキョウカだった。

侵入してきたリュウマと、本拠地に到着したマカロフ率いるフェアリーテイルを止めるために、捉えているエルザを人質にしようと考えてここに来たのだ。

 

 

「随分とかわいがってもらったからなァ…たっっぷりと礼はしてやるぞ…特にアレの仕返しは…!!」

 

「アレって…何されたんだろ…」

 

 

手を鳴らしながら入ってきたエルザは、額に怒りのマークをくっつけながら悪どい笑顔をしていた。

恐らくリュウマが助けに来る前にやられていた痛めつけに対して思うものがあったのだろう。

吊す手錠の鎖はリュウマが斬ってしまったため、予備の物を使ってキョウカを天井に吊した手枷で拘束した。

 

 

「おい!エルフマンとミラはどこだ!」

 

「エルフマンも捕まっているのか」

 

「いや、エルフマンはギルドに帰ったからな…捕まっているのはミラだけの筈だ」

 

「なるほど…で、どこにいる」

 

 

ナツの言葉にリュウマがマカロフから聞いた話しから知った情報で補足をしながら、エルザはミラの居場所を吐かせるために換装した刀を首元に付けて脅した。

額に汗を流しながら、キョウカはエルフマンは知らないが、ミラという者ならば二層上のラボにいると吐いた。

 

手遅れかもしれないがという言葉にナツが怒って反応するが、リサーナが早く助けに行くという言葉に抑えた。

一人で行くのもなんだと思い、この場はエルザに任せてリュウマも同行を進言し、ナツはエルザにお前も行けと言われて3人でミラを助けに行くことになった。

 

 

「リュウマがここに突っ込んで来る前に起きた振動はなんだ」

 

 

実はリュウマがここに特攻を仕掛けてくるほんの数秒前、この場を大きく揺らすほどの振動が走っていた。

揺れ方からこのキューブが揺れているのではなく、揺らされていることが分かったエルザは疑問に思っていた。

 

別に漏洩したところで問題は無いと判断したキョウカは答えた。

それは、フェイスの封印が解かれたことで、このキューブ状の城が反応したのだと。

元評議員…その中で唯一まだ殺されていない者…それは“ジェラール”だ。

 

楽園の塔を造っていた時、塔にエーテリオンを落とさせるために評議会へ潜入していたジェラールは、何時の間にかフェイスの封印の鍵の一人とされていたのだ。

知らない…というのが最大の秘匿方法。

故のジェラールだ。

 

 

「ジェラールは殺していない…だが封印は解けた。───別の方法でな」

 

「なんだと?…貴様等の目的は何だ。大陸上の魔力を消滅させる兵器であるフェイス…そんなものを使って何を企んでいる」

 

「全てはゼレフの為……ゼレフの元へ────帰る為」

 

 

話し終えたキョウカは、魔法を使えなくさせる特別な石で作られた魔封石の手錠を、長く伸ばした爪で引き裂いて壊し脱出した。

魔法ではなく“呪法”を使うキョウカは手錠に意味はなく、易々と脱出されてしまい攻撃を受けるが、復活しているエルザは容易に防御した。

 

体勢を立て直して蹴りを入れれば、キョウカは壁を突き抜けて通路へと弾き出された。

 

 

「ゼレフの妄信者か」

 

「我々はゼレフの愛によって記された書物…書物より生まれた存在。ゼレフ書の悪魔だ!!」

 

 

体勢を低くしながら着地して爪を伸ばし、エルザを狙うが躱し、手に持つ刀で切り払うも反対の手の爪で薙ぎ払い迎撃した。

爪と刀で打ち合いながら、二人は問答を繰り返していく。

 

 

「創造主を信じるのは当然であろう」

 

「信じるものは何でも構わん…だが、決断するのは自分の心だ」

 

「人間には分かるまい!!」

 

「人間とて信仰はある。大切なのは自分を見失わないこと。考える力…逃げない勇気───」

 

 

刀を上段で構えたところで鎧と刀を換装させ、光が輝く重厚な鎧を着て、その手にはエルザの背丈より大きな大槍…ランスを持っていた。

一歩踏み込んで加速した動きはキョウカの攻撃からくぐり抜け、腹に突き立てた。

 

 

「───歩くのは自分自身だッ!!」

 

 

突かれたキョウカは壁に叩きつけられるが、壁は崩れ去って尚止まらず、只管ぶつかる壁を破壊していき外へと吹き飛ばされたのだった。

タイミングがいいことに、表面側で戦っていたマカロフ達は、中に入る侵入口が無いことや次々と湧いてくる敵に焦っていたが、キョウカと共に大きな穴を開けて出て来たことにより、進軍していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵が次から次へと…」

 

「もう!ミラ姉の所に早く行きたいのに!」

 

「お前ら先に行け!ここはオレがやる!『火竜の咆哮』ォォォォォ!!!!」

 

 

早くミラのところに着きたいところなのだが、中でも湧いて出てくる雑魚兵にやきもきしていると、九鬼門のシルバーに凍らされて手錠を掛けられ、先に捉えられていたリサーナと同じく牢屋に入れられていたナツは、暴れたりないと言わんばかりに攻撃を繰り出しながら周りの物と同じく敵を倒していく。

 

ナツならばここは安心だろうと考えてリュウマとリサーナはここをナツに任せ、ミラのいる二層上のラボというところに向かった。

 

 

「やはり来てしまったんだね…分かっていたけど……。ここはゼレフ書架…冥府の門(タルタロス)。───()()本が住む都」

 

「……ゼレフ」

 

 

ナツは…このタルタロスが出来た元凶と邂逅していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミラ姉ーー!!」

 

「ミラ!何処だ!」

 

「あれ?リサーナ?」

 

「あっ!ミラ姉!!」

 

 

走って湧いてくる敵を次々と(リュウマが)薙ぎ倒していきながらラボに着いたリュウマとリサーナは、居るであろうミラの名を叫びながら探していた。

とうのミラと言えば直ぐに見つけることが出来、リサーナは安心から来た涙を目の端に溜めながら抱き付いた。

 

抱き付かれたミラはここにリサーナが居ることに目を丸くしているが、奥から来たリュウマを見て表情を綻ばせた。

満足したリサーナを離し、今度はリュウマがミラに抱き付きに……行くのではなく、ミラがリュウマに抱き付きに行った。

 

 

「リュウマ!私を助けに来てくれたのね!怖かったわ!」

 

「う、うむ。無事なようで何よりだ…」

 

「全然余裕そうだね…」

 

 

思いっきり抱き付いて離れないミラに四苦八苦しているリュウマと、幸せそうな顔をして匂いを嗅いでいる姉を見てリサーナは苦笑いしていた。

取り敢えず大丈夫そうなミラを見ることが出来てホッとしたリュウマだが、奥からやってくる悪魔の気配に気がついていた。

 

 

「人間が増えてしまったわ」

 

「!!気をつけて!こいつ…人を操るの!私もエルフマン兄ちゃんもこいつに…!」

 

「こいつが操った…?」

 

「下がっててリサーナ」

 

 

顔を俯かせて表情が見えない九鬼門のセイラは、少しずつ近付きながらネタばらしをしていった。

エルフマンを操ってギルドを破壊するように命令を出したのは自分である…と。

しかしセイラは、ギルドに所属する人間を諸共消したかったようで、殺せなかったことを失態だと言い、奥歯を鳴らした。

 

 

「キョウカ様の前で恥をかきましたわ。あの男のせいで……私の物語が破れていく…この怨みは姉の命で償わせよう」

 

 

険しい顔付きで睨むセイラから魔力とは違うものを感じ、何か薄ら寒い何とも言えないものが背中を駆け上ったリサーナだが、それよりも怖いのが前に居た。

 

 

「あなたが私のきょうだいを?───へぇ」

 

「貴様の指示でギルドを?───ほう?」

 

 

キレているのはセイラだけではない…弟をやられ、剰え殺そうとしたセイラを全く目が笑っていない笑顔で見るミラと、ギルドを破壊して仲間を殺そうとした事に魔力を滾らせるリュウマがいた。

 

因みにであるが…オリヴィエとの戦いの前に封印は第三門まで開放している。

魔力量は既に8倍であり、治療は終わっているのでフルMAXである。

なので溢れ出ている魔力がとんでもないことになっていてリサーナは怖がっていた。

 

セイラを潰すためにリュウマは動き出した。

ゆっくりと動き出してセイラに向かって歩いて接近していく…広げた両の手の平からは純黒の魔力が溢れ出て手を覆い見え無くさせる。

どこまでも黒い魔力に何故か寒気を感じるセイラだが、それだからこそ勝ちを確信した。

 

 

「あなたがその男を慕っているのは、先程のやりとりを見て確信しましたわ…だから───」

 

「あっ…リュウマ!気をつけて────」

 

「もう遅いですわ。私の呪法は“命令(マクロ)”…。私の命令は絶対ですわ…さぁ、後ろにいる姉妹を殺しなさい」

 

 

指を突き付けて呪法を使い、命令をしたセイラは確信した勝利に笑みを浮かべ、リサーナはこれからリュウマが来るのかと軽く絶望する。

だが、ミラだけが綺麗な笑みをしたまま何の行動もしていなかった。

何故笑っているのか分からないセイラだったが、異変に気がついた…。

 

 

リュウマがまだ向かって来ている。

 

 

「な、何をしている!早く姉妹を───」

 

「殺せ…と?───何故この俺が貴様如きの命令に従わなければならんのだ?」

 

「な…何ですって…?───がはっ!?」

 

 

その場から突如消えたリュウマに焦ったセイラだが、既に動き出すには遅すぎた。

急接近したリュウマはセイラの首に片手で締め上げながら壁に叩きつけた。

勢い良く行ったことで咳き込むが、手に込められた力が増したことで苦しそうに喘ぐことしか出来ない。

 

 

「おいおい…ゼレフ書の悪魔という割には話しにすらならんな?…何とか言ったらどうだ。話しかけてやっているのだぞ」

 

「かっ…ひゅっ…ぃき…がっ…でき…な…」

 

「うん?聞こえんな?」

 

「かっ…こほっ…ぐぇ…」

 

 

首からミシミシという嫌な音を立てるのを感じたセイラは、霞みかけている視界の中で逃げだそうと殴りつけたり蹴りを入れたりするのだが…彼に当たる前で何かで阻まれて届かない。

魔力で壁を作ることで攻撃を無効化し、セイラの呪法である命令(マクロ)は彼の純黒なる魔力が呑み込み…塗り潰していた。

 

なにも魔力や魔法を呑み込み塗り潰し、無効化したり消したりするのではない…彼は何度も口にしている筈だ───総てを呑み込み塗り潰す…と。

 

例え魔法よりも優れている呪法であろうと、そんなことに関係はない。

結局は純黒の魔力以外のものであるのだから。

 

 

「か…ふっ…た…すけ…」

 

「助けて?……クッ…ふ…ふふ…フハハハハハハハハハ!!助けて!?悪魔が人間であるこの俺に命乞いをしているのか!?───人間が悪魔に何かを願う時…悪魔は願いを叶える代わりに対価として魂を貰うのだったな?して、悪魔は魂を奪うと…では───貴様(悪魔)(人間)に何を差し出すのだ?」

 

「~~~~~ッ!!!!」

 

「さぁ、どれだ?手か?腕か?足か?肝臓か?腎臓か?胃か?はたまた十二指腸?若しくは脳髄か?子宮でも抉り取ってやろうか?それとも差し出すのは───心臓かァ?」

 

「~~っ!~~~ッ!!~~~~~ッ!!??」

 

 

奇しくもリュウマが投げかけた言葉は、セイラがエルフマンにリサーナを襲わせ、勝手に動く体を止めさせるために叫んだ時に言ったセイラ自身の言葉と似たり寄ったりであった。

流石にここまで悪魔らしい言葉を言っていなかったが、何を差し出すのが問うだけでも似ている。

まぁ、違いがあるとしたら…

 

 

リュウマは何を貰うにしても最後は殺す

 

 

「リュウマの方が悪魔みたいなんだけど…」

 

「ねぇ、待ってリュウマ」

 

「…?どうした?」

 

「かひゅっ…し…ぬ…はっ…がっ…」

 

 

縫い付けたところから更に上に持ち上げ、半分影が降りて目の部分を赤く光らせながら、反対側とは違う程に影の方では裂けるように三日月のようなニヤける口を見て、失神しそうになっていたセイラだが、ミラのストップに反応したリュウマが振り向くことで気を取り直した。

 

変わりようが酷いリュウマに顔を青くしているリサーナとは違い、ミラは真剣な表情でリュウマを見ていた。

 

 

「その悪魔は私にやらせてくれない?弟をやられた仕返しを…私がしたいの」

 

「…今此奴の首の骨を折れば終わる話だぞ?今はフェイスの事もある。余裕を持っている暇は無いと思うが?」

 

「うん。確かにそうよね…でも…お願い」

 

「………………。」

 

 

今はフェイスのことがあって他にも悪魔をどうにかしなければならない。

だからミラの言葉…いや提案は無論却下されるべきものであり、非効率的なことなのだが、他でも無いミラが真剣な表情で進言してきたため、少しの間だけ黙っていたが、手を離した。

 

床へと崩れ落ちたセイラは咳き込んで首を擦っていたが、人間に言いようにされたことに激怒したのかすぐに立ち上がってリュウマの首目掛けて本を使った手刀を入れようとしたが…躱されて腹に拳を入れられた。

 

重い一撃を食らって吐きそうになっているところを髪を掴まれて起き上がらされ、放り投げられたかと思えばリュウマに蹴りを入れられてミラの元へと飛んで行く。

 

 

「分かった。ではここは任せる」

 

「うん!任せて───弟をやった仕返しはたっぷりさせてもらうわ」

 

 

サタンソウルにテイクオーバーしたミラが、リュウマから蹴り渡されたセイラの顔を殴りつけることで部屋にある水槽のような培養器にぶつけられた。

起き上がった苦しそうなセイラは本を周りに飛ばし、向かってくるミラを殺そうと攻撃を開始した。

 

戦闘が始まったのを見届けたリュウマは、他の悪魔を狩るためにその部屋から動き出した。

目指すは…ルーシィとウェンディ、シャルルとハッピーの魔力が固まっている場所である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「逃がしませんよぉ…!小娘共ぉ…!」

 

「えっ!?ちょ…きゃっ!」

 

「ルーシィさん!」

 

「ハッピー!」

 

 

ルーシィはハッピーに背負ってもらい、ウェンディはシャルルに背負ってもらって通路を滑空していると、全身モコモコになっているフラマルスが出て来て綿のようなものを散布してルーシィとハッピーの進行を邪魔たてした。

管制室に行ってフェイス起動まであと40分であると分かったルーシィ達は、フェイスを止めるために現場に向かおうとしたのだが、フラマルスが邪魔をしてきて行けないのだ。

 

どうにか難を逃れたウェンディとシャルルは、ルーシィにフェイスを頼まれて外へ通じるところから出て向かった。

フラマルスはそれを阻止しようとモコモコの手を伸ばして捕まえようとするが、途中で腕が何者かに弾かれて失敗に終わった。

 

 

「これも悪魔か?」

 

「また会ったな目ん玉野郎!」

 

「リュウマ!ナツ!」

 

 

弾いたのはナツで、リュウマはルーシィを取り囲んでいる綿を弾いて消した。

ここへ向かってくる途中で会ったナツとリュウマは、ちょうど飛んでいるウェンディを見つけて、それに手を伸ばしているフラマルスを見つけたので攻撃したのだった。

 

 

「ナツ。俺がここをやる、お前は違う悪魔のところに行け」

 

「いんや!こいつはオレがやる!」

 

「頼んだぞ?ナツ?」

 

「はい!分かりました!」

 

 

リュウマは頼んでいるようだが、その実目が怖かった。

了承したナツはフラマルスの横を通り過ぎようとするが、フラマルスがそれを黙っている訳がなく、手を伸ばそうとするが斬撃が腕を斬り落とした。

モコモコなだけあって斬っても意味は無かったが、ナツを先に行かせることには成功した。

 

 

「ウェンディ!これを持っていけ!」

 

「えっ…わっわっ!」

 

 

向かおうとしていたウェンディにリュウマが投げて寄越したのは小さい真珠のような玉だった。

内包する魔力がとんでもないことに気がついたウェンディはリュウマを見るが、リュウマは手で早く行くように促した。

 

 

「いざという時に使え!使い方はその球が教えてくれる!だが、本当にいざという時だけだぞ!使った後は動けないかもしれん!」

 

「あ、はい!分かりました!」

 

 

飛んで行くウェンディとシャルルを見送ったリュウマは前でまだモコモコしているフラマルスを見た。

ルーシィはリュウマの邪魔にならないように後ろにいてどうなるのかを見守っている。

 

 

「よくもやってくれましたねぇ、おかげで取り逃がしてしまいましたよ。この代償はおいくらか?おいくらか?」

 

「こいつは俺がやるが…アリエスに似ているな」

 

「似てるんじゃなくて、あいつが吸収しちゃったんだ!」

 

「は?星霊を吸収?」

 

 

まさかのハッピーの返しに呆然と返したリュウマであるが、実はそうなのだ。

フラマルスは吸収した魂を養分として自分を進化させて強化させることが出来る呪法を使うのだ。

だからルーシィはここを離れることが出来ない。

大事な友達…タウロスとアリエスを吸収されてしまっているからだ。

 

 

「返してよ!あたしの友達!!」

 

「嫌ですよ~だ!折角手に入れた魂を何故返さないといけないんです?この価値はおいくらか?おいくらか?」

 

「ルーシィ、強制閉門してみろ」

 

「…!!分かった!アリエス強制閉門!」

 

 

ルーシィがアリエスを強制閉門をすると、フラマルスの体が光に包まれて引っ張られた。

驚いたフラマルスは星霊を吸収したことでこんな事になっているのだと分かり、体内からアリエスを排出して危機的状況を乗り切った。

…と、いったところで今度はタウロスを強制閉門をして吸い込まれそうになり、今度はタウロスを排出した。

 

戻ってきたことに安堵したルーシィは大事そうに鍵を抱き締めていた。

魂をとられた…と言ってもとったのは元々フラマルスだが…怒りの表情で殴り掛かってくるが、リュウマはルーシィを抱き留めながら回避した。

 

 

「すまんルーシィ」

 

「あっ、ううん。大丈夫。なんなら離してくれなくてもいいよ?」

 

「いや…それは流石に…」

 

「余裕そうですなぁ…しかし──『接続』!」

 

 

回避したところで腕を湾曲させて、リュウマの体に粘着性のあるノリのようにした腕を張りつけた。

何かの攻撃だと感じたリュウマはルーシィから手を離して自分から距離を取らせ、フラマルスは呪法を発動させた。

 

 

「ゲッヘッヘ…あなたの魂を頂きますよ!!」

 

「リュウマ!」

 

「大丈夫だ。こんな悪魔に俺の魂は()()()()()()

 

 

やられていてもジッとしているだけのリュウマにルーシィが焦っていると、リュウマは余裕そうに口にした。

どういう意味だろうと思っているとハッピーが気づいたようで、ルーシィにフラマルスを見てと叫んだ。

何だろうと思って見てみれば…額から汗を噴き出しているフラマルスがいた。

 

確かに接続して吸収をしようと思えば瞬時に吸収することが可能なのだが…全く吸収出来ない。

それどころか吸収出来るのか疑わしいくらい何も起きないのだ。

 

 

「ま、まさか…私の許容量を超える魂ですとーー!!??」

 

「俺の魂は()()()()()()()()()()。貴様には過ぎたものよ───神器召喚」

 

 

焦っているフラマルスの引っ付いた腕を左手で握り潰すように捉え、右手に神器召喚を行った。

上に展開された黒い波紋から現れたのは棒のようなもの…そこからずっと降りてきたかと思えば先端に反り返っている刃が付いていた。

召喚されたのは鎌であった。

それも真っ黒で…見るだけで()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「──────『死神タナトスの大鎌(デスサイズ)』」

 

「な…何なんです…!」

 

 

悪魔であろうと恐怖を感じたのは同じようで、脂汗をかきながら指を指して問いかけてくるも、リュウマはただニヤリと嗤うだけで答えなかった。

何かがマズいと感じた時には勝手に体が動き出し、反対方向に逃げていくのだが…掴まれている腕のせいで逃げられなかった。

 

逃げようとしたフラマルスの腕を引っ張り、自身に向かって引き寄せると…右手に持った黒き大鎌を振りかぶった。

まるで処刑に立ち会っている気分になったルーシィとハッピーは咄嗟に目を瞑り…フラマルスが通り過ぎるときに振り切って()()()()()

 

 

「……あれ?あいつ無事みたいよ?ハッピー?」

 

「あれ?絶対体を真っ二つにすると思ったんだけどな~?」

 

「怖いこと言わないでよ!」

 

 

斬れなかったのかとホッとした反面、何で斬れなかったんだろう?外したのかな?と思っていたら、黙っていたリュウマとは対照的にフラマルスは震えながら顔を真っ青にしていた。

リュウマは確かに斬ってはいないが…()()()()()()()()

 

 

「チッ…外して3つ隣のをやってしまった」

 

「なん…なんですか…その武器は…!!わ…私のコレクションである魂を斬りましたな!!」

 

「え…?魂を…斬った?」

 

 

リュウマが持っているのはタナトスが持っていたとされる人の魂を刈り取るのに使った鎌である。

タナトスは、ギリシア神話に登場する死そのものを神格化した神。

 

ニュクス(夜)の息子でヒュプノス(眠り)の兄弟。

タナトスは抽象的な存在で、古くはその容姿や性格は希薄であった。

ただ、『神統記』と呼ばれるものには、鉄の心臓と青銅の心を持つ非情の神であり、ヒュプノスと共に大地の遥か下方の…タルタロスの領域に館を構えているという。

 

 

人の魂だけに留まらず、魂と呼べるものは全てその大鎌で刈り取ったとされる以上…如何なる魂であろうとその大鎌を前にすれば豆腐も同じ。

フラマルスは体内にコレクションとして何千個もの魂を持っている。

それ自体はリュウマが視ることで分かっていたのだが、数多くある魂の中でフラマルスの魂だけを刈るのが難しかった。

なので、今の一刈りは失敗して全く違う者の魂を刈ってしまったが…次はない。

 

 

「こ、ここここのイカれ具合はおいくらか!?おいくらか!?わたくしめはこれにて失敬───」

 

「させるわけがないだろう」

 

「なぁ!?糸!?」

 

 

その場から再び逃げ出そうとしたフラマルスだが、体中に絡みついている糸を見て絶叫した。

先程斬るときにすれ違った時、見えない程の糸を巻き付けておいたのだ。

引き千切るには余りにも鋭く頑丈であり、それは物に絡めて引くだけでバラバラに切断するほどの物だ。

 

 

「魂を吸収するのだったな?では───魂の無い物には意味は無いのだろう?」

 

「ヒイィィィィィィ!!??」

 

「さぁ────こっちに来い」

 

 

封印を3つも外しているリュウマの腕力に勝てるはずもなく、引っ張られるままに引き寄せられたフラマルスはどうにか脱出しようとするが、ダメだった…なので…

 

 

「く…クオォォォォォ!!!!『進化(レボリューション)』!!」

 

「あ、あいつは…!」

 

「ま、マスター…ハデス…?」

 

「顔以外そのまんまじゃない!」

 

「うるさいわ!!」

 

 

姿を変えたフラマルスだが、顔が彼のマスターハデスなのだが、体型がフラマルスのままなので何とも残念な感じになっている。

外見は弱そうであるが、感じられる魔力はマスターハデスそのもの…フラマルスはとある海岸でマスターハデスを見つけ、吸収していたのだ。

 

 

「よくもやってくれたなテメェ!!謝罪の代わりにテメェの魂1000個寄越せやァ!!」

 

「ルーシィ!」

 

「無駄じゃあ!!『天照二十八式魔法陣』!!」

 

 

天狼島でのマスターハデスとの戦いにて、リュウマはこの魔法陣の重ねがけを食らって満身創痍となったことがある。

マカロフであっても一撃食らっただけでやられてしまう程の威力を持つ魔法陣は光り輝き…特大の爆発を引き起こす───

 

 

「下らん」

 

 

リュウマが腕を一振りすると…辺り一面に展開されていた魔法陣が粉々に砕けて消失してしまった。

衝撃に備えてハッピーと一緒に目を瞑っていたルーシィは、目を開けて見たその光景に唖然とした。

フラマルスといえば、状況が飲み込めず口を大きく開けていた。

 

 

「俺はそれを何度も食らった。一度視れば模倣出来る俺が複数回分食らった…解析なんぞとっくに出来ている。後は展開された魔法陣に干渉し、少し構築工程を弄くるだけで魔法陣そのものを無効化させることが出来る」

 

「そんな…バカな…!?」

 

「この大鎌で斬られれば魂が無くなる…再生しようとしても無駄であるし、俺は逃がすつもりは無い。故に───『動くな』」

 

 

一度唱えるだけでフラマルスの体は動かなくなってしまった。

踏ん張るも動くことが出来ない正体は、リュウマの行った言霊にある。

放った言葉に魔力を籠めることで事象を無理矢理押し付けて上書きし、強制的な命令を施す。

 

 

「『呪法を使うことを禁ずる』『喋る事を禁ずる』『目を瞑ることを禁ずる』」

 

「………………。」

 

 

出来ることの殆どを禁じられてしまったフラマルスは、その場に立っているしかない。

魔法よりも優れていると豪語している呪法が、今では魔法によってねじ伏せられていた。

それに目を閉じることも出来ないため、視線は自然とリュウマに注がれる。

 

 

「貴様は今から己の魂が刈られる様を…見ていって死ぬが良い…いや、消滅か?」

 

「……………。」

 

「まぁ、どちらでも良いか。ではな───」

 

 

ゆっくりと右手に構えた大鎌と一緒に歩って近付いてくるリュウマに、心の中で泣き叫びながら拒否しているのだが…聞こえるはずもない。

目を閉じることを禁じられてしまっているから…目の前の恐怖から目を逸らせることが出来ない。

この状況を打破しようと呪法を使おうとしても…禁じられて使うことが出来ない。

 

もう既に…否。

 

 

 

リュウマと会ったその瞬間から詰んでいたのだ。

 

 

 

「───さよならだ。──『6文字(ろくもんじ)狩り』」

 

 

 

フラマルスは、己の魂を刈る大鎌をしっかりと目に焼き付けながら…死んでいったのだった。

 

 

「これ…あいつにやられてた魂?」

 

 

魂を集めていたフラマルスがやられたことで、体内で吸収されていた魂達が弾けるように空へと上っていく。

幻想的光景にも見えるその光景を見ていると、ルーシィとハッピーの後ろから声が聞こえた。

 

 

『まだ終わりではないぞ。冥府の門(タルタロス)の真の目的はフェイスなどではない…マカロフに伝えよ…今こそ“光”を解き放て…と』

 

「マスターハデス…?」

 

「いや、マスター“プレヒト”だ」

 

 

リュウマの言いように顔を見合わせるルーシィとハッピーだったが、最後のハデスは確かにフェアリーテイル2代目マスター・マスタープレヒトの顔であった。

頷き合ったところでリュウマは天井が破壊されていることで空が見え、その空へ向かっていく魂を見ながら呟いた。

 

 

「貴様も…さよならだ。プレヒトよ…安らかに眠れ」

 

 

こうして九鬼門の一人であるフラマルスは再生をさせることもなく打ち倒すことに成功した。

 

 

 

 

 

また別のところでも…小さき少女が必至に戦い───次の“ステージ”へ至っていた。

 

 

 

 

 

戦いは……まだ続く

 

 

 

 

 

 




タナトスはギリシャ神話の神でありますが、鎌を持っている記述はないため捏造です。
なのでそこのところはあしからず笑



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第六四刀  少女の底力 禁忌魔法

全く…読者さん方は分かっておりませんなぁ?

リュウマが強いのではない……リュウマだからこそ強いのだ(ゴゴゴゴゴゴ

っていうのは1割冗談だとして…。

ウェンディに持たせた球の価値はおいくらか?おいくらか?

ところで…いつからウェンディが弱いと錯覚していた?
本当はとても強く、潜在能力すんごいですからね?




 

 

時間にしてたったの数分…リュウマはタルタロス九鬼門であるフラマルスを瞬殺してしまった。

人の魂に接続して吸収…奪い取ってしまうフラマルスの呪法は、彼に対しては余りにも分が悪すぎた。

永き時を生きていて膨れ上がった魂の質と量…それにリュウマの魂は確かに一つだ。

これは生き物であるならば当然の摂理なのだが、彼の魂は一つであって一つではない。

 

引き抜こうにも引き抜くことは出来ず、かといって隙を見せれば彼が余興として魂を奪う者の魂を刈り取る。

彼のかつての盟友の2人と、オリヴィエがその話を聞けば「当然だな」の一言で終わらせ、尚且つリュウマを前にして愚かしくも命を狙った悪魔(フラマルス)を鼻で笑うだろう。

 

彼等は元々死ぬ運命には無かったが…手を出す相手を間違えるに間違えてしまった。

一昔前ならば誰も彼に対して手を出したりしなかった。

何故か?理解しているからだ……手を出せば最後…滅びるのは己等である…と。

 

人間の癖に強すぎる?出鱈目だ?何故それ程までの力を?

 

そんなことを思っている時点で意味は無い。

 

 

人間でありながら彼であるからこその強さであるのだ。

 

 

理由?そんなものは存在しない。

 

 

出鱈目?お前達が軟弱すぎるのだ。

 

 

何故それ程の力を?同じ人間ならば凌駕せよ。

 

 

畏怖し、崇め、他の者達は媚びを売った。

そんな下らんもの…彼の者は欲してはいない。

 

本当に心から欲したのは……“敗北”であった。

 

真っ正面からぶつかり合い、全力を尽くしてでも尚敗北してしまうという圧倒的力を持つ存在を…彼は望み、焦がれていた。

 

 

ゼレフ書の悪魔?───片手間に創られた存在が勝負になるとでも?

 

 

───思い上がるな───

 

 

では…それ程の存在が…一人の少女に何を持たせたのか…?

 

それはきっと…凄まじいことに違いはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あった!ドクゼリ渓谷の大空洞!あれだよシャルル!」

 

「えぇ!」

 

 

タルタロスのキューブからシャルルの最高速度で駆け抜けてきたウェンディとシャルルは、フェイスがあると描かれていたドクゼリ渓谷の大空洞へと来ていた。

空から見て大地に大きな穴が空いているように見える大空洞の中へと入っていき下まで行く。

 

深いところまで行って見えてきた地面に降り立てば、シャルルの魔力もちょうど限界だったようで、魔法である(エーラ)が消えて抱き留められたウェンディの腕の中でぐったりとしている。

シャルルを抱き直しながら、辺りを見回して見つけた唯一の横穴からフェイスへと向かう。

 

しかし、薄暗い洞窟を進んでいくウェンディとシャルルを…見つめる鋭い目が2つあった。

 

 

「フェイスって形も大きさも分からない…どうやって探せばいいのシャルル!?」

 

「落ち着きなさい!集中して魔力を感じるの!」

 

 

シャルルの力強い言葉によって幾分か冷静さを取り戻したウェンディは、言われた通りにフェイスのものであろう魔力を辿っていくことにした。

そこでふと気づいたのが…此処ら一帯の空気が澄み切っておいしい…ということだった。

 

寒くならない程度の低温に、不快にならない程度の高湿度だから当然なのだが…この場所は虫のいい感じの住み家ともなっている。

 

 

「キャーーーーーー!!??虫ーーー!!」

 

 

太腿にカサカサと乗って上ってきた虫を慌てて払い落とすと、下からすんごい量の虫が湧き出て飛び去っていった。

虫がダメなウェンディは叫び声を上げて一気に奥へと進んでいくが、ぐったりしている猫のシャルルは全然気にしていなかった。

湿度が高いと虫がいるということを分かっていたらしい。

 

 

「何だ?この小せぇのは。ふざけんなよキョウカの奴…!これじゃあ腹は膨れねぇ…」

 

 

ウェンディ達が洞窟の中に入って、横穴を通っていくところを見ていた鋭い目で見つめていたのは…タルタロスの一人だった。

頭に鋭利な刺のような物が無数に生え、腕が4本の足が6本ある好戦的なこの悪魔は、タルタロスの九鬼門の一人であるエゼルである。

 

九鬼門のキョウカからフェイスを起動させ、ここに向かってくる人間を殺してもいい…と魅力的な指示を貰っていたエゼルは意気揚々とこの場に来て、来る人間を待っていたのだが、現れたのは体の小さい女の子であるウェンディと猫のシャルルだったため、結構がっかりしていた。

 

だが、無いよりはマシであると考えて口を歪めながらウェンディへと体当たりをしてきた。

出会った瞬間から戦闘になるのは分かっていたウェンディは既に構え、寸前のところをシャルルを抱えたままであるが横にステップすることで避けた。

 

衝撃で砂煙を上げならも繰り返し突進するように迫って攻撃してくるエゼルを避けながら、ウェンディはこんな事をしている暇は無いのにと思っていた。

シャルルはウェンディが一人で敵う相手ではないと叫ぶのだが、ここはもうやるしかない。

 

魔力切れで動けないシャルルを攻撃を避けながら安全なところに座らせ、案外避け続けることから気分を良くしたエゼルはニヒルな笑みを浮かべて4本の腕を構えていた。

 

 

「全属性耐性上昇『神の王冠(デウスコロナ)』!全身体能力上昇『神の騎士(デウスエクエス)』!」

 

 

止まって振り向いたウェンディが自身の前に魔法陣が展開され、全属性に対する耐性を上昇させる付加魔法と、全身体能力を一気に上昇させることが出来る付加魔法を掛けた。

攻撃系の魔法でないことに身構えていたエゼルが驚き、隙が出来たところで更に魔法を施した。

 

 

「『攻撃力倍加(イルアームズ)』『防御力倍加(イルアーマー)』『速度倍加(イルバーニア)』──付加(エンチャント)

 

「ほう…付加術士(エンチャンター)か」

 

 

エドラスでエドラスの王の操る機械竜と戦うナツとガジルに施したのは攻撃力上昇や、防御力上昇などといったレベルであったが、第二魔法源(セカンドオリジン)を目覚めさせ、血の滲むような努力の結果…倍加という高みまで上った。

 

 

「『天竜の咆哮』ォォ!!」

 

 

倍加を施しているウェンディの咆哮はまさに竜巻の如し。

横向きに突き抜けるように放たれた風の竜巻はエゼルを易々と呑み込んで壁を破壊していったのだが…エゼルは4本の腕を振って斬り裂き、ウェンディの前に躍り出てきた。

 

 

「暴れていいのかよ!?アァ!?こんな小せぇ奴に暴れていいのかよォ!?」

 

「風を…!──『天竜の鉤爪』!!」

 

 

顔から迫るエゼルに隙有りと言わんばかりに、顔に向かって蹴りをお見舞いしたウェンディであったが、蹴りを入れられたエゼルは強化された蹴りをもろともせず、それどころかニヤリと笑ってみせた。

ダメージが入っていないどころか後退させることも出来なかったことに驚いたウェンディに、4本の腕を体を覆うように引き絞り…振り抜いた。

 

 

「天下五剣───『鬼丸(おにまる)』!!」

 

「ダメ!ウェンディ避けて!!」

 

 

異様な程の空気の乱れを感じ取ったウェンディは体を曲げて小さくなり、飛んできた巨大の斬撃とも呼べる衝撃を避けることに成功した。

後ろを見てみれば、硬い岩で出来た壁にX字状に斬り裂かれて崩れそうになっていた。

楽しそうに笑いながら腕を振り上げてから振り下ろし、鋭い衝撃を生み出したエゼルの攻撃を、次は間一髪のところで躱したウェンディ。

 

しかし、間一髪すぎて右に避けたことから左側の結んでいた髪が断ち切られてしまった。

つい切れて宙を舞う髪に目を向けてしまったために出来た隙をエゼルが詰めて、6本ある足の1本を横凪に薙ぎ払って叩きつけ、ウェンディは後ろにある壁に埋め込んでしまう。

 

 

「天下五剣───『数珠丸(じゅずまる)』!!」

 

「ウェンディ!!」

 

「防御魔法を…重ねがけ…してるのにッ…何っでっ…!うわあぁあぁぁあぁあぁぁ─────ッ!」

 

 

直ぐに放たれた鋭い衝撃を緩和させるために、元から掛けていた防御魔法に更に防御魔法を掛けるという重ねがけと、魔力を体中に覆わせて防御力をあげたのだが…それがどうしたと衝撃が突き破り、ウェンディを壁の向こうに飛ばしていった。

 

斬れなかったことは幸いだったが、服も体もたったの一撃でボロボロになってしまったウェンディの上に、両手両足を押さえ込むように、足を使って拘束するような形で上に降り立ったエゼルに呻き声を上げる。

下の地面に罅が入るほど強く拘束されて痛みが走り、顔を顰めていると、エゼルが顎で奥を見るように促しながら見ろと言った。

 

苦しくも首を曲げて奥を見ると…目を見開いた…。

そこにあったのはここに来た意味…理由。

探していたフェイスが今…目の前にあったのだった。

人の顔が上を向き、空を目指そうとしているかのように伸びているように見えるその兵器はまさしくフェイス()

発光していて、滑らかな表面と合わせてどこか神秘的なものを感じる。

 

呆然とフェイスを見ていたウェンディに気分がいいのか、エゼルが元議長から知り得たフェイスについての情報を話していった。

発動は今からたったの5分後…。

 

離れていたにも拘わらず空気が澄み切っていたのに、ここまで近くに来ると感じるのエーテルナノ濃度は濃い。

悪魔であるエゼルにとっては臭くて敵わないらしい。

だが…その魔法粒子(エーテルナノ)が魔法を滅ぼす。

大陸にある全ての魔力を奪い、呪法を使うタルタロス達が世界を支配する…。

 

 

「ま、その前にお前は粉々に砕いてやる」

 

「うっ…!うぅ…!」

 

「───ウェンディを離しなさいよ!!」

 

 

何時の間にかここまで来てしまっていたシャルルが、ウェンディの手足を砕こうとしているエゼルの肩に乗って顔を爪で懸命に引っ掻き、やめさせようとしていた。

エゼルには全くダメージは入っておらず、引っ掻き傷すら出来ていない。

それでも…ウェンディを助けようと、エゼルが怖くても、目の端に涙を浮かべても引っ掻くことをやめない。

 

ハッとしたウェンディが攻撃をやめて逃げるように叫ぶのだが、シャルルは従わず攻撃を続けていた。

鬱陶しくなったのか、エゼルは肩に乗るシャルルを無雑作に鷲掴んで持ち上げた。

 

 

「んだァ?このネコはよォ?───食っていいのかよォ?」

 

「─────ッ!?いや!やめて!!!!」

 

 

泣きながら必至にお願いと言いながら悲願するウェンディにニヤリと笑ったエゼルは、尖った歯が所狭しと生えた大きな口を開けて、まずシャルルの頭に噛み付いた。

血が出てきているのに構わずウェンディに笑いかけ、掠れかけた小さな声で空気…と言った。

 

 

───空気…おいしい空気…フェイスの近くに漂っている高濃度エーテルナノ…これが混ざって…私の体内に入れば…もしかして…ッ!

 

 

 

 

《願え》

 

 

 

 

「───────ッ!!!!」

 

 

 

どこからか…声が聞こえた…重く…だが聞き取りやすい威厳溢れる声…。

鋭い印象を与えそうな声で…澄み切ったふわりとした空気のような心地良さを感じる。

 

 

《願え。汝が願いを申せ。さすれば我が力を貸し与えよう…小さき(人間)よ》

 

 

「私に…友達を…大切な友達を助けられる…守れる力を───貸して下さい!!」

 

 

 

《────良かろう。友の為に力を求めるその姿勢…我が力を使う者に相応しいと承認し…我が力を貸そう。受け取るが良い》

 

 

 

「───あ───ぁ───ああぁあぁああぁあぁあぁああぁあぁ─────ッ!!!!!」

 

 

 

「アァ!?なんだ!?」

 

 

シャルルの頭を今まさに噛み砕こうとしていたエゼルの体を…突如訪れた暴風が押し上げて吹き飛ばし、投げ出されてしまったシャルルを、優しい風が包み込んで下に降ろした。

何が起きたのが理解出来ていないエゼルは、ウェンディを見ると明らかに先程までの小さい少女ではなかった。

 

白を基調とした装束を身に纏い、頭の後ろ側には肩辺りから伸びた布がリングを作っている。

頭に被る装束から覗く髪は、ウェンディの青い髪などではなく、ピンク色の髪をしていた。

優しい目は、今や鋭くエゼルを射貫き見ている。

左の腰には、ウェンディの背丈に合った刀が差してある。

 

 

「───荒天・真【冠】、荒天・真【衣】、荒天・真【袂】、荒天・真【帯】、荒天・真【袴】…身に纏っているこの装備と高濃度エーテルナノを吸収することで力が漲ります」

 

───あんなに…あんなに臆病で弱々しかったウェンディが……今…竜の力(ドラゴンフォース)手に入れたんだ!!

 

 

とある世界に…空を…天空を統べる()が居た。

 

渓流の奥深く…霊峰に舞い降りたとされる伝説の古龍。

想像を絶する大嵐と共に現れることから、嵐そのものの化身とされ、古き伝承に載って後世に語り継がれていく龍。

暴風と竜巻を従える厄災の龍として人々に恐れられ、天災にも匹敵するその力から───『嵐龍』と呼ばれる龍の力の一端を…ウェンディは貸し受けた。

 

その他にも…この場に漂う高濃度エーテルナノを大量に摂取することで、滅竜魔導士が辿り着く究極の力…ドラゴンフォースを手にしていた。

 

果てしない力を手に入れたウェンディの魔力は…今や封印を一つ外したリュウマにも匹敵する。

 

この事実はつまり───エゼルに勝ち目など無い…リュウマを相手にしていることを指し示す。

 

 

「何じゃこりゃァ!?あァ!?」

 

「───あなたは私の大切な友達を傷つけた。私はそんなあなたを許しません。来なさい…あなたには勝ち目などもう存在しないのです」

 

 

小さき少女はこの時点で…新たなステージへと至り───(あま)巫女(みこ)となった。

 

今の彼女にはこの場全ての風の声が聞こえ、大気の鼓動を己の鼓動のように感じ、この空間は…彼女が支配していた。

 

変わりように驚き、戸惑って固まっていたエゼルであるが、突如その場からウェンディが姿を消し、見失ってしまった。

何処に行ったと探すエゼルだが、ウェンディは既に探しているエゼルの背後にいた。

 

 

「私はここです」

 

「ぐあぁあぁあぁぁあぁあぁぁ!!!???」

 

 

空中で背中へと叩きつけられた踵落としが綺麗に決まって地面へと真っ逆様に落ちて叩きつけられ、追加攻撃で踵落としが入った時に付着した風の塊が暴発してダメージを与える。

地面に追いやられて風の爆弾にもやられ…少なくない血を吐き出したエゼルだが、直ぐに立ち上がって跳び上がり、斬撃を生み出す腕を全力で振り下ろすが…ウェンディの腕の一振りで生じた暴風に吹き飛ばされて天井にぶつけられた。

 

出来上がった大きな穴から這い出てきたエゼルは、強くなったウェンディに口元を歪めるように笑った。

頼もしくなったウェンディの姿からフェイスに視線を向けたシャルルは、フェイスの制御に使う魔法陣に後4分半しか残されていない事を知り、ウェンディに伝える。

 

か細いシャルルの声をしっかりと聞き取ったウェンディは、シャルルに向かって優しく微笑みながら頷くと、両の手に風を纏わせて魔力を籠め始めた。

 

 

「時間がありません。これで決めます───」

 

「アァ?」

 

 

向かってくるエゼルの周りを分厚い風の結界が取り囲み、中にいるエゼルを逃がさないように逃げ道を全て潰した。

感じたことのない魔力と風を感じたエゼルは見渡して困惑するが、ウェンディは静かに準備を終えていた。

 

 

「───滅竜奥義…『照破(しょうは)天空穿(てんくうせん)』」

 

 

籠められた魔力は、中にいるエゼルのみを狙って放たれ、エゼルは魔力と風の塊に穿ち抜かれる…かと思われたのだが、エゼルはエゼルで隠し球を持っていた。

ゼレフ書の悪魔が持つ切り札。

 

 

「オレの呪法は全てを斬り裂く!『三日月』!」

 

 

ウェンディの放った強力な風と魔力の奔流を散り散りに斬り裂いたエゼルは、その身を黒く変色させ、4分の腕は鋭利な剣そのものと化している。

身に纏う迫力までも鋭利な刃物と化したエゼルは、前に居る強敵と定めたウェンディを斬り殺そうと迫った。

 

 

「エーテリアスフォーム!!斬撃モード!!オレの妖刀の斬れ味は更に増すぜぇ!!!!」

 

「ウェンディ!!時間が…!!」

 

───私は知っている。本当に全てを斬り裂く事の出来る人を…。私は見てきた。そんなあの人の戦う姿を…。

 

 

ウェンディは腰に差している1本の刀を静かに引き抜き、両手でしっかり握って正面に構えた。

仲間のサポートを主とした戦い方をし、時には肉弾戦で戦うウェンディには剣の才能は無い。

使い方も知らなければ教えられたことも無い。

 

だが…刀を…武器を…全てをまるで体の一部のように巧みに扱う事の出来る人物の事を…彼女は見てきた。

 

とある仕事に()()()()と一緒に行った時、仕事の内容は町を襲う盗賊の捕縛であった。

戦闘をする専門としてリュウマが戦い、ウェンディがサポートする。

戦闘はそれで成り立ち、たったの数分で盗賊は頭を除いて全滅した。

 

最後に残った盗賊の頭は実力を伴っていたことから、リュウマが相手をしていたのだが…最後の決め技でリュウマは手に持つ刀を一振り…たったの一振りで打ち勝ってしまった。

 

行ったのはただの袈裟斬り…しかし───

 

 

ウェンディは……とても美しいと思った。

 

 

何の小細工も無く…魔力も何も使わず…ただ…ただただ真っ直ぐに…正面に居る敵のみを討ち取るために放たれたその一刀が…何処までも美しいと感じた。

 

あの時の光景を頭の中で思い浮かべながら刀を上へと振り上げる。

 

二人の戦いを見守っていたシャルルはこの時…確かに見た。

 

 

「…………………。」

 

『…………………。』

 

 

振りかぶるウェンディの隣に…全く同じように振りかぶっているリュウマがいた。

 

 

「オォオォオオォオォオォオォオォ…ッ!!」

 

 

大声を上げながら迫り来るエゼルを前に、目を閉じて精神を統一…再現するはあの時の一刀。

彼の者のように永年積み上げてきた経験値もなければ剣の腕も知識も無い。

だが…今は必要ない。

 

ただ…振り下ろせばいいのだ…あの時のように。

 

 

「一斬ることの嵐の(ごと)し…二の太刀()らず必滅の(ほこ)───」

 

『一斬ることの嵐の(ごと)し…二の太刀()らず必滅の(ほこ)───』

 

 

目の前に来たエゼルは、刃と化したその腕をウェンディに向かって振り下ろすと同時…ウェンディも一刀を振り下ろした。

 

 

「絶剣技奥義───『天荒龍牙斬(あまあらすりゅうのきばきり)』」

 

『絶剣技奥義───『天荒龍牙斬(あまあらすりゅうのきばきり)』』

 

 

振り下ろしたことで発生した、風と言うには余りにも強力過ぎ、斬撃と呼ぶには余りにも範囲が広かったその一刀はまさに…(あま)(あら)して回る龍の(きば)である。

衝撃はエゼルを簡単に呑み込み、途中で斬撃モードによる斬れ味の増した腕で斬り裂こうとしたが…斬り裂こうとした腕を体と共に一瞬で斬り裂かれた。

 

抵抗など無く当然と斬り裂いたウェンディの攻撃の余波は、この場から遥か100キロ先にある村に荒々しい暴風を届けた。

フェイスはエゼルの背後にあったことで縦から真っ二つにされ、自重に耐えきれず斬り開かれた真ん中の隙間を埋めるように崩れていった。

 

解除するにはどうしようかと考えていた矢先、強力無比のウェンディの一刀が決まり…破壊することに成功したのだった。

 

だが───

 

 

「え…なん…で?」

 

「ウソ…フェイスが…」

 

 

───フェイスはカウントダウンを刻み続けていた。

 

 

オブジェクトのようなフェイスは破壊したのだが、刻まれている魔法陣は消えることはなく、未だに時を刻み続けていた。

表示されているのは残り3分8秒の文字…。

力を使い果たし、ドラゴンフォースも解けて、着けている装束が砕けて落ちてしまったウェンディは、疲労からその場に倒れ込んでしまった。

 

 

「か、体が…あ…れぇ?こんな…はず…じゃ…」

 

「カウントダウンが…止まらないなんて…ッ!?」

 

 

カウントダウンが進むにつれて、世界中の魔力を消すその力を発揮しようとしているのか、フェイスだったものを取り囲む魔法陣が光り輝き、其処ら一帯の大地を砕いて光の柱を打ち立てていく。

タルタロスのキューブが共鳴して揺れるのを感じ取ったフェアリーテイルの者達は、まさかと思いながらも九鬼門と戦っていた。

 

間に合わなかったと悟ったウェンディは、地面に這いつくばりながら涙を流してこの場にいないフェアリーテイルの者達に只管謝り続けていた。

顔を伏せていたシャルルが、弱々しく立ち上がりながら止める方法が無い訳ではないと言い出した。

 

まだ手があるのかと希望が見えたウェンディは顔を上げてシャルルを見るが…何故かシャルルは浮かなそうな顔付きをしており、踵を返してフェイスの魔法陣の所へと向かっていった。

 

 

「フェイスは今…大量のエーテルナノを吸収してる。そのエネルギーを別の属性に変換できれば…自律崩壊魔法陣が発動してフェイスは自爆するはずよ」

 

 

何故そんなことを知っているのか分からず、ウェンディが尋ねれば、シャルルは私の予知能力で視た未来から知り得たと言った。

生まれ持った力である未来予知…シャルルはそれを使ってフェイスが自爆する未来を視たのだ。

 

実際はフェイスが発動しなかった未来…いや…正確には未来の中で検索をかけた。

幾つも存在する未来の可能性の中から、フェイスが発動しない未来を見つけることに成功していた。

この短時間にそんなことが出来たんだ…と、ウェンディは素直に凄いと思った。

 

未来を視たシャルルは、魔法陣に手を翳して内容を弄くっていき、中に設定されている部分を書き換えていく。

これで私たち…と、ウェンディが言ったところで…シャルルはここまでだと言った。

 

 

「…え?」

 

「この先の未来は…真っ白なのよ…もう無いわ」

 

「どういう…こと…?」

 

 

フェイスは止まることはないのかと思ってしまったウェンディに察したシャルルは、それは違うと直ぐに否定した。

魔法陣の真ん中に現れた文字に触れればフェイスはその機能を停止して自律崩壊魔法陣が作動…自爆によって完全に機能を停止する。

そう…()()()()()()自爆する。

 

 

つまり…彼女等は助からない

 

 

はっきり告げられたことに、ウェンディは頭の中が真っ白になってしまった。

 

 

「私ね…思うのよ…魔法が無くても生きていけるって…ほら…エドラスみたいに…」

 

「ダメ…だよ…みんな…みんな戦ってる最中なんだよ…?今…急に魔法が使えなくなったら……」

 

「ウェンディ。爆発の範囲が予想…予知も出来ないの…ここは私がやるから…出来るだけ遠くに逃げて」

 

「何言ってるのよシャルル!!そんなことダメだよ!!」

 

 

シャルルの言葉に過剰に反応せざるを得なかったウェンディは、痛み疲労を感じる体を無理矢理起こしてシャルルのところに向かおうとするのだが…一歩歩って倒れてしまった。

だが、一人にさせないためにも這いずってでも向かっていた。

 

早く行くように言うシャルルに、力強く嫌だと答えた。

シャルルも負けじと早く行けと言うのだけれど、ウェンディは更に力強く嫌だと…自分達はずっと一緒だと答える。

ウェンディの言葉に振り向いてしまうシャルルの目には、光で輝く涙を溜めていた。

 

 

残りは1分と40秒。

 

 

「もう…飛ぶ力も残ってない…逃げられないのよ…」

 

「分かってる…私だって…もう…動けない…遠くなんて…行けないよっ…でもね───」

 

 

這ってでも辿り着いたシャルルの元へ来たウェンディは、シャルルに抱き付いた。

 

 

「───どこでも一緒だよ」

 

 

抱き締められたシャルルはもう我慢が出来ず、とうとうその目から涙を溢してしまった。

泣き出すシャルルの頭を撫でながら、何時もとは逆の立場となったウェンディは、優しく語りかけた。

 

 

「私達の冒険もここまでだね…。でも楽しかったよ。ずっと…シャルルと一緒だったから…」

 

「…っ…うんっ…!」

 

 

洞窟の中が崩壊をし始めてしまい、そこら中に天井から落ちてくる岩の破片が飛び散るが、ウェンディとシャルルは気にしなかった。

 

 

「これに触ればいいんだよね?」

 

「うん」

 

「一緒にやろっ」

 

「ずっと…一緒だったもんね」

 

 

思い出すのは…ウェンディとシャルルが初めて会った時のこと…卵から孵った不思議な猫を見つけたウェンディが、小さいシャルルと一緒に今は無きケットシェルターのギルド内を走り回っているところ…。

 

二人は同じ事を思い出しているのか、顔を見合わせて涙を流しながら綺麗な笑みを浮かべあった。

 

オラシオンセイス討伐作戦に参加した時…置いていってしまったと思っていたシャルルが着いてきていて、最初は何で来たのかと思ったが、一緒に居られて嬉しかった。

 

仕事先にあったプールに一緒には入り、互いに水を掛け合っていたら火が落ちていて寒くなり、同時にくしゃみをして笑いあったりもした。

 

意思表示の弱いウェンディと、そんなウェンディを引っ張っていくシャルルだが、喧嘩をするときは喧嘩をし、お互いにごめんと言いあって仲直りもした。

 

フェアリーテイルに入ってからも怒濤な毎日を過ごしていっているが、楽しくないとは思ったことなど一度も無い。

毎日がとても楽しく…こんな日が一生続けば良いとさえ思っていた。

 

 

 

 

「また…友達になってねっ?」

 

「当たり前じゃないっ!」

 

 

 

 

二人は一緒に手を繋ぎ合いながら…

 

 

 

 

 

 

()()

 

 

 

 

 

 

リュウマさん…言えませんでしたが───

 

 

 

 

 

 

文字を…押したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

リュウマさんのこと…大好きです

 

 

 

 

 

 

 

 

廻り守護せん擬似太陽銀河(シュステーマ・ソラーレ・ギャラクシア)

 

 

 

 

 

 

 

 

半径数百メートルを巻き込むほどの大爆発が巻き起こり…爆炎が()()()()()()ウェンディとシャルルを呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────…ッ…ごぼっ…うっ…も…『戻れ』…ぐっ…」

 

 

フェイスの自爆範囲からかなり離れている所に一人の男が…夥しい量の血を地面に吐き出し、片手を地に付けながら倒れそうな体を耐えきらせ、もう片方の腕をフェイスの爆心地へと向けていた。

 

彼…リュウマの言葉に従うように、黒い地球の表面のような模様が付いた球体が浮き上がり、リュウマの目の前まで来ると粉々に砕けた。

中にいたのは…爆発の余波を全く食らっていないウェンディとシャルルだった。

 

 

「…ごぽっ…『地球(テラ)』…ご苦労…だっ…た…」

 

 

血を吐き出しているリュウマは、血が着いていない手でウェンディとシャルルの頭を撫でてやりながら自己修復魔法陣を組み込み、魔力量に依存するので少しずつであるが傷を回復させていった。

 

何故、彼がこんなにも満身創痍なのか?

 

それは彼の起動させた魔法にあった。

 

 

「…ッ!…はぁ…修復出来たか…本来であれば殆どの封印を外さなくては起動できない()()()()…時間が無いからといって内臓と生命力を魔力に変換させたが…創れたのは従来の百分の一の効果しかない物…やはり堪える…」

 

 

本来殆どの封印を外していなくてはならないと起動すら出来ない禁忌の魔法…それを急ぎのために内蔵3つと生命力を魔力に無理矢理変換させることで一つだけ創りあげることに成功した。

しかし、それでも従来の百分の一程度の防御力しかなく、9つある内の一つしか創れていない。

 

これだけで、使った魔法にどれ程の魔力が必要だったのか計り知れない。

 

だが、今はそれよりも…フェイスを破壊してくれたウェンディ達を救い出せたことに安堵していた。

 

キューブが揺れたことでフェイスが起動しそうになっていることを悟ったリュウマは、ウェンディ達なら必ずやってくれると信じていたのだが…嫌な予感が特大の警報を鳴らしているので勘に従ってここまで全速力で来たのだ。

 

結果はどうにか間一髪であるが間に合った。

 

 

「ありがとう。ウェンディ、シャルル。お前達の繋いでくれた道筋は…必ず繋げていこう。今はゆっくりおやすみ」

 

 

優しい顔で微笑んだリュウマは二人をその場に寝かせ、タオルケットを召喚すると上から掛けてやりその場から飛び立つ準備をした。

キューブから急いで来たが…戦いはまだ続いているからだ。

 

気持ちいい肌触りのタオルケットに包まれたウェンディとシャルルは、互いに抱き合いながら可愛らしく眠っていた。

 

 

 

 

「さて…今度はキューブの方から嫌な予感がするな…何も起きていないといいが…」

 

 

 

 

 

ただし、リュウマは優しくない顔付きであった。

 

 

 

 

 

 




ウェンディは完璧な絶剣技を使ったのではなく、名前だけですのでリュウマが放った場合とは威力が違います。
そもそも、絶技故の絶剣技なので笑



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第六五刀  少女の新たな力 

何故か思うように書けない…。
てか、なんか色々飛んでいる場面がありますねぇ…。
そこはもう…すみません。
全て書き切るのは難しいので、リュウマが居るところのみとなりますね…。




 

 

フェイスの構造を変化させ、自爆と共に自律崩壊魔法陣が起動するようにしたシャルルと、自爆に巻き込まれるのを覚悟でシャルルと一緒に居ることを選んだウェンディの手によってフェイスは破壊された。

自爆が成功し、巻き込まれるのを救ったのは全速力で飛んできたリュウマ。

 

本来ならば殆どの封印を外さなくては発動すら出来ない超高難度…いや、()()()()()()()()()()()()()()()魔法を使うことで2人を爆発の光から救い出した。

封印を第三門までしか外していない代償として、体の中の内臓と()()()()犠牲にしたが、リュウマの持つ直感が離れたタルタロスの本拠地で何かが起きると告げていたので直ぐに向かった。

直感は……良い意味ではなく悪い意味の直感だ。

 

一方タルタロスの本拠地の方では、セイラの相手を任せてもらえたミラがセイラを倒すことに成功していた。

居場所が悪魔を復活させるラボであることを知ったミラが、悪魔に帰られようと槽に入れられていた時に、それを制御している触手のような悪魔をテイクオーバーして自爆するように命令した。

ラボを破壊されたことで悪魔達はもう自滅特攻出来なくなり、セイラは怒りで歯を噛み締めた。

 

セイラとミラ戦いは最初こそ善戦していたが、途中からセイラがゼレフ書の悪魔が奥の手として使う、エーテリアスフォームになることでミラのサタンソウルを凌駕してみせた。

 

突然跳ね上がった力に押されたミラは、たったの拳の一撃でサタンソウルを解かされてしまい絶体絶命だと思われたが、這い蹲ってでもセイラの足にしがみつきテイクオーバーしようとした。

取り込まれるという恐怖を味わったセイラは蹴ることで離れさせるが、自身のとある部分をテイクオーバーされて奪われていた。

 

奪われたのは……呪法である命令権。

 

やられて息絶え絶えであるミラに激怒したセイラが魔眼を解放して殺そうとするが、ミラの奪取した命令権によるエルフマンへの命令で、家族の元に来てセイラをビーストソウルで打ち倒したのだった。

 

 

「冥王マルド・ギール様。敵の力は予想以上のもの…フェイス計画は失敗し、エゼルとフランマルスが堕とされました」

 

「───セイラとヘルズ・コアもだ」

 

「そ、そんな…!」

 

 

タルタロス本拠地のとある豪華な造りとなっている一室では、マルド・ギールと呼ばれた男の格好をした玉座に座る悪魔と、その前に跪いて頭を垂れているキョウカがいた。

エルザと戦っていたキョウカだったが、次々と倒されていく同胞と、一番重要なフェイス計画の失敗を報告するために隙を突いて逃亡しここまで来ていた。

 

報告を受けたマルド・ギールは常に浮かべている薄ら笑いを絶やすこともなく、玉座の肘置きで頬杖をついて一冊の本を抱えた状態で政治していた。

その顔には焦りも怒りも何も無く、まるで事の状況を全く気にしていないようである…否…彼は事実気にしていなかった。

 

 

「キョウカ。我々は何だ?」

 

「ゼレフ書の悪魔…エーテリアス」

 

「目的は?」

 

「マスターENDの復活とゼレフの元に還ること」

 

「人間とは?」

 

「───虫以下の存在であります」

 

 

真っ直ぐと疑念の予知も無く即答したキョウカの顔を、薄ら笑いから少し口角を上げたマルド・ギールは少しだけ指を振るった。

すると、キョウカが跪いている所に向かって黒ずんだ紫色のような(イバラ)が殺到して体中に巻き付いて強く拘束した。

 

引っ張られる力が増していくことで引き裂かれそうになる痛みを味わうキョウカは、悲鳴と喘ぎ声を上げながら前に倒れそうになるが荊がそれを許さず、まるで荊の糸による壊れかけた人形のような状態にされた。

何故この様な仕打ちをするのか苦しそうにしながら問うキョウカに、マルド・ギールは虫けらである人間で遊ぶ事への罰。

 

 

「端的に言えば人間で遊んだ罰ではない。マルド・ギールは不快に思う。虫けら以下の存在である生物で遊ぶ部下の姿を…これはその罰だと思うがいい」

 

「こ…心得…ましたっ…ご教授…ありがとうございます…ぐ…うっ……!」

 

マルド・ギールは虫けらである人間を痛ぶっていたことではなく、虫けら以下の存在である人間で遊ぶキョウカのことで不快に思い、罰を与えたと言った。

傲慢溢れる発言と行動であるが、キョウカは甘んじて受けてしまう。

それだけでこのマルド・ギールがそれ程の悪魔だということが分かってしまう。

 

 

「人間共め…大局的に見れば何も問題は無いが…我が庭をいいように汚されるのは好かん。───アレグリアを使うか」

 

 

玉座で薄ら笑いを浮かべるマルド・ギールは…瞳に剣呑なものを宿しながらそう呟くのだった。

フェアリーテイルは…使うといったアレグリアの力に呑まれてしまうのを…まだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう…!助けてくれたお礼言おうと思ったらリュウマ飛んでっちゃうし…」

 

「なんか凄い急いでたよね~」

 

『みんな聞こえるか!』

 

 

リュウマが猛スピードで飛び去っていったのを確認したルーシィは頬を膨らませながらぼやき、ハッピーはどこか急いでいたリュウマを不思議に思っていた。

破れた服を繋ぎ直して胸を隠していたルーシィは、頭にウォーレンのテレパシーか届いたことに驚くも、話の内容でミラやリサーナにエルフマンがマカロフ達と合流したことを聞いて安堵した。

 

テレパシーを使っているウォーレンにルーシィが他のみんなにも自分の声が聞こえるようにしてもらうと、ルーシィはウェンディ達のおかげで制限時間以上時間が経っていてもフェイスが発動して魔法が使えなくなるという事態が起きてないことから、ウェンディ達がフェイスを止めることに成功したことを確信してみんなに伝えた。

 

話を聞いたフェアリーテイルの連中は大いに喜んでいたが、ハッピーがマカロフにフェアリーテイル2代目マスターであったプレヒトの、「光を解き放て」という言葉を伝えて驚かせていた。

光を解き放て…それ即ちギルドの秘密…ルーメン・イストワールのことを指し示す。

 

マカロフ本人にしか分からないことであるが、大いに驚かせる内容にどういう意味なのか追及しようとするが…ウォーレンのテレパシーにマルド・ギールが入ってきたことで止められた。

 

 

『魔導士ギルド妖精の尻尾(フェアリーテイル)だったかな。私は冥王マルド・ギール…だが覚える必要は無い。貴様等に明日は無いのだからね』

 

 

言ったことをよく理解しないままに、違うところに居るマルド・ギールはアレグリアを起動させた。

瞬間…空中に浮かんでいたタルタロス本拠地のキューブが大きく揺れ動き、全体的な形を変えていく。

すると外見だけに留まらず内部までも大きく形を変えていき、表面は重力場が消えて落ちかけてしまう。

 

落ちるわけにはいかない!と、壁に手を掛けて張り付くみんなであるのだが…壁がみんなに貼り付いた。

何だこれと思う前にどんどん貼り付いていき、壁や床に吸い込まれていくように吸収されていく。

瓦礫などであった壁や床は大きく湾曲し、どこか生物の胃の中のような肉質的な物に変わった頃、フェアリーテイルの魔導士達は残らず吸収され…石になってしまった。

 

いや、フェアリーテイルだけではなかった。

タルタロス本拠地に攻め込んできたフェアリーテイルの魔導士を迎え撃っていた兵士達までもが巻き込まれて吸収され、その体を石のように変えてしまう。

だがマルド・ギールは気にした様子もなくアレグリアを発動させ続ける。

 

 

「侵食…生贄…死と再生…絶望と希望…愚かな種族だ。この冥界島(キューブ)自体が巨大な監獄なのだよ───冥王獣(プルトグリム)の体内という名のな」

 

 

やがて揺れが収まるとフェアリーテイルの魔導士達と兵士達は残らず石となり、キューブであった巨大な島は、大きな口を持ち複数の足を持つ巨大な監獄島へと変貌した。

 

戦いが呆気なく終わったことにつまらなそうにしていた残りの九鬼門達。

しかし…プルトグリムの体内で悪魔ではない人間の気配と魔力を感じて驚愕した。

なんと、たった1人だけ吸収から逃れられた者が居たのだ。

 

 

「あいたっ…なにこれ?どうなっちゃったの?」

 

 

確率にして約数十億分の一…まさに強運による生還を果たしていたのは───ルーシィただ1人であった。

 

一緒に居たはずのハッピーをよく分からない形に変わったプルトグリムの通路のような所で探すルーシィ。

ふとここで振動による揺れを感じて床に伏せると…プルトグリムがその大きな口を限界まで開けながら吼えた。

ここでやっと下に居る街の住民が空に浮かぶプルトグリムのことに気がつき、響き渡る爆音の吼え声による建築物破壊を目にして逃げ惑っていった。

 

 

「うぅっ…何の音よこれぇっ…!」

 

冥府の門(タルタロス)諸君』

 

「…ッ!!」

 

 

爆音に驚きながらも耳を塞いで悶絶していたルーシィの耳に、先程ウォーレンのテレパシーに入り込んできたマルド・ギールの声と同じ声がプルトグリム内に響いたことに目を見開く。

 

 

『アレグリアにより侵入者共は一掃された。フェイス計画は予定通り進行されている』

 

「侵入者を一掃…!?それにフェイス計画はウェンディが阻止した筈じゃ……うわぁっ!?なにこれキャアァアァァ!!」

 

 

侵入者を一掃されたというのは何か、フェイス計画は確かに阻止されているはずだと考えてどういう意味なのか考えようとしたところで…上の方にある穴から膨大な水が流れてきてルーシィを流していった。

止まることもなく流れ出てくる水に流されたルーシィは、一緒に流されている木の板に掴まって乗るが、後ろから複数の声が聞こえた。

 

振り向くとタルタロスの兵士達が同じように木の板に乗りながら水流に乗って追い掛けてきていた。

確実に自分を狙っていると直感したルーシィはバランスを整えながら立ち上がって水流に乗って進んで行く。

 

 

『だが…どういう訳かアレグリアを逃れた人間が1人残っているようだ。その人間を殺した兵に欠番の九鬼門の称号を与えよう。九鬼門が殺した場合はマルド・ギールが褒美を与える。以上』

 

 

九鬼門の称号を授けられると聞いた兵士達はやる気に満ち溢れてしまったようで執念深くルーシィを狙う。

しかし、いくら戦闘が得意でないルーシィとはいえ、自身はフェアリーテイルの魔導士だ…舐めてもらっては困るというもの。

腰に付けたバルゴから貰ったエトワールフルーグという星霊界の特殊な鞭を使って兵を撃破し、時には途中にある倒れ木に巻き付けて回転しながら遠心力の乗った蹴りをお見舞いしたりする。

 

 

「開け!人馬宮の扉!『サジタリウス』!!」

 

「お呼びでありますからして~もしもし!」

 

 

周囲に兵士が集まりつつある状況に鞭だけでは危ないと判断したルーシィは腰に付けた金の鍵から一つ取り出し、人馬宮のサジタリウスを呼び出した。

着々と確実に兵士を射貫いて数を減らしてくれるサジタリウスだが、悪魔を蘇らせるラボの責任者であるラミーの回りまくる呪法を体当たりを受けてしまう。

 

サジタリウスを強制閉門する代わりに呼び出したバルゴにラミーの相手をさせるが、バルゴが何かに勘づいて振り向きながら教えると、急遽その場に獅子宮のレオを呼び出して守ってもらった。

空から落ちてくるように狙ってきたのは九鬼門であるトラフザーである。

与えられた任務を遂行するために来たのだ。

 

 

「オレの刃を素手で…!」

 

(レグルス)の魔力でもガードしきれないなんて…!」

 

 

腕に着いている刃で攻撃してきたトラフザーを受け止めることに成功したレオ…しかしレオは刃が魔力を纏っている腕を傷つけたことに冷や汗をかいていた。

任務を遂行すると突っ込んできたトラフザーを相手するレオと、非力ながらも攻撃してくるラミーを相手にしているバルゴは両者共星霊の中では特に魔力を使う星霊だ。

 

 

───二体同時開門…辛そうですね…

 

───特に僕とバルゴは魔力を多めに使う…

 

 

───姫の為に……

 

───ルーシィの為に……

 

 

 

───「「速攻だ!!/速攻です!!」」

 

 

 

二体同時開門していること自体は凄いことだが、やっているルーシィの魔力ではまだ足りないものが多い。

これがリュウマであったならば七体同時開門を普通にやってのける程の魔力をもっているが、星霊魔導士はルーシィ。

流れる板の上で両手を突いて苦しそうにしていた。

 

これ以上魔力を使わせてしまうと体にも負担がかかり、他にも敵がいないとは思えない状況下での魔力枯渇は一番よろしくない。

故に敵を速攻で倒すために駆けていった。

バルゴもレオも殴り合って互角な戦いを続けていく中で、流れていく途中にあった橋のようになっているところに1人の九鬼門が現れてしまう。

 

 

「見つけたでぇ!!」

 

「ジャッカル君~!♡」

 

「3人目…!!」

 

「マズい!!」

 

 

新たに出て来たジャッカルの存在によそ見をしてしまったレオに、トラフザーは隙有りと攻撃してくるがどうにか捌く事が出来た。

バルゴの方もルーシィの所に向かいたかったがラミーが邪魔で向かうことが出来なかった。

 

 

「なんや1人じゃなかったんか…まぁええわ」

 

───あいつ街で自爆した筈じゃ…!あっ…そっか…何度でも蘇るって…ナツでも苦戦してた奴だけどこれ以上は星霊を呼べない……

 

「───あたしがやらなくちゃ!」

 

 

上に居るジャッカルの腕にエトワールフルーグを巻き付けるも、ジャッカルはルーシィを見ながら悪そうな笑顔を向けて呪法を発動させた。

巻き付いた鞭が腕のところから順々に爆発を繰り返してルーシィの元まで衝撃を届けて水の中へと落とした。

すぐ板に掴まって事なきを得たが、ジャッカルの使う呪法とは…触れたものを爆弾に変えるという厄介な呪法だ。

 

これのおかげで肉弾戦で戦うナツが、殴ったり蹴ったり

と触れた場所から爆発させられてダメージを負って苦戦した。

この爆発の呪法は勿論触れたものである道具にも作用されるので鞭を伝わらせていくことも出来るのだ。

 

 

「火の玉も青い猫も死んだ。このイラつきをおさめるにはこの女しか残ってない…もっといたぶらせてもらうで!!」

 

「キャアァ…っ!!」

 

「姫!!」

 

 

ジャッカルの起こした呪法の爆発で今度こそ水の中に落とされ、水の中でも呪法の爆発の餌食となってしまう。

這い上がろうにも水の流れが強いのと爆発で上がりきることが出来ない。

 

体がボロボロになっていくのを気にせず、水の中でルーシィはフェアリーテイルの者達が死んでいないことを確信していた。

死んだのならば魔力を感じない筈…しかし、今ははっきりとみんなの分の魔力を感じている。

それは魔力を持った魔導士が生きていることに他ならないことの事実であり、ルーシィが諦めるわけにはいかない理由でもある。

 

 

───あたしはいつも助けられてきた…でも今度は…あたしがみんなを助ける番…!

 

「ホレェ!」

 

「んあぁあぁぁっ!!」

 

 

特大の爆発を腹に食らいながらも、ルーシィは一気に水面に顔を出して息を吸い込み唱えた。

ここはちょうどいいことにかなりの水が流れている。

それならば…あの星霊が呼べるのだ。

やろうとしていることが分かったレオとバルゴの静止の声を振り切って、叫ぶようにその名を呼んだ。

 

 

「開け!宝瓶宮の扉!『アクエリアス』!!」

 

「────バカヤロウが……」

 

 

魔力がもう殆ど残されていない状況下での三体同時開門…体に掛かる負担は拭いきれずしかし…アクエリアスは条件を満たされたことで召喚されてその場に現れ、ふらつくルーシィを抱き抱えるように後ろからルーシィを支えた。

 

出て来たアクエリアスはこんな衰弱しながらも三体同時開門したルーシィに悪態つくが、直ぐに顔を引き締めて前の敵を殲滅する為に動き出した。

手に持つ壺の中に周りの膨大な水を吸い込んで貯め、一気に水の奔流を生み出して九鬼門とラミーや兵士を呑み込んだ。

 

流されていくジャッカルとラミー、仲間をも攻撃するアクエリアスの攻撃に晒されているレオとバルゴは今の内に一体を強制閉門するように叫んだ。

そこに、急流の中を泳いでくるトラフザーが近付いていた。

気づけたアクエリアスは攻撃中であるので遅れ、トラフザーの腕の刃で肩を斬られてしまった。

 

 

「アクエリアス!」

 

「おっとぉ!お前らは行かせるかァ!!」

 

 

どうやってか水の中から現れたジャッカルが、アクエリアスがやられたことで出来たレオとバルゴの隙を突いて大きな爆発を零距離で放ち消してしまった。

二体同時にやられたことに驚いてしまったルーシィは、岸がある事に気がつかず勢い良く打ち上げられてしまった。

 

三体同時開門が奥の手だったのかと嘲笑うジャッカルと、魔力が切れて動くことが出来ないでいるルーシィのことを言い当てたラミーは笑い合っていた。

任務を遂行することを第一としているトラフザーが一撃で殺そうとするも、ジャッカルはつまらないと言って転がっているルーシィの片足を爆発で攻撃した。

 

 

「~~~っ!!んっ…ふぐっ…いぃぃ…!!」

 

「なんやその顔は!!クハハハハハハハハ!!」

 

「なっさけない顔~~!!」

 

 

皮膚が裂けて血が流れ出てしまっている足からの激痛に涙を流しながら耐えるルーシィ。

それを見ていたトラフザーはこれ以上は意味が無いと悟って殺そうとするもジャッカルが邪魔をするならばお前から殺すと言われ、呆れて何処かへと行ってしまった。

 

幸運なことに九鬼門が1人いなくなってくれたが、傍にはまだジャッカルがいて、自分はもう魔力が残されていない。

動く余力すらも残されていないルーシィの腕をまとめて腕に持ち上げて引き摺り、ジャッカルの元まで来たラミーは興奮したように話しかけた。

 

 

「ねぇねぇジャッカル君!こいつの無駄にデケぇチチ、ボーンって破裂させてよ!」

 

「クハハ!」

 

 

言われたジャッカルは笑いながらルーシィの豊満な胸に手を───

 

 

「ボーンって!ボーンって!ボーン…って?」

 

 

────ボォォォォォン!!

 

 

ボーンってされたのはラミーだった。

 

ルーシィには手を掛けずにラミーの顔を鷲掴み、呪法を使って爆破した。

完全に消え去ったラミーを、ジャッカルはうざいと言いながら笑っていた。

自分の仲間を躊躇いも無く爆破して殺したジャッカルを信じられないような目で見るルーシィに、そんなことより楽しもうと言いながら手を伸ばした。

 

しかし触れることはなく、突如襲ってきた水に押し流されてルーシィから遠ざけられる。

やったのは肩を斬られて血を流しているアクエリアスで、斬られはしたが星霊界に戻されることなくその場にまだ召喚されていたままだったのだ。

 

水を操りながらジャッカルを絡め取り動きを封じ込め、動くことすら出来ないルーシィを片手で抱き締めながら支えて、耳元で囁くように話しかけた。

 

 

「ルーシィ。私にはもう足止めしか出来ない…他の星霊も同様だ。あいつらは強すぎる。だが───勝機が無い訳じゃない」

 

「……え?」

 

「私があいつを足止め出来る時間は限られている。良く聞けルーシィ。三体同時開門が出来る魔導士ならば出来るはずだ───」

 

 

────星霊王召喚

 

 

アクエリアスの話を聞いていたルーシィは、星霊王を召喚することが出来たのかと、アクエリアスの言葉と同じように星霊王とオウム返ししてしまう。

 

 

「知っての通り星霊界最強の星霊……主の敵を殲滅せしめる星々の一撃だ」

 

「でも…あたしそんな鍵持ってない…」

 

「星霊王の鍵という“物質”は存在しない。ある特別な鍵によってその鍵は開かれる────」

 

 

────鍵の代償召喚術

 

 

持っている一つの金の鍵を壊すことで星霊王の扉を一度だけ開けることが出来る…アクエリアスはそう言った。

ルーシィは金の鍵…いやこの際レアな鍵云々はどうでもいい。

問題は壊すのが友達である星霊の鍵であるという点だ。

呆然としているルーシィを無視して、爆発を繰り返しながら水を振り切ろうとするジャッカルをどうにか足止めをしながら語り続ける。

 

曰く、壊す鍵はどれでも良いという訳ではない。

主と星霊の信頼関係が高くなければ扉は開かれることはない。

 

 

「嫌よ!そんなこと出来る訳がない!誰1人として失える訳がない大切な───」

 

「───私の鍵を壊せ」

 

「────────。」

 

 

ルーシィの話しを遮るように被せたアクエリアスは告げた…私の鍵を壊せ…と。

言われた側であるルーシィは言葉の意味を理解出来ず…いや、理解したくなくて黙って固まってしまう。

それでもアクエリアスは続けた。

 

 

「信頼度っていうとこには不安があるが…長い付き合いだ。何とかなる」

 

「なに…言ってるの…?」

 

「仲間を救うためにやるんだ」

 

「アクエリアスだって仲間よ!誰かを犠牲にして誰かを助けるなんて出来ない!!他にももっと方法があるはず…あたしは諦めない!!」

 

 

絶対に鍵は壊したくないと拒否するのに対してアクエリアスは、他に方法があるならこんな提案はしないと正論を投げつけた。

だが、それでも壊したくないルーシィは頭を横に振りながらイヤだと繰り返した。

話しが進んでいくにつれて、足止めを食らっているジャッカルは要領を掴んで爆発で水を押し返そうとしていた。

 

時間がもう残されていないアクエリアスは苦しそうにしながらルーシィにやるように促し、ルーシィは拒否する。

駄々っ子のようにイヤだとしか言わないルーシィに呆れながら少し笑ってみせた。

 

 

「鍵が壊れても私は死ぬわけじゃない。ただ二度と会えなくなるだけだ」

 

「そんなの…イヤぁ…」

 

「私はせいせいするがな…。私は元々お前の母…レイラの星霊だった。レイラが死に、お前の手に鍵が渡った時…私は失望した。すぐ泣くし…ガキだし…世間知らずで…レイラのようなお淑やかさも無い。レイラの娘だからとずっと我慢してきたんだ…ずっと…私はお前が大嫌いだった」

 

「嫌われてもいいっ…あたしはアクエリアスが…大好きっ…あたしの初めての友達…あたしの────」

 

「いつまで甘えてんだ!!今!仲間を救えるのはお前だけなんだぞ!!!!」

 

 

何時までも泣いて拒否するルーシィに痺れを切らしたアクエリアスは怒鳴りつけるように叫びながら、先程よりも多い水でジャッカルの足止めを行う。

涙が次から次へと流れて止まらないルーシィ。

アクエリアスは叫ぶ…大事なのは思い出なのか、鍵なのか罪悪感なのか…。

 

だが、今必要なのは仲間を救えるだけの力だと。

星霊魔導士としての力であると。

早く自身の鍵を破壊して星霊王を呼ばなくては手遅れになる。

ジャッカルはもう既に射程圏内になるまで近くに来てしまっている。

 

 

時間が…残されていなかった。

 

 

「やるんだッ!!私の鍵を壊せ!!お前にしか出来ないことなんだよ!!!!」

 

「あたし…アクエリアスが…大好き……」

 

「やれ!!ルーシィィィィィィィ!!!!!」

 

「─────ああぁあぁああぁあぁああぁああぁあぁッ!!!!」

 

 

アクエリアスの宝瓶宮の扉を司る鍵を両手に持ち…涙を流しながら掲げた。

これでもうお別れだと悟るアクエリアスは、悔しそうな…辛そうな表情で上を向きながら昔の記憶を思い返していた。

 

 

 

───胸の奥が…熱い…こんな小娘…大嫌いなのに…。

 

 

 

「開け!!」

 

 

 

『わぁ…人魚さんだ。人魚さん!人魚さん!』

 

『……ハァ…』

 

 

───大嫌いなのにっ

 

 

 

「星霊王の…ッ!!」

 

 

 

───もう会えないなんて……

 

 

 

「扉ぁっ!!」

 

 

 

───今まで…ありがとう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここかァ──────ッ!!!!!」

 

 

 

プルトグリムが大きく揺れ…天井を破壊しながら水も全て吹き飛ばし…着地した人物がいた。

その背に黒と白の3対6枚の巨大な羽を持ち、体中から純黒の魔力を()()()()()男…。

急いで来たのだろう、額には汗を滲ませているが…それが霞んでしまうほどに険しい表情をしている。

 

 

「ぁ…あ…あぁっ……リュウマっ」

 

「お前は…!」

 

「なんや!?こいつは…!?」

 

 

「仲間の涙が落ちる音が聞こえた───ルーシィを泣かせた糞にも劣る塵は貴様かァ?ア゙ァ゙?」

 

 

星霊王を召喚して呼び出すことには失敗したが…代わりに───

 

 

 

「殺すぞ下等生物がァッ!!」

 

 

 

嘗ての殲滅王が……現れた。

 

 

 

 

「───絶剣技」

 

 

 

 

宙に跳び上がり、体を捻りながら手に持つ1本の刀を構えた。

これから凄まじい衝撃が来ると思ったルーシィは、アクエリアスに抱き付いて固まり備えた。

まだ別れ時じゃないのかと思いながら、心とは反対に少し笑みを浮かべながらアクエリアスも抱き返した。

 

 

 

「────『罪斬人極威(つみきるひとのごくい)』」

 

 

 

宙で放たれた6つの斬撃が、石にされたフェアリーテイルのメンバー達全員を避けるように進み、プルトグリムを両断してみせた。

斬り裂かれた巨大なプルトグリムは死に、浮いていることから下へと崩れながら落ちて地面に衝突。

島であるプルトグリムを斬られたことに、他の九鬼門は信じられないといった顔をしていた。

 

瓦礫の下に埋めれていたルーシィとアクエリアスだったが、体を覆うように展開された黒い膜のような魔力障壁で傷を負う事も無く這い出てきた。

2人を見つけた破壊の張本人であるリュウマは、傷が出来て足からの血を流しているルーシィをみて申し訳なさそうにした。

 

 

「遅れてすまない。俺がもう少し早ければ…」

 

「ううん。いいよ。それにありがとう。リュウマのおかげで助かったし、アクエリアスとお別れしなくてすんだもん」

 

「まぁ…助かった」

 

 

そっぽを向きながら礼を言うアクエリアスに気にした様子もなくリュウマは無事で良かったと口にする。

本当にありがとうとルーシィが改めてお礼を言ったその時…後ろの瓦礫が爆発して弾け、中から砂だらけのジャッカルが出て来た。

 

いきなり出て来て攻撃し、プルトグリムを破壊しながら邪魔をしてきたことに頭にきているのか、リュウマを鋭く睨み付けながら迫ってきた。

立ち上がろうとしたルーシィの足に自己修復魔法陣を刻んだリュウマは、戦おうとしたルーシィを手で制して代わりに立ち上がり、ジャッカルに向かって歩く。

 

向かい合わせるように目と鼻の先にまで接近した両名は、相手を睨み殺す勢いで睨み合っていた。

片や触れれば爆発出来るように手を開いて構え、片や体中から魔力を滾らせて周りの瓦礫を浮き上がらせながら破壊している。

 

 

「いきなりしゃしゃり出て来て何すんねん───先に殺されたいんかワレェ?」

 

「ルーシィを傷つけて泣かせおって───貴様の四肢をもいで皮を剥ぐぞネコが」

 

 

自分を動物扱いしたリュウマにキレたジャッカルが振りかぶって殴るよりも早く、ジャッカルの隙だらけの腹に肘鉄を打ち込んだ。

鳩尾に入ったことで空気を吐き出しながら後方へ跳びそうになるも、吹き飛ぶ前に足を掴んで振り向き様に地面へ叩きつけて反対方向へ投げる。

 

投げられたジャッカルが体勢を立て直そうとするよりも早く跳躍したリュウマが、消えるように移動した後ジャッカルを上から両の手を合わせた手で地面に叩きつけ、着地と同時にボールを蹴るように蹴った。

 

瓦礫に叩きつけられたジャッカルは血を吐き出しながらリュウマを睨んだが…口元は笑っていた。

笑みの正体を知っているルーシィはリュウマに叫んだ。

 

 

「リュウマ!そいつに触ったらダメ!そいつは───」

 

「もう遅いっちゅうねん!爆発しろや!!」

 

「……なるほど」

 

 

叫びながら教えてくれたルーシィの言葉と、ジャッカルに触れた部分が光り輝いたのを見ていたリュウマは無表情で見ていた。

やがて光が大きくなって触れたところが全て爆発した。

触れたところが多かったため爆発の規模はそれなりに大きく、ルーシィはリュウマの名を叫ぶ。

爆炎が彼を包み込んで完璧に爆発が入ったことを確信したジャッカルは大きく口を開けながら笑っていた。

 

 

「クハハハハハハハハ!!殴ったお返しや!1発で吹き飛びおったで!」

 

「───言い残す言葉はそれだけか?」

 

「…………は?」

 

 

聞こえるはずのない声が聞こえて呆然とし、残っている爆煙の方へ視線を向ければ…リュウマは健在であった。

爆発自体は食らっていたようで、所々服が破れて血も少しだが流している。

だが決して…倒れると思える程のダメージは受けてなかった。

無事だったことにホッとしたルーシィと、爆発の威力をその目で見たアクエリアスは信じられないという目で見ていた。

 

事実ナツですら一撃食らうだけでもそれなりにダメージを受けたのだが…やせ我慢などをしているわけでもなく…本当に彼には効いていなかった。

 

 

「なんで生きとるんや!あの爆発やぞ!?」

 

「何故?───単純に威力不足なんだよ。魔力で体を覆い、防御するまでもない。貴様の使う呪法とやらは性能は良くとも威力が足りん。それに…貴様の呪法を元にして新たな魔法を創り上げた…その身で受けろ」

 

 

走り出したリュウマはジャッカルを殴りつけようとするが、ジャッカルが黙ってやらせるわけもなく爆破で地面を砕いて範囲攻撃を仕掛けるがその場で消えて、リュウマはジャッカルの背後に現れて黒く光り輝く腕を引き絞り…背中を抉り込むように殴りつけた。

 

拳の威力で体が浮き上がっていると、背中には黒い紋章が刻まれて輝いている。

翼を持つ美しい女性が胸の前で両の手を合わせ祈るようにし、背後には剣がクロスしているという紋章。

これは嘗て栄え世界を制した伝説の王国の証…フォルタシア王国の紋章である。

 

 

「吹き飛べ───『王の刻印(レクサス・インシグネ)』!!」

 

 

刻まれた紋章が限界を迎えると大きな爆発を起こした。

触れることで紋章を相手の体に刻みつけ、防御不可能の大爆発を生み出させるこの魔法は、いくら体が丈夫であろうと耐えきることはない。

表面から爆発するのではなく、表面と一緒に内部からも爆発せしめるからだ。

 

その証拠に背中の肉を抉り飛ばされたジャッカルは痛みで這い蹲っていて、大量の血を流している。

しぶといのかまだ息があって、可能ならばまだ動けると感じたリュウマは悪魔に向かって足を動かしていく。

 

 

「ぉ…ごぉ…!許さへんでぇ…!ワレェ…!!」

 

「クカカ…何が許さないだ下等生物が。それに…今から死んで消えるのに許す許さないもないだろうが」

 

 

「『ボッ』」

 

 

ジャッカルにとどめを刺そうとして腕を振り上げた時、リュウマだけを包み込むような爆炎が上がった。

幸い包み込まれる瞬間に離れたので当たりはしなかったものの、ジャッカルを仕留めることが出来なかった。

攻撃してきたのは人間の整った顔立ちで蘇生されていたテンペスターだ。

 

プルトグリムが破壊されて一緒に落ちてきた時、案外近くに居たことでリュウマとやられそうになっているジャッカルに気がつき、呪法を使って横やりを入れてきたのだ。

二対一という構図が出来てしまったが、その程度で後退するリュウマではない。

その手に刀を召喚して居合の構えを取った。

 

 

「あの男1人でやるつもりかよ」

 

「リュウマは強いもん。絶対負けない…!けど…あたしにもっと力があれば…一緒に戦えたのかな…」

 

 

リュウマ達が戦闘が始まっている時ルーシィサイドでは、足が治ったことで立ち上がることが出来たが、相手が九鬼門で自分よりも遥かに強いため戦闘に入れないでいた。

もし仮に今戦闘に入ったとしても、確実にリュウマの足手纏いになってしまう…。

賢明なルーシィであるからこそ理解して立ち竦んでいたのだ。

 

 

「……三体同時開門出来るなら星霊王召喚が出来る…その他にも……これが出来るはずだ」

 

「───ッ!?なに!?これ……」

 

 

アクエリアスがルーシィに向かって手を翳すと魔力が譲渡され、胸元にアクエリアスの宝瓶宮の紋章が刻まれて服装も替わった。

破れて布に成り下がっていた服は水着のような仕様になり、髪はルーシィの長い髪を両方で縛ったツインテールとなっている。

体を流れる魔力の質も量も大きく変わり、見違えるような力を手に入れた。

 

 

「私の力をお前にあげた。星霊の力をその身に宿して戦うことが出来る『スタードレス』だ。さっさとあの男のところに行って戦ってこい!」

 

「…ッ!ありがとう!」

 

 

これでやっとリュウマと一緒に戦えると思い、手を握り締めて走り去っていった。

強く少しは成長した小娘だったルーシィの背を見ていたアクエリアスは、スタードレスを与えたことで力を失い星霊界へ還されようとしていた。

体が光の粒子になって消える寸前…走って行ったルーシィが振り向き、アクエリアスのことを呼んだ。

 

 

「アクエリアス!あたしと一緒に居てくれてありがとう!これからも一緒だからね!」

 

「……ケッ。小娘が…」

 

───いっちょまえなこと…言ってんじゃねぇよ…そんな…そんな嬉しそうな顔…しやがってっ…。

 

 

顔を背けて消えたアクエリアスのことを、ルーシィは嬉しそうな顔で見ていた。

いくら素直になれないアクエリアスでも、流石は主であるルーシィ…自分のために鍵を壊せとまで言ってくれたアクエリアスが照れていることぐらい分かっていた。

リュウマのお陰で鍵を壊すこともなく、これまでと同じく一緒に居られると思うと…とても嬉しかった。

 

よしっ…と、手を握り込んで気合いを入れると、ジャッカルの相手をしていて後ろからテンペスターが狙っていることに気づかず、呪法を受けそうになっているリュウマの背後に飛び込み、一言発した後に訪れた雷を身の回りに展開された水のバリアで受け止めた。

 

 

「!!…ルーシィか?」

 

「うん!大丈夫?リュウマ。これであたしも戦える!アクエリアスから力を貰ったの!」

 

「…なるほど…確かに素晴らしい魔力だ。では───背中は任せた!」

 

「…っ!うん!」

 

 

あのリュウマの背中を任された…それは大いなる一歩だ。

大抵の敵を殲滅し打ち勝つリュウマは、他人に背中を任せることがない。

それは任せたくない任せられない以前に…敵を倒してしまうので背中を預ける必要が無いのだ。

故に今リュウマがルーシィに頼んだということは、信頼もしているし頼ってくれているということ。

 

傷を負っているジャッカルを見ながら、ルーシィは心の中で喜んでいた。

リュウマとルーシィが互いに反対方向に駆け出したと同時に、テンペスターもジャッカルも走り出した。

発する言葉の種類によって魔法が区別できるテンペスターの呪法が発動する前に、口を開けた瞬間を狙って顎に拳を入れてルーシィに向かって投げる。

 

手で触れて爆発させようとしてくるジャッカルの攻撃を、限界まで引きつけてから紙一重で躱した。

すると、後ろから投げられたテンペスターが突然現れてジャッカルの腕に接触。

避けられるとは露程も思ってなかったジャッカルはそのまま呪法を発動させてしまい、誤ってテンペスターを爆発させてしまった。

 

 

「邪魔やねんテンペスター!」

 

「お前が我に攻撃してきたのだろう」

 

「ルーシィ!これを使え!」

 

「あっ…これ…鞭…!」

 

 

仲違いを起こしている隙にルーシィの前面に黒い波紋を出現させて武器を1つ取り出す。

中から現れたのは1本の鞭であり、これは巻き付けた相手の体力を奪い取って自分のものに還元させるという反則的な力を持つ特殊な鞭だ。

皮のような素材で出来ているのにも拘わらず鉄のような硬度を持つその鞭は、探しても見付からない至高の一品だ。

 

 

「えい!」

 

「…!なんじゃこりゃぁ!?」

 

「ムッ…!」

 

 

早速前の2人の悪魔の体を鞭で巻き付けて拘束し、スタードレスで上げられた魔力補助のある筋力で振り回してリュウマへと投げつける。

何時までも拘束しているとジャッカルがエトワールフルーグを破壊したように、呪法で破壊されかねないのですぐに巻き付けてすぐに投げつける。

 

飛んで行く先には魔力を両手に練り上げているリュウマが準備を整えていた。

放たれた魔力の奔流は易々とテンペスターとジャッカルを呑み込んで瓦礫と一緒に後方へと飛ばしていった。

ルーシィに当たらないように向きを調節した一撃はかなりのダメージとなるが、まだ倒すには足りない。

 

 

「天を測り天を開き…あまねく全ての星々…その輝きをもって我に姿を示せ───」

 

 

溜める時間が出来たので、ルーシィは星々の超魔法に必要な詠唱を唱えていく。

所々傷が出来ているテンペスター達が戻ってきて攻撃を仕掛けようとするが、間にリュウマが入って攻撃を阻止し、空中で回転しながら蹴りを入れる。

隙が出来た2人の前で両の手を合わせたリュウマは、膨大な魔力を解放した。

 

 

「解禁───『殲滅王の御光(アルマデュラ・オブルクス)』」

 

「全方面攻撃だと…?」

 

「バカが!仲間もやる気かいな!!」

 

 

地面からも迸る黒き光を見て仲間も巻き込みながらの攻撃と勘違いしたジャッカルが笑うが、リュウマのこの魔法は攻撃系の魔法ではない。

これは純黒なる魔力の特性を籠めて光とした黒き耀きで照らす魔法。

ダメージが無く目眩ましにしかなかったジャッカル達だが、ルーシィの準備は整っていた。

 

 

「テトラビブロスよ…我は星々の支配者…アスペクトは完全なり…荒ぶる門を開放せよ…全天88星…光る!────『ウラノ・メトリア』!!」

 

「なんやと────」

 

「ムゥ…────」

 

 

テンペスターはジャッカルに比べればダメージが少ないので避けることに成功したが…リュウマに背中を大きく抉られてしまっているジャッカルは避けること敵わず…星々の超魔法の餌食となって打ち倒された。

 

爆発音に感づいたトラフザーが近付いてきて、倒されたジャッカルとボロボロになっているテンペスターを見て驚きに染まり、やった相手の中に仕留め損なったルーシィを見つけて、だから早く仕留めろと言ったのに…と思いながら駆け出した。

 

超魔法を使ってかなりの魔力を無くしてしまったルーシィに近付くトラフザーに、助けるために動こうとしたリュウマだが、背後から聞こえてくる複数の足音に動きを止めた。

リュウマの横を通り過ぎていった人影の1つはトラフザーに急接近して殴り飛ばした。

 

体勢を立て直したテンペスターの爆炎が殴り飛ばした男に当たりそうになるところを、別の駆けつけた男が炎を食べて無効化する。

トラフザーと同じように駆けつけた九鬼門シルバーの氷の攻撃は同じ氷の攻撃で相殺され、同じく九鬼門のキースが氷を相殺させた男に黒い霧状になって近付くが、水を操る女の攻撃に散らされた。

 

 

「みんな…!」

 

「ジュビアの前でグレイ様への攻撃はさせません!」

 

「リュウマの魔法で出て来れたぜ」

 

「ギヒッ!石にされたお返しはお前等にさせてもらうぜ」

 

「よっしゃぁ!!燃えてきたぞ!!」

 

 

現れたのはナツ、グレイ、ジュビア、ガジルの4名であった。

他にも石にされていたフェアリーテイルのメンバー達は残らず石から解放されており、感じられる魔力がリュウマのものであることから、リュウマが助けてくれたことを理解した。

発動させた『殲滅王の御光(アルマデュラ・オブルクス)』という魔法は、総てを呑み込み塗り潰す純黒な魔力を光のように全方面に飛ばして掛けられた能力を解除させる魔法だ。

 

分かりづらい人には『いてつくはどう』…と言えば分かるかもしれない。

 

これでフェアリーテイルの戦力は元に戻り、更なる戦争へと本腰を入れることとなる。

しかし…同時に終わりも近付いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………。」

 

 

 

 

 

黒き翼を持つ黒き竜が…此方に向かって飛んで接近してきていた。

 

 

 

 

 

 

戦況がこれからどうなるのか…それはまだ分からない。

 

 

 

 

 

 

 




そろそろリュウマの本領発揮…。

チートが出て来ますね。

お楽しみに!!



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第六六刀  真の戦い…開戦

一部スペシャル的な?

誰得なんだろう…みたいな薄い程度ですがね笑

そういえば、地文と台詞の間を1マスではなく、2マスにした読みやすさ読み辛さを聞いていないのですが…どうでしょうか?
読み辛いならば1マスに変えようと思ってますので、活動報告で教えて頂けると嬉しいです。




 

 

リュウマの効果範囲内の全ての能力を無効化させるという反則じみた魔法を放つことで、プルトグリムに石にされていた者達は全て元に戻った。

お陰で追加された九鬼門の相手をする者が増えて、今ではテンペスター、キース、シルバー、トラフザーの前にナツ、ガジル、グレイ、ジュビア、ルーシィ、リュウマが立っていた。

 

数はこっちの方が優位なのだが、ルーシィに関しては慣れないスタードレスを使いながら星々の超魔法を放ってしまったので魔力も切れて、スタードレス自体が解けてしまっている。

他の者…リュウマ以外の者も決してダメージを受けていない訳ではないため、相手のダメージから見て互角とも言える。

 

他の所では悪魔にされてしまったミネルバがエルザと戦闘を行っている。

戦力増強のために闇ギルドを襲っていたキョウカに見つけられ、攻撃を受けて気絶させられ、プルトグリムの研究ラボで悪魔の因子を入れられて悪魔化させられたようだ。

本人も新たな力に満足気だが、エルザは人間という自分を捨ててしまったミネルバにキレていた。

 

 

「アンタ…いや、そんなはずはねぇ…」

 

「なんかあいつ…グレイの匂いに似てるぞ…」

 

「グレイ様と同じ香り(パルファム)!?」

 

「……ククク…こいつはオレが貰う!!」

 

「なに…!?」

 

 

ナツとガジルがシルバーの匂いがどことなくグレイと似ていることに気がつき、シルバーはその場から高速で駆けてグレイへと突進。

腕を掴んだところで九鬼門のキースがその場からワープさせて違うところへと飛ばしてしまった。

連れてかれてしまったが、グレイならばきっと倒してくれると信じて今は前の九鬼門に集中した。

 

 

「リュウマ。ここはオレ達に任せて、冥王?ってやつやって来てくれ」

 

「お前ならあっという間だろ。ギヒッ!」

 

「リュウマさん。お願いします」

 

「……分かった。この場は任せよう。ルーシィ、お前は暫くここで魔力の回復をしておけ、必要になれば此奴らの手助けをしてやってくれ」

 

「…うん。分かった!」

 

 

ナツ達はこの場の九鬼門には自分達でやるからと、リュウマには違うところにいるであろうマルド・ギールを倒してきてくれと頼まれ承認した。

ルーシィにはもう少しこの場で残ってもらい、魔力の回復と場合によっては危ないときに手助けをしてもらえるように頼んでおく。

 

戦闘が始まったのを見届けてからその場から退散して、取り敢えず瓦礫の中央に向かって進んで行った。

歩き続けながら、落ちた衝撃でもまだ生き残っていた雑魚兵などが襲いかかってくるも、危なげになるわけもなく一撃必殺。

適当に手刀や蹴りなどを入れていくことであっという間に倒していってしまった。

一撃で以て必ず殺すを体現するのはリュウマ位だろう。

 

ここでところ変わり、フェイスを破壊した衝撃と疲労から眠っていたウェンディは、温かく柔らかい感触を見に包みながら目を覚ました。

ボーッとする頭と目で当たりを見回していると後ろから声をかけられ、振り向くとドランバルトが庇のようになっている岩の根元に背を預けて座っていた。

 

 

「ドランバルトさん!あれ…でも確か爆発に……ドランバルトさんが助けてくれたんですか?」

 

「いや、オレは君達が助かったところに来て、ここまで運んだだけだ。助けたのは…リュウマだよ」

 

「えっ!?…あ、この毛布…リュウマさんの匂いがする…」

 

「つまりはそういうことらしいわよ」

 

 

助けられたのがリュウマであることを知ったウェンディは、姿を見れず宝玉のお礼もしてないばかりか、助けてもらったことに恥ずかしく思いながら、リュウマの匂いのするタオルケットを抱き締めた。

暫く堪能していると…フェイスのことを思い出してドランバルトにどうなったのか詰め寄る。

 

瞬間移動(ダイレクトライン)を使って確認してきたドランバルトは、ウェンディ達のお陰でフェイスを止めることが出来たことを教え、2人は手を取り合って涙ぐみながら喜び合った。

…しかし…ドランバルトは暗い表情をしていた。

 

 

「その…君達には伝えにくいんだけど────まだ何も終わっていないんだ」

 

「…………え?」

 

 

何か含みのある言い方に嫌な予感を感じてしまったウェンディとシャルルだが、百聞は一見にしかず…空を飛んで実際に見てくるといいと言ってウェンディ達を空へ行くよう促した。

言われるがままにシャルルに抱えて貰って飛び立ち、破壊されたフェイスがあった場所を見てみれば…絶望がそこにはあった。

 

 

「そ…そんな……」

 

「うそ…でしょ……?」

 

 

大地を割って…()()()()()()()()()()()()()()目の前に広がっていた。

 

これがフェイス……又の名も───大陸全域魔導パルス爆弾の正体だった。

 

世界に鏤められた約三千機ものフェイスが、発動を今か今かと…不気味な表情をしたまま待ちわびていた。

ぐうの音も出ない程圧倒的絶望の光景を見せられたウェンディ達は、ドランバルトがいる下にまで降り立った。

 

 

「私達…あんだけ頑張ってフェイスを1つ破壊したのに…あんなに沢山……もう…終わ───」

 

「───言わないでシャルル」

 

「…っ!」

 

「もう絶望なんてしたくない。私はシャルルと生きていくって決めたんだよ」

 

 

左半分の後ろの長い髪を斬られてしまっているウェンディは、右手に風を生み出して鎌鼬の要領で残りの長い髪を斬った。

短くなってサッパリしたウェンディは、驚いているシャルルとドランバルトの方に向き直って強い意志を宿した瞳を見せた。

 

 

「弱音も吐かないし…涙も流さない。みんな戦ってる…だがら私も戦う!諦めない!!」

 

 

その瞳は確かに…涙を流していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかりしろミネルバ」

 

「すまない…エルザ…」

 

「いやぁ、エルザがコテンパンにしたみたいだから仕方ないよ~あい!」

 

「悪魔化が体に影響を及ぼしているのもあるかもしれんがな」

 

 

ミネルバに肩を貸してハッピーとリリーを連れて進んでいるのはエルザであり、悪魔となったネオミネルバを倒した後、マルド・ギールと鉢合わせしてフェイスが実は三千機全てが1時間後に発動されようとしていることを聞き、制御室に向かっていた。

マルド・ギールの相手は、ちょうど戦いが始まる前にエルザがセイバートゥースに送った手紙を見たスティングとローグが駆けつけて相手をしてもらっている。

 

道案内はミネルバにやってもらっているので問題ないのだが、自分と戦ったときのダメージと不意打ちをマルド・ギールから受けてしまい体が思うように動かなかったのだ。

今はエルザに運んでもらっているとはいえ、お荷物になってしまっているのは分かりきっていた。

 

 

「───ん?エルザと…ミネルバ」

 

「あ…リュウマ!無事だったか!」

 

「やったー!リュウマと会えたよ!」

 

「おぉ、心強いな」

 

「…………………。」

 

 

少し歩いていると、ちょうどマルド・ギールを探していたリュウマと鉢合わせして合流を果たした。

助けてくれたリュウマと会えたエルザは嬉しそうに微笑み、心強い味方と会えたハッピーとリリーも喜んだ。

ミネルバはリュウマを見た瞬間から顔を俯かせてしまう。

 

 

「お前達は何をしているんだ?」

 

「今から約1時間後に大陸全域にある…大凡三千機のフェイスが起動されようとしている」

 

「それを止めるために制御室に向かってたんだ!」

 

「早くしなければ手遅れになるからな…」

 

 

フェイスはウェンディ達を助けに行った時に、確かに破壊されているのを見届けてきたが、まさか他にも三千機ものフェイスがあるとは思わず固まってしまう。

だが、制御室に行けば止められるという事を聞いたので一先ず安堵するとして…気になったのはミネルバだ。

 

先程から黙っているミネルバに目を向けたリュウマは、何故ここにミネルバか居るのか分からなかったが…感じる気配で察した。

 

 

「ミネルバ…貴様文字通り悪魔に魂を売ったのだな」

 

「……………。」

 

「クカカ。大魔闘演武であれ程のことをしておきながら、何時の間にか行方不明となっていたそうだが…よもや悪魔となっているとはな?」

 

「リュウマ!ミネルバは───」

 

「よい、エルザ…妾がしたことは決して拭えん。先程もそなたに言った通りだ」

 

 

忘れもしない…ルーシィを目の前で態と見えるように嬲ったあの光景。

本気でぶち殺してやろうと考え、後に最後の種目で気が済むまで残酷な方法を敢えて選び殺して殺して殺し続けてやった。

でも、それでもやったことが消えるということではない。

 

 

「リュウマ…ミネルバの体を元に戻せないか…?ラクサスの時のように魔法を使って治してもらえるとありがたいのだが…」

 

「断る。何故俺がそんな小娘を態々助けなくてはならん。そんな無駄なことに魔力を使いたくもない」

 

「ミネルバは少しやり方を間違えただけだ!根はセイバーを繁栄させるためにと行った行為!確かに家族をやられたことは許されることではないし、消えることではない…だが…!」

 

「良いのだエルザ。リュウマの思うものは当然だ。妾がリュウマの立場だったとしたら今の妾も怒るだろう…だが…これだけは言わせてもらいたい…」

 

 

痛む体を無理矢理起こしてエルザの手元から離れ、確と自分の足で立ってリュウマの前まで歩いてくると、深く…深く頭を下げた。

心の底からの謝罪の所作を見たリュウマは、少しだけ眉を寄せた。

 

 

「本当に…すまなかった…!妾は先程スティングとローグに助けられ…ギルド…家族というものの暖かみを知った。理解した故に分かる…妾のしたことは許されざる行為だ…許して欲しいとは思っていない…だが言わせて欲しい……ごめんなさい」

 

「……………………。」

 

「ミネルバ…お前…」

 

「ミネルバ…」

 

「ふむ…見違えたな…」

 

 

暫くリュウマはミネルバの下げられた頭を見ていたが、踵を返して離れてしまった。

やはり許してもらえないばかりか返答すら貰えないか…と自嘲した。

同じくリュウマは許さなかったかと思ったエルザは、どうにかミネルバを普通の人間に戻してもらおうともう一度頼み込もうと思ったその時…リュウマがミネルバに声をかけた。

 

 

「……こっちに来て座れ。どの程度細胞と悪魔の因子が同化されているのか見てやる」

 

「…え?」

 

「早くしろ。1時間しかないのだ」

 

「だ…だが…!」

 

「確かに貴様のしたことは許されざることだ…だが、己が犯した罪を自覚し、嘗ての貴様ならばしないであろう頭を下げるという心からの謝罪と、エルザの頼み故に聞いてやる。ありがたく思え」

 

「…っ…すま…ないっ…すまないっ…」

 

 

涙を溢しながらエルザの肩をまた借りて移動するのを手伝ってもらい、ミネルバをリュウマが促す瓦礫が斜めにつき立っている場所へと座らせる。

瓦礫を背にしたミネルバの前に片膝を突いて、体に手の平で触れて触診していく。

 

首元を触れて大分悪魔の因子に細胞が結合を果たしているのを見つけたリュウマは、手を更に下へと持っていこうとしたところで、くすぐったいのか「んっ…」とミネルバが声を上げたことで、変な魔力を背後から感じた。

 

具体的に言えば、上着を妻に預けたときに誤ってポケットに入れていた大人の店で働いている店員の名刺が落ちて見られた時の妻から発せられる不思議なオーラのような。

こう…有無を言わせないような感じの…あれだ。

 

 

「リュウマ?」

 

「いや待て。これは調べているだけだ。下心があるわけではない。断じてない。だからミネルバ、変な声を上げるな」

 

「誰も下心云々は言ってないが?名を呼んだだけだが?」

 

「…………………。」

 

「でぅえぇきてるぅ!」

 

「ハッピー……覚 え て い ろ よ ?」

 

「ご、ごめんなひゃい…!」

 

「はぁ…バカなのかお前は…」

 

 

豊かに実ったミネルバの胸の間を上から下へと触れていき、親指と小指がかなり柔らかいものに触れたことは頭の中から追い出して…腹へと渡って脇腹…抱き締めるようになってしまうが背中へと手を回し、太腿当たりに手をやったら、後ろから発せられる緋色の魔力を感知しただけで死にそうになったのでサッと終わらせる。

 

 

「んっ…はぁ…うっ…んんっ…」

 

「おいやめろ巫山戯るな。貴様のその声のせいで俺が後でどうなると思ってるんだ」

 

「さぁ?私には分からんなぁ?リュウマの考えすぎじゃないか?」

 

「俺は治そうとしているのに…」

 

 

溜め息を吐きやがら触診を終えたリュウマは頭の中でハイテクコンピューター並の映像を流して分析しながら細かく解析。

治すためには…体にどういった魔法を使うのが良いのか組み立てていく。

その過程で自身のことをどこか怯えた瞳で上目遣いで見てくるミネルバに、何故か背中にゾクリとしたものを感じた。

 

 

「貴様…あの時の記憶はあるのか?」

 

「え…あ、あぁ…一応…あるにはある…途中からすり切れてしまっているが…」

 

「ふむ…」

 

 

あの時というのは、もちろん大魔闘演武での最後の試合で月読を使って精神世界に引き摺り込み、拷問という拷問を施したときの記憶だ。

別の場所でカグラと戦っていた…まぁ一緒に居ても分からないが…離れていたエルザは何の話か分からないのだが、ミネルバとリュウマには分かった。

 

 

「さて、後は頭部とその目だな」

 

「あっ…」

 

 

顎を掴んで上に向けて覗き込むようにして見てから、両の手を頬に添えて頭の位置を固定する。

瞼に軽く触れて自分の目から瞳を逸らせないようにしながら、唇を親指の腹でゆっくりとなぞった。

口に手を入れられた記憶を思い返したのか、目を逸らせない状況で唇を少し震えさせながら涙を目の端に溜める。

 

右眼を黒いものが覆っているので触診するために左手はその場に残しておき、右手は下へと下ろしていって腹のちょうど肋骨の部分を親指で軽く撫でた。

ここも意識を持ったまま、手を入れられて折って引き抜かれたときの記憶がフラッシュバックしてしまう。

軽い撫でる所作から、美しいボディライン故に肌を挟んで向こう側にある肋骨を少し力を入れてこするように撫でつける。

 

 

「んんっ…は…」

 

「どうした?あの時を思い出したのか?」

 

「ち…ちがっ…」

 

「案ずるな…ただ撫でているだけだ。優しく…な?痛くないだろう?」

 

「はっ…うっ…うぅ…」

 

 

色気を含む声を至近距離で、耳元で言われたミネルバは怯えた目を向けるのだが…頬を少し赤く染めていた。

左手を頬から少し上に上げて髪に隠れている耳を見つけ、耳たぶをくすぐるように撫でると身をよじらせる。

反射的に少し空いていた股の間を閉じようとする直前に、さり気なく膝を突いていない右足を間に入れて閉じられなくする。

 

 

「どうした?」

 

「いや…その…」

 

「俺は貴様の体を看てやっているだけだぞ?」

 

「あっ…あぁ…」

 

「それとも見てやろうか?───体の隅々まで」

 

「───っ!は…ぁ…」

 

 

ほんのり頬を赤くして目を細め、リュウマの唇の上に置かれていた親指を口に含もうとしたところで手が離れてしまう。

何故そんなことをしようとしたのかと思い至ったミネルバは顔を赤くしたが、口元を少し歪めたリュウマは右手で脇腹を少し強いくらいの力で握るように捉えると、彼女は体を小さくびくりと跳ねさせた。

 

 

「良い子で…な?お前なら出来るだろう?」

 

「はい…出来ます…リュウマ…」

 

「リュウマ()…だろう?」

 

「はい…リュウマ…様…」

 

 

エルザ達には聞こえない声で話し合うミネルバとリュウマだが、触診に関してはエルザから見ると先程と同じようなことをしているようにしか角度と死角的に見えず。

ミネルバは目元をうっとりさせながら脇腹を撫でるリュウマの手に己の手を乗せて体に押し付けていた。

 

まるでもっと強くして欲しい…というように。

悪魔の因子の他に、リュウマからの与えられた絶妙な甘い毒に犯されたミネルバはもう手遅れかもしれない。

 

 

 

これがダメなパターンのリュウマ(大人)の姿である。

 

 

 

手を押し付けている彼女の手をやんわりと外して左手を頬から顎を擦るようにして離すと、ミネルバは無意識の内にリュウマを下から濡れてる瞳で見上げていた。

触診も解析も終えたので手を翳して自己修復魔法陣の、元の人間に戻す為の特殊な再生魔法陣をその身に刻む。

 

痛みが走るかもしれないと言ったときのリュウマの顔は悪い顔だったが、ミネルバ視点からいくと体に違う電気を流させるような顔だった。

 

 

「はぁぁっ…!んっんっ…あ…ぁあぁぁっ!!ふ…んんっ…うっ…ぐっ…くぅっ…!」

 

「大丈夫なのか?リュウマ…」

 

「あぁ、細胞と殆ど結合されているからな…引き剥がすときに如何しても痛みが生まれる」

 

「あっ…ふぁっ…んんぁっ…はあぁん…っ!」

 

 

取り敢えず痛みを受けている筈なのに、嬉しそうに体をよじらせて顔を赤く染めて甘く、熱い嬌声に似た何かを上げていたのは気にしてはならない。

 

一分程激痛の中を彷徨っていたミネルバであったが、痛みが少しずつ消えていき、やがて清々しいほどに消えた。

ふと自分の手の平を見てみると、悪魔になる前の人間だった頃の手がそこにはあった。

リュウマの魔法は見事成功して人間に戻すことが出来たのだ。

 

もう戻れないと思っていたミネルバは涙を流しながら、同時に謝りながらリュウマに感謝を伝えた。

エルザもミネルバが人間に戻れたことにホッとしたようで、リュウマに礼を言った。

長居はすることが出来ないということで簡単にその礼を受け取り、制御室に足を運ぼうとしたリュウマは…足を止めた。

 

 

「…?どうした?リュウマ」

 

「何かあったのか」

 

「……“奴”が来る」

 

「リュウマ~…奴ってなに~?」

 

「─────アクノロギアだ」

 

「「「─────ッ!!!!」」」

 

 

遥か遠くから着実にこっちに向かって来ているアクノロギアの気配と魔力を感知したリュウマは、顔を険しくさせて別の方向に広がる空を睨み付けていた。

事実…アクノロギアはここに向かって来ている。

フェイスが発する膨大な魔力と、ここに来ているゼレフの気配を追って向かっているのだ。

 

感じ取ったのがリュウマであるならば、勘違いなどではないのだろうと直感したエルザは、流石にアクノロギアを相手にすることは自分には無理で…これから制御室に行かなくてはならない。

エルザは十分強いのだが…彼女は共に戦えない以上自分に力が無いと、己を恥じた。

 

フェアリーテイルで一番強いのは確かにリュウマだ。

しかし…相手がアクノロギアとなると不安になる。

かつて天狼島をブレスのたった一撃で消し去ろうとした力の暴力…黙示録に記されし黒竜アクノロギア。

任せたくはないが…任せるしかなかった。

 

 

「リュウマ…」

 

「…どうした」

 

「……私は制御室に行かなくてはならない。アクノロギアのことは…頼んだ」

 

「任せておけ」

 

 

その場で踵を返して膝を折り、翼をはためかせて飛び立とうとしたところを、エルザがもう一度呼び止めたので飛翔するのをやめて振り返った。

体に衝撃が来たので反射的に受け止めると、リュウマの胸元にエルザが顔を埋めるように抱き付いてきていた。

 

いきなりどうしたんだと思いながらも、肩に手を置きながら手触りの良い緋色の髪を撫でる。

背中に回された手が服を強く握り締めていたが、落ち着いたのか手を離してから体も離した。

分からない…分からないが…リュウマがそのまま何処かに行ってしまうような感じがして、無意識の内に飛び付いていた。

 

 

「その…気をつけてな。」

 

「あぁ…フェイスのことは頼んだぞ」

 

「任された。……リュウマは!…何処にも…行かない…よな?」

 

「……あぁ。俺は何処にも行かん。…行ってくる」

 

 

今度こそ羽ばたいて空へと飛翔してから魔力放出を行い、アクノロギアが向かって来ているであろう方角へと飛び去ってしまった。

少しの間だけ消えたリュウマの姿を見ていたエルザだったが、時間も押しているのでミネルバを連れて制御室へと向かった。

 

この時、九鬼門のシルバーに連れ去られたグレイは、シルバーが数年前に街を襲ったゼレフ書の悪魔…デリオラに殺された父であったことが分かり、氷の滅悪魔導士(デビルスレイヤー)の力を持つ父…シルバーを激戦の末見事倒した。

実はシルバーは悪魔を根絶やしにするために氷の滅悪魔導士(デビルスレイヤー)となって各地にいる悪魔を滅してきた。

 

数日前にグレイとナツを指名してきたウォーロッド・シーケンの依頼内容…巨人族の村に崇め奉られている炎が、村と村に住む村人達と共に凍らされているので解いて欲しいというもの。

途中で闇ギルドに入って襲ってきたミネルバや、悪魔である男などと戦闘になったりもしたが、村を凍らせたのは炎が悪魔であると誤認したからだ。

 

村の中央で燃え盛っていたのは炎に身を包んでいたアトラスフレイムというドラゴンだった。

遙か昔に死んで残留思念となり果てていたが、ナツの炎を注ぎ込むことで僅かながら力が蘇り、もう一度巨大な炎を灯らせた。

おかげで凍り付いた村の氷も溶けて事なきを得たが…村全体と巨人全てを凍らせるその力は凄まじいものである。

 

シルバー自体もとっくの昔に死んでいる死人であるが、九鬼門のキースは死人使いであるネクロマンサーである。

死体を使って実験をしていたところ、被検体にされていたシルバーは偶々生きていた頃と同じように動けることと、類い稀なる魔法の才能が認められてタルタロスの九鬼門という役職に就いていた。

 

いつかは裏切るつもりであったが、まさかこの様な形になるとは思ってなかったシルバーは、とどめを刺すように言うがグレイは苦悩の末に手に掛けることが出来ず…もう会えなく死んでしまった親との再会に涙を流しながら抱き合った。

 

共に抱き合い涙していたシルバー自体は、離れたところでネクロマンサーのキースを相手しているジュビアへとテレパシーを送り、制御室でフェイスの発動コードを打ち込んでいる元議長が、キースの力で動いていることを伝える。

早く倒すことを促し、期待に応えるようにキースを危なくも倒したジュビアだが…シルバーから伝えられていないことがもう一つ。

 

ネクロマンサーであるキースを倒したことで、所詮はキースの呪法で生き長らえていたシルバーも、ただの死人…いや、死人そのものへと戻るのだ。

伝えればキースを倒すことを躊躇すると考えたシルバーは態と言わずに倒すことだけを言ったのだ。

見事倒されて消えかけたとき…死にながらも鍛え上げた氷の滅悪魔導士(デビルスレイヤー)の力を…グレイへと譲渡した。

 

与えられた氷の滅悪魔導士(デビルスレイヤー)の力は凄まじく、フェアリーテイル内でもトップクラスの戦闘力とセンスを持つグレイはすぐに滅悪魔導士(デビルスレイヤー)の力をものにし、戻ってきたところでトラフザーを倒していたガジルを、背後から攻撃しようとしていたテンペスターを一方的に倒してしまった。

 

この力が、グレイのこれからの人生にどのような影響を与えていくのか…与えられた本人であるグレイですらまだ分からなかった。

しかし…大いなる力には大いなる責任が伴うのは…常である。

必ずしも良いというわけではないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「怪我人はもう居ないのかい!」

 

「こっちにはもう居ねぇ!お前んところはどうだカナ!?」

 

「こっちはもう手当てしたよ!」

 

 

石から解放されたフェアリーテイルのメンバー達は、怪我した者達の治療に付いていた。

まだタルタロスの残党がいた場合戦闘になるので、休息も大事だが…ウォーレンのテレパシーを通じてウェンディから伝えられたのは、大陸中に鏤められているフェイスの存在。

ここから一番近いところにあるフェイスのところにまで行って攻撃し、破壊しようとしていたのだ。

だが…そんな彼等に絶望が迫ってきた。

 

 

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

「な…んだっ!このバカでかい叫び声は…!」

 

「こ…この声…あ、アクノロギアだっ!?」

 

「ひっ…ヒイィ!!」

 

「コッチに来やがった!?」

 

 

高速ですぐそこまで来ているアクノロギアは、方向で下にある岩に囲まれた地帯を爆撃して意味も無い破壊を撒き散らしている。

 

残留組はその強さを知らないが…天狼島を咆哮の一撃で吹き飛ばしたということは伝えられており、黙示録に記された伝説の黒竜であることを知っている。

1箇所に集まっていると咆哮の餌食となってしまうので、なるべく分散するように各人散らばるが…遅かった。

 

フェアリーテイルのメンバー達の真上に来て静止したアクノロギアは…口を開けて魔力を溜め込み咆哮の準備をした。

 

感じられる魔力が自分達とは桁違いすぎて体が震える。

まさに今…殺されようとしているのを本能的に理解させられたメンバー達は…せめてもと目を瞑った。

 

 

「ゴオオォォ─────────ッ!!!!」

 

 

「私達が…何をしたっていうんだよぉ…!」

 

 

目の端に涙を浮かべたカナは、勝ち気な彼女らしく最後まで睨み付けていた。

いくら前と同じようにフェアリースフィアで守られなく、粉微塵も残らずに消されたとしても弱きになるのはやめようと思っての行動だった。

 

やがて溜め終わったアクノロギアが咆哮を放射しようとし、これまでかと思ったその時…カナの真上を何かが高速で過ぎ去っていった。

 

 

「貴様の相手は俺だアクノロギアァァッ!!」

 

「グオォォッ…!!」

 

 

両手に大きな大槌を持ったリュウマが、アクノロギアの顎を思い切りかち上げて上を向かせ、咆哮の発射角度を無理矢理空の彼方へと変えた。

突然の攻撃に咆哮を外してしまったアクノロギアは、リュウマを見てから背中に生えている翼を見て固まり、隙が出来たところでリュウマは大槌を振り回して下から上へと振り上げた。

 

 

「移動するか……『昇天隕石(ライジング・メテオ)』!!」

 

 

下から突き上げられた星の形をした岩がアクノロギアの胴を捉え、更に上へと押し上げた。

衝撃も凄まじく本来ならば一撃でおだぶつになるほどの威力を秘めているのだが、アクノロギアは涼しい顔をして宙に佇んでいた。

 

魔法を放っていた瞬間からその場から移動していたリュウマは、アクノロギアの横腹の死角の部分に潜り込んで大槌を叩きつけた。

見た目によらず超重量を誇る大槌…戦鎚ギデオンを食らった黒竜は威力にやられてその場から飛ばされた。

 

 

「リュウマの奴…1人でやるつもりかよっ!」

 

「仕方ないでしょ。私等が居ても邪魔なだけ…完全に足手纏いだよ」

 

「クソッ!オレ達は見てるだけしか出来ねぇのか!!」

 

「……私だって悔しいさ…けど…これはもう信じて任せるしかないだろう?」

 

 

見守っている間にも、遠くの方に行ってしまったリュウマ達の戦いは鮮烈を極めていた。

アクノロギアが咆哮を放てば紙一重でリュウマは交わし、合わせた手から魔力を大放出させた極太の魔力砲を放って狙う。

避けた黒竜を追尾するように追い掛ければ、逃げ切れなかった黒竜に魔力砲が呑み込むが…傷を負った様子はない。

 

尻尾で打撃のように攻撃すれば戦鎚ギデオンで受け止めると同時に押しきって弾き、頭に向かって振り下ろして地面に叩きつける。

追い打ちを掛けようと急降下したら咆哮が飛んできたので避けると、飛び上がった黒竜の腕の振り払いを受けて上に飛ばされる。

翼でバランスを取って静止したリュウマと黒竜は…互いに睨み合っていた。

 

 

「お願いだから…死なないでよ…」

 

 

カナの小さい願いは…空へと溶け込むように消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「如何した!!貴様の力はこの程度か!?竜を根絶やしにし、国々を滅ぼした力を見せてみろ!!」

 

「グルルルルル…!!」

 

 

空中でやり合っているリュウマと黒竜は、互いに攻撃し防ぎあっているが、図体が大きく飛行速度が若干劣っている黒竜は攻撃が当たらず、しかしリュウマの攻撃は高速移動と共に放つことでヒットアンドアウェイを繰り返している。

 

武器は変わらずの戦鎚ギデオンを使用しての高火力打撃だが、黒竜には攻撃は当たっているもののダメージはさほど入っていなかった。

途中で黒竜の咆哮などを向けられるが、三次元軌道を使って躱していく。

 

接近してから振られた巨大な腕の一振りを潜り込むようにしてから躱し、隙だらけの顎に戦鎚ギデオンをかち上げるように叩きつけた。

総重量約一トンある戦鎚ギデオンにリュウマの封印第三門まで解かれたことで解かれた剛腕の威力が上乗せされる。

 

 

「──────ッ!!??」

 

「下から上だけではないぞ。フンッ!!」

 

 

振り上げた戦鎚ギデオンの威力に上を向かざるを得ない黒竜は避ける術を持たず、振り上げた戦鎚ギデオンを今度を脳天目掛けて振り下ろした。

爆発音のような打撃音が鳴り響く中、黒竜は頑丈故にダメージはそれ程入らなかったものの、地面に向かって一直線に落ちていく。

 

黒竜故の黒き翼を羽ばたかせて体勢を整えようとしていることを察しているリュウマは、黒竜に向かって飛翔しながら戦鎚ギデオンを持っていない方の手を翳した。

振り下ろす時には予め溜めていた膨大な魔力を解放して魔法を放った。

 

 

「墜ちろ───『圧し潰さん超重力力場(ギガ・グラビティー)』!!」

 

 

墜ちることに掛けることの、地球の重力の大凡200倍。

加速して墜ちていった黒竜は地に特大の砂煙と地響きを上げながら縫い付けられた。

だが、そこは流石は黙示録に記されし伝説の黒竜…起き上がろうと地に手を突いて少しずつ体を起こしていく。

未だに重力力場を展開しているが抵抗されているを見て、リュウマは感嘆の声を上げると戦鎚ギデオンを数回体の周りで振り回して構えた。

 

下は草木が一切生えていない、まさに地面が剥き出しの状態である。

であれば…だ。

 

土系統魔法が火を噴くというものである。

 

魔法を放つことで黒竜の周りにある無数の巨大な剥き出しの岩石が震えて動き出し、無骨で子供が石を積み上げて作ったような作りと見た目を持つ双子の巨大な像が出来上がった。

並んで立っている双子の像は、自分達を創り上げたリュウマの方を見ると大きな手を振り、彼は少し笑って手を振り返した。

次いで双子は目前で唸り声を上げている黒竜を見た。

 

 

「『双子の巨像(フィレ アンド ロース)』。倒せなくとも構わん。お前達双子の力を見せてやれ」

 

『オオォォ──────ッ!!』

 

『オオォォッ─────ッ!!』

 

 

本来この双子の巨像は岩石を魔力で創り上げて操る魔法なのだが、操りながらでは自身が戦っているときに隙が出来たり動作に支障が起きるかもしれないという考えから、リュウマは操るのではなく仮初めの命を吹き込んだ。

 

つまり、この巨像はリュウマの魔力と岩石によって戦うために生み出され、戦うことに存在意義を感じているのだ。

故に命令を与えれば勝手に思考して動いてくれ、戦いに参加するリュウマの邪魔をすること無く戦ってくれるのだ。

 

全ては全て…産み出してくれたリュウマの為に。

 

 

『オォ───ッ!!!!』

 

『オオォ───ッ!!!!』

 

「グルルルッ……ゴオォォォ────ッ!!」

 

 

走って向かってくる巨像を邪魔だと感じた黒竜は魔力を口を大きく開けながら溜め込んだ。

巨大な咆哮が来るというのに対して恐怖を感じない双子は走り続け、馬鹿正直に真っ正面から向かって襲いかかる。

溜め終わった魔力を放つために息を吸い込んだタイミングでリュウマは動き出した。

 

手を黒竜の足下に翳すことで足下の土の性質を変化させることで動きを奪う。

固くて強固だった岩石の地面は、上に乗る者を地の底にまで落とす厄介な流砂へと変化させてバランスを崩させ、咆哮をちょうど放った黒竜は全くの別の方向に撃ってしまう。

 

体勢が崩れて咆哮も外してしまった黒竜は今のところ隙だらけの状態である。

双子の内の片割れであるフィレが黒竜に掴み掛かって首を両腕を使ってヘッドロックを決める。

暴れて腕と脇腹の部位が罅が入り破壊されてしまうが構うことなく、己の双子の片割れであるロースに託す。

 

後から着くように走って来ていたロースは右腕を体を捻りながら大きく振りかぶって足を踏み込み、ヘッドロックを掛けられている黒竜の頭に向かって拳を入れた。

フィレは殴った時には離しているので黒竜だけにダメージが入る。

余りの重量と攻撃力に、当たったことで生じた衝撃が宙にいるリュウマの元にまで届いた。

 

だが、そうなるとロースの腕は衝撃に耐えきれず当たったと同時に砕け散ってしまった。

無論成果を上げている双子の傷を治してやるのは飛んでいる生みの親であるリュウマである。

双子に向かって武器を向けて小声で詠唱を唱えると、周囲にある岩石が浮かんで飛んで行き、欠けてしまった双子の部分に付いて修復される。

 

手を握って感触を確かめたロースは直ぐに黒竜の方へと向かって駆け出していき、衝撃で3回転ほどした黒竜の翼を両手で掴む。

次いでフィレは前から両手を掴んで両足には両足でもって拘束する。

また同じ事かと、黒竜は暴れて少しずつ双子の体を削り、前に居るフィレの頭に頭突きを打ち込んで半分粉砕した。

 

 

「横が空いて隙だらけだぞ、アクノロギア?───『双拳(ダブル・ハンマー)』!!」

 

 

大きな拳の形をした岩石が左右から押しつぶすように黒竜を狙って迫り来る。

上へと回避行動を取ろうにも、背中の羽をロースが掴んで離さず…かといって前にもフィレがいて進むことも身動ぎも出来ない。

ならばと、双子を破壊しようと頭突きをかまし、尻尾による打撃でロースを狙うも離さない。

 

巨大な2つの岩石の拳が当たるまで脱出すること敵わず、当たる直前にフィレとロースが離れることで黒竜のみに拳が入った。

固く強固にされていた岩石が左右から衝突し黒竜はその間に挟まれる。

流石に多少のダメージが入りつつ上手く抜け出せない。

 

逃がす気は無いフィレとロースが離れていたところから更に距離を詰めて、藻掻く黒竜に覆い被さった。

後ろにいるロースは上を向いて、前から覆い被さっているフィレは首だけを振り向かせてリュウマを見遣る。

双子の巨像に見られているリュウマは、双子の巨像が何を言いたいのかを理解して魔力を籠め始めた。

 

本来の黒竜ならば強固にされただけの岩石を破壊するのは片手間で済むだろうしかし、今は体が殆ど動けないほど密着されて圧迫され…体を動かすことが出来ない。

つまり振りかぶったり突進等をするための強力な膂力を使えないためこの有様なのだ。

 

大質量の岩石によって八方塞がりとなっている黒竜が咆哮の準備をし始めたのを感じた双子は、黒竜を挟んで互いに力強く抱き合い締め上げる。

巨像の大きさ故の高さ的に締め上げられたら首が上を向いてしまう。

咆哮を放とうにも当たらないのが明白だった。

 

双子が時間を稼いでいる打ちに魔力を籠めることを終えたリュウマは武器を構え、膨大な魔力を双子に注ぎ込んでいく。

体がまばゆい光を放ち始めたのを皮切りに、再びリュウマの方を向いて、岩石で出来ているのに顔半分を粉砕されているフィレと、体のあちこちが削れて砕けているロースは一緒に笑った。

 

無邪気な子供のような笑顔を見せてくれた双子が、リュウマへとアイコンタクトで頼んだのは…自分達の体を使った自爆。

己の為に戦い死を選んでくれた双子に、彼は感謝の意を言葉にしながら発動させた。

 

 

「ありがとう───『咲き誇る二輪の双子薔薇(セイグリッド・トゥルー・ローズ)』」

 

 

『オオォォ……♪』

 

『オオォォ……♪』

 

「──────────ッ!!!???」

 

 

光り輝いていた双子の巨像は…黒竜を挟んで兄弟で抱き締め合いながら───地を揺るがす程の想像を絶する大爆発を引き起こした。

 

 

立ち上った爆煙は……美しい双子の薔薇を形作っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュウマが黒竜…アクノロギアと激闘を繰り広げている時、タルタロスと戦いを繰り広げていた者達の中で…ドランバルトに運んでもらってきたウェンディが…トラフザーとの戦いで負った傷を癒していたガジルが…マルド・ギールと戦っていたスティングとローグが…トラフザーからの攻撃でやられてしまい、失っていた気を取り戻して起きたナツが……感じ取った。

 

突如訪れた激しい動悸に困惑しながらも胸元を押さえて這いつくばりながら…確かに感じた…否…今尚感じている感覚に驚愕していた。

ガジルは胸を押さえて苦しそうにして、ナツは体中が炎のような熱を持っている。

苦しみだしたナツを心配して触れたルーシィの手が、危うく大火傷する程だ。

 

 

これらの者達から共通する点は───親が(ドラゴン)であるということである。

 

 

『───ナツ』

 

「──────ッ!!??」

 

 

どこからともなく、自分の名を呼ぶ…(イグニール)の声が聞こえてきた。

胸を押さえていたナツは急いで顔を上げて周囲を見渡すが、何処にも居ない。

 

 

「イグニール!?どこだ…イグニールッ!!」

 

 

『お前なら必ず…(イー)(エヌ)(ディー)に勝てると信じている』

 

 

「イグニール!!何で…何でイグニールの声が!!」

 

「…ナツ?」

 

 

只管周りを見渡しながら何かを懸命に探しているナツの姿に困惑した表情のルーシィが声をかけるが、はっきり言って今はそれどころじゃなかった。

長年探し回っていた自分の父親の声に体を震わせながら…体を震わせながら必至に名を呼んだ。

 

 

『アクノロギアはオレが何とかしよう…丁度あのアクノロギアと渡り合っている者もいる』

 

「おいイグニール!!何言って────」

 

 

と、そこで…自身の胸当たりが光り輝いていたことに気がついたナツは、驚きながら光を見ると同じくして激しい痛みに襲われた。

咄嗟に胸元を押さえるが痛みは引かず、光も輝く量を増すばかりである。

 

 

だがここで…ナツ以外の者達が目を見開いて驚愕した。

 

 

『小さい頃にそのドラゴンに森で拾われて…“言葉”や…“文化”や…“魔法”なんかも教えてもらったんだって』

 

 

『父ちゃん……』

 

 

『なんでいなくなったんだよーーー!!!!』

 

 

『イグニールはまだこの辺りにいるかもしれねぇ!絶対探し出してやる!!』

 

 

『父ちゃん……元気かな……』

 

 

「がっ…!?あぁあぁあぁぁ───ッ!!」

 

 

何かがこみ上げてくる…堪えきれない…そう思ったナツは上を向いてその蟠りを体外に出した……いや、出て来た。

 

 

『今まですまなかったな…ナツ』

 

 

ナツの体内から光と灼熱の炎共にその場に現れたのは───

 

 

 

『オレはずっと───お前(ナツ)の中にいた』

 

 

 

炎を司る竜達の王……炎竜王イグニールだった。

 

 

 

「今は全てを語るときではない…まずはアクノロギアを排除する」

 

 

 

遥か遠くの方で起きた大爆発と、それに伴い巻き上がる巨大な爆煙に向かってイグニールは飛び去り…ナツへと言葉を送った。

 

 

 

「生きよ───ナツ」

 

 

 

飛び去ったイグニールの後ろ姿を見ながら、まるで夢を見ているようだとルーシィは思い口にしていた。

ふと横に居るナツの横顔を見ると…己が父の姿を見ながら……静かに涙を流していた。

 

 

「父ちゃんっ……!」

 

 

7年…天狼島で凍結されていた年月を合わせて14年…長き時を得て目にした己の父の後ろ姿は…やはり誇り高き竜の後ろ姿だった。

 

 

 

 

故にこれから…アクノロギアとの戦いは激しさを増し、鮮烈を極めていく。

 

 

 

 

 




別にミネルバ落ちてませんからね?笑

イグニール…カッコイイですよね…



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第六七刀  終幕 別れ

タルタロス編これにて終了です。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

少し長いので、お付き合い下さい




 

 

激しい痛みと共にナツの体内から出て来たのは、体が紅蓮のように真っ赤で存在自体が稀少のドラゴン。

ナツの親である…炎竜王イグニールだった。

出て来たイグニールはアクノロギアを倒すためにナツとの会話を直ぐに終え、アクノロギアと他の膨大な魔力による爆発が起きた所へと向かった。

 

飛び去りながら向かっていると、魔力と気配からこっちに向かってきている事が分かりその場で滞空して待機。

何時でも黒竜と戦っている者と連携できるように身構えた。

やがて戦闘音と共に姿を現したのは所々に傷を負っているものの、最初と変わらない動きで攻撃している黒竜と、黒竜から放たれる力任せの暴力を掻い潜りながら隙を見つけて攻撃している翼を生やした男…リュウマが来た。

 

人間である青年があの黒竜と戦っている…それも1人で…。

黒竜が人間であった頃、戦いに明け暮れて竜の血を浴びすぎてしまったが為にその身をドラゴンへと堕とした者の強さは十分に理解している。

何せその黒竜に殆どのドラゴンが滅竜されてしまっているのだから。

 

破壊を撒き散らし絶望を呼ぶ黒竜と渡り合う人間…ナツの中にいることでその力は他とは一線を画しているのは理解していた。

だが、ここまで戦うことが出来るとは思わなかったのだ。

 

共に戦って黒竜を相手してくれるというのであれば、あのギルドというものの最強と呼ばれているだけあって、自分にとっても心強いというものだった。

すぐそこにまで来た黒竜とリュウマの戦いに参加するため、リュウマに声を掛けようとし…

 

 

「───何?アクノロギアの他にもドラゴンがもう一匹いたのか…チッ…先に始末してからアクノロギアを始末するか…」

 

 

黒竜を手に持つ大剣を振り下ろし、下方へと突き落として時間を稼ぎ……なんかこっち来た。

 

 

「逝ね…『龍を喰らう(ドラゴン───)────」

 

「まっ、待て待て待て!?オレは敵じゃない!アクノロギアを倒すために来ただけだ!」

 

「───何だと?…貴様は何者だ。嘘を言えば鱗を剥ぐぞ」

 

「恐ろしいことを言うな…オレは炎竜王イグニール。……ナツの育ての親だ」

 

「!!…成る程…貴様がイグニールか」

 

 

相手の魔力を視る事の出来る眼を使ってイグニールの魔力の質を視て、確かに荒々しい炎のような魔力を持っていることを確認した。

育ての父と言えども確かにナツをある程度育て上げたドラゴン…魔力で類似している所がある。

 

一先ず理解したリュウマは、イグニールに対しての警戒を解いて戦いで結託することにした。

1人でやっても良かったが、同じドラゴンが居るというのであれば是非も無し。

下から体勢を立て直した黒竜が向かってくるのを見たリュウマは、イグニールの頭の上に降りて羽を休めながら大剣を構えて指示を出した。

 

 

「俺はリュウマだ。どうやら貴様は()()()()()ようだからな…俺が後押しをしてやる」

 

「…すまん。助かるぞ…リュウマ」

 

「良い。では───迎え撃て」

 

「───任せておけッ!!」

 

 

接近してきた黒竜の顔面に向かってイグニールは振りかぶった拳を入れる為に突くが躱されて不発に終わり、黒竜は懐に潜り込んで来てから噛み付いてこようとするが、リュウマがイグニールの頭の上から黒い球を生成してぶつけ爆炎を上げる。

 

炎を司る竜の王であるイグニールには炎は効かない。

なので黒竜と一緒に巻き込む形で炎を放っても問題は無いと判断した故の攻撃だ。

爆発の衝撃と爆煙によって怯んでいる内にイグニールの2度目の拳が入り、更に怯ませた。

 

 

「───右下からの横凪の尻尾」

 

「心得た!」

 

 

次に来るであろう攻撃をリュウマが予測して伝え、イグニールはその指示に従い頭を下げれば…右下からの横凪に振り払うの尻尾が通過する。

予め知ることが出来たので通過してから丁度掴むことに成功し、回転して振り回しながら投げた。

 

地面まで一直線に墜ちていった黒竜に、リュウマはすかさず追い打ちを掛けに入る。

大剣に純黒の魔力を纏わせながら溜め込み、振り払って黒き巨大な斬撃を生む。

速度が速く威力も計り知れない斬撃は、大地に一筋の線を砕くように刻み込むが黒竜はまだまだ健在。

それらしいダメージにはなっていないが…少しでもダメージは入っている。

 

 

「────イグニールッ!!」

 

「バカが…!話しは後と言ったろうに…!!」

 

「今言えーーーーー!!!!!」

 

 

と、ここで下から炎と共にやって来たのはナツだった。

いくら黒竜を下に追いやってまだこっちに来ていないと言っても戦闘中である。

はっきり言って今のナツでは黒竜と戦ったところで相手にはならず、数瞬の間に蹂躙されて殺されるだろう。

故にイグニールは何故来たのかと思ったが、ナツは…我が子はこういうことを普通にするということに思い至り溜め息を溢した。

 

体に張り付いて、やれウェンディのドラゴンはどこだ、やれガジルのドラゴンはどこだ、やれ何で777年7月7日に消えたんだと吠えているナツをむんずと掴み…息を大きく吸い込んだ。

因みに、リュウマと一緒に戦っていることに対してかなり不満そうだった。

 

下から向かってくる黒竜に向かって咆哮を放つイグニール。

その炎はナツと同じように口から放たれたにも拘わらず威力と範囲が桁違いだ。

まるで太陽が直ぐそこに在るのではないかという程の熱量を放つ咆哮に、リュウマは魔法を掛けて補助をした。

 

 

「『魔力増強(パワーアンプリファイ)』」

 

 

他者の魔力や魔術に対して増幅効果を付与する事の出来る魔法によって咆哮は肥大化。

結果、黒竜の巻き込んで地面に到達し、リュウマが行った双子を使った爆発以上の爆発を作り出した。

 

リュウマの魔法ブーストを得ているといっても、余りある桁違いな威力を持った咆哮にナツは目を輝かせ、下でこの戦いを見ているフェアリーテイルの魔導士達は、黒竜とは違う他のドラゴンの力を目の当たりにして恐れ慄いた。

 

 

「す…すっげぇ…」

 

「いや、少量のダメージしか入っておらん」

 

 

地面が熱で熔解されて溶岩のように溶けているというのに、黒竜は煙を翼の一羽ばたきで散らせて姿を見せた。

リュウマによる爆発とイグニールの増幅された咆哮で確かにダメージが通っているが、目は鋭くイグニール達を捉えていた。

 

「燃えてきたわい。……ナツ、邪魔だ」

 

「邪魔ってなんだよ!!久しぶりに会ったのに言う台詞かよ!!」

 

「言っただろう。積もる話は後だと…お前はお前の仕事をしろ」

 

「仕事だぁ?」

 

「……長くなるようだな。アクノロギアは俺がやる。お前達は話しの続きをしていろ」

 

 

頭から飛び去ったリュウマに頷いたイグニールは、心の中で感謝の言葉を送りながら、再び手の中にいるナツへと向き直った。

 

飛んでイグニールを狙う黒竜に大剣を振りかぶって振り下ろすと、辛うじて避けながら手でリュウマを鷲掴み握り潰そうと力を込める。

圧迫で潰されるかと思いきや握っている手の平が勢い良く弾かれて、中からリュウマが出て来る。

 

 

「お前はギルドとかいうのに入っておるのだろう?オレが正式に依頼する…見ろ。あそこに立っている悪魔の男(マルド・ギール)が持っている一冊の本…あれがEND(イーエヌディー)の書だ」

 

END(イーエヌディー)…」

 

「アレを奪ってこい」

 

「何でオレがそんな事……」

 

「───お前にしか出来ない事だからだ」

 

 

振りかぶった大剣を頭に叩きつけた瞬間に、潰されそうになりながらも籠めていた魔力を放出。

推進力を得た大剣は見事に脳天に決まり、追加攻撃で天から黒き雷が墜ちて2人を包み込む。

自分の魔力で放った魔法故にリュウマには勿論ダメージはないが、黒竜はダメージは少なくも体が痺れた。

 

隙が出来たところで一度離れ、魔力を籠めながら大剣を再度振りかぶると黒い光を放ち始めた。

黒竜の体の痺れが消える間際で振り下ろされた大剣から放たれた魔力の奔流は、極太の魔力砲となってジュピターに引けを取らない威力を実現した。

 

咄嗟に受け止めようとしたが間に合わず、荒々しく激しい魔力の渦の中へと呑み込まれた。

 

 

「奴は今回の騒ぎの首謀者だ。それだけでも戦う理由にはなるだろう」

 

「あいつが…」

 

「いいか、決して本を開くな。破壊することも許さん。奴から奪うのだ」

 

「……報酬は?」「何!?」

 

「当たり前だろ。ギルドで働いてんだから」

 

「………───お前の知りたいこと全てだ」

 

 

翼で体を覆って防いだ黒竜を目にして舌打ちをし、魔力放出で一気に接近してから翼を解いた瞬間を狙って顎に拳を入れる。

封印を三つ解放している故の剛腕によって頭をかち上げるが、第二の攻撃を入れる前に下から尻尾が飛んできた。

 

咄嗟に大剣の腹を盾に防御したが威力は強く、衝撃で上に弾かれたところで黒竜の上からの叩き付ける拳が背中から入る。

地面で巨大なクレーターを作るほどの攻撃に見舞われたリュウマはしかし、大剣を投げつけて攻撃をやめない。

 

首を捻って飛んできた大剣を躱すと、リュウマは何かの紐を手繰り寄せるような仕草をした後、勢い良く何かを下に向かって振り下ろした。

咆哮を放とうとしていた黒竜の後頭部に衝撃が走って、溜めていた魔力を霧散させてしまった。

 

実は魔力で作った魔糸を大剣の柄の頭に張り付けておき、躱されて過ぎ去るのを見越して投擲し、躱されてから思い切り引っ張ることで手繰り寄せて黒竜に衝突させたのだ。

 

 

「行って来い!!ナツッ!!!!」

 

「おう!!!!───絶対約束守れよ!!もうどこにも行くんじゃねぇぞ!!」

 

「───あぁ」

 

「約束だからな!!!!」

 

「───────。」

 

 

ナツを投げてマルド・ギールの所に送ったイグニールは、大きく逞しくなったナツの後ろ姿を見届け、直ぐに表情を引き締めてリュウマと黒竜の所へと飛翔して向かった。

 

丁度殴られてこっちに飛んできたリュウマを手でキャッチすると、頭の上に乗せて言えなかった感謝の言葉を送った。

 

 

「相手をさせてすまなかったな」

 

「元々1人でやっていたことだ。今更だろう。話は終えたのか」

 

「あぁ、お陰様でな」

 

「では────始めるぞ」

 

「燃えてきたわ!!」

 

 

リュウマとイグニールが再び力を合わせて戦いを始めたとき、下ではナツがマルド・ギールへと攻撃を仕掛けて本を奪おうとしている。

ナツの体からイグニールか出て来てから、激しい動悸に襲われていた別の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)達は復活し、スティングとローグは、1人で戦おうとしているナツを言いくるめて3人でマルド・ギールへと挑む。

 

しかし、流石はタルタロスの悪魔の中で最強なだけはあって中々に強い。

セイバートゥースのトップレベルの2人と、フェアリーテイルのトップレベルの1人の攻撃を弾いては躱し、逆に攻撃を入れている。

マルド・ギールの呪法は荊…無限に増殖する荊を操る事が出来る呪法だ。

 

やられずとも善戦はせていたものの疲労が見え始め、そこに悪魔となっていた元セイバートゥースマスター…エンマが現れた。

天下一という座から引きずり下ろされたことで、己が矜持を踏みにじられ、弱いギルドを捨てたエンマはタルタロスのキョウカと出会い悪魔の力を得た。

 

倒さなければ過去を乗り越えられないスティングとローグは、己の実の娘であるミネルバを蔑んで愚弄し、弱者で使い物にならないゴミであると貶した。

憤怒したスティングとローグは怒りで更なる力を露わにし、エンマとぶつかり合っていく。

 

苦戦したが、最後は2人の合体技でとどめを刺して見事に打ち倒して見せた。

 

 

 

場面は戻り…イグニールと、イグニールに乗っているリュウマは黒竜の前に佇んでいた。

両者とも動かないが…ここで黒竜が初めて口を開いた。

 

 

「まだドラゴンが生きていたとは…不快」

 

「ほう…?やっと口を開いたか、アクノロギア」

 

「貴様とその人間を我の敵と認識…滅する」

 

「滅せられるのは貴様だアクノロギア。ドラゴンだけに飽き足らず…遙か昔に栄えた国をも襲い破壊した罪を償い死ぬるが良い」

 

「……やはり…その翼…あの一族の末裔か…」

 

「末裔…?否。俺は…いや、()()───貴様が滅ぼした国の王である!!!!貴様の所業は到底許されることではないし許さぬ。我が貴様を殺せば…先だった者共へのせめてもの手向けとなるだろう」

 

「……我のこの体に傷を入れた一族…忘れはせん…故に許しもせん!!」

 

 

魔力を溜め始めて咆哮の準備を始めた黒竜と、対してイグニールも咆哮の準備に掛かった。

溜め終わり放たれた両者の咆哮は中間で直撃で大爆発を起こして爆煙をもうもうと上げる。

翼を使って風圧で煙を霧散させる黒竜に近付いていたのはイグニール。

 

振るわれた拳は顔を捉えるがここで違和感を一つ。

先の戦闘で食らった拳よりも威力が上がり、思わず後ろへと飛ばされてしまった。

イグニールが放つと同時に、イグニールへと身体能力上昇の補助魔法を掛けていたリュウマは、先に飛ばされてくるだろう場所へと移動して待ち構えていた。

 

 

「封印・第四…第五…第六門…解。我が魔力を喰らえ…滅竜の(つるぎ)───」

 

 

元から計り知れないリュウマの魔力が、封印外すことで更に爆発的に上昇していく。

最早この時点でイシュガル四天王の域も抜け…魔導士の中でもトップと言っても過言ではないほどの魔力を内包していた。

第一門から第六門まで解放されたリュウマの総魔力量は…元の大凡64倍…これは地面に降り立つだけで、家程の大きさの物が浮かび上がり破壊される程のものだ。

 

そんな計り知れない魔力の殆どを手に持つ大剣に注ぎ込み喰わせ…真っ黒な陽炎のように揺れる魔力を放出している。

黒竜の下に居るリュウマは、出し惜しみせず撃つことが出来る。

アレは不味いと感じ取った黒竜だが…大剣は既に自身に向かって振り下ろされていた。

 

 

「───『龍を喰らう滅殺の大剣(ドラゴンスレイヤー)』ァッ!!」

 

「─────────ッ!!!!!」

 

 

龍を滅したと言われる対龍特殊武器である大剣から放たれる魔力の質は…まごう事無き滅竜の魔力。

元は人間だったとはいえ、今はドラゴンの身となった黒竜には効果は覿面であったので、魔力の渦の中から逃げ出そうとするが勢いに負けて出られるず…攻撃が止んだ時には体中に傷を負っていた。

 

体中に痛みを走らせている黒竜に、イグニールは飛んで接近して拳に超高温の炎を纏わせた。

目を向けて回避行動するには遅すぎて、咆哮で攻撃して無理矢理距離を取らせるにも近すぎて…例え咆哮が間に合ってもリュウマからの攻撃がくる。

 

振り上げた拳を、全身の力を使って振り下ろしたイグニールの攻撃は…確実に黒竜の体の中心を抉るように捉えられ、リュウマの身体能力上昇の補助魔法と魔力増強の補助魔法のブーストによって、爆発音とそれに伴う衝撃とダメージが襲い、フェアリーテイルがいるタルタロスの崩れた拠点へと墜ちていった。

 

 

 

 

 

 

遡ること数分前…スティングとローグがエンマと戦っていることで、ナツがマルド・ギールと一対一で戦っていた時、滅悪魔導士としての力を手に入れたグレイが途中で参戦。

当たりさえすれば悪魔であるマルド・ギールを倒すことが出来るのだが、マルド・ギールは強く…切り札のエーテリアスフォームになることで戦闘力を更に上げる。

 

幾ら攻撃してもものともせず、且つ攻撃されればその威力に膝を突きそうになってしまう。

人間の中で魔導士と呼ばれる人々が使う魔法の更に上の存在と言われている呪法。

その昔…魔法というのは、たった1つの魔法…一なる魔法によって魔法は誕生し普及されていった。

 

やがて魔法は使用する人々の分だけ枝分かれしていくように多種多様の系統へと発展していった。

そんな歴史の中でENDは魔法の新たな可能性というのを見出していた。

 

それが呪法だ。

 

呪法…その力の源は“呪い”…恨み…妬み…憎しみ…その全ての負の感情が力となりて呪法となる。

マルド・ギールはそれを生命の本質に基づいた力だと称した。

 

 

「くだらねぇな!!だったら魔法は未来を作るものだ!!」

 

「…ッ!?何だこりゃ…!?体が…動かねぇ…!」

 

「どうなってんだ…!」

 

 

マルド・ギールが手を振るうと黒い霧が立ち籠めてナツとグレイを覆い、行動を阻害して中に閉じ込める。

魔法に未来など無く、呪法こそが全てにおいて上位の力だと言うマルド・ギールから、薄ら寒いものを感じた。

 

抵抗してその場から離れたくも、体が動かず移動することが出来ないでいる2人に、マルド・ギールは呪力を溜めていき呪法を発動させた。

 

 

「堕ちよ煉獄へ…これぞゼレフを滅するために編み出した究極の呪法……死の記憶───『メメント・モリ』」

 

「「─────────ッ!!!???」」

 

「永遠に……無となれ」

 

 

下から溢れ出てきた怨念とも言える負の感情の塊のような禍々しいものが2人を覆い尽くした。

不死であるゼレフを殺すには生と死という概念ごと破壊しなくてはならないため、この呪法は正を死も無く…ただ消滅させる呪法だった。

 

呪法が止んだ頃にはクレーターのように地面が削れているだけで、何も存在していなかった。

終わったか…と、確信したマルド・ギールはエーテリアスフォームを解いて案外出来る人間だったと余韻に浸っているところ…削れた地面が盛り上がり…ナツと体の半分を黒く染めたグレイが現れた。

 

生き延びていたことに驚愕したマルド・ギールは目を見開いていたが、理解した。

悪魔殺しの力を持つグレイが、体の半分を悪魔化させながらメメント・モリからナツを守ったのだ。

グレイは呪法が迫り来る中で悟っていた、未来を作る為に自分が出来るのは…信じることだと。

意識が途切れて倒れるグレイの背後には、自分でも状況を上手く理解出来ていないナツがいる。

 

自分の究極の呪法を人間如きに防がれたと、ゼレフを滅するために編み出した呪法が、人間に防がれてしまったのかと逆上したマルド・ギールは再びエーテリアスフォームへとその身を変え、ナツへと突進していった。

 

仲間をやられた事の心への衝撃で、ナツは昔に至っていたドラゴンフォースを身に纏った。

爆発的に上昇した身体能力と魔力…一撃一撃が重く、意識を持っていかれそうになる攻撃に晒されながらも、マルド・ギールはナツを屠ろうと攻撃を繰り返すが躱されてからカウンターを貰う。

 

上へと殴られて宙へと投げ出されたマルド・ギールは翼で飛行したが、ナツのドラゴンフォースを見て…悪魔であるのに恐怖してしまっていた。

形は人間であるはずなのに…身に纏うオーラと炎が…炎竜王に見えてしまった。

 

 

「イグニール直伝!!滅竜奥義…不知火型ァ!!」

 

「まっ…待て!!」

 

 

 

「────『紅蓮鳳凰剣(ぐれんほうおうけん)』ッ!!!!!」

 

 

 

最後の力を振り絞った全魔力による突進が……マルド・ギールに決まった。

しかし…マルド・ギールはまだ倒しきる事が出来ず…血を吐きながらも宙に投げ出されているナツの頭部を掴み、真下へと急降下して叩きつけてやろうした。

ナツは……グレイの名を呼んだ。

 

 

「聞こえてるぜ…ナツ!!」

 

「なに…!?」

 

 

気絶していたと思われていたグレイは…起き上がって氷で出来た弓と…滅悪の魔力で造り出されている矢を番えてマルド・ギールを狙っていた。

 

 

「消えろォ!!『氷魔零(ひょうまぜろ)破弓(はきゅう)』」

 

 

矢に貫かれたマルド・ギールは…ナツとグレイの合わせた力によって沈んだのだった。

 

 

「やったな…」

 

「いや…まだだ…ENDを破壊しなきゃオレは…」

 

「そうだった!あの本…!イグニールに取ってこいて言われたんだった…!」

 

「───悪いが、あの本は破壊する」

 

「……あ゛?ふざけんなよてめぇ…!」

 

 

起き上がったナツが見たのは、ENDの書を持っているグレイだった。

イグニール直々に依頼されたので本はイグニールに渡さなければならないのに、グレイは本を破壊しようとしていた。

グレイはタルタロスを作った奴であり、悪魔の頂点にいる奴だからこの場で破壊するべきだと考えている。

 

破壊するなと言われているナツと、破壊すると決意しているグレイ。

 

睨み合う両者だが…地響きが鳴り響いた。

 

 

フェイスが…起動されようとしているのだ。

 

 

数分前…エルザとミネルバ、ハッピーとリリーが制御室を見つけてフェイスを起動しようとしている死体の元議長を見つけた。

最初は生きていると思っていたが、実はネクロマンサーのキース程ではないが死体も命令で操れるセイラの仕業だった。

 

ミラとエルフマンの攻撃で意識を失っていたセイラは復活してすぐ、慕うキョウカの所に行って死体の元議長を操ってフェイスを遠隔操作しようとしていたのだ。

ジェラールから鍵としての権利を奪った元議長が替えの鍵となり、キョウカが殺したのだが…後にフェイスの起動には元議長がやらなくてはならないことが判明していたのだ。

 

残り少ない時間で倒そうと奮闘するが、テレパシーで密命を受けたキョウカはフェイスを動かす為の制御装置と生体リンク魔法を使ってリンクさせ、制限時間を急速に進めた。

焦ったミネルバはエルザと共に戦おうとするが、元のダメージと悪魔から人間に戻ったばかりで戦えず、せめてもと……攻撃に晒されそうになっていたエルザの盾となった。

 

後は任せたと倒れたエルザは確かにその意を受け取り、キョウカを倒そうとする。

ゼレフ書の悪魔の切り札…エーテリアスフォームになったキョウカは、1秒ごとに強くなるという反則的な呪法と、相手の感覚を操るという呪法を使ってエルザを一時圧倒…通学を風に晒されるだけで激痛となり、五感を全て奪われたエルザは尚も立ち上がり拳を握る。

 

五感を潰されたことで発言した第六感によってキョウカをねじ伏せ、打ち倒すものの殺さなければ制限時間は止まらない。

力尽きて倒れてしまったエルザの代わりに、キョウカにとどめを刺したのは力を振り絞ったミネルバだった。

エルザが最後に使って宙を舞っていた刀を絶対領土(テリトリー)で場所を入れ替えて手に取り、倒れたキョウカの心臓に突き立てた。

 

これでフェイスが止まると思われたが…刺されたキョウカの口元は笑っていた。

 

制限時間は0となりて…三千機のフェイスが発動された。

 

 

───のだが

 

 

突如…空からアクノロギアが墜ちてきた。

傷だらけで墜ちてきたアクノロギアに驚いたナツとグレイだったが、倒れているアクノロギアの上に、頭にリュウマを乗せたイグニールがのし掛かるように着地した。

 

 

「諦めるな…人間達よ」

 

「諦めるには早いようだぞ」

 

 

イグニールとリュウマの言葉を理解する前に…世界中に散らばっているフェイスの位置情報に×印が入っていくのをハッピーが見つけた。

 

破壊されて機能を停止した証だと理解したハッピーは、次々と×印がついていくマークに不思議に思うが…実は破壊されているのは全世界の魔導士達によるものではない。

 

 

超速飛行で体当たりして壊していく……ドラゴン達であった。

 

 

「解放されしドラゴン達が……大陸(イシュガル)の空を舞っておる」

 

 

ウェンディが…ガジルが…スティングが…ローグが…感じ取った気配…親のドラゴン達であった。

遥か遠い地から飛んでは次々とフェイスを破壊していく四匹のドラゴン達のお陰でフェイスは残らず全て破壊し尽くされ……世界中のエーテルナノ消滅は免れたのだ。

 

 

「フェイスが全部消えた!」

 

「何はともあれ…」

 

「えぇ…」

 

「ドラゴン達が…」

 

「大陸中のフェイスを破壊して……」

 

 

「ENDの復活は阻止され───我々の勝利だ」

 

 

フェイスを止められたことに、大陸中にいる魔導士達は喜びの…歓喜の叫び声を上げた。

まさか本当に止められるとは思ってもみなかったマルド・ギールは目を見開きながら呆然とし、負けてしまったということに頭が真っ白であった。

 

フェアリーテイルの滅竜魔導士達はアクノロギアに乗って抑えているイグニールの元へと集まり、話を聞こうとしていた。

自分達の親の気配が何故するのかを…

 

 

白竜(パイスロギア)は……生きてた…のか?」

 

影竜(スキアドラム)鉄竜(メタリカーナ)天竜(グランディーネ)も皆……滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の体内にいた。秘術によって体内に眠っていたと言うべきか…」

 

「あの激しい動悸が起こった時に…体内から目覚めたのか…?」

 

「そーだ!そーいや聞いてなかったぞ!何で体の中にいたんだ!オレは食った覚えはないぞ!!」

 

「それには2つの理由があった。1つはこやつ…アクノロギアのように滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の完全なる竜化を防ぐため…もう一つは───」

 

 

ナツがアホなことを言っているが、イグニールは真剣な表情で事情を教えていき、最後の一つを教えようとするが、頭の上にいたリュウマがイグニールに叫んだ。

 

 

「おいイグニール!!アクノロギアが動くぞ!」

 

「なに─────」

 

「───グオオオオオオオオッ!!!!」

 

 

勢い良く起き上がったことで砂煙を巻き上げて空へと飛んで行った。

それを追い掛けるためにイグニールも翼を広げて飛び上がり、ナツにENDの書を奪っておくように叫んだ。

事情の説明は後にして、今はアクノロギアを片付けなくてはならないのだ。

 

しかし…グレイが本を持って破壊しようとしている…ナツとグレイは再び睨み合った。

 

 

「竜の体内に入って竜化を防ぐ…その為に体内に…」

 

「貴様の目的は何だ!?アクノロギア!貴様の恐れるENDはもういない!人間に構うな!」

 

「貴様が暴れるだけで、無関係な市民が怯えている。いい加減にしろアクノロギア」

 

「恐れる?我がゼレフ書の悪魔如きに?…下らぬ。我は人間などどうでも良い。何故ならば…我は竜の王…アクノロギアである!!」

 

 

長い年月眠っていた反動で疲れが溜まってきているイグニールの拳と、アクノロギアの拳が打ち合い、隙を見てリュウマが補助魔法と攻撃魔法を使い分けて攻撃して援護していく。

 

 

「貴様も元は人間だったはず…ナツ達を貴様のようにはさせぬ!」

 

「そもそも、貴様はこの場で殺してくれる。二度とその姿を見なくて済むようになァ!」

 

「我が望むのは破壊…破壊ッ…破壊ッ!!」

 

 

空を駆ける二匹の竜と、翼を生やす人間の戦いはまだ続いている。

 

 

 

 

 

「ナツさんもグレイさんも、今はよしなって…」

 

「これだから妖精の尻尾(フェアリーテイル)は…」

 

 

下ではナツとグレイの睨み合いを取り持とうとスティングとローグが声を掛けるが、2人は全く耳を貸さず睨み合ったままだ。

だが…グレイの持っていたENDの書が突如消えたことで、その睨み合いは終えてしまった。

 

グレイが何かしたのだと決めつけたナツが怒るが、グレイは自分ではないと主張する。

確かにグレイではない。

やったのは……この場に現れたゼレフなのだから。

 

 

「この本は僕の物だ。返してもらうよ。大事な本なんだ」

 

 

「ゼレフ……」

 

「こ、こいつが…!」

 

 

まるで最初からそこにいたかのように登場を果たしたゼレフの存在に、皆が目を見開いて驚愕している中で、マルド・ギールは固まったままでゼレフを見ていた。

ここに目的の…創造主がいる…のだが…体が動かなかった。

 

 

「マルド・ギール。君は良くやったよ…ENDが蘇るまであと一歩だった」

 

「………………。」

 

「もう眠るといい」

 

「マルド・ギールは…あなたの望みを叶えることは……────」

 

「君には無理だ」

 

 

それが……マルド・ギールの最後の言葉だった。

体が一冊の本へと変わり、本は瞬く間に燃え盛る炎によって灰すら残さず消されてしまった。

余りの所業にグレイか自分の作った悪魔に何てことをするのかと怒鳴るが、ゼレフは気にした様子もない。

 

そもそもだ、ゼレフはEND以外には自分を殺せるとは全く思ってない欠陥品だとしか思っていないのだ。

目の前で死んだとしても、何の感情の揺らぎも起きないのだ。

つまり……もういらないのだ。

 

 

「僕は今日。君と決着をつけるつもりでいたんだ」

 

「あ?」

 

 

ゼレフは向き直ってナツと対面するように話し始めた。

まだタルタロスの本拠地が空に飛んでいた時に、周りの時を止められてナツとゼレフは邂逅していた。

その時は武器で攻撃したが、触れた部分から消滅して攻撃にならず、一言二言会話して消えてしまっていた。

 

ゼレフは空を見上げながらアクノロギアという邪魔が入ったことで決着を付けられそうにないなと言った。

つまり、アクノロギアがいなければ…ゼレフはここでナツと戦おうとしていたのだ。

 

 

「彼がもう一度歴史を終わらすのか…奇跡が起きるのか…僕には分からない」

 

「何を言ってやがる」

 

「……。……もしもこの絶望的状況を生き残れたならば…その時は───僕が更なる絶望を与えよう」

 

 

死を感じさせる冷たい眼と表情をしながら、ゼレフはその場で踵を返して空気に溶け込むように消えてしまった。

ENDの書も持っていかれてしまい、破壊することも、ましてやイグニールに持っていくことすら叶わなくなってしまった。

 

 

「ごふっ!?」

 

「ぐあぁあぁぁあぁぁ!!!!」

 

 

上空でやり合っていたリュウマ達だが、疲労が見えたイグニールの隙を突いて攻撃してきたアクノロギアの攻撃に、まともに食らって弾かれてしまったリュウマと、地面に投げられてから乗られて押し潰されそうになっているイグニールがいた。

 

復活したアクノロギアはこの程度なのかと叫ぶが、イグニールはやられているにも拘わらずニヤリと笑って、長い間眠っていたからと冗談のように言った。

更に圧力を掛けられて血を吐き出すイグニールは、リュウマに横っ面を殴られて上からどいたアクノロギアを相手にしながら、テレパシーをナツへと送った。

 

 

これで最後だと悟ったからだ。

 

 

『ナツ』

 

「イグニール!?」

 

『今のうちに言っておく事がある────』

 

 

ナツはイグニールの声色から、何か良くないことが起きると直感的に悟ってしまい、焦ったようにその場から駆け出して戦闘音が響いている所へと向かって行った。

 

イグニールは語る。

 

我々ドラゴンが滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の体内に居たのは、2つの理由があった。

 

1つ、これは先程話したとおり人間であるナツ達を竜化しないように抗体を作る為。

それによってナツ達はこれから先、竜化をする恐れは無くなったと言ってもいい程だそうだ。

今まで如何なる時も姿を現さなかったのは、この抗体を作っていたからであった。

 

2つ、ドラゴン達の負の遺産…アクノロギアをイグニールがその手で倒すため。

 

 

「その話は後って言ったろ!!待ってろイグニール!オレが加勢に行くからな!!」

 

『来てはならん!!アクノロギア…リュウマという者の力を借りているというのに恐るべき強さ…巻き込まれるぞ!』

 

「構わねぇ!!オレとイグニールが組めば…無敵なんだ!!」

 

 

アクノロギアとぶつかり合っているイグニールとリュウマの姿が見えてきた。

イグニールが拳を握り締めて殴るが躱され、爪を立ててイグニールの心臓を抉ろうとアクノロギアが狙うが、大槌を召喚して構えたリュウマがその手を横に殴って弾き、懐に潜り込んで空へと吹き飛ばす。

 

手を突いて起き上がったイグニールは、今出せる力を振り絞って飛び立ち…リュウマはその背に乗って刀を召喚して構えた。

 

 

「グオォオオォォオォォッ!!!!」

 

「我が心は不動。しかして自由にあらねばならぬ。(すなわ)(これ)────」

 

 

 

 

 

空に────紅い華のような血飛沫が舞った。

 

 

 

 

 

「………────────」

 

「────無念無想の境地なり。『剣術無双(けんじゅつむそう)剣禅一如(けんぜんいちにょ)』……ごぽっ…」

 

「ゴオォオオォオォォオォォォ……ッ!!」

 

 

イグニールはアクノロギアの左腕を食い千切り…リュウマはアクノロギアの尻尾を斬り落として、左肩から右脇腹に掛けて大きな刀傷を刻み込んだ。

しかし……

 

 

「リュウマ…!イグニール…!!!!」

 

 

イグニールの体は、胴体の半分以上を抉り飛ばされ…リュウマは上半身と下半身に断裂してしまっていた。

 

ナツは目の前が真っ暗になったような気がした。

しかしアクノロギアは止まること無く、重傷で大量の血を流し、吐き出しながらも旋回してイグニール達の真上へと来た。

 

口を開いて魔力を溜め込むのを見て…ナツは走り駆け出した。

 

 

ナツ……ずっとお前の成長を見守っていた……

 

 

 

大きく……なったな

 

 

 

「い、イグニール…!」

 

 

 

お前と過ごした日々が……一番幸せだった…。

 

 

 

 

そしてアクノロギアの咆哮が───

 

 

 

 

人を愛する力を貰ったんだ

 

 

 

 

────イグニールとリュウマに向かって解き放たれた。

 

 

 

 

「イグニィィイィイィイィィル…ッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドラゴンに助けられた…ワシには勇気が無かった…ルーメン・イストワールを使う勇気が…!」

 

「それで良いのです」

 

 

フェアリーテイルの地下にあるルーメン・イストワールの前で、マカロフは項垂れながら自責の念に駆られ、その背後には幽体のメイビスがいた。

アクノロギアが来たということでフェアリーテイルの秘匿大魔法…ルーメン・イストワールを使おうとしたのだが…使った後の事が頭を過ぎると踏ん切りが付かなくなって結局…使うことが出来なかった。

 

 

「まだ…その時ではなかった…ということです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グランディーネ!」

 

「愛と勇気…あの人間の力とイグニールのおかげでアクノロギアを退けた」

 

 

久しぶりに会えたグランディーネに、ウェンディは嬉しそうに見上げながら見ていた。

グランディーネは皆のおかげであると言ってお礼を述べる。

 

 

「ドラゴンが味方って…すっげー優越感!!」

 

「だな!!」

 

「フェイスを全部ぶっ壊したんだろ!?」

 

「すっげー……」

 

 

フェアリーテイルのメンバー達は思い思いに思ったことを口にして、目の前にいる四頭のドラゴンを見上げていた。

今までドラゴンと言えば、アクノロギアしか知らないため、善の位置に居るドラゴンが珍しい…というよりも興味を惹くのだ。

 

 

「フェイスの破壊…よく頑張ったわね。ウェンディ」

 

「シャルルと…っ…一緒だったから…!」

 

 

 

「…………………。」

 

「…………………。」

 

「…………目つきが悪いのぅ」

 

「うるっせぇわ!?」

 

 

ガジルとメタリカーナの会話は、数年ぶりであっても気まずさを感じない感じだった。

 

 

 

「オレは確かにアンタを殺した…」

 

「オレも影竜(スキアドラム)が死んだのをこの目で見た」

 

「人間の記憶など幾らでも改竄出来るわい」

 

「イグニールには反対されたんだがな……あの時は滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)に「ドラゴンを殺した」という記憶と実績を与えるつもりだった」

 

 

光のドラゴンであるパイスロギアと、影のドラゴンであるスキアドラムは、イグニールに反対されていた記憶の改竄を行ってドラゴンをその手で殺したという自身を与えたかったようだ。

 

 

「……と、いっても…死んだというのは半分正解だな」

 

 

パイスロギアの言葉に、その場に居る人間が全員固まり、どういうことなのか聞く前に、真相をグランディーネの口から聞くこととなる。

 

 

「私達は既に死んでいるのよ」

 

「………………え?」

 

 

放たれた言葉を理解する間もなく、グランディーネは固まったウェンディを余所に話を続けていった。

曰く、その昔…アクノロギアの力…滅竜魔法によって全員“魂”を抜き取られてしまっているのだそうだ。

 

なのでウェンディ達の体内に居たのは「竜化を防ぐ」「アクノロギアを倒す」という目的の他に、「自分達の延命」という目的もあったのだそうだ。

 

一度外に出てしまえば二度と体内に戻ることは出来ない。

つまり、今日ウェンディ達に見せたフェイスを破壊した圧倒的力は、最初で最後の力…。

故に今まで姿を現さなかった。

 

 

「イグニールでさえもアクノロギアは倒せなかった…だが、イグニールもまた死せる前の最後の力だった…人間達よ…どうか炎竜王の尊厳にキズをつけることなかれ───」

 

 

───イグニール程勇敢で……人間を愛したドラゴンは居なかった。

 

 

メタリカーナの言葉は、人間達にはとても重い言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「父ちゃん……」

 

 

ナツは地面に埋め込んで、最早血すら流していないイグニールの骸の前に両手を付いて跪いていた。

悉く涙が視界を歪め…しかし拭う気持ちにはなれない。

唯一の父親であったドラゴンが…目の前で死んでしまったのだから。

 

歯を食いしばりこれ以上涙を流さないようにと踏ん張るが……無駄な事であった。

親を亡くすということの悲しみを…そう簡単に割り切れるものではない。

 

 

「約束……しただろ…もう……どこにも……行かないって……約束……破るなよ……」

 

 

前にいるイグニールは答えない。

 

 

「オレ……オレっ……ずっと…ずっと探してたんだぞ……」

 

 

イグニールは…答えない。

 

 

「字……書けるようになったんだ」

 

 

イグニールは……答えない。

 

 

「友達も…いっぱい出来たんだ……仕事もやってる…オレは……オレはっ……」

 

 

イグニールは────

 

 

「もっと……もっと話がしたいよっ…イグニールぅっ……!」

 

 

 

────答えない。

 

 

 

流れる涙を止める魔法を……知らない。

 

 

 

知っていたとしても……これは止められない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ全て伝え終わった訳ではないけれど…時間が来たわ……お別れの時よ」

 

「や、やだ……グランディーネっ…」

 

「これから先も数々の困難が待ち受けてるだろうけど、あなた達ならきっと大丈夫」

 

「やだよ…グランディーネっ…行かないでっ…!」

 

 

涙が溢れてくるウェンディの頭に、ガジルが手を置いて胸を張って見送ってやろうと声を掛けた。

そんなガジルの姿を、メタリカーナは目を細めて、どことなく眩しそうに見ていた。

 

 

「人間達よ!争い…憎しみあっていた記憶は遠い過去のもの……今、我々はこうして手を取り合うことが出来た」

 

 

「我々ドラゴンの時代は、一つの終焉を迎えた」

 

 

「これからの未来を創るのは…人間の力」

 

 

「400年前……人間と(ドラゴン)との間で交わされた盟約……大憲章(マグナカルタ)に則り───」

 

 

 

 

我々ドラゴンは……人間を見守り続けよう────永遠にッ!!

 

 

 

 

ドラゴン達の体が光り輝くと、雲を突き抜ける程の光の柱が立ち上った。

幻想的光景の中…ドラゴン達の体が浮かび上がって少しずつ透けて消えていく。

 

これでもう本当にお別れなのかと思うと、やはり涙は堪えきれなかった。

 

 

 

「グランディーネーーー!!!!!」

 

「愛してるわ…ウェンディ」

 

 

 

「………目つきが悪いのぅ」

 

「最後までそれかよ!!……っ…チクショォ」

 

 

 

「ありがとう白竜(パイスロギア)

 

「達者でな」

 

 

 

影竜(スキアドラム)……」

 

「ではな、ローグ」

 

 

ドラゴンが消えていく…それはナツの親であるイグニールとて同じであった。

 

 

「イグニール……」

 

泣くな…ナツ……ホラ、悲しいときはどうするんだ?教えただろ

 

「うん…分かってる」

 

じゃあやってみろ。立ち上がるんだ

 

「うん」

 

 

ナツは聞こえてくるイグニールの声に従い、立ち上がった。

しっかり…自分の足で。

 

 

オレはずっとお前と一緒にいる…今までも…これからも……

 

もっと…もっと見せてくれ…お前の成長を…お前の成長した姿を……

 

 

お前の……生きる姿を……

 

 

「っ……あぁ────オレはもっと生きていく!!オレはもっと強くなる!!オレがアクノロギアを倒してやるんだッ!!!!」

 

 

 

 

そうだ……未来を語れ

 

 

 

 

 

それが……生きる力だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────イグニール…炎を司る竜の王…炎竜王イグニールよ…貴様は竜でありながら人間を愛し…人間に愛された善なる最後の竜よ…貴様を今ここで失うには惜しい…故に───貴様の魂を頂くぞ」

 

 

上半身と下半身を自己修復魔法陣で付けて治したリュウマは、離れたところで天へと昇っていくイグニールの魂を引き寄せて鷲掴んだ。

荒々しく…魂なのに炎のように熱き魂を手にしたリュウマは、もう片方の手を消えかけているイグニールの骸へと翳した。

 

 

「死した貴様の体の鱗…皮膚…内蔵…抉り消えている物は俺が持つ記憶の中から同じように創造し生成。脳…心臓…肺…眼球に関しては縮小させて使わせて貰う。在るのに使わないのは勿体ない」

 

 

消えかけのイグニールの体からリュウマの手元まで瞬間移動したように現れた肉の塊を捏ねて形と成し…20センチ程の小さく幼いドラゴンのような姿となる。

魔力の器はリュウマの魔力の器を分け与えた。

リュウマの魔力の絶対値が幾らか下がるが、この程度は取るに足らないものなので気にしていない。

しかし…これだけでは小さいドラゴンの形をした肉だ。

 

故に、これから手に持った魂を与え、名を与えて一つの生命として誕生させようとしていた。

 

 

「後は名だな───我…リュウマ・ルイン・アルマデュラの名の下に…其方に(いみな)を与え…この世に生み落とさん。名を刻み我が(しもべ)とす。名は其方を表し器は此処に。我が(めい)と魔を持ってここに顕現す。其方の名は───“イングラム”…誇り高き炎竜王の生まれ変わりである。さぁ…目を覚ませ」

 

 

小さきドラゴンの幼体を腕に抱えたリュウマは優しく揺すり、ドラゴンの幼体…イングラムは瞼を開けて炎のように紅い紅蓮の瞳を見せた。

 

数度瞬きをすると目に映ったリュウマの顔をジッと見て、自分の親だと思ったのか胸元に頬擦りをした。

可愛らしい顔をしながら、彼の手の平を頭に乗るように潜り込み、撫でてやると満足したのか可愛らしい音を喉から鳴らした。

 

 

「イングラム…愛称はイングラ…イース…グムス…うむ…難しい…愛称は追々考えるか。それまではお前はイングラムだ。いいな?」

 

「キュっ…!」

 

「うむ、では共に征こうか───()()()()()

 

 

羽が小さく飛べない代わりに、服を掴んでよじ登ったイグラムスは…リュウマの肩へと乗って首筋に擦り寄ってから丸くなって眠りについた。

 

まだまだ小さくて可愛らしい小ドラゴンに、クスクス笑いながらリュウマは思い出したかのように懐に手を入れた。

 

 

「その前に、これに魔法を掛けておかなくてはな」

 

 

その手には、8通の便箋が握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして……一週間の時が経った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから一週間…冥府の門(タルタロス)との戦いはあたし達に多くの傷痕を残した。

 

ギルドもボロボロになっちゃって…ううん…それだけじゃないの…

他の街もフェイスの出現に大変だったみたい。

 

大地を裂いて出て来たから民家が壊れちゃったり…

 

それに……この1週間…リュウマを見てないの。

 

 

 

 

どこに行っちゃったんだろう…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わあ!髪の毛が元に戻りました!」

 

「お安いご用…エビ」

 

 

街の公園の近くにある道で、ウェンディはルーシィの星霊であるキャンサーに、短くなっていたウェンディの髪を元の長さに整えてもらっていた。

切って短くするだけではなく、長さをも変えることが出来るのだ。

 

嬉しそうにお礼を言うウェンディに、やっぱり長い方が似合うと言って頭を撫でてあげているルーシィは良いお姉さんといった感じだ。

 

そんな2人のやりとりを見ていたシャルルは、親であるグランディーネとの別れからいつも通りに過ごしているウェンディを見て、強がっちゃって…と、溢した。

 

同じドラゴンスレイヤーであるガジルはというと、道の通りにある石を積まれただけのベンチに寝っ転がって寝て、レビィに起こされていた。

だが、少しだけ何時もより大人しいように感じる。

 

シャルルはナツも心配していたが、ナツにはハッピーがいるから心配は無いというリリーの言葉に、シャルルは微笑んでそうね…と返した。

 

件のナツとハッピーは家の中の物を全部引っ繰り返す気かと思えるほど散らかし、旅に出る準備を整えていた。

ナツは準備を整え終わってから、紙を取りだしてとある家に向かった。

 

 

 

 

 

「あ、ぁの……グレイ様…」

 

「…っ!?」

 

 

マグノリアから少し離れた雪の降り積もる所…いや、グレイが実の父親のシルバーと凌ぎを削って戦い合った場所にて、座り込んでいるところにジュビアが現れ、グレイは振り向きながら驚いていた。

 

 

「おまえ…つけてきたのかよ!!」

 

「ごめんなさいごめんなさいっ…!…ジュビア…どうしても言っておかなくてはならない事があって……」

 

 

落ち着いてから話し始めたジュビアの話の内容は、グレイの父…シルバーを操っていた死人使い(ネクロマンサー)を倒したのは自分であるということ。

そのせいでシルバーがただの死人に戻ってしまったということ。

 

全て嘘偽り無く…グレイに伝えた。

 

 

「お…お前が…」

 

「ジュビアはもう……グレイ様を…愛してはダメなんだと…思ったんですっ…グスッ…ジュビアは……お父様を…ヒック……殺したんですっ……」

 

 

告白された事に歯を食み締めたグレイは立ち上がり、肩を震わせながらジュビアの元へと歩き出した。

 

 

「お前が…!」

 

「ひっ…!」

 

 

胸倉を掴み上げ、声を荒げるが…ジュビアは涙を流して嗚咽を漏らすだけで、無抵抗だ。

グレイに何をされても…それは自分のしたことの罪であると考え、何をされても当然だと思っている。

 

そんなジュビアに…グレイは───

 

 

「…ぇ…?グレイ…様?」

 

「ありがとう…っ…」

 

 

ジュビアの胸元に顔を埋めた。

 

肩が震え…いや、体が震えて胸元が濡れていくことから泣いていると理解したジュビアは、雪に膝を突いて一緒に崩れたグレイの頭を撫でて抱き締めた。

 

 

「ごめん…っ…ごめんな…!」

 

「グレイ様…」

 

「ごめん……ごめん…っ…」

 

「グレイ様……あたたかいです」

 

「うぅっ…ぅ…うっ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

マグノリアにある河川敷に、エルザは膝を抱えて座り込んでいた。

タルタロスとの戦いにおいて、キョウカによって拷問紛いの事をされたとき…昔の…楽園の塔にいた時の記憶が蘇って体が震えてしまう。

 

裏切られ、騙され、醜態を晒してしまった。

 

それだけのことがあった自分は…これからも人というものを信じていけるのだろうか?

エルザはそう思い小さくなっていた。

 

 

「お前なら大丈夫だ」

 

「───っ!」

 

「大丈夫」

 

 

ふと背後を通り過ぎながら聞こえた声は…ジェラールの声。

驚き振り向き、その背を見ていると、背中越しにまた勇気づけるような声を掛けられた。

 

 

「お前は人の強さも…弱さも…よく知っている。前へ……光の道をただただ前へ。……あいつと一緒に歩むんだ」

 

「……………。」

 

 

新しく魔女の罪(クリムソルシエール)のメンバーとなった、元オラシオンセイスのメンバー達と、ジェラールはエルザから離れて次の場所へと向かっていった。

 

エルザは少しの間黒いローブを頭から被っている集団の後ろ姿を見ていたが、体の震えは…止まっていた。

 

 

 

 

 

 

「おぉ!戻ったかスティング!ローグ!」

 

「レクターにフロッシュも」

 

「それに……」

 

 

「ミネルバ様!!」

 

 

セイバートゥースに帰ってきたのはスティングやローグ、同行していたフロッシュとレクターの他にも、人間に戻ったミネルバも一緒だった。

 

突然居なくなった自分に笑いかけてくれる嘗ての…いや、仲間達の事を目に捉えると…体が震えてきてしまう。

 

 

「お帰りなさいませ」

 

 

見かねたユキノが近付き、ニッコリとした笑顔で声を掛けた。

ミネルバは言わなくてはならない言葉があるのは分かっているが…中々言い出せず、服を握り締めて言った。

 

 

「た、ただいま…っ」

 

 

「「「お帰りなさい!!!!」」」

 

 

堪えきれなくなった涙を流しながら、ただいまと言えばお帰りと返してくれた。

 

 

 

それが溜まらなく…嬉しかった。

 

 

 

「お!?お嬢がお泣きに!?」

 

「明日は槍が降るぞ!!」

 

「ちょっと!?それは流石に失礼ですよ!?」

 

「「「「あはははははははは」」」」

 

 

───ギルドは……あたたかいのだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

破壊されたフェアリーテイルの跡地では、ドランバルトがマカロフから実はドランバルトが元々フェアリーテイルの一員であるということを打ち明け、記憶を消して評議院に潜入していたフェアリーテイルからのスパイてあったことを教えられた。

 

困惑していたドランバルトだったが、服の下からフェアリーテイルのマークを出て来たことから、それが真実である事が窺える。

だが、マカロフはもう終わったから今更だと言った。

ドランバルトがどういう意味なのか問えばマカロフは、至極真剣な表情で告げたのだ。

 

 

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)を解散させる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人の気配がする…さてはナツとハッピーだな?」

 

 

ルーシィは暗くなる頃に自分のアパートに帰ってきた。

鍵を開けていざ入ろうとすれば、中から微かに人の気配というものがしたのだ。

 

さては、何時もみたいにナツやハッピーなどが勝手に上がり込んでいるな…?リュウマなら歓迎するけどっ…と、思いながら勢い良くドアを開けた。

 

 

「コラーー!!ま~た勝手に中に入っ…て…?」

 

 

だが…中には誰も居なかった。

あの気配は何だったのだろうと思っていると、誰も居ないのに紙が落ちるような音が聞こえた。

その方向に目を向けると、リビングに置いてあるテーブルの上に一通の便箋が置いてあった。

 

先程まで何も置かれてなかったというのに…いつの間に…と、少し不気味に思いながらも手に取り、魔法の類が掛かっていないことを確認すると、開けようとして“R”と書かれた紅い蝋印を剥がした。

 

 

「えっ…?なにこれ超字綺麗!?どんだけ達筆なのよ……ん~と、どれどれ?」

 

 

ルーシィ・ハートフィリア様へ

 

 

これを見ているという事は無事に届いたらしい。

 

一週間…俺はルーシィ達に姿すら見せなかったのはとある理由からだ。

 

早速になるが…本題に入ろう。

 

 

今までありがとう。

 

 

仲間達に出会えて本当に楽しかった。

束の間の時であったが…今では忘れられそうにない程の思い出だ。

 

ルーシィとの思い出も、出会えたことも、今まであったことも、もしかしたら運命だったのかもしれないな。

 

風邪を引かぬよう…気をつけてくれ。

 

2度目になるが…今までありがとう。

 

 

 

さようなら

 

 

 

リュウマより 友愛を込めて

 

 

 

「………………なに…これ……?」

 

 

書かれていたものを読み終えたルーシィは、直ぐさまアパートから飛び出して道を駆けた。

まだどこか…近くに居るかもしれないと、走って走って走って……息が苦しくなって…涙が溢れて…立ち止まった。

 

 

「なによっ…これぇっ…リュウマぁ!!」

 

 

涙を流しているルーシィは、言葉の文脈から…一つの答えを導き出していた。

 

 

「まるで…まるでっ……これで一生のお別れみたいじゃないのよぉぉぉぉっ!!!!」

 

 

さようならという単語が…更にそれを促進させた。

 

ルーシィの他にも、エルザ、ミラ、ウェンディ、カナ、ユキノ、シェリア、カグラの所にも同時刻送られてきており、内容は似たようなものであった。

皆が…同じように涙を流していた。

 

ナツが持っていた手紙はリサーナの所に置かれていて、リサーナはそれを読んで泣いてしまい、リュウマからの手紙を読んだミラと一緒に泣いていた。

エルフマンはそんな姉と妹に何て声をかければいいのか検討つかず、オロオロとしているしかなかった。

 

他の7人にもルーシィと同じような内容のものが送られ、共通しているのは…言わずもがな。

 

 

 

 

 

ルーシィはその場で涙を流しながら泣いた。

 

 

 

 

 

次の日……フェアリーテイルは、他でもないマスターマカロフの言葉に則り……解散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────????

 

 

 

「ふぅ…やっと着いたな」

 

「キュウっ キュウっ」

 

「なんだ?空を飛ぶのがそれ程までに気に入ったか」

 

「キュウっ♪」

 

「然様か。お前も直ぐに飛べるようになる」

 

 

マグノリアから東に遥か数千キロに位置する大陸に、1人の男と小さい生き物は降り立った。

1人は背中に3対6枚の白と黒の美しい翼を持った男…リュウマと、リュウマの事を親のように慕い懐いていて、彼から一時も離れない小さな紅い赤ちゃんドラゴンであるイングラム。

 

2人は一週間、休憩を取りながら飛び続け、この大地へと降り立ったのだった。

 

ここは…緑に囲まれた深い森の中心……そこには何かの城…いや、街だったような物の跡地となっている。

木が多く生えていて見づらいところもあるが、中央にある城だったと思われる所には、1本の若い木しか生えていない。

 

その若い木の下には、二つの墓石が置かれている。

 

 

 

アルヴァ・ルイン・アルマデュラ 此処に眠る

 

 

マリア・ルイン・アルマデュラ 此処に眠る

 

 

 

リュウマの────父と母の墓石であった。

 

 

 

誰かに建ててもらったのではない…リュウマが石を持ってきて己が手で削り、名を刻み文字を刻んだ。

 

 

墓石の下には遺骨など無い。

 

 

そこら一帯をくまなく探したが……終ぞ見つけることは出来なかった。

 

悔しいが仕方なく……墓石を建てて近くに木を植えた。

神樹とも言われるその木は…400年経った今でもまだ若木も若木…あの時から少し成長した程度だ。

成長して大人の木になるにはどれ程掛かるのだろうか。

しかし、リュウマはそれを植えた。

 

 

せめて、来れない時だけでも己の分身とも言える木が…傍に付き添って居られるように。

 

 

「……ただいま帰りました。父上…母上。400年振りの墓参り、お許し下さい。私は1年後…決着をつけようと思います。その為にも……私にあなた方の温もりを与えて下さい」

 

「キュウゥ…」

 

 

寂しそうな…悲しそうな…悔しそうな顔をしているリュウマの頬をイングラムが舐めて励まし、微笑んだリュウマはお礼を言いながら頭を撫でてやった。

嬉しそうに羽をパタパタするイングラムは、見ているだけでも癒される。

 

調子を取り戻したリュウマは、飛行の途中で詰んできた花を二つの墓石に同じ数ずつ供え───

 

 

「────少し眠ろう…イングラム」

 

「キュウっ……zzz」

 

「ふふふ。おやすみイングラム。おやすみなさい…父上…母上」

 

 

神樹の下に頭を持っていき、イングラムを腕の中で抱き締めながら、両親の墓の間で眠りについた。

 

 

 

 

やがて深い眠りに入りそうになった時…誰かの手が、頭を…頬を…優しく撫でたような気がした。

 

 

 

 

 

夢は────400年前のあの頃の光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

「……ぅっ…父上ぇ…母上ぇ…我を───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おいていかないで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これからは過去編にございます。

これからもよろしくお願いします。

あと、都合上リュウマにはアクノロギアにやられましたが、苦渋の決断でした…。



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殲滅王 誕生秘話
第壱刀  創世記 誕生


これから過去編ですが…400年以上前の時代に関しては捏造ですので…なんかおかしくね?こんなのなくね?って思っても、お気になさらない方向で。
魔法がある世界なので、こんな感じのもあるということで。




 

 

 

 

 

人間とはなにか?

 

 

 

 

 

人間とは…一概に言ってしまえば、地球上に生存している生物の中で、動物のように鋭利な爪があるわけでもなく、又、鋭い牙があるわけでもない。

 

チーターのように抜群な足の速さを持っている訳でもなく、ゴリラのように他の追随を許さない程の怪力を持っている訳ではない。

しかし人間は、大自然の中での生存競争の中で凶暴な獣達に立ち向かい上位の力を見せてきた。

 

故に今の時代において人間が世界を制している。

綺麗な大自然を刈り取り己の日常生活においての便利な道具へとその姿を加工し、海からは新鮮な海の幸…魚や蟹等の生物を捕らえては食物としている。

 

何故人間はそこまでして自然を破壊してしまうのだろうか?

人によっては、それこそが人間であり、人間が生きていくのに必要な事であると答えるだろう。

では、そんな生き方をすることになった根本的な要因は何だろうか?

 

 

彼の者(殲滅王)はこう答えるだろう───欲である…と。

 

 

人間には欲求というものがある。

これに例外など無く、全ての人間の中にある確かに存在しているのに、目には見えない…だが人間はそれがあると確信し理解出来るものである。

 

とある人物は欲求には3つあると言った。

誰もが知っている“人間の三大欲求”と呼ばれる食欲・睡眠欲・性欲の3つだ。

有り体に言えば、物を食べたいと本能的に感じる食欲と、眠りたいと感じる睡眠欲、他の者やパートナーと交わりたいと至る性欲。

 

学者の中には三大欲求の他にも4つの欲求が存在し、全部で7つあると言われている。

“求める心”、つまり欲求は発生後、“七つの欲求”に枝分かれする。

現代心理学の知識を借りると、七つの欲求とは、1・生存欲…生きたいと思う欲求、2・睡眠欲…眠りたいと思う欲求、3・食欲…食べたいと思う欲求、4・性欲…交わりたいと思う欲求、5・怠惰欲…楽をしたいと思う欲求、6・感楽欲…音やビジュアルなどの感覚の快楽を味わいたいと思う欲求、そして、7・承認欲…認められたいと思う欲求だ。

 

勿論、人間の欲求がこの挙げられた7つだけである訳ではない。

細かくすればもっとあるが、その中でも昔…遙か昔に大凡の人間が持ち、忠実に欲した欲求がある。

 

 

それは────支配欲

 

 

自分以外の人間を支配し統率したいという感情…要するに自分が上の立場となりたいということだ。

言い換えてしまえば劣等感というものに帰結する。

独占欲や支配欲を持つ人間の根底に在るのはやはり劣等感。

 

己が他と劣っているから…己より優れているものを力や権利などを使って己の下につかせ、優越感に浸るというものだ。

こういったものは時代が進むに連れて欲求自体が薄れていっていた。

単純に支配したくないとか、そんなことを考えて諦めたというわけではない。

時代の進みが支配というものを許さなくなっていっただけのことである。

 

 

では、現代ではない遙か昔ならば?

 

 

それは───欲望や欲求に素直であり、悪く言えば…悪徳な時代であった。

 

 

 

 

 

 

これは今から遙か……1500年前の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやっ、いやぁ!やめてお願いっ!」

 

「いいからこっちに来い!!」

 

「お~お~。やっぱりこいつら小綺麗な顔してんなァ!」

 

 

まだ魔法というものがなく、世界にドラゴンという存在がそこまで存在せず、“魔力”というものに、“魔力”という言葉が定義付けられていなかった程遙か昔のとある国の…所謂()()()()にて。

 

背中に翼を生やした美しい女性が、髪の毛を引っ張られながら2人の男の手によって鉄で出来た檻から無理矢理出され、連れて行かれてしまった。

連れて行かれた女性の他にも、檻のようなところに入れられている女性も男性もいる。

 

しかしその共通点は……背に翼を持っている。

 

翼人一族…動物達が変化する環境に合わせて進化したように、人間の中にも進化をした者達がいた。

それが翼を生やして空を駆けることを可能とする、空を飛ぶ技術を持たない人間からすれば制空権を取られたというもの。

それ自体を良く思わない我が儘で、自分以外の優れた人間を許さない、小太りで不細工な典型的な狭心な国の王は、日々を穏やかに過ごしていた翼人一族を捕まえて奴隷にさせた。

 

日が昇れば水汲みに出掛けて、女は子供の世話や服を編んだり料理をしたり、時にはご近所の人とお喋りに興じたり。

若い男や大人の男達は、自分達の食糧を確保して家族を養うために狩りへと出掛ける。

特にこれといって不幸があるわけでも無く、特別な幸せがある訳ではない。

強いて言うならば…家族がいて、帰りを待ってくれる人がいるという状況こそが……唯一無二の幸せだった。

 

 

あの時までは。

 

 

翼人一族の集落に住む男の連中は、その日も狩りに出掛けて食糧を採りに向かっていた。

女達は出掛けていった男達を見送り、自分達のやらねばならない家事などをこなしていった。

するとそこへ……武器を持った多数の翼を持たない人間達がやって来た。

 

何の用なのだろうかと思っていたのも束の間……武装した人間達が襲ってきたのだ。

 

 

「コイツらを捕らえろ!!誰1人として逃がすな!!」

 

 

空を飛ぶことを見越してか、頑丈に作られた網などを使って少しずつ捕らえていき、中には捕まえた幼い子供を人質に女を捕まえていったりもした。

狩りに出た男達が帰ってくるまでに、ほぼ全ての女性が捕まってしまった。

 

激昂した男達は襲いかかろうとしたが、武装した人間の中で、リーダーをやっている男は口元を歪めて指を女性達に向けて宣言した。

 

 

「お前達に拒否権はない。全ては我等が王からのお達しだ…全員捕らえろ…とな?女や子供をお前達の目の前で殺されたくなければ投降しろ。早くしろ!───人質を殺していくぞ?」

 

「……みんな…武器を下ろせ。……従おう…」

 

「クックック……賢明な判断だな」

 

 

集落のリーダーをしていた男の言葉に従い、集落の男達は武器から手を離して大人しく捕まっていった。

捕まることになってしまった要因になってしまったと気を落とした女性達は泣き、男達はそんな女性達と子供を抱き締めながら…共に涙を流した。

 

これから大凡の100年の間……翼人一族は奴隷として生きていくことになる。

だが……100年後…翼人一族に救世主が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません。これはなんと読むのでしょう?」

 

「えっ…こ、これかな?これはね────」

 

 

今から1400年前に存在した国にある一つの城の1室…といっても窓はあれど鉄格子がはめ込まれ、ドアは鋼鉄製で出来ていて出ることはおろか、外の音を聞くことすら出来ない隔離された一室。

 

そこで背中に3対6枚の特異な枚数の翼を生やした美しい男がいた。

そんな男が手にしている本の一文に指を指され、どう読むのか聞かれているのは1人の若い女性。

この城でメイド的な立ち位置で仕事をしており、今はこの男性の世話係をしている女性である。

 

背中に生やしている翼か特異の3対6枚…更には顔が女にも男にも見える中性的な美しい顔。

体の線は細く、か弱そうに見えることからほぼ女性に見える男性の翼人は、生まれて直ぐ此処に入れられた。

 

この国の王は典型的な人間の屑であり、翼人一族の女性をただの性欲処理の道具としか見ていない屑である。

それも、他人の不幸を己の幸福と捉える程の独裁者だ。

時には顔が己より整っているからという下らない理由で、人を処刑したこともある。

顔が己よりいい…と言ったが、この男の顔は脂まみれで肥え太り、造形に関しては醜いことこの上ない。

その様な奴が、翼人達を奴隷にした血筋の者なのだ。

 

そもそも、この時の翼人一族の女性は翼を持たない男達に高値で買われては性欲処理として使われ、翼人の男性は筋力があり打たれ強いことから力仕事に使われたり、ストレス解消として殴る蹴るといったサンドバッグ的な要因で買われていた。

 

どちらにせよ、ろくな人生は歩むことが出来ないのだが、この国の王は性欲処理に使っていた女と、適当な翼人の男を目の前で交わらせ孕ませた。

 

生まれてきた男の子の背中に類を見ない3対6枚の小さき翼がある事から希少価値を見出し、この隔離された一室に閉じ込めた。

 

入れられた子供が死なないようにお世話係を付けて、ただの馬鹿では困ると少しの教養を持たせるために簡単な読み書きを教えるように言いつけた。

お世話係の女は…余りにも美しく成長した翼人の男に…恋心を抱いていた。

 

本を指差す指は細く可憐なようで長くしっかりしていて、切らないために長く流された髪は綺麗な銀髪。

翼人一族の目は蛇のように縦長に細くなっている瞳を持ち、目を合わされると吸い込まれてしまいそうだ。

顔も恐ろしく整っていて、まるで神に創られたかのような素晴らしい造形美だ。

翼も銀髪と同じ銀色に耀き、窓から差し込む日の光で尚のこと光り輝くのだ。

 

いくら翼が無い自分であり、あの(きたな)らしいこの国の王が無理矢理交わらせ、産まされた愛を知らない可哀想な子供であろうと、どうしても心臓の鼓動が早くなってしまう。

なので少しの教養と言いつけられているが、自分にどういうものがあるのか、これは何なのかと聞かれることに達成感と、自分にしか頼れないという優越感と…どんな風に育つのかは自分次第であるという()()()を抱いていた。

 

やがて色々な本を読み、お世話係に聞かなくとも自分で考察し理解する事が出来るほどの頭脳を手に入れていた。

生まれてきたこの男は……頭がとても良かったのだ。

 

 

だから────現在の翼人一族の理不尽な立ち位置を理解した。

 

 

外に出られない代わりにお世話係から何でも聞いた。

そこまでは…と言って渋られる外の情報も───

 

 

「教えられない…よね…ごめんなさい」

 

 

と、悲しそうな表情を()()行うことで聞き出した。

やがて年月は経ち……転機の時である。

 

 

この国は……偶然と偶然の集合体でありながら…翼人一族の中でもとびきりの化け物を大事に育てていたのだ。

 

 

「入りますね。今日はどんな本────」

 

「───やっと来たか」

 

「ガッ!?」

 

 

入ってきた女の胸元を掴んで引き摺り込み、扉を閉めて外への音と声の漏洩を防いだ。

捕らえられた女は壁に叩きつけられてから口を押さえられ、声も出せない状態で前に居る翼人の男を見た。

目の前の美しい男は……瞳に確かな憎しみの炎を灯していた。

 

 

「貴様が扉の鍵を持っていることは知っている。よくもまぁこの寂れた場所に長く隔離してくれたものだ。貴様等塵のような存在と同じ空間にいるというだけで反吐が出る」

 

「─────っ!!───っ!!───っ!!」

 

「無駄だ。体から湧き上がる不思議な力(魔力)によって体を強化している。元々我等翼人一族は貴様等のような者共よりも見た目に反して屈強だ。故に───死ね」

 

「……──────」

 

 

お世話係を長年してきた女は…躊躇無く首の骨をへし折られて死んだ。

骸となった死体をゴミを見るような目で見た男は、足を振り上げて死体を蹴り飛ばし、壁に叩きつけて威力で破裂させた。

壁一面に赤いペンキを撒き散らしたかのような惨状に変えた後…男は奪っておいた鍵を持ってここの召使いの長の元へと向かう。

 

場所は死んだ女から全て聞いた。

故に道案内など必要なく、人が近付いてくるのは隔離されていたことから強化された気配察知能力と、強化されている聴力を使って足音を聞き分ける。

 

 

体の線が細い?───否

 

 

お世話係が居ない間に牢屋の中で鍛え…鍛え上げたことで極限まで引き締まり細く見えているだけだ。

実際は普通の人間の数十倍の筋肉密度を持っている。

蹴っただけで1人の女性が宙を舞い、壁に当たって破裂する時点で規格外だ。

 

特異なのは3対6枚の羽ではない。

 

 

この男の存在自体が特異な存在なのである。

 

 

やがて通路を歩って来る人間を見つからないように躱し、時には狭い部屋に引き摺り込んでは首の骨を折って殺す。

調理室に寄って後ろから料理長を手に取った包丁で刺して殺し、丁度入ってきてしまった料理人には声を上げられる前に包丁を投擲し、刺して即死させた。

 

食糧庫から多くの食べ物を袋に詰めて背負い持ち出し、召使いの長である老婆の部屋に着いた男は、声を自分のお世話係をしていた女と同じ声を()()してドアを開けさせ、開けた瞬間に中へと入って首を絞める。

藻掻き苦しむ老婆を無感情に見つめ、抵抗が弱くなったら首を折った。

 

召使いの長が城にある大事な部屋の鍵を管理しているのは、これもお世話係から聞いた。

所謂…お世話係は恋に対して盲目になりすぎていたのだ。

 

 

「どれがどの鍵かまでは分からん…全て持って行こう」

 

 

流石に形までは言葉で教えられても分からないため、どれがどの鍵か分からないが、取り敢えず全部の鍵を持っていくことにした。

数は大凡の5つ。

まずは……牢屋の鍵だ。

 

気配を直感で消し、影に紛れて行動すること数分。

牢屋の入り口かと思われる場所へと辿り着いた。

早速持っている5つの鍵を手に持って鍵穴へと刺して回す。

一つ目は違うようで開かなかった。

 

 

「あ~あ~…警備は退屈だな」

 

「しょうがねぇよ。つか、これだけで金貰えるんだから文句言うなよ」

 

「ちげぇねぇ!ほんと楽だよな~、でも退屈だわ」

 

 

「チッ…警備の者が来たか…!」

 

 

通路の奥から警備の男2人の声が聞こえてくる。

今の状態を見られたら言い訳など出来ないし、2人居ることから片方殺しても、その間にもう1人に声を上げられてバレてしまう。

焦ってしまう気持ちもあるが、こういう時こそ冷静に対処をしなくてはと考え、音を立てず確実に鍵穴へと鍵を刺していく。

 

もうすぐそこまで話し声が聞こえ、4つ目の鍵を通した時……開いた。

きたと思いながら音を立てないように素速く開けて中へと入り、扉を閉めて変にかいた額の汗を拭った。

 

少しだけ激しく刻まれる鼓動を落ち着けてから中を見渡すと…数多くの翼人一族と、普通の人間でありながら奴隷をさせられていた者達が男のことを見ていた。

それぞれが何故こんな所に1人で…と思っていたが、そんなことは気にせず男は牢屋へと近付いて1人の翼人の男へと声をかけた。

 

 

「お前達が俺の同胞か……」

 

「あんた…は?」

 

「俺は生まれてから今まで隔離されていた者だ。父と母の顔すら知らず、又、名もない男だが…お前達が同胞であることは翼を見れば分かる───此処から出て自由にはならないか?」

 

「え……?」

 

 

牢屋から離れた男は手を広げて注目している者達に演説するように話を始めた。

話を聞いていた者達は、まさかここまで助けに来たのかと…たった1人で…?と、目を見開いていた。

 

 

「俺は今までずっと閉じ込められ、外との接触を断たれてきた。だが、機会があり外の知識を…世の常識を隅から隅まで調べ知識とした。その中で我等翼人一族の文献を読んだ。───我々はこうして奴隷として過ごしていくしかない物以下の存在か?違うッ!!俺達は生まれた時から誇り高い空を統べる翼人一族だッ!こんなゴミ溜めのような所に居ていい存在ではない!!立ち上がれ!何時までそこにいるつもりだ!自由が欲しくは…空を飛びたくば────己の足で立ち上がれ!!」

 

 

話を聞いていた中で、確かにこんな扱いを受けているのは可笑しいと…奴隷で過ごしていくのは嫌だと…殴られるのも蹴られるのも…知らぬ汚らしい男に犯されるのも嫌だと思う者がいて…立ち上がった。

 

しかし…立ち上がらない者もいた。

 

ここで叛逆なんぞしたら殺されるかもしれない。

もっと酷い目に遭うかもしれない…それがたまらなく怖かった。

 

 

「俺達に…そんな力は無い…」

 

「────ある」

 

「え?」

 

「力ならある。ただ、長年塵共に屈服していたことから、己が奴等に劣っていると先入観を持っているだけに過ぎない。俺がそれを証明してやる」

 

 

話し終えた男は牢屋の鉄格子を掴んで…左右へと力を入れた。

不思議な力(魔力)を使えばこんな物容易く壊せるが…今必要なのは自分達にどれ程の力を持っているのかという証明だ。

故に……これは純粋な筋力勝負だ。

 

 

「ふっ……ぐっ……!ぐうぅぅぅぅ!!!!」

 

「おい!やめろ!手から血が出てる!この鉄格子は他の物より固く作られているんだ!壊れるような物では────」

 

「黙れ!!俺はァ…!此処から出て…自由となる…!そこにお前達も居なければ真の自由では…ないッ!!俺が願うは翼人一族の解放!自由を取り戻せ…!自由を……思い出せェ!!!!」

 

 

手の皮膚が破けて血が流れ…食い縛り過ぎたことで歯軋りが鳴って歯茎からも血が出る。

腕の血管は浮き出て尚も力を籠める。

籠めて籠めて籠めて───鉄格子を曲げた。

 

少しずつ曲がっていく鉄格子を見て目を見開き…最後には───

 

 

「ぐっ……オオォオオオォォォォッ!!!!」

 

 

────砕き折ったのだ。

 

 

壊された檻の鉄格子を見て驚愕し…これだけの力を自分達も持っているのかと…己の手の平に視線を落とした。

別の檻に入れられている女の翼人一族が、何故そこまでするのかと問えば…我が同胞の為と…間を置かずに答えた。

 

ここまでされて立たないのは一族の名折れ…外を見たことが無いという男にここまでさせておいて、俺達は、私達は一体何をしている?

みんな空を飛びたいのは一緒だ。

その為以外にこの翼に意味は無いのだから。

 

 

ではどうする?────戦えばいい。

 

 

100年前にやられたことを返してやる。

我等翼人一族を舐めていたことを後悔させてやると、檻の中の者達が声を揃えた。

赤い血を手から流して、口の端からも血を流している男は満足そうにし、今度は不思議な力(魔力)を使って残りの檻の鉄格子を破壊した。

 

中から出した翼人一族はいるが、ここには普通の奴隷もいる。

そいつらをどうするか…外に居る奴等も糞のような奴等だからここに居る奴等も同じかと、男が見捨てようとしたところ、ここの牢屋に入れられて共に居た翼人達が、此奴らは外の奴等のような奴等ではない。

 

清き心を持ち、我等の心配してくれた者達だ。

だから一緒に出してやって欲しいと頼み込まれたのだ。

渋った男だが…結局は折れて不審なことをしたら躊躇いなく殺すという条件で檻から出して一緒に反乱をすることにした。

 

金だけは持っていたこの国の王は、翼人と普通の奴隷を合わせて約200人買い取っていた。

つまりこっちの勢力は合わせて約200人といったところ…相手は軍などを合わせて数千はいるはず。

 

勝ち目などほぼ無いと思われるが…やってみせよう。

 

 

 

「始めるぞ────国落としだ」

 

 

 

放たれた扉に向かって…皆が駆け出して自由を勝ち取りに行った。

 

最初に狙ったのが他の奴隷の市場だ。

空を飛べる翼人が街へと飛んで奴隷市場へと飛んで行き、兵を武器で刺して殺し、攻撃されても制空権を利用して回避して次々と殺していく。

 

牢屋の鍵を開けて中から翼人と、信用できそうな奴隷出して、男が食糧庫から持ってきていた食糧を少し別けて動けるようにし、勢力を拡大していった。

翼人だけではなく普通の人間も巻き込んで反乱。

制空権を取られて上から攻撃され、上に注意を向ければ下から攻撃される。

 

次から次へと攻撃されて死んでいく兵士に、同じ兵士が恐怖し逃げ惑うが許さず、追い掛けて殺した。

建物には残らず全てに火を付けて、この街で悠々と過ごしていた民間人も焼き殺していった。

翼人の反乱を始めた光景を見ていた救世主たる男は、この国の王がいる寝室へと寄って扉を開けた。

 

中には外の大混乱にも気づかず、裸で女の上に乗って一生懸命腰を振っている男がいる。

のし掛かられている女の瞳は何も映しておらず、心が完全に折れていて腹も膨れて孕まされていた。

見ていて気色の悪い光景に眉を顰めながら音を立てずに近寄り、髪を掴んで無雑作に男を投げる。

 

掴んでいた髪を離さなかったために、手にはかなりの量の髪が握られていて、汚らしい物に触れてしまったと、振り払いながら服で拭った。

投げられた肥え太った王は、顔中に脂を滴らせながら男を血走った目で見ていた。

 

 

「ぐじゅぅ!お、おおおおお前!ぼ、ボクにこんな事して生きていられると、おおお思うなよ!!」

 

「……何だこの汚い生物は。これ程まで醜い生物がいたのか…まるで人間の負の物を詰め込み腐られたような生物だ」

 

「ぶ、ぶぇへへ!綺麗な顔しているなぁ!お前はと、特別にぼ、ボクの性処理の道具にしてやる!」

 

「────もう口を開くな」

 

 

急接近した男は王の顎に膝蹴りを決め、顎の骨を粉砕させた。

余りの痛みに悶え苦しむ様をいい気味だと、美しい顔で嗤ってから壁に飾られている刃が曲がっている特徴的な武器を手に取った。

嗤いながら近付いてくる男に恐怖を覚え、小便や糞を撒き散らしながら後退する男の腕と足の筋を斬った。

 

武器の使い方は知らず、かといって教えられたこともないので刃を当てれば斬れるということしか知らない。

だが、それだけでも十分だ。

 

痛みに泣き始めた王の片方だけの目玉に指を入れて刳り抜き、眼球をそこら辺に投げた後、筋を斬られたことで動くことが出来ず、しかし顎を粉砕されて喋ることが出来ない王の腹に蹴りを入れて嘔吐させてから、ベッドの上で呆然としている女の所に行った。

 

 

「貴様はどうする。このまま我等と反乱を起こし自由を手に入れるか?」

 

「………………。」

 

「それとも────この場で死ぬか?」

 

「─────ッ!!」

 

 

下げていた視線を上に上げて男の視線とぶつかり合う。

綺麗な瞳だと思ったが…綺麗なだけで何も映していない。

自分を見ているようで見ていない。

だから…

 

 

「殺して……こんな男の子供を孕んで…産みたくない…このまま…私のお腹の子供と一緒に殺して」

 

「……いいだろう」

 

 

殺して貰えるように頼み込んだ。

 

男はベッドに座りこむ女の横へと移動して武器を構え、何時でも首を斬り落とすことが出来るようにした。

最後に何か言い残すことはあるかと問えば、一瞬迷ったように視線を漂わせていたが…口を開いた。

 

 

「あなた達は……生きてね。頑張って」

 

「────無論」

 

 

武器を───振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国の中にある街は火の海となり、翼人一族の全てが解放された。

残りの奴隷であった普通の人間も、今までやられたことを返すつもりで人々を襲い殺していった。

女、子供、老人、一切関係なく…自分達奴隷を見て眼を逸らしていた奴等や、笑って見ていたもの…憐れんだ目を向けてきた者を殺していった。

 

やがてこの国の殆どの人間が殺され…国というものが機能しなくなる程にまで破壊したところで…男がこの国の王を引き摺りながら現れた。

 

 

「この国を治めていた王はここに居る!我等が奴隷になった元凶の血を引く者だ!恨みある者は嬲れ!憎しみある者は蹂躙せよ!我等は今!!───自由を手に入れたッ!!」

 

 

男の掛け声に雄叫びを上げて喜びを露わにする者達の前に、この国の王を投げ捨てて自由にしろと言った。

これから起こることを…血走った目で真っ赤な血を垂らす武器を持った者達に囲まれた王は、血の気を引いて藻掻くが…ただの汚らわしい芋虫にしか見えない。

 

恨みがあるものはこの場に集まり、全員が王を見ていた。

 

 

「かぶひゅっ…ふひょぉっ…じゅばっ…ばべふぇ…!」

 

「こいつのせいで…オレ達は……」

 

「奴隷にさせられ……」

 

「男の慰め物になり……」

 

「日々を絶望しながら過ごしたのか……」

 

「ばべほぉ…!じゅへぉ…!」

 

 

「精々苦しみながら、苦しめてきた者達に殺されるがいい」

 

 

後ろから聞こえる断末魔と、続けて聞こえる何かが飛び散るような音を聞きながら、男は前に居る他の翼人達の前に立った。

 

 

 

「俺は…これから国を創る!!翼人一族が繁栄して平和に暮らしていける理想の国を!!だが…やられたからと言って翼を持たぬ者達を捨てるのはこの国の王と同じ行いに他ならない!!故に俺は行き場を失った者達も受け入れ…種族関係なく平和に暮らしていける理想郷を創り上げていこう!!その為にも、俺だけの力では国を創ることは到底出来ない!…俺についてきてくれる者達はいないか!!────共に暮らしていこう」

 

 

男の演説が響き渡り、言い終わった時には周りは誰も話しもせず、ジッと此方見ていた。

見ていただけで、反応は無いためやはり無理かと考えたその時…自分の元に歳ゆかぬ少女が近寄って来て男のことを見上げた。

 

この少女は、男が最初に解放した牢屋の中で過ごしていた奴隷の子供だった。

入ってきて助けてくれた男の話を聞いて、自分の足で立ち上がって自由を手に入れるために戦った子だ。

 

 

「お兄ちゃんのお国は…わたしにも優しくしてくれる?」

 

「あぁ…あぁ!無論だ!今まであったことのような事にはならない。約束しよう」

 

「……なら、わたしも一緒にがんばるね?お兄ちゃんも…一緒にがんばろ?」

 

「…っ…あぁっ…一緒に…頑張って…いこうなっ?」

 

 

小さい子供が…己の創る国に一緒に来てくれる。

それだけでも嬉しかった。

 

思わず抱き締めて涙を流している男に、抱き締められている少女は背中に腕を回して優しく擦り、届かないからか背伸びをしながら頭を優しく撫でてくれた。

涙を更に堪えられなくなった男は、キツくキツく少女を抱き締めた。

 

すると、前から足音が聞こえてきて顔を上げれば、翼を生やした翼人と、翼の無い普通の人間の2人の男が来て手を差し伸べた。

 

 

「あんたが来てくれなかったら、今頃オレ達は奴隷のままだ」

 

「お前さんのお陰で自由になれた。そんなお前さんの創る国ならオレ達も住んでみたい」

 

「これからよろしく頼むぜ?オレ達の王よ」

 

「…お、俺が…王?」

 

「当然だろう?国を創るんだからよ!ま、一緒にやっていこうな?」

 

 

ニカッと笑った男の手を掴んで立ち上がると、前に居る大勢の人々が自分に向かって頭を垂れていた。

この人になら自分達のことを任せてもいい。

自分達のことを救ってくれたこの人の創る国だからこそ住んでみたいと…心から思った。

 

であれば、この国の王に頭を下げるのは当然のこと。

今まで苦しい目に遭ってきた者達の心は1つとなりて、この世界に新しき国を誕生させたのだ。

 

後に栄え…規模を大きく広くさせていき、東の大陸を統べる大国になるということを…この時まだ男は知らなかった。

 

 

「なぁ!王様?あんたの名前は何ていうんだ?」

 

「俺の名前……」

 

 

名前を付けてもらうことはなく、ずっとただの男として過ごしてきた男は、ここで初めて考えるような仕草をした後、ふと顔を上げて自分の名を口にした。

 

 

 

 

 

 

「俺の名は───リュウデリア。リュウデリア・ルイン・アルマデュラ」

 

 

 

 

 

 

この男こそ……フォルタシア王国初代国王───リュウデリア・ルイン・アルマデュラである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────時が経ち大凡1000年

 

 

最初に創られたフォルタシア王国は順調にその勢力を拡大し、戦争を仕掛けてくる者達は残らず蹂躙していった。

崩した王国を己の領土として取り込み、更なる領土拡大と民間人を増やしていき、爪弾きにされた行き場のない者を迎え入れて帰る場所と仕事を与えた。

 

種族の違いというものには関係なく、誰もが平等に暮らしていける、まさに人々の理想郷を創り上げていった。

時が経ち1000年…1人の王は大体60辺りになると王位継承を行い、己の息子に王位を与えた。

 

王位自体は変わろうと思えば誰でも王に変われる。

しかし…今までアルマデュラの名から王位が取られたことなど一度たりともない。

王位を得るには……王と戦い打ち勝つこと。

 

故に今まで王位を交代したことなど無かった。

ただ単純に────アルマデュラの名を持つ歴代の王達が強すぎたのだ。

中には挑む者が居たが、攻撃は愚か触れることすら出来ずに沈んだ。

 

共通点として、挑むのは何時も翼人一族以外の種族の者達だった。

何故か?……翼人一族は理解して確信しているからだ。

自分達の王は、アルマデュラ以外に有り得ない…と。

 

そもそも…翼人一族とは何か?

 

翼を持つだけの人間?否

 

身体能力が高い人間?否

 

全員が必ず魔力を持っている人間?否

 

 

彼等は穏やかで、お淑やかで、優しく、慈悲深いように思えるが…それも又否である。

 

 

彼等の正体は…残忍で容赦が無く、猟奇的なものでも躊躇いが無く、他の命というものに対して冷酷非情な根っからの────

 

 

 

 

────最強にして最凶の戦闘一族である。

 

 

 

 

故に、1000年前に少数の翼人達に国一つ落とされたのだ。

 

全ての翼人達は魔力をその身に宿し、可愛らしい可憐な少女ですら、普通の人間の成人男性以上の腕力を持ち、普通と比べて計り知れない持久力と耐久力。

普通には無い翼を持って制空権を奪い、恐るべき抜群の身体能力を持っている。

他にも翼人一族は皆が容姿端麗で美しく、何故かは分からないが例外なく美男美女揃いだ。

 

折れぬ忍耐と屈強な精神力を兼ね備えた……神に愛され神をも殺すと云われた生ける戦闘兵器。

 

これまで高を括っていた国は、ただ翼があるだけの者達だと思い戦争をしかけ…国を滅ぼされた。

 

 

そんな国に今日……新たな王となる者が生まれようとしていた。

 

 

このフォルタシア王国第16代国王…アルヴァ・ルイン・アルマデュラが、部屋の前で腕を組み、顎を手で擦りながら眉間に皺を寄せて歩き回っていた。

国に聳え立つ巨大な城で働く召使いのメイド達が、そんな動き回るアルヴァ王を優しい目で見守っていた時。

 

部屋についている扉の奥から、子供の元気な泣き声が聞こえてきた。

 

バッと残像が残る速度で顔を上げたアルヴァ王は、ドアノブに手を掛けようとしたが、まだ入室の許可を貰っていないことに歯を砕き割る勢いで噛み締めた。

 

早く我が子に会いたくて会いたくて……やっとの事で自分と妻との間に出来た子を一目見たくて…ものすんごいうずうずしていた。

やがて中からバタバタと忙しい音が少し止んだ時、中から1人のメイドが顔を出してアルヴァ王を呼んだ。

 

 

「ど、どうだ?我が子は…!マリアは…!?」

 

「お、落ち着いて下さい陛下!マリア様も御子息様も問題ありませんから!」

 

「そ、そうか…入っても…いいのか…?」

 

「いえ、もう少しお待ちを」

 

「何?…入室の許可を出しに来たのではないのか?」

 

「違います。その…マリア様が外から聞こえる足音が鬱陶しいから、どこかに行くか失せるかどちらかにせよ…と」

 

「…………結局どこかに行けということか…」

 

 

待ちに待ったご対面かと思えば、顔を見ずに叱られてしまったアルヴァ王は、肩を落として背中に数本の縦線を入れながら部屋を後にした。

そこまで忙しい時間はそう長くないだろうと考えたアルヴァ王は、直ぐそこの夫婦の寝室で大人しくしていることにした。

 

今残っている執務をやっても、生まれた我が子とのこれからのこと(一緒に遊ぶこと)を考えて手につかないと考えたからだ。

貧乏揺すりをして…意味も無く本を手に取って開いたり。

会いたすぎて名前の候補を200個程考えたりして時間を潰していると…夫婦の寝室をノックされたので入れと許可を出した。

 

 

「失礼致します。マリア様から入室の許────あれ?」

 

 

アルヴァ王は風となり…その場から消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「入っていいか!?入るぞ!?入るからな!!」

 

「鬱陶しいし喧しいわ」

 

「がふっ!?」

 

 

大声を上げて入ってきたアルヴァ王に、マリア王妃は近くにあった花瓶をぶん投げて顔に命中。

顔だけでなく服もビショビショに濡れてしまっているが、痛む鼻等を置いておいて、アルヴァ王はマリア王妃に抱えられている我が子へと近寄った。

 

マリア王妃の腕の中で気持ちよさそうに眠っている我が子を見て涙ぐん……号泣しながら見つめて、小さい手に人指し指を入れた。

すると手をきゅっと握ってくれて、身悶えて、マリア王妃からはすっごく冷たい視線を貰った。

 

 

「名は…どうする?私は先程200個程考えてきたが」

 

「……例えで1つ言って下さる?」

 

「ペニャルチュ───」

 

「死んで下さる?」

 

「……ごめんなさい」

 

 

人類最高レベルで最悪の名前を付けようとした夫に溜め息を吐いてから、マリア王妃は聖母のような微笑みで我が子の頬を撫でて、名前ならばもう決まっていると答えた。

 

どんな名前なのか聞こうとする前に、マリア王妃が我が子を包んでいる布を少しはだけさせた。

体を微妙にずらさせて背中を見せると…背中にある羽は、小さいが3対6枚の白と黒の羽が生えていた。

驚いたアルヴァ王はマリア王妃の顔を見ると、マリア王妃はうっとりとした表情で羽を見ていた。

 

 

「────とってもふわふわだわ」

 

「え、そっち?」

 

 

思わずツッコんでしまったのは仕方ない。

 

 

気を取り直して話すと、やはり…というか知らぬ者は居ない程の者と同じ羽の枚数なのだ。

3対6枚の翼はまさしく…フォルタシア王国初代国王リュウデリア・ルイン・アルマデュラと同じなのだから。

まさか我が子の翼が…と、アルヴァ王が戦慄していると、マリア王妃は名前を口にした。

 

初代国王のように国のためにも、己のためにも戦ってくれる強き子に育って欲しいという意味合いも込めて、初代国王のリュウデリアからリュウを取り、“リュウマ”と名付けた。

 

 

「あなたのお名前はリュウマ・ルイン・アルマデュラよ。リュウちゃん…♪」

 

「うむ…しかし他にもコピュニャレという名前候補が────」

 

「何か言ったかしら?」

 

「すまん。私が悪かった。反省してるから刀を下ろしてくれ」

 

 

絶対付けたくないようなセンス0の名前候補を上げられた途端に、先程子供を産んだばかりとは思えない動きで脇に置かれた愛刀を掴んで首に添えた。

はっきり言って美しい笑みをマリア王妃は浮かべているが、目が全く笑ってないし影が落ちているので只管怖い。

名前に関してはもう何も言わないようにしようと心に誓ったアルヴァ王だった。

 

刀を退けられ、首を擦ってから冷や汗を拭った後、気を取り直して真剣な表情となった。

マリア王妃もアルヴァ王が何を言いたいのか分かっているため、佇まいを直した。

 

アルヴァ王は最初から気がついていた。

 

 

我が子……リュウマから()()()()()()()()()

 

 

「この子に魔力は…無いのかしら…翼人には全員魔力を宿しているのに……」

 

「分からぬ。だが───どんな姿形であろうと、例え魔力が無かろうと、病弱であろうと、私達が愛情を持って育てない理由にはならない」

 

「……うふふ。そうね。魔力が無くても私の剣術を教えてあげればいいのですからね♪」

 

「……私も息子と魔法の勉強したかったっ…!」

 

 

翼人一族は常識的に魔力を生まれ持って生まれる…その観点からいくと…生まれたばかりであるリュウマは異端であった。

生まれながらにして魔力を持たない可哀想な子…。

 

だが……アルヴァ王とマリア王妃には関係無かった。

魔力が無いから何だというのか?

()()()()()()()我が子を愛さない?異端であると考える?馬鹿馬鹿しい…!

 

 

我が子に愛情を注がなくて何が親かッ!!

 

 

リュウマは生まれたばかりで言葉を理解していない。

序でに言えばまだ耳だって良く聞こえないし、目だって開けても余り見えない。

それはそうだろう…今誕生した生命なのだから。

だが……安心したように眠りについて涙を流していた。

 

 

アルヴァ王にマリア王妃は、自分達の元に生まれてきてくれた我が子に優しく微笑み…頭と頬を優しく撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見 つ け た ッ !!

 

 

 

マリア王妃がリュウマを世界に生み落とした全くの同時刻。

 

周りに一切合切何も無い……本当に何も無い空間ですら無い真っ暗な……それこそ暗闇の場所…世界とも言える場所にて……常に漂っていた1本の純黒の刀が歓喜に刀身を震わせていた。

 

 

歓喜も歓喜……想像を絶する圧倒的歓喜ッ!

 

 

宇宙…世界…そんな物が存在する前からそこに在るその純黒の刀は、在る時からその形をしていた。

 

 

何故かは分からない。

 

 

だが────この形が良い

 

 

本能とも言え、強迫観念とも言えるものによって形を完全に固定され、人間が編み出す武器の1つ…刀へと形を成した。

 

 

それからこの真っ黒な世界?空間?神域?にずっと在り続けた。

 

 

しかし────それもここまでだ。

 

 

見つけたのだ……ここではない別の場所に…己を持つ資格がある者……否ッ!!

 

 

 

 

 

己 の 半 身 と も 言 え る 存 在 が ッ!!

 

 

 

 

我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主我が主────

 

 

 

 

見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた────

 

 

 

会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会いに行こう 参上しよう 待っていて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

い ま ゆ く ぞ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

純黒の刀はその身に……それこそ幾つもの世界を一振りで破壊しかねない程のエネルギーを溜め込み始めた。

 

 

真っ黒な暗闇をも更に純黒に塗り潰すその力は……その場に幾千幾億幾兆もの罅を入れ……破壊をし完全なる崩壊を招くが───

 

 

 

 

 

知 っ た こ と か

 

 

 

 

 

己は向かうのだ────我が半身(リュウマ)の元へと。

 

 

 

 

 

 

 

やがて溜めたエネルギーを振って───世界を斬った。

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■はその場から消えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最初はこんな感じです。

誰も腰に差している刀がただの刀とは言っていませんよ?笑



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第弐刀  力の片鱗

こう…何ていうんでしょうね…ほのぼの書くときは地の文が少し少なくなってしまうことがありますが…御容赦下さい笑

ここで1つのことを……リュウマが使う殲滅王の遺産(ゲート・オブ・アルマデウス)ってありますよね?武器を召喚しているのに使っている魔法のことです。

あれはですね……これを書いた当初から設定が決まっていて────めったくそチートです。
細かいところは……本当に最後の方で明らかにしたいと思いますので、それまで予想をしてみて下さい!笑

当たった人がいたら……とっても…すごいです…笑


 

 

誇り高き翼人一族が治める国…フォルタシア王国に新たな王となる子が生まれ……国中はお祭り騒ぎとなっていた。

生まれて間もないその日は、マリア王妃がまだ調子を取り戻していないということで、3日空けての祝祭となり飲んでは食べて騒いで騒いだ。

それはそれは大いに喜んだ。

 

しかし…翼人一族は皆為べからず体内に魔力を宿している。

となれば……だ。

 

リュウマ・ルイン・アルマデュラが魔力を持って生まれてこなかったというのも直ぐに分かるというものだ。

だがしかし…しかしだ。

 

国に住む民はそんなこと気にしなかった。

魔力が在るのかないのか?体が丈夫なのか貧弱なのか?それより以前に、新たな王となる者が生まれたことに喜んでいたのだ。

確かに魔力が無いとなると魔法が使えず、戦法は限られてくるかもしれない。

だが、民達に新たな王となる子を見せる伝統的な催し物……王子謁見がある。

 

謁見と言っても、態々王城に出向いて直接見に行くのではなく、王子を抱えた王夫婦が城下町に続く長い道のりを乗り物に乗って移動し、王子を民達に一目見せていくというものだ。

 

この催し物は今までも大盛況であり、自分達とこの国を背負って導いてくれる王子を一目見れるということで祝祭の中で1番盛り上がる。

中には視界に捉えた瞬間に涙を流す者も居るほどだ。

そんな催し物をして王子の姿を見た時……民達は戦慄した。

 

確かに魔力が無い……だが、何故だ。

 

 

 

あの子供は我々と──次元が違う

 

 

そう直感してしまった。

魔力を垂れ流しにしている訳ではない…そもそも魔力が無いのだから。

此方を鋭く睨み、殺気を送っているわけでもない…まだ生まれて3日しか経っていない赤子なのだから。

なのに何故ここまで戦慄してしまったのだろうか?

 

理由は簡単だ。

ただただ……目に捉えた瞬間に本能的に悟ってしまったのだ……あの子は我等のような者達が到達出来ないところまで上り詰めるだろう…と。

赤子相手に恥ずかしくないのかと思われるかもしれない。

 

王子を拝見した者達はそんなことをほざいた者を鼻で笑い嘲笑を浮かべるだろう。

これまで圧倒的王威を放っているのに気がつかないのか…貴様は哀れであるな…と。

やがて毎度お馴染みの城下町の道を進み終わったアルヴァ王とマリア王妃は城へと帰り、王子を拝見して気分が更に高揚した者達は更に騒いだ。

 

因みに、余りにも騒ぎすぎて収拾かつかなくなってしまい、騒ぎ立てる夫を妻が耳を引っ張って家に連れて帰ったりした…ということが起きたり起きなかったり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…いやはや、盛り上がりが凄かったな」

 

「当たり前よ。将来国を背負って立つ新たな王との謁見よ?それは興奮するわよ」

 

「……リュウマは?」

 

「ぐっすり眠っているわ」

 

 

城へと帰ってきたアルヴァ王とマリア王妃は、2人ですやすやと眠るリュウマの姿を見て笑みを浮かべた。

眠っているリュウマの手の中に指を差し込めば握ってくれる。

それもかなりの強さで握ってくるため、常人なら血が止まって指が青紫色になってしまうような強さだ。

 

しかしアルヴァ王とマリア王妃は翼人一族でも屈指…最強たり得るアルマデュラだ。

いくらリュウマの力が強くとも、翼人が普通の人間…地人よりも元から屈強のアルヴァ王とマリア王妃にとっては可愛らしい程度だ。

 

今いるのは王夫婦の寝室であり、これからリュウマと一緒に眠ろうとしていたのだ。

マリア王妃は眠ってリュウマの姿を見れなくなる…という何とも頭が痛くなるような事を言って既に親馬鹿を発揮し────

 

 

「将来…リュウマにも(きさき)を娶らねばならんのか……憂鬱だ」

 

 

───こっちもだった。

 

 

「うふふ。妃だなんて、まだまだ早いわよ」

 

「いや、子供の成長とは早いもの…あっという間にそういったものを得なくてはならなく歳にまで成長するぞ」

 

「………………………憂鬱ね」

 

 

───どっちもどっちである。

 

 

一応言っておくが、リュウマはまだ生まれてから3日しか経っていない。

だというのに既に未来の妃の事に関して話し合っている時点で話が早すぎるというものだ。

どんな子がいいとか、やはり教養がなっているとか、本格的な話になってきた時…眠っているリュウマが身動ぎをしたのを皮切りに話を終えた。

 

アルヴァ王がリュウマの頭を優しく撫で、マリア王妃がリュウマの頬を優しく撫でる。

ぐっすり眠っているリュウマは気持ち良さそうな表情をして翼をパタパタも動かし、2人を悶えさせてノックアウトした。

 

これ以上リュウマを見ていると可愛すぎて眠ることも忘れ、ずっと見守ってしまいそうだと悟った2人は互いに顔を合わせて頷き合い、リュウマを真ん中に川の字で眠ることにした。

いくら親馬鹿に見えてもアルヴァ王は王の執務が控え、マリア王妃はリュウマの服を手編みをしなくてはならない。

手編みに関しては、買うのは却下して意地でも自分で作るということになった。

 

 

「おやすみ…リュウマ」

 

「おやすみなさい…リュウちゃん」

 

「……zzz」

 

 

 

 

今宵───本来の息子と会うことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生まれて間もなく、この世に1つの生命として根を下ろして3日しか経っていない赤子のリュウマは、人生という中で初めてであろう夢を見ていた。

周りが花に囲まれてふんわりとした優しい夢や、何かに乗って駆け回るちょっとした大冒険の夢でもない。

 

赤子のリュウマが見るにしては、かなり味気なくなってしまう辺り一面が真っ暗な空間に居るというものだ。

しかして不思議と嫌だとは感じない。

故に泣かぬし顔を顰めることもない。

 

ただ、辺りを不思議なものだと、子供故の好奇心と探究心で見回していた。

結局のところ、何も見えないと感じるレベルの真っ暗闇で楽しむ要素など皆無なので見回すのはやめたが。

 

 

「────嗚呼…ッ!会えた……我が半身ッ!」

 

「??」

 

 

するとそこへ1人の男の声が聞こえた。

親であるアルヴァ王やマリア王妃の声ではない誰か…しかし聞いていて安心するとも言える声。

まるで────()()()()()()()()

 

相手は自分と同じ赤ん坊の姿形をしているというのに、2つの足で立ち上がって腕をリュウマへと向けて宙を彷徨わせている。

顔はくしゃりとした、まさに泣いている子供のソレ。

しかして泣いているのは苦しいことがあるからではない……嬉しいからだ。

 

()()()()()()()()()()()…世界と世界を繋ぐ空間…橋とも言える場所を只管に進んで時間にして3日…やっとの事で自分の半身と言える者の所にまで来ることが出来、生き物ではないため表現するのは難しいが、夢の中に入り込んで目にすることが出来た。

 

 

これ程の幸せがあるだろうか…?否…あるわけが無い。

 

 

幾千幾万を越え、幾兆幾京という果てしない年月…刀である己ですら何時そこに存在したのか分からないほどの永き時に在るだけで、他には何もなく何も訪れない。

だが、やっと…やっとこの時がきた。

 

 

「私が(あなた)と融合すれば…本物の1つの存在となる。さぁ…今ここに───真のリュウマ・ルイン・アルマデュラの誕生をッ!!!!」

 

「あー!あー!」

 

 

まだ言語が分かっていないリュウマは、もう1人の自分と同じ顔をした赤ん坊に手を伸ばし、もう1人のリュウマと同じ存在は…更に近付いて手をリュウマの手へと重ねた。

すると、もう1人の存在の体が光の粒へとなりリュウマの体の中へと吸い込まれるように流れ込んでいく。

 

この時、今の状況に驚いてリュウマは目を丸くしていたが、綺麗な光景なので笑いながら喜んでいた。

後に光りは全てリュウマの中へと入り終わり……一度大きな鼓動を刻んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「───────ッ!!!!」」

 

 

─────ガギャッ!!

 

 

特大の魔力反応を直ぐそこで感じたアルヴァ王とマリア王妃は、片や手に愛刀を持って音どころか光りすらも置き去りにするほどの抜刀を、片や黄金の魔力を纏わせて攻撃力と強度を限界以上に引き上げられた金色の杖を…お互いに向かって振り抜いていた。

 

隣から感知したということでの攻撃だったが、奇しくもアルヴァ王とマリア王妃の攻撃が打ち消し合うという状況に至った。

マリア王妃の刀は速度と威力によって並の強度以上に強化された杖を半分程まで斬り裂き、アルヴァ王の杖の頑強さは凄まじい故にマリア王妃の愛刀を刃毀れさせた。

 

敵襲じゃないのか…と思って武器を下げ、アルヴァ王の魔法によって刃毀れした刀と半分斬れた杖は直された。

次の疑問が、自分達が過剰に反応してしまう程の魔力は一体どこから流れてきた?ということだった。

2人は言葉を交わさずしてリュウマ見て、目を見開いた。

 

 

「う…うぅぅううぅっ…っ…」

 

 

武器をかち合わせた時の音で安眠から目を覚まして泣きそうになっているリュウマと、その隣に何時の間にか寄り添うように置かれた()()()純黒色の刀。

本当に何時の間に…?と思った矢先────

 

 

「うぅっ……うぇぇ─────んッ!!!!」

 

 

リュウマが泣き出し……体から計り知れない膨大な純黒なる魔力が溢れ出した。

 

 

「なっ…!?」

 

「これは……!?」

 

 

夥しい量の魔力の大放出による爆発に、アルヴァ王とマリア王妃はその場から勢い良く吹き飛ばされて城の外に出るまで壁を破壊して追いやられた。

魔力は収まるということを知らずとでも言うように、魔力放出の範囲を更に更にと広げていき、やがて城下町の殆どを呑み込んでしまった。

 

夜遅くに流れ込んで肌を…神経を押し潰すように押し寄せる魔力に驚き、城下町に住む民達も何事かと飛び起きて外に出てから城の方を見た。

城では翼を広げたアルヴァ王とマリア王妃が飛んで、リュウマから流れ出てくる暴力的なまでの純黒なる魔力の圧力に耐えている。

中ではリュウマが泣いていて魔力が溢れ続け、城に住み込みで働いている侍女達が飛び起きて魔力の発源地へと向かっていた。

 

 

「こっ…れは…!なんという…!魔力…!!」

 

「リュウちゃんの…!魔力…!制御しきれて…!いないようね…!」

 

「無理も無い…!突如…!発現したのだからな…!」

 

「私達の…!せいでも…!あるわね…!!」

 

 

武器を合わせた音で驚かせてしまったと気がついたマリア王妃は、アルヴァ王と一緒に飛びながら魔力の奔流とも言える流れに逆らうように向かっていく。

小さな赤子で、泣いている為に無意識の内に大放出している魔力は強いことこの上ない。

 

アルヴァ王はこの魔力を打ち消そうと杖に魔力を溜め込み、魔法を発動させようとして驚いた。

発動自体はした…したのだが……発動した瞬間に()()()()()()()()()()

まるで流れの速い川の中にコップの水を溢したかのような、当然のように呑み込まれて掻き消された。

 

何という魔力の質と質量であろうかと戦慄していると、それを見ていたマリア王妃は魔力を纏わずして突き進み、部屋の中へと降り立って腕を顔の前に持ってきて魔力を防ぎながら歩き出した。

魔力の中を生身でいるというのは、案外厳しいもので…炎の中に入って移動しているかのように負担が掛かる。

 

だがマリア王妃はそんなことには構わず突き進み、どうにかリュウマの所にまで来ると、魔力の圧力で痛む体を無視して微笑んでみせてリュウマを優しく抱き上げた。

 

 

「リュウ…ちゃん?ママ…ですよ~?もう…大丈夫…だからね~?驚かせて…ごめんね?」

 

「うっ…うぅぅぅ…!ぐすっ…ぐすっ…っ」

 

「よしよし。良い子良い子♪リュウちゃんは本当に良い子ね~?ちょっと驚いちゃっただけだもんね~?大きな音立ててごめんね?」

 

「……っ…っ……ぐすっ…」

 

「うふふ。大丈夫。大丈夫よ」

 

 

優しく抱き上げられ、安心させるように背中を擦られて泣き止み、しゃくり上げていたリュウマはやがて完全に魔力が抑えられて純黒なる魔力は溢れることをやめた。

内心ホッとしたマリア王妃はニッコリとリュウマへ微笑みながら背中を撫でてあやし続け、夜遅くなだけあって眠気がきたリュウマは直ぐに眠ってしまった。

 

遅れてやって来たアルヴァ王は眠っているリュウマの顔を見てから安心したような表情をして、後ろにある壁に開けられた大穴や、所々真っ黒に侵蝕されている壁などを見て考察していた。

この3日でリュウマに魔力が無いことは分かっていたが、この度の魔力発現と謎の刀の存在。

 

どう考えても怪しいのはこの純黒の刀であると理解して手にしようとしたところで……激しい電撃のようなものが走って拒まれた。

まるで触れるなと言われているように感じたアルヴァ王は、触れることを一旦やめて寝かしつけてベッドに座り込んでいるマリア王妃の隣へと腰を下ろした。

 

 

「……リュウちゃんに魔力が出て来た。最初は持って生まれるものを持たずして生まれたと思っていたけれど…良かったわ」

 

「そうだな…しかし…これ程の魔力を内包していたとは…な」

 

「隣にあったあの刀が関係しているのでしょう?」

 

「うむ。それで先程触れようとしたのだが……お前ではないと言わんばかりに拒まれた。あれは何かの拍子に現れ、リュウマを主としているようだ」

 

「それなら…あの子に持たせてあげましょう。鞘から抜けると危ないから、触れないように紐で刀と鞘を結んで」

 

「の、方が良いか…」

 

 

頷き合ったアルヴァ王とマリア王妃は、更に遅れて慌ただしくやって来た侍女達に軽く状況を説明して納得させ、侍女達はリュウマに魔力が発現したことをまるで自分のことのように大層喜んだ。

壊れた壁はアルヴァ王の魔法によって音を立てないようにゆっくりと修復され、純黒の刀には侍女が持ってきた紐を刀に触れないように気をつけながら縛った。

 

これならばリュウマが触れても大丈夫だろうと思っていると、刀が独りでに浮き上がった。

何もしていないのにも拘わらず独りでに動き出したと思って警戒していると…刀はリュウマの元へと向かって又も寄り添うように着地した。

 

眠っているリュウマは小さな手を刀に触れさせると握り込み、安らかな表情をさせて更に深い眠りについた。

最早この刀がリュウマから離れることはないだろうと悟ったアルヴァ王は、今のところは刀を警戒するのをやめておく。

万が一リュウマから離したら魔力の暴走を引き起こしたりしてしまうかもしれないと危惧したからだ。

 

斯くしてリュウマの魔力発現事件は終わりを迎え、翌日に民へ昨夜はリュウマの魔力発現による爆発であったと伝えると、またお祭り騒ぎになってしまった。

仕事があるのに夜遅くに起こされたというのに、気にした風もなく祝ってくれる民は優しい者達ばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オギャーッ オギャーッ オギャーッ」

 

「あぁよしよしっ…どうしたのリュウちゃん?ママはここですよ~?」

 

「うぇぇ──────────んっ!!」

 

「あらあら…困ったわねぇ…」

 

 

この日、リュウマに魔力が発現してから2ヶ月経った頃…何時も眠るときは静かに眠っていて寝付きも良かったリュウマは、この日初めて真夜中に目が覚めて泣いていた。

今まで大人し過ぎた分赤ん坊然りとした夜泣きをして安心した反面、何時もはマリア王妃があやせば1発で泣き止んでいた事もあって泣き止まないリュウマに四苦八苦していたのだ。

 

ベッドの感触が嫌なのかと、腕に抱いてみたが見事にギャン泣き。

では抱きながら歩いてみたらどうかと考え、リュウマを抱えながら部屋の中を歩ってみても結果はギャン泣き。

マリア王妃が、相手が自分だからダメなのかと思って忙しい為にこの時間も執務をしているアルヴァ王の元へと行き、抱かせてみると更に夜泣きが悪化した。

 

執務をしているアルヴァ王の書類には、雨粒が垂れたかのようなシミがあったそうな。

傍で執務に付き合っていた大臣が、その現場を見て静かに涙を流したこともあったり無かったり。

 

お腹が空いたのかと、母乳をあげようとするが飲まないのでお腹が空いたわけではないようである。

何かの病気にかかっていてその苦しさかと、城に居る医師を文字通り叩き起こして診せれば、病気な訳ではないと言われた。

 

因みに、王族などによく乳母(うば)と呼ばれる女性がいる。

現在のような粉とお湯さえ有れば良質の代用乳…所謂(いわゆる)粉ミルクが得られない時代には、母乳の出の悪さは乳児の成育に直接的な悪影響を及ぼし、その命にも関わったとされる。

そのため、皇族・王族・貴族・武家・或いは豊かな家の場合、母親に代わって乳を与える者である乳母を召し使った。

 

また、身分の高い人間は子育てのような雑事を自分ですべきではないという考えや、他の性格がしっかりとした女性に任せたほうが教育上も良いとの考えから、乳離れした後で母親に代わって子育てを行う人も乳母という。

つまり生みの母親ではなく、育ての親というやつでもある。

 

また、商家や農家などで母親が仕事で子育てが出来ない場合に、年若い女性や老女が雇われて子守をすることがあるが、この場合は「姉や」「婆や」などと呼ばれることが多かった。

健康的でありながらよく()()()()()()()()()していたマリア王妃は母乳に困ることがなかったので、乳母を召し使うまでもなく自分であげている。

 

 

「オギャーッ オギャーッ オギャーッ」

 

「う~ん…困ったわ…。夫は役に立たないし、病気でもなくお腹が空いた訳でもない……」

 

「オギャーッ オギャーッ オギャーッ」

 

「泣き疲れたら眠るかと思っていたけれど…かれこれ1時間は泣いて────っ!!」

 

 

泣いてから1時間経っていると言おうとした時…泣いているリュウマから2ヶ月前に発現した純黒なる魔力が溢れ出てきた。

それも、ただでさえ赤ん坊が内包するには危険すぎる程の膨大な魔力だったというのに…今回感じる魔力は2ヶ月前よりも更に多かった。

 

赤ん坊というのはとてもデリケートな状態だ。

少年と言えるまで成長していたりするならば兎も角、生後2ヶ月となるとまだまだ免疫力が低い時期である。

熱を出したり風邪を引いたりしないように常日頃からのケアが大切になってくるのだが、今回はそんなレベルでの話ではない。

 

魔導士というのは体内に魔力の器と言えるものがあり、その器に魔力を溜め込んで魔法を使う。

魔力の器は勿論生まれた時から大なり小なり持っているもので、それが大きすぎると魔力制御がままならない為に高い熱を出してしまったりする。

グレイの師匠であるウル…その一人娘であったウルティアもその内の1人で、生まれて間もないというのに体内で高い魔力が高まることで体調を崩し、済し崩し的に高熱を出した。

 

魔力が高いことで高熱が下がらないことを、当時聖十大魔道に最も近かったと言わしめたウルは考え、住んでいる雪山の山頂付近から村から出て直ぐにある街の病院に駆け込んだ。

結果このままでは死んでしまうし、この魔力自体が危険であると判断され、ウルの手元から我が子であるウルティアを奪い取られてしまう。

グレイも、グレイの兄弟子であるリオンも、2人が寝静まっているであろう夜中に、テーブルに伏せて声を押し殺しながら涙する姿を見ている。

 

実はウルティアを取り上げた医師は悪徳医師で、魔力が高いウルティアを実験台として良からぬ事を考えていたが、ウルティアが成長した頃に魔法を使われて死に、行く当てが無く彷徨っているところをプレヒト…後のマスターハデスにヘッドハンティングされて悪魔の心臓(グリモアハート)に入って煉獄の七眷属という精鋭部隊のリーダーをしていた。

 

今はジェラールやメルディ、1人除いた嘗てのオラシオンセイスのメンバーと魔女の罪(クリムソルシエール)メンバーとして日々闇ギルドを壊滅させている。

そんな彼女が昔魔力によって高熱を出していたのだが、リュウマは端的に言うと当時のウルティアの比にはならない程の魔力を持っている。

 

なのに高熱を出さず体調も崩さず健康体であるのは、一重に体が元から丈夫である翼人一族であることがあるのと、リュウマのまだまだ発育途中であるリュウマの体が既に強靱な肉体を作り上げられているという事があるためだ。

だが、高熱を出さない代わりに……リュウマは辺り一帯に無差別超高濃度魔力を放出してしまう。

それ故に今、マリア王妃とリュウマがいる部屋に魔力が溢れかえり物が浮いては粉々に砕けている。

 

普通の人間ならばこの時点で化け物と言いながら腰砕けになって、這ってでもこの場から逃げようとするだろうが、マリア王妃も規格外であるため「まぁ!とっても元気ね♪」で済ませる。

 

何も、害が無ければ良いという訳の話ではない。

部屋の物を残らず破壊し尽くすのは別に構わないが、これ以上魔力が城以外の民達の住む城下町にまで影響を及ぼす訳にはいかない。

早く(攻撃的な)夜泣きを鎮めて寝かせなければ…と思い、リュウマを抱き締めながら考えること3分程。

 

 

「『──♪───♪♪────♪──♪♪』」

 

 

母になるまで味わうことが当然無く、城に仕える既婚者の侍女達から聴く子供の子育て生活を今絶賛していることをリュウマの夜泣きで経験し、己が可愛い我が子の母親という想いが生まれ、溢れ出るのではと思える程に愛しさで心を満たしながら…子守歌を歌った。

 

この国に伝わる伝統的な子守歌や、世界的に知られる一般的な子守歌を歌うのではなく、その身にリュウマを宿した時から夜泣きの時には歌おうと、心に決めていた作詞作曲歌い手の全てがマリア王妃の子守歌。

壊れていないベッドに腰掛け、腕の中で泣くリュウマを聖母の如き美しい微笑みを向けながら聴かせてあげる。

 

 

「オギャーッ オギャーッ オギャーッ」

 

「『────♪───♪──♪────♪』」

 

「オギャーっ オギャーっ」

 

「『──♪────♪───♪────♪』」

 

「オギャーっ………っ……。」

 

「『────♪──♪────♪───♪』」

 

「────zzz」

 

「うふふ。おやすみなさい…リュウちゃん♡」

 

 

1時間以上も泣き続け、挙げ句の果てには魔力で周りの物を破壊していたリュウマの膨大な純黒なる魔力は……弾けるように霧散した。

魔力が霧散しても泣いていたリュウマであったが、段々その夜泣きの力強さと勢いを鎮めていき、最後の方では泣き止んで子守歌を聴いている内に瞼が下りて眠る。

 

あれ程の夜泣きが嘘や冗談であったかのような呆気ない幕引き…だがマリア王妃は自分で作った子守歌を聴いて眠ってくれたことに嬉しくなり、そっとベッドにリュウマを寝かせてから自分も寄り添う。

一緒の布団に入りながら、まだ生えても短い銀よりの白き髪の生えた頭を撫で、1つ欠伸(あくび)をしてから目を瞑って同じく眠りについた。

 

泣いて魔力が溢れ出し、部屋の中が散らかってしまっているところを執務を終えたアルヴァ王が目にして溜め息を1つ。

執務に没頭している内にリュウマの魔力を感知したので向かおうとしたが、自分には出来ない泣き止ませをマリア王妃がやってくれると思い執務を続行したが、魔力反応が消えたことで安心した。

 

眠る2人を尻目に、何も無いところに腕を振るうと、何も無い所から金色(こんじき)に輝く杖を取り出したアルヴァ王は、その場で一振りすると破損した物が時を巻き戻すかのように修復され、壊される前の状態へと戻っていった。

疲れた体を休めるためにベッドに寄り、既に眠っているマリア王妃とリュウマと同じように寝っ転がった。

リュウマの頭を撫でたら目を瞑り、直ぐに眠りについた。

 

リュウマが自分で夜中に起きて泣き喚くという事があり、マリア王妃が歌うことで眠らせることに成功したその日の夜は、このようにして過ぎていったのであった。

後に、一週間に一度の頻度で夜中に起きて泣き、魔力を放って周囲の物を破壊するという事件があったが、その度にマリア王妃が子守歌を歌って眠らせた。

 

やがて時は経ち、リュウマは生まれて2ヶ月から、今では6歳の礼儀正しい少年へと成長している。

一歳になった頃には、普通とは早いが簡単な単語を話すようになって、マリア王妃のことを「まんま」と、アルヴァ王を「ぱぁぱ」と言って喋った時は2人とも狂喜乱舞させた。

 

リュウマの誕生日となった日には国中で恒例のお祭り騒ぎとなって騒ぎ、国中に住む民からリュウマへと沢山の誕生日プレゼントが贈られてきた。

まだ子供なので子供用の玩具だったり、自作であるという魔力の籠もったお守り、または高級な素材で織られた着物等も届いた。

 

喋るようにってからは成長が早く、自力で寝返りを打ったりハイハイをしたりして失踪し、お付きの侍女を大変困らせたりした。

だが、3歳となって少し経った頃からリュウマは、その異常なまでの力の頭角を現し始めていたのだ。

 

 

「おとうさんっ」

 

「む?どうしたのだリュウマ。態々ここまで来て」

 

「ん~とね……あそびに来た!」

 

「ハハハッ。そうかそうか。だが私は今大切な書き物をしていてな?少し待っていてくれ」

 

 

何時もと同じように執務室で大事な執務に没頭しているところに、マリア王妃と遊んでいたリュウマはアルヴァ王の元に来た。

折角来てくれたのだから遊んであげたいと、早めに区切りの良いところまで書類を片づけてしまおうと急いだ。

イソイソと頑張っているアルヴァ王の周りを、最近自分の体重を支えきれる程までになった翼を使って飛んで、邪魔にならない程度で旋回しながら見ていた。

 

すると何か閃いたのか、ニッコリ笑いながら近くに居た大臣に話しかけて適当な鉛筆と紙を貰う。

机は他の所にないので床に伏せて紙を置き、なんと若干3歳にして事を紙に書き始めていたのだ。

集中しているアルヴァ王は気がついていないが、ほのぼのとした気持ちで見ていた大臣は驚きに固まる。

何かを書くこと数分…何かを書き上げた達成感で溜め息を吐き出して、アルヴァ王の元へと駆け寄り書いたものを見せた。

 

 

「おとうさんっ。これ見て~!」

 

「…む?どうしたのだ?」

 

「これねぇ…ボクが書いたの!」

 

「ほうほう!どれど……れ……」

 

 

見せてきたのは────アルヴァ王が書類に書いていた文字の筆跡と()()()()()()が書かれた紙だった。

何かの冗談かと思って何度も瞬きをして見てみても、書かれているのは白紙の紙に自分が先程書いた内容のもの……つまり、アルヴァ王は白紙に突然王が熟す執務の内容を書いたということになる。

もちろん、そんなことをしたことも、した憶えも無いし…何よりリュウマが書いたということを後ろに控える大臣が示していた。

 

違いがあるとすれば、書く物が鉛筆なのか万年筆なのかという違いだけ。

アルヴァ王が癖でやってしまうような特徴までも本人ですら分からないレベルで再現してみせた。

当の本人は褒められるのか輝く瞳をアルヴァ王に向けていた。

まさかこんな事が出来ようとは…魔力に次いで更なる我が息子の持ちうる力の片鱗に触れて戦慄し、立ち上がってリュウマを抱き抱えて高い高いをしてあげた。

 

褒められながらの戯れにご機嫌になったリュウマは、その紙を持ってマリア王妃の元へと可愛らしく向かっていった。

その後ろ姿を見届けたアルヴァ王は…リュウマが居なくなってしまったので遊べない…と、若干凹んでいた。

だが、それ以上にリュウマのことが衝撃的過ぎた。

 

3歳で字を書くこと自体珍しいのに、書いたのは昔に王になる義務として習った故に達筆の方であると自身持てる程のアルヴァ王の文字だ。

しかしここで捕らえるべき事柄は───リュウマは内容を理解していない。

 

 

とどのつまり……文字をそのまま()()してみせたのだ。

 

 

言ってしまえば、内容はおろか文字の意味すら知らない。

 

だが、アルヴァ王が書いている時の万年筆の持ち方と書き方…払う止める伸ばすという部分を見て即座に覚え、3歳にして頭の中で3D映像のようなものを流して解析した。

次に自分で解析したシミュレーション通りに手を動かせば完成だ。

言っているだけでは簡単に見えるが…本当に出来るのだろうか?機械が事細かに分析して書いたならまだしも、実践して見せたのは3歳児だ。

 

人間は数十億人と世界には存在しているが、そのどれもが全く違う性格や姿形をし、感じることも思考することも違うのだ。

その者に合わせて全く同じく模倣すということを、たった今…初めてやって見せた。

 

 

「全く…我が子は本当に凄い。将来が楽しみだ」

 

 

アルヴァ王は誇らしげに笑い、部屋に入ってきて紙を見せられたマリア王妃は感激してリュウマを抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしそんな幸せな日常に────突如事件が起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




事件が起きるのですよ…えぇ。
内容は直ぐに終わってしまうかもしれませんが、リュウマからしてみれば事件ですので、お楽しみに。




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第参刀  片眼の傷 自己修復魔法陣

いやはやすみません。

最近国家試験を受けましてですね?試験勉強に追われる毎日で投稿が出来ませんでした…。

これからもこの様なことがちょくちょく出て来ると思いますが…よろしくお願いします。

因みに自己採点の結果受かってました笑




 

 

アルヴァ王がリュウマの発現し始めた模倣能力に気が付いて1年が経過した年のこと。

 

王族として身に付けなければならない習い事などは、リュウマの模倣能力を持ってすれば直ぐに覚えてマスターしてしまう。

故にこの1年は勧められるがままに音楽や学芸、礼儀作法に加えて、頭もいいということが分かり次第勉学にも力を入れていた。

 

本人も別段普通にやれば出来てしまうことなので苦など感じることも無く、ましてや覚えたと言って報告すれば母のマリア王妃と、父のアルヴァ王が両手を挙げて嬉しがって褒めてくれるので、直ぐに覚えて実践出来る自分の力は己の自慢であった。

 

剣を使った戦闘などの剣術指導は、常人である地人と比べると遙かに優れた身体能力を所持しているものの、歳はまだ3と少し…教えるには早いだろうと先延ばしにしていた。

マリア王妃的には剣を教える者を雇わず、自分の剣を教えたいので雇うつもりもなく、一刻も早く我が息子と剣を交えて家族の絆を深めていきたかった。

 

教えたくてうずうずしているマリア王妃をアルヴァ王がそれとなく嗜めて止め、もう少し経ってから教えた方がいいと進言して我慢してもらった。

教えたいが、武器の何たるかを教える以上怪我は付きもの…故に体が作り上がり始めてからにして、今はそれ以外の学ぶべきものを学ばせようということだ。

 

 

だが……ここで1つの問題が生じていた。

 

 

いくら父と母のアルヴァ王とマリア王妃が心身共に優れ、立派な王と王妃をして優秀な翼人で、そんな2人を見て育ち賢くなっているリュウマと言えども、蓋を開ければ何にでも興味を示す育ち盛りの子供……。

アルヴァ王とマリア王妃に誉めてもらえるからと言っても、やはり未知というものには心躍らされる。

 

城の中にある膨大な本を貯め込み貯蔵している本の保管庫…ここには滅ぼして吸収した国の本から、献上される魔道書なども含めた本がある。

その中でも子供向けに描き上げられた絵本が存在する。

 

この1年で書くだけで読めることはなかった文字について、担当の者から教わったリュウマは難しく教わっていないものでなければ大体のものは読めるようになっている。

なので中へと入って何時も読んでいる小難しい魔道書や、今まであった歴史が記された書物などではなく…子供に読み聞かせる為に書かれた、大人からすれば幼稚である華々しい冒険譚を綴った本を開いた。

 

 

「わぁっ。外ってこんなにいっぱい色んなものがあるんだぁ…!行ってみたいなぁ…」

 

 

話の内容については今のリュウマにとってはつまらないものなのだが…興味引かれたのは背景の部分。

読んでいる子供が楽しめるようにと、事細かに描写された絵はリュウマの子供故の心を鷲掴みにした。

生まれてこの方、城下町に数回程度だが行ったことはあれど、国の外に行って大自然というものを見たことが無かったのだ。

 

魔力が多すぎて危険だとか、外が危険だから外に行かせないという訳では無い。

ただ、リュウマが外に行ってみたいという欲望を、アルヴァ王とマリア王妃が感じ取れることが出来ておらず、リュウマは子供にしては優秀であるからと、外には余り興味が無いのではという先入観が招いた故だった。

 

先も述べたように、リュウマとてまだ子供だ。

普通は外に出て出来た友達同士はしゃいで遊ぶのが常なのだが、リュウマは城の中で遊び以外の習い事や勉強のみをしている。

そうなると、流石の優秀なリュウマとて、外への感心が強くなっていくというもの。

 

 

「そうだ────ちょっと行って直ぐに帰ってくれば……だいじょうぶだよね!」

 

 

だから……リュウマは勝手に城を抜け出してみることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ…!キレイな場所だなぁ…!」

 

 

図書室から出たリュウマはまず最初に、皆が知っての通りこの国唯一である王子のリュウマを見つけたら必ず一声かけてくる使用人達の存在をどうするかに悩んだ。

まだまだ知識が足りないリュウマには、後ろから軽めの打撃を加えることで意識を奪うという芸当は出来ない。

それならばと、何か気を引くような物を別の方向に投げて、そっちへ振り向いた時を狙って横を抜けようとも考えたが……却下した。

 

 

実を言うと城内の住み込みで働いている使用人達は皆が────戦闘力がかなり高かったりする。

 

 

使用人とは中世的な召使い・家臣から近代的な労働者への過渡的な存在であり、自分の意志で主人又は雇用者を選ぶ自由を持ったが、主人と対等な人格を認められることはなく、全面的な服従を求められるという役職だ。

なのにも拘わらず戦闘力があるというのはどういうことか。

 

この国…フォルタシア王国には、城で働く召使いを育成させる育成機関がある。

所謂召使いを目指す女性達の学校のようなものだ。

学び舎で召使いの何たるかから、召使いがやらねばならないこと、身に付けなくてはならないスキルなどを育てるという名目もあるが、最終的には召使いの一人一人には高い戦闘力を手に入れて貰う。

 

流石に国に仕え王の剣となり盾となる兵士達には一歩及ばないが、召使いというのに及ばないのはたったの一歩程度だ。

これはもし万が一…億が一にも城内に侵入者が現れた時に、その場に居た召使いが発見したが撃退が出来る訳がなく、みすみす敵を城内で見失ってしまった……などということにならないようにという処置である。

 

王の敵なる侵入者をその場で排除出来るようにと訓練された使用人(英傑)である。

持ちうる戦闘力の程度を簡単に表すならば、敵対する1個旅団を一人で相手に出来る程の恐ろしき戦闘力だ。

勿論のこと、それ以上である兵士達は更にその上をいき、団長はその中でもトップだ。

 

周知の事実であるが、考えるのも臆測になってしまう程の力を持つ兵士を束ねる団長よりも強いのが───王。

 

何気なく日常を忙しい執務で終わらせているアルヴァ王はその実、戦闘となると金色に輝く杖を取り出して遠距離から魔法を放って敵を殲滅する魔法使いだ。

生まれて暫くしてからは雇われた者に近接格闘の指南を受けたりもしたが、持ち前の膨大な魔力と、明晰たる頭脳を生かした遠距離からの魔法爆撃を得意としていた。

近くに近接格闘を使う猛者が来られたら少し厳しいかもしれないが、まず近寄ることが出来ない。

 

 

そして、忘れてはならない────マリア王妃。

 

 

只の人間である地人達と遺伝子という根本的なものから異質であり、強靱な肉体と精神力を持つ翼人が住まうフォルタシア王国の中で最強たる者しか就けない王。

そんな王を裏では軽く凌駕し圧倒してみせるのが───フォルタシア王国単騎最大戦力者…マリア王妃である。

 

普段は綺麗な笑顔を浮かべ、その笑顔で人に癒しと羨望、愛情を贈る優しき聖母のようなマリア王妃は、愛刀である刀を手にし戦場に出ればその姿は豹変する。

 

常に浮かべる笑顔は相手からすれば、次々と仲間を屠る者が愉しんでいるように思えてくる嗜虐的な表情に見え、攻撃を凌ごうと盾を構えれば盾ごと問答無用に斬られて絶命し、魔法ならばどうかと魔法出攻撃すれば当たらず…挙げ句には魔法を斬られて驚異的な速度を以て懐に忍ばれ斬殺。

 

速度も攻撃力の高さも全てが世界規模でも最強であるマリア王妃は、見かけによらず考えられないような戦闘力を持っているのだ。

 

話が逸れてしまったが、リュウマが躱そうとしていた召使いは、目を離している隙に横を抜けようとしても気配で感付かれることを知っている。

 

ついこの間のことだ。

 

部屋で勉学に励んでいたリュウマの所に、偶然入り込んでいた虫が近付いて来ていた。

不快感を催す羽音で気が付いていたリュウマは手で払い落とそうと手を上げた瞬間だった。

 

虫に向かってナイフが飛び仕留められてしまった。

 

誰が投げたのかと思い見渡せば、部屋に置いてある花瓶に差してある花を交換していた召使いが、視線を向けることなくナイフを飛ばした後の片腕のままに作業をしていた。

見ずに小さな虫を排除した召使いの強さに、4歳であるリュウマは顔を引き攣らせていた。

 

そんな出来事を思い返して傍を抜けるという作戦は取り止めにしたのだ。

では他にどうしようかと思い、魔法で姿を消しつつ気配を出来るだけ消してみればいけるのではないかと…却下しようとしていた案を使って行ってみると……いけた。

召使いは姿が見えず気配も絶っていたリュウマに気が付くこともなく、次の作業へと移るために素通りしていった。

 

案外簡単に上手くいったことに肩透かしを食らったリュウマは、安堵からくる溜め息を吐いて窓へと近付き開けて外へと飛び立った。

去年から自重にも耐えて飛べるようになっている6枚の翼は、1年の時を得てそこまで速い速度は出せないが、自在に飛べるようになるまでには成長していた。

勉学が終わった休憩時間や、寝る前のふとした小さい空き時間に部屋の中を回るように飛んで密かに鍛えていた。

 

その甲斐あって、今では台風でなければある程度の風の中でも自由自在な飛行を実現していた。

羽を使って飛びながら魔法によって姿を隠蔽し、ゆっくりだが確実に国を離れて飛ぶこと数十分。

上から見渡すことで見つけたのは、辺り一面に美しい花が咲き誇っている花畑とも言える場所だった。

目を輝かせたリュウマは直ぐに降り立ち、花を1つ引き抜いて匂いを嗅いでみた。

 

城内に置かれているような花とは違う、今まさに生きていた新鮮な花の甘い香りが鼻腔をくすぐり、思わずくしゃみをしてしまう。

気を取り直して座り込み、周りに咲いている色取り取りの花を引き抜いては前に置いて工作をし始めた。

作っているのは、何時ぞやの図書室で読んだ花冠というものを作る方法が載った本だった。

 

本を読んだだけで実践はしていないため、頭の中に入っているものを手で実現していくだけなのだが、そこは流石若干4歳であるリュウマ。

初めてというだけあって最初はもたついていたものの、既に作り方をものにしたのか器用に花の輪を作り上げていった。

 

 

「よし…できたっ。……母上と父上のも作ろっ」

 

 

持っていって見せたらどうやって作ったのかと問われ、確実に外に出ていたことを己自身で暴露してしまうということに気が付かないまま、リュウマは自分で作った花冠を頭に乗せながら楽しそうに他の花冠を作り上げていく。

要領を掴んでからは、狙った場所に付けたい色を持つ花を見つけては編み込んで美しい花で作った、これまた美しい花冠を作っていった。

 

ここにアルヴァ王とマリア王妃が居れば確実に花から愛情を垂らすであろう光景が広がっていた。

アルヴァ王とマリア王妃の分の花冠を作ったリュウマは、思いついたように他の違う花冠も作り始めた。

 

 

「えーっと…これがいつもボクのお世話してくれる召使いさんので~……これが料理長ので~……これがお掃除頑張ってる人のっ」

 

 

なんと彼は、城で働いて身の回りのことをしてくれている召使いや使用人達の分まで作り始めていた。

何気ない日常で助けてくれている人達にありがとう共に贈ろうと、まだ5歳にもならない彼はプレゼントを考えていた。

心優しく育っていたリュウマに、ここにいない者達は号泣するであろうことなど露知らず、楽しそうに鼻歌を歌いながら作業に没頭した。

 

やがて作り上げた花冠が30を超えるといったところで、周囲を包む黒い影が差し込んだ。

雲が太陽を隠した時に出来る影とは違い、もっと濃い…まるで────()()()()()()()()()()()()()()()()()黒い影……。

 

 

「────アーハッハッハッハッ!!やはり人間が迷い込んで来たか!人間は美しい物に魅せられ近付いてくるとどいつかが言っていたが、まさか本当に来るとは!!」

 

 

「??……()()()()?」

 

 

日の光を遮っていたのは、体中に生えている鱗の全てに色取り取りの色が付き、何とも色の濃いドラゴンだった。

違う色で出来ている鱗が数千個と並ぶことによって1つの模様を作り、その模様にちなんで呼び名を付けられていた。

 

全身の鱗が結集して1つの花柄に見えることから…華竜と他のドラゴンに呼ばれているフランダルというドラゴンだ。

 

 

「ドラゴンさんもお花の冠が欲しいの?」

 

「あぁ?」

 

「あれ?違うの?」

 

 

てっきり自分が作る花の冠が欲しいのかと思っていたリュウマは、作っていた物をフランダルへと渡そうとするも、フランダルはその花の冠を見て眉間と思われる場所に皺を寄せた。

 

 

「オレ様が欲しいのはなァ────」

 

「ぇ……」

 

 

フランダルは子供のリュウマからしたら太くて大きく、逞しい腕を振り上げてニタリと音がつきそうな笑みを浮かべると────

 

 

テメェ(獲物)なんだよクソガキィッ!!」

 

「わ…わぁ…!!」

 

 

本能的な危機を感じたリュウマは、急いでその場から転がるように右へと避けると……フランダルの大きな手が先程までリュウマが居た場所に叩きつけられて地を割り、衝撃で辺りに生えていた美しい花が飛び散ってしまった。

 

今の時代の生存競争において最上位にいるドラゴンの一撃……転がることで辛うじて避けることに成功したリュウマど言えども衝撃波で数メートル程飛ばされてしまった。

飛んでいる空中でどうにか背中の羽で体勢を立て直し、花の上を転がりながら着地した。

 

 

「ぁ…ボクが作った花の冠がっ…」

 

「あぁ?そんなもん知るかよ人間。オレ様は今腹が減ってんだ…大人しく食われやがれ!!」

 

「うっ…こ、こっちに来ないでっ!」

 

 

生まれて初めて食べられそうになっていることに恐怖を感じながら、こっちに向かって距離を縮めてくるフランダルにそう言いながら魔力を練る。

普段使われてこなかった膨大なだけである純黒なる魔力は、歪な球体を作り上げてフランダルへと放たれる。

 

速度もお世辞にも速いとは言えない魔力球をフランダルが避けられないはずもなく、余裕を持って横に避けて再び向かってくる。

少しずつ向かってくるフランダルに再び恐怖が心の中を征服し、このままでは食べられてしまうと思って立ち上がり、フランダルとは逆方向に向かって走り出した。

 

 

「なんだ?チョロチョロ走りやがってよォ?オレ様と追いかけっこでもしてぇのかァ?アーハッハッ!!」

 

 

後ろから聞こえてくる嘲笑と共に吐き出される言葉に耳など貸さず、リュウマはフランダルから逃げるために一目散に走り逃げていく。

体格も体の大きさも全てで劣っているリュウマの足の速さなど、10歩分を一歩で詰めることが出来るフランダルからしてみれば、一生懸命走っている蟻を見ているようだった。

 

小さすぎて腹には溜まらねぇと考えながらも、無いより有るだけましかと考えて追い掛けていく。

 

 

「ほ~れ!いつまで逃げるん───だっ!」

 

「うわあぁあぁ───────────っ!!」

 

 

背を見せるように体を捻り、後ろにある尻尾を持ち上げたフランダルは、走っているリュウマ当たるか当たらないかという瀬戸際の所を狙って尻尾を叩きつけた。

凄まじい威力にまたも爆風が如き衝撃波が生み出されてリュウマを吹き飛ばし、宙に投げ出されてから地面に転がり落とされたところへと腕を振りかぶった。

 

体の各所に鈍い痛みを感じていたリュウマは、涙で前が歪みながらも目をフランダルへと向けると、そこで腕を振り下ろされていることに気が付いた。

最初の時よりも近くで避けられないかもしれないと思いながら、避けようとするが……やはり遅かった。

 

 

「────あ゙ぁ゙あ゙ぁ゙あ゙あ゙っ!!」

 

「あん?…チッ。微妙に掠ったか」

 

 

叩き潰されることにはならなかったものの、フランダルの指の先に生えている鋭い爪が……リュウマの右眼を切り裂いた。

痛みで転がりながら目を押さえているが血が止まらない。

着ている服を赤黒く血で染めながら、恐怖で震えて仕方ない体に命令を送り逃げようとする。

 

そんな痛がりながらも自身からどうにか逃げようと這いずっているリュウマを面白そうに見ていたフランダルは、舌舐めずりをしながら嗜虐的な笑みを浮かべて再度腕を振りかぶった。

 

また同じのが来るのかと、残る左眼で見たリュウマは絶望しながら、ここに武器さえあれば少しは違うのではと考えるが…自分が武器を使ったとしても勝てるとは思えないことに思い至る。

だが、願わずにはいられないのが人間で子供である故の性なのだろう。

 

 

────武器が……あればっ!!

 

 

「なんだァ?───あっぶね!?」

 

 

心の底から武器をッ!と願うと────背後の黒い波紋から1本の剣が飛び出してフランダルへと射出された。

突然の攻撃に驚いたフランダルは辛うじて避けることに成功したが、飛んできた剣には絶対触れてはならないと…本能的な何かで直感した。

故に避けて、今では少ないが冷や汗を流していた。

 

まさかの返しに怒りを募らせたフランダルは、飛ばしてきたリュウマのことを見ると……跪いて頭を押さえて苦しげな声を上げていた。

 

 

「う゛っ…がぁ!?ぁ…が…ぐッ…あ…たまがッ…わ、割れそう…!」

 

 

()()()()()()()()()()()()襲うように頭の中へと流れてきた()()()に、まだ成長しきっていないリュウマの頭脳が悲鳴を上げた。

たった1本…されど1本の剣がこれ程までの頭痛を引き起こすというのであれば、2本3本となったらどうなってしまうのか。

そんなこと想像するまでも無い痛みなのだろう。

リュウマにはそれが解った。

 

 

だからと言ってやらない訳ではない。

 

 

よく分からないが、自身が武器が欲しいと…心の底から願ったら現れた…ならば同じようにすれば、同じように剣が出て来るのでは無かろうかと考えて心から願うが……何時まで経っても来ない。

何故だと叫びたい気持ちでいっぱいの中、フランダルが怒りの表情で向かってくる。

本能的恐怖を感じさせる武器を投げてきたリュウマを、これ以上何かされる前に殺して喰らおうとしていた。

 

 

「ったくよォ!何の魔法だか知らねぇが……お遊びは終わりだ。────死ね」

 

「うっ…うぅっ……!」

 

 

叩き潰してミンチにし、食い扶持が減るのを避けるためか爪を立ててリュウマを狙う。

爪で一突きしてそのまま食べようという魂胆だった。

右眼をやられて視界が半分となり、二度の強い衝撃で足腰が悲鳴を上げ、一度の武器召喚で脳が疲弊し上手く物事を考えることが出来ない。

 

ここで終わりかと思い左眼を瞑ろうとした時だった。

一人と一匹しかいないこの場に何かが近付いて来ていた。

身に覚えのある気配とも言えるものが近付く一方で、リュウマは何故“それ”が独りでに動いているのか理解出来なかった。

 

 

「────あがッ!?」

 

「ど、どうやって…」

 

 

飛んできてはフランダルの後頭部にぶち当たり、少なからずダメージを与えてから乱回転してリュウマの目の前の土に突き刺さったのは───純黒の刀だった。

 

少し城を出るだけだからと、使うことはないと思って自室に置いてきてしまっていた純黒の刀が、主の窮地を読み取り遙々飛んできたのだ。

驚きながら刀に手を伸ばして握り込むと、刀からどこか拗ねているような雰囲気が流れ込んできた。

不思議な感じだと思いながら、きっと何時も一緒にいるのに置いてきてしまったことと、己を求めなかったことに対する嫉妬だろうと受け取り、痛む体であやすように撫でると…その雰囲気も霧散した。

 

 

 

次いで感じたのは────底知れぬ“憤怒”

 

 

 

絶対な主を傷つけ、(あまつさ)え殺し喰らおうとしていたことに対する激昂。

刀がもし人の形をしていたならば、泣く子も逆に黙るまでの末恐ろしい鬼の形相を浮かべていただろう気配。

堪えられぬ…許さぬ…主に仇成す存在は消してくれようと、刀はリュウマに()()()()()()

 

 

それは────愛刀を振るうマリア王妃の映像。

 

 

勉学に励むリュウマの邪魔になるからと壁に立て掛けられた純黒の刀が、となりにあった窓から刀を使い運動をしているマリア王妃を見つけた。

何かに使えるかもしれぬと、リュウマの為に取って置いたマリア王妃の刀を振るう動きをリュウマの頭の中へと少しずつ流し込んでいく。

 

突然に10の情報を与えると脳が追いつかないだろうと、1、2、3…と、順番に与えることで脳へのダメージを無くした。

武器の召喚は早すぎたと()()()()純黒の刀の配慮だった。

 

 

「いってぇなァクソが!!…あ?それが飛んできたのか…だが残念だったなァ?多少のダメージは入ったが死ぬほどのものじゃねぇんだよ!!」

 

「……これは…解った。ありがとね?」

 

「何無視してんだ人間の分際で!!…決めた。もう許さねぇ。テメェはゆっくりと手足の先から喰ってやる」

 

 

再びリュウマに向かって爪を立てて振りかぶるフランダルに対して、リュウマは純黒の刀を左の腰の所に差して固定し、左手の親指で鐔を持ち上げて中に潜むどこまでも黒い(はばき)を覗かせ、右手で柄を握りてゆっくりと引き抜いた。

抜き終わるときに空気を切り裂く鋭い音を立てながら、真っ正面から向かってくるフランダルに向かって正眼の構えを取った。

 

一度残る左眼を瞑り精神を統一させ、今一度目を開ければ向かうフランダルの動きが遅緩(ちかん)して見えた。

これならいけるとか、これなら勝てるなど露程も思っていない。

自分がこの一撃で勝てるとは到底思えないから、これから行うのは只の傷を負わせるということの一点のみ。

 

 

正眼の構えから移り刀を上に構える上段の構えへ移行────

 

 

「じゃあなクソガ────」

 

「────模倣───」

 

 

向かいくる爪の一撃を右に紙一重で避け───

 

 

 

 

 

 

「────『撫斬(なでぎり)』」

 

 

 

 

 

 

フランダルの右腕部を、二の腕半ばから───斬り落とした。

 

 

「ぎやぁあぁ─────────ッ!!!!」

 

「で…きた……?」

 

 

頭に流れてきたマリア王妃との姿を自分を重ね合わせて行った、確実に今出来るもので最高のものは……フランダルというドラゴンに通用してみせた。

本来ドラゴンの鱗は鋼鉄のように硬いのに柔軟性をもっているという厄介なものだが……純黒の刀には無関係。

 

硬ければ斬り落とそう、固いならば穿とう、堅いならば崩そう。

どこまでも黒い刃は文字通り世界を斬ってしまう恐るべき切れ味と力だ。

今更ドラゴンの鱗如きに後れを取る訳が無い。

 

 

しかし、リュウマはミスを犯した。

 

 

 

「くォのォ────」

 

 

 

勝ってもいないのに───

 

 

 

「───クソガキがァ───────ッ!!」

 

 

 

余韻に浸り油断してしまっていた。

 

 

それ故に────

 

 

 

「がッ──────────ッ!?」

 

 

 

振るわれたフランダルの尻尾の一撃をまともに受けてしまった。

 

 

 

咄嗟に純黒の刀から流れてきた魔力の使い方に従い、全身を膨大な魔力で覆うだけ覆って防御に寸前で成功しているも、衝撃が凄まじく数十メートル飛ばされて大地に投げ出された。

 

脳も揺さぶられて立ち上がることも出来ない。

骨は折れていないが蓄積したダメージがとうとう無視できないものへとなりて、体中の感覚が無くなってしまう。

痛いのか痺れているのか分からないものが手足に流れ、体に流れた衝撃のせいで取り敢えずは塞がっていた右眼の傷が開いて血も流れる。

 

絶望的とも言える状況にフランダルが待ってくれるはずも無く、斬り落とされた右腕部の傷口を顔を相当に顰めながら押さえつつ向かってくる。

影がリュウマの体を覆う程の近くまで来たフランダルは恨めしそうに刀を見ると、鼻を鳴らしながら大きな口を開け始めた。

 

 

「クソガキのせいで腕を無くしちまった。もうめんどくせぇ───直接喰ってやる」

 

「ぁ……ぅ………っ」

 

 

大口が捕食せんと近付くのを、リュウマは残る左眼で見ているしかなかった。

こんな事になるならば、父や母が喜ぶような勉学に取り組んでいれば良かった、城から無断で出なければ良かったと心から思い、ここに居ない父と母に謝罪の言葉を心の中で贈った。

 

 

 

「ごめ…なさい…父上……母上……」

 

 

 

──────ばくんッッ

 

 

 

フランダルはその大口を閉じて、獲物であるリュウマのことを丸呑みに食べた────筈だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

口を閉じる瞬間……リュウマを喰らうフランダルの僅かな口の隙間を────一筋の線が過ぎ去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────私の愛しい愛しい我が子を傷つけたのは…あなたね」

 

 

 

 

 

 

 

 

腕の中で呆然と見上げるリュウマを抱えているのは────マリア王妃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだテメェは。……まぁいい。食い扶持が増え────」

 

「あなたに釈明の余地などないわ───斬り刻んであげる。……待っててね?リュウちゃん」

 

「待っ……母…上っ…!」

 

 

ニヤニヤと食糧が増えたことに機嫌を良くしたフランダルは、マリア王妃に向かって手を伸ばす。

対するマリア王妃は腰に差す愛刀に手を掛け────

 

 

「あ?」

 

 

「──────。」

 

 

フランダルの背後へと────瞬間移動が如き速度で抜けていた。

 

 

そのまま固まるフランダルを置いて、悠々と、しかして堂々と横を抜けてリュウマの元へと歩み寄るマリア王妃は隙だらけで……フランダルはよく分からないがもう一度手を伸ばした。

 

 

()()()()愛刀を鞘へと戻しながら、マリア王妃は囁くように言葉を紡いだ。

 

 

 

「我が剣に断てぬもの無し 我は一刃の《()》 故に我が前に障害は非ず 汝は咎人 我は音を置き光りを置き″時″をも置き去る刃を以て汝を断罪せん 刮目せよ 我が剣をその身に刻み輪廻へ還れ────」

 

「何をブツブツと───あれ?」

 

 

 

気付かなかった……フランダルは自身の残る左腕が斬り落とされ───宙を舞っていることを。

 

 

そこから宙を舞う腕は半分に斬られて二分割、十分割、百分割、千分割……両断されて文字通り斬り刻まれて……目には見えない極小の粒が如きところまで斬り刻まれてしまう。

 

やがて見える視界が二分割されてから分割数が増えていき、視界がズレるのを押さえて防ごうにも腕が無く、次第に体の至る所に線が入ってズレる。

 

 

 

フランダルの運命は……決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

至高天(しこうてん)遅速(ちそく)(つるぎ)────『時界崩刀(じかいほうとう)』」

 

 

 

 

 

 

 

華竜フランダルはその身を見えなくなるまで()()()斬られ、消滅するように死に絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅっ…ぐすっ…うぅっ…!!」

 

「もうっ リュウちゃん?勝手に城を抜け出しちゃダメでしょ?めっ、だからね?」

 

「母…上っ……ははうえぇっ!!」

 

「ほら、目を見せて?血が出てるから拭いてあげるわね?」

 

 

お気に入りである服は、全力でここまで来た余波で所々破れ果てて見るも無惨に、更にはリュウマの傷口を押さえる布の代わりとしてスカートの部分を迷い無く破り、魔法で造った水に浸して傷口に優しく当てた。

 

しかしリュウマはそれどころではなく、傷口の血を拭き取るマリア王妃の手を無視して力一杯抱き付いた。

強く強く抱き締め、残る左眼で涙を流した。

 

 

「ほ~らっ 涙も流しちゃって」

 

「でもっ…でもっ…!」

 

 

マリア王妃に態々手を煩わせてしまったことに対する自責の念からくる涙ではなく、今のマリア王妃の状態にあった。

 

 

 

今に限ってマリア王妃は────異常だ

 

 

 

「だってははうえっ───“翼”があぁ…ッ!!」

 

 

 

マリア王妃の背中には…プラチナブロンドに輝く翼が根元から食い千切られていたのだ。

 

フランダルに向かって歩み行くマリア王妃の背中を見たリュウマは気づき、自分のせいで翼人に必要不可欠である翼を失わせてしまったことに涙を流していたのだ。

 

本来ならば気絶してもおかしくはない程の激痛が体中を駆け回っている筈だというのに、マリア王妃はそんな表情を毛ほども見せず、あろう事かリュウマの心配をしている。

リュウマの心の中はあらゆる感情で混ぜ合わさり、黒々としていた。

 

 

「翼?……うふふ。私はね?リュウちゃん。誇り高き翼人一族が持つ翼なんかよりも、私の愛しい息子であるリュウちゃんが無事なだけで良かったわ。あなたは私にとって、何ものにも勝ることは無く、かけがえのない大切な存在よ。翼程度のもの…リュウちゃんのためならいくらだって犠牲にするわ」

 

「────っ!!ごめん…なさいっ」

 

「うふふ。さっ、帰りましょう?」

 

「うっぐすっ…ふぁいっ」

 

 

翼を失ったことでバランスを取るのが難しくなってしまい、時々転びそうになるところをリュウマに支えて貰う。

片目を失ったことで平衡感覚に支障が出ているリュウマが躓けば、マリア王妃が手を引く。

 

 

二人で一緒に助け合いながら、共にフォルタシア王国へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────リュウマとマリア王妃が帰ってきて3日後。

 

 

「背中の痛みは引いたのか?」

 

「えぇ。でも……リュウちゃんが…」

 

「うぅむ……」

 

 

寝室のキングサイズのベッドに寝転び、安静にしていたマリア王妃は、この3日間療養生活をしていた。

傷口が塞がり、ダメになってしまった眼球を取り除いたリュウマは比較的無事な方とも言えるが、翼人一族特有である翼を食い千切られてしまったマリア王妃は少々困った。

 

リュウマが居る手前痛みを感じないように振る舞ってはいたが、リュウマとマリア王妃が別々の部屋で治療するとなってリュウマが部屋から出た瞬間…マリア王妃は倒れてしまった。

 

倒れることは大凡予想していた救護班は焦ること無く、しかし速やかにマリア王妃の手当を施し、今日までマリア王妃は眠ったままだった。

 

起きたマリア王妃が最初に発したのはリュウマがどうしているかということ…この3日間二人の心配をしていたアルヴァ王は正直に話した。

 

 

リュウマはこの3日間……部屋から出て来ていない…ということを。

 

 

それを聞いたマリア王妃は悲しそうな顔を作った。

やはり自分の翼が無くなったことを悔やんでいるのだろうと、言葉を交わして安心させたかったが、まだ痛みが少しだけ残るため安静にしていた。

 

そしてちょうどその時────

 

 

 

────ドオォォォォォンッ!!!!

 

 

 

城を揺るがすほどの爆発音が響き渡った。

 

驚いたマリア王妃はどうしたのかと問うと、アルヴァ王は言い辛そうにしながらことの詳細を教えることにした。

 

リュウマは確かにここ3日ずっと部屋に閉じこもっているが、閉じこもる際に持っていったものがある。

 

 

────数千冊に及ぶ魔道書

 

 

それも禁書やら開けることを禁じられた危険な物から、治療に関することを研究された結果を書かれた魔道書を含めた数千冊の魔道書を、リュウマは慣れない魔法を使って浮かばせながら部屋へと持ち込み閉じ籠もった。

 

何をするのかと思いながら時が経つこと翌日……先程と同じ様な爆発音と衝撃が響き渡った。

最初は何事かとリュウマの私室へと向かうと、扉が内側から爆発で捲れ上がって破壊され、向かい側の通路の壁が爆炎で黒く焦げていた。

 

尋常じゃ無いことをリュウマはしていると直感したアルヴァ王が、兎に角壊れたところを戻そうと杖を振りかぶった時だった。

魔法を使った訳でもないのに、壁や扉が時を巻き戻すように修復されていったのだ。

 

 

まるで……アルヴァ王が良くやる時の修復のように。

 

 

行っているのは中にいるリュウマ…行っていることに失敗したリュウマは爆発で壊してしまったところを直し、誰も邪魔が出来ないように部屋を純黒なる魔力の膜で覆った。

こうなると魔法も物理も意味を成さなくなってしまうのでお手上げとなり、アルヴァ王は少しの間だけ好きなようにさせようと判断したのだ。

 

それからというもの…時々こうして爆発音が響いている。

 

心配で溜まらないマリア王妃は、せめてもとリュウマの部屋に三食の食事ぐらいは持っていくことを頼み込み、出来るだけ早く顔を見せてくれることを祈りながら、体力の回復の為に眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────3ヶ月後

 

 

リュウマが私室に閉じ籠もってしまってから3ヶ月という月日が流れた。

 

部屋の前に置いてある食事はトイレに行くために出て来た時に気が付いてからは確と食べてはいるものの、マリア王妃とアルヴァ王がこの3ヶ月にリュウマを一度も見ていなかった。

 

時たまに使用人達の誰かがトイレに出て来たリュウマと出くわしたりしたと聞いたが、何かに取り憑かれたように、生気溢れる姿はしていなかったと言っていた。

尚のこと心配になってきたマリア王妃はここ最近眠れず、美しい顔の目の下には隈が出来てしまっている。

アルヴァ王もアルヴァ王で時々執務の資料を見間違えたり、文字を間違えたりと集中力が散漫になってきていた。

 

そろそろお二人も限界が近いのではと、使用人達の間で声が上がっていた。

こうなったらリュウマ王子に出て来て貰うしかないと密かに話し合い、秘密裏にコンタクトを取ろうとしたが純黒なる魔力の壁に阻まれて入れず言葉も交わせず…。

 

流石に魔力が尽きてもいい頃なのではと、3ヶ月の間魔力を使い続けている故に思ったのだが、一向に魔力が尽きる様子を見せなかった。

 

皆がもうお手上げだと感じ始めた頃……正午を回ろうとしていて、リュウマのことをどうするかと話し合っていたアルヴァ王とマリア王妃の元に…3ヶ月ぶりに姿を見せたリュウマが現れた。

 

度重なる爆発によって着ている服は擦り切れて破れ、髪も四方八方に飛んで清潔感がまるで無い。

4歳の子供にしては痛々しい姿に悲しそうにするアルヴァ王とマリア王妃のことを、右眼の上を1本の傷痕を残しながら()()()確認したリュウマは目を伏せそうになるが、充血した目のままで近くへと歩み寄った。

 

 

「母上……手を…」

 

「え…?手??」

 

 

困惑しながらも手を差し出すと、リュウマはその手を小さい手で包み込むように握りしめ───魔法を発動させた。

リュウマの手から移るように伸びる幾つもの幾何学的模様の魔法陣がマリア王妃の体中に刻み込まれ、追うように第二の複雑な線を描く魔法陣が体中に刻み込まれていった。

 

何が起きているのか目を白黒させているマリア王妃とアルヴァ王を余所に、リュウマは発動させた魔法陣に魔力を流し込み続け、神経を集中させた。

 

 

やがてマリア王妃の背中から────翼が飛び出るように生えた。

 

 

服を突き破るようになってしまったが、リュウマはその光景を満足そうに頷きながら見ていた。

驚愕に目を見開いたマリア王妃は、生えた翼を手で触れると以前の艶や柔らかさ、血が通っていることによる温かい人肌の温度を感じた。

 

 

まさしく、マリア王妃のプラチナブロンドの美しい翼であった。

 

 

「ボク…が…やっ…と…作り上げた……『自己修復魔法陣』と…『肉体創生魔法陣』……です………3ヶ月前は……ごめんな…さ…い─────」

 

「ぁ…リュウちゃん!!」

 

「リュウマ!!」

 

 

言い終わると同時にリュウマは前のめりに倒れてしまった。

顔から行く前にマリア王妃とアルヴァ王が抱き留めることで免れたが、リュウマは二人の腕の中で蒼白い顔のまま眠りについていた。

3ヶ月前よりも痩せてしまい、髪は枝毛だらけになってしまっている可哀想なリュウマは、この3ヶ月間()()()()()()()()

 

図書室から持ってきた魔道書は治療魔法を開発仕様とした時の研究結果と、人体に関する詳細が絵付きで書かれた本。

魔力とは、魔法とは?という根本的且つ哲学的に書かれている本など、マリア王妃の翼を取り戻す為だけにこの3ヶ月一人で只管に魔法の開発と改良を加えていた。

 

城内…というよりもリュウマの私室で起きていた爆発は、創り上げた魔法陣に魔力を注ぎ込んでみると魔法陣自体が堪えきれず、魔力が瞬間的に溢れ出て…振ってから栓を抜いた炭酸飲料のように爆発したのだ。

壊れた物の修復については、時々アルヴァ王がやっている修復を使って行い、自己修復魔法陣はその何気ない魔法を基盤に創り出された魔法。

 

魔法を研究する者達からしてみれば、世の中にある魔法の中でも治療を施す魔法が数少ない中で、人体を創り出し復元させて修復させる魔法など、全てを擲ってでも欲しがる魔法なのだが……リュウマは若干4歳の、それもたったの3ヶ月で2つ創り上げたのだ。

 

 

天才と言わずして何というのか。

 

 

これから遙か未来において、傷を負えば使っていたリュウマの自己修復魔法陣とは……根源を辿れば傷を負った母の為に創り出された魔法であった。

 

そして右眼の上に走る1本の傷痕は、己の軽率な行動で愛する母を傷つけたということを忘れない為の戒めとして、治せるが態と残して健全な元の状態として定着化させたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう リュウちゃん」

 

 

 

 

 

 

 




リュウマ4歳────稀少魔法開発

マリア王妃────ドラゴン斬殺

アルヴァ王────自己修復魔法陣の原点を使用



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第肆刀  高みを知る

いやぁ……マリア王妃本気で強い(確信)

感想や評価待ってまーす!




 

 

リュウマがたったの3ヶ月という短い期間で自己修復魔法陣と肉体創生魔法陣を創り上げてから、実に4年の月日が流れた。

過程で言えば、リュウマはドラゴンにやられてしまい、己の母を危険な目に遭わせてしまったという念から、今までやってこなかった戦闘訓練というのを勉学と合わせて行うようにした。

 

最初こそ、マリア王妃が剣ならば私が教えると意気揚々として言ったが、リュウマは誰からも習わず、己の力のみで強くなってみせると言い放った。

とても残念そうにしているマリア王妃だったが、リュウマの母を超える為には本人から教えを請うてはならないという言葉に引き下がった。

 

それからというもの、リュウマは勉学の時間は真面目に受けて益々教養を付けていき、自己修復魔法陣などの魔法を開発するに当たって読み漁った魔道書のお陰もあり、魔法に関しては言うこと無しという所まできた。

では残りは戦闘訓練のみとなったが、リュウマは直ぐには始めなかった。

 

唐突に始めるのではなく、先ずは己の力がどれ程なのかということを把握してからにすれば、尚のこと効率が良いのではと考えたが故だった。

それで最初に思い浮かんだのが…武器の召喚。

 

華竜フランダルに一度だけ放つことが出来た武器の召喚を己の物とし、どんな戦況でも武器が尽きる事が無いようにと考案し実践してみることにした。

 

だが、中々武器が召喚させることが出来ず、いざ成功となると流れ込んでくる情報量の多さに頭を痛めていた。

二重の意味で頭を痛めていたリュウマは、これは実践有るのみと覚悟して1日10の剣の召喚を行っていき、慣れてくれば1本ずつ増やしていくという日課を開始した。

 

やがて2週間経った頃には……召喚することの出来る武器の数は200に届こうとしていた。

数が増えることに喜んだリュウマは、その他にもこの武器召喚の()()を微かにではあるが理解し初めてきた。

まだまだ子供のリュウマには知識が足りず、確証は得られないものの、解へと手が届こうとしていた。

 

これが本当に自分の考えているようなものならば、それはそれは凄まじい力だということを悟ったリュウマは、早速我が物にしたいと願って鍛練に励み……武器の出し過ぎで一回熱を出した。

 

2日間寝込んだリュウマは流石に早計すぎたかと反省し、出来るだけ早く、しかして焦らずを心掛けて鍛練を続けていった。

因みに、熱を出した時はアルヴァ王もマリア王妃も心配して声をかけてくれたのが嬉しかった。

 

 

次に問題となったのが────魔力量

 

 

月日が経つ度……それも()()()()最大魔力量が増加し続けていくリュウマは、流石に溜め息をしただけで吐息に魔力が宿り、壁に大穴を開けたのを切っ掛けに困惑を通り越して焦りを覚え、このままでは自分が城を破壊してしまうということで対処法を考えた。

 

最初は世界でトップと言っても過言ではない程の魔法使いであるアルヴァ王こと父に、己の魔力に細工を施してこれ以上増えないようには出来ないかと進言したのだが、リュウマの魔力は特異な純黒なる魔力…。

悩める我が息子直々の頼みということで聞き入れたかったのだが…お生憎リュウマの魔力が他の魔力を呑み込んで無効化してしまうため施しようが無かった。

 

残念だと思いながら自室で母であるマリア王妃の膝の上に乗って頭と羽を撫でられながら項垂れていた時のこと……ふと城下町に流れる小さな川と、塞き止めるために使われていたダムを見て閃いた。

己の魔力に誰も干渉することが出来ないというのであれば、自分でしよう。

 

 

そして────溢れないように(封印)をしよう。

 

 

考えついたリュウマは速実行に移した。

幸いなことに魔法については、そこらに居る研究者達よりも一回りも二回りも優秀な頭脳と、城に置かれている膨大な魔道書等の書籍があるのでそうは困りはしなかった。

日々魔力が上がり続けるという特異体質の所為で息をするように周囲の物を破壊していく中、焦りを覚えつつ独自の封印魔法を開発した。

それがまだ1年経った5つの時の話である。

 

封印魔法はリュウマの魔力の全てを封印しておくのではなく、一部を完全封印して残りを使うというものだ。

魔力が増えるというのは悪いことではないので、完全封印したら魔力が増えないと考えて一部に掛け、魔力の増加を遮ることの無いようにした。

 

己自身の魔力の器から、体中に流れていく魔力の通る管とも言えるものに、自分以外の者では如何なる手を使っても外すことが出来ない封印の門を施した。

するとどうだろうか…?

 

無差別に行っていた破壊活動はなりを潜め、今では一年前と変わることの無い普通の生活に戻ることが出来た。

 

なんと素晴らしいものを作ったのだと、部屋の中でスキップしながら自画自賛しているところをアルヴァ王とマリア王妃に扉の隙間から見られ、羞恥からくる感情の荒ぶりで封印を解いてしまい一室を破壊した事件などがありながらも、リュウマは何時しか封印魔法が得意な魔法となっていた。

 

魔法の開発が楽しくなってしまったリュウマは、時には年相応の悪戯で触れると体の自由を奪う封印魔法陣をアルヴァ王が執務を行う時に使う椅子に組み上げて使ったり。

同じ魔法陣を体に刻み込んだら、一方からもう一方へと一方通行の魔力譲渡を行う…何とも傍迷惑な魔法を作って差し出す魔法陣をアルヴァ王に、受け取る方をマリア王妃に刻んだりした。

 

何かと実験台にされていたアルヴァ王は困ったような顔をしていたが、楽しそうに魔法を使うリュウマの表情を見ているとこっちも楽しくなってしまい、ついつい許してしまっていた。

尚、やられて喜んでいるアルヴァ王をマリア王妃が気持ち悪いものを見る目で見ていたことには涙を流した。

 

悪戯で使用人達を全員困らせた後、そろそろ武器を使った鍛練に入ろうと考えたリュウマは────純黒の刀を使用することにした。

武器として使うのではなく……()()()()()使った。

 

日々の許される時間の限りをその知識を使った剣の鍛練に身を任せ、心身共に鍛えられていくリュウマは何時しか3年の月日を費やしていた。

勉学も教えてくれる先生が30分で匙を投げる程優秀になり、力も既に8歳にして王を除いたこの国最強である団長と戦って勝つ程まで強くなった。

 

そもそも、手に入れた知識による実戦訓練をということで数百キロ離れている“幻獣の森”を行ったり来たりしている時点で規格外であり、去年にはその幻獣の森にいる宝獣というものが持つ貴重な宝石を使ってマリア王妃の誕生日プレゼントである首飾りを作り、又同じく幻獣の森にいる凄まじい魔力増強の力を持つとされる幻の蝶である魔蝶を組み込んだ宝玉をアルヴァ王に贈った。

 

余談であるが、マリア王妃とアルヴァ王は互いに号泣してリュウマに抱き付きお礼を述べ、それぞれの贈り物に魔法で壊れない汚れない無くさないという魔法を掛けた。

そこまでする物かと苦笑いしていたリュウマであるが、そこまで喜んでくれたならば良かったと嬉しがってたりする。

 

言葉遣いも舌足らずなものからはっきりとした物言いとなっていて、今では成人男性と変わらないような流暢な喋り方となっている。

尚、まだ8歳なので声変わりが来ていないのだが、リュウマは早く大人になりたいという子供の時は必ず誰もが夢見る夢から、早く声変わりしないかと待ちに待っている。

 

リュウマ・ルイン・アルマデュラという少年は逞しく育ち、今では時々城下町に下りていってはこの国に住む民達との会話に花を咲かせ、国民からも愛される良き王子となっていた。

そんなリュウマは今日────マリア王妃と対峙する。

 

力を求めてかれこれ4年……。

4年前とは比べものにならない程まで強くなったリュウマは、この日マリア王妃と手合わせを願い出た。

愛する我が息子との剣の交わりを、4年もの間待ちに待っていたマリア王妃は歓喜して了承した。

 

朝早くからやりたいところではあるが、リュウマは少し時間を貰って昼前に行おうと提案したところマリア王妃はそれも了承。

ということで、リュウマとマリア王妃の手合わせは昼前に始まるということになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うふふっ。どこからでもいらっしゃい?」

 

「……すぅ…はぁ……行きます」

 

 

城にある広い中庭で、リュウマとマリア王妃は対峙していた。

リュウマはどんな武器を使っても良いし魔法も使っていいが、マリア王妃が使って良いのは危険性の比較的少ない木刀のみで魔法も使用不可、勝負内容は戦闘不能に陥るか参ったと言った方の負けというシンプルなものだ。

 

木刀のみというところに舐められている感があってムッとしたリュウマであるが、マリア王妃は真剣でやるとリュウマを斬ってしまいそうで怖いということでこの様な形となってしまった。

絶対ぎゃふんと言わせてやるっ…と、意気込んで背後から1本の刀を取り出し正眼の構えを取った。

 

マリア王妃は木刀を右手で持って、地に垂らすように脱力する。

構えないのか問えば、既に構えていると微笑みながら答えたので、取り敢えずこのまま始めることにした。

 

 

「───────。」

 

「!!……へぇ?」

 

 

刀の切っ先を向けたまま、リュウマはマリア王妃の周囲を囲うように歩って回り始め────第二第三と複数のリュウマが現れた。

気配のみで相手に複数の自分を幻視させるこの技は初見で見切るのが難しく、達人となれば気配を的確に感じ取って対応するが、リュウマがそれを察しない訳がなく、現れたリュウマの一つ一つに本体と全く同じ気配が纏っている。

 

初めて剣を交わすというのに初手から高度な技を見せられたマリア王妃は感心したように微笑み、目だけを動かして出方を見ている。

複数の分身が現れてマリア王妃の周囲全てを囲ったのを皮切りに、リュウマの本体とリュウマの分身達は()()()()()()迫った。

 

本人は一人しかいないので、普通ならば全てが同じ動きになるはずの分身は1人1人全く違う動きで迫り来る。

であれば、相手は混乱し隙が生まれ────

 

 

「────1…2…3…4…5…6…と見せかけてここね?」

 

「うぐっ…!?」

 

 

斬り掛かってくる分身の最初の5体は無視して好きに斬らせ、当然の如く体をすり抜けて消えていくのを気にせず、6体目も無視する…かと思いきや木刀を振るって本物のリュウマの攻撃を防いでしまった。

 

まさか一度で暴かれるとは思ってみなかったリュウマは驚きに満ちた表情をし、隙が出来たところにマリア王妃は攻撃することもなく腕力のみで軽く押すように距離を取らせた。

宙で1度一回転しながら着地したリュウマは、直前で決まったと思ったのに完全に見切られたことに苦虫を潰したかのような顔をし、次の一手に講じた。

 

右足を少しあげて地面に叩きつける。

脚力で地面に爪先が少し埋まったのを感じ取って体勢を低くとり、刀を持っていない左手を軽く地面に付けて前方のマリア王妃を見遣る。

 

太腿二頭筋という足の太腿の裏の筋肉が膨れ上がるほど力を込めて初速から最速を叩き出した。

周りの風景が素速く後方に流れていく映像が流れる中で、真っ正面から行けば迎撃されるのは目に見えて明らかであるので、ルートを選択し攻撃への道を導き出す。

 

マリア王妃の間合い寸前まで迫ると大地を踏み抜く気持ちで蹴り、右手方向に直角で曲がる。

そこから更に方向を変えてはマリア王妃に向かっては方向転換を繰り返し、時には横をすり抜けるように駆けていく。

 

リュウマの残像が四方八方に現れているのを()()()()()()()()()マリア王妃は最初から変わらない立ち姿で待ち、リュウマが来るのを待ち構えている。

 

 

「────シッ!!!!」

 

 

真っ正面から突撃するように見せかけて消失し、マリア王妃の真後ろから刀を振り下ろしたリュウマは入ったと確信し、斬るわけにはいかないので寸止めをしようとしたのだが、何時の間にか己とマリア王妃の間に木刀が置かれて攻撃を受け止められていた。

 

右から掬うように掲げられた木刀は真剣である刀を受け止めても斬れることも無く、力強くしっかりと受け止めていた。

木で鋼を受け止める技術と、完全に死角から気配を消して音も無く攻撃したのに反応してみせた空間把握能力に舌を巻く。

 

押し込むことが出来ない以上無駄だと悟って刀を引き、バックステップで後退すると、手の平に直径数十センチ程度の魔力球を創り出して投げつけた。

次いで魔力球を後を追うように自身も駆けて2度目の背後からの攻撃に出る。

 

木刀を最初の形に下ろしていたマリア王妃の右手がブレたかと思うと────魔力球を斬られた。

 

形を成すことが出来なくなった魔力球はその場で爆発して煙を巻き上げ、リュウマとマリア王妃の姿を覆い隠す。

自分も見えないが、魔力を音波のように周囲に飛ばすことで物に当たり跳ね返ってきた時間を計算して位置を掴むという技術でマリア王妃の居場所を把握、反対側の真っ正面から斬り掛かった。

 

 

「見えなければ当たると思った?うふふ。まだまだ甘いわね」

 

「……何で分かったんですか」

 

「うふふ。秘密」

 

 

攻撃は易々と防がれてしまい不発で終わり、刀と刀をぶつけた衝撃で煙が晴れると今も尚微笑みを浮かべるマリア王妃がいた。

どれだけ数で惑わそうが強力な一撃を見舞わおうが悉くを防がれるリュウマは、どんな攻撃ならば効くのか思考するが頭が良いだけに結果は同じ。

 

 

どの攻撃も意味を成さない。

 

 

団長と戦った時は危なげな遣り取りなどが生まれて接戦していたものだが、ここまで圧倒的力を見せられるとは思いもしなかった。

出来るだけ剣での攻撃で倒したかったが、このままでは戦いにすらならないので魔法も使い始めた。

 

魔力で身体能力を向上させて体を作り上げ、力も上がった事を利用するようにとある武器を取り出した。

普通の刀よりも刃渡りが長い大太刀に分類される物干し竿と呼ばれる刀だ。

 

手に持つ刀を戻して背後の黒い波紋からそれを引き抜いたリュウマは右脚を後ろに大きく引き、両手で持った物干し竿を顔の横に持ってくる霞の構えを取った。

何が来るのかと、マリア王妃密かに胸を膨らませる。

 

 

「秘剣────」

 

「────ッ!」

 

 

とある世界で、とある男が生前に編み出したとされる剣技の中でも屈指とされる最高の技。

空を駆ける素速い燕を斬ろうと試行錯誤を繰り返し、一を斬ってもダメならば二の剣三の剣ならば如何様かという結論に至った純粋な剣術での魔法。

 

これは後にありとあらゆる人々から不可避の剣術と呼ばれ、その由縁は────

 

 

 

「─────『燕返し』」

 

 

 

多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)という並列世界から呼び込まれる3つの異なる剣筋が同時に一切の僅かな時間差もなく、完全に同一の時間軸に相手を襲う斬撃を生み出すという現象を引き起こすものである。

 

 

詰まるところ……全く同時の三連撃である。

 

 

しかし────

 

 

 

 

「至高天・────『鏡映(かがみうつ)し』」

 

 

 

 

マリア王妃は初見で()()()()()()3つの斬撃を防いでみせた。

 

 

「………え?」

 

「うふふっ…面白い技ね?何時の間にこんな技覚えたの?」

 

 

何でも無いかのように振る舞うマリア王妃を、リュウマは信じられないものを見たような目でみた。

それも当然とも言えよう……彼女は初見で、尚且つ誰もやったことも見せた事も無い技を受けきってみせたのだ。

 

訳が分からずどうやったのか問うと、マリア王妃は小首を傾げながら何でも無いように言った。

 

 

「リュウちゃんが凄い技を使いそうだったから、私はリュウちゃんの動きを千分の一秒のズレも起きないように同じ動きをして同じ技を使っただけよ?」

 

「……………………納得できません」

 

 

まず長くない武器で、それも只の木刀で迎撃したマリア王妃の反則具合に叫び声すら上げる気にもなれず、目元を引き攣らせた。

ここまで理不尽な相手は絶対に居ないと確信したリュウマは、他にどうすればいいのか見当もつかないが、これならば魔法を撃っても斬られて終わるのでは?と思い始めてきた。

 

だが、一度挑んだ以上諦めるなど以ての外であるリュウマは物干し竿を消して又も1本の刀を取り出して構え、背後に大凡百に近い黒き波紋を広がった。

贅沢極まりないが、このどれもこれもが()()()()()()()()至高の武器達を降らせて隙を作ろうと考えたのだ。

 

 

「あらまぁ…凄い数ね」

 

「────覚悟です」

 

 

手始めに一本の剣が飛んで続く二本目。

射出された二振りの剣は寸分の狂いも無くマリア王妃目掛けて突き進み、串刺しにせんと迫るが避ける動作無し。

最早避けることなど最初から考えてすらいないマリア王妃は木刀を持ち上げて先をゆく剣を一閃。

弾かれた剣は第二の剣に当たり連鎖的に弾いた。

 

一度に二の剣を退けたマリア王妃は、凌いだと同時に迫り来る残りの百近い武器達に無雑作ながら構えた。

只飛んで迫る物などはたき落とすだけでよい単純作業故に苦など無く、一閃で四本弾いて四本に当て、高速の振り下ろしで発生した飛ぶ斬撃で延長線上の武器を両断した。

 

弾くだけなら未だしも木刀で両断するとは何事かと、この武具は至高の一品だ、だがもしや豆腐のように柔らかいのか…?と冷や汗を流しているリュウマは気を取り直し、次こそは一本取ってみせると構えた。

 

 

「飛天御剣流────」

 

 

未だに飛んでくる武具を一方的に迎撃しているマリア王妃は、リュウマが何かをしようとしていることに気が付きながらも態と飛び交う武具の対処に回っている。

左右から迫れば右に持った木刀を半円を描くように右から左へと一度に武具を叩き落とした。

 

隙有りと言わんばかりに背後から射出された武具は、下の土を木刀で勢い良く抉りながら飛ばして無理矢理な軌道修正を行った。

真横を通り過ぎた武具は前から迫る武具に正面からぶつかり合い墜ちた。

今度は上から聞こえてくる風切り音に反応して上へと構え、一度の刺突で上空に流れる雲ごと散らした。

 

と……ここで完全に開けた懐へと潜り込むように迫るのは武具ではなくリュウマ。

速度も威力も魔力を使って超強化を施しながら刀を構えてソレを打ち出した。

剣術の基本である9つの斬撃……

 

壱・唐竹(からたけ)もしくは切落(きりおろし)

 

弐・袈裟斬(けさぎ)り。

 

参・右薙(みぎなぎ)もしくは(どう)

 

肆・右斬上(みぎきりあげ)

 

伍・逆風(さかかぜ)

 

陸・左斬上(ひだりきりあげ)

 

漆・左薙(ひだりなぎ)もしくは逆胴(ぎゃくどう)

 

捌・逆袈裟(さかげさ)

 

玖・刺突(つき)

 

これらを飛天御剣流という神速剣術において神速を最大限に発動させつつ突進しながら同時に放ち、一度技が発動してしまえば防御も回避も不可能な技と言われる技である。

 

 

「至高天────」

 

 

天へと突いていた状態から既に正面へと構えていたマリア王妃は、ここで初めて真面な剣の構えを取った。

霞の構えから取る木刀を水平に保ったところから下へと下ろして霞の下段構え。

そこから宙を斬るように鋭く上へと持って行って勢いを付けると、霞みの構え上段に戻しから、斬り下ろしの連撃へ繋げた。

 

向かうは神速による九つの斬撃、対するは自身に多数の攻撃が行われた場合に撃滅する為に編み出された対多数撃滅型剣術。

 

 

 

 

 

「────『鰯暮(いわしぐれ)』」

 

 

 

 

 

()()()()()()から最後の五十と二の太刀まで一呼吸の合間に放って九頭龍閃を凌ぐどころか、リュウマに五十と二の剣を見舞った。

回避不可能と言われた剣術を立て続けに真っ向から圧倒的力によってねじ伏せたマリア王妃には、現地点ではどう足掻いてもリュウマは勝つことが出来ない。

 

弱打とはいえ五十をも超える刹那の連撃を打ち込まれたリュウマは、手に持つ刀を木刀でありながら砕き割られ、尚且つ後方数メートルも吹き飛ばされて中庭を囲うように立ち上げられている壁に突っ込んだ。

 

壁が砕かれ上から崩れ墜ちてくる瓦礫の下に追い遣られたリュウマは意識が朦朧として目が霞んだ。

本気の全力でやられれば、寄って刀を振り下ろす前に細切れになっている相手なだけに、どれ程の策を巡らそうが上から圧倒的にねじ伏せられる絵図しか見えてこない。

 

そもそも、すれ違い様に数万回相手を斬って消滅させるように斬殺するマリア王妃に手数で勝とうとするのが間違っていたのだと、今更ながら上手く回らない頭の中で納得した。

 

 

であれば─────最高の一撃を届けよう

 

 

「ごめんなさいリュウちゃん!!待っててね!?今出して────」

 

 

リュウマの上にのし掛かっていた瓦礫の山が……弾けるように細切れに斬られて霧散した。

中から現れたリュウマの体中には幾多もの線が入って傷ついた体を修復し、これから行う技のために鋭気を研いでいた。

 

発動して僅かしか経っていないので少しふらついているがそんなことは知らず。

今は頼りなさそうに見えるが、後十秒もあれば鈍い痛みを感じる肉体は完治されるのだ。

自己修復魔法陣で体を治しながら、リュウマは鋭い視線をマリア王妃へと向けた。

 

 

「ボクはまだ…立っています…!自分の足で…今…!立っていますッ!!情けは人の為にならず…ボクはこれから最後の一刀を母上に放ちます。母上は全力では無理かもしれませんが────本気で来て下さい。」

 

「リュウちゃん……」

 

「ボクの為と考えて頂けるならば……お願いします」

 

「…………分かったわ」

 

 

リュウマから向けられる真剣な表情と迫力に負け、少し目を瞑ってから目を開けると……雰囲気が変わった。

 

 

「──────ッ!!」

 

「フォルタシア王国を治める王…アルヴァ・ルイン・アルマデュラが妃、『戦女神(いくさめがみ)』こと私────マリア・ルイン・アルマデュラが受けて立つ。まだ歳ゆかぬ少年よ───」

 

 

 

 

 

 

更なる高みが力を知りなさい

 

 

 

 

 

 

 

全てを残らず抵抗無く…思うがままに斬り裂く抜き身の刀を喉元に突き付けられているような、いや、既に首を両断されて頭が胴と離れてしまっているのではないかと思わせる程まで研ぎ澄まされて与えられる剣気。

 

膝を突きそうになる圧力の中で気をしっかり持ち、震えそうになる右手を左手で抑え込んで止め、深呼吸をして刀を構えた。

 

中途半端な剣技では斬り伏せられ、手数で押そうなど以ての外である愚策も愚策。

今欲しているのは何処までも一刀の元に斬り伏せる剛を以て剛を下し剛を成す一撃。

でなければ前に佇み構えているマリア王妃には届かない。

 

 

必要なのだ────絶対の剣による技がッ!!

 

 

手足にに力を込めて魔力を全身に張り巡らせたリュウマは……駆け出した。

 

 

 

 

 

()()()・──────ッ!!!!」

 

 

「至高天・──────ッ!!!!」

 

 

 

 

 

2人の剣は重なり合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日の昼餉の献立どうしましょうか?」

 

「そうですね…今日はリュウマ王子とマリア王妃が運動をした後ということで、疲労回復の献立にしましょう」

 

「あと、リュウマ王子はお肉お好きでしたよね?」

 

「では、お肉料理をメインに考えましょうか」

 

「「「はい!!」」」

 

「……うぅ…まだ慣れないです…」

 

 

城の一階に位置する場所に設けられた料理室では、あと少しでなる昼餉に出す料理の献立決めを行っていた。

運動(手合わせ)をしているリュウマとマリア王妃の事を考えて、きっと終わる頃には疲れてお腹を空かせているだろうと考えた料理長は、折角だからリュウマの好きな肉を使った料理を出そうとしていた。

 

献立を大雑把ではあるが決めた料理長は、他に働く料理人達に指示を出して料理を作っていく。

この国は世界的に進出していることもあって、多数の限定的に取れる山の(さち)や海の幸などの最高級品のみを使っている。

 

料理長が手掛ける料理はアルヴァ王やマリア王妃、リュウマがとても美味しいと毎度呼び出しては声をかけてくれるので歓喜に身を震わせ、何時如何なる時でも満足して貰えるような料理を出すことを心掛けている。

 

今年で十代半ばになる、まだまだ若い料理長の地人である女性は、貧しき下々から無理矢理税を得ていた愚王が治める国で不幸にも生まれてしまい、幼少の頃から貧困極まる生活を強いられていた。

そこで子供の頃に手を出したのが料理だった。

 

食べる物が無く、時には鼠などといった小動物を食べて日々を凌いでいた当時の料理長は、そんな物を食べて病気にならないようにと調理をして出来るだけ料理として食べられるようにした。

病弱で栄養失調で動けない母に代わり、治政の改善を求めただけで殺された父の分も母に付きっきりにだった料理長は日々を頑張って生きていた。

 

幸いなことに料理長は稀に見る料理に対する磨けば何処までも光る原石を持っていた。

どんな不味そうな料理も美味しくさせる魔法のような才能に、母は苦労させてごめんと謝りながらも感謝した。

やがて匂いに釣られた他の貧困民が料理長に助けを求め、小さい子に少ないながら素材を渡し、美味しい料理を作って貰ってはどうにか日々を食い繋いだ。

 

それからというもの、料理の腕も劣悪な環境でも磨き上げられたが故に、既に腕前はプロに勝るほどのものとなっていた。

しかし、とうとう国を維持していられなくなってしまったその国は他の国に侵略され、兵など居てもいない程度の低兵力故にあっという間で墜とされた。

 

散り散りになる人々と同様、命からがら国を出て母と助かった料理長は、流されるがままに行き先が無いため適当な道を進んで行くと、運が悪いことに東の大陸に存在する幻獣の森に辿り着いてしまった。

普通の人では生きて帰ることは不可能となる場所に来てしまった料理長と料理長の母は、猛獣の餌食となりそうになるところを鍛練に来ていたリュウマに助けられた。

 

 

『なんでこんな所に居るんですか?……見たところ武に秀でたものを持っている様では無さそうですし…』

 

『あのっ…助けて頂きありがとうございます……』

 

『そう畏まらなくてもいいですよ。ボクはまだ子供なので、こんな小さい子供に頭を下げるのは嫌でしょ?』

 

『いえ、私と母を助けて頂いたのです。当然のことなので……お礼をさせて下さい』

 

『って言われてもですねぇ…お姉さんは何が出来るんですか?』

 

『えっと……料理…くらいならば…』

 

『─────へぇ?』

 

 

丁度今屠った猛獣がいることだし、試しにお礼の代わりとして料理を作って貰おうかと頼んだリュウマの言葉に、お礼が出来て嬉しそうに笑う料理長は綺麗な笑顔だった。

材料は肉しか無いので焼いて終わりだろうと高を括っていたリュウマはその数分後、今まで嗅いだことの無い御馳走の匂いに釣られて腹を鳴らした。

 

自分が肉を焼いたときはこんな良い匂いなど出なかった。

一体どうなっているのかと覗き見たリュウマは、凄く楽しそうに肉を焼いて料理をしている料理長を見た。

それも幻覚の類なのか、見たことも無い具材が彼女の周りを従うように囲っていたのだ。

 

やがて完成した見た目は普通の骨付き肉である料理を出されたリュウマは、恐る恐る口に持っていき一口齧りつく。

 

 

────何時の間にか食べ終わっていた。

 

 

ハッとした時には大きな猛獣の肉を全て食べ終わっていて、一体こんな小さな体のどこに入ったのだろうと、摩訶不思議な物を見る目を送る料理長と料理長の母を見て察した。

 

まさかこれ程とはと思った…それよりももっと食べたいと…この人の料理を今度こそ味わって食べたいと心から感じたリュウマはこの場から動かないようにと2人に言いつけて、手頃の食い扶持がありそうな丸々太った猛獣を10匹程屠って持ってきた。

 

余りの量に笑顔を引き攣らせている料理長を気にする様子も無く、作ってくれればこっちがお礼をすると言って作って貰った。

今度は3人で食べて極上の味の余韻に浸っていたリュウマはお礼として、病弱だった料理長の母の『病弱』という部分を加護を与えて消し去り健全な人間へと戻した。

 

その時の光景を目の当たりにして顔色が見違えるように良くなった母を見た料理長は、涙で顔をくしゃくしゃにしながらリュウマに土下座する気かというほど頭を下げて感謝した。

もう料理するだけでは恩を返せないと言った料理長に、では専属の料理人…料理長になってくれと進言した。

 

どういう意味なのか分からない料理長と料理長の母だったが、魔法で隠していた羽を現したリュウマのことを見て驚き、城へと案内されてアルヴァ王とマリア王妃に事の詳細を楽しそうに、味を思い出して恍惚とした表情で話しているフォルタシア王国王子…リュウマ・ルイン・アルマデュラを見て気絶した。

 

斯くしてそれからというもの、アルマデュラ一行は料理長の料理をえらく気に入り、文字通り料理長に任命したのだった。

翼人一族の住まう彼のフォルタシア王国の王族専属料理人になるとは思っても見なかった料理長は、今では元気な母と一緒に平凡な家に住んで日々を謳歌していた。

 

そんな彼女が料理を作って半分ほど作り終わったという時────壁が爆発して何かが舞い込んできた。

 

阿鼻叫喚となってしまった料理室で冷静に状況を整理して、取り敢えず飛来して壁に大穴を開けたモノの正体を確かめることにした。

飛来したモノは左の壁をぶち抜いて右の壁まで貫通して尚止まること無く進んで行ったので、空いた穴を通っていけば見つけられる。

 

 

瓦礫で足を挫かないように慎重になりながら穴の向こうへと目を向けると─────リュウマがいた。

 

 

勢いが破壊された壁で殺されたのだろう、特に分厚く作られていた図書室の外側の壁にめり込んでから重力に従い床へと落ちていた。

四肢を力無く垂らして髪で隠れているため表情は窺えないが、ピクリとも動かないことから気絶している事が分かった。

 

だとしても、翼人一族だとしても若干8歳の子供が複数枚の壁を破壊さながら飛んできたのだ。

ましてや相手がこの国唯一無二である王子ともあろうものならば、目をこぼれ落ちるぐらいまで見開いて悲鳴を上げるだろう。

 

 

「きゃーーーーーーーーー!!??リュウマ様ぁぁぁぁぁ!!??」

 

 

こんな感じに。

 

 

「リュウちゃん!!」

 

「えっ!?王妃様!?これは一体…!」

 

「ご、ごめんなさいっ。本気でやって欲しいって言うから全力ではなく本気でやったら勢い余ってここまで……」

 

「えぇ!?と、取り敢えず治療を…!!」

 

 

驚愕している料理長の背後から慌てた様子で来たのは勿論のことマリア王妃である。

予想以上に力を籠めすぎた為に中庭からここまでの距離を吹き飛ばしてしまっていたのだ。

やった後に何をしているのか気が付いたマリア王妃が血相を変えてここまで走って向かってきたということだ。

 

出血はしていないというのは目視で確認出来たので、体の内部に至るダメージが心配だと料理長が優しくリュウマの体に触れた時だった。

リュウマの体は着ている服が無事であるのが不思議である程の超高温の熱を持っていた。

手を翳してみると、特に右腕からの発せられる熱が凄まじいことが分かる。

 

 

「あの…!リュウマ様の体が熱くて…!」

 

「────摩擦熱よ」

 

「摩擦…熱…??」

 

 

料理長が振り返ってマリア王妃にリュウマの現状の事を教えると、マリア王妃は真剣な表情でリュウマの右腕の部分を見ていた。

こんな状態なのに摩擦熱とはどういうことなのかと、無理にリュウマの体へ触れることの出来ない料理長は問うてみた。

 

 

「最後にリュウちゃんと私は一撃を同時に放ったの。その時に私は本気でやっていたわ…周りが遅緩して見える世界で……リュウちゃんの速度は一時的とはいえ私の速度を凌駕した」

 

「…え?それは……」

 

「えぇ……リュウちゃんは素速く動きすぎて空気との摩擦熱によって体が熱暴走しているのよ」

 

 

では早く冷やしてあげなくてはと急いで水と氷を用意をしようとした料理長を、マリア王妃は片手を上げて止めて、リュウマの体をよく見るように言った。

何があるのかと、焦る気持ちを抑えて冷静さを取り戻してからリュウマの体をよく見てみた。

 

すると先程まで気が付かなかった事に気が付いた。

彼は戦闘服が所々破けているが、その破けたところからは幾多もの線が入っていた。

身に刻まれていたのはお得意の自己修復魔法陣で、手を翳して確認してみると、燃えるように熱かった体は普段の温度を取り戻し、肌も青なじみになっていたところを綺麗な色を取り戻して治っていた。

 

実は超高速移動中に二人の攻撃が重なり合う寸前で自己修復魔法陣を予め掛け直しておいたのだ。

やられるということを見越して発動するのは悔やまれたが、勝てないのは明白だったので伏線だったのだ。

マリア王妃の最早目に捉えることの出来ない速度で放たれた剣を受けて、意識が飛ぶまでの間にリュウマは、絶対に次は勝つと心に刻み込んで意識を手放して飛んできた。

 

完治したリュウマのことを使用人達が起こさないようにゆっくりと、リュウマの自室に運んでいくのを見ていたマリア王妃は……()()()()()()()()

互いに向かい駆けたので避ける暇が無く、やむを得ずリュウマの剣を受けた時のことだった。

受けた木刀が砕け散る一歩手前までいって、その時に伝わる衝撃はマリア王妃の右手を大きく痺れさせた。

 

リュウマに技を決めたまではいいが、結局その後マリア王妃が使っていた木刀は木っ端微塵に砕けて使い物にならなくなった。

たったの8歳で既に開花している己と同じ剣の道…否。

 

きっと近い将来…リュウマは『戦女神(いくさめがみ)』とまで謳われた己を置き去りにして更なる高みへといくのだろうと確信した。

 

 

 

 

その時は是非とも────()()しよう。

 

 

 

 

「うふふっ……と~っても楽しみだわ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

余談だが、破壊音と衝撃に駆けつけたアルヴァ王は事の詳細を聞いて溜め息を溢しながら壁を直していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




因みに、次の話は大分年月が経って皆さんの大好きな─────蹂躙系です。



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第伍刀  滅びるは人故か 『殲滅王』



《警告》《警告》《警告》《警告》《警告》


この話は特に残酷な描写が含まれますので注意して下さい。

俺or私の考えてたリュウマはこんなことしない!と思いたくない方は見ないことをお勧めします。

内容は最強無双と最凶が混ざっていますので、外道極まりないことだってしますので、見た場合は自己責任でお願いします。
元々、リュウマはこんな感じなので。




 

リュウマがマリア王妃との手合わせに負けてからというもの、今現在まで10年という月日が流れた。

 

過程を紹介しておくと、リュウマは負けてからの悔しさを糧に尚のこと鍛練に精を出すようになり、勉学が疎かにならないように復習や予習なども徹底的に行った。

 

200程度しか一度に出せなかった武器召喚に至っては、10年経った今では空を広範囲で武器のみで覆い尽くす事が容易く出来るようになった。

魔力はやはり増え続けており、年月が経つにつれて封印の数は増す一方である。

と言っても、魔力が増えることは全く悪いことではなく、精々力加減を間違えると周囲の物を壊してしまうという程度だ。

 

剣術についてはかなりの熟練度となってしまっている。

ソレは単にある程度満足する程度の腕前になってはマリア王妃に挑んでは敗北し、悔しさで口を苦くして鍛練に励み満足するまで行う。

それらを何度も繰り返していく内にマリア王妃でも手が付けられない程の腕前となった。

 

本来剣士ならば優れた師がいて弟子入りをし、教えを請うというものが一般であるが…リュウマは違った。

魔法に関してもそうだったが、リュウマは一人で学び一人で試行錯誤し一人で結果を出してきた。

つまりリュウマには師と言うべき者がいない。

これは悲観する事ではなく、たった1人で強くなってしまう程の才能を持っているリュウマに驚愕する事案である。

 

今年で18となったリュウマは心身共に大人びたものへと素晴らしく成長し、魔法も剣も頭も全てが規格外ということで歴代でも類を見ない18での王位継承となった。

本来ならば20代半ばか後半になったところで継承されるものだが、今回は他でも無いリュウマということで大臣等を含む臣下達の満場一致の賛成によって決まった。

 

戴冠式は恙無(つつがな)く行われ、いざ王の証である王冠(サークレット)を頭に載せた瞬間には、王国にいる民達が大いに湧き立ち3日ほどお祭り騒ぎとなった。

これでリュウマは第16代国王アルヴァ・ルイン・アルマデュラから王位を継承され、晴れてフォルタシア王国第17代国王リュウマ・ルイン・アルマデュラとなったのだ。

 

王位継承したからには必ずや更なる繁栄と平和を約束すると宣言し、その宣言を守るために先ずは、今まで前代国王のアルヴァが行っていた治政をより良くするための執務である。

しかし、はっきり言ってしまえば、リュウマは肩透かしを食らったような気分だった。

 

就いたばかり故に理解出来ない部分が発生し、父であるアルヴァを頼ることになってしまうのではと危惧していたリュウマは、いざ取り掛かってみると難しい案件など無く、精々フォルタシア王国領内にある幾つかの村や街で農作物が上手く育たないといったものだった。

 

農作物云々に関してはリュウマが出向いて大地に魔法を掛けてやる。

すると、作物が育たなかったところから元気で栄養価の高い素晴らしき作物が育つようになった。

必ずや必要になるだろうと、こっそり開発しておいた発育促進魔法による力で解決した。

 

他にも本来ならば国に猛獣が襲いかかってきて被害を受けたりと、この時代に蔓延るドラゴンなどによる被害も受けるのだが……この国に限ってはそんなこと有り得ない。

猛獣はまず、フォルタシア王国を囲う攻略不可能の難攻不落と言われる由縁の一つ、壁と扉を抜けることが出来ないからだ。

 

フォルタシア王国をよく思わない国は探せば幾らでもいるが、実際に攻めてきた国の兵は壁に阻まれて先に進めず、しかし壁の上からはバリスタや魔法による攻撃に晒されて全滅する。

しつこく攻めてくる場合はリュウマが出張り、魔法を一度叩き込むだけで殲滅が完了する。

時には運動したいという理由でマリア元王妃やアルヴァ元国王が出たりもするが、勿論相手の国力が瞬殺だ。

 

因みに、王位を退いたアルヴァ元国王は、日々行っていた執務が無くなったことによって空いた時間に、以前からやってみたかったという歴史的快挙となる程の大魔法の開発に勤しんでいる。

マリア元王妃は他国にいる王妃友達とママ友の会等を度々開いては楽しみ、時にはリュウマとアルヴァ元国王を連れてピクニックに行ったりする。

 

執務があるからと断ろうとすれば、料理長にとびきり美味しい料理をこれでもかと作って貰うという言葉にホイホイ付いて行ってしまった。

実際のところ、リュウマは優秀すぎて数日先にやるはずだった執務内容も淡々と終わらせてしまうため、2.3日の休暇は問題ない。

どちらかというと、大臣等はリュウマには休みを取って貰いたい側なので喜んで送り出している。

 

次に問題となっていたドラゴンについてだが、ドラゴンは人間とは相見えないという派閥が存在し、他にも人間と共存を考えているドラゴンもいる。

中でも人間を食物としか見ていないドラゴンの内、賢い者は喰わないでやるから食べ物を献上しろと脅す者がいる。

 

 

フォルタシア王国にもその手のドラゴンが来たが─────喰われた。

 

 

どういう意味か深く考える必要など無い。

ただ、脅しに対して国の代表であるリュウマが否と答え、襲ってきたところを返り討ちにして殺し、国の真ん中で大々的に丸焼きにして民達と仲良く食べた。

その時の料理はやはりのこと料理長が行い、ドラゴンは美味しいということをこの国に住む者達だけが知っている。

 

知り合いが中々帰ってこないと疑問に思ったドラゴンが偵察に来たりもしたが、そのドラゴンも屠って民達と仲良く且つ美味しく頂いた。

この世界において生存競争の上位的存在であるドラゴンを軽く屠って食べているのはこの国だけと言えよう。

 

他の国では共存を実現しようとしているドラゴンと仲良く暮らす国もあったりするが、リュウマは攻めてこないならばそれでよし。

襲い掛かってくるならば容赦なく皆殺しにすると考えているので興味は無い。

強いて言うならば襲ってきた方がまだ良い。

 

事実、ドラゴンの食べることの出来ない鱗や角といった部位に関しては、剥ぎ取って他国に対する貿易材料にしているので国の財力は増すばかりである。

当然のことながら、リュウマだけしかドラゴンに勝てないという訳ではない。

マリア元王妃やアルヴァ元国王も屠る力を持ち、兵士はリュウマからの魔法のバックアップがあれば楽に()れる。

 

フォルタシア王国は何不自由なく、このように日々を謳歌しながら毎日を過ごしていた。

 

 

 

 

 

しかし……時には例外というものが存在する

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「王よ」

 

「なんだ」

 

「例の物がつい先程……完成致しました」

 

「─────時が来たかッ!!」

 

 

玉座にふんぞり返りながら座る肥え太った男に声を掛けるのは1人の男。

報告を受けた者はこの国の王で、東西南北の東の大陸を統べるフォルタシア王国に次いで、東の大陸で2番目に力を持つ大国の王である。

 

この男は極度の負けず嫌いで知られており、特に国のこととなると一番を取っていなければ気が済まないという、国の王としては素晴らしい思想の持ち主ではあるのだが、いかせん性格に難がありということで対立されて嫌われている国がある王だ。

 

今報告にあって歓喜していたのは、今日この日から、己が治める国が東の大陸を代表となる超大国になる瞬間であると確信したからである。

国にいる傘下国から集めたエリートばかりで構成された学者達が造らされていたのは────兵器。

 

私欲を満たすためにと造られたその兵器は、この時代において…否……これから先の時代においても治療方法が確立しないと言われる病を発症させる恐るべきウイルス性兵器である。

 

 

「この兵器を造るに当たって出た犠牲者の数は───」

 

「そんなことはどうでも良い」

 

「数百にも……え?」

 

「どうでも良いと言ったのだ。元より犠牲が出るのは覚悟の上で造らせたのだ。それよりもだ……それを()()()に放り込んでこい」

 

「……………畏まりました…失礼します」

 

 

集められた学者が文字通り命を懸けて造り上げたというのに、この王のあまりの言い草に眉間へと微かな皺を寄せた男は、険しくなりそうな顔を隠すように一礼をしてその部屋から出て行った。

 

残された王は1人、部屋で高らかな笑い声を響かせた。

 

 

「クックック……ハーハッハッハッハッハッ!!!!これでついに…!ついにッ!!我が王国が世界一であるという証明になるのだッ!!覚悟しろォ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フォルタシア王国よォ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王から出撃の密命を受けたその国の兵士達は武器を取り、いざ征かんとフォルタシア王国へと向かって列を成した。

兵力は大凡100万…先程の愚王の傘下にいる王国と同盟国から派遣して貰った兵士を使い、加えられた兵士達全てを合わせて約100万人にもなった。

 

だが、目的はあくまで兵器をフォルタシア王国の中へと侵入させて()()させること。

大抵の兵はこの場で殺されてしまうだろうが…引くことなど出来ないのだ。

もし敵前逃亡によって兵器の使用を怠ってしまおうものならば、愚王によって罰せられて処刑されてしまう。

そこには自身の家族ですら含まれてしまうということを知っている。

 

なのでもう後には引けないのだ。

行って自身のみが死ぬか、戻って関係の無い家族諸共殺されるかしかないのだ。

 

 

「そこで止まれ」

 

「ここから先が我等翼人が住まうフォルタシア王国と知っての狼藉(ろうぜき)か?」

 

 

門の前に立ちはだかっているのは門番が二人。

他にも多大な兵士が向かって来ていることを察していた壁の上の兵も、バリスタに矢を…大砲に弾を…体中に魔力を……向かうとあれば容赦せんと構えている。

フォルタシア王国が建国されてから約1000年…一度の進行を許さなかった難攻不落を前に、捨て駒となっている100万の兵士は止まった。

 

足が竦み、手は震え、手に持つ武器を取り溢しそうになって涙が前の光景を歪めようとも、向かうしか道は無い。

 

 

この────()()()()()()()()()()兵器を放つまでは。

 

 

「全軍……進めぇ──────ッ!!!!」

 

 

『『『『オォ───────ッ!!!!』』』』

 

 

 

 

 

「我等が王である陛下の敵は我等の敵……やれ」

 

「前面の敵に向かって攻撃を開始ッ!!」

 

 

 

 

不毛な戦いが……始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陛下。どうやら始まったようです」

 

「うむ。全く…愚かな者よ。勝てぬと知り得ながら向かってくるのだ。門番共に伝えよ────1匹も逃がすな…と」

 

「承りました」

 

「陛下、この書類を────」

 

「それは昨日(さくじつ)に終わっておる」

 

「おっふ…」

 

 

敵対視する国の兵が攻めに来ていることを最初に察知していたリュウマは、特に何の指令を出さないまま執務へと戻っていった。

戦争を仕掛けて軍を率いるならば指令を出したりするが、攻めて来ているならば兵士に任せておけば対処してくれるのだ。

 

億が一にも押されそうになったならば、ここから補助の魔法を掛けてやれば持ち直す。

まぁ、難攻不落は伊達ではないので押されるということも有り得ない話なのだが…。

 

 

「ここ最近は攻め込んでくる国はおりませんでしたが、…珍しいですな」

 

「己の国力を過信しておるか、若しくは目先の欲(東の大陸代表)に目が眩んだのだろう。放っておけ。」

 

「陛下。この資料なのですが────」

 

「全てに目を通してある。誤りが3箇所あったぞ。我が手を加えておいたが精進せよ」

 

「おっふ……申し訳ありません!」

 

 

既に攻めて来る兵の数が50万を切るといった時のこと……とうとう目的であった兵器を壁内に飛ばされ侵入を許してしまった。

不可視の魔法が掛けられているため誰も気づかず、物を飛ばす事が出来る装置を使って高く放物線を描くように放たれたのだ。

 

包んでいる物を少しの衝撃で割れて解き放つ構造となっている球型の入れ物は、目論見通り地面への着弾と共に破れて中から黒い霧が発生した。

周囲で襲われているにも拘わらず何時ものように楽しく買い物を楽しんでいた民達がそれに気が付き、何だ何だと騒ぎを出した時だった。

 

近付いた1人の翼人一族の青年が突如苦しみだした。

目が血走り首や胸元を血が出るほど掻き毟っている青年の尋常じゃない様子に助けようとした者も、黒い霧に触れて肺に吸い込んでしまった途端に二の舞となる。

原因が黒い霧だと悟った民は叫び声を上げながら蜘蛛の巣が如く散り散りに逃げていく。

 

フォルタシア王国の中で特別に住むことを許可されている地人は地を蹴るようにして逃げ、翼人一族は持ちうる自慢の翼をはためかせて空を駆け逃げようとした。

が…その羽を使った羽ばたきがいけなかった。

 

翼を使ったことで生じた衝撃の風で黒い霧が煽られて範囲を広げ、そこから入ってくる風に乗って四方八方へと勢力を拡大していく。

もはや誰にも止められぬとなった時に、1人の翼人が陛下に助けをと叫び、人だかりの比較的外側にいた翼人が応と答えて城へと飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「伝令!伝令ェ!!!!」

 

「どうした!一体何事か!?」

 

「緊急事態でありますが故!!」

 

 

焦ったように額に汗を掻いている1人の翼人の兵士がリュウマのいる執務室へと入ってきた。

ノックも無しに一体何事だと怒鳴る大臣を余所に、半泣きになっている兵士は事の重大さを叫ぶように知らせた。

何かが起きていると察したリュウマは、書いていた書類から手を離して羽ペンを置き、入ってきた兵士を見遣る。

 

 

「貴様……その顔色は一体…?」

 

「陛下っ…街に…黒き……霧が…────」

 

「むっ…!おい!」

 

「はっ!!」

 

 

有り得ない顔色に眉を顰めたのも束の間……報告をし終わる前に前のめりに倒れた兵を受け止めるように指示を出すと、脇に立っていた大臣が滑り込むように兵士の体を支えた。

顔色が青ではなく……所々が黒色に犯されている兵士に目を見開いていると、開け放たれている扉の向こうから、城内で働いている者達の叫び声が聞こえてきた。

 

どうなっているのか見当が付かないリュウマと大臣が調べようとした時、扉の向こうから聞こえる叫び声とは別に────黒い霧が這うように入ってきた。

 

 

「こっ…これは…!?ゲホッゲホッ…!?」

 

「何をやっている!避難せんか!!」

 

 

翼で作った風の力で吹き飛ばしてやろうとした大臣の思惑と外れて覆うように被さってきた黒い霧を吸い込み咳き込む。

何をしているのだと、リュウマは魔法を放とうとした時に背後からリュウマにも黒い霧が被さってきた。

 

そういえば空気の入れ換えのために窓を開け放っていたと、この霧はやはり外からかと察したときには黒い霧に包まれてしまっていた。

どんな悪影響があるのか分からないのに吸い込んでしまったリュウマは、しまったと驚愕するが苦しくはない。

 

何だこれはと霧の中で手を開いたり閉じたりして動作確認をして、ふと違和感に気が付いた。

 

 

────魔力が蝕まれていた。

 

 

己の魔力は日々増え続けると共に封印を掛けていっているので途方も無い程あるが、それでも驚いてしまうほどの速度で魔力が破壊されていっている。

だが、リュウマは魔力超増幅の特異体質であると同時に()()()()()()()()()()()()

 

それのおかげで魔力が消えた途端から()()()()()いるので何の影響も無かった。

しかし大臣や兵士にはそんなものは存在しないので当然の如く黒い霧に囚われて犯されている。

早足で近付いて容態を見ると……やはり顔色が黒に近い。

触診によって調べると、両者にあるはずの魔力が空になってしまっていた。

 

 

「こんなものが城内にまで……何故気が付かなかったッ!!────父上…母上……父上ッ!母上ッ!!」

 

 

今とんでもないことに気が付いた。

 

この場にいるのは父と母であるアルヴァ元国王とマリア元王妃がいる。

この国の民も兵も勿論大事であるが、両親に関しては別次元の話となってくるため駆け出した。

 

部屋を出る前に大臣と兵士は床ではあるが横にさせて出て、通路を飛びながら進んで行くと使用人が全員黒い霧によって犯され倒れていた。

1人1人が荒い息を繰り返しているので既に重症だ。

これはうかうかしていられないと、今は緊急事態だと言い聞かせて壁に黒い3枚の翼を付けた。

 

 

「我が(黒翼)は破壊の翼───」

 

 

アルヴァ元国王がいるところまでに一直線で壁や床に風穴を開けて距離を短縮し一気に仰せ参じた。

 

 

「父上ッ!!」

 

「───リュウマ…か?」

 

「父上まで…!」

 

 

やはりリュウマ以外に例外など無く、アルヴァ元国王であろうが倒れてしまっていた。

いや、膨大な魔力を持っているアルヴァ元国王だからこそ、他の者達よりも苦しんでいた。

だがそんなアルヴァ元国王は、他にも一緒になってとある魔法の開発に携わっていた研究者を助けるために魔法の障壁を造っていたが、黒い霧には意味を成さなく突破されていた。

 

王位を退いても民のことを考えるアルヴァ元国王は素晴らしいが、今はそんなことも言ってられない。

倒れているアルヴァ元国王の元に着いたリュウマは首の後ろに腕を回して抱き起こす。

苦しそうにしているアルヴァ元国王を見ていると、胸を締め付けられるようである。

 

 

「リュウマ…お前は……無事…か?」

 

「はい…我はこの霧が効きません」

 

「そうか…良かった……ぞ……」

 

「父上…?父上ッ!!」

 

 

流石のアルヴァ元国王であろうと限界なようで、リュウマの腕の中で気絶するように眠ってしまった。

他の研究者も安静にさせるために魔法を使って眠らせる。

アルヴァ元国王はリュウマが背負って次のマリア元王妃がいる寝室へと向かう。

 

先程と同じく黒い翼を使って壁に直線距離に大穴を開けて作業室に入る。

中ではマリア元王妃が椅子から転げ落ちるように床に倒れていた。

背負っているアルヴァ元国王を落とさないように気をつけながら近寄り抱き起こして顔を覗き込むと、マリア元王妃は気が付いたようで薄目を開けてリュウマの顔を見た。

 

震える右手でリュウマの頬を撫で、左手を持ってくると握っている手を開いて中から何かを出した。

つい先日創作をしたいと言い出したマリア元王妃の為に、リュウマ自ら二級危険指定生物である雲ウルフと呼ばれる猛獣に生える雲のようにもこもことした毛を集めた毛糸玉を贈った。

 

そこらの毛糸よりも強靱のそれで丸1日かけて作ったのは、毛糸で造られた腕に付けるお守り。

王に即位したばかりだからと心配であったマリア元王妃は、リュウマの為に体調を崩さないようにとお守りを作ってくれていたのだ。

手を取られてそれを弱々しく付けられたリュウマは涙を流した。

 

 

「これ……作ったの…どう…かしら…?」

 

「ありがとうございます母上…。ですが安静にしていて下さい。我がきっと直してみせます」

 

「ありがとう…ね…?」

 

 

顔の前に手を翳して眠らせると横抱きにして持ち上げて、夫婦の寝室のベッドにアルヴァ元国王とマリア元王妃を静かに下ろして眠らせた。

意識が無くとも苦しそうにしている2人を見ながら、2人の頬に手をやって溢れそうになるのを抑える。

 

 

「待っていて下さい。この様なことを行った者共を────殲滅して(皆殺しにして)来ます」

 

 

扉へと進むに連れて一歩ずつ魔力を解放していくリュウマの顔は、到底他人には見せられないような般若の如き表情だった。

 

ゆっくり城の頂上を目指して階段を上がっていくリュウマの心は、どこまでも怒りのドス黒い感情で満たされていた。

ここまでのことをした輩には死の鉄槌を下してやると心に決めたリュウマは、階段を登り切った所に設けられている扉に手を掛けて開ける。

 

中央に建設された城から周囲の街の様子が見渡せるようにと付けられたテラスで、街の様子を見てみると……黒い霧に覆い尽くされていた。

魔力で視力を強化すれば、街には力無く倒れている民達が見えた。

余りの惨状に目を伏せそうになるが、この惨状を救えるのは己だけだと…計り知れない魔力を高めた。

 

 

「──────『集え』」

 

 

後に『魔障粒子』と呼ばれる街に蔓延る黒き霧を、リュウマの手の中一点に集めさせていく。

本来魔力を持つ者には猛毒にしかなり得ない粒子を、リュウマは集めて集めて……一つの球状にした。

真っ黒なビー玉のようなものを一瞥したリュウマは純黒な魔力で覆って懐に入れた。

 

使う時が来ると判断したリュウマは持っていくことにして、その場から下まで飛び降りた。

翼を使ってゆっくりと降下すると、この国の門の所まで真っ直ぐに作られている道を進む。

 

魔障粒子が消えたのに後遺症として体を犯されている者達は道端で苦しみ、陛下、陛下と助けを求めている。

後で助けると心の中で呟き、進んで行くと…王であるリュウマ専用の王の装束を引っ張られた。

誰だと思って振り向き視線を落とすと……小さな翼人の女の子が口を押さえながらリュウマを見ていた。

 

目を細めながらしゃがんで上半身を起こすように抱き上げると、リュウマに移してしまうと思ったのか鼻と口に手を当てて吐息が行かないようにしながら話し始めた。

 

 

「王様……1人で…いっちゃうの?」

 

「……あぁ…お前達をこんな目に遭わせた者共を懲らしめにな」

 

「わたし……王様に…ケガして欲しくない…」

 

「…フハハッ。然様か。では怪我の無いように気をつけて行ってこよう。…待っていてくれるか?」

 

「…うんっ」

 

「うむ。では、あの者がお前の母親だな?母と共に待っているのだぞ」

 

「わかっ…た」

 

 

母親だと思われる女性に子供を戻してやると、その場で魔力を解放してフォルタシア王国全てを覆う半円のドームのような膜を造り出した。

これは中にいる者の怪我の症状などを遅緩させる効果のある特殊な魔法による膜だ。

 

確と発動していることを確認した後、大きな翼を広げて大空へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

リュウマはたった1人────仇打ちへ出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「作戦は成功…か?」

 

「多分な…」

 

「兵の数は……半分以下か…」

 

 

兵器を放り込んだ兵士達は目的を達成したのだと、その場を返して帰還している最中だった。

兵の数は初期の100万から30万に減らされ、これだけでもフォルタシア王国の難攻不落具合が凄まじいことが分かる。

皆は一様に疲れた表情をしているが────滅びが近付いてきていることに気が付いていない。

 

後方で何やら兵士の叫び声のようなものが聞こえた。

だが、30万も入れば先頭の方では聞こえ辛くまだ気が付いていない。

見えない何かに()()()()()()()()()()()()()()()兵士に気が付かず進んで行くと、少しずつ叫び声が聞こえてきた。

 

何かが起きていると背後を振り向くと…宙に数多くの血飛沫が上がっていた。

目を見開いて呆然とその光景を見ていると、一つの影が頭上を通り背後で何かが着地した。

 

 

 

 

「────首謀国はどの国だ」

 

 

 

 

体の底から震え上がりそうになるほどの底冷えした声に体を硬直させ、恐る恐る振り向くと……翼人が1人。

何処までも無である無表情を浮かべるリュウマ・ルイン・アルマデュラが佇んでいた。

 

何故立っていられるのか、何故見つかったのかとか思うことあれど、最後に思うのはただ一つ。

 

 

────死んだな…。

 

 

これただ一つだけである。

 

 

「〇〇国…〇〇国…〇〇国…〇〇国……鎧の装飾から4つの国が手掛けたのは判断出来よう。でだ…首謀国はどれだ?正直に答えよ。でなければ────命はない」

 

 

リュウマは只問う。

 

だが、声の質から嘘をつけば殺すという意思が見えて体を尚のこと震わせてしまう。

その中でも1人、余りの恐怖に冷静な判断が出来なくなってしまったのか雄叫びを上げながら隊列から出てリュウマを槍で狙う。

 

隊長が止めるように声を掛ける前に事は起こった。

 

 

「がひゅっ…!?」

 

「我は答えよと申した。それが聴けぬというのであれば死ぬるが良い」

 

 

槍はリュウマの体に触れる前で壁に阻まれたかのように中間から拉げ、只の棒きれのように折れた。

やっぱり逃げようと思った愚かな男は踵を返そうとするが体が動かず、意思とは反してリュウマの元へと歩み進めて男の首にリュウマは手を掛けた。

 

ゆっくりと、じっくりと力を籠めていくと男は苦しみに喘ぎこみ暴れるが離されず。

首の骨が折れて皮膚を突き破ってきたが変わらず力を籠めて……男の首を無理矢理握り潰して頭を落とした。

 

頭を失った体は引き千切られた首の断面から大量の血を吹き出して後ろへと倒れた。

千切り取った頭を持つリュウマはその首を興味無さそうに、一番前に居る兵の足下へと放り投げた。

呆然としている兵士達は恐ろし気に声を上げて後退ると、今度は足の下から水のような音が出る。

 

何故ここに水がと疑問に思いつつ振り向けば……各国の兵士数人ずつを残して、他の数十万人が血を滴らせる肉塊へと成り果てていた。

 

 

「最初に情報を吐いた者は生かしてやる。他は殺す…後ろの塵のようにな」

 

 

言ったからには絶対にこの男はやると悟った兵士達の行動は皆…同じだった。

許しを請うように情報を吐き、我先にと、助かるのは己であるとリュウマへと進言する。

 

一気に喧しくなった奴等を前に、リュウマは手を一振り。

 

 

一名を残して皆体に焰が湧き出て灰へと還った。

 

 

「運が良かったな、名も知らぬ塵。早う情報を吐いて去ね」

 

「ひゃ…ひゃい!こ、こここ今回の襲撃の目的は────」

 

 

男は伝えられた襲撃の内容と、この戦いに参加した国の詳細、首謀国となっている国と傘下の国、同盟している国の全てを吐き出した。

聞いていたリュウマは話の最中に遮ってもういいと言うと、手を振ってこの場から去るように示した。

 

助かったと心の底から喜び、半笑いになりながらその場を後にすると────手足を斬り落とされた。

 

 

「ギャアァ─────────ッ!!??」

 

「真に生かして逃がすとでも思ったのか?ククッ……フハハハハハハハハハ!!!!逃がす訳が無かろうが!?貴様等は我の国を陥れた者達の主犯とも変わらぬ。であれば皆殺しだ。貴様等の家族友人知人すべからく全て殺してくれる。……精々あの世で待っておるが良い」

 

「か、家族…家族だけは…!!オレは殺されてもいい…!だから家族だけは…!」

 

「否────例外無く皆殺しだ。これは一方的殲滅…塵芥の糞共が」

 

 

手足が無くなり倒れている兵士の頭を足で踏み付け、踏み潰す。

何度も何度も何度も何度も何度も何度も踏み潰して辺り一面に赤黒い染みが出来た。

そんな光景には一瞥すらしないリュウマは、羽を広げてその場を後にする。

 

行かなければならないところは多々あるため、ここに長居している暇等ないのだ。

 

 

 

 

 

「この世に細胞一つ残さぬ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空を翼を使って飛び、魔力の大放出によって驚異的速力を叩き出したリュウマは数百キロ離れた国の門の手前で降り立ち、槍を構える門番の首を魔力の遠隔操作で作った手で捻り取った。

 

前に聳え立つ門は片腕を振り上げて拳を叩きつけると、有り得ない轟音と共に破壊されて街の真ん中に落ちた。

被害は関係の無い民間人数千人にも及ぶ。

開いた門があった入り口を潜り通り中へと易々と侵入。

やったのが今し方入ってきたリュウマだと分かると蜘蛛の子を散らすように逃げていくが、リュウマの腕の一振りで頭が飛んだ。

 

無実である民間人にすら手を上げると分かると本格的に逃げようと足掻くが逃がさず、翳した手の平に真っ黒な炎の球を複数造り出すと無雑作に四方八方に向かって向かわせた。

着弾した民家は炎を灯して燃え上がり、中から住んでいた家族であろう男と女、歳ゆかぬ少女が出て来た。

 

炎は勢力を増すように横の2つの住居へ、その住居から他の住居へと移っていく。

街はリュウマが炎を灯してから10分と経たない内に火の海となって人々を燃やして死に至らしめている。

 

もうここには居られない!と、大多数の住人が思ったのだろう……壊された門があった所から国の外へと出て行こうとした人々は……見えない壁によって遮られた。

混乱している人々は叩いたりして出ようとするが出られずにいて更なる混乱を招き、しかして足下が黒く光り輝いていることに気が付いた。

 

この国全体を下から囲うように施されている純黒の魔法陣は、施した魔法陣の大きさに関係なく、中にいる者を魔法陣の外に出さないようにさせるものだった。

入ったと同時に作動させていたリュウマは振り返り、入り口にたむろしている人々に向かって────黒き獄炎を放った。

 

 

「あづいあづいあづいィいぃィィぃ!!」

 

「だずげでぇぐれ゙え゙ぇェ!!」

 

「いやぁ゙ぁァぁぁァぁ!!!!」

 

「マ゙マ゙ぁ゙…じん゙じゃゔよ゙ぉ゙!!」

 

「ギャア゙ァ゙ア゙ァ゙ア゙ァ゙ァ゙ッ!!」

 

 

「逃がしはせぬ。この国に住む者は全て…む?」

 

 

「ぁ…ぁあ……!」

 

「ママ~!こわいよぉ…!」

 

「だ、大丈夫だからね…!ゴホッ…ママが守ってあげるから…!大丈夫だから…!」

 

 

この国に住む者は大凡の人間が死んだ。

何故ならば…下に構築された魔法陣は高さ40メートル程度の高度で天井のように見えない壁が出来ていて……炎が物を燃やした際に発生する物を他へ行かないようにしている。

 

 

そしてその物とは────二酸化炭素。

 

 

空気中に極微細にだが含まれているその物質は、炎が物を燃やした際に大量に発生してしまう。

二酸化炭素は人体に対して有毒でしかない為、二酸化炭素を大量に吸い込むことで、中枢神経が麻痺し、呼吸停止状態に陥り最終的には死に至るのだ。

 

二酸化炭素は空気より重いので下へ下へと貯まり、外から新鮮な酸素が送り込まれて来ないので二酸化炭素中毒となる。

先も述べた通り中枢神経を麻痺させる他にも、頭痛目眩吐き気を促す。

体に異常をきたしたのでそこに蹲る内に更に二酸化炭素を吸って死に至る。

 

リュウマは自分の周りに酸素を魔法で発生させているので無事で、街中に発生している炎は原料をリュウマの魔力で燃えているので二酸化炭素が増えて酸素が減っても燃え続ける。

 

しかし、背後から幼い子供の声と母親らしき声を聞いて振り向いた。

まさかこの二酸化炭素濃度の中を生きているとはと思ってのことであった。

2人の地人はリュウマが見ていることに気が付くと、互いに抱き締め合って少しでも感じる恐怖を緩和しようとしている。

 

その光景を見て嗤うと……一歩ずつ着実に近付いていく。

 

 

「そこな女よ」

 

「ヒッ!…な、何でしょう…?お、お願いですから…殺さないでっ」

 

「ふむ……いいだろう」

 

「ぁ…ほ、本当で────」

 

 

「────ただし」

 

 

抱えている幼い女の子の耳を塞ぎ何も聞こえないようにした後、母親の目と鼻の先まで近寄ったリュウマは、縦長に細くなっている金の瞳で母親の涙で潤んでいる瞳を見た。

 

そしてリュウマは母親を生かしてやるために……余りにも残酷な選択肢を突き付けた。

 

 

 

「貴様が抱えている小娘を────己が手で殺めれば…な」

 

 

 

「ぇ……」

 

「ま、ママぁ…こ、こわいよぉ…なにも聞こえないよぉ…」

 

 

驚愕からくる気の抜けるような声を上げる母親を見つめ、手で耳を塞いでいる幼い女の子の方へと視線を落とした。

そこには人々が死にゆく原因であるリュウマに耳を塞がれて震えている女の子が、母親に助けを求める瞳を向けていた。

 

事の内容を理解した母親が口を開けては閉じてと言葉にならなくなっているのを余所に、リュウマは引き続き如何するのかと問うた。

 

 

「さぁ……如何するのだ?この小娘を殺すならば貴様は助けよう。否と答えるのであれば…この小娘と貴様を同時に殺そう」

 

「そ、そんなこと───」

 

「選択出来ぬか?であれば同時に死ぬか?」

 

「……っ………。」

 

「ママぁ……」

 

 

もう問うことは無いという意思表示なのか、女の子の耳から手を離すと、三歩後ろへ下がって母親を見下ろす。

選択を迫られた母親は…余りの恐怖と頭に酸素が送られて来ない要因が混ざり合い、普段ならば絶対に選ばないような選択を選んだ。

 

 

小さき子供の首に───手を掛けた。

 

 

「ゔぇ゙っ……マ゙…マ゙…」

 

「ごめんねっ…ごめんねっ…!ママ…怖いのっ…助かりたいのっ…!」

 

「フハハッ…選択肢は決まったようだなァ?」

 

 

何で…?どうして…?何でママはわたしの首を絞めてるの?わたしが嫌いになっちゃったの?わたしがイケない子だから?嫌いな物残しちゃう悪い子だから怒ってるの?

 

少女の心の声はこんな感じだろう。

純粋無垢故に何故実の母親が自分の首を絞めているのか欠片も分からず、しかし次第に苦しいと感じていた感情すらも遠くにあるかのように感じられて────目の前は真っ暗となった。

 

この少女がその真っ暗から帰ってくることは……もう無いのだ。

炎に焼かれて死ぬならば未だしも、少女は母親の手によって死んでしまったのだ。

 

 

「うぅっ…!ごめんねぇ…!ごめんねぇ…!」

 

「フン。よもや本当に手に掛けるとはな」

 

「こ、これで助けてくれるんですよねっ!?」

 

「うむ。確かに小娘を殺めたからな。()()貴様を殺さぬ」

 

「助かった…助かったわっ…〇〇ちゃんのお陰でママ助かったわっ!ありがとう!!あはははははははははっ」

 

 

嬉し涙か悲しみの涙か分からない雫を垂らしながら狂ったように笑う母親の横を通り過ぎて、リュウマは奥に有る城へと向かっていく。

母親はずっと笑っていたが笑う事を止めて立ち上がり、ここから逃げるために入り口へと向かった。

 

 

しかし母親は知らない。

 

 

この国にはリュウマの魔法陣によって囲うように出られないように阻まれ、中の空気は大多数が二酸化炭素によって満たされているということを。

確かにリュウマは殺していないが、直に数分もしない内に二酸化炭素中毒で死ぬことを……知らない。

 

 

()()殺さぬからな。……どれ、この国の王は生きておるか死んでおるか見物よな」

 

 

歩いて周りを見渡し、生き残っている住人がいないのか確認してから魔法をソナーのように使って本当に誰1人も生きておらず、確実に皆殺しにしたことを確認し次第城の王が居ると思わしき場所に超直感を使って壁を破壊しながら入り込んだ。

 

すると中では数人の初老の男達と、王然りとした格好をしている男が倒れ伏していた。

足下にいる死体が邪魔だと、適当なところに向かって蹴り上げて退かし、王の格好をしている男のところまで行くと空気の層を作って酸素を送り、黒雷を放って電気ショック治療を無理矢理行った。

 

 

「─────ハアァっ…!!」

 

「おいこの国の王。我が何者か分かるか?」

 

「な、なん…よ…翼人…一族…」

 

「そう。我は貴様等が滅そうとした翼人一族の王…リュウマ・ルイン・アルマデュラである。貴様は此度(こたび)の事案に関わっているな?」

 

「ヒィィィ…!?そ、そんなこと知らないっ…!」

 

「知らぬ…と?」

 

 

─────パキャッ

 

 

這い蹲る男の手の甲へ振り上げた足の踵で踏み付けて骨を踏み砕くと、体をびくりと震わせてから断末魔のような声を上げた。

リュウマは無表情で見下ろしながらもう一度関わっているなと問うと、今度は手を貸したと泣きながら答えた。

 

踏み付けている足から与える圧力を増やし、グリグリと踏み付けて更なる痛みを与えながら、他にも関与した国の建国場所を吐けと脅した。

痛みで声を出せない男は首を振って否と答えると、リュウマは右手で手刀を作り振るうと、男の両脚が太腿辺りから刃物で両断されたように断たれた。

 

 

「うぎゃあぁ─────────ッ!!!!」

 

「喧しい。高々脚を両断されただけであろうが。そんなことよりも答えろ。他の国の場所を」

 

「い、いいまじゅ…!いいまじゅがら…ごろざな゙い゙でぇ゙…!」

 

 

芋虫のようになって血の池を作りながら懸命にリュウマへ他の情報を売る男は、客観的に見ると全く王には見えず、行った愚行を考えれば全く王に相応しくなど無い。

若しかしたらそれ故に今、行ったことに対する罰が下っているのかもしれない。

 

吐き出させた情報に満足したリュウマは踵を返して突き破ってきた壁から翼を使って飛び去った。

居なくなったことにホッとした男は残る片腕でどうにか這いながらこの国から避難しようとしていた。

 

飛んで行ったリュウマといえば、遙か上空から炎に包まれる国を見下ろして目を細めていた。

やがて手の平を天に翳すように構えると……その手の平から始まり直径数キロにも及ぶ超弩級の純黒なる魔力で構成された魔力球を造り出す。

 

黒い太陽だと言われても納得してしまうような大きさのソレは、リュウマが腕を振り下ろすと同時に下に向かって墜ちて行った。

リュウマは既に聴き出した国の方角へと飛び去っており、墜ちる魔力球が国の真ん中で着弾すると───眩い光りを放ちながら想像を絶する大爆発を引き起こした。

 

後にそこは国があったとされる底が見えない程の大穴だけが残されており、国に住んでいた者達の生存者は0である。

 

 

 

 

「────1国目」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だ、誰かコイツを止めろォ!!」

 

「これ以上先に行かせるな!!」

 

「な、何なんだよコイツはァ!!!!」

 

 

「喧しい限りの塵芥よなァ」

 

 

次の国へと到着したリュウマは早速国の入り口を破壊して中へと入り、堂々たる侵入者を撃退すべくこの国の兵士はリュウマに立ち向かう。

だがその行為も全てが無へと帰る。

 

魔法を全力で放てば己に帰ってきて自滅をもたらし、剣や槍で攻撃すれば悉くを砕かれ意味を成さず、見えない何かに首を捻り切られてしまう。

意味の分からない同胞の死に怖じ気付いた兵士は敵前逃亡を謀るが無駄に終わる。

 

背を向けた瞬間に体の中央を何かが突き抜けて臓器が腹から流れ出るように飛び出てくる。

白目を剥いて死んだのに、その男から出て来た長い十二指腸は独りでに動いて隣にいた兵士の首に巻き付いて締め付けて殺害した。

 

 

「まっ…待ってくれ…!妻と子供には────」

 

「あ、貴方…?」

 

「父ちゃん…?」

 

 

庇うように妻と子供の前に出て来た父親の頭を、蠅を払うように無雑作に振るった手で千切り飛ばし他の住人の頭へぶつけて破裂させた。

首の無い死体が倒れるのを見ていた妻と子供は頭が真っ白となり、目前にいるリュウマの恐ろしさに目を瞑る。

 

…が、何もしないままリュウマは傍を通り過ぎて他の向かってくる兵士を鎌鼬で両断して殺していく。

助かったと息を吐いた瞬間だった。

 

282人目の兵士を殺したところでリュウマが指を鳴らすと、背後にいた見逃されたと思っていた妻と子供の体から黒炎が発生して火達磨になった。

熱くてどうしようもなく、水の入った樽の中に体を沈めるが炎は何故か消えず。

 

水の中でも消えない炎によって妻は水の入った樽の中に沈んだまま燃え切り、息子は身の焼ける痛みで悶え苦しんで居る内に民家に頭から激突して気絶し、体に迸る炎が家に燃え移って画材が燃えて折れると息子の上に落ちて圧死させた。

 

 

「止まれ!!」

 

「む?」

 

 

無差別な殺人を繰り返していると、筋骨隆々な1人の男がリュウマの前に立ちはだかった。

兵士の中に親友が居たこの筋骨隆々の男は我慢ならぬと躍り出て、決して許さぬとリュウマを憎悪の炎が揺らめく瞳で睨み付けた。

 

住人の中でも屈指の怪力を誇る男は、自慢の丸太のように太く鍛え抜かれた腕を振りかぶってリュウマの顔を殴るが……殴ったのは何時の間にか死体となり果てた兵士の横っ面だった。

 

何処に行ったと探していると背後から声をかけられて振り向くと、瞬きもしていないというのに見失っていたリュウマが背後へと抜けていた。

今度は逃がさないと駆け出そうとすると、リュウマは後ろに隠していた手を男に見せるように晒すと……手に持っていたのはナニかを包んでいる布だった。

 

 

「貴様は気付かぬか?」

 

「何をだコノヤロウ!!」

 

「────己の()()()消えていることに」

 

「んだと?……あ?」

 

 

何も取られてない…と確認し終わったところで何かが足りない。

分からないが何かが足りないと察した男は体をくまなく確認していくのだが、どうしても分からない。

一度何を取られたのか確認するためにリュウマの持つナニかを包んでいる布を見ると────鼓動を刻んでいた。

 

下部には赤い染みを作っていて一定の間隔で動いている。

まさかと思って胸元に手を突いて再度確認してみると……無い…無いのだ────心臓が。

 

 

「ようやっと気付いたか。我の位置に死体を置き、脇を()()()抜けた際に引き抜いてしまってな」

 

「か、返せ」

 

 

其処らに転がっている住人の服を破って作った包みに入れられた男の心臓が、次第に鼓動を弱々しくさせていく。

男は手を伸ばして返せと呟くような声量で繰り返しながら摺り足になる歩みで向かう。

 

 

「心の臓ではなく、御自慢の腕の方が良かったか?」

 

「か、返せぇ…返してくれぇ…!」

 

「────フハハッ」

 

 

包みを下に落として脚を持ち上げ……踏み潰した。

果実のように血を噴き出して潰れてしまった心臓を見た男は、顔を白くさせて前のめりに倒れた。

重音を立てながら死んだ男のことを一瞥せずに踵を返して逃げようとする住人の頭を覆う水を造って溺死させた。

 

魔力を張り巡らせた事で周囲のことが分かるので、リュウマの事を避けるように国から出ようとする住人を感知した時、腕を上に持ち上げて指を鳴らした。

魔法によって指を鳴らした時の音と衝撃が数千倍に倍増されて周囲の建物を破壊し、音が耳に届いた住人の鼓膜を破って脳を揺らした。

 

大きな振動を受けた脳は耐えきれず壊れて住人を死に至らしめた。

リュウマを中心として空から見ると円を作るように周囲の物を薙ぎ倒して破壊した後、国の裏側から密かに逃げようとしているこの国の王を見つけた。

特に逃がさない者が逃げ果せようとするのを許すわけが無く、ここで初めて攻撃的な歴とした魔法を発動させた。

 

 

「塵が。禁忌(きんき)世界時辰儀(ワールドクロック)────『刻送り(プロペテス)』」

 

 

 

世界にすら干渉してしまうという理由から自身で禁忌指定した滅多に使う事の無い恐るべき破壊力を持つ魔法を発動させた。

 

範囲は当然のことこの国全域となっていて、生き残りの人間も…死体に成り果てた元住人も…燃えている住居も…壊れている住居も…土も…流れている川も…範囲内のすべからく全てのものが時を刻んでいく。

 

 

もたらすは────強制的な風化。

 

 

人は肉が腐り白骨死体となった後骨すらも風化して砂のような粒へとなり、住居や城は木で出来た物は腐り果てて崩れ、石造りとなっているものは余りの歳月の刻みによって砂へと戻る。

土は栄養があったものは栄養が消えて戻り、土の中に居た昆虫や生物は無となりて微生物すらも残らない。

 

辺り一面が砂漠のようになっている光景を、一歩分国から出ていたこの国の王が信じられない程の悍ましい光景に息をすることを忘れ、一度瞬きをすると前にリュウマが立っていた。

驚きの声を上げて後ろへと下がる前に手足を何かで撃ち抜かれて膝を突くことを余儀なくされた。

 

 

「言い残すことは何だ」

 

「ぐっ…!うぅっ…!!!!わ、私は命令されてやったのだ!だから頼む!殺さないでくれ!」

 

「その言葉は聞き飽きた。他に述べる事柄は無いのか」

 

「う…ぁ…あ、見逃してくれれば…えっと…そうだ!私の娘をやろう!いや、差し出そう!ちょうどこの国にはおらず生き延びておる!世間からは宝石の王女と呼ばれて────」

 

「その娘の顔が分かる物は」

 

「きょ…興味を持ってくれたか…!こ、これがその娘なのだがな!?」

 

 

二の腕を圧縮した空気で撃ち抜かれたことで流れる血を滴らせながら、胸元に掛かっているロケット───開けると小さな写真等が入っている首飾りのことだ───を開けて美しく描かれている写し絵をリュウマに見せた。

そこには確かに宝石と称され、絵の通りならば引く手数多だろう美しさを持っている女がいた。

 

他にも妻は居るのかと問うと、娘を産んで他界したと言われたので魔法で頭の中を覗くと確かに死去していた。

であればこの男に残された血の繋がっている者はこの者だけかと考えてロケットを掴んで毟り取り、絵を見ながら言葉を紡いで魔力を練り込み言霊を発した。

 

 

「人物を特定────『参れ』」

 

 

「────あら?ここは何処かしら?」

 

 

「なッ…!?」

 

 

その場に現れたのは絵の通りの…いや、絵よりも美しさをもつ絶世の少女だった。

景色が変わった事に目を白黒させている少女は、目の前でこぼれ落ちそうなほどに目を開けている父を見てから手を流す四肢に気が付いて顔を青くさせた。

 

なんで血を流しているのか問いながら、拭ける物が無いからと自身の服のスカート部分を引き千切って患部を縛って止血する。

後ろに居るリュウマに気が付かず、手当てをしてくれる美しく育った愛娘に今日ばかりは心の底から感謝して取引を再度始めた。

 

 

「ど、どうだろうか!?美しかろう!?この美しき私の娘を其方の妻にしてくれて構わん!だからどうか…!」

 

「お父様…?あら、貴男はどなたかしら?いつからそこに?」

 

「ふむ……」

 

 

顎に手を当てて少し顔を捻らせて喉から声を上げているリュウマにどうなるのかと冷や汗を流していると、宝石の王女は宝石と称される所以となる輝いて見える蕩けるような笑みを、顔が整って翼を6枚生やした神々しい身なりのリュウマに向けた。

 

先ずは自己紹介だろうと、砂漠と化している場所では不釣り合いな程洗練された美しい所作でスカートを摘まんで膝を落とし挨拶をした。

が、目の前の男は()()()()()()()()()()()()()()悩んでいるので挨拶には答えず、無視された宝石の王女はムッと可愛らしく頬を膨らませた。

 

 

「もし?挨拶をしたのですから挨拶を───」

 

「決めた」

 

「ちゃんと…え?今何とおっしゃいましたか?」

 

「何、ただ貴様を────」

 

 

三日月のように口を歪めて嗤うリュウマの影が沸騰した水のように泡を出し始め、薄黒い状態がドス黒い見ていて目を背けたくなるような色になったかと思えば……複数の目が開いた。

 

気持ちが悪く薄気味悪く、見ていて鳥肌が立つものを見た宝石の王女がリュウマから離れようとしたところを手を伸ばして髪の毛を鷲掴む。

毛根が引っ張られて痛みを感じる宝石の王女は悲鳴を上げながら掴む手を叩くがびくともせず。

 

その間に影は流動体のように広がると隆起して朧気に形を成していく。

最終的に出来たのは形が定まらない、まさに動く影を切り抜いたような姿をした4匹の獣のようなものだった。

しかし体中には開いた目が鏤められて常に動き、リュウマの掴んでいる宝石の王女を見ると全ての目を固定した。

 

 

「────(いぬ)の餌にしよう」

 

「ぇ…?キャッ」

 

 

横へと投げられると掴まれている髪が数十本近く宙を舞い、痛みに頭を押さえていると荒い息遣いが聞こえてきた。

顔を上げると先程リュウマの影から創られた4匹の気味の悪い獣が目の前に居て見ていた。

怖いが敵ではないと…美しい微笑みを浮かべて頭を撫でるために手を伸ばす。

 

 

ばくんッ  ぐちゃッ

 

 

「きゃあぁあぁぁ────────っ!!!!」

 

 

先頭にいた狗が撫でようとした宝石の王女の手首から先を丸呑みにして食べた。

無くなった手首を振って叫き散らしている宝石の王女へ開始の合図が上がったように飛び掛かり捕食していく。

肉を食い千切る音と骨を噛み砕く音が鳴り響き、宝石の王女の断末魔が上がっていたが、少しすると喰われる音以外響かず……父親の王たる男は呆然と見ているだけしか出来なかった。

 

音が止んだと同時に4匹の狗はその場から離れてリュウマの足下に擦り寄る。

頭を撫でてやれば体中に付いている目がうっとりしたように細められて尻尾を振って喜びの感情を指し示していた。

宝石の王女が居たところには無惨に引き千切られた服の切れ端と血の染み込んでいる土だけだ。

 

顔を青を通り越して白くなった男に指を差すと、走り出す予備動作のような格好を4匹の狗が取り合図を待った。

何が起きるのか分かってしまった男は負傷していることを忘れているように手を振って止めてくれと叫んでいるが────リュウマに情けと慈悲の文字は無い。

 

 

「────喰らえ」

 

『『『『──────────ッ!!』』』』

 

「ぃ、嫌だ…嫌だぁ───────っ!!!!」

 

 

男は抵抗虚しく魔法生物である狗に骨すら残らず生きたまま肉を食い千切られて死去。

噛み砕かれて腕が飛び、他の狗が捉えて呑み込む様を見ていたリュウマは無感情でその場を後にし、食べ終わった狗が彼の影の中へと戻っていった途端に翼で空へと駆けていった。

 

 

 

 

「─────2国目」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神器召喚────」

 

 

次にやって来たのは外からの侵入を防ぐことに特化した造りとなっている国で、その全貌は…国を集めた金属を使って外壁を一面金属張りとして高度を上げ、空からの侵入や攻撃を受けないようにと、人力で歯車を回すことでサイドから鉄の天井が迫り出て覆い隠すという…読んで字の如くな鉄壁な要塞である。

 

流石に手を組んだ二国が滅んだということが知られているのか、天井が既に鉄の塊によって覆い被せられて侵入を許さない状況となっている。

やろうと思えば拳の一つか剣の一薙で簡単に開け放つ事が出来るのだが……鉄で覆われているならば好都合であると、黒い波紋を生み出して中から一本の刀を引き抜いた。

 

何の変哲も無い刀に見えるがしかし…これは一振りで途轍もない厄災を生み出すことが出来る使用を控えるべきもの…。

その理由は────能力とリュウマとの相性にある。

 

 

 

 

万象一切灰燼(ばんしょういっさいかいじん)()せ────『流刃若火(りゅうじんじゃっか)』」

 

 

 

 

厳重に掛けられた封印から解き放たれるは……途方も無い程の魔力と炎を噴き荒らし天をも焦がさんとする力は、まさに力そのものとも呼べるものを体現する。

荒々しすぎてリュウマの体を隠してしまう程のその炎は、余りの熱量に空気が熱せられて上昇気流を作り出し大気を震わせる程。

 

足下の地面は炎の生み出す熱にやられて熔解されてマグマのように赤くなって流れる。

この周辺の気温が数百度に感じてしまう熱量を放つ刀を握っているリュウマは何ともなく、魔力を送って更に火力を上げさせる。

 

遙か上空を飛ぶ渡り鳥が下から伝わる熱に犯されて死に絶え、落ちてくる最中に焼かれて丸焼きとなるが、更に近付いて焦げ始め、鳥の姿が見える前に灰となって風に流されて消える。

そんな太陽一切の存在を許さないような熱を放つ刀を振り上げ─────振り下ろした。

 

爆炎は真っ直ぐ目の前の鉄壁を誇る国へと目指し、目の前で二手に別れると周りを囲うように進んで行くと、合流するように二手に別れた炎が合わさって、炎の壁の中に鉄壁の国を丸ごと閉じ込めた。

 

 

「────『城郭炎上(じょうかくえんじょう)』鉄壁を誇る壁内で熱せられ死ぬが良い。ただし、王は我が殺す」

 

 

鉄で国の壁面がコーティングされている所為で流刃若火から放たれた灼熱の炎により鉄の繋ぎ目は溶けて熔着されて中からは出られないようになってしまった。

この時点で中に居る者達の運命は決まってしまい、リュウマは王だけは己の手で殺さなければ気が済まないということで、ちょうど鉄壁の国と言われている国故に王は顔だけ知ってるので呼び出せる。

 

言霊を使ってこの場に中で熱せられていただろう王を呼び寄せて、現れた瞬間に背後に出現した十字架の磔台に手足の先に巨大な杭を打ち付けて固定した。

訳も分からない内に訪れた激痛に顔を歪めて叫ぶ男に、喧しいと言いながら腹を殴打すると苦しそうに嘔吐してから静まった。

 

代わりに目の前に居るのが翼人一族が王…リュウマ・ルイン・アルマデュラだと分かると恐怖で体を震わせて額に大量の脂汗を掻いて顔面蒼白となる。

面白い顔色の変化を見ていたリュウマは、もういいかと頷いてから背に生える白い3枚の翼を羽ばたかせてると、風が磔台の下…男の足下に大量のよく燃えて長続きすると評判の最高級焚き火用薪が()()()()()

 

満遍なく全体に火が通るように薪の位置を調整しているリュウマの姿にまさかと察した男は、矜持も何もかもを捨てて叫ぶように止めてくれと、助けてくれと叫んだ。

しかし辺りに人はおらず、助けに来てくれる者も居なければご都合主義の如く現れる正義の味方も居ないし来ない。

 

 

「フハハッ。貴様の国は後数分もすれば跡形も無く燃え去り消える。そして────貴様もだ」

 

「な、何が目的なんだ!?何故こんな事をする!!お主に人間としての心は無いのか!?」

 

「何故…?貴様が我の国を陥れる手助けをしているのは知っておる。相当な学者を〇〇国に派遣したそうだな?」

 

「ど…どこでそれを…!?」

 

「今は(もうこの世に)居ない良き(断末魔を上げる)協力者(塵共の王)から伝えられた(吐き出させた)情報故な」

 

「クッ…!だ、だが…!私の国を滅ぼせば世界の情勢に穴が────」

 

「興味無いな。貴様等塵共を殲滅(皆殺し)出来れば其れで良い。他の国がどうなろうと知ったことでは無し。滅ぶならば滅びれば良い」

 

「お前は…あ、悪魔だ…化け物だ!!」

 

 

唾を飛ばしながら怒声を上げる男を無視して、リュウマは再度流刃若火を炎が出ないように調整しながら薪を切っ先で刺して炎を灯した。

燃えやすい最高級の薪故に炎は数瞬で全体へと行き渡り燃え広がった。

十字架の形をした磔台に杭で四肢を縫い付けられた男は、どこぞの神の子を沸騰させる光景だ。

 

流刃若火とリュウマの魔力を練り合わせて灯されたこの炎は水に晒したところで消えることも無く、解除(ディスペル)を行おうとしても純黒な魔力の性質上解除を許さない。

更には十字架は燃えない素材で出来ているが熱を通しやすい特殊な素材で出来ているので熱せられた鉄板のようになって背を焼く。

 

 

「だ、だずげでぐれ゙え゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙っ」

 

「む?痛いのか?仕方ない奴よ。特別に熱を原料とする『改良型自己修復魔法陣』を貴様の体に刻み込んで助けて(苦しめて)やろう」

 

「~~~~~~~~~~~~っ!!!!」

 

 

助ける気など毛頭無く、逆に苦しめるために自己修復魔法陣を刻み込んだリュウマは、皮膚が治っては灼熱の炎に被皮膚を焼かれて、治っては焼かれて、治っては焼かれてを繰り返して気絶と痛みによる覚醒を往復する男を眺めながら、小腹が空いたので下の灼熱の炎に枝の先に刺した芋を翳した。

 

断末魔の叫びが上がっている下で黙々と焼き芋を作っているリュウマはシュールな事この上ないが、焼かれている男からするとそんなことを気にしている場合ではないし、今まさに本来ならば一体何度死んでいるのか分からないほどの苦痛と絶望を味わっている。

 

 

「出来た……はふっ…熱いっ……うむ、美味(うまい)

 

 

いい感じに焼けた焼き芋を食べながら、目の前で十字架を磔台にされて身を灰になるまで永遠と焼かれ続ける男を静かに鑑賞する。

ふと思い出したように焼き芋を口元に持っていきながら体を横にずらして十字架の奥にある国を見てみると────何も残っていなかった。

 

強いて言うならば焼け焦げて真っ黒な炭のようになっている何かだけであった。

存外巨大な建物の方が早く燃やし終わったかと、焼き芋の最後の一口を食べて呑み込むと、まだまだ炎は消えなく…炎の熱によって動いている自己修復魔法陣も消えなさそうなので、この男はここから先数時間の間燃え続けて貰って己は最後の国へ行こうと検討した。

 

別に見ていても良いのだが、フォルタシア王国で黒い霧である魔障粒子によって苦しめられている民やアルヴァ元国王とマリア元王妃が心配だ。

いくら最後に掛けた魔法で症状を遅緩させても、遅いだけで蝕んではいるため治さなくてはならないのだ。

 

燃え続ける男をその場で燃やし続けて放置し、リュウマは早速最後の国へと向かって飛び立った。

 

 

 

 

「──────3国目」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう…?首謀国なだけはあるようだな」

 

 

降り立った目の前に広がるのは10万程度の大地を埋め尽くす兵士の行軍だった。

傘下と同盟を結んだ国が3つとも崩されたということを通信用ラクリマで知らされた愚王は急いで兵を調達した。

兵器投下で翼人一族を壊滅たらしめることが出来ると確信していた愚王は、最初の兵士投入で殆どの兵を使ってしまい、この10万の兵の内大多数が国の住人である。

 

男は勿論、中には女や少女とも言える幼い子供までも兵士として向かわせている以上、この国の存亡は決まったようなものであるが、見た途端に兵士は殆ど残されておらず無駄な悪足掻きに過ぎないと看破したリュウマは、目障りな兵士と住人を一度に殺せて一石二鳥と捉えている。

 

 

国から派遣されて向かうは国の住人を織り交ぜた総勢10万の兵士達……対するや翼人一族の男ただ1人。

 

 

絵図的には不利を通り越して死んで当然なのだが、相手が翼人一族の王でありリュウマ・ルイン・アルマデュラとなってくると、敵対する者に残された選択肢など1つ以外無いも同然。

 

我に仇なす者は死…あるのみ。

立ち向かうのは誉めて進ぜよう、しかし、我の命を狙う以上貴様等は命を狙われても異議は無いものと知れ。

 

前から歩いてただ1人向かってくるリュウマを目で捉えた兵士達は号令の元雄叫びを上げて広大な緑の大地を駆け抜けた。

愚王から死にたくないならば戦い打ち勝てと、無理難題を押し付けられて戦う以外の選択を切り捨てられようとも、兵士に選ばれなかった妊婦や本当に歳ゆかぬ幼き子や赤子などがこれからも平和に過ごせるように戦う。

 

 

 

「顕現したるは害悪たる存在から()を守護する緑の巨人────『大地を見護る者(デーフェンド・ギガステラ)』」

 

 

 

だがこの世は無情にして彼は非情なり。

 

踏み締めていた緑の大地が盛り上がって隆起すると、全長20メートルに届きそうな巨大な人の形をした魔法生物が現れた。

まさしく圧巻にして巨人たるに相応しき存在が、下から見上げてくる人々を見下ろして見つめていたが驚異と判断したのか、巨大な手で一度に数十人を鷲掴んだ。

 

 

「た、助けてくれェ!!」

 

「いや!いやぁ…!いやぁあぁぁ…!!!!」

 

「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない」

 

「下ろせぇッ!!」

 

「離して…!離して下さい…!お願いします…!お願いしますっ!」

 

 

 

 

「目に付く者は全て生きて返すな。我に仇なす者達の殲滅が我の望みだ」

 

『グオォオォォ─────────ッ!!!!』

 

 

掴んだ人々を口元に持っていき大きく上に向かって開けた口の中に────放り込んだ。

 

 

「いやぁ─────」

 

「助け─────」

 

「死にた─────」

 

「神様どうか─────」

 

 

 

─────くちゃッ ばきゃッ ごちゅッ

 

 

 

中に生えていた大地が隆起すると共に木が砕かれて巻き込まれ、巨人の一部となっていた鋭利な歯と呼べばいいのか牙と呼べばいいのか、ソレが所狭しと並ぶ口の中に放り込まれた人間の運命は必然的なものだった。

 

放り込んだ姿勢のまま目を閉じて咀嚼すると最初の内は悲鳴が聞こえていたが直ぐに止み、代わりに巨人の口端から赤い液体が流れ出て来る。

ごくりと呑み込むと標的を変えて手を伸ばす。

捕まれば同じ運命を辿ると理解した人々は逃げ惑うが、足下の地面が巨人に向かって下がるように…まさに蟻地獄のような形状となって表面が流砂の変化する。

 

藻掻いて先に進もうとするも乾燥して滑るように抵抗出来ない砂の地面によって中央にいる巨人の元までまっしぐら。

手に掴まれて口へと放られて咀嚼による激痛。

後に呑み込まれて辛うじて生きていたとしても、中にある胃袋に当たるところには人の死体が山積みだ。

 

 

 

「眷属召喚────『神斬り殺す銀の神狼(アルゲンデュオス・インテルヴォルス)』」

 

 

 

召喚されたのは数年前に“幻獣の森”でリュウマが死闘を尽くした恐るべき戦闘能力を持つ巨大な神狼である。

銀に光り輝く毛並みは絢爛で美しく、肌触りも良くて人をダメにする程の物。

右の目には斬り裂かれた後があって、目は無事で支障は無くとも、傷と放たれる神気によって尚のこと迫力感を増大させる。

 

狼としての体のバランスを黄金律にて形成され、神気を纏う神格を有するのに神殺しに特化しているという…神話に登場するフェンリルを彷彿させるが、戦闘力はリュウマを困らせる程のもの……彼のフェンリルであろうとも恐らく()()()()()

 

幻獣の森の“主”であるこの神狼は、結局中央にいる森の主はどんな奴なんだというリュウマの疑問から偶然出会い、丸二日の戦闘の末にリュウマに隷属させて眷属とした。

メリットは何時でも何処でも好きなときに呼べるし、やろうと思えばリュウマの精神世界とも呼べる領域に神狼を住まわせておくことが出来る。

デメリットは呼び出す時に本当にハンパではない程の魔力を持っていかれる。

だが、リュウマは日々魔力が上がる特異体質と瞬間的に魔力を回復する以上能力を持ち合わせているので関係ない。

 

この神狼の強いところは神を殺せるという部分では無く、単純に強いのだ。

リュウマは殺すならば簡単だったが、ボコボコにして大人しくさせるのに丸一日と、矢鱈と強く面倒な力と()()故に丸一日…計丸二日かかった。

では、先程から出ている武器や斬殺とは何かと言われると……この神狼…通称アルディスと名付けられた神狼が使用するのは────剣

 

狼が剣を使うとは馬鹿なことを思うかもしれないが、このアルディスは共に召喚された大理石の台座に突き刺さる一本の美しい剣の柄に噛み付いて引き抜く。

刀身が全てアルディスの毛並みと同じく綺麗な銀で構成されているこの剣は、何処から持ってきたと言いたくなる神剣である。

 

切れ味も凄まじい事ながら折れず曲がらず錆びず、しかもアルディスが念じると飛んで行って勝手に動いて敵を攻撃したり、引き抜くと消える台座に刺したいと念じれば台座が現れるという便利な代物だ。

ただ、強いのは剣だけではなく、アルディスの速度が音を超えて脚力も並々外れ、化け物しか存在しない幻獣の森で座して頂点に君臨していたことだけはあるスペックだ。

 

今では主であるリュウマにとても懐いていて、時々城の中庭に呼び出しては毛並みに埋もれて休憩の昼寝をする。

リュウマの愛玩動物?にして戦闘においても絶大な信頼を寄せる眷属である。

 

 

「最近は喚べずにすまんなアルディス」

 

『主が気にすることではない。確かに心細かったが何時でも会える。私は気にしない……本当は少し気にしていた』

 

「フハハ…然様か。ではこの蹂躙が終わり次第狩猟に行って、お前の好きな肉を焼いて食そうか」

 

『べ、別に好きという訳ではないがっ…主が言うならば仕方ないなっ』

 

「尻尾の振りすぎで千切れるぞ」

 

 

因みに隷属させているのでリュウマとだけならば言葉を交わせる。

頭の中に声が響いてくるテレパシーに似た会話の方法となるが、相手が狼なだけあってそれが普通でもある。

 

尻尾を振って喜んでいるが、神剣を加えて目の前に居る人々を睨み付けているという器用な事をするアルディスに、リュウマは命令(オーダー)はこの場に居る人間共の皆殺しだと伝えた。

すると了解したアルディスは少ししゃがみ込み────消えた。

 

姿が見えなくなる程の速度で駆けているアルディスの攻撃は回避不可能であり、口に咥えている神剣の切れ味から大地に深い溝を作りながら一緒に両断される。

風が頬を撫でたかと思うと、首だけが残り体が消し飛んでいるという刹那の出来事を体感する約一万人の人々は、どうやって死んだのか分からないまま死んだ。

 

咥える神剣を現れた台座に突き刺して少しの間だけ戻し、大きく息を吸って………吼えた。

すると周囲の物を一切合切吹き飛ばし、人間が消滅して何も残らない大地だけが残された。

吼えた時の衝撃に肉体が耐えられず、粒子と言っても過言ではないレベルまで分解されてしまったのだ。

 

アルディスが生き生きと人々を消滅させては斬り殺し、リュウマからの命令を忠実に遂行しているのを見て満足していると、気付かれていないつもりなのかリュウマの背後から忍び足で槍を持つ男が寄ってきた。

勿論気が付いているリュウマは足を踏み鳴らすと木の根が男の足下に来て飛び出し、先端が鋭利な針のようになっている木に串刺しにされて絶命した。

 

他にも前に巨人とアルディスから逃げようと後ろに居るリュウマに気が付かず後退する住人がいたので、冷気で煙を上げると右腕を振るって約500人の住人だった氷の彫刻が完成した。

時間と共に命を削るその氷は、凍らされた者の命が尽きると砕けるので……きっかり10秒後に全て砕け散った。

 

次に手を上に翳して手の平に小さな球を作り出すと空へと放ち、上空で弾けると真っ黒い雲が形成されて広がる。

所々で雷が鳴り響いて突然の異常気象と包んだ暗闇に、人々が顔を上げた瞬間……リュウマは雷が帯電する人指し指を振り下ろした。

 

真っ黒い積乱雲から轟雷が轟き落雷が発生し、武器を持っている約三万人が落雷によって灼かれて絶命した。

そこには人の形をしたい炭が3万個置かれていたが、風と共に砕けて散乱した。

この雷は全部リュウマが作ったので本来の雷の大凡百倍近い電力を持っているので、人など一瞬で灰となる。

 

 

「残りは……2万といったところか?……面倒だな。一度に消してやろう」

 

 

2万がちょうど良く固まっている円形の集団の真ん中まで飛んで降り立ったリュウマは、下に居た2人の男の頭を両手で押し潰して殺しながら、逃げようとする人々が逃げられないように範囲内にいると出れなくなる魔法陣を設置して発動させた。

 

見えない壁に逃げられなくなってしまった人々は涙を流しながら拳を振り上げて無駄な抵抗をする。

拳が砕けて血を滴らせ、骨が見えようとも止めずに殴り、この場から一刻も早く逃げだそうとするが……無理な話だ。

魔法陣が発動した瞬間にもう逃げ道等…等に消え失せているのだから。

 

 

「死にゆく全ての塵共よ。恨むならばこの惨状を招いた己の王を恨むのだな────終いだ」

 

 

リュウマが持つ禁忌魔法の中でも取り分け手加減が難しい無差別殲滅魔法を発動させた。

 

 

 

 

禁忌

 

 

 

 

死に歓喜し身を委ね滅び逝くが彼の理である(The last of all concept is perish)

 

 

 

 

 

 

リュウマしない背後に古い時計が姿を現して、一秒ごとに長い針が時を刻んでいく。

それからきっかり12秒経って盤上を1周した瞬間────“死”が訪れた。

 

そこに確かに居た三万人の人々は消え去り、地面に生えていた草木は死滅し空気をも死に絶えている。

発生した範囲内にいるリュウマ以外の者や物が全て全て全て……死んだ。

 

 

この魔法至って単純な能力……命亡きものにも死を与える魔法。

 

 

こうして向かい来る兵士住民合わせた十万の兵士が全滅し殲滅されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ってお願い!お腹に赤ちゃんがいるの!」

 

「────喰って良いぞ」

 

 

懸命に後ずさりながら妊娠10か月で大きくなったお腹を庇う母親を前に、リュウマは無情にも影から生み出した4匹の狗に指示を出して襲わせた。

最後までの抵抗虚しくお腹の赤ちゃんごと食べられた母親は最後の瞬間まで、絶望に満ちた表情をしていた。

 

そもそも、襲ってきた国の者達をも皆殺しにすると決定付けているリュウマからしてみれば、いくら命乞いをしようが関係ないので…逆にこれだけ殺しているのに命乞いをすれば助かると思っている方が不思議だった。

 

 

「待て!!」

 

「む?」

 

 

壁内に入ったリュウマは、引き続き3体増やした4体の巨人と、アルディスに住人を襲わせて残り僅かとなったことを感知した時、城へと向かう途中でリュウマの前に立ちはだかる青年が現れた。

 

背中に一本の剣を背負って、それなりの防具を身につけているその青年は、国の住民を次々と殺していくリュウマのことを鋭く睨み付けている。

何だこの塵はと全く興味を示さないリュウマを尻目に、青年は背中の剣を引き抜いて切っ先をリュウマへと向ける。

 

 

「なんで…なんでこんなヒドイ事を…!」

 

「だからなんだ」

 

「もっとみんなが仲良く暮らしていける道があったかもしれないのに…君は何でこんな事をするんだ…!」

 

「貴様等の王が我が国を陥れたからだ。故にその国に住まう貴様等の塵芥も同罪。我直々に裁いてやっているのだ…感謝こそされど恨まれることをしている憶えは無いなァ?」

 

「君は…なんて…なんて男なんだ…!関係の無い人々を殺していく君を…僕は許さない!君に殺された友達の魂が僕の背中を押してくれる……そんな僕が君に負ける訳にはいかないんだ…!!!!」

 

 

正義感の強い青年は到底リュウマを許すことが出来ず、友達が背中を押してくれているという実感と、悲しみと怒りからくる感情で覚醒した力を使って大地を蹴った。

 

普段を普通に過ごしていれば、善に属する主人公のように輝ける人物であろう青年は1人、巨大な(リュウマ)に立ち向かった。

世にも珍しい神聖な光の魔力を身に宿す青年は、こと悪という負の産物に対して絶対の力を示す。

 

故にこの振りかぶった剣はリュウマを捉え、傷を付けることに成功する。

 

 

「────話にならぬ。その程度の力で我に挑もうなど不敬にすら思える。……死して人生をやり直せ」

 

「ごっ…そ…んな……────」

 

 

───訳が無く、すれ違い様に手刀で上半身と下半身を分断されて死んだ。

 

正義感や一時の感情程度でリュウマを凌駕出来るはずも無く、少し覚醒しただけで傷を付けることも出来るはずも無い。

どれだけの別次元の強さをリュウマが保有しているのか、力の一端すら見ること叶わず死に絶えた青年は憐れである。

 

邪魔な青年の体を蹴っ飛ばして衝撃で破裂させ、民家の壁の赤い染みに変えた後、無駄な時間を使っている内に4体の巨人とアルディスが殲滅を完了したようなので、巨人は魔法を解いて大量の土と木片へと戻り、アルディスは神剣を台座に戻して消してからリュウマの後ろに付き従う。

 

城の中へと入ったリュウマは殺されて兵士がいない寂れた通路を進み、魔力ソナーを使って感知した首謀者である愚王の元へと進んで行く。

 

 

「我が何者か……承知しておるだろうな?」

 

「────フォルタシア王国の王だろう」

 

 

一際豪華な扉が付いた部屋へと入ると中に居たのは、玉座に座って入ってきたリュウマ達を見ている男だった。

この男が今回の騒ぎの首謀者その人であり、リュウマが3つの王国を殲滅する理由となった者だ。

 

これから殺されるというのに、この愚王は特に騒ぐことも無く静かにしている。

 

 

「何故我の国を襲った。貴様の国は我の国に次いでいる実力が伴った国であるはず」

 

「我が国が頂点だと信じていたからだ。まぁ…今やそんな陰すらも見えんがな」

 

「当然だ。我が出向いているのだからな。……言い残すことはあるか」

 

 

「私の中では常に────我が国こそ頂点」

 

 

「フン。精々来世に期待するのだな」

 

 

その場から消えたリュウマは愚王の目の前に姿を現し、驚きに口を開けた瞬間に懐から出した黒い球を押し込み呑み込ませた。

食わせたのは最初にリュウマが国に蔓延る黒い霧こと魔障粒子である。

 

これは魔力のある者の魔力の器内にある魔力を蝕み破壊し、後に身体機能すらに異常を来させて防衛機能を阻み、細胞を破壊し尽くして死に至らしめるウイルス性破壊兵器。

 

生み出した者が生み出された物によって殺されるのはなんという皮肉だろうか。

只でさえ死が確定しているというのに、リュウマは追い打ちを掛けるように魔障粒子による細胞破壊と互角程度の修復速度に落とされた自己修復魔法陣を刻み込んだ。

炎によって焼かれている3国目の王のように、長い長い苦痛を受けることになった愚王は苦しそうに首も戸を押さえて玉座から転がり落ちた。

 

 

「貴様の送り込んだ物だ。己の不始末は己で始末を付けろ」

 

「ぐっ…がァッ…!?おぐぅっ……!!」

 

 

苦しみ続ける愚王を無視して、リュウマはアルディスと共に城を後にして国を出る。

その際に国の上空に眩い光りを放つ巨大な魔力球を放って少しずつ下に墜ちるように調整する。

時間は自己修復魔法陣が切れる一時間後に着弾するようにされていて、愚王は一時間は死ぬ程苦しい苦痛を受けながら死ねず。

 

しかし、今から一時間後に国を消滅させる程の魔力の奔流の大爆発で愛する国と共に滅ぶだろう。

 

 

 

 

 

こうして────リュウマの世界に激震を走らせる殲滅劇が幕を下ろした。

 

 

 

 

 

フォルタシア王国に帰ってきたリュウマは症状を遅緩させる魔法を強化して、広大な面積を持つフォルタシア王国全てを包む範囲内に自己修復魔法陣を結成して同時に大凡数百万の人々を治した。

 

1人1人治していくなら早く終わるが、流石に本当に1人1人やっていったら数百万の人口分が終わらないので一気に治療を施す。

その代わりに多大な時間が掛かってしまい、超広範囲による自己修復魔法陣結成を一週間…つまり7日間休まず寝ずにやり遂げた。

 

余談だが、民の全員を救い出して治し終わったリュウマは元気な姿で走り寄って来るアルヴァ元国王とマリア元王妃の姿を見てぶっ倒れた。

発動し続けるのに問題は無かったが、行かせん7徹はキツかった……。

 

 

3日間ぐっすり眠ったリュウマは起き次第溜まっているだろう執務を終わらせて(大臣が頑張って殆ど残っていなかった)アルディスの毛並みに埋もれて癒された。

因みにアルディスは、リュウマの枕代わりになっているのに嬉しそうだった。

 

 

 

 

後にリュウマは全世界に向けて言葉を送った。

 

 

 

 

『我が国に攻め込むのは良しとしよう。我が国及び我は座して待とう。しかし────此度のようなことが今一度あれば国諸共殲滅する。

 

 

敵対視している王国は覚悟せよ────一方的殲滅を目の当たりにしたくなければ余計な手を出すこと勿れ。

 

 

我こそは翼人一族が王────

 

 

 

 

 

フォルタシア王国 第17代目国王 リュウマ・ルイン・アルマデュラである』

 

 

 

 

 

たったの一人で攻め込んだにも拘わらず半日で4つの王国を壊滅させたリュウマの力に恐れた世界の王国は、リュウマの事を畏怖と触れてはならない存在としてこう呼ぶこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

殲滅王

 

 

 

 

 

 

 

 

これが世界を震撼させた殲滅王の誕生秘話である。

 

 

 

 

 

 

 

 




如何でしたか?

これこそが真のリュウマ・ルイン・アルマデュラです。

正義の味方とかには絶対に属されない主人公なので、嫌いな方は嫌いかもしれませんね。



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第陸刀  学ばぬ悪意

前話に出て来た銀の神狼のアルディスですが、この元となったのって、いつか見たアニメに登場してたやつなんですよね…なんのアニメか忘れてしまいましたが…笑

強制的な死を与える魔法は……オーバーロードと言えば分かりますかね?笑
宝石の王女を喰った狗というのはヘルシングのアーカードで分かる筈です笑

オリジナルは巨人と時間操作と言霊ぐらいです笑

あと、気が付いた方は気が付いたと思われますが……「熾烈を極める」を「鮮烈を極める」と書いていました。
ですが、話数が多いだけあって見つけきりません……見つけたときでいいので報告して貰ってもいいでしょうか?
熾烈を鮮烈と書くだなんて…恥ずかしい…。




 

フォルタシア王国に後の魔障粒子を投げ込まれて大混乱を招き、リュウマが苦しむ民や両親の姿を見て憤怒し、半日で4国をも墜とすという大事件を起こして世間から『殲滅王』と呼ばれるようになってから……4年の月日が流れた。

 

たった一人で国を…それもどれもが上位の国力を持つ国のみを単独で消滅させてからというもの、フォルタシア王国に戦争を仕掛けてくる国はめっぽう減った。

それは(ひとえ)にリュウマの怒りの矛先が自国に向くのを恐れたが故である。

 

別に襲ってきても壊滅させて更なる領土拡大を目指す次第であるリュウマとしてはつまらなく感じたが、襲ってこないというのであればそれで良かった。

その間にリュウマは王としての政務を片付けていく。

如何に平和な国であるフォルタシア王国と言えども、問題は必ず浮上してくるのだ。

 

特に農業を主な収入源とし、時には王であるリュウマに貢ぎ物を差し出す村の不作問題等が多かった。

その場合はリュウマが出向いて変わらず大地に魔法を施すのだが、常に掛けていられるという訳ではないので結局はその場凌ぎにしかならない。

 

解決策を立てている間に、フォルタシア王国で兵士が使う武器である剣の鍛造に使う鋼が不足してしまったりする。

創造を行えるリュウマともいえども数万人分の兵士の分の武器や防具に使う鋼を瞬時に行えないので頭を抱え、鋼となる鉱石が取れる地を持つ国と貿易協定を結んだりと忙しかった。

 

数ある中でも、本当に頭を悩ませたのが───

 

 

「おい、これはなんだ」

 

「はい。それは〇〇王国に生まれた第一皇女で───」

 

「ハァ…そんなことを聴いているのではない…。我は何故これが執務の書類の中に紛れ込んでいるのかという事を聴いておるのだ」

 

「存じ上げませぬ。しかしこれは────神のお告げでは?」

 

「摘まみ出すぞ。大臣よ…お前はそこまでして我に結婚させたいか」

 

「それはもう!是非に!!」

 

「衛兵。大臣を数刻程この部屋に入れるな」

 

「「ハッ!」」

 

「なっ!?ちょっ…!やめんかお前達…!陛下!是非とも御検討の方を────」

 

 

部屋から閉め出された少しの間結婚の話を叫んでいたが、リュウマは全て無視を決め込んでいるので諦めたのか気配が遠ざかっていく。

これが今のリュウマの悩みの種であった。

 

臣下である大臣達がことある毎に結婚相手の候補を見繕ってくるのだ。

要らんと言って破り捨てようが代わりの候補者の名が綴っている書類を目前に突き付ける。

この時代の結婚適齢期は早いもので、女は18には結婚して子供が居るのが普通で、男は20には既に結婚している。

 

リュウマは今年で23…今現在22という歳だというのに浮いた話の一つも無い。

勿論東の大陸代表としてパーティーに招かれて行く。

すると、右眼の上に傷が有りながらも余りある程の美しく整った顔立ち故にお近づきになりたいということで各国の美しい姫君や王女などが擦り寄るのだが……リュウマはその悉くを拒んでいる。

 

よもや東の大陸代表であるフォルタシア王国代17代目国王リュウマ・ルイン・アルマデュラはそっちの気(男好き)であるのでは?と言った者は誰だったか。

その者はきっと全身を包帯でグルグルに巻かれている者のことだろう。

 

 

誰がやったか?………知らぬが仏という言葉を覚えておいた方が良い。

 

 

作ろうと思えば妃はおろか側室だって作って複数の女で身を固める事が出来るというのに、リュウマが何時まで経っても妃を娶らない理由。

それは単に己に合う女がいないということだ。

 

何を言い出すかと思えばと思われるかもしれないが、リュウマからしてみれば死活問題だったりする。

例えば…この時代の女というのは政略結婚を行うための妻然りとした教育を施されはすれど、戦うための戦闘訓練などしない。

それは当然だ。

戦うのは大抵男で、妻は戦ったり仕事から帰ってきた夫を家事をしたり子育てをして待っているだけなのだから。

 

 

リュウマはもう既にこの時点で気に入らなかった。

 

 

昔から智謀を高めんが為に置いてある本は基本全てに目を通した。

そんな中に子供向けにと置かれていた本がある。

中を読んでみれば内容は王道的な話である、悪に連れ去られた姫のことを好いていた勇者が悪に立ち向かい、途中で仲間を増やしながら最後は共に悪を打ち倒して姫と結婚してハッピーエンドというものだ。

 

 

何故────姫は連れ去られただけなのだ?

 

 

抵抗の一つでもすれば良いではないか、武術の一つでも嗜んでいれば時間を稼ぐことが出来て捕まらないだろう、いや…外見を着飾ることにかまけてなければ既に悪を襲われた姫が撃退出来たではないか。

全てが終わった後に勇者に微笑み礼を言っただけで何もしてこなかった姫は、世の女性が夢見る幸せを噛み締めている。

 

理不尽ではないか?

 

あれだけ苦労して、何度も何度も敵に倒されては起き上がって立ち向かい、意気投合した仲間と共に助けたのに姫はただ連れ去られただけで()()()()()()()()()()()()()()()待っているだけなど。

 

何も成すことが出来ず化けの皮が何時かは剥がれる…外見のみに研磨を重ねるような()()()()()()()()

 

冒険譚を読めば読むほどその考えは顕著にされてはリュウマを不快にさせた。

故にリュウマの妃に求める最低基準は戦う事が出来るのか否か。

何も出来ない者を妃にする気は無く、己の力を見ても感じても恐れを抱かず尚且つ立ち向かってくるような者がいい。

 

スレンダー?グラマラス?歳?そんなことには拘らない。

胸が大きかろうが無かろうが、背が大きかろうが小さかろうがそんなことは関係ない。

己と話を交わすことが出来る程の智謀と剣を交えることが出来るような戦闘能力。

あと加えれば包容力のある優しい…それこそマリア元王妃のような者がいい。

 

リュウマがいう戦闘能力があり智謀に優れた女性を、お題をクリアした者を探し出そうとひた走る大臣達だがお眼鏡に叶う者は中々見つけられなかった。

いざ見つけたぞとリュウマに教えたが、リュウマはなんとその候補者に剣の勝負を挑んだ。

まあ結果は言うほどのものでもなく、ある程度出来れば婚約してもいいと考えていたリュウマの期待を裏切り、素人に毛が生えた程度だった。

 

地に這い蹲る世の男が目を血走らせてでも欲するほどの美貌を持つ女性を一瞥する事も無く、まるで宝石だと思って磨いた原石が実は只の石ころであった時のような失望した瞳を向けて嘲笑う。

フォルタシア王国との強い繋がりを欲するのはどの国であろうとも必然、負けた女性の父である王はリュウマに少しの期間を貰うことを悲願するが否と答えた。

 

他にも候補者が現れて武に優れた女性であると言われて設けられた見合いの席に着いてみれば…成る程、確かに武に優れた者であるのは頷ける。

適度に引き締められたしなやかさと柔軟性を持ち合わせた肢体には感嘆の声を上げたが…それだけだ。

武に優れすぎて頭がよろしくないようで、少し難しい言葉を使えばどういう意味なのかと聞いてきた。

 

話をする度に補足をしなければならないのかとつまらなさが勝ったリュウマは、その場を特に言うことも無く飛び立って消え帰ってきた。

それに、出された料理もそんなに美味しくなかった。

 

大臣達が言うように話し合いには出てやった。

何度も出ては確かめて失望し帰って執務の続きをする。

これ以上は無駄であろうと宣うリュウマに、大臣達は泣きそうな顔をするばかりだった。

早く結婚して貰わねば世継ぎが生まれず、若しかしたら次代の王が来ないかも知れないと考えていた。

因みに、翼人と地人の子供は産まれると普通の翼人より強く産まれる傾向があるが着床率が悪いのだ。

なので結婚相手は翼人のみと決まっている訳では無い。

 

探されて勧められて…確認することが面倒くさくなったリュウマは出された候補者の名前と顔を見て魔法を使い素性を頭の中に入れる。

その場で直ぐにどんな女性なのか一から事細かに解析して相応しくないと大臣に言えば項垂れて次を探してくる。

だから探してくるなっつーのと言ってるのに探してくる大臣達を最早無視し、執務に使う書類は優秀な兵士に持ってこさせて仕事を熟していた。

 

日々のやることが仕事か、おつむが足りてない国が仕掛けてくる戦争に介入して殲滅することの2つしかない灰色の人生に、待ったを掛けたのはリュウマ……ではなく臣下達であった。

何時も何時も朝から晩まで王の仕事をしている…これだけを見れば荷を積めすぎているだけの良き王かもしれないが、リュウマの場合は休憩すら取らない。

 

魔障粒子に犯されていた者達を救うために魔法を酷使し過ぎて倒れた事を反省し、思考を複数持って効率よく休憩と執務を行うことが出来る並列思考(マルチタスク)を高スペックの頭脳を使って可能とし、長時間の休憩無しに仕事に取り組むことが可能となっていた。

 

妃となる者の候補は探してくればいいのでこの際は置いておこう、しかし愛する国のためというのは嬉しいが休んでくれないリュウマに業を煮やした使用人含めた大臣達は強行手段を取ることにした。

休まないというならば休ませてやろう作戦だ。

 

 

「陛下。お勤めご苦労様で御座います」

 

「うむ」

 

「一休みに如何かと思いお飲み物とお菓子をお持ちしました」

 

「然様か。では頂こう」

 

 

食べ物に目が無い大食漢である陛下ならば釣れるということを確信していた使用人は、持ってきた飲み物とロールケーキのような菓子を机の上に持っていこうとしたが、羽ペンを持って執務を続けていたリュウマは書類から目を離すこと無く手で制した。

 

立ち止まった使用人は如何したのかと首を捻っていると、リュウマは書類に目を通しながら口を開けた後に閉じた。

欠伸(あくび)でも無い口の開閉による更なる疑問にまた首を傾げて、ふと持っているお盆がほんの少しだが軽くなったことに気が付いて視線を落とす。

 

 

お菓子が一口分歯形を残して切り取られていた。

 

 

驚いてリュウマの方に顔を向けると、リュウマは書類に目を通して判子をぽんッと押しながら────もぐもぐしていた。

 

まさかとは思ったが……絶対食べてる。

もう疑いようが無く清々しい程にお菓子齧って食べてる…!と、驚いている使用人のことに気が付かず…口にあるであろうお菓子を呑み込む動作をすると、また口を開けて閉じる。

 

急いで視線をお盆の上に落とすと…二口目が齧り取られていた。

 

もぐもぐしているリュウマはその後も同じように離れているのに、食べ物だけが口の中に瞬間移動して食べてるような摩訶不思議現象を起こしながら食べきった。

 

 

飲み物は流動的な物なので無理だろうと思って渡しに行こうとすればまた手で制された。

嫌な予感を感じて固まっていると、リュウマは人指し指を向けて上に向かって振るうとカップの中に入っていた飲み物が球状になりながら浮き上がり、リュウマの元へと浮いたまま向かっていった。

 

口元まで来た紅茶をパクリと一口で口の中に入れて飲み込み一息吐いた。

満足したらしいリュウマは、結局最初から最後まで書類から目を離す事無く、持ってこられたお菓子と飲み物を飲んで休憩?をとった。

 

空になった食器を載せたお盆を使用人が呆然としながら持って行って大臣達に事の詳細を報告した。

どんだけ陛下の魔法万能なんだよと思いながら口にせず、次の作戦へと移行した。

 

 

「陛下、〇〇国から送られてきた茶葉が届いておりますが…お飲みになられますか?」

 

「茶か…うむ、では頂こう」

 

「畏まりました」

 

 

食いついたリュウマにニコリと表面上は微笑み、心の内では中々に悪どい笑みを浮かべている背後の大臣に気づかず、書類を的確に裁いていく。

少ししてからリュウマの元に使用人が良い匂いを放つお茶を持ってきて、またもや指を向けて浮かせてから口に含む。

 

 

この時……大臣は勝ったと確信した。

 

 

実はこのお茶の中には、睡眠促進効果のある花の蜜を加工した睡眠薬が入っている。

無味無臭のその睡眠薬は少量でも強力故に大の大人でも少しだけ体内に入れるだけで四時間は寝てしまうというもの。

それを今リュウマは飲んだのだ。

 

これでやっとリュウマが体を休めてくれると思っていた大臣は満足そうに、やり遂げた感を醸し出しながら寝てしまうリュウマ見た……筈だった。

そう…筈だったのだ。

 

固まってしまった大臣が見たのは執務を続行して片づけているリュウマの姿だった。

そんな馬鹿なと驚き観察するようによく見ていると、口をもごもごさせ始めた。

眠気が今になって来たのかと期待していると、リュウマは手を口元に持っていくと何かを吐き出した。

 

 

「んべっ…何やら違う物が入っていると思えばこれか」

 

「…………へ?」

 

 

吐き出したのは真っ白く小さい球型のボールのような物。

身に覚えのある色に大臣は驚いた。

それは出来上がったお茶の中に入れた睡眠薬であり、口に含んだ時に違和感を感じたリュウマは口内でお茶を分解して中に溶け込んでいた睡眠薬だけを固めて吐き出したのだ。

 

飲んだのに飲みきらなかったからリュウマは眠ることなく執務を続けていたのだ。

吐き出された睡眠薬を渡されて変な物を混ぜないように気をつけろと注意を受けた大臣は肩を落としながら部屋を出て行った。

 

最後の作戦は実に大胆な作戦で、今ではリュウマに追い抜かれてしまっているが、アルヴァ元国王に魔法を直接掛けて貰うという作戦だ。

執務に集中しているリュウマは隙だらけな筈と思った大臣達は早速事情をアルヴァに話して協力を仰いだ。

 

頼まれたアルヴァは確かに荷を積めすぎだという判断を下して了承し、リュウマが仕事をしている執務室へと向かった。

辿り着いたアルヴァと大臣達は扉を音を立てないように少しだけ開けて中を覗き込み、中にいるリュウマが机に向かって座り背を見せていることを確認した。

 

何処からどう見ても隙しか無いのを見てから大臣達はアルヴァへと頼み、アルヴァは空間から金色に輝く杖を取り出して狙いを定める。

杖の先端にアルヴァの魔力が集まり、当たった者を眠らせる魔力球を作り出して放った。

 

吸い込まれるようにリュウマの背中へと飛んで行く魔力球はもう着弾する…!となった時にリュウマが羽ばたいてそれへ回避することで外れ、背後に出現した黒い波紋から一本の槍を引き抜いたリュウマは手に取り投擲した。

 

轟音を立てながら迫る槍に間に合わず、槍はアルヴァと大臣達の顔の横を通り抜けるように過ぎ去って壁を破壊しながら突き刺さる。

先端に神経を麻痺させる毒を塗りたくられていた槍を受けていれば今頃動くことはおろか、喋ることすら出来なくっていたところであるアルヴァと大臣達は青い顔をした。

 

 

「愚かな。如何様な手を使って入ってきたかは知らぬが、我を殺そうなど片腹痛……父上?大臣?」

 

「は…ははは……強くなったな…?リュウマ」

 

「お、おぉ…何たる力…心より尊敬致しまする…」

 

「いや……何をしておるのだ…。危なく本当に貫くところであったぞ…?父上、何かしらの攻撃だと思って反撃してしまいますので突然の攻撃はやめていただきたい」

 

「す、すまなかった」

 

「大臣達も何が目的かは知らぬが、行き過ぎた行動は慎め」

 

「「「申し訳ありません……」」」

 

 

揃って破壊された壁の前で年下の王に正座をさせられて叱られている大人達は威厳もへったくれも無い。

恥ずかしいことに眠らせようとするだけで殺されかけるとは思わなかった大臣達や手助けをしただけのアルヴァは気をつけようと心に刻み込みながら謝った。

 

いよいよ以て通用する手段が無くなってきた大臣達は何振り構わず色々な案を出し合って実行した。

例えば、近場で強い猛獣が暴れているという嘘をついて少しだけでも机から離れて貰おうと思えば魔水晶(ラクリマ)を渡された。

何の道具かと聞けば、中にはリュウマの純黒なる魔力を封じ込めたラクリマであると答えた。

 

 

純黒なる魔力を封じた魔水晶(ラクリマ)

 

価値・国宝指定が入るアイテム

 

効果・相手は死ぬ

 

 

超絶分かりやすい説明と一緒に渡されたラクリマに白目を剥いて、猛獣はもう倒されたらしいと前言撤回すれば、不思議そうに首を傾げながら執務に戻った。

態々とんでもない代物を作ってくれたのに、嘘故に必要なくなってしまったことに大臣達は心の内で謝罪した。

 

次の作戦は城の複数の部屋から見るだけで本能的嫌悪感を抱く…黒くてすばしっこい虫が現れたと嘘ついて執務室から出させて閉め出すというものだ。

 

早速報告すると顔を引き攣らせて流石にそれは…と言った後、椅子から立ち上がった。

キタッ…!と思ったのも束の間「記憶が正しければ寒さに弱い筈…」と呟きながら持ち上げた足を床に叩きつけて城中の床全てを凍らせた。

 

一気に室温が下がった事に寒さで震えていると、部屋の外から使用人の女達の叫び声が聞こえてきた。

何だ何だと思っていると、床を凍らせて寒くなったことで黒いアレが城の外へと逃げる為に大量発生して使用人達を恐怖のどん底に墜としたらしい。

 

本当に居たのかと自分で言っておきながら真っ青になっている大臣を放っておいて黒いアレが何処に居るのか魔力ソナーを使って感知したリュウマは、凍らせた床を操作して上を動き回る黒いアレを凍らせて砕き殺した。

 

助かったと思ったのもまた束の間……これだけの黒いアレが居るとはどういう事かと問うたリュウマに何も言えなくなってしまい、大臣達を含めた全使用人達で城中の大掃除が開始してしまった。

 

次の日、リュウマは変わらず昨日と同じように執務室にて王の政務に浸いていた。

このままでは絶対に休んでくれないと踏んだ大臣達は最終手段として彼女に頼むことにした。

 

 

「─────ということなのです……」

 

「あらあら…仕事をしているのに心配されるほど休んでいないなんて……まったくもぅ…リュウちゃんったらっ」

 

 

臣下達の最後の砦であるマリア元王妃である。

もう他にこれ以外に選択肢が無いと同時に、マリア元王妃でダメならばもう打つ手など皆無とさえ感じている大臣達は深々と頭を下げて頼んだ。

 

頬に手を当てて困ったように微笑むマリア元王妃は編み物に使っていた道具を膝から退かしながら立ち上がって大臣達の横を抜けた。

頭を上げた大臣達を振り返りながら、ついて来るように行って付き従わせる。

 

どんな方法でリュウマに休ませるのか気になりながら大臣達は後を追って共にリュウマのいる執務室へと向かう。

 

 

「リュウちゃんはね?正攻法じゃあ止められないの。昔なら剣の腕前は勝っていたけれど、今ではもう私ですらリュウちゃんには勝てないわ」

 

「で、ではどうすれば…?」

 

「リュウちゃんには()()()()()ではないと無理よ。その方法を突けるのは私と……辛うじてアルヴァぐらいかしら」

 

「その方法とは…!?」

 

「────子守歌…よ♪」

 

「「「…………………はい?」」」

 

 

まさかの返答に揃って間抜け面を見せる大臣達をクスクス笑いながら歩き続け、どういう意味なのかと問われても微笑んで躱すだけであった。

 

そうこうしている内に各々は執務室の前へと到着し、マリア元王妃は普通に扉に手を掛けて中へと入っていく。

中には入らず扉の向こうから覗き込むようにして観察している大臣達を尻目に、マリア元王妃は執務に励んでいるリュウマの机越しに寄って話し始めた。

 

 

「リュウちゃん?ちゃんと休まないとダメでしょ?大臣達が泣きべそを掻いていたわよ?」

 

「仕方がないではありませんか。平和そのものに見えるこの国であろうと問題は湯水の如く湧いてきます。その問題を少しでも良くし、民達に安寧を届けるのが王である我の務め……咎められる事をしているつもりは一片たりともありませぬ」

 

「そうなんだけどね?それでリュウちゃんが倒れちゃったら元も子もないでしょ?ね、少しだけ休みましょう?」

 

「いくら母上の提案であろうとも此ばかりは否であります。我は王。頭を酷使するような執務など日常茶飯事であります」

 

 

敬愛するマリア元王妃からの提案でも頭を縦に振ることの無いリュウマを見て、早々には折れないと感じ取ったマリア元王妃は強行手段に出た。

一度目を瞑って開けば、何時もの優しい雰囲気は消え失せて嘗ての戦女神然りとした雰囲気を纏う。

 

対するリュウマも譲る気が無いのか、マリア元王妃がどのような攻撃をしてきても迎撃出来るようにと臨戦態勢に入った。

鬩ぎ合う2つの気迫が空間に震動を与えて震わせ歪ませる。

 

 

「そう……じゃあ────無理矢理にでも休んでもらわなくちゃね」

 

「先も述べた通り────否であります」

 

 

見つめ合う2人の内、先に動いたのは────リュウマだった。

早々にこの不毛な遣り取りを終わらせて執務に戻ろうとしているリュウマは、傷つけるつもりは毛頭無いので純黒なる魔力を出力最低限に抑えながら手に纏い手刀の形を取る。

 

腰に愛刀を差していないマリア元王妃は拳による近接勝負になると確信していたリュウマはその場から音も無く消え、心苦しいが気絶させるために首を狙い手刀を振るう。

傷つけないために手加減しているとは言えリュウマの攻撃……その速度は最早避けること叶わず。

 

 

「『────♪──♪───♪─────♪』」

 

 

だがマリア元王妃は避けることはせず、その場で美しい美声を以て歌を歌い始めた。

 

すると言葉を発した瞬間に目前まで迫っていたリュウマの手に纏われている、例外など無く総てを呑み込み塗り潰す特異な純黒なる魔力が────霧散した。

 

 

「こ…これ……は………─────」

 

 

首に手が届く前にリュウマの体から力が抜けてしまい、膝から崩れて前のめりに倒れてしまった。

その衝撃でフォルタシア王国の王が頭に着付けているサークレットが外れて床を滑る。

崩れ落ちたリュウマと言えば、床に倒れてから微動だにしておらず、寝息が聞こえてくるので眠ってしまっているのが是が非でも理解させられる。

 

呆気ない幕引きに溢れ落ちそうなくらい目を見開いている大臣達に向かって、拾い上げたサークレットを指で回しながら悪戯っ子のような笑みを浮かべてウィンクを一つした。

 

 

「うふふ。どの世界も何時の時代も────母は強し…ってね♪」

 

 

こうしてこの日一日リュウマが目覚めることも無く、強制的な休みを強いられ、眠っている間に背中の6枚の翼をマリア元王妃に好き勝手に弄られ続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────????

 

 

「すまない。私が最後のようだな」

 

「気にしていない。時間は山とある」

 

「我等とて先程着いたばかりだ」

 

「……これで全て揃ったな」

 

 

煌びやかな装飾の施され広々とした部屋の一室に、中央に設けられた楕円形のテーブルに向かって数十人の貫禄醸し出す男達が座っていた。

先程入ってきた男が空席になっていた席の人物で、謝罪しながら席に着くと、端に座っているこの場で行われる会議の纏め役が話し合いの始まりを促した。

 

今この場に集まっているのは、東の大陸、西の大陸、南の大陸、北の大陸……勢力が別れている東西南北の何れかの大陸に国を持っている者や、4つの勢力に属さず中央の中立の勢力に属している王達だ。

 

何故この場にそんな数多くの王達が集まり会議を行っているのかと問われれば、こう答えるしか無い。

 

 

────この場の全員……東西南北の大陸代表国をよく思っていない者達で構成されている。

 

 

理由は様々だ、自分の国より栄えているのが気に入らない、国力を持ちすぎて油断出来ない、すべからくドラゴンという脅威を刺激している、只単に代表国が気に食わない。

結局何かしらで邪な思いを持っているのは確かで、これはそんな不平不満が溜まりに溜まった者達が極秘に集まり会議を行っていくというものだ。

 

つまるところ……どうやって強大な力を持つ代表国を陥れるかということに議論を交わしているのだ。

 

 

「何か案があれば挙手を」

 

「〇〇国の王だ。会議に出て今更だが…本当に勝てるのか?東の大陸代表は半日で上位の国力を持つ国4つを単身で滅ぼしたと聴く」

 

「この場はそのどうやったら勝てるのか分からない相手を如何すれば打倒出来るのか議論を交わす場だ。焦る気持ちは分からんでもないが、その為にも案を出し合おう」

 

「そう…だな。すまない」

 

 

少し焦る気持ちが出てしまった男は目を伏せながら落ち着きを取り戻して椅子に座った。

後は質問は無いようで度々思いつく案を各国が上げていくが、どれもこれも最終的には恐るべき力を持つ代表国に押し切られてしまうという結果が出る。

 

議論故に悩めるのは当然のことなのだが、いかせん想定している相手が強すぎるため中々良い案が産まれないのである。

 

 

「うぅむ……〇〇国の王だ。やはり数で押すのは無理があるか?この場に集まった兵を結集させれば莫大な数の兵を用意出来るだろう」

 

「それならば東の大陸代表(フォルタシア王国)に対して分が悪い戦いとなる。奴等の王は多数を相手に取ることを得意としている」

 

「〇〇国の王だ。であればヤクモ十八闘神を召喚させてぶつけるのは?」

 

「それならば西の大陸代表に分が悪いだろう。彼の者は人の身でありながらで神を殺したと聴く……召喚出来ても滅せられて終いだ」

 

 

西の大陸代表の王は人の身でありながら神を殺したとされていて、その単身の戦闘力に他国が恐れを成して畏怖し、大陸代表にまでなった実力派の王である。

 

 

「〇〇国の王だ。では兵では無く遠距離からの攻撃はどうだ?空を埋め尽くさん程の攻撃ならばいくら何でも通るのでは……」

 

「それならば北の大陸代表に分が悪いぞ。北の大陸代表国の王は生物が住めぬ程の大嵐を作り出す事が出来ると伝えられている。仮に遠距離からの魔法等を撃ったとしても嵐の中を掻い潜って当てるのは不可能だ」

 

「〇〇国の王だ。であれば嵐にも負けない鉄の頑丈さを取り入れた魔導戦車はどうだ?」

 

「それは南の大陸代表国の王に分が悪い。彼の者はこと破壊という面に対して絶大な力を持つと報告されている。もしそんな鈍重な物を走らせれば破壊されるのが目に見えている。報告の中には一部の大陸を割ったと書かれていた」

 

 

ぽつぽつとだが案を出しこそすれど、報告に上がった戦闘力と照らし合わせてみればどれもこれも却下されるものとなった。

良い案が出てこず黙り込んでしまう各国の王の中で、今までの案を全部聞いて何かしら良い案は出て来ないかと考えていた男が、立ち上がった。

 

頭の中に神のお告げとも取れる最高の案を出した王は、立ち上がった際に倒れた椅子の音に目を向けられた事を気にせず、興奮したように案を述べた。

 

 

「東の大陸にはこんな言葉があるそうでないか!『毒をもって毒を制す』…と!どの大陸代表も恐ろしき力を持っていて太刀打ち出来ないならば────奴等同士をぶつければ良い!」

 

「な、なに?」

 

「だが…それは…!いや待てよ…?」

 

「互いの力が拮抗しているのは明白…であれば!奴等が戦って消耗しきったところにこの場に集まった国の兵力を結集させて攻撃すれば…!」

 

「成る程…漁夫の利という奴か…イケる」

 

「確かに…この案ならば他のと違い我等に被害は来ない…!」

 

「互いの潰し合いで終わるのか…!名案ではないか!」

 

 

騒ぎ立てる各国の王達を纏め役が声を掛けて静かにさせ、今回出た案である漁夫の利作戦で良いのか今一度問えば、各々は応と答えて作戦は決まった。

後はそのぶつけ合いにどうやって大陸代表を集めさせるかということだ。

 

只の誘い文句では気にも留められず相手にされないのでどういった誘導を使っておびき出すかを考えていく。

4年前にリュウマの手によって滅ぼされた王がいれば、止めておけばいいものをと思い口にするのだろうがもう手遅れである。

 

勝ちを確信した者達は、相手にして打ち倒そうとしている者が本当はどれ程の化け物であり、既に人間の最終到達地点に居るということを分かっていない。

 

何時の時代も繰り返し滅びるのは、相手の力を侮った愚かな者達である。

今回の者は4年前にリュウマが世界に対して宣言したにも拘わらず、再び引き起こされる事態。

 

 

 

後に後悔するのは己であるということを知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「王よ」

 

「……なんだ」

 

「西の大陸代表国が我々に宣戦布告をしてきましたが…如何致しますか」

 

「……代表国ならば…無視は出来ない。……出るぞ」

 

「畏まりました」

 

 

南の大陸代表国────エレクロティオ王国

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皇帝陛下…北の大陸代表国が戦争を仕掛けてくる模様です」

 

「ほう?この私に戦いを挑むとは……」

 

「如何致しますか」

 

「勿論…迎え撃とう」

 

「承りました」

 

 

西の大陸代表国────ラルファダクス王国

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひ…王よ。東の大陸代表国が我等の国を墜とそうと画策しているようです」

 

「今姫って言おうとしたろ?…へぇ…4年前に随分な事をした国じゃねぇか。……面白れぇ。オレの力を見せてやるぜ。準備させておけ!!」

 

「承知しました」

 

 

北の大陸代表国────トルメスタード王国

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陛下。南の大陸代表国が良からぬ事を考えている様子……陛下は如何致しますか?」

 

「代表国ともなれば今までのような有象無象共のようにはいかぬだろう…なればこそ……我が征こう」

 

「お気を付けて」

 

「うむ。……此度の戦いは天変地異を巻き起こすだろう」

 

 

東の大陸代表国────フォルタシア王国

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界が悲鳴を上げる日は……近い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次の話はかなり初期から考えていた話なので、長くなるか2つに別けると思われます。



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第漆刀  邂逅 揃う最強を担う者達

一体どれ程の方々が待っていたか分かりませんが……リュウマの(実は最初から既に決まっていた)メインヒロインの登場と、盟友である2人の登場となっています。

感想や評価など待ってます。

あと、読んでいただきありがとうございます。
面白いと言って頂いてとても嬉しいです!

尚、今回は戦闘描写が多いです。




 

世界を4つに分断する超大国である、東の大陸代表フォルタシア王国、西の大陸代表ラルファダクス王国、南の大陸代表エレクロティオ王国、北の大陸代表トルメスタード王国が揃う。

 

此までの歴史において、この4つの国が1箇所に集まるという事は成り得なかった。

遙か昔から暗黙の了解となっていた不可侵が今や崩されてしまっている。

触れてこないならばそれでよいが、彼の大国が攻めてくるというのであれば指を加えて待っている訳にはいかない。

 

それが国を支配する王たる者の総意であり、王故の国の意思である。

数多くの国が4つの超大国を潰すためにでっち上げた、イタチごっこのように宣戦布告をしているという状況は危険極まりない状態である。

何せ集まり相見えるのは人間の極致に達してしまっている猛者なのだから。

 

今までのような生温い…適当な数と量で押し切れるような物足りないレベルの戦いにはならないと感じた王達は、準備に3日掛けて行い万全な状態を期した。

決戦する場所を偽の情報が言っていた4つの国が挟んでいる中央の大陸で行う為に軍を成して向かう。

 

東の大陸の王と飛べるというアドバンテージを持っている翼人の兵士は大空を駆け、巨人から始まり動物の特徴を持つ獣人等といった特殊な兵士等の普通の人間を含めた兵士は地を行進する。

 

西の大陸の王は馬が引く馬車の中に乗り込み、その周辺を所狭しと列を成す兵士に囲まれて向かい、外側からの突然の強襲にも対応出来る態勢。

 

南の大陸の王は威風堂々と王自ら軍の先頭に馬に跨がりながら向かい突き進む。

後ろには視界を埋め尽くす程の兵士がいるため、戦うに当たっては一筋縄にはいかない。

 

北の大陸の王は兵士達は地を征くのは同じであるが、王である者は直接自分で歩かずドラゴンの背に乗り向かう。

襲ったところを返り討ちにされたドラゴンは王の足として使われているのだ。

 

緊迫とした空気が漏れなく自軍を包んでいることとなっている状況で、王たる者達は前を見据えて進むのみだが…王達の間合いに─────他の王が入った。

 

 

 

「────────ッ!!!!」

 

 

「────────ッ!!!!」

 

 

「────────ッ!!!!」

 

 

「────────ッ!!!!」

 

 

 

思うところは確実に存在する。

例えば何故他に2つの強い魔力の波動を感じているのか、何故これ程までの強き力を感じさせることが出来るのか。

 

 

だが…結局思うものは皆が同じであった。

 

 

 

 

これは────兵士の手には負えない。

 

 

 

 

どれだけ兵士をぶつけて大将首を取ろうにもこれは無理だ。

これ程の力の波動を感じさせる猛者に対して、用意したとはいえ自軍をぶつけるのは愚策。

もし仮にぶつけたのだとすれば、それは此までに見たことも無い血で血を洗い流す血の海を作り上げる非なる状況を作り上げてしまう。

 

故に…本来であれば有り得ない異常とも言える一手……向かっていた王達は自軍に一声掛けて己のみが向かうことに決めて進む。

声を掛けるのは、兵士と言えども大事な国のために尽くして忠誠を誓ってくれた者達だからだ。

 

 

「お前達はこの場で止まり待機しろ。奴等はお前達の手には負えぬ」

 

「し、しかし…陛下っ」

 

「待っておれ。良いな」

 

「…………お気を……つけて…ッ」

 

 

 

「お前達は止まっていろ。馬車は引き続きこのまま進めろ」

 

「えっ…皇帝陛下!?」

 

「私自ら出向こう」

 

 

 

「……余のみで行く」

 

「王よ!我々も役に立ちます故にどうか…!」

 

「……ならん。……余のみだ」

 

「クッ……行ってらっしゃいませ…」

 

 

 

「おい!オレだけで行ってくるから着いてくるなよ?」

 

「姫!それは流石に了承出来ません!」

 

「姫じゃねぇ!!いいな!絶対に来んなよ!!…おい、中央に向かえ」

 

「うぐっ!?……人間めェ…!」

 

 

 

大陸のちょうど中間地点に向かう王達は、遠目でからも分かった王の気迫がさらに濃くなることに目を細めていく。

此までの人生に己に勝る者など幼少の頃の両親やドラゴンなどであったが、成長してからは敵う者など皆無となった。

 

そんな戦いにおいてつまらなさが募るばかりであった王達が────警戒していた。

 

そして向かうこと数分後、まず最初に着いたのがドラゴンに乗ってやって来た北の大陸の王だった。

 

 

 

「なんだァ?やっぱりドラゴンの方が足が速いか。オレが1番かよ」

 

 

 

トルメスタード王国国王 クレア・ツイン・ユースティア。

 

 

通称────轟嵐王(ごうらんおう)

 

 

 

 

 

次に着いたのが巨大な馬に跨がって着いたこれまた巨大な男…南の大陸の男だった。

 

 

 

「……ご苦労」

 

「♪♪」

 

 

 

エレクロティオ王国国王 バルガス・ゼハタ・ジュリエヌス。

 

 

通称────破壊王(はかいおう)

 

 

 

 

 

3番目にその場へと着いたのが、少し離れた所に馬車を止め、ドアを開けたと同時にレッドカーペットを引かせて優雅に降り立ち向かってくる女。

 

 

 

「凄まじい魔力を感じる……特に今から来る者からな」

 

 

 

ラルファダクス王国国王 オリヴィエ・カイン・アルティウス。

 

 

通称────滅神王(めつじんおう)

 

 

 

 

 

最後に到着したのが翼人としての特徴である翼で空を飛び、砂埃を巻き上げながら勢い良く着地した男。

 

 

 

「関係の無い者がいるが……なんと滾るものか」

 

 

 

フォルタシア王国国王 リュウマ・ルイン・アルマデュラ

 

 

通称─────殲滅王(せんめつおう)

 

 

 

 

 

たった今…世界の四分の一を手中に収めている者達が出揃った。

後にも先にも、彼等以外に一カ所に揃うという機会は訪れないだろう奇跡的瞬間は、なんとも殺没としたものであった。

三つ巴ならぬ四つ巴に立ち、他の者達の指の動きから呼吸数まで観察しあっている彼等は、己の国に宣戦布告をしてきた相手を睨み付けた。

 

しかし、相手を見れば相手は違う者を見て、それが繰り返されて全く関係ない余所者だと思っていた者が己を睨み付けている。

流石の王達もこの状況には困惑しながら北の大陸代表国の王であるクレアが相手だと思っているリュウマを睨み付けたまま口を開いた。

 

 

「おいてめぇ…なんでよそ見していやがる。喧嘩売ってきたのはてめぇだろうが」

 

「……フン。我は南の者に布告されたのだ。間違っても貴様のような小娘ではない」

 

「─────ア゙ァ゙?てめぇ今小娘って言いやがったか?オレは男だこのクソが!!」

 

「何?…………何処をどう見れば男なのだ」

 

「それには流石に私も同意しよう」

 

「……男?」

 

「こ…い…つ…らァァァ…ッ!!!!」

 

 

お付き者から度々姫と言われかけたり、最早姫と言われていたクレア・ツイン・ユースティアという者は、どこからどう見ても完璧な美少女にしか見えない容姿をしており、垂れ目の柔らかいイメージを突き付ける…本人曰くコンプレックスの一つであるという。

 

東の大陸で普及されている着物に似たような服を身につけているのも一つだが、他にも男の割には身長が小さく、リュウマを睨み付けているが身長182ある少し大きめのリュウマからしてみれば…ただ下から容姿の整っている小娘が見上げているようにしか見えない。

声も男とも女とも取れる中性的な高さなので判別が困難であった。

 

見た目は絶世の美少女であるが、口が悪くな短気なため、口を開けば女とは見られる事は無い。

しかし、残念なことに何もせずジッとしていると完全に美少女だ。

 

 

「オレは男だクソったれが!!もう我慢ならねぇ…てめぇはオレの禁忌(タブー)を犯したんだ。そもそもどんな状況だろうと関係ねぇ─────生きて帰れると思うなよ?」

 

「予想はしていたがこうなるか…そもそも私の国に仕掛けようとしているのは貴様だろう─────そのセリフはそのまま返そう」

 

「……西のに布告されたのは…余なのだが…お前が逃がさない…か」

 

「─────当然だ。南の王。我は元から貴様及び貴様等を殲滅するために態々出向いたのだ」

 

 

円を描くように睨み付け合う王達の体から、話が混沌と化している場を明らかに破壊する莫大な量の魔力が溢れ出し始めた。

大気が震え地が割れ海が干上がるのではと思える王としての気迫と魔力で、クレアが乗ってきて近場に居たドラゴンが恐怖に体を震わせていた。

 

自分が知っている人間は決してこの様な異質で…心を恐怖で満たすような存在感は持っていない。

此は何かの間違いで、この人間達は人間の皮を被っているナニかだと心の底から思った。

 

 

大地が割れ始めて足場が崩れる瞬間────動いた。

 

 

「フハハッ──────ッ!!」

 

「ヌゥッ──────ッ!!」

 

 

王達の中でも初速が速かったリュウマが、背後に展開した黒き波紋から刀を引き抜いて斬り掛かり、バルガスは後ろ腰に括り付けていたハンマーを手に取り迎撃した。

 

斬りつけたのがリュウマだというのに、只の小手調べ程度の武器の振りかぶりからの振り下ろしの威力に目を細め、剛では無く柔で受け止めて逸らし、翼を使って接近した後…鳩尾に向かって膝蹴りを放った。

 

しかし、バルガスは危なげなくリュウマの膝蹴りを片手で軽々と受け止めてから体を捻って反対方向に投げた。

離れようとしたところを引き抜けない握力で掴まれていたリュウマは投げられた方向へと身を投じざるを得なかったが翼で緩和し体勢を立て直して着地した。

 

全く力を入れなかったとはいえ、普通の人間ならば只の肉塊に成り下がる程の膝蹴りを軽々と受け止めたバルガスを面白そうに見て、瞬きをした瞬間には目の前で膝蹴りを放っていたリュウマのことをバルガスは見て、2人は動かず相手の出方を窺った。

 

 

「チッ…!」

 

()()舌打ちをするものではないぞ」

 

「─────ぜってぇブチ殺ス」

 

 

所変わり…同じくリュウマの速度に引けを取らない速度で接近しながら、両の腰に携えていた真っ白な双剣を引き抜いて片方のみで斬りつけたオリヴィエの攻撃を、出遅れてリュウマを逃してしまったクレアは舌打ちを打ちながらも懐から一つの扇子を取り出して振るった。

 

クレアの目前に展開された風邪の結界に阻まれて初撃を失敗したオリヴィエは怒ったクレアを微笑みながら見て、最初に使わなかったもう一つの剣を振りかぶって振り下ろした。

すると、二度目は凌げず硝子が割れるような音を立てながら四散して扇子本体で受け止める。

 

武器でも何でも無い扇子で受け止められたオリヴィエは、クレアの持つ扇子がやはり只の扇子ではないことを悟って剣を更に押し込んだ。

見た目は美少女だが、男だというのにオリヴィエに筋力で負けていることに気付いて額に青筋を浮かべたクレアが扇子を振るう。

 

 

「死にやがれ」

 

「ほうッ…?」

 

 

巻き上がる大規模の竜巻に舌を巻くオリヴィエは、余りの風圧に体が浮かび上がるがそのまま体を捻って乱回転。

何をする気だとクレアが訝しげな表情をしながら構えていると、直感が警報を鳴らすので急いで右へと回避行動を取った。

 

するとちょうどその時にオリヴィエが回転をしながら無差別に四方八方へと斬撃を放った。

空に地に真横に後ろに左右に…場所など関係なく放たれた斬撃はオリヴィエを捉えて離さなかった竜巻を消し去った。

突破することは見越していたクレアは既に攻撃手段を確立させていた。

 

全長数十メートルに及ぶ竜巻が四つ、オリヴィエの周囲から囲み潰すように迫った。

しかしそこは西の王…オリヴィエは体を空中で捻って一回転しながら斬撃を円に出して斬り消した。

余波がクレアにも牙を剥くが、上体を反らして避けてみせると────目前にオリヴィエが迫っていた。

 

 

「フンッ!!」

 

「あっ…ぶねぇ…!?」

 

 

避けられない状態だったので扇子を慌てて振るい、生み出した衝撃を使って左手側に進んで避けた。

振り下ろされたオリヴィエの双剣は空を斬るが、その威力は凄まじく大地にX字に傷を刻み込んだ。

 

冗談では済まされない威力を見た目以上に持っているオリヴィエの双剣を注意しながら、武器でもなんでない扇子を使って大立ち回りしているのは流石とも言える。

攻めても風のように溶け込んで避けては隙を見つけて攻撃に転じる。

ミスを犯さないヒットアンドアウェイ戦法には感嘆する物があると感心していた。

 

2人の戦いは生み出した風と、振り抜いた剣の衝撃に生じた斬撃によって周囲を刻み込んでいく。

まるで刃が住まう台風の中とも思える状況での戦闘は熾烈を極めていく。

 

 

 

 

 

 

「良くやる者よ」

 

「……当然だ」

 

 

所戻りリュウマとバルガスの戦闘は剛を以て剛を制す力業の戦いとなっていた。

 

2メートルを超える巨漢に贅肉など一切見当たらない鍛え抜かれた筋肉の鎧…いや、それこそ筋肉の要塞とも言える体を持つ筋骨隆々とした体格。

体中に数多くの筋が通り、赤く長い髪は風に靡いて蠢いているように見える風貌は正しく豪傑で歴戦の戦士。

 

無駄な物は一切身につけず、着ているとすれば腰に巻いている竜の鱗で出来た布と、取れないようにと頑丈に紐で足全体を覆っている靴だろうか。

上半身は剥き出しにしていて一切の防具無し。

武器は手に持つハンマー一つのみで心許ないと思える装備なのだが……その実リュウマからの攻撃を凌ぎ防いで今も尚立っているのだ。

 

 

「魔力変質化…『災厄(ディザスター)』へ。神器召喚───」

 

「……ムゥ…?」

 

 

背後の黒き波紋から顕現したるは、とある世界にて妖精界の神樹から作られた鋼を超える強度を持つ神器の槍。

引き抜かれたそれは手にすること無く宙を飛んでリュウマの周囲をゆるりと旋回している。

 

右手を挙げるとリュウマの右側に来て待機しながら、刃をバルガスへと向けて止まった。

そこから光り輝くと複数の小さな刃に分裂して背後に待機して命令を待つ。

 

 

「────『霊槍シャスティフォル』。第五形態『増殖(インクリース)』……やれ」

 

 

目にもとまらない速度で向かう小さき刃の大群臆すること無くバルガスはその場で顔を太い丸太のような腕で覆って防御の姿勢に入った。

周囲から完全に囲って中に居るバルガスを斬り刻もうと動き回る。

小さなシャスティフォルの刃に覆い尽くされて刻まれ、姿すら見えなくなっている状況が少し経った頃、リュウマが止めの合図を出すと止まって戻ってきた。

 

姿を現したバルガスはシャスティフォルの攻撃には為す術も無く体中を刻まれて死に絶えて────

 

 

「……何?」

 

「……痒い」

 

 

─────全くダメージを受けていなかった。

 

 

そもそも、上半身に防具を着けず素肌を晒しているということは傷を負う機会も劇的に多いということに他ならない。

躱す事に特化した魔法等を持っている場合は違うとも言えるが、バルガスは完全にそんなタイプではないことは確か。

 

 

であれば、何故()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

それはただ単純に────傷を負わないから。

 

 

「……『状態促進(ステータスプロモーション)』」

 

 

まさかとは思いつつも確認の為に、負っていたり負わせたりした傷を悪化させるという凶悪な魔法を使ってバルガスの体に出来た切り傷を促進させ、更なる深い傷をつけようとするが……変化は見られず。

 

それはつまり、刻まれること千回以上の刃による攻撃に、薄皮1枚であろうと傷を負わなかったということに他ならない。

 

頭が痛くなるような絶対な防御力を供え持っている天性の肉体は凄まじいことに、神器である刃を諸共しなかった。

その事実に面白そうに口を歪めたリュウマは、空に居るというアドバンテージを捨てて地面に降り立ち印を組んでいき手を地に付けた。

 

とある世界に蔓延る忍びと呼ばれた者達の頂点…忍びの神とまで言われ語り継がれた者が使っていたという技の中でも、広範囲に展開することの出来るものがあった。

一瞬で辺り一面を森へ化す秘術である。

 

 

 

木遁(秘術)────『樹界降誕(じゅかいこうたん)』ッ!!」

 

 

 

地面を割って生まれたのは力強い印象を抱かせる立派な木の根から始まり木そのものだった。

迫り出てから急激に育つ木の広範囲攻撃に驚くことも無く、バルガスは己の下から生えてきた木にハンマーを叩きつけて粉砕し足場を作った。

 

危なげなく串刺しにしようとする木々を躱しながら標的のリュウマからは視線を逸らさない。

この中で姿を見失うのは愚策であるということは是が非でも理解させられる。

 

斯くして木々の成長は止まると、何も無かった広大な剥き出しの大地に“森”が成った。

不思議なものだと心の中で呟いたバルガスは、前方で口の端を上げているリュウマへ駆けて武器を叩きつけようと、一歩踏み出したところで頭を後ろに反らして()()()()()()()()()()

 

躱したバルガスが飛んできた方向を見ると……一本の大木が枯れ果てて崩れ落ちていた。

逆に飛んで行った方を見れば、生えていた大木の真ん中に1センチ大の小さな穴が開いている。

 

 

「よもや完全な死角からの攻撃を避けるとは……フハハッ」

 

「……今のは…なんだ」

 

「何、只の木から搾り出して凝縮しただけの弾だ」

 

 

そう言いながら足下に生やした小さな幼木に人指し指を突き付けると、あっという間に枯れ果ててから含んでいたと思われる水分が凝り固まって弾となりバルガスへ放たれるが、バルガスは無雑作にハンマーを振って破壊した。

 

この魔法は空気中に含まれる水分を凝縮することは出来ないが、物から奪って凝縮する事が出来る。

もっともたる例が、今リュウマが行っている木々などの自然物から徴収するというものだ。

 

 

つまりは────こんな使い方も出来る。

 

 

「範囲を樹界降誕の発動範囲全域に拡大……『養分凝縮(コンデンスパワー)』」

 

 

降誕させた森の木々全てから水分を枯れ果てるまで取り出して凝縮し、多くの水の弾を精製する。

その数たるや今は千にもなり、森が崩れて消失した代わりに周囲は水の弾のみで囲われていた。

 

一度見渡したバルガスは目を細めてから右手にハンマーを構えて態勢を整えた。

リュウマは両の手を開いて、遠近法で小さく見えるバルガスを包み込むように手を叩いた。

すると、それが合図となり全方位から豪速で以て穴だらけにせんと迫り来る。

 

数の多さと先程躱した時に傷は負わないがダメージは入るだろうと分析していたバルガスは、目前にまで水の弾が迫り来る中────武器を掲げた。

 

 

「……轟け」

 

 

何も無い空から赤き稲妻が舞い落ちて全方位攻撃を成した。

 

墜とされた雷が持つ電力と熱量によって水の弾が刹那の内に全て全焼して消えた。

バルガスの立っている所から広がるように地面が焼け焦げている凄まじい力に、魔力障壁を展開して防いでいたリュウマは内心驚いていた。

 

今のリュウマの攻撃とはいえ、まさか一度に全て焼くとは思っても見なかった側としては、今まで見なかった強き者に心を躍らされていた。

 

 

「ククク……フフハハ……フハハハハハハハッ!!まさか一度に焼くとは夢にも思わぬわ!…小細工をしたところで貴様には効かぬということは承知した。であればこそ────」

 

「ムゥッ…───ッ!!」

 

 

立っていた所から消えて、刀を振りかぶるリュウマを見た時には既にハンマーを構えていたバルガスが居り、ぶつかり合う武器によって粉塵を巻き上げる。

威力によって岩盤が割れて岩が隆起しながら変形するが2人の足下は変わらず。

 

しかし、そんな中で拮抗していたはずの2人の得物に変化が起きた。

バルガスが手にするハンマーは変わりよう無く受け止めているものの、リュウマの手にする刀が罅を入れた後に砕けたのだ。

 

魔力で強度を最高まで上げていたにも拘わらず、ハンマーに傷を入れることにすら敵わなかった刀は無惨な姿へと成り変わる。

武器を失ったことで隙を晒したリュウマへとハンマーを叩き込もうとするが寸前を避けられる。

 

最早バルガスだけに限らず、離れたところで発生している斬撃と竜巻の嵐を見て、生半可な武器では相手をしていられないと感じたリュウマは────純黒な刀へと手を掛けた。

 

 

「決めたぞ。貴様や奴等には此を抜くに値する者だ。故に召喚した物ではなく、此で相手をしてやる」

 

「…ッ!……それは……」

 

「あぁ────受ければ死…あるのみぞ?」

 

 

左腰から鋭い音を立てながら引き抜かれる刀はどこまでも黒く黒く黒い…余すこと無く黒き刀であった。

並大抵の刃物は皮膚すら突き抜けることの無い強靱な肉体を持つバルガスを以てしても、アレに斬られればタダでは済まないと直感させられる。

 

 

だが、それはリュウマとて同じ事であった。

 

 

先程から何気なく使っているバルガスのハンマーに、リュウマは今まで見たことも無い武器故に警戒していた。

武器としてのハンマーのらば見たことがあり、似たような物を探せば幾らでも見つかるだろうシンプルな形状。

 

しかして…それでもバルガスが手に持つハンマーが只のハンマーであるとは冗談でも思えなかった。

まず最初に思ったのが、刀で受けた時に感じた衝撃だ。

腕力が凄まじいバルガスの筋力もあるだろうが、武器がかち合った途端に生じた衝撃が並々ならぬものであった。

 

他にも、先程砕かれた刀は普通の物ではなく…世に出回っている刀の強度の数十倍であるという、硬さを追求した極めて壊れにくいという逸品だった。

それを易々と壊しておきながら傷一つ無いという強度の異常性と、紙一重で躱したときに間近で見て解析しようとしても()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

そして最後に─────()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

現地点で判明している以上の事柄で以て、バルガスが手に持つハンマーは未知の物であると判断を下して最大限の警戒を敷いているのだ。

 

 

「征くぞ……容易く死んでくれるなよ。我をこれ程期待させたのだからなァ」

 

「……来い」

 

 

同時に駆け出したリュウマとバルガスの両名は、片や右上から左下への何物も斬る袈裟斬りで、片や右下から左上へと腰のバネまで全て使った破壊一徹の攻撃を見舞う。

 

激突した武器から火花を散らせながら鍔迫り合いをしている両名であるが、拮抗を保って互角に見えるが…実は全く互角などではなかった。

理由としては、リュウマが腕から始まり、見えないが脚や顔中にも青筋を浮かべて押し込もうと力を籠めているのに対し、バルガスは何も変わらない涼しい表情で受けていた。

 

バルガスが一本前へと進む……リュウマが一本分後退する。

また一歩また一歩と後退させられているリュウマは、封印で筋力がガタ落ちしているとはいえ翼人であると同時にリュウマ本人が元々怪力だったので封印を掛けていても常人の数十倍はある。

 

それをものともせず押し返し且つ引き摺るバルガスの腕力に限らず膂力はどれ程なのだろうか。

走り出して勢い良く踏ん張っている為に出来る獣道を残しながら、後退していくリュウマは驚きに満ちているというもの。

 

 

どう足掻こうと今のリュウマでは押し切られてしまうので─────外した。

 

 

「筋力に限定した封印を第一…第二…第三…第四…第五…第六門…解」

 

 

一つずつ外すことによって強大になる力にバルガスは押し込む速度を下げ、今では2人の筋力は互角となっている。

しかし、()()()()封印の内筋力限定だが六つ外してやっと互角かと、相手しているバルガスの規格外っぷりに苦笑いを禁じ得ない。

 

武器を押し付け合う2人を中心として蜘蛛の巣のような地割れを起こしている。

と、ここでリュウマが突然力を抜いたことで勢いがついたバルガスが前のめりになり、刀を手放し咄嗟に出てしまった腕を絡めるように掴むと投げた。

 

背負い投げのように決まった投げで地面に叩きつけられたバルガスの顔面に向かって、空に展開した波紋から叩き潰すことに重きを置いた超重量武器を墜とした。

だが寸前で転がって武器を避けることに成功したバルガスは、リュウマから少し距離を取る形になるとハンマーを投げ付けた。

 

不自然なほどに綺麗に飛んで来るハンマーを余裕を持って回避したリュウマは逃がさぬと駆け迫るが……バルガスは避けることを想定していた。

 

リュウマがいるハンマーを投げた方向に手を向けると、何かの魔法かと思ったので斬り裂いて防ごうと刀を構えたときだった。

背後から何かが近づいているということを直感的に悟ったリュウマは、勢いを付けながら振り向き様に刀を振り下ろした。

迫ってきていた物を受け止めたリュウマだったが、飛んできた物から伝わる衝撃と重さに苦渋の声を上げる。

 

 

「ぐっ……」

 

「……────隙有り」

 

「なッ……ッ!!」

 

 

独りでに戻ってきて攻撃してきたハンマーを受け止めていれば背後からバルガスが巨漢には似合わない速度で走り寄って、振りかぶった腕を振るってリュウマに叩きつけた。

 

ラリアットと言われる技を首で(もろ)に食らったリュウマは投げられたゴムボールのように地面を数回バウンドしながら突き進み、巨大な岩にぶつかって破壊しながら止まった。

 

粉塵を巻き上げて姿が見えないリュウマに、やっと真面な一撃を入れることが出来たと思っているバルガスは……揺れる視界に眩み膝を突いた。

 

思ったように立てないという状況に混乱していると、巨大な岩を破壊して巻き上がる粉塵が散らされ、上に乗る岩の欠片を粉微塵に斬り壊しながら出て来たリュウマが歩いて向かってくる。

砂を所々に付着させていることはすれど、バルガスの怪力で放ったラリアットによるダメージが見られないことに不可解さを覚えた。

 

 

「貴様が我に腕を打つ瞬間、左腕は力溜めに使うため体の側面に置き、右腕は振りかぶっている。であれば開け放たれて無防備となる貴様の体前面に攻撃を入れるのは当然であろうが」

 

「……あの…一瞬で」

 

「フハハッ…そんなこと行うのに特別な技術など要らぬわ。強いていうならば貴様の攻撃の衝撃を()()()()()()()()()()労力を使ったわ」

 

 

リュウマはバルガスのラリアットを決められる刹那の時の中で、無防備となった前面にある顎に魔力を纏って強化した膝蹴りを入れて脳を揺らし、避けること敵わなかったラリアットの威力は痛みは生じるが真っ正面から受ければ首の骨が粉砕骨折するので衝撃だけを地面に受け流した。

 

後はバルガスの膂力の力を殺すために後ろへと飛んで勢いを殺していっただけだ。

まさか硬い岩にぶつかるとは思ってはみなかったが、そんなこと今更ダメージにはならないので気にするほどのものではない。

 

目前に立って止まっているリュウマの拳に魔力が集まって凝縮しているのを見て、アレを食らえばダメージがそれなりに入ると直感的に悟るバルガスは、リュウマの足下に落ちているハンマーに魔力を流し込んで赤雷を生み出した。

体を迸る電撃に怯んだその隙に回復して治った視界を確保したバルガスは接近して拳を腹に決める。

 

眉を顰めながらも衝撃を受け流すことに成功したリュウマは空中に持ち上がってしまう。

しまったと感じた時には時既に遅く、体勢を低くして予備動作を完了したバルガスは脚を振り上げた。

 

 

「……宙ならば…衝撃は逃げん」

 

「ぐっご…ッ…!」

 

 

浮かび上がったリュウマの腹に上段の回し蹴りを鳩尾に放って行動力を阻害し、回し蹴りを放った脚を地に付けて反対の脚の踵を使った後ろ向きのかち上げ蹴りに続き遠心力と脚力を載せた特大の回し蹴りを放つ。

 

防御無しで真面に食らったリュウマは視界をチカチカさせながら空へと打ち上げられ、空中で翼を広げて体勢を立て直した。

吐き気を催しじんわりと痛みを伝える腹を擦りながら下に居るバルガスを見て、バルガスは宙に行ったリュウマを撃墜するために手にしたハンマーから赤雷を撃つ。

 

飛んでくる雷を、大きく6枚ある翼で自身を覆って防ぎ、強く羽ばたくことで雷を霧散させる。

お返しだと腕を上げればバルガスの上空に百以上の波紋が現れて武器達が頭角を現す。

 

腕を振り下ろして落ち行く武器達と共にバルガスへ向かったリュウマの刀の振り下ろしをハンマーで受け止め、リュウマとの激しい剣戟とも言える攻防を降り注ぐ武器を紙一重で躱しながら行う。

 

洗練されて精密となっている操作技術で己へと武器は反らせ、バルガスに結集させている中で刀を振るっているというのに悉くを防ぎ、尚且つ反撃の機会を窺っているバルガスの近接格闘も出来る戦闘技術に笑みを浮かべてギアを一つ上げる。

 

無雑作に墜として地を爆散させていた武器達を振らせて終わりではなく、地に着く前に静止させて再び向かわせる。

咄嗟の反応で避けたバルガスに感嘆の声を上げながら全方位から狙って少しずつ追い込み、避けると思われる場所を瞬時に計算して弾き出し埋めていく。

よって避けることが敵わなくなってきたバルガスはハンマーを使って叩き落とし始めたが数が多い。

 

視界の全てが武器によって埋め尽くされている行っても過言ではない弾幕の中で、それでも弾き続けるバルガスはかなりのものと思わざるを得ないが、残念ながらリュウマの攻撃はそれだけでは終わらなかった。

 

 

「──────『想像絶する大爆発(イオグランデ)』」

 

 

文字通りの想像を絶する大爆発が、動き回っていたバルガスが足を地面に付けた瞬間にそこが盛り上がり、噴火している火山の噴火口が如く…打ち上げるようにバルガスを包んだ。

しかし、飛んでくる武器達も健在であるため爆炎の中に入っては着弾したのか爆発音を立てながら衝撃が辺りへ奔る。

 

爆発が爆発を生む惨状が数十秒続いて止め、注意深く爆心地を見ていたリュウマは流石に頬を引き攣らせた。

 

黒煙が風に煽られて晴れると同時に現れたのは、傷を負わず無傷の状態で赤髪を風に靡かせながら威風堂々と立って健在としているバルガスの姿だった。

その姿は折れず曲がらず真っ直ぐに突き進み、障害の一切を破壊して進む大英雄が如く。

 

これ程の…これ程の者が居たとは…!と獰猛な笑みを浮かべて嗤うリュウマと、ハンマーを握り締めて赤雷を生み出しながら見上げているバルガスがその場から消えて2人の中間地点で衝突する。

 

 

「ゼェアァ…ッ!!」

 

「……ヌオォ…ッ!!」

 

 

振り下ろされるハンマーに対して斬り上げを行いながら右へと反らせて隙を作り納刀。

野性の勘とも言えるものに従いハンマーを引いて構えると、目にも捉えられる事の出来ない神速の抜刀が放たれ衝撃が奔る。

 

振り抜き終わり何時の間にか納刀し終わり、もう一度抜こうとしている所を抜かれる前にハンマーを振るい、万が一の場合も考えて刀の軌道上から狙う。

抜いても防がれると理解したリュウマは抜刀の状態から一転…蹴りのモーションに入って顎を狙う蹴りを打つ。

だがバルガスは視界の端で迫り来る足を捉えると頭を後方へと反らした。

 

通り過ぎた足に思うことも無くそのまま逆回転で1周する過程で、リュウマの足を掴んだまま遠心力を使って地面へと投げ付けた。

となるとリュウマは翼で飛翔しようにも地面との距離が近すぎて間に合わず地面に叩きつけられて陥没させ、バルガスは上から縦回転しながら踵落としを決めた。

 

しかし、リュウマは両腕で足を受け止めて事なきを得ていて、そこから背中側からの魔力放出で無理矢理起き上がりバランスを崩したバルガスの胴に一閃。

だが辛うじて手に持っていたハンマーで対処をしたことで斬られることこそ無かったが……これはフェイク。

 

何度も野性の勘で防がれてきたことを踏まえて態と防がせ、防いだ直後の隙を突いて脚の裏面側から行く足払い

を掛けて体勢を大きく崩す。

両手の平を構えている間の隙間に魔力球が形成されて大地を震わし礫を粉砕する。

 

目前に突き出された魔力球から放たれる魔力の奔流が巨体であるバルガスの体を包み込んで離さず、遙か彼方へと吹き飛ばされそうになるが…左手で押さえながら右手で持つハンマーを下から上へと振り抜いて上空へと弾き飛ばした。

折れ曲がった魔力の波動は光の柱を作り出して神秘的に見えるが、撃った本人が凄まじい魔力を詰め込んだので夥しい魔力濃度を検出させる程だ。

 

魔力の波動を弾いて防いだバルガスが前を向いた時…リュウマは既にバルガスの懐に入り込んで両の拳を構えていた。

防御に徹する為に構えようとしたが、それよりも速く打ち出された拳がバルガスの腹に突き刺さった。

 

 

「────『双骨(そうこつ)』」

 

「ぐッ…がァ…ッ!!」

 

 

表面上には効かないだろうと解っているリュウマは拳の衝撃を体の内部に浸透させた。

流石の防御力を持つバルガスであろうとも…いや、防御力を持っているが故に今回の攻撃は効いたようで一歩二歩と後退するが……膝を突くことは無い。

 

もう一撃重いものを打ち込んでやろうと近寄る為に一歩踏み出した瞬間……バルガスの体から赤雷がスパークするのが見えた。

 

放電する気かと悟ったリュウマの行動は早く、翼で体を覆って防御態勢に入った。

そしてその直ぐ後にバルガスの体から超電力を持つ赤雷が周囲無差別に放たれて巻き込む。

地面ですら砕けて焼ける程の魔力に防御したままのリュウマはニヤリと嗤い、負けじと体の周囲に純黒な(いかずち)を放った。

 

鬩ぎ合う雷は互角と思えたが、リュウマの純黒なる魔力から作り出された雷は他の一切の介入を許さない。

赤雷ですら呑み込みバルガスを攻撃しようと伸びるが、回復したのかその場を離脱して難を逃れた。

もう少しそこにいたら、確実に体の隅々まで焼く雷の餌食になっていただろう程の魔法だった。

 

距離を取ったバルガスとその場に立ったままであるリュウマは、体中から膨大な魔力を高め地割れを引き起こしていく。

これ以上上がれば足場が持たなくなってしまう程になった魔力を練り上げて片やハンマーに、片や刀に流し込んで振りかぶる。

 

 

「──────絶剣技・『塵星裁断(じんせいさいだん)』ッ!!」

 

「──────『天砕くは人の手よ(カタルノフ・エルフノフ)』ッ!!」

 

 

高めた全ての魔力が乗った巨大な斬撃と衝撃波が放たれては衝突して大爆発した。

核ミサイルによる爆発が小さく見えてしまう程の爆発で大きなキノコ雲が出来上がって視界を0にする。

しかし、中から鉄をぶつけ合う音が鳴り響いており、その時の力で煙が掻き消されると、中から武器をぶつけ合うリュウマとバルガスが出て来る。

 

真っ正面から受け止められる程軽くないバルガスの攻撃は受け流され、リュウマの斬撃は受ければ斬られることを解ってしまうためハンマーで防ぎながら隙を作ろうとする。

しかしどちらも一歩も引かず、両者の武器が特異であるため攻め倦ねているのだ。

 

 

「────あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッ!!クソうっぜぇししつけぇんだよクソ女ッ!!」

 

「────ふふふ。逃がさないぞ」

 

 

と、そこに違う場所で戦っていたオリヴィエとクレアが現れてしまう。

再び4人揃ったことに目敏く気が付いたクレアは、本来の目的であったリュウマが居ることを発見すると、どれだけ竜巻や台風並の暴風を生み出そうが離れず攻撃を仕掛けてくる出鱈目な(オリヴィエ)をバルガスに押し付けるために扇子を下に向かって振るった。

 

広がるように砂を巻き込みながら出来た暴風に、腕で目を守りながら防ぐとバルガスの体が浮き上がってしまい、そこを横から飛来した風の弾に押されてオリヴィエの所まで飛んで行ってしまう。

 

横目で()()()()()()()()()()()()()オリヴィエは視線を外して飛んできたバルガスに双剣を振り下ろして斬るが、バルガスがタダでやられる訳もなくハンマーを使って防ぐ。

お返しだと言わんばかりに上から押し潰すように叩きつけてきたハンマーを、オリヴィエは双剣を使って防ぎながら受け止めてみせた。

 

筋力では決して勝っている訳でもないというのに完全に受け止めて見せたオリヴィエに、バルガスが目を細めて見遣った。

2人の戦闘は激しさを強くしながら戦いを開始した。

 

 

「やァっとお前ん所まで来たぜ。あの女しつけぇったらありゃしねぇ…!」

 

「我は貴様に宣戦布告などしておらぬ。されたのは貴様が今し方飛ばして組み替えた南の王だ」

 

「んなこと知ったこっちゃ────ねぇんだよ!!」

 

「全く────ならば貴様からだ」

 

 

目の前に扇子を構えている少女にしか見えない男は、腰まである艶やかな蒼い髪を持ち、体の全体的な線は細く心許なそうに見えるが、コンプレックスである容姿を変えるために鍛練を欠かすこと無く日々励んでいるので、見た目以上にしっかりしている。

……残念ながら腹筋は割れないし力瘤も出ないしゴツくもならないので、日々の鍛練は戦闘能力の向上と見た目に反した力の向上だけだ。

 

北の大陸を治める国の王だというのに、着ている戦闘服はリュウマが治める東の大陸で普及している和服を想起させる。

他にも手に持っている美しい造形美を持つ扇子と合わさり絶妙なシンクロを見せてくれる。

クレアがこの和服を着ているのは、自国にやって来た商人から買い取ったもので、着てみれば着易いし案外動きやすい素材だということで気に入って着ているのだ。

 

しかし、クレアは知らない。

 

振り袖と呼ばれる和服に系統されるその服は、本来は少女や女性が着る物であるので、男が着るものではないということを。

だが似合いすぎて違和感を感じないのでそのままなのだ。

 

因みに、リュウマが時々街へと人知れず出掛ける時に着ているのは着物や袴や羽織などといった物なので男が着る物で合っている。

クレアと邂逅して己の国の女物を着ていることから女だと判断したのだが、自分で男だと主張していることから男物と間違えたか知らないかのどちらかだなと…特に納得して教えていないのだ。

 

初見が美しすぎて見惚れてしまい、男だと知った時に少し残念さが心を締め付けたのは気のせいだと思いたい。

 

 

「おォらァァァッ!!!!」

 

「…っ!広い…!」

 

 

そうこうしている内に始まったリュウマとクレアの戦闘はクレアの初撃から始まった。

手に持つ扇子から発生した暴風に晒されそうになってその場から消えるように回避したが、回避先にも暴風が届いて煽られそうになる。

 

両手を顔の前に持ってきて前のめりになるよう踏ん張るリュウマを尻目に、クレアは更に2度3度同じように扇いで地表を削りかねない風をぶつける。

 

風が強くなる一方であるこの場を離れようと脚の筋肉を力ませた時だった。

直感が警報を鳴らしたのでキツい体勢ながら顔を横に傾けると、何かが猛スピードで抜けていった。

あと少し遅ければ頭に風穴を開けられていた所であるリュウマは、目をどうにか開けながら正体を見破ろうと前を向けば同じ物が飛来する。

 

握り込んだ拳で裏拳の要領で破壊したのはいいが体勢が崩れ、戻そうと咄嗟に翼を広げてしまった失策で暴風の餌食となって後方に転がりながら飛んでいってしまう。

 

数十メートル転がってから引き抜いた純黒な刀を地面に突き刺して止まると、次々に飛来してくる物を翼で受けて防御した。

飛んできていたのは、クレアの魔力を帯びて硬度を強化された石礫。

そこらに山ほど転がっている石を暴風に載せて弾丸以上の速度で向けてきたのだ。

 

 

「小賢しい…!────『廃棄し凍る雹域(アイスエイジ)』」

 

「うおっ…!?」

 

 

振り上げた脚を地に叩きつけると、叩きつけた脚から地面が凍り付いていき、半径数百メートルにあたっての地表が全て氷の膜に包まれた。

これでクレアの石礫の攻撃を必然的に無効化されてしまったが、クレアにとってはこの程度の事で焦ることも無い。

 

攻撃手段など他に幾らでもあると言わんばかりに焦らず狼狽えず、冷静に跳んで凍り付く地面から逃げたクレアは、風を操って自身を浮遊させて上からリュウマを狙う。

一気に四度扇子を振るうことで発生した四つの大竜巻が四方から動けないリュウマを囲い覆い被さった。

 

四つが一つになってハリケーンのような状態になった風の暴力の中で、浮き上がりそうな体を魔力で氷の地面と張り付けることで難を逃れているリュウマは、接着性を解いて風を斬り裂いて脱出しようとする前に先手を取られた。

 

暴音が耳を刺激する中、一度(ひとたび)の風を切る音が聞こえ…右脚に激痛が奔った。

目を落として見てみると、踝から腿までの肉が裂けて血を噴き出していた。

バルガスとの戦闘ですら傷らしい傷を負わなかったリュウマへの初とも言える裂傷。

しかし、感傷に浸っている場合も無く、一撃目が合図のように風切り音が響く。

 

脚だけではなく刀で体を支えている腕、飛ばされないように力んでいる腹の側面である脇腹、背後から襲われて腰の部分。

翼にも当たるが魔力を集中させているので切り裂かれる事は無かったが、全身を隈無く狙われていることが解る。

早く脱出を試みなければ、刻まれてやられるのはリュウマであり、クレアはやられるリュウマを見物しているだけだ。

 

 

「…スウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…………っ!」

 

 

鎌鼬と呼ばれる風の刃で体の隅々まで切り裂かれている中で、口を開けて大量の空気を吸い込み肺へと溜め込み魔力を練り混ぜる。

空気と魔力の配列を一対五で混ぜ合わせることで吸い込んだ空気の量よりも膨大に出来上がる大質量の風の魔力を……宙に居るクレアに向かって放った。

 

 

()ァ─────────────ッ!!!!」

 

「はッ…!?」

 

 

開け放たれた口から大質量を持つ極太のレーザー状の魔力の奔流がクレアを呑み込まんと迫るが、扇子を急いで振って得た推進力を得てその場から離脱。

避けられたにも拘わらず魔力は、リュウマを閉じ込めていた竜巻を掻き消しても止まらず。

大空まで飛んで雲を突き抜け大気圏をも突き抜け穿つ。

 

完全には避けることは敵わず、服の裾を消滅されたクレアは一度に放つ魔力量が島程度ならばを消し飛ばす、とんでもないレベルの物を撃ってきたリュウマに目元を引き攣らせた。

 

竜巻から解放されたリュウマは口から煙を吐きながら舌打ちをして外したことを悔やんだ。

あわよくば一撃で消してやろうと思って籠めた魔力砲を避けられるとは思っても見なかった。

だからこその大質量に重ねて面でも通ずる面での魔力砲だったのだが、クレアの移動力を見誤った故である。

 

もう一度撃たれるのは勘弁願いたいと思ったクレアは、宙から降りてきてリュウマの魔力砲の衝撃に負けて砕けた凍り付いていた地面に着地した。

リュウマから見てクレアが降りた立ち位置は、奥にリュウマの国の兵士が居るので今のような物は撃てないのだ。

撃ってしまえば全員消滅してしまう。

 

 

「ケッ…体中刻まれて、激痛が奔る傷だらけの体で良くやるぜ」

 

「傷だと?────()()()()()()()()()()?」

 

「あ?さっきオレの風にやられた……は?」

 

「クックック……」

 

 

クレアは確かにリュウマの体に裂傷を刻み込んでダメージを与えたはずだ。

上から高みの見物を決め込んでいる時にも、飛び散る血飛沫を確認したし踏み込んだりする時に使う腿の肉を削いだのは彼が操った風の刃だ。

だというのに、前に立つリュウマの体には全くの傷跡が無いし傷自体も無い。

 

リュウマの戦闘服ですら元に戻っていることに目を大きく開けて驚いているクレアを見て、リュウマはやはり己が創り出した魔法が万能である事を再確認して満足そうに薄い笑みを浮かべた。

 

魔力砲を放って衝撃で辺りの砂等を巻き上げて視界を潰した隙に自己修復魔法陣を体に組み込んで刹那の内に治したのだ。

元々、自己修復魔法陣とは()()()()()()()()()()()()()()という性質を持っている。

それはつまり、有り得ない程の魔力を持っているリュウマが刻めば忽ち治るというものだ。

後は戦闘服を魔法で普通に戻すだけである。

 

 

「矢鱈と攻撃されたからな……次は我だ」

 

「チィッ…!」

 

 

消えるように接近してくるリュウマからバックステップで距離を取りながら扇子を使い風の大砲を撃ち出す。

風の目に見えないという性質を使って見えない攻撃を繰り出しているので、当たるかと思えばそう簡単にはいかず。

まるで見えているかのように躱し、時には刀で斬り裂いて凌ぎ急接近してくる。

 

焦る気持ちも積もりながらだが着実に縮まってくる距離を伸ばす為に魔力を解放した。

竜巻がリュウマに向かっていくように放ち、捕まればミキサーのように切り刻まれてしまう代物を中へと入って正面突破する。

本来はやられるが、先程の攻撃から対処法を見つけたリュウマは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()避ける。

 

竜巻の中で刃を躱しきって目前に迫ったリュウマは刀を振り上げて、クレアは咄嗟に防御するために扇子を構えたが……リュウマは途中で刀を手放した。

 

敵の目前で武器を離すという愚行にて刀が上空に飛んでいくという状況に驚いているクレアの胸倉をリュウマは掴み、背負い投げで地面に叩きつけた。

肺にある空気を強制的に吐き出させられたクレアは苦しそうな顔をしながらも目を開けると、胸倉を掴んでいない手に放っていた刀が落ちてきて握られる。

 

完全に逃げ場を失っている事に危機感を持ったクレアは、振り下ろされる刀が肌に触れる直前で刀に向かって刀の刃の部分丁度という極狭な範囲に風の魔力を打ち付けた。

 

面で防ごうとすればするほど他の部分に強度を使ってしまうということで、一歩間違えれば場所がズレて抵抗なく斬られていた一種の賭け。

見事勝つことの出来たクレアは辛うじて上に弾くことの出来た隙に、己の体とリュウマの体の間に風の爆弾を配置し起爆させた。

 

体を魔力で覆ってダメージを軽減させたが爆発によって距離を取らざるを得なくなってしまい離れる。

抜け出したクレアは首を擦り付いていることを確認した。

 

リュウマに胸倉を掴まれ刀を振りかぶられた時……人生で初めてである走馬灯が見えてしまった。

 

強烈な死の臭いを嗅ぐわせる一連の攻防に冷や汗を流していた。

今は見事な精密操作で難を逃れることが出来たが、同じ様な状況にもう一度陥った場合、動きの手を見切られてしまい距離を取らせるということは不可能に近い。

何せ完全ランダムに四方八方から狙う風の刃を、一つ残らず完璧に避けてしまう男だ。

 

此からの戦闘は近付かせること無く遠距離からの攻撃に入ろうと臨戦態勢を取って扇子を構えた途端────

 

 

「……ヌウゥ…!!」

 

「そろそろ相手の交換だぞ…ふふふ」

 

「やべぇ…こっち来やがった!?」

 

「……何故隕石が墜ちて来ておるのだ?」

 

 

最初と同じ様に激しい戦闘を繰り広げていたバルガスとオリヴィエが2人揃って武器での攻防をして凌ぎあっている上空から巨大な隕石が墜ちて来ていた。

今クレアとリュウマが居る所にピンポイントに狙って墜ちて来ていることにクレアが焦り、リュウマは何で隕石が頭上に墜ちて来るのか解らなかった。

 

実を言うとオリヴィエやバルガスがこの隕石を降らせた……という訳ではないのだ。

 

 

では何なのかと問われれば────自然現象である。

 

 

偶々超巨大な隕石が地球の重量に引っ張られて墜落を始め、偶々戦闘をしているリュウマとクレアの頭上に墜ちて来て、偶々此処にオリヴィエとバルガスが向かっていたという奇跡的偶然の積み重ねである。

 

 

「絶剣技─────」

 

 

このままだと自国の兵士達が巻き込まれると直感したリュウマはその場から飛び去って巨大な隕石の元へと飛翔して向かう。

隕石が地表近くに寄れば余波で風が巻き起こり天変地異の前触れのようになるが、フォルタシア王国の兵士達は慌てること無く向かうリュウマを見つめていた。

 

確実に我等が王であるリュウマが解決すると確信している兵士達は、ここから助かるために逃げるという選択肢など無い。

そもそも、億が一にもリュウマに無理だったならば共に死ぬという選択肢を取るような者達だ。

その手の質問は愚問であるというものだ。

 

隕石まで数メートル地点に近付いたリュウマは腰に差している鞘に左手を添えて右手で柄を握る。

空中だが腰を下ろして構え─────抜刀。

 

 

 

「──────『区斬三頭余(くぎりさんずあまり)』」

 

 

 

宙を覆い尽くすように巨大な隕石が綺麗に三等分で両断された。

 

威力で少しばかり墜ちてくる速度が墜ちてしまったが、頭上にあるのは超弩弓の質量を持つ隕石であることに代わりは無く、三等分された隕石は狙い通りに他の王達3人の上に墜ちていく。

助けることなど毛頭考えていないリュウマは、これだけで倒れるとは思っていないが対処方法を探るために隕石を使った。

 

上から落下してくる隕石の欠片を見てやはりこうなったかと、半ば確信していた王達もまた武器を構え終えており、邪魔な石ころを退かすかという軽い気持ちで攻撃を開始した。

 

 

「─────『穿ち砕くは獣の牙(カタラ・ファング)』」

 

 

「─────『願い出る風神の風(エンプティオ・ラルカナ)』」

 

 

「─────『抱き沈める焔の腕(マザーラルフ・エンバッハ)』」

 

 

隕石の欠片はバルガスの剛腕から繰り出される轟撃に負けて粉砕され、クレアから発生した巨大な竜巻を囲うように八つの竜巻が生まれてその全てが隕石を呑み込んでは削りきって消し去り、オリヴィエの向けた双剣の内の一本から迸る白焔に焼き消された。

 

巨大な隕石は地上に降り注いで多大な死傷者を出すかと思われたがそんなことは起きず、4人の王達の手によって跡形も無く消し飛ばされた。

 

対処方法を見ていたリュウマは撃ち出す時のタイミングや視線の動き、感肉の動きから呼吸法まで事細かに分析して頭の中に入れる。

戦闘スタイルを頭の中で確立させている間に、目が合ったバルガスとクレアが戦闘を開始し始め、リュウマは下で彼が降りてくるのを佇んで待っている女……オリヴィエの元へと向かった。

 

最初の少しの話し合いから戦っていないオリヴィエに、リュウマは持っている双剣とクレアがしつこいと言っていた言葉から、主な戦闘スタイルは接近し続けて攻撃を繰り返すというものだろうと仮定した。

分析されていることを知らず、降り立ったリュウマの事を見つめていたオリヴィエが初めて彼に向かって言葉を投げかけた。

 

 

「貴公がフォルタシア王国の王か?」

 

「フン。今更尋ねる程のものでもなかろうが」

 

「まぁな。どういった者か今一度確と見てみたかったが……やはりな…やっと()()()()()()()()

 

「……何?」

 

 

何か含みのある言い回しに、訝しげな表情をするリュウマを放っておきながら、美しい微笑み浮かべながら矢鱈と熱い視線を送ってくるオリヴィエに、背筋が冷たくなるのを感じて…()()()()()()()()退()()()

 

笑みを一瞬深くしたオリヴィエは忽然とその場から姿を消失させ、リュウマの背後へと抜けていた。

 

気配が後ろに移ったことを感知したのを皮切りに、後ろへと振り返ってどういう意味なのか問おうとした時……胸から腹に掛けて違和感を感じた。

目線を落として体を見てみると……王の戦闘服に斬り込みが入った。

 

やがて斬り込みは深くなり、皮膚を斬って肉を斬り血を噴き出した。

 

 

「ごほっ…何だと……?我が……捉えられなかった…だと…?」

 

「ふふふ。それだけではない。そら、そろそろではないか?」

 

「…ッ!炎…!?」

 

 

噴き出る血液とは別に、傷口から白焔が立ち上りリュウマの体を…皮膚を肉を焼き始めた。

直ぐに消し去ろうとしたところ、例外無く総てを呑み込み塗り潰す特異な純黒なる魔力が────燃やされていた。

 

破られたことも、ましてや燃やされたり消されたりされたことすら無い己の魔力の惨状に驚嘆し出遅れ、()()()()()()形成された白焔はリュウマを包み込んで焼いた。

 

 

「がッ…!アァアァァアァアァァッ!!!!」

 

「私の魔力と貴公の魔力は()()()()()()()。故に貴公の純黒な魔力を私の純白な魔力は消滅させることが出来るし、逆に私の魔力を消滅させることだって出来る……そのようにな」

 

「グゥッ…!…はぁっ……はぁっ……!」

 

 

体を包み込んで焼き消そうとしてくる白焔を、純黒な魔力で無理矢理覆い尽くして消し去った。

だが皮膚は焼き爛れて無惨な姿となっていたが、自己修復魔法陣を組み込むことで完治した。

人生で初めての計り知れない激痛に息を乱してしまうが落ち着きを取り戻し、深呼吸をしてオリヴィエを見据えた。

 

通常斬られただけでは到底感じないほどの……それこそ痛覚神経を剥き出しにして鑢で削られているような計り知れない痛みを味わったリュウマは、オリヴィエが言った言葉を咀嚼して理解はした。

 

落ち着いて集中してみれば、何故だろうか……目の前に立つオリヴィエから何か……自分でもよく分からないモノを感じ取る。

生まれてからずっと傍に居たような、まるで何時も一緒に居たのに記憶を無くし、今まで知らずに会っていなかった者と会ったような気持ちである。

 

だが、そんなことは有り得ない。

確かに目の前に居る女とは初対面であり、子供の頃に会ったという事など十中八九有り得ない。

大抵は国の中の城内に居たし、出たとしても猛獣の森だろうが、会ったのは数人で全員が男だった。

捜査のために来たと言う男達はその後に目の前で猛獣に喰われて死んだので絶対に無い。

 

混乱しているリュウマを面白そうに見ているオリヴィエは、純白な色合いを放つ双剣を両の腰に突いている鞘に戻して我が子を迎えるかのように手を広げながら話を始めた。

 

 

「混乱しているのだな。私は小さい頃からこの世界に違和感を感じていた。私の両親は特別戦いに優れた能力を持っている訳でも特出した才能を持っている訳でも無い普通の両親だ。

 

しかしその2人の間に生まれてきた私は今ではコレだ。

 

世界の四分の一を手に治める王…特に戦闘能力や魔法…とある力に……更にはこの膨大な純白なる魔力。小さい頃から強者と戦ってきたがどいつもこいつも手応えが無い。しかも男を見ても思春期であっても何も感じなかったし、何時も()()()()()()()()()()()()()。心に穴が空いているのかと問われればそうかもしれないと答えられる位にはな」

 

「…………………………。」

 

「去年から矢鱈と結婚を勧めてくる両親と臣下にほとほと呆れていたし、目鼻立ちが整った王子等を見ても()()()()()()()()()()()()()。歳を重ねるに連れて感じてきた違和感にこんな確信を持った……私に相応しい…

 

否────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!!…と。

 

何処に居るのかは分からない…感じ取っているわけでもない…勘と言われればそうかも知れないが確信はしている……この広い世界の何処かに私と同じかそれ以上の力を持つ私の夫と成るべき者が居ると!!そして今日この日……貴公に初めて会って心に愛の矢を射られた気分だった」

 

「………………。」

 

「なぁ…もう感じ取っているのだろう?私の体から目が離せないのだろう?

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

貴公()()は2人で一つと言っても過言ではない。だがそれも当然だ……光あるところに闇があるように、善があるところに悪があるように、陽があるところに陰があるように……私達は出逢うべくして出逢ったのだ」

 

「……。」

 

「ふふふ。一目見た瞬間から私は貴公に夢中だ。戦っていても感じ取ってしまうし、激戦の中でも目が離せない。今も尚本能的に貴公を求めてしまって仕方がないッ!!

 

出来ることならばこのまま押し倒して交合いたいし押し倒されて滅茶苦茶にされたい。

それ程まで貴公を求めて止まないのだ。欲しいのだ…心から。

 

知りたいのだ…貴公を!!知って欲しいのだ…この私の全てを!!

 

……どうだ?貴公も日々違和感を感じていたのだろう?気づいていないのではない…原因が分からないから

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

しかしその違和感の正体がここに居るぞ?貴公の運命の相手だぞ?

 

 

─────私の夫となれ。

 

 

さすれば退屈はさせないし何時までも隣で寄り添い合う素晴らしい日常が手に入るぞ」

 

「…………───────」

 

 

語られたリュウマは顔を俯かせていて表情を見ることは出来ない、だが彼の頭の中では色々な事柄が飛び交い弾けていた。

無理矢理視線を逸らすことは出来たが、彼女が言うように何故か分からないが目が離せないし本能的に求めているような節がある。

 

生まれてきて今現在までの22年……過程で幾つもの激しい出来事があったこそすれど、何不自由無い生活を送ってきたが……彼女の言うとおり()()()()()()()()()()()()

 

原因を調べようにも、『そんな気がする』といったあやふやなものの原因を探すことなど到底不可能であるし、己が日常の何に違和感を感じているのかも分からない状態な上、そんなことを探している暇なども無かった。

だから彼はこの不思議な気持ちに蓋をして()()()()()()()()()()()()

 

何もかも見破られてしまった彼の心にはそうなのかも知れないと納得してしまう自分自身がいた。

 

何かの間違いだ…魔力の色が正反対で同じ特異な魔力だとしてもそれだけ……それだけの事で運命の相手な訳が無い。

その程度の事柄で相手を決められるかと言い聞かせようとしても、言い聞かせられない自分がいる。

 

全身から力が抜け腕を垂らしているだけの状態であるリュウマは、覚束無いような重いような軽いような不思議な足取りでオリヴィエの元へと向かう。

 

近付いてきてくれた事に、オリヴィエは嬉しそうに目を細めながら微笑みを深くすると手を差し伸べる。

歩いて距離を詰めたリュウマは、そのオリヴィエを手に取る─────

 

 

 

 

 

「─────巫山戯るのも大概にせよ」

 

 

 

 

 

────ことは無く、手を弾いた後に刀の柄へと手を伸ばして抜刀。

 

目の前に居るオリヴィエの右脇腹から左肩までを深く斬り裂いた。

斬られて血飛沫を上げているオリヴィエは、痛みなどよりも先に驚いた表情を作って後ろへと跳んだ。

傷口から大量の血が流れているが、傷口から白き焔が上がると次の瞬間には傷が塞がっている。

 

傷があったところを触りながら確認したオリヴィエは不思議そうな表情をしながらリュウマを見て、そんなオリヴィエに、リュウマは呆れたような…苛立っているような表情を向けていた。

 

 

「運命だと?…フンッ!我がそのようなものに縛られて堪るものかよ。我はフォルタシア王国の王、リュウマ・ルイン・アルマデュラである!!運命が何だ、定めが何だ…我が(みち)は我が定めるものである!間違っても貴様ではない!!我が欲しいだと?戯けが。欲しいならば─────力尽くで奪ってみよ。我より弱き女には興味など皆無だと知れ」

 

 

魔力を滾らせて周囲に破壊を撒き散らしながら、リュウマはそう述べた。

 

言われた側であるオリヴィエは、別段傷付いたような顔も悲しそうな顔もしていない。

彼女は─────恍惚とした表情をしていた。

 

 

「何と勇ましき事か…何と力強い事か…何と心惹かれることか…何と…何と……素晴らしき事かッ!!やはり私には貴公が…いや、()()を置いて他には有り得ないッ!!力尽くか…ならばそうしよう。力でねじ伏せ我がものとし我が夫としよう。嗚呼…滾る…滾るぞ!こんな感覚は生まれ生きてきて味わったことはない!!」

 

「貴様の魔力は我には毒のようであるからな。手加減などせぬぞ────」

 

「無論。全力の貴方を打倒し愛を築いていこう」

 

「………………変に焚き付けたかもしれん」

 

 

相手のオリヴィエは背筋が凍ってしまう程の熱を発する熱い熱い視線を送りながらリュウマを見て武器を取り出した。

純白の魔力だけでは無く、武器までも毒なようで薄ら寒いものを感じさせるので危険だということは一目瞭然だ。

 

刀を一度鞘に戻して腰を落とし居合の構えを取ると、オリヴィエは双剣の刃が半分だけ両の腰に差している鞘に収まっているような状態に成りながら体を前のめりにして脚を一本前に出し双剣の柄を握っている。

 

 

静止した2人は……瞬間─────消失した。

 

 

丁度中間地点に現れた2人は武器をかち合わせて火花を散らせていた。

 

 

 

 

 

戦いはまだまだ続き……悪意は迫る

 

 

 

 

 




長くなりましたが、次のはそこまで長くはならないと思われます。



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第捌刀  勘違い 和解

不穏な言葉を吐いていましたが(今初めて読んだ人は分からないですよね…)大丈夫だと思われますので、ご心配かけました。

これからも頑張ってみます。




 

リュウマとオリヴィエの戦いが始まってからというもの、その激しさと言えば兵士達が青い顔する程のものであった。

互いの魔力が相対関係にあるということは、リュウマの魔力はオリヴィエに効くが、代わりにオリヴィエの魔力がリュウマに通用してしまうということなのだから。

 

戦うにあたって、封印を掛けたままでは勝つことは不可能と判断したリュウマは、周囲を無差別に破壊しないギリギリのラインである封印第六門まで解放した。

すると、最初に受けた剣を完璧に防ぐことが可能となり、オリヴィエとリュウマは音速戦闘を行っていた。

 

どちらも回復手段を持っていて尚且つ、底知れない戦闘能力を持ち合わせているため傷付けば修復し突き進み、斬っては傷を負わせてやり返される。

血で血を洗うような、周囲に血が飛び散っている惨事を気にすること無く戦闘を続ける。

 

 

「ハアァ…ッ!!」

 

「グフッ…!?」

 

 

オリヴィエの剣の型は独特で、その時その時に反射的で戦うので明確な型というものが存在せず、癖を見抜こうにも態と癖を作って混乱させてくる。

癖だと思えば囮で、明確に癖を隠していると判断すればそれは誘い。

中々嫌らしい戦い方をしてくると、双剣を受け止めたリュウマは、受け止めた双剣が霧が晴れるように霧散して消え、本物の双剣が彼の腹部を十字に斬り裂いた。

 

傷が出来た途端に回復出来るよう常に自己修復魔法陣を体に組み込んでいるリュウマには、今は純白の魔力が帯びて激痛が奔ろうとも直ぐに治る。

故に腹部に注意を向ける事無く柄を握り締め、音すら鳴らない不可避の一閃でオリヴィエの胴を分断する気で斬り払う。

 

 

「ごほっ……『白き雷(アブトルム)』」

 

「ガアァ…!!クッ…『地獄の黒き雷(ジゴスパーク)』」

 

 

天から降り注ぐ白き雷がリュウマの上に落ちて落雷する。

痺れと共に通常では受けない激痛に肌を焼かれながら、体中から黒き雷を広範囲に放電してオリヴィエを巻き込む。

白が黒に、黒が白に、互いを消滅させんとするこの戦いは激しいことこの上なく、他一切の魔力や出来事の介入の余地を消す。

 

迸る雷撃は次第に勢いを消し、中央に佇む2人の体は煙を上げる。

しかして致命傷には至らず…目を開けた2人の内、リュウマは目前迫るオリヴィエの双剣持つ手首に、両手を添えて…あくまで押し遣る気持ちで押す。

軽くとはいえ腰を捻りながらの押し遣りに投げられるオリヴィエは、空で刃を返して首を狙うもその分だけ後ろに退かれて当たらず。

 

背中から落ちた途端に跳ね上がり顔を上げた時……目の前にリュウマの両の手が。

放たれる大魔力の咆哮にやられて吹き飛ばされるも、純白の魔力で自身を覆ったことにより事なきを得る。

 

 

しかし……リュウマは準備を終えている。

 

 

「眷属召喚────『神斬り殺す銀の神狼(アルゲンデュオス・インテルヴォルス)』」

 

 

呼び出されたのは、神をも斬るとされている靡く銀の毛並みを持つ神狼である。

オリヴィエの前に出て来たアルディスは呼び出された訳を理解し、目前に居るオリヴィエに牙を剥き出しにして唸り声を上げる。

共に現れた台座から神剣を引き抜き強く咥え戦闘準備を整える。

 

 

だが…ここでオリヴィエが持つ特異中の特異な力がその顔を出す。

 

 

狼と呼ぶには余りにも大きすぎるその体を…アルディスは誇り虚しく震わせる。

神狼が主が敵を前にして震える……相手たるオリヴィエは何かに気が付いたのか……アルディスを見つめて蠱惑的に舌舐めずりをした。

 

憶えているだろうか?オリヴィエの異名。

 

 

オリヴィエ・カイン・アルティウスは西の大陸でこう呼ばれている─────滅神王(めつじんおう)…と。

 

 

この名は時に今から数年前……西の大陸に何の因果か正真正銘本物の神が降臨した。

 

名は何と申したか……そんなことはどうでもいい。

 

重要たる事は、人々が信じ信仰を捧げる神たる者が、傍にある大地に群がる蟻が如き人間を煉獄の炎で灼いて滅したこと。

神とは思えないその諸行に人々は恐れを成して逃げ惑う。

 

神は言葉を発さず逃がさずと言わんばかりに人々を狙い滅していく。

魔法もまだまだ発展途上であり、科学もさほど進んでいない時代に、神の進行を食い止めることはおろか…倒しうる力を持つ訳が無い。

 

大地を灼き人を灼き空を焦がす神は無情に無関心に人間を滅し続け─────オリヴィエが治める国へと辿り着いた。

 

国の者は大慌てだ。

それはその筈…巷で騒がれている虐殺繰り返す狂った神が居るのだから。

 

 

だが……このオリヴィエは恐れず。

 

 

それが如何したと、高々見上げるほど大きく、魔法とは違う権能を使っているだけではないか。

手に持つ剣を振れば山を悉く砕き大地を抉り、空に漂う雲はその姿を消す。

嵐は生まれて一切を消し去り雷は移住を燃やす。

 

確かに凄い……人々が創作したとしか思っていなかった神という存在が本当に居ようとは……だが────

 

 

 

─────恐るるに足らず。

 

 

 

座して待っていたオリヴィエは玉座から腰を上げて神に問うた。

 

 

「貴公は神である。そんな神が人間に敗した事はあるか?」

 

 

……と。

 

そして神は初めて口を開き答えた。

 

 

「否。我は神。神は人に敗することは有り得ない」

 

 

……と。

 

聴き終えたオリヴィエは溜め息一つ溢して剣に手を掛ける。

 

一歩一歩歩みを進めながら…妖艶な笑みから一転……何者をも見下す笑み……()()()

 

 

神が()()()()()()()()こう答えただろう。

 

あの人の子は我々神を殺すことに長けた者……我たる者が何の抵抗も無く斬り裂かれ滅せられた。

 

 

戦闘時間等存在しない。

 

 

行った事は簡単も簡単────詰めて斬った。

 

 

ただそれだけで、神を殺すことは事足りる。

 

 

 

 

 

オリヴィエとは……純粋な人の身で在りながらその実─────その体に神殺しの力を宿しているのだ。

 

 

 

 

 

故に今目の前に対峙しているアルディスは、オリヴィエから感じ取れる天敵とも言える神殺しの迫力に屈しかけているのだ。

神狼であるアルディスは神格を持っている…それ故にオリヴィエの力が顕著になっているのだ。

 

震えるアルディスに如何したのかとリュウマが問えば、アルディスはこのまま向かえば自分が確実に殺されると宣言し戦わずして負けを認めた。

神狼たるアルディスとてプライドがある。

にも拘わらず告げた敗北宣言に内心驚きながら、リュウマはアルディスをその場から消した。

 

 

「貴様……神を殺すことに長けているのだそうだな」

 

「ふふふ。先の狼が言ったのか?……そうだ。私は神を殺す力を持っている。だが所詮は神に対しての力…人である貴方には効くまい」

 

「無論。しかし…恐ろしき力よ。人で在りながら神を斬るとは……」

 

「こんな力は気に入らないか?」

 

「フッ…冗談抜かせ。人であるというのに神を殺めるという偉業に感嘆し世間が尊敬の眼差し向けることこそすれど、否と答える筈も無い」

 

「ふふふ。貴方に言われると特に何とも思わないこの称号も…重みを持つというものだ」

 

「誇れ。神殺しは未だ嘗て何者にも為し得なかった偉業も偉業たる諸行ぞ」

 

「では誇ろう。貴方に…他でも無い貴方からこそ貰ったお墨付きを」

 

 

微笑みを浮かべたオリヴィエが再び剣を構えて右の手に持つ剣をくるりと遊ぶように回した後、背後に嫌な気配。

直感に任せてその場を跳び納刀していた刀を抜刀して向かい打てば風の刃を砕き斬る。

 

その間にもオリヴィエはリュウマを狙って駆け出し、回転して遠心力を加えながら剣を横から払った。

一撃目を返した刀で受け止め、続く二撃目は腰に差している鞘を抜き払って止めた。

火花散らす向かい側に居るオリヴィエは、鞘を使って受け止めたことに驚き笑みを深くする。

 

使える物は何でもあろうと使うリュウマの戦法は独特で、それこそ我が身であろうと使うならば使う。

戦い辛いが戦っていてとても愉しく生を実感出来る。

今…私は運命に定められている相手と凌ぎを削っているのだと。

 

どちらも一歩も退かないリュウマとオリヴィエなのだが、ここで違う場所から戦闘音が響き近付いてくる。

もうこのパターンは何度も経験しているので特に驚くことは無い。

やって来たのはやはりのこと、戦いながら移動しているバルガスとクレアである。

 

風の刃で斬り裂こうとするが強靱な肉体が刃を通さず確と防ぎ、一撃必殺の威力を持つバルガスの一撃はクレアに届く前に何重にも張られた風の結界に威力多少なりとも削られ最終的には避けられる。

刃の傷痕と破壊の余波を撒き散らしながら近くまで来たバルガスとクレアは、一時手を止めていたリュウマとオリヴィエの存在に気が付くと同時に動きを止めた。

 

 

「何だァ?4人揃ったのかよ」

 

「……何度も揃ってはいた」

 

「まぁそうだな。私は夫と殺りあっていたが」

 

「夫…!?ヤりあってた!?夫婦かよ!?つか、こんなところでヤってんじゃねぇよ!!」

 

「夫な訳が無いだろう愚か者め」

 

「……普通は…気付く」

 

「うるっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

 

 

キレやすいクレアは馬鹿にされたことに腹を立てて取り敢えずリュウマへと風の大砲を飛ばし、それを見事鞘の腹を滑らせるように軌道を変えて受け流した力はバルガスの元へと向かう。

手に持つハンマーで向かってくる風の大砲を叩き飛ばしたバルガスの次はオリヴィエの元へと向かい、魔力を籠めた足蹴りでクレアへと返ってきた。

 

1周して舞い戻ってきた風にアタフタしたながらも同じ威力を籠めた風をぶつけて相殺。

元はと言えばやったのはクレアだが、狙われたことを逆恨みして全方位へと風の斬撃を繰り出した。

 

予期せぬ4人の同時戦闘に異を唱える者は居らず、それぞれは近くに居る者達を狙って攻撃を入れていく。

 

リュウマの足下から赤い雷が発生し狙われるが、体に届くと言った直前に察知したリュウマは避雷針となる剣をその場に用意して避けて躱し、避け先にいたクレアに向けて手に取った弓に矢を番え射た。

時速にして約230キロの豪速で迫る矢に焦ること無く、己を囲うように風の結界を展開して風の流に乗せ、1周させてバルガスへ向ける。

 

ハンマーを地面に埋め込んでリュウマの足下から出て来るように赤い雷を操っていたバルガスに向かう矢に一瞥し、魔力で強化した脚を振り上げて矢諸共大地を叩き割る踵落としを決めた。

衝撃で直線上の地面が隆起しオリヴィエを狙うものの、肝心のオリヴィエは両手を振り上げて魔力を籠めている。

 

内包する魔力に察してオリヴィエ以外の3人が宙へと飛んだと同時、振り下ろされた純白なる魔力が大地を蹂躙した。

跳んで避けようにも余りある威力に、リュウマもクレアもバルガスも爆発の余波によって飛ばされる。

 

リュウマは翼で空に、バルガスは地に脚で削って獣道を作りながら着地し、クレアは風を操り柔らかく着地した。

ちょうど前に3人が揃っているように見えるクレアが最初に仕掛け、魔力を扇子へと譲渡すると扇子が魔力を増幅させる。

 

 

「食らえや────『迸り殺す刃の轟嵐(アンブレラ・テンペスター)』ッ!!」

 

 

比較的前に居て察知していたオリヴィエは消えるように回避。

バルガスが吹き荒れる刃と爆風の嵐の餌食となりかけるがハンマーで地面を砕いて避難場所たる穴を作って潜り込む。

残ったリュウマが1番遠いというのに1番出遅れたという事で絶対絶命と化しているが……。

 

 

リュウマは戦いが始まってから……初めて手札を切る。

 

 

 

 

「禁忌────『廻り守護せん擬似太陽銀河(シュステーマ・ソラーレ・ギャラクシア)』」

 

 

 

 

発動された魔法はリュウマが考え編み出した中でも、こと防御力において絶大な信頼を寄せる魔法だ。

本来封印を全て外さなくては完璧な状態を作り出せないため、九つ出来上がる球体のうち二つだけしか出現していない。

 

しかしこの軽く国を細切れに出来る爆風を防ぐには一つで十分である。

周囲を廻っている二つの球体のうち一つ…『金星(ウェヌス)』を発動させた。

発動された金星(ウェヌス)は砕け散り、破片がリュウマの体を覆う球体へと姿を変えた。

 

透明感のある黒い膜は、真っ正面から迫るクレアの魔法を完全に防ぎきり傷一つ付いていない。

恐るべき耐久力に目を見張ったクレアは、まさか完全に防ぐとは思わなかった故の挑戦的な笑みを浮かべた。

 

 

「此を発動させた時点で、我への攻撃は二度と出来ぬ」

 

「……ならば…余が破壊してみせよう」

 

 

破壊王と呼ばれるバルガスが大地を蹴りリュウマへと向かっていき、手に持つハンマーを叩きつけた。

 

数年前にとある国が叡智を結集させて造り上げることに成功した、鍛え上げるのは容易ではないが超高度を持つ特殊合金製の戦車があった。

魔力を使って動くその戦車は、硬いという面で他の国からの支持を集め他国との戦いで大きな貢献をした。

 

次第に己の国に勝る者はいない、この兵器があるだけで我々は無敵だと驕りを見せ始めた国に挑まれたバルガスの国は、相手が噂の戦車だと知ると恐れを成したがバルガスは違う。

最前線に出ては狙い飛んでくる魔法の数々を躱し破壊し防ぎ、超高度の装甲を持つ戦車の前に躍り出る。

 

人にはこの兵器は破壊出来ないという驕りを叫んで宣う国の者達に、バルガスは無言で魔力を籠めたハンマーを使って剛打した。

 

すると、あれ程まで最高高度の兵器だと言われていた戦車は全体を粉々にひしゃげさせ、中に居る人間は勿論のこと潰れて皆死した。

その後も同じ戦車が立ちはだかるがバルガスは同じようにハンマーを叩きつけ破壊していく。

バルガスが走り抜けた後には無惨にも破壊し尽くされた残骸だけが残り、その光景を見ていた国の者が破壊王と呼び始めた。

 

やがてその呼び名が世間に浸透し定着した。

故に今バルガスのことを南の大陸の者達は尊敬の念を込めて破壊王と呼んでいるのだ。

 

立派な実績在りきの存在故にバルガスから繰り出される攻撃は正しく一撃必殺に万物粉砕。

だが────リュウマの禁忌魔法を破ることが出来なかった。

 

全力で打撃を加えたというのにビクともしない頑丈さ、堅固さ…それはただ単純に驚愕するに値するものだ。

手加減無しの攻撃を凌がれたバルガスは、続いて同じ所を二度三度と打撃を加えるも変わらず未だ健在である。

しかし、意地でも壊そうと試みているバルガスに、リュウマが呆れた視線を向けた時だった。

 

バルガスが体を後ろへ大きく仰け反らせ……膨大な魔力を溜め込み始めた。

クレアの時と同じく大きなのが来ると悟ったオリヴィエは退避し、クレアも不味いと思ったのか空へと逃げた。

リュウマはニヤリと笑みを浮かべながら中で腕を組み待つ。

 

待つこと数秒─────ハンマーが叩きつけられた。

 

 

「─────『万物粉砕せし破壊の業(デストルティオ・カタストロフィ)』」

 

 

大地が割れるのではと思える震動が走り、膜を張るリュウマを中心として周りの地面が蜘蛛の巣のように粉砕された。

だが……リュウマの魔法を破ることは敵わず。

 

 

─────ピシッ

 

 

「…………………は?」

 

 

しかし……なんと打ち付けたところに僅かではあるが罅を入れた。

罅程度しか入れられなかったかと、バルガスは内心残念にしていたが……罅を入れられたリュウマからしてみればとんでもないことをされたという気分だ。

 

絶大の信頼を寄せる防御魔法に、一撃で罅を入れたのだ……この魔法の根源がどのようなものであるのか開発したリュウマであるからこその驚愕であり、これ以上攻撃を入れられれば、そう簡単には壊されないだろうが罅が広がりその内砕け散るのではと判断してもう一つの球体と交換しようと……

 

 

「どれ、私が後押しをしてみよう」

 

 

と、そこでオリヴィエが躍り出てきた。

己の魔力と相対関係にあるオリヴィエの魔法を食らえば、流石の防御魔法と言えども罅在りなので持ち堪えるとは思えない。

 

 

「まっ…待て貴様…ッ!!」

 

「『崩壊示すは(エスカムル)──────」

 

 

両の手に持つ剣をを合わせると、二つを包む大きな純白な光の刃が形成され天へと伸びる。

最早叩き壊すとは言わず斬り壊すと言える予備動作に、リュウマは顔を引き攣らせて待ったを掛けるが全く止めようとしない。

 

仕方ないのでもう一つの球体で補強しようとしたが、その直前でオリヴィエが天へと伸びていた巨大な光の刃を振り下ろした。

 

 

「─────我が誇りよ(エルファダク)』ッ!!」

 

「補強し終わって─────」

 

 

叩きつけられたところが、狙ったとおりの罅の中心だった為に最初こそ砕かれず耐えてくれたが、次第に罅が全体へと広がり……砕かれた。

まさかこの魔法が砕かれるとは(本気で)思いもしなかったリュウマは咄嗟に刀を引き抜いて峰に左手を添え光の刃を受け止めた。

 

勢いはまだまだ残っていたのでクッションの地面がリュウマの脚から伝わる圧力に耐えきれず陥没していく。

顔に青筋浮かべるほど力を入れたリュウマは魔力を纏わせ、魔力の大放出を使って抵抗力を爆発的に上げた。

拮抗していた攻撃は白と黒が混ざり合い、化学反応が如く大爆発を起こした。

 

遠くに居ても見えるほどの爆煙を上げた中央には、やはりダメだったかという表情をしているオリヴィエと、割と本気で冷や汗を掻いたリュウマが立っていた。

 

 

「貴様等ァ……途中から三対一のように攻撃しおって…!」

 

「おいおい…アレ防ぐのかよ…?」

 

「……余では破壊…出来なかった」

 

「ふむ…絶対に当たると思ったのだが……やはり素晴らしき力♡」

 

「─────参る」

 

 

それなりに頭にきたリュウマからの超広範囲攻撃によって戦闘が再開され、戦う心に火を灯した王達の戦いは激化に激化を重ね……

 

 

 

 

────この日から実に…休み無く7日間続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ…!はぁっ…!」

 

「くっ…はっ…!げほっ…!」

 

「く、クソ…ったれ…!」

 

「ふぅ…!ふぅ…!」

 

 

本当の意味で7日7晩戦い続けていたリュウマ、オリヴィエ、クレア、バルガスは、決定的な一撃を食らわず凌ぎ防ぎ合いながらここまで来た。

体力が化け物である王達とも言えども7日間連続戦闘は堪えたのか、額に大量の汗を掻き膝を地に付けそうになりながら立っていた。

 

と言ってもリュウマは刀を地に刺して杖代わりとし、オリヴィエは両手の剣を同じように刺して二本の杖代わりとしていた。

クレアは脚がガクガクと震える程限界が来ているのでどうにか風のクッションを使って立っている。

バルガスはもう持ち上げていられないハンマーを握って腕を垂らすように脱力し、もう一方の手は膝に置いて休んでいた。

 

ある意味息が絶え絶えになっている4人も凄まじいが、この場に来ている各々の国の兵士達も己の王が戦っているのに帰る訳にはいかず、隊列を崩していないものの立ってはいられないので座り込んでしまっている。

軍も飲まず食わずで7日間…例え何もしなくても疲弊しきっているのでもう帰る力位しか残っていない。

 

王達は倒れそうになりながら、震える脚を前に出して進み、脅威とは思えない程の力無い動きで武器を振る。

しかしやはりのこと、少し避ければ当たらないので不発に終わり、代わり反撃されてもまた避ける。

こんな状況でも戦いが終わらないのは流石だが、本当に限界だった。

 

 

 

だが……この瞬間を待っている者達が居た。

 

 

 

4人集まっている所に突如、空からかなりの魔力が籠められた魔力球が放られて着弾し爆発した。

着弾し爆発する瞬間、各々の張った魔力壁によって真面に食らうことこそ無かったが、4人が一様に飛んできたと思われる方向を見ると……王達の魔法で異様な熱を持つ大地の所為で先が揺らめくように見える陽炎を作り出すが、それでも分かってしまう程に視界を覆い尽くす莫大な量の兵士達が向かってきていた。

 

誰の軍だと問い詰めるように鋭い目線を送るリュウマに、急いで首を横に振る3人はシュールだっただろう。

だが今はそんなこと言ってられない。

嘘をついていないことを魔法でも確認したリュウマは、誰の…というよりどの国の兵士達なのか見極めるために魔力で視力を強化して掲げる旗を見た。

 

そして驚愕……。

 

 

「おい、我の治める東の大陸に存在する国の他に貴様等の大陸にある国の旗を確認した」

 

「……は?それは本当か?」

 

「ア゙ァ゙!?げほっ……どういうこった?」

 

「……まさか」

 

 

固まっていて疲弊している自国の兵士達ではなく、真っ先に自分達を狙われ、剰え掲げる旗にはそれぞれの大陸に建国されている数多くの国の印がある。

 

最初にこの4人が邂逅した時、何故か分からないが誰1人同じ敵と認識している者が居なかった。

となると導き出される答はかなり絞られてくるわけであり、この状況を察した王達は顔を見合わせた。

 

 

「「「「─────嵌められた?」」」」

 

 

正しく嵌められている。

 

目の前に広がる合わせて六百万という莫大な兵士達は、世界中に居る「4人の王達が気に食わない」と思っている国全ての兵士達であり、兵士の他にも使役しているのか猛獣の群れと、全体を日の光で輝く鉄で覆われた戦車など、完全武装をしている。

 

王達が攻撃を受けたので立ち上がり武器を手にする四国の兵士達だが……残念ながら空腹に疲弊と重なり、一騎当千の力を持つ翼人の兵士達ですら戦う力が残っていない。

見せかけでしかない戦闘態勢を見ていた王達は、自国の兵士達に休んでいろと伝えて己が前に出た。

 

今1番動けるのは、1番動いていた筈の自分達であるということを既に承知している王達は、隊列を組む兵士達の間を抜き……六百万の兵士達と己等の兵士達の間の空間に躍り出た。

 

まだ六百万の兵士達の到着まで大凡十キロある。

だが、如何せん数が多すぎて直ぐそこにまで来ているように錯覚をしてしまう。

それでも王であるリュウマ、オリヴィエ、バルガス、クレアの四名は大群を見遣り……お互いを見つけた。

 

 

「何をするつもりだ?我が殲滅する。貴様等は退いていろ」

 

「あ~?てめぇさっきそれぞれの国に存在する国があるっつったろうがよ。ならオレんとこ(北の大陸)の奴等もいんだよな?だったらオレがやんなきゃダメだろうが」

 

 

「私も同意だ。しかし…クレア…と言ったか?貴公は休んだ方が良いのではないか?脚が震えているぞ」

 

「あ゙ぁ゙?これはてめぇ等がさっさとぶっ倒れねぇから7日間も動いてたんだろうが!!特にてめぇの攻撃が重いんだよ!!」

 

「……余は度重なる速撃に…腕が痙攣している」

 

「我は別段疲れは残っていないがな」

 

「私は魔力が少し危険域だな。……貴方は何故そうも大丈夫そうなのか甚だ疑問だが…」

 

「チッ!体力馬鹿が……!」

 

「……余ですら…疲労が来て魔力も…残り少ない」

 

 

揃って認知した王達は、無駄口叩きながら歩みを進めて大群へ目指す。

超遠距離攻撃が飛んでくるが、狙いがお粗末で当たりかけることすら無い。

 

脇を通り過ぎる攻撃になど見向きもせず、飛んできて偶々当たりかけた魔力で強化された矢をリュウマは掴み取って握り潰す。

 

 

「……これは提案なのだが」

 

「ん?」

 

「あ?なんだよ」

 

「……。」

 

 

ここでリュウマが口を開き提案を持ち出した。

特に何を思う事も無く歩っていたリュウマ以外の王達はリュウマを見て、今更なんの提案か頭の上に疑問符を浮かべた。

 

 

「浅はかにも嵌められた者同士─────協定を組まぬか?」

 

「「「─────────ッ!!」」」

 

 

提案した内容とは……即ち一時的な協力関係である協定。

それぞれが世界を股に掛ける大物達であるからこそ驚愕する内容に、例外なく驚いた表情を作った。

 

だが、オリヴィエは驚いただけで次には微笑みを浮かべながらリュウマの隣へと移動し、右腕を巻き込んで抱き付いた。

間合いに入ったので危なく反射的に斬ってしまいかけたことにジト目を向けながら見下ろせば目が合う。

 

 

「私は構わない。初めての共同作業だな♡」

 

「……そいつは置いておくとして…。お前分かって言ってんのか?」

 

「……類を見ない」

 

「無論承知の上でだ。この場を借りて言ってしまえば…我と7日も戦闘を続けられる貴様等を我自身が気に入っておるのだ。これまで真っ正面から戦えるのは父上母上置いて他に居ないとさえ思っていた我に新しき世界を…そして、そんな世界に光り輝く眩いまでの色を付けた()()()のことを」

 

「……チッ」

 

「……ぬぅ…」

 

 

リュウマが言ったことを理解出来なかった訳ではない。

バルガスやクレアとて人類の到達点とまで言われた絶対強者達だ。

どれだけ戦っても訪れるは……圧倒的勝利。

 

 

だが、今回は如何だろうか?

 

 

敵う物なしとまで常々思っていた己自身に長き時を凌ぎを削る戦いを行える者達がこんなにも居るではないか。

 

 

白状しよう。

 

 

倒すと思っている傍らで────楽しんでいた。

 

 

撃っても投げても殴っても放っても…どれだけ策を巡らし実行し陥れても、悉くを凌駕して無力化した。

その後は直ぐに反撃が飛んでくるし倒れやしない。

 

周りは凄い凄い、あなたこそが最強であると褒め讃え尊敬の眼差しを送り畏怖する。

 

 

最強というのは─────虚しいのだ

 

 

どれだけ戦っても結果が見えてしまう。

 

どれだけ軽く攻撃しても、それは他人からしてみれば大いなる一撃…倒れ伏す他ない。

 

どれだけ強者を求めても現れず、いざ〇〇の強者だと紹介預かり手合わせすれば……つまらぬ勝利。

 

 

これの一体何が楽しいというのだろうか。

 

 

確かに誇るべきなのだろう、讃えられるべきなのだろう、畏怖されるべきなのだろう、羨望の眼差しを受けるに相応しいのだろう。

 

 

だが自分達は全く嬉しくは無い。

 

 

並ぶ者無き力は虚しい他ないのだ。

 

 

しかし、この日は違った……どれだけ思いっきり戦っても持つ…どれだけ魔法を使おうとも咎められず死力を尽くせた。

 

そんな者達とこれからも顔を合わせ、時には更なる高みを目指し競い合い、戯れ程度の話をして盛り上がる。

用意された料理を共に食し無駄な会話を楽しむ。

 

 

なんと甘美な事であろうか…ッ!

 

 

故にリュウマへの返事はこうだ。

 

 

「─────いいぜ。乗った」

 

「─────国の平和にも繋がる」

 

「─────私は元々そのつもりだった」

 

 

3人の答は肯定である。

答えに満足したリュウマはニヤリと悪どい笑みを浮かべると両手を広げた。

それに伴い背の6枚の翼も大きく広がり魔力を放出する。

 

空から光り輝く雪が降ってくるように見える光景に上を見上げていた3人の王達は、ふと何かを感じて視線を落として広げた両の手を見た。

7日間連続の戦闘故に皮が捲れ肉が見え血を流していた手の皮が……治っていた。

 

それだけではない……失い枯渇寸前であった魔力ですらも驚異的速度で魔力の器を満たし力が漲る。

傷を治し魔力を分け与えたリュウマは今是に宣言した。

 

 

「では征こうぞ我が盟友達よッ!!誇り高き代表国が王を嵌めた事を骨の髄にまで教え込ませてやろうではないかッ!!!!」

 

 

敵に回すととんでもなく厄介だが、自分達側に付くとここまで頼もしくなるのかと、武器を取り出して魔力を迸らせる王達は凄みのある笑みを浮かべた。

 

 

「オレは矢鱈と上から狙って来る奴等をやるわ」

 

「……余は見覚えのある戦車を」

 

「私は何やら似たような気配を感じるからな。其方へ向かおう」

 

「我は地を這う塵山の掃除といこう」

 

 

斯くして王達は再びその力を振るう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁってとォ…。戦ってて思ったけどよォ…あいつ戦いながら回復してるから厄介だとは思ったが、他の奴にも出来るんだな」

 

 

最初に攻撃を開始したのはクレアだった。

前に広がるのは敵…敵…敵…敵のみ。

その中でもクレアの前に居るのは殆どが魔法を使える者達で、中には使えない者が居るが…その手には先端に火を付けた弓矢を持っている。

 

彼の王達を遠距離から仕留めようという魂胆かも知れないが、クレアに対してそれは心許な過ぎた。

バルガスならば遠距離攻撃が限られてくる所なのだが、クレアの呼び名は轟嵐王…それは正しく吹き荒れし嵐の如く。

 

 

「よくも嵌めてくれたなァ…オレを怒らせて生きて帰れると思ってんじゃねぇぞッ!!」

 

 

魔力を滾らせて周囲に暴風を纏うクレアに恐れを成して脚が竦み、前進していた兵士達が隊を止めて列を乱す。

しかしその頃には既にクレアの準備は整い終わっており、前に居る約百万の兵士達に死の風を届けた。

 

 

「─────『吹き荒らす死の風(デスペナル・テンペスト)』」

 

 

頬を撫でるのは何てこと無い拍子抜けにすら感じる暖かな風。

 

 

だが……その風は文字通り死の風。

 

 

風に触れた所から崩壊が始まり、固まった土のように肌が崩れてしまう。

この風に触れてしまった百万の兵士達は激痛に気が付いて慌てふためき、無駄に藻掻くことで崩壊の速度が更に上がる。

 

泥人形が崩れるように死に絶えていく光景は悲惨なもので…後に残ったのは体が崩れて無くなった事で残された武器と防具だけだった。

性格と言動から見た目と反して動的な攻撃をすると思われがちだが、クレアは静を以て制する事だって出来る。

 

これはクレアを狙ってしまった者達の……当然の定めであるのだ。

 

 

「ケッ……こんな雑魚がオレを狙おうなんざ100万年はえーんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……見たことがある…戦車だ」

 

 

バルガスの目に映るのは、数年前に自身が残らず破壊し尽くした鉄壁とまで言われた戦車の大群。

それまで圧倒的戦力であった戦車はしかし、バルガスに破壊されてからは多大な労力と金を使うことから疎まれるようになっていた兵器の一つだが、今回は世界中の国が結託して至近もあるので大量生産したのだ。

 

だが、結局はバルガスの手によって破壊され尽くした鉄の塊に過ぎない。

 

やることは変わらないバルガスは地面にハンマーを叩きつけて反力で飛び上がり、大群のど真ん中に降り立った。

付近で進軍していた兵士を叩き潰し血を被りながら横凪にハンマーを薙ぎ払う。

2、30人巻き込んだところでやっと全体がバルガスのことに気が付いたようで円を広げて広がる。

 

遠くから戦車の稼動音がするのを聴き取って頃合いだと判断し、バルガスは赤い魔力を立ち上らせてハンマー一転に濃縮していく。

やがて溜め込んでいる内に戦車が到着し、装着している砲門をバルガスに向けたとき……ハンマーを地に叩きつけた。

 

 

「──────『怒り哀しむ大地の孔(バンデオス・アバドン)』」

 

 

地上に…地獄へ通ずる大穴が空いた。

 

明日の地面がかち割れて地割れが発生。

鉄の装甲故に持つ超重量に耐えられず墜ちていく戦車を、バルガスは無感情に見ていた。

そこには人であろうと例外は無く、大群は転げ落ちて止まることの出来ない石のように穴へと墜ちていってしまった。

 

穴は下が見えない程に大きなものだったが、やがて大陸の横からの圧力によって少しずつ元に戻っていく。

仮に墜ちても辛うじて生きていたとしても、この大地の修正によって死に絶え、遠い未来の化石となる事だろう。

 

だが、ここは生憎なことに王達の先頭で地表を削られすぎて大きな凹凸が出来ている。

やがて訪れる大嵐の降り止まぬ雨と洪水によって湖と化し、埋まってしまった者達が世間の目に晒されることは無いのだ。

 

嫌な予感を感じ、参加したくはなかった家族を置いてきた兵士達も同罪であり、参加してしまったことには変わりは無い。

 

 

「……ムゥ。……余が二番目…か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「に、西の王だァァァァァァァ……ッ!!」

 

「ひ、ヒィィィ…ッ!!」

 

「や、やべぇよ…こ、殺される…!!」

 

 

「ふん。狙っておきながら及び腰とは…これだから私達を危険視している国は……」

 

 

曲線を描きながら魔法で浮遊して途中途中兵士を斬り殺していたオリヴィエは地に降り立ち、兵士はオリヴィエを視界に入れるや否や後ろへと下がってしまった。

狙っておきながら攻撃もしてこない敵兵に呆れを通り越してリュウマの事を考えていた。

 

最早自分達のことを内心敵とも見られていない兵士達は恐怖で竦み上がっているが、奥に居る魔術師達は慌てることも無く準備していたモノを発動させた。

 

何を隠そう、数日前に案で出て来たヤクモ十八闘神を召喚させる作戦を採用していたのだ。

ただ、ヤクモ十八闘神を召喚するのは、術者と膨大な魔力を持っていなければいけない…という訳ではない。

必要なのは、一体につき複数の術者か、1人膨大な魔力を持つ者。

それらを()()()()()()初めて召喚に成功するのだ。

 

人間は死に関してデリケートで、誰もが生きたい…死にたくないと思うのが常なのだが、今回の戦いにおいては正に決死の覚悟で挑んでいる。

つまり……死の覚悟があるのだ。

 

 

「「「今是に生贄を捧げ……ヤクモ十八闘神を降臨する!! 我が敵を討ちたもう願い奉る!! 来たれ──────我が神よッ!!」」」

 

 

『『『『──────オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!』』』』

 

 

 

「ほう…?確かに神の気配はするが…()()()()()()()()()

 

 

自軍の兵士を所々で踏み潰しながら顕現したのは、やはりのこと十八いる闘神である。

 

その体は山よりも大きく、感じられる魔力は何千人分の魔力を集めたとしても足下にも及ばない強大なもの。

見る人はこの光景に絶望するだろう。

 

ただ大きいというだけでも足で踏み潰されれば終わりなのに、相手は闘いに関する神であるのだから。

手にはそれぞれ巨大な武器を持ち、鬼のような顔を晒して目線を合わせるのに浮遊したオリヴィエを捉えて離さない。

圧巻の一言である神々の顕現にオリヴィエは……退屈さを感じていた。

 

前に闘神がいるというが、オリヴィエは滅神王……こと神に関しては絶対の力を持っているのだ。

 

物量で押すならば未だしも、オリヴィエを相手にヤクモ十八闘神を向かわせれば反撃に遭うと会議でも結論を出しておきながらこの有様。

救いようが無く、失策としか言いようが無いだろう。

 

その証拠にオリヴィエは─────既に一体の神の首を斬り落とした。

 

 

「私に対して神をぶつけるとは……はぁ…可哀相でも何でも無いが、頭の残念な者共の集まりなのだな。まぁいい……神を殺して()()()()()()()()()

 

 

刹那の内に一体の神の首元に行き、剣を一本だけ使って頭を落とすと……双剣が白く淡い光を出しながら脈動した。

残り十七となった神々は、光の粒となって滅せられた神のことなど目もくれずオリヴィエに群がる。

 

一歩で足下の兵士を数百人潰し、十七体で二千人は一歩で潰しているので密かに一石二鳥だと思いながら、オリヴィエは向かって縦一列に並んでいる四体の神々に左手の剣を投擲した。

 

重力を感じさせない位に直線上で突き進んだ剣は、先頭の神が持つ武器で防がれても進みを止めず、衝突した武器を砕き割って胴に大きな風穴を開けて尚のこと進み…後ろにいた残り三体の神を易々と貫いた。

目から光を消して滅せられた四体を神々は手から武器を取り溢し、下に居る兵士を潰してしまう。

 

神を殺される一方で自軍の兵士を失っていく生贄となった魔術師とは違う魔術師が、残り十三のヤクモ十八闘神に、多少の犠牲は仕方ないと考え前後左右からオリヴィエを狙うように指示を出した。

従った神々が十三体定位置に着くのを()()()()見届けていたオリヴィエは、剣の先に強大な純白な魔力を溜め込んでいた。

 

地面と平行になるよう伸ばした左右の手には純白の剣がそれぞれ握られ、先端には注視してやっと見える程度の光を纏わせている。

だが一方で計り知れない魔力を感じさせる剣の先端から……直径1センチ程度の極細のレーザー状で魔力の光線が放たれた。

 

 

「─────『神の命絶つ淡き晄(デフューザル・フルルミナス)』」

 

 

二条の光の光線は狂い無く左右から向かってきていた神の首を穿ち、時計回りで勢い良く四回転すると……光線に斬られ、神々はまるでサイコロのように分割されてしまった。

だがそれだけでは終わらず、神々の肉の破片は崩れ落ちて消える前に散乱して下の兵の殆どを潰してしまった。

 

それでも残っていた運の良い兵士達は勝ち目が無いと叫びながら踵を返してその場から逃げ去っていく。

然れどオリヴィエは逃がさず。

 

放ち続けていた光線を使って、走り逃げ惑う兵士達を囲うように円形に地面を刳り抜いて、持ち前の膨大な魔力で刳り抜いた大地を持ち上げると引っ繰り返して墜とした。

他の兵士には光線をそのまま向けて体を分割して死体へと変え、一切の容赦なく百万の兵士をものの数分で壊滅させてしまった。

 

 

「……不完全燃焼だ。………そうだっ。この後は……ふふふ♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「空にいんのって……」

 

「あ…ぁぁ…東の大陸の王…」

 

「リュウマ・ルイン・アルマデュラだぁ…」

 

「殲滅王……」

 

「か、勝てる訳がねぇよぉ……!」

 

 

「ふむ。矢鱈と我の所には兵が集中しておるわ。数は……311万4672…か。五分あれば十分だ。神器召喚────」

 

 

魔法を使って敵兵の総数を見破ったリュウマは、オリヴィエ達とは違って三倍はいる兵士達を空から見下ろして小さく呟いた。

殲滅王の名に違うこと無く、リュウマは事殲滅という面において比類無き力を発揮する。

 

だがそれは、巧みな魔力操作などを使った戦法ではなくて、ただ目の前の敵を残らず消すためだけに力押しで使う殲滅魔法のことだ。

数年前に数国を壊滅させてからは、この様なことがもう一度あると面倒だということで魔法の開発に一時期のめり込んだ。

 

その時に出来上がってしまったのが禁忌魔法なのだが、それとは別に目的だった殲滅魔法は完成していた。

結局大群で襲ってくることはなく、お披露目の幕は上がらなかったが、今はまさにその時とも言えよう。

 

 

万象一切灰燼(ばんしょういっさいかいじん)()せ────『流刃若火(りゅうじんじゃっか)』」

 

 

背後の黒き波紋から引き抜いた刀を抜き放てば、雲を蒸発させる程の莫大な熱量が噴き荒れる。

地上で抜き放てば精密な熱調節が必要な危険極まりない刀だが、遙か上空で解き放てば幾らかマシとも言える。

 

眼下に居る凄まじい人間の数に、一気に殲滅戦を開始したリュウマは先ず……刀の本当の力を解放した。

 

 

「─────卍解」

 

 

手に持っていた刀から放たれていた爆炎はその形を消し始め、刀の中に無理矢理押し込めるように封印すれば、姿形が普通の刀であった流刃若火の形状は…刀身を短くさせた。

 

 

「────残火(ざんか)太刀(たち)

 

 

刀身が封じ込めた爆炎によって焦げて炎ではない熱を放っている刀を、下に向けて言い放つ。

 

 

「残火の太刀 南 『火火十万億死大葬陣(かかじゅうまんおくしだいそうじん)』」

 

 

兵士達を囲うように足下の地面が盛り上がり、中から遺骨化した人の骨が出て来る。

これまで斬った者達の灰に刃の熱を与えて叩き起し操る技なのだが、リュウマは改良を加えて斬らずに兎に角この刀で殺した者達を蘇らせる。

 

蘇らせられた死者は黒い骸骨のような姿で敵を塵となるまで追い詰める。

蘇らせると言ってはいるが魂は入っておらず、刀の炎を与えられているだけなので生き返った訳では決してない。

なので、この骸骨を殺したとしても直ぐさま直って再び襲い掛かってくる。

 

 

「あづいぃいいぃぃいぃ…ッ!!」

 

「た、助けてぇ…!!」

 

「この骸骨…砕いても直っちまう!」

 

「何なんだよぉ…!!」

 

 

囲われることで必然的に中央に集められていく。

 

外側の兵士が骸骨に焼き殺されていく一方で、リュウマは内側の兵士に急降下して向かう。

外側と内側の境処に降り立つと同時に、刀を振り下ろして一人の兵士を唐竹割りで半分に斬り裂くと、刀が地面に……触れた。

 

 

すると──────直線上の一切が消し飛んだ

 

 

谷になる程まで消し飛ばされた大地と一緒に、兵士の数万人が巻き添えになって細胞一つ残さず消し飛ばされる。

爆炎で燃やすことが無いこの刀は、ただただ目の前のものを消し飛ばすのみ。

 

 

そんな刀を……左から右に薙ぎ払った。

 

 

「残火の太刀 東 『旭日刃(きょくじつじん)』」

 

 

大地を消し飛ばす力が横凪に振るわれ、地上に列を成している兵士達の三分の二が消し飛んだ。

 

たった一刀……たった一刀で約二百万の人間が消されたのだ。

 

残った百万人の兵士達に目を向けると、先頭にいた兵士が恐怖から白目を剥いて失禁しながら気絶した。

何もしていないのに次々と気絶していく兵士に、可笑しそうにクスクス笑ったリュウマはしかし……その笑みからは想像できない凶悪な魔力を迸らせる。

 

 

「殲滅魔法────『狂い迫る恐怖(フゲレス・フォーミュラァ)』」

 

 

この魔法は敵が多く、強ければ強い程凶悪と化す魔法であるのだが、その魔法の効果とは……対象に恐怖から来る強烈な『生き長らえたい』という感情を付与させるという魔法。

 

別に一瞬で敵を死に至らしめたり、苦しめたりと直接的な魔法ではなく─────仲間内で争わせる魔法。

 

『生きたい』という強烈な感情は、周囲に居る人間が自分の生き長らえる為には邪魔以外の何物でも無いという風に錯覚させる。

するとどうなるだろうか?

 

邪魔者を排除する為に隣の兵士に武器を振り下ろし殺すと、他に目に入った者を今度は襲い殺そうとする。

しかし襲われた側も邪魔者としか思っていないので反撃に出てどちらか一方が殺すという循環を繰り返す。

数は半分ずつ死に絶えていき、3分後には既に一人の兵士を残して全滅だ。

 

生き残った兵士は終わった後に達成感を感じるが、リュウマが魔法の効果を消すことで次第に絶望した表情となる。

仲間を殺したという意識から罪悪感と嫌悪感が生まれ、最後に残った兵士は……仲間の血を滴らせる剣を首に当て…斬り裂いた。

 

斯くしてリュウマの殲滅は、リュウマの宣言通りものの五分で完了してしまったのだった。

 

 

「無駄なことをする者は……やはり出て来るのだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレが一番乗りだぜ」

 

「……順番は…関係ない」

 

「質ならば私が断トツだろう」

 

「量ならば我だがな」

 

「オレは…オレは……チクショウッ!!」

 

 

戦っていた所に戻ってきた王達は、最初の頃とは打って変わり軽いノリで話し合っていた。

血を血で争うような戦いが待っていると思っていたそれぞれの兵士達は、戦わないことに超したことはないと安堵の溜め息を吐く。

 

世界で初めて四つの大陸が一つになったことは類を見ず、歴史的快挙であると言わざるを得ない。

一つの悪意から始まった戦争で、リュウマ、オリヴィエ、クレア、バルガスは……唯一無二の友を得たのだ。

 

暫く談笑していた四人だが、少しずつ話が終わりを迎え沈黙を生んだ。

 

 

この場に居る四人は─────武器を手に取る。

 

 

「回復させて貰ってわりーんだけどよォ……オレさっきので不完全燃焼食らってよォ」

 

「……同じく」

 

「私はまだ貴方を負かし終わっていないからな…ふふふ♡」

 

「……であれば…だ」

 

 

「「「「少し手合わせ願おうか…全力で」」」」

 

 

これからが本番である。

 

また7日間続いたような長期戦が始まるのかと、軽く絶望を感じている兵士達を尻目に、離れているようにと指示を出した王達は回復した魔力を滾らせて、武器の力を本当の意味で解放していった。

 

 

「解放────」

 

 

バルガスからは─────赫い魔力が。

 

 

「解除────」

 

 

クレアからは──────蒼き魔力が。

 

 

「解禁────」

 

 

オリヴィエからは────純白なる魔力が。

 

 

「解号────」

 

 

リュウマからは─────純黒なる魔力が。

 

 

 

 

 

今 解き放たれる

 

 

 

 

 

万物破壊(ばんぶつはかい)はこの世の(しるべ)(なり)──『赫神羅巌槌(あかがみらがんつい)』」

 

 

バルガスの赫い魔力が破壊の力を撒き散らし、大地を粉砕していく。

この魔力によってもたらされるのは破壊のみであり、一切の生還を許さない凶悪な魔力である。

 

 

「いと()(あれ)厄災(やくさい)(ごと)く──『蒼神嵐漫扇(あおがみらんまんせん)』」

 

 

クレアの周囲に数多くの巨大な竜巻が発生し、中心に居る美しき少女の外見を持つ男のクレアの体からは蒼き透き通った魔力が立ち上る。

嵐を生み出す事が出来るこの魔力は、静かで清らかな魔力に思えるのに、体からは危険信号を発せさせる。

 

 

(すべ)てを(つつ)()()(かえ)せ──『皓神琞笼紉(しろかみせいろうじん)』」

 

 

解禁されたのは、総てを優しく包み込み安心と安寧を感じさせる優しき光の魔力。

なのに何故だろうか……この身の毛もよだつ力の波動は…味方ならば頼もしく優しい力に感じるのに、敵となればここまで恐怖を煽ってくるのだろうか。

 

 

3人の力が対抗しあい、世界が悲鳴を上げている……が。

 

 

 

 

 

その全ては此処までである

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(すべ)てを()()()(つぶ)せ──『■神世■■』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「──────────ッ!!??」」」

 

 

言葉では言い表せない……途方も無い力が世界を覆い尽くし、純黒な黒へと塗り潰されていく。

 

これまで計り知れない力を出していた3人の力が……消え去った。

 

驚いて武器に目を落とし、魔力を送り直そうとするも……()()()()()()使()()()()()()()()()

 

 

 

 

「この力を使うのは父上母上を除き初めてだ。故に誇るが良い。これが─────我の真の力だ」

 

 

 

 

 

()()()()()()()()リュウマの力を…3人は思い知った。

 

 

互角?とんでもない。

 

 

最早相手はリュウマ一人に絞られた……でなければこれは戦いということにすら発展しない。

 

 

 

 

争いというのは……同レベルの者でしか発生しないのだから。

 

 

 

 

最初の7日間が何だったのか?

 

 

 

この戦いは……たったの数時間で終結した。

 

 

 

後にリュウマ以外の3人は語る。

 

 

 

 

 

「彼奴の力は流石に反則だろ」と。

 

 

 

 

 

「こ…いつっ……化け物…かよッ……!」

 

「がはっ……余は…もう…動けん……」

 

「うっ…ぐッ……ふふ…ふ…凄まじい…力…」

 

 

「──────クックック…フフフ……クカカッ……クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!フハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!ハーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!いやはや…何と素晴らしき事か。我は生まれて初めて全力を出したぞ…そうか……()()()()()()()()()()()()()()ッ!!ハハハハハハハハハハハハハハハッ!!……ふぅ…」

 

 

「「「早く治してくれ。体中が痛い」」」

 

「……やり過ぎたか?」

 

 

 

健全で…()()()()()()()()()()()()リュウマは、目の前でボロボロで倒れている3人に魔法を施して傷を治してやった。

 

 

この時…非公式であるが、リュウマは確かに……

 

 

 

 

 

世界の頂点に君臨した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まーったくよぉ…?なんなんだよあの力はよぉぉ…?ずりーだろーがよぉぉぉぉ………!」

 

「……うぅむ……ぐごーー……っ」

 

「ふふふ♪さぁ、もう一杯どうだ?お酌するぞ?」

 

「ふはははははぁっ。ではいただこうっ…おーい料理はまだかーっ。これの三十倍は持ってこんかーー!!」

 

「は、はいぃ…!た、ただいまぁ!!」

 

 

取り敢えず終結してから一旦自分の国に戻り、疲弊しきっている兵士達を休ませ、7日間の不在でたまりに溜まってしまっている政務を終わらせたリュウマ達世界を代表する四人の王達は、豪華絢爛に造った会場で四人だけの集まりを開き楽しく飲んで食べて騒ぎ、仲を深めていた。

 

因みに、7日ぶりに帰ってきたリュウマの母親であるマリアは、心配で7日間録に眠ることが出来ず目の下に隈を作りながらリュウマを出迎えた。

走って来てはあのリュウマが、くの字に曲がるほどの威力で抱き付いたマリアは、心配に比例して強くなる力で抱き締めたリュウマを鯖折りにして殺しかけた。

 

何とかアルヴァに止めてもらって事なきを得たが、リュウマはマリアを心配させないようにしようと心に誓いながら、痛む腰を擦った。

 

所戻り、宴会が始まってからというもの…楽しく談笑していたまではいいが…運ばれてきた料理と酒に手を伸ばし始めた頃にクレアが一口で酒に酔った。

可愛らしい容姿に舌足らずな言動と頬をほんのりと赤く染めるという、なんともそそられる状況……だが男だ。

 

そんなクレアを膝の上に載せて頭を撫でているのがリュウマで、バルガスはテーブルに突っ伏して片手に骨付き肉を握りながら爆睡。

 

オリヴィエはリュウマの膝に座って頭を撫でられているクレアに嫉妬しながら、それを表情におくびにも出さずリュウマの持つグラスへ酒を注ぐ。

もう既に50人前の料理を平らげ、20樽分の酒を飲み干しているリュウマは酔ってベロンベロンになっているが、更なる料理を出すよう料理人に叫ぶ。

 

 

「ふふふ。酔っている貴方も素敵だ♡」

 

「ふはは~…そうだあろう そうであろう…!」

 

「な~に~?おれのほうがいい男だぜ~…!」

 

「お前は……可愛いだけであろう」

 

「誰が可愛いじゃーーーー!!!!」

 

「ふはは。女と見間違える美貌だぞー、誇るが良いわー!かははははははっ」

 

「……うむ。そろそろ仕掛けるか」

 

 

最早椅子から立ち上がったら倒れる程には酔っ払っているリュウマに、オリヴィエは近付いて体に触れると、とある魔法を発動させた。

 

効力を発揮するには少し時間の掛かる代物であるといわれたモノだが、そんなことは気にせず気長に待ち、その間にアプローチを仕掛けようと考えていた。

 

確かに戦いには負けてしまったが、リュウマからの印象は悪くなく、己より強い者にしか興味が無いと言ったがやはり運命の相手。

時々無意識なのだろうが太腿や胸等に視線を感じていることに、オリヴィエは確かな好印象を感じていた。

 

友となってから遠慮が(元々だが)無くなっているオリヴィエは、リュウマに微笑みを浮かべた。

 

あれだけ殺し合っていた四人が、今では態々何千キロも渡って集まっては食事をしたりしているのだ。

酔っ払って平衡感覚が可笑しいことになっていながらも、オリヴィエにステーキを口へ運んでもらっているリュウマは……楽しそうだった。

 

 

 

因みにだが、騒ぎすぎて眠りこけた3人は両親が回収しに来て、オリヴィエは飲んでる風で飲んでいなかったので付き人と帰っていった。

 

 

 

 

 

 




伏線の数把握しきれていないかも……?



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第玖刀  日常  ところにより非日常

一段落ということで、ヒロインとの話を上げなくては…。

物語には必要不可欠ですからね?

え?待ってた?……ではどうぞ

つ(イチャつき?話)




 

リュウマ達が世界を代表する……ではなく、初めて出来たかけがえのない友達…という者達と一緒に飲んで騒いで楽しんだ宴会から実に7日経っていた。

 

また一緒に騒ぎたいところではあるが、王としての政務をやらないわけにはいかないので中々予定が組めないのだ。

それぞれの国から数千キロ離れているという果てしない距離に居るが、この四人に限っては本気を出せば僅か一刻程で着いてしまう。

なので、予定さえ合えば会えるのだが……リュウマはそれとは別にちょっとしたことで又も頭を悩ませていた。

 

何に頭を悩ませているか?……それは……

 

 

「陛下?あの…西の大陸代表…陛下の盟友であるオリヴィエ様から贈り物が届いております」

 

「…………………………はぁ」

 

 

宴会から7日経っていると言ったが、その7日間にオリヴィエから凄い量の贈り物が届くのだ。

酒から食べ物から、リュウマ宛の美しい花束に、花に添えられた読んでいるこっちが照れてしまうようなポエム等々。

 

贈ってくるのはこの際よそう。

しかし問題なのが、これらを見た大臣達やマリア等がリュウマに中々見られなかった浮いた話なので絶対に逃さないようにと、あれやこれやと手を組んで話を持ってくるのだ。

 

別に嫌いという訳ではないが、運命に縛られているというところが気に入らないのだ。

自分の相手は自分で決めたいリュウマとしては、結婚という面においてオリヴィエはまだまだ好感度が足りなかった。

何故と言われても、仲が良いといっても…結局の所会ってから2週間位しか経っていないのだから。

 

一方オリヴィエ側としては、リュウマがそんなことを思っているのは百も承知なので、結婚しても良いと思えるような…戦いでは負けたが気持ちの勝負では勝利を収めようと健気にも頑張っているのだ。

花束だって取り寄せた物ではなく、オリヴィエが住まう城の中庭にある庭園で手間暇掛けてオリヴィエ自身が育てた花達だ。

 

見えないので分からないが、リュウマのために花を摘み取っている時のオリヴィエはとても可愛らしく楽しそうだと、雇われている使用人は微笑ましい気持ちで見守っている。

 

因みにだが、数千キロ離れているのに1日で荷物が到着するのは、贈るための手段として飛ぶ速度が速いドラゴンをオリヴィエがボコボコにして、死にたくなければ荷物を運べと脅している。

万が一逃げようとすれば感知して自動的に大爆発する条件発動型の爆弾魔法を頭の中に設置しているのだ。

なのでドラゴンは、泣く泣くオリヴィエの荷物受け渡し係になっている。

 

 

「……全く…彼奴ときたら。仕方ない。貰われてばかりでは我の沽券に関わる。何が良いものか……」

 

「あのっ 恐れながら申し上げますっ」

 

「む?」

 

 

何を贈り返せばいいのか悩んでいるところに、頬に散るそばかすがチャームポイントの使用人が腕をピシッと上げながら提案をしようとしている。

取り敢えず案だけでも聴こうと、リュウマは近くに寄らせて言ってみろと言うと、肩をビクつかせて恐る恐るといった感じで寄ってきた。

 

 

「何をそう怖がっておる。我はお前を取って喰ったりはせぬぞ?」

 

「はひっ!?そ、そそそそのっ わ、私昨日から使用人として就かせて頂いている新人でしてっ!リュウマ様…ではなくて陛下の下で働くために学び舎で頑張り使用人として働く権利を頂戴しましたっ!」

 

「う、うむ。然様か? 学び舎からここに就いたということは、嘸かし優秀なのだろうな。お前…歳は幾つとなる」

 

「えっとっ 今年で14ですっ」

 

「ふむ……もそっと(ちこ)う寄れ」

 

 

リュウマに言われた使用人は、また恐る恐ると寄って来るので、そこまで緊張するものだろうかと思いクスリと笑いながら手招きする。

もうすぐそこの近くまで寄ったら、新人使用人の手首を掴んで引っ張り、背中に腕を回して横向きで膝の上に載せる。

 

突然の抱き上げに固まり、乗っているのがこの国トップである国王の膝の上だということに気が付いた新人使用人は急いで降りようとするが、リュウマが新人使用人の背中にある羽を落ち着かせるように優しく撫でた。

全身を石のように固めながら、心地良さにやられてリラックスしたところで話を始めた。

 

まだ14という少女だというのに、己と会うだけで変に緊張してしまうのを可哀相に思いながら可愛らしく感じ、小さな子供相手にするように膝の上に載せたのだ。

これは新人であり緊張している者達に気分でやる所謂「お兄様モード」なので、使用人の中では結構有名だったりする。

 

 

「して、お前はどんな提案を思いついたのだ?」

 

「た、大それたものではありませんがっ 彼のオリヴィエ様は陛下をお慕いしている御様子ということで…恐れながら陛下が直々に書いた手紙…などはどうでしょうか…?」

 

「ほう…?それは何故?」

 

「え…!?えぇっと…お、女の子は好いている方からの手紙には胸がトキめいてしまうものなんですっ」

 

「……ふむ。……何分そんなものとは無縁だったからな。我には良く分からぬがまぁ良いだろう。手紙を書いてみるとしよう。後は当たり障りのない贈り物も添えておくか。……ところで、手紙を貰うと女の子がトキめくのだそうだな。まるで実感しているような物言い…お前にも好いている者がおるのか?」

 

「………はへっ!?へ、へへへへ陛下!?わ、私如きにはそんな相手はおりませんっ」

 

 

まさかの変化球に顔を赤くした新人使用人は、リュウマの膝の上で腕をわちゃわちゃさせながら否定しているが、実はリュウマ…この新人使用人がどんな者なのか知っているのだ。

己の城で働かせる以上、その者の事細かな情報を頭に入れて把握しておくのは王としての嗜みと…一体何人分の情報を憶えているのか分からないリュウマの持論である。

 

なので、新人使用人が最初自己紹介していたが、実を言うとそんなことリュウマは全部知っていたのだ。

 

 

「『私如き…』と言ったが、我はそうは思わぬがな」

 

「……へ?」

 

「────名は〇〇。血液型はA型。生年月日は〇〇年〇月〇〇日。生真面目で掃除が得意ということで仕事の内容は掃除関連が主となっている。戦闘面では学び舎を第2位という成績で収め、頭脳は同期の中でもトップで卒業している。実家は裕福とは言えず田舎。学び舎に入り学ぶ資金は両親が負担してくれ、その恩に報いるために学び舎ではかなりの速度で内容を取り込みものにした。家族構成では長女で下には8歳になる弟と3歳になる妹が居る。給金に関しては実家へと給金の約七割を仕送りし、残り三割を使って生活している。何時も笑顔絶やさず丁寧に接してくれるため、他の使用人からの印象は好意的。小さき頃から我に憧れていた……と。

 

確か詳細情報にはこう書かれていた筈。これだけの有能性を持ち得ながら如きという言葉を使えば、それは単に皮肉と捉えてしまう恐れがある。……この城で働く為の金を出してくれた両親に報いるためにここまでするお前は正しく有能だ。誇りこそすれど謙遜する事は無い」

 

「わ、私のことを…そこまで……」

 

「我はお前達使用人を雇っている主ぞ?下々の者達の事を頭に入れずしてどうする」

 

「うっ…うぅっ…!」

 

 

感激した新人使用人は涙を溢し始め、リュウマはポケットに入れてあった金の刺繍を施された最高級のハンカチを取り出して新人使用人の涙を拭いた。

最初そんな高価そうな物を使わせられないと拒否したが、リュウマが無理矢理目尻へと押し当てる方が早かった。。

 

それに、リュウマは完全な善意でこれを行っているのではなく、使用人の中でも一番偉いメイド長にリュウマへと直々に頼まれてこうした話の場を設けているのだ。

 

 

「メイド長から聴いておるぞ。優秀な子が荷を煮詰めすぎて倒れかねない程のオーバーワークをしているとな」

 

「うっ……申し訳…ありません」

 

「うむ。そんなお前には罰を与える」

 

「はぅえ!?……はい…仰せのままに…」

 

「では────手紙を書く手伝いをしろ。政務以外に手紙など書いたことが無いからな。お前が我の綴る文法に可笑しな点が無いか教えるのだ」

 

「……え?それだけ…ですか?」

 

「それだけとは何だ。我にとってはそれなりに大事ごとぞ」

 

「も、申し訳ありません!!」

 

 

新人使用人が勢い良く頭を下げるのを見て、笑みを浮かべてから左の白翼から紙と、それを入れる手紙入れを創り出した。

魔力で浮かせて机の上に置いたリュウマは、新人使用人を膝に載せたまま羽ペンを手にして文字を書き始めた。

 

大切な盟友に贈る手紙を、一緒に内容を考えるといえども読んでしまって良いものかと混乱したが、それに気付いたリュウマの「そこまで大それたものは書かぬ」という言葉に渋々だが従った。

 

後に、一月(ひとつき)の給金が配られた時、中には本来の給金よりも五割増しで支払わられていて、驚きながら何かの間違いなのではと思うも、メイド長から新人使用人宛てに手紙があるとのことで開いて確認。

差出人の名は書かれていないが、見覚えのあるとても達筆な文字で書かれていることと内容からリュウマであることが分かった。

 

内容は手伝って貰った礼に特別手当として給金の五割増しと、3日の休日を贈るとのことだった。

追伸で実家の方に顔を出して親を安心させてやれという言葉も贈られていた。

泣きながら居ないリュウマへ御礼を呟くと、他にも違う物が入っていることに気が付く。

 

それは、何かの魔法陣が描かれている紙だった。

何の魔法陣か調べようと触れた瞬間、見覚えのある家の前に跳ばされていた。

場所はなんと……彼女の実家。

 

リュウマが事前に調べておいた彼女の実家の前に座標を特定させておいた瞬間移動の魔法陣だった。

涙ぐみながら迎え入れてくれる家族達を見ながら、新人使用人はこれから一生リュウマへついて行こうと心に誓ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────翌日

 

 

「皇帝陛下」

 

「……ん?なんだ」

 

 

執務室で酔っ払って顔を赤くしながら目を回している、何気なくレアなリュウマの写真を置いている机で、オリヴィエは王としての仕事を熟していた。

そんなオリヴィエの元へ使用人の一人が近付き、今朝届いた贈り物について報告した。

 

 

「贈り物が届いております」

 

「ほう?何処からだ?」

 

「フォルタシア王国からです。中にはリュウマ様から皇帝陛下宛ての─────」

 

「よこせ。早く、速く、疾くよこせ」

 

 

酷い変わり様に今更驚く使用人ではなく、慣れた手つきでオリヴィエにリュウマが贈った手紙を渡した。

一人きりで読み耽りたいということで退出するよう仰せつかった使用人は、扉の前で一礼すると出て行った。

 

手紙の他にも美味しい食べ物や木の実や織物等があるのだが、それらに比べればリュウマからの手紙の方が嬉しいのだろう。

破り開けず、丁寧に丁寧に“R”と描かれた蝋印を剥がし、中に入っている手紙を取り出した。

 

綴られている文字が自分より達筆なので驚きながら読んでいく。

 

 

『オリヴィエ・カイン・アルティウス様へ

 

 

7日間贈られた贈り物について先ずは礼を言おう。

 

どれも見たことの無い美しい花は、特別花に興味をそそられた事の無かった我が見惚れる程の花束であった。

 

それに対するお返しという訳で、我からは東の大陸で良く着られている和服の織物を送っておいた。

寝間着などにも着れるような物から、外出時であれ着れる物まで揃えておいた。

 

それと、手紙を送るのに態々他の贈り物は添えんでいい。

聞くところによると、男女間で行う手紙の遣り取りというのは“文通”というらしいな。

我とその文通をするのであれば1日おきに送る…というもので良かろう。

 

勘違いするなよ?これは善意でやってやるだけだ。

惚れた腫れたという話で行う訳では無い。

 

長くはなったが、今一度相見える時を…まぁ、楽しみにしておく。

 

 

リュウマ・ルイン・アルマデュラより』

 

 

読み終えたオリヴィエは手紙を入れ物に戻し、鍵の付いた箱の中に入れるとガッチリ施錠し魔力で覆った。

これでもかと頑丈に施された防御魔法を掛け終えた後、オリヴィエは身悶えた。

 

 

「~~~~~っ!!ぶ、文通っ 何と甘美な響きっ!何者にも私達の遣り取りを邪魔させず、しかして当人等は二人だけの秘密である話に興じるというものかっ!?嗚呼…美しい……。

 

それに“勘違いするな”という部分が素直じゃない子供がせめてもの言い訳として使いそうな言葉でいじらしさ醸し出させるっ ああっ イイッ♡

 

ダメだ…リュウマが書いているところを想像すると…ふふっ 胸がキュンキュンするっ おっと…鼻血が……」

 

 

鼻から溢れてくるリュウマへの愛を拭き取ったオリヴィエは、ふと8日前に酔っ払っているリュウマへ施した魔法のことを思い出した。

 

 

「そろそろ…“アレ”が発動するはず……」

 

 

一体何を仕掛けたのか……?

 

加害者であるオリヴィエは弾む胸を抑えながら、来るであろう時のために急いで執務を終わらせていく。

 

 

「ふふふっ 楽しみだ 」

 

 

 

 

 

 

 

「……zzz………zzz」

 

 

その日の真夜中……眠るリュウマの背中に施されている魔法陣が光り輝き……一度閃光が奔ると次第に勢いを失っていき消えた。

 

背中にある魔法陣をも消え失せ……夜が明ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────フォルタシア王国の王の寝室

 

 

「んっ…ふわぁ……ん?……ふふふっ」

 

 

朝日が顔に差し掛かり、ゆっくりと眠っていた自分は気持ちの良い目覚めと共に自分の体を見下ろし笑みを浮かべた。

ベッドから起き上がって軽くジャンプし、翼を上から下に無雑作に振り下ろすと宙に浮いた。

暫く翼を使って空を飛んだ後、広げた手の平を見つめて閉じては開いてを繰り返し感触を確認する。

 

そして着ている和作りである寝間着に手を掛けて……脱ぎ去った。

 

となれば、今は全裸となるので、大きな鏡が置かれている所に行って全身を映し体の造形美に酔いしれる。

序でに股の部分にぶら下がっている男の象徴を凝視しながら目に焼き付け頬をほんのり赤くする。

 

 

「なんと逞しき…っ。こ、これがあの人のアレ…おっと…鼻血が」

 

 

取り敢えず出て来た鼻血を急いで拭き取り、見覚えのある服に着替えて記憶にあるサークレットを頭に付ける。

寝癖の付かないサラサラの髪に軽く嫉妬しながら、腹が減って音を慣らすと同時に部屋がノックされ、使用人から朝食の準備が出来たということで返事をして使用人の後をついていく。

 

てっきり後から来ると思っていたのだろう使用人が、自分の事を不思議そうに見てきたので、何でも無いと答えて当たり障り無い事を言って朝食を取るところへ案内させた。

 

終始首を傾げていた使用人がどうぞと言いながら扉を開けたので中へ入ると、知る人にそっくりな男性と、思わず見惚れてしまうような美しい女性が既に席へ座り自分の事を待ってくれていた。

 

 

「おはよう()()()()

 

「おはよう()()()()()()♪ 何時もはリュウちゃんの方が早いのに珍しいわね?」

 

「済まない。つい長く眠ってしまった」

 

「へぇ?珍しい事もあるのね♪」

 

 

最後に面白そうなものを見たというような母のマリアに少し思うことがあれど、席に座るよう促されたので席に着いた。

すると、座ると同時に扉の向こうから料理服を拵えている者達が何人も入り、両手にはお盆を持っている。

それらをアルヴァ、マリア、自分の前に置いていき、置き終わると直ぐに部屋を出て行った。

 

 

「では…いただきます」

 

「いただきます」

 

「…?いた…だきます」

 

 

食器の横に置かれているフォークとナイフとスプーンの内、ナイフとフォークを先に手に取り、朝から?と思われる自分の所だけに置かれているステーキ肉を少し切って食べた。

歯ごたえが良く、中までしっかり火が通されていて噛めば噛むほど味が出る美味な肉に幸せを感じていると、声を掛けられた。

 

 

「あら?リュウちゃんは何時も前菜から食べているのに…どうしたの?」

 

「───ッ!!いや、少し気分転換に…ハハハ」

 

「あら、そうだったの?珍しいものだからてっきり─────」

 

 

 

 

──────ガッシャーーーーーンッ!!!!

 

 

 

 

と、ここで部屋に取り付けられていた大きな窓ガラスが派手に割られ、何かが入ってくるものの…そのまま転がっていき壁にぶつかった。

そしてぶつけた頭を擦ってから勢い良く立ち上がった()()()()()はずんずんと自分の前まで来ると胸倉を掴み凄みのある顔で怒鳴りつけてきた。

 

 

「貴様ァ…!!()()()()()()()()()()()()!?」

 

「ふふふ。もう着いたのか?()()()()よくここまで飛んで来れたものだ」

 

「何度空中でバランスを崩して地に墜ちそうになったと思っている!?安定して飛べぬ故に1時間掛かったぞ……って違う!そんな話ではない!!早く我の体を元に戻せッ!!」

 

 

怒り狂っているオリヴィエは、何処かで聞いたことある喋り方で、逆にリュウマの方は何時もとは少し違う話し方である。

 

他の人が見れば何がどうなっているのか分からなく混乱するだろうが、この場に居るアルヴァとマリアは「やっぱりか」と言うような表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

──────時を遡ること……一時間前

 

 

時刻7時きっかりのこと、体内時計で目を覚ましたリュウマは背伸びをしながら起き上がった。

 

起きて直ぐは少しだけ寝惚けているリュウマは、目を擦りながらベッドから降りて顔を洗うために部屋に取り付けられた洗面台へと目指す。

 

 

「むっ!?うぐっ…!?」

 

 

しかし…二歩目でバランスを崩して倒れ込む。

 

手を突いて顔から行くのは防いだリュウマは……肩から垂れ下がる自分の髪色ではないオレンジ色に赤を落としたような珍しい色で……立ち上がれば腰に届きうる程長い。

 

指は白く細い、今まで見てきた自分の指ではない。

背中に目を向ければ、翼人一族の特徴たる3対6枚あった黒白の翼が……無い。

 

急いで立ち上がってバランスを崩して倒れかけながら、必至で鏡を探して見つけると覗き込む。

 

 

映ったのは──────オリヴィエの顔だった。

 

 

「な…な…なァ…!?何だこれはァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!??」

 

 

有り得ないことに、自分の体がオリヴィエのソレとなっていることに仰天し、ガラにも無く大声で叫んでしまった。

何の魔法を使われたのか、何時から仕掛けられていたのか分からないので解析しようとしたが……この身はオリヴィエ……お得意の解析は出来ないのだ。

 

続けて言えば、使い勝手が違いすぎて魔力ですらちゃんと操ることが出来ず、翼が無いのでバランスが取りにくいのだ。

 

 

「な、何故こんな事に…!?……む?」

 

 

ふと…本当にふと鏡に映った今の自分の服をチラリと見えてしまい、つい視線を落として見てしまった。

オリヴィエとて人だ。

 

であれば、寝る時は寝間着に着替えるというもので、今着ている服は寝間着に違いないのだが……その寝間着が(リュウマには)刺激的過ぎた。

 

 

「ブフォッ!?な、何だこれは…!?す、透け透けではないか!?」

 

 

とっっっっっっっっても透け透けで中がどうなっているのか見えてしまう程の寝間着─────ネグリジェであった。

 

それも、ネグリジェの中でも更に生地が薄く作られていて、オリヴィエはその中に────

 

 

「ま…まさか……この感触─────着ていない?」

 

 

まっさかの中は裸である。

 

 

勿論、何時もならば中には流石に下着を着ているのだが……もうそろそろこの入れ替わりの魔法が発動すると見越して態と着ずに寝たのだ。

 

 

「み、見ていない!?我は見ておらぬぞ!?決して胸の頂など……ヌガァァアァアァァッ!!!!」

 

 

リュウマは今……戦っているのだ。

 

 

「風通しが良すぎる……ま…さか……下も?」

 

 

戦って……いるのだ。

 

 

王然りとした日常しか送って来なかったリュウマからしてみれば、女の体など解剖学書でしか見たことないし、況してや今は自分の体がその女の体だ。

追加で言うならば絶世の美女であるオリヴィエのパーフェクトなボディだ。

 

本来の男ならば見るし触るだろうところを、リュウマは出来るだけ見ないように手で目を覆いながら服を探している。

 

何て紳士的なのだろうか?

 

 

……ヘタレと言ってはならない。

 

 

「ふ、服を…!服を着なくては何も始まらぬ…!!」

 

 

歩き回って探すこと数分…どこか触り憶えのある触り心地に誘われ目を開けると、なんと都合が良いことか、先日贈った和服があるではないか。

 

この時だけは、何時か斬ってみたいと思っていた神に感謝し袖に腕を通した。

サイズが合わず、萌え袖のようになってしまったがそんなことに構ってられない。

 

いきなり王が消えるとなると大問題に繋がりかねないと、部屋に置いてあった紙に少し散歩してくる等適当に書いて窓を開けて魔法で飛び上がった。

翼で飛ばない時は魔法で飛んだりもするが……純白の魔力は全く使い勝手が違う。

 

純黒なる魔力が他一切を関係無く圧倒する暴力的な魔力であるならば、オリヴィエの純白なる魔力は対象を優しく包み安心させる清らかな魔力といったもの。

例えるならば、レーシングカーからエコカーに突然乗り換えたようなものだ。

 

 

「クッ…!思うように飛べぬ…!ぬぉっ!?」

 

 

意識を余所に向けた途端に魔法が途切れ、地面に向かって真っ逆様に落ちていく。

焦りながら魔法を再度発動して、地面から一メートル程のギリギリの所を急上昇して元の高さに戻る。

 

 

「オリヴィエぇ…ッ!余計な事はしてくれるなよ…!?」

 

 

そして現在に至る。

 

 

 

 

「やっぱりリュウちゃんじゃないのね」

 

「まぁ、私達は一言交わした時から気が付いていたが」

 

「……むぅ。何処が違うのかお教え願えますか?」

 

「おい!オリヴィエ貴様…!我を無視ン゙ン!?」

 

「貴方?少し静かに…な?」

 

「んん~!!」

 

 

オリヴィエの体に入っているリュウマのことを、リュウマの体に入っているオリヴィエが背後から抱き締めて口を押さえた。

腕力でリュウマの肉体相手では流石に勝てないのでジタバタと暴れていたが、器用に純黒な魔力で体を覆い拘束した。

 

 

「私視点だと、あのリュウちゃんが女の子を抱き締めてるように見えるわ♪

……まず一つ目としては、リュウちゃんは私達には敬語で話すの。

二つ目は、リュウちゃんは王としての仕事を最初に少ししてから朝食を取るから必然的に私達より早いのよ?

三つ目は、リュウちゃんってさっきも言った通り最初に前菜を食べてから大好きなお肉を食べる癖があるの

四つ目は、翼に寝癖が付いているわ。リュウちゃんは翼をとても大事にしているからお手入れが欠かせないの♪ そのくらいかしら?」

 

「あと、リュウマは武術も使うから体の重心が常に真っ直ぐ芯が通っている。君が歩っている時は少し重心のズレがあったから…というのもあるな」

 

「なるほど……お見逸れしました。お義父様、お義母様」

 

「まあ♪お義母様だなんてっ いいのよ?私のことはお義母さんで♡」

 

「うぅむ…初めて会った者にお義父さんと呼ばれるのは…ブツブツ」

 

「ンン~~っ!!」

 

 

何かオリヴィエとマリアが意気投合し、体はリュウマだが…互いに綺麗な笑顔を向け合っていた。

アルヴァはいきなりオリヴィエから言われたお義父様に少し困惑しているが、他でも無いリュウマの友達ということで悪印象は持っていないようだ。

 

因みに、オリヴィエ、バルガス、クレアのことはリュウマから聞いているので、リュウマがオリヴィエの体のままで名を呼んで気が付いた。

 

 

「さて、貴方?しばらくの間は元には戻らないからな。一緒に部屋で待とうか♪」

 

「……良いだろう。我の体のままで何をされるか分からぬからな。食い損ねた食事は我の部屋に持ってくるよう伝えて下さい、母上」

 

「えぇ。分かったわ♪」

 

 

マリアはニコニコしながら手を振ってリュウマとオリヴィエを見送り、アルヴァはイソイソと砕かれた窓ガラスを魔法で直していた。

料理長はマリアから食事を後でリュウマの部屋に運ぶよう命じられ、冷めた物は食べさせられないと1から作り直していた。

 

一先ずオリヴィエ(リュウマの体)に何もされていないことに安堵したリュウマ(オリヴィエの体)は溜め息を一つ溢し、自室に行こうとして一歩踏み出そうとしたのだが……後ろからオリヴィエに抱えられた。

 

 

「ぬぉっ!?な、何をするか!?」

 

「折角だから私がお連れしよう。一時間も飛んできて疲れただろう?」

 

「そう思うならば背負え。この体勢は我が嫌だ!!」

 

「ふふふ。これが俗に言う『嫌よ嫌よも好きのうち』というやつか♡」

 

「違うわ!?一体そんな言葉どこで…あっちょ…!待て!せめて降ろせェェェェ!!!!」

 

 

リュウマがされているのは……まぁ察せられると思うがお姫様抱っこである。

 

やったこともなければやられたこともないリュウマは、昔読んだ本の中に描かれていた抱き方で、やられる側としては途轍もなく恥ずかしいだけだ。

それもやっているのが幸せそうな顔を向けてくる自分の顔で……中身は女であるオリヴィエなのだから。

 

湧き上がる羞恥心から顔を真っ赤にして、(体だけ)リュウマの腕の中で顔を手で覆い隠している図は……何と絵になる事だろうか。

後ろで「あらあらまあまあ♡」という声と「我が息子よ…強く生きろ…!」という声が更に羞恥心を加速させる。

 

他でも無い両親の前で一時的とはいえ女の体になっているままお姫様抱っことは、一体何の拷問だろうか?

 

廊下で擦れ違う使用人は中身が入れ替わっているという事を知らないので、唯リュウマがオリヴィエをお姫様抱っこで自室に連れて行っているという構図にしか見えず、使用人は顔を赤くして黄色い歓声を上げながら二人を見送った。

 

……こんな状況で消えそうな程のか細い声で道案内するリュウマは尊敬するに値する。

 

 

 

 

 

 

 

「このっ…愚か者!!」

 

「ふふふ。如何したのだ?そんな可愛らしく私のことをポカポカ叩いて?」

 

「貴様意識を入れ替わる事を見越して、妙な封印を己の体に予め施したな!?力が全く出ぬ!!」

 

「私だけが知るキーワードを言葉で発しなければ解けず、力は従来の十分の一以下…魔力は知っているだろうがここに来るだけで空になる程度しか無い」

 

「巫山戯るな!?これでは…これではまるでっ」

 

「か弱い女…か?…ふふふ。しおらしい貴方も可愛いな♡」

 

「やめよ…我の顔でそんな言葉を吐くな…」

 

 

自分の顔を見てゲンナリしているリュウマとは対象的にオリヴィエは今この瞬間を楽しんでいる。

力では勝てない相手を、陥れ…罠に嵌めていいようにするのはとても気分が良かった。

 

因みに、この魔法を仕掛けるために宴会の席でリュウマにしこたま酒を飲ませていたのだ。

それを含めてオリヴィエは精密な計算をしていた。

尚、これを開発させられた魔法師達は度重なる疲労に倒れたが、完成した魔法の詳細が綴っていた紙を渡した後…親指を立てながら床に沈んだ。

 

 

「ふふふ」

 

「むっ…なんだ。何をする」

 

「何とは?……後ろから抱き締めているんだ」

 

「ハァ……今更力では敵わぬ。好きにせい」

 

「はぁ…幸せだ♡」

 

 

ベットに腰掛けていたリュウマの背後から忍び寄り、脇の下に手を入れて持ち上げると自分の膝の上に下ろし、腕はオリヴィエの体のリュウマの腹部に回し抱き締める。

密着度がかなり高い状態であるので、一応腹部に回っている腕を剥がそうとしたが岩のように動かず諦めた。

 

 

「んっ…おい、匂いを嗅いでも己の体だぞ。意味など────ひっ!?」

 

「そうか?では……自分の体なのだから何をしても私の自由であるな」

 

「ま、待てっ そ、それとこれとは…ぁっ」

 

 

リュウマの拘束を両腕から片腕に変更、空いた腕を上に持っていってオリヴィエの体の女性の証したる乳房を揉み始めた。

 

口から出て来た甘い声に自分でも驚いたリュウマは、ハッとしながら口を手で押さえて声が出ないようにしようとしたのだが……リュウマの肉体クオリティをオリヴィエが使って、残像を生み出す速度で拘束を緩めると今度は両腕をも巻き込んで拘束した。

 

身動きが取れなくなっていたことにサーッと青くなったリュウマとは別に、オリヴィエのセクハラが続行された。

 

 

「やっ、やめよっ…貴様…!触れているのが己の体だと分かって…あんっ…ハッ!?」

 

「ふふふ。私の体はどうだ?敏感だろう?なーに、心配することはない。恐くない恐くない」

 

「ふざけっ…!あっ…やめっンン~~~っ!!」

 

 

全体をマッサージするような触れ方から一転、乳房の敏感な一箇所を残して丹念にねちっこく揉みしだいた。

元の体ならば何も感じなかっただろうに、今は何故か小さい電気が体に流れている感じがする。

意思とは別に体が反応してしまい、吐く吐息が甘く切ないものとなってしまう。

 

首筋に顔を埋めていたオリヴィエは、長い髪で隠れている耳を露出させると舌を入れて舐め始めた。

艶めかしい水の音が頭の中で反響し悶えている内に、揉んでいることで着てきた和服が少しはだけてきていた。

 

好機と言わんばかりにキュピーンと目を光らせたオリヴィエは服の中に斜めから手を入れて直接乳房に触れた。

流石に女性の下着の着方が分からないリュウマは、下着を着けず和服だけを身に纏って来てしまった。

今ではそれが痛恨のミスとなっている。

 

巨乳というには少し小さいものの、十分大きく美しいお椀型の乳房は言わば美乳というに相応しい。

今では己の体故に隅々まで知り尽くしているオリヴィエの手腕により、弾力のあるマシュマロを捏ねているように様々な形にその姿を変える。

 

 

「はぁっ 直でやるなどとっ…正気か…貴様?んっ」

 

「正直に言えばどうだ?────気持ちいいだろう?」

 

「ふっ、んんっ…愚か者め。誰がこの程度っ」

 

「ほ~~~う?なら仕方ないな。今まで敢えて避けていたここを攻めるしかない」

 

「……は?いや、待て今のは言葉の─────」

 

 

触れないように気をつけていた乳房の頂を……摘まんだ。

 

 

「ぁっ……はぁっ…!?んんんんんっ!!??」

 

 

甘い痺れが頭から爪先まで電流のように走り抜けた。

想像以上の衝撃に体をすこし仰け反らせておとがいを上げる。

頭の中で電流がスパークしているリュウマを尻目に、オリヴィエは乳房への刺激送りを続行してしまう。

 

揉み込まれることに気が付いたリュウマは止めるように声を上げるが聞く耳持たず無視された。

だが肩越しから耳を舐めながら面白そうに笑っている声が聞こえてくるので、声自体は届いていて態となのだと察したくないのに察せられた。

 

我慢できず甘い声を上げてしまい羞恥心を感じる一方で、両耳を交互に嬲られながら、はだけすぎて最早乳房を隠せていない状況で乳房の頂を抓られ擦られ摘まられ引っ張られる。

 

そんなことをノンストップで二十分程の間責められ続けたリュウマは、口を半開きにしながら息も絶え絶えとなっていた。

頬はほんのりと赤く色づき、火照って仕方なく微かに汗の香りを嗅ぐわせる。

 

 

「あぁっ…も…やめっ…はあぁ…っ」

 

「ふふふ。そろそろ朝食が出来上がって運ばれる頃だしな?……声を出さないことを勧める」

 

「…な…に?……ま、待っ─────」

 

 

片腕でずっと行っていた拘束を外すと、すかさず左手で左の乳房へ右手で右の乳房へ添えると揉み込み、両手の人指し指と親指で強く捻るように摘まんだ。

 

 

「ぁ…だめだ…逝っ…~~~~~~ッ!!!!」

 

 

足の先をピンと伸ばして背筋を最大まで仰け反らした後に、数度ビクッと体を震わせると、くたりと背後にいるリュウマの体であるオリヴィエに寄り掛かった。

体から香る匂いがほんのりな汗の他に、甘い匂いを嗅ぐわせる。

 

 

「はぁっ…はぁっ…ぁ…お…ぼえ…てい…ろ…」

 

「良いではないか。所詮は私の体なのだから」

 

「そういう…もんだいではぁ…んんっ」

 

「案ずるな。もう続きはしないが……私は少し手が疲れた。だからここから動かないぞ」

 

「何を…言って…?」

 

 

──────コンコンコンッ

 

 

意味を聞き出そうとしたところにタイミング良くドアのノック音が響いた。

料理長がリュウマとオリヴィエの分の朝食を作り終えたので使用人が持ってきたのだ。

すっかり忘れていたリュウマは、上手く立ち上がれないのでオリヴィエに頼もうとするが……今さっき動かないと言ったのを思い出した。

 

外に聞こえないように小声で取ってくるように言うが、リュウマの顔で意地の悪い顔をするばかりで一向に動こうとしない。

再度ドアをノックされて入って来ようとしているのを感じ取り、仕方なく……本当に仕方なく震える足で立ち上がりドアを開けた。

 

 

「はぁっ…ご、ご苦労…っ…」

 

「ふぇっ!?…は、はいぃ…」

 

「後は…我…んんっ…私が持っていくから…下がっていい…ぞ?」

 

「は、はいっ…お楽しみなところお邪魔しましたっ」

 

「……は?ま、待てっ…!」

 

 

オリヴィエの体であるリュウマの格好の詳細を話しておくと、出来るだけ急いで来たのではだけていた服を雑に整えており、前屈みでドアを開けたので重力に従ってボリュームを上げた女房が大事な部分だけを隠して見えてしまっている。

顔は薄紅色に色づき色気を感じさせ、荒い息づかいの所為もあってそれを更に促進させてしまう。

 

女性だった使用人が同性ながら目が離せなくなりそうな色気を放つ妖艶たるオリヴィエ…の姿をしたリュウマからどうにか眼を逸らすと、部屋の中でベットに横になってオリヴィエ…の姿をしたリュウマに妖しげな笑みを浮かべていた。

 

盛大に勘違いをした使用人は直角に礼をして顔を真っ赤にしながらその場を後にした。

尚、勘違いされたことに気が付いたリュウマの静止の声を振り切って行ってしまったので、この内容が城内で知れ渡るのも時間の問題だと絶望した。

 

 

「あぁ……か、勘違いをされてしまった…!」

 

「おぉ…!城の料理人はやはり凄いな。先程少し食べたが頬が落ちるかと思った」

 

「気楽だな貴様ァ…!元はと言えば貴様が…!」

 

「さぁ、腹も空いただろう?共に食べよう」

 

「話を聞かぬか!!」

 

 

怒鳴っても意に介さずオリヴィエはリュウマの運んできた料理を見ては感嘆としている。

言っても聞きやしないオリヴィエのことを諦め、自分の体ではないが朝食を取らずここまで出来うる限りの全速力で来たので腹が減った。

 

もう何でも良いから胃に食べ物を積み込みたいリュウマは、並べられている東の国ならではの箸を持って食べ─────

 

 

「私も居るというのに無視し先に食べてしまうのか?」

 

「……ハァ…食べれば良かろうに。何故食わぬ」

 

「私はこの…棒二つを使って食べる事は出来ない。私の国というより大陸にはこんなもの普及していないんだ」

 

「“箸”のことか?……確かに。他の国では先ずナイフとフォークのみ…か」

 

「ふふふ…うむ!」

 

 

何故か嬉しそうに答えるオリヴィエに首を傾げて何気なく男心を擽る仕草をするリュウマは悲しきかな……本人はそういう意図があってやっているのではないのに完全に只の美女だ。

 

言ったら反論した挙げ句しょんぼりと落ち込むのが目に見えているので言わなかったが。

 

仕方ないと、火照りから回復した体を立ち上がらせてナイフとフォークを貰いに行こうとするリュウマの手首を万力が如くの力で掴み、また膝の上に載せ、今回は体ごと左向きに抱えるようにしてから右手を腰に回し固定、左手はリュウマの太腿に添えている。

 

突然のことで倒れ込むようにこの体勢を取ってしまったリュウマは、自分の体の持つ握力に冷や汗流しながら藻掻く…のは諦めた。

 

取り敢えず何が目的なのかとジトッとした目を向ける。

 

 

「お前の為を思って態々ナイフとフォークを取りに行ってやろうとした我に何をするか」

 

「そんな事せずとも食べられるぞ?」

 

「何だ、我が時々やるように浮遊させて食すのか?」

 

「そんな事していたのか?器用だな……。そうではなく…あ~」

 

「……?口を開けて何をしている?」

 

「むぅ…察しが悪いな。────食べさせてくれ」

 

「は?」

 

 

因みに拘束はこうなった以上は振り解くこと不可能。

力でも魔力でも現状勝てないのでどっちみち意味を成さず、他にも言えば右手に添えていた右手を離してワキワキと奇妙な動きをさせて乳房を狙っているので、「食べさせてくれないと……揉んじゃうぞ♡」というのが伝わってくる。

 

冷や汗流しながら急ぎ気味に食べさせることを了承し、期待でキラキラさせた目を向けてくるオリヴィエに溜め息を吐きながら、違う朝食として出された新鮮な内に焼いた魚料理の骨分けをする。

 

本来ならば魔法で中にある骨だけ瞬間移動させて身だけを食べるのだが、この体では出来ないので小まめに一つずつ気を付けて取るしかない。

けれども、流石はリュウマといったところか、綺麗に骨から身だけを切り離して取り分けていく。

 

最初に骨と身で別けた後、ゆっくり食べるのがリュウマ流なのでこの様になった。

 

 

「そら、取り分け終わったぞ……何を見ている」

 

「いや…その…“はし”?という物を余りに繊細に美しく使うものだから……つい見惚れていた」

 

「っ…ふん。誉めても何も出ぬわ」

 

 

少し照れ臭そうにしているが、そんなことは頬が少し赤く色づき俯くリュウマの反応を見れば一目瞭然なので口にせず堪能しているのだが、ここまで胸をキュンキュンさせるならば男より女に生まれ、自分が男として生まれた方が良かったのではないのかと思えてきた。

 

……心の片隅で今度は“性別を入れ替える”魔法を作らせようと密かに画策したオリヴィエに、何やら不穏なナニかを感じ取ったリュウマは又してもジト目を向けた。

 

 

「今良からぬことを考えたな?」

 

「良からぬこととは?」

 

「……まぁいい。それよりも腕が疲れる、早う食べぬか」

 

「分かった分かった。……うん、美味いな」

 

 

向けられた箸に摘ままれた魚の切り身を口に含め噛み締めれば、身から程よい魚の脂が気にならない程度のみ溢れ出て旨みの爆発を発生させる。

 

美味しそうに満喫しているオリヴィエを余所に、茶碗に手を付けているリュウマは中から白く耀き湯気を放つ白米を一口サイズで取り、オリヴィエの口元に持っていく。

 

この時でも箸で取った物が落ちても大丈夫なようにと、空いた左手を下に添えている行儀の良さは流石と言わざるを得ない。

 

だが悲しきかな(2回目)…端から見れば甘える夫に仕方なく付き合ってあげている良妻にしか見えない。

 

 

「魚は米と共に食べるのが合う。試してみるが良い」

 

「なんと……おぉ…!確かに美味い!」

 

「そうであろう?……ふふふ」

 

 

余りに美味しそうに食べていくオリヴィエに釣られ、つい自分が食べることも忘れて口に運んでいき食べさせる。

 

程なくしてオリヴィエが東の大陸ならではの料理に舌鼓(したつづみ)を打ちながら食べ終えた。

 

リュウマの体なのでこれしきの量で満腹感など毛ほども感じないだろうが、食べたことは食べたので満足感を感じているようだ。

けれども、満足感に浸ろうとも体を拘束する右手が健在なのは変わらず。

 

どれだけ引っ付いていなければある意味満足感を得んのだ…と思いながら、そろそろほんとに腹が減ったので自分の分の朝食に手を付けた。

 

 

「“いただきます”」

 

「……なぁ貴方?」

 

「もぐもぐ…ごくっ……。何だ、食べている最中に話しかけてくるな」

 

「だが気になってな……その“いただきます”とは何なのだ?先程も貴方のお義母様とお義父様が言っていたが」

 

「何やら不穏な言葉が…。そうか、お前の大陸では言わぬのか」

 

 

イソイソと魚の骨から身を剥がす作業に勤しんでいたリュウマに、オリヴィエは気になっていたことを質問した。

自分の国では食事をする前に対して、いただきますという言葉を言う習慣が無いので疑問を感じたのだ。

 

習慣が無い以上知らないのは当然かと納得した。

然れど、無知蒙昧とは言ったものか、知らないというよりは知っておいた方が良いだろうと考えて、目で疑問を投げかけてくるオリヴィエに教えてやることにした。

 

食べていた最中だったので手に持っていた箸を、元々箸の下に置かれていた箸置きの上に一度置く。

オリヴィエの膝の上だが背筋を伸ばして佇まいを整える。

 

 

「良いか?“いただきます”というのは、食事を始める際に東の大陸では使われている挨拶だ」

 

「ほう…そうなのか」

 

「うむ。挨拶と言っても、感謝を示すということを言葉にしたというものだがな」

 

「それは誰に対してだ?作った者に対してか?」

 

「惜しいが、少し違う。山から採れた恵みに海から獲った(さち)、育み収穫した恩寵に、それらを成り立たせた自然からの恩恵。他にも食物を加工し料理として出した料理人という全てに対してだ。どれか一つでも欠ければ成立しない事柄に対し、与えられる者達は感謝をせねばならぬ。それ故に“いただきます”と呼称する」

 

「ほう…成る程な」

 

 

今まで出された物に対して美味いか不味いか、食えるか食えないかとしか考えてこなかったオリヴィエからしてみれば、リュウマが語る“食べ物やその他に対してのありがたみ”とは何たるかの言葉には目から鱗が落ちる思いだ。

 

 

「無論、食べ終えた後にはいただいたぞという事の表れとして“ごちそうさま”という。これは食材の命を奪い己の血や肉に変える物を貰ったということで“馳走になった”ということから丁寧語を加え“ごちそうさま(御馳走様)”という言葉になったのだ。知っていて損無き事だ。頭の片隅にでも入れておくが良い。所詮は我々の風習と化している事柄故」

 

 

そう言い終わったリュウマは再度向き直り、箸を手に取って冷めかけた朝食を取っていく。

膝の上に載せている故にリュウマの事を背から見つめていたオリヴィエは、やはりリュウマは頭も良く食に対する有り難みというものを辨えているのだなと感嘆していた。

 

何かとフォルタシア王国を狙ってきた国の兵士などを大量虐殺している血も涙も無い王かと思われるかも知れないが、リュウマは歴とした一国を治める王である。

この程度の事は常識として知っているし、巷では賢王などと言われていたりする。

 

ただ、人外的力が目立ち冷酷非道なだけあってそうは見えないだけなのだ。

能力と価値観さえ抜きにすれば素晴らしい王なのだ。

 

 

「ごちそうさま」

 

「さて、食べ終わったところで…何かしないか?」

 

「何かとは?」

 

「そうだな……久し振りに王戯などやってみないか?」

 

「ほう…?この我に王戯を挑むとは…泣き面掻いても知らぬぞ?」

 

 

因みに王戯とは、自軍側に配置された王と、それ以外の色々な役職を持つ駒を使って如何に相手の王を取るか…というもので、言ってしまえばチェスに似たものだ。

賢明なリュウマからしてみれば、戦いを挑んだ時点で手の上なので余裕の表情だ。

 

間が良いことに、リュウマの自室に丁度王戯が置いてあったので持ってきて、リュウマとオリヴィエで戦いを始めた。

 

 

「因みに、貴方が一つの駒を取られる毎に戯れ(セクハラ)1分だ」

 

「……は?待て、それだと我が圧倒的────」

 

「では開始だ」

 

「巫山戯るな!!」

 

 

この後合計3分セクハラを受けて官能的姿を晒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、この魔法は一体何時になったら戻るというのだ」

 

「さぁ?だが、今日中には戻る筈だ」

 

 

王戯の他にも世界的に普及されている知能的ゲームをやって興じていたリュウマとオリヴィエは、戦い続けること数時間後…全てにおいてリュウマが勝利を収めたが、オリヴィエが何かと負の悪い罰ゲームを出してくるのでその全てに引っ掛かっていた。

 

一刻も早く元の体に戻りたいリュウマとしては、制限時間さえ分かれば気が楽と言えば楽なのだが…如何せんオリヴィエでも知らないということで知ろうにも知り得なかった。

 

少しずつやることがなくなってきたリュウマとオリヴィエは、政務はここ数日分のを終わらせているので問題は無い。

であれば何をするかということになったが、王として過ごしてきた分リュウマはこういう時の時間の潰し方を知らなかった。

 

 

「あ、そうだ」

 

「……なんだ」

 

「近々ピクニックに行かないか?」

 

「ピクニック?」

 

 

突然の話題に驚きながら疑問符を頭の上に浮かべてオウム返しのように返す。

オリヴィエが言うには、自分の国の近くに推定樹齢1000年の大樹があり、その気が実らせる花は滅多なことでは咲かないという珍しい花なのでリュウマと一緒に二人で見に行きたいとのことだった。

 

ストレートに二人で見に行きたいと言ってのけたオリヴィエに、逆にリュウマが照れるという場面が有れど、そんな大樹があるというならば是非見てみたいと興味をそそったリュウマは、日取りが合えば考えてやると言った。

 

 

「ではその時は、是非とも私の国にも寄っていってくれ。最高のもてなしをし歓迎しよう」

 

「フン。一体何をされるか分かったものではないがな」

 

「ふふふ。二人きりなら未だしも、他に何者かがいる状況では私とて遠慮程度しよう」

 

 

本当にそうか…?オリヴィエならば敢えて他の人の目があるところで行って見せつけようとするのでは…と、先を読んでいるリュウマとは違い、オリヴィエは頭の中でその日を迎えるに当たっての準備などを頭の中で組み替えていた。

 

 

「ふむ…やることが無くなったな。また戯れてもいいが……」

 

「次やれば二度と口を聞かぬぞ」

 

「それは困る。……では昼寝でもしようか?」

 

 

そう言ってオリヴィエはリュウマの体でベットに寝転んでリュウマのことを手招きして誘った。

 

仕方ないと言った感じの表情をして溜め息も溢した後、リュウマはもっと端に詰めるように指示を出すとオリヴィエに既視感を感じる形で手首を掴まれ、3対6枚の翼と腕の中に入れられ抱き締められた。

 

 

「~~っ!ぷはっ…突然何をする!?」

 

「ふふふ。抱き締め合って寝てもいいだろう?まぁ、拒否されてももう遅いが」

 

「ハァ……」

 

 

溜め息を吐いているリュウマの事を背中に手を回すように密着して抱き締めたオリヴィエは、同じようにも翼を使って覆い尽くす。

 

自分で包むのとは違い、オリヴィエの体で包まれるとふんわりとした柔らかい感触と共に石鹸のような良い匂いがしてきて眠気を誘う。

覆われているのに全く暑くはならない不思議な翼に包まれたリュウマは、元は自分の体だというのに何時しか眠ってしまっていた。

 

 

「……zzz」

 

「ふふふ。おやすみ…貴方」

 

 

何だかんだ大凡の元の体に戻るまでの時間を知っているオリヴィエは、眠って少ししたら体が元に戻るので、リュウマの腕の中から出て来れるように軽く腕を回す程度にしておいて浅い眠りに着いた。

 

時間にして約1時間後……入れ替わった時に放たれた光が二人を包み……元に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

 

思った以上の深い眠りについていたリュウマは、日が昇りきってカーテンの向こう側から差し込む日差しに目を刺激されて眠りから覚めた。

 

起き抜けなので背伸びをすると、背中に有る翼までもが伸びきった。

はたと気付き、そういえば体が戻っていると思い全身を隈無く確認すると安堵の溜め息を一つ。

それと同じにオリヴィエが消えていることに気が付き、逃げられたかと悟った。

 

 

「チッ…我のことを矢鱈と弄んだ借りを返してやろうと思っていたものを……む?」

 

 

────カサッ

 

 

起き上がろうとして手に紙の感触がした。

何故こんな所にと思いながらも掴み取り、何の物なのか読もうと目を向けると……差出人はオリヴィエからだった。

 

内容は何てこと無く、気持ち良さそうにしていたから起こさないように忍び足で出て行ったとのこと。

そして近々、一緒に大樹の花を見にピクニックに出掛けよう♡という内容であった。

 

 

「フッ…仕方の無い奴よ。盛大な美味なる料理を振る舞えば此度のことは水に流してやるとしよう」

 

 

何だかんだ……少しだけ…ほんの少しだけ楽しめた日であった。

 

 

「さて…、今日の政務をやってしまうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ♪リュウマと二人で出掛ける…楽しみだ」

 

 

 

 

 

 

 

 




手紙を送る話を最初にしたら矢鱈と長くなりました笑

今このリュウマ物語を書き終えたら何を書こうか迷っててですね……(リュウマがいる故の)全宇宙絶望ルートのドラゴンボール話なんて如何か?笑

ドラゴンボール好きな方々から反感凄そうですね……。

ここは一度書いてみたかったフェイトゼロですかね…。

グランドオーダー?……どのタイミングでどの英霊を出せばいいのか分からないし喋り方迷子になりそうなので……。



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第拾刀  近付く日



もうそろそろ過去編終わらせたいですね…。




 

リュウマとオリヴィエの体が入れ替えられた日から3ヶ月経った頃。

約束していた通り推定樹齢1000年の虹彦(こうげん)大樹の花見ピクニックは恙無く行われ、滅多なことでは咲くことが無いと言われた虹色に輝く花が咲き誇り満開となるところを見てきた。

 

ピクニックならば弁当が必要だということで、自分の国にいる選りすぐり料理人に弁当を作らせるのではなく、リュウマを堕とすにはやはり自分の力を使わなくてはというお義母様(マリア)の助言に則り自作の弁当を持っていった。

さていざ実食…!となった時のリュウマの反応は忘れられない。

 

何分(なにぶん)料理等したこと無く、既存の料理人に手解きを受けながら完成させた料理をリュウマは口に含んで食べた。

初めての料理でそこまで美味いものは作れていないと落ち込んでいたところ、リュウマの口から出て来たのは“美味い”という言葉だった。

 

え?と聞き返したオリヴィエの言葉に首を傾げながら、リュウマは再度美味いと口にして引き続き料理を食べ勧めていった。

 

確かにプロの料理人が作った物よりも見た目は少し歪な物が入っていて、一目見ればオリヴィエが作った物だという事が分かる。

故に傷つけないように美味いと言ったのではなく、食べて本当に美味しかったから“美味い”と言ったのだ。

料理人が作ると、『作らなくてはならない』という気持ちで作るのだが…オリヴィエはただ『リュウマに食べて欲しい』という気持ちで作った。

 

だから食べてみて一口で温かく感じる味を感じたのだ。

料理人が作るのとは少し違う…もっと食べたくなるような味がした料理を、リュウマは全て平らげてオリヴィエを喜ばせた。

量はリュウマの母であるマリアから、リュウマが大食漢であることを教えられていたので山ほど作った。

 

量も味も満足したリュウマは何か一つお返しをしようと考え、度が過ぎたものでなければ叶えると提案した。

すると、オリヴィエは少し迷ってから何時もとは違い、俯きながら小声で帰るまでの間手を繋いでいて欲しいと言ったのだ。

 

何時ものオリヴィエっぽくない、しおらしいオリヴィエのギャップにやられ、密かにドキッとしたリュウマは、その願いを了承して手を繋ぎながら飛ばずに徒で帰った。

 

 

「貴方の手は大きく…温かい」

 

「お前の手は小さく…柔らかい」

 

 

二人の間では、穏やかな雰囲気が生まれては暖かな風が包むように吹き抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方は紅茶は飲めるのか?」

 

「飲める。我に好き嫌いはないからな」

 

 

ゆっくり時間を掛けてきて手を繋ぎながら帰ってきたリュウマは、前にオリヴィエが城で歓迎すると言われた通りに歓迎され、城の中庭にあるオリヴィエが育てている花が一眸できるテラスにいた。

 

昼前に花が咲くということで少し早めに行って昼過ぎて少し…3時頃なので丁度良いおやつの時間だ。

 

こうなることを見越して予め城の方で色取り取りの一口大のケーキ作りにも励んでいたオリヴィエは、作っておいたケーキと紅茶を使用人に持ってこさせて二人の間に置かせた。

数時間前に食べた弁当と同じ様なものを感じ取ったリュウマは、一目でこのケーキもオリヴィエの手作りであるということを看破した。

 

早速いただこうと手を伸ばし一つ摘み取って口の中に入れようとしたところで……テーブルに肘を置いて手を組み、その上に顎を載せながらリュウマの姿をニコニコしながら見ているオリヴィエに気が付いた。

 

 

「……どうした」

 

「いいや?気にせず食べてくれ」

 

「……そこまで見られていると食い辛いのだがな」

 

「ふふふっ」

 

 

言っても見ることを止めないことに諦めてケーキを食べ始めた。

形が不揃いなだけで味も美味しい上に、大きさが一口サイズなので気軽に食べられる。

量も次から次へと使用人が運んでくるところを見ると、オリヴィエは相当な量を作っておいたということが窺える。

 

態々作って貰ったものを残すことはしないリュウマからしてみれば、沢山食べられて美味しいので一石二鳥である。

 

嬉しい気持ちなどになるとつい無意識にやってしまう羽のパタパタを見て、お義母様(マリア)から教えられた通りだ…!と、鼻血を出しそうになっているオリヴィエに、手に取ったケーキをオリヴィエに差し出した。

 

 

「口を開けろ」

 

「ん?………え?」

 

「早くしろ。食わせてやる」

 

「ぁ…ふふふっ。ありがとう」

 

 

あのリュウマが……誰にも言われずにオリヴィエに直接あーんをしている。

 

この光景をフォルタシア王国にいる大臣達が見れば大きく口を開けて驚き、目を溢れ落としそうな程開けて驚くだろう。

そのような希少価値の高いリュウマの姿にうっとりとした表情をしながら差し出されるケーキを食べた。

 

何度も味見をして、完成してから味の最終確認に二つ程食べた自作のケーキは……その時食べた味よりも格別に美味しく感じられた。

 

リュウマもリュウマで、嬉しそうにするオリヴィエを見て頬を緩めていた。

 

今まで大臣に結婚はまだか、この候補の方ならばどうかと勧められてきたが、そのどの女性達よりもオリヴィエと居た方が疲れた体や精神等が和んだ。

女っ気が全く無く、世間から難攻不落と言われたリュウマが……確かにオリヴィエに対し好印象を持っているのだ。

 

一体何の因果か分からないが互いの魔力のみが弱点であるという特異な存在故か、互いが互いを引きつけ合うという状況に敷かれたレールの上を進むように相手を決められている感じが合って快く思っていなかったリュウマでも、今ではそれでも構わないのでは?と、かなりのところまで来ている。

 

後は、リュウマの持論である「会って間もない者同士の間の結婚等に愛は存在しない欺瞞の巣である」というものから、オリヴィエは後は年月さえおいてしまえば大抵の条件をクリアする。

 

勘違いと擦れ違いから生まれてしまった4人の王の戦いの際、確かに全力を出したオリヴィエは同じくして全力を出したリュウマにバルガスもクレアと同じく敗北してしまったが、リュウマがアルヴァとマリア以外の相手に全力を出すというのは初めてなので「我より強き者としか結婚はしない」という条件は有っても無いようなものと化している。

 

そういう点で言ってしまえば、オリヴィエという女性はリュウマを最も攻略したと言っても過言でもない人物なのだ。

 

 

「おかわりも有るが…どうする?」

 

「いただこう」

 

「ふふふっ。召し上がれ」

 

 

 

そして……時は約2年程跳ぶことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人間がァ…!崇高たる我々ドラゴンに楯突いた事…後悔するがいい…ッ!!」

 

「吠え終えたならば早う逝ね」

 

 

約2年経った今…リュウマは22から御年24へとなり、元々王としての仕事は完璧だったが向上心と民を思う心で更なる王として磨きが掛かっていた。

 

オリヴィエとの仲もとても良好であり、リュウマはそろそろオリヴィエとの付き合い方も良い意味で考えねばならないと言っていた。

この時の大臣達の喜びようと言ったら…形容しがたい程のものがあった。

長年の時間を掛けてきてリュウマのことを完全にとは言わないが、あと少しのところまで攻略したオリヴィエもリュウマからのその話が持ち上がった時は、心の底から嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 

ノリノリである大臣達があれやこれやと仲が一気に進展するための準備を裏で進めていく一方で、リュウマは違う件について頭を悩ませていた。

 

それが──────

 

 

「オイッ!ドラゴンともあろうオレ達が、高々人間如きに後れを取ってどうする!?」

 

「後れを取るのではない─────貴様等如き蜥蜴共には打ち倒すことは叶わぬ夢であるのだ」

 

 

近年になり矢鱈と国へ攻め込んで来るドラゴンの相手に四苦八苦しているのだ。

 

別段今更ドラゴンにやられるようなリュウマではない。

しかしここ最近のドラゴンからの襲撃の数が増加していく一方であり、リュウマは襲ってきたドラゴンを一掃する為に出張り、王としての仕事を中々出来ないでいるのだ。

 

兵士達に任せようにも、これでも最初の内は任せていたのだが……初めの内はリュウマから教わったドラゴンの弱点や有効的な攻撃などを教わり勝利を収めてきた。

だが……やはり数が多い。

 

決して弱くない、いや、弱肉強食のこの時代ではドラゴンの持つ力は凄まじい限りで…苦戦を強いられながらも勝ってきたのだ。

戦いが終わり鋭気を休めるために休んでいれば、更に違うドラゴンの大群が押し寄せてくる。

休むことすらままならない状況で連戦は流石に無理だ。

 

そこで今まで兵士達に任せていたリュウマが出て来てはドラゴン達をあっという間に殲滅するのだ。

 

 

「『縁竜の咆哮』ォ─────────ッ!!」

 

「鬱陶しい。『皆死邪眼(みなしにのじゃがん)』」

 

 

眼に映る大凡の三十匹のドラゴンを一度に殲滅し殺したリュウマは、今朝に大臣から受け取った報告書の中に他の国にもドラゴンが攻め込んで来ているという報告を読んだ。

 

何を隠そう…襲われているのは何もフォルタシア王国だけではなかったのだ。

東の大陸を治めているリュウマの元には東の大陸に建国している国々から、今どんな状況にいるかという報告が事細かに送られてくる。

これは何か不都合があった際に代表として解決策を立てなくてはならない為である。

 

 

「砲門全門発射用意ッ!!」

 

「全門発射準備完了でありますッ!!」

 

「新たに現れた目前の蜥蜴共に竜撃砲を全弾発射ッ!!放てェッ!!!!」

 

「目測上20匹中15匹に命中ッ!!しかし着弾した目標は今だ現在ですッ!!」

 

「体勢が崩れれば良い───『殲滅王の永宝(ゲート・オブ・アルマデウス)』」

 

 

空に展開された大凡1000門の黒き波紋から数々の武器が雨のように降り注ぎ、下でバランスを崩していたドラゴン達の悉くを殲滅し終えた。

かれこれ6時間は戦い続けているリュウマは、疲れてはいないものの苛立ちを感じていた。

 

フォルタシア王国の聳え立つ壁の上に設置された大砲には二人で一つに着いていて、これは直接戦うよりも体力は使わないのでリュウマのサポートとして兵士が代わる代わる交代して就いているのだ。

あくまでサポートであるのでドラゴンを1発で倒しうる事こそ無理な話しだが、こと怯ませるという面においては良い結果を出している。

 

 

「チッ…何故こうも襲い掛かって来るドラゴン共が増えた…?半月前までは居たとしても一月に一匹程度であった筈だ。……何が起ころうとしている?」

 

 

疑問が尽きないリュウマは目の前に居る鬱陶しいドラゴン達に殲滅魔法を放ちながら苛立ちを隠そうとしない言葉で吐き捨てる。

国を…民を傷付ける存在は例え神であろうと決して赦しはしないリュウマからしてみれば、このドラゴンの侵略は排除すべき事柄。

一刻も早く原因を突き止めなければ、この無駄に面倒な戦いが終わらない。

 

 

「隙有りだ人間がァ…!」

 

「チッ…まだ息の根があったか…!」

 

 

 

「至高天─────『閃鋼(せんこう)』」

 

 

 

「ぁ……が…アァ……─────」

 

 

 

「……母上?」

 

 

背後から不意打ちを狙ってきたドラゴンに光り輝く斬撃が飛んできて真っ二つに斬り裂いた。

 

己を置いてこんな芸当を出来るのは限られてくる。

であれば、見覚えのある斬撃に気が付いたリュウマからしてみれば、この斬撃を放ったのは必然的に己の母たるマリアのみとなる。

 

 

「ダメよリュウちゃん。戦場で考え事なんてしちゃ」

 

「申し訳ありません。しかし……何故母上が?」

 

「何故って?愛しい息子がずっと戦い続けているのに、私だけ何もしないで城の中に居るなんて耐えられないもの」

 

「……出来るならば安全な場所に居て貰いたかったのですが…父上は何をしていますか?」

 

「アルヴァ?アルヴァなら長年開発していた魔法があと少しで出来上がるって言ってラストスパートに入っているわ」

 

「成る程…我が幼児の頃から創り上げようとしていた魔法が、遂に完成を迎えるのですか」

 

 

何だかんだ言って己の小さい頃から開発していた魔法がどういうものなのか教えて貰っていないリュウマからしてみれば、その魔法のお披露目が楽しみである。

本人が言うには世界には公表せず、使わないことを祈るとだけ言っていた。

態々使わない魔法を作るとは…一体どんな魔法なのか気になりながら、アルヴァの魔法への追求はやめておいた。

 

心の中で完成するといいと考えながら、この場に居るマリアをどうやって城の中に戻って貰おうかということも同じに考えていたリュウマは、上から急降下して向かってくるドラゴンに刀を構えた。

すると、隣に居るマリアも同じく構えたので溜め息を吐きながら薄く笑った。

 

 

「如何しても戦うようですね?」

 

「うふふ。勿論よ」

 

「仕方ありません……では─────」

 

 

 

「「─────合技ッ!!」」

 

 

 

まるで鏡のように左右非対称の構えを取ったリュウマとマリアは、上に居るドラゴン達の群団に向かって刀を踊るように舞いながら振り下ろした。

 

 

 

「「──────『愉しみ躍る我が剣舞踏界(ファンタズマ・ソードフェスティバル)』」」

 

 

 

飛び交う斬撃が四方八方から不規則にドラゴン達に迫り、硬い鱗など知らぬと言わんばかりに斬り裂き、十匹居たドラゴン達の群れはリュウマとマリアの斬撃によって只の落ちてくる肉塊に変えられてしまった。

 

それでも、遙か上空からは更なるドラゴンの群れが押し寄せてくる。

倒しても倒してもきりが無い状況に、リュウマは盟友たるオリヴィエ、バルガス、クレアを交えて情報交換をしようと決めた。

 

左の白翼で手紙を創造して懐に入れてある羽ペンを取り出し、魔力で操って触れずに内容を書き綴っていく。

 

 

「母上、明日に我は盟友達と情報の交換をして来ます。故に申し訳ありませんが明日だけは国を守護してはくれませんか」

 

「あらそう?それなら任せておいてちょうだい。最近運動不足だったから滾るわ♪」

 

「……怪我の無いよう気をつけて下さい」

 

「大丈夫よ。そこまで前には出ないから」

 

 

言い終わるや否や、直ぐそこまで来ていたドラゴンの群れに突撃をかまし斬殺し始めた。

その間も絶えず浮かべる微笑みは見る者襲われている者を恐怖させる。

返り血すら浴びず鮮やかに優雅にドラゴンを屠るその姿はやはり、いくら時が経とうと『戦女神』に相応しき姿だ。

 

言ってる傍から前に出て嬉々とドラゴンを屠る姿に二度目の溜め息を溢し、明日己が居ない間は本当に心配になると感じた。

別にマリアが今更ドラゴンに後れを取ってやられるとは露程も思っていないが、物事には若しかしたらということがある。

それらを考えるとどうも不安を感じざるを得ないのだ。

 

況してや今はよく分からないドラゴンの軍勢に攻撃され続けているというのだ。

 

 

 

今の現状を言葉に表すならそう─────ドラゴンと人間による戦争だ。

 

 

 

「……って母上!?前に出すぎです!」

 

「えー!?聞こえないわー!!」

 

「前に……って聞こえていない!?母上!母上ーー!!」

 

 

取り敢えず前に行ってしまったマリアを追い掛け、後ろから不意打ちをしようとしていたドラゴンの顔を殴って爆散させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────翌日

 

 

「わっりー。途中で蜥蜴に絡まれて遅くなったわ」

 

「……ならば…仕方ない」

 

「無傷なのは相も変わらずだな」

 

「……うむ。揃ったところで早速話を始めよう」

 

「「「─────応」」」

 

 

己が治める国の防衛については、今日に限っては自国の兵士達に任せて集まった世界の4強は、リュウマが寄越してきた手紙の内容を読んで同じくと集まった。

リュウマの他の三国でもここ最近同じくしてドラゴンが襲い掛かってきているのだ。

 

余りにも不自然極まりない事態に気を良くしていない王達は、この現状が如何なるものなのかについて話し合う。

 

 

「本題を出さずとも各々が理解しているだろう事柄…ドラゴン共の襲撃についてだ」

 

「オレの大陸にはとっくに来てるぜ。それも、オレの国に直接襲撃して来やがる」

 

「……余の方にも…一月前から来ていた」

 

「私の所にも一月前からだな」

 

「…何?我の所にはつい最近来たぞ。……我の所にはお前達よりも遅れて来たということか」

 

 

早速他とは違うという事が判明した。

バルガス、クレア、オリヴィエの所にはとっくに来ては襲撃しているという。

だというのにリュウマの所には本当につい最近来たのだ。

 

ふむ…と顎に手で擦りながら考えているリュウマを見て、クレアはリュウマの所には“あの話”がきていないのではないのかと不審に思い質問してみた。

 

 

「おいリュウマ」

 

「…む?なんだ」

 

「お前ん所の国のどれかに珍しい魔法の有無の話は来てたか?」

 

「……珍しい魔法?」

 

「……その様子だと来てねぇんだな」

 

 

首を傾げているリュウマを見て完全に察したクレアは、2週間前位に中央の大陸に建国しているとある国で開発されたという魔法についての情報が回ってきていた。

東西南北に位置するこの場にいる王達が治める大陸とは違い、独立している大陸が中央に位置する大陸だ。

 

今…その大陸では人間とドラゴンによる戦争が開戦されている。

特に状勢は、人間とドラゴンが共存して生きていこうと考えている共存派と、人間は食べ物であり弱者であると考えている否定派の二つに別れていた。

共存派のドラゴンは人間と組んではいるものの、リュウマ達が次々に易々と屠っているので失念がちだが…ドラゴンとは元々人間には手に負えない程の絶対捕食者だ。

 

いくら手を組んでいると言っても人間にはドラゴンの相手は出来ず、共存派のドラゴンは人間を守り通しながら否定派と戦わなくてはならない。

一方で否定派は文字通り人間との共存の否定…当然の如く人間も狙う。

 

となれば共存派のドラゴンが余計な神経を使っている内に否定派から攻撃を受けてしまい追い込まれていく。

 

 

「報告によれば、追い詰められた中央のどこかの国がドラゴン…竜を殺すために作られた竜迎撃用である────『滅竜魔法』っつうのを開発したらしい」

 

「滅竜魔法……」

 

「あぁ。んでその魔法を人間が憶えて使うことで人間も戦争に参加……よって今は否定派と共存派が互角だそうだ。オレが思うにはそろそろ共存派が押すと思うぜ」

 

「ふむ…人間も戦争に参加する以上多勢に無勢…数で押され迎撃用魔法で弱点も突かれる…か」

 

「……それだけじゃねぇ」

 

「む?」

 

 

クレアが目を細め鋭い眼をしたのを見て、リュウマは他に懸念しなくてはならないことがあると確信し、クレアが内容を言うのを待った。

 

 

「滅竜魔法というのはドラゴン共を普通の人間が魔法でドラゴンを屠るもんだ。そんな便利な魔法が開発されて間もなく導入されたのに、デメリットの一つもねぇ訳がねぇ」

 

「つまり…何かあったのだな」

 

「……偶然余の所にも…報告が上がっている」

 

「私のところには昨日来たな」

 

「……一体何の話だ」

 

「多分だが、お前ん所にはドラゴンを攻め始めたのが遅かったから、報告も遅れてんだろ。今からオレがその内容を教えてやる」

 

 

己の所には何一つとして情報が回されていないというところに不快感を憶えたリュウマを余所に、他の3人の所には既にその情報が来ているという。

相当に重要な内容であった場合、それこそ情報の欠如は戦いに於いて戦略の欠如と同義。

 

このドラゴン襲撃について繋がる話ならば、聞いておかなくてはならないのだ。

 

 

「……滅竜魔法を憶えてドラゴンを殺し…只管殺した奴が……()()()()()()()()みてぇだ」

 

「………は?」

 

「……人間の歯は鋭く長い牙となり…爪は鋭利な鋭爪となった」

 

「人の道を外れたその者は、ドラゴンの力を手に入れドラゴンを無差別に殺し……今では人間も…遂には国を攻撃し壊滅させてやがる」

 

「……ドラゴンとなって理性を無くしたか?」

 

「分からないんだ。兎に角にも、私のところには最大限の注意をと報告書に推薦されていた」

 

「……ドラゴンを殺し…ドラゴン以上の力を手に入れた……力がかなりのものだと…思われる」

 

 

純粋なドラゴンとしての力では無く、元が強かったのだろう…そんな人間が更なるドラゴンの力を手に入れたとなればドラゴン以上の力を手に入れても不思議ではない。

元はと言えば滅竜魔法とはドラゴンを殺すためにだけに作られた魔法…それを人間と融合させて強靱なドラゴンの体と特性の膨大な魔力を手に入れれば、人間にドラゴンの力を掛け合わせるということになる。

 

戦えば負けることは無いだろうが、リュウマは他でもない王である。

民を守りながらとなると戦況は著しくないかもしれない…それらを踏まえてそのドラゴンとなった人間を警戒することにした。

 

 

「話を纏めると…我の所には最も遅くドラゴンの手が来た…そして今や戦争によってドラゴンと化した人間が国を滅ぼして回っている…と」

 

「まぁ…そんなところだな」

 

「……理解した。それならば我はこの話を各国に明け渡し警戒網を敷こう。お前達には感謝するぞ。お陰で欠如していた重要な情報を手にすることが出来た」

 

「別に良いぜ。オレ達とお前との仲だからな」

 

「……この戦争は…直ぐに終結する」

 

「終わったらまた…私達四人で宴会でも開こう」

 

「「「──────異議無し」」」

 

 

斯くしてリュウマは手に入れたかった情報を手に入れることが出来、中央の大陸に巻き込まれるように始まってしまった人間とドラゴンとの戦いが終わると、掛け替えのない友との久々の宴会に頬を緩ませた。

 

話し合いの席が終わり次第、国の兵士が頑張ってドラゴンと戦っている状態であるので直ぐに帰国するクレアとバルガスを見届けたリュウマは、自慢である大きな6枚の黒白の翼を広げて空へ飛び立とうとした。

 

 

「貴方。……少し待ってくれないか」

 

「むっ……なんだ?」

 

 

翼を広げたリュウマの背中に、オリヴィエが顔を埋めるように抱き付いた。

 

確かに会うときに抱き付いてきたりするが、そんなおふざけだったりする抱擁ではなく…腕を回して強く抱き締めるこれは…まるでこれからの別れに悲しんで引き留めようとしているような悲壮感感じるものだった。

 

 

「……どうしたのだ。お前らしくも無い」

 

「……分からないんだ」

 

「何?」

 

「分からないのだが…後ろから見た貴方の背が…余りにも遠くて私の前から消えてしまいそうに見えた」

 

「して、抱擁したと?」

 

「…うん」

 

「……気が済むまで好きにせい」

 

「……ありがとう」

 

 

暫くそのままオリヴィエはリュウマの背中にくっついて離れず、リュウマは翼から感じるオリヴィエの体温を感じ取っていた。

 

心を許さない者には決して触らせない翼に抱き付かせているのは、オリヴィエに心を許している証拠。

そんなことを微かに感じ取っているオリヴィエは尚一層リュウマの肌触りも抜群で柔らかく良い匂いの羽毛に顔を押し付けた。

 

……5分ほどが経ち、オリヴィエはゆっくりとリュウマから離れた。

 

 

「…ありがとう。では…また」

 

「うむ」

 

 

肩越しからオリヴィエを見て、フッと優しげな笑みを浮かべると今度こそ翼をはためかせ空へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

「何なんだ…この胸騒ぎ……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「父上、母上。ただいま帰りました」

 

「あら、お帰りなさい」

 

「おぉ、帰ってきたか」

 

 

城へと着いたリュウマは、門からではなく堂々と空を飛んで城のテラスへと降り立った。

王であるリュウマを態々確認する必要などないので、手っ取り早く飛んできたのだ。

 

窓を開けて部屋に入るとタイミング良くアルヴァとマリアが居り、リュウマのことを出迎えてくれたので怪我が無いことを視て確認すると密かにホッと一息しながら笑みを浮かべた。

 

 

「父上、母上。お伝えしたいことがあります」

 

「「??」」

 

 

首を傾げる二人の愛する両親に、顔を引き締めたリュウマは盟友から流して貰った情報を教えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほど」

 

「……中央でそんなことが…」

 

「えぇ、我等の所に来た時には既に他の大陸では戦争が始まっていました。遅く始まってしまいましたが戦争に変わりはありません。終結まで時間の問題ではあると思いますが、他にもドラゴンとなった人間の事が気がかりです。これから警戒網を最大限に上げますので父上と母上は出来うる限り城の外には出ないでいただきたい。もし万が一ドラゴンと化した人間が現れた場合我が出ます。その際に我の魔法に巻き込まれない保証がありませんので」

 

「……多分何を言っても曲げないのよね…」

 

「分かった。善処「極力ッ!お願いします」わ、分かった分かった…ははは」

 

 

ニッコリ笑顔で念を押されたアルヴァは額に汗を浮かべながらブンブンと頭を縦に振った。

マリアについても、昨日ドラゴンの群れの中に突っ込んで行ったことを丁寧語を使ってリュウマにしこたま叱られたので了承した。

 

二人の安全確保に成功したと判断したリュウマは、晩食の為先に風呂に入ると伝え部屋を出て行った。

 

しかし……話を聞き終えてリュウマが部屋から出て行った事を確認したアルヴァとマリアは誰が聞いているわけでも無いのに普段よりも小さめな声で話し始める。

もし万が一リュウマが戻ってきても()()()()()()()()()()()()()

 

 

「それで、アレは完成したの?あと少しなんでしょう?」

 

「えぇっとその事なのだが…」

 

「まさか……本当は全く出来ていないの?」

 

「は、ハハハ」

 

「本当に使えないわ」

 

「がふっ…」

 

 

マリアからの冷たい目線と毒舌に大ダメージを受けて蹲るアルヴァに、マリアは溜め息を吐き出して話を続けた。

 

 

「……()()()出来ないの?」

 

「いや、起動することは出来る。しかし…発動させたら最後…どうなるか私にも分からない」

 

「ハァ…リュウちゃんならそんなの簡単に創り上げるのでしょうね」

 

「うぐっ…申し訳ない…」

 

「何せ4歳になるときには稀少な魔法を創り上げたものね?」

 

「うぅっ…息子に最早()()全てで負けているッ」

 

「確かにね。リュウちゃんの方が頼りになるし強いし王としての仕事の質も量も貴方より優れているわね」

 

「ねぇ死体蹴りやめない?泣きそうだぞ私は…!」

 

 

少しだが皺の入っている顔の目尻に涙を浮かべてマリアを見上げているアルヴァのことを、特に気にしないマリアは変わらず冷たい目を向けている。

 

何時からこんなに冷たくなったんだと嘆いていると心を読んだマリアの貴方に対する態度はいつも通りよという言葉によって地に沈んだ。

意気消沈しているアルヴァを放っておいて、マリアは天井を見上げながら小さく呟いた。

 

 

「懸念していたドラゴンとの全面戦争…出来れば使わないことを祈るしかないわよね……」

 

「愛する息子は…我々の何にも勝ること無き宝だ。私達にはもう…あの子にはこの程度のことしか出来ないんだ」

 

 

2人の声は……悲哀の感情を孕んでいた。

 

 

 

 

 

 

 




元 『殲滅王の永宝』
     ↓
今 『殲滅王の遺産』

元は永宝でしたが、いつしかリュウマは名前を改変させて遺産と名付けました。

その話は……次回ですね。



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第拾壱刀  時代の終わり



リュウマの謎。

何故リュウマは400年の時を姿形変えず、まるで不老不死のように生きていたのか。




 

盟友との話し合いの席を設け、現状持っていないドラゴンと人間との戦争の情報を聴き終えたリュウマは、その事を両親に話し兵士達にも民にも話した。

兵士達は自分の役目を全うしてこその兵士だろうと、腕を上げて開戦の雄叫びを上げた。

もう一方の民達は戦わせる事は無いので、戦争に巻き込まれないよう絶対に国の外ないし家の外に出て来てはならぬとリュウマが厳命した。

 

民達は今それぞれの民家の中に入って外で行われている激戦を窓から覗き見ている。

従来の戦争ならば地を歩く人間が相手だったので決して見えなかったが、今回の相手は全部がドラゴン。

必然的に空中戦になるので民家から成り行きを見ていた。

 

 

なのだけれども……この戦いは始まって現在まで既に()()()()()()()()

 

 

実はリュウマが話し合いから帰って来た翌日から早速と言わんばかりにドラゴンの大群が攻めて来た。

今までの比にならない程の…それこそ空を埋め尽くすようなドラゴンの数に、いくら普通の人間の身体的スペックの数倍を持つ戦闘兵器一族たる翼人であろうと、夥しい量のドラゴンの前には恐れ戦いた。

 

だがそれは仕方のないことなのだろう。

相手は翼人一族の訓練された兵士数十人で同じに掛かって弱点を徹底的に突いてやっと勝利を収めることが出来る強敵。

普通にやって勝てるのは早々居らず、それは最早人間という種族をやめている者だ。

 

然れど幸いなことに、この国にはその人間という領域を突き出て…人間という種族でありながら人間を超越した絶対強者たる者が居る。

 

 

「何を恐れる──────我が()る」

 

 

フォルタシア王国第17代国王 リュウマ・ルイン・アルマデュラである。

 

国王たるリュウマは数歩後ろに下がってしまった兵士達に戦闘能力強化の魔法を施し、兵士ならば戦い敵を屠り首級(しるし)を掲げろと言った。

頼もしい限りの御方が後ろに居るではないかと、兵士である己等が及び腰で如何するかと、武器を握り締め翼をはためかせ空へと飛翔した。

 

 

然れど……現実はそう簡単にはいかない。

 

 

いくらリュウマの魔法の力によって強化されようとも、元はと言えば翼人一族であろうと人間だ。

戦い続ければ疲れるし、武器を持つ手は痺れ飛ぶ手段たる翼は羽ばたきの力を弱らせる。

程なくして兵士達はすべからく疲弊して退かざるを得ない状況となった。

 

 

そこで兵士達に代わって出て来たのが……リュウマである。

 

 

疲弊した兵士達を全員城の中に戻させ、代わりに出て来たリュウマは開始早々ドラゴン数千匹を魔法で灰に還した。

けれども、対するドラゴンの数は尋常な数ではないほどいるのだ。

殺しても殺しても湧き出てくるドラゴンに舌打ちを放ち、たった1人……ドラゴンの群れの中に飛び込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グオオオオオオオオオッ!!!!」

 

「何をしている!7日間もかけて何故1人の人間如き倒せん!全力でかかれェェェェェェッ!!!!」

 

 

知性を持たないドラゴンそのものとも言える者から、知性を持ち得ながら人間を忌み嫌う物達までの選り取り見取りとも言える状況下で、その全てが一斉にリュウマたった1人に向かって進軍した。

時にどんな人間がいるのか調べるために、仲間のドラゴンから調査を主としたドラゴンを派遣させたが、帰って来ずリュウマ達に喰われてしまったことを知っているからだ。

 

畳み掛けるように襲い掛かってから7日間……ドラゴンは誰一匹としてリュウマを倒しうる攻撃を与えた者はいない。

それは単にリュウマの戦闘力の底知れぬ高さ故かも知れないが、倒しうる攻撃を与えられていないだけで…あのリュウマにダメージを与えることは成功しているのだ。

 

 

「はぁっ…はぁっ…クッ……なんと往生際が悪く…諦めの悪い者共だ…はあっ…一体何万匹…屠られていると思っている……」

 

─────だがそれ以上に……やはり此奴等頭が切れる。

 

 

最初こそ何時もの御約束でリュウマの殲滅魔法を食らっては天井から落ちる埃のように地に墜ちていったドラゴンであったが、固まっているから範囲攻撃を食らうんだと気が付き一匹一匹の間を空けながら囲うようにリュウマを包囲し攻撃をしているのだ。

 

しかし何故リュウマがそれだけでここまでやられてしまっているというのだろうか?

実を言うと、何を隠そう─────国に防御壁を展開しているからだ。

 

 

廻り守護せん擬似太陽銀河(シュステーマ・ソラーレ・ギャラクシア)』……リュウマの底知れぬ莫大な量の魔力を抑える封印を全て外して初めて真の防御力を発揮する禁忌指定魔法。

 

これを発動して真の防御力を発揮した場合にリュウマの周囲で廻る球体の数は……大きく分けると九つ。

これらを一つ割って防御の膜を形成し初めて防ぐことが出来る代物だ。

やろうと思えば廻っている球体の状態でも攻撃を防ぐことが出来るが、この際は置いておこう。

問題は、国を守護させる為にそれらを全て使って広大な面積を持つ国を覆っているという事だ。

 

封印を全て外して使うということは…それ程の魔力を使用してしまうということに他ならない。

 

と、なれば…だ。

 

リュウマは今莫大な魔力を常に使用し続け、魔法を持続させる為に体内にある器官で魔力を同時に生成し持続させているのだ。

とどのつまり、リュウマは今満足のいく魔法を使えず殆どの攻撃を刀のみで行っているのだ。

強力な能力故にそれ相応の魔力を使ってしまっているリュウマからしてみれば、国を護っている以上誇りこそすれど悲観すべき事では無い。

 

 

「はぁっ…はぁっ……くッ……オォォ…ッ!!神器召喚!!人類反撃嚆矢(じんるいはんげきこうし)たる神器(弓矢)を今ここに顕現せん!!─────『朱き紅蓮の殺意(ゲノス・スキエンティア)』ッ!!」

 

 

弓矢を射るような構えをしているリュウマの手の中に現れたのは赤黒く…血で無理矢理弓の形に懲り固めたかのよう無骨な弓。

右手に握るはこれまた辛うじて矢形をしているだけの歪な矢。

この二つを重ね合わせて番え……目の前に広がるドラゴンに向ける。

 

 

「─────()()()()()()()()()人類の脅威から長年抗い続け死に逝った者共(人間)が抱いた恐怖・絶望・恨み・怨嗟・憎悪・殺意等といった負の感情を概念として抽出し固め形成した弓矢だ」

 

 

引き絞ると弓の表面に現れた幾つもの赤黒い顔が怨念のような声を上げ始める。

哀しそうに苦しそうに可哀相に痛々しそうに無念そうに声を上げる顔はしかし…表情は全て殺意が滲み出ていた。

 

 

「──────『敵を屠るは己が持つ殺意(アペイロン・ルューゲン・オプナーティオ)』」

 

 

放たれた弓は豪速で以てドラゴンを貫通────するのではなく…普通の弓から放たれた矢と変わらぬ速度で飛んでいった。

リュウマの前に居たが故に矢が飛んできたドラゴンは、この程度の速度などどうということはないと普通に避けた。

過ぎ去った矢はそのまま進み…進行方向を変えた。

 

弧を描くように躱したドラゴンの元へ()()()()()()()()()()()矢が突き進む。

追尾だったかと反省して鱗ある腕で振り払い粉微塵に変えた。

 

砕かれた矢は細かい欠片となって宙に散布され……元の形へと戻る。

元に戻った矢は二度目よりも速くなり、また振り払ったドラゴンの腕を弾き弧を描き戻ってくる。

ドラゴンは今更になって気が付いた。

 

避けたり砕いたりする度に更に強くなり戻ってくる。

 

 

これこそがこの弓矢の能力。

いくら避けられようと砕かれようと、その悉くを学び次へ繋げ相手の心臓にまで届くまで自己進化し続けるというものだ。

故にどれだけの事をしようが、一度放たれれば対象が死ぬまで何処まででも永遠に追い続けるという恐ろしいまでの執念による殺意。

 

 

「な、なんだこれ──────かっ…!?」

 

 

避けられ迎撃され続けてドラゴンの行動パターンと力を学んだ矢は、自己をそのドラゴンを殺せるレベルになるまで進化し……ドラゴンの心臓を穿った。

 

突き抜けた矢はそのまま他のドラゴンの元に突き進み、折られ砕かれ弾かれ燃やされ消され…最後は殺す。

止められないことを悟ったドラゴンは、術者たるリュウマをどうにかすれば消えるのではと推測してリュウマ本体を狙い来る。

 

 

しかし……そう簡単にリュウマは討ち取れない。

 

 

向かってきた三十匹居るであろうドラゴンに、柄に右手を当てながら飛翔し……すり抜けた。

擦れ違い様にリュウマは音を置き去る速度でドラゴンを一匹残らず細切れに斬り刻み斬殺。

反対の左手の平を向けて魔力の波動を放ち消し飛ばした。

 

攻撃し終わった瞬間を狙っていたドラゴンがリュウマの真下から突き上げるように狙って来たが、体を縦回転させて脳天に踵落としを決めて半分に両断した。

崩れ落ちて行く前に死んだドラゴンの肉を掴んで引き千切り口に持っていって食い千切るように喰った。

 

 

ぐちゃッ…ぴちゃッ…ごちゅッ…ごきゅッ……

 

 

口の端からドラゴンの血を滴らせているリュウマは黙々とドラゴンの肉を喰らい()()()()()()()()

遂に手に持ったドラゴンの肉を食べ終えたリュウマは先程まで息が上がっていたというのに、息切れはなりを潜め顔は獰猛な笑みを浮かべていた。

 

見る人に恐怖を与えかねん恐ろしい形相をしたリュウマに、ドラゴン達も一歩を踏み出せずに居る。

リュウマが生まれながらに持って生まれた特殊能力が一つ。

 

 

──────『狂い喰らう兇王(フルアウトイーター)

 

 

食べた物の鮮度や量によって体力を回復させる能力だ。

つまるところ、戦っている相手であろうと生きている生物に限り食べることで己の体力を回復し強化する事が出来る脅威的能力である。

だが食べられない物は確かに存在し、実体を持たない物や鉄等で出来た物も食べることが出来ない。

あくまで生物というものに対して働き回復させる能力でしかない。

 

ところがこの場合に於いては心強い力となる。

何せ……これだけ大量の()()居るのだから

 

勢いを取り戻したリュウマがドラゴンの群れに突撃して両断しては肉を喰らい血を啜り己が力の元とする。

先程とは違って勢いを取り戻したリュウマに混乱しているドラゴンを次々と食い殺していく内に、理性無きドラゴンがリュウマの魔法によって護られているフォルタシア王国に目を付けた。

 

広大な面積を持つフォルタシア王国の上空に覆うように展開されている膜に張り付いて一面をドラゴンで埋め尽くした。

中に居る民は破られる心配は無いと思うものの、流石に悲鳴を上げないことは無かった。

子供が泣き叫び母親が子供を抱き締め、家族を万が一入ってきた場合に備えて前に立つ一家の大黒柱たる父親。

 

餌が目の前にあるのに食べられない…この変な壁が邪魔をしているんだ……壊さないと…オレ達は…私達は……腹がヘッテイルンダ…!。

 

邪魔な膜を破ろうと鋭い爪や固く握り込んだ拳を叩きつけたり、脚で蹴破ろうとしたり鋭い棘を持つ尻尾を撓らせて鞭の要領で叩きつけたりして壊そうと試みるが失敗。

どれだけ薄くて透けて中が見えようと、発動しているのはリュウマの考察し創り出した禁忌指定魔法。

どれだけ攻撃しようと砕き割ることは出来ない。

 

 

────────ビシッ

 

 

────この時を除けば。

 

 

「──────ッ!?チィ…ッ!広げすぎて薄くなり脆くなったか…!!」

 

 

本来術者たるリュウマ1人を囲う程度しか出来ない球体を、国一つを囲うように展開した所為で全体的に脆くなってしまっていたのだ。

リュウマの体を封印を全て解除して包んだ場合ならば例え神であろうと罅すら入れることの出来ない絶対防御魔法なのだが……知性無きドラゴン達が偶然一斉に放った咆哮が一箇所に集中し小さいながらも罅を入れた。

 

小さな罅…然れど小さな罅である。

罅というのは砕ける前兆のようなもので、そこだけは他と違って一気に強度を低下させ破りやすくなってしまう。

膜に罅が入ったと感知したリュウマは急いでその場へ向かうと、隙有りと言わんばかりに数にして百匹は下らないドラゴンが罅に向かって咆哮を放つ予備動作を終えていた。

 

 

「「「「─────────ッ!!!!」」」」

 

「我が民には何人であろうと─────触れさせはせぬ!!」

 

 

一匹の咆哮ですら人間を数百人は消し飛ばせるというのに、この時にリュウマに放たれたのは百匹のドラゴンによる咆哮。

単純計算で強力な咆哮の100倍の威力を持つ咆哮(ブレス)が……両手を広げて仁王立ちしているリュウマに着弾し、リュウマは咆哮をその一身に受けた。

 

空中に居るというのに爆発の震動で地震に間違える程の衝撃が飛び交い、見ていた子供や母親の民達は悲鳴を上げて手で目を覆っている。

何も出来ない住人達は唇を噛み締めて悔しそうに手を握り締めていた。

己等の王が身を削ってまで足手纏いであろう己等を護りながら戦っている。

だというのに、文字通り何も出来ない己を恥ずかしく悔しく思った。

 

 

「ぁ…あぁっ……陛下っ」

 

「陛下ぁ…!!」

 

「お労しや…お労しやぁ…!」

 

「王さまぁぁ…っ!」

 

「い、いやぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

「がッ…!はぐッ……う…ごぉ…ッ……!」

 

 

体のどこも消し飛ばない、驚異的防御力を見せたリュウマではあるが、7日間の連続戦闘で初めて大きなダメージを受けてしまった。

せめてもと、翼を庇ったことで翼は煤で汚れながらにして健在であるものの、他のところがダメージを受けた。

 

魔力を纏わせることで防御力を上げる、基本的な防御姿勢を翼に費やしたことで他が疎かとなり、左腕の肌が黒く焼け爛れ体中の肉が露出し、血を滲ませている。

頭からも出血して決して少なくはない量の血が壁を伝う水のように流れていく。

 

 

「キシャアァアアァアアァアァアァ……ッ!!」

 

「ぐッ……ッ!!か…はっ…!」

 

 

 

「陛下ぁーーー!!!!」

 

「う…腕が…!」

 

「いや…いやぁ…!!」

 

「陛下っ…もう見てられねぇよぉ…!!」

 

 

知性無きドラゴンが一匹全速力で向かって来てはリュウマの右腕を食い千切っていった。

千切られた肩の断面から夥しい量の血を噴き出し、出血多量の所為で目眩がして膝を付いてしまう。

初めて見せた弱々しい姿に好機と狙ったドラゴンは、束になるようにリュウマへと迫ってきた。

 

 

絶体絶命とも言える状況で、リュウマは残る焦げた自分の左腕に─────噛み付いて肉を食い千切った。

 

 

意識が朦朧としていたところから鮮度は焦げて悪いが、口いっぱいに己の肉を喰ったので意識が明確になるまでは回復した。

己の肉を喰らう…完全に狂っている所業ではあるが…それ故の『狂い喰らう兇王(フルアウトイーター)』だ。

対象は何も敵だけではない…食べられれば()()()()()()()()()()

 

 

「嘗めるな塵共が────『人体媒介爆散(フィジカル・エクスプロージョン)』」

 

 

二度目となる左腕の噛み付きで食い千切らず、全力で引っ張り……左腕を毟り取った。

 

口に咥えた左腕を前の空間に投げ捨てると、もう目前まで迫っていたドラゴンの顔に当たった腕が光と共に泡が浮き上がってくるように膨れ上がり……大爆発を起こした。

 

寸前で膜に穴を開けて中に入り、同時に罅も直したリュウマはそれ以上のダメージを負うことはなかったが、痛々しい姿は変わらずである。

その間に爆発に巻き込まれたドラゴンは、迫ってきた分だけ爆発で四散し葬ることが出来たが…ドラゴンはまだまだ健在である。

 

 

「陛下ッ!!」

 

「陛下大丈夫ですか!?」

 

「す、直ぐに傷の手当てを…!」

 

「ママ…王さま死んじゃう?」

 

「死なないよ…っ?王さまは一番強いんだからっ…」

 

 

心底心配になっている民達はゆっくり降りてきたリュウマの周りに集まり、肩を貸そうにも腕が無いので貸せず、余りの出血多量に近付いて不用意に触れることすら出来ない。

如何すれば良いんだと混乱している民達に、リュウマは先程までの獰猛な笑みは何だったのかというような優しい笑みを浮かべて下がっていろと言った。

 

取り敢えず王であるリュウマの言葉に従って数歩下がった民達を確認すると、体中に自己修復魔法陣と肉体創生魔法陣を組み込む。

忽ち無くなった腕や爛れていた皮膚が治っていくことに目を白黒させている民達を尻目に、リュウマの体は全て元通りに修復された。

 

両手を開いて閉じてを繰り返して動作と感覚確認をしているリュウマは、何分腕が毟り取られるのと食い千切るのは初めての経験故の痛みで少し戸惑っていた。

襲ってきたり嘗ての大虐殺の時に人の腕や脚を引き千切ったりしたが、まさかあそこまで痛いとは思わなかった。

これならば拷問されれば訓練されていない人間は直ぐに情報を吐き出すなと…よく分からないところに感心していた。

 

 

「さて、また破られる前に一掃して─────」

 

 

 

と、ここでリュウマが遠くからそれなりの速度で何かが近付いて来ているのを感じ取った。

バルガスやクレアやオリヴィエよりかはないけれど、3人を除けばかなりの力と評せるだろう者が近づいていた。

 

一体何が向かって来ているんだと不審に思ったリュウマは魔法で視力を強化してその存在を見つけると納得した。

向かって来ていたのは黒い体に所々に水色の模様が入っているドラゴン…クレア達から聞いたドラゴンを殺しすぎてドラゴンになった人間であった。

 

何故特に特徴を言われたわけでもないのに気が付いたのかと聞かれれば悩むところであるが、敢えて言うならば他のドラゴンとは一線を画す魔力を感じたからだ。

そして極め付けが、その者の目が膜を破壊しようと悪戦苦闘しているドラゴン達に向かれていては、忌々しそうに…邪魔者を見るような目であったからだ。

 

 

「成る程。彼奴がドラゴンとなった黒竜か。ここに群がるドラゴンを葬った後はこの国でも墜とすつもりか?……させる訳がなかろうが塵め。他のドラゴン共と同じく地獄の底に葬ってやるわ」

 

 

周囲に群がりリュウマを見ていた民達に心配は要らないから家の中に入っているように命令すると、民達は素直に従い中へと入って行った。

誰も居なくなった道の真ん中で、数回翼を動かして準備運動をすると膝を折って大腿筋をみちりと軋ませ飛び上がる。

 

 

「リュウマ。少し待て」

 

「んッ…!……父上。飛び立つ瞬間に呼び止めないで下さい。勢い余って足を滑らせるところでした」

 

「それはすまんな。だが……緊急だ」

 

 

引き留めたのはリュウマの父であるアルヴァであった。

 

一体態々降りてきたところにまで何用かと、今は新たに現れた強敵を討ち取りに行かなくてはならないのにと心の中で思いながら振り向くと……嘗ての16代目国王のアルヴァ王の時と同じ引き締めた真剣な表情のアルヴァがいた。

 

後に言った緊急という言葉に、これは余程のことであると理解したリュウマは佇まいを直し背を向けて城へと向かって飛んで行ったアルヴァを追い掛けるように飛んだ。

 

 

もしこの時…アルヴァが何をしようとしているか知っていたならば…魔法で心を読んでいたならば…異変に気が付いていたならば……リュウマはアルヴァの後には付いて行かなかっただろう。

 

 

これは……リュウマが遭う悲劇の始まりの起因であり……悔やんでもやり直せない“時”であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、緊急というのは何のことですか?我が張り巡らせている膜から侵入した者でも居りましたか?」

 

「いや、リュウマのお陰で私達は誰一人として怪我を負っていない。心配しなくていい」

 

「そうですか。……では何故──────」

 

 

リュウマはよく分からないと顔に書かれている程疑問溢れる顔でアルヴァの背に視線を送った。

 

 

「何故──────父上の研究室に向かっているのですか?」

 

 

城の中に入って向かったのが、リュウマが幼い頃から存在していたアルヴァが魔法を研究開発を行ってきた研究室であった。

何故このタイミングでと思っていたリュウマに、振り向かずにアルヴァが説明を始めた。

 

 

「リュウマよ。私がお前の幼い頃から一つの研究テーマを元に魔法の開発を行ってきたのを憶えているな?」

 

「はい。我がどのようなものなのか問おうにも秘匿されてきたもののことですね」

 

「そうだ。そして今向かっているのは……遂に先程その魔法が完成したからだ」

 

「おぉ…!長年掛けてやっと完成したのですね。喜ばしいことです」

 

「…微妙に棘を感じたが…ありがとう。そしてその魔法の使い時が今…この時だと確信したからこそ研究室に向かっているのだ」

 

 

リュウマが以前聴いた時にアルヴァは、開発している魔法が完成しても世間に公表などせず秘匿し、出来るならば使わないことを祈ると言っていた。

ではこのタイミングで使用するということは、この国に群がりまだまだ向かってくる鬱陶しいドラゴンを一網打尽にするような兵器的魔法なのだろうと推測した。

 

数分歩くことで到着した研究室の中に入ると、他の研究者等は居らず寂れた部屋の中央に5人は入れそうな程度の大きさをした魔法陣が描かれていた。

これがその魔法かと察したリュウマは、近くによって魔法陣を見ると……確かに破壊系統の文字が刻まれた魔法陣だった。

 

 

「流し込んだ魔力を波動砲に変えて一気に撃ち出し空間をも破壊しかねない程の魔法だ。だが残念なことに、この魔法を放つには途方も無い魔力を注ぎ込まなければならない。リュウマ…お前の魔力が頼りだ」

 

「フッ…お任せ下さい。禁忌魔法を使用しております故に瞬時には終わらずとも、直ぐに起動するまでの魔力を注ぎ込みます」

 

 

頼もしく任せろと言って魔法陣の中に入り込んで魔力を注ぎ込んでゆく。

何時もならば莫大な魔力に物を言わせて直ぐに終わらせたであろう魔力の注入を、この日ばかりは他の魔法を使っているので中々送り込み終わらなかった。

そんな四苦八苦しているリュウマの姿を…アルヴァは眩しそうに見ていた。

 

気が付いたリュウマが如何したのかと問えば、首を横に振って何でも無い続けてくれと言った。

言った傍からよく分からない視線を寄越してくるアルヴァに首を傾げながら、リュウマは次々と魔力を注ぎ込んでいく。

こうしている間にも黒竜が到着して他のドラゴンを滅しているのだろうと多少の焦りを感じたリュウマは、更に搾り出すように魔力を注いだ。

 

時間にして3分程経ったその時……リュウマの足下に描かれている魔法陣が煌びやかな光を放って、一番外側の円の線がバリアのような膜を形成した。

 

 

「父上。これで良いので…!?…痛い」

 

 

発動したので一先ず指示を仰ぐ為に魔法陣の外に出ようとしたその時……光の膜に鼻をぶつけた。

何故閉じ込められるようになっているのか?と疑問に思ってアルヴァに声を掛けようとすると……アルヴァが優しい笑みを浮かべていることに気が付く。

 

直感で嫌な予感を感じたリュウマが問う前にふと足下の魔法陣に目が行きよく見てみると……魔法陣の下から新たな魔法陣が現れた。

リュウマが見た魔法陣はフェイクで、下に本命の魔法陣が隠れていたのだ。

どういうことだと思っていると、魔法陣に描かれている物が跳躍系統の文字であることに気が付き、ここで初めて全てを察した。

 

 

アルヴァは……己をこの場から違う安全な所に飛ばすつもりなのだと。

 

 

何だそれは?己がもう戦うことが出来ないと思っているのだろうか?この国で最強の称号を手に入れた己を?一番信じている両親が信じてくれなかった?この我を?

 

リュウマの心情と言えばこんな感じだろう。

呆れから次いで怒りを感じたリュウマは叫ぶように問うてやろうと、先ずはこの巫山戯た魔法陣を砕き割ってやろうと純黒なる魔力を纏った拳を振り上げた時だった。

 

 

「『─♪───♪──♪───♪────♪』」

 

「な…ぁ……母…上……?」

 

 

奥からリュウマからは見えない絶妙な死角からマリアが現れて歌を歌う。

すると振り上げた拳に纏う純黒なる魔力が霧散し、眠気が極限まで襲ってきたリュウマは、辛うじて意識を留めながら前のめりに倒れ込んだ。

 

倒れ込んだリュウマをマリアとアルヴァは見ていて、途切れ途切れになりながらもどういうつもりなのか問うた。

 

 

「すまないなリュウマ。これは()()()()()()()()()だ」

 

「『───♪───♪────♪────♪』」

 

「な…ぜ……」

 

「お前が戦い続けていた7日間の内5日目に、この国に住まう者達が私達に直談判してきたのだ。『どうか我等が王を助けて下さい』…と。優勢に見えるお前の戦いは、私達に国民がいることで戦いに集中出来ず…現に先程重傷を負った」

 

「で…すが……治し……!」

 

「確かに治した。お前のその素晴らしき魔法で。だが……()()()()()()()()()()()()()()()

 

「くっ……!」

 

 

痛いところを突かれたリュウマは言い返すことが出来ない。

いくらリュウマが世界の頂点に君臨するほどの力を手に入れようとも、護らねばならない存在がいるとなると力が半分以下に落ちてしまう。

事実先程も国を護るために動き、ドラゴンの総攻撃を真面に食らって死にかける程のダメージを負った。

 

 

「だからな?私達はこの戦争が終わっているであろう少し先の未来まで跳ばす」

 

「────ッ!!場所…ではなく……『時間跳躍』…!」

 

「そうだ。正式名称…時空間転移魔法陣。この魔法によってお前は未来に跳ばされる。しかしこの魔法はまだ未完成でな…どれ程の未来に跳ぶかも分からないし、跳んで成功しても何が起きるか分からない。だがそれでも……お前を生かすことに賭けた」

 

「我の…力……ならば…!」

 

「現状を打破出来ると?……リュウマ。お前は私達を甘く見すぎだ。早く終結すると言ったこの戦争…お前の見立てでも長くなり、お前が全力を出して7日間…未だに続いているではないか。お前が私達を安心させるために言ったことは分かっている。だからこそこの手なんだ」

 

「い…やだ……嫌…だッ!」

 

 

今まで互角の戦いを見せていたのは単にリュウマの力があってこその現状……そのリュウマが居なくなったとすればこの国はどうなるのか?

そんなこと……考えるまでも無い。

 

何せドラゴンを斬り殺すマリアは…リュウマより体力が無い…アルヴァは遠距離からの攻撃…夥しい量のドラゴンが相手では分が悪すぎる。

 

 

「……時間のようだな」

 

「待っ…てっ…!下さい…!必ず…や…勝利を…!!」

 

「ありがとうリュウマ。お前が我が子で……本当に良かった」

 

 

優しい微笑みを浮かべたままアルヴァは涙を流し、歌を歌い続けているマリアも、その目から涙を流していた。

どうにかしなければ、この魔法を止めなければと藻掻くリュウマの意志とは反対に…リュウマの魔力で起動してしまった時空間転移魔法陣が更に光り出し、中に居るリュウマの姿を覆い隠すような白い光が放たれ始める。

 

もうここまで来てしまった以上魔法の中断は不可能…完全に発動されてしまい、後は跳ばされるだけとなった時に、リュウマの力を霧散させていたマリアの歌が止み…リュウマは起き上がって魔法陣によって出来た見えない壁に手を突いて叫んだ。

 

 

「嫌だッ!!何故…何故こんなことをッ!!我が必ずや終わらせて見せます!!だからどうか…!…我を…置いて────」

 

 

最後まで言い終わらない内に……愛する父と母は暖かみ溢れる笑顔を息子に届けた。

 

涙でぼやけてしまう中……必至に叫んでいたリュウマの言葉を遮るように…アルヴァとマリアは……別れの挨拶を贈った。

 

 

 

 

「リュウマ……愛してる」

 

「リュウちゃん……愛してるわ」

 

 

 

 

「父上…ッ! 母上…ッ! 待──────」

 

 

 

 

魔法は発動しきり……リュウマはその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行って……しまったわね」

 

「……そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恨んでるかしらね」

 

「分からない。若しかしたら…怒り狂ってるかもな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しかったわね。あの子との生活は」

 

「あぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほんとうにっ…たのしかったわねっ」

 

「っ……あぁっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さいごに……だきしめてっ……あげたかったっ」

 

「もう…あの子の…っ…笑顔が……見れないっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほんとうにっ…っ……わたしたちには…っ……もったいないくらい…いいこだったわっ」

 

「…っ……あぁっ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの子は…ちゃんと生きていけるかしら…」

 

「大丈夫さきっと。何て言ったって─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達の 愛する息子なんだから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうねっ。あの子はとても賢くて…強くて…負けず嫌いで…食べ物が大好きで……常に皆の理想の王であろうと常日頃から欠かさず努力してきた…努力家ですもの」

 

「才能に溢れ…しかし驕る事もなく…慢心もせず…民の言葉に耳を傾ける優しき心…本当に良く育った」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれがリュウちゃんの言ってた元人間のドラゴンね」

 

「……戦線から身を退いた私達では…厳しいな。他にも何万匹もドラゴンが控えてる」

 

「そうね。でも、元王と元王妃としてやらなくちゃ。拒否許さずに送ったリュウちゃんに顔向け出来ないわ」

 

「フッ…そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リュウちゃん……」

 

「リュウマ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたに会えて…幸せでした

 

お前に出会えて…幸せだった

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃっ。気合いを入れて…最後の一仕事いきましょうか!」

 

「フハハハハハハハッ!!無論!!元とは言え、嘗てはこの国の王を名乗った私の力…その身に刻み込んでやろうッ!!」

 

 

 

 

 

「……その台詞いまいちね」

 

「……言わないで」

 

 

 

 

 

「貴方…?」

 

「マリア…?」

 

 

 

 

 

「「────愛してる」」

 

 

 

 

「愛する我が子の人生に幸あれッ!! 戦女神ことこの私…マリア・ルイン・アルマデュラが相手をしよう 至高天──────」

 

「フォルタシア王国元16代目国王アルヴァ・ルイン・アルマデュラが貴様の相手をしてやろう 天地孵すは(アルバトロス)──────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いい?リュウちゃん。食べ物は残しちゃダメよ?風邪を引くから布団はちゃんと掛けること。女の子には優しくすること。そして……未来は明るいんだと信じること。

 

いいか?リュウマ。魔法に必要なのはイメージだ。自分が魔法を使えることが出来る、自分には魔法を手足のように扱うことが出来る…そう思い込むことが大切だ。そして何より……自分という存在を見失わないこと。

 

 

 

 

 

 

「「心残りは……あの子の元気な姿を……見ていたかっ…た……な──────」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────んっ…こ…こは?」

 

 

仰向けに寝転んでいたリュウマは、瞼を開けて意識を覚醒させた。

 

何をしていたのかあやふやな所があり、暫くぼーっとしていたが……ハッとしてゆっくりと首を回した。

 

 

「ぁ……あ……あぁ………あぁぁあぁ……!」

 

 

そして眼に映ったのは─────黒い煙を出して崩れ去っているフォルタシア王国であった。

 

 

「嘘だ……ウソだ……うそだぁ……!」

 

 

顔を真っ青にしたリュウマは力無く立ち上がり…ふらふらとした足取りで崩れ落ちて瓦礫となった壁を乗り越えて国の中に入って行った。

 

しかし……何処を見渡しても何も無い……あるのは燃えて灰となった家だったような物ばかり。

遠くに見えた筈の聳え立つ城は崩れ去り…殆ど残っていない。

 

 

「…か…誰かいないか……誰かいないか…!!」

 

 

声を張り上げ己がまだここに居ることを示すが……誰も答えず。

 

代わりに答えたのは……瓦礫の隙間を通り抜けるそよ風だった。

 

 

「これは…夢だ……夢に違いない……は…ははっ…はははははっ」

 

 

目の前の光景を信じられず、心の防衛機能として夢であると…これは悪い夢であると思い込もうと、膝を付いて崩れ落ちた時だった。

 

 

風に運ばれ……1枚の羽がリュウマの手元に飛んできた。

 

 

壊れ物を扱うようにそっと手にしたリュウマは、誰のかも分からない…煤で黒く焼けて色すらも分からない、その羽一枚を眺め続け……目に涙を溜めた。

 

 

「夢じゃ……ない……。これは現実……現実だ……」

 

 

翼人一族最後の生き残りになってしまった事など…頭から飛んでいた。

 

ジッとしながら空を見上げていたリュウマだが、少しずつ震え始め…顔を手で覆い……絶叫した。

 

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙───────ッ!!!!!」

 

 

後にも先にも……これ程悲哀し絶望するリュウマはいないと断言できる。

 

 

今のリュウマは……壊れかけていた。

 

 

「───────ドラゴン。全てドラゴンの所為だ。そうだ…ドラゴン……早く……早く早く早く………」

 

 

 

 

 

 

 

 

殲滅(皆殺しに)しないと

 

 

 

 

 

 

 

 

どす黒いおどろおどろしい真っ黒な瘴気を放つリュウマは……光を宿していない瞳で…空へと……飛んだ。

 

 

リュウマは7日後に跳ばされ……ドラゴンの残党狩り…又の名も……殲滅を開始した。

 

後にこのことは歴史に書き記されることとなる。

名も知らぬ男が…戦争終結から7日後……生き残りのドラゴンを皆殺しにした…と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「や、やめてくれっ…私達は君達人間と共存を考えて戦って──────」

 

 

「──────逝ね」

 

 

 

 

 

 

「ま、待て待て!せめて子供は…子供だけは…!」

 

 

「──────逝ね」

 

 

 

 

 

 

「おかあさん…こわいよぉ…」

 

「大丈夫…!大丈夫だから─────」

 

 

「──────逝ね」

 

 

 

 

 

 

「クソッ…人間が…!今すぐ殺して────」

 

 

「──────逝ね」

 

 

 

 

 

 

「なんで…なんでオレ達を…!」

 

 

「──────逝ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

固まって生き残っていたドラゴンのその数……約62匹を幼竜関係なく純黒な刀で斬殺し殺して殺し回ったリュウマは……あの黒竜を探そうと世界を覆い尽くす程の魔力を放ってソナー行ったが…見つけられなかった。

 

 

それ程時間が経っていないと分かったリュウマは、盟友たるクレア、バルガス、オリヴィエのある大地に向かって飛び、国を探したが……あったのは滅びた国だけだった。

 

血と共に放り出されていたバルガスの『赫神羅巌槌(あかがみらがんつい)』とクレアの使っていた『蒼神嵐漫扇(あおがみらんまんせん)』を胸に抱き涙を流した。

オリヴィエの所には血痕も武器も何も見つからず、手掛かりが無いので判別出来なかったが、死んでしまっているだろうと自己判断した。

 

怨敵である黒竜以外の全てのドラゴンを、たったの7日で全て殺し終えたリュウマは…廃棄となったフォルタシア王国に戻ってきていた。

 

 

「父上…母上…民達……」

 

 

嘆き悲しむリュウマの背は……なんと小さきことか。

こんな姿を誰かが見れば、そよ風で倒れそうと評し、誰も残りのドラゴンを皆殺しにして刀をドラゴンの血で滴らせた者とは思わないだろう。

 

 

「今…墓を作りますね?……亡骸を探しましたが…見つけられませんでした。我の力量不足です。申し訳ありません」

 

 

城の中央辺りの所で座り込み、白翼で耐久性の良い石を創造して削り始めた。

雨が降ろうと風が吹こうと台風が来ようと…一切その場から動かず、只管石に文字を刻んでいった。

 

石削りは初めてなので力加減を間違って半分に割ってしまったり、削りすぎたり文字を間違えたりしてやり直しをしながら10日間…飲まず食わずで削り続け完成させた。

 

2つを地に建てて魔法で倒れないように固定し、汚れないように永久浄化の魔法を掛けた。

 

 

「父上と母上と民達に貰ったこの命の灯火…消さぬ為にも我は生きます。生きてあの黒竜を葬り去ったその時は……眠りに就こうと思います。では─────」

 

 

リュウマはその場から踵を返して当てもなく目的も無く……ただただ歩き続けた。

 

 

 

 

 

「しばしの間……お別れです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翼人一族であるという証たる翼を隠すために翼に封印を掛けて普通の人間のような姿となり、身なりが王族のソレであったので名を変えた『殲滅王の遺産(ゲート・オブ・アルマデウス)』の中に仕舞い、変わりとして黒い袴と羽織、三度笠を被った侍然りとした格好となった。

 

黒竜を探しながらの徒歩での世界巡りは長く続き、家は無いので野営をして過ごし、食べ物に関しては今更腕に困る事など無いので適当な猛獣を撲殺し食べた。

 

時には秘境を見つけて絶景を見ていたり、人類未踏の大地を進み最深まで行った後に待ち構えていたその地の主を斬り殺し喰ったりした。

 

 

そんな生活をして過ごすこと─────30年

 

 

人形のように表情筋を動かしておらず、黙々と色々な所に足を進めていただけのリュウマは、休憩を兼ねた野営場所として定めた湖の畔で全長十メートルの巨体魚を蹴り殺した後…ふと水面に目を落として30年ぶりに己の顔を見た。

 

 

「──────ッ!?……これは……」

 

 

髪こそ長くなって腰の辺りまで伸びてしまっているものの…30年前の24の時と全く同じ顔だった。

 

皺一つ無い顔……単純計算で今年54となって老けるはずの顔は全く変わらずのままであった。

いくら若々しいと言っても限度があるだろうと思ったリュウマは30年ぶりに驚きで変えた表情筋を元に戻し、己の体がそう言えばよく分からない軽さを持っていることを思い出した。

 

久し振りに深い考えをしたリュウマは、木に背を預けて『殲滅王の遺産(ゲート・オブ・アルマデウス)』の中に入れておいてある実験用魔法具一式を取り出して己の体のことを調べ始めた。

 

注射で血を採って調べたり、解析眼を使ってレントゲンのように透視して視てみたりした結果……リュウマは恐ろしいことに気が付いた。

 

確かめるためにリュウマは鋭い刀を召喚して……手首から先を斬り落とした。

 

当然のように滝の如く流れる血がしかし……致死量分流れ出たというのに、目眩がするだけで死にはしない。

試しにと片足の足首から先を斬り落としたが……殆どの血が流れ出たので血すらも出てこない。

本来ならば絶対に死んでいるのに死なない…いや……

 

 

 

死ねない

 

 

 

欠陥を抱えていた時空間転移魔法陣が発動と共に対価としてリュウマから奪ったもの、それは……寿命。

 

 

残りの寿命を奪ったのではなく……リュウマの持つ寿()()()()()()()()()()()()()()

 

 

つまりリュウマは…死なない体ではなく…死ねない体になってしまったのだ。

 

 

「まさか…そんな……我は…我は永遠に生き続けなければならぬのか…?皆を失い…我はのうのうと……皆を死なせておきながら……一人だけ……ふ…ふふ……フハハハハハハハッ…ハーッハッハッハッハッハッハッハッ!!お笑いぐさだなァ…!よもや我は国を救えなかった罪を背負って生き続けなければならぬとは!!フハハハハハハハハハハハハハハ…ッ!!」

 

 

 

 

 

重なる悲劇に堪えきれず、リュウマは涙を流しながら嗤い続けた。

 

 

 

 

 

 






あと1話か2話だけ過去やります。



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第拾弐刀  妖精の尻尾

評価下がっちゃいました笑

恐らくリュウマが余りにも無情に殺人を行うので見損なったといった所でしょうか?
まぁ…、元々こういう主人公なので何を言われようが変えませんが…。

それに書いてありますもんね。
この主人公は正義の味方ではないって。

そもそも、私が正義の味方嫌いな方なので。




 

自身が謀らずして不老不死となってしまった事に嘆き悲しみ途方に暮れていたリュウマは、この不死となった生を罪の償いとして生きろという己の運命(さだめ)だと割り切り、どうにか気を取り直して宛ても無い一人旅を続けた。

 

不死となった今…怨敵たる黒竜を無理に探さなくてもいい。

 

何故ならば…相手もドラゴンとなって長寿であると共に己は死ぬことが出来ないのだから。

 

 

「……そういえば…」

 

 

湖の畔から再出発したリュウマはふと気が付く。

 

この30年水が上流から下流に流れゆくように特に気にせず生きてきたが…“独り”となるのは初めてだな…と。

 

国が滅び去る前は臣下や使用人が必ずいたし、付き人が居らずとも愛する両親が居た。

他にも掛け替えのない盟友の3人も居た。

だが今やどうだ…王たる者……いや、今はもう王ではないか…。

 

あれ程崇められて畏怖されていた殲滅王が今や旅人の格好をし、野生の獣を狩っては己の手で調理をし、同じ飯を食べ合う者も居ない独りでの食事。

温かみ溢れ笑顔溢れるお喋りや、興味を引いたものの話など…もう出来ないのだ。

 

 

本当に……今すぐ黒竜が現れてこの手で葬り、死ねないが故に永遠の眠りにつきたい。

 

 

心の底からリュウマはそう思った。

 

 

「おうおう兄ちゃんよォ?命は助けてやるからよ、金目のもん置いてってくんねぇか?」

 

「領地の奪い合いの所為でどーも不景気なんだわ」

 

「オレ達を助けると思ってよォ?キヒヒッ」

 

 

思考の方向が暗くなってしまっていたリュウマの前に突然横の茂みから現れた3人が汚い笑みを浮かべながら話しかけてきた。

 

金を恵んでくれと要約すれば言っているが、当の本人達の目はニヤニヤと笑ってリュウマの上等な服や腰に差している刀を舐めるように見ている。

最早頭の中ではどのくらいで目の前に居る男から巻き上げた持ち物が売れるのかと、飢えたハイエナよろしく涎を垂らしていた。

 

所謂盗賊というものをやっている3人の男達を見ているようで、その実全く見ていないリュウマからしてみれば、そんなことを態々喋り掛けてくるのではなく…己が前を通った瞬間に不意打ちで襲い掛かって強奪するなりすれば良かっただろうと考えていた。

生きるためというのであれば……それこそが当然の行動だろうが。

そう頭の中で紡ぎ…ゆっくりと腕を上げた。

 

 

「おっ?降参か?…いやぁ悪いねぇ。ほんと助かっちまう──────」

 

「…………え?…アニキ?」

 

「おい…おいおい…!ウソだろ!?」

 

 

力無く腕を無雑作に下ろすと…3人の中で一番前に居た男の頭上に黒い波紋が現れ斧が射出される。

ギロチンのようにうなじから刃が入って首を両断した。

 

頭を失った体は倒れ、飛ばされた頭は転がって残る二人の足下に辿り着いた。

よく分からない内に死んだ男の死に顔は、心底不思議そうな表情のままであった。

 

刹那の内に自分達のリーダーが殺された下っ端2人と言えば、殺しても変わらない無表情で見続けているリュウマと目が合ってしまい恐怖から失禁した。

刺激臭のあるアンモニアの臭いを感じながら、そんなこと構わず一目散に振り返って全速力でもって逃げ出した。

 

 

「は、速く走れ!!オレ達も殺されち────」

 

「ひ…ヒィィ!?」

 

 

足下に落ちていた石を爪先で小突き、ゆっくりとした動作とは釣り合わない豪速で一人の男の頭蓋を貫通させた。

血を吹き出して死んだ仲間に悲鳴を上げて尻餅をついてしまい、歩いて向かってくる男から逃げるために尻を地面で擦りながら後退(あとずさ)る。

 

涙や鼻水を抑えきれず顔をぐしゃぐしゃにして逃げていた男は、運が無いことに背後に生えていた木に気付かず背中をぶつける。

ハッとして瞬き一つした時には目の前に立っていた男を見て体を震わせた。

 

右手の親指を持ち上げて人差し指を立て、残る中指薬指小指を握り込んだそれは…子供が良くやる手を銃に見立てるやつだ。

男の額に人差し指を軽く付けたリュウマは、何か言い残すことは?とだけ言うと、死を覚悟した男はひと思いにやってくれと答えた。

 

 

──────“ばん”

 

 

生えていた木が一本……音を立てて砕き倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「のぅ…頼めんか…?」

 

「……………。」

 

 

更に数十年後……リュウマはとある国の王から直々に頭を下げられて戦争への参加を依頼された。

戦争というが、それは領地を巡る領地争いでしかない。

 

命知らずにも襲ってくる者達を全て返り討ちにしていき、時には偶々繰り広げられていた戦争地域の一兵士に出会(でくわ)して戦争相手と勘違いされて襲われ返り討ち。

その様子を見ていた兵士が敵だと尚更襲い掛かってきては…という無駄な循環を繰り返し、何時しか敵でもなかった者達を人知れず皆殺しにしてしまい、それらの所業に噂が飛び交いこの国の王の耳に入った。

 

特徴と言えば羽織や袴を着た侍然りとした格好に頭に被る三度笠、腰に差している真っ黒な刀しかないリュウマを、兵士を総動員させて各地を探して回り見つけることに成功した。

訳も分からず食事をしていたところに押し寄せてきた兵士を数人気絶させては、雇いたいということで取り敢えずやって来た。

 

すると国に入って城に案内されるなり好待遇を受けたリュウマは、己が住んでいた城より見窄らしいものだと考えながら、両手を擦って顔色を窺ってくる王を出された豪華な料理に舌鼓を打ちながら興味なさそうに見ていた。

 

 

「……我を雇いたいのだな」

 

「貴様ッ!我等が王に何という口の─────」

 

「これ!頼んでいるのはこっちだ!お前達は口を挟むな!!」

 

「……フン。躾のなっておらぬ狗よな。して、雇うからにはそれ相応の対価があるのだろうな?無償で事が動くと愚考するのは圧倒的強者の特権。決して貴様ではない」

 

「こんの…ッ…!!騎士団長たるこの私を狗呼ばわりした挙げ句…!我等が王を弱者と…!!」

 

「事実であろう。それとも何か?否と申すならば()()()()()()()()()()()()()申してみよ」

 

「くッ…!!ぐうぅぅぅ…ッ!!!!」

 

 

真っ赤な顔で震えている騎士団長をお前は簡単な挑発に乗るのを除けば優れた騎士なのだがな…と思いながら、リュウマに向き直って再び王たる物悲し頭を下げた。

この戦争に勝たなければ後が無いほどこの国の領土は奪われているのだ。

 

 

「報酬として10億(ジュエル)出そう。前金で5億先に払う。……どうだ?私の国はこれ以上出せんのだ…」

 

「……嘘は吐いておらんな。……良いだろう。此度の戦争貴様の国に仇成す国の領土をくれてやる」

 

「そ、そうか!それならばよろしく頼む!もう君だけが頼りだ!!」

 

 

再度頭を下げた王を興味なさそうに一瞥した後料理を平らげ、案内されるがままに客人室に通されて夜を明かした。

真夜中に余所者が国の大役を買ったということで快く思わない者達が寝込みを襲ったが、代わりに覚めることの無い長き眠りに就くこととなった。

その事を王が顔を青くさせて謝ったが、寝てる間に無意識でやったので気にしていなかった。

 

 

後日、戦争にたった一人の男が加わったことで戦争は最早…蹂躙の二文字に変わった。

 

 

領土を手に入れて国の存続が確定し民に安寧を届けることが出来た王は、騎士として仕えてくれないか提案してみるもリュウマは断り、次の日には旅のためにその国を後にした。

本人は知らないが後日談として、感謝しても感謝しきれない王はリュウマに似せた石像を国の中央に置き、危機に瀕した国を救った英雄として語り継がせた。

 

 

ドラゴンと人間の戦い…竜王祭が終わっても人間同士の戦いが始まり終わることが無い。

そんな時代もリュウマは生き続け、時には干渉し、時には巻き込まれ、それでも彼は生き続けた。

 

本来人間の意識は100年以上も生きていられるようには作られていない。

何時しか意識は擦り切れ、生きているのに死んでいるように感じては廃人になってしまうだろう。

何の目的で生きているのかも忘れ自分が何者であるのかも忘却し意識が消滅する……だがリュウマは優秀な頭脳故に物事を全て考察しきり尚更不死という状況に嘆き苦しむ中……確と自我を保っていた。

 

時には己の存在意義がなんであるのかを忘れそうになるがどうにか持ち堪え、息抜きに魔法の創造を行ったりして生きていくということに深い考えが行かないようにしていた。

 

 

でなければ……精神が崩壊しそうだったから。

 

 

 

 

 

そして時は300年が経ち……

 

 

 

 

 

殲滅王と始まりの妖精が…邂逅した

 

 

 

 

 

 

X679年の天狼島…。

 

 

生まれて間もなく両親を早くに亡くした6歳になる少女メイビスは、島にある魔導士ギルド赤い蜥蜴(レッドリザード)で健気に働く毎日。

 

亡くなった母と同じく頭が良く本が好きだったメイビスは働いている合間合間に本を手に取り読み耽っていた。

その中でもお気に入りだったのが……妖精が登場する物語。

 

ギルドはとてもメイビスに厳しく、時には叩かれたり殴られたりで罰を与えられますが、泣いたら大好きな妖精に会えなくなる…。

いつか絶対に妖精に会うんだと夢みる程メイビスは妖精に夢中だった。。

 

一方、レッドリザードのマスターの一人娘である同じく6歳の少女…ゼーラは、非常に勝気な女の子であった。

同年代の女の子たちの中でもリーダーのような存在で、メイビスには辛く当たり、日によっては虐めのようなことだってしていた。

 

 

しかしそんな中、二人の少女の運命を変える歯車が…動き出した。

 

 

赤い蜥蜴(レッドリザード)と敵対的に対立する魔導士ギルド青い髑髏(ブルースカル)がレッドリザードが拠点を構える天狼島に突如強襲してきたのだ。

 

町は焼かれて火の海となり、ギルドや町に住んでいた人々も殺されてしまう。

仲良くしていた森の動物達に連れられて森の中へと逃げようとしているところに、瓦礫に挟まるゼーラを見つける。

 

今まで何かと意地悪をされてきたメイビスは迷う事無く……ゼーラを助けた。

 

助け出されたゼーラとメイビスは動物達の誘導の元、命からがら森へ逃げることに成功する。

ゼーラはメイビスに叫ぶように問うた。

あれ程嫌なことしてきた自分を何故見捨てずに助けに戻ったのかと。

 

それに対してメイビスは、目の前で友達が死にそうになっているのに助けない訳が無いと言った。

あれ程色々やってしまったのに、メイビスは自分のことを友達だと思ってくれていた。

今までの自分が情け無くなってしまったゼーラは泣き崩れるが、メイビスがそっと抱き締めて頭を撫でた。

泣き止むまでそうしてくれたメイビスに、ゼーラはこれから本当の友達になろうと言い、2人は晴れて本物の友達となったのだった。

 

 

そして、ブルースカルが天狼島を襲撃し、レッドリザードが全滅してから7年の月日が流れた。

 

 

揃って13歳となったメイビスとゼーラが住まう天狼島に3人の男が上陸した。

 

彼らの名は、ユーリ、プレヒト、ウォーロッド。

 

何を隠そう…将来にギルド、フェアリーテイルを創設する創設メンバーとなる3人だった。

ユーリとはマスターマカロフの父であり、プレヒトは皆の知る悪魔の心臓(グリモアハート)のマスターとなる男。

ウォーロッドは後にイシュガル四天王と呼ばれるようになる聖十大魔道序列4位の男だ。

詳しく言うと、指名クエストでナツとグレイを指名し太陽の村を救うように依頼した者でもある。

 

トレジャーハンターという人が普段行かないような魔境などを探検しては、そこに眠る宝を探し出す仕事をしているユーリ達は上陸した岸から散り散りになって目的の物を探し始める。

 

メイビスとゼーラが居る図書館に偶然入って来たのはユーリで、メイビスたちに遭遇する。

 

トレジャーハンターとして見つけ出したいというここに来た目的の物…天狼玉。

それの在処をこの島に住むメイビスから聞き出そうとするユーリと、島の宝を護ろうとするメイビスにより、ひょんなことからゲーム(勝負)が始まる。

 

内容は洞察力を以って『互いの真実』を言い当てるという子供の間で人気であるゲーム。

 

これまでこのゲームで於いて負けを知らないユーリは、絶対の余裕で勝利を確信しつつ勝負を挑むが……メイビスは若干13歳にして頭脳明晰の一言。

一枚も二枚も上手だった為に意表を突いた結果でユーリに勝利してみせたのだった。

 

しかし…ゲームに勝ったメイビスだが、島にあるはずの天狼玉が既に何者かに持ち去られていることを知る。

奪った者がいるとしたらそれは……7年前に天狼島を襲撃した青い髑髏(ブルースカル)を於いて他は有り得ない。

メイビスはユーリたちに共同戦線の話を持ち掛け、船に乗せてもらい、一緒にブルースカルの足取りを追うことにするのだった。

 

天狼島を出たメイビスとゼーラが海を渡り初めて辿り着いた地は港町ハルジオン。

町に住む人の多さに圧倒されてしまうゼーラと、初めて訪れる町にはしゃぐメイビス。

いくらユーリから聞かされて決定してしまったとは言え子連れの旅にまだ少々納得していないプレヒトは、ブルースカルの情報を集めるために1人で聞き込みへ行こうとするが、メイビスがついて来てしまう。

 

溜め息を吐きながらも真面目なプレヒトは道行く人にブルースカルについて聞き込みを行うが、生まれ持った強面の所為で要らぬ恐怖を煽り話にすら発展しない。

そこで人懐っこいメイビスが代わりに聞き込みを行い、微かな情報を手に入れることが出来た。

 

情報を頼りに町にある酒場に行くと早速ブルースカルについて知っている者探しを始めた。

殆どが知らないと言う中、メイビスが酒場のマスターが知らないと言って嘘をついていることを言い当て、隠れていたならず者達と戦闘に入った。

トレジャーハンターは危険と隣り合わせな為プレヒトは強く、魔法は使えないので着ている服の袖口に隠している先端に刃が付いた鎖を使ってものの数分で倒し終える。

どうにかブルースカルについて情報を吐かせたメイビスとプレヒトは、待ち合わせ場所に戻って事を報告する。

 

ブルースカルの本拠地があるマグノリアの街を目指すメイビス達一行は、その途中、とある森でキャンプをすることになった。

森を探索する中、不自然に枯れている植物や動物の死骸があることに気付くメンバー達。

似た光景を見たことがあるというトレジャーハンターの3人は、過去の遺跡での出来事を思い出し、そこからユーリとウォーロッドの口喧嘩が始まって…パーティーは解散の危機になるがメイビスが間を取り持つことで解散の危機は去った。

 

その後、3日かけて歩きマグノリアの街に着いたメイビスたちは、ブルースカルの情報を得ようと街を散策し始める中、カルディア大聖堂で不気味な光景を目の当たりにする。

所々崩壊してしまっているカルディア大聖堂の上に、青いドラゴンの骨が乗っかっていたのだ。

 

不気味な光景に絶句しながらもその後、辺りの様子をもう少し見てみることにした一行は町外れにあった森と、森を抜けた先にあった神秘的な湖を発見する。

この数日で仲良くなったメイビス達は、メイビスのこの湖の畔に自分達の別荘を建てようという提案に夢を広げる。

この時皆の頭の中に浮かんだ物こそ……後の妖精の尻尾(フェアリーテイル)であった。

 

各々が物思いに耽っていると森の中から悲鳴が聞こえ、向かってみるとブルースカルの魔導士がとある母子に向けて魔法の弾を撃っている場面に遭遇した。

ブルースカルのメンバーを倒して助けた親子から、メイビス達はブルースカルが市民に対して魔法による力で圧政の強いているという実情を知らされるのだった。

 

赦せないと激情に燃えているところ、街に来たばかりであるというメイビス達に早くこの街から出て行くことを勧める老人が現れたが、やられたメンバーの仇討ちとして大人数でやって来たブルースカルのメンバーの一人の魔法で心臓を撃ち抜かれ殺されてしまう。

 

目の前で何の罪も無い人を殺されて激怒したメイビスは、島で独学で学んだ幻魔法を使って武装した兵士の大軍を作り出すが、同じく魔法が使えるブルースカルのマスタージョフリーによって見破られ掻き消されてしまう。

悪どい笑みを浮かべたジョフリーがブルースカルのメンバーに魔法で攻撃するように命令し、魔法を使えないユーリ、プレヒト、ウォーロッドはやられ、この時にプレヒトは右眼に魔法を受けて失明してしまう。

このままでは全滅すると悟ったメイビスの指示の元、気絶したユーリとプレヒトをウォーロッドが担ぎ、森へと敗走して行ったのだった。

 

気絶したプレヒトが目覚めてからは右眼の手当を行い、ユーリはまだ目覚めなかった。

心配で仕方がないメイビスは治療用の水を汲むために湖に向かう途中…不思議な少年に出会う。

マグノリアに来るまでに立ち寄った森で、木が枯れ果てて朽ちているという異様な光景があった。

実はこの少年がその光景を作り出した本人で、意図せずして周りに居る者の命を奪ってしまうのだ。

 

メイビスがその力の正体がアンクセラムの呪いであると一目で看破して、少年…黒魔導士は少女の博識具合に驚いた。

倒さなくてはならない者が居るというメイビスの強い眼差しを受けた黒魔導士は、メイビスから魔法を教えてくれという話を承諾したのだった。

 

教えるのは夜になってからという約束で一先ず別れたメイビスは、ユーリの治療を行うために必要な水の交換にゼーラと共にまた湖に来ていた。

仲良くお喋りしながら向かっていたその時……湖の方から水が飛沫を上げる音が聞こえた。

動物等が水浴びをしているときのようなものではなく…人が浸かっているような音だったので、2人は互いに口元に人差し指を抑えて静にというジェスチャーをした後…忍び足で向かった。

 

 

「…あれ…人?」

 

「恐らくそうだと思います。でも…何をやっているんでしょう?」

 

 

湖に着いた2人が見たのは、一人の若い青年が上半身が見えるだけの深いところに浸かり、水と腕が水平になるように広げてジッとしていた。

何をしているのか分からない2人は暫く見ていると…水面に変化が起こった。

 

青年を中心に最初は緩く…しかし次第に大きな渦を巻き始めていく。

青年は下には袴を着ていたが、見ている限りでは水の中に居たのに全く濡れている様子が無かった。

服に目が行っている内に水が更なる変化を起こして、等身大の大きさをした鹿や栗鼠(リス)、熊に鳥などといった動物が造り出されては自由に水面を駆けていく。

 

水の動物による駆けっこをしている間に水で出来た木が出来上がっては枝の上に猿が乗り、何かの食べ物を手に取って食べている。

狼が来て兎か食べられそうになるが、見掛けた熊が追い払い、助けた熊の上に兎が乗って楽しそうに走り回る。

まるで一つの劇を見ているかのように魅入っていたメイビスとゼーラだったが、メイビスがハッとして素晴らし魔法使いだということでこの人にも魔法を教えて貰おうと一歩踏み出した。

 

 

───────パキッ

 

 

「───ッ!何者だッ!!」

 

「キャッ!!」

 

「わぁぁぁ…ッ!!??」

 

 

丁度良く落ちていた枝をメイビスが踏んづけて折ってしまい、音がなった事に反応した青年が水の劇を止めて…代わりに水で造り出した槍を投擲した。

槍は寸分の狂いも無くメイビスの頭に向かって飛んだが、青年の声に驚いたメイビスが尻餅をついて槍が外れ、背後にあった木に水で出来た槍がめり込み貫通した。

 

一瞬死にかけたメイビスだったが、頭脳明晰故に気になったのか、水で出来た槍を見て目を輝かせていた。

ゼーラは槍の威力に顔を青くさせてピキリと固まっており、奥から青年が歩って寄って来ていることに気が付いて急いでメイビスの後ろに隠れた。

 

 

「覗き見とは何用だ小娘。碌でも無い用ならば……」

 

「ヒイィっ!?め、メイビスっ!早く謝って帰ろ!?」

 

「いえ、こうなった以上は引けません」

 

 

不穏な言葉を吐きながら今度は土が盛り上がって土で出来た槍を手に取った青年に、メイビスは背後にゼーラを伴いながら意を決したように話し掛けた。

 

 

「つかぬ事をお聞きします。あなたのそれは魔法…ですよね?」

 

「……それ以外の何に見える」

 

「先程の水のやつも魔法…ですよね?」

 

「見ておったか。フン…アレが自然現象に見えるか?……今更魔法の一つや二つの何が珍しい」

 

「…っ!私はメイビス!この子はゼーラ!……私達は倒さなくてはならない人達がいて、その為にも魔法を憶えたいんです!……いきなりですみませんが力を貸してくれませんか?」

 

「うぅ…っ」

 

「……魔法を…憶えたい?」

 

「はい!」

 

 

この時が青年────リュウマとメイビスの初めての邂逅だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったくメイビスの奴…何時になったら戻ってくんだよ」

 

「お前の傷の手当てに使った水を捨てに行っているんだ。感謝こそすれど急かすものではない」

 

「うぐっ……」

 

「ハッハッハ!ユーリ言われてしまったな」

 

「うっせ」

 

「………………。」

 

 

森の開けた場所に居るユーリ達は、離れたところで3人を見ている黒魔導士と共にメイビスの帰りを待っていた。

3人が雑談をしているところに黒魔導士が混ざることはなく、かなり離れたところで静に佇んでいた。

 

 

「皆さん!お待たせしてごめんなさい!」

 

「おっせーぞメイビス!…あ?そいつ誰だ?」

 

 

振り向いて迎えたユーリ達が見たのは、メイビスと連れ添っているリュウマの姿だった。

 

黒魔導士の他にも助っ人を得られたのかと感心している3人を置いて、邂逅した黒魔導士とリュウマは互いに目が合い…目を細めた。

 

 

「この方は黒魔導士さんと一緒に私達に魔法を教えてくれる……お名前聞いていませんでした」

 

「「「ガクッ……」」」

 

「所詮は短期間の顔遭わせだ。好きに呼べ」

 

「教えてくんねーのかよ…。んー、じゃあ剣を持ってるから剣士な!」

 

 

笑いながらリュウマの呼び方を決めたユーリはメイビスに早速魔法についてのレクチャーをして貰えるよう促し、メイビスが2人にお願いしますと言うと黒魔導士は落ちていた木の棒を拾って先端に炎熱魔法を掛けた。

魔法を掛けた棒の先端を木に押し付けると木が焼けて削れ、文字が書けるようになる。

 

離れたところでやっているのでユーリ達が何故離れてやっているのかと言うと、何故離れているのか知っているメイビスは離れなくてはダメなのだと…よく分からない補足をした。

リュウマは全て知っている基本中の基本なので離れながら適当に流していた。

 

 

「─────つまり、魔力はエーテルナノを吸収することで再び器を満たし、再び使えるようにするんだ」

 

「うーん……口頭で言われてもなぁ…」

 

「オレ達は今までエーテルナノという物も知らなかった…だからソレがあると実感出来ない」

 

「ワッシも少し難しく感じるぞ」

 

「……ならば一つ例を見せてやる」

 

 

黒魔導士の説明が終わった頃には、本で魔力というものを多少なりとも知っていたメイビスは目を爛々とさせながら聞いていたが、ユーリ達には少し難しく理解は出来ても実際のものが分からない。

 

混乱しているユーリ達を見たリュウマは助け船を少し出してやろうと動き出し、訝しげな表情をするユーリ達を尻目に木の棒を5本拾ってきた。

 

 

「持っていろ」

 

「おう。ワッシに任せろ」

 

 

3本の棒をウォーロッドに持たせてしっかり握らせ、リュウマは左右の手に一本ずつ木の棒を持っている。

正面に立ったリュウマと向かい合うウォーロッドの周りにメイビス達が集まり、遠くからは黒魔導士も見ている。

 

 

「貴様等が魔力がどういうモノなのか理解していないようだからな。どれ程のモノか実践で見せてやる」

 

「お!そりゃありがてー!」

 

「金髪の貴様。我が持つこの何の変哲も無い木の棒を、目の前に立つこの男が持つ三本束にした木の棒にぶつけ合った場合…どうなる」

 

「金髪…我…?まぁ…お前が持ってる方が折れんじゃねーの?」

 

「質問するほどでも無く…このようになるな」

 

 

手に持つ棒を振りかぶってウォーロッドの持つ三本束の棒に横から叩きつける。

勢い良く行ったので三本束にしていた棒は一本も折れること無く健在で、逆にリュウマが持っていた木の棒が衝撃に耐えきれず半ばから折れてしまう。

 

 

「ここにもう1本同じ木の棒がある。それに先程黒魔導士とやらが言っていたように魔力を練り上げ…纏わせれば──────」

 

 

体から純黒なる魔力が纏うように放出され、体全体から木の棒へと譲渡する。

そしてそのまま魔力で覆われた木の棒をウォーロッドの持つ木の棒へと最初と同じように叩きつける。

 

 

──────バキッ!!

 

 

「「「なっ!?」」」

 

「この様に、魔法でもなく纏わせるだけでも木の強度を上げる事が出来る」

 

 

三本束にしていた木の棒は見事にへし折られ、リュウマの持つ一本の木の棒は健在で傷一つ無かった。

持っていたウォーロッドも驚いて折られた断面を見て不思議がっていたりして騒ぐ。

黒魔導士はリュウマの魔力の使い方を見て、遠くからでは分からない程度に目を少し見開いた。

 

魔力の流が余りにも静かで緩やか…まるで風も生物も存在しない世界にある海に、一粒の雫を落としたような流動性と操作性。

極め付けは魔法を自在に使える黒魔導士だからこそ視認出来た真っ黒な純黒なる魔力だった。

 

その後も魔力の持つ可能性に興奮した面々の魔法による授業は黒魔導士によって行われ、実際の魔法をリュウマがやってみせるというやり方が定着した。

やがて夜遅くになったということで黒魔導士が後は明日にしようと言って切り辞め、森の中へと姿を消した。

その後をリュウマが追い掛けるように向かい、ユーリ達は寝る準備に入る。

 

メイビスは居なくなった2人の事が気になって見ていたが、ユーリ達に呼ばれたので目を離し駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来ると思っていたよ」

 

「であろうな。態々止まり待っておったのだから」

 

 

少し離れた所でリュウマと黒魔導士が密会していた。

互いが互いを他とは違う者と認識した事による邂逅であり、黒魔導士としても会いに来てくれて良かったというものだ。

 

 

「君は何者だい?……まぁ…僕としては大方予想がついているけどね」

 

「ほう…?ではお聴かせ願おうか黒魔導士…否……黒魔導士()()()

 

「─────ッ!凄いな…ヒント無しで言い当てるなんて……」

 

 

一目視たその時に保持する魔力が其処らに蔓延っている魔導士とは一線を画していることを看破し、態々他人から不必要に距離を取るという不審行動で答えを導き出していたのだ。

そもそも…黒魔導士ゼレフは400年前に世界へと知れ渡っていたので、王であったリュウマが知らないはずも無い。

 

やはりゼレフだったかと言い当てたリュウマがゼレフに近付いた時…ゼレフが手を翳して待ったを掛けた。

 

 

「ダメだ。それ以上僕に近付いてはいけない…!」

 

「フン。アンクセラムの呪いか?それがどうした」

 

「君もやっぱり知って…いや、待って…!それ以上僕に近付いたら君を殺してしまう!僕は君を殺したくない…!あ……」

 

 

既に遅かった。

 

 

アンクセラムの呪いとは、命を尊く思えば思う程周囲に居る命ある者を死に至らしめ、逆に命をどうでもいいゴミか何かと思えばその効力を発揮しなくなるという矛盾の呪いだ。

 

しかし今、何もしていないリュウマを殺したくないと思ってしまったので矛盾の呪いが発動し、死の波動が解き放たれる。

 

 

「く、来る…死が……!」

 

 

蹲ったゼレフの体から死の波動が撒き散らされ、周囲にあった木や小動物が息絶えていく。

そんな光景を見たくも無かったゼレフは目を瞑り、また何の罪も無い者を殺してしまった…と。

 

 

「─────これがアンクセラムの呪いの力か」

 

 

だが…肩に手を置かれて喋り掛けられた事で眼を大きく見開くこととなる。

 

呪いは今確実に発動されてしまった。

その所為もあって周囲に生えていた多くの木々は枯れて朽ち果て、小さい動物や大きな動物も息絶えて倒れ伏している。

しかし……リュウマには何も起きておらず、剰え触れるだけでも命を奪ってしまうゼレフの体に触れていた。

 

 

「ど…どうして…」

 

「我の体には()()()()()()()()()()()()。故に貴様のアンクセラムの呪いによる死の力は働かず我はこうして生きておる。……と言ったものの…この体で生きているというのはまた違うものかも知れぬがな」

 

「……はは。当時から何かと出鱈目だったけど…そんなことになっているなんてね。僕も驚いたよ」

 

 

300年ぶりとなる人と肌との接触に懐かしさと微かな感動を憶えているゼレフは既に、目の前に佇む青年ことリュウマが当時300年前に世界を騒がせた殲滅王…リュウマ・ルイン・アルマデュラであることに気が付いている。

それ程までにリュウマの魔力には特徴があったからだ。

況してやゼレフは元魔法研究学者で天才と云われていた者だ。

 

何のヒントも無しで正体を看破することは無理でも、少しの可能性で解に辿り着くことが出来る。

と、言っても…結局はリュウマの方が頭が良いのだが…。

 

差し伸ばされる手を取って起き上がったゼレフはリュウマに、何故死なない体を手にしてしまったのか問い、リュウマはゼレフが何かと出来ないかと己とは違う視点を得るために教えた。

アンクセラムの呪いではないことに興味を持っていたが、終ぞゼレフでも良案が浮かばなかった。

 

近付くと相手の命を奪い、触れれば例外なく死なせてしまう自分とここまで近い距離で気軽に話せる存在は初めてで、魔法の専門的な事でも問題なく話を合わせられるリュウマとの話し合いはとても充実したものだった。

その場で時も忘れて…それこそ何百年という途方も無い時を過ごしているので今更ではあるが…話し続け、真夜中を通り過ぎ、朝日も出ようとしているところで気が付き2人は別れた。

 

数時間後には再び集まってユーリ達に魔法を教え、元から魔法に関する素質があったプレヒトは直ぐに魔法に必要な魔力の発揮に王手を掛けた。

体から漲る魔力に驚きはするが集中を乱すこと無く続け、プレヒトは3人の中でも一番魔法に近付いていた。

 

一方ユーリは只ジッと考えるのは性に合わないということで何かのストレッチ等をして体を動かし、体の内に秘められた魔力の蓋をこじ開けた。

 

最後にウォーロッドだが……ウォーロッドは次の日には魔力を発現させることは出来ても、魔力を銃のように撃ち出したり得意の鎖を模った魔法を使える訳でも、ユーリのように雷の魔法を使える訳でも無い。

ただ魔力が使うことが出来るだけという中途半端な状態に陥って無力感に苛まれていた。

他より遅れているという状況に、このままでは大切な仲間を守ってやれないと焦っていたウォーロッドに、見かねたメイビスは逆に2人はウォーロッドに助けられて守られていると告げた。

 

事実、プレヒトもユーリもブルースカルにやられた時もウォーロッドに担いで貰ってその場を逃げることが出来たし、メイビスと出会う前のトレジャーハントでも何度も何度もウォーロッドに助けられた。

だから焦ることは無いと告げられたウォーロッドは落ち着きを取り戻した。

 

 

「剣士。少し良いか」

 

「……何だ」

 

 

黒魔導士はメイビスと話をしているということで、大きな岩の上に座って空を見上げていたリュウマの元に来た。

因みにだが、リュウマが座っている岩は、ウォーロッドが魔法をどうにか所得しようと殴り続けた岩で、その証拠に側面には拳大の罅が入っている。

 

 

「ワッシはユーリ達や元から魔法が使えたメイビスのように何かを掴めた訳ではない。だから頼む…ワッシにも使えるような魔法を教えてくれ」

 

「……まぁ良いだろう。貴様には貴様の魂の本質に合う色がある。それは……緑だ」

 

「緑…?」

 

「目を閉じて耳を澄ませ」

 

「…??」

 

 

リュウマに言われた通り、その場で立ったまま目を瞑り耳を澄ませる。

程よい風が吹いてウォーロッドの頬を撫でていく。

妖精の悪戯して頬を撫でたような擽ったさを感じ、緩く微笑みを浮かべる。

 

 

「自然の存在を感じ取れ。木々を…草花の傍を潜り抜ける風の息吹を聴け。陽の光に当たり喜ぶ様に共感しろ。

古来より森とは母なるもの…その母は貴様に微笑みかけている」

 

「…………。」

 

「貴様は今や一本の大樹…根が地に張り巡らされ芯があり枝が四方に向かって力強く伸びている。残るは華。貴様が栄養(切っ掛け)を取り込んだ今────咲き誇れ」

 

「─────────ッ!!」

 

 

己が内に潜む強大な力を今……ウォーロッドは手にした。

 

ユーリやプレヒトの攻撃系魔法とは違い、ウォーロッドが手にした魔法は…緑魔法。

 

 

「それが貴様に合った魔法だ。自然を愛し自然に愛された者だけが手にする力…自然を掌握し操る魔法だ」

 

「これが…ワッシの魔法…!!」

 

 

手の中で木の実だった種を急速に生長させて芽を出させたウォーロッドは、驚いた様子でそれを見ていた。

 

ウォーロッドは攻撃系魔法ではなく、仲間をサポートし勝利へ導くための道導(みちしるべ)となる魔法を憶えたのだ。

やっと手にした魔法で芽が出たばかりの幼い若芽に魔法を掛け、成長を促して見上げる程の巨大な大樹を生み出した。

 

遠くからでも見えるその大樹に気が付いたユーリ達は直ぐにウォーロッドの魔法であると気が付き、心の中で祝福した。

 

斯くして魔法を憶えたユーリ達はその日から競い合うように魔法の鍛練を積んでいき、ブルースカルとの戦いに備えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んんっ…?」

 

「どうしたのぉ…めいびす……」

 

「起こしちゃいましたか…?ごめんなさい…ゼーラ…」

 

 

魔法の鍛練を始めて3日目の夜…正子を過ぎている頃…眠っていたメイビスが何かに気が付いて目を覚ました。

隣で仲良く眠っていたゼーラも身動ぎしたメイビスに気が付いて眠そうに目を擦りながら起きた。

 

舌足らずな状態でいるゼーラに謝ったメイビスは、よく分からないが湖の方から不思議なものを感じて引きつけられる。

ハーメルンの笛吹き男に誘われた子供のように起き上がって向かうメイビスに、少し覚醒したゼーラは後を追い掛けた。

 

 

「ちょっと…!どこに向かってるのメイビス!」

 

「分からないです…こっちから不思議な感じがするので向かったのですが…この方向は湖ですね」

 

 

今気付いたとでも言うように答えたメイビスに訝しげな顔をするゼーラ。

よく分からないがこの先に何かあるということで良いんだろうと考えて、メイビスの裾を掴んで恐ろしげに着いて行く。

 

そこまで離れている訳ではないので、ものの数分で湖に着いた。

 

すると奥からリュウマとメイビスが出会った時のような水が散る音が聞こえてくる。

またあの時のように誰かが水を浴びていたらどうしようと思いながら、怖い物見たさに唆されて木の陰から覗き込んでしまった。

 

 

「ぇ…?」

 

「う…そ…」

 

 

それを見た瞬間……メイビスとゼーラは言葉を失う。

 

 

何を見たのか? 何のことは無い。

 

 

只少し……

 

 

「『──♪───♪──♪───♪───♪』」

 

 

魔法を教えてくれた剣士の背に…翼が生えていただけなのだから。

 

 

「ま、魔法…?」

 

「……魔法を使った時の魔力が感じられません。つまり…あの翼は()()()()()()()…ということです」

 

 

驚きに眠気も吹っ飛び絶句しているゼーラに、自身も多大に驚きながら冷静な一面で解説していく。

何時の間にか消えていた黒魔導士と同じく、剣士からも魔法を教わっただけに魔法に使われる魔力の感知も出来る。

 

故に彼が魔法を使って翼を生やして水浴びをしているということは有り得ないと分かった。

 

水浴びをする以上、極限まで鍛え抜かれた美しい肉体美を晒し、リュウマは自慢の3対6枚である黒白の翼を1枚1枚丁寧に水洗いしている。

手慣れた様子から普段もこの様に翼を洗浄しているだろうことが分かる。

 

真夜中だというのにご機嫌な為か、聴いていて落ち着くような声色で静かに歌を歌っている。

子守歌にも聞こえるそれは、リュウマの母のマリアがリュウマの為にと考案した歌に改良を加えたものだ。

子守歌よりも歌らしくなったそれはリズムも良く、翼を洗う青年と月が浮かぶ水面とでマッチして幻想的だった。

 

ついつい又も魅入っていたメイビスは……既視感溢れる感じで枝を踏み折った。

 

 

「─────ッ!!何者だ!!…………また貴様等か小娘共」

 

「あ…あの、本当にごめんなさいっ」

 

「わ、悪気は無かったわよ…?」

 

「悪気は無かった?流石は小娘だ。我には何を言っているか皆目見当がつかんな。それとも何か?貴様等は他人様が水浴びをしているところを覗くのが趣味であると?」

 

「「ご、ごめんなさい……」」

 

「フンッ……」

 

 

見られた以上は取り繕う事は無く、生えていた翼は空気に溶け込むように消えて、リュウマの染み一つ無い筋肉質な背中が露わとなった。

思春期に入るぐらいの歳であるメイビス達は少し頬を染めながらリュウマから視線を逸らした。

 

特に気にする様子も無く湖から上がり、異次元に格納していた服を魔法を使って着てその場を後にしようとした。

そんな傍らで翼について気になってしまったメイビスはリュウマを追い掛け、ゼーラはふと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()驚いた。

 

歩幅が違いすぎて追い掛ける形になりながら追い付いたメイビスは、リュウマの裾を掴んで止まってくれるように促し、リュウマは眉を顰めながら振り向いた。

 

 

「剣士さん。アレは剣士さんの体の一部…ですよね」

 

「魔力を感知しなかっただろう。詰まるところそういうことだろう」

 

「……あなたは人間ではないのですか?」

 

「……………。」

 

 

翼が有るだけで  人間だとは思われない。

 

 

300年前ならば翼を持つ人間…翼人一族のことは世間で知れ渡っていたというのに、今では文献にすら記されていない“絶滅した人類種”。

 

 

たった一人を残して。

 

 

最早…誇り高く気高き空の王者たる生きた戦闘兵器の翼人一族は己を置いて他に居ないのだと…改めて実感したリュウマは刹那の瞬間に哀しそうな感情を眼に宿すが……メイビスが気付く前に元に戻った。

 

 

「誰が人間に翼が無いと決めた?所詮は見たことも無い輩が臆測で立てた俗に言う“世の常識”というやつだろう。現に我は人間として翼を持って生きておる」

 

「そう…ですか。やっぱり島の外は私が知らないことでいっぱいっ。剣士さんと同じ翼を持っている人はみんなあなたのように隠しているんですか?」

 

「─────翼人は既に我のみだ」

 

「…………え?」

 

「他にはもう存在せんと言っておる」

 

 

あっけらかんと告げたリュウマに、メイビスは笑顔のまま固まり、言葉の意味を理解した途端に視線を落として俯くように頭を下げた。

 

 

「そうとは知らず…浅はかでした…ごめんなさい」

 

「謝罪されたところで事実は変わらぬ。我は事実を只述べたのみ。貴様が気落ちする必要など無い」

 

「でもっ……」

 

「─────二度は言わぬ」

 

「はい…ごめんなさい」

 

 

先程までの興味津々だった態度から気落ちして暗い表情浮かべるメイビスを見て……リュウマは溜め息を一つ溢した。

 

嘗てのフォルタシア王国にも歳ゆかぬ子供などは山と居た。

それこそ、翼人一族に限らず居場所を失って迎え入れた地人の子供や巨人族の子供や獣人族の子供まで。

彼はそんな山ほどの子供達と時には触れ合って王として民と親睦を深めたりした。

 

当時の感覚が残って消えていない為か、殲滅対象ではない落ち込んだ子供を見るとつい居たたまれない気持ちにされる。

 

 

「……はぁ。…そこまで気にするなという事だ。時に貴様はギルドというものを設立したいのだったな」

 

「え…あ、はい!名前も大体決まってるんですよ!」

 

 

今とても気になっているギルド設立に話題を振られたメイビスは暗い表情を一転…年相応の爛々とした瞳を再度浮かべて興奮したように話し始めた。

一度話すと中々止まらないメイビスに、会ってから初めて仏頂面から苦笑いを浮かべた。

 

違う表情も出来るのだとポカンとしているメイビスに、真夜中だがお陰で目が覚めたから少しの間話し相手になれとと言って適当な岩の上に腰掛ける。

続くようにメイビスもリュウマの隣に腰を下ろして話しの続きを始め、リュウマは表情こそ無だが相槌を打って話を聞いていた。

 

途中でブルースカルを倒し終わったら一緒にギルドを設立しないかと誘われたが、リュウマは宛ての無い旅を続けるからと断りを入れた。

残念そうな表情ながら恩人であるリュウマを少しだけ諦めきれないメイビスは、旅の途中でまた会ったその時は入って欲しいと言った。

 

不死であるリュウマからしてみれば時が過ぎるのは夜明けを迎えるように早いもの…再びここに来るのは数十年後か或いは数百年後か……死なない己としてはタイミングなど何百年経とうが変わらないのだ。

故にリュウマは、もう会うことはないだろうと、メイビスに再び相見えたならば入ろうと約束してやった。

 

最初に断られた時とは違い、やったー!と言いながらぴょんぴょん跳ねてはしゃいでいた。

年相応の反応に頭が良くともやはり子供かと納得して、メイビスにもう寝るように言いつけて、彼は薄暗い闇が広がる森の中へと姿を消した。

 

 

翌朝……リュウマは居らず、黒魔導士と同じく何時の間にか消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────大凡100年後

 

 

一人旅を続けていたリュウマは転々と場所を変えてはあらゆる地方に行って名産の食べ物を食べたり、身なりに騙されて襲い掛かってきた盗賊を返り討ちにしたり、強いという噂を聞き付けて雇われの身で領地争いに参加したりと、普通の人ならば色濃い生活を送っていた。

 

その内リュウマは適当な木を使って一人用の船を造り、乗り込んでは魔法で操縦して海を渡っていた。

並に揺られ晴天の陽射しを受けて日向ぼっこしている状況で、そろそろ陸に着く頃ではないかと頭を起こした。

 

首を回して周辺を見ることで眼に映ったのは……中心に御大層な巨大樹が聳え立たせる島だった。

 

島にしては少し狭い位の面積だと思いながらも上陸の準備に掛かり、近くまで寄ったら船の先端に付いている紐を手に取り…海に身を投げた。

と…言ったものの、彼は海の中に落ちること無く、水面をアメンボのように歩いていた。

魔力を海面に張らせて足場となる膜を作り、その上を悠然と歩くという仕組みになっている。

 

上陸したリュウマは探索に出て、中央の所にある風化が進み遺跡のようになっている町の跡地を見て、住人は居ないと関連付けた。

なれば用は無いと思ったリュウマが踵を返し、船に乗り込もうとした時……声を掛けられた。

 

 

「──────剣士さん?」

 

「────ッ!貴様は……あの時の小娘か?」

 

 

約100年振りの再会は……幽霊のように浮遊しているメイビスとの再会だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成る程。後にはその様な事が起きたか」

 

「えぇ。あの時はとても助かりました」

 

 

適当な所に腰掛けているリュウマの前にはふわふわと浮遊しているメイビスが居て、2人は久し振りの再会故に色々な事を話していた。

 

メイビスが約100年経った今でもこうして姿を見せているのは、とある事があって死んだのだが、幽体のようになりながら墓の建てられたこの天狼島に居続けていたのだそうだ。

ギルドは確と設立され、自分が初代マスターとなって2代目にはプレヒトに任せたと教えた。

 

今ではユーリ・ドレアーの子供であるマカロフ・ドレアーがギルド…妖精の尻尾(フエアリーテイル)の3代目マスターの座に座り、ギルドを存続させているという事も話された。

他にも、メイビスは会った時と何ら変わらない容姿で幽体となっていることから、別れた後直ぐに死んだのかと問えば、密かに黒魔導士から教えて貰っていた古代の超魔法を自身の裁量で使ってしまい、代償として……肉体的成長が望めない体となった。

哀しいことはそれだけではなく、親友だったゼーラ…あの少女は助けたと思っていたがその時には既に死んでいて、あのゼーラはメイビスの幻魔法を無意識に使って()()()()()()()()()()

 

だからメイビスと初めて出会った頃のユーリはゼーラという()()()()()()()少女に話し掛けているメイビスに戸惑っていたのだ。

事実…あの黒魔導士ですらその事に気が付いたが可哀相だと思って言わないでおいたのだ。

 

ゼーラがリュウマと会話が成り立ったことに驚いたのはつまりは、そういうこと。

自我を持つメイビスにしか見えない聞こえないゼーラだからこそ、聞こえない見えない筈のゼーラと()()()()()()()()()()リュウマに驚愕したのだ。

 

ブルースカルとの戦いに勝利し、ギルドを建てていこうとしたところで一大決心したユーリによってその事を伝えられ、自覚したことで無意識という状況下が消えてゼーラが意思とは反して消えてしまったのだ。

 

魔法の代償…親友との決別…耳に痛い話に少し眉を顰めはすれど、何時ぞやの日の夜のように静かに話を聞いてくれた。

久し振りに人と話すと思い出してお喋りに興じる時のメイビスの笑顔は、昔と変わらない笑顔だった。

 

因みに、本来ならばフェアリーテイルの紋章をその身に刻んだ者にしかメイビスを視認できないのだが…リュウマに対してそれは無粋というものだろう。

万能故に魔法を使えばちょちょいのちょいでどうにかなる。

 

 

それこそがリュウマ クオリティであるが故に。

 

 

「……今更ですが…あなたのことを訊いてもいいですか?」

 

「……………。」

 

「この100年。あなたは姿形変えること無く生きている。私には不思議でなりません。若しかしたらまた不躾な問いになるかも知れませんが…あなたが持っていた翼とこの長寿…あなたは何者なんですか?」

 

 

メイビスの言葉には真剣さが宿り、先程までの楽しげな雰囲気から辺りには緊迫した空気が流れる。

 

問われたリュウマと言えば特に表情を変えること無くメイビスの顔を見ていたが、話しても問題はないだろうと判断して話すため、重い腰を上げて立ち上がる。

 

背から3対6枚の大きな翼、服装を羽織り袴から、翼を生やし祈りの所作を取る女性の背後に剣が二本交差している紋章を刻んだ…真っ黒な軽装の鎧を身に付けて頭に被っていた三度笠が消え、朱い宝石が一つ付いている代々継承されていく王のサークレットを装着した。

体から膨大な純黒なる魔力が溢れ、天狼島一つが地震に遭ったように揺れる。

 

 

この姿こそ─────

 

 

「文献にすら記されておらず幻が如く消えた、嘗て東の大陸を治めた大国…フォルタシア王国。我こそはフォルタシア王国第17代目国王─────リュウマ・ルイン・アルマデュラである」

 

「フォルタシア王国…国王……」

 

 

呆然として言葉を紡ぐメイビスは、明晰である頭脳を使ってフォルタシア王国という名に検索を掛けてみるが、一向に思い当たるものが無かった。

それもそのはず、フォルタシア王国は今から400年前の時代に於いて、アクノロギアと数百万という途方も無いドラゴンに襲われて滅んだのだから。

 

竜王祭と呼ばれるその一つの時代の終わりには他の国も幾つも滅ぼされ、とてもではないが国が何故どのように滅んだのか書き記される事は出来ない。

故にあれ程栄えた大国は語り継がれる事無く消えてしまった。

 

長寿の秘密についてはメイビスと同じ様なもので、欠陥があった魔法の行使によって死という概念が無くなってしまっているということを教えた。

同じく魔法による呪いとも言えるものを負ったメイビスとは、同じく思うものがある。

後は黒竜を殺すためにあちこち転々として、ここには偶然来たということだけを伝えた。

 

 

「そう…だったんですか。翼人一族…初めて知りました」

 

「であろうな。今この時代を生きる者達からすれば、知りもしなく書物にすら載せられていない…それこそ“存在しない国”なのだから」

 

「……リュウマ…と呼んでも?」

 

「好きにしろ。問われ名乗ったのは我だ。王ならば不敬に当たり否であるが…我は最早王ではない」

 

「……では、リュウマ。私が設立したギルドに入って下さい」

 

「……あの時の話か?」

 

「それもありますが、ギルドとは家、仲間は家族である魔導士の帰る場所です。リュウマもギルドを家とし仲間を家族となってみて下さい。そして時には子供達を助けてあげて下さい。それに虱潰しに黒竜を探すよりも、情報が飛び交うギルドに入って情報探しから入るのもいいと思います。失望はさせません」

 

「……言ったものは今更飲み込めぬ。……良いだろう。一興として加入しよう」

 

 

頭を縦に振ったリュウマにメイビスは微笑みを浮かべた。

 

謀らずして国を失ってしまった憐れとも言えるリュウマに、失ってしまった家族愛を教えてあげたいというメイビスの配慮である。

それに気が付きながらも、リュウマは偶には一カ所に留まっているのも良いだろうと判断を下し、最後に…黒竜を見つけたらギルドを去り、己に関する情報をギルドの者達に話せと言った。

 

何故話す必要があるのか、確かに隠し事となってしまうが、リュウマの場合は隠して然るべき内容でもある。

それに説明を己でするのではなく、何故自分に任せるのかと思いながら、ギルドに入ってくれる以上そのくらいの願いは聞こうと了承した。

 

 

後にメイビスは、この願いが()()()()()()()()()()()()()知るよしも無かった。

 

 

 

 

 

 

「あっ。口調と一人称と普通に変えて、姿は子供の姿からお願いします」

 

「いや何故だ」

 

「そんな王様のような…王様でしたものね。とにかく、その高圧的な話し方ではなくもう少し柔らかく。姿は…これから先どの位滞在するのか分からないので、歳を重ねるのではなく、小さい頃から元に戻っていった方が簡単ですよ?」

 

「ムゥ……相分かった。年少の頃になれば良いのだな」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここか」

 

 

最高レベルの頭脳を持つリュウマは、約100年前に見た景色を頼りにギルド、フェアリーテイルの前まで来た。

一度見れば事細かに記憶するのは、魔法を創り出すに当たり、書き記した魔法陣を機能させる為の文字を憶えておくためにも使えるので必然的に鍛えられる。

元々絶対記憶力とまではいかないが、それに追随するほどの記憶力は持っている。

 

記憶を思い返していると、湖のあった場所は変わらないが、嘗てユーリ達に魔法を教えていた森の開けたところにフェアリーテイルは建てられていた。

 

体を少年と青年の中間辺りに変えているリュウマは、外だというのに既に騒がしい音が中から聞こえてくる扉を押して中へと入る。

 

 

─────ふむ。此奴がユーリと言ったか…彼奴の息子か。内包する魔力は“可も無く不可も無く”…だな。

 

 

中に居た老人のマスターマカロフに仕事をしたいからギルドに入れて欲しいと言うと、まだまだ小さいのに立派だなと言い、並の子供よりも貴様は小さいがな…という言葉は飲み込んだ。

 

 

 

 

「歓迎するぞぃ。ようこそ────妖精の尻尾(フェアリーテイル)へ」

 

 

「…あぁ。よろしく頼む」

 

 

 

 

フェアリーテイルの紋章を左鎖骨の下に黒で入れて貰い、リュウマは取り敢えず、ギルドというもののメンバーらしく仕事を受けてみることにしたのだった。

 

 

 

 

 

因みに、いざ仕事に行こうとしたところフェアリーテイルの恒例行事たる新人との顔合わせ勝負で、若い頃のワカバとマカオが相手となったが同時に相手で2秒KOだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何?最初の内は簡単なものからだと?…これはどうだ。……わ、ではなく…この俺がネコ探し…だと?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて…次から原作に戻ろうと思います。

原作メンバー達との邂逅の話が読みたい人が居れば、番外編として書こうと思います。


この小説も終わり近いなぁ……。



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最終決戦 
第六八刀  一年


前話の後書きにも書きましたが、ギルドに入ってからの話は読みたいという人が居ればその内書きます。

今は取り敢えずは原作の方をどうにかしちゃいます。




 

フィオーレ王国に位置する魔導士ギルド…妖精の尻尾(フェアリーテイル)

 

このギルドが解散して世間に驚愕と落胆を与えてから実に1年の月日が流れた。

 

フェアリーテイルのメンバー達は最初こそマスターマカロフに直訴して解散を免れようとしていたが、断固として拒否し無理矢理解散させた。

少しの間はゼレフ書の悪魔達の手によって破壊されたギルドの残骸を眺めて感傷に浸っていたが…ギルドに所属していない以上金が入ってこない。

 

それはつまり収入源が無いために今までの生活すら出来ないという事に他ならない。

 

中には妻子持ちのメンバーだって居たからこそ、メンバー達は生活費を稼ぐために散り散りとなってしまった。

新しい分野に手を出して働いたり、他のギルドに入っては仕事を受けて家族を養っていた。

かくいうルーシィも、マグノリアから離れてこそいないが……

 

 

「良い!良いよルーシィちゃん!そのままこっち向いて…あぁ良いよ!バッチリ☆」

 

「あたし……何やってんだろ……」

 

 

グラビア誌に載るようなグラビア撮影をしていた。

 

 

と、半分冗談として(ジェイソンの手を借りて記者になっていたら誘われてやむを得ずやっている)、ルーシィは無くなってしまったフェアリーテイルの事が忘れられず、何時か必ず復活すると信じてこの一年間頑張ってきていた。

 

 

会いたい人との再会の為にも…だ。

 

 

そんなある日、ルーシィが何時ものように日常に物足りなさを感じながらも誤魔化すように日々を過ごしている時…今年度の大魔闘演武が開催された。

 

今まで化け物揃いであったフェアリーテイルや、それに追随するほどの他のギルドや、想いを寄せる人の戦いを見てきただけあって、例え優勝候補が出て来たとしても全く凄いとも強いとも思えなかった。

失礼ながらにも感じたのは「この程度で優勝出来るんだ」という事だけだった。

 

大会の優勝ギルドが決まり次第インタビューの為に記者席から立ち上がろうとしたルーシィは、ざわりとした気配を感じて入り口を見た。

薄汚れたフード付きマントを被っている男が現れ、優勝ギルドに宣戦布告をしてその場で戦い始めてしまったのだ。

 

 

それも……手に炎を灯して。

 

 

あっと思った時には膨大な魔力と莫大な熱がステージに解き放たれて会場を()()()()

 

優勝ギルドの他に準優勝ギルドまで残らず倒し尽くした男……ナツは気配で気が付いたルーシィの方を見てニカッと笑いながら1年ぶりの挨拶をするのだった。

 

 

「よォルーシィ!元気だったかーー!!??」

 

「…っ…うん。……あんたこそ」

 

 

 

 

妖精はまだ……飛ぶことが出来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナツとルーシィ、ナツと一緒に修業の旅に出ていたハッピーが再度再会したその日の夜。

宿が無いということでルーシィのアパートに泊めさせて貰ったナツは、大自然から建築物の中での睡眠ということで中々寝付けずにいた。

 

何時までも子供のようであるナツは変わりなく、ハッピーと一緒に寝ているルーシィの顔に落書きをしようと、ルーシィの寝室に忍び込んだ。

ぐっすりと寝ているルーシィの顔に油性マジックを近づけた時…ナツは寝室の壁が可笑しいことに気が付いて目を向ける。

 

 

違和感の正体は──────一面に埋め尽くされた紙。

 

 

それも只の紙を貼り付けている訳では無い。

 

貼ってある紙には離れ離れになってしまったフェアリーテイルのメンバー達の情報や目撃された場所などが()()()()()()書かれていた。

流石にずっと山の中に居たナツとハッピー達の情報は無かったが、森が焼けている記事にナツ達かも…?と書かれていたので強ち間違いではない。

 

()()()()()()()()全メンバーの情報を事細かに分析して探していたのだ。

ルーシィはこの一年間…たった1人で。

 

油性マジックを持ったナツは固まってからその壁を眺め、何時しか踵を返すとルーシィの部屋からハッピーと一緒に出て行った。

 

しかし翌朝…ルーシィのアパートの前に王国の兵士が立ち並び、完全に包囲して出て来るようにとルーシィ達に対して叫んでいた。

訳も分からない状況に唖然としているルーシィに、ナツはこの国で一番目立つ城にメッセージを残してきたと言った。

何をしたのかと問われれば、壁面に燃えない付着するだけの炎で『FAIRY TAIL』とデカデカと書いたのだ。

 

そんな事件を記者が見逃すはずも無く、写真を撮っては新聞に載せて各地方へと配られた。

狙い通りとなったナツは数時間後、城に呼び出されて頬を引き攣らせている国王からお咎め無しとして解放された。

横ではヒスイ姫がナツらしいとこっそり笑っていた。

 

フェアリーテイルを復活させる。

ナツはそう言いきり、これからみんなを集めに行こうと提案して、それこそ待ち望んでいたルーシィは気合いを入れるように返事をして一時的なプチ旅に出た。

 

仲間を集めるに当たって最初にターゲットとしたのは、隣町にいるウェンディからにしようという話になった。

案外近くに居たと喜んでいるナツに、今のウェンディがどうなっているのか知っているルーシィはラミアスケイルが主催する舞台の前で解説した。

 

 

「みんなー!今日も集まってくれてありがとうー!」

 

「私達も頑張って歌うので、応援してくださいっ」

 

 

「「「オォ─────────ッ!!!!」」」

 

 

ラミアスケイルのシェリアと一緒に……天空シスターズなるアイドル的グループで人気になっている…と。

 

案の定ポカンとしているナツとハッピーに、魔法で少女の姿になっている懐かしきシャルルがやって来た。

最初こそ何故人間の姿なのか驚いていたが、魔法で一時的に姿を変えていると知ると平然と順応した。

そこら辺は流石野性の勘で生きていると言っても過言ではないナツである。

 

天空シスターズのライブが終わり次第早速ウェンディにフェアリーテイルを再結成するから戻ってこいというのだが……親友のシェリアと別れられないからラミアスケイルから出て行かないと言われ、それにはルーシィもポカンとしていた。

フラフラした足取りで違う元メンバーを探しに行く姿をシェリアも見ていて、ナツ達はウェンディの為に来たのだし、フェアリーテイルも復活して欲しいから戻るべきだと説得した。

 

涙を流しながら抱き締め合い、離れていても友達だと、美しい友情を示したウェンディは泣いてしがみついた。

 

そしてその日の夜…ラミアスケイルが拠点を置く町が突如現れた多数のモンスターによって襲撃された。

襲ってきたのはラミアスケイルを良く思っていない者達の集団で、中には嘗て天狼島でギルダーツと殴り合っていた元グリモアハート煉獄の7眷属最強の男…ブルーノートが居た。

 

街を助けるために天空シスターズであるウェンディとシェリアも参加していたが、ブルーノートの超重力に地面へと磔にされてしまう。

この一年でブルーノートも更に強くなったのだが……

 

 

ナツはたった一撃の咆哮(ブレス)で倒してしまう。

 

 

ルーシィもタルタロスとの戦いで使った星霊衣(スタードレス)を我が物とし戦う戦闘力と魔力を手に入れていたが、ナツはたった一年で元とは比べものにならない程の力をつけていた。

 

街を救った次の日…ウェンディはお世話になったラミアスケイルを脱退し、大好きな親友のシェリアとお別れの挨拶をしてナツ達と残りのメンバー探しに向かった。

尚、道中離れてしまってお世話となったラミアスケイルの事を考えて滝のように涙を流してシャルルに慰められていた。

 

ウェンディとシャルルが旅の仲間に加わって歩き始めた一行が次に向かったのが、ラミアスケイルが居た街を東に向かった先にある村…アメフラシの村…という所だ。

一年中雨が降っていてやむことが無いと云われている村に、若しかしたらジュビアか居るのではと考えてのことだ。

実際に村に到着して奥に行ったところ…ジュビアが雨に打たれてボーッとしているところを発見した。

 

挨拶をしながら向かってきたナツのことをグレイと勘違いして抱き付こうとして引き剥がされて意識を戻したところ…グレイ様と発して倒れ込んだ。

急いでジュビアの後ろに建っていた民家に入り雨の当たりすぎで熱を出していたジュビアの看病をしながら、この家がジュビアとグレイが同棲していた家だと明かされた。

 

同棲!?と、赤くなりながら反応したルーシィとウェンディだったが、ジュビアが手を出そうとしても華麗に避けられたと聞いていつも通りだと察した。

しかし、問題はそんなところではない。

 

ジュビアは苦しそうに息を吐きながら、半年前にグレイの体に黒い入れ墨のような模様が現れているところを目撃したのだそうだ。

それ以来1人で外出するようになり、その後に家に帰って来なくなってしまい半年経っているのだそうだ。

 

グレイが戻ってくると信じて、思い出が詰まっているこの家で1人待ち続けていたと泣きながら告げるジュビアに、ナツは絶対に連れ戻すと言って家を出て行き、ウェンディとシャルルをジュビアの看病をしてもらってナツ達は……セイバートゥースがある街へと急いで向かった。

 

 

何故ナツがセイバートゥースへと向かったのか。

 

 

それは1年前の竜王際時まで遡る。

 

 

ジルコニス等のドラゴンをリュウマとリュウマの力を借りた兵士達が倒していっている中、ナツはこの時代にドラゴンを呼び寄せた元凶…未来のローグと戦って苦しくもアトラスフレイムと共に勝利を収めた。

リュウマの手によって呆気なく時間を繋ぐ扉…エクリプスを破壊したことでこの世に存在しない筈の時間軸の者が消える。

 

亡骸とて同じであるその現象が起こる最中…未来のローグが消え際にナツへと教えた内容─────

 

 

『一年後だ。必ず“オレ”に伝えろ。一年後…フロッシュを守れ…と。─────フロッシュはグレイに殺される』

 

 

出来事と云えばこの時の事だと思ったナツは、街から出て依頼先に向かおうとしたローグに詰め寄り依頼書をひったくる。

内容は─────

 

 

黒魔術教団(アヴァタール)を壊滅せよ』

 

 

というものだった。

 

そしてなんと……グレイはこのアヴァタールの幹部に席を置いていた。

 

アヴァタールとは、1年前のフェアリーテイルとその他大勢のギルドによって主力の闇ギルドが壊滅され、傘下に入っていた闇ギルドが機能しなくなり自然消滅していく中で、闇ギルドの勢力が衰える替わりとして台頭として出て来たゼレフ信仰を心酔している教団のことだ。

 

竜王際…大魔闘演武の1年後の今頃にローグはグレイと敵として会った。

そこでローグの仕事先にグレイが居るのでは?と考えた故のナツの行動で、実際の所アヴァタールにグレイはいる。

 

早速突撃だと、無策に(突撃が作戦)突っ込んでいったナツは、敵の幹部と思われる奴等をあっという間に再起不能へと追い込む。

たったの1年で見違えるように強くなったナツの前には赤子も同然と云わんばかりに倒されていくアヴァタールに、奥から半身黒い模様を入れたグレイが出て来た。

 

どういうつもりだと叫び殴り掛かるナツに互角の体術で拮抗し、戦っている間に他のアヴァタール幹部が腹痛を起こす妙な魔法をルーシィとハッピーに掛け、人質に捕まえられたところをナツ突かれて捕らえられてしまう。

 

地下牢で魔法が使えなくなる鎖に繋がれ、拷問官に何処と繋がっているのかと問われ、この襲撃は自分達の独力で行い、グレイを返せと叫ぶ。

聞く耳持たずな拷問官がルーシィを痺れを切らして殺そうとした時……グレイが拷問官を凍らせた。

 

口を開けて呆然としているナツやルーシィ達に、頭を掻きながら手錠等を外していくグレイの口から教えられた内容は驚くべきことだった。

 

 

アヴァタールに所属していたのは……潜入調査だった。

 

 

鎖を外されて自由の身となったナツ達を連れて移動している道すがらで、改良された小型通信魔水晶(ラクリマ)を通してエルザとコンタクトを取った。

 

エルザは半年前にゼレフに繋がる黒魔術教団(アヴァタール)を、ジェラール達からの頼みで調べていた。

だが、調査が行き詰まっていた時に偶然グレイと邂逅したらしい。

その時のグレイはポーリュシカの所に体に出る黒い模様について診て貰っていたのだ。

滅悪魔法を急遽身につけたことによる後遺症のようなものではあるが、今では完全に制御出来るようになっているようだ。

 

何故半年間帰らなかったのかという面に関しては潜入調査故に帰るわけにはいかず、ジュビアにも告げずに出て行ったのはエルザからの口止めだった。

 

潜入作戦の成功率を高めるためには、なるべく外部に真実を知る者を置かないことだった。

他にも、知ることで危険な目に遭うかもしれないということを危惧してのことでもある。

それらを聞いてもあまり納得していないナツ達であったが、エルザとて潜入調査が半年も延びるとは思っていなかったのだ。

 

初めの内は内部調査のつもりだったが、浄化作戦なるものが浮上して放っておく訳にもいかなくなったのだ。

アヴァタールはゼレフを呼び出す為に街を一つ殲滅するつもりだった。

“死”の集まるところにゼレフが現れると信じきっている愚考故に、何としても阻止させる必要があった。

 

聞いていたナツがエルザならば余裕でそんなところを壊滅せしめる事が出来るのではないかと言ったが、今回に限りそれは不可能だった。

アヴァタールはエルザ達が思っていた以上に巨大な組織であり、グレイが潜入していたのは一つの支部にしか過ぎない。

それにだ、本部も他の支部も、どこにあるかなど互いに知らないような状況なのだ。

 

下手に手を出せば浄化作戦を防げなくなってしまう、だからこそこの日まで待つことにしたのだ……そう、全ての支部が集まるこの日に、浄化作戦ごと潰すことに。

 

そして……ナツ達も加わった浄化作戦を殲滅する作戦が決行された。

 

 

ラミアスケイルが拠点を置くマルバの街に攻撃を仕掛け始めたタイミングで現れたナツ達は、アヴァタールの雑魚兵士を薙ぎ倒していく。

前から正面突破で倒されていく中でも、特に被害が出ていたのは後方からの攻撃だった。

 

 

それも…たった一騎によって。

 

 

隊を乱す程の実力者…エルザの出現によって甚大な被害を被っているアヴァタールの幹部の一人…ジェロームという男がエルザの前に現れる。

背中に浮遊しながら待機する剣を使って敵を倒していたエルザに、手に持つ剣をぶつけて防御に使ったエルザの剣を一本腐らせた。

 

 

「我が剣は触れたものを腐蝕させる暗黒剣」

 

「……我が剣は─────」

 

 

ジェロームを見定めて剣を構えたエルザはしかし…

 

 

「─────()()()()()()()()()()()()

 

「があぁあぁぁ──────────ッ!?」

 

 

既に7度…斬り終わっていた。

 

強くなったのはナツやグレイやルーシィばかりではない…元からナツ達を一方的にボコボコに出来るほどの強さを持つエルザとて、この1年で更なる力を手に入れていたのだ。

斬ったことを気付かせない…まるでどこかの翼人の王様のような力を身につけているのは感嘆する程のものである。

 

幹部の一人がエルザにやられている一方で、相手に状態異常を付与させる幹部を、持ち前の付与魔法で封殺したウェンディに続き、星霊の力を借りることが出来る(タウロスの)星霊衣(スタードレス)を身に纏ったルーシィの(ルーシィパンチ)によって沈んだ。

 

アヴァタールの総勢は七千人…対して相手はたったの7人だ。

だというのに押される一方である事に、アヴァタールの頭であるアーロックが動き出した。

 

向かってくる猪突猛進が如く…いや、実際に猪突猛進しているナツに魔障壁を張ったりとして戦うアーロックではあるが、強くなったナツの前には紙も同然。

只の突進で悉くを粉砕され、挙げ句には猛炎の炎を灯す鉄拳によって沈んだ。

だが、倒されたにも拘わらずアーロックは笑っていた。

 

アーロックはこの日のために自らの()()()()()

 

それがこれから起こす行いへの代償だったからだ。

 

アーロックは叫ぶように…闘神イクサツナギを召喚した。

 

今から大凡400年前にオリヴィエが皆殺しにしたヤクマ十八闘神には遠く及ばない闘神ではあるが、ヤクマ十八闘神の直接召喚に必要なのは一柱に対して膨大な魔力を持つ者を数人か、神の召喚に相応しい程の魂の器を持つ者の生贄だった。

 

この闘神イクサツナギは、確かに膨大な力を有しているが、召喚方法はそれらに合ったことを条件に従えば誰でも呼び出せるというものだ。

イクサツナギの召喚条件は、術者が己の顔を己の手で治療不可能レベルまで焼くこと。

アーロックは喜んでこの条件を満たしたのだ。

 

そして天候が変わり顕現したのは、ヤクマ十八闘神までは大きくないものの、その体はまるで一つの大きな山のようだった。

世間ではこの召喚されたイクサツナギがヤクマ十八闘神の一柱だと思われているが…真実は少し違ってくる。

 

本来のヤクマ十八闘神召喚の条件が非人道的であると同時に、一度召喚すると周りへの被害が甚大では済まされないということで裁断され、ヤクマ十八闘神だと思わせる()()()()()()()ヤクマ十八闘神の神の一柱ということにして世間へと流された。

簡単に言えば、この召喚されたのはヤクマ十八闘神の一柱ではないということだ。

そもそも、オリヴィエ(滅神王)に滅せられた神は()()()()()()()()()()()()()()

 

だが、代わりとて相手にして容易い者ではない。

相手はヤクマ十八闘神の代わりとして相応しいと判断された召喚獣なのだから。

 

召喚したアーロックの敵を滅ぼせという命令に従い、手に持つ巨大な剣を振り下ろし…地を割った。

 

裂けた大地に味方も巻き込まれてしまい、怖じ気付いてしまっているアヴァタールの兵士達を掻き分けてナツが召喚獣の振り下ろした剣を伝ってよじ登っていく。

頭に到達したナツは攻撃しているが、ビクともしないことにアーロックが嘲笑い無駄だと宣う。

 

攻撃していたナツは魔力を練り上げ、振り上げた拳に超高熱の炎を纏わせた。

数日前に大魔闘演武会場を溶かした時以上の熱量を発する拳を……振り下ろした。

 

 

「これが炎竜王(イグニール)の炎だァッ!! 『炎竜王の崩拳』ッ!!」

 

 

撃鉄を落とされたイクサツナギは脳天から大きな罅が広がり、脚まで届くとその体を爆散させた。

たった一度の大きな攻撃で粉々に粉砕されたイクサツナギを見て、流石のアーロックも膝をついて項垂れてしまい、後に現れた()()()()()()()()捕らえられた。

 

……ん?何故ガジルが評議員に?大丈夫、お目付役としてリリーやレビィも所属している(そういう意味じゃない)

 

ガジル達評議員がここに来れたのは、ナツ達が一度捕まった支部に出向いたはいいが、牢屋に鎖で縛られている者達と一緒に、グレイの氷が石碑のように浄化作戦はマルバの街で行われると示しておいたからだ。

 

斯くして…浄化作戦は見事防がれたのだった。

 

 

勝利したナツ達は、エルザの号令で勝ち鬨を上げながら嘗ての我が家…フェアリーテイルが在った場所へと向かう。

 

1年でナツに言われる前からフェアリーテイルを復興させたいと願っていたルーシィは、密かに所在が分かる者にだけだが手紙を送っていた。

しかし、フェアリーテイルを失ってから前に進んでいる。

前に進めていないのはじぶんだけなのでは…と暗い気持ちになっているところに、カナが現れた。

 

胸を揉んだりとセクハラをしながらも、フェアリーテイルには子供の頃から入っていたから今更解散なんて言われようとも納得出来る話ではない…そうカナは語った。

ニカッと笑ったカナはルーシィの手を引いてフェアリーテイルの跡地に向かっていった。

 

 

そこに居たのは……1年前の仲間達だった。

 

 

帰ってきたナツ達に酒を飲みながら前の時のように声を掛けてくる仲間達を代表して、ミラがルーシィの前に出てきてルーシィに微笑みかけた。

 

 

「おかえりなさい」

 

「────っ!ぁ…た、ただ…いまっ」

 

 

泣き崩れたルーシィをみんなは見守ってくれていた。

散り散りになってしまい違和感を憶えていたが、言い出せる勇気を出せなかったみんなに代わり、集まろう、復興させよう、前のように。

そう言い出してくれたルーシィにみんなが感謝していたのだ。

 

ルーシィは、みんなが一緒に居るということが…胸が苦しくなってしまう程…嬉しかった。

 

 

「よっと。ボロボロだけどいいよな!」

 

 

ナツが地面の盛り上がっているところに手を突っ込み、中から所々破けている我が家の証が載る端を突き刺した。

 

 

「ギルドここに復活!オレ達が妖精の尻尾(フェアリーテイル)だ!! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェアリーテイル復興を宣言してから5日後。

 

 

ギルドの復興作業に取り掛かっているメンバーの元に、本当は評議員ではなくフェアリーテイルに所属していたメストが現れた。

 

自分の記憶を消してマカロフによって記憶消去の魔法を解けるという完璧な潜入調査をしていたメストは、作業中に暴れていたナツ達を鶴の一声で黙らせ、みんなから不在である6代目マスターのマカロフに代わり、7代目のマスターとなったエルザを連れてフェアリーテイルの地下へと向かった。

 

代々マスターとなった者にしか教えられる事無きギルドフェアリーテイルの秘匿魔法…ルーメン・イストワール。

 

しかし…扉の奥で盗み聞きしていたナツ(バカ)達によって、何故マカロフが探しても見つからず、フェアリーテイルを解散させられたのかをその場でメストに語られる事となった。

やれやれと手を上げながら頭を振るメストが、真剣な表情をしながら語られた内容は…重い話だった。

 

メストが評議員に潜入調査をしていたのは、今から10年前…天狼組からしてみれば3年前のある日、メストはマカロフに疑問も質問もせずただ頼まれてくれと言われて評議員へと潜入していた。

潜入して依頼していたのは……西の大陸にあるアルバレスについての情報全て。

 

フェアリーテイルが(殆どナツが)起こした不祥事などを揉み消すことなどしなくていいから、そんなことよりもアルバレスについての情報を全て流すように頼んだのだ。

 

アルバレスは10年前に一度イシュガルに侵攻しようとして失敗していた。

 

 

では、何故アルバレスはイシュガルを侵攻しようとした?

 

 

理由は単純にしてフェアリーテイルが関わっている。

 

 

侵攻しようとした理由…それは─────ルーメン・イストワールの奪取。

 

 

ただそれだけのために国へと侵攻してきたのだ。

 

 

だが、ここで一つの誤りが生じる。

 

 

アルバレスがイシュガルを侵攻しようとして“失敗”したのではない。

失敗したのではなく“中止”したのだ。

 

中止したのは当時の評議員が侵攻しようとしているアルバレスに対して“力”をチラつかせた為である。

その力こそが……評議員の最終兵器たる超絶時空破壊魔法・エーテリオン。

遙か上空で展開された衛星魔法(サテライトスクエア)から地上の何処であろうと狙い撃ち消滅させることができる兵器だが、他にも地上のエーテルナノを消滅させることが出来るフェイスも元はと言えば評議員の兵器の一つだ。

 

 

しかし、タルタロスの手によってその評議員は無くなった。

 

 

これが意味することは、イシュガルはアルバレスに対しての抑止力を失ったということに他ならない。

そうなればアルバレスかどう動くなど考えるまでも無い。

千載一遇のチャンスを逃すことをせず、必ずやイシュガルへと侵攻を開始するだろう。

 

当時聞いていたメストは何故それがフェアリーテイルの解散と結び付くのか分からないと、攻めてくるのならば迎え撃つのがフェアリーテイルだと宣言したが、マカロフは頭を振るだけだった。

 

この大陸(イシュガル)にはフェアリーテイルを含めて約500のギルドが存在している。

それに対して西の大陸では正規や闇ギルドを合わせて730の魔導士ギルドが在る。

その730のギルド全てを統一して一つの巨大な帝国を作ったのが─────

 

 

 

 

─────超軍事魔法帝国アルバレス

 

 

 

 

730のギルドが凝り固まった相手に、たった一つのギルド(フェアリーテイル)が勝てるわけが無い。

目前にすれば赤子も同然であるのが必定。

これまでのどうにかなっていた相手とは全く違うのだ。

 

 

だからこそ…マカロフはアルバレスへと交渉しに行ったのだ。

 

 

イシュガルに侵攻するというのであればルーメン・イストワールを発動させるとカードをチラつかせ、出来うる限りの時間を稼ごうというのだ。

これは一つの賭けであり、その間に評議員が立ち直れば賭けの勝ちとなる。

 

 

マカロフはギルドの歴史や体裁よりも、家族を守る為に解散するのだ。

 

 

メストに全てを打ち明けたマカロフは、その数日後にアルバレスへと向けて出発してから一度の連絡が無い。

 

メストはメストでマカロフの計画の通りに評議員を復活させるために動いていた。

ウォーロッドを頼りに聖十大魔道を中心とした新評議会を立ち上げた。

勿論マカロフはアルバレスに居ていないので、記者であったルーシィは評議会でマカロフの不在についての問題が上がっていた。

 

 

そして…もう一人の聖十大魔道の不在についても…。

 

 

新評議会は設立された、なのにマカロフ帰ってこないというのは、評議会が立ち上がったことを耳にしていないのか、それともアルバレスから帰って来れない状況なのか……。

 

 

だからこそ────助けに行く。

 

 

ナツを始めとしたグレイやルーシィ達は意を決してアルバレスへと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

一度評議員から抜ける前の一仕事として評議会へと戻ってきたレビィは、花の世話をしているウォーロッドからアルバレスについて話を聞いていた。

マカロフの計画を知っているウォーロッドは率先して聖十大魔道を集めて新評議会を結成した。

心の内でマカロフが救い出せれば全て上手くいくと考えていると、部屋に聖十大魔道のイシュガル四天王と呼ばれる者の一人…聖十大魔道序列三位・ウルフヘイムが現れる。

 

何時ものようにどうでもいいウォーロッドの冗談に腹を立てたウルフヘイムが、その身を接収(テイクオーバー)で獣の姿に変えて迫っていると、更に横から同じく四天王の一人が止めた。

 

聖十大魔道序列二位・ハイベリオンが現れ、同じ部屋に四天王が3人も揃ってしまったことに場違い感を抱きながら力無く座り込んでしまうレビィは、ハイベリオンの口から戦争になれば我々(イシュガル)に勝ち目が皆無だということを告げられて、震えながらだがアルバレスがそこまで強いのかと問う。

此方にはゴッドセレナがいるからと。

 

しかしハイベリオンは静かに手に持つワイングラスを回しながらレビィに事の情報を教えた。

 

嘗てハイベリオンやウルフヘイムやウォーロッドと同じようにイシュガル四天王と呼ばれ、聖十大魔道序列一位に君臨していた…つまるところの大陸最強と言われた魔導士…ゴッドセレナ。

 

そしてそのゴッドセレナは……この地を捨てたのだと。

 

西の大陸(アラキタシア)に渡って帝国の一員となっているということを。

 

皇帝スプリガンを守る12の盾…スプリガン12(トゥエルブ)…ゴッドセレナはそのスプリガン12(トゥエルブ)の一人となっている。

 

つまるところ……イシュガル最強の魔導士と肩を並べる者が…他に11人いるのだ。

 

 

それこそが……アルバレス帝国。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルバレスへと向かったナツ達は、メストが諜報員が居て、その者から侵入経路を聞くということでカラコールという街に船を使って向かった。

着いた矢先に下船する場所にアルバレス帝国の船がある事に気が付いた一同は、細かい検査を潜り抜けるためにフェアリーテイルのマークをケットシェルターのマークに変えて、ルーシィとエルザのお色気で無理矢理通った。

 

中に入ったのはいいが、中ではアルバレス帝国の軍人が子供相手に脅し、剣を振り下ろそうとしているところを目撃して二の次無く早速殴り倒して戦闘へと移行した。

早速やってくれたと頭を抱えたメストを放って、数分で駆けつけた軍人も全員気絶させたナツ達は……アルバレス帝国軍のブランディッシュ隊のマリン・ホーロウという者と会う。

 

空間を操り、空間を使う魔法を封殺することが出来るこの男に、エルザの換装もルーシィの星霊魔法も丸め込まれ、空間の掟なるものに背いた者をマリンの言うくつろぎ空間という場所に転移されてしまう。

女が好きで男が大嫌いのマリンはナツ達に攻撃を開始する。

 

力をつけたナツ達の前にはマリンも手も足も出ず…と言いたいところではあったが、流石はアルバレス帝国の者なだけあって何時の間にかメストを再起不能にし、空間を移動してナツとグレイに攻撃を加えていく。

 

厄介すぎる相手に四苦八苦しているところに……女が現れた。

 

 

「何時まで遊んでるの。マリン」

 

 

─────ゾワッ

 

 

現れた女にマリンがデレデレしながら謝っているのを余所に、ナツは背中を駆け上がる悪寒を…グレイは冷や汗を流していた。

 

 

─────な…んだ……この…魔力は…!?

 

 

冷や汗を流しながらだが、何処からでも攻撃が来ても良いように構えているナツ達を一瞥した後、興味ないように女…あのスプリガン12であるブランディッシュはスターマンゴーが食べたいと言った。

 

ポカンとしているナツ達に、マリンが来た時にナツ達が破壊した屋台のことだと告げる汚いマリンに青筋浮かべたナツ達だが、件のブランディッシュは涙を浮かべながらなんで壊れているのか問うて、溜め息を吐くと帰ると言った。

来た傍から直ぐに帰るというブランディッシュに困惑してしまったマリンに、くつろぎ空間に送った者を返してやれと告げた。

 

返すことに納得していないマリンに、背を向けながら足を上げて…地を突いた。

 

 

すると魔力が波紋のように広がり、()()()()()()()()()()()()

 

 

普通の島がキノコのように空へと迫り上がっているような形に変えられ、ブランディッシュの所業に戦慄しているナツ達に、マリンは急いでルーシィとエルザを解放した。

くつろぎ空間から放たれたルーシィとエルザは状況が掴めていないことに困惑するが、直ぐに目の前に背を見せているブランディッシュの体から漂う魔力の量が尋常じゃないことに気が付く。

 

魔力を放出していないというのに…既にマカロフ…聖十大魔道の序列五位を追い抜いているとしか思えない魔力に、ルーシィは体を震わせてしまい、エルザは意志とは関係なく剣を換装して手に持っていた。

 

帰ろうとしているブランディッシュに、仲間が既に一人やられているからこそ黙っている訳にはいかないと、既に戦闘へと入ろうとしているナツを振り返り、少し目を合わせた後……マリンを消した。

 

弾けるように消えたマリンに驚いている内に、ブランディッシュはこれでお相子だと述べた。

ただ…自分は面倒事が嫌いだからという理由で。

 

冷酷極まりない所業に固まっているナツ達に、マカロフが生きているということを告げ、これ以上アルバレス帝国に近付くなと警告した後…島全体を……足下の小岩程度に()()()()()

 

ブランディッシュの足場となっている小さくなった島のお陰で、ナツ達は海に投げ出されてしまう。

漁船団に拾って貰ったナツ達ではあるが、ブランディッシュに見逃されたということに歯を噛み締めた。

 

エルザはブランディッシュの魔法について考えていた。

ブランディッシュが行った島の縮小…又は拡大も出来るだろう質量を変えるという魔法だと当たりを付けた。

実際、消されたと思っているマリンは、数センチレベルで縮ませられただけなのだ。

 

これからどうするのかと話し合いを始めようとしたところで、エルザを最初にルーシィやナツやグレイ、ハッピーシャルル、ウェンディにメストが突然転移して海中の神殿に飛ばされた。

諜報員は島には居ない…この海中神殿に転移させるよう指示を出していたのだ。

 

因みに諜報員というのが……元オラシオンセイスのエンジェル…今はソラノという名になっているが、ソラノが諜報員だった。

移動神殿オリンピアの艦長を務めているソラノの助力により、海中からマカロフの救出に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

─────アルバレス帝国

 

 

ナツ達が向かっているアルバレス帝国のとある一室では、マカロフはヤジールという老人とカードでゲームをしながら話し合いをしていた。

アルバレス帝国の王について話していた時…外で盛大な盛り上がりを見せ、何の騒ぎだと窓からその騒ぎを見て、マカロフはその人物を見て固まった。

 

アルバレス帝国に住む民から皇帝陛下と呼ばれ、帰還を喜ばれている者は……ゼレフだった。

 

 

アルバレス帝国皇帝は……他でも無い黒魔導士ゼレフなのだ。

 

 

城へと戻ってきたゼレフは、一番に出迎えをしたスプリガン12の一人、冬将軍インベルにスプリガン12を全員集めるように指示を出し、遅れてやって来たスプリガン12の戦乙女ディマリアと砂漠王アジィール、魔導王オーガストに挨拶をし、マカロフを連れて来た大臣であるヤジールにマカロフと二人にするように指示を飛ばした。

 

二人となったマカロフは早速話を始め、ゼレフと戦争について話していくが、ゼレフが妖精の三大魔法の更に上位…秘匿大魔法・妖精の心臓(フェアリーハート)の存在を知っていることに、マカロフはやっと合点がいった。

アルバレスがルーメン・イストワールを狙っているのではなく、アルバレス帝国の皇帝であるゼレフがゼレフたらしめるからこそルーメン・イストワールを狙っているのだ。

 

話し合いに最初から切るつもりだったエーテリオンの話などを持ち掛けるが、確かに当時攻め込んでいれば甚大な被害が出ていたかもしれないが、今のアルバレスならイシュガルにもアクノロギアにも“彼”にも負ける気はしないと宣言した。

 

 

「本当の竜王祭が始まるよ。黒魔導士…竜の王…君達の所に居る()()()()…そして他の君達の」

 

「人間の…王?」

 

「直ぐ知ることになる。東洋では灯台もと暗し…って言うんだっけ?つまりは重要人物は案外近くに居るということだよ。生き残るのは誰なのか…決めるときが訪れた」

 

「……戦争を始めるつもりか」

 

「──────殲滅だよ」

 

「────ッ!貴様に初代は渡さんぞッ!!ぐっ!?」

 

 

叫んだところでゼレフから魔法を食らってしまい、身動きが出来なくなってしまう。

魔法で消されそうになっているところに…この部屋に付いている扉が開いた。

 

二人にしてほしいと頼んだのに…と思っていたゼレフは、入ってきた者を見てそんな考えを霧散させた。

最早従わせるなんてことは不可能の人物だったからだ。

 

身動きが出来ない状態で目を向けたマカロフは……その入ってきた女を見た…見てしまった。

 

 

「ほう。中々面白いことをしているな、ゼレフ?ここ1年部屋から出ていないから知らなかったが…其奴が“あの人”が居た所のマスターであるマカロフか?」

 

「やあ。準備の為に籠もっていたんだろう?それなら仕方ないよ()()()()()。で、彼がそのマカロフだよ」

 

 

─────な…何なのじゃ…この…この途轍もない魔力は!?スプリガン12の魔力は知っている…だが…こ、こんな魔力を持つ人間が…居るのか!?存在するのか!?

 

 

ゼレフと普通に話をしている入ってきた絶世の美女…オリヴィエはマカロフに向かって少しずつ歩みを進めていく。

 

だが…それに従って、マカロフは寿命が急速に縮まっていくようなものを感じ……圧倒的恐怖が体を包んだ。

 

 

人間が持つ本能が叫ぶどころか絶叫している。

 

 

逃げろ…逃げろ…逃げろ…!何でもいい…逃げろ…!ここに居れば死ぬ…見られ続ければ死滅する。

脇目も振らずただただ逃げろ…!逃げてくれ…!!

相手は自分では敵う敵わないという次元…領域に居ない。

己を殺すか生かすかの権利を行使するだけの存在である。

 

逃げろ…逃げてくれ…逃げてくれ…!!

 

 

本能が絶叫する。

 

後世の願いを頼み込むかのように危険信号を垂れ流しにしている。

 

 

「ふふふ。そう怯えるな。何も取って食べようという訳では無い。しかしこれだけは言っておきたかったのだ。“あの人”を見ていてくれて…一カ所に留めておいてくれて感謝する」

 

「はぁっ…!はぁっ…!はぁっ…!」

 

 

前に立たれているだけで過呼吸になる、それ程の相手が目の前に居る。

スプリガン12とはまた違う…フェアリーテイル…いや、聖十大魔道全員で掛かろうと絶対に勝てない…相手にすらされないような者が。

恐怖が限界を超え、脳がこれ以上は耐えられないと、強制的な気絶に持ち込もうとした瞬間……マカロフを誰かが掴んで転移した。

 

転移したのはメストで、ダイレクトラインという瞬間移動を使ってマカロフを救出し、マカロフの救出は見事成功したのだった。

 

 

「逃げられたな?ゼレフ」

 

「……みたいだね。気付いていたんだろう?」

 

「当然だ。ここから数キロ離れた所に数人の余所者が居ること自体気が付いていた」

 

「なら、なんで教えてくれなかったんだい?」

 

「??何故?私には()()()()()()()()が居ても居なくても変わらないからだ。数キロ離れた所に居る者達とて同じ。其処らの者共よりは強いだろうが、私からしてみれば掃けば吹く程度の者達だ」

 

「ハァ…ほんと…君のような者が4人も居たなんて信じられないよ」

 

「一人は違うぞ。私を含めた3人で挑み圧倒的力を以て敗北を斯くした。いや…当時は()()()()()()()()()()()

 

「……本当に勝てるのかい?今更だけどね」

 

「ふふふ。─────無論。()()()()()()

 

 

離れた所にいるナツ達を既に最初から感知していただけでなく、力をつけたナツ達を居ても居なくても変わらないと告げる豪胆さはしかし……真実であった。

どれだけ強くなろうと…ナツ達では……勝てない。

 

それこそが400年をも昔、世界の四分の一を手中に収めていた王……人類最終到達地点が一人─────

 

 

滅神王 オリヴィエ・カイン・アルティウスである。

 

 

「ふふふっ。さぁ…私と貴方の最後の決戦だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マカロフを救出した一行は、アルバレスから脱出する途中でスプリガン12の砂漠王アジィールに襲撃され、危なく全滅する程の力の差を見せつけられたが、空からの轟雷…滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)用にカスタムされていた新しいクリスティーナに乗っていたラクサスの魔法で、覆うように迫っていた砂の壁を吹き飛ばし、スプリガン12が足を止めざるを得ない程の雷をお見舞いした。

 

上空を飛ぶクリスティーナに、メストの瞬間移動を使って急いで乗り込んだナツ達はフェアリーテイルへと帰って行ったのだった。

因みに、クリスティーナは一夜搭乗の元、大魔闘演武の際に結成した一人を除いたBチームで向かってきてくれた。

 

ナツ達がアルバレスに乗り込んでいる間にも、居残り組はフェアリーテイルの復興に務め、帰ってくる頃には1年前と同じギルドが建ち上がっていた。

 

帰ってきたマカロフに喜びみんなが声を掛け、マカロフは嬉しさと感激に嬉し涙を流した。

7代目マスターは少しの間エルザだったが、マカロフが戻った今は返上するということで再びマカロフがマスターとなった。

再会を祝して騒いでいる者達はみんなが、この1年で何をしていたのかを話題に盛り上がっていた。

 

 

「騒がしいなーもう」

 

「でも…やっと何時も通りに戻ったね」

 

「……うん…」

 

 

テーブルに着いてレビィの言葉に同調するルーシィだが…実際の所全てが全て何時も通りとは言えない。

それはほかのみんなとて気が付いている…でも言えない…。

 

 

あと一人…欠けてはならない人物……リュウマの不在である。

 

 

カナは酒は飲んでいるが、少しずつ飲んでいて何時もの勢いが無い。

 

ウェンディは居ないと分かっていながら時々辺りを見回しては溜め息を吐く。

 

エルザはマカロフと話していて何時も通りに見えるが、手を握り込んでいるのが分かる。

 

ミラは酒を運びながらリュウマの良く座っていたカウンター席を切なそうな目で見ていた。

 

ルーシィはレビィと小説の話をしている最中、登場人物に出て来る強い人物にリュウマを重ねて頭に浮き出る。

 

他のみんなだって気配が感じないし、近付くだけで分かるほどの膨大な魔力が近くに居ないということも承知だが、やはり……入り口を見てしまう。

 

 

リュウマの存在は……それ程大きかった。

 

 

─────カァーーンッ!

 

 

「「「「─────────ッ!!」」」」

 

 

騒いでいたところに、マカロフが杖を床に打ち付ける音が広がって静まり返った。

みんなが注目する中で、マカロフは瞑目しながら頭を下げてフェアリーテイルのみんなに対して謝罪した。

 

 

(みな)…すまなかった、言い訳はせん。皆の帰る場所を無くしてしまったのはワシじゃ。本当にすまない」

 

「メストから聞いたぜ」

 

「オレ達の為だったんだろう?」

 

「気にしてねーよ!」

 

「それに復活したしな!」

 

 

気にしていないと言ってくれた者達に、最後頭を下げると、前のテーブルに広がる地図を杖で指し示しながら、己の立てた作戦が失敗に終わり、アルバレスが攻めてくるということを告げる。

この国より遙かに巨大な国が、ここに向かって攻めてくる…そう告げたマカロフにナツが叫んで返答した。

 

ナツは人を掻き分けてマカロフの前に立ち、今までだってずっと何度も戦ってきたし、敵がどれだけ強かろうと、大切なものを守りたいという意志がフェアリーテイルを強くしているのだと述べた。

 

もう一度みんなと笑って過ごせる日のために…戦わなくてはならないと。

 

 

「その通りじゃ。我が家族に噛み付いた事を後悔させてやるぞ─────返り討ちにしてやるわいッ!!」

 

 

「「「「オォォ────────ッ!!」」」」

 

 

気合いを入れて叫ぶメンバー達を見て眩しそうにした後、最初と同じように静かにさせた後、戦いの前に話さなくてはならないこと…ルーメン・イストワール、正式名称妖精の心臓(フェアリーハート)のことを話そうとした時……ふわりとマカロフの隣に降りたったメイビスが、そこから先は自分で話すと言った。

 

フェアリーハートをギルドの最高機密として扱い、世間には知られてはならない秘密があるということを伝える為に。

それをゼレフが狙う以上はこの場に居る全員が知らねばならない事だと述べて、己が犯した罪についても…と目を伏しながら伝える。

 

 

「初代……」

 

「全てを語る時が来た…ということです。呪われた少年と呪われた少女の物語…二人が求めた一なる魔法の物語…そして……人々から忘れられた…哀しき一人の幻の王様の話を……」

 

 

メイビスが話を始めようとしたその時……

 

 

「待って下さい初代」

 

「エルザ…?」

 

 

聞いていたエルザが待ったを掛けた。

どういうつもりなのかと、訝しげな表情を向けるマカロフに頭を下げて、メイビスの方を向いた。

 

 

「話の途中で遮ってしまい申し訳ありません。しかし……私は────此奴が先程から気になって仕方ない!!」

 

「ちょっ…エルザ!?」

 

 

そう言うや否や、エルザは換装して手に取った武器を振るって人一人分離れた所にいる男の首元に剣を突き付けた。

あと少し動かせば首が断たれるという状況下で、剣を突き付けられた男はニヤニヤと笑っていた。

 

突然の行動に驚いているメンバー達だが、その光景を見ている途中で気が付いた。

 

エルザが剣を向けている相手の男に見覚えが無い…そして……()()()()()()()()()()()分からなかった。

 

 

「貴様は何者だ。何時からそこにいたッ!」

 

「……………。」

 

 

何時からそこにいたのかすら掴めない不審な男に、フェアリーテイルの全員が警戒して見詰める中で、男はニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべたまま両手を挙げて降参の意を示し……口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 




急ぎ足で進みましたが、リュウマがいないので原作通りということで早送りしました。

内容が分かり辛かったら申し訳ないです。



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第六九刀  真実

リュウマが愛されてて嬉しいです笑

この話の所為で原作の最初の方が飛びますが、そこは補足させていただくので問題はないです。

それにしても…最終章ですか……。

()()()()()()()()()()()()()()()()()嬉しいです(ニッコリ


 

「おいおい。そーんな物騒なモンは向けないでくれよ。()()()()()()()()()()()こっちは小心者でね」

 

 

口を開いた不審な男が吐いた言葉はそんなものだった。

どこか含みのある言い方に引っ掛かりながら、警戒を緩めないエルザは剣を光らせて、もう一度何者なのかと問うた。

 

軽い話も付き合ってくれないのかと、手を上げたままやれやれと頭を振った男は……その場から消えた。

 

 

「なっ!?何処に……!」

 

「────まぁまぁ。そう興奮しなさんなって。オレ様のこれは限りがあるんだから、余り使わせないでおくんなァ」

 

 

メンバー達が全員見ている中で、マカロフにすら捉えきれない速度でメイビスの隣に移動していた男は、何者なのか判断するために目を細めながら分析しているメイビスに頭を下げて()()()()()

 

 

「お前さんがメイビスだろ?()()()()から伝言預かってるんで、後ろで殺気立ってるお爺ちゃん止めてくんね?怖くてチビっちまうぜ」

 

「黒の…?…8代目、取り敢えず話を聞くので手は出さないように」

 

「しかし初代…!」

 

「いいのです。敵意は見られませんし、何より気になる事がありますので」

 

 

メイビスの言葉に渋々従ったマカロフは、同じく殺気立ってる他のメンバー達にも目で手出しは無用だと語り、特にナツには厳しめの目を向けた。

念を押しておかなくては一番に突っ込んで話にすら発展しないと踏んでのことだ。

 

実際拳に炎を灯しているので、不審な男が何かした途端に襲い掛かるであろう事が簡単に予測される。

だとしても、今は仕方ないのだ。

何せアルバレスとの戦争が始まろうとしている真っ只中なのだから。

 

 

「先ずは質問させて下さい。あなたは────」

 

「何でお前さんと話が出来て目を合わせられるのか…か?あと、オレ様から感じるこの()()()()()()のことだろ?言わなくても分かってるよ。顔に書いてあるし目が物語ってるぜ。へへっ」

 

「……読み合いで負けるなんて…。…それで、何故ですか?」

 

 

メイビスは賢明故に妖精軍師と呼ばれる程のもので、年月が経ってからは人との読み合いに於いても他よりも長けていた。

そんな彼女の言わんとする事を悟って詰めるこの男の異質さに警戒心を抱きながら、質問の答えを待った。

 

 

「何で感知出来るのか。元々オレ様の力じゃない。只ちょっと力を借りてるだけさ」

 

 

そう言って目を瞑ってもう一度開いたときには、黒曜石のように黒かった瞳が蛇のような縦長に裂けた目をしていた。

色も黒から金…黄金のような色合いとなって吸い込まれそうな魅力を引き立てている。

 

そんな瞳をメイビスは憶えがあった。

まるで…初めて会った時のあの人のような……。

 

と、そこまで思って、その目をこの男に貸した人物に当たりを付けて確信する。

 

 

「あなたの言っていた旦那っていうのは…もしかして…」

 

「普通この魔力感じれば分かっと思うんだけどな。そう、この魔力だって借りてるだけ。オレ様はさっきも言ったとおり伝言を預かってるだけなんだから。まぁ、本人から直接だからな。黒の旦那─────リュウマからの」

 

「────ッ!あんた!リュウマが何処に居るのか知ってんの!?」

 

 

男の口にした名前に最初に反応したのはルーシィだった。

 

探しても情報の一つも手に入れることが出来なかったルーシィは、好きな相手の事が分かるかも知れないチャンスをみすみす逃す訳にはいかない。

それはウェンディやカナやエルザやミラも同じ様で、話すまで逃がさないというような鋭い視線を向けていた。

 

見られている男は怖い怖いと言いながらニヤニヤした笑みを崩すこと無く、「だから伝言預かってるって言ってんだろ?」と言って、うんざりしたように溜め息を吐いた。

 

 

「オレ様には時間が残されてねぇから言っちまうぜ?ん゙ん゙っ…『我の使者がこの言葉を送っている頃には(いくさ)が開戦せんとする頃であろう。我からの要望は一つ…白き姉妹剣を持つ女には何があろうと手を出すな。手を出さなければ害は無いが、手を出せば冷酷無情に貴様等を淘汰するであろう。故にその女は我が始末する。残る者共は貴様等でどうにかせよ。そしてメイビス、あの時の契約を果たせ』…だってさ」

 

「我…?」

 

「白の姉妹剣?」

 

「そんな奴にやられるかーー!!!!」

 

 

皆が皆思うことあれど、男からの言葉に真剣な表情をするメイビスを見て、これがリュウマからの伝言であるということが事実であると語られたも同義であった。

聞き終えたナツが、そんな奴に会ってもオレがぶっ飛ばしてやると叫んでいるが、本人を目の前にその言葉を吐けるとは到底思えない。

 

白の姉妹剣…オリヴィエの持つ双剣のことであり、オリヴィエは興味ないフェアリーテイルに手出しはしないが、攻撃してきたならば文字通り跡形も無く国ごと消すことはしてくるので、それ故の伝言なのだが…バカなナツは本人を見たことが無いので理解していない。

 

しかし……見たことがあるマカロフとメストは…納得した。

 

 

「ワシはアルバレスでその女に会った」

 

「オレは瞬間移動する一瞬だけ見たが…化け物だ」

 

「会ったことあんのかよ!?」

 

 

情報としてマカロフは険しい表情でオリヴィエについて話し始めた。

 

 

「いいか。リュウマの伝言通り、どんなことがあろうと…絶対にその女には手を出すな」

 

「何でだよじっちゃん!オレ達が負けるとでも────」

 

「────すまんの」

 

 

呆気ない返答にナツも固まってしまう。

今先程メンバー全員で気合いを入れたところだというのに、他でも無いマカロフの口から勝てないと思っていると告げられたのだ。

納得いかないと叫んでいるナツを放って、とても真剣な表情で何故そう思ったのか教えた。

 

 

「ワシは何もされていない。ただ前に立たれただけじゃ。しかしそれだけで……魔力を解放している訳でもないその女を前にしてワシは……自分がどれだけ小さな存在なのかと思い知り、走馬灯すら見据えた」

 

「「「─────────っ!!!!」」」

 

 

マカロフにそこまで言わせるのは一体どれ程の存在なのだろうかと…皆が疑問に思ったが、真剣な表情をするマカロフの言葉に従わない訳にはいかないので、見かねたら接触しないようにしようと心に誓った。

まだそんな奴はオレがぶっ飛ばしてやる叫んでいたナツは、いい加減にしろとエルザに殴られていた。

 

オリヴィエのことを大雑把に聞いていた男からしてみれば、オレ様には関係ないから精々頑張ってくれと紡ぐだけだった。

いい加減時間が迫ってきている男は、強引にマカロフ達の話に割り込んで残る伝言を伝えた。

 

 

「最後に一つ。『アクノロギアに関しても我が始末する』だってさ」

 

「アクノロギアはオレがぶっ飛ばしてやるんだ!!」

 

「─────お前さん。さっきからソレばっかりだな。吠えてばっかりで全然強いとは思えないねぇ」

 

「ア゙?んだとテメェ!!」

 

 

男の言葉に腹を立てたナツは青筋浮かべながら大股で男の前まで迫ってくる。

話し終えた男はニヤニヤした顔のままナツのことを見ていて、男からしてみれば、あっちもオレがやるこっちもオレがやる…黒の旦那のように圧倒的力を持っていないのに強欲極まりない言動には心許ない訝しさしか感じない。

 

元々不審な男だというのに馬鹿にされたナツは、短気なだけあって早速男を殴ろうと腕を振りかぶった。

男はその光景を見ているだけで何もせず、拳が頬に突き刺さる…となった刹那……男の姿が光を纏いながら一匹の鴉となった。

 

 

『ざーんねん。オレ様は黒の旦那に助けてもらった一匹の鴉なのさ。人間の姿をしていたのは旦那の魔法…魔力が切れればこうやって元の姿に戻るのさ。言葉だってもう話せなくなる。まぁ、元々喋れないから元に戻るだけなんだけどな!』

 

「逃げんのかお前!!」

 

『……お前さん…相当なバカだろう?オレ様の話聞いてたか?オレ様は只の鴉…お前さん何の変哲もない鴉に魔法ぶつけんのか?大人気ねぇなぁ…カーカッカッカッ!』

 

「こいつ…!」

 

 

捕まえようとしたナツの腕をすり抜け、ギルドの中を旋回していた鴉は最後にカーッ!と鳴きながら扉を通って外へと飛び去っていった。

去って行った鴉は猟師の縄に掛かっていたところをリュウマに助けられ、恩に報いる為に遙か数千キロ離れたフェアリーテイルの所まで来て伝言を伝えたのだ。

 

テーブルに頭から突っ込んで破壊したナツは、そこら辺に居る者達にあの鴉何処行った!?と聞いて、もうどっか行ったと聞いて悔しそうな顔をしていた。

リサーナはそんなナツに静かにしているように注意して、ナツもリサーナの言葉に従って静かになった。

 

話を出来る状態に戻ったと判断したメイビスは、一旦周りを見渡して、では…と話を始めた。

 

 

「先ずは最初に話そうとした思っていたルーメン・イストワールについて話そうと思います。……あれは今から100年以上も昔─────」

 

 

話はメイビスが昔にマグノリアを占拠していたギルドを、ゼレフから最後に教わった古代の超魔法…ロウを使って勝利した頃に遡る。

後の妖精の三大魔法の一つ…妖精の法律(フェアリーロウ)となるロウを使用したメイビスは、完全に習得していないまま使った反動で、使った時の姿から成長しない体になってしまった。

だからメイビスは少女の姿こそしていて、実際には体が成長しないままで幽体となり、当時は20代に入っていた。

 

 

年が少し過ぎてX686年4月……妖精の尻尾(フェアリーテイル)創設。

 

 

当時は領主同士の通商権争いが絶えることなく続き、激しさを増す一方であったと同時、第二次通商戦争が始まった年でもあった。

遂には魔導士ギルドを雇っての戦いとなり、血が絶え間なく大地に注がれていく結果となった。

 

その頃にもリュウマは雇われて戦争に参加していて、時々メイビスの作戦を覆すような戦況を変える魔法を使って殲滅したりと、何かと大きなことをしていた。

因みにだが、雇われる度に莫大な資産を報酬に出してくるので、一文無しの一人旅から、懐が暑くて暑くて仕方ない…それこそ町一つ買えるほどの余裕さえあった。

一国の王であった時は、国の資金はそれの数百倍持っていたが。

 

戦争にメイビス達フェアリーテイルの創設メンバー達も加わり、四年後のX690年に第二次通商戦争は終結された。

この戦いで類い稀なる戦略眼を見せたメイビスは、戦争に参加していた者達から妖精軍師と呼ばれるようになった。

 

第一次戦争に比べて、第二次通商戦争では各地で死傷者が数十倍近く出た。

原因の一つとして、魔導士ギルドが介入したからという声も上げられたが故に、魔法界も然りと判断してギルド間抗争禁止条約が締結されたのだ。

ギルド間抗争禁止条約とは、何時如何なる時であろうとギルド間での武力抗争を禁ずるという条約だ。

 

ギルド間抗争禁止条約が締結されて、魔法界には暫しの間の平和が訪れて六年後……メイビスは黒魔導士ゼレフとの再会を果たしたのだ。

 

リュウマと一緒に魔法を教わっていた時、ゼレフの事は黒魔導士としか聞いていなかったので、話している時に自分が世に騒がれている大犯罪者の黒魔導士ゼレフだと告げられて、メイビスは大層驚いた。

 

300年も同じ若々しい姿でいたのかと驚いている内に、ゼレフはゼレフで10年前に会った時とメイビスの姿が変わらないことに不思議に思った彼は、焦った様子でロウを使ったのかと問うた。

返事をする前に額を合わせられたメイビスは紅潮していたが、ゼレフはメイビスの顔を離して酷な判決を下した。

 

 

「成長が止まっているんじゃない……()()()()不老不死になっているんだよ」

 

「……え?」

 

 

ロウを放つ時…メイビスは自分で命の選別をしてしまった…自分の裁量で…。

 

ゼレフも自分の裁量で命の選別を行い、アンクセラム神の怒りに触れて呪いを受け、不老不死にされてしまった。

だからメイビスも……。

 

 

「そんなことはありません!!…私の周りで…人は……」

 

 

叫んで否定しているメイビスに、ゼレフはただ事実と真実を語り聞かせた。

確かにメイビスの周りで人は()()死んでいない。

 

ここ最近何があっただろう?

 

 

それは……“戦争”

 

 

戦争とは罪無き者達も平等に儚くも無駄に死んでいく。

すると人の持つ人の生死に関する倫理観を鈍らせて狂わせる。

メイビスは戦争の所為で命に対する考えそのものが揺らいでいたのだ。

 

メイビスが真の意味で命の尊さを知った時……

 

 

周りの命は消えていく

 

 

信じられないメイビスは涙を流しながらその場を走って後にし、フェアリーテイルへと戻っていった。

命は大事だ…一瞬の短い間の微かな灯火であるが、だからこそ命というのは儚くも尊いものであるのだ。

 

分かっていることを何度も繰り返し、自分はアンクセラムの呪いなど掛かっていない。

そう断言しているのだが……この年…創設メンバーのユーリの子……マカロフが生まれた。

 

フェアリーテイルが好きであったユーリの妻…リタはマスターであるメイビスに子供の名付け親になって欲しいといい、ウォーロッドやプレヒトの後押しなどもあり、昔読んだ本の中に出て来た優しい王様の名で…マカロフと名付けた。

 

命の育み…生命の誕生に立ち会ったからこそ……命の尊さを知った。

 

メイビスが感激でリタの手を握り締めたその時……

 

 

 

ドクン

 

 

 

出産で体力を消耗しようと、話をすることが出来ていたリタの手から力が失われ……ベッドに落ちた。

 

 

今この瞬間……リタはメイビスの持つ死を誘う力で力尽きたのだ。

 

 

「あ…あぁ……あぁああぁぁ──────っ!!」

 

 

『真の意味で命の尊さを知らないんだよ』

 

「ち、違う……」

 

『その尊さを知った時─────』

 

「違います…!!!!」

 

 

『君の周りの命は消えていく』

 

 

メイビスはフェアリーテイルから出て行って森の中を駆けていく。

 

駆けて駆けて駆けて…森の中央で木の根に足を取られて転んでしまった。

 

だが…手を突いた所の周辺の草木が……枯れる。

 

 

矛盾の呪い…人を愛せば愛するほど周りの命を奪い、愛さなければ命を奪うことはない。

 

 

悠々と生える草木を枯らし、動物の命を絶ち、人の命さえも差別なく平等に奪っていった。

 

 

呪いがある以上は人の近くには居られない…と、フェアリーテイルに顔を出すことがなくなり、宛てなど無く彷徨い続け……彷徨いの過程で幾度も命を奪っていき…1年が経過した。

 

姿を消したメイビスを追い掛けていたゼレフは、一年後に森の中にある枯れた木の穴の中に、膝を抱えて座り込んでいるところを発見した。

半年も食事をしていないのにも拘わらず死ぬことがない現状に嫌気がさし、ゼレフに殺して欲しいというメイビスに、ゼレフでも同じ不老不死は殺せないと教えた。

それは逆も又然り……メイビスもゼレフを殺すことは出来ない。

 

たった1年で参ってしまっているメイビスに、ゼレフは無限の時間があるからこそ、出来るだけ命に関することを考えないようにしてエーテリアスという魔物…後のタルタロスの悪魔達や、国作りをしていると教えた。

尊く思えばいけない訳なので、人をただの駒と考え、国作りをシミュレーションゲームと考えて取り組んでいるのだそうだ。

 

何でも無いように語っていくゼレフはしかし…話している内に話の内容が矛盾して何を話しているのか分からなくなってしまう。

矛盾の呪いに犯され過ぎて、思考までも矛盾になってきてしまうのだ。

 

メイビスはそんなゼレフを抱き締めて受け入れ、共にアンクセラムの呪いの解く方法を探していこうと提案し、初めて同じ道を歩んでくれる存在を目の当たりにしたゼレフはメイビスを愛しく思い、メイビスもまたゼレフに惹かれていった。

 

 

魔道の深淵全ての始まり

 

 

それは一なる魔法

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛は時に奇跡を起こし、時に悲しみを引き起こす。

 

 

矛盾の呪いに掛けられた二人の愛は……最後の矛盾を突き付ける。

 

 

愛すれば愛するほどに命を奪うその呪いは

 

 

 

 

 

不老不死であるメイビスの命を奪っていった。

 

 

 

 

 

ゼレフは動かなくなったメイビスの体をフェアリーテイルまで運び、丁度出て来たプレヒトに、まるで道具のように乱雑にメイビスの体を渡し、ゼレフはメイビスが妖精ならば自分は醜い妖精(スプリガン)だと名乗ることを決めた。

 

故にアルバレス帝国では、黒魔導士ゼレフのことを民達は皆がスプリガンと呼んでいるのだ。

 

メイビスの体を受け取ったプレヒトは、メイビスの体から微かな魔力が残っていることと、心臓が動いていることを知り、急いでフェアリーテイルの地下にある蘇生用のラクリマの中に封じられた。

 

幾つもの蘇生魔法が試されたが…終ぞ効果は得られなかった。

 

だが代わりに、後の天才と呼ばれたプレヒトはアンクセラムの呪いに気が付き、ユーリの妻のリタの命を奪ったのはメイビスのアンクセラムの呪いであることが分かった。

 

 

これが……メイビスが秘匿される切っ掛けだった。

 

 

X687年…プレヒトの判断によって、フェアリーテイルのメンバーにはメイビスが死んだと告げられ、骸無き墓はギルドの聖地である天狼島に建てられた。

天狼島はメイビスの故郷であり、プレヒトやユーリ、ウォーロッド達との出会いの地だったからだ。

 

同年…プレヒトがメイビスの生前の遺言に従いフェアリーテイル2代目マスターとなる。

プレヒトはマスターとしての仕事の傍ら、メイビスの蘇生にも心血を注いだ。

 

3年後には妻の死の真相を知らぬままマカロフの父…ユーリが他界。

 

更に30年、プレヒトはメイビスの蘇生を続けてはいたが、事態は予想だにしなかった方向へと進んでいってしまったのだ。

類い稀なる才能を持つプレヒトが、メイビスの不老不死がもたらす半永久的な生命の維持…それが融合して説明の付かない魔法が生まれた。

 

 

永久魔法 妖精の心臓(フェアリーハート)

 

 

「永久魔法…?」

 

「それは一体どのようなものなのですか?」

 

 

ルーシィとエルザの疑問に、メイビスは間もなく答える。

 

 

「その名の通り永久…無限。絶対に枯渇する事のない魔力です」

 

「なんだそりゃあ!?」

 

「一生使えちゃうのぉ!?」

 

 

フェアリーハートの力は凄まじものである。

 

エーテリオンという魔法…旧評議院が所持していた国を丸々一つ消滅させる超魔法。

フェアリーハートはこのエーテリオンを無限に撃つ魔力を持っている。

いや…魔力を持っているというのは誤りである。

 

 

「─────無限なのですから」

 

「「「「─────────────」」」」

 

 

フェアリーハートのことが世間に公表などされてしまえば、魔法界は根底から覆ることになる。

 

メンバーの一人が何故この魔法の為に攻めてくるのか分からないと述べた。

アルバレスは既に強大な力を持っている。

それに対してメイビスは、ゼレフはアクノロギアを倒すために手に入れようとしていると推測していると言った。

 

ハッピーがその後に質問をした。

 

「フェアリーハートでアルバレスもアクノロギアも倒すことは出来ないのか」

 

と。

 

確かに一理ある話ではある。

 

 

だが、()()()()

 

 

もし、無限に降り注ぐエーテリオンが制御不能であったのだとしたら。

 

 

それこそ世界の破滅になりかねない。

 

 

国を一つ消滅させる魔力というのは、地球規模で考えればそこまでではないかもしれないが…その照射時間が無限ともなると、地球上の生物は死に絶え、海は干上がり、大陸は跡形も無くなる程削り抉り取られるだろう。

 

他にも、魔法界がそんな危険なモノを一個ギルドが所持して良いものではないと言って明け渡すように言うだろう。

そこからフェアリーハートの力を欲する愚か者が出て、大陸間の全面戦争にだって繋がるかもしれない。

 

 

流石に全面戦争は言い過ぎ?

 

 

では、フェアリーテイルはアルバレスと()()()()()()()()()()()()()()

 

 

言い過ぎということはない。

 

 

事実フェアリーハートが明るみに出た場合、世界は大混乱になるのだ。

だから使うことはかなり渋られてしまう。

だからこそ、タルタロスとの戦いでアクノロギアが出て来た時にマカロフがフェアリーハートを使おうとしていたが、終ぞ使うことが出来なかったのだ。

 

己の罪から生まれた魔法が、フェアリーテイルを窮地に追い遣っていることに涙を浮かべているメイビスに、メンバーは全員して初代の所為ではないし気にするなと言う。

メイビスがフェアリーテイルを創らなかったら、今こうして話し合う事が出来る仲間とも出会えなかったのだからと。

 

 

「ありがとう…ございますっ。本当に…良いギルドです!……もっと感謝を述べていたいところですが、時間を掛けている時間も惜しい、次は……人々から忘れられた幻の王様の話をしたいと思います。良く聞いて下さい」

 

「来たか…」

 

「気になってた話しだ……」

 

 

そしてとうとう……あの話しになる。

 

 

「あなた方は“フォルタシア王国”というものを知っていますか?」

 

 

メイビスは早速本題に入る。

 

フォルタシア王国…彼を語るならば外せない話である。

 

問われたみんなの反応は……当然─────

 

 

「フォルタシア王国?……()()()()()

 

()()()()()()()()

 

「国の名前…()()()()()()()()()?」

 

 

と、いった…誰も知らない、語られたことの無き名前である。

やはり知る者は居なかったことに悲しげな表情をするが、悲観している訳にはいかない。

 

 

「フォルタシア王国…今から400年前に、まだ世界が四つに分かれていた頃…その四つの内の一つ、つまり世界の四分の一を手にしていた超大国のことです」

 

「世界の四分の一ィィィィ!!??」

 

「おいおい、それハンパなくねーか?」

 

「だけど…あれ?」

 

「なんでそんなとんでもねー国が歴史に記されてないんだ?オレ聞いたことも無いしよ?」

 

 

疑問は最もであるが、フォルタシア王国が世の人々の記憶から…歴史から消えてしまい、超大国と呼ばれた国が語り継がれなかったのには理由がある。

それこそが……

 

 

「竜王祭……竜と人間の戦争によって数多の竜に襲われたフォルタシア王国は、瞬く間に滅び去ってしまったのです」

 

「そう…だったのか……」

 

「そこで言っておきたかったのが、フォルタシア王国を治めていたのがどんな人物だったのかです」

 

 

どんな人物と言われて思い浮かべるのが、王としてしっかりしていそうで、髭を生やしていたり、渋い顔立ちだったり、体が大きかったりと様々ではあるが、フォルタシア王国の最後の王はもっと若々しいままである。

他にも……普通の人にはあまり見られないものが付いていた。

 

 

「フォルタシア王国の王は……翼人一族。つまり…背に羽を持っていたのです」

 

「翼人一族…」

 

「翼……?……あ」

 

「あれ…?翼って…」

 

「で、でも……え?」

 

 

所々から困惑した声が聞こえてくる。

それは一人前の大魔闘演武の際に、ドラゴンと戦うときにその者の近くに居た者達の口から。

 

だが、そんな結果な訳が無い。

 

そんな訳が無いと心に言い聞かせている内に…メイビスは決定的な言葉を口にした。

 

 

「このフェアリーテイルに所属していて翼を使った人物がその王です」

 

「う、う…そ……」

 

「そ、そんなことが…あるのか…?」

 

「まさ…か…………リュウマ?」

 

「…………………。」

 

 

エルザが名前を口にして、メイビスはそれに対して沈黙でもって答えた。

だがそうなると400年前から生きていることになる。

リュウマはどう考えても20代前半…多く見積もっても20代後半の見た目である。

 

だがそれは…不老不死のゼレフやメイビスにも言えることである。

 

 

「リュウマの正体は……フォルタシア王国第17代目国王…リュウマ・ルイン・アルマデュラ。世界の四分の一を手中に収め、大魔闘演武の際にジルコニスというドラゴンが言っていたアクノロギア以外のドラゴンを皆殺しにした人物。アクノロギアに勝てるとしたら…彼以外にいません。何せ……400年も昔に大凡数万頭のドラゴンを()()()()()()殲滅した方なのですから。国の戦争にも先陣を切っていた彼の世間からの呼び名は……殲滅王。世に恐怖と絶望を撒き散らした本人です」

 

 

メイビスの言葉に…メンバーの全員が固まっていた。

 

確かに昔から強く、挑まれようと誰にも負けること無く圧倒的力を見せてきたが…まさか大昔…それもゼレフと同じ時代の人間だとは思わなかった。

 

 

それも翼人一族…他の人達とは少し違う特殊な人間である。

 

 

「り、リュウマが昔の王様なのは…まぁ分かったよ。でも…何で姿を現さないんだ?」

 

「そうだ!別にオレ達は昔の人間で、それも王様だったとしても嫌わないぜ?」

 

「……彼は…アクノロギアを打ち倒した後、姿をくらます気だから…だから最後に会うつもりは無いのではない…かと」

 

「え?…居なくなる?」

 

「そんなの…嫌」

 

「リュウマさん…居なくなっちゃうんですか?」

 

「チッ…勝手に居なくなるとか…絶対に許さないよ、私は」

 

 

やはりのこと反応を示したのは、リュウマのことを慕い、恋心を持っている者達であった。

 

突然もうお別れだから会う気はないと言われても…と、思ったところで、1年前に届いた手紙のことを思い出した。

 

丁寧に書かれていたお別れの文と分かる事が綴られた手紙……彼女達は総じて暗い表情をした。

 

 

 

 

 

「ふ~む?どうやらリュウマは会わない間に矢鱈と女を誑かせていたらしい」

 

 

 

 

 

 

「──────え?」

 

 

全く聞き慣れない声、それが響いたのは座っていたウェンディの横から聞こえてきた。

 

勢い良く振り向いたメンバー達がウェンディの横を見て目を見開いているのを見て、ウェンディもゆっくりとだが隣に視線を向ける。

隣に座っていたのは……オリヴィエだった。

 

誰にも気付かれることなく、ウェンディとカナの間の席に足を組んで座り、何処から持ってきたのかティーセットの皿を左手に、カップを右手で持って優雅に紅茶を楽しんでいた。

 

腰に差している二振りの純白の双剣を見て、エルザはこの女がリュウマからの伝言で言っていた女だと理解した。

そして……次元が違いすぎる魔力の異質さと存在感に、あのエルザが膝を折って屈しかけていた。

 

 

「テメェ!!ウェンディから離れろ!!」

 

「コイツ…!!」

 

「ぁ…ば、バカ者!!そいつは─────」

 

 

エルザが言い終わる前にナツが駆け出して炎を灯した鉄拳を振るい、グレイは両手を添えて攻撃をしようとしたが伝言のことを寸前で思い出して踏み留まった。

 

残念ながらナツは既に手遅れで、オリヴィエの顔に拳を──────

 

 

「─────小僧。喧しいぞ」

 

 

「なッ…!?」

 

 

オリヴィエは……ナツの手加減無しの攻撃を人差し指一つで止めた。

 

 

「突如女に襲い掛かるとは。何とも野蛮な小僧だ。どれ、少し()()()()()()()()()

 

「────ッ!?ま、待ってく─────」

 

 

右手の人差し指で防いだ拳を横に少し傾けるだけで、ナツの重心を掌握し体勢を崩させる。

咄嗟に戻ろうとしたナツの行動よりも速く、オリヴィエの右手がブレた。

 

 

──────どむッ!!!!

 

 

「ごぷっ…!?」

 

「貴公のような有象無象は話が通じぬと相場が決まっている。暫しの間その場で蹲っていろ」

 

「ガッ!?」

 

 

誰の目にも捉えられない速度でナツの腹に殴打を打ち込み嘔吐かせ、蹲ったところで頭に足を振り下ろして床に叩きつけた。

そのまま足は退けられることなく、ナツが一方的にやられて足台にされてしまう。

 

ナツがやられたことに他のメンバー達が攻撃しようとしたが、エルザが手を横に振り上げて止めるように指示を出した。

そこで思い出す……手を出せば今度は自分達がやられるということを。

 

現に手を出したナツがやられ、何もしていないウェンディとカナが未だに何もされていないのだから。

 

 

「…っ…。貴様は何者だ」

 

「尋ねるならば先ずは己からではないのか?」

 

「……すまなかった。私はエルザだ。…それで貴様は何者だ」

 

「ハァ。そう急かすな。私はお前達に何かするつもりはない」

 

「既に足下に仲間が一人やられている」

 

「ほう…?貴公の(まなこ)は相当の節穴と窺える。私が何時手を上げた?これは正当な防衛手段に過ぎない。何せ私が攻撃をされた側なのだから。私を咎めるのは筋違いでは?」

 

「クッ……ナツを解放しろ」

 

 

エルザは取り敢えずナツを回収するために、オリヴィエに鋭い視線を向けるが意に返されず。

しかし肩をすくめたオリヴィエは足を上げてナツを蹴っ飛ばして寄越した。

 

軽く爪先で突くように蹴っただけだというのに、勢い良く数メートル程飛んでマカロフの大きくした手によってキャッチされた。

痛みが引かない程のダメージがナツの腹部を襲い、床に足を付けても子鹿のように脚が震えてしまう。

 

この場に居る全員がオリヴィエの存在感と魔力に当てられて震えが止まらない。

隣に居るウェンディとカナには最も影響されていて、それを知ってか知らずかウェンディの髪に触れて長い髪を優しく梳いた。

 

 

「────ッ!?ぁ…うぅ……」

 

「ふふふ。何を怖がっているんだ。私は何もせんぞ?」

 

「……おい。私の質問に答えろ。貴様は何者だ」

 

「……まぁいいだろう。私はオリヴィエ。夫が世話になっていたからな。私の名を口にすることを特に赦す」

 

 

上から目線にカチンとくるエルザだが、実際に上の者なだけあって言い返せない。

そもそも、先程から強気な口調で出ているが体の震えが止まらない。

見抜いているオリヴィエは、そんなエルザのことをクスリと笑って微笑んだ。

 

 

「エルザ。後はワシに任せておけ」

 

「…!マスター…。分かりました」

 

 

奥から意を決して出て来たマカロフにこの場を任せたエルザは数歩後ろに下がり、無意識の内に安堵から来る溜め息をしていた。

 

マカロフが目の前に立っていても特に変わること無く、オリヴィエは恐怖で震えるウェンディの頭を撫でながら、エルザの代わりに出て来たマカロフを見ていた。

 

 

「……お主が言った夫とは誰のことじゃ」

 

「なんだ。先にその話をするのか?…まぁ良いが。私の夫の名はリュウマ…リュウマ・ルイン・アルマデュラだ」

 

「……へ?」

 

「ん?」

 

「はい?」

 

「…へぇ…?」

 

「…は?」

 

「「「はあぁ────────ッ!!??」」」

 

 

あっけらかんと宣うオリヴィエに、一同騒然である。

女っ気が無いとは思っていたが、まさかまさかの嫁が居たとは…と呆然とし、ルーシィを始めとした慕う少女達は顔色を悪くさせた。

 

 

「嘘をつかないで!」

 

「嘘ではない。こう見えて私も夫と同じ時代の…400年前の時代の者だ。世界の四分の一を治めたラルファダクス王国が王…オリヴィエ・カイン・アルティウスとは私のことだ」

 

「400年…前……」

 

「世界の四分の一を手中に収めてた奴の…一人…?」

 

 

到底嘘の類とは思えない程に緊迫した空間に、オリヴィエの紅茶を飲む音だけが響く。

次から次へと訪れる大きな驚愕に、メンバーは頭がこんがらがりそうになる。

フェアリーハートの無限魔力の次にリュウマが400年前の王だと明かされた、その次は謎の美女がリュウマの妻で同じく400年前の王だという。

 

夫であるという線が濃くなってしまう毎に、一部の少女は悲しそうな表情をする。

だがオリヴィエからしてみれば、所詮はリュウマ以外の存在故にどうでも良く、悲しそうな顔をしようが目の前でのたれ死のうが苦しもうが至極どうでも良かった。

 

ここに来たのはただリュウマが暫く留まっていたところを一目見ておこうと思って散歩感覚で立ち寄っただけなのだから。

 

周りが困惑しているのを余所に優雅に寛ぎ、自然体でいるが付け入る隙が全く皆無。

攻撃しようと懐に飛び込めば、飛び込もうと体を力ませた瞬間に首は胴体と離れる。

圧倒的実力差を承知で、機嫌を損ねない程度の話し方と内容でマカロフが質問していった。

 

問われたオリヴィエは何てことは無いように答えていった。

己はここに来たのは本当にリュウマが居たところを見てみたかったことと、他にもゼレフが狙っているというフェアリーハートがどんなものなのかも見ておくためだと。

本来フェアリーテイルの紋章を刻んだ者にしか見えず聞こえず気配も感じ取れないものだが、オリヴィエの前にはリュウマ同様意味を成さない。

 

立ち上がったオリヴィエはなんと、メイビスの前まで行くと目線を合わせて会話をしたのだから。

何処までも規格外であるリュウマの対を成す者…彼女にはリュウマ以外に倒すことが不可能であるのだ。

 

例え御都合主義や主人公補正や土壇場の覚醒、仲間達との絆の力の総力などを起こそうとも、オリヴィエやリュウマの前には無意味にして無価値。

絆で勝てるというならば、400年前に妻子がいる者や大切な友人のいる兵士達によってリュウマとオリヴィエは打ち倒されている。

 

だから今は……出来るだけ刺激しないようにするしか無いのだ。

因みに、先程回復したナツをがまたも殴り掛かろうとしたが、エルザの人を睨み殺すような目を見て縮こまった。

 

 

「……お主の目的はなんじゃ」

 

「離れ離れになってしまった夫の回収だ。あぁ、心配しなくていい。夫を回収しても、貴公等をどうこうするつもりは無い。夫以外の有象無象に興味は無いのでな」

 

「……リュウマはあなたのような人が居るなんて一度も口にしなかったわ」

 

「居たんだとしたらそれ相応の事は言うはず」

 

「私はあんたがリュウマの夫とは思えないね」

 

「私も…あまり信じたくないです……!」

 

「貴様の話には信憑性が無い」

 

 

リュウマに恋する者達からの言葉には、そうであって欲しいという意志も籠められている。

基本周りの有象無象はどうでも良く、本人から夫じゃないと言われるのは今更なので別に良いが……有象無象であろうと、関係の無い者達に言われるのは癪に障った。

 

手に持っていたティーセットが音を立てて粉々に砕け、オリヴィエの体から純白の魔力が高濃度故に可視化される。

ギルド…いや、最早国そのものが揺すられていると言ってもいいような震動が奔り、目の前に居るメンバー達は言葉で表現出来ないような恐怖が身を強張らせた。

 

 

「その不敬に値する発言……首を落とされなくては解らぬか」

 

「「「「──────────ッ!!」」」」

 

 

両の腰に付けた純白の双剣の柄に手を掛けた途端……少しの殺気のみで一体何度胴体ごと首を斬られただろうか。

錯覚が現実ならば既に…一人一人が20回近く殺されていると思える中で、とうとう双剣が鞘から抜け─────

 

 

「───ッ!……ふふふ。来たか。私のみに莫大な殺気を飛ばすとは……断罪は止めだ。私には用事が出来た。精々アルバレスからの侵攻に藻掻くが良い」

 

 

そう言い残してオリヴィエは消えた。

 

 

殺気と魔力から解放されたメンバー達は全員して膝に手を置いて荒い息を整えていた。

危なくアルバレスと戦う前に全滅させられるところだったとこを、何故オリヴィエは何処かに消えたのだろうかと考え、消える前の発言で夫…リュウマを向かえに来たと言っていたことを思い出す。

 

その為に来たと言って消えたのならば……リュウマがこの近くに来ているということでは?という考えに繋がり、メンバー達のアルバレスとの戦争前の希望となった。

 

しかし、現実ではリュウマはこの近くに居ない。

 

ここ、マグノリアから遙か数千キロの何も無い荒野にリュウマが居て、その数千キロという距離の先に居るオリヴィエのみに殺気をぶつけていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ。やはり闘うならばここを選ぶと思っていた」

 

「………………。」

 

 

数千キロという長距離を、僅か数秒の魔力放出のみで詰めたオリヴィエは、草木すら生えていない荒野のど真ん中に一人佇んでいるリュウマの目前に降り立った。

 

3対6枚の黒白の翼も生やし、黒い軽装の鎧が着いた戦闘装束を身に付け、王の証として代々受け継がれてきたサークレットを頭に被り、同じくリュウマの翼と並ぶ代名詞とも云える純黒の刀を左腰に差している姿は、リュウマが本気で戦闘するときに着けているフォルタシア王国国王の戦闘スタイルである。

 

魔力も陽炎の如く先の光景を歪ませる程立ち上らせ、足下の地面は魔力の影響で侵蝕されて黒く塗り潰されている。

 

並の者ならば前に立つことすら赦されない気迫と覇気、そして魔力を放出するリュウマ…否。

 

リュウマ・ルイン・アルマデュラを前に、オリヴィエは恋する乙女よろしく顔を紅潮させてうっとりとした表情を見せて熱く見つめる。

 

 

「私の愛しい貴方。これにて400年越しの闘い()に決着をつけよう」

 

「……我等はこの時代に生き存えて良い存在ではない。我等の時代はとうの昔に終わりを迎えている。今の時代を創って征くのは今を生きる者達だけだ。故に……()()()()貴様を先に下してやろう」

 

「何もこの時代で何かを起こすつもりは無い。ただ、私は貴方と共に生きていたいだけだ。その為に私はあの時(竜王祭)に雨が如く迫り来るドラゴン共を葬り、私ともあろう者が満身創痍になりながらも…とある村に伝わる不老不死となる霊薬を奪いこの体となった」

 

「…………。」

 

「人との関わり? 要らぬ。 世間との関わり? 要らぬ。 耀く栄光? 要らぬ。 人々からの名誉? 要らぬ。 人として当たり前の人生? 要らぬ。 世界をも破壊する力? 要らぬ。 神すら滅する力? 要らぬッ!! 私は貴方と永遠に共に在りたいだけだ……。大丈夫。何のことは無い。ただ、抵抗する以上は貴方を下し、手脚を斬り落としてでも共に在ろう。人が入り込めぬ前人未踏の地にでもひっそりと小さい小屋でも建てて共に住もう」

 

「…………。」

 

「私は貴方を手に入れる為だけにこの400年を過ごしてきた。無駄とも思える時間…途方も無い無限と感じる時の中を貴方だけを想い耐えた。貴方だけが私の心の拠り所だった。……私には貴方を下し共に在り続ける覚悟が…決意が…気概が…信念が…熱意が…意志があるッ!!

 

今貴方の前に立つ女は──────」

 

 

両の腰に差した純白に耀く美しき剣を引き抜き構えたオリヴィエの眼は……一切の余念無くリュウマを射貫いていた。

 

 

「─────一人の男の為に妄執が如く我が身の全てを捧げた修羅と識れッ!!」

 

 

「─────ッ!!」

 

 

ただただ…愛するリュウマの為だけに全てを捧げたオリヴィエの気魄が……()()()()()()()一歩後退させた。

 

 

「ラルファダクス王国国王…オリヴィエ・カイン・アルティウス──────」

 

 

「フォルタシア王国国王…リュウマ・ルイン・アルマデュラ──────」

 

 

抜かずに左腰に差した純黒の刀の柄に右手を添えたリュウマは半身になりながら腰を落とし、対するオリヴィエは純白の双剣を背に隠すようにしながら背後でクロスさせて前のめりに構えた。

 

互いの体から莫大な魔力を大地を砕く程放出させながら一歩踏み出し─────

 

 

 

「────全力で征くッ!!!!」

 

 

「────推して参るッ!!!!」

 

 

 

リュウマ()オリヴィエ()が……衝突した。

 

 

 

 

 

ただ、此だけは云えるだろう。

 

 

 

 

 

一人の女が手にした、それこそ永遠とも云える永き時(人生)を…文字通り全て賭けた一矢は─────

 

 

 

 

 

 

 

殲滅王(最強)の喉元に─────届き得た。

 

 

 

 

 

 

 

 




覚悟を決めているオリヴィエは、今まで相手してきた者の中で最強である。

それこそ……リュウマに迫りうる程に。



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第七十刀  黒と白

長い闘いです。

果たしてどちらか?




 

だだっ広い土が剥き出しとなった寂れた荒野に、その場とは似合わぬ剣戟の音が響き渡る。

 

発生している音源は当然の如く、今から大凡400年前に世界を動かしていた四人の王の内の二人である。

智謀だけに留まらず武にも精通していた正に文武両道の具現たる二人の得物の打ち合わせは、寂れた荒野に多大な傷跡を残す衝撃を奔らせながら続けられていた。

 

一方の白き人…オリヴィエの攻撃は得物を振るう速度が異常で、一度振ったというのに相手を十度斬り裂いた。

 

もう一方黒き人…リュウマの攻撃は速さもさることながらではあるが、連撃に関してはオリヴィエには届かず、しかしオリヴィエの体を両断せん程の裂傷を与える。

 

 

「ぐぶッ────オォォ───────ッ!!」

 

 

「ごほッ────ハアァ───────ッ!!」

 

 

目に見えない連続の剣戟から一転して、構えた後音を捨て去る速度で交差した後、リュウマの体から数十箇所から勢い良く血飛沫が上がる。

一方オリヴィエの体には数多くの傷よりも、重く深い一撃が左肩から右脇腹に掛けて奔り夥しい量の血を滴らせる。

 

 

「ぐぅッ…ッ!『自己修復魔法陣』起動───」

 

「─────遅いッ!!!!」

 

 

体の隅々まで黒い線が曲線や直線を描きながら体に刻まれて傷を瞬く間に修復させる。

だが、既に傷が塞がっているオリヴィエには遠く及ばず、振り向いてはリュウマに向かって駆け出して両の脚の健を斬った。

 

足に力が入らなくなりバランスを崩し、急いで立つ立たないに関係ない宙へと飛ぼうとしたところをオリヴィエに足をむんずと掴まれ、勢い良く地面に叩きつけられた。

視界が一瞬で空を見上げるものとなって混乱している内に背中から強打…故に強制的に肺から空気を吐き出させられる。

 

『魔力が多ければ多い程修復が早くなる』というリュウマが持つことで出鱈目な性能を発揮する自己修復魔法陣よりも先に傷を治したオリヴィエの絡繰り。

 

竜王祭と呼ばれる戦争から400年経った今、オリヴィエは当時の姿のままで今も生きている。

でもそれは、オリヴィエが言っていた、とある村に伝わる不老不死の霊薬を全て飲み干したこと故の不老不死だ。

 

ここで肝心なのが、リュウマは『死という概念が滅失している』というのに対し、オリヴィエのそれは『起こり得る死という道を逸れる』という点だ。

 

つまり、リュウマは何をしようが死にはしないものの、体が完全に消滅しようと生き続けるという…体が無いのにそこに在るという奇妙な矛盾を起こす。

不老不死となったオリヴィエの場合は、傷を負って死を迎えるという選択を不老不死故に選ばない。

故に傷を負って死ぬという選択を無かったことにするために傷が勝手に塞がるのだ。

 

同じく不老不死であるゼレフも、オリヴィエ程の速度で回復はしないが、同じように負った傷が直ぐに消えるように治る。

 

 

純粋な不老不死に対して、欠陥の魔法を使われて迎えたリュウマの体質は─────不死。

 

 

体を消し飛ばされでもしたら、幽体離脱が如く()()()()()()()()()という地獄にも等しい現象を引き起こす。

だから誰もが疑問に思った事の一つ。

 

 

何故リュウマは不老不死だというのに自己修復魔法陣を使って肉体を修復しているのか?

 

 

それは単純に…不死なだけで傷が勝手に治らないから…ということに帰結する。 

 

 

幸いなことに不死の中には『老いによる死』も含まれていた為に、今の今まで老いることは無く当時の若々しい姿で生きてきた。

ただ、それだけだとオリヴィエの自然治療に遠く及ばなかった。

 

いくら速く傷を修復しようが……

 

 

『傷を負う』→『自己修復魔法陣起動』→『健全な体を解析』→『体を急速に修復』→『完治』→『追撃又は迎撃』

 

 

という工程を行っているリュウマとは違いオリヴィエは……

 

 

『傷を負う』→『傷を無かったことに』→『追撃又は迎撃』

 

 

傷を負っても無かったことにされてしまうオリヴィエとは、工程数が違いすぎて大きなダメージを受けた時には速度でオリヴィエに勝てないのだ。

 

 

「がッ!?あ゙あ゙あ゙あ゙……ッ!?」

 

「ふッ…!!」

 

 

所戻り、足の健を断たれて地面に叩きつけられたリュウマにオリヴィエが接近し、右腕の手首を両手で掴み、腕全体を又に挟んで両脚をリュウマの体に被せて関節を極める。

腕ひしぎ十字固めと呼ばれるこの関節技は、極められている腕とは反対の腕は脚で体を固定されているため届かない。

辛うじて足首を掴むことが出来るが、脚力は腕力の4倍以上と云われているため、相手が他でも無いオリヴィエで、それも脚の健を断たれて踏ん張りが効かない上に動かせるのが左腕となると引き剥がすのが極めて困難だ。

 

 

「あ゙がぁ゙…ッ!!ぐ…っ!」

 

「ふぐぐぐぐぐ……ッ!!」

 

 

万力の如く力を籠めているリュウマに対抗して全身を力ませて関節技を極める。

やがて力では無理だと悟り、オリヴィエが張り付いていることを良いことに…全身から純黒なる魔力で形成された雷を迸らせた。

 

しかし、オリヴィエも体に一瞬痺れが来たことに気付いて純白の雷を同じく迸らせた。

拮抗し合う雷は混ざり合うこと無く出力を上げていき大地を灼いた。

それでもオリヴィエはリュウマの腕から離れることなく関節技を極め続け……とうとう。

 

 

─────ぶちんッ…!!

 

 

「があ゙あ゙あ゙あ゙─────ッ!!!!」

 

 

腕の関節が悲鳴を上げると同時に曲がらない方向へと折れ曲がり、リュウマの腕の肘から先が引き千切られた。

宙を舞う右腕の所為で痛みが奔り隙を見せる。

絶好のチャンスをオリヴィエが見逃す筈も無く、痛みで顔を歪めているリュウマに向かってその場から後退しながら膨大な魔力を籠めた魔力球を放った。

 

起き上がって避けようにも間に合わないと計算して導き出したリュウマは、翼で己を包み防御の態勢に入った。

 

魔力球が翼に着弾すると、巨大な隕石が落下したのではと思える爆発音が響いて黒い爆煙が辺りを包んだ。

様子を窺わなくとも気配と感知能力で健在であると解っているオリヴィエは、次の攻撃に備えて右腕を大きく後方に振りかぶろうとしたところ……右腕が爆煙の向こうから照射した黒い光線に穿ち飛ばされた。

 

正確に肩の中央を貫いて威力で周辺の肉が吹き飛び、今先程引き千切った彼の腕と同じく右腕を失ったオリヴィエだが、既に彼女の再生を開始している。

 

 

「─────虚刀流・『百合(ゆり)』ッ!!」

 

「がは…ッ!?」

 

 

しかし、再生し終わる前に晴れ始めた爆煙の中から先に腕を再生し終えたリュウマが飛び出て、彼女の腹部に腰を捻り回転して遠心力を載せた回し蹴りを突き刺した。

 

くの字に曲がってから飛んでいくオリヴィエに追撃すべく、その場で手を翳すと紫電が奔り、目前に身の丈越える巨大な黄金の槍が顕現した。

計り知れない魔力と共に現れた槍は、手にすること無く自然に高速で回転し始める。

 

 

「神器召喚……牛頭天王、東方神、帝釈天の金剛杵。即ち聖仙骨より作られし神の槍。今こそ来たりて、あらゆる敵を撃滅せん─────」

 

 

廻る黄金の槍に手を翳しながら背を向けるように体を回転させて勢いを付ける。

そしてそのまま下から上に掬い上げるように、所謂アンダースローで今も尚飛んで行くオリヴィエの体中央に向けて全力で投擲した。

 

 

 

 

「─────『釈提桓因(しゃくだいかんいん)金剛杵(こんごうしょ)』ッ!!」

 

 

 

 

吹き飛ぶオリヴィエよりも速く突き進み、寸分の狂い無くオリヴィエの体に着弾した。

槍は衝突と同時に槍の姿を失い、替わりとして紫電に変わり彼女の体を刺し貫いて奥に有る大岩に無骨な大穴を開けた。

 

真面に食らったオリヴィエの腹部にあった服は弾け飛んで、中の肌は焼け焦げて無惨な黒色と化している。

超電力による電撃に体が痺れている内に、リュウマは更に攻撃を加えるべく右腕を上げた。

すると、リュウマの背後とオリヴィエ周辺の空間に黒い波紋が現れて中から多種多様な武器が顔を覗かせた。

 

 

「──────『殲滅王の遺産(ゲート・オブ・アルマデウス)』」

 

「─────ッ!!」

 

 

振り下ろすと同時に、展開された約300の武器がオリヴィエたった一人に向かって射出されていく。

右腕は戻っているが体の痺れと焼け爛れた腹部のダメージの所為で動けない彼女は、迫り来る武器達の餌食となった。

爆発が一度起きると立て続けにその後も爆発が起きて視界を爆煙の一つにする。

 

展開された300門の波紋からは一つ武器が射出されると、後から後からと同じく武器が姿を現して射出を繰り返していく。

全部で大凡3000の武器を射出してぶつけたリュウマは、純黒の刀の柄に手を掛けて一閃。

 

刀身も見えない、音すら鳴らなかったというのに発生した斬撃が爆煙を縦から両断して視界をクリアにする。

武器による爆撃の嵐に曝されていたオリヴィエは……半透明の白いバリアによって守られていた。

 

 

「『白亜の境界(クレタァナ)』……危なく串刺しになるところだった」

 

「……よもや全て防ぐか」

 

「────愛故に」

 

「如何様な愛があって堪るものか───よッ!」

 

 

左手に持った弓に矢を番えて矢を四連で射る。

 

まだバリアを張り続けていたオリヴィエには当然当たらないのだが……バリアに当たる前に軌道が逸れて離れたところに突き刺さる。

放たれた四つの矢は中央にオリヴィエを置くように正四角形を形作り、設置し終えたリュウマは弓を消して手を合わせた。

 

魔力を送られた矢は黒い罅のような線を奔らせて魔力を放出する。

突き刺さった部分から円形に魔法陣が形成されて、中にオリヴィエを閉じ込める魔法陣の檻が完成した。

 

 

「────晄に呑まれよ。『四矢光耀(ししこうよう)』ッ!!」

 

 

魔法陣が光り輝き、空に浮かぶ太陽が発する太陽熱を凝縮し照射する。

バリアで防ぐものの熱量を完全に防ぐことは敵わず、徐々にその身を灼かれていってしまう。

 

このままでは灰燼となるまで照射され続けると悟ったオリヴィエは双剣を地面に突き刺した。

大地に突き刺した純白の双剣の先端から膨大な魔力が注ぎ込まれ、地面が大きく盛り上がると大爆発した。

描いた魔法陣も、魔法陣を描くために使った矢諸共吹き飛んで魔法を維持出来なくなった。

 

凝縮されて降り注いでいた太陽熱はなりを潜めて無力化され、オリヴィエは落ちてくる土塊に紛れて姿を隠しリュウマへと急接近した。

 

気配で接近していることに辛うじて気が付いた時には、彼女は既に目前まで来て双剣を構えていた。

双剣故に二振り使った同時の刺突攻撃に、冷静な判断を下して手首を掴み防いだ。

もう逃がさんと手首を握り潰す程の力を籠めたその瞬間─────視界が揺れた。

 

 

─────な…んだ……顎の鈍い痛み……。此奴…この距離で膝蹴りを…!

 

 

「────フンッ!!」

 

「がは…ッ!?」

 

 

目が回って視界が左に傾きかける最中…目の前のオリヴィエは頭を後ろに仰け反らせ……リュウマの顔に頭突きを入れた。

鼻から血を流して更なる混乱を招いている間に、緩くなった手首の拘束を外して左手の剣で腹を突き刺し、右手の剣で目を横一文字に斬り裂いた。

 

真っ暗な暗闇になると共に奔る腹部への痛み。

感触で腹に剣を刺し込まれたと直感したリュウマは引き抜こうとしたが、刺さっている剣から純白の白焔が上がった。

 

貫かれた痛みに加えて体内を純白なる魔力で灼かれる痛みに、更には顎に一撃を見舞われて脳が揺れ、頭突きで既に頭がクラクラする。

目を開けたとしても視界が定まらないだろう絶不調の状態で、オリヴィエは右手の剣を振りかぶって彼の左肩に振り下ろした。

 

斬り下ろしを食らったリュウマは、類い稀なる筋肉密度と、普通では考えられない剛腕に耐えるだけの強靱な骨のみで受け止めて両断されることは防いだ。

純白の剣の一本は腹部に刺さり、もう一本は左肩の骨に到達したところで止まっている。

 

得物が無くなったオリヴィエは両の拳を構えてファイティングポーズを取ると……平衡感覚が可笑しいことになっているリュウマに加減無しの打撃を打ち込み始めた。

 

 

「ぶっ…ぐっ……!ごほっ…が…!?ぁぐ…!がは…!げほっ…げほっ…ぅぶっ!?」

 

「ゼェラァァ─────────ッ!!!!」

 

 

右ストレートが左頬に突き刺さり、衝撃で右を向いた途端に左からのフックが決まり顔は正面へ。

体勢を若干低くした後に繰り出される顎へのアッパーが美しく決まり、体が浮き上がった所を胸倉を掴まれて引き込まれ、腹部に刺さっている剣へ最短距離での膝蹴りが入る。

 

傷口を抉り込む攻撃に顔を歪めている間に、頭へ右下からの刈り取るような刈り蹴りが決められた。

蹌踉めいて左に傾き地面に手を付いた瞬間に、空いて隙が出来た左脇腹に蹴り上げが入る。

ミシリと嫌な音を立てた脇腹に血を吐き出したリュウマに、更なる追い打ちが入る。

 

衝撃で頭を上げざるを得なかったリュウマに、高く飛び上がったオリヴィエは、体を前に縦回転させて遠心力を加えると、脳天に向けて踵落としを落とした。

 

首が毟り取れたのでは?と錯覚する衝撃に首の骨に罅が入り、意識をほんの一瞬だけ飛ばした。

 

降り立ったオリヴィエは、剣が突き刺さっていない逆の右肩に左手を置いて固定し、右手を固く握り締めると…下から抉り抜くように剣が刺さっている腹より少し上……所謂鳩尾に拳を叩き込んだ。

 

 

「────ッ!?かひゅっ…!?こほっ……!」

 

 

時間にして2秒という浅い気絶から、鳩尾に奔る吐き気を通り越して魂が口から出そうになる痛みに意識を覚醒させた。

だが覚醒しても酸素を思うように吸えず、しかしオリヴィエは全く同じ鳩尾に何度も抉り抜くような拳を入れた。

 

吐き気が治まる前に鳩尾への衝撃に、今己が何をしているのか分からない…という深刻なダメージを負っていると、十度の鳩尾への攻撃が止み……オリヴィエは拳に純白なる魔力を纏わせていた。

意識が朦朧としているが、魔力の感知は怠っていないリュウマは急いで回避しようとするが、此だけ急所に攻撃を打ち込まれたのに直ぐ動ける訳がなかった。

 

 

「─────『四肢へ響き渡る衝導(ゼノム・インパルス)』ッ!!」

 

「─────が…ッ……っ!?」

 

 

純白の耀きを纏う拳が、リュウマの何度も打ち込まれたのに鳩尾に入り、魔力と衝撃が背中から突き抜けた。

抉り込むような角度故に、空に漂う雲が彼の背中から突き抜けた衝撃波に曝されて霧散する。

 

それ程の衝撃が奔りながら、リュウマはまだ立ってはいるものの、度重なるダメージは到底無視できるものではなかった。

まるでサンドバッグよろしく打撃技を打ち込まれた彼の体は、内部から破壊されて危険域にまで達している。

 

立ってはいても動けないだろうと踏んだオリヴィエは、腹と肩に残っている双剣を無理矢理引き抜きにかかり、柄に手を這わした途端……血が滴るリュウマの手に掴まれた。

咄嗟に手を引っ込めたが、先程まで殴られ続けた者とは思えない力で握られて引き剥がせない。

 

 

「ごぼっ……。よくぞ只管に拳を叩き込んでくれたなァ──────次は我だ」

 

 

自己修復魔法陣の重ね掛けにより瞬く間に傷を治したリュウマは、突き刺さっている剣はそのままに、掴んだオリヴィエの手を離さず持ち上げて反対側の地面に叩きつけた。

だがそれだけには留まらず、もう一度持ち上げて反対側の地面に、また反対側の地面に…と、交互に地面に叩きつけていく。

 

背中から行ったり体の前面から行ったりと、叩きつけられ続けているオリヴィエとは別に、リュウマはオリヴィエを振り回しながら神器を召喚して、己の周りに十二個…時計の数字と同じように配置した。

やがて地面に突き刺さった神器一つ一つから稲妻が発生し、ドームのように囲って雷の迸る空間が出来る。

 

 

「があぁあぁぁ───────────ッ!!」

 

「神器召喚──────」

 

 

その傍でリュウマは又も身の丈越える槍を一本取り出して右手に掴み取った。

全身を強力な雷に曝されてダメージを追い続けながら叫んでいるオリヴィエとは別に、リュウマは彼女に攻撃していない所の雷を槍に吸収させていく。

貪欲のように漏らさず全ての雷を吸収していく槍は、内包する雷の魔力が跳ね上がり心の臓腑が如く脈動する。

 

暫くして蓄えていた雷の魔力を出し尽くした十二の神器は光の粒子へと変わり消えていった。

雷を浴びせられ続けたオリヴィエは体中から煙を上げて、体には雷が帯電して行動の自由を奪う。

 

そんな彼女に近付いたリュウマは肩に触れて魔法を一つ発動させた。

 

 

「禁忌────『絶対零度の永遠凍結(エターナル・アブソリュート)』」

 

「─────────。」

 

 

雷による行動の制限から抜け出せるといった絶妙なタイミングで、オリヴィエはリュウマの手によって純黒の氷の氷像に変えられた。

禁忌に指定されているこの魔法の威力は凄まじく、対象を絞っているにも拘わらず辺り一面をも黒く凍てつかせた。

 

この魔法の真髄は、破壊不可能の純黒な氷の結晶が相手を包み込み凍結させ、中で急速に相手の寿命を削って死に至らしめ、中の生物が死ぬと同時に砕け散るという凶悪極まりない魔法なのだが……オリヴィエにはやはりのこと通用しないようで、純黒な氷にピシリという音を立てて砕き始めた。

 

本来ならば死ぬと同時に砕けるのだが、オリヴィエはなんと中で凍らせられているというのに抗い、自力で出ようとしている。

だが、残念なことに所詮これは…少しの時間稼ぎに過ぎないのだ。

 

 

「────『()べ』」

 

 

リュウマの吐いた言葉に魔力が載って言霊となる。

凍っているオリヴィエは宙に浮遊してある程度の高さになると止まってその場で静止した。

 

浮かせた本人であるリュウマは、左手をオリヴィエに向け、槍を握っている右腕を限界まで引き絞った。

全力で投擲しようとしているためか、腕の筋肉がミシミシと音を立てているが気にする様子もなく、更には全身から純黒なる魔力で出来た雷を放出して槍に吸収させる。

 

今から一年前に、リュウマはこの技を一度だけ使用したことがある。

その時は全力とは程遠い力と魔力で投擲したが、その時ですら海を割り地を砕き天を犯し惑星を粉微塵に変えた。

しかし今回は吸収させた魔力も桁違いであり、投擲する力も一線を画す程である。

最早どれ程の威力を持っているのか想像すら出来ない。

 

 

そんな槍をオリヴィエに向け─────放った。

 

 

 

 

 

 

「─────『稲妻纏う灼熱の神槍(ブリューナク)』ッ!!」

 

 

 

 

 

 

第一波とも云える槍本体が、まず最初に光速に差し迫る速度で破壊不可能である筈のオリヴィエ(氷像)を刺し貫いて天へと至り尚も征く。

地球の周りに多数存在する(隕石)に偶然ぶつかっては粉砕すること20数回。

更には太陽系外である、未だ人に発見されていない小惑星に到達……破壊。

 

突き抜けた後も偶然進行方向の先にある星へと至り……破壊。

莫大な魔力を吸収して投擲された神槍は勢いが劣る事無く進み続け、とある領域内に侵入。

 

 

名を─────ブラックホール。

 

 

周囲は非常に強い重力によって時空が著しく歪められ、ある半径より内側では脱出速度が光速を超えてしまうというもの。

つまり、光ですらもブラックホールの前には抜け出せず、無限の重力を持つ…所謂重力の特異点である。

 

しかし、神槍はそんな無限の重力空間に直線を描いて突き進み……()()()()()()()()穿()()()

 

最早止めること敵わぬ神槍は……魔力の続く限り星を砕き物理法則を無視し一つの現象として在り続けるだろう。

 

そして…第二波がオリヴィエに襲い掛かる。

本体の槍を遅れて追い掛けるように、莫大な熱量と電力を持つ魔力が奔流となって呑み込み、リュウマの視界には雷以外の一切が見えなくなった。

轟雷を成して轟音を響かせるその一撃は…正に神の如き力の顕現。

 

余波で大地がとんでもないことになっているが、荒野であるのが幸いして荒れ狂っている事以外に大事はない。

 

轟雷の嵐に見舞わられたオリヴィエの姿は止んだ後にも存在せず……リュウマの剛の一撃で消し飛び────

 

 

「……どうなろうと再生するか」

 

「─────ふふふ。いやはや、これ程の一撃は早々味わえないぞ?まぁ…不老不死となった私には無駄であったな」

 

 

何も無い空間に赤い霧のような物が集まっては凝り固まり人の形を形成していく。

見慣れたシルエットになると、オリヴィエの体が再結成されて何事も無かったかのように話し掛けてくる。

リュウマのやったことは、莫大な魔力消費をしただけに過ぎなかった。

 

 

と、言っても…リュウマが魔力切れを起こすことは絶対に有り得ない。

 

 

「なぁ、貴方?一つ聞いても良いか?」

 

「……何だ」

 

 

仕方無しと、左腰に差している純黒の刀に手を掛けたリュウマに、オリヴィエは宙から降りてきて手を握ったりと動作確認をしながら質問の確認を投げ掛けた。

 

眉を顰めたリュウマは右手を刀の柄に起きながら余所見などせずに、聴くだけ聴いておこうと耳を傾けた。

話を聞いてくれると分かったオリヴィエは、剣に手を掛けること無く、あくまで自然体で話を始めた。

 

 

「何故貴方は先程、私があのギルドに居ると分かった時に殺気だけを向けた?」

 

「……戦場(いくさば)を選んでのこと。あの場で剣を交えようものならば、我と貴様の力に耐えきれず崩壊を招く」

 

「そう!そこだ!!何故貴方はあの有象無象共を庇う?何故(なにゆえ)あのような弱者の心配をする?貴方は己の民以外に対して極度の淡泊ではなかったか。それとも…嘗て世界を手にした偉大なる王ともあろう者が(ほだ)されたか」

 

「…………。」

 

 

オリヴィエの言葉に反論出来ず、リュウマは黙ったままであった。

だが、オリヴィエはそれを良しとせず、畳み掛けるように話を続けて追い詰めていく。

 

 

「可哀相な貴方。憐れむべきか、同情すべきか…。もしや、失った民の代わりをと思い傍に居たのではないか?」

 

「……否」

 

「貴方を慕うあの者達は、識りうる限りで貴方の全てを見て仲間意識を持っている。だが…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…否」

 

「失うのが怖い。見限られるのが恐ろしい。善かれとして行ってきたことを糾弾されて非難されるのを怯えている。太古の昔と云えど何故!()()()()()()()()()()()()()()()()()!…と」

 

「…っ……。」

 

 

リュウマは恐れている……時代が過ぎると共に変わっていく人々のモノの価値観に。

 

400年前ならばリュウマの王としての行動は全て王故に当然であると云われ賛同されるだろう。

事実、そうしなければ生き残れない弱肉強食の時代であったから。

王が舐められれば必然的に民が…国そのものがそうあれかしと舐められてしまう。

 

となれば貿易も何も良く回らなくなり、国から民が消えていき、国の傾いた行政に異を唱えられて刎首だって有り得たかもしれない。

こんな王では国が成り立たない……と。

 

 

だが…今の時代は如何だろうか?

 

 

国や国境、状勢はあれど、この時代に戦争というものは余り見掛けないものとなっている。

精々いざこざがあってギルド間の争いが勃発して戦争となることもあるかもしれないが、本物の戦争というものはもう起きていない。

 

法律が敷かれ倫理を語られ価値観が変わり、前の時代よりも前の時代よりもと緩くなった価値観が植え付けられる。

彼が時代が変わる毎に一番苦悩したものは知っているか?

 

 

人々の生死に関する価値観の違いである。

 

 

盗賊に襲われた。

身包みを剥がされそうになり撃退した。

 

ほうほう、相手は殺さず敢えて倒して撃退し、自主的な逃走を謀らせる。

殺生をしないとならば、それはそれは良いことではないか。

 

人の命は尊く短く儚い。

それが例え他人であろうと命に優劣など無く皆平等だ。

 

 

うむ、そうだな。

 

 

故に───()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

襲い掛かってきたのだ…襲い掛かってくる以上は決死の覚悟で挑んで来ている。

言い方を変えれば生存競争に於ける決闘だ。

勝った方が生き存え、負けた者が死ぬ。

 

 

「あなたのことが食べたいのです。襲って食べても良いですか」

 

「えぇ、どうぞ。私は貴方と平等の生き物ですから。あなたがお腹を空かせているならば私が餌となり、あなたの空腹を紛らわせましょう」

 

 

自然界でこのような会話があると思えるだろうか?

 

 

答えは一択─────否である。

 

 

襲われたのだ、襲い掛かってきた者に対して敬意を払い威を見せるのが当然であると彼は云う。

 

 

しかし、時代がそれを赦さない。

 

 

殺生は御法度。

同じ人間を殺そうなど、それは人としてやってはいけないものの一つである。

 

彼からしてみれば、命を狙われているのに何故相手を淘汰せず、命を奪わぬよう加減をしてやらねばならぬのか…と感じてしまう。

 

 

だからこそ、ギルドに入り、仲間達と共に過ごして居心地が良くなってきた頃に、その考えが周りからしてみれば異常であると悟り隠してきた。

それと同時に、もし…己の真実を話し、今まで行ってきたことを打ち明けたならば……皆は何と言うのだろう。

 

 

少なくとも……良い想いは抱かない。

 

 

例えるならば、酒を飲む場で偶然知り合った者と話していたら息が合い、時間を経て友となる。

 

 

そんな友からある日突然……自分は昔、興味本位で人を殺めた事がある…と、告げられた場合どう思う?

 

 

勿論……そんな奴だったのか…と、非難めいた目を向けるだろう。

 

 

彼はそんな目を向けられるのが…向けられると思うのが途轍もなく怖かった。

 

 

日夜考えないようにしていた、世界から切り離された己という人々に忘れられ、置いて行かれた独りの人間であることを、無理矢理にでも自覚させられるという事実が。

 

 

「貴方は見ているようで見ていない。見て欲しいが見て欲しくない。傍に居て欲しいが居て欲しくない。己という存在を認めて欲しいが認められたくない。何故なら……貴方は他とは違うのだから。認められたら、それは同時に己という存在を己自身が肯定してしまっているからだ」

 

「……っ……っ。」

 

「なぁ、何故私の愛を受け入れてくれない?」

 

 

オリヴィエの声は、何度も聴いてきた中でも極めて……哀しそうな声であった。

 

 

「今までに何度も愛を語った。何度も愛を注ごうとした。何度も何度も何度も…貴方を愛していると告白した」

 

「………っ」

 

「だが────()()()()()()()

 

「ぅ……」

 

 

言葉で…本心からの言霊にリュウマは後退する。

先程の勇ましき姿は何だったのか…自慢の翼は力を無くして草臥れて萎れている。

 

刀の柄に置いていた右手は左腕を掴み、左手は右腕を掴んで己の身を抱き締めている。

まるで悪さをした子供が母親に叱られてしまっているような、見ていて痛々しい姿を……リュウマ・ルイン・アルマデュラが一人の無防備な女の前に曝している。

 

 

「他でも無い、この私が核心を突いてやろう。貴方は────」

 

「ぃ、言うな…わ、我は────」

 

 

力無く拒否しているリュウマを無視し、永き時の中で、誰にも打ち明けず…打ち明けられず…只管己の心の内に蓋を閉めて封印していた核心を突いた。

 

 

 

「─────貴方は愛を欲している」

 

 

 

「……──────────」

 

 

リュウマが求めたもの……愛。

 

 

しかし同時に……リュウマが最も()()()()()()()()()()()()

 

 

「愛を欲しているのに、貴方自身が愛に対して恐怖を感じている。愛することは勿論、愛されることすら怖がっている。拒否している。否定している。拒絶している。退けている。そして……愛に対して放棄している」

 

「……黙れ」

 

「否、黙らん。黙っていられる訳が無い。貴方が思っている以上に、私はしつこいんだ(愛が重いんだ)。……400年。400年間貴方が愛を受け容れない理由を考えた。考えて考えて考えて考えて考えて考えて……私は一つの結論に至り確信した」

 

「…ッ!……貴様…!」

 

 

誰にも理解されなかったからこそ、気付かれたことへの動揺。

 

400年も彼を愛して考え抜いたからこそ至ることが出来たオリヴィエの結論は……彼の思考を停止させた。

 

 

「貴方は完璧な王であるために弱点を克服してきただろうが……貴方が唯一どうしようも無かったが故に今も尚苦しめ続けているもの……()()()()()()()

 

「───────────」

 

 

とうとう……オリヴィエがリュウマの唯一を看破した。

 

 

愛に弱いというのは精神面での話しではなく……本当に愛に対してリュウマは防ぎようが無い弱みを持っているのだ。

 

 

「瞳孔が開いている。看破されて動揺しているな?だからこそ─────貴方は私の罠に気がつかなかった」

 

「─────ッ!?何─────」

 

 

リュウマの足下の地面が耀き、純白の魔法陣が出現した。

 

漏れ出る魔力の量は、リュウマを以てしても莫大としか言いようがなく、抜け出そうと翼を広げた瞬間鎖が地面から伸びて翼を雁字搦めに拘束した。

同じく腕も脚も鎖が巻き付き動きを制限され、総てを呑み込む純黒なる魔力が霞んでしまう程の魔力に覆われる。

 

 

「─────もう遅い。とっくに手遅れだとも。顕現せよ 『愛に飢えた女神の束縛神殿(オプリディオ・デア・テンプロム)』」

 

「ごほっ…!?」

 

 

翼に繋がれたリュウマの首に白き首輪が嵌め込まれてから地面が迫り上がって真っ白な無垢の大神殿が顕現した。

 

リュウマの居たところは一つの祭壇となっていて、彼の背後に翼を生やして手に槍を持った女神像が創造された。

女神像は独りでに動いて、手に持つ槍を背後からリュウマの体に突き刺して貫通。

その程度ならまだ良かったが…リュウマは刺し貫かれた体の場所に目を見開いた。

 

 

「貴…様……!どう…して…ごぷっ…魔臓器の…場所を…!」

 

「何故知っているか…か?今はその程度は些細なことだろ?」

 

「ぐッ…!」

 

 

体内にある魔臓器と呼ばれる、普通の人には存在しない臓器を貫かれたリュウマの魔力は自慢の超回復を起こすことが無い。

 

それどころか純白の鎖に繋がれたリュウマの翼は色を落として若干くすんでいる。

身動きも出来ず魔力は減る一方……翼を封じられて飛び出すことも出来ず、この鎖に繋がれてからというもの…物理的に動けないのとは別に…力が入らない。

 

 

「一年前に私の分身と貴方が戦い、宣戦布告をしてからというもの…私はこの日…この時この瞬間の為に、一年間只管に魔力を濃縮し()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

アルバレス帝国で、ゼレフにオリヴィエが準備は整えたと云っていた発言はこのことを言っていた。

愛する男行動パターンを思い返し、精密な計算をした後、悟らせないようにこの場まで誘導する。

 

後は精神を揺すって意識を己に向けさせ、密かに魔法陣の発動の機会を窺う。

一年越しのオリヴィエ最大の攻撃は見事決まり、あの殲滅王を捕らえることに成功した。

 

 

「ふふふ。嗚呼…貴方をとうとう……捕まえた」

 

「…………。」

 

 

祭壇に上ってきたオリヴィエは、神に捧げられる生贄のような状態になっているリュウマの元まで歩んで近付くと、頬に手で愛おしそうに擦り、反対の頬に口付けを落とした。

 

 

「あれ程世間から悪魔だの恐怖の権化だの殲滅王だの騒がれていた貴方が……今や私の手の上……!ふ、ふふふ…!この高揚感ッ!暫くは忘れられまい」

 

「…………。」

 

「そう嫌そうな顔をしてくれるな。その鎖は文字通り私の愛と一年掛けて濃縮し抽出した高濃度魔力の結晶体だ。いくら貴方と云えども脱出は不可能だ」

 

「…………。」

 

 

確かに何度も破壊しようと試みているものの、この体中に巻き付いて拘束してくる鎖は外れず、変に力むと体を貫いている槍が激痛を与えてくる。

 

 

「あぁっ…!もう我慢ならぬ!」

 

「んっ…!」

 

 

捕らえられたリュウマを見ていたオリヴィエは、長年溜め込んでいた愛が溢れ出して自分でも止められなくなり、頬を両手で挟んで正面を向かせると……唇を奪った。

 

 

「…っ…ふっ……っ…ふ…んむっ…!」

 

「んちゅっ…はむ…ん…ちゅっ…ちゅっ…」

 

 

固く閉じているリュウマの唇に己の唇を重ねていく。

舌がぬめりと動いて唇を叩き、中に入ろうとしてくるが固く閉じているため侵入を赦さない。

 

だが、接吻に夢中になっていると思っていたオリヴィエはリュウマの鼻を摘まんで呼吸を止めさせる。

最初こそ我慢出来ていたが、暫くすると酸素を吸うために口を開けざるを得なくなった。

 

リュウマが口を開けて空気を吸ったタイミングを見逃さず、オリヴィエは薄く開けられた彼の口の中に舌を入れて歯茎を舐め上げ、奥へ逃げた彼の舌を探して口内を縦横無尽に動き回る。

 

 

「…!?んちゅっ…はぁっ…んむ…!ちゅぱっ…やめ…んんっ!?れろっ…ぁ…んちゅっ…!」

 

「はぁっ…ふふっ…見つけたっ。はむっ…んん~…んちゅっ…れろぉ…はぁむっ…ちゅっ…」

 

 

逃げる舌を追い掛けて舌で捕らえたオリヴィエは、幸いなことに長い己の舌を限界まで使って舌の奥から先端まで扱くように絡める。

少し上から接吻をすることで己の唾液をリュウマの口内に流し込み、飲み込むことを拒否しようとしても口を塞いでいるので出させない。

 

早く飲み込まなくては息が出来ず苦しい状態が続くので、リュウマはオリヴィエの唾液を飲み込んだ。

しっかり飲み込んだことを確認したオリヴィエは更に舌を絡め、リュウマと己の唾液を混ぜ合わせる。

 

舌の下側から上の表面まで隙間無く舌で蹂躙して、水気を含むぴちゃぴちゃとした水の音を楽しみ、紅潮してうっとりした表情のまま接吻に没頭した。

 

身動きが取れないリュウマは口付けをされた瞬間は体を強張らせていたが、舌を絡めるようになってからは驚いて顔の拘束から逃れようと藻掻いている内に頭がボーッとしてきて、舌と舌が合わさり擦られる快感に体を脱力させていた。

 

時間にして約10分…リュウマは只管オリヴィエに舌を絡める口付けを施され、口を離した時には両者の唾液で出来た銀の橋が掛かった。

 

 

「んちゅっ…。はぁぁ……ふふっ。私の初めてだ。やっと捧げられたな」

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」

 

「接吻とはこれ程良いものなのだなっ。……良し。家を建てたら一日計3時間の接吻は最低でもしよう。夜の営みは毎日欠かさず朝までしっぽりねっとりと♡」

 

 

それでいくと、一体いつ寝るつもりなのだろうか…という質問はしてはならない。

彼女は今、幸せの絶頂に居るのだから。

 

 

しかし……リュウマはそんなオリヴィエを嗤った。

 

 

「ふ、フハハッ」

 

「?? 如何した?何故笑う?」

 

「貴様はこの程度で、真に我を捕らえたと思っておるのか」

 

「……何が言いたいんだ?」

 

 

要領の掴めないリュウマの物言いに、オリヴィエは訝しげにしながら問い掛け、彼は全く気が付いていない彼女に目を細めながら言った。

 

 

「先程よりも矢鱈と─────()()()()()()()?」

 

「眩しい…?」

 

 

言われて初めてリュウマから視線を外したオリヴィエは、立ち上がって周辺を見渡してみると確かに明るいような気がする。

 

それも、陽が強くなった為に明るくなった光ではなく……()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

リュウマは賢明で頭脳明晰だ。

そんな彼は例え追い詰められようとも、必ず切り札を残しておいて戦うように心懸けている。

 

 

ならばここで質問だ。

 

 

彼は動きと魔法を阻害されただけで素直に敗北を受け入れるような男であろうか?

 

 

答えは……否。

 

 

それも、この時に限っては今までに無いほどの奥の手を隠していた。

 

 

「────ッ!!まさかっ────な…!?」

 

 

憶えているだろうか?

 

ジェラールがまだウルティアに操られていてゼレフを復活させようとRシステムなる楽園の塔を建設していた時のことを。

 

その当時、Rシステムが起動することを恐れた評議会が楽園の塔に()()()()()()()()()()

 

そしてその時に、リュウマは複写眼(アルファスティグマ)と呼ばれる眼を使って()()()()()()()()()()

 

 

「どうやって…!魔法は封じられている筈…!あんな物が創られている兆候すら見ていないっ!」

 

「当然だ。我はこの状態になる前に予め隠蔽工作を施しながら組み込んでいたのだからなァ…!」

 

 

オリヴィエが空を見上げてみたもの、それは巨大な……衛星魔法陣(サテライトスクエア)

 

 

「我の魔力を持ってすれば、この程度の魔法の構築等造作も無い。しかし…その威力は如何(いかが)たるものか?」

 

 

リュウマが密かに遙か上空で構築していたのは……評議会の最終兵器……超絶時空破壊魔法。

 

 

 

 

 

又の名を─────エーテリオン。

 

 

 

 

 

「退避にはもう既に手遅れよッ! 時空をも破壊する国の最終兵器…共に味わおうぞッ!! フハハハハハハハハハハハハハハハハハ──────」

 

 

「……ハァ…全く。貴方は本当に…出鱈目なことをしてくれる──────」

 

 

 

 

 

 

 

一組の男女のみしか居らぬ荒れた荒野に、本来の色とはかけ離れた黒き光が─────2人の頭上に向かって墜とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 




もう一話予定していたのでお付き合い下さい。

超絶時空破壊魔法エーテリオン。

評議会が最終兵器として使う超魔法で、議決の末に過半数が賛同しなければ使用できず。

使用する際は評議会の上級魔導士10人掛かりで取り組む。

全ての属性を混ぜ合わせているという超複合体の光線だが、そこにリュウマの純黒なる魔力を注ぎ込むことで色が黒へと変化し出力も上がっている。

地球上の何処であろうと正確に狙い撃つ正確性と、時空をも破壊する威力に国で禁忌指定されている魔法である。



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第七一刀  さらば…我が盟友



新年明けましておめでとうございます!

今年もよろしくお願いします!

新年早々の投稿ではありますが、全くいい話ではありませんね笑




 

評議会が最後の手段として使う最終兵器…超絶時空破壊魔法エーテリオンが、本来では有り得ない反転したと思える黒々とした光線を放ち、地球に黒き光の柱を撃ち立てた。

 

全ての属性を含んでいるという魔法は、己の魔力を好きな色と形に変えることが出来る模倣の力を持つリュウマだからこそ出来る芸当であり、到底1人では一つの魔法陣ですら構築する事が出来ないエーテリオンの魔法陣を構築し、剰え改良を加えて墜ちて終わりではなく対象が完全消滅するまで照射し続けるという自動制御システムも組み込んだ。

 

よって地に照射された時間は約20秒程。

その間に大地には上から覗き込んだだけでは底を見ることなど叶わない巨大な穴を形成した。

たった一人を捕らえる為だけに創り出された神殿は姿形も無く消滅し、リュウマとオリヴィエの姿も見えなかった。

 

標的を消滅させたと判断したエーテリオンは魔法陣を自壊させ、暫くの間そこら一体に沈黙が訪れた。

しかし、大穴から少し離れた所で赤い霧のようなものが集まり凝固し人の形を作っていった。

 

 

「─────ぷはっ……ほうほう。国の最終兵器というだけはある」

 

 

オリヴィエは不老不死故に復活を果たしていた。

服までは直らないが、そこは魔法で服を作り出して着込み、空から降り落ちてくる純白の双剣を手に取り腰に差す。

何もしなくても肉体が勝手に治る彼女は、完全消滅されても直り終わってしまった。

 

対してリュウマと云えば、オリヴィエの前の地面に黒い魔法が刻み込まれ、黒く光り輝くと同時に骨が創り出されていった。

魔法陣が骨を創り終えると魔法陣が消えて無くなり、替わりに違う魔法陣が浮き出て骨を形成。

すると骨に血管が張り巡らされてから筋肉が付き、皮膚が覆って人間(ひと)が出来上がる。

服を創造して身に纏われ、大穴から飛んできた純黒の刀を手に取って腰に差す。

 

肉体創生魔法陣と自己修復魔法陣を使い、肉体を元に戻すしかないリュウマは、手を握ったり翼を動かして動作確認すると、前に立つオリヴィエを見据えて魔力を解放していく。

 

 

「やはり完全消滅させたとて無駄なものであったか」

 

「貴方は復活するのが不便だな。態々魔法を使わなくてはならないとは」

 

「如何ということはない。再生するのに変わりはないのだからな」

 

「ほう…?」

 

 

呑気に会話をしているように思えるが、両者から迸っている魔力は最早破壊を撒き散らす波動。

大地は裂けて大岩や小岩が宙に浮かび上がって砕け散る。

 

双剣に手を掛けたオリヴィエが体を前のめりに倒して構えると、リュウマは右手を刀の柄に手を掛けて腰を下ろす。

見れば斬れてしまいそうな両者の眼は、お互いの動きに最大の対処を行えるように捉えて離さない。

 

 

「オォ─────────ッ!!」

 

「ハァ─────────ッ!!」

 

 

何度目かも分からない武器のかち合わせにより、火花を散らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

武器の召喚を行い、純黒の刀以外の武器を使って戦闘を行う事無く、リュウマは己が使う武器の中で最も信頼している純黒の刀を振るい斬り裂かんとする。

 

鋭く速く重いリュウマの剣戟を受けているオリヴィエは、二本ある内の一本を使って防御に回しもう一本を攻撃に転じさせる。

ある時は二本を防御に使ったり攻撃に使ったりと、効率的な使い方をして縦横無尽に剣を走らせて隙を作る。

 

 

「絶剣技─────」

 

「『崩壊示すは(エスカムル)─────」

 

 

一度納刀して構えるリュウマを見たオリヴィエは、宙に跳んで両の手に持つ双剣を合わせて巨大な純白の刃を作り出した。

準備が整ったオリヴィエが最初に刃を振り下ろし、リュウマは空から墜ちてくるとでも表現出来る純白の刃を見据えて抜刀……居合の要領で斬りつけた。

 

 

「─────『斬散(ざんさん)』ッ!!」

 

「─────我が誇りよ(エルファダク)』ッ!!」

 

 

迫り墜ちてくる光の刃を受け止めて押し込もうとするも、刃に魔力放出を施していて鬩ぎ合う。

火花と共に魔力も散っていて、それらが宙を舞って幻想的な光景を作り出しているがその実、他の者が近付くだけで体が粉々になる程の質量と密度を誇る魔力力場領域となっている。

 

片手から両手に持ち変えたリュウマの斬り上げを、上から魔力放出も掛けて押し切ろうとしているオリヴィエの方が威力が強く、少しずつではあるが押されてきた。

これ以上は無理な体勢に入って結局押し潰されると直感したリュウマは、刃を切っ先にかけて滑らせるようにいなして避ける。

 

真横を進んで行った刃は大陸でも両断する気かと思わせる切れ込みを大地に刻み込み、谷を作り出してしまった。

危なく頭頂部から股下まで一刀両断されるところだったリュウマは少々冷や汗を流しながら、その場を翼を使って飛び立ち宙に居るオリヴィエを狙った。

 

だが、向かってくるリュウマから逃げるように双剣を下に向けて魔力放出を行い、ジェットエンジンに見立てた推進力を得て空を駆けた。

 

飛んで行くオリヴィエに、リュウマも負けじと翼を使いながらの魔力放出で同じく推進力を得て追い掛ける。

遠目から見て白き光の筋と黒き光の筋が曲線を描きながら不規則に空を舞って、時には交じり合い時には弾きあっていく。

 

当の本人達と云えば、追い付いたリュウマはオリヴィエの背中に刀を振って狙うも寸前のところを紙一重に躱されて蹴りを貰いかける。

身を傾けて避けたリュウマは、避けて体勢を立て直している間に離された距離を縮める為に速度を上げた。

 

飛んでいる最中に突如後ろを振り向いたオリヴィエが、右手に持つ剣を追ってくるリュウマに向けると、彼女の周辺に魔法陣が展開されて中心に純白なる魔力で造られた魔力球が形成された。

溜が終わった魔力球から放たれ複雑な飛び交うが、リュウマは背後に黒い波紋を創り出して武器を召喚。

腕をオリヴィエに向かって振り下ろすと武器達が飛んで魔力球とぶつかり合って爆発を引き起こす。

 

魔法陣から出来上がる魔力球と、波紋から召喚される武器が迎撃しあって無人の大地の上空に爆発の弾幕を作り出していた。

 

飛翔しながら魔力球を多種多様な武器で迎撃しているリュウマは、ふと魔力球が意志を持つように後ろから迫って追い掛けてきていることに気が付いた。

狙っているにはお粗末な軌道だと思って見逃した魔力球が、曲線を描いて背後から来たのだ。

 

 

─────チッ…中に追尾機能のある魔力球を混ぜていたか…!

 

 

「ふふふっ」

 

 

前面にのみ展開していた魔力球の迎撃から、背後からも差し迫る魔力球の対処に追われてしまうリュウマは、背後にも同じく波紋を展開。

見ていないのに完璧な軌道を描いて背後の魔力球を破壊した。

 

今度は到底当たらないと思えるような魔力球であろうと見逃せば追い掛けてくると考えを修正したリュウマは、飛んでくる魔力球の全てを破壊していく。

だが相手はあのオリヴィエである。

逃げながら魔力球を放ってチマチマと攻撃するという芸の無い戦い方で終わりはしない。

 

数多くの飛ばされてきた拳大の大きさの魔力球から一転、振り向いて薄い笑みを浮かべたオリヴィエが創り上げていたのは直径10メートルになる巨大な魔力球だった。

 

内包する魔力から考えて、当たれば大爆発を起こして少なくはないダメージを負うことを計算したリュウマは、波紋から大の大人でも持ち上げるのが困難であろう程の大剣を波紋から呼び出して待ち構える。

そしてリュウマに向かって発射され、呑み込まんとする巨大な魔力球に大剣を射出してぶつけ合った途端だった。

 

 

同じ様な巨大な魔力球が前以外からも迫って来ていたのに気が付いた。

 

 

「私とて隠蔽工作程度造作も無い」

 

「チィ…ッ!───神器召喚──────」

 

 

前後左右と合わせて上下からも巨大な魔力球が迫り着弾……大気を震わす大爆発が発生した。

 

食らわすことに成功したオリヴィエと云えば、飛んでいた空から下に降りて地に立って爆煙を見ている。

当たるところまで防御したところを見ていないところを考えると諸に食らったように思えるが、高々この程度で小細工で素直に食らってくれるとは思えない。

 

やがて風で爆煙が流れて晴れると、真っ黒な塊がその場に浮いていた。

魔力で覆って防いだのかと思えば、その黒い塊から細い線が(ほつ)れて解放されていく。

中で爆発から凌いでいたリュウマの左手からその黒い線が伸びていた。

 

 

「────『地獄鎖の篭手』」

 

「ふふふっ。出たな?貴方のお気に入りが」

 

 

爆発する寸前で左手に装着された篭手から幾千もの鎖が伸びては、体を包み込み黒い塊と化して衝撃から主たるリュウマを守った。

 

絶対強度を持つこの純黒の鎖は、使用者であるリュウマのお気に入りの神器の一つで、使用者の頭で思い浮かべる長さへ無限に伸び、更には変幻自在に動いて相手を縛り上げる使い勝手の良い神器だ。

 

左手に装着されることで右手に刀を握って攻撃にも防御にも回れるため、戦いに於いて本人との戦闘力と合わさって無類な力を発揮する。

 

 

「地獄に囚われる咎人を縛り上げ戒め捕縛する鎖だ。我の意を汲み取り変幻自在に姿を変えて追い詰め捕らえる。最早空へは逃がさぬ」

 

 

左手を振り上げると鎖が独りでに動いてオリヴィエとリュウマを囲うように展開されて鎖のドームが造り上げられる。

骨組みの間にも鎖が所狭しと補強されて、さながら鳥籠のような形になって二人を閉じ込めた。

 

 

「地獄の鎖は斬ることも千切ることも敵わぬ絶対の鎖。出られるものなら出てみるがいい」

 

「…出ること叶わぬそうだ。ならば…この場で戦うのみ」

 

 

双剣を構えて突撃してくるオリヴィエに、左手を勢い良く持ち上げると下の地面が盛り上がる。

同時に出て来る黒き鎖は、全て持ち上がると先端が何時の間にかオリヴィエの足首に繋がっていた。

先端だけ見えないように、そして触れても分からないように魔法を施されていた鎖にやられ、バランスを崩す。

 

鎖が出ている左手を振り下ろすと鎖が撓ってオリヴィエを持ち上げた後地面に叩きつける。

その上に波紋が展開されて武器が降り落ちてくるが、叩きつけられた仰向けの体勢のままオリヴィエは双剣を巧みに使って裁いて凌いでいく。

 

すると裁いている途中でリュウマが鎖を力一杯に引き、繋がれているオリヴィエが勢い良くリュウマの元へと飛んでくる。

空中で体勢を整えた後、先端に魔力を溜めた双剣を向けるが、リュウマの巧みな鎖裁きにやられて別方向に魔力の光線を放つ。

 

鎖の鳥籠に当たったところから光線が別れて四方八方に分断され飛び交い、所々で爆発が起こっていた。

それでも、やはりのこと鎖は溶けもせず砕けもせず健在であり、恐るべき強度を持っていることが分かる。

 

引き寄せられたオリヴィエは、顔をリュウマに鷲掴まれて地面に叩き付けられると、衝撃で広がった手脚を伸びてきた黒き鎖が捉えて磔のように持ち上げる。

目線の高さまで持ち上げられたオリヴィエに、右手の五指を向けると、指先から小さな魔力球が次々と飛んでいきオリヴィエの体に当たり小規模の爆発を起こしていく。

 

絶え間なく続く爆発を続けていると、途中で中から純白なる魔力がバリアを張りながら押し寄せ、迫り来る壁としてリュウマを弾き飛ばした。

 

 

「解禁─────」

 

 

黒き鎖の鳥籠に背中をぶつけて止まったリュウマの目に映ったのは、鋭い視線を向けながら両の手に持つ双剣を前に翳し、常人ならば近付くだけで体が崩壊するであろう程の魔力を漲らせて解放していくオリヴィエだった。

 

過去に一度、戦争だと嵌められてリュウマ、オリヴィエ、バルガス、クレアが盟友となって認め合った時の後の話。

弱い軍隊を滅ぼして不完全燃焼を食らった四人が、自身の全てを解放して戦いに挑んだことがあった。

 

当時は解放しても直ぐにリュウマの力に呑み込まれて必然的な三対一の構図となってしまったが、この度オリヴィエはリュウマを追い込む程の力を手にして解放した。

 

 

 

 

(すべ)てを(つつ)()()(かえ)せ──『皓神琞笼紉(しろかみせいろうじん)』」

 

 

 

 

四人にはそれぞれ個人個人に選ばれた武器を所有している。

 

バルガスならば『赫神羅巌槌(あかがみらがんつい)』と云われる、人が持つには余りにも重すぎるハンマーを。

 

クレアならば『蒼神嵐漫扇(あおがみらんまんせん)』と云われる、本来ならば戦いには使わないであろうしかし、人の目を吸い寄せる美しい造形美を持つ扇子を。

 

リュウマならば柄の頭から切っ先まで全てが純黒で構成された黒き刀を。

 

そしてオリヴィエならば『皓神琞笼紉(しろかみせいろうじん)』と云われる、リュウマとは対を為す全てが純白の二つとも少しだけ形が違う姉妹剣を。

 

一つ一つが人類が扱うにしては余りにも強く、使用者に与える力の恩恵が凄まじい。

リュウマを以てしても、純黒の刀は今のリュウマでこそ完璧に操ってはいるが、鍛練を怠ったり、そもそも体が出来上がっていなかった幼少時は純黒の刀に振り回されてしまっていた。

 

武器一つにとっても与える力は凄まじい故に、それぞれの使用者に全能感を与える。

己の力に過信しすぎると、気付かぬ間に暴走気味になるので懸命に自重し、強大な力を手にしても慢心をしないというのが苦痛だった。

 

バルガスのハンマーの恩恵は真名解放すると、使用者に何にでも耐えられるであろう無類の頑強さと雷神の如く雷を統べり。

クレアの扇子の恩恵は真名解放すれば、既存する大気を操る、あたかも風神の如き力を与え。

リュウマの刀は全知全能が如き力を与え。

オリヴィエの双剣は……自然を味方につけ、使用者が持ちうる全ての潜在能力を解放し、全力も全力…完全なるオリヴィエその人そのものになる力を与える。

 

 

つまり、この時…オリヴィエは一人の人間として()()()()()()()至った。

 

 

そう……此でもまだ一歩手前なのだ。

 

 

決してオリヴィエの力が一歩及ばず、力を解放しきれない為に一歩手前止まりな訳では無い。

 

人間というのは、物事に取り組み失敗し、失敗からの経験を糧に次の成功へと辿り着く。

例え数年掛かろうと数十年掛かろうと、はたまた数百年掛かろうと必ず成功という名のゴールに辿り着く。

大袈裟に言ってしまえば、人間は無限の可能性と無限の進化形態を持っている。

 

だからこそ、人間であるオリヴィエに完全という言葉は有り得ない。

それは勿論リュウマにも云える事ではあるが、嘗ての盟友のバルガスとクレアを入れて人類最終到達地点と評された四人は、謂わば『不完全にして完全となった人間』のことを指す。

 

オリヴィエにはリュウマにしか、リュウマにはオリヴィエにしか相手をさせられない程まで、どれだけの強者であろうと相手に為れない強さを手に入れているオリヴィエとリュウマは、それ程の力を持ちながら()()()()何処までも強くなり続ける。

 

 

だからこそ──────

 

 

「貴方に神を滅殺する力の一端を見せよう……─────『神の命絶つ淡き晄(デフューザル・フルルミナス)』」

 

 

─────離れている筈の実力差を……埋める。

 

 

「───ッ!?大地を切り取り籠から抜け出したか…!!」

 

 

二つの純白の権の切っ先から放たれた光線が、黒き鎖を断つことが敵わなくとも、先にある地面を削り取り…オリヴィエを中心として円形に刳り抜いた。

支えとなる地面が不安定になり鎖は引き抜かれ、鳥籠から脱出したオリヴィエは距離を取り構えた。

 

全身から迸る純白なる魔力が地を這い張り巡らされる。

やがて地震が起きて揺れていると、リュウマの足下から巨大な植物の幹が地を割りながら出現し絡め取ろうとしてくる。

間一髪避けることに成功したリュウマは、尚も迫り出て来る幹から逃れる為に鎖を器用に使って移動手段として使い、時には巻き付けてから力強く引っ張り千切る。

 

 

「クッ…!厄介な…!」

 

「私は今、植物達と共に在る。此処ら一帯は荒野に見えるが、実際は地下空間に植物が生え実り小規模の地下森林を作り出している」

 

 

真名解放された時にオリヴィエが行える技に、大自然を己の物として操り恩恵を溜め込む事が出来る能力が発現する。

一見ウォーロッドと同じような魔法に思えるが、オリヴィエのソレは()()()大自然を味方に付けるというもの。

 

そこから与えられる恩恵の凄まじさは折り紙付きで、魔力が切れようと、草木が行う光合成が如く大自然から取り入れて忽ち回復する。

ならばと大自然の象徴たる木などを燃やしたところで、死滅する前に実を落としオリヴィエが成長を促進させて新たな木を為らせる。

 

例え自然が無くとも、純白なる魔力が自然を作り出し、作り出された自然は全てオリヴィエの味方となる。

つまるところ、オリヴィエは己のことを回復させる、又は超強化させる陣地を作り出して戦うことが出来るのだ。

 

 

「─────『弾け実る大地の恵み(フラレンス・アスフェルト)』」

 

 

先程までリュウマに向かって成長しながら向かってきた幹が持ち上がり華を見せる。

すると中央に一粒の実がなって、その場から落ちて地面に当たると同時に大爆発を起こす。

それを四方八方に生えている幹の華で行われてしまい、逃げ道を塞がれたリュウマは爆発に曝された。

 

立て続けに爆発しているところから一閃が放たれる。

半月を描きながら飛ぶリュウマの放った斬撃は、前の扇状の範囲の木々を根元から切り落とした。

残念なことに、木々は後から後からと生えてきてはオリヴィエに力を与えていくので無駄に終わり、再び実の爆弾が落とされる。

 

弾幕ならぬ爆幕に曝され続けていると、魔力と黒き鎖で防いでいるものの爆発に使われる酸素を奪われて酸欠になり始めた。

致し方ないと感じて、リュウマは体の周りに膨大な魔力を纏わせると一気に解放して木々諸共吹き飛ばした。

 

木々が生え替わる間を突いて、リュウマは翼を広げると空へと飛び立ちオリヴィエの姿を探す。

するとオリヴィエは木々の比較的中心の場所に居ることに気が付き、相手の優位な陣地に行くというのも顧みず急降下して一直線に狙う。

 

落ちてくる風切り音に気が付いて顔を上げたオリヴィエに、引き抜いている純黒の刀を上から下の斬り落としを行った。

だが、流石はオリヴィエと云ったところか。

 

両の手に持っていた純白の双剣をクロスするようにして柔でもって受け止め、剛であるリュウマの一撃を凌ぐ。

押し込もうとして火花を散らせ、力勝負では勝てないオリヴィエは後ろに後退して幹を操り、足場を作って幹から違う幹へ跳んで距離を取る。

そんなオリヴィエを撃ち落とさんと、リュウマは斬撃を放って木々を斬り倒しながら黒い波紋から武器を射出して狙う。

 

何度も背中に突き刺さりそうになる武器は、オリヴィエの意志で操られて動く幹に邪魔されて不発に終わる。

焦れったくなったリュウマは右手に持つ刀を納刀し、右手を宙に掲げると……莫大な熱量が周囲を包んだ。

 

 

「魔力を変質化…『太陽(サンシャイン)』へ。…この木々が貴様を強化し、尚且つ斬り倒そうと生え替わるというのであれば……()()()()()()()()()─────『無慈悲な太陽(クルーエル・サン)』」

 

 

小さき太陽とも称せる程の熱を孕む球体が出来上がり、リュウマはそれを宙へと投擲した。

すると球体はある程度上がると止まり、更には直径30センチ程度だった大きさの球体は突然膨張して数十メートルの大きさにまでなった。

 

常に熱を発し続けている、文字通りの無慈悲な太陽は下に生い茂る木々を灼き枯らして蹂躙した。

再生しようものならば、その悉くを次の瞬間には灼き焦がして再生を無効化した。

 

気温が莫大な熱量によって摂氏1200℃にまで達し、最早人どころか生物が存在出来ない領域となった。

だがそれでも、リュウマとオリヴィエは変わらずとして剣を交わし続けている。

 

リュウマは放った本人であるので防御の必要は無いが、オリヴィエは魔力で体を覆って魔力を防ぎ、熱は大地から吸い上げている魔力を使って皮膚から2ミリのところに冷気を流して防いでいる。

本来ならば摂氏1200℃等耐えられる筈も無いが、肉体が強靱であるオリヴィエからしてみれば対処さえしていれば大汗を流す程度で済む。

 

超熱地獄となった最早一級危険地帯となった領域内で、オリヴィエは熱を完全には防ぎきれず体温が急上昇していくのを感じながら、左手に持った黒き鎖と右手に持った純黒の刀で的確に急所を狙ってくるリュウマの攻撃を捌ききっている。

 

噴き出る汗が服を張り付かせ、妖艶の色香を漂わせるが、今この場に誰かが居たとしてもそんなことに目を移している暇など無いだろう。

他者からは目にも留まらぬ音速機動中に斬り合いをしているのだから。

 

 

「ハァ…ッ!!」

 

「うぐっ…!」

 

「逃がさぬ…!!!」

 

「しまっ…!?」

 

 

右手に持つ純黒の刀を大きく振り上げた予備動作を見て、上から重い一撃が送られると咄嗟に思ってしまったオリヴィエは両手を使って受け止める体勢に入った。

狙い通りの動きを見せたと、狙って大振りの動きを見せていたリュウマは武器を手放し空へと放った。

 

目を開いて驚く暇をむざむざ与えること無く、武器を手放した右手を握り込みオリヴィエの腹を捉えた。

衝撃波が背中から突き抜けて吹き飛ぶオリヴィエの足に黒き鎖を巻き付けて勢い良く引き寄せる。

ぐんっと引っ張られたオリヴィエは吐き気を感じながらどうにか耐え抜き、鎖に捉えられていない脚を振り上げると鎖を踏み潰すように足を落とした。

 

張っている鎖を踏まれたリュウマは必然的に引っ張られてしまい体勢を崩す。

間髪入れずに接近したオリヴィエが足払いを掛けて空中に追い遣ると、胸倉を掴んで背負い投げで地面に叩き付けた。

 

背中からいったリュウマに追撃として純白の双剣を突き刺そうと逆手に持ち替えたところで、リュウマが口を大きくパカッと開けて口内で構成していた魔力を覗かせた。

 

 

()────────────ッ!!!!」

 

「──────っ!!」

 

 

魔力の奔流が極太の光線のように放たれた、オリヴィエは咄嗟に体を限界まで仰け反らせることで紙一重で躱し、バックステップで距離を取らざるを得なかった。

しかし足に巻き付いている鎖がまだ残っていて、光線状の魔力を放ち続けているリュウマに引っ張られて強制的に光線の射程内に追い込まれる。

 

食らえばどれ程の隙を作るか分からない攻撃にやられるわけにはいかないと、オリヴィエは双剣を二つ合わせてリュウマの方へと向けると膨大な魔力を同じように光線状にして放った。

 

 

「『番い放たれる一条の白胱(フォトン・デア・セイヴァー)』ッ!!!!」

 

「苛──────────────ッ!!!!」

 

 

ぶつかり合って拮抗する純黒の光線状の魔力と純白の光線の魔力は、その力を衰えさせることなく破壊力を増していく。

超熱地獄に二条の光の柱がぶつかり合って大気を歪ませている光景は地獄のよう。

 

しばらくの間衝突していた魔力は次第にリュウマが押されかけていく。

二人の攻防によって掻き消された雲のお陰で晴天の空となり、照り付ける陽射しを濃縮することで魔力として変換して威力を底上げし、地下深くに生い茂っている地下森林から自然エネルギーを吸収して自身を超強化している。

 

威力が底上げされたことでリュウマが押され始め、白と黒の光の大半が白となり、黒が追い遣られて目前まで純白なる魔力が迫っている。

このままでは呑まれると確信したリュウマは、左手から伸びる鎖を、破壊の衝撃で隆起した岩に回して己の体に戻ってきた鎖を巻き付ける。

そして一気に引っ張りその場から即座に離脱し、直ぐ隣で大地を蹂躙し地形を変える程の魔力の奔流から難を逃れた。

 

戦闘服に付いた土を払いながら立ち上がったリュウマに、オリヴィエは正面から向き合うように佇みながら気迫を劣らせることなく、まだまだこれからと云わんばかりに魔力を漲らせている。

 

 

だが─────リュウマは武装を解除した。

 

 

おまけには木々を生やさない為に発動させ続けていた無慈悲な太陽すらも消し去り、この場は荒れていること以外は最初の頃と同じような状態になった。

 

何故武装を解除しつつ、態々封殺していた魔法も解いたのかも分からないオリヴィエは、足下で自然を発生させながら首を傾げた。

 

 

「如何したというのだ。まだまだ此からだろう?」

 

「否──────終いだ」

 

「……何?」

 

 

訝しげな表情をしたオリヴィエに、見せるように両手を広げたリュウマは……勢い良く地に手を突き最後の仕上げに入った。

 

 

「────ッ!?これは…!!」

 

「────貴様との戦闘中に組み込んでいた」

 

「──────────」

 

 

オリヴィエを中心に、大地に巨大な五芒星を刻み込まれた魔法陣が姿を現した。

 

 

戦っている最中に少しずつ転々と設置し、最後のこの時…この場所にオリヴィエが来るように仕組んでいた。

 

 

満を持したこの瞬間……リュウマは魔法陣を発動させた。

 

 

 

 

 

 

「禁忌────『不円環五芒星型縛法(ふえんかんごぼうせいがたばくほう)魔法陣』」

 

 

 

 

 

 

「か…体が……!」

 

 

完全に発動された魔法陣は、対象者の魔力を喰らって元へと還元させつつ動きを完全に封じる。

 

今、オリヴィエの体は全く動かず、そして魔力を使って魔法を使い脱出することも叶わない。

 

 

オリヴィエは今……完封されていた。

 

 

「……成る程…それで…?これから…どうするというのだ…?」

 

「……我が貴様を()()()()

 

「……………はぁ…そういうことか」

 

 

動けないオリヴィエはリュウマの眼の本気具合に溜め息を溢しながら、結局またしてやられた己自身に落胆した。

 

リュウマは魔法陣を発動させながら歩ってゆっくりと近付いていき、封印を施す為にオリヴィエに触れようとしたが……少しだけ宙で手を彷徨わせ、壊れ物を扱うが如くオリヴィエの頬に手を添えた。

 

きめ細かく白く、触れると押し返すように反発してくる柔い餅のような感触を感じていながら撫でている一方で……オリヴィエはリュウマの心理に触れた。

 

魔力や魔法を使ったものではない…言うなれば直感と言っても違いないものではあるが、オリヴィエはリュウマの心理状況を瞬時に理解したのだった。

 

 

「……………成る程。貴方の目的は()()()()()()なんだな。

 

 

……貴方が良いならば…私は何も言わぬ。

 

 

しかし────私に通用すると思うこと勿れ」

 

「…………。」

 

 

一度目を閉じて開いた時、オリヴィエは更なる情熱の炎を荒々しく滾らせていた。

 

そんなオリヴィエの瞳を、リュウマは真っ正面から見えなかった。

今己自身がやろうとしていることは、後ろめたい気持ちにさせる事であるのだから…。

 

 

「我は今…掛け替えの無き我が盟友に手を下さんとしている。

 

此は謂わば我の自己満足でしかない。

 

……人は生まれ…学び…生き抜き…死を迎える。

 

当然の摂理である(ことわり)の中に居ない我等はこの時代に居て良い存在ではない。

 

今の時代を創るのは、何時だってその時代の生きとし生けるもの達である。

時代と共に死ぬ筈であった我等ではない。

 

故に……恨んでも良い…殺意を持とうが当然の権利である。

 

……オリヴィエ…我が盟友の一人であり、我と対を為す存在である者よ。

 

……此で…真の終幕である」

 

「……私は結局のところ、貴方に勝つこと叶わぬまま終わる。

 

 

しかし────私は何度でも貴方の元へ馳せ参じよう。

 

 

恨む?殺意を抱く?───()鹿()()鹿()()()

 

 

愛しく想いこそすれど、それ以外の負なる感情を抱くことは決して無い。

 

 

それは()()()()()()()()()()()()()()確固たる証明となっている。

 

 

─────私は諦めない。

 

 

貴方の為ならば、封印されて幾星霜…それこそ千年、はたまた万年億年経とうが必ずこの封印を破り、貴方の元へとやってくる。

 

 

────愛している。

 

 

だから待っていろ。次相見えるその時は───」

 

 

どれだけやられようと、結局埋められなかった実力差を見せ付けられようと、愛する者から封印を施され離れ離れになろうとしていようと……オリヴィエに諦めるという文字は存在しない。

 

 

「────貴方は私と共に在ることだろう」

 

「……っ…」

 

 

余りにも強い意志、余りにも強き心、余りにも真っ直ぐな愛情、余りにも強い瞳…。

 

 

リュウマは……涙を流していた。

 

 

「なぁ貴方。最後に…強く抱き締めてはくれないか」

 

「…………。」

 

「また貴方の元に訪れるとしても、あの殲滅王の足下程度には至れたんだ。……少しだけ…ご褒美が欲しい」

 

「…………。」

 

 

目を伏してダメ元で聴いたオリヴィエの体を包んだのは……微かに震えているリュウマの体だった。

 

腕を背中に回してまでしっかりと抱き締めてくれている現状に、蕩けるような嬉々とした笑みを浮かべる。

 

だが、涙を流しながら微かに震えさせているリュウマが抱き締めている…というよりも、しがみついている…と、言った方が正しいのかも知れない。

 

 

「…そんなに震えて如何したというのだ。貴方はただ、貴方が正しいと思うように…やりたい事を為せばいいんだ。そう気にしなくていいんだぞ?それに、どちらにせよ私は貴方の前に再び現れるのだから」

 

「っ……っ…」

 

「ふぅむ…動けないからな…頭を撫でたいが撫でられぬ…。……ふふっ…よしよし」

 

「くっ…!…っ……」

 

 

少しの間リュウマはオリヴィエを抱き締めていたが、体の震えが治まると同時に体を離した。

 

顔も何時ものリュウマへと戻り、封印の最後の仕上げに入った。

 

 

「オリヴィエ─────」

 

「んっ…!?」

 

 

微笑みを浮かべたオリヴィエの唇に……リュウマは自分から唇を重ねた。

 

 

「んっ…んん…っ……はぁっ……するとされるのでは…こうも違うのだな。ふふふ。─────ありがとう、貴方」

 

「……さよならだ。我が愛しき盟友…オリヴィエよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『劫遠帰籩封印』…発動

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オリヴィエの体が足下から黒く染まり始め、上へと変色が進んで行くと…最終的にオリヴィエの姿の純黒の像が出来上がった。

 

 

持っている双剣は黒く染まらず、変わらず純白の色合いを見せている。

 

 

暫しの間オリヴィエの像を見ていたリュウマは、雑念を篩い落とすように頭を振ると踵を返してその場から離れ、翼を大きく広げた。

 

 

 

「不毛な戦争は、我が終わらせてやろう」

 

 

 

殲滅王が戦争に参加するため……空へと飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 




オリヴィエのこれから…?

勿論考えてありますよ?

ですが、その時まではお楽しみに笑



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第七二刀  殲滅戦の始まり

ENDまでの流れは全て頭の中で描き終わっているのと、確とメモってあるので安心して下さい。




 

激しい戦闘に巻き込むから危ないと、数キロ先に待機させておいた子竜のイングラムを拾って、リュウマは引き続きマグノリア目指して飛んで行った。

 

一方で、リュウマとオリヴィエが戦っている間にもアルバレスとフェアリーテイルの戦争は開戦を迎えていた。

 

オリヴィエが姿を消して安堵の溜め息を吐いたフェアリーテイルのメンバー達は、固まっているところをメイビスの一声で気を入れ直して作戦計画を確認した。

計画を頭に入れたメンバー達は、攻め込んでくるまでは最後の自由時間となって思い思いに過ごしていたが、その僅か一時間後に敵は攻めてきた。

 

アルバレスは先ず、大空駆ける大型巡洋艦を約50隻用意して空から攻めて来たのだ。

先頭を切って進んでいる大型巡洋艦に乗っているのは、スプリガン12である砂漠王アジィール。

 

攻撃的な性格であるアジィールの号令の元、戦艦から砲撃を食らうフェアリーテイルではあったが、現在のフェアリーテイルで最高の防御力を持つフリードの術式による魔障壁で全弾を防いだ。

けれども、防いだだけでも多大な負担が掛かっているフリードが魔障壁を維持出来なくなる前にフェアリーテイルも攻撃を開始した。

 

飛ぶことが出来るハッピー、シャルル、リリーに抱えられてナツウェンディとガジルが戦艦のいくらかを破壊した。

地上ではビスカがフェアリーテイルの敷地内の地下に隠し持っていた魔導収束砲ジュピターに魔力を溜めていざという時の為に備えていた。

 

着々と戦艦を破壊していったナツ達は、一際膨大な魔力を感じさせる人物であるアジィールの居る戦艦へと降り立った。

しかし、ドラゴンスレイヤーは乗り物に弱く、トロイアという乗り物耐性を付加させる魔法が使えるウェンディも、この一年で乗り物がダメになっていた。

 

敵の前で早速動けなくなったナツ達を救い出したのはエルザであった。

ナツ達を下がらせて代わりとなってアジィールの前に立つと、言うが早いか戦闘を開始した。

 

フリードの術式を展開しているマグノリアは大丈夫なのかと問われれば、それは否である。

戦艦が来たことに気を取られて居る内にフリードの術式を無効化する者が侵入し、フェアリーテイルでその対処に当たった。

 

 

「サタンソウル…『ミラジェーン・セイラ』。命令する。全員仲良く────おやすみなさい」

 

 

タルタロスに所属し、命令して相手を操る呪法を使っていたセイラを接収(テイクオーバー)したミラの一言で殆どのアルバレスの兵士を眠らせた。

 

その同時刻、戦いに出遅れたルーシィのマンションの部屋には……スプリガン12のブランディッシュが現れ、裸の付き合いならぬ裸の勝負をということで一緒にお風呂に入って問答を繰り返していた。

 

所戻り、エルザとアジィールの戦いは白熱していて、肌に触れた途端に跳ばした剣を砂に変える強力な乾燥化の力を持つアジィールに攻め倦ねていたが、刃が水で出来ている剣を使って対応し、アジィールにダメージを与えた。

本気になったアジィールが突如、マグノリア一帯を全て巻き込む大砂嵐を発生させてエルザの視界を奪う。

引き続き水の剣で攻撃するも、砂嵐の一部となったアジィールを捉えきれずダメージを与えられていく。

 

絶体絶命とまでなったその時、エルザは鎧を換装させて強い光を放った。

目眩ましなど無駄だと叫ぶアジィールは、その時はまだ分かっていなかった。

 

光を悪い視界の中確認した地上に居るビスカは、光の正体がエルザだと確信し、魔力を溜め終わったジュピターを流石の射撃能力で寸分の狂いも無く発射した。

 

放たれたジュピターはアジィールに直撃し、辛うじて避ける事に成功したエルザが吹き飛ぶアジィールに追撃をし、見事…スプリガン12の一人を倒した。

 

そして、アジィールとの戦いの最中に使った大砂嵐が原因で花粉が舞い、花粉症であったブランディッシュがルーシィとその場に駆けつけてきたカナとで戦闘に移行しようとしているところで、くしゃみが止まらずカナに後ろから殴られて気絶し、釈然としないスプリガン12の一人を倒した。

 

砂嵐が止む頃にはスプリガン12の二人を倒すという功績を挙げることに成功したフェアリーテイルではあるが、止んだと同時にマグノリアに入り込んでいた兵士が消え、代わりに体が機械で出来た機械兵が居た。

 

ミラと共に兵士撃退に当たっていたエルフマンとグレイとジュビアが、同じく機械兵を撃退するために攻撃を開始しようとしたところ、グレイには炎が…ジュビアにはスチームが、エルフマンには速い機械兵がといった感じで、各々の弱点特化型の機械兵だった。

因みに、弱点が無いと思われたミラの弱点特化型機械兵は、顔だけがエルフマンの似ても似つかない微妙な機械兵だった。

 

機械兵自体はそこまで強くないので、グレイの機転を利かした発想により、有利な機械兵とメンバーを交代することで全部破壊した。

 

機械兵を作り出していた兵士の隊長は既にその場から離脱して、フリードの居るカルディア大聖堂へとやって来ていた。

術式を使っている間は動くことすら出来ないフリードをビッグスローとエバーグリーンが護衛し、やって来た隊長の撃退に当たった。

 

ところが、隊長から生み出される機械兵がビッグスローとエバーグリーンの弱点を突き、眼に宿る魔法を使おうにも効かず、本体の隊長を(セカンド)魔法で攻撃しようにも、隊長本体ですら機械であったため苦戦を強いられた。

 

そこへ援軍としてフェアリーテイルをアルバレスからマグノリアまで運んできては、一週間クリスティーナの整備と燃料確保に合わせて放置されていた一夜が現れ、電撃の効力がある香り(パルファム)を使って攻撃した。

しかし、機械故に電気に弱いと思って攻撃したことが裏目に出て、電撃を食らって強化されるスプリガン12の機械兵の隊長に反撃される。

 

追い込まれてやられかける中で、力を振り絞った雷神衆と一夜の力で隊長は粉々に砕け散る。

放置された事に腹を立てていた一夜が、転がっている隊長の頭を踏ん付けては面倒くさい拗ね方をしていると、頭が突如笑い出して光を溢れさせる。

自爆だと気が付いた頃には既に遅く、爆発がカルディア大聖堂を粉々に崩壊させた。

 

そこで、少しの間意識を飛ばしていた一夜は目を覚まし…雷神衆に身を挺して守られていたことに気が付いた。

ラクサスも含めた雷神衆はブルーペガサスに所属していて、少しとはいえ所属したからには家族だという一夜の言葉に則り、家族は守り合うものだといって一夜を3人で庇ったのだ。

 

涙を流す一夜の哀しみの雄叫びが響き渡るが、残念なことに……破壊した機械兵の隊長は、スプリガン12の一人である機械族(マキアス)のワール・イーヒトが造った兵隊の一体でしかなかった。

本体のワールはフィオーレ南方ハルジオン近海から向かってくる数多くの戦艦に乗っていた。

当然、カルディア大聖堂で自爆した機械がやられたことも気付いていて、ブランディッシュが捕虜として捕まっていることも知っていた。

 

ワールの他にもディマリアというスプリガン12の内の一人が同席しているが、ワールはやられっぱなしというのが面白くないようで……港から30㎞離れている場所から狙撃をしようとしていた。

 

 

「港を粉々にするつもりか。まだ30㎞はあるぞ」

 

「いいや。狙いは─────妖精の尻尾(フェアリーテイル)だ」

 

「ここから400㎞以上はあるぞ。当たるものか」

 

「アヒャヒャヒャヒャッ!機械族(マキアス)のエリートたるワール様を舐めんなよ!」

 

 

不気味な笑みと笑い声を上げるワールが腕を合わせると電撃が奔り、ワールの前に巨大な装置が現れて膨大な魔力を蓄積していく。

 

魔力は数秒で溜められ、ワールの超遠距離対物(アンチマテリアル)魔導砲が放たれた。

 

極太の光線は港の上空を易々と飛び越えてフェアリーテイルに一直線で進んで行く。

リュウマの口から放たれる光線よりは威力に劣るが、恐ろしい程の遠距離からの狙撃に、巨大な熱源と魔力反応を感知したフェアリーテイルは大慌てとなる。

 

防ぐためにフリードに術式の再展開をテレパシーで頼むが、つい数分前に一夜を庇って戦闘不能となっていたこともあり繋がらなかった。

絶体絶命となり、もう目前に魔導砲が迫っているといった時……フェアリーテイルの前にクリスティーナが躍り出た。

 

狙われたフェアリーテイルの前に出るということは必然的にクリスティーナが破壊されるということに他ならない。

乗って操縦していた一夜は、これは戦いであるが、フェアリーテイルだけの戦いではないと言って、クリスティーナ諸共フェアリーテイルを守ったのだ。

 

後にフェアリーテイルに瀕死の重傷を負った一夜は回収されて医務室に送られ、斯くして一陣はどうにか凌ぎきった面々であった。

しかしながら、四方を囲まれて攻められようとしているのには変わりなく、ルーシィとカナは捕らえて地下牢に入れているブランディッシュと話を聞こうとしていた。

 

実はブランディッシュが花粉症でくしゃみをしているところを不意打ちで気絶させられる前、ルーシィとお風呂に入っている時…ルーシィがレイラ・ハートフィリアの実の娘であることを確信して攻撃されたのだ。

母のことをそう多くは知らないルーシィは、ブランディッシュに母のことを聞こうとするのだが…ブランディッシュがルーシィの母のことを話すことは無かった。

 

一方地下牢の上では、東の情報が入ってボスコ国のギルドがほぼ全滅しているということを仕入れていた。

ボスコ国の制圧のためか、アルバレスの勢力はそこから進軍やめてはいるものの朗報が入り、来たから攻めてくる軍に対してセイバートゥースやブルーペガサスが向かっているという情報が入る。

 

南の軍はハルジオン(こう)を制圧したアルバレスから解放するためにマーメイドヒールとラミアスケイルが向かっていた。

となれば、フェアリーテイルは東と西のどちらかの対処に処せば良いだけの話となり、大分負担が減ってはいる。

そこでフェアリーテイルの面々が加勢に行かせてくれとメイビスに訴え掛け、北へはミラ、エルフマン、リサーナ、ガジル、レビィ、リリーが行くこととなった。

 

南へ向かうのはナツ、グレイ、ジュビア、ウェンディ、シャルル、ラクサスとなっている。

…の、だが……。

 

早速ナツが自由行動をして何処かに消えてしまっているので南へは、アジィールとの戦いで多少負傷しているが動ける程度には回復しているエルザが代わりとして南の加勢メンバーに入ることとなった。

他の者はギルドの防衛に回り、西と東の対処は如何するのかというマカロフの言葉に、メイビスは西の進軍速度が他とは違って遅いことからゼレフ本体であると告げた。

 

西を除いた三つの方角の勢力とで決着が付いた後、残る残存戦力で迎え撃つ形となる。

では東の対処は如何するのかというロメオの問いに、東は現状最も脅威度が高いとのことで、こちらからも一番の兵力を出すと告げた。

 

ウォーレンがそこら辺の連絡の遣り取りをしており、東に向かったのはイシュガル最強の戦力チームであった。

聖十大魔道序列一位だったゴッドセレナを除いたイシュガル四天王3人に加え、聖十大魔道序列五位であったジュラが向かっていたのだ。

 

最早ここが突破されることがあれば、一人を除いて東を抑える者は居なくなると言っても過言ではない状況であり、メイビスは創設メンバーのウォーロッドに心の内で抑えてくれるよう頼み…健闘を祈った。

 

するとそこへ、マグノリアの周辺まで見ることが出来る地図のモニターに、西の勢力に向かって進む点が表示された。

ゼレフ本体がいる西の勢力に向かったのはナツであり、実のところ…戦争が始まる前のオリヴィエが消えた後の話で、ナツはゼレフに関しては自分が決着をつけると言い、その為の秘策が右腕にあると述べていた。

 

そゆなナツを信じて他のメンバーはメイビスの作戦通りに動こうというエルザの言葉に対して、エルザはナツを信じすぎているというグレイとで一頓着ありそうになるが、グレイはグレイでナツを信じていない訳ではなく、ただ一人では心配だという事だった。

そんなグレイに、シャルルは人の姿をしながら微笑み、ハッピーが付いているから一人ではないと返し、グレイはそれもそうだと笑い返した。

 

 

「……ん?何だコレ?」

 

 

そんな話が他で行われているところで、地図を見て作戦についての確認をしていたウォーレンが地図上の不可思議な部分を見て頭を傾げていた。

 

それは人を点で表示する地図上に、不規則に点滅しながらゆっくりと…しかし着実に東の勢力のところへ向かっている者が居たのだ。

少ししてから点滅は消えてしまい、ちょっとした誤作動かと気にしなかったウォーレンだが……魔力が強大であれば強大である程顕著に印される点が、()()()()()()()()()()()()点が消えた事に気が付かなかった。

 

 

 

 

滅びが東へと……向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話は戻り、西の勢力の主力たるゼレフの元に向かったナツは、ハッピーに抱えられて黒い絨毯にも見える夥しい敵兵士達の元へとやって来ていた。

勝ってな行動を顧みずやって来たことに何の反省もしていないナツは、早速ゼレフを炙り出す為に戦闘の兵士に攻撃し始めた。

 

全員魔導士で形成された兵士を前に、何の考えもなく突っ込んでいったナツではあるが、一年の間に付けた力の凄まじさたるや。

 

拳に宿した炎を鉄拳と一緒に爆破すれば数百人を巻き添えにし、武器を使われようが瞬時にに避けては砕き割って無力化しながら反撃の一撃で地に沈める。

一人を肘鉄で吹き飛ばせば後ろに居た数十人の兵士を巻き添えにして倒した。

 

 

「──────『炎竜王の咆哮』ッ!!!!」

 

 

魔法が飛んできても手で弾き飛ばし、魔法の弾幕を張られようと強力無比な咆哮(ブレス)を放って地を底から削って地形をも変えた。

 

たったの一分足らずで100万中の約1000人を倒したナツの前に、お目当てのゼレフが出て来た。

少しの皮肉混じりな挨拶をしたナツは、右腕に巻かれていた包帯を取り始めた。

それと同時に顕著となる膨大な魔力と莫大な熱量に、あのゼレフまでもが困惑とした表情をした。

 

包帯を取られたナツの右腕にあったのは……竜の形をした紋章だった。

 

呆気に囚われているゼレフの顔に、瞬きをするほんの刹那で接近したナツの拳がめり込み吹き飛ばした。

その後も追撃をしては吹き飛ばして追撃をしてと、ゼレフに反撃の余地を与えず攻撃していき、隙を突いてゼレフが反撃をしようと飛んできた魔法を燃やして無効化した。

 

出鱈目な力に気になったゼレフは、元は魔法の研究者ということもあり、その力は何なのかと質問を投げ掛けた。

ナツはそれに対してイグニールから貰った力と答えた。

 

一年前のタルタロスとの戦いの最中でやって来たアクノロギアを倒すためにナツの体の中から出て来たイグニールが、最後の力として残しておいてくれた力だった。

ナツはその力を解放するためだけに、修業期間の内の大半である10ヶ月を費やしていた。

 

 

そしてこの魔力は強力にして強大であるため…大きなデメリットが存在する。

 

 

そのデメリットとは……この魔力は一度使えば二度と回復する事の無い一度限りの力。

(まさ)しくイグニールの執念である。

 

その説明を受けたゼレフは、この力ならば己の呪いである不死の(呪い)を破壊することが出来るかも知れないと、人知れず歓喜していた。

 

 

「─────モード…炎竜王ッ!!」

 

 

魔力とイグニールの力を解放したナツの熱量に、辺り一面の大地が燃え盛り、文字通り炎の大地となった。

 

燃えうる大地を踏み締めてゼレフの顔を全力で殴り抜いた瞬間……想像以上の爆発が辺りを襲い爆ぜた。

 

爆煙が晴れるとゼレフの姿が無く、完全に消し飛んだのかと思われたが後退しただけであり、しかしながら…あのゼレフが瀕死の重傷とも言える傷を負っていた。

放ったナツも予想以上の体力の消耗と、イグニールの執念の魔力の消耗に息を荒げていた。

 

後一撃撃てるかどうかと言える残量に焦りを憶えるナツだが、ゼレフはそんなナツに言葉を投げ掛けた。

 

曰く、ナツならば己を止めることが出来るかも知れないと…ずっと思い続けてきたが少し遅く、己は己の消滅よりも世界の消滅を選んだのだという…ナツに会うまでは。

 

次の一撃は、ナツの力次第では、本当の意味で不死であるゼレフを消滅させられるかも知れない…という状況であるからこそ、ゼレフは生きている今の内に大切なことを伝えておきたいという。

 

 

ゼレフは告げた……真の名を。

 

 

「僕の名はゼレフ・ドラグニル─────」

 

 

─────君の…兄だ

 

 

その言葉はナツと聴いていたハッピーの思考を奪った。

 

 

今から400年程前、ナツとゼレフの両親はドラゴンの吐く業炎に焼かれて死んでしまっていた。

そしてゼレフの弟であるナツも……その時に死んでしまっていたのだ。

ゼレフは弟であるナツを蘇らせる為の研究の末…ゼレフ書の悪魔(エーテリアス)という生命の構築に成功したのだ。

 

 

それこそがエーテリアス()ナツ()ドラグニル()である。

 

 

固まっているナツにハッピーが信じてはダメだと叫び、気をしっかり持たせ、ナツはゼレフの言葉を信じず、何よりイグニールはENDを倒せなかったと述べていたと言い、もし仮にナツ自身がENDならば小さい頃に捻り潰されていた筈だと言った。

 

それに対し、ゼレフは物理的に倒すのではなく、イグニールがナツに愛情を注いでいたからこそ倒すことが出来なかったのだと返した。

 

ゼレフの言葉を信じられず、尚且つENDはタルタロスを作った悪魔であり、自分は人間であると宣言する。

しかし真相を知っているゼレフは、タルタロスを作ったのはマルド・ギールであり、偶然見つけたENDの書を使ってENDの意志だと言って他の悪魔を従わせていたのだと告げた。

そういう意味ならば、ENDであるナツが作ったとも言えるだろう。

 

これ程の事実を並べられようと信じようとしないナツに溜め息を吐いたゼレフは、別の空間から一年前に回収したENDの書を取り出しては地に投げ…簡易な魔法で本を貫いた。

 

すると如何だろうか……ナツが胸を押さえて苦しみだしたのだ。

 

ゼレフの悪魔であるナツの本体とも云えるのは、ENDの書である。

つまり、本を攻撃されたことで本体にダメージが入り、肉体であるナツの体が痛みを共有したのだ。

 

苦しんでいるナツを見下ろしながら、ゼレフは昔からナツが聞き分けが悪く、言葉も字も全く覚えようとしないどうしようも無い子だったと懐かしみながら教えた。

頭を抱えていたゼレフは、友人である……イグニールに相談をしに行ったのだ。

イグニールがゼレフの友人であったことに対し、苦しげな顔をしながら本当かと聞き返したナツに肯定し、ゼレフはイグニールが当時では珍しい…人間を敵対視しないドラゴンであったと述べた。

出会いとしては、研究の為の薬草を採りに行っている時に偶然会った。

 

その時だ、イグニールがナツに滅竜魔法を教えると決断したのは。

 

イグニールや他のドラゴンであるメタリカーナやグランディーネ等はある計画を練っていた。

滅竜魔導士を己の手で育て上げ、自らの力を“魂竜(こんりゅう)の術”にて魔導士の体内に封じて未来に行く事を……アクノロギアを倒さんが為に。

 

では何故ドラゴンが未来に行く必要があったのだろうかという点は、弱っていたドラゴン達が復活するためのエーテルナノ濃度の問題であった。

エーテルナノの豊富な時代へ行かなければ魂竜の術は解けない。

 

この計画に選ばれたのは5人の子供────

 

 

ナツ…ガジル…ウェンディ…スティング…ローグであった。

 

 

この5人は身寄りが居ない子供達であり、ナツにはゼレフが居たが他でも無いゼレフが賛同した。

それには当然…アクノロギアとは別にナツが強くなればゼレフ自身を殺してくれるかもという望みがあった。

 

未来への扉はエクリプスを使い、アンナという星霊魔導士が扉を開いた。

 

当然のこと、辿り着く未来については定まってなどいなかった。

アンナという女性の一族が計画を紡ぎ、エーテルナノ濃度の高くなった今の時代へと出口が開けられた。

そして…レイラ・ハートフィリアという星霊魔導士がエクリプスを開いた。

奇しくもルーシィの実の母親である。

 

それがX777年7月7日…ナツやガジルやウェンディ達が親のドラゴンが消えてしまったと思い込んでいた日。

実際には、選ばれたナツ達がこの時代へやって来て目覚めた日である。

つまり……ナツ達5人の純粋な滅竜魔導士は400年前の子供だった。

 

ゼレフはその400年を生き抜いて来たが…400年という月日は余りにも長すぎた。

幾つもの時代の終わりを見ては、人間の生死の重さが分からなくなっていった。

リュウマに会ったし、メイビスとも出会って別れた。

 

そう告げたゼレフにナツは信じられないと叫びながら飛び掛かり、イグニールの魔力を解放するが…ゼレフは憐れな者を見る目でナツを見て告げた。

 

 

「君はゼレフ書の悪魔だ。僕を殺せば────君も死ぬ」

 

「それが─────どうしたァァァァッ!!」

 

「な、ナツーーーーーっ!!!!」

 

 

ゼレフから告げられた衝撃な事実を告げられようと、ナツは止まることなど無かった。

ナツは既に迷うことをやめている。

ゼレフを倒すためだけにここに来たしここに居る。

涙を流しながら最後のチャンスだと教えるゼレフに、ナツが腕を振りかぶり──────

 

 

「なっ!?ハッピー!何すんだ!!降ろせ!」

 

「オイラ…やだよ……ナツぅ…ナツが居なくなるなんて嫌だよぉ…!!」

 

 

ハッピーがナツの襟を掴んで空へと持ち上げて離さず、その間もナツの右腕に描かれた竜の紋章が消えていく。

イグニールの力が消えていき、早く離すよう叫んでもハッピーは離さなかった。

 

腕の紋章は次第に効力と魔力を消していきながら、紋章自体も消えて無くなってしまった。

ハッピーはナツの熱を帯びる服を掴んで手が焼けるが構わず…ギルドへ戻るためにその場を飛び去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして同じ頃、ハルジオン港では……ワールとディマリアが占拠しており、そこに集まったラミアスケイルとマーメイドヒールがハルジオン解放戦を始めようとしていた。

 

フィオーレ北方でもセイバートゥースとブルーペガサスが解放戦をしているが、順調に倒していっていると思われた戦況にスプリガン12の一人であるブラッドマンという死神のような格好をした男が現れて劣勢に追い込まれていった。

 

それとは別にマグノリアでは、地下牢に捕まっているブランディッシュの元へ、空間の掟といって空間魔法を無効化するマリンが潜入して潜り込んでいた。

助けに来たと思っていたブランディッシュであるが、マリンは今まで散々扱き使われていたことを恨んでいて、助けるどころか首を絞めて殺そうとしてくる。

 

酸素を吸えず意識が朦朧としていき、意識を失ったブランディッシュを間一髪助けたのは…丁度様子を見に来たルーシィとカナだった。

 

意識を失っていたブランディッシュが目覚めると医務室で寝かされており、事の事情をルーシィから聴いて情報を吐かせるためかと問えば、ルーシィはニコリと笑いながら一緒にお風呂に入った仲だからと答えた。

何とも言えない顔をしながら、温かい何かを感じたブランディッシュは、アルバレスの情報の代わりにルーシィの母親の話をすることにした。

 

手錠を外してルーシィと二人きりにして欲しいという条件に声を荒げて否定するカナをルーシィが宥め、医務室に居るポーリュシカは拘束は外すが魔封石は外さないという条件で出て行った。

 

医務室に2人だけとなったことを確認したブランディッシュは早速ものの本題に入った。

ブランディッシュは己の名がブランディッシュ・μ(ミュー)といって、母の名がグラミー。

そしてその母親がルーシィの母であるレイラ・ハートフィリアの使用人の内の一人であったことを明かした。

 

思いがけない告白に固まっているルーシィを尻目に話を続け、レイラは星霊魔導士を引退する際に自分が所持していた三つの鍵を3人の使用人に託した。

一つは八年前に天狼島にやって来たグリモアハートに属し、カプリコーンに憑依していたゾルディオに、もう一つは…今はもう無くなってしまったが、ルーシィの豪邸の世話係をしていたスペットという使用人にキャンサーを、そしてブランディッシュの母であるグラミーには……アクエリアスを。

 

グラミーはレイラの事をとても尊敬していた。

託されたアクエリアスの鍵も毎日毎日飽きもせず磨いていた程でもある。

だが、ブランディッシュはレイラが母のグラミーを裏切ったと叫んだ。

 

 

「あんた、アクエリアスの鍵はどこで手に入れたの?」

 

「ママ…から……だけど…」

 

「私の母が受け継いだ物を何であなたのママから渡されたと思う?」

 

「…っ!」

 

「レイラはね─────鍵を取り返す為に私の母を殺したのよ」

 

 

ブランディッシュが言った言葉を到底信じられる筈も無く固まっているところをブランディッシュはだからこそ甘いと称し、自分の見えている世界しか信じていないと言って……飛び掛かった。

 

不意を突かれたルーシィはマウントを取られて手脚を拘束され、口を塞がれて声を上げることも出来ない。

魔封石を嵌めていて魔法こそ使えないものの、拘束は外されているのが仇となり丸め込まれてしまった。

 

 

「んっ…!!」

 

「母さんの無念……アンタの命でしか晴らせない…ごめんね……死んでっ」

 

「んんっ……!んーーーっ!!」

 

 

口と鼻を同時に塞がれてしまい息が出来なくなり、苦しさから藻掻いて暴れるルーシィを離さないブランディッシュ。

しかしその状況も長くは続かず……。

 

暴れている内に棚から落ちた花瓶の中に入っていた水が広がり波紋を作り出した。

そして意志を持つように迸るとルーシィの上に乗っていたブランディッシュを弾き飛ばし、ルーシィを助けた。

 

 

「私の鍵が……何だって?」

 

「アクエリアス……!」

 

「…………。」

 

 

助けたのは……アクエリアスだった。

 

水が床に浸透しているのが幸いし、水がある場所でしか召喚する事の出来ないアクエリアスが出て来ることが出来た。

ルーシィはアクエリアスが危ないところを助けてくれた事に喜んで抱き付き、そんなルーシィをアクエリアスは仕方ないといった表情で受け止めていた。

 

仲睦まじい光景にブランディッシュが黙って見ていたが、アクエリアスが久しいなと言うと目を剣呑に顰め……

 

 

「オイッ!反応ねぇのかよクソガキッ!!!!」

 

「ご、ごめんなさい…()()()()っ」

 

「ご主…!えぇ…??」

 

 

何かとんでもない反応の仕方に、ルーシィは困惑した。

 

 

「捻くれた女になりやがって。そんなんじゃいい男出来ねーぞ?お?」

 

「ふ、ふぁい…」

 

「あのルーシィでも泣きながら求め────」

 

「その話は今いいでしょ!?てか、何で知ってんのよ!?」

 

「そりゃあ、お前が夜のお供にあの男とあっつ~い淫らな妄想─────」

 

「キャーーーーーーー!!!???////////」

 

 

どうにか全部は言わせなかったが、ギリギリセーフのようなアウトの事を言われて、ルーシィは顔が真っ赤になっていた。

わたわたしているルーシィを揶揄って遊び終えたアクエリアスは、ブランディッシュに犬のマネをさせたり誉めてからビンタしたりと躾けていた様子をルーシィに見せ付けてドン引かせた。

 

暫くして真剣な話を終えたアクエリアスは、ブランディッシュの主人である自分の主人がルーシィである事がどういう意味か分かるかと問えば、意味を理解したブランディッシュはしかし…どれだけ凄まれようと己の母を殺したレイラを許すことが出来ないと答えた。

 

ルーシィはレイラではないとアクエリアスに告げられて俯くブランディッシュに、レイラはブランディッシュの母を殺していないと告げた。

アクエリアスがこの場に現れたのは、その真実を語りに来たが故だった。

 

 

いや……()()()()でもある。

 

 

突如床下から漏れ出た光の柱が迫り出て、ルーシィとブランディッシュを呑み込んで一瞬視界の全てを白く染めた。

 

目を開けた時……2人はアクエリアスのような人魚の格好をしながら宇宙空間のような星が集まっている場所に居た。

 

驚き困惑していると、先導しているアクエリアスがこの場の説明を軽くした。

 

ここは“星の記憶”……星霊たちの紡ぐ記憶の記録保存所(アーカイブ)である。

簡単に言えば夢のような所であるが、ここに映し出されるものは紛う事なき真実であると。

 

説明された2人は顔を見合わせながら宇宙空間を進み…流れていく映像を目にした。

 

森の中を歩んで進み、開けた場所に出て来た女性が一人居た。

女性の名はアンナ・ハートフィリア。

ルーシィの先祖であり、偉大な星霊魔導士だった。

 

今から400年前、黒魔導士とドラゴンと星霊魔導士によって、ある計画が実行された。

それがドラゴンに育てられた子供にドラゴンを封印し、未来へと送ってアクノロギアを倒すという計画だ。

何度も言われている通り、未来へ行くために使われた魔法はエクリプスであり…星霊魔法の一つである。

 

アンナがエクリプスの扉を開き、ハートフィリア家は代々その扉が開くその時を見守ってきた。

 

何故代々見守ってきたのか分からず、ルーシィがどういうことからと聞くと、アクエリアスは本来エクリプスは入り口と出口に二人の星霊魔導士が必要であり、それを怠れば大魔闘演武の時のような悲劇が生まれる…そう答えた。

 

この場合の出口とは未来…つまりはハートフィリア家とは、扉が開くその時を何百年も待ち続けていた。

そしてレイラ・ハートフィリアの代で扉は開かれた。

 

扉を開くためには本来、黄道十二門の鍵が全て必要であり、レイラは預けた鍵も含めて全ての星霊魔導士に集合するよう呼び掛けた。

だが、西の大陸(アラキタシア)に渡っていたグラミーだけには連絡が届かず、宝瓶宮(アクエリアス)の鍵だけが揃わなかった。

 

 

レイラ・ハートフィリアは……足りない分の魔力を己の生命力で補ったのだ。

 

 

結果……扉を開くことには成功したものの、元々体が弱いという病弱体質に重なり、重度の魔力欠乏症を患ってしまった。

 

そんな話がグラミーの耳に届いたのは実に7日後の事だった。

 

 

『レイラ様…本当に…本当に……申し訳ありません…!』

 

『いいえ、気にする事はありませんよグラミー』

 

『…この鍵は私が持つのに相応しくありません。どうかレイラ様の手に……』

 

『私にはもう、星霊魔法は使えません』

 

『でしたらルーシィ様に…!レイラ様に似てきっと立派な星霊魔導士になるでしょう…!』

 

 

「…………。」

 

 

映像を見ているブランディッシュは、映像が流れていく内に顔を俯かせて何とも言えない気持ちになってきていた。

 

 

『私の家に古くから伝わるエクリプスの開放が…私の代で終わって良かったわ。あの子には自由に生きて欲しいもの……』

 

「…………。」

 

 

ルーシィも今は亡き母の言葉にどう言ったらいいのか分からず、ブランディッシュと同じように顔を俯かせた。

 

 

『そういえばブランディッシュは元気かしら?』

 

『えぇ、それはもう。アクエリアスが居なくなれば淋しがるでしょう』

 

『ルーシィと同じ歳でしたね』

 

『えぇ、今度お連れしますね』

 

『お友達になれるといいですね』

 

『なれますとも』

 

 

「…………。」

 

「…………。」

 

 

奇しくも敵同士であったルーシィとブランディッシュの母親は、自分達が仲の良い友達同士になれるだろうと、嬉しそうに…楽しそうに話していた。

 

その後もレイラはグラミーと共に仲の良い会話を続けて、遅くなる前に帰らなくてはならないグラミーはハートフィリア家から出て帰路についた。

 

しかし……そんなグラミーは背後から男にナイフで刺された。

 

 

「お母さん…ッ!!」

 

『お前の所為で…!レイラ様が…!!お前の所為でェ…ッ!!』

 

『ゾルディオ…さん……!』

 

 

背後から刺したのは、同じくハートフィリア家に仕えていた使用人の一人であるゾルディオであった。

映像なので抗うことなど出来ないが、ブランディッシュは泣きながら映像に向かってやめるよう叫んだ。

 

 

『えぇ……私の所為ですとも…当然の…報いよね……』

 

『よくも……よくもレイラ様をォ…!グスッ…!』

 

『…お願いがあります…ゾルディオさん…』

 

 

刺されているにも拘わらず、グラミーは泣きながら己の背から貫いて腹にまで突き出ているナイフを持つゾルディオの方に振り返り、涙を流しながら告げた。

 

 

『娘には…ブランディッシュには手を出さないで…。私の命と引き換えにお願いしているの…分かってくれる…?』

 

『あぁ…あぁあぁああぁあぁ……!』

 

 

「お母さーーーん…っ!!!!」

 

「─────っ!!」

 

 

泣き叫ぶブランディッシュを……ルーシィが強く抱き締めた。

 

 

「あたし達…今からでも友達になれないかな……ママ達みたいに…」

 

「うぅっ…グスッ……」

 

 

泣いているブランディッシュを頭を撫でながら慰めているルーシィは、今はまだ直ぐに返事が出来ないと分かっているので急かすことはしなかった。

そんな二人を見ていたアクエリアスは、言い辛そうにルーシィに見せたい物があると行ってルーシィにとある映像を見せた。

 

それは……過去に一度だけ…アンナ・ハートフィリアが全ての星霊の鍵を集め終わる前に、アクエリアスの鍵を所持していた女性が、戦いに於いて初めて……代償召喚術のみで呼び出せる星霊王を召喚した時の映像だ。

 

だが……映った映像を見て息が止まった。

 

 

何故なら……映像の向こうに────

 

 

『……………………。』

 

 

──────リュウマが居たのだから。

 

 

「え…?これって……」

 

「……今からさっきと同じ、約400年前の映像だ」

 

「じゃあ…こ、この人ってリュウマの…ご先祖…?」

 

「……もう分かってんだろ?何時間か前にも初代マスターから説明されただろうが。それは本人だ」

 

「で、でもっ……」

 

 

どうしても最後まで信じ切れていなかったルーシィの目に映っているのは、何度も見てきた愛しい彼の顔。

 

しかしその顔は表情というものが窺えず、何時ぞやに見た3対6枚の黒白の翼を携え、真っ黒な軽装の鎧を着て頭にサークレットを付けている姿であり、腰には変わらずの純黒の刀を差していた。

 

それまではまだ着ている服が違う程度だったのだが……彼が立っている場所が問題だった。

 

彼が立っている場所は…後ろに数多くの兵を従えながら先頭に立ち……前には黒く埋め尽くされた敵兵と思われる兵士の大軍が居た。

 

斯くして見た映像は……説明された通り王として君臨する殲滅王(リュウマ)の姿であった。

 

 

『────ククク……』

 

 

映像は進み、中にいるリュウマが突然無表情を一転させて嗤い始めた。

何処までも相手を侮辱し見下している…冷たい目だった。

 

 

『目先の欲に目が眩み、よもや我が国の領地を奪いに来るとは……フハハッ─────不敬にも程があろう』

 

 

嗤い終えたリュウマは─────

 

 

 

 

『征け──────皆殺しだ』

 

 

 

 

─────大軍の中へと飛翔した。

 

 

映像の中でリュウマは人を紙のように引き千切り、魔法で灰に変えては逃げ惑う兵士を一人も逃がさず蹂躙した。

みるみる映像の中が地獄絵図に変わり、その光景をリュウマ本人が作り出しているということが信じられず、口を押さえて込み上げてくる嘔吐感に堪えていた。

 

リュウマの国の兵士も屈強で、一人で数十人ずつ殺し回っては大地を死体の山に変えていく。

殺している数は当然の事リュウマが頭が何個も飛び抜けており、腕の一振りで数万人が死んでも当然の結果であった。

 

 

『……代償召喚術…星霊王召喚……お願いします星霊王よ…我等に勝利を…!!』

 

 

そこで映像がリュウマに蹂躙されている所から少し離れた所に移り、兵士の中で唯一鎧など着ず、巫女のような服を着ている女性が宝瓶宮の扉を掲げて砕き…召喚した。

 

 

『フハハハハハハハハッ!!繊弱軟弱貧弱惰弱ッ!!貴様等はこの程度の力で我等フォルタシア王国に刃向かうか!?なれば笑止千万ッ!!精々残してきた者達(友人知人家族)を想いながら死に絶えるが良いッ!!』

 

『────そこまでだ。荒ぶる獣が如き人間よ』

 

 

そこで大きな体と膨大な魔力を持ち、剣の切っ先をリュウマに向けて戦闘態勢に入っている星霊王が現れた。

言葉で止められたリュウマは魔法での殲滅を一時取り止め、目前に浮いて相対する星霊王を初めて視界に捉えた。

 

 

『願う古き友の為…貴様等を星霊王の名の下に殲滅する』

 

『ほう…?不敬にもこの我を含めて殲滅すると…?フハハッ─────吠えたな。塵芥(ちりあくた)の星霊如きが』

 

 

途端……リュウマの体から可視出来る程の純黒なる魔力が放出され─────消えた。

 

 

『その程度の力しか持たぬ存在が、誇り高き翼人一族が王たる我の御前に立つな』

 

『────ッ!?…ヌゥ……無念…な…り……』

 

 

星霊王の背後に立っていたリュウマは、一瞥すること無く言葉を吐き付け…星霊王は体を縦から唐竹の一刀で真っ二つにされて消えてしまう。

 

全天88星を統べる星々の王である星霊王の力は、凄まじいの一言である力を持ちうるのだが……殲滅王の前には吹けば飛ぶ埃に違いなかった。

その後に兵士達はフォルタシア王国の兵士達に蹂躙され……1時間も掛からない殲滅戦となってしまった。

 

 

「……私はお前に真実を見せる為に連れて来たが……ブランディッシュの小娘の話の他に()()()()()この記憶を見せる為にも連れて来たんだ」

 

「…っ……思い出した?」

 

「そうだ。私はつい最近までこの事を知らなかった。星のアーカイブにも載っているが閲覧出来ないように魔法で封印を施されていた。……恐らくあのリュウマっつー男が意図的に…それこそどうやってか知らないが星のアーカイブに干渉して記憶を覗かせないように封印を施したんだろう」

 

「……………。」

 

 

リュウマは知っていた…星霊が星のアーカイブなるものを持っていて、今までに起きたこと…星の記憶を覗いたり見せたりすることが出来ることを。

だからこそ常人には到底不可能である星のアーカイブに干渉し、殲滅王として人をゴミのように蹂躙した記憶を覗かせないようにした。

 

他にも、星霊王含めた星霊全ての記憶を弄くり、殲滅王たるリュウマ・ルイン・アルマデュラに関する記憶を消去した。

だからこそ…星の記憶で共有される筈の記憶を辿り、リュウマの事を初めて相見える人間だと感じていた。

 

記憶が戻ったのは、ただ単純にリュウマが封印を解いたからに他ならない。

理由としては…そう……封印しておく必要が無くなったから。

最早見られようが知られようが、リュウマが止まることは無いからこそ…封印を解いたのだ。

 

 

「こんな…ことって……リュウマが…あんなに簡単に人を……!」

 

「……仕方ないだろう。殺し方はどうあれ…400年前は力が全てだった時代だ。だからこそ常に戦争は起きていたし、平穏や安寧は一時的なものか、国の大きさと兵力に一存されていた」

 

 

現代人には理解出来ない、“戦う”という事に関しての根底の考え方の違い。

それに今…ルーシィは心を揺さぶられていた。

 

 

 

 

──────“理解が出来ない”

 

 

 

 

リュウマが恐れていたものが今…真実を知ったルーシィの心の片隅に隠れていた。

 

 

 

 

だが…それも仕方ないと言えよう。

 

 

生きた年代…時間…場所…状況…思想…全てが違い過ぎるのだから。

 

 

「だ、誰か…助けてっ…ナツが…ナツがっ!」

 

 

星のアーカイブから帰って来て泣いているブランディッシュとは別に暗い表情をしているルーシィが居る医務室に、ナツを担ぎ込んでいるハッピーが駆け込んできた。

 

騒ぎに駆けつけたポーリュシカが、倒れて目を開けないナツを診てみると……長年の魔力のオーバーヒートの所為でアンチエーテルナノ腫瘍が出来てしまっていると宣言した。

体の中に悪性の塊が出来ていて、早く取り除かなければ本当に死んでしまう病気である。

 

長年の魔力のオーバーヒート……イグニールの力を開放するために無理をしたが為だった。

イシュガルに治せる者は居らず、ポーリュシカはリュウマならば治せるかも知れないと言うが…ここには居ない。

絶体絶命かと思われたが、泣き止んでいたブランディッシュが魔封石を解いてと言い、腫瘍の場所さえ分かれば己の使う質量を操る魔法で極限まで小さくして消滅させられると言った。

 

敵の者なのに信じられるかとポーリュシカは言うが、先程の事でルーシィはブランディッシュに頼りお願いした。

 

斯くしてナツのアンチエーテルナノ腫瘍はブランディッシュの魔法によって消滅して危機的状況を凌いだが……ルーシィの頭の中にはリュウマの事が抜けきらなかった。

 

 

「リュウマ……何処に居るの?……会いたいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────マグノリアから東部

 

 

ここでは……一つの戦いが終わりを迎えようとしていた。

 

 

「何だよォ…?オレ一人にこの様か?聖十の称号が聞いて呆れるなァ?」

 

 

「ゴッド…セレナ…!」

 

「これ…程……か?」

 

「無念…」

 

「ハァっ…ハァっ…メイビス……」

 

 

東から攻めてくる強大な魔力を持つ者を迎え撃つ為に出張った、イシュガル四天王とジュラが…たった一人……元イシュガル四天王の聖十大魔道序列一位…ゴッドセレナの前に倒れ伏していた。

 

ハイベリオンとウルフヘイムにジュラとウォーロッドが全員やられてしまっている。

それ程ゴッドセレナの力が凄まじいのだ。

止めはウォーロッドからさしてやろうと近付いてくるゴッドセレナに、此所までかと思いながら…メイビスの為にもと、最後の力を振り絞り道連れだと叫びながらゴッドセレナの足下から木の根を張り巡らせて動きを封じる。

 

その間に立ち上がったウルフヘイムがテイクオーバーしてゴッドセレナを巨大な獣の姿で殴り抜き、ジュラが岩鉄で出来た腕で追い打ちを掛ける。

それでもダメージが入っていないゴッドセレナに、ハイベリオンが密かに間接的に吸血魔法を施していたので、ゴッドセレナは身動きが取れず倒れた。

 

その場へ一緒に来ていた居たスプリガン12の一人であるジェイコブが加戦しようとすると、同じくスプリガン12の一人であるオーガストが止めた。

心配には及ばず…久々にゴッドセレナの力を見させて貰おうという話だった。

 

所戻り倒れていたゴッドセレナの目が、白が黒へ…黒が白へと反転すると魔力を開放した。

 

 

「──────『岩窟竜の大地崩壊』ッ!!」

 

 

「なッ…!?」

 

「ぐぁ────っ!!」

 

「うあぁあぁ─────っ!!」

 

「こ、これは……!?」

 

 

ゴッドセレナが両手を地に付けると同時……大地が読んで字の如く崩壊して爆発し、4人を吹き飛ばした。

大地の滅竜魔法か…!?と、ジュラが驚いているのも束の間……大きく振りかぶったゴッドセレナの腕に、強大な熱量が纏われた。

 

 

「──────『煉獄竜の炎熱地獄』ッ!!」

 

 

今度は莫大な熱が辺りを包み込み、大地を削りながら大爆発を引き起こしていった。

これも炎系統の滅竜魔法であり、多大なダメージを負いながらジュラは目を見開いた。

何故ならば……ゴッドセレナの攻撃はまだ終わっていないのだから。

 

 

「──────『海王竜の水陣方円』ッ!!」

 

 

次は莫大な水が押し寄せて4人を呑み込み、強力な水の流れが人を簡単に流していく。

まだ水に流されている4人に、ゴッドセレナは手に風を纏わせて風系統の滅竜魔法を使おうとしたが、オーガストからストップが入ってやめた。

 

ジュラが辛うじて意識を持っているが動けず…残りの3人は既に気絶してしまっていた。

 

この時点で4つの属性の滅竜魔法を使用したゴッドセレナではあるが……彼の力はこの程度のものではない。

体に埋め込めば滅竜魔法を使用する事が出来るラクリマをなんと……体に八つ埋め込んでいるのだ。

一つ入れただけでも失敗の可能性があり、勿論失敗すれば命の危険だってあるのだ。

 

だが彼…ゴッドセレナは体内に八つの属性を埋め込むことに成功した滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)である。

ハイブリットセオリー……竜の神に愛された男である。

 

 

「さて、出発だ。フェアリーテイルに向けて」

 

────こんな奴を……ギルドへ近付かせる訳には…!!

 

 

意識を取り戻したウォーロッドが、歩ってフェアリーテイルに向かっていくスプリガン12の3人を睨み付けるように見ながら、悔しさで顔を歪めていた。

 

 

と…その時……この場を支配する魔力が…辺りを塗り潰した。

 

 

一様に背後を振り返るスプリガン12の3人は、沈み掛ける太陽の光の中に居るシルエットを見た。

 

 

人の形だ……しかし…背に翼を持っている。

 

 

スプリガン12の中でも極めて魔力の強いオーガストですら、何者なのか困惑する程の者だ。

 

 

 

 

 

「貴様等が────アルバレスの者共だな」

 

 

 

 

 

滅び(殲滅王)が現れた

 

 

 

 

 

姿の全貌が見えた時、意識を覚醒させたイシュガル四天王のウルフヘイムとハイベリオンは、聖十大魔道に入るということで見た顔写真を思い浮かべ、ジュラは何度も言葉を交わしたことのあるお陰で目を見開きながら、今までとは違う身の毛もよだつ魔力の異質さに震える。

 

ジェイコブは暗殺魔法の天才と称されてきただけあって、それ相応の強大な魔力の持ち主に会ったし、アルバレス帝国に居たオリヴィエの魔力を知っているので、驚きはイシュガル四天王とは違い少ないものの……冷や汗が止まらず服を濡らす。

 

オーガストはゼレフから顔写真を、話したことのあるオリヴィエから、己より魔力を持っていて…常人には前に立つことすら出来ない程の者だということを聞いていたが確かに……これ程の者は他に居らず、この者がここに居るということは、オリヴィエは敗北したのだろうと納得しながら杖を持つ手の力を強くした。

 

ゴッドセレナは確かに感じる魔力と気配が人間のそれとかけ離れているが、敵として知っている者が目前に居るという以上戦うことになるのは必定だろうと拳を構えた。

 

 

「あんたは知ってるぜ。聖十大魔道に最後に入ったリュウマだ─────え?」

 

 

 

「──────一人目」

 

 

話し掛けた瞬間……ゴッドセレナの視線は低くなり……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

リュウマは一歩だけ()()踏み込み……ゴッドセレナの頭を擦れ違い様に毟り取ったのだ。

 

 

「次は────貴様だ」

 

「───────ッ!!!!!!」

 

 

ゆっくりと振り向き…黄金に輝く縦長に切れた瞳孔を持つリュウマの瞳に見られた刹那……ジェイコブは走馬灯を視た。

 

人差し指を向け…先端に凝縮した魔力を放った瞬間……ジェイコブはオーガストの転移の魔法によってその場からオーガスト共々離脱し、放たれた魔力は数キロ先にあった大岩を消滅させた。

 

 

「ほう。転移系統の魔法を使えたか。……まぁ良い。早かろうが遅かろうが同じ死だ。征くぞイングラム」

 

「ま、まってよ…!おとうさんっ」

 

 

パタパタと飛びながらリュウマの肩に降りた子竜…イングラムを従えて歩き始めた。

 

 

「り、リュウマ殿…!」

 

「…………。」

 

 

名を呼ばれたリュウマは立ち止まり、手の上に波紋を作り出すととある物を一つ取り出して倒れ伏すジュラの目の前に放り投げた。

 

それは……聖十大魔道の証である紋章であった。

 

 

「そんな物はもう要らぬ。故に返還する」

 

「リュウマ殿…?」

 

「あぁ、それと─────」

 

 

序でと言わんばかりに、左手に持っていたゴッドセレナの頭を物を扱うが如くウォーロッドへと放り投げて渡した。

 

 

「その使いようの無い(ゴミ)をくれてやる。適当に燃しておくが良い」

 

「リュウマさん……」

 

 

最早自分の知っているリュウマとはかけ離れた言動と所作…魔力の異質さにジュラは恐縮し、嘗て共に戦った者が相手だというのに…()()()()()()()()()()()()

 

それを知ってか知らずか、鼻を鳴らしながら踵を返してその場から去り、フェアリーテイルがあるマグノリアに向かって足を進めて行った。

 

 

 

 

 

「所詮はこの程度か。─────つまらぬ」

 

 

 

 

 

 




話が全然進まないですねぇ…。



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第七三刀  1人ずつ

覚悟を決めた者は嘗ての己へと戻り、彼の時代を掌握していた己を今の時代へと顕現させん。

人々が知らぬ…力が全てであった時代を生きた(最強)に…今の時代を生きる者達は勝てるのか?
はたまた撃退をする事叶うのか?


それは──────お前達次第だ。


皆の知る(リュウマ)はもう居ない。


居るのは対抗も拮抗も疎か…右に出ることも並び立つ事すら赦さぬ……一人の翼人(殲滅王)である。




 

東から向かって来ていたゴッドセレナを殺害し、残る2人のオーガストとジェイコブは転移の魔法によってリュウマ…いや……殲滅王(リュウマ)の前から離脱した。

逃がしたことに何の興味も持たなければ、今すぐ追い掛けなくてはならないという訳でも無いので、殲滅王はゆっくりと歩いてマグノリアを目指し、長旅の疲れがきたのか、元気が無くなってきたイングラムの為に一夜を明かすことにした。

 

 

そして……夜が明けて翌日の早朝

 

 

フィオーレ南方ハルジオン解放戦が始まり、ディマリアとワールのスプリガン12を打ち倒すためにラミアスケイルとマーメイドヒールが進んで行った。

ワールの錬成したミサイル等が襲い来ようが、カグラの剣技が決まり破壊したり。

ディマリアの回復役から狙うという行動故に狙われたシェリアをウェンディが助けたりと、駆けつけたフェアリーテイルと手を取り合いながら戦う。

 

その一方で、カグラの剣によってミサイルを叩き落とされたワールは……フリードを始めとする雷神衆を機械兵士の自爆で重傷を負わされて怒り心頭のラクサスに襲撃されていた。

 

雷速で背後に回っていたラクサスの攻撃に曝されて、足場の家を崩壊させながら地面に叩き付けられ、お返しにと…振り向き様に攻撃しようとするも更に上からねじ伏せられ、雷を纏う拳を真面に食らって数メートル宙を舞った。

 

体を捻って着地したワールは地面に手を付き、地中にある銅と亜鉛を浮かび上げては収縮させて錬金。

銃の弾と変わらない9㎜弾を錬成してラクサスへと撃ち出した。

 

錬成された約30発の弾丸が全弾ラクサスに向かって飛んで行ったが……目前まで迫った時、時の流れがスローに見える中で弾が前に進むよりも早く弾が雷を帯電させ、天から墜ちてきたラクサスの轟雷が落雷して、弾を塵一つも残さず消し去った。

 

至近距離から弾丸を通常の拳銃で撃ち出されるよりも速い速度で放たれたのならば、本来直撃は免れないだろうが、何分ラクサスは雷の魔法を使う。

であれば、雷速よりも遅い弾丸を迫り来る途中で迎撃する等易々とやってのける。

 

一年前よりも放つ雷の電力が上がりつつ、魔障粒子に内蔵を犯されていたところをリュウマに助けられ、内蔵の全てを新品同様にしてからは調子が(すこぶ)る良い。

絶好調の体調と、掛け替えのない友人達の雷神衆3人をやられた事による怒りの感情で戦闘力も爆発的に上がっている。

 

そんなラクサスの雷の追撃が発生する殴打に、地面を陥没させる程の衝撃を受けるワールではあるが…機械族(マキアス)である故に雷に弱いと思われる事を承知していて、雷を受ければ受けるほど強くなるよう自己改造を施していた。

故にラクサスの物理的打撃のダメージだけは入ろうとも、それを上回る回復と強化を受けて分が悪かった。

 

だからこそフリード達は医務室に送還される程のダメージを受けながらも、ラクサスにはワールの相手をさせないでくれとポーリュシカに話したのだ。

結果的には仲間をやられた事に怒り心頭なラクサスが、敢えて相手をするという状況で収まってしまったが…フェアリーテイルの面々がラクサスが負けるとは毛ほども思っていなかった。

 

 

「こいつの魔力はフェアリーテイルでもトップクラス。『お調子者』の人格設定では足を掬われる可能性有り。……人格設定を『冷酷』に上書き。強化外骨格アサルトモード。標的を『ラクサス』一人に設定…マーキングを固定。魔力融合炉点化。完全消滅までの予想時間─────90秒」

 

 

踵落としを食らって建物を上から下へと一気に墜ちて両手足で着地し、機械族故の感情の机上が無い声で呟き…全身から(まばゆ)い光を放った。

目が眩みそうになって腕で防いでいると、光の向こうから高熱の魔力球がラクサスの左肩の薄皮一枚の所を通って空へと飛び、熱膨張で大爆発して空を灼いた。

 

人と変わりない姿から一転し、スリムなフォルムとなりつつも感じ取れる魔力が急上昇していた。

突然の豹変に困惑しているラクサスの元へと背中に設置された翼のような機関から魔力を放出して近付き、腹部を殴ると同時に腕に取り付けられた放出口が開いて更に魔力を推進力として後方へ放出。

殴打のインパクトを増幅させたワールの一撃が内部にまで響いた。

 

到底人を殴った時の音とは思えない音を響かせながら上空に体を投げ出さざるを得なかったラクサスに、生存を確認したワールの錬成されたミサイル…数にして12発が直撃。

連続的にで爆発を起こして爆煙が上がり、視界を塞いでいる状況で熱源センサーで姿を捉えているワールの対物レーザーが寸分の狂いも無く追撃。

 

度重なる思い攻撃に怯んでいる内に己の上に巨大な装置を錬成した。

名をレールガンと云い、雷が迸りラクサスを貫いた。

しかし、ラクサスは雷のドラゴンスレイヤーであるが故に、同系統の雷の魔力を喰らって吸収して己を強化する事が出来る。

 

ワールが失念していて、しまったと思った時には調子を取り戻したラクサスから強力な殴打と足蹴りを貰い数メートル弾き飛ばされながら、システムが殲滅予定時刻をオーバーしたことをシステムエラーとして告げてくる。

 

着ている服が破け、所々少なくはない裂傷を負いながらも鍛え抜かれた肉体を晒しながら威風堂々と向かってくるラクサスから、相手の情報を看破することが出来る性能を持つ故に解る魔力の不自然な超上昇と、機械で出来ている己の背から這い上がってくるナニか(恐怖)に少しずつシステムがエラーを出し始める。

 

 

「本当はよォ…オレの仲間をやられた事に関してもかなり頭に来てるが……何よりオレも…いや、フェアリーテイル全員が認める最強の男が帰ってくる気がねぇって聴いて気が立って仕方ねぇんだ」

 

「あ、アヒャッ…アヒャヒャヒャヒャヒャッ!だからなんだッ!?お前の感情が何であろうとこのワール様に雷は効かな─────」

 

「それに─────命救って貰った礼も言えてねぇんだよ」

 

 

言葉を吐き終えたラクサスがその場から消え、目標を消失(ロスト)したことに混乱しているワールの腹に拳を叩き込み……赤黒い雷を発生させた。

 

 

「ごはッ…!?な、何だ…!この赤黒い雷は…!?分析不可能…!分析不可能ッ…!!」

 

「これはフリード達をやった分と……ただの八つ当たりだァ────────ッ!!!!」

 

「い、意味が不明─────ッ!?」

 

 

叫びながら拳を更に奥へとめり込ませているラクサスは、嘗て大魔闘演武が終わって一段落している時に、話があるとメイビスに呼び止められて告げられた事を思い出していた。

 

マカロフの父…ラクサスにとっての曾祖父に当たる人物であるユーリについて聴いた。

曾祖父であるユーリが実はフェアリーテイル創設メンバーの一人であり、それをマカロフから教えられたことが無く知らなかったのだ。

 

知らぬ事を知り、考えに耽っているラクサスに、メイビスは懐かしそうに微笑みながらラクサスがユーリによく似ていると評した。

とにかく明るくて、常にみんなのムードメーカー的存在であったと知らされて、全く自分と似てないと溜め息を吐きながら否定したが……メイビスはそして…と続けた。

 

 

『そして…誰よりも仲間想いでした』

 

『…………ふっ。やっぱり似てねぇな。オレは昔、ギルドを内部分裂させちまった。今こうしてギルドに居んのも不思議なくらいにな』

 

『それでも立ち止まったりはしないでしょう?』

 

『…!!』

 

 

驚いて見返すラクサスにクスリと笑ったメイビスは、目だけは真剣そのもので語った。

 

 

 

そんなところがそっくりなんです

 

 

 

「オオオオオオォ────────ッ!!!!」

 

 

 

「何なんだ…!?この魔力はァ────ッ!?」

 

 

魔力を開放していくラクサスの背後には、雷の魔力を腕に纏わせて左腕で殴り掛かっている曾祖父たるユーリの姿と…常に己とはかけ離れた強さを持つ友であるリュウマが腕に黒雷を纏って右腕で殴り掛かっている幻影をワールに見せた。

 

 

「『黒雷汞(こくらいこう)赫御雷(アカミカヅチ)』ッ!!!!」

 

「────────ッ!!!!」

 

 

雷を超えて高みへと至った雷に、殲滅王が操る漆黒なまでの雷を得て…更なる高みへと至らせた。

 

その威力たるや……辺りを更地に変えかねん程の威力を誇り、真っ正面から真面に受けたワールの体は機械の体を粉々に灼かれて熔解しつつ粉砕され、辛うじてシステムが機能しているといった具合であった。

 

殺さないようにと手加減してもこの威力…本気で放った場合の被害は甚大になるであろうことは容易に予想される。

そして余りの魔力と衝撃に……嘗ての世界を制した四人の内の一人の王を彷彿させた。

 

 

 

「───ッ!?……バルガス…か?………。その様なことがある訳が無い…か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻のギルド、フェアリーテイルではウォーレンの扱う地図や情報処理魔法によってそれぞれの方角の状勢について纏め上げていた。

 

西に居るゼレフが率いる本隊には今のところ動きは見られない。

北も膠着状態であり、急いで今も向かっているガジルが着けば戦況は一気に良くなって押し通せるのだが、途中に伏兵が居るためか中々辿り着けないのだ。

 

東の情報では、3人居たスプリガン12の内一つが減り、2人がマグノリアの少し近くにまで瞬時に移動して向かって来ていることを確認していた。

エルザ率いる南側ではラクサスがワールを倒したので一人減り、残りは一人となっている。

一人減ったのは幸いだが、東側に向かった聖十大魔道の四人が戦闘不能になっていることは大打撃だ。

 

聖十大魔道が戦闘不能になってしまっているということは、東側だけは何の防衛対策が為されていないということに他ならない。

それに加えて今は動いていない西のゼレフも何時動くか解ったものではない。

 

現状の危うさを確認したマカロフの言葉に、ギルドを守っているメンバーがざわつかせるも、そういう時こそ初代の智恵を借りたいと願った。

だが、肝心のメイビスは深く何かを考えているようで反応が疎く、マカロフの願いに少し時間をくれるよう頼んだ。

 

メイビスはずっと考えているのだ…ゼレフを倒すために自分が出来る最大限のことを……。

 

 

 

そうしている間にも、南方ハルジオン解放戦ではマーメイドヒールとラミアスケイルに、グレイとジュビアとエルザが加わった勢力が凌ぎを削っていた。

ラクサスはワールとの戦いで無視できないダメージを受けたので、少しの間だけ休憩を挟み英気を養っている。

 

木が生えておらず土が剥き出しになっている地で、巧みな連携を取りながら戦っているグレイとジュビアに負けない程リオンが兵士を薙ぎ倒し、前方の敵に気を取られている内に背後からの襲撃に気が付かなかったジュビアを救ったのは……元グリモアハートの煉獄の七眷属であったメルディであった。

 

勢力増強として魔女の罪(クリムソルシエール)も参戦しており、ジュビアの元には仲良くなっていたメルディが駆け付けてくれたのだ。

 

そして…ハルジオン港を解放するために組んで向かっていたエルザとカグラが、潜んで待ち伏せをしていたナインハルト隊四紋騎士と対峙していた。

と、言っても…実力が違いすぎているエルザとカグラは前に躍り出た2人を1人ずつ一刀の元には斬り伏せた。

しかし、四紋騎士というだけあって四人居り、エルザの上から更に潜んでいた二人が襲い掛かってきた。

 

不意打ちを受けそうになったところ…エルザとカグラではない人影が、エルザを攻撃しようとしていた二人を瞬く間に横から倒した。

その人物を目に捉えたカグラは……眼を大きく見開いた。

 

 

「お前は……」

 

「遅れてすまない」

 

「……顔を隠せ」

 

「もう逃げることはやめたんだ。全てはゼレフを倒すため─────オレはここに来た」

 

「ジェラール……ッ!!」

 

 

現れたジェラールを見たカグラは……心から妄執が如く慕う師匠の手ずから貰い受けた揺兼平(ゆれかねひら)の柄を掴み…刀の能力ではない…手から伝わる震動で鞘に納まる刀身を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わり…ハルジオン解放戦の戦場…グレイ達が居るところから多少離れた所では、まるで荒れ狂う風の如く戦場を駆け回りながら敵兵を倒していくシェリアがいた。

 

まだまだ成長途中で小さい体でありながら、天才的戦闘センスで以て敵兵を次々と薙ぎ倒すシェリアは…突然左肩付近の服が弾けるように破けたことに困惑して攻撃を中止してしまう。

そしてそんな所に現れたのが…スプリガン12の一人であるディマリアという女だった。

 

敵兵がディマリアを見つけた途端士気を上げていくのに対し、冷たい冷笑を浮かべたディマリアは…どうやったのか悟らせぬままシェリアの服を少しずつ破り捨てていく。

敵も味方も大勢居る中で上半身を裸にされてしまったシェリアは、顔を赤くしながら必至に胸部を両腕で隠す。

 

服を戦闘中に破り捨てて羞恥に染まる相手の女性の顔を見るのが趣味という、捻くれた性癖を持つディマリアは…今回も全裸にしてしまおうかと不吉なことを宣うが、シェリアが回復役(ヒーラー)であることを知っていて接近し狙ってきたことを告げる。

 

言うが早いか手に持つ剣を、下手に動けないシェリアの首に向かって横凪に斬りつけた。

後少しで首を斬られる…!となった時に、間一髪のところで横からディマリアの顔を蹴り抜いた者が居た。

 

 

「…!ウェンディ!!」

 

「お待たせシェリア!天空シスターズ再結成だよ!」

 

 

ドラゴンフォースを纏って親友のピンチに駆け付けたウェンディであった。

助けに来てくれた事に嬉しそうな笑みを浮かべるシェリアに、なんて格好をしているんだと指摘した人間の姿のシャルルが、ウェンディの服だが今は着ておいてという事で上のジャケットを着せた。

 

 

「ありがとうシャルル……あれ…胸きっつ…」

 

「……はぅ…」

 

 

余談ではあるが…ウェンディと殆ど同じ年齢だというのに、シェリアの胸は既にそれなりの大きさを誇っている。

 

 

「よくも…私の顔を蹴ったわね…?それにおチビちゃん達、ここがどこか知ってる?」

 

「……ウェンディ、気をつけて。アイツ何の魔法使ってくるか解らない」

 

「うん…!」

 

 

ドラゴンフォースを纏っての不意打ちの蹴りを真面に食らいながら、その実全くダメージが入っていないディマリアは苛つく気持ちを内に秘めながら、感情を覗かせない冷笑を浮かべながら話し始めた。

 

 

「ここは戦場。子供の遊び場じゃないのよ」

 

「平和な街だったハルジオンをそんな風に変えたのは…他でも無いあなた達です。私達は絶対に街を取り戻してみせる」

 

「私─────子供にも容赦しないから」

 

「…ッ!ウェンディ!シェリア!来るわよ…!」

 

 

魔力が上がっていく事を感知したシャルルは戦闘態勢に入るように指示を出し、それに従いウェンディとシェリアは何処から攻撃が来ても直ぐに対処が出来るように臨戦態勢に入った。

 

しかし…ディマリアはそんな三人を見ながら歯を不自然にカチカチと鳴らした。

 

 

「本当なら一瞬で殺せる…そう、本当に一瞬よ?──────あなた達にとってはね」

 

 

そして……

 

 

 

────────カチッ

 

 

 

ディマリアが歯を最期に一番大きく鳴らすと……戦場に居る者達の動きが止まった。

 

誰も動かず…空を飛んでいた鳥までもが例外無く、その動きを止めて静止していた。

 

 

「今、世界には私一人。私だけの世界」

 

 

その中で唯一動くことの出来るディマリアは、止まってしまっているウェンディとシェリアを見て己の体を両の腕で抱き締めながら、最初から常に浮かべていた冷笑を恍惚とした表情に変えて身悶えた。

 

 

「誰もが願った事があるでしょ?もしも────時が止められたらって」

 

 

ディマリアの魔法は…時を封じる魔法であり、名をアージュ・シールという。

世にも数人しかいない時を操る魔法でありながら、ディマリアのそれは常人を遙かに超えた精度と強制力。

そしてそれ等を維持しつつ広範囲に効果渡らせる魔力がある。

 

故にウェンディとシェリア、その他敵兵含む魔導士達が一様に時を止められてしまっていた。

ディマリアは動けないウェンディとシェリアを良いことに、余裕の表情で近付いてはウェンディを頬を鷲掴んでむにむにと押して遊んでいた。

 

 

「わかる?絶対に負けない最強の魔法なの。だって…この世界じゃあなた達何も出来ないのよ?……クスッ」

 

 

暫しの間ウェンディの頬を弄くり遊んでいたディマリアは、今度はウェンディの服に手を掛けて破れる一歩手前まで引っ張った。

服を破ろうとしたのはいいが、それはもういいかと考え直し…シャルルを含めて三人をそれぞれ顎に手を当てながら見遣った。

 

今この場で…この世界で全員まとめて殺してもいいが、それだと芸が無く面白くないと考え、時が戻った時に何故か仲間の一人が死んでいる…という状況になれば、嘸かし絶望し悲哀溢れた表情をしてくれるだろうと想像して笑みを深めた。

 

では誰からにしようかという点に至り、シャルルからシェリアへと目を移していくが、シェリアを攻撃しようとして横から不意打ちで顔を蹴られたことを思い出したディマリアはウェンディから手を掛けることに決めたのだった。

 

手に持っていた機械仕掛けの剣を振りかぶったディマリアは……ウェンディの首に向かって斬り払った。

 

 

「──────さよなら」

 

 

時を止められたウェンディは抗う事が出来ず……首を刎ねられてしま─────

 

 

 

─────ガギィン……!!!!

 

 

 

「──────ッ!?」

 

 

しかし…剣の刃がウェンディの首に届く前に、何も無い筈の大気に硬い何かが阻み刃を止めた。

 

まさか…!と、ディマリアがウェンディの顔を見直すが、ウェンディは他でも無いディマリアに時を止められていて動けないでいる。

ではこの状況は一体何だというのか?

 

困惑したディマリアは他のシェリアやシャルルの方にも目を向けてみるが、そこには変わらず己の魔法でウェンディ同様時を止められ微動だにしていない二人。

困惑を通り越して意味の分からない現状に苛つきが増し、歯をカチカチと鳴らし始めたその時────

 

 

 

「─────ほう?本当に居たな」

 

 

 

「───────ッ!!!!」

 

 

背後から声が聞こえた。

そんなはずは無いと、驚愕しながら振り向けば……そこには翼を携えている翼人たる王…殲滅王(リュウマ)が此方に向かって歩み近付いて来ていた。

 

 

「ねっ?ねっ?いったとおりだったでしょっ?」

 

「ふむ。流石は我の息子だ。良くやったぞイングラム」

 

「んんっ…えへへ」

 

 

そんなリュウマの回りをパタパタと小さい羽で飛んでいるのは、彼の義理の息子であり眷属である子竜イングラム。

実は、己の感知能力を以てすればこの国の一人一人の居場所を把握することが出来るリュウマなのだが、折角だからと訓練も兼ねてイングラムに強い魔力を持つ者の所まで案内してもらったのだ。

 

結果は良好…元が炎を司る竜の王である炎竜王イグニールの体であるだけあって、生まれて一年で既に広範囲の索敵を可能としていた。

褒められたイングラムは頭を撫でてもらい、嬉しそうに羽をパタパタとさせながらご機嫌になり、しかし魔法によって止められた己の世界に動ける者が居ると解ると、ディマリアは体を小刻みに震わせながら歯を鳴らした。

 

次第に体の震えを大きくしていくディマリアは、俯かせていた顔を勢い良く上げて血走った眼をリュウマに向けながら吼えるように問うた。

 

 

「…ぜ。何故私の世界に入り込んでいるッ!!貴様一体何をしたッ!!」

 

「何をした?…フハハッ。我は()()()()()()()。強いて言うなれば、貴様のこの粗末な魔法では抵抗すらしておらぬ我の時を止めること叶わなかったという事だろう。……クハッ…やはり所詮は塵であるか」

 

「わ、私だけの…私だけの世界を…!穢すというの…!?」

 

「貴様の世界?…フン。此が貴様のいう己のみの世界だというのであれば……何ともつまらぬ貧相な世界だな」

 

「出ていけ………出ていけぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 

ディマリアは鬼気迫る表情でリュウマの元へと駆け出すと、手に持つ剣を何の型も無く無雑作に振り上げては右上から左下へと斜めに斬り下ろした。

だが、そんな粗末とも言える剣筋がリュウマに通じる訳も無く、かといって態々受け止められる事すらも無く又しても見えない壁のような物に防がれ、剣と展開されたバリアが擦れ合って甲高い音を出した。

 

展開していると言っても、向かってくる()()()()()()()を展開しており、それはつまるところ…ディマリアの剣を完全に見切っていることに他ならない。

当の斬り掛かっている本人は、我を忘れたように只管剣を振っているだけなので、普通ならば気が付く圧倒的実力の差に気付かない。

 

 

「ここは…!ここは私だけの世界…!!誰にも邪魔はさせないッ!!!!」

 

「何と…魔法だけでなく戦法まで粗末とは…。この程度の者が国の中で最強の称号を与えられしスプリガン12の内の一人とは……。つまらぬ事此処に極まれり…だな。だが万が一という事もある。イングラム、お前は離れていろ」

 

「はーいっ」

 

 

素直なイングラムはディマリアに斬られるとも露程も思わず、降り立っていたリュウマの肩から翼を使って飛び、少し離れたところまで避難した。

それを確認したリュウマは未だに攻撃の手を緩める気配の無いディマリアに向けて手を振るうと、突風が限定的に吹き荒れて…彼女を弾き飛ばした。

 

まるで投げられたゴムボールのように地面を何度もバウンドして転がったディマリアは、勘で来ると解り受け身を取ったのか直ぐに起き上がり、血走った瞳はそのままに歯を食いしばりながらリュウマのことを睨み付けて魔力を上昇させていく。

 

すると…ディマリアの付けていた軽量の鎧が砕けて剥がれ墜ち、下から射し込む眩い光りが彼女の体を一時的に見え無くさせ、膨大な魔力が辺りを漂う中で光が弱まっていく。

 

少しずつ姿を確認出来るようになった時、先程のディマリアの姿とは打って変わり…体は黒く染まって炎のように揺らめく黄色の光の筋を刻み込み、顔には影が射し込んでいて右眼だけが不自然に視認出来るような姿へと変貌していた。

 

 

接収(テイクオーバー)─────『ゴッドソウル』」

 

「ゴッドソウル?…神の力か?」

 

「─────あぁあぁぁあぁあぁあぁッ!!」

 

 

狂ったように叫んだディマリアの体から放出される膨大な魔力が束となり、怪訝そうな顔をしていたリュウマの頭上から降り注ぎ大爆発した。

 

大量の砂煙が舞い、少し遠くに居たイングラムの元まで届いては咳き込ませる。

今の爆発で大丈夫だろうかと心配していたのも束の間…舞い上がっていた砂煙が晴れると、爆発の影響で地面が大きく抉り飛ばされているが、肝心のリュウマの足下だけは何も起きておらず変わり無く爆発の前と同じ状態で円形に刳り抜かれたようになっていた。

 

動かずして防いだリュウマに驚く顔も見せず、異様な姿となったディマリアはこれまた異様な雰囲気を醸し出しながら…我が名は時の神であるクロノスだと名乗った。

 

 

「…時の神クロノスだと?クロノスとはギリシャ神話に記された()()()()()()()()であり、山よりも巨大な巨神族ティーターンの長でありながら、ウーラノスの次に全宇宙を統べた二番目の神々の王でもある者の名である筈。何故…嗚呼(あぁ)……『時』を神格化し、シュロスのペレキューデースによって創られ、彼のHeptamychiaに出て来る創作上の神の事を言っておるのか」

 

 

攻撃されたことなどよりも、ディマリアが言っていた時の神クロノスという言葉が気になり、昔に興味本位で()()()()()情報にあったものを思い出して、名を聞いただけでクロノスがどのような神であるのかを看破した。

ティーターネース(巨神族)の Κρόνοςとは、カナ書きすると同じクロノスとなり、英語での発音も同じ。

ギリシア語での発音もほぼ同じであるため、時には誤解を招いて混同されることもあるが、両者は本来全く別の神である。

 

つまり、ディマリアの言うクロノスというのは、ギリシャ神話に記されている農耕の神ではなく、創作された時の神格化たるクロノスであるということだ。

 

 

(いにしえ)の時の都であるミルディアンに祀られし(われ)と、その末裔である(ディマリア)が一つになった姿だ。……我の世界を犯した罪…屍となりて償い賜れ」

 

 

ゆっくりと腕を上げ、リュウマに向かって人差し指で指すと…指先に魔力が集まっては一条のレーザーを放った。

到底人には見切ること敵わない速度で奔り抜けるレーザーは、狙ったリュウマの心臓を貫くこと無く……他でも無いリュウマの手によって弾かれ、折れ曲がるように弾かれたレーザーは敵兵の数十人の体を穿つ…。

 

恐らくはこの止まった時の世界が再び動き出したその時…穿たれた敵兵は死に絶えるであろうが、時を止められている以上はその様なことも露知らず動くことは無い……時を止めるということはそれ程の力なのだ。

 

 

「畏み申せ。我は時を司る神なるぞ」

 

「されば何だというのだ?……フハハッ。意味無き事を宣う余暇があるというのであれば……先ずは己の身に降り掛かる危殆に懸念しておくのだな」

 

「何?」

 

「神器召喚──────」

 

 

抉れている地面を一度の翼の羽ばたきで越え、右腕を体の左側へ持っていくと、右手の先の空間に黒い波紋が展開されて中から取っ手の棒のような物が伸びてくる。

それを掴んだリュウマが勢い良く右へ振るいながら引き抜くと、先端には三日月のように湾曲した刃が付いていた。

 

 

 

 

「──────『万物切り裂く神の大鎌(アダマス)』」

 

 

 

 

引き抜かれたのは形容しがたい存在感を醸し出す巨大な漆黒の鎌であり…これは正真正銘紛う事なき()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()である。

 

 

「貴様がクロノスであるならば、我はクロノスの武器を使ってやろう」

 

 

ディマリアを嗤ったリュウマは右手に持つ大鎌に左手を添えて振りかぶり─────消えた。

 

 

「──────右腕」

 

「ッ!?ぐあぁ─────────ッ!!!!」

 

 

何時の間にかディマリアの前から消えてから背後へと姿を現したリュウマは…既に大鎌を振り切っており、数瞬後には空からディマリアの()()()墜ちてきた。

地に墜ちた腕はゴッドソウルの影響で黒く染まっていた状態が解けて、以前のディマリアの腕へと戻った。

 

腕を肩から綺麗に切り落とされて血飛沫が上がり、残る左手で右肩を押さえながら蹲り下唇を噛んで喉の奥から尚も出て来ようとする悲鳴を押し込んだ。

血は止まらず夥しい量を流して地を赤く染め、其処ら周辺に鉄のような臭いを届ける。

 

 

しかし……リュウマに慈悲の心は無い。

 

 

「──────左脚」

 

「ッ!!??ぐうぅぅ────────ッ!?」

 

 

又も姿が消えると、今度はディマリアの左脚が宙を飛び…リュウマの宣言通りの部位が切り落とされる羽目となっている。

 

四肢の内二つも落とされているディマリアは、二箇所から感じる激痛に顔を歪ませ、底から這い出てくるように根付く恐怖に心を支配されてしまいゴッドソウルが解ける。

歯も恐怖からカチカチと鳴らし、目を見開いてリュウマを捉えながら残る左腕と右脚でその場から逃げようとするが…バランスが取れず中々下がれない。

 

そして不自然なのが、最早なりふり構わず逃げようとしているが故に魔法は発動しておらず、今すぐに時を止められた者達が動き出しても可笑しくないというのに未だ止まったままである。

ディマリアは己の世界を穢されたと思い、本来ならば気が付く圧倒的実力差を気が付かない愚かな女ではあるが…馬鹿では無い。

 

これ程限定的な状況下にいるのだ。

今も尚時を止め続けているのは己では無く、目の前で大鎌を振りかぶっている恐ろしい(嗤っている)男だという事は容易に予想が付く。

 

 

「─────『壊四弧刈(えしこが)り』」

 

 

結論に至った頃には……ディマリアの手脚は全て切断され、残るは胴と頭のみとなった。

なればこそ、彼女はバランスを自分で取ることなど不可能であり、且つ…倒れゆく体を支えてくれる者もこの場には皆無…。

ディマリアは抵抗する事も出来ず、当然のように倒れ伏した。

 

痛みと恐怖と絶望が心の中に巣くって混ざり合い、ただただ…死にたくないとだけしか考えられなくなっているディマリアの近くにまで寄って見下ろし…首を掴んで持ち上げた。

 

 

「惨めよな。己の世界を穢された挙げ句、何も出来ぬ芋虫のようにされては醜態を曝している。果てには殺される」

 

「ぁ…がッ…ぅ…はっ…しに……たっ…く…ないっ」

 

「死にたくない?可笑しなことを言うのだな。戦争とは──────死有ってこそのものであろう」

 

「ひゅっ……!ぃ……ゃ……し……にたくっ…ないっ……だれっ…かっ……こほっ……たすけ…てっ」

 

「……つまらぬ。禁忌─────」

 

 

悪どい笑みを浮かべていたところから一転し、とてもつまらないと…まぁ言葉にしているが…冷めた表情を浮かべると豪勢にも禁忌の魔法を発動させた。

一体何の魔法なのか検討もつかないディマリアは、涙を流しながら喘ぎ苦しみ…訪れるであろう死を待つしかなかった。

 

 

世界時辰儀(ワールドクロック)──────『刻送り(プロペテス)』」

 

 

ディマリアの(とき)だけを進められ、やがては肌は瑞々しい潤いが消え失せて荒れ始め、顔には皺が刻まれては歳を取っていき痩せ細っていっては髪も草臥れて老人のようになっていく。

だがそれでも止まらず、刻は流され次第に体中が死して時間が経った後のような水分が抜けきった体となる。

 

しかし……止まらず。

尚のこと進められる刻にはついに……ディマリアの体は時を経て灰となり風に流されていった。

 

 

「興醒めも良いところだ」

 

 

白けた表情のまま、離れたところに居るイングラムを呼んで肩に乗せる。

次の所に向かおうとした時、リュウマは一度時をとめられてまだ動けないウェンディとシェリアとシャルルを見た。

 

ほんの数秒見つめていたリュウマはしかし、特に何の変化の無いまま足を進めていき、背を見ることすら叶わない距離まで歩って消えると……戦場の時が再び進み始めた。

 

 

「……あれ?」

 

「……え?」

 

「……スプリガン12の人は何処に…?」

 

 

突然目の前に居たディマリアが消えたように見えるウェンディ達はただ混乱し、辺りを見渡して警戒するも現れずに無駄な時間だけが過ぎていく。

何時まで経っても現れず攻撃もされず、只管首を傾げるシャルルとシェリアだったが、ドラゴンスレイヤー故に鼻が鋭いウェンディは久し振りの匂いを嗅ぎ取った。

 

 

「…!リュウマ…さん……?」

 

 

 

 

 

然れど……終ぞその場にリュウマが来ることは無かった。

 

 

 

 

 

 




あの…お気に入りの方が跳ね上がっているのですが…汗

ど…どうしよう…!それ程面白いこと書けないからハードルががががが…!

取り敢えず……頑張ります!

評価や感想の方、待ってます。



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第七四刀  歴史とは所詮過去のもの

面白いとおっしゃっていただきありがとうございます。

とても嬉しいです笑

ですが、本場はここではないという…。

評価や感想お待ちしております!
感想は軽い気持ちで書いて頂いて大丈夫です。




 

リュウマの手によりゴッドセレナに続き、同じスプリガン12のディマリアが殺害された。

 

その知らせはフェアリーテイルの投影されたデータにも現れていて、南に居るスプリガン12の一人(ディマリア)の点が消えたことに喜んだ。

だが、東のスプリガン12を示す二つの点が先程から動いていないことに、メイビスが妙な胸騒ぎを覚えていた。

 

そしてその胸騒ぎは……的中した。

 

 

「ほう……いいギルドだ。木に染みついた酒の匂い…古いギルドだと聞いていたが、改良したのか」

 

「…ッ!だ、誰だ!?」

 

「─────アルバレス帝国スプリガン12の一人……ジェイコブ・レッシオ」

 

「「「「───────────ッ!?」」」」

 

 

ギルドの門を開き入ってきたのが…ここからそう遠くない所に転移してから動いていなかった東のスプリガン12二人組の一人…ジェイコブだったのだ。

 

 

「何!?い、何時の間に!?」

 

「マーカーは…!」

 

「そのマーカーに意味はない。オーガストっていうすげー魔導士が居てな。あんた等のレーダーに映っていることを悟り偽装した」

 

「クソッ…!…一人で攻め込んで来るとはね…!」

 

 

マカロフがレーダーに映るマーカーを見てみれば、そこには確かに二つ存在しているので完璧に偽装されて騙された。

 

フェアリーテイル名井に居る全魔導士が戦闘態勢に移行して構える中、ジェイコブは悠々と歩いて余裕の表情で話を始めた。

語る内容は、カナが言った何故一人で来たのかということだ。

 

これはかけ離れている実力差故に舐めて掛かっているのではなく、ジェイコブには兵も居なければ部下も居ない…その分身軽に動くことが出来るからだ。

先程言ったオーガストという魔導士もここに向かっているが、ジェイコブ曰く…オーガストだけは怒らせてはならないとのこと。

 

この国には無いが、敬老の日の事を教え、西の大陸であるアラキタシアでは今日がその日らしい。

故にジェイコブはスプリガン12の中で最年長であるオーガストの仕事を減らすためにも一足先に来たのだ。

歩いてはカウンターの席に座ったジェイコブは、近くに居たキナナに酒を出してくれるよう頼んだが、マカロフがスプリガン12に飲ませる酒は無いと拒否した。

 

 

「そうか、そいつァ残念だ。アンタに敬意を表して人生最後の酒に付き合ってやろうと思ったのに」

 

 

上から目線の横柄な語り方ではあるが、先程から全員が座る最中に関しても隙を窺っているのだが…座る時の動作の途中ですら隙が見当たらない。

実力差を感じざるを得ない状況下で、ジェイコブは己の仕事は暗殺だと語り、仕事の成功率は100%…失敗したことが無いのだ。

 

勇ましい暗殺劇達成率に冷や汗を流しているマックスが、そんな堂々と正面から入ってくる暗殺者が居て堪るかと言った。

確かにとも言えることに、ジェイコブは良いところに目を付けたと賞賛し褒めた。

 

暗殺とは本来、標的に見つからないように体を影として闇の中に身を潜め、ただ静かに標的を殺していくもの。

だが、ジェイコブはそんなことはしなかった。

何故ならば……隠れる必要が無いからだ。

 

 

「隠れるのは死体と目撃者…そして誰も居なくなる」

 

「死体と目撃者…!?」

 

 

──────パンッ

 

 

立ち上がったジェイコブが両手を合わせて発生した音が鳴り響き、収まった時間にして0コンマ1秒……幽体であるメイビスを除いた全員が消えた。

 

目を見開いて呆然としていたメイビスは、ハッとしながらみんなの名を叫んで探すが見つからず、目の前に居るジェイコブがやったであろう事は一目瞭然だった。

みんなを消した張本人たるジェイコブはなんと……ゼレフと同じように見えない聞こえない筈のメイビスが居ることと、完全な居場所を捉え話し掛けた。

 

リュウマはフェアリーテイルの紋章が無くとも見ることも聴くことも出来たが、それは埒外の魔法操作能力と莫大な魔力のごり押し、そして幽体であるメイビスを捉える事が出来る能力を使ったが為だ。

だがジェイコブは何もしていないというのに居るのかどうかのみならず、居る場所までも割り出した。

 

それ等を踏まえた上でジェイコブが感知したことに驚いているメイビスに、ジェイコブは手を銃に見立てて魔力弾で()()()()()()()()()

実体の無いメイビスの攻撃をしたジェイコブに驚愕している内に、電撃による二撃目が入れられた。

 

やろうと思えばフェアリーテイルの紋章が無い者とでも会話が出来ることを知っていると言って話すように促し、皇帝…ゼレフの言うフェアリーハートがメイビスであるのだろうと宣い、メイビスに体がどこにあるのか問うた。

 

答えないメイビスに、ジェイコブは更に攻撃を加えていき無理矢理吐かせようとする。

攻撃に曝されている内……地下にあるメイビスを封印した蘇生用ラクリマに罅が入った。

 

 

「あぁあぁぁ────────────ッ!!」

 

「言えば仲間を返してやろう」

 

「んっぐ…!…え?」

 

「さっき消した奴等は死の狭間には居るが、死んじゃいねぇ…救えるのはお前だけだ」

 

「みんな……生きてる……」

 

─────仲間を取れば…世界を捨てる事になる…そもそもこの男を信用出来る…!?どうすれば…!

 

 

頭の中で臆測ではあるが全てのことを思い返して計算し葛藤していると……

 

 

「とりあぁ───────────ッ!!!!」

 

「ごはっ…!?」

 

 

奥からルーシィがタウロスのスタードレスを着て跳び膝蹴りをジェイコブの後頭部に入れた。

筋力が増強されたことでジェイコブは易々と飛んで行き、ギルドの机や椅子を巻き込んで倒れ込んだ。

その後からハッピーも現れ、メイビスはルーシィとハッピーだけであろうと他に仲間がいたことに喜び、誰も居ないことに気が付いたハッピーに、仲間が全員ジェイコブにやられて消されたことを教えた。

 

立ち上がったジェイコブがギルド全体に魔法を発動したのに何故健在であるのか困惑していると、ルーシィとハッピーはニヨニヨしながら教えた。

 

今から凡そ5分程前……ナツの容態はどうかと診ていたルーシィは、謎の光の波動が迫ってくるのに驚いて目を瞑ると…ホロロギウムの中に居た。

空間の歪みを感知したホロロギウムは、自動的に門を通ってルーシィとハッピーと寝込んでいるナツを体の中に確保して凌いだ。

 

 

「何で裸なのよぉぉっ!!」

 

「と、申されましてもそういう防御魔法なので」

 

「あたしには心に決めた人が居るのっ。ハッピーあたしの壁になって!」

 

「ルーシィ待って痛い痛い痛いよ!オイラ潰れちゃうよ!」

 

「うっさい!」

 

「と、申しております」

 

 

ルーシィは純情なので、決めた人以外の人との肌の接触を阻む為に、ハッピーを使って同じく全裸の寝ているナツとの間の壁として押し付けた。

 

取り敢えず助かったルーシィは、ホロロギウムから当分この防御魔法は使えないということを警告されて頷き、全裸のナツに毛布を被せることに四苦八苦していると…上からメイビスの叫び声が聞こえてきたのだ。

それでハッピーと共に急いで上に上がって現在に至るといった具合だ。

 

星霊の加護に守られたと自慢するルーシィに、ジェイコブはメイビスに条件の変更を言い渡し、内容を…これからルーシィをバラバラに解体していくから気が向いた時に情報を吐けとのことだ。

伝え終えたジェイコブは早速ルーシィへ懐から出したナイフを投げ付けた。

 

突然の事に出遅れたルーシィは、仕方ないので腕を犠牲にでもして受け止めようとすると…ナイフを受け止めて溶かした男が現れた。

 

 

「うしっ…充電完了!」

 

「ナツ…よく眠れた?」

 

「おう!」

 

 

駆け付けたのは……ナツだった。

 

ルーシィからギルド内の仲間全員がジェイコブにやられたことを知らされ、さっさと倒して救い出すと宣言したナツは真っ正面から突っ込んでいった。

殴り掛かるナツにそう簡単にはやられないジェイコブは避けるがナツは追撃を行い、避けられないと悟って腕で防御すると、腕に奔る衝撃に驚いた。

 

炎で殴ってくることもそうだが、防御した腕が痺れ掛ける程の威力に、ナツという魔導士を多少舐めていたことを考え直して戦闘に入る。

相手がスプリガン12の一人であるといっても、互角にやり合うナツではあったが、姿を消したり匂いを消したり…果てには突如違うところに出現したりと、流石は暗殺魔法の天才というだけはあった。

 

腹を殴ってダメージを与えた時、ジェイコブは懐に入っているナツの首を腕で覆ってロックし、そのまま後ろに倒れては床に頭を叩きつけて腕を拘束した。

藻掻くが拘束から抜け出せないナツに、これから地獄を見せてやると言いながらルーシィの方にナツの顔を向ける。

 

 

ルーシィの服が…透け始めた。

 

 

スタードレスが透けていっては下着姿となり、顔を赤くしながら何てことするのかと叫んでやめさせようとするが……拘束中のナツは興味無さそうだった。

しかし、ジェイコブは違った。

 

出来るだけ顔を仰け反らせて、梅干しを食べた後のような顔をしていた。

まさか…と思ったルーシィが話し掛けると、ジェイコブは極度の女嫌い…というよりも苦手意識を持っているようで、女の下着姿も見ることが出来ないのだ。

 

悪どい顔をしながら名案を思い付いたナツは、ジェイコブが目を瞑っていることを良いことにあたかもルーシィが服を脱いでいっていると思わせる事を叫ぶ。

するとジェイコブは混乱しては困惑して慌て、メイビスとルーシィとハッピーもそれに合わせて乗り、作戦失敗だと服を戻した瞬間……目前に迫っていたルーシィとナツの蹴りが腹部に突き刺さった。

 

不意打ちが決まったことに喜んだのも束の間…大人を舐めていると激怒したジェイコブは、これから捕らえた仲間達を1人ずつ殺していくと言い出した。

やめろと叫ぶナツを尻目に、中にはスプリガン12のブランディッシュが居るとルーシィが叫んだ。

 

訝しげな表情をしたジェイコブは、翳した手の平の上に渦を巻いている球の中を覗き込むと、ルーシィの言っていた通り本当にブランディッシュが居たことを確認した。

序でにブランディッシュの部下も。

 

巻き添えにすればディマリアがうるさいとぼやきながら跳ばした空間からブランディッシュと、ブランディッシュの部下であり殺そうとしたマリンが出て来た。

 

と…ここでマリンがジェイコブにお礼を言おうとして立ち上がると……自分が目の前に立っていた。

 

 

「アッシがもう一人いるーーー!?」

 

「合格~~~~♡」

 

「──────『ジェミニ』っ!!」

 

「ピーリッ/ピーリッ」

 

 

さり気なくルーシィがマリンのことをジェミニにコピーさせたのだ。

己より強い者をコピーさせることが出来ないのでジェイコブをコピーすることは出来ないが、この場ではマリンが居てくれて助かった。

 

何故ならば……マリンは空間を使う魔法を無効化出来るのだから。

発動された空間の掟の所為もあって、星霊であるジェミニとルーシィのスタードレスが消えるが、その代わりに死の狭間に捕らえられた仲間達を取り戻すことが出来た。

 

 

「オレのトランスポートが…!」

 

「これは全ての空間魔法を無効化するの」

 

「クソッ…!クソッ…!クソォッ!!」

 

 

悔しさで顔を歪めたジェイコブがもう一度全員消してやろうと、手を合わせる動作をしたところ…合わせる間にハッピーが入り込んでいた。

 

 

「ネコーーーーーーーー!!??」

 

「痛い……」

 

 

隙が出来た間にマカロフが右腕を巨大化させ、ジェイコブをギルドの壁を破壊しながら外へと殴り飛ばした。

ギルドの壁を壊すなと、自分のことを棚に上げて叫んでいるナツを掴んで、お前が言うなと言いながら飛んで行ったジェイコブに向けてナツを投擲した。

 

投げられたことで直ぐに追い付いたナツは、モード炎竜王となって魔力を溜め込み、炎竜王の崩拳で下に広がっていた川の水ことジェイコブを更に吹き飛ばした。

手加減無しの全力殴打に耐えきれず、ジェイコブは戦闘不能となり、スプリガン12の一人を倒したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スプリガン12のジェイコブを見事打ち倒し喜びを分かち合っているメンバー達は、ジェイコブの言っていたオーガスト…魔導王と呼ばれた男がここへとやって来ることに警戒していた。

だからこそメイビスの智恵を借りようとするのだが、何処にも見当たらず何処にいるのかマカロフが聞いた。

居所はマックスが知っていて、傷を回復させるために地下へ行ったのだと言う。

 

場所は変わり、そのフェアリーテイルの地下。

メイビスはカナを連れて地下へとやって来ていた。

カナも何故地下に連れてこられたのか細かい説明をされないままついてきたので、豪華な扉を開けて入った時に見たメイビスの体…永久魔法フェアリーハートを物珍しそうな目で見た。

と言っても、実際にラクリマの中に人が入って封じられているのだから、そもそもが珍しいのだが。

 

これが永久魔法フェアリーハートであると説明されたカナは、メイビスに何故自分をここに連れて来たのか問うことにした。

問われたメイビスは、先程戦っていたジェイコブの魔法と、ナツとルーシィの戦い方からゼレフを倒す算段を付けたと答えた。

 

驚きで見返すカナに、詳しくはまだ言うことが出来ないが…先ずはメイビスの本体である体をラクリマから出さなくてはならないと言い、カナは中に居るメイビスの体がゼレフとのアンクセラムの呪いによって死ぬ一歩手前にいることを思い出すが、メイビスは理論上は生きていると教えた。

それも全て生き返らせようとして、数々の魔法を使って実験を繰り返したプレヒトのお陰とも言える。

 

では、どうやって外に出すのかという話題に、メイビスはカナの顔を真っ直ぐ見て妖精の輝き(フェアリーグリッター)を思念体のメイビスに全力で撃ち込むのだと言う。

呆然としているカナに、ラクリマをよく見るように言い、それに従い目を向けて見ると、僅かながらラクリマに罅が入っていた。

 

ジェイコブに攻撃されたメイビスに影響され罅が入ったと予想され、メイビスの計算によれば思念体を消滅させることでラクリマを破壊することが出来るのだという。

聞き終えたカナは、到底そんなこと出来ないと否定的な返しをするのだが、全てはゼレフを倒さんが為と真っ直ぐ見詰めて覚悟を決めているメイビスの目に根負けし……右腕を構えた。

 

 

「『妖精の(フェアリー)──────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、途中でジェラールと合流を果たしたエルザとカグラは、スプリガン12の一人であるナインハルトという者と対峙していた。

 

最初、他でも無いジェラールの手によって殺されたカグラの実の兄であるシモンが現れ、魔法を使った突然の襲撃に遭い…殺されて死んでしまい、もう会うことが無いと思われた兄と対面し…カグラは涙を浮かべて体から力が抜けてしまった。

焦がれた兄との再会に嬉し泣きしながら近づこうとしたカグラも止めたのは、ジェラールだった。

 

 

「ッ!貴様…!何を────」

 

「クスッ…これが君達のヒストリア…愛と友情と家族と…“死”……そう、とても美しいヒストリアだよ」

 

 

ここで登場してきたのが、ナインハルトだった。

辿り着いた敵船の畳まれた帆に座っていたナインハルトは、降りること無くエルザ達を見下ろして語る。

ナインハルトは相手の心を見透かして読み取り、見て…心の中にある沢山の想いがある。

彼はその想いを具現化させることが出来るのだ。

 

生命の創造……美しい歴史(ヒストリア)……。

創り出したのはナインハルト…つまりその具現化された者がいつ消えようとも彼次第ということだ。

 

 

「カグラ…大きく──────」

 

「───っ!!お兄ちゃん…!!」

 

「…ッ!落ち着け!!あれは奴が作った幻だ!!」

 

「黙れ!!」

 

 

嬉しそうな顔で成長したカグラのことを見て、言葉を交わそうとしたその時…具現化されたシモンはナインハルトの手により、強制的に爆発して消された。

また、実の兄を失ったと思ったカグラの心臓は大きく鼓動を刻み、正気に戻そうとしたジェラールを視線だけで殺さん程の眼力で睨み付けた。

 

 

「幻とは少し違うよ。見ただろう?私の生み出す生命は魔法を使える。記憶も人格もあるんだ」

 

「…………………。」

 

 

ナインハルトは愉快そうに笑いながら魔法を発動させ、休んでいたラクサスの所にはプレヒトを…グレイとリオンの所には、嘗てゼレフ書の悪魔を倒すために氷となった師…ウルが……エルザ達の前にはリュウマが倒した斑鳩が居るのだが、これはリュウマが斑鳩を倒す前にエルザが一度剣を交えたということで記憶に残り、ヒストリアとして現れた。

他にもゼレフ書の悪魔であり、タルタロスの一人だったキョウカとカグラの兄のシモンが現れる。

 

グレイとリオンも意図しない死せし師と戦い、力をつけた筈の二人を一人で追い詰め、休んでいたところに現れたプレヒトと戦うラクサスは、多種多様な魔法を駆使して向かってくることに悪戦苦闘する。

 

帆から降りてきたナインハルトを前にして俯いて固まっているカグラは、向かって来る斑鳩とキョウカを前にしても動けずにいた。

このままでは戦えないということで、エルザとジェラールが前に出ようとするが……固まっていたカグラが手を出して静止させたことにより止ざるを得なかった。

 

俯いていたと思われたカグラが見ていたのは……左腰に差されている刀…揺兼平。

これは……過去と決別するように…出来るように…もう怨みに取り憑かれないようにと師匠であり恋い慕うリュウマから手ずから賜った宝物であった。

 

大魔闘演武で蓄積された怨みの大きさにより、手にしていた怨刀・不倶戴天に心を支配されて暴走を起こし、師匠のリュウマの手を煩わせてしまった。

真実を打ち明けたエルザから掛けられた言葉に涙を流し、抱き合って感傷しあうその二人を見ていたリュウマに、これからはもう己を見失わないと誓ったのだ。

 

 

「…スゥ…フゥ……私は師匠に後ろを振り向かないと誓い、この刀を賜った。

 

私は決めたんだ…上を向き後悔の無いよう、天国に居る兄に顔向けできるよう幸せに生きていくのだとッ!

 

 

そんな私はもう惑わされないッ!!

 

 

来るなら来い…人の心を覗き込み、剰え贋作を生み出し愚弄するその醜悪極まる営為…腐りきり舐めきったその精根…ッ!

 

 

この私が叩き斬ってやるッ!!」

 

 

腰に差した震刀・揺兼平の柄に手を掛けたカグラは弾丸のように飛び出して疾風の如く駆ける。

 

そんなカグラの前に最初に出て迎撃に向かったのは、あのエルザを以てしても見事としか言えないであろう斑鳩だった。

本来リュウマの手によって淘汰された斑鳩だが、一度カード化されたエルザを斬ったことから記憶に残り、ヒストリアとして具現化されたのだ。

 

 

「無月流・『夜叉閃─────」

 

「─────遅いッ!!『震撃(しんげき)』ッ!!」

 

 

空中で回転しながら迫る見事な剣術を前に、振り切られる前に懐へと飛び込み、刀を抜いていない納刀の状態で魔力を流し刀全体を超震動させた後、穿ち抜くように捉えた鳩尾に鞘の切っ先を叩き込んだ。

震動に体中へと衝撃が浸透する打撃を受けた斑鳩は、爆散するように光の粒へと返還されて消えた。

 

たった一撃であの斑鳩を倒したのか…と、驚いているエルザだが、更に奥からはエルザを苦しめたタルタロスの一人であるキョウカが立ち向かう。

魔法ではなく呪法という力を使い、己の力を毎秒毎に無限に強化していき、相手の痛覚等を操作する恐るべき力を使うのだ。

 

カグラへ片手を翳したキョウカは、速攻と云わんばかりにカグラの体に微風が当たるだけで失禁するほどの感度になるよう痛覚を敏感にさせた。

しかし……カグラは止まらなかった。

 

 

「この程度の痛みが何だッ!こんなもの…師匠に施された修業に比べれば何てことは無いッ!この私が痛みを受けた程度で止まると思うなァッ!!師匠直伝─────『震透滅脚(しんとうめっきゃく)』ッ!!!!」

 

「がァああァ──────────ッ!!!!」

 

 

震刀・揺兼平から伝わる超震動を脚へと流しながら、キョウカの腹部に蹴りを突き刺したインパクトの瞬間……体内を破壊する禁じ手である衝撃波を送り込み、体内の臓器を破壊をして…内部で反響を繰り返して破壊をし続ける技を打ち込んだ。

 

力が…何者にも負けず、大切なものを守れる程の圧倒的力が欲しいと述べるカグラに、であれば守る為に生かす戦法を捨てて…相手を効率的に殺す術をリュウマは幼き子供に与えた。

使い方を間違えるなとだけ言われて教えられたカグラは、言われた通り間違えること無く、明日を夢見て上を向き生きる己の事を…記憶にある優しい兄を愚弄した男を倒さんが為に使った。

 

体内をこれでもかと破壊されたキョウカは、与えた痛み以上のしっぺ返しを受けて光へ還った。

キョウカから受けた痛みを知っているエルザからすれば、あの痛みに耐えるほどの修業とは一体何をしたのか気になるところではある。

ジェラールはカグラがこれ程の強さを持っているとは思っておらず、若しかしたら背後からこれを打ち込まれたのではと考えて顔面蒼白となる。

 

そして最後の相手は……唯一の家族であった兄…シモンだった。

 

 

「綺麗になったな……カグラ」

 

「お兄ちゃんっ……ずっと大好きだ…だけど私はもう前を向くと…前に進むと決めたんだ…!!」

 

「……それでいい」

 

「……っ……っ!───────御免(ごめん)ッ!!」

 

 

一瞬だけナインハルトの魔法に抵抗し、両手を広げて受け止める姿勢になった兄シモンを……カグラは己の手で斬り決別の一撃を入れた。

 

 

─────じ、実の兄を斬ったッ!?それも私が具現化させたというのに具現化された者が抵抗したッ!?それも奥に居るあの髪の色ッ…魔力ッ…まさかアイリーン様のっ……いや、それよりも……この女の強さは桁違いすぎ────

 

 

「辿り着いたぞ…目前だ…目と鼻の先だ…貴様は私の目先に居るッ!最早この領域は私の射程圏内だァッ!!」

 

「ひィ…ッ!?」

 

「覚悟ォッ!!奥義─────」

 

 

ナインハルトは瞳に恐怖の感情を浮かべて、他に盾となる者を具現化させてこの場を凌ごうとするが……カグラはそれよりも先に震刀・揺兼平を抜刀した。

 

其れは……覚悟によって…そして決別によってより洗練された…正に神速の抜刀であった。

 

 

「──────『冥燈鬼紉(みょうとうきじん)』ッ!!!!」

 

「ぐあァ────────────ッ!!!!」

 

 

─────速い……全く捉えられなかったッ!

 

─────これが…シモンの妹……カグラの本気の力なのか…!

 

 

擦れ違い様に滑るように放たれた抜刀は決まり、斬られたナインハルトは振った衝撃で生まれた斬撃により断たれた船と共に海へと身を投げ出された。

 

 

そう他人には明かせないような哀しいヒストリアがあった。

 

 

だが、何時までも心に溜め込んでいて良いものではない。

 

 

人は哀しいからこそ前に進み生きていき、あった哀しみを超える新たな出会いに巡り会うのだと…カグラは綺麗な緋色に染まった空を見上げながら心の内で綴り…刀を納刀した。

 

 

カグラの眼は……もう涙を流していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人の記憶にある人物をヒストリアとして具現化させる魔導士であるナインハルトを倒したことにより、他の所でも具現化されていたプレヒトとウルは消え去った。

だが、ただ消えていくのではなく、カグラがナインハルトを倒すと同時にラクサスとグレイとリオンは、それぞれの相手を倒していた。

 

嘗て世界を統べり世界最強の称号を手にしていた殲滅王…リュウマ・ルイン・アルマデュラを師としていた唯一の弟子…子供でありながら一年の修業のみで教えることは無いとまで言わしめた剣の天才の女…カグラの力を目の当たりにしたエルザとジェラールは、ものの見事に固まってしまっていた。

 

だがそれもそうだろう…単独でスプリガン12をあっという間に倒してしまったのだから。

そんなカグラは無表情をままでエルザとジェラールの元に行き……ジェラールの頬を全力で殴りつけた。

 

 

「ぐはッ……!!」

 

「カグラ…!」

 

「……お兄ちゃんを殺した罪は消えない。一生貴様の心の中で罪悪感として巣くい、私の心の中には過去の出来事であろうと哀しみとして残り続ける」

 

 

そう語るカグラの瞳には…もうジェラールに対する憎しみや殺意や怨念は宿っておらず、しかし何処までも冷たい炎を宿していた。

 

殴られて地面に転がったジェラールは口の端から流れる血をそのままに、立ち上がってカグラの元へと戻ってきた。

エルザはこの二人の遣り取りに口を出す権利は持ち合わせていないため、少し離れたところで見守っているしかなかった。

 

 

「あぁ…承知している」

 

「……聞くところによれば、当時は操られていたと聞く、しかしどんな大義があろうと事情があろうと、貴様が私のお兄ちゃんを殺したことは覆らない。…貴様が事情がどうあれ、また道を違えたその時は…この私が躊躇い無くこの手で引導を渡してやる。それを努々忘れるな」

 

「……あぁ。オレはもう間違えない。……本当に…すまなかったっ」

 

 

カグラに対して深々と…それはもう心の底からの謝罪を行ったジェラールのことを見下ろし、カグラはその場から踵を返してエルザに港を奪還したことを伝えに行こうと告げた。

 

そして最後に、振り向いたカグラはジェラールに言葉を投げた。

 

 

「過去の過ちを清算したいと宣い日々を償いで修めるのであれば、過去に巻き込んだ者達の為に此から先も償い続けろ。私は貴様を到底赦すことも出来なければ赦すつもりも無いが…赦せるよう努力をしよう。だから早急にその頭を上げ、今はゼレフを倒すために奔走しろ。……私からは以上だ」

 

「……すまない。そしてありがとう。心から感謝する」

 

──────カグラ…やはり立派になった。それに…フッ…まるで話し方がリュウマのようだ。子が親に似ると云うように、弟子は師に似るのだな…頼もしい。

 

 

エルザとカグラはジェラールとは別れ、港は奪還してスプリガン12の一人を倒したことを伝えに行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ジェイコブを倒し終えたフェアリーテイル内では、ジェイコブがここに来ると言っていたオーガストをどうするかという議題を持ち上げて話し合っていた。

取り敢えずマカロフは、スプリガン12の最強と呼ばれるオーガストを単独で倒せる訳が無いだろうとナツに叫んだ。

 

しかし、そこに助けてくれたから良い奴だと認識したが故に、ナツに牢から出して貰ったブランディッシュが周囲を驚かせながら現れ、オーガストが最強であるという状況に否を唱えた。

であれば何なのかという問いにブランディッシュは、正確に言うとオーガストは最強の一人であるのだそう。

 

ルーシィが代表としてどういうことなのか問えば、ブランディッシュからあなた達は勘違いを起こしていると言われた。

確かにオーガストは最強かも知れないが、スプリガン12にはもう一人の最強が居るとのこと。

 

オーガストを最強の男と称すならば、彼女は最強の女であると言い、名を……アイリーン・ベルセリオン…それは緋色の絶望と呼ばれていると教えた。

 

やっとアルバレスの情報を話す気になってくれたのかと言ったマカロフに、一度だけという条件で話すように決めたらしいことを話した。

ブランディッシュとてアルバレス帝国の人間である。

なればこそ、そう簡単に祖国を裏切ることなど出来る事は無いのだ。

だから味方にはならないが、ブランディッシュはルーシィに借りがあるからと……自分がオーガストに交渉を持ち掛けると宣言した。

 

交渉?と、ナツが首を傾げていると、ブランディッシュはアイリーンを除いてオーガストに勝てる者など居ないと述べた。

ただ1人例外としてオリヴィエも居るが…彼女はもう居ない。

 

オーガストはアルバレス…いや、アラキタシアでは人々から厄災と呼ばれ、アイリーンとは絶望と呼ばれる双璧。

アイリーンの方は元々親しい訳ではないので交渉等無理な話になってくるが、オーガストの場合はブランディッシュが小さい頃からの仲なため交渉次第では退いてくれるかもと述べる。

 

フェアリーテイルのメンバー達も感嘆の声を上げ、一条の光を見つけてホッと一先ず安心し、マカロフはその交渉が上手くいくならこれ以上無きありがたい話だと前向きに検討する。

しかし、唯一難色…というか、否定する者がいる。

 

 

「マスター!信じちゃいけねぇッ!これは奴の策だッ!!逃げるための罠でしかないッ!!」

 

「信じないならそれで構わないけど。私はあなた達の味方でも無いから」

 

 

全く信用していないのは、メストだった。

ブランディッシュとしては、ここで信用されず罠だの何だの言われようと味方でもないので嘘をつく必要など無いのだが、信じないならばそれでいいという考えだった。

 

なので直ぐに信じないならばそれでいいと答えたのだが、メストはそれでもブランディッシュを睨み付けていた。

不穏な空気が流れる中、そんな空気を破ったのはルーシィだった。

 

全く疑うことも無く、即行で信じたルーシィに嘘だろうと焦るメストだったが…結局多数に押されて交渉してもらうということになってしまった。

それでも、メストはブランディッシュを睨み付けていた。

 

 

「うしっ!オーガストはオレが倒す!」

 

「話聞いてたのかしら!!??」

 

 

ナツは最後までおバカさんのままである。

 

 

 

 

だが…こうしている間にも…フィオーレ北方にある霊峰ゾニアに……そのアイリーンは居た。

 

霊峰ゾニアは嘗て、黒き天女(てんにょ)と白き天女(てんにょ)が争った地とされ、戦いの末に白き天女が勝利を収め、この山々には永遠に白い雪が降るとされている大地である。

 

そんな所をアイリーン隊として部下であるジュリエット・サンという真っ白な服装と髪の少女と、真っ黒な服装と髪であるハイネ・ルナシーと共に歩っていた。

 

部下の二人が話をして、アイリーンが静かに歩みを進めている途中…先程の霊峰ゾニアで起きた戦いの話を二人に聞かせ、一人の男のために白き天女と黒き天女が争ったと…話を終わらせて素敵だと評した。

 

 

「だけど…ここは少し寒いわ」

 

 

アイリーンは手に持つ身の丈を超えた長い杖の先を地面に刺すと……雪が消えて()()()()()()()()()()()

 

その光景を、先程北方に到着して、なんとアルバレスの大軍とスプリガン12の一人に全滅させられ、木で作った十字架に磔にされながら運ばれているセイバートゥースを助け出したガジル、リリー、レビィ、ミラ、エルフマン、リサーナは驚愕した。

 

迫り来るアルバレス帝国の軍隊と戦っている内に、膝元まで積もっていた雪が全て消え去り、遅れて輝かしいばかりの華々が満開に咲き誇っていくのだから。

 

スプリガン12の中で、最強の女であるアイリーンは…他にも来ていたスプリガン12のラーケイドとブラッドマンと共に……動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

所戻りフェアリーテイルは、オーガストの交渉に行くブランディッシュにはナツとルーシィとハッピーを付けて向かわせた。

道中絶対に手を出すなとナツに何度も何度も念を押しておくことを忘れない。

 

ブランディッシュによれば、オーガストはスプリガン12の中で本来温厚の性格で、殆どが話しが通じないのに珍しくも話が通じる相手なのだそうだ。

だがその一方で皇帝であるゼレフに対して忠義が厚いのだ。

どうやって交渉するのか聞いたルーシィに、さぁねとだけ答えて固まらせた直後、ナツは後ろに生えている木に話し掛けた。

 

すると出て来たのは……メストだった。

未だに信用していないメストは、向かったナツとルーシィとハッピーを追い掛けてここまで来たのだと言う。

どうしても信用しないメストに、ここまで来たのもアレだからと同行することにし、オーガストの元へと向かう。

 

流石に徒歩では向かえる距離では無いということで、無防備にも魔封石を外してしまっているブランディッシュの、物の質量を操る魔法でハッピーを超巨大にして乗り物として乗って行くことにした。

もふもふだと喜んでいるブランディッシュの横では、是非やってくれと頭だけを大きくした気持ちの悪いナツが

嬉々としていることに、何とも気楽だとルーシィは思った。

 

同時刻では、地下に居るカナがメイビスの思念体を何度目かも分からないフェアリーグリッターで消し去ってラクリマから出すことに成功し、北方の戦線では見事にやられてしまったことに、セイバートゥースのマスターとして如何なのかと気を落としていたスティング。

そこでユキノがマスターがそれでどうするのだと…渇のビンタを入れることで気を取り直したスティングの号令の元、セイバートゥースは戦線へと復帰した。

 

だが、そこにはセイバートゥース達を磔にした張本人たるスプリガン12の一人…ブラッドマンがガジルの元へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはどういう事だブランディッシュ」

 

「私はあなたと交渉しに来たの」

 

 

ナツ達は空を飛ぶ巨大なハッピーに乗り、確かに他のスプリガン12とは頭が一つも二つも飛び抜けている魔力と存在感を放つ老人…オーガストと会い、対峙していた。

 

話し始めて早々に、スプリガン12のジェイコブが殺されたのかどうか問うオーガストに、死んではおらず捕虜として捕まっていることを教えた。

では…と、一緒に来るはずだったゴッドセレナはどうしたのかと問えば、オーガストは胸に手を当て…共に居るとだけ答えた。

 

そんな遣り取りをしている二人を余所に、ナツとルーシィはブランディッシュも相当な魔力を持っているが、オーガストはそれが霞んで思えるほどの魔力の持ち主だと評し、ここまで同行したメストは頭の中でそれどころか次元が違うと感じていた。

 

一方でブランディッシュとオーガストの話は進み、ブランディッシュが拷問を受けた訳でも無さそうだと判断し、その上で我々アルバレスを裏切るのかと問うた。

 

 

「裏切る訳じゃない。私はアルバレスの人間…ただ、この戦争に意味を感じていないの」

 

「それを陛下への裏切りと言うのだよ。我々は陛下に命を捧げた身……陛下の戦いの意味を理解出来ぬのなら──────それは敵でしか無い」

 

 

段々と不穏な感じになっていっていることに冷や汗を流し始めたナツ達一行ではあるが、ブランディッシュは諦めず交渉を続けていた。

ブランディッシュはアルバレス帝国の陛下であるゼレフがやろうとしていることがただの大量虐殺であり、それが互いの国同士の理念を掛けた戦いではもう既に無いということを説く。

 

スプリガン12の中でも最も賢明であるオーガストならば、この戦いの行く末が何も無いことぐらい分かるはずだと力説し、行く末は陛下が……と続けたオーガストに自分で考えるよう強く出る。

そしてブランディッシュは自分で考えたと話し、後ろに控えるナツ達が悪い者達ではないことを説明した。

 

オーガストは恐れ知らずなのか、現状を理解していない単なるバカなのか…どちらかは分からないが睨み付けてくるナツの事を見て、密かに驚きを露わにしていた。

しかしブランディッシュの話に流され、驚いた時に出た少し見開いた目は元に戻った。

 

 

「……ふぅ。そうじゃな。ブランディッシュの顔くらいは立ててやらんとな」

 

「ありがとう♡おじいちゃん!!」

 

「お主を孫にした覚えは無いぞ」

 

「でも私にとってはおじいちゃんだもんっ」

 

「さっきまでの不穏な遣り取りは何だったのかしら……」

 

 

一先ずは交渉が成功したということで良いらしいと、肩の荷が下りたルーシィは安堵の溜め息を吐くが……事態は急変した。

 

 

「おじい…チャ──────」

 

「ん?」

 

 

言動が不自然になったブランディッシュを不思議に思ったオーガストだったが……ブランディッシュは突然懐から一本のナイフを取り出してオーガストの腹部に刺し…質量を操って体内で巨大化させて体を貫通させた。

 

 

「がッ……はっ……!?」

 

「きゃーーー!!??」

 

「何ィ!?」

 

 

「アハ…アハハッ……殺シタイ人ガ……目ノ前ニ……おじい………」

 

 

腹部に穴を空けられたオーガストは、手に持つ杖で体を支えようとするが膝から崩れ落ち、ブランディッシュは目の光が消えながら、血の滴るナイフを持ったまま震えている。

 

そんな状況で笑っていたのが……メストだった。

 

 

「メストオォォッ!!お前何したんだァッ!!」

 

「はっ…はははッ…!記憶を植え付けてやったんだよ。オーガストは必ず殺さねぇといけねぇ相手だってな」

 

「お前ッ!!!!」

 

「ギルドを守る為だ!!」

 

 

どんな大義があろうと……ここで最もやってはならないことに手を出した。

 

ルーシィは血の付いたナイフを見て震えながら涙を流しているブランディッシュに声を掛けたが、話がまだ出来ない。

 

 

そして……背筋を突き抜ける悪寒が奔る。

 

 

「よォく解ったじゃろ…ブランディッシュ……」

 

 

刺されたオーガストの肌は、肌色から赤紫色色へと変化し、額の模様から線が体まで刻まれ……最初に感じた以上の…途方も無い魔力が溢れ出した。

 

 

「─────これが奴等のやり方じゃァ…ッ!」

 

 

オーガストは操られているブランディッシュに手を翳すと魔法で強制的に眠らせ、ナツ達を睨み付けた。

最早発せられる魔力だけで肌が痛くなる程の力の差を見せ付けられ、固まってしまっているところに、オーガストはたった一言だけ……溶けろ…と、言っただけで…其処ら一帯の大地が盛り上がり……大爆発を起こして炎の柱を立てた。

 

オーガストはその後、ブランディッシュを連れて何処かへと消え…ルーシィとハッピーとメストは、炎に対する耐性を持っているナツに助けられて一命を取り留めた。

 

 

ただ……メストの愚考と愚行により…スプリガン12の最強と戦わなくてはならない運命が…決定してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

フィオーレ西方では、ガジルがスプリガン12のブラッドマンという男に標的とされ戦っていた。

セイバートゥースの仇として戦っているものの、ブラッドマンは何かとガジルの攻撃から黒い霧のようになってすり抜けてはカウンターを入れてくる。

 

だがそこは鉄のドラゴンスレイヤーなだけあって頑丈なのだが…体が全て魔障粒子で形成されている故に、人に死を届けるという死神ブラッドマンは、徐々にガジルを追い詰めていく。

魔障粒子を放出しているので、近くに居る者達に離れるよう言うが、聖属性の文字魔法を使うレビィはその場を離れなかった。

 

何故逃げないと叫ぶガジルに、口元にmaskと描かれた文字魔法を見せて、ガジルを放って何処かに行かないと宣言した。

仕方ないので援護をして貰いながら戦うことにしたガジルだが、ブラッドマンが大した魔力を持っていないことを指摘すると……ブラッドマンは己が扱うのは呪法だと語る。

 

そう…スプリガン12のブラッドマンは人間ではなく…悪魔であったのだ。

それもタルタロスに居た悪魔達が使っていた呪法の全てを仕えるという…正に悪魔の最強。

 

又も呪法によって追い詰められていくガジルだが、レビィが賢明な機転の援護によって互角の戦いをした。

だが……ここでレビィは限界時間が来た。

 

突如血を吐くレビィに驚くガジルに、本当は魔障粒子とは皮膚から吸収するため、マスクをして鼻と口を防いだところで意味が無いことを教える。

ならば、何故ここに来たと叫ぶガジルに…レビィは助けたかったからと弱々しく答えた。

 

とうとう倒れてしまうレビィの為に、即行でブラッドマンを倒さなくてはならないと悟ったガジルは……魔障粒子を食べ始めた。

意識が朦朧としているレビィは、エーテルナノを破壊する魔障粒子を食べれば戻れなくなると叫んでやめさせようとしたが、ガジルは取り込み…黒い鉄…(くろがね)になった。

 

そこからは反撃の狼煙を上げ、今まで攻撃がすり抜けていたブラッドマンの体を捉えて着実に大きなダメージを与えていく。

レビィをギルドに連れて帰る為だけに力を得たガジルは、全ての力を籠めた拳でブラッドマンを倒した…のだが…。

 

ブラッドマンはタダでは死なぬと言いながら、己の体を使って黄泉への門を開いてガジルを捕まえて引き摺り込んだ。

少しずつ体が歪んだ空間のような門に吸い込まれていくガジルは、もう体も動かせない状況であるので無理だと悟り…レビィに別れの挨拶をし始める。

 

魔障粒子を吸い込んでしまって犯され始めているレビィは、無理な体に鞭を打ち…どうにかガジルを空間から剥がそうと近付くが……その体を駆け付けたリリーが抱き締めて止めた。

どうして止めるんだと叫ぶレビィに…リリーは悔しそうに…哀しそうに涙を流しながら首を振るだけだった。

 

 

「レビィ…オレはどうしようもねぇクズだった…お前に会えて良かった…!お前のおかげで…オレは少しはマシになったのかもしれねぇ…お前が……オレに人を愛する事を教えたんだ」

 

「…っ…ガジルっ……ガジルぅ…!」

 

「ガジル…ッ……!」

 

 

体は全部歪んだ空間に囚われ、後残すは頭のみとなる恐怖が募るであろう状況で……ガジルは笑っていた。

 

 

「今まで一度も考えなかったことを考えるようになった…未来…家族…幸せ……笑えるぜ…あのガジル様が…いっぱしの人間みてぇなことを………ずっと…ずっと二人で歩いていたかった…!未来を失うのがこんなに怖い事とは…思わなかったんだ」

 

「ガジル……!」

 

「オレの未来はお前に託す…」

 

「いや…!ダメ…ガジルっ!」

 

「オレの分まで生きるんだ」

 

「行っちゃやだぁ!」

 

 

涙を流して顔をぐしゃぐしゃにしているレビィに、あの

ガジルが優しく微笑み、同じく泣いているリリーに最後になるだろう頼みを託す。

 

 

「リリー。レビィを必ずギルドに連れて帰れ…必ずだ」

 

「……っ…っ……っ必ずッ!」

 

「………ギヒッ……──────────」

 

 

穴は閉じられ…その場にはガジルの姿など…無かった。

 

 

「いやあぁあぁあぁ…!!ガジルぅ…!!」

 

 

レビィの叫び声が虚しく……空へと木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我はスプリガン12の内二人を殺した。であれば残るは十か。彼奴等は人を殺そうとはせず生かしておこうとするだろうからな」

 

「そうなの?」

 

「あぁ。何とも…浅はかな事よ」

 

「─────なるほど。やはりのこと、スプリガン12の殲滅がそなたの目的か」

 

「…………。」

 

「あれ?あれだれだろう?」

 

 

イングラムを肩に乗せて歩っていたリュウマの元に、緋色の絶望と呼ばれているスプリガン12の内、最強の女であるアイリーンが空を浮遊しながら現れた。

 

実際の所は広大な気配察知領域と感知能力をもっているリュウマからしてみれば、どれだけ姿を隠蔽しようと無駄なことではあるが…向こうから来るというのであれば是非は無しということで泳がせていた。

そして目の前に現れた最強と呼ばれているアイリーンを前にしても、リュウマが感じるのは…他よりかは多少出来るだろうという考えだった。

 

それもその筈…オーガストとアイリーンを目にも留めない程の高みへ居るのだから。

 

 

「愚かしくも己から殺されに来たか」

 

「そうではないわ。それにしても…とぉってもすごい迫力だこと」

 

 

そう言いながらアイリーンはリュウマの前に降り立ち、まるで普通の人を相手にしているような笑みを浮かべながら話し始めた。

 

 

「……我の前に降り立つ。この我を何者であるか心得ての狼藉か。将又(はたまた)単なる愚鈍か」

 

「勿論心得てありますわ……リュウマ・ルイン・アルマデュラ様?」

 

「……何?」

 

 

およそリュウマのことを知っているとでもいうような態度に目を細めるが、ゼレフが話したのだろうと適当に当たりを付け、肩に乗るイングラムに離れて見ているように言い付けた。

従ったイングラムを確認し、直ぐに殺して違うところに向かおうと一歩踏み出した。

 

 

「その口振り。多少は出来るのだろうな」

 

「えぇ。それはもう十分に。では……始めましょう」

 

 

そう言うや否や、アイリーンは手に持つ杖に初手とは思えない膨大な魔力を溜める。

杖は先端から眩い光を放ち始め、リュウマの方へと杖を向けると…リュウマは右の真横に迫ってきているものに気が付いて腕を出して受け止める。

 

迫り来ていたのは…巨大な炎の玉とも言えるものであり、アイリーンは杖から何かの魔法を放つように見せかけて違う方向からの不意打ちを行った。

生憎なことにリュウマには通じないが…リュウマは受け止めても尚押し込もうとしてくる魔力の玉に訝しげな表情をした。

 

 

「これは…大気への付加(エンチャント)か」

 

「ふふっ…ハッ!」

 

 

押し込んでいた炎の玉に魔力を急激に注ぎ込むことで威力が跳ね上がり、受け止めているリュウマの後ろの荒野を半円に抉り飛ばした。

衝撃で後ろへと後退したリュウマだが、地を削りながら着地した。

 

当然のこと、リュウマは真っ正面から魔法を受けたが傷一つ無い無傷な状態であった。

着地した時の前屈みな体勢から、立ち上がって体勢を整えたリュウマは面白そうな物を見たという笑みを浮かべた。

 

 

「大気であろうが水であろうが自然であろうが…対象が何であれ全てのものに魔法による付加を与える者……高位付加術士(ハイエンチャンター)か。良いだろう、ならば……凌げよ」

 

「っ!これは……」

 

 

アイリーンの周囲に囲うように展開されている、数にして小手調べの百の武器達。

それらを一気に射出して攻撃するが、当たれば致命傷になりかねないと…アイリーンはどうにか当たらないように付加魔法を掛けながら躱し、豊満な胸部を持って艶やかな体が行えるとは思えないような軽い身のこなしを見せて、宙で数回回転しながら離れたところに着地した。

 

実のところは何度か危なく当たりそうになってはいたが、間一髪のところで凌ぎきることが出来た。

その事に一つ溜め息を吐くと、あたかも余裕を感じさせるように薄い笑みを作った。

 

 

「あの程度は流石に避けるか。ゼレフが持つ駒にしてはそれ相応と云ったところか」

 

「それはありがとう。そなたは聞いていた話以上だわ。陛下が私にもオーガストにも無理だとおっしゃる理由が分かる…いえ、突き付けられるというもの」

 

「なれば何だというのだ。我は人でありながら人を超越せし人類最終到達地点。所詮は人の域すら…“最後の壁”にすら到達しておらん貴様等が足下にも至れる訳が無かろう」

 

「まぁ、それはおいおい辿り着きますわ。けど…私は真っ正面からそなたと戦いに来たのではなくってよ」

 

「…何だと?」

 

 

アイリーンは魔力を最初から密かに別として溜め込んでおり、今…それを解放した。

膨大な魔力が辺りを支配し、大地が輝き始める。

 

それを見遣ったリュウマは…驚きを現すように目を見開いた。

 

 

「陛下ははね。どこかゲーム感覚なの。しっかりして貰わないとね──────戦争を早く終わらせる為にも」

 

「何だこれは…?この我が識らぬ魔法だと?」

 

「そう…これは400年前にも…それ以前にも存在しなかった魔法…これは新時代の魔法なの」

 

 

眩い光を放ち、目に見える広範囲にも及ぶ仕掛けを施された魔法を前に、リュウマは頭の中にある全ての魔法の中に該当しない魔法であると結論付けた。

 

興味が湧いたリュウマの眼は、縦長に切れた黄金の瞳から一転し…五芒星が描かれている瞳へと変質していた。

 

 

「成る程。この大地全体に付加(エンチャント)させたのか」

 

「そうよ。()()()()()()()()()()()

 

 

広大な大地全体に及ぶエンチャントの魔法…リュウマはこれ程の事が出来る者に少し興味を持ち、貴様は一体何者かと問うた。

するとアイリーンは、ここで初めて名乗るのであった。

 

 

「私はアイリーンと申しますわ。直ぐに会うでしょうけど…さようなら─────リュウマ様」

 

「アイリーン…?貴様は──────」

 

 

アイリーンの魔法が発動され、フィオーレ中に居る魔導士が押し寄せる光を見た。

眩しさに目が眩み、腕で目を覆ってやり過ごし、再び目を開けた時…その時には先程まで見ていた光景とは別のものであった。

 

 

 

 

世界再構築魔法 ユニバースワン

 

 

 

 

「此処は……ほう…?この我をフィオーレ王国から跳ばしたか」

 

「あっ…おとうさんいたー!」

 

「む…イングラムも共に跳ばされていたか」

 

 

リュウマは全く見覚えのない大地まで跳ばされてしまい、幸いなことに共に跳ばされたイングラムを肩に乗せ、愉快そうに嗤いながら翼を広げた。

 

 

「王手を掛ける心算か。く…ククク……フハハハハハハハハッ!!!!」

 

「ふはははははーー!」

 

 

 

 

だが別のところでも…意図しない巡り合わせが行われ…出会ってはならない者同士を逢わせて王手を掛けた。

 

 

「ぜ、ゼレフ……」

 

「やぁ。メイビス」

 

 

 

 

 

フィオーレ王国の…大地が変形し、人がランダムに入れ替わってしまっていた。

 

 

 

 

 

 




カグラ強い…流石師匠がリュウマなだけあって強い…。

次回は少しの蹂躙が入るかも知れません。



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第七五刀  動かぬ真実

ここまで本当に長かったですね……あと少しですよ…。




 

世界再構築魔法・ユニバースワン…アイリーンが使用したこの魔法は、簡単に言ってしまえば圧縮術である。

しかし、この魔法が影響を与える効果範囲は異常に広く、アイリーンはこの魔法をフィオーレ王国全土に掛けた。

 

付加を掛けられた大地は形を大きく変え、その影響で陸に居る人々は新たな形を為した大陸にランダムで再配置されることとなった。

ランダムの再配置は、特定の人物を特定の場所に配置した為に起きた現象であり、この場合は…殲滅王たるリュウマ・ルイン・アルマデュラを出来るだけ遠くの地へ、そしてゼレフをメイビスの体がある妖精の尻尾(フェアリーテイル)へと配置したことによるものだ。

 

アイリーンが言った通り、戦争を早く終わらせる為に魔法を発動させ、リュウマの手によって殺される前に王手を掛けようとしていたのだ。

思惑は見事に成功し、リュウマはかなりの距離がある地へと跳ばされ、ゼレフはなんとフェアリーテイルの中にまで侵入していた。

 

当の目的のもの…メイビスはカナの妖精の輝き(フェアリーグリッター)の力によって幽体を消し去り、蘇生用ラクリマの中に封じられていたメイビスの体の本体へと戻って復活を遂げていた。

アイリーンの魔法が成功し、何が起きたのか分からなかったメイビスが地上に出たところで…ゼレフと邂逅してしまったのだ。

 

あれ程近付かせなようにと尽力していたにも拘わらず、あっさりと侵入を許すどころか、ギルドの中に居たメンバー達はランダムに散り散りに跳ばされてしまい、メイビスの周りには護ってくれる者等皆無だった。

しかもそれだけでは無く、付加を掛けられた大地はその形を変えると共に…面積が異様に小さくなってしまっているのだ。

 

元の大きさの二十分の一から三十分の一へ……それが今のフィオーレ王国の全面積である。

それはつまるところ…敵味方関係なく再配置されたことで、ゼレフが率いるアルバレス帝国の兵との遭遇率かかなり高まってしまっているということだ。

そうなってくると、ナツやエルザやラクサス等のスプリガン12を既に撃破したメンバー達は、数多く居るだけの雑魚兵には負けはしないだろうが…他の者達、残留組に関してはそうはいかない。

 

前線に出て戦うことが難しいからこそ、ギルドの中で情報の遣り取りなどに徹していたのだ。

なのに、そんな者達がいきなりスプリガン12と戦えと言われたとしても、先ず間違いなく不可能であるだろう。

今まで何度も倒してきているからこそ分かり難い、若しくは忘れているかも知れないが、この大陸の最強と謂われるゴッドセレナと並ぶ…又はそれ以上の者が11人集まったのがスプリガン12なのだ。

 

例えその場限りのお世辞であろうと、ナツ達等の戦闘組以外の者達がスプリガン12を倒す…又は足止めをするということは夢のまた夢である。

だが、悪いことばかり…という訳では無いのだ。

つい先程スプリガン12であるブラッドマンを倒してながらにして道連れにされたと思われたガジルが、狭くなったので直ぐ近くではあるが沿岸の所に打ち上げられたようにして倒れていたのである。

 

直ぐに目を覚ましたガジルが痛む体を押さえながら立ち上がり、自分でも死んだと思っていたのに生きていることに不思議に思っていると、奥にある景色に靄が掛かり、人の形を為していくのに気が付いた。

 

 

「何だお前。地獄の住人かァ?」

 

「─────、───────」

 

「あ?」

 

 

最初は何を言っているのか…それこそ同じ言語なのかすら分からなかったガジルだが、靄が完全に人の形を為した時…現れた少女と目を合わせるようになって初めて、何と言っていたのかが分かった。

 

 

()()()()()。始まりの妖精の一人……やっぱり無理っ。緊張するっ。人前はダメぇ…!」

 

「……何だこいつ」

 

 

メイビスの昔亡くなってしまった親友であるゼーラであった。

 

残念ながらメイビスと共に居たので他の人の前だと緊張してしまい、顔を合わせるのも一苦労なほど恥ずかしがり屋となってしまっているので、ガジルと数秒顔を合わせると顔を紅潮させながら木の陰へと走って隠れてしまった。

 

ガジルはそんなゼーラの事をよく分からない子供だと思いながら、ここが天国であるのが地獄であるのか聞いた。

事が事だったので、本当に自分が生きていると信じ切れなかったのだろう、目を覚まして最初に合う者であるからこその質問である。

 

質問の答えに、ゼーラは確かに生きているし、ここは天国でもなければ地獄でもないと教える。

ならばどうして死ななかったのかとぽつりと呟いてみると、聞こえたゼーラは黄泉の国へ道連れに吸い込まれようとしたところで、世界を歪めて人々を転送する魔法に掛かって難を逃れ、ここに辿り着いたのだと教えた。

まるでずっと見ていたような口振りに怪訝とするが、今はそれよりも、生きているならばここは何処なのかを把握する方が先だった。

 

ただし、その疑問にもゼーラは答えた。

ガジルが居る沿岸というのが…フェアリーテイルの聖地である天狼島であるのだ。

本来は海を船で渡って行かなくては辿り着けない程遠くにあるのだが、ユニバースワンの影響によって陸続きで繋がってしまっていたのだ。

確と生きているということが確信したガジルは、死んでいなかったのかと安堵の溜め息を吐いた。

 

 

 

 

『ずっと二人で歩いていたかった…!』

 

 

 

 

「……なんっつーこと…なんっつータイミングで言っちまったんだオレは……ッ!」

 

「…?何の話よ」

 

「いや…何でも────」

 

「プロポーズならもう少し真っ直ぐ言うべきよね。アレじゃああやふやだもの。言われるならスパッと言ってほしいのが女の子よ」

 

「なんっで知ってんだよッ!!!!」

 

 

思い出しつつ一部始終を知られていたことに顔を真っ赤にしながら叫いているガジルだが、木の陰から出て来ない少女に言っていても仕方ないと無理矢理気を取り直し、ゼーラが何者であるのかもう一度問うた。

 

ゼーラは更にもう一度名前を言うが、聞き覚えのないガジルには意味を為さず、大切な親友のことだというのに何も教えていないメイビスに、心の中でだが文句を言った。

 

本来死んでしまっているゼーラがこの場に居るのは、蘇生させて貰ったという訳でも、不老不死であるという訳でも無い。

元々、フェアリーテイル創設メンバーであるユーリ達がメイビスと出会うとき、一緒に居たゼーラはメイビスの幻魔法によって無意識下に作り出された存在であった。

 

敵ギルドに襲撃を掛けられて命からがら二人で逃げ切ったと…ゼーラが生きていると…既に死んでしまっているのに生きていると無意識下で思っていたからこそ、メイビスにしか見えない聞こえないというゼーラを作り出していたのだ。

故にこそ、ゼーラの紹介をし始めたメイビスに、ユーリ達は多大に困惑した。

何故なら一人で誰も居ないところに話し掛けて、誰も居ないというのに人の紹介をし始めるのだから。

 

ただし、作り出されたと言ってもゼーラは自我が存在し、メイビスの魔法によって作られた存在であるという点を除けば立派なゼーラ本人であったのだ。

よって、ユーリ達と出会ってからゼレフと一緒に邂逅したリュウマが、見えない聞こえない…そんな幽霊とも言えるゼーラと目を合わせて話を成立させたことに驚いていたのだ。

リュウマとしては、何も無いところに話し掛けているメイビスに怪訝とし、同時に意図せず魔法を使っていることを感知したのでメイビスの魔法に干渉してみたら、ゼーラが居た…ということなのだが…。

簡単に言ってしまえば、リュウマの扱う魔法というのは夢物語に出て来るような魔法そのものなので、出来ない事の方が少ない。

 

リュウマの魔法は万能にして全能故の全知であるのだから。

一言で言えばリュウマ クオリティだ。

 

話を戻せば、メイビスが長年施されていた封印から目覚めたことによって魔力や思考が一度リセットされ、そのお陰もあって一時的にではあるがゼーラという存在が無意識下になって復活を遂げたのだ。

だが、現状はあくまで一時的なものでしかない。

メイビスがゼーラという存在に気が付いたその時が、ゼーラが消えてしまうその時である。

 

昔ならばメイビス以外の者には感知すら出来ない者であったゼーラであるか、封印されている間にもメイビスの魔力量が増えたことによって他の者にも見えるようになり、言葉が聞こえるようになったのだ。

嬉しそうにそう語るゼーラに、こんな所で話している暇はないとガジルは言い、フェアリーテイルに向かおうとするも、ゼーラはガジル達の味方であると言って手助けしてくれる事となった。

 

今、アイリーンの魔法の所為で皆が散り散りになり、それぞれが混乱の渦の中に居た。

見知らぬ場所…別の所に向かった筈の仲間が目の前に居り、逆に隣に居たはずの仲間がそこには居らず別の所に居る。

将又アルバレス帝国の敵が目の前に居るという不幸なエンカウントをしてしまっている者もいれば、誰も居ないところに一人寂しく跳ばされたりもしている。

 

 

『ギルドは────の方角よ!』

 

「…っ!?この声は?」

 

「頭の中に直接流れて…!」

 

 

そんな彼等の頭の中に、聞き覚えの無い少女の声が響き渡り、道に迷っていたり敵と戦っている者達に、目指すところへと方角を指し示した。

 

 

『ギルドに早く向かって、みんな集まりなさい!』

 

「何なんだ?これ…?」

 

「誰なの!?」

 

『敵の魔法でバラバラになっちゃったけど…一つになる時よ!』

 

 

フェアリーテイルは今絶賛アルバレス帝国と戦争の真っ只中である。

たった数刻前にギルドに単身で乗り込んできたジェイコブから、フェアリーテイルのレーダーを欺く事が出来る魔導士の話を聞いたばかりであるため、いざそんなことを言われようとも…はいそうですかと聞き入れるわけにはいかない。

 

突然の声に困惑しているフェアリーテイルの面々であったが、声の主である少女は焦れったくなったのか急かすように叫んで、直ぐにギルドへ向かうように促した。

 

 

『メイビスがピンチなのよ!!』

 

「「「──────────ッ!!!!」」」

 

『あなた達の母なる存在よ!今すぐギルドへ向かって!』

 

 

確かに己等はメイビスの近くには居ない…となると、この少女が言っているのは間違いではないと確信させられる。

何せ今までメイビスを守り通す為に戦ってきたのだ、そのメイビスがピンチともなれば、何降り構っていられるほど暇でも何でも無いのだ。

 

 

『─────メイビスを絶対に守り抜きなさいッ!!』

 

 

「「「「───────おうッ!!!」」」」

 

 

例え場所を入れ替えられようとも、散り散りにされようとも、目指すところは我等が家であるギルド。

多少道は違えど、帰るのに何ら障害など無いに等しい。

 

フェアリーテイルは謎の人物の掛け声に鼓舞され、ギルド一丸となりてギルドへ集結しようとしていた。

 

因みに、気合いを入れ直したフェアリーテイルだが、結局声の主が誰なのか分からないので、誰だ誰だとざわつかせていると、頭の中に直接テレパシーを送っているゼーラには勿論全て聞こえているので、人と顔を合わせずとも恥ずかしくなってしまい顔が真っ赤であった。

更に補足として、本当にメイビスの友達なのかと呟いたガジルの声もテレパシーに乗り、死んでしまったと嘆き悲しんでいたレビィは嬉し涙を流した。

 

マカロフやミラやエルフマン等はギルドから南にある所へ跳ばされていたらしく、マカロフの号令の元北へと向かって進軍を開始した。

 

数をある程度集めてから向かってくる雑魚兵を倒しながら向かっていくのはいいが、途中でアイリーン隊のハイネとジュリエットが襲い掛かってきて何人かやられてしまうが、そこに居合わせていたミラが一人で相手をして直ぐに向かうからと殿(しんがり)を請け負った。

全身が白で統一されているジュリエットはネバネバした液体を扱い、黒で統一されているハイネは頑丈なリボンのような紐を自由自在に操り戦うが、ミラには敵わない。

 

一年前のタルタロスとの戦いに於いて、フェアリーテイルのメンバー全員を吸収したキューブ状の生きた巨大な本拠地…アレグリア。

唯一幸運で吸収されずにいたルーシィを傷付けたタルタロスにリュウマが怒り、斬撃で何等分にも斬り裂かれて殺されたと思われたアレグリアは辛うじて生きていた。

 

悪魔故の生命力とも言うべきか、ただの瓦礫の山に見えたアレグリアを、死ぬくらいならば接収(テイクオーバー)してしまえと……ミラは何気にアレグリアを己の物としていた。

サタンソウル…ミラジェーン・アレグリアとなったミラの攻撃力と魔力は爆発的に上がり、その影響で直ぐ近くにあった海が干上がっていた。

そうなれば、ジュリエットとハイネの運命は分かったようなもの…刹那で接近したミラの手がそれぞれの顔を捉え、砂の地面に叩き付けると大きな砂煙を朦々と立ち上げながら勝負は決せられた。

 

消費魔力が激しいため、少し疲れたとその場に座り込むミラだったか、地面に頭がめり込んでいる二人の少女を見返すと……二人の体が煙に包まれ二振りの剣へと変わった。

アイリーン隊と言っていたがその実、アイリーンの付加魔法によって剣に人格を付加(エンチャント)されており、まるで人間のように動き回っていたのだ。

 

一目理解すれば不可能と断定出来るほどの超高度な魔法を掛けた者が居るなんて…と驚愕しているミラの背後に……その掛けた本人であるアイリーンが静かに降り立っていた。

 

今では修業によってエルザと並ぶほどの力を取り戻しているミラが、心から恐いと感じてしまうほどの魔力をアイリーンから感じ取り、振り向いた矢先固まっていると、アイリーンは付加術を解除させられてしまった二振りの剣を操り、手頃な岩にリボンのような紐を剣から飛ばして拘束し、ネバネバの液体をもう1本から流して体を覆った。

 

すると酸の効力を持っているのか、ミラの服を溶かしながら皮膚に焼けるような痛みを与えていく。

折角付加術を掛けたというのに台無しにしてくれたことへと罰とし、ミラの白く美しい柔肌を醜い肉塊に変えようとしたその時……その場にオーガストとフランディッシュが現れた。

 

まさかのスプリガン12の内の3人…それも内2人はスプリガン12のツートップである者だ。

感じられる魔力がミラの常識を超えてしまい、体がガタガタと震えだしてしまう。

オーガストはメストに操られていたブランディッシュを回収した後、洗脳を解いて貫通された傷口を極限まで圧縮して貰っていた。

 

その後に起きたリュウマをこの大地から可能な限り退かせ、尚且つゼレフをメイビスの元へと送る為に放ったユニバースワンを見届け、ゼレフの元へと今一度スプリガン12の全員を集結させるためにアイリーンを呼びに来たのだ。

肝心のアイリーンは自由に動くと言い出して反論し、スプリガン12の総長であるオーガストは更に冷たい声色で集まるように命令した。

 

どちらも譲る気が無いのか、感情の起伏によって魔力が更に更にと上昇していくと…アイリーンが仕方ないと同意した。

しかし、せめて付加術を掛けて従わせていた我が子を傷付けたミラだけは始末したい…とアイリーンが言ったところで……オーガストの指先から閃光が放たれ、ミラの心臓を穿った。

 

血を吐き出しながら倒れるミラに一瞥する事無く、一連のことが何でも無い作業だと言わんばかりにこれでいいなと言い、アイリーンに直ぐに向かうよう言い直した。

折角の玩具を取られたと思ったアイリーンだが、痛めつけず直ぐに殺したことに優しいと評し、ブランディッシュも連れてゼレフの居るフェアリーテイルへと向かった。

 

 

「ミラ姉~!ミラ姉~!!…ッ!?ミラ姉!?」

 

「────ゲホッ…!ゲホッゲホッ…!!」

 

 

やはり置いては行けないと、ミラの元に戻ってきたリサーナが血を流しながら倒れているミラを見つけ、血相変えて近寄り抱き起こすと、心臓を貫かれた筈のミラが…血を吐いて嘔吐きながら意識を覚醒させたのだ。

 

良かった…と安心しているリサーナを余所に、確かに貫かれた筈だと傷口を見てみると……血が流れない程小さく圧縮されていた。

これは、オーガストと行動を共にしていたブランディッシュの圧縮する魔法によるもので、ミラがオーガストにやられた時にすかさず掛けたのだ。

 

 

「リサーナ!急いでギルドに戻らなきゃ!」

 

「うん…ごめん…戻ってきて……」

 

「違うの!スプリガン12が集結する!!」

 

「……えぇ!?」

 

 

ミラは意識を失う前に、オーガストとアイリーンとの会話の中で聞いたスプリガン12の全員集結に焦り、今すぐにでもギルドへ戻るために、先を行ったマカロフ達の後を追い掛けた。

 

そして…その同時刻……マカロフ率いるメンバーの中に居た、リサーナが戻ってしまったが為に一人で行動していたエルフマンと共に、フェアリーテイルと合流していたユキノが……実の姉と再会していた。

ユキノが住んでいた村に、ある日突然子供狩りによって襲われ、連れて行かれそうになったところを姉であるソラノによって救われ、代わりに姉のソラノが子供狩りに連れ去られてしまっていた。

 

悪い人達に連れ去られてしまい、時には姉を取り戻すために時間を戻す魔法の研究を行ったりもした。

大好きな姉が居なくなってから、忘れた日など無い程姉思いのユキノにソラノ…元オラシオンセイスのエンジェルは首を横に振った。

 

 

「お前に罪人の姉なんか居ないゾ」

 

「……っ!」

 

「私の妹は正しい世界に生きているんだゾ!罪人の姉なんか居ちゃいけないんだゾ!」

 

「お姉様…!」

 

 

目の端から光る涙を流すユキノから顔を背けるように背を向けたソラノは、抑えきれず震えてしまう声で…だから……と続けた。

 

 

「だからいつか……私の罪が許される事があったら…!妹を…!抱き締めてあげるんだ…ゾっ!」

 

「─────────。」

 

「うぅっ…グスッ…グスッ…!」

 

「……その日はきっと…きますよね…?」

 

「その為に戦ってるんだゾ!…だから…今は私を許さないで…」

 

「……っ…生きていてくれるだけでも…十分です…!」

 

 

今すぐにでも抱き締めてあげたい衝動を抑えながら、ソラノは流れ出る涙を隠すように背を向け続け、生きているのかさえ分からなかった姉が生きて…今目の前に居ることを実感したユキノは、姉と同じように涙を流しながら姉が抱き締めてくれるその時を待とうと、心に誓っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、ゼレフが目の前に居たメイビスは、逃げる暇も無くスプリガン12の内の一人である冬将軍インベルという者に、体を一瞬で凍らされてしまう。

幸いなことに、今まで長年ラクリマの中で身動きが出来なかったというのに、また更に動けなくさせるのは心苦しいからというゼレフの言葉に則り、体の凍結は解除された。

 

しかし、やっと手に入れたフェアリーハートを野放しにしておくことは出来ないと、せめてもの措置として体ではなく心を拘束されてしまう。

氷で出来た首輪という枷を首に嵌め込まれた途端…メイビスは思考が奪われていくのを感じ取った。

 

 

──────な…にこれ…思考が…出来ない……何も…考えられなく……なんなの…この…魔法……

 

「メイビス。着いてきてくれるかい?」

 

「うぅ…」

 

──────体が…勝手に……

 

「ほら、見てごらん」

 

──────こ…れは…!!

 

 

思考の大半を奪われてしまい、物事が上手く考えられないメイビスの眼に映ったのは……ギルドを天高く持ち上げるように迫り出ていた下の岩と、それに巻き込まれるようにくっついていると評せる店や民家…そして……眼下に黒く埋め尽くされているアルバレス帝国の兵士達。

 

見渡す限りがアルバレス帝国であるという…先の先にまで連なる敵兵の数にメイビスは喋れずとも驚愕した。

フェアリーテイルの下のフロアでは、スプリガン12の全員が集結し、殺されていたゴッドセレナとブラッドマン、そしてディマリアがナインハルトの魔法によって蘇っていた。

 

ラクサスにやられていたワールは、機械族(マキアス)であるので粉々にされようと、予備のパーツさえ有れば元の姿に修復出来るのだ。

中でも一人一人に目を向けていくメイビスの中で、恐ろしい程の魔力を持つオーガストとアイリーンとは別に、スプリガン12の中で一番異質な魔力を持つ男が居た。

 

その男はフェアリーテイルも他のギルドのメンバーも、誰も立ち会っていない敵であるラーケイド・()()()()()であった。

そんな異質な魔力の持ち主に内心驚いていると分かったゼレフは、補足としてラーケイドはゼレフの秘密兵器であり、あのアクノロギアでさえも倒せる可能性を持っていると溢した。

 

 

「アイリーン。ユニバースワンの事は不問にする。だから今すぐメイビスに分離付加(ぶんりエンチャント)をするんだ」

 

「その娘の中にある心臓を取り出すのね」

 

─────そんなことが…できる…わけ……

 

「残念だけどメイビス、アイリーンは魔力を付ける外すの天才なんだ」

 

─────そんな…!

 

 

心の中でメイビスが絶望していると、ゼレフは珍しくも少し急かすようにアイリーンに分離付加を掛けるように声を掛けた。

勿論やることは分かっているアイリーンは準備を整えているが、ゼレフが少し急いでいるのにも理由がある。

 

 

「もう…本物の王様が来たからね」

 

 

──────…!?この…魔力……は…!

 

 

 

 

 

 

ドオォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!

 

 

 

 

 

 

大地を揺るがす巨大な大地震とも言える衝撃が奔り、アルバレス帝国の最前列の前に、砂による大きな爆煙が立ち上り…オーガスト達から感じた魔力を()()()()()()()魔力が……数キロ離れたこのフェアリーテイルのギルドにまで届いた。

 

 

 

 

さぁ……来たぞ…辿り着いてしまったぞ?

 

 

 

 

「ハアァ──────…………」

 

 

 

 

今から大凡400年前……侵攻してくる者を一切の容赦、情け、温情、慈悲無く…冷酷非道にして残忍に殲滅し滅ぼした人類の希望であり絶望でもある者──────

 

 

 

「ククク……フハハハハハハハハハッ!!ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!!我が参ったぞッ!皆殺しにされる準備は整っておるか?神に祈りは如何だ?残してきた者へと遺言は? 始めるぞッ! これから為すは我こと殲滅王リュウマ・ルイン・アルマデュラによる一方的な殲滅戦であるッ!!さぁ…さぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁッ!!───────決死の覚悟で臨むが良いッ!!」

 

 

 

殲滅王が……到着したからであった。

 

 

 

アルバレス帝国の大軍…その数大凡100万に対して佇むはたったの一人…そして、その背後には()()()仲間であるフェアリーテイルが揃っていた。

他にもラミアスケイル、ブルーペガサス、セイバートゥース、マーメイドヒールが集結し、いざフェアリーテイルのギルドへ向かう為に敵軍へ進軍しようとしたところで…そらからリュウマが勢い良く降りてきたのだ。

 

後ろで全員が、目の前に居る前までの格好とはかけ離れながら、発せられる魔力も…気配も…気迫も…覇気も…全てが全て自分達が知るリュウマとは似ても似つかない本物のリュウマを見て固まっているのを感じ取り…当のリュウマは見せ付けるように蹂躙を開始した。

 

 

「ひっ…ヒィ──────」

 

「脆弱も脆弱ッ!高々100万程度の兵で挑もうなどと…舐めているにも程があろう!」

 

 

最前列にいた敵兵に向かって突撃をかまし、数十人巻き込んで薙ぎ倒した後、手に掴んでいる兵士の頭を林檎のように握り潰し爆散させた。

飛び散る血飛沫が宙を舞い、周囲に居る兵士達の頭に降り掛かるよりも早く、リュウマは体をその場でぐるっと回転させて脚を振り抜いた。

 

素速い回転の力による遠心力とリュウマの桁外れの脚力によって鎌鼬が発生し、リュウマを中心とした半径数十メートルに及ぶ範囲内に居る兵士達の体を、腰から半分に両断して大量の朱い華を咲かせた。

 

ものの数秒の内に数百の兵士の命が…まるで吹けば散るような埃同然に散らされた状況を見て、脚が竦んで前に踏み出せなくなり、だというのに恐怖から後ろへ一歩下がった時…その後退した兵士の視界は乱回転しており、後に視界の全ては黒一色となっていた。

 

 

「フハハハハハッ!!脆い脆いッ!超大国と謂われるアルバレス帝国の兵士がこの程度か!?つまらぬものよなァ!?」

 

「くっ…!魔法準備…!!放てェッ!!!!」

 

 

歯を噛み締めた隊長の一人が部下である兵士達に命令を下し、盾を持つ者達が最前列…リュウマから一番近いところに出て来て盾を構えて防御一徹の姿勢を作り、背後からは両手を翳して魔力を溜めた兵士が魔法を放った。

 

数にして126の炎弾が一斉にリュウマただ1人を狙って迫り飛び、嗤ってその光景を見続けていたリュウマに着弾して大きな爆発を生んだ。

爆炎が発生した後も人影があることを確認している隊長は、確実に炎弾が決まったことを確信していると砂煙と爆煙が晴れ……

 

 

「ぅ……ぁ……けひゅっ……」

 

「………ファ!?」

 

 

部下である兵士が炎に焼かれ、皮膚が焼け爛れている光景が目に飛び込んできた。

まさか、先程確認した人影とは…部下であった者の影だったのではと考え、そこで…では部下と入れ替わっていた目標は一体何処に消えた?と考え直したところで……胸に違和感があるのに気が付き視線を落とした。

 

そこには……背後から己の体を易々と刺し貫いて、抉り出されて尚動いて血を噴出させている心臓を握っている腕が生えていた。

 

 

「隊長である貴様が死ねば、この隊は機能せん。つまり…この隊の全ての者が死んだも同義ぞ」

 

「か…ふ……────────」

 

 

ぐちゃりと生々しい音を立てながら心臓を握り潰したリュウマは、腕を抜かずにそのまま死体となり果てた男の体を振り回して恐れ慄き後退しようとした隊長の隊の兵士に投げ付けた。

条件反射で死体を受け止めた直後…背後に居た兵士の頭を裏拳で潰して、その兵士が手に持っていた槍を奪い去り……投擲していた。

 

投げられた槍は死体を受け止めた兵士を死体諸共貫通していき、それだけには止まらず後ろ数百人の体をも貫通していった。

 

蹂躙していくリュウマは武器を使う様子を見せない。

いや、実際はその場で奪取した敵兵の武器を使っているのだが…リュウマが持つ『殲滅王の遺産』で取り出された至高の武具を使うことが無い。

必然的に周囲に居る大軍為しているだけの雑魚兵に、腰に差した純黒の刀を使うなど以ての外なのだが…リュウマは敵軍に突っ込んでから徒手空拳のみの戦法を行っている。

 

理由としては……背後に居るリュウマを知る者達に…否、大小様々にだが信じ切れていない者達に、己が一体どういう者であるのかを見せ付けるためであった。

 

 

「おい…おいおいおい…!あれ…まさかリュウマか…?」

 

「アイツ…何してやがんだ…!?」

 

「あんな怖いリュウマさん……見たこと無いです…!」

 

「人を…躊躇いなく殺して……」

 

「そ、そんな…やっぱりあの光景って…うっ…」

 

「あっ、おいしっかりしろルーシィ!」

 

 

数人集まって魔力を合わせ、小さかった炎弾を巨大な炎弾一つに固め放った。

首を絞めて一人殺していたリュウマが熱量と明るくさせる程の明るさ、音と魔力で迫りくる速度を検出し、足下に転がっている死体に向かって人差し指を向けて振るうと、死体は浮遊して直ぐそこまでに来ていた炎弾に対する肉の壁となった。

 

死んで間もなくな死体は、その肉体を四方八方に飛び散らせながら爆散させられ、固まっていない血液が撒布されて朱い霧を作り出して視界を奪う。

血生臭い霧に紛れて姿を隠したリュウマを見付けるため、向かい側に居る仲間に当たるかも知れないという懸念があるものの、これ以上闇雲に仲間を殺され続ける訳にはいかないと、多少の犠牲覚悟で魔法を放つ準備を整える。

 

いざ放つとなって号令を掛けようとした時…朱い霧が晴れて、中から血塗れになっている5人の兵士が撃たないでくれと、両手を挙げて意思表示をしながら出て来た。

溜めて放とうと翳していた手を急いで下ろし、辺りを見渡しながら目標を探している兵士達の元へ、血塗れの5人の兵士は向かう。

 

そして5人の兵士は……付けている仮面の向こうで涙を流しながら悲哀溢れる声で謝罪の言葉を紡ぎ、指を鳴らした時の音が辺りに響くと……5人の兵士達の体が内部から弾けるように大爆発を起こした。

合流した兵士達はその爆発に巻き込まれて粉微塵に吹き飛び、そんな光景を作り出した張本人であるリュウマは愉快げに嗤って見ていた。

対象に触れて魔法陣を体内に刻み込み、外から見ただけだと把握しにくい、残虐行為極まる人体爆弾化の魔法を掛けたのだ。

 

後は仲間の元に歩って近づいて接触しろと命令しておけば、敵兵が仲間同士で消し飛び合うという結果と光景を作り出すのだ。

触れるだけで出来てしまう簡易的且つ絶大な威力を誇るこの魔法を、兵士達の間を駆け抜けて首を360度捻り回しながら同時発動させ、足下に倒れた兵士を爆発させてその周囲の兵を巻き込んで塵殺していった。

 

 

「カグラのお師匠さん…って…あんな人だっけ…?」

 

「……いや、あそこまで残虐行為をする人ではなかった」

 

「大丈夫か?シェリア…あまり見るな。お前には刺激が強すぎる」

 

「う…うぅ…リュウマ…どうしちゃったの…?」

 

「リュウマ…お前は一体……」

 

「エルザ様…これはどういう事なのですか…?私はリュウマ様がこの様なことをする人だとは…」

 

「リュウマにも…人には言えないような過去があったらしい。あいつは黒魔導士ゼレフと同じ、400年前の時代の人間であり…今は無き国の王だったそうだ」

 

「そ、そんなことが…!」

 

 

フェアリーテイルの者達もそれ以外の親しいギルドも、それらに属する者達は全員リュウマの蹂躙を見届けていき、戦わなくてはならないというのに…脚が動かなかった。

特にリュウマに想いを寄せる者達に関しては、顔を青くさせて口を手で覆い、まさに死屍累々と言える光景を目にして喉の奥から迫り上がってくる吐き気に堪えていた。

 

嘗ての仲間がそんな状況に陥っているということに、狙い通りだと内心ほくそ笑んでいるリュウマは、とうとう本格的な魔法の使用を始めた。

 

魔力を滾らせて手の平を強く地面に叩き付けるように付け、そこから中心とするように魔法陣が展開され、その場に巨大な銀の毛並みを持った狼…殲滅王たるリュウマが従える眷属…『神斬り殺す銀の神狼(アルゲンデュオス・インテルヴォルス)』のアルディスが顕現した。

 

久方ぶりの再会に嬉しそうに尻尾を振って跪くアルディスの頭を優しく撫でてやる。

戯れは今はそれまでだと言って、リュウマはこの場に居る者達を殺していけと命令を下した。

命令を受けたアルディスは神秘性を感じさせる光り輝く銀の毛並みを靡かせ、上を向き衝撃波が奔る程の咆吼を起こした。

 

するとその場に巨大な台座に突き刺さっている、これまた巨大な剣が現れて尋常では無い気配とも云える波動を撒き散らしていた。

見たことも無い神獣の出現に円を描いて退いて出方を見ている兵士達に見られるのを気にすること無く、アルディスは台座に向かって進み…剣を咥えて台座から引き抜いた。

 

 

「なんだあの犬!ちょーかっけぇ!!」

 

「目腐ってんのかクソ炎。どう見ても狼だろうが」

 

「それもただの狼ではない…どこか神秘的なものを感じる」

 

 

アルディスは台座から引き抜いた剣を一振りして感触を確かめると、その場から姿を消して兵士達が密集するところに突如として現れて蹂躙を開始した。

口に咥えている剣によって真っ二つにされたり、鋭く鋭利な爪で斬り裂かれて数個の肉塊に変えられたり、一度の咆吼に脳を揺さぶられて絶命していく。

 

たった一匹でも既に手に負えないというのに…その場には更なるリュウマの眷属が現れる。

それは……ドラゴン。

 

リュウマのことを父と慕いくっついている小さい体の子竜に、体を一時的に急成長させる魔法を施して、見る者を畏怖させる成熟した雄のドラゴンへと変えた。

その姿はまさに…ナツの育ての親であったイグニールそのものであり、口から業炎の咆吼を放って敵兵を灰に変えていくイングラムを見て、ナツはイグニールが生きていたのだと騒ぎ立てる。

 

 

「イグニール!!おいイグニール!!」

 

「クソ炎!あれはお前の親のドラゴンな訳ねぇだろうが!どうみたらあれがお前の親父なんだよ!!」

 

「うっせぇ氷野郎!どう見てもイグニールだろうが!」

 

「どこからどうみても見た目だけなんだよ!!」

 

 

一年前に割り切ったと思っていたが、ナツもやはりは親であるイグニールとの別れが辛く苦しかったのだろう、何度もイグニールだと叫んでいるが、仲間達からアレはナツの育ての親であるイグニールではないと言った。

イグニールは人間を愛した稀少のドラゴン…この様に何の躊躇いも無く人間を灰にはしない。

 

理解は出来るが納得は出来ないといった具合に黙り込んだナツは、複雑に渦巻く心を代弁させるように、炎を拳に灯しながらリュウマを囲おうとしている敵兵に向かって突撃をし始めた。

 

これはこれ以上リュウマに殺生させないようにと、リュウマが殺す前に敵兵を全滅させようという魂胆だった。

これ以上殺すなと叫びながら突撃していくナツを見て、そういうことかと理解した他のギルドの者達も我先にと突撃を開始した。

雄叫びが背後から聞こえてきたリュウマは、見せ付けるためのデモンストレーションとしてやっていたのでまだまだ敵兵は蔓延り、本気でやれば10秒で片付く兵力なのだが…これはフェアリーテイルの戦いである以上リュウマ以外の者達が戦ってはいけないという道理は無い。

 

結局のところはリュウマの手によって殲滅されてしまうかも知れないが、今は幾許かの敵兵を己等の手で倒させてやろうと、うっかり巻き込んで殺さないように動きをある程度制限し、魔力も大凡のものを抑え込んだ。

 

 

 

斯くして戦争は終盤へと差し掛かり─────

 

 

 

 

 

 

「ドラゴンの匂いがするなァ……」

 

 

 

 

 

 

世界に終焉を届けると謂われている黒き翼も…純粋なドラゴンの最後の一匹…イングラムの気配に釣られ……戦争に参加しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




そろそろアクノロギアも出て来ます。



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第七六刀  劣勢アルバレス帝国

ちょっと無理矢理なところがあったりするかも知れません。

違和感みたいなものを感じた場合は、申し訳ありません。




 

これ以上リュウマに無駄な殺生を…同時に思う、オレ…私達が知るリュウマとは…こんな事をしないという考えの元、見ているだけだった戦いにその身を投じ始めた。

リュウマが戦っていると屈強な兵士達が、まるで其処らに居るチンピラを相手しているように見えてしまうが、相手は歴とした場数を踏んできた魔導士である。

 

強くなったナツ達の前にはやや力不足と称せるかも知れないが、他の者達にとってはそうでもなく、意気込んで戦いに出たものの中々の数の暴力である。

リュウマの眷属であるアルディスが一度に2万人程殺してしまったが、リュウマが手ずから殺した2000人と合わせても2万2000人…残りは役98万人も居るのだ。

そう簡単に倒しきれると思っていたら、それは妄想を甚だしいというものであろう。

 

一介の魔導士には厳しい戦いになってくるだろうが、先程も述べたとおりナツ達にとっては雑魚兵だ。

今はナツの勢いに無理矢理乗せられて進軍しているが、数多く迫って来る兵士達の所為もあり散り散りとなってしまう。

幸いなことにグレイとジュビアは同じだったのだが、雑魚兵を倒している内にスプリガン12の内の一人であるインベル・ユラという男と邂逅した。

 

早速見付けたと言わんばかりに攻撃を開始したグレイだったのだが、氷の造形魔法で造り出した大槌が軽々と腕一本のみで受け止められ……凍らされた。

氷を更に凍らせて破壊したという一連の攻防に唖然としているグレイは、インベルから自身が純粋な氷の魔導士であることを告げられる。

氷の魔法から枝分かれするように派生される中にある造形魔法よりも、唯々氷の魔法のみで全てを凍らせるインベルの方が優勢であった。

 

スプリガン12の中で冬将軍と云われているインベルの実力は凄まじいものであり、氷の魔法を使うだけあって寒さに耐性のあるグレイが寒いと感じて震えてしまう…それ程の冷気が辺りを包む。

体が悴んでしまい、上手く動く事が出来なくなってしまっている状況下でスプリガン12との戦闘は厳しいものがあった。

 

だがグレイとて寒いからというだけで諦められる訳がなく、右腕に描かれ継承された滅悪魔導士(デビルスレイヤー)としての力を解放し、劣勢だった戦況をひっくり返して優勢へと躍り出た。

寒さで震えているジュビアも戦いに参加し二対一の構図で攻めていると、致し方ないと言ってグレイとジュビアに対し、メイビスに掛けている思考を奪う氷で出来た首輪を二人に取り付けた。

 

首輪から伸びる鎖は二人の首輪に繋がっており、インベルは二人にどちらか一方が死ぬまで殺し合えという命令を下した。

思考を奪われているグレイとジュビアは、微かに残る思考で傷付けたくないと拒否するが、体はそうはいかず殴り合い蹴り合い叩き付け合った。

 

このままでは愛しい人であるグレイを傷付けていってしまうと感じたジュビアは、殺してしまう…又は殺されてグレイ自身に己を責めさせてしまう…ならばそうなる前に己の命を絶つ事に決意した。

いざ残りうる全ての理性を掻き集め、掲げられた右腕に水の刃を造り出した。

 

 

「出会えて良かったです…グレイ様」

 

「────ッ!?バカな!?自らの命を───」

 

 

 

「な…んで…お前…まで…!」

 

 

 

「──────()()()()()…ッ!?」

 

 

相手を傷付けたくないという一心で出た自滅行動は……腹に水の剣を突き刺したジュビアと、氷で造った剣を己の体に突き刺しているグレイと合わせ、まさかの二人同時による本当の自滅行動となってしまった。

 

 

「お前を…守りたかった…のに……オレは……」

 

「いいえ…嬉しいです……グレイ…様……」

 

 

─────何なんだ…!?コイツらは…!!自らの命を同時に絶つなど…!何故そんなことが…!!

 

 

表情を驚き一色に染め上げるインベルの目の前で、同時に自滅したグレイとジュビアは大量の血を流しながら倒れ込む。

二人の行った行動が心底理解出来ないと冷や汗を流しているインベルは、同時に死んだならばもう良いと考えてその場から踵を返して去って行く。

 

一方倒れたグレイとジュビアの内…グレイが緩慢な動きで起き上がった。

腹を貫いて大量の血を流し、出血多量で死ぬと思っていたというのに生きていることに困惑し、右腕に違和感を覚えて視線を落とした。

 

違和感の正体は、ジュビアの腕と繋がっている一本の管であった。

管の中が赤黒い事から、中に血液が通り…ジュビアが己の血液をグレイに輸血しているというのが分かった。

もしもという時の為に、フェアリーテイルが解散してグレイと同棲している1年間の内で密かに覚えた水造形(ウォーターメイク)(ブラッド)”という魔法だ。

 

唯でさえ流してしまって少ないという血液を、愛するグレイの為にと輸血したがために、ジュビアの顔色は死人のように蒼白く真っ青であった。

倒れているジュビアの上半身を起こして抱き締めるグレイは叫び声を上げ、ジュビアをゆっくりと寝かせると、その顔を憤怒に染め上げてインベルの後を追い掛けた。

 

背後から感じる尋常ではない殺気を感じたインベルは、まさかと思いながら勢い良く振り向くと、一年前とは比べものにならない程の膨大な魔力を放出しながら怒りに燃えるグレイが向かってきていた。

 

何故生きているだとか、あの傷で何故立っていられるだとか問おうと思ったインベルであったが、何時の間にか目前に迫っていたグレイの拳を顔面に貰い、隣にあった壁に叩き付けられることで頭から追い払う。

倒れる前よりも遙かに強いグレイに、インベルは切り札を切って氷で出来た鎧を身に纏った。

 

 

「─────『氷絶神威(ひょうぜつかむい)』。触れるもの全てを凍結させる魔界の氷…!あなたにどれだけの氷耐性があろうとも、この鎧は必ず全てを凍らせる!!そして砕け散れッ!!」

 

「────オォォォォォォォォォォッ!!!!」

 

 

氷絶神威を全身に纏ったインベルに向かい、グレイは全力で殴りつけた。

触れた途端にグレイの腕を氷結させていった恐るべき魔法だったが……その鎧は殴られた部分が砕けた。

全てを凍らせるとまで称した己の最強の鎧を砕かれ、驚愕で目を見開いた。

 

一体どうやってこの鎧を砕いたのかと吹き飛ばされながら思ったインベルは、グレイの両腕に氷が装着されていくのを見た。

グレイはインベルの造り上げた氷絶神威と同じ性質を持つ氷を造形し、篭手のように腕に纏わせたのだ。

 

 

「お前は…!お前はジュビアの未来を奪った…!奪ったんだッ!!許さねぇッ!!砕け散るのはテメェだァッ!!『氷魔(ひょうま)(ゼロ)破拳(ハケン)』ッ!!」

 

 

殴り飛ばされたインベルは戦闘不能に陥り、怒りに身を任せたグレイの勝利となった。

だが、インベルを倒そうともジュビアが生き返る訳ではないと嘆くグレイ。

そんな彼にインベルは、その滅悪魔法で倒すべきはスプリガン12でもなければ皇帝でもなく、フェアリーテイルのナツであると教えた。

この時に初めて、グレイはナツがEND…エーテリアス・ナツ・ドラグニルであるということを知ったのだ。

 

ところ変わりナツは、共に向かったルーシィと、合流したエルフマンとミラとリサーナで共に雑魚兵を倒していっていた。

しかしそこにスプリガン12が現れ、砂漠王アジィールがエルフマンと戦い、暗殺魔法の天才ジェイコブがミラと戦うことになった。

 

加勢しようとするナツとルーシィとリサーナにハッピーであったが、後ろから大きくなったブランディッシュに鷲掴まれて連れ去られてしまう。

適当に空けたところで下ろされ、敵であろうと戦いたくないと言うルーシィに、ブランディッシュは戦うつもりは無いと明かした。

ここから今すぐ逃げるように言うブランディッシュに、仲間を置いて行かないし、この戦いから退くつもりは無いというナツ。

 

するとそこへ、どこか様子がおかしいナインハルトが突如として現れ、アイリーン様の命令の下…エルザ様を殺すの宣いだした。

敵であるはずのエルザに対して様付けということに違和感を覚えるハッピーを余所に、向かってきたナインハルトはナツがたった一撃の鉄拳で倒してしまう。

これ程強かったのかとブランディッシュがナツの事を細くした目で見ている中、話は続いていく。

 

引き続きこの戦線から退くように忠告するのだが、拒否するナツに、面倒事が嫌いであるブランディッシュはナツに手を翳すと…突如ナツが苦しみ出した。

これはブランディッシュによって、ナツの中に出来た腫瘍を小さくした物を元の大きさに戻したのが牽引である。

 

 

「がぁ……!?はっ…ぁっ…!?」

 

「ちょっ…!ナツ!?」

 

「あなた達は敵」

 

「ブランディッシュ…!?やめて!あたし達は友達になれる!」

 

「それは私とあなたの母の話。私達は別の国で育ち、別々の目的を持って対峙している」

 

 

顔を俯かせたブランディッシュははっきりした声では無く、親とはぐれてしまった子供のように不安を押し殺すような声色だった。

アクエリアスから真実の光景を見せられ、ルーシィが母の仇では無いということを知ってからはもう怨みは無い。

だが、ブランディッシュはこのままでは己が如何すればいいのか分からなかった。

 

故郷であるアラキタシアを裏切ることなど出来ない、かといってフェアリーテイルの方に味方をする事が出来ない。

相反する二つの気持ちが鬩ぎ合い、ブランディッシュはそんな面倒な心に白黒付けるため、ルーシィに戦いを挑む。

 

どういう状況なのか分からないリサーナだが、ナツが苦しんでいるのはブランディッシュであり、彼女を倒さない限りはナツは救えないと分かると、覚悟を決めてルーシィとの共闘でブランディッシュに立ち向かう。

相手はスプリガン12の一人…元々持っている魔力は桁違いすぎて、ルーシィの星霊の力を借りた魔法等が縮小されてしまうが、ルーシィの賢明な判断とリサーナの鳥のテイクオーバーを使った制空権の奪取によって追い詰める。

 

 

「もういい…茶番はそこまでにしな」

 

「…ッ!?マリー……」

 

 

ナインハルトに続き、その場に現れたのは…リュウマの手によって殺された筈のディマリアだった。

彼女は確かに死んだのだが、死んだブラッドマンとゴッドセレナと同じくナインハルトの魔法によって生き返っていた。

術者であるナインハルトは先程ナツに倒されたのだが、来る前にアイリーンに付加術を掛けられ強化された所為で、生き返った者達は倒されない限り消えなくなってしまっていた。

 

ディマリアは歯をならしながら向かってきて、懐に持っていたナイフで消えるように移動した後、ブランディッシュの事を斬りつけた。

実は直ぐ近くでディマリアが隠れて見ていることに気が付いていて、ルーシィとリサーナに態と負けようとしていたのだ。

それを見破ったディマリアは、時を飛ばしたかのようにルーシィとリサーナを地面に叩き伏せて気絶させた。

 

 

「私のランディを壊したお前達は許さない…簡単に死ねると思うなよ」

 

 

気絶したルーシィとリサーナを担ぎナツを引き摺って、ディマリアはその場から消えてしまった。

 

担いで何処かに攫われてしまったルーシィとリサーナは、目を覚ますと椅子に縄で縛られて身動きが出来ないように行動の一切を封じられ、魔封石を嵌められて魔法も使えない状況になっていた。

そこに目を覚ましたことに気が付いたディマリアがやって来て、大切な友達であるブランディッシュを壊したルーシィ達を、何処かも分からない場所でバラバラに分解してやるという。

 

ルーシィとリサーナはその様な言葉には怯えず、やるならやれという風に言い返した。

頭に血が上ったディマリアは、ブランディッシュを斬りつけた時と同じくナイフを歯を鳴らしながら振り上げ…縛られる少女に振り下ろした。

 

しかし……ルーシィとリサーナは殺されてもおらず、何時の間にか冷たい床に倒れ込んでいた二人は顔を見合わせて不思議そうな顔をした。

まるでコマ送りにしたように景色が飛んでいることに首を捻っていると、背後でディマリアの苦しそうな声が聞こえた。

 

 

「バケモノ……バケモノ………」

 

「えっ…!?な、何があったの…!?」

 

「それよりあなた!ナツは何処なの!?」

 

「バケモノだ……私の時の中を動く奴は…あの男か…ENDしか…いない……」

 

「…!!」

 

「ナツが…END…?」

 

 

どうやらルーシィ達を斬りつけようとして時を止めた時に、ナツは目を覚ましてディマリアの時止めの魔法の中を動き、ほんの数十秒の間にディマリアを倒した後ここから出て行ったらしい。

やられて消えかかっているディマリアに困惑していると、その場にハッピーが飛び込んできて、遅れるようにポーリュシカとエバーグリーンに肩を貸して貰いやって来たブランディッシュが現れた。

 

ルーシィ達が連れ去られた後、放置されていたブランディッシュはポーリュシカとエバーグリーンに発見されて治療を施され、連れ去られたルーシィ達をハッピーに道案内されて追い掛けて来たのだ。

 

息を切らしながらポーリュシカは、今ナツが何処に居るのか問うた。

残念ながらルーシィとリサーナは数十秒気絶している間に消えてしまったと答え、ポーリュシカは以前ブランディッシュの縮小によって腫瘍を小さくされていたが、その腫瘍はただの腫瘍ではなく…ブランディッシュが元の大きさにした所為で発病…いや、覚醒してしまった恐れがあることを明かす。

 

覚醒してしまった力が、若しかしたら悪魔的何かかも知れないというポーリュシカの言葉に、身に覚えのあるハッピーはEND…?と心の中で不安に駆られていた。

 

 

「ゼレフ…ゼレフはどこだ……あそこかァ」

 

 

そして肝心のナツは…

 

 

「──────ナツ」

 

「グレイ……」

 

 

フェアリーテイルのギルドに居るゼレフの元へ向かおうとする間に、ナツがENDであるということを知ったグレイと邂逅していた。

 

全身からいつも通りとは思えない黒い怨念のような炎を上げているナツに、グレイは名を呼び掛けても声が届いていないことを悟り、己の両親も師匠であるウルもゼレフ書の悪魔が関係していて、ENDであるナツが居るからジュビアが死んだと決めつけ、グレイは半身にデビルスレイヤーの力を象徴する痣を広げた。

 

 

「オレがお前を殺して(止めて)やるッ!!」

 

「どけェ…!グレイッ!!」

 

 

何時もの喧嘩ではなく、両者は互いに命を狙う殺し合いを始めてしまう。

 

これが何時ものような下らない理由から発展する喧嘩等であったならばどれ程良かったものか…。

今など如何したら目の前の男の息の根を止めることが出来るのか、次はどこに攻撃すれば当たるのか、唯それだけを考えて動いていた。

 

グレイは今まで己の身に降り掛かった災難は、全てがENDの仕業であると曲解しナツを狙う。

一方のナツは理性を無くし、ENDというゼレフ書最強の悪魔としての顔を出して邪魔者と判断したグレイを狙う。

怨念が如き禍々しい黒き炎を放てば凍てつき、凍らせようと氷結させれば爆炎と共に砕かれ溶ける。

 

なりふり構っていない攻防は繰り広げられ……これ以上は無いと言える魔力を籠めた一撃を放とうとしたその時。

 

 

「何をやっているんだ…お前達は…!!」

 

「「────────ッ!!」」

 

 

二人の拳が打ち付け合う前に間に止めたのは…エルザだった。

 

知っている魔力がぶつかり合っていることに不安感を抱いたエルザは、リュウマに召喚されて今も尚敵を殲滅しているアルディスのお陰で大方の兵を倒されているものの、まだまだ数多く居る敵兵が向かってくる中他のメンバー達に前線を任せ、急いでこの場に急行して殺し合っているナツ達を止めたのだ。

 

 

「目の前に居る者をよく見ろ!!敵か!?味方か!?何があったのかは知らんが、一時の感情に流されるなッ!!よく思い出せ!私達が育んだ時間を!」

 

「う…あ……オレ……は……」

 

「オレは……ナツを…」

 

 

ナツのEND化は、途中で乱入してきたエルザの鶴の一声によって止められ、グレイは正気に戻り、今一体誰と殺し合っているのかを再認識させられた。

 

 

「グレイ様ーー!!」

 

「──────ッ!? ジュ…ビア……?」

 

「ジュビアは無事ですっ 無事ですよーー!!」

 

「その体は無事とは言えないけどね……」

 

「あっ、ナツさんにエルザさん!」

 

 

「ジュビア……生きてる……!」

 

 

その場に駆け付けたのは…ジュビアだった。

 

実はグレイがインベルを倒しに向かった後、危篤状態であったジュビアの元に偶然ウェンディが駆けつけ、治癒魔法を掛けて一命を取り留めていた。

ジュビアは意識を取り戻した後、意識を失う寸前でグレイがインベルの方へ向かった事を見たジュビアは、グレイの所へ行かなくてはならないと騒いでどうにかここまで来たのだ。

 

死んでしまったと思っていたジュビアが生きていることを目の当たりにしたグレイは、安心と疲労故かその場で膝を崩れさせ、ジュビアは急いで駆け寄って受け止めたものの、出血多量は変わらずなのに激しく動いた所為で気を失う。

 

 

「ナツのバカっ、心配かけないでよっ!」

 

「リサー…ナ……」

 

「ナツーーー!!!!」

 

「ハッピー……」

 

 

尻餅をついて倒れたナツを後ろから抱き竦めて支えたのは、ナツがENDになったかも知れないと聞いて、急いでやって来たリサーナであった。

ハッピーも涙を流しながらナツに抱き付き、何時ものナツに戻っていることに安堵した。

しかし、ナツは一息ついた後…突然気を失ってしまう。

 

負傷して意識を飛ばしているナツとグレイを介抱するため、遅れてやってくるであろうポーリュシカの元へ連れて行こうとした時だった。

 

 

「──────ッ!!全員伏せろォォッ!!」

 

 

エルザが叫び終わると同時に、その場に何かが着弾したのか爆発が起きた。

 

 

「何だ…突然……!」

 

「─────しばらくぶりだな…エルザ」

 

 

現れたのは、スプリガン12の最強の女……アイリーンであった。

 

初めて見る顔の筈なのに、まるで久しく会っていなかったように接してくるアイリーンに訝しげにするエルザとは違い、鼻がいいウェンディはアイリーンとエルザの匂いが似ていることに驚いていた。

 

 

「私はお前…お前は私」

 

「……何を言っている…?」

 

「くくく…くふっ…!?んっ……これは…っ…ラーケイドか…っ……!」

 

 

エルザは訳の分からないというような顔をしていると、突然アイリーンが顔をほんのりと紅潮させ、体をくねらせて扇情的な空気を醸し出した。

 

この時別の場所では、スプリガン12の一人であり、メイビスに異常だと言わしめながら、あのゼレフにアクノロギアを倒す可能性を持っていると称されたラーケイド・ドラグニルがカグラとユキノとソラノを相手をしていた。

使う魔法が快楽であり、()()()()()()()()快楽を届けるという範囲攻撃をし、敵味方も関係なく快楽に溺れさせていた。

 

アイリーンは体中に迸る快楽の衝撃に堪えながら、何とも無いエルザやウェンディやルーシィ達が、この隙にとナツ達をこの場から逃がすのを見て、ガキ共め…と恨みがましい視線を向けた。

 

ラーケイドはテレパシーでゼレフから敵味方も関係無く被害が及んでいると伝えられて魔法を解き、まだ向かってくるカグラ達との戦闘を開始するのだが、駆け付けたスティングとローグと力を合わせながらリュウマに師事されていたカグラの力に敗北を期した。

 

決して弱くはない筈のラーケイドではあったのだが、ラーケイドは己の力を…人が抗うことが出来ない筈の快楽を上回る力を見せ付けてきたカグラとスティング達の力に動転し、隙を見せたところでスティング達の攻撃とカグラの攻撃が決まり倒れたのだ。

 

しかし、同時刻……アイリーンの元から退避してきたルーシィ達一行は、ルーシィとリサーナとナツがディマリアに連れ去られた所に戻ってきて、グレイとナツを寝かせたところでナツに異変が発生していた。

 

煙を放出しながら体が冷たくなっていくという異常を出し始め、体を温めるために苦肉を策をとることにしていた。

 

 

「ダメだ…体温がどんどん低下している…リサーナ──────服を脱ぎな」

 

「……へ?何で?」

 

「最後の手段だ…体温であたためるしかない…人の温もり…想い…もう奇跡を信じるしか……」

 

「………。………っ…。~~~~~っ! はぃ…////」

 

「こんな時だけど…良かったわねリサーナ♡」

 

「ちょっ…ルーシィ!?」

 

 

ポーリュシカに言われて服を脱いでいくリサーナに、ルーシィはニマニマしながらリサーナに微笑んでいた。

上手く反論出来ないリサーナは、顔を真っ赤にしながらナツに掛けている布団の中に入り、暖を取らせるために体を密着させる。

姉と同じく大きく育った双丘がナツの冷たい体に押し付けられ、柔い故に形を変える。

 

羞恥心からか顔を真っ赤にさせるリサーナを余所に、ナツは苦しそうな表情のまま寝言のようにゼレフを倒すと言い始めた。

その言葉を聞いたハッピーは、堪えきれなくなった涙を流しながらゼレフを倒せばナツが死んでしまうと言葉を溢した。

 

 

「え…ちょっとハッピー…?」

 

「それ……どういうこと…?」

 

「ナツが…死んじゃう…?」

 

「……………。」

 

 

ハッピーの言葉を聞いて、新たな問題を抱える事となったルーシィ達一行であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『天輪(てんりん)繚乱の剣(ブルーメンブラット)』ッ!!」

 

「なるほど…無数の剣による無差別な斬撃…これだけの剣を操れるとは大したものだ。良く出来ました。花マル!」

 

 

エルザはその場に残ってくれたウェンディのサポートと共にアイリーンに向かって斬りつけ、数多くの剣達によって斬り込んだ筈だったのだが、地面に突き刺さった際に起きた砂埃が晴れると、剣が花マルの形を作って刺さっていた。

戦いの最中におふざけを行うアイリーンではあるが、それ程の実力差があるということを理解させられる。

 

エルザがアイリーンに何者なのか問えば、アイリーンは気付いていないのか、気付いていないのか…将又認めたくないのかと意味深なことを言い……

 

 

「──────私はそなたの母親だ」

 

「───────────。」

 

 

エルザに……真実を告げるのだった。

 

ウェンディが驚いてエルザの母親なのかと納得しそうになった時、エルザは叫ぶように違うと否定した。

己の親と呼べる存在はマスターであるマカロフのみであると告げるエルザに、それで構わないと答える。

元々娘が居るということがどうでも良く、とっくに死んでいて生きているとは思っていなかっただけの話だと。

 

だがここで巡り会ったことも数奇な事であり、しかしエルザはギルドを襲う者は敵でしか無いと…アイリーンを完全に敵と定めていた。

 

 

「しかし…自らの出産の秘密も知らずに死んでいくとは…不憫よのぅ」

 

「秘密…?」

 

「そんなものは必要無い」

 

「何、せっかく会えたのだ。ここは一つ昔話をしてやろう」

 

「黙れッ!!────なっ…!」

 

 

剣を携えて斬りつけるために一歩踏み出した時、アイリーンは数メートルの距離を詰めてエルザの目と鼻の先に移動していた。

 

 

「我が名はアイリーン・ベルセリオン」

 

 

 

 

──────かつて…ドラゴンの女王だった

 

 

 

 

アイリーンは語り始めた…彼女という存在が生まれる事となった根底の話を。

 

今から大凡400年前…中央の大陸の一つにドラグノフ王国という国があった。

 

その国は人とドラゴンが共存して生きていく、その時代では奇蹟とも言える国であった。

知っている通り、東西南北の大陸ではドラゴンは敵対している存在であり…どこぞの国では唯の食糧であった。

 

そんな中、国の中の、これまた王が住まう城の中には賢竜と謂われているベルセリオンというドラゴンがいた。

知性の欠片も無い、正にドラゴンそのものと言える西のドラゴンに比べ、人以上の頭脳を持つ賢いドラゴンであった。

人とドラゴンが共存し、賢竜の助力を預かりながら繁栄していたドラグノフ王国の王…女王の名は……アイリーン。

 

なんと、エルザ達の前に居るアイリーンという女は、400年前の国の女王であったのだ。

しかし、この時代は戦争が絶えず、況してや人とドラゴンの戦い等日常茶飯事であるほど殺伐とした殺しが当たり前の時代だ。

 

ドラゴンが人を喰う…そんなことが信じられないと日々感じていた当時のアイリーンとは反して、当時のドラグノフ王国に住むドラゴンは人間との思想が余りにもかけ離れていた。

知性の無い、人間は唯の食糧以外の何物でも無いという思想が海を渡り、ドラグノフ王国にまで侵蝕してきた場合、人間とドラゴンの共存という均衡が崩されることとなる。

 

賢竜ベルセリオンはそうはさせぬ、来るというのならば迎え撃つまでと…戦う決意をした。

 

 

これが……後に竜王祭と呼ばれる戦争の始まり。

 

 

その根底は…竜の優しさから始まった戦争だったのだ。

 

 

エルザとウェンディは竜王祭に目の前の女が関わっていたことと、美しく見た目麗しい見た目で400年前の者であることに驚いていた。

そんな二人の驚愕など分かりきっていたアイリーンは、その辺についてはおいおい話すと切り捨て、続きの話をし始めた。

 

アイリーンの国は代々、人とドラゴンが共存し、共に歩んできた国であった。

中央の大陸にはそんな国が幾つもあった時代だ。

 

そんなある日……アイリーンは物に一時的な能力を与え、能力を高めさせる事の出来る画期的な魔法…付加術(エンチャント)を発明した。

大々的に広めるために見せられた民は、これで戦争に勝てると確信したが…戦況は芳しく無かった。

 

西のドラゴンの勢力に加えて、中央の大陸に住む共存を望まない否定派が敵対した所為であった。

 

賢竜ベルセリオンは賢いが為に、この戦争に共存派が負けることを悟っていた。

ドラゴンよりもか弱い存在である人間を護りながら戦うには、相手の否定派の勢力が余りにも多かったのだ。

護りながらの戦いは厳しく、思うように戦いが優勢に傾けられなかったのだ。

だが、アイリーンは諦めておらず、ベルセリオンに己にも戦わせて欲しいと頼んだ。

 

何とバカなことを…!…そうベルセリオンは答えた。

それも当然とも言えよう…人間ではドラゴンには絶対に勝てないのだから。

……数人を除いて。

 

兎も角、人間では絶対に勝てないからやめておけと言われたアイリーンは…秘術があるからと答えた。

 

その秘術というのが……

 

 

「あなたのドラゴンの力を私に付加…出来ないでしょうか?」

 

「ドラゴンの力を……人間に…?」

 

 

 

「悪しきドラゴンと戦う力────滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)

 

 

 

アイリーンは……滅竜魔法を創り出した者であったのだ。

 

 

 

「お前が……編み出した魔法だと…?」

 

「そうよ。私は滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の母なのよ」

 

 

驚愕しているエルザとウェンディを余所に、アイリーンは引き続き話を続けていく。

 

人にドラゴンの力を与えるという作戦は、想像を遙かに超える利をもたらし、声を揃えて成功したと言えよう。

多くのドラゴンスレイヤーが誕生し、戦況は共存派の方へと傾いた。

だが…大いなる力には大いなる責任が伴う。

 

ドラゴンの力を付与された者は力を抑えきれず凶暴化する者…ドラゴンの視力と人間の三半規管の認識のズレによって起こる極度の酔い。

そして…人間の体内で成長する……“竜の種”

それは人を種へと変えるドラゴンスレイヤーとしての末路。

この時…アイリーンの腹の中にはエルザが居た。

 

エルザの父は隣国の将軍であった。

結婚への発展は、人間同士で領土争いをしていた頃の政略結婚であった。

エルザの父とは幾つもの戦場を駆け、賢竜ベルセリオンの最後すらも共に看取った。

そしてその頃に戦争はアクノロギアの出現により勝ち負けなく終わったのだ。

 

そして終戦から一週間。

アイリーンの顔は……半分だけにドラゴンの鱗が生え始めていた。

それを見たエルザの父は、この女もアクノロギアのようにドラゴンになると宣い、人間だと主張するアイリーンを竜女(りゅうおんな)と称して蔑み、地下へと幽閉した。

 

それからというもの…アイリーンは惨めな人生を送っていくこととなってしまった。

拷問…暴力…辱め…それらを意味も無く毎日のように与え続けられ…しかし、アイリーンは腹に居る子供であるエルザだけは守ろうと必至に庇っていた。

しかし、エルザの父から処刑の日時を知らされ、せめてもと…腹に居る子供だけは助けてくれと願った。

 

 

エルザの父の返答は……否。

 

 

既に3年の月日が流れているというのに生まれてこない子供等居るものかと反論した。

それに対してアイリーンは、こんな場所では産めないからと、己の体に魔法を施しているからと答えた。

その言葉に気味悪く感じたエルザの父は激昂し、己には竜女との間に子供は居ない、腹を裂いて確かめてやると言い出してアイリーンの腹にナイフを突き立てた。

 

ナイフが皮膚を破り肉を裂く痛みよりも、我が子を傷付けられることに怒り狂ったアイリーンは……その身をドラゴンへと堕とした。

完全な竜化へと為したアイリーンは、ドラゴンの姿になるや否やエルザの父を踏み潰して殺し、敵のみとなったドラグノフ王国を捨てて大空へと飛び立ち逃げた。

 

 

「わ、私は人間だ…っ!私は人間だっ!こんな…こんな姿は嫌だ!人間に戻りたいっ…誰か…たすけて…」

 

 

ドラグノフ王国を捨てて逃げ惑うこと数百年が過ぎた…腹の中にエルザが居るままに。

人気の無いような山奥で、己の肉体に掛けられた呪いを解くための方法を探し続けた。

そんなある日……アイリーンはゼレフと出会った。

 

ゼレフは他の皆が認める天才だった。

そんな彼はアイリーンが数百年掛けても為し得なかった事を、ほんの一瞬で為し遂げてしまった。

体はドラゴンのそれだが、姿は人間に戻ることが出来たのだ。

 

歓喜していたアイリーンだが…異変は直ぐにやって来た。

 

 

食べ物の味が……しなかった。

 

 

食べても…食べても食べても食べても…味が一切しない。

 

 

眠ろうにも…眠れない眠れない眠れない……。

 

 

体中が痛い…痒い…寒い…熱い…痺れる…。

 

 

姿()()人間に戻れたアイリーンは、ゼレフの忠告を頭から追い出そうと何度も己は人間であると繰り返し……ある秘策を思い付いた。

 

 

腹の中には……()()()()()()()()

 

 

それは禁忌……犯してはならない人としての試み……。

 

 

 

「生まれてくる子に…私自身を付加(エンチャント)をすれば──────人間の体が手に入るッ」

 

 

新しい生命…新しい人間の肉体…人間としての新しい人生。

 

 

だから……()()()()()()()()()

 

 

「ひっ…!」

 

「……………。」

 

「だが失敗した。我が子への付加術など不可能だった。だからもう興味も無くなってな。ゴミのように捨てたわ…小さな村(ローズマリー)の片隅に」

 

 

余りにも可哀相な出生の秘密を知ったウェンディは、エルザに声を掛けるが…返ってきたのは力強い大丈夫という声。

産んでくれたことに感謝するというエルザの言葉に、ゴミの感謝などいらないと返すアイリーンにウェンディは怒るが、エルザは同時に捨ててくれたことに感謝を告げた。

 

 

「そのお陰で私は……本当の家族に出会えた」

 

 

例えアイリーンが己の実の母であろうとも、ギルドの道を塞ぐ者であるならば斬り捨てる。

そう告げるエルザに、アイリーンは昔話の一つでもすれば愛着が湧くかと思ったが……何一つ感情が動かないと切り捨てた。

 

それから戦闘は再び開始され、ウェンディもエルザのサポートから戦いに身を投じ、エルザとの二人でアイリーンに少しずつだがダメージを与えていく。

エルザの斬撃を受けたアイリーンは、滅竜魔法を使うウェンディに、話の中に出た“竜の種”がドラゴンスレイヤーの中には例外なく芽生えていることを告げる。

しかし、生憎ながらウェンディ達のようなこの時代のドラゴンスレイヤーは…体内に封印されていたドラゴンの力により、“竜の種”が成長しないようにされていることを語る。

 

 

「なるほどね…竜が体内に入り、竜が竜の種の成長を止めていたのか……私に魔法を授けたベルセリオンは戦場で死んだ…私は彼の名を継ぎ、無念を晴らすと誓ったのよ。しかし…そんな方法で竜化を防げたなんて…不公平だわッ!!!!」

 

 

当然の怒り…不公平を目の前にして数知れずの苦渋を舐めてきたアイリーンは怒り狂った。

付加術を使って大地を爆破して辺りを消し飛ばしながら、過去を拭うようにエルザ達を殺そうと殺意を向ける。

 

エルザはウェンディに声を掛け、サポートを掛けてくれるように促した。

了承したウェンディはエルザに、全身体能力上昇を付加させる付加術を施した。

 

 

「小賢しいわ。分離付加(エンチャント)神の無加(デウスゼロ)』」

 

「『神の無加(デウスゼロ)』の効果を『神の無加(デウスゼロ)』で相殺!」

 

「何!?こやつ…こんな高度な付加術を…!……ククク」

 

 

ウェンディは1年の間に高度な付加術を使えるようになり、アイリーンはウェンディの力を目の当たりにして不吉な笑みを浮かべた。

 

ウェンディのサポートがあってか、アイリーンの懐に飛び込んだエルザは、二振りある剣を繋ぎ合わせて一つの剣にし、アイリーンの頭に向かって振り下ろした。

無防備に攻撃を受けたアイリーンは、被っていた帽子を斬られて頭から血を流すが…笑みを浮かべていた。

 

目の前に居るアイリーンは、エンチャントの真理について今…解き明かした。

赤ん坊てあったから…身内だったから失敗した。

であれば、人間への全人格付加自体が不可能であったのか…答えは否。

全ては相性というものが必要だったのだ。

 

滅竜魔導士であり付加術士(エンチャンター)あり…若くて竜化もする事が無い体が目の前にある。

そう……ウェンディに目を付けたのだ。

 

言葉の意味を理解したエルザは急いでウェンディの方を振り返るが…時既に遅し。

 

 

「新しい体。新しい人生。アイリーンは生まれ変わったわ」

 

 

アイリーンの体は崩れ落ち、エルザはウェンディが何処に居るのか叫び問うが…アイリーンからの返答はもう何処にも居ない。

しいていうならばウェンディの体を乗っ取ったアイリーンがウェンディであると。

 

ウェンディの体に入った以上は、スプリガン12最強の女である莫大な魔力は体を乗っ取ったことでなりを潜めてしまうが…潜在能力の高さからかそれ程魔力の低下は見られないと、アイリーンは嬉しそうに語る。

ウェンディの体から出て行けと言うエルザに、憑依の類では無く完全な付加によるものだからこそ、もう戻っては来ないと教えた。

 

体はウェンディな為に攻撃が出来ず、隙を晒してしまったエルザに、アイリーンはすかさず問答無用で攻撃を打ち込んだ。

しかし、思っていた以上にダメージが無いことに驚いていると、背後から別の声が聞こえた。

 

 

「私です、エルザさん。ウェンディですっ。ちょっと時間が掛かっちゃいましたけど…どうにかこの人の体に自分を付加出来ました。……うぅ…お胸が重い…」

 

「ウェンディ!?」

 

「なっ…バカな…!?」

 

「あなたの魔力…すごいです。私の体なんかに入ったのが間違いでしたね。エルザさん!伏せて下さいッ!」

 

 

アイリーンの体に入り込んだウェンディが、アイリーンの持っていた莫大な魔力を練り上げて魔力の球を飛ばした。

受け止めるしか無いアイリーンは、どうにか受け止めることには成功していたが…そうしている間にもウェンディがアイリーンの持っていた魔力を使って分離付加を掛けた。

 

無理矢理引き剥がそうとするウェンディに焦ったアイリーンは、ウェンディの体を傷付けてこれでも戻るつもりかと叫ぶ。

だが、ウェンディはどれだけ傷が増えようとも、それはギルドで生きた証であり、大切な人と触れ合ってきた記憶が残っているからと……分離付加を使って引き剥がした。

 

 

「ウェンディ!戻ったのか!?」

 

「は…い。でも…ダメージが大きいので…後は…任せても……いいですか…」

 

「あぁ。私が決着をつける」

 

「この…小娘共がァ…!!」

 

 

やっと手に入れたと思っていた新しい体から引き剥がされたアイリーンは怒り、伊達に400年もの時間を生きてきていない膨大な魔力でエルザを攻撃していく。

だが、例え相手がどれ程強大であろうとも、守るべき者が居るエルザは立ち止まりはしない。

 

だが、アイリーンも唯ではやられてはくれない。

その身を変化させながらエルザを殴り、今までに無い程の衝撃を受けて後退したエルザが目に捉えたのは……完全なドラゴンに姿を変えたアイリーンの真の姿だった。

漠然としていたエルザに、ドラゴンとなったアイリーンの横からの手が迫り、換装していた刀を使って防御の姿勢に入るが意味は無く…たった一撃に吹き飛ばされて体中から骨の砕ける音がした。

 

何本もの骨が砕けていることを確信し、弾き飛ばされてから起き上がることが出来ないエルザに、アイリーンは大気に重量をエンチャントして重力力場を作ってエルザを押し潰さんと圧力を加えた。

賢竜は付加術(エンチャント)の力を更に増幅させ、高位付加術(ハイエンチャント)から極限付加術(マスターエンチャント)へと進化させた。

 

大地や海や空を超越した力と称したアイリーンは、天体への付加術(エンチャント)を可能としたことを告げた。

 

 

「さぁ…跡形も無く消えなさい!エルザァ!!『神の星座崩し(デウス・セーマ)』ッ!!」

 

 

空から…いや、宇宙に蔓延る隕石をエンチャントで呼び出してエルザの頭上に墜とさんとした。

ジェラールが持つ切り札である魔法の更に上位版。

そんな魔法を今食らえば一溜まりも…否、確実に死ぬ。

だが、同時にこの居る者が死ぬことを悟った。

 

ほぼ全身の骨を砕かれ身動きが出来ない。

しかし……右腕一本だけならば動かすことが出来る。

エルザはそれに賭けて、右腕を全力で地面に叩き付けて飛び上がり……迫り来る隕石へと向かう。

 

 

「人間が隕石を壊せる訳ないでしょォォォォッ!!」

 

「いつ頃か…私は妖精女王(ティターニア)と呼ばれるようになった。正直どう呼ばれようがどうでも良かったが…あなたが竜の女王ならば……私が妖精女王(ティターニア)と呼ばれるのも悪くは無い─────女王とは…!皆を愛し守る者ッ!!例えこの体が砕けようとも必ず守ってみせるッ!!力を…力を貸してくれ─────リュウマッ!!!」

 

 

───────何なの……私の娘は……?

 

 

右腕一本のみとなるエルザの最後の斬撃は……迫り来る巨大な隕石を……砕き割った。

 

 

「オオオオオオッ!!覚悟ォッ!!!!」

 

「クッ…!たとえ隕石を斬ろうが…ドラゴンの鱗は斬れないわよエルザァッ!!」

 

「─────エルザさんの…剣に…滅竜属性を…付加(エンチャント)

 

「なぁっ…!?」

 

 

辛うじて意識を留めていたウェンディが、空から舞い落ち、エルザの手にしている刀に滅竜属性の力を付加させた。

その一撃はドラゴンの硬く柔い鱗を易々と斬り裂き、エルザは地面に落ちて倒れた。

 

ウェンディは乗っ取られた際に受けたダメージがまだ残り動けず、エルザは右腕一本しか動けない状況から余力を全て使っての隕石の破壊。

動ける訳が無い状態だというのに、斬られたアイリーンは血を流しながらも人間形態になり、エルザの手から溢れ飛んだ刀を拾い上げて覚束無い足取りながらエルザの元へとやって来た。

 

刀を突き付けるアイリーンだが、エルザはそんな状態でも薄く笑っていた。

その光景に、数十年前の出来事が蘇る。

 

 

一人森の中でエルザを出産し…いざ人格の付加を行おうとしたアイリーン()に……安らかな笑みを見せる幼い赤子のエルザ。

 

400年耐えてきた苦渋を浄拭するため、躊躇ってなどいられないのだが……どうしても…この笑顔に向かって出来なかった。

 

 

「笑うなあぁぁあぁあぁぁっ!」

 

「まだ……」

 

「…っ!?」

 

「──────諦めていないからな!!」

 

「がっ─────」

 

 

突き付けられている刀に目もくれず、無理矢理起き上がった為に背中に刺さって脇腹まで貫通することになろうとも、エルザは渾身の頭突きをアイリーンに叩き込んでやった。

 

吹き飛ばされるアイリーン。

だが、いくら渾身の一撃だろうと、頭突きではアイリーンを倒しきれることは出来ない。

まだ立ち上がるアイリーンに、最早これ以上は動けないとなったその時……。

 

 

羽の羽ばたく音が聞こえてきた。

 

 

その音は段々と大きくなり、空からここに降りてきていることが分かる。

ウェンディもエルザも震える体でその正体を見ようと目を向けると…目を見開いた。

 

 

「隕石が墜ちてきおったわと思い来てみれば…よもやお前達の為業であったか。数時間振りよな?アイリーンとやら」

 

 

リュウマが……現れた。

 

 

「リュウ…マっ…お前は…」

 

「黙れ。…左鎖骨骨折。胸骨粉砕。左肋三本骨折。左肩甲骨粉砕。左上腕骨裂罅五箇所。左橈骨及び尺骨骨折。手根骨捻挫。左中手骨裂罅四箇所。左指骨の内中指薬指骨折。左右共に大腿骨骨折。同じく左右共に膝蓋骨粉砕。左右の脛骨骨折。左右の腓骨裂罅二箇所。左右の足根骨捻挫。左右の中足骨合わせて五本骨折。左右の基節骨合わせて三本骨折。打撲三十二箇所。裂傷四十二箇所。筋挫傷十二箇所。爆傷十九箇所。熱傷十七箇所……何をしたらこれ程の怪我が負えるのだ愚か者が」

 

「リュウマ…さんっ」

 

「打撲二十三箇所。右脇腹に度重なる裂傷、数にして七度。筋挫傷八箇所。捻挫六箇所…貴様もだ愚か者」

 

 

傷だらけというよりも、エルザに関してはとんでもないほどの重傷であるため喋らせないように黙らせ、ウェンディとて動けないほどのダメージを負っているので、喋るなと鋭い視線を向けることで黙らせた。

何故皆の前から消えるつもりなのか、先程の戦い方は何なのか、何故そんなに…そんなに冷たい眼や声をしているのか。

 

問いたいことは様々だが、体に負った深刻なダメージがそれを許してくれない。

そんなことは承知の上でリュウマは二人の視線を無視し、立ち上がって向かい合っているアイリーンに近付いていった。

 

 

「世界再構築魔法、ユニバース・ワン…だったか?あの魔法の影響で海の向こうの大陸まで跳ばされ、此処へ戻って来る間に貴様の最後の言葉について考えていた」

 

「ぐっ…何を…言ってるのかしら」

 

「アイリーン…この名には聞き覚えがある。我の盟友たるクレアから聞いた滅竜魔法を創り出した、確か…中央の大陸に建国されたドラグノフ王国の第5代国王の名だった筈。真の名をアイリーン・フラムベルク…ドラゴンと共存を謀る愚かな国だったな」

 

「………やはり、思い出したのね。そなたの噂はかねがね聞いていたわ。数多の国を滅ぼし、人々を殺め、厄災を振り撒いて人も…ドラゴンをも恐怖のどん底に落とした最悪の国王ってね」

 

「然様か。だが、なればこそであると思うがな?我は殲滅王…敵は一切合切例外無く等しく平等。慈悲も無ければ当然皆殺しが常…此程の事をされても尚、我に畏怖せぬ者は居るまい」

 

 

普通に会話をしていることから、アイリーン自身が言っていた400年前の事に嘘偽り無く、また…リュウマが伝言で言ってメイビスが語った、リュウマも400年前の人間であるということが分かってしまう光景だった。

 

リュウマとアイリーンの話は進み、滅竜魔法の話へと移行した。

 

 

「滅竜魔法を編み出したのは貴様らしいな」

 

「そなたに語った覚えは無いが…?」

 

聞いた者(エルザとウェンディ)の記憶を覗いた」

 

「……出鱈目な…」

 

「滅竜魔法を編み出したことにより、人間はドラゴンへとその姿を変える。故にアクノロギアが生まれ…我の国が滅びた」

 

「リュウマ…」

 

「リュウマさん……」

 

 

リュウマの体からは膨大な純黒なる魔力が漂い、地面に流れて黒い霧のような光景を作り出す。

だが、あまりの魔力量に体が震えて止まらなくなり、相手はリュウマであり、エルザ達に向けて放っていないというのに怖くて仕方が無い。

 

それはアイリーンにも言えることで、例え相手が同じ時代の人間であろうと…持っている魔力量は絶対の差があるのだ。

 

 

「我が国を滅ぼす原因を創り出した貴様は……四肢を引き千切り狗の餌にしてくれる」

 

「リュウマ!やめろ…!」

 

「リュウマさん!そんなことしないで下さい!!」

 

「ぅ…あ…あぁ……」

 

「──────と…言いたいところではあるが…せんでおいてやる。代わりに……」

 

 

リュウマの背後に黒い波紋が現れて空間が歪み、中から黒い漆黒の鎖が伸びてきてアイリーンに巻き付いた。

金属を擦り合わせるような音が響きながら、アイリーンが身動きが取れないように雁字搦めに巻き付けては拘束し、そんな彼女に向けて手を翳し…魔法陣を展開した。

 

 

「─────貴様には罰を与える」

 

「は…ぁっ…!?がはっ…!!」

 

「遺伝子配列に干渉…成る程。所詮は人間から竜へと至った現象。人間と竜の遺伝子が1対9の割合で配列を為している。フハハッ…数多の竜を殺し喰らい解剖した我にこそ出来る御業を見るが良い」

 

 

見た目は変わらないのだが、アイリーンは苦しげな呻き声を上げながら全身に…それこそ細胞レベルでの細かい痛みを伴い蹲ってしまう。

リュウマが一体何の魔法をアイリーンに施しているのか、エルザとウェンディは気が気でないが、動けない今待っているしかない。

 

やがてリュウマの魔法陣は小さくなっていき、アイリーンは迸る痛みから解放された。

 

 

「竜化をしてみろ」

 

「え…?」

 

「竜化をしろと申した。早くせよ」

 

「……ッ…?竜化が……()()()()?」

 

 

アイリーンが何度も試そうと、一向にドラゴンになる様子は無い。

それにはエルザ達もよく分からない、困惑した表情をしているが、件のリュウマといえば…体のあちこちに触れて確かめているアイリーンに嗤いながら告げた。

 

 

「貴様の体を竜から人間へと戻した」

 

「そ…んな…陛下にすら出来なかった事を……」

 

「我を誰と心得る。我に不可能など無い」

 

「ぁ…あぁっ…に、人間…人間の体だっ…人間に戻れたぁっ…!!」

 

 

「な…に?」

 

「体を…造り変えたんですか?」

 

「何を驚いている。我にとっては造作も無いこと故…高々竜の体を元に戻す程度ならば幾らでも出来よう」

 

 

一時はウェンディの体を乗っ取ってまで手に入れようとした、あの時に置いてきてしまった人間の肉体。

それが今や我が手にあることから狂喜乱舞し、何度も何度も顔や体に手を這わせて感触を確かめる。

竜化をしようにも出来ない…本当の意味で人間に戻ったのだ。

 

しかし、忘れてはならない。

リュウマは確かにアイリーンに対する罰を与えると言った。

ならば…今のこの状況はアイリーンにとっては感謝するほどの利というべきもの…リュウマの罰はこれから始まるのだ。

 

小躍りしそうなアイリーンの元に近付いていき、肩に手を当てたリュウマは無理矢理正面を向かせ……振りかぶった手を腹に刺し込んだ。

 

 

「がッ…!?」

 

「リュウマ…!?何をしている…!」

 

「リュウマさん……何てことを……折角…その人が人間の体を手に入れたのに…」

 

「何を言っている?我は罰を与えるとしか言っていない。それを人間の体に戻して貰えたなどと勝手に解釈し、糠喜びしていたのは此奴ぞ。そもそも我は罰をこれから与えるのだ」

 

 

体の中に埋め込んだ手を動かして何かを探り、その時に生じた痛みにアイリーンが白目を剥くが、そんなこと知ったことでは無いと言わんばかりに手を動かし続け……何かを見付けたのか勢い良く手を引き抜いた。

 

血も何も付いておらず、かといってアイリーンの体には穴も空いていない。

それにホッとしたエルザ達であるが……リュウマの手にあるモノを見て何かをしたのだと理解した。

 

リュウマがアイリーンの体から引き摺り出したもの……

 

 

「貴様の魔力の器を()()()()()。これで貴様は二度と…此からの人生に於いて魔法を使えることは皆無となった」

 

「く…こほっ……」

 

「そして─────」

 

「ぁ…」

 

 

リュウマはアイリーンの頭を鷲掴んで先程と同じように魔法陣を展開。

拒否することも逃げ果せることも出来なかったアイリーンは……頭の中を抵抗も許されず弄くり回された。

 

 

「貴様への罰…それは“無知” 全てを知りうる高みから一転…持ちうる膨大な魔力も…()()()()()()()()()()()全てを失う。事細かに話した己の娘だけが事情を知り、知っていたが何も知らない無知蒙昧な母親として生きていくことを…娘に愛されていないというのに娘を愛し続ける虚無なる人生を歩んでゆけ」

 

「………────────」

 

 

アイリーンの手が糸が切れた人形のように垂れ下がり、目は光を失って何も映していない。

そんな彼女の前で手を翳し、指を鳴らすと眼に光が戻り、何が起きているのか分からないといった風に周りを見渡し始めた。

 

せわしなく動いている彼女の顎に手をやり、無理矢理上を向かせて瞳を見詰める。

突然の行動にアイリーンは……頬を赤く染めた。

 

 

「あっ…ダメよ…いくら私が未亡人だからって…こんなこと…亡くなった夫に申し訳が立たないわ…」

 

「……成功したか?まぁ良い。質問に答えよ。貴様の出身地は何処だ?」

 

「え、えぇと…()()()()()()ローズマリー村…だけど……」

 

「なっ!?」

 

 

あっけらかんと言ってのけるアイリーンに、エルザは驚きで目を見開いている。

かくいうウェンディも、状況に付いていけず呆然としながらリュウマとアイリーンの遣り取りを見ていた。

 

 

「今は何をしている」

 

「生計を立てるために色々な仕事をして…今は新しい仕事を探しているわ」

 

「貴様の名を姓名合わせて述べよ」

 

「アイリーン・()()()()()()よ…?あの…そんなに見詰められると…顔が熱いわ////」

 

「どうでも良いわ。…貴様とエルザが出会った経緯を申せ」

 

「えぇっと…ローズマリー村に襲撃があって…一家全員で逃げようとしたけれど夫が時間を稼ぐ為に兵士と戦って…亡くなって……私とエルザは一緒に逃げていたけれどはぐれて…探して回ったけれど見付けられなくて……色々な地方を回っている内にこのマグノリアに辿り着いて…幸運に恵まれてエルザともう一度出会えたわ」

 

「己の娘のことをどう思っている?」

 

「もちろん──────愛しているわ」

 

「な、何が……」

 

 

リュウマの質問に答えていくアイリーンは、まさにエルザと再会を果たすことが出来た幸せの絶頂たる母親だろう。

しかし、事情を…事の成り行きを目の前だ見ていたエルザからしてみれば複雑なものであった。

 

記憶の消去…そして都合の良い記憶を擦り付ける記憶の改竄。

それら全てを行い、アイリーンは生まれてからずっと一般人で、しかも生計を立てるために仕事を頑張っていた一人娘の母親という立場になっていた。

 

一連の事に関して遣り遂げた感を出していたリュウマは、左手に持っている魔力の器に齧り付き……()()()

 

 

「ふん。まずまずといった味だ」

 

「ぁの…いつまでこのままなのかしら…?」

 

 

アイリーンはずっと顎に手を当てられて無理矢理リュウマの方を向けさせられている状況だ。

いくらよく分からないものを目の前で食べているとはいえ、リュウマの整った顔立ちを間近で凝視していれば、未亡人という設定を刷り込まれたアイリーンと云えども顔が赤く染まってしまう。

 

恥ずかしさを紛らわす為に、股を擦り付け合って耐えようとする姿は扇情的で艶やかで…人妻特有の色気を醸し出していた。

 

何もしていないのに…いや、かなりのことをしたが……兎にも角にも、顔をほんのり紅潮させながら潤んだ瞳で見詰めてくるアイリーンに頬を引き攣らせ、周りの異変を感じ取って懐から何かが入った袋を取り出し、アイリーンに押し付けるように渡した。

 

 

「質疑応答に応じた報酬だ。中に100万J入っている。それを此からの娘との人生に使うが良い」

 

「ひ、100万J…!?いけないわっ。こんなに貰えないものっ」

 

「良いから受け取れ。全く…記憶を改竄したらしたで面倒な…」

 

 

直ぐに話は終わると思っていたのに、顎から手を離しても矢鱈とくっついてくるアイリーンに、表情こそ変わらないもののゲンナリとしていた。

 

 

「じゃ、じゃあせめてお名前だけでもっ」

 

「……聞いてどうする」

 

「えっ…わ、私未亡人ですし…女手一つでやっていくにも限界があるから…イイ男の人を捕まえておこうかなぁって…ふふふっ」

 

「エルザ、パスだ」

 

「ちょっ…!?」

 

「やぁんっ」

 

「エルザさん!大丈夫ですか!?」

 

 

這い蹲っているエルザの元に、アイリーンを放物線を描くように投げて渡すと…ほぼ全身の骨が砕けているので動けず、代わりにどうにか動いたウェンディがアイリーンを受け止めた。

その際にアイリーンの豊満な双丘が顔に押し付けられ、超えられない壁の絶望を味わった。

 

そんな中……大地が光り出して魔力を放出し始めた。

何が起きているのか分からないエルザ達にリュウマは向き直ると、簡易的に説明をした。

 

 

「アイリ……スプリガン12が行ったユニバース・ワンが術者を失ったことで元の大きさに戻ろうとしている。貴様等は手を繋ぎ離すなよ?でなければまた適当な所へ再配置されることになるぞ」

 

「リュウマさん…!リュウマさんもこっちに…!」

 

「否…我は行かぬ」

 

「待て…!リュウマ…!!」

 

「案ずるな。貴様等の体に自己修復魔法陣を刻んでおいてやる。一分もあれば完治するだろう。では…さよならだ」

 

 

光が辺りを包み込み…無理矢理大地の形を変えられていたフィオーレ全土は……本来あるべき姿…元の形へと戻ったのだ。

 

エルザとウェンディ、そしてアイリーンは…フェアリーテイルの女性専用宿舎であるフェアリーヒルズの前に跳ばされていた。

 

 

「エルザっ…そんな薄着してっ。ちゃんと服を着なさい!女の子がそんなに肌を見せるものじゃありませんっ」

 

「あの…お、お母…さん。あなたもそれなりに…その、際どい格好なのだが……」

 

「あ、あら私ったら…!何てはしたない格好を…!」

 

「エルザさん……頑張って下さい…」

 

 

アイリーンは元の記憶を取り戻す…ということは有り得ない。

リュウマがそういう風に魔法を施し、記憶を消したところに新たな記憶を植え付けたからである。

己が今までどのようなことをして、どのようなことを己の娘に言ったのか知らず…ましてや己が400年前の人間で女王だったなんてことは知らない。

 

だが説明した以上…エルザは知っている。

知っていた筈なのに…何も知らない……。

これから先を全て知る娘の傍らで無知蒙昧な人生を歩んでゆく……そらこそ、リュウマがアイリーンに課した罰であった。

複雑な心境ながらも母親というものをやっているアイリーンに四苦八苦しながらだが対応し、感じたことの無い母親というものに触れたエルザだった。

 

だが、エルザとウェンディは…居なくなってしまったリュウマの事が…頭から離れなかった。

 

 

しかし……奴が現れて戦況は著しく変わった。

 

 

「貴様からドラゴンの匂いがするなァ」

 

「──────ッ!!エルザさん…この人の魔力…!」

 

「……アクノロギア…!!」

 

「えっ…!?だ、誰なの…?」

 

 

 

 

 

エルザ達の前に……黒き竜…アクノロギアが現れたのだった。

 

 

 

 

 

 




まさかの、アイリーンがエルザの良いお母さんの生存ルート。



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第七七刀  参冠禁忌が一つ



これから更新が遅くなってしまいますが、完結までは持っていくのでご容赦下さい。




 

 

400年前にも現代にも無い新たな魔法…世界再構築魔法ユニバースワン。

この魔法は、付加(エンチャント)を掛けられた大地が、掛けられた以降も同じ大地の形状のままであるわけではなく、魔法を解除するか術者を倒すことにより元の姿へと戻る。

 

今回に関しては、術者であるアイリーンが、他でも無いリュウマの手によって魔力の器そのものを抜き取られ、剰え人格と記憶までも弄くり、アイリーンを『人間でありエルザの実の母』という枠に押し込んだ。

故に術者のアイリーンがユニバースワンを維持させることが出来なくなり、最後は眩い光りを放出しながら元の形状を取り戻した。

 

代わりに発動した時同様、縮小されてしまった大地が元の形を取り戻そうとする力の反作用により、大地に足を付けている者達の位置は、ランダムに再配置されることとなる。

 

リュウマと同じ場所に出会(でくわ)すことが出来たエルザ、ウェンディだったが、生まれ変わる前のアイリーンとの熾烈を極めた激闘の所為があり、身動きできない間に元に戻ってしまってリュウマと又も離れてしまった。

跳ばされた先は、ギルドまでの道が分かりやすいフェアリーテイルヒルズの前。

他のメンバーも同じように、散り散りではあるが比較的ギルドまで近しいところに跳ばされている。

 

ランダムの再配置によって散り散りにならぬようにと、アイリーンと合わせて手を繋いでいたため、エルザ達は離れることなくその場に着いた。

 

しかし、そこにアクノロギアが現れてしまう。

 

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)である者達が持つ竜の気配に誘われ、遙か数千キロの距離を飛行してここまでやって来たのだ。

人間の形態を取っているアクノロギアの左腕は無く、体には刃物で斬りつけられた時にできる裂傷の古傷と、魔法による爆発でも受けたかのような、一部が火傷を負った傷跡があった。

 

ウェンディから発せられる竜の気配に気が付き、手を掛けようとしたところでエルザが抜刀。

神速で迫る居合抜きを…アクノロギアは軽々と避けた。

完全に見切られたが故に出来た隙を突かれ、脇を抜けてウェンディへと迫るアクノロギアに、ウェンディは己のものとしたドラゴンフォースを身に纏って滅竜魔法で対抗するのだが……アクノロギアには効かず弾かれてしまう。

 

最後にリュウマの魔法…自己修復魔法陣を組み込まれたことによって体の傷は完治しているものの、一般人へと身を落としたアイリーンが傍に居る、そして目の前には人間の姿から一転しドラゴンの姿となったアクノロギア。

絶体絶命であるとなったその時……アクノロギアの横側面からクリスティーナが船体ごと突っ込み吹き飛ばした。

 

ダメージは皆無ながらアクノロギアから距離を取らせ、尚且つ少しの時間を稼いだ内に、エルザとアイリーンとウェンディは、一夜が操縦するクリスティーナに乗り込む。

そこで、ウェンディは懐かしき女性と邂逅するのだった。

 

 

「久しぶりね。ウェンディ」

 

「あ…あなたは…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃……カルディア大聖堂では。

 

 

「ここだッ!」

 

「…!……ほう。面白い魔法を使う」

 

「何ィ…!?」

 

 

ギルドのピンチに駆け付けていたギルダーツが、カルディア大聖堂の屋根に乗って街ごとフェアリーテイルを片付けようとしていたスプリガン12最強の男…オーガストと熾烈極まる激しい戦いを繰り広げていた。

 

ユニバースワンによって配置は変わりこそすれど、敵が目の前に居ることは変わらなかったフェアリーテイルの者達は、ミラがジェイコブを、エルフマンや他数人と力を合わせてアジィールを倒していた。

ナインハルトはナツにやられ、ブランディッシュはルーシィ達に手を出さないし、戦争を面倒だからと戦線から身を退いて何処かへと消えていった。

ゴッドセレナやブラッドマン、ディマリア等のナインハルトによって生き返った者達は術者消失により消え、アイリーンは最早スプリガン12ではない。

ゼレフの最終兵器と称されたラーケイドもカグラ達によって戦闘不能。

 

 

つまり…残るスプリガン12は総長たるオーガストただ1人なのだ。

 

 

フェアリーテイルで頭が幾つも飛び抜けているほどの実力を持つギルダーツ。

だが、戦況は決して良い方向と呼べるものではなかった。

その原因たるのが、オーガストの魔法にある。

 

古今東西の全ての魔法を修得したと謂われる魔導王オーガストは、戦っている最中にギルダーツと同じ超上級破壊魔法のクラッシュを使用したのだ。

己と同じ魔法を使ったことに驚き、その隙に攻撃を入れられる。

瓦礫の中へと飛ばされたギルダーツに追い打ちを掛けようとしたオーガストに、宙から何枚ものカードが向かってきた。

 

危なげなくバク転で回避したオーガストが見たのは、ギルダーツの娘であるカナであった。

相手が相手であるために、ギルダーツが離れているように叫ぶのだが、カナは仲間をやられているのに退くわけにはいかないと拒否した。

 

この時に、オーガスト達はアクノロギアがこの場に現れたことを魔力で知り、オーガストは陛下であるゼレフがフェアリーハートを手にし、無限の魔力を手にしていれば今とは違った結末だったのかも知れぬと言葉を溢した。

諦めるのが意外にも早いく潔いことに拍子抜けを感じていたギルダーツだが、アクノロギアは人々の未来を黒く染める闇の翼と称し、ギルダーツはアルバレス帝国こそ同じようなものであると返した。

 

ゼレフは人々の安寧を想い、人々の未来の為にとフェアリーハートを狙っていると宣い、それを与太話であると切り捨てるカナには…己だけがそれを知っていればいいと宣言した。

そんな言葉を耳にしたカナは激昂し、仲間と笑っている時間こそが大切であると、声を高々に叫び…魔力を溜め込み始めた。

 

親のギルダーツから膨大な魔力を受け継ぐ事が無かったカナではあるが、唯一…妖精三大魔法である妖精の輝き(フェアリーグリッター)をものにすることに成功している。

月と太陽の光りを濃縮し放つ超高難度魔法であるフェアリーグリッターを、目の前に居るオーガストに放つのだが……光が消失した後、オーガストは無傷で立っていた。

 

隔絶した実力差を前に呆然としているカナに、父を愛しているか問い、何とも思っていないと答えてギルダーツの心をへし折りかけ、ギルダーツは娘を愛しているかというオーガストからの問いに迷い無く、そして胸を張って愛していると答えた。

 

そんなギルダーツに、この世界のありとあらゆる魔法を修得しながら、親子の愛情というものに関してだけは分かり仰せなかった。

では…もし目の前で子が死んだならば、お主(ギルダーツ)はどう思うのかね…という問いに…ギルダーツは顔中に青筋を浮かべた。

 

 

「てめぇ…カナにもしもの事があったら─────死すら生温い地獄を見せてやるァッ!!!!」

 

 

怒りに身を任せて突っ込んでいったギルダーツの攻撃を杖でいなし、肩を掴んで地面に回転させながら叩き付ける。

 

 

「子は親を愛し、親は子を愛するものなのか」

 

「ぐっ…当ったり前だろうが!!」

 

「ならば……ならば陛下の子は何故…愛されなかったのか」

 

 

直ぐさま立ち上がって反撃を行おうとしたギルダーツの肩に杖の先端を押し付け、莫大な魔力を流し込んで周囲の瓦礫を巻き込む爆発を生み出す。

今まで見た魔法よりも比べものにならない程の威力の桁違いさに、焦ったカナがカードを飛ばしてオーガストを攻撃した。

 

カードは全て避けられてしまい、不発に終わったが、ギルダーツから距離を取らせることに成功した。

 

 

此処で一つ…昔の話をしよう。

 

 

今から100年前…メイビスがゼレフのアンクセラムの呪いによって命を蝕まれてしまい、蘇生用ラクリマの中へと封印されて間もない頃の話だ。

 

当時メイビスに何があったのか知るために、生体反応や身体的障害が無いことを調べていたプレヒトは……メイビスの体内に生命反応があることを計測した。

 

メイビスの蘇生の為…はっきり言って体内にいる新たな生命に関して構っている暇は無いプレヒトは、放っておくべきか、殺すべきか、はたまた生かすべきかに悩まされた。

悩みに悩み…悩み抜いた末に─────

 

 

「陛下の子は何故…愛されなかったのか」

 

「クソッ!『オールクラッシュ』ッ!」

 

「効かぬ。…弾けよ」

 

「ぐあぁ──────────ッ!!??」

 

「なっ…お父さん!!」

 

 

メイビスの子…父親はゼレフ…いつの間にと思ったプレヒトだったが、体は少女のようではあるが、そう見えても成人を迎えている立派な女である。

だが…問題はそんなものではなかった。

 

 

「ぐあぁっ…!」

 

「ギルダーツ!!」

 

「子供のためなら…てめぇを道連れにしてやらァッ!」

 

「ギルダーツっ!!」

 

「てめぇの魔法分かったぜ。恐らく魔法の瞬時の『コピー』。同時に目の前に居る魔導士の魔法を無効化出来る!だが何故…()()()()()()()()()()()()!?」

 

「…え?」

 

「ホルダー系の魔法はコピー出来ねぇようだな!そりゃそうだ!鍵も無しにルーシィの星霊出されちゃ堪ったもんじゃねぇ…!“道具”が無けりゃコピー出来ない!」

 

「…ッ!?私の杖を破壊して…!」

 

「そういうことか…!…………紛らわしいこと言ってんじゃねーよ!!」

 

「あいたぁ!?ちょっとカナちゃん!?パパの頭にもカード刺さったんだけど!」

 

「刺さったんじゃなくて刺したんだよ!!」

 

 

メイビスの体内から取り出された子供を見て、プレヒトは一大決心をして……その子を捨てることに決めた。

 

 

 

プレヒトは ぼくを捨てました でもうらんでません

 

 

ゼレフとメイビスのことは じぶんのきおくからしりました

 

 

だって ぼくにはそれほどの魔力があったから

 

 

ぼくのこどもじだいはたいへんでした

 

 

いきるのにひっしでした

 

 

でも ぼくをたすけてくれたのは─────

 

 

『こんな所に…子供?』

 

 

───────おとうさんでした

 

 

 

「愛する娘の為に…オレは絶対に死なんッ!!」

 

「黙って戦え!!」

 

「……────────」

 

 

 

おとうさんは ぼくのことをしりませんでした

 

 

でも それでよかったのです

 

 

 

「この義手(ドーグ)から放たれる一撃はコピー出来まいッ!!」

 

 

 

ぼくはおとうさんの ぶかになりました

 

 

いっしょにくにをつくっていくしごとです

 

 

 

「──────『破邪顕正・絶天(ぜつてん)』ッ!!」

 

「あぁあぁぁ────────────ッ!!」

 

 

 

おとうさんは ぼくになまえをつけてくれました

 

 

 

『僕にはある少女と過ごした、特別な時間があるんだ。あれは8月(オーガスト)だった。君はどこかあの少女に似ているんだよ』

 

 

 

──────何故…陛下の子は愛されなかったのか…それは……

 

 

 

『君の名は─────オーガストだ』

 

『ぼくの…なまえ……』

 

 

 

──────()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 

 

「こりゃあ左手は使いもんにならねぇな…」

 

「大丈夫!?」

 

 

強力な大爆発を起こしながらオーガストを吹き飛ばしたギルダーツは、動きそうに無い左腕の義手を押さえながら立ち上がり、カナはギルダーツを心配して駆け寄った。

だが……瓦礫の中からオーガストが立ち上がった。

 

今出来る最大の攻撃をも食らい、それでもまだ立ち上がるオーガストに冷や汗を流さざるを得ない二人を見て、オーガストは体の中にある魔力全て解放していった。

 

 

「私は…生まれながらに強大な魔力を持っていた。故に捨てられ、疎まれ、生きることの行き止まりの壁に着いた時…陛下()に救われた。────例えこの身が滅びようとも…スプリガン12筆頭魔導士オーガストッ!!この国を滅するだけの力は持っておるぞッ!!」

 

「なっ…がはっ……!」

 

「お父──────」

 

「散れ…灰となりて……我が人生としよう」

 

 

解放された莫大な魔力は四方八方に飛び散り、浮き上がったオーガストの身を包みながらマグノリア全域を大きく揺らし得た。

生物の血を蒸発させ、大地を溶かすと謂われる禁呪…古代魔法アルス=マギアという魔法を使用した。

 

マグノリアの商店街に限らず民家も何もかも…粉々に砕けていき、魔導士達も沸騰しそうな体を押さえ込み蹲りながら血を吐き出す。

絶体絶命は今まさに…そんな中、ギルダーツはカナを力一杯に抱き締め、来るであろう死を待った。

 

抱き締め合う親子を見てオーガストは、もし、もし借りに己の存在を知ってもらう事が出来たのならば…あの様に抱き締めて貰えたのかもしれぬと思い…最後の言葉を心の中で紡ぐ。

 

 

──────陛下の子…倒せるとした……母だけかも知れぬな……。

 

 

「…………。……───────ッ!!」

 

 

光が最高まで高まった直後……オーガストの体だけが光の粒子となって消えていく。

 

苦しみから解放された魔導士達は、今己の身に何が起きたのか分からぬままではあるが…前に居る敵を排除するために再び戦い始めた。

 

 

 

一度で良かった…たった一度で良かった……あなたの手に…抱かれたかった……──────

 

 

 

完全に消滅したオーガストの見ていた視線の先には……呆然と見上げている(メイビス)の姿があった。

 

 

──────お母さん

 

 

「!! …??今のは…何だったのでしょう…?…いえ、それよりゼレフの元へ急がなくては…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギルドフェアリーテイルでは…リサーナとの肌の接触で体温を上げてもらっていたナツが復活を果たし、アルバレス帝国皇帝にして、ナツの兄であるゼレフと殴り合って戦っていた。

 

その場にはゼレフをロスト属性という…使用する代わりに己に関する記憶や記録を完全に消し、その場限りの超魔力を得るという魔法を使って、嘗てゼレフ書の悪魔であるデリオラを己の身を挺して封印した師匠…ウルと同じアイスドシェルという魔法を使おうとしたグレイがいた。

危なく発動してしまうところであったが、他でも無いナツの手によって止められた。

 

 

「オレ…何回も止めたよな…やるなっつってんだろォ!!…っ……友達だろ…?簡単に…死のうとすんなよ…!」

 

「な、ナツ……すまねぇ…ほんとに…すまねぇ…!」

 

 

遅れてやって来たルーシィもその場に辿り着いたが、フェアリーテイルの近くにまでやって来ていたメイビスからの念話により合流するように言われて向かい、ゼレフは一旦ナツに任せ、捕まる要因であったインベルがグレイに倒された事で逃走を成功させた際に入手した物…ENDの書を、メイビスはルーシィ達と合流して渡した。

 

一方その頃、フェアリーテイルではナツ達の戦いも大詰めとなっていて、モード炎竜王などを駆使して戦っていたナツではあるものの、ゼレフの不死に攻め倦ねていた。

そんな折、ゼレフは己が立てていた計画の全貌を明かし始めていた。

 

全てを元に戻す術……ネオ・エクリプス。

過去や未来に行くのではなく、もう一度ゼレフという人間をやり直す魔法だ。

簡単に言ってしまえば、時間を思う時間にリセットするというものだ。

 

ゼレフは自身が不死身になる前の時間まで戻り、ドラゴンになる前のアクノロギアを殺すというものだ。

ナツの今を生きる者達はどうなるのかという問いには、ここはもう既に自分の世界では無いと…そう冷たく答えた。

 

ネオ・エクリプスを起動するためには、メイビスの心臓であるフェアリーハート、そして……“時の狭間”が必要なのだ。

 

 

「そんな事はさせねぇッ!オレがお前をぶっ倒して止めてやるッ!!」

 

「君ではもう無理だよ…END!!」

 

「───────待ってっ!!」

 

 

するとそこへ、ルーシィ達と合流してENDの書を渡した後、急いでここまでやって来たメイビスが、今まさに殺し合おうとしていたナツ達を止め、ゼレフを庇うようにナツの前に立った。

何のマネなのかと叫ぶナツに、チャンスを一度だけくれるように頼み込む。

 

しかし、ゼレフはそんなメイビスに呆れたような目を向けながら髪の毛を掴み、上から覗き込むように目を合わせた。

痛みで顔を歪ませるメイビスだが、ゼレフに不死であるゼレフを殺す方法を思い付いたと述べた。

 

今までに何度も死のうとしては、思い付く限りの方法を試しているゼレフは、何をバカなことをと、その話を一蹴した。

話を聞いて欲しいというメイビスの話を切り捨て、自分にもネオ・エクリプスという最善手があると言って……フェアリーハートを奪い、管理していた時の狭間というものを吸収して一つと為した。

 

 

「時は来た…これが……フェアリーハート。無限の魔力…時をも超える神の力」

 

 

フェアリーハートを手にした黒魔導士ゼレフの姿は、全貌が真っ白に変わり果て、背中には莫大な魔力で形成された翼が携わっていた。

全身から発せられる魔力も、フェアリーハートを手にしたが為に無限であり、圧制にして神の如き力を感じさせた。

 

以前とは比べものにならない程の魔力を感じさせるゼレフだが…ゼレフの好きなようにさせるわけにはいかないと突撃するのだが、渾身の鉄拳でギルド諸共消し飛ばそうと、粉砕されたギルドごと時を巻き戻されて復活された。

時を止めて接近したゼレフに腹を貫かれたナツは、その場に倒れてしまう。

 

己を殺す為に創り出した最強の悪魔…ENDであるナツが倒れたことに何の感情も宿さないまま、ギルドの一つの扉に魔法を掛け、やり直したい時の時間と今の時間を繋げた。

この扉を潜ればこの世界は崩壊し、ゼレフは不老不死になる前の姿へと戻り、ドラゴンになる前のアクノロギアを殺して、世界へ平和を届けることが出来ると…一歩踏み出した瞬間だった。

 

体を貫かれて死んだ筈のナツが…起き上がった。

そんなバカなと振り返るゼレフの眼に映ったのは……傷が完全に消えていた。

 

実はこの同時刻…ENDの書を手にしていたルーシィ達が、超高度リンク魔法が掛かっている事に気が付き、このENDの書を書き直すことが出来れば、悪魔であるナツを人間にする事が出来るのではないかと当たりを付けた。

そしてそんな矢先、ナツがゼレフに腹を穿たれることによって、本を開いた時に飛び出てきた膨大な文字の羅列が数箇所消えたのだ。

 

ルーシィはペンを使って消えた部分の文字を書き足して元に戻し、ナツの傷を無かったことにしたのだ。

本来悪魔の書であるENDの書に手を掛けた者は、悪魔になってしまうのだが、隣にいたグレイの滅悪魔法によって消え去り、同時にENDの書を書き換えて人間にする事に成功した。

 

 

「─────『炎竜王の崩拳』ッ!!!!」

 

「─────『暗黒爆炎刃』ッ!!!!」

 

 

密かに人間へとなっていたナツは、己の魂…ギルドの想い…感情を爆発させ、荒ぶる感情の炎を宿した拳で、神の力を手にしたゼレフを……殴り飛ばしたのだった。

 

倒れて敗れ去ったゼレフの元にメイビスはフラフラとした足取りで向かい、不死であるゼレフを殺す為に思い付いた話を聞かせ始めた。

100年前…再会を果たしたメイビスとゼレフは愛し合った…ように思えるが…それはすこし違ってくる。

 

ゼレフは心の底からメイビスを愛していた。

だからこそ、矛盾の呪いによって同じ呪いを受けている筈のメイビスの命を奪っていた。

だが、何故ゼレフはメイビスに命を奪われなかったのか…?

 

それは至極単純なこと…メイビスが心のどこかで信じ切れていなかったから。

ゼレフはそんなことは最初から気が付いていた。

メイビスが自身に向けているのは、“愛”ではなく“情”であるということを。

メイビスはそれは違うと言い…矛盾であると答えた。

 

ゼレフと出逢えたからこそ魔法を使えるようになり、出逢えたからこそマグノリアを救うことが出来た。

ゼレフが居たからこそ…フェアリーテイルが誕生した。

メイビスにとってゼレフとは憧れだった。

 

だが、ゼレフは死を選び、メイビスに矛盾の呪いによる運命を叩き付けた。

メイビスの掛け替えのない仲間を傷付け、メイビスのフェアリーハートを利用してフェアリーテイルを…この世界を破壊しようとした。

 

こんなにも憎いのに愛しい…ゼレフが感じる孤独感は、同じ呪いを受けているメイビスにしか共感出来ないから、理解出来ないからこそ…思考が矛盾する。

 

 

ゼレフを愛せば殺すことが出来る。

 

 

心の底から愛しく思えば殺すことが出来る。

 

 

それが作戦だったのだが…メイビスは涙を流しながら本当は死んでなど欲しくないと叫んだ。

ずっと二人で居たいのだと。

だが、それも当然と言えるだろう。

愛しい者と好き好んで別れたい…殺したいと思う者は居ないのだ。

 

ゼレフは自身の体の上で跨がって泣き叫んでいるメイビスを見ながら、人を愛しく思えば思うほど、相手の命を奪う矛盾の呪いの答えは…愛される…という事だったのかと答えを得た。

 

 

「死んじゃダメ!!憎い!!憎い!!あなたなんか大っ嫌い!!ギルドを壊した!!人々を危険に晒した!!仲間を傷付けた!!死ね死ね死ね死ね死ね!!あなたなんか愛しくなんかない!!早く死んじゃえ!!!!二度と私の前に現れるなっ!!!!」

 

「………………。」

 

「愛しくない愛しくないっ!!こいつはギルドの敵!!世界の敵だっ!!!!だから…お願い…………死んで(死なないで)

 

 

メイビスは涙を流し始めたゼレフと口づけを交わし……

 

 

「僕は…幸せ者だ…君のおかげで……眠ることが出来そうだ……」

 

 

二人の体は眩い光りに包まれ、光は柱のように聳え立ち二人を優しく包み込んでいった。

 

 

──────一緒に行きましょう…ゼレフ

 

──────メイビス……温かいよ…

 

 

 

 

──────当たり前ですよ…ここは妖精の尻尾(フェアリーテイル)の中なんですから

 

──────そうか…これが……死ぬってことなんだ…不死なる者でも勝てない力…それが……“愛”

 

 

 

 

 

 

一なる魔法……

 

 

 

 

 

 

金色に輝く草原を…裸足(はだし)の少女と漆黒の少年は…仲睦まじく…楽しそうに…手を繋ぎ合って歩んでいった。

 

 

 

 

その場に……少年と少女の姿は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街の遙か上空……青い空が広がる大空に……亀裂が奔った。

 

 

「力が漲る…嘗て滅竜の力を極めた時のようになァ…!」

 

 

「あ…アクノロギアだぁ───────っ!!」

 

「な、何が起きてるんだ…!!」

 

「何なんだ…この魔力は…!!??」

 

 

大気に亀裂を入れながら現れたアクノロギアは…時の狭間の力を喰らって時の力を手にしていた。

 

 

これは…今から数分前の話である。

 

 

アイリーンを含むエルザとウェンディが、ブルーペガサスが所有するクリスティーナに乗り込み、ウェンディが久しく会っていなかった人と再会したのは…今から400年前にゼレフとの話し合いの末にエクリプスを開いたルーシィの先祖…アンナ・ハートフィリアだった。

 

当時未来に飛ばされる前に、ドラゴン達が集まると一緒に出会っていたドラゴンスレイヤーのナツ、ウェンディ、ガジル、スティング、ローグに物事を教えて先生と言われていた人物である。

彼女はエクリプスをナツ達と共に潜り、この時代へとやって来た女性であったのだ。

 

ウェンディは顔を合わせてから突然のように思い出し、束の間の再会を喜び合った。

クリスティーナに乗っているウェンディを追い掛けて迫るアクノロギアが居るため、早々にルーシィの先祖であることを告げて自己紹介を済ませた。

そして、エルザ達が乗り込む前に拾って貰っていたジェラールと共に、アンナのアクノロギアを倒す唯一の手段という計画を聞いた。

 

それは……アクノロギアを時の狭間に封じ込み、無に還すという手段だったのだ。

 

アンナは扉…エクリプスを通り抜けてくる際に、一緒にナツ達も通り抜けて来たのだが……何故か分からないがドラゴンスレイヤーの5人がエクリプスのあった王城の天井を突き破り、世界に散らばってしまった。

まさかの自体に呆然としたアンナは、急いで探しに行ったのだが1人も見付けることが出来ず、戻ってきた頃にはルーシィの母…レイラ・ハートフィリアは亡くなっていた。

 

そして…アンナは魔力に満ちるこの時代の異変に気が付いた。

この時代に流れる異なる魔力…それはいかなる元素でもなければ光でも無く闇でも無い…“無の魔力”。

 

本来有るべきではない無の魔力を発見したアンナは、直ぐに調査をするために向かった。

そして見付けたのが…海の上空に漂い在り続けている時の狭間だった。

 

アンナは調査をしたことにより、恐らくではあるがアンナ達が400年という時を超えた事により、本来の時間軸の流れが少し歪んでしまった。

その結果が時間の概念が修正力とでもいうものに干渉してしまったという結論を出した。

時の狭間の中はまさに“無”。

 

誰であろうと生きることは叶わないし、誰も存在出来るものではない。

それが例えアクノロギアであろうとも無理だと言い放ったアンナに、ジェラールがそこに誘導して閉じ込めるつもりかと驚きを露わにした。

 

アンナはそれに肯定し、ジェラールはそんな時の狭間が何年も誰の目にも留まらなかったことを不思議に思った。

見付けられなかったのは、アンナがこの日のためにと隠蔽していたこともあるが、サイズが一つの蜜柑ほどの大きさであるということも作用している。

 

だが…アンナは一つ大きな勘違いを起こしている。

確かにエクリプスを使って時を繋いだことにより、時空に歪みが生じたはしたが…それ自体は世界の修正力によって直ぐに元に戻された。

勘違いを起こしたのは、()()()()()()()()()()時の狭間の中に入れば、二度と出て来れなくなると解釈してしまったことだ。

 

時の狭間には既に…創り出した者が入り……生還している。

だからこそ…入れば最後、誰も出て来ることはない()()()()()()()()

 

先に作戦を説明していた一夜含むトライメンズが、作戦の詳しい詳細を話し始めた。

内容はアクノロギアをクリスティーナの寸前まで引きつけ、時の狭間を目の前にした途端に方向転換してアクノロギアに突っ込ませるというものだった。

 

そう簡単に物事が運ぶだろうかという不安も残るが、やるしかなく、出来なければ死ぬだけだというアンナの言葉に頷き…作戦は実行された。

 

時の狭間までは距離があるため、クリスティーナに搭載された魔道収束砲ジュピターなどを使って撃ち込むが……アクノロギアはそれを喰った。

アクノロギアは魔の滅竜魔導士だった者。

つまり、魔…魔法を喰らう事が出来る魔竜であるのだ。

特定の属性を食べることしか出来ない他のドラゴンスレイヤーとは違い、魔法である限り食べることが出来るアクノロギアの前には、幾百ものドラゴンが滅せられた。

 

魔法を喰われるならば実弾だと、他にも搭載された砲撃を浴びせようとするのだが、ドラゴンとなって得た機動力を使って悉くを避けられてしまう。

だが……アクノロギアを時の狭間付近まで誘導することに成功していた。

 

本当にギリギリのところを狙わなければアクノロギアに時の狭間の存在が露見し躱されてしまう、かといって引きつけすぎて自分達が当たってしまえば……時の狭間の餌食となる。

手汗握る程の失敗の許されない賭けであったが…トライメンズの尽力がありアクノロギアを時の狭間にぶつけることに成功した……が。

 

すり抜けてしまったのだ。

何故時の狭間をすり抜けたのだと、意味が分からないと叫ぶアンナだったが、この時にゼレフがフェアリーハートを手にして時の狭間を意図的に封じていた。

 

もう一度当てれば成功すると信じて、ジェラールが船から飛び降りて魔法を使って飛び、アクノロギアを時の狭間まで押し遣った。

だが、非力な人間の力だけでは押し切れず、捕まって握り潰されそうになっていたところに、アンナと一夜以外の船員を下ろしたクリスティーナがアクノロギアに突っ込み……アクノロギア諸共、ナツがゼレフを倒したことにより解放された時の狭間に押し込んだのだ。

 

2人の犠牲の上に手にした勝利であり、力になれなかったエルザやウェンディが悔しそうに拳を握り締めている時……冒頭に戻るように大気に亀裂を生じさせながら、アクノロギアが現れたのだ。

同時刻…ゼレフを倒したナツと合流したルーシィ達が、一緒に仲間を探して合流しようとして歩っていた時……後ろにいたナツが姿を消していた。

 

 

「この世界は我の物……」

 

「時の狭間を……」

 

「喰った……のか…!!」

 

「こんなのって…!!」

 

 

クリスティーナから降りたエルザ達は、偶々見つけた迫り出た小さな岩の上で休んでいたのだが、現れて時の狭間の魔力をものにしたアクノロギアに青い顔をしていた。

迸る途方も無い魔力の奔流…魔竜アクノロギアの大きすぎる存在感に圧倒されていた。

 

アクノロギアは手にした時の魔力が強大すぎて、手にした己自身にも制御が出来ないことを悟り……一度放つことにした。

大きく翼を広げたアクノロギアの背後に、光り輝く光が集約されて集まり、その一つ一つは膨大な魔力を内包して光の隕石と化した。

 

 

「滅せよ人間共────『エターナルフレア』」

 

 

放たれた光の柱とも云える魔力は、陸に着弾して大爆発を引き起こし地表を削った。

時の魔力を手にしたアクノロギアは凄まじく、エルザ達が居た小さな島にも一つだけ着弾し、跡形も無く消し飛ばされてしまった。

幸いなことにエルザが来ることを感知していたので、寸前で避けるよう叫ぶことで誰も犠牲者は居なかった。

 

だが、ウェンディだけがアクノロギアに囚われてしまい、アクノロギアのてによってどこかへと飛ばされてしまった。

他の場所でもラクサスやガジル、元オラシオンセイスのコブラ改め、エリックやスティングにローグまで消えてしまっていた。

共通点は、第二世代という点もあるが、皆がドラゴンスレイヤーであった。

 

ウェンディを連れ去られたエルザがアクノロギアに向かって叫ぶが、意に返されること無くマグノリアに向かって飛び去っていってしまう。

急いで追い掛けようとしたところ、同じく大気に罅が入って、中から一夜とアンナが出て来た。

 

てっきり死んでしまったと思っていた者達の生還に喜びながら受け止め、一夜は気絶していたがアンナは保ち、アクノロギアの現状がどれ程危険なのか早急に教えた。

 

アクノロギアは時の狭間を食べて吸収したことにより、強大な力を手にした代償として力の制御を失ったのだ。

制御不能となったアクノロギアは、精神と肉体の二つに分かれてしまった。

肉体はこの世界で暴走を起こし続け、精神は時の狭間で“調和”を保とうとしている。

 

 

「調和?」

 

「私達は調和に不必要だから弾き出された。必要なのは滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)…彼等の魔力を時の狭間で循環させ、自分の魔力を安定させるつもりよ」

 

「ドラゴンスレイヤーが全員時の狭間に!?」

 

「どうやって助け出すんだ!!」

 

「…………信じるしか…あの子達の力を……」

 

 

詰め寄って問い詰めたエルザへの答えは要領を得ない答えであった。

そんな答えを聞いたエルザは、その場からマグノリアへと向かって泳ぎだした。

ナツ達の事は信じる…しかし此方の世界にある肉体のアクノロギアはマグノリアに向かっているのだ。

止まっているわけにはいかないと、泳いでいくエルザに…瞬間移動してきたメストが現れ、その場に居る者達を回収して陸地へと跳んだ。

 

到着したエルザは急いで事の詳細を伝えるべく、フェアリーテイルの者達が居るところへ急ごうとした。

だが、幸い皆が近くに居たことで早急に合流を果たし、偶々居たクリムソルシエールの者達とセイバートゥース、カグラやシェリア等を含む一部の他ギルドの者達を合わせたフェアリーテイルを見つけた。

 

居たならば早速と話して、今アクノロギアにナツ達が攫われてしまっているということを告げた。

精神体とは別の肉体が暴れようとしていること知ったメンバー達は、一様に驚いた表情をした。

 

 

「ラクサス居るんだろォ?なら楽勝じゃねぇか!」

 

「バカを言うな。相手はアクノロギアだぞ!」

 

「スティング君…ローグ君…」

 

「問題は精神体だけではないな」

 

「肉体のアクノロギアが向かってきている」

 

「つまり…この世界の絶望的状況は変わらないということか…」

 

「絶望なんかじゃない!ウェンディもきっと戦ってる!私達も…戦わなきゃ…!!」

 

 

親友のウェンディを目の前で連れ去られてしまったシャルルは、大粒の涙を流しながらそう言って、小さな手を握り締めた。

 

だが……

 

 

 

「─────その必要は無い」

 

 

 

「「「「─────────ッ!!!」」」」

 

 

聞き慣れた…声が聞こえてきた。

その音と共に翼をはためかせる音が響き、固まっているメンバー達から少し離れたところに……リュウマが降り立ったのだ。

 

 

「リュウマ……」

 

「リュウマか…!?」

 

「アクノロギアは今から我の手で殺す。貴様等は何もせんで良い。強いていうならば─────余計な手出しをするな」

 

「はぁ!?アクノロギアを1人でやるつもりかよ!?そんなのやらせられる訳────」

 

「─────黙れ」

 

「────ッ!?」

 

 

否定して一緒に戦おうと提案するよりも早く、リュウマの鋭い眼光に睨まれたグレイは、全身を固くして固まってしまう。

それはグレイ以外にも言えることで、直接言われた訳でも無いというのに、無理矢理ねじ伏せられたかのように動けなくなってしまった。

 

此こそが嘗て世界を手にした王の覇気…皆は固まるほか無かった。

しかし、鋭い眼光は次第になりを潜め、動けるようになってから最初に動いたのはマカロフだった。

 

 

「リュウマよ。儂らはそんなに頼り無いか?何も1人でやることはなかろう。ここはみんなで力を合わせてアクノロギアを倒すんじゃ」

 

「否。貴様等では役に立つどころか足手纏いだ」

 

「そんな言い方…!」

 

「何だ、申し開きがあると?では述べよ。我の足下にも及ばぬ貴様等が、一体どのような手を使ってアクノロギアを斃すと?その算段があると?勝算があると?アクノロギアを前にして正気を保てる自信があると?」

 

「そりゃあ…!…………」

 

「無いならば黙っていろ」

 

 

何も言えなくなってしまったメンバーに、鼻を鳴らして腕を組んだリュウマは、折角会うことが出来たというのに、自分達の知るリュウマではないことに気を落とし…アルバレスの兵士をゴミのように殺していた時の光景が蘇ってきた。

 

及び腰になっている者達に呆れた視線を向けると、その場から踵を返してアクノロギアの方へと飛び立とうとする。

だがそこで、顔を俯かせていたルーシィが顔を上げ、リュウマを呼び止めた。

 

 

「待って!」

 

「……何だ」

 

「……ねぇ。何で一年前、さよならの手紙を書いたの?」

 

「中身は読んだであろう」

 

「うん。でも…アレじゃまるで…」

 

()()()()()()()()()…か?別れの挨拶のようではなく、別れの挨拶だ。我は此から先に於いて貴様等と顔を合わせることは二度と…いや、永遠に無い。そのせめてもの別れの証とし、貴様等の知る『リュウマ』としての口調で書き記したのだが?」

 

 

リュウマの言い分に、手紙を貰った少女達は俯かせていた顔を上げてリュウマの顔を見た。

その顔は一様に哀しそうであり、何故そんなことを言うのかという意志が見え隠れしていた。

 

 

「リュウマ…アクノロギアを倒したいのは分かる。だが…少し待ってくれ。アクノロギアの精神体の方にはナツ達が取り込まれているんだ。時の狭間の中…と言えばいいのか、そこにいて…私達には手が出せないんだ。」

 

「時の狭間?……あれのことか。して、貴様等はそれをナツ達が破って帰ってくるのを信じ、肉体のアクノロギアをどうにかすると?」

 

「そうだ。だから少しだけ時間を…」

 

「無駄だ。全くもって時間の無駄だ。そも──────対処法なんぞ幾らでもある」

 

 

ニタリと嗤ったリュウマは、3枚の白翼を大きく振りかぶり……一度だけ羽ばたかせた。

 

 

「─────創造・『時限(じげん)(ひず)み』」

 

 

白翼から放たれた魔力が凝り固まり…小さな孔を創り出す。

黒く渦巻き…そして禍々しい力を感じさせるもの…その全貌も見覚えのあるエルザとジェラールは目を見開いた。

それはクリスティーナから見た時の狭間そのものだったからだ。

 

 

「時の狭間なるものが自然に発生したものだとでも思うてか?フハハッ…それは我が次元を破れるか試すために実験材料として創造した歪みだ」

 

「じゃあ…あの時の狭間は時空の歪みでは無く…」

 

「──────我が創り出したモノだ」

 

 

アンナはリュウマの言葉に呆然として惚けてしまう。

感じたのはこの世には有ってはならないような無の魔力…到底人が創り出せる物ではなかったのだ。

しかし…リュウマはそんな事など関係なく、唯の実験材料として創り出したと言った。

 

それはつまり…人には解明できないような未知の物質の…それもノーリスクによる創造を可能にしていたのだ。

 

みんなが驚いている中、リュウマは右腕を振りかぶり……時の狭間の中に腕を射し込んだ。

そして何かを探すように腕を動かすと、何かを掴み取ったのか腕を引っ張り出した。

その手には……取り込まれた筈のナツ達の服を掴んでおり、掴まれて引き摺り出されたドラゴンスレイヤー達が、何が起きたのか分からないといった困惑した表情をしていた。

 

 

「ナツ!!」

 

「ラクサス!!」

 

「スティング君!ローグ君!」

 

「ウェンディっ…無事で良かった!」

 

「エリック!大丈夫か!?」

 

「あれ…?オレ達は…なんでここに?アクノロギアは…」

 

 

「時の狭間に居る者達は此で良かろう」

 

 

助け出されたことに喜び、ナツ達に詰め寄っている間にリュウマはその場から離れ、またアクノロギアの方へ向き直り、向かおうとしていた。

それを見つけたエルザやユキノ、ルーシィにミラにウェンディ、カナとシェリアとカグラが走り寄って来た。

 

それを感じ取ったリュウマは足を止めて顔だけを振り向かせ、何の感情も読めない…言うなれば無感情な表情と瞳のままに、最後の言葉を投げ掛けた。

 

 

「貴様等は─────好く者を間違えた」

 

 

そう言い残したリュウマは、今度こそ翼を広げ、直ぐ近くにまでやって来ているアクノロギアの元へと飛び去ってしまった。

 

 

「リュウマ…」

 

「なんでよ…リュウマ…」

 

「あいつ…バカやろう……」

 

「リュウマさん…」

 

「リュウマ様……」

 

「リュウマ……」

 

「師匠……」

 

「リュウマ…お前は……」

 

 

エルザ達はリュウマの放った言葉の意味を理解し…いや、理解させられ…戦場には似つかわしく哀しげな表情をしていた。

 

 

「おい、なんだあれ?」

 

「映像ラクリマ?」

 

「いや、魔法の投影じゃねぇか?」

 

 

リュウマの姿が見えなくなった頃…マグノリア全土を覆うほどの巨大なモニターが上空に現れ、飛行しているリュウマの姿をこれでもかと映していた。

誰も見ていないところでアクノロギアを斃したとしても、誰も気づかず…そしてアクノロギアへの恐怖を拭えないだろうと、リュウマが上空に自身の姿が映し出されるよう投影魔法を掛けていた。

 

人々は一様に空を見上げ…アクノロギアに接触したリュウマの姿を目に焼き付けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「破壊ッ!破壊ッ!破壊ッ!破壊ィィッ!!」

 

「肉体の身になって尚、破壊を生業とするか。だが…残念だったな。()()()()()()()()()

 

 

怨敵…アクノロギアとの邂逅を早々に果たしたリュウマは、精神体と離れたばかりに制御を失ってしまっている肉体と対面して浮遊していた。

 

アクノロギアの体から迸る時の魔力…しかし所詮はそれだけだと冷静に判断し……()()()()()()アクノロギアの胸の傷を見詰め、まるでゴミを見るかのような目を向けた。

 

 

「一年前のあの時…炎竜王イグニールとの共闘にて、我は貴様に体を分割された。しかし、貴様に大きな刀傷を与えたな?…我が唯やられる訳が無かろう。あの時、刀身には遅効性の()()()()()()()()。今貴様の体はこの1年で大分蝕まれ、動けば激痛を奔らせる」

 

「クハハハハハッ!!破壊ッ!破壊ッ!滅竜するッ!」

 

「……肉体だけならば、そんなものも気にならぬ…か」

 

 

アクノロギアの肉体がリュウマを敵と認識したのか、時の魔力を使ったブーストを掛けた突撃をしてくる。

それを軽く横にずれて躱したリュウマは、すり抜け際に黒い皮膚に触れ…肉体と精神を分ける原因となっている不調和を安定させ、一つの健全な存在となるように調和させた。

 

正気を取り戻したアクノロギアが背後に居るリュウマへ振り向く前に……リュウマは同じように皮膚に触れて魔法を発動させた。

 

 

「──────『瞬間転移(テレポート)』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────ッ!!」

 

『時の魔力程度があるならば空気が無くとも創り出せよう。でなければ死ぬぞ?』

 

『クッ…!うぬは…それに…ここは……!』

 

『我は貴様を殺す者。そしてここは……貴様の為に用意してやった墓場だ』

 

 

調和を施され、精神体と肉体が再び一つになったアクノロギアが連れ出されたのは……見渡す限り溢れんばかりの星が煌めく()()()()であった。

宇宙空間に空気は無い。

だからこそ、喋っても音が響かず相手には聞こえないため、念話を使って話をしていた。

 

 

『詳しく言えば、此処は地球から5()0()0()0()()()()()()()()()…3つほど離れた銀河系の中にある、星も何も出来るだけ無い所である』

 

『……うぬは我を此処に置き、帰還すれば我を殺すことに成り得ると?』

 

『フハハッ…そんな訳が無かろう。今から使う力が()()()()()()()()()()()使()()()()からこそ、遙々貴様を此処まで連れて来てやったのだ』

 

 

てっきり置き去りにして殺そうと画策しているのかと思っていたアクノロギアは、少し拍子抜けをしてしまったが、地球から光の速さで5000億年掛かるという距離を置かれた以上…目の前に居る男を殺さない程度に八つ裂きにし、地球に帰させてやろうと判断した。

 

しかし…そんなアクノロギアの思惑など意に返さず、リュウマは体に掛けられた封印を全て外し……純黒の刀を引き抜いた。

 

時の魔力…神の如き力を手に入れたアクノロギアが…言い表せない恐怖を感じ取る程の果てしない…それこそ莫大などといった言葉では表しきれない超魔力が刀の尖端一つに収縮されていった。

 

 

『我は貴様の面なんぞ塵程も見たくも無い。故に──────早々に殺してやる』

 

 

リュウマのこれから放とうとしている力の根源は、地球から5000億光年離れていなければ…地球自体に影響を及ぼす程の力であるのだ。

今から400年前にこの力の理論が完成して、いざ放とうとしたところ、余りの強さに使うことは相当な場合を除いてやめておこうと決心した程のものだ。

 

他の人間に対して、考えるのも臆測になってしまう程の魔力を持つリュウマが、封印を全て解いて尚且つ…その全ての魔力を使用して一度放てる大魔法。

リュウマが扱う禁忌魔法の中でも、トップ3に入る力だ。

 

禁忌魔法にもランク付けがされており、例えば…オリヴィエとの戦闘の際に使った『絶対零度の永遠凍結(エターナル・アブソリュート)』はランクC。生き物の時間のみならず、無機物の時間すらも操った『世界時辰儀(ワールドクロック)』はランクがB。400年前に人々のみならず、命無きものにも死を与えた『死に歓喜し身を委ね滅び逝くが彼の理である(The last of all concept is perish)』はランクA。防御魔法として度々使用している『廻り守護せん擬似太陽銀河(シュステーマ・ソラーレ・ギャラクシア)』はランクS。

 

 

そして、今から使うのは─────ランクEX(測定不能)

 

 

『死に絶えるが良い─────

 

 

 

()はあらゆる(すべ)てを創造せしめた一条(ひとすじ)淡晄(たんこう)

 

 

 

()はあらゆる(すべ)てを破壊せしめる一条(ひとすじ)蠻晄(ばんこう)

 

 

 

(これ)は総てに課せられる試練…畏怖せよ恐怖せよ…しかして(あが)め…(たた)えよ。

 

 

 

来たるは世界の咆吼…起源降誕現象(ビッグバン)─────』

 

 

濃縮された全ての純黒なる魔力で創り出された小さな球が…アクノロギアの元へと放たれて進み、危険察知したアクノロギアであったが……破壊の匙は投げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

参冠(さんかん)禁忌が一つ─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再誕の時は満ちた、其は世界創世の淵源(アルトゥルム・オルエレスフィ・ノヴァ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界がまだ何も無い、無の空間であった頃…無の空間で一つの爆発が捲き起こった。

 

 

そこから星が生まれ惑星が誕生し命が実り…この世には概念が創り出された。

 

 

全てを創り出したその光は……世の根源、天地開闢とも称された。

 

 

リュウマはその(爆発)を…ビッグバンを意図的に創り出し、アクノロギアを呑み込んだ。

 

 

力の波動は周囲の2000億光年の範囲内にある星々をも呑み込み消滅させ、一つの銀河が死に絶えた。

 

 

『ふむ。完全には消滅しなかったか。粒子状に消し飛んではいるが……粒子状でも残っている。まぁ……()()()()()()()()()()()がなァッ!!フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!』

 

 

目には見えないほどに消し飛ばされたアクノロギアに、リュウマはそれこそ粒子状になろうとも存在しているだけで虫唾が走るため、更なる追い打ちを掛ける。

と、言っても…だ。

 

 

 

この魔法は──────一撃では終わらない。

 

 

 

超常的爆発を起こした純黒なる魔力により、宇宙空間には全てを呑み込むブラックホールが生まれる。

しかし、このブラックホールもリュウマの純黒なる魔力によるものであり、粒子状に消し飛んだアクノロギアを吸い込みながら、他にも吹き飛んだ星々の残骸も吸い込んでいく。

 

 

やがて一度目に爆発した魔力の残留をも吸い込み……リュウマの特性である模倣能力が発動される。

 

 

一度目に爆発した魔力残留を全て吸い込んだ純黒のブラックホールは、内部にある一度目に籠められた魔力を模倣し…混ざり合う。

 

 

混ざり合った二つの純黒なる魔力は二つが一つとなり……()()()()()()()()

 

 

威力の模倣により一度目の爆発を二つ合わせて一つに…単純計算で威力は2倍となる。

もう一度訪れた無慈悲の超常的大爆発は……4000億光年先にある星を…惑星を…銀河内の全てを残らず蹂躙した。

 

仮に、リュウマがここでこの力を止めていなければ…更に2倍となったビッグバンが訪れていただろう。

 

 

『────────終わった…な』

 

 

復讐とはまた違う…唯アクノロギアを殺したいから殺した…という達成感に浸ったリュウマは……この光景を見て唖然としながら、次の瞬間にはマグノリア全土を歓声に包んだ人々の元へと瞬間移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………。」

 

 

 

 

『アクノロギアが倒された!』

 

『やったー!!勝ったーー!!』

 

『オレ達…アルバレス勝ったんだーー!!』

 

『助かったぞー!!!!』

 

『勝利の鬨だーー!!』

 

『流石はフェアリーテイルだぜ!!』

 

 

絶望的な戦力差を前に、何度も心が折れかけ、しかし諦めること無く…隣に居る仲間と励まし合うことで士気を得て、諦めない心と信じ合う信頼関係の上に…過去最大の戦争は見事勝利で終えた。

 

フェアリーテイルのメンバー達も、リュウマがアクノロギアを倒してしまうところをその目に焼き付け、一番の脅威が去ったことに安堵し、近くに居る掛け替えのない仲間と抱き締め合いながら喜びを噛み締めていた。

 

 

「……眩しい。我には…貴様等がとても眩しい。諦めなければ負けぬ…仲間を信ずれば自ずと道が開ける…そう信じ切ることが出来る貴様等が…最早我には手の届かぬ存在である」

 

 

お祭り騒ぎになっている街を見下ろしているリュウマは、眩しそうに目を細めながら……手を構えた。

 

 

「故に──────これにて別れとなろう」

 

 

籠められていく魔力は、一度放たれれば世界を覆う事など容易い程の…それはもう莫大なもの。

つい先程、全て出し切ったというのに、既に回復している超回復力の恩恵があるが為の魔法であった。

 

 

「会うことはもう無いだろう。貴様等の此からの人生に……幸あらんことを──────」

 

 

莫大な純黒なる魔力を帯びた手の平を勢い良く合わせ、次いで掌から爆発を起こしたかのように力の波動を暴発させた。

黒い波動は地球の空を完全には覆い尽くしていき、ものの数分で覆い被せることに成功した。

 

空が突然黒くなったことに驚いた地球上の人々ではあったが、そんな事は最早無粋というもの…。

 

 

 

魔法が発動されてしまった以上…それが一体何なのか知る必要など皆無なのだから。

 

 

 

 

「さよならだ。お前達は…幸せに…悔いが無いように…自分に有る限り精一杯…ちゃんと生きるんだぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界は私の思うがまま(ワールドロスト)』……発動

 

 

 

 

 

 

 

 

この瞬間……生きとし生ける者から■■■■という存在に関する記憶は消え去り…辻褄が合うように改竄され……

 

 

 

 

 

 

 

世界から■■■■は消えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戻って来た…か」

 

「おとうさん!さっきの人達の所に行かなくて良かったの~?」

 

「…良いのだ。我はな?…少し…疲れてしまったのだ」

 

「おとうさん疲れちゃった?ボクがお歌を歌おっか!」

 

「クスクス…そうだな。では、お願いするとしようか」

 

「まかせて!」

 

 

背に3枚ずつの白翼と黒翼を携える美しい■■■■という青年は、目前に建てられた二つの墓の奥に植えられた若い木の元まで歩み、腰を下ろして背を預けた。

 

父のことが大好きな紅い竜の子は、座った■■■■の胸元に飛び込み、グリグリと鼻を押し付けると安心したように目を瞑り、疲れたという父の為に自分で作った鼻歌を歌い始めた。

 

 

「~~♪~~~♪~~♪~~~♪~~~~♪」

 

「ふふふ…。我は暫く目を覚まさない。故にお前は好きなところに行き、好きなように生きて良いぞ。世界を旅するならばそれも良し…ここに居るならばそれも良いだろう。…おやすみ…イングラム…─────」

 

「~~~♪~~っ~~♪~~……っ…。……うんっ…お、おやすみ…っ……おとうさんっ」

 

 

■■■■の子はとても賢かった。

 

だからこそ…父である■■■■の言う『暫く』というのは、もう自分から起きてくることは無い、ということを指し示していることを確と理解していた。

 

溢れてしまう涙で、父の装束を濡らしてしまうが…ゆっくり眠れるように優しい声で歌を歌い続けた。

 

 

 

少し疲れた…そうだ…我は疲れてしまった。

 

 

我自身で言うのも何ではあるが…この400年、我は確かに生きた。

 

 

生きて生きて生きて…手に入れ…失い…また見つけ……手放した。

 

 

もう…良いだろう…休んでも。

 

 

父上と母上に与えられたこの命…喪う訳にはいかぬ…故に…我は生きて眠りにつき、永遠に生き続けよう。

 

 

我は我なりに良くやった…そう…良くやった。

 

 

……だというのに…何故これ程寒いのか……嗚呼…そうか。

 

 

存外……あの場を気に入っていたのだな…我ながらなんと不甲斐ないものか……眠ろう…我は眠い。

 

 

母上…父上……おやすみなさい。

 

 

 

 

 

静かに眠りにつこうとして意識を朦朧とさせた青年の頭を…頬を…優しく誰かが撫でていった…ような気がしたことを最後に…意識は黒い海の中へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

「おとうさん…寝ちゃった……起きたときのために、ごはん持ってくるね?」

 

 

腕の中に居た竜の子は、腕の中からゆっくり這い出て、体を包む大きな黒白の翼から抜け出ては…近くの森へと飛んで行った。

 

暫くして、果物を持ってきた竜の子は、大きめの植物の葉の上に果物を起き、眠る父が何時起きてきても直ぐに食べられるように貢いだ。

だが、何時まで経っても父の瞼が開くことは無く…体を包んでいる黒白の翼も動かず…来る日も来る日も…唯々眠る父の為に、食べ物を持ってくるのだった。

 

 

 

「おとうさん……ボク…待ってるね?…ずっと…ずっと待ってるから。だから…起きたら、また一緒に遊ぼう?」

 

 

 

竜の子の言葉は……虚しく空へと溶け込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『───、────?────!────。』

 

『────!────。────?────!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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??? ■を汲み取り…与え…■を確立させよ
第七八刀  初めまして♪




最終章突入です。




 

フィオーレ王国にある、マグノリアと云われる街にて、つい3日程前…最終戦争(ラグナロク)と歴史に名を残すような大規模且つ激しい戦争が巻き起こっていた。

 

人と人とが争う生産性の無い戦いに於いて、戦いの引き金となったのは1人の少女の心臓であった。

 

とあるギルドの名を連ねる魔法…妖精の心臓(フェアリーハート)は、その名に似合わず世間の根底を引っ繰り返しかねない程の力を持っていたのだ。

 

それを巡ってやって来た、敵国たるアルバレス帝国。

数多くのギルドを束ねて為していたアルバレス帝国は、戦争で王と直属の部下を数名喪った事により機能しなくなり、少しずつではあるが解体されていった。

 

そして語らずにはいられない…アルバレス帝国との戦い、戦争に見事勝利を収めたギルド…妖精の尻尾(フェアリーテイル)

このギルドは、最初こそ追い詰められていたものの、信頼しあう仲間と共にアルバレス帝国のトップ12人を1人ずつ倒していき、今では──────

 

 

「おーい!そこの釘取ってくれー!」

 

「あいよー!」

 

 

3日前の戦争で破壊されてしまった街を、責任持って修繕していた。

 

 

いくら戦争だとしても、己等が住む街を破壊してしまったことには変わり無し。

戦争が終わったからと、破壊した街をそのままにするという訳にもいかんと、マスターマカロフの号令の元修繕に当たっているのだ。

 

無論、避難していた住人も心優しく手伝いを申し出てくれており、フェアリーテイルのみならず戦争に参加したギルドまでもが助っ人にやって来てくれていた。

 

となれば、魔法が使える魔導士が数多く居るため、3日目にして街の修繕は7割方終わりを迎えていた。

 

残る3割を修繕している最中、戦争を終えて得たのは…何も勝利だけではなかった。

ギルド内では恒例行事となっていたジュビアのジュビアによるグレイの為の恋のハリケーンは、何時もと同じように軽くあしらわれ──────

 

 

「グっレっイっ…様ーー!!♡ジュビアっ、グレイ様の為にお弁当をお作りしました♡」

 

「ん?おっ、ありがとよ」

 

「…………ハッ!受け取ってもらったことが嬉しすぎて、意識が宇宙の彼方に…!」

 

「大袈裟だなオイ…」

 

 

「あいつら…なんか雰囲気良くなってねぇか?」

 

「チッ…イチャイチャしやがって…」

 

 

弁当を作って渡す程度、今更何とも思わないだろう。

何故なら…半年ほど同じ屋根の下で生活した、ふか~い関係なのだから。

因みに、その事は口の軽いハッピーからギルドメンバーのみんなへと、大々的に打ち明けられているので既に周知の事実だったりする。

 

但し、バラしたハッピーはその後、グレイの手によって半日氷付けにされた。

 

 

「ガジル!どう?ここら辺は終わった?」

 

「ギヒッ!今ちょうど終わったとこだぜ」

 

「良かった!じゃあ、一緒に買い物行こ?」

 

「おう」

 

 

「こっちなんてなぁ…」

 

「もう隠す気無しの奴等だしなぁ…」

 

 

ガジルとレビィ…この2人は最早、ギルドにおける新たなカップルとして意外性を見せ付けていた。

 

所々でレビィからガジルへのアプローチや、照れ隠しなどを見抜いていた大人組としては、やっとか…という心境であったが、長年想い続けていたジェットとドロイは、これを機にレビィのことをすっぱり諦め、ガジルとレビィを素直に祝福する事にした。

 

と言っても、モヤモヤは消えないので、時々勝負を挑むのだが……10秒数える前にKOされている。

 

 

「うおっしゃーーー!!!!材料運びはオレに任せろーーーーー!!!!」

 

「うおーー!?おいナツ!?でけぇ木材持ったまま暴れ回んな!!」

 

「あーー!!??そこオレが今直したとこなのにーー!!!!」

 

「オレの昼メシがーーーーー!!??」

 

「「「誰かナツを止めろーーー!!??」」」

 

「ちょっとナツ!運ぶのは良いけど迷惑かけないの!」

 

 

「こっちは…まぁ…」

 

「昔からだしな。何だろ…こう…親になった気分?」

 

「ちょっと分かる」

 

 

ナツは戦争で負った怪我がどうしたと言わんばかりに、包帯はまだ巻いてはいるものの、人一倍動いて人の十倍被害を出していた。

ギルド内でも特別物を壊すことで有名なナツが、更なる力をつけたことによって、更なる破壊を撒き散らしていた。

 

そんなナツを止めるのはルーシィだったのだが、最近はリサーナが付きっきりでナツの傍に居て、何か悪さするようならば直ぐに止めている。

何だかんだ言いながら、一応10年以上の付き合いであったので、古参メンバーからしてみれば久し振りに見る光景だ。

だが、この光景も見ていれば───────

 

 

「早くその木材下ろして!」

 

「お、おう」

 

「もうっ。今戦争で壊れちゃった街を修繕してるんだよ!?直す側のナツがもっと壊してどうするの!」

 

「わ、わりぃ…」

 

「これの前だって大事な木材燃やして灰にしたよね!?ナツ強くなったのはいいけど、周りの被害も尋常じゃないんだからね!?」

 

「分かった…分かったから……」

 

「あとねぇ…!あれもこうだったし────」

 

 

やんちゃな夫の世話をしている妻の構図にしか見えない。

あのナツが、大人しく言うことを聞くというのは、ナツの無邪気さを知っている者達からしてみれば、すごいの一言だろう。

だからこそ、ルーシィではなくリサーナが今では、ナツのお世話係ならぬ監視役として動いている。

 

そして、カップルを語る上で外せないのが……

 

 

「エルフマン。私が直々にお弁当を作ってあげたわよ。感謝しながら食べなさい」

 

「おう!腹が減ってきたところだったんだ。さすがエバ、漢だ」

 

「女よ」

 

 

にこやかに笑いあいながら、会話をしているのは…エルフマンとエバーグリーンである。

戦争が終わる前から、エバと同じチームである雷神衆から件のネタとして揶揄われていた2人は、ガジル達の様に戦争を機に付き合いを開始したのだった。

エルフマンの家族であるミラやリサーナは、エバとの交際についての告白には驚かず、両者の「知ってた」という言葉で一刀両断した。

 

それもそうだ、エルフマンは何かとエバを心配して、エバも興味無さそうにしておきながら、影ではエルフマンの心配をしていたし、それに属する小言を雷神衆に聞かれているのだから。

このカップルも今更感を感じざるを得ないが…戦争が起きて、動いた関係も数多くあるということだろう。

 

 

「貴様等!遊んでないで仕事をせんか!!」

 

「エルザ?女の子なんだから貴様なんて攻撃的な言葉を使わないの!」

 

「くっ…!お、お母…さん。だが…」

 

「だがもしかしも無いの。いい?」

 

「……分かった…」

 

「良い子ね♪」

 

「ちょっ…!抱き付かないでくれ!」

 

 

エルザに抱き付いている、同じ緋色の髪をしたグラマラスな女性は、()()()()()()()()()()()()()()()()実の母親だ。

戦争にアルバレスから給仕として送り込まれたエルザの母…アイリーンは、姓をスカーレットとして変え、エルザの母親として立派に生きていた。

 

 

「アイリーン!こっちに飲み物5人分頼むわー!」

 

「こっちはサンドイッチ7人分なー!」

 

「あ、はーい!少し待ってて下さいねーー!」

 

「「「「「はーーーーい♡」」」」」

 

 

未亡人ではあるが、人妻特有の色気を放ち、男の鼻の下をゆるゆるにしている無自覚アイリーンは、戦争が終わってからはアルバレスには戻らず、フェアリーテイルに入ってウェイトレスとして働いている。

 

住む場所はまだ決まっていないということで、今エルザが泊まっているフェアリーヒルズに、エルザと同じ部屋で寝泊まりしていた。

 

エルザとしては、武器等を置いてある部屋を空けて、そこに住まわせてあげようとしたのだが、折角の再会なのだから一緒に居たいというアイリーンの言葉に、嬉しさを隠しながらぶっきらぼうに了承したのだ。

 

 

 

いつも通り…そう……()()()()()()日常がそこにはあったのだ。

 

 

戦争が終結し、勝利を収めてからというもの、マグノリアには平和が…平穏が…安寧が訪れている。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()迎えることが出来た日常……。

 

 

ルーシィは街の修繕の手伝いをしながら、昔から書いていた小説を少しずつではあるが、書き上げようと励み、ウェンディは蛇姫の鱗(ラミアスケイル)に居るシェリアに会いに遊びに行ったり、カナは旅に出ようとしていた父親のギルダーツを捕まえて修繕の手伝いをさせたり、ミラは変わらず受付嬢や看板娘をしている。

エルザは余り変わりないが、母親に言われるようになってからは身嗜みに気をつけるようになった。

 

カナは酒飲みは変わらないが、だらしがないギルダーツを放ってはおけず、意外にも高い女子力を発揮してギルダーツにだらしなさを更生しようとし、ギルドは違うが…セイバートゥースのユキノは、新たなマスターとして日夜努力しているスティングの補佐を、ミネルバと共にしていた。

シェリアは偶にやってくるウェンディと、時々ではあるが天空シスターズとしてライブをしたりしている。

マーメイドヒールのカグラは、突然モデルをやってみないかと誘われているが、その悉くを断って剣の鍛練をしていた。

 

 

今日この日とて……()()()()()()賑やかさを見せながら…過ぎていったのだった。

 

 

 

しかし……

 

 

 

 

 

 違和感を感じるまで……そう長くはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────一ヶ月後

 

 

戦争が終わってから一ヶ月が過ぎた。

 

 

街の修繕に費やした日数は五日程…思ったよりも壊されていないのが幸いし、たった五日でいつものマグノリアを取り戻すことが出来た。

 

だが……その2日後…つまり終結から一週間後、フェアリーテイルに所属している者達の他に、ラミアスケイルのシェリアとセイバートゥースのユキノを入れた、ギルドフェアリーテイルの皆の胸に、小さな…本当に小さな痼りを感じた。

 

 

何も無い筈だ。

 

 

しかし…何か忘れているような…?

 

 

言ってしまえば、疑問を疑問に思うような小さなものだ。

 

 

時は更に経ち、更なる一週間後……痼りは少しだけ大きくなった。

 

 

それの所為もあって、仕事をしている時以外の、プライベートな時間にモヤモヤとしたものを感じるようになった。

 

 

原因は分からない。

 

 

何も無いということは()()()()()()()()()()()

 

 

だが、何も無いと確信しているのに、何かを忘れているのかもという矛盾を抱えることにより、心の隅に根付くモヤモヤは…違和感を生んでいった。

 

 

更に一週間後…大体一ヶ月経った時のこと、我慢という言葉を知らないナツが、とうとう根を上げた。

 

 

「だーーーーーーーッ!!最近モヤモヤするーー!!それにイライラするーーーー!!!!どうなってんだよコレ!!!!」

 

「知るかよ。つか、うるせぇよナツ」

 

 

テーブルに乗り上げ、天井に向かって炎を吐きながら叫ぶナツに、うるさそうに顔を顰めたグレイが冷静に返した。

しかし、グレイとてナツと同意見だった。

そこまでイライラはしないが、心の中で肥大化していくモヤモヤに持て余していたのだ。

 

グレイだけではない、聞いていたルーシィやウェンディやエルザやカナやミラ、ラクサスやエルフマン、その他大勢だってモヤモヤを抱えていた。

こんなモヤモヤは自分だけなのではと思い、口には出さなかったものの、叫んでみんなの心の声を代弁したナツを皮切りに、オレも私も…と、ここ最近感じていた違和感故のモヤモヤを告白した。

 

炎を吐いていたナツは、自分だけではなかった、それもギルド内の()()()感じていた。

殆どが…という言葉には語弊があるやも知れない。

ギルド内で1人を除いて違和感を感じていた。

 

では、その唯一違和感を感じていないのが誰かと言うと──────

 

 

「?? 私は得に何も感じなかったのだけれど…」

 

「お母…さんは感じないのか?こう…よく分からないモヤモヤとしたモノが…」

 

「えぇ。いつも通りよ?」

 

 

それは……アイリーンだった。

 

 

つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、違和感を胸に抱えているということだ。

 

いつも通りならば、この違和感に気がつけたのだろうが…残念ながら()()()()()()()()()()()()()()()()()()…コレの意味することがどういう事なのか、よく分からず、首を捻る事ぐらいしか出来なかった。

 

 

「ううむ…ワシにも同じものを感じておるんじゃが…何なんじゃろうな…?」

 

「マスターもですか?」

 

「ミラもか?」

 

「えぇ。けど、私の場合は少しというか…黒いナニかを覗き込もうとしているような…そんな不安定なものを感じます」

 

「う~む?」

 

 

カウンターの机の上に座って酒を飲んでいたマカロフに、ミラはその様な言葉を溢した。

要領を得ない漠然とした内容に、マカロフといえども首を捻るしか無かったのだが、偶々近くに居たルーシィはその言葉に同意した。

 

 

「ミラさんもですか!?あたしもなんか…他の人達とは違って重いモヤモヤなんですよね…」

 

「ふむ。それならば私もなのだが…」

 

「あれ、エルザも?」

 

「うむ。どうも胸に引っかかりをな…」

 

「なら、この僕がその胸の引っかかりを無くして─────」

 

「はいはい、強制閉門」

 

 

手をワキワキさせながら出て来た鼻息の荒いレオが、エルザの厚い胸部に向かっていくのを、強制閉門することで防いだ。

その後もまた出て来ようとしているのを、ルーシィか出て来れないように蓋をするように防いでいるため、レオがもう一度出て来るという事は無かった。

 

但し、出て来れなくなったレオの代わりに、バルゴが自分の魔力を使って人間界に出て来た。

 

 

「姫」

 

「あら、バルゴじゃない。どうしたの?」

 

「お兄ちゃんが「浮気してごめんよルーシィ…!もうしないから許して♪」…との事です」

 

「まだお兄ちゃん呼びなんだ…。取り敢えず、反省してない事は分かったわ。じゃあレオに当分は外出禁止って言っておいてくれる?」

 

「はい。承りました。…それと……」

 

「ん?どうかした?」

 

 

何時も無表情であるが…雰囲気的な意味で真剣な表情をしたバルゴに、ルーシィは気を取り直して話しの続きを聞こうと姿勢を正す。

 

言い辛そうにしていたバルゴは、ルーシィに大事な話しをし始めたのだった。

 

 

「姫は星霊界に星の記憶…『記憶保存所(アーカイブ)』があることはご存知かと思われます」

 

「うん。あるわよ。ブランディッシュと一緒に潜って映像を見てきたもの」

 

「星霊とは…謂わば星の意志によって創り出された存在。そんな私達は、この星…地球で起きた事象を記憶保存所に登録されている記録という形で見ることが出来ます」

 

「まぁ、それが星霊の関わったところまで…って事までは知ってるよ」

 

「はい。しかし、ここで肝心なのが…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということです」

 

「ん~…?つまり?」

 

 

バルゴが何を言わんとしているのかが分からないため、率直に聞こうと質問の答えを言うように促すと、バルゴは分かりやすくルーシィにも伝わるように答えた。

 

 

「つまり、星霊界にある星の記憶保存所(アーカイブ)に不備が発生いたしました」

 

「えぇ!?大丈夫なのそれ!?」

 

「不備と言っても、正常に記録をとり続けているのですが、先程星のアーカイブが刻んでいる記憶に違和感を感じました」

 

「今のあたし達と同じ状態じゃない。それが?」

 

「いいですか姫。人の意識の中に生まれる、所謂ちぐはぐとしたものではなく…星の記憶に不備がでているということが問題なんです」

 

「あ……」

 

 

ルーシィはバルゴに改めて言われることで理解することが出来た。

人の意識の中で生まれる、簡単に言えばしっくりこないというものではなく、星の記憶とは、起きたことをそのまま記録するため星の記憶と呼ばれているのだ。

それが違和感を感じるということはつまり……

 

 

「誰かが…干渉しているってこと?」

 

「その可能性があるかと。星の記憶には事実しかありません。()()()()()()()()()()()()()()()()()()んです」

 

「ヒゲは何て言ってたの?」

 

「星霊王は違和感を拭うために星のアーカイブを調べていますが、全天88星の王である星霊王にすら分からないとなると…その何者かは相当な手練れだと思われます」

 

「ありがとうバルゴ!助かった!」

 

「お仕置きですか?」

 

「いや何でよ」

 

 

バルゴが持ってきてくれた情報は有益なものであった。

聞いた話しをみんなに伝えるべく、ルーシィはまずマスターであるマカロフにそのことを教え、マカロフが全員を集めて情報を開示した。

 

マカロフから聞いた話を噛み砕いて理解すると、誰かも分からない何者かに記憶を弄られてしまっているということになるという可能性に、みんなは快く思わず、何故こんな事をしているのか怒り心頭といった具合になっていた。

 

 

「ちっくしょー!!誰かのせいだって分かったら尚更イライラしてきたーー!!!!」

 

「どちらにせようるせぇなお前は…」

 

「姑息な手を使う奴め…漢じゃねぇ!!」

 

「でも、攻め込んでくる気配も無いし…どういう事なのかしら」

 

「弄ってはい終わり…って釈然としないもんね」

 

 

この日は誰かにやられているということしか分からず、取り敢えずは周りに警戒を敷くことで解散とし、何かが分かり次第直ぐに報告するということになった。

レビィやフリード等は、掛けられているであろう魔法を解く為に、フェアリーテイルの書庫にある魔道書から解除に関する探りを入れたり、他の魔法で解くことは出来ないのかと探していた。

 

今のところは何も見つかっていないが、何でも良いから有益な情報が見つかるといいな…と、ルーシィは帰り道にプルーを抱えながら思案していた。

 

 

「星霊王にすら分からない程の魔法を施す魔導士…どんな奴なんだろう…。アルバレスのスプリガン12に続いて…はぁ…可愛いって罪ね」

 

「プル~~……」

 

 

少し呆れた表情をしているプルーを尻目に、ルーシィは空を見上げて、夜空に耀く鏤められた星々を見ながら無心で足を動かしていた。

 

それが為した事なのか、何時もと同じように自分のアパートに帰ろうとしていたというのに、違う道に入って普段は来ないようなところに来てしまっていた。

辺りを見回して、珍しく道を間違えたと反省しながら、ルーシィは来た道を戻ろうとしたのだが……今まで感じたことものとは違う違和感を感じ取った。

 

 

「この道…滅多に来ない筈なのに…何回も来たことがあるような気がする…」

 

 

抱える違和感を拭おうと、既視感のある道を進んでいき、左右に分かれた道も無意識の内に選択して進んでいた。

まるで……知っているところに向かっているような。

 

向かっていく内に急な不安を感じたルーシィは、抱えているプルーをぎゅっと強く抱きしめ、暫く続いていた一本道から空けた場所に出た。

 

 

 

そこには──────何も無かった。

 

 

 

「あれ…この場所……前に何か建ってたのかな…?建物が建てられてた形跡があるし…けど、ここら辺って何があったっけ…?」

 

 

少しの間思い出そうとしていたルーシィだったが、結局は分からずじまいで終わり、アパートへと帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────次の日

 

 

「クッソォォ─────ッ!!誰だオレ達に魔法掛けてる奴はァ─────ッ!!出て来いやーー!!!!」

 

「それで出て来たら苦労しないでしょ」

 

「未だに分からずじまいで、果てにはルーシィが突き止めたあやふやな情報以外見つからないってなると…」

 

「犯人を見つけるまで、困難を極めるね」

 

 

フェアリーテイルは翌日にも全員揃い、何かをされているという事が分かると膨れ上がってしまった違和感を拭うために、解除するために試行錯誤を繰り返しているのだが……掛けられているであろう魔法を解くことが出来ない。

 

仕方ないと仕事に行く者もチラホラと見られるようになり、周りに警戒を敷くことはやめず、かといって仕事を行いながら情報を探すという手を取るようになった。

 

 

「はぁ…もうーー!!全く分かんない~~……。」

 

「前途多難ね…私も色々探してるんだけど、何も見つからないもの」

 

「ミラさんもですか…」

 

 

テーブルにぐでーっと倒れているところに、給仕をしているミラが通り、自分にも進展は無いことを告げる。

 

この、何が起きているのかも曖昧な日常を送っているというのに、少なからず不快感を覚えてしまう。

しかしそれも仕方ないというもの…何者からか攻撃を受けていると知って、快く思う者等居ないはずだ。

 

 

「……あっ、アパートの鍵どこだっけ…」

 

 

ルーシィは朝にアパートの鍵を閉めた時に、どこにしまったのかをふと忘れてしまい、後で態々探さなくてもいいようにと探し始めた。

しかし、どこにやったのか完全にど忘れしてしまい、ポケットなどを探しているのだが、中々見つけられずにいる。

 

 

『スカートの後ろポケットじゃないかしら?』

 

「えっ……あ!ほんとだ!良かったぁ…ありがとう!」

 

『うふふ。いえいえ♪』

 

 

ルーシィは勘によるものであろう提案を聞き、その通りに履いているスカートの後ろポケットに手を入れてみると、自分が住んでいるアパートの鍵を見つけることが出来た。

 

見つけてホッとしているルーシィだが、彼女の前の席に座ってシャルルとジュースを飲んでいたウェンディが…カタカタと震えながらルーシィに話し掛けた。

 

 

「る、るるる…ルーシィさんっ…!」

 

「どうしたの?ウェンディ」

 

「う、うううう…後…ろ……!」

 

「え、何なの?」

 

 

尋常じゃない震え方と、顔中に掻いている脂汗に何がどうしたと疑問に思いながら、ふと…さっきポケットに鍵が入っているだろうと教えてくれた人の声が、フェアリーテイルの中で記憶に無い人の声だったことを、今更ながらに思い返した。

 

それだけならばウェンディが震える必要等無いと言えるのに、そこまで震える理由があるということが瞬時に分かってしまった。

 

何故か分からないが、ルーシィまで嫌な汗を噴き出し、顔を青くさせて恐る恐ると振り向いた。

 

 

『うふふ♪こんにちは♡』

 

 

同性のルーシィですら、余りの美しさに惚けてしまうほどの…それはもう絶世という言葉では表せない美女が、ルーシィの振り向いた先に居た。

 

 

但し……背中に翼を携えて。

 

 

それも……宙にふんわりと不自然に浮き…奥にある扉が体を透かして見せていた。

 

 

目に映して捉えた女性は……幽霊のようだった。

 

 

「き……」

 

『き?』

 

 

 

 

 

 

 

 

「キャ──────────ッ!?出たあぁぁぁ──────────────ッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルーシィの絶叫がフェアリーテイル内に止まらず、世界中にまで響き渡っていった(嘘)

 

 

 

 

「どうしたルーシィ!?」

 

「何があった!?」

 

「み、耳がぁ…!?」

 

「ででででで出た!出たぁ…!」

 

 

絶叫を聞いたメンバー達は、飲んでいた酒などを放って急いで駆け付けてきた。

新装されたフェアリーテイルは広く、離れたところに居る者達は幾らかの時間が掛かるかも知れないという筈なのに、仲間のピンチのために魔法を使ってでも駆け付けてくれた。

 

椅子から転げ落ちて尻餅をついているルーシィの肩に、ミラが手を置いて支えてあげ、同じチームであるエルザとナツとグレイがルーシィの前に壁になるように立ち塞がり、何が起きても対応が出来るように拳に炎を灯し、握り拳を腰付近に持ってきた掌に付けてルーティンを取り、剣を換装して構えていた。

 

この場に集まった者達が見たのは、目をハートにしながら鼻の下をでろんでろんに伸ばしてしまう程の絶世の美女と……女性が黄色い悲鳴を上げてしまうような顔立ち整った男性の幽霊のような存在だった。

 

 

『ふむ…総員集まるのに約7.35秒。前で構える若人達が臨戦態勢に入るまでに掛かった時間は実に0.32秒…40回は死んでいるな…』

 

『うふふっ。まぁ可愛らしいこと。この子達が()()()()()だなんて…素敵じゃない♪』

 

 

「な、何か1人増えてる!?」

 

「何だコイツら!?いつからここに居た!?」

 

「分かんねぇ…!ルーシィの悲鳴が聞こえるまで気配も感じなかった…!」

 

 

女性の他に、何時の間にか隣に男性まで追加され、その男性の背中にも翼が生えていた。

女性がまさに白金と言える()()()()()()()()()()を持ち、男性は()()()()()()を持っていた。

人類最高レベルの整った顔立ちを見て、男性メンバーは鼻の下を伸ばし、女性メンバーは熱い吐息を溢しそうになるが、誰かも分からない存在だと言い聞かせて気を引き締め、臨戦態勢を解くこと無く目を離さない。

 

そんなフェアリーテイルメンバーを前にして、突如現れた二人は片や難しそうな顔をしながら顎を擦り、片や美しい微笑みを浮かべて頬に手を当てていた。

 

警戒しているメンバー達の間から、マスターであるマカロフが足下から人を掻き分けて出て来て、二人に単純な質問を飛ばした。

 

 

「お主等は一体…何者じゃ」

 

『初めまして♪私達は───────』

 

 

 

 

 

 

 

運命の歯車が今嵌め込まれ…少しずつ動き始めた。

 

 

 

 

 

 




なんか…久し振りに書いたから可笑しな文とかがあるかもしれません。

その場合は申し訳ない。



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第七九刀  行ってみれば解る



まぁ…幽霊さん達の正体バレても仕方ないネっ!

……モンハンWやっていたらランクが100突破しました。
まぁ、オンラインには300とか居ますので、まだまだ半人前なんですよね笑




 

 

 

『私達は──────唯の幽霊です☆』

 

 

 

 

絶世の美女である女性は…そう宣った。

 

 

「「「─────見れば分かるわッ!?」」」

 

 

そして…フェアリーテイルの全メンバーの叫びは、尤もとしたものであった。

 

半透明の体を持ち、魔法を使わず宙に浮いている存在などソレぐらいしかないだろう。

もっとも、この自己紹介でウェンディは完全に信じ込み、そういう系が弱いこともあってルーシィの後ろに隠れてしまった。

 

それを見た女性幽霊は、縮こまるウェンディを小動物か愛玩動物に向けるような暖かい視線を送った。

 

 

「……実際のところ、お主等は何者じゃ?何時からそこに居た?」

 

『私達が何者であるのか。それはこの際明かすべき時では無い。明かしたところで()()()()()()理解出来ないからだ』

 

「あくまで話す気は無い…ということかのぅ」

 

 

男性幽霊が代表するマカロフの問い掛けに答え、マカロフは返答に対して顎の髭を擦った。

ならばと、何時からそこに居たのかという質問ならば答えてくれるのか?と問うと、黄金の翼を持つ男性幽霊は、それならば答えても良いだろうという事で明かすことにした。

 

 

『私達は─────一月(ひとつき)前からここに居た』

 

「一月前…?」

 

 

答えられた返答は……ちょうどモヤモヤを抱える事になった期間と同じくらいだった。

マカロフは冷静に、今目の前に佇む二人の幽霊がこの違和感の正体であるのかどうか思考し、違和感を与えたところで幽霊の二人にメリットが無いということに至り、違和感の正体がこの二人である可能性は低いだろうと結論付けた。

 

しかし、フェアリーテイルには気が早く、大抵人の話を聞かなく早とちりするおバカさんが居るわけで…

 

 

「やいやいやい!オレ達に変な違和感感じるように変な魔法掛けてんのお前等だろ!さっさと元に戻しやがれ!!」

 

「おいナツ!」

 

「ナツぅ…決めつけるの早すぎるよぉ…」

 

 

ナツの頭の中では既に、目の前に居る二人の幽霊が違和感を感じる犯人であるということになっているらしく、早速決めつけた幽霊二人に指を突き付けた。

これには慣れっこであるメンバー達は、またナツか…と呆れた溜め息と視線を寄越していた。

 

勝手に犯人であると決め付けられた幽霊二人の内、女性幽霊は相変わらずの美しい微笑みを浮かべたままであり、男性幽霊は額に手の平を当てて天を仰いでいた。

 

 

『はぁ…こんな頭の足りん子供に託さなくてはならないのか…?不安しか感じんぞ……』

 

「ンだと!?」

 

『まあいいじゃない貴方?こういうおバカさんな子の方が案外…危機的状況を打破してくれるんですもの』

 

『ならば…良いのだが……』

 

「おい!人の悪口言いながら無視してんじゃねェェェッ!!!!」

 

「あ、このバカ!?」

 

 

沸点の低いナツは、直情型によくある早計の攻撃を仕掛け出した。

炎を拳に灯して男性幽霊の元まで跳び上がり、横っ面に拳を叩き込もうと振りかぶり…拳を振った。

 

その光景を目を細めて見ていた男性幽霊は…跳び込んでくるナツを迎撃すべく同じように拳を振り上げ───────

 

 

「のわぁ───────ッ!?」

 

『なんてな。幽霊と言っただろう。もう忘れたのか?』

 

 

…る事も無く、直立不動のままでいた。

するとナツは男性幽霊の体をするりと抜けていき、男性幽霊の背中越しに着地した。

最初に女性幽霊が冗談めかして幽霊と言ったが、それに近いものであるために触れることは不可能。

 

少し考えれば…というよりも見たまんま物理は効かないだろうことはわかるというのに、そこはナツらしく人の話を全く聞いていないので突っ込んでいった。

十中八九そうなるだろうと思っていたマカロフは、腕を伸ばしてナツの襟首を掴むと引き寄せて、少しキツめのチョップをお見舞いしてたんこぶを作った。

 

 

「話を戻させてもらうが…お主等は何のためにこの一ヶ月、このフェアリーテイルに居たんじゃ?お主等がここに居るようになった時と同じくらいの時期から、ワシ等には理解が出来ない違和感を感じるようになった事と関係があるのか?」

 

『──────有る。大有りだ』

 

『私達は私達の目的の為もあり、あなた達にとある情報を渡そうとこの一ヶ月近くで見守らせてもらっていたの』

 

「そのとある情報…とは?」

 

『それは───────』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おぇっぷ…」

 

「何かあれね…厄介事は全部あたし達よね…」

 

 

列車に乗っているナツは見事に乗り物酔いを発動させてダウンし、隣に座るエルザから半強制的に膝枕をされていた。

ルーシィはその向かいの席に座って対面しており、その隣にはシャルルを抱えているウェンディが座り込んでいた。

 

間に通路を挟んだ隣の席にはグレイとハッピーがすわっている。

光景としては、フェアリーテイルに於ける暫定最強チームのメンバーが揃った光景がそこにあった。

 

 

「マスターのご指示だ。そう文句を言うな」

 

「あうぅ……」

 

「ちょっと大丈夫なの?あんた」

 

「ごめんねシャルル…わ、私も乗り物酔い……うぅ…」

 

「いつ見ても思うが、ドラゴンスレイヤーは乗り物に関しては不憫だな」

 

「あい!」

 

 

ウェンディは1年経った時には、真のドラゴンスレイヤーとして力をつけたことによりナツ同様の、極度の車酔いが発動するようになってしまっていた。

トロイアという魔法を使用すれば乗り物酔いを克服する事が出来るが、掛ければ掛けるほど効き目が薄くなってしまうので、高々移動しているだけで使うべきではないと我慢しているのだ。

 

 

「にっしても…」

 

「うん……」

 

 

 

 

『それは─────ある場所に行ってみれば分かる』

 

 

 

 

「答えが漠然とし過ぎてない?」

 

「だな。面倒くせーことしねぇで答えてもいいと思うんだがな」

 

「恐らく、指定されたその場所にその答えに至れる程のモノがある…という事なんだろう。口で言われるよりも実際に見て来い…という話しだ」

 

 

何故、今最強チームが列車に乗って移動しているかというと、男性幽霊からとある情報という答えを聞けない代わりとして、男性幽霊と女性幽霊が提示した場所に向かってソレを見て来いと指示されたのだ。

 

 

 

 

『百聞は一見にしかず。私の口から言うよりも見た方が早い。地図を持って来い。あぁ、ここら一帯のみを写している地図ではなく世界地図だ。…よし、いいか?良く聞くのだぞ。マグノリア?だったか、それを大方ここらだとすると、私が行ってもらいたい場所はここから東へ遙か数千キロ離れた所にある大陸…東の大陸だ。その大陸のこの辺りに─────君達が望むモノがある』

 

 

 

 

「遙か数千キロって…遠すぎるでしょ……」

 

「仕方あるまい。それも─────」

 

 

 

 

『それとこれだけは先に言っておく。()()()()()()()()()()()()()()。最低でも4日以内に東の大陸に到着し、目当てのモノを探し当ててもらわねばならない。何、案ずることはない。目当てのモノは……()()()()()()()()()()()()()()な。それに君達は魔導士だ。それなりに腕が立つならば4日で数千キロ位の朝飯前だろう?』

 

 

 

 

「朝飯前な訳あるか!?」

 

「全力で向かっても…ギリギリ着くか着かないかってレベルだぜこりゃぁ…」

 

 

男性幽霊から提示された条件は、4日以内に東の大陸へと渡しきり、尚且つ目当てのモノを探し出せというものであったのだ。

本来ならば1週間から2週間程掛けて進む路を、たったの4日間で進まねばならない。

 

そこで白羽の矢を立てられたのが、お馴染みの最強チームであったのだ。

これは全てがマスターであるマカロフからの指令…という訳でも無く、このモヤモヤを早くどうにかしたいのと、やられっぱなしは気に入らないというナツの進言により、ナツの居るチームが行くこととなっていたのだ。

 

最初こそ、ナツは走って行こうと宣っていたのだが、間に合う筈が無いと即刻却下され、後にメストのダイレクトラインによって、魔力が尽きるまでの範囲で送ってもらい、そこから一番近い駅を探して魔導新幹線に乗って東を目指していた。

今は一度目の魔導新幹線を乗り換えて2回目の魔導新幹線に乗っている。

 

期限が4日であり、大雑把に計算すると一日で四分の一を進めばいいという事になるので、現地点ではもうそろそろそのノルマを達成しようとしていた。

 

 

「この心のモヤモヤ…何をしたらこうなったんだろう……」

 

「星霊界の記録?ってやつにも、それと同じ様なこと起きてたんだろ?」

 

「うん。バルゴが言うには、記録は一見異常が無いように見えるんだけど、言葉にするには難しい違和感を感じるんだって」

 

「記録に違和感は有り得ないからこそ…異常…か」

 

「ルーシィ、星霊が記録取り間違えたってことはないの~?」

 

「あるわけないでしょ!星の記録を録るのよ?間違えようがないじゃない」

 

 

魔導新幹線の中で、唯一の手掛かりであった「確実的な第三者による介入」による情報を再度確認していた。

 

星霊界というのは本来、人間界とは全くの別次元に位置する別の世界。

つまり、人間には()()()()()()()()なのだ。

 

しかし、此度の事件に於いて、その星霊界に人間が干渉していると判断すると、必然的にその人物は…未だ嘗て片手で数える程の者しか為し得なかった()()()()()()()()()()()を可能としているということだ。

至上最悪の天才黒魔導士ゼレフ…彼にですら自力での別次元への干渉は匙を投げ、あの黙示録に記されし終焉を招く魔竜アクノロギアですら、次元の歪みというものを喰らうことで別次元への干渉を可能とした。

 

別次元に干渉する以上、推測される魔力は聖十大魔道に並ぶかそれ以上…もしくはそれらが馬鹿らしく感じてしまう程の途方も無いものだろうと思われる。

話し合いで解決されればそれ以上に良いことは無いが、戦闘へと移行してしまった場合は…どうなるかは分からない。

 

 

「何も起きなければ良いが…」

 

 

エルザの言葉が静かにその場に落とされ、乗り物酔いしているナツ以外の総意でもあった。

 

 

そして……時は過ぎ去り4日後。

 

 

エルザ達は途中で野営等をしながらも地図を見て進んで行き、東の大陸へと渡り歩いては…男性幽霊に言われた通り、期限内に目的の場所の付近にまで来ることが出来た。

途中で盗賊等に出会してしまい襲われたが、強くなって戦争を勝ち抜いたナツ達の敵では無く、あっという間に倒された。

 

今までに経験の無い大陸を渡るという行為。

中央にある大陸から東の大陸…所謂東洋の国へと足を踏み入れたナツ達がまず最初に感じたのは……美味しいと感じてしまう程のエーテルナノ濃度。

 

体が勝手に吸収することにより、魔導士が魔法を使用する代わりに失っていく魔力へと変換される大元…エーテルナノ。

そのエーテルナノの濃度が異様に高く、山の中に居る時に吸う澄んだ空気のように、勝手に吸収されるエーテルナノが体に入り込み吸収されていくのが感じられてしまうほどに高濃度且つ澄み切っている。

 

 

そして……ここから数キロ離れているであろう場所から発せられている()()()()()()()()()()

 

 

道行く途中で擦れ違う人々は魔力を持たない為か、この異常とも思えてくる魔力について気が付いていないらしい。

知人とお喋りに興じて笑い合っている光景を見ていると、気が付いていないと見えるからだ。

 

実際のところは、強くなったナツ達の探知能力が優れているために感じ取り、実際には平凡の魔導士でも気が付かないような魔力である。

それ故に東の大陸にあるギルドの魔導士も、一般人同様この得体の知れない魔力に気が付いてすらいない。

 

 

「……目当ての奴は…あの方角だよな」

 

「……『行ってみれば解る』…そう言ってたもんね」

 

「……行くしかありませんね」

 

 

覚悟を決めたルーシィやウェンディ達は、その得体の知れない魔力に向かって進んで行く。

まだ数キロ離れているであろう距離だというのに、否が応でも冷や汗を流させる程の魔力。

量が既に聖十大魔道以上と感じて取れる程なのに、注意すべきはその質。

 

ナツのような直情故に荒ぶる荒々しい魔力でもなければ、グレイのように冷静な面がある故に氷のように澄み渡っている魔力でもなく、ルーシィのように抱擁力のある思いやり溢れた優しげな魔力でもなく、ウェンディのように優しさの中にある芯の通ったようなしっかりした魔力でもなく……唯々暴力的且つ神聖的。

 

肌を針か釘で突き刺しているような攻撃的なのに、その奥に有るのは聖なるものという訳では無いのに、神聖さを感じさせる超常的魔力。

 

人が崇め信じ信仰する神を見立てた像の前に立ち竦む時のように、世界から絶賛される絶景を見渡すことが出来る場所に立って見渡している時のように…人が尊さを感じ、神々しいと評すようなそれ。

だというのに暴力的で、なのに澄み渡り、何物にも凌駕される事が無かろうと思えるほどに邪悪で、何処までもそこに在り続けていたかのような真直であり…故にこそ篤実。

 

そんな魔力が……目の前に広がる()()向こうから感じ取れて…いや、叩き付けられて仕方が無い。

 

 

「良し──────征くぞッ!!」

 

 

「「「「おう/はい!!!!」」」」

 

 

意を決して…広がる森へと進んで行く最強チーム一行達。

 

辛うじて擦れ違う数少ない現地人達が()()()()()()()()()()()森へ入り込んだナツ達が感じたのは……驚くほどの静けさ。

まだ前から見ただけであり、上から見た訳でも無いことからまだ何とも言えないことから表現はし辛いが、普通ならば動物の一匹や二匹がいても可笑しくない筈だ。

 

しかし、今のところは動物の一匹も見ることも無く、道なき道を進んで行く。

視界に映るのは木…木…木…森故に当たり前なのだが、これ程の静けさは……不自然だ。

 

 

「ハッピー!」

 

「なーに?ナツぅ」

 

「一回上から見てこようぜ!」

 

「あいさー!!」

 

 

ハッピーに抱えられたナツは、冒険心に少しの炎を心に宿しながら、折角ここまで来たならば少しくらいはバチは当たらないだろうという軽い気持ちで空から見ようとした。

エルザ達は空からの光景はナツ達に任せて、こっちは進んで行こうという意思であり、シャルルもウェンディを抱えて飛ぼうとしたその時……

 

 

「がは……ッ!?」

 

「うわあぁ───────っ!!」

 

 

「ナツ!?」

 

「ハッピー!?」

 

「ど、どうしたんですか!?」

 

 

今さっき空へと飛んで行った筈のナツとハッピーが…すごい速度で落ちてきては地面に叩き付けられたのだ。

ハッピーの飛行ミスとは思えない驚いたエルザ達は直ぐに駆け付けた。

ナツは口元を手の甲で拭い、空の方を鋭い目で睨み付けていた。

 

 

「ナツ!一体何があった!?」

 

「ハッピー!なんで落ちて来たのよ!?」

 

「あい…空に出ようとしたら…」

 

「何か分からねぇのに殴られたんだよ」

 

「殴られたァ…?」

 

 

ナツとハッピーから事情を聞いたエルザ達は、一様に空に向けて視線を向けると……そこには一匹の大きな猿が此方に向かって視線を送っていた。

 

 

「キキッ……」

 

「あいつか…!」

 

「あっ、降りてきた!」

 

 

姿を確認することが出来た猿は、マグノリアの近くの森等に生息する森バルカンのような容姿では無く、腕が長いのは特徴であるが、それ以外は一見普通の大きいだけの猿であった。

大きさは約2メートル程、毛並みは茶色である。

 

 

「あいつ…!良くもやりやがったな!お返しだコラァ─────────ッ!!!!」

 

「あんたは少し冷静になりなさいよ!!」

 

 

早速とばかりに殴り掛かっていったナツに、ルーシィは叫ぶようにツッコミを入れながら念の為にと鍵を取り出した。

ナツ程の実力者ならば、先程のは不意打ちであったが為に受けたのだと思っていたのだ。

しかし……殴り掛かられた猿は二足歩行状態で立っていても地面に付きそうな程の長い腕を持ち上げ……ナツの拳を受け止めた。

 

いくら魔法を使っていないとはいえ、殴ったのはナツとなると、それ相応の力と破壊力を持っているというのに…猿は軽々と受け止めてしまった。

この時点で普通の猿とは明らかに違いすぎると直感したエルザは剣を換装し、グレイも構え、ウェンディは何時でもサポート出来るように準備をした。

 

ナツは殴った時の握り拳を更に握り締められ、その場で左脚を軸とした回転を加えて背後にある木の方へと投げ飛ばされてしまう。

ナツの拳を受け止めた以上、純粋な腕力でいうとナツ以上であるため、投げられたナツは破壊音を立てながら木を数十本程へし折っていった。

 

 

「ナツ!あんのバカ…!世話が掛かるぜ全くよ!アイスメイク・『氷創騎兵(フリーズランサー)』ッ!!」

 

 

構えられた両手から氷で造られた槍が無数に飛び出し、投げ飛ばした後で背を向けている猿せと向かっていく。

だが、それを事前に察知していたのか…その場で大きく跳躍して回避すると木の枝を掴んで一回転、仕返しと言わんばかりに勢いを付けて足蹴りを放ってきた。

 

回避されたと同時にグレイは次の魔法の準備の為に構え、その脇をエルザが黒羽の鎧に換装を済ませながら駆け抜けていった。

 

 

付加(エンチャント)・『攻撃力倍化(イルアームズ)』っ!」

 

「ハァ─────ッ!『黒羽・月閃(げっせん)』ッ!!」

 

「キキッ…!」

 

 

猿に向かって斬り込む瞬間を狙い、ウェンディが攻撃力を倍化させる魔法をエルザへと施し、エルザの強力無比の斬撃が猿へと繰り出されていった。

黒羽の鎧によって攻撃力を更に上げられているエルザの攻撃を、猿は尻尾を隣の木から伸びていた枝に巻き付け、辛うじてといった具合で避けることに成功した。

 

但し、避けることを優先してしまったが為に…体のバランスを空中で崩してしまい、その隙を突いてグレイがルーシィの足下から氷柱を迫り上げさせて猿の元へと送り届け、ルーシィはタウロスの星霊衣(スタードレス)を着たタウロスフォームへと移行していた。

 

 

「─────『ルーシィパンチ』っ!」

 

「キっ…キキッ…!!」

 

 

タウロスの怪力を身に付けたルーシィのパンチが迫り来る中で、猿は足で受け止めて衝撃を和らげるために後方へと跳躍した。

攻撃が不発に終わってしまったルーシィはしかし…後方へと避けた猿に向かってにっこりとした笑みを浮かべた。

 

 

「ナツ!!」

 

「おう!!」

 

 

なんと、最初に投げ飛ばされてしまっていたナツが復活を果たし、ニヤリと笑いながら拳に炎を灯して振りかぶっていた。

猿の背後から駆けてくるナツを見たルーシィは、猿をナツに向かって向かわせると同時に、今度は逃げられたりしないようにと周りに枝などが無い所へと殴ったのだ。

 

誘導は見事成功し、ナツは最初に投げられたときの小さな恨みと共に猿の横面を殴り飛ばしたのだった。

 

 

「オラァ────ッ!!『火竜の鉄拳』ッ!!」

 

「────────ッ!?」

 

 

殴り飛ばされた猿は、ナツを投げ飛ばした時以上の速度で飛んで行き、数十本の木を薙ぎ倒しながら吹き飛ばされていき、少し大きめの木に叩き付けられてめり込み、目をグルグルと回しながら気絶した。

 

突然の戦闘を終了させたナツ達は集合し、今までに戦ってきた猛獣等よりも強く、エルザのような強い魔力を持っている人間に対しても襲い掛かってくる、そんな獰猛性を持つ動物に散り散りにされないよう出来るだけ固まって移動していくことにした。

 

ナツには必要無いと言われたが、ハッピーはそう丈夫な訳でも無いので、念の為にとウェンディに回復の魔法を掛けて貰ったハッピーは、突然の攻撃に驚いた反動なのか空を飛んで見てくるという線は捨てて、精々ナツ達と同じ目線になる程度の高さで飛行していた。

 

 

「あの猿…バルカンより断然強かったな」

 

「それも、人間のような避け方をしたな」

 

「まるで見て覚えた…みたいな感じだったわ」

 

「まっ、オレ達なら楽勝だけどな!」

 

「最初に向かって投げ飛ばされてたクセに良く言うぜ」

 

「ンだと!?」

 

「やめんか。こんな所で喧嘩する前に、また襲われても対処出来るよう周囲を警戒しておけ」

 

 

喧嘩を始めようとしているところをエルザが宥め、次に襲われても直ぐさま対処が出来るようにと周囲に警戒をしておくよう指示を飛ばした。

ぶつくさ言いながらも既に承知しているナツとグレイは、何だかんだ言いながら言われる前から警戒していた。

 

そして一行は得体の知れない魔力に向かって再び進み始めた。

草を掻き分け邪魔な枝を折り、大きな岩を迂回しつつ出会してしまった猛獣等を蹴散らしながら。

彼等は進み続けた。

 

やがて残り数百メートルという近場にまで辿り着けたのだろう……感じられる魔力が顕著となりて、一際肌から解ってしまう魔力に圧倒されていた。

嘗てアルバレスとの戦いに於いて、スプリガン12の総長たるオーガストという老人は、それは凄まじい魔力の持ち主だった。

 

知られてこそいないが、父を彼の有名なゼレフ、母をフェアリーテイル初代マスターであるメイビスに持っていたオーガストは、魔法のみにならず人類最高レベルと称して良い程の魔力の持ち主だった。

だからこそ圧倒された、だからこそ冷や汗だって流した。

 

だというのに…これは一体どういう事だ?

別次元にすら手を出していると分かっている以上、推測される魔力は確かに強大だと思っていた。

だがしかし……これは些か強大過ぎやしないか。

 

これではまるで、星の魔力が凝縮してそこに在るように感じてしまう圧倒的存在感。

 

 

──────ぐううぅうぅぅううぅうぅ……。

 

 

「………………。」

 

「………………。」

 

「………………。」

 

「………………。」

 

「………………。」

 

「………………。」

 

「……腹へった」

 

 

「「「──────マイペースか!!」」」

 

 

──────ぎゅるるるるるるる……。

 

 

何気に半日以上何も食わず、真っ直ぐここまでやって来ていたが故に、ナツの腹から大きな虫が鳴った。

 

いざ征かん!と、意気込んだところで出鼻を挫かれてしまったエルザ達は、何ともナツらしいと思いつつ、ここまであからさまだと逆にこっちまで何も食べていなかったことを思い出して小腹を空かせた。

 

減ってしまったものは仕方ないと、ナツを筆頭に軽めの食事をすることにした。

流石にどうなるかは分からない為、ガッツリ食べる訳にはいかないので、其処らの木に生っている果物等をもぎ取って食べることにし、東の大陸にしか生らない珍しい食べ物を確保した。

 

幸いな事に今日は期限の4日目であり、今すぐ行かなくては間に合わないという事でも無いのだ。

腹が減っては戦は出来ぬともいう…と、言い聞かせて食べる。

 

 

──────ぽとっ

 

 

「あ、落っこっちゃった…。やっぱり3個ずつしか持っていけないや」

 

 

するとほんの少し離れた茂みのところから、何かを落とした音と人の声が聞こえ、こんな所にも人が居たのかと驚いてナツ達は一様に振り向いた。

しかし、人の声がして流暢に喋っていたとしても、それが人の者による言葉とは限らず。

ここは深く広大な立ち入り禁止の森、そんな所に態々人が迷い込もうと思う筈も無く、又は迷い込んで来たでは無く…元からここに居たということもある。

 

ナツ達が見たのは、人だと思っていた者は紅い鱗をその身に生やして覆い、二本の足で動いているのではなく背中に携えている翼を使って飛行して、己の背丈よりも高い位置にある果物をもぎ取って両腕に抱えていた生物。

元から3個両腕に抱えているところに、無理矢理もう1個持っていこうとした為か、小さい体でそれは叶わず落っことしてしまったのだ。

 

下に降りてきてはその果物を持とうとして四苦八苦し、持てないならば乗せれば良いじゃない、という結論に至ったらしく、果物を頭の上に載せて器用にバランスを取っていた。

 

 

そしてその生物を見た瞬間──────ナツが駆けた。

 

 

「ドラゴンだァ───────ッ!!捕まえろハッピー!!」

 

「あいさーーー!!!!」

 

「───っ!バカ者!不用意に近付く────」

 

 

ハッとした時には既に駆け出しており、エルザの静止を振り切って捕まえんと迫っていた。

 

 

「えっ、なに…!?う、うわぁあああああっ」

 

 

慌ただしい声と足音で捕まる前に察知した生物……ドラゴンの子供は、ビックリして飛び上がりながらも頭に載せた果物を落とすことなく、ピューっと飛んで逃げていった。

 

 

「なにっ、なんなのっ!?こ、恐いよお父さぁぁぁぁぁぁんっ!」

 

「聞いたかハッピー!父ちゃんが居るってよ!親のドラゴン居んぞ!!」

 

「あい!オイラもう居ないと思ってたけど、他にも居たんだね!」

 

 

子供のドラゴンに夢中で気が付いていないナツとハッピーは、後ろの方で叫んでいるエルザやグレイの事など放っておいて走り、仮に親のドラゴンに会えたとしても…そのドラゴンが必ずしも人間の話を聞いてくれるとも限らないという事にすら気が付いておらず、しかも……子供のドラゴンは得体の知れない魔力の元へと真っ直ぐ向かっていた。

 

飛んで逃げていくドラゴンの子供、そんなドラゴンの子供を追い掛けるナツとハッピー、そんな彼等を更に追い掛けるエルザとグレイとルーシィにウェンディとシャルル。

面倒な追いかけっこをすること数十分。

道を知り尽くしているためか、ダイビングキャッチしようと差し迫るナツの事を華麗に避け、生い茂る木々の間等を迷路を進むように紆余曲折に進んで行く。

 

 

すると……一際開けた場所に出て来た。

 

 

「なんだ?ここ」

 

「あい!見晴らしがいいところで出ました」

 

「こンの─────大バカ者共ッ!!!!!」

 

「「いぎゃあぁ────────っ!?」」

 

 

木々が立ち並ぶ所から一転し、変わった場所に出たことから立ち止まったナツとハッピーに、グレイとルーシィ達を追い抜いて真っ先に追い付いたエルザが渾身の拳骨を頭に落とし、ぶん殴られた二人は特大のたんこぶを頭に作りながら地面に頭を埋めた。

 

 

「信っじらんない!あんた何考えてるわけ!?」

 

「お前の頭の中はお花畑か!!」

 

「ハッピーも何で付いて行っているの!空気読みなさいよ!」

 

「あの…えっとぉ……」

 

 

頭をめり込ませているバカ筆頭二人を口々に罵倒していく。

それ程のことをしでかしているのだから当たり前なのだが、ウェンディはそんなチームのメンバーをオロオロしながら見ていた。

だが、ウェンディは何を言えばいいのか分からず言い倦ねている訳では無い。

 

ナツ達を咎めることに興奮している彼等とは違い、ナツさんらしいということで慣れてしまっている彼女は、この場に着いた瞬間ソレに気が付いていたのだ。

 

 

「あ、あの!皆さん!」

 

「わ!ど、どうしたの?ウェンディ」

 

「あのですねっ、周りを見てみて下さい」

 

「周り?」

 

 

意を決して大きな声を上げ、振り向いて全員が注目することに恥ずかしさを感じながら周りを見渡すように進言した。

言われた者達は首を傾げながらも見渡すと…そこには異様な光景が広がっていた。

 

 

「なにこれ…()()?」

 

「何かが建ってた跡地か?」

 

「それにしても、これは相当の古さだぞ」

 

「古代の文明の遺産かしらね」

 

 

目に映り広がっていたのは……広大に明けた場所に残された何かの文明跡だった。

ナツとハッピーは特に興味無かったので触れてすらいなかったが、見る者によっては驚嘆するであろう代物。

森の中にあったとなると、それは更に異様な風景として映るだろう。

 

そして得体の知れない魔力も、もうすぐそこまで近付いており、エルザは沈んだナツとハッピーの足を引っ張って逆さまに吊し上げ、適当に放ることで意識を覚醒させた。

乱暴な遣り取りに抗議しようとしたナツとハッピーだったが、エルザの無表情を見た瞬間目を逸らして冷や汗を滝のように流した。

 

溜め息を吐いたエルザは、もういいから感じられる魔力の元へと急ぐぞと指示を飛ばし、チームメンバーはそれに従って遺跡の中へと入っていった。

遺跡は殆どの物が辛うじて残っていると分かる程度しか無く、残っていたとしても形的に民家が在ったのだろうと推測できる程度のものであった。

 

暫くの間進んで行ってみれば、更に開けた場所に出て来た。

しかし、そこに在ったのは…この場の分不相応に建てられた二つの寂れた墓と、その奥にある若い木。

そして最後に、多くの果物による食べ物に囲まれながら腕の中に先程まで追い掛けていた紅いドラゴンの子供を抱えた──────翼を持つ青年。

 

 

「なんだ…アイツ……?」

 

「分かんねぇ。前に会った悪魔のオッサン達みたいな悪魔の羽じゃねぇ」

 

「どっちかっていうと…天使の羽みたい…」

 

「黒い翼もあるので堕天使の羽もあるみたいですねっ」

 

「気をつけろ。感じた魔力はあの者から発せられている」

 

「なら話しは早ぇ!!」

 

 

性懲りも無くナツがズンズンと、3対6枚で形成された黒白の翼で体を覆っている青年の元へと進んで行き、数メートルの距離まで近付くと大声で話し掛けた。

勝手な行動にグレイは手の平を額に当てて溜め息を溢して呆れ、ルーシィは何度言ったら分かるのかと嘆き、ウェンディは前に居るエルザから発せられる怒気に恐縮してしまっている。

 

肝心のエルザというと、額に青筋を浮かべており、怒りの表情をこれでもかと滲ませている。

ハッピーとシャルルは動物的本能で、今のエルザはかなり…かーなーり危険だと判断してグレイとウェンディの背の陰に隠れた。

 

 

「わあぁぁぁぁっ!?ま、まだついてきたんだ!お父さぁん!何かこの人間こわいよぉ…!」

 

「敵じゃねぇよ!てか、お父さん…?…ま、いっか。おいお前!!オレ達に変な魔法を掛けてるだろ!さっさと解きやがれ!!」

 

「………………。」

 

「聞いてんのか!?解けっつってんだろ!!」

 

「………………。」

 

「話し聞け無視すんなァ───────ッ!!」

 

「………………。」

 

 

人の話しも聞かなければ、相手の都合など顧みないナツの性格上、翼を持つ青年が静かに眠りについていると言うことが分からないらしい。

怒鳴り声に驚いてしまった紅いドラゴンの子供は、滲み出る恐怖の感情の為か、父と仰ぐ青年の胸元に抱き付いて頭をこすりつけていた。

 

だが、ナツはこの一ヶ月程感じるモヤモヤが気になって気になって仕方ないのか、それ故の苛立ちが有るためか、紅いドラゴンの子供に離れてろと警告すると…空気を吸い始めてブレスの用意をし始めた。

何でいきなり攻撃をしようとしているのか、流石にバカ真っ直ぐ過ぎだろうとエルザ達はギョッとしているが、時既に遅く──────

 

 

「─────『火竜の咆哮』ォォッ!!!!」

 

「お、お父さんっ」

 

 

離れていた紅いドラゴンの子供は、何もしていないというのに眠っている父を攻撃されたからか、悲痛そうな表情で叫んだ。

 

放たれた咆哮(ブレス)は真っ直ぐ一直線に翼を持つ青年の元へと向かっていき、簡単に青年の全身を呑み込んでしまった。

 

 

「なーはっはっはっ!どうだコノヤロウ!」

 

「コノヤロウは貴様だこの大バカ者がッ!!」

 

「てめぇはいっぺん死にやがれ!!」

 

「あんたもう…ハァ…」

 

「ナツさん…流石に何もしていないかも知れない人に攻撃は……」

 

「このオスの頭の中はどうなってるの!?」

 

「あい!それがナツですから」

 

 

高笑いしているナツの襟を掴んで地に叩き付けたエルザとグレイは、ナツをボコボコになるまで踏みつけて罵倒しまくっている。

ルーシィは最早何を言っても無駄だと観念して諦め、これどうなるんだろうと他人事のように思っていた。

人一倍優しいウェンディはそこはかとない言葉でナツを非難した。

 

 

然れど……ナツの放った強力な咆哮(ブレス)は意味を為さず。

 

 

気が付いたウェンディがあっと声を出して、それに従いナツをボコボコにしていたエルザとグレイが向き直ってウェンディが見ているものに目を移し、ナツは靴底の跡をそこら中に刻みながら同じく向き直った。

 

ナツの放ったブレスは確かに強力だ。

一般人に当てようものならば消し炭になってしまう程だろう。

魔導士に攻撃手段として使えば、1年の修業の結果もあって一撃か又は大ダメージを与えることは間違いないだろう。

だが、それは一介の魔導士を相手にした場合にのみ適用される事柄だ。

 

今先程攻撃された翼を持つ青年は焼け焦げてすらおらず、かといってダメージなんてものも負っていない。

詰まるところ…何か見えない障壁のようなモノによって完全に防がれ、紅いドラゴン子供が集めたであろう果物も一緒に護りながら無傷であった。

 

それ以外の所の地面は焦げており、青年を中心として一メートル程の円形に炎を無効化されていたのだ。

 

 

「な、なんてことするんだよ!お父さんは寝てるだけなのにっ」

 

「このバカがすまない。こちらにも事情があってな、話しだけでも聞いて欲しかったんだ」

 

「今更なんの用なの!?……っ!おまえたちは…()()()()──────」

 

「…?あの時…?」

 

 

紅いドラゴンの子供の言葉に引っ掛かりを覚えたエルザは、紅いドラゴンの子供に質問を飛ばそうとしたところ……膨れ上がった気配に硬直した。

 

最強メンバー全員がその場から飛び退き、その気配が漂う場所に視線を向けながら警戒していた。

 

 

 

 

「───────騒々しく…喧しい」

 

 

 

 

「お…お父さん…?」

 

 

翼を持つ青年が──────目を覚ました。

 

 

起きないと思っていた青年の意識の覚醒に驚いて目を見開いている紅いドラゴンの子供とは違い、エルザ達は起きた……いや、起きてしまった青年の一挙一動に注視しざるを得ない本能的何かを悟った。

 

 

 

 

 

 

「我が息子イングラム。一体何事か?」

 

 

 

 

 

 





書いてて思いました。

ナツの無邪気故のおバカ行動ってどのレベルまでが正解だ…?と。

是非ともここまでバカじゃない。せめてこの程度だろうとお教えできる人が居れば教えて頂きたいです。
私ではナツを書くとこうなってしまいました……。



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第八十刀  翼の青年

遅くなってしまいすみません。

如何せんリアルが忙しくてですね…九月頃までは更新が大分遅れます。

把握よろしくお願いします。

あと、なっがいセリフのところがありますが、ある程度跳ばしてもらって構いません笑






 

「お父…さん?」

 

「ふっ…~~っ!…はぁ……余りの騒々しさに目が覚めてしもうたわ」

 

「──────お父さんっ」

 

「んっ…ふっ。甘えん坊よな、イングラム」

 

「お父さぁん…!」

 

 

目が覚めた翼のある青年は、眠気が今一つ残る目を擦り、背筋をゆっくりと伸ばして起き抜けの伸びをし、イングラムと呼ばれた子竜はそんな青年の胸元に跳び込んだ。

醸し出される尋常ではない気配とは裏腹に、青年はイングラムに向けて優しげな微笑みを浮かべ、その頭を表情に比例するような、優しげな慣れた手つきで撫でる。

気持ちよさげに小さな翼をぱたぱたと揺らし、一月振りの愛撫に酔い痴れた。

 

仲睦まじい光景がそこには広がっているものの、この場へと原因不明に近い現象の原因を探しにやって来たエルザ達は、その光景を何時までも見ている訳にはいかない。

無駄な話などせず、直ぐ本題に入ってどうにかしてもらおう…又は原因が何か知っているかどうかの是非を聞こうと、エルザが一歩踏み出そうとした瞬間であった。

よりにも寄って後ろでボコッておいたナツ(KY)に、何もするなと釘を打っておく事を失念し、当の本人は既に青年へ食って掛かっていた。

無論、エルザの額には更なる怒りのマークが浮き出た。

 

 

「おいお前!」

 

「───ッ!…貴様は…」

 

「オレ達に掛けた魔「こいつらここまでボクを追い掛けてきたやつらなんだ!」おい!」

 

「……ふむ。成る程」

 

「しかも寝てたお父さんに攻撃したのもこいつなんだ!」

 

「然様か。怪我は無いか?イングラム」

 

「え、ボク?ボクは大丈夫だよっ」

 

「ならば良い。我のことは心配無用だ」

 

「で、でも──────」

 

 

「無視すんなァ──────────ッ!!!」

 

 

無視されて話しを続けられたことが気に障ったのか、ナツは本当に性懲りも無く青年へと突撃した。

 

子竜であるイングラムはナツが発した大声に驚き、青年はナツからイングラムを庇うように腕の中に抱き込めた。

炎を拳に纏わせ、後ろでやめろと叫んでいる仲間達の声をほぼほぼ聞き流し…というよりも右から入って左に抜け、静止の声を掛けた時には既に…青年に向かって跳んで殴り掛かっていた。

 

ルーシィは、何で得体の知れない人物に向かって早速とばかりに攻撃してんのよと嘆き、ウェンディはどうなるのか困り果ててしまい手で顔を覆う。

跳び上がって威力を付けた破壊力抜群の鉄拳が、美しい青年の顔へ入れられるとなった刹那──────ナツは青年を通り過ぎて倒れた。

 

 

「「「「────ッ!? ナツ!!!」」」」

 

 

一瞬何が起きたのか理解出来なかったナツ以外のメンバー全員は、呆然とした表情をしていたが、直ぐに異常事態にハッとして名を叫んだ。

あれ程の元気有り余る無鉄砲男が、一度殴り掛かったにも拘わらず、言っては何だが殴る前に倒れるということは無いに等しい。

つまりは、前に居る青年が何かしらのアクションを起こして、向かってきたナツを攻撃し、剰えこの一瞬でギルド内でも屈指のタフさを見せるナツを気絶させた。

その証拠に、体の前面から不時着したナツは、倒れてから起き上がることも無くその場に倒れ伏している。

 

一体何をしたのか、攻撃したのか将又(はたまた)魔法による効果なのだろうか。

それら一切悟らせる事無く、ギルド内トップクラスの実力者であるナツを沈めた。

いくら射られた矢の如く、一度放てば先ず間違いなく手元に戻っては来ない、正しく向こう見ずな性格であるナツから仕掛けた事とはいえ、仲間をやられたからには黙っていられない…それこそが妖精の尻尾(フェアリーテイル)である。

 

 

「ヤロウ…!ナツをやりやがった!」

 

「ウェンディは後方で支援!ルーシィは援護だ!グレイは私と攻め込む!ハッピー隙を見てナツを回収しろ!」

 

「あいさー!!」

 

 

エルザの瞭然とした的確な指示に従い、グレイは手を添えて魔法を放つ準備を整え、ルーシィはサジタリウスの星霊衣(スタードレス)に換装して弓に矢を番えて構える。

後方支援を言い渡されたウェンディは一旦その場を下がり、『攻撃力倍化(イルアームズ)』と『防御力倍化(イルアーマー)』を全員に付加した。

ハッピーは翼を生やして上空に飛んで行くと、青年の直ぐそこに倒れているナツを何時でも回収出来るように機を窺う。

シャルルはハッピーたけだと不安が残ると思いつつ、自身はいざという時の為にウェンディの背後に待機していた。

 

エルザの号令によって準備が整うまでの、時間にして約10秒…翼を携える青年はその場からジッとして動かず、かといって動きを観察するでもなく、ただその場に佇んでいた。

 

腕の中に居たイングラムを適当な所に逃がした事以外動かない青年に対し、最初に仕掛けたのはグレイであった。

 

 

「アイスメイク・『氷槍騎兵(フリーズランサー)』ッ!!」

 

 

一種のルーティンとして組まれた手を解き、氷の造形魔法で造り出した槍が、ウェンディのイルアームズのバックアップも有り高速で迫る。

後少しとまで迫った時、何かしらの行動(アクション)を起こすはず、その時に隙が出来ればエルザが一気に斬りつけ、それさえも避けられた時の為にルーシィが援護射撃をする。

長年のチーム戦で培った、チームワークを発揮した掛け声無しでの即行攻撃はしかし…発揮しきる事が出来なかった。

 

最初に飛ばしたグレイの槍は避けられる訳でも無く、迎撃されて砕かれる訳でも無く…青年を目前とした所で()()()

忽然と姿を消したとでも言える現象に、グレイは多少驚きながら次々と槍を生み出して向けるものの、どの氷で造られた槍は一定の範囲に到達すると消えてしまう。

何がどうなっているのかと困惑しているグレイを余所に、エルザがここに来る前に戦った猿戦の時のように脇を走り抜ける。

 

走りながら天輪の鎧へと換装したエルザは、一度に三十もの剣達を背に従わせ、自身が到達する前に剣を差し向けた。

全方位からの無数の剣による圧制攻撃、グレイの槍を消している原因である障壁か何かが、仮に正面のみならば横サイドや背後から迫る剣に何かしらの動きを見せる筈。

 

思惑に沿ったように、青年は前方にある剣を消し去りつつ、横と真後ろから迫ってきた剣達を必要最小限の極小の動きで全て避けきった。

見事にして軽やかな足運びと空間把握能力に内心舌を巻きながら、エルザは両の手に持つ剣を使って最後の剣を避けた途端の青年を斬りつけた。

 

 

「がは…ッ!?」

 

「……………。」

 

 

だが…エルザの攻撃が届く前、エルザの体は空中でくの字に曲がり鎧が粉々に砕け散った。

一瞬胃の中にある物を吐き出しそうになる嘔吐感が彼女を襲うが堪えきり、着地したと同時にバックステップで距離を取った。

何が起きて鎧が粉々に砕け散ったのか、衝撃からして恐らくは殴打による破壊だろうと当たりを付けてみるものの、青年が動いた素振り等無い。

見えなかったという線も無きにしもあらずではあるが、これでも剣士である以上動体視力にはそれなりに自身がある。

そんな自分の目を欺く程の速撃が、踏み込みも無しに可能なのかと考察していた。

 

一方エルザが弾かれた所を見ていたルーシィは、残念ながら剣を避けた時以外の動いた瞬間を見た訳でも見れた訳でも無いため、唯エルザが空中で向かっていった方向とは反対方向に弾かれた様にしか見えなかった。

だからこそ彼女は弓に番えている矢を引き絞り、エルザがやっていたように背後にも届くような曲射を放った。

 

ルーシィが青年に向けて射った矢の数は全部で八本。

光で造られたような光り輝く矢は、半数の四本が正面から向かい…当然のように掻き消される。

代わりに曲射で曲線を描いた残る四本の矢は、途中で更に半分の二本に別れ、一方は背後から、もう一方は頭上から狙う。

 

 

「う…嘘でしょ…!?見ても無いのに…!」

 

「……………。」

 

 

背後から迫る二本は当たる寸前で姿を消し、頭上から狙った二本の矢は青年が右手で悠然と掴み取った。

その手には既に矢が四本握られ、それはつまり恐るべき速度で背後から迫る二本を掴み取り、そのまま頭上から迫る二本を同じく掴み取ったのだ。

多少の時間差を付ける為に射った矢は、何の苦も無く防がれてしまった。

 

手にした光の矢を簡単に握り潰して破壊し…青年は緩やかな足取りで、だが確実に一歩ずつ…グレイやルーシィ達に向かって歩み進めて来た。

動かず攻撃を躱していった青年が動き出したのを皮切りに、更なる警戒を敷いたルーシィ達だが…青年の背後ではハッピーがナツを回収するために急降下していた。

 

 

「ぎゃッ…!!」

 

「……………。」

 

「────ッ!ハッピー!!」

 

 

しかし、ハッピーがナツに辿り着くといった手前で、青年が右手を肩の高さまで上げてから指を一度だけ鳴らした。

すると背後のハッピーが、狩猟者に撃ち落とされた鳥のように力無く墜ちていった。

不幸中の幸い、固い地面の上に墜ちずに倒れているナツの上に墜ちた。

起き上がってナツを回収しない辺り、ハッピーも今の一撃で気絶してしまったようで、ナツの回収は絶望的と言って良いだろう。

ただし、青年はナツとハッピーの両名に興味は無いのか、倒した後に矛先を向けることは無い。

代わりに狙う標的は、今も尚戦闘に入っているエルザ達だということが明らかである。

 

本格的に相手は相当な実力者だと認めたグレイは、右腕に刻まれた滅悪魔導士(デビルスレイヤー)としての証の紋章から、黒く不気味な痣を右半身へと拡大させながら両手を左腰に付けて構えた。

デビルスレイヤーとしての力は、こと悪魔という存在に対して特攻効果のある力であると同時に、使用者の魔力を増大させる特殊な力を持つ。

痣を広がり終えつつ魔力の充填を完了させたグレイは、青年との距離約五メートルを瞬時に詰め寄った。

 

 

「──────『氷魔零ノ太刀(ひょうまゼロのタチ)』ッ!!」

 

 

瞬きを一度する瞬間には、グレイは既に青年の背後へと駆け抜けていた。

左腰から抜刀するように抜けられた氷の太刀が青年を襲い、右脇腹から左肩へ向かって大きく斬り込む──────

 

 

「……がふッ…──────」

 

「……………。」

 

 

──────こと等無く…グレイは黒い痣を消しながら前のめりに倒れてしまった。

 

背後で気絶したグレイの攻撃は青年には届いてすらおらず、剰え何らかの攻撃によって意識を刈り取られた。

 

 

「グレイ…っ!」

 

「ルーシィッ!一度下がれッ!!換装…ッ!」

 

 

既に三人の仲間が為す術も無くやられてしまっている現状に、頭の中で最高レベルの警報を鳴らしているエルザは、歩み寄る青年とルーシィの間に入り込み、自身が持つ鎧の中でも最硬硬度を持つ『金剛(こんごう)の鎧』へと換装し、両腕に付けられた半々の巨大な盾を組み合わせ、そのままの状態で青年へと突進していった。

不可視の殴打が非情に強力なのは経験済みだ。

だからこそ最も硬い防御力をもつ金剛の鎧に付けられた盾で攻撃から身を守りつつ、ルーシィとウェンディとシャルルから一時的に距離を取らせながら態勢を立て直そうとしたのだ。

 

凄まじい速度で突進したエルザは直ぐに青年の元へと辿り着いた。

最初の時のように消滅する何かの障壁によって消滅しなかったのは、偏に青年がエルザを殺すつもりなど無く、前方に発動しなかったが故だろう。

 

確実に嘗めてかかっている…そう直感的に理解して遺憾の感情を抱きながら、青年に盾ごと衝突した…が。

 

 

「───ッ!!ぐッ…!ふんん…ッ!!」

 

「……………。」

 

 

唯一言で表すならば……押し込めない。

 

巨大な盾が付いているのもそうだが、防御に必要である弾かれない重量を金剛の鎧は併せ持つ。

でなければ攻撃を受けた際に耐えたとしても吹き飛ばされてしまい、防御した意味が皆無に等しくなる為だ。

何でも無い様に着込んで駆けたエルザだが、鎧の総重量は大凡300キロにも及ぶ。

そこに凄まじい速度で繰り出した正面衝突に併せ、エルザ自身が持つ腕力も合わせた突進は、瞬間衝撃一トンにもなるだろう。

 

然れど…青年は右腕で受け止めつつ直立不動であった。

慣性の法則や物理法則的な意味で不可能に近い芸当を、変わらずの無表情で遣り遂げている青年は…腕を少し引いた。

 

当然全力で押し込もうとしていたエルザは、突然の脱力によって前のめりになる。

盾が再び攻め入る前に、青年は話した右手の人差し指を親指で押さえ込み……盾を弾いた。

指の(りき)む力の筋肉的構成上、所謂デコピンというのは中指でやった場合が最も威力の高い弾きが出来る。

この場合でいうならば、薬指や小指でやるよりは強いが、そもそもエルザの最大防御を持つ鎧に対してやる事では無い。

 

 

「ぐあぁあぁぁ────────っ!!!!」

 

 

但し──────行ったのが青年でなかったら…の場合だ。

 

持つ鎧の中で圧倒的防御力を持つ金剛の鎧は巨大な盾ごと粉々に破壊され、更にはエルザ自身が衝撃でウェンディの方まで吹き飛ばされて来た。

盾の向こう側で起きた事が故に、ウェンディは何が起きたのか何をしたのか、それらについて分からないが…滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)故に強化されている聴力では、エルザが吹き飛ばされる際に相当な超重量同士を凄まじい速度で衝突させあったような…そんな破壊音か聞こえた。

 

急いでエルザに治療魔法を掛けるウェンディを、少し振り向いて目の端で確認したルーシィは、やるしか無いと…不安で震える手脚に気づいていないフリをして弓に矢を番えた。

 

 

「す、『スターショット』っ!」

 

 

射った後も立て続けに矢を番えては放っての繰り返しによって、光の矢による視界を埋め尽くさんばかりの弾幕を張った。

近付けば確実に意識を刈り取られると学んだルーシィには、サジタリウスフォームで遠距離を仕掛ける事しか出来なかった。

それでも凄まじい量の矢に、幾分かの足止めは出来るだろう…そう思っていた。

 

 

「う、ウソ……なんで…!」

 

 

矢は青年の居る場所目掛けて全て放った。

だからこそ、避けようとするなり迎撃するなり、最初の時のように消滅させたりするだろうとは思っていた。

なのに…目の前に広がり眼に映る光景は一体どういう事を現しているのだろうか、なんと評せば…なんと口にすれば良いのだろうか。

 

矢は全て()()()()()()()()いってしまう。

脇をすり抜けるように外れる訳でも無く、矢が寸前で逸らされている訳でも無い。

文字通り()()()()()()()()()()()()

体が質量を持たない影であり、そんな影に向かって矢を放っているような…どうしようも無い程にすり抜けていってしまう。

 

どういう事だ信じられない、一体何の魔法を使っているんだ、そう頭の中で叫びながらルーシィは何度も何度も、無駄とも思える射撃を行い射る。

一歩ずつ震える脚でゆっくりと近付いてくる青年から逃げるように後退しながら射るルーシィの心の中は、最早どうすれば…実力者故に信頼しているナツとグレイを一瞬で倒してしまった相手に…どのような手を使えば勝てるのか分からなかった。

それでも、攻撃の手を緩めないのは…背後に居るウェンディとエルザの為にと、仲間を思いやる心があるからなのだろう。

 

 

「ぁ……───────」

 

「……………。」

 

 

だが、それも後退しながらの牽制攻撃は長くは続かず…ルーシィは目前に居た筈の青年を、視界から消えたように見失ってから刹那…視界が真っ暗な暗闇に染まり、体は冷たい地面の上に崩れ落ちた。

 

倒れたルーシィの斜め背後に位置する場所に何時の間にか立っていた青年は、ルーシィを見下ろしていた視線を、残るエルザとウェンディにシャルルへと向けた。

ウェンディの治療魔法によって体中に奔っていた鈍い痛みから解放されたエルザは、ウェンディに礼を口にしながら立ち上がり、もう直ぐそこまで迫っている青年に鋭い視線を向けた。

 

 

「これ以上…これ以上好きには…仲間はやらせんぞッ!!──────『妖刀・紅桜』」

 

 

エルザの格好が何時も鎧の下に着ている服から一転し、胸にはサラシを巻き、下には燃えるような赤の装飾が施されている袴を履いている。

防御に一切の魔力を使わず、武器にのみ魔力を回さなければ握ることすら許されない奥の手…妖刀紅桜。

持ちうる全ての武器の中で最強の攻撃力を持つこの刀により、倒せなかった者は事実上存在しないと言い切れる程の力を秘めている。

 

特徴の一つである切れ味は、例え相手が鉄であろうと豆腐のように抵抗無く斬り裂く程のものであるだろう。

使い手に与える能力は単純なもので、握った使い手の身体能力を爆発的に上げるというもの。

シンプル…シンプル故の強能力故に、防御をかなぐり捨ててのみ使える代物なのだ。

 

紅桜を正眼に構えたエルザは……先手必勝と言わんばかりか青年に向かって駆け出していった。

 

 

──────この男の動きは私の眼でも捉えきれない程のもの…だからこそ眼に頼ってはならない…!信じろ…今まで降り続けてきた剣を…己自身を…ッ!!

 

 

「エルザさん!『速度倍加(イルバーニア)』っ!」

 

「ウェンディ…礼を言う!!」

 

 

途中でウェンディからの補助も受けながら、エルザは眼を瞑った。

 

眼に頼り切るから不可視である青年の攻撃を受けてしまう、ならば元より眼には頼らず、一年前のタルタロスとの戦いに於いて、キョウカと呼ばれるゼレフ書の悪魔と激戦を繰り広げた際に発言した第六感。

それを今出来る最大限度まで引き上げる。

 

目を瞑る以上視力は要らない、鼻腔から香る匂いを嗅ぐ嗅覚も要らない、耳を澄まそうと攻撃に至る時の音等聞こえる事も無かったが故に聴覚も要らない、一刀の元に斬り伏せるだけ有ればいいからこそ痛覚も要らない…唯々目の前の青年に一太刀入れる為だけに…五感を捨て去った。

代わりに発現した、超感覚的知覚…直感とも称されるそれ(第六感)に従い紅桜を──────振り下ろした。

 

 

「…………───────」

 

「……………。」

 

 

 

 

───────それでも……届かない。

 

 

 

 

最強チームで事実上の最強魔導士であるエルザ。

そんな彼女が五感を封じてでも発現させた第六感をも使用した起死回生の一撃…青年は悠々と躱し、擦れ違い様にエルザを気絶させた。

エルザは今までに幾度も、それはもう幾度という激戦に続き強敵との戦いでも、どれだけ追い詰められようと立ち上がって立ち向かい勝利を収めてきた。

 

そんな彼女が今……名も知らぬ青年の手によって地に沈められた。

圧倒的強さを持ちながら曲がらず錆びらずの信念…心情を持つ騎士たるエルザがだ。

相手が誰であろうが怯まず立ち向かう勇気を持つナツや、冷静な思考の奥に熱い心を持つグレイも、星霊を愛し星霊に愛された心優しきルーシィも、チームの中で立っているのは今…ウェンディとシャルルだけであった。

 

無鉄砲さにはほとほと呆れを通り越して諦めに近い思いを抱こうと、ナツが最初にやられてからグレイが続けてやられていく…そんな戦況を見続けているしかなかったシャルルは、人間の形態になって戦おうという意思すらも浮かび上がらず、唯一未来を断片的に視る事が出来るシャルルは…目の前の()()()()()()()()()正体不明の存在に…怯えていた。

 

それでもと、親友であるウェンディだけでも助けたいという意思だけは砕け散らず、未知への恐怖で体が動かなくなる前にもと…ウェンディの襟を掴んで飛び立とうとした刹那──────

 

 

「─────ッ!!ウェン…ディ……ここ…から…逃げ───────」

 

「………ぇ。シャルル……?」

 

「……………。」

 

 

ウェンディの襟を掴んで飛び立つ為に飛び上がった瞬間…青年がハッピーの時と同じように…指を鳴らした。

すると衝撃がウェンディの顔の横をすり抜け、背後に居たシャルルを正確に撃ち抜いて意識を奪った。

呆然とした様子で背後を恐る恐ると振り向いたウェンディは、親友がやられてしまったことに涙を浮かべ、次いで前を向き直った。

 

 

「ひッ…っ…!」

 

「……………。」

 

 

振り向いた時には既に、青年はウェンディの目と鼻の先に瞬間移動が如く移動し終えており、瞳孔が縦長に切れた特徴的な金色の瞳が、ウェンディの事を上から冷たく見下ろしていた。

 

何かしなくては…ここから動かなくては…ドラゴンフォースを身に纏って戦わなくては…そう思ってはいるものの、固まってしまっている体は正直だった。

1人ずつ確実にやられ、更には自分を除いて全滅してしまった。

 

戦わなくてはならないことなど百も承知、況してや自分は後方から支援しか…補助しか出来なかった。

前線に出ようにも出られなかった…脚が動かない…体が指先から足先まで例外無く震える。

 

 

「ぁ……」

 

 

気の抜けた声が意思に関係無く口から漏れた。

それは偏に、目前に立つ青年がその腕を上に上げ始めたからだ。

見えなかったが、確実にその手でナツ達を打ち倒してきた…そんな攻撃が今度は自分に降り掛かる。

不安や恐怖によって動かない体を動かす代わりに、来るであろう衝撃に備えて目を強く瞑った。

 

しかし…衝撃は訪れは来なかった。

揮われると思われた衝撃ではなく、足元からどすんという音が響いた。

 

恐る恐るといった具合に目を開けたウェンディが見たのは…倒れて気絶しているナツと、そんなナツの腕の中で同じく気絶しているハッピーだった。

え…と思う暇も無く、青年は持ち上げた手に人差し指だけを立てて指揮者のように揮い、少し離れた所に倒れているグレイやルーシィの体をふわりと浮かせ、続いてエルザの体も浮かび上がらせてウェンディの周りに寝かせた。

 

後ろの方に弾かれてしまったシャルルはウェンディの胸元へと浮かび上がって来て、無意識の内に腕を出して抱き留めていた。

何が目的なのだろうかと思い目を前に向けると、青年はある程度離れた所で此方に向かって人差し指を向けていた。

まさか一度に全滅させる為に、態々一カ所に集めたのかと顔を蒼白とさせたウェンディだったが、青年の指先に純黒の小さな魔法陣が展開されると同時…倒れているチームメンバー達を含むウェンディの足元に、純黒の色で膨大な魔力を注ぎ込まれた魔法陣が展開された。

 

魔法陣は次第に、そして少しずつ回転し始めると、黒い光を撒き散らし始めた。

一体何の魔法なのかと、不安に駆られて体を小刻みに震えるウェンディに、最強チームの誰とも言葉を交わさなかった青年が初めて……口を開いた。

 

 

 

 

「元居た場所に跳ばしてやる。最初にして最後の慈悲だ───────二度と来るな。その愚か者共にもそう伝えよ」

 

 

 

 

ウェンディが最後に聞いた言葉は……そんなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………。」

 

「お父さん…大丈夫…?」

 

「……ふぅ。何がだ?」

 

「…んーんっ。何でもないっ。…ねっ、お父さんは…もう寝ちゃうの…?」

 

「……あぁ。邪魔が入ったが…もう一度眠る」

 

「そっ…か……」

 

「……と、思ってはいたものの、何ともつまらぬ消化不良を起こしたからな…少し戯れるか?」

 

「…っ……─────うんっ」

 

「………ふふふ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───────……あれ…?」

 

 

強く目を瞑っていたウェンディが目を開けた時、眼に映った光景は森の中にある遺跡のような場所でも、況してや…あの恐ろしい翼を持った青年の姿でもなかった。

 

 

『そら、私の言った通りだっただろう?』

 

『何が『言った通りだっただろう?(ドヤっ)』よ。そんなつまらないことしてる暇があるなら、この後の細かいことを考えておきなさいよ』

 

『何でそんな冷たいの?』

 

『…………。』

 

『え、無視?ここで無視?』

 

 

「え…え~と…?」

 

 

宙に浮かぶ、何となく見慣れてしまった、ほんの4日振りの男幽霊と女幽霊が変な遣り取りをしていることに困惑したウェンディは、周囲を見渡してあっと声を上げた。

ウェンディが跳ばされたのは…我が家でありギルドであるフェアリーテイルの中であった。

 

周囲には目を点にしながら口を開けて驚いているメンバー達が居り、固まっているところにウェンディが話し掛けようとした途端に再起動した。

 

 

「本当に瞬間移動で帰ってきた…!?」

 

「あれ、ナツ気絶してね!?」

 

「グレイまで気絶してやがる!?」

 

「おおおおお!?え、エルザが…!あのエルザが気絶してやがる…!!」

 

「一体何があった!?」

 

「ウェンディは大丈夫なのか!?」

 

「向かった先には何があったんだ!?」

 

 

「あ、あの…皆さん…少し落ち着いて…!」

 

 

「こンのガキ共!ウェンディが混乱しておるじゃろうが!少し休ませてやらんか!!」

 

 

奥からやって来たマカロフの一喝の声により、ウェンディ達を囲んでいたメンバー達は、口々に謝罪しながら少し離れて落ち着きを取り戻した。

何があったのか、何を見てきたのかは正直気になる所ではあるが、それよりも疲れているであろうウェンディを労る方が優先事項であると改めたようだ。

囲まれて対応に困っていたウェンディはホッと息を吐き出し…その場に膝を付いて座り込んでしまった。

 

突然気が抜けたように…と言っても文字通り気が抜けたのだが…兎にも角にも、気絶しているナツ達は医務室に運び込んで、何かあってからでは遅いということで念の為にフェアリーテイルお抱えの薬剤師であるポーリュシカを呼んだ。

ウェンディも取り敢えず休むようにとマカロフに言い渡され、ナツ達を診て貰って起きてから事情を聴こうということになった。

 

そして2時間後…気絶していたナツ達が覚醒したことを皮切りに、一体何があったのか、詳細を話すことにしたのだった。

 

はっきり言ってナツは1番最初に倒されてしまったので説明が出来ず、グレイは多少なりとも焦っていたので上手く説明出来ないとパスし、ルーシィが最初の方にあった事から気絶するまでの話しをした。

そこからはエルザが受け継いで自身がやられるところまでを報告し、最後のフェアリーテイルまで跳ばされるところまではウェンディが説明した。

 

ナツが触れることすら出来ずに倒されたこと、どんな攻撃をしようと意味を為さなかったこと、何をされたのか分からないままに気絶してしまったこと、相手は翼を携えた青年とも言えるぐらいの男で、実力はあまりにも高く、魔力は計り知れない程のものであったこと、そんな男の傍らには最後の一匹であろう子竜が居たこと。

どうでもいいと思えるようなことから重要だと思えるものまで全て話した。

 

そしてナツは単独行動が目立ちすぎだし、戦いとなった切っ掛けではないかとマカロフに叱られた。

リサーナにもこっぴどぐ叱られたナツは、流石に悪いと思ったのか、バツが悪そうに頭を掻きながら謝罪していた。

 

 

「つーか、ぶっちゃけどうやってやられたのかも分かんねぇんだろ?」

 

「なんか分かるような魔法使ってなかったのか?」

 

「私が見たのは…ここまで跳ばされる魔法だけです…すみません……」

 

「いやいや、わりぃ。ウェンディを責めるつもりは無かったんだよ!ただ…なぁ?」

 

「その男がどんな奴なのか、どんな魔法を使うのかすら解らず仕舞ってのは痛いな…」

 

「ましてやどうやってやられたのかも分かんねぇときた」

 

「だあぁ───────ッ!!!!次はぜってーぶっ飛ばして、やられた借りはきっちり返してやらァ!!」

 

 

ポーリュシカの診察を受けて異状は見られないと判断されたナツは、大きく叫びながら炎を吐き散らした。

殴り掛かったと思ったら一瞬でやられたことに対する苛つきと、それ程の強い奴が居たということに闘志を燃やしているらしい。

今診察中であるグレイも同意するのか、何時もならばナツの大声にうるさいの一言でも漏らすグレイは、この時は何も言わず黙って何かを思い返すように目を閉じていた。

 

 

『うん?こっぴどくやられた者達が起きたようだな』

 

『うふふ。まぁ無理は無いでしょうけど』

 

「ンだとコラァ────────ッ!!!!」

 

 

ナツ達が起きる数十分前に2人して消えていた男幽霊と女幽霊が忽然と姿を現れ、男幽霊はナツの事を面白そうなものを見た時のような笑みを浮かべながら見ていた。

隣の女幽霊は相変わらず人を…主に男を…ダメにするような美しい微笑みを浮かべている。

 

2人の幽霊達が居ない間に何があったのか聴いてしまったので、その事を2人にも話しておこうとしたマカロフに……男幽霊は手で制して待ったを掛けた。

 

 

『私達に話さなくてもいい。報されなくとも()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……何?どういうことじゃ」

 

『今言った通りだ。お前達の口から訊かずとも私には解る』

 

「あ゙ぁ゙!?オレ達が何されたのか分かんねぇのに、何でお前が分かんだよ!!」

 

『ふむ…ならば()()()()()()()()

 

 

そう言った男幽霊はふわりとした動きで、見上げる程の宙から降りてきてはナツの前の近くに寄ってきた。

何をするつもりなのかと訝しげな表情をするナツに、男幽霊は人差し指を突き付けた。

 

 

『最初にやられたのはお前だろう?』

 

「あ?」

 

「まぁ…確かに最初にやられたのはナツらしいけどよ、それだけじゃなぁ…」

 

『──────その次にそこの青い猫だろう』

 

 

「「「「…………………は?」」」」

 

 

最初は紛れで言い当てたのだと思い、特に何とも思っていなかったメンバー達だったが…ナツの次にやられたのがハッピーだということを言い当てたのを皮切りに、雲行きが怪しくなってきたのを感じ取った。

 

 

『恐らく…いや十中八九桜髪の少年を気絶させた方法は“顎への”殴打だろう。それも手の甲による皮膚に触れるか触れないかという瀬戸際のものだ』

 

「何…で……そんなこと分かんだよ…?」

 

『今確認したが、桜髪の少年の顎には眼を懲らさなければならないと目視出来ん程の小規模且つ軽度の火傷の跡がある。お前達があった男がやったのは顎への必要最小限に収めた殴打で最大限の“脳揺らし”だ。大きく打ち込まずとも脳は顎から伝わる衝撃に寄って揺さぶられ、結果…脳は頭蓋骨内で軽度に打ち付けられて脳震盪を引き起こし気絶した。目を合わせて少し会話しただけで桜髪の少年が実に直情型にして人の話を訊かず単独行動を取りやすい性格ということは解った…というよりも仲間同士で会話しているのを聴いていても解った。となると少年は何らかの事柄により激情し殴り掛かった、そこをお前達の眼には捉えられない程の速度による殴打を顎に叩き込み、お前は向かって行ったにも拘わらず最初に気絶した。殴り掛かった理由としては当てずっぽうなことを叫んで無視されたが故に逆上した…といった具合だがどうだ?100%当たってはおらずとも遠からずといった感じの筈だ』

 

「あ、当たってやがる……!」

 

「だからさっきから妙に顎がヒリヒリしてんのか」

 

『次にやられたのは青い猫だと言ったが、私の推測では…桜髪の少年を助ける…又は回収しようとしたところを狙われて何らかの攻撃によって撃ち落とされたのではないか?私が一月観測させてもらっていた時、青猫は翼を生やして飛んでいた。それと共に桜髪の少年と青猫の間には強い絆が結ばれていることも解っている。つまり地人であるお前達が飛べない一方で制空権を持つ青猫が飛んで助けに行くか回収を命じられるのは分かりきったこと。それに青猫には一切の戦闘能力が無いことも把握済みだ。となれば最初に空を飛んで機を窺い隙を見て回収…しようとしたが何らかの攻撃によって気絶。やられた方法については…そうだな、その場から動かずに指を鳴らした時の衝撃に魔力を限定的に注ぎ込むことで威力を増大させる、小規模による衝撃波によってやられたものとみる』

 

「ま…マジかよ……?」

 

「す、すっごい当てられちゃった…オイラ怖くなってきたよぉ……」

 

 

まるでその場に居て見ていたかのような…それはもう事細かい詳細情報を口頭で暴き出していく。

ナツは顎にそんな攻撃されていたのか…と納得しながらポーリュシカから塗り薬を貰って塗り、チクチクした痛みに悶えていた。

 

 

『次にやられたのは半裸の少年だろう?一見周りをよく見て冷静に物事を判断する事が出来るように見えるが、その実根元は桜髪の少年同様に直情型に似通っていることは分かる。となれば、喧嘩ばかりしているとはいえ仲間である桜髪の少年に続き青猫がやられたことに対して少なからず焦りと共に苛つきや怒りの感情を表に出し始める筈。お前の魔法は氷で形を為す造形魔法を使うという事を聴いていたし、細部にまで拘った中々の造形美を持つ代物を創り出せる事は把握済み。となれば中距離から遠距離の氷の造形魔法による牽制攻撃を最初に行いつつ、桜髪の少年と青猫がやられたことによって近距離による攻撃に移行した。最初に行った攻撃は恐らく無力化されたのだろう、それ故に焦りと怒りに任せた攻撃は一撃に重きを置いた攻撃力重視の魔法だった筈。そしてこれまた目を凝らさなくては見えない程度ではあるが半裸の少年の右手に人差し指の付け根部分に皮膚が多少傷が付いているのが分かる。それは武器を造形して握り込み揮ったが為に付いた跡だ。それもその付き方は慣れていない武器によるもの。この国には刀がそれ程普及されていないとみると…その時に使った武器は刀であり居合の抜刀による斬りつけ。相手の男は右下から迫る斬撃が届く前、更に右に避けて回避し隙だらけのお前の首に手刀を入れて気絶させた。その証拠として首の後ろが軽く内出血している』

 

「な、何だ…お前…?見てたのか…?」

 

『長くなるから少し端折って話すとしよう。次に攻撃されたのは緋髪のお前だろう。これは最早想像になってしまうが、お前は男の元へと向かっていったメンバーの中でも一番の実力を持ち仲間意識が極めて高い。となれば自分という存在が居ながら仲間達を次々とやられていってしまう戦況をどうにかしようと動く筈。であれば斬り込みによる攻撃か面での攻撃による時間稼ぎと考えるのが妥当だろう。私的には面での攻撃によって無理矢理距離を取らせようとするが失敗に終わり、だからといってそれだけではやられずに持ち堪えて後方へ、その間に金髪のお前が後方に回ってしまった緋髪を回復か何かをしている間の時間稼ぎに回るだろう。腰に付けているのは星霊の鍵だな。となれば持ちうる魔力の質と量から星霊の力を借りて戦える。しかし目の前で近づいて行く度にやられる仲間を見て近付けば危険だと悟っている。なればこそ…持っていればの話しだが、人馬宮のサジタリウスの力を貸し受ければ近付く事無く攻撃が出来る。それを利用しているが全く効かなかった。弾幕か何かを張っている中を悠然と進んだ男は金髪のお前の真横に移動しきり半裸の少年と同じく首に手刀を入れて気絶させた。次に標的となったのが回復し終わった緋髪だろう。残り少なく、況してや一人は歳ゆかぬ少女であることを考慮すると一撃必殺の攻撃によって迎え撃とうと画策する。だが結果は失敗した。方法としては…そうだな…防御を捨てなければ握れないような特殊武器を所持しているのではないか?行く前に鎧を着ていたのに此処へ転移されたときにはサラシを巻いた格好だった。鎧が飾りでは無いならば戦闘で使うはずだからな。そして武器は刀だな?手の平に無理に揮ったが為に出来るタコが出来てしまっている。倒された方法は恐らく全身全霊による斬りつけを身を屈めて躱した後に顎に殴打を一つと念の為に首への手刀だろう。そうだと思われる跡が2箇所に渡って出来ている。緋髪の次に倒されたのは白猫。桜髪と青猫同様に絆の深さが垣間見る事があった。恐らく両者が親友か掛け替えの無い存在だと認知している。そこで迫り来る未知から青髪の少女だけでも逃がそうと動くも青猫と同じ衝撃波て気絶。青髪の少女は最後の一人ということで“逃がされた”のだろう。その後は一カ所に集められた後に転移魔法陣による転移を行われて此処まで跳ばされた…そして最後に残って“逃がされた”お前は何かを言われた筈だ…そうだな……“二度と来るな”…に、似て類する事でも言われなかったか?…さて─────』

 

 

言い終えた男幽霊は再び女幽霊と同じ高さに浮かび上がり、唖然としているフェアリーテイルのメンバー達を見渡した後浮かべていた笑みを深めた。

 

 

 

 

 

『──────私の推測は如何程か?』

 

 

 

 

 

男幽霊は何も教えられること無く、その目で見た少しの情報のみで真実へと辿り着き看破した。

 

 

「お前…マジで何もんなんだよ…!?何でそんなこと全部分かんだよォ…!?」

 

 

フェアリーテイルのメンバーの中で誰かが叫んだ。

幾ら頭が良い人間でも、殆ど報されていないというのに、ウェンディ達が話した内容の…大凡99%を当てるという途方もない事を為した男幽霊が末恐ろしく感じてしまったのだ。

 

 

()()()()()()()驚いている暇など無いと思うがな』

 

 

「「「「────────ッ!!!」」」」

 

 

『さて…ここで更なる話し(要求)をしよう─────』

 

 

男幽霊は話しを早々に区切り、フェアリーテイル内に居る者達全員、背筋が伸びてしまうような真剣な表情と声色で言った。

 

 

 

『お前達には“とある物”を()()()()()()()()()

 

 

 

 

そう言って、男幽霊は口の端を吊り上げた。

 

 

 

 

 




久し振りのような感覚ですので、読み辛かったら申し訳ないです。



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第八一刀  真最強チーム  簒奪

いやぁ…どうにか書いておこうと思いまして笑




 

 

 

『お前達には“とある物”を()()()()()()()()()

 

 

 

 

宙に浮かぶ男幽霊は…そう告げた。

 

 

「とある物?」

 

 

フェアリーテイルのメンバーの内の誰かが、皆が思ったであろう事を代弁するように疑問を口にした。

男幽霊の言う“とある物”というものに対し、同じく疑問に思った者達は頭を縦に振り同意している。

 

宣言した男幽霊は辺りを見渡し、その“とある物”が何であるのか、それを口にしたのだった。

 

 

『私の言う“とある物”…それは─────君達が戦ったであろう男の背に生えていた()()()()()()()()()だ』

 

「アイツの黒い羽根?」

 

『そうだ。その男の黒い羽根…それが1枚あれば十分だ』

 

 

戦ってきた最強チームからしてみれば、近付いた瞬間には気絶させられていた程の正体不明の実力者…その男の背に生えた翼に生えている羽根を盗って来なくてはならないという事に難色を示していた。

それも当然とも言えるだろう…羽根を盗ってくるということは、必然的にあの男の背後を取らなくてはならないのだから。

 

正面から行っても攻撃の一切をいなし躱され、背後からの攻撃に関しては目もくれること無く防いでしまうのだ。

圧倒的戦闘能力に合わせて、見た後でも関係無しに行動を取る事が出来る反応速度に、何がどこから来るのかを把握してしまう驚異の空間把握能力。

そして忘れてはならないのが…男が内包している途方も無い程の魔力である。

 

ナツ以外の誰であろうと、もう一度行って背後を取り、尚且つ羽根を1枚盗って来いと言われたら確実に拒否するだろう。

それも最後の慈悲だと言っていたことから、若しかすると次に行けば殺されるかも知れない。

エルザ達から話を聞いただけとはいえ、女性魔導士最強のエルザを戦闘不能にした者の所に行くなど…正直ゾッとする思いだ。

 

フェアリーテイルメンバー達の、そんな内心を見透かしている男幽霊は、ならばやる気を起こさせてやろうと鶴の一声を言い放った。

 

 

『盗ってくれば……お前達の抱えている違和感が消え去る…そう言われれば少しのやる気を見せるか?』

 

 

「「「─────────ッ!!!!」」」

 

 

男幽霊の言い放った言葉は…今この場に居る者達の顔を上げさせるのに十分たり得る言葉であった。

今まで感じていた違和感…この男幽霊の言う通り翼のある男と接触した以上、彼をどうにかしなければ拭えないと思っていたものが、まさか倒さずしてこの件を解決できるとは思ってもみなかった。

 

この違和感を拭うことが出来る…それを聞いただけで、ナツが炎を吐きながら怒鳴るように立候補した。

 

 

「っしゃーー!!燃えてきたぞ!やられた分はきっちり返して、ついでに羽根もいただく!!」

 

『あ、言い忘れたが…メンバーは少数精鋭。お前は居残りだ』

 

「ハァ────────ッ!?」

 

 

オレが行ってぶっ飛ばしてやるんだ、等々言いながら暴れ回るナツの事はエルザの鉄拳によって沈められ、男幽霊はマカロフの元まで来ては、出来るだけ少なく、尚且つこのギルドで最強に近い者を選出するようにと言った。

 

誰に言ってもらうのかと悩んでいたマカロフは、顎髭を擦りながら考えること数分のこと、確かにナツやグレイも強く逞しく成長はしているものの、やはり己が選出するメンバーはこれだろうと告げた。

 

 

「よし。メンバーは…ラクサス、ミラ、エルザじゃ。居ればギルダーツも入れたかったのだがのぅ…」

 

『ならば呼んでおけ。出来れば明日には出発させたい。…そこの青い髪で眼鏡を掛けた少女』

 

「えっ。あ、あの…私に何か…?」

 

『お前はこのギルドの中でも極めて教養がなっているらしく、魔法にも詳しいらしいではないか。これから私が言う通りに魔法陣を描いて貰う』

 

「えっと、魔法陣を描けばいいんだよね…?…分かった!任せて!」

 

『よし。頼んだぞ』

 

「何でオレがメンバーに入ってねぇんだよ!!オレを連れてけ!!ラクサスだって居んだったらオレだって行ってもいいだろうが!!」

 

「何でお前は自分とラクサスを同列にしてんだよ…」

 

「へっ、お前ぇは留守番だナツ」

 

「ンだとラクサス!!だったらラクサスよりオレの方が強えェって証明してやる!勝負だラクサス!!!!」

 

 

メンバーに含まれたミラは、足を引っ張らないか不安もあるが、妹のリサーナや弟のエルフマンが掛かっているかも知れない違和感の魔法を解くためには、今から説明にあった男の元まで行って羽根を回収して来なくては終われないということで覚悟を決め、明日に向けて準備をするのだった。

 

エルザはもう一度行くことになってしまうが、選出されたメンバーの中でも唯一、翼を持つ男の居場所を知っている為拒否することも無く、ギルドの為ならばと逆にやる気を満ち溢れさせていた。

給仕をしながら聞いていたエルザの母であるアイリーンは、愛する娘であるエルザが怪我をしないようにと応援の言葉を贈り、エルザはそれに対して薄い笑みを浮かべながら礼を言った。

 

男幽霊に言われた通り、つい最近旅に行ってしまったギルダーツに戻って来てもらうため、愛娘であるカナに万が一の事があった時の為にと無理矢理渡しておいた、ギルダーツの持つカードに信号を送れるカードをカナに使ってもらい、ただいまギルダーツはカナの為に全速力で帰っている真っ只中である。

 

因みにであるが、ラクサスに向かって殴り掛かっていったナツに関しては、手強い反撃を食らってノックダウンされていた。

グレイも最強のメンバーに入れられてなかったことに、多少の不満を持っていたが、メンバーがメンバーであるため納得した。

 

 

斯くして、男幽霊の言う通りに羽根を1枚回収するためだけの戦いが…始まる。

 

 

『あぁ、それともう一つ───────』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────5日後

 

 

カナの呼び出しもあって最高速度で帰ってきたギルダーツに大方の説明をし、マカロフによって選ばれた選りすぐりの少数精鋭…真最強チームは、ナツ達含む最強チームが来た時と同じく4日を費やして辿り着き、もう一日はこの日のためにと準備をしていた。

道案内役がエルザだということに、ラクサスは不安を感じざるを得なかったものの、何とか翼のある男が居るという森の元まで来ることが出来た。

 

何かとギルドを空けては旅をしているギルダーツは、特にこの4日間を苦に思うことも無く、しかしミラはギルドの給仕や看板娘としての仕事に依頼の受注などを承っているため、大陸を横断する程の遠出は久し振りだった。

 

 

「話は途中で聞いてたんだが…あの女幽霊…」

 

「オッサンも気が付いたか。魔力も気配も感じられこそしねぇが…ありゃタダもんじゃ──────」

 

「もぉんのすっごい美人だったなぁ…!♡」

 

「相変わらず節操ねェのかよオッサン!!」

 

「ふふっ、ギルダーツ?そんなことばっかり言ってると、またカナに冷たい態度とられちゃうわよ?」

 

「帰ってきた時も『色々事情があっから取り敢えず準備しといて』と、中々に冷たい態度だったしな」

 

「ガフッ…!だ、だけど仕方ねぇだろォ?ありゃマジで別嬪さんだぜ」

 

 

女に目が無いギルダーツは、ギルドに帰ってきて直ぐに、目の端に捉えた女幽霊の女神のような容姿に心を撃ち抜かれ、目をハートにしながら鼻の下を伸ばしていた。

女幽霊は美しい微笑みを浮かべたままであったが、隣の男幽霊は額に手を当てて溜め息を吐いていた。

女幽霊が美しいのは百も承知だからこそ、見る人見る人が見惚れて話にすらならないのだ。

と、言っても男幽霊の容姿も整っているため、女性に人気だというのは何と皮肉なものか。

 

帰ってきて早々女に…それも幽霊だという相手に節操が無い父であるギルダーツを見たカナは、何でこんなのが父親なんだろうと暫し落ち込んだ。

だが何だかんだ言いつつも、ギルダーツのことは一人の父親として認めてはいるため、口にすることは無いが、信号を送って直ぐに来てくれたことに感謝しているのだ。

 

話が少し曲がってしまったが、エルザの道案内を経て辿り着いた森を踏破し、エルザからしてみればつい一日ぶりである遺跡のある開けた場所に出て来た。

ここに来るまでに、暴力的な魔力を感じ取っていたラクサスとギルダーツにミラは、話を聞いていた以上に異常であると、引き締めていた気を更に引き締めた。

 

ナツが子竜を追い掛けていった道を進んでいくと、やはりのこと翼を背に携えた男…見た目はまだ若い青年が木に背を預けながら座り、膝の上に子竜を載せて戯れていた。

 

 

「もうっ、お父さんくすぐったいよぉ!あははっ」

 

「クスクス…戯れを求めたのはお前だろうに。……さて────────」

 

 

子竜を膝の上から退かせ、遠く離れたところにいろと指示を出した男は、子竜がそこから飛んで距離を取るまでその場に座り、ある程度離れたことを確認すると、ゆっくりと立ち上がりながらエルザ達に目を向けた。

金に輝く瞳の虹彩は縦長になっており、蛇のような目を彷彿させる。

 

だが、そんな不思議な目とは別に…体中から発せられる莫大な魔力と気配が神経を摩り上げ、フェアリーテイル内で屈指の強さを誇る強者であるが故に冷や汗が止まらなかった。

未だ二度目だというエルザであってもそれは同じで、それよりも一度目よりも心なしか気配が強くなっている気さえする。

 

 

「性懲りも無くまた来おってからに…我は何と申した?二度と此処へは来るな…そう申した筈だ。何故此処へ来た」

 

「ウチのガキ共が世話になったようだからよ。家族に手を出したらどうなるか、遙々やって来たって訳だ」

 

「…ッ……ナツのバカが最初にふっかけたらしいが、生憎そんなことオレには関係ねェ。仲間をやられた以上倍以上にして返すのがフェアリーテイルだ」

 

「ごめんなさいね。でも私も仲間がやられてちょーっと頭にきているの」

 

「次は前の時のようにはならない。貴様が私達に何をしたのか吐くまで、私達は貴様を捉えて離さない」

 

「痴れ者共が。構成員を変えた所で敵わぬ事が解らぬ程阿呆だとは…救いようの無い小僧小娘共だ。……良いだろう、少し戯れてやる」

 

「敵わねぇかどうかはお前が決めることじゃねェんだよッ!!」

 

 

突き上げた拳に超高圧電流を帯電させたラクサスは、そのまま拳を振り下ろす。

それに伴い、雷雲すらない晴天の青空から膨大な魔力で形成された雷が降り落ちた。

緩い動きでそれを目にした青年は、防御も何もせず、そのままの体勢で受けようとしたが…突然ハッとした表情になると急遽右腕を使って揮い、爆風を生み出して逸らせた。

 

上から下へ降り注いだ雷は、見当違いの方へと飛んで行くと着弾し、核爆発のような爆発を起こして地を抉った。

普通の魔導士ならば、決して無視出来ず、食らえば確実に一度で戦闘不能になる程の恐るべき威力ではあるものの、青年からしてみれば食らったところで何もならない。

 

では何故態々ラクサスの雷を逸らせたのか?

それは…青年とエルザ達の近くに建てられた二つの墓があったからだ。

ナツ達が来たときには、墓に攻撃の余波が届くほどの攻防には至らなかった為に大事を取らなかったが、今回のラクサスの攻撃が青年の元で爆発した場合、確実に墓が破壊されたであろうことが予測された為に、態々攻撃を逸らせたのだ。

 

狙ってやった訳では無いが、謀らずとも多少なりに隙が出来た青年の背後には、サタンソウルに接収(テイクオーバー)しているミラが一歩踏み出した左脚を軸に、大きく振りかぶっている右拳を突き出した。

 

背後に来ていたミラの事を気配察知能力のみで把握していた青年は、振り向き様に回し蹴りを放ち、ミラの破壊力抜群の拳を受け止め、尚且つ拮抗させる事も無く競り勝ち、ミラを後方へと吹き飛ばしていった。

飛ばされたミラは背に生えた悪魔の翼を使って空中での体勢を立て直し整えると横にずれた。

すると、ずれたミラの陰から遠近法を利用して姿を隠していたギルダーツが駆け抜け、青年の直ぐ傍まで急接近した。

 

 

「──────悪ィが…結構痛いのぶち込んでやるぜ?『破邪顕正・一天』ッ!!」

 

 

ギルダーツが持つ膨大な魔力を載せた右ストレートが、青年に向かって吸い込まれるように放たれた。

しかし…それは決まることは無く……軽々と左手で掴み取られて防がれてしまった。

 

自分の魔力と膂力、長年生きてきた中で培う戦闘技術はそれ相応であり、それ故にギルドの仲間達からギルド最強だの、並の聖十大魔道よりも強いだのと言われること自体は悪くは思っておらず、それ程の強さを持っているのだということも自覚はしている。

ただ、そんな己の魔法と魔力を載せた一撃を、こうも易々と受け止められたのは初めてだった。

 

大きく目を見開いているギルダーツの拳を受け止めた青年は、無表情のままで受け止めておらずフリーになっている右手の人差し指を向けた。

 

 

「──────失せろ」

 

「うぶッ…!?」

 

 

指先から放たれた波動状の魔力がギルダーツの体を襲い、先程のミラと同じように弾き飛ばされてしまう。

まるで生身の腹に砲弾を撃ち込まれたかのような衝撃を受けたギルダーツは、己より年下に見える見た目とは裏腹に、相当な実力者であるということに納得した。

此所へに向かう途中で、成長したナツやグレイに限らず、フェアリーテイルのS級魔導士であるエルザまでもがやられたという言葉に半信半疑だった。

 

だが実際に魔力をその身で、肌で感じ取り、更には一撃だけ軽く魔力を撃ち込まれただけで、目の前に佇む翼を携えた青年がそれ相応の力を持っているということを是が非でも納得せざるを得ないだろう。

一月前のアルバレスとの戦争時に戦った、スプリガン12の総長オーガストとの戦いも熾烈を極める程の相手ではあったが、今相対している青年はそれを軽く凌駕すると直感的に理解した。

 

 

「──────『明星・光粒子の剣(みょうじょう・フォトンスライサー)』ッ!!」

 

「──────『消えよ』」

 

 

明星の鎧に換装したことによる光の魔力での一点集中型の魔法は、青年の呟いた一言によって消えるように霧散した。

何かしらの攻撃によって無効化されることなど分かりきっていたエルザは、それはあくまで囮であると言わんばかりに駆け抜け『飛翔の鎧(ひしょうのよろい)』に瞬時に換装したエルザは、手にした小型の双剣を揮った。

 

着た者の速度を増幅させる効果のある鎧によって、エルザの速度は人の視線から外れる程のものとなり、その速度を維持したまま刹那の内に26は斬り付けた。

だが、青年の眼には全てが視えていた。

どれだけ高速で迫ろうと、それこそ音速…摂氏 15 度で秒速約340メートルで進む音の速度をも視認する青年の眼には、今現状繰り広げられている戦闘の全ては()()()()()近付けることによりスローモーションとも言える世界を覗き視る事が出来るのだ。

 

緩い動きで迫ってきているエルザの右斜め上からの斬り下ろしの初撃を、彼は添えるようにした右手を使って抵抗を無いようにいなし、続く第二撃である初撃の斬り返しを半歩後ろへ下がることにより回避し、次の空けた空間を詰めるように繰り出された回し蹴りを横にずれることで更に回避し、正面に回った青年を斬り付けようと振り下ろされた同時の二太刀はX字に斬り裂いたが為に生まれた太刀筋状の隙間に潜り込み、そのまま流れるように背後に下がる。

 

その後の斬り付け攻撃も全ていなしては躱していき、最後にはエルザの背後に回り込むことで、宛もエルザの攻撃を繰り出される前に背後に抜けていたかのような図が出来上がる。

 

 

「────『イビルエクスプロージョン』ッ!」

 

「…ッ……何故広範囲のものばかりする」

 

 

ミラから放たれた妖しい光を放つ(たま)が光り輝き、青年の目前で爆発を起こそうとした瞬間…青年はその球を両手で包み込むように捉えた。

今まさに爆発しようとして光を放っている超高濃度エネルギーの塊、それを押さえ込むように握り締めていくと次第にその大きさを縮小させていき、青年はミラの放った魔力の塊を……握り潰した。

 

ラクサスの攻撃のような、この場で爆発させようものならば()()()()()()の墓石が破壊されてしまう。

それは…それだけは()()()()()()()()()()()()

 

青年はある意味冷や汗を流しながら、此所では無い何処かに転移させるか、それか前回同様直ぐさま気絶させるかと思い至った瞬間…前後から魔法と剣が飛んできた。

魔力の籠められた魔法と、豪速で迫った剣が一カ所に着弾して大爆発を起こした。

 

 

「……全くダメージが入っていない」

 

「すごい防御力ね」

 

「こいつァ驚いたな。ここまでタフな奴は早々居ねぇぞ」

 

「肌が剣を通さないなど初めて見た」

 

 

爆発の爆心地から現れたのは、どこにも傷を負ってすらいない青年であった。

地面を殴り付けて魔力によるギルダーツの波状攻撃と、ミラの魔力の波動攻撃に合わせ、囲うようにエルザの剣の群が襲ったのだ。

しかし、魔法は爆発を引き起こしただけで終わり、剣は青年の皮膚に到達したところで刺さることは疎か、一筋の傷を作ることにすら至っていない。

 

けれども…四人には悲観的感情は見えていなかった。

エルザは元から青年がそれ程の者であるということを知っていたし、ミラは単純にエルザが勝てなかった人にそう易々と勝てると端から思っていない。

ラクサスも最初に撃ち込んだ雷は、手加減無しで放ったもので、それを簡素な動きのみで逸らされたことで強者と認識しているし、そもそも最強チームがあっという間にやられたという話のみでただ者では無いと驕ることも無く解っていた。

ギルダーツは先も述べた通り、実力者であるが故に解りきっている。

 

 

だからこそ…解っていたからこそ……これは()()()()()()()()()

 

 

「──────『分解』ッ!!」

 

 

土煙から姿を現した青年に向けて手の平を向けたギルダーツは、目には見えないメッシュ状に編み込まれているような魔力を飛ばすことで、触れたモノを細かく分解する魔法を飛ばした。

以前コレを受けたナツは細かい小人サイズに分解されたり、オーガストも細かくサイコロ状にされたがコピー魔法を使って脱出したものの、受ければ人であろうと文字通り『分解』する魔法だ。

 

飛んできていることを察知した青年は、その場から動くことも無くたった一言…『消えよ』と発しただけでギルダーツの魔法を掻き消した。

また何かによって消されたと分かっても、どういう理屈と原理で消されているのか解らない以上対処法が無い。

実際には青年が言葉を発するときに、魔力を載せて発することで一つの事象として現実に小規模の現象改変を行っているというものだ。

 

仕組みが解らないとはいえども、流石に目的のことを言えばその通りになるということは解るため、一先ずは消されようが消されまいが攻撃するのみであった。

何故ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「はあぁぁ…ッ!!『魔人ハルファス』っ!!」

 

 

戦う時は最初に使う見慣れたサタンソウルを解いたミラは、魔人ハルファスという姿へとテイクオーバーした。

悪魔と言うには言葉が足りず、どちらかと言うと堕天使にも見えなくも無いその姿は、ギルド内では知らぬ者無しとも言える程の力を持っており、この姿になったミラは『一人で街を地図上から消せる』とまで言わしめる程の力を持っている。

 

余程のことが無い限りは使うことすら無いと豪語しているこの魔人ハルファスの特徴は、背に生えている翼を使った超高速移動である。

この姿になったミラの速度は、雷速で移動するラクサス以上とも言われていた。

それ故に武力自体も相当なレベルに増幅され、体全体から迸っている魔力も爆発的に上昇している。

 

 

「──────ッラァ…ッ!!!」

 

「ッ…ほう…?それなりの速度か」

 

 

身を少し屈めて溜を作ったミラは、次の瞬間には青年に向けて拳を突き出していた。

正しく瞬きをする刹那の移動からの攻撃であったが、青年は少々目を見開いて驚きの視線を送っていたが、その右手にはミラの拳が受け止められていた。

見ていたエルザが目の端でしか捉えられなかった程の速度でもダメなのかと思った矢先、ミラは手の中に仕込んでいた…小さいながらも膨大な魔力の球を暴発させた。

 

悪魔らしいおどろおどろしい黒い閃光が辺りを包みこんで、青年とミラを包んで覆い隠し爆発した。

完全に爆発する瞬間、ミラは自前の高速移動を以てその場から退避し、爆発は青年のみを襲った。

未だ煙が晴れていない中に向かって、背後で魔力を溜めていたラクサスが右腕を揮うと同時に解放した。

 

 

「滅竜奥義──────『鳴御雷(ナルミカヅチ)』ッ!!」

 

 

右腕から迸る雷撃が、目眩ましをされた煙の中の青年に向かって飛び交い、確かに直撃したことを確信した。

それでも、大きなダメージが入っていないということは簡単に予想が付いてしまうため、あくまでこれは次へと繋ぐ時間稼ぎに過ぎない。

 

真の本命であるギルダーツが、爆煙の中に居るであろう青年の背後側に回ったことを確認したラクサスは、滅竜奥義を一旦解いた。

掠った地面が帯電してしまう程の雷撃が止むと、風に煽られて晴れた煙の向こうには、全身を大きな黒白の翼で覆い隠して防御している青年が居る。

初めて防御らしい行動を取らせることが出来たと、心の片隅で密かに気を良くしながら、ラクサスはギルダーツの名を叫んで合図を送った。

 

ミラの手を借りて遠心力を使った投げ飛ばしで加速したギルダーツは、翼で身体を覆っている以上視野的に見えないであろう背後から攻め込んだ。

腕の筋肉をみちりという音がする程引き絞った後、溜め込んだ魔力を全て腕に流し込んで殴り付けた。

 

 

「───────『破邪顕正・絶天』ッ!!」

 

 

確実に入るであろう完璧なタイミング、そして対処するにも何かしらの大きな動きをしなければならないであろう箇所への殴打により、大きくは無かろうとダメージは入ることは確信したギルダーツ。

 

 

だが─────()()()()()()()()()()ぎょろりとしながら一連の動き凝視していた。

 

 

 

 

「───────『破邪顕正・一天』」

 

 

 

 

振り向き様に、ギルダーツの拳に同じく拳を撃ち込んできた青年。

 

翼に突如現れた目玉に目を見開き、それでも攻撃したギルダーツとの技の鬩ぎ合いに勝利したのは……青年だった。

 

周りに衝撃波を生み出しながら打ち合った末に弾き飛ばされたギルダーツは、勢い良く吹き飛ばされて遺跡の壁のような役割があったのだろう形をした岩に背中から突っ込み破壊していった。

 

直ぐに起き上がったギルダーツが見たのは、()()()()()美しい翼を見せるように背を向けながら、片脚を軸に回転した青年の姿だった。

 

 

「戯れは終いだ小僧」

 

「ぶぐッ……ッ!?」

 

 

大きく半回転しながら放った青年の回し蹴りが、ギルダーツの胴体ど真ん中を射貫くように突き刺さった。

 

その場から吹き飛ばない代わりに、回し蹴りの衝撃が背中から背後に向かって突き抜けていった。

数十メートル先にある木々が轟音を響かせながら薙ぎ倒され、それ程の威力のある衝撃がギルダーツの腹を直撃したことが窺えたというもの。

 

この場に居る年長者としての意地で倒れまいと、正確無比に鳩尾を蹴り抜かれたギルダーツは、気合いでどうにか耐えようとするも…耐えられようとしたことを見越してなのか、体勢を元に戻していた青年の中断蹴りが、蹲って頭の位置を下げていたギルダーツの顔側面に叩き込まれた。

 

いくらギルド最強であろうとも、人体の弱点の一つである鳩尾を蹴り抜かれながら、脳を揺さ振るほどの蹴りを諸に受けて正気でいられる筈も無い。

しかし流石はギルド最強と名高いギルダーツからか、意識は完全には持っていかれてはいないものの、平衡感覚が多少麻痺していた。

 

 

「…っ!オッサン!!」

 

「他人を懸念している余暇が、貴様には有るのか小僧?」

 

「───────ッ!!」

 

 

意識が混濁の中にあるギルダーツを余所に、心配からくる叫びを上げるラクサスの目前には、既に青年が佇んでいた。

驚きで叫びそうになったラクサスは寸前で堪え、無雑作に雷の魔力を纏った右拳を青年の顔面に向けて揮っていた。

 

しかしながらラクサスの放った拳は青年の顔面まで届く事は無く…惜しくも青年の顔の数ミリ横を抜けていた。

それも、その代わりと言わんばかりに、青年の放った拳がラクサスの揮った腕の外側から顔面に届き得て、正確にラクサスの顎に打撃を撃ち込んでいた。

 

クロス・カウンター…現代のボクシングに於けるカウンター・ブロウの一種であり、選手両者が正対しているとき、相手の打撃に相前後して相手の顔面に打撃を加える打撃テクニックである。

決まれば相手に確実な大ダメージを与える事が出来る技ではあるものの、相手の攻撃を完璧に見切った上で一瞬の狂いも無く相手の顔に打撃を入れなくてはならない以上出来る者が限られてくる高等テクニックである。

 

何をされたのか歪む視界では把握出来ないラクサスは、一撃で倒されてしまうことに不甲斐なさを抱きながら、後は任せたと…エルザ達に言葉を送った。

 

倒れ伏したラクサスの事を見届けた青年は、次は貴様だとでも言うような視線をエルザへ送った。

エルザは視線からして次の標的になったと感じ取り悟り、その場から移動してラクサスの元へと向かう。

移動している最中に『天輪の鎧』へと換装を完了したエルザは、背後に控える数多くの剣を数本使って、倒れているギルダーツを傷付けないように、剣の腹の部分を使用しながらラクサスの元まで浮かばせて連れて来た。

 

戦闘不能に近いギルダーツと、意識を飛ばしているラクサスの二人を護るように、数多くの剣が円を広げるような軌道を描きながら『循環の剣(サークル・ソード)』が青年へ向かって飛んで行った。

 

迫り来る剣の円を跳躍する事で躱した青年へ、数にして18もの剣を向かわせたは良いが、身体を空中で回転して捻ることによって見事に全て躱された。

音も無く華麗な着地を見せた青年のその瞬間を狙い、瞬足の斬り込みを行った。

 

 

「──────『天輪・五芒星の剣(てんりん・ペンタグラムソード)』ッ!!」

 

「遅いな──────『発勁(はっけい)』」

 

「かふッ……!?」

 

 

五度の斬り込みを躱しきった青年から繰り出された掌底が、鎧の上からではあるが腹へと決まり、鎧を粉々に砕き壊しながら背後に居るラクサス達の元へと戻されるように吹き飛ばされていった。

痛む腹を押さえて苦しみながらも立ち上がろうとするエルザの元へ、ミラは魔人ハルファスの移動速度を以て駆け付け安否を確かめる。

痛みが奔るが大丈夫という言葉に安心しつつ、振り向くと同時に踏み込んで最高速度で青年の懐に潜り込む──────

 

 

「─────見飽きたぞ、その速度」

 

「─────ぇ……」

 

 

最高速度で迫った時には、懐に潜り込こもうとしたミラの行動の先をいき、目と鼻の先に青年の顔が有り金色の瞳に映る己の顔を見ていた。

 

そして次の瞬間には、ミラの腹に殴打を入れられそうになったのだが…辛うじて直感による防御で直撃は免れる事が出来た。

 

衝撃の全てを受け流す事などやる余暇が無かったが故に、地面の上を足が滑るように後退していき獣道を作る。

どうにか背後のエルザ達にボーリングのピンと球よろしく衝突することを免れたミラは、防御した腕を貫いて胴にも衝撃が奔ったことにより、魔人ハルファスの姿が解けてしまった。

 

肩で息をしていながら、ダメージの大きかった左腕を庇うように右手で押さえているミラは、崩れるように膝をその場で付いてしまう。

話しに聞いていたように強い青年に対して、これ程の強い青年が違和感の正体なのかも知れないと思うと、これからどうなるのか分からなくなってくる。

 

これは確かに凄まじい、強すぎて勝てるイメージが全く湧かないどころか…真面にダメージを与えられるかどうかさえ怪しくすら思えてくる。

はっきり言ってしまえば…とても怖く…恐い。

何故こうも存在感のみで恐怖心を煽るのか、分からないし分かりたくもなかった。

 

 

 

 

だがそれでも─────彼女は任務を遂行した。

 

 

 

 

「…っ……んっ」

 

「……?」

 

 

苦し紛れの攻撃のつもりか何かか…ミラは左腕を押さえていた右手を後ろへ持っていって体で隠すと、背後で拾ったのか…小さな石の礫を投げ付けた。

 

そんな子供のような攻撃に当たるつもりなど毛頭無い青年は、呆れた視線を送りながらほんの少しだけ頭を傾けて礫を避けた。

 

 

「私ね…接収(テイクオーバー)を使う以上──────変身系の魔法も得意なの」

 

「……何?」

 

 

石礫が青年の顔の横を抜ける寸前…ミラはそう言ってニコリとした悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

 

何を企んでいるつもりなのかと、青年が訝しげな表情しながら勘潜ったその時……背後でポンッという気の抜けた音と共に…()()()()()()()()()()感じ取った。

 

 

そして次に感じたのは──────背中から全身へ駆け巡る激しい激痛。

 

 

 

痛゙(い゙)ッ……ッ!!!!」

 

 

 

激痛が体中を駆け巡る最中、スローに感じる世界で…相当な殺意を宿した青年がギロリと睨みつけながら振り返ったその先には──────

 

 

「盗っ……た…ッ!!!!」

 

 

()()()()()()()()()メストが……冷や汗で顔中を水浸しにしながら、笑顔というには余りに杜撰(ずさん)な笑み浮かべていた。

 

実は、ミラが投げた石礫は唯の石礫ではなく、変身魔法を使って石礫に見せていた『簡易型転移魔法陣』であった。

 

此処へ来る前に、男幽霊がレビィを呼び止めていたのは、頭が良い彼女に『簡易型転移魔法陣』を紙に描いて貰う為であった。

指示した通りに描くだけだというのに、性能故に術式が難解且つ複雑で3枚しか作り置きしておくことが出来なかった。

 

そして重要な『簡易型転移魔法陣』の効力とは、紙に描いた魔法陣を使用した時…一番近くにある同じく魔法陣が描かれた紙の元まで1枚につき一度まで転移させる事が出来るというものだ。

つまり、メストは一番近くにあった、ミラの放った石礫に成り済ました魔法陣の描かれた紙の元へ転移してきた…ということだ。

 

 

「──────貴様ァ…ッ!!!!!!!」

 

「ぁ……だ、『瞬間移動(ダイレクトライン)』っ!」

 

 

たった一枚…然れど一枚の羽根を抜き取られた青年は、それだけで人を殺しそうな殺意を灯した瞳で睨み付けながら、メストに向かって手を伸ばし…後2ミリというところでメストはその場から瞬間移動をし、ミラ達の元へと移動し終わっていた。

 

 

 

「逃がさぬわ塵がァ───────ッ!!!!」

 

 

 

「は、早く!!」

 

「掴まってて!!!!」

 

 

レビィが男幽霊の指示通りに描いた『簡易型転移魔法陣』の紙は()()ある。

 

 

ミラが放ったのは()()()()()()()()

 

 

 

 

もう一枚は───────妖精の尻尾(フェアリーテイル)にある。

 

 

 

 

最後の一枚である『簡易型転移魔法陣』を発動する為に魔力を流し込んでいる刹那……青年の魔の手が延びる。

 

 

 

後1メートル……発動しない。

 

 

 

後10センチ……発動しない。

 

 

 

後1センチ……光り輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

後1ミリ───────発動。

 

 

 

 

 

 

 

 

青年の振り下ろした魔の手は空を切り……衝撃波で地下数百メートルにも及ぶ深い谷が生まれた。

 

 

 

「逃した…っ!!…くッ……うぐっ!?」

 

 

 

青年はその場で体を翼で覆ってから蹲り…痛みが引くまで肩を震わせていた。

 

 

 

 

「はぁ…っ……はぁ…っ……我としたことが…油断したか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────ギルド・妖精の尻尾(フェアリーテイル)

 

 

フェアリーテイルのメンバーが一様に難しく険しい表情をしながら、1階の中央の床に置かれた一枚の紙を見ながら円を描くように見ていた。

 

すると、突如紙が煌めき始め…次の瞬間には翼を持つ男の元へと向かって行った筈のエルザ達が居た。

 

 

「はあッ…!!はあッ…!!し、死んだと…本当に死んだかと思った…!!!!」

 

「ほ、本当にギリギリだったわね……」

 

「間一髪…と言ったところか……」

 

 

「大丈夫かミラちゃん!!」

 

「ギルダーツ!?どうしたんだ!?」

 

「ラクサスが気絶してやがる!医務室へ運べ!」

 

「エルザも怪我してるみてぇだ!!」

 

「念の為全員医務室に!!」

 

 

帰ってきたエルザ達の元へと心配していたメンバーが集まってきては、騒がしい程に騒いでいた。

そんなところへ、マスターであるマカロフと、その横に浮かびながら移動している男幽霊が並んでやって来た。

 

道を開けてミラ達の元へとやって来たマカロフは、起きているミラとエルザとメストにご苦労だったという言葉を送って労り、男幽霊は真剣な表情をしながら口を開いた。

 

 

『どうだ。羽根は盗れたか?』

 

「あぁ……これでいいんだろ?」

 

「それが…エルザ達が言ってた奴の羽根か…?」

 

「綺麗な黒……」

 

「なんか…吸い込まれそうだな」

 

 

ギルドのメンバー全員に見えるようにと、メストが手に持つ黒い羽根を掲げると、メンバー達は口々に思うことを口にしていった。

 

その黒い羽根は、唯そこにあるというだけで内包する魔力が膨大であり、神秘的な波動を放っていた。

色は確かに黒…だが、黒は黒でも…混じりけ等無いどこまでも真っ黒な純黒。

ただこれだけのために…ギルド最強と名高いギルダーツに、最強候補であるラクサスが戦闘不能に陥っていた。

 

これで日々感じる違和感が直るんだろ…?そう疑問を投げ掛ける瞳をマカロフが男幽霊へと向け、それに伴い他のメンバー全員が一様に男幽霊へと視線を向けた。

 

 

『ふむ…盗ってきて悪いが、先に謝らせて貰おう。実のところ…その黒い羽根だけでは違和感を拭うことは出来ない』

 

「は…?テメェ…!!オレ達にウソついたのか!?エルザ達が…ギルダーツが…ミラが…ラクサスが体を張って盗ってきたんだぞテメェ…!!!!」

 

『早とちりするな。()()()()()()無理だと言ったんだ。それにだ…違和感を拭えば、お前達は()()()もう一度男の元へと向かおうとするだろう』

 

「あ?…何言ってんだよお前」

 

 

ウソをつかれたのかと思い、幽霊相手に殴り掛かろうとするナツを見ながら、男幽霊は言い聞かせるように喋り続けた。

 

 

『いいか?黒い羽根は謂わば“鍵”だ。お前達の違和感を拭う事が出来る()()()()()()()…な』

 

「それで…その唯一の手段とは何なんじゃ?勿体ぶらんで教えてくれ、こっちはガキ共に怪我させてまでお前さんの言葉に従ったんじゃからな」

 

『今話すから急かすな。……それは()()()()()黒翼の力の一端を帯びている羽根…それを使ってとある封印を跡形も無く“破壊”する』

 

「その封印とは…?」

 

 

尤もらしいマカロフの言葉に対し、口の端を吊り上げながら…面白そうに告げた。

 

 

 

 

 

 

『世界最強にすら届きうる程の力と可能性を持つ…世界最強の()()だ』

 

 

 

 

 

 

最後にして、最もなくてはならない歯車が…今まさに揃おうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 






あ~あ…絶対にバレますねこれは……

ま、いっか(眼逸らし)

恐らく、ここでか…!って思う方々が多く居るかと思われます。
元より、ここでこうなるように最初から考えていましたので笑


分からない人は…よ~く思い出してみて下さいね。



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第八二刀  目覚める対極者



皆さんの大好き真ヒロインの登場ですね笑


謎の青年ハードモードに移行。




 

どうにかこうにか、男幽霊の助言もあって決行された転移奪取作戦は成功を収めることが出来、今はミラとラクサスにギルダーツを含めた最強チームで、ふわりと浮かんでいる男幽霊と女幽霊の示す場所へと向かっていた。

何故、ラクサスとミラにギルダーツを連れて行くのかと疑問に思い質問してみたのだが、男幽霊からの返答は念には念をというあやふやなものであった。

 

目指すべき目的地は、またもや数千キロ離れたところという話を聞いたメンバー達は、何故数日間の間にこうも長距離を移動しなくてはならないのかとげんなりしていた。

しかし、封印されているという女性…それも世界最強とまで言っている人物が、違和感の正体を消し去ることが出来る唯一の人物である以上行かないという手は無い。

 

若干一名、世界最強も聞いて戦おうとしているアホが居るが、封印されているのがどの様な者か知っている者からしてみれば、戦えば確実に殺されるというのが分かっているので絶対に挑まない。

謂わば封印されているのは、普通では辿り着けない所にまで辿り着いてしまった強さの果て…機嫌の一つで世界の運命が決まると言っても過言ではないのだ。

 

魔導新幹線を何度も乗り換えして出来るだけ早く且つ、最短距離で進んで行き、今は目的地が荒れた荒野であるが為に徒による移動をしている。

 

景色は荒れ果てた荒野が続き…その内足場が悪くなる。

自然に出来た地の凹凸かと思われたそれは、他者の手によって起こされた破壊活動のようであった。

所々では小さな隕石が落下してきたかのような陥没している地面…クレーターやらが出来ていたり。

まるで超高熱のものが上を通過したかのような、地面の土が解けて熔解されては固まり、火山の噴火口にある凝り固まった溶岩のようになっている場所もある。

 

極め付けは……底が見えない程に空けられた直径四キロ近い大穴である。

 

 

「こ、こんな大穴が何でこんな所にあるわけ…?」

 

「深すぎて底が見えないです…」

 

「ここら一帯から感じる高濃度の魔力…まさか…」

 

『そうだ。その穴は()()()()()()()()()空けられた大穴だ。今向かっている封印されている女性は、死闘の末に敗北し、他でも無い勝者の手によって封印された』

 

「地形が変わり果てる程の力の衝突……」

 

「こいつァタダもんの仕業じゃねぇぞ」

 

 

ウェンディやルーシィからしてみれば、こんな大規模な魔法を使い攻撃しあっているのに、よく生きているなと思った。

どれだけ強くとも、攻撃の余波による自然破壊の光景は尋常では無い程の戦闘と分かる。

だからこそ、ラクサスは何故勝者が態々封印してしまったのか分からない。

 

物騒な事を言ってしまえば、それ程の相手ならば完全に斃しきってしまった方に利があると思った次第だ。

それは確かに一理あることで、相手がライバル等では無い限りはそれが普通だろう。

そんな考えを見抜いた男幽霊は、前を向いて浮遊しての移動をしながら口を開いた。

 

 

『勝者が敗者を殺さなかったのは、慈悲や情けによるものではない。単純に()()()()()()からだ』

 

「殺せなかった?」

 

『敗者は自力で不老不死となったのだ。殺しても死なず、死んでも死なない』

 

「不老不死……」

 

 

不老不死と聞くとやはり思い出してしまう激しく哀しい過去の戦い。

愛し合った少年と少女の戦いは戦争を引き起こし、フェアリーテイルは過去最大の戦いに身を投じた。

 

その少年と少女はアンクセラムの呪いによって、欲しくも無い不死性を手に入れてしまった憐れな者達。

若しかしてその人物もアンクセラムの呪いのようなものを持っているのかと思った時に、男幽霊の見えてきたぞという言葉に前を見た。

 

 

そこには地面の広範囲が真っ黒に変色し、その中の中心部に真っ白な剣を手にしている黒い像があった。

 

 

あれが封印を掛けられてしまった女性かと、黒く変色した地面から感知される超高濃度魔力に戦慄しながら、駆け足で像の元へと向かい、触れることは無く観察するように見ていく。

本当に、生きている人間を真っ黒に染め上げただけのような精巧な細部に、とてもこれが封印とは思えなかった。

 

 

「本当にこの封印、誰にも壊せねぇのか?」

 

『掛けた本人でも正攻法で解くには難しいであろう程に数多くの封印魔法が一つに組み込まれ、他でも無い純黒の魔力によって掛けられている。誰であろうと破壊するのは不可能だ』

 

「純黒の魔力?」

 

『それはまだいい。取り敢えず……封印を解いてしまおう。その羽根をその女性に押し付けてみろ』

 

「は、はい!」

 

 

純黒の羽根は、この中で一番安心出来るウェンディが預かり所持していた。

暴発すると危ないからと、布で何重にも巻いて小さめのバッグに入れていたウェンディは慎重に、風に飛ばされて無くさないようにと気をつけながら取り出し、恐る恐るといった具合で黒い美しい女性の像の前に立つ。

 

 

緊張が辺りを包む中…ウェンディは意を決したように羽根を像に押し付けた。

 

 

羽根の中から光が洩れ出すように黒く光り輝いたかと思えば、ウェンディの手の中から羽根は消失していた。

持ち主では無い者が使用すると、一度だけ絶対破壊を引き起こしてその姿を消失させる。

 

 

たった一度…然れど一度……。

 

 

 

 

 

今是に 滅神王 目覚ましたる

 

 

 

 

 

「「「─────────ッ!!!」」」

 

 

辺り一面に莫大な魔力と気配…存在感が溢れ覆う。

 

 

びしりという音を立てながら黒い美しい女性の像に罅が入り、罅は決壊するように範囲を広げていく。

 

 

そして遂には───────

 

 

 

「──────ふぅ…何が起きた…?封印を解くには200年は費やすと推測していたのだが…いや…何故私は()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

どこまでも白い純白の直剣に似た形で少し形が不揃いの双剣を手にした、絶世の美女と言うに相応しき女性が本来の彩を取り戻した。

女に目が無いギルダーツは、封印を解かれて動き出した女性に大興奮していたが、女性陣からもれなく冷たい視線と呆れた視線を貰っていた。

 

封印を解かれた女性は、凝り固まったのか腕を回して伸びをすると、手にしていた双剣を腰に付けている煌びやかなベルトに差して身なりを整えた。

その後記憶の混濁があるのか困惑した表情を作り、何かを思い出そうとしては徒労に終わっていた。

 

確か己は空を覆い尽くす程のドラゴンを迎え撃つ為に闘いに身を投じ、余りの数に護るべき国や民を嬲られるように攻められていった。

やがて魔力が尽きて身体的疲労も重なり、最後の悪足掻きにと特大の魔法を放ってドラゴンを一掃した筈。

 

 

その後は…その後は……()()()()()()()()

 

 

『オリヴィエちゃん』

 

「──────ッ!?…貴公は何者だ?私に怨霊の類の知人等居ないが…よもやあれか、私に滅せられた者が怨霊と成り果て仇を討たんとするか」

 

『違うわ。あなたは今記憶を媒体とした操作系魔法を受けているの。誰か分からない人に指示されるのは良い思いしないかも知れないけれど…一度だけでいいから信じて魔法解除を自分の頭に掛けて欲しいの』

 

「記憶媒体の操作系魔法…?……これは…!」

 

 

女幽霊に話し掛けられた女性は、訝しげな表情をしながら疑心暗鬼気味に頭へと触れ、本当に魔法が掛かっていることを確認した。

それも唯の魔法や魔力の類では無い。

厳重に…いや、唯()()()()()()とでもいうような…とても強制力の高い魔法であり尚且つ、魔力の質が異常であり暴力的で…どこまでも真っ黒な…自身の持つ魔力とは対極を為す魔力であった。

 

しかし、女性の魔力は対極を為す以上誰の手にも負えないこの魔力を、文字通り跡形も無く無へ還すことが出来る。

 

 

「……『解除』……──────そうか…そうだったのか…!!ふ、ふふふっ♪面白い(酷い)事をしてくれるではないか」

 

『思い出した?オリヴィエちゃん』

 

「お…」

 

『お…?』

 

「お義母様!?」

 

『そう…!そうよオリヴィエちゃん!お義母さんよっ』

 

「『キャーーーーーーーー!!!!♡』」

 

 

その場で置いてけぼりを受けているメンバー達───男幽霊も合わせて───を余所に、オリヴィエという女性と女幽霊は、触れ合うことは無いが口元に両手を当てながら400年振りという再会に黄色い歓声を上げていた。

触れ合うことが出来れば抱き締め合ったであろう中睦まじいような、知古の知り合いとでもいうように会話に花を咲かせていく。

 

 

「どうしたのですお義母様!?どうしてここに…!?」

 

『色々あってね?()()()()()()()見えないけれど、こうして霊的存在になって現世に居ることが出来たの!』

 

「では今までのことも…?」

 

『全部見ていたわ♪もうっ、あの子ったらオリヴィエちゃんのアプローチ全部躱した挙げ句こんな事になってるのよ?』

 

「大丈夫です。次 は 逃 が し ま せ ん の で」

 

『オリヴィエちゃんなら任せられるって400年前から思ってたわ♪』

 

「そ、そんなっ。お義母様に言われると当然のことなれば、俄然欲しくなってしまいます♡」

 

『うふふっ。昔に居た令嬢やら何やらの、どこの馬の骨かも分からない女より、オリヴィエちゃんなら絶対イケると思ってたの!お似合いよ♪』

 

「もうっ、お義母様ったら♪」

 

 

美しい女性同士の会話に入り込めないでいるメンバー達の内、業を煮やしたナツがとうとう空気を読むことをやめた。

ずんずん進んでいくとオリヴィエの前に立ち、人差し指を突き付けながら怒鳴るように話し掛けた。

 

後ろでは、まさかというような顔をしている他のメンバー達が居て、男幽霊はそろそろ本気でこの男を別行動にした方が良いのではと思えてきた。

 

 

「おいお前!何自分だけ魔法解いてんだよ!オレ達のも解きやがれ!!」

 

「…?貴公は…あぁ、あの時の足置きか」

 

「あぁ?どういう意味─────」

 

「これはこれはお義父様!御無沙汰しています」

 

『う、うむ。元気そうで何よりだな、オリヴィエ嬢。実は交しょ──────』

 

「おい!!なに無視してんだ!!!!」

 

 

途中から完全に無視されたナツは額に青筋を浮かべながら熱気を撒き散らし、怒りの形相で詰め寄る。

今邪魔をしなければ交渉しようとしていた男幽霊は、何故今このタイミングを逃させるようなことをするんだと、更なる話の拗れを起こさないで欲しいと切に願った。

 

男幽霊の内心など知る由も無いナツは、後ろのメンバー達は気配と魔力から、オリヴィエとの圧倒的実力の差を分かっているというのに、恐れを知らないのか気づいていないのか、恐らく後者であろう事を予想させながら喧嘩を売っていた。

 

 

「喧しい小僧だ。少しは静かに出来んのか」

 

「オレ達が助けなかったらずっと動けなかったんだぞ!さっさとオレ達に掛かってる魔法解け!」

 

「断る」

 

「あ゙?」

 

「封印を解除したことには礼を言おう。だが、それとこれとは別だ。所詮魔法が解けん貴公らの責任であり、私は唯私自身に掛けられた魔法を解いただけだ。それに、解かない方が()()()()()()()()。何よりそんなことに(かま)けている暇等……私には無い。ではお義母様にお義父様、私は彼の元へ行きますので…これにて」

 

 

そう言うや否や、オリヴィエはその場を後にするように踵を返して歩み始めてしまった。

封印を解いたというのに見返りも無く、挙げ句の果てには既に何処かへ消えようとしているオリヴィエに、元々短気であったナツは完全にキレた。

 

待てと叫びながら、仲間達からの静止の声を完全に無視して拳に炎を灯しながら殴り掛かっていった。

何故こうも直ぐ感情に身を任せるのか、自由奔放と言ったものか…落ち着きを覚えて耐え性を身に付けても罰は当たらないというのにだ。

 

後ろから迫るナツに対し、オリヴィエが行ったのは至極単純にして簡易なこと…軽く握り込んでいる手の甲を後ろに放っただけ。

所謂裏拳を行っただけなのに、それはナツの顔面にクリーンヒットし、仲間達の元へと吹き飛ばされてギルダーツの手により受け止められた。

 

最早見てすらいないというのに完璧な迎撃、しかし簡易的な攻撃とは裏腹に打撃の威力は強く、ナツは鼻血が出る鼻を押さえて睨み付けていた。

 

 

「何やってんのよナツ!?」

 

「いきなり攻撃する奴があるか!?」

 

「お前ェは昔からちっとも変わらねぇなァ?ナツ」

 

「だけどよ──────」

 

 

止まって固まり始めた鼻血を手の甲で乱雑に拭い立ち上がったナツの隣にグレイが並び、その後ろにはメンバー達全員が控えている。

如何にも敵対している者同士の構図にしか見えない現状は、確かにこの対立関係を築き模っていた。

 

 

「解いて貰ってハイそーですか、で終わらされる程オレ達は寛容じゃねーんでな」

 

「いい加減この変な魔法にはウンザリしてんだ」

 

「どんな形であれ仲間をやられた以上簡単には引き下がらねぇ」

 

「アンタにはこの魔法解いて貰うぜ」

 

「美女と戦うのは些か髪を引っ張られる思いだが…ガキ共行かして見学ってのは年長者としては頂けないんでね、わりーなねぇちゃん」

 

 

「……フン。身の程知らずが。良かろう。起き抜けのお遊びに付き合ってやる。私は(ハンデ)として武器の一切を使用せぬ。そも…貴公等程度に此奴(双剣)を使う必要性すら皆無と知れ」

 

 

世の中には上には上があるという言葉がある。

それは暗に、どれだけ優れた者や物があろうと、周りに目を向けてみればその優れたものは数多くあるものの中の一つに過ぎないこともある…というものだ。

極論を言ってしまえば、幾ら己の力を過信し評価されようとも、その者の上には必ず上が居るということ。

 

 

オリヴィエは、率直に言ってしまえば天才だ。

 

 

遙か昔、今から400年前に生まれた…それこそちっぽけな人間の赤子であった。

そんなちっぽけな人間の子供が数十年後、西の大陸を治める国の王になるとは、彼女の両親以外夢にも思うまい。

 

彼女の両親は一国の王であること以外は普通の人間であった。

その国はこれといって優れた話を聞くのでも無く、かと言って何かが劣っているという話も耳にしない。

言うなれば多少他の国に比べて領土が広くて作物が良く育つ、といった具合だろうか。

 

そんな二人の間に…それも魔力すら持たぬ普通の人間との間に生まれた(オリヴィエ)はなんと、何の因果か魔力を持って生まれた。

本来ならば受け継がれるように、どちらか一方が魔力を持つ人で無ければ生まれないというのに、子は魔力を宿した。

それも、子供にしては莫大な魔力を内包していた。

 

フィオーレ王国には大陸で最も優れているという10人の人に対して、聖十大魔道という地位を与えている。

それは戦闘技術もさることながら、持ちうる魔力の量等を考慮した上で与えられる羨望の地位だ。

手に入れさえすれば、殆どの公共機関を無料で使える他、一国の王に直接意見する事が出来る等メリットが生まれてくる。

 

だが忘れてはならないのは、聖十大魔道というのは…それ程の(魔力)を持つ者達が、大陸に住む数百万人の頂点10人に与えられているということ。

つまるところ一人が持っている魔力というのは計り知れないのだ。

他でも無いギルダーツも、過去に何度も聖十大魔道の称号授与の機会を与えられているが全て踏み倒している。

 

だが生まれた子…幼児であるオリヴィエは……生まれながらにしてその聖十大魔道の約十倍の魔力を内包していた。

本来ならば生まれたばかりである子供がそれ程の魔力を持つことは有り得なく、かと言ってそもそもな話で体が耐えきれない。

これも又極論になってしまうが、生まれたばかりの子供がそれ程の魔力を内包していたら体が耐えきれず爆発四散しても可笑しい話では無かったのだ。

 

 

だがそれでも……オリヴィエは何ともなかった。

 

 

さも当たり前とでもいうように平然として、子供らしく良く泣き良く笑い良く遊んだ。

両親である王と王妃はそんなオリヴィエが可愛くて仕方なく、お願いされたものは大抵与えた。

と、なればだ…大抵の場合が思い通りになったが為に碌でもない性格になるのが必然と思われるのだが……オリヴィエは普通とは違う。

 

最初こそ玩具や人形等を欲しがってはいたが次第にその影は身を潜め、何時しかオリヴィエは勉強用の本が欲しいと言うようになった。

何故そんな物を…勉強するにはまだ早すぎると思っていた両親は困惑こそすれど、オリヴィエの為ならばと与えた。

すると如何だろうか、オリヴィエはその本を直ぐに読破し、更に更にと知識を欲した。

 

更には帝王学にすらも手を出し始め、謀らずして未来の絶対的な王…皇帝陛下が土台を確実に駆け上がっていった。

知識は吸収して終わりではなく実践し、スポンジのように吸収するが握っても溢すこと無い…所謂広大な砂漠とでもいうような吸収をみせていった。

 

やがて何も指示していないというのに()()()()()()()()()()()純白の双剣を使った戦闘能力すらも磨き上げ研鑽し、更には魔法にすらも手を出し始める。

直ぐに習うものはマスターし、剣の腕に関しては指南役を三十分後には叩きのめした。

 

可愛い可愛いと思って育てていた両親は、将来有望になるであろう程に美しく成長するだろうと確信していたが、オリヴィエはその期待以上に美しく成長した。

見て読み学んだ智恵により教養は素晴らしく、剣の鍛錬を行っているが故に四肢は引き締まり、腰のくびれ何てものは何を今更と言わんばかりに出来ていた。

女性の象徴である胸は大きすぎず小さすぎず、だが平均よりも確かに大きく実ったそれは美しいお椀型の謂わば美巨乳。

 

男が必ず目にしてしまい視線で追い掛けるであろう臀部も安産型で引き締まり、腰のくびれと相まって魅惑的な曲線を描き男の目を釘付けにする。

美しくさらりとする絹のような髪は腰に届きうる程に長く、指を通して髪を梳こうものならばその触り心地に抜け出せなくなるだろう。

顔はとても小さく、オリヴィエの体を7、8頭身にみせる橋掛にもなっていて尚且つ、その顔に浮かべられる微笑み等を見た暁には心の全てを持っていかれ魅了される。

 

すらりと生えて映える脚は細く長く、肉は付いていれば筋肉も付いていて引き締まっていることこの上ない。

しかし、柔らかさと一方で力めば類い稀無く出す瞬発力を発揮するこの脚は光を浴びれば女神の御脚とでもいうように光を受け止め神々しいとまで言える絶対領域。

目に映ろうものならば確実に世の男の劣情を煽るというものだろう。

 

天の神は一人の人間だけに、幾つもの美点を与えることはしない、良いところばかり揃った完璧な人間など居はしない。

異なる二つの天賦の才を持つことは有り得ず、人にはそれぞれに長所も短所もあるという。

天は二物を与えずとは良く言ったものだ。

 

容姿から才能に関しては完璧以上の人間であるというのに、そこに加えて生まれ持った純白の魔力、そしてオリヴィエを語る上で外せない神を殺す力…神殺しの力。

どうやって為し、どういう因果関係になればこれ程の人間が生まれるのかと叫びたくなる彼女は、欠点というものが確かに存在した。

 

オリヴィエの容姿は完璧だ、それ故に世の男が放っておく方がまず有り得ないという話だ。

だからこそ、パーティーの招待を受けたオリヴィエは、特に興味も無いが故に適当に見繕わせたパーティードレスを着て、適当に飲み物を飲んで食事をして…一人で居たのだ。

 

となれば…だ。

各国の王子等が集まるパーティーで、上げればきりが無い程の絶世の美女を口説きに掛かるのは当然。

容姿に自信がある王子や、権力を見せびらかして玉の輿という選択肢をチラつかせる男や、最高級の宝石を与えて抱え込もうとする男が周りを囲んだ。

 

それだけで同会場にいた他の国の令嬢には嫉妬やら何やらの視線を受け、囲う男は胸や尻にしか目がいかなく、下劣当然の考えの基オリヴィエを我が物にと迫った。

今思えばそれは悪手も悪手だったのだろう。

 

適当に食べて飲んでいるという自由の時間が、それはそれで楽しんでいたオリヴィエに群がり、不快感煽る視線で舐めて嬲るように見てくるのだ。

あしらおうにも離れず、明らかに興味が無いという態度を示そうとはっきり邪魔だと言っても寄って集る()

面倒になったオリヴィエは……近くに居た容姿が一番優れた男の胸倉を掴んだ。

 

強引だがその気になってくれたかと、生まれ持った整った顔立ちに感謝しながら、今夜はとても楽しめそうだと内心舌舐めずりしていた男を……投げ倒した。

 

困惑した男は、背中から行ったことで嘔吐いているが、そんなこと知ったことかと言わんばかりに無視し、男を倒した時の衝撃でテーブルが倒れ、その上に並べられていた散らばったナイフやフォークの内スプーンを手に取った。

 

 

無表情で男の顔を見下ろしていたオリヴィエは、片手に持つスプーンで男の目玉を……抉り取った。

 

 

叫び転がる男、息を呑み呆然とした他の男達。

次の瞬間にはその場は騒然となった。

それもその筈、その場に居る令嬢やら王女等が密かに狙っていた顔面偏差値トップの男の目玉を刳り抜いたのだから。

誰かが何をしているのかと叫ぶ前に、血を滴らせるスプーンを投げ捨てたオリヴィエは、周囲に良く聞こえる声で宣言した。

 

 

「私が来てからというもの。寄越す視線は下劣にして醜悪極まりない性犯罪者のそれ。気持ちが悪く不愉快極まり無い。故に此所に宣言する…連帯責任としてこの場に居る者共は須く全て皆殺しだ」

 

 

理不尽にして横暴極まりない発言。

そんなことが許される筈も無く、その場に居る主催者の王への不敬罪として摘まみだされようとしたその時…その王の首は飛び、血飛沫を上げた。

 

確かに持っていなかった筈の純白の双剣を手にしていたオリヴィエは、そのままその場でくるりと一回転しながら双剣を揮い人の屍の山を作り上げた。

 

寄越してくる男達の下劣極まる視線に加えて、見るだけで何を考えているのか分かってしまうが故に解る下衆の思考回路。

そんな豚の糞以下の男に熱い視線を送り、独り占めしているからと送られてくる喧しくて仕方ない嫉妬と妬み宿る視線。

うんざりしたオリヴィエは面倒だからという理由で、その国及びパーティーに出席した国の全てを敵に回した。

 

それから4日後…数にして7カ国に及ぶ国が地上から消滅し姿を消した。

面倒だという理由で始まった大陸統一。

好きにやらせるわけにはいかんと挑みかかってくる国を差別無く滅ぼし、力を示して上に駆け上がっていく。

この時のオリヴィエと歳は若干16歳…西の大陸を統べる4年前である。

 

紆余曲折あったが、何を言いたいのかというと…オリヴィエは生まれた瞬間から地力が遙かに違いすぎるのだ。

今この場に居る者達が破っていない力の壁を、オリヴィエは遙か昔に破り通っている。

況してや武器を使用なんてした暁には既に細切れにされた挙げ句殺され捨てられている。

本来ならば武器を使用しないという(ハンデ)に感謝こそすれど、憤るというのは筋違いな話なのだ。

 

そも、秘められた力の解放(圧倒的主人公補正)や御都合主義や感情論だけで、倒すことは疎か同じ土俵にすら上がること敵わぬのが…人類最終到達地点(四人の王)なのだから。

 

 

「いくぞォッ!!『火竜の咆哮』ォッッ!!」

 

「…?あぁ、滅竜魔法とかいうものか。懐かしいな。だが……それは果たして(人間)に効くのか否や?答は否だ」

 

 

ナツの口から放たれた膨大な熱量を持つ、正しく火竜の咆哮にすら匹敵するであろう爆炎は…オリヴィエに到達する前に空気に溶け込む様に消えて消滅した。

何が起きたのか分からないナツは目を白黒しているが、目線の先に居るオリヴィエはつまらなそうに佇んでいるだけであった。

 

 

「我が純白なる魔力は総てを包み込み無へ還す。貴公等の魔法が私に辿り着くことは有り得ない」

 

「だったら直接ぶん殴る!!」

 

「はぁ…」

 

 

艶やかな吐息を漏らしながら、走り寄ってくるナツに呆れた視線を送った。

魔法が届かないと分かった途端に直接来る、何とも何の捻りも無い、まさに脳筋とでもいうような戦法だろうか。

 

呆れて溜め息しか出来ないオリヴィエは、目前まで迫ってきている炎を灯した拳を振り上げるナツに向かって、仕方なく蹴りを入れよう…と思わせて()()()()()エルザの背後に回り込んでいた。

 

 

「──────ッ!?」

 

「ふふ、気づいていないとでも?一見我武者羅に向かってくる小僧だが、それは誘導で囮に過ぎない。鎧を変えて()()()()()私の背後に回っていくのを見逃す筈もないだろう?」

 

「ぐッ…ぁあ…ッ!!!」

 

「なっ…!?おいエル…ブァッ!?」

 

 

飛翔の鎧で速度を上げつつ、ウェンディからの補助を受けて尚更速度を上げていたエルザの動きは完全に目視されており、背後からエルザの耳元で囁いた後、オリヴィエはエルザの腰を軽く撫でるような平易な掌底を放った。

 

鎧をそれだけで砕かれ、衝撃に従い吹き飛んでいった先にはナツが居たため、エルザはナツを巻き込むように一緒になって吹き飛ばされていった。

そこから代わるようにラクサスとミラが駆けて向かい、ミラはミラジェーン・セイラへとテイクオーバーし、ラクサスは息を吸い込んで咆哮の予備動作をした。

 

 

「命令するわ。あなたは今すぐ『おやすみなさい』」

 

「……──────何故?」

 

「────ッ!!『雷竜の咆哮』ォオッ!!」

 

「ほう…、眠らせて咆哮の餌食とな?中々の作戦だな。まぁ私には一切無駄だが」

 

 

ミラがテイクオーバーしたセイラの呪法を使い、命令(マクロ)による催眠を掛けて眠らし、動きが止まったところをラクサスの咆哮で攻撃をしようと謀ったものの、オリヴィエには命令が行使されず、剰えラクサスの放った咆哮もナツの時の様に消されてしまう。

 

やっぱりダメかと、どこかでそんな気がしていたラクサスは心の中で愚痴り、雷速でオリヴィエの背後に回り込むと両手を合わせて振り下ろした。

 

 

「─────『雷竜の(アギト)』ッ!!!!」

 

「何時の間に…ッ!?─────なんてな」

 

「きゃあぁ────────────っ!!」

 

「なァ…っ!?」

 

 

振り下ろした両の手の拳がオリヴィエに当たるとなった寸前のこと、オリヴィエの体が一瞬だけブレる。

瞬きをしただけの一瞬の隙を突き、オリヴィエが居たところには何時の間にかミラが居た。

場所を交換させられていたミラに気が付いたのは、既に拳を振り下ろした後であった。

ラクサスの膂力と雷の追加ダメージがミラを襲い、特に防御力がある訳でも無い…ただ命令するだけであるミラジェーン・セイラになっていたことが仇となり、相当なダメージが入ってしまった。

 

驚いて謝りながら後ろに仰け反ったラクサスだったが、目と鼻の先に人差し指を親指で押さえているオリヴィエの手があった。

嫌な予感を感じ取ったラクサスは食らう訳にはいかないと、仰け反った時に後ろへ出した足に力を籠めて雷速でその場を離脱。

途中で自分の所為で体が麻痺して動けないでいるミラを回収してその場から去ろうとした。

 

だがふと気配を横に感じ取って、まさかという思いがある中、急いで横に視線を送った時…撒いたと思っていたオリヴィエが並走しており、先程構えていた時と同じように手を向けていた。

無理矢理体を捻って回避しようとするラクサスの動きを見切り、オリヴィエはラクサスの眉間にデコピンを軽く放った。

 

大凡人にデコピンをして出て来るような音では無い、大砲を撃った時のような爆発音が響き、ラクサスはミラを手放しながら反対方向へと弾き飛ばされていった。

 

 

「ラクサス!テメェ…!コイツでも食らいやがれ!!『氷撃の槌(アイスインパクト)』ッ!!」

 

「遅い遅い。全くもって遅い」

 

「それで良いんだよ!!」

 

「む?」

 

 

両手に持った氷の鎖を使って振り下ろした巨大な大槌は、オリヴィエに当たられることはなく、軽やかなサイドステップによって躱された。

しかしグレイは、その回避をする時の行動を待っていた。

 

右腕のデビルスレイヤーの証から痣を広げていき、半身の殆どを覆い尽くし終えたグレイは地面に手を付き、グレイの正面のオリヴィエ以外の誰も居ない範囲の地面を氷付けにした。

広範囲且つ分厚く張られた氷は強固に造られ、回避した後の着地する瞬間を狙って行われたそれは、見事にオリヴィエの両足を地面に縫い付けて動きを阻害した。

 

 

「アイスメイク──────『銀世界(シルバー)』」

 

「ふむ…それだけか?」

 

「─────サンキューグレイ」

 

「オレの役目はここまでなんだよ。いくぜオッサン!アイスメイク─────『魔王の前腕甲(ヴァンブレイス)』ッ!!」

 

 

右腕を覆い纏うように展開された巨大な手でギルダーツを鷲掴み、体を大きく捻ってオリヴィエに向かって投げ付けた。

ウェンディからの攻撃力上昇の補助を受けているため、大の大人を投げるなど造作も無く、投げられたギルダーツは動けないでいるオリヴィエに向かって真っ直ぐ飛んで行った。

 

 

「わりィなねーちゃん!─────『破邪顕正・絶天』ッ!!」

 

「何、気にすることはない。()()()()()()()()()()()()

 

「何ッ…!?がはッ…!!」

 

 

拳が届く直前、オリヴィエは必要最低限の動きで攻撃を躱しきると、()()()ギルダーツの腹に蹴りを放ち打ち返した。

足を凍らされて縫い付けられてはいたものの、それをオリヴィエが壊せないということには直結しない。

少し力を入れて脚を持ち上げることによって、纏わり付いている氷を砕いて悠々と脱出し、ギルダーツを迎え撃ったのだ。

 

蹴りを放った感触からして、ギルダーツがインパクトの瞬間後ろへと飛び、尚且つ魔力で幾らか防御したので、そう大したダメージは入っていないことに気が付いているオリヴィエは、仮にも今蹴り飛ばした男がこの中で一番の実力者であると看破した。

しかし、だからといってどうということはない。

結局は全員つまらないとしか感じないほど、オリヴィエからしたら弱いのだから。

 

蹴りを放った後の姿勢から体勢を戻そうとした時、蹴り上げた右脚の足首に何かが巻き付いた。

視線をその先へ向けてみると、鞭を握り締めているルーシィがおり、その隣にはドラゴンフォースを身に纏っているウェンディが居たのだ。

 

 

「─────『天竜の咆哮』ぉぉっ!!」

 

「─────スコーピオンっ!!」

 

「ウィーアー!『サンドバスター』ッ!!」

 

 

「ふむ…特性である回転を使用した合体魔法(ユニゾンレイド)か」

 

 

脚を取られて身動きが取れないオリヴィエに、ウェンディの放った咆哮とスコーピオンが放った砂の竜巻が混ざり合って砂のサイクロンと化し、地を削りながら向かってきていた。

それを前にしてオリヴィエは冷静に分析をして、面白いことをしながら息が合っていると感心していた。

 

だが結局はオリヴィエの前にして意味は無し。

又してもオリヴィエの純白の魔力によって包み込まれ、魔力は無へと還り消滅する。

 

巨大なサイクロンが消え去り、そろそろ脚の拘束を外すかと考えた時、サイクロンの奥に居るルーシィが両手を合わせて祈りを捧げるような所作をしながら、足元に光り輝く魔法陣を展開して魔法を放とうとしていた。

隣に居るウェンディとて同じで、辺りに漂い吹き抜ける風を集めて収束していた。

 

 

「──────『ウラノ・メトリア』っ!!」

 

「…!これは超魔法の……」

 

 

一目見ただけで魔法の構成を読み取ったオリヴィエは、珍しい魔法を使う者だと思いながら、星の形を作り出して迫り来ている魔力の塊を身軽な動きで避けていく。

脚を拘束をしていた鞭は既に外され、全方位から迫るものをまるで見えているとでもいうように躱しきる。

ではお返しに何かくれてやろうと、オリヴィエはしゃがんで小さな石を掴み取ると宙へと放り投げ、半歩後ろに下がった後に良い位置に落ちてきた石を蹴り抜いた。

 

威力に負けて砕け散らないようにと、足蹴りする刹那に魔力で強度を上げておいたため、オリヴィエの脚力に負けて粉々になることはなかった。

剛速で差し迫る石、然れどオリヴィエが蹴った石が人に当たろうものならば、人の体はとてもではないが耐えられるものではないだろう。

 

真っ直ぐ己に向かって来る石に目を瞑ったルーシィだったが、背後から雷で出来た槍と、炎をブーストとして速度と破壊力を上げている槍がすり抜けていき、オリヴィエの放った石を破壊した後オリヴィエ本人へと、十メートルという距離を一瞬にして詰めた。

 

巨人の鎧へ換装したエルザが槍を投擲し、後ろから槍の石突の部分をナツが全力で殴り抜き、ラクサスが雷竜方天戟という雷槍を投擲した。

途中で雷の雷竜方天戟がエルザの放った槍と組み合わさり、火竜の火力を持った槍に雷まで宿るという雷炎の槍が出来上がった。

 

 

「ふふっ──────そらッ!!」

 

 

そんな当たれば一溜まりもないであろう威力を秘めている槍を、オリヴィエは一度身を屈めた後一回転し、下から上へ掬い上げるような回し蹴り…所謂上段回し蹴りを槍の前段部分へ叩き込み、進行方向を真上へと変えてしまい不発に終わった。

だが、先程から魔力を溜めては狙い撃つ機会を待っていたのが一人だけ居た。

 

魔力で操られた膨大な大気の風がオリヴィエ一人を囲い込んで風の結界を形成した。

回し蹴りしたところに暴風が吹き荒れたものでバランスを崩しそうになり、捲れ上がりそうになっているスカート部分を軽く手で押さえながら、昔に居た親友も同じように風の結界を張って相手を閉じ込めていたなと、懐かしげに目を細めていた。

 

 

 

「滅竜奥義────『照破・天空穿』ッ!!」

 

 

 

年相応と言える可愛らしい容姿とは裏腹に、小さき滅竜魔導士であるウェンディから放たれた滅竜奥義は、最早風の光線とも捉えられる風の魔力の奔流となってオリヴィエを穿たんと衝き上げる。

ドラゴンフォースを使用して魔力を増幅させ、尚且つ攻撃力上昇の魔法である『攻撃力倍加(イルアームズ)』を重ね掛けしている。

他にも威力の底上げに、ナツやラクサス達が戦っている間に辺りの高密度なエーテルナノ且つ新鮮な空気を食べる事でドラゴンスレイヤー特有の同属性を食らうことで得られるパワーアップさえも合わせている。

 

今これ以上の攻撃など出来ないと断言出来る一撃は地表を削り進んでいき、放った本人であるウェンディですらやり過ぎてしまったと感じてしまう程のものである。

例え避けようとしても風の結界が行く手を阻み回避を許さず、然りとてこれを迎え撃とうと思う輩もそうは居ないだろう。

 

 

「スゥ─────…ハァ──────………」

 

 

対するオリヴィエは風の結界内で息を整える。

 

窮地に立たされていると言っても過言ではない状況で、オリヴィエは逃げようとするのでもなく、宣言とは違って武器使う節すら見せず、彼女は唯大きく息を吸っては吐いてを繰り返し…半身になって徒手空拳の構えを取る。

 

握り込んだ右の拳を脇を締めながら限界まで引き絞り、左の拳はあくまで緩りとした力加減で握り込み、前方の己を穿たんと迫る暴風の塊に向けて狙いを定めるように添える。

左拳から肘までは地面と水平になるように、地面を足で強く踏み付けることで固めて足元の崩壊や滑りを抑制。

目を瞑り音を聞き、その時になるのを待つ。

 

距離は…目の前、準備は…何時でも。

総てがスローモーションになる世界で彼女は一人…脚の筋肉を力ませて上へ上へと力を伝えてゆく。

踏み締めただけで陥没する程の、足裏から発生した衝撃のエネルギー全てを無駄無くロス無くして足首へ伝えて一気に腰へ、そこから引き絞り溜めた上半身を捻り込んでエネルギーの伝達に掛け合わせる。

 

標準のように構えていた左拳を脇を締めるようにしながら引き込んで右と同じような形になるように引き込み、右拳を前エネルギーを打ち貫くインパクトの瞬間拳表面へ同時に伝え終わるように。

突き出した拳は最後、手の甲が横へ向く下段正拳突きとなる。

 

 

「───────シッ!!」

 

 

短い簡略的掛け声と共に放たれた下段正拳突きは、腕を伸ばしきり、ウェンディの滅竜魔法がオリヴィエの拳表面に触れた瞬間同時に、体を伝って昇ってきた全衝撃エネルギーが到着を果たした。

 

 

打ち勝つはどちらであろうか? 愚問なり

 

 

繰り出された拳に滅竜魔法が衝突した瞬間、暴風の塊は固まっていない粘土のように(ひしゃ)げ、オリヴィエの体を避けていくように左右のサイドへと割られ突き抜けていった。

そしてオリヴィエの繰り出した拳のエネルギーは打って終わること無く、その衝撃は大気に伝わり衝撃波として生まれ変わった。

 

暴風等では収まらない謂わば爆風…魔法魔力の一切を使っていない純粋な正拳突き(殴打)は…ウェンディの放った最高の一撃を優に超えた。

 

訪れた爆風に抵抗しようとするフェアリーテイルのメンバー達であったが、そんなこと(耐えること)赦さんとでも言うように地表の岩盤を剥がし壊しながら全員須く吹き飛ばした。

拳は魔をも退かす…を体現した瞬間であった。

 

地表が目に映る光景の限り緩い半円状に抉り取られている現状に、久し振りに打ってみて上手くいったことに対して密かに気を良くしたオリヴィエは、前の方で転がって倒れ伏しているフェアリーテイルを目にして特に思う事など無かった。

有るとしたら精々()()()()()()()()()()()()()程度のものである。

 

 

「まぁ、長くは持った方であろうな。()()()()()()私の攻撃に五体満足なのだ。それは賞賛に値する偉業…誇るが良いぞ。ふふっ」

 

 

「何…だ…こいつァ……!」

 

「魔法…じゃない…純粋な…純粋な風圧だけ…!」

 

「ゲホッゲホッ…!」

 

「あの男といい…こいつといい…どんだけ強ぇんだよ!」

 

「ダメ…勝てるイメージ…全く湧かない…!」

 

 

たったの一撃…更に言うなれば直接打ち込んだ訳では無い、打ち込んだ時に生まれた余波だけで地形を変えてしまった。

しかもそれでまだ軽くという…それが強がりに思えたらどれ程良かったものか。

彼女は全く本気等では無いということが分かってしまうのは仕方がないことである。

何故ならば彼女は、攻撃に魔法や魔力を用いておらず、それを籠めた場合の破壊力は今の比では無いのだから。

 

今放たれた一撃で立ち上がるのも厳しいと思えるようなダメージを負ってしまった。

中々立ち上がれないフェアリーテイルを見たオリヴィエは、もう()()()この程度で良いだろうと踵を返してその場を去る。

 

 

『少し待ってくれないか、オリヴィエ嬢』

 

『話だけでも聞いて。これはあなたにとってもいい提案だと思うの』

 

「提案…?」

 

 

早速とばかりに何処かへ行ってしまいそうになったオリヴィエの背に、男幽霊と女幽霊は揃って呼び止めて提案があると言いだした。

■■■■との関係上呼び止められては無視できるものではないと思ったオリヴィエは、提案という部分に訝しげな表情をしながらも振り向いて、取り敢えず話は聞こうという姿勢を見せる。

 

ナツが殴り掛かる前に交渉はしようとしていたのだが、生憎戦闘が始まってしまったので出来なかったのだ。

もう少し話しが出来ていれば、こんな無駄な戦い等無かったと溜め息を溢しそうになりながら男幽霊は薄い笑みを浮かべながらオリヴィエへ話を持ち掛ける。

 

 

『この少年少女達の魔法を解いてやって欲しいのだ』

 

「それは了承しかねます。先も述べた通り私には都合が良い。万が一に邪魔をされようものならば、直ぐに終わる事とはいえ邪魔であることに変わりはありませんので」

 

『つまり、解いてもメリットが無い…ってことよね?』

 

「その通りです」

 

『メリットならばある。あの子を倒すには()()()()()()()()()()()()

 

「……どういう意味で?」

 

 

今まさに実力の1割すら出していないというのに、最強格であろう者達がもれなく全員倒れ伏している現状。

何がどう転べば、あの理不尽に理不尽を重ねて無理無謀で完全に固めた挙げ句チートとバグを練り込ませた上で成り立っている最強であるような相手に対して、本当に有効打が打てるのか、オリヴィエには全く分からなかった。

 

自分ですら本気で尚且つ限界を限界までぶち抜いてやっと相手の土俵に至れるかも分からないというのに、こんな弱き者達が居ては逆に邪魔以外の何物でも無いと、話を聞く必要は無かったと、その場から去ろうとしたオリヴィエに男幽霊は畳み掛けるように話し始めた。

 

 

『薄々気付いているのではないかな?一人では勝てないと。いくら戦おうと()()がある以上勝てる見込みが限り無くゼロに等しいと』

 

「……………。」

 

『一体何百年掛けて勝利を掴もうというんだ?どれだけ力を溜め込んでも意味は無いぞ。あの子は文字通り無限に進化する。例え越えても更に越えてくる…()()()()()()()()()()()

 

「………っ……。」

 

『だから──────私達があの子(最強)に勝てる裏の攻略法を教えよう』

 

「…っ!裏の…?」

 

 

オリヴィエとて分かってはいるのだ、どれだけ戦ってもどれだけ壁を越えてきても…彼には追い付けず、仮にも追い付いて越えたと思っても直ぐに凌駕される。

今までがまさにそうだった…仲同じくして人類最終到達地点と謂われた時の3人で同時にいっても勝てなかった。

 

これ程の理不尽な存在があるだろうかと、一体何度思ったことか。

故にこそ、目の前の男幽霊が言っている、提案している内容はとても魅力的なものであった。

 

 

『私達が誰か分かるだろう?あの子の事を一番知っているのは私達だ。ここは一つ私達の顔に免じて信じては貰えないか?これは君達の為でありあの子の為でもあるのだ』

 

『お願いオリヴィエちゃん…私達にはあなたの力だけが頼りなの。争奪戦は後にゆっくりやればいいんだからっ。先ずは手の上に無いモノを手に入れてからでしょ?』

 

「………───────分かりました…。ふふ…あなた方の顔に免じてと言われてしまうと…従う他無いではありませんか。しかし条件を付けさせて頂きます」

 

『……何かね?』

 

「あの人の可愛い話やら癖やら恥ずかしい話など、あの人にまつわる全てを私に教えて下さい」

 

『え、エゲツネェ…』

 

『まぁ!それなら私の出番ねっ』

 

「そして最後に─────あの人の好きな食べ物を教えて下さい。私は愛しい人には尽くしたい性なのです」

 

『もうっ…もうもうもうっ…!オリヴィエちゃんったら健気で可愛いんだからっ。良いわよっ、いっぱい教えてあげるからね?あなた達にも教えてあげるわねっ』

 

「いや…何の話だよ……」

 

 

女幽霊が振り向いて女性陣にそう言うが、生憎現時点では分からないだろう。

唯…やっと違和感が拭える時が来たのだ。

 

オリヴィエは仕方ないと思いながら倒れ伏すフェアリーテイルのメンバー達の元へと向かい、取り敢えず今この場に居る者達のものだけでも解いてしまおうと魔法を打ち消しに掛かった。

 

 

「精々お義父様とお義母様に感謝するのだな……『解除』」

 

 

オリヴィエが全員を囲うように半円形の薄白いドームの膜を造り出して包み込み、掛けられている魔法を完全に解き放った。

 

 

そして……全員の記憶が元に戻った。

 

 

「そうだ…そうだそうだそうだ…!アイツだ…!アイツが居ねえんだよ!!」

 

「何でこんな事を…!!クソッ!!」

 

「あ…ぁ……そうでした…な、何で私達はこんな事も……!」

 

「顔を見たのに…!会ってすらいるのに何故気が付かなかった…!!」

 

「チッ…アイツ…これは早々に許されるような話じゃねぇぞ」

 

「ごめん…ごめんね…──────」

 

 

 

 

 

 

 

リュウマ

 

 

 

 

 

 

 

全員表情はそれぞれではあるものの、女性陣は一様に涙を流して忘れていたことを悔やみ、男性陣は後悔と家族の存在の忘却に苛つきを覚え自分自身に怒りを感じて拳を地面に叩き付けた。

 

やはりリュウマの魔法に対抗することが出来るのはオリヴィエしかいないと、封印を解除するのにそれなりの時間を掛けて良かったと胸をなで下ろす男幽霊。

 

 

『さて、私達は幽霊と名乗っていたが…記憶を取り戻した君達には改めて自己紹介をしないといけないな』

 

 

そしてここで、男幽霊と女幽霊は改めて自己紹介するのであった。

 

 

『私はアルヴァ…アルヴァ・()()()()()()()()()()

 

『私はマリア…マリア・()()()()()()()()()()

 

 

「へ~……ん?…アルマデュラ…??」

 

「えっ…もしかして…!?」

 

 

『私達は君達の知るリュウマ・ルイン・アルマデュラの……実の父と─────』

 

『──────母親です♡』

 

 

 

「「「えええええええええッ!!??」」」

 

 

 

全員の叫び声が荒れ果てている荒野に木霊し、男幽霊改めアルヴァは、リュウマを彷彿させるニヤリとして笑みで嗤い、女幽霊改めマリアは人を魅了する程に美しい微笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 




どうにか上げられました…!



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第八三刀  選抜



ここで忘れかけているであろう伏線の回収です。




 

封印されていた世界最強の女性…オリヴィエ・カイン・アルティウスの特異魔力である純白なる魔力によって、封印を解きに来た者達の記憶は元に戻された。

今までの違和感を拭うことが出来たのは嬉しい事ではあるが、記憶が戻った事で更なる問題に直面した。

何故気が付かなかった…何故思い出すことが出来なかった…。

 

謂わば妖精の尻尾(フェアリーテイル)には必要不可欠とでも言える男…リュウマの事を他でも無い家族が…何故存在自体頭の中から抜けていたのか。

いくら本人からの魔法による力だとしても、フェアリーテイルというのは仲間…家族を第一と考えるギルドだ。

そんな自分達が仲間を忘れるなどと…忘れてしまった事への不甲斐無さや申し訳なさ、記憶から消した事へと憤り等が心の中で渦を巻いていた。

 

そんな彼等を見ていたオリヴィエとしては、戻してさえいなければ邪魔者等出て来ず、一人でリュウマを独占する事が出来たというのにと思いつつ、他でも無い愛焦がれる彼の両親の言葉の…この者達が居なければならないという言葉がある以上、魔法を解く他なかった。

と言っても、オリヴィエとしては全てが終わった瞬間──────その場で全員殺してしまえばいい。

 

 

「んで、そのめっちゃ美人のねーちゃん誰よ?」

 

「なー嬢ちゃん!せっかくだし一緒に飲まねぇか?な?な?」

 

「ばっか抜け駆けすんじゃねぇよ!」

 

「オレの方が早く目を付けてましたー残念でしたー」

 

「表出ろやコラ」

 

 

「……………(イラッ」

 

 

何時までも悔しんでる暇など無いというアルヴァの言葉の元、やることは終えた者達は暗い表情をしながらではあるが…オリヴィエと共にギルドのフェアリーテイルに戻ってきた。

封印はどうだったのか、ちゃんと成功したのかを聞く前に、帰って来たナツ達と共に連れ添っているオリヴィエを目にした男性陣は、絶世の美女であるオリヴィエを目にハートマークを浮かべながら口説きに掛かった。

 

看板娘であるミラやルーシィやエルザ等、美しく美人である女達は確かに居る、だがオリヴィエとなると次元が違いすぎた。

ただそこに居るというだけで彼女持ちであろうが既婚者男性であろうが、男性の視線を残らず独り占めしてしまうほどの、絶世通り越して傾国の美女と言っても過言ではないのだ。

 

そして件のオリヴィエというのは、愛するリュウマ以外の男から触れられることは疎か、話し掛けられるだけでも嫌悪感を露わにするような女性なのだ。

事実、ギルドに着くまでオリヴィエにナンパをしようとした男性は数知れず…ナツ達は30を越した辺りから記憶に無い。

 

つまり何が言いたいのかというと…寄ってくるギルドの男性陣、それらを黙らせる為に─────純白の双剣に手を掛けていた。

 

 

『ブフォ!?で、ではオリヴィエ嬢!?此奴等全員の分も頼む!な!?』

 

『貴方は一体何に焦っているの?』

 

『いや、何も!?何でも無いですはい!』

 

『分かったわよ、煩いわね』

 

『つ、冷たい……』

 

 

大丈夫かな…?と、心配になって視線を向けたアルヴァは、今まさに無表情で剣に手を掛けていたオリヴィエを発見して焦り気味に話しを促し、流血沙汰になる前に有耶無耶にすることに成功した。

アルヴァが気付いていなければ、今頃フェアリーテイル内では血の池が広がっていただろう。

 

今抜刀と一緒に斬ろうとしていたオリヴィエは、タイミング的に諦めて溜め息を一つ溢し、更にもう一度溜め息をしてからギルド全体を薄白い膜で覆った。

 

 

「…………チッ…『解除』」

 

『……(今舌打ちしたよね…?これから先すんごい心配になってきたな…)』

 

 

オリヴィエがリュウマの掛けた記憶操作の魔法を解いた瞬間、ナツ達同様リュウマの存在を思い出した。

一様に忘れていたことに顔を蒼白とさせていたが、大きな手を叩く音が響き渡り、出所がアルヴァだと分かると視線を寄越して黙り込んだ。

アルヴァとマリアの自己紹介をもう一度やり直し、オリヴィエの説明もしていく。

 

同じく400年も昔から生きているということに驚きこそしたが、オリヴィエが魔法を解いてくれたと分かると周りを囲うように集まって礼を口にしていく。

 

 

「喧しい者達だ。勘違いするなよ、私は私の為に貴公等を利用しているに過ぎない。仲良くしに来た訳では無い。理解したならば退け」

 

 

しかし、オリヴィエが口にしたのは礼に対する返答などでも無く、にべもない拒否の言葉であった。

アルヴァがフェアリーテイルの者達が居なければ勝てないと言ったから記憶を元に戻しただけであって、オリヴィエは元々フェアリーテイルなど眼中に無かったのだ。

もっと言ってしまえば、この場に来るよりも一刻も早くリュウマに会いたかった。

 

会いたいのに会えないという現状に苛つきを覚えているオリヴィエは、鋭い視線と溢れ出る魔力に当てられて道を開けたメンバー達の間を通り過ぎてギルドから出て行ってしまった。

何処かに消えてしまう事は無いが、適当な場所に行ったということだろうと思い、アルヴァは先が思いやられると思いながら肩を竦めた。

 

 

「ちぇっ、なんだよアイツ」

 

「リュウマと同じく400年前から生きてる奴なんだよな?」

 

「態度悪いな」

 

「だけどアイツ、世界を統べた四人の一人なんだろ?」

 

「ほっとけほっとけ」

 

 

付き合いが悪く、如何にも仲良くするつもりなど無いという態度に気を悪くした者達が放っておこうという話しになり、リュウマのことをどうするかという話になった。

記憶が戻った以上、翼を持つ謎の青年がリュウマだということは分かりきっているので、本題はどうやってリュウマを連れ戻すかという話しになったのだ。

 

しかし、アルヴァは顔を顰めながら口を開き、オリヴィエは無視して良い存在ではないことを告げた。

 

 

『馬鹿者。お前達がリュウマを戦うにあたり、オリヴィエ嬢の力は必要不可欠…謂わばリュウマとの戦いに於いての主力であり要だぞ。オリヴィエ嬢無くして勝利は無い』

 

「オレ達だけでも勝てるっつーの!」

 

『否。天地がひっくり返っても無理だ』

 

「あ゙ぁ゙!?何で勝てねーんだよ!!」

 

『このギルドの最強格の集まりであるお前達が、オリヴィエ嬢の実力の1割も出させることすら出来ないというのに…そんなオリヴィエ嬢に加えてオリヴィエ嬢と同等の力を持った二人の者達()を同時に相手取って尚且つ、無傷で打ち勝つようなリュウマに…お前達はどうやって勝つつもりだ?』

 

「そんなもん、やってみなきゃ分かんねーだろ!」

 

『やってみなきゃ分からないじゃないんだよ。お前達は最早崖っぷちに立たされているということを理解しろ』

 

「ナツ、お主はもう黙っとれ。…してアルヴァ殿。崖っぷちというのはどういう意味なのか、お聴かせ願えんか」

 

 

どれだけ相手が次元が違うところにいるのか、どれだけ理不尽な存在であるのか理解出来ていない、感情論と臆測だけで言い返しているだけのナツに最早呆れしか抱かず、そんなナツを黙らせたマカロフが代わりにアルヴァへと質問を投げ掛けた。

確かにリュウマに勝つのは、アクノロギアを消し飛ばした時の魔法を見れば一目瞭然だ。

 

だが、だからといって崖っぷちという言葉が何を示すのか分からなかったのだ。

問われたアルヴァは、そういえば話していなかったと思い返し、先ずはリュウマが使った魔法についての説明をするのであった。

 

 

『お前達の記憶が改竄された魔法…名を『世界は私の思うがまま(ワールドロスト)』』

 

「…『世界は私の思うがまま(ワールドロスト)』……」

 

『そうだ。この魔法の特徴は使用者の事を()()()()()()()()()()()()()深く忘れる…というものだ』

 

「知っていれば…?」

 

『記憶の中に無いか?リュウマに関する説明をされた、若しくは教えられた…ということは』

 

「そんなもん……あ…」

 

 

記憶を思い返していたメンバー達であったが、一つだけ心当たりがある記憶を引っ張り出した。

一ヶ月前のアルバレスとの戦争を始めようとしていた時のこと、マカロフをアルバレスの城から救出して帰ってきた後、リュウマに命を救われて人の姿を取り伝言を伝えに来た鴉がいた。

その鴉の伝言に則り、メイビスが口にしたのは何だったか…?

 

ハッとしたメンバー達は理解した。

あれは唯単にリュウマがリュウマ自身の過去のことを知ってもらおうとした情報では無く…()()()()()()()全員に伝えた情報だったのだ。

己を知っている者達が、己のことを知っていれば知っている程効果を上げる魔法なのだ。

 

 

「でもよ、ならなんでオレ達は違和感なんて感じたんだ?」

 

「言っちゃ何だが、リュウマがやったら完璧に掛かって、それこそ違和感なんてもんも全部感じなかったんじゃねーのか?」

 

『それについては私にも解ら─────』

 

『──────想いの力よ』

 

 

流石にそこまでは分からなかったアルヴァであったが、そんな彼の代わりに答えたのはマリアだった。

漠然とした答えによく分かっていない者達の為に、マリアはもう少し分かりやすく答えた。

 

 

『あなた達に分かりやすく言うならば、ずばり絆の力。あなた達がリュウちゃんに対して想っている力が、リュウちゃんの掛けた魔法に少しとはいえ抵抗したの。だからこそ小さな違和感を与えたのよ』

 

「絆の力……」

 

 

リュウマの唯一の誤算は、魔法を放つ瞬間に微々たるものではあったが躊躇してしまい、100%ではなく、99.9%の力で魔法を発動してしまったこと。

たったそれだけで?と、思われてしまうかも知れないが、結果的にフェアリーテイルのみならず…他のギルドに居る特定の女性にも違和感は感じ得ている。

完璧に放っていた場合は無論のこと…今頃フェアリーテイルの者達は違和感等感じることなく、()()()()()()生活を送っていた。

 

それだけでも、フェアリーテイルがリュウマを大切に思っているということであり、絆の力が幸を為した時である。

マリアからも、リュウマが本当に少しだけ躊躇してしまったという話を聞き、仮に完璧な魔法を放っていたのだとしたら今のように記憶は元に戻っていなかったとも忠告されて、みんなの顔はいい感じの青色を作った。

 

 

「んで、崖っぷちと何の関係があるんだよ」

 

『お前達は記憶を取り戻した。ならば次にリュウマと出会った時、リュウマはどういう行動に出ると思う』

 

「まァ…ガキ共がやられたみてぇにコテンパンにされるんじゃねーの?」

 

『それもある。だが重要なのは…掛けた魔法が解けているということだ。それを知ったリュウマは今度こそ、完璧な記憶操作を行うだろう。いや…最早操作等はせずに()()()()()()()()()。そうなればオリヴィエ嬢にもどうすることは出来ん。何故なら最早呼び起こす記憶も…解く魔法も無いのだから』

 

 

アルヴァが言っているのは、魔法が持続的に掛かっているが故に為っている記憶操作ではなく、魔法によって記憶から完全にリュウマに関することを消去するという意味だ。

そうなれば、もう思い出すこと等不可能と断言してもいい。

 

つまり、次に挑むのが最後になるということ。

もし仮にまた失敗して負けようものならば、今度は絶対にリュウマと会う機会等消え失せるだろう。

 

メンバー達は顔面蒼白になりながら、アルヴァやマリアに対して、リュウマに関することを聞こうとしたのだが…オリヴィエとの戦闘により気力と体力、序でに魔力を消耗している最強メンバーが居るのでこの日はお開きとなり、話は後日ということになった。

 

最後にアルヴァは、マカロフを呼んで他のギルドに居る者達の中でも選りすぐりの少数精鋭メンバーを集めてきてくれと頼んだ。

他にもマリアから、名前が分からないから特徴的なことを言い、その特徴に当てはまる少女達を集めてくれと頼まれた。

 

了承したマカロフは早速伝書鳩を連れてきて、集まって欲しいという内容を綴った紙を鳩の足に付けて飛ばした。

そして最後にカナを呼び止め、とある者達の居場所を占って貰えるように頼み込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……リュウマ。次こそ…次こそは必ず…!」

 

 

 

『……あなたが頼りなのよ…オリヴィエちゃん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────次の日

 

 

「マカロフさん。一応全員揃いましたよ」

 

「何故…私が呼ばれたのか分からんな」

 

「あの…私に何かご用でしょうか…?」

 

「……フェアリーテイルのマスターに呼ばれては来ざるを得ないが…出来れば早くして欲しい。オレ達は指名手配中なんだ」

 

 

アルヴァからの頼みによって選ばれて集まったのは、セイバートゥースからスティングとローグにミネルバとユキノ、マーメイドヒールからカグラ、ラミアスケイルからはジュラとリオンとシェリア、クリムソルシエールからはジェラールとウルティアにメルディであった。

少ない気もするが、逆に少なくてはならないということで、選ばれなかった者達に関しては今回控えということになっている。

 

クリムソルシエールとして闇ギルドを壊滅させているジェラール達に関しては、カナのカード占いによって居場所を特定してもらい、今回は呼び集わせる事が出来た。

何故呼ばれたのかいまいち理解していない者達がいるが、オリヴィエが魔法を解除することによって思い出し、現状を理解することが出来る為問題は無い。

 

 

『オリヴィエ嬢。頼む』

 

「……『解除』」

 

 

「あ、リュウマさんか!」

 

「成る程…魔法によって忘れさせられていたのか」

 

「おぉ…!リュウマ殿の事を忘れるなど…ワシもまだまだじゃの」

 

「アイツは…まさかあの時の事を…!!」

 

「ウル!あの人のこと忘れてたんだね!」

 

「私もすっかり忘れてたわ」

 

 

男性陣はやっと思い出したとでもいうような表情をし、接点としてはあまり関わらなかった…というよりも恐い体験して終わったスティングとローグに関してはそこまでショックが大きい訳では無かった。

ミネルバやジュラ等はそれなりに絡んだことがある為、何故忘れていたのだろうと思いつつ、ジュラはいつか追い付きたいと思っていた相手のことを忘れていたのでそれなりに悔しがっていた。

 

各々が思い出していく中でも、やはりというべきか…ショックが大きかったのは特定の女性陣だった。

ユキノとカグラとシェリアは、好意を持っているのに完全に忘れ惚けていたことを知り、青い顔をしながら口元を手で覆い悲しんだ。

 

 

「大丈夫?シェリア…私も忘れてたから…ね?」

 

「…っ……うん…」

 

「し、師匠のことを…このわ、私が忘れて…?何ということを……」

 

「リュウマ様に合わせる顔が…うぅ……」

 

 

いくらやったのが好いていた人による魔法であったにしても、『完全に忘れていた』ということ自体が自分達にとってはショックであった。

カグラに関しては、勿論好いてはいるものの、リュウマのことを最早神か何かかと思わせるほどに敬愛しているので落ち込みようは尋常ではなかった。

 

しかし、何時までも悲しんでいる暇等皆無であるが故に、アルヴァの一つの咳払いで注目を集め、己がリュウマの実の父であることと、マリアが実の母であることを明かしながら自己紹介を済ませた。

女性陣は洩れなく驚いて変に緊張していたが、マリアの微笑みを見ていると落ち着いた。

見守られているような視線は気を落ち着かせる効果でもあるらしい。

 

 

『よし!こんなところかしらねっ。じゃあ始めるわよ───────選抜を』

 

 

必要だと思われる人員を確保したことにより、マリアはにっこりとした笑顔でそう宣言した。

何をするつもりなのか分からない者達は、首を傾げているが…この選抜が今回の戦いの主要部分であるのだ。

他のギルドから集められた者達に合わせてフェアリーテイルの全員、そしてオリヴィエが揃っている今…マリアによる選抜が始まった。

 

みんなの前にふわりと降り立ったマリアからの指名により、オリヴィエ、カグラ、ユキノ、ウェンディ、シェリア、ルーシィ、カナ、ミラ、エルザが前に出てくるように言われ、それに従い横一列に並んだところ、マリアはオリヴィエの前に移動して来た。

 

 

『オリヴィエちゃん』

 

「はい。何でしょうかお義母様?」

 

『あなたはリュウちゃんのことを愛────』

 

「──────永遠に共に在ることを誓えます。それはもう是非に」

 

『……うんっ──────合格♡』

 

 

 

「「「「いやいや……ナニコレ?」」」」

 

 

 

突然の問答に意味が分からないという表情をするその他大勢…問われたオリヴィエとしても何か意味があるのかいまいち理解出来ていないが、愛していることは変わりないので即答した。

というか、言い終わらない内に答えていた。

 

今更聴くような事でも無いが、万が一ということもありマリアは問いを投げ掛けたのだ。

ジッとオリヴィエの瞳を見詰めていたマリアから、何かしらの合格を貰ったオリヴィエは、取り敢えず喜んだ。

 

満足そうな笑みを浮かべたマリアは、隣に居るカグラの前まで来ると名を尋ねた。

マリアが何者であるのか明かしただけでユキノのことは知っていても名を知らない為尋ねたのだ。

自分の名前はカグラであり、リュウマに一年間ではあるが弟子入りをしていたと告げられたマリアは、見ていたから知っているということは伏せて、頑張ったのねと微笑んだ。

 

 

『じゃあカグラちゃん。あなたはリュウちゃんのことを愛しているかしら?』

 

「勿論です。記憶を操作されてしまい一月もの間忘れてしまっていたとしても…私の師匠へ対する想いは不変です」

 

『……うんっ──────合格♡』

 

「……ホッ…」

 

 

嘘では全く無く、指輪を用意して大衆の面前でプロポーズさえしてみせたカグラに死角は無い。

と言ってもだ、流石に想いを寄せる相手の母親相手だと緊張してしまうからか、カグラは合格と判断したマリアの微笑みを見て安堵の吐息を漏らした。

因みにではあるが、リュウマに渡そうとしていた結婚指輪は危なく捨ててしまうところではあったが、その前に記憶を取り戻したので事なきを得た。

 

さて次はと隣に移動してきたマリアに対し、体を緊張で硬直させてしまっているユキノは、最早この流で何の質問をされるのか検討がつかない訳が無く…他でも無いマリアであるからこそ、どうしようどうしようと目をグルグルさせていた。

取り敢えず名前を聞いての軽い自己紹介を緊張気味に交わし、遂に質問の時が来てしまった。

 

 

『ユキノちゃん。あなたはリュウちゃんのこと愛しているかしら?』

 

「わ、私は…そのぉ……」

 

『ゆっくりで良いわよ?』

 

「は、はひっ」

 

 

目がグルグルしているどころではなく、後ろに同じギルドのスティングやローグにミネルバまでおり、尚且つフェアリーテイルや他のギルドの一部の者達が勢揃いしている中、前に立たされて愛しているかどうかを問われ、それに対して答えなくては為らない。

ウェンディとは違った恥ずかしがり屋なユキノは、顔を真っ赤にしながらお目々グルグルで体が小刻みに震える。

 

この場に居る者達の心の中の声が「公開処刑?」というのに統一されてしまうほど、今のユキノは羞恥でどうにかなってしまいそうだった。

恥ずかしさで頭から湯気を放ちながら、顔は真っ赤なまま深呼吸をして覚悟を決めたユキノは、逸らしてしまいそうになる目を固定させ、ジッと見つめるマリアの目に視線を合わせた。

 

 

 

「私は…リュウマ様を愛してましゅっ!!!!」

 

 

 

盛大に声の大きさを間違え、ギルドの外にまで聞こえてたであろう大声で叫んだ挙げ句、最後の部分で噛んだ。

 

羞恥心が天元突破したユキノは、これ以上無いというほどに真っ赤になった顔を俯かせながら両手で覆い、マリアから…というよりも周囲の人達から必至に顔を隠した。

 

首から耳に至るまで完全に顔を真っ赤にしているユキノのことを、マリアはとっても微笑ましいものに向けるようなにっこりとした笑顔を向け、ユキノに聞こえないような微かなクスクス笑いをしながら判断を下した。

 

 

『うふふっ──────合格♡』

 

「うっ…うぅ…っ……穴があったら…入りたいですっ/////」

 

 

途轍もない恥ずかしい目には遭ったものの、ユキノもマリアの審査を見事合格で通った。

 

では次となった時、これもまた恥ずかしがり屋であるウェンディの順番となった。

もう質問が何であろうかという考えは愚問であり、問答される以上答えなくてはならない。

況してや好いているのに好いていないと、意味も無い嘘をつく必要性など皆無であるがため…これはもう単なる公開処刑と成り果てている。

 

顔俯かせて、来るであろう質問に対してどう答えればいいのか悩みに悩み、好きと言うだけではダメなのか如何なのか混乱していた。

そしていざマリアから名前を聴かれ、自己紹介しての問答が始まってしまった。

前の順番の女性陣と同じように、リュウマのことを愛しているかという質問がなされた。

 

二度三度と深く深呼吸をし、心の中で己を鼓舞しながら意を決したように顔を上げ…美しいマリアの微笑みを見てひゅっと、喉から変な音が出てしまった。

出鼻を自分で挫き、恥ずかしいと思いながら仕切り直した。

 

 

「わ、私は…リュウマさんのことが…す、好きですっ」

 

『うふふっ…あ・い・し・て・る?』

 

「ふぇ…!?あ、あのぉ…えっと…!」

 

 

みるみるうちに顔が紅潮していくウェンディは焦りだし、どう考えても愛していると言わなくてはならないと感じ取り、言いたいのに口から出て来る肝心の言葉は覚束無いものばかりであった。

何で自分は好きな人のことを愛しているというだけなのに、こんなにもまごついているのだろう客観的に見て、恥ずかしさよりも不甲斐なさが勝ろうとした時のこと。

 

握り込んでいた左手を優しく握られた。

ハッとしたようにそちらへと視線を向ければ、そこにはウェンディの親友であるシェリアが、視線で「大丈夫だよ」と物語り、緊張が解れてきたウェンディの左手はシェリアの右手とキュッと握りあった。

親友から勇気を貰ったウェンディは、先程までのまごつきのなりを潜めた顔付きとなる。

 

 

「私は…────リュウマさんを愛してます」

 

『うんっ───────合格♡』

 

「……………………うぅ/////」

 

 

だがやはりというか、恥ずかしいものは恥ずかしいようで、言い終えて少し経つとまたもや顔が赤くなった。

だがそれも仕方ないことだろう、ウェンディはまだ歳もギルド内で殆ど最下位と言っても良いほどに小さく、年下がいるとしたらアスカぐらいではなかろうか?

そんな少女が突然大勢の前で恋の曝露である。

周囲の人達にとっては周知の事実であろうと、本人が告白するのでは訳が違う。

 

握りあった手を離さないままシェリアの番となり、いくらウェンディの緊張を解そうという思いで手を握ったとしても、いざ自分の番になって緊張しない訳がないので、シェリアもウェンディから勇気を貰おうとギュッと手を握り締め、ウェンディはその意を汲み取り優しく握り返した。

 

 

『シェリアちゃん。あなたはリュウちゃんのこと愛しているかしら?』

 

「…うんっ、リュウマのことは勿論…あ、“愛”してるよっ。…これが本当の“愛”だよねっ」

 

『……うんっ────────合格♡』

 

 

 

「「「あああああああああ!!!!オレ達の天空シスターズがリュウマにダブルで堕とされたあぁぁぁ!!!!!」」」

 

「シェリアたーーーーん!!!!(泣)」

 

「ウェンディたん萌ええええええええええええ!!!!(泣)」

 

「リュウマこのっ…おま、コノヤロウ!(血涙)」

 

「リュウマたんペロペロ」

 

「分かってたけどね!?前に立ってあの質問してる時点で分かってたけどね!?夢を…夢を壊さないでくれよおぉぉぉ!!!!」

 

「あははぁ…おほしさまがみえりゅうぅ☆」

 

「さっき変なの居なかった?ねぇ?」

 

 

 

『何だあれは…一種の狂気を感じる』

 

「あれだ、あの二人はアイドルグループやってたんだよ。今でもちょくちょく活動してるらしいが…熱狂的ファンが居んのさ」

 

『…………時の流れは残酷だな(真顔)』

 

 

“愛”については口癖にもなっている程の少女であるシェリアとて、流石に最後まで一気に言い切ることは出来ずどもってしまったものの、判定役であるマリアからは合格を貰った。

親友でありライバルでありライバル(恋)であるウェンディとシェリアは、後ろの狂気渦巻く声が聞こえていないのか、なんとも人を和ませる可愛らしい笑顔で笑い合った。

 

阿鼻叫喚となっている地獄絵図に、アルヴァは最早何も言うまい…てか言えまいと白目を剥いた。

天空シスターズは世の男(おっさん)達の心を鷲掴みにし、年若い者達や女性からも相当な支持率を誇るグループだ。

どれ程かというと…天空シスターズに関するグッズが売りに出された場合、種類に関係なく三分で売り切れとなるほどである。

 

そんな彼女達を(二人しかいないが)残らず堕としたリュウマは、天空シスターズファンに目を付けられていることだろう。

勿論向かってきても蹴散らすのがリュウマではあるが。

 

夢と希望を打ち砕かれた男性陣は無視しといて、マリアは次の順番であるルーシィの前に立った。

天真爛漫で性格が明るく、ルーシィと話していると笑顔でいられると言う者も少なくはないと言われるルーシィであるが、その実ルーシィはとても純情であり、彼女は恋に関する質問をされるだけでも赤面してしまうほどである。

 

何かとリュウマに対してアプローチを掛けていたりするルーシィではあるものの、流石にそれもこれは別のようで…作家書きでありながら元とはいえ大富豪のお嬢様だったが為に教養がなっており頭は良い。

だからこそ分かってしまうこの羞恥心煽る現状。

 

あまり素性を知らないオリヴィエは勿論のこと、同じギルドでライバルのウェンディも他の娘も言い切った手前言わないわけにはいかない。

そも、目の前に浮遊しているマリアの瞳は真っ直ぐで、嘘をついても看破されるということに確信を抱かせる不思議な眼差しである。

心を見透かされて丸裸にされている気分になりつつ、ルーシィはマリアの瞳を見返した。

 

 

『ルーシィちゃん。あなたはリュウちゃんのことを愛しているかしら?』

 

「…っ……はい。あたしはリュウマが…何度もあたしのピンチを救ってくれたり笑顔を見せてくれたり…困っていたら手を差し伸べてくれたリュウマのことが大好き──────愛してます」

 

『うふふっ─────────合格♡』

 

「……はぁ…っ……緊張したぁ…///」

 

 

純情なルーシィはその手の質問に弱い、だからこその赤面であったのだが…熱い顔をぱたぱたと手で扇ぎ、羞恥でほんのり赤らめた頬と濡れた瞳は煽情的で男心を刺激されてしまうほどのもの。

何人かの男性が前屈みでトイレへ向かったのは仕方の無いことであり、それに察した他の男性陣は温情として見て見ぬフリをした。

 

トイレへ駆け込んだ一部男子に冷たい視線を送っている女性陣が居る中、問答は続きへと入っており、次の順番はカナであった。

ルーシィの時にはニヤニヤとした悪どい笑みをうかべていたものの、自分の番となると途端に緊張しているカナ。

そんなカナにお返しとばかりにルーシィがニヨニヨとした笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

『カナちゃん。あなたはリュウちゃんのことを愛しているかしら?』

 

「わ、私は───────」

 

 

「カナちゃ~~んっ!!違うよねぇ!?好きな人なんて居ないよねぇ!?オレが認めねぇぞォォォォッ!!」

 

「いきなり叫ぶなギルダーツおい!?」

 

「やめっ、泣きながらクラッシュ使うんじゃねぇぇぇ!!!!」

 

「マジで誰かギルダーツ止めろ!!」

 

「オレのカナぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

愛する娘に好きな人が出来たと、本人の口より曝露されようとしてギルダーツが吼えた。

血走った目で認めないと叫びながら魔力も撒き散らし、果てには最上級破壊魔法であるクラッシュで椅子やテーブル等の備品を粉々にしていく。

なまじフェアリーテイル最強の男であるため、止めようとしても全く止められない。

面白半分で挑みに掛かったナツも合わさり、更なる混乱を招いている最中…カナはある意味の羞恥で恥を掻き震えていた。

 

隣のルーシィがニヨニヨした笑みから引き攣った苦笑いに変わった時、我慢の限界が訪れたカナは向き直ってギルダーツに怒鳴りつけた。

 

 

「オッサンうるさい!私はリュウマを愛してンだよ!悪いか!!」

 

「……………………ヌオォォォォォォォォォォォォッ!!!!!(号泣)」

 

『あらあら。ものの序でに告白ねっ』

 

「は?……あっ////」

 

『うふふっ───────合格♡』

 

 

ギルダーツへ送る怒りの衝動にものを言わせて愛していると叫んでいたことに気が付いて、カナはマリアに言われてから顔を赤くさせた。

その表情だけで、自称百戦錬磨の男であるギルダーツはカナが本当にリュウマのことを好きなんだと直感した。

それと同時に、娘を誑かしたリュウマは絶対殴ると心に誓った。

 

二重の意味で恥ずかしがっているカナをルーシィが弄くっている間に、マリアは次の順番であるミラの前まで来ると同じくリュウマを愛しているのか否かの質問をした。

 

 

「はい♪私はリュウマのことをずっと愛しています♪」

 

『うんっ────────合格♡』

 

 

「ミラちゃーーーーーーん!!」

 

「あいつミラちゃんまで堕としやがって!!」

 

「ウチの看板娘までぇぇぇ…!!」

 

「ちくしょーーーーー!!」

 

「姉ちゃーーーーーーーーん!!!!!」

 

「エルフ兄ちゃんうるさい!」

 

 

何時も浮かべている優しげな笑みを浮かべたまま、ミラはリュウマを愛していると肯定した。

エルフマンは見上げる程の巨体でありながら漢らしい漢泣きをして号泣し、リサーナは心の中で当然だよねと思いながらエルフマンを宥めた。

ミラがリュウマの事を好きなのは昔からなので、今更な感じがするが曝露した。

 

だが、知っているからということと悲しまないということは別物のようで、看板娘として人気であったミラの告白に再び阿鼻叫喚となった。

気を取り直して最後の一人であるエルザの前にやって来たマリアに、エルザはガラにも無く緊張していた。

早々に名前を聞いて少しの自己紹介したマリアは、最初から変わらない微笑みを浮かべたまま最後の質問をしたのだった。

 

 

『エルザちゃんはリュウちゃんを愛しているのかしら?』

 

「も、勿論…愛している」

 

 

何時もは凛々しいエルザであるが、今回は挙動不審気味に答えた。

マリアは微笑みを浮かべたままなため、ギルドの者達はこれで公開処刑のような曝露大会が終わると思った。

 

 

 

ただし……最後まで全部同じとは限らない。

 

 

 

 

『うんっ────────不合格』

 

 

 

 

「……え?」

 

 

「え、ウソ…?」

 

「エルザが…何で?」

 

「不合格…どういう意味だ?」

 

「わ、分かんねぇ…」

 

 

大凡の予想はつくというもの。

マリアは要するに、前に立っている者達がリュウマのことを愛しているのか否かを判断しているのだ。

ただ、エルザは昔からミラとリュウマの取り合いや、不器用ながらのアプローチ等をしてきた。

だからこそ不合格…つまり愛していないということが信じられず困惑していた。

 

言われた本人であるエルザとて同じ事で、どういう意味なのかという視線をマリアに送っていた。

マリアはゆっくりとその場から少し浮き上がり、この場に居る者達が聞こえるであろう声量で話し始めた。

 

 

『もう分かってると思うけれど、これは本当に心の底からリュウちゃんを愛しているかの審議…私はその判断をしていたの。これはとても重要なものであり“不純物”を混ぜるわけにはいかないの。

 

エルザちゃんを不合格にしたのは、唯単純に…エルザちゃんがリュウちゃんのことを心の底から愛せていないから』

 

「そ、そんなことはない!私はリュウマの事をあ…愛している!これは昔からの想いだ!」

 

『本当に?』

 

「…っ…本当だ」

 

『……エルザちゃんは気付いているのに気付いていないフリをしているのでしょ?』

 

「な、何を…?」

 

 

困惑してマリアの言っている意味を分かりかねているエルザに、マリアはさも当然だとでもいうような声色で告げてしまうのだった。

 

 

 

『だってエルザちゃん──────他にも好きな人が居るのでしょ?』

 

 

「─────────ッ!!!!!」

 

 

 

目を見開いたエルザは否定しようと顔をマリアの方に向けるが…マリアの微笑みを消した真剣な表情を見て俯いてしまった。

 

 

『ごめんなさいねエルザちゃん。必要なのは“純粋な”リュウちゃんへの想い…他の人へも向いている好意は謂わば不純物でしかないの。……合格を貰った子達はいらっしゃい。リュウちゃんに対する唯一にして絶対の対処方法を教えるわ。その後は練習あるのみ。オリヴィエちゃんはアルヴァと私からの特別メニューがあるから頑張ってちょうだいね?オリヴィエちゃんは今回の戦いに於いて最重要人物なのだから、覚えることは多いわ』

 

「リュウマのためならば幾らでも」

 

「エルザ…」

 

「エルザさん……」

 

 

 

「くッ……」

 

 

 

「………………。」

 

 

 

唇を噛んで手を握り締め、顔を俯かせながら何かに耐えようとしているエルザに何と声を掛けたら良いのか分からず、合格を言い渡された者達はエルザに心配そうな目を向けながら先導するマリアの後を追って行った。

今この時だけは、仲間達から送られる視線が痛く感じ、エルザは目的地も無いがギルドから出て行った。

 

 

 

 

そんな後ろ姿を…一人の男がジッと見ていた。

 

 

 

 

 




はい、何時ぞやの伏線回収です。

恐らく殆どの方々が忘れていると思われますが…。



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第八四刀  決別の意



彼の者に必要なのは…純粋なもの。


混ざり合った想いは不要なり。




 

公開処刑と言って差し支えない儀式のようなマリアによる問答が終わり次の日のことである。

ギルドの者達は入って邪魔をしないようにと、地下にある一室でエルザ以外の合格を言い渡された者達は、マリアの指導の元…何かの特訓をしていた。

これが無ければリュウマと戦おう等以ての外とまで言わしめたそれは、実に大変な訓練であった。

 

恋する乙女の気概は十二分であり、エルザが居ない事もあったが、リュウマともう一度会い、引き留める為ならばと努力を惜しまなかった。

訓練という名の練習は数時間にも及び、マリアからのここまでという言葉が降りるまでは只管練習である。

 

不合格を言い渡されてしまったエルザは、一年前のある時以来、決着を付けていたと思っていた想いが、実のところ決着しきれていないことを看破され、自分がリュウマのことを愛していると同時にもう一人好きな人が居たこと、他の者達は合格…つまりはリュウマに対する純粋な好意を示したというのに、自分は二人の人間に揺らいでいる。

 

多くの目がある大衆の面前で、なまじ生真面目であるエルザが見せた優柔不断さは悲観的に取られてはいないものの、何と声を掛けたら良いのか迷い倦ねていた。

ギルドにやって来てから、エルザ自身が表情に影を落としており、端から見て何を思っているのかは明らかであった。

 

引き戻すための戦いの相手は、嘗て世界の頂点に至った紛う事無き世界最強たる翼人の王…リュウマ・ルイン・アルマデュラである。

そんな者と一線を交えようとしているのに、記憶を取り戻したからといって直ぐに挑んでは、前回と前々回に合わせて同じ身の舞となってしまう。

それに今度敗北を喫すれば、彼の王は決別の為にと確実且つ完璧に記憶を消し去るだろう。

 

そうならぬ為には、今練習をしている乙女達の準備を終える必要もありながら、戦いに赴く者達の更なる強さの向上が必要となっている。

いくら戦争を勝ち抜いたといっても、リュウマを前にしてしまえば吹けば飛ぶ塵に同じ。

だからこそのレベルアップであり、戦う予定の者達は必至に鍛練を繰り返して実力を少しでも向上させようと励んでいた。

 

 

──────私は…二人に想いを寄せていたのか…。

 

 

鍛練に身を投じようにもやる気が起きず、かと言って不合格を言い渡されたエルザはオリヴィエ達の行っている練習に参加する資格すら持っていない。

テーブルについて好物のケーキを食べているエルザではあるが、何時も美味しく食べていた筈のケーキ…この時ばかりは特に美味しいとは思いもしなかった。

 

自覚していなかった恋心…誰もがしたことはあるであろう二人が気になってしまうという強欲。

持て余してしまったエルザからしてみれば、不器用なだけあって直ぐに割り切れるものではない。

給仕をしているエルザの母のアイリーンも、昨夜眠れそうに無く起きていたエルザを心配して声を掛けようとしたが、離れていた期間が邪魔をして声を掛けられなかった。

 

どうすれば良い、何をするのが正解なんだ。

想いを伝えれば良いのか?但しその場合…気になっている人のどちらを選べば良いのだ。

つい先日言われたばかりだ、覚悟を決めて想い人はどちらか一方にしろと突然に言われても、では此方でと決められるほど簡単なものではない。

どれだけ考えても分からないしか頭には出て来ず、溜め息を吐いて気分転換をする事にした。

 

 

「少し出て来る。何かあれば通信用ラクリマに連絡をしてくれ」

 

「おう。…行って来い」

 

「…うむ」

 

 

近くに居たギルドの男に言っておいたエルザは、気分的に開けた場所に行きたいと思い、ギルドの近く建てられている公共公園に行ってみることにした。

性格上行くことは滅多に無い公園であったが、歳ゆかぬ子供達を連れた母親と父親を見ていると、私も普通に生きていたらあのような光景があったのかも知れないと思った。

 

悲観的な思考が脳内を過ぎ去り、リュウマの手によって記憶を弄くられて本当の記憶を持っていないにしても、それでも良き母であろうとしてくれているアイリーンに失礼であると頭を振って雑念を消す。

暫くの間は公園で何をするでもなく、唯そこにいてぼうっとしているだけ。

何の生産性も無ければ達成感なんてものは皆無で、しかし何もしたくないが為に過ぎ去る時間。

 

今頃オリヴィエという強い女性やルーシィ達は、リュウマの実の母であるというマリアから、裏の攻略の要の練習をしているのだろうと、まるで他人事のように推測していた。

 

 

「うえぇぇぇぇぇん!風船とんでったぁ…!」

 

「もう…ちゃんと掴んで離さないようにって言ったでしょ?」

 

「はなしてないもん!風船がとんでいったんだもん!」

 

「はぁ…この子ったら。もう諦めなさい、あんな高い所に引っかかっちゃったのよ?」

 

「あの風船がいい!あの風船じゃないとやだぁ!」

 

「どうしましょう…」

 

 

何となく首を動かして周りを見渡した時、エルザの目に留まったのは、母親に買って貰ったのだろう風船から手を離してしまい、不幸中の幸いではあるが、大きく育った木に引っかかってしまった風船を指差して叫んでいる小さな女の子と、そんな女の子の我が儘に困った顔をしている母親の姿だった。

 

子供特有の子供らしい姿に、つい薄い笑みを浮かべたエルザは、座っていたベンチから軽くも無く重くも無い腰を上げて立ち上がった。

近くまで行ってみると、別に跳んで届かない高さでは無い。

 

膝を折って勢いを付けたエルザは、脚に力を籠めて一気に跳躍し、普通では行けないような高さのところまで行くと風船に括り付けられている紐を握り降り立った。

一連の事を見ていた少女は最初こそポカンとした表情をしていたが、エルザが手に取った風船を差し出してくるのを見てぱぁっと表情で喜びを表した。

 

 

「お姉ちゃんすごい!ありがとう!」

 

「ふふっ、うむ。今度は離さんように気をつけるんだぞ」

 

「うん!」

 

 

頭を縦に勢い良く振って元気に約束をした少女は、もう一度エルザに礼を言うと後ろを向いて走っていき、手に持つ風船が走って出来る風に乗って揺れる様を見て楽しんでいた。

子供は元気だなと、割かし同じチームにいるナツも大して変わらない奴であると思い返すと、あんなに小さな子供と同列の男となると笑いが出てしまう。

 

クスリと笑っているエルザの元に、少女の母親が急いで駆け寄ってきては頭を下げて礼を述べてきた。

少女を呼んできてもう一度お礼を言わせようとしていた母親を手で制し、お礼ならば既に貰ったからと言う必要がないことを示した。

それでも尚頭を下げて礼を述べる母親に苦笑いしながら、目の前の母親も誰かと恋をして寄り添い合い、(子供)に恵まれたんだなと、感傷に浸る。

 

 

「あの…どうかしましたか?」

 

「…っ!何か表情に出ていただろうか?」

 

「いえ、私の思い違いでなければ…とても暗くて悲しそうな表情をしていたように見えたので…」

 

「そうか…気を悪くさせたならばすまない」

 

「あ、いいえ!そういう意味ではなくて…!」

 

 

慌てて手を振りながら否定した母親は、前に居るエルザが表情を戻しても雰囲気から分かる悲しげなものを感じ取っていた。

伊達に母親をやってはおらず、子供が言わんとしていることを何となく察してあげられるもののように、エルザが悲しみながら悩んでいることに気が付いた。

 

 

「……恋の…悩み?」

 

「ぶふッ!?」

 

「まぁ!やっぱりそうなのね!」

 

「い、いや。私は別に…!」

 

「あの子の風船を取って貰ったお礼…というわけではないけれど、話を聞かせてもらえないかしら。ここに一人で居るってことは悩んでいたのでしょ?」

 

「それは……」

 

「深いところまでは聞かないわ。ただ少しだけお話をしてくれればいいのっ」

 

「……では…」

 

 

出稼ぎに出る労働者(父親)の帰りを待つ間、我が子の面倒を見ていること以外は家事に日常の大部分を占められ、子供が小さい内はそれの繰り返し。

ぶっちゃけ言ってしまえば、母親は恋バナに飢えていた。

余り乗り気になっていないエルザに笑みを浮かべながら、母親は直ぐ近くにあるベンチに座って雑談しようと提案した。

 

了承して大きな木の木陰に造られていたベンチに腰を下ろし、さて何をどう言おうかと葛藤した。

人が良さそうだとしても、今抱えている想いをいきなり全てぶちまけるのは違う気がする。

しかし、言えないからとその部分を端折っても内容がてんてこ舞いになるだろう。

 

 

「じゃあ…先に私のお話を聞いて下さらない?」

 

「え?」

 

「言いだし辛いのは分かるから、先ずは言い出しっぺの私から!」

 

 

うんうんと悩んでいるエルザに助け船を出したのは、他でも聴きに回る筈であった母親である。

考え倦ねているということは、何か深い事情があるのか、若しくは言えない部分が多いのかと思った次第。

ならば言いやすいようにと、先ずは前菜として己の身の上話をしていこうと提案した。

 

戸惑いながらも、内心助かっていたエルザはその事を了承し、恋愛の話は先ず母親からということになった。

 

 

「私の夫はね、自分で言うのも何だけど…スッゴいモテモテだったの」

 

「はぁ…」

 

「そんなモテモテの夫とは10年くらい前に出会ったの。最初は女の子に囲まれるような人だから人を惹きつけるような人なんだろうなぁって、その光景を遠くで眺めてたのが私」

 

「……。」

 

「その時は全く好きでもなかったのよ?時々話し掛けられたり、会ったら挨拶するぐらいの関係。それだけでも周りの女の子達は羨んだみたい。でも…私は特に何も思わなかった」

 

「…何故?」

 

「だって……私には好きな人が居たんだもの」

 

「…っ!?」

 

 

今の旦那とは違う人が好きであった…では何故今の旦那とは結婚して子ももうけているのか、何時の間にかエルザは、隣に座る母親の恋愛経験の話に釘付けであった。

変な緊張は取り除くことが出来たようだと、母親は微笑みを浮かべながら、続きが気になると顔に書いてあるエルザのため、苦くも幸せな青春の話を聞かせた。

 

 

「好きな人は私の幼馴染み。昔から一緒に居たんだけど、引っ越しとかの理由で隣町に行っちゃった人」

 

「そ、それから後はどうなったんだ…?」

 

「会いに行きたいけど、私もやってる仕事が忙しくて中々会いに行けなかったの。あの人は今何してるのかな…あの人はちゃんとご飯食べてるのかな…そんなことばかり考えてた」

 

「…………。」

 

「片想いの幼馴染みに会えないからこそ、会えた時に何の話をしようか、何をしようか、デートに誘うのもいいなって思いながら日々を過ごして…今の旦那との交流が増えていったの」

 

「…っ!」

 

 

会いたい人が居るのに…会えない。

 

エルザの意中の相手の片割れは、世間一般的に言うと凶悪犯罪者であり、もう一人は大昔に世界の四分の一を手中に収めていた王様。

犯罪者故に一カ所への止まりは厳禁とし、目的を果たした王は人との繋がりを絶とうとしている。

 

規模が違くとも同じ様な状況に、エルザは知らず知らずの内に生唾を呑み込んだ。

 

 

「今思えばアプローチだったのよね。暇な日はあるか、荷物が重そうだから持とう、仕事は何をしているのか…会ったら挨拶だけでなく世間話をするようになっていった」

 

「……。」

 

「私は軽い女なのかも知れないわ。好きな人がいるのに、話し掛けて笑い合っている、その当時の旦那との時間がとっても心地良かった。好きとまではいかないけれど気になる存在にはなっていたの」

 

「それは…」

 

「うん。私の幼馴染みへの恋は少しずつ薄れていって、旦那への気持ちが大きくなっていった。でも、幼馴染みへの想いは消えず…旦那への想いは大きくなる。何時しか幼馴染みと旦那への想いは同じくらいになってた」

 

「二人が…同じくらいに…?」

 

「はっきり言ってしまえば…二人に同時に恋をしてしまったの」

 

「───────ッ!!」

 

 

過程が別種で規模が異なり形が違えど…結果は同じである二人への恋心。

 

他の人にも同じ境遇だった者も居るのだと、よく分からない仲間意識を持つが、相手は確と相手を定めた。

悩んで答えを出せず、何時までも引き摺っている己とは違うと、目の前に居る母親がとても大きい存在に見えた。

 

 

「二人への恋は成就しない。だから選ばなきゃいけないのに……私は旦那と幼馴染みから告白されたの」

 

「告白…!」

 

「私の片想いだと思ってたらそうじゃなかったみたいなの。幼馴染みも私が好きだったようで…旦那と知り合う前だったならば直ぐに返事を返せたでしょうね」

 

「だが、その時は二人を…」

 

「えぇ。だから悩んでしまったわ。好きな人二人から告白されてしまったんだもの。私は仕事に手が付けられなくなって…上司に怒られながら悩んだわ。悩んで…悩んで悩んで悩んで…答えを出そうと必至になって…どちらかを選んだ時の、選べなかった人の悲しそうな表情を見たくないと思いながら、ひたすら出さなくてはならない答えを求めた」

 

「…………。」

 

「悩み抜いた末が……今の私なの。ふふっ」

 

「……あなたは…強い」

 

 

つまり、片想いをしていた幼馴染みのことは諦め、今の旦那との先を選び取った。

悩みに悩もうと、どれだけ悲しませたくない選択をしようと、結局はどちらかを選ばなくてはならない。

今まさに選ぶ苦しさを味わっているエルザからしてみれば、決着の付け方が分からないの一言だった。

 

だからこそこの母親は強い。

悩みこそすれど、確と自分の意思で…想いで…心の中で鬩ぎ合う二人への恋に決着をつけたのだから。

 

 

「私は…その時のあなたと同じ状況にいる」

 

「あら…じゃああなたも好きな方が二人…?」

 

「…うん」

 

 

両手を合わせて少し驚いたように目を見開いている母親は、だからあんなに悲しそうな表情をしていたのだと、ならば納得せざるを得ない話だったと思う。

しかし、それを聞いてあげられるのは同じ道を歩んだ自分だろうと、娘の風船の件や恋バナに飢えていたことを抜きにして、今はこの内なる心を鎧で閉じ込め隠そうとしている女の子の話を聞きたいと思った。

 

膝の上で手を握り締めているエルザの手の上に、母親は優しく手を置いて落ち着かせるように摩り撫でた。

幾分か余裕が出来たエルザは、折角身の上話までしてもらったのだからと、語らせたのに語らないのは対等では無いと意を決した。

 

 

「私の場合は…二人は小さい頃にすごく世話になった奴らなのだ。臆病で…人を導く事が出来る二人とは違って笑みを浮かべるしか取り柄の無かった私を救ってくれたのも…またその二人だ」

 

「…とっても良い人達なのね」

 

「あぁ。だからこそ…私は二人を好きになってしまったんだろうな…。一人は都合上滅多に会うことが出来ない。もう一人はとある事情によって会えない。どちらにも会えない状況で…私はこの想いを持て余している。実に滑稽だ…本来の私ならば臆せず道を開いて進めるというのに…私は……失うのが恐い」

 

「一人を選べば、もう一人は諦めなくてはならない…辛い選択よね…」

 

「情け無い限りだ。実に私らしくない。今までの他の恋愛というものをしてこなかった私だからこそ…こうして悩んでいる…私はどうすればいいのか……分からない」

 

「……じゃあ…経験者である私から一つ!アドバイスねっ」

 

「アドバイス…?」

 

「ママぁ───────っ!」

 

「はいはい」

 

 

一通り遊んできて満足したのか、走り回っていた少女は母親の腰に勢い良く抱き付いた。

後ろからの衝撃に蹌踉めきながら、母親は少女を抱き上げてエルザへアドバイスを残した。

 

 

「想い人のお二人さんと、将来を思い浮かべるの。それで自分が幸せだと思える方にするのよ?簡単で単純なように思えるけれど…それが一番大切なの」

 

「ママぁ…おなかへった!」

 

「はいはい。じゃあお話を聞かせてくれてありがとう!頑張ってねエルザさん」

 

「…っ!私のことを…?」

 

「エルザさんはマグノリアで有名よ?じゃっ、またね?」

 

「…話を聞いてくれてありがとう。とても参考になった」

 

「ふふっ、いえいえ」

 

 

少女を下ろした母親は、仲良く手を繋ぎながら公園を去って行った。

エルザはそんな親子二人の後ろ姿を眺めながら、もう一度ありがとうと呟くとその場を後にした。

 

 

「あぁ、ここに居たのか」

 

「あら、ごめんなさい。探させちゃったかしら」

 

「いや、オレは問題ない。…何かいいことでもあったのか」

 

「ふふっ…ちょっとしたお悩み相談をしていたの」

 

「ママぁ……」

 

「はいはい、帰ってご飯にしましょうね」

 

「ふむ…まぁいいか。では帰ろう」

 

「ごっはん!ごっはん!♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「態々すまないな…()()()()()

 

「いや、呼び出されるだろうことは分かっていた」

 

 

マグノリアから少々離れたところでは、呼び出したと思われるエルザと、呼び出されたのであろうジェラールが対面するように立っていた。

話の内容が内容なだけあって、話を聞かれないようにという配慮でギルドからある程度離れた所に居るのだ。

 

 

「話の内容は…お前のことだ。もう分かっているだろう?」

 

「あぁ。それを踏まえて言わせて欲しい。オレはお前が幸せになってくれればいいんだ」

 

「……。」

 

 

ジェラールはエルザが言わんとすることが分かっていた。

 

これでも一年前の第二魔法源(セカンドオリジン)の解放時、それなりの雰囲気になっていたことから、互いに想い合っていたであろうことは他から見ても一目瞭然だっただろう。

 

 

「オレは犯罪者だ。己の贖罪の為に戦うと決めた。光ある者と好き合ってはならない。オレが魔女の罪(クリムソルシエール)を創設した時に誓ったことだ」

 

「…うん」

 

 

己が住んでいるのは闇の世界。

操られていたとはいえ嘗ての友…仲間を殺し、その妹を絶望の淵へ堕とした。

小さい時に同じ穴の狢である仲間達に嘘偽りをつきながら、自分達を捕らえていた犯罪者と同じ事をしていた。

 

最早償いきれない程の過ちを起こしてしまい、今はその罪を償うべく闇ギルドを一掃している。

闇ギルド限定として壊滅させる非公認のギルド。

ジェラールはそのギルドのマスターとして、光の者達の為に闇に生きていくことを決めているのだ。

 

 

「以前…アイツはエルザを任せられるのはオレだと…罪を犯したがそれらを許される日がこないことはないと…オレ達の行動は正しいと言った。況してやエルザを幸せに出来るのはオレなんて…そんなことを言っていた」

 

「…………。」

 

「エルザ。お前の気持ちを教えてくれ。お前自身が選んだ…その道を」

 

「私は……──────」

 

 

偶然居合わせた小さな少女の母親にヒントを貰って、自分なりの答えというものを得た。

 

 

小さい頃から奴隷として生きてきて、愛のあの字すら知らずに死んでいくのだと思っていた。

しかし…自分は二人に出会い恋をした。

 

 

一人には許されない恋を…。

 

 

一人には悲哀溢れる恋を…。

 

 

だがそれもここまで…エルザ()は一人の男を愛すことを決めたのだ。

 

 

 

 

 

「私は─────リュウマを愛している」

 

 

 

 

 

夕日を背にしてそう告げたエルザは…とても凛々しく美しい…緋色の華であった。

 

 

 

 

 

「……そうか。正しい判断だ」

 

 

 

 

 

そんなエルザを見るジェラールの瞳は…とても優しいものであった。

 

 

エルザが心に決めたのは…ジェラールと共に奴隷として働かされていた監獄塔を生き抜いたリュウマ。

 

 

確かに二人には返せないほどの恩がある。

 

 

ただ…公園で出会った母親の言葉に則り、寄り添い合う未来を夢見てみた時…エルザはリュウマと共に在る時に確かな幸せの感情を抱いた。

 

ジェラールとの未来も夢見てみたものの、確かに幸せもあるだろうが…それは本当の愛では無い。

 

彼女はそれが……友愛であることに気が付いた。

 

 

だから……だから……その想いもここまで。

 

 

「ありがとう、ジェラール。お前の事は…本当に好きだった」

 

 

「あぁ。オレも…お前が好きだった」

 

 

二人は向き合いながら…笑顔でその感情と別れた。

 

 

 

「だからこそ……お前とは寄り添いあえない」

 

 

「だからこそ……お前は幸せになってほしい」

 

 

 

頬を撫でる優しいそよ風が吹き抜ける。

 

 

両者の眼に涙など無く、だがそれ以上に笑顔がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今帰った」

 

「おう!どこまで行ってたん…だ……?」

 

「お早い帰りだな!エル…ザ……?」

 

「ん?なんだお前達。そんな私の顔をジロジロと」

 

「んあ…?いや…」

 

 

ギルドの扉が開いて目を向ければ、つい1時間やそこら前に出て行ったエルザが帰ってきていた。

意外にも早い帰路だと思いながら声を掛けると…エルザの纏う雰囲気が変わっていることに気が付いた。

 

容姿の何かが変わった訳ではない。

髪型を変えたわけでも、化粧をしてみたわけでもない。

だが一つ言えるのは──────

 

 

「マリア殿は下か?」

 

「え、お…おう!練習とやらをしてるぜ…?」

 

「そうか。分かった」

 

「あれ、エルザも行くのか?」

 

「あぁ。私もその練習に参加するためにな」

 

「いや、こう言っちゃなんだけどよ…お前不合格を…」

 

 

「問題ない──────決着はつけた」

 

 

─────彼女はとても…美しくなっていた。

 

 

吹っ切れたエルザは纏う雰囲気が変わり、元から美しかった容姿に合わさり、仲間内でもつい唾を飲み込んでしまうほどの美しさを感じさせた。

 

 

「エルザ。教えてもらわなくても分かるわ。…決めたのね」

 

「うむ。……心配してくれてありがとう。お母さん」

 

「────っ!…っ……いいえ、いいえっ。エルザが元気になって良かったわっ」

 

 

心配していたアイリーンのことを吃らずに言えたのは今回が初めてだ。

一段と綺麗になっていながら向けられた笑みは、愛する娘に元気が無いからと落ち込んでいたアイリーンの憑きものを払った。

 

女の…母の勘で想い人を決めたのだと分かったアイリーンは、下へ続く階段を降りていくエルザの後ろ姿を、涙を浮かべる瞳で見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…ッ…はぁ…ッ…!」

 

「うぅ…喉が……」

 

「つ、疲れた……」

 

「酒…酒飲みたい……!」

 

「なるほど…やはり私の考えは間違っていなかったか」

 

 

『ほらほら!休んでいる時間は無いわよ?…あら?』

 

 

合格を言い渡された少女達は、肩で息をしながら疲れ果てたように休憩をしていた。

幽霊体であるマリアはそんな疲労を感じる筈も無く、時間が残されていないと言って続きを促す。

昨日今日に続いて練習とやらをしてばかりいるのに、既に体力は限界を迎えている。

 

それもまあ仕方ないかと思いながら、30分位の休憩を挟むかと考えていたマリアの耳に、練習中は誰も入ってきてはダメだと言っておいたにも拘わらず、この部屋に入るための扉が開く音が聞こえた。

覗くのもダメだと事前に言っておいたのに誰だと思いつつ、そちらに目を向ければ立っていたのは一人の女。

 

意外な来客であるエルザを目に捉えたマリアは、雰囲気からして何かがあったのだと悟る。

中に入ってきた人が居ることに気が付いた休憩中の少女達も、来るとは思っていなかったエルザの来訪に目を見開いた。

 

 

『あら。エルザちゃんね?どうかしたのかしら』

 

「マリア殿。私も練習に加えてくれ」

 

『へぇ…?私はあなたに不合格を言い渡したのよ?残念だけれど、あなたに参加資格は無いの』

 

「それは想い人が二人居た場合の筈。私は覚悟を…愛する覚悟を決めたんだ。頼む…もう一度のチャンスを欲しい」

 

『……いいわ。最後のチャンスをあげる。ただし、次でも不合格ならばもう終わりよ?』

 

「……感謝する」

 

 

次で駄目ならばやるだけ無駄だということを暗に示し、マリアはエルザの前に降り立った。

他の八人がエルザに視線を送っていることを肌で感じ取りつつも、顔は微笑んでいても眼は真剣そのものであるマリアの瞳に緊張を走らせながら、エルザは己を落ち着かせるように大きく深呼吸をした。

 

不安はある。

自分では決別したつもりでも、心の中ではまだ想いきっていないかも知れないという考えが過ぎていく。

しかし、エルザはそんな考えなど知ったことかと追い払う。

 

愛するのは一人だけと決めた、寄り添うのは他に居ないと確信した。

 

故にエルザは誓うように宣言するのだ。

 

 

「私は……私はリュウマを愛している。地獄とも思えた苦難から救ってくれたリュウマを、私をここまで導いてくれたリュウマを、何時も私の背中を押してくれるリュウマを…!!私は…深く愛している」

 

 

「エルザ……」

 

「エルザさん…!」

 

「……ふん」

 

 

二人の男を愛してしまったがばかりに不合格を言い渡されてしまったエルザのことが、練習中も頭から抜けきらないでいたルーシィやウェンディ達は、最後まで言い切ったエルザの姿に感動を憶えた。

 

しかしそれではまだ終わることは出来ない。

最後の問題であるマリアの判定があるのだから。

 

ジッとエルザの瞳を覗き込むように見ているマリアと、緊張で一条の汗粒を流しながら判定を待っているエルザ。

その緊張感は部屋の中に居る者達にも届き、固唾を呑みながら見届けている。

 

そしてとうとう…マリアが口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『うんっ────────合格よ♡』

 

 

 

 

 

 

 

 

マリアの答えは……合格。

 

エルザは見事…リュウマのみを愛することが出来、不器用故に大変だった二人への恋に終止符を打ったのだ。

 

 

「やったねエルザ!」

 

「エルザさん!一緒に頑張りましょうねっ」

 

「一時はどうなるかと思ったぞエルザ」

 

「いやぁ、こりゃ酒飲みたくなるねぇ!」

 

「エルザ様。とても立派で美しい程の宣言でした!」

 

「やっぱり“愛”だねっ」

 

「エルザも参戦かぁ…でも私も負けないぞー!」

 

「ふん。また要らぬ女が増えたか」

 

 

オリヴィエ以外の少女達がエルザを取り囲み、口々に良かったと言葉を送ってくれる。

自分でもどうなるかと思っただけあって苦笑いになってしまうが、それ以上にリュウマを純粋に好きになれたということが嬉しかった。

 

 

『30分の休憩を設けようと思ったのだけれど、エルザちゃんに練習メニューを教えなくちゃいけないから再開するわね♪』

 

「はい!」

 

「お前達は疲れているんだろう?私のためにすまない」

 

「違うよエルザ!あたし達はエルザと一緒にやりたいの。だから…ね?」

 

「フッ…謝るのは間違いだな。ありがとう。これからよろしく頼む」

 

「「「うん!/はい!/任せろ!」」」

 

 

斯くして、リュウマに対抗するための練習に、エルザも加わることとなった。

 

 

女子特有の賑わいを見せる恋する乙女達を、オリヴィエは少し離れたところから見ていた。

 

 

 

 

 




これで中々に難関な伏線を回収できました…。


※すみません。

最初に読んだ方がこれを読んだならば分かると思います。

最後の長大な余白につきましては、何かのバグなのか発生してしまい、感想に於いて言われてから気が付きました。
対処が遅れてしまい申し訳ありませんでした。

直っていると嬉しいです。
何分初めてのバグなので戸惑いが大きいです笑



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第八五刀  純白との交流 



オリヴィエとの仲が不仲なため、このままでは連携に大きな支障が出てしまいます。

てか、いくら性格に難があろうとも、リュウマのことを愛しているオリヴィエのことが気になってしまう。

そんな彼女達です。




 

 

『はい!今日はここまで!』

 

 

「はぁ…っ……今日も疲れた」

 

「マリアさんって…結構っ…スパルタ…なんだね…」

 

「師匠の修行に比べれば軽いが…疲労は重なるな…」

 

「お前達は…こんなのをやっていたのか……ふぅ」

 

「ウェンディ様、大丈夫ですか?」

 

「はいぃぃ…だ、大丈夫です……」

 

「これも“愛”……だよっ……うぅ」

 

「ヤバいね…酒の飲まなすぎで禁断症状出そう…」

 

「4日しか経ってないんだけど?」

 

 

朝からとは言わず、せめてもということで昼から練習を開始させ、エルザが練習に加わってから3日の時が過ぎた。

選ばれた女性陣以外の男性陣達は、4日であろうと着実にレベルアップを果たしていき、そんな者達を見ているアルヴァはそれなりに満足そうな顔をしていた。

と言っても、それなりであるため、本音を言ってしまえば今の三倍の力はつけて欲しかった。

 

元とはいえ、世界の四分の一を統べたフォルタシア王国第16代目国王である。

比べるのは勿論嘗ての我が国にいた強者の兵士達であり、普通の地人と翼人のスペックは最初から見当違いであるため満足度が低いのだ。

 

 

「ではお義母様。私はこれで」

 

『うんっ。お疲れ様、オリヴィエちゃん♪』

 

 

疲れ果てて体力に自信がある者以外は全員座り込みダウンし、まだ余裕がある者でも少し汗を滲ませて休んでいるという状況下で、オリヴィエは汗一つ掻くこと無く、練習が終わった今…これ以上ここに居る意味は無いとでも言うように、マリアに挨拶をしてからさっさと出て行ってしまった。

見た目は美女である事以外普通の人に見えるが、内包している魔力に持っている身体能力や情報処理能力等は人類最高だろう。

 

そんな彼女からしてみれば、この練習は予習かまたは応用でしか無く…オリヴィエはそもそもこの練習を必要としていない程()()()()()

根も葉もないことを言ってしまえば、リュウマや盟友という名の親友二人と、休み一切無しの殺し合いを7日間繰り広げていた体力を持つオリヴィエには軽い運動以下であった。

 

 

「ほんっっと…どんな体力してんだか」

 

「私達がこんなに疲れてるのに…すごい体力ね♪」

 

「でも…すぐにどこか行ってしまうのは…寂しいです……」

 

「分かり合いたいとは思っても、付け入る隙が無いもんね」

 

「ハァ…どうしたものか」

 

「私なんて…皆様とは違い、話したことすら無いです……」

 

 

この4日間最も近くに居た女性陣達ですら、オリヴィエと話すことは疎か、打ち解けることにすら至っていない。

 

確かに出会いが少々アレであったが為に、印象や取っ付きにくさ等もあるかも知れないが、同じ者を好きになっている者同士仲良くしたいというのがこの場の総意であった。

話したいけれど、溢れ出る迫力と覇気に当てられて話し掛けることすら出来ずに、只管に時間が過ぎていってしまうだけ。

 

これではいざリュウマの元へ向かったとしても、あのリュウマのことだ…連携の穴を突いて確実に分裂させてくるだろうことは分かっている。

彼の元で1年の修行を経験しているカグラからしてみれば、彼は根っからの「慈悲?なにそれ物質?」というのを素でいく容赦無しの男なので、弱点を晒した瞬間には敗北を喫する事など愚問だと思っている。

身で以て知って、それでも愛している辺り何処かずれているのかも知れないが…。

 

 

『う~ん…あなた達も分かっていると思うけれど…オリヴィエちゃんと仲良くしてあげてくれないかしら?』

 

「えっと…元々仲良くはなりたいと思ってるけど…どうして改めて?」

 

『オリヴィエちゃんはね…リュウちゃん以外のことになるとすっごい淡泊になるでしょ?リュウちゃんと戦うにしても、連携云々の前にオリヴィエちゃんの力が必要不可欠なの。その為にはあなた達のことを友達とは言い切れなくとも、せめて気に掛けてくれる程度の意識を持って貰わないといけないの』

 

「つまり、私達にはオリヴィエ殿と交流をしろ…ということですか?」

 

『そっ♪……これは大切な事よ。オリヴィエちゃんの為であり、あなた達の為でもある』

 

 

微笑みを浮かべている顔を真剣な表情に変えながらそう告げるマリアに、ルーシィ達は深く頷いて同意を示した。

 

出会いが最悪であれば印象も良くは無く、加えてあちら側は交流する気がゼロだとしても…それが関わらない理由にはならない。

一緒に戦う以上はせめて話でもしてくれるような関係は築きたいと思っている女性陣は、取り敢えず今は休んで、後にオリヴィエの元に向かって話をしようと決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方…地下の部屋から出ていったオリヴィエはというと、階段を上がっていって直ぐに着いた1階の、ギルドのラウンジに来ていた。

 

オリヴィエが現れたことで乙女達の練習とやらが終わったのだと分かったギルドメンバーであるが、だからと言って誰かが話し掛けるような事は無かった。

すたすたと歩みを進めるオリヴィエに、前に居た者達は触れまいとしているのか人混みを割っていく。

ギルダーツを含む考え得る最強のチームで立ち向かったというのに、赤子の毛を捻るがの如く一瞬で片付けてしまったオリヴィエは、隔絶とした実力差故に本能的に避けてしまうのだ。

 

どれだけ腫れ物を扱うような待遇を受けようとも、リュウマ以外の人は動く石か、又は顔が全て同じのっぺらぼうの人間と酷い認識をしているオリヴィエからしてみれば、近寄って来たならば無視か脅すという選択しか取らない。

どれ程オリヴィエに誰も近付かないかというと、女誑しの獅子宮のレオがナンパをしない程と言えば分かるだろうか。

 

 

「其処の女。適当な飲物を私の処まで持って来い」

 

「あ、はい!承りました!」

 

 

精々喋り掛けたとしても、それはウェイトレスに飲み物等を頼む時を除いて無いに等しい。

擦れ違い様に注文を受けたウェイトレスは、急ぎの駆け足で厨房の方へと走っていき、オリヴィエの為の飲み物を用意していた。

もし仮に遅くなって機嫌を悪くさせ、ギルド内で暴れでもされれば止める者が皆無と知っているからだ。

 

忙しく去って行ったウェイトレスを見送ったオリヴィエは、ギルドの中でも一番端にある一人用のテーブルへと歩き進んで行き、腰に付けた双剣はそのままで座り込み、何をするでもなく頬杖をつきながら虚空を見ていた。

全く何もしておらず、自然体そのままでいるというのに、その美しい姿は人を魅了して視線を釘付けにする。

 

頬杖をついてぼうっとしているだけだというのに、時価数十億の絵画をも勝るであろうその姿は、憂いを帯びた表情だけで形容しがたい思いが胸を満たす。

 

人類最終到達地点に君臨するオリヴィエからしてみれば、盗み見るように視線を送ってきていることなど、目の前に立って凝視されているのと変わらないほど分かっているため鬱陶しくて仕方が無かった。

ただ、喉を潤すためだけを目的としてこの場に居るというのに、何故こうも虫唾が走る視線を受けなくてはならぬのか。

 

 

「お、お待たせしました!」

 

「…………。」

 

「えっと…特にご注文が無かったので『スッキリ南国パラダイスじゅーす☆』に致しました」

 

「…………。」

 

「だ、代金は─────」

 

「釣りは要らぬ。懐にでも忍ばせておくがいい」

 

「はへ…!?」

 

 

そろそろ鬱陶しい視線の元でも根刮ぎ斬って捨ててやろうかと、割かしフェアリーテイルの危機が訪れようとしていたところに、運とタイミングが良いことにウェイトレスが飲み物をお盆に載せて運んできた。

ネーミングセンスが中々に壊滅的であること以外は、パイナップルを主な物とした飲み物のようで輝く黄色の中身に、グラスの口の部分に切り分けられた皮付きのパイナップルを供えている。

 

スッキリした飲み心地故に女性魔導士から人気が高いものを選んだウェイトレスの選別は良かっただろう。

巫山戯たものを寄越した時は如何してやろうかと密かに考えていたオリヴィエは、まあいいかと思いつつ、価格が300Jである飲み物に対して10,000Jを渡した。

 

明らかに多すぎる代金に戸惑いながら、受け取れないから返そうととしてもオリヴィエは既に無視を決め込んでいる。

取り付く島もない態度に肩を落としながら、ウェイトレスはさらに声を掛ける事無く一礼してからその場を後にしたのだった。

 

情報収集の為にとアルバレスに居た頃、ただ居候していただけの訳が無く、非情に強く凶悪である第一級危険生物の討伐等をアルバレスの大臣から頼まれたりしたため、それを適当に嬲り殺して遂行して報酬を貰っていた。

欲しいのはリュウマの情報だけであるので、使いもしない金など貯まっていく一方であった。

因みにであるが、その第一級危険生物の討伐報酬は2500万Jだったりする。

これは実に、ルーシィの家賃の約300年分の金である。

その報酬に相応しい力を持つ生物を適当に…で殺してしまう辺り実力が違いすぎた。

 

 

『オリヴィエ嬢。休んでいるところ悪いのだが、少しいいか?』

 

「っ!これはお義父様。何か御用ですか?」

 

 

普通に話し掛けて返してくれるのは、マリアとアルヴァしかおらず、況してや愛するリュウマの実の父が相手ともなると敬語で話す。

本来ならば王だったこともあって、例え相手が貴族であろうと相手を敬うことなど皆無である。

 

相変わらず一人で居るなと、見ていて寂しい気もするが安全上逆に安心するという状況に苦笑いをしながら、アルヴァはオリヴィエに用の内容を話し始めた。

 

 

『そろそろオリヴィエ嬢にはマリアの特訓から外れて貰いたい』

 

「…?何故でしょう?」

 

『オリヴィエ嬢には…リュウマの動きに関する攻略法を身に付けて欲しい』

 

「──────ッ!!そんなものまで…!」

 

『ハハハッ。私はあの子の父だぞ?これでもオリヴィエ嬢よりリュウマについては知っているつもりだ。…それで…どうだ?』

 

「えぇ。それはもう是非に。なれば今直ぐにでもっ」

 

『いや、その前に…軽く確認等をしておきたい』

 

「…?はぁ…?」

 

 

変則的で且つありとあらゆる技術を使って翻弄してくるリュウマの動きの、それも対処法を教えてくれるというアルヴァの言葉に目を輝かせていたオリヴィエだったが、アルヴァはその前にして欲しい事があったようで、元から頼んでおいたのか後ろからウェイトレスが一人、何かをお盆に載せながらやって来た。

 

何の確認だろうかと訝しげにしているオリヴィエを余所に、ウェイトレスはお盆から林檎を一つテーブルの上に置いていき下がっていった。

一体何があるのだろうか、そもそも何故林檎を持ってきた?と疑問に思っているオリヴィエに、アルヴァがやってもらいたいのは単純なことであった。

 

 

『オリヴィエ嬢には今この場で、その林檎に魔法で強化を行って欲しい』

 

「強化…ですか」

 

『うむ。リュウマと一戦交えるならば、オリヴィエ嬢以外の者達にとっては立ち入れるような戦場ではない。そこでオリヴィエ嬢には他の者達を多少戦えるほどの戦闘レベルまで強化して欲しいのだ』

 

「私が…あの有象無象共の強化を……?」

 

『乗り気では無いのは分かる。しかし…リュウマに勝つにはオリヴィエ嬢一人では無理だ。だからこその魔法による強化だ』

 

「……分かりました。リュウマの為ならば…」

 

『ありがとう。オリヴィエ嬢』

 

 

同意を得ることが出来たアルヴァは、オリヴィエに見れない角度でホッと一息をついた。

オリヴィエのことだから確実に難色示してくるだろうことは分かっていたので、リュウマを倒すためにはという言葉の元で揺さぶりを掛けて同意を得た。

事実、オリヴィエの強化がリュウマに対する戦いの第一手になるので、これ無くして戦いは有り得ないと言って良い。

 

でなければまた、リュウマの()()()()()()()()()()身体能力によって出された拳に、的確に急所を突かれて意識を刈り取られてしまう。

オリヴィエには最前線に出て貰うばかりか、それと同時に他の者達全員の強化をして貰わなくてはならないのだ。

他でも無いオリヴィエが作戦の要であるというのは、そういう意味合いがあったのだ。

 

 

「では…強化を施そうと思います」

 

『よし、やってみてくれ』

 

 

──────まぁ、あのオリヴィエ嬢のことだ。心配せずとも完璧にやってくれるだろう。

 

 

いくら何度も敗北しているといっても、あのリュウマと正面切って殴り合えるオリヴィエなので、才能に関しても最高レベルだと分かっている。

だからこそ心配には及ばないだろうというアルヴァは、これからオリヴィエにやってもらわねばならない事の確認を頭の中で考えていたのだが…それは起こった。

 

 

「──────あっ」

 

 

 

 

メシャアァ……

 

 

 

 

 

『…………………ふん?』

 

 

最初はオリヴィエの「やってしまった…」みたいな気の抜けた声と共に、何かがぐっちゃりと潰れ果てるような生々しい音が聞こえた。

 

何だと思いながら視線をオリヴィエと林檎の方に戻したアルヴァが見たのは……原形が分からない程にめためたに潰れ、果汁を撒き散らしている無惨な林檎であった。

 

 

『あの…オリヴィエ嬢…?』

 

「……………(フイッ)」

 

『目を逸らさないで欲しいんだけど!?え…!?何したのこれ!?』

 

「……私の純白なる魔力は、色でも分かる通り自然に関するものや聖なるものに寄る力です。簡単に言ってしまえば光の属性に偏る根源の魔力といった具合でしょうか」

 

『……ならば、強化という面に関しては十八番といっても過言ではないと思うのだが…何したの』

 

「…………………不慣れの強化で籠める魔力と魔法の強度を見誤りました」

 

『不慣れ…?えっ』

 

 

魔法そのものに籠める魔力のみならず、林檎に対して掛ける魔法が強力すぎて強化に耐えきれず、林檎はスプラッタな事になったということだ。

聖属性ともなれば、仲間の補助を行ったり回復に使用したりという事が得意だと思われるが…それは使い手によるだろう。

オリヴィエは実力がありすぎるため、強化はあくまで己の為にしか使わず、下々に魔法に強化などしたことが無かった。

 

だからアルヴァから強化の提案を聴かされた時は少し困ったが、やってみれば分かるだろうというチャレンジ精神でやってみたのだ。

その果てが林檎のスプラッタなのだが。

 

 

『……不慣れならば仕方ない。もう一度やってみてはくれないか?』

 

「分かりました」

 

 

アルヴァは近くを通り過ぎようとしていたウェイトレスを呼んで、潰れてしまった林檎と飛び散った果汁の後片付けを頼むと同時に、新しい林檎を持ってきてくれるように頼んだ。

さて気を取り直してと、アルヴァは目を逸らさず、今度は見逃さないようにしようと見ていた。

 

1回目はただ単にやったことが無いからこそ、林檎の耐久力を分かっていなかったがために起きた事故のようなものだ。

次こそは大丈夫だ…何故ならば、オリヴィエは彼の世界の四分の一を手にしていた国の王であると共に、才能に満ち溢れた最強の女性──────

 

 

 

 

 

 

メメシャアァ……

 

 

 

 

 

 

──────でも、不得意はある。

 

 

『これ人にやったらどうなんの?死ぬよね?絶対死ぬよね?大丈夫なのかオリヴィエ嬢!?』

 

「…………………(フイッ)」

 

『目を逸らさないで欲しいんだが!?』

 

「戦いに犠牲は付きものなのです(真顔)」

 

『いや終わるから!?その場にオリヴィエ嬢残して全員この林檎みたいになるから!?犠牲の単位が広すぎるから!!』

 

 

強化魔法の使わなすぎての不慣れは流石に許容出来ないと、せめて林檎くらいは強化出来るようになって欲しいと、切に願っているアルヴァはもう一度ウェイトレスに掃除と林檎の追加を頼み込み、オリヴィエは意外にも高い難易度に四苦八苦しながら次こそはと気合いを入れた。

 

リュウマが何となくやっている味方の強化魔法は、その者の限界を見極めた上で強化を重ね、計り知れない魔力の圧力によって強化過多になって許容範囲を越えないようにと、繊細な魔力操作によって行われているのだ。

他にも仲間を強化することが出来るウェンディ等は、強化を全力で掛けても対象が粉々になるほどの魔力を持っていない為、普通にやれば成功するのだが、リュウマやオリヴィエ等の計り知れない魔力の持ち主からしてみれば途方も無い魔力操作能力が必要とされる。

 

例えるならば、超大型ダムを使ってコップ一杯に水を汲むのと同じ位の難易度である。

ぶっちゃけ言ってしまえば普通に無理だ。

 

それを軽々とやってしまうのが、リュウマの恐ろしい程の才能ならぬ災能による力の恩恵であり、精密に精密を重ねた超繊細魔力操作によって為し得る技術なのだ。

 

 

 

 

 

 

しゅんッ

 

 

 

 

 

 

『オリヴィエ嬢?林檎どこ?どこいったの?』

 

「我が純白なる魔力は総てを包み込み無へ還す…フッ」

 

『フッ…じゃない!!えっ!?つまりアレか!?林檎を強化しようとして無へ還したの!?それ最早強化じゃなくて攻撃魔法だから!』

 

「誰にでも不得意はあります」

 

『開き直らない!!』

 

 

気合いを入れてやってみたところ、今度は潰れるでもなく完全に消え去ってしまった。

まあこれも仕方ないだろうと思いながら腕を組んで、誰でも不得意の一つや二つは持っていると開き直っているオリヴィエ。

そんな彼女の傍では、これを人間に掛けようものならば忽ち集団殺害されてしまうと肝を冷やすアルヴァがいた。

 

何か嫌な予感がするという直感から、人に試すよりも実験的な意味合いで適当な果物にでも掛けて貰おうという判断は…実に正しかった。

もしもその直感に従わなかった場合、ギルドのメンバーの一人が林檎と同じ運命を辿った事だろう。

 

 

『オリヴィエ嬢!?林檎に口が…!?何か違う生物になっている!!』

 

「それは林檎に寄生して人を襲う食人植物のノトリミアですね」

 

『いやいやいや!?何故それがここに居る!?確か第二級危険生物の筈だが!?』

 

「私は自然のものは総て操り掌握することが出来るので、気合いを入れたら出てしまいました」

 

『引っ込めて引っ込めて!マズいからァッ!!』

 

 

因みに、オリヴィエはこの後大変苦労しつつも、試すこと14回目で林檎程度の強度に強化を施すことに成功する事が出来たが、途中でよく分からない生物が出来たり出来なかったりしたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マリアさんが言うには…ここら辺って言ってたわよね?」

 

「態々こんなところで野宿しなくても…」

 

「フェアリーヒルズに空き部屋位あるってのに」

 

「まだ私達のこと信じられていないんだと思います…」

 

「というよりも、関わる気が無いとしか思えないな…私には」

 

 

ルーシィ、エルザ、ミラ、ウェンディ、カナ、ユキノ、カグラ、シェリアの八人の女性達が来たのは、ギルドフェアリーテイルから少し離れたところにある森の中である。

何故ここに居るのか…それは偏にオリヴィエの元を訪ねようという事でのことだ。

 

そもそも何故オリヴィエともあろう者が、こんな見渡す限り森で埋め尽くされている場所なんぞに居るのか。

泊まったりするならば他にも、それこそ掃いて捨てても有り余っている金を使って高級ホテルにでも宿泊すれば良い。

だがそれをしないのは、オリヴィエが人知れず行っている事が由来する。

 

歩き続けてオリヴィエを探す八人が、ふと耳にしたのは風を切るような鋭い音であった。

近くでは無い、まだ少し離れた所から聞こえてくる。

若しかしたら…という思いの元足を速めに動かしていき、人為的に空けられたであろう広場に出た。

そして、そこで目にしたのは──────

 

 

 

「…スウゥ…ッ…ハアァ…ッ…─────シッ!!」

 

 

 

虚空に向かって拳を突き出し、そこから流れるように脚全体を使った鋭い蹴り。

体を捻って上空に居るのであろう敵を粉砕せしめる空中上段回し蹴りから始まって、川に流れる流水の如く止まらず激しく…しかして洗練された動きで型を打ち込んでいくオリヴィエだった。

 

長い髪は月明かりに照らされて爛々と光り輝き、細く引き締まった四肢が繰り出す型のある打撃は虚空で想定された敵を粉砕しつつ、その速度で空気を切り裂く。

魔力を一切使用していない、正真正銘の四肢五体によって出される拳や蹴りは、離れた所に居るルーシィ達の頬を撫でた。

 

これが、あのリュウマの父や母に世界最強とまで言わしめる女性の動きかと、感動と呆然を半々とした気持ちで見ていたルーシィ達に気が付いていないのか、真剣な眼差しで鍛練を積むオリヴィエは、それはそれは美しいものであった。

 

 

しかし───────

 

 

 

「ハァ──────ッ!────ぐぶッ…!」

 

 

 

最後の一突きである正拳を打とうとした瞬間、オリヴィエは口元を押さえながら膝を付いた。

 

 

「──ッ!?オリヴィエ!!」

 

「オリヴィエさん!!」

 

「オリヴィエ様!!」

 

「ちょっ、あんたどうしたんだ!?」

 

 

突然の異常とも取れる行動に驚いたルーシィ達は、相手がオリヴィエであるという事を捨て去り、苦しそうにしているオリヴィエの元へと駆け寄っていった。

 

 

「はッ…ぁ……んぅッ…!ッく…き、貴公等は…何故…此処に…」

 

「ちょっと、しっかりして!」

 

「安静にしていろ。私達が運ぶ」

 

「具合が悪いんですか!?」

 

「私達が“愛”で治してあげるね!」

 

 

跪いているオリヴィエは、ルーシィ達が近くまで来たことで初めて気が付いたようで、直ぐそこまで来て顔色を窺えば少し蒼白かった。

どう見ても昼間の時の凛とした姿とはかけ離れている状況に、一体どうしたのか分からないが、取り敢えず横にさせるためにオリヴィエへ刺激を送らないよう、6人で抱えて移動させる。

 

残った二人がオリヴィエを寝かせられるような場所を探して、運んでくる者達の邪魔になりそうな石や木などを退かして出来るだけ平地にする。

そして探していると、寝泊まりをするためにオリヴィエが作ったのか、簡易的且つ全員が辛うじて入れるくらいの小屋があった。

 

早速運んで来た者達は、エルザの指示に従って扉を開けた。

するとそこは…小さな小屋には分不相応の広々とした空間が広がっていた。

目を白黒させながらどういう原理なのか困惑していたが、オリヴィエが苦しそうな呻き声を上げたのを皮切りにハッとして気を持ち直し、数多くある扉の中から寝室らしき場所を探す。

 

扉を残っている二人で虱潰しに開け放っていくことの5回目にて、豪華なベッドの置かれた部屋を発見した。

ここだと確信しながらオリヴィエをベッドの上に寝かせ、何が起きているのか知るため、オリヴィエの双剣を括り付けているベルトを外して服を一枚一枚丁寧に脱がしていく。

 

 

「え…?これって…!」

 

「なに…これ…!」

 

「どうなっているんだ…!?」

 

「く、()()…!?」

 

 

服の下にあった肌は美しい陶器のような肌等ではなく…所々に黒インクの斑点を斑に溢したかのようにした黒く変色した肌であった。

どう考えても普通ではないオリヴィエの肌に、回復魔法を使えるウェンディとシェリアが魔法を使って治そうと試みる。

 

しかし、体力を回復させることが出来るウェンディの魔法でもオリヴィエは変わらず苦しそうにし、傷を回復させることが出来るシェリアの魔法でも黒い斑点が消えなかった。

いや、語弊があるのかも知れない。

ウェンディの魔法は掛かってはいるものの、黒い斑点の所為で変わらずオリヴィエを蝕んでいるため、回復させても意味が無いのだ。

 

シェリアの傷を癒す魔法は、黒い斑点に触れた途端に霧散してしまい、まるで効かぬと言わんばかりに効果を無効化させる。

 

 

「はぁっ…はぁっ…ぁあ…!ふ…ぐッ…!」

 

「どうして…!どうして何も起きないの!?」

 

「体力すら回復しないです…!」

 

「この黒い斑点は…」

 

「若しかして…()()()()()()()…!?」

 

 

オリヴィエの体を蝕んでいたのは、黒でありながら他の魔法や魔力による干渉の一切を赦さないリュウマの純黒なる魔力である。

何時の間にという話については、オリヴィエは封印を解かれた時から患っていた。

 

リュウマがオリヴィエに施した封印魔法は()()()()()()()()()()()()()封印魔法である。

アルヴァが時間が無いと言ったのは、リュウマに対しての事でもあるが、一番の要因はオリヴィエに掛けられた封印魔法がオリヴィエに悪影響を及ぼす程度の話のことなのだ。

 

純黒なる魔力に唯一対抗出来る純白なる魔力…その持ち主であるオリヴィエを以てしても、()()()()()()()()()解くのに200年掛かると言わしめた程の強固且つ凶悪な封印魔法である。

リュウマの黒翼の羽根を使用して破壊したのは、あくまでもオリヴィエに掛けられた封印のみ。

つまり、オリヴィエの体に掛かってしまった悪因までは破壊出来ていないのだ。

 

加えて言うならば、オリヴィエは封印されていた一ヶ月の間だけでも()()()()()

不老不死故に死ぬことは無いが、死なないだけで状態異常を受けない訳では無い。

人為的な裂傷や打撲等による傷ならば忽ち回復ならぬ再生をするが、リュウマの魔力(純黒)はそれを阻む。

 

純黒なる魔力を打ち消そうにも、封印を解かれたばかりの弱っている状態のオリヴィエでは、蝕んでいる純黒なる魔力に対抗することが出来ない。

だから先ずは本調子になるまで休んでいようと思っていたのだが、侵蝕が思っていた以上に早かった。

 

昼にアルヴァからの強化魔法の付与に、オリヴィエともあろう者が数多くの失敗を繰り返したのは、偏に服の下にあるこの黒点による不調の所為である。

弱みを見せないようにと気丈に振る舞ってはいたものの、内心では鈍い痛みを我慢していた。

 

 

「ダメ!この黒いの私の魔法を打ち消しちゃう!」

 

「ど、どうすれば…!」

 

「げほッ…げほッ…!はぁ…小娘共…誰でもいい…私の剣を…」

 

「取れば良いのか!?」

 

「違…う。触れぬよう…注意しながら…黒い斑点に─────()()()()

 

「あんた何言ってんの!?」

 

 

苦しそうに息をしながらオリヴィエが宣ったのは、オリヴィエの持つ双剣を黒い斑点に突き刺せというものだった。

暗に苦しんでいるオリヴィエに、追い打ちを掛けるが如くの所業をせよと言っているのだ。

理解出来ないとルーシィが叫んでいる背後では、言われた通り双剣に触れないようにベルトを巻き付けて掴み、指示に従おうとしているカグラが居た。

 

オリヴィエの元まで双剣を持ってきたカグラが、勢い良く刺そうとしているのを見たルーシィがギョッとしている間に剣は振り下ろされる。

しかし、それを受け止めたのはエルザであった。

背後からはカナもカグラの腕を掴んで静止させていた。

 

 

「何のつもりだ」

 

「それはこっちのセリフだぞカグラ」

 

「お前、何しようとしてんだ」

 

「この女が言ったことだぞ」

 

「他に方法があるかも知れないだろう。そう簡単に傷付ける道に走ろうとするな」

 

「私達にはこの女の力が無ければ師匠に勝利する事が出来ないと言われている。今こんなところで失うわけにはいかん」

 

「み、皆様落ち着いて下さい!」

 

 

ユキノの必死の声も部屋に響くだけで、カグラは剣を未だに振り下ろそうと力を籠めている。

背後からは羽交い締めにしているカナと換装した剣で受け止めているエルザの力が無ければ、今頃オリヴィエの腹には双剣が突き立てられていただろう。

 

ウェンディとシェリアがオロオロと成り行きを見守っている間に、動こうとした気配を感じ取って止めようとしたルーシィを無視したオリヴィエが、上半身を起こしてカグラの持っている双剣に手を掛けた。

 

 

「甘く…温い…小娘共…だッ……がふッ」

 

 

「あ、あんた…!?」

 

「自分で突き刺しただと…!?」

 

「オリヴィエさん!!」

 

 

毟り取った双剣は…己の手で腹へと突き立てた。

 

皮膚を突き破り、肉を裂き、内臓を穿つ。

背中から剣先が貫き出て来る程深く突き刺したオリヴィエの口端から、真っ赤な朱い血が一条流れる。

痛みから顔を顰めていると、ルーシィを始めとしたウェンディやシェリアが、傷口を魔法で塞ぎながら剣を抜こうとしていた。

 

善意故の行動を、威嚇するように鋭く睨み付けて動きの一切を静止させたオリヴィエは、剣を橋として媒介にし、純白なる魔力を無理矢理流し込んだ。

 

 

「ふっ…ぐッ…~~~~~~~ッ!!」

 

「オリヴィエ…さん…!」

 

「何をしてんだよ…!?」

 

 

体内で純黒なる魔力と純白なる魔力が、混ざり合うこと無く鬩ぎ合い拮抗して対立しあう。

その時に生じる魔力の衝撃が膨張し、オリヴィエの体に想像を絶する痛みを与えながら、同時に体力を凄まじい速度で削り取る。

柄を持つ手の力が緩みそうになるのをどうにか堪えながら、歯に噛み締めて砕き割らん程の力を籠めて尚噛み締めている。

 

何度も何度も大きく体を痙攣させるオリヴィエのことを暫くの間待っていると…オリヴィエは血を噴き出させながら双剣を引き抜いた。

腹にあった筈の黒い斑点は全て消え去り、オリヴィエの肌の色を取り戻していた。

 

 

「あっ…傷口の治療を……」

 

「要らぬ。私に治療等必要無い」

 

 

急いで傷口を塞ごうとしたシェリアの動きを手で制して止め、ルーシィ達はオリヴィエの腹に空いた傷口が独りでに…時間を巻き戻すように再生していくのを見て目を見開いた。

確かに不老不死とは聞いていたが、傷がこれ程瞬く間に治りきるとは思わなかったのだ。

 

手を握って開いてという動作確認をして、しっかり動いて痛みも無いことが分かると、うんと限界まで伸びをして息を大きく吐き出した。

その際に薄く筋が出来るほどで止まっている艶やかな腹筋や、大きすぎなく小さすぎない形が整った美巨乳な胸部が、汚れの無い白無垢の下着に包まれながらも主張し、同性だというのに見てはいけないものを見てしまった気分にさせて目を逸らさせる。

 

ある程度脱がされていたことを思い出したオリヴィエは、前のボタンを順番に留めていくが、その動きすらも妖艶であり…誰かがごくりと喉を鳴らした。

 

 

「して、何時まで此処に居るつもりだ」

 

「……はへ!?」

 

「用が無いならば出て行け。私は貴公等と馴れ合うつもりなど無い」

 

「助けてやったのに、何なんだいその言い草は!」

 

「此処まで運んだだけではないか。肝心の剣を突き立てろという言葉は止め合って従わず、最後は結局私自身が行った。……一体何を助けたのだ?」

 

「~~~~~っ!コイツ…っ!!」

 

「無駄な落命は止しておくのだな。貴公等程度の者では私に触れることすら叶わぬ」

 

「ど、どこ行くのよ…?」

 

「お義父様から伝えられた夫の攻略するための技の鍛練だ。貴公等には関係の無いこと…此処に居ても良いが、私が帰ってくる時までには失せろ」

 

 

そう言ってオリヴィエは部屋から出て行った。

先程までの弱っていた姿とは似ても似つかない健全な極まりない動きと、ルーシィ達の存在自体をどうとも思っていない傲慢な態度に呆気にとられてしまった。

ベッドだけでなく、よく見れば部屋自体も豪華絢爛である一室で、最初に声を上げたのはカナだった。

 

 

「ほんっとアイツ…!どんだけ態度デカいんだっつうの!」

 

「でも困ったわね。取り付く島もないわ」

 

「話すら出来ないとはな…」

 

 

仲良くなろうと思った手前、にべもなく失せろと言われてしまった以上に、こっちに対して全くと言っても良いほど興味を抱いて貰っていない。

精々言うなれば、リュウマのことを好きになったその他多数…と言った具合であろうか。

現に外へと出て行ったオリヴィエは、虚空にいる想像上の相手に…リュウマに対する攻略技を仕掛けている。

黒い斑点が消えたことで痛みは引き、技の習得の効率も格段に上がり、教えられたものを次々とものにしていく。

 

どうしたものか、どうやって仲良くなろうかと、その場のみんなで頭を悩ませていると、ミラがあっと声を上げながら何かを閃いた。

何を閃いたんだという視線を受けながら、微笑みを浮かべながら人差し指を当て、片目を瞑ってウィンクをしながら告げた。

 

 

「あのね────────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シッ!!…フンッ…ハッ!!……ふぅ。今宵は此処までにするか」

 

 

何度も何度も打ち込んでは甘いところを見詰め直し、更なる精度を向上させていったオリヴィエは、何時の間にか辺りは完全に真っ暗な状態になっていた。

つい集中し過ぎたと、休みも一つの鍛練であると理解しているオリヴィエは、今日はここまでにして切り上げ、続きは明日にすることにした。

 

此処まで来た道を戻って自身で建てた小屋の元へと歩って帰っていく。

途中で綺麗な華を見つけ、一輪だけ引き抜いて手に持って持ち帰っていると、小屋の電気が点いているのを肉眼で確認した。

 

帰ってくる前までには帰るようにと言った筈なのに、未だに居座っているとは図々しい者達だと心の中で愚痴りながら、全員直ぐに叩き出してやろうと画策しながらドアの取っ手に手を掛けた。

扉を開けば、魔法で空間を弄ったので外見とは全く違う広々とした空間が広がっており、木材で作ったが故の自然の香りと共に、何やら空腹の腹を刺激する匂いが漂ってきていた。

 

 

「あっ、オリヴィエさんっ。お帰りなさい!」

 

「……何故まだ居る。私は帰ってくる前に失せろと────────」

 

「オリヴィエ様。もう少しで用意出来ますので、先にお風呂に入ってきて下さい」

 

「はぁ?何故私が貴公等の指示に従わなければならな───────」

 

「まあまあ!これも“愛”だよっ」

 

「なっ、おい押すな!」

 

 

後ろで控えていたシェリアに背中を押されながら、女性には必要不可欠である風呂場を設けた部屋まで押されていった。

何がしたいんだと思いつつ、何故風呂場の場所まで知っているんだと思い、背後に居るシェリアに見て回ったなと咎めるような視線を送ろうとしたところ、既に洗面所の所まで着いてしまい、ニッコリとした笑みを浮かべたシェリアに押し入れられて戸を閉められた。

 

人の話を聞かない有象無象に、若干の苛つきを覚えつつも、汗を拭ってからでも良いかと妥協して服を脱ぎ始めた。

何時かリュウマと同衾して熱く濃厚な夜を過ごすためにと磨き上げている肢体は、己の身体でありながら惚れ惚れする程の造形美。

何を隠そう、400年前のリュウマでさえ、目の端でチラ見してしまうほどの完璧なプロポーションである。

 

服を全て脱いで裸体を晒しているオリヴィエは、風呂への扉を開けて浴場へと入っていった。

長く絹のように触り心地の良い髪をしっかり丁寧に洗い、洗顔もしてから身体を洗って1日の汚れを確と落としていく。

湯船に浸かって全身の筋肉を温めて解し、黄色いアヒルのおもちゃを突っついて戯れた後立ち上がった。

 

扉から出て直ぐの所に置いてあるバスタオルを身体に巻き付け、長い髪を丁寧に拭いて水分を抜いていく。

乱雑に拭くのでは無く、タオルを使って押し込んで水分を奪う感覚で。

流し込む魔力の量で熱さが変わるドライヤーを使って乾かし切ると、今度は身体を完全に拭いて終わり。

最後に最高級シルクで出来ている真っ白なバスローブに着替え直して終わり。

 

と、ここでふと浴槽にお湯を溜めておいてはいなかったことを思い出し、何故か未だに居座っている有象無象が湯を張ったのだろうと、良い心掛けだと思い、ふふっと笑みを溢しながら戸を開けた。

 

 

「お待ちしてました、オリヴィエ様」

 

「……よもや、終わるまで其処に居たのか」

 

「はい!」

 

「……………ハァ…」

 

 

開けた先に居たのは、何とユキノであった。

出て来たオリヴィエの上気してほんのり赤く色付いている肌と、少し動く度に香ってくる石鹸と花の匂いにドキドキしつつ、ユキノはオリヴィエの手を取って先導し始めた。

 

本当に何がしたいのか全く分からないオリヴィエは、つい手を握られたまま足を進めていき、辿り着いたのはキッチンのあるダイニングであった。

玄関で香ってきた匂いはこれかと、ほぼほぼ確信を抱いたオリヴィエは、ユキノに促されるままに取っ手に手を掛けて戸を開けた。

 

 

「あら、ちょうど出来上がったところよ?」

 

「オリヴィエさん、席はこちらですよっ」

 

「料理は私とミラとルーシィにシェリア、盛り付けにウェンディが行い、カグラとカナには食糧の調達に行って来て貰った」

 

「私も最初料理をしていたのですが、オリヴィエ様の先導に回りましたっ」

 

「冷蔵庫の物とキッチンを勝手に使ってごめんなさいね?でもスゴイわ!このキッチン最新のものですもの!テンション上がっていっぱい作っちゃった!」

 

「酒無ぇの~?飯にはやっぱり酒だろ~?」

 

「カ~ナ~?」

 

「ちぇっ、分かったよ~だっ」

 

 

「いや…は?勝手に何をしている…の前に……作りすぎだろう…」

 

 

迎えたのは豪勢な料理の数々、そのどれもが綺麗に皿に盛り付けられており、料理をしていたのは家事スキルを持っている女性陣で、冷蔵庫の中に無いもの…特に肉や山の幸である茸の類はカグラとカナに取ってきて貰った。

勿論襲ってきた猛獣も居たが、そこはリュウマを師としているカグラの剣裁きによって沈め、同時にその場で血抜きも行った。

 

茸の毒の有無は意外にもカナが分かっていて、美味しく食べられて毒の無い物を厳選して選び抜いてきた。

ユキノも最初は料理をしていたのだが、途中で風呂に湯を張っていなかったことを思い出して急いで入れに行き、身体を拭くためのタオル等の準備をしていた。

 

唯一失敗した部分といえば、最新鋭のキッチン設備を見たルーシィやミラ達が密かにテンションを上げてしまい、この人数でも食べきれるのか分からない程の料理を作ってしまったことだった。

 

流石に多すぎると顔を引き攣らせているオリヴィエの両手を握ったのは、ウェンディとシェリアで、引っ張られるがまま指定された長方形のテーブルの端の大役席に座らされた。

座る際には主に仕える騎士のような動きでさり気なくエルザが椅子を引き、座ろうとする時に椅子を前に引いて位置を調節した。

 

至り尽くせりの事にオリヴィエが初めて目を白黒させて困惑した表情を作り、ふと酒が飲みたい酒が飲みたいと呟き、雨の日に段ボールに入れられて捨てられた仔犬の様な目で己を見てきていたカナに気が付く。

 

 

「……はぁ…其処の床の戸を開ければ地下へ続く階段がある。降りて少し進めばワイン倉庫がある…貴公の好きな分だけ持ってくるがいい」

 

「…っ!!やっりぃ!オリヴィエお姉様大好き♡」

 

「んぅっ…抱き付くな鬱陶しい…!」

 

 

カナが犬の尻尾を千切れんばかりに振っている光景を幻視しながら、べったり抱き付いてくるカナを引き剥がして溜め息を一つ。

何やら視線を感じると思って前を向き直せば、何やら良い笑みを浮かべる女達の姿が…。

 

 

「チッ。何を見ている。双眸を抉られたいか」

 

「ふふっ。ごめんなさ~いっ」

 

「あははっ。じゃあ席に着こうか?」

 

「見ろよこれ!?地下のワイン倉庫とんでもない量のワインがずらりって…!!」

 

「そのとんでもない量から何とんでもない量のワイン持ってきてんの!?ちゃんと遠慮しなさい!」

 

「…………はぁ…好きなだけ持って来いと言った手前、撤回の類の嘘は申さぬ。割る前に卓へ置け」

 

「オリヴィエお姉様分かってるぅ!♡」

 

「んぅっ、だから抱き付くな!」

 

 

ちゃっかり人の胸と太腿に、うぇへへとオヤジのような笑みを浮かべながら手を這わそうとしたカナに拳骨を落としたオリヴィエは、騒がしい事この上ないが、仕方ないと思い今は諦めた。

因みにであるが、カナはワイン倉庫から約四十本程ワインをくすねてきた。

 

溜め息を吐いてはいるものの、摘まみ出そうとはせず、一緒に食事を取ろうとしているオリヴィエの姿に、他の少女達は目を見合わせて密かにクスリと笑った。

 

 

「じゃあ手を合わせて」

 

「とっても美味しそうですねっ」

 

「さっすがミラさん!」

 

「ふふっ、ありがとう」

 

「なんとも食欲をそそるなカグラ」

 

「うむ。私は作りはしていないが、動物の血抜きは完璧だ」

 

「今それ言う…?」

 

「……………。」

 

 

全員が席に着き、手を合わせて少しのお喋りに興じている。

 

そんな光景を、オリヴィエは久し振りに誰かと食事をするなと、人が集まって食事するとこうも騒がしいのだなと感慨深いものを感じながら……小さくクスリと笑った。

 

 

「じゃあみんなで一緒にぃ…?」

 

 

 

「「「「─────いただきます!」」」」

 

 

 

「……いただきます」

 

 

そう言えば…この『いただきます』という言葉は、嘗てリュウマによって教えて貰ったなと…リュウマと過ごした記憶を思い返して胸を暖かくした後、少し奥にあるサラダを皿に盛り付ける為、腰を持ち上げ取ろうとしたところ、目の前にサラダを食べやすいように盛り付けられた皿を出された。

 

反射的に受け取ったオリヴィエは、誰が渡したのだろうかと、差し出された右側に目を向けると、ウィンクをしながら優しい笑みを浮かべているルーシィが居た。

 

 

「はいっ。オリヴィエの分のサラダね?」

 

「…………。」

 

「それでこっちが鶏肉の揚げ物ね!」

 

「……うむ」

 

 

手渡された違う皿も多少躊躇いながらも受け取り、既に脇側に揃えられているナイフとフォークを使って行儀良く食べていく。

王族である為食事の際の所作はリュウマ同様美しく気品があり優雅に、あくまで自然体に感じさせる熟練さで食べ進めていく。

 

何も言わないで食べていくオリヴィエは、又しても視線を感じると顔を上げれば、八人の少女達がオリヴィエの顔をジッと見ているではないか。

何を見ていると言おうとしたところで、オリヴィエは気が付いた。

恐らくではあるが、今食べている料理に関する評価を期待しているのだろう。

ならば味付けはまだまだであり、盛り付けもまだ甘いところがあると指摘してやろうと口を開いた。

 

 

 

「……食えなくは無い」

 

 

 

少し照れてしまったのは余談である。

視線を逸らして料理の感想を言ったところ、八人とも何故か笑みを浮かべている。

どこに笑う要素があったのか理解出来ないオリヴィエは、何となく出て来た気恥ずかしい気持ちを隠すために食事を続けた。

 

 

「ほれほれお姉たま♡私と一杯やろうよ」

 

「……まぁ、良いだろう」

 

 

カナのお酌にのってやり、ワインの飲み干す。

飲みっぷり良いねぇと悪どい笑みを浮かべたカナに、カナの酒豪っぷりを知っているフェアリーテイル女性陣は、またかと苦笑いを浮かべていた。

飲み比べといこうやと、笑いながらワインを更に注いでくるカナに、オリヴィエは負けるつもりは無いと応戦する。

 

そんなに飲んで大丈夫かなという優しい思いを抱いているウェンディやユキノを余所に、飲み比べはヒートアップしていき……カナはぶっ倒れた。

 

 

「えへへぇ…お姉たまつよしゅぎぃぃ…」

 

「んっ…んっ…はぁ…っ…ふん。リュウマと飲み合える私に勝てると思うなよ?小娘」

 

「すっごーい!カナが飲み比べで負けるとこ見るの2回目!オリヴィエもお酒強いのね!」

 

「だから抱き付くなと……ふふ」

 

 

少しだけアルコールが回って寛容になっているオリヴィエに抱き付いたルーシィは、密かに少しは仲良くなれたのかなと思いを馳せる。

オリヴィエが鍛練の為に出て行った後、ミラが提案したのは、仲を取り持ち深めるために料理を出して一緒に食べ、スキンシップを謀ろうというものだった。

 

少々強引が過ぎたかな?という思いもあったが、オリヴィエは怒らずにいてくれていることに安堵した。

若しかしたらという事も考えてはいたが、そんな心配は杞憂に終わったと一安心である。

 

 

「オリヴィエの分のスープもあるわよ♪」

 

「ほう…寄越せ」

 

「はい♪」

 

「……ずずっ…悪くは無い」

 

「ありがとうっ」

 

 

その後も何かと賑やかに楽しく料理を消化していき、やはり作り過ぎてしまったがばかりに幾らか残ってしまったが、その分は持って帰って食うがいいと言って、オリヴィエがタッパーを用意して詰めてくれた。

酒が入っているから、という事もあるかも知れないが、少しは親切な行動を取ってくれたことが嬉しかった。

 

リュウマの純黒なる魔力を無理矢理打ち消し、それから動いて少しは疲れているオリヴィエに眠気が来てしまい、今日はもうこれ位にして眠ると言うオリヴィエ。

若しかしたらという事もあるからと、八人全員がオリヴィエの後に続いて寝室までやって来た。

 

何故着いてくると思いつつ、最早そう言うのも面倒に感じたオリヴィエは素直にベッドへ横となった。

低反発枕に顔を埋めて深い眠りに落ちようとした。

 

 

「お邪魔しま~す!」

 

「わぁ…!すごい気持ちいいねシェリア!」

 

「こんなベッド初めて!」

 

「これは…目を瞑った途端に眠れてしまいそうだな…」

 

「私は基本何でも良いが…これはすごいな」

 

「私こんな良いベッドで寝たことがないわぁ」

 

「じゃっ、あたしはオリヴィエの隣で寝よっとっ」

 

「じゃあ逆は私が寝ようかしら♪」

 

 

「……何故貴公等が入ってくる」

 

 

何故か普通に布団の中に押し入ってくる少女達に困惑を通り越して呆然とし、まさか一緒に眠るつもりなのかと考えが至った時には既に遅し。

右腕はルーシィに抱えられ、左腕はミラに抱き締められている。

右の脇腹付近にユキノが居て、左脇腹付近にカナが寝る場所を陣取っている。

エルザとカグラは左右の端側、ルーシィの隣とミラの隣に横になって眠る体勢に入っている。

ウェンディはオリヴィエの左の太腿を枕として頭の下に敷き、シェリアはウェンディとは反対の右の太腿に頭を置いている。

 

密集して人口密度が高いことになっていて、身動きが取れない状況に陥ってしまっていた。

何だこれは邪魔くさいと思い、魔力を使って強引に全員洩れなく吹き飛ばしてやろうと思ったが…空間を弄っている一室が吹き飛んでしまっても仕方ないと思考し、今回だけだと諦めて眠りにつくことにした。

 

 

「ひゃんっ。おい何奴だ、私の胸に触れた愚か者は。殺されたいか」

 

「めっちゃ柔らかいねぇ…ふへへ」

 

「また貴公か。次触れたらワインの瓶を直接胃に刺し込むぞ」

 

「ごめんちゃい♪」

 

「……………(イラッ」

 

「オリヴィエさんの太腿…気持ちいいですぅ…スゥ…スゥ…」

 

「それに…良い…匂…い…スゥ…スゥ…」

 

 

「………寝辛い…………………………ふふっ」

 

 

 

この日、八人の少女達はとても良く眠れたそうな。

 

 

 

 

 

クスクス…

 

 

 

 

 

そんな彼女等は…とても優しい笑い声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 






………なんか…甘くない…?笑



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第八六刀  決戦前夜



オリヴィエはチョロくないですよ?笑
幾らか優しいのは、リュウマのことを好きになって本気になっている姿勢を見せていること、アルヴァやマリアによって必要だと言われ、リュウマが一時的とはいえ所属していたギルドの者だからです笑


一つでも違ったら既に斬ってます←




 

「んぅ……あれ…朝だ…」

 

「ふわぁぁぁあぁ……」

 

「すぴー……」

 

「ししょぉ…かぐらは…かぐらはぁ……」

 

「…んむ……寝過ぎたか…」

 

 

オリヴィエと少しでも仲良くなるぞ作戦を決行し、散々飲んで食べて騒いだ後、少し大胆ながら一緒に眠るという一手を取ってから翌日の朝。

長女故に朝ご飯の支度やら何やらで起きるのが早いミラが目を覚まし、そこから小さな物音によって意識を覚醒させていくその他の女性達。

 

寝起きだということもあり、少しの間ボーッとしていた各々であったが…ハッとした。

一緒に…それもみんなの真ん中で寝ていたはずのオリヴィエの姿が無いのだ。

誰よりも早く起きたのだろう、それから誰にも気配で悟らせること無くその場から去り、既に何処かへ行ってしまっていた。

 

どこに行ったのだろうと少し焦りを覚えつつ、未だに頭が眠っているウェンディとシェリアを揺すり覚醒させ、大人数で寝たが為に散乱しているベッドのシーツ等を綺麗に戻しておく。

何も壊していたり無くしていない事を確認した後、オリヴィエを探すために部屋を出て行った。

 

ぞろぞろと大人数で廊下を歩って行っては階段を降り、何やら良い匂いがする事に気が付いてダイニングを目指す。

 

 

「む…漸くの起床か。寝坊助も大概にしておけよ」

 

 

「わぁ…!オリヴィエさんのエプロン姿…!」

 

「とっても似合ってます!」

 

「何でも似合うのね…」

 

「黒って辺りリュウマを意識してるわね」

 

 

戸を開けて目に映ったのは、キッチンで真っ黒なエプロンを付けて料理をしているオリヴィエだった。

手際良く料理を作り込んでいき、作り始めてから既にそれなりの時間が経っていたのか、手伝おうとしたウェンディ達を手で制し、もう皿に盛って終わりだと告げた。

 

持ってこられてテーブルに並べられたのは、この場に居る九人分の食事なのか切り揃えられて香ばしく焼けているパンと、少し大きめの皿に盛り付けられたスクランブルエッグとサラダであった。

飲み物は適当に自分で注いでいけという言葉に、早速とばかりに酒を持ってこようとしたカナはルーシィが止めた。

 

 

「んんっ…!美味しい!」

 

「ただのスクランブルエッグに見えて、しっかり味がついているな」

 

「パンもサクサクぅ…!」

 

「サラダもシャキッとしてて瑞々しい!」

 

「ふん。私が作ったんだ。美味くて当然だな」

 

「ちゃんと私達の分も用意してくれる辺り優しいのね♪」

 

「……貴公等が昨晩に晩食を用意したからだ。あれが無ければそもそも作りなどせん」

 

 

パンに置いてあるバターを塗ってから食べて、最後に珈琲を飲んで一息ついているオリヴィエは、昨日の夜とは違って照れた様子も無くそう告げた。

やっぱりお酒が入ったから、諦め半分という気持ちで付き合ってくれたのかなと思いつつ、それでも朝食を用意してくれるだけでも十分な進展と言える。

 

 

「先に言っておこう。貴公等が私の力を必要としている以上、良好関係を築こうとしているのは愚問だ。私とて単独ではリュウマを打倒し得ない故に貴公等と共に居る。これは謂わば利用し利用される関係だ。

目的が同じ以上、私は力を貸そう。そして貴公等も私に力を貸せ」

 

「利用しあう関係じゃなくて、あたし達はただオリヴィエと仲良くなりたいだけなんだよ?」

 

「確かにお前の力は私達には必要だ。しかしそれは共闘する上でのみの話だ。まだ信じられないかも知れんが、私達は打算的考えの元押しかけたんじゃない」

 

「昨日は本当に楽しかったよっ」

 

「私とも仲良くして頂けると…嬉しいですっ」

 

 

──────どんな奴等かと思えば…成る程。目的はあれど、第一に人との繋がりを重んじる輩か。……そして認めざるを得ないのが、此奴等のリュウマに対する想いが純粋であるということ…。

この数日間に於ける此奴等は、お義母様から与えられた内容を只管に繰り返し妥協しなかったという点。

男共とて、戦闘に参加する者は着実に力を手にしている…。

 

 

ルーシィ達へ話し掛けもしなければ笑顔も何も見せなかったオリヴィエではあるものの、彼女は己以外の練習に励む八人の取り組む姿勢を見て観察していた。

それで分かったのは、疲れたや大変だと言いはするが、決して“面倒だ”と一言も言わない事であった。

それも時には、何かが掴めそうになったのか、マリアから与えられた休憩時間中に於いても練習をしていたりする。

 

オリヴィエとて、400年悩みに悩んだ末に辿り着いた答えの為、元からある程度出来てはいた。

コツとて最初の練習で掴んではいた、しかし更なる効果向上の為にと更に励み、オリヴィエはマリアから御墨付きを貰うほどまでそれは上達している。

リュウマの弱点とも言えるものは、確かに突くには大変なものである。

 

 

だがそれでも……彼女達は妥協をしなかった。

 

 

愛する者へと純粋な想いと純真さに、信じ切りはしないが、オリヴィエは彼女達の事を『他とはマシな奴等』という位までには認識していた。

 

 

「……利用し利用される関係は変わらん。そも、リュウマは私の夫となる男だ。貴公等に譲る気など毛頭無い」

 

「あぁ、その事なんだけどね?」

 

「…何だ」

 

 

朝食を全員で全て平らげ、空の皿がテーブルに置いてあるままではあるが、オリヴィエを含めるリュウマを愛している乙女達がこの場に全員揃っている。

リュウマのことは譲らないと言っているオリヴィエに対して、言うのを忘れてたと言う顔をしながらルーシィが切り出した。

 

その場に居る八人が、訝しげにしているオリヴィエの顔を真剣な表情を見つめていた。

何の話があるというのかと、雰囲気に当てられて警戒をしていると、思い掛けない一言を聞いた。

 

 

 

「リュウマの正妻はオリヴィエで良いよ?あたし達は別に一番じゃなくていいからさっ」

 

 

 

「…………は?」

 

 

ルーシィは屈託の無い笑みを浮かべながら…そう宣った。

 

何を言い出すかと思えば、正妻であるのは当然であるが…それをそう易々と認めるのか?と、言いたいことがあるが…先ずは何を以てそう言ったのか知るため、オリヴィエは顔を引き締めてどういう意味なのかと問うた。

 

 

「だってさ、あたし達は()()()()()()()()()()()()。別に他の人を蹴落とそうとか考えてないんだ。それに…オリヴィエって400年もリュウマが好きなんでしょ?流石にそこまでいくと愛に時間は関係ないなんて言えないよ」

 

「待て。私が聴きたいのはそんな事では無い。そも正妻なのは当然だ」

 

「いやすっごい自信…。で、聴きたいことって?」

 

「貴公等は…全員で寄り添い合うつもりなのか?」

 

 

一番でなくても良い…それはつまり、世間一般的に言う愛人関係でも良いということに他ならない。

 

時の流れは時代の移り…あのリュウマですら密かに時代の流れによる人の認識の相違性に困惑し苦戦していた、それはオリヴィエとて思うところはある。

ただ、昔は確かに愛人関係など三歩歩けば出会える程居た。

しかし今は…今の時代は如何だろうか?確固とした一夫一婦制は敷かれてはいない…条件を満たした者は愛人を囲ってもいい法律はあるものの、それでも世間の目というものもある。

 

400年前の人間であるオリヴィエからしてみれば、今の時代等何も思うことは無いが、今の時代を生きている目の前の少女達は如何だろうか。

何故そうも易々と愛人関係を認められるのだろうか。

 

 

「……今の時代を生きる貴公等は不満等無いのか。愛人だぞ、周囲の目というものを気にせんのか?」

 

「む?何故()()()()()()()()()()()?」

 

「オリヴィエ様。私達はリュウマ様をあ、愛しているんです」

 

「別に他の人なんて気にしないよ?だってそれこそが“愛”だもんっ」

 

「私達の想いは、世間の目が気になる程度のもので揺らぐものでは無いぞ。流石に舐めすぎだ」

 

 

オリヴィエは目を丸くして絶句した。

一昔前ならば愛人がどうのこうのという話は無粋だったものだ、それこそ妻と合わせて愛人が何十人も居る女好き等も居るが…今は時代が全く違うのだ。

領土争いや覇権を争って日夜戦争を繰り広げていた生粋の戦争時代とは違い、言い方を悪くしてしまえば生温くなった現代社会。

 

時には持ちうる武器がかち合ったという理由だけで殺し合いも不思議では無かったのに比べ、今では人を殺すということは大罪になるという。

なればこそ、伴侶を一人とせず複数人持つ、若しくはその複数人の内の一人となった場合、悪い噂の一つや二つはあるはずだ。

 

 

「……つまり要約すれば…貴公等は私に愛人を認めろ…と言いたいのだな」

 

「リュウマの事はもちろん大好きだけれど、私はオリヴィエとも仲良くしたいもの♪」

 

「……ハァ…貴公等のリュウマに対する想いは評価に値するのは認めよう。しかし、愛人に関しては保留だ。英雄色を好むという言葉があるものの、私はリュウマ・ルイン・アルマデュラを心底愛しているのだ。…是非は戦いに於ける貴公等の働き次第だ」

 

「問題ない。今回で全てを終わらせ、リュウマを無理矢理にでも連れ戻す」

 

「だから仲良くしよっ」

 

 

400年前とはいえ、オリヴィエという女は王であり、その立場上他人をそう簡単には信用等しない。

万が一という可能性を考慮するため、相手のことを調べて調べ尽くした上で有益か否かを決める。

故にオリヴィエはルーシィ達を信じてはいない、だが同じ愛する者としては認めてはいる。

 

まだまだ仲良くなるには好感度やその他諸々が足りていないが、それはこれから共に過ごして培っていけば良いというのが八人の出している答えである。

 

 

「話は変わるが…早速貴公等がどういう経緯でリュウマと出会ったのか根堀葉堀聴いていくとしよう」

 

「えっ…」

 

「き、拒否権は……」

 

「人権が欲しくないのか?」

 

「逃げ場ねぇじゃん……」

 

 

そういえばと、この者達がどういう事があってリュウマを好きになったのか知らないなと思い、オリヴィエは全員から事細かに詳細を喋らせるのだった。

 

 

「ほう…?それで?」

 

「あの…もう勘弁して下さいぃ……」

 

「全て吐け」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 

ルーシィやエルザやウェンディ達から、出逢いの話を全てゲロらせたその日の夜、オリヴィエは全員自分達の家へと帰らせ、彼女は建てた小屋の近くにある切株に腰を掛けた。

 

アルヴァとマリアから教えられたリュウマについての情報は膨大で、ほんの数日使った程度では到底消化しきれるものでは無い。

口頭で言われたものをオリヴィエ自身が紙に書き記していくことで、物質的に手元に置いておき、他のことをしている合間などを使って頭の中に入れておくことが出来るのだ。

 

そしてその情報量には目を瞠目するばかりだ。

流石はリュウマの実の父と母というだけあって、愛に正直に生きてアタックにアタックを重ねていたオリヴィエの知るものよりも遙かに多い…それこそ目から鱗とも言えるものであった。

アルヴァからはリュウマの使うであろう戦術に思考傾向、マリアからはリュウマの使用したのであろう動きや身体運びによる技術情報対する体術。

 

相手は世界最強になって尚、()()()()()()()()()()()()()リュウマ・ルイン・アルマデュラである。

奥の手のみならず奥の奥の手まで持って隠しているであろう賢明な男だ。

若しかしたら使う技術はこれだけではないかも知れない、若しかしたら今までに使った事の無い違う考え、そんなものをを編み出して実践し取り入れてくるかも知れない。

 

 

 

「だが……負けられない」

 

 

 

負けられないのだ、オリヴィエは負ける事が出来ない。

例えこの400年に於いて何度も敗北して苦汁を舐めさせられようと、最後に勝って手に入れさえ出来ればそれで良い。

 

相手は途方も無い程に強大だ。

唯一の対抗手段である純白なる魔力に合わせ、純白の双剣を使用しているというのに、オリヴィエはリュウマに一度も勝てた例しが無い。

それどころか、確実に世界トップ4である盟友のバルガスとクレアと手を組み、三対一という構図で挑んでも勝てなかった化け物(人間)である。

 

何時ぞやにオリヴィエはリュウマにこう言った、純白なる魔力と純黒なる魔力は、陰と陽のように、光と影のように、聖と闇であるように相対関係にある特異の力そのものであると。

その理屈で言うならば、聖に置き換えられるであろう純白なる力の敗北は、例えると勇者が魔王に負けているも同義である。

 

人の恐怖であり、破壊の化身であり、畏怖される魔王という存在は、その性質上光あるものに討たれるべくして存在している。

但し、それは普通であったならばだ。

 

聖を純白とし、闇を純黒とするならば、それは最早リュウマの持つ純黒はオリヴィエの持つ純白に負けるべくしてあるということになる。

では何故、純白(オリヴィエ)が何度も何度も挑もうと敗北を喫しているというのか?

 

言ってしまえば、彼は存在…いや、存在しているというだけで特異であるということ。

そして所持している純黒の刀が、その特異を更に増大させて最強(純黒)に召し上げているのだ。

彼に対して主人公による補正の力や、御都合主義による力というものは一切効かない。

それどころか御都合主義と言っても過言でもない(魔法)を使用してくるため、彼の方が余程理不尽だ。

 

窮地に立たされたが故に発現した力を使おうと、それの悉くを知らぬと言わんばかりに斬り伏せるのが彼であり、オリヴィエはそんな彼に最後になるであろう戦いを挑む。

 

 

『オリヴィエちゃん。すこし…いいかしら』

 

『相談に乗って欲しくてな』

 

「お義父様にお義母様が…私に?」

 

 

書き記した数多くの紙を束ね、一つの本のようにした本を読んでいたオリヴィエに、浮遊しているアルヴァとマリアが訪ねてきては、相談があると言ってきた。

思い掛けない相手に驚きこそすれど、余程のことでは無いと感じて真剣な表情を作り、本を閉じて脇に置くと佇まいを直した。

 

 

「私がその相談の内容に納得いくような解を出せるか分かりませんが、お義母様とお義父様の頼みとなれば断る理由がありません」

 

『勉学の途中で邪魔をしたようですまない。しかし、戦いの日は近い。だから今の内に訊いておきたかったのだ』

 

『私達では…知り得ない事だから……』

 

「…?」

 

 

二人して悲しそうな表情をするものであるので、此度の戦いに関するものではなく、アルヴァとマリアに関係するものであるということが分かる。

ただそうなると、内容がオリヴィエには分かり得ない。

先ずは相談なだけある内容の全容を訊こうと、オリヴィエはアルヴァに話の始めを促す。

 

少し迷ったような表情をした後、意味があるのかは分からないが深呼吸をし、何故リュウマが不死であるのかは知っているだろうと話から始まった。

フェアリーテイルに手を貸す代わりに出した条件の中に、リュウマに関する全てを教えて欲しいと言った事を皮切りに、最初に語られたのはリュウマの不死についてだった。

故にオリヴィエは、何故リュウマが不死となって400年もの間生きているのか知っているため、その問いに対して肯定した。

 

 

『私達はリュウマに…王であるあの子に酷なことをした』

 

『民を愛し国を愛していたリュウちゃんはきっと…国から全ての人が逃げ果せるまで国に残り戦ったでしょう…』

 

『それが当然だ。故の王だ…リュウマならばきっと、躊躇い無くその言葉を口にするだろう』

 

『でも…私達はそれを…あの子の意志を…覚悟を…王の在り方を否定して侮辱した…っ』

 

「……………。」

 

 

まるで咎人が己の過去に行った罪を懺悔するように、アルヴァとマリアは話を続けていった。

内容は他でも無い…リュウマが不死と成り果てた出来事…竜王祭最後の日…生かしたいが為に騙し欺き…未来へ跳ばした出来事。

民や国を滅ぼされ、王たった一人が残ってしまった悲哀の噺。

 

アルヴァとマリアは400年、愛する息子…リュウマ・ルイン・アルマデュラのこれまでを見てきた。

だからこそ考えてしまうif…未来へ跳ばさなければ、リュウマは王として本懐を遂げられ、哀しむ事など無かったのではないか。

 

 

胸が……張り裂けそうだった。

 

 

誰とも分からぬ煤汚れた羽根を手に取り、見たことも無い絶望に濡れる顔で絶叫する我が子が…。

 

 

何の感情も…強いて言えば狂気を内包する瞳で、原因たるドラゴンを只管に殺していく我が子が…。

 

 

あんな酷い事をしたのに…それでも、血で染められた己の手を使って、静かに涙を流しながらも手ずから墓を造ってくれた我が子が…。

 

 

生きようとも死のうともせず、其処にもう居ない父母に抱かれながら永遠の眠りにつこうとしている我が子が…。

 

 

絶望と虚無の末に諦めている我が子に、それでも人として生きて貰おうと、無理矢理にでも連れ戻させようとしている自分達の蛮行が…余りにも醜く思えてくる。

 

 

『ふっ…うぅっ……私達は…何をしているというんだ…ッ!』

 

『…っ……あの子に生きて欲しかっただけなのに…あの子は苦しんでいたっ』

 

「…………。」

 

 

オリヴィエは何も言わない。

 

 

虚無感に苛まれ、抜け殻のようになっていた我が子の事を、話し掛けることも出来なければ察知して貰えることも出来ないが故に、ずっと見守り続けてきて、溜めに溜めたものを吐き出しているのだろう。

 

幽体であろうと、感情を持っている不思議な存在に成り果てていようと、彼は…彼女は…親なのだから。

 

後悔を洗い流そうとしているように、溢れ出る涙を止めること無く話を続けていくマリアとアルヴァ。

頬を伝って落ちていく涙は、この世に何かを残すことすら烏滸がましいと言われているように、地に着く前に虚空に消える。

それが一層二人を最早人では無いと語っているようだった。

 

 

『オリヴィエ嬢…君の考えで良い、だが言って欲しい。私達の行いは…あの時の選択は…あの子を傷付けたと…!』

 

『私達は…あの子の良い親なんかじゃないって…!』

 

「……………。」

 

 

聞き終えたオリヴィエは、切株から腰を上げて臀部についた汚れをはたき落とし、未だに泣いているアルヴァもマリアに目を向けた。

 

オリヴィエもリュウマと同じく王であった。

それは大層人々から恐れられ、崇められた歴とした王であった。

だからこそ、アルヴァとマリアが善かれと思ってやった行いへの思いを口にすることが出来る。

 

 

「では言わせていただこう。()()()の行い…蛮行はリュウマ・ルイン・アルマデュラという男を侮辱し愚弄した」

 

『『……っ…』』

 

「彼は根っからの王であった。私も、盟友であるバルガスもクレアも王であった。しかし…彼はどこまでも純真な王であった。誇りを持っていた。王としての曲げられない矜持があった。

 

常に国をより良くせんと頭を働かせ、不利益が起きぬようあの人は他人に隙というものを晒さなかった。

大切なものに今何が出来るのかではなく、己に出来る最大最高を常に維持していた。

 

一度問うた事がある。

 

 

“貴方の一番大切なものは何か?”…と。

 

 

あの人は躊躇い等全く無く、逆に誇らしげに胸を張って答えたよ。

 

 

“何を愚問な。我に父上と母上以上のものなど存在しない”

 

 

…そう言っていたぞ。

 

 

清々しいまでに言い切った。

次に何がと問えば、それは国に住まう民であると答えた。

 

 

───────解るか?

 

 

人類に於ける最高傑作とも謂えるあの殲滅王が、何よりも優先されるであろう己の命に眼中無しな程、あの人は貴公等を愛していた。

 

 

嫉妬したさ。

 

 

嗚呼…それは嫉妬したぞッ!!

 

 

私がどれだけ愛そうと、あの人は死した貴公等を忘れず、それ以上に成り上がる事など出来ない!

貴公等はリュウマ()にとって、不変の存在なのだ。

 

 

だが…貴公等は何と言った?何と宣ったッ!?

 

 

否定して欲しい?罵って欲しい?良い親ではないと肯定して欲しい?……巫山戯るなよ…巫山戯るなァッ!!

 

 

どれだけ哀しみに暮れようと、どれだけ絶望の淵に立たされようと、あの人が貴公等を恨む筈が無いだろうッ!

己にも解るほど罪悪感を感じ、後悔しているならば思い返してみろッ!!

 

あの人が貴公等に向ける顔を!対応する態度を!全てそれ相応の存在として扱われていただろう!

その立ち位置に居て、居座っていて何故解らないッ!!

人を愛し愛されることを拒否するようなあの人が、唯一愛した存在なのだぞ!

 

……貴公等の判断は…行動の全ては相応しく無いものなのだろう、だが…間違ってもいない。

 

結果があの人の不死なのだとしても今がある。

幸せを願う事が、今のこの現状を指し示している結果なのだろう?

 

ならば迷うな…悩むな…己の行いを己自身が信じ肯定しろッ!!

 

 

それが……あなた方の出来ることなのですから」

 

 

言い終えた後のオリヴィエは、アルヴァとマリアに優しげな微笑みを浮かべていた。

流石は王であったオリヴィエの言葉は重く、鋭く、堅牢で、胸を暖かくさせた。

見守っている間ずっと思っていたが、話せる相手はいなかった。

己等はリュウマの実の父と母であるが故に、苦しめてしまった程度の重さが計りきれなかった。

 

涙を流していたマリアとアルヴァは、オリヴィエの言葉を胸に刻み込み、先程までの暗い表情を消した。

 

他でも無いオリヴィエの言葉なのだ、リュウマがそれ程まで自分達のことを愛してくれていたというのは明らかな事なのだろう。

ならばそんな自分達が出来るのは、自分達以上に愛してくれていたリュウマの、これから先の未来を作り上げてあげる事だ。

 

 

『ありがとう…オリヴィエちゃん』

 

『相手がリュウマなだけあって、私達も何かしら溜めていたようだ。お陰で決心した』

 

「いえ。私は思ったことを述べただけですので」

 

 

決心はついた。

後は、決戦のその時の為にと準備を進めるのみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…全く、お義母様とお義父様ときたら。今更あんなことを申さずとも、行い自体はリュウマを思ってのことだからこそ故に気負いせずともいいというのに……それよりも……」

 

 

晴れやかな顔をして消えていったアルヴァとマリアを見送ったオリヴィエ。

相談というよりも問答のようなものを終わらせてから、もう一度切株に腰を掛けて本を手にする。

読み耽って頭の中に記憶していく彼女は、本を持つその手を力ませて皺を作る。

 

 

「恐らく…これだけでは……足りない」

 

 

アルヴァとマリアから与えられた情報を、リュウマとの戦いに照らし合わせれば確かに打倒しうる()()()()()()()()だろう。

ただ、オリヴィエは何度も挑み敗北しているからこそ解る…教えられた全てをぶつけても…これだけでは勝てない。

もっと…もっと強力且つ、リュウマの度胆を抜くような奇抜にして奇策が必要だと。

 

何か無いか…必要になるのかすら分からないが、直感的何かが必要になると叫んでいる。

何か無いかと思考を巡らせていたオリヴィエはふと、腰に差している純白の双剣に目を向けて閃いた。

恐らく、分かる者がいればやろうとは…実践しようとは絶対に思わないだろう窮極の一手。

 

 

「あの力を……取り込むことが出来れば……」

 

 

オリヴィエは一人、真っ向からリュウマの全てを()()()()()()()()()思い付いたのだった。

 

 

 

 

 

 

その一手が戦いにどう影響を与えるのか……それは神ですら知り得ないのである。

 

 

 

 

 

 

 

そして───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様等は…我が思う以上に──────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勇敢なる人間達は──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────余程…愚かであったらしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殲滅王(化け物)と対峙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さぁ────最後の戦いが…始まるぞ

 

 

 

 

 

 

 

 

 







やはり……此奴等は我の前に現れるか…。


我は疲れたというのに…やらねばならぬことはまだ有るようだ。




さぁ蛮勇共よ───────




「最後の戦いだ。精々失望させてくれるな」






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第八七刀  開戦



我は唯……今は亡き民衆…父上…母上と共に生きていたかった…そんな小さく些細な願を持っていた。


もう……叶わぬ事よ──────





 

 

「貴様等という者共を見縊っていた様だ。訂正しよう、貴様等は正真正銘の大愚か者だ」

 

 

 

一ヶ月……これは最後の準備を終えるまでに掛かった時間。

 

少女達によるマリア直伝の特訓に精を出し、主に前線で戦うことになる男達は互いに相手をして研鑽を重ね、たった一ヶ月であろうと劇的な戦闘力の向上を遂げた。

全ての準備が整い、いざ遙か数千キロ先にある目的地を目指して早4日。

向かい到着する過程では何も起きず、者共は万全な状態で彼の者の前へと現れた。

 

現段階の最大感知範囲である、リュウマを中心とした半径一キロ内にオリヴィエが侵入した途端、彼は瞠目した。

有り得ない…どうやってあの封印をこの短期間で解いてきたというのか、掛けた本人だからこそ分かる封印魔法の凶悪さ、解除するには超高難度の難解さ、どれを取っても掛けた本人ですら正規の方法で解くのに苦労するものを…。

 

 

「───ッ!成る程…オリヴィエ、貴様の封印は解いたのではなく()()()()のだな?我の黒翼によって。しかし解せぬな…何故貴様の封印を解くことに至る。我の記憶操作を解くこと叶うのは貴様の魔力(純白)のみ…となれば記憶が無い状況下で我の黒翼に目を付け、更にはそれを使い貴様の封印を解く…不可解極まるな」

 

 

『オリヴィエ嬢。リュウマの記憶透過魔法が行われる。弾いてくれ。私達の存在をあの子に知られる訳にはいかない』

 

「(分かりました)…ふふっ…私にも色々有ったんだ。折角の作戦を筒抜けにされる訳にはいかん。記憶を垣間見るのは止めていただこうか?」

 

「チッ…」

 

 

会話の中で密かに魔法を使い、相手の記憶を覗き込もうとしていたリュウマだが、それを事前に察知していたアルヴァの機転によって防がれた。

最後の戦いにはアルヴァとマリアも来ている。

アルヴァは主に部隊に作戦を送り、マリアは()()()()リュウマの攻撃の対象法を教える。

リュウマのほぼ全てを知っている二人がいるということは、どれだけ優位に立っている事だろうか。

 

本来ならば、実力の一割も出すこと無くフェアリーテイル全員を倒すことが出来るリュウマのことを、外野からの攻略法に従えばやられることも無く同等に渡り合えるのだ。

しかし、それはアルヴァとマリアの指示に従った場合に限るので、特に人の話を聞かないナツには全員で指示に従うようにお話しをされた。

 

 

『陣形を組め!ウェンディ嬢とシェリア嬢は後方へ!それ以外の者達は真ん中の中立地点!オリヴィエ嬢は最前線にてリュウマとの戦闘を!中立の者達は隙が出来た時にのみ絞り攻撃を許可する!』

 

「オレも最前線で戦わせろ!!」

 

「…ッ!?このバカ!!」

 

「…?……何者か居るのか…なァ?ナツ?」

 

 

アルヴァの声というのは、この場で唯一リュウマにだけは聞こえていない…いや、()()()()

だというのにそのアルヴァの声に反論をしたナツは、突然虚空に叫んだということだ。

ならば叫んだことの内容的に考えられる考えは一つ、ここではない者から指示を受けているということに他ならない。

 

早速と言わんばかりに、アルヴァとマリアの指示を聴きながら絶対に返答してはならない…という決まりを破ったナツ。

流石は人の話を聞かない男だ…と、流石のアルヴァも青筋を浮かべたところで、背後に居たグレイとエルザに殴られた。

何すんだと怒りを撒き散らすナツに、何のための戦いか思い出せと、更に巨大な怒気と共に上げられたエルザの言葉に、ナツはバツが悪そうな顔をして謝罪した。

 

だが、やってしまったことはもう遅い…リュウマは魔法を使ってフェアリーテイルやその他の者達に繋がっている魔力を逆探知しようとしているが当然見つけられず、ならば近くに居るのかとナツが叫んだ方向に向けて視線を向けて、視力強化を行うもやはり見つからない。

 

見つけられない…それに不可解さを覚えたリュウマは訝しげな表情を作り、これ以上の詮索は拙いと捉えたアルヴァは、これ先には気をつけるようにと皆に釘を刺した。

 

 

「まぁ…良い。何があろうと貴様等に勝機は無い」

 

 

一端不可解なことは置いておき、先に目の前の奴等を倒してしまおうという考えの元、リュウマは右腕を空に掲げるように構えた。

 

 

『──────ッ!!オリヴィエ嬢!!この場全員に強化魔法を!!お前達は上に注意しろ!リュウマは最初、大勢居る敵に対して絨毯爆撃を行う癖がある!この場合は─────武器の雨だッ!!』

 

 

「─────『奮い立て我が同胞(ラルト・テンフラッチェ)』ッ!!」

 

「─────『殲滅王の遺産(ゲート・オブ・アルマデウス)』」

 

 

オリヴィエによって身体能力であり魔力であり、ほぼ全てにおいて当人達の限界まで強化された。

本来ならば、降り落ちてくる雨の如き武器達に為す術も無くやられていただろう…だが、オリヴィエの強化によって動体視力も極限まで強化され、凄まじい速度で迫る武器達を視認した。

何度も何度も練習を繰り返すことで、オリヴィエは完璧に強化魔法を修得していた。

 

性質上常に魔力を消費し続けているものの、それはこの際に於いては無粋で野暮というものだろう。

持ちうる莫大な魔力は消費されようとも、それはオリヴィエからしてみれば微々たるもの以下であるというもの。

 

降り注ぐ武器の流星群をある者は避け、ある者は弾き、ある者はいなす…誰一人被弾する事無く全て躱しきり、其処ら一帯には数多くの武器による衝撃により地が削られている。

まさか躱しきるとは思っていなかったリュウマだが、それ以上にオリヴィエが他の者に強化を施したことに瞠目していた。

 

見れば一目瞭然であるが、やはりオリヴィエはフェアリーテイルやその他のギルドから招集されただろうとトップレベルの魔導士達、それらと手を組み今度こそ倒さんとしているのが見て取れた。

 

 

「貴様は必ずや来るとは思っていたが…此程早々に来るとは思わなんだッ!!」

 

「言ったはずだ…私は諦めないとッ!!」

 

 

最早降り注ぐ武器に目を向けること無く、最小限の動きのみで躱しきったオリヴィエは、踏み込んだ衝撃で地面を陥没させながらリュウマの元へと突き進み、リュウマもそれに対するように駆け出した。

 

 

「───────ぶぐッ…!!」

 

「───────ぐがッ…!!」

 

 

オリヴィエの右拳が、リュウマの左拳が、互いに交差させるように通り抜け、二人の顔面にそれぞれ固く握り締めた拳がめり込んだ。

打ち込まれた顔が後ろへと仰け反る。

それでも膂力の限りを尽くして打ち込んだオリヴィエが打ち勝ち、未だ封印を解放していないリュウマは競り負けた事により、殴り飛ばされて後方へと吹き飛んでいった。

 

空中で柔らかく一回転しながら危なげなく地面へと着地し、殴られた衝撃によって歪んだ左側の顔を元に戻すため、自己修復魔法陣を一瞬だけ刻んで修復した。

 

 

「貴様が愚か者共に施した魔法による強化では、今の我では戦闘に成り得んな。……封印第一から第六門までを一斉解放」

 

 

元から膨大な魔力を持っていたというのに、それは最初期の時点での魔力でしかない。

封印を一気に解放したリュウマの魔力は、先程とは比べ物にならない64倍の大魔力となった。

いくらオリヴィエによって強化されようとも、感じ取れる魔力に変わりは無い。

膨れ上がる気配と存在感、そして圧倒的なまでの魔力に、冷や汗を流しながら構える。

 

全身から迸り、あまりの魔力量に可視化出来る程となった純黒なる魔力を身に纏うリュウマは、前に居るオリヴィエと睨み合う。

そして視線が合う事数秒…二人が居た場所が爆散した。

 

次に二人が現れたのは丁度中間地点の場所。

駆け抜けながら召喚したのだろう大剣を叩き潰さんと振り下ろしているのに対し、オリヴィエは腰に付けていた純白の双剣をその手に持って交差するように持って受け止めていた。

合わさっている武器の刃から火花が散っていたものの、武器同士による拮抗はリュウマの大剣が負けた。

 

純白の双剣は純黒の刀同様、何で形成されているのか解らない武器…だが特出すべきはその切れ味と耐久性にある。

どれだけ乱雑に扱おうとも罅が入ることは愚か、曲がりもせず錆びもしない。

折れること等以ての外である純白の双剣は、かち合わせた大剣の刃を斬り裂いていく。

 

刃が半分まで斬り裂かれたところで、オリヴィエが全身を力ませて一気に押し切った。

豆腐でも斬ったかのように抵抗無く大剣は両断され、その先にあるリュウマの首に向かって吸い込まれるように斬り向けられた。

 

オリヴィエは元からリュウマのことを殺さないようにという甘い考えの元動いてはいない。

文字通り殺す気で一太刀一太刀を打ち込んでいる。

殺気の宿る刃はリュウマの首を、先に断たれた大剣と同じく両断されようとしたが、その寸前で純白の双剣の刃と首の間に盾が乱入した。

二人の中間地点の上に黒い波紋が形成され、そこから盾が一つ送り込まれて刃を数瞬とはいえ阻んだ。

 

 

「スゥッ……フンッ!!!!」

 

「…ッ!!それ相応の耐久性を持っていたのだがなッ」

 

 

盾に刃を合わせたオリヴィエは、そこから更に力を籠めて剣を押し込み、先程と同じように抵抗無く盾は斬り裂かれて真っ二つとなり、振り切った双剣から衝撃波が飛ばされて斬撃となってリュウマを襲った。

来ると分かっていたリュウマは上半身を仰け反らせて回避し、避けられた斬撃は後ろの森に生える木を数百本を扇状に伐採し倒した。

 

リュウマの体勢は今、大きく崩れている。

普通ならば即追い打ちを掛けるであろうが、オリヴィエはそれをせず敢えて後方へと下がった。

訝しげにしたリュウマは、確実に追い打ちを掛けてくるだろうと思っていたのに出鼻を挫かれた。

 

大きく仰け反って回避したリュウマに、もしそこで追い打ちを掛けるべく迫っていたとしよう。

するとリュウマは後ろへと傾く運動エネルギーに逆らうこと無く身体を曲げ、両手をついた後バク転の要領で脚を振り上げてオリヴィエの顎を蹴り抜こうとした。

カウンターを完全に見切られたことに、よく分かったなと感心したものの、背後に居る者の気配を読み取った。

 

 

「──────『火竜の咆哮』ッ!!」

 

「──────『鉄竜の咆哮』ッ!!」

 

「ムンっ!!」

 

 

二人同時による咆哮ブレスは混ざり合って規模を大きくし、飛翔して避けようとしたリュウマだったが、地面が手の形を作って足首を掴んだ。

不意を突かれたことによって逃げ場を失ったリュウマは、背に携える3対6枚の黒白の翼で自身の身体を覆い隠す。

ジュラの土を硬くさせる魔法によって鉄以上の硬度となった土が回避の為の行動を制し、混ざり合って巨大な魔力の奔流となった咆哮(ブレス)は易々とリュウマの姿を呑み込んだ。

 

真面に入ったと安心した途端、一部は熔けて一部は杜撰になった岩が砂煙を巻き上げていたが、それが晴れるとリュウマの全容が見えてくる。

ダメージ等負っている筈も無い。

翼で身体を護ったことにより、黒翼による破壊の力を使うまでも無く、単純な防御力で耐えた。

 

 

「効かぬ効かぬ。まるで効かぬわなァ…」

 

「おいおい…アイツの翼硬すぎんだろ!」

 

「おいガジル。ちゃんと攻撃しろよ」

 

「やってるわ!オメェが手を抜いてンじゃねぇのか!?」

 

「ンだとコラァ!?」

 

「言っておくが、我は隙を見逃さぬぞ」

 

 

額をぶつけ合って喧嘩しているガジルとナツに影が落ち、距離を一瞬にして詰めたリュウマは腕を揮った。

衝撃で暴風が吹き荒れ、衝撃に曝された者達は顔を腕で守ってやり過ごし、たった腕の…それも無雑作な一撃でこの威力かと冷や汗を拭う。

衝撃による風が止み、攻撃を受けたであろうナツとガジルの方へ目を向ければ何も無い。

 

まさか、今ので分解されてしまったのか、粉々にされてしまったのだろうかと思っていた矢先、ナツのマフラーとガジルの裾を掴んでいたオリヴィエが別の所に現れ、二人を無雑作に投げ捨てた。

これだから単細胞の阿呆は困る、そう口にしながらリュウマに向かって行くオリヴィエに、感謝の言葉の前に単細胞生物呼ばわりに対して二人は憤慨していた。

 

走り寄って双剣を左右から振り下ろして斬り込んだオリヴィエに、魔力障壁を張るが意味を為さず。

紙を切り裂くようないとも簡単に切り飛ばし本体を狙う。

紙のように防御を突破されようと、刹那の時間を手にした為に背後へとハックステップして距離を取る。

そんなリュウマの背後には、天輪の鎧を身に纏っていエルザが両手に剣を持った状態で構えていた。

 

 

「─────『天輪・五芒星の剣(ペンタグラムソード)』っ!!」

 

「─────『五軌(ごき)』」

 

 

放たれた五芒星を描く斬撃に合わせるように、召喚した何の変哲も無い刀で五連撃を放ち相殺。

続け様に斬り込もうと脚を踏み込んだ途端、その場から大きく跳躍して回避行動を取った。

数瞬後には氷で造られた矢と、光の塊で形成されている矢がリュウマの居た場所の土に刺さっていた。

 

グレイとサジタリウスの星霊衣(スタードレス)を身に纏うルーシィが弓を手に、攻撃されそうになっていたエルザの援護に入ったのだ。

絶妙なタイミングで邪魔が入ったことに、リュウマは面倒な連携だと舌打ちをしながら思い、数十メートル後ろに着地した途端体勢を大きく崩した。

 

 

「────ッ!?重力…魔…法…かッ」

 

「ライブラ!そのままリュウマ様の周りの重力を100倍に!」

 

「了解」

 

「申し訳ありません師匠。しかし、そこから動かないで頂きたい!!」

 

「私の純白の魔力で覆い補助をしている以上、その重力魔法はそう簡単には解かせないぞ」

 

 

ユキノの契約している星霊であるライブラは、民族のような衣装を着て両手に天秤を持っている女の姿をした星霊であり、彼女は指定した範囲内の重力を自由自在に変える事が出来る。

1年の弛まぬ強さの更なる向上と、1ヶ月間の鍛練によって重力を最大で100倍にまで付加させる事が出来るようになっていた。

それだけでも凄まじい重力が襲っているというのに、他にもカグラの重力魔法も合わさって、彼の周囲の重力が300倍に引き上げられていた。

 

脚の筋肉が盛り上がり、常人では先ず耐えられないであろう超重力力場の中で、魔法を解除しようとしたところでオリヴィエの補助が入った。

カグラとユキノのみの魔力であれば、彼の純黒なる魔力を使用して塗り潰し、瞬く間に魔法そのものを解除出来たであろうが、オリヴィエの魔力が絡んでくるとそう簡単にはいかない。

 

解くのに如何しても少しの時間を使ってしまう、その少しの時間の間に、カグラはリュウマの懐へと躍り出ていた。

 

 

「師匠直伝──────『震撃(しんげき)』ッ!!」

 

「……ッ……くっ…!」

 

 

カグラの持つ刀の名は震刀(しんとう)揺兼平(ゆれかねひら)という名で、名を見れば恐らく殆どの者が予想つくであろう震動を生み出す事が出来る刀だ。

これは一年前の大魔闘演武の競技の最終日、当時カグラが持っていた怨刀・不倶戴天に理性を持っていかれ、原因たる刀をリュウマが破壊したことにより、代わりとしてカグラへ与えた刀である。

切れ味もさることながら、刀は魔力を流し込まれる事で細かく微細な超震動を起こし、元の鋭い切れ味を更に増幅させ、超震動カッターのような役割を担っている。

 

刀に魔力を流し込み、刀全体を超震動によって衝撃のエネルギーを蓄え、鞘から刀身を抜くこと無く、腰から鞘ごと引き抜いて刺突の構えを取る。

そのまま鞘の切っ先を使って正確にリュウマの鳩尾を狙い、鞘だけで穿つように突き入れた。

 

突き込んだカグラの手には、鞘を震動させている衝撃以外に、リュウマの身体を突いたときの反力が伝わっていた。

手に伝わる感触を正直に言ってしまえば、それはまるでカグラの力でも砕けない堅固な大岩を突いたカのようなものであった。

質量からして別次元のものに攻撃したかのような手応えに、顔に少しの困惑の表情を浮かばせながらも、どうにかリュウマを弾き飛ばした

 

 

「チッ…よもや使い熟すか…!」

 

「余所見をしている暇は与えんぞ?貴方よ!!」

 

「────────ッ!!」

 

 

飛ばされた先に居たのはオリヴィエだった。

真っ直ぐ背中を向けながら向かってくるリュウマに、相当なものを打ち込んでやろうと半身になって構えた。

身体を後ろへと捻り込んで、身体を形成する筋肉を軋ませ、振りかぶったことで視界から消えてしまっているリュウマの位置は、己の耳を頼りに風を切る音で判断する。

 

左手を添えて固く握り込んだ右拳に結集するのは、リュウマの持つ純黒なる魔力に対する純白なる魔力。

白く輝く魔力が光を放ち発光し、大きく膨れ上がるそれを圧迫させて抑え込み、凝縮させることで威力を更に上げる。

急いで背後へと振り返ろうとしているリュウマの背に、身体に拳を突き立てる思いで揮った。

 

 

「──────『四肢へ響き渡る衝導(ゼノム・インパルス)』ッ!!」

 

「かッ…は…ッ!?」

 

 

寸分の狂いも無く打ち貫かれた身体。

背後からの突き抜け浸透する衝撃は、五臓六腑に響き渡り、特に肺を大きく揺さ振った。

下手をすればこれだけでも十二分に絶命せしめるであろう攻撃に、身体の中を駆け回る衝撃を受け流す為、空中から急遽地面へと足を付けた。

 

全身から足を橋とし受け流され陥没した地面。

束の間の激痛ではあったものの、それはオリヴィエに対しての痛恨な隙を作ったに他ならない。

目の前には既に、両手に双剣を持って構え終わり、剰え既に双剣を揮っている彼女。

直感に従い、食らえば一死…確実な回避は既に間に合わない。

 

では如何すれば良いのか?

 

 

 

───────避けなければ良い。

 

 

 

上から振り下ろされる純白の双剣。

刀身に触れること無いよう、その場の地に両手を付いて体勢を逆転させた。

アクロバティックな動きから繰り出された蹴りは、刃に脚を当てること無く、狙い通りオリヴィエの右手首を砕いた。

砕かれた事と痛みにより、握っていた右手の剣を取り溢してしまうオリヴィエだったが、気にするかと言わんばかりに左手に持つ剣を尚振り下ろした。

 

放った蹴りの力を利用して瞬時に体勢を元に戻したリュウマは、目と鼻の差にある剣を紙一重で躱し、伸びきっている左腕を掴んで彼女の左腕を軸に投げ飛ばした。

砕かれた右手首が既に治り、上下逆転している視界を映している瞳でオリヴィエが見たのは、黒い波紋を出して刀を手にし、腰を落として鍔を左手親指で持ち上げ、鎺を覘かせているリュウマの姿だった。

 

 

『──ッ!?いけないっ。全員今すぐ思い切り跳んでっ!』

 

 

今の状況、リュウマの寄越す視線、感じて貰えずとも感じ取れる剣気…それらを正確に読み取ったマリアは、それは拙いと声を張り上げた。

 

 

 

 

「絶剣技──────『崩扇華(ほうせんか)』」

 

 

 

 

鋭い風切り音が一度鳴った。

 

 

疑問に思うよりも早く、マリアの鋭い号令に従い、その場で出来るだけ高く跳んだ者達は()()()()()()()()

周りに居る者への無差別な広範囲攻撃。

刹那に抜刀されて生み出した斬撃が円状に放たれ、宙へ跳んでいなければ今頃、高さを顧みるに上半身を分断されていたであろう一閃。

 

しかし、これは所詮宙へ避けさせる為の囮。

元から避けるということは()()()()()彼は、回避行動が限られるか若しくは回避する為の手段を持ち得ないか、それらを考慮しつつ戦力そのものを一度分断する為の攻撃を今放った。

 

 

『オリヴィエ嬢。リュウマはこれから2秒の溜め行動に入る。それまでに攻撃を入れて戦力分断を防いでくれ』

 

「そう易々とやらせんッ!!」

 

「───ッ!チッ…!!」

 

 

たったの一刀で相手をばらけさせようとしていたリュウマの手を、アルヴァは既に見切っていた。

そんなことはお見通しだと言っているような笑みを浮かべて指示を出し、オリヴィエは大きく息を吸い込もうとしていたリュウマの元へ、弾かれた双剣の一本を手元に引き寄せ、揃った双剣をリュウマと反対側へと向けて魔力を放出した。

 

爆発的推進力を得たオリヴィエが迫ってくることに、行おうとしていた手の内を曝かれたということを悟り瞠目する。

空気を吸い込む動作をしようとした所で向かってきた為、途中で止めざるを得ない事となり、莫大な速度を落とすこと無く向けられた蹴りに両腕を重ねて受け止めた。

 

受け止めた腕から、無視していられるようなものでもない、みしりという音が奏でられる。

それだけでも、受けた腕に相当の付加とダメージが入ったと予測されるであろう状況に、オリヴィエの魔力放出による加算も掛けられてその場から飛ばされる。

物理法則に則り、受けた両腕及び胴に流れるように付いてきた頭と首、そして脚が追い付けず前に追い遣られくの字になる。

 

 

──────…ッ!…あのオリヴィエが他者との連携に身を流すか…何が彼奴を其処まで変えたのかが解らぬが…我との戦の前に準備は整えていたのは窺える。唯解らぬ…理解出来ぬ事があの先読み…我の思考による行動を読み取り、剰え我の攻一手を知り尽くしているかのよう…ナツが虚空に叫んだのを判断材料に加えれば協力者及び観察者が居る事は必定…。しかし我の放った探知魔力に反応せず、かと言って彼奴等と言の葉を支わす魔法の魔力痕跡すら無い。……不可解だ。何故見付けられぬ。何故我の行動を読むことが出来る。何故──────初見の筈の技をこうも完璧な時機で避ける事叶うッ!!

 

 

彼の疑問が尽きることは無い。解明されない限りは不可解さとして頭の中で巣くい、況してやそれが戦闘に大きく関わる事なれば、それはもはや無視していいものであろう筈も無い。絶剣技・『崩扇華』…見た目では何の変哲も無い納刀された状態からの抜刀に繋がり居合となるであろう姿勢。しかし放たれればそれは間違いであった事に気が付き、その瞬間には既に事切られている絶技。囲まれていれば真正面への攻撃だと気が緩んだ背後や側面にいる敵に、絶死の一撃を届ける筈が、まるで円での斬撃だと()()()()()()()()()()()()()避けられた。妖精の尻尾(フェアリーテイル)は疎か、オリヴィエにすら放った事も無い技を。

 

オリヴィエの攻撃に曝されて吹き飛ばされている中、彼は聡明な頭脳を以て原因を模索する。だが見付けられない。彼の魔法は万能にして絶対だ。よくある『悪い魔女の魔法によって、王子様は小さいネズミに変えられてしまいました』何ていう御伽噺の魔法も、彼にかかれば指一つ動かすこと無く行える。それどころか彼ならば動物などの有機物では無く、石や砂等の無機物にすら変えられる。しかし、他者からしてみれば究極の万能性が有る魔法を使っているのに、彼は原因を突き止めることが出来ないでいた。先程からそれが気になってしまって仕方が無い。口ではもう良いと言ったが、実際はこうも戦いに身が入らないでいるのだ。

 

 

その葛藤が既に──────アルヴァの思惑の内の一つだと知りもせず。

 

 

 

「…………神器召喚──────」

 

 

 

『ん…?あれは……何とも面倒なモノを……』

 

『あれって結構万能なのよね?』

 

『確か“楯”が最も厄介だ』

 

 

距離にして200m程弾かれた後、リュウマは背の翼を使って空気抵抗を作り出し減速した。着地に必要な体勢を取り直して足を付け、地を多少削って獣道を作りながらも危なげなく降り立つ。次いで行うのは武器の呼び出し。彼が呼び出す武器の中で、消費魔力も高ければ性能も普通の刀剣等に比べて天地の差がある程のもの。普通の召喚の最上位の神器召喚。止める間もなく呼び出された武器のそれらは、半透明な色であるクリスタル状でありながら、その傍らでは美しく粒子が舞い、幻想的な絢爛さを見せる。それらは各々が武器の形を為しており、一つ一つに膨大な魔力を持っている。数は多くも十三である。

 

一つとてばらけて何処かに行くでもなく、召喚された十三の武器はリュウマの周りを回り続ける。まるで王を守護する騎士を彷彿させながら幻視する。だが実際それらの武器は騎士の使っていた武器では無く、こことは違う世界に於いて一国を治める国王が手にし、戦争で使っていた崇高な武器である。

 

 

 

「──────『未来王の懐十三証(ファントム・ルシス)』」

 

 

 

『一つ一つが異なる能力を持つ武器を、常に自身の周りに展開する事が出来る神器だ。気をつけろ。手に取る武器を見て私が何が来るのか判断し、マリアが技を見切る。お前達はその指示に従え』

 

 

十三の武器が常にリュウマの周囲を回り、隙を突くことが出来なくなった。元々隙等無いに等しいものではあったが、これでは背後からの攻撃を躊躇ってしまう。武器は展開されているものが独りでに何処かに行くことはない。使う時は必ずリュウマが指令塔として指示を飛ばさねば動かず、今のように回り続けているだけに留まる。但し逆を言えば使う時は全てリュウマの指示の元に動くということであり、武器を使うことに関しては右に出る者は居らず、手に取る武器を己の身体の一部のように扱う事が出来る彼が揮うということだ。

 

何をやられるのかまだ分からない。彼は唯、武器を召喚してからその場から動かず、警戒して各々が構えている者達へ視線を投げているだけである。動きはしない。だが、動かずにいるということではない。双眸のみを動かして大方の人の立ち位置を確認したリュウマは動いた。回り続ける武器から一つ無造作に引き抜いて実体化させる。クリスタルで構成されていた剣は彩られて武器本来の姿を晒す。

 

十三ある内の一つの武器を手に取った。それだけでも警戒心を全振りするほどの事。何をしてくるのか。若しかしたら一気に駆け抜けて斬り付けてくるかも知れない。そんな思いがこの場の者達の頭を駆け巡る最中、件の彼が取ったのは投擲の姿勢。斬りに来るのではなく投げの姿勢。では誰が狙われたのかという考えが浮かび上がった刹那。右手に持った剣を後ろへ腕を持っていき大きく振りかぶった。左脚を前に出して強く踏み込み、地面に罅が入りながら腰を捻って力を伝え…投擲した。

 

武器を投げる。それは愚策であると言われる一方でとても効率の良い方法でもあると謳われている。例えば槍。投擲の代表格とも言えるであろう槍はその形状上、投げるという分野に関しては他の武器よりも頭が一つ二つ飛び抜けている。槍は投げやすく刺さりやすい。だがそれを言うならば他にもナイフ等も有る。所謂投げナイフというものがある以上、武器は手に取り相手を追い込み打破するために使うだけに非ず。武器は()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()。それの一つが投擲である。

 

投げられた剣は重力を知った事かとでも言うように只管直線に進んだ。であれば進んでいる延長線上に居る者に被弾することは必定であり、避けるなり何なりしなければ串刺しになる。幸運(不幸)にもそれの第一人目であるグレイと、その後ろにいた第二人目リオンが少々焦ったように回避行動を取った。前に居るグレイよりも比較的距離が離れていたリオンは、直ぐに横へと転がるように避けの行動を取ることで、武器の通るであろう範囲から退避した。問題のグレイは少し遅れた。投げたのが他でも無いリュウマとなれば、投擲された剣の速度は相応のもの。

 

 

「────ッ!!アイスメイク・『(シールド)』ッ!!」

 

 

急ぎ気味に造形速度にものを言わせて盾を造り出した。一年前ならば盾は盾でも、今と比べてそう大したことの無い強度の物しか造れなかった。だが今は違う。この日のためにと一ヶ月みっちりと修業と鍛練を行ったことにより、兄弟子のリオンとの研鑽の果てで更なる高みへと辿り着いた。以前よりも早く、瞬く間に展開された盾は厚みを増やしつつ氷を内側へ凝縮することにより、見た目以上の質量と強度を併せ持つ。だが…それでも投擲された剣を止めることは叶わなかった。

 

展開された氷の分厚い盾を紙のように斬り抜け、グレイの顔の一寸ばかり横を通って行く。次の標的にされたのはジュラだった。聖十大魔導士である彼の扱う魔法は土を自在に操り固くするというもの。長年そんな魔法を恵まれた膨大な魔力と共に扱うことによって比類無き強さを見せ付けてきた。彼は柔らかい土であろうが固くし岩鉄に変えることから岩鉄のジュラとも謳われているが、何も攻撃ばかりでは無い。

 

大魔闘演武での種目で、正当な種目を続行することが出来ないと判断された時、仮に用意されたのが魔法に籠められた魔力を測る装置だった。同じ種目に出ていたエルザの旧友が400代を出し、中には3000代を出す猛者も居る中で彼が出したのは8000オーバーである。聖十大魔導士としてそれ相応以上の力を持つ彼が使う魔法は汎用性が高い。攻撃に使うことが出来れば盾に使うことなど容易い。早速とばかりに土を隆起させて複数のブロック状の岩鉄を重なり合わせ、一つの壁を造り上げる。グレイの盾を突き破って来たとはいえ、流石に止められるだろうと思っていたジュラ。しかしその考えは直ぐに飛び去る事になる。

 

一度防御の壁を突き破っておきながら、聖十大魔導士であるジュラが造り上げた防御壁をも易々と突き抜けていったのだ。唯の投擲では有り得ない程の貫通力。どうなっていると辛うじて反応して避けたジュラは瞠目する。そもそも、止めようと思うこと自体が誤りであるということに気が付かない。飛んでいるのは王が使っていた崇高にして絶大な力を持つ武器。そんなものが普通の武器と同じ切れ味な訳が無いのだ。

 

投擲された武器は進む進む。止めようと奮起になって壁を造ろうにも貫通して防御を無視し、遂にはアルヴァの指示によって後衛を任されていた、リュウマとは真逆の位置故の一番遠い所に居たウェンディの元まで飛んできていた。速度は殆ど劣らされる事無く、剣は真っ直ぐにウェンディに向かっていく。だが流石にずっと飛んで来ては仲間達が一様に避けているものに当たる訳が無く。況してや壁を突き抜けてここまで来た武器を受け止めよう等とは間違っても思わない。ここは余裕を持って避けておこうと、身を念の為に三歩分横に移動した。

 

武器は真っ直ぐに飛んできた以上、範囲内から外に出られたことにより剣はウェンディの横を通過していった。まさかここまで飛んでくるとは思ってもみなかったウェンディは、特に何も無かったことに少しばかり吐息を吐く。気を取り直して今はリュウマとの戦いに集中しようと、むんっと気合を入れ直して目線を前に戻した時…リュウマはそこに居なかった。代わりに──────()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「──────『賢王(けんおう)(つるぎ)』」

 

 

 

 

「ぁ……」

 

 

振り向く時間があるはずも無い。前には自身に向かって振り向き、表情を驚愕に染め上げ、次いで焦ったように叫んでいる仲間達が居る。アルヴァも避けろと言っているようだが無茶を言う。マリアは上からの斬り下ろしが来ると言っているが、生憎避けるほどの猶予が無い。振り向けることすら出来ない、まるで時間が止まったように遅緩する世界で、ウェンディは死を悟る。いくら何でも仲間だったから…共に苦楽を共にして笑いあった彼だから。大好きな彼だからというものが有っても、彼は確実に自分を斬るだろう。殺意とは違う剣気が物語り、明確なイメージを抱かせる。剣は振り下ろされて自身の右肩から左脇腹に掛けて袈裟に斬られる。分からないがそれだけは確信した。

 

シフトという特殊な能力により、投げた武器の元へと転移する力により、リュウマは最も離れていたウェンディとの距離をゼロにした。そして手に持つ剣はそのシフトしてから第一撃目が最も強力なのだ。人が油断しているところに正確に攻撃に転ずる。今がまさにその状態を現し、ウェンディは完全に出遅れて回避も防御も罷り通らない。リュウマは女であろうが子供であろうが、老成しているご老体の者であろうが躊躇いが無く容赦が無い。だからこそ目の前に背中を曝しているウェンディに振り下ろす剣を間違えるはずも無い。

 

真っ直ぐ飛んで行っていただけの剣の筈が…既にそれは死神の鎌と成り果てていた。

 

 

 

「──────…一人目」

 

 

 

 

無慈悲の刃がウェンディが直感したように右肩から左脇腹へ斬り伏せるように……振り下ろされた。

 

 

 

 

 




途中で気が付いた方はどれ程いますかね?

途中で私の文の書き方を変えたんですよ笑

どうな風にかと言うと、文の最後に『(まる)』を設けた後に、文の続けて書いてるんです。
何時もの私ならば改行しているのですが、やはり文も練習あるのみなので、読みやすいか読み辛いか、教えて頂けると嬉しいです。



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第八八刀  父の誇る最大の強み



我の力は異質だった。


物心付く以前より内包し、我の中に眠り続け、発現の時を待つ。


一度(ひとたび)使用すれば、その力は嫌にも理解させられるだろう。


故に我は使用を己に禁じた。




───────父母に嫌われたくなかった。




今やそれでも愛してくれた父上に母上も居ない。






我は如何すれば良いのだ(誰か我に教えてくれ)──────




 

人の魂を刈り取る、死神の鎌と化した剣が振り下ろされる。遅緩する緩やかな動きの世界で、ウェンディは確かな死を覚悟した。流石に本当に殺されるということはないにしろ、致命傷に至る傷を負うのは確信していた。揮われる剣筋が、狙われている以上解ってしまうのだ。

無防備な背後からの突然な奇襲。リュウマの呼び出した武器のみが使用を赦される特殊能力たるシフト。投げ付けた武器の元に使用者が転移する事が出来る。線での移動ではなく、点での移動なためタイムラグなど存在せず、ウェンディのように刹那に背後を取られるということは何も珍しくは無い。

 

剣が振り下ろされた。鋭く強靱に鍛えられた至宝の剣を肌で受け止めることは出来ない。況してやそれがこの場に居る者達の中でも最年少であるウェンディともなると、身体が完全に作り上げられておらず、柔い部分も多々ある。斬り付けられれば当然肌は切れて血も流れる。避けるには既に遅すぎ、防御にも間に合わず、例え間に合っても防御しきる自信等は皆無。身近で見てきたからこそ分かる彼の剣裁き。

心の中で他の仲間達へと謝罪し、早々のリタイアとなることに目を瞑った。焦った仲間達の声を聴き、もっと彼の動きを注視しておくべきだったと反省した。

 

皆の視線を集める中、森に囲まれたこの場所に激しい血飛沫が上がった。真っ赤なそれは血潮に間違い無く。世に生き蔓延り跋扈する人間の身体に流れるもの。

 

悲鳴が上がる。女性陣の内の誰かの声なのだろう。対する男性陣は、どうにかしてウェンディを助けようとしていたが為に目を逸らすこと無く見ていた…その一連の結果と過程を。顔を蒼白くさせながら見ていた者達は瞠目する。それに例外無く、その中には()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

赤く紅く朱い血飛沫が噴水のように上がる。斬り裂かれた。断ち切られたからこそ宙へと舞う右腕。それの元の持ち主はウェンディか?…否。

 

 

「─────ッ!?何…!?」

 

「ぁ…」

 

 

「…っ……ハァッ……間一髪だ。相手を誰だと思っているんだ小娘。リュウマの行動の全てに注視しないか馬鹿者」

 

「オリヴィエ…さんっ」

 

 

斬り飛ばされて血潮と共に宙を舞うリュウマの右腕。

 

召喚した剣を手に取り実体化させ、人が比較的密集している所へと投げ付けるように見せ掛け、その実確かにウェンディを狙った剣の投擲。一瞬だけ見ることの出来たリュウマの瞳。縦長に細くなった特徴的な瞳孔を持つ瞳が、確かにウェンディに向けられるのを見て悟ったオリヴィエは、ウェンディが剣を避けようとする刹那…大地を踏み込み、初速から最高速度を叩き出しリュウマとの間に入り込んだ。

 

揮われた剣の刃がウェンディに触れる数ミリ前に、オリヴィエが左手に持つ純白の双剣が軌跡を描き、リュウマの右腕の二の腕半ばから斬り飛ばした。リュウマを以てしても理解不能にして解析不可能と言わしめる、純黒の刀と対を為し相対関係にある純白の双剣の内の片割れである一振り。それは見事と言っても良い程滑らかにリュウマの腕を両断した。

 

常に自身の身体の周りを魔力で覆い、万が一にも攻撃に見舞われたとしても、その膨大な魔力を使用して衝撃の殆どを無効化する常時発動型のバリア。純黒なる魔力により護られているにしても、オリヴィエの持つ純白の双剣には相性が良く又、相性が非情に悪い。相対関係にある以上、互いの魔力が特攻であり弱点であるのだから。

 

分が悪かった。唯身体の周りを魔力で覆っているだけなのに対し、オリヴィエの攻撃は純白の双剣に加えての純白の魔力。例えるならば、鋭いにしてもナイフ一本と、セーフティーを外して向けられている拳銃。覆っているだけのものに、特攻効果のある純白に武器と魔力には対抗出来なかった。故に純黒なる魔力であろうと紙のように切り破って皮膚に到達し、その凄まじい切れ味によって内部の硬い骨ごと斬り落とされてしまったのだ。

何はともあれウェンディはリュウマの攻撃から身を護る事が出来た。自然に察知してくれた他でも無いオリヴィエの手によって。御礼を言いたい。だが今言っても邪魔になってしまうという事は明白。オリヴィエは今リュウマの腕を斬って、更に追い打ちを掛けようと踏み込んだところなのだから。

 

ウェンディの滅竜魔法による補助により、オリヴィエの攻撃力が倍加される。確かな強化を確認しながら、まさか間に入り込んで腕を持っていくとは思っていなかった…そもそも間に合って助け出すとは思っても見なかったリュウマが瞠目して驚愕している。体勢は後ろへと仰け反りやや崩れめ。追い打ちを掛けるならば絶好の機会と言えるだろうタイミングと余力。斬るのに使ったのは左に持つ剣。であれば二振りある以上もう一方を使うことが出来る。一度目の斬撃の力に逆らわず、流れるように次の攻撃へと繋ぐ。狙うは残る左腕及び左脚。一度に斬り落として動きを制限し、更なる連撃へと繋げるための第二撃。

 

迫り来る純白の刃。その軌跡を視認し予測することで、己の左腕と左脚を落とそうとしているのがリュウマには手に取るように解る。但し、解るからと言って今の状況で避けられるという訳では無い。体勢を崩してしまった痛恨の不覚。そんな隙をオリヴィエが逃す筈も無く、それを此方も分かりきっている。ここで左腕と左脚を持っていかれれば、殆ど何も出来ないところに追い打ちを掛けられて攻撃に見舞われるだろう。そんなこと予測するまでも無いリュウマは、聡明な頭脳で瞬時に答えを出した。

 

 

「…ッ!!遅かった…ッ!」

 

「フハハッ!そう上手く事が運ぶと思うなよ」

 

 

斬り飛ばされた右腕に持っていたのは、召喚した剣の内の一振り。宙を舞っているそれは、そこにあるだけで十二分な効果を発揮した。オリヴィエに斬られる前に、飛んで行ってしまった賢王の剣へとシフトしたのだ。厄介以外の何物でも無い瞬間移動での回避で、オリヴィエの剣は空を切った。

乱回転しながら放り出されている剣はそのままに、リュウマは分断されてしまった右腕を掴み取り、斬られた断面同士を付ける。同じタイミングに自己修復魔法陣を刻み込み、斬り落とされた腕は修復されて元の腕へと戻った。

 

腕が修復された後、リュウマは手を握ってみては動作と感覚の確認を行い、完璧に治されたことを確認した。腕を一瞬で治した、その修復速度に驚いている者達を上からの見下ろしながら、次は如何するかと思案する。

次の武器を取って投げ付けようかと考えていると、下から猛スピードで差し迫ってくる影が二つ。ハッピーとリリーに抱えられて飛んできているナツとガジルであった。リュウマは自身の翼を使って現在飛行している。しかし、空を飛べるのは何もリュウマだけでは無い。翼を生やす魔法である(エーラ)という魔法を使う事が出来るエクシードのハッピー達も飛べるのだ。

 

 

「よっしゃあぁ───────ッ!!行くぞハッピー!!」

 

「あいさ───────っ!!」

 

「行けリリー!!サラマンダーに負けんな!」

 

「目的を間違えてないか?ガジル…」

 

 

「フン。空中で我に追い付けるものか」

 

 

ニヤリと悪どい笑みを浮かべたリュウマは、向かってくるナツ達に背中を見せ、反対方向へと飛んで行った。逃がすかと追い掛けるナツ達だが、中々に追い付くことが出来ない。直線距離となると距離を離され、鋭角を攻める鋭い軌道変更になればその動きについて行けない。変幻自在にして自由自在に空を飛行するリュウマに、見失わないように付いていくのが精一杯だった。

抱えられているガジルの急かす声を聴きながら、リリーは内心でリュウマの飛行速度に舌を巻いていた。元々エドラスの王国騎士団の隊長を務めていたリリーは、戦闘もさることながら空を飛ぶことに関しても一流だった。だというのに、そんなリリーを以てしても全く追い付けないのだ。

 

背後から必至に食らいつこうとしているナツ達を尻目に、リュウマは余裕の表情を見せる。高々()()()()()速度で見失おうとしている事に、まだまだ飛行自体が未熟だなと内心思っていた。いくらエクシードが全員(エーラ)を使うと言っても、リュウマの一族である翼人は生まれながらにして翼を持っているのだ。魔法で使うよりも、日常に於いて常に使用し、況してや翼人の命と等価である翼が魔法に負ける訳が無い。それも相手が翼人の王であるリュウマともなるとそれは火を見るより明らかとなるのだ。

 

追い付かせない他にも、遊び半分で行っている鋭角を攻める超軌道は、本来ならば行うことが出来ない。翼の構造上羽ばたいて飛行すれば前に進み、他に出来ることと言ったら減速する事ぐらいだろう。それは翼を持つ鳥にも言えることで、飛んでいる最中に真横へ移動することなど出来ないのだ。だがそうなると、一つの疑問が生じる。ならば何故リュウマはその様な複雑な動きを可能としているのか…という点である。

リュウマの翼は白と黒に別れ、それぞれ3枚ずつの計6枚ある。リュウマが治めていたフォルタシア王国初代国王であるリュウデリア・ルイン・アルマデュラも同じく6枚の翼を持ち、それは突然変異によるものだと言われていた。だがそれは違った。

 

リュウデリア・ルイン・アルマデュラは確かに6枚の翼を持って生まれた。だがそれは()()()()()()()()()()のだ。リュウデリアとリュウマには共通する点が幾つかある。その内の一つが莫大な魔力を身に宿しているということ。そしてもう一つが元から持ちうる身体能力等の、身体の能力に関するものが翼人一族のなかでも一線を画していたこと。最後の一つが…両親がどちらもトップレベルの力を持っていたこと。

下劣極まる王の遊びにより、リュウデリアは愛など無い誕生を迎えた。しかしリュウデリアを産んだ翼人の女性は飛び抜けて魔力を内包し、男性の翼人は身体能力が翼人の奴隷の中でも随一であった。その事が要因となり、リュウデリアは6枚の翼を持ち、リュウマも同じく身体能力が最強であったマリアと、魔力が最強であったアルヴァの遺伝子によって6枚の翼を持ったのだ。

 

話を戻すとしよう。リュウマが普通の翼人と違って6枚もあるということは、翼人の3倍の翼力を持つということである。そこでリュウマは、翼の2枚一対毎に()()()()()()()のだ。本来ならば翼は進むために煽ぎ、止まることにも使うがそれだけだ。だが、リュウマは上側の2枚一対の翼に進行方向の改変の役割を持たせ、中間の2枚一対は滞空する時などに使用する重さとの等価推進力の操作を、下側の2枚一対は飛行する際の爆発的な推進力の要を負っていた。

魔力と魔法を付加させることにより、翼を使った場合の飛行性能は途方も無いものとなっているのだ。故に彼は最高速度を出すとマッハをも軽く達するし、急な方向転換をも謀ることが出来るのだ。

 

 

「ハッピー!もっと近付けないか!?」

 

「あ…いッ…!オイラ…!MAXスピード…だよ!!」

 

「おいリリー!!」

 

「全く…!追い付けん…!!」

 

 

追い付こうとしているのに、只管に距離を空けられてしまっていることに焦りを覚える。ナツとガジルはハッピーとリリーを激励するのだが、それだけでは追い付くには至れない。オリヴィエからの強化の施しを受けるにしても、ある程度の動きには対応出来るからといって、リュウマの全てに対応する事が出来ると言うことではないのだ。

 

追い掛けられているリュウマは突然、身体を反転させて後ろ向きで飛行し始めた。何を舐めたことをと怒りを露わにしたナツとガジルだったが、リュウマの周囲に又もや半透明の武器が並び、その一つを手に取って実体化させたのを見て背筋に冷たいものが落ちた。

何の武器なのか解らない。武器を見てどのような力を持つものなのかを教えるアルヴァがここに居ない以上、ナツとガジルは圧倒的情報不足による不利に回っているのだ。

 

先程説明した通り、リュウマは空中に於いて自由自在に飛行することが叶う。つまりは、突然の後方への方向転換へも対応出来るということになる。

 

 

「フハハハハハハッ!!!!」

 

「ぬおぉ!?『鉄竜棍』ッ!!」

 

 

後ろを向いて飛行していたリュウマは、急な急発進を真反対の方向へと行い、彼を追い掛けていたMAXスピードのナツ達と衝突した。手に持っている剣…ではなく斧は修羅王の刃と呼ばれるもので多大な重量故に振りが遅くなる分、それ相応と言える程の攻撃力を持っている。腕を鉄の棍に変化させたガジルが受け止めるものの、余りの威力に表面が罅を奔らせる。

痛みに顔を歪めたガジルのところへ、ナツを抱えたハッピーが向かう。攻撃準備として拳に炎を灯したナツは、リュウマに向かって行くが、リュウマは更に半透明の武器の中から一つを手に取った。

 

実体化したのはボウガンである。何の変哲も無い遠距離用の武器に見えるが、生憎彼の周囲を回っている武器に普通のものなど皆無。照準を殴り掛かろうとしているナツに向け引き金を引いた。最初から装填されていた矢が発射され、ナツに向かって射られた。

類い稀なる動体視力で材質が鉄だと見切ったナツは、弾くでもなく避けるでもなくそのままに見過ごした。着弾した矢はナツの皮膚に触れた途端、高熱によって熱せられた鉄のように熔解されて無効化される。

 

 

「オレにそんなものは効かーーーん!!!!」

 

「であれば……これならどうだ?」

 

 

手を掛けること無くボウガンの弦が引かれて弾を充填した。同じ手は食わないと、もう一度超高温の体温で溶かしてやろうとしているナツとは違い、抱えているハッピーは嫌な予感を感じ取った。

放たれる矢。かかってこいと言わんばかりの表情であるナツを抱えたハッピーは、急いで右へ大きくズレて射程圏外へと回避した。何で態々避けたんだと文句を垂れているナツであったが、ハッピーの咄嗟の判断は非情に正しいものであった。

 

右手に持っている飛王の弓は、動きながら狙うことが出来るという利点の他に、番える事が出来るものならば何でも放つことが出来る。つまりは、()()()()()()()()()()()ということ。言ってしまえば、一射目と同じように溶かそうとして当たりに行っていれば、今頃ナツの腹には風穴が空いていたのだ。

 

魔力で鉄の矢と瓜二つに創り出し、形状はそのままだが材質はリュウマの魔力そのものである矢を食らえば、触れるだけでもアウトだということが解る。リュウマは矢を又も創り出すとボウガンに番わせ、一度に四つの矢を射出し、魔法によって4倍の16の矢へと変化させた。見るからに数が増えた矢をどうにか回避している隙に、リュウマは飛王の弓を消して違う武器を手に取る。

 

 

「──────墜ちろ」

 

「なん──────ぐあぁあぁあぁぁッ!?」

 

 

見るからに攻撃力が高そうな斧とは違い、ガジルの鉄で形成された腕を強引に斬り裂き、その重さと共にリリー共々地面へと叩き付けた。手に持っているのは刃が回転している大剣であった。綺麗には斬れないが、押し付けて無理矢理にでも斬ることが出来るその大剣は、見た目以上に刃の部分に触れることを良しとしない。その証拠にガジルの二の腕の肉は強引に削り取られ骨が見えそうになっている程の重傷である。

 

回復要員として真価を発揮するシェリアは直ぐさまガジルの元へと駆け寄り、滅神魔法でガジルの傷を癒して完治させた。リリーも擦り傷だらけなので一緒に回復させ、猛スピードの飛行をしたことで上がっていた息をウェンディによって回復して貰う。

 

 

「すまんウェンディ。助かった」

 

「いえっ。私のことは気にしないで下さいっ。私は回復係ですから!」

 

「前線で戦わせてごめんね?」

 

「ケッ。ンなもん余裕だっつーの」

 

「今叩き落とされたのに?それもまた“愛”っ」

 

「今のはマグレだっつーのッ!!次はこうはいか──────ッ!?避けろッ!!」

 

 

何かに気が付いたガジルはシェリアを押してその場から追い出し、自身も身体を丸め込んで転がるように緊急回避の行動を取った。数瞬後大きな落下音と共に何かが落下してきては地面に着弾。大地はその衝撃に当てられて爆発音を響かせながら砂塵が舞う。間一髪回避行動が間に合ったものの、後少し遅ければ今の衝撃を身を以て体験する羽目になったと顔を青くさせた。ウェンディとシェリアはガジルに突き放されて事なきを得たものの、仮に当たっていれば重傷どころではなかった。

 

風に煽られ砂塵が飛ぶ。原因は何だったのか。そんなことを考えを巡らせる必要性すら無かった。少しずつ晴れてきた砂塵の砂埃から感じるのはリュウマの莫大な魔力。言うに語らず、空から墜ちてきて武器を揮ったのだ。自由落下の力のみならず、推進力を使いながら体を縦回転させて遠心力を載せる。果たしてその威力は如何程なものか。それは確実に人が死ぬほどのものになるだろう。

 

 

「──────『鬼王(きおう)枉駕(おうが)』…流石に躱すか」

 

「あっ……ぶねぇ!?後少しでも潰れるところだった…!何しやがんだテメェ!!」

 

「潰してやろうとしたまでの事」

 

「──────『天竜の咆哮』っ!!」

 

 

墜ちてきて地面を数メートルに及んで陥没させたリュウマの手に持っていたのは…メイス。殴打用の武器であり、打撃部分の頭部である柄頭と呼称される柄を組み合わせた合成棍棒の一種である。金属製の柄頭と木製の柄からなるが、石や骨…木のような自然物製の柄頭を持つものや、全てが金属製の物も作られている。特に金属製の柄頭を持つメイスの打撃は、強固に造られている金属の鎧に対し刃類よりも有効であり、出縁やスパイク、突起により衝撃点を集中し厚い甲冑を凹ませたり貫通したりと、意外に多用な使い道がある。そのため、金属鎧による重武装化が進むと幅広く使用された。

 

頑丈な鉄の塊とぶつけ合わせても斬り裂き歪曲させるほどの力を持つ鬼王の枉駕を、自身の魔法を信じてガジルが受け止めたとすると、覇王の大剣で斬られた時よりも悲惨なことになっていただろう。最低でも受け止め腕は修復不可能なところまで破壊されていた。

 

背後に居たウェンディの咆哮(ブレス)が当たる直前、リュウマはその場から消えてしまう。見失ってしまったと思い探そうとするも、上空でハッピーとナツの叫び声が聞こえてきた。ハッとしてそちらに目を向ければ、避けようとしたのだろうが間に合わず、二つの飛来してくる武器に体中を薄くではあるが斬り裂かれていた。

伏龍王の投剣と呼ばれる鋭い尖端が四方向に伸びた手裏剣の形の大型武器。二つあることで一方は遠距離に、もう一方を近距離に使う事が出来る二振りの武器である。

 

高熱を発して斬られる前に溶かそうと試みたナツの思惑とは違い、伏龍王の投剣は溶けることなく傷を刻んだ。そして懸念しておくことは、伏龍王の投剣は暗器であるということ。何時の間に投げたのか。そんなことを悟らせることも無く予め適当に投げておき、ウェンディの攻撃が届く前にシフトを使用し、避けると共に伏龍王の投剣を手に取って更にナツに投げ付けたのだ。

 

傷を負ってもナツならば引き続き動き続けることが出来る。だが、それにハッピーは当て嵌まらない。根っからの戦闘向きではなく、サポートも人を抱えて空を飛ぶこと以外は出来ない。痛みに対しても耐性が無いハッピーが先に脱落するのは必然。空を飛ぶための翼は消え、ナツは気絶したハッピーを抱えて真っ逆さまに落下している。

 

 

「ナツっ!」

 

「うおっ!?ミラ!!」

 

「ハッピーは…?」

 

「気絶しちまった!ウェンディとシェリアに診てもらわねぇと!」

 

「私がこのまま連れて行くからジッとしてて!」

 

 

 

「──────させると思うてか?」

 

 

 

気絶してしまったハッピーを抱えたナツを、サタンソウルを身に纏ったミラが抱えた。大人が持っても大きいと言える伏龍王の投剣によって、身体を細切れにされなかっただけマシにも思えるが、それでも体中に負っている傷は浅くない。躊躇いなど無い…完全に敵と認識していると()()()()行動に胸を締め付けられる。話し合いは出来ないのかと思うが、今更そんな甘いことが罷り通るとはもう思わないことに決めている。

 

空を飛んでウェンディとシェリアの元へと急ぐミラの背後から、純黒の刀とは違う刀を腰に差したリュウマが、鍔に親指を掛けて鎺の覘かせた。斬撃が来る。飛ばすのでは無く直接的に。空へ逃げてもリュウマは翼人一族。翼を持っていながら最高の制空権を持っている。

拙いと直感的に解っている。解ってはいるのだが躱せるとは到底思えないミラ。一端ナツ達を手放して後ろへ向き直り迎撃しよう…そう考え途端──────ミラは前へと進んだ。

 

 

 

──────己を切り離し仲間の療養を先取るか……悪手であろうがよ。

 

 

 

刀に手を掛けているリュウマの手から逃げ果せることは不可能。オリヴィエならばまだ可能性はあるが、他の者達にとっては隔絶とした戦闘能力に反射神経、それらと同等の力と精度を持つ直感を持ち得なければ命は無い。例え反応出来ても防げなければ意味は無い。

 

リュウマの大腿筋がうねりを上げる。軋む音が聞こえる程に張り詰められた筋肉が伸縮しながら抑え込み、発射のその時を待っている。普通の人間とは異なり、生まれた時から普通の人間の数十倍の筋肉密度を持っている中で、リュウマは更に上位…最上位の筋肉密度を持っている。

強靱な肉体に宿る筋肉の膨張を更に筋肉によって抑え込む。矢を番い弦を引き絞る限界値に達している弓矢の状況を作る。そうすることにより…踏み込みは大気を足場にした。

 

揮われる至宝の王の武器。最愛の妻を亡くしてからは人が変わったように豹変したという王…闘王の刀である。翼を使った莫大な推進力ではなく、刀を使うことで取らなくてはならない半身の体勢の為、敢えてリュウマは空を蹴るという選択肢を取り…ミラの背後に現れた。

 

 

 

『さて……そろそろ作戦開始といこうか?者共よ──────反撃開始(ミッションスタート)だ』

 

 

 

「──────『雷竜の顎』ッ!!」

 

「─────ッ!?何ッ…!」

 

 

刀を振り下ろす過程で、忽然とリュウマの真上にラクサスが現れ、合わせた両の手を振り下ろし背中へ殴打を入れる。突然の人の気配に瞠目しつつ、リュウマは身体を翼を使って覆い防御の姿勢に入った。

天より墜ちる(イカヅチ)がリュウマの全身を呑み込み感電させんと迸る。しかしそう都合良くリュウマがやられる訳も無く、精々地面へと墜とすのがやっと。だが…ラクサスの役割はソレであった。

 

落下していくリュウマは思考する。一体どのような手を使い忽然と姿を現したのか。背後に現れたので視覚領域外…つまりは完全な死角故の知覚外。いくら雷速を誇る動きを出来ようと、()()()()()()リュウマの眼からは逃れられない。此処までに直線にしろ曲線にしろ向かって来たならば解る。だが解らなかった。よってラクサスは瞬間移動を行い来たということになる。

 

線では無く点で移動する事が出来るのはリュウマと、メストだけだと分かっている。そしてこの場にメストが居ないということも検知済み。一体どうやって来たのか。あらゆるシミュレーションを頭の中で繰り返すも答えは出ない。オリヴィエとて瞬間移動の魔法は体得出来ていないのだ。

 

 

 

──────まぁ良い。思わぬ一手を貰ったが、痛手には全く為らぬ。一度足を付け、先ずはオリヴィエを抑え込むことから始めるか。

 

 

 

この中で一番の脅威というのは、オリヴィエただ1人。相対関係故に唯一の弱点を常に突くことが出来るオリヴィエは、リュウマに対する特攻そのもの。どれだけ硬く頑丈な防御を張ろうとも、一撃では破壊は出来ずとも2、3と立て続けに食らえば防御を破ることとて可能。彼女一人居るというだけで戦況を引っ繰り返すことは容易くなるということ。ならば最初に墜とすことは必定。但し…例外もある。それは回復役。ウェンディやシェリアのような他人を回復させる者達を更に先にやらねば、オリヴィエを戦闘不能にしたとしても戦場に帰り咲かせることになる。

 

賢王の剣を投げ付けて最初に墜とそうとしたのは、その回復役を先ず先に退場させようとしたのだ。何気ない攻撃から既に、戦力を削ろうという魂胆があった。

雷から身を守ったリュウマは、翼を広げ直して一度ふわりと羽ばたき落下の威力を殺し地面に着地した。

 

 

 

「──────ッ!?地面が…ッ!?」

 

 

 

そして────────足下の地面が崩れ落ちた。

 

 

 

一体何が起きた?何故地面が着地した途端に崩れた?()()己の体重は80キロ。確かに重い部類には入るだろうが、それでも着地した途端に、それもまるで仕込まれていたかのように崩れ落ちはしない。何者かによる策によって崩れやすいように細工をされていたということに他ならない。

思案し推測を終え、答えを出し終えたリュウマははたと気付いた。これは確かに何者かによる策だ。だがその策がここで…今、この時…この瞬間に嵌まったということは…少なくとも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということになる。

 

 

彼の…リュウマ・ルイン・アルマデュラの背筋に、決して良くは無い電流が奔った。

 

 

400年という長い年月を生きた人間の精神を読み取ることは不可能に近い。人の性格が余り変わらないのと同じく精神面も幼少から年少へ至るのとは違い、そう簡単には変わらない。だが、それが何百年という年月の果てならばそうは言っていられない。最早リュウマの精神面に於いて、誰かが読み取りきるということは不可能なのだ。

 

 

「────よォリュウマ。いらっしゃーいィ」

 

「────ッ!ギルダーツ…!!」

 

 

 

『クックック……はてさて…それは連結されるぞ?1から2へと…なァ?』

 

 

 

地面が崩れ落ち落下していく、背後からリュウマの耳に届いたのはギルダーツの面白そうな声であった。何故ここに居る…ということを考え、又しても気が付く。この軟弱な地面は何者か…十中八九己の前に現れた者達の中に居たジュラの魔法であると看破した。だが、ジュラは確かに普通の魔導士とは違い、聖十大魔道の称号を得ていて相当な実力を持ってはいるが、リュウマの行動の数手先を見切るほどの戦略眼は持っていない。

 

元からここへリュウマが墜ちてくるということを分かりきっていたのか、崩れやすい地面で蓋をするようにして高められた魔力を隠し隠蔽していた。だから着地する時にしても、そもそもここへ着地しようとするにしても何の感知も無かった。この隠蔽工作を行えるのはただ1人…オリヴィエだ。総てを包み込み無へ還す事の出来るオリヴィエは、対象が魔力そのものであろうと無へと還す事が出来る。それで覆った地面の内側に純白の魔力を纏わせ、放出されていたギルダーツの魔力を外部へ漏れないよう押し留めていた。

 

 

 

「──────『破邪顕正・一天』ッ!!」

 

 

「──────ッぐ…!!」

 

 

 

高めに高めたギルダーツの魔力の載った拳が接近する。咄嗟の判断で両の腕を交差させて身を守り防御した。しかし威力を殺すことは出来ず、かと言って今のギルダーツの攻撃は素のものではなく、オリヴィエの強化を受けての攻撃。防いで盾とした腕から骨が軋む様な音を立て、折れてもいなければ罅も入っていないことは分かるが、その場から吹き飛ばされる。

翼を広げて体勢を立て直そうとするが、それはこの場では出来ない芸当となっている。その原因は今居る空間。割かし狭く作られた穴の所為で、大きく枚数も多いリュウマの翼が上手く広げられないのだ。

 

墜ちてきている最中に殴られ、相手がギルダーツともなると勢いが凄まじく、直ぐさまギルダーツから見て正面の壁に激突した。それだけならばこの狭い空間にギルダーツとリュウマの一対一という、ギルダーツでは不利になる状況になるのだが…背中から衝突した壁が簡単に崩れた事で、その起こり得る筈の状況が決壊した。

薄く薄くと造られた、0.1ミリ程と思える極薄の壁をガラス板のように砕き割り、元から一本の通路のようになっている道を吹き飛ばされて進む。この通路も所詮は狭い空間故に、リュウマは翼を使うことが出来ない。

 

何故こんな所にこんな物を作ったのだと、リュウマは弾かれている最中に思案し、仮説を立てた。もし仮に、このよく分からない通路が一本の道を交わしてもう一つの空間の元に繋がっているのだとしたら?そしてそれが…攻撃を入れる最大のタイミング且つ、必ずと断言出来る程のダメージを負わせる手段を持つ者が先に居たとしたら?

 

 

 

──────最初から動きの見られなかったギルダーツが此処に居た。つまりは初めに攻撃を仕掛けては来ないと我に認識させるための囮そのもの。我を空へと追い遣り相手にするには少ない二人で追い掛けてきたのは、空を飛ぶ事が可能な者は少数であり、懸念しておくことが無く、取るに足らぬと認識させて地上に視線と注意を向けさせない為の偽り(フェイク)…!そして我の翼の可動域を熟知し、尚且つ我が此処へ着地し、ギルダーツの攻撃を受け止めると分かっていての通り道…!!となればこの先にあるのは本命の第一手…!!なればこそ必然と言える──────

 

 

 

「覚悟しろよ貴方。これは少しばかり効くぞッ!!」

 

 

「やはりか…ッ!!」

 

 

 

 

『リュウマよ…私には全てがお見通しだぞ』

 

 

 

 

繋がる通路の先に居たのは…魔力を漲らせて今まさに放とうとしていたオリヴィエだった。

 

前方のリュウマに向けて両手の双剣を合わせて剣先に莫大な魔力を充填する。溜めれば溜める程威力が上がる当然の過程を有する魔法。しかし、籠められているのは特攻効果のあるオリヴィエの魔力であり、今は背を向けていて防御のしようが無い。

 

 

 

 

「────『番い放たれる一条の白胱(フォトン・デア・セイヴァー)』ッ!」

 

 

 

 

放たれた莫大な魔力と、目を眩ませる程の眩い純白の光は、極太の光線となってリュウマを襲い、地を揺るがすほどの超広範囲の大爆発を起こした。

 

 

 

 

『──────私の筋書きに例外は無い。それが私の唯一であり、最高の力なのだから』

 

 

 

 

フォルタシア王国第16代目国王、アルヴァ・ルイン・アルマデュラは、戦場に出ること無く、己の兵士のみを使いありとあらゆる戦場を制した。そしてその(いくさ)に於いて死傷者は出ず()()()()()()()()()

 

 

世界最強に至ったリュウマ・ルイン・アルマデュラの実父たるアルヴァ・ルイン・アルマデュラの、全てが規格外で済まされる実の息子(リュウマ)に勝る唯一の力…それは──────戦略眼。

 

 

頭脳明晰であるリュウマの知能指数、所謂IQは数字にして『214』。正しく天才の域に浸かっているリュウマであるが、アルヴァの知能指数は良くて『174』。天才の域に入ってはいても、どう足掻いても頭の善し悪しでは勝つことは出来ない。それはリュウマの幼い頃、長年の研究でも創り出すことが出来ないでいた人体の修復魔法を、たったの数ヶ月で完璧に創り上げたことにより証明されている。対してアルヴァはリュウマが生まれる前から執り行っていた時間跳躍の魔法を完成しきる事が出来なかった。

 

リュウマは頭が良く、絶対記憶能力を持たないにしても、それに限りなく近いほどの記憶力を持ち、最高で30桁の暗算も熟すことが出来る。見ただけで魔法の術式を読み取り、己の手で干渉し無効化することも容易い。類い稀なる頭脳が無ければ出来ないようなことも軽々とやってしまうが、アルヴァは出来ない。しかし、しかしだ。アルヴァはとある方面に於ける知能指数はリュウマを遙かに超える。それが戦略方面の頭脳である。

 

どれ程の知性を持っているのかを数字で知ることが出来るもので、リュウマの知能指数(IQ)は『214』だが、アルヴァの知能指数を戦略のみに傾けた場合に出て来る知能指数(IQ)は……『350』。

 

頭の良いアルヴァと、身体能力の優れたマリアとの間に生まれたリュウマはどちらの才能も受け継いで生まれてきた。だが、その全てをという訳では無い。唯一…アルヴァの戦略眼のみを完璧には受け継がなかった。

勿論のこと、リュウマが考え出す戦略も素晴らしく穴が無い。だが、アルヴァの戦略と比べると如何しても下位互換となってしまう。

アルヴァが昔に言った事がある。「私は殆どの面に於いてリュウマに負けている」…と。その殆どの中に入らない例外が戦略眼。

 

マリアが戦女神(いくさめがみ)と呼ばれ、リュウマが殲滅王と畏れられる中で、唯一何と呼ばれ、何と謳われていたのか、それらが明らかになっていないアルヴァの呼称は──────神眼者(しんがんしゃ)

 

 

 

神の眼を持ち、あらゆる全てを見通すと謂われ、歴代王の中で最強の『眼』を持つ男である。

 

 

 

「──────ぐぶ…っ…こほッ……『慈王の盾』…げほッ…!げほッ…!」

 

 

 

「リュウマに傷を負わせた…」

 

「なんっつー威力だよ…」

 

「本当にあそこに来るとは……」

 

 

 

ここで一つ、アルヴァ・ルイン・アルマデュラの打ち立てた功績の一つを紹介しよう。

 

 

遙か昔、400年前にあった王戯という盤上遊戯があった。それは己が持つ駒を持ち、相手の(キング)を討ち取れば勝ちとなるゲーム…今で言うチェスのようなもの。だが、このゲームはただのチェスではない。チェスは本来一つのマスには一つの駒しか配置することが出来ないが、このゲームは一つのマスに三つまでの駒を載せることが出来、その重ねた駒の種類によって役割が変わる多彩な戦略ゲームである。

 

チェスというのは必勝法というものが存在し、10の120乗という途方も無い数値の盤面が存在する。本来ならばこれを覚える等到底不可能であるのだが、リュウマはそれを全て頭の中に入っている。そして忘れてはならないのが、王戯は兵士を重ね合わせる事が出来るということ。つまりは更に莫大な手数が存在すると言うことになる。それを数値にすれば実に10の400乗にもなる。そしてそれすらもリュウマは全て憶えている。ならばアルヴァとそのゲーム…王戯をやった場合、リュウマはアルヴァに勝てるのだろうと思うが…それは大間違いである。

 

リュウマはとても負けず嫌いで、王である以上負けそのものを良しとしていない。故に彼は一度負ければ例え父母であろうと勝つまで己を研鑽し挑み勝とうとする。その執念は深く、子供の頃から負かされた事を引き金にマリアの事を調べ上げ、勝つまで鍛練に打ち込み勝利した程。

 

だが…それはそれであり、それはアルヴァには通用しなかった。

 

 

 

 

24762戦24762勝0敗0引き分け

 

 

 

 

これが…アルヴァのリュウマとの王戯での対戦に於ける戦歴である。つまり…リュウマは生まれてこの方、アルヴァに戦略という面で勝てた例しが無く、同等に至った事すら無いのだ。

 

負けては苦汁を舐めさせられ、次こそはと気合いをいれて研鑽を重ねて挑むこと24762回。その度に理不尽さに嘆いた。明確な必勝法である全暗記を行っても、引き分けにすら持っていくことの出来ない戦略。それらを十全に使いリュウマに勝利し続けた絶対の人物こそが…実の父であるアルヴァ・ルイン・アルマデュラなのだ。

 

 

 

 

『さてリュウマよ。他でも無い、私とお前による久し振りの王戯(ゲーム)といこうか?』

 

 

 

 

アルヴァの眼が金に輝きながら陽炎のように揺らめき、その口元はリュウマを彷彿とさせる笑みを浮かべて嗤っていた。

 

 

 

 

 




すみません、これからは9月まで不定期となります。

国家試験の勉強をしなくてはならないので……。



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第八九刀  傲慢な橋渡し




此処とは違うモノが、我には視えた。



其れが何なのか…其れが重要なのではなく、何故我以外には視えぬのか…其れこそが胆だった。

初めこそ何なのか分かりもしなかったが、後に気が付いた。

これは()()()()()()()()()()()…と。

だが、見えると言ってもイメージとして我の頭の中に流れ、確立されているだけで、実際に映像が見える訳では無い。しかしそれでも、我を困惑させるには十分過ぎたるモノであった。


故に使った。


故に(いくさ)に勝った


故に無敗を誇った。


故に──────虚無感に気付く。


貴様等が此れを識れば理解出来ぬと匙を投げるだろう。


其程までに──────




我にとって()()()()()()()()()()()()()()







 

 

 

 

 

状勢が突然に変わった。

 

 

 

 

 

人間でありながら人間の域を越えているリュウマに、それこそ文字通り翻弄されていた筈の者達が突然動きのリズムを変えた。連携は有ったにしろ、その戦略は相手を陥れる程にも至らない。謂わば幅広い戦いという行為に於いて、常識的に用いる常套手段の一つでしかない。だが、これに於いてはそうは言えない。

リュウマは既に気が付いている。前に居る…揃いも揃って立ち向かってくる者達が、()()()()()()()()()()()ということを。

 

大抵は人間にしろ亜人にしろ、戦略を立てて戦えば非力な存在であろうとある程度は戦えるようになる。しかし、目の前にいる者達が繰り出してくる一手は、確実に()()()()()()()()()()()()()()()()戦略である。そんなことは有り得ない。有り得るはずが無い。400年もの長き時の中を生き抜いたリュウマの、それこそ思考回路を読み取ろうものならば発狂するだろう。常時何かを考える事により…いや、考えていなくてはならないほどの頭脳を持つリュウマは、考える事に限界を感じて魔法の構築を延々と繰り返している。そんな者の頭の中を覗いた暁には膨大な情報量によって廃人となる。

 

幾度となく剣を交えたオリヴィエならば、ある程度の予測は出来ようが、いくら何でもこの場に居る者達が全員リュウマの動きに対応出来るような、それこそリュウマの事を知り尽くしつつ、一人一人の持ちうる能力まで把握し、最適な場面で最適な者を当てる等という芸当は不可能に近い。

 

十中八九ナツがボロを出した時に話していた協力者による助力なのだろうが、リュウマにはその何者かの存在を知覚する事が出来ない。魔法を使用して調べても感知出来ず、テレパシーに類する魔法を使っている痕も無い。まるで()()()()認識出来ぬようにされているような…言ってしまえば()()()()()()()()()()()()()()()()()ということになる。

 

当たらずとも遠からずの回答を、ナツの一言から導き出したリュウマであるが、それで現状をどうにか出来る訳では無い。誰かしらの記憶を覗き込めば終わりなのだが、それは肝心のオリヴィエの妨害魔法により失脚している。

 

 

 

「行くぞローグッ!」

 

「あぁッ!」

 

 

 

「───ッ!チィッ…!」

 

 

 

白い光の魔力を拳に纏わせ、スティングが真っ直ぐリュウマへと接近し、ローグは影のドラゴンスレイヤーの力として影の中に隠れながら背後へと忍び寄る。日陰も何も無いところでの影は不自然でしか無く、そんなことにも気付かないリュウマでは無い。しかしローグの影は消えたかのように姿をくらまし、背後に気配を泳がせた。

 

ミネルバの使う『絶対領土(テリトリー)』という魔法は、指定した空間にあるものの位置を入れ替える事が出来る魔法であり、言ってしまえば2点間による瞬間移動を可能としている。そのため突然と気配をくらませたかと思えば、全く予想だにしないところから現れるという状況に陥る。厄介な魔法だと思いながら狙えば、それこそ邪魔が入り手が届かない。

 

背後に現れたローグの黒い影を纏う腕が振り下ろされる刹那、気配を0に近い瞬間的時間の中で察知し裏拳を放つ。死にはしないだろうが、当たれば大ダメージは避けられまい。しかしそこで()()()()()()()()()()()()ジュラの岩鉄が隆起し、ローグとの間に頑丈な壁を造った。

 

岩鉄は積み上げられたブロックを破壊されるように砕け散り、奥に居るローグが速度そのままに腕を揮う。翼で背中を覆い防御の態勢に入ったと同時に拳が翼に到達した。オリヴィエの魔法によって引き上げられた攻撃力はリュウマを押し遣り、反対側の走り寄っていたスティングの元へと飛ばされる。

 

 

 

「滅竜奥義ッ!!『ホーリーノヴァ』ッ!!」

 

 

「やむを得ん…──────『止まれ』」

 

 

 

己の口から発せられる言葉に魔力を載せることで言霊となり、言霊は()()()()()()()()事象を生み出し改変させる。つまりはリュウマの発言一つで世界がどうなってしまっても不思議ではないのだ。ただし、メリットばかりという訳でも無い。言霊は籠められる上限が確かに存在し、例えば『この世界は元から存在しなかった』等というような、そもそも言葉への否定にすら成り得る改変は行えない。そうなれば言葉を使用しているのに言葉という概念が存在しない世界を生み出すという事になってしまうからだ。

 

逆を言ってしまえば言葉によって言葉を否定しなければ何でも叶うということなのだが、他にも制約として言葉に魔力を籠めて言霊とする前に、リュウマが発しようとしている言葉の明確なイメージを思い描かなくてはならない。そうしなければ言葉という複雑且つ難解なものに誤解を与えてしまう。

 

例を上げるとするならば、明確な意志とイメージを抱かずに死んでしまえという意味で『()ね』と言ったとする。すると言霊は数多くある『いね』という言葉から無差別に『(いね)』という作物を生み出すかも知れないし、『()ね』という風な去れという意味合いの言葉に繋げてしまうかも知れない。要は幅広い言葉遊びとなってしまうのだ。

 

仮にここで放った『止まれ』を明確な意志とイメージ無しで放ったとすると、動きを止めろという今の止まれではなく、()()()()()()()()止めろという『止まれ』になっていたかも知れない。普段リュウマが日頃の中で使っている言霊は、知ってしまえば恐ろしい程使い勝手の悪いものであるのだ。故に適当な言葉を吐こうものならば、小規模なのか大規模なのかすら分からない改変が行われる。

 

意志とは反して身体の自由を言葉一つで奪われたスティングは、振りかぶった腕と体勢をそのままに、読んで字の如く止まってしまった。一つの回避の道を作り出したリュウマは、背後に居るローグを無視し、その右手に刃が両側に付けられている西洋剣を召喚し投擲した。円を描きながらスティングに向かう剣はしかし、途中に配置されていた風の爆弾の爆風により軌道を変えられた。

()()()()()()()()()ウェンディの透明な風の爆弾により、スティングに到達するはずだった剣は、逸れた先に居るオリヴィエの元へと向かう。

 

類い稀なる動体視力を使い、乱回転しながら向かってくる剣に向かって半身になり、魔力を背後へと放ちブースターの要領で加速し駆け出すと、寸分の狂いも無く剣の柄の部分を蹴り抜く。

投擲された時以上の速度で帰ってきた剣に瞠目しつつ身体を傾けて回避の態勢へ入る。投げるよりも足蹴りした方が早く、蹴り寄越したのがオリヴィエともなると速さの規模が違い過ぎた。

 

苦し紛れの回避行動は幸を為してか、髪を数本斬られるだけに留まり不発に終わる。顔の半寸横を通り過ぎて行った剣には目もくれず、リュウマは体勢の崩れている己に隙有りと言わんばかりにやって来たローグの迎撃に入る。

地に沈み込んでやって来る黒い沼のような影が近付ききる前に脱落させてやろうと、ローグが通過するであろう位置の上空に黒い波紋を広げ、業物も驚く切れ味を持つ武器を雨霰のように降り注いだ。

 

地表に出ること無く、影になりながら武器を避けていくローグは、本来ならばこうも避け続けることは出来ない筈。何故避けきることが出来るのか、小さいながらも驚きを隠せないリュウマの元に、また別の影が躍り出た。影になれるのはローグだけではないのだ。一年前の大魔闘演武の際、ローグの滅竜魔法を食べ、鉄影竜の力をものにしたガジルが居たのだ。

鉄影竜の事など知らなかったリュウマは動きが出遅れ、目と鼻の先にまで接近してきたガジルは影から身体を引き摺り出した。

 

 

 

「さっきのお返しだぜ!──────『鉄影竜の剛拳』ッ!!」

 

「…っ!嘗めるなァッ!!」

 

 

 

影を揺らめく陽炎のように纏った鉄の拳を向けられたリュウマ。しかし、拳は当てること叶わず、手首を掴み取って右回りに捻り上げた。鉄の肌が軋み、大なり小なり細かな罅が入った。打撃等には強い鉄の皮膚だが、捻りや歪曲等の曲げられる力には弱い。このままでは鉄の皮膚は疎か、連鎖的に関節まで痛めてしまう所だったが、ガジルは小さく跳んで左へと身体を回転させた。

捻られる方向へと身を任せることにより捻りを抑え、逆様になりながらも口に溜め込んだ魔力を解放してリュウマに叩き付けた。

 

影らしく黒く、微粒な鉄が含まれる咆哮を受けたが、リュウマは翼で身を隠して防御することでやり過ごす。翼を広げて視界を確認しようとしたその時、翼にまたも攻撃を入れられた。防御をまだ続けているというのに、何故態々今攻撃するのか。そう考えている内に、ローグの咆哮(ブレス)を受けたリュウマは後方へと跳ばされていった。

翼で攻撃を受けたことにより、ダメージ等入っていないのだが、一連の動きに妙な引っ掛かりを感じざるを得ないリュウマは少し思考し、何かに思い至ったのか急いで翼を広げた。すると如何だろうか。目の前には既にオリヴィエが居たのだ。

 

 

 

「──────少し遅かったなッ!」

 

「ぐぶッ…!!」

 

 

 

右腕に膨大な魔力を籠めていたオリヴィエの拳が、無防備なリュウマの腹へと吸い込まれるように入れられた。回避しようとしたが既に遅く、受け止めようにもオリヴィエの純白の魔力では受け止めきれない。かと言って翼で受けようものならば防げるだろうが無傷とはいかない。何よりも()()()()()()()()()避けたかった。故にリュウマは一度この殴打を受けることにした。

正確に鳩尾を打ち貫く殴打に、人体の急所の一つを突かれたリュウマは嘔吐感が喉まで来るが耐え、出来るだけ威力を殺そうと後方に跳んだこともあり後方へと下がる。

 

一度距離を取って態勢を整えよう。そう考えていたリュウマの背後で白い光が発光していた。何の光だと思った途端に、それが己の所為である事に気が付く。

白い光の正体は、リュウマによって放たれた言霊により、動くことが出来なかったスティングである。言霊とは、一度発して効果を発揮しきるものと、持続して効果を発揮するものの2種類に分類される。例えばリュウマが『失せろ』と発言した場合、対象者はリュウマから幾らかの距離を取らされる。そして『浮かべ』と発言した場合は対象のものが宙に浮かび続けるのだ。

 

違いがあるのかと問われれば、最初に有ると答えよう。言霊は使用するのに魔力を使う。ならば必然的に一度発揮すれば、発揮し終わっているのだから魔力を使う必要等無いのだ。ただ、持続して効果を得ようとする場合に限り、言霊に籠められた魔力と高レベルの魔力を注ぎ続けなければならない。それが言霊に関する制約の一つであるからだ。

 

動き出したスティングの滅竜奥義が決まり、白竜の白光が辺りを眩く包みこんで数瞬、地響きが起きる程の大爆発を起こした。一年前にはナツに片手で受け止められた魔法だが、ここ一ヶ月と戦争を乗り越えて数段格が上がっていたのだ。

 

爆煙の中、翼を使いまたも攻撃を凌いだリュウマは歯を噛み締めていた。どう動いても先を読まれ、剰え攻撃を加えられては、こちらからの攻撃等妨害されるか防がれるか避けられるかなのだ。見せたことも無い剣技であろうと武器であろうと、全てが筒抜けだとでも言うようなこの状況に、確かな苛立ちを覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さて。次は()()()()()()()

 

『回復役から狙いにいく癖、やっぱり残っていたわね』

 

『あぁ。言っては何だが、アレを教えたのは私だからな。どれだけ時が経とうとそれを全うしてくれているとは…嬉しい限りだ』

 

 

 

戦いに身を投じているフェアリーテイルやその他のギルドの者達より高めの位置で戦況を見渡し、作戦を伝えていくアルヴァと、リュウマの行うであろう剣技や武術等を読み取り伝えているマリアが居た。二人は嘗て教えた事を今も尚使い続けているリュウマに感動を憶えると共に、愛する息子を傷付けているという実感に、幽霊的存在故に無い胸を痛めていた。しかし、何時までもそんなことで悲しんでいても仕方ない。何せこの戦いが、この戦いこそがリュウマの幸せを与える最初にして最後のチャンスなのだから。

 

滅竜奥義によって撒き散らされた爆煙が晴れてゆく。各自警戒を怠るなというアルヴァの声に頷き、どこから来ても対応出来るよう各々が構えた…その時だ。いち早く察知したマリアが全員に聞こえる声量で回避の旨を叫んだ。

 

 

 

「──────『殲滅王の遺産(ゲート・オブ・アルマデウス)』」

 

 

 

爆煙や風を紙のように切り裂きながら数百にも及ぶ武器が飛び交い降り注ぐ。事前のマリアの号令により察知することが出来、時には危なげなく、時には余裕を持って武器を交わしていく。しかし降り注ぐ武器の雨が止まること無く、次第に其処ら一帯は数多く…それも数千にもなるであろう多種多様の武器が地に刺さり、武器の平原が出来上がった。それ程の光景が出来るまで武器を射出され続けられたというのに、被弾者は居なかった。

 

今までの経験上、リュウマは射出した武器にしろ、使った武器は直ぐに元の空間へ粒子状へとなって虚空に消えるように元に戻す。だが、この時ばかりは武器も消えはせず、その場に残り続けていた。

一つ一つが目を奪われるような造形美。こと武器に関しては他の魔導士よりも知識や鑑定眼を持っているエルザやカグラは、その美しさに当てられて手に取ろうとした…が、しかし。()()()()()()()()()()()()()()()()。触れた途端に電撃のようなものが奔り、反射的に後退する。

 

出された武器は唯の武器ではない。喚び出したリュウマの武器だ。となれば、余所者でしかない者が手に取ろうと触れれば当然拒絶反応を起こす。無闇に触れるべきでは無いと、一連の光景を見ていた者達は、自分もと言わんばかりに触れようとしていた手を引っ込めた。

剣山ならぬ剣平となっている場に居る者達は、この状況を不思議に思うことだろう。だが唯一、これを知っているアルヴァとマリアは難しい顔をしていた。

 

 

 

『──────『王冠(おうか)絢爛舞踏(けんらんぶとう)』…か』

 

『どうするの貴方。この子達にこの技を凌ぎきれる?』

 

『……賭けるしかないだろうな』

 

「なあ…これは何か意味あんのか?」

 

 

 

アルヴァとマリアの存在は、リュウマにだけは知られる訳にはいかないため反応することは極力避けるべきなのだが、今の状況に何か意味があるのか、そして何故難しい顔をしているのか気になったグレイが、身体の大きなラクサスの背に隠れてアルヴァ達に小声で話し掛けた。確かに誰にでも疑問として湧くだろう。何故これ程の武器を消さずに残しておくのか…と。武器を媒介に爆発等の攻撃の線も考えられなくはないが、それならばとっくに爆発させている筈だ。

 

眉を顰めてどう言えば良いのか。いや、そもそもこれから先何と指示を出せば良いのか考え倦ねているアルヴァは、意を決したように指示を飛ばす。

 

 

 

全容は──────倒せとは言わないが倒されるな。

 

 

 

「…………は?」

 

「ちょっ…もっと具体的な指示…!」

 

『私一人ではこれから先の指示を()()()()()()()。すまないが、今からは各々()()()()()()()()()()()()()してくれ』

 

「はいぃ…!?」

 

 

 

まさかまさかの、ここに来てアルヴァからの指示を仰げないという状況に陥ってしまった。突然何を言い出すのが分からないと、話し声が聞こえた者達の皆が後ろに居るアルヴァへと視線を向けた。視線を集めるアルヴァは申し訳なさそうな表情をした。だがそれも仕方ないのだろう。リュウマがこれから何をしようとしているのか、それを知ればアルヴァのことを攻められはしない。

 

翼人の王であるリュウマ・ルイン・アルマデュラは、自身が戦いに於いての先頭を走る者である。所謂戦う王なのだが、そんなリュウマがどんな戦い方をしているのか…それがこの状況を物語っている。

所狭しと()()()()()武器の数々。まさかと思った時には既に手遅れであり、リュウマは既に迫ってきていた。

 

 

 

「──────『王冠(おうか)絢爛舞踏(けんらんぶとう)』…精々捌ききれよ」

 

 

 

本体(オリジナル)であろうリュウマを残し、周囲に佇み控えていた分身体のリュウマが一斉に駆け出した。アルヴァからの指令により、倒すことを第一と考えるのではなく、あくまで自分がやられない、倒されないことだけに重きを置く。何故ならば、例え教えられずとも、この分身体をどうにかして倒したところで、本体(オリジナル)の無尽蔵の魔力によってまた創り出され当てられるからだ。単に人数分の分身体しか出されていないのは、一掃するならばこの程度で十分であろうと下に見られているからだ。万が一それが無ければ、多勢に無勢と言わんばかりに数多くの分身体を生み出していただろう。

 

駆け出した分身体の一人一人は、まるで相手にする者を決めていたかのような一糸乱れぬ動きで散開し、大地に目まぐるしく()()()()()()()()()()()()()()()()。分身体であろうとリュウマに違いなく、武器が拒否反応を示すこと無く使われることを良しとした。

無限かと思われる無尽蔵な魔力に加え、際限無く喚び出されては揮われる武器の数々。それは最早一人で群体を為しているも同義。況してやそれが武術も剣術も槍術も…戦う術を極めに極めたリュウマその人ともあれば、それは言葉にするならば、打開策無し…というものだろう。

 

 

 

「クッソ…!分身強すぎんだろ…!アイスメイク・『氷魔剣(アイスブリンガー)』ッ!」

 

「口より手を動かせ!アイスメイク・『白龍(スノードラゴン)』ッ!」

 

 

 

「──────『鬼炎斬』」

 

 

 

黄金に輝く魔剣を手にした分身体が行ったのは、分身体にも拘わらず持ちうる魔力を使い、剣に炎を迸らせながら円を描いて一閃。超高熱となっている斬撃は飛び交う氷のドラゴンを蒸発させ、グレイの手に持つ氷の剣をも蒸発させてみせた。

 

氷が溶けるのをいち早く察知したグレイは、本能からくる危険信号に忠実に従い、その場から出来うる限り離れた。リオン同様グレイと共に直ぐにその場を離れたため、放たれた炎の斬撃は距離を置かれた事で威力が殺される。だが、なにも完全に無くなった訳では無く、威力が多少落ちただけに過ぎない。己等の氷を易々と蒸発させた熱量に当たるのは先ず間違いなく危険と察し、二人で氷の造形魔法による氷の盾を造り出す。

次々と当たっては蒸発し、だが次第に蒸発から粉砕に切り替わり、氷の盾を破壊すること三十。斬撃はとうとう消えた。

 

 

とある世界に於いて「獅子の果敢」という意味を持つ名の男が使う技の一つである。

 

 

闇に生き、人知れず暗躍する結社たる《身喰らう蛇》の実行部隊である最高位のエージェント…通称《執行者》の一員。No.Ⅱであり《剣帝》と謂われる。強者揃いの《執行者》の中でも1、2を争う実力の持ち主とされ、《剣帝》の名の通り、その剣技は凄まじく他を圧倒する戦闘力を誇る。 そして、愛剣は《盟主》から授かった『外の理』によって造られし()()()()()《ケルンバイター》。そう…今も尚()()()()()()()()()()()魔剣の事である。

 

 

 

「こ、こっち来たぁ…!」

 

「メルディ!怯えてないで足止めして!」

 

「お、怯えてないもん!『マギルティ=レーゼ』っ!」

 

「はァ…ッ!『フラッシュフォワード』ッ!」

 

 

 

分身体が複数向かって来ては地面から槍と三節混を引き抜いた。この戦いに参加しているメルディとウルティアは、先ず近接戦闘に持ち込まれれば確実にやられるということを理解し、遠投による攻撃に出た。メルディは魔力で創ったエネルギー弾を複数、分身体の周囲から飛ばして足元を狙い、槍を手に取った分身体が空中へと回避し、三節混を持つ分身体がその場で武器を巧みに振り回し打ち砕く。両者異なる手を使ったことに、本当に唯の分身体なのかと疑いたくなりながら、ウルティアの数十個に及ぶ水晶玉が二体の周囲360度を囲み飛び交う。

 

壊れても時のアークの力によって元に戻り、メルディの魔法も共にぶつかる前の位置へと時を戻され再度向かう。ウルティアの魔力が有る限り実行可能な巻き戻し攻撃。だがそれでも分身体は武器を振り回して被弾する事無く捌き続ける。これでは埒が空かないと思ったメルディだったが、ウルティアが突然魔法を解いてしまい、攻撃の雨に曝されていた分身体が解放された。

 

どうして止めてしまうのかというメルディの内心を感じ取ったのか、少しの笑みを浮かべながら、ウルティアはメルディを脇に抱えてその場を後方へ大きく跳躍し離脱した。

 

 

 

「言ったでしょ。足止めしてって。後ろにジェラールが居るの気が付かなかった?」

 

「えっ…?あっ、そういうことね!」

 

 

 

「ありがとう二人とも。時間を稼いでくれて。お陰でオレの準備は整った。七つの星に裁かれよ──────『七星剣(グランシャリオ)』」

 

 

 

発動すれば隕石にすら相当する破壊力を秘めた魔法であるのだが、その代わりとして決められた形に七つの魔法陣を描かなくてはならない。北斗七星の形を描かれて線を結ばれた七つの魔法陣は光り輝き、展開されている上空から地上の分身体の二体へと降り落ちる。当たれば倒しきることは出来ないだろうが、多少なりともダメージにはなるだろうという考えの基放った魔法であった。

 

位置は完璧。タイミングも申し分なし。威力は言わずとも知れる破壊力。魔法陣の形成に不備は無し。これ以上無きベストな魔法だった。件の分身体は二体ともその場から動かずその場に居るだけ。避けられないことを悟り諦めたかと思われたその時。分身体達の後方から猛スピードでまた別の分身体が接近していた。分身体は一人につき一体が付けられている。ならば、ウルティアとメルディの他にジェラールを相手させる為の分身体が居て何ら不思議ではない。

 

ジェラールの魔法が着弾する直前、その場へと辿り着いた分身体は鎖を持ち、それを思い切り引き寄せることでソレを手元に引き寄せた。ソレは物理的には有り得ないであろう大きさをした、正に巨大な大砲とも言える巨大な銃だった。

 

 

 

「──────『ティロ・フィナーレ(究極の一射)』」

 

 

 

肩に担いで余りある大きさの銃。身長が180を越えている、それなりの高身長なリュウマの分身体が持ってもその大きさは目を見張るものがある。銃口にリュウマの純黒なる魔力が集められ収束し、放たれるその時を待つ。

分身体が上空から墜ちるジェラールの魔法に向けて銃口を向け引き金を引いた。

 

集められた魔力が弾丸とは言えない光線となって放たれ、大規模な北斗七星を形作る魔法陣を簡単に呑み込み消し飛ばした。それでも威力は止まらず、更にその奥…大気圏外の空まで一直線に穿ち、周囲の雲をも余波で散らした。

 

本体(オリジナル)でもない、謂わば魔法によって目的を与えられた傀儡人形に過ぎない筈の存在が、魔力を溜め込むのも一瞬だったというのに、小さい島ならば余裕を持って跡形も無く掻き消すであろう大魔力の砲撃を行ったのだ。予想以上の威力に、ジェラール達は背筋を凍らせた。が、しかし。ここで立ち止まってて良いわけが無い。今過剰とも言える砲撃を行ったのは、途中で乱入した第三の分身体だ。ならばそれ以前に足止めしていた二体はどうしただろうか。この砲撃が行う直前、あの二体は何処に居ただろう。

 

察しの通り、残りの二体は迎撃して相手の攻撃を無効化することを分かっていた上でその場に待機していたのだ。ならば脅威が去った今、動き出すのが当然。決まると思っていたウルティアとメルディ、そしてジェラールは気を取り直し、どうすればやり過ごせるのか算段を立て始めた。

一体でも3人で相手に出来るかどうかも怪しいというのに、そこに二体が追加されるのだ。いくらオリヴィエの強化魔法があると言えど、不安を隠しきれるものでもなかった。

 

 

 

「分身であろうと、其れは我にあって我に非ず。貴様等が相手出来るものでもなかろう」

 

「それで…所詮は分身であるからと本体(オリジナル)が私を相手にするのか?」

 

「然り然り。貴様の相手は(本体)にしか手に負えまいて」

 

 

 

どうにか分身体との戦いに残り続けている大接戦を見せている他の者達とは違い、本物のリュウマとオリヴィエは少し離れた所で対峙していた。両者から放たれる覇気は上限知らず。出鱈目故に大気が震え悲鳴を上げている。魔力を高めている訳でも無し、だがそれでも周囲は二人の存在感のみによって砕け散る。

嘗て人々に人類最終到達地点と謳われた四人の中でも確かな序列順位があった。リュウマはその中で序列順位一位を誇り、オリヴィエは序列順位二位を誇っていた。そんな両者が対峙でもすれば、それは大地の一つや二つかち割れるだろう。

 

睨み合う二人の魔力が更に、更に更にと膨れ上がっていく。何処までいくのか。いや、果てなど存在しないのか。そんな言葉が出て来るほど両者の魔力は異質にして莫大。高め合うだけだというのに大岩すらも粉微塵にしてしまう。まるで限界まで引かれた弓の弦のように、今か今かと使われる時を待つ超魔力は、戦闘中であるその他大勢の魔導士を震え上がらせる。

 

 

 

「ふふ……──────」

 

「クク……──────」

 

 

 

美しい顔を持ちながら、すべきではなかろう程に歪な笑みを浮かべ合う二人の姿が掻き消える。

 

 

 

「私は──────絶対に負けん」

 

「否──────貴様等に勝機なぞ無い」

 

 

 

言葉を交わし合いながら、拳を…剣をぶつけ合う刹那にのみ姿を現しまた消える。それを繰り返しながら瞬間移動をしているかのように目まぐるしく移動して攻撃しあう。戦闘の余波で地が避け地割れが起き、次の余波で無理矢理穴は閉ざされる。天変地異と言われれば頷き納得するような戦いの中で、オリヴィエはリュウマに食らいついて離さない。何処までも追い掛け、確実に四肢を狙う。

 

音速戦闘中の移動中、リュウマは確かに確信する。オリヴィエは己の次にしようとしている大まかな動きが分かっているということを。完全に全てを知っているという訳では無いようだが、それでも何かしらの動きを見せた途端にその動きに対するモーションの予備動作を完了させて迎え撃つ。最初に感じた事に間違いは無かったと。

拳を合わせた時。互いに拳を顔面に入れ合った時の事。リュウマは最初オリヴィエの拳を寸前で避けて逆に拳を入れるつもりであった。しかし、起きたのは全くの同時の被弾。

 

遅緩する世界で、意志とは関係無く、反射に近い意識によって目にしたのは…避けようとするリュウマの顔に拳の軌道を修正したオリヴィエだった。タイミングも良ければフェイント掛けた筈。なのにオリヴィエはそれに動じず、あたかも()()()()()()()()()()()()()()()()軌道を修正した。そこから考えられる道は一つ。オリヴィエは何らかの方法によってリュウマの動きの()()()()()()を知っているということだ。

 

警戒しなくてはならない。いや、せざるを得ない。もし仮に間違った、それこそ大まかどころか素でも知られてしまうような手を打てば確実に突かれる。他の者達ならばいざ知らず、オリヴィエにやられたのでは規模が違いすぎる。

 

故にリュウマは、過去に於いて散々見せてしまったであろう体術の使用はなるべく避けつつ、オリヴィエの癖が無いかを注視しながら多岐に渡る武器による戦闘へと持ち込むことにした。そうなればオリヴィエとて、全ての手に対応するのは容易では無いのだから。

 

 

 

──────とか思っているのだろう?貴方

 

 

 

オリヴィエはそんなことを考えているのだろうと推測していた。そもそも、オリヴィエはリュウマの戦闘スタイルが体術ありきの武器による武術であるということを知っているし、結論を言ってしまえば現地点でのリュウマの動きは大まかなではなく九割方知っている。

決戦の為に此処へと向かう前、マリアとアルヴァが知っているリュウマの戦い方や癖。足運びから対処法等、ありとあらゆる事をまとめた、謂わば対リュウマ説明書を読み耽って全て頭の中に入れていた。

 

大まかな読みを見せているのは囮。実際には殆どの事を知っているということを隠すため、全く知りもしないのに動きを読まれているという矛盾を突き付けて変な警戒を抱かせるより、少しは知っているという、ある程度に臭わせておくのが重要なのだ。さすればオリヴィエはリュウマに行動の選択肢を潰させる他、隙を窺い絶好のタイミングを謀ることが出来るのだ。

 

 

 

──────だが、それよりも心懸けなくてはならないのは…私以外の奴等が脱落しないか…という面だ。一人程度ならばまだ良いが、()()()()()欠けるのは痛手も良いところだ。

 

 

 

オリヴィエが懸念しているのは、己以外の者達が早々に落ちないかという話しだ。強化魔法を施しているにしろ、リュウマが相当な魔力を分身体に注ぎ込んだのは明白。ジェラールの時然り、今オリヴィエと戦っているというのに魔法を撃ってこないこと然り。本来ならば魔法をも使いながら体術武術を織り交ぜて複雑な戦い方をしてくる彼だが、今はまだ魔法を放っていない。それは単に魔法を使う暇が無いの為だ。

 

分身体に命令を送っているというが、それは一度送って実行させる類のものではなく、()()()()()()()()()()()()命令であるのだ。詰まるところ、今リュウマはオリヴィエと戦いながら他の所で戦っている分身体にも常に指示を送っているということだ。

一度に複数の全く違う思考をする並列思考を行えるリュウマだが、流石に限度がある。そう大人数分の指示は脳が耐えられないため、今操っている分身体が限界値に近い。それ以上となると本当に指示を出して任せておくだけの、人形そのものと言える分身体になる。

 

アルヴァが言っていたのはこの事だ。いくら戦略に関する化け物のような頭脳を持とうと、リュウマのような並列思考を行うことは出来ない。だからこそ、言ってしまえばリュウマ本人が数十人に増えているも同義である現状にて指示を出せないのだ。

 

戦いの最中に意識を他に割いてしまった為か、小さい隙を生ませてしまい、リュウマは的確にその隙を突く。直ぐ傍にあった大槌を手に取って振り上げ、水平に揮ってオリヴィエの腹を殴打した。真面に入り空気が肺から吐き出される。込み上げる嘔吐感には堪えきり、吹き飛ばされながら地に足を付けて獣道を作り威力を殺して止まったオリヴィエに、リュウマは大槌を適当に手放し、周囲に散らばり大地に突き刺さる剣から一つ、その手に取った。

 

 

 

 

「我が意志に応えよ──────神器解放」

 

 

 

 

彼女は瞠目する。彼が握る剣から迸る灼熱に。赤く紅く朱い炎を生み出し続けるその剣は、彼女を以てしても凄まじいとしか言えない。それ程までの大熱量。彼の足元の大地は灼かれて熔解し熱く煮え滾る。沸騰した水のように気泡が浮き上がり弾け、その熱がどれ程のものなのかを視覚にて鮮明に叩き付ける。人が食らっていいものではない。かと言って人が手にして良い力では無い。だがリュウマにはそんなものは関係無い。喚んだからには既にリュウマのもの。ならば何時どのように使おうが彼次第となる。

 

熱風と言うには熱すぎる風が吹き荒れる。急激に温められた空気は渦を巻いてリュウマの元へと集まり、上昇気流となって上へと舞う。竜巻もとやかく言う程の大竜巻が吹き荒れ、中心には目も眩む程の()を発する剣。人為的な大災害。そう称せば適切だろうか。干上がるなんてものではない。兎に角水分を根刮ぎ奪い、殺し、蒸発させて消し飛ばす熱があるのだ。

 

太陽か。はたまたそれに準ずる何かか。どちらにせよ振られれば死ぬのは間違いないだろう。アルヴァとマリアは叫んでいる。それを受けてはならないと。過去に一度これを振った事がある。その時はリュウマとアルヴァとマリアで仲睦まじく外出し、ピクニックに行っていた時のことだ。気分良く楽しく。家族で意気揚々としていたところにドラゴンという邪魔が入った。幸せの絶頂だったリュウマの怒りに火が付き、この剣を抜いた。結果──────周囲百キロの何もかもが消えた。

 

消し飛んだり燃えたり、灰に還ったりしたのでは無く、その力の凄まじさに物質そのものが耐えきれず消滅したのだ。跡形も無く。慈悲も無く。容赦なども無く。唯真名解放をして一度振っただけで、周囲百キロは現在に至るまでの400年間…人に限らず()()()()()()()超特級隔離エリアとなっている。

 

では何故、消滅しただけで隔離されているのか。それは(ひとえ)に、一歩その中に入れば()()()()()()()()()。何もかもが消滅して何も無い地域に成り果てようと、放った熱量は物理に関係無く健在。放たれ燃えたから()()()()()。つまり、目に見えなくとも燃え続けているのだ。()()()()()()()()()()()()()。だからこそ入れば(触れれば)消滅する。それが今オリヴィエに向かって放たれようとしている。

 

そんなものをこの場で放てば他の全員は洩れなく死ぬ。魂に至るものから存在そのものまで消滅しかねないその熱を防ぎ切れる訳が無い。そんなものは彼とて承知している。だからこそ威力を最低ランクまで落とすに落とした。だから精々…近付き過ぎれば皮膚が焼け落ちて絶命する程度のものとなっている。そして放たれる真名。それは誰もが聞いたことあるだろう銘であった。

 

 

 

「──────『世界を灼く紅蓮の神剣(レーヴァテイン)』」

 

 

「────────────」

 

 

 

上から下へ。重力に従うように振り下ろされた。爆発し暴発する灼熱は地獄の炎すらも霞ませる勢いで放出され、前方の一切を灼いた。オリヴィエの居る方向に他の誰も居ないことが幸いしたが、木は燃えるまでの過程を飛ばして灰になり、地面は彼の足元の熔解された土よろしく煮え滾る。

遙か上空を飛んでいた鳥は下から発せられる熱に犯され丸焼きとなって絶命し墜ちる。近くに住む小動物も例外なく灰へ還り、目には見えないような微生物すらも焼却される。揮われた件のオリヴィエは真っ先にその灼熱の中に姿を消し、分身体と戦っていた者達は唖然とした。

 

リュウマの手に取った剣。真名をレーヴァテイン。これはエッダ詩の一つである『フィヨルスヴィズの歌』という物語に登場する神の使う武器。つまり神器である。

北欧神話に登場する「閉ざす者」「終わらせる者」という意味を持ち、神々の敵であるヨトゥンの血を引いているという悪戯好きの神であるロキ。

 

そんなロキがニヴルヘイムの門でルーンを唱えて作りあげたとされている。 その後レーギャルンの箱に入れられ、9つの鍵を掛けた上でスルトの妻シンモラに預けられた。 世界樹ユグドラシルの天辺に住む雄鶏ヴィゾフニルを唯一殺す事が出来る剣であるが、その為にはヴィゾフニルの尾羽が必要であるというニワトリとタマゴ理論が綴られている。

 

名を訳すと「傷つける魔の杖」「害なす魔の杖」「害をなす魔法の杖」などと言い、北欧神話の世界における終末の日と謂われるラグナロクの原因であるヨルムンガント、フェンリルも訳せば「杖」の名を持ち、同じくロキが生み出したことで共通している。

先に述べたスルトの夫妻が所有しているということから、特に日本に於いてはスルトの持つ炎の剣がレーヴァテインだという説が有る。またこれに関連し、世界を焼き尽くすスルトの炎もレーヴァテインから放たれるものだという考えも存在する。 しかし、『フィヨルスヴィズの歌』の中ではレーヴァテインがスルトの炎と同じであるとは明言されておらず、また他の神話の中でも、スルトの炎をレーヴァテインと明確に呼んだことはないのだ。

 

中には、北欧神話の神々の中でヴァン神族に含まれ、父はヴァン神族の長老ニョルズ、妹が愛の女神フレイア。アース神族とヴァン神族の抗争の後、和議の結果としてアース神族と共に暮らすようになり、エルフたちの国であるアルフヘイムの王であるとされる北欧神話の神フレイ。そんなフレイが携えている勝利の剣こそがレーヴァテイン。ヘズがバルバドスを殺したヤドリギ「ミステルテイン」がレーヴァテインではないかという説を主張されていたりする。

 

しかし、北欧神話内においてレーヴァテインという単語が登場するのはエッダ詩の一つ『フョルスヴィーズルの言葉』の第26スタンザで、その物語の主人公スヴィプダグルとムスペルヘイムの砦の前にいる巨人、フョルスヴィーズルとの問答の中で言及されているのみである。そして肝心の()()()()()()()()()()()()()()()()()()についてであるが、これが実は神話中に記載が無いのだ。その所為もあってか様々な説が跋扈している。つまり、レーヴァテインは炎の剣なのか勝利の剣なのか()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

──────この時までは。

 

 

 

リュウマが手にしている武器。これは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。史実がどうあれ歴史がどうあれ、誰がそれを否定しようと誰が肯定しようとこの事実は覆らず曲がらない。これがレーヴァテインであり、それ以上もそれ以下も無く、これこそが神々の武器(レーヴァテイン)である。

 

なればここで一つの疑問が湧いてくるだろう。いや、これより以前から疑問は湯水の如く湧いていたはずだ。故にこそ答えよう。

 

 

 

──────何故リュウマ・ルイン・アルマデュラは様々な武器を喚び出せるのか?

 

 

 

誰しもが思ったであろう『殲滅王の遺産(ゲート・オブ・アルマデウス)』より喚び出され使用される数多くの()()()()()()()()()()()()()。それを使用し、尚且つ何故使用方法を知っているのか。何故使い手でも無いのに使えるのか。それは言ってしまえば、彼の腰に差した刀が関係している。

 

嘗てリュウマはこの■■■■■と謂われるこの純黒の刀に封印を施してはいるが()()()使()()()()()()()()()()()と話したことがある。その根拠は『殲滅王の遺産(ゲート・オブ・アルマデウス)』を使用していることにより説明が付く。要は、武器の呼び出しによる能力は魔法等では無く──────()()()()()()

 

彼はこの能力を効率良く使っているだけに過ぎない。リュウマは昔、それもまだ戦いのたの字も知らない純粋だった頃、一匹のドラゴンによって殺されかけた事がある。その時に刀は独りでに主であるリュウマの元へやって来た。だがその前にリュウマは武器を求め、武器はそれに導かれ出現した。リュウマが求めたからこそ刀が反応し武器を呼び寄せた。これこそがリュウマの持つ刀の能力()()()

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

この能力の最大の強みは、武器であるならばどんな物も召喚する事が出来ると言うことだ。あまりピンとこないだろう故に、一つ例えをしよう。

 

こことは違う別の世界で、武器を持たない人間でありながら人の心を使い武器にすることが出来る能力を持っているとしよう。そしてその人間は近くの人の心を使って武器を形にしたとする。もう既にこの時点で刀の召喚範囲内に入っているのだ。

 

ただし、一人の人間が「こんな武器があったら」という思い付きからくる意識のみの武器は喚び出せない。それは所詮形を持たない妄想や閃きの類でしか無いからだ。

 

ここまで言えば分かるだろうが、誰かの想像しただけの武器は意味が無く、だが仮に誰かの想像した武器がある程度の認知を越えて周知の事実となった場合、それは人々の意識の集合体となって形を為し、武器たり得るものとなり召喚範囲内となる。

防具も同様であり、一人の人間が思い付いた防具等は喚び出せないが、ある程度の周囲からの認知を越えたならば防具たり得るものとなり召喚可能となる。

 

 

 

しかし、召喚にもそれ相応の欠点がある。

 

 

 

疑問の一つである、何故リュウマは喚び出した武器や防具の使い方を完璧に理解しているのかという疑問であるが、それは言ってしまえば()()()()()()()()召喚者であるリュウマの頭へ、喚び出した武器の()()()()()()()流れ込むからである。

材質から構造、誰の手に渡り、どのような歴史を持つのか。どのような能力を持ちどのように使えば良いのか。それら全てが頭の中に流れ込む。だが、それはつまり、一本喚び出すだけでも膨大な情報が頭を駆け巡るということになる。

 

初めて武器を召喚した時、リュウマはその余りの情報量に頭が割れるのではないかという痛みが奔った。この時点で常人ならば既に廃人となっても可笑しくは無い程の情報量に襲われた。次第にリュウマはその情報量に頭を馴れさせる特訓をし、今では億単位でなければ一度に召喚出来る情報処理能力を手にした。最終的に何が言いたいかと言うと、彼は召喚と同時に使い方を憶えている。

 

頭の中に流れる情報は凄まじいものだが、本当に全てが全てという訳では無い。流れるのは()()()()()()()()()()()()()のみ。

その武器や防具を使用した者に関することは分からない。簡単に言えば、聖剣エクスカリバーをアーサー王が使って化け物を倒し、人々に安寧を届けたとする。すると情報はその武器を使ってアーサー王が化け物を倒した事までを知ることが出来ても、どんな方法で、どんな姿形をした化け物を倒したのかまでは分からないということ。

 

全ての並行世界を含む別次元の世界から武器防具を喚び出す事が出来る。だがそれはつまり、並行世界でもなければ別次元でもない、その世界(この世界)にのみ存在する異質の武器は喚び出す事が出来ないということになる。

 

よって──────滅神王オリヴィエ・カイン・アルティウスの『皓神琞笼紉(しろかみせいろうじん)』及び轟嵐王クレア・ツイン・ユースティアの『蒼神嵐漫扇(あおがみらんまんせん)』と

破壊王バルガス・ゼハタ・ジュリエヌスの持つ『赫神羅巌槌(あかがみらがんつい)』が喚び出す事が出来ない。逆説的に言うと彼等の武器は()()()()()()()()()()()()()、この世界のみの武器となるのだ。だからこそ、当初のリュウマはかなり驚いた。同じ物が召喚出来ないということは、今目の前にある武器がそれだけしか無いということなのだから。

 

本来の使用者でもない筈のリュウマが、別の世界で使用者はその人だけだと定められているような武器であっても使うことが出来るのかという疑問に関しては■■■■■がこの世界に召喚する際に、召喚した者であるリュウマが使い手であると純黒の力によって塗り潰し、使い手がリュウマであるということにしている。

 

だからこそ、武器ならば何でも使うことが出来る。その為にリュウマは武術や体術を極めた。よって相性は抜群となり、時には雨霰のように降らせたり、黒い波紋から手に取って使用していたりする。

 

殲滅王の遺産(ゲート・オブ・アルマデウス)』はリュウマだからこそ実現される無限の世界故の無限の武器なのだ。だからこそ、どれだけ出しても底を突く事が無い。相手の持つ武器と同じ物を手に取ることが出来るのは、もし、たら、れば、というようなIFの世界から全く同じ物を呼び寄せているからだ。

 

だがあくまで武器防具のみとなるので、他の世界にあるような不老不死の霊薬や、傷を癒す回復薬等といったものは一切喚び出す事は出来ない。但し、薬そのものが武器であるというのであれば召喚は可能となる。形がどうあれそれが武器であることに代わりは無いのだから。故に、リュウマは別次元の世界である()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

史実がどうあれ周囲からの認識がどうあれ、喚び出された武器がそれ以上でもなければそれ以下でもないという言葉はこれに帰結する。その世界から喚び出した武器であるからこその事実そのものなのだから。

 

戦い方は求めて喚び出す武器によって変わり、数は無限。使用する為の制限等無く、喚び出して使えないなんて事態には為り得ない。リュウマを相手にするということは──────並行世界を相手にするも同義である。

 

 

 

戦いが始まり、最初の犠牲者ならぬ脱落者は、最も欠けてはならなかったオリヴィエ──────

 

 

 

 

 

 

 

「ふふ…効いたぞ──────」

 

 

 

「──────ッ!?何…!?」

 

 

 

 

 

 

 

──────否。リュウマは間違いを犯し、勘違いをしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「──────少しだけだがな」

 

 

 

 

 

 

 

神の力に対し、オリヴィエは()()()力を持っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「──────滅神王()を舐めない方が良い」

 

 

 

 

 

 

 

見る者を魅了する妖艶な笑みを浮かべるオリヴィエは、レーヴァテインの力によって破壊され立ち上る爆煙の中から()()()歩み寄って来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






■■■■■の能力の一つ。


並行世界含む別次元の全ての世界から、武器防具を召喚する能力。



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第九十刀  人は開かずの扉を開けた



止まらない。留まることを知らない我が力。


父上…母上…何故我を見捨てなかったのですか…何故棄てなかったのです。我のこの力の全てを知るあなた方は何故…この力を前に──────



そう…ですか……我を…我を愛しているから…と。



知っていましたか?父上、母上。あなた方が思う普通は普通ではありません。

人は群れ、個を見出し、進化をする生物であり、優れた力を強欲に求めます。しかし、行き過ぎた力は…必ず淘汰されるのです。

だというのに…あなた方は……我の力をよりにも寄って()()()等と…。



我はあなた方の元に生まれ…幸せでした。





 

 

今の時代から大凡400年前…オリヴィエ・カイン・アルティウスは超常的存在である神をその手で殺した。何てことは無い。見境無く人間という人間を滅ぼして回っていた神が、偶然オリヴィエの元へとやって来ただけだ。だが、それでも向かってきた事に変わりなし。故に殺してやった。

 

人間という…数ある諸説の中には、人間という種族は神によって創り出された存在であるだとか説かれてはいるものの、()()()()()()()()()()()神を殺したという諸説は無い。精々半神半人だとか、何者からか神を殺すための力を与えられたとか、神を殺すためだけに生まれたとか、その様な者達は居ても、唯々純粋な人間で神を()()()()殺すような存在は居ない。一度戦えばそれは天変地異をも引き起こし、決して無傷では済まなかろう。

 

 

 

 

オリヴィエ・カイン・アルティウスではない限りは。

 

 

 

 

確かにオリヴィエは生まれながらに神殺しの力を手にしていた。神々が知れば青ざめるであろう程に、渡してはならないような人間に神殺しの力が渡ってしまった。何の因果なのか。奇蹟か?偶然か?それとも…()()()

 

リュウマにオリヴィエ、そしてその他二人の王であるクレアとバルガスという者達に、オリヴィエは己が力である神殺しの力について語った事がある。曰く、私には神に対して絶対の力を持っている…と。神を殺すのだからそれはそうだろうと思った3人ではあったものの、()()()()()()()()()()までは考えなかった。3人が思ったのは、ドラゴンに対しての滅竜魔法のように特攻効果のある力程度しか考えていなかった。

 

隠す腹積もり等皆無であった。それどころか愛する者(リュウマ)になら何から何まで明かす程の惚れ込みを見せるオリヴィエが隠そう筈も無い。だが、間が悪いことに、3人は特攻効果のある力程度の認識で終わってしまっていたからこそ…オリヴィエの持つ神殺しの恐るべき力の全容を知らなかったのだ。唯…()()()()()()()()()()()()()()()()()という単純な話である。

 

 

 

「私に神に関する力は効かない。この(神殺し)は私の意志に関係無く、平等に神の力を()()()()()()()()()()()()()()

 

「な…何…?神を殺す力ではなかったのか…?」

 

「殺す力さ。唯…──────()()()()()()()()()()()()()()()()()という力になっているだけでな」

 

 

 

オリヴィエの持つ神殺しとは、神を殺すことが出来る力では無く、神という存在の完全最上位的存在になるという力なのだ。つまりはどういう事か。事実、オリヴィエには神に関するありとあらゆる力を無効化してしまう体質であり、その両の手脚から放たれる鋭い攻撃は、神を殺すに事足りる絶対の矛になるということだ。

 

他でも無い、無傷でリュウマの灼熱の力から生還を果たしたオリヴィエ本人の言葉ではあるが、リュウマは不可解だと眉を顰め、オリヴィエに問うた。

神の力が無効化されてしまい不発に終わったのは理解した。しかし、ならば何故同じ神の武器であるブリューナクの時は消し炭残らず消滅したのかと。問われたオリヴィエは、何だそんなことかと、まるで何を今更という風に笑った。

 

思い出してみても欲しい。リュウマがレーヴァテインを放った時とブリューナクを放った時の大きな違いを。リュウマはレーヴァテインを使用する際、レーヴァテインという神器の持つ神の灼熱を解放した。しかし、ブリューナクは内部に稲妻なんてものは無い。ブリューナクとは無限に稲妻を吸収し、その力を数百倍…数千倍にまで超増幅させる、一種の増幅機関でしかない。故にリュウマは、ブリューナクを使用する際、他の雷系統である神器を複数召喚して稲妻を吸収させている。

 

ここで重要であるのは、どれ程の稲妻を吸収させて増幅させたかという事では無く、()()稲妻を吸収させて増幅させたかという事である。

お気付きだろう。オリヴィエがリュウマの魔法によって封印された原因である激闘。その最中に放たれたブリューナクではあるが、あの時は事前に()()()()()()()()()()()()吸収させて増幅させていた。結果、神の力の中に純白の対極魔力である純黒のリュウマの魔力があることで、オリヴィエの神殺しの力によって無効化させること無く、消滅するほどの大打撃を与え得たのだ。

 

 

 

「まぁ、神にのみ効く力だ。何度も言う通り、人間である貴方には効きはしないさ。唯、貴方の扱う神の武器の一切は私に効かないがな?」

 

「……成る程。思慮が浅はかであったか。効かぬとならば致し方無し。使わずして下せば良いだけのこと。然したる問題ではない」

 

「ふふっ。()()()()()()()()()

 

 

 

周囲にこの二人の王との戦いに、我もと交ざり得る力を持つ者は皆無。例え短期間であれ、あのリュウマに師事してもらったカグラであろうと、そんなカグラに打ち勝つようなエルザであろうと、リュウマが居なくなった今、フェアリーテイル最強の男と云えるギルダーツであろうとも、この二人を前にすれば吹けば散る塵に同じ。地力が…努力が…生き方が…思想が…そして何よりも育った環境が違いすぎた。同じ人間でもこうも違うのかと疑問に思わずにはいられぬ実力差。

 

魔力という不確か且つ確固たるものがあるが故に、魔導士が行う一番簡単な実力調べ…それは魔力感知。相手がどれ程の者なのかを魔力を感知することで澄んでいるのか濁っているのか、多いか少ないかを判断材料に加え、そしてどれ程の強さを持つのか当たりを付ける。これは魔導士に限らず誰もが行うことだ。一つのスポーツとて、相手のプレーを見て初心者か熟練者か、上手いか下手か大凡の検討を付ける筈。

 

睨み合う両者の魔力が爆発的に上昇する。片やリュウマを除く全員に強化魔法を施しているというのに、普段と血色無い程に昂ぶらせ、片やオリヴィエを除く全員に一人の分身を割り当てながら、尚且つ分身が使用する魔法に使う魔力までも供給しているというのに衰えが見えない。

大地は許容を越えて崩壊し、天は耐えきれずその身を割く。たった二人しか居らず、況してや魔力が上昇しているというだけで天変地異に似た現象が起きていた。竜巻は発生し、神の灼熱に曝された母なる大地は死に絶えた。

 

これ以上両者の魔力を上昇させれば、ここら一帯の足場が瓦礫の山と化すのではとなる寸前…同時に一歩踏み出した。リュウマが腰に差す純黒の刀の柄に手を掛けた。使うか、そうオリヴィエは判断し、自身も純白の双剣に手を掛ける。同時に踏み出した第一歩は地を陥没させ、次の第二歩目を踏み込んだ途端、両者の姿は掻き消えた。

 

 

 

『オリヴィエちゃんから見て右下から左上への抜刀と見せ掛けてフェイク。凌がれるの分かって態と防がせた後に鞘で右肘の関節を砕きにくるわ。それを頭二つ分後方へ回避する事で動揺を誘い、伸びきった左腕を掴んだ後後ろへと捻り上げて。リュウちゃんは右腕に比べて雀の涙程度だけど左腕の関節が幾らかだけ固いの』

 

 

 

剣を揮う速度はオリヴィエが群を抜いている。二本の剣を巧みに操り繰り出される連撃は、相手に悟らせる事無く、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()繊細までも持ち合わせている。リュウマと斬り合っていれば傷の数が多いのは確実にリュウマだろう。しかし、それは連撃に限った話。たったの一刀による速度を比べるならば、それこそリュウマに敵う者無し。たった一刀、然れど一刀。一撃のみに重きを置く刀の本業に則り、リュウマの中でも最高速度を放てるのが、何を隠そう居合である。

 

最初の第一歩は左脚から。続いて右脚。この時点で二人の間に隙間はほぼ零に近く、完全な射程範囲内。右手で刀を握り締めて左手の親指で鍔を持ち上げる。腰を落として予備動作を終え…抜刀。放たれるのは魔法の一切を使っていない純粋な剣技。迫り来る刃。何処までも澄み渡って純黒の刃がオリヴィエの首を狙う。隠すつもりは毛頭無い。狙うならば首。若しくは手脚。突いて貫いたところで然したる痛手にはなり得ない事などお見通し。故に首へと抜刀。

 

人類最高レベルの動体視力。そして膨大な戦場を越えて鍛えられ身に付け、我が物とした直感により、マリアが言う通りに右下から迫り来る濃縮された死の鎌。溜めて放たれた以前に膂力が断然リュウマの方が上。故にオリヴィエは一本ではなく二本の剣でなければ凌ぎきれない。回避等出来る筈も無い。今この場で回避の行動を取れば確実に追い打ちを掛けられる。だからこその受け。

 

重なり合った純黒と純白。火花が散り、空気が弾ける。そしてこの時を待っていたと言わんばかりに、マリアの言う通り左手に持つ鞘を引き抜いて続く第二撃目。これもまたマリアの言った通り、鞘は確実にオリヴィエの右肘を狙っていた。助言が無ければ食らっていたであろう二段構え。

言われた通り頭二つ分後ろへと回避し、右腕を身に寄せることで、肘の粉砕と同時に、勢いを利用した顎への同時打撃を躱した。マリアに言われずとも分かるリュウマの狙いそうなこと。二撃だけでなく同時に三撃目。顎等を鞘で殴打されれば確実に四肢の自由を奪われたであろう。

 

一撃目を防がれることは解りきっていた。二撃目が決まるかどうかは半々であった。しかし三撃目は確実に入ると確信していた。それをオリヴィエは事前に知っていたかのように身軽な動きで数十センチ後方へ避ける事で、顎への殴打を躱し、尚且つ自身の左腕を()られた。ゼロコンマ1秒以下に過ぎない、本当に小さな動揺が戦況を引っ繰り返す。

左腕を()らわれた。嫌な予感を感じた次の瞬間には既に、リュウマの左腕は背後へと回り込んでいたオリヴィエによって捻り上げられ、みしりと嫌な音を立てて痛みに顔が歪む。

 

不死となったリュウマであろうと、不死となっただけで痛覚が無くなった訳では無い。斬られれば痛いし熱せられれば熱い。凍らされれば壊死とてする。所詮は唯の死なないだけの歪な紛い物だ。だとすれば関節をがっちりと極められれば痛みは襲う。

 

リュウマの体は柔らかい。物理的な硬さではなく、柔軟性に則る柔らかさは一級品だろう。何せリュウマは武器による戦闘だけでなく武術も同時に使う。それ故に体が固い等は話にすらならない。元より体は柔らかい類だったが、戦闘の幅を広げるために小まめな柔軟体操等を欠かさなかった。そして手に入れたのがアスリート選手も驚く程の柔軟性だった。しかし、関節を曲がらない方向まで無理矢理曲げるのは対応が出来ない。関節が縦横関係無しに動かせる者等居ないのだから。居るとしても骨を持たない蛸が良い例だ。

 

 

 

「づッ…!何時から…っ…こんな手を使うようになった…っ…?」

 

「ふふっ…!貴方に勝つ為ならば…っ…何にでも手は出すさ」

 

『オリヴィエちゃん。リュウちゃんはそろそろ関節を自力で外すわ。その時が一番の狙い目よ。リュウちゃんの『王冠・絢爛舞踏』は本体に一度に大きなダメージを与えれば分身にもダメージがフィードバックされて消えるわ。アレを消さないとそろそろ、結局指示出してるアルヴァの無い胃に穴が空くでしょうね』

 

 

 

 

 

 

 

『違う違う!そこでその魔法を使うな!分身が体で隠しているがお前達の仲間が居るんだぞ!?巻き添えにし…そっちに回避したら思う壺で…あっ、あそこに居る分身からあの武器を取り上げろ!使わせたらマズい!…違うその分身じゃ…!』

 

「『約束された(エクス)──────」

 

『あっ…(察し)』

 

 

 

背後で何やら大きな爆発音がしたが、オリヴィエは気にしないことにした。それよりも大事な事があるからだ。関節を極めてはいるが、少しでも気を抜けば引き剥がされてしまう程の膂力がオリヴィエを襲っている。そして手から伝わる関節が外れる振動。ごきんという音と共に伝わっていた巨大な力が消えた。肩の関節を任意で外すことにより、関節技から抜け出した。

 

 

 

「タダでは抜け出させん…ッ!」

 

「ほざけ…ッ!!」

 

「──────『抱き沈める焔の腕(マザーラルフ・エンバッハ)』」

 

 

 

大きく踏み込んで急接近し、右腕のみで振り抜かれて発生する斬撃を掻い潜り、懐にまで辿り着いたオリヴィエはその手をリュウマへと押し付けた。瞬間…リュウマの全身を易々と、そして朦々と噴き出て包み込む純白の白㷔が上がる。隕石をも忽ち融解させる超熱を持つ純白の白㷔がリュウマを包んで離さず、全身を隈無く焼く炎に藻掻いた。手で払って落とせるような柔な炎ではない。そも、純白の白㷔の時点お察しだ。消すにはリュウマの純黒の魔力でなければ消えはしないのだ。

 

リュウマは直ぐさま白㷔を掻き消す為、全身を純黒の魔力で覆い、完全に純白を呑み込み塗り潰した。黒い塊からリュウマが出て来た時、オリヴィエは魔力の溜め込みを既に終え、双剣の切っ先を零距離で向けていた。本日で二度目となる純白の光線がリュウマの視界を白一色へと染め上げ、破壊力に負けてその場から吹き飛ばされていき大爆発に巻き込まれた。

 

 

 

「──────『番い放たれる一条の白胱(フォトン・デア・セイヴァー)』」

 

『良くやったわオリヴィエちゃん!オリヴィエちゃんのお陰で分身が消えたわ!』

 

「いえ。お義母様の助言には助けられました」

 

 

 

「うおっしゃーーー!!分身消えた!!」

 

「分身強すぎんだろ…」

 

「消えんな!まだ勝負ついてねぇぞ!!」

 

「消えていいんだよ!!」

 

「オリヴィエさんのお陰ですね」

 

「“愛”だねっ」

 

「“愛”は関係無いと思う…」

 

 

 

本体からいくら離れようと追い掛け、必ず追撃をしてくる分身に手を拱いていた他の者達が、分身が消えたことに喜びの表情を見せた。攻撃したところで弾かれ、地に突き刺さる武器を手にした分身は容赦も無く真名を解放したりとやりたい放題であった。その所為もあってか、戦っていた戦地は荒れ果ててしまっていた。燃えているところもあれば凍っているところもあり、深く抉れ飛んでいるところ等もあった。

 

武器は未だに消えること無く突き刺さっているままではあるが、分身が消えたことに喜んでいた者達は、件のリュウマが居ないことに気が付き、相手をしたオリヴィエに問うた。

 

 

 

「リュウマならば…()()()()()()()()()()()()

 

「スイッチ…?」

 

 

 

疑問に思いオウム返しした時、オリヴィエが視線を送る先が積み上がった瓦礫の山が弾け飛び、黒き波動が辺りを包み込んだ。黒く黒く黒いその波動は無機物である土を()()()()()()()。前髪に隠れて表情を窺う事が出来ないリュウマは両の腕を力無く垂らし脱力していた。様子が可笑しいと思ったのも束の間、唯でさえ莫大な魔力を内包しているというのに、その魔力は今…この時を以て更に4倍へと膨れ上がる。当初のリュウマの魔力の実に()()()()である。

 

この時点で既に周囲の環境が大きく変わる。戦闘に於ける破壊によってのみ砕かれていた大地が、リュウマの放出する魔力の余波のみで罅割れ、陥没し、砕け、拉げ、次々へと無意味の破壊活動を繰り返していた。そして特に目に焼き付いてしまうのが…リュウマを中心として広がり続ける黒い変色化である。

 

 

 

「な…なんで色が……」

 

『塗り潰されているんだ。あの子の魔力は存在する中で最も凶悪であり絶対であり、そして最も解放してはならないものだ』

 

「強すぎるってことか?」

 

『それもある。だが一番の要因は…その()()()()だ』

 

「敵味方全く関係無いってこと?でも、リュウマに何回か力を貰ったり、付加魔法掛けてるとこ見たよ?」

 

『それはリュウマが()()()()()()()()()()()()()()()()。本来あの子の魔力は異質の中の異質だった。何の干渉も許さず、唯々増幅を繰り返していく。何時しかリュウマは居るだけで周囲に破壊を撒き散らすようになった。だから()()()()()()()()()()()()()()()()()。だが、今や周囲にすら影響を及ぼしてしまうかどうかというギリギリの封印すらも解かれた。最早長時間近付けば訪れるのは崩壊だ。人が人でなく、あの子の魔力に犯されて命を蝕まれるぞ』

 

「マジかよ…!?じゃあめちゃくちゃ怒らせたってことか…?」

 

「ハッハー!!燃えてきたぞ!!」

 

『少し違うな。確かに怒りはそれなりに蓄積されているだろうが()()()()()()()()()。あれは、お前達を倒しきるにはこれ程の力が必要だと自身で認めたに他ならない』

 

 

 

 

王冠・絢爛舞踏というのは、謂わばリュウマ・ルイン・アルマデュラの最も得意な領域(フィールド)だ。異界である並行世界から無限に武器を喚び出してはこの世に召喚し、挙げ句の果てにはそれらを何の制限も無く使用して相手を追い詰めるのだ。相手からしてみればワニの住む川に何の装備も無しに浸かっているのと同義である。そんな絶望的な領域を越えてきた。更に力を入れなくてどうするというのか。

 

リュウマは正直に言って、オリヴィエは兎も角、その他の者達等は眼中にすら入っていなかった。適当にやっても必ず、況してや苦戦を強いられる等と露程も思っていなかった。だからだろう、彼は更に…外してはならないところまでの封印すらも外した。周囲に影響を与えてしまう、戦いに於いて厳選した何も無い平野出ない限りは解いてはいけないところまで。

 

 

 

「封印第七…第八門までを解放」

 

 

 

莫大な魔力が周囲を犯しゆく。黒く変色させて塗り潰し、これから向かって来るであろう若者達…この時代を生きる、これから先の未来が輝きに満ちている者達を如何してくれようかとうねりを上げる。可視可能になる程の大魔力は天を貫くように聳え立ち、波動は常に発せられ、気を抜けば意識を持っていかれそうになる。いや、そもそも戦おうという意思すらも持っていかれそうになる。それだけはダメだ。自分達は何のためにここまで来たのだ。何のために戦っているのだ。

 

気力を振り絞り、頭と本能が逃げろと言っていることに聞かぬふりをし、心の中に芽生える恐怖の種は、隣に居る掛け替えのない仲間と手を取り合うことで覆した。何、怖がる事なんて何一つ無いではないか。今目の前に居る()()()()男は自分達の仲間なのだから。ただ少しやさぐれてしまい、珍しく取り乱しているだけだ。一番先頭に立つオリヴィエの横へ、後ろに居たはずの者達が歩み進め並んだ。

 

本来ならば立つことすらままならない程の圧倒的存在を前に、各々は先程よりも更に気合いを入れる。己が頬を叩いて足でしっかり大地を踏み締め、目先の目標に目を向ける。既に者共には不安や恐怖の類は無い。あるのは、やれるものならやって見ろとでも言うような挑発的なものだった。

 

 

 

「痴れ者共が……──────」

 

「──────かッ…!?」

 

 

 

「……え…?」

 

「は…?」

 

 

 

瞬きはしていなかった。兎に角リュウマから一切目を離していない状況下でありながら彼の姿を一瞬で見失い、気が付いたときには既に、手に取っていたのであろう大槌を振り抜き、オリヴィエが遙か上空にまで吹き飛ばされてしまっているところだった。全く見えなかった。それどころかリュウマが動こうとした気配すら読み取れず、行動の一切が見えなかった。感知も出来ず、予測も立てられず、唯オリヴィエが吹き飛ばされた事だけが分かった。

 

一番最初に反応したのはナツだった。オリヴィエの隣に立っていたことから、突如現れたリュウマに一番近いところに居たのだ。

炎を足に灯して体を捻り込み、しゃがんで地面に手を付き、回転しながら遠心力も載せて横凪に蹴りを放った。しかしその蹴りは虚空を切る。当たる寸前まで一切の予備動作を見せぬまま、忽然と消えるように避けた。

 

一体何処に行ったんだと周囲を見渡しているナツ。しかし数瞬後、くの字に曲がる程の強烈な中断蹴りを背中に受けた。

 

 

 

「かッ…!?ひゅっ…!」

 

「ナツッ!!こうなりゃ…!全員少し離れろ!!」

 

「ルーシィ!」

 

「エルザ…分かった!!」

 

 

 

飛んでくるナツを受け止め、近くに居たシェリアとウェンディに任せると、自身から離れるよう叫んだ。バックステップで仲間達が幾らかの距離を離れた事を横目で確認したグレイは、両手を腰で一度構えてから両の手を地面に付けた。すると如何だろうか。リュウマを中心とした足元から巨大な氷塊が出来上がった。回避先すらも巻き込む広範囲魔法に、確かな手応えを感じたグレイ。完全に凍りきる事は無くとも、少しの時間稼ぎ位は出来たと思っていた。

 

背後から砂を踏み締める音が聞こえた。先程仲間達には離れるように言ったところであり、これ程の距離に誰かが居る事は見渡した時には確認出来なかった。ならば誰だろうか。グレイは背後の人物が誰なのかと考えるよりも先に両手を直ぐに腰の横へと持っていき構えた。

 

振り向き様に放った氷の大剣の一撃は、背後に立っていたリュウマに届くことは無かった。いや、届くことは無かったという言葉には少しの語弊があった。実際には振り向き様に横から薙ぎ払うように揮われた大剣を、リュウマは人差し指と親指のみで挟み込んで止めた。そのまま押し込もうにも、引き抜こうにも万力の如き力によってピクリとも動きはしない。

 

掴んでいる手に少しの力を込め、リュウマはグレイの造った氷の大剣を粉々に砕き割った。陽の光に照らされて光る氷が幻想的な光景を作り、グレイは次の魔法をと構える寸前、彼の腹部には深々とリュウマの拳が突き刺さった。消し飛んだのではと感じてしまう重い一撃に意識を朦朧とさせ、そのままリュウマの元へと倒れ込む。

 

もたれ掛かってきたグレイの頭を鷲掴んで宙へと持ち上げると、上へと放り投げて足首を掴むと、離れて固まっている退避していた仲間達へと無雑作に放り投げた。危なげに数人がかりで受け止めた時、リュウマの目前にはルーシィを運んで来ていた『飛翔の鎧』を纏うエルザが居た。

 

 

 

「いけ!ルーシィ!!」

 

「お願いレオ!──────『星霊衣(スタードレス)』・カプリコーンフォーム!」

 

「任せてルーシィ!…レグルスよ…我に力を──────『獅子光耀(ししこうよう)』ッ!!」

 

「────ッ!」

 

 

 

喚び出された獅子宮のレオ。獅子王(レグルス)の光を全身から発した途端、視力10.0を誇るリュウマの眼球に目眩まし効果を生んだ。苦しそうに目元を押さえるリュウマとは別に、ルーシィは何てことは無く鞭を構えていた。目を瞑っていたからでも、手で覆っていたからではない。レオが光を発する瞬間、ルーシィはカプリコーンフォームへと移行していた。カプリコーンフォームへと換装したルーシィは、星霊の力をものにする能力で近接格闘を熟すことが出来る他──────サングラスを掛けている。

 

星霊衣を身に纏うと同時に装着される偏光の力を持つサングラスは特別製であり、強力な光を無効化させる効果を持つ。それによって目は守られ、視界を遮ること無く平然としていられた。隣にいたエルザには最初から伝えていた為、異空間にしまっていたサングラスを掛けることで同じく防いでいた。

 

巨人の鎧を身に纏っているエルザが零距離だというのに槍を投擲するフォームを見せ、ルーシィは鞭を後方へと振り絞った。全くの同時に行われる連携攻撃。目の見えていない今のリュウマは格好の的に過ぎず、想い人故に手を弛めそうになるものの、互いに見合わせて覚悟を決めた。揮われる鞭、投擲される槍。その二つがリュウマへと向かう瞬間……リュウマは鞭を手に取って手首を巻き付け、エルザが投げ終える前に矛先を鷲掴んでいた。

 

 

 

「────ッ!?何故…!目は見えていないはず……ぇ?」

 

「ひっ…!?」

 

「チッ…我の眼を狙いおってからに…」

 

 

 

エルザは信じられないというような顔をして驚愕し、ルーシィは短く悲鳴を上げた。二人がその目に映したのは…リュウマの背に生える6枚の黒白の翼に、無数に散らばり凝視してくる目玉であった。

 

折り畳んでいた翼を大きく広げる圧巻さに加え、表にも裏にも数多くの目玉が瞬きを繰り返しては、ルーシィとエルザをこれでもかと凝視しているのだ。余りの不気味さに、余りの(おぞ)ましさに言葉を失っている間に、元より顔に付いている方の眼を閉じているリュウマは、ルーシィの鞭を力強く引っ張って手から抜き取り、もう片手に持つエルザの槍をエルザ共々振り回した。

 

武器を離すタイミングを逃したエルザは掴まっていたが、直ぐにリュウマはその手を離し、エルザ本人をルーシィに叩き付けた。

身体能力が上がっていることで驚きながらも確りと受け止めたルーシィだが、そんな固まってしまった二人が鞭によって縛られた。ルーシィから奪った武器を使って、リュウマは二人を縛り上げたのだ。

 

翼にある目玉を細めて口の端をゆらりと吊り上げさせたリュウマに、これから起きることを直感的に理解したルーシィとエルザは顔を蒼白とさせた。片手から両手に持ち替え、腰を捻りながら反対方向へ体を向けたリュウマは、まるでスポンジでも相手しているかのようにルーシィとエルザを振り上げた。このままではリュウマの膂力に合わせて重力と遠心力を載せた叩き付けが決まる。どうにか抜け出そうとする二人に救いの手が届く。

 

 

 

「大丈夫か。エルザ、ルーシィ」

 

「カグラ…!すまない。助かった」

 

「ありがとう!」

 

「うむ。それよりもここを離れるぞ。巻き込まれでもしたら洒落にならん」

 

「何を……早く離れないと!!」

 

 

 

刀で鞭を両断し、二人を回収して後方へと下がったカグラ。そんな彼女が何を言っているのかと首を傾げた二人は、カグラの背後、その更に向こうで攻撃の準備をしている者達を見て頬を引き攣らせた。

 

 

 

「全力でいけえぇぇぇッ!!!!」

 

「魔力を解放しろ!!!」

 

「全員合わせろよな!」

 

「どうなるか分かったもんじゃねぇが…食らいやがれ!」

 

 

 

「ほう…?良かろう。来るが良い」

 

 

 

リュウマに対して横一列に並ぶドラゴンスレイヤーに合わせてゴッドスレイヤーに滅悪魔導士。その者達の共通点は、全員で大きく息を吸い込んで咆哮(ブレス)の準備を整えていることにある。一人一人が既にS級魔導士たり得る存在でありながら、その全員が極限までオリヴィエによって強化を施されている。そんな彼等の攻撃を一緒くたに放てばどうなるのか。それは考えるまでも無く、唯々火を見るより明らかであると言えるだろう。

 

合図に合わせて魔力を溜め込んでいく彼等の事を、翼から目玉を消し、目眩ましから慣れた本来の目でリュウマは見ていた。

 

膨大な魔力だ。己の魔力と比べれば見劣りしてしまうだろうが、それが幾つも重なり合った時、その見劣りは覆る。彼の王は嗤う。それが今出来る最高の一手かと。隙だらけだというのに警戒もしないところを見れば、舐められているのか、これで決められるという過剰な自信か。あれ程やられておきながら何という浅ましさかと思いながら、リュウマは唯々じっとその場で待っていた。そして、その時は来た。

 

 

 

 

「──────『火竜の咆哮』ッ!!」

 

「──────『天竜の咆哮』っ!!」

 

「──────『白竜の咆哮』ッ!!」

 

「──────『影竜の咆哮』ッ!!」

 

『──────『雷竜の咆哮』ッ!!」

 

「──────『鉄竜の咆哮』ッ!!」

 

「──────『天神の怒号』っ!!」

 

「──────『氷魔の激昂』ッ!!」

 

 

 

 

一度に放たれた咆哮は、別々の系統の属性魔法だというのに、力を合わせた者達のように混ざり合い、一本の超極太の破壊光線となった。

 

空間を揺らし大地を抉り削る。迫り来る光景を見れば圧巻。普通ならば覚悟を決めねばならないほどの魔法だろう。しかし、相手はあのリュウマである。頂点に登り詰めた男が何に畏れろというのか。こんなものは畏れる程のものではない。今か今かと光線が迫り来る中、リュウマは半身を引いて半身へとなり、両手を前に出した。

 

 

 

「まさか…受け止める気か…!?これを!?」

 

「ククク……フハハハハハハッ!!!!」

 

 

 

全魔力を使い切るつもりで一斉に放った一本の咆哮が…着弾した。しかし、()()()()()()。爆発するでも無く、突き進むこともなく、()()()()()()()()。渾身の咆哮はたった一人の人間に()()()()()()()()()()()()

 

足の筋肉が隆起し、腕中の血管が浮き出て脈動する。顔にも青筋を浮かべては歯を食いしばっている。リュウマは予想よりも強化されている咆哮に全膂力を注ぎ込んで受け止めていた。

踏み締めている地面がかち割れる。罅ではなく亀裂が生じ、踏ん張るための足場を無くしそうになるのを魔力で固定することで補い、受け止めている膨大な魔力の塊も暴発して大爆発を起こさぬよう魔力で覆っていた。

 

 

 

 

「押し切れえぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!」

 

「もっと魔力を回せ!絶対に負けんな!!」

 

「オオオオオオオオオオオッ!!!!!」

 

「負けないで!!頑張って!!」

 

 

 

「ク…クク……ッ…ハッハァッ!!」

 

 

 

だが、それでもリュウマを押し遣る事が出来ない。後ろへと持っていくことは疎か、少しずつ…少しずつ前に進んで来ては追い詰められていた。どれだけの対魔力。どれだけの膂力を持ち合わせているのか。目の前で咆哮を受け止めている男はどれだけ強い存在なのか、場違いだとしても直感させられてしまう。

 

一歩…また一歩と歩みを進めていたリュウマは前進を止め、息を大きく吸い込んだ。大気中に漂うエーテルナノを吸い込んで直接魔力へと変換させ、口内で黒く眩い光を放出する球体を生成した。

 

 

 

「興が乗ったぞ。我も形式に則るか」

 

 

 

莫大な魔力で編み込まれた純黒の球体を造り出したリュウマは、目前の光線に向かって放ったのだった。

 

 

 

「──────『殲滅王(せんめつおう)孥号(どごう)』」

 

 

 

解き放たれた莫大な魔力の奔流は、黒き光線となり、あれ程リュウマの膂力と拮抗していた力を持つ咆哮を易々と押し返した。ぶつかり合う魔力。溜めた魔力の純粋な力比べとなってしまい、そうなると持続力も破壊力も全てリュウマの方に分がある。渾身の咆哮が押し戻される。これ以上戻されれば押し負けてしまう。如何すればと焦りが見え始めた時、アルヴァの声が響いた。

 

 

 

『今だオリヴィエ嬢!!』

 

「押し返せ──────『敗北赦不(セン・ペンテッド)』」

 

 

 

リュウマの手によって大槌で吹き飛ばされていたオリヴィエが戻り、咆哮を撃っているナツ達に魔法強化の魔法を施した。心臓の鼓動のように体が一度だけ脈打ち、体の奥から更に力が湧いてきた。湯水のようと形容出来る程の魔力が流れ、咆哮に尚のこと魔力を注ぎ込むと、総合威力は数倍にまで膨れ上がった。突如上がった火力に瞠目する。何処にこんな力が有ったのか。底力にしても強くなりすぎだ。

 

何があったと思考して直ぐのこと、オリヴィエが居たことに気が付き、火力が上昇したのは彼奴の仕業かと直ぐに気が付いた。

押し込んでいた筈の魔力に今度は押され始めた。元より強力無比であった魔法に、オリヴィエが更に強化を加えたからだ。その為リュウマの放った咆哮をも上回る威力となっていた。しかしそれでもリュウマは嗤う。最初から全力で撃つわけが無いだろうと。

 

リュウマの咆哮の威力が先程とは打って変わる威力へと底上げされた。何故今になってこれ程のと驚愕しながら、負けて堪るかと魔力を総動員する。地響きが起きて野生動物が本能的に逃避を選択し、人はこれの行く末に何が起きるのか心臓を高鳴らせた。押して押し返しての不毛な遣り取り。だが、リュウマの咆哮の方が強力だった。純黒の光線がもう間近となった時、強化魔法を施していたオリヴィエが動いた。

 

 

 

「良し。溜まったぞ。其処らに良い()()()()()()()()()()()()

 

「魔力……ッ!!我が神器から魔力を抽出していたのかッ!!」

 

「ふふっ。溜めに溜めた私の魔力を見るがいい──────『番い放たれる一条の白胱(フォトン・デア・セイヴァー)』ッ!!」

 

「ぐっ…!っく…!!お…おォ…オォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

 

 

 

戦い始めてからオリヴィエによって掛けられた強化魔法に合わせ、魔力増幅の強化魔法。そして自身にも強化魔法を施しながら、魔力を抜き取れる神器をマリアから聞き出して抜き取った莫大な魔力。それら全てを合わせた究極の一撃は、何時しかリュウマの咆哮すらも押した。

 

焦ったように魔力を籠めるも、尋常ではないほどの魔力をリュウマの神器から抜き取り、己が力に変換させて撃ち放ったオリヴィエの一撃に耐えきれず、遂には咆哮を掻き消されてしまう距離まで接近を許し、剰え両手を前に出して直接受け止めた。足を固定化させるも、それすらも上回って後方へと引き摺られていき、受け止める手が灼けるように熱い。

 

よもや押し通されるとはと驚き、このままでは重傷では済まないことになると分かりきっているというのに、如何しても押し返すことが出来ない。意思に反して獣道を作る足に力を入れるも、引き摺られていくだけ。そしてとうとう、数百メートルも押されたリュウマを捲き込みながら大爆発を起こした。

 

腕で顔を覆わなければ、起きた爆風によって立ち上る砂煙を食らってしまう程の大爆発。心の片隅ではやはりこんな魔法を全力でぶつけて大丈夫なのだろうかという思いがある。だがそれも、アルヴァとマリアの()()()()()()()()彼方にまで吹き飛んでしまった。

 

 

 

「…理…解……した。貴様…等が…何をしようと…諦めるという手が選択肢にすら無く、余程我を知る何者かが手引きをしているということが。本来我の神器からは魔力を抜き取る等という芸当は出来ぬ…が、ある特定の神器からは抜き取る事が可能だ。しかしそれを知るは我のみ。だがどうだ。オリヴィエ…貴様はそれを全て見抜いた。貴様のみでは到底出来ぬ工程だ。それすらも加味すれば、貴様等に手を貸す者の異常性が窺えるというもの──────故に」

 

 

 

『来る……来るぞッ!!』

 

『あなた達っ!隣の人と手を繋ぎ合って!抱き締め合ってもいい!兎に角()()()()()()()()()()()!!』

 

『今から訪れるものに疑問を抱くな!深く考えるな!()()()()()()()()()()()()()!!』

 

『一度でも呑み込まれたら絶対に戻ってこれなくなるわ!!』

 

 

 

尋常ではないアルヴァとマリアの必至の形相に、何が起こるのか分からないが()()()()()()()()()()()()()ということを理解した者達は、隣に居る仲間達と存在を確かめ合うように固く手を握り合った。

 

これで二度目となる光景であるオリヴィエは、手を繋ぐことはしなかったが、後ろから突然手を握られて驚き、誰かと背後を振り向けばルーシィとミラがその手を握り、反対の手でカナやウェンディといったリュウマを好き合う同士と手を繋いでいた。何故私もしなければならないと思いながら、仕方ないと溜め息を吐きながら手を繋いだ。

 

 

 

これから訪れるのは──────人類が到達しえた最後の到達点。

 

 

 

 

そして──────其が彼の王である。

 

 

 

 

「此処までこの我と対等に戦えたその執念に対し、我が敬意を表し──────真のリュウマ・ルイン・アルマデュラで以て相手をしよう」

 

 

 

 

故に刮目せよ。此が…此こそが…人々が畏れ…崇め…触ること勿れと称されながら、人類最終到達地点と謂われた…殲滅王である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原点故に我が起源(ヴォルテクス・ワン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュウマの()()掛けられた既存する封印が今…解き放たれた。

 

 

 

 

爆発的?天井知らず?底無し?そんな生易しいものなのでは決して…決して無い。

 

 

 

 

世界は今…黒き力に呑み込まれ、支配された。

 

 

 

 

そして──────

 

 

 

 

 

 

「──────解号」

 

 

 

 

 

 

それだけに飽き足らず、リュウマは文字通り…嘘偽り無く()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

(すべ)てを()()()(つぶ)せ──────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────『黑神世斬黎(くろかみよぎり)』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

掛けられた数多くの封印の中で、リュウマと同じくして人類最終到達地点と称された盟友の三名を以てしても、リュウマに掛けられた封印で最も解いてはならないと口を揃えて言うのがこの…黒よりも黒い純黒の刀…黑神世斬黎(くろかみよぎり)である。

 

 

体が震える。思考を赦されない。先程まで感じていた仲間の手の感触が分からない。人の体温が触覚を刺激しても脳まで行き渡らない。それよりも先に…目の前の男が何なのかという深層的探求が深い。しかし、これ以上踏み込んではいけない。アルヴァの言うように、この力に疑問を感じてはならない。この力は()()。ナニカの力では無い。ただ、この力がこの力でしかないのだ。それ以上でもそれ以下でもその他でもない。たった一つ現実であり現象であり起源であり…()()()

 

世界中に蔓延る魔導士が極度の恐怖感に襲われ、何かに狙われているでもないというのに臨戦態勢に入る。しかしその手は…足は…体はこれ以上無いほどに震えていた。中には口から泡を吹いて倒れ込み気絶。大丈夫かと駆け寄る事も出来ず、周囲の者達も同じくして倒れていく。

 

 

殲滅王 リュウマ・ルイン・アルマデュラが400年の時を経て──────

 

 

 

 

 

 

 

この時代に顕現した

 

 

 

 

 

 

 

心して挑み掛かるがいい。その男は世界を恐怖させ、世界に恐怖された者である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






この時代…この時…この場…今を以て、人は人であり人でなしの最後の扉をこじ開けた。



それは果たして……望みしものか?



例え、そうであろうと無かろうと…開けてしまったならば致し方なし。



さあ…()()()君達の(いただき)…頂点だよ。



()()()()()()()()()()()()()()()()()



ハァ……()()()()()()()()()()()……





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第九一刀  参冠禁忌が一つ 本領発揮



右 左 上 下 後ろ そして前


何処を見ようと、何処を向こうと(まなこ)に映るは黒より黒き我が純黒。


なんと…なんと心安らぐことか…。


我は黒…本質なり。


何者であろうと…何人たりとも我を…この我を犯すこと赦さぬッ!!!!


我は王。殲滅王であり、誇り高き翼人が治める大国…フォルタシア王国第17代目国王リュウマ・ルイン・アルマデュラである──────



何者であろうと…我を…我を識る事赦さぬ。






 

 

今から大凡400年前に栄えた栄光の国…フォルタシア王国。その国の王であり、歴代の王の中で最強の力を持つと謳われた伝説の王…17代目国王リュウマ・ルイン・アルマデュラ。そんな彼の体は不可能という文字で構成されていた。代表的な最もたるものは…()()

 

純黒の魔力は今更語る必要無き程の侵蝕性。総てを呑み込む黒。しかし、その他に上げるものは魔力の総量。魔導士にとって魔力量は魔法の使用可能回数と持続時間に直結する。となれば、魔力というのは多ければ多いことに越したことは無い。だが、その魔力が()()()()ということは訊かぬだろう。赤子には多すぎる事はあろうと、成人した者に対して多すぎる何てことは訊いたことが無い筈だ。

 

 

リュウマ・ルイン・アルマデュラ…世界でたった一人しか持ち得ない()()()()()()()()()

 

 

病名…先天性急性魔力増加過剰症…生きている限り魔力が増加し続けるという奇病…。ならば魔導士として…魔法を使う者として絶対的アドバンテージであると言えようが、何もそれだけではない。この奇病は生きている限り…()()()()()()()()()()()()()()()()()()というものだ。この奇病は今まででもリュウマしか患っておらず、一度発症すれば()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

……結論を言えば…リュウマは元々3()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

不死となる前のリュウマは御年24。後6年以内には確実に命を落としたであろう程に体が()()()()。しかし、リュウマは不死となった。死なない…否、死ぬことが出来ない存在となったリュウマは魔力の増加を止める術を持ち得ない…筈だった。彼は無理矢理にでも封印を掛けることに成功した。だからこそ彼は任意に魔力の増加を止めることは無理でも緩和させることが出来るようにした。

 

魔力を増加させてしまう病気により、今のリュウマの魔力は人の範疇を超越したものとなってしまっている。リュウマは己に掛けた封印を解くことにより、以前の魔力へと戻っていく。それはそうだ。上がるのではなく、封印を解いたのだから戻るという表現が正しい。しかし、その戻る時の倍率に問題があった。

 

一つ封印を外すことにより2倍ずつ増える(戻る)。それが全部で8つ。そこから更に上位で強力な封印があり、それは一つ外すことにより4倍…それが4つ。その他にも幾つも幾つも…そしてそこから純黒の刀…黑神世斬黎(くろかみよぎり)による莫大なバックアップ。言葉だけではその異常性が伝わり辛いであろう。それを表せばこうなる。

 

 

 

(一門)×(二門)×(三門)×(四門)×(五門)×(六門)×(七門)×(八門)×(九門)×(十門)×(十一門)×(十二門)×(第二魔法源)×4000(潜在能力)×4000(バックアップ)

 

 

 

つまり、初期の2097152000000倍…2兆971億5200万倍である。

 

 

 

ウルティアによる第二魔法源によって更に秘めたる第二の魔力の器が解放され、それにも封印を掛けていた。それを外すことにより2倍も入る。そして世界最強の男の体の底に隠れる潜在能力により4千倍…黑神世斬黎(くろかみよぎり)はその潜在能力分の魔力増幅を促す。つまり、潜在能力が3倍だったら3倍。4倍だったら4倍なのだ。しかしリュウマは脅威の4千倍…だから4千倍となる。

 

リュウマの行った原点故に我が起源(ヴォルテクス・ワン)とは、簡単に言えばリュウマに掛けられた封印を一度に総てを取り除き破壊し、解放する魔法である。これだけでも十分だが、問題はこの原点故に我が起源(ヴォルテクス・ワン)()()()()。全盛期のあの頃へと一気に駆け戻る魔法である。そうなると…忘れてはならないことが一つ。400年もの間、恐るべき速度で魔力が増加しないように留めていた分…そこに殺された事による死からの起死回生の復活にダメージ。それらを加味して……250倍がフィードバックされ5242880000000000倍…5248兆8千億倍である。これは嘘偽りなど無い現実である。

 

聖十大魔道に登録された者達。リュウマもこうなる前には登録されており、序列は8位。彼は魔力が本来の5248兆8千億分の一しかないにも拘わらず、それでも大陸で優れた魔導士十人に数えられた。この異常性が伝わるだろうか。聖十大魔道の魔力の約5千兆倍の魔力を、人間の体の中に内包しているのだ。

 

巫山戯ていると思いたくなるのは、何も魔力だけではない。解放されたのは魔力以外の封印もある。それは身体能力の封印。日常生活で支障が起きる程に鍛え上げられ、進化したリュウマの身体能力を抑える目的で掛けられた封印も解かれていた。

 

 

 

「こ、恐い……」

 

「なん…だよ…これ……!!」

 

「嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ」

 

「わ、私は…私は何を…?何をしようとして…」

 

「はは…ははははははは……!」

 

 

 

感じたことの無い…否、これから先の未来に於いてもこれ以上、又は追随する魔力なんて無いであろう程の…世界を覆ってもまだ余りある魔力。その発源地の傍に居る者達は皆、魔力に当てられて思考が鈍り、恐怖により可笑しくもないのに笑う。手を繋いでいてもこれだ。一人では確実に廃人と化していただろう。オリヴィエは唯一無事だ。経験が二度目ということもあるが、それ以上に同じ人類最終到達地点であるからだ。

 

 

 

「貴公等ッ!!気を確りと持たないかッ!!」

 

「──────ッ!?」

 

「は…ぁ……何が…」

 

「オレ…今……」

 

『だ~から言ったというのに…』

 

『ちゃんと意識を持たないと魔力に当てられちゃうの。今のリュウちゃんは封印が何も無い…本当のリュウちゃんよ。……心してね』

 

 

 

危なくここに来た目的すらも忘れ、意味も無く何もしないような廃人となる前、オリヴィエが純白なる魔力で皆を覆い、一時的にリュウマの純黒なる魔力から隔離した。正気に戻った者達は一様に、オリヴィエによって造られたドームの隔離空間でその原因を見た。薄い純白のドームの外は黒かった。真っ黒というよりも瘴気が充満しているように見える。見付けるのも苦労しそうな程に悪い視界の中で、目を凝らした。

 

その人物は居た。真の姿を晒した殲滅王…リュウマ・ルイン・アルマデュラは腰に差す黑神世斬黎(くろかみよぎり)を右手に持っていた。しかしそれだけではない。リュウマの周囲は純黒の鎖がゆるりと渦を巻くように、リュウマを守護するように回り、更にその外側を…これまた純黒の球体が幾つも廻っていた。体には幾千も幾何学的な線が首からのびて鰓まで届いている。恐らくは王の装束の下にも刻まれているのだろう。

 

 

 

「なんだあれ…」

 

「鎖に…玉?」

 

『あれはリュウマの最も信用する魔法と神器だ』

 

地獄鎖(じごくくさり)…地獄に縛られる罪人や咎人を結び付け、戒める絶対の鎖。あの鎖は斬れることは疎か千切ることも灼くことも凍らす事の出来ない絶対の鎖』

 

『更に外側でリュウマを中心に廻っている球体は禁忌魔法の一つ…『廻り守護せん擬似太陽銀河(シュステーマ・ソラーレ・ギャラクシア)』という魔法だ。これはリュウマが使う防御魔法の中で最硬の魔法』

 

『あの状態のリュウちゃんはね?()()()()()()()()()。死角無く油断無しにして慈悲無し。こうなったリュウちゃんには絶対に誰も近付けない。億が一にでも近付けて攻撃が出来て、傷を負わせても自己修復魔法陣が瞬時に治すの』

 

『そう…()()()()()()()()()()ッ!!お前達にはそれが必要だ』

 

 

「「「「──────おうッ!!!」」」」

 

 

 

近付けないと分かっていながらも立ち向かう。思考が停止していたのは最初だけ。今はオリヴィエのお陰によって意識を取り戻した。となればだ、仲間が居れば何も恐くは無い。これは取り戻す為の戦いだ。取り戻す対象を前に怯えてどうするというのか。

 

 

 

「はぁ…ふふふ……此が…此こそが我…久しいぞ…清々しい気分だ。何も我を縛るものが無いこの感覚ッ!フ…フフ…フハハハハハハハハハハハハッ!!!!!」

 

 

 

高笑いしているリュウマは無雑作にその脚を持ち上げ、何てことは無い重力に従うように脚を振り下ろした。

 

 

瞬間──────()()()()()()

 

 

リュウマを中心として蜘蛛の巣状に大地に罅が入る。それは地平線の彼方にまで届き、優に5千万㎡を超える大陸一つをかち割ったのだ。たった1回の踏み込みで、それも大して力を籠めたような素振りも無く、魔法の使用も無しで…唯純粋な脚力だけで大陸を割った。

 

足場が崩れ始め、地割れが起きて谷底に落ちそうになるのを助け合いながら回避し、この惨状に驚愕を禁じ得ない。一体どの世界に踏み込みのみで大陸を割る人間が居るというのか。確実に人が手にするべき力を越えている。落ちそうになっているルーシィの手を引っ張って助けているミラの横を白き閃光は通り過ぎた。

 

 

 

「ぜェりゃあァッ!!!!」

 

「──────『金星(ウェヌス)』」

 

 

 

リュウマの懐へと跳び込もうと斬り掛かったオリヴィエの刃を、彼の周囲を廻る球体の一つが言葉に従い前に出てオリヴィエの双剣を受け止めた。どれだけ力を籠めようとビクともしない。ミリ単位でも動かない球体に、これはこんなにも硬いものだったかと動揺が顔に出たオリヴィエは、その場から後方へと飛び下がる。すると数瞬後には純黒の鎖が彼女の居たところに飛んできて円状に広がって窄める。その場に居れば拘束されていただろう。

 

小さく舌打ちしたオリヴィエはその場から横方向へと走り始め、リュウマの周囲をぐるりと回り始める。走る速度は上昇していき、最後には目にも留まらぬ速さとなって砂埃すら巻き上げる。一拍置いてかキラリと何かが光り、斬撃が襲来する。最初の斬撃を皮切りに目まぐるしい数の斬撃が中央に閉じ込められているリュウマへと向けられた。

 

 

 

「──────『水星(メルクリウス)』」

 

 

 

しかし、リュウマの言葉に従い一つの球体が前に来ると弾けて砕け、その破片が薄い膜を形作りリュウマを覆い尽くす。飛ばされた斬撃も薄黒い膜に阻まれてしまい不発。どれだけぶつけようと傷一つ無い膜を見て、オリヴィエは走り回るのを止めて一度更に後ろへと下がった。代わりに出て来たのはエルザとミラ。フェアリーテイルの最強女魔導士1位と2位のコンビである。

 

走り寄る二人を鞭のように撓った鎖が狙うが、二人は紙一重でこれを躱し、蛇行しながらリュウマの元へと向かう。しかし、地面から生えるように現れた鎖にミラが足首を捕られてしまった。鎖が引き上げられて地面から全容を見せた後、鎖が握られている訳でも無いのに独りでに撓り、ミラを持ち上げて反対方向の地面に叩き付けた。受け身を取って衝撃を殺したところで持ち上げられ、また地面に叩き付けられた。繰り返すことに5度。ダメージが蓄積してきたのを皮切りに変身魔法で小鳥に化け、足首を捉えていた鎖を外した。

 

ミラに意識が向いている内にと、エルザはリュウマの背後を取った。『風神の鎧』に換装したエルザは風をある程度操ることが出来、同時に『巨人の鎧』の右腕部の鎧のみを部分的に装着することで投擲力向上を謀る。そしてその手に換装されたのは『雷神の槍』。膨大な雷の魔力を内包する槍である。

半身になって大きく踏み込み、鎖がミラに向かって薄くなった所と、球体が一番離れている同一箇所を狙って投擲された。風を操り僅かながらの軌道修正を施し、巨人の鎧で速度と威力の底上げ、外れても副次的に雷のダメージを与えようということだ。

 

 

 

「──────『天王星(ウーラヌス)』」

 

 

 

一番防御力の低い所を寸分の狂いも無く放ったというのに、背後に眼を向けること無く球体に指示を出した。球体は割れてその形を変えると傾斜の付いた板状に変わり、槍の進行方向を捻り曲げた。ロケットの発射台の効果を持たせられた槍は別方向に居たユキノの元へと一直線に突き進む。拙いとエルザが肝を冷やしていると、槍から発生する雷だけが別の場所へと流れていき、ラクサスの口の中へと吸い込まれる。槍はギルダーツによってクラッシュ(破壊)された。正直壊されるのは痛いが、ユキノが無事ならば仕方ないということにした。

 

それならばこれならどうだと、ミネルバが小石を拾い上げる。その横をナツが走り抜けた。飛び交う純黒の鎖を軽い身のこなしで避け、危ないときは爆炎で無理矢理凌ぐ。エルザの為に時間を稼いでいたミラと合流したナツは右から迂回してミラが左から迂回した。

息を吸い込んで放ったナツの咆哮が、重なり合った鎖によって遮られ、ミラの放った高濃度魔力の塊が鎖に包み込まれて爆発しても、覆われているため無効化される。

 

二人の同時攻撃が凌がれた時、ミネルバが人知れず投げ込んでいた石が背後にあり、絶対領土(テリトリー)を使用してラクサスと石の場所を交換した。場所が切り替わった時にはラクサスの準備は整っており、上に上げていた右腕を振り下ろすと、遙か上空に展開されていた雷の魔力の塊が墜ちてきた。悠然とした動きで上を向いた瞬間、ミネルバが別に拾っておいた小石をリュウマの正面へと投げ付けた。ラクサスの雷は『土星(サートゥルヌス)』という球体が砕けて変形し、円状の膜を展開することで防がれる。上は囮だとでもいうように、背後のラクサスは雷の槍である雷竜方天戟を構えて直ぐに投擲した。

 

残念ながら槍は『海王星(ネプトゥーヌス)』によって防がれてしまったが、大半の球体を使い、鎖は左右に合わせてナツとミラを捕らえようとするのに殆どを使用している。つまり、正面側の防御力が最も低い状態へと誘導したのだ。そこで目前まで迫っていた小さい石礫がギルダーツと場所の反転。今か今かと待ち構えていたギルダーツは薄ら笑いを浮かべながら左腕を引き絞る。

 

さあどうするという挑発的な目を向けてくるギルダーツに鼻を鳴らして軽く笑い、球体と鎖を()()離らかせて道を作ってやった。どういうつもりか、罠という手もあるが打ち込めるときには打ち込むべきだと、そのまま突進した。

 

 

 

「──────『破邪顕正・一天』ッ!!」

 

 

 

リュウマの顔面に向かって吸い寄せられるように揮われたギルダーツの拳。その拳一つには超上級破壊魔法であるクラッシュと持ち前の膨大な魔力が添えられており、食らえばタダでは済まないだろう。しかし、リュウマは先と同じように悠然とした動作で人差し指を向けた。

 

ぶつかり合う拳と指先。どちらが強いか等という問いは愚問だろうと言いたいものだが、ギルダーツの全力の拳は、リュウマの人差し指によって完全に止められていた。それも魔力を使用しない純粋な力のみで、打ち付ければ地割れ程度は優に起こせる拳を受け止めたのだ。

 

瞠目するギルダーツをつまらなそうに見ると、リュウマは鎖に指示を出した。指令を受けた鎖はギルダーツの腹部に巻き付いて振り回し、離れたところで控えていた他のメンバーの中央に勢い良く叩き付けた。立ち上る砂埃と吹き抜ける爆風に腕で顔を庇う。ギルダーツの安否を確認しようとしたグレイが前を向いた時に見たのは、そのギルダーツの背中だった。

 

振り回されて仲間同士で激突させる。吹き飛ばされたグレイに謝罪をしながら、腹部に巻き付いた鎖にクラッシュを掛けて剥がそうとするが、アルヴァが言う通り破壊することが出来ない。ぎちりと強く締め付けて巻き付いているため滑らせて抜け出すことも出来ず、ギルダーツは鎖に振り回されて四方八方の地面に叩き付けられ続けた。

 

どうにかしなければと行動に移そうとしたとき、リュウマの名を叫んだ男が居た。振り返るリュウマ。その先に居たのは魔法陣を展開して向けていたジェラールだった。

 

 

 

「──────『六連星(プレアデス)』ッ!!」

 

「石礫と然して変わらぬ」

 

 

 

飛び交う六つの星は、鎖によって宙で打ち砕かれて幻想的に散らばる。しかしジェラールに驚いた様子は無い。元より早々に防がれるのは解りきってのこと、唯ギルダーツからリュウマの視線を外させたかった。片眉を上げて訝しげの表情をしたリュウマがギルダーツを捕まえていた鎖を引き寄せると、掴んでいたのは人一人分の大きさをした岩だった。どうやらミネルバの魔法の所為だろうと適当に当たりを付けたリュウマだが、周囲で鎖と格闘していた者達が居なくなっていることに気が付く。

 

ふむ、と顎を手で摩ったリュウマの前にはジェラールのみ。そのジェラールは体を前のめりに倒し、片腕を地面に、もう片腕を反対の宙へと向かって伸ばしている独特な構えをしていた。空が曇り渦を巻く。天変地異の前触れのような奇抜な雲の動きに二度目の訝しげな表情を見せた。

 

 

 

「真天体魔法──────『星崩し(セーマ)』」

 

 

「ほう…?」

 

 

 

ジェラールの使用する天体魔法の中で、最も高い破壊力を持つ魔法。魔力の塊を墜とすのではなく、天空から本物の巨大隕石を墜とす魔法である。その為範囲がとても広い。上を見上げて目を細めたリュウマは、特に何をするでもなく佇んでいた。何かアクションを起こすはずだと身構えているジェラールは、リュウマが右腕を上げるのを見て直ぐに構えた。

 

上から墜ちる隕石は大層な大きさだ。きっと魔力の多くを使用すると同時にオリヴィエの強化の賜物だろうと思っていた。だが、それがリュウマに効くかと言われると、答は否と答えるしかないだろう。持ち上げた右手の平の上に拳程度の大きさを持つ、所々尖っていたり凹んでいたりする雑な造りをしている黒い塊を創り出した。これも廻り守護せん擬似太陽銀河(シュステーマ・ソラーレ・ギャラクシア)の中に含まれる球体の一つ。それをリュウマは天より墜ちる隕石へ向かって軽く投げた。

 

 

 

「──────『彗星(コメテース)』」

 

 

 

向かい合う巨大な隕石と、創り出された小さな球体がぶつかり合って衝撃波を生む。競り勝つのは目に見えているにも拘わらず、勝ったのはリュウマの小さな球体だった。

 

その小さいと称せる大きさしかない球体は、大きさに反した巨大な風穴を隕石へと開けて穿った。隕石は彗星に負けたのだ。後に訪れる穿った後の衝撃波によって隕石は粉微塵に破壊された。隕石の瓦礫が降り注ぐ中、リュウマは手の平の上にまた球体を創り出した。しかしそれは一つでは無い。更に小さな小石程度の大きさしかない球体を目測で100個近く創っていた。

 

いくら大きさが更に小さくなろうと、拳の大きさで巨大隕石を粉微塵に変えたのだ。それは最早大きさを考えないで脅威と考えた方がいいだろう。

無雑作に空へと放り投げられる無数の小さな球体達。何が起きるのか分かっていない者達に、急いでその場から離れろというアルヴァとマリアの鋭い声が響いた。理解するよりも先に体を動かしていた者達に、リュウマは不自然なほど優しげな笑みを浮かべた。

 

 

 

「既に手遅れだ──────『流星群(ディアトル・アステラス)』」

 

 

 

空へ向かって飛んで行っていた球体が進行方向を急激に変え、直ぐに下へと急降下した。急いで退避しただろうが、天より墜ちる流星群を避ける術など皆無。そも、避けるには余りにも遅すぎたのだ。リュウマが放り投げるよりも先に全力で逃げて当たるか当たらないかギリギリのところだというのに、今更逃げたところで背中を晒す以上更に危険であり、リュウマからしてみれば良い的だった。

 

黒き光の球体が降り注ぐ光景は流星群に間違いなく、見る人は綺麗な光景に映るだろう。しかし、これは立派な攻撃用の魔法だ。相手からしてみれば絶望以外の何物でも無いだろう。

 

回避には到底間に合わず、流星群は着弾した。瞬間、繰り返される大爆発の連鎖爆発。何度も何度も大爆発を繰り返すことに100数回。辺り一面が爆煙に包まれ、地形が凹凸に変わっていた。実力は認めているため死にはしないだろうが殆どは戦闘不能だろうと思い、腕を振って砂煙を残らず吹き飛ばした。そして目に映ったのは、傷一つ無く健在の者達の姿だった。

 

 

 

「──────『白亜の境界(クレタァナ)』…はぁッ…はぁッ…!」

 

「成る程。オリヴィエ、貴様の防御魔法か。よもや此を防ぐとは思わなんだ」

 

「あまり…はぁ…私を…っ…舐めるな……!」

 

「息も上がり脂汗も掻いていながら何を言い出すかと思えば…こうなった以上貴様等に勝機が皆無だと知り得ている筈。地獄鎖に合わせ廻り守護せん擬似太陽銀河(シュステーマ・ソラーレ・ギャラクシア)を展開した我に、最早攻撃は届かぬ。それでもまだ足掻くか?」

 

「私は…ふぅ…舐めるなと言った筈だ。私が…私達が一つの勝算も無くして貴方に挑むとでも思ったか」

 

「ほう…?では、封印を外しきるこの我を…殲滅王を倒す術があると?」

 

「然り然り。言っているだろう。私達は絶対に貴方に負けない…と」

 

「…………。」

 

 

 

強がり等では無い。そんな瞳をしていない。オリヴィエは…フェアリーテイルは…手を貸す者共は皆、リュウマを倒すことが出来ると信じて疑わない真っ直ぐな目をしていた。何故これだけの実力差を見せ付けられ、叩き付けられて尚、立ち向かってくるのか、何がそうさせているのか、その根拠は一体何処からくるのか、理解が出来ないリュウマは眉間に皺を寄せた。心境は全く聞き分けのない子供に言い聞かせ、それでも尚だだを捏ねる子供を相手にしている気分だ。最も、オリヴィエ以外に関してはそれを通り越した年齢差だが。

 

流石のリュウマも苛つきが募る。これだけ…これだけやって何故解らないというのか。諦めて自分という存在を忘れ、普段の生活を謳歌すれば良いというのに。況してや記憶は自身が完璧に消して違和感の無いように辻褄を合わせて改竄してやろうというのに。何も無いというのに。自身は疲れきっているというのに。生きるのに苦痛を感じているというのに。……何故こうも聞き分けが無いのか。

 

下を向いて顔に陰を落としたリュウマは全身から力を抜いた。そして──────嗤いだした。

 

 

 

「っク…フフ……ハハッ……フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!ハーッハッハッハッハッハッハッ!!!!」

 

 

 

「何だ…何で笑ってんだ…?」

 

「可笑しくなっちまったのか…?」

 

「うっ…ま、魔力が更に上昇して…っ」

 

「大丈夫だよウェンディ?さっ、大丈夫だから手を繋ごっか?」

 

「ありがとうございます、ルーシィさんっ」

 

 

 

リュウマは嗤う。嗤う。嗤う。嗤う。嗤う。嗤う。無意識だが人を何処までも見下し、蔑んでいる歪んだ笑みを浮かべて嗤う。そして見るのだ。人の深層心理まで見透かすような縦長に切れた黄金の瞳で。

 

何てことは無い。何を悩んでいたのか。これだけの…最強を最強たらしめる力があるではないか。見よ、この世界を覆い尽くす莫大な魔力を。一度の踏み込みで大陸を容易に割る膂力を。異界から呼び寄せる無限の武器を。展開される地獄の鎖は切断も千切りも許さず逃がさず、展開される球体は絶対防御魔法。これで発動された以上最早攻撃は届かない。翼を所有しているため制空権は取れない。純黒なる魔力は総てを呑み込み塗り潰す。

 

これだけのものがありながら何を遊んでいた。もう良いだろう。最後の戯れにしては楽しんだ。十分だ。だからこそ…もうこの不毛な戦いを終わらせてやろう。自身が誇る()()()()()

 

 

 

「フフフ…解った。貴様等に見せてやろう。我の最強を…我を(最強)たらしめる御業(みわざ)を──────」

 

 

『良しッ!()()()()()()()()()()ッ!!これで完璧だ!!』

 

『じゃあ、教えた通りにお願いね?』

 

()()()()()()()()からな』

 

 

 

リュウマは腰に差している鞘に入った純黒の刀…黑神世斬黎(くろかみよぎり)を引き抜き、両手で握り込むと水平に構えた。手を離せば黑神世斬黎が浮遊する。リュウマがなぞるように鞘へと指を滑らせれば、黑神世斬黎は黒き光り輝き、魔力とは違う何かの力の波動を脈動した。

 

 

 

 

 

「参冠禁忌が一つ──────」

 

 

 

 

 

これは嘗て、世界を代表する4人の最強が集まり、三つ巴ならぬ四つ巴の戦いを繰り広げた際、3人を打倒する為にリュウマが最後に発動させた参冠禁忌の一つ。後に3人を以てしても反則と言わしめた力である。

 

 

見るが良い。そしてとくと心に刻み込め。これこそがリュウマ・ルイン・アルマデュラの真骨頂である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終焉刻(おわり)総黑終始零世界(くろのせかい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬きはしていない。していないのに、自分達が立っているのは何もかもが真っ暗闇の世界だった。

 

 

光りなど存在しない。いや、光等存在させることを許さない。黒く黒く黒い世界。目に映るのは黒一色。だというのに周囲にいる仲間達を見ることは出来るし、踏み締めている感覚から、地面らしきものがあるという不可思議。そんな世界で困惑しながら、前ではリュウマが深い笑みを浮かべているのを見た。

 

 

ここは…リュウマの世界。リュウマのリュウマによるリュウマの為だけに在る世界。此処では何もかもが無駄に終わり、()()()()()()場所。

 

 

 

「ようこそ──────(純黒)の世界へ」

 

 

 

「……何だよここ」

 

「どこなの?どこかに飛ばされた?」

 

「……久々に来たな」

 

 

 

何が起きているのか分からないという表情をしている者達。しかし、この世界の真骨頂は直ぐに知ることになった。

 

異変を感じたのは直ぐだった。長年魔導士をしていると必ず共にあるのが…魔力。今ではその魔力が()()()()()()()()()()()。ひやりとしたものが背中を駆け抜け、恐ろしげに魔法を使おうとした…が、使えなかった。どれだけ使おうと使えない。使えないのだ、魔法が…一切。

 

 

 

「無駄だ。此処では一切の()()()使用を赦されない」

 

 

 

終焉刻(おわり)総黑終始零世界(くろのせかい)』…この純黒に包まれた世界は命を蝕むことも、魔力を奪うことも、万物を殺す事もしない。此処に居る限りは()()()()()()()()()

 

この世界は総てを呑み込み塗り潰す性質を純粋に、純真に出したが為の世界だ。

 

 

 

分かりやすく言うなれば…この世界の能力は()()()()()()()()()

 

 

 

能力…異能と呼び変えられるそれは、普通の一般人を基準にして考え、超常的なものから生まれながらのもの…それら一切の存在を許さない世界である。つまり、生まれつき不死身であろうと、この世界に入れば不死性は消える。魔法も魔力も、神殺しの力も何もかもが消える。

 

オリヴィエの神殺しの力は消え失せ、霊薬を飲んだことで手に入れた不死身の肉体は消える。施した強化魔法も消えれば、純白の双剣は唯の双剣に成り変わる。他の者とて同じ。炎も氷も雷も星霊も換装も無い。力の一切を使えなくさせ、無効化される。

 

神であろうが何であろうが、それが例え概念的存在であろうが普通の人間を基準に展開される。概念的存在が入れば普通の人間ということになるため、斬れば殺せるし斬られれば死ぬ。アルヴァやマリアといった存在は、生きていないのに生きている人間として為れる訳が無いので、存在がちぐはぐとなって()()()

何もかもが無効化される世界。但し……この世界でリュウマだけが力を揮うことが出来る。

 

純黒とはリュウマだ。リュウマだから純黒であるのだ。そんな彼が、使用者である彼が使えなくなる訳が無い。純黒はどこまでいこうと純黒でしかないからだ。

 

つまり、この世界に入ったら最後、世界を呑み込む程の魔力を持ち、壊せない鎖と最硬の防御魔法、一瞬で治す自己修復魔法陣、異界より喚び出される無限の武器を、大陸を容易に砕く膂力を持つ…殲滅王リュウマ・ルイン・アルマデュラを、文字通りその身一つで挑み斃さねばならないのだ。

 

 

 

故に無理…故に無謀。故に……最強。

 

 

 

どれだけ追い詰めようが、これがある限りリュウマの敗北は有り得ない。勝つことは不可能。所謂…無理ゲーというものだ。そもそもから勝ち筋なんてものは存在しない。だから勝てない。

 

 

 

 

この時までは

 

 

 

 

「…?如何した。よもや、(純黒)を知って諦めたか?」

 

 

 

リュウマが見たのは、構えるでもなく、絶望に打ち拉がれるでもなく、励まし合うでもなく…優しげな笑みを向ける者達。

 

 

訳が分からなかった。

 

 

何故この場で笑っているのか。一瞬、完璧なまでの絶望にて頭を可笑しくさせてしまったのかとおもったが、そうだとしてもこれは可笑しい。何故皆が己に対して一様に笑みを向けるのか。

 

 

 

「ね、リュウマ。私って誰が好きだと思う?」

 

「…?突然に何を言い出す」

 

「いいから!」

 

「……リサーナ、エルフマン」

 

「まぁ…正解かな?」

 

 

 

ミラがリュウマに突然問うた。何が目的だと思いながら、当たり障り無い答えを返せばその通りだと言われた。益々訳が分からなかった。しかし、ミラはでも…と言って話を続けた。

 

 

 

「リュウマ。この場合はね?家族としての好きじゃなくて、一人の異性としての好き…ってことなの。じゃあそれを踏まえてもう一回聞くね?()()()()()()()()()()()?」

 

「…………。」

 

 

 

リュウマは黙したまま答えない。ミラは答えないことが既に答えだということを知っているため、変わらずの笑みを浮かべていた。

 

次に問うてきたのはカナだった。

 

 

 

「なぁリュウマ。私の好きな奴って知ってるか?」

 

「……ギルダーツ」

 

「それは無い」

 

「……えっ!?カナちゃん!?」

 

 

 

カナもギルダーツに肩を揺さぶられながら、もう一度誰が好きなのか問うがリュウマは答えず、ギルダーツはリュウマに殺意の籠もった視線を向けた。親バカ過ぎる。

 

次はウェンディだった。

 

 

 

「あの…リュウマさんっ。わ、わた、私の…す、好きな人って…分かります…か?」

 

「……シャルル」

 

「ふんっ」

 

「せ、正解ですけど…」

 

 

 

これもまたもう一度聞かれて答えず、シャルルは改めて確認されたようで気恥ずかしそうにしていたが、満更でも無い表情なのは何時もの話。

 

次はルーシィだった。

 

 

 

「リュウマ!あたしが好きな人って誰だと思う?」

 

「……ナ──────」

 

「違うからね?」

 

 

 

言い終わる前に食い気味に否定されたが、気を取り直してもう一度聞かれ、リュウマは答えることが出来ない。

 

次はエルザだった。

 

 

 

「リュウマ。私が誰を好いているか分かるか?」

 

「……ジェラ──────」

 

「それについては区切りを付けた」

 

「───ッ!?」

 

 

 

ちょっとリュウマが驚くことがあったものの、結局リュウマはエルザからの好きな人のことを答えなかった。

 

次はシェリアだった。

 

 

 

「ねっ、リュウマは私が“愛”してるのって誰だと思うっ?」

 

「……リオン?」

 

「うんっ。仲間としては“愛”してるよっ」

 

 

 

じゃあ普通の“愛”の場合の人は?という問いに関しては答えず、シェリアはにっこりと可愛らしい笑みを浮かべるだけだった。

 

次はカグラだった。

 

 

 

「愚問ですが、私が慕う殿方は誰だと思いますか?師匠」

 

「……し──────」

 

「師匠です」

 

「流れ無視したぞ!?」

 

 

 

残念ながら、カグラはドストレートに言ってしまったが、言われたところでリュウマは何も言わなかった。

 

次はユキノだった。

 

 

 

「リュウマ様…えっと…私の好きな人って…分かりますか?」

 

「……スティング」

 

「いえ、違います」

 

 

「なんか食い気味に言われたけど、オレって好感度低い?」

 

「…大魔闘演武」

 

「心当たりあったわ」

 

 

 

頬を赤らめて問うてきたユキノだったのだが、否定するときは真顔でいったので、リュウマは微妙に目の端を引き攣らせていた。しかし、結局次の問いには答えない。

 

最後はオリヴィエだった。

 

 

 

「愛してる」

 

「早い早い早い。一応聞こうぜ…?」

 

 

「愛しているが一応問おう。私が押し倒して〇〇〇を〇〇〇〇〇して〇〇〇〇したいと長年思っているのは誰か分かるか?」

 

「貴様はそんなことを考えていたのか」

 

「実はもっと凄い」

 

「……………。」

 

 

 

オリヴィエの隣に居たウェンディが顔を真っ赤にして俯いてしまったが、オリヴィエの問いにも結局答えなかった。

 

 

 

「何が言いたい。貴様等は何がしたいのだ。この無駄な問いに何の意味があるッ!?」

 

「意味ならあるわ」

 

「これは告白ですから」

 

「私達はな?──────貴方を愛しているんだ」

 

「……チッ」

 

 

 

真っ直ぐに見つめられながらそう答えられ、目を逸らしながら舌打ちを打った。大体、それがどうした。好きだから何だ。愛しているからなんだ。そんなものは今必要ではないのだ。

 

 

 

「ならば何だ!?我にそんなつまらぬ事を述べれば手が緩むとでも思っているのか!?笑わせるな!!我にそんなものは通用せぬ。愛等要らぬ!下らぬ。実に下らぬッ!!来るならば来るが良い!この世界に於いて魔法は使えぬ!貴様等は此処で終わりだ、終いだッ!」

 

 

 

薄ら寒い風が吹き荒れ、黒炎が噴き出し、黒雷が迸り、黒氷が発生する。いい加減鬱陶しくなっていたリュウマの感情が、魔法になって表されていた。

 

 

 

「そう、終わり。これでお終いね」

 

「──────私達の勝ちで」

 

 

「何だと?…ハッ。何を言い出すかと思えば…気でも狂ったか」

 

 

 

「それは…貴方が直接感じればいい。貴公等!準備をしろ!」

 

「「「──────はい!」」」

 

 

 

「……何だ。何をするつもりだ」

 

 

 

オリヴィエの号令によって、好きかどうか問うてきたオリヴィエを除く8人が動き出した。一番前に居た所から一転して、メンバー達の背後…最後列に走っていき、横一列に並んだ。戦闘になって早々に脱落することを防ぐためか?と思ったが、今更距離を変えたところで変わりはしない。自身が魔法を放てば距離等有っても無いようなものなのだから。

 

先頭に立つオリヴィエが右手を上げて何かを掴んでいるかのような握りを作ると、悠然と動かした。その動きは指揮者だ。音を奏でる者達を先導し、指揮する者の動きだった。不可解なものを見させられているリュウマは、困惑していたが、その表情は一瞬にして崩れた

 

 

 

「1…2…3っ──────」

 

 

「───♪♪────♪──────♪♪」

 

「───♪♪────♪──────♪♪」

 

「───♪♪────♪──────♪♪」

 

「───♪♪────♪──────♪♪」

 

「───♪♪────♪──────♪♪」

 

「───♪♪────♪──────♪♪」

 

「───♪♪────♪──────♪♪」

 

「───♪♪────♪──────♪♪」

 

「───♪♪────♪──────♪♪」

 

 

 

「……何故歌を歌い…出し……ゔ…ッ!?」

 

 

 

何がしたいんだという視線を投げていたリュウマは、歌い出してから数秒後……口を押さえた。

 

 

 

「…ぉ゙ぶッ……ご…お゙…な゙に゙が……~~~~~ッ!!!!」

 

 

 

ぶちゅ…びちゃ…ばちゃ……びちゃっ……。

 

 

 

とうとう…リュウマが()()()

 

 

 

吐き出したのは食べた物ではない。黒く禍々しい塊を、口から大量に吐き出したのだ。これは彼の魔力。()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

苦しそうに喘ぎ、両膝を突いて、更には両手を付いて…込み上げる吐き気に苦しんだ。そして目を血走らせながら顔を勢い良く上げ、瞠目して周囲を見渡す。

 

 

 

「我の…ゔぶっ……我の世界が…っ!!」

 

 

 

く ろ の せ か い が崩れ落ちる。風化したメッキが剥がされるようにバラバラに崩れ、崩壊を始めた。リュウマは信じられないというように固まり、顔を蒼白にさせながら見ているしか出来なかった。ハッとしてもう一度展開しようとした時には既に遅く、発動させ直すことすら出来なかった。

 

空は青く太陽が顔を見せ、風が吹いて頬を撫でる。黒が去った世界は何時もの自分達が生まれ、今まで住んできた我が世界。く ろ の せ か い が完全に砕け散り、歌なんてものに敗北した瞬間であり、生まれて初めて純黒が負けた瞬間でもあった。

 

 

 

「ゔお゙え゙ぇ゙…っ!ぐ…があ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッ!!!!!あ゙だま゙が…あ゙だま゙があ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あッ!!!!や゙め゙ろ゙…ッ!や゙め゙ろ゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙っ!!!!」

 

 

 

「こ、これ…大丈夫なのか…?」

 

「苦しむなんて聞いてねぇぞ…?」

 

 

『あ゙ぁ゙……後少し遅かったら完全に消えるところだった…』

 

『作戦通りに歌を……リュウちゃんっ!?』

 

「えっと…あんたが言うには…()()()()()()()()()()()?」

 

『その筈だけれど…もしかして初心者だったから…?何であんなに苦しんで…』

 

 

 

頭を押さえながら尋常じゃない苦しみ方をして、土だらけになるのもお構いなしに転げ回る。何度も何度も転げ回り、黒い塊を吐き出し、また頭を押さえる。痛みに耐えかねたのか、地面に全力で頭を打ち付ける。地面が陥没する…かと思われたが、割れたのはリュウマの頭だった。

 

赤い血が額から勢い良く噴き出し、顔中が血塗れになる。顔を逸らしたくなるような惨状の中、体に刻まれる自己修復魔法陣が傷を治し、また打ち付けて血を噴き出す。自暴自棄になったように自傷行為を続ける。回数にして15度、頭を割ったリュウマは、殺意を孕んだ目を歌う少女達に向けた。

 

 

 

「何処で…!何処でそれを知った…ゔぶ…お゙ぇ゙…何故…ぅ゙……それを知っているッ!!」

 

 

 

吐き散らしながら叫び、問うが誰も答えない。答えられない。答えてしまえばアルヴァとマリアが()()()()()()()()()()

 

リュウマの実の父母であるアルヴァとマリアは、死が訪れるその瞬間、心残りであるリュウマのことが頭から離れず…二人は世界と契約を交わした。本人に知覚出来ない。存在を知られることは無い。触れることも意思を伝えることも出来ない。唯の見守る為だけの存在と成り果てる。万が一本人に知られれば、その地点で消滅する。そんな契約を交わした。

 

愛する息子に重荷を背負わせてしまった事を悔やみ。見続ける事しか出来ない存在へと成り果てていた。だからこそ、最初にオリヴィエによって記憶を覗かれて存在がバレる事を防いだ。でなければ居ることが知られてしまい消滅してしまうから。

 

リュウマは想像を絶する頭痛や吐き気、目眩と戦いながら、崩れそうになる思考の海で考えていた。何故、歌で己の力を無効化する術をあの者達が知っているのか。あれは…そう…愛する実の母だけが行える()()()()()。何故か分からないが、マリアが歌うと全身から力が抜け、何時の間にか深い眠りについているのだ。後に調べて分かった。己には()()()()()()()()()…と。

 

嘗てオリヴィエがリュウマとの問答の際に発した言葉…リュウマは愛に弱いというのは、文字通りの意味。彼は何故か知らないが、愛に対して純黒なる魔力が極度の拒絶反応を起こす。

 

しかし、唯の愛では駄目だ。マリア曰く……

 

 

 

『いい?リュウちゃんに効くのはオリヴィエちゃんの純白の魔力の他に一つだけしかないの。そしてそれは…愛。あの子は深い愛を向けられると眠ってしまうの。ただし、ただの愛じゃダメ。愛は愛でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。リュウちゃんを愛してるんだってこと以外を考えたら…それはもう愛にならない。いい?純粋な愛を…歌に載せるの。でも、それだけでもまたダメ。こっちが一方的に愛してるだけじゃ成り立たない。リュウちゃんも少なからず好意を向けていないと。まぁ…簡単に言うとね?リュウちゃんを殺せるのは愛し合っている存在だけ…ってこと』

 

 

 

マリアが気が付いたのはリュウマがまだ赤子の頃。夜泣きがひどい時に如何すればと考えて…そんな悩むこと自体が幸せと感じて愛おしく思い、そのまま自前の歌を聴かせてあげたところ…歌った途端に眠りにつき、魔力も霧散したのだ。それからマリアは何かがあった場合は歌を歌うことでリュウマを鎮めた。

 

フェアリーテイルの地下で練習していたのは、歌の練習。リュウマのこと()()()想い、歌い続ける練習を重ねていたのだ。

 

理屈は分からない。リュウマも分からなければマリアにも分からず、()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「──────シッ!!!!」

 

「ぐぶッ…!?ご…ッ…ぉ゙…!」

 

 

 

跪いて苦しむリュウマの横腹に、オリヴィエの加減の無い蹴りが突き刺さった。すると如何だろうか。リュウマの体は蹴り飛ばされた小石のように吹き飛び、力無く倒れている。

 

膨大な魔力はなりを潜め、身体能力が落ちるに落ちている。翼は美しい黒白が色褪せてしまい、顔色は死人のような色になっていた。何を隠そう、リュウマは愛の歌を歌われた場合、強制的な眠りに入る他、持ちうる力が極度に低下するのだ。どれくらいか表すならば…今のリュウマ・ルイン・アルマデュラの力は()()()()()()()()()()()()()()()

 

腹を押さえて痛みを堪えているリュウマだが、体に刻まれた自己修復魔法陣は健在。魔力が殆ど無いに等しい状態故に回復速度は雀の涙程度しかないが、痛みを消すことぐらいは出来た。しかし、そんなリュウマの元へオリヴィエが駆け出し、双剣を抜いて斬り付けた。慌てて黑神世斬黎を抜いて防ぐも、一瞬にして競り負けて吹き飛ばされていった。

 

 

 

「わ…我の…魔力…ごぼっ…力が……奪われて…げぼっ……がッ!?」

 

「言っておくが、私は貴方に勝ちに来た。いくら弱っていようと加減などしない」

 

「ふ…ん。この程度で…ごぶっ……っ…敗北するほど……はっ……柔では無い…っ!」

 

 

 

 

リュウマは震える手脚を無視して無理矢理立ち上がり、黑神世斬黎を構えた。

 

 

 

 

 

 

戦いの本番は…ここからだ

 

 

 

 

 

 






っぷ…ふふっ…あははっ。


いやぁ…スゴいよねっ。アレって何なんだろうね?()()()()()()()()()解らないや。


それにしても出鱈目だよねぇ…コレを見れるのはボクだけだからボクだけの特権だけど、()()()()が見たら絶対消そうとするか殺そうとするか無かったことにするよねぇ…まぁ、そう簡単に殺されもしないし消されもしないだろうけど。そもそも、ボクが許さないし?


ねぇ…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


全く…つまらない事を言うね。それが良いんじゃないか。


まぁ、結論的にはボクは彼のファンなんだっ。


会いたいけど…()()()()()()()()。はぁ…いつになったら会えるのかな……。早く会って直接話したいよ…。



ね? () () () () () () () () () ()




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第九二刀  最後の解除



痛い…苦しい…吐き気が止まらない。


一体何が起きている?何故膝を付いている?この我が何故見下ろされている?


(純黒)の世界では異能は使えぬ筈…彼奴等は一体何を我にした?


解らない…解らない…解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない解らない。


だが、此だけは解るぞ。


これは示す戦いであるということを。


来るが良い。此程まで我を追い詰めたのは父上と母上を除いて存在せん。


来いッ!! 我は……我はここに居るぞ。





 

 

脚が生まれたての子鹿と評せる程に震えている。立ち上がっているのもやっとだ。気を抜けば膝から崩れ落ちる。視界も悪く、少し先のものが霞んで見える。体調は頗る絶不調。今までに無い、感じたことが無い程に体が怠い。しかし待ってはくれない。倒しに来たのに、このチャンスを見逃すオリヴィエではないのだ。だからこそ、迫り来るオリヴィエの魔の手から逃れるべく、避けねばならない。

 

体が思うように動かない、動いてくれない。麻痺しているようだ。いや、手脚の代わりに鉛でも付いているかのようだ。まるで己の体ではないと思ってしまう程、今の体には異常しか見受けられない。如何すればいい?振り下ろしの攻撃だ。双剣二振りによる揃いの振り下ろしだ。受け止めるか?否。その瞬間己の体は確実に耐えきれない。では避けるか?それも否。避けられる程の力が入らないし手遅れだ。

 

黑神世斬黎の柄を握り込む。骨がぎしりと軋むだけ握り込み、待つ…待つ…待つ。振り下ろされる純白の双剣が届き得る瞬間、黑神世斬黎を上へと抜き放った。いくら身体能力が一般人のそれに劣る程弱体化しようと、何千、何万と繰り返した動作で負けるつもりは毛頭無い。

かち合う純黒と純白の刃。後は膂力勝負となるため、今のリュウマが勝てる道理などない。当然のように競り負け、蹴っ飛ばされたボールと同じく転がる。手の平には刃を打ち付けた時の衝撃が走り、鈍い痛みを届ける。そんな痛みに口の端を僅かに上げた。

 

 

 

「アイス・メイク──────『氷撃の鎚(アイスインパクト)』ッ!!」

 

「アイス・メイク──────『大鷹(イーグル)』ッ!!」

 

「──────『天神の北風(ボレアス)』ッ!!」

 

 

 

顔に影が掛かり、見上げる必要もなく攻撃であると判断した。氷で造られた巨大な大鎚を横へ転がる事で回避。続く氷の大鷹の大群を体を捻りながら隙間を縫って避けていく。しかし、その先に居たシェリアが黒い風を起こしてリュウマを弾き飛ばした。歌を歌っていた筈…そう考えたリュウマだったが、あれは何も全員でやらなければならないという訳では無いらしい。現に歌う者達から離れてシェリアは攻撃してきた。つまり、一人でも残っていればこの弱体化も継続されるといことだ。

 

宙を舞いながら翼を使って瞬時に体勢を立て直し、地に足を付ける。空は飛べない。飛ぼうとしたが色が褪せてしまっているこの翼では飛ぶことすらままならなくなってしまっていた。飛ぶことの出来ない翼人は地をのたうち回り苦しみ、息絶える。アイデンティティを失うということはそういうことだ。絶対的アドバンテージを剥奪されるとはそういうことだ。

 

しかし諦めない。諦めてなるものか。我を誰と心得る?我は我の為に…為に……我は…──────()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「『火竜の咆哮』オォォォォォッ!!!!」

 

「───ッ!ぐぶッ…!ごぼ…っ…しまっ…!」

 

 

 

大熱量を誇る炎が地に墜ちた翼人を呑み込む。歌の所為で運悪くも黒い魔力の塊を吐き出している最中に、ナツによる咆哮が炸裂する。受け止めようと魔法を使おうとして、リュウマは今の己が魔法を満足に使えないことにハッとした。しかし、気が付くには既に遅すぎた。気付いたときには避ける事すら出来ない距離にまで迫っていたのだ。

 

離れていても服だけで無くコンクリートすらも溶かす超温度が全身を包み込み離れない。皮膚が焼け爛れていく感覚を味わいながら、それでも前に進んでいく。ナツが咆哮を止める。その時には、リュウマは全身から煙を出して、皮膚の下の筋繊維が丸見えの状態だった。何もここまでするつもりは無かった。ナツは狼狽えて謝ろうとした瞬間…リュウマは駆け抜けた。

 

 

 

「ぐぶゥ…ッ……ぁ゙あ゙ッ!!絶剣技ィ…ッ!──────『死極星(しきょくせい)』ッ!!」

 

 

 

『────ッ!ダメ!オリヴィエちゃん受け止めて!』

 

「────ッ!?ハァ…ッ!!」

 

 

 

黑神世斬黎を鞘へと戻し、刃を向けるのではなく、柄の頭を直接叩き込もうとした。咄嗟の事で動けなかったナツの前にオリヴィエが入り、純白の双剣をクロスさせて受け止めた。そして受け止めて解る異常な程の重き一撃。今のリュウマの身体能力など、オリヴィエにとって何てことはない程衰えている筈なのに、少しでも力を抜けば吹き飛ばされそうな程の衝撃がきた。受け止める事が出来たものの、受け止めた後、一点集中の衝撃がオリヴィエの体を突き抜けて、間が空いて離れているはずのナツにも届いた。

 

柄の頭を使った打ち込みは、体に触れさせると一撃で絶命するほどの危険な技だった。腹に打ち込まれた柄の頭から衝撃が胴体全体に等分で広がるように衝撃を与えられ、内臓を傷付けるどころか、背中の肉を突き破って内臓を引き摺り出させる技だ。純粋な絶技の上に成り立っている絶剣技である。故に魔法が使えない事は関係しない。そしてその威力は離れているナツに届くことで物語っているだろう。マリアから技の説明を受けたナツは顔を青くさせていた。

 

仲間の筈の者のことを簡単に殺そうとしたリュウマに、暗い表情を見せる者達。代表してギルダーツが、何故リュウマはこうも仲間を平気で殺せるような技を打ってきたのかと問うた。それに関してはアルヴァが答えた。確かにリュウマは何度も仲間達を殺そうとした。殺そうとしたが殺すつもりは毛頭無かったのだ。

 

 

 

『リュウマは瞬時に肉体を再構築させる事も出来れば、魂を物質として固定化させてあの世へいこうとする事を止める事が出来る。恐らく本来は一度殺してから凍結させ、記憶を消してから元に戻す心算だったんだろう』

 

「でもよ、アイツは今もやってるぞ。アイツの嫁候補達が歌ってるってこたァ魔法が使えないんだろう?じゃあ殺したら死んじまうじゃねぇか」

 

『今のリュウマに正常な判断が出来ると思うか?』

 

 

 

そう言われたギルダーツは改めて、オリヴィエの蹴りを受けて距離を取らされたリュウマを見た。魔力が完全に消え失せ、己の肉体と黑神世斬黎しかないリュウマ。そんな彼は今、黑神世斬黎を地面に突き刺して支えとし、頭を押さえて苦しんでいた。

 

 

 

「ゔぅ゙…っ!頭が…割れ…る…ッ!!ぐゔッ…!?頭が…!あ゙だま゙があ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッ!!!!」

 

 

 

頭に降り掛かる想像を絶する痛みにどうにか耐えようとしているのに、それに反して痛みは全く消えずに襲い掛かってくる。そんな彼は…いや、そんな状況に陥ってしまっている者は必ず考える筈だ。そうなっている原因を一刻も早く解決しよう…と。リュウマとて人間だ。苦しむ原因を見付けたならば速やかに排除しようとする。そのため、今のように冷静な判断が下せていないのだ。

 

なりふり構わずとでも言えば良いのか、まず最初に歌を止めるためにリュウマを慕う少女達を狙いに行くが、それを許すわけにはいかない。歌は最大の砦だ。これを一瞬でも途切れさせてしまえば、リュウマは確実に自由になったその一瞬を使って歌を歌わせないようにしてくる。そうなってしまえば敗北は濃厚だ。

 

駆け出して距離を詰めるリュウマに向かって、オリヴィエも同じく駆け出して距離を詰める。振り下ろされる黑神世斬黎を無視し、踏み込んだ右脚の膝にローキックを放った。ボキリという音と感触から膝の関節を粉砕した。折れ曲がった脚の所為で体勢が大きく崩れ、傾いた体の胴に純白の双剣の切っ先を突き付けた。その後に放たれる大魔力の砲撃。肋骨は残らず粉砕され、肺に突き刺さり過呼吸を起こす。余りの威力と痛みに転がっていったリュウマだが、直ぐに立ち上がった。

 

まるでゾンビでも相手しているように、どれだけの攻撃を繰り出して真面にぶつけようと、リュウマは直ぐに立ち上がってしまう。魔法は確実に使えない筈だ。現に歌も途切れさせず継続中。では原因はなんだというのか。このままではどれだけダメージを与えようとリュウマを倒しきる事が出来ない。与えたダメージも傷も修復されてしまうのだ。そしてオリヴィエが気が付く。先程の砲撃で露見した肌に幾つもの幾何学模様があったのだ。

 

 

 

「何故…自己修復魔法陣が消えない…?最初の方でまだ機能していたとしても、それはまだ解るが…何故未だに機能しているのだ…?」

 

『今あの子の体に刻まれているのは、オリヴィエ嬢の知る自己修復魔法陣ではない。あれは『常時発動型自己修復魔法陣』というものでな…魔法として機能し、刻まれた術者の魔力量に比例して修復速度を上げるものとは違い、あれは体と同化して刻まれている。つまり、あの自己修復魔法陣は魔法を封じても消すことが出来ない』

 

「いつ如何なる時も発動し続ける魔法…?」

 

『それだけではなく、もう一つ混合されて『常時発動型肉体創生魔法陣』も刻まれている。魔力が殆ど無いというのにあの修復速度ということは、歌を歌われる直前で媒介のものを何かと交換したのだろう。魔力量ではなく…そう、例えば()()()()()()()とか』

 

「魂への接続…?」

 

『あの子は魂という不確かなモノ…在ると分かりながら触れることが出来ないモノを固定化させて物質として手に取る事が出来ると言っただろう?それを応用して魔法を魂へと無理矢理接続したのだ。要するに、あの子が生きている限り自己修復魔法陣も肉体創生魔法陣も消えない』

 

「では、消すには如何すれば良いのですか?」

 

『…………すまん。私にあの魔法の構造は解らない』

 

「…………はい?」

 

 

 

目を伏せて謝罪するアルヴァに、オリヴィエはつい振り返って顔を見てしまう。何かしらの打開策が有るのかと思いきやこの様である。しかしこればかりはアルヴァを責められない。元々リュウマの使用する自己修復魔法陣というのは、己の力の無さと身勝手さにより、翼人の命とも言える翼をマリアから奪ってしまった事が原因で確立させた修復魔法だ。その時のリュウマの歳が10に満たない幼さであろうと、彼はリュウマ・ルイン・アルマデュラだ。

 

小さな…それも魔法の立証なんてものに全く携わってこなかった幼き頃のリュウマが、人間には本来不可能であろう3ヶ月の不眠不休の研究の果てに創り出すことに成功した希少な魔法だ。フォルタシア王国の城の図書館に置いてある魔道書を片っ端から漁り、一語一句に至るまで全て憶えてから実践したものだ。この魔法陣を構築しているのは、リュウマの執念とも言えるもの。いくらアルヴァであろうともこれを理解することは終ぞ適わなかった。

 

自己修復魔法陣について聞かなかった訳では無い。興味本位でどうやって成り立っているのか問うてみた事がある。そして後悔した。リュウマの口から出て来たのは全く解らない文字の羅列であった。頭の上が疑問符だらけになってしまうほど解らない。聞いておいて悪いが、全く解らないと言って根を上げたのはアルヴァだった。

 

 

 

『あのな?そんな「何故解らないんだ」みたいな顔をしているがな?あの魔法を成り立たせているのが何なのかすら解らないんだぞ?全く解らないものを編み込まれて出来ているのがあの自己修復魔法陣なんだからな?』

 

「……10に満たないリュウマが創りましたがね」

 

『やめてオリヴィエ嬢。幼い子供に負けたって事が無い胸に突き刺さるから』

 

 

 

「歌をぉ゙…止め゙ろ゙ォ゙…!!!!」

 

 

 

『───ッ!来るぞ!構えておけ!』

 

 

 

 

『────♪────♪♪…じゃあシェリアちゃんと誰か交代しましょっか♪』

 

「────♪────♪♪…じゃあ、次あたし行きます!」

 

『分かったわ。頑張ってね♪』

 

「はい!」

 

 

 

痛くて痛くて仕方ない。早く歌を止めさせたいという考えの基動き出したリュウマに警戒を促す。歌を歌っているメンバーからはシェリアと交代でルーシィが入り、気合いを入れると同時に喉休めをしている。

冷静な判断を下せないリュウマには最大限に警戒をしなくてはならない。殺したところで魔法で復活させようとしていたリュウマとは違い、今魔法を使うことは出来ない。だというのに軽く殺しを目的とした技術を活用してくるのだ。

 

膨れ上がる殺気。黑神世斬黎を片手に真っ直ぐ駆けるリュウマに身構えると、彼の体が増えた。魔法は使えない。その筈なのにリュウマが分身をしたのだ。困惑するナツ達だが、正体を見破っているアルヴァの指示が飛ぶ。魔法ではなく、相手に強烈な殺気をぶつける事により己の幻影。どれか一つが本物であるという。見分けが付かないナツ達とは違い、オリヴィエが迷い無く剣を揮う。

 

オリヴィエの剣を受け止めたリュウマは苦虫を噛み潰したような顔をした。見破られることは分かっていた。しかし、こうも早く見破られるとは思っていなかったようだ。魔法で創った分身ならば、質量もあれば匂いもあり、意思もあるという厄介極まりないものだ。しかし、流石にその身一つで魔法を軽々しく行うことは出来ない。故にオリヴィエのように容易に看破されるのだ。

 

 

 

「何で分かったんだ?」

 

「殺気のみで見せた幻影に影は無い」

 

「めちゃくちゃ初歩的なところだった……」

 

 

 

つまるところ、よくあるような影があるものが本物だということだ。ならば簡単に分かるではないかと思ってはいけない。相手からぶつけられるのはリュウマの殺気だ。影があるかどうかを確認する前に、叩き付けられる強烈な殺気の所為で目が向かないだろう。その前にどうしても警戒してしまう。

 

先程から動いているオリヴィエに任せてばかりではいかないと、ナツ達も動き出した。オリヴィエに後ろへ下がるようにとアルヴァから指令が入り従う。入れ替わって前に出てきたジュラとジェラールが直ぐさまに魔法で攻撃を開始した。

 

地面を鉄以上の硬度にされた土が円柱の形を作り隆起する。顔を少し擦りながら避けたリュウマは、痛みを誤魔化す為なのか拳を打ち付けて粉砕した。魔力の補助無しで破壊したリュウマに瞠目したジュラだが、元の戦闘狂が災いして獰猛な笑みを浮かべた。そして数瞬後にたった一人を狙う数多くの岩鉄の柱。背後から突き出された柱をバク転で避けて上に乗る。そんな彼を狙って次々と柱が差し迫る。

 

向かってくる柱を全て避けていき、隆起して迫る柱を足場にして駆ける。接近は許さないと、ジュラはリュウマの周囲一帯を岩鉄のドームで覆った。そこから範囲を狭めて圧迫させようと思ったところ、厚さ一メートルの壁を蹴りで粉砕して出て来たのだ。よもやその身一つでこれ程…と驚くジュラに、リュウマはその場から姿を掻き消した。そして…次に現れたのはジュラの背後だった。

 

瞠目すると共に、速度が上がっている事を確かに確認し確信した。既にリュウマはジュラの背中…それも脊髄を狙って刺突の構えを取っていた。このままでは串刺しになると、足元の土を壁にするため隆起させようとした瞬間、リュウマは横からの衝撃に弾き飛ばされた。

 

 

 

「──────『流星(ミーティア)』ッ!!」

 

「──────『タウロス』ッ!!」

 

MO()ooooooooooooooooooッ!!」

 

「ぐッ…!?」

 

 

 

流星と化したジェラールがリュウマを殴り飛ばし、両の腕で防ぎながら飛んで行く彼にラリアットをかますルーシィの星霊のタウロス。真面に入ったリュウマは嘔吐きながらも立ち上がり、二人を睨み付けた。

 

ミーティアで速度を上げているジェラールがリュウマを肉薄にし、隙を見たタウロスが斧を使って攻撃。更に出来た隙にはタウロスの星霊衣(スタードレス)を着たルーシィの鞭が捕まえる。滅多に会う事が無い二人の物珍しいコンビネーションにリズムを崩されるリュウマは、ジェラールの動きを予測して、突っ込んできたところで腕を掴み背負い投げをした。一般人以下の力とは到底思えない力で腕を掴まれているジェラールは容易に押し倒された。

 

倒れたジェラールの上に乗ってマウントを取り、両脚で両腕を押さえ込んだ。何も出来ない状況になったジェラールに黑神世斬黎が振り下ろされる。確実に首を狙った一撃は…届かなかった。

先が鋭利に尖った岩鉄が正確にリュウマの右腕の肘を穿った。血飛沫と共に黑神世斬黎を手にした腕が宙を舞う。急遽その場を後にしたところで、今リュウマが居たところに更に鋭利な岩鉄が突き出た。回避をしていなかった場合、彼は確実に串刺しになっていたであろう。

 

舌打ちをしながら回避したリュウマは、跳躍しながら飛んだ腕を掴んで乱雑に切り口へと腕を押し付けた。すると直ぐに傷の修復を始めて腕が元通りに付いた。黑神世斬黎を下へ向けるように脱力し、上に振り上げて斬撃を放った。弧を描く斬撃が縦一列に並んでいるジェラールとジュラに迫るが、間一髪のところを避けることに成功した。ジェラールはミーティアで避けたが、ジュラは岩鉄で防ごうとした。だが、嫌な予感を感じて横へと転がって避けると、壁として出した岩鉄が真っ二つに斬り裂かれた。

 

冷や汗を掻いているジュラへ、もう一度斬撃を放とうとしている腕を誰かに掴まれた。反射的に掴んでいる手の手首を掴んで引き剥がそうとするも、固くて振り解く事が出来ないのだ。万力の力で握られた腕からみしりという音が鳴って顔を顰めたリュウマの膝裏に蹴りを入れられた。体勢を崩して膝を付くリュウマの腕を捻り上げる。肩から鋭い痛みが奔りながら、首を動かして犯人の顔を見た。

 

 

 

「ごめんねリュウマ…!痛くても…我慢してね…!」

 

「…っ…!星霊衣…タウロスのもので腕力を…!」

 

「そういうこ……え?…そういうことねっ…『ルーシィパンチ』っ!」

 

「────ッ!!」

 

 

 

何かを見て瞠目しながら驚いた表情を見せるルーシィは、納得したという表情をしてから、がら空きとなっているリュウマの右脇腹に渾身の拳を入れた。オリヴィエの強化に加えてタウロスの腕力とリュウマ本人の弱体化に伴う防御力の低下が重なり、体の大きなリュウマがくの字に曲がって吹き飛ばされていった。追撃してくるのかと思っていたリュウマだが、ルーシィはジェラールとジュラに後を任せて後ろへと下がっていった。

 

ルーシィからのバトンタッチを受けたジェラールとジュラに続き、他の者も邪魔をしない程度の攻撃を加えて着実にリュウマの体力を奪っていく。件のルーシィと言えば、彼女の魅惑的な肉体に釘付けのタウロスを強制送還させてから、オリヴィエの隣で宙に浮いて戦場を見渡しているアルヴァの元へと走り寄っていった。

 

急いで走ってきた事を見ていたオリヴィエがどうしたのかと問えば、ルーシィは少し興奮したように用件を伝えていくのだった。

 

 

 

「リュウマの体に描かれてる自己修復魔法陣…あたしに見せて欲しいの!」

 

「…?あれを見て如何するというのだ?」

 

「もしかしたら…あたし──────()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

『なに…!?それは本当か!?』

 

「絶対…とは言えない。けど…!あたしに任せてほしいの!」

 

 

 

アルヴァですら匙を投げる超高高度な構造である魔法陣を、この少女は破れるかも知れないと答えた。現状あの魔法陣を破る術は存在しない。発動する前ならばオリヴィエの魔法で阻害し、発動自体を止める事が出来るが、一度発動されてしまえば純黒の魔力で刻まれた魔法陣は抵抗されて打ち消す事が出来ない。つまり、必然的に正規のルートであの魔法陣を破壊しなくてはならない。そしてその正規のルートは、開発者であるリュウマにしか解らない。

 

賭ける賭けない以前に、それ以外に頼みの綱は無い。アルヴァはルーシィの案を飲むことにした。それを聞いていたオリヴィエも、それならば私が全面的に援護するとまで言った。とても心強いと思いながらお願いするルーシィに、アルヴァは後ろから魔法陣が刻まれている場所は指示すると言った。解析は断念したが、体のどこに刻まれているのかは把握しているのだ。

 

アルヴァの号令により、今から全メンバーはルーシィの為に攻めると共に援護をするという形になった。成功するかはルーシィにかかっているので、プレッシャーが掛かるが、オリヴィエが薄く微笑みながら大丈夫だと言ってくれた事により大分軽減した。

 

 

 

「いいな。私から片時も離れるな。私があの人の着ている鎧や服を剥ぐ。他の者達はその後に動きを止める故、貴公はその時にあの人の体に刻まれた魔法陣を観察しろ」

 

「分かった!ありがとうオリヴィエ!」

 

「まぁ、大船に乗ったつもりでいろ」

 

「うん!」

 

『さて…ルーシィ君が行くぞ!全員サポートに回れ!』

 

 

 

掴まっていろというオリヴィエの言葉に、体に抱き付いて掴まったルーシィをそのままに、オリヴィエは双剣から魔力を放出して推進力を得ると、真っ直ぐリュウマへと突貫していった。周囲がスローに見える程の速度で移動して目前にまで迫った後、オリヴィエは速度そのままにリュウマへ蹴りを放った。目で捕らえていたリュウマは、対抗するように回し蹴りを放ち打ち付け合った。

 

衝撃波が空気を通じて生じ、オリヴィエに掴まっているルーシィが飛ばされそうになるが、腰に付けた鞭を取り出してリュウマの足首に巻き、思い切り引っ張り放り投げた。放物線を描きながら投げられたリュウマに、炎を拳に灯したナツと、白い光を拳に宿すスティングが向かってきていた。

 

突き出されるスティングの腕を不安定な空中で逸らし、逸らされて勢い余ったところで脚を掴んでナツへと放り投げる。自身に向かって飛んで来たスティングに悪いと言いながら避けて踏み台とし、リュウマに炎の拳を振り抜いた。両の腕で受けようとした刹那、ナツは殴るのではなく炎を放射してリュウマを呑み込む。顔などではなく、服と鎧を狙った一撃は黒い必要最低限の鎧を溶かした。

 

黑神世斬黎を一振りして炎を弾き飛ばし、足首に巻き付いている鞭も同じように斬り裂いて外した。自由になったリュウマの体に纏う鎧は無理矢理剥がすことは出来たものの、後は黒い王の装束のみ。

 

オリヴィエが走り出し、その後をルーシィが追う。思い切りやってもいいが、そうすると余波がルーシィを襲ってしまう為、それ程派手な魔法を使うことは出来ない。てあればと、オリヴィエは単純な斬り合いで服を剥いでいこうとした。しかし、リュウマの戦闘技術は並外れたものではない。いくらオリヴィエであろうと、真っ正面から行けば長時間は保たない。

 

如何するかと悩んでいたところで、岩鉄の柱と氷柱が地面から伸びてリュウマを襲う。ジュラとグレイのサポートである。

鬱陶しいと、黑神世斬黎の一振りで破壊したリュウマに、オリヴィエは双剣を速さに重きを置いて揮った。必然的に始まるリュウマとの斬り合いの応酬。傍に居るルーシィが目で捉えられない速度で斬り合っているが、オリヴィエの体に少しずつ切り傷が生まれてくる。

 

心配そうに見守るルーシィだが、少しずつ…少しずつであるがリュウマの服に斬り込みが入っていくのだ。オリヴィエの傷が増える速度の方が早いが、着実に装甲を剥がしていく。

 

 

 

「ぐぶッ…ごほっ!?」

 

「──────『舞い散る崇の華(シェリアス・ロードレス)』ッ!!」

 

「ぁ゙あ゙あ゙…!?」

 

 

 

体全体をその場で錐揉み回転させながら無差別のように思える斬撃の壁がリュウマを斬り刻んだ。幾つかの斬撃は受け止めたようではあるが、その体に纏う装束は見るも無惨な姿となり、その奥にある鍛え抜かれた肉体が曝け出された。

 

黄金律もとやかく言う肉体美に涎を垂らしそうになるオリヴィエだが、我慢に我慢を重ねて指笛を吹いた。すると四方八方からナツやグレイ、ラクサスにギルダーツ等、腕力に自信がある者達が駆け寄って来てはリュウマの腕や脚をとって地面に押し倒して縫い付けた。当然暴れて振り解こうとする。しかし、そこは全力で押し付ける男達。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ルーシィが見えるように残りの張り付いている服の残骸を手で毟り取って、リュウマの上半身を完全に露出させた。

 

 

 

『今から自己修復魔法陣と肉体創生魔法陣が刻まれている所を教える…と言っても、実は上半身にしか刻まれてないんだが』

 

「───ッ!?離せ…!貴様等ァ…!!!!」

 

 

 

少し顔を赤くしながら近付いてリュウマの体に刻まれた幾何学模様の線を間近で見ていく。赤い頬はなりを潜め、真剣な表情を作るルーシィは、描かれている全ての部分を見終わった後、納得したような…それでいて世紀の大発見をした探索者にも劣らない達成感に浸っていた。しかし、悠長な事は言っていられない。確りと押さえている筈なのに、少しずつではあるが手を付けられなくなってきた。

 

ルーシィのもう大丈夫という声と、オリヴィエの直ぐにそこを離れろという言葉に従い、リュウマから手を離したナツ達。リュウマが起き上がる前に、オリヴィエの膨大な魔力で作られた球体が手から放たれ、キノコ雲を作るほどの大爆発が起こった。

何度見ても唖然とするしかない程の威力の魔法を見てから、そう言えばルーシィが居ない事に気が付いたナツ達は、巻き添えを食らったかと肝を冷やしたが、オリヴィエに抱えられながら戻ってきたところを見てホッと一安心した。

 

ルーシィは急いで後方へと下がり、地面に伏せると、腰に付いている小さなポーチからメモ帳とペンを取り出して何かを書き始めた。アルヴァは何をしているのか確認するためにルーシィの元へと降りてきて手帳の中を覗き込む。ルーシィは文字の羅列を書き記していっていた。アルヴァが見ても解らないものをルーシィが何の迷いも無く書いているのを見て、如何しても気になったので質問した。

 

 

 

『あー…ルーシィ君。一体何を書いているんだ?』

 

「あたし見たんです。リュウマの体に刻まれてる魔法陣は黒い線なんかじゃない。アレは膨大な数の文字によって出来た()()()()()()()()()()()()

 

『文字の集合体…?』

 

「それにあの文字は刻まれてるだけじゃなくて()()()()()()。文字の羅列が列毎に違う速度と違う方向に移動してるんです」

 

『この短期間でそんなことに…しかし、それだけでリュウマの自己修復魔法陣と肉体創生魔法陣は消せるのか?』

 

「残念だけど、魔法陣を構築している文字があたしには読めません。けど、これだけは言える…()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『この世界のものじゃない…?…まさか…!』

 

「これはあたしの臆測でしかないけど…リュウマは異世界から武器防具を召喚出来るんですよね?じゃあ…若しかしたら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?って」

 

 

 

リュウマは確かに異世界から武器防具を召喚することが出来る。しかし、何もそれだけでは留まらない。リュウマは異世界の武器防具だけに限らず…その世界の知識を喚び出す事も出来る。つまり、黑神世斬黎を使って能力そのものを使用することが出来るのだ。この世界に無い文字を異世界から喚び出して憶えては学習し、他の世界の誰かが使用した能力も黑神世斬黎によって喚び出されて使用する。

 

例を挙げるならば写輪眼だ。アクノロギアの咆哮を凌ぐために7年の時の呪縛に縛られた後、リュウマは万華鏡写輪眼を使って自身を自身の精神世界へと入っていった。大魔闘演武でもルーシィへの過剰攻撃に堪忍袋の緒が切れたリュウマがミネルバを精神世界に引き摺り込んだ。元々この世界の力では無く、況してやリュウマの持つ能力でもない。そんな力をリュウマが使えたのは単に、黑神世斬黎の力が有ったから。

 

但し、リュウマは異世界の全てを見ることは出来ない。リュウマはあくまで異世界の知識をピンポイントで見ることが出来るのだ。例えば言葉に関しては、言語の全てを見ることが出来る訳では無く、その言語の中の一つの言葉にだけしか注目出来ない。要は言語の中の日本語のみ…だとか、英語のみ…といった具合にしか見れないのだ。だが、見れると言うことは事実。彼は自己修復魔法陣を創るに当たって、この世界の文字だけでは足りないからと()()()()()()()()()()()()

 

 

 

『ではどうやって破壊するんだ?』

 

「あの文字の羅列の中にある一つ一つの文字には、それぞれが意味を持ってる。多分、肉体ごと消し飛ばされても他の文字が補い合って、それだけじゃあ魔法陣は消えない。けど…魔法陣を構成している以上、必ず核となる部分が存在する筈なの。リュウマはあたしに魔法を教えてくれる時に言ってた…『魔法陣には必ず核と呼ばれる全てを補う部分がある』って。だから、あたしはその文字を探し出して書き換えちゃえばいい…!あんな凄い高度な魔法陣だもの…その一つさえ書き換えられれば絶対に効力を維持できずに壊れる…!」

 

『だが、文字はこの世界のものでは無いのだろう?残念だが私にも解らないし、オリヴィエ嬢にも解らない…』

 

「あたしなら大丈夫です!リュウマに魔道書は魔導士にとって必須アイテムって言われてから何百冊も読み漁ったし、あたしって本が好きだから年間三百冊は読んでるんです」

 

『それが何の関係が…?』

 

「あたし文字自体が解らなくても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んです!」

 

『………………………はいぃ?』

 

 

 

アルヴァが目を白黒にしている間にも、ルーシィはメモ帳に齧り付いている。年間三百冊を読破するという、本好きでも早々見られない本好きが辿り着いたのは、例え文字が解らなくとも、文章の長さから大体何が言いたいのかを読み取ることが出来るという予測であった。そしてルーシィが読み取った場合の正解率は驚異の96%。常人には出来ない事を、ルーシィは軽々とやってしまう。

 

 

 

『だ、だが…!リュウマの体に刻まれている文字は目を凝らしてもよく見えない程の文字が、あの幾何学模様を創っているんだろう?ならば文字の数も膨大でもあるはず…ルーシィ君は先程見て憶えただけのもので推測出来るのか…?』

 

「大丈夫です!もう()()()()()()()()()()()()!」

 

『お、憶えた…?たった一度見ただけで…?』

 

 

 

そしてルーシィが身に付けた特技は、文字の瞬間永久記憶力。物事の記憶は普通よりかは高いものの、文字という部分に関してはリュウマをも越える才能を持つ。確かにリュウマは絶対記憶能力とまではいかないが、それに追随する記憶能力は所持している。しかし、目も痛くなるような膨大な数の数字を一度見ただけで全てを憶えることは出来ても、忘れないようにするということは出来ない。100年は忘れないだろうが、300年も経てば忘れてしまう。しかし、ルーシィは文字だけならば絶対に忘れない。

 

同じ本好きであるレビィを以てしても、ルーシィには最初から文字に関する才能があると言っていた。ルーシィはそれを褒め言葉として軽く捉えていたが、レビィはその才能に嫉妬すら憶えた程だ。一度見たものを瞬間的に記憶して忘れない等、本好きな自分からしてみれば喉から手が出るほど欲しい才能だった。

 

 

 

──────こ、この少女の持つ才能は100年に一人居るか居ないかという程のものだ…!よもや、こんな極めて高い記憶能力を所持している者に会えるとは…!

 

 

「ここの文字はこうなってたから…これを違う速度で進んでいることをさっき見た時から今の時間までを比例させて進ませて重なり合った所を抽出…それを繰り返して…もう一つの魔法陣のと組み合わせて…多分…この文字は…こんな感じだろうから…じゃあ……う~ん………っ!出来た!!」

 

『な…!?もう解析し終わったのか!?し…信じられん…!あのリュウマが…幼少期とはいえ3ヶ月費やして完成させた魔法を…!!』

 

「後はこれをきっかり180秒後に決まった場所を書き換えられれば、あの二つの魔法陣を消せます!」

 

『よし!!ルーシィ君、君に最大の敬意と感謝を。君が持っている才能は人類の宝と言っても過言ではない。…リュウマの事も支えてやってくれ』

 

「…っ!はい!!」

 

『うむ。……よし、皆の者!今から先程と同じように全力でルーシィ君を援護だ!兎にも角にも、ルーシィ君をリュウマの元へと送り届けるんだ!制限時間は180秒!全力で行け!!』

 

 

 

神妙な顔つきで一様に頷いた者達を確認したアルヴァ。捕まえられて上の服を破かれながら、意味不明なことをされたリュウマは吐き気を堪えながら警戒に当たっていた。体の方は自己修復魔法陣が修復させている為、筋力が雀の涙以下に、そして叩き付けられる果てしない頭痛以外は問題はないと言ってもいい。しかし、それとこれとは別だ。相手は何故か己の動きを読んでくるのだ。

 

最初に動いたのは、やはりオリヴィエだった。同時に駆け出したものの、素の身体能力が掛け離れている為、全くの同時スタートでも、他が一歩踏み出している時には既にリュウマの元へと迫っている。目を離さず、只管に真っ直ぐ突き進んで来るオリヴィエに、かち割れそうにな痛みを与えられる頭で精一杯思考する。そして何とか導き出したのは、攻撃を紙一重で避けた後のカウンターだった。

 

オリヴィエが双剣を揮うフリをして手放し、掴み掛かってくる。どうにかそれを狙い通りの紙一重で避けたリュウマは、オリヴィエの腕を掴んで背後へと捻切るつもりで捻り上げた。しかし、そんなことは分かっていたとでも言うように跳躍し、捻られた方へと体ごと回転させて捻りを殺した。

 

上下が反転している途中で、オリヴィエは足を開いてリュウマの頭を太腿で挟んだ。顔の骨格からミシリと音を立て、顎の骨の関節に罅が入ったことを痛覚を通して感じ取ったリュウマは、直ぐさま引き剥がしに掛かるが全く外れる様子も無い。そもそも、脚というのは腕の筋力に比べて4倍近い力を持っているのだ。今のリュウマにオリヴィエの脚を使った拘束を外せる道理等存在しない。

 

後ろへ重心を掛けてリュウマの体幹をずらす。一度傾いてしまったが為に、オリヴィエの体重と力の向きによって地面に倒れ込んだ。倒れ込む瞬間に拘束を一旦緩め、無理矢理リュウマの正面に回り込んでもう一度脚を掛けた。

 

 

 

「こッ…!?はッ…ぁ゙ッ…!!!!」

 

「完っ…璧に…!決めてやったぞ…!!」

 

「ふ…ぅ゙…!!ぐゔぅ゙…!!!!!」

 

 

 

格闘技の寝技で使用される絞め技の一種で、呼ばれている名の通り、三角形に組んだ両足の中に相手の首と腕を捕らえ足の力で締め付けることにより、内腿で相手の片側の頚動脈を相手自身の肩で反対の頚動脈を絞める技である三角締めという絞め技をリュウマへと掛けた。片腕は既に巻き込まれてしまい、もう片手は空いてはいるものの一度決まってしまったこの絞め技を、弱体化しているリュウマの腕では剥がせない。

 

息が出来ず、頚動脈をこれでもかと締め付けている為頭に血が行き渡らず、意識が朦朧としてきた。無意識に近い意識のまま、オリヴィエの染み一つ無い美しい太腿に手を掛けて指を力ませる。太腿の皮を突き破って指が筋繊維に到達し、血の雫を垂らしながら奔る痛みに、オリヴィエは顔を顰めながらも絞め技を一向に緩めない。やがて追い付いた他のメンバー達がリュウマの自由である脚を凍らせた後にその上からのし掛かり、更に動けないように拘束した。

 

遅れてやって来たルーシィの指示に従い、リュウマの胴を見えるようにした後、ジッと自己修復魔法陣と肉体創生魔法陣が入り組んでいる幾何学模様を見つめ…魔法のアイテムであるペンをその手に取った。

 

間近で目を凝らしても見えない程の文字の集合体。それが何列にもなって上側に下側にと、一貫性の無い向きで流れていく。流れていく速度も全く違い、文字はどれも同じように見えて全てが違う。そんな複雑極まりない魔法陣を見つめ、その時を待っていたルーシィは、意を決してペンを二本の線が重なっている胸部中央に走らせ…描き換えた。

 

 

 

「────────────ッ!!!!!」

 

「─────ッ!?痛ッ…!?」

 

「何だ…!?」

 

「やべぇ…!一旦離れろ…!!」

 

 

 

充血した眼を大きく見開いたリュウマは、血の気の引いた顔を強張らせた後に、オリヴィエの太腿に大きく口を開けて噛み付き…肉を食い千切った。

想像以上の鋭い痛みに襲われたオリヴィエは、隙間が無い完璧な絞め技を緩ませてしまい、リュウマはその隙を突いて脚の氷を無理矢理砕いた後、全身を使って闇雲に暴れて拘束から脱出した。視界が揺れる中でその場から地面を蹴って縮地を行って数十メートルの距離を取った。

 

足りない酸素を思い切り吸い込む。脳全体へと酸素を送り込んで行けば視界は元へと戻ってクリアとなる。口の中にあるオリヴィエの太腿の肉を咀嚼して嚥下した。次いで見たのは己の上半身。

 

 

 

「………は?」

 

 

 

頭の痛みを忘れ、呆然とした表情のまま、気の抜けた声が口から漏れた。しかしそれもその筈。創り出してこの方、自己修復魔法陣と肉体創生魔法陣が()()()()()()()()()()()()見たことが無かったからだ。

 

構成していた膨大な数の文字が蜘蛛の子を散らすように砕けていっては幾何学模様を作り出していた線を消していく。何が起きているんだと、思考もままならないまま、リュウマは崩壊していく魔法陣を見ていくことしか出来なかった。

 

 

 

「我…の…自己修復魔法陣を……解除した…?我の魔法が……小娘なんぞに…?我の…魔法…が…?」

 

 

 

最後の仕事と言わんばかりに、最後の修復を終えた自己修復魔法陣は、同じく刻まれていた肉体創生魔法陣と共に、完全にその姿を消したのだった。

 

破られたことの無い。それこそ、これから先に於いても解読も解析も不可能であろうと自負していた、最高傑作と謂える魔法を、こうもあっさりと解除されてしまったことに頭の中を白一色に染め上げ、動揺で脂汗を掻いている時、目の端で迫り来る純白の刃を見た。そして、リュウマは()()()()()()

 

鬼気迫る表情で後退し、黑神世斬黎に手を掛けてオリヴィエの一挙一動を見逃さないとばかりに睨み付けながら注意深く観察している。そんな姿を見たオリヴィエは、これで完全にリュウマの回復手段を断った事を確信した。

 

 

 

「終わりだよ…貴方。自己修復魔法陣を失った貴方に傷を治す術は無く、歌により体は極限に弱体化。魔力も無ければ魔法も使えない。空を飛ぶことすらままならない。対して私達には魔力があり()があり、魔力もあれば私の強化魔法もある。そして貴方(純黒)の天敵である(純白)が居る。…もう諦めないか?」

 

「…………………。」

 

 

 

オリヴィエは客観的事実を混ぜながら、これ以上の争いは無駄だと優しく言い聞かせた。俯いて顔が見えないリュウマは、既に唯の人だ。魔力も無い。魔法も使えない。頭の激痛の所為で思考も碌に行えない。無い無い尽くしのこれ以上無き絶望的状況。誰がどう見ても聞いても感じても、勝つことは不可能。

 

回復手段が無い以上、今死ねば不死のみが発動して、その場に在り続ける亡霊以下の存在に成り果ててしまい、永久に動くことも話すことも出来ずに在り続ける地獄を味わい続ける。対してオリヴィエは不老不死。ありとあらゆる死を寄せ付けない故に傷は瞬く間に回復し、無かったことにされてしまう。魔力もまだまだ尽きること無い。

 

 

 

 

 

 

 

無理、終わり、ここまで。何をしようが無駄だ。しかしそんな中…(リュウマ)は──────()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 






もうそろそろ…この戦いも終わり…かな?


それにしてもどうしようか…最近何かで嗅ぎ付けたのか()()()()がボクの所に来るようになったし…チッ…鬱陶しいし気持ち悪い視線向けてきやがって…!


ボクはお前等みたいな奴等が大っ嫌いなんだよ!あーー気持ち悪い…!まるで「お前はオレのモノだ」みたいな視線…!性欲しか頭に無いような奴等め…!犯したいならそこら辺の()()()()犯してろよ…!ボクの領域に入って来るな…!彼が来たときの為に()()()()()のに!!気色悪いんだよ!!!!


はぁ…っ……もぉやだ……やだよぉ…!


こんなめんどくさい事したくない…!自由になりたい…!彼とお話ししたい…!彼と触れ合いたい…!頭を撫でて欲しい…!頑張ったんだなって…今までよく我慢したなって…!ボクをいっぱい褒めてほしい…!


うぅ…ぐすっ…お願いだよぉ……助けてよぉ…!



()()()()()()()()()()()()()()……




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第九三刀  手にする最強の力



我の盟友。それは王であることや異国の地であること、伝えられる文化の違いを吟味したとしても、心から我自身を見せることが出来る掛け替えの無い存在だった。


400年前…7日後の世界に跳ばされた我は、盟友3人の元へと直ぐに飛んだ。しかし、我が目にしたのは大量の血痕と…彼奴等の持っていた武器のみであった。


オリヴィエは不老不死となって生き存えていたものの、我は醜悪極まりない不死の仕業で死ぬこと叶わぬ。


バルガス…クレア…何故お前達が死ぬ?お前達はその程度で死ぬ者ではなかったであろう?我を父上と母上を除き、戦いに於いて追い詰めた者達は…その程度では死なぬはずだ。


あの世に居るであろうお前達に問う。



我は如何すれば良いのだ?



…………お前達とまた酒を飲み、語り合いたいものだな。まあ尤も………もう叶わぬがな。





 

 

弱々しく、立っているだけでも体力を消耗しているような彼が、そんな弱々しい姿を感じさせない動きで立ち上がった。吐き気を堪えているような顔も無く、顔色すらも元に戻っている。何かが彼の中で起きている。そう感じさせて止まない光景だった。

 

抜き身の黑神世斬黎を腰に差す鞘へと元へ戻す。膝を付いたり転がったりした所為もあり、破かれていない下の王の装束に付いた土を払って落とす。その間、フェアリーテイルやその他、オリヴィエとて動かず、彼の動きを唯見ていた。

 

 

 

「フッ…。よもや自己修復魔法陣に肉体創生魔法陣を破壊するとは思わなんだ。異界…並行世界に存在する言語による文字を組み込み、異種の言語による補助及び効力発揮を促す仕様となっている。どれか一つが欠けようと、一つだけ存在する解除方法を行わない限りは文字そのものが消滅時であろうと遅効性による効力により無効化する事は出来ぬ。創り出した我であっても、本来の解除方法は至難を極める…それを破壊する…生半可な努力等では決して為せぬ業だ」

 

「…………。」

 

「しかし…しかしだ。──────それだけで勝ったつもりか?」

 

「まだ…戦うつもりなのか?」

 

「然り。そも…我に敗北は有り得ない。我の魔力が無くなり、魔法も満足に使用出来ず、天駆ける事を叶わず、考え得る全てのものを無効化し、多勢に無勢で迫れば…この我を倒せるとでも?フハハ──────思い上がるな愚か者共めが」

 

「──────ッ!!」

 

 

 

そう言って()()()()()()()。驚愕する者達。現在も歌は続いている。つまりはリュウマの弱体化は続いているということだ。だというのに彼の体からは、膨大とは言えないが、其処いら一介の魔導士以上の魔力を持っていた。何故こんな魔力を持っているのか。まだ何か隠し札でも持っているのか、フェアリーテイルやその他の者達に緊張の衝撃が奔る。

 

オリヴィエとて何故リュウマが魔力を手にしているのかは解らない。しかし、魔法を使わせてしまう訳にはいかない。少しの焦燥に駆られながら双剣を構えるが、リュウマの不可思議の魔力増幅に気が付いたのは…やはりのことアルヴァであった。

 

 

 

『……そうか…そういうことか…!!リュウマはまだ自力で魔力を手にすることが出来ない。だから()()()()()使()()()魔力を得たのだ!』

 

「でも…どうやって?オレ達はアイツに魔力を奪われてもないぞ」

 

『魔力を奪われてはいない。しかし、魔力を与える切っ掛けを与えていた。リュウマはずっと魔力を貯めていたのだ──────()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…!?痛みを全部魔力に変えてたってのか!?」

 

 

 

「ほう…?何の手掛かりも無しに気が付いたのか」

 

 

 

「なっ…!?マジかよ…!?」

 

「然り。我は初めから攻撃を受ける度に、体内で痛みを魔力へと変換し蓄えていた。故に時には態と攻撃を受けたりもした。自己修復魔法陣さえあれば傷なんぞいくら受けたところで意味は無い…が、最早それは叶わぬ」

 

「…?何でだ?あの魔法使えば全然戦えるじゃねーか」

 

「バッカお前…!リュウマに教えてどうすんだよ!!」

 

「否。自己修復魔法陣はもう使えん」

 

「は?何でだよ?」

 

「私が魔力で邪魔をしているからだ。一度発動されてしまった自己修復魔法陣は解除出来ないが…発動させようとしている自己修復魔法陣を解除させる事は出来る。ルーシィに魔法陣を破壊させる為に絞め技を仕掛けた時、私はリュウマの体に万が一のためにと、魔法陣の発動を邪魔をする魔法を掛けておいた」

 

「よって、忌々しくも自己修復魔法陣が使えぬ」

 

 

 

最初からオリヴィエは自己修復魔法陣が使われてしまうという面での心配など皆無であった。では、何故オリヴィエが焦燥に駆られているのか…それは彼が頭痛を魔法で和らげてしまい、普段通りへと戻ってしまったことにある。頭痛の所為で短絡的な考えになっているリュウマの相手は、そう難しくは無い。早い話、何もかもを急いで済まそうとしているため、動きが読みやすいのだ。だが、頭痛が無ければ物事を正しく考え、答えを導き出してしまう。

 

アルヴァが居るとはいえ、何もかもをアルヴァに任せてばかりという訳にもいかない。自己修復魔法陣然り、分かっていながら手が出せない、施しようが無いという状況に陥れられてしまうかも知れないからだ。そして最も考え得る中で厄介なのが、魔力が少し戻った事で、肉体を強化出来てしまうということだ。

 

 

 

『あの子は今、魔力を魔法に使うのではなく肉体強化に使うはずだ。満足に魔法も使えず、飛ぶことも出来ず、襲い掛かる頭痛に耐えていた。しかし、その頭痛が消えた今、あの子が取る選択肢はたった一つ──────その身一つのみを使った肉弾戦だ。こうなったリュウマは一番手強いぞ!選択肢が他に無いのだ…!多岐に渡る戦闘方法を一つに絞り、本来の戦闘スタイルの中で最強の筈の肉弾戦に特化してしまったリュウマの戦闘力は…400年前にフォルタシア王国単騎最大戦力者と謳われたマリアをも越える!!!!』

 

 

 

「さぁ…──────我が征くぞッ!!」

 

 

 

腰を落として踏み込み、駆け出すと一気に加速した。最早辛うじて姿を追える程の速度で迫ったリュウマの事を迎撃したのはオリヴィエだった。腰の黑神世斬黎が放たれ、オリヴィエは直ぐに皓神琞笼紉で受け止めて見せた。力はほぼ互角。刀と双剣は拮抗していると言える状況であった…が、オリヴィエの体に何十箇所も裂傷が入り、血が噴水のように噴き出す。

 

何時の間にこれ程斬られた?私の目を以てしても見切れない程の速度…全開には程遠い力でこれを行ったのか?

疑問が次々に浮かぶオリヴィエは、はたと気付いた時には上下逆様に宙を飛んでいた。

 

先程まで見ていたリュウマの姿が無い。ということは掴まれた後に投げ飛ばされたのだと理解し、体勢を急遽整えようとした。だが、その前にリュウマの魔の手が伸びていたのだ。宙に投げ飛ばされてしまったオリヴィエの後ろ首に、今持っている力を全力で籠めた蹴りが入る。ゴキリという骨が粉砕した音がオリヴィエの首から鳴り響き、そのまま蹴り飛ばされる。衝突した木々や大岩の悉くを粉砕しながら土煙を巻き上げながら吹き飛んでいったオリヴィエ。止まった時には数百メートルも跳ばされ、首は完全に叩き折られ、大量の血を吐き出した。

 

あのリュウマと戦って優勢を保てていたオリヴィエが、こうもあっさりとやられてしまったことに動揺が奔る。今行って攻撃を当てることが出来るだろうか。そもそも、死なずに戻って来れるのか。それを先に考えてしまい、脚が思うように一歩を踏み出してくれない。今行けば確実に斬られる。そう予感させる殺気を放つリュウマに、二つの影が接近した。

 

 

 

「──────換装…黒羽の鎧!『黒羽・月閃』ッ!!」

 

「──────師匠直伝!『死突(しとつ)』ッ!!」

 

 

 

『───ッ!!黑神世斬黎に刃を当ててはならん!オリヴィエ嬢の剣でなければ剣であろうと斬られてしまう!!黑神世斬黎は切れ味に特化しているのだ!』

 

 

 

駆け出していたのは、エルザとカグラだった。そして言うが遅いか、エルザの鎧の効果によって強化された一撃がリュウマの黑神世斬黎と刃を交わした。そしてアルヴァの言った通り、黑神世斬黎の恐ろしいほどの切れ味によって抵抗無く、剣が半ばで切られて落ちた。

 

先に斬り掛かったエルザとリュウマの一連の動きを見て、エルザと同じように斬り掛かれば、折角命と同じくらい大切にしている、リュウマから直接下賜された震刀・揺兼平がたたっ斬られてしまう。それだけは絶対に避けなければならない。その為に背後へと回り込み、リュウマから教えられた殺人剣の一つ、人体の急所への刺突を行った。

 

しかしカグラの刀が届く前に、リュウマは剣を斬った後にエルザの顔を鷲掴み、カグラへと投げていた。リュウマの体を刀が貫くよりも早く、エルザを正面からぶつかって受け止める形となった。視界を遮られながら、刺突は中断せざるを得ない。そしてリュウマと言うと、重なっているエルザとカグラへと縮地で距離を詰めた後、体重と遠心力を加えた回し蹴りを叩き込んでいた。エルザの腹に入った蹴りは重く、更には衝撃がカグラの背中まで突き抜けていった。

 

あっという間に二つのギルドの最強女魔導士がやられた事により激震が奔る。確実に先程までのリュウマとは比べものにならない程の姿だ。それも、戦っている最中に笑みを見せるほどの余裕が生まれてしまっている。だが、何時までも突っ立っていてどうするんだと自分に活を入れて前に一歩進んだ。

 

 

 

「魔法を使って無駄な魔力消費は避けるべきだが…散るが良い──────『弾け狂う爆兎(ラビット・フレア)』」

 

 

 

リュウマの足元から等身大の黒い兎が生み出された。目からは赤い稲妻が奔り、赤く輝いている。黒色なだけの兎に見えるが、そんな生易しいものではない。リュウマが人差し指を向けて行けとだけ命令した。すると総勢50にも及ぶ兎が本物と同じように跳びはねながらフェアリーテイルやその他の者達へと向かっていく。

 

リュウマが扱う魔法は全て、相手からすれば碌でもないものばかりだ。つまらないというような意味合いの碌でもない…ということではなく、その凶悪性からくる碌でもなさである。それを身を以て知っている者達は、明らかに危険な兎を迎撃すべく魔法を放って打ち壊そうとした。

 

 

 

「────ッ!?避けた!?」

 

「おい…おいおいおい…!?動きが早ぇしすばしっこくて…!」

 

「どんどんこっちに来やがる!?」

 

 

 

兎は魔法が当たろうとしたその瞬間、意思を持っているかのように避けてしまうのだ。しかもどれだけ引き離そうとしても動きが早く、普通に走っただけでは直ぐさま距離を詰められてしまう。魔法生物である兎に手を焼き、苦戦を強いられている間に、件の兎は既に足元にまで接近を許してしまっていた。そして兎はその身を犠牲に、想像を絶する大爆発を引き起こし、一匹から始まり、それは他の黒色の兎へと連鎖されて広範囲爆発を引き起こした。

 

本来の兎と同じ程度の大きさしかないというのに、籠められている魔力と、その殺傷性には舌を巻く。況してやリュウマは魔力に限りがある。痛みを魔力に変換したものの、もうその手は使えない。痛みがあるということは攻撃を受けるということ。回復手段を断たれている彼からすれば、攻撃を受けると回復手段が無いため、下手に攻撃を受ける訳にはいかないのだ。

 

追い詰められようと戦況を直ぐに引っ繰り返してしまう状況把握能力と適応能力。そしてそれらを可能とさせる身体能力と開発した魔法の凶悪性。追い詰めたからと言って、リュウマ・ルイン・アルマデュラを倒すには、倒れて動かなくなるその時まで、片時も気を抜いてはいけない。でなければ…彼は知らぬ内に喉元へ死という名の刀を突き付けるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ごぼっ……躊躇いも無く首の骨を粉砕…か。慈悲無しと言われれば納得だが…本当に根っからの男女平等主義者だな…こほっ」

 

 

 

不老不死の効力により、出鱈目な方向に折れ曲がっていた首は元に戻り、粉々に粉砕されていた首も骨も元に戻った。流していた血も蒸発するように消え、攻撃を食らう前の綺麗な状態へと戻る。出鱈目な回復速度で元に戻り、リュウマは純黒の力を取り戻さない限りはオリヴィエを倒すことは不可能なのだ。

 

首を回してゴキリと鳴らし、肩を回して動作確認をすると、遠くの方で大爆発が起きた事を目視にて確認した。そして思う。リュウマ・ルイン・アルマデュラは、何故こうも戦い続けるというのか。確かに400年という長い年月を生き続ければ、生きるということ自体に嫌気がさしても可笑しくは無い。況してやリュウマは完全の不死。何があろうと死ぬことを許されない体の持ち主だ。

 

行き過ぎた力は強烈な孤独感と虚無感を生んでしまう。それがリュウマのような全能の力を持つ者にもなれば、出来ない事を探さねばならない程の力を持つが故に、隔絶とした孤独感と虚無感…そして理解しながらも抗えない全能感に支配される。

 

解っている。そんな彼の孤独感を満たしていた掛け替えの無い存在がアルヴァとマリアであること位。だからこそ、その代わりとして…オリヴィエはリュウマを支えてやりたいのだ。隣に立って同じ風景を見て、唯傍に居たい。だが、リュウマは何者かに寄り添われる事を良しとしない。人は脆い。己が思っている以上に脆い。だから人生の伴侶を得て、初めて脆さ(孤独)から立ち直ることが出来るのだ。

 

このままでは()()()()()()()()()()。肉体的にでは無い。これまでを構成してきたリュウマという精神が砕け散ってしまう。オリヴィエは並々ならぬ…所謂どこまでも追い掛けるタイプの依存系ヤンデレな訳だが、それでもリュウマという存在を想い続けているが故に生き長らえている。だが、リュウマはどうだ。本人が否定が相まって孤独に苛まれている。オリヴィエは助けたいのだ。親を失う哀しみは解る。そして同時に、リュウマの親を失うという哀しみの大きさが、己のそれと比べものにならないということも解る。

 

唇を強く噛み締め、爪が食い込んで血が流れるほど強く手を握り締める。どうすればいい。これだけ拒絶を示すリュウマに、どうしたら私が…私達が支えるということを教える事が出来る。

彼は強い。世界最強と言われる力は、その言葉以上の力を持っている。どんな世界に行こうと最強を名乗れる程の(純黒)だ。それを封じても、これでもかと弱体化させても、その身一つで強化している全開のオリヴィエをこうもあっさり蹴散らす程の絶対強者だ。

 

勝ちたい。勝って抱き締めてあげて、頭を撫でてやって、1人ではないのだと。この時代を生きても良いのだと。支え合って生きていこうと言いたい。そして何時までも寄り添って生きたい。それが、それだけが願だ。

 

 

 

「私では…っ……私ではダメ…なのか…?」

 

 

 

前の光景がぼやけて滲む。400年だ。400年もの間追い続け、想いを伝えているのに答えてくれないのだ。オリヴィエを何度フラれてもめげない鋼の精神の持ち主だと思ってはいけない。彼女はフラれる度に深く悲しんでいるのだ。唯、それをおくびにも出さず、その悲しさを糧に頑張って一生懸命になっているだけに過ぎない。表面上は普段通りでも、彼女は悲しみに暮れている。

 

 

 

「クソッ………クソッ…!クソッ…クソッ…クソッ!!!!憎いッ!!あの人に安堵を…!幸福を与えられん()()()()()()()()ッ!!!!」

 

 

 

オリヴィエは憎くて仕方ない。何が純白だ。何が純黒と対を為す対極者だ。これだけ歯が立たなくて何が陰と陽だ。光と影だ。この程度の力では、絶対にリュウマ(純黒)には勝てない。足りない。足りないのだ。渇望が、意思が、情熱が、理が、思想が、想いが、そして…圧倒的な迄に力が足りない。

 

 

 

「やるしか無い…のか…?私が抗えるかも分からない…400年の人生の中で…最も危険な綱渡りだ…私に耐えきれるのか…?」

 

 

 

オリヴィエがやろうとしているのは博打も博打大博打である。普通なら絶対にやらないであろう危険極まりない一手だ。しかし、それさえ成功すれば、情勢は一気に傾く。ならばやった方が…賭けた方がいいと思うだろう。だが、万が一にでも失敗した場合、オリヴィエは()()。精神的にとかではなく、オリヴィエは確実な死を迎えるのだ。そうなれば、リュウマに勝つことは不可能。この戦いはオリヴィエが有ってこその戦いなのだから。

 

時間が無い。そうこうしている間にも、オリヴィエ以外の者達はリュウマと戦っている。オリヴィエをこうも叩き伏せるのだ。下手に戦えば歌の役割を持つ者達まで到達してしまう。そうなれば、オリヴィエが居ようが居なかろうが結局負けだ。早く決断を下さねば、そう焦りながら…切断を下せないでいた。するとそこで、直ぐ横の茂みが微かに揺れた…ような気がした。普段ならば気にしないが、オリヴィエは何となく気になり、茂みに手を入れて掻き分けた。

 

 

 

「ぁ…」

 

「ん…?貴公は…」

 

 

 

中に居たのは…リュウマの眷属であり息子同然に可愛がっている炎竜王イグニールの生まれ変わり、子竜イングラムであった。翼と尻尾を丸めて縮こまっているイングラムは、オリヴィエに見つからないようにしていたのだろう、バレてしまったことに驚いて固まっていた。オリヴィエの方は、リュウマのペット的な何かだと認識していた為、イングラムの存在自体は知っていた。

 

何故こんな所に?と首を傾げているオリヴィエに、何かされると思った防衛本能からか、口に炎を溜めて噴き出した。子竜が放ったとは思えない業火がオリヴィエを瞬く間に包み、周囲の木々も熱の余波で燃やした。ホッとしたイングラムだったが、全身を包み込むように抱かれたことに驚愕した。

 

 

 

「うわぁっ…!」

 

「突然攻撃とは、中々の挨拶だな。尤も、私には無駄だが」

 

「は、離せっ…!うぅっ…」

 

「まぁ待て。そう怯えることも無いだろう?私は何もしない。況してやリュウマのペットだ。殺すわけが無い」

 

「ペットじゃない!ボクはお父さんの息子だ!」

 

「ふふっ。そうか。それはすまなかったな」

 

「……おまえはお父さんの敵?」

 

「敵では無い。私はリュウマ…貴公のお父さんを愛しているのだ。敵なわけが無い」

 

「お父さんを……。……………。」

 

 

 

半信半疑だったが、父であるリュウマから聞いたことがあった。真っ白な…純白な剣を持つ盟友。所謂親友が居たと。イングラムは抱き抱えて微笑んでいるオリヴィエから視線を逸らし、腰に付けている純白の双剣を目にし、この人間がそうなんだろうと思った。何も武器だけで判断したのでは無い。触れられて実感する膨大な魔力の波動が、自身を抱く女性から発せられているのだ。

 

大好きなお父さんと同じ、膨大故に包み込むような…それでいて安心する優しい波動。心地良くなっていたイングラムは、無意識の内にオリヴィエの腕の中で彼女に擦り寄っていた。甘えん坊なんだな…と、想い人の子供である子竜の頭を撫でる。赤く燃え上がるような紅い鱗はほんのりとした熱を発していて心地良い。親子揃って肌が綺麗だと思っていた。

 

 

 

「……お父さんを…助けて」

 

「…っ!何?」

 

「ボクのお父さんは…ずっと…ずっと苦しんでるんだ」

 

「……詳しく訊けるか?」

 

「……お父さんは本当は、もう起きないぐらい深く寝るつもりだったんだ。けど、おまえ達が来てからは寝てない。でも…お父さんはずっと辛そうな顔をしてるんだ。ずっと…ずっと悲しそうなんだ。ボクと遊ぶときも…空を見てるときも…ずっと…っ……ずっと悲しそうなんだっ」

 

「…うん」

 

「ボクは…ボクはあんな悲しそうな顔をするお父さんを見たくないっ。ボクのお父さんは…強くて…かっこよくて…優しくて…あったかくて…大好きなお父さんなんだっ」

 

「…そうか」

 

「お願い…お願いしますっ……お父さんを…お父さんをっ──────」

 

 

 

 

 

 

 

お父さんを()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

イングラムは溜め込んでいたものを吐き出した為か、大粒の涙を流しながら、しかしオリヴィエの目を逸らすこと無く見つめてお願いをした。大好きなお父さんの為に、まだ本当にお父さんの盟友の人なのかすらも分からないまま、切実な願を口にした。

 

オリヴィエは少しの間イングラムの、お父さん(リュウマ)と同じ縦長に切れ、涙を溜め込んでいるため爛々と輝いている黄金の瞳を見つめていた。そしてオリヴィエは、イングラムを地面に下ろすと、吹き飛ばされてきた獣道へと踵を返して歩いて行ってしまった。イングラムはキュウンという声を上げながら、助けてはくれないんだと悲しそうに翼を力無く撓らせた。

 

 

 

「──────任せておけ」

 

「ぇ…?」

 

「元よりそのつもりだ。そして…感謝する。貴公の言葉に、私は決心がついた」

 

「決心…?」

 

「私は……リュウマを助ける。故に任せておけ」

 

「…うん……うんっ」

 

 

 

迷いを断ち切ったオリヴィエは、一歩一歩踏み締めてリュウマの元へと進んで行く。そんなオリヴィエを、イングラムは唯見つめていた。そして願うのだ。願わくばお父さんを助け出してくれるようにと。

 

 

 

 

オリヴィエは……賭けに出ることを決心した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前達!私の後ろへ!!──────換装!『金剛の鎧』ッ!!」

 

「絶剣技──────『楯絶(たてだち)』」

 

「くッ…ぐっう…!ぐあぁぁぁあぁぁっ!!」

 

「エルザ!!」

 

 

 

歌うメンバーからエルザが戦いに身を置いて、攻め立てているリュウマの攻撃を防御しようと、金剛の鎧に付属されている楯で受けるも、黑神世斬黎の柄の頭を使った衝撃透しの技で粉々に砕ける。先程確認した爆発の影響なのか、皆の服は所々破け、傷を負っている。シェリアも歌の役割から外れて、代わる代わる傷の回復に勤しんでいた。

 

時間が無い。こうしている間にも、リュウマは着実に追い詰めてきている。魔法を封じたところで、リュウマは必ず何かしらの方法で力を取り戻しにきている。痛みを魔力に変えるのが良い例だ。

 

リュウマは駆け出した。なけなしの魔力を使って、人と人との間を縫って魔力の球を放ち、歌の役割を担っている少女達を狙った。周囲の者達がしまったという顔をして、急いで防ごうとしても時既に遅し。しかし、魔力球の射線上にオリヴィエが踊り出ては魔力球を上空へ向かって蹴り飛ばした。

 

蹴りで打ち上げられた魔力球は遙か上空で大爆発し、地表までその衝撃を届けた。オリヴィエはそんなものは興味ないと言わんばかりに、目の前に居るリュウマの事を見ていた。目が先程までと違う。最初から決心はしていたが、今はまた違う類の決心を決意した瞳をしていた。何をするつもりかは知る由も無いが、警戒はしておかなければならない。

 

2人は相手の出方を見る。オリヴィエが狙うのは、とある一点のみ。リュウマはオリヴィエを完全に止める術を持ち得ないため、狙うは時間稼ぎも兼ねて首である。ジリジリと摺り足を行って距離を詰めていく。互いの射程圏内に入ろうと距離を更に詰めていき、2人の間は人一人分の距離しか無かった。

 

 

 

「──────ッ!!」

 

「──────ハァッ!!」

 

 

 

武器に手を掛けたのは全くの同時。しかし速かったのはリュウマだった。オリヴィエが剣を振り下ろした時には既に、振り抜いた後に振り返し、二度斬り終わっていた。初撃で右腰から左肩まで一閃された後、その傷の上から更に重ね合わせるように返してもう一閃。より深く傷を抉られて血が噴き出し、痛みに顔を顰めるが、オリヴィエは構わず皓神琞笼紉を振り下ろしたのだった。

 

上から振り下ろされる二振りの双剣を、リュウマは黑神世斬黎で以て受け止めた。しかし、直ぐにそれが罠である事に気が付く。オリヴィエの斬り込みは、殆ど力を籠めていないと分かるほど軽かったのだ。つまり、リュウマの防ぐ為の動作を炙り出すための罠。考えるよりも早く、リュウマは魔力を纏わせた右手をオリヴィエへと向けた。

 

手の平から魔力が放出され、オリヴィエの左肩が大きく抉れ飛んだ。しかし、オリヴィエは全身全霊の力でもって、リュウマの左手首に蹴りを放ったのだった。蹴りが手首の肌に触れた瞬間、リュウマは確実に手首が粉砕すると確信し、やむを得ないと黑神世斬黎を一時手放した。蹴りに当たると同時に衝撃に逆らわず流す事で威力と骨折を回避し、右手で黑神世斬黎を手に取ろうとした。

 

すかさずオリヴィエは皓神琞笼紉で黑神世斬黎を叩き付けて離れた所へと弾き飛ばした。武器を無くしたリュウマは、仕方ないと拳を構えるが、足元の土が動いたのを皮切りに、そこから大きく後ろへ跳躍して離れた。すると次の瞬間、先の尖った円錐状の岩鉄が隆起した。

 

謀らずしてリュウマから離れることが出来たオリヴィエは、自分が弾いた黑神世斬黎の元へと向かう。歌の所為によるものか、皓神琞笼紉同様手元へ引き寄せる力が発揮できずにいるので、勝手にリュウマの元へと飛んで行くことは無い。

 

目にすれば見惚れる程の黒一色に染まっている黑神世斬黎。リュウマを構成するものの第一である刀。リュウマ専用武器であるこの黑神世斬黎と、オリヴィエの皓神琞笼紉には共通することがある。それは、武器そのものが主を選び、その他の存在が触れることを決して許さないというところにある。アルヴァも昔、リュウマの黑神世斬黎に触れようとした事があるが、その時は電撃が奔って触れること叶わなかった。

 

触れ続ければ人の体を分解し始める。それ程の拒否反応を示し、主のみに永遠と共に在るのがこの武器達である。しかし、そんな地面に突き刺さっている黑神世斬黎の柄を──────掴んだ。

 

 

 

《────!────!!──────!!》

 

 

 

「──────ッ!?あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ッ!!!!」

 

 

 

突如襲い掛かる激痛。黒い電撃がオリヴィエの触れている手から伝って全身に流れ込んでくる。それでも離さず、逆に力を籠めると、黑神世斬黎の刀身に()()()()()。力に耐えきれず罅が入ったのではない。黑神世斬黎の罅の下が紅く輝き始めた。そしてその紅い線は心臓から伝わる血管のように脈動し、膨大な魔力を発し始めたのだ。

 

突然現れた膨大な魔力に、戦っていた者達が何事かと驚愕して瞠目しながら振り返った。リュウマは黑神世斬黎に触れているオリヴィエを見て、一体何をしているのかというような表情をしていた。

 

 

 

「愚か者めが!!貴様…!気は確かか!?我のみ触れることが可能な黑神世斬黎に触れるなど!?我が貴様の皓神琞笼紉に触れることが出来ない事と同様、貴様は触れることは不可能なのだぞ!?」

 

「何やってんだオリヴィエ!?」

 

「早くその手を離せ!!」

 

『オリヴィエ嬢!?一体何をやっている!?魂に至るまで粉々に砕き散らされるぞ!?』

 

 

 

《──────!!──────!!!!》

 

 

 

意思が伝わってくる。その手を離せと…無礼者と…主以外の者が触れるでないという強烈な殺意に似たナニかが、刀を伝って流れ込んでくるのだ。しかし離さない。離すわけにはいかない。リュウマを打倒するには、この黑神世斬黎の力が…助力が必要不可欠なのだ。

 

オリヴィエは願う。黑神世斬黎の柄だけでなく刀身にすら手を回し、胸元に抱き締める。尚更強くなる電撃に体が引き裂かれて砕け散りそうだ。肌も焼けているだろう。喉から声にならない悲鳴が上がりそうになるが、只管耐えて刀身に手を這わし、労るように撫でていく。

 

黑神世斬黎から魔力の放出が更に上昇する。刀だけでもどれだけの力を蓄えていたのか。恐らく、本当にいざという時の為に、リュウマは日々に少しずつ蓄積させていた全魔力なのだろう。このまま暴発すれば、ここら一帯だけでなく、大陸は軽く消し飛ぶような魔力。歌を完全に無視してこの膨大さだ。先ず間違いなく、この純黒にオリヴィエでも耐えられないだろう。だがそれでも、オリヴィエは一歩も引かず、黑神世斬黎へと語り掛けた。

 

 

 

「黑神世斬黎…っ……貴公に意思があることは知っている。それ故に問う……私に力を貸してはくれないか」

 

《─────!!────!!────!!》

 

「くっ…!ぁ゙あ゙っ……!っ…!頼む…黑神世斬黎…力を貸してくれ。貴公も分かっている筈だ。()()()あの人の為になっていないということを…!何の解決にもなっていないことを…!あの人の幸福には絶対に成り得ないと!!」

 

《────……。─────?─────!》

 

「そうだ…その通りだ…っ……貴公等は私達に仕える為だけに存在し、それ以上もそれ以下も望まない。だが…貴公には願いがある」

 

《────………。──────?》

 

「何故分かるか…か。ぐぁ゙…!…貴公とリュウマは()()()()()。一心同体なんて言葉では生温い…謂わば本人同士…己の幸福を願わぬ者など居ないだろう…?」

 

《──────…!?──────!!》

 

「……ッ!?がはッ…!……げほッ…!げほっ!!……──────後世だ」

 

《──────……。──────…?》

 

「今回だけでいい。後は何も望まない……私は…──────リュウマと生きたい」

 

《……──の──了──願─────届──》

 

 

 

黑神世斬黎から罅の間から発せられる紅き光が限界まで達し、オリヴィエ以外の者達はもうダメだと思い、急いでその場に伏せた。爆発的な魔力の奔流が暴発し、真っ黒なエネルギーが黒き太陽の形を作り出した。リュウマはそれを見て、愚か者と呟くが…はたと気がつく。純黒のエネルギーがそれ以上範囲を拡大しないのだ。エネルギーの塊が…次第に収縮を始め縮んでいく。

 

 

 

 

《──────()を…救い出し(助け)てくれ》

 

 

 

 

「──────ありがとう…感謝する」

 

 

 

 

「……なん…だと…?」

 

 

 

「オリヴィエ…!?」

 

「おいおい…!?マジかよあれ!?」

 

「すっげ……」

 

「綺麗…!」

 

 

 

リュウマが瞠目した瞳で見たもの…それは……オリヴィエが背から白と黒の二枚一対の翼を生やした姿であった。左の腰には黑神世斬黎が差しており、右の腰には、二振り有るはずの皓神琞笼紉が一つに合わさり一つとなっていた、新しい姿の皓神琞笼紉が差してあった。

 

体から漂う魔力は……封印を外した時のリュウマにも匹敵する程の魔力。しかし、違いがあるとすれば、リュウマのそれは暴力的にして凶悪が極まり、身の毛もよだつ恐怖を感じるが、オリヴィエのそれは全く恐くない。寧ろ誇らしいとさえ感じてしまう。だが、リュウマだけは違っていた。

 

 

 

あのリュウマが恐怖によって体を震わせていた。発しているのと感じるのでは別次元の話だ。目の前に居るのは全開時のリュウマを相手にしていた者達と同様の思い…即ち死である。

 

 

 

「これが純黒の魔力…その本領。訪れる全能感…いや、全能なる力そのもの。解る…解るぞ…こことは違う世界の星の息吹が…生命の発する命の波動が…万物万象…その全てが…私の元へと流れ来る…」

 

「な、何を…黑神世斬黎が叛逆した…?我の力を…!取り込んだとでもいうのか!?」

 

「貴方──────何を焦っている?」

 

「…ッ!!不…可能だ!!我々の魔力は対極故に成り立っている!光と影に陰と陽…!太陽と月と同じく全く別のものだ!!それを…それを…!!相反する対極の力を融合させたというのか!?」

 

「融合なんぞさせてはいない」

 

「何…?」

 

「相反する純黒と純白は…私の中で()()()()()()んだ」

 

 

 

そう言って手の平を上に向けると、左の手からは純黒の魔力で創り出された球体が、右の手からは純白で創り出された球体が浮かび上がっていた。水と油である純白と純黒は混ざり合うことは有り得ず不可能だ。だからこそ、オリヴィエはその身を器として成り立たせ、分離させたまま器に注ぎ込んだのだ。純黒と純白という名の純水を。

 

そうして誕生したのが、純黒と純白の力を司る黒白の滅神王オリヴィエ・カイン・アルティウス…TYPE・殲滅王(アルマデュラ)であった。今までのオリヴィエの力とは隔絶とした別次元の力を手に入れただけでなく、()()()()()()()()()()()()。武器すらも剥奪されたリュウマは呆然とし…その場にしゃがみ込んだ。すると、その背後の岩や木が全て上と下に両断された。

 

 

 

──────見切れな…かったッ!!我の目にも…!全く見切れぬ速度…!今のは直感だ。長年積み上げてきたが故に発揮した第六感の信号に従い、奇蹟的に避けきれたに過ぎない…!如何する。我の魔力までも取り込んだオリヴィエが居れば、その他の者への強化も更に強固となるはず。今の我は全開時の数億分の一にも劣る。その状態でオリヴィエを相手にしながらその他の者共も相手に出来るのか…!?否……否否否ッ!!我に不可能は無い!!詰んでやる…そうだ詰んでやろう。武器が無かろうと魔力が無かろうと…!我に敗北は有り得ないッ!!

 

 

 

「──────CODE(コード)・『α(アルファ)』を起動」

 

《アルファ…起動致しました。御命令を…(マスター)

 

 

 

『出たぞ。リュウマが極限まで追い詰められた際に発動させる奥の手…全自動演算補助管理魔法陣(システム)…通称α(アルファ)だ』

 

「まだそんなもん隠してたのかよ。それで、どんな能力なんだ?」

 

『物事に必要な演算を全面的に補助し、魔力の使用料や残り魔力残量、体調管理に状態異常など、リュウマの身に関する全てを管理しデータとして導き出す万能補助魔法陣(システム)。演算速度はリュウマの頭脳の100倍…本人が考えるよりも先に計算を導き出すということも可能だ』

 

 

 

これは過去に一度だけ発動されたことがある。大魔闘演武が開催されていた時、時を繋ぐ扉からドラゴンがやって来て、その内の一匹が生み出した魔法生物に体を打ち貫かれて死亡した時、リュウマの意思とは関係無く自動的に発動し、迎撃し、リュウマの体を元に戻した。その時の全容が、このアルファと呼ばれる魔法陣(システム)である。

 

 

 

「黑神世斬黎、頼んだぞ。貴公の力を見せてくれ──────『殲滅王の遺産(ゲート・オブ・アルマデウス)』」

 

 

「─────ッ!!『殲滅王の遺産(ゲート・オブ・アルマデウス)』を…!!チッ…アルファ、回避経路を算出」

 

《前方距離200。364の攻撃反応を感知。全ての回避成功率は0.52653%…回避経路を算出…全ての回避成功率は96.75%に上昇。回避経路をマスターへ接続…成功…御武運を》

 

「我を──────嘗めるなァッ!!!!」

 

 

 

オリヴィエの背後に、リュウマが発動させた時と同様、黒い波紋が発動し武器が顔を覘かせる。出現した武器の数は三百を越えており、そのどれもが至高と言わざるを得ない性能を持っている。一つでも食らってしまえば致命傷は免れない武器ばかりが並べられ、本来の召喚者に牙を剥いていた。

 

殲滅王の遺産(ゲート・オブ・アルマデウス)』とは、喚び出した際に莫大な情報量が頭脳を駆け抜ける。いくらオリヴィエであろうとも、リュウマ程の情報処理能力を持っている訳ではない。しかし、一向にオリヴィエが苦しむ姿を見せない。実は、これには黑神世斬黎が関わっている。情報を頭に流すのは、真名を解放して使用する場合、その武器の性能を全て把握しておく為のもの。オリヴィエの場合は唯の放つ弾としてだけ使用する為に、黑神世斬黎はオリヴィエの頭脳に情報を流さなかった。

 

武器が雨のように降り注ぐ。だが、リュウマは慌てること無く冷静に脚を動かし、アルファによって頭に直接流された情報を元に避けて行く。前に一歩進んで頭を右へ傾ければ、真上から迫った斧を避けると同時に、前方から頭に向かって飛来した片手剣を紙一重で避ける。間髪入れずに体を右を向いて半身にすると鎖鎌の鎌部分が飛んで目の前を通過し、右側から来た小型ナイフの暗器を鎖鎌の鎖の部分に当たって弾かれた。刃の幅が広い武器が脚を狙えば足場として乗り、更に殺到する数々の武器を体を捻り込んで回転しながら避けた。

 

下から狙う珍しい武器も、質量で押し潰すような巨大な武器も、速さに特化した武器も、鋭さを追求した武器も何もかも、来る場所が解っているように…否、飛来するであろう場所を知っているからこそ避けているのだ。アルファによって算出された数兆通りの確率の中から、一番有力であろう道筋を弾き出す。

 

これだけではやられるわけが無いとは思っていても、オリヴィエは舌打ちをした。400年前にも使われたことの無いアルファという管理システム。物事を代わりに分析するために、リュウマの負担はかなり軽減される。それだけでも厄介だ。今現在のオリヴィエの魔力が全開時のリュウマと同等になろうと、それだけでリュウマを倒しきれると慢心してはいない。何せ相手はリュウマだ。絶対に勝てない戦いを勝利するほどのどんでん返しを得意としているのだ。

 

次の手を考えようとしている時、黑神世斬黎からとある情報が送られてきた。それは懐かしいものの情報。目を細めて懐かしみながら召喚するように頼んだ。黒い波紋から現れたのは、装飾が美しい扇子と、見た目以上の超重量を持っている大槌であった。そしてふと…オリヴィエはその武器を一目見た途端に違和感を覚えた。()()()()()()()()()()からだ。

 

オリヴィエが持つ皓神琞笼紉は魔力というものを内包していない。内包しているのは魔力とは違った純白の力そのものだ。リュウマの武器である黑神世斬黎とて同じ。今回黑神世斬黎が魔力を内包していたのは、単純にリュウマが今まで少しずつ蓄積させていたからだ。よって魔力は内包していない。そして──────盟友であるバルガス・ゼハタ・ジュリエヌスとクレア・ツイン・ユースティアの武器とて同じなのだ。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

まさか…と思った。若しかしたら…という思いが生まれた。故に調べてみることにした。クレアが持っていた武器である扇子を手に持ち、超重量を誇る大槌は持ち上げる事が叶わないため、魔力を使って無理矢理持ち上げた。そして…リュウマが使っていた絶対の力…黒翼が司る破壊の力を行使したのだ。

 

 

 

黒翼で包み込まれた二つの武器から、硝子に罅が入るような高い音が響き──────破壊した。

 

 

 

破壊されたのは武器ではない。オリヴィエが破壊したのは──────武器に施された強固な封印魔法である。

 

 

 

そして発生する暴風という言葉では表せない程の、強烈な風の嵐。もう一つが天より響き墜ちる雷が偽物に感じてしまう程の超高圧の赤き赤雷。オリヴィエには見覚えがあった。感じた覚えがあった。その身に何度も受けたことがあった。だからこそ確信した。そして言うのだ──────

 

 

 

『──────ぁあ?やーっとリュウマの奴気が付いたのかよォ?ふわ~あ……あ?なんでお前に翼が生えてんだ?しかもリュウマと同じ色のやつ。つか、何だこの状況?』

 

『──────……フム…。何やら…激しい…戦闘のよう。…今は…何年だ…?……余は…どれ程…眠っていた…?』

 

 

 

「ふふっ…久しぶりだな──────()()()()()()()

 

 

 

オリヴィエの言葉に反応したクレアとバルガスと呼ばれた二人は、()()()()()()()()、片手を上げて軽く挨拶をして笑みを浮かべた。

 

 

 

『おーっす…で、こいつァどういう状況なんだよ?』

 

『……状況が…読めない』

 

 

 

 

 

「──────ッ!?バル…ガス…?クレ…ア…?」

 

 

 

 

 

運命は何とも漠然としたモノなのか?しかし…これだけは言えよう。どんな運命であろうと…それは必然である。

 

 

 

今ここに、400年前の世界を動かしていた人類最終到達地点…人類を代表する最強の4人が揃った。

 

 

 

 

 

 

 

戦いは──────終わりが近い

 

 

 

 

 

 

 






はぁ…疲れた…。あんな奴等の相手をするだけ、ボクの精神が磨り減っていくよ。


ところで、人から与えられた力ってどう思う?


誇り高い?まるで■■のようだって優越感に浸る?周りの奴等よりも優れているんだと満足感に支配欲を芽生えさせる?


でもさ?それって結局()()()()()()()()に過ぎないんだよね。


だからさ、『■■■■の持つ力をくれ!』なーんて言われても何も思わない訳。てか、そもそもそういう奴等嫌いだし。



君 は ど う 思 う ?





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第九四刀  歴史的大犯罪者



我には…誰にも明かしたことの無い秘密があった。


それは父上…母上であろうと知らぬ…()()()()()()


だが…時は満ちた。今がその時であろう。





 

 

「誰だ…あんたら?」

 

「今どこから…!?」

 

「てか、体透けてね!?」

 

 

 

リュウマとオリヴィエが口にしたバルガスとクレアと呼ばれる半透明の人物を見て、他の者達は誰なんだと目を丸くした。計り知れない魔力が集まったかと思って目を向ければ、その2人が立っていたのだから。バルガスとクレアは物珍しそうに周囲へ目を向け、今がどういった状況下にあるのか、そしてどれ程の期間眠っていたのかをオリヴィエに問うのだ。

 

そして返ってきた言葉に度肝を抜かれることになる。眠っていたと言ったクレアやバルガスからしてみれば、武器に入ったのは昨日の事なのだ。だが、告げられたのは400年後の時代だという。驚くなと言う方が無理な話だ。

 

 

 

『400年…?……………400年だァ!?おいおいおい!?おまっ…本気で言ってんのか!?』

 

『……思わぬ…惨状』

 

 

 

驚くクレアとバルガスを余所に、リュウマ達は戦闘を開始していた。400年ぶりの盟友との邂逅故に、話したいことは多々あったものの、そんな隙を突かない者達では無い。近付こうと動いた途端攻撃をされてしまい、戦闘へと再び移行した。

 

オリヴィエはクレアとバルガスに400年経過していることを教え、そして何故リュウマとオリヴィエが今現在も生き長らえているのかという疑問点も教えた。リュウマが生かされる為に使われた魔法の欠陥で、望まぬ不死を得てしまったこと。オリヴィエはそんなリュウマを追うために不老不死の霊薬を奪…貰い受けたこと。

 

そして現在は、勝手に消えようとしているリュウマのことを実力行使で引き留めようとしているとこであることを。因みに、何故歌っている奴等が居るのかという疑問には、純粋に純真な愛を籠めた歌…一なる魔法が唯一の弱点だと聞いた時には腰を抜かすほど驚いていた。アイツ(リュウマ)にオリヴィエの魔力(純白)以外に弱点が有ったのかと。

 

まさかそんな事態の中、封印を壊されるとは思っていなかったクレアとバルガスは、オリヴィエからどうして武器の中に入っていたのかという問いに答えた。

 

 

 

『オレ達はあの時…竜王祭の時に国や民を護る為に7日7晩戦い続けた。襲い掛かってくるドラゴン共を殺して…殺して殺して殺して殺して…数え切れなくなるぐれぇ殺してやった』

 

『…だが…余達とて人間…疲労が嵩み…何時しか動くことすら…ままならなくなった』

 

『アイツ等は解ってたンだよ。オレ達が大陸で最強だってな。だからこそ、アイツ等はオレ達の所へ勢力を結集させた』

 

『…終わらぬ…戦いだった』

 

『そして時が来た。オレ達の魔力は7日7晩の戦いで尽き果て、護るべき国や民を目の前で殺された。体が動かず、このまま殺されるのを待つだけという状態で閃いたのが……』

 

『──────自爆…だ』

 

「それは……まさか…!」

 

 

 

オリヴィエはクレアとバルガスの行ったことを察した。護るべきものを葬られ、魔力が尽きて体も動かない。絶体絶命のその時、何の抵抗も無しにやられる最強ではない。最後には大いに抵抗させて貰ったということだ。

 

 

 

『オレ達は自分の魂を武器に封印するっつう形で避難して、残した体を魔力に変えて周囲一帯を消し飛ばしてやった』

 

『…武器は破壊不可能…然るべき時まで…眠っていた』

 

『ま、本来はオレ達の武器をリュウマが回収して、封印にも気が付いて解いてくれる算段だったんだがな』

 

『…気付かれず…400年経っていた』

 

「それは…まぁ……あの人もあの人で心に余裕が無かったんだ。許してやってくれ」

 

『別に死んだ訳じゃねーし、今こうやって封印は破れたんだ。お前から聞いた話を聞いてれば、何で気付かなかった…何て口が裂けても言えねぇ……けどよ』

 

『…今のリュウマは…頂けない』

 

『悩みに悩んで…その果てに自暴自棄になってる親友(ダチ)の面なんぞ見たかねぇんだよ!』

 

 

 

奇しくも其処らにいる美少女や美女が霞んでしまう美貌を持つ男であるクレアは、その顔を歪ませてリュウマの事を睨み付けていた。赤く長い髪を波のように靡かせた筋骨隆々の巨体を持つバルガスも、表情こそ余り変わらないものの、その瞳には確かな怒りを宿してリュウマの事を見ていた。

 

リュウマは昔から聡明だった。問えば必ず答えを出し、戦いに於いてはリュウマこそが最強だと、自分達すらも信じて疑わなかった。いや、それこそが真実なのだと捉えていた。しかし、今やどうだろうか。見れば見るほど同情の意思を抱かざるを得ない迷いの表情。精神が揺るいでいるからこそ解る、リュウマの魔力の不安定さ。

 

元々溢れて止まらない才能故に、行き過ぎた才能は災いを巻き起こすからと災能と称され、その挙げ句に研鑽を止めない向上心。それらを備えたリュウマだからこそ、魔力は風の無い水面のように穏やかで静かで純麗な魔力だった。それが不安定ということは、魔力と密接な関係のある心が大いに揺らいでしまっているということ。

 

行っていることもリュウマらしからぬ行動。最早見るに堪えない有様に、リュウマを深く知る者達であるからこそ、今のリュウマが許せなかった。だからこそ、クレアとバルガスはオリヴィエに付くことにした。寝起き頭に冷水を撒くが如く、頭を無理矢理冷やそうというのだ。

 

 

 

「ならば…先ずは体をどうにかしなくてはな。クレアは近接向きでは無いから良いにしろ、バルガスには肉体が有った方がいい」

 

『じゃあ、お前が創れよ。リュウマの力使えんだろ?なら、アイツの持ってる力の一つ…創造が出来る筈だ』

 

「だが、私は創造なんぞやったことが無いぞ」

 

『今耐えられて動けるだけの体が出来ればいいんだよ。ちゃんとした体は()()リュウマに創ってもらえりゃいい』

 

『…余の体は…出来れば…頑丈で頼む』

 

「───ッ!…そうだな。()()リュウマにやらせればいい。では…創ってみるとしようか…──────創造」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────『火竜の鉄拳』ッ!!」

 

「チィ…ッ!邪魔だァッ!!」

 

 

 

あれ程夢に見た盟友である2人が目と鼻の先に居る。それだけでも直ぐさま駆け寄ろうとしたリュウマに邪魔立てをする。額に青筋を浮かべながら睨み付けてくるリュウマに臆すること無く、これ以上先には行かせないと壁になっていた。会わせてやりたいのは山々だが、これ以上先には行かせるわけにはいかない。何せ背後には、リュウマを弱体化させるために一なる魔法…愛の歌を歌う者達が居るのだから。

 

リュウマは吼える、そこを退けと。反論をする、断ると。掛け替えのない親友の盟友達との再会に心を躍らせていたリュウマに釘を差し込み拘束するのは、最強を打倒せんとする勇者達。魔法の一切使っていないとはいえ、あのリュウマの攻撃を凌ぎきり、一歩分も先には進ませなかった。

 

埒が明かないと判断したリュウマは、強靱なその四肢へと魔力を流し込んで覆い、膂力の底上げを施した。体を半身にして脚を肩幅まで開き、固く握り込んだ右拳を脇を締めながら引き絞り、目前に居るグレイへと叩き込もうと突き出した。

 

真面に入れば重傷では済まされない。唯の打撃等では無く、衝撃が体内を打ち貫く衝撃透しの突きだ。例え今氷の盾を造形したところで、強化されて攻撃力を上げているリュウマの一撃を阻む事など出来ない。そもそも、グレイの造形速度が一介の魔導士よりも一線を画する程であろうと、零距離出放たれれば避ける動作どころか、造形するときに行うルーティンすらも出来ない。

 

打ち込まれた瞬間に回復させようと、歌のメンバーから抜けてやって来ていたシェリアとウェンディが魔法の準備をした。しかし、リュウマはグレイの腹部へと突き刺すように繰り出した正拳突きを寸前で止め…後方へと急に回避したのだ。そして次の瞬間、リュウマが居たところに何かが墜ちてきた。グレイは助かったと思うよりも先に、前面から吹き荒れる爆風に顔を腕で覆いながら、風圧に負けて吹き飛ばされた。

 

砂埃が朦々と立ち上る中、一際大きな人のシルエットが浮かび上がり、リュウマは固まってしまった。フェアリーテイルやその他のギルドの者達が、何だ何だとざわつきを見せた途端、砂煙に塗れたシルエットが弾丸のような速度でリュウマへと向かっていった。砂煙から姿を現したのは、丸太のように膨れ上がり、所々では浮かび上がった血管。正にこれこそが筋骨隆々だろうと称せる肉体。風に靡いて波のように流れる赤い髪。その手に持つのは無駄な装飾などの無いシンプルな形の片手用の鎚を持つ大男だった。

 

ハッとした時には遅く、リュウマは急遽両腕をクロスさせながら魔力を総動員して防御に徹し、受け止めるべく足を開いて姿勢を保った。

 

 

 

「────ッ!!アルファ!三重防御魔法陣を展開せよッ!!」

 

《承認。三重防御魔法陣を展開します》

 

 

 

リュウマの前方に三重に重ねられた魔法陣が展開し、大男はそれに構わず、手に持つ大鎚を魔法陣ごとリュウマへと叩き付けた。硝子細工の薄い板をかち割るかのように、抵抗らしい抵抗も為されぬまま、大鎚は魔力で防御力を上げているリュウマの両の腕へと叩き付けられた。瞬間、拮抗無くしてリュウマは容易に弾き飛ばされていった。

 

封印を外しきり、本来の筋力も戻ってきたことで比例して増加したリュウマの体重は、封印全解除時で大凡()()()。人間でありながら人間を超越するリュウマの筋肉は、増えながら凝縮することで、常に同じ体格を維持し、その代わりに比重が尋常ではない程に増加させた。しかし、封印を掛けることでそれは潜み、歌による弱体化を受けている現段階での体重は大凡250キロ。それでも見た目以上の体重だ。

 

そんなリュウマが全力で防御に徹しているにも拘わらず、羽虫を払い飛ばすように吹き飛ばしていった。猛スピードで吹き飛んだリュウマは数秒間宙を舞い、重力に引き寄せられて大地に体を付けた後は転がって行った。

 

 

 

「あ、あのリュウマが…」

 

「一撃で…?」

 

「あの…アンタは誰だ?」

 

 

 

「余は…リュウマの盟友の一人…バルガス・ゼハタ・ジュリエヌス…加勢しよう」

 

 

 

振り返って無表情のままにそう答えたバルガスに、頼もしい加勢だと笑みを作る。しかし、件の吹き飛ばされたリュウマはそれどころでは無かった。骨折は免れ、骨に罅も入ってはいないものの、両の腕が垂れ下がってしまうほどの痺れに襲われてしまっていた。

 

 

 

《三重防御魔法陣貫通を確認。想定していたダメージの720%です。両腕部に強力な打撃による一時的な痺れが発生しています》

 

「がはっ…!知っ…て…おるわ…!バルガスめ…オリヴィエに付いた…か…!」

 

 

 

苦々しい顔で吐き捨てるように呟いたリュウマは、後少しで痺れた腕が治るというところで、上半身を前に倒した。そして次の瞬間には赤雷が背後に発生しては、その次に姿を現したバルガスが、しゃがみ込む直前にリュウマの頭があった位置へと鎚…ハンマーを横凪に振り払っていた。当たれば確実にダウンだけでは済まなかった一撃に冷や汗を流し、防御魔法陣を軽く貫くこの一撃を受ける訳にはいかないと距離をとる。

 

腕の痺れが取れた。その瞬間リュウマは敢えて立ち止まり、バルガスを誘い込んだ。狙い込んでいたようにリュウマの元へと雷速以上の速度で赤雷と共に現れたバルガス。振り下ろされたハンマーの側面に手を添えて逸らし、無防備となったバルガスの腹部へと握り込んだ拳を打ち込んだ。

 

人体へと拳を打ち付けたような音では無く、まるで全速力で走らせたトラックを正面衝突させたような爆発音が響き渡った。その光景と音を聞いた者達が顔を青くさせながら叫んでいた。

 

 

 

「や、やべぇぞ…!?」

 

「まともに入りやがった!?」

 

「音がやっべぇ…!」

 

 

 

「ンな事で一々驚いてンじゃねぇよ、うるっせぇな」

 

 

 

「───ッ!?い、いつの間…に……」

 

「うおっ…!?ビックリした!?誰だおま…え……」

 

 

 

突如隣から声がして、しかもそれが聞いたことも無い声となれば驚きもする。首を横に動かして、驚きながらも顔を確認したローグとスティングはカチリと固まってしまった。彼等が固まったのは、横に立っていた者が…余りにも美しすぎたからだ。

 

まるで神により、そうあれかしと創造されたかのような美しすぎる整った顔立ち。澄み渡るように広がる快晴の青空のような澄み切った蒼き髪は腰まで伸び、来ている和服の裾から時々覘かせる脚は染み一つ無い見事な肌を有して瑞々しく、手に持つこれまた美しい造形美な扇子で口元を隠しながら二人を流し見る眼からは艶やかな色気を芳せる。

 

体つきは華奢なのか細めであり、良く思い出してみれば声が耳を擽る可憐さを孕んでいた。この世にこれ程の美しい人が居たのかと、心臓が早鐘を打った。顔に熱が昇っていくのを感じ取りながら平静を保とうとしても、その美しき人から顔を逸らすことすら出来ず、唯只管に青い瞳に吸い込まれそうになっていた。

 

そんな二人に訝しげな表情をして、薄い紅色の唇を動かして声を掛けようとした時、横合いからギルダーツがすっ飛んできては美しい人の手を優しく握り込み、跪く騎士のように片膝を突いた。

 

 

 

「──────結婚して下さい」

 

「ぶち殺すぞボケ」

 

「おぶふっ…!?」

 

 

 

気色悪いと顔に出しながら、口でも気色悪いと言いながら、頭がいい感じの位置にあるギルダーツの横っ面に蹴りを見舞い吹き飛ばした。明らかな体格差をものともせず、フェアリーテイル最強の男と言われているギルダーツを一蹴した。蹴り飛ばされたギルダーツは頭の上に星を散らしながら、歌のメンバーから外れてきたカナに怒られていた。

 

置いてけぼりを受けたスティングとローグは驚きで瞠目し、そんな二人の視線に気が付いた美しい人は、目元を盛大に引き攣らせながら軽く自己紹介した。

 

 

 

「オレはリュウマの盟友の一人…クレア・ツイン・ユースティア……男だ」

 

「「──────ッ!?」」

 

「はいはい、模範的な驚き方をアリガトウ。…女だと思って接したら殺すからなクソガキ共」

 

「「は、はい!!!!」」

 

 

 

殺気を籠めながら鋭く睨み付けられた二人は、勢い良く何度も首を縦に振った。美しい人…クレアはそれに溜め息を吐きながらリュウマとバルガスの方へと視線を向け、そんなクレアの元へ、シェリアとビクついているウェンディが訪れ、何でさっきはリュウマに攻撃されたのに、そんなこと…で終わらせたのか問うた。

 

横目でチラリと二人のことを見て、仕方ないと言わんばかりの表情でクレアは説明を始めた。

 

 

 

「リュウマと戦ってるアイツは、オレ達…人類最終到達地点である4人の中で最強の肉体を持ってんだよ」

 

「それがさっきの言葉と関係があるの?」

 

「あ?ここまで言って解んねぇのかヨ?」

 

「え、えっと…ごめんなさい」

 

「ケッ…。……解りやすく言うとだな…まぁ見てりゃあ解んだろ。丁度良い感じだから見てろよ」

 

 

 

顎で錫って視線をリュウマとバルガスへと向けるように促し、シェリアとウェンディはそれに従って目を向けた。その先では変わらずリュウマとバルガスが激しい攻防を繰り返し、バルガスのハンマーをどうにか避けながら隙を見ては攻撃を打ち込み、バルガスが反撃に出てはそれを躱し…と、リュウマはヒットアンドアウェイな戦法に出ては、一撃もバルガスから受けること無く攻撃を打ち込んでいた。

 

2人にはどう見てもバルガスが劣勢に見えていた。そんな2人のことをお見通しだと言わんばかりに鼻で笑い、リュウマの表情と手をよく見てみろと言われ、今度は指摘されたその二つを注視した。そして見えてくるのは、バルガスへ攻撃を打ち込む度に顔を歪ませ、手を休ませるように振る姿だった。

 

 

 

「バルガスの体は兎に角かってぇンだよ。並の武器じゃ肌に傷を付けることすら出来ねぇ。そんな体にあれだけ拳ぶち込んでりゃあ…拳の一つや二つ痛めて当然だろうよ…つっても、アイツとオレの体は今、本来のものじゃねぇ。オリヴィエに創造してはもらったが、初めての創造だからか肉体に魂が定着しやがらねぇ」

 

「体を自爆に使ったんだよね?けど、今は動いてるよ?」

 

「動いてねぇ…()()()()()()()。魂は入ってねぇ。今お前と話してるこの体は、唯単に魔力で無理矢理動かしてるだけだ。一度肉体から離れた魂は死んだも同然。それをこの世に降魂させて肉体に魂を繋ぎ直すなんて所業は…リュウマじゃねぇと無理だ」

 

「じゃあ、リュウマにやってもらわないとね!」

 

「…って、シェリアっ。リュウマさんがこっちに…!」

 

 

 

体を手にしていると思われたバルガスとクレアではあるが、その実動いているのは唯の肉の塊だ。本来肉体とは魂が入っていてこそのもの。逆もまた然り。そして一度肉体から離れてしまった魂はもう一度戻ること無く、黄泉へと旅立つ。

 

2人は魂こそ召されてはいないものの、魂を肉体へ定着させることが出来ず、魂の状態で魔力を使用して肉体を無理矢理動かしているだけに過ぎない。言うなればマリオネットと同じ原理である。魔力というなの糸に動かされている人形()である。

召された魂を呼び寄せて物質化し、新たな肉体に戻す等という、一種の死者蘇生を行えるのは、この世でたった一人……リュウマのみである。

 

そうこう話している間に、バルガスとの戦闘でこれ以上の戦闘続行は不利と悟ったのか、話し込んでいる歌のメンバーであるウェンディとシェリアに狙いを定め、弾丸もとやかく言う程の速度で襲い掛かって来た。突然の来訪に驚き、構えを取るも、隣に居るクレアは直立不動のまま動きを見せない。バルガスは助けてくれているが、クレアはそうでないのか。そう思った時だった。

 

 

 

「──────させねぇよ」

 

「────ッ!」

 

 

 

口元を隠すのに使っていた、見るだけで高価なもので分かってしまう装飾の入った扇子を、見て分かるように無雑作に払った。瞬間、リュウマを来た方向とは反対方向へと弾き飛ばす爆風が発生した。

 

風が障壁となって叩き付けられ、リュウマは幾らかのダメージを負いながら後退し、クレアはそんなリュウマのことを薄笑いを浮かべながら見ていた。しかし、直ぐ隣に居るウェンディとシェリアは違った。彼女達が浮かべていたのは驚嘆の類の表情であった。

 

確かに、彼…クレアはリュウマの接近に対して扇子を揮い、爆風を生み出し、叩き付け、遠ざけるように攻撃した。しかし、彼が揮った扇子はゆっくりと…扇子で払っても風が吹くかどうかも分からぬ程の力で払ったのだ。しかし、生み出されたのは、人一人を軽々と弾き飛ばす爆風だった。割に合わない風が吹き荒れ、その威力に驚いたのだ。

 

 

 

「おいガキ共。ちっとばっかし強ぇのいくから、踏ん張りなッ!!」

 

 

 

リュウマへとクレアが構え、今出来る全力で手にする扇子を揮った。そしてその瞬間。サイクロンと呼ばれる自然現象が、蝶の羽ばたきによって出来た風と感じてしまうほどの、想像すら出来ない竜巻がうねりを上げながら出現した。

 

周囲に生える木々を根元から抉り取り、吹き飛ばして巻き上げ、地表を削り取っていく。狙われたリュウマも例外では無く、本来ならば防ぐことなど容易いというのに、今の彼には防ぐ手段が無かった。

 

容易にリュウマを内部へと引き摺り込んだ竜巻は、天高く暴風を形成し、内部で加速していく風を鎌鼬に変えてリュウマを襲う。それだけでは無く、彼と共に巻き上げた木々や岩石を、そんな大災害の中で巧みに操り、リュウマへと叩き付けていくのだ。

 

扇子のたった一振りなんぞでは到底創り出せる代物では無いサイクロンを見て、同じ風系統の魔法を使うシェリアとウェンディの度肝を抜いた。舐めていた訳では決して無い。見た目で判断して力を疑っていた訳でも無い。あのリュウマの盟友と言われていた…それも世界の四分の一を支配していた王だ。強くない訳が無い。しかし、実際に見てこそ分かるものがある。

 

2人の頭の中にあるのは、クレアに対する畏敬の念と驚嘆。そして畏怖であった。風というのは、魔法で生み出しているからといって操作が容易という訳では無い。風向きであったり、周囲の温度であったり、はたまた地表より突出している建造物や障害物などにより影響が出て来るのだ。故に風の魔法には、それ相応に繊細なコントロール技能が求められる。

 

さて、二人が何に対してそう驚いているのか。クレア程にもなれば障害物など、有っても無いようなもの。それを破壊し尽くしてしまえば障害に成り得ない。だが違うのだ。二人が驚いている繊細なコントロール技能はその程度ではない。二人が驚き、畏怖しているのは、そんな大災害を撒き散らすサイクロンを()()()()()制御していることにある。

 

サイクロンは1つでは無い。リュウマを呑み込んだ後にもう4つ、最初のサイクロンを囲うように展開されたのだ。ましてサイクロンは5つが混ざり合って1つの大きなものに変貌するのではなく、そのまま5つとも固まって発生し続けているのだ。隣り合う暴風と混ざり合わず、一つが一つとして発生し続けている。この異常な光景に口を挟む余地すら無かった。

 

まるでプールの中に分解された時計を投げ入れ、それを自身が持つ棒一本で掻き回し、その動作のみで分解された時計を元へと戻して組み立てていくかのような、それ程のコントロール技能を要求される超高難度の技法を、肉体に魂が定着していないような現状で、息をするかのように為し遂げている。同じ人間とは思えない、天と地ほど掛け離れた芸当であった。

 

 

 

──────拙い…息が……クレアめ…渦を巻き起こして酸素を奪うか…そしてこの規模…全開とは言えなくも…オリヴィエが創ったであろう肉体で此程の魔法を…下にはバルガスが控えている。素手では圧倒的に不利。武器の一つでも無ければ…このままでは……。

 

 

 

5つの竜巻に襲われているリュウマは、酸素が極限まで減らされている中、殆ど無酸素運動に等しい状況下で動き、アルファから送られてくる情報を頼りに、飛び交う木々や岩石の残骸から身を捻り、時には拳で粉砕して事なきを得ていた。しかし、それも時間の問題。酸素が無ければ活動は出来ない。そうでなくとも、この超大規模な魔法の中で自由など限られてくる。

 

一刻も早くここから脱しなければならない。そう結論付けたリュウマは風に逆らうのを止めた。サイクロンである以上風の渦を形成している。その本領は風による回転。それを利用し、サイクロンの中心地へと体を滑り込ませていく。簡単に中心を取らせないための、控えている4つのサイクロンなのだが、アルファの解析を持ってすれば、一瞬一瞬に出て来る穴を縫って辿り着くなど造作も無い。

 

中央へ辿り着いたリュウマが行ったのは、真下へ向かって頭を向ける形で逆様になり、手を翳して魔力で形成された球を打ち込んだことだった。そして直ぐにその場を離れると、魔力の球が内部から大爆発を引き起こし、5つの内の一つのサイクロンを消し飛ばした。故にこそ起こる連鎖反応。5つのサイクロンによって成り立っていた風の領域が崩壊を招く。あの環境を創り出すのは難しく、又、破壊するのは更に難度を上げるが、一度一部を破壊してしまえば、消すのは呆気ないのだ。

 

しかし、サイクロンを消したところで状況は変わらない。リュウマの盟友であるバルガスとクレアが今、確とした肉体を得ていないものの、その力こそは400年前にリュウマを追い詰めた猛者である。そんな2人に加え、リュウマの力を取り込んだオリヴィエに加え、フィオーレ王国の精鋭ギルドに所属する精鋭魔導士までもが下に居るのだ。

 

翼を広げても、風の抵抗を生む程度のもので、やはりのこと飛ぶことは出来ない。リュウマの魔力だけでなく、身体機能すらも奪う一なる魔法()は、彼の制空権までも犯した。

 

 

 

「──────ヌンッ!!」

 

「──────『火竜の鉄拳』ッ!!」

 

「──────『雷竜方天戟』ッ!!」

 

「──────アイスメイク・『槍騎兵』ッ!!」

 

 

 

「────ッ!!ぐッ…は…ァ……!?」

 

《警告。警告。全攻撃の命中を確認。マスターの体力が危険域です。速やかな後退を推奨。体勢の立て直しを》

 

 

 

着地を狙われ、リュウマの体に殴打や魔法、バルガスの鉄槌が突き刺さる。弾き飛ばされ、意識を飛ばしうる程の衝撃を受けながら、アルファの報告を受けた。確かに、己よりも己の体を知り尽くしているアルファの言葉であるからこそ事実なのだろう。

 

いや、そも…知らされる間でも無いのだろう。知らされる間でも無く、体の内側から鈍く響いてくる鈍痛。三重の防御魔法陣を貫通してのバルガスからの打撃が一番の大打撃だった。このままでは決定打を与えられるよりも先に、手脚が動かなくなり、ある意味での敗北で終わるのだろう。

 

 

 

「…我の…足元を見て…ごぽ……思い思いの魔法を…叩き込みおって…くッ……!……武器…武器一つあれば………──────ッ!!」

 

 

 

弾き飛ばされたリュウマは地面に倒れ伏し、渾身の力で寝返りを打ってうつ伏せになる。足が思うように動かない。若しかしたら足に限界が来ているのかも知れない。そう言えば視界もかなり悪い。前に居る者達が薄くぼやけて2人にも3人にも見える。気付かないうちに相当な負荷を掛けていたらしい。

 

視界が赤く染まり、それが頭から流れた血によるレッドアウトを起こした。それに気付き乱雑に目元を拭い、頭に手をやって見れば、手の平には赤黒い血が大量に付着している。満身創痍。それが今の彼を表す言葉であった。

 

しかし、しかしだ。彼には最後の希望の光が舞い降りたのだ。土に手をやったリュウマが瞠目し、口の端を吊り上げる。そしてどうにか立ち上がり、リュウマに向けて警戒態勢を取っている者達に告げるのだ。

 

 

 

「どうやら…我には母上(女神)が微笑んでくれたらしい…フハハッ…!」

 

 

 

「……何?」

 

「アイツ…何か企んでやがんな?」

 

「貴方…まだ戦うのか…?」

 

 

 

「フハハハハハッ!!…見るが良いッ!!!!」

 

 

 

リュウマは右腕を天高く振り上げ、地面を思い切り殴り付けた。陥没し砕け散る地面。しかしそれだけでは無かった。リュウマが手を引き抜くと、あるものがその姿を現した。それを見た途端…歌のメンバーにいたマリアと、アルヴァが瞠目した。

 

 

 

『あ…あれ…は…!?』

 

『そんな…あれは……あれは()()…!?』

 

「な、何だ…!?あれが何なんだ!?」

 

「どういう事です…?」

 

「何を驚いているんだ?」

 

『あれは…リュウマが手にしているモノは…()()()()()()ッ!!』

 

 

 

地面からリュウマの手によって掘り起こされた代物とは、土にまみれながら、その奥で白銀に輝く一本の刀であった。

リュウマは刀の鞘の腹を愛おしそうに撫でて土を払い、目を瞑って少しの間感傷に浸ると、目を開けて前の者達へと歪んだ笑みを見せた。

 

 

 

「見よ…此が…此こそが我が敬愛する母上の刀…今となっては形見となってしまった代物だ」

 

 

 

「この土壇場で…!?」

 

「クッソ…!アイツに武器が渡っちまった…!しかも刀ときた…!!」

 

 

 

柄を握り鞘に手を掛け、ゆっくりと刀を抜刀。その中には錆びた刀身────ではなく。

 

 

一点の曇りも無い、太陽の光を浴びて鋭い光を放つ、美しい刀身が現れた。

 

 

 

「国宝・『熾慧國(しえくに)』……その昔、焔を纏い熾盛(しえん)と化す彗星を、何の変哲も無い抜刀のみで生じた斬撃で斬ったという伝説から付けられし名だ。特出するは…その切れ味。何者が鍛え上げたのかも不明なこの一刀は、母上以外の者の使用者を許さず、母上の手に渡るまで、手にした者は“不慮の事故”によってその命を散らす。ある意味での妖刀…しかし見よ…!主を失い400年。大地の下に敷かれ、地殻運動すらも無視するその強度…!雨風に曝されて尚…!錆びる事無いこの刀身を…!!只管に主に再び揮われる時を待つ従順な姿を…!!」

 

 

 

『こんな所にあったのね…私の愛刀…』

 

『マリア…』

 

『……んん、感傷に浸っている訳にはいかないわ。問題は私の愛刀が、他でも無いリュウちゃんのてに渡ってしまったということ。熾慧國は昔からリュウちゃんに使われることを許可してるわ。つまり完全に武器を手に入れた状態ということ』

 

 

 

武器がリュウマの手に渡ったというだけでも最悪だというのに、彼には更に秘策が用意してあった。その鍵は彼の手の内にある刀。熾慧國があってこその手と言えた。

 

刀身を剥き出しにした熾慧國の峰を、鞘とかち合わせることで高い金属音を響かせた。二度三度と同じように合わせ、広大な敷地に金属音が響き渡る。何をするつもりなのか、警戒している者達を見て、リュウマは宣言するように、今己がやっている事の意味を解説した。

 

 

 

「ある日…父上が同じく国宝である杖を無くした事件があった。途方に暮れ、我へ泣き付いてきた父上の為に、父上の杖にはある細工を施したのだ。万が一消失した場合に備え、母上のこの刀と共鳴するようにな。共鳴した互いの武器は────()()()()()()

 

 

 

『貴方…アレを無くしたことがあるの?』

 

『いや…!あの…寝て起きたら何処にも無くてだな…』

 

『で、リュウちゃんに泣き付いて魔法で見付けて貰ったのね?ほんっと情け無いわね』

 

『グハッ…!?』

 

 

 

マリアの言葉の杭がアルヴァの胸に突き刺さったところで、リュウマが持つマリアの熾慧國が共鳴反応を起こし、ここから数百メートル離れた地面が盛り上がり、中から黄金に輝く杖がその全容を見せた。

 

マリアの愛刀である熾慧國と同様、フォルタシア王国の国宝であるアルヴァの使用していた杖…名を『黄金の至高杖』。手にした者に常勝の力と常勝の運命を与え、使用者の魔力を超増幅させる効果のある、恐るべき性能の杖である。

 

共鳴反応を互いに発生している刀と杖は引き寄せ合い、熾慧國の元へ杖が真っ直ぐに飛んでくる。それを手に取ったリュウマは表面を撫で、一時の感傷に浸る。

 

 

 

「父上…母上……あなた方の至宝に…手を加えることをお許し下さい──────」

 

 

 

『リュウマ……』

 

『リュウちゃん……』

 

 

 

許しを請うように祈りを捧げたリュウマは、残る魔力の全てを注ぎ込み、右眼を赤く光らせた。ぼそりと何かを呟くと、彼の眼が素速く動き、目前の地面に魔法陣を展開した。

 

何をするつもりなのか、身構えようとしたものの、彼が此から行おうとしていることが、とても神聖なものな気がして、何時の間にかその場に全員立ち尽くしているだけであった。そんな間にも、リュウマは工程を進めていき、魔法陣が光り輝くと、魔法陣の上に黒い球体が姿を現した。

 

刀と杖。その二つに目線を落とし、哀しげに目を細め、此で最後と言わんばかりに抱き締めた。彼とて今から行うことはしたくない。だが、せねばならない。為さねばならないのだ。

 

決意を決めたリュウマは、右手に刀を、左手に杖を持ち…発生した大きな黒い球体の中へと突き入れた。瞬間、球体は一度どくりと脈動し、内側から赤く輝き始める。

 

 

 

「サポートせよ。アルファ」

 

『了解しました、我がマスター』

 

 

 

これは儀式でもなければ世間一般的な魔法ではない。これは“鍛錬”。古代より武器を鍛え上げる際に行われた工程である。

 

 

 

水減(みずべ)し、小割(こわり)選別(せんべつ)()(かさ)ね、鍛錬(たんれん)

 

 

()(かえ)し、 ()(かえ)し、()(かえ)し、 ()(かえ)し、 ()(かえ)し、 ()(かえ)

 

 

()(かえ)し、 ()(かえ)し、()(かえ)し、 ()(かえ)し、 ()(かえ)し、 ()(かえ)し、

 

 

()(かえ)し、()(かえ)し、()(かえ)し、心鉄成形(しんかねせいけい)棟鉄成形(むねかねせいけい)

 

 

皮鉄成形(かわかねせいけい)刃鉄成形(はかねせいけい)(つく)()み、素延(すの)べ、鋒造(きっさきづく)

 

 

火造(ひづく)り、荒仕上(あらしあ)げ、土置(つちお)き、(あか)め、()()れ、鍛冶押(かじお)し、下地研(したじと)

 

 

備水砥(びんすいど)改正砥(かいせいど)中名倉砥(ちゅうなぐらど)細名倉砥(こまなぐらど)内曇地砥(うちぐもりじど)

 

 

仕上研(いさげと)ぎ、(くだ)地艶(じづや)(ぬぐ)い、刃取(はと)り、(みが)き、帽子(ぼうし)なるめ……柄収(つかおさ)め」

 

 

 

本来ならば刀を創り上げる為に必要な玉鋼を共に入れて鍛錬を繰り返すものだが、今回の鍛錬は刀と杖の融合。必要な素材は全て、出来上がっている完成品である熾慧國を分解し素材を得、その構成過程に黄金の至高杖を織り込んだ。

 

創り上げる工程は全てリュウマが行い、物質同士の折り重ねは全てアルファによって行われた。つまりは失敗など皆無。融合率は100%に至り、ここに新たな武器が産声を上げた。

 

 

 

「──────完成だ。我が敬愛する父上と母上の至宝を混ぜ合わせることにより至った宝刀…──────『天之熾慧國(あまのしえくに)』」

 

 

 

黒い柄に銀の鞘。そしてそんな鞘に邪魔にならない程度に施された黄金の装飾。リュウマは刀に手を掛け、抜刀した。現れたのは眩しく輝く、曇り無く錆び無く、そして波のように奔る刃紋の曲線。どれもが最高級であり、相当な大業物であると一目で分かるほどの逸品。

 

軽く振っただけで、遙か上空に流れる彗星を斬ったとされる熾慧國に、純度100%で出来た特殊な黄金の杖を混ぜ合わさる事で、強度と切れ味が天井知らずに引き上げられている。しかし、それだけでは無かった。リュウマの手に、それ程の規格外の武器が渡ったというのに、事態はまだ終息していないのだ。

 

先も述べた通り、彼に魔力は最早皆無。刀と杖を融合させる魔法陣を展開するのに、残っていた全魔力を注ぎ込んでしまったからだ。であればこそ、魔力で身体機能を強化する事も出来なくなったリュウマは、袋の鼠に等しいというもの。だが、彼には未だに不吉を煽る笑みを浮かべていたのだ。まるで、そう……まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「あの姿を見せるのは…初めてだな。姿を曝すこと自体は二度目だが…よもやもう一度使う羽目になるとは………ふふ」

 

 

 

リュウマは微笑(わら)う。人を魅了するような、美しい表情で、そして愛しむのだ。これ程までに、()()()()()()まだ使わせた勇敢なる者達を。今から見せるのは、400年前に一度だけ…たった一度だけ使用した姿だった。

 

彼の周囲に黒い靄が…霧のような何かが発生する。次第にそれは濃くなり、やがては姿全てを覆い隠した。何のつもりだろうか、何を企んでいるのだろうか。そんな不安がありながら、目を逸らさず靄に目線を送る。

 

中で黒い稲妻が奔った。最初は小規模なものであったが、時間が経つに連れて規模は増していき、それに伴い靄も回転を始めて稲妻の威力も上がる。リュウマの周囲にのみ積乱雲が発生しているように見え、中の彼との視覚情報を完全に絶った。

 

やがて稲妻はなりを潜め始め、靄も晴れていく。そして見えてきたのは……銀がくすみ、白色よりになっている()()()()()()()()()()()()()腰。長く引き締まり、絶妙な肉付きを見せる太腿。華奢に見えてその実、太腿同様引き締まっている肩から始まり二の腕までの腕。白魚のようなほっそりとした手。そして、服を持ち上げる程に実った()()()()。紅色に色付き、欲望に駆られてむしゃぶりつきそうになる魅惑的な唇。捕食側にいる動物が持つような、縦長に切れた黄金の瞳。

 

 

 

「な……はぁ……?」

 

「え…?り、リュウマ……?」

 

「う、うそ…?」

 

「おい…おいおいおい…!?」

 

「……ムゥ…?」

 

「あ、貴方…?その姿は……」

 

 

 

「これは()が持つもう一つの側面。生まれながらにして持っていた…いや、存在していた姿だ」

 

 

 

現れたのは…女の姿をしていたリュウマであった。

 

 

 

しかしそれだけではない。その容姿は正しく…マリアと瓜二つだったのだ。だが、全てが全てという訳では無かった。目元が、マリアの場合は垂れ目だが、リュウマの場合はつり目だ。翼とて、リュウマの特異な枚数である3対6枚に黒白の色は変わらない。髪とて、マリアの髪はプラチナブロンドだが、リュウマの髪は白寄りの銀だ。

 

 

 

「いや…でも…リュウマの親であるアンタらは知って──────」

 

 

 

 

『え゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇ゙ぇッ!?ちょっ…!?リュウマ……は!?あっれぇ!?息子じゃなくて娘だったのか!?』

 

『キャーーーーーーーーー!!!♡リュウちゃんは本当にリュウ()()()だったのねっ♡。やだっ、うちの子…ぐすっ…すっごい可愛い…美しいわっ。くっ…抱き締められない今の自分が憎いっ』

 

 

 

「知らなかったのかよ!?」

 

「…?何の話だ?」

 

「え!?…いや、なんでも…」

 

 

 

アルヴァはリュウマの姿を見て、目玉が飛び出て顎が地面につきそうな程驚きに満ち満ちており、マリアは自分の姿と瓜二つだというのに賞賛しては涙を流して恍惚としたり、生前に気付いてあげられれば一緒にショッピングにも行けたし、女としての生き方のイロハを教えてあげられたのにと、後悔の念に押し潰されそうな顔をしたりと忙しそうだった。そして何より、オリヴィエがリュウマを見て完全に固まってしまっていた。まるでそれは彫刻のようであった。

 

ハッとして気を取り直したオリヴィエは、至極真面目な表情を作り、リュウマをジッと見た。穴が空きそうなほど、全員から見られているリュウマは、少し恥ずかしげに右手で左腕を掴んで自分の体を抱き締め、頬を薄紅色に色付かせながら視線を逸らした。

 

二の腕に乗る豊満な胸が押し上げ、柔くふるりと揺らして自己主張し、無意識に色気を振りまき、それでいて初心な反応を見せるという高等テクニックを披露した。男性陣はそれだけで心臓が早鐘を鳴らし、女性陣は男のリュウマに女らしさで負け、一部の女性陣は胸の大きさで負けたと敗北感に打ち拉がれた。だが、そんな中でもオリヴィエの真剣な表情は変わらない。隈無くリュウマの体を視姦…ではなく、見渡したオリヴィエは、口を開いた。

 

 

 

「貴方。これから投げ掛ける私の問いに嘘偽り無く…嘘 偽 り 無 く 答えてくれ」

 

「な、何だ」

 

 

 

同じ事を二度も言い、況してや二度目は一度目より強く、念を押すように力強く言ってきた為に、ビクリと肩を震わせながら気を取り直し、何の問いだろうかと身構えた。そしてオリヴィエは、リュウマがこの女性の姿になってから、気になって仕方が無かった事を問うたのだ。

 

 

 

 

 

「─────────処女か?」

 

 

 

 

 

リュウマは吹いた。

 

 

 

 

 

至極大真面目な顔をして一体何を言い出すかと思えば、何とも下らない内容なのだと、吹いて咳き込みながらオリヴィエのことを睨み付けた。この場で問うことが360度違う。問うならば、何故そんな姿にもなれるのか…等といったものだろう…普通は。しかし、残念ながらオリヴィエはそんなことよりも、リュウマの女の姿での純潔に頭が回っていたらしい。

 

 

 

「そ、そんなこと…!今は関係無かろう…!!」

 

「ある。多いにある。主に私のモチベーションに」

 

「知るか愚か者!!」

 

「で、処女か?処女なんだろう?」

 

「…………………………。()がこの姿になれるのは──────」

 

「で、処女か?」

 

「~~~~~~~~ッ!!し、処女だ…

 

「うん?すまない。聞こえなかった」

 

「~~~~~っ!!!!処女だと言ったんだ!!何なのだ貴様は!?」

 

 

 

リュウマの答えを得た彼女は、まるで天啓を賜った聖女のような、事に満ちたような清々しく、それでいて聖母のような笑みだった。しかし、リュウマには解る。そんな笑みの…瞳の中に、欲望に塗られたおどろおどろしい歪んだものが火を灯したということを。

 

 

 

「負けられない理由が他にも出来た」

 

「………………何だ」

 

「その豊満な胸も、肉付きの良い腿も、しなやかな腕も、むしゃぶりつきたくなる唇も…全て手に入れる。そして──────貴方の処女は私のものだ」

 

「言動の全てが最悪だな。貴様は性犯罪者か何かか?」

 

 

 

舌舐めずりしながら、ねっとりとした視線を投げてくるオリヴィエから体を隠そうと、自分の体を抱き締めるが、胸が強調されて逆効果になり、他の女性陣からの目線も強くなった気がする。こんな事になるなら、この姿にならなければ良かったと後悔したが、何を隠そう、正真正銘この姿が最後の奥の手なのだ。

 

こほんと一つ咳払い。空気を入れ換える為にリュウマは、何故この姿に為ることが出来るのか。それを話し始めた。

 

 

 

「元より、()は男だ。意識も男で違いは無い。だが、()がこの姿に為れるのは理由がある。──────黑神世斬黎だ。昔、黑神世斬黎から流し込まれた情報と記憶の中に、生まれて間もない()は魔力を宿していない事を知らされた」

 

 

 

『あの時の事か…』

 

『リュウちゃんの刀が姿を現した時よね』

 

 

 

()と異空間に居た黑神世斬黎が深層心理の中で出会い、交わり、一つになった。だが、その時に男の()()()姿()()()()黑神世斬黎が混ざり合うことで、どちらでもありどちらでもない、謂わば男であり女でもあるリュウマ・ルイン・アルマデュラが完成したのだ」

 

 

 

最初から一つの性別、それは男である。だが、完全なリュウマ・ルイン・アルマデュラとなるために、男であるリュウマと、何と女の姿であった黑神世斬黎が混ざり合ったことにより、男でありながら女の姿にもなれる存在へとなってしまっていた。最初の頃はそうなんだという認識程度しか無かった。だが、歳を重ねていくに連れて途方に暮れるようになった。何度も言うが、彼は男であり、意識も完全に男だ。だというのに、女の姿にまで為れるとなると頭を抱えざるを得ないのだ。

 

男であるからこそ、解らない女としての生き方。接し方。そして何よりも、男なのに女の姿で、しかも女物の服を着るのが途轍もなく嫌だった。誰かに打ち明けようにも、一体誰に言えというのか。敬愛する父母に言う?何と言えばいい?実はあなたの息子は娘の姿にも為れるのです…か?言えるわけが無い。だからこそ、リュウマはずっと隠してきた。

 

女の姿になろうと思わなければ切り替わることは無い。特にこれと言って不自由をしている訳でも無いし、何より女の姿になって喜ぶような、特殊な性癖を持ち合わせているわけでも無い。ならば良いではないか。為らなければ良いだけの話だ。そう思い、姿を晒すこと無く、これからも過ごしていく……つもりだった。

 

 

 

「一度だけ…女の姿を取った時の性能を調べる為に、一度だけ転換したことがある。……ふふ…今思い出すだけでも()()()止まらぬ。あの()()()()…昂ぶる想いをそのままに…殺して殺して()()()()()あの快感……ふふふ……フハハッ!!」

 

 

 

『満月の…夜……?まさか……まさかまさかまさか!?』

 

『どうしたの?貴方』

 

『まずい…拙いッ!!そのリュウマは危険だ!危険過ぎるッ!!!!!!』

 

 

 

見たことの無いようなアルヴァの慌て振りに、マリアまでもが目を丸くしていた。何か重要な事をリュウマが言ったのだろうか。いや、殺し回ったという発言だけでも相当に重要な事なのだが、アルヴァの慌て振りはそんなところの話では無かった。

 

他の者達が不思議に思いながら、どういう意味なのかと目線で投げ掛ける。アルヴァは顔を真っ青にしたまま、何に対して取り乱していたのか、そして、今のリュウマがどれ程危険な存在なのかを明かした。

 

 

 

『い、今の時代には語られていないであろう事がある。それは…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……()()()()()()()

 

 

 

アルヴァは語る。今から400年前のこと、突如として起こった謎の斬殺事件。

 

()()()()()起きた、その斬殺事件は、歴史的に類を見ない無差別性と凶悪性から、大犯罪者として名乗りを上げた。しかし、それ以降その歴史的大犯罪者が陽の光に曝されること無く、死者も出なかった。

 

 

 

「こう言っちゃダメだろうけど…世界中で殺人事件は少なからず起きてるよな?何がそんなに“歴史的”なんだ?」

 

『歴史的大犯罪者として挙げられたのは、(ひとえ)に行われた時間と死者の数だ。リュウマは戦争時、最高で400万人の者達を殺した事がある。だが、あの殲滅王と謳われたリュウマでさえ、1日で400万人だった。戦争だからな。それは仕方ないのだろう。しかし…その犯罪者は()()()()()…大凡2()0()0()0()()()()()()()()()

 

 

 

「「「──────は?」」」

 

 

 

世界中で見た場合の総人口は、大凡85億人とされている。こちら側の世界での総人口は76億人とされていて、それを比べると総人口の割合が高いだろう。だが、こちら側の世界の地球と、リュウマ達の居る世界での地球の大きさは、リュウマ達の方が1.5倍近く違う。それを考慮したとしても、一人の人間が2000万人という莫大な数の人間を、しかも一夜の内に殺した等と…はっきり言ってしまえば常識外れにも程が有る。

 

だが、事実あったのだ。そんな出来事が。だからこそ理解が出来ない、歴史に名を残されていないということ。それ程のことがありながら、何故歴代の犯罪者の名に連なっていないというのか。誰かが代表してその事をアルヴァへ問うた。だが、その答えは実に簡単なことであった。

 

 

 

『記さなかったのではない。()()()()()()()()。誰がそれを伝える?伝えられた国民はどう思う?安全だと思われていた国の中に居たというのに、無差別に大量虐殺を行われ、況してや誰にも感知出来なかった等と…そんなことを伝えれば、国民はパニックどころでは無い。だからこそ、各国の上層部だけに情報を渡らせ、隠密な警戒網を敷いていたんだ。故にこそ、歴史的大犯罪でありながら歴史には載っていない』

 

「で、でも…それだけで何でリュウマがその人だって思ったの?他の人かも知れないよ…?」

 

『本当に…本当に極一部だけだが、目撃情報があった。曰く…その者の髪は常闇の夜に映える白銀とし、その手に持つは死神の鎌と化す一本の刀であった。その者は人を狩る時…常に笑みを浮かべている女であった。……目撃情報はそれだけだった。最初の頃、私はマリアが犯人なのかと思ったが、マリアはその日の晩は私と共に居た。刀を持ち、それ程の力があるとなれば、他にリュウマしか私には思えなかったが、リュウマは男。絶対に有り得ないと思っていた…この時までは…!』

 

 

 

アルヴァの推測通り、歴史的大犯罪者の真相は…犯人はリュウマ・ルイン・アルマデュラであった。

 

 

 

ものは試しにと、女の姿になってみたところ、リュウマの胸には甲乙の付けがたい感情…そして欲望が顔を出した。そして何よりも()()()()のだ。身体が。この女の姿を取るにあたり、制約として()()()()()()()()()使()()()()()()()()()。つまり、彼が彼女となった場合、生まれ持っての身体能力と頭脳のみが武器となる。だが、それを抜きにしても軽かった。

 

リュウマの身体には、常に周囲の物を魔力の余波だけで破壊しないようにと、厳重な封印魔法を施されている。故に彼は日常的に、常に想像を絶する重りを付けながら、粘度の高い液体の中を動いているような枷が嵌められている。言うなれば不自由極まりないのだ。しかし、女の姿になったリュウマには、その不自由さが無く、身体が羽根のように軽く、封印の一つも掛けられていなかったのだ。

 

魔力の封印は、そもそも女の身体になると使用できなくなるため必要としておらず、女の身体故に、一度の踏み込みで大陸をかち割るほどの膂力を持ち合わせてはいない。翼人というだけで、一般人とは比べものにならない程の力は持っているものの、男性時と比べれば比べるまでも無いほどの筋力差。故に……女性の時には封印の一切が付けられていないのだ。

 

何だ…何だこの清々しい気分は。この高揚感は。一歩踏み出せば瞬間移動が如く大地を駆け抜け、一度刀を引き抜けば男の時以上に思うように動かせる。身体そのものが完全に自分の思うがまま、想像するがままに動かせる。疲労が溜まらない。常に動いていられる。何故、何故これ程のスペック差が生まれるのか。魔法を使えないからなんだ。魔力が無くなるからなんだ。必要無い。()()姿()()()()()()()()()()()()()()

 

無限の魔力。無限の武器。世界を容易に破壊出来る魔法。それらの巧みに使用し、()()()近接を行う男の身体。片や無限の魔力等無く、無限の武器は要らず、世界を容易に破壊出来る魔法は使えない。だが、近接()()()完全特化した女性の姿。リュウマは一つの身体に二つの属性を身に付けていた。全てを万能に尽くすオールラウンダーな姿と、唯々一つのみに特化した一点特化型の姿を。

 

故にそう…これは、魔力が無いに等しく、魔法が思うように使えない今にこそ最優の決定的な姿。これ以上無い程に現状適した姿なのだ。

 

一夜の間、常に走り続けようと疲れ知らずの無限の体力。才能を超越した災能を持つが故の近接格闘に始まり近距離から遠距離までの全ての武器術。そして無限に進化し続ける人間の完成形。持ちうる可能性を全て放り出して体得した、今のリュウマの理想の姿(アナザーワン)

 

 

 

「オリヴィエ…バルガス…クレア…妖精の尻尾(フェアリーテイル)並びにその他の協力者達よ…──────終いにしよう。()は既に最後の切り札を切った。これ以上も無ければこれ以下も無し。後が無ければ先も無い。故にこそ…最後の一幕としよう」

 

 

 

リュウマは微笑(わら)い、アルヴァとマリアの形見である刀を腰に差し、腰を落とした。それだけで解る尋常ではない気迫。唯々それだけを特化させ、極めた真のリュウマ・ルイン・アルマデュラ。彼女(かれ)から発せられるエネルギーに膝が笑う。だが、敢えてこう返答しよう──────受けて立つ…と。

 

語らずともそれを読み取ったリュウマは、嬉しそうに笑みを作った。何とも美しいことか。何と愛らしいことか。何と愛おしいことか。一体誰が、この者こそ世界の(いただき)に君臨する絶対強者だと思う?だが侮る事勿れ。正真正銘彼女(かれ)こそが最強である。努々忘れるな。最強は…最も強い存在である者を指し示す言葉である。

 

 

 

「この想い、この力、この()自身を…受け止めてくれるか?受け止めきれるか?」

 

 

「否。受け止めない。()()()()()()()()。貴方が途方に暮れる程、(せい)に感謝を捧げるほど、愛して愛して、愛し続け……愛し尽くそう」

 

 

 

 

片や陣営、片や単独。その両者が同時に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

そして、長い戦いに──────終止符が打たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 






やられた…ッ!!


クソっ…!最近来ないと思えば…彼の為に取って置いた()()を持っていかれた…!つまり、彼の存在もバレているということ…!


もう……最悪だ……どうしよう……!


やれるだけのことはやってみよう…でも…ボクに戦闘能力なんてものは皆無…ハァ……ほんと最悪…。


絶対にアイツらは許さない…!!



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第最終刀  斯くして戦いは──────



軽い。身体が…そして何よりも、心が軽い。


清々しい。実に清々しい。良い気分だ。この戦いで、これ程の気持ちを味わうとは思っても見なかった。


すまぬが、もう少しだけ付き合って貰うぞ?何せ──────



我は今──────(すこぶ)る機嫌が良い。





 

 

嘗て、その強さで以て世界を震撼させた伝説の王…殲滅王リュウマ・ルイン・アルマデュラ。そんな彼が、本来ならば足元にも至らない程の者達に殴打され、一蹴され、地を転がされている現在。仲間と言ってくれる者達と戦っている現状、そも…何故戦いに発展しているのか?

 

領地争いで戦争が起こり、殺し殺され、奪い奪われ、そんな血で血を洗うかのような状況が、当時の世の常であった頃、それでも、彼を含めた国民達は、幸福というものを噛み締めて過ごしていた。しかし、時は流れ、幸福の中にドラゴンという異物が混じりだした。後に人を襲い、喰らい、国を破壊し、何時しか人とドラゴンの戦争が勃発した。

 

竜王祭と名付けられたその戦いに於いて、人間でありながらドラゴンへ至った者…アクノロギア。そんな彼に国を滅ぼされ、更には国民や敬愛する父母までも皆殺しにされた殲滅王は、400年という長い年月の時を生き延び、過ごし、出会い、そして出逢い、最後には再びアクノロギアと邂逅を果たした。

 

過程はどうであれ、国を滅ぼしたアクノロギアを己が手で葬り去り、その直前には嘗ての盟友にまで手を掛けた。…目的が無くなった。400年も生きれば生にも飽きる。かと言って彼には死は許されず、存在しない。故に生きなければならない。だが、彼はもう…疲れてしまった。こんな事になるならば、いっそあの時に…共に国諸共死にたかった。そう何度思ったことか。しかし、それは直ぐに否定される。その想いは、生かしてくれた国民や父母に対する最大の侮辱である。そう理解していた。

 

400年で出会った者達との別れを済ませ、永遠の眠りに就こうとした彼の元へ、記憶までも消し、繋ぎ直し、改竄させた筈の者達が現れた。

 

心底驚いた。魔法を掛け間違える等…逆に不可能。魔法を自力で解くのも不可能。そも、魔法が掛けられていることにも気が付かない…不可能であった筈であった。しかし、彼等は不可能を乗り越え、彼の目前にまで躍り出た。

 

さて、戦いになった。どちらの声を開戦の狼煙にしたのだったか。その言葉はどんなものであったか。……忘れた。もうそんな、つまらない些事…そう、本当につまらない些事はとうに忘却の彼方へと放ってしまったさ。

 

話は進み、戦ってやはり実感する。“弱い”。弱すぎる。話にすらならない。だが、()()()()。最後の一撃まで持っていくことが出来ない。若しかしたら、仲間だった時の記憶の所為で手加減しているのかも知れない。いや、()()()()()()()()()()。まるで惜しむかのように、意味不明で意味が無い、無駄な手加減を施していた。

 

戦いは苛烈に、そして熾烈を極め、己の封印してきたものを全て曝け出し、全力の己を見せてやった。心を砕きにいくつもりであった。しかし、そんな彼等は耐えた。更にはまだ戦おうというのだ。そこまで言うならばと、ここまで追い詰めた事への敬意としても、本当の全力を見せてやろうと、片手で数えることが出来るほどしか解放したことの無い、刀の封印までも外し、己が誇る…正真正銘最強の(わざ)を展開した。しかし破られた。他でも無い、己を愛しているという若き娘共の贈られる“一なる魔法()”によって。

 

戦いはそこから防戦一方となりながらも、心のどこかでは、どれだけ全力で挑もうと、悉くを打ち破られ、まるで弱者の其れのような状況を楽しんでいたのかも知れない。何せ彼は最強だ。最強を突き詰め過ぎて相手が居なかった程だ。手を抜くということにすら神経を使う程の最強が、話にならないと言わんばかりに追い遣られるのだ。逆に楽しくなってしまっても仕方ないのかも知れない。

 

紆余曲折。最後の最後で、魔力に魔法。万能故の全能を捨て、全て一の極致に至る形態()にまでなり、刀を新調して挑みに掛かるところだ。これが本当に最後の奥の手。これ以上に隠している事など、事実も魔法も何も無い。人間であるからこその、その身一つでの戦闘を行わなければならない。だが、それでも彼女(かれ)微笑()みを浮かべる。

 

 

 

そんな彼女(かれ)は結局のところ、今自分が…どうして戦っているのか……最早分かっていないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「構えよ貴公等ッ!!これが最後の戦いだッ!!気力を振り絞れッ!!!!!」

 

「言われんでもやったるわ!!アイツの逆上(のぼ)せた頭なんぞ、一気に冷まさしてやらァッ!!」

 

「……身体が…保てば…いいが」

 

「っしゃーーー!!!!燃えてきたぞ!!」

 

「やっとここまできたな」

 

「絶対負けないんだからっ」

 

 

 

これで最後なのだと、リュウマの口から出た言葉が真実なのだと悟り、本当にこれが最終ラウンドであるのだと、そして、そんな戦いに決着をつけるぞと、オリヴィエは咆哮し、彼等彼女等は応えた。相手は一人。然れど一人。凡そ仲間と戦うよりも、力の強大さ故に単独戦闘を最も得意とする彼女(かれ)が相手だ。況してや、その為に魔力や魔法すらも棄てたという。何が起きるか分からないというのが本音だった。

 

男の姿を取っている時よりも、女の身体に為っている時は注意しなくては為らない事柄がある。それは内に秘めている殺しへの欲望が表へと露わになること。元より、リュウマは斬ることが好きだ。刀で肉を斬る感覚。固い骨を両断する手触り。それに伴い、斬られた者があげる絶叫。そのどれもが、最強を登り詰め、強者に飢えた彼女(かれ)の渇いた心を癒してくれる。率直に言えば、彼女(かれ)は人が絶望した表情や絶叫に、愉しみや愉悦を感じる類の人間であった。

 

世間一般的に言ってしまえば、人に理解されないようなものなのかも知れない。しかし、それがどうしたというのか。彼女(かれ)はそも、戦いに於いて他の種族の一切を粉微塵に変えてきた最強の翼人一族、その王である。元より、他者に対する可哀相だとか、そういった憐憫(れんびん)の感情を持ち合わせていないのだ。他者が死ぬから何だ。その死に哀しんでいるから何だ。そんなものは一切どうでも良い。それが彼女(かれ)だ。

 

そして、そんな彼女(かれ)は、女の身体に為った時、最も心を占めるのは……斬りたい。斬って生き物を殺し、命を絶つその瞬間を噛み締めたい。それが他者の愛する人であって、尚且つ絶叫をあげるならば尚のこと良し。素晴らしい。実に素晴らしい。彼女(かれ)の欠けてしまった(こころ)が少しであれ満たされ、潤う。実のところ、言ってしまえば彼女(かれ)は、女の身体になった方が余程──────慈悲が無い。

 

 

 

「ふふ……フハハッ!さて……征くとするか?」

 

 

 

「───ッ!!構えよッ!!来る─────」

 

 

 

オリヴィエがリュウマの一言を聞き取り、号令を飛ばしたその瞬間の事である。彼女の背後には既に…彼女(かれ)が居た。

 

 

 

「な…に…?」

 

()の力を持ち得ながら、()()()()()速度も目に追えぬか?」

 

 

 

目を瞑ったりなどしていない。決して目を離さず、常にリュウマの動きの全てに注視していたはずだ。だというのに、これは一体どういう事だ。…速い。余りにも速すぎた。目に追えるか追えないかの話では無く、気が付いたらオリヴィエの…それもリュウマの純黒の力すらも手に入れているオリヴィエの背後を、悠々とした佇まいで取っていたのだ。

 

来る。そう思った次の瞬間。オリヴィエの身体は既に、抜き放たれた天之熾慧國(あまのしえくに)によって斬り裂かれ、その身体を24の肉の塊に分割されていた。

目にも留まらぬ早業。あのオリヴィエであっても見切ることの出来ない超速度によって斬り刻まれ、当のリュウマは早速とばかりに、その場から消えていた。

 

オリヴィエの身体は不老不死故に直ぐに元には戻った。だが、斬られるまで全く反応が出来なかった。純白と純黒。その相反する最強の力の両方をその身に宿しながら、魔法も使っていないリュウマの動きに付いていけなかったのだ。

 

戦場は緊迫した静けさを産んだ。オリヴィエが今やられたのは見ていたから解る。だからこそ解らない。どうやって唯純粋な人の身で、それ程の事を起こせるというのか。そして、そんなリュウマは一体どこへ行ってしまったのか。

警戒を怠る事無く、信頼しあう仲間達と背中合わせになり、互いの背中を預け合う。さあ何処だ。何処から来る。何処に現れる。そう思いながら待つこときっかり10秒後…バルガスが動いた。

 

目覚めたばかりであるバルガスとクレアは、今先程まで竜王祭で決死の戦いをしていたのと同じ。そんな彼等の現状は、最も意識的ピークを迎えているのだろう。それ故に、研ぎ澄まされた五感をも越える第六感が全力で稼動し、勘と第六感のみで身体を無意識下に最適の動きを導き出していた。

 

 

 

「何だ。()の動きが見えていたのか」

 

「……勘だ」

 

「ほう…?……ふふ。然様か」

 

 

 

何も無い所へ、バルガスは水平に薙ぎ払うようにハンマーを揮った。そして響き渡る甲高い金属音。リュウマの持つ天之熾慧國と、バルガスの持つ赫神羅巌槌がぶつかり合い火花を散らしたのだ。

バルガスは受け止められたことに冷や汗を流す思いでありながら、赫神羅巌槌とかち合わせても折れぬどころか、罅すら入らない天之熾慧國の強度に、内心舌を巻いていた。

 

総重量10トンにも及ぶ、この世界で最も重い武器である超重量武器の赫神羅巌槌は、バルガスの専用武器であると同時に破壊不可能の謎の物質で形成されている武器だ。それ故に叩き付ければ万物を粉微塵に破壊する。その筈だというのに、リュウマの天之熾慧國は曲がることすら無く耐えていたのだ。いや、耐えるというのは語弊があった。耐えてなどいない。武器として当然の強度を発揮しただけ。

 

赫神羅巌槌と、其れを揮うバルガスの膂力でも破壊されないとなると、現状の地上では天之熾慧國を折ることが出来るものは皆無を意味する。破壊王という呼び名で通っていたバルガスに壊せない物は、盟友の3人の持つ専用武器以外に存在しなかったのだ。だが、今ここに新たな武器が破壊不可能物質として立ちはだかったのだった。

 

 

 

「──────『火竜の鉄拳』ッ!!」

 

「おっと……ふふ」

 

 

 

バルガスの巨体に姿を眩ませながら接近していたナツが、リュウマの事を狙うが、軽いバックステップで余裕を持って回避し、避けたところで魔力に者を言わせる、拳に灯した炎を爆発的に放出し、回避したリュウマを第二撃として狙うが、そんなことはお見通しと言わんばかりに宙へと跳んだ。しかし、幾ら避けるためとは言え、宙へ避けるのは愚策とも言えた。魔法も使えなければ魔力も無く、空を飛べないリュウマが宙へ回避するということは、どうぞ攻撃してくれと言っているようなものであった。そしてそれは、オリヴィエ達とて正しくそう認識していた。

 

クレアが扇子を揮った。そして捲き起こる竜巻がリュウマへと迫り襲い掛かる。しかし、リュウマの微笑()みは消えていない。それすらも、知っていたと言わんばかりの表情だ。

 

リュウマが身体の向きを変えた。伸びゆく竜巻に頭から立ち向かうように体勢を変え、リュウマはそのまま身体を回転すると竜巻の中へと身体を滑り込ませた。竜巻が回転して発生している所為もあって存在する、台風などに見られる目と呼ばれる空間。その空間の中に入り込み、竜巻の発生源であるクレアの元へと向かう。しかし、クレアは慌てなかった。

 

 

 

「今だッ!!やれッ!!」

 

「うっし…!任せろ!!」

 

「あぁ!!」

 

 

 

氷の造形魔導士であるグレイとリオンが、加減をしていた故に凍らせることの出来るクレアの竜巻を凍らせた。中に居たリュウマも同様に氷付けにされ、その動きを封じられる。するとそこへ、アルヴァの号令の元、各々が持つ最高火力の魔法を、凍てついた竜巻に叩き込んだ。

 

電撃が奔り、雷が落ち、赤雷が轟き、爆炎が発生し、光を生み出し、氷が隆起する。統一性の無い魔法が雨霰のように降り注いではリュウマの元へと殺到し、巨大な大爆発を産んだ。これは全力の攻撃だ。オリヴィエとて地形を変えない程度とは言え、それなりの魔力を籠めて攻撃に出ていた。魔力も無く魔法も無い、謂わば一般人にと置き換えられる彼女(かれ)に向けて、過剰とも取れる魔法を振らせた。

 

しかし、それでも届かなかったようだ。リュウマの動きをある程度までは予測する事が可能なマリアが叫び、オリヴィエは瞬時に歌のメンバー含む全員を囲えるだけの防御魔法を展開した。どうなったと目を凝らした次の瞬間、オリヴィエの防御魔法のバリアの向こうで覆う爆発によって立ち上っていた砂煙の向こうから、銀に輝く一条の線が放たれた。

 

砂煙の向こうから、姿を眩ませつつ斬撃を放っている。だが、生憎とオリヴィエの展開している防御魔法は、『白亜の境界(クレタァナ)』と呼ばれる防御魔法であり、これはリュウマの『廻り守護せん擬似太陽銀河(シュステーマ・ソラーレ・ギャラクシア)』に含まれる『流星群(ディアトル・アステラス)』という、文字通り魔力を籠めて大質量を保たせた天空からの流星群をも、罅一つ入れること無く防いで見せた超堅硬の魔法である。

 

斬撃程度ならば恐るるに足らず。況してや今のオリヴィエはリュウマの力を手にしているが故に、強度に更なる磨きが掛かっていた。しかし、そこで手にしているリュウマの専用武器、黑神世斬黎から警告のようなものが直接流れてくる。言葉では無く、気配とも言うべきもののそれを、言葉として表すと……危険。故に即刻退避。

 

何故とも思った。しかし、あのリュウマが相手だ。壁の一つや二つ、軽く越えてきて疑問は無い。それを1番知っているのは、何を隠そう自分自身ではないか。そう思ったオリヴィエの思いと重なり、マリアの空へ跳ぶか伏せてという鋭い声が掛かるのは同時だった。そして次の瞬間…斬撃を放っている状況から一転し、斬撃を放っていたリュウマ本人が、天之熾慧國の抜き身にして構えながら突如現れたのだ。

 

 

 

「絶剣技──────『峯銀(みねがね)』」

 

 

 

現れたリュウマは、堅硬の魔力防壁へと、天之熾慧國の刃では無く、敢えて峰の部分で水平から叩き付けるように打ち付けた。すると、オリヴィエの展開した魔力防壁に罅が入り、リュウマが息を吸い込んで更に力を籠めると、力の向きと同じように衝撃が奔り、魔力防壁が上部分とと下部分へと真っ二つに叩き割られたのだった。

 

マリアの号令によって伏せるか、急いでその場で跳ぶかの選択をしていたので、護られていた者達に傷を負った者は、幸いなことに居なかった。しかし、問題なのは魔力も魔法も無しに、オリヴィエの防御魔法を軽々と叩き割った事である。どうやって割ったのか。物理的防御力は折り紙付きだ。何せリュウマの魔法をも耐える超強度を持っているのだから。だが結果は全壊。到底人に出来る域を越えている。

 

そも、リュウマはどうやってオリヴィエの魔法を割ったのか。それは刀を魔力防壁へ叩き付けた瞬間に答がある。

リュウマは魔力防壁に天之熾慧國の峰の部分を叩き付ける瞬間、全身の力を脱力していたところから一転し、魔力防壁と接している峰部分だけに、地面が陥没するほどの踏み込みから得た力を全身を通して伝達し、インパクトの瞬間にのみ、力そのものを叩き付けたのだ。

 

気が付き、不思議に思った者も居るはず。魔力も魔法も使えず、男性時よりも格段に筋力が劣る今のリュウマが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。バルガスが勘に頼ってリュウマに攻撃をし、リュウマはその攻撃が自身に届くのを瞬時に把握した。そしてリュウマはバルガスの攻撃を、オリヴィエの魔力防壁を破った方法と同じ手段を用いて受け止めたのだ。

 

何も常に超常的膂力を持っていなければならない訳では無い。攻撃力及び防御に徹するその瞬間にのみ、最大の力を発揮すれば良いのだから。

巨大な大陸を足踏み一つでかち割る膂力を持つ、男性時のリュウマは、そんな芸等せずとも軽く受け止めることが出来る。謂わばこれは、女性時であるからこそ、使用可能とも言える技であるのだ。

 

 

 

「クッ……このまま防戦では流れを掴めなくなる…!一度流れを取り戻すぞッ!!──────バルガス!クレア!」

 

「……うむ」

 

「おうよ!!」

 

 

 

戦況の流れを完全にリュウマに持っていかれている。このままでは、一方的に攻撃されるだけの立場に立たされると思ったオリヴィエが突破口を作ることにした。

名を呼ぶだけで求めていることを察したバルガスとクレアは、直ぐさま準備に取り掛かった。無論、そんなことはリュウマにすら筒抜けである。そして、そんな何かをしようとしている者を放っておくほど、リュウマは優しくは無い。

 

腰を落とし、走り出そうとするリュウマ。だが、そんな彼女(かれ)の元へ、黒い影が二つ差し迫る。オリヴィエが何かをするための準備に入ったと解るや否や、エルザとカグラがやって来たのだ。エルザは既に胸をサラシで巻き、下には袴を履いており、手には妖刀・紅桜を換装していた。カグラは変わらずリュウマから下賜されし震刀・揺兼平を持っていた。両者は互いにギルドに於ける最強の女魔導士であると共に、刀を扱う者達である。そんな彼女達が向かって来る姿を見たリュウマは、走り込む姿から一転、構えを解いて不敵な笑みを浮かべた。

 

絶世の美女の姿であるリュウマの笑みを見て、エルザとカグラはつい心臓を早鐘打たせてしまうものの、直ぐさま持ち直して真っ直ぐリュウマの元へと駆けていった。

 

 

 

「オリヴィエの邪魔はさせんッ!!」

 

「師匠には申し訳ありませんが…覚悟ッ!!」

 

「フハハッ!良い。良いぞ。久方ぶりに剣の腕を見てやろう」

 

 

 

エルザが真っ正面から。カグラは震刀・揺兼平に魔力を流し込み、その揺れの衝撃を利用した走破により、目にも留まらぬ速度で以てリュウマの背後へと回り込んだ。両者の息の合った斬り込みは、全くの同時にリュウマへと、まるで吸い寄せられるように振り下ろされた。肝心のリュウマと言えば、何時までも悠然とした佇まいでその場に立ち尽くしているだけ。

 

入った。そう確信させるほどの距離にまで刀が迫った途端。リュウマの身体が視界の中でブレ、気付いた時には納刀していた天之熾慧國を引き抜き、エルザの持つ紅桜の刃を鋒で受け止め、カグラの揺兼平の刃は柄頭でもって受け止めていたのだ。

 

 

 

「おい。驚いて固まっている余暇が有るのか?」

 

「──────ッ!!しまっ…!」

 

「ぐっ…!?」

 

 

 

エルザとカグラの攻撃に挟まれて固定されている天之熾慧國を手放し、手を地面に付いて倒立した。そして直ぐに足を開いてぐるりと回転し、瞠目して驚いているエルザとカグラの横面を蹴り飛ばしたのだった。互いに反対方向へと吹き飛んで行ったエルザとカグラによって、支えを無くして落ちる天之熾慧國を、鞘を手にして待ち構え、そのまま鞘の中へと納めて納刀した。

 

かちりという音が鳴って納刀した後、リュウマは転がってから体勢を立て直し、こちらへ向かってくるエルザとカグラを見、脳振盪の一つでも起こさせるつもりで蹴りを入れたのに、もう向かってくるのかと、面白そうに笑った。

 

変な小細工は効かない。それは長年仲間をやっていたからこそ知っており、弟子入りしたからこそ手解きされた為、使う手の内など知られていて当然だと思った二人。そんな二人の出た手とは、真っ正面からの斬り合いであった。二人並んで同時にリュウマへと斬り付ける。振り下ろしの唐竹斬りをエルザが、斜め下斜め上への切り上げである逆袈裟はカグラが行った。

 

だが、リュウマはエルザの唐竹斬りを天之熾慧國で防ぎ、カグラの逆袈裟は、届く前よりも先、抜き放つ瞬間に柄頭へと蹴りを入れて押さえ、抜かせること無く防いで見せた。

防がれた。又も同時に防がれてしまった。しかし、そんなことは百も承知だったはず。エルザとカグラは、驚くよりも先に次の一手へと身体を動かしていた。

 

足で押さえられている刀を一度引いて外し、再度逆袈裟に斬り込んだ。カグラの斬り込みを避けるために身体を屈め、エルザの攻撃を防ぐ為に構えていた天之熾慧國も引いた。それ故に自由になったエルザは、カグラの攻撃の後に続くように横から回り込むように斬り込んだ。

 

カグラの逆袈裟を屈んで避けた後、そこを狙って斬り込むエルザの斬撃を、天之熾慧國を持っていない左手を地面に付いて更に体を捻りあげる。身体の柔軟性が男性時よりも格段に高くなったリュウマは、男性時には取れなかった無理な体勢を取ることが出来るようになっている。故にエルザの攻撃をも避けること叶い、躱した時に勢い付いた遠心力を載せたムーンサルトキックをカグラの顎へと叩き込んでかち上げた。

 

顎を蹴り上げられて脳が揺れ、大きな隙を曝してしまっているカグラに、何時の間にか納刀していた天之熾慧國の柄を掴んで首を狙った。そこで、振り下ろし終わっていたエルザが紅桜を水平に構えた後、後方へと溜を作るために引き、今まさにカグラの頭を刈り取ろうとしているリュウマの顔面目掛けて突きを放った。

 

一切容赦の無い太刀筋。リュウマは横目で迫り来る紅桜の鋒を見詰め、眼球を穿つ1センチ手前で頭を傾けて躱し、そこで身体の向きを変えてエルザの目前にまで躍り出た。近い。危険だと後方へ下がろうとしたエルザの後退る右足の踵を、リュウマがエルザの股の間に右足を滑り込ませ、右足の甲で引っ掛けて体勢を崩させた。

 

後ろへと倒れようとしているエルザ。そんなエルザが紅桜を持っている右腕が伸ばしきっているところで、右腕の上腕の裏を首で押さえ付け、左腕の手首を右手で掴んで拘束し、後ろへと倒れそうになっている身体は右腕を腰から抱き締めるように回した。

身動きが取れない。正面から抱き締め合うような体勢の所為で、両者が持つ豊満な胸が潰し合って形を変え、エルザは余りにも柔らかいリュウマの胸の感触に、女性でありながらドキリとした。

 

紅桜を持つ右腕はリュウマの頭の所為で動かせず、左腕は拘束され、足は後ろへ倒れる所を抱き締められて固定されている為踏み込めない。完全に完封されていた。

 

 

 

「ふふ。動けぬであろう?嗚呼それと、カグラはあと30秒は起き上がれはせんぞ」

 

「…っ…くっ…!ふっ…!!…っ……」

 

「そう藻掻くな。()が手を離せば、貴様は唯支えを無くして転がるだけだ」

 

「…っ…!だからと言って何もしない私では無い…!」

 

「であろうな…それより──────」

 

「なん…だ…──────ひぅっ…!?」

 

 

 

ニッコリとした笑みを浮かべたリュウマは、顔を更に近付けていくと、エルザの頬へ自分の頬を押し付けて頬ずりをし、その後にエルザの頬をべろりと舐めあげた。ぬるりとした感覚が頬から奔り、リュウマに頬を思い切り舐められたのだと気が付くのに、そう時間は必要では無かった。

 

気の抜けたような声が勝手に漏れ、それを間近で想い人に聞かれた事に羞恥で顔を赤くする。そんな反応を示すエルザに気をよくしたのか、微笑みを浮かべたまま、今度は舐めていない違う箇所の頬をもう一度舐めた。

 

 

 

「ふっ…!んぅ……!」

 

「んっ…ふふ……塩味がする」

 

「そ、それは…!!」

 

「ふふ……美味いな」

 

「なっ…!?んぅっ……やめ……ぁ……」

 

 

 

味わうようにべろりと舐めた最初に比べ、二度目は確かめるようなソフトさで舐めあげた。そして三度目には、舌先だけで(くすぐ)るように頬を舐めながら動いていき、耳の下を通って首筋を通り、最後は剥き出しとなっている肩へと到達した。舌が通った所はリュウマの唾液によって、光る道筋を作り出していた。

 

リュウマはそのまま舌を引っ込めず、味を確認するように肩を舐めていた。生温かくぬるりとした感触にビクリと身体を震わせ、脚が股を締めてしまい、間にあるリュウマの脚を挟み込んだ。身体を動かす事が出来ず、されるがままになっているエルザは、その内熱い吐息を溢し、目の端に涙を溜めていた。

 

 

 

「ふふ……──────()()()()()()

 

「─────ッ!?あ゙ッ…あぁああぁあぁぁあぁッ!!!!」

 

 

 

ぞぶり…。そんな音が鳴った気がした。それ程の力で()()()()()()()()。それも、歯形が残るだとか、内出血するだとか、そんな程度のものではない。リュウマの鋭い歯がエルザの肩の肉に突き刺さり、大量の血を流していた。エルザの胸に巻かれるサラシに、肩から流れる血が染み込み赤黒い布へと変貌させた。

 

手首を掴まれている左腕に力がこもり、拘束から抜け出そうとするが許されず、その間にもエルザの肩の肉に、リュウマの歯が更に食い込み、更なる血がこぽりと噴き出る。眼だけで笑みを浮かべたリュウマは、勿体ないとばかりに、じゅるりと音を立てながらエルザの血を飲み込み、ごくりと喉を鳴らして嚥下した。

 

肩の肉を後少しで食い千切られそうになっているエルザは、身体を震わせて痛みに苛まれながら、リュウマに噛み付かれてからというもの、ある恐怖状態に陥っていた。それは…全身が底の無い深淵のような場所を、只管落下しているかのような感覚であった。これ以上続けられれば、戻ることの出来ない場所へ連れて行かれそうな、引き摺り込まれるような感覚に陥っていたのだった。

 

するとそこで、リュウマはエルザの肩から口を離し、その場から消えた。そしてその数瞬後、リュウマが居たところに刀が軌跡を描いて通り過ぎていった。

 

 

 

「大丈夫か?エルザ」

 

「すまないカグラ…危なく肩の肉を全て持って行かれるところだった…」

 

 

 

エルザを救ったのは、脳振盪から復活したカグラだったのだ。揺れる視界が定まり、眼に映ったのは、エルザの肩に噛み付いているリュウマの姿だったのだ。これ以上は拙いと瞬間的に直感したカグラは、エルザからリュウマを引き剥がすために背後から斬り付けた。残念なことに、復活したカグラのことは事前に察知しており、タイミングを見計らって避けられた。

 

肩を手で押さえて止血を試みているエルザに、早くシェリアの元へ行って回復して貰えと、カグラが声を掛けたと同時に、後方からオリヴィエの戻ってこいという言葉が掛かった。それを聞いて準備が整ったのだと理解した両者は、そこから離脱して仲間達の元へと戻っていった。エルザはシェリアとウェンディに心配されながらも、肩の治療を受けて傷口を治して貰った。

 

 

 

「女に噛み付くと女の敵だと言われてしまうぞ?」

 

「フハハッ!抜かせ。()にその類の糾弾が無意味であることは知っておろう」

 

「そう言うと思ったぞ」

 

「ふふ……して?準備は整ったのか?」

 

「あぁ。お陰様でな……──────バルガスッ!!」

 

 

 

オリヴィエの傍に立っていたバルガスが腰を落として武器を構えた。そしてそれをオリヴィエに向かって全力で揮い、オリヴィエは迫り来るバルガスのハンマーの打面に足を付け、振り切る瞬間に翼の飛翔までも使った跳躍を行った。バルガスの膂力に加えて自身も全力で跳躍し、爆発的な推進力を魔力で生み出し、音を置き去りにする程の速度を叩き出した。

 

しかし、それだけでは終わらなかった。進む先に居るのはリュウマだけでは無い。その中間にクレアが居たのだ。件のクレアは風を操り、リュウマに向けて風の結界を円形に創り出していたのだ。筒のようにも見えるそれに、オリヴィエが入った途端、風の結界は集束し、オリヴィエを弾丸のように弾き出して第二加速させたのだった。少しでも風の結界に綻びが有れば、進む方向に支障を来し、威力が弱ければ加速そのものが出来ず、タイミングを誤ればオリヴィエを巻き込んでしまう。実に繊細なコントロールが必要な技術であった。

 

リュウマが驚愕する程の速度を叩き出したオリヴィエは、一直線にリュウマの元へと飛び抜けて行く。音よりも速い雷すらも置いてけぼりにする程の速度の中で、右手に皓神琞笼紉を、左手に黑神世斬黎を携え構えたオリヴィエを迎えるべく、リュウマは一度だけゆっくりと瞬きをし、開いて縦長に切れた瞳孔を更に窄めて目を凝らした。しかし、それこそがオリヴィエの狙いだった。

 

 

 

「──────ッ!?眼が……ッ!!」

 

「この速度になれば、流石に目を凝らすと思っていたぞ!!」

 

 

 

右手に持つ皓神琞笼紉が、直視すれば網膜を灼きかねない程の眩い光を発したのだ。オリヴィエの動きを見極めるために注視していたことが災いし、目眩ましをほぼ直視してしまったリュウマは目を閉じてしまい、余りの眩しさに目を開けられなかった。しかし、オリヴィエは止まること無く向かっている。こうしている間にも、あと1秒も掛からない内に無防備となったリュウマを斬り付けるだろう。

 

だが、リュウマを甘く見てはいけない。たかだか眼を封じられただけでやられる訳が無いのだ。眼が使えないならば、その他を総動員すれば良いだけの事である。

眼は最早諦め、次に頼るのは長年の年月の中で鍛えに鍛えられた魔力感知能力と気配察知能力。経験則と類い稀なる頭脳から来る未来予知にも至る予測。超速度故に発生する風切り音を聴き取る聴覚。そして開眼している第六感である。

 

リュウマの頭脳の中でシュミレートされる。何億通り有るのか解らない、オリヴィエが目の見えていないリュウマをどのように攻撃してくるかの攻撃パターン。それら全てを一つずつ、且つ取る行動が高い確率のものから取捨選択していく。前か後ろか。左右のどちらか。はたまた上からか。それら全てをオリヴィエの性格から答を導き出していく。そして果てに、出て来たのは真っ正面の襲撃。それが確実だ。何故ならば、体内にリュウマの純黒なる魔力までも内包している所為もあり、搦め手が使えるほど慣れていない筈だからである。

 

決定付けるのは、オリヴィエがリュウマの魔力を取り込んでから今までの行動。リュウマの純黒なる魔力を取り込んだ、黒白を司るオリヴィエならば、今のリュウマを討ち取るなど容易も容易な筈。なのにそれを何故しないのか。それは単純明快。力が強大すぎて制御に苦難しているからである。若い頃とはいえ、リュウマですら封印という形で日常生活を送っていた程だ。つい数分前に手に入れたばかりのオリヴィエが十全に使い熟せる筈が無いのだ。故にリュウマは、真っ正面からと予測したのだ。

 

 

 

「──────『戦女神(いくさめがみ)諸相(しょそう)繊華(せんか)瓈剣(れいけん)』」

 

『─────ッ!?あれは私の…!?』

 

 

 

周りが全て遅緩して見える超極限の集中状態の中で、リュウマは嘗て実の母である戦女神、マリアが使っていた至高天とは別の業を模倣した。天之熾慧國の柄を両手で握り込み、鋒は地面に付けるように下ろして脱力する。発した光を抑えた皓神琞笼紉と黑神世斬黎を構えたオリヴィエは、そんなリュウマの姿を見て瞠目した。

 

武器を持っている筈のリュウマの手に、武器が見られなかったのだ。今まで持っていた。確かに持っていた。なのに何故、瞬きもしていない状態で天之熾慧國だけが掻き消えるのか。驚愕する事ではあるが、最早止まることは出来ない。両者は互いに数メートルの距離だ。武器を構えた両者は遅緩する世界で刻一刻と近付き合い、そして──────

 

 

 

「──────『不視(みせず)の太刀』」

 

「………─────────」

 

 

 

相手の無意識下での視覚を探り当てることで、意図的に手に持つ武器を不可視に見せる絶技によって、刀身を見せず間合いを欺く。そしてリュウマは手から伝わる感触により、オリヴィエの事を両の腕諸共胴体を斬り裂いたことを確信させた。しかし、それよりも腑に落ちないのが、エルザとカグラを向かわせてまで時間稼ぎした割には、安易に準備が終わるような作戦だったということだった。

 

何かがおかしい。そんな思いが胸を燻った瞬間…頭の中でアルファが危険信号を発令したのだった。

 

 

 

《警告…マスターが先程斬り裂いたのはオリヴィエ・カイン・アルティウスの()()です》

 

「──────ッ!?何…!?ならば本体は…まさか……!!」

 

 

 

「気付くのが少し遅かったようだなッ!!」

 

「先程のは囮であったのか…!!」

 

 

 

リュウマがオリヴィエ自身が真っ正面から来るという事は確信していた。そしてそれは予想通りの結果であった。しかし、問題は()()()()()真っ正面から向かってくるかということであった。無論、シミュレーションの中には囮の作戦による場合も考えてはあった。だが、それならば己自身が直ぐさま気が付くという線から、確信から外れていたのだ。

 

完全に無防備となったリュウマのことを、魔力を絶って気配を消し、息を潜めて周りと同化することで存在自体を眩ませていたのだ。囮は跳んでいる最中に創造した、自分自身の肉体そのものとも言える完成度である影武者である。気が付くことが遅れたリュウマに、オリヴィエはもう既に目前。リュウマは急遽迎撃の為に、納刀してしまっていた天之熾慧國に手を伸ばして柄を握った。

 

 

 

──────迎撃をせねば…!……ッ!?拙いッ!眼が回復しきっていない…!!目眩ませはこの為か…!チッ…!オリヴィエの気配が察知出来ぬ…!肝心のオリヴィエは既に()の懐に居るはず…!だが…っ…間に合わな─────

 

 

 

「ここだァ───────────ッ!!!!」

 

「がはッ……!?」

 

 

 

オリヴィエが斬り付けるその瞬間。リュウマは迎撃に出るのでは間に合わないと瞬時に悟り、相殺から回避へと手を移した。しかしそれでも間に合わず、オリヴィエが揮った第一撃目である皓神琞笼紉は避けることが辛うじて出来たが、二撃目の黑神世斬黎の斬撃を避けきれなかった。避けられなかった黑神世斬黎が、リュウマの右脇腹を大きく斬り裂いた。

 

いくら女の身体になったからと言っても、肉体的防御力は翼人である以上、普通とは一線を画している。だが、知っての通り、黑神世斬黎は持ち前の能力を除くと、切れ味と強度に完全特化した専用武器。肉体的防御力が高いリュウマの肌を、抵抗も無しに斬り裂いたのだった。

 

 

 

「ぐッ……ゔっ…!深…く…斬られた…か…!アルファ、この出血量だと…どれ程保つ…?」

 

《内蔵には届いていないものの、深く斬り裂かれた為出血が止まりません。適切な処置を施せば再度、全力とは言えないものの戦闘続行は可能です。しかし、これまでの戦闘結果から適切な処置を施す時間を与えられる暇が無いと判断し、時間にして10分…激しい戦闘となると5分未満と推測致します》

 

「ならば…っ……先程飲んだエルザの血液から生命エネルギーを抽出し……くッ……()の自然治癒力に回せ…止血さえ出来ればそれで良い…っ」

 

《了解しました。自然治癒力を右脇腹を最優先事項として集中させます》

 

「うむ…っ……頼んだぞ…アルファ……がはッ!?」

 

 

 

アルファが脇腹に出来た深い裂傷の修復に取り掛かったと同時に、リュウマの身体に莫大な力が作用した。上から下へ。余りの重さに両手両膝を突いてしまう。手に付いた地面だけでなく、リュウマの周辺の地面までも、襲いかかる()()()()に負けて亀裂を作り、隕石が落ちた後の巨大なクレーターのように陥没させた。

 

計り知れない重さであった。腕を上げることが出来ないほどの超重力。そんな中で、どうにか顔を上げた先に居たのは、星霊を喚び出していたユキノと、手の平をこちらへ向けているカグラであった。そしてその背後にはウェンディが居り、ユキノとカグラに両手を向けていた。

 

 

 

「申し訳ありません…リュウマ様。しかし…どうかそこから動かないで下さいっ」

 

「重傷を負っている師匠には心苦しいですが…お許し下さい…!」

 

「ごめんなさい…リュウマさん…!」

 

「ゔ…ぐっ……!あ゙…ぁ゙……!!」

 

 

 

ウェンディが魔法で、ユキノの喚び出した天秤宮のライブラとカグラに、魔法の威力を向上させるサポートの魔法を施して魔法の出力を上げ、オリヴィエの強化を十全に受けた2人の重力魔法がリュウマに襲い掛かっていたのだ。そしてそんな重力は通常の重力の大凡1000倍にもなり、これは50㎏の人間の体重が50tにもなる超重力である。普通ならば自身の重さに耐えきれず、潰れて絶命するところではあるが、リュウマは辛うじて耐えていた。

 

女性時であるリュウマの体重は、歌の影響を加味して、何tもある男性時とは違って100㎏程度しか無い。普通の女性からしてみれば十分重たいのだが、内包する筋力と翼も含めるとその程度の重さになり、そうなれば単純計算で、今現在のリュウマの体重は大凡1000倍の100tあるということになる。普通では想像出来ないような負荷が掛かり、身動きすら取れないのだ。

 

そんな絶体絶命の中で負の連鎖は続き、超重力の所為で脇腹の塞ぎ始めていた傷口が大きく開いてしまい、傷口からごぽりと大量の血潮が溢れ落ち始めてしまった。一刻も早くここから脱しなければ、出血多量で動けなくなってしまう。焦る気持ちを抑えながら考えを巡らせていると、歌のメンバーをシェリアとエルザとミラに任せて、ルーシィとカナが前へと出て来たのだ。

 

 

 

「いくよルーシィ!!」

 

「うん!!」

 

 

 

「……ッ……ま……さ…か………!!」

 

 

 

「集え!!妖精に導かれし光の川よ!!照らせ!!邪なる牙を滅する為に──────」

 

「天を測り天を開きあまねく全ての星々…その輝きをもって我に姿を示せ…テトラビブロスよ…我は星々の支配者…アスペクトは完全なり…荒ぶる門を開放せよ──────」

 

 

 

「超……魔…法……の…完……全っ……詠…唱……ッ!!」

 

 

──────拙いッ!!今この瞬間受ければ、確実に()は致命的なダメージを受ける事になる…!それは…避けなければ…!だが…糞ッ!!身動きが…!取れぬ…!!!!

 

 

 

詠唱をカットすることで威力を下げる代わりに、即刻の使用を可能にすることが出来るが、ルーシィとカナは超魔法の完全詠唱を行い、オリヴィエの強化も載った完全なる超魔法を放とうとしているのだ。星々の一撃と邪を滅する聖なる光が、今のリュウマに直撃などすれば助からない。男性時ならば耐えきれたであろうが、重傷を負っている今では分が悪すぎた。

 

どうにかしなければと藻掻こうとするも、そこへ更に超重力が加算された。地面が尚のこと陥没する。意識すらも落とされそうになるこの力の正体は、ルーシィやカナ達の元へと戻ってきたオリヴィエの魔法の所為であった。身体中からみしりという骨が軋みあげて悲鳴を上げる。元から動けない時に、更に追い打ちを受けてしまったのだ。

 

アルファの、これ以上は生死に関わる危険域だという警報が出されるがしかし、今のリュウマには如何することも出来なかった。そうしている内に、ルーシィとカナの超魔法の準備が整ってしまったのだった。

 

 

 

「──────『妖精の輝き(フェアリーグリッター)』ッ!!!!」

 

「全天88星…光る──────『ウラノ・メトリア』ッ!!!!」

 

 

 

全天88星と、天から墜ちて囲う聖なる光の輪が収束してリュウマを囲い込み、辺り一帯を吹き飛ばしかねない程の大爆発を起こした。待機していた者達は、飛んでくる石礫から顔を護るために腕で守り、弾き飛ばされそうになる衝撃に耐えていた。魔法も魔力も無いままで、この魔法を自分が受ければ、先ず間違いなく死ぬだろうと確信させられる破壊力を見せた。

 

砂煙と爆煙が朦々と立ち上る視界の中で、二つの超魔法が完全に当たったことを確信させながら、頭の片隅ではこれで死んでしまっていたらどうしようという考えがあった。しかし……それは杞憂に変わる。

風に煽られて揺れるように立ち上る砂塵の中から、人型のシルエットが浮かび上がったのだ。見えた者は瞠目し驚愕する。アレを受けきったのかと。唯の人の身でありながらと。そして人型のシルエット…リュウマは砂塵の中から出て来たのだった。先程と然して変わらない姿で。

 

 

 

「はぁ…ッ…はぁ…ッ…!ふ、ふふ……危なかったぞ…?誠に死ぬところで…はぁ…ッ…あった」

 

「貴方……アレを…全て凌いだのか…?」

 

「ふふ─────()()()()()()()()()()()?………ごぼ…っ」

 

 

 

リュウマは決して少なくはない量の血を、ごぼりと口から吐き出した。全てを凌いだ訳ではない。そも、あの超魔法を全て凌ぐことは諦めていた。だからこそ、彼女(かれ)は可能な限りの衝撃を防ぐことに専念したのだ。

 

魔法が収束して爆発する瞬間に何があったのか。その全貌を明かすと、超魔法が大爆発を()()()()()()()()、身体を地面に縫い付けていた重力魔法に、ほんの少しでありながら一瞬の綻びが生じた。その瞬間を使って天之熾慧國を手に取り、周囲の膨大な魔力を一回転しながら斬り裂き、真空空間を生み出し、衝撃に備えたのだ。しかし、凌いだのは衝撃だけであり、飛び散る魔力の波動はリュウマの身体に直撃していた。

 

ばちゃりと大量の血潮を脇腹から流して足元を赤黒く染め上げながら、一歩…また一歩とゆっくり、しかし着実に迫ってくる。どれだけ強大な魔法や超魔法を放っても、囲うように攻め込んでも、その悉くを躱し、逸らし、打ち破って向かってくるのだ。逃げるという選択肢が元から無い。殺すか、殺されるか。その二択によって彼女(かれ)の戦いは構成されている。

 

 

 

「……ふぅ……私も()()()()()()()()()()

 

 

 

オリヴィエが覚悟を決めたように、そう呟いた。傍に居たバルガスとクレアがギョッとしたような表情をした後、本当にやるのかという意味を込めた視線を送り、それをオリヴィエは首を縦に振ることで肯定した。本来の奥の手ならば知っている。だが、それは本来オリヴィエだけの力のみで発揮した場合のものだ。今のオリヴィエはリュウマの力をものにしている。率直に言って、どれ程の規模で発動するのか解らないのだ。

 

しかし、もうやると決めた。リュウマはもう満身創痍となっている。油断している訳でも慢心している訳でも無い。これで最後だ。終わらせるのだ。この戦いに終止符を打つために、最後の手を打つのだ。

 

 

 

「いいか貴公等ッ!!私は最後の切り札を切る為にも時間が必要だッ!私も()()()()()()()()()()直ぐに破られるだろう!故に!!貴公等は決死の覚悟で時間を稼げッ!!」

 

 

「「「──────おうッ!!」」」

 

 

 

「ふふ…フフ……フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!ハーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!さぁ…()が征くぞォッ!!!!!決死の覚悟で臨むが良いッ!!」

 

 

 

「私は神を(けな)し…否定し…愚弄し…(もてあそ)び…(はずかし)め…殺す者。立ち上がれ…私によって(くだ)され、死せし傀儡(神々)共よ。我が手となり脚となり…私に仇なす存在を滅せよ」

 

 

 

オリヴィエがリュウマの く ろ の せ か い を展開した時のように皓神琞笼紉を水平に構えて浮遊させ、皓神琞笼紉が純白の光を閃光のように発した。辺りが光に呑まれ、視界を塗り潰した。そして数瞬後に光は朧気に消えていき、視界を確保出来るようになった。ナツやエルザ達は何が起きたのか解らないというような顔をしている。しかし、対峙しているリュウマは…まるで遙か高き山頂を眺めるが如く、首を上に向けて()()()見ていた。その縦長に切れた黄金の瞳を…見開かせながら。

 

何を見ているのかと、ナツ達は後ろへ顔を向けて振り向いた。そして見た。その巨大な巨漢を。其処いらの山よりも大きく、壮大で、尊ぶべき存在…神である。それも一体だけではない。横に後ろに、列を為すように現れた神は全てで25体。圧巻…なんて言葉では表せない。圧倒的な存在が其処には居たのだ。

 

 

 

「ふ、フハハッ!フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!そうか…!そういうことだったのかッ!オリヴィエ!貴様の神殺しの力は…それすらも可能とするのかッ!!素晴らしいッ!実に素晴らしいッ!!誠に見事であるッ!!」

 

 

 

「何……だ…?ありゃぁ……?」

 

「あたし達が見たヤクマ十八闘神よりも大きい…!」

 

「貴公等が見たヤクマ十八闘神は偽物であり、そんな偽物と比べるまでも無い力をこの傀儡(神々)共は持っているぞ」

 

「え、偽物…?」

 

「然り。私は()()()()()()()()()()()()()()()()()。神の力が完全に無効化される故に、私が神に敗する道理は存在しない。私こそが最強の神殺しなのだ。そして、私が殺した神はストックされてゆき、任意の時に召喚出来る」

 

「おまっ…こんなのオレ達ですら聞いた事ねぇぞ!?」

 

「……知らなかった」

 

「リュウマにもお前達にも訊かれなかったからな」

 

「そういう問題か!?」

 

『いやぁ…私もこんな光景初めて見たな…』

 

『これが神なのね。案外弱そうね』

 

『神に対してそう言えるのはお前かリュウマ、その盟友達位だぞ…?』

 

 

 

オリヴィエの、神殺しの真の能力とは、殺した神をストックすることで召喚可能な傀儡とし、操り、命令することが出来る。尚、この命令は絶対であり、既に殺されている事から、オリヴィエに対して叛逆することは有り得ない。そして、それだけでは無く、ストックした神の力を己自身に纏わせる事により、文字通りその神が持つ力…権能を全て扱うことが出来る。

 

但し、制約として、召喚した神を手元に戻すことは出来ても、召喚してから何者かにその神を殺されてしまった場合、殺された神は消滅して手元から消える。自身に纏わせる事も然りで、一度神の力を纏ってしまうと、その一度限りで、解いた瞬間に消滅する。だが、一度限りと言えども絶大な力であり、神が使う権能とは、人が何かしらで『このような理屈でこういう事が出来る』というものを、『唯、そうする権利があるからそうするだけ』という力である。

つまり、クレアが大陸の表面を削るような大災害のハリケーンを魔法で創るとすると、その規模や持続時間、力の向きや力のベクトル等を定めなければならない。しかし権能となると、そういうハリケーンを無条件で創り出す事が出来るのだ。

 

オリヴィエは、400年前にヤクマ十八闘神の十八柱を全てその手で殺し、その他地上に顕現した神の七柱を殺して傀儡とした。今はその神達をリュウマにのみ嗾けさせているのである。無論のこと、たかだかこの程度の神で倒せるとは思っていない。だからこそ、この傀儡という名の神々を時間稼ぎのみに使ったのだった。

 

 

 

「フハハッ!!来いッ!!神の力を()に魅せよッ!!()はその悉くを下し──────殲滅してやろうッ!!」

 

 

 

25居る神々が、その巨体を動かしてリュウマの元へと殺到していった。高さは目測200メートル。見上げても顔すら確認するのは難しい程の背丈を持つ神が、たった1人の人間を殺そうと一様に動いていたのだ。

最初に動いたのは、ヤクマ十八闘神とは違う神であった。リュウマに向けて手を翳すと、早速と言わんばかりに権能を行使し、空から月のように巨大な隕石を墜とした。軽く人類滅亡の危機なのでは?と、思えるほどの規模の隕石が墜ち、ナツ達は顔を蒼白とさせた。

 

対するリュウマは美しい顔に浮かべるべきでは無い、とても獰猛な表情を浮かべると、天之熾慧國を巨大隕石に向かって全力で揮った。そして隕石は、一本の亀裂が入ると二つに一刀両断され、そこから亀裂が二本三本へと増えていき、何時しか隕石が目に見えない程の砂塵へと斬り刻まれ、大気圏突入と同時に空で燃え尽きたのだ。

 

隕石をあっという間に完全に消滅させたリュウマの元へ、三体の神で集まり、手にする武器を振り上げた後、リュウマ目掛けて一直線に振り下ろした。体調200メートルを誇る巨大が持つ武器は想像を絶し、大地に叩き付ければ割ることすら容易いようにすら感じさせる。だがリュウマは振り下ろされた神の武器に、下から掬い上げるように武器へと天之熾慧國の刃を叩き付け、そこから峰に向けて上段蹴りを放って追撃した。するとどうだろうか、三体の神の武器が腕ごと上へと弾かれ、後ろへと体勢を崩した。

 

膝を折って屈み込み、一度の跳躍で200メートル地点まで跳び上がった。巨漢である神々と同じ目線になったリュウマは、天之熾慧國を円を描いて一閃し、三体の神々の首を全くの同時に斬り落とした。

一なる魔法()によって飛ぶことすら出来ないリュウマは、翼が有りながら地上へ向かって自由落下を開始する。しかし、そこで首を斬り落とされて消滅する筈の神の身体から、大剣が突き破ってリュウマへと迫る。

 

消滅する前の神の身体を利用して死角を作り、宙に居て回避すら出来ないリュウマを狙ったのだ。大剣の刃を横断するだけで多大な時間を取られるだろう、それ程の大きさである大剣が、リュウマが居たところを通過した。一撃で消し飛んだと思われたその時、大剣からばきりという音が軋み鳴る。目を凝らして見てみれば、大剣の側面に天之熾慧國を突き刺して乗っていたのだ。

 

顔を上げたリュウマの瞳が、黄金に輝いて妖しい光を放つ。大剣を持った神は武器を無理矢理振ってリュウマを振り落とし、リュウマは宙へと投げ出されながら天之熾慧國を上から下へと振り下ろして巨大な斬撃を放った。防ごうと思ったのだろう、神は大剣を楯代わりに構えた。しかし、斬撃はだからどうしたと言わんばかりに、楯代わりに構えていた大剣ごと、神を真っ二つに斬り裂いたのだ。

 

 

 

「はぁ…流石と言う他無いな…。魔力も無しに神を、それも瞬く間に4柱も殺してしまった。傀儡であるとはいえ…力は以前のままなのだが……まぁいい。所詮は時間稼ぎの傀儡なのだ。……ふぅ……──────解禁…及び解号──────」

 

 

 

ヤクマ十八闘神の内の1柱が莫大な魔力を迸らせ、上空に真っ黒な積乱雲を発生させると、大気を震わせる大災害とも言える特大の稲妻を、地上へ降り立ったリュウマへ向けて墜とした。稲妻の速度は秒速150km。音の速度が秒速約340メートルなので、実質音よりも速い。雷鳴が鳴り響き、稲妻が墜ちた場所は真っ黒に焼け焦げて煙を上げていた。そしてそこには、リュウマの姿は無かった。

 

細胞一つ残さず消し飛んだか。一瞬とは言えその考えが浮かんだナツ達は震えるが、その考えは轟音と共に消えた。何の音だと思って見えたのは、稲妻を墜とした神が、空き缶を上から踏んで潰したように押し潰されて無惨な姿を曝していた。そして、そんな潰された神の頭があった位置に、リュウマは居た。天之熾慧國を持つ右手とは別の左腕を振り下ろしたような体勢を取っていたのだ。

 

稲妻が直撃する瞬間。忽然と姿を消すような速度で走り抜けたリュウマは、稲妻を墜とした神の身体を伝って頭頂に辿り着き、殴打した瞬間に発生する衝撃を対象の物体に数百倍に伝える秘技(わざ)を使い、見た目に反する超常的力の作用で神を殴打一つで潰したのだ。

 

又もや宙へと身体を投げ出しているリュウマであり、そこを4柱のヤクマ十八闘神が横一列に並び、手をリュウマへ翳して莫大な魔力で形成された魔法陣を創り出した。そして接ぎの瞬間に放たれる魔力の奔流。4つの光線状の魔力の波動が、リュウマに届く前に一つに重なり合い、超極太の光線となってリュウマの姿を完全に呑み込んだ。

 

既に何体もの神が殺されていることか、魔力の光線を放つ4柱のヤクマ十八闘神は、光線を止めること無く照射し続ける。しかし、次第に異変に気が付く。放たれている光線がリュウマが居た場所から二手に別れているのだ。どうなっている。そう疑問が浮かんだ瞬間、超極太の光線が斬撃によって二つに断たれた。呑み込まれた筈のリュウマは健在で有り、そのまま自由落下をして脚を地面に付けた途端姿を眩ました。

 

何処へ行ったと頭を振って探している4柱のヤクマ十八闘神の内、左端に居た神がリュウマの事を発見した。しかしその時には既に、天之熾慧國を水平に構えて腕を引いていた。咄嗟の判断だったのだろう。リュウマに向かって手を伸ばして捕まえようとしたところで、リュウマは天之熾慧國を神に向かって突いたのだ。

訪れる一点集中の衝撃波。それは横一列に並んでいたヤクマ十八闘神の4柱の胴体に、等しく巨大な大穴を穿ったのだった。リュウマを捕まえようと伸ばした手の平ごと、抵抗も無く当然のように貫いた。

 

神でありながら人間の傀儡となりながらも困惑する。瞬く間に4柱の神を殺した()()人間の存在に。そして見失うのだ、その人間の姿を。拙いと思ったのだろう。そして直感したのだろう。ヤクマ十八闘神の1柱が全身を覆い尽くす灼熱を身に纏った。これならば仕掛けられまい。摂氏一万度にも及ぶ灼熱の中、手を出せなかろう人間にそんな思いを抱いた。それが最後の思いだとも知らず。そして、そんな自身の身体が既に、縦から一刀両断されているとも知らずに。

 

触れられないならば触れなければ良い。摂氏一万度の壁すらも透過した斬撃を放ったリュウマは、その場から消えて違うヤクマ十八闘神の頭上に現れ、その場で跳んで真下へ向かって天之熾慧國を突き出した。それによって下に居たヤクマ十八闘神は頭頂から股まで、衝撃波で串刺しにした。神を串刺しにした衝撃波は止まらず、大地にすら突き刺さり砂塵を巻き上げる。

 

視界が悪くなる。お陰でリュウマの姿を完全に見失う。全長200メートルもある神をも覆い隠す砂塵の中で、銀の輝く光りの線が何度も繰り返し発せられる。次第に風が砂塵を彼方へと掃き飛ばした。砂塵が消えた事で姿を現したヤクマ十八闘神の八柱がその動きを止めており、次の瞬間には八柱の身体に軌跡を描き込まれていく。神は描かれた軌跡に従うように、その強靱な五体をサイコロのように分割されたのだ。

 

 

 

(すべ)てを(つつ)()()(かえ)せ──『皓神琞笼紉(しろかみせいろうじん)

 

 

(すべ)てを()()()(つぶ)せ──『黑神世斬黎(くろかみよぎり)

 

 

 

残り少なくなってしまった神々は、なりふり構わずと言った具合でリュウマの元へと向かって駆け出していった。巨体に相応しい質量の所為もあって、一歩踏み出す度に自身のように大地を揺らす。地響きが発生する地上で、リュウマは腰を落として駆け出す予備動作を終えると、その姿を途端に消してしまう。次に現れたのはヤクマ十八闘神とは違う神の足元だった。

 

目的の位置に辿り着いた途端に跳び上がり、神の膝を横合いから蹴りを入れた。ぼきりという耳障りの音が鳴り響き、神の右脚が出鱈目な方向へと曲がり折れていた。痛みと共に体勢を大きく崩し倒れていく。どうにか堪えようとして手を彷徨わせたところ、隣に居たヤクマ十八闘神の1柱を掴んでしまい、捲き込むように倒れてしまった。土煙を上げながら、その中をリュウマは駆け抜けており、倒れたヤクマ十八闘神の首目掛けて天之熾慧國を抜刀した。

 

豆腐を斬るようにヤクマ十八闘神の首を斬り落とし、膝を蹴り折られた神には、二体の神が転倒したことで隆起した円柱状の岩の根元を斬り飛ばし、脚を地面に叩き付けた。するとその踏み込みの衝撃で円柱状の岩が宙を舞い、その岩をリュウマは蹴り込んで神へと弾き飛ばした。岩の尖った尖端が神の右眼へと直撃して怯ませた。眼を押さえて叫んでいる神の身体を駆け上り、リュウマは眼を押さえている両の腕諸共、神の首を斬り飛ばした。

 

地面が大きく震動した。何事かと思えば、巨大なハンマーを持っているヤクマ十八闘神の最後の二柱が、左右から地表を削りながらリュウマ目掛けて揮っていたのだ。十中八九大地ごとリュウマを挟み込んで押し潰すつもりだった。そしてその時は直ぐに来てしまい、リュウマが動いていないのにも関わらず、二つのハンマーはリュウマを挟んで叩き込まれたのだ。衝撃で地面に大きな亀裂を生み出し、空に浮かんでいる積乱雲を弾き飛ばして快晴な空を作った。

 

完全に潰した。確かな手応えを感じたヤクマ十八闘神。しかし、ハンマーの断面はぶつかり合ってなどいなかったのだ。ハンマーとハンマーの間に1メートル数センチ程の小さな隙間が出来ていた。そこに居たのは…リュウマであった。特に何もせず、唯佇んでいるだけだ。ならばどのような手を使って凌いだというのか。それは、天之熾慧國が原因だったのだ。ハンマーとハンマーの間に、つっかえ棒のような役目を果たして耐えていたのだ。

 

巨大な五体を持つヤクマ十八闘神、そんな二体が一点に向かって全力で武器を揮ったのだ。力の大きさは計り知れないだろう。しかし、それすらも天之熾慧國は耐えきってしまった。ぎちりという音を立てている天之熾慧國だったが、ぱきりという音が響いた。流石に全ては耐えきれなかったかと思ったその時、()()()()()()()()()()()広がっていった。次第に範囲は広げていき、ヤクマ十八闘神の二柱が持っていたハンマーが全壊したのだ。

 

瞠目して驚愕する1柱の元へと、天之熾慧國を手に持ったリュウマは駆け抜け、何度もやっているように身体を伝って登っていく。しかし、登っていく過程で、ヤクマ十八闘神の身体に天之熾慧國の刃を付けて斬り裂きながら駆け上っているのだ。そして頭頂まで登り切った時、刃を付けていたところから線が入り、そのヤクマ十八闘神はその身体を斬り落とされていたのだ。

 

恐るべき切れ味を見せ付けたリュウマは、斬られて消えようとしている足元の神を踏み台に、ハンマーを持っていたもう一体のヤクマ十八闘神の元へと跳んだ。瞬間移動にも見える速度で、神の顔の目前まで躍り出ていた。天之熾慧國を持っていない左手を強く握り込み、引き絞って突き出す。神の顔の横面を殴る。唯それだけでヤクマ十八闘神の頭を跡形も無く消し飛ばした。

 

残りはたったの神二柱だけとなった。既にヤクマ十八闘神は全て殺されており、この時点でこの世界に伝えられるヤクマ十八闘神は完全消滅を果たしてしまっていた。さて、後は如何するかと顎を擦って考えていたリュウマの周囲をぶ厚い風の結界が包み込んだ。手で触れてみるとばちりと弾かれてしまい、相当に強力なものだと解る。そして次には、風に囲まれたリュウマを中心に、何処からとも無く現れた大津波が襲い掛かった。権能によって創り出された風の結界と大津波がリュウマを呑み込んでしまったのだ。

 

風が健在を示すように、押し寄せた莫大な水が渦を巻いている。窒息死をしてしまうか、風の結界によって体中を引き裂かれてしまう。そんな状況下で、渦を巻いてい渦潮の中央が爆発するように弾けたのだ。水飛沫が雨のように降り注ぎ、快晴の空に虹が架かった。水が弾き飛ばされた後、そこに居たのは当然リュウマであり、彼女(かれ)の髪も服も水に濡れ、服が肌に張り付いて完璧なプロポーションを曝して妖艶な姿を見せるも、傷を負った様子はない。言うなれば、オリヴィエに斬られた脇腹の傷のみである。

 

どうやって権能を破壊したのか解らないまま、残った二柱は無意識の内に後退っていた。髪が濡れて前にも垂れ下がっている所為で顔が窺えないが、その暗闇の奥に黄金に輝くものが二つ見えたのだ。

リュウマは水を滴らせる天之熾慧國を一閃。刀身に流れる水が神速の一閃によって滑り放たれ、水の斬撃が発生する。斬撃は残る二柱の事を忽ち真っ二つに斬り裂いたのだった。この時を以て、嗾けた25の神は全滅し、文字通り殲滅されてしまったのだった。

 

 

 

「──────『天輪・五芒星の剣(ペンタグラムソード)』ッ!!」

 

「──────限界突破(アンリミテッド)・『一斉乱舞』ッ!!」

 

「──────『雷炎竜の咆哮』ッ!!」

 

「──────『破邪顕正・絶天(ぜつてん)ッ!!』」

 

「──────『ホーリーノヴァ』ッ!!」

 

「──────『影竜の連雀閃(れんじゃくせん)』ッ!!」

 

「──────『ヤグド・リゴォラ』ッ!!」

 

「──────『ソウルイクスティンクターッ!!』」

 

 

 

「──────模倣…至高天・『鰯暮(いわしぐれ)』」

 

 

 

神を殲滅し終わったリュウマを待っていたのは、オリヴィエの前に立って時間稼ぎに買って出た者達であった。間髪入れずに襲い掛かる統一性の無い魔法の嵐。リュウマは冷静に天之熾慧國を抜き放ち、マリアの使っていた剣術を模倣して見せた。ぶつかり合う魔法と衝撃。だが、マリアの剣術は対多数を想定されて編み出された業である。つまり、それを扱うのがリュウマである以上、魔法であろうと意味は為さない。

 

数多くの魔法が重なり合って所狭しと迫っているところに、初撃同時九連撃から始まる五十と二の太刀が放たれる。魔法はリュウマの放った剣圧に負けて四方八方へと飛び散るように霧散し、ナツ達は霧散した魔法によってリュウマの姿を捉えた。しかし、直ぐにその姿は消える。来る。そう思った時、グレイの前には既にリュウマが居たのだ。

 

どこんという音と共に腹部へ奔る衝撃と痛み。鳩尾を抉り込むような角度で打ち込まれた拳に、腹部を押さえて蹲った。ハッとした時には遅く、歴戦の魔導士よりも遙かに優れた反射神経で反応したエルザには、左脇腹から肺がある位置へと、柄頭を使った打撃を打ち込んだ。砕け散る天輪の鎧。それでも余りある衝撃が体内を浸透して肺に打撃を与え、暫しの呼吸困難を起こした。

 

一気に実力者が倒された事により動揺が駆け抜ける。あっと思った時には、ローグの前に現れて殴打を腹に打ち込み、傍に居たスティングの横面に回し蹴りを放った。呼吸困難と、脳を揺さ振られたことで蹲り、その間にリュウマはミネルバの背後へと回っていた。気配で察知したミネルバは、無意識の内に最善の手を打ち、遠くにある石とリュウマの位置を交換したのだ。しかし可笑しい。確かに場所を交換して入れ替えた筈だ。その証拠に、その入れ替えた石は後ろで落ちた音が聞こえた。ならば何故、リュウマがミネルバの目と鼻の先に居るのか。

 

訳も分かっていない状態で胸部に掌底を打ち込まれ、強制的に肺の空気を吐き出させられた。リュウマは止まらない。弟弟子であるグレイを心配していたリオンもリュウマによって手痛い殴打を受けて蹲ってしまい、聖十大魔道であるジュラも、岩鉄を使って身を固めようとしたところ、その岩鉄ごと殴打を打ち込まれて破壊され、膝を付いてしまう。

 

ジェラールとウルティアとメルディの内、メルディが最初に狙われてしまい、それを助けようとしたウルティア諸共掌底を受けて倒れ、ジェラールは自信の中で最速である流星(ミーティア)を発動して一歩踏み出したところで、目前に迫っていたリュウマに殴打を受けた。残りの者はリュウマの弱体化の為に歌を歌っており動けない。

 

次と言わんばかりにバルガスとクレア、そしてオリヴィエの元へとゆらりと足を進めたリュウマは、その足を止めて立ち尽くした。バルガスとクレアは左右に別れ、オリヴィエを差し出すような行動に出たからだ。どういう事だと訝しげな表情を見せたリュウマだが、件のオリヴィエと言えば、彼女はリュウマに微笑みを浮かべていた。

 

 

 

「私の皓神琞笼紉に、貴方の黑神世斬黎の封印を解き…更なる力を得た私に躊躇いも無く向かってくるのは、貴方位だ」

 

「無論。でなければこの戦いは終わらぬ」

 

「ふふ。だろうな。しかし、ここで言っておかねばならない事がある」

 

「……何だ?」

 

 

 

「──────準備は整った」

 

 

 

オリヴィエの身体から純白と純黒、その相反する魔力の波動が噴き出ていく。地響きが鳴り響いて大気が振動し、生物が恐怖に縮み上がる。大地震が起きたような震動に体勢を崩したリュウマは蹌踉めき、後ろへと数歩後退る。その間に、オリヴィエは長い時間を掛けて準備をしていた魔法を発動させたのだった。

 

本来はオリヴィエの力のみで発動するところを、リュウマの黑神世斬黎のバックアップも受けていることで、発動範囲は途方も無い事になっていた。つまり、リュウマにこの魔法を防ぐ術は皆無であった。

 

 

 

 

 

 

 

「世に生まれ魅了する華の噺を私が紡ぎ訊かせて魅せよう──────『神秘揮う殲麗な楽園(ミュステリウム・ガーデン)』」

 

 

 

 

 

 

 

 

「───ッ!!これは……」

 

 

 

オリヴィエが魔法を発動させた瞬間…オリヴィエの足元から始まり、辺り一面の全てが美しい花々によって埋め尽くされていった。見渡す限りの地平線の彼方まで、遠い遠いところまでの全てに花が咲き誇る。快晴の空と相まって、幻想的な光景を映し出す。花は色それぞれが揃い、赤から青に至り黄色、オレンジ色や紫色等、色とりどりの花によって地表は出来上がった。それはまさしくも、楽園というに相応しきものだろう。

 

何処まで続いているのか。その答は“何処までも”という言葉が当て嵌まるだろう。この花々は、地球上の大陸全てで咲いているのだから。リュウマ達が戦っている事を知らない、遙か遠い地では今頃、突然足元に隙間無く咲いた花に関して驚愕していることだろう。

 

リュウマは解らないという表情をしたまま、斬り込みに行くわけでも無く、その場に佇んでいた。リュウマはこの魔法を見たことが無かった。バルガスとクレアは、運動としてオリヴィエと一戦を交えていた時に発動され、その凶悪性を知っている。しかし、リュウマはその時、国の政務で忙しく、その目にすることが無かったのだ。故に彼女(かれ)は、唯花を咲かせるだけなのかと思っていたのだ。

 

そして、そんなリュウマの身体に異変が訪れる。左手が痙攣し始めたのだ。それに気が付いた時には既に遅く、今度は重度の腹痛。頭を揺さ振られているかのような強烈な目眩。腸が煮えくりかえっているかのような漠然とした吐き気。それらがリュウマに襲い掛かってきたのだ。思わず膝を付いて口を手で押さえ、吐き気に堪えようとしていたところで、手元に生えている、見るからに美しい紅色の花弁を持つ花を見た。そして気が付く。

 

 

 

「────ッ!!これ…は…!“ヘランドリカ”…!」

 

「おぉ…ふふ。知っていたんだな。さて、教えよう。この『神秘揮う殲麗な楽園(ミュステリウム・ガーデン)』とは、私が見たり触れたりした記憶にある植物を、私の魔力を媒介に無限に生育する魔法だ。本来ならば大陸二つ覆うのが限界だったが、貴方の力によって、今では世界中で花が咲いていることだろう。そしてこの花達にはある特性が一つ組み込まれている。それは生い茂る花々は、太陽光や大気中に含まれるエーテルナノを吸収して魔力を生成し、私に送り込んで還元させるというものだ」

 

 

 

生み出したい花の全てはオリヴィエに決定権があり、場所に限らず種類、範囲までも決める事が出来る。元々オリヴィエは花が好きであり、400年前の自分の国に聳え立つ城の、中庭には自分が育てた花園が有ったほどだ。そんな花好きであり、自然に恵みを与えて我が物とする事が出来る彼女(純白)だからこそ行える魔法であるのだ。

 

今はリュウマの周辺にのみ、毒性が強い花だけを生やしているのだ。それ故に、リュウマ以外の者達の足元には、傷を回復させる滋養強壮にも良い花々が生い茂っている。一度発動さえしてしまえば、花が光合成の如く魔力を生成し続けて還元させていく。だが、この『神秘揮う殲麗な楽園(ミュステリウム・ガーデン)』は発動させるためにも、オリヴィエを以てしても莫大という他ない魔力を消費すると共に、発動するまでの時間が掛かってしまうのだ。

 

自然の全てはオリヴィエの元に集い、オリヴィエの味方である。純白という尊い魔力を持っているからこその芸当であり、純黒であれば草花を成長させることは出来ても、一つ一つの花に役割を与えたりする事は到底出来ない。やろうと思えば出来るかも知れないが、それは精々触れたら爆発を起こす等といった、攻撃的なものでしか無い。

 

 

 

「き、傷が治ってく…」

 

「あれっ?何か、力が漲ってくる!!」

 

「体調も良くなったぞ!」

 

「この花たち一つ一つから…ものすごい魔力を感じる」

 

 

 

「……っ……ごぼ……」

 

 

 

「ふふ。言っておくが、花を刈り尽くそうと考えない方が良い。花はその命を散らした途端に、次へと継承するために胞子状の種を撒き散らす。一つ散らすだけで相当な数の花へと生まれ変わる。それに…この花達は世界中に咲いているんだ。最早貴方に避ける術は無い。そして、貴方の周辺には、古傷を開く第二級危険指定生物である花も咲かせてある。つまり…だ。貴方にはもう後が無い」

 

「ゔぶッ……ごほ…っ……」

 

 

 

口から血潮を吐き出し、それ以上に脇腹からの出血も相当なものとなっている。無視するように、オリヴィエの召喚した神々と戦っていたが、その途中でも、脇腹からの出血は常に続き、服を赤黒く染め上げていたのだ。

 

実のところ、リュウマの目は既に出血多量によって霞始めており、手先や足先すらも痺れを起こしてきている。頭は思考そのものを鈍らせてきており、悪く言えば死に体であったのだ。

 

花が咲き誇る平原で、リュウマとオリヴィエは対峙し、武器をその手に掛ける。語るに及ばず。此にて雌雄を決しようというのだ。

 

 

 

「──────征くぞ」

 

 

「──────来いッ!!」

 

 

 

オリヴィエの『神秘揮う殲麗な楽園(ミュステリウム・ガーデン)』によって回復された者達は、オリヴィエとリュウマによる一騎打ちの最後の戦いを見守った。その中にはアルヴァとマリアもおり、アルヴァは拳を強く握り締め、マリアは祈るように両手を合わせて見守っている。バルガスとクレアも、盟友達の戦いの行く末を、傍観者として見守っていた。

 

本当に最後の瞬間…世界最強の男と世界最強の女の、全身全霊を以ての戦いであった。過去にも未来にも、これ以上に価値ある戦いは無いだろう戦いが、火蓋を切って落とされた。

 

 

 

「─────────ッ!!!!」

 

 

「─────────ッ!!!!」

 

 

 

高鳴り合う両者の心の臓腑の音が重なり合った瞬間……両者は忽然と姿を消し、両者が居た中間地点で鍔迫り合いを起こしていた。

 

両者の顔は険しく、全力で出している為か、武器を持つ腕が痙攣のように震える。ここで両者の頭の中では、次に、相手がどう打って出るのかという考えに満たされ、己自身と相手の偽像が四方八方に散らばり斬り合っていた。目に見えるものでは無いため、第三者は見ることが出来ないが、何と両者が思い浮かべる偽像は両者共に同じものであったのだ。

 

相手を知っているからこそ起きる奇蹟のような読み合い。繰り返すことに数千回。これだと思った読みに賭けて、両者が全くの同時に動き出した。

 

リュウマが右膝でオリヴィエの鳩尾を狙ったのと同時に、オリヴィエも右膝でリュウマの鳩尾を狙っていた。衝突しあった膝の威力に衝撃が発生し、固まった空気の壁が邪魔な砂利を吹き飛ばした。互いの威力に脚を痺れさせながら、次は刀と双剣による目に見えない攻防が始まった。

 

リュウマの攻撃どころか、動きすらも見えなかったというのに、オリヴィエは今…極限の集中状態で無意識という意識の端に捉えるリュウマの動きに付いていっていた。黑神世斬黎のバックアップのお陰かも知れない。若しかしたら、黑神世斬黎が居なければ今でも見ることが出来なかったであろう超速戦闘に入るリュウマの姿。成る程、こんな世界で動いていたのかと、オリヴィエは直感する。周りが余りに遅い。止まっているようにしか見えない世界で、2人だけが動いているかのようだった。

 

双剣である以上手数では圧倒的にオリヴィエが有利。しかし、リュウマは女の姿と為ろうと、一刀の元に斬り伏せんばかりの剛の太刀は変わらない。それでいて切れ味という面で分かりきっているからなのか、天之熾慧國の刃と黑神世斬黎の刃を合わせようとはしない。鍔迫り合いも皓神琞笼紉の刃とぶつけ合っていた。リュウマは解っている。どれだけ頑丈な天之熾慧國であろうと、黑神世斬黎の切れ味には到底及ばないと。

 

黑神世斬黎の刃には当てず、腹の部分にのみ刃を合わせて弾き返し、逸らし、防ぐ。そんな神経を使う動きを取っていても、オリヴィエはリュウマの防御の壁から向こうへ辿り着けないでいる。力量が違いすぎる。双剣故に型の無い動きを主としているオリヴィエだが、リュウマのそれは多岐に渡る。それこそ膨大とは言い表せない程の。一度異世界の剣術を呼び寄せて使えば、模倣能力で完全に己の物とし、更に改良を加えてしまう恐ろしい災能の持ち主故に、対応出来ない型が無い。

 

それも、この戦いに於いては、リュウマは確かに『神秘揮う殲麗な楽園(ミュステリウム・ガーデン)』によって咲いた、毒性の強い花の影響下にあるというのにこの動きである。舌を巻かずに居られる訳が無い。だが、それはリュウマとて同じ。対応出来ない型が無いというのに、そんなリュウマがオリヴィエに攻め込めていないのは、対応出来ない型が無いリュウマの力をも越える不規則な型の無い動きに詰まっているからである。

 

型を見破り対応する型と、型で見破られないように型という概念が無い自由奔放な型。不規則な動きには付いていってその場で対応するのがやっとということ。そうなれば、これは永遠の鼬ごっことなってしまう。しかし、その攻防は…案外脆く崩れ去った。

 

ずきりと脇腹の深い裂傷が疼き、リュウマは気の抜けない攻防の中で苦しげな表情をするほどの痛みに襲われた。傷が出来て治そうとしては重力魔法によって開き、神との激しい戦闘によって血を流して続けながら戦闘をし、更には傷の治りを遅緩させる毒と、傷口の痛みを倍増させる毒に身体を犯されていたのだ。

 

ほんの一瞬。ゼロコンマ1秒にすら満たない刹那の時間。しかし、出てしまった隙を見逃すオリヴィエではなかった。痛みによって緩んだ刹那の防御を変え潜り、交わした攻防の中でも一番とも言える、武器の弾きをリュウマに与えた。天之熾慧國を両手で持っていたことから、武器を弾かれた事によって身体が少しだけ逸れてしまった。そして露見してしまう、空いた胴への道筋。

 

オリヴィエは渾身の力と魔力を籠めて、リュウマの右側の胴体、つまりはオリヴィエによって付けられた深い裂傷に向けて、左手に掴んでいた黑神世斬黎を手放して拳を向けた。黑神世斬黎で攻撃すれば尚のことダメージを与えられたかと思えるが、黑神世斬黎の重さと空気抵抗によって拳よりも遅く到達し、若しかしたら辛うじて防がれてしまう可能性が有るかもという配慮だった。

 

固く握り込んだ拳が、大量の血潮を流す脇腹の傷に抉り込むように叩き付けられた。ばきゃりという耳障りな音が響き、血潮が脇腹から噴き出し、口からも溢れ出た。だが、リュウマとてやられて終わりな訳が無い。肉を斬らせて骨を断つ。脇腹の痛みを無視し、両手で持つ天之熾慧國を弾かれた所からオリヴィエに向けて振り下ろした。

 

訪れているであろう激痛の中で、刀を揮うのかと驚きながら、右手に持つ皓神琞笼紉で受け止めた。だが、リュウマは剛の太刀。双剣によって受け止められた剛の太刀を片手で受け止められる訳が無い。天之熾慧國の刃が右肩に埋まり込み、そこから短く息を吸って力み、最後まで振り下ろした。それによってオリヴィエの身体には斜めからの大きな裂傷が入り、両者は互いに一歩二歩と後退りながら大きく息を吐く。リュウマの傷は悪化したというのに、オリヴィエの傷は不老不死の力によって瞬く間に消えた。

 

リュウマは肉体的に限界であった。傷が深すぎて血を流し過ぎたのだ。最早倒れるのも時間の問題だった。だからこそ…最後の一手に出たのだ。そしてそれは、オリヴィエにも伝わり、オリヴィエも最後の一手の為に予備動作へと入った。リュウマ抜き身となった天之熾慧國を鞘へと納刀し、右の半身を前に出すように半身となり、腰を落として左手は天之熾慧國の鞘を掴んでいた鯉口を切り、右手で柄を軽く握る。

 

オリヴィエは右手の皓神琞笼紉と左手に呼び寄せた黑神世斬黎を背後へと持っていき、身体は前に倒すように低姿勢を取る。背後に持っていった二振りの刃をクロスさせるように持ち、右脚を前に出して踏み込んだ。不穏な風が両者の間を吹き抜ける。これが最後の一刀だ。仮に凌げたとしても、動く力が残されているか解らない。いや、十中八九限界だろう。故にこそ最強最高の一刀を繰り出そう。

 

固まったままの両者が動くその時を、固唾を飲んで見守る。ごくりと喉を鳴らし、これからどうなってしまうのか、どういう展開になるのか想像も付かなかった。だが、これだけは言える。自分達の全ては今…オリヴィエの最後の一振りに全て賭けると。

 

 

 

 

 

そして──────時は満ちた。

 

 

 

 

 

「──────参冠禁忌が一つ」

 

 

「──────オォオオオオッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

駆け出したのは……全くの同時。

 

 

 

 

速度も……両者全くの互角。

 

 

 

 

リュウマは三つある最後の参冠禁忌の一つを…。オリヴィエは白と黒が揃ってこその業を。

 

 

 

 

「絶剣技()()……──────」

 

 

 

だが、リュウマは最後の参冠禁忌を口にすることも…天之熾慧國を抜刀することも出来なかった。彼は眼を向けた先…オリヴィエの姿を見て…魅入ってしまった。純黒が純白に魅入ってしまったのだ。

 

美しかった。唯々真っ直ぐに、一直線に、迷い無く、躊躇い無く…己が内に秘めた想いを全て曝け出し、純真にぶつけてくるオリヴィエのその姿が……余りにも美しかった。

 

 

 

 

「私はァ…──────()けないッ!!」

 

 

 

 

両手に持つ相反する二つの最強、純白と純黒を…全力で揮った。

 

 

 

 

 

「──────『黒き白を、黒き貴方に(ニィゲン・ラァモル・サンケファル)』」

 

 

 

 

 

オリヴィエ渾身の二撃が、リュウマの持つ天之熾慧國を手から弾き飛ばし、飛んで行った天之熾慧國は回転しながら放物線を描き、大地に突き刺さった。そしてそこから続く追い打ちの二撃がリュウマの身体をX字に深く斬り裂いた。

 

X字に刻まれた深い裂傷から噴水のように血潮を噴き出し、ごぽりと口からも吐血した。眼が虚ろとなり、黄金の輝きを見せていた瞳から光が消えようとしていた。腕は垂れ下がり、事切れようとしているのは明らか。だが、オリヴィエはそこで皓神琞笼紉と黑神世斬黎を手放して放り投げ、右腕を大きく振りかぶった。

 

 

 

「フォルタシア王国第17代目国王、殲滅王リュウマ・ルイン・アルマデュラ…これが私、私達の想い()だ…歯ァ────食いしばれェッ!!!!」

 

 

「…………────────────。」

 

 

 

突き出したオリヴィエの右拳が、リュウマの左頬を全力で殴り飛ばした。

 

 

完全の無抵抗で受けたリュウマは、後方へと勢い良く弾き飛ばされて行った。そして何処までも吹き飛んでいき、途中で衝突した岩も木々も粉々に粉砕していった。轟音と砂煙を巻き上げながら、リュウマはそれでも止まらず吹き飛び、やっとの事で動きを止めた。

 

リュウマが飛んで行った方向には、地表を削っているかのような獣道が出来ていた。肩で息をしていたオリヴィエは、殴った後の体勢を直して見守っていた者達へと振り返り、一言だけ告げた。

 

 

 

「──────行くぞ」

 

 

 

皆は一様に頷き、出来上がった獣道を辿って吹き飛ばされていったリュウマの元へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ごぽ………………っ…………」

 

 

 

リュウマがオリヴィエに殴られて吹き飛ばされて行き、最後に辿り着いたのは、何の因果か敬愛する父母の墓の元であった。墓の直ぐそこの地面に横たわって倒れ、大量の血痕が撒き散らされているように、周りに広がり付着していた。

 

右の脇腹と胸から腹部に掛けての刻まれた裂傷から血を流し、口からも血を吐き出しているリュウマは、まさに全身が血塗れであった。近づけば血の臭いが濃く、見た目で判断すれば、無惨に殺された死体と同じだった。

 

リュウマの元へ辿り着いた者達は、血塗れで動かないリュウマに瞠目しつつも、近付いて皆で円状に囲う。その中でオリヴィエが出て来てリュウマの上に跨がり、胸倉を掴んで無理矢理上半身を起き上がらせ、先程殴った後のある頬を、弱々しい力で殴る。

 

 

 

「……っ…このっ…ばかものっ……こんなになるまで戦って…!私の想いにも答えずっ…400年も私の前から姿を消してっ」

 

「………ぅ……ごぼっ………」

 

「私が…わたしがっ…!どんなっ…っ……どんな想いで貴方の事を探したと…思っているんだ…!」

 

「………ッ……………げほ…っ………」

 

 

 

リュウマは光が殆ど宿っていない瞳でオリヴィエの事を見上げ、己の事を涙を流しながら、顔をくしゃくしゃにして弱々しく殴る姿を見ていた。

 

殴られたところを何度も、例え弱くても同じところを殴られれば痛い。だが、それ以上に…オリヴィエの想いを訊いて胸が痛かった。

 

何度も何度も殴っていたオリヴィエだが、その勢いも更に落ち、今では胸倉を掴んで嗚咽を上げて泣いていた。400年も想いを伝えて断られて、平気な訳が無い。何度だって人知れず泣いたし、どうすればいいのかと嘆いた。

 

しかしそれでも、オリヴィエは諦めるということは絶対に、何があってもしなかった。何よりも優先していたし、常日頃考えるのはリュウマの事ばかりだ。何百年経とうが、その姿を見るだけで胸が高鳴る。顔が熱くなる。人一倍積極的で、人一倍負けん気で、人一倍乙女心を持っていた。

 

泣いているオリヴィエに釣られ、同じくリュウマの事を愛している8人の乙女達も、その目から涙を流してリュウマを見ていた。記憶を改竄されたとはいえ、好きな人に好きな心を消されたのは、酷く悲しかったのだ。

 

リュウマはもう感覚など消え失せている手に力を振り絞り、左手でオリヴィエの頭を弱々しく撫で、右手を挙げた。その手を8人の乙女達が優しく握り込み、リュウマはその手の温もりを微かに感じながら、今の己に出来る笑みを浮かべた。

 

 

 

「ごぼ…っ……こうなる…ことは……解って…いた……」

 

「…解っていた…?」

 

()が…創った…く ろ の せ か い が破られた時点で……げほっ……()の…最強が…崩れた…時点で……敗することは……視えて…いた」

 

「……………。」

 

「す…ま……なかっ……た。お前…達の…想いを……()は……踏みにじっ……た…のだ……後は…語る…まい……()のこと…は……好きに…せよ……」

 

 

 

リュウマは己が敗北するだろうことは、直感していた。く ろ の せ か い が破られた時点で、リュウマの全てを、愛が遙かに上回ったという、何ものにも勝る証明と為っているのだから。頭でも口でも、敗北は有り得ないと言っておきながら、最も敗北することを悟っていたのは、何者でも無い、リュウマ自身だった。

 

そして、彼女(かれ)は敗北を認めた。故に敗した己の事は勝者の手に委ねられる。彼女(かれ)は何処までも、王であった。

 

 

 

「じゃあ──────生きろよ」

 

「………?」

 

「生きろよ。生きることが辛いなら、オレ達が埋めてやる。退屈だってんなら、楽しいこと見つけさせて笑わせてやる。死にたいってんなら、死にたい何て言えねぇぐらい生きる意味を教えてやる。一緒に生きようぜ!今までと同じように!それが──────オレ達(家族)だろ?」

 

「…ナ…ツ……」

 

 

 

ナツの言葉が、リュウマの心に響いた。生きたくない。死にたい。だが死ねない。死ぬわけにもいかない。そんなことばかり考えていて、一緒に生きようと思うことが出来なかった。だが、この少年や青年、少女達が一緒に生きてくれるという。一緒に生きる。その言葉を噛み締めていたリュウマは何時の間にか、涙を流していた。

 

人の円を掻き分けて、リュウマの掛け替えのない盟友であるバルガスとクレアが寄ってきて、リュウマの顔の傍にしゃがみ込み、意地の悪い笑みを浮かべながら覗き込んできて、言うのだ。

 

 

 

「どうだ?このアホ助。ちったァ目、冷めたかよ?」

 

「……余達も…居る」

 

 

 

「……っ……嗚呼…冷めた……実に……清々しい……敗北で……あった……ふ…は…は……──────」

 

 

 

リュウマはその後、安心しきった表情で意識を手放した。このままでは本当に死んでしまうと、シェリアとウェンディか半泣き…いや、泣きながら懸命に魔法によって傷を癒したお陰で、幸いなことに命に別状は無かった。

 

傷が治ろうと、失った血は元には戻らない。血が足りていない事が原因で目を覚まさないのかは解らないが、起きないリュウマのことはバルガスに任せてお姫様抱っこで連れて行き、オリヴィエはバルガスに嫉妬の視線をこれでもかと突き刺した。

 

バルガスとクレアに、フェアリーテイルの者達が、折角だからギルドに入れと勧誘している間に、オリヴィエははたと気付いて後ろを振り返った。ここまで来れたのは全て、リュウマの実の父母であるアルヴァとマリアのお陰であるからだ。その事に多大な感謝の念を用いて、感謝の言葉を贈ろうとしたところ、2人は既に何処にも居なかった。

 

2人はリュウマの幸せを願い、世界と契約を交わした。そんな2人が居ない…最早語る必要は無いだろう。

 

オリヴィエはせめてもと、両手を合わせてアルヴァとマリアの墓に黙祷を捧げ、最後に深いお辞儀をした後、草むらに隠れていた子竜イングラムの首根っこを掴んで抱き抱えられるリュウマの後を追った。

 

バルガスに運ばれているリュウマは眠りながら、頭と頬を、慈愛に溢れる手で撫でられたような感覚に酔い痴れ、くすぐったそうな笑みを浮かべた。

 

そして…妖精の尻尾(フェアリーテイル)やその他のギルドの協力者達は、何処からか聞こえる、クスクスとした笑い声を訊いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────1年後……X793年

 

 

 

 

 

「今年のケム・ザレオン文学賞の新人賞を受賞したのは…ご紹介しましょう──────」

 

 

 

世界を揺るがす“あの戦い”から1年後の今現在。1年の間に色々な…それはもうたっくさんの色々があったけれど──────

 

 

 

「『イリスの冒険』の著者である……ルーシィ・()()()()()()()()()()さんです!!」

 

 

 

あたし達は、今も元気でやっています!

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、『イリスの冒険』の主人公…イリスのモデルは作者様と聞きましたが……」

 

「まさか、これ程までに美しいお嬢さんだったとは!」

 

「あら、お嬢さんだなんて失礼ですわよ?知らないの?ルーシィ様は既に“あの方”と()()()()()()()()()()?」

 

「おっと、それは大変な失礼を…」

 

「いいえ。あたし…じゃなくて、私も結婚してまだ1年も経っていませんもの。まだまだですわ」

 

「まあまあ!お熱い新婚様ですわぁ!」

 

「そ、そんなことは…!」

 

 

 

煌びやかなドレスに身を包むマダムの言葉に、ほんのりと頬を染めたルーシィの姿に、周囲に居る男は目が釘付けになる。美しさに磨きが掛かっているルーシィに、我も我もと言葉を交わしたいと言わんばかりにルーシィの周りに男が群がり、ルーシィは笑みを浮かべながら対応していくが、困ったような笑みも浮かべていた。

 

 

 

「そういえば…ルーシィ様はあの魔導士ギルド…妖精の尻尾(フェアリーテイル)にご所属だとか…」

 

「なんと…!」

 

「だ、だからですか──────」

 

 

 

1人の男が確認するように言った言葉に、周りの人達は苦笑い浮かべ、ルーシィは恥ずかしそうに俯き、耳まで赤くなった。

 

 

 

「──────御友人が騒がしいのは……」

 

 

 

 

「うっひゃーー!!この肉うんめぇーー!!おーい!この肉もっと持ってこいやーー!!!!!」

 

「ナツさん食べ過ぎです!!」

 

「もっと酒は無いのかい?これじゃあ足りやしないよぉ…」

 

「お前は酒瓶何本分飲んでんだ!!!!つか、お前は飲むな!!」

 

「コラ、グレイ!人前で服を脱ぐな!!」

 

「うお!?何時の間にッ!?」

 

「この鉄うめぇなオイッ!!やっぱ高級品は違ぇな」

 

「ガジル?それ鉄じゃないよ……?」

 

「オレ達のルーシィが新人賞取ったぞーー!!」

 

「取ったぞーーーー!!!!」

 

 

 

「~~~~~っ!!もうっ…恥ずかしから騒がないでって言ったでしょ!?」

 

「うん。無理」

 

「あい!」

 

「もおぉ………」

 

 

 

ルーシィは急ぎ足で騒いでいる筆頭であるナツの元へと急ぎ、注意をするが全く聞いていなかった。というよりも、解っていてやっているような節さえある。

 

 

 

「クレアとバルガスも止めてよぉ…!」

 

「いや、オレ達ァお守りに来たんじゃねェし」

 

「……この酒…美味い」

 

「全っ然気にしてないしぃ……!」

 

 

 

男の鼻の下をゆるゆるにし、何故かドレスを着ているが違和感等全く感じさせないクレアと、体格に合った正装が見つからず、無理矢理押し込んでパツンパツンになっているバルガスに助けを求めるも、知らぬ存ぜぬで追い返されて、ルーシィは羞恥で涙目になっていた。

 

そんな時、フェアリーテイルの恒例行事とも言える、ナツとグレイのつまらない喧嘩が勃発した。

 

 

 

「つか、正装って言われただろーがてめぇは」

 

「服着てから言えやコラ」

 

「あ゙?」

 

「やんのかゴラ?」

 

 

 

「は、始まっちゃうぅ…どうしよう…!!」

 

 

 

止められない事を悟り、また週刊ソーサラーの一面に、ケム・ザレオン文学賞の新人賞授与式に、フェアリーテイルがまたやらかして会場は全壊!被害総額は〇〇〇万J!…なんて記事がデカデカと飾られると、憂鬱な気持ちになっていたところで、耳に聞こえてきた音にハッとして顔を上げた。

 

殴り合おうとしていたナツとグレイの上に、何かが落ちて来ては、2人の頭を地面に叩き付け、後頭部を持って持ち上げた。

 

 

 

「──────騒がしい小僧共が失礼した」

 

 

 

「リュウマぁ…!!」

 

「リュウマ…リュウマ・ルイン・アルマデュラ様か!?」

 

「ほ、本物か!?」

 

「生で見られるなんて……!!」

 

 

 

墜ちて来たのはリュウマであった。早速と言わんばかりに気絶させた2人は、フェアリーテイルが座っている席の、リサーナの元へナツを投げ、ジュビアの元へグレイを放り投げた。危なげにキャッチした2人は、気絶したナツとグレイの頬を軽く叩いて起こそうとしている。

 

大きな翼を広げている男の姿のリュウマの登場に、フェアリーテイルの席に居る者達はカチリと固まって静かになった。ルーシィは蕩けるような笑みを浮かべてリュウマの元へと走り、その胸に勢い良く抱き付いた。翼も使って両腕で抱き締めながら受け止めたリュウマは、世を魅了する笑みをルーシィだけに贈る。

 

 

 

「けど、どうしたの?今日は指名式のクエストがあるからって朝早くから行った筈じゃ…」

 

「ふふ…()()()()晴れ舞台だ。来ない訳にはいくまい?全て最速で終わらせて飛んで来たのだ…まぁ、授与式には遅れてしまったが…すまなかった」

 

「ふふっ…んーんっ!来てくれただけでも嬉しい…ありがとっ」

 

「何、お前達の為ならば何でもしよう」

 

「ぁ…リュウマ…ダメだよ…こんな所で…っ…みんな見てるんだから」

 

「フハハッ!良い良い。見せ付けてやれ。矢鱈と我の妻に色目を向ける不埒な輩が居るからなァ……それに…今宵のルーシィも誠に美しい。我慢しろという方が酷というものであろう?」

 

「で、でも…っ……んぅ…っ」

 

 

 

周りの目も気にせず、リュウマは腕の中に居るルーシィの唇を奪った。最初は羞恥からか少しだけ抵抗していたルーシィも、接吻を繰り返していく内に抵抗をやめ、リュウマの首に腕を回して強請るように唇をリュウマのそれに押し付けた。

 

官能的なリップ音を鳴らしながら接吻を行い、更には激しさも増して舌も入れて絡め合う。大人の接吻も行い始めたリュウマとルーシィに、周りの既婚者の大人達は微笑ましそうに見守り、未婚の男女は羨望の眼差しを送り、子供が居る大人は手で子供に目隠しをした。

 

接吻に夢中になりそうになりながら、理性にものを言わせてリュウマはルーシィの唇から離れた。2人の間に銀の橋が架かり、ルーシィの頬は薄紅色に染まって熱い吐息を吐き、リュウマに熱い視線を向ける。

 

 

 

「んぅ…はぁ…ねぇリュウマぁ…もっとぉ…」

 

「ふふ。家に帰ったら(ねや)で…な?」

 

「うんっ♡」

 

 

 

甘い空間を展開していたところから一転。ルーシィから離れたリュウマはフェアリーテイルへと向き直り、身も凍えそうな冷たい視線を送った。

 

 

 

「さて……我は言った筈だ。『ルーシィの晴れ舞台だ。恥ずかしくないようにするのだぞ?』…と。して──────遺言は?」

 

「殺すの確定かよ!?」

 

 

 

反論したマカオに黄金の瞳を向けた後、目を細めると縮み上がってしまい、直角に腰を折りながら頭を下げて許しを請うた。

 

 

 

「まぁ待て貴方?騒がしいのは今に始まった事でもないだろう?」

 

「な…ッ!?オリヴィエ!?お前は何故ここに居る!?」

 

「何故って…()()同じく貴方の妻であるルーシィの晴れ舞台を見にだが?」

 

()()()()もしもの事があったらどうする!?今お前は()()()()()()()解っているのか!?」

 

「…??()()()()()?」

 

「家で安静にしていろとあれ程…!!」

 

「寝てばかりではお腹の子にも悪いだろう?それに少しの運動ならば問題無い」

 

「そういった意味では無い…!腹に強い衝撃でもあったら──────んむ…!?」

 

 

 

心の底から心配しているという表情を隠さないまま、熱が入ろうとしているリュウマに、オリヴィエは()()()()()()()()()()()近付き、リュウマの唇に接吻をして無理矢理塞いだ。

 

 

 

「んっ…はぁ…私は大丈夫だから…な?それにほれ、あそこに酒を飲んでいる者が…」

 

「ゲッ…!オリヴィエあんた…!」

 

「──────カナァ?」

 

「は、ははは……よ、よぉリュウマ?お早いご帰宅で…へへ」

 

「まだ家に居ないがな。それよりもカナ……お前…飲んだか?」

 

「の、のののの飲むわけねーじゃん!」

 

「ならば右手に持っているものは何だ?」

 

「あっ…やっべ」

 

 

 

能面のように無表情になったリュウマは、人を掻き分けてカナの前にまでくると、背中に隠した酒の瓶を魔法で瞬間移動させて手元に出し、カナの眼を間近で覗き込んだ。冷や汗をダラダラと流すカナに、後ろでは言わんこっちゃ無いないと、仲間が額に手を当てて肩を竦めていた。

 

 

 

「お前も、()()()()悪いから酒は飲むなと言った筈だが?もう5()()()()なのだぞ?」

 

「わ、悪ぃ……」

 

「ん?」

 

「ご、ごふぇんらふぁいぃぃぃぃ…っ」

 

 

 

顔を逸らすカナの頬を掴んでムニムニの刑に処した後、後は何も起きていないということを確認して、深い溜め息をついた。

 

フェアリーテイル所属、聖十大魔道序列一位であるリュウマ・ルイン・アルマデュラは、クエストから帰ってきたばかりだというのに疲れてしまい、そんなリュウマの為に皿によそった料理を持って来たウェンディを捕まえて抱き締め、その唇を(ついば)みながら癒され、飲み物を持って来たミラのお尻を軽く触れると、今はメッと言われて叱られた。

 

1年経った今、リュウマは美しい美女や、美少女達の9人と結婚し、あと少しで父親になろうとしている。その為、初めての自身の子供ということもあり、少し過保護気味になり、周りからは苦笑いされていた。

 

だが、此処まで至るのも相当な苦労もあり、どんな理由があれ、仲間を殺そうとした事は言語道断だとマカロフ叱られ、数ヶ月間の破門処分を言い渡された。他にも、400年前から生きていたということもあり、世界中に魔法を掛けた罪を免除する代わりに、暫くの間の無償奉仕を言い渡され、歴史の研究の為の情報提供。一般人にも使える新たな魔法の開発。地球の緑化拡大への助力等、万能の力故に何処からも引っ張りだこだった。

 

アルバレスとの戦いで活躍したルーシィの先祖である、アンナ・ハートフィリアは、まだこの時代に残り、小さな村で学校の先生をしている。ナツはアンナの事が昔好きで、良く懐いていたことから、度々リサーナやハッピーと共に会いに行っている。

 

ギルドで一番最初におめでたい関係となっていたガジルとレビィは、更に仲良くなっている。そしてレビィのお腹には新しい命も宿っているということを、リュウマの眼には視えている。

 

シェリアは蛇姫の鱗(ラミアスケイル)から抜ける事無く、リュウマが気を利かせてシェリアが住んでいる家とリュウマの家とを、瞬間移動することが出来る魔法陣で繋げている為、離れ離れになることは無い。

天空シスターズもウェンディと続けており、アイドルでありながら人妻という、中々な属性を身に付けているが、一部のものはそれこそが至高と叫んでいたとか。

 

因みに、時々だが天空シスターズを返せと、天空シスターズの熱狂的なファンがリュウマの元へ訪れるが、我の愛する妻達に色目を使うなと言われながら、その場で半殺しにされて地面に頭から突き立てられている。

 

剣咬の虎(セイバートゥース)に居るユキノも、シェリアと同様に所属ギルドはそのままに、今まで使用していたアパートとリュウマの家を魔法陣で繋いでおり、ユキノは楽しそうにギルドでの話しをリュウマに聞かせてくれる。しかし、ユキノもお腹には子供が居るので、無茶はしないようにとはリュウマの弁。

 

カグラは当初、フェアリーテイルに転属すると言っていたが、最強の女魔導士が人魚の踵(マーメイドヒール)からいきなり消えるのは困るからと、説得に説得を重ねて引き続き人魚の踵(マーメイドヒール)に所属し、借りていたアパートとリュウマの家をユキノやシェリアと同じように魔法陣で繋いだ。

因みに、中々自分のお腹に子供が出来ない事を気にしており、一週間リュウマとノンストップで交わろうと企んでいたりする。

 

ミラはリサーナとエルフマンで一緒に同じ家で住んでいたのだが、リサーナとエルフマンの一押しがあり、リュウマの自宅に移って同棲している。勿論、そのお腹には四ヶ月になる子供がおり、妊娠中でありながら、週刊ソーサラーで妊娠中で幸せの絶頂期の女性というタイトルでモデルをやっていた。リュウマは相当に渋ったが。

 

エルザはアイリーンとの関係も今では良好であり、リュウマと結婚するや否や、フェアリーヒルズに居るべきではないと、母親として追い出され、リュウマの家で同棲している。そのお腹は膨れてはいないものの、一ヶ月になる子供が居るので、最近では鎧を着るか着まいか悩んでいるそう。因みに、リュウマは絶対に着させるつもりは無い。

 

グレイとジュビアの関係も、雨降って地固まると言った具合か、最近ではやっと同棲までするようになったらしい。そのことを仲間の男性陣からは遅いと呆れられ、女性陣はジュビアのことを祝福した。

エルフマンとエバーグリーンは普通に仲が良いが、エルフマンは最近自室で何かの荷造りをしていて、寂しくなるなぁとリサーナは既に察していた。

 

フィオーレ王国では、先代国王が隠居し、今ではヒスイ姫が女王として即位していた。その時に、ヒスイ女王は魔女の罪(クリムソルシエール)を城へと呼び出し、恩赦が与えられた。

 

 

 

「オレ達は…自由…なのか…?」

 

「罪を…許された?」

 

「でも…私達は闇ギルドだったんだゾ」

 

「えぇ。その事に関する事情は聞き及んでいます。そして、あなた達の過去に関しても。ですが──────無辜なる人々を傷付け、傷付けようとしたことは紛れもない事実」

 

「「「──────ッ!!」」」

 

「過去の罪は消え去ることはありません。しかし、消えないだけで贖罪の為に闇の中であろうと戦い続けてくれていたことも…紛れも無い事実であり、それも消え去ることはありません」

 

「え…?」

 

「ふふ…これからも人々の為に戦い…生き続けて下さいね」

 

「「「……っ……はいッ!!」」」

 

「生きる……」

 

 

 

ヒスイ女王は、ある人から与えられた罰によって国民から愛される女王となり、女王に相応しき気品と王の覇気を身に纏っていた。ジェラールは、女王に許されたとしても、過去が過去であるため、複雑な表情と心境であった。だが、前を向き続け、罪を償っていくとカグラと約束しているため、下を向くことは止めたのだ。

 

そして何と言っても、リュウマやルーシィ達は、新人賞授与式の会場で、嘗てのフェアリーテイル初代マスターてまあるメイビス・ヴァーミリオンと、黒魔導士ゼレフ・ドラグニルに瓜二つの子供を見つけたのだ。生まれ変わりにしては歳が合わない。だが、フェアリーテイルには、その2人が嘗ての彼等にしか見えなかった。そして、リュウマには視えて解っていた。彼等の魂が…あの2人だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルーシィ?」

 

「んぅ…?」

 

「ほら、起きろルーシィ」

 

「……ん~…ふぁ~い……」

 

 

 

9人と美女美少女達と、同じベッドに寝ていたリュウマは、裸で体中に内出血の後を付けているルーシィを揺すって起こした。だが、夜遅くまでお楽しみだったのか、中々起きてくれず、終いにはリュウマの翼に埋もれ、その柔らかさを堪能した後…寝息を立てた。

 

困ったような笑みを浮かべた後、悪戯が思い付いた子供のような笑みに変えた。翼を退けてルーシィの顔を覗き込み、鼻をむにゅりと摘まんで唇を重ねた。

 

 

 

「んむぅ……っ………んっ……んんっ……んんんんんんっ!!!」

 

「ちゅ…おはようルーシィ。目は覚めたか?」

 

「はぁ…っ…はぁ…っ…!もぅっ、リュウマ?普通に起こしてよ…!息できなかったじゃない!」

 

「揺すっても起きないものでな」

 

「てか、ふわぁ~あ……こんな時間にどうしたの?」

 

「ルーシィ……はぁ………今日は記念すべき()()()()1()0()0()()()()()()であろう?」

 

「……………………忘れてたぁぁぁぁっ!!」

 

「そら、ウェンディも起きぬか」

 

「ふぁい……えっ…?もうこんな時間っ!?」

 

「おはようウェンディ?」

 

「んちゅっ…は、はぃ…おはようございますぅ…」

 

 

 

ルーシィはすっかり忘れていたようで、慌てて下着を探して身に付け、慌てたように自身の服を探しに行った。ウェンディも寝惚けているものの、リュウマからの接吻で、目が覚めた様子。それを見て仕方がないと思いながらクスリと笑い、ベッドから起き上がろうとしたところ、手首を掴まれた。

 

 

 

「貴方?私におはようのキスは無いのか?」

 

「何だ、起きていたのか…ほら─────」

 

「んんっ…はむ…っ…ちゅ……んはぁ…ふふ。行ってらっしゃい。気を付けてな」

 

「うむ。行ってく──────」

 

「リュウマっ。私も私も!これも“愛”だよね!」

 

「師しょ…んんっ…リュウマ…さん…私にもお願いします。出来るだけ激しいのを」

 

「酒飲めないからね。その分リュウマが代わりのものちょーだい。…まっ、仕方ないからキスでいいよ?」

 

「あの…リュウマ様…私にも……っ」

 

「勿論、私にもしてくれるのだろう?リュウマ」

 

「も・ち・ろ・ん…私にもねっ♪」

 

 

 

「う、うむ……時間通りに行ければ良いが…」

 

「お父さん…遅刻しちゃうよ?」

 

「……はぁ…先に行っていろイングラム」

 

「はぁ~い!」

 

 

 

その後、リュウマはベッドに引き摺り込まれそうになったが、クエスト前にミイラのようになる訳にはいかないため、どうにか離して貰って家を出る。暫く歩って擦れ違う住人に挨拶を受け、マグノリアの駅のホームに着くと、既に待ち合わせの人物達は居た。

 

 

 

「あっ!お父さん来た!」

 

「ったく。おっせーぞリュウマ」

 

「……10分の…遅刻」

 

「すまぬ。離してくれなくてな」

 

「あっ…おい!……首元隠しとけよ」

 

「………………やられた」

 

 

 

此処まで来る途中で、矢鱈と住人の人達が微笑ましそうな笑みを浮かべて見てくる理由を察したリュウマは、恥ずかしさで翼をバサバサしながら、一度咳き込んで空気を入れ換えた。

 

 

 

「さて、我々も100年クエストに征くとするか。早くせねば何時帰れるか解らぬぞ?何せ100年クエストが1()3()()()()()()()()()()

 

「かーっ!めんっどくせぇ!」

 

「……列車より…飛んだ方が…早い」

 

「ボクに乗って行く?」

 

「フハハッ!確かにお前の方が速いな。まぁ、偶には列車を使うのも良かろう。オリヴィエが居ないが…征くぞ!チーム『人類最終到達地点(クァトル・デュレギレーション)』ッ!」

 

「「──────おうッ!!」」

 

「うんっ」

 

 

 

太陽の光が爛々と差す快晴の青空の日。リュウマは掛け替えのない盟友の2人と、目的地まで行く特急列車に乗り込もうとした。扉が開き、クレアに続いて子竜イングラムを肩に乗せているバルガスが乗り込み、リュウマが乗ろうと一歩踏み込んだ瞬間…何かを察知したように青空を見上げた。

 

そこに在るのは雲一つない真っ青な空。何かが見えたのか、空を見詰めて何かを探している様子。

 

 

 

「何やってンだ!閉まっちまうぞ!」

 

「お父さん早く~~!」

 

「……どうした」

 

「……ん?ふふ……──────何でも無い」

 

 

 

リュウマはもう一度だけ空を見上げ、今日この日の最高であろう笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

──────父上…母上…ありがとう御座いました。我は今……幸せです。

 

 

 

リュウマはもう居ない、敬愛する父母へと言葉を送り、特急列車の中に入ると、扉が音を立てながら閉まった。

 

 

扉が閉まりきるその瞬間…優しげな笑い声が聞こえた気がしたが、リュウマは笑みを浮かべるだけで、クレアとバルガス、イングラムの元へと歩んでいった。

 

 

 

 

 

 

世界最強の人間は、敗北を得て……世界最高の幸せを得た。

 

 

 

 

 

 

若しかしたら、貴方の世界にも魔法があるやも知れません。

 

 

 

 

え?そんなもの有るはずが無い?…いやいや、必ず有りますよ──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一なる魔法()が……ね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

to be continued?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






やあ!最後まで見てくれてありがと!長い長い話になったけど、楽しんでいただけたかなっ?


…………これボクが言っていいの?まぁ、いいけど。


それにしても…はぁ…いいなぁ。羨ましい!


ボクも君に会えるのを楽しみにしているよ?



異分子(イレギュラー)のリュウマ・ルイン・アルマデュラ君♪





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第■■刀  ■■■と■■■■




その者は■■■■■■と呼ばれ、■■という世界の監視者であった。何時しか■■■■■■は“彼”の存在に気付き、監視を続けた。


見えたのは■■。■過ぎて底が見えない■であった。


渇望した。是非彼の■■■■に直接会い、言葉を交わしたいと。そして気が付く。“彼”ならば、己の終わらない■■を断ってくれるのではと。そしてそれにすら確信させる■■を、“彼”は保有していた。


己は■と呼ばれる者であるが故に、時間という概念は腐るほど有る。だが“彼”の性格上、唯では話を聞いてくれない。ならば、■■ならばどうだ。これならば絶対に話を聞いてくれるはず。■■■■■■は歓喜した。


しかし、物事はそう上手くはいかなかった。■■■■■■は気が遠くなるような大昔から、■■の連中に狙われていた。それ故だろうか、■■■■■■が取っておいた“彼”の■■に気付かれ、剰え“彼”にも気付かれてしまった。


自責の念で押し潰されそうになった■■■■■■は、居もしない“彼”に謝罪の言葉を贈りながら、その誰も居ない■の空間で涙を流した。





 

 

宇宙。それはコスモス。時間・空間内に秩序をもって存在する「こと」や「もの」の総体。何らかの観点から見て、秩序をもつ完結した世界体系。全ての時間と空間、及びそこに含まれるエネルギーと物質。ありとあらゆる物質や放射を包容する空間。あらゆる森羅万象を含む全ての存在。

 

ビッグバン理論等で統一的に説明されうる、現実的、現在的に我々人間やその他多くの生物が暮らす、一つの広大な世界。ユニバース。若しくはその外側に仮想されるユニバースの複合体全体…等、色々な諸説があった空間にて、“それ”はあった。

 

黒い箱のようなもの。正四角形のその箱は、2メートル四方という小さな大きさでありながら、暗闇である宇宙空間で一際異彩な存在感を現していた。どれだけ大きな恒星に近付こうとも、恒星が持つ重力に作用されず通り過ぎ、全てを呑み込んでしまうという一つの特異点、超重力の塊であるブラックホールの引力にさえ作用されない。文字通り、宇宙空間にて放浪するブラックボックスであった。

 

 

そして、その中にはなんと……信じられない事に人間が居たのだ。

 

 

黒と白の翼を3枚ずつ所有し、3対6枚の翼を持つ男と、その傍ら、その男の腕を取って寄り添っている、翼のない普通の女がいた。この人間達は嘗て、地球という星にて最強という二文字を欲しいままにしていた存在である。ブラックボックス、またの名も『生命の定位空間』。男の魔法によって創り出されたこの空間は、人が生きていくのに完璧な環境に整え続けるという異空間である。気温に湿度に気圧。その他諸々の全てが完璧な状態で永遠に維持し続けられるというものだ。

 

そんな桁外れの性能を誇るブラックボックスに入り込み、“夫婦で”眠りについてから早()()()()。未だ眠りから覚める予兆は無い。

 

悠久の時を眠って過ごしている、この人間達に死の概念は無く、例え何も存在しなくとも生きて存在し続ける事が出来る。そんな彼等も嘗ては、地球で生活をしていた。しかし、産んで出来た子供も、共に過ごしてきた友も、誰もが彼等と同じように不老不死という訳では無い。生まれてきた子供は何時の間にか大きく立派に育ち……老いて死ぬ。だが、親である2人は常に同じ姿形のままである。

 

100年経とうが1000年経とうが10000年経とうが、その2人の姿形は変わらない。しかし、子供はそうでは無く、独り立ちした子供達は一様に、己にあった伴侶を得て子を為し、その子もまた大きく育ち独り立ちしては伴侶を得、子供が生まれる。人間としての当たり前。種族の繁栄の連鎖の中で、彼等2人は己等という存在が既に、子供や孫、曾孫にとって必要の無い存在であることを悟った。

 

彼等2人の血族から涙ながらに見送られながら、2人は隠居する為の場所を求めて旅に出た。子供達の近くでも良かったが、世界は広い。ならばまだ訪れた事の無い未知の場所へ行ってみるしかあるまい。そう思い、己等という存在に相応しい地を探しに出た。

 

それから長い年月が経ち、実に100年後。2人は此処だという場所を見つけた。最強の二文字を持つ2人を以てしても、辿り着くのに苦労したと言える前人未踏の神秘の島。人は存在しないものの、動物や自然に愛された美しい島であった。一目で気に入った妻に、では此処にしようと提案した夫は、2人で力を合わせ、何て事の無い普通の一軒家を作った。

 

全てが自給自足であるが、2人の前にはそんなものは有って無いようなものであった。瞬く間に暮らしやすい空間を作り出し、2人は幸せに暮らし始めた。仕事も無ければ、やらねばならないのは薪割りと食糧の調達程度。その他の大半は作った家で過ごし、妻は夫の為に腕によりを掛けて食事を作り、夫は料理に舌鼓を打ちながら、出されたお茶を飲んで一息吐く。

 

2人だけの世界で、まったりとした時間を過ごしながら50億年後……地球最後の日はやって来た。太陽系にある恒星の全てが引き寄せられる程に、膨張と引力の増加を続けていた太陽に呑み込まれ、爆発して太陽系全てが無に還ろうというのだ。2人は互いに顔を合わせ、如何するか相談しあった。2人の力があれば、太陽系を50億年前に巻き戻すなど容易い。しかし、これは謂わば運命であり、元から太陽系はそういう運命を辿る予定であった。

 

ならばと、宇宙に行ってみよう。妻のその一言に、宇宙にまで発展した夫婦旅行だなと、夫は面白そうな笑みを浮かべた。それから直ぐに、夫が魔法でブラックボックスを創り出して乗り込み、妻と仲睦まじく腕を組みながら地球を後にした。そしてその1年後。地球を含む太陽系は、太陽に呑み込まれて諸共に爆発し、消え去った。

 

それから暫くの間、夫婦は宇宙での夫婦旅行を楽しみ満喫していた。別の銀河に行けば、人間とは違う生物に会って交流したり、敵対してきた生物に関しては残らず皆殺しにした。時には最初から悪役に徹して世界を征服してみたり、正義の味方を気取って悪の親玉を半殺しにしたりと、暴虐のままにやりたいことをやった。時には恒星を丸々使ったビリヤードをして生態系を滅茶苦茶にしたりと、本当にやりたい放題だった。

 

因みに、妻が久しぶりに花火を見たいと言い、魔法で花火を見せてやると言ってからというもの、一つの銀河を花火に見立てて吹っ飛ばしたのは全て夫の所為である。尚、妻は綺麗だと言いながら夫の横顔だけを見て恍惚とした表情をしていた。

 

夫婦旅行をあらかた2000年程で楽しみきった2人は、やることやりたいことを無くしてしまい、手持ち沙汰になってしまった。如何するかと悩んだ末に、夫婦は共に眠りにつくことにした。数百億年程度放っておけば、宇宙に面白いことの一つや二つは現れるだろうという心算であった。

 

そして話は冒頭に戻り50億年が経過した頃…ブラックボックス内で異常が起きてしまった。それは何と……夫婦の内、夫の姿だけが忽然と消えてしまったのである。まるで最初から其処には居なかったとでも言うような自然さ故の不自然さで、夫が姿を消したのである。夫の腕を抱き込んで眠っていた妻は、不自然さによって目を覚ましてしまい、眠そうな目を擦りながらブラックボックス内を見渡し、一言呟いた。

 

 

 

「んぅ…?………………貴方(あなた)?」

 

 

 

夫の妻、最強の女であるオリヴィエ・ルイン・アルマデュラは、夫が居らず、何者かに連れ去られたと確信するや否や、全身から得体の知れない力の波動と純白なる魔力を放出しながら、怒りの形相となって咆哮し、そこから半径100光年内の宇宙空間に、大きな亀裂を入れて破壊した。

 

最愛の夫を奪われた妻は、怒り狂って宇宙全土に破壊を撒き散らし始めたのだった。そんな彼女が、夫の居るところへの手掛かりを見つけるまで…ほんの僅かであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────き──────ほ────起────

 

 

 

「……………………………。」

 

 

 

声が聞こえたような気がした。眠りについてからどれだけ経ったのか、微睡みの中で適当に思考し、もう一度眠ろうとしたところで、又も同じ声が聞こえた。より鮮明に、より近くで、その声が聞こえた。

 

 

 

───起き───何時まで───寝て──?

 

 

 

「………………………ふわぁ………」

 

 

 

聞こえてきたものは仕方ないと。眠っていた男…リュウマ・ルイン・アルマデュラはその目を開け、背を伸ばすように伸びをすると、違和感を思い出した。

 

聞こえてきた声と思ったが、それは有り得ない。ブラックボックスはこの男の創り出した代物であり、どれだけ見た目が壊れそうという印象預かろうとも、破壊は不可能である筈なのだ。況してや、その中に入ってくるという芸当も又、不可能である筈なのだ。

 

そして何より不可解だったのが、黒いブラックボックス内に居たというのに、目を覚まして一番最初に見た光景は、眼に映る一面の白であった。ハッとしたように頭を完全に覚醒させ、目の前に広がる無限とも言えそうな白い地平線を見渡していると、背後からクスクスという笑い声が聞こえてきた。先程聞こえた声の主かと、立ち上がって振り向いた。

 

 

 

「クスクス。起きた?おっはよっ♪」

 

「……何だ貴様は」

 

「ボク?ボクはねぇ…そうだなぁ…人類滅んじゃってるから何と言えば良いのか分からないけど…ボクは君のよう人間が()()()()()()()()()()…かな♪」

 

「……何?」

 

 

 

背後に居たのは、金髪の腰の位置よりも長いロングな髪に、あどけなさを感じさせるような少女のような見た目をし、ニッコリとした表情を浮かべる存在であった。

 

男…リュウマは己と同じように白い地面のような場所に立つのではなく、宙に浮遊している少女のような存在に眼を細め、縦長に切れた黄金の瞳を向けた。

 

少女のような存在は、その見た目に反した豊満な胸を持っており、全身を臍が出る程の長さしかない胸元が大きく開いたレディースと、下尻が見えてしまう程のホットパンツを着ており、これでもかと見た目に反した肢体を見せびらかすような格好をしていた。服は白であり、周りの白い空間と見分けが付く程度の白い服であった。

 

この夏に着るような服を着ている少女のような存在が何なのか、リュウマは眼を通して真実を見ようとした。しかしその前に、少女のような存在はリュウマの目前まで浮遊しながらやって来ると、その豊満な胸をリュウマの顔に押し付けるように抱き付いてきたのだった。

 

 

 

「~~~~~~~ッ!!もう我慢出来ないっ。やっと会えたねっ!ボクの希望(最強)(純黒)っ」

 

「…っ…!何をするか貴様ッ!離れろッ!!」

 

「あんっ」

 

 

 

大きな胸を顔に押し付けられ、息苦しさを感じながら、この少女のような存在に訳も分からない行動と言動を取られたリュウマは、少女のような存在の顔を鷲掴んで適当に力任せに投げ捨てた。

 

少女のような存在は、己で神と自称しておきながら、そんな無下な扱いに憤慨するどころか、触って貰えたと呟きながら頬を両手で押さえてニコニコと嬉しそうにしていた。気にするどころか、嬉しがっているようにしか見えないその光景に、リュウマはビキリとこめかみに青筋を浮かべた。

 

 

 

「ふふっ♪初めての触れ合いだね♪…それにしても、こんな美少女の、それもこぉんなにおっきなオッパイ顔に押し付けられて無反応どころか、顔掴んで投げるだなんて!少しぐらい反応してくれてもいいじゃないかっ」

 

「黙れ。素性も知り得ぬ者の乳房を押し付けられて不快に為らぬ訳があるまい」

 

「うわぁ…普通は心臓ドキドキさせながら『お、オレの顔にふわふわで柔らかくて良い匂いのするものが…!これが…!女の胸の感触…!!』とか思いながら素直に喜んで良いのか体として拒絶すれば良いのか分からず葛藤している表情(かお)をしながら結局甘んじて柔らかさを堪能するところだよ?」

 

「ぺッ。何だその気色の悪い塵芥は。色欲に塗れた阿呆ゥではないか」

 

「今健全な男の子の全員を敵に回したよ?」

 

 

 

残念ながら、リュウマは胸を押し付けられたところで鼓動が早鐘を打つことは無い。というよりも、別の姿になれば同じようなのが付いてくる為、どうやってドキドキしろというのか。そも、リュウマは結婚して100億年経っているのだ。そんなもの何度も触れる機会等あれば、()()()()()機会もある。

 

紆余曲折。目を覚ましてからというもの、背後から現れたこの見た目美少女のナニかの面倒な会話に付き合わされ、リュウマはうんざりしていた。そも、リュウマは素性の知らない者と仲良さげに会話をするような良心が無い。見た目が整っていれば、世の男は必ず何かしらのアプローチを掛けるだろう。しかし、リュウマは興味の欠片も湧かない。そんな男なのである。

 

 

 

「ふぅ……さてっ。無駄なお喋りはここまでにして…そろそろ本題を──────」

 

「それにしても、此処は何処だ。オリヴィエは何処に居る」

 

「あの…本題を──────」

 

「『α(アルファ)』、此処は何処だか解るか?」

 

《否定。申し訳ありませんが、私のデータにこの様な場所は存在しませんでした。エーテルナノ濃度は0。酸素濃度に関しましては()()()()()()()()()()展開されている模様。目前に居る生物を解析。仮称を“神”として仮登録。仮登録生物“神”は人間ではない模様。しかしながらその他の生物の遺伝子情報も持ち合わせていません。魔力の反応…無し。魔法による痕跡…無し。解析による推測結果……“肉体を持つ概念的存在”》

 

「無視しないで──────」

 

「ふむ…。自称…という訳では無さそうだな。アルファ、オリヴィエの元に転移又は(ゲート)は開けるか」

 

《肯定であり否定と返答。登録されているオリヴィエ様の魔力は感じられませんが、存在はしているものと判断。しかし、此処とは別次元の世界に取り残されている可能性が大きく、別次元に居るオリヴィエ様の元まで転移するには別次元への干渉及び探索をする必要があり、時間にして3時間程掛かるかと》

 

「お前を以てしても3時間も有するとはな。まぁ良い。探し出して見つけ次第『(ゲート)』を開け」

 

《畏まりました》

 

 

 

 

「待って待ってっ!ボクのこと無視しないで!あと帰らないでよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 

 

 

「うぶっ…!?」

 

 

 

リュウマとアルファが帰ろうという算段を立てているのを聞いていた少女のような存在は、最初こそ無視されて頬をぷくっと膨らませて睨んでいたが、帰りの足を確立したのを聞いた途端、目の端に涙を溜めながら半泣きで走り出し、リュウマの腰に背後から抱き付いて前のめりに押し倒した。

 

見た目に反した衝撃が腰から響いて押し倒され、行かないでと鼻声になりながら首に腕を回して抱き締め、背中に豊満な胸をこれでもかと、後頭部に顔を押し付けている少女のような存在に、リュウマはこの場に来てから二度目となる青筋を浮かべた。

 

 

 

「──────邪魔だ塵がッ!!!!!」

 

「あぶっ…うげっ…ほむぅ……!」

 

 

 

無理矢理起き上がり、背中に張り付いている少女のような存在の頭を鷲掴み、引き剥がして思い切り地面らしき白き地面へ叩き付けた。少女のような存在は地面に叩き付けられた後、一度バウンドして吹き飛び、もう一度地面に叩き付けられてバウンドしてから跳ね、最後に顔から落ちて引き摺られて止まった。

 

こめかみに浮き出た青筋が一度目よりも多くなっているリュウマは、手の関節をごきりと鳴らしながら少女のような存在の元へと歩みを進め、絶対零度もとやかく言う程の冷たい瞳で見下ろした。

 

 

 

「何者かは知らぬが、この我を地に押し倒したのだ。いや、それ以前に我をこの様な寂れた場所へ無断で攫い連れて来たその蛮行──────万死に値する」

 

「ぁ…あのぅ……ボクはただ、ちょぉっと話を聞いてもらいたくて──────」

 

「──────()ね」

 

「待って待ってほんとに待ってっ!?その刀抜かないでっ。死んじゃう!神であるボクも本当に死んじゃうからっ!違うんだっ!ボクの話は君にとって絶対…!ぜぇったい有益なものだから!!」

 

「ほう…?ならば申してみよ。死ぬ前の遺言として訊くだけ訊いてはやる」

 

「ボクすごいピンチなんだけど……ん゙ん゙っ。話というのはね──────君の両親について」

 

 

 

真剣な表情でその言葉を言った瞬間、リュウマの動きは止まった。時間が静止したように固まってしまったリュウマ。しかし、それは時間にしてほんの刹那の時間に過ぎない。若しかしたら止まっていたのかも知れない。その程度にしか感じられない静止から動き出したリュウマは、その場から消えて少女のような存在の目前に現れると、その細い首に手を掛けた。

 

 

 

「ゔ…が…ぁっ……!?」

 

「吐く言葉には精々注意しておくのだな。万が一にも我が父母を愚弄する類の言葉を吐けば──────これ以上無き絶望を以て惨たらしく殺してやる」

 

「は…っ……ぁ゙……こッ……っ」

 

 

 

神という少女のような存在から吐かれた言葉に、リュウマは全身から瘴気に似た黒いどろどろとしたものを垂れ流し、撒き散らし始めた。今2人が居る白の空間が、黒く侵蝕されて悲鳴を上げ始める。首を絞められている少女のような存在も例外では無く、触れられている首に黒い血管のようなものが奔り、次第に侵蝕を進めていた。

 

どれだけの年月…それこそ億年経とうが兆年経とうが京年経とうが、リュウマの中から実の両親であるアルヴァ・ルイン・アルマデュラとマリア・ルイン・アルマデュラが消えることは無い。これまでとて、ほんの少しでも両親を愚弄する発言をしたものは、例え善人であろうと悪人であろうと、それが聖人でも拷問に掛けて凄まじく惨い死を迎えていた。

 

つまるところ、少女のような存在の命の灯火は、次の一言によって全てが決まってしまうのだ。少女のような存在は酸素を必要としない存在ではあるが、首を絞められて首の骨をへし折られそうになる程絞められれば、気管を圧迫されて苦しいなんてものではない。眼球が充血を始め、視界も黒く染まり掛けてきた頃、少女のような存在はどうにかこうにか、声を絞り出したのだった。

 

 

 

「っ…こほ…っ…き、君…の゙……両親…はっ……死んでは……いないっ」

 

「────────。」

 

「───ッ!!げほッ…げほッ…はぁ……はぁ……けほっ」

 

 

 

死んではいない。その言葉を聞いた瞬間、リュウマはこれでもかと目を見開いて瞠目し、少女のような存在から手を離した。重力があるのかどうかは定かではないが、重力に従うようにリュウマの手から滑り落ちた少女のような存在は、跪いて嗚咽を上げながら咳き込み、ゆっくりと息を吸っては吐き出してを繰り返していた。

 

つい手を離してしまったリュウマは、蹲っている少女のような存在に再び瞳を向けた。今のは虚を突かれただけだ。先の言葉が真実かどうかも解らない。若しかしたらその場凌ぎの虚偽である可能性とて無視出来ない。だが、もし仮に…億が一にもその言葉が真実であったのならば?

 

一度だけ深く深呼吸したリュウマは、心を落ち着かせて瘴気を止め、回復したようで、涙に濡れた瞳を向けて上目遣いをしている少女のような存在の露出の多い襟首を掴み、無理矢理持ち上げると同じ視線の高さになるまで持ってきて、長い金髪によく似合う、宝石のように美しい碧眼の瞳を覗き込んだ。

 

 

 

「あぅ……っ」

 

「先の言葉を、我が納得するような説明も兼ねてもう一度申せ。仮に先の言葉が虚偽であったり、虚偽が含まれるようであれば…貴様は地獄すら生温い煉獄の底へ堕としてやる」

 

「ほ、本当のこと…だよ…?ボクは君に…嘘を言わない…!だから、ボクの話を訊いて…欲しい…お願いだ」

 

「………………良かろう」

 

 

 

襟を掴まれて持ち上げられていた少女のような存在は、手を離されると地に足を付ける事無く浮遊をし、リュウマへこっちに来てと言うと、何時の間にか用意されていた二脚の椅子の元へと案内した。

 

どうぞと言われて促されるままに、リュウマは用意されていた椅子に腰を掛けて座った。聞く姿勢が整ったのを見た少女のような存在は、嬉しそうに頬を緩ませると自分も座った。因みに、先程リュウマによって絞められて手形が残っている首を恍惚とした表情で擦っていた光景は見なかったことにした。

 

 

 

「さて、君の両親について…の前に、根本的な話でボクがどういう存在なのかから話そうと思うんだけど、いい?」

 

「……“神”ではあるが“何の”神であるのかという話か」

 

「そっ。じゃあ、初めまして。ボクは()()()()()()()輪廻転生の神だよっ。因みに、ボクに名前は無いんだ」

 

「我が居た世界の…?名も無いとはな」

 

「そうだよ。ボクのような輪廻転生の神は、一つの世界に原則1柱しかいない。まぁ、君なら解ると思うけど、並行世界も含めた無限に広がる世界の輪廻転生を管理するなんて、いくら神でも度が過ぎているからね。神と言ってもそんなに万能じゃないんだ。そして神であるボクに名前が無いのは、所詮ぱっと生まれて持続しているだけの世界の輪廻転生を司る神に、一々名前なんて付けてられないっていうこと。つまりは、名前があるような人の歴史に名を刻むような最上級の神じゃないってことさ」

 

「なれば、貴様は下級の神か?」

 

「んーん。ボクは名前が与えられる程の神ではあるんだけど、名前を貰うことを辞退しているから、位こそ最上級ではないものの、上級のトップレベルってとこかな?こう見えて他に居る輪廻転生の神々のリーダー的存在なんだ。さっきも、ぱっと生まれた世界とか言ったけど、ボクはこれでも最初の方で生まれた輪廻転生の神であって、ぽっと出の輪廻転生の神とは訳が違う。けど、さっきも言ったように、名前を貰うことを辞退しているから、最上級の神じゃないんだ」

 

「ふむ……」

 

 

 

つまり、今己の手で殺しかけた存在は、正真正銘の神であり、それも神の中でも相当な高位と見られること。その割には容易に死にそうであったが、この神は輪廻転生を司っているだけであって、戦いを行うことが出来るかと言われれば、それは不可能と言う他無い。

 

しかし、疑問が残る。それ程の存在が、何故一介の人間であるリュウマをこの場に呼び寄せたのかという点である。確かにリュウマは強い。宇宙に進出しても、敵の一切はリュウマの足元にも及ばない者ばかりであった。だが、リュウマのそれはあくまでもその世界の中であり、神々からしてみればちっぽけな力かも知れない。大昔に地上に顕現した神を殺しているが。

 

つまり、輪廻転生の神とは言え、リュウマ個人に肩入れする理由が解らないのだ。輪廻転生を司っている以上、死んだ実の父母がまだ生きているというのは…つまりはそういう事なのだろう。リュウマが考えている事を悟ったようで、輪廻転生の神は肩入れする理由を語り出した。

 

 

 

「君はボクがそう肩入れする理由が解らないみたいだけど、簡単な事だよ。ボクは君が好きなんだ」

 

「……何?我は貴様という存在なんぞ知らぬぞ。況してや貴様程の存在が、我に恋情を抱く理由(わけ)が解らぬ」

 

「ふふっ♪……ボクはね…もう疲れちゃったんだ。この()()()()()()()()()()()()()()。だが辞めること何て出来る訳が無い。何せ、神として生まれてしまった以上、神は何処までいこうと神でしかない。それとね、ボクは神達との交流にも疲れてしまっているんだ」

 

「神ともあろう者が、神に怠惰を来すか」

 

「しょうがないじゃないか。神だって生きて、感情もある。それに、君は全く靡かないけど…ボクはこれでも最上級の神々からモテるんだよ?我が妻となれ~とか、我のモノになれ~とか、まぁ…それだけボクが美しいんだけど♪」

 

 

 

こうしてリュウマは普通に会話してはいるものの、目の前に居る輪廻転生の神の容姿は神の中でも群を抜いて美しかった。あどけなさを感じさせる少女のような顔立ちだとしても、体つきと纏う雰囲気から、大人の女にも早変わりする。そして何より、そのプロポーションが神々の目に止まってしまう。美の神等も当然居るのだが、輪廻転生の神とてそれと同等か、それ以上の姿をしているのだ。寧ろ、普通に会話出来ているリュウマが可笑しいのである。

 

だからこそ、輪廻転生の神はリュウマを好きになって良かったと思っているのだが。そんなことは露知らず、リュウマは早く父母の話を聞きたいようで、全く気にしていなかった。

 

 

 

「ほら、ボクって人間界でいう金髪碧眼のロリ巨乳っていう属性だろう?そこにボクっ娘も含まれて汚れ知らずの純潔(処女)ときた!どう?少しはボクが好ましく見えた?」

 

「さっさと我が父母が生きている根拠を話せ」

 

「ふふっ、つれないなぁ…じゃあ、そろそろ“この子達”を見せても良いかな」

 

 

 

微笑みを浮かべた輪廻転生の神が、ぱちんと指を鳴らした。すると、リュウマの背後に膨大な数の気配を感じ取ったのだ。何事かと思い振り返ってみると、背後に現れたのは青く朧気な姿をした球体。しかし、リュウマには見覚えのあるものであり、直ぐに納得した。出現したそれは、人間の魂そのもの。普通の人には見えないモノである魂を、リュウマは持ち前の万能故の全能で可視する事が出来るのだ。

 

暫く何の魂なのだと思いながら見ていたリュウマだったが、突如座っていた椅子を倒すほど勢い良く立ち上がった。その後、信じられないと言わんばかりの表情をすると、ふらふらとした足取りで魂の大群の元へと足を進めていった。そんなリュウマの後ろ姿を、輪廻転生の神は微笑みを浮かべたまま見守っていた。

 

魂に恐る恐ると手を伸ばし、その魂を壊れ物を扱うが如く、繊細な動きで両手の中に包み込んだのだ。リュウマの眼には解る。唯の魂なんかでは無い。その魂には、その持ち主が生きていた頃に刻んだ人生と、人間の個人として然りとした明確な人格が宿っている。輪廻転生すれば、それ等は真っ白に戻され、新たな命として輪廻の輪に加わるのだ。しかし、リュウマが手にしているのは、そんな輪廻の輪に加わる前の、死んで間もなくしか経っていないような魂だったのだ。

 

 

 

「こ、これは……ッ!?」

 

「君の眼には視えているんだろう?それは()()()()()()()()()()()()()()()

 

「な、何故…此奴も……此奴もッ……!確かに我が治めていたフォルタシア王国に住まう者達の魂そのもの…!」

 

「100億年経っても憶えているなんて、流石としか言いようが無いよ。……ボクは当時から、ありとあらゆる神々から言い寄られていてね、うんざりしていた時があるんだ。まぁ、今もそうだけど。そして他の神々に飽き飽きしていた時、何と無しに世界を覘き込んだんだ。そして…君を見つけた。神であるボクにすら、いや…神にも解らない存在(純黒)である君が。そして同時に確信した。君ならばボクという輪廻転生の神たらしめる繋がりを断てるだろうと」

 

「……成る程。交換条件ということか。我の(純黒)を以て神である貴様の輪廻転生の繋がりを斬れ…そういうことか」

 

「まぁ、端的に言えばそうだね」

 

「……フハハッ!だが、こうは思わなかったのか?」

 

 

 

手にしていた魂から手を離したリュウマの体から、純黒なる魔力が暴虐な嵐のように噴き出て空間を軋ませる。神が居る神域をも犯す、その無差別性。近付けば輪廻転生の神は忽ち純黒によって呑み込まれ、死に絶えるどころか、存在そのものを呑み込まれてしまうだろう。魔力が止め処なく溢れ、白の空間を黒く染め上げていく。

 

背中に生えた黒白の3対6枚の翼がばさりと大きく広げられ、己が姿を見せ付けるかのようだ。純黒なる魔力によって視界が悪くなり、その姿が隠れようとしている中で、リュウマは輪廻転生の神に問うのだ。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()とは?」

 

「………………。」

 

 

 

魂を取って置いてもらったからと言って、素直にリュウマが輪廻転生の神の願いを聞き届けるとは思えない。そして、そんな保証は何処にも無い。つまりは、リュウマがこの場で輪廻転生の神を文字通り殺して奪ってしまえば良いだけの話なのだ。

 

輪廻転生の神は黙ってリュウマを見詰める。真っ直ぐな碧眼の瞳でリュウマの黄金の瞳を見詰め続ける。そしてクスリと笑うと、それは無いと呟いた。

 

 

 

「だって君が今この場で殺したとしても、何のメリットも無い。それに、君は既に気が付いている筈だよ。その膨大な魂の中に()()()()()()()()()()()()

 

「……………。」

 

「在処を言っていないのはボクだ。本来ならばボクが言わない限りは君が知り得る機会は皆無。だけど君にはボクから無理矢理両親の魂の在処を調べる手がある。簡単な事だろう?殺した後にでも君の魔法でボクの記憶を見ればいい。けどそれをしない理由は一つ……君は今()()()()()()()()()()()()()()

 

「……………クッ……フハハハハハハハッ!!」

 

「それで?ボクは合格かな?君を見てきたボクの考えが正しければ、今この場でボクが命乞いや、殺したら今此処には無い君の両親の魂の在処が解らなくなるぞ…なんて言って脅しを掛けていたら、君は確実に今…この場でボクを殺していたよね?」

 

「フハハ……()()。我は貴様を試した。つまらぬ事を述べる、文字通りつまらぬ存在()ならば用は無く、この場で殺していた。だが、貴様は誠に我という存在を見て、(純黒)を見ても慌てず、焦りすらも無かった。まるで()()()()()()()()()振る舞いであった」

 

 

 

リュウマは全身から溢れ出していた魔力を止め、魂達から離れて輪廻転生の神の前、倒れている椅子を魔力で操作して起き上がらせて戻すと、何事も無かったかのように座り、輪廻転生の神と対峙した。

 

輪廻転生の神が言っていた通り、リュウマには記憶を覗き込んで知るという(魔法)がある。故に輪廻転生の神の口から教えられる必要など無いのだ。しかし、それをしなかったのは、この前で微笑んでいる神がつまらぬ存在であるか否かの判断をするための試しでしかない。もし仮に、命乞いをしようものならば、リュウマは本当にこの神を殺していたのだろう。

 

だが、それでも、輪廻転生の神は慌てもせず、かと言って焦りもせず、確りとした意思でリュウマの瞳を見返して最善の返答をしたのだ。口にはしていないものの、輪廻転生の神は、見事リュウマから合格を勝ち取ったのだ。

 

 

 

「じゃあ、信用してもらったところで…。ボクは君という奇蹟の存在を見つけ、歓喜した。そして同時に思ったんだ。神では無く、普通の存在として君の傍に居たいと。それからというもの、ボクは世界の外側から君を見ていた。そしてあの事件が起きたんだ」

 

「フォルタシア王国の壊滅か」

 

「そう。君が最も大切にしていた両親を合わせた数億人に及ぶ民が殺された。それに間違いは無いよ。けど、そこでボクは思ったんだ。君にボクの神格を斬ってもらうとしても、絶対に対価を用意しなければいけないと。そこで、ボクは君の両親を含んだ民の魂全てを秘密裏に保管し、君との接触が許される時を待つつもりだった。何せ、世界の外側の監理人であるボク達神は、世界に直接の手を下せないからね」

 

「故に地球が滅び、我が行動を起こさなくなって50億年経った今、干渉したということか」

 

「そういうこと。けど、残念ながら君の両親の魂は此処には無い。()()()()()()()んだ」

 

「持っていかれた…?」

 

「そう。当然ながら、輪廻転生を司る神が、特別視しての魂の保管は厳罰に値する。けど、ボクはそれを犯した。だからこそ、君が此処に来るまではバレないようにはしてたんだけど、ボクに言い寄ってくる全能の神…“最高神”に君の存在を見つけられてね。君の力は危険だと悟ったアイツは、ボクが保管していた君の肉親…その魂の在処を探り当て、尚且つボクが(人間)の事が好きだと知るや否や、慕う君の為に保管していた魂を返して欲しくば、我が伴侶となり、人間から手を引け。さすれば無断の魂の保管の罪、見逃してやる……そう言われているんだ」

 

「我が父母の魂を持っているのは……“最高神”とやらか」

 

「どうにか話は有耶無耶にはしていたけれど、もうあっちは待てないようでね。性に奔放な最高神サマでさ、妻なんて何百人や何百柱も居る癖に、未だに女を欲しがっているどうしようも無い奴なのさ。けど、実力は本物。神々を支配するその力はまさに、世界を想像し世界を破壊するのは息をするより簡単に行うような奴さ。そんな奴から求婚されているボクは、もう時間が無かった。後10年遅ければ無理矢理結婚させられていたよ。……さぁ、どうするの?宇宙を創造するも破壊するも、指先一つでやってしまうような絶対的存在に対して」

 

「貴様、いや……()()()我を見てきたのだろう。なればこそ解る筈だ。我の(うち)に潜み、今も尚燻り、解き放たれるその瞬間を今か今かと待ち構えているモノが。そして我が何故(なにゆえ)()()()()()()()()()()()

 

「……そっか。当然だよね、君なら。………行ってらっしゃい。ボクは此処で君の帰りを待っているね」

 

「うむ。そして我が此処へ帰ってきた暁には…お前の願い、叶えてやる」

 

「…っ……うんっ。楽しみにしているねっ」

 

 

 

椅子から立ち上がったリュウマは、輪廻転生の神から踵を返して去って行った。言われずとも承知していた輪廻転生の神は、指を鳴らすと別次元への孔を開いた。リュウマもその孔が何処へ繋がっているか等百も承知。故に、彼は何の迷いも無く、躊躇いも無く孔の中へと入って行き、その姿を消した。

 

輪廻転生の神は暫くの間、椅子に座ったまま動くことすら出来なかった。しかし暫くの後、輪廻転生の神は顔を両手で覆って泣き崩れたのだ。嬉しかった?否。緊張した?否。ならば、恐怖した?…否。輪廻転生の神は、己の卑しさに呆れ返り、自責の念からくる涙を流していたのだ。

 

 

 

「何が…此処で待っているね…だっ!都合が良いように言っているだけで、あわよくば“最高神”を倒してくれると期待して、他でも無い彼を使用(つか)っているだけじゃないか…!救って貰う為に用意したものを奪われ、剰え救わせるなんて……何が上位神のトップレベルだ…何がリーダー的存在だ……ボクは向かわせるしか出来なかった…。そして彼は…ボクに使用(つか)われていることを承知で、何も言わず向かった……はぁ……神は欺瞞故に傲慢な存在…そんなのに為れないよ……そうか…ボクは根っから神には向いていなかったんだね………後ボクに出来るのは──────」

 

 

 

輪廻転生の神は、他に出来る最後の事を()す為に、彼の居た世界に置いてきてしまった存在(かのじょ)を探し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“最高神”…“最高神”とまで来たか。ふふ…地球外生命体の最高権力者やら人の最高権力者を数多と殺し、殲滅してきたこの我が…よもや()()()()()()()()()()()()()…ふふふ……永きに渡るが、我が人生は何が起こるか解らぬなァ」

 

 

 

リュウマは一人、孔を潜り抜けて、別次元と別次元の狭間に形成された0の空間を歩みを以て進んでいた。そんな彼の足取りは軽くに思えるだろう……()()()()()()()()()()

 

上機嫌に話している彼は、ピクニックへ行こうとしているかのように、強者との戦い故に心躍らせていると思えるだろう……()()()()()()()()()()()()()()()()

 

だが、それでも仕方ないのだろう。何故ならば…最高神とやらは触れてしまったのだ……()()()()禁忌(タブー)に…。

 

リュウマは体を震わせ始めた。それは何て事の無い。当然のような憤怒による震えであった。

 

 

 

「………クッ……くォのォ……塵芥の存在如きがァ────────────ッ!!!!」

 

 

 

リュウマは心の中で燻っていたものをそのままに、吐き出し咆哮した。全身から放たれる莫大な魔力は、次第に噴き出す勢いを増していき、リュウマが居る空間を純黒に犯した。

 

 

 

「我が…我が敬愛する父上母上を奪い去っただけに留まらずゥッ!!剰え女を抱くが為のみの“道具”として扱いおってェ…ッ!!このッ……(クソ)がァ────────────ッ!!!!!殺す…殺す殺す殺す殺す殺す殺すッ!!貴様の力もッ!!名誉もッ!!神格もッ!!権能もッ!!女もッ!!地位もッ!!存在諸共総て呑み込みィ…惨たらしく惨苦に殺してやるぞ、塵以下の糞がァ────────────ッ!!!!!!」

 

 

 

リュウマは完全に怒り狂い、感情に伴って純黒なる魔力が噴き荒れる。その無差別性から、実の父を以てしても封印を掛けておかなければ、地球上に住む生物が死滅すると言わしめた凶悪な魔力が、四方八方へと放たれていた。

 

 

 

「アルファァ……()()()()()()及び()()()()()…黑神世斬黎の封印を解く準備を2秒以内に整えろォッ!!」

 

《畏まりました。身体能力の封印及び全魔力解放、黑神世斬黎の解放準備が整いました》

 

「──────『原点故に我が起源(ヴォルテクス・ワン)』」

 

 

 

 

 

 

(すべ)てを()()()(つぶ)せ──『黑神世斬黎(くろかみよぎり)』」

 

 

 

 

 

 

リュウマが自分自身に掛けた大量の封印、その数は実に200以上にもなる。リュウマは生まれつき魔力が向上し続けるという奇病に掛かっており、その所為もあって短命であった筈なのだ。しかし、ある事件が発生後、不死となってしまったばかりか、魔力の上昇を止めることが出来ないのだ。

 

次第に魔力を封印する為の封印そのものが、数を一向に増やしていってしまい、リュウマが()()と共に生きていく決心を付けた戦いですら、12という封印で、常時の約5000兆倍の魔力を内包していた。ならば…それが200という途方も無い数の封印となり、その封印を総て解いてしまったとしたら?……そんなもの考えなくとも解る筈だ。解ってしまう筈だ。答えはそう…()()()()()()()()

 

 

 

「今征くぞ神共ォ……殲滅王の憤怒に塗れて死ぬが良い」

 

 

 

リュウマは腰に差した()()()()刀の内、彼の存在を指し示すかのような純黒の色合いを持つ刀を抜刀し、この空間が繋がっている先へと、距離という概念諸共断ち切り、強くなりすぎた人間は今…神々が住まう神界へと到達した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神界(しんかい)……それは人間が崇め、象徴した神のみが住まう世界の事を指し示す。神しか住まず、神しか存在することを許されないその世界に果ては無い。何処までも無限に続いて広がり、地球のように球体で存在して居るが故に、果てを目指せば一周する何てことも無い、無限の世界。だが、そんな世界にも中心というものはあり、その中心には見上げても頂上が見えないほどの巨大な大木…神樹が存在する。

 

神がまるで人のように存在し、狩りをしたり家族と水入らずで過ごしたりと、場所が地球ならば人と何も変わらない穏やかな世界。しかし、この日…神界に亀裂が入った。紙を刃物で無理矢理切り裂いたかのような孔が開き、中から神が恐怖し、後退る程の禍々しい純黒のナニかが溢れ、神界の大地に溢れ落ちるや否や、神気溢れる大地を黒く染め上げ犯し始め、侵蝕を開始した。

 

異常を悟った最上位の神々は、元凶である神界に発生した裂け目に戦いの神を向かわせた。若しかしたらということも有るだろうと、万全の準備として全身を神の武具によって覆い、手には神の武器を握って向かったのだ。早く裂け目を閉じなければと、急いで裂け目に手を掛けようとした瞬間……戦いの神の首が刎ね飛ばされた。神は死と再生を繰り返す存在。どれだけ殺されようと、真の意味で死ぬことは有り得ない……筈だった。

 

首が飛んだ神が再生しない。それに気付いた時には既に…裂け目の元凶が神界へと、裂け目から姿の全容を現した。

出て来たのは唯の人間だった。神のように神格を持っている訳では無く、神気すらも感じられない。それ故に答えを出すよりも先に人間だと理解した。だが、その人間は黒と白の翼を3枚ずつ故に6枚も生やし、体を必要最低限の黒い鎧で覆い隠し、頭には王である事を示すサークレットを被っていた。体中からは考えるのも阿呆らしく感じる、無差別にして暴虐なる力を常に放っている。

 

左腰には金と銀に彩られた、見る者の目を奪い離さない芸術性の極みである刀。その右手には…戦いの神である己等どころか、神そのものに対して言い表せない感情を呼び覚まさせる、得体の知れない黒より黒い純黒の刀。そしてその表情は……誰が見ても解ってしまう程の憤怒に満ち溢れるものであった。

 

何だこの人間は。そう思うよりも早く、そして速く、その場に集まった総勢200にもなる戦いの神を、文字通り塵も残さず完全に消し飛ばした。

 

手始めにと言わんばかりに、戦いの神を一瞬の内にして殺した後、侵入者である人間…リュウマは、がぱりと大きく口を開き、口内から黒く眩い光を発光させた。魔力を口内で練り上げ、莫大な塊として創り上げた瞬間、足下に広がる神秘の大地に向かって、それを解き放った。口から黒き極太の、()()1()0()0()0()()()()()()()()()()()光線を放ち、左から右へと大地を薙ぎ払い、地上に生息していた神界の神獣や、何の罪も無い下級の神諸共塵も残さず消し飛ばした。

 

神性溢れる神秘の大地が大爆発を起こし、後にその場には生き残り等も当然居るはずも無く、目下の光景が地獄絵図へと早変わりし、黒炎に包まれる景色の中で、リュウマはぎちりと音が鳴りそうな苛虐的笑みを浮かべながら嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神界へ侵入した人間…リュウマ・ルイン・アルマデュラが戦ってからどれ程の時間が過ぎたのだろうか。そも、この神界に時間という概念自体有るのだろうか。相手は時間の経過によって老化を起こし、死を迎えるという事が無い概念的存在である神。殺しても殺しても、次から次へと湯水が湧くが如くやってくる。

 

眼に映る神々を只管に殺していっているリュウマに味方は居ない。襲い迫る途方も無い数の神々を、たった1人で殺し続けているのだ。頭から股下まで一刀の元に左右に両断したり、頭を掴んで林檎のように握り潰して破裂させ、死体となって消える前に他の神へと押し付け、魔法によって諸共爆発させて吹き飛ばしたり、足首を掴んでヌンチャクのように振り回し、神で神を撲殺したり。

 

専売特許とも言える殲滅魔法で、辺り一面に覆い尽くすようにやって来た神々の軍勢を鏖殺したりと、出て来れば出て来た分だけ殺し続けた。今とて、リュウマは神話に出て来るような…否、神話に登場した神々の軍勢を1人で相手にしているのだ。

 

 

 

「12億4525万3452……未だ限りが見えぬ…“最高神”とやらは何処に居るッ!!」

 

「ぐ……ごぼォ…ッ……人間…風情……がぁ…!」

 

「黙れ神風情が。邪魔故に疾く死ね」

 

 

 

刀を胸に突き刺された神は、刺された部分から純黒に変色して侵蝕され始めたが、その命が尽きる前にリュウマの後ろ回し蹴りによって頭部を消し飛ばされた。それを見た神々は一瞬の怯みを見せてしまい、その間に神々の上下左右に黒い波紋を展開していた。降り注ぎ刺し貫く至高の武器の嵐。逃げ場等存在しない猛攻は、瞬く間に敵を蹴散らしていく。

 

しかし、殺した神の後方から、更に新手として武装した神が出張ってくる。いくら何でも多すぎる。見渡す限りに現れた神々に、一刻も早く実の父母を救い出したいリュウマは、苛々が頂点を突破しようとしていた。次第に鬼の形相よりも険しくなっていく表情(かお)に比例し、放出する魔力の量が爆発的に上昇した。

 

 

 

「塵共がァ…ッ!!此処ら一帯諸共に逝ねッ!!禁忌──────」

 

 

 

 

 

 

死に歓喜し身を委ね滅び逝くが彼の理である(The last of all concept is perish)

 

 

 

 

 

 

命無き者にも絶対にして崇高なる死を与える魔法により、死の波動がリュウマを中心として半径100キロに及ぶ範囲にあるもの、有機物無機物に関係無く死に絶えた。一瞬の内に殺風景となってしまった地上に、まさしく死んでいるとしか言えない宙。先まで神秘を内包していた場所が、今では見るに堪えないものとなってしまっていた。

 

どれだけ動き続け、魔法を放っていた事だろうか。1時間か10時間か、それとも1日か10日か、一ヶ月か1年か。最早定かでは無いが、リュウマの体にも鈍い疲労の色が見えてきた。何度も魔法を連続使用しているため、魔力が無尽蔵であるとはいえ、使用すれば疲れもする。少し上がった息を整えるために深呼吸をしている間、神々もやられてばかりではなかった。

 

百をも超える神々が一カ所に集まりだし、手を翳して金に輝く何かを召喚し始めたのだ。集めて凝縮されていくのは、神々が内包する純粋な神の力。それらを一挙に集めているのだ。

 

 

 

「あれは……『アストラ』か」

 

 

 

アストラ…インド神話に登場する、神の力を武器の投擲物の形で召喚したものの総称である。この召喚武器はインド叙事詩に登場する英雄達が使用したと言われているが、この世界に存在する神々も使用することが出来るようで、多くの神々の力を使うことにより、より強力な武器を召喚しようというのだろう。

 

召喚されたのは、巨大な一本の黄金に輝く槍であった。流石に百を超える神々によって、手ずから召喚されたものなだけあって、感じ取れる神の力や神性が恐ろしい事になっている。眉を顰めたリュウマに、休ませるつもりなど毛頭無いと言わんばかりに、神々は黄金に輝く槍をリュウマに向けて投擲した。

 

音速以上の速度で狙われたリュウマは、目前に魔法陣を展開し、防ぐために両手を突き出そうとしたところ、槍とリュウマの間に何者かが割って入ってきた。驚愕して魔法陣の展開が遅れ、割って入ってきた何者かに神の投擲槍が直撃し、大爆発を起こした。殺してやったと、歓声を上げている神々を余所に、爆煙の中に居たリュウマは、魔法によって突風を生み出して視界を確保した。

 

そして割って入ってきた者の姿が見えてきた。神々へ立ち塞がるようにリュウマに背を向けているのは女性。腰に届き、背中を流水のように流れる橙色の髪を靡かせ、白を基調とした汚れの一切無い純白の衣装。短めに作られたスカートが風によって煽られ、中に隠れる肉付きの良く情欲を駆り出させてしまう太腿が覗かせる。膝を護るための最小限の甲冑と共に膝まで伸びる漆黒のソックスが足の細さを目視によって訴える。

 

腰に帯びるように巻かれた金の刺繍が入った腰帯に、視線を吸い寄せるような、周りの風景と一線を画した存在感を露わにする純白の双剣が、左右の腰に腰帯に付けられた鞘に納まっている。肘と手首を護るために付けられた甲冑と、ソックスと同じく漆黒ドレスグローブを付けた腕。その腕の内、左手を投擲槍が飛来していた方向へと翳していた。

 

神の槍を無傷で受け止めた女性は、ゆっくりとした動作でリュウマへと顔を向けて、蕩けるような甘く美しい微笑みを浮かべた。この者こそ、リュウマに100億年もの永き年月の中、常に隣で寄り添い支え、彼を心の底から愛し、今も尚色褪せない愛で以て愛し続けている伴侶()であるオリヴィエ・ルイン・アルマデュラである。

 

 

 

「オリヴィエ……」

 

「全く。酷いではないか。愛する妻を一人残して独りで戦うなど…なァ?」

 

「それは……すまぬ。お前を置いてきてしまい、果てには迎えに行くこともせず、私情に任せてしまった…」

 

「……ふふ。冗談だ。確かに置いて行かれたが、それは貴方の意志では無かった事などもう知っている。輪廻転生の神を名乗る()()()会って事情は訊いた。邪魔な神々は(滅神王)に任せ、貴方は“最高神”とやらの所に向かってお義母様とお義父様を救い出して来い。何、心配せずとも貴方が“最高神”を殺してお義母様とお義父様を救い出した時、私は既に()()()()()終えているさ。後、輪廻転生の神が言うには“最高神”は神樹の頂上に建てられた神殿に居るらしい」

 

「……ふっ。流石は我の妻よ。…ありがとう。愛している。後に礼と謝罪を込めて何かで以て返そう」

 

「ならば、そうだな…50億年も互いに眠って夫婦の営みが少々御無沙汰だったからな…ふふ。後は言わんでも解るだろう?」

 

「……お手柔らかにな。毎度毎度絞り尽くされ、枯れ死にそうになるのは我なのだから。今はこの程度で我慢してくれ」

 

「あっ……んぅ…ちゅ…っ……んはぁ…ふふ。仕方ないな♡……行ってらっしゃい」

 

「あぁ──────行って来る」

 

 

 

リュウマは愛する妻を手繰り寄せて腰に手を回し、正面から優しく抱き締めると唇に口付けを落とした。目を閉じてうっとりとした表情で受け止めたオリヴィエは、最後にリュウマの離れようとする唇をぺろりと舐め上げ、2人の唇の間に架かった銀の橋を舐め取って妖艶に微笑んだ。

 

引き締まっているリュウマの二の腕に指を這わせ、彼の指に少し自身の指を絡ませると、離れるのを惜しむように小指をきゅっと握ってから離し、体もリュウマから離れて純白の双剣に手を掛けた。リュウマはそんなオリヴィエに頷き、6枚の翼を大きく広げ、衝撃波を生み出しながら最高速度で神樹の頂上へと一直線に目指した。

 

まだ晴れていない爆煙の中から、殺したと思った人間が、“最高神”の居る神殿を目指そうとしている事に気が付いた神々は、手に持つ神の武器を投擲して落とそうとした途端、爆煙の中から飛来する斬撃に、体を斬り刻まれてあっという間に絶命した。他にも居たのか動揺が奔る中、オリヴィエは右手に持つ剣で爆煙を一閃して晴らせ、先程とは打って変わった冷たい表情で神々を見ていた。

 

 

 

「私の愛しの夫が今、貴公等の最高権力者を殺しに行くという、大事なお仕事に向かった所だ。無粋な邪魔立てはせんで貰おうか。まぁ、代わりと言っては何だが。私が貴公等の相手をして残らず殺してやろう」

 

 

 

「人間如きが図に乗りおって……ッ!!」

 

「我々は神だぞ。貴様等人間が目にすることすら烏滸がましい崇高なる存在」

 

「況してや我々を殺そうなどと」

 

「その不敬は神への冒涜と見なし万死に値する」

 

 

 

「万死に値する…?ハハッ。万死に値するのは貴公等だ。よくもお義父様とお義母様を攫ったな。夫の怒りは私の怒りだ──────」

 

 

 

 

 

 

 

精々良い玩具(くぐつ)となれ

 

 

 

 

 

 

 

莫大な数の神々を前にしてたった1人、オリヴィエは飛び去った夫の事を想い馳せながら、純白の双剣を引き抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュウマはマッハ100にもなる超速度でソニックブームを起こしながら神樹をあっという間に登り切り、頂上の部分が広がって大地の役目を果たし、その上に建てられたギリシア建築を彷彿させる造りとなっている神殿へ辿り着いた。中からは下に居た神々が纏う神性等では足元にも及ばない程の神気が溢れていた。

 

しかし、この神殿の中に目当ての“最高神”が居ると解ると、最初に燻っていた怒りが再燃し、それが膨大な魔力として顕著に顕される。神気すらも黒く塗り潰し、神樹に生える葉も枝も何もかも黒く染め上げながら、見上げるほどに大きな神殿の中へと入っていった。

 

神殿の中へ入り込み、真っ直ぐ続く通路を道なりに進んで行った。すると、目先に20メートル程の巨大な門が設けられ、リュウマはその門に蹴りを入れて破壊した。神の世界にある最高級の金属によって造られた門は、通常の門よりも破格の硬度を持っている筈なのだが、蹴り壊されて外れた門にはくっきりとした足跡が付き、門とは言えないほど拉げていた。

 

門を破壊して入ってみれば、壁の全てが煌びやかな黄金によって爛々と光り輝く部屋へと出た。そしてその者は居た。一番奥に豪華な玉座を設け、そこに座ってリュウマのことを無感情に見下ろしている、顔がまさに神の造形と言うべき程整った顔立ちの男が。この者こそ神々の世界住まう神の中の神…“最高神”デヴィノスである。

 

玉座の周囲には、数多の美女美少女を侍らせており、この者達が“最高神”によって娶られた妻達なのだろうと、輪廻転生の神が言っていた通りだと感じた。女の中には人間も含まれており、他の世界に居て美しいと感じたものは残らず抱いて娶り、孕ませて連れ去るのだ。“最高神”である己には当然と捉え、咎められる者が居るはずも無く、何時しか妻は200を越えていた。それも、美の神や豊穣の神、女神もその中には含まれる。

 

デヴィノスの妻となっている人間や女神等は、何かしらの方法で下の惨劇を見ていたのか、リュウマの姿を見るや否や顔を蒼白くさせて震え始めた。絶対に殺される。リュウマの縦長に切れた瞳を見てしまった女達は、即座にそれを悟った。

 

 

 

「貴様が──────」

 

「喋るな。盗っ人猛々しい塵が。我が父母の魂を攫い奪ったその罪…“最高神”と言えども万死に値する。そんな貴様の言葉など虫唾が走って耳に入れるどころか認知したくも無い」

 

 

 

神の中の神が相手だというのに、千切れそうなほどこめかみに青筋を浮かべるリュウマに、“最高神”の威光を知っている妻達は、蒼白い顔色を白くさせた。しかし、件の“最高神”と言えば、所詮人間如きと捉えているからか、眉を顰めることすらしなかった。そして懐から、二つの青色の朧気に存在する、2人分の魂を取り出した。

 

 

 

「父母とは此の事か」

 

「…………………。」

 

「我の言葉に従わず、妻と為ることを渋るあの女が隠していた故に、何かと思えば()()()()()()人間の魂であった。しかし…問題は貴様のような得体の知れぬ存在の父母であったという事。魂を調べたが、特出したものなど皆無である()()()()魂であった」

 

「………ふ……ふふ………フハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!ハーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

 

 

 

“最高神”が話し終えると、顔を俯かせて肩を震わせていたリュウマが勢い良く顔を上げ、何処までも相手を侮辱する笑みで嘲笑した。突然嗤いだしたリュウマに、周囲の女はビクつき、彼の周囲を漂う純黒の魔力による不気味さも相まって、この場に居るこの人間が…悍ましいナニかにしか見えなかった。

 

暫く嗤い続けたリュウマは、嗤いを止めると“最高神”へ再び目を向け、見下すような視線を送った。だがそれも仕方無い話だった。“最高神”が全能である以前にまた、リュウマも全能であるのだから。だというのに、彼の目当てである魂を、見せびらかすように目前に出してしまったのだ。

 

 

 

「“最高神”という程だ。どれ程の者かと思えば…ククッ…これ程阿呆な存在であるとは夢にも思わぬわ」

 

「たかだか一介の人間が、神々の王である我を愚弄するか」

 

「然り。そも、これを愚弄せずにはいられまい。最早愚弄せん方が愚弄しているというもの。フハハッ!…さて、()()()()()()()()()()()()。残るは貴様の滅殺のみ」

 

「──────ッ!?貴様…ッ!!」

 

 

 

リュウマは“最高神”が手に持っていた魂二つを、()()()()()()()()()()()()()嗤った。“最高神”故に全知全能でありながら、取るに足らんと判断していた人間に後れを取ってしまった。その事に矜持を傷付けられて妻達の手前、恥を掻かされたデヴィノスは玉座から腰を上げ、その体に黄金の鎧を、その手に稲妻が奔る槍を手に取り、リュウマの事を睨み付けたのだ。

 

しかし、しかしだ。戦闘態勢を整えるのが一瞬どころか、余りにも遅すぎ、デヴィノスは既に()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「──────ッ!?何だ…此処は……?」

 

 

 

デヴィノスが気付いた時には、既に黄金に爛々とした煌びやかな部屋から一転し、見渡す限りに黒い…漆黒よりも黒く、深淵よりも黒い世界へと放り出されていた。黒意外に何も見えない。見ることが出来ない世界で、デヴィノスは背筋に薄ら寒いものを感じ、そこでハッとしては頭を振って有り得ないと気を取り直す。

 

己は神々の頂点である“最高神”デヴィノス。薄ら寒いもの?恐怖のことか。そんなものはこのデヴィノスに存在しない。我あるところに一があり全があり、我こそが理であり絶対なのだ。そう確信しているからこそ、この場へ連れて来たのだろう前に佇む人間には、生半可な死は与えないと決心した。

 

 

 

「この我を別次元へ跳ばすとは。死ぬ覚悟は出来ていようなァ?」

 

「……此処は()()()()であり、参冠禁忌が一つ、『終焉刻(おわり)総黑終始零世界(くろのせかい)』を展開した。最早既に貴様は、全知でもなければ全能でもない。力は貴様が愚弄し、()()()()()()()()()()人間のそれへと堕ちている。良かったではないか。()()()人間の気持ちを知れたぞ?」

 

「フン。何を馬鹿な事を。我が人間のそれ?我は崇高なる神々…の……何…だと?」

 

 

 

デヴィノスは漸く気が付いたようだった。溢れるほどの神性や神気が、欠片も己の内に無いということを。謂わばこの世界は、対象が人間よりも優れ、大量の権限によって身を固めている超常的存在であればあるほど弱くなる。そんな世界に…否、リュウマと対峙した瞬間…否ッ!!リュウマの威を狩った時点で死ぬことは確定していた。何者も逆らうことが出来ず、逆らうことを赦されない世界…それがリュウマ(純黒)の世界。

 

さて…と、言いながら、リュウマは腰に差した純黒の刀を引き抜き、鋒に莫大という言葉では表せない、()()()()()()()()()()()。リュウマの生まれ持った奇病の他に、生まれ持った特殊な内臓が備わっている。その名こそが『魔臓器(まぞうき)』。体内で常に魔力を生成し続け、更には凶悪な特性として()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というものを持っている。

 

100億年前の時点で、全魔力を使おうが、コンマ5秒ありさえすれば全魔力を補充し終える程の超回復能力を秘めていた魔臓器は、今現在では更に能力は凶悪となり、()()()()()()()()()()()()()()()という現象を起こしていた。つまり、リュウマは全魔力を使い続ける事が出来るという、矛盾を体現出来るのだ。

 

そして、忘れてはならないのが、デヴィノスの行ってしまった敬愛する父母の簒奪に加え、今までの父母を愚弄する言動。ぶっちゃけ言ってしまえば、()()()()()()()()()()()()

 

リュウマは純黒の刀である黑神世斬黎の鋒に、全魔力を注ぎ続けて凝縮しているが、そこへと更に…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()送り込んでいたのだ。しかも、それがどれ程のものかというと、魔力を使わない時があるならば()()()()()()()()()全魔力を注ぎ続けていた程のもの。つまりは24時間365日の間、常に注ぎ続けていた期間が、少なくとも80億年分は黑神世斬黎の中にストックされているということ。

 

無論、全知全能の力を無効化されているデヴィノスは知り得ない事ではあるが、把握していて尚も本当の全魔力を注ぎ込んでいるリュウマは凄みのある歪んだ笑みを浮かべた。

 

 

 

「ま、待て人間ッ!!我を見逃せッ!!さすれば貴様を次期“最高神”最有力候補として取り上げ、後に神界の総てを貴様にくれてやろうッ!!為ればこそ、力も…権力も…我の権能も…女もッ!!総てが貴様のものだッ!!」

 

 

 

なりふり構わず。そんな言葉が今のデヴィノスには当て嵌まるのだろう。ではここで、一つ思い出して欲しい台詞の話をしよう。リュウマが神界へ来る前、輪廻転生の神との問答の際、輪廻転生の神が何と言っていたのか。

 

 

 

『ボクが仮に今、君に命乞いや脅しの類をするような()()()()()()()()()()()()、君はこの場でボクを殺してただろう?』

 

 

 

リュウマは地位も名誉も女も要らない。地位は昔にこれでもかというほど持っていた。名誉なんぞ地球が消えた以上持っていたところで意味は無く、そもそも誰に自慢しろというのか。女も要らない。彼の心の中には常に、8人の妻達と、オリヴィエという愛する者が居るから。そしてリュウマは、つまらない存在にはとことん淡泊である。

 

それにもっと根本的な話をするならば、必ず殺すと決めたら最後、本当に殺すまで絶対に止まらない男なのである。故に無慈悲。故に残虐。故に…殲滅王。

 

 

 

「“最高神”ともあろう者が、そう怯えずとも良かろう。何、唯では殺さん。貴様は我のこれ以上無き憤怒に触れた褒美(ばつ)とし、我に殺されて殺され続け、死んで死に続けろ。貴様は“永劫無死(えいごうむし)”の刑に処す」

 

「ま、待てッ!!何をするつもりだッ!!我は神々の頂に君臨する“最高神”デヴィノスであるぞッ!!貴様のような矮小な人間が──────」

 

「参冠禁忌が一つ──────精々楽しめよ。我も貴様で愉しむが故」

 

 

 

 

 

 

()はあらゆる総てを創造せしめた一条(ひとすじ)淡晄(たんこう)

 

 

 

 

()はあらゆる総てを破壊せしめる一条(ひとすじ)蠻晄(ばんこう)

 

 

 

 

刮目せよ、此は総てに課せられる試練…畏怖せよ恐怖せよ、しかして(あが)(たた)えよ…

 

 

 

 

来たるは世界の咆吼…起源降誕現象(ビッグバン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再誕の時が満ちた、其は世界創世の淵源(アルトゥルム・オルエレスフィ・ノヴァ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界を開闢したと言われる原初の(爆発)。この一つから総てが生まれたと言っても過言ではない黒き閃光が奔り、光よりも速い速度で、一度目の爆発にも拘わらず向こう7500載(10の44乗)光年の一切を消し飛ばした。

 

無論のこと、そんなものを人間のそれへと、存在そのものを落とされ無効化されたデヴィノスが生きている筈も無く、何も残らず完璧なまでに消し飛んだ。しかし魔法は健在であり、爆発が起きた途端に純黒の渦が形成されてブラックホールとなり、飛び散った魔力を残らず吸い込んで同じ分だけ魔力を模倣し、一度目の爆発に使った魔力の2倍の魔力を内包し、爆発しようとしていた。

 

 

 

「────ッはぁっ!?何が──────」

 

 

 

しかし、爆発しようとした瞬間…何とデヴィノスの全身が一瞬で再構築されたのである。これには当の本人も驚愕し、まだ生きている事に歓喜した所で……二度目の爆発に呑み込まれて消し飛んだ。その後も4倍…8倍…16倍となっていく大爆発に巻き込まれ、デヴィノスは刹那の一瞬を絶望と恐怖に塗れながら死を繰り返し続けた。

 

 

 

「…?確と言った筈だが。()()()()()()()()()()()と。禁忌、世界時辰儀(ワールドクロック)…『刻戻し(レヴァルディ)』。貴様を爆発が起きる1秒前に爆発に巻き込まれる直前の貴様へと戻し続けるように設定した。その爆発は我が止めぬ限り止まらず、『刻戻し(レヴァルディ)』は対象(貴様)に掛ける意味が無くなるまで戻し続ける。まぁ、永劫の時の中で無限に死に続けろという意味で『永劫無死』の刑だ。あぁ、それと、この世界は貴様の為に()()()()無限の広さを持つ(純黒)の世界だ。どれだけ爆発の範囲を広げようが世界が壊れる事は無い。安心して良いぞ?」

 

 

 

「嫌だぁあぁあぁぁッ!!助け──────」

 

 

 

「ふふ…ふふふ……“最高神”の恐怖に屈した断末魔は格別よなァ……聴いているだけでも愉しい…ふふ」

 

 

 

死に続けるデヴィノスの死をもう一度だけ目にし、気分良く父母の魂を片手に、純黒の世界から姿を消した。後にこの世界には、無駄な助けを求め続ける“()最高神”の断末魔が響き続けたという。

 

しかし、その真偽は確かでは無い。何故ならば、最早そこには…何者も辿り着くことが出来ぬ果てなのだから。確かめようが無いのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ。よもや貯めておいた魔力までも全て使ってしまった。まぁ、何時使うかも解らぬが、何と無しに貯めていただけ故に、特に何か思うものが有る訳では無いが」

 

「──────(わたくし)達を解放してくれてありがとう。私はフロォラ。美の女神よ」

 

「…む?」

 

 

 

デヴィノスが居た金に囲まれた部屋に転移し、戻ってきたリュウマは、空になってしまった黑神世斬黎の中に魔力をまたも注ぎ込みながら、感慨深そうに独りごちていた。しかし、そんな彼に、背後から声を掛けてきた者が居たのだ。

 

声を掛けてきたのは、デヴィノスの妻の一人であり、美の女神であるフロォラという神であった。美の女神であるだけあって、デヴィノスも神の中でトップレベルに顔が整っていたが、このフロォラという女神もまた、女神の中でもトップレベルに顔が整っていて美しかった。気品溢れる佇まいに、豊満な胸。艶やかな首から尻へのラインを張り付くようなドレスで着飾り魅了する。

 

微笑みを浮かべながら、父母の魂を持っていないリュウマの右手を両手で取り、包み込むように重ねた。すべすべとした感触に、女特有の甘い匂いと最高級なのだろう香水の匂いもする。胸を押し上げて強調する様は淫らに見えてその実、絶世の美しさと相まって不思議と絶妙なコントラストを彩った。

 

 

 

「私を無理矢理犯して孕ませたアイツが、あなたと一緒に消えてから戻ってこないところを見ると…人間のあなたはアイツよりもお強いのね。すごいわ」

 

「ほう…?あの神は心底気に食わず…性に奔放だと聞いはていたが、女の見る目は有ったようだな。今にして良く見てみれば…侍らせていた女は見た目麗しき者揃いか」

 

「ふふ。御上手ね。あなたには救われた者…あなたの好きにしてもいいわよ?私も…私達を救ってくれた御方のもう一側面…感じたいわ」

 

 

 

フロォラは包み込んだリュウマの手を、己の豊満な胸に押し付け、両手を使ってその柔らかさを塗り込むように動かした。押し込めば反発し、ふにゅりと形を変える胸。それを掌に感じながら、横目で他の女達を見てみれば、リュウマの先程の褒めるような言葉に頬をほんのりと紅くし、熱い視線を向けていた。

 

妻として娶られてからというもの、美しいなんて褒め言葉を吐かず、唯性欲の捌け口として侍らせていたデヴィノスに不満はあれど、好む理由なんぞ皆無であった。しかし、最高神故に逆らうことなど出来ず、人間の女は無理矢理神格を与えられて長寿の力を押し付けられた。

 

何も良いことが無く、暇を潰せる嗜好品も少なく、外出なんてものも赦されない。他の男との接触も断たれ、出来るのは精々他の妻達との会話ぐらいだった。そこで形的には助けとなった英雄的立場のリュウマに、密かに心を撃ち抜かれていたのだ。

 

リュウマはそういう過去を魔法で透過して覗き込み、全てを把握した上で、胸を押し付けている美の女神であるフロォラの顎を少し強めに掴み、無理矢理上を向かせた。すると、その気になったのだと悟ったフロォラは、長い睫毛のある瞼をゆっくりと閉じた。

 

 

 

「ぁっ…ふふ。乱暴なのね」

 

「度重なる戦いに疲労が有る。その体を使って我を癒せ」

 

「良いわよ。これまでに無いくらい気持ち良くしてあげる」

 

 

 

目を閉じたフロォラの顔に近付き、リュウマは左手に持っている父母の魂を懐に入れて両手をフリーにしながら…フロォラの唇に自身の唇を重ねた。そして──────

 

 

 

 

 

 

ぞぶりゅ……

 

 

 

 

 

 

フロォラの顎から首に掛けての肉を全て…食い千切ったのだった。

 

 

 

「…………────────────」

 

「くちゃ……くちゅ……ごりゅっ……ごくっ……初めて神を喰ったが…ふむ……意外にも喰えるな。寧ろ美味いかも知れぬ」

 

 

 

「ぁ……っ…き…きゃあぁぁあぁぁあぁっ!」

 

 

 

崩れ落ちる瞳から光を消したフロォラの腰に腕を回して支えると、もう一度首に歯を立てて齧り付き、肉を大きく抉り喰った。咀嚼し、味を確かめ、嚥下すると、三度目の捕食を行った。すると、首の肉が無くなって重い頭を支えるものが無くなり…ごろん…と、首が床に落ちた。

 

落ちた首が顔を青くしている女達の足元へと転がっていき、口の周りの皮膚と肉が無いまま、光を灯していない瞳を開いたまま、女達を見上げる形で止まった。恐怖が限界を超えた一人の女は、その場で蹲って床に吐瀉物をぶちまけた。その間にもリュウマは“食事”を続けており、先程押し付けられていた胸の衣装を力任せに引き千切り、乳頭も見えてしまっている乳房に齧り付いた。

 

一度二度と咀嚼していたが、目を細めて眉間に皺を寄せた後、横を向いて食い千切った乳房の肉を吐き捨てた。べちゃりと音を立てて吐き出されたそれは、最早触り心地の良い乳房では無く、赤い色をした肉塊であった。

 

 

 

「ぺっ…。やはり豊満な乳房は無理だな。脂肪の塊なだけあって、脂が乗りすぎて喰えたものでは無い。胸焼けしてしまう」

 

「あ…ぁあ……な、なん……で…」

 

「にちゅ…くちゃ……?ごくっ……何故人が同じ姿形をしている者を喰うのか…か?何をそう不思議がる。自然界に於ける共食いという名の同属食いなんぞ日常茶飯事。それが何故()()()()()()()()()()()()()()()()?……まぁ、我は何でも喰うだけなのだが」

 

「ぉ…ぉ…ねが…い……しま…す…っ……た、食べない…でっ」

 

「無理な話よ」

 

「──────っ!!!!」

 

「我はあの神を殺すと決めた時、彼奴の名誉も権力も()()呑み込み消し去ると決めた。一度吐いたからには遣り遂げるのが我故に──────」

 

 

 

 

 

貴様等にはこの場で死んで(喰われて)貰う

 

 

 

 

 

「いや……いやぁ…いやぁぁあぁっ!!!!助けてっ!誰か助けて!!死にたくない…!死にたくないよぉっ!!」

 

「誰かぁあぁあぁぁあぁあぁぁぁっ!!!!」

 

「なんで…なんでここから出れないのっ!?」

 

「出してっ…ここから出してぇえぇぇっ!!」

 

 

 

「ふふ……良い悲鳴だ。悲鳴を聴きながら喰うのも乙なもの故、今度は手脚から喰っていくか。数は235…か。ふむ…絶望に彩られ、アドレナリンが分泌されれば、肉は尚も美味くなる…愉しみよなァ。……すまぬオリヴィエ、1時間だけ待っていてくれ。1時間以内には()()()()()

 

 

 

フロォラの残った右腕に齧り付き、全て食い終わってから立ち上がり、魔法によって門を壊されていても外に出られないが故に、魔法陣を力任せに叩いて壊そうとしている女達の内、まだ16程度の歳であろう少女の見た目をした女に掴み掛かり、泣きながら暴れる中、右腕を押さえて二の腕の肉を食い千切った。

 

部屋の中で絶叫が響き渡り、ある者は失禁した後座り込んで虚空を眺め、ある者は他の女を弾き飛ばしながら指の爪が剥がれるほど魔法陣を掻き毟り、またある者は座り込んで無感情に笑い続けた。2人目の少女の見た目の女を喰い終わったリュウマは、別の女の頭を掴み、肩へと齧り付きながら女の絶叫を愉しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい。輪廻転生の神。決着を着け、魂も取り返したぞ」

 

「ふふ…おかえり。君ならこうなるって……何でそんなに血塗れなの…?」

 

()()()()あってな。それより、貴様の願いを今、果たそう」

 

「……うん。お願いね?」

 

 

 

リュウマはオリヴィエの元へ行く前に、急遽行き先を輪廻転生の神の元へと変更した。輪廻転生の神は、椅子の上で両膝を抱えたまま座り、膝に顎を乗せていたが、リュウマが来るなり嬉しそうに微笑みを浮かべた。因みに、血塗れのリュウマを見て頬を引き攣らせたが、何があったのかは言わぬが吉だろう。

 

どうやって別次元のこの場所へ一人で来たのかと、少し言いたいこともあったが、相手が長年見てきた夢中の彼ならば有り得ると、妙な納得をしてしまった。椅子から立ち上がった輪廻転生の神は、リュウマの前まで来ると、大きく腕を広げて願いの実行を促した。

 

 

 

「お前のお陰で我の大切なものを取り戻すことが出来た。最大の感謝と敬意を…お前に贈ろう。そして…すまなかったな。何度殺しかけたことか」

 

「んーん。いいよっ。今はもう気にしてないし。君はそういう性格だって事も知ってたしね」

 

「……釈然とせぬが…征くぞ」

 

「……うんっ」

 

 

 

リュウマは両手を広げてその時を待つ輪廻転生の神に、抜刀した黑神世斬黎を……振り下ろした。瞬間、黑神世斬黎によって輪廻転生の神の、リュウマが居た世界との繋がりを断たれ、輪廻転生の神が消えた世界には、新たな輪廻転生の神が創造され代役を担った。

 

この時を以て、晴れて輪廻転生の神は自由の身となったのだ。だが、輪廻転生の神では無くなったものの、今は唯の神である。神であることに少し不満そうにしているものの、神の部分まで取ってしまうと何も残らなくなってしまうので、これはこれでと割り切り、神はリュウマに飛び付いて抱擁した。

 

 

 

「ありがとう……全て君のお陰だよ」

 

「否。全てはお前の選択した道によるものであり、我はお前の導きの元、ここまで来れたに過ぎぬ。我の力によるものでは無い。お前自身の力と選択によって勝ち取った……当然にして必然の自由である」

 

「……っ……そんなこと言われたら…もっと好きになっちゃうじゃんか……このたらしめっ」

 

「……んぅ…っ?」

 

 

 

神はリュウマの顔を真っ正面から覗き込むと、自身の唇をリュウマの唇に押し付けた。ほんの一瞬、時間にして2秒程度の口付けは、恥ずかしそうに、神が離れたことによって終わった。神は頬を染めながら、はにかんだ笑みを浮かべた。

 

 

 

「神様の初めてだからねっ。ありがたく思うよーにっ」

 

「……我より歳がある存在だというのに、今のが初めてなのか?」

 

「~~~~~~っ!!それは思っても言わないのっ」

 

「フハハッ!まぁ何でも良かろう。さて、オリヴィエを待たせている。民達の魂を持って迎えに行くとしよう」

 

「何でも良いって何!?こんな美少女(の見た目)の初めてのキスだよ!?もうちょっと何か反応してよーー!!!!」

 

 

 

リュウマは神に背中をぽかぽか叩かれながら、数億個の魂を回収し、ぷっくりと膨らませている神の頬を指で押し、ぷしゅっとしてから小脇に抱えてオリヴィエの元へと転移した。

 

 

 

最早、別次元への転移を既にものにしていることにツッコむ者は…誰も居ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待たせたなオリヴィエ。魂と此奴の回収をしていて時間を食ってしまった」

 

「時間を食ったのは厳密にはそれではないのだろう?……また喰ったな?」

 

「………………………………………知らぬ」

 

「ねぇちょっと!小脇に抱えるのやめて!落ちそうで怖いし苦しいっ、ていうか胸!胸がっつり揉んでるっ」

 

「…む?やけに柔いと思えば乳房か。別に良かろう。減る物でも無し」

 

「減るよ!?ボクの精神が削れて羞恥心が天元突破…あんっ」

 

「何だ。その痴女神も連れて来たのか」

 

「…?此奴の願いは我の傍に居たいというものであったからな。輪廻転生の繋がりを斬って唯の神にしてやった」

 

「ふむ…別に妻は増やしても良いが、正妻は私だぞ痴女神」

 

「ちょっと待って!?さらっと告白のことバラされてるし、け…けけけけけ結婚はまだ心の準備がなー…って痴女神!?痴女神って何!?何か凄い言われようだし2回言われた!!そもそもこれは創造(うま)れた時からこの格好だからこれがボクの正装あんっ…ま、待ってっ…胸揉んじゃ…やぁん…っ」

 

「少し黙れ。どれだけ元気が有り余っておるのだ」

 

「黙らせるのに胸を揉みくちゃするなんて聞いたこと…はぁんっ…ご、ごめんなさいぃ…黙るから揉まないでぇっ…♡」

 

 

 

神界の大地に、神々の亡骸だと思われる山の上に座っていたオリヴィエが、リュウマが帰ってきた事に喜色満面の笑みを浮かべるが、小脇に抱えられている神を見て訝しげな表情をした。どうやらリュウマを連れて行って戦っているということは伝え、肝心の己が輪廻転生の神を辞めたく、それと一緒にリュウマに恋してしまった事を伝えていないようであった。事情を聞いたオリヴィエは納得し、妻を迎えるのは良いが絶対に正妻を譲る事は無いと宣言した。

 

件の神は、リュウマが小脇に抱えていたので解放してやると、地面にぺしゃりと倒れ込み、何故かは知らないが体をびくんっと何度も痙攣させていた。取り敢えず神の事は一旦放っておく事にし、あっ…という声を上げてからバツが悪そうな顔をしてから地面に魔法陣を展開した。

 

 

 

「…………だーーーっ!!お前表情変わらな過ぎだろ!?ポーカーフェイスカッチカチじゃねぇか!!どれがババだよ!?」

 

「……教える…訳が…無い」

 

「……チッ…また負けかよ。……まぁいいぜ。次こそは勝って……あ?」

 

「……ム?」

 

「………………………。」

 

「………………………。」

 

「………………………。」

 

「………………………。」

 

「………………………。」

 

「いや黙ってンなよ!?つーかどういう状況だコレ!?その死体の山なに!?」

 

「……不思議な…場所」

 

「……すまぬ。まぁ…取り敢えず…だ。落ち着いて耳を傾けろ、バルガス、クレア」

 

 

 

リュウマが展開した魔法陣から顕れたのは、リュウマの盟友であるバルガスとクレアであり、二人は卓袱台を挟んでトランプのババ抜きをしていた。やがて何かがおかしいと気が付いたのか、クレアが辺りを見回し、リュウマとばっちり目が合った。バルガスもよく分からないようで首を傾げている。

 

取り敢えず落ち着きながら話を聞いてもらおうと、リュウマはここが何処なのか、その死体が何の死体の山なのか、今まで何があったのかを事細かに話した。聴き終えたクレアは肩を震わせ、がばりとリュウマへと飛び付いて襟を掴んで前後に揺さ振った。

 

 

 

「なぁぁあんでっ!!そんな面白そうな事に呼ばねぇんだよテメェはよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

「……呼んでくれても…良かった」

 

「すまぬ。怒りが有頂天になってお前達が居ることを忘れ去っていた」

 

「お前がちゃっかりオレ達の体を不老不死に創り変えて眷属化させやがったからっ!!お前の眷属用の世界で暇潰ししてたんだろォがよォォッ!!」

 

「……ババ抜き…36連勝…するほど…暇だった」

 

「クレア…ぷふっ…そんなにバルガスに負けたのか?相変わらずお前は賭け事に弱いな」

 

「う、うううううるっせぇわこのアホ女!?別に弱くねーし!まだその時じゃねーんだよ!!」

 

「恐らくその時というのは永遠に来ないぞ」

 

「おう、真っ白のボケナス裏来いや。めったくそボコボコにしてやんよコラ」

 

「はぁ…喧嘩は少し待て。この世界はどうやら無限の大地なようでな。我々が全力で戦闘しても関係無かろう。だがその前に……我の父母及び民達を蘇生させる」

 

 

 

黑神世斬黎の中に取り込んで回収しておいた約2億個の魂を全て解き放ち、大地の上にふわりと浮かび上がらせた。そしてここからがリュウマの見せ場である。一つ一つの魂を使って1人ずつ魂に刻まれた死んだ時の肉体を読み解き、創造して肉体に魂を定着させなければならない。だが、実を言うと、リュウマは黑神世斬黎の中に魂を回収した際、黑神世斬黎の中で魂の分析を既に始めていたのだ。

 

つい先程その解析も終わり、後は解析した通りの肉体を創造して魂を定着させるだけなのである。白き翼をはためかせ、一度大きく羽ばたくと、一つ一つの魂の場所にそれぞれの肉体が創り出された。念の為に全員同じ服も着させている辺り、配慮がなされているだろう。人間から始まり、翼人に吸血鬼や人魚等、ありとあらゆる種族の民の肉体が創造された。

因みに、神界に普通の存在は居ることすら出来ないので、神界でも自由に生きられるような肉体に、少し弄っていたりする。

 

全部の肉体を創造し終えると、今度は両手を翳して魔法陣を展開し、約2億個の魂を定着させていった。一つ一つ形が違う肉体を創造するよりも、定着させるのは単なる作業なので直ぐに終わった。そして、リュウマの傍には夢にも見た敬愛する父母の肉体もあった。リュウマは固唾を呑み込んで父母であるアルヴァやマリアや民達を見守る。完璧だった筈だ。蘇生させる者が少し多かったが、それでも失敗等無いはずだ。魂を定着させた…にも拘わらず、動き出さないのを見て、リュウマは握る手に力を籠めた。

 

 

 

「──────ん、んん……?」

 

「──────こ…こは……?」

 

 

 

「ぁ…あぁ……っ…!ち、父上…母上…!!」

 

 

 

するとその時……アルヴァとマリアの目が開いたのだ。リュウマは膝から崩れ落ちた。オリヴィエが咄嗟にリュウマの体を支え、クレアとバルガスが彼の肩に手を置いて喜びを分かち合い、神は恍惚とした表情をしていた。

 

久しぶりの肉体故か、何度も瞬きを繰り返して視界の確認をし、辺りを見渡して涙を流しているリュウマのことを、その瞳に映した。

 

 

 

「リュウマ……か?」

 

「リュウちゃん…なの…?」

 

 

 

100億年経とうが、未だに脳裏にこびりついている実の両親に、やっと…やっと己の名を呼んで貰うことが出来た。リュウマはその顔をくしゃりとさせ、溢れる涙を乱雑に拭うと、今出来る精一杯の笑顔を見せた。

 

 

 

「お会いしとう…ございました。父上…母上っ」

 

 

 

後ろで2億人もの大群衆が、困惑した表情から、己が確かに死んだことを思い出し、前を向けば忘れもしない己等が王…リュウマが居ることに気付き、直ぐにリュウマのお陰で生き返ったのだと悟った。根拠は無い。だが、解ってしまう。だって……あの方こそフォルタシア王国第17代目国王…リュウマ・ルイン・アルマデュラなのだから。

 

2億人もの嘗ての民達が雄叫びを上げて喜びを分かち合う。かく言うリュウマも、微笑みを浮かべるアルヴァとマリアに優しく抱き締められ、止められない涙を流しながら力一杯抱き締め返した。因みに神は漸く復活した。

 

 

 

「多分だが…お前が私達を生き返らせてくれたのだろう?」

 

「ありがとうリュウちゃん。そして(死体の山から察するに)苦労を掛けたわね」

 

「いえ…いえっ!良いのです。父上と母上が戻ってくるならば…あの最高神とて嬲り殺します…っ」

 

「ちょっと待って。その言動だと最高神とやら嬲り殺したの?え、私達の為にそんな奴を()ったの?」

 

 

 

アルヴァは、少し困惑した表情をしたが、己の服を力一杯に握り締めて皺くちゃにし、涙を滝のように流しながら体中で喜びを表現してくれている最愛の息子に心から感謝した。そしてアルヴァはマリアと目を合わせると、アルヴァはリュウマの頭を、マリアがリュウマの頬を愛おしそうに撫でたのだった。

 

 

 

「……ところで……」

 

「うん?どうしたリュウマ」

 

「どうしたの?リュウちゃん?」

 

 

 

 

 

「“あの時”に我のみを置いて、先に逝った事に対する決着を着けていませんでしたね…民達皆を含め」

 

 

 

 

 

「………………………。」

 

「………………………。」

 

 

 

「「「「「………………………………。」」」」」

 

 

 

「我は今でも憶えている。それはもう鮮明に。父上は確かに言いましたよね?『これはこの国に住む者達の総意だ』……と」

 

「あ、あのぅ…リュウマ」

 

「あの…リュウちゃん。それはねっ…!?」

 

 

 

「我が…王である我が…“あれ”をされて怒らぬ…とでも?憤らぬとでも?笑って水に流すとでも?」

 

 

 

2億人もの民達はこの先のことが大体予想ついたようで、顔を青くするでもなく、表情に恐怖の色を浮かべるのでも無く、潔く…晴れやかな表情で地面に遺書を書き始めた。

 

全身から怒りのオーラと、純黒なる魔力を爆発的に放出しているリュウマに、コレはマズいと、一瞬にして悟ったクレアとバルガスは即刻その場から退避し、オリヴィエはやれやれと頭を振りながら神を引き摺って離れた。

 

 

 

 

「心配せずとも大丈夫ですよ。民達含め()()“拳骨一発”で手を打ちましょう。何、我と全く同じ筋力を持つ分身なら一人につき一人分造りましたので安心して疾く頭を差し出して下さい」

 

 

 

 

「待って。せめてコレだけ教えて。……封印…外してないよね?」

 

「りゅ、リュウちゃんはっ…女には優しいものねっ?」

 

「…………………(ニッコリ)」

 

 

 

 

──────これ…終わったわ × 約2億

 

 

 

 

この後、バゴンッという、凡そ人の頭からは鳴らないような音が神界で鳴り響き、多くの呻き声が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頭割れてない?大丈夫?たんこぶすっごい痛いんだけど…!?」

 

「リュウちゃん…成長…したわね……(ガクッ)」

 

「マリアーーー!?誰かーー!!医療班ッ!医療班は何処だーーー!?」

 

「父上。医療班どころか民の皆が地面に沈んでます」

 

「それリュウマがやったことだからね!?」

 

「我が悪いとでも?」

 

「ごめんなさい」

 

 

 

残像を生み出す速度で頭を下げたアルヴァに、溜め息を吐きながらも、懐かしそうに微かな笑みを浮かべた。そして、リュウマはこほんと一つ咳払いし、地面に倒れ込んでいる民達にも聞こえるように魔法で声量を拡散させ、後ろに居る神を紹介した。

 

 

 

「父上、母上。そして我がフォルタシア王国に住まう誇り高き民達よ。お前達が今こうして新たな生を謳歌しているのは全て、ここに居る神の助力があってこそに他ならないッ!!我は“あの時”。お前達を置いて生き延びた。生かされ生き長らえ、今も尚生きている。大義名分がどうであれ、生かされた以上生き続け、今日…この時を以て、忘れること等無かったお前達の蘇生に成功したッ!!だがお前達のその命はッ!魂はッ!決して我によるものでは無いッ!!故に知り、(ゆめ)忘れるなッ!!お前達の奇蹟の女神は……此処に居るのだとッ!!」

 

 

 

「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」」」」」

 

 

「は、恥ずかしいな…こんなに喜ばれたのは…初めてだしっ」

 

 

 

 

「そして宣言するッ!!この日この時を以てッ!!我等をこの場に再び相見えさせた神をッ!!我等フォルタシア王国再建国の奇蹟の女神の象徴とし後世に於いて語り継ぎッ!!我がフォルタシア王国の民として高々と迎い入れるッ!!異を申す者が居るならば名乗りを上げよッ!!」

 

 

 

「えっ…ちょっ…!?そんな話聞いて無いっ…ていうか、そんな語り継ぐだなんてっ」

 

 

 

「「「「「「異議無しッ!!総ては我が王、リュウマ・ルイン・アルマデュラ陛下の御心(みこころ)のままにッ!!!!」」」」」」

 

「えぇぇぇぇぇ!?それでいいの!?」

 

 

 

ワタワタと困惑している神に、民達は優しげな笑みを浮かべるだけであった。神は今まで、誰も居ない空間で一人、只管輪廻転生の理を為していただけで、誰からも褒められた事も、況してや感謝の言葉を贈られた事など無い。感謝だって、リュウマに言われたのが悠久の時を生きてきて初めてだったのだ。

 

困惑している神の肩に、リュウマはそっと手を置いて優しげな笑みを浮かべた。出逢いこそ最悪で、何度も殺しそうになったものの、リュウマは今では、この神にこれ以上無いほどの感謝の念を抱いているのだ。この神が居なければ、こうして嘗ての民や父母と出会う事など出来なかったのだから。

 

 

 

「ありがとう。総てはお前のお陰だ。我が国の女神よ」

 

「や、やめてよ…そろそろホントに恥ずかしさで、ボクどうにかなりそうだよっ」

 

「ふふ…そんなお前に、我が名付けたいのだが…どうだ?」

 

「名前…ボクに……君が?」

 

「何時までも『神』やら『奇蹟の女神』では呼び辛かろう。故に名を我が付けたい。ふっ…王である我が付けるのだ。神と言えども誇り高いぞ?何せこの世界の“最高神”を殺し続けている者だからな」

 

「殺し続けてる…?……うん。じゃあ、お願い。君が思うように名前を付けてよ」

 

 

 

リュウマの言動に引っ掛かりを覚えた神だが、他でも無い、好きになった者に付けて貰えるならと、是非ともと了承した。承諾を得たリュウマは、顎を手で擦って考えに耽、何かを思い出したのか笑みを浮かべた。

 

 

 

「そうさな……名はその者の存在を顕す神聖なものだ…故に──────『マリィシェ』」

 

「マリィシェ……」

 

「我が翼人一族に伝わる古代言語で、奇蹟と救いの女神という意味だ。まさしくお前に当て嵌まる名であろう?愛称としてマリィとも気軽に呼べる故な」

 

「うん…うんっ。とっても良い名前だよっ……ありがとう」

 

「此方こそ…と返しておこう」

 

 

 

神…改めマリィシェは、これから先の未来に於いて、フォルタシア王国を救った奇蹟の女神として語り継がれていき、その女神は常に、王の傍で正妻の妻と共に寄り添い合っていったそうな。

 

 

 

 

「さて、では──────フォルタシア王国の再建国であるッ!!!!!!」

 

 

 

 

「ちょっ…!?はァ──────ッ!!??」

 

「……一瞬で…国が…出来た」

 

「やれやれ。貴方の出鱈目さは何時まで経っても変わらんな」

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?君そんなこともできるの!?君そこら辺の神より断然全能だよ!?」

 

「うわー…我が息子ながら恐ろしいわー……」

 

「さっすが!私の可愛いリュウちゃん♪」

 

「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

 

 

 

リュウマが白い翼をはためかせ、両腕を下から上へ何かを持ち上げるような動作をすると、神界の大地が隆起して盛り上がり、嘗ての栄えたフォルタシア王国そのものが…あっという間に建国されてしまったのである。

 

これにはアルヴァやマリア、国民達も度肝を抜かれ、改めて己等の頂点に君臨する王が如何に最強の存在なのか、再認識したのである。

 

2億人もの民達を国の中に入れ、外観の一つ一つも当時そのままで、一ミリの誤差も無い事を見せ付け、中央に建つフォルタシア王国の象徴である城を見て涙を流して喜び合った。

 

この後、リュウマとオリヴィエ、バルガスにクレアが100億歳を越えている事を聞いてアルヴァ王が失神したり、マリィシェが顔を真っ赤にしながらせめて結婚よりも先にお付き合いから…と言って神の癖して変に初心な反応をしながらも嬉しそうにしたり、当時あれ程結婚を渋っていたリュウマが、100億年前とは言え妻があと8人いて子供だけでなく孫や曾孫も居たことを知った大臣達が歓喜の雄叫びと涙を流し噴出させたり。

 

生まれた時から奇病を持っていて、不死にならなければ30で死ぬ運命だったことをうっかり言ってしまい、アルヴァとマリアに叱られたり、実は男の姿だけでなく女の姿にも為れると民に適当に明かして腰を抜かさせたり、オリヴィエが殺し尽くしたと思っていた戦闘意思のある神が襲い掛かって来ては、嬉々とクレアとバルガスが出張って皆殺しにしたりと、幸せだが賑やかで忙しい王の生活を送るリュウマであり、そんなリュウマの執務中の姿を、後ろで宙に浮遊しながらニコニコして眺める…嬉しそうなマリィシェ神であった。

 

 

 

 

「征くぞ皆の者ッ!!この大地が無限とはいえ、此処より探索をし、より巨大な龍脈がある箇所へとフォルタシア王国を移すッ!!此処より更に領土を広げよッ!!邪魔する者は例え女、子供であろうと慈悲を見せるなッ!!この世界に蔓延る神や神獣如きに背を見せるなッ!!我等こそ、誇り高きフォルタシア王国であるッ!!──────殲滅せよォッ!!!!」

 

 

 

 

彼の者こそ、人間、獣、人外、神、その他一切を意に返さず、無慈悲の元に殲滅するフォルタシア王国第17代目国王…リュウマ・ルイン・アルマデュラである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねっ。リュウマ?少し()()()()()行ってみない?何ならボクも一緒に行ってあげるよ?オリヴィエとかバルガスとかクレアも一緒でいいからさっ」

 

「つまらぬ事を言っておると抱き潰すぞ」

 

「ぁ…うぅ~…っ……………リュウマのえっち」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






申し訳程度の人物紹介。

名・マリィシェ

愛称・マリィ

長い金髪に碧眼の超絶美少女(の見た目)

一人称・ボク

この話のメインヒロイン的存在。

元々リュウマが居る世界の輪廻転生の神であったが、ひょんな事からリュウマという存在を見つけ、何時の間にか恋をしてしまった少女のような神様。

見た目がそこらの美の女神並に美しいにも拘わらず、恋愛のれの字もしてこなかったが為に恋愛は苦手。だけどリュウマは大好き。

見た目が少女のようであるため、フォルタシア王国の街に行けば愛玩動物的存在となってマスコットみたいになる。その為街に行くと必ず両手に大量のお菓子やら何やらを持ち帰ってくる。

創造(うま)れた時から露出度のかなり高い服を着用していたが、民の子供達の目の毒ということで、リュウマに無理矢理剥ぎ取られて純白のワンピースを贈られた。因みに、リュウマに似合って美しいと言われてから常に着ている模様。ワンピースの胸部分を下から押し上げて大変けしからん事になっている。

大元となっているのが、ディイエスイレ?とかいうアニメだか漫画かのヒロイン?に出て来るマリィという子。原作を全く知らないので疑問符だらけですみません。

好きだからという理由で、しょっちゅうリュウマの事を覗き込んでいた準覗き魔兼ストーカー。

リュウマが居た世界は、新しく創造された輪廻転生の神に全て任せている。

“最高神”は大嫌いだった。

金髪碧眼、ボクっ娘、ロリ巨乳、ツッコミ属性、純潔(処女)(後に散らされる)、神、と…色々と属性が入っているある意味万能っ子。

密かに作者が気に入っており、この小説の最初期からぬくぬくと温められ、満を持して登場した。




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After story  ~~~ その後の物語 ~~~
番外の1刀  善意か悪意か




After story


これは、殲滅王との歴史に記されても可笑しくは無い大決戦を終えた後の…後の物語(after story)である。





 

 

殲滅王であるリュウマ・ルイン・アルマデュラとの最後の決戦を終えた一行は、事前に帰る目処として簡易的な瞬間移動を可能とする魔法陣が描かれた紙を使い、ギルドフェアリーテイルへと帰ってきた。

 

フェアリーテイルやその他のギルドから、最高戦力を抽出して向かわせた事もあり、その精鋭の皆が揃っている風景は何とも絵になることか。しかし、違いが有るとすれば、2メートルを優に越す巨漢の大男と、絶世と言うべきだろう青髪の美少女(のような男)が居ることだろう。そして何よりも忘れてはならないのが、リュウマの姿が見えない代わりに、大男の腕の中で血塗れのまま眠っている、目が釘付けになる美女の存在である。

 

帰ってくることを心待ちにしていたフェアリーテイルの仲間達は、帰還してきた者達の晴れやかな表情見て瞬時に悟り、歓喜の雄叫びを上げようとしたところで出鼻を挫かれた。それも仕方なかろう。何せ目的のリュウマの姿も無く、知らない者が3人付いてきているのだから。困惑している者達を代表として、そして誰よりも子供達の心配をしていたマカロフが問いを投げ掛けた。

 

 

 

「おかえり。聞きたいことは山とあるが…先に聞いておくかのぅ。そこの3人は何者じゃ?そして、抱き抱えられとる女性は何じゃ。血塗れではないか」

 

「マスター、ただいま帰りました。順を追って説明すると──────」

 

 

 

帰ってきた者達の代表として、エルザが先の戦いの顛末を解説しながら説明していく。リュウマとの戦闘がやはり起きたこと。彼の全力は、彼の実の父母から事前に説明されておきながら、理解の範疇を越えていたこと。リュウマの盟友の残り2人が途中で目を覚まし、加勢してくれたこと。そして最後に……血塗れの、それも見覚えのある黒白の翼を持つ美女がリュウマのもう一つの姿であることを。

 

 

 

「リュウマの盟友!?」

 

「つまり、ここに昔世界を回してた奴が揃った!?」

 

「大陸が違うのに押し潰されるような魔力はリュウマの!?」

 

「しかも全力じゃない!?」

 

「「「「そして何でリュウマがそんな美女になるんだァァァァァァァァァァッ!?」」」」

 

「確かに…リュウマの母親であるマリア殿とほとんど同じ顔じゃの…?」

 

 

 

説明されていくごとに追い付けなくなり、理解の範疇を同じく越えてしまったからこそ、叫ばずにはいられない。それより、そもそもリュウマが絶世では表せない程の美女にビフォーアフターしていることが何よりもトドメ。中には血塗れであろうと、その心を鷲掴みにされてしまっていた者も少なくはない。他にも、超絶美少女だと思っていたクレアが、根っからの男であることに膝から崩れ落ちて血涙を流した。

 

マカロフは騒いでいる者達とは違い、聴き、考え、呑み込み、理解し、その戦いの壮絶さに心を痛めた。確かにリュウマが美女になっていることにも、リュウマの盟友が揃った事にも驚いてはいる。だが、それ以上に、マスター故に自分の子供だと思っているメンバー達にその役割を担わせ、自身が何も出来ないことを悔いては恥ずかしく思った。

 

何が親か。何がフェアリーテイルのマスターか。己が子供だというその者を、助け出す事すら、況してや話し合いすらしていない。全て任せてしまった。そんな己は今まで、エルザの口から語られた壮絶なる戦いが無事に終わって吉報がくるのを、安全なギルドの中で待っていただけではないか。

黙って顎の髭を摩り、考えに耽っていたマカロフは、フェアリーテイルに手を貸してくれたギルドの精鋭、及びにバルガスとクレアに頭を下げた。

 

 

 

「何も出来んかったワシに代わり、戦い、救い出してくれてありがとう。ギルドのマスターとして、1人の老人としても…心から感謝する」

 

「ケッ。リュウマが所属してる?してた?ギルドの為にやった訳じゃねぇ。唯オレ達は、常に誰よりも強く、何者よりも気高く、人々から崇高されていたリュウマ・ルイン・アルマデュラともあろう野郎が、何ともなっさけねー事でウジウジしてんのが気に食わなかっただけだ」

 

「……余達は…(おの)が正しく…行いたいことを…唯行ったに過ぎぬ…故に…謝礼は不要…受け取るつもりは…皆無」

 

「理由はバルガスさんやクレアさんと違うけど…オレ達セイバーの間違いを正してくれたリュウマさんの為にやっただけだ。一度救われたからには救い返さないとな!」

 

「同感だ」

 

「マカロフ殿に言われずとも、儂は喜んで手を貸しましたとも。大魔闘演武での雪辱、未だ果たしておりませんからのぅ」

 

「妾も、リュウマには申し訳ないことをしたにも関わらず、人へと戻して貰った借りがある。何より…ユキノにあぁも泣きながら願われるとなァ?」

 

「なっ…!?ミネルバ様!?な、涙目にはなっていたかもしれませんが…泣いてはないです!!」

 

「師匠の為ならば、例え地球滅亡の危機であったとしても行く」

 

「助けに行くのは当然だよっ。何て言ったって“愛”だものっ」

 

 

 

マカロフは温かい気持ちになりながら頭を上げ、それでもと一言…ありがとうという言葉を贈った。戦いに出なかった居残りのメンバー達も、一様にありがとうの言葉を贈り、協力者達を照れさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでマスター。リュウマがあまりの出血多量なので傷を治しましたが、一向に目を覚ましません。恐らく血液不足かと」

 

「何故それを先に言わんかった!?だ、誰か!ポーリュシカを全速力で呼んでこいッ!!!!」

 

 

 

血相を変えたマカロフの怒声が、フェアリーテイル内で木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく…何がどうなればこれ程の筋肉疲労を重ねることが出来るんだい。これで生きてるって言うんだから相当なタフネスだね」

 

「そんなにヒドいのか?」

 

 

 

ポーリュシカを呼ぼうとしたものの、フェアリーテイルのギルドには薬の類の在庫が不充分だと思い、連れて来るのではなく、ポーリュシカの居る家にまで駆け込んでいった。

 

人間嫌いのポーリュシカは最初、大勢でやって来たことに怒鳴り散らしていたものの、バルガスの腕の中で眠る血塗れの女であるリュウマのことを、その瞳に映すと瞬時に真剣な表情を作り、家の中にあげるや否や、奥に有るベッドに寝かせるように指示を飛ばした。

 

服に付いた血痕はすっかり固まっているからと、そのままで構わないから寝かしてくれというポーリュシカの言葉に従い、バルガスがベッドに寝かせると、軽くリュウマの体に触れて傷が無いことを確認し、何処かへ行ったかと思えば、片手で持てる程度の小さな壺を手に持って帰ってきた。それをリュウマの二の腕に塗り込み少しすると、薄緑色だった塗り薬が黒く変色した。

 

 

 

「今塗った薬は、塗った者の疲労度によって色を変える代物だ。薄緑から緑、黄色、青、赤、黒の順にね。黒は身体的疲労が人間のピークをとっくに越えている場合にのみ出て来る色だ。……私もこれを塗って黒に変わるところを見るのは初めてだよ。この娘は何者だい」

 

「ばーさん。ソイツはリュウマだ。訳あって女の姿にも為れるらしく、戦いが終わった時には全身血塗れになるほどの大怪我をしてたんだよ」

 

「私とシェリアで治したんです。一応…私は疲労を回復させる魔法も掛けたんですけど…あまり意味が無くて……」

 

「私の魔法は傷を治せても血は増やせないんだ…あまり役に立てなくてごめんね…?」

 

「なーに言ってんだ!治してもらえなきゃ今頃、リュウマはまだ血塗れだったんだぜ?大助かりだ」

 

「……リュウマ?…っ!この娘があの男なのかい…」

 

 

 

ポーリュシカは驚いた表情で眠っているリュウマのことを見た。姿形が少し変わるならば未だしも、最早性別が違うとなってくると困惑してくるというもの。それも魔法によるものではなく、正真正銘女の姿になっているとなると、長年生きてきた中でも初めての例であった。

 

 

 

「それで、ポーリュシカと言ったか。貴公はリュウマの事を治せるのか?」

 

「治すも何も、疲労は寝かせておけば次第ではあるが回復していくだろうし、不足している血液に関しても、血液を作る働きを促進させる薬を飲ませて適度な食事を与えれば良いだけの話だよ」

 

「……そうか。感謝する」

 

「私は顧問薬剤師だからね。念の為病人であるリュウマに関しては私の家で預かっておくよ」

 

「それなら私、リュウマの看病したい!!」

 

「あっ、ズルいですルーシィさん!私もリュウマさんの看病したいですっ」

 

「あの…私もリュウマ様の看病を……」

 

「当然、私は師匠を付きっきりで看病するぞ」

 

「私の家に人間が居座るんじゃないよ。まぁ、それよりも。あんたらの誰かには少しばかり、血液を作る効果を促進させる薬の材料を取ってきて貰うよ。丁度切らしててね」

 

 

 

やれ私もやれ私もと、リュウマの看病を申し出るのは、先の戦いにて大いに活躍した9人の嫁候補達。自分の家に病人以外の人間が居ることに、あまりいい顔をしていないポーリュシカであるが、それよりもと、取ってきて欲しい薬の材料が有るのだとか。

 

どんな薬なのかと問えば、そう取ってくるのに苦労する程の物でもないらしい。場所は、ギルドフェアリーテイルから馬車で1時間程度の近場の山の麓辺りに生えている薬草なのだが、最近そこに一介の魔導士では手に負えないような、それなりに強力な魔獣が棲み着いてしまっているらしい。

 

ポーリュシカはあくまで顧問薬剤師。決して戦いの面で活躍するような者ではない。滅多に使う事の無い薬草だからと、その魔獣が移り住むのを待っていたのだが、その前にリュウマに使うことになり、今手元にある分では些か不足が見られた。

 

 

 

「うっし!ンじゃあ、その薬草はオレ達に任せろ!」

 

「任せろって…ナツ…?もしかして……」

 

「行くぞルーシィ!エルザ!」

 

「でっすよねー!てか嫌よ!あたしはリュウマの看病を……って…いぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──────」

 

「……ハァ…仕方ない。私達も行くぞ、グレイ、ハッピー、ウェンディ、シャルル」

 

「うぅ……私も看病したかったのですが…後はお願いします……」

 

 

 

ルーシィはナツに襟首を掴まれ、鯉のぼりよろしく体を地面と水平になる程の速度で連れ去られていった。その光景を見たエルザは、仕方ないと言わんばかりに頭を振り、同じチームのグレイ達を連れてポーリュシカの家を後にした。後ろ髪を引かれるような思いで、ウェンディは名残惜しそうな表情をリュウマに向けてから、渋々出て行った。

 

それなりの人数が出て行った今、ポーリュシカの家の中に居るのは、リュウマの嫁候補達の残った7人と子竜イングラム、バルガスとクレアなのだが、後者の2人は少し難しそうな顔をしていた。と言うのも……そろそろ限界が近かった。

 

 

 

「おい、オリヴィエ」

 

「ん?どうかしたか?」

 

「そろそろオレ達は、この体を動かすのも限界になってきた」

 

「……先程…から…体の反応が…遅い」

 

「……やはり、今の私ではリュウマの力を十全には扱い切れなかったか…。すまないな、2人とも」

 

「別に良いぜ。取り敢えずオレ達はもう一度武器の中に入っから、リュウマが目を覚ましたら…説明ヨロシク」

 

「……余達は…少し…眠る」

 

「この体は置いておく場所ねぇだろうから、創造して貰ってわりーけど自壊させとくぜ」

 

「仮初めの体で無理をさせたな。今は休んでくれ」

 

 

 

肉の塊でしかない肉体を、魂だけの状態で無理矢理動かしていたクレアとバルガスは、体の反応が悪くなってきたことから限界がきたということを悟り、もう一度武器の中に魂を封じ込めて延命措置を取るようだ。

 

そも、死者の魂を物理的にも概念的にも引き寄せ、創り出した肉体にもう一度繋ぎ直すという、言わば一種の死者蘇生を行えるのはリュウマのみである。いくらリュウマの純黒の力を手にしていたオリヴィエであろうと、流石に力を使うのに慣れと経験が足りなかった。純白と純黒で力のベクトルが真逆が故に、使い勝手が全く違う事もあれば、制御もまた難しいのだ。

 

幸いなことに、黑神世斬黎はオリヴィエになら触れられてもいいと許容しているからか、今もこうして腰に差して持っているのだが、純黒の力の貸し与えの期間は過ぎたからか、背中に生えていた一対の黒白の翼は消え、内包していた純黒の魔力もまた、消えていたのだった。

 

 

 

「うぅ…お父さん……」

 

「……気になっていたんだが…」

 

「あぁ、えっと…リュウマ様の事をお父さんと呼んでいますが…ドラゴンの子供です」

 

「……っ!これが…」

 

 

 

涙目でリュウマの胸元に飛んできては抱き付き、震えている紅き鱗を持つイングラムを見て、ポーリュシカは感慨深そうに見ていた。己という存在が、ウェンディの育ての親であるグランディーネというドラゴンの、エドラスでの姿だということはあるが、実物のドラゴンを見るのは初めてであったのだ。

 

孤高を好む習性があるドラゴンが、絶対に離れないとでも言うように、親であるリュウマの胸元に抱き付いて涙を流している。それほど、リュウマがイングラムに多大に慕われているということが窺える。

 

リュウマの服は乾いているとはいえ、大量の血痕で赤黒い色に染まり、鉄のような臭いがしている。しかし、イングラムはX字に斬り裂かれ、見えているリュウマの肌に顔を押し付け、傷が無い事を何度も確認し、寂しげにか細く喉を鳴らした。元より、リュウマに何処へ行っても良いと言われながら、リュウマの為に食べ物を毎日3食分調達してくる程の献身的で健気な存在。そして何より、この親あってこの子ありとでもいうように、親を慕っているのだ。

 

協力してくれた他ギルドの精鋭の者達は、リュウマが戻ってきた事に安堵しながら、自分達のギルドへと帰っていき、此処に居るのは先程薬になる材料を取りに向かったナツ達のチーム以外の、リュウマに想いを寄せる者達のみである。タイミングが良いことに、メンバーが全員女である為、ポーリュシカは女のリュウマの服を着替えさせる事にした。

 

 

 

「さて、何時までも患者にボロ雑巾みたいな服を着させておくのも忍びない。着替えさせてやりな。着替えの服はここに置いておくよ」

 

「うっし!じゃあ私がちゃっちゃと着替えさせますかねぇ…へへっ」

 

「もぅ…カナ?そんなに手をワキワキさせないの」

 

「いやぁ…戦ってる時にも思ったけど、リュウマの胸デケェんだもん。こりゃあ揉まない方が失礼かなってさ?」

 

「師匠には失礼になってしまうが、私も是非とも触ってみたい」

 

「カグラ様!?」

 

「んじゃあ、ちょっとごめんよイングラム?ちゃん。リュウマ着替えさせるから、少し退いててくれよな」

 

「……………………お父さんに変なコトしたら丸焼きにしてやるっ」

 

「案ずるな。私が居る手前、リュウマの貞操は私が守る」

 

「……………お前から一番危険な臭いがする…」

 

 

 

自信満々に胸を張って宣言するオリヴィエに、イングラムは疑わしげなジト目を送りながら、リュウマの事をもう一度心配そうな目を向けてから起き上がり、翼を広げると飛び立ち、ポーリュシカの家に置いてある家具の棚の上に着地し、上からリュウマ達の事を見守っていた。

 

イングラムが退いたことで着替えさせる準備が整い、カナは女が着るには似合わない、リュウマを表すような黒き王の装束に手を掛けた。黒い服だというのに、血に染まりすぎて赤黒い色と黒に別れている装束は、触れてみると、血を余りに多く吸い込んでから固まった所為もあって、ぱきりと音を立てて固かった。

 

意外にも脱がせるのに苦労しているカナは、ここまで杜撰に斬り裂かれて血を含んでしまっているならば、脱がせるより斬ってしまった方が早いと、テーブルに置いてあった手頃の鋏を持ってリュウマの装束に手を掛けた。しかし、挟んで力を籠めても、リュウマの着ている王の装束が一向に切れないのだ。

 

ルーシィがリュウマの体に刻まれた自己修復魔法陣を取り除く為、一度上半身の装束は破ったが、その後にリュウマが魔法で同じ見た目の装束を創って着たのだ。若しかしたら、その時に尚のこと頑丈な物を創ったのかもと思ったカナだが、実際はそうでは無く、リュウマが元から着ていた装束と全く同じ物を創り出しただけであり、装束が最初から普通の武器では斬るどころか痕を付けることすら叶わない程の耐久性を持っているのだ。

 

見かねたミラと一緒に力を合わせて鋏で服を切ろうとするも、服は一向に切れる様子を見せない。ゴタついている2人を見て、面倒に感じたオリヴィエは、作業に当たっていた2人に退いていろと言い、腰に差している黑神世斬黎の柄に手を這わせた。

 

 

 

「それはリュウマが400年前から、戦の時に好んで着用していた『殲滅王の黒装束』だ。そんな物で切れないのも頷けるだけの耐久性を持っているようだが…この黑神世斬黎の恐ろしい程の切れ味には逆らえまい」

 

「ま、待って下さいオリヴィエ様っ!」

 

「そうだよっ。若しかしたらリュウマの体を切っちゃうかもっ」

 

「私がそんな粗末な愚行を犯すか。リュウマの体に傷を付けず、服だけを斬るなんぞ造作も無い。況してや今は寝ていて動かんからな」

 

 

 

静止の声を上げるユキノとシェリアだったが、他でも無いオリヴィエの言葉なので渋々と従い、オリヴィエは人を掻き分けてリュウマの元へやって来ると、黑神世斬黎を抜刀して目にも留まらぬ速さで、リュウマが着ている王の装束を細切れに斬り裂いた。因みに、上から見ていたイングラムはハラハラしながら見ていた。

 

 

 

「う…おぉ……」

 

「スゴイ……綺麗です」

 

「なんか…女としての自信無くしちゃうな~?」

 

「お肌がきめ細かいっ。私よりもお肌が綺麗じゃないかしら?」

 

「師匠が凛々しく美しいのは当然だが…これは……」

 

「貴方は何故、こんなにも人を惹きつける姿を隠していたんだ…いや、惹きつけるからこそか…?」

 

 

 

斬り裂かれた王の装束が床に落ち、現れたのは傷一つ無く、かと言って染みの一つとて存在しない女体だった。長く肉付きの良い脚。くびれて細く、そして安産型の臀部と豊満で寝転んでいても形を崩すことの無い胸部を際立たせる腰。しなやかに伸びる腕は確りと締まり、肉体を使った戦闘を行うこともあり、無駄な贅肉が一切無い全身。

 

目を開けていれば、普通の人には見られない珍しい縦長に切れた黄金の瞳を見ることが出来るが、そんな見る人を引き込み見透すような瞳は瞼の向こうに隠れ、刀のような切れ味を持つ眼力は鳴りを潜める。それ故か眠っているリュウマの表情は穏やかにも見え、安心して眠っているようにも思える。ふっくらとして水を含んだ朱色のようで瑞々しく、気を確り持っていなければ己のそれを重ねていそうな程の魅力を孕む唇。

 

黄金律によって形成されているが、後少し、何かが合わされれば窮極の美と言えるちぐはぐな未完成故に、これ以上の美を体現する事の出来る女体に戦慄を覚えるという未完成故に完成された美。

 

身体の一切が何の遮りも無く、網膜に焼き付けろと言わんばかりにベッドの上に存在していた。腰の辺りまである色素の薄い薄銀色の長髪は、身体とベッドに挟まれて広がっているため、形の崩れない豊満な胸の頂に存在する、何者も触れたことの無いが故に一度の汚れも知らない桜色の蕾。女の肉体であるからこそ、子を為すが為に存在する女体の花園である秘所。それらが少女の前に現れたのだ。

 

寝ている間に、目に見えて柔いであろうリュウマの胸を揉もうとしていたカナは、その肉体美を見ていると、己が何をしようとしていたのだと正気を取り戻させられ、それはまるで触れることを暗黙の了解で否定する神聖なるものであるようだった。カグラとて、先程までは触れてみようとしていた考え自体を、悔い改めてしまうようなものを持っていた。そして極め付けは、背中に生えた黒白の翼であり、天から舞い降り降臨を果たした女神と言われても、何の躊躇いも無く納得してしまいそうな存在感だった。

 

 

 

「……すぅ……すぅ………」

 

 

 

「……なんか…触ろうと思ってたけど、起きてからでいいや」

 

「……そうだな。眠られている間に触れようものならば、天罰が降りそうだ」

 

「リュウマは男でも女でも人を魅了しちゃうなんて、罪な人ね♪」

 

「じゃあ、何時までも裸なのはかわいそうだから、私が服を着せてあげるねっ……あれ?」

 

 

 

見惚れてしまっているカナやカグラ、ミラ達に代わってシェリアが動き、ポーリュシカが用意してくれていた軽めの服を着させようとした。しかし、手こずる。腕を通して反対の腕を袖に通そうとするが、上手く通らない。そこでやっと気が付いた。リュウマの背中には大きな6枚の翼が存在し、それの所為で服を着させる事が出来ないのだ。如何すれば良いのか分からず、右往左往する。

 

流石にこのままという訳にはいかない。何せ今のリュウマは全裸である。仮にパンツ等を履かせることは出来ても、上は胸などが丸出しの状態だ。服を着させなければ風邪を引いてしまうだろうし、女なら未だしも、男が見舞などに来た場合、とんでもない事態に発展してしまう。

 

ならば背中の部分を切って通せば良いのではと思ったが、切ったら切ったで大きな翼の部分を切るので、最終的には服の役割を果たせない状況になっている筈だ。如何するか話し合い、結論は着させない。だが、だからと言って上半身は裸にさせておくという訳ではなく、服は諦めてシーツで包むというものであった。

 

因みに、リュウマや昔に存在していた翼人がどのようにして上の服を着ていたのかというと、魔法を使って着ていたのだ。ならば魔法を使えない者は?という疑問に繋がるが、実を言えば翼人一族とは、産まれてくる翼人には必ず魔力が発現し、魔法に長けた能力も必ず身につくのだ。流石に魔法による強弱は千差万別ではあるが、日常に於いて使われるような魔法は必ず身につく。それ故に魔法を使って上着を着るのである。

 

 

 

「看病しようと思ったけど、流石にこの人数だと狭いわね」

 

「狭いのもまた“愛”だよっ」

 

「いや分かんねぇよ…取り敢えず代わる代わるやりゃあいいんじゃねーの?」

 

「ルーシィやウェンディ、エルザもその方が良いだろうからな」

 

「何と言っても、ポーリュシカさんに睨まれちゃう」

 

 

 

人間嫌いであるポーリュシカが目を光らせている以上、大勢での看病は無理であるし、そもそもこの大人数で1人の看病は効率が悪いということになり、リュウマの看病は代わる代わる行うということで落ち着いた。そうすれば今、山へ材料を取りに行っているエルザやルーシィにウェンディも、やりたがっていたリュウマの看病が出来る。

 

では順番を如何するかという話になり、この場に居る6人の目がキラリと光った。真剣な表情を浮かべる6人は互いに向き合って輪になり、右手を大きく振りかぶったのだった。

 

 

 

「「「「最初はグー…じゃんけん…っ!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…全く。あの小娘共ときたら…病人が居るってのに騒ぐなんて、たまったもんじゃないよ」

 

 

 

ポーリュシカが桶に入れた水を布に染み込ませてから絞り、ベッドに眠っているリュウマの額に乗せた。寝ているが故に何も知らないリュウマに、ポーリュシカはやれやれと言わんばかりに苦笑いしながら溜め息を吐いた。

 

思い出すのは昼間のこと。じゃんけんをしてリュウマの看病する人の順番を決めようとしていた娘達の事である。勝敗を決めるにあたり、負けた者の阿鼻叫喚とした騒ぎに、リュウマが眠ったまま顔を少しだけ顰めさせ、ポーリュシカが病人の周りで喧しいと言って追い出したのである。

 

リュウマの世話をするのは自分だと言って、無理矢理にでもリュウマの元へ押し通ろうとするオリヴィエに、他の乙女達が宥めることで事なきを得たが、止められる者が居なかったら今頃、リュウマの傍には常にオリヴィエが居たであろう。容易に想像できる場面に、ポーリュシカは人知れずもう一度溜め息を吐いた。

 

 

 

「まったく。あんたが眠ったままだとこっちが迷惑だわ、あの小娘共が喧しいわで仕方ない…。さっさと良くなってさっさと出て行きな」

 

「……ん………………」

 

「ふっ……。……?私はお湯なんか沸かしていたかね…?」

 

 

 

言葉とは裏腹に、ポーリュシカはリュウマの絹のように触り心地が良く、指を通せば流れるように指の間を抜け、梳かすのも容易な髪に手を這わせ、薄い笑みを浮かべながら頭を軽くだけ撫でた。寝ながらも、リュウマは少しだけ反応を示し、起きることは無く眠りを深くした。

 

こんなにも無防備な姿を曝しているのが、400年前に実際に存在した王だということに、感慨深いものを感じていたポーリュシカだったが、カタカタ…と何かが揺れる音が聞こえた為、湯を沸かしていた薬缶が揺れているのだと思ったのか、腰掛けていたベッドから腰を上げると台所の方へと向かっていった。

 

ポーリュシカが扉の向こうへ消えていった後、オリヴィエが置いていったリュウマの専用武器、黑神世斬黎がカタカタと…揺れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────次の日 フェアリーテイル内

 

 

 

 

 

この日は特に何も無く、何かあるとすれば…昨日リュウマに投与する薬の材料を取りに行ったナツ達一行が、例の如く山を全焼とは言わなくも半焼させ、至る所で動物達が逃げ惑うという事件を起こしながらも、ポーリュシカの元へ萎れてしまっている材料の花を持って来た後、直ぐに解散してリュウマとの戦いによる疲れを取るために眠り、何時もより遅くギルドへ顔を出して事くらいであろう。

 

それ以外には、オリヴィエがフェアリーテイルの中に居り、一人で居ようとしていると、ルーシィやエルザなどといった乙女仲間に無理矢理輪の中に入れられ、鬱陶しそうにしながら拒否はしていない様子位だろう。

 

世界を揺るがす大決戦を終えたばかりだというのに、ギルド、フェアリーテイルはまるで何事も無かったかのように騒ぎ、飲み、また騒いでいた。眠って安静にしているリュウマの事は心配ではあるが、何と言っても顧問薬剤師であるポーリュシカの元に居るならば安心だと理解していたのだ。

 

 

 

「なぁオイ、ワカバ」

 

「ンだよ、マカオ」

 

「昨日のリュウマ…見たか?」

 

「見ねぇ訳ねーだろォが」

 

「やっぱり…なァ?」

 

 

 

「「──────めっちゃ美人だったなぁ♡」」

 

 

 

フェアリーテイル内でも、結婚して息子や娘が居るにも拘わらず、どれだけ年月が経とうと女好きでスケベなオッサン2人が、バルガスに横抱きで抱えられていたリュウマの女の姿を思い出し、マカオは鼻の下をゆるっゆるにし、ワカバは吸っている葉巻の煙をハート型にし、いやらしい目をしていた。

 

これはワカバやマカオに限った話では無く、リュウマの姿は余りにも()()()()()為、昨日の事を思い返す者もギルド内で少なくはないのである。ただし、これ程あからさまな者もまた、多くは無いが。

 

 

 

「ポーリュシカんとこに居んだろ?」

 

「ちっと顔見にでも行くか?」

 

「んでよ、オレ達が甲斐甲斐しく世話やいてやってよぉ…」

 

「汗を拭いてやったりとかなぁ…!」

 

「まぁ…?見えちまうモンは仕方ねーよなぁ!?不可抗力ってやつだろ!?」

 

「ったりめーよ!オレ達は善意でやってやるんだぜ?間違えて触っちまってもリュウマなら分かってくれるっつーもんよ!」

 

「んじゃ…早速行ってみっか!」

 

 

 

「「──────うひひ……♪」」

 

 

 

周りに居る同じ仲間の女魔導士が、そんな会話をしているマカオとワカバに、落ちて腐っている生ゴミを見るかのような視線を向け、マカオの息子であるロメオが必至に頭を下げて謝っていることを露知らず、2人は鼻の穴を大きくしながら鼻息荒く、椅子から立ち上がった。

 

目指すはポーリュシカの居る家であり、目標は汚れを知らない処女のきめ細かい肌と豊満な胸である。寝込んでいることを良いことに、頭の中をピンク色の性犯罪者のようなことを考えている2人は、突如膝裏に迫って来た椅子にやられて体勢を崩し、そのまま座り込んだ。それなりの威力であったので鈍い痛みが込み上げ、苛ついた様子で背後を振り向いた。

 

 

 

「いってーな!?誰だ椅子蹴っ飛ばしやがったの……は………」

 

「今から行くところがあるっつーのに、誰だ…よ……」

 

 

 

 

「ほう…?行くところが…なァ?それは若しかしなくとも──────あの世のことか?」

 

 

 

 

「お、オリヴィエ……」

 

「な、何か用……か?」

 

 

 

振り向いた先に居たのは、鼻の下を伸ばしていた2人に絶対零度も凍てつかせる程の、凍える殺意の籠もった瞳で見下しているオリヴィエだった。下から見ているからか、目元まで影が出来、血のように真っ赤な双眸が睨めつけてくる。美人が怒って睨むと恐い…なんて聞いたことあるが、これはそんなレベルの話では無かった。

 

何でそんなに怒っているんだと思った2人だったが、直ぐに思い出す。オリヴィエが何を売ってでも御執心であるものを。そして、ほんの数秒前に何についての会話をしていたのかを。サッと顔を青くした2人は、急いで助けを求めるように周囲を見渡すが、不自然なほどに目が合わない。というより、こうなったオリヴィエは慈悲も温情も糞も無いので、誰も目を合わせないようにしていた。

 

 

 

「私の…この私の愛する者の貞操を奪おうと考える低俗な(ゴミ)が、よもやこんな所に二つも落ちているとはな」

 

「ち、違っ…!?オレ達はリュウマの看病を…!」

 

「わ、悪気があったり下心があった訳じゃ…!た、助けてくれマスターっ!!!!」

 

「ロメオっ!お前からも何か言ってやってくれ!?」

 

 

 

もうこれ以上は絶対に絶対、ぶち殺されると、オリヴィエが腰に差した二振りの純白の双剣の柄に手を掛けたのを皮切りに悟った2人は、恥もプライドも無く、マスターであるマカロフと息子のロメオに泣き付いた。しかし、助けを求められた2人は無情だった。

 

 

 

「自業自得じゃわいガキ共。オリヴィエ…殺すのはせんでほしいが、殺さん程度に少しキツめでも良いぞ。眠っている家族に手を掛けようとした罰じゃ。いい加減これで懲りることじゃの」

 

「父ちゃん。この事母ちゃんに報告すっから。あと、本当にリュウマ兄に手を出そうとしたら、オレがマジでぶっ飛ばすから。……オリヴィエ姉、父ちゃんボコボコにしてくれ」

 

 

 

「言われんでも…そうだな……()()()()()手を打とう」

 

「「──────もう少し負けてくれ!?」」

 

「黙れ。見せしめの警告として死ね」

 

「「誰か助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」」

 

 

 

逃げようとした2人の体に、純白の鎖がどこからともなく現れては、雁字搦めに絡み付いて巻き付き、動きの一切を封じた。手で触れるのも汚く穢らわしいということで、魔法の鎖を巻き付けたオリヴィエは、処刑台へ連れて行く処刑人のような足取りで、2人を引きずりながらフェアリーテイルを出て行った。

 

必至に謝罪を繰り返す2人の声は全く聞き届けて貰えず、扉を抜けて出て行き、最後は2人の断末魔のような叫び声が上がった後、何食わぬ顔でオリヴィエが帰ってきた。フェアリーテイルの外にある道には、モザイクが掛かった不思議な生ゴミが二つ落ちており、そこを通った通行人の叫び声が上がった。

 

そもそもな話、リュウマの傍にはイングラムが居り、父であるリュウマに危害を加えないか常に見張っているので、オリヴィエにやられなければ、2人は確実に灰になって殺されていただろう。

 

 

 

「はぁ…あの2人はなんであぁも懲りないのかなぁ?その所為でキナナ達にも本気で怒られたらしいのに…」

 

「その内絶対取り返しがつかないことするね、絶対。私のカード占いにそう出てる」

 

「重要だから絶対を2回言いましたね…カナさん」

 

「オリヴィエが行かなくとも、師匠に良からぬ類の劣情を抱く者には、この私が制裁を加えていた」

 

「あの…流石にリュウマ様を襲おうとした人の弁護は…ちょっと」

 

「いーのいーの。ウチではいつものことだから…」

 

「流石に“愛”とは言えない…かな……?」

 

 

 

因みにではあるが、リュウマの事が如何しても心配だと、近くに居たいというカグラやシェリア、ユキノの意思を汲み取り、マカロフが暫く滞在していくといいと気を遣って、フェアリーヒルズに3人分の部屋を貸してくれていた。

 

昨日はポーリュシカによって追い出されてしまったが、今日こそは看病しようと生き込んでいる時、外から慌てたような騒がしげな足音が聞こえてきて、フェアリーテイルの表扉を勢い良く開け放たれた。何だ何だとザワつきを見せるフェアリーテイルのメンバー達を尻目に、入って来たポーリュシカは肩で息をしながらギルド内を見渡した。

 

 

 

「はぁっ…はぁっ……マカロフ…マカロフはどこだい…!」

 

「ど、どうしたんじゃポーリュシカ。何かあったのか?」

 

「私の…はぁっ……失態だ…はぁっ……少し目を離した隙に…!」

 

「待て待て。一度息を落ち着かせるんじゃ。ワシ等は逃げはせん。ゆっくり教えてくれ」

 

「落ち着いている場合なもんかい!リュウマが…──────リュウマが()()()()しまったんだよ!」

 

 

 

 

「「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」」」」

 

 

 

「リュウマが……」

 

「攫われた……?」

 

 

 

ギルド内が更に騒ぎを大きくし、叫び声を上げる中で、乙女達も顔を真っ青にし、オリヴィエは眉間に深い皺を作っていた。あのポーリュシカが慌てているということに、何かしらの悪い知らせなのだろうと察していたマカロフは、想像以上の自体に…頭を抱えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────????

 

 

 

 

 

薄暗く、所々が湿ってしまっている洞窟の中で、その者は居た。背中に背負ったリュウマと、小脇に抱えている気絶したイングラムを抱えている者は、ゆっくりと地面に置き、寝かせた。その時に、布にくるんだ黑神世斬黎も壁に立て掛けるように置き、何事も無いことを確認した。

 

1人と一匹を少し見詰めていた者は、洞窟から出て行くと直ぐに戻ってきて、取って来たのだろう藁の山をベッド代わりになるように地面に敷き、その上にリュウマとイングラムを移して寝かせた。

 

 

 

「ん………ふ……ぅ………っ…」

 

「お父…さん………」

 

 

 

「…………………。」

 

 

 

炎を司るドラゴンであるためか、イングラムは何とも無かったが、シーツで身を包んだだけのリュウマは、寒そうに腕で自分の身体を抱き締めて丸まった。それを見ていた謎の人物は、自身が着ていた服を脱ぎ去り、リュウマの身に纏っていたシーツを丁寧に外すと…リュウマの上から覆い被さった。

 

 

 

 

 

「大丈夫──────何者からも絶対に護る」

 

 

 

 

 

背中に腕を回されて抱き締められているリュウマは、翼で謎の人物ごと自身の身体を包み込んだ。柔く、暖かい大きな黒白の翼に包まれた謎の人物は少しだけ驚いた表情をし、リュウマの頬をぺろりと舐めてから笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

リュウマはまだ……目覚めない。

 

 

 

 

 

 

 

 






リュウマは寒かった。何による寒さなのか解らないが、兎に角寒かった。


暖かいものが肌を通して身体を温める。寒いところにやって来た温もりを逃すわけにはいかず、リュウマは無意識に翼を遣って覆った。


温もりからは……とても安心する匂いがした。



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番外の2刀  発見







 

 

 

「つまりあれかのぅ。お前さんがいつも通り眠り、朝目が覚めたら窓だけが開いてリュウマが居らんから攫われた…と?」

 

「あぁ。まさか連れ去られるとは思わなかったね」

 

「自分で出て行った可能性は無いのか?」

 

「考えにくいね。薬はまだ完成していない。本来は今日に完成して飲ませる予定だったんだ。目を覚ます可能性は限りなく0だよ」

 

 

 

兎に角落ち着いてから話を聞こうと、マカロフがポーリュシカをギルドの中にある椅子に座らせ、適当な飲み物を出した。一口だけ飲み物を飲んで喉を潤し、落ち着きを取り戻したポーリュシカは、リュウマに関することの事情を話し始めたのだった。

 

事の発端は、今朝の事であったらしい。昨日ナツ達に薬を作る為の薬草を採りに行ってもらい、渡されてからは薬作りをしていたそう。しかし、より完璧な薬を作るために一日程置いておこうとし、翌日には直ぐに完成するようにその他諸々の準備を整えてからリュウマの容態を確認し、眠りに着いたのだと言う。

 

そして一夜が明け、ポーリュシカが目覚ましによって目を覚ました時には既に、ベッドにリュウマは居らず、もぬけの殻となっているばかりか、リュウマの監視をしていた筈のイングラムも居ない事に続き、オリヴィエが置いていった黑神世斬黎までも盗まれていたそうだ。

 

 

 

「ばあさんの私物で盗まれたもんとかあったか?」

 

「一応確認してきたが、何か盗まれた形跡も無ければ、取られたものは何一つ無かったよ」

 

「じゃあ、泥棒とかじゃねぇ…ってことか?」

 

「……少なくとも、相当な猛者であることは確実ではあるな」

 

「うん?何でそんなこと分かるんだ?オリヴィエ」

 

 

 

一番怒り狂って騒ぎ立てそうなオリヴィエが、この時初めて声を出した。まるで分かりきっているかのような口振りに、ギルド内の者達の視線が自然とオリヴィエへと集まる。顎を擦って考えていたオリヴィエは、目を細めてほんの刹那の瞬間だけ、剣呑な光を宿した瞳を見せるが、直ぐにそれは霧散し、理性的な瞳へと戻っていた。

 

ギルド内の者達から一様に見られている中、態々こんな事を説明しなくてはならないのかと思いながら、オリヴィエは適当な丸椅子に腰を掛けて足を組みながら簡潔な説明を開始した。

 

 

 

「犯人は少なくとも、リュウマを知り、リュウマが知っている人物だ」

 

「なんで断言出来るんですか?」

 

「簡単な話だ。あの家は森の中に存在し、其処に居るリュウマだけを狙った。金目の物を狙う賊なのであれば、周囲の物を散らかしてでも探すだろう。しかし、ポーリュシカの証言を訊くと荒らされた形跡は一切無し。況してやリュウマにイングラム。果てには黑神世斬黎までも持ち去った。そも、イングラムは子竜とはいえ、そこらの魔導士なんぞよりも断然強い。一度咆哮を受けたことがあるが、既にその時には()()()()()()()()()威力であった。となれば、少なくとも成長しきった竜を真っ正面から叩き伏せる程の力が有り、尚且つリュウマに()()()()()()存在となる訳だ」

 

「…?何で敵意が無いって分かるの?」

 

「何だ、知らなかったのか?リュウマは敵意を持った者が眠っている間に近付くと、体が勝手に反応して迎撃し、斬り殺すのだ」

 

「え、えぇ……?」

 

「仮に敵意が小さく、体が反応せんでも、アルファによって自動的に迎撃されるようになっているそうだ」

 

 

 

つまり、知っている情報を積み重ねていくと、必然的にリュウマを知っていて尚且つ、成長しきった竜と同等の戦闘力を持つイングラムを打倒することが出来る人物となる。そこまで絞られてしまえば、それらしき人をピックアップしていけばいいだけの話である。

 

だが、そうなってくると問題が発生する。それは、リュウマを連れ去った人物が誰なのかという点である。根本的な人物の詮索ではなく、敵意を持たず、且つイングラムをも打倒するほどの実力を持ち合わせ、更には黑神世斬黎の存在についても知っているという、かなり限定的な人物になるということである。

 

しかし、残念ながらそこまで詳しい人物となると、最終決戦の場に集まってくれた協力者達や、フェアリーテイルに所属している人物か、又はそれらに近しい人物となる。他にも考えられる線として、リュウマがクエスト先で出会った人物であり、他の者は面識が無い者というものもある。だがその場合だと、知っているのはリュウマだけであるため、この人だと限定する事が出来ない。

 

つまり、詮索範囲を絞る事が出来たとしても、それでも多岐に渡る可能性の壁が阻んでしまい、真実へと辿り着けないのである。

 

 

 

「リュウマを攫ったのが動物…とかの場合はありえねぇのか?」

 

「無いな。リュウマが眠っていた部屋に付いていたのは縦50・横120の引き違い窓一つ。全開に開けたとしても60が精一杯だろう。その窓を通れる動物がリュウマを運ぶことが出来るとは思えない」

 

「何で?力が強い動物がいるかも知れないじゃない?」

 

「あぁ見えてリュウマは、体重が200キロを軽く越えている。此処らに居るであろう動物では持ち上げることすら叶わん」

 

「えぇ!?あの見た目でそんなにあんのかよ!?」

 

「男で身体能力の封印を全て外せば、体重は4tを越えると本人から聞いたがな」

 

「おっも!?」

 

 

 

リュウマを打倒するため、オリヴィエはマグノリア周辺の森の中に野営していたが、その中で人間大の大きさでそれ程の腕力を持つ者が居ないことは把握済みである。となれば、人間以外の生物による攫いという線は潰える。

 

考えてみても全く答えが、人物像が出て来ない。成竜と同等の戦闘力を持つと言っていたイングラムよりも強い人物となると、少なからず何かしらの話を訊くはずだ。それでも何も聞かないし、噂すらも無いことを顧みると、自身の力を秘匿しているか、秘匿されている。若しくは全く話が出ず、最近現れた新手かということになる。

 

オリヴィエの推測を訊いて、各々の頭の中にそれらしき人物を浮かべようとするも、全く出て来ず、仮に出て来たとしても竜以上の実力者とは言えず、そもそもリュウマを攫う動機が見つからない。さて困ったことに犯人が出て来ないとなった時、マカロフが一度だけ大きく手を叩いて注目を集めた。

 

 

 

「ここでうんと悩んでも、出て来んものは出て来んぞ。こうなれば情報収集から始めよう。それぞれがチームで動き、何かしらの情報を掴んだ場合にウォーレンのテレパシーを通して知らせてくれぃ」

 

「どんなに小さなことでも良いから、分かり次第オレに連絡な」

 

「おっしゃ!行くぞハッピー!全員と競争だァーー!!!!」

 

「あいさーー!!!!」

 

「チッ…クソ炎なんかに負けてられるか!」

 

「なっ…!待てお前達…!!…はぁ…行くぞルーシィ、ウェンディ、シャルル」

 

「はいはい。全くあの3人は…」

 

「頑張りましょうね、ルーシィさん」

 

「ウチのオス共は仕方ないわねぇ…」

 

 

 

早速と言わんばかりにフェアリーテイルを飛び出して行ったナツを追い掛け、最強チームであるルーシィとウェンディ、シャルルが後を付いて行った。ルーシィが溜め息を吐き、ウェンディが苦笑いしながら頑張ろうと促す光景はいつも通りであり、その光景がギルド内の少し悪い空気を取り払った。

 

最強チームが出て行った事により、残っているチームのシャドーギアや、雷神衆であったり、ミラを初めとした姉弟も向かっていった。それに引き続き、大人組も捜索に向かっていき、ギルド内は一気に寂れていった。

では私達もそろそろ行こうと、カグラやユキノ、シェリアの3人も席を立ち、情報収集に向かおうとしたところ、後ろからマカロフに呼び止められた。

 

 

 

「すまんのぅ3人共。こんな事態になって、況してや捲き込んでしまって」

 

「いえ、リュウマ様の事ならば、私達の事でもありますから。心配には及びません」

 

「師匠が連れ去られたというのに、犯人の顔も拝まずジッとしていろという方が無理な話ですので」

 

「これも“愛”だよっ。マスターさんはここで、何か情報を掴むのを気長に待っててよっ」

 

「……ありがとう。助かるわい。…どうじゃオリヴィエ。お主もこの3人に付いて行っては?」

 

「ふむ……まあ良かろう。一人でも良いが、複数人で行った方が見落としが有ったとしても気付けるだろう」

 

「オリヴィエも一緒!?じゃあ頑張って手掛かり探そうねっ」

 

「抱き付くな鬱陶しい!」

 

 

 

腰に抱き付くシェリアを無理矢理引き剥がし、オリヴィエが外へと出て行こうと踵を返す。そんな彼女の後ろを残りの3人は追って行った。そしてその後、オリヴィエ達もリュウマに関する情報が無いか捜索していくも、それらしい手掛かりは見付けられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゙~~……手掛かりが全然見つかんねぇ…」

 

「こっちも何も無しです…」

 

「何の手掛かりも無しとか……」

 

「犯人の隠密能力ハンパねぇ……」

 

 

 

リュウマの手掛かりを集め始めてから、既に2日という日にちが経とうとしていた。今現在でも何の手掛かりも無く、まるで連れ去られたのではなく、リュウマがその場から忽然と消えてしまったかのように、情報を得ることが出来なかった。

 

こうなっては流石に困惑を通り越し、不可解な色が顔に出て来る。何故こうも何も出て来ないのか。人一人…それも見た目とは裏腹に200キロもあるリュウマと、イングラムを抱えているというのに、何の手掛かりも残さず、ここまで綺麗に攫う事が出来ようか。

 

だがそれでも、諦める訳にはいかないため、今日も今日とてリュウマの目撃情報等が無いかを街に出て奔走するのみ。一番最初に最強チームが出て行ってから、続くように他のメンバー達が出て行き、最後にオリヴィエが居る四人一組のチームも出て行った。

 

 

 

「チッ…何故こうも見付からん。一体どうなっているというのだ…!!」

 

「お、落ち着いて下さいオリヴィエ様…!お気持ちは分かりますが、焦っても仕方ないですし…」

 

「その程度の事、この私が解らんとでも…?」

 

「い、いえ…そういう訳では……」

 

「まあまあ。オリヴィエもそんなにイライラしないでっ。見付からないなら見付けられるまで頑張ろ!」

 

「しかし…何故これだけ広範囲を探して手掛かりの一つも見付からない…?師匠が攫われて2日…流石の私も焦りが湧いてくるぞ」

 

 

 

綺麗に整備された街道を、見た目麗しく美しい女性が4人も並んでいると、見かねた男達はおぉという感嘆の声を上げながら目で追っていく。中にはナンパを仕掛けようとした猛者も居たものだが、よく見てその4人の内3人が有名なギルドの者だと分かると引き下がっていた。声を掛けたい気持ちもあるが、その欲望のまま事を進めるには、相手が大物過ぎた。

 

4分の3。つまりは1人だけ見たことも無く、何処かのギルドに所属していると訊いたことも無いような女が居る。はっきり言ってしまえばオリヴィエの事である。ならあの女ならばナンパしても大丈夫なのでは?と思った矢先、その邪な考えを感じ取ったのか、声を掛けるために一歩踏み出そうとした男に、オリヴィエは視線だけで殺しそうな程の凄然な冷眼を向けた。

 

意気揚々とした気持ちから一転し、初めて心からの恐怖と走馬燈を見てしまった。男は喉から出て来た引き攣るような声を上げて尻餅をつき、顔中に脂汗を滝のように流しながら匍匐前進でもするように逃げていく。他の男達も、何しているんだというような目を向けていたものの、オリヴィエの血潮のように紅蓮で深紅な双眸に睨み付けられると、蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出した。

 

リュウマ以外の男の事を、見れば分かる程に毛嫌いしているオリヴィエの行動に、ユキノ達は苦笑いしていた。変にナンパされても断るのが面倒なのだが、こういう時に楽できるのがオリヴィエという存在である。先ずオリヴィエが居るだけで、男達はナンパするどころか近寄ろうともしない。美人な女性からしてみれば、頼もしい存在である。

 

 

 

「全く。下半身で生きているような有象無象が近付くな。気分が悪くなる」

 

「あはは…相変わらずだね、オリヴィエは」

 

「何故そんなにも男の方がお嫌いなんですか?」

 

「男全般というより、師匠以外の男だが」

 

「何てことは無い。400年前から世の男は、私の美しさに当てられて声を掛けては情欲の載った邪な視線しか送っては来ない。中には直接的に夜の誘いをしてくる(ゴミ)も居たほどだ。顔だけは巷で噂される麗しの王子だとかいう阿呆も私に声を掛けて来るのだ」

 

「よ、夜のお誘いって……」

 

「それって……」

 

「無論セック──────」

 

「オリヴィエ様!?まだ朝ですし子供が居るかも知れませんから!!」

 

「ふん。この程度で赤面するとは、流石は生娘だな。まぁ私も処女だが」

 

「恥ずかしげも無く言い切ったぞ……」

 

「当然だ。抱かれるのはリュウマのみと決めている。というよりも、リュウマを置いて他に居るものか」

 

 

 

そう言うオリヴィエは、逆に誇らしげに胸を張って言い切っていた。貞操観念が非常に硬く、それは400年前からリュウマ以外の男に触れられることを全く良しとはしなかった程である。ここまで一人の男を想うオリヴィエは眩しく、伊達にリュウマの為に不老不死へとなっていなかった。

 

 

 

「でも、スゴいですね。それだけお誘いを受けて、全て断り切るなんて…」

 

「オリヴィエ程の美人な人となると、諦めない人とか出て来そうだけどねっ」

 

「無論居たぞ。パーティーに招待されてな。適当に酒を飲んでいたら求婚され、にべもなく断ってやったというのに…貴方が振り向いて貰えるまで僕は諦めない…何ていう男も居た」

 

「ごくっ……そ、それで…?」

 

「さあな。それ以降話し掛けられても全て無視していた。適当な女と結婚でもしたのではないか?」

 

「えぇ……」

 

 

 

オリヴィエは何の興味も無さそうに言い切り、シェリアは困惑の声を上げながら、当時無視された男性に同情の念を送った。普通の恋愛話ならば、諦めずアタックし続け、少しずつ相手との距離を縮めていくという話もあるかも知れないが、生憎なことに相手はあのオリヴィエである。諦めないと啖呵を切ったところで、オリヴィエの心が揺れ動く事など万に一つの可能性すら無いのだ。

 

400年前という昔の色恋沙汰を訊いていたシェリア達は思いの外盛り上がってしまい、女特有の他人の色恋話好きにオリヴィエは付き合わされていた。どの位の頻度で求婚されたのかとか、求婚される時に何て言われたのかとか、根掘り葉掘り訊かれていたオリヴィエに、質問はせず聴きに徹していたカグラが一つの疑問を投げた。

 

 

 

「言い寄る者の中には過激派は居なかったのか?」

 

「過激派…?」

 

「昔、私がその過激派の男に言い寄られてな。付き合ってくれと交際を持ち掛けられ、師匠が居るからと断った瞬間、直ぐ近くに居た一般人の喉元に包丁を突き付け、付き合わないならコイツを殺してやる…と、脅して来たんだ」

 

「えぇ…!?」

 

「それって普通に事件なのでは……」

 

「当時の私はそんな男の言葉に耳を貸さず、全速力で近寄っては手に持っていた包丁の刃を砕き、捕らわれていた人を救い出し、犯人には鳩尾に拳を入れて気絶させた」

 

「すごい!カグラがヒーローみたい!」

 

「ふっ…元はと言えば私の所為なのだがな」

 

「いえ、それでも助けてしまう辺り、流石はカグラ様です!」

 

 

 

当時のカグラは、フェアリーテイルがアクノロギアの咆哮を凌ぎ、7年の時の呪縛を受けて居る内の、まだ数年しか経っていない時であり、マーメイドヒールにも所属したばかりの話である。普通に適当なクエストを行っていたカグラの、非常に整った顔立ちと凛とした一つの立ち姿に当てられた犯人は、日々カグラの事を追い掛けるストーカーとなっていた。

 

そしてある日、我慢が効かなくなった犯人は、これだけ自分が愛しているのだから、カグラも自分のことを同じぐらい愛しているという、訳の分からない狂人の考えの基、カグラへと告白したのだ。最初こそ相思相愛故に了承を得ると確信していた犯人は、カグラが師匠と呼ぶ人物によって、自身の完璧な家族計画を邪魔されたと勝手に思い込み、果てには怒りが爆発して一般人に手を上げたのだ。

 

カグラの迅速な対応によって、一般人は無傷で助かり、魔法評議会の憲兵を連れて来て貰っては拘束して連れて行って貰った。現在もその男は、カグラは自分の女であり嫁であると叫び続け、更生の余地無しということで今も牢獄にて服役中である。

 

 

 

「まあ、私でもそんなことがあったからな。オリヴィエならそんな話も少なくはないのだろうと思っての質問だったんだ」

 

「ふむ…過激派か。確かに居たぞ」

 

「それは訊いてもいい話だろうか?」

 

「あぁ。特に何かが起きたという訳では無い故に構わん。……その日も招待されたパーティーがあった。王族ともなると、顔合わせやパイプ確保等の為に、面倒だがパーティーには参加せねばならん。それであの日、何時ものように求婚された。当然だが例の如くその場で断ったのだ。すると、その男が結婚してくれないならば死んでやる…と、言い出したのだ」

 

「えぇ!?」

 

「それは…過激派ですね」

 

「うむ。己が首に剣を突き付け、本気だの如何するのかだの、好き放題叫んでいた。突然の事態に付いていけなかったのか、周囲の者共も見ることしか叶わんかった」

 

「殺傷事件としては、私と似ているな」

 

「あの、それで……?」

 

「オリヴィエ様はどうしたのですか…?」

 

「当然──────殺した」

 

「「「………………え?」」」

 

 

 

あっけらかんと言ってしまったオリヴィエに、ユキノ達は目を丸くして驚愕していた。自分達としては、そこから何と言って場を治めるのかと思っていたのだが、肝心のオリヴィエは、行き過ぎた行動とはいえ求婚してきた者をその手に掛けたというのだ。何故そんなことをと思う反面、オリヴィエならやりそうだと妙な納得をしてしまった。

 

ユキノ達が驚いているのを余所に、オリヴィエは更に話を続けていった。その顔は、何時もと変わらぬ表情をしており、如何にその者に対して何とも思っていないことが窺えた。

 

 

 

「私はその日、偶々“あの日”でな。()()苛ついていたのだ。そこに面倒な手口で求婚されては、慈悲深き(?)私と言えども我慢が効かなんだ」

 

「ほ、本当に殺してしまったんですか…?」

 

「パーティーっていう位だから、その人も結構偉い人だったんじゃ……」

 

「確か……とある国の第一皇子だった気がするが」

 

「すごい偉い人じゃん…!」

 

「その後どうなったんですか…?」

 

「一騒ぎが起きてな。殺された第一皇子の両親である国王が私を捕らえようとしてきて、私は命からがらその場に居た全員を皆殺しにした」

 

「え、えぇ……?」

 

「命からがら…?」

 

「何で全員を殺してしまったんですか…?」

 

「その場に居た者共が結託し、これ見よがしに西の大陸代表の国の王である私の首を狙って来たのだ。赦すわけあるまい。一度私の命を狙った者に慈悲は与えん。その後に国諸共滅ぼしてやった」

 

 

 

昔は覇権の奪い合いで戦争が日常茶飯事であった、血みどろの時代である。今でこそ、戦争に魔導士を使えば被害が甚大では済まなくなるという理由から、ギルド同士による抗争は法律として禁止されている。しかし、昔はそんなものどころか、ギルドなんてものも存在せず、あるのは魔法が使える兵士か、魔法を使って金稼ぎをする集団の傭兵が居た程度だ。

 

今更ながら、生まれ育った時代も思想も何もかもが、400年前と今とでは違うのだと実感した。人殺しなんてものを露程も何とも思っていないオリヴィエに、悲しそうに顔を伏せる3人だったが、何故そんな表情をしているのか解りきっているオリヴィエは、警告として注意を促した。

 

 

 

「この程度で下を向く位ならば、リュウマの傍に居ようとは思うな」

 

「……っ……」

 

「だって…」

 

「……………。」

 

「リュウマは私よりも…いや、私とは比べ物にならないほどの人を殺している。理由が国のためであったとしても…だ。国規模で考えるならば、リュウマは既に20の国は優に滅ぼしている。女になった時に行った斬殺事件なんぞ、私ですら一線を画しているとしか言えん。それにだ…彼の“殲滅王”という肩書は、そんな容易に名付けられず、名乗れる軽い言葉ではない。国の為、其処に住む民の為、敵対する者は何人であろうと赦しはせず、リュウマ・ルイン・アルマデュラの名の下に殲滅する…そういった“覚悟”の証でもある」

 

「人々の為の…覚悟」

 

「王様として…生きた証…?」

 

「師匠の生きてきた道……」

 

「然り。リュウマはどれだけ何を言われようと己を曲げず、変えない。変えることはつまり、生きてきた過去の己や、護り抜いていた民への最大の侮辱であり、赦し難い虚実なのだ。故に…リュウマの生き様を理解出来ないならば、今の内に手を引け。その様な軟弱な想いならばリュウマの傍に居る事は愚か…()()()()()()()()()()()()()()()()。愛するならば、()()()()()()()()()()()()()()()()。でなければ、其れは所詮リュウマに幻想を抱かせているに過ぎん」

 

 

 

オリヴィエの言い分は実に正しく、リュウマに関して完璧な迄に的を射ていた。生きている己を否定し、改定するということは、過去に護られてきた者達や、リュウマを信じて全幅の信頼を寄せていた者達への冒涜なのだ。それ故にリュウマは、どれだけ他人から注意を受けたり、人殺しに関して咎められたとしても、己を曲げるということに関しては首を縦に振ることは無い。

 

そんなことも解らず、唯リュウマが好きだから、愛しているからという理由だけで傍に居たいというだけならば、それは何時の日か破綻し、リュウマの隣に立つことは愚か、付いて行くことすら叶わないだろう。それ程の一筋縄では無い人物である事を、オリヴィエはこの場で語ってみせたのだ。

 

如何に己が好いて愛している人物が、常人とは掛け離れた場所に居り、周りに己以外誰も居ない事を知り得ながら、誰の力も借りず、借りようともせず、たった一人で前へ前へと歩みを進めていく男であるのか、理解させられた。

 

リュウマは己を否定されることを否定しない。頭が良いことから、世間一般的な見解を十二分に理解しており、己という存在がどれ程この世界の異物的存在なのか理解していた。だからこそ、誰の力も借りない。寄り掛かりもしない。相談もしない。手を伸ばされても手を伸ばさない。歩みを止めない。確固たる己を識っているからこそ、彼は今まで()()()()()()()()()()()()のだ。

 

であればこそ、彼女達は死ぬ気が如くの意地でリュウマの後を追い掛け、しがみつかなければならない。何故ならば、リュウマ・ルイン・アルマデュラという男は、それ程生きていく事にも苦労し、世間から()()()()()()()存在であるからだ。はっきり言ってしまえば、リュウマは奇病の余命通り、齢30になる前に()()()()()()()()()()()()。その時代で生き、その時代で死ぬべき男だったのだ。

 

改めてリュウマという存在の凄絶さを思い知らされたユキノ達は顔を俯かせている。リュウマの裏の攻略法である一なる魔法(純愛の歌)を行えたからといって、彼に付いていけるという話は別問題なのだ。所詮はやはりこの程度かと、オリヴィエが失望に似た感情を抱いた時、ユキノ達は顔を上げた。

 

 

 

「オリヴィエ様。お言葉ですが、私達を甘く見ないで下さい」

 

「リュウマはリュウマだもんっ。今更そんなこと言われた位じゃ、私達の気持ちは揺るがないよっ」

 

「元より私は、修業を付けて貰っていた時にそれらしき一面は見ていた。だからこそという訳では無いが、私の師匠に対する想いはこれっぽっちも揺るがない」

 

「……フン。その意気が何時まで続くか見物だな」

 

 

 

リュウマ自身が強くもあれば、その人物を愛する者もまた強い。確かにリュウマの力や思想は理解しがたいものではあるが、それはそれ、これはこれというものだろう。そもそも、その程度でリュウマを諦めるほど、己等という女は聞き分けが良く、我が儘で無いはずが無い。何せ、共に生きたいからという理由で、あの殲滅王を地に叩き伏せてでも連れ帰ってきた者達なのだから。

 

 

 

「ふむ…無駄話はこの程度にし、早速リュウマの目撃情報を集め直し──────」

 

 

 

 

 

「お前が家から出て来ねぇからよォ、全然自慢出来なかっただろうがこのニート野郎!」

 

「わ、悪かったって。なんか外に出たい気分じゃなかったんだよぉ。怒んないでくれよアニキぃ…」

 

「そんなんいつもの事だろうが!……まあいいや。聞いて驚け?一昨日(2日前)にオレ見ちまったんだよ…()()()()()くっそ美人なねーちゃんが連れ攫われてんのをよ!」

 

 

 

 

 

(情報)葱を背負ってやって(あっちから態々向かって)来たぞ」

 

 

 

重い話をして、気を取り直して情報収集に回ろうとしたその時、2日間待ち望んでいた情報がそこにはあった。直ぐにニッコリとした薄ら寒い不自然なほどに綺麗な笑みを浮かべたオリヴィエは、前に居る普通の体格の男と、その男に付いている肥満な男の2人組へと足を進めていった。

 

ユキノ達もやっと有力な情報を手に入れられると確信し、カグラは笑みを浮かべ、ユキノとシェリアは両手でハイタッチをして喜び合った。

 

 

 

「おい。其処の男2人」

 

「あぁ?何だ…おぉ!?こりゃあ…えれぇ別嬪だなぁオイ」

 

「こ…この人達は……!?」

 

 

 

話し掛けられたアニキと呼ばれていた男は、面倒くさそうに背後へ振り向き、オリヴィエ達を視界に収めると、目が飛び出るほど驚きながらニヤニヤとした笑みを浮かべ、纏わり付くような不躾な視線をオリヴィエ達に向けた。ユキノとシェリアはその視線に気持ち悪がって両手で己の体を護るように包んでオリヴィエの背後へと隠れ、カグラは眉間に皺を寄せ、さり気なく揺兼平の柄へと右手を這わせた。

 

しかし、もう一人の肥満な男は、前に居る者達が何者なのか瞬時に悟ったらしく、アニキと呼ぶ男の裾を引っ張って教えようとするも、アニキと呼ばれている男は、オリヴィエ達の凄まじく整った顔と、目を引く完璧なプロポーションに鼻の下を伸ばしているので気付いていない。

 

 

 

「……先程翼が生えた女の話をしていたが、それは誠か?」

 

「あ?あぁ、本当だぜ」

 

「その女は何処へ向かった」

 

「んー…忘れちまったなァ…もしかしたら、あんたらがオレと()()()()()()()思い出すかもしんねぇなァ」

 

「あ、アニキ…!?この人達は…!!」

 

「この下衆が…!」

 

「最っ低…!」

 

「オリヴィエ様……」

 

「…………………。」

 

 

 

ニヤニヤとした視線を隠しもせず、一番前に居るオリヴィエの胸や、剥き出しになっている太腿、奥に居るカグラの豊満な胸等を凝視している。これには温厚であるユキノも睨まずにはいられず、況してやリュウマの為の情報ともなると一際剣呑さが増していく。カグラも揺兼平の柄を掴む手に力が籠もりすぎて小刻みに震えている。それをアニキと呼ばれた男は羞恥心から来る震えだと思っているのか、更にニヤついた。

 

肥満な男は、そのカグラの震えが怒りによるものだと重々承知しており、懸命にアニキという男に知らせようとするが、アニキという男は全く聞く耳を持たないのだ。不幸なことに、アニキという男は自分に正直に生きているため、魔法とは縁が無いが為に、魔導士の事を調べもしなければ興味も無かった。だからだろう、毎年開催されている大魔闘演武を見たこともなく、魔導士で誰が強いのか等も分からない。

 

しかし、肥満な男は常識的なギルドの名前、そのギルドが何処に有るのか、誰が何処に所属しているのか。誰がどの位強いのかを当然知っていた。故にこそ、目の前に居るのがマーメイドヒール最強の女魔導士であるカグラと、優勝したフェアリーテイルのメンバーであるウェンディと互角の戦いを見せたラミアスケイルのシェリア。カグラとの戦いで相応の戦いを見せたセイバートゥースのユキノである事くらい直ぐに解った。そして何より、二振りの純白な双剣を持つ女性の眼が、余りにも恐かった。

 

 

 

「……良いだろう。ならば私が貴公の相手をしてやる」

 

「おぉ!?マジでか!クヒヒ…こいつァ付いてるぜ!」

 

「アニキ…!絶対やめた方が──────」

 

「テメェは黙ってろ!オレは先にこのねーちゃんと楽しむからよ…さっ、オレと遊ぼうぜぇ?」

 

「では…あそこにしないか?流石に人の眼が付いていては私も……」

 

「ごくっ……へへっ、いいぜ」

 

 

 

「これ…止めた方がいいんじゃない?」

 

「私は止める気なんて無い。実に不愉快だったからな」

 

「えっと……ごめんなさい」

 

「あ、アニキぃ……」

 

 

 

恥ずかしげに頬を赤く染めながら、建物と建物の少し狭い隙間の方を指差して促すオリヴィエの色気に喉を鳴らし、鼻息を荒くしながらオリヴィエを先導するように先を歩いて裏路地の方へと入っていくアニキという男。その道が地獄への片道切符とは露知らず、男とオリヴィエは裏路地の暗闇へと消えていった。

 

ユキノは何とも言えない表情をしながらも、止めようとはせず、シェリアは取り敢えずといった具合に声を掛けるも、進んで助けようとはしなかった。カグラは最早助けるつもりなど無く、完全にオリヴィエに任せていた。肥満な男は奥歯をガチガチ鳴らせながら裏路地の方へと視線を送りながら、行こうか行くまいか、足を一歩分前に出したり引っ込めたりしながら悩んでいた。

 

しかし、もう助けに行くには既に遅すぎてしまい、アニキという男の言う遊びとは掛け離れた遊戯が開始されてしまったのだった。

 

 

 

『へへっ…よし、じゃぁねーちゃんよ、まずはその服を脱いで……へ?い……いぎゃあああぁああああぁあああぁああぁあああああぁああああぁああああぁっ!?』

 

『オレの…!オレのゆびぃぃ!?折れ…ひぎゃあぁああぁああああああああああっ!!!!』

 

『た、たずげでぇ……!おねがいじまず…!はなじ…っ…はなじまずがりゃあぁ…!もぉ…やべでぇ……!うぎぃぃ…!?いだいいだいいだいいだい゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙い゙…!?』

 

『あじが…お゙でのあじが……へんな…ほうこう…に゙…ッ!?あ゙ぐぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッ!?』

 

『じぬ゙…!じん゙じゃい゙ま゙じゅ…!だじゅげで…くだじゃい゙…!!あ゙…ぁ゙……あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙……─────────』

 

『──づばざ───あ゙っ゙ぢ───み゙───』

 

 

 

 

 

「ふぅ…教えてくれと言ったら()()教えてくれたぞ。それに、私のテクニックが余程良かったのか、()()()()()()眠ってしまった」

 

「あ、あはは………」

 

「じ、じゃあ…テレパシーでウォーレン様に知らせますね…?」

 

「……聞いておきたい気もするが…やめておくか」

 

「ふふっ。何、()()()()目を覚ますだろうさ」

 

 

 

微笑みを浮かべながら裏路地から出て来たのはオリヴィエだけで、肥満な男はそれを見ると血相を変えて裏路地へと入っていき、“それ”を目の当たりにしたのだろう、絶叫を上げていた。そしてオリヴィエは、それすらも無視すると、行くぞとだけ声を掛けてフェアリーテイルへと向かっていった。どうしようと悩んでいたシェリアだったが、オリヴィエの鋭い声に促され、急いで後を追い掛けた。

 

無論のこと、道中では情報を手に入れるのに何の苦労も無く、道行く人に聞いて回ったら、知っている者から()()教えて貰ったと言うようにと、オリヴィエによって釘を刺されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、翼が生えた女…リュウマは、姿までは良く見えなかったが、誰かに抱えられていて、そのまま北の森へと向かっていった…と」

 

「うむ。虚偽の可能性は無い。翼の色が白と黒だということも当たっていれば、女であるということも見ていた。方向に関しても虚偽である可能性は無いだろうな。そんな眼をしていた」

 

「あはは……」

 

「そ、そうですね……」

 

「嘘は言えな…言っていなかった…ぞ?」

 

「…?まあ兎に角。リュウマが連れ去られた方向さえ解れば、後は推測となってしまうが、その者の速度と、辿り着くであろう時間を割り出して計算すれば、大体どの位置に居るのか分かるじゃろう。その辺りはウォーレンのマッピングとレビィの計算。それとカナの占いで絞っていくとしようかの。では、向かう者達はそれぞれ行く準備を済ませておけぃ!!」

 

「っしゃ!燃えてきたぞ!」

 

「さっさと取り返しちまおうぜ!」

 

「待っててね…リュウマ!」

 

 

 

リュウマの救出に向かうメンバーは、最強チームにカナとミラ。オリヴィエにユキノとカグラとシェリアが加わった。他にも行きたそうにしている者達も居たには居たが、他の仕事が入ってしまっているからと断念し、リュウマの救出にはこのメンバーに任せる事となった。

 

リュウマを攫った者のある程度の速度と、そこに付くまでの時間から、この2日間で何処まで行くことが出来るのかを計算で導き出し、ウォーレンの魔法でそこら一帯をマッピングして見やすくし、カナのカード占いで場所を更に絞り込む。すると、リュウマが居るであろう場所は、ここから馬車で5時間、歩きで10時間以上掛かってしまう北の方にある森の中であるということが解った。

 

流石にそんなところへ、直ぐには行けないという話になっているところで、オリヴィエが空間魔法を使って魔導四輪を取り出した。それは何なのかと問うと、これはアルバレスで使っていたオリヴィエ専用の魔導四輪であり、通常の魔力注入の20倍まで耐えられ、速度も軽く10倍は出るというとんでもモンスターマシンであった。

 

これならばあっという間に付くということで、オリヴィエの魔力と運転で向かう事になったが、その速度は桁違いに速く、乗り物酔いを抑制するトロイアをウェンディが自身とナツに掛けておいた。だが、それでも寄ってしまうほどの揺れが襲う。

 

全速力が飛ばし続けている内に、目的地へと着いてしまい、なんとその時間は1時間を切った。だが、代わりとして皆がフラフラになって立て直すのに数十分使ってしまった。

 

気を取り直して森の中を散策し、時に散らばりながら探していくこと1時間後……その時はやって来た。

 

 

 

「成る程な。貴公ならば合点がいくというもの。さぁ…大人しくリュウマを渡せ」

 

「渡さない……絶対に誰にも…渡さないッ!!」

 

 

 

リュウマを攫ったとされる者が、洞窟の入り口で臨戦態勢に入り、奥で眠るリュウマを護っていたのだ。そして、そんなリュウマの傍にはイングラムも居り、攫った人物を心配そうに見守っていた。

 

 

 

 

 

リュウマを攫った人物とは…一体何者なのか…?

 

 

 

 

 

 






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番外の3刀  絶対なる忠誠の従順






 

 

森に入ってからというもの。各々が散って散策するも、誰しもが辿り着いたのは、一つの洞穴とも言うべき洞窟の前であった。

 

何故この様な場所に、全員が一様に集まったのか。それは単純な話であり、この洞穴から唯ものではない気配に濃密な魔力。そして豊潤とも言えるエーテルナノが舞って居るからである。実力者揃いである為、森に入った時から気が付いてはいるものの、若しかしたらという事もあって、そことは別の場所を探してはみたのである。

 

しかし結果は御覧の通り。他を探せども有益な手掛かりも掴むことが出来ない。有ったとしても、底知れぬ剛力でもって、力業で付けたとしか思えない()()のみ。それも、動物の爪跡などでは無く、鋭い()によって付けられた跡のような、そんなものが所々で見掛けただけである。

 

辿り着いたオリヴィエ達は、その場に全員が集まったのを確認して確かめると、洞窟へと向かって一歩踏み出そうとした。しかし、その前に……洞窟から人影が現れたのだ。

 

 

 

「───────(くさ)い。それに(にお)う…臭うぞ……この臭いはそうだ…実に…ッ……実に虫唾が走り、反吐が出る臭いだッ!!」

 

 

 

「何だ…?アイツ……」

 

「ルーシィ。あの人が臭いってさ。ちゃんとお風呂ぐらい入ろうよぉ…」

 

「なーんて失礼なネコちゃんなのかしら~?おひげ全部引っこ抜くわよ?」

 

「な、何…何なのアイツ……こ、恐い……!」

 

「シャルル…?大丈夫シャルル…!?」

 

「その青猫と白猫は下がらせておけ。彼奴の前では居るだけ無駄だ」

 

「オリヴィエ…!アイツ誰か知ってんのか!?」

 

 

 

洞穴の中から出て来たのは、廃れた布をローブのように頭から被り、その姿を隠して居る者であった。靴も履かず、素足のままで居るその者は、見た目からは判断が出来ないが、喋ったときの声から女である事が解った。しかし、それだけならばまだ良かったが、その女から漂う気配、気迫、魔力が恐ろしいほどに鋭く莫大で、彼女の存在が野性的に感じたのだ。

 

そんな女を前に、人間の姿に為っていたシャルルが、両手で口元を押さえながら一歩、二歩と後退ってから尻餅を付くように座り込んでしまったのだ。如何したのかと駆け寄り、背中を擦っていたウェンディは、はたと気付く。座り込んでしまったシャルルは、その全身を小刻みに震わせていたのだ。寒さでも何でも無い。純粋な本能的恐怖であった。

 

自然界に於いて、草食動物が突然現れた肉食動物の前にして感じるように、暗い夜道を歩いている最中、突如姿を見せた不審者に包丁を向けられたかのような、理解してから襲ってくる恐怖ではなく、生きとし生けるものに備わる危機察知能力が直接指令を与えたかのような、反射的故の本能的恐怖が、シャルルを襲っていた。

 

震えているシャルルは、何故こんな存在を前にして普段通りで居られるのかと、ルーシィに頬を伸ばされてお仕置きを受けているハッピーに叫んだ。だがハッピーは、何の話かとでも言いたげに首を傾げるだけであった。残念ながら、ハッピーにはそういったものに途方も無いほど鈍いらしく、シャルルはそれに気が付いて心底呆れたと語るが如き、大きな溜め息を溢した

 

所変わり、そんなハッピーとシャルルの話から別に、グレイはオリヴィエへと詰め寄っていた。まるで知っているかのような口振り故に、この女を知っていると思ったのだろう。そしてオリヴィエの答えは肯定であり、否定でもあった。

 

 

 

「確かに知っているが、貴公等も知っている筈だ」

 

「は?こんな声の奴知らねぇぞ」

 

「すんすん……この匂い…どこかで嗅いだことあるぞ?だけど…うーん…どこだったっけなぁ…?」

 

「ナツが嗅いだことある匂い…だと?」

 

「ここ最近の話では無い。3ヶ月前に()()筈だ」

 

 

 

ナツが匂いを嗅いだことあると言い、エルザは記憶を呼び起こして首を傾げる。ナツが知っているならば自分達も知っているだろうという話だからだ。しかし、女の声を聞いたところで全く記憶から出て来る予感が無い。他の者達も要領を得ないようで、オリヴィエとローブを被った女を往復して見ていた。

 

小さく溜め息を吐いたオリヴィエは、頭の中で気付かなくとも仕方がないかと割り切り、その人物が一体誰なのか教えることにした。佇んでいた姿勢から、右手人差し指を、目前に居る女へと向けて言い放った。

 

 

 

「姿を変えようと私に意味は無い。フードを取れ。此奴の名は───────()()()()()。『神斬り殺す銀の神狼(アルゲンデュオス・インテルヴォルス)』のアルディスだ」

 

「この世の絶対である()()()より、賜りし崇高なる我が名を…貴様が馴れ馴れしく口にするなッ!!」

 

 

 

「アルディス…?」

 

「誰だ…?」

 

「つか、あの頭…!?」

 

「獣の…耳…?」

 

 

 

破きかねない力で乱雑にフード部分を後ろへと女が脱いだ後、見えたのは非常に整った美しい顔立ちと、それすらも霞ませて存在感を露わにする獣の耳であった。映えて靡く程の銀の長髪に、刃物を彷彿させる切れ目。しかし今や、その非常に整った顔立ちを、オリヴィエ達へ向けては険しく歪めている。

 

怒気と凄まじい魔力が周囲を包み込み、無意識に戦闘態勢と臨戦態勢を取らせた。名を言われたところで、余りこのアルディスに思い当たる節が無いのか、戦闘態勢を取りながらも、釈然としないような表情をしていた。

オリヴィエは差していた手を下ろし、先程と同じように、構えているナツ達とは違って、唯立っているという不用意な姿勢を取っていた。

 

シャルルが本能的恐怖を感じていたのは、生物として…今この世界に現存する生きとし生ける種族の頂点という、最高位の神獣と面と向かって対峙しているからだ。姿形が狼であろうと、持ちうる力はその名に恥じぬ、まさしく神を殺す程の御力。聡明なシャルルは本能と無意識下での反射的理解から、身の毛を立たせていたのだ。

 

 

 

「アルディス…リュウマが使役する眷属の中で、最も信頼する最古参の眷属だ。3ヶ月前の戦争時、リュウマの魔法で成竜へと成長させたイングラムと、敵兵を殺していた銀の狼が此奴だ」

 

「あのデケェ狼が…コイツ!?」

 

「何で人間に…?」

 

「さあな。私はリュウマの口からアルディスが人の形を取れるとは訊いたことが無い。恐らく隠していたのだろうな。だが、姿形が変わろうと…その莫大な魔力と神性…私は欺けん。それに…成竜と同等の力を持つイングラムを相手に打ち勝つ等、成る程確かに…貴公であれば敵わん筈だ」

 

「そんなにアイツ強ぇのか!?っし!燃えてきたぞ!」

 

「この馬鹿炎が!目的間違えんな!!」

 

「あ?リュウマを探しに来たんだろ。だけどよ、どっちみちアイツ倒さねぇとリュウマを連れて行けねぇんだろ?なら倒すしかねーじゃん」

 

「はぁ…まぁ一理あるか」

 

「我が主に仇為す者共めが…ッ!!」

 

 

 

見る限り、前に居るアルディスが黙ってリュウマを出すとは思えない。ともなれば、最早これからは戦闘しか起きないのだろう。火を見るより明らかな空気に、ナツが事も無げに口にし、グレイは認めたくは無いがその通りだと思いながら、右の掌を左腰の横に置いた左の掌に付けた。それを皮切りに、もう戦うしか無いと割り切ったのか、ルーシィやエルザ達も完全な戦闘態勢へと入った。

 

言われなくとも分かってしまう。アルディスが護っている洞穴の中には、確実にリュウマとイングラムが居るという事が。そして注意しなくてはならない。オリヴィエが何度も口にしているように、成竜と同等の力持ったイングラムをも歯牙にも掛けない程の力を持つのが、目の前に居る女の姿をした銀狼のアルディスだということを。

 

 

 

「行くぞッ!『火竜の鉄拳』ッ!!」

 

 

 

最初に仕掛けたのは、やはりというべきかギルド1の猪突猛進者とも言えるナツだった。拳に灼熱の炎を纏わせ、アルディスに向かって突き出した。過去にその炎の余波為らぬ余熱のみで大魔闘演武の会場全体を融解させて溶かしたという、ある意味での伝説を持つ右ストレートが、真っ直ぐに叩き込まれた。

 

しかし、アルディスは不動であった。その籠められた魔力にも、熱にも全く焦りも驚きも見せぬまま、悠然とした動きで全身を包むローブの中から右腕だけを出し、突き出されるナツの右拳を受け止めて見せた。そしてその後、炎による爆発も起こらぬまま、拳に纏わせた炎は飛び散るように霧散し、消え去った。

 

右手一本で受け止めただけに留まらず、直立不動で余裕を見せる受け止めの姿勢を見せたアルディスに、逆にナツが驚愕させられてしまった。

拳を受け止めたアルディスは、そのままナツの拳を握り込む。白魚のようなしなやかで滑らかな指とは裏腹に、握り込まれて解った握力の強さ。その力に握り込んでいる拳がみしりと軋ませ、ナツは顔を歪めた。

 

 

 

「───────弱い。所詮、主以外の人間は下等にして脆弱かッ!!」

 

「ぬぉ…ッ!?」

 

「ばっ…!こっち来んなァ─────ッ!?」

 

「キャ─────────────ッ!?」

 

「ぐはっ!?」

 

 

 

握り締めたナツの腕をそのままに、体を大きく横に一回転させながらナツを振り回し、グレイにエルザ、ルーシィが固まっていた方向へと投げ込んだ。ナツという砲弾が跳び込んできて、魔法に対するように迎撃する訳にもいかず、3人で受け止めようとも威力を殺しきれなかった。よって4人固まって木々を叩き折りながら吹き飛ばされて行き、今の攻防でアルディスがどれ程の力を持っているのか、大凡の戦闘力を見せ付けられた。

 

 

 

「───────『ソウルイクスティンクター』ッ!!」

 

「天秤宮の扉・ライブラっ!お願いします、アルディス様の周囲の重力を限界まで重くっ!!」

 

「了解」

 

「師匠直伝───────」

 

 

 

黄道十二門である天秤宮のライブラを呼び寄せたユキノは、アルディスの周囲の重力を、大抵の生物は耐えきれない50倍にまで増幅させ、その場に縫い付けにする。その後に間髪入れず、ミラがサタンソウルである魔人シュトリへと変貌し、両の掌を合わせて膨大な魔力を解放した。相当に強く、本気で行かねばやられると見越しての魔人シュトリであり、これはエルザ曰く、これ以上に強いサタンソウルは無いとのこと。

 

その黒紫とでもいうような色のミラの魔力の奔流に、沿うようにカグラがアルディスに向かって駆け抜け、揺兼平の柄へと手を這わせる。

件のアルディスとはいうと、重力を50倍にされているにも拘わらず、平然とした態度を保っていた。そしてアルディスは、顔を俯かせた後に後ろへと顔を背けるように逸らせ、息を大きく吸い込んで魔力も練り上げた。

 

 

 

「───────()ッ!!!!」

 

 

 

アルディスは顔を上げながら、口を大きく開けて衝撃波を放った。ミラは幾分かの威力を、後ろにリュウマが居るであろう洞穴がある為、少しとはいえ抑えて自制していた。しかし、アルディスは木々を揺らしかねない程の爆音の声と、それと共に載せた音波状の魔力の障壁のみで、ミラの放った魔力の砲撃を粉微塵へと崩壊させた。一瞬で、それも咆哮の一つで掻き消された事に吃驚したものの、それでもミラの顔には何時もの笑みが浮かんでいた。

 

膨大な魔力を籠めたとはいえ、ミラの攻撃自体は本命ではない。元より気を逸らす一撃か、多少なりともダメージを与えつつ、アルディスの体勢を崩させることが目的であったのだ。そしてこの攻防での本当の本命は、粉微塵に霧散したミラの魔力の残滓の中に姿を隠して紛れ込み、アルディスの懐へと潜り込んで居たのだった。

 

腰を落として左手で鍔を持ち上げ、刀身を覘かせたカグラは、揺兼平へと魔力を流し込んで超微小に震動させた。斬るという行為の中に震動を加えることで、本来の切れ味以上の裁断力を持たせる事が出来る。そこに剣の天才であるカグラの才能を加味し、その斬るという行為は類い稀なる威力を発揮する。

 

 

 

「───────『冥燈鬼紉(みょうとうきじん)』ッ!!」

 

 

 

抜き放たれた揺兼平は、狙い通りの軌跡を描いてアルディスの全身を包むローブの胴の部分へと、吸い寄せられるように放たれた。体勢と位置関係、カグラの技量からして実に不可避の一撃。2人に繋いで貰ったバトンがカグラへと渡され、狙い通りに技が入った。

 

アルディスは避けられなかった。いや、この言葉には語弊があった。神速の抜刀によるカグラの一刀を避けられなかった…のではなく、()()()()()()()()()()()…と、言うべきなのだろう。

 

抜刀された超微小の震動を纏う刀身がアルディスの右脇腹へと入った。全身を包むローブを容易に斬り裂き、手応えは確かに、肌へと届いていた。それは端から見ても明らかであり、殺すつもりは無い為、戦闘不能までは行かなくとも大きなダメージは入っただろうと確信させた。

 

だが、そんなミラやユキノ達が思った感嘆とは別に、斬り込んだカグラの頭の中には理解不能という4文字が浮かび上がっていた。その理由は唯一つ。揺兼平を伝って手に流れてきた斬った時の感触が、肉を斬った時の感触とは程遠かったが為である。最初に思い浮かんだのが、絶対に傷付かない鉱石に斬り付けたかのような、まさしく()()というものであった。

 

神速故に、刀身がアルディスの肌に届いてから、音が追い付いた。しかし、その時の音が完全に肉を斬った音では無かったのだ。金属と金属をかち合わせたかのような、鋭く甲高い金属音が鳴ったのだ。その音を聴いて、ミラとユキノは表情を再び引き締めた。音で全力であろうカグラの斬り込みを凌いだと、直ぐさま直感したが為である。

 

揺兼平で斬り付けたカグラは、己のことを上から睨み付けてくるアルディスと眼が合った瞬間、自身の最高速度でその場を退避した。瞬間、爆発音と砂塵が大きく上がったのだ。眼で追いきれなかった。しかし、真相は至って単純な事で、丁度良い位置にあるカグラの脳天へ拳を振り下ろしただけである。幸いなことに、予め危機を察知していたカグラがその拳を受けること等無かったが、当たっていれば大きく陥没した地面を見れば火を見るより明らかである。

 

振り下ろし、地面に肘の辺りまで埋め込ませた右腕を力任せに引き抜き、頭を振って被ってしまった土塊を払い落とした。その時に銀の髪と同じ銀の獣の耳がぴくりと動き、無性に撫でたい衝動に駆られるも、それ以上に違うところに目が行った。別に予想していなかった訳では無かった。しかし、実際に目にするのと予想するのでは、全くの別物である。

 

アルディスと対峙する彼女達が見たのは、カグラによって右の腰辺りから斬られ、先程の地面への殴打の衝撃に煽られてか、風圧で破かれてしまったローブの中から覘かれるものだった。彼女達の眼に映ったそれは…尻尾。銀の艶やかな毛並みにふんわりとし、触れば至福であろう魔性を持つ狼の尻尾だった。

 

 

 

「尻尾です…!」

 

「わぁ!本当に狼なんだ!いいなぁ、触りたいなぁ」

 

「言ってる場合か!?ミラやカグラの攻撃を全く意に返してないんだぞ!……ま、そのお陰で隙を突けたんだけどさ!!」

 

「主を虜にする私の自慢の毛並みに砂が……何だ?」

 

 

 

露わになった尻尾の毛に付いた砂塵の砂を、叩いて落としていたアルディスは、己の足元から感じた魔力に眉を顰めた。視線を下へと下ろし、その眼に映ったのは、自身の足元の地面に突き刺さった4枚のカードであった。何だこれはと思ったその瞬間、カードが目も眩む程の閃光を奔らせた。フラッシュに似た光が、獣故に高い視力を持つアルディスの視界を真っ白にし、目眩まし効果を生んだ。

 

真面に見てしまったアルディスは目を瞑り、視覚情報を切る。いや、切らざるを得ないだろう。そこに、後方支援や回復の係を担っているウェンディとシェリアが前に出てきては、ウェンディの滅竜魔法で強化を施し、互いに魔力を高めあった。そしてそれに続くように、カナも右腕に宿る妖精の紋章に魔力を流し込み、超魔法の発動に入る。

 

目を擦っていたアルディスだが、瞬時に前に居る3人から急激な魔力の上昇を感じ取る。そうはさせるかと駆け出した途端、ミラとカグラの両名による邪魔が入った。臭いで気が付いたアルディスが、引っ掻くように爪を立てて右腕を振り下ろしたところ、カグラの刀が受け止め、空いた胴にミラの魔力が載った拳が揮われた。

 

しかしそれも、手からの直接触れて解る感触で、ダメージが入っていないことを悟った。人体とは思えない程の硬さ。多く重ねられた鋼の板を全力で殴打したかのようなイメージに、ミラは痛みと困惑の載った複雑な表情をした。

 

本来、神狼の姿をしているアルディスの毛並みは、意思によって硬度を自由に変えることが出来る。リュウマが撫でたりする時は、見た目と同じ艶やかな色合いと梳かせば引っ掛かりもしない滑らかな肌触りを実現するが、戦闘の最中、それも攻撃をされたインパクトの時だけに、鋼すらも凌駕する超硬度の毛皮の鎧へと変貌するのだ。それは魔法に於いても同じで、例え魔法を零距離で撃ち込まれても、その毛皮の鎧を突破するのは容易では無い。

 

 

 

「滅神奥義──────『天ノ叢雲』ッ!!」

 

「滅竜奥義──────『照破天空穿』ッ!!」

 

「──────『妖精の輝き』ッ!!」

 

 

 

アルディスの近くから離脱するタイミングを計っていたミラとカグラは、魔法が放たれる瞬間にその場から退避し、アルディスのみをその場に残した。見舞われる暴風の塊に妖精の超魔法。着弾位置から大爆発を引き起こし、爆煙を巻き上げる。目を凝らして見ていたミラとカグラは、シェリア達の魔法が確実に撃ち込まれたのを確と確認した。

 

戦闘によってアルディスは、リュウマが居るであろう洞穴の入り口から離れていた為、魔法の爆発に巻き込まれているという心配は無い。それは爆煙が晴れてきて、入り口が無傷なことを見れば直ぐに解ることである。しかし、問題は魔法が直撃したアルディスだった。

 

見た目では判断し辛いかも知れないが、ウェンディはフェアリーテイルに於いての精鋭の一人であるし、シェリアはラミアスケイルに於けるジュラに続くNo.2という声も大きい。カナは威力に乏しいカード魔法ではあるが、フェアリーテイル最強の最有力候補であるギルダーツを父に持ち、その身に秘めたる潜在能力はフェアリーテイルでも屈指。そんなカナだからこそ撃てる妖精の三大魔法の威力は、超魔法と言われて当然の威力を内包していた。

 

それらを一身に真面に食らったとなれば、いくらリュウマの眷属であるアルディスだろうと、少なからずダメージを受けている筈。なのだが…現実とは無情である。どれだけ強くなり、あの殲滅王との激戦を潜り抜けたからと言っても、それは裏の攻略法を突いての話。本来の戦いであれば、彼女達はリュウマの本気の姿を見る前に、瞬き一つしている間に全滅していただろう。そして、目の前に居るアルディスは、そんな殲滅王の()()()()()である。

 

 

 

「う、ウソ…っ!?」

 

「私は全力でやりました…!!」

 

「私も…全力でやったよ…!?」

 

妖精の輝き(フェアリーグリッター)は完璧だったのに…何でだ…!?」

 

 

 

「弱き人間共が…この程度の魔法で主の眷属である私を倒せると…?思い上がるなッ!!」

 

 

 

アルディスは…健在であった。最初のナツの攻撃を受け止めた時のように、右手を前に翳しているだけで、他には特に何もしていないアルディスは、眉間に皺を寄せて威嚇するように鋭い犬歯を見せた。

 

アルディスはリュウマが従えさせる眷属の中で、戦闘力が一線を画して高い最強の眷属。その力は400年前、リュウマが治めるフォルタシア王国から数百キロ離れた所にある幻獣の森という、人が踏み込んではならない魔境の支配者だったのだ。当時ですら、世界最強の種族のドラゴンと同等とも謳われたアルディスだったが、真実は少し違う。

 

中央に進めば進む程、幻獣の森に住まう猛獣の強さが桁違いに上がるという中、その中央で座して佇み、挑戦者という名の愚か者に死という罰を以て相対する最強の神狼。そんな神狼を見に行って、生きて帰ってきた者は殆ど居ない。だが、中には帰って来た者は居た。その者は、アルディスが挑戦者であろうドラゴンと、戦っている場面に遭遇し、余波で死にかけながらも命からがら逃げ果せた者だった。

 

その者が後に、幻獣の森にはドラゴンと同等の強さを持つ神狼が居る…と世に広めた。だが、ここで誤解が生じていた。アルディスは挑戦者であるドラゴンとしのぎを削っていたのでは無い。退屈でやることも無いところに、ドラゴンという挑戦者が来たからこそ、()()()()()()()戦っていただけである。詰まるところアルディスは……ドラゴンよりも遙かに強い。

 

 

 

「よくもやってくれたなこの野郎!『火竜の炎肘』ッ!!」

 

「換装──────『妖刀・紅桜』」

 

「──────『スターショット』ッ!!」

 

「であるからしてぇもしもし!」

 

「アイスメイク──────『銀世界(シルバー)』」

 

 

 

体と顔の一部に黒い痣を広げたグレイが、滅悪魔導士としての強力な力を重ねて魔法を放ち、足元が氷によって覆われた。類い稀なる才能によって、味方の足だけを除いてアルディスの足を凍らせて固定した。役割を終えたグレイは、序でとばかりにアルディスの左右の地面から氷柱を隆起させ、腕を捲き込ませようとしたが、それには流石に反応されて躱された。しかし、足を凍らせた氷を砕かれる時間は稼ぐことが出来た。

 

続いてルーシィがサジタリウスの星霊衣(スタードレス)に換装し、喚び出した星霊であるサジタリウスと共に光り輝く矢を射る。全部で24の矢がアルディスに向かっていき、アルディスは目を狙われた矢だけを右腕で振り払い、残りはその身で受けた。リュウマの場合は魔力による障壁を展開するが、アルディスはその身を神狼の形態で生えている毛並み同様、その身を硬質化出来る。

 

弾かれた物以外の光の矢は、アルディスの肌に触れた途端に砕け散り、霧散する。だが、ルーシィは光の矢で致命的な一撃を入れたかった訳では無い。次へ繋げるための橋渡しをしただけに過ぎない。グレイとルーシィが時間を稼いだ時、ナツは肘から爆発的な炎を噴出させて推進力を得、宙へ飛んで足を向けるエルザの足の裏に拳を叩き込んだ。

 

ナツの爆発的な炎の推進力までも籠めた全力の殴打を、発射装置として使って跳躍し、換装した妖刀をエルザは構えた。一直線にアルディスへと向かっていき、アルディスは動くことも出来なければ防御も間に合わない。完全無防備とも言える状況を作り出した仲間達へ、心の中で感謝の念を贈りながら、妖刀・紅桜で突きの姿勢を取り…放つ。太陽の光を浴びて反射する銀の刃が、アルディスへと放たれていったのだ。

 

まさに全力の一撃。防御も回避も行えないよう、仲間達と繋げて至った一瞬の大きな隙を、エルザは完璧に突き詰めて見せた。だが……アルディスはその程度でやられるほど柔ではなかったのだ。

 

 

 

「──────な…に……?」

 

「ぎ……ぎ……ぎりィ……ッ!!」

 

 

 

アルディスは……その一撃を歯で受け止めた。妖刀・紅桜はその余りにも過剰とも言える切れ味と攻撃力を持つことから、身に付けている防御力を総て破棄しなければ、持ち主が手に持つことすら叶わないという武器である。しかし、アルディスはそんな武器の、それも推進力を多重に使用した一撃を、歯で噛むことによって無理矢理受け止めたのだ。

 

鋒を噛み締め、刀身と歯とが重なり合ってぎちりという音を立てる。文字通り全力で突貫したエルザの体重すらも受け止め、完全に静止してしまった。そんな受け止め方をするのかと、瞠目しながら呆然としていたエルザに、アルディスは口内から魔力の咆哮を放った。撒布するように扇状に放った事で、吹き飛ばされただけで済んだものの、アルディスを仕留めきれなかった。

 

如何するか…と、それなりに危機的状況に立たされているナツ達。そして同時に実感する。彼等は思い上がっていたのだ。リュウマの眷属であろうと、自分達ならば倒せると。()()()()()()()()()()()()()と。確かに勝ったという事実が、彼等の自身の強さが世界に通用するのかを、履き違えてしまった。

 

世界は広い。産まれて育った場所からクエスト先。我が家があるマグノリアだけが世界ではない。つまり、彼等は確かに強いが、世界でのトップレベル…という訳では無い。所詮、リュウマという居たものの、結局は小さな鍵穴から向こうの景色を覗き込んでいるに過ぎないのだ。上には上がいる。有名な言葉だが、それは実に的を射ていた。アルディスという、伝説の神獣を相手にしたからこそ、その思い上がりに気が付き、恥ずかしく思った。

 

だが、そんな彼等とは別に、彼女はもう待っているのすら億劫になってしまっていた。アルディスの頭頂に生えた獣耳がぴくりと反応し、そちらへと顔を向けて鋭い犬歯を見せ、獣のように低い唸り声を上げた。彼女…オリヴィエが動き出したのだった。

 

 

 

「もう良い。何時までも子供が如く、何の生産性も無くつまらぬ癇癪に付き合っていられる程……私は気が長くない」

 

「貴様だ…貴様の所為で……主は私を喚んでくれなかった…ッ!!」

 

「神性を持つ貴公が出張ったところで、私の神殺しの力に対抗出来ないから…か?ふっ……()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

オリヴィエはその言葉をアルディスへ投げ掛けると共に、これ以上無いという程の冷たい瞳で見下した視線を投げた。それを見たアルディスは、険しい表情を更に険しくさせ、全身から莫大な魔力を放出させた。その怒気は止まることを知らず、最早その感情は人間に対する憎しみとしか思えなかった。

 

嘗てこれ程迄の怒気と殺気を向けられた事も無いナツ達は、これが本当にあの銀の神狼なのかと疑わざるを得なかった。今まで出会ってきた動物は、敵対心を向けることがあっても、これ程の身の毛もよだつ感情を身に受けたことが無いのだ。

 

 

 

「……ッ!!殺す……殺してやる…ッ!!主は殺させやしない…私の主を奪わせはしないッ!!」

 

「待ってアルディス!私達は別に、リュウマを殺そうとしていたんじゃないの…っ!ただ私達は──────」

 

「黙れッ!!黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れッ!!主は死にかけていた。高潔なその血潮を大地へ流し、地べたへと這いずらわせたッ!!主は……主は何よりも尊く…何よりも絶対の存在なのだッ!!それを……ッそれをォッ!!絶対に赦さんッ!!噛み殺してやるッ!!!!」

 

「……リュウマの大切な眷属だからと、私にしては珍しく慈悲を掛けてやろうと思っていたが…止めだ。殺しはせんでおいてやるが、起き上がる事すら不可能な程に徹底的に且つ絶望的に半殺しにしてやる」

 

「──────顕現せよ、我が(ちから)ッ!!」

 

 

 

遙か上空より、何かがこの場へと降り落ちてきた。何だと目を凝らせば、何かの塊であった。豪速で落ちてきたそれは、アルディスの目前へと、地面を叩き割りながら降り立ち、その姿を見せた。それは大理石に似た艶やかな色合いを放つ、何かの鉱石か石かで構成された台座と、そこへ深々と突き刺さった一本の大剣であった。

 

大剣故の巨大な刃は、死神が持つ魂を刈り取る鎌の刃のように薄気味悪く、寺に建てられた仏の大仏様のように神々しく、地中から溶岩を無限のように吐き出す火山のように力強い光を放ち、見る者の目と心を掴み取り、見惚れさせた。そんな刀身には、見たことも無い文字が所々で紋章のように刻まれ、神秘すらも感じさせた。

 

相当な年代物同様、傷一つ無い大剣の刀身とは別に、握り込む柄の部分は至る所に傷を付けていた。その手の専門家に見せれば、震えて言葉を無くすであろう程の逸品が、そこには在ったのだ。

アルディスは台座に設けられた階段を数段上り上がり、人間の姿のアルディスの、背丈にあった大きさへと調整された大剣の柄を握り込み、力任せに引き抜いた。

 

神をも殺す大剣であるこの神剣に、正式な銘は無い。アルディスが初めて神を殺した瞬間、アルディスの前にこれは現れ、それからは呼び寄せれば従順に顕現する。神剣であるからこそ、長さや大きさに定まり何てものは無く、アルディスの望むがままにその大きさを変える。これまでも、リュウマが殺せと命令した者は、例え何であろうとこの神剣で斬り殺してきた。だからこそ、アルディスはこの神剣でオリヴィエを殺そうと考えたのだ。しかし──────

 

 

 

「──────死ねッ!!」

 

「リュウマへ説明したことを、貴公も訊いていた筈。ならば、知らぬということはないのだろう。故にこそ解る筈だ──────私に神の力は()()()()()()効かない」

 

 

 

滅神王(オリヴィエ)に神の力や、その一端を担った力は無効化され、絶対に効かないのだ。その証拠に、アルディスが右腕で揮う大剣は、直立不動で無防備のオリヴィエに弾かれている。そう、完全に弾かれているのだ。何度も何度も大剣を振り下ろし、両断しようと、オリヴィエに当たった途端に大剣は跳ね返され、無意味と化す。

 

こんな事は有り得ない。有り得る筈が無い。有り得て良い筈が無い。アルディスは底知れぬ憤怒と憎悪でその顔を歪めながらも、その心の中では自覚する己の無力さに嘆き苦しんでいた。主であるリュウマを命懸けて護ると誓いながら、目の前に居るオリヴィエに全く歯が立たない。アルディスは強い。強いからこそ、相手との力量差なんぞ言われるまでも無い。だが、解っていたとしても、アルディスは諦めるという気持ちなど塵ほども無かった。

 

振り下ろし、瞬く間に弾かれる大剣。一方で最初から現在まで直立不動で、アルディスからの大剣を振っているとは思えない超速度と、重い一撃をその身で受けているオリヴィエは、髪の毛一本揺らされることも無い。オリヴィエが持つ神殺しはこんな理不尽な力なのだ。例え相手が最強の神でも、因果を操る神でも、理をねじ曲げる神でも、それら一切を無効化する、神に対して絶対の存在なのだ。

 

オリヴィエは鬱陶しそうに、まるで周りを飛ぶ虫を追い払うが如き乱雑な仕草で、アルディスの振り下ろされる大剣を払った。すると、アルディスの大剣は振り払われた力とは反比例して大きく弾かれた。右腕一本で振っていたアルディスは、離さなかった為に上体を大きく反らしてしまい、懐に隠しきれぬ隙が生まれた。

 

 

 

「何度も言わせるな。貴公は絶対に私には勝てない」

 

「ご…ッ……が…ッ!?」

 

 

 

固く握り込んだオリヴィエの右拳が、半分ローブで隠れている腹部にめり込み、めきりと音を立てた。目を目一杯見開き、口が大量の酸素を求めるように開かれ、迫り上がってきた血潮を多量に吐き出した。ばちゃりと、尋常ではない量の血潮に、見ていたナツ達も流石に顔を顰めた。アルディスは、唯主が殺されると思って護っていただけだ。勘違いさせるほど痛めつけてしまったことは否定出来ないが、だからと言ってアルディスが可哀想だと思ったのだ。

 

しかしオリヴィエの猛攻は止まらない。左手で大剣を持つアルディスの右手首をみしりと音が鳴る程掴んで固定し、少し身を屈めて右腕を引き絞る。そこからは先程の鋭角に腹部…鳩尾を抉り込むような殴打の連続。どごんという、大型トラックが正面衝突したかのような音が鳴り響き、アルディスはその衝撃と痛みから、一撃毎に多量の血潮を吐き出し、撒き散らした。

 

全部で十二発、アルディスの腹部に拳を打ち込んだ。ローブから微かに見える腹部の肌は、青を通り越して紫色へと変色し、素人目からでも解る重体であった。

オリヴィエが掴んでいた右腕を離すと、アルディスは後ろに二歩三歩と後退り、大剣を突き刺して崩れかける体を支えた。大剣を杖にしても脚が子鹿のように震えている。口の端から血の道を作りながらも、アルディスは大剣を弱々しくも持ち上げ、オリヴィエへと揮う。

 

だが、それでもやはり弾かれる。地面に突き刺さるように落ちた大剣をもう一度持ち上げようと、右腕に力を入れた瞬間、頭の後ろを掴まれた。あっと思う間もなく、引き寄せられ、オリヴィエの膝がアルディスの顔面を捉えた。

 

ばきゃりという耳障りな音を鳴り響かせ、アルディスは大量の鼻血を出しながら意識を朦朧とさせた。彼女の視界では、目前に居るオリヴィエが2人にも3人にも歪んで見えていた。ふらふらと、頭を振って如何にも気絶する寸前に見えるアルディスは、それでも倒れはしなかった。

 

 

 

「まだ解らんか。貴公では勝てんのだ。それとも何か、このまま意味も無い戦いを続けるか?そうなれば貴公は死ぬぞ。確実に」

 

「は……ごぼッ…!?げぼ…っ…死…ね……貴様…に……主は……渡さ……な………」

 

「そうか。ならば──────加減はせんぞ」

 

 

 

意識も朦朧とし、一人の人間すら真面に見ることが出来ないという状況でも、アルディスはオリヴィエに色褪せぬ敵意を投げ付けた。これだけやられて尚、まだやるというならば是非も無し。オリヴィエは最後の手を加えるべく、アルディスへと近付いていった。背後では、もうやめろと、このままでは本当にアルディスを殺してしまうと、ナツ達が叫んでいるが、当の本人は全く耳を傾けない。

 

一歩一歩と着実に近付いてくるオリヴィエに、最早持ち上げることすら億劫に感じる大剣を手放し、爪を立てて引っ掻こうと、腕を心許なく振り上げる。そして重力に従って下ろしただけのような速度で、オリヴィエに振り下ろした。だが、残念ながらそれはオリヴィエに届くことも無く、オリヴィエの数センチ横を通り過ぎていった。最早攻撃すらも真面に当てられないのだ。

 

そんな弱りきっているアルディスに、オリヴィエはすっと短く息を吸い込み、膝を狙った右脚のローキックを放った。攻撃すらも上手く出来ないアルディスが、そんな攻撃を受け止められる訳も無く、蹴りは左脚のヒザ側面に当たり、ばきゃりと骨を砕く音を鳴らした。アルディスは訪れた痛みに息を呑み、叫ぶ前に顎を何かが捉えた。

 

何時の間にか空を見上げていたアルディスは、朦朧した意識の中で冷静な分析をしていた。上を向いたのではなく、上を向けさせられたのだと。アルディスの体が崩れ落ちる前に、無防備な顎へと、オリヴィエの天を突かんばかりの強烈なアッパーが炸裂した。幸いな事に、舌を噛みきる事も、顎の骨が粉砕する事も無かったが、頭蓋骨の中で跳ね回った脳は、完全にアルディスの平衡感覚を混濁させた。

 

上に体を浮き上がらせ、落ちてくるアルディスの首に右手を掛けて絞める。宙吊りになってしまったアルディスは抵抗らしい抵抗も出来ぬまま、圧迫される気管の所為で喘ぎ苦しんでいた。

 

 

 

「…っ……か……っ……ぁ………っ」

 

「勝機は皆無。諦めろ」

 

「……ッ………ぺっ」

 

「……っ…」

 

 

 

苦しそうにしていたアルディスは、オリヴィエの顔に目掛けて唾を吐き捨てた。血潮の混じった頬に唾が付着し、雑に左の袖で拭い去ったオリヴィエは、アルディスに視線をもう一度向ける。その時アルディスは、血潮を吐き出している口の端を、小さくも吊り上げる。

 

目が語っていた。何が絶対に勝てないだ。私は一矢報いたぞ。貴様の矜持に唾を付けてやった。それはオリヴィエにも解った。だからこそ、目を細め、宙吊りにしているアルディスを睨み付けたのだ。

持っているアルディスの首に力を入れると、更に気管が圧迫されて呼吸困難となる。後少しで酸欠による気絶に陥ろうとした瞬間、オリヴィエがアルディスの事を上に投げた。

 

 

 

「──────ッェりゃあァッ!!!!」

 

「ごッ……ぐぼッ…ッ!?」

 

 

 

落ちてくるアルディスを的にし、三歩下がって距離を開け、助走を付けながら前に跳躍。宙で三階体を捻り込んで遠心力を付け、その遠心力が載った蹴りをアルディスに打ち込んだ。

 

オリヴィエの爪先がアルディスの腹を捉えた。何度も殴られて紫色へと変色している箇所中央を、何の躊躇いも無く蹴り抜いた。ごぼりと血潮を吐き散らしながら、宙で受けた為に威力に負けて吹き飛ばされていく。その方向は、偶然にもリュウマが居るであろう洞穴の入り口の方向であった。

 

洞穴の暗闇の中へと吹き飛ばされて消えていった後、数瞬後には鈍い音が響いてきた。恐らく洞穴の行き止まりの壁にアルディスが到達したのだろう。見るからに衰弱していたにも拘わらず、ここまで一方的に攻撃したオリヴィエに、自然と視線が集まる。だが、それすらも気にした様子も無く洞穴の中へと入って行った。互いに顔を見合わせ、仕方ないと溜め息を吐きながら、自分達を置いて行ったオリヴィエの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………──────」

 

「んーーーッ……ふんーーーーーっ……はぁ…ダメだ…抜けない……」

 

 

 

洞穴自体はそこまで大きなものではなかった。入って少し進めば、壁に突き立てられた松明が有り、暗い洞穴に微かな明かりを灯してくれていた。入り口以外に風を通す場所は無く、昨日雨が降っていたことから、中は少し湿っている空気であった。地面も少し濡れていて、寝ている筈のリュウマが心配になったが、その心配は杞憂であった。

 

リュウマはふんわりと積み重ねられた干し草の上に寝かされ、その上には何かの動物の毛皮で作った掛け布団を掛けていた。背に生えた翼も覆うほどの大きな毛皮。恐らくは巨大な熊か何かだろう。それを狩って皮を剥ぎ、リュウマの為に布団を作っていたのだ。

 

リュウマを出来るだけの手厚い待遇で看病していたアルディスはというと、洞穴の壁に大の字で深々とめり込んでいた。頭を俯かせて顔が見えないが、全く動く気配が無く、それをどうにかしようとイングラムが必至に引っ張って助け出そうとしている。しかし、まだ筋力が足りないからか、助け出すことが出来ないでいる。

 

オリヴィエはリュウマと反対側の壁の所に立て掛けられている、天之熾慧國と黑神世斬黎の二振りの刀を見付けた。やはりアルディスが持ち出したのだなと思いながら手に取り、黑神世斬黎は腰に差し、不穏な気配を見せる天之熾慧國は手に持っていた。

 

 

 

「ぁ………る………………じ…………」

 

「…っ!?アルディス…!ダメだよ動いたらっ」

 

 

 

シェリアとウェンディがアルディスに駆け寄り、魔法で傷を治そうと思った矢先、アルディスが意識を取り戻し、めり込んで壁から自力で出て来た。しかし、動くこともままならない程の重傷故か、着地することも出来ず、べちゃりと音を立てながらうつ伏せに倒れた。

 

湿った地面を血潮で池を作りながら、右腕を使って這いずってリュウマの元へと向かう。見ていられないと、口元を覆うルーシィやウェンディだが、アルディスは必至に主の元へと向かっていった。そしてその途中で、血塗れとなっているローブが外れた。度重なる戦闘によって、アルディスを覆っておく機能が失われてしまったのだ。

 

 

 

「アルディス…!?」

 

「アルディスさん……腕が…!」

 

 

 

彼女達が見たもの…それはアルディスの()()()()()()()()()だった。戦闘によって失っていたのではなく、最初から無かったかのような後であった。傷口はある程度塞がっているようで、血潮は流れてはいないものの、片腕が無いというのは見ていて痛々しい姿だった。

 

そして気付く。アルディスと戦っていた時から既に、アルディスは片腕が無いという大きなハンデを抱えておきながら、あれ程の戦闘を見せていたのかと。自分達より強い者達は、世界を探せば幾らでも居る。それを強く思わせられた。

 

 

 

「あ……ある…じ……わた…し…が……まも……って………」

 

 

 

「アルディス……」

 

「何で腕が無いの…?誰かにやられてた…ってこと?」

 

「違う。アルディスは恐らく、リュウマに己が腕を()()()()()()んだ」

 

「自分の腕を…!?」

 

「リュウマの力…『狂い喰らう兇王(フルアウトイーター)』は鮮度が良い物を喰えば喰う程、己の体力へ還元させる事が出来るという搾取の能力だ。察するにアルディスは、その能力を使ってリュウマを治させようとしたのだろう。だが、この能力は確かに凄まじいが、体力を回復させるだけで血や魔力は回復させることが出来んのだ。アルディスはその事も知っている筈。あぁ見えて、リュウマと共に居た時間は私よりも長い」

 

「じゃあ何で…?」

 

「主が目覚めないというのに、何も出来ん己が嫌だったのだろう。何も出来んからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけだった筈だ。だが、己の肉を喰わせる等、最早それは狂信の域だな」

 

 

 

「ある……じぃ………ぐす……あ……るじ……」

 

 

 

這い蹲ってでもリュウマの元へ駆け寄るアルディスは、腹部は重傷を負いすぎて見るも堪えない色へとなり、左腕は総てリュウマに喰わせてしまい残っておらず、左脚はオリヴィエによって蹴り折られ、膝蹴りの所為で鼻骨に罅が入っている。頭からも少なくはない出血を起こし、意識がある方が奇蹟に近い状態だった。イングラムも、同じ眷属として、これ程弱っているアルディスに目を伏せていた。

 

どうにかこうにか、リュウマの元へと辿り着いたアルディスは、リュウマのことを己の血潮を付けてしまいながらも、上にのし掛かって胸元に頬を付け、頬擦りをした。己の存在と匂いを擦り付けるように、大切な宝物を抱き締めるように、リュウマを抱き締めようとするが、右腕一本ではそれは叶わなかった。

 

身動ぎをしてリュウマの顔へと己の顔を近付け、衰弱した仔猫のような心許なさで、リュウマの色づきの良い頬をぺろりと舐めた。

 

 

 

「……ん…………ア…ルディ……ス…か?」

 

 

 

「──────ある……じ……?」

 

「リュウマ…ッ!?」

 

「目を覚ましたのか…!?」

 

「良かった…!!」

 

 

 

そんな時である……リュウマがゆっくりと瞼を開けたのだ。

 

 

 

久方ぶりに訊いた主であるリュウマの声に、アルディスは朦朧とさせていた意識を一気に覚醒させた。待ち望んでいたリュウマの声、己の顔を見詰める縦長に切れた黄金の瞳。何もかもが望んでいたリュウマのそれであった。

 

閉じかけていた眼を大きく開けてリュウマの顔を見つめ、その大きな目から止め処なく大粒の涙を流した。しゃくり上げながらアルディスはリュウマの豊満な胸元に顔を押し付け、顔中を血潮と涙でぐしゃぐしゃにしながら歪な笑みを浮かべたのだ。しかし件のリュウマと言えば、何故こんな洞穴に居るのか、何故己の上にのし掛かっている見知らぬ女は泣いているのか、覚醒したばかりの脳では処理しきれなかった。

 

だがそれでも…直ぐにこの女がアルディスだという事が解ったのだった。何せ彼女(かれ)は、400年も連れ添ってくれた大切な眷属のことを、知っているからである。

 

 

 

「アルディス…そんな姿にも…なれたの…だな」

 

「あるじ……ぐすっ……あるじぃ……!」

 

「血塗れ…では……ないか……それに…その腕…我はお前を……喰ったのだな…」

 

「ちが…う……わたしが……あるじ……に…」

 

「……そう…か。だが…先ずは……『来い』」

 

「……っ!?黑神世斬黎が……」

 

 

 

右手を上げて、来いとだけ言うと、オリヴィエが腰に差していた黑神世斬黎がかたりと動いて反応し、猛スピードでリュウマの手の方へ飛来して納まった。あるべき所へと納まったことにより、黑神世斬黎が本来の力を呼び覚ます。

 

 

 

「自己修復…魔法陣……起動」

 

『畏まりました。対象をアルゲンディオス・インテルヴォルスのアルディスへと絞り、自己修復魔法陣を起動します』

 

 

 

「え…?リュウマって女だと魔法が使えないんじゃなかったの?」

 

「……成る程、アルファか」

 

 

 

総てを万能に熟す男のリュウマとは違い、魔法も使えなければ魔力も無い筈の女の形態で、リュウマはアルディスの体に自己修復魔法陣を刻み込んだ。何故、どうやってと思っていると、オリヴィエは納得がいったというような顔をした。

 

リュウマは確かに女の形態になると魔力がゼロとなるため、魔法を使うことが出来ず、その身一つで戦闘を行わなければならなかった。だが、それはあの戦いで、自身の手に握る得物が天之熾慧國だけであったからだ。そこに本来の黑神世斬黎を握り締めていれば、戦闘方法はまた違ってきた筈だ。

 

絡繰りは至って単純。魔法も魔力も無いのはリュウマであるだけで、()()使()()()()()()()()。つまり、魔力は黑神世斬黎の中に溜め込んでおいたものを使用し、魔法の発動はリュウマの超万能サポーターである、α(アルファ)が発動させれば、好きな魔法を使用することが出来る。そうなれば、防御の魔法も肉体強化の魔法も、相手の魔法を呑み込み無効化させることすら可能となるのだ。

 

そういった魔法の使用に関する抜け道があったのだ。故にリュウマは、その手に黑神世斬黎を持っている又は、腰に差している時、女の姿をしていたとしても魔法を使うことが出来るのだ。決戦の時はオリヴィエに黑神世斬黎を奪われてしまい、その手には天之熾慧國のみを持っていた事から、使えない手だった。

 

切り傷から始まり、打撲、骨折、罅、それらの傷口を瞬時に治し、リュウマに喰わせてしまった左腕も新しく生えて修復された。見違えるように綺麗になったアルディスを見て、満足そうな表情をしたリュウマは、ゆっくりと腕を持ち上げて、アルディスの頭を撫でた。

 

 

 

「くぅーんっ……私の大好きな、主の手だ…」

 

「……アルディス…其奴等は悪くは…無い…悪かったのは……我だ…故に……お前が…憤る必要なんぞ…無いのだ」

 

「主っ…でも、この人間共は主を殺そうと…!」

 

「殺そうと…したのではない……我を…護ろうと…したのだ。悪いのは…我だ……解るな…?」

 

「だが…!主はあんなに血を流して…!殴られて蹴られて…!それで…っ!!……解った…主の言葉は信じる」

 

「良い子…だ。近々…イングラムと…また…狩りに出て……共に肉を食い…お前の背に乗り…駆け回って……遊…ぼう………か……──────」

 

「主……主……?主っ!!」

 

「案ずるな。また眠っただけだ。この様子ならば薬を飲ませて寝かせておけば一日や二日で目を覚ます」

 

 

 

リュウマはアルディスの頭を撫で、頭頂に生えた耳を擽るように指先で弄った。それをアルディスは心地好さそうに目を細め、もっともっとと強請るように手の平へ頭をこすりつけていた。しかし、リュウマは完全に意識を覚醒したのではなく、アルディスの腕の肉を喰い、それで幾らかの血液をアルファが創り出してくれた為に、少しだけ起きていただけに過ぎなかった。

 

絹のように触り心地が良く、指先を通して梳いても引っ掛かる事も無い銀髪を、滑るように手が落ちていった。それに驚いてその手を取り、手の平に頬擦りをしながらリュウマへ叫ぶように問うも、リュウマは既に眠りの中へと入ってしまっていた。この様子ならば薬を飲ませれば直ぐに回復すると確信したオリヴィエだったが、アルディスはすくりと立ち上がるとイングラムを呼び、肩に乗せた。

 

 

 

「大丈夫?アルディス」

 

「あぁ。主のお陰で傷は全て癒えた。……貴様等が敵では無いことは主の言葉に則り、理解はした。だが、どんな大義名分があれ、主を殺しかけたことは変わらない。だからこそ私は納得しない」

 

「うん。分かった。大事な主を傷付けてごめんね?でも、あたし達もリュウマが大好きで…一緒に居たいからこそ、みんなのために、そして…リュウマの為に戦ったの」

 

「私達は殺したくて傷付けたのではない」

 

「愛しているからこそ、リュウマ様の行いは違うんですって伝えるために、全力でぶつかっていきました」

 

「だからさ!私達も仲良くしよっ?すぐじゃなくていい、時間掛けてもいいから」

 

「私達も、アルディスさんと仲良くなりたいです!」

 

「つー訳で、親交の証としてぇ…その見事な胸を私に揉ませて……」

 

「カ~ナ~?アルディスが嫌がることは…めっ、だよ?」

 

「わーった、わーったよミラ。胸揉むのは仲良くなってからな、へへ」

 

 

 

口々に仲良くなりたいと言い出す彼女達に、アルディスは何とも言えない変な気持ちになった。あれだけ殺し合っていたというのに、何故こうも直ぐに、その敵だった者と仲良くしようと思えるのかと。だが、敵意も感じなければ嘘である気配も無い。本当に唯仲良くしたいと思っての発言である事を、アルディスは感じ取っていた。

 

肩を叩かれたことでそちらに目を向けると、乗せたイングラムがアルディスに向かって、優しげなにっこりとした笑みを向けていた。洞穴で生活している二日間で、アルディスはイングラムから、あの人間達は敵では無いと、何度も説かれていた。それを悉く無視していたアルディスだったが、漸く本当に敵では無いことに気が付いたのだった。

 

笑いかけるイングラムに、微かな優しげな笑みを一瞬だけ見せると、体から銀の体毛を生やし、瞬く間に洞穴の天井近くの3メートルはあろう大きさへと変わっていた。本来は10メートル以上はある巨体であるが、ここではそこまで大きくなれないため、大きさを調節したのだ。

 

膝を折ってうつ伏せに座り込み、魔法を使ってリュウマを浮かせて背中に乗せた。イングラムにリュウマが落ちないようにしてくれと頼み込み、そのまま洞穴の入り口へと歩いて行った。オリヴィエ達は道を空けてやり、外に出させた。もうリュウマを何処かへは連れて行かないと分かっての行動だ。

 

 

 

「……先にあの女が居た住処に主を連れて行く。貴様等は後から来い。………………………すまなかった

 

「何だって?声が小さすぎて聴こえん。もっと大きな声で()()()()()どうだ?ン?」

 

「~~~~~~っ!!聴こえているだろうッ!!ふんっ、やはり私は今までもこれからも貴様は嫌いだっ」

 

「私はリュウマの()()()()()仲良くするつもりだというのに」

 

「ペットではないッ!私は主の崇高なる眷属だッ!!チッ…もう行くぞイングラムッ!!」

 

「わっ、ちょっ…そんな急がないでっ、落ちる…!ボク落ちちゃうぅ──────────っ!」

 

 

 

「ま、これで一件落着だろ」

 

「いやー、しっかしアイツ、めっちゃ強ぇな!帰ったら今度こそ本気の戦いでリベンジだ!」

 

「やめときなさいよ。アルディスはリュウマの眷属の中で一番強いのよ?片腕無くて剣も使ってないのに、あたし達コテンパンにされたじゃない」

 

「眷属の中で…ってことは、他にもリュウマさんの眷属の方って居るのでしょうか?」

 

「イングラムも眷属みたいだけど、オリヴィエの話だとまた違う眷属が居るってニュアンスだったよね。如何なの?オリヴィエ」

 

「そんなもの、リュウマに直接訊けば良い話だ。それよりも、何時までこんな所に居るつもりだ。疾く帰るぞ」

 

「……またあの魔道四輪…?」

 

 

 

この後、意地の悪そうな笑みを浮かべるオリヴィエに、嫌な予感を感じた各々であり、早速逃げようとしたところで純白の鎖に掴まり、無理矢理超速度の出る魔道四輪に乗せられた。行きと帰りで途轍もない酔いに悩まされたが、リュウマを取り戻す事が出来たので良しとした。

 

こうして、リュウマが攫われる事件は幕を下ろし、連れ去った張本人の手によって、リュウマはマグノリアへと帰ってきたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






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人類最終到達地点  13番目の100年クエスト
第 ০ 刀  13番目の依頼




13……それは忌み数。


13……それは西洋に於いて、最も忌避される数。


13……それは──────不吉の数字





 

 

アルマデュラとなったルーシィが、ケム・ザレオン文学賞の新人賞を受賞をしてから翌日、リュウマを初めとしたクレア、バルガスにイングラムは、チーム『人類最終到達地点(クァトル・デュレギレーション)』として数多くの100年クエストへと馳せ参じていた。

 

本来はここにオリヴィエも居るのだが、生憎と妊娠9ヶ月という妊婦であるため、チームの仕事からは抜けて、リュウマ宅で他の妻達と家事を行って過ごしている。ナツ達の最強チームも、同じ日に初めての100年クエストへと向かったが、ナツとグレイのストッパー役にルーシィは居るものの、無理矢理止める係兼戦闘員であるエルザも、妊娠している為チームからは一時抜けている。

 

それでは流石に初めての100年クエストを受けさせるのが怖いということから、マスターであるマカロフは100年クエストの中でも一番簡単であろうもの受けさせた。それならば大丈夫だろうということで、リュウマは納得したものの、正直心配ではある。因みに、難易度についてはリュウマが魔法で調べた。

 

100年クエストというのは、100年前に依頼されてから、誰にも受けることも無く放置されたクエストは含まれず、何人も何人も受けて、誰もクエスト達成されないまま100年という月日が経ってしまったものを言う。つまるところ、受理されたクエストの中で超最高高難易度クエストということだ。

 

そもそもな話、依頼者がクエストを発注し、それを受注して内容をクリアし、報酬を得るというサイクルを繰り返すギルド…という組織自体が、今から大凡100年前に作られたのだ。つまり、100年クエストというのは、ギルドそのものが設立されてから、過去に一度だって誰にもクリアされたことが無いという、計り知れないクエストなのだ。

 

しかし、その100年クエスト。超最高高難易度という割に、内容は無理難題が殆ど…というよりも全部が無理難題である。やれ伝説の魔獣を無傷で捕らえて欲しいだの、ヒントも無しに幻の薬草を採取して欲しいだの…人に頼むのには限界があるだろうと思えるような、何だそれという内容になっているのが100年クエストであり、リュウマ達はここ一ヶ月で、その100年クエストを既に十二個達成していた。

 

これは異常な速度であり、現にフェアリーテイルのギルダーツは、一つの100年クエストを受けてから2年もの間休まず行い、アクノロギアに邪魔されたということもあるが、失敗して帰ってきた。それを鑑みれば、彼等の100年クエストの消化速度が途方も無い事が解るというもの。だが、彼等がその速度で終わらせるのも、ある意味では当然かも知れない。何故ならば、彼等は400年前の世界の4強であるのだから。但し、何も総てが上手くいっているという訳ではない。

 

 

 

「やっと12個目終わったぜ……」

 

「……次で…最後」

 

「と言っても、今回の100年クエストは我しか動いてはおらぬではないか」

 

「ったりめーだろうがッ!!内容思い出せ!12個中半分が()()()()()()()()()()()()だろうが!!」

 

「何も我が好きでやった訳では無い。偶々放置していたものが、100年クエストとして依頼されていただけだ」

 

 

 

彼等が何の話をしていたのかというと、100年クエストの内容である。全部で13個の100年クエストを受けた訳ではあるが、その半数が昔、リュウマが何かしらで起こした大災害の残りだった。例えば、国を滅ぼす時に行った攻撃の余波が、周囲に影響を及ぼしながらも、今現在まで残ってしまっているものがある。それらはクエストの内容を聞き、どう考えても自然現象では成り得ないものであることであり、何と言っても本人に思い当たる節があったのだ。

 

だが、半数が確かにリュウマによるものではあるが、だからと言って、その他のものが確とした100年クエストの依頼という訳では無い。

 

 

 

「確かに、直径100キロに及ぶ何もかもが消滅する超特級隔離エリアを作ったのは、我が400年前に竜へ向けて放った『世界を灼く紅蓮の神剣(レーヴァテイン)』の仕業による余波かも知れぬ。だが、3つ目の100年クエストはクレア、お前の不始末だ」

 

「ぐっ……」

 

「魔法でも解除(ディスペル)出来ぬ程の超弩級のサイクロン。あれはクレアの蒼神嵐漫扇で発生させたサイクロンではなかったか。バルガスとて、地下40キロにもなる大地の亀裂は赫神羅巌槌で以て叩き割ったものではなかったか?」

 

「……ウム」

 

「そら見ろ。一概に我の所為とは言えぬではないか」

 

「オレ達は1個だろ!?お前は6個じゃねーか!?」

 

「我に牙を剥いた愚か者共が悪い。我に責任は無い」

 

「開き直んな!!」

 

 

 

リュウマに向かって怒鳴るクレアではあるが、リュウマは反省の色が無い。というよりも、一々魔法を放った余波が、これだけの年月を経ても甚大な影響を及ぼしているとは思わないだろう。何しろ、クレアも400年前に発生させたサイクロンが、今も発生し続けては大地を抉っているとは思いもしないだろう。バルガスの大地の亀裂も、地下40キロともなれば人が落ちたら一溜まりも無い。

 

だというのに魔法で埋め切る事すら叶わない、それ程の大規模且つ、人知を超えた大災害だからこそ、100年という時を以てしてもクリアされた事が無いのだ。

因みに、リュウマ達が今先程クリアしてきた100年クエストは、『世界を灼く紅蓮の神剣(レーヴァテイン)』によってリュウマが、一歩でも範囲内に入ってしまえば、微生物であろうと消滅する超特級危険エリアにしてしまった、直径100キロに於ける区域の解除であった。

 

過去に100年クエストを受けに来た魔導士も、魔法解除しようとしたものの、発動中である力には効かず、中には範囲内にその身を入れてしまい、消滅してしまう輩も居た。その解除には、発動者であるリュウマしか耐えきれず、その100年クエストに関してはリュウマが中に入って解除してきたのだ。

 

 

 

「移動には困ってねーからいいけどよ…もうクエスト飽きたわマジで。一旦そこら辺の町とか行って休まねぇ?100年クエストこの一ヶ月ぶっ通しでやってんじゃねぇか。ナンパしよーぜナンパ。美人でエロい感じのねーちゃん引っ掛けてよ。一夜限りの爛れた夜を過ごそうぜ!な!?」

 

「何を言っておるか。引っ掛けられるのは120%お前だぞクレア。この一ヶ月、お前は何度男に言葉を掛けられた?」

 

「……余が数えた限り…34…程声…掛けられていた。記録は…更新中」

 

「オレは男だッ!何で見て分かんねぇンだよ!?これ程イイ男なんだぞ!?」

 

「勘弁しろクレア。我を笑い殺す気か」

 

「どういう意味だコラァ?」

 

 

 

鋭い目付きでリュウマの事を睨み付けるクレアだが、その実…全く怖くは無い。発せられる覇気は凄まじいものの、見た目がそれに追い付いていないのだ。澄み渡る快晴の空が如く映える蒼き髪。傾国の美女と称されても足りぬ程の端整な顔立ち。薄紅色で色付いたふるりとした瑞々しい唇。全体的に細く華奢で、未だに気付かず着続けている蒼を基調とした女物の着物は、その細さと容姿と相まって見る者の心と視線を離さない。

 

垂れた瞳の端の効果によって、浮かばせた微笑みは優しく包み込むような印象を与えさせ、手に持つ美しい装飾を施された扇子で口元を隠せば、何を擲ってでもその尊顔を拝もうと世の男が挙って夢中となるだろう。王としての教養で、立ち振る舞いも一級品であり、背に一本の棒を仕込んでいるような真っ直ぐに伸びた完璧な姿勢。産まれてから女に相手にして貰えないと言う彼だが、その実体は彼の容姿にあり、相手はクレアと己との美しさの次元の違いに当てられて意気消沈するのだ。

 

そんな彼の容姿に、擦れ違う男達が黙っている訳も無く、どうにかお近付きになりたいからと、己の武勇伝を語ってみせたり、己と共に来るならば富と名誉を約束しようと言う者まで現れる。だが、残念ながらクレアには最強のセコム(リュウマ)が常時張り付いている為、万が一という事は有り得ない。クレアへの口説きを邪魔され、憤ったとしても、ほんの一睨みでその場には誰も居なくなる。実力行使?とんでもない。息を吹きかけられるだけで死んでしまう。

 

 

 

「そこまで言うのであれば、我が相手をしてやるのも吝かでは無いが?ふふ」

 

「お、おい…!やめろ!!その姿で抱き付くなテメェ…!」

 

「そう邪険にせんでも良かろう?ほら…そこらに蔓延る女よりも、余程美しい我の躯体だ。好きにしても良いのだぞ?揉むも舐めるも吸うも好きにすれば良い。後に我も楽しませて貰う故に………………じゅる」

 

「柔ら…じゃなくて、良い匂…じゅなくて!!貞操!オレの貞操の危機!!嫌だ!初めてが男とか絶対やだ!!」

 

「確かに精神は男だが、体はお前の言うエロくて美人な女のそれではないか」

 

──────待ってヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!めっちゃ柔らかい良い匂い!!

 

「ふふ…ありがとう。何だ、それなりに楽しんでいるではないか」

 

「心を視るな!?」

 

 

 

男の体から女の体へと早替わりし、クレアの背後から包み込むように抱き締めた。外気に触れているクレアの鎖骨を右手で擽るように撫で、残る左腕は逃がさないように腹部へと回し、苦しくない程度に抱き締める。すると、リュウマの豊満で柔く弾力のある胸がクレアの背中に押し付けられ、ふにゅんと形を変えていく。女の姿でも170以上の背丈を有し、逆にそれよりも身長が低いクレアは必然的に後ろから抱き締められても、リュウマの顎がクレアの頭頂に乗ってしまう。

 

顎をクレアの左肩に顎を載せ、そのまま薄く赤い色づきを見せる左頬に、自身の頬をじゃれつくように押し付けて頬擦りをした。その際に色素の抜けている銀髪の長い髪が肌に触れ、最高品質の髪の艶やかさを体感した。昨日野宿した際には、リュウマの魔法で創った風呂に入り、同じシャンプーを使った筈なのに、香ってくるのは甘く蕩けるような官能的な匂いが鼻腔を擽る。

 

淡い紅色の唇が開き、耳元で息を吐く度に擽ったく、男とは別に女の声になっているリュウマの息遣いは、傍で聴いているだけで幸せな気分にさせ、耳を溶かされてしまいそうになる。そこに優しく囁き掛けてくるものだから、心臓が心拍を早めて煩い。そして、リュウマは剥き出しているクレアの首にちゅっと、リップ音を鳴らしながら接吻を落とし、舌の先で少しだけぺろりと舐めた。

 

 

 

「うひっ…!な、舐め…!?」

 

「ん…はぁ……据え膳食わぬは男の恥と言うであろう?何、心配せずとも痛くは無い。終始夢気分だ」

 

「お、おい…!」

 

「さて、そろそろ“下”の反応が顕著に表れる筈だが…ふふ。如何かな…?」

 

「あ…ぁ……ぁあ…!!」

 

 

 

麻酔をされたかのように、体が言うことを聞かず脱力し、後ろに居るリュウマにもたれ掛かってしまう。しかし、リュウマはそんなクレアの事を同じく左腕で支え、右手が少しずつ移動を開始した。鎖骨を撫でていた右手が上へと上り、細く長い白魚のような人差し指でクレアの唇をなぞり、下唇に引っ掛けるように下ろせば、柔らかい唇はぷるんと揺れた。

 

そのまま下へと下がっていき、撫でていた鎖骨を爪で軽く引っ掻き、筋肉が余り付いていない、薄い胸板を通り、その途中で乳頭の真上を通過する。その時にクレアの体がびくりと反応し、そのまま下へ。隠れているが、薄く肋を見せる肉付きの薄い肋骨の上を通り、臍の上へと滑るように通過する。そして右手は、クレアの着る着物の裾の間に侵入を果たし、男なのに艶々した太腿を撫で上げ、更には内側へと手を這わせる。

 

一度二度と、上下に太腿の内側を撫で摩る。背筋を登ってくる言い知れぬ快感に、クレアは両手で口を覆って変な声が出ないように努め、子鹿のように震える脚は内股になってしまう。その際にリュウマの右手が挟まれてしまうが、それでも止まらずに内腿を撫で上げていく。太腿の刺激に気を取られている内に、体を抱き締めていた左腕が移動し、左手が胸元の着物の隙間に入り込み、薄い胸板に手を這わせ、薄桃色の乳頭を爪でかりっと引っ掻いた。

 

ぁっ…というクレアの儚げな声が、塞いでる両の手の平の中から聞こえ、それを確と拾い上げたリュウマは、クレアの頬に頬擦りをしながら、その縦長に切れた瞳を細め、口の端を緩りと持ち上げて吊り上げた。左手で胸の一番刺激を感じやすい乳頭を弄り、右手が内腿を扱くように撫で摩り、時には手を広げて握り締めるように強く揉む。そしてそこから内腿の上にある付け根のものへと手を──────

 

 

 

「おぉ…っ!?」

 

「ん…はぁっ……はぁっ……?」

 

「……そこまで。それ以上は…此処では…無粋。それと…教育に…良く…無い」

 

 

 

クレアの体を(まさぐ)っていたリュウマが、背中から離れた。高い体温が離れたことにより、言い得て妙な寂しさを感じるが、ハッとして頭を振って背後を見やった。するとそこには、2メートルを優に越す巨漢であるバルガスが、リュウマの襟首を以て宙吊りにして持ち上げていた。ふらふらと揺れ、首の後ろを持たれた猫のような格好になっている。

 

リュウマを下ろしたバルガスを余所に、乱れてしまっていた着物の裾を素速く元に戻し、下ろして貰ったリュウマに鬼気迫る顔で詰め寄った。

 

 

 

「テメェっ!!何しやがる!!オレは男に抱かれる趣味は無ェぞ!!」

 

「我とて男に好き好んで抱かれに行くような軽薄者でも無ければ趣味も無い。男の精神構造故な」

 

「だからオレは男だっつってんだろッ!!」

 

「はは、此奴言いおる(笑)」

 

「ねぇ殺して良い?良いよね?オレ後少しでも貞操散らされるところだったんだけど?もうギルティ案件だろ?」

 

「蕩けた顔をしていたではないか」

 

「し、してねーしッ!?」

 

「……後少しで付く…筈だ。余は…イングラムを…労って…来る」

 

 

 

そう言ってバルガスは、()()()()()()()()()頭の方へと移動した。リュウマは既に男の姿へと戻っており、暴れるクレアを丸め込んで胡座をかいた上に載せて、頭を撫でていた。

 

此処は地上から3500フィート。メートルに直すならば約一万メートルの位置。そこに紅き紅蓮の鱗を持つ成竜の姿となっているイングラムが悠々と飛んでいた。まだまだ子竜であるイングラムのこの姿は、アルバレスとの戦いでもその姿を見せており、その真相はリュウマの魔法によるものであった。

 

魔法によって未来に成長為うるであろう程の姿まで、一時的に成長させているだけに過ぎない。故にイングラムは、その成長の魔法を解かれれば、何時もと変わらない小さな子竜の姿へと戻る。最初こそは電車を使っていたものの、1つ目の100年クエストが終わり次第、時間短縮の為にイングラムの背に乗って移動する手段に入った。

 

 

 

「……疲れては…いないか。イングラム」

 

「バルガス?大丈夫だよ?飛ぶの楽しいしっ」

 

 

 

イングラムは長い首を後ろへとやりながらバルガスの姿を視界に収め、目を細めながら口の端を上げて嬉しそうに笑った。本能の赴くままに飛ぶ。生物としての矜持があり、翼を大きく広げて無限とも思える大空を翔る力を持つが故、イングラムは飛ぶことが好きだった。何より、同じく翼を持つ大いなる(リュウマ)より、飛び方の何たるかを享受されれば、尚のこと好きになるというもの。

 

二人で散歩と言わんばかりの、何の目的も無い大空への飛翔をした時の快感は、今でもイングラムの大切な宝物(きおく)である。況してや今、そんな宝物をくれた父やその親友を背に乗せ、共に風の流れを感じながら役に立っているということ自体が、イングラムにとってはとても誇らしいものであった。

 

その意を汲み取ったバルガスは、イングラムの首元を擦り、感謝の気持ちを伝えた。それを受け取ったイングラムは、首を前に向け、リュウマ達が目指す町へと泳ぐように飛んで進む。

 

快晴の空。澄み渡った空気。照り付ける暖かな太陽の光。本来は雲の上にもなる超高度に位置した場所故に、酸素濃度が極めて低いのだが、人類の壁を突き抜け、未完成故の完成に至ったこの者達に、酸素濃度がどうこうで騒ぐ程、柔な身体の造りをしていない。無限の進化をするからこそ、低酸素領域に居れば、その低酸素領域でも生存していられるだけの存在へと進化する。それだけのこと。

 

彼等にとって此処は、地上と差して変わらない場所。故に彼等は、移動をイングラムに任せ、暫しの休憩として眠りにつく。バルガスが座り込んで目を閉じ、リュウマがバルガスと背中合わせになるように座り込んで、眠りの姿勢に入る。クレアは無理矢理だが、リュウマの膝を枕にして横になり、目を閉じて寝息を立て始める。3人で仲良く眠る姿を首を曲げて振り向き、確認したイングラムは、背中側の鱗の表面をほんのり暖かくさせ、眠りやすい場所を提供した。

 

リュウマの魔法によって、前から吹き抜ける風に作用されず、慣性の法則等といった物理法則すら捻じ曲げる異空間を、イングラムの背中を覆うように展開している。そのお陰で、3人は逆様になったとしても振り落とされる事は無い。リュウマは例え、眠っていても魔法を継続させることが出来るのだ。

あっという間に夢の中に入ってしまった3人を見ていたイングラムは、クスッと笑うと飛ぶ速度を緩めた。もう少しだけ3人が眠っていられるようにと、そう思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お…?あの街か?」

 

「どれ。……ふむ、彼処だな」

 

「……ご苦労…イングラム」

 

「すまなかったなイングラム。後は休んでいて良いぞ。それに、ドラゴンが突然街の前に降り立てば面倒な騒ぎとなる」

 

「サンキュー、イングラム。楽できたわ」

 

「いいよ!じゃあボクはここまで!」

 

 

 

ぼふんという音と煙を上げながら、イングラムは元の大きさへと戻り、リュウマの肩へと乗った。肩にイングラムの重さを感じたことで確認したリュウマは、足場を無くして自由落下を始める前に、背中に生えた6枚の黒白の翼を大きく広げて羽ばたき、飛翔して空を飛んだ。

 

続くようにクレアが扇子を一振りして風を発生させ、操りながら自身の周りに展開する。すると、ふわりと空中で浮遊した。風を自由自在に操る魔導士であるクレアにとって、この程度の事等、息をするよりも簡単である。そしてバルガスも、身体の周りに赤雷を発生させ、全身を雷で包み込むと、特殊な磁場空間を発生させて空を飛ぶ事が出来る。その見た目とは裏腹に、雷速以上の移動すらも可能としている。

 

3人はゆっくりと降下していき、街の入り口であろう検問所へと降り立つ。空から人が現れた事に驚く二人の検問員は、その手に長い武器である槍を持ちながら、足早にリュウマ達の元へとやって来る。

 

 

 

「ギルド妖精の尻尾(フェアリーテイル)から依頼を受けに参った」

 

「……紋章を見せろ」

 

「これで良いな?」

 

 

 

リュウマは王の黒装束の襟首を緩めて左鎖骨の下辺りをを出した。そこには黒いフェアリーテイルの紋章がある。クレアは着物の袖を捲ると左の二の腕を見せれば、側面に紋章があり、バルガスは左の脇腹のところに刻まれていた。検問員は3人の紋章を確認すると、武器を下ろして敬礼をした。

 

 

 

「失礼な態度を取ってしまい申し訳ありませんでした」

 

「確かに彼の有名な妖精の尻尾(フェアリーテイル)の紋章である事と、容姿から聖十大魔道序列一位であるリュウマ様、同じく三位のバルガス様、同じく四位のクレア様と確認しましたので、どうぞお入り下さい」

 

「うむ。務め、ご苦労である」

 

 

 

敬礼をしている二人の検問員の間を抜けていき、一声掛けてから入り口を抜けていった。見ればリュウマ達が聖十大魔道で有名な者達だと分かるのだが、だからといって警戒しない訳にはいかないのだ。

因みに、検問員の二人の横を通り過ぎて行く時、リュウマの肩に乗るイングラムが大きい蜥蜴か何かと思っていたのか、背中に翼があることに驚いた表情をしていた。

 

検問所を抜けて街の中へ入ると、中は人で溢れかえって大いに賑やかな空気を醸し出している。3人と一匹は大通りを歩って進み、依頼主である街の町長が居るであろう場所を見渡して探しながら、賑わいを見せる店の数々に目を通していった。勿論、翼を生やしたリュウマと、容姿が傾国レベルのクレアに巨漢のバルガスが通れば、自然と視線を集めていく。

 

此処はマグノリアの街から、遙か大凡三千キロ離れた街である観光都市ナハトラ。大自然に囲まれ、自然豊かな大地を見て回ることが出来る上に、植物に囲まれる事によって空気が澄み、近くに巨大な滝と滝壺が存在することから観光名所として訪れる人が、毎年後を絶たない。それに自然の中には、人懐っこい動物に溢れ、人を襲うような動物が存在しない。そういうこともあって、人が気軽に訪れる事が出来るのだ。

 

大通りには透明で光を反射して小さな虹を描く、大きな噴水が設置されており、その一番上には二人の人間の姿を模った石の彫刻かあった。周辺では子供達が降り立った鳩を追い掛けて遊んでおり、中にはコインを噴水に投げ入れて、何やらお祈りをしている場面もある。

 

 

 

「よお兄ちゃん。見ない顔だね!どうだい、ここの都市で名物の饅頭は?」

 

「ほう…?ならばそれを20個貰──────」

 

「……そんなことより…依頼人の所へ…行くぞ」

 

「なっ…!待てバルガス!饅頭20個…いや、19個で良いから買わせろ!!」

 

「……却下」

 

「一個しか減ってねーわ」

 

「ボクも食べたかったなー…」

 

 

 

リュウマは饅頭を買おうとしたが、バルガスに止められてしまって購入出来ず、放っておくと勝手に買って食べてそうだった為に襟首を掴んで、引き摺るようにその場を撤収していった。引き摺られていくリュウマは、面白く無さそうな顔をしていたが、バルガスから買うなら後でという言葉に頷き、依頼人の元へと向かっていった。

 

それを見ていたクレアは、まるで駄々を捏ねる子供の事を、適当な事を言って嗜めて静かにさせる親のような一連の会話に、影ながら少し笑った。因みに、リュウマの肩に乗っているイングラムも食べたかったようで、少し残念そうにしていた。

 

そこから店には気を取られず、リュウマ達は大通りを進んで行き、時には道を通行人に聞きながら依頼者である、この街のトップである者の元へと向かっている。店が建ち並ぶ場所から、住居が建ち並ぶ場所へと移ってきたリュウマ達は、事前に聞いていたトップの者が住む住居と、合致する家を見付けた。流石はトップと言うべきか、他の家とは一線を画して豪華で立派な建物だった。

 

装飾の付いた両開きの玄関扉をノックすれば、中からは使用人であろう女性が現れた。クエストを受けに来たと言えば首を傾げられ、100年クエストだと付け加えて言えば、慌てたようにリュウマ達を中に通し、客人の間に通されてしばしお待ちをという言葉と共に、部屋から出て行った。出て行った女性と入れ違いになりながら、他の使用人の女性がカートを押しながら入室し、リュウマ達3人の前に紅茶と、先程の売っていた名物饅頭を出された。

 

 

 

「家主様は今、急遽準備をしていますので、失礼ながら暫しの間おくつろぎ下さい」

 

「うむ。おぉ…?これは先の饅頭ではないか。幸先が良いな」

 

「……頂く」

 

「紅茶も中々うめぇな」

 

「ほれイングラム。我と半分ずつ食おう」

 

「わーい!ありがとうお父さん!」

 

「あっ…!肩に乗られている方の分も直ぐにお持ちに…!」

 

「良い。半分ずつ分けて我は食い終わった。饅頭はもう良いからイングラムの飲み物を持って来い。それで赦す」

 

「畏まりました。直ちにお持ちします!」

 

 

 

急いで出て行く使用人を尻目に、リュウマはイングラムに分けた半分の饅頭を食べさせていた。中にはこしあんがみっちりと入っており、甘くしつこくない控えめの餡子の味が口内に広がる。翼をぱたぱたさせながら喜んで、美味しそうに食べているイングラムに触発されてか、クレアとバルガスも自分の饅頭を少し取り分けてイングラムへと差し出した。

 

美味しい饅頭を3人から貰い、幸せそうか顔をしているイングラムに癒されていると、部屋の扉が開いた。すると、額に汗を掻いたふくよかな体型をした男性と、喚びに部屋を出て行っていた使用人が入ってきた。漸く来たかと腰を上げると、入ってきた男性は人懐っこい笑みを浮かべながら握手を求めてきた。

 

 

 

「ようこそいらっしゃいました。お待たせして申し訳ありません。この街で一応会長を務めさせて頂いているチャッチと申します」

 

「『人類最終到達地点(クァトル・デュレギレーション)』であるリュウマ・ルイン・アルマデュラだ」

 

「オレはクレア・ツイン・ユースティア」

 

「……余は…バルガス・ゼハタ・ジュリエヌス」

 

「ボクはイングラムだよっ」

 

「はい!聞き及んでいます。この大陸で有名な彼の妖精の尻尾(フェアリーテイル)。その中でも最強のチームである『人類最終到達地点(クァトル・デュレギレーション)』の方々にお越し頂くだけでも感無量でございます!それであの…もう一人居ると聞いたのですが…」

 

「もう一人は我の妻だが、今は諸事情により一時的にチームから抜けている」

 

「そうでございましたか!では、ここに居る方々で話を進めさせて頂きます。そして早速で申し訳ありませんが、()()()の方にサインを……」

 

「うむ」

 

 

 

握手と自己紹介を終わらせたリュウマ達は、ソファーに座って話し合いを始めた。会長であるチャッチは、使用人から100年クエストを受けに来たという知らせを受けていたので、事前に契約書の準備をしてから、ここにやって来た。リュウマはチャッチから手渡しで受け取った契約書を読み、確認すると黒い波紋の中から羽ペンを取り出し、サインを書いて返した。

 

今リュウマが渡され、サインをした契約書は重要且つ、100年クエストに於いての特殊なものである。通常普通のクエストでは、依頼人とギルドの証を持つ者が邂逅し、内容に違いが無い事と、報酬についての確認をし、クエストを遂行していく。だが、100年クエストは超最高高難易度クエストであるため、特別なサインを事前に書いて貰う事が取り決めとなっている。

 

そしてその内容というのは…我々はこのクエストに於いての死亡した場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というものである。無論、大怪我を負った場合に於いても自己責任ということになり、何が起きても一切責任を取らせることは無いというものである。命を落とす危険が多く発生するクエストであるからこそ、100年クエストにはこういった特別な契約書が交わされるのだ。

 

 

 

「報酬はどうなっている?」

 

「はい。成功しました暁には、金額にて1()2()0()()J()を贈呈すると同時に、この街に入る時の入場料永久無料のサービス。他にもこの街にある物の全ての物を、あなた方が好きなだけ持って帰って貰って構いません」

 

「ほう…?金額は妥当であったとしても、付属報酬が破格だな」

 

「つまりあれか、()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことか」

 

「……100年クエストな…だけあって…達成を望んでいるだろうが…それを加味しても…破格」

 

「ふむ…では内容を訊こう。この100年クエストの依頼内容は何だ?」

 

「クエストの依頼内容は──────とある物の回収でございます」

 

「とある物?」

 

「それは……()()()()()()()です」

 

 

 

そう言ってチャッチは、言葉を切った。英雄の生きた証。訊くだけならば生存している証拠と受け取る事が出来る言い回しだが、よくよく考えればそうでは無いことが解る。そも、このクエストは100年クエストである。つまりは、この内容のクエストが100年間未達成のまま流れているということだ。人間はそこまで長生きする事が出来ない。中にはフェアリーテイルの初代メンバーであるウォーロッドは100年以上生きているが、そういった例は稀である。

 

リュウマは400年前の欠陥魔法によって、代償として寿命という概念そのものを持っていかれて死ぬことが出来ない不死となった。オリヴィエはリュウマが生きている事を確信した為、400年前に存在したとある村に伝わる不老不死の霊薬を飲み干し、名実共に不老不死の存在へと為った。

 

バルガスとクレアに関しても不老不死という事になっているが、これはリュウマが原因である。武器に魂を封じ込め、リュウマの創造の力によって身体を創って貰い、魂を定着させて一種の蘇生を為す。しかし、その時にリュウマは、人知れず人体に於ける不老不死の理論を完成させ、その理論に基づいて二人の身体を創った。

 

しかし、それだけに止まらず、リュウマは万が一という場合も考慮し、二人を眷属化させた。これは不老不死ですらない者が、不死であるリュウマの眷属と為った場合、リュウマの不死の力によって、眷属が不老不死の存在へと昇華される現象を作り出す。そしてその力は、術者が死亡した場合に破却され、眷属は不老不死が解除される。つまり、リュウマが死なない限り二人に死は有り得ず、それ以前から身体が不老不死と為っているのだ。

 

紆余曲折。チャッチの言う英雄の生きた証というのは、年代とクエスト内容から考えて、生きている証拠ではなく、()()()()()()()ということになる。それを瞬時に理解した3人は、依頼内容の詳細を訊くことにした。

 

 

 

「その英雄というのは何者で、何の英雄なのだ?」

 

「本名までは解りません。最早()()()()()()()名前に関する物が残っていないのです。しかし、何と謳われた英雄なのかは残っています。その英雄というのは二人居て…赤の英雄、青の英雄と称されていました」

 

「二人一組の英雄…?もしかして、大通りの噴水の所に彫刻された像がそれか?何の奴か知らねーから分かんなかったからスルーしてたけど、英雄つって讃えられてんならあれがソレでも不思議じゃねぇ」

 

「はい、クレア様の仰るとおりでございまして…あそこに建てられた二人の石像こそが、赤の英雄と青の英雄であり、今から4()0()0()()()に存在した我が街の英雄なのです」

 

「ほう…400年前の英雄か」

 

 

 

チャッチの言葉を訊いてリュウマは、頭の中でそんな呼び名をされていた英雄が居ただろうかと検索を掛けていた。しかし、結局は出てくることも無く、世界に名を轟かせるには至らなかった、謂わば()()()()英雄なのだろうと当たりを付けた。

 

クレアとバルガスに目を向けてみれば、二人も思い至った事は同じらしく、アイコンタクトでリュウマと同じであることを告げた。クレアとバルガスは武器から出て来て1年程しか経っていない為、思い返すのは容易であり、記憶の鮮度で言うならばリュウマ以上である。リュウマは確りと400年生きているので、憶えてはいるものの、確証を得ないという場合もあるし、昔の記憶だからと、当てにならない場合とてあるのだ。

 

 

 

「して、その英雄の所持していたであろう、何を探し当てれば良いのだ?」

 

「何でも構いませんが、確実なのは武器でしょう。古くから伝わる言い伝えでは、英雄達は理想郷へと至り、その地にて骨埋めたと言われています。所詮は言い伝えでありますので、必ず武器があるとは限りませんが、探すならばソレかと……」

 

「噴水に建てられた像が持っていた大剣と大盾だな?」

 

「はい」

 

 

 

実は噴水の所に彫刻された二人の像は、その手に身の丈ほどの大剣と、二人重なっても余裕があるほどの大きな大盾を、その手に持っていたのだ。リュウマ達はそれを探し出すことを第一として、如何しても見付からない場合には、その他のものを探そうと決めた。流石に、400年前の存在である以上、身に付けていた衣服は劣化して、触れるだけでも崩れるか、若しくはもう粉々になって砂の一部になっているかも知れない。

 

だが、それでも依頼は依頼なので、出来うる限り探し出さねばならない。この100年クエストは、残っているかも定かでは無い物を探し出すが故に、若しかしたら何も残っておらず、クエストのクリアは夢のまた夢という悲惨なものになっているかも知れないのだ。

 

 

 

「手掛かりは無いのか?その英雄が残していた手記だとか、痕跡を辿る手掛かりになるやも知れぬ記録等は」

 

「有るには有るのですが……」

 

 

 

チャッチが目を伏せて渋ってから、使用人に例の物を持って来いというと、扉の傍で控えていた使用人の一人が部屋を出て行き、直ぐに戻ってきた。そしてその手には、一冊の本と同じくらいの大きさをした箱を持っていた。使用人はリュウマ達とチャッチが挟んで置いてあるテーブルの上にその箱を壊れ物を扱うように慎重に置くと、頭を下げてお辞儀をしてから下がっていった。

 

チャッチは置かれた箱を開けて、中にある物を取り出した。目測でも一冊の本が丁度良く入るであろう大きさであったので、中には本か何かが入っているのだろうと思っていたリュウマ達だったが、取り出されたソレを見て訝しげな表情をした。

 

 

 

「おいおい。テメェ如何いうつもりだ?まさかそんなもんが手掛かりとか言うんじゃねぇだろうな?」

 

「……申し訳ありません。1年程前…この家に盗みを働く者がおりまして、厳重な大金庫の中に保管していたこの箱の中に入っていた本を盗んでいったのです。幸いなことに全て盗まれた訳ではなく、これだけが金庫の中に落ちていまして……」

 

「……全てでは無い…と言われても…それは…残った…という内には…入らない」

 

「……申し訳ありません」

 

 

 

チャッチが取り出したのは、手の平の半分程度の大きさであろう、小さな白紙の紙であったのだ。確かに全ては持っていかれて無いだろう。しかし、それは苦しい言い訳にしか聞こえず、屁理屈にも取れる。そもそも、そんな紙の切れ端があるだけで、どうやって英雄達の軌跡を追い掛けろというのか。

 

クレアとバルガスの鋭い目付きと怒気に、脂汗を掻きながら焦っているチャッチ。場は不吉な雰囲気へと変わり、部屋の中に居る二人の使用人の女性も、どうなっているのかと冷や汗を流している所で、待ったを掛けたのは他でも無い…リュウマであった。

 

 

 

「そう憤る事も無かろう二人共」

 

「何言ってやがる!最早こりゃオレ達をバカにしてるレベルだぞ!?」

 

「……手掛かりが此だけでは…見付けるのは…困難。況してや…400年前の者達…更に難易度は…跳ね上がる」

 

「落ち着け。何も全て無い訳では無いのだ。この様な切れ端であろうと、元の一部さえ有るならば元の形へと修復させれば良い」

 

 

 

チャッチから紙の切れ端を受け取り、手の中で弄っていたリュウマは、何時もと変わらぬ表情で飄々とそう口にした。確かに、手掛かりが一冊の本の内の…それも1ページの端の、それも唯の切れ端だけともなれば、八方塞がりでどうにも出来ないだろう。しかし、それはどうにも出来ないという言葉の前に、普通ならばという言葉が入る。

 

リュウマは別に、紙の切れ端しか残っていないという事態に、特にこれと言った憤りの感情等持っていなかった。原形を留める事すら出来ていない代物が有るならば、原形を留めていた頃まで戻してしまえばいい。唯それだけの事なのだから。何も残っていないならば面倒なことになっていたが、それでも解決出来ない案件という訳では無い。

 

彼の王の扱う魔法は全能にして万能。お伽話に出て来る魔女が扱うような魔法も、リュウマからしてみれば指先を使うまでも無く実現出来る。そんな最強の魔法使いである彼が、この程度で根を上げていたら、世界最強等名前負けしてしまうではないか…という話だ。

 

 

 

「禁忌…世界時辰儀(ワールドクロック)──────『刻戻し(レヴァルディ)』」

 

 

 

「す、スゴい…!」

 

「紙の切れ端が……」

 

「戻っていくわ……!」

 

 

 

時間…それは出来事や変化を認識するための基礎的な概念である。時間とは、空間と共に認識の、又は物体界の成立の為の、最も基本的で基礎的な形式を為すモノであり、一切合切の出来事がそこで生起する、枠のように考えられているものである。

 

この世に存在する、哲学的概念としての時間は、まず第一に、人間の認識の成立の為の、最も基本的で基礎的な形式という位置づけである。哲学者等の指摘に基き、現在まで用いられ、現在も日々用いられるようになっている意味である。一般に人というのは、日常的にこの意味での時間を“流れ”…として捉えていることが多いのだ。

 

例えば時間は、「過去から未来に絶えず移り流れるもの」だとか「過去・現在・未来と連続して流れ移ってゆくもの」や「過去から未来へと限りなく流れすぎてゆくもの」等と言って表現されるものである。尚、時間の流れに関しては、過去から未来へと流れているとする時間観と、未来から過去へ流れているとする時間観がある。

 

つまり簡単に言ってしまえば、時間というのは、川の流れと同じように、下流や上流といったものは無くとも、一方から一方へと、不可逆性が有り得ない一方通行のものであるということである。しかし、リュウマは世の理である時間を、有機物無機物含め、総て捻じ曲げる事を可能としているのだ。

 

リュウマが手にしている紙から、1ページ分の大きさの紙へと引き伸ばされるように戻り、次第にその枚数を多くさせ、何時しか手の平の半分以下の大きさしか無かった紙の切れ端は、一冊の本へと戻っていた。リュウマは、本の時間を元に戻し、元の状態へと戻したと思われているが、厳密にはそうでは無い。

 

リュウマは本を元に戻したのではなく、此処にはこの本が確かに存在していたが…一部を残して無くなった、という事実の理に纏わる時間の概念ごと巻き戻したのだ。つまるところ、リュウマは本だけでは無く、本と共に流れた時間の流れも一緒に巻き戻してしまったのだ。そして此が意味する事は、所々痛んだりしていたであろう本では無く、書き上げて本として成り立ったその瞬間の本が、此処にあるということ。

 

 

 

「そら、これで完成だ。此ならば問題は有るまい?」

 

「お父さんすごーい!」

 

「ケッ。相変わらずの万能性だな」

 

「……何かと…便利」

 

「魔力を媒介に求め想像した現象を、世の理を捻じ曲げてでも実現させて事を為す。それこそが魔法である。此は当然の帰結だと思うがな?」

 

 

 

呆れたように溜め息を溢しているクレアとバルガスを余所に、世界規模で見ても有り得ないほどの高等技術で魔法を使用した事を何とも思っておらず、一冊の本を手に持ったまま、不思議そうに首を傾げるリュウマであった。

 

そもそも、不思議そうにする時点で間違っており、世に存在する魔導士が全員こんな事が出来るというならば、世界の時間という概念は出鱈目な事になって、混沌とした世界になっている。しかし、それ程の魔法を片手間にやってしまうのが、リュウマ・ルイン・アルマデュラであるのだ。

 

そして、本を元に戻したところで、100年クエストは終わった訳では無い。こんな事、まだ始まった内にも入っていないのだ。ギルドが設立されてから一度もクリアされたことが無い超最高高難易度クエスト…これは最強の二文字を背負う嘗ての王達がチームで挑む、最難関の冒険譚である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やめろ…やめろリュウマぁぁぁぁぁぁっ!!』

 

 

 

 

 

 

『……ぐッ…こんな物…見たことが…無いッ!余達は…一体何と…戦っている…!?』

 

 

 

 

 

 

『あなたと出逢えて……良かっ…た……』

 

 

 

 

 

 

『貴様はこの場で……この我手ずから殺してやる。決死の覚悟で臨むが良い。最早貴様は細胞一つ残さぬ』

 

 

 

 

 

 

『クソ……クソッ………クソックソックソッ!!クソッたれェ────────────ッ!!』

 

 

 

 

 

 

『すまぬ……後は…──────頼んだぞ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして誰にも、あんな事態になるとは…想像出来るはずも無かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






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第 ১ 刀  同行者

 

 

紙の端程度しか残っていなかった手掛かりを、リュウマの魔法によって瞬く間に元に戻した。それをその目で見ていたチャッチは、目が飛び出るほど驚愕し、部屋の中に居る使用人の二人も、手を口元に持っていって驚きを露わにしていた。

 

実はこの100年クエスト、リュウマ達がやって来る迄に、チーム数で2チームがこのクエストに挑んだ。しかし、出だしがこの紙の端だったが為に、この程度の情報ではどうしようも無いということで、来て早々諦めて帰っていったのである。成る程確かに、何も書かれていない紙切れを渡されて、これが手掛かりだと言われたところで、はいそうですかと受け止められるものではない。

 

瞠目しているチャッチは、この100年クエストはもう達成不可能なのだろうと、諦めの気持ちが強く出て来ていた。しかし如何だろうか。次に訪れたのは、聖十大魔道のみで構成された大陸最強のチームが来たではないか。それにその御力は想像以上であった。

これならばきっと大丈夫。代々受け継がれて依頼している100年クエストが、とうとう達成される瞬間が来たのだと、半ば確信に近い感情を抱いた。

 

しかし、そんな歓喜の喜びに浸っているチャッチとは別に、本を手にしているリュウマは、その手の中にある本を見ながら訝しげな表情をしていた。それにいち早く気が付いたバルガスが、何かあったかと問い掛けた。

 

 

 

「む…?うむ……これは唯の本では無いな」

 

「仰るとおりです。それは唯の本では無く、何らかの魔法を付与された魔道書なのです」

 

「へー。ンじゃ早速、中身見てみようぜ」

 

「何書いてあるんだろー?」

 

 

 

興味津々にクレアが、リュウマの持っている魔道書を奪い去るように取ると、テーブルの上に置いて早速と言わんばかりに開いた。どんな魔道書なのだろうかと、楽しみにしていたクレアはその後、片眉を上げて疑惑の目を向けた。クレアの脇から覗き込んでいたイングラムも、クレアと同じように、変なものを見るような目付きをしていた。

 

クレアとイングラムがそんな目と表情をしていたのは、魔道書には変なものが描かれていた訳では無い。二人は何かを見たのでは無く、()()()()()()()()()()()疑惑の目を向けていたのである。

ぱらぱらとページを捲っていこうとも、見えてくるのは白、白、白の連続性。最初から最後まで、魔道書には何も書かれていなかったのだ。

 

 

 

「代々受け継がれてきた魔道書なのですが、魔法が掛かっているのか何も書かれていないのです。曰く、読むためならば魔法を解き明かせ。故に解き明かせない者には見る資格無し…と」

 

「あー…じゃあオレァ無理だわ。そういうチマチマしたもん苦手なんだわ」

 

「……破壊するならば…出来るが…解除は…難しい」

 

「っつーことは……」

 

「……ウム……」

 

「……はぁ…これだから昔から解除(ディスペル)を出来るようにしておけと言うているであろうに。何故憶えようとせんのだ」

 

「いやぁ、ンじゃ!パッパと頼むぜ天才さん?」

 

「……頼んだ」

 

 

 

早速リュウマ頼みとなっている事に、リュウマは溜め息を溢した。魔道書の時を戻しながら修復し終わった時、リュウマは手に持っている本が、非常に強い魔力を帯びていることに気が付いたのだ。それも唯帯びているだけではなく、歴とした何らかの魔法が施され、その余韻で魔力が流れ出ているのである。

 

本来ならば、解除(ディスペル)にはそれ相応とした時間が掛かってしまう。当然だ。他人が掛けた魔法というのは、簡単に破れる訳が無い。そんな代物を使っていては、他の魔導士に魔法を乗っ取られるか、容易に解除されてしまうからだ。だからこそ、大掛かりな魔法には、発動までに多大なプロセスを必要とし、逆に解除はその掛けられたプロセスを逆に読み取って解除まで有り付かなければ為らない。

 

つまりは、理解不可能な言語を使っているだけでも、その魔法は知らぬ者からしてみれば、解除することすらままならない強固な魔法となる。しかし、リュウマは200を越える頭脳指数を有しており、それと共に類い稀なる眼を持っていた。純黒なる魔力の前には、魔法等の超常現象から始まり、竜巻や津波等といった厄災と謂われる自然現象、動物人間等の生物迄に至り、総てのものを無へと至らせる。

 

そんな純黒なる魔力を使えば、掛けられた魔法等有っても無いものも同義。覆うだけで無効化させることが出来る。しかし、リュウマは魔法を解く時、大抵純黒なる魔力は使用していないのだ。ならばどうやっているのか。それは簡単だ。眼で視て…思考し…読み解き…解除する。それをほんの刹那の内に行ってしまう。それこそがリュウマの非常に高い頭脳指数と眼のお陰である。

 

一度目を瞑り、もう一度開くと、黄金色である縦長に切れた瞳は、一瞬だけだが虹彩を淡く光らせた。その一瞬は目視では確認出来ず、そんな一瞬の事で、リュウマは施された魔法の魔法陣を読み取った。リュウマの視点ともなると、一瞬で魔法陣が浮かび上がっては記憶し、頭の中で構成理念を抽出して算出。魔法陣の核となる部分を読み取って解除方法を割り出した。そしてなんと、その間解除方法を看破するまでに掛かった時間…実に0.015秒である。

 

クレアが一度閉じた魔道書の上に手を翳し、左から右へとスキャンするように手を動かしていく。そして魔道書の上を通過すると同時に、テーブルの上に置いてある魔道書から、がちゃんと、何かが外れる時に鳴るような音が響いた。まさかと思っているチャッチを余所に、既に解いたのだと解っているクレアは、魔道書に手を伸ばして開けた。すると中は、真っ白であった紙に、最初から最後まで所狭しと文字が刻まれていたのだった。しかし……

 

 

 

「……わぁお……全っ然読めねぇ…」

 

「……何処の…言語…だ?」

 

「何……ふむ、我も見たことが無いな」

 

 

 

浮き出た文字は全て、400年前から生きているリュウマ達であっても、初めて見たとしか言えない文字であったのだ。そんな筈は無いと、リュウマはクレアが持っている魔道書を取って数ページ適当に捲って見ていった。途中で何かの魔法陣の描き図が載っていたものの、それ以外は全て文字であり、その全てが読むこと叶わない文字であったのだ。

 

一体何時の時代に使われていた言語なのだろうと、リュウマは同じものを使っている世界の知識を呼び込もうとした時、部屋の扉が独りでに動いた。使用人が開けたのかと思ったが、急いで扉の方へと向かっていったので違うだろう。ならば許可無く入ってきた何者かと思った矢先、その人物が姿を現した。

 

 

 

「──────お父様。お客人ですか?」

 

「おぉ…!シルヴィア!帰ってきたのか。御紹介します。義理ですが家の娘で、シルヴィアといいます。シルヴィア、この方達はあの100年クエストを達成して下さる、『人類最終到達地点(クァトル・デュレギレーション)』の方々だ」

 

「お初にお目に掛かります。シルヴィアです……ぇ、お父様…今『人類最終到達地点(クァトル・デュレギレーション)』…と?」

 

「あぁそうだとも!あの聖十大魔道序列一位、三位、四位の方々だ!」

 

「と、ということは……ぁ…リュウマ・ルイン……アルマデュラ……ッ……ぅっ…!!」

 

 

 

腰を曲げてお辞儀をし、お淑やかな挨拶をしたシルヴィアと呼ばれた少女は、父であるチャッチと対面しているリュウマ達を見て、その後にリュウマの顔を視界に納めると、その端正な顔立ちに似合わない蒼白さで以て口元を抑え、気分が悪そうに急いでその場を後にし、部屋から急いで出て行った。

 

紹介されて自己紹介されたと思ったら、顔を見られただけで吐きそうになって何処かへと行ってしまった事に、他でも無いリュウマは額にびきり…と、青筋を浮かべた。

 

 

 

「ほ、ほう…?他人様の顔を見るなり吐きに掛かるとは…失礼にも程がある小娘よなァ」

 

「も、申し訳ありません…!娘が大変失礼な事を…!どうか…どうかお怒りをお納め下さい…!い、家全体が震えて…!!」

 

「だーーーーはっはっはっはっ!!ひーー!!やべぇ!顔見られて吐かれるとか!クッソウケるんですけどーー!!!!あーーはっはっはっはっはっ!!腹!腹捩れる!!天下の殲滅王殿もそこまで畏れられるようになりましたってか!?爆笑もんだろコレ!!ひーーひっひっひっ!!」

 

「……っ……ぷっ」

 

「貴様等ァ……ッ!!」

 

「お、お父さん落ち着いて!家壊れちゃうよ!?魔力おさえておさえて!」

 

 

 

チャッチは、目前に座るリュウマから、肌をちりちりと焼くような痛みと存在感を醸し出す魔力の薄い放出に気が付き、気を納めさせようとするも、リュウマの体から放出される魔力は出力を上げていき、何時しか大きな屋敷全体が大きく震えさせる程にまでなってしまっていた。更にそこに、クレアとバルガスのバカにしたような笑い声が重なり、結果放出される魔力が非常に危険な域にまで高められた。

 

このままいけば、家が完全に破壊される。封印一つ外した訳でも無く、一番最低ランクの魔力で、それも唯の少しの感情の高ぶりで反応しただけの魔力ではあるが、それだけでもそれは純黒の魔力。凶悪極まりなく、これ以上はいけないと判断したのか、元凶のリュウマの肩に乗ったイングラムは、リュウマの頬を小さな手でぺちぺちと叩いて、正気に戻させた。

 

 

 

「──────ふぅ…もう良い。あの小娘がこの100年クエストに関係するものでは無し。故に咎めはせん。……本来ならば極刑ものだがな。……む?」

 

「……どうか…したか」

 

「いや、今気がついたのだが、この魔道書の最初の見開きのページに、言語表が描かれている。……成る程。見たことが無い言語な訳だ。これは書いた者が独自に創った創作文字だ。この言語表が母音から始まる言葉の表列となっているのだ」

 

「はぁーっ…はぁーっ…ふぅ…笑い疲れた。っつーことはあれか、読むにはまず解読しろってか。じゃあオレ、パ~ス。そんなのやってらんねぇ」

 

「……余には…向いていない…適材適所」

 

「……はぁ。また我がやらねばならんのか。おい、この邸には図書室あるであろう。暫しの間拝借するぞ」

 

「そんな滅相も無い!いくらでも使って下さいませ!娘が失礼な事をしたお詫びという訳ではありませんが、空いている部屋にもお泊まり下さい。私の使用人が腕によりを掛けてお食事をお出ししますので!」

 

「うむ。ならばそうするか。図書室には大事無い限りは立ち入るな。気が散る」

 

「承りました」

 

 

 

リュウマは魔道書を手に持って立ち上がると、イングラムに声を掛けて肩に乗せた。そのまま使用人を読んで図書室へと案内させた。残ったクレアとバルガスも、使用人によって案内してもらい、宛がわれた部屋へと向かっていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良くもまぁこれ程面倒な事をするものだ。よもや描かれている魔法陣すらも(フェイク)であり、分解すれば文字の羅列とは…はぁ…何故我はこうも解読を率先しているのやら」

 

「ふ~ん♪ふふ~ん♪ふふ~ん♪」

 

「楽しそうだな?イングラム」

 

「ん~…お父さんから良い匂いするし、安心するからかな~?だから楽しく感じるんだぁ」

 

「ふふ…仕方の無い奴め」

 

 

 

大きめの図書室には、4メートル程の棚が陳列されており、その中には所狭しと本がアルファベット順に並べられていた。その図書室の中央に、数人が腰掛けられる長方形のテーブルと椅子が置かれていた。そしてリュウマはそこで、魔道書を広げている。

使用人に持ってこさせた白紙の紙へと、解読した文字の羅列を書き留めていた。その数は既に、解読を始めてから3時間しか経っていないというのに、裏表含めて10枚以上にもなっていた。

 

基本、本を読んだりする場合に限って掛けている、黒縁の眼鏡を掛けて魔道書に視線を落としていたリュウマは、背もたれにもたれ掛かりながら、うんと背伸びをして肩を回した。そんな彼の膝の上には、イングラムがうつ伏せで寝転んでリラックスしていた。

 

少し休憩を挟む事にしたリュウマは、膝の上に居るイングラムの頭から尻尾に掛けて、手で優しく撫でていく。するとイングラムはうっとりした表情をしながら息を吐き、一緒に紅蓮の火を口からぼっと吐き出されて虚空に消えた。

 

 

 

「退屈ではないか?イングラム」

 

「ボクはお父さんと一緒に居るだけで楽しいから大丈夫!」

 

「ふふ…愛い奴めっ!」

 

「あははっ、お父さんくすぐらないでっ!あははははははははっ」

 

「ふふ……──────何時まで其処に居るつもりだ。用があるならば疾く入り用件を言え」

 

「…………………。」

 

 

 

膝の上に居るイングラムを仰向けにし、擽って遊んでいたリュウマは、顔を向けることも無く…扉の向こうに居る人物に向かって声を掛けた。扉越しに居た人物は、待機していた事が知られていたことに観念したのか、遠慮がちに図書室の扉を開いて入室した。そしてリュウマはそこでやっと、顔を扉の方へと向け、入ってきた人物を視界に収めた。

 

顔を見た瞬間、リュウマは特に驚いたというような顔の変化はさせなかった。彼は、その人物が此処へ来るだろう事は解っていたからである。そしてその入って来た人物というのが、チャッチの義理の娘であり、リュウマの顔を見るなり直ぐさま退出した、シルヴィアであった。

 

 

 

「何用だ小娘。我は貴様に構っていられる程、余暇を持て余している訳では無いのだが」

 

「……先程は大変失礼な態度をしてしまい、誠に申し訳ありませんでした」

 

「今度は吐かぬのか。いや、()()()()()距離を離しておけば、吐くことも無いという事か」

 

「…………………。」

 

 

 

見れば解る端正な顔立ちに、水色の肩に掛かる程度の長さを待つ髪。全体的に女らしい体の線を持ち、華奢な印象を持たせる。通り過ぎれば見直すであろう程の整った顔立ちに、小動物のような印象を放ったその少女は、部屋に入るなりリュウマへと深く頭を下げた。しかし、下げたのは扉を開けて入って直ぐの立ち位置。椅子に座るリュウマまで軽く5メートルの差があった。

 

それでも、シルヴィアは懸命にその場で頭を下げていた。何故見ただけで体調不良を来すのかという疑問はあれど、何時までも頭を下げているシルヴィアは、リュウマからしてみれば鬱陶しい以外の何物でも無かった。

 

 

 

「良い。貴様はクエストに何ら関係の無い者。謝罪は貴様の父より受けた。過ぎた事は最早どうだって良い。我は残り少ない魔道書の解析を始める。邪魔だ。疾く退出せよ」

 

「…っ…既にそこまで……。……私から…お願いしたい事があります」

 

「はぁ……何だ」

 

「──────100年クエストを辞退して下さい」

 

 

 

頭を上げたシルヴィアは、リュウマの横顔を見ながら、真剣な表情ではっきりと、そう口にした。膝の上にイングラムを乗せて、早速魔道書の解析に取り掛かっていたリュウマは、シルヴィアのその一言を耳の鼓膜で確かに拾い上げ、言葉の意味を確と理解すると、動かしていた羽ペンを止め、椅子の背もたれに体を預けた。高く設計された図書室の天井を見ていたリュウマは、掛けている黒縁の眼鏡を外した。

 

瞬間…先程までチャッチが同席していた時以上の魔力が、リュウマの体から放出された。目先の光景を黒一色に染め上げ呑み込む純黒なる魔力が、図書室という限られた場所で膨大な量を解き放たれたのだ。図書室の高い本棚が、大きく揺すられることによって本を捻り出して落下させ、天井に設けられたシャンデリアが、心許ない軋みの音を鳴らしながら前後左右に揺すられる。

 

落下して床に散らばった本が、リュウマの魔力に当てられて独りでに浮遊を開始した。発生源であるリュウマの膝の上に寝転んでいたイングラムは、尊敬する父から()()()怒りを感じ取り、大丈夫だろうかと心配そうな顔で、リュウマの事を見上げていた。

 

シルヴィアは、上を向いていたリュウマがゆっくりとした緩やかな動きで首を動かし、自身の事をその瞳で見、そして見られた瞬間、言ったことを一瞬で後悔する程の途轍も無い寒気が全身を襲った。絶対零度の極寒地帯に裸で放り出された方が余程暖かいと感じてしまう程、今のリュウマから感じられる寒気は尋常ではない。しかし、これでもリュウマは、怒り狂っている訳では無い。ほんの少し…苛つきを見せただけであった。

 

 

 

「見るなり早々と不敬な行動を取っただけに止まらず、挙げ句に謝罪したかと思えば辞退しろだと…?この我に…この殲滅王に100年程度放置されただけのクエスト如きを、辞退しろと申すか?……疾く失せよ。次は無い。その言動は本来ならば万死に値する言動であると知れ」

 

 

 

大気すらも揺する魔力に当てられ、体中を震わせながら、シルヴィアは本当に最後の警告であるということを直感する。そして彼は、例え女子供であろうと、一切区別すること無く平等に慈悲が無いことを()()()()()。だからこそ、彼女は寒気が酷くて奥歯がカチカチと鳴る程震えていようと、体に鞭を打って急いで退室した。

 

リュウマはシルヴィアが部屋から出て行った事を確認し、気配が離れていくのを感じ取りながら、気を落ち着かせて魔力の無差別放出を止めた。そこで一つ溜め息を吐き、心配そうな目で見上げているイングラムの頭を優しげな表情で一撫ですると、何事かといった必死の形相でやって来た何人もの使用人に、何でも無いと告げたのだった。

 

因みに、感情の起伏で魔力の放出を行った事で、部屋中のものが見るに堪えない状態へと変貌していることに、使用人が困ったような表情をしていたが、リュウマが己の不始末だからということで、魔法を使って乱れる前の状態へと戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁッ……はぁッ……はぁッ……!」

 

 

 

部屋を出来るだけ急いで退室し、奥へ長く広がる通路を駆け足で移動した後、横へと繋がる通路の影に背中を押し付け、荒い息を吐きながらずるずると腰を落としていった。そして座り込んだシルヴィアは、三角座りをして腕の中に顔を埋め、震える体を必死に落ち着けようとしていた。しかし、見てしまったリュウマの瞳が脳裏から離れず、落ち着こうにも体の震えが止まらない。

 

気が付いてはいないが、シルヴィアは体の震えとは別に、少しの過呼吸を引き起こしていた。本能を直接刺激される濃密な恐怖が彼女を襲い、顔中には少なくない脂汗を掻いて顔色も蒼白い。誰がどう見たとしても、腕の中に埋めている彼女の表情は、恐怖を必死に堪えようとして失敗し、歪な顔をしていると言えるだろう。

 

大丈夫…大丈夫…もう大丈夫。そう必死に自身の心へ語り掛けるも、無駄となり、自身を鼓舞する言葉とは別に、彼女の体は感じ取って読み取った恐怖に正直であった。このままでは家に仕える使用人に発見され、要らぬ心配を掛けさせてしまう。自身の招いた愚行の結果だというのに、他の人を不安にはさせたくなかった。

 

そんな時、彼女の全身を温かいものが優しく包み込んだ。腕と埋めた顔の間から、澄み渡るように蒼くさらさらな髪が垂れ下がっている。そして同時に、彼女の全身を覆って落ち着かせるアロマのように、優しくふんわりとした良い匂いが鼻腔を擽った。こんな髪の人居ただろうかと、案外的外れな事を考えられる位には回復した頃、頭の上から声を掛けられた。

 

 

 

「大丈夫だ。安心して心を落ち着かせろ」

 

「は……ぁ…ぁ…なた……は……っ」

 

「そんな事今はどうでもいい。先ずはゆっくりと深呼吸をして…それを繰り返せ。実力者だったら多少耐えられっかもしんねーけど、お前みたいな奴じゃあ、アイツの魔力には耐えられねぇ」

 

「ふ……ふぅ……すぅっ…ふぅ……」

 

「そうだ。その調子だ。悪いな、アイツは根っからの男女平等主義で、強すぎるから最低限加減しても御覧の有様なんだわ。別にお前を殺そうとか、痛め付けようとか思っちゃいねぇよ」

 

 

 

そう言ってシルヴィアを抱き締めていたクレアは、腕を回してシルヴィアの背中を撫でていた。シルヴィアは背中を撫でられる手の動きに合わせて、深い深呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻していた。そしてそれと同時に、落ち着かせてくれたクレアの体に腕を回し、シルヴィアはクレアに強く抱き付いたのだ。思った以上に強く抱き締められ、胸元に顔を押し付けてくるシルヴィアに、クレアは最初こそ少し驚いた表情をしたが、その後は少し笑って頭を撫でていた。

 

クレアがシルヴィアを見付けたのは、単にリュウマの魔力の急上昇を感知した為、何が起きたのかと見に行った道中、座り込んで震えるシルヴィアを見付けたのだ。普通ならば如何したのかと疑問に思うだろう。しかし、クレアとて元は一国の王である。当然のように高い教養を受けていた為、察しの良さについては一般と比べものにはならない。だからこそ、震えるシルヴィアを見て、リュウマと何かあったのだろうと感付いた。

 

そしてそれが、リュウマの突然の魔力の急上昇を合わせれば、必然的に何かの発言をして怒らせたのだろうということも察しが付く。

シルヴィアは依頼人の娘である。いくらクエスト期間だけの短い付き合いだったとしても、悪印象を持たせるのは避けようとの判断だったのだ。故にクレアは、唯の善意によってシルヴィアを介抱しているのでは無い。偶々偶然、目的の場所へ向かう途中で出会ったが為である。

 

 

 

「……おし、落ち着いたな?コレに懲りたらもう、アイツを怒らせるような発言はやめとけよな」

 

「は、はい…ありがとうございました…あ……」

 

「あ?如何したよ?」

 

「その…こ、腰が抜けてしまいまして……」

 

「は?あー……仕方ねぇな」

 

 

 

震えが治まったのを見計らって、クレアはシルヴィアから離れて踵を返し、案内されて待機していた部屋へと戻ろうとした。しかし、シルヴィアが何かに気が付いたような声を上げて振り向き、何だと訝しげな表情をすると、シルヴィアは頬をほんのり赤くしながら、腰が抜けてしまっている事を告白した。だが無理も無いだろう。いくら最低限の力しか使っていないといっても、元凶はあのリュウマの魔力である。耐えろというのが無理な話だ。

 

クレアは腰が抜けたというシルヴィアに、納得したというような表情をすると、シルヴィアの前で背中を向けたまましゃがみ込んだ。言葉をかけられずとも自然と解る。クレアはシルヴィアに背に乗れと言っているのだ。だがシルヴィアは中々乗ろうとせず、あと一歩が踏み出せないような状況だ。恐らく背負われて誰かに見られるのが恥ずかしいのだろう。

 

しゃがみ込んで待っているクレアは、埒が明かないということで、首を後ろに向けて視線を送り、このまま待っていれば自ずと誰か使用人が通るし、今ならばリュウマの元へ使用人が駆け込んでいる筈、だから今を逃せば使用人を不安にさせることになるぞ、そう言って前を向いた。使用人に迷惑を掛けたくない事を看破されており、シルヴィアはやむなくクレアの背に乗った。

 

華奢な見た目とは裏腹に、クレアは何の苦しげも無くシルヴィアを軽々と背負い、シルヴィアに案内されるがままに通路を進んで行った。クレアが人一人を背負えるのは当たり前だ。見た目に似合わず、リュウマとて踏み込みだけで大陸一つかち割る程の膂力を持っているのだ。クレアが見た目と裏腹にある程度の力を持っていても可笑しい道理は無い。

 

 

 

「んで、お前の部屋は此処だよな?ならオレはもう此処まででいいだろ?」

 

「あの…差し支えなければ、私のベッドまで運んで頂けると嬉しいです…」

 

「あー……はいはい、解りやしたよ~…」

 

 

 

仕方ない。相手は完全に腰が抜けているのだ。部屋の前で下ろしたところで、満足に動けるとは思っていない。だからこそ部屋の中に入ろうとしたのだが、何を隠そうクレアは、コレが女子の部屋に入るのが初めての経験である。クレアは肩越しに渡されたシルヴィアの部屋の鍵を受け取り、右手で鍵穴に鍵を通し、左腕でシルヴィアを一度抱え直した。

 

その時に手の平にシルヴィアの女子特有の柔い臀部の感触が伝わるのは不可抗力であり、目を伏せて少し赤くなりながら恥ずかしそうにしているシルヴィアの顔は、背後のため見えないのは幸いだろう。きっと見えていたら、二人しか居ない事が災いして妙に気恥ずかしくなっていただろうから。

 

かちゃり…という音を聞いて開いた事を確認し、部屋の扉を開けて中に入る。初めて入る女子の部屋は、特に変わったところは見付からず、白と黒のゴシップ造りのモダンテイストの部屋だった。結構趣味が大人だなと思いながら、壁に付けるように設けられているベッドの傍にまで行って、シルヴィアを下ろした。

 

ぎしりというスプリングの音が、二人だけの空間に響き、何とも言えない空気を感じてしまう。そしてそれに加え、女子ならではともいうべき甘く良い匂いが鼻腔を擽って妙に心臓が落ち着かない。一度気を追い付かせようと、少し深めの深呼吸をしたところ、客観的に見て女子の部屋の匂いを堪能しているようにも見えることに気が付いては吹きそうになった。

 

はぁ…と溜め息を吐くように一旦落ち着きを取り戻したクレアは、もう大丈夫だろうかとシルヴィアの方へと視線を戻した時、シルヴィアはベッドの中に入って毛布を被っていた。それに何故か、毛布を鼻が隠れる程被っており、少しだけ濡れた瞳で恥ずかしそうにしていた。何でそんな表情をしているのだと、めっちゃ可愛いじゃねぇか違うそうじゃ無いと、割と落ち着いていないクレアに、シルヴィアはくぐもった声で話し掛けた。

 

 

 

「すみません…そんなに匂いを嗅がれると…は、恥ずかしいです……っ」

 

「違っ…!?匂いなんか嗅いでねーよ!?ただちょっと落ち着こうとして息を吸ってただけだわ!」

 

「何故落ち着こうと…?」

 

「お前の尻が柔らかいわ甘くて良い匂いするわ、マジでムラムラす……ハッ!?」

 

「う…うぅ……恥ずかしいです…」

 

「お、オレの方が恥ずいわ……」

 

 

 

何とも甘酸っぱい雰囲気になってしまい、互いに視線が合わさって眼が合うと、ばっと顔を赤くしながら顔を逸らし合うという、実に見ていて面倒くさい光景が広がっていた。そしてそんな雰囲気に感じ取り、居たたまれなくなったクレアは、一刻も早くこの甘い香りの空間からおさらばしようと、部屋の扉に向かって歩き出し、お大事にとだけ行って出て行こうとした。

 

しかしそこで待ったを掛けたのが、他でも無いシルヴィアであった。出て行こうとしたクレアの着物の裾を掴み、出て行こうとしていたクレアに待ったを掛けたのだ。何で止めるんだと思いながら振り向いたクレアに、シルヴィアは言い辛そうにしながら告げるのだった。

 

 

 

「お願いです…少しの間で良いので、私の傍に居ては下さいませんか?」

 

「何でだよ。寝りゃいいだろうが」

 

「目を閉じると…その、リュウマ様の冷たい眼を思い出してしまいまして…クレア様に抱き締めてもらった時には思い出さなかったのです。お願いします…!」

 

「抱…!あー……あいよ。お前が落ち着くまでは居てやるよ。どうせやる事なんてねーし」

 

「ありがとうございますっ」

 

 

 

了承したクレアは、シルヴィアの部屋に置かれている机と椅子のセットから、椅子だけを持ってきてベッドの脇に置き、座って腕を組んでシルヴィアの事を見下ろしていた。居てくれる事にホッとしたのか、シルヴィアは嬉しそうな微笑みを浮かべた。

 

少しの間、一緒に居てやると言っただけで、何故こうも嬉しそうな顔が出来るのか。そう思いつつも、クレアの胸の奥には無意識の内に温かいものが流れていた。それを自覚しないまま、クレアも柔らかい笑みを浮かべた。

相手は依頼人の娘であり、胸は特別大きいという訳では無いが、程よく実った美しいお椀型。臀部も触れてしまった事を鑑みれば柔らかさは一級品、そして何よりも形が安産型で女性らしい。

 

ゆったりとした服を着ている為、確認のしようが無いが、背負った時の背中に感じた感触により、腹はすっとしていて括れていることだろう。焼けない体質なのか肌は白く、きめ細かい肌なだけあって綺麗で、染みの一つだってありはしない。顔立ちも東の国というよりか、昔に治めていた西の大陸の人々の顔立ちに似ている。

 

目鼻立ちが確りとしていて、睫毛も長くぱっちりとした二重。髪の色はクレアの澄み渡るような蒼とは違い、爽やかさを感じさせる水色。男性でありながら、絶世という言葉が付いてしまう程の美貌を持つクレア程では無いにしろ、人が通り過ぎれば確実に振り向く整った顔立ち。性格は把握しきれていないが、恐らく悪くは無く、寧ろ良い方だろう。

 

そんな20にもなっていないような少女が、己一人の言動一つで、そうも嬉しそうな表情をすると、変に意識してしまうというもの。だが、それだけでクレアは勘違い等を起こさない。何せクレアは元々大陸を支配する国の王。対人に於けるスキルは自然と身に付き、相手の表情から感情を読み取るなどお手の物なのだ。まあだからこそ、己に対して悪感情どころか好意的な感情を向けられていることに戸惑っているのだが。

 

決して恋愛的な意味での好意的な感情ではない事は解っている。当然だ。一部を除いて、会った瞬間に恋に落ちるというのか。シルヴィアが向けるのは、あくまで困っていたところを助けて貰った事による好意的な感情だ。謂わば親しくなった間柄というものだろう。

 

 

 

「クレア様、少しだけ私の話を聴いてはもらえませんか?」

 

「あ?あぁ、良いぜ」

 

「ありがとうございます。では…私の父であるチャッチから、私が父の義理の娘である事は聴きましたか?」

 

「おう。そういえばそれはかと無く、お前のことは義理の娘だって言ってたな」

 

「はい。実は私…3年前にこの街に隣接する森の中で、倒れているのを発見されて養子として迎え入れて貰った娘なんです」

 

「へー。っつーことは倒れていた時以前の記憶は無くて、当時これからについてで悩んでいたところを、依頼人に面倒見て貰う事になって、それからは此処で暮らしてるって事か」

 

「…っ!?何故記憶喪失の事を?」

 

「別に。此処に3年も居るって事は、十中八九他に行く当てが無かったって事だろ。だったら選択肢は二つ。親が居ねぇか記憶そのものが無くて右も左も解らねぇか、唯それだけだ」

 

「……はい。クレア様の仰る通り、私は記憶喪失でした。目が覚めた時には既に保護されていて、私は所々破けている布切れのような服と、この首飾りをしているだけだったようです」

 

「ふーん。あんまり見ねぇ装飾だな」

 

 

 

毛布の中から見せてくれたシルヴィアのしているという首飾りは、銀色に輝く光沢を見せ、全体的には円形の形。中央にはルビーのような宝石が一つだけ嵌め込まれており、その周りは一番外側の形を為している円と宝石の間に、幾何学的な模様を創っていた。余り見掛けない造形の為、しげしげと見詰めていたが、形以外は特に変わったものではなかった。

 

シルヴィアが義理の娘と訊いた時点で、クレアが先程言った選択肢が思い浮かんではいたものの、それだけでは腑に落ちない事があった。それは、シルヴィアがリュウマと邂逅した時の反応である。記憶を無くしているのならば、リュウマの話を聞くようになったのは最近の筈。少なくとも大きく名を上げた一年前が妥当だろう。だというのに、接点が無い筈のリュウマを、何故ああも畏れていたのか。はっきり言ってあの反応はシルヴィアに限っては異常であった。

 

その事を疑問に感じ、クレアはシルヴィアに問い掛けたのだ。何故あの時、リュウマが居ることに不安がり、顔を見ただけであの反応をしたのか。それを聞いたシルヴィアの反応は、それは自分でも解らないという事だった。何故か解らないが、リュウマの事を聞いたりすると急に動悸が激しくなり、言い知れぬ恐怖を感じるのだとか。

 

何故そんな事になるのだろうかと疑問に思ったのだが、残念ながらクレアは人の失った過去を取り戻させる魔法も、覗き込む事も出来ないので、結果としては記憶を失う前にリュウマが何かしらやらかしたのだろうということで納得した。それからもぽつりぽつりと話をしていき、何時しかシルヴィアは瞼を閉じて眠りについていたので、クレアは椅子を元に戻した後、音を立てないように部屋を出ていったのであった。

 

そしてこの2時間後、リュウマが魔道書の解読を総て終えたという連絡があり、この日はチャッチの家に泊まり、次の日に此処を出発する事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────翌日

 

 

 

リュウマ達は依頼人である、チャッチの邸で働く使用人の朝食を御馳走になり、街の入り口まで送って行き、笑顔でリュウマ達の事を送り出していった。気前の良い男性であった事で、幸先の良い出発となった。

 

魔道書については、確かに貴重なものではあるが、自分が持っていたとしても読むことが出来ず、宝の持ち腐れだろうということで、金庫の中に仕舞うのではなく、リュウマに持たせていた。そもそも、盗まれた自身が悪いのであり、修復して貰った挙げ句読めもしないのに返して貰うのは気が引けるとのことだった。

 

それならばと、有効的に活用してくれるリュウマ達に持たせていた方が、実に魔道書として使い道に合っているだろうという談である。そして今リュウマ達は、観光都市ナハトラから500メートル程離れたところまで徒で移動しており、隣接する森の中を進んでいた。

 

 

 

「して、何時まで付いてくるつもりだ小娘」

 

「…っ……!」

 

 

 

しかし、そんな時…リュウマが歩みを止めて振り向き、一本の木に向かってそう口にしたのであった。道中の世間話に夢中になっていたクレアとバルガスは気付いていなかったようで、振り向いて訝しげな表情をしていた。

 

リュウマが小娘と言った事で、クレアは嫌な予感を感じざるを得なかったが、事態は進んでいた。既に尾行が露見してしまっている以上、隠れているだけ無駄というものだが、何時までも出て来ないことに業を煮やしたのか、リュウマは肩に乗るイングラムに、あと5秒経っても出て来ないようならば炎を放ってやれと言った。

 

その会話を聴いたのか、尾行していた者が、観念したのか木の陰から姿を現した。そしてその人物は、チャッチの義理の娘であるシルヴィアであったのだった。それも、ローブのようなものを被り、その手には背丈ほどの杖を持っており、如何にも旅に出ますとでもいうような服装と装備だったのだ。

 

 

 

「図々しいかと思われますが…お願いします。私も連れて行って下さい」

 

「却下だ愚か者めが。我々は遊びに行くのでは無い。これは仕事だ。況してやこれは最高難易度である100年クエストだ。貴様のような小娘を連れて行く訳が無かろうが。寝言は寝てから申せ」

 

「お願いしますっ!絶対に邪魔にはなりません…!どうしてもと仰るのであれば、私のことは気にせず行ってもらって構いません。見捨てて貰っても構わないです!でも、どうか…どうかお願いします!私を同行させて下さい!」

 

「それで是と答えるとでも思ったかァ?巫山戯るのも大概にせよ。貴様は依頼人の娘だ。それを許可も無しに100年クエストに同行させ、剰え何かがあれば、それは我々のみにならずギルドの信用にも関わる。これは貴様の脳天気な何も詰まっておらぬような小娘の頭では考えられるような、容易な話などでは無い。更に言うのであれば、我々は100年クエストを受けるに相応しい力に知識、経験を持っているからこそ、クエストを受けられるのだ。だというのに、唯同行したいというだけの小娘が軽々しく行っても良い道では無い」

 

「…っ……それでも…それでも私は行きたいのです!」

 

「では訊くが、何故(なにゆえ)か?貴様がこのクエストに同行する動機は何か、何故そうも頑ななのか、我を納得させてみよ」

 

「わ、私は──────」

 

「無論、()()()()()()()()()()()()()()等という下らぬ事は申すなよ?そうなれば我は貴様に何の魔法を施すか解らぬぞ」

 

「……っ………」

 

 

 

にべもなく断られ、それに加えて言わんとすることを先に釘で刺されてしまった。他に何かを言おうにも、同行したい理由を挙げることが出来ない。そも、100年クエストは一般人や、少し魔法が使える程度の魔導士が行けるような容易な難易度ではない。死の危険がある。つまり、100年クエストを受けられる最高ランクの魔導士()、死ぬ危険と隣り合わせというのが、この100年クエストである。

 

そして魔道書を解読したリュウマだからこそ解る。このクエストには、唯英雄の生きた証を探し当てるだけに止まらず、必ず何かが起きるということを、感じさせていたのだ。それを知らずに、この少女はその探索に同行したいと言っているのだ。リュウマからしてみれば、100年クエストも、その100年クエストを受けている魔導士である己等を愚弄しているに等しい発言だったのだ。

 

気は余り長くは無いリュウマは、一切の容赦等無く、お前では連れて行くに値しないどころか、連れて行く訳にはいかない存在だと言っているのだが、シルヴィアは一向に頷かず、絶対について行くとでも言うように、杖を両手で握り締めて真っ直ぐリュウマの瞳を見ていた。だが、シルヴィアはリュウマが余りにも説得出来ない事に焦ったのか、膝を折ってしゃがみ込み、杖を地面に置いてから三つ指を突いて土下座した。

 

 

 

「お願いです。私を連れて行って下さい」

 

「どれだけ、貴様のその軽い頭を下げた所で我の判断が曲がる事は無い。失せろ」

 

「お願いします。私を連れて行って下さい。魔法も使えるので、御迷惑は掛けません」

 

「今現在迷惑を掛けられているわ愚か者。貴様の内包する魔力が其処らの魔導士よりかは高いとしても、このクエストに連れて行く程逸脱したものでは無し。連れて行けば貴様は確実に野垂れ死ぬ」

 

「それでも構いません。覚悟の上です。その旨も父には置き手紙を残すという形で示し、御世話になったせめてものお返しにと、貯めていたお金も全て置いてきました。雑用でも何でもします。私を連れて行って下さい」

 

「ふぅ……もう良い。口先だけでは時間の無駄か。アルファ、この愚か者の小娘に催眠の魔法を掛け、依頼人の邸へと自身の脚で征くようにして送り返せ」

 

 

 

完全にシルヴィアの事など連れて行く気など皆無なリュウマは、体としての説得を辞め、実力行使による強制送還の処置を取ることにした。そも、リュウマが言っている事は正論であり、シルヴィアの事は連れて行くこと自体が、100年クエストの暗黙の了解的な契約に違反する。全く関係の無い者を同行させ、万が一にも負傷させたり、況してや死亡させてしまったとなれば、全責任は連れて行った者にのし掛かると同時に、ギルドの信用にも関わってしまうのだ。

 

そしてその他にも、依頼達成したとしても、大切な友人や家族をあずかり知らぬ場所で殺してしまったということで、依頼の報酬を貰う事が出来なくなってしまう。それとギルドの信用と言ったが、同時に評判を悪くさせてしまう事だってあるのだ。

 

そういうこともあり、リュウマは唯連れて行かないのではなく、確りとした理由があるからこそ、連れて行かないと言っているのだ。

リュウマはα(アルファ)へと命令を下し、アルファはマスターであるリュウマの命令を遂行しようと、目的地をチャッチの邸へと設定し、今も尚土下座で頭を下げ続けるシルヴィアに、催眠の魔法を掛けようとした。

 

 

 

「──────待てリュウマ」

 

「……何のつもりだ?クレア」

 

 

 

しかし、アルファが魔法を掛けようとしたその瞬間、クレアがリュウマとシルヴィアの間に入り、魔法の発動を阻止したのだ。アルファはリュウマの意を正確に汲み取り、魔法の発動を止めて次の指示を待っていた。リュウマと言えば、まるでシルヴィアを庇うかのような立ち振る舞いに、その瞳を細めてクレアを見た。

 

クレアがシルヴィアを庇ってからというもの、リュウマから発せられる雰囲気が一変した。シルヴィアの事など、端から興味が無かった為、引き下がらなくとも特に何とも思う事は無かった。如何しても聞き分けないならば、強制的に送り返してしまえば良いだけの話なのだから。

 

だが他でも無い、リュウマの盟友であるクレアが立ち塞がった事によって、リュウマからは明らかな怒気が立ち上っており、それは魔力でも現れていた。地面に転がる石礫が小さく揺れて反応する。バルガスは勿論のこと、幼いイングラムも理解しており、クレアとて承知していると思っていたからだ。

 

 

 

「そこまで同行を否定しなくてもいいんじゃねぇか?見ろよコレ、土下座までしてるんだぜ?」

 

「だから何だというのだ。その小娘一人が、重くも無ければ足りもしない頭を地に擦り付けて嘆願すれば、我の真っ当な言い分を覆す理由(わけ)になると?本気でそう思っている訳ではあるまいな?なァ…クレア」

 

「確かに今のは冗談だ。頭を下げただけじゃあ、事の重大さは覆らない。けどよ、こいつ…シルヴィアは無くしちまった自分自身の過去を、見付けられるかも知れないから、お前に頼んでんじゃねぇのか?それを無下にするのか?」

 

()()()。その小娘が()()()()()()()()()何であろうが、この100年クエストに同行させる必要性を感じぬ。冷静になれクレア。その小娘如きに一体何が出来ると?何を為し遂げられると?何を為し遂げてきたと?何も無い、何も無いではないか。魔力とて精々多く見積もって中の上。S級に辿り着くか否かの瀬戸際という程度だ。そんな小娘は我等には要らぬ。当然足枷以前にお荷物であり、精々使い処と言えば肉の壁が関の山だ」

 

「解ってる。そんな事ァ、オレだって解ってんだ。だけどよ、何でか知らねぇけど放っておけねぇんだよ。オレからも頼む。責任だってオレが全て取るし、シルヴィアの事はオレが全力で護ってやる」

 

「クレア様……」

 

 

 

頭を下げ続けていたシルヴィアを倣うように、クレアも直角に成る程深々と、リュウマに向かって頭を下げた。まだ会って一日も経っていないというのに、頭を下げてまで頼み込んでくれているクレア。そしてそんな姿を見たシルヴィアは、胸の奥が温かいような締め付けられるようなモノが巣くっていた。

 

シルヴィアは再度、地面に額を擦り付けながらリュウマに頼み込んだ。連れて行って下さいと。二人が頭を下げる光景を見ていたリュウマは、観念するでもなく、了承するでもなく、否定と言えるように…こめかみに青筋を浮かべたのだった。

 

 

 

「巫山戯るのも…ッ巫山戯るのも大概にせよッ!!クレアッ!!貴様、何故そうまでして肩入れをするッ!?何の接点があったッ!!無いであろうッ!況してや貴様が頭を下げる程の価値が有るとでも宣うつもりかッ!?一体何を考えておるというのだッ!!況してや貴様自身が…ッ!!この価値の無い小娘一人を護るだのと…ッ!!」

 

「──────お前はオレを信用してくれねぇのか?」

 

「……何?」

 

 

 

頭を下げるクレアの頭上から、リュウマの怒声が放たれる。びくりと肩を揺らすシルヴィアを余所に、クレアはその姿勢を崩そうとしない。そしてぽつりと、しかしリュウマに聞こえるようにはっきりと、そう口にした。

 

それを訊いたリュウマは、先程までの怒りの形相を潜めさせ、何と形容すれば良いのか解らない、敢えて言うならば虚を突かれたような表情をし、クレアを見た。

 

 

 

「オレが必ずシルヴィアを護る。必ずだ。お前はオレを…お前の盟友であるこのオレの言葉を信じられねぇのか?信じてくれねぇのか?()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「──────────。」

 

 

 

正直に言えば、リュウマは何があろうとシルヴィアを連れて行く気等無かった。全くと断言するほど無かった。なのに…クレアは狡かった。ここで連れて行かないと言うのは非常に簡単だ。唯そう口にすれば良いだけの話なのだから。だが、クレアのリュウマに対する問いが投げ掛けられた以上、リュウマはもう連れて行かない…とは言えなくなってしまう。

 

リュウマは大昔に、()()()()()()()()両親を亡くしてからというもの、親しい者を無くすという事を嫌った。そしてそれは、親しければ親しい程顕著に現れ、それが掛け替えの無い盟友(親友)の事ともなると、それは一層強固となり、意思を尊重しようとする。

 

だからこそ、此処で連れて行かないと言えば、盟友のクレアへの絶対の信用を真っ向から否定する事になり、魔法で眠らせ、その間にシルヴィアを送還させたとしても、それは否定である事に一切変わりない。いや、後者の場合は前者よりも更に酷い否定となるだろう。故に、もうリュウマは否定出来なくなってしまったのだった。

 

リュウマは顔を俯かせ、小刻みに体を震わせる。それと同時に魔力の上昇も跳ね上がり、大気が震えて地震が起こったかのように揺さ振られる。それでもクレアとシルヴィアは頭を下げるのを止めなかった。

イングラムはリュウマの肩から心配そうに見上げ、バルガスは賛否を出さず、静かに傍観に徹していた。

 

 

 

「──────もう良い。好きにするが良い。お前がそこまで言って決めた事だ。……我は…もう何も言わぬ」

 

 

 

「……ありがとよ」

 

「ありがとうございます…!」

 

 

 

天変地異の前触れのような揺れは収まり、リュウマはその場で踵を返すと、ゆっくりと歩みを進めて行ってしまった。その際に、肩からずり落ちたイングラムは、父の心情を読み取り、今はそっとしておこうとバルガスの肩へと降り立った。バルガスはクレア達の事を一瞥すると、一人で歩くリュウマの後を追うように、歩き出した。

 

了承を得たシルヴィアは、もう一度深々とリュウマに向かって頭を下げ、立ち上がってから一緒に頭を下げてくれたクレアに、感謝の言葉を贈った。それを受け取り、照れ臭そうな顔をしていたクレアは、申し訳なさそうな表情で、歩みを進めるリュウマの後ろ姿を見るのだった。

 

こうして、『人類最終到達地点(クァトル・デュレギレーション)』に、新たな同行者が加えられ、4人と一匹のチームへと切り替わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クレア…お前には我の言葉(おもい)が……伝わらなかったのだな……ふはは」

 

 

 

 

 

リュウマは一人…哀しげな表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






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第 ২ 刀  試験

 

 

観光都市ナハトラを早朝に出発したリュウマ達一行は、途中で依頼人の義理の娘であるシルヴィアの必死の嘆願と、他でも無いクレアの説得の事もあり、本来ならば絶対に連れては行かない同行者を得、目的地へと向かっていた。

 

だが、その目的地とやらが何処なのかは解っていない。唯先を進んで行くリュウマの後を、バルガスやクレア達が追い掛けているだけに過ぎないのだから。故にリュウマに何処へ向かっているのか訊きたかった。しかし出来ない。何故なら今ほんの先程、リュウマはクレアに否定のしようの無い問いを投げ掛けられ、連れて行くべきではないと正当な倫理の果ての意見を、無理矢理覆されてしまったが為に、今のリュウマからは近寄りがたい雰囲気を発しているのだ。

 

100年クエストを開始してから一ヶ月。この様な何とも言えない張り詰めた雰囲気になった事は一度も無い。それが解っているからこそ、バルガスもイングラムも、この空気にさせてしまったことを自覚しているクレアも、喋り出すことが出来ないのだ。そして当然、無理を言って同行しているシルヴィアには、ここで何かを言う発言権は無い。

 

3人と一匹が、飛行能力を持つのに地を歩く、チームのリーダーである男の、黒白の翼が生えた背中を見る。何時もは言い知れぬ程の覇気を漂わせるその背中が、今は少し哀愁漂う気配を醸し出しているようにも見えた。

じゃり…じゃり…と、地を踏み締める音だけが響く。何とも言えない空気は居心地が悪く、それはリュウマも理解していた。

 

リュウマはチーム『人類最終到達地点(クァトル・デュレギレーション)』のリーダーである。そんな彼が思うのは、このままの緊迫した空気では、組織が成り立たないという事。故に彼は、この空気を払拭する為、頭の中を直ぐに切り換える。その瞬間に、寂しさすら感じさせるリュウマの背中は、いつも通りの覇気を纏った。リュウマはこのチームの責任者。仲間の状態を整えるのは彼の役目である。

 

 

 

「昨日、依頼人より譲渡された魔道書の解析を終えた」

 

「あ、お…おう」

 

「……うむ」

 

「はい…」

 

「あの魔道書を書き記した者は…女…年齢は30序盤から中盤に掛けて…教養が良く、非常に頭脳が明晰…右利き…魔法学と天文学に秀でている…性格は慎重且つ冷静沈着型だ」

 

「何でそんなことが解るんだ?てか、どうやってそんなこと解ったんだ?」

 

「魔道書に書かれている文字の書き方で分析した。外れていることは無いと思うが、若しかしたら当たってもいない可能性もある。元よりそれらが専門な訳では無いからな」

 

「文字だけで性格まで…?」

 

 

 

歩みを止めること無く、背を向けたまま突然話し始めたリュウマに、最初こそどもってしまったものの、それを気にした様子も無く、リュウマは話を続けていった。まるでシルヴィアが居ないチームメンバーのみの時であったように、リュウマは言葉に何の澱み無く続けていく。するとチームの雰囲気は、先程までの張り詰めたものから、少しずつ元の空気へと戻っていった。

 

リュウマは昨日、魔道書の解析を行うにあたり、書いた人物は何者なのかという部分について、書かれていた文字から推測した。リュウマ程の頭脳を以てすれば、文字の一つから、それを書いた人物の性格や癖、性別に健康状態等も読み取ることが出来る。だが、リュウマには一つ不可解なことがあった。

 

 

 

「文字を見て推測したのか?」

 

「……何時もなら…魔法で…著作の…全容を視る」

 

「当然視た。だが、その者は全身をローブで覆い、尚且つ暗闇の中で蝋燭一本の光を元に書いていた。故に顔も何も解らんのだ」

 

 

 

不可能なことはそれだった。リュウマは魔道書を書いた者を魔法によって視ようとしたのだが、視るには視えた。だが顔も何も視ることが出来なかったのだ。何故なら、魔法で視た時には、魔道書を書き始める時から既に、全身をローブで覆い尽くし、真っ暗な部屋の中で蝋燭一本の明かりを頼りに書いていたのだ。

 

そんな状況下で書かれたが為に、リュウマは書いた本人がどんな顔をしているのか、一切解らないのだ。これはそう…まるで魔法を通して()()()()()()()()()()()かのような書き方だ。でなければ、態々視覚の悪く、薄気味悪い格好をしながら魔道書を書き上げようとしないだろう。

 

まあ、リュウマはその事については特に何か言うつもりは無い。確かに不気味であり不可解な事かも知れないが、書いた本人がどんな者なのか知らなくとも良い。何故なら、リュウマ達のやるべき事は、魔道書を書いた者が何者なのか解き明かすことでは無く、400年前に存在したという観光都市ナハトラの、英雄の形見を見付けることなのだから。故に今大切なのは、魔道書には何が書かれていたかということ。

 

 

 

「魔道書を解析した結果、中は日記でもなければ赤と青の英雄についてのものでもなかった。これは文字で説明している天体図及び天球図の論文であり、理想郷への道導だった」

 

「……論文が…何故…理想郷と…関係がある?」

 

「最後のページにだけこう書かれていた…『大いなる炎が暗紫(あんし)と化した(えい)なる母の連れ子によって秘匿される。大地は闇によって覆われ、私を見失い、道は途絶える。しかし其処に選ばれし者現れる時、一条の光によって私は姿を現さん。さりとて私は憎悪の光。願わくば、私に永遠の眠りを与えん』」

 

「どういう意味なのでしょうか…?」

 

「大いなる炎とは、即ち『太陽』を指し示す。盈は()ちる…とも読み、その言葉の通り欠ける事無き満ちたものをいう。母の連れ子という言葉の内、母を指し示すのは乳房、子宮、杯、女、抱擁、等有るが、この場合であれば大地を示す。母なる大地という意味だ。そして連れ子というのは、母なる大地を拡大解釈し、『地球』そのものの事を示すとなれば、地球の連れ子…つまりは地球の衛星である『月』となり、満ちた『月』…『満月』となる。そして地球の連れ子である月が、大いなる炎である『太陽』を秘匿する…それを示すのは……」

 

「──────『日食』か!」

 

「……では…闇に覆われる…というのは…日食時に見られる…暗くなる現象の事…か」

 

「お父さん!あんし?って何?」

 

「暗紫というのは黒みが掛かった紫色の事をいう。文の中にある暗紫の満月というのは、実際に月が暗紫色となるのではなく、()()()()()()()()の事を言っている」

 

「月ってそんな色に見えることあるか?」

 

「それは月の魔力による透膜現象の事を言っているのだろう。満月の時の月は、大量の魔力を地球へと照射する。その時の魔力は月の雫(ムーンドリップ)とも呼ばれ、ありとあらゆる魔法の解除を行うことが出来る液体へと凝固される。その際に気温や湿度、月と地球の位置関係等が完璧に一致する時、月から照射される魔力の元であるエーテルナノが地上数百メートル地点で固まり、薄い紫色の膜を形成する。それが暗紫色の月の正体だ」

 

 

 

ナツ達も昔、ルーシィがギルドに入団したてだった頃に、無断でS級クエストを受けてしまったことがある。話が長くなるので大凡の話は端折るが、S級クエストの依頼内容は紫の月の破壊だった。そこで無断でS級クエストに行ったナツ達を連れ戻すために赴いたエルザが、月を破壊するという話を出し、半信半疑ながら試みたことがある。

 

実際は月が紫になっていたのではなく、ある野望の為に月の雫(ムーンドリップ)を作り出そうとしていた当時のリオンと、その一味が儀式をしていた為に、無理矢理月の魔力を一点に照射し続けてしまったことで、大気中にあるエーテルナノ濃度が少しずつ増していき、何時しか島全体を覆うほどの大きさとなった紫の膜が出来上がっていたのだ。

 

 

 

「つまり前半の文は、月の魔力による透膜現象と重なった日食時に、其処ら一帯は暗闇となる」

 

「文の中に出て来る『私』というのは……」

 

「『私』というのは、他に何も無いため何とも言えぬが、依頼人の言っていた英雄達が眠ったとされる理想郷であると仮定する。英雄達は400年前にこの魔道書を手に入れて解析し、そこへ向かったのだろう。見失うというのは、恐らくは日食が終わった時点での事だ。そしてそこに選ばれし者が居る場合、理想郷とやらへの道は示され、至れるということになる」

 

「……憎悪に…関しては…?」

 

「憎悪という言葉を使用する場合、その怨念の比喩的な形から『炎』と称されるのが常だ。しかしここでは『光』と表現している。光は善、太陽、明日、星、等といったものが上がってくるが、この場合は希望であろうな。となると、憎悪の希望ということになる。そして憎悪というのを集団化させてみれば、憎しみを持った者達の希望…つまりはその者達にとっての英雄的ものとなる。願わくば永遠の眠りを…というのは、それを使えば何かが起きてしまうからこそ、使われる時が無いことを祈っているという意味だろうな。そうなると…クク…理想郷は余程な秘密を持っているのだろうよ。これだけ言うのだ、我々にとっての理想郷ではなく…理想郷とやらに住んでいた者達の理想郷なのだろう」

 

 

 

リュウマは既に、シルヴィアからの問いに関しても、普通に受け答えするようになっていた。一度連れて行くと決めた以上、己の意見を変えさせた存在だからと、無視するといった子供のような事はしない。シルヴィアを連れて行くことは既に決定事項となっており、一時的なチームの一員なのだ。

 

そしてこの言い回しが妙な文の解読には、創作文字の解読も合わせて1時間弱程度で解読していた。ならば、何に時間を掛けていたのかという点であるが、何を隠そう最初に言っていた、記されている文字が全て論文に過ぎず、本体は天体図及び天球図であるのだ。図が載っているのではなく、専門用語が飛び交い、解説通りの図体を書いていくと、一つの答に辿り着くというもの。

 

 

 

「完璧な月の魔力の透膜現象と、日食の周期を計算していた結果、その現象が重なるのは15年に一度起こり得るものであることが解った」

 

「15年だァ!?」

 

「それだけでは無く、魔道書には400年前から数えて13番目の日食…それは200年に一度という頻度だ」

 

「200年…!?…っ!つーことは……」

 

「うむ。今がまさにその200年周期の2回目…そしてそれが起こるのは、我の計算が正しければ29日と6時間43分16秒32後だ」

 

「細か!?どんだけ細かく計算したんだよ!?」

 

「因みにだが、指定されている場所があるのだが、それは此処から約600キロ離れている上に、途中壁で阻むような横へ広がる標高五千メートルの山脈もある。まあ何だ、急がずとも一日20キロ進んで征けば、自ずと目的地には着く。イングラムに乗って飛んで行ったとしても、日食時まで待たねば事は起こらん。何、気楽に征くとしよう」

 

 

 

流石に早く行ったとしても、日食が起きる時間は確と決まっており、リュウマ自身は計算が正しければと言っていたが、リュウマは念の為にと三度は最初から計算し直すという徹底振りなので、万が一にも間違っているということはない。秒数までどうやって計算したのかは解らないが、ここは気楽な旅となるだろう。

 

途中にも街がある事は地図で確認しているので、リュウマはその街に寄って、旅に必要に必需品を買っていこうとも考えていた。やろうと思えば、物などは創造すれば容易に手に入り、金が浮くかも知れない。しかし、リュウマ達は既に、莫大な報酬額を提示されている100年クエストを12個を遣り遂げているのだ。

 

こうなってくると、散財しなければ経済的に拙いのだ。報酬は山分けなので3人分に分割されてはいるものの、それでも一人が持つ金は途方も無い。金はサービスや物に使われ、売った会社が儲け、儲けた会社等が人件費や資財や設備やサービスにお金を使用し、その金がまた別の物に使われ……と、いった具合に、金を媒体とした物やサービスのやりとりが経済であり、金は常に循環し続けている。

 

況してやギルドに所属している魔導士が依頼を達成し、報酬額を貰う時、税金が発生せず、提示された金額はそのまま依頼達成者の物となる。つまり、リュウマ達のような莫大な資産を持っている者は、ばんばん散財しなければ経済が回らなくなってしまうのである。

 

因みにだが、リュウマはこの連続100年クエスト以前にも、S級クエストやSS級クエスト、10年クエストに100年クエストと、片っ端から名指しで頼まれて依頼達成している上に、特にこれといった欲しい物が無かったので使わず、今もその時の金の大半を所持している。つまり彼は、其処らの貴族や社長が霞んで見えなくなってしまう程、お金持ちである。

 

紆余曲折。兎に角目指す過程で町に寄る序でに、必要なものを買い出しに行こうと決めていた。それに、シルヴィアが持っている荷物が、少し大きめなリュック一つであるため、絶対に必要最低限だろうということを察していたのもあった。

 

 

 

「おい兄ちゃん達よ。すこーしここは通せんぼだ」

 

「アニキが止まれって言ってんだ!止まってもらうぜ?」

 

 

 

「あ?何だこのクソガキ共」

 

「……知らん」

 

「えっと…何かご用でしょうか?」

 

「此奴等は恐らく依頼人の邸を盗聴していた者達であろうな」

 

「あぁ。コイツ等か」

 

「と、盗聴ですか…!?」

 

「何だ、気付いていなかったのか?客室に小さな盗聴系の魔法陣が刻まれていた。恐らくそういった魔水晶(ラクリマ)によったものの筈だ……既に壊したが。それに…アニキと呼ばれている男の懐には()()()()()()ある」

 

 

 

使用人に案内された客室用の部屋には、既に盗聴系の魔法が施されていた。それに気が付いたリュウマが人知れず魔法陣を粉々に破壊したのだった。

 

何を隠そう。この二人組こそ、一年前に依頼人であるチャッチの邸から、リュウマが復元させた魔道書を盗み出した者達なのだ。その事をリュウマの言葉から察したクレア達であるが、ならば目的は何なのだろうかという話になるだろう。しかし、内容は意外と簡単な話となっている。

 

リュウマが解読した魔道書は、文字全てが創作文字であるものの、最初のページに母音等の言語表が書かれているので、専門家では無くても時間さえ掛ければ誰でも解読する事は出来る。だが問題は、途中途中に描かれている複雑な複層魔法陣に図形が、確りと解読しなくてはならないのと、その解読の難易度である。

 

唯でさえ解読するのは魔法陣の研究をしているエリート集団でも手を焼く程のものでありながら、全て読み解くと文字の羅列に切り替わるのだ。そして全てを読み解いたところで、中は天球図等といった専門用語の羅列である。それも内容魔道書一冊全562ページにも及ぶ。唯珍しいからといって盗んでも、そもそも文字を浮かび上がらせる為の解除(ディスペル)が出来なければ前提条件すらも満たしていない。

 

 

 

「して、何用だ小僧共。まぁ、何と言うか等解りきったものであるがな」

 

「お前らはこの本の内容を解読したんだろ。だったら内容を全て教えろ」

 

「痛い目見たくなかったらさっさとよこせ!」

 

「フハハッ!やはりな。想像通りでありながら、何と命知らずの阿呆共な事か?訊いたか、此奴等は我等を相手にして痛い目とやらに遭わせるのだとさ」

 

「……世間知らず」

 

「ぷくくッ…!おいおい冗談は顔だけにしろや。どんだけ身の丈に合ってねェこと言ってるか解ってんのか?いや、解る訳ねェか。解ってたらそんな言葉吐かねぇもんなァ!?アーハッハッハッハッハッ!」

 

「うーん…何か弱そう!」

 

「え、えっと……」

 

 

 

何と言えば良いのか困惑しているシルヴィアを置いて、リュウマ達は出て来た二人組に侮辱的な見下した視線を投げ付け、隠す様子も無くバカにした笑みを浮かべて嗤っていた。ゲラゲラと笑われている二人組の内、アニキと慕われた呼ばれ方をしていた男は、怒りで顔を真っ赤にしていた。

 

そもそも、リュウマが半日で解読したものを、察するに1年掛けても全く解読する事が出来ず、其処に仕掛けていた壊される前の盗聴魔法で解読し終わった事に関する旨を拾い上げたのだろう。しかし、相手が悪かった。依頼を受けてきたのは、世界の頂点に立っていた人間の極致に辿り着きし者達の集団なのだから。

 

何がどうなろうと勝つことは愚か、痛い目というものに遭わせてやる事など、世界が何度やり直されようと絶対に有り得ないのだ。況してや、リュウマ達は寄越せと言われて、はいどうぞと渡すほどお人好しでも無ければ優しくも無いのである。

 

 

 

「テメェ等…!オレ達がトレジャーハンターギルド『獅子の鋭爪(ライオンズクロー)』の最高ランク…SS級トレジャーハンター、チーム『猟犬の鼻(ザ・ハンター)』と知っての言葉だろォな!?あぁ!?」

 

「オレ達バカにして無事で済むと思うなよ!」

 

 

 

「チッ…正規ギルドか。これだと此奴等を殺す訳にもいかんか」

 

「おいおい珍しいな。どういう風の吹き回しだ?」

 

「……月が…墜ちてきそう」

 

「何、ルーシィ達から闇ギルドは兎も角、正規ギルドの者達を容易に殺すなと言い付けられているだけだ。尤も、殺すなと言われているだけで、痛め付けるなとは一言も言われてはおらんがなァ…」

 

「うっわ。悪っるい顔だわ」

 

 

 

如何にも悪巧みしてる悪役です、とでも言うようなあくどい顔つきであるリュウマに、クレアはケラケラ笑いながらコメントした。しかし仕方ない。殺すなとは言われただけで、傷付けるなとまでは言われていなかったのだから。リュウマが敵対した者を無傷で返す筈も無い。勿論その事を、その場で訊いていたオリヴィエは気が付いていたものの、まだまだ甘いなと思いながら黙認していた。言わずとも知れた確信犯である。

 

魔導士ギルドとは違って、世界各地に眠るお宝を発見することを生業としているトレジャーハンター。そのトレジャーハンターが所属するトレジャーハンターギルドの中でも、トップクラスの実力を持つと思われる男2人組は、馬鹿にされた挙げ句、更には話を無視された事によって顔を真っ赤にしている。それを横目で確認したリュウマは、更に畳み掛けた。

 

 

 

「貴様等程度の小僧共が、そも我等に声を掛けること自体が烏滸がましい。話は精々風呂に入って身嗜みを整え、頭を垂れてから申せ。出なければ対峙する気にもならぬ」

 

「……邪魔。早く…退け」

 

「こっちは依頼中なんだよ。テメェ等みてェな石ころ発掘して狂喜乱舞してる阿呆共とは訳が違うんだよクソカス。解ったらさっさと回れ右して消えっちまいな」

 

「…ッ!!……ンのヤロォ…!相当痛い目見ねぇとわかんねぇようだなァ!?」

 

「散々コケにした事後悔させてやるぞゴラッ!」

 

「ハン。其処らに転がる石礫以下の貴様等には、多少の躾けが必要なようだなァ?ならば良かろう。存分に味わってゆくが良い。良し、やってしまえシルヴィア」

 

「……………えっ。わ、私ですか!?」

 

 

 

まさかこのタイミングで振られるとは思ってなかったのか、事の成り行きを黙って見ていたシルヴィアに矛先が向いた事に本人が驚き、瞠目した目でリュウマを見上げた。しかし振ったリュウマといえば、逆にさも当然だろう?とでもいうような顔で見下ろしていたのだ。全く自身の発言に疑問を思っていないことで、シルヴィアの中では、あれ…自分が可笑しいのか?という不条理が成り立とうとしていた。

 

しかし思い留まる。絶対に今の話の振り方は不自然だったと。それを口に出して問おうとしたシルヴィアの先手を取り、言葉を発そうとしたシルヴィアの唇に人差し指を当てて遮った。言わんとすることなど見なくとも解る。そんな悪戯っ子のような薄い笑みをリュウマは浮かべていた。

 

 

 

「魔導士ギルドに於ける最高難易度クエスト、100年クエストに同行することになったのだ。それ相応の実力を見せねばなるまい?なればこそ良い機会というもの。己が口から吐いた言葉だ。我等に見せよ。でなければ貴様は、名実共に単なる荷物となる」

 

「───っ!……分かりました。やらせて下さい」

 

「うむ。何、不安になることは無かろう。いざとなればクレアが割って入る。これは所詮試験だからな」

 

「てか、オレが入んのかよ!?」

 

「何を当然な。シルヴィアをこのチームに引き入れる背中押しをしたのはお前だ。故に今この時を以て、シルヴィアの世話係に任命すると同時に、シルヴィアに於ける一切の傷害を禁ずる。いくら同行すると言えども、我にバルガス、クレアの名でクエストを受注した以上、シルヴィアはあくまでこのチームに同行する他人でしかない。況してや依頼人の娘だ。傷を付けされる事は我が赦さぬ。反論も意見も受け付けぬ。良いな?それが最大限の譲歩だ。無論、この試験での傷害はカウントせん」

 

「……解った。それで良い。シルヴィア、お前もいいな?」

 

「はい。よろしくお願いしますクレア様」

 

 

 

条件を突き付けたリュウマの目を見て、これ以上は譲らず、これ以上の好条件は出ないと察したからか、クレアは何も言わずその条件を飲んだ。だが、ここでリュウマの身内に対する甘さとも言える優しさが出ている。色々言ってはいるものの、内容を整理すれば、シルヴィアはどのみち連れていく。但し、シルヴィアの世話係はクレアが行い、護ること。これは甘い条件だ。

 

例え荷物という判定になろうと、置いていくという選択肢は取らず、尚且つそれでもクレアの監視下に入れられ、外敵からの危険を回避されるのだから。クレアは元よりリュウマやバルガスと同等に渡り合った嘗ての伝説の王その人である。それが例え400年前の話であろうと、現代でクレアに傷を付けることは愚か、近付くことが出来る者等居るかどうかも怪しい程だ。

 

そんな者の監視下に入れられたならば、シルヴィアは周りを破壊できないバリアで完全に覆われていることと同義である。故に、リュウマの出した条件というのは、有っても無いようなものであるのだ。その事に気が付いているクレアは、心の中でリュウマに感謝の言葉を贈る。口に出してしまえば、条件という体で話していたリュウマに泥を塗るからだ。

 

 

 

「オレ達が居るってェのに、ごちゃごちゃと話とは舐められてるもんだなァ!?容赦はしねぇぞ!!おい!行くぞ!」

 

「へい!アニキ!」

 

 

 

「そら来るぞ。構えよ」

 

「…っ!はい!」

 

 

 

トレジャーハンターの二人組の男の内、アニキと呼ばれている男はアニキとし、もう一人の男は下っ端という仮称とする。アニキは怒りで朱くした顔のまま、背中に背負っていた鉄製の柄を握り締め、目前に持ってきて構えた。すると振った反動で大きな鉄の棍棒のような状態から、中から刃が伸びてロングブレードへと早変わりした。

 

下っ端の方も背中に括り付けていた武器を取り出した。鉄の棒のようなものだったが、持ち手の部分に付いているボタンを押すと、先端に打面が現れ、両手で持つ大きな大槌へと変形したのだった。どちらも攻撃に特化した武器であり、盾等といった壁役は居ない。

 

準備を整えた二人組と同じく、シルヴィアも戦闘態勢に入っていた。背負っていたリュックに関しては、何時の間にかリュウマの手の中にあった。戦闘にはお荷物だろうと、リュウマが魔法で手元に持ってきたのである。中には戦闘に役立つものが無い事は把握済みなので、必要なものを取られてしまったという心配は無い。

 

シルヴィアは被っていたフード付きのロングコートを整え、フードを深く被り直した。そして手に持っている長い杖に魔力を流す。この戦いで一番最初に動いたのは、意外にもシルヴィアだったのだ。

 

魔力をそれなりに籠めた杖を下から上へと振り上げ、先端に形成した魔力球を空へと打ち上げた。何かの攻撃かと警戒した二人組だったが、魔力球は爆発する様子も無ければ墜ちてくる様子も無い。単なる脅しかと判断した二人組は気を取り直すことにした。ロングブレードを確りと握り締めたアニキは、体を屈ませて勢いを付け、素速い高速移動を行った。その速度は中々のもので、五メートルはあろうかという距離を瞬く間に縮めた。

 

素速い動きに虚を突かれたのか、シルヴィアの反応が一瞬遅れてしまった。その所為で回避には間に合わないと判断したのか、シルヴィアは魔法で前方に二メートル四方程度のバリアを張った。すると数瞬後、アニキの持つロングブレードが勢い良くバリアに叩き付けられた。幸いなことにバリアが破壊されるという事はなかったが、男が全力で振ったにしては音が軽かった。

 

無論シルヴィアはそれに気が付いた。しかし、その原因を突き止めるよりも先に足を取られたのだ。初めてのアイススケートで転倒してしまったように、背中から倒れるように転んでしまったシルヴィアは、転ぶ瞬間に鈍い痛みを発した右足首を見た。そしてそこには、アニキの左手から伸びている細いロープが伸びていたのだ。

 

実はアニキという男は、斬り付ける瞬間までは柄を両手で持っていたが、バリアにロングブレードを叩き付ける瞬間に左手を離し、袖の中に隠していた仕込み縄を使ってバリアの張られていないサイド側から狙い、シルヴィアの右足首に縄を括り付け、思い切り引っ張って転倒させたのである。アニキは男。シルヴィアは女であり、体重は40キロと少ししか無い。となれば、大の大人が引っ張ればあっという間にバランスは崩すだろう。

 

大きな隙が出来てしまったと、シルヴィアはアニキからの追撃を恐れてバリアの範囲を大きくした。しかし、相手は1人では無いのだ。アニキは所詮攻撃が通るだけの隙を作るために特攻していったに過ぎない。本来の狙いは、避けづらくする事にある。

 

 

 

「オレ達は女でも容赦しねぇんでな!」

 

「──────ぶっつぶれろッ!!」

 

──────…っ……やはり、私とは違って戦い慣れている方達っ。ですが…無理を言って同行を許してもらった以上…!私なんかのために、一緒に頭を下げて下さったクレア様の為にも…負けられません!

 

 

 

「──────『翠緑迅(エメラ・バラム)』っ!」

 

 

 

「ほう…。風の上級魔法か。確かに内包する魔力に相応の実力は有るということか。だが、此処にはクレアという風魔法最強の者が居る。そう簡単には肥えた我の目を満足させられぬぞ?まぁ…()()()()()()()であろうがな」

 

 

 

アニキの背中を踏み台にし、下っ端が跳び上がってシルヴィアの張ったバリアを、上を通過することで抜け、重力を味方に付けた振り下ろしの攻撃に入った。華奢な体型をしているシルヴィアが当たれば致命的ダメージにもなるだろう。況してや今は転ばされて仰向けになってしまっているのだ。さぁどうなるとなった瞬間、シルヴィアの目には、此方を見ているクレアが映った。

 

本当ならば絶対に連れて行ってはくれないところを、連れて行ってくれるように説得までしてくれたクレア。その期待にも応えたい。そしてこのチームの単なるお荷物ではないのだと、せめて足手纏いにはならないところを見せようと、シルヴィアの胸の内に根気の炎が灯った。

 

風魔法の中でも上級とされる翠緑迅(エメラ・バラム)という魔法がある。使用にはそれ相応の多大な魔力を必要とし、威力が高すぎるために制御するためのコントロール。そしてそもそもの風の理論の理解等が求められる。凡人の魔導士では、まず発動すら出来ないと言われる高等な魔法であり、使えるならばそれだけで相当のアドバンテージになる。

 

曰く、この魔法は普通の魔導士に当てれば、体中が細切れになって原形を留めていられなくなる程の欠損ダメージを与える、危険な魔法でもあるとのこと。だが、それは本気で放ってノーガードで命中した時に於ける理論上の話だ。シルヴィアは勿論、二人組を殺すつもりなど無い。故に彼女は、翠緑迅(エメラ・バラム)を最低出力にしたのだ。

 

しかしそれでも、上級魔法の威力はかなりのものだ。例え必要最低限の魔力で放ったとしても、一般の魔導士には大ダメージを負わせることが出来る。だが、大槌を構えている下っ端も、唯やられる訳では無かった。流石はトップクラスのトレジャーハンターを名乗るだけはあるということか、下っ端は翠緑迅(エメラ・バラム)を逃げられない空中で見ても、焦る様子無く大槌を揮って魔法に叩き付けたのだった。

 

魔法と武器の衝突によって、衝撃波の波が発生して周囲の木々を大きく揺さ振る。アニキの前にはシルヴィアのバリアが有ったのだが、魔法と武器が衝突する刹那に解除し、アニキも衝撃波を全身で受けることとなった。

トップクラスのトレジャーハンターであるからか、持っている武器もトップクラスの性能を誇るらしく、まず邪魔にならないようにコンパクトな形に出来、その耐久力は折り紙付きだろう。それは加減されているとはいえ、上級魔法を正面から受けて傷一つ無いところを見れば解るというもの。

 

ぶつかり合う魔法と武器であったが、競り勝ったのは下っ端の方だった。最後まで振り切って翠緑迅(エメラ・バラム)を打ち消したのだ。そしてそのままにシルヴィアへと大槌を叩き付ける。ということをイメージしていたのに、下っ端が最後に打ち付けたのは地面だったのだ。振り下ろしの打撃により、1メートル程陥没した地面があるだけで、シルヴィアの姿は何処にも無かったのだ。

 

何処へ行ったと周囲を見渡している下っ端を余所に、アニキは驚いていた。シルヴィアの右足首に巻き付けた縄が途中で切れていたからである。何時の間にか切断され、逃げられてしまったのだ。当然、持っている武器が高性能ならば、その他に持っている小道具等も優秀な性能を持つ。先程巻き付けた縄は、細い鉄の縄を織り込むことによって更なる耐久力を持ち、直径5ミリ程度しか無い細さにも拘わらず一トンまでの重さに耐えられる。それを切断したのだ。

 

一体何時それを実行したというのか、という疑問だが、シルヴィアは翠緑迅(エメラ・バラム)を元より下っ端を迎撃するために放ったのでは無い。そう見せ掛けて、実際は足首に巻かれた縄をさり気なく切断するために放ったのだ。あの上級魔法の真髄は、数多くの鎌鼬を爆風に載せて放つというものだ。シルヴィアは魔法の威力を低下させる代わりに、鎌鼬の鋭さの向上を図ったのである。

 

その結果がアニキの巻き付けた縄の切断である。それも、足首に巻き付けられた縄を切断する為の、たった一つの鎌鼬の鋭さを上げて、アニキに察知されないようにさり気なく放ったのだ。的を外せば己の脚を切断する事になるというのに、シルヴィアは遣り遂げたのだ。これは魔法を放つ難易度よりも更に上のコントロールが必要とされる。

 

 

 

「あの女どこ行きやがった!?」

 

「縄を切りやがった…!おい!まだ見付かんねーのか!」

 

「すいやせんアニキ。どこにも居やしません!」

 

 

 

「──────『風の障壁(ウィンドバリア)』っ!」

 

 

 

「はっ?─────ごはッ」

 

「なっ?─────ふべッ」

 

 

 

武器を構えながら周囲を見渡していた二人組に、真っ正面からシルヴィアの声が響いた。そして二人組に同時にぶつけられたのは、風のバリアであった。突然バリアを顔から叩き付けられた事により、両名は後方へと吹き飛ばされていった。そしてその後、何も無かった場所に、忽然とシルヴィアが姿を現したのだ。

 

どうやって姿を消していたのか。それは自然界でも見られる蜃気楼と呼ばれるもので説明が付く。蜃気楼とは、密度の異なる大気の中で光が屈折し、地上や水上の物体が浮き上がって見えたり、逆さまに見えてしまったりする不思議な現象の事である。光は通常直進するのだが、密度の異なる空気があると、より密度の高い冷たい空気の方へ進む性質がある。

 

シルヴィアはそれを利用し、密度の高く冷たい空気を自身の周りに覆うように展開し、光を屈折させた。それによって光がシルヴィアを避けるかのように曲線を描いて屈折し、奥の何も無い風景がそこに在るように見えたのだ。そして姿を眩ませたシルヴィアは、杖に再度魔力を籠めてバリアを作り出し、叩き付けたのだった。

 

 

 

「クソッ…いってぇ……」

 

「鼻っ…鼻がぁ…!」

 

 

 

不意を突くことに成功したシルヴィアだったが、身体能力も高い二人組は、空中で一回転すると危なげも無く足から着地した。少々顔に痛みがあるが、そんな者は壁に気付かず歩ってぶつけた時のような程度の知れた鈍い痛みだけだ。到底倒しきれるほどのダメージを与えた訳では無かった。

 

だがそれで良かった。その程度でも良かったのだ。問題は…そう。二人組が()()()()()()()()()()()良かったのだから。

 

 

 

「──────『風魔の結界』発動っ!」

 

 

 

「なん…っ!?何だこりゃ!?」

 

「あ、アニキっ!?出られませんぜコレ!?」

 

 

 

突如、二人組を囲う風の結界が出現したのだ。何も無かった場所に忽然とハリケーンのように発生した小規模の竜巻とも言える結界が、二人組を呑み込んで動きの制限を掛けたのである。二人組は思う。何時こんな魔法を放ったのだ…と。そんな予備動作も何も感じなかった上に見ていないと。だが、それもその筈、その時二人組は余所見をして別の魔法に気を取られていたのだから。

 

種明かしをすると、この風の結界が仕掛けられたのは()()()()である。タイミングとしては、杖の先に籠めた魔力球を上へと放ったと同時のタイミングである。初撃は必ず警戒してしまう。その心理を利用して目線を上へと逸らさせ、二人組が()()()()()()()()発動すれば結界を作り出す魔法を足元に仕掛けておいたのである。

 

後は此方に向かって来てばらけてしまった二人組を、どうにか一カ所に集め、同時に元の場所へと無理矢理押し込んだのである。そしてその時がきたので、予め仕掛けておいた魔法を発動し、風の結界というなの檻の中に閉じ込めたのである。だが、攻撃はコレだけでは終わらない。

 

風の結界を仕掛けると同時に、もう一つ仕掛けた魔法がある。それが、今回で一番重要な魔法であったのだ。

シルヴィアは第二の魔法を発動させた。すると、足元に緑色の魔法陣が姿を現した。次第に魔法陣は光り輝き、多大な魔力を放出し始めたのである。コレは危険だと察知した二人組だったが、いくら武器を叩き付けようと風の結界は健在、アニキが縄を木々の枝に伸ばして回避しようとするも、風の結界によって遮られて弾かれるのだ。

 

ならば上ならどうかと視線を向けた二人組は、表情を凍らせた。何故ならば…上からナニカが墜ちてきていたからである。だが、それには見覚えがあった。それはそう…シルヴィアが()()()()()()()()()()魔力球だったのである。大体シルヴィアが何をしようとしているのか読めたアニキと下っ端の二人組は、焦ったようにシルヴィアへと声を掛けるのだ。

 

 

 

「おい!分かったっ!降参だ降参ッ!だから魔法を止めろおぉッ!!」

 

「オレ達の負けでいいから止めてくれぇ!!」

 

 

 

「えっと…ごめんなさい。風に遮られて良く聞こえないんです。けど…私も負けるわけにはいかないんですっ──────『暴風の起爆地雷(ストーム・マイン)』っ!!」

 

 

 

二人組の足元の魔法陣が限界まで光り輝き、大きな爆風を起こして爆発した。足元からの爆発だが、周囲に展開された風の結界が爆発の衝撃を飛び散らせること無く、上へと力の向きを変更させる。それにより、二人組は凄まじい勢いで上空へと吹き飛ばされていったのだ。そして近付く巨大な魔力球。二人組が回避出来る可能性等、万に一つも無かったのだ。

 

精密な計算とコントロールによって、打ち上げられた魔力球は、時間を置いてから落下を開始し、風を受けることによってその風を吸収し、威力と規模の大きさを上げていったのである。

コレから起きるのは、完全にシルヴィアの勝利であると言える現象である。打ち上げられた二人組は、墜ちてくる巨大な魔力球と接触を果たし、上空で2回目の大爆発に捲き込まれたのであった。

 

 

 

「クッソおぉ───────────っ!!」

 

「覚えてろよおぉ──────────っ!!」

 

 

 

空の彼方へと吹き飛ばされていき、捨て台詞と共にキラーンと星になって消えたのだった。それを見ていたシルヴィアは、どうにかこうにか勝つことが出来た事にホッとすると共に、この勝利は自分だけでは為し遂げられないものであるということを解っていたのだ。ソレが無ければ、恐らくシルヴィアは勝つことは愚か、接戦に持っていくことすら出来なかっただろう。

 

 

 

「……っ…はぁっ…はぁっ……うぅ…っ!」

 

「あ、おい!」

 

「焦らなくとも案ずる事は無い。あれだけの威力を内包した魔法を連続使用したのだ。単なる急激な魔力消費による疲労だ。暫し休息を取れば問題は無い」

 

「……中々の…戦い方…だった」

 

「頑張ったね!」

 

 

 

息切れを起こしたシルヴィアは、崩れるようにその場に座り込んだのだ。持っていた杖を支えにしていたシルヴィアに、クレアが駆け寄って肩を貸した。リュウマは冷静に坐り込んだ原因を特定した。リュウマの眼には今、シルヴィアの残りの魔力が可視化されており、最初に比べて十分の一程度しかないことを視て知っているのだ。

 

クレアに肩を借りて弱々しそうに立ち上がったシルヴィアにリュウマは近付き、その細い肩に手を置いた。その瞬間、シルヴィアの体に膨大な魔力が流れ込んできたのだ。驚いて瞠目し、体をビクリと震わせていると、クレアがシルヴィアから離れた。突然離されたら倒れる。そう思ったシルヴィアだったが、彼女は倒れること無く自分の足で立っていたのだ。

 

不思議そうにしているシルヴィアだが、直ぐに気が付いた。あれだけ大量に、それこそ9割方の魔力を消費したにも拘わらず、今では体中から溢れんばかりの魔力が満ち満ちていたのだから。無論、その原因はリュウマである。純黒なる魔力とは違い、数々の色の魔力を模倣する事が出来るリュウマは、シルヴィアの薄緑色の魔力に合わせて己の魔力を変化させ、シルヴィアへと魔力を譲渡したのである。

 

序でに転倒した際に出来た手の平の擦り傷等も完治されており、今では戦う前よりも体調が優れていた。リュウマからしてみれば、S級にすら匹敵する魔力等、たかが知れてる程度のものでしかないのだ。それも失った魔力もコンマ5秒さえあれば魔臓器が創り出して回復させるのである。

 

 

 

「ありがとうございます。そして重ねてありがとうございました。リュウマ様やバルガス様、クレア様が彼の方々を挑発してくれたお陰で隙を突くことが出来ました」

 

「その程度しなければ、貴様は十中八九手も足も出んぞ。あの小僧共はアレでもトレジャーハンターギルドでもトップクラスを名乗っていたのだ」

 

「……挑発して…直線的な動きにする…それは…戦いに於いて…基礎中の基礎…覚えておくと…いい」

 

「まあ無駄に挑発はしたが、本心だけどな。あの程度のクソガキがオレ達相手しようってのは余りにも無謀だ。それに、オレ達がやったら加減難しくて最悪殺しちまう」

 

「そうなると我の妻達が喧しいのだ。何故か闇では無い正規ギルドの者を殺したことが知られる。………本当に謎だ」

 

 

 

リュウマ達が二人組をらしくも無く挑発していたのは、シルヴィアが戦うときに短絡的な戦いを起こすように仕向ける為であった。真っ先に挑発を開始したリュウマの意図に素早く気付いて察したバルガスとクレアも、リュウマと同様に二人組を挑発したのである。3人は最早アイコンタクトをしなくとも察し合える仲であるので、言葉も必要無いのである。

 

シルヴィアはリュウマ達が態々やりやすい場所を提供してくれたことに気が付いて、思い切った作戦に出たのである。本来の二人組ならば、両者が同じものに目を奪われる事も無く、まんまと術中に嵌まることも無かった。しかし、勝ちは勝ちである。確りとリュウマ達による後押しを利用して戦いに挑み、勝利を収めたことが重要なのだ。

 

 

 

「シルヴィア。貴様を合格と見なし、我のチームに同行するだけの力量、そして智恵があるものと判断し、改めて同行を許可する」

 

「あ、ありがとうございますっ」

 

「但し、我の命令に逆らうことは禁ずる。そして貴様はクレアの監視下に居ることを命ずる。これは先も言った通りだ。良いな」

 

「はいっ!よろしくお願いしますっ」

 

「クレアも良いな?もし仮に、シルヴィアに傷を負わせた場合、お前の身体の性別を反転させ、その容姿に合わせた性別にする」

 

「おう。任せろ…………はぁ!?オレ女にされんのか!?お前マジで巫山戯んな!?」

 

「……責任…重大」

 

「お父さんっ。ボクは!?ボクは何すればいい!?」

 

「イングラムは…そうだな。シルヴィアの傍で虫から守ってやれ。これから先には刺されれば高熱や下痢、嘔吐等といった症状を催させる虫がいる。それらが近付けんように傍に居てやれ」

 

「分かったーー!よろしくねシルヴィア!」

 

「わっ…!よろしくお願いします、イングラム様」

 

「うんっ」

 

「オイ!オレの性別反転の話終わってねェぞ!!」

 

「良し。先ずは北を目指すぞ。目標は20キロだ」

 

「ちょっと待てやァ─────────ッ!!」

 

 

 

叫び騒ぐクレアを余所に、リュウマ達は先へ進み、目的の地へと向かって目指すのであった。因みに、リュウマは本気でクレアの性別を反転させるつもりである。有言実行。良い言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い…いってぇ………あの女ァ…!」

 

「痛てて……らしくないやられ方しましたね、オレ達。で、アニキ…オレ達どうしやす?」

 

 

 

シルヴィアの魔法によって星に変えられたトレジャーハンターの二人組は、今絶賛器に引っ掛かって逆さ吊りになっていた。二人組は頭に血が上っていた事を反省しながらも、悪徳を付いていた。

 

 

 

「決まってんだろ!アイツら追い掛けるんだよ!この魔道書だって専門の奴に見せて回って一年間、結局解読すら出来なかった。っつーのにあの翼がある男、コイツをたった半日で解読して秘密も解きやがったッ!!クソッ!絶対お宝はオレ達が先に見付けて手に入れるっ!」

 

「でもどうやるんです?あの女には今度は負けないとして、その他の奴等は多分めちゃくちゃ強いっすよ」

 

「アイツらに関することは情報屋に聞いとけよ。それにアイツらと必ず戦わなきゃいけねぇってわけじゃねぇ…。アイツらには道案内をさせて、お宝の所まで辿り着いたら横から掻っ攫っておさらばだ!!」

 

「おお!いいっすね!あと、アニキがそう言うと思って、先に情報屋の所に連絡送っときやしたぜ。…おっ!?返信が来ました!」

 

「よし、どういう情報だ」

 

 

 

薄型の連絡用ラクリマを通して、独自のルートで関係を持った情報屋と下っ端が交渉し、リュウマ達に関する情報が送られてきたのだ。それを教えろというアニキに、下っ端は冷や汗を多く流しながら、送られてきた情報をアニキに教えるのだった。

 

 

 

「あの…一番巨大な図体してる男はバルガスって男で、今までに傷を負った事が無い、意味の分からない防御力を持った男だそうで、持っているハンマーで大陸に巨大な地割れを作ったとか…。そして女みたいな奴は実は男で、名前はクレアっていうらしいっす。近年良く起こる歴史上最高記録を大きく更新した巨大サイクロンを作った張本人だそうです」

 

「なんだ…そりゃぁ…?」

 

「そして…一番ヤバいのが翼の男ですぜ…名前はリュウマ。この男が魔力を解放した時、瞬間的に記録したエーテルナノ濃度が大凡800億イデリア…27億イデリアが世界中の魔導士の魔力を掻き集めた時の数値らしいっす…しかも、構成人数300人の闇ギルドの人間を瞬く間に全員殺して…そのギルドの天井に全員首を吊したとか…他の国から暗殺者を送られたらしいっすけど、心臓と脳味噌抉り取って送り返したらしいっす。とにかく、この男が一番残忍で冷酷で…容赦が無い…って」

 

「800億イデリア…?な、何かの冗談じゃねぇのか!?」

 

「エーテルナノに関する専門機関が計測した結果らしいので、間違ってる事は無いだろうって…見付けたら絶対に手を出すな、殺されるぞって…しかも……」

 

「な、何だよ……」

 

「あれは……人間の皮を破った化け物って…」

 

「……作戦に変更はねェ…但し接触は無しで、お宝を掻っ攫って直ぐに離脱する。いいな?」

 

「……はいっす」

 

 

 

その人間の皮を破った化け物と対峙し、あの時殺すとか殺さないとか聞こえた単語が、実はかなり重要な事だったという事に気が付いた二人組であり、接触は断とうと決断した瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第 ৩ 刀  旅の初日






 

 

方針は決まった。シルヴィアを同行させたリュウマ達一行は、大凡一ヶ月以内に目的の場所まで目指す。途中には越えねばならない壁があったりするものの、彼等ならば乗り越えるのも容易いだろう。勿論、余り肉体的に強い部類では無いシルヴィアは除かれるが。

 

大体の目標距離を20キロとし、進んで行くと、シルヴィアは周囲を興味深そうに観察していた。数年前に街から直ぐそこの森の中で救助されてからというもの、見付けられた場所周辺で魔法の練習に励んでこそすれど、それより先、つまりは余り遠くへは行った事が無いのだ。ある意味での箱入り娘てまあるシルヴィアには、街の外の光景が新鮮だった。

 

そんなシルヴィアの隣に並び、共に歩っているクレアは、アレは何なのかというような質問に答えて教えていく。途中で解らないことがあればリュウマに助けを求めながら。シルヴィアの肩に止まっているイングラムとも仲が良いようで、正体が子供のドラゴンだと聞かされた時には大いに驚いたが、それだけだ。驚きはするも、感嘆としただけで直ぐにイングラムと仲良くなったのだ。

 

 

 

「……リュウマ」

 

「…?如何したバルガス」

 

「……近くに…町は…あるのか?」

 

「そうだな…。此処から70キロ程行った所に、それなりの町がある。このペースで歩けば3、4日で着くだろう。そこで防寒着と食糧。生活必需品の買い込みをする予定だ」

 

「防寒着?必要か?」

 

「町を出て多少進んだ場所に左右へ連なる山がある。標高は大凡6000メートル。我々ならば兎も角、シルヴィアのその服装では無理があろう。魔法を掛けてやっても良いが、四六時中掛けているのも面倒だ。そも、標高の高い山の極寒を味わうには良い機会だと思わぬか?」

 

 

 

そう言ってリュウマは振り向き、シルヴィアに意地の悪そうな顔をした。彼はシルヴィアに問うているのだ。魔法で楽するのと、己の足で山を登るのと、どちらを取るのかということを。彼としてはどちらでも良かったのだが、シルヴィアはそれを聞くと、試されているのだと思い、食い気味に己の足で登ると言い放った。

 

歩きながらシルヴィアの方へ向いていたので、顔の半分が見えておらず、その見えない方の顔の口元は、大きく吊り上がってニヤリと嗤い、リュウマの隣で歩っていたバルガスはそれを見て、人知れず溜め息を吐いた。バルガスはリュウマのやらんとしていることに察しを付けたようだった。

 

 

 

「あっ……」

 

「お?如何した?」

 

「私…余りお金を持っていませんでした」

 

「それについては問題あるまい。なァクレア?」

 

「……ハイハイそーッすねー。オレが買えばいいんだろう?買えば」

 

「あの…クレア様にご迷惑は……」

 

「いいよ別に。たかだか服の数着くれェ」

 

「太っ腹だなクレア。我とバルガスの分も出すとは」

 

「……感謝」

 

「クレアやっさし~♪」

 

「テメェ等は自分で買えや!?」

 

 

 

リュウマとバルガスのたかりに乗っかってイングラムもクレア弄りに参戦した。それに応戦して怒鳴るクレアを見て、シルヴィアはクスクスと笑うのだった。最初こそ何とも言えない出発にはなってしまったが、どうやらそれは杞憂になったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うむ。今日は此処までとし、野営するとしよう」

 

「……テント…建てておく」

 

「ンじゃ、オレは薪集めしてくる」

 

「あ、私も行きます!」

 

「我は夕餉の支度でもするか」

 

 

 

リュウマ達は、街から21キロ離れた地点まで歩き、シルヴィアの疲労の具合と、陽の落ち具合を見て頃合いだと判断し、今日の所は此処までとして野営する準備に入ったのだ。バルガスは寝る場所となる簡易的なテントの用意を始めた。本来は土の上に雑魚寝でも良いのだが、流石に土に塗れたくないのと、何より今回は女であるシルヴィアも居るということで、個別のテントを用意した。

 

クレアは暖を取るための薪を集めに行き、シルヴィアもそれに同行していった。リュウマはバルガスに人数分のテントを黒い波紋の中から取り出して渡し終えると、今日の晩ご飯に使う材料の見極めに入った。因みに、食材もリュウマの黒い波紋の中…異空間の中に入っており、何時でも取り出すことが出来るのと、中では時間の経過が無いので、食べ物が腐る心配は無い。

 

 

 

「うぅむ…献立は如何するか…?」

 

「お父さん!」

 

「如何したイングラム?」

 

「シチュー!ボク、シチュー食べたい!」

 

「ふふ、然様か。では今晩はシチューにするか?」

 

「わーい!」

 

 

 

何を作ろうかと考え倦ねていると、イングラムは元気よくリクエストを出した。シチューならば食べられないという者は少なく、少し肌寒さを感じさせる現在の気温には打って付けだろうと考え、リュウマはイングラムからのリクエスト通りシチューを作る準備に入った。

 

黒い波紋からシチューに必要な食材を取り出し、それと一緒に作るのに必要な器具も取り出しておく。汚れ等が無いことを確認していると、薪拾いに行ったクレアとシルヴィアが、両手にいっぱいの薪を拾って戻ってきたのだ。

 

 

 

「おーい。薪適当に集めて来たぞー」

 

「このくらいあればよろしいでしょうか?」

 

「うむ。丁度良い量だな。イングラム、薪に火を灯せ」

 

「うん!」

 

 

 

中央に向かって寄せ集めた薪に、イングラムが口から弱めの炎を吐き出した。湿っていない乾燥したものを目利きして持ってきたようで、火は直ぐに燃え移って暖かな火を灯した。子供とはいえ、ドラゴンであるイングラムは、リュウマの眷属というバックアップも有ってか、既にその力は成長しきった成竜と同等の力を持っている。普通の火竜ならばこれ程の力は現状獲得出来ないが、イングラムはそもそも地力が違う。

 

イングラムとは、卵から孵ったドラゴンの子供などでは無く、ナツの育ての親である炎を司るドラゴン、イグニールの生まれ変わりである。魂を初期化してまで使用し、イングラムの肉体をもイグニールのものである。火や炎を司るドラゴン達の王…炎竜王イグニールの力を持っている。況してやそこに、リュウマから直接与えられた魔力がある。そしてその量は膨大で、子竜が内包するには常軌を逸したものである。

 

 

 

「さてと…(リュウマ)cookingの時間だ」

 

「何だそれ……」

 

「と、いきたい所なのだが、肝心な肉が無い。如何したものか……」

 

 

 

「コケーーーーー!!」

 

 

 

「──────良し」

 

 

 

肉は現地調達で良いということで、買い溜めはしていなかったことを思い出し、如何するかと悩んでいたその時、何とも運が良い事に鶏が数メートル先に5羽程歩っていたのだ。そしてその場に訪れる沈黙。クレアは一番最初にリュウマがする事を察し、バルガスはテントを張り終わったと同時に聞こえた鶏の声に、今日は鶏肉料理かと思考し、シルヴィアはリュウマの手元を見て苦笑いした。

 

リュウマは何処か、清々しい程の綺麗な笑みを浮かべながら、5本の矢を弓に番えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ…私、血は苦手なんです……」

 

「だろうな」

 

「食材だぞ。少しは耐性を付けんか」

 

「……そんなものとは…無縁の暮らし…仕方無い」

 

 

 

リュウマは仕留めた鶏を持って戻ってくると、直ぐさま血抜きをして羽を毟り、部位毎に切り分けるという作業を淡々と行っていった。そんな場面を早速と始めるものなので、シルヴィアはガッツリと見てしまい、血が苦手という彼女は貧血を起こしたかのように座り込んでしまった。動物の解体なんぞお手の物。生き物を斬り刻むなんてものは日常茶飯事であるリュウマに迷いなど無い。

 

大まかに切り分けられた鶏肉は、5羽分もあればスペースを取るので、リュウマの魔力操作によって宙に浮いている。異空間に仕舞わないという事は、使うという事なのだろう。そして肉の準備が整えば、料理の開始である。

 

リュウマはまな板の上に、まだ皮も付いたジャガ芋を載せる。右手で包丁を持つと、残像が生じる速度でジャガ芋の皮と芽を瞬時に取り除いた。それを終えると、全て小さめの6等分に切る。玉ねぎはジャガ芋を剥いている時に、背後で魔力操作による皮剥きを終えていた。玉ねぎを放射線状にする櫛形に切り、にんじんは適当に乱切りに。ブロッコリーは水洗いした後に小房に分け、下茹でする。

 

茹でるための小さな鍋は予め用意しておき、一般家庭に必ず有る炎熱系ラクリマを使用したコンロの上に載せてある。ブロッコリーを茹でている間に、先程切り分けた鶏の肉を食べやすいように一口大に切り、塩で下味をつけ、フライパンで軽く焼き色が付くまで炒める。

 

強火で無く、弱火で少しずつ焼いている鶏肉と同時進行で、シチューを作るための大きい鍋にバター大さじ1、油を中火で熱し、先程櫛形に切っておいた玉ねぎを入れて軽くと炒める。そこにジャガ芋も加えて炒め合わせ、にんじんを加えて全体に油が回るまで炒めていく。少し火が通った事を確認したら一旦火を止め、小麦粉をふり入れ、全体を混ぜたら中火にかけて炒める。少ししたら牛乳と水、コンソメの素を加え、掻き混ぜながら煮立たせる。

 

煮立たせている時に、気泡が表面まで上がってきて、ポコポコとなっている状態で火加減を止めておく。そしてそのまま20分程放置しておき、中に入っているジャガ芋に火が通るまで煮るのだ。炒めている鶏肉は、その煮立てる時間に合うように計算された火加減で炒められている。勿論、茹でているブロッコリーも同様である。

 

 

 

「さて、次は飯の方だが…唯の白米だと味気無いな。……良し、アレにしよう。シチューに合う筈だ」

 

 

 

お馴染みの黒い波紋から、大きいめのフライパンを3つ取り出し、新たに出した炎熱系ラクリマ仕込みのコンロ台を取り出して火を灯す。温まる迄に白翼で澄んだ色の透明度を誇る水を創造し、空中に水の球を形成する。そこの上に黒い波紋を出して、水の球の中に研ぐ前の米を大量に注ぎ込み、洗濯機の中のように掻き混ぜて研いでいく。

 

あっという間に米は研ぎ終わり、白濁に濁った米を研いだ後の水は、捨てずに大きい器の中へと取っておく。米を研いだ後の水には洗浄効果が有るため、使用した後の食器を洗うには効果覿面の代物である。そのまま捨ててしまうには勿体無い。

 

米を研ぎ終わったら、次は熱せられた3つのフライパンに、米を研ぐ用に創造した水とは別の水を、予め淹れてある程度温めておいた。そこにコンソメを入れて掻き混ぜ、お湯と化した水に溶かし込んでいく。その背後では、また新たに出したフライパンにバターを溶かし、微塵切りにした玉ねぎを入れて炒めていく。玉ねぎをは3秒もあれば切り終わるので、リュウマの場合は予めに用意しておく必要は無い。何という早業。そして玉ねぎを炒める時のポイントは、焦がさないようにすること。

 

炒めている玉ねぎが透き通る程になったなら、研いでおいた米を入れて炒め始める。熱くなるまで炒めたならば、別のフライパンで温め、計算した通りに丁度沸騰した頃であるスープに塩、胡椒を入れていく。大きなフライパン3つに入っている米を平らにならしておき、葉っぱを載せて蓋を閉めた。

 

 

 

「ふわぁ…良いにお~い!ねぇねぇお父さん!今入れた葉っぱってなぁに?」

 

「今のか?あれはローリエというものだ」

 

「ローリエ?」

 

「あれは葉っぱではなく、香辛料だ。植物が持つ特有とも言える揮発性の油であるエッセンシャルオイルがある。ローリエには様々なエッセンシャルオイルがあるが、その中でも有名なのがシネオールというオイルだ。これはバジルにも含まれるもので、高コレステロール、高血圧、冷え症へと対策として最も有名だ。それに栄養価も高い。先も言ったシネオールに、ビタミンA、B群、C、カルシウム、鉄、マグネシウム、リナロール、オイゲノール…等がある」

 

「へえー!あの葉っぱスゴいんだね!」

 

「他にも魚の生臭さや、煮込み料理に於ける臭い消しの効果もあり、弱った胃腸や肝臓、腎臓の働きを活発にする効能もある。他にも消化と食欲の増進する働きまであるのだ」

 

 

 

因みにであるが、揮発性というのは、液体の蒸発しやすい性質のことを言う。リュウマがイングラムからの質問に答えている間に、やることが無くなったクレアとバルガス、シルヴィアが匂いに釣られ、リュウマの所に導かれるようにやって来た。後少しで出来上がるという事を教えてから、リュウマは米を作る前に準備していたシチューに目を向けた。

 

気泡が上がってくるまでの温度にしておき、かれこれ20分程経った。底の部分が焦げないように、途中でお玉を魔力操作で操りながら掻き混ぜていた。そろそろ良い頃合いだと見積もり、中からジャガ芋を1つ取り出して割ってみると、中まで確りと火が通っていた。良し…と、頷いたリュウマは、最初の方で炒めていた鶏のもも肉に目を向ける。

 

弱火で少しずつ、この時と丁度重なり合うような火加減で炒められていた鶏のもも肉は、完璧な色合いで出来上がっていた。それを煮込んでいるシチューの中に戻し入れ、煮立てていたブロッコリーを上げて熱湯を切り、鶏のもも肉と同様シチューの中に入れて掻き混ぜていく。底に至るまで全体を満遍なく掻き混ぜ、鶏肉とブロッコリーが混ざった頃合いになったら、白ワインとバターを適量入れていき、味見をしながら味を調えていく。

 

この間に用意していた米の方は炊き上がっており、後は10分ほど蒸すだけで完成である。大体の料理は終わったので、リュウマは一息を入れ、多く作るために使ってしまった調理器具の洗浄を、アルファへと任せるのだった。

 

 

 

「アルファ。この使用済みの調理器具を洗っておけ。殺菌と乾燥を忘れるな」

 

『畏まりました。終わり次第マスターの異空間に戻しておきます』

 

「うむ」

 

「ねぇねぇお父さん!まだ~?良い匂いでボクもうお腹ペコペコだよー!」

 

「ふふ。まぁ待て、もう出来上がるぞ…ん?丁度出来上がったようだ」

 

 

 

座っているリュウマの膝の上に乗り、胸をペチペチと叩いて空腹を訴えているイングラムの頭を撫でながら、空いた手で米を炊いているフライパンの蓋を開けると、中には艶の入った如何にも上手そうな米が、所狭しと敷き詰められていた。

 

リュウマの出来たという言葉にいの一番に反応したイングラムは、早く早くと言わんばかりに膝の上で飛び跳ねている。それを宥めながら、リュウマは異空間から皿をそれぞれ1人に2枚ずつ用意し、煮込み終わったシチューと、バターの柔らかい匂いを内包した白米を盛り付け、スプーンと一緒に各々の下へとふわりと浮かび上がらせて手元へと魔力操作で送り届けた。

 

 

 

「そら、出来たぞ。我特性のチキンホワイトシチューにバターライスだ」

 

「っしゃー!待ってました!!」

 

「……今晩のも…美味そう」

 

「すごい…良い香りです。匂いを嗅いでいるだけでお腹が空いちゃいます」

 

「お父さん!もう食べていい!?」

 

「うむ。では頂くとしよう」

 

 

 

「「「──────いただきます!」」」

 

 

 

「ふふ。召し上がれ」

 

 

 

シルヴィアは矢鱈と装飾の凝っている食器を手にしながら、スプーンを先ず最初にシチューへと付けた。掬い取ると真っ白なルウが顔を出し、食べられる時を今か今かと待ち望んでいるように錯覚する。変に緊張し、波打つ心臓の鼓動を感じながら、シルヴィアは掬い取ったシチューをその口に含んだ……瞬間。

 

 

 

「──────ッ!?」

 

 

 

口の中で味が爆発した。今口の中に含んだのは、所謂スープの部分。なのに叩き付けられるのは、今尚ホワイトシチューの中で泳いでいる野菜達の旨み。そして混ぜ合わさった牛乳とコンソメのコク。それらがとても濃厚で、美味しくて、既にスプーンが無意識の内に次の一手へと伸びていた。

 

シチューと一緒に掬い取られたのは、捌かれてから余り時間が経っていない、新鮮な内に切り分けられて炒められていた鶏肉だった。スープだけで、あれ程の強烈な旨み。ならば鳥の味を凝縮され、スープに浸されて煮込まれたこのお肉ならばどうなってしまうのだろうか。そう思いつつも、スプーンは口元へと真っ直ぐ進んでくる。

 

頭の手が別で動いているかのように、強制的な力で口元に持ってこられるようなスプーンを、齧り付くように口に含んで肉を咀嚼した。そして一口肉を噛み切った瞬間、シルヴィアは思い知る。このシチューは絶品であると。計算され尽くされた焼き加減。中の旨みを逃がさないようにゆっくりと時間を掛けられて焼かれた鶏肉は、旨みの爆弾であった。

 

もうこれ以上の事は無い。そう思った瞬間だった。シルヴィアの頭の中にはある映像が駆け巡る。そう。料理を渡された時の映像である。このシチューの他に何を渡された?他に何があった?そして思い知る。シチューと米の抜群の相性を。しかも、リュウマは唯の白米を渡してはいない。食欲を増進させる……バターライスである。

 

 

 

「あぁ…そんな…これ以上があるなんて…っ」

 

 

 

シルヴィアが見下ろす先には、皿に盛り付けられた、白銀に光り輝き、絶対的存在感とバターの蕩けるような旨みの香りを醸し出すライス。さあ食べろ。食べて狂ってしまえ。そう言って崖の淵へ手招きする白銀のライス。しかしシルヴィアは抗う術等…持ち合わせていなかった。

 

スプーンで掬い取った瞬間。バターと匂い付けに入れられたローリエの甘い香りが顔全体を直撃し、鼻腔の奥へ入って脳を刺激した。美味い。もう香りだけで美味い。だが、それは香りでしか無く、食感も、舌の上に転がる実際の味では無い。所詮は唯の香りを嗅いだ事による味の想像でしかない。確かめなくてはならない。食べて、実際に味わう他ない。意を決したシルヴィアは、白銀のライスを…シチューに浸して食した。

 

 

 

「もぅ…ダメでしゅ…。おいひいぃ……っ」

 

 

 

結果……シルヴィアはその顔をとろとろに蕩けさせた。もう美味しすぎて何が何だかよく分からないし、乙女にはあるまじき顔を晒しているだろうけど、そんなことよりも今は、この美味しさを只管味わいたかった。

 

そしてふと思った。こんな絶品の料理を何度も食べているクレアやバルガスは如何しているのだろうと。誘惑に負けないように、出来るだけシチュー達から目を逸らして2人を盗み見たシルヴィアは、瞠目して驚いた。2人は何も喋らず、唯只管皿に盛り付けられた料理に視線を落とし、黙々と口に料理を運んでいたのだ。

 

 

 

「リュウマ!おかわり!大盛りで頼む!!」

 

「……余も…おかわり…頼む」

 

「既に3杯目だというのに良く食うものだな…。まあ、おかわりはまだ有るから良いのだが…ん?何だシルヴィア、貴様もおかわりを所望か?まだまだ有るぞ。20人前は作っておいたからな」

 

「いただきます。是非」

 

「ふふ。それは皿の上を空にしてから…な?」

 

「あっ……うぅ…お恥ずかしい」

 

「焦らずともまだまだある。ゆっくりと食えば良かろう。此奴等がハイペースなだけだ。……む、イングラム、口の周りにシチューと米がこびり付いているぞ」

 

「お父さんのご飯おいしぃ…」

 

「ぷっ……く…っ……はははっ!!」

 

 

 

シルヴィアは美味しい料理を食べながら、こんな旅も心躍って、とても楽しいということを噛み締め、そんな旅に同行させてくれる切っ掛けとなったクレアに、最大の感謝の気持ちを贈った。

 

 

 

「ところで、此処に余った鶏肉を使って焼き鳥を作ってみたのだが…誰か酒と共に食わぬか?」

 

「Fooooooooooooooooooooッ!!!!」

 

 

 

クレアはリュウマの差し出した焼き鳥の串に飛び掛かるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュウマの作った晩御飯を食べ終えた一行は、暫くは思い思いの事をしていた。バルガスは食べ終えたばかりだというのに元気が有り余っているイングラムの遊び相手を務め、イングラムはバルガスと遊び疲れて眠ってしまうまで遊んでもらい、リュウマは毎日欠かさず行っている天之熾慧國の手入れと、黑神世斬黎の手入れを行っていた。

 

シルヴィアとクレアは仲がよろしいようで、今までどんな仕事をしてきたのか、どんな敵と戦ってきたのか等を訊かれては答え、時にはプライベートな事を互いに話して笑い合っていた。因みに、そんな2人をバルガスやリュウマ達は、隠れてニヤニヤと見ていた。

 

そして何時しか寝るにはいい時間となり、バルガスが建ててくれたテントを一人一つ使って眠りに付いた。特にシルヴィアは、旅は初めてであり、初日から20キロという遠い道のりを移動したこともあって疲労が溜まっていたのだろう。横になった次の瞬間には眠りについていた。だが、今までの寝床は柔らかいベッドの上である。いくら敷物を敷いてもらったからといって、夜のそよ風に煽られて鳴る、木々の葉や、遠くから聞こえる狼らしき獣の遠吠え等があると、途中で目を覚ましてしまう。

 

目元を擦り、寝惚けた頭と目で周囲を見渡し、そう言えばと思い出した。寝付くのは早いが目を覚ましてしまうのも早かったシルヴィアは、気分転換に外の空気を吸ってもう一度眠ろうと考え、肩からローブを羽織り、テントの出入り口であるジッパーを下ろして外に顔を出した。するとそこには、暗い森が広がるのではなく、暖かな色を発しながら燃える、焚き火があった。

 

 

 

「……?何だ。起きたのか?貴様がテントに入ってから3時間しか経っておらぬぞ」

 

「あ、はい。何だか耳が慣れなくて…つい起きてしまいました」

 

「…然様か。まぁ、初めての野宿なれば仕方あるまい」

 

 

 

焚き火がぱちぱちと音を立てている傍ら、魔法で作った簡易的な土の椅子に腰掛け、シルヴィアの義理の父であるチャッチから譲り受けた件の魔道書を、黒縁の眼鏡を掛けて読んでいたリュウマと目が合ったのだ。

 

リュウマが言うには、眠りに付いてから3時間しか経っておらず、疲れている筈なのに変に眠くないという、よくある現象に陥りながら、テントから身体をのそりと出して焚き火の傍に歩み寄った。そんなシルヴィアの事は気にしていないのか、リュウマは既に魔道書の方へと再び目を落としている。よく見ると、彼の膝の上にはイングラムが居り、一定の間隔で紅い鱗に覆われた背中が上下している。どうやらリュウマの膝の上で寝てしまったらしい。

 

眠ってしまったイングラムを膝に乗せ、起こさない程度に優しく撫でながら、翼を携え、眼鏡を掛けた美しい男性が物憂い気に本を読んでいるという図は、何と画になる事か。それを焚き火越しに見ていたシルヴィアは、気付かぬ内にそんな彼の姿を見ていた。どれだけ経ったのか、見ている側からしたら知らぬ事。だが、リュウマはいい加減その視線が鬱陶しくなったようで、少し眉を顰めた。

 

 

 

「……視線が鬱陶しい」

 

「……ハッ!ご、ごめんなさい…!」

 

「はぁ……珈琲は飲めるか」

 

「あ、はい。飲めます」

 

 

 

リュウマは本から視線を外すこと無く、右手人差し指を虚空で揮うと、背後にある簡素なポットが浮かび上がり、それと共にシルヴィアの手元に黒い波紋が浮かび上がった。軽く驚きながら合わせた両の手の平を向けると、中からマグカップが現れた。何度見ても不思議なものだと、目を白黒させているとポットが浮遊しながらやって来て、シルヴィアの持つマグカップに珈琲を注いでいく。

 

役目を終えたマグカップは下の場所へと戻っていき、ことりと音を立てながら着地した。便利な魔法だなぁと呆けていると、今度は砂糖を幾つ入れるかという問い掛けにびくりと驚きながら、スプーンで2杯分と答えた。すると又もや黒い波紋がマグカップの上に出現し、砂糖がさらさらと落ちて珈琲に混ざり、次に出て来たスプーンが独りでに動いて掻き混ぜてくれた。

 

本来ならば魔力操作のみでこれ程繊細な動きは出来ない。そもそも、魔力操作とは、本当に唯の魔力を操作する技術であり、彼が行っていたようにサイコキネシス染みた事は出来ない。出来るとすれば物質を動かす事が出来る魔法といった、限定的な魔法の筈だ。しかしそこはリュウマクオリティ。彼の魔法に不可能は無い。

 

 

 

「ずずっ……ほぅ……温かくて美味しいです。ありがとうございます、リュウマ様」

 

「それを飲み終えたならば疾く寝るが良い。朝は早く、今日の疲れが取れぬぞ」

 

「はい。そうします。……あの、リュウマ様はお休みになられないのですか?」

 

「我は右脳と左脳を交互に休ませることにより、長時間眠らなくとも行動を可能にしている。元よりこの魔道書には気になる箇所が……貴様のその首飾りは……」

 

「コレ…ですか…?」

 

 

 

魔道書から顔を上げたリュウマは、シルヴィアの胸元にある首から下げられた首飾りに興味を示した。何か気になることでも有ったのだろうか…と、首を傾げながらシルヴィアは、リュウマに良く見えるように手に平に載せた。首飾りにしては、複雑な装飾が入り、中央に綺麗な宝石が埋め込まれている以外は普通のものである。

 

しかし、リュウマは何か有るのか、目を細めながらその首飾りを見詰め、視線を外すこと無く、シルヴィアにその首飾りを何処で手に入れたのかと問うた。そんなに気を引くものだろうかと思いながら、この首飾りは、チャッチに拾われた時から首に掛けていたものであり、何処に売っている物なのかは知らないと正直に答えた。

 

念の為に補足しておくが、リュウマはシルヴィアやクレアに言われる前から、シルヴィアが記憶喪失であることを既に知っている。理由としては、初めてシルヴィアの姿を視界に入れた瞬間から、記憶透過魔法で、彼女の過去を見たからである。そこには、一番最初の記憶は森の中だった光景が見えたのである。

 

 

 

「……然様か。ならば良い。先の発言は忘れよ。気にすることでも無い」

 

「はぁ…?分かりました。あ、珈琲ありがとうございました。良く眠れそうです」

 

「うむ」

 

 

 

リュウマに淹れてもらった珈琲を飲み終えたシルヴィアは、リュウマに言われた通り早速寝ることにした。疲れているのに寝付けないとしても、寝なくては肉体的疲労は回復しない。況してや朝は早いのだ。早く寝ないと睡眠不足となり、2日目からお荷物に成り下がってしまう。それだけは避けなければと、シルヴィアはテントへと戻っていった。

 

テントの出入り口のジッパーが閉められ、シルヴィアの姿が完全に視界から消えた頃、リュウマは魔道書から顔を上げてぱたりと魔道書を閉じた。そして眼鏡を外し、眉間に寄った皺を解すように右手の親指と人差し指で揉み込み、小さく溜め息を吐いた。

 

 

 

「全く──────(まま)ならぬものよなァ……」

 

 

 

リュウマの溢すような独り言を拾う者は……その場には誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すぅ……すぅ……んぅ…?……ふあぁ…」

 

 

 

現在時刻は早朝の5時。日頃早寝早起きを心掛けているシルヴィアではあるが、慣れない環境の影響もあってか、何時も起きる時間である6時よりも1時間早い起床となった。まだ陽が昇って少しといった時間帯故、辺りはまだ少し薄暗い。

 

朝は早いとしか言われておらず、予め細かな時間を聞き忘れていたシルヴィアは、流石にこんな時間は起床時間ではないだろうと、眠たげな頭を振って思考した。寝起きのふにゃふにゃした思考回路のまま、今から眠っても直ぐに起きることになるか、もう一度寝る何てことは難しいだろうと思い、顔を洗うためにテントを出た。

 

森に生息する動物達も例外無く、まだ夢の中だからだろうか、森は一層と静けさに包まれ、寂しさを感じさせる。だからだろうか。耳に聞き慣れない音が聴こえてきたのだ。首を傾げ、何の音だろうかと思ったが、寝惚けている頭で物事を考えようと言う方がいけなかったのだろう。結局解らなかった。しかし、一度気になってしまったものは最後まで気になってしまうのが、人間の性というもの。シルヴィアは音が鳴る方へと歩みを進めていったのだった。

 

 

 

───ち──────ぐ─────み────

 

 

 

「こっち…でしょうか…?」

 

 

 

音が鳴る方へ、音が鳴る方へと恐る恐る歩みを進めていくシルヴィア。動物は眠っている事から襲われる事は無いが、一概に無いとは言い切れない。だからこそ音を出来るだけ立てないような忍び足の行動なのだが、肝心の音源は直ぐそこまでに差し掛かっているようで、シルヴィアはどくりどくりと、早鐘を打ち始めた心臓の前で杖を左手で握り締め、草の茂みを右手でゆっくりと掻き分けた。

 

しかし、シルヴィアが気になっていた音の正体とは、何だそんなことか…なんて一言では到底片付けられない、人によっては生涯記憶に残るであろう程の()()であった。

 

 

 

………()()()……()()()()……()()()……()()()……

 

 

 

「ぁ……ぁ……っ……ぁあ……ッ……!」

 

 

 

音の正体、それは生き物(勝者)生き物(敗者)()()()()()音であった。

 

 

飛び散った血潮によって、赤黒く染め上がった辺り一面の木々や地面。食い散らされた白骨となった動物の骨が山のように積み重なり、その姿はまさしく食い散らかされたという表現が最も相応しく、頭蓋骨があれば腕の骨に長い足の骨、肋の骨も様々であり、大きさも小さいものから巨大なものまで、一貫性が無い。それはつまり、喰う側の存在は出会った動物を選り好みせず、唯襲って唯喰らっているということ。

 

そして肝心の喰らっている存在は……居た。横たわった鹿のような動物の傍に居り、その(はらわた)を貪って喰っていた。シルヴィアは嫌に煩く鼓動する心臓の音を聴きながら、呆然とした表情でその光景を見ていた。先程聴いた聞き慣れない音そのまま、みちゃり…ぐちゃりと音が鳴る。

 

肉を喰われていることで、動物が少しだけびくりと動く。死後硬直なのかそれとも…生きたまま喰われ始めたのか、定かでは無いが…そんなことは考えたくも無かった。しかしそれよりも、最も考えたくも無いのが、██の記憶にある記録であった。シルヴィアの目前に広がるのは、死屍累々たる光景と、それを作り出した()()()()()()のみ。ここまで言えば察することは容易いだろう。

 

動物を殺して貪り喰らっていたのは、リュウマ・ルイン・アルマデュラその人なのだから。

リュウマの手によって肉を抉り取られ、角度によって見ることが出来ないが、血で赤黒く染まっているであろう口元に持っていて含み…咀嚼。それを淡々と繰り返しているのだ。そこに喜びや罪悪感なんて感情は存在しない。唯喰らい、唯貪る。それだけの行為のみに没頭しているのだ。

 

唇が震えて声も出ない。そんな状況でシルヴィアは目が合った。喰っていたリュウマとではない。リュウマが喰っている動物と目が合ったのだ。生きてはいない死者とのアイコンタクト。それはシルヴィアにとって、心の底からゾッとするもの以外の何物でも無かった。

 

 

 

『───や─────お願─────』

 

『────助────?───死────』

 

『──私──────触──────』

 

『───貴────企────国─────』

 

 

 

「はぁッ……はァッ………ゔッ……!?」

 

 

 

苦しそうにしていたシルヴィアは、急いで来た道を足早に戻って行き、突然訪れた頭の痛みと、喉元を急激に迫り上がってくる吐き気に耐えるため、テントの中でローブに包まりながら、胸元にある首飾りを握り締めていた。

 

所詮この世は弱肉強食。生殺与奪に限らず、社会に於いても権力者が上に立ち、平民は強者というべき権力者の下に居るしかない。それも結局は、他者より優れた力が持つ者が上に行くのだ。つまるところ、()()()()()()()()()()のである。それが後に何を示すのか…今は誰にも解らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






料理については何も知りません。

ただ、普通の材料と普通の手順で作るシチューを食べた時の描写を超大袈裟にしただけです。
こんな普通の手順でそんなに美味しく作れねぇよ!と、思ったそこの貴方…実に正しいです。全く以てその通り。


知識が有れば良かったのですが、すみません。



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第 ৪ 刀  数ある中唯一の唯一無二






 

 

「なぁオイ。まーだ着かねぇのか?」

 

「その台詞は5分前にも訊いたぞクレア。お前に甲斐性は無いのか?」

 

「ボクに乗ってくー?」

 

「……甘やかすのは…良くない。クレアは…最近…運動不足」

 

「もう少し歩きましょう?クレア様っ」

 

「……ちぇっ。わーったよ。けどよ、目的の町見えたら直ぐに──────」

 

「ほれ、町が見えたぞ」

 

「目と鼻の先かよッ!!」

 

 

 

登り坂のような道を進んでいた所為か、町が距離にして1キロ程度しか無いという事に気が付かなかったクレア。後どれ位歩かなければならぬのか…と、思い始めて早3時間。やっと休憩出来る場所へと辿り着いたと、安心からくる溜め息を溢した。別に本当に疲れている訳では無いが、歩きっぱなしだと精神的につまらなく、最もたる要因は、一々展開されるボケに対するツッコミである。

 

シルヴィアが初めての野営を行い、その日から既に3日が経った今現在。当初の第一の目標としていた、標高が六千メートルを越える山の麓付近にある町を目指していた。リュウマという優れすぎたナビゲーターが居るため、万が一の迷子という事件は起きず、実力差も解らない猛獣に遭遇しようと、バルガスという最前線の戦闘員が瞬く間に蹴散らし、シルヴィアの傍には常にクレアとイングラムが控えている。万が一どころか兆が一という危険の可能性も無い、安心安全の旅が送られていた。

 

食事に関しても、野に生えている草を食べたりするのではなく、リュウマは食べられるか否かを確りと調べ、栄養バランスも整えられて考慮された食事が、1日3食出て来るのだ。しかもそれは絶品ときた。そこらのツアーでの旅なんかよりも余程安心で快適な旅である。だが、そうなってくると、シルヴィアにとってはある意味死活問題である。

 

理由としては、何もやることが無い…ということになるからだ。戦いに関しても、認めてもらったは良いが、バルガスと比べられたら、間に何枚もの越えられない壁がある。料理もリュウマ程美味く作れる訳でも無ければ自信も無い。依頼者の娘であるからこそ、クレアというお目付役が居て、護衛を拒否することなど以ての外。では如何すればと考えて至ったのは、小さなお手伝いであった。

 

例えば、眠る場所であるテントの組み立て。これはバルガスがやっていたのだが、やり方を教えて貰い、自分でも建てられるようになった。食事の準備。これに関しては、リュウマが魔力操作で調理と同時進行で行っていたが、やらせてくれと願い出て、フォークやスプーン、食後の食器洗い等をやらせてもらえることになった。後は、何時も肩に留まって、自身の身の安全を守ってくれるイングラムの身体磨き等である。

 

こうして、シルヴィアはどうにか、旅に同行するだけのお荷物という肩書を背負うこと無く、立派な同行者になっていたのである。尚、ふんすと意気込んで張り切っていたシルヴィアを見て、クレアは苦笑いをしていた。

 

 

 

「さて…町にも着いた事だ。必需品の調達をするとしよう。ナハトラで胡椒を買っておくのを忘れてな。残り少なかったのだ。この残りでは肉の味付けが一つ減る…それは由々しき事態だ。良いな」

 

「はいはいわーったわーった」

 

「……固まって…行動…するのか?」

 

「いや、折角だ。ここは各自で思うように散策すれば良かろう。取り敢えず我うぶっ…!?」

 

 

 

(あるじ)──────っ!!」

 

 

 

「おぉ?アルディスが勝手に出て来たぞ」

 

 

 

話を続けていたリュウマに、覆い被さる影があった。それはリュウマの最強の眷属である、アルディスであった。ある時に、見上げるほどに巨大な神狼の姿だけでなく、人間の形態も取れることを教えるや否や、こうして人型で勝手に出て来るようになったのだ。しかし、ちゃんとリュウマの言い付け通り、人が集まる場所では面倒な騒ぎにならないよう、人型で出て来いという指示に従っていた。

 

400年前、地上も大空も支配していたと謂われるドラゴン。それを置き去りに圧倒的力にものを言わせ、森という領域(テリトリー)の最奥にて座していた伝説の神狼である。その強さは、暇潰しで彼のドラゴンの屠る程の力。リュウマ達が居なければ、確実に世界を手中に収めていたであろう者である。

 

 

 

「主っ。あぁ…主の……雄の匂い…良い匂いだ……うぇへへ」

 

「おい、アルディス。顔に乳房を押しつけるな、前が見えん」

 

 

 

こんな姿を見れば、本当にそうなのか疑わしくなるが。

アルディスは勝手に出て来た瞬間にリュウマへと飛び掛かり、頭を自身の豊満である胸に押し付け、そのまま両手両足を使ってガッチリとホールドし、抱き付いていた。後ろに数歩後退しながら受け止めたリュウマは、落ち着くようにアルディスの肩をタップするが、件のアルディスはリュウマの匂いを嗅いで夢心地になってしまっていて、全く聞く耳を持っていない。

 

はぁ…と、仕方なさそうに溜め息を溢したリュウマは、ハートを乱舞させて尻尾を振っているアルディスの、頭頂部に生えた美しい銀髪の獣耳をむぎゅっと鷲掴んだ。すると、嬉しそうに振っていた銀毛の尻尾が、忽ちぴんッとなって硬直し、アルディスは身体を強張らせた。

 

 

 

「はぅっ…あ、主っ…そこは」

 

「一度離れぬか、アルディス」

 

「あっあっあっあっ♡しょ…しょれはぁ…んんっ…ぁっ…はぁっ…!くぅーーーーーーんっ!」

 

 

 

掴んだ獣耳を親指と人差し指で挟んで扱くように擦り上げると、アルディスの身体には電流が流れたような感覚が迸り、身体を硬直させた。身体の周りにハートを乱舞させていたアルディスは、その快感に酔い痴れる。周囲に乱舞させていたハートは直ぐに鳴りを潜め、その代わりに主であるリュウマと同じ黄金の瞳の中に、大きなハートを作っていた。

 

ここだな…と、見切りを付けたリュウマは、右手を獣耳から離し、臀部の上、腰の辺りに生えた銀の尻尾の根元を掴み、先端に掛けて擦った。すると、アルディスはリュウマを思いっきり抱き締め、びくんと大きな痙攣を三回ほど繰り返し、掴まっているだけの気力が無くなったのか、真後ろへと崩壊する塔が如く倒れていった。

 

後ろへ倒れていくことは解りきっていたリュウマは、両腕を腰に回してアルディスを抱き留める。腕の中でくたりとして恍惚とした表情をし、小さな痙攣をしながら凭れ掛かってくるが、その姿は実に煽情的で妖艶である。しかもそこに獣耳と尻尾がプラスされた美女という要素も追加すると、自然と人目を集めてしまう。最も、リュウマはそんなもの全く気にしていないのだが。

 

バルガスとクレアはいつも通りだなと、呆れた表情をしているが、シルヴィアには刺激が強かったようで、顔を両手で押さえ、真っ赤な顔を隠している。しかし、それでも指の隙間からチラチラと見ているのを考慮すると、そういう事に興味を惹かれる年頃と言えるのだろう。

 

 

 

「はっ…はっ…♡あるじ…大好き」

 

「解った解った。その前に己が脚で立て。何用で勝手に出て来た?」

 

「……っ!…んんっ、そうだった。大事な用が有った」

 

 

 

何の用事があったのかと問われると、恍惚とした表情からハッとした表情に早替わりし、至極真面目な表情をした。だがリュウマは解っていた。何かの一大事でもなければ、真面目な話でも何でも無いと。何かの一大事なのであれば、アルディスは自身の力のみで解決するほどの力が有る。真面目な話だとしても、リュウマの眷属用の世界に居るというのに、何かが起きるということは有り得ないからだ。

 

 

 

「主!私とでぇとをしよう!」

 

 

 

「ぜってーそうだと思った」

 

「……予想の…範疇を…出ない」

 

「アルディスはお父さんのこと大好きだからね!」

 

「えぇっと…クレア様、この方は…?」

 

「あぁ。コイツはアルディス。リュウマの眷属で、本当の姿はでけェ神狼なんだが、人の姿も取れる奴なんだわ。触ろうとするなよ?コイツはリュウマ以外の奴が触れようとすると、いきなり殺しに掛かるから」

 

「な、なるほど……解りました」

 

 

 

これでもかとリュウマの胸に顔を擦り付けているアルディスの、頭頂部に生えている獣耳や尻尾に興味が有るようで、シルヴィアは触りたそうにしていたが、予めクレアから警告されたことによって断念した。これはシルヴィアに限らず、フェアリーテイルでも言える事で、リュウマの仲間だと言っても、アルディスの主であるリュウマと、同じ眷属であるイングラム以外からの身体接触を極端に嫌がるのである。なので、今でもアルディスに触れることが出来た者は皆無である。オリヴィエ?彼女は一番嫌われている。

 

でぇと、でぇとと言いながら身体を擦り付け、匂いを嗅ぎカながら匂いを付けまくっているアルディスと、流石に鬱陶しいと引き剥がそうとして四苦八苦しているリュウマ。別にデートするにはいいのだが、肝心の買い物があるので、素直にうんとは言えないのである。その事を伝えて次回に持ち越そうとしたリュウマだったが、そんな彼の肩にバルガスが手を置いた。

 

 

 

「……ここ最近…アルディスに…構って…いない…行って来い」

 

「だが、この町で購入しておかねばならぬ物が……」

 

「……それならば…余と…イングラムで…買い足して…おく。心配は…無い」

 

「む、然様か……ならば頼んだ。目当ての物はこの紙に書いておいた。それを購入しておいてくれ。それと、イングラムは手伝いの駄賃として好きな物を一つ買ってきて良いぞ。金も渡しておく」

 

「わーーい!なに買おっかな~?♪」

 

「話は終わったか!?なら早く行こう主!」

 

「おい待て、そう引っ張らずとも良い。では、各々用事を済ませた後、あの宿に集合だ。今日はこの町で一泊する故な」

 

 

 

それだけ言うと、リュウマはアルディスに手を引っ張られながらその場を後にした。件の引っ張っているアルディスと言えば、数日振りの主との交流あってか、爛々とした笑みを浮かべながらスキップでもするような軽やかな足取りだった。バルガスは、折角デートの行くのだから二人の方が良いだろうと、二人だけになるようにしてあげたのだ。イングラムは勿論、バルガスのその意を確りと汲んでいた。出来る子である。

 

バルガスは、リュウマがアルディスに引っ張られながらも、魔法で文字を焼き付けた買い物リストの紙に視線を落とし、先ずは何から買うか判断し、ここから一番近い八百屋に行くことを決めた。そして大方のルートを決め終えたら、肩にイングラムを乗せ、クレア達に振り返った。

 

 

 

「……そういう…事で…余と…イングラムは…買い物に…行ってくる」

 

「クレアとシルヴィアは二人だよ!」

 

「は…?オレ達だってその買い物に付き合って──────」

 

「……では…また…後程」

 

「ばいばーい!」

 

「訊けよッ!?」

 

 

 

クレアの叫びに反応すること無く、肩に乗ったイングラムとバルガスは、市場の人混みの中へと消えていった。何か態とらしい位人の言葉に聞く耳持たなかったな…と、思っていたクレアは察する。態とらしい位ではなく、十中八九態とクレアとシルヴィアを二人だけにしたのだ。そして何と言ってもバルガスの最後の行動だ。人混みの中へ消える時に踵を返した瞬間、無表情でウィンクしたのだ。

 

リュウマは謀らずしてアルディスに連れ去られてしまったが、バルガスと空気を察したイングラムは確信犯である。握り拳を作って肩を震わせているクレアだったが、仕方ないと言わんばかりに小さく溜め息を溢した。別にバルガス達の策略に則る訳では決して無いが、今はシルヴィアと二人で行動をする事にしたのだ。そう、仕方なくなので、少し上がった口角等は無いのである。決して。

 

 

 

「んじゃ、オレ達は適当にぶらつこうぜ。そんで服屋を見付けたら防寒服を買う」

 

「……本当によろしいのですか?私なんかの為に服を買って頂いても…」

 

「遠慮すんじゃねェよ。オレが後押ししたンだぜ?しかもリュウマから世話役に任命されてっしな。そんぐれェの面倒ぐらいは見るわ」

 

「…ありがとうございます。このご恩は必ず」

 

「別に要らねぇけどな。ま、取り敢えず行くか」

 

「はい!」

 

 

 

クレアとシルヴィアは、並んで適当な道へと入って歩みを進めていった。そんな2人の後ろ姿は、美少女二人組に見えることを除けば、デート真っ只中と言っても過言ではないのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ…!このワンちゃん可愛いです…!」

 

「おう嬢ちゃんお目が高いね!その子は躾もなってるから良い子だぞ?ちっとお高いがな」

 

「この子はおいくら位なのですか?」

 

「そうだねぇ…まあ20ぐらいかね」

 

「20万Jですか…やっぱりお高いですね…」

 

「躾されてる犬猫なんつーのはそんくらい何じゃねーの?オレからしてみたら20万も100万も殆ど変わんねーけどさ」

 

「そっちの嬢ちゃんはお金持ちの出なのか?なら一匹どうだい?」

 

「……おいテメェ。今オレの事嬢ちゃんっつったか?えェ?オイ。足元のクソ犬ごとぶち殺──────」

 

「店主さんありがとうございました!行きましょうかクレア様!!」

 

 

 

シルヴィアは焦ったように眺めていた仔犬から目を離し、急いでクレアの袖を引っ張ると店から出て行った。突然急ぎ足で出ていくもので、店主は呆然としたまま見送ったのだった。

 

ぶらりと歩くウィンドウショッピングを開始してから1時間程経過した今現在まで、クレアとシルヴィアの容姿に釣られてナンパをしてきた男は数知れず。しかも容姿が飛び抜けて(女性的な意味で)美しいクレアを、男共が放っておく筈も無く、直ぐに声を掛けてくるわ、リードしようとするわ、果てには一目惚れで結婚の申し込みをする猛者まで居た。

 

だが、その者達はクレアが男であるとは露程も思わず、そして肝心のクレアは女扱いされることを一番に嫌う。勿論、見た目がチャラい3人組の男達がしつこくクレアを口説こうとし、シルヴィアにまでその魔の手が伸びようとした時、シルヴィアの前だからと我慢を続けていたクレアの堪忍袋が捻じ切れた。

 

余りにもしつこく、粘着質に声を掛け、果てには無理矢理連れて行こうとした男の手首を捻じ上げて鳩尾に膝蹴りを叩き込み、痛みで顔を俯かせた男の後頭部を持って下に下げ、そのまま顔面目掛けてもう一度膝蹴りを叩き込んだ。大量の鼻血を噴き出しながら気絶した男を地面に落とし、頭に足を載せて虫を潰すかの如く踏みにじった。それを見ていた仲間の男2人が激昂し、クレアに掴み掛かるが、容易に身体を翻して躱すと、2人の男の後頭部に手を置いて、地面へと思い切り叩き付けた。

 

あっという間に気絶させられた男3人組はそれだけでは終わらせてもらえず、直ぐそこにあった路地へとクレアに引き摺り込まれていき、全身数箇所にも及ぶ複雑骨折に大量の打撲を負う重傷にまで半殺しにされた。そんな光景を見てしまったシルヴィアは、もう他に犠牲者は出すまいと、懸命にフォローしているのである。故に、先程のペットショップの店主は、言葉通り売り物の犬諸共殺されかけたのである。シルヴィアの尽力もあって未然に防げたが。

 

 

 

「はぁ…クレア様?そう無闇に人を傷つけてはいけませんよ?あの店主さんは善意で聞いただけで、悪気は無いんですからっ」

 

「……チッ。わーったよ。つか、ほんと何なんだよ。オレはあと何回ナンパにあえばいいワケ?本気でイライラすんだけど」

 

「仕方ないと思います。クレア様は本当にお美しいので……」

 

「ハァ?ったくよォ。仮にオレが女だとしても、普通口調でアウトだろォがよ。つか、それならオレからしてみりゃあシルヴィアの方が美人だろ。オレみてぇに仏頂面じゃねぇし、表情豊かだろ?それに気配りも相当出来てフォローが上手ぇじゃねぇか。スタイルだって良いもん持ってんだし、女としてのレベルは比べる間でもねぇ。オレがナンパする側だったら先ず間違いなくシルヴィアを口説きにかかるだろォよ。容姿に釣られるのは阿呆がする事だわ。やっぱり女は中身だろ中身。その点シルヴィアは容姿も優れてりゃあ性格だって良いんだ、普通はシルヴィアを──────」

 

「う…うぅ…その……クレア様…つ、次に行きましょう?わ、私あのお店に行ってみたいでしゅ…あぅ」

 

「ん?おう、別に良いぜ。じゃあ行ってみ……何でそんなに顔赤くして……あ」

 

 

 

 

頭が良いのは、時として考え物である。その所為で察しが良く、シルヴィアが何故顔を林檎のように真っ赤にしているのか気付いてしまい、瞬時に自身が今行った言葉を一語一句間違わず思い返すことが出来てしまうのだから。

 

意図せずシルヴィアの良いところだけでなく、クレアから見て好印象の部分を曝け出しつつ、褒め殺してしまったのだから、これは大変困った。どの位困ってしまったかというと、人との交渉術等を磨いて王然りとしたポーカーフェイスも持っているクレアが、恥ずかしさで顔をほんのり赤くしてしまう程である。

 

美人の恥ずかしそうな赤面というのは、何時如何なる時、どの時代であろうと画になる。それが2人も居て横並びしていれば、自然と視線を集めてしまう。そうなれば恥ずかしさは倍増も良いところである。視線にも敏感なクレアは、見ずともそれを察し、早くこの場から離れるべく動いた。

 

 

 

「お、おい!あっちがなんか賑わってっからあっち行ってみんぞ!」

 

「ぁ…は、はい…っ!」

 

 

 

そしてその時、人混みを掻き分けるときにはぐれてしまわないようにと、自然とシルヴィアの小さく可憐な手を確りと握っていたことに、クレアは気付いていない。そしてシルヴィアは、買い物に来ていたマダムからの微笑ましそうな視線を受けて、耳まで真っ赤にしながら、もう少しだけクレアの手の感触を味わっていたいと…密かに想い馳せるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、まだ向こうみてェだな!」

 

「えっと…はい。その様ですね……それであの…クレア様?」

 

「ふぃー……ん?どうかしたか?」

 

「クレア様の手…温かいですね」

 

「は?……………のわあぁぁぁぁぁあ!?ち、ちちちちちちげーぞ!?これはその…テメェがはぐれねェよォに握ってやってただけだ!勘違いすんな!」

 

「ふふ……はいっ。解っていますっ」

 

「ぐっ……ケッ。まだ距離あっから、途中の店見ながら行くぞ」

 

 

 

悪態をついて進んで行きながらも、クレアはシルヴィアの手を離すようなことはせず、シルヴィアもまた、クレアの手を離すような事はしなかった。それどころか、シルヴィアの方からクレアの手を少し強く、きゅっと握り込んだのだ。その感触を感じながら、クレアも返すように少し強く握り込み、隙間の無い繋ぎをしながら、ウィンドウショッピングを続けていった。

 

クレアは400年前の王であったが、現代の物には未だ珍しさが勝ち、よく置いてある物を物珍しそうに見ていき、シルヴィアはナハトラから余り出ることが無かった事で、他の街に売っている代物が珍しく、また、やはりそこはお年頃の女の子、可愛らしい装飾の付いた装飾品や、家具等を基本に見ていた。

 

しかし、クレアは繋いでる手に少し引っ張られた。それは手を繋いでいるシルヴィアが進む足を少しだけ止め、ある品物を見ていたからである。クレアはそれを一瞬だけチラリと視線に収めると、歩みを進める速度を少しだけ落とした。シルヴィアは見ていた物から目を逸らすと、直ぐに先程と同じ速度へと戻っていったのだ。

 

そして歩きながらウィンドウショッピングをする事10分後、先程から賑わいを見せていた観客の集まりに辿り着いたのだった。

 

 

 

「さぁさぁさぁさぁ!!次の挑戦者はいないかねー!?参加料はお手軽の1000J!!挑戦者は誰でもオッケー!因みに最高値は私の隣にいる相棒のナウだー!!」

 

 

 

「チックショー!結構自信あったんだけどなー!」

 

「良かったぞーー!!」

 

「次頑張れよーーー!!」

 

「次の挑戦者いけーー!!」

 

 

 

「へー、中々の賑わいだな。なァ、これ何やってンだ?」

 

「ん?これか?これは力自慢だよ。つっても、腕力とかじゃ無くて、魔法の威力の力自慢さ」

 

「へぇ…?」

 

「あっ、もしかしてあれが…?」

 

 

 

 

到着したクレアとシルヴィアが見たのは、周囲を観客に囲まれながら、その中央で何かの装置と、その装置の傍でマイクを持って宣伝している全身金ぴかの服とハット帽という、大観衆の中でも一際目立つ服装と色のした男と、そんな男が小さく見えてしまうほどの巨体を持つ大男の存在だった。

 

クレアが他の観客から聞いた話によると、中央に立っている男達の傍に鎮座する装置、その名も魔力測定器といい、マジックパワーファインダーと代物だそうだ。恐らく察することが出来ると思うが、その装置は軍にも使用される装置で、あの大魔闘演武でも使用されたものである。思い出せない者は、大会でリュウマが完全に消滅させた装置と言えば伝わるだろう。

 

兎に角、それに魔法をぶつければ、魔法に籠められた魔力の代償によって数値が浮かび上がり、どれ程強力且つ、魔力が内包されているのか解るという優れ物である。因みに、聖十大魔道の岩鉄のジュラは8000オーバーであった。

 

このイベントには、浮かび上がった数値によって商品が変わる。観客の輪の外側に設置してある豪華絢爛な商品の中から、自由に選び出すことが出来、内容としては、数値が大きければ大きい程、豪華な賞品を手にすることが出来るというもの。しかし、既に20人程度の魔導士が挑戦しているものの、500より上に到達した者は居ないとのこと。

 

最高記録は、運営している金ぴかハット帽の隣に居る大男の記録で4823とのこと。この数値は普通に魔導士の中でもS級に至れるほどのものを持っていると言える。セイバートゥースの精鋭の内の一人であるオルガでさえ、3800だったのだから。

 

その説明を聞いていたクレアは、最初こそふーん…と、興味無さそうにしていたが、興が載ったのか、やる気になったのかは解らないが、誰も挑戦者が手を上げて立候補せず、誰も居ない空気の中で手を上げたのだった。

 

 

 

「おぉっと!?新たな挑戦者のお出ましだー!!さぁさぁ!壇上にお上がり下さいませ!」

 

 

 

「えっ…!?クレア様!?」

 

「ンじゃ、ちょっくら行ってくるわァ。ま、期待して待ってろよナ」

 

「は、はい……」

 

 

 

シルヴィアの手を離し、自然と人が割れた事によって出来た道を進んで行きながら顔だけ振り返り、ニヒルな笑みを浮かべて壇上へと上がっていった。連れだという事を考慮されてか、他の観客から一番前の特等席で見守ってやれという言葉に頷き、譲られるが儘に壇上の下の一番近い場所にてクレアの事を見守った。

 

 

 

「ようこそ挑戦者ァ!!お綺麗な貴女様のお名前をお聞かせ願えるかな!?」

 

「……クレア。あとオレ、男だから間違えんなよ」

 

「おぉっとそれはスミマセン!!では気を取り直して挑戦者クレア!お望みの商品は何かな!?商品は数値が1000の壁を越える度に豪華さを上げていき、9000以上ともなれば最早…このイベントに於いて伝説の称号を手に入れると同時に超超超超超豪華な商品を──────」

 

「──────関係ねぇ」

 

「差し上げ……はい?」

 

 

 

金ぴかハット帽の司会者の言葉を遮り、クレアは商品説明を聴かなかった。折角どの商品が欲しいのか聞き、目標数値を聞こうと思った司会者は出鼻を挫かれながらも、驚きでズレた金ぴかハット帽を元に戻してクレアにマイクを向け、それはどうしてなのかと問うた。

 

 

 

「数値何ぞ下らねぇ。要らねぇンだよ説明はよ。そんなもん──────9000代叩き出しゃあ関係ねぇ。テメェ等、目ん玉かっ開いてよォく見てやがれ。『本物』を見せてやらァ」

 

 

 

「「「「──────おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」

 

「おぉっと!?クレア選手、まさかの9000以上を宣戦布告ーー!!私の相棒であるナウでさえ4800だったのを考えると、9000以上は怪物も怪物、大怪物の域だァーーー!!因みに、この装置は軍の保証を得ているので故障も無ければ不正も許されません!況してやここには魔法のスペシャリストである相棒のナウが居ますからね!よーし!ではクレア選手にいってもらいましょう!どうぞ──────挑戦…スタート!!」

 

 

 

クレアの堂々たる宣戦布告に観客が爆発した。もし仮に9000という数値を越える魔法があるならば、是非とも見てみたい。それが観客の想像を膨らませた。20人以上も挑戦してきて、未だに500以上の数値を上回った者すら居ないこのイベント。世の人々は強く大きい存在という者に情景を描き、求めるものなのだ。それがこんな場所で見られるともなると、期待せずにはいられない。

 

大勢の観客に四方八方を囲まれて見られ、シルヴィアに見守られる中、クレアが動いた。設置されたマジックパワーファインダーの元までゆっくりと歩みを始めた。その一歩を踏み出し、壇上を踏み締める度にクレアの周囲に膨大という言葉では表せない莫大な魔力が迸り、光を捻じ曲げ、奥の景色を無理矢理に歪曲させていく。まるでクレアの周囲だけ別次元に居るかのように錯覚させるその異常な景色は、今までの光景とは別物であった。

 

170にも満たない、男にしては小さなその体から解放され、溢れ出す青より蒼い美麗な超常的莫大な魔力。その全てが一瞬で鳴りを潜めたかと思うと、握り込んだ右拳に一点集中された。先程まで体全体を覆うように解放され、風景を歪めていた魔力が、拳に集束されて不穏な空気を生み出す。そしてその時がやって来た。

 

 

 

「クレア様!頑張って──────っ!!」

 

 

 

「おう──────オレに任せろやァッ!!」

 

 

 

魔力を籠めただけの拳を、マジックパワーファインダーに叩き込んだのだ。その瞬間、拳を打ち込んだとは思えない爆音が鳴り響き、衝撃波が観客を襲った。吹き飛ばされそうになる程の衝撃波を助け合いながら凌ぎ、帽子や日傘等が宙を舞った後、観客達が見たのは度胆を抜くものだった。

 

 

 

──────『9999』

 

 

 

9という数値が横並びに4つ。それがクレアの文字通り叩き出した数値であった。観客は瞠目して口をこれでもかという程まで大きく開き、驚愕を露わにしていた。心の何処かでは不可能だろうと高を括っていたからかも知れない。そんな華奢な体格では真面に魔法すら扱えないのだろうと侮っていたのかも知れない。そもそも、真面な数値すら出せないと嘲笑していたのかも知れない。だが、目の前にこうも簡単に出されると、思考というのは止まり、考えるよりも先に──────

 

 

 

「「「「わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」」」」

 

「すげーーー!!!!」

 

「アイツすげーよ!マジで9000以上出しちまいやがった!!」

 

「しかもあれカンストしてんじゃん!!」

 

「生でこんな光景見れるなんて超ついてんじゃん!!」

 

 

 

「目ん玉に焼き付けたかテメェ等。『本物』ってのはなァ…相手ぶちのめすのに魔法何ぞ要らねぇンだよ。魔力でぶん殴りゃあ十分オーバーキルだぜ」

 

 

 

「クレア様……すごい…!!」

 

 

 

観客の大歓声に包まれる中で、クレアはシルヴィアに向かってサムズアップの仕草をしながら微かに笑い、どうだといわんばかりにウィンクを飛ばした。その表情が余りにも美しく、そして勇ましく、何と言っても輝いて見えて、シルヴィアの心臓は手で鷲掴みにされたかのように苦しくなり、全力疾走した後のように早鐘を打っていた。そして顔も段々と熱を帯び始め、急いで両手で隠すように覆って俯き、必死に熱を冷まそうとしていた。

 

そんなシルヴィアとクレアを余所に、違う意味で心臓よ早鐘を打っていた人物が居た。何を隠そう、このイベントの司会者である金ぴかハット帽の男であった。

 

 

 

──────な、何だとォ…!?あ、ありえねぇ…!何かの間違いだ!!あの装置にはこのオレ様が細工をして、本来の数値の0.5倍(半分)の数値が出てくるようにしてあったはず!!クソッ…こんな女みてぇなチビ野郎が、ンな大層な数値を出せる筈がねぇ!!それにこのままだと賞品を持っていかれちまう!!へっ…まあ、最初からお前等みたいな魔法が使えるだけのクソ共には豪華賞品なんか渡す気なんてねーんだよバーカッ!!

 

 

 

司会者の金ぴかハット帽の男は、所謂悪徳商法の男で、最初から豪華絢爛な商品の数々等渡すつもりは毛頭無く、手頃な1000Jという健全に騙されて挑みに掛かる、挑戦者という名の金ずるから、金を巻き上げていく計画だったのだ。そしてまだ一度も喋っておらず、金ぴかハット帽の傍に居る巨体を持つ大男は、確かに金ぴかハット帽の男の相棒でありながら、その昔『魔導士狩り』という名で知られていた相当に腕の立つ男なのだ。

 

金ぴかハット帽は、隣に立つナウと言われた大男に目配せをして合図を送ると、万が一の時の為にと予め決めていた作戦を決行するように指示を出した。大男は目配せによる合図に従い、クレアの元へと歩み進めていく。しかし、彼等は気付いていない。マジックパワーファインダーに仕掛けられた不正は()()()作動していた。それを現すのは──────

 

 

 

「貴様、今装置に魔力を叩き付ける瞬間に不正を働いたな。オレの目は誤魔化せ……ッ!?」

 

「オイ。このオレ(轟嵐王)を見下ろしてンじゃねェぞ?クソチビがよォ?」

 

「───ッ!?ぐッ……ぉ…ぁ゙あ゙……!」

 

 

 

少なくとも、先程打ち込んだ魔力は数値にして約15000は出ていたという事になるということ。

 

ナウという大男はクレアの目の前に立つと、丸太のように太い腕を持ち上げて肩に手を置き、万力のような力を籠めて痛め付けてやろうとした。だがしかし、その手は何時の間にか虚空を切っており、ナウという大男は胸倉を掴まれて無理矢理壇上の床に頬を付ける程押し込められていた。

 

それも、振り解こうにも全く体が言うことを聞かず、出来るのは少女のように細く可憐な腕によって、床に押し伏せられている事と、それを振り解く事も出来ず、土下座をするような格好でクレアを下から見上げることだけであった。2メートルを越える大男の体幹は今では、170にも満たない小さな体の更に下に位置し、温度を全く感じさせない冷徹な目線に見下ろされ、見下されていた。

 

 

 

「お、おい!何をやっている!?使えん奴め!君!君が今不正を働いたことは解って…ふぐっ…!?」

 

「オレが不正しただァ?アホ抜かすンじゃねェぞクソガキ共?こんなガラクタでこのオレの魔力を測りきろうってのが先ず烏滸がましいンだヨ。つか、不正してんのはテメェ等だろうが」

 

「か…かは…っ……何の……」

 

 

 

金ぴかハット帽の男は、大男のナウが押し伏せられている光景を見ると舌打ちをしながら悪態をつきながらクレアへと詰め寄った。不正を認めず、相棒に手を出したという事で軍に引き渡すぞと脅そうとしたのだ。しかし、金ぴかハット帽の男は、クレアの空いていた左手に首を掴まれ、足が浮き上がるほど上に持ち上げられて吊された。

 

懸命に解こうと藻掻くが、クレアの腕は全く小揺るぎもしない。しかも、大男のナウは胸倉から手を離された後、後頭部に足を置かれて足下に敷かれた。全身に魔力を滾らせ、無理矢理振り解こうとした瞬間、クレアが足を力ませた。すると、大男のナウの頭からミシリという嫌な音が響き、激痛が奔って急いで止めた。苦しげに呻き声を上げている大男のナウが、それでも魔力を使って抜け出そうとしようものならば、今頃壇上の床には粉々に散らばった頭蓋骨と、破裂したように撒き散らされた脳味噌があり、死体が1つ出来上がっただろう。

 

 

 

「知ってっかァ?魔力測定器には魔法が掛けられててよォ、その魔法が撃ち込まれた魔法の内包する魔力量を瞬間計測して、基となった基準魔力量を基点に魔力量を簡易的な数値として導き出して弾き出すンだぜ?」

 

「こ……こほっ……それ…が……!」

 

「つまり、魔力測定器にも魔法陣は刻まれてんだヨ。しかもその魔法陣は魔法を撃ち込まれたコンマ2秒の瞬間だけ浮き上がる。オレは『解除(ディスペル)』は苦手だが、魔法陣を読み取るなんて造作もねェ。リュウマ程早くはねェが出来なくはねェんだよ。ンでそん時に見えたのが()()()刻まれた魔法陣とは少し違ったモノだった。オレは魔法の解析は得意分野じゃねェから20秒ぐれェ掛かっちまったけどよ…解析は済ませてあるぜェ?本来でる数値より0.5倍になるように下方修正してンだろォ?言い逃れは出来ねェぞ。刻まれた魔法陣をその手の奴等に見せれば一発だからなァ?」

 

「くっ……!ごほ……!」

 

「あーそうそう何だっけ?()()()()()()装置なンだっけかァ?じゃあよ…軍にでも見せてみっかァ?そしたらテメェ等オシマイだなァ?このガラクタ軍から借りてきてンだろォ?そんな大切なもんの魔法陣を弄くって不正働いて、しかも商売しちまってんだからよ。あぁ、軍の場所なら知ってっから安心しろヨ。この手のガラクタは何処の軍の代物か判別出来るように魔力を流せば浮き上がるコードが表面に組み込まれてンだ。相手が悪かったなァ?素直に商品渡せば黙ってやってたが、向かってくんなら慈悲は掛けねェぜ?クソガキ共」

 

 

 

クレアの言葉によって、逃げ道を塞がれて八方塞がりとなっていた。事実、このマジックパワーファインダーは軍から嘘八百万でどうにか借りてきた正真正銘の本物。それを出て来る数値が0.5倍になるように下方修正し、金稼ぎのために悪用していたのだ。だからこそ、もし万が一にその事が客にバレそうになった時の為に、腕利きの相棒を控えさせていたのだが、残念なことに相手が悪かった。

 

しかし希望もあった。何と言ってもこの状況、主催者側を吊し上げている現状こそが、この場を乗り切る最後の希望。この男に脅されている、助けてくれ。それを言ってしまえばいい。金ぴかハットの男は、首を絞められながらもどうにか助けを請うた。しかし、周囲を囲む観客達は誰1人として、金ぴかハットの事を助けようとするどころか、現状に困惑する事も無い。未だクレアが出した記録に興奮を隠せない様子だったのだ。

 

 

 

「『何で気付かないんだ?』か?」

 

「────っ!」

 

「そりゃあ勿論オレの魔法だ。この場に居る観客共には、適当に最高記録の称賛を送る場面を幻覚で見せてる。だから気付くことは無ェ。残念だったなァ助けは来ねェぜ」

 

「何…が…望みだ…!賞品の…全てか…!?」

 

「ぁあ?訊いてなかったのかテメェ。オレは()()()()()()()()()()()()()()()って言ったンだぜ。テメェ等が悪徳商法で儲かろうが見付かって捕まろうが知ったこっちゃねェ。オレが欲しいのはアレだ」

 

 

 

そう言って空いた手で指差した物に、金ぴかハットの男は訝しげにした後困惑した。それでいいのかと。そしてクレアは最初からそれしか興味無いし、それ以外はどうでもいいと言った。それを聞いた金ぴかハットの男は、それをクレアへと渡すから命だけは助けて欲しいと懇願し、首の拘束を離してもらった。絞められていた首を擦って咳き込んでいると、相棒のナウも解放されたようで、金ぴかハットの傍らに後退した。

 

解放された二人は互いに顔を見合わせ、困惑したようにもう一度クレアに問うた。憲兵に突き出さないのか、軍に告げ口しないのか、本当にアレでいいのかと、クレアは諄いと言って眉間に皺を寄せ、これ以上何か言うのならば望み通りに突き出すと言った。それを聞いた二人は大慌てで大量の賞品を荷車に載せ、風のようにその場から逃げるように…いや、風のように逃げたのだった。

 

クレアはそんな逃げて行った二人組に、呆れた視線投げやりながら小さく溜め息を吐いて()()()逃がしてやった。そして次に、クレアは観客達に見せていた魔法による幻覚も止めて目を覚まさせる。すると、必然的に光景が一気に変わってしまい、ざわめきが起きるのだが、クレアは気にする素振りも無く、観客達と混じって困惑しているシルヴィアの手を取って静かにその場を後にした。

 

 

 

「あの…クレア様?先程は一体何が…?何故あの人達が突然居なくなったのですか?」

 

「あ?ンなもん知らね。急ぎの用でもあったンじゃねェの?オレァ賞品貰ったから何でもいいわ」

 

「…??解りました……。ところでクレア様。クレア様の貰った賞品とは何だったのですか?」

 

「……っ……コレ」

 

「……っ!?それは…!!」

 

 

 

そっぽを向きながら、握り込んでいた右手の手の平を開いて見せると、シルヴィアは瞠目して口元を手で覆った後、まん丸の目をクレアに向けて何度も瞬きを繰り返した。クレアが差し出した手の平の上には、野原に吹く神の息吹のような風と、それに載って踊る葉をイメージしたかのような装飾を彫り込まれ、それらを際立たせるでもなく、存在感を一際放っているでもなく、共に在り共に芸術の一部となっている碧色の宝石。それらが全て完璧にマッチした逸品である銀の指輪だった。

 

これは、クレアを手を繋ぎながらイベントがやっている広場へ向かう最中、高級のアクセサリーを取り扱っている代物が幾つか窓際に並べられており、シルヴィアはその中でもこの指輪をほんの一瞬だけ見詰めていた。それが欲しいのだと察したクレアだったが、同時に欲しいと口にしない理由も察した。何とこの指輪は1つに、42万Jという値札が付けられていたのだ。

 

クレアからすれば、100年クエストや10年クエスト等で手に入れた、億にもなる大金を所持している為、たかだか42万Jぽっきり払えない筈が無い。だが、それをシルヴィア自身が許すはずが無い。唯でさえお荷物に等しいというのに、更には一般人からすれば大金である40万という金を掛けて貰うわけにはいかないのだ。それを見越し、クレアはあのイベントに参加した。

 

数多く並べられた賞品の中に、シルヴィアが見詰めていた指輪を偶然発見したからである。でなければ、あんな結果が見えているイベント事に大人気なく参加しようと思うはずも無い。そう、これはクレアがシルヴィアの為だけに取ってきた、ある意味唯一無二の指輪なのである。

 

驚きで固まっているシルヴィアに、クレアはぶっきらぼうに手を取って手の平に載せて握らせた。シルヴィアの手の中には指輪がある。あの時に見た、少しだけ欲しいと感じてしまったが、値段を見て即断念した代物が。しかし、それは軽いようでとても重かった。シルヴィアは数日間一緒に旅していたから解る。クレアがあのようなイベントに参加しようとする性格ではないことを。しかし参加した。態々己から手を上げてまで。それは何故?それは……指輪を欲した()()()()()

 

 

 

「ぁ…はぅ……あの…クレア様……これっ」

 

「……や、やるよ!欲しかったンだろ!?偶にはいーかなーとか思ったお遊びに興じてたら、偶々賞品の中にそれがあっただけだ!他に欲しいもんなんざ無ェし!?一番の豪華賞品とかいうやつもフツーにポケットマネーで幾らでも買えるからオレ!だったらそれ貰った方がまだいいだろ!か、勘違いしてんじゃねーよ!偶々…偶々だわボケッ!!」

 

「で、でも…これはクレア様のお力で手に入れた……」

 

「ハァ…?適当に魔力籠めてガラクタぶん殴っただけだわ。苦労もクソもあっかヨ。……い、要らねーなら貸してみろ、オレも要らねーから適当なところにぶん投げてやるよ」

 

「ありがたく頂きます!!」

 

 

 

何故クレアが指輪を取ってきたのかを理解したシルヴィアは、顔を真っ赤にして湯気を出しながら、それでもこれはクレアの力によって手に入れた賞品なのだから、何もしていない自分には受け取れないと言おうとしたのだが、クレアが割と本気で投げ棄てようとしたので、急いで胸元に両手で握り締めながら後退して死守した。

 

シルヴィアが確りと受け取ったのを見たクレアは、少し嬉しそうに口の端を緩めたが、ハッとしたようにシルヴィアに背を向けた。幸いそれをシルヴィアに見られる事は無かったが、残念なことに真っ赤になった耳が丸見えである。

 

そもそも、この指輪はイベントで数値を3000以上出せば貰える賞品の1つだったのだ。当初は面倒くさがって5000ぐらい出して終わらせようとしたのだが、つい力が入りすぎてしまって15000以上の魔力を籠めて殴り、数値がカンストしたのである。では何故力が入りすぎてしまったのかといえば──────

 

 

 

──────クソッ…オレとしたことがっ。シルヴィアからちょーっと応援されただけで魔力籠めすぎちまったじゃねーかよ…。これじゃ、まるで好きな奴に良いところ見せようとして張り切りすぎてる思春期のガキじゃねーか…よ……好きな奴…?……………ハイしゅーりょー。別にオレはシルヴィアの事なんて好きじゃありませーん。気になってもいませーん。そもそもなんでオレが好きになんなくちゃならないの?なる理由ねぇだろアホくせー。そうだな、おうそうだな。これはあれだ。これからも頑張れよっていうちょっとしたプレゼント的な奴で、別に下心とかねーからー。はーつれーわー。鼓舞で()()()()に贈り物するオレとかマジ良い奴だわー…………………自分の女って何ッ!?

 

 

 

まあ、クレアも色々あるので、例えリュウマをも越える精密な魔力操作の技術を持っているクレアだとしても、ふとした時のミスの1つや2つや3つや4つや5つぐらいあるのである。だからこそ、このように何とも言えない葛藤が生まれたりするので、こういう場合は放っておいた方が賢明の判断だ。

 

シルヴィアは暫くクレアからプレゼントされた指輪を見詰めていたが、見ているだけではなく、実際に付けてみることにした。落とさないようにそっとした動きで、シルヴィアは左手の小指にその指輪を通した。この指輪には大きさを変える魔法が付加されており、どの指に付けても完璧な大きさに変わるのである。指輪を付けたシルヴィアは暫く指輪を付けた自信の左手を見ていると、顔を上げ、クレアに幸せそうな笑みを浮かべた。

 

それを横目でチラリと見たクレアは、直ぐに前を向いて歩き出した。シルヴィアはそんなクレアにクスリと笑みを浮かべると、早足でクレアの隣に立ち、女の子の手と間違えるほどほっそりと、しかし頼りになる手に自分のそれを重ねて繋ぎ合うのだった。

 

指輪を左手の小指に嵌める場合、自身の願いを叶える効果があると言われている。シルヴィアはそれを知っていて付けたのか。それとも知らずに付けたのか。もし仮に知っていたのなら、叶えたい願いがあるのか。それとも知らなくて付けていたとして、意味を教えられたとしたら何か願いでも抱くのか否か。それは、シルヴィアという少女にしか解らない。だが、本人はとても…幸せそうな笑みを浮かべていた。

 

 

 

「お前の言い付けは守ってやったからな」

 

「…?何か言いましたか?」

 

「ケッ…何でもねーよ!……ばーか。ククッ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







「──────クレア様?そう無闇に人を傷つけてはいけませんよ?」





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第 ৫ 刀   全貌






 

 

クレアからすれば、余裕以外の何物でも無かったイベントに見事勝ち、目当てだったシルヴィアへのプレゼントを手に入れた後、二人は手を繋ぎながら本来の目的だった防寒服を購入し、泊まる予定だった宿へと帰って行った。全員分の部屋を一部屋ずつ借りていたので、クレアとシルヴィアは各々の部屋へと入った。

 

半日だけなのに、濃い一日を過ごしたクレアは、ベットに腰掛けて溜め息を吐き、数々の滑らせた言動を思い返しては布団屋に潜って悶えていた。一方のシルヴィアと言えば、クレアが自信の為だけにと取ってきてくれた指輪を嵌めた己の手を眺め、嬉しそうに頬を緩ませていた。記憶が無くなる前から持っていたと思われる首飾りと同じく、最早その指輪はシルヴィアにとっての宝物へとなっていたのだった。

 

そして二人が帰ってきてから1、2時間後に生活に必要な買い物を買い足しに行っていたバルガスとイングラムのペアが帰ってきた。イングラムはリュウマからお遣いのご褒美として、燃える果実を買っていた。燃えても燃え尽きない燃える果実は、炎を司る竜王の生まれ変わりであるイングラムには好きな物と好きな物が合わさった画期的な食べ物らしく、晩ご飯の後に食べようと、その場で食べずに持って帰って来ていた。

 

バルガスはリュウマのメモした買い物リストに則った買い物を確りと済ませ、途中でイングラムと遊んできたようであった。後はリュウマと、彼を半強制的に連れて行ったアルディスだけなのだが、彼等はバルガス達が帰ってきてから30分程で帰ってきた。しかし、リュウマはゲッソリとした表情をし、件のアルディスは妙に肌を艶々させながら、自身の両腕をリュウマの右腕に巻き付け、べったりとくっつきながら幸せそうな表情していた。

 

帰ってきたのが自分達が最後だということを知ったリュウマは、一度全員を呼び出し、明日の予定を伝えた。その際にもアルディスはリュウマの背中に張り付いて離さなかったが、それは最早誰も気にも留めていない。

買い物役を自ら買って出てくれたバルガスにはお礼を言いながら、アルディスとのデート中に見付けた年代物のワインをお礼として渡した。バルガスは表情こそ何時もの無表情だが、長年の付き合いで喜びの感情を発していることは知っている為、リュウマは良かったと言って小さく笑みを作った。

 

そして、リュウマはクレアとシルヴィアの方を見てから、シルヴィアが大切そうにしている指環に直ぐさま気が付き、今日一日に何があったのかを一瞬で察した。察しが良すぎるリュウマに、クレアは変に嫌な予感を感じたが次の瞬間、リュウマは口の端をクレアにだけ解るように三日月の形に吊り上げた。確実に後で弄られる。それを確信した瞬間であり、盟友に把握された羞恥で頬をうっすら赤く染めた。

 

あらかたクレア達のことを弄ったら、予定は伝え終えている為、一先ず解散として別れた。そして一夜を明かして次の日、リュウマ達は早朝に町を出発した。旅の疲れは一日置いていたのですっかり取れ、一番体力の無いシルヴィアの足も軽かった。

 

しかし、問題は今日通る道である。元よりクレアとシルヴィアが町に買い物に行った目的は、山を越える時に着服する厚めの防寒服を購入する為であった。それもその筈、越える山は標高5000メートルで、人が気軽に登山するような高さでは無い。その上標高が高いことも相まって、頂上付近は有に氷点下へと達してしまう。更には、そんな極寒の地で住処とするために、寒さに強く進化した猛獣も跋扈しているのだ。

 

リュウマ達は人類の最終的な到達点。つまりは人間が誰しも持つ無限の進化の可能性を体現する存在だ。そんな彼等は、人には耐えられない極寒の地に放り出されようと、躰がその極寒の地に瞬時に適応し進化する。その極寒すらもものともしない強靱な肉体へと。しかしシルヴィアは違う。故に、彼女にはそれに耐えられる装備が必要であった。

 

 

 

「はぁっ…はぁっ…はぁっ……!」

 

「キツかったら言えよな?無理して凍死なんかしたら元も子も無ぇンだからよ」

 

「は…はい…!ですが…クレア様に…はぁっ…ご迷惑をお掛けする訳には…いきませんので…!まだ、自分の力で……」

 

「ったく。妙なところで変に頑固だなオイ。まあいいぜ。心意気は解った。だったら只管進め。ヤバそうになったらオレが背負ってやるヨ」

 

「ありがとう…ございます…!」

 

 

 

「氷点下の極寒地帯で熱いものを見せ付けおるわ。氷雪が溶け、雪崩が発生する勢いだ」

 

「……お前と…オリヴィエなら…焼け野原」

 

「何…だと…?」

 

「ボク、シルヴィアのところに行って来るー!」

 

 

 

シルヴィアは雪が膝元まで積もっている所を、どうにかという程度ではあるが、自身の力で、時にはクレアの腕を借りたりしながらも進んでいた。そんなシルヴィアとクレアの前を、山を登る前と同じ格好でいるリュウマとバルガス、そしてイングラムは進んでいた。バルガスに関しては、最早上半身は裸と同じだというよのに、寒さを感じさせず進んでいる。進化するだけで極寒の地帯を薄着で行動することが出来るので、便利なことこの上無い。

 

リュウマも殲滅王の黒装束を着ているものの、寒さに強いかと言われれば、そんなことは無い。しかし、バルガス同様寒さに完全な耐性を得るまで進化したので、防寒対策は不要となっている。そんなリュウマの肩に乗っているイングラムは、炎を司るドラゴンなので、寒さにはめっぽう強いのだ。事実、炎の滅竜魔導士であるナツも、雪山では薄衣で行動できる。

 

イングラムは防寒服を着ていながら、それすらも突き抜けてくる寒さには凍えかけているシルヴィアの元まで飛んで行き、シルヴィアの防寒服の中へと潜り込んだ。首元から顔を出してニコニコしているイングラムに驚いたシルヴィアだったが、イングラムが潜り込んだ事により、服の中は温かくなったのだ。まるで冬の寒い部屋の中、温々と温められた炬燵の中に入っているかのような、人をダメにする温かさであった。

 

 

 

「ありがとう、イングラム」

 

「いいよー。お父さんからもシルヴィアを守るんだぞって言われてるから!」

 

「とても温かく、助かりますっ」

 

「寒暖を操れる魔法使えなくて悪かったナ」

 

「い、いえ!そういう意味では無く…!私はクレア様が近くに居て下さるだけで…安心します」

 

「お、おう…」

 

 

 

「はーっ…()っつ。何故この雪山はこうも熱いのか?暑いならば未だしも。そして背中が痒い。もどかしいわ」

 

「……本来の…恋愛とは…そういうもの。お前の場合は…(戦闘が余りにも)熱い」

 

「何で熱いと?戦闘がとかの意味ではなかろうな?おい。我の目を見ろ」

 

 

 

クレアが傍に居るとしても、置いていくという事が無いように歩く速度を緩めているリュウマとバルガスは、他にやることが無いので、たわいない会話をしていた。

 

現在、頂上が5000メートルに存在する横へと連なるこの雪山の4000メートル付近に居る。この高さまで来ると、気温が著しく低下していると共に、標高が高いことでなる低酸素領域。それが事を過ぎれば低酸素症になったり、高山病になってしまい、事態が悪化してしまえば死の危険もある。そしてこの雪山で死亡してしまった場合、肉体は雪山で天然に冷凍保存され、誰かに見付けられるまで、死亡した瞬間を維持し続けるのだ。

 

この雪山は横へと連なる為、避けるように迂回して進んで行くと、それだけでも数日が経過してしまう。元より、チームに入ったからにはそれ相応の環境に晒され、慣れろということで、シルヴィアの訓練的なものになっている。リュウマは嫌ならば迂回する道も考えていたのだが、早とちりしたシルヴィアが、リュウマから提示された試練だと思い込み、今に至る。

 

後少しで頂上付近へと到達する。そんな時の事である。上から何やら地響きのような音が聞こえてきた。それに位置的な関係もあっていち早く気が付いたリュウマとバルガスは会話を止め、顔を上に向かせて見た。天気が悪く吹雪いてきてしまい、前方数メートルしか見えないという視界の悪い状況下。しかしリュウマとバルガスの眼にははっきりと見えていた。

 

雪崩だ。それも生半可なものではない。最近雪崩が起きてなかったのか、積もりに積もった雪が傾斜面を恐るべき速度で下り、雪の大津波を引き起こしていた。登山家が見れば一瞬で生への執着を諦める程の大規模の雪崩。そしてそれを視認した瞬間の二人の行動は実に迅速だった。

 

本来ならば雪崩等気にも留めない二人だが、今この場には決して肉体的な面で強靱とは言えないシルヴィアが居る。それを視野に入れた行動であった。

 

リュウマとバルガスは躰の向きを180度転換させ、斜面を滑るように下った。そして恐るべき速度で迫って来ている雪崩が引き起こす地響きのような轟音に今気がついたクレアとシルヴィアが、下ってくるリュウマとバルガスに驚いて瞠目した。何をする気だ、そう言うよりも早く、バルガスがシルヴィアの襟首を掴み、リュウマがクレアの胸ぐらを強く掴んだ。

 

 

 

「──────ヌンッ!!」

 

「──────『空式(からしき)・一本背負い』ッ!!」

 

 

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ──────っ!!」

 

「のわあぁ────────────っ!?」

 

「わあぁぁぁ───────────っ!!」

 

 

 

最初にバルガスがその場で回転をして、遠心力の乗った人間投擲をし、シルヴィアとイングラムを大空上空へと投げ飛ばした。そして第二にリュウマがクレアの事を大空に向かって背負い投げをして投げ飛ばした。剛腕代表とでもいうような二人に投げ飛ばされた三人の視界の景色は、吹雪いていて雪しか見えないというのに、一瞬で移り変わってしまい、顔の肉が波打つほどの速度が出ていた。

 

しかし、リュウマとバルガスの二人は、適当に投げた訳では無い。バルガスは()()()()()()を考えて角度を調節し、リュウマはそれに沿うようにシルヴィアよりも速い速度になるようにクレアを投げた。ほぼ同時に投げられたシルヴィアとイングラム、そしてクレアだったが、シルヴィアの後ろからクレアが迫って追い付き、イングラムを離さないように抱き締めているシルヴィアを、更に抱き締めて一緒になって飛んで行った。

 

このまま行けば頂上を乗り越えるよりも斜面に叩き付けられる角度であったが、後ろからのクレアによる衝突の第二加速によって、軌道は大きく変わり、5000メートルの山の頂上を通り過ぎていった。その過程で、投げ飛ばされたシルヴィアとクレアとイングラムが見たのは、己等を投げ飛ばした後、その場から離脱することも無く、その場で笑って手を振っている、リュウマとバルガスの二人の姿だった。

 

そして時既に遅し。雪の大質量によって速度が増した雪崩が既に追い付き、リュウマとバルガスの事をいとも容易く呑み込んでしまったのだった。しかし雪崩はそれでも止まらず、斜面を滑っていくことによって速度を益々上げていく雪崩は、二人を呑み込んだ後も進んで行ってしまった。

 

 

 

「リュウマ様ぁっ!!バルガス様ぁっ!!」

 

「アイツ等…!何してんだ…ッ!?」

 

「お父さん!バルガス!」

 

 

 

投げ飛ばされた三人は、あっという間に登ってきていた斜面とは反対の、本来ならば下るべきだった斜面へと着地した。その時の衝撃の威力によって止まることが上手く出来なかったが、シルヴィアとイングラムを抱き抱えたクレアが足で踏ん張り、雪の雪原に獣道を作りながら豪速で以て駈け降りていった。

 

唯投げられただけならば、斜面に沿うように着地してしまい、体勢を崩して転がるように落ちていってしまう恐れがあったが、そこは投げ飛ばす時のバルガスの角度に意味があった。後にクレアをぶつけて第二加速させる事を考慮し、最も衝撃が少なく、最も着地しやすい角度へと絶妙な力加減とコントロールによって投げられていた。リュウマはそんなバルガスのコントロールを無駄にしないように、第二加速する時の速さと、三人の空気抵抗による減速具合、吹雪による風の風力計算を行い、クレアがシルヴィアに追い付く場所と方角を定めた。

 

それらを1つの会話も無く、アイコンタクトも無く、意思疎通を行って実行した二人の力量は常軌を逸している。まさに完璧なコンビネーションを見せてみせた二人だったが、今では雪の下じきになってしまっている。

着地してから滑り降りていき、時には突出した岩などをクレアの風魔法で破壊し、イングラムの紅蓮の咆哮で焼き溶かして凌いで降りていった。

 

そして滑り降りること20分後、クレアとクレアに抱き抱えられたシルヴィアとイングラムが山の麓へと到着した。クレアがシルヴィアとイングラムの事を離すと、シルヴィアはイングラムを強く抱き締めながら膝から崩れ落ちた。そして静かに嗚咽を上げたのだ。シルヴィアは確りと理解していた。己が居るから、リュウマとバルガスの二人が救ってくれたのだと。邪魔をしてしまい、二人を雪崩に呑み込ませてしまったのだと。

 

 

 

「ひっく……ごめん…なさい。私のせいで…ひっく」

 

「いや、心配しなくて大丈夫だろ。アイツ等だぞ、マジで」

 

「で、でも…!リュウマ様とバルガス様は雪崩に呑み込まれて…!私はこの目で確かに…!!」

 

「いやだから、大丈夫だっつーの。逆にアイツ等を雪崩如きで殺せる方が可笑しい。最早アレだぞ、アイツ等が誰かに殺られるところとか逆に想像出来ねェ」

 

「でも…!!」

 

「ほれ、耳を澄ましてみろ。噂をすればってやつだ」

 

「……?」

 

 

 

「──────絶剣技・『神凪斬(かんなぎ)』」

 

「──────『掬い壊し(バンデッド)』」

 

 

 

言われた通り耳を澄ましてみるシルヴィア。最初は何のことだろうかと疑問を感じていたが、次第にソレが聞こえてきた。聞こえてくるのは、何かの破壊音。そして揺れる地面である。しかも、それらは次第に此方へと近付いてきているのである。何だこれはと思ったその瞬間、目前にある山の土の壁が爆発したのである。

 

現れたのは黄金と白銀、そして黒によって装飾が為された刀であり、リュウマの実の父母の唯一の遺産を融合させた事で世界で最高の切れ味と強度を手にした天之熾慧國を手に持つリュウマと、変に装飾が施される事無く、銀色の鎚の部分と柄によって形成されたシンプルな造りでありながら、世界で一番の超重量武器である赫神羅巌槌を持ったバルガスの姿だった。

 

何が起きているのか解っていないシルヴィアは、眼を大きく開けて驚き、口を開けて閉じてを繰り返していた。イングラムはシルヴィアの腕の中から出て来て、今しがた出て来たリュウマの肩に向かって飛んで降り立ち、顔をリュウマの頬へと擦り付けた。そんなイングラムにリュウマは微笑みを浮かべ、バルガスはイングラムの頭を大きな手で包み込むように優しく撫でた。それを見れば二人が本物だという事が解るが、疑問は尽きない。

 

意を決してシルヴィアは、リュウマとバルガスにどうやってあの大規模の雪崩から脱出したのか、何故こんな所から出て来たのかと問うた。するとリュウマとバルガスは顔を見合わせて首を傾げた。まるで、コイツ何言ってんの?とでも言うように。

 

 

 

「如何脱したかだと?魔力で障壁を創り、そのまま上空へと飛翔しただけだ」

 

「……周囲の雪を全て…余の赤雷で…焼き消した」

 

「え、えぇ……」

 

「ホレ言っただろ。コイツ等そんくれェじゃ死にやしねぇヨ。殺しても死なねぇわ」

 

「じ、じゃあ…何故こんな所から…?」

 

「飛ぶのも面倒故に、反対側から()()()()()()()()()

 

「えっ」

 

 

 

シルヴィアは固まった。今リュウマは何と言ったのか理解出来なかったのだ。そして良く思い返して噛み締める。リュウマは確かに、一直線に穴を開けた…と言っていた。それが事実だとしたら、二人がやったことは常人には理解出来ないものだ。そうだろう?どの世界に飛ぶのが面倒だからと、大規模な雪崩に巻きこまれた後に標高5000メートルの高山に通り道の穴を開ける人間が居るのか。

 

しかし事実、リュウマとバルガスは、二人あわせて一撃の攻撃で、此処まで大穴を開けて、山の麓に風穴を通してしまったのであった。この人達には常識という言葉は当て嵌まらない。それを改めて認識した瞬間であった。

 

その後、固まったシルヴィアを置いて話は進んでいってしまい、このまま先を進むことになった。元よりこの高山は進む先にあっただけに過ぎない。此処さえ越えれば直ぐに先に進む。目的地は未だ見えることは無い。日にちも余裕があり、間に合わないようであれば、魔法で一時的に成長させたイングラムの背に乗っていい話ではあるものの、目標もしては己の足での到達である。

 

 

 

そしてそれから数十日後……リュウマ一行等はとうとう、目的地へと辿り着いたのであった。

 

 

 

辿り着くまでの過程は、これまでと変わらず、歩って目指していき、時には猛獣と戦闘をしたり、町に寄って必要な生活用品を購入していったり、日にちに余裕があれば少し遠回りをして行ってみたい町に寄ってみたりと、如何にも旅とでもいうような日常を過ごしていった。

 

目的地へと到達するまでに、シルヴィアもチーム『人類最終到達地点』との仲も良好となった。イングラムとも更に仲良くなり、今では良く一緒にいた。最初の頃は失礼の無いようにと、当たり障り無い状態とでも言えばいいのだろうか。自分から質問したり等はしなかったのだが、慣れてくると、解らないことは自分から聞くようになった。

 

そして、シルヴィアは元々邸の中に居ることが多く、外出するとしても、近くの森の中へ魔法の練習をするという程度であった。その頻度も特別多い訳でも無かった。しかし、この旅では一日に何十キロも歩いて移動するため、是が非でも体力が付いてくるので、シルヴィアは最初の頃よりも見違えるように成長している。

 

他にも、体内に莫大という言葉では言い切れない程の大魔力を秘めている化け物4人と、常に共に居るからか、そんじょそこらの魔導士や猛獣、魔獣程度では驚くことも無かった。しかも、そんな大魔力に当てられてか、シルヴィア自身の魔力の総量も相当上がっていたのだ。強すぎる者達と一緒に居すぎて感覚が麻痺しているが、チームに加わったばかりの時とは比べものにならないほど強くなっていた。

 

 

 

「うおぉっし!やーっと着いたァ!!」

 

「やっと着いたねー♪」

 

「……時間は後…どの程度…残っている?」

 

「ふむ。我が計算した時間よりは遅く到着したが、後30分程度だな。それまでは自由にしていて良いぞ。我は此処等を視察している」

 

 

 

リュウマ達が到着したのは、辺り一面が一切緑に染まった草原であり、その一部に、人工的に創られたのであろう、高さ5メートル程の円柱状に模られた石の彫刻が建っていた。それらが円を描くように並べられ、全部で6つ存在している。ぐるりと回ってみても、周囲には木の一本も生えておらず、この円柱状の石の彫刻だけが建てられていると、不自然極まりなかった。

 

残りの時間は30分程度はあるということで、リュウマから自由にしていて良いとのお達しなので、各々は適当に時間を潰していた。そんな中でリュウマは一人、建てられた円柱状の彫刻に手を当てて視察を続けていた。円柱状の彫刻は、唯そこに建てられている訳では無く、必然的にそこへ建てられていたのだ。

 

それを頷かせる根拠というのが、他でも無い建てられた彫刻の表面にある。遠くからでは解らないが、近付くとはっきりと解る。表面には、リュウマ達が譲り受けた魔道書に書かれていた創作文字が使われ、幾何学模様も彫られていた。リュウマはそれに見覚えがあった。これはそう、魔法陣を形成する時に使用される構造であったのだ。だが、この彫刻が確りとした魔法陣としての役割を担っている訳では無かった。

 

確かに魔法陣と同じ構造ではあるが、魔法陣としては機能することが出来ない不完全さを孕んでいた。しかし一方で、リュウマは疑問を抱いた。何故ここまで完璧に完成しているのに未完成で終わらせたのか…、という点である。もう少しで完成するというのに、止めた理由が解らなかったのだ。だが、そこでリュウマの黒白の翼がピクリと動いた。

 

翼人の翼というのは、空を飛ぶ場合に最も大きな役割を担っている。それ故か、翼人一族の者達は、翼に掛かる風の動きに敏感なのだ。どの程度かと言うと、翼にほんの少しの物体が動いた時に生じた風が当たっただけで、その風を発生させた物体の大きさが解ってしまう程だ。それもその敏感さを使った、翼に風を当てて、どんな物で風を当てたかを当てるという子供の遊びがあったりする程だ。

 

況してやリュウマの翼は枚数が多い上に、翼に神経が集中している為、普通の翼人よりも更に風に敏感なのだ。そんなリュウマの翼に、目と鼻の先にある観察中の彫刻とは別の彫刻に、風が当たってから流れてリュウマの翼に当たったのだ。故にこそ、その形状を瞬時に察知する。そしてその時に感じた形状は、目の前にある彫刻とは違う形で彫られていたのだ。それに気が付いたリュウマの行動は迅速である。

 

6つ存在する彫刻に目を通していき、その構造形式を全て記憶し、頭の中で組み替えていく。すると、彫られていた魔法陣の構造形式が姿を現していた。それは歴とした魔法陣。だが、本来の魔法陣とは毛色が違っていた。従来の魔法陣ならば、円を描かれ、その中に必要な構築内容を描き込んでいくのだが、これは全て一カ所に描かれている訳では無く、部分部分が違う箇所に描かれていたのだ。

 

リュウマは盲点だったと、感嘆の声を上げた。完成していない魔法陣を分別させておきながら、()()()になったら自動的に効力を発揮する限定的常時発動型魔法陣であった。しかも、それらを単なる岩の彫刻に彫っており、円柱状な形状な上に、特定の周期でこの場所でのみ発動するように計算され尽くしているのだ。リュウマは静かに悟る。この魔法陣を考案した者は、己と同等の魔法学を持ち得ている…と。

 

暫くの間彫刻に目を向けていたが、リュウマはそう言えばと、とある事を思い出した。それは、譲り受けた魔道書に記されていた謎かけめいた文であった。

 

 

 

「『大いなる炎が暗紫(あんし)と化した(えい)なる母の連れ子によって秘匿される。大地は闇によって覆われ、私を見失い、道は途絶える。しかし其処に()()()()()現れる時、一条の光によって私は姿を現さん。さりとて私は憎悪の光。願わくば、私に永遠の眠りを与えん』……一切の情報が無いが、選ばれし者とは一体何者を表している…?残りは…5分か」

 

 

 

魔道書を何度も繰り返し読み返しても、選ばれし者に関する記述は記されていない。全て星の動きと天体図。そして謎の魔法陣の構築内容だけである。だが、それだけでは無かった筈。リュウマはハッとした。まさか、()()が関係していたというのか…と。

 

思い付いたリュウマは6つ並ぶ彫刻の丁度中心部分にしゃがみ込み、大地に生えた草原の伸びた草を掻き分けた。そして……それを見付けた。リュウマは少しだけ瞠目してから眼を細め、右手を翳して()()()()()()。それからリュウマは何事も無かったかのように立ち上がり、時間だと言ってクレア達を呼び出した。

声を掛けられたクレア達は一様にリュウマの元へと集まった。

 

 

 

そして──────時が満ちた。

 

 

 

「うおっ…!?」

 

「……久方振りの…現象」

 

「私は初めて見ました!」

 

「暗いね~!」

 

「……来るぞッ!」

 

 

 

その瞬間。リュウマが計算した通りの時間…時刻にしてきっかり12時の正午に、地上へと光の恵みを届けていた太陽が、地球の連れ子であり衛星である月によって、その全容を隠された。そしてその瞬間から、地上へと莫大な魔力の波動が照射された。その衝撃は筆舌に尽くしがたく、地球という恒星そのものが揺れていると錯覚させる程のものであった。

 

シルヴィアはしゃがみ込んで堪えていたものの、衝撃に負けて吹き飛ばされようとした。しかし、そんな彼女の手を、クレアが握ってその場で踏み止まった。快晴の青空がくすんでしまう程の、美麗な蒼く長いクレアの髪が衝撃によって乱されながら、眼は確りとシルヴィアに向き、絶対に離さないと伝わってくる力強さで、手を握ってくれていた。

 

そんな二人の背後にバルガスが現れ、壁の役割を負ってくれた。そのお陰があり、衝撃はバルガスの巨体に阻まれて遮断された。シルヴィアとクレアはホッと一息を着いたが、一緒に居た筈のイングラムが居ないことに気が付いた。シルヴィアが顔をサッと蒼くしたが、クレアが安心するように言いながら、ある方向を指差した。その方向には、今まさにイングラムを空中で捕まえていたリュウマが居た。

 

小さい体故に、衝撃に負けて吹き飛ばされようとした所を、リュウマが回収したのだ。間一髪のところで間に合ったリュウマは、イングラムを両腕で包み込むように優しく抱き締めると、6つの大きな黒白の翼を更に自身の体を覆うように畳み込んで防御の姿勢に入った。

 

どれ程経過しただろうか。余りに大きな衝撃だったが、為に時の経過が弛緩して思えるが、実際には10秒程度しか経っていない。そんな中、バルガスによって守られていたクレアとシルヴィアが視界の異変に気が付いた。

紫だったのだ。視界に映る全てのものに薄く、それながら黒みが掛かった紫色がフィルターを通したかのようになって収まっていたのだ。

 

成る程と思った。これこそが膨大な月の魔力による暗紫(あんし)と化す透膜現象なのだと。太陽が月によって隠され、更には視界が紫がかることにより、更に暗く見えていくが、故にというべきだろう。不可思議な光景が目に映ったのは。

 

地上へと照射され続けていた月の膨大な魔力が、草原に建てられた6つの彫刻に吸収されていく。次第に彫刻は彫られた幾何学模様を暗紫色に発光させていき、それが限界に達すると、彫刻の頂点から細く淡い光を放つ光線を()()()()()()()()()()()()照射し始めた。6つの光線が暫しの間照射をし続け、光が眩いものへと変貌していく。そして、限界に達した光は、ある方角に向かって光線を解き放った。

 

そしてその瞬間…快晴だった空には、雲一つとて存在していなかったというのに、遙か上空の空に…視界一杯になっても収まりきらない()()()その姿を現したのだった。一体どんな物が出て来るのかと思えば、姿を現したのは、まさしく大陸丸々一つであったのだ。

 

見ていたシルヴィアとクレアは、その大きさ、規模、存在感に圧倒されて呆然としていた。当然だろう。何も無かった筈の大空に、その大空すら覆い尽くすほどの大陸そのものが突如として現れたのだから。

何時しか魔力の衝撃は鳴りを潜めており、バルガスも空を見上げて無表情ながらに、浮かぶ大陸という名の島を見ていた。表情こそ何時もの無表情と変わらないだろうが、実際は驚いているのだ。そしてそんな固まっている3人に、リュウマは鋭い声を掛けた。

 

 

 

「何をしている!見惚けている場合では無かろうが!我が言った事を忘れたか!?あの島が姿を現しているのは日食時の数分間のみだッ!!急がねば…次の周期まであの島を見失う事になるぞッ!!」

 

「やっべ!?忘れてた!!」

 

「は、早く行きましょう!」

 

「……間に合う…か?」

 

「仕方あるまい……イングラム!全員を乗せてあの島へと飛べッ!!」

 

「わかった!!」

 

「──────『絶対強制成長促進化(アンデミッド・アドレスセェレ)』」

 

 

 

「『──────GuOooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo──────ッ!!!!』」

 

 

 

今ここに、人類を愛し、人間に愛された炎の化身たる父なる竜…炎竜王が爆誕した。全身を隈無く覆う紅蓮のような紅い鱗。全てを切り裂かん鋭利さを持つ鋭爪。硬度に関係無く万物を噛み砕かん強靱な咬合力と鋭い牙。全身から陽炎のように迸らせる、超高温の莫大な魔力。地響きを引き起こし、大地を割かん程の轟音たる咆哮。その姿こそ、炎を司る竜の頂点に堂々と座り、嘗て世界にも数匹しか存在しなかった王の名を冠する竜王…炎竜王そのものであった。

 

リュウマの魔法によって、成竜となる時まで強制的に成長されたイングラムは、両手を大地に下ろした。その手の平にリュウマ達が乗り込むと、潰さないように細心の注意を払いながら、背に生えた立派な翼をはためかせ、大空へと飛び上がった。

 

そこからは一刻も早く島へと到達しなければならないので、リュウマより教わった超高速飛行術…莫大な魔力を大放出させることで得られる推進力を重ね掛けし、一気に飛翔していった。イングラムの所々鋭くなっている鱗や翼が風を切って雲を作る。その速度は飛び立ってから5秒しない内に時速2400キロ…マッハ2.4を記録した。

 

イングラムの手の中に居るシルヴィアは、これからどんなものが自身を待っているのか、不安や期待で胸を高鳴らせながら、安心させるように握ってくれたクレアの手を握り締めた。しかし、彼女は知らなかったのだ。知らなかったからこそ、()()()()()()発展してしまったのだ。

 

 

 

 

 

生涯最大にして最凶の危機が()()襲う。

 

 

 

 

 

 








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第 ৬ 刀  憎悪の光






 

 

「う、うぉェっぷ……!」

 

「ふ、フラフラしますぅ……」

 

「……良い速度…だった」

 

「少し休みを入れた方が良さそうだな」

 

「お父さん…ごめんなさい……」

 

「ふっ…何を謝る必要がある。クレアは超高速移動に慣れておらぬだけだ。助かったぞ、イングラム。良くやった」

 

「っ!うん!」

 

 

 

結果から言えば、リュウマ達は再び姿を隠そうとする島に乗り移る事が出来た。しかし、その途中でクレアに始まり、クレアにシルヴィアが乗り物酔いに遭ってしまった。だがそれも仕方ないのかも知れない。自身の魔法で高速移動するのと、何者かの力や、背に乗って移動するのとは訳が違ってくるのだから。

 

例えば、車酔いが激しい人達は、誰かの運転する車に乗り込んだ際、発進して暫く走っていると酔ってしまうが、自身が車を運転しているとなると途端に車酔いには遭わなくなる。そんな感じのやつだ。ナツ達ドラゴンスレイヤーは自身が運転しても酔う?それは定めなので気にしなくても大丈夫。

 

暫しの間酔いが回復するのを待ち、もう大丈夫という声が掛かってから出発した。どういう原理か…十中八九魔法による効果であろうが、どれ程の魔力を使用されれば大陸と見間違うほどの、この超弩級の島を支えて浮遊させているのか、シルヴィアには考えが追い付かなかった。そしてそんな大空上空を無色透明になりながら飛行中の島には、遠くの景色が見えない霧に覆われていた。

 

大空に広がり漂う雲近くの高さを飛行している島だからか、雲と言っても過言ではない霧を、リュウマは鬱陶しそうに翼の羽ばたき一つで吹き飛ばしてしまった。すると、霧で見えなかった島の表面の全容が姿を見せた。それを目にした一行は、感嘆とした声を上げた。

 

 

 

「おぉ……こりゃァ絶景だナ」

 

「とっても…綺麗です」

 

「……空気が澄んでいる」

 

「見て見てお父さん!あそこに湖があるよ!」

 

「うむ。だがそれ以上に……()()()()眼を奪われてしまうのは我だけではなかろう?」

 

「如何にも彼処にありますっつってるもんだからな。取り敢えず…目指す場所は決まったよなァ?」

 

「然り然り。さて、では目標はあの城だ」

 

 

 

リュウマ達一行の目に跳び込んできたのは、足元に薄く広大に敷かれた草原。そして何かの遺跡だろうか、所々砕けていたり風化している建物のようだったであろう物。そして、ほぼ無傷で壮大且つ圧倒的大きさを誇る城。白い石造りのそれは、人間の手で造ったのであれば世界最大であろう事が、一般人にも直感で悟らせるであろう漠然たるものであった。

 

これだけのものが彼処にある。ならば、目的でもある過去に存在していた英雄の遺品たる武器も、あの城の中にあるであろうと、直感させた。それ故に、リュウマ達一行は疑問も持つこと無く、島の中心に建てられた城を目指すことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歩き始めて30分が経過した頃、リュウマ達の前にあるものが姿を現した。シルヴィアはそれを見た瞬間、その姿形の珍しさに目を点のようにし、リュウマ達は珍しいものを見たという、物珍しげな表情をした。

 

姿を現したその正体は、太陽の光を浴びて赤く透き通るクリスタル。しかも、それが空中に浮遊してゆったりとした動きで稼動していたのだ。現代ではまず間違いなくお目に掛かれないであろう、とても貴重な生物とも言えるか怪しい存在だった。

 

余りにも珍しい存在故に歩みを止めたリュウマ達一行に合わせるように、赤いクリスタルもその動きを止めて、その場にて待機している。どんな行動を取るか解らない中、シルヴィアは興奮したように、目の前に居る存在の詳細をクレアに問い掛けた。するとクレアは、顎を指で擦りながら、観察するような目付きのまま答えた。

 

 

 

「めったくそ珍しいもん見付けたな…いや、この場合は()()()()()()()()()()()奴と遭ったというべきか?」

 

「それはどういう…?」

 

「まあ、アイツの正式名称は『フレイムクリスタル』…名前の通り、炎の魔力を内包した魔法生物だ。今は術者の魔力を籠めるだけでラクリマは機能するだろ?だけどよ、オレ達の時代はそうじゃ無かったンだわ。ラクリマは確かに有ったが、それは最終的な姿だ。そのラクリマを造る時の過程は全く違う」

 

「昔はそこまで違ったのですか?」

 

「おぉ。昔は目の前に居るクリスタル状の魔法生物を取っ捕まえて内包してる魔力を抽出して、別のラクリマに移し付加してたンだわ。当時は魔力を吸収させることで使用出来るラクリマなんて存在しなかったからナ。それが発明されて世に出回ったのは相当後だぜ。丁度あのクソ黒竜が事を起こす位だったか?」

 

「えっ…?では、その頃には……」

 

「お察しの通り、ラクリマを造る為だけに狩りに狩られて、この魔法生物は地上から姿を消した。要は絶滅しちまった。だからオレ達は驚いてんのサ。こんな所に生き残りが居たのか…ってな」

 

「そんなことが……」

 

 

 

クレアからの説明を受けて、フレイムクリスタルの見る目が変わったシルヴィアだったが、件のフレイムクリスタルは未だにふよふよと空中で浮遊を繰り返しているだけだ。しかし、その姿は次第に動きが見られた。

人間で言うところの胴体である大きめの赤いクリスタルの他に、小さめの赤いクリスタルも付いて回るように浮遊しているのだ。それが突然ゆっくりと大きめのクリスタルを囲うように回り始めたのだ。

 

その他にも、本体の大きめのクリスタルが、赤く淡い光を発しながら光り輝き始めたのだ。一体何の動きなのだろうかと疑問に思っていたシルヴィアだったが、その瞬間……フレイムクリスタルから急激に魔力の反応を検知し、炎の火球が放たれたのだ。それも大きさは立っているシルヴィアを優に呑み込む程の大きさだ。

 

油断していた。それを思った時には既に遅く、シルヴィアの目と鼻の先には朦々と燃え盛る火球が迫っていた。ぶつかる。そう確信した瞬間、シルヴィアは熱に備えて固く瞼を閉じた。しかし、何時まで経っても熱さは来ない。いや、実際には熱気が前には有ると解る。だが熱くない。まるで、壁一枚挟んでいるかのようだ。その時になってやっと、シルヴィアは目を開けて前を確認した。そして頬をうっすらと赤く染めたのだ。

 

 

 

「──────フレイムクリスタルの特徴は、魔力を持つ奴に対して無差別に魔法で攻撃してくる、その奇襲による攻撃性だ。気を付けとけよナ。他にも居て何時攻撃されたもんか解ったもんじゃねェ」

 

「あ、ありがとうございますクレア様っ」

 

「おう。任しとけよ」

 

 

 

炎の火球が放たれ、シルヴィアへと到達するまでの刹那、クレアがシルヴィアとフレイムクリスタルの放った火球の間に滑り込むように入り込み、火球を片手で受け止めていたのだ。その小さめの体躯に対して大きな火球を余裕で受け止めている光景は矛盾が生じていると言えるだろうしかし、クレアはその小さく美少女にしか見えない姿であろうと、常人とは比べることも烏滸がましい力を内包してるのだ。

 

燃え盛る火球はクレアの片手によって受け止められ、その動きを完全に停止している。更にはクレアの手の平から突風が生み出されて火球を完全に呑み込み、風の風圧のみで掻き消した。火球が不発に終わったと同時に、フレイムクリスタルも次の一手に出ようと魔力を籠めて光り輝き始めたが、それは攻撃動作が露骨に見えてしまっている事に他ならない。そもそも、クレアにその様な魔法が当たる訳も無ければ効く訳も無く、溜めている段階でフレイムクリスタルへ急接近していた。

 

本来ならば、この時点で攻撃してきた者は体を弾き飛ばされて絶命するか、風を鎌鼬にして四方八方から襲わせて切り刻むかの、どちらにせよ避けることの無い死が直面するのだが、相手はあの絶滅したと思われていたクリスタル系の魔法生物であるため、クレアは殺すことはせず、手加減して風を発生させ、フレイムクリスタルを遠くの建物の跡のような物が建つ所まで風に載せて吹き飛ばした。

 

 

 

「クレア様っ。念の為に炎を受け止めた手を見せて下さいっ」

 

「は?いや、別に大丈──────」

 

「念の為にです!もし火傷など負われていたら私の所為ですし、私はクレア様に怪我を負って欲しくないのです!……ダメ…ですか?」

 

「……別に何ともなってねェ手を見せるだけだ、好きにしろよ」

 

「っ!ありがとうございます!」

 

 

 

許可を得たシルヴィアは、早速と言わんばかりにクレアの炎の火球を受け止めた片手の手の平を握って良く見詰めて観察した。その際にクレアの手を柔らかいシルヴィアの手にニギニギと握り込まれ、真剣そのものであるシルヴィアは気が付いていないが、クレアは照れ臭そうにそっぽを向いていた。

 

いくら観察してもクレアは炎を受け止める際に、その炎を形成している魔力以上の魔力を手の平に薄く展開していたので、どうやっても傷を負う事も無く、火傷を負う事も有り得ないのだ。しかし心配なシルヴィアは本当に何処も怪我が無いかをしきりに見ていた。

 

 

 

「……何時まで手を握り合っておるのだ。先を急ぎたいのだが?手を握り合うだの抱き合う等は後に出来んのか?今我に見せ付けねばならぬものなのか?」

 

「……仲が良いのは…解った」

 

「クレアとシルヴィアってお父さんとオリヴィエ達みたいだね!」

 

「あっ…えっ!?す、すみませんっ」

 

「ブッフォっ!?誰が握り合ってるだこのバカ!?ちっげーから!!勝手に解釈すンなハッ倒すぞ!つか、おいコライングラム…誰と誰がバカ夫婦みてェだってェッ!?コノヤロウ翼毟り取るぞコラァッ!!」

 

「うわっ!?クレアが怒った!?ボクはホントの事を言っただけなのにっ!」

 

「尚悪いってんだよこのクソチビッ!待てやオラァッ!!」

 

「わあぁぁぁぁぁぁぁぁ──────っ!?」

 

 

 

クレアとイングラムによる追いかけっこが開始されたのを余所に、シルヴィアは恥ずかしそうにしていたが、リュウマとバルガスは仕方ないと溜め息を吐きつつ、そんなクレアとシルヴィアを見る目は温かいものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある程度落ち着いたクレアが、リュウマ直伝の素早い飛行能力を惜しげも無くフル活用して逃げ回っていたイングラムを諦めた頃、リュウマの一声によって再び城を目指していった。途中ではやはりというべきか、クレアが弾き飛ばした同系統の炎を魔力を内包したフレイムクリスタルや、水の魔力を内包したウォータークリスタル等が出現して襲ってきたが、クレアがやったように適当な場所へと弾き飛ばした。

 

城へと目指す途中で、大きな湖に寄っていき、此処まで皆を送ってくれたお礼にと、イングラムに好きなように水浴びをさせていった。紅い鱗を隅々まで綺麗にした上に、水遊びをして遊ぶ事の出来たイングラムはご機嫌である。そんなこともありつつも、城を目指して歩くこと1時間、漸く目標であった城へと辿り着いたのだった。

 

早速中へ入ろうとしたが、長年放置されていたからか、入り口である両開きの大大きな大扉の立て付けが完全に錆び付いて悪く、開けることが困難な上に、見上げるような大きさを誇るため異常に重かったのだ。クレアが大扉を開けるのに四苦八苦しているのを見ていたリュウマが焦れったくなり、退くように言ってから体を一回転させてから右脚の後ろ回し蹴りを大扉に叩き込んだ。

 

すると大扉はリュウマの足の裏の形を残しながら折れ曲がって拉げ、大きな音を立てて立て付けも当然壊しながら倒れた。これで問題無いだろうと得意気な顔をしているリュウマの頭をクレアはひっぱたいた。退いていろと言われて後ろを振り向いた時には、既にリュウマが蹴りを入れようとしている瞬間であり、危なく避けたが為であった。というか少し掠った。

 

頭を叩かれて少し不満げなリュウマを放っておいてクレアが迷い無く城の中へ入っていき、続くようにリュウマ達も中へと入っていった。中の構造はやはりというべきか、外面が城のようだとしても大きさが異常故に、中の構造も普通の城とは全く違った造りとなっていた。どちらかというとダンジョンに近いものとなっていた。

 

大扉の中に入って直ぐには広大な広さを持つダンスホールに似た広々とした空間が広がっているが、奥中央に鎮座している大階段に始まり、二階にも一階にも数多く配置された錆び付いた扉。見ただけでも他の部屋に繋がっているであろう扉が20は有ったのだ。この扉の数だけでもどれだけ広いのかが想像できてしまうだろう。

 

これは面倒な捜索になりそうだと感じながら、仕方ないので手分けしてそれらしき部屋へと繋がる扉を探していく事になった。余談ではあるが、扉が錆び付いていた事で大体は予想出来ていたが、当然のように立て付けが悪く、壊してこじ開ける他なかった。開かずに立ち往生していたシルヴィアだったが、リュウマやバルガス達が蹴破っていたのを見て仕方ないと、魔法で扉を破壊して中を捜索した。

 

 

 

「ふむ……此処は何も無いな。お前達の方は如何だ!」

 

「こっちには何もねー!」

 

「……無い」

 

「……あっ!こっちに違う場所へ繋がる階段がありました!」

 

 

 

各々で手当たり次第に探していたが、シルヴィアが次の部屋だろう場所へ繋がる階段を見付けた。他の捜索していた部屋には何も無く、部屋と言えるだけの広さで造り込まれてはいるものの、人が生活していたという形跡は皆無。跡地とも見えるが、実際には中を見てみた結果は、跡地というよりも建てられただけという風に見えてしまう。

 

一旦同じ場所に再び集まった一行は、石造りの階段をリュウマ、バルガス、クレア、シルヴィアとイングラムの順で登っていく。もし万が一攻撃を受けたとしても、戦闘特化の前二人が対処する為である。と言っても、無論クレアも戦闘は出来るが、前二人と比べると如何しても見劣りしてしまう。それに、クレアは今回のクエスト間に於いては、同行者であるシルヴィアの監視役なので、戦闘係ではない。

 

階段を登っていく途中に何かの罠が発動する事も無く、普通に次の部屋へと到達した。更にそこから手分けして各々の階段探しが始まった。リュウマとバルガスは遠慮無く扉を粉微塵に破壊しながら、クレアはシルヴィアを気にしながら、シルヴィアは肩に乗るイングラムと共に仲良く探していく。そして、今回もシルヴィアが早速と言わんばかりに次への階段を見付けたのだった。

 

 

 

「……うぉっ…!?あ、やっべ」

 

「…?何か有ったのか?」

 

「あー…わりィ、何かのスイッチ踏み抜いたわ」

 

 

 

また集まってから列を形成して登っていく。すると、クレアが石造りの階段の中に偽装されて紛れ込んでいたスイッチを踏み込んだ。ガコンという音が響くと、別の所から歯車が噛み合わさり、仕掛けが発動されたことを安易に告げていた。バツが悪そうにしたクレアだったが、前に居るリュウマとバルガスは振り向いて、特に何でも無さそうな平然とした表情で、まさかそんな解りやすいスイッチを踏むとは思わなかったというバカにした視線だけを向けた。クレアは額に青筋を浮かべた。

 

視線に含まれるバカにしている悪意を的確に感じ取り、文句を言おうと口を開けた途端、階段が消えた。いや、それには語弊が生まれてしまう。正確には、階段を構成している段差が下にスライドされて引っ込んでしまい、単なる急な坂へと変貌したのだ。シルヴィアが悲鳴を上げて下へと滑り落ちて行こうとした時、彼女の手をクレアが取り、その場に踏み止まる。魔力を足の裏に集中させて、滑らないように滑り止めの役割を与えたのだ。

 

シルヴィアが助かったと思ったのも束の間、今シルヴィア達が居るのは階段がある通路の下側である。そしてその階段の一番上側の通路の壁が横へとずれ、中から棘が多く鏤められた巨大な丸い大岩が姿を現した。隙間など存在せず、強いて言うならば通路の四隅に隙間が生まれるだろうが、それでも人一人通る事の出来る大きさではなかった。

 

しかも、よく見てみると、通路の一番下、登り初めの床には大きな四角を作って底が抜けていた。滑り落ちてきた相手を落とす仕様だったのだろう。そして坂になってもその場で堪えた者も、出現した棘付きの大岩で串刺しにしつつ押し潰すという罠だったらしい。

 

どうしようと慌てているシルヴィアを余所に、前の2人の内リュウマが後方へと下がり、場所をバルガスと替わった。何をしているのかと思ったが、ここ最近こういう事は全て解決してしまうということを身を以て知り、覚えているシルヴィアは気にすることを辞めた。そしてそれに応えるかのように、大岩はバルガスを押し潰さんと迫っていた。

 

バルガスは魔力で足が滑らないようにさせながら、直立不動で右腕を持ち上げて大岩に向けた。唯それだけ、たったその一つ動作だけで、シルヴィアにもう大丈夫だと思わせるだけの自信と確証を与えた。

大岩が目と鼻の先に迫る、だがそれでも、バルガスはその姿勢を崩すことはしなかった。そして衝突。鼓膜に響く程の衝撃であったことを裏告げる音が鳴り響き、バルガスの手の平と大岩が衝突した。しかも、大岩から生えた棘が丁度バルガスの手の平に突き刺さるようになっていたのだ。

 

しかし、棘がバルガスの手の平を貫通するような事も、それどころか傷を付けることにすら及ばなかった。棘は衝突した時の自身の重さにやられて砕けていた。だというのにバルガスの手の平は皮一枚とて傷付けられていない。更に言うならば、バルガスは一切の魔力を使用していない。唯単に手を出して受け止めただけなのだ。

 

これこそがバルガスの末恐ろしいところ。人類最終到達地点の中で最強の防御力を持っているのだ。その躰には凡そ一切の武器による攻撃を受け付けず無効化してしまうという超防御力。リュウマの召喚した神器ですら傷一つ受けなかったという伝説すら持つバルガス。そんなバルガスだからこそ、この程度事で傷を負う筈が無かった。

 

受け止めた手に力を入れて、少しだけ握り込むと、その万力の握力のみで身の丈より大きな大岩を粉々に砕いた。そして全身から赤雷を迸らせ、砕けても尚、適度な大きさを持つ大岩の断片を赤雷で粉微塵に破壊し、通路の床に一本の赤雷を落としてから一番上側まで伸ばして適当に破壊した。すると、急な角度で滑っていた通路の足場が破壊されて瓦礫となり、適度な足場を作った。

 

バルガスを一番前にして、破壊された瓦礫の足場を通って登りを再開する。それからというもの、登る階段を探しては見付けて登っていき、時には仕掛けられていた罠を作動させてしまいながらも順調に登っていた。確認していく部屋には全て何も無く、人が住んでいたという痕跡すらも見せない殺風景を見続けていれば飽きも来るだろうが、それでもこの後には嘗ての英雄が持っていたのだろう武器や、この城がある訳などが解明できるかもという事を思っていれば、幾分か心が軽くなるというものである。

 

そして城の中に潜入してから1時間程が経過した時、登りに登った一行はとうとう、今までの部屋とは明らかに例外さを感じさせる豪華絢爛に装飾を施された一室へと到達した。見てきた部屋のどれもが広かったが、この部屋だけは異様な広さを誇り、城に入って直ぐに見たダンスホールのような広さをもつ部屋と同じ広さ。しかし、此方にはまるで、たった今飾り付けを終えたかのような、不自然さを醸し出す清潔感がある。

 

当初からこの様になっていたならば、何らかの魔法が掛かっているのだろう。しかし何のために?この一室だけが特別ならば、装飾だけというのも不自然だ。仮にそうだったとしても、リュウマにはこの部屋の装飾が豪華に見せたいという意図よりも、此処へと辿り着いた者を歓迎しているかのように見えた。そして、そんな歓迎した者を先に行かせるための、銀に彩られた両開きの扉が存在した。

 

3メートルを越える大きな銀の両開き扉の表面には、家紋らしき装飾が施されていた。リュウマやバルガス、クレア達はこの城が建てられたであろう400年ほど前の者達だからこそ、この家紋に見覚えが無いか記憶を辿っていたが、終ぞ見付けることは無かった。リュウマ達でさえ初めて見た紋章だったのだ。しかし、シルヴィアだけが違った。シルヴィアだけが、この紋章に何とも言い難い既視感を覚えていた。それに、その紋章を見てからというもの、何だか頭の奥がズキズキと痛む気がした。

 

少し痛む頭を押さえていると、肩に乗るイングラムとクレアが大丈夫かと声を掛けてきた。それに無理に作っていると思われない、出来るだけ自然な笑みを浮かべながら大丈夫だと言って隠した。

頭が何故か痛むシルヴィアを余所に、リュウマが銀の扉を押して開いた。すると、そこは太陽の光が届かず真っ暗であったが、中は横にも縦にも広い通路となっているようだった。

 

リュウマとバルガス、クレア達は魔法の中でも初歩的な明かりを灯す魔法を人差し指に施し、視界を確保して足元を確認しながら進む。それに、行き先は真っ直ぐである事を示すように、奥に光が見えるのだ。そこを目指すように進んでいく一行達。だが、その異変には直ぐに気が付いた。

 

明かりに向かって進んで行くと、その明かりが形を変えていくのだ。出口が出鱈目に動いている訳では無い。その出口の前にナニカが居り、光を一部塞いでいるからであった。それに気が付いたリュウマとバルガスは目を細めて歩みを進めていった。そして、その光を遮っていた正体の元まで辿り着き、その正体を目に収めた。

 

それは鋼の躰であった。体長は5メートルを越える巨体。関節以外の部分を白い外殻装甲で覆い、内部を守っているのだろう。頭には怪しい紅い光を放つ眼らしきものが二つ。人一人より遙かな太さを持つ腕が2本に、その巨体を支える脚部が2本。正体は、完全に機械…巨大なロボットだったのだ。

 

物珍しそうに見ていたリュウマ達だったが、突如ロボットが喋り始めた。機械らしく、生気を感じさせない事務的な話し方、しかし、それは侵入者であるリュウマ達へと向けられた歴とした警告と敵意だった。

 

 

 

『──────侵入者を発見。総数5。魔力を感知。発せられる魔力から逆算し、警戒レベル(レッドゾーン)5を突破を確認。警告モードから殲滅モードへと移行。排除します』

 

 

 

「待ち構えてやがったぞコイツ」

 

「我は良い。どのような仕掛けで動いているのか客観的に見てみたい」

 

「……ならば…余がやろう」

 

 

 

シルヴィアを見ていなくてはならないためクレアが行くことはない。リュウマはこのロボットの動くところが見てみたいのか戦闘を辞退し、消去法でバルガスが戦うこととなった。完全に戦うモードへと移行していたロボットは、バルガスが先頭に出て来たと途端に前進した。ロボットらしく、人間のような軽やかな足取りでの歩行とはいかず、一歩一歩踏み締めるような動きではあるが、確実にバルガスへと向かっていく。

 

両者が距離を詰めていき、ロボットの射程圏内にバルガスが入った。すると、ロボットは3本ある指を握り込んで拳を作り、バルガスへ向かって振り下ろした。5メートルを超える巨体と、ロボット故に全身機械で造られてていることから重量は一トンは越えている筈。そんなロボットからの殴打は破壊力抜群だろう。だが、そんな拳がバルガスに当たることは無い。何せバルガスは、その人間にして大きな躰の見た目からは想像できない速度で動くことが出来るのである。それも速度は雷速をも越える。つまり音よりも速いのである。

 

ロボット腕を振り下ろし、バルガスに着弾しようとした瞬間、バルガスの躰は残像すらも残さず掻き消えた。殴打が不発になり、ターゲットであったバルガスが何処へ消えたのか探すロボットだったが、横からの衝撃で広い通路の壁に叩き付けられた。

ロボットが居たところには、拳から赤雷を迸らせながら帯電させているバルガスが、腕を振り抜いた格好で立っていた。勝負あり。生まれた瞬間から普通の人間よりも何十倍の力を持って生まれる翼人の王であるリュウマと同等の怪力を誇るバルガスの、それも魔力で強化した殴打である。砕けないものは無い。そう、思っていた。

 

 

 

『攻撃を確認。ダメージ4%。外殻装甲に僅かな罅を確認。修復作業促進及び戦闘続行。攻撃パターンを解析。情報不足により失敗』

 

 

 

「何…?バルガスの拳を受けて罅だけだと…?」

 

「何で出来てンだ…アイツは」

 

「……異様な硬さ。舐めていた…次こそは…完全に破壊する」

 

 

 

リュウマ達の中で戦慄が奔る。バルガスの呼び名は破壊王。万物を破壊する存在から名付けられ、余に知れ渡っていった。その名を裏付けるか如く、こと破壊という面に関してはバルガスを置いて他は無い。そんなバルガスの拳だったからこそ、ロボットに当たった瞬間に勝利を確信したのだ。人が受ければ細胞一つすら残らない程の怪力を持つバルガスは、400年前に戦争に使われていた戦車等も、その拳一つから繰り出される一撃で粉砕してみせたのだ。

 

ロボットはめり込んだ通路から体を外し、先程と変わってロボットらしさを感じさせる動きから、人間らしい軽やかな足取りで動き出した。両者が間を詰めていく時のバルガスの動きを解析し、自身に取り入れたのだ。その学習能力と実行可能速度の早さに気を取られたバルガスに、不意を突いたロボットの拳が打ち込まれた。だが、例え拳が一つ入ったところで、バルガスの躰にダメージを与えられる事は無い。そう高を括り、甘んじて受けたバルガスは眉を顰めた。

 

拳がバルガスの分厚い胸板に打ち込まれた途端、バルガスの巨体を易々と吹き飛ばして壁に叩き付けた。そして、リュウマとクレアは目を剥いた。そんなことがあるのかと口にした。何せ、殴られたバルガスの胸には、血が出るか出ないかという程度ではあるが、確かな傷が刻まれていたのだから。場に不穏な空気が生まれた。生半可な武器では薄皮一枚すら断つことが出来ない超防御力を持つバルガスの皮膚に、たった一撃で傷を付けたのだ。ましてや、ロボットからは一切の魔力を感じない。つまり、ロボットが持っている力のみでバルガスにダメージを与えたのだ。

 

胸元の傷に手を這わせて、確かに付けられたそれを確認していたバルガスの顔にロボットの拳が入ろうとした。打ち付けられようとした瞬間に身を屈ませて回避し、その場から離脱した。避けられたロボットの拳は壁に当たり、その身と比例されない破壊音を立てながら壁を大きく抉り取った。

傷を付けられたことで、頭を切り替えたバルガスは、完全に破壊するつもりでロボットへと駆け出して拳を構えた。そして打ち込む。金属をかち合わせたような音が鳴り響き、ロボットの躰は傾く。しかし、倒れる前に手を付いて蹴りを放ってきたのだ。まるで人間を相手しているかのような柔軟な動きに、バルガスは咄嗟に腕をクロスさせて受け止めた。

 

防御した腕から衝撃が骨身に浸みる。一体どう設計すればこれ程のロボットが造られるのか。燃料は何なのか。そんなことに疑問を感じざるを得ないが、バルガスはそんなことはもう関係無いと切り捨てる。

 

防御した腕に傷が付いたことを痛覚で感じ取りながら、バルガスはその場で踏ん張り、後ろへと押し込もうとする運動エネルギーを殺して相殺。己の殴打を受け止められたロボットはデータ収集の為か、一瞬とはいえ隙を生み出し、バルガスはそこを付いた。一歩分前に出ている右脚を地面に勢い良くめり込ませ、小さな瓦礫をロボットの眼に当たる部分へと弾き飛ばす。視覚が一瞬遮られたところでロボットは一歩後ろへと下がった。

 

すかさずバルガスはロボットの腕を掴んで引き寄せ、前のめりに体勢を崩させる。その一方でバルガスは屈んで低姿勢を取り、前に踏み込んでロボットの懐という安全圏に踏み込んだ。ロボットの構造上懐に当たる位置は腕が届かないのだ。無理に攻撃しようとすれば自身を攻撃してしまう。それを利用し、バルガスは死角であり安全圏であるロボットの懐へと忍び込んだ。

 

身を屈ませながら腕を脇腹につくように引き絞り、拳を硬く硬く握り込む。十分な溜を作ったら、ロボットの腹部にある白い外殻装甲へと鋭角に、下から上へ刺し貫くようにボディを入れた。その威力は溜を使った故に抜群で、これまでの殴打で罅しか入らなかったロボットの外殻に、バルガスの大きな拳大のめり込んだ跡を付けた。外殻装甲を貫通することは出来なかったが、手首までめり込むほどの威力だ。いくら硬かろうが、バルガスの腕力を防ぎきるには少し足りなかった。

 

そこからは一方的に拳を打ち込んだ。長く設計された腕のリーチの所為でバルガスを捉えられないロボットは、蹴りを入れようにも、片脚をバルガスに踏まれていた。もう片脚はバルガスの殴打の衝撃で転倒しないように、後ろへとやっている。つまり、蹴りを放つことは不可能。かと言って、手で捕まえようにも届かないのだ。しかしそんな何も出来ない間も、バルガスの猛攻は止まらない。

 

右のボディ。左のボディ。右のレバー。左のレバー。その繰り返しでロボットの外殻装甲を拉げさせ、少しずつ粉々に破壊し、一撃で内部まで貫通させられるだけの防御力低下を促そうとしていた。ロボットのシステムには警報が鳴り響いていた。度重なる殴打にダメージがレッドゾーンに入り、このままでは破壊されると予測が立てられていた。そしてバルガスの行動パターンを学習したからこそ、確実にこのまま破壊しに来るという事も予測済みである。故にロボットは()()()()()()()()

 

 

 

「……ムッ…!?」

 

『重ねて攻撃を受け続ければ破壊は免れないと予測し、装甲を解除(パージ)。防御エネルギーを攻撃エネルギーへ変換。砲撃モードへ移行します』

 

 

 

殴って壊し続け、外殻装甲が後少しで全壊するといった手前で、腹部の外殻装甲の奥が蒼白く光り輝き始めた。咄嗟の判断で身を屈めたバルガスの頭上を、ロボットの腹部の外殻装甲を突き抜けながらレーザー状の光線が通り過ぎた。砲門が目の前にあるのは危険だと判断し、後ろへバックステップしたところで、横合いからロボットの腕が迫ってきた。射程圏内に再び入ってきたからこそ、行動を予測して殴打してきたのだ。

 

横目でロボットの腕を確認したバルガスは、冷静にその腕を片腕で受け流そうとした。しかし、ロボットの腕が当たる直前、付いている3本の指が開いてバルガスの二の腕を掴んだ。すると、ロボットの二の腕の部分が割れて、中から小さなアームが無数に出て来た。それら全てがバルガスの腕に絡み付き、バルガスの腕とロボットの腕を突き合わせるような向きに変えて固定した。

 

ロボットの手の部分が奥に引っ込み、空いたところにバルガスの拳を入れて固定された。抜こうにも完全に固定されてしまって外れず、フリーのもう一方の腕で無理矢理外そうと反射的に動かせば、もう一方の腕も同じように巻きこまれて捕らえられてしまう。

 

腕を取られてしまい、距離を取ることが出来なくなってしまったバルガスに、ロボットは更に追い打ちを掛ける。何とロボットは、バルガスを地面に押し倒したのだ。動けないように下半身を固定するつもりで、その巨体をのし掛からせ、倒れているバルガスの顔を覗き込むように前のめりになった。すると、腹部から露顕している砲門にエネルギーが集められ、蒼白い光を発し始めた。

 

これは拙いと思っても上手く動くことが出来ず、そもそもロボットが流しはしなかった。藻掻いている間にも、ロボットのエネルギー充填は終わり、蒼白い光線は動くことも儘ならないバルガスへと照射された。シルヴィアの悲痛の叫びが響く中、光線の破壊力に爆発が上がって粉塵が舞う。しかしその間も光線は止められること無く、オーバーキルとでも言うように照射され続けた。

 

やがて一分近く光線を放っていたロボットは、もう必要ないと断じたのか、エネルギー切れなのか、照射していた光線を止めた。しかしその瞬間、ロボットの下から赤雷よりも更に紅く黒い赫雷が発生し、ロボットの外殻装甲を黒く焼いた。アレを受けてまだ生命活動が有るのかと、ロボットは異常を検知したその瞬間、頭部を何かで殴られて横へ身体ごと吹き飛ばされた。

 

一トンは優に越えるだろう巨体を転がしながら、今の一撃でショートしそうになったシステムを復旧させ、体勢を立て直して直ぐさま立ち上がる。そして問題の原因を見るために、その眼を向けて粉塵をスキャンした。すると、サーモグラフィーを通して見ているロボットの眼には、粉塵の中に四方八方へ線のようなものが奔っているのが見えた。それも生半可なものではない、莫大な熱量と電力を持っていた。

 

粉塵の中に居る人間のシルエットが動き出し、粉塵の中から姿を現した。赤く長い髪を靡かせ、その筋骨隆々な肉体を惜しげも無く晒す。そしてその身体には赫雷が帯電しており、その手にはシンプルな形の大鎚を握っていた。ロボットからの光線を一分近く零距離で受けておきながら無傷。その防御力は極まっている事を頷かせる。

 

常日頃から表情を変えず、無表情でいるバルガス。それは今も同じだ。だが、一つだけ違うならば、迸り周囲を破壊する莫大な魔力による赫雷が、術者の憤慨を顕すかのように荒々しく。そしてその眼からも赫雷が迸っていた。一歩踏み出すことに地面を焼き焦がし、破壊していく。眼や全身からも赫雷が放出される姿は雷神すらも逃げ出すほど圧倒的で威圧的だった。

 

 

 

「──────図に…載るな」

 

 

 

『緊急事態発生。目標の魔力の増大を確認。疑似魔力測定数値96000を突破。砲門に全エネルギーを集中し──────』

 

 

 

「──────砕け散れ」

 

 

 

ロボットの腹部にある砲門がバルガスへと照準を定め、エネルギーを溜め始めた時には既に、バルガスは予備動作すら見せずロボットの目前に立っていた。そして、ロボットが何かの動きを見せるよりも先に、手に持つバルガスの専用武器であり、万物を破壊する赫神羅巌槌を振りかぶり、魔力を解放した。

 

 

 

「──────『破壊王による破壊権限(ヴァルエティオ・プラァヴァ)』」

 

 

 

ロボットの正中線ど真ん中に打ち込まれた赫神羅巌槌。着弾と同時に莫大な赫雷が解放され、ロボットの巨体を易々と覆い隠し、数瞬遅れて破壊音が追い付いた。赫神羅巌槌の破壊力とバルガスの腕力。果てには莫大な赫雷の魔力が合わさり、超防御力を見せ付けていたロボットの躰を木っ端微塵に吹き飛ばした。

 

衝撃が密閉された空間を荒れ狂い、人一人ならば簡単に遙か彼方まで追い遣ってしまいそうな程、その力は吹いていた。衝撃に負けぬよう、シルヴィアはクレアに支えて貰いながらどうにかやり過ごし、リュウマは自身の体を大きな翼で覆い隠してその場で堪えた。そして、吹き荒れた衝撃が止み、目を開けてみれば、ロボットは完全に粉々になって破壊され尽くし、バルガスは何時もの無表情でその場に立っていた。

 

表情こそ無であり、何時もと変わらないが、今の心を密かに示すように、手に持つ赫神羅巌槌は赫雷をばちりばちりと帯電させ、地面を微かに灼いていた。そんなバルガスに、リュウマがジェスチャーを示すと、シルヴィアにまで影響が出てしまうことを思い出したバルガスが魔力を抑えた。手に持つ赫神羅巌槌も腰に括り付け直した。

 

 

 

「ふむ。バルガスの体に傷を付けるとは…思っていた以上の戦闘能力を保持していた」

 

「……体躯は鋼鉄だが…触れたことの無い…感触。恐らく…余達すらも知らぬ…特殊金属…だ」

 

「ふむふむ…興味深い。それに、あの砲撃にすら魔力を使われていないという線が余りにも…我には疑問を感じざるを得ん。この国は当時からも、そして現代から見ても一線を画した魔法技術が使われている。だというのに何故魔力を使わない?」

 

「魔法がスゲーからって、必ずしも魔法を使うってワケじゃねぇだロ。能ある鷹は爪を隠す…だったか?お前だって一番使うのは刀のくせして他の武器使うだろ。要は使い方次第なんだヨ。だから気にすんな。どうせ此処に居ンのもそう長くは無ぇンだからよ」

 

「それを言えば話は終わるが…まぁ良い。先を進むとしよう。明らかに次で終わり…最深だ」

 

 

 

一行はリュウマを先頭に、ロボットの残骸という名の骸を通り過ぎ、小さい光を放つ出口へと向かっていく。そして近付くにつれ、魔力の濃度が高くなっていることに気が付きながら、歩みを進めていった。しかし、それと同時に、シルヴィアを悩ませる頭痛が痛みを増していく。

 

頭の痛みに少しだけフラついてしまい、それに気が付いたクレアに如何したのかと問われてしまった。その問いを無理矢理作った笑みで、唯少し瓦礫に足を取られただけだと嘘をついた。クレアは少々訝しんだ表情こそすれど、そうかと言ってそれ以上問いを投げ掛けることは無かった。それに小さくホッとするシルヴィアだったが、それでも頭痛は消えること無く、益々増していくばかり。

 

この奥には何が有るのか…いや、()()()()。シルヴィアはそれが気が気では無かった。自身の何かが解るかも知れないという、ある一種の直感から同行させて貰った旅の果てが、必ずこの先にあるあるのだと、厭に確信させられてしまう何かが、シルヴィアの中には存在していた。シルヴィアは胸元の首飾りと杖を強く握り込み、意を決して辿り着いた光の向こうへと一歩、足を踏み出した。そして彼等彼女等が見たのは…異様な光景だった。

 

 

 

そこに存在していたのは……石像であった。

 

 

 

大きく、そして威圧的、圧倒的存在感を醸し出すソレは、人間の姿をしていない。だが、人間の姿をしていないだけで、構造は人間にそっくりだった。二足歩行を可能としている長い足に胴体、スラリと伸びた腕に鋭い爪が伸びる指。身体は節々が鋭利なフォルムをしているが、人間を巨大化させて怪物にしたと言われれば、納得しそうになる。それ程、人間では無いが人間味を備えていた。

 

体調は5メートルを越える巨体。そんな躰は石のように灰色に染まっていた。魔力は確かにその石像から滲み出ている。隠しきれていない、膨大な魔力が内包されていた。しかし、それよりも目に付いてしまう物がある。それは……その石像に突き刺さっている大剣であった。

 

深々と石像の腹部に突き刺さったその大剣は、突き刺している石像に向かって延々と朧気な蒼白い力を注ぎ込み続けている。先程述べた石像というのは、実際に石から造られた像などでは無く、歴とした生物である何かを封印した姿だったのだ。封印魔法に関して知り尽くしているリュウマも、石像を見た瞬間から、封印されている事を見抜いていた。

 

天井が色硝子によって飾られ、煌びやかで豪華な雰囲気を醸し出す部屋には分不相応なソレは、存在感が強い。しかし、十中八九、リュウマ達の目当てであった英雄の武器というのが、封印されている者の腹部に突き刺さっている武器であるということは想像に難しく無かった。

 

武器だけがそこに存在し、当時の村に戻ることの無かった英雄のことを考えれば、英雄達がこの化け物らしき者と戦い、倒しきることが出来ず、封印という形で決着を付けたという事が想像出来る。だとすれば、この封印を解く事は出来ない。この封印は、彼の英雄達が命を課してまで施したもう一つの生きた証なのだから。故に、リュウマは封印を解く事無く、媒体となっている大剣を引き抜くために魔法を掛けようとしたのだが、そんな彼の傍を2つの影が抜けて行った。

 

 

 

「ヒィィヤッッホオォォォォォォッ!!!!」

 

「やりやしたねアニキ!!」

 

「おうよ!作戦通りだぜェッ!!」

 

 

 

「此奴等は……」

 

「……あ、アレじゃね?シルヴィアにコテンパンにされたクソガキ共」

 

「……あ、あの方達ですかっ?」

 

「忘れてたろ?」

 

「い、いえ!?そんな事はないです!」

 

 

 

何と、リュウマの傍を抜けていった2つの影とは、初日にシルヴィアが、リュウマからの試験として倒すように言われ、標的となったトレジャーハンターの2人組であった。この2人は、シルヴィアによって吹き飛ばされたその後、同じ目的地であるリュウマ達の後を付けて回り、此処までやって来ていた。無論、リュウマ達だからこそ悠々と通過した場所も存在していた。しかし、そこは伊達に高ランクのトレジャーハンターをしていない2人組。

 

持ちうる道具を活用してやり過ごし、見事リュウマ達の後を付いていくことに成功した。そしてとうとう、お目当てのお宝が眠るこの場まで辿り着いたという事である。お宝のためならば例え火の中水の中を実践するような、執拗な精神力を持っていた。

余談だが、2人からしてみれば情報屋から取り寄せた情報で、リュウマ達と戦えば絶対に命が無いということを知り、巡り会わないように細心の注意を払った事が一番難しかったという。

 

 

 

「貴様等は阿呆ゥか?大方、宝はその大剣だと言いたいのであろうが、其れは宝などでは無い。無駄なことをむざむざするでないわ戯け」

 

「ハッ!この大剣は100年クエストとやらの目的になる位の代物だ。聞けば400年前の英雄サマのモンらしいじゃねぇか!先に取られそうになったからって諦めさせようったってそうはいかねーぞ!」

 

「これはオレとアニキ、チーム『猟犬の鼻(ザ・ハンター)』様のモンだ!」

 

「それは英雄の方々が命を賭けてまで行った封印です!それに……ソレを解き放ってはいけません!()()()()()()()()()っ!!」

 

「……シルヴィア?」

 

 

 

「もう遅ェってんだよバーカッ!!」

 

 

 

アニキと呼ばれる男は、シルヴィアの鋭い静止の声も聞かず、化け物の腹部に刺さった大剣の柄を握り込むと、勢い良く引き抜いてしまった。

 

空気を切り裂きながら引き抜かれた大剣は、化け物へと送っていた蒼白い力の波動を止め、代わりに奥の景色が陽炎のように波打たせる程の魔力を発し始めた。手に持つアニキと呼ばれる男は、その凄まじい魔力と優越感に浸り、今ならば誰が相手であろうと負けないという、一種の洗脳状態にあった。

 

強い武器には毒がある。これは普通の武器よりも遙かに優れた性能を持つ武器を手にした際、人間は必ずその力に酔い痴れてしまう事から生まれた言葉だ。人より優れることで優越感を抱き、いつかその感情は支配欲へと発展して暴走する。そして、手にした武器は手放すことが出来なくなる。もう他の武器には戻れない、欲が生まれてしまうのだ。

 

溢れ出る魔力のエネルギーに口の端を吊り上げ、あの時に与えられた屈辱をどう返してやろうかと考え、一度この場に居る全員を八つ裂きにし、命乞いをさせた後に自身の強さを見せ付けてやろうという考えに至った。そして、この中でも唯一の女であるシルヴィアの若々しく瑞々しい肢体を舐るように見つめ、戦いが終わった後にその体で楽しみ、己の女にしようと考えていた。

 

しかし、そんな考えも直ぐに消えることとなる。大剣を抜いてから直ぐに、足元が…いや、城全体が大きく揺れ始めたのだ。大きな地震にも感じられるそれに驚き、体勢を崩したアニキと呼ばれる男は足元に英雄の大剣を突き刺してバランスを取る。

次第に揺れが収まり、軽く息を吐いたその時、アニキと呼ばれる男の背後から気配を感じた。強く凶暴な存在感だった。そしてその存在感は、封印されていた化け物から発せられていたのだ。

 

 

 

「あ、アニキ!こ、コイツ生きてますぜ!?」

 

「ケッ。そんなことで狼狽えるんじゃねーよ!こっちにはこの剣がある!オレ達に敵なんざ居ね──────」

 

 

 

その瞬間、虚空を見つめていた化け物の眼が突然動き、アニキと呼ばれる男が持つ英雄の大剣をその眼に納めると、目にも留まらぬ早さでアニキと呼ばれる男を空き缶のように上から捻り潰した。

 

ぐしゃりという生々しい音を奏でながら、今この瞬間に命が一つ消えた。手に持っていた英雄の大剣は放物線を描いて床に突き刺さって止まり、持っていた男は完全な肉塊と成り果てた。化け物の行動に殺気は無かった。まるで殺すのが当然というより、邪魔だから払ったという表現が正しい。つまり、男は英雄の大剣を持っているから狙われたのではなく、唯前に居たから潰されて殺されてしまったのだ。

 

アニキと呼ばれる男が捻り潰されてから数瞬後、光景を理解したシルヴィアが悲鳴を上げて絶叫した。そしてその声によって呆然としたところから戻ってきた、もう一人のチームの男は尻餅を付きながら後退り、その場から逃げていった。

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!」

 

 

 

「あーあ、あのクソガキやりやがった」

 

「……勝手に死んで…世話が無い」

 

「我が殺したわけでは無いからな、生き返らせはせんぞ」

 

「良いんじゃねェ?」

 

 

 

「■■■■■…………………………」

 

 

 

動き始めた化け物は耳を劈くような咆哮を放つと、全身から魔力を噴き出した。それは並外れたもので、其処いらのS級魔導士の魔力を優に越えていた。周囲の壁に亀裂を刻み込みながら咆哮をした化け物、そんな破壊活動や膨大な魔力を真っ正面から浴びても何とも思っておらず、何時ものように呑気に会話をしている越えに気付いてそっちを見た。

 

四人の姿を眼に捉えた途端、化け物の眼が妖しく光り、背中に付いたターボエンジンのような器官に魔力を集束させて、その大きな巨体をしゃがませて床に手を付いた。そしてその瞬間──────

 

 

 

「ま、取り敢えずコイツは…………あ?」

 

「……何?」

 

「………………………えっ?」

 

 

 

シルヴィア、それと共にあのクレアやバルガスの眼にすら捉えられぬ速度で音も無く、壁に大穴を開けて飛び立っていた。そしてその数瞬後に気付く。

 

 

 

隣に居たリュウマが、そこには居なかった。

 

 

 

戦いの狼煙は斯くして上げられることとなった。驚きつつも、リュウマならばあの程度の化け物なんぞ直ぐにでも殺すだろうという信頼故の確信を抱いていた各々だったが、後に…その考えを改められてしまう事に、今はまだ……気付いていない。

 

 

 

 

 

 

 

 








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第 ৭ 刀  目覚めし憎悪






 

 

風を切り裂く音が鼓膜を揺らす。翼に重くのし掛かる風の質量を感じる。掌から伝わる力強さに感嘆となる。

此処は大いなる大空。青き海。澄み渡る(あま)の空間。そんな空の遙か上空の彼方に彼…リュウマは居た。

 

下に見える広大な大地と平行して飛んでいるリュウマは、目と鼻の先に居る化け物の、我が身体を刺し貫かんとしていた手刀を、鞘に収めたままである天之熾慧國で受け止めていた。

 

あの瞬間…トレジャーハンターの余所者の手によって、過去の英雄が施したであろう封印を解き、そして解き放たれた化け物が前傾姿勢を取り、真っ直ぐ突っ込んでくると予測したリュウマは、化け物の手刀が自身の身体を貫くその刹那、左腰に差していた銀と黄金の装飾をされている天之熾慧國を、鞘に収められたまま引き抜いて防御の姿勢を取った。

 

魔力で足を固定していなかった訳では決して無いが、突貫してきた化け物の推進力が予想に反して強く、固定した足場を粉々に破壊しながら後方へと無理矢理押し遣られ、更には壁をぶち抜いて外へと弾き出された。しかし、化け物はそれでも止まらず、今もこうしてリュウマを押し込み続けていたのだ。

 

化け物の背中には翼などは無い。しかし、その巨体にしてみては小型の、飛行機のエンジンを細く長くしたようなターボをする為の器官を持っており、そのターボの為の器官に魔力を回し、ジェットエンジンのような用量で弾かれるように飛んでいるのだ。この時点で時速1200㎞を越えており、常人ならば推進力を得た巨体の質量に負け、身体を爆発四散させても可笑しくは無い。

 

だが、リュウマはそんな常人とは生まれた瞬間から逸脱している。その証拠にマッハ1を越える速度の中、況してや化け物からの攻撃を持続的に受けて尚、その顔は相手を見下す嘲笑を浮かべ、嗤っていた。

何故己を最初に狙ったのか。普通は弱い者から狙う筈であるし、立ち位置としては両隣にクレアやバルガスが立っていた。思えば思うほど何故なのかという疑問が幾つか浮かぶが…()()()()()()()()()()()()()()()

 

死人に口なし。これから死ぬ者の何を知れば良いというのか、何に興味を惹かれねば為らぬのか。全く以てその思考自体が無駄であった。なのでリュウマは、早速と言わんばかりに、右手を天之熾慧國の柄へと滑らせて握り込み、鎺を見せて刀身を晒した。まるで出番を待っていたように、斬る相手が現れた事に歓喜するように、使われる事に陶酔するように、天之熾慧國は刀身から眩く鋭い光を放った。

 

 

 

「■■■■■■■■■……………ッ!!」

 

「模倣…至高天・遅速(ちそく)(つるぎ)──────」

 

 

 

攻撃を持続的に行っていた化け物が止まった。いや、止ざるを得なかった。何せ、標的だった男が…何時の間にか目と鼻の先から一転、忽然と姿を消したのだから。防御していた筈なのに、手刀を繰り出していた手から重さが消え、居ないことに気が付いた時、化け物は標的を探すように周囲を見渡し、見付けた。

 

背後に居た。ばさりという力強い音が聞こえた。だから身体を反転させ、追撃を加えようとした。しかし出来なかった。化け物は喋れない。喋る事が出来ない訳では無いが、『言語』というそのものの存在を知らなかった。だから、()()()()という言葉は無かったが、何かが違うという胸中の思いはあった。そして見た。その思いを抱かせた己の両の手を。しかし、そこには手は有ったが…もう手では無かった。正しくは()()()()()である。

 

化け物が己の両の手に視線を落としたその瞬間、その両の掌は落ちた。手首から線が一本入り、斬り落とされた。全く気が付かなかった。痛みも感じない。まるで未だそこには手が有るように感じられる鮮やかさ。しかし実際にそこには手など存在しない。そしてもう一度、大きな黒白の翼を使って飛ぶ、リュウマの後ろ姿をその眼に収めた。しかし、そんな件のリュウマと言えば、背後に居る化け物に警戒するでもなく、()()()()()()()天之熾慧國の白銀の刀身を、ゆるりとした時間を掛けて納め、納刀していた。

 

そんな無防備な姿を好機と見なしたのか、化け物はもう一度ターボ器官に魔力を回して突進しようとした。しかし、今度はそのターボ器官が失われてしまった。化け物の身体は今、時が経つに連れ…否、()()()()()()()()()()()()()()()()()()斬り刻まれていた。

 

 

 

「──────『時界崩刀(じかいほうとう)』」

 

「■……■…■■………■…………ッ!!」

 

 

 

化け物の目前から姿を消し、背後へと抜けていたと思っていたリュウマは、時既に殺し終えていた。しかし、そのあまりの早業と神業に、時が置いてけぼりを受け、今ようやっと追い付いたのだ。何のことは無い、言ってしまえば簡単な事であるし、剣を極めれば誰でも出来てしまうだろう。そう、唯単に()()()()()()()()()()()()()()()()良いだけの事なのだから。それもたったの14万7千と695太刀である。

 

この剣技はリュウマが独自で作ったものではない。太刀数は多く為れど、これを作ったのは別の人物である。400年前に栄えた全翼人が住まいながら、王の温情と慈悲により、住まうことを許された他種族が多く住んでいた楽園、フォルタシア王国。そんな王国で最強の者しか就けないという王。そんな王が存在しながら、裏ではそんな王の実力を軽く凌駕していた人物。

 

それこそ第17代目国王であったリュウマの実の母、戦女神(いくさめがみ)と謳われ、フォルタシア王国単騎最大戦力者と讃えられたマリア・ルイン・アルマデュラの得意技の一つであった。リュウマが何度も挑み、圧倒的力で捻じ伏せられ、苦渋の敗北を与えること3800回以上。不老不死となった24の時には既にマリアを越えていたリュウマであるが、実は御年18まで、リュウマはマリアに実践で一度も勝ったことが無かった。

 

一度見れば、例え途中の技であろうが魔法であろうが、全て模倣して更に強化させる事が出来るリュウマが模倣しながら、技そのものの精度を更に強化して放っても、自身で強化された技を更に強化して放ってくる。まさに圧倒的力と才能であのリュウマを捻じ伏せ続けてきたマリアの技である。一度放たれれば『時間』すら気付かせない太刀筋故に、斬られていることに気付かせず、『時間』が気付いて追い付くと同時に()()()()()()絶技である。

 

10万を越えて斬られて斬られ果てた化け物は、消滅するようにその場から姿を消した。

 

 

 

「塵芥如きが…我の首を狙おうなぞ烏滸がましい」

 

 

 

かちりという音を奏でながら、天之熾慧國を鞘へと納刀し終えたリュウマは、先程まで化け物が居た場所へ見下すような冷たい目線を向けていた。人間の言葉すら理解出来ぬ化け物風情が、真っ先に己を狙おう等不敬以外の何物でも無い。そう言っているようなリュウマの表情もまた、冷たかった。

 

やがて視線を逸らしたリュウマは、一度6枚の翼をばさりと羽ばたかせ、膨大な魔力を放出させながらその場から飛び去った。唖音速の速度の中でリュウマが感知しているのは、盟友であるバルガスとクレアが内包する膨大な魔力だ。天空を彷徨う大陸は、実に強固な魔法によってその姿を隠している。故に闇雲に探すのでは無く、その大陸に居るバルガスとクレアの魔力を目標に飛んでいるのだ。

 

そしてリュウマが化け物の事など容易に下すと解っていたのだろう。道導の為にと、態と膨大な魔力を解放していくバルガスとクレアに気が付くと、リュウマは薄い笑みを浮かべながら更に速度を上げ、ソニックブームを引き起こしながら先を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

唖音速で飛行すること数十秒が経過した頃、リュウマは目的だった大陸の境界線に入り込み、上から大陸の陸地を一瞥した。当時ならば国として発展していたであろう跡地が広がり、中央に見る者を見上げさせる圧巻の城が一つ聳え立っている。何故この大陸は空を浮遊しているのか、その理由は定かでは無かったが、それは追々調べていけば明るみに出るというもの。

 

飛行する時の衝撃波で陸地の物を破壊しないよう、速度を落としながら城を目指し、壁を突き抜けて来た一室の元までやって来た。一度大きく羽ばたいて、ふんわりと壁の大穴の前で静止すると、中ではクレア達が化け物の腹部に深々と突き刺さっていた、過去の英雄の代物であろう大剣を手に取り、調べていた。

 

既に戻ってきている事は気配と魔力で気が付いているクレア達は、化け物の手によって押し飛ばされてから数分で帰ってきたリュウマを迎えるべく、大剣を床に突き刺して振り返った。

 

 

 

「今戻った。過去に対峙した英雄が封印という手を取らねば為らぬ程の塵、それ相応の強さではあったが…()()斬れば逝ったぞ」

 

「ご苦労さん。まあ、お前狙った時点でンなこたァ解りきって──────おい後ろッ!!」

 

「……?何──────」

 

 

 

部屋に一歩踏み込もうとしたその時、クレアが血相を変えてリュウマへ向かって大きく叫んだ。そして何だ、と言い終わる直前、リュウマは横合いから脳を揺さ振りかねない程の絶大な一撃を食らい、その姿を掻き消すように吹き飛ばされた。

 

何が起きたのか、それは実に簡単だ。リュウマの背後を何時の間にか取っていた()()()()、彼の腕を掴んでもう一方の腕で横っ面を全力で殴り付けたのだ。気配すら感じさせなかった故に、リュウマは背後に居る事すら気が付かず、逆にリュウマの方へ向き直ったクレア達だからこそ、彼の背後に立ち、腕を大きく振りかぶっている化け物に気が付いたのだ。

 

リュウマが横へと吹き飛ばされてから直ぐ、クレアとバルガスは己の専用武器に手を掛けた。リュウマは先程斬ったら死んだと言った。彼が斬った以上、生物が耐えられる可能性は皆無。不可能だ。そして何よりも死んだと確かに口にした。人間も含めた数多の生物を殺してきたからこそ、相手の生死を見間違う筈も無い。となれば、必然的にこの化け物には何かがあると睨んで間違いないのだ。

 

しかし……化け物はクレア達へ向かうことは無かった。

 

 

 

「──────逝ねェッ!!」

 

「■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 

 

先程殴り飛ばされた筈のリュウマが舞い戻り、化け物の横っ面を殴り飛ばした。そして思い切り殴ったのだろう、文字通り化け物の頭が完全に消し飛んだ。バケツの水をぶちまけたように血のような赤い体液が飛び散り、頭を失った身体がそこには在った。

 

しかし、やはりそういうことなのだろう。化け物の頭が瞬時に修復された。目にも留まらぬ瞬間的修復に息を呑む。リュウマが斬り刻んだのは間違い無い、だからこそ、此処に居るのは斬り刻んだ所で瞬く間に治る超速再生能力を持つか、不死身の肉体を持つ存在なのか、魔法による効果なのか。そして、最も注意すべきは、化け物が頭部を修復した速度である。

 

一番身近な存在を紹介するならば、リュウマの妻であるオリヴィエだ。オリヴィエは400年前に姿を消してしまったリュウマを捜し出すため、不老不死となる為にとある不老不死の霊薬を力尽くで奪って全て飲み干した。その後魔法で完全に身体に馴染ませて一体化させることで、完璧な不老不死となった。そしてそんな不老不死のオリヴィエの回復速度は、あのリュウマの自己修復魔法陣の修復速度をも凌駕する。

 

化け物が頭部を修復させた速度は、なんとそんなオリヴィエの傷の修復速度にも引けを取らない速度だったのだ。

 

 

 

「おいリュウマ!」

 

「案ずるな!此奴は何かと我を標的としている。それに此奴は何かが可笑しい…今はまだ解らぬが、今から解き明かして殺す。故に我のみでやるッ!」

 

「あっ、オイッ!」

 

 

 

頭を再生させた化け物の頭に、鞘に納まった天之熾慧國を叩き付けて下へと叩き落とし、それを追ってリュウマも急降下を開始した。

 

行ってしまったリュウマに、クレアは仕方ないと言いながら頭を掻いて、振り向き様に扇子を構えた。それと同じようにバルガスもハンマーを持ったまま体の向きを後ろへと転換させて構える。シルヴィアは何で武器を構えているのか解っていない様子だが、後ろを振り向いて瞠目した。

 

振り向いた先には、先程バルガスが粉々に壊した筈のロボットが、更に三体現れたのだ。圧倒的強度、圧倒的攻撃力を併せ持つ特殊合金製のロボットが、侵入者であるクレア達を排除すべく、迫ってきたのだ。

 

 

 

「ガラクタ共がよォ──────粉々にブチ壊してやんよォッ!!」

 

「……お前達の…強度は…把握している。今度は一撃で…破壊してやろう」

 

「わ、私はコレを倒せるのでしょうか…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

『侵入者を発見。侵入者を発見。異常魔力を持つ二つの反応を即刻排除の後、■■様を回収します』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どれだけ消し飛ばされようと修復する。例え粉微塵に変えようとも修復に支障無しとはな。貴様のその修復は何を以て担っている?」

 

「■■■■■■■■■──────ッ!!!」

 

「言の葉も交わすことが出来ず、本能に従い暴れるしか能の無い塵芥が…ッ!!」

 

 

 

空で向き合っている化け物とリュウマ。封印が解かれた瞬間から敵対している両者であるが、リュウマは何時もと少し違う感情を化け物に対して抱いていた。

 

リュウマは化け物を見た瞬間から、何故か解らないが不快で仕方なかった。何故かは解らない。基本彼は何か碌な事をしない輩か、見ていて虫唾が奔るような行いをするような輩では無い限り、実はそう簡単に人を嫌ったりはしない。

 

自身が余りにも全てを持って生まれてしまったが為に、意識していなくとも、無意識の内に他人のことを何処までも見下し、蔑み、嘲笑として嗤ったりするものの、初対面で他人を嫌うということはしない。況してや相手は見たことも無い化け物だ。何の種類に分類されるのか、何故こんな所に居たのか、何故これ程の力を有しているのか。そんな疑問を抱いて興味を持ったとしても、此処までの不快感と嫌悪感は抱かない筈なのだ。

 

しかし、彼はこの化け物が不快で、見ていて苛々して、虫唾が奔って、気持ち悪くて、視界にも入れたくなくて……実に今すぐ斬り刻んで殺したい。それだけが心と頭を巣くっているのだ。

 

何故かは解らない。だが如何しても、彼は化け物の構成している全てを嫌っていた。

 

 

 

「実に…実に不快だ。貴様を視界に納めるだけで不快感が益々増える一方だ。何故貴様はそうも我を不快にさせる?何故そうも抗う?貴様は我の為に唯逝ねば良い」

 

「■■■■■■■──────ッ!!!!」

 

「嗚呼喧しい……先ずはその耳を劈く声を上げられぬよう、首を捻り折ってやる」

 

 

 

雄叫びを上げる化け物の声に、眉間に皺を寄せて如何にも不快だという表情を作りながら、リュウマは空に滞空しているにも拘わらず、忽然と姿を消した。そして次に現れたのは、眼で追おうとしていた化け物の懐であった。視線に捉えた瞬間、化け物は反射的にリュウマへと向かって腕を振り下ろした。しかしその腕は虚空をなぞり、リュウマはまた姿を消した。

 

次は何処に消えた。そう感じる暇も無く、化け物の視界の端に黒白の翼を捉えた。上に居る…のではなく、リュウマは化け物の肩に乗っていた。肩車をしている状態になりながら、化け物が次の動きに出ようとするその瞬間、リュウマは化け物の頭頂部と顎に手を回し、反時計回りに首を捻り回した。

 

ごちゅりという生々しい音と共に、化け物の頭はリュウマの剛腕によって三回転した。首が捻じ切れず、辛うじて付いているような状態で、首は自重の重さに負けて前へと垂れ下がる。頭に指令を出す中枢の脳が有るのは、人間と同じで変わらないのだろう。だからか、首の中で捻じ切れてしまった神経の所為もあって、一瞬身体の動きが硬直した。

 

動きを止めた相手が、また動くようになるのを見て待っている程、リュウマは甘くは無いしお人好しでもなく、正々堂々を生業とした騎士道精神なんてものを持ち合わせている訳でも無い。故に、リュウマは腰に付いた天之熾慧國へと手を伸ばして、今のは状態から化け物を斬り殺そうとしたのだが、彼は何かをするでもなく化け物から大きく距離を取った。

 

瞬く間に300メートル程の距離を取ったリュウマは、何が起きたのか解らないとでも言うような、困惑した表情をしながら、開いた己の掌を見つめていた。

 

 

 

「何だ…先の感覚は…?今までに味わったことの無い…不愉快な気分が我の身体を奔った…ッ!」

 

『警告。マスターが化け物と呼称する有機生命体に肉体的接触を図って13秒後、マスターの魔力絶対値が減少しました』

 

「……何…?絶対値が下がった…つまり、我の魔力が減少したのでは無く…我の()()()()()減少したとでも言うのかッ!?」

 

『肯定。事実、マスターの魔力が減少したと同時に、仮称化け物の魔力が増大しました。世に存在する一般的な魔力量を保持する魔導士の魔力を総合1イデリアとすると、数値にして20イデリアの魔力を奪われました』

 

「……………───────────。」

 

 

 

それは彼にとって、初めての感覚であった。他者の魔法を無効化した後、その魔力を吸収したり、肉体的接触で無理矢理魔力を奪ったりする事はあれど、自身の魔力を奪われるという体験はしたことが無かったのだ。況してや彼の魔力は、オリヴィエ以外には手を出すことが不可能な力。奪おうと思って奪えるような、そんな容易な力では無いのだ。

 

そして、奪われた魔力量にも問題があった。奪われた時の、あの何とも言えぬ不愉快な感触。それが起きたのはほんの一瞬だった。にも拘わらず、奪われた魔力量は一般魔導士20人分の魔力だという。もし仮に、長時間接触でもしたら、自身の魔力は延々と奪い取られていたのではないか。そんな気がして為らない。

 

そして、奪われたのは魔力ではなく、魔力の器である。魔力の根本を物に例えると、水の入ったグラスである。グラスという器があるからこそ、水という魔力が注ぎ込む事が出来るのである。だが逆を言えば、グラスという名の器が無ければ、水という魔力を注ぎ込む事が出来ないということである。つまり、リュウマは根本的な魔力を奪われたのだ。

 

例えリュウマの持つ魔力が途方も無かろうと、奪われた事に変わりは無い。今までに経験が無く、相手が一体何なのかも解らない。そんな相手だからこそ、彼の背中に嫌な予感から来る薄ら寒い物を感じ取った。そしてそれは、“あの戦い”の時にも何度も感じ取ったもの、つまりは彼が極限の状況下にまで追い詰められた時に感じたものと、良く酷似していたのだ。

 

 

 

「…………──────認めるか」

 

 

 

故に、彼は到底認められるものではなかった。何度も苦労をさせられた魔力である。量が増えすぎて周囲の物を無差別に破壊し、如何すればいいのか何度も頭を捻り、普通に戦いたいのに魔力の絶対量の所為で、満足に戦いそのものを楽しむことが出来ない。

 

だが、それでも…自身の魔力は己の誇りであり、自信であり、自慢であり、力そのものであった。そんな(純黒)の魔力を奪い取る等という蛮行は、他でも無い彼が認めないし納得しないし…何より大変不愉快であった。

 

 

 

「認めるか塵芥如きがァ──────ッ!!我に斬り殺されておきながら今尚生き、剰え我の魔力を奪おうなどとッ!貴様は我に斬られたその瞬間から感涙に噎せながら逝ねば良いものを…ッ!貴様は我の威を狩った。当然にして必然の裁きを受けよ」

 

「■■■■■■■■■■■■■■■…………」

 

 

 

『マスターの心拍数上昇。魔力の上昇を確認。落ち着いて下さい。過度な興奮はこの場では非常に危険です。仮称化け物にマスターの魔力による魔法は悪手。今一度体勢を立て直し、戦闘方法の最適解の再検討を──────』

 

「そんなものは要らぬッ!!アルファ、お前は()()()()あの化け物の存在を解析しておれば良いッ!」

 

『………畏まりました。我がマスター』

 

「──────『弾け狂う爆兎(ラビット・フレア)』」

 

 

 

全身が純黒の魔力で構成され、真っ赤な両眼からは赤き稲妻がスパークしている兎が造られた。リュウマが右腕を水平に払っただけで、純黒の兎は五十匹余り造り出され、そのどれもが主であるリュウマの命令を待つように、足元で鎮座していた。そして、目を細めたリュウマが、化け物に人差し指を向け、征けとだけ告げると、純黒の兎は一斉に行動を開始した。

 

造り出された魔法生物の黒き兎達は、まるで本物の兎のように跳ね跳びながら標的である化け物へと接近していく。しかしその間、化け物は一切動いていなかった。何をするでもなく、何かする様子も見せない。ある意味での仁王立ち。唯々彼の放った魔法が来るのを待っていたのだ。

 

訳が分からなかった。いくら言語を知らず、見たままの化け物であろうと、魔力を使用している以上、この魔法に籠められた莫大な魔力を感知出来ないはずが無い。だというのに、何故逃げようとも、回避をしようとしないのか。それとも()()()()()()()()()()()()()()()()()。彼は奥歯を噛み締める。何処までも苛つかせる存在、そして舐めきった愚弄の態度。此処まで虚仮にされている気分を味わうのは初めてだった。故にこそ……。

 

 

 

「──────では疾くと逝ね」

 

 

 

望み通りにしてやろう。その一存で黒き兎達を真っ直ぐ化け物へと向かわせ、着弾させた。そして爆兎が化け物の表面に触れた途端、大空を自由に浮遊する大陸が大きく揺れ動く程の大爆発が引き起こされた。空中で放たれたにも拘わらず、そこには立派で壮大なキノコ雲が発生し、辺りの酸素を奪いながら高く登っていく。その破壊力は“あの戦い”よりも比較にならないほどの殺傷力を秘めていた。

 

ある意味の封印を施されている中で放った魔法であったので、本来の威力の2割も出ていなかったのだ。しかし、今回は遠慮も何も無い、正真正銘の本家の威力。場所が違えば、確実に大陸の形が変わってしまっていたであろう程の破壊力。それだけの威力を持ちながら、それは一匹分での話だ。そこから更に、残る黒き兎達が連鎖的大爆発を引き起こすのである。

 

一匹で大陸の形を変えるほどの威力。ではそれが何十度も繰り返されたとなればどうなるだろうか。答えは彼が知っている。絶対に何も残らない。そういう自負があり、確信があった。そう……()()()のだ。

 

 

 

「な……に……?どうなって……いるというのだ…?」

 

 

 

「■■■■■■■■■……………………」

 

 

 

化け物は──────健在であった。

 

 

 

あれ程の大爆発を五十余り立て続けに受けておきながら、爆発が起きるその瞬間まで居たところから全く動いていない。変わらずの仁王立ち。直立不動。化け物は彼の放つ凶悪な魔法を、その身のみで受けきったのだ。しかもそれだけでは無く、その身に一切の傷は無し。変わらず石灰石のような白に近い色をした体表を晒していた。

 

化け物は首を二度三度回して、頭の上に乗った屑を払い落とすと、身を力ませるような体勢を取った。何が起きるのかと警戒したその時、リュウマは近年で一番であろう程の驚愕に身を凍らせ、瞠目した。何故なら、化け物が魔力を解放した途端……()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

爆発的に魔力が増大し、先程まで感じ取っていた化け物が内包する魔力の総量は、遙かに越えて放出されていたのだ。その総量はまるで、先程リュウマが放った魔法に使用した莫大な魔力を足されたかのような。それ程の魔力が化け物から顕れたのだ。

 

危険だと直感した。今まで感じていた不愉快感や苛つき、嫌悪感を余裕でぶっちぎり、使命感による殺意へと変貌したのだ。コレを生かしておく訳にはいかない。純黒なる魔力は彼が使っているからこそ、強制力の働くだけの魔力で収まっているのだ。しかし、それを使用するのが知性も持ち合わせていない化け物だとするならば、それは大変危険なものである。

 

何せ今この瞬間から、化け物は世界を容易に破壊する力を手にしてしまったのだから。

 

 

 

「────ッ!!させ────ッ!?」

 

「■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!!」

 

 

 

今すぐこの化け物を捻り殺そうと、リュウマが翼を大きくはためかせ、初速から最高速を出して飛び出そうとしたその瞬間、リュウマの傍らには既に化け物が居て、硬く握り込んだ拳が彼の顔面に叩き込まれていた。

ばきゃりという生々しい音を、顔面に感じる痛みを感じてから聴いたリュウマは、後方へ吹き飛ばされながら思考をしていた。

 

一体何時動いていたのか。全く動こうとする予兆を見せていなかった。何故、何時(いつ)、どの様に攻撃されたのか、それらが一切不明なまま、彼は吹き飛ばされていたのだ。

感触で解る折れた鼻の骨を無理矢理曲げて直し、垂れてきた鼻血を乱雑に拭いながら翼を使って空気抵抗を増やし、体勢を立て直して化け物を睨み付けるように目を向けたその先では……目と鼻の先という近距離で()()()()()目が合った。

 

 

 

「──────ッ!?(マズ)──────」

 

『警告。防御魔法が間に合いません。魔法が接触する前に即刻退──────』

 

 

 

「──────『■■■■■■』」

 

 

 

リュウマは訳も分からず、場の状況に困惑しているまま、先程自身が放った筈の魔法と()()()()魔法の大爆発に晒され、辺り一面に計り知れない衝撃を奔らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュウマが化け物と別の場所で戦いを繰り広げている時と同時刻、化け物が封印されていた城の一室では、突如姿を現したロボットと戦っているクレア達が居た。

 

 

 

「──────砕けろ」

 

「──────オラァ死ねェッ!!」

 

 

 

一度戦ったバルガスは、ロボットの耐久力を知っているため、腰に括り付けたハンマーの赫神羅巌槌を手に持ち、巨体に似合わぬ軽やかさの跳躍をしてロボットの脳天目掛けて赫神羅巌槌を振り下ろした。世界で一番の超重量を誇る赫神羅巌槌の重量と、生まれた瞬間から一般成人男性の20倍の腕力を持って生まれる翼人の、その王であるリュウマにも並ぶ腕力を持つバルガスの力が載った一撃は、ロボットの頭部を易々と破壊し、潰した空き缶のようにロボットの全身を粉々に破壊した。

 

一方、物理的な力を見せ付けるバルガスとは違い、魔法による攻撃を主とするクレアは、まず最初に扇子の形をした蒼神嵐漫扇を揮い、ロボットの全身を包み込むだけの竜巻を発生させ、ロボットを覆い尽くす。すると中の回転の力が加えられながら、クレアの魔力操作によって乱雑な力の向きが生じる。回転の向きに合わせてロボットを捻じ切ろうとする力が働くが、耐久力に優れたロボットは持ち堪え、火花を散らす程度で終わってしまった。

 

しかし、クレアはその瞬間を見逃さなかった。蒼神嵐漫扇を振って竜巻を消し去ったクレアは、軽く息をフッと吐くと、それが薄く白い息となり、次第に大きさが増してクレアの前方で円を描くように回り始めた。回転する速さを増していくと、回転によって周囲から急激に掻き集められた空気が溜まり、円を描く風の輪に向かって蒼神嵐漫扇を揮うと、風と魔力で練り上げられた力が方向性を得て、ロボットに向かって光線のように放たれた。

 

両腕をクロスさせて受け止めようとするロボット。しかし、構えた途端腕が落ちた。がしゃりと鳴りながら落ちた腕は肘の部分から切り離されていたのだ。そしてそれは肩、腰足の膝、足首と次第に切り離されていく。どうなっているのか、エラーを起こしている間に、クレアの放った光線によってロボットは跡形も無く消し飛んだ。

 

最初の竜巻でロボットを捻じ切ろうとする行動、あれは本当に捻じ切ろうとしたのではなく、節々の可動部が何処に有るのかを見極めるため、関節を曲げさせるために行ったのだ。結果として可動部で火花を散らせ、その瞬間クレアは細かな部品と部品の間を見極め、光線を放ってから着弾する前に、蒼神嵐漫扇を揮って形成された鎌鼬で可動部を切り放した。

 

それにより、ロボットは身動きが取れないまま、光線の餌食となる。可動部の隙間を縫うように風の刃を入れる芸当は、人類最終到達地点の中で一番の魔力操作能力を持つクレアに取っては、息をするよりも容易であった。

 

 

 

「──────きゃっ!」

 

『2機の撃破を確認。単騎での目標との接触を図ります。目標…■■様の回収』

 

「ぇ……?」

 

 

 

「おいシルヴィア!頭下げろッ!!」

 

「───っ!はい!」

 

 

 

クレアとバルガスの手によって他の2機が破壊された事に気が付いた3機目のロボットは、シルヴィアに向けて手を伸ばすが、クレアの声で我に返り、尻餅をついてしまっていたシルヴィアは急いで頭を伏せた。

 

後ろではシルヴィアが捕まりそうになっているのを見たクレアとバルガスが魔法を放つ準備に入り、今まさに放とうとしていた。

風の魔力によって創られた巨大な矢に向けて、バルガスが赫雷を帯電させた赫神羅巌槌を振りかぶっていたのだ。そして軽く助走を付けながら、クレアの強い追い風のバックアップを受け、更に加速したバルガスが揮った赫神羅巌槌が風の矢の頭部分を叩き付け、風の矢は撃鉄に叩かれた弾丸のように放たれた。

 

 

 

「──────魔力融合(ユニゾンレイド)

 

「──────『破嵐の矢(トォルテンピラズ)』ッ!!」

 

 

 

赫雷を纏った蒼き一条の矢は、一直線にロボットへと向かっていき、防御したロボットの腕ごと抵抗無く胴体部分に風穴を開け、更には壁を突き抜けて目にも見えない程の遙か彼方まで進んでいった。胴体部分に大きな穴を開けられたロボットは膝から崩れ落ち、倒れて機能を停止した。

 

倒れ込んでいたシルヴィアは、二人がやってのけたユニゾンレイドを間近で見て感嘆の声を漏らす。ユニゾンレイドとは本来、完璧に息の合った者同士でしか行えず、ある意味では魔法の中で最難関の難易度とされ、中には会得する事も出来ず魔導士稼業が終わる者も居る程である。

 

暫しの間呆けていたシルヴィアだったが、目前に出されたクレアの手を握り込んで立ち上がった。そしてそれと同時に、大陸全土が大きく揺れる地響きが起きた。立ち上がったところで更に衝撃が来たシルヴィアは、再び尻餅をつき掛けるが、クレアに抱き締められた。

 

 

 

「あ、ありがとうございます…っ」

 

「い、いや、大丈夫だ。っにしても、この爆発音は2回目だな。アイツ手こずってンな」

 

「……頭部を…吹き飛ばされながら…再生した…不死身の肉体…なのやも知れぬ」

 

「────ッ!!そうです、クレア様!!」

 

「うおっ!?どうした?」

 

 

 

抱き締められていたシルヴィアは、ハッとした表情になるとクレアの腕の中から出て来て、真剣な表情で、しかし訴えるかのようにクレアの瞳を見た。

 

そして告げるのだ。今リュウマが戦っているモノが、一体どれ程危険なモノなのかを。

 

 

 

「あの()に……あの()にリュウマ様は勝てませんっ!絶対にリュウマ様では勝てないんですっ!早く…早くしないとリュウマ様が……っ!」

 

「おいおい待て、少し落ち着け。お前は今まで何見てきてンだ?あのリュウマだぞ?負けるはずねーだロ?」

 

「いえ…いえっ!リュウマ様()()()あの()には勝てないんですっ!早くしないと…このままではリュウマ様は死んでしまいますっ!!」

 

「な、何だってんだ…?どうしちまったンだよシルヴィア…。それにあの()って……あーもう!!訳分かんなくなっちまうだろ!?」

 

「……取り敢えず…シルヴィアを落ち着かせ…話を聞こう。このままでは…話の全容が…見えてこない」

 

 

 

今までのシルヴィアとは思えない錯乱ぶりに、クレアも困惑した顔をしてしまう。彼等が知るリュウマというのは、戦えば必ず死屍累々の山を築き上げ、常勝と破滅を齎す絶対の存在であり、掛け替えの無い盟友である。そんな存在が、たかだかあの化け物なんかに負ける…?有り得ない。絶対に有り得ない。

 

しかし、必死に訴え掛けてくるシルヴィアの顔を…瞳を見ていると、何故かは知らないが嫌な予感を感じさせるのだ。何て言葉にすれば良いか解らない。強いて言うならば“不安”。それがクレアとバルガスの心の中に芽生えつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かッ…ぁ゙……ぁ゙が…ッ……ぁ゙あ゙……ッ」

 

『魔力の絶対値の急激な減少を確認。30イデリア…70イデリア…150イデリア……。仮称化け物の内包魔力の増大を確認。マスターの魔力が奪われています。左鎖骨骨折。右第3肋骨骨折。左第4から第8肋骨に掛けて骨折。右腸骨に亀裂。左大腿骨粉砕骨折。頸椎損傷。身体的ダメージ64.8%。身体能力30.4%低下。心拍数低下。体温低下。マスターの意識混濁を確認。緊急事態と判断し、私とマスターの意識の代替を行い、マスターの意識を確保及び回復を優先させる為保護。目標…マスターの意識回復までの時間稼ぎ及び身体的回復並びに魔力簒奪阻止。──────(α)による迎撃システムへ移行します』

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 

 

そしてクレア達は…その不安が既に的中していることを知らない。

 

リュウマは体中がボロボロでありながら、そこら中から血を流し、傷一つ負っていない化け物に空中で首を絞められ、宙吊りにされていた。これ以上は危険と判断したアルファの手腕によって意識は朦朧としていた所から一転し、ブラックアウトを起こした。

 

意識が切り替わった事により、滅多なことでは表に出て来ないアルファがマスターであるリュウマの身体を操る。しかし、それでも…理論上リュウマの100倍は聡明なアルファですら、この化け物に対して如何すれば良いのか解らず、自身には時間稼ぎが精一杯と判断したのだった。

 

 

 

 

 

 

狂った運命の歯車は、既に廻っている。

 

 

 

 

 

 

 

 








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第 ৮ 刀  記憶






 

 

 

 

 

 

あ た た か い

 

 

 

 

 

 

 

そこはまるで何か温かく、柔らかなものに包まれているような夢心地であった。何もしたくない。何もしなくて良い。何かをしなくても許される。そんな確信めいたモノがあった。

 

身体を丸める。まるで何かに耐えるように。体を弛緩させる。まるで何かを諦めてしまったかのように。目を閉じる。まるで見たくないモノを見ないようにするように。耳を塞ぐ。まるで何も聴きたくないとでもいうように。

 

もう何もかもを捨て去り、この場に留まりたい。そんな意識が確実に己の心を侵蝕していく中で、頭と頬を慈しみられながら撫でられた感触を知覚した瞬間、大きな6枚の翼をはためかせ、感じた全ての幸福な感覚を消し飛ばした。

 

 

 

彼……リュウマ・ルイン・アルマデュラはそんなモノを今は求めて等いなかった。

 

 

 

──────……何があった?今、我は一体どうなっている……思い出せ。我が認識しておらずとも、見聞きした情報は総て我の脳が記憶している。我は唯それを引き出せば良いだけだ。………そうだ。我は返されたのだ。放った魔法を放った()()()()()()。そして回避も防御も間に合わずそのまま…………。

 

 

 

『──────リュウマ』

 

 

 

「──────ッ!?」

 

 

 

事の顛末を思い返したリュウマは、歯を強く噛み締めてぎりりと音を奏でた。しかしその瞬間、忘れる事の無い…いや、忘れる事など出来ない敬愛する声が聞こえた。

 

声がした方向に向かって振り返る。するとそこには、リュウマの実の父であるアルヴァ・ルイン・アルマデュラが微笑みを携えながら立って見つめていた。懐かしい光景だ。思い返すことはあれど、今のように視覚で認識したのは400年振りとなる。その事実に眼を涙で潤わせながら、自然と口角を上げた。

 

 

 

「父う──────」

 

 

 

『──────父上っ』

 

 

 

涙を溢れさせそうになりながら、アルヴァに手を伸ばして声を掛けようとした途端、そんなリュウマの腹部を摺り抜けるように小さな少年がアルヴァの元へと駆けていった。突然のことにリュウマは、求めるように伸ばした腕をそのままに固まり、走り寄った子供と、そんな子供を満面の笑みで迎えながら抱き上げるアルヴァの二人のことを見た。

 

心がずきりとした。まるで杭を胸に打ち込まれたように痛みを感じながら、何かを捉えることも無かった腕を下げ、仲睦まじい光景を醸し出す()()()()()アルヴァを、悲しげな瞳で見つめていた。

 

一体何時の頃の己だろうか。まだ今のように立派で大きな翼に成長していない翼人の誇り。子供特有の短めの髪。武器を持ったことすら無いのだろう柔そうな掌。身長に合わせられた小さくも短い純黒の刀。それらを考えて、恐らくは5歳やその程度の頃のリュウマだろう。そんな子供の頃のリュウマは、純粋無垢に屈託の無い眩しい笑みをこれでもかと振り撒き、周囲の人を明るくしている。今とは比べられない程明るい己だ。

 

 

 

『おおっふ。リュウマ、また重くなったなぁ。いやホントに』

 

『えへへ。昨日計ったら84キロでした!』

 

『……筋肉密度どうなってんの?』

 

 

 

「っく……ふふ。父上、冷や汗が出ていますよ?ふふ。父上は普通の翼人とは違い、筋力が乏しいのですから見栄を張らずに下ろせば良いものを……しかし、この頃には80㎏を越えていたか。まだまだ軽いな」

 

 

 

アルヴァの額に流れる一条の冷や汗を見なかったことにして、微笑ましい光景に、リュウマは胸の痛みを一旦忘れて笑みを浮かべる。アルヴァのように絶対記憶能力を持っているわけでは無いリュウマでも、流石に400年前の何気ない日常は記憶から擦り切れてしまう事も珍しくは無い。だからこそ、今の状態は懐かしい頃の写真が載っているアルバムを見ているかのような気分だった。

 

これ以上子供のリュウマを持っていれば、日夜王の債務で机と睨めっこしてばかりである運動不足のアルヴァでは、5歳程度にして成人男性並みの体重があるリュウマを支えてはいられない。それを承知の上で少しでもカッコイイ父親を見せようと痩せ我慢を続けるアルヴァにクスリと笑った。

 

しかし、何時までもそんな光景は続きはしなかった。頃合いを見て子供のリュウマを降ろしたアルヴァは、子供のリュウマと目線を合わせるようにしゃがみ込み、何用であったのかを問うた。そしてそんな問いに、子供のリュウマは母上が何処に居るのか知らないかと問うたのだ。リュウマの母、マリア・ルイン・アルマデュラを探していたのかと納得したアルヴァは、少し考えるような仕草をした後、首を傾げるリュウマに薄い笑みを浮かべながら口を開いた。

 

 

 

『そろそろリュウマも見て、知っておく必要があるか。では行こうか──────マリア(戦女神)の居る所へ』

 

『……??』

 

 

 

「……これは…この記憶は……」

 

 

 

此処まできて、リュウマは何故こんな記憶を忘れていたのだろうと、頭の上に疑問符を浮かべた。自身の記憶が確かならばこの後に来る光景は少なからず、しかし確実に自身の何かを呼び起こしたであろう大切な分岐点の筈である。

 

景色が変わる。薄らぼんやりとした、景色に薄い白を落とし込んだような記憶の光景はブラックアウトし、次の景色はリュウマの背後に現れた。それを振り向き様に確認したリュウマは、やはりと目を細めたのだった。

 

翼が成長しきっておらず、アルヴァと比べれば速度も飛距離も心許ない故か、父であるアルヴァと手を繋ぎながら従者の者達とフォルタシア王国を後にする子供のリュウマ。小さい頃のリュウマは、マリアが何処かへ出掛けているのかと思っていた。しかし、実際は違う。お出掛け…なんてかわいい言葉では表すことが出来ない場所に、彼女は居た。

 

子供のリュウマと、記憶を見ているリュウマの目に映ったのは、地平線の彼方までの総てを埋め尽くす敵兵の群れ。大凡地面と呼べるものすら捉えられない程密集した敵軍を前にして、リュウマの実の母であるマリアは居た。

背後には二人の従者しか連れていない。一人は真っ黒な布が巻かれた棒のようなモノを持ち、一人は白銀の胸当てや左用の肘当てに膝当て等、必要最低限の箇所を護るための軽い鎧を持っていた。

 

マリアの表情は何時もと同じだ。万人を魅了する美しい微笑みを浮かべながら従者の女性2人と何かを話している。しかし、この時ばかりはその微笑みが不気味であった。何せ地平線の彼方まで埋め尽くす、数万の敵軍を前に()()()()()()()()()微笑みを携え、剰え会話を楽しんでいるのだから。

 

アルヴァと手を繋ぎながら、所謂戦争場所に辿り着いた子供のリュウマは、その敵軍の数に圧倒された。無理も無い。戦闘一族とはいえ、戦いのたの字も知らない子供がこの光景を見て圧倒されない筈もないのだ。そして、地面に足を付けた瞬間、その時に間合いに入ったからか、1キロ近い距離が有るにも拘わらずマリアが振り向いてアルヴァと子供のリュウマを捉えた。

 

2人が来た事に最初こそ少し瞠目していたが、また何時ものような美しい微笑みを浮かべ、子供のリュウマに大きく手を振った後投げキッスを寄越した。何時ものマリアだ。何時ものマリアなのに、その筈なのに、何故だろうか。今のマリアが()()()()()()()()()

 

 

 

『──────リュウマ』

 

『……っ!父上……』

 

『お前に今のマリアはどう見える?』

 

『えっと…なんか、いつもの母上じゃないみたい…です』

 

『ふふ……確かにな。今日は久々の()()だし、お前が見ているからと気分が高揚しているのかもな』

 

『……父上。母上は1人で戦うのですか?』

 

『うーむ。1人()戦うというのは語弊があるな。1人で戦うのではなく、()()()()()()()()んだ。そら見ろ、もう我慢ならないみたいだ』

 

『……?』

 

 

 

その場に変化が起きた。敵軍の最前列に居た兵士が突如雄叫びを上げながらマリアに向かって突き進んだ。するとどうだ、背後に居た他の兵士達も我先にと突撃をしてきたのだ。それを確認するや否や、マリアは従者の1人から軽い鎧を受け取り装着を済ませる。そして、もう一人の従者から黒い布にくるまれた棒状の何かを受け取り…一閃。

 

巻かれていた黒い布が解け、中から白銀に煌めく鞘が姿を現した。それはマリアが肌身離さず腰にしている国宝・熾慧國(しえくに)であった。

布から解放された熾慧國を左腰に差し、具合を確かめると一度頷き、従者達に下がっているように指示を出した。従者達がマリアの指示に従って後方へ離れていくのを見届けると、右脚を一方踏み出し……消えた。

 

一瞬だった。瞬きもしていないのに、マリアは子供のリュウマの視界から完全に消えた。何処に行ったのだろうと視線を彷徨わせながらも探していたリュウマは、大きな叫び声にハッとしながらそこに視線を向けた。するとそこには、人間の頭を4つ斬り飛ばしたばかりのマリアが居た。

 

敵軍の中に入り込み、適当な敵軍の兵士の首を斬り飛ばしたのだ。それに驚き叫び声を上げた所でリュウマが気付いたということだ。

仲間をやられたからか、激昂しながら手に持つ武器を振りかぶり、マリアへと差し向ける兵士だったが、もう既に…振りかぶった時にはマリアによって首が落とされていた。

 

動脈も静脈も、総ての神経が通る首を飛ばされたからこそ、頭を失った胴体から噴水のように赤黒い血潮が噴き出、そこらに真っ赤な雨を降り注がせた。あっという間に数人から数十人を斬り殺したマリアに動揺し、道を空けるように後退る。敵軍の中にぽっかり空いた円形の場に、血潮を噴き出し続ける死体と、そんな死体の傍で降ってくる真っ赤な雨に打たれ、体中を赤黒く変色させたマリアが居る。

 

立ち止まったマリアに如何したのだろうと、若しかしたら傷を負ってしまったのだろうかと、母親を心配する子供のリュウマに、アルヴァは薄い笑みを浮かべながら大丈夫とだけ言った。何故大丈夫だと解るのだろうと考えた瞬間、聞こえてきたのは笑い声だった。

 

 

 

『うふふ──────あっはははははははははははははッ!!あーッははははははははははッ!!アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!楽しいわっ。とぉっても()()()わっ!やっぱりこの感覚が辞められないッ!止められないッ!我慢が効かないッ!!偶には体を動かさないとねぇ!?これだから王妃はストレスが溜まって仕方ないわッ!最近はあなた達みたいな良い子(莫迦)が居なくて退屈だったのっ。さあ()しませて頂戴ッ!!この戦場に綺麗で真っ赤なお華を咲かせて頂戴ッ!!うふふ…うふふふふふふふふ……あっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッ!!!!!』

 

 

 

『母上…?』

 

『あー…マリアはな、私の妃となる前は貴族でありながら兵士に志願していたのだ。理由は至って単純明快──────誰でも良いから()()()()()()。それだけが志望動機らしく、私の妃になっていなければ、マリア兵士としてこの場に嬉々として居ただろう』

 

『……母上、ボクと遊ぶ時より楽しそうに笑ってる』

 

『それは無いな。それだけは無い。有り得ない』

 

『え?』

 

 

 

人を斬り刻み、放たれる魔法をも意に返さず斬り捨て、周囲に居る何もかもを問答無用で斬り続け、高らかに笑いながら、そして同時に戦いの最中に何時もの微笑みを浮かべながら戦うマリアに、楽しそうだという常人では考えられない考えを口にした子供のリュウマに、翼人らしい思考回路をしていて満足げにしながら、アルヴァはそれだけは無いと断固として否定した。

 

 

 

『うふふ。その程度なの?その程度の力しか無いのに戦場に来たの?それともその程度の力しか無いから戦場に来たのかしら?可哀想ね。とっても可哀想だから私に斬られる栄誉をあげるわね?至高天──────『籭鳳(しほう)』』

 

 

 

『確かに楽しそうではあるが、リュウマ。お前が生まれてから、マリアの総てはお前にだけ注がれているのだ。戦いこそ至上だったマリアも、お前と遊ぶとなればお前を優先する。全てを擲ってでもお前を優先する。そしてそれは私にも言える事だ。そうだな、その内何よりもお前が大切なのだと()()()()()()かも知れないな』

 

『……ありがとうございます。ボクも、母上と父上が大切で大好きですっ』

 

『ふふ。その言葉を帰ってきたマリアに言ってあげなさい。きっと大はしゃぎしながら喜んでくれるだろう』

 

『はいっ』

 

 

 

目前にたった一人で、それもたった横凪一閃で一万近くの敵軍を惨殺した存在が居るというのに、呑気な会話を続けるこの二人はやはり普通とはズレて狂っているのだろう。況してや片方に関しては10にも満たない子供である。だが、それこそが翼人の戦闘一族でありながら、温和に見えて残忍で、優しそうで慈悲が無く、数が少ないのに戦力が最も大きいのだ。

 

そして、翼人が戦争になったら必ず敵を最も多く葬り去り、何時しか神をも殺す兵器と謳われるようになった所以は、相手が誰であろうと躊躇いも無く殺すからである。そしてそれは何故か。答えは単純。心が無いから…ではない。可哀想だとか、見逃してあげようだとかの情けの心が()()()()備わっていないからである。

 

見ている光景が変わる。映像にノイズが走り、映像は完全に消えてしまった。そしてまたも背後で光が現れた。リュウマはそれに伴って振り向き、今度は何の記憶だろうかと目を向ける。目の前には先程の幼き頃のリュウマよりも少し成長し、背が伸びていたり程よく筋肉が付き始めた7つか8つの頃だろう。一方でそんな多少成長した子供のリュウマと対峙しているのは、何年歳を重ねようとその美貌が変わることの無いマリアである。

 

しかし、今回は戦争時のものではない。対峙するのは子供のリュウマとマリア。手には木で造られた刀の木刀がある。己が持つ木刀を構えながら、少しずつ間合いを詰めていく子供のリュウマに対し、手に持っただけで鋒は地面を向き、何時もの微笑みを携えるマリア。いつも通り過ぎてどう斬り掛かれば良いのか解らないリュウマはしかし、全力で一歩を踏み出して地を爆散させた。

 

次に現れたのはマリアの目と鼻の先。しかし狙うは足元。右から左へと横凪の一撃をマリアの足に向けて揮った。防御にしても回避にしても、何かしらのアクションを起こさせて隙を作らせる為である。リュウマは最速の一撃を確信させ、今回こそは一撃を入れられる事に思いを馳せた。しかし現実はそう上手くはいかない。

 

右手に持っていた木刀が何時の間にか左手に持ち替えられ、地面に刺すことでリュウマの一撃を軽く防いだ。そして体の向きを反対側に持っていきながら流麗な動きで、踵を使った後ろ向きの繰り上げをリュウマの顎に打ち込んだ。横凪の一撃を放ってから、次の動きに入るまでの間に攻撃を打ち込まれた事により防ぐ事も出来ず、回避することも儘ならない。

 

かち上げられて一瞬だが空を舞い、どうにか着地を成功させた時には、目前に見えるのはマリアの足元。気配からして普通の斬り下ろしだ。何てことは無い。手に持つ木刀を全力で斬り上げれば良いだけの話だ。そして間髪入れずに木刀を有るであろうマリアの頭目掛けて振り上げた。それに伴い、リュウマの予想通り斬り下ろしの動作に入っていたマリアは、木刀を振り下ろした。

 

地力がそもそも違い、技量が違い、踏んだ場数が違い、強くなるために行った鍛錬の量が違う。これ程の違いが生まれてしまえば、さしものリュウマもマリアの前では何もかもが足りなかった。

マリアの振り下ろした木刀が音を、認識を、時をも置いて進み、何時しかマリアの斬り下ろしの一撃は、誰の目にも捉えられぬ程の速度を得て、当然のように同じ木刀である筈のリュウマが手にする木刀を、半ばの辺りで斬り飛ばしたのだ。

 

マリアの木刀はリュウマの木刀を斬り飛ばしてからも進み、リュウマの脳天に到達する寸前に止められた。有り余った衝撃が奔る事も無く、動きに耐えられず地が削れる事も無い。唯の斬り下ろしにしか見えない至高天の一撃であった。

 

 

 

『……またボクの敗けですか。通算318戦0勝318敗…その間一撃も入れられていない。……先はまだまだ長そうです……』

 

『うふふっ。でも、戦う度にリュウちゃんは必ず一回りも二回りも強くなってくる。使う技術も増えて扱う武器も増える。知らない剣術を会得して知らない体術もものにする。持ちうる力も才能も、歴代の王達よりも隔絶としたものを持っているわ。私はそれが一番近くでとっっても嬉しいわっ♪でも──────その程度じゃ私には届かない』

 

『…………………。』

 

 

 

マリアは優しい。まるで聖母のような微笑みを浮かべながら優しい手つきで撫でてくれるのだ。しかし、だからこそというべきか、厳しいときは誰よりも厳しかった。優しいから、傲慢にならないよう手合わせでは全力でリュウマを叩き潰す。優しいから無知で終わらないよう世間の広さを実感させる。優しいから歴代の王達よりも素晴らしい王になって貰うために、リュウマの総てを悉く打ち壊す。

 

しかし、そんな想いをリュウマ自身が知っている。知っているからこそ、それに応えようと必死で日夜█████を使って異世界の知識や技術を模倣して己のものとし、マリアを打倒するために鍛錬を欠かさず行っているのだ。結果は無論全敗。新しい剣術を使えば、初見で見破られる。これ程の理不尽な存在は居ないと何度嘆いたことか。

 

何時もの何時も通りの敗北。なまじ頭が良く、周囲の人間と自身の持つ才能や力の差を理解しているからこその、通常よりも大きく押し寄せて苛ませる敗北感。それらを子供の身でありながら受け止め、相手をしてくれたマリアに頭を下げてその場を後にしようとした。しかし、今日はそれで終わりではなかった。

 

トボトボと翼も元気を無くさせながら、鍛錬を行いに行こうと歩くリュウマの背に、マリアが声を掛けた。それは、常に頑張っているリュウマへの、愛息子へのちょっとしたご褒美であった。

 

 

 

『リュウちゃんは何で一撃も入れられないと思うのかしら?』

 

『……?ボクが母上より弱いから…ですか?』

 

『確かにそれも有るわね。けどね、リュウちゃん。この世は弱いから負ける何て道理は存在しないのよ?要は持ちうるものの使い方のお話しなの』

 

『けど、ボクは持ちうるものを全て使って……』

 

『リュウちゃんの力は確かに模倣だけど、リュウマ・ルイン・アルマデュラの力は()()()()()()()()()()()()?』

 

『──────ッ!!』

 

 

 

マリアに告げられた言葉は、リュウマにとっては衝撃の一言だった。自身の力だけでは勝てないからと、他の世界の力を模倣して取り込み、我が物顔で使っていた。さも()()()()()()()()()()使っていたのだ。実際は模倣しただけでリュウマが編み出したものではない。違う世界で誰かが長年の経験や閃きで生み出したものを、唯使っていただけだ。

 

しかし、そこに気が付いたからこそ、リュウマは疑問に思った。自身の揮う剣とは()()()()()()()()()()()()

 

嘗ての記憶を思い返して見ているリュウマは、その目を細め、記憶の中である子供のリュウマは、手にしている木刀をことり…と地面へと落とした。今の今まで誇りを持って揮っていたリュウマの全てが否定され、賢いからこそ反論をするための材料を構築することも出来なかった。つまりは認めてしまったのだ。現段階にて、リュウマには他人が考え編み出し、生み出した技術しか無く、リュウマの力が無いのだ。

 

十に至る前という子供真っ盛りにして既に、リュウマは自身の現状をこれでもかと理解した。そして初めて、自信というものを消失させてしまった。何故ならば、余りに膨大な技術を模倣し、更には昇華させ続けてきた所為で、何を如何しても、模倣した技術が横槍を入れてくるのだ。人はそれを“癖”と呼んだ。

 

使用するから、敵を殺す技であるからこそ、持ちうる中から最適最高のものを選び取って使用する。聞こえは良いが結局()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

 

 

『ぼ、ボクは……模倣(まね)することしか…出来ない……?』

 

『違うわよ、リュウちゃん。確かにリュウちゃんは他者の…それも生涯掛けて会得した技術も一目視れば完璧以上に扱う“眼”と“技術”、そして“災能”があるわ。けど圧倒的に経験が足りないの』

 

『……それは…そうですが……』

 

『だから、私が教えてあげる。とっておきのことを…ね?』

 

『それは一体…?』

 

『それはね──────────』

 

 

 

「……っ…ッ!!ッぐ……!?頭が…!」

 

 

 

記憶の空間が崩れ去っていく。叩き割られた鏡のように景色に罅が入り、どうしようも無く崩壊が進められていく。その中でリュウマは一人、頭痛を繰り返す頭を抱えていた。そんなリュウマのことを、記憶の中という記録の中の存在である筈のマリアが、割れた鏡の破片のような残骸の向こうで、確かに優しく微笑んだのだ。

 

足元が崩れる。未だ続く頭痛に頭を抱えているリュウマは、その場で自由落下を開始した。真っ暗なだけの空間に、崩れた空間の欠片と共に落ちていく。そして、眩い光が奔ったかと思えば、リュウマの体を優しく包み込んで救い出した。

 

あたたかい。そして気持ちが良く、心地良い。頭と頬を優しく撫でられている感触がする。だが誰も居ない。しかし確かに居る。そういう確信があった。そしてその感じる気配にとても覚えがある。

頭痛は既に消えている。有るのは心地良さだけ。でも何時までも此処に居るわけにはいかない。心地良さに対して口惜しい気持ちになりながら、頭を振って優しく温もりを手放した。解っている。頑張るから、心配しないでくれと、心の中で祈りを捧げた。

 

 

 

「さあ──────覚悟するが良い、塵芥め」

 

 

 

リュウマは6枚の黒白の翼を大きく広げ、自身を包み込む光の空間を飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■──────ッ!!」

 

「右薙からの続く魔力砲撃、回避成功率98.5%。そして──────お帰りなさいませ、マスター」

 

『うむ。時間を取らせたなアルファ。交代だ』

 

「畏まりました」

 

 

 

リュウマが意識を飛ばしている間、アルファが代わりに化け物の相手をしていた。と言っても、リュウマの純黒の魔力を以てしても倒す術を計算することが出来なかったアルファは、戦うよりもリュウマの意識が覚醒するその時まで逃げ一徹の行動を取っていた。それは、不用意に近付けば魔力を奪われてしまいながら、魔法を使用しようものならば確実に魔法を模倣されてしまうという考えの基であった。

 

アルファの行動は幸を為し、リュウマの意識が覚醒するまで一度として触れられて魔力を奪われることも無く、魔法を摸倣されることも無かった。だが、それは逆をいえば攻撃をしていないのだから、化け物相手にダメージを与えることも出来ていないということになる。

 

左腕を横合いから殴り付けるように揮う化け物。それをアルファと意識の交替を終えたリュウマは、鞘に収めたままの天之熾慧國を抜き去り、鞘を滑らせるように腕を受け流し、口を開けて魔力砲撃を行おうとしている化け物の下顎を思い切り蹴り上げ、口内で暴発させた。

 

籠められた魔力が膨大だった事で、化け物の口内が内部から大爆発を起こした。爆発による黒い煙から見えたのは、頭部を完全に無くした化け物。しかし、指令を送るであろう頭部が無い状態でも稼動を可能としているようで、頭が無い状況でもリュウマに向かって掴み掛かった。そして、その一連の動きを冷静に見て見切り、リュウマは天之熾慧國を腰に差し直し、柄に手を置いた。

 

 

 

「戦女神の諸相──────『(きょう)水面(みなも)』続く『繊雹(せんひょう)氷柱(つらら)』」

 

 

 

一撃目に来る方向、来た威力の攻撃に、来た方向に対して全く同じ威力の打ち込みをするだけの技であり、この技の真髄は来た攻撃を打ち返して怯ませ、体勢を大きく崩させる崩しの技であるということ。そして第二撃目は、体勢を大きく崩して無防備にも曝されている化け物の体前面に絶死の猛攻を叩き込む。

 

大きく呼吸を行って周囲に漂う空気中の熱を吸い込み、体温を炎のように熱くさせることで次の一撃の為の爆発的な威力向上を謀り、同時に熱を奪われた周囲の空気は凍結を開始して霜を降らして氷のように冷たい空間を創り出す。そして、抜刀されている天之熾慧國を地と平行になるように構えながら腕を引き、刺突の構えを取る。

構えを取る体内は炎のように熱く。しかし構える武器は氷のように冷たく。相反する2つの現象を巧みに操り、目にも留まらぬ神速の24連突きを化け物に叩き込んだ。

 

刺し貫かれた24の傷口から大量の血を流す化け物だが、その傷口が急速に固まり、やがて噴き出る血潮すらも固まり、赤黒い氷柱が完成した。噴き出た血潮が固まった事で身動きが取れず、そして体に突き刺さっているように見える血潮の氷柱が身体そのものの動きを阻害する。更に、氷柱の血潮すら瞬く間に氷結させる温度と、事前に呼吸1つで氷点下以下まで下げられた気温により、化け物の体は芯まで完全に凍り付く。

 

 

 

「絶剣技──────『死極星(しきょくせい)』」

 

 

 

鞘に納まっている天之熾慧國を腰に差し、柄に手を置いたまま大きく翼をはためかせて飛翔し、凍り付いた化け物の懐に入り込むと体を力ませながら体勢を低く取り、天之熾慧國の柄の頭を化け物の腹部へと打ち込んだ。

 

24本の氷柱が生えている腹部に天之熾慧國が叩き付けられた瞬間、大した音も無く、ことり…という不自然なほど静かな音を奏でてリュウマは離れた。すると如何だろうか、リュウマがその場から離れ、そして時間が経つにつれて小さな罅が入っていった。ぴしり…ぴしりと嫌な音を鳴らして数瞬後、天之熾慧國を叩き付けられた腹部を穿ち抜いたかのような大穴が開けられ、後に爆発音もとやかく言う程の衝撃と音が鳴り響いた。

 

衝撃を流し込んで、凍り付いていない相手にやれば、背骨と背中の皮膚を突き破って内臓を弾き出させる技なのだが、凍り付いて大組織そのものが脆くなっているため、体内に打ち込まれた衝撃の力により大穴が開いたのであった。

 

 

 

「疾く再生をしろ。この程度で今更死ぬとは思っておらぬ。貴様は我が直々に、完全にこの世から消してやる。死なぬというのならば死ぬまで殺し続けてやろう。消えぬならば消えるまで消し続けてやる。決死の覚悟で臨むが良い。貴様には死ぬこと以外の未来は存在しない」

 

「■■■■■■■■■■■………………ッ!!」

 

 

 

凍り付いた体を無理矢理動かして皮膚ごと毟り取り、瞬きする間に傷を完全に癒す化け物。その生命力の高さはやはり不死身と言っても過言では無く、全身から純黒の魔力を放出しながら唸るように吼える化け物を前に、リュウマは何時も通りのように嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 








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第 ৯ 刀  不幸の歯車






 

 

化け物との激しい攻防の応酬を繰り返していると同時刻、残されたクレア達は、意味深な事を言い出したシルヴィアに困惑し、どういう事なのかと聴こうとしていた。

 

約一ヶ月近くを共に過ごしていたシルヴィアは、クレアやバルガスは勿論、リュウマの計り知れない実力の高さを目にすることは何度もあった。故に、シルヴィアの『このままでは確実にリュウマが死ぬ』という発言自体が出よう筈も無いのだ。どれだけ名の知れた盗賊に会おうが、いちゃもんを付けてきた歴戦の魔導士が居ようが、瞬きをする間には戦闘不能に至らしめる程の力。況してや、リュウマの力をよく知っているクレア達からしてみれば、妄言と捉える他無かった。

 

しかし、シルヴィアの必死な形相に、リュウマが死ぬ事など有り得ないと確信している筈のクレアとバルガスの胸に、小さくも確実な不安を植え込んだ。そして、その不安を植える切っ掛けとも言えるのが、化け物を初めて見た時の()()()だった。

 

過去の英雄の所持品だったであろう大剣が突き刺さっている像かと思えば、その大剣によって封印を施されていた謎の化け物。その化け物が動く瞬間を目にしてクレアとバルガスは、言いようの無い既視感に襲われていたのだった。遭遇するのは初。姿形も見たことが無く、そもこの大空を浮遊する広大な大陸すら知らない。なのに感じる既視感。彼等は解らなくとも、確かな違和感を感じ取っていたのだった。

 

 

 

「早く…っ!早くリュウマ様とあの子を引き離して下さいっ!」

 

「落ち着けってシルヴィア!まず、何であのリュウマが死ぬ事に何だよ!?お前は今まで何を見てきたンだ!?」

 

「確かにリュウマ様は他の方々と隔絶とした力の差があります……ですが、あの子の前だとそれが()()()()んです!」

 

「だからそれは何でだよ!?」

 

「……シルヴィアも…クレアも…落ち着け。無意味に騒いだ所で…理由は判明しない」

 

 

 

只管同じ事を繰り返し、早くリュウマと化け物を引き離すように言うシルヴィアに対し、クレアは何故そうなるのか解らないと聞き出そうとするが、少し錯乱気味になっているシルヴィアには効果が無く、聞き出すことも詳細を知ることも出来ていないクレア。そんな2人を止めたのは、無表情が似合う程の冷静さを持っていたバルガスの言葉だった。

 

息を切らすほど叫んでいたシルヴィアは、段々と落ち着きを取り戻し、クレアもこのままではいけないと深呼吸をしてクールダウンを謀った。そして、今一度考えてみれば尚のこと解らない。この旅をする直前、シルヴィアから自身が記憶喪失であることを告げられ、それが嘘では無いという事は王としての対人能力で判明している。ならば、まだ一度も来たことも無い天空の大陸の、それもその城の中で封印されていた化け物の事を()()()等と呼称し、あたかもあの化け物の実力を知っている風な事を口に出来る筈も無い。

 

一体どうなっているのか、考えれば考える程解らない自体に混乱しそうになったが、ある一つの事柄がクレアの頭をよぎった。シルヴィアは記憶喪失だ、間違いない。ならば、この突然の叫びは、無くした記憶を取り戻し始めているから起こっている事なのではないか?と。そうすれば、知らないはずの事を知っていたとしても納得がいく。しかし、そうなるともう一つ解らないことが浮上する。

 

如何すれば、シルヴィアが4()0()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということである。400年前に存在した英雄が唯一辿り着いたとされている伝説の大地のことを、しかもその中の特別不可思議な化け物の事を、20にもいかないはずの少女であるシルヴィアが知っていたというのだろうか。知った、ならば未だしも、知っていたともなれば話は違ってくる。

 

 

 

「なァ、シルヴィア。お前はどうやってあの化け物の事を知っ──────」

 

 

 

『敵の魔力を検知。排除行動に移行します』

 

 

 

「あ゙ーーー!!!!さっきからワラワラとうざってェな鉄屑共がァッ!!」

 

 

 

やっと肝心な部分を聞き出すことが出来ると思っていたクレア。そしてそんな一場面に待ってましたとばかりに割り込んできたロボット。当然クレアはキレた。元々気は長くないクレアなのに、そう何度も同じ姿をした存在に邪魔という名の横槍を入れられれば普通に怒り狂うだろう。

 

今度もまた粉々にしてやろうと、クレアが懐から扇子を取り出したその時、今まで空気を読んで黙っていたイングラムが、乗っていたバルガスの肩から飛び出し、口を大きく開けて吸い込む動作をした。そして、口内で練り上げられたエーテルナノを凝縮し、高濃度魔力を生成すると、何処からか現れたロボットに向かって放ったのだった。

 

 

 

「──────『炎竜王の咆哮』っ!」

 

 

 

光線状に放たれた超高温の炎は、両腕をクロスさせて防御の姿勢に入っていた巨体のロボットの全容を容易に包み込んだ。物理に対してだけで無く、魔力や熱に加えてほぼ全ての属性に関して体勢を手にしているロボットなのだが、イングラムの小さな体に似合わない超極太の咆哮の炎熱光線に呑み込まれているロボットは一瞬とはいえ拮抗したものの、その後には融解が始まっていた。

 

防御の姿勢故に両の腕が瞬時に溶け出し、熱せられて溶けた鉄の塊のようになって地面へと溢れ落ち、更には胴体や脚部も溶かしきった。そして、ロボットを呑み込んでも尚威力の収まらなかった咆哮は、溶けて破壊されたロボットの更に後ろ、新たに現れていた3体の同じロボットすらも忽ち呑み込み、部屋の壁を容易く破壊して空の彼方まで一条の真っ赤な炎の線を描いた。

 

 

 

「けふっ…。ふふーんっ♪ボクだって戦えるんだもんねー!」

 

「うっわ。後ろの奴も諸共溶かしやがった。つか熱っつ!?」

 

「……途方も無い…熱量。現時点でコレならば…将来が…楽しみだ」

 

「…………………………へ?」

 

 

 

余りの威力に部屋の内装すらも所々溶かしている超高温に、クレアは丁度熱せられた床を熱そうにステップを踏みながら躱し、バルガスは生まれてから片手で数えられるほどしか生きていないにも拘わらず、既に成竜…それも世界に数体しか存在しなかった王の名を冠する竜王の力に匹敵しているイングラムの実力に、これからの将来が楽しみだと無表情ながら頷いていた。そして、シルヴィアは口を開けてポカンとした表情をしながらイングラムを見ていた。何せ、リュウマからシルヴィアを護るように言い付けられていたイングラムだが、実際にはこれまでの攻撃らしい攻撃をしていない。

 

盗賊に襲われようが自然災害に巻き込まれようが、大抵はリュウマやバルガス、クレア達がその場で瞬く間に解決してしまう為だ。そも、元より念には念をという意味でシルヴィアをイングラムに監視させていただけなのだから、余程のことが無い限りはイングラムが動くことは無い。だが、だからこそなのだろう。イングラムの実力を間近で見て呆けてしまったのは。何せ、見た目と魔法の威力は余りに反比例していたのだから。

 

見た目は小さく可愛いドラゴンの子供である。しかし、その本質は世界に数体しか存在しなかった王の名を冠する竜王の中で、炎に関して竜王であり、通称炎竜王。そして、イングラムはそんな炎竜王の生まれ変わりでありながら()()()()()()()()()()()()()()()()()ドラゴンなのである。その力は見た目に反して既に並みの成竜を越え、全盛期の炎竜王の力にも匹敵している。つまり、シルヴィアではまず到底勝つことは出来ないし、その身に纏い、口から放たれる灼熱の炎は、バルガスの攻撃を防いだ硬度を持つロボットにすら耐えられない。正しく若き炎竜王そのものなのである。

 

咆哮を終えて満足そうにしていたイングラムは、翼を動かして飛行し、シルヴィアの肩に止まった。シルヴィアは思う。肩に乗るほどの大きさしか無いこの小さなドラゴンの子供が、あの計り知れない魔力の砲撃を行ったのかと。それを考えると、大した重さでは無い筈のイングラムが、とても重い存在に思えてしまった。

 

 

 

「ヨシ。もう邪魔は入らねェな?……聞かせてくれシルヴィア。何であのバケモンと戦ってりゃ、あのリュウマが死ぬのかを」

 

「……私にも…まだ解らないんです。ただ、そんな確信が生まれてきて、何時の間にか口から出ていた言葉なのです…。ですが信じて下さいっ!今まさにリュウマ様が危険な状態なんですっ!」

 

「……あのバケモンの全容は思い出せなくとも、その力の在り方故のリュウマの立場的不利な判断を識別するだけの記憶が蘇った…ってことか?記憶が戻った原因は何だ…?」

 

「うーん。ボクは分かんない……」

 

「……記憶を取り戻す瞬間…シルヴィアが…頭痛に悩まされていた…ようにも思えた。切っ掛けは…あの化け物かも…知れない」

 

「あぁ…確かにな。つまり、あのバケモンに関連することでも思い出せるってこった?」

 

「本当にご迷惑を掛けて……っ!?う…うぅ…っ!?あたま…が…っ!?」

 

「…っ!?いきなり思い出すこともあるって事だな!?オイ大丈夫かシルヴィア!」

 

 

 

記憶を思い出す時の前兆かも知れない頭痛に悩まされたシルヴィアは、崩れ落ちそうなところをクレアに抱き抱えられる形で助けてもらい、肩を貸して貰いながら壁際まで移動すると、壁に背を預けて座り込んだ。とても痛く、頭の中を直接殴られているかのような鈍痛が響く中、シルヴィアはクレアの手を取り、懸命に握って離さなかった。クレアも、シルヴィアに手を握られてから決して離そうとはせず、好きなように手を握られながら、頭痛に表情を歪ませるシルヴィアを心配そうな目で見ていた。

 

シルヴィアとクレアが手を握りあっている時、シルヴィアの肩からバルガスの肩へと飛んで移動したイングラムとバルガスは、イングラムの咆哮によって開けられた壁の穴から外を見ていた。そんな2人の目に映っていたのは、純黒の波紋がそこかしこに大きく展開され、中から種類関係無しに次々と武器が射出されて雨霰と降り注ぐ光景であった。武器一つが墜ちるだけで大爆発が捲き起こり、城がその威力に揺れていた。

 

バルガスはやはりと思った。本来のリュウマならばとっくに戦闘が終わっていても可笑しくは無い。況してや単なる化け物程度に異世界の武器を使用するなどまず有り得ない。何せ、リュウマは異能殺しとでも言うべき反則的な力を持っているのだ。しかし戦闘は未だ続いている。なれば、あの化け物の正体とは一体何なのか。

 

 

 

「クレ…ア…様…っ。お手を借りてしまい…ごめんなさ…っ!?」

 

「何言ってンだ。そのくれェどうってこたねェよ。良いからゆっくりしてろ。それまで手を繋いどいてやる」

 

「ありがとう……っ…ございますっ」

 

 

 

「……………………。」

 

「…?バルガス?どうしたの?」

 

「……いや、何でも…無い」

 

 

 

何時も無表情であるバルガスは、スッと目を細めて介抱されているシルヴィアを見詰めた。もし仮に…億が一にもリュウマが死ぬほどの強敵ならば、それを救えるのはシルヴィアしかいない…と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────『■■■■■■』」

 

「くっ…おォおおおおおおおッ!!」

 

 

 

所変わりリュウマの方では、化け物が生み出した純黒の兎という名の爆弾を、一つ残らず天之熾慧國で斬り壊していた。一度に発現された兎の数は大凡82。常人ならば肉片すら残らない大爆発に捲き込まれるのだが、リュウマはその全てを擦れ違い様に斬り、後方で爆発させる。破壊された途端に新たな純黒の兎を造り出されてしまうが、その創造速度をも上回る速度で兎を斬り壊して行った。

 

次第に縮む化け物とリュウマの距離。後少しで届く、そう思ったその時、斬った黒き兎の向こうからもう一つの兎が顔を出した。化け物は謀ったのだ。一匹の兎の後方を全く同じ動きでもう一匹付けさせる事で、前方の兎を斬れば後方の兎が炸裂すると。

 

純黒の兎が空気を振動させる大爆発を引き起こし、周囲に居た兎も全て爆発した。80を越える大爆発は地を抉り、大気を破壊した。そしてこの爆発は何と言っても純黒の魔力によって引き起こされているため、喰らえば防御は赦されず、又も瀕死の重傷となる。更にはリュウマが急速に回復するところを見られている以上、重傷であろうと、とどめを刺すために忽ちリュウマの元へ向かってくるだろう。そうした負の連鎖が始まろうとしたその瞬間、連鎖は断ち切られた。化け物の背後に姿を現したリュウマによって。

 

 

 

「──────絶剣技・『覇灼轟炎(はしゃくごうえん)』」

 

「──────■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 

 

気配に気付き、振り返りながら手刀を見舞おうとする化け物よりも、既に振りかぶったリュウマの速度が一歩先を行く。右斜めから左斜めまでの袈裟の振り下ろし。そして振り下ろしてから化け物に到達するまでの過程で、天之熾慧國の銀色に輝く刀身は大きな空気摩擦によって真っ赤な刀身へと変貌し、煉獄の炎を纏って化け物へと到達した。そして、斬られたそばからその灼熱によって肉は焼け焦げ、瞬時の修復を妨げる。

 

斜めに両断された化け物は、例え両断されようとも行動は可能。故に残った右腕を使ってりに掴み掛かるが、返す灼熱の天之熾慧國で右腕を半ばから斬り落とされた。更にそこから斬り刻むように連撃が入り、振る度に空気摩擦によって温度を高めていく天之熾慧國は、何時しかその刀身に巨大な煉獄の炎の塊を抱え宿していた。

 

38度の斬撃によって分割された化け物は、視界が半分に別れている状態で、リュウマの一撃を見ているしか無かった。刀身の炎の塊をそのまま叩き付けるように揮われ、化け物は当たった皮膚から細胞一つに至っても焼け焦がされている感覚を感じながら文字通り消滅した。一太刀によって全ての集められた熱量は、視界の先を放射状に突き進み、大気を灼いた。熱を全て放出した天之熾慧國の刀身は元の銀色に戻り、リュウマは天之熾慧國を鞘に収めた。

 

 

 

「──────絶剣技…派生『覇灼轟炎・獄炎界(ごくえんかい)』」

 

 

 

化け物は完全に消滅した。その事実と共に、リュウマも完全に消滅させた手応えは感じていた。敵を数多と屠ってきたからこそ解る感覚的な確信なのだが、それでも…化け物は死ななかった。

 

化け物の体が虚空で再生されていく。幾らかの細胞があれば、急速な細胞分裂を繰り返し、果てには完全なる再生を終えるだろう。ならば、この何も無い無の状態から体を完璧に再生しきるというのは一体といった原理なのだろう。未だこの化け物のことは解明できていない部分が多用にある。だがそれでも、リュウマは何度だって化け物を殺し、殺しきるその瞬間まで殺し続けるのだ。

 

 

 

「言葉は解らずとも聞くが良い。貴様には三つの弱点がある」

 

「■■…■■■…■■ッ!!」

 

 

 

何と、リュウマはまだ戦い始めてそれ程経っている訳でも無いもいうのに、化け物の弱点を把握したというのだ。再生の途中である化け物は、再生が終わるまでその場で待機し、解らずともリュウマの言葉に耳を傾けていた。

 

3分の1程まで再生を終えている化け物に向かって、指を立てた手を向けてリュウマは告げた。

 

 

 

「一つ。貴様にはある程度の智恵は有ろうと知識が無い。そんな貴様は我の言葉を理解出来ず、逆に言葉を扱うことが出来ぬ。故に──────『(まが)れ』」

 

「■■……■■……ッ!?」

 

 

 

リュウマが一言呟くと、突然化け物の首が一周して捻じ曲がった。ごちゅりという生々しい音を立てながら回転した首は、今度は逆に回って直ぐさま修復された。言葉を吐く時に魔力を載せる事で、放たれた言葉はこの世の事実として停滞し、魔力を載せられた言葉の通りに世界は改変される。リュウマの得意な魔法の一つである『言霊(ことだま)』という魔法だ。しかし、魔法を見せたからには化け物も同じ事が出来てしまう…そうなるはずだった。

 

リュウマが言霊を発した後も、化け物は言霊を模倣する事は出来ない。何故ならば、言霊には発した言葉を強くイメージすることが必要であるからだ。でなければ言霊を発する事は出来ず、しかも言霊は言葉によって載せる魔力量が違ってくるのだ。それは使ってなければ把握することが出来ない達人の域の御業。故に、それら全てを知らない化け物は、やっている限りでは簡単そうに思える言霊の、超高等技術を真似しきる事が出来ないのだ。模倣とは、唯真似るのが真髄では無い。全てを理解し、更にその先へと昇華させる程の災能を持って始めて模倣となるのだ。

 

 

 

「二つ。これは一つ目に帰結する事であるが、貴様には魔法に関する知識が無い。故に貴様は魔法に必要な魔法陣をそのまま総じて模倣するしかないのだ。それにより我は手段が一つ増えた──────『自律崩壊魔法陣』起動」

 

「──────『■■■■■■■』」

 

 

 

リュウマの背後に巨大な魔法陣が展開される。それを化け物は瞬時に読み取り、全く同じものを自身の魔力を使って模倣した。だが、そこでリュウマは魔法陣の展開を辞めて解いてしまった。とすれば、リュウマは化け物の扱う魔法陣によって拮抗することが出来ない。しかし、リュウマは魔法陣を使って魔法を発動しようとする化け物の事を、口を三日月のように歪ませて嗤った。

 

化け物が魔法陣を起動した。瞬間、化け物は未知の大爆発に捲き込まれて再生も間近だった。体を粉微塵に変えた。なんと、背後で展開してい魔法陣が突如として大爆発を起こしたのだ。化け物は訳も分からず、唯背後からの爆発によって吹き飛ばされたのだが、それは全てリュウマの狙い通りのシナリオでしか無かった。

 

実は、リュウマの展開した自律崩壊魔法陣は欠陥が態と編み込まれていて、使用しようとすれば、自爆するようになっていた。本来の自律崩壊魔法陣を知っていれば気付いたであろう程の欠陥なのだが、化け物は本来の自律崩壊魔法陣の知識が無い。故に化け物は、例え模倣した魔法陣が間違っていようと、それを模倣するしか無いのだ。何せ、魔法陣がどの様な構造で、何を以て魔法陣としているのか、知識が無く解らないからである。

 

 

 

「三つ。此が貴様にとって最も致命的且つ、敗因ともなる──────『殲滅王の遺産』」

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 

 

再生を終え、リュウマの元へ跳び込もうとした化け物の太腿に、3メートル程の太く長い大槍がそれぞれ突き刺さり貫通した。背後より出現した黒い波紋から解き放たれた武器である。突然の攻撃に体勢を崩した化け物を見逃さず、背中のターボ器官を飛来した戦斧が斬り落として地へと落とし、空を飛ぶ力を削がれた化け物は間もなくして自由落下を開始した。

 

そして落下していく化け物を追うように降り注ぐ数々の武器の雨。空中で体中に突き立てられ、地面に落ちてからも降り注ぐ武器は止まらず、只管化け物の肉片を飛び散らせさせた。降り注ぐは思考の武器。そしてそれらは全てこの世界には存在しない無類の武器達。武器の善し悪し等解るわけも無い化け物だが、容易に自身の体を刻み、潰し、破壊するこの武器の大群が危険だということは解った。だが、解ったが気付くのが遅すぎた。

 

降り注ぐ武器の中に、逸話で自爆することの出来る武器が混じり、化け物の体の至る所に突き刺さった後、光り輝いて巨大な大爆発を起こした。突き刺さった為避けることも出来ず、内部からの爆発によって肉と骨は無理矢理引き千切られた。飛び散る肉の破片に、人間と同じ色をした血潮が地面を汚した。

 

 

 

「■■■■■が居なければ我にも扱う事が出来ぬ武器防具の召喚。貴様なんぞが模倣出来るはずも無かろう。疾く逝ね。この世に貴様の居場所など無い。早々に我が前から消え失せると良い」

 

「■■■■■■■■■……ッ!!」

 

 

 

化け物は再生した顔を歪ませながら唸り声を上げ、()()()()()()。そして、リュウマは化け物の弱点を挙げていったが、忘れてはならないのが、化け物はリュウマの魔力を吸収してしまうということ。これはつまり、下手に魔法を使うことが出来ず、殆ど武器による近接戦が主となるということ。それに加え、未だ化け物の不死性に関しては解き明かせていない。故に先ずは、化け物の不死性をどうにかしなければ、最終的に殺しきる事が出来ないのだ。

 

話は終えたリュウマが背後から黒い波紋を広げ、中から黄金に輝く1本の槍を引き抜いた。そしてその槍はリュウマの手に取られると雷を帯電させてスパークし始めた。これは原初の雷。その昔、地球が数多くの隕石とぶつかり、体積を重ね大きくしていく中で、大気中に漂い、雲と同化して溜めに溜められ続けた雷の属性を多く含んだ莫大な魔力を内包するエーテルナノの塊は、始めて地上に向かって落雷した。そしてその落雷は想像を絶し、一度の落雷で大地の9割を灼いたとされ、そこから火山が活動を開始したとされる程の伝説的な雷である。

 

世界で一番最初に墜ちた原初の雷の概念を抽出し、槍として形を創造したのが、今のリュウマの手の中に収まっている黄金の槍である。その威力たるや、正しく大地を灼く一撃。流石にそのまま放たれればこの浮遊する大陸は粉微塵に変えられてしまうため、全力で投げるが防御の結界を張るつもりだ。そうすれば、結界によって中で何度も爆発が反響し、威力が純粋に強化されるのだ。

 

 

 

「──────『原初の雷纏いし天恵の槍(オリフェイム・ヴィジディオン)』」

 

 

 

リュウマの全力の投擲で以て化け物へと差し迫る黄金の槍。纏う雷を喰らえば途端に消滅するであろう程の熱量と電力を併せ持ち、それが凝縮されて小さな塊となって放たれた。今も尚数多くの武器が降り注ぎ、体を削り続けられている化け物に避ける術が無い。防御する術も持ち合わせていない……筈だった。

 

化け物の顔に入っていた僅かな罅が一気に広がり、眼が赤く妖しげな光を灯した。そして、再生速度が急激に上がり、再生を終えた皮膚がリュウマの至高の武器を弾いた。そう、弾いたのである。まるで岩に市販のナイフを投げ付けたかのように、甲高い音を奏でながら、時には武器をも破壊していた。そして罅割れた、封印を解かれてから白い岩が張り付いているようだった皮膚の向こう側から、紅い線の入った黒い皮膚が姿を現した。そして……飛来する黄金の槍を掴み取り、威力を殺さず反時計回りに回転してリュウマへと投げ返したのである。

 

 

 

「──────何ッ!?チッ……『曲がれ』ッ!!」

 

 

 

迫り来る返された槍を見て一瞬硬直するも、直ぐに切り替えて言霊を使って起動を逸らした。自身が投擲した時の速度が音速にも達し、そんな音速にも達する槍を投げ返されながら、更に威力を増加させられた為に、硬直した時間も合わせて逸らす位置が僅かであった。しかし、当たる起動を逸らしきったことにより、リュウマの真横を黄金の槍が過ぎ去っていった。当たればリュウマであろうとタダでは済まない埒外の威力を持った槍は、大気圏の向こうにまで突き進んでいった。

 

黄金の槍を見送ったリュウマは、一体化け物に何があったのか視線を移した。そしてその全貌が見える。岩が張り付いているかのようだった皮膚が黒く、坦々たるものへと変貌を遂げ、更には全身に紅い線が伸びて幾何学的模様を構成している。背中にあったターボ器官は不要となったのか崩れ落ちた皮膚と共に落ち、無駄の無いフォルムへと移行していた。見るからに異様。そして、変貌する前とは比べ物にならない尋常ならざる覇気に雰囲気。誰もが見ても一目瞭然で、確実に()()した。

 

 

 

「この短時間で進化しただ──────ぐッ!?」

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!!」

 

 

 

両手を地に付け、低姿勢を取ると姿を掻き消した化け物。数瞬後にはリュウマの懐に潜り込み、紅い線が幾何学的模様を創っている腕を突き込んだ。咄嗟の判断でリュウマは天之熾慧國を抜刀し、腕諸共胴を斬り落とすつもりで揮った。しかし、思惑とは違い天之熾慧國の刃は、その鋭さで以てしても化け物の皮膚1枚すらも斬り裂くことが出来なかった。

 

瞠目する。つい先程まで抵抗なんて無く斬っていた皮膚が、今や跡を付けることが出来ないほどの強度に上げられている。ぎちりと音を奏でつつ火花も散る。そして何と言っても、化け物の腕と今拮抗しているも、今この状態がとても危険であると感じていた。どういう事かというと、掴んでいる天之熾慧國の柄から厭な感触がするからである。これは長年握っていなければ解ることは絶対無い程僅かなもの。しかし、リュウマは確かにそれを感じ取っていた。

 

これ以上は危険だと判断したリュウマは、天之熾慧國を態と引き、化け物の体勢を前のめりにした後、腹に目掛けて蹴りを入れて上空へと弾き飛ばした。上へと飛んでいった化け物よりも速く、弾き飛ばされた先に先回りしたリュウマは、鞘に納めたままの天之熾慧國を化け物へと叩き付けて真下へと墜とした。着陸と同時に大きな振動と土煙が上がり、その中心部へ天之熾慧國の抜刀によって出来た斬撃を次々と飛ばした。

 

しかし、化け物は健在であった。地球へ落下する隕石すらも真っ二つにした斬撃を受けながら、化け物は土煙から飛んで迫ってきたのだ。いくら斬撃を受けようと、硬くなった黒い皮膚が弾いて無効化する。目を細めたリュウマは目前まで迫った化け物が繰り出す拳に、刃を静かに当てて起動を逸らした。

 

 

 

「──────絶剣技・『刃滑(はばし)り』」

 

「──────■■■■■■■■ッ!!」

 

 

 

添えた化け物の打撃を天之熾慧國の刃の上を滑らせて逸らし、そのまま勢いを殺さず体を一回転させて化け物の胴を斜めに斬り付けた。しかし、勢いを殺すこと無く、更には増長させても尚、斬ることが出来たのは薄皮一枚程度。更に言うならばその傷は既に治されている。回復速度までも爆発的に上がり、何時の間にかオリヴィエの不死故の回復速度までも越えていた。これでは斬ったそばから回復するという芸当をされても可笑しくは無い。

 

どうやって化け物を斬ろうかと思案したその時、リュウマは口から大量の血潮を吐き出した。

 

 

 

「ごぼ…ッ……ッ!?殴打は…完璧に逸らした…筈……げほっ…何が………そういうことか……ッ!!」

 

「■■■■■■■■ッ!!」

 

 

 

又しても殴打を狙って左腕を伸ばしてきた化け物に対し、リュウマが取ったのは化け物の拳の軌道線上からの完全な回避であった。すると、空振った化け物の拳の先から、見えない衝撃が生み出され、先にある雲を吹き飛ばした。何と、化け物は衝撃透しの技をリュウマに掛けていたのである。それを知らず、余裕を持って殴打を逸らしていたリュウマは、殴打そのものを逸らすことが出来ても、飛んできた衝撃が体を貫いていたのである。

 

一気に気の抜けない攻防へと発展した事により、リュウマは飛んでくる衝撃の代わりに斬撃を見舞った。しかし、先程と変わらず皮膚を裂くことが出来ない。なので、リュウマは態と斬撃を化け物の眼に向かって放った。すると、硬さも関係ない眼球に当たった化け物は一瞬とはいえ隙を作った。そこを見逃さず、化け物の殴打を姿勢を低くすることで避けた後、化け物の懐に潜り込んで天之熾慧國を一体納刀し、居合の姿勢に入った。此ならば確実に斬り裂けるだろうと確信しながら。

 

 

 

「──────絶剣技──────がッ!?」

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 

 

今まさに抜き放とうとした瞬間、何も無い所から横面を殴られたかのような衝撃が奔り、リュウマの顔は殴られた右頬とは逆の左へと衝撃に沿って向けられてしまう。それに加えて体勢も大きく崩れ、そこに眼を治し終えた化け物の縦回転を加えた踵落としが入った。崩れた体勢のままに受けた所為もあり、碌に防御らしい防御もする事が出来ず、化け物の行った踵落としの威力のままにダメージを受け、急降下して墜ちていく。

 

リュウマは居合を放つ瞬間、別段化け物に殴られた訳でも無い。ならば何故殴られたかのような衝撃が奔ったのか。それは、化け物の衝撃透しに答があった。なんと、化け物は突然衝撃透しを扱えるようになっただけでなく、その衝撃を任意の方向から差し向ける事が出来るのだ。つまり、真っ正面から衝撃透しをした場合、相手の真後ろから衝撃を届ける…という巫山戯た芸当が出来るということだ。

 

受けた攻撃によって額から血潮を流し、意識を朦朧とさせながら、城とは空中廊下によって繋がっている高い塔の最上階部分へと突っ込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅっ……痛い…………ハッ!?」

 

「お、おい?大丈夫か?」

 

 

 

リュウマと化け物が戦い、そして化け物が進化したと同時刻、クレアの方にも変化があった。

頭痛で顔を歪ませていたシルヴィアがハッとしてから固まってしまったのだ。それが何やら可笑しいと感じたクレアは、バルガスとイングラムに見守られながら、固まったシルヴィアの肩に手を置いて揺すった。だが反応も無く、何か異常な事が起きてしまったのではないかと冷や汗を流し始めたその時、シルヴィアがクレアに顔を向けたのだ。

 

良かったと思った反面、揺すっても声を掛けても反応を示さないことに焦った事に対して少し文句を言おうとした。しかし、クレアが口を開けたと同時にシルヴィアが話し始めた。

 

 

 

「シルヴィ──────」

 

「──────思い出しました」

 

 

 

唯一言、そう口にした。

 

最初は何を言っているのか解らなかったクレアだったが、意味を理解した途端にホッとした安堵の表情となった。これで不明で心に痼りを残していた化け物の事を訊けると、そう思っていた。しかし、次に言われたのはとても…理解しがたいものだった。

 

 

 

「私の名は──────()()。リア・フェレノーラ。今から()()4()0()0()()()()()()によって殺されたアヴァロニア王国の()()()()()()()です」

 

 

 

「──────は…?400年前?シルヴィア、何…言ってンだよ…?」

 

 

 

口にされた言葉を理解すること無く、クレアは意味が分からないとでもいうようにシルヴィアへと問い掛けた。しかし、件のシルヴィアは頭を横に振り、自身がシルヴィアである事を否定した。そして、自身が400年前の人間であると、もう一度口にしたのだった。

 

 

 

「私は400年前…()を殺すために創り出された()()()()、実験No.777番…別称『アストラデウス(王殺しの人造神)』と()()()()()リア・フェレノーラです」

 

 

 

運命の歯車は、此処で完全に噛み合わさり、無情な現実をクレアに告げた。もう誰にも止められない。止められやしない。この歯車は最早…破壊以外の道を残されていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 








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第 ৯০ 刀  真実を教えましょう



明けましておめでとうございます!

最近感想があまり無く、ひもじい思いをしているので分かりませんが、皆様は風邪等大丈夫ですか?

私?……バカな子は風邪引かない…つまりはそういう事です。




 

 

 

「あの男のサンプルは手に入れたか?」

 

「はい。それも髪や爪等、媒介が難しい代物ではありません。正真正銘、あの男の血液を入手しました。今魔法培養を施しながら解析を急いでいます」

 

「良し、引き続き解析を継続。後に計画を実行に移す」

 

「はい」

 

 

 

白衣を靡かせた研究者らしき女は、椅子に座って魔法を使ったモニターを監視している男と、そんな会話をしていた。そして、この空間…研究所には、女と同じ白衣を着た存在が数多く居る。そう、此処は大陸に居る選りすぐりの優秀な生物学者達が集い、ある事を研究する超極秘研究所である。広さは大凡15万平方メートル。東京ドーム約三つ分という破格の大きさであるこの研究所は、一つの国が管理しており、所在地はその管理下にある国の()()。つまるところ、国の地下に配置された研究所である。

 

全ては長年の野望を果たすため、無念を果たす為だけに設置された研究所。全てはある存在を殺すためだけに創設された。表は何の不審も無い善良な国。しかしその裏では、目的のために日夜研究を進めている、生物学に関しては最先端を征く国である。

 

男の研究者に指示を飛ばしていたのは、そんな研究所のリーダーである所長である。国のトップである国王から直々に指名され、周囲の者達の後押しもあって三十代という若さで広大な研究所のリーダーを任せられている、非常に優秀な人物である。そんな彼女は天体と魔法学に秀でており、同時に生物学をもものにしている。

 

彼女は目を細めながら、数多くのコードに繋がれた容器の中に入っている少量の液体を見詰め、これから忙しくなるだろう事に思いを馳せた。目的のものが手に入った。やっとの思いで手に入れ、今手中にある。残るはこれを隅々まで解析し、改良していくだけ。だが、この時の彼女は知らなかった。手に入れた血液の内包する、現実離れした可能性の高さに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………。」

 

「所長…!この数値は本当なのでしょうか!?私にはラクリマの故障にしか思えません…!」

 

「……ここに置いてあるのはどれを取っても一級品。間違えは無い」

 

「ですが……ですがこれは余りに可笑しいと言わざるを得ませんッ!一体どこに成人男性の8()0()()()()()()を持つ人間が居ますかっ!?骨密度に関しても明らかに可笑しいッ!!こっちに至っては確実に1()0()0()()()()()()を持っています!理論上は筋肉に堪えうるだけの骨密度なのでしょうが、元が余りにも現実離れしていますッ!!」

 

「し、所長……あの男の全開時であろう魔力量を測るラクリマに埒外の数値が……一般的な魔導士の魔力量の2700億倍……私は一体何を見ているのでしょうか…?」

 

「り、理解出来ない…!こんな筋肉密度と骨密度ならば、体重は数千トンに及んでも可笑しくは無い…!なのに何故体重は4トンで止まる…?あの男の体の中はどうなっているんだ!?」

 

「“未知”だ…あの男は人間ではない…“未知の生命体”だ」

 

 

 

研究所内に居る研究者達は阿鼻叫喚となっていた。敵が攻め込んで来た訳ではない。ただ、表示された事実に自身の全てを覆されただけだ。調べ上げた事柄はそう…1人の人間を基盤にされている。そこから身長体重筋肉量魔力量、その全てを血液から逆算していくのだ。途方も無い作業である。根気が射る。精力が要る。とても強い忍耐力が必要とされる。それ程までに難しい代物であるのだ。しかし遣り遂げた、()()()()()()()()()

 

誰も知ってはならなかった“人間の可能性そのもの”を覗き込んでしまった。深淵を覗いている時、深淵もまた覗いている。有名な言葉であるが、この状況にもある意味言えるというだろう。人間が人間の可能性を目にした時、見ていた人間は自分自身の目で自身のことを覗いてしまうのだ。そして気付くのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

研究者達の心は折れそうだった。いや、中には既に折れている者も居るのだろう。根っからの研究者であるこの者達は、研究のために、それ以外の全てを犠牲にここまでやって来た、悪く言えば研究の為ならば手段を選ばない者達の集まりである。そんな研究者の心をへし折るのが、人間の可能性による無限進化の第一歩を数値化したものである。

 

 

 

「何をしている?私達は誰と敵対しようとしているのか忘れたか?()()()()()()()()()()()()()()。元よりそんな生易しい存在では無いだろう。思い出せ、私達は“何と”戦おうとしている?何と戦うためにお前達は集まったッ!!こんな初歩的段階で項垂れる為かッ!?違うだろう!私達は、あの男──────“殲滅王”リュウマ・ルイン・アルマデュラを抹殺するため、志一つにして集ったのだろう!ならばやることは一つっ!調べ、調べ調べ調べ調べて、あの男を殺せる()()()()()()()()()()ッ!」

 

 

 

女は吼える。まるで天界に居る神に向かって宣言するように咆哮した。例え、その内容が1人の男を殺さんが為だとしても、女は全身全霊で吼えるのだ。全ては1人の男…一国の王の力の所為で虐げられ、飢え、一つの食料を巡って同士討ちをする程の状況にまで追い遣られた仲間が居る。家族が居た。そんな彼等彼女等の為にも、必ずや、必ずや彼の王をこの世から消さねばならないのだ。

 

時は領土争奪時代。またの名も戦争時代。国の領土を巡り、他国との戦争が絶えない大戦争時代。右を向けば戦争が発生し、左を見れば戦争で息絶えた兵士が転がっている。中には平和な場所も在ろうが、何時しかはそこも争奪戦の戦場へと変わるのだ。そんな戦争時代に於いて、他の国の追随を許さず、向かってくる国は返り討ちしながら、その勢力を更に更にと拡大していく国は、紛れもなく最強の国と言えるだろう。しかし、その裏には必ず犠牲となる人々が居るということを忘れてはならない。

 

例えばそう、研究所に居る皆が憎悪を抱いている相手が治める国等、敵対した者達の生存を()()赦さない。つまりは皆殺しだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「…………化け物め」

 

 

 

数多く居る研究者達に檄を飛ばし、作業を再開させた女は、小さい声で呟いた。何も思わない訳が無い。所長であろうとある程度の予想以上の報告が来れば困惑の一つや二つはしよう。何せ彼女も人間だ。しかし、これは話が違う。違いすぎる。まだ調査段階にも拘わらず、先ず人間には到底出せないような数値を軽く叩き出す。そして改めて思う。“殲滅王”リュウマ・・ルイン・アルマデュラは間違いなく化け物である…と。

 

これからは忙しくなりそうだと、眉間を指で押さえながら溜め息を一つ付くと、早速と言わんばかりに焦った表情でやって来た研究者の持つ報告書を受け取るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……筋肉量は常人の約80万倍。骨密度100万倍。しかし推測される体重は4トン。翼人は普通の人間と違い、生まれたその瞬間から成人男性の数十倍の筋力を持って生まれる。それを加味したとしても、この数値は常軌を逸していると言わざるを得ない。魔力量に関して言えば一般的な魔導士の2700億倍の魔力と来た。それ程の莫大な魔力をどうやって抑え込んでいる?あの男は常に普通の立ち振る舞いだ。まるで何も無いかのような振る舞いだからこそ不気味に映る。これが常人ならば暴走を起こしても可笑しくはない。ということは、元から耐えうる構造で生まれてきた?翼人は必ず魔力を持って生まれてくる事と関連性があるのか?……現時点ではまだ何も分かりはしない…か」

 

 

 

家に帰り、自身の研究を纏めたりする作業部屋で、女は持ち帰った資料と睨めっこしていた。どれもこれも1人の人間から抽出された情報というだけで頭痛が絶えない。声を大にしてこんな事は不可能だと叫びたい気持ちが心の中を燻っている。しかし出来ない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ここで事実を認めなければ前進は無く。後進も無いため停滞することとなる。そうなればこの研究は此処まで。全てが水の泡。

 

朝から晩まで研究を続け、ものは試しだと培養して増やした血液から生体サンプルを採取し、実際にリュウマ・ルイン・アルマデュラのクローンを造り出そうとした。しかし結果は失敗だった。手にするであろう筋力に耐えきれず、実験No.001は単なる肉塊と成れ果て、蓄積された魔力量にも耐えることが出来ず爆散。第1回目の実検は予想の範疇を出ること無く失敗に終わった。

 

 

 

「はぁ…全く。前途多難だな」

 

 

 

「──────ママ?」

 

 

 

「…!まだ起きていたの?()()

 

「……うん」

 

 

 

背後にあるドアがガチャリと音を立てて開かれた。女の夫はあの男に殺されてしまった。数ある中の1人として、見せしめのように殺されてしまったのだ。となれば、己の腹を痛めながら産んだ唯一の家族、一人娘のリアとなる。

 

不安そうにドアを開けた小さな女の子のリア。そのドアを開けた手とは反対の手には、お気に入りであろう小さいクマのぬいぐるみを持っていた。

女は朝から晩まで研究所に居たのだ。自身が居ない間のリアの面倒は雇った家政婦に任せている。だからというべきか、自身の愛する娘との時間は中々取れていない。仕事が忙しいというのは子供はある程度分かっている。だが納得できるかと聞かれれば、それは否だ。

 

リアは母親が毎日毎日忙しく、夜遅くまで起きて仕事をしていることを知っている。しかし、知っているが、少しは遊んで欲しいという欲望もある。健気である娘のリアは、遊んで欲しいと言うのは簡単だが、その一言が母親の邪魔になってしまうという事も分かっていた。だから言わない。言わないが、一緒に寝ること位は許して欲しいと願った。

 

 

 

「ママ…いっしょにねても…いい?」

 

「えっと…ママはまだ少し仕事が……」

 

「…っ……わかった。ごめんなさい」

 

「……っ!」

 

 

 

眼と顔を伏せ、力無く言う娘に、女は胸の奥にチクリとした痛みを感じた。最近は構ってあげる事が出来ていない。だというのに、娘の一緒に寝たいというお願いも聞き届けられないのか。それでも己は一人娘の母親と言えるのだろうか。何度も自問自答し、今まさに自分の部屋で寝る為に扉を閉めようとしている娘に待ったの声を掛けた。

 

悲しそうな瞳を隠し着れていない娘に、疲れを抑え込んで微笑みを浮かべながら、今日の仕事は一段落したから一緒に寝ようかと提案した。すると娘のリアは、ぱあっと表情を明るくさせながら、元気よく返事をした。滅多に遊ぶことも出来ず、一日の大半を仕事に費やしてしまっている母親と一緒に居られない事から、一緒に寝れるというだけでも、子供が新しい玩具を与えられた時以上の喜びがあるのだ。

 

今にも小躍りしそうな程喜びを、表情から漏れ出ているリアを見ながら、必ずや彼の殲滅王を殺せる神を創り出すことを心に誓う。こんなに愛しい我が娘の笑顔を奪わせる訳にはいかない。無論己の子供だけに限らない。この国に住む老若男女に子供達。それら全ての民の自由と命を奪わせる訳にはいかないのだ。時は戦争時代。今はまだ戦争開始の狼煙の予兆も無いのだが、此処は()()()()に位置する独立の王国。いつ何時戦争を仕掛けられても可笑しくは無い。

 

 

 

「ママ?こんど、ママのお仕事見にいったら…ダメ?」

 

「そうね…今はまだリアには見せたらダメなものがいっぱいあるからダメだけど、今創っているのが完成したら良いわよ。記念に一緒に見ましょうか」

 

「やったぁ…ママと…いっしょ……に……すぅ…すぅ…」

 

「……おやすみなさい、リア。あなたは…あなたはだけは絶対に奪わせない。絶対に私が守ってあげる」

 

 

 

決意した女はとても強い。それが子のための母親ともなると、それは一層引き立てられるだろう。しかし、しかしだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

世界はそう、甘くは無い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「細胞の暴走断裂を確認。自壊させます」

 

「実験No.335、失敗です」

 

「そう…次はエーテル結合を少し遅らせ、反応を見てから行いましょう。次よ。時間はまだあるわ。焦りは禁物よ」

 

 

 

肉の塊が入った透明な円柱状のカプセルを前に、女は腕を組み、力強く握り締めた手を見られないようにしながら、冷静に指示を飛ばす。実験No.335。つまりはこの前に334回の失敗をしているということだ。この数字は尋常な数字ではない。この場に居るのは選りすぐりの研究者。扱う機構は最高級にし最先端。しかし成功はおろか、成功の兆候すらもない。

 

そも、生命体の創造は禁忌とされている。やってはならない、行えば必ずや天より罰を与えられる程の大罪である。しかし、罪を憚っている暇など無い。時間はまだあるとは言ったが、本当は余り残されてはいないのだ。今この時も、女が居るこの国と同じように独立している国が戦争を仕掛けられ、滅び去っているのだ。何時この国が標的にされても可笑しくは無い。つまり、猶予はそれ程残されていない。

 

そして、それから数ヶ月の月日が流れた。実験は常に続けられ、失敗しては原因を調べて見詰め直し、再度実験の繰り返し。失敗しては実験。それを繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して、最近になって漸く前進したのだ。何も無いところから創造を行おうとするから、創り出されようとしている細胞が形を整え切れず、肉塊と成り果てるのだ。つまり、形有るものに乗っ取らせればいい。

 

しかし、それは禁忌の上に更に禁忌を重ね掛けるようなもの。何せ、新たな生命を創造をするどころか、その為に()()()()()()()()()()()()()()。無論、何も関係が無い国に住む民を生贄にする事は出来ない。故に、生贄となるのは須く罪を犯した罪人であった。男も女も関係なく、生贄として実験材料の一つとしてその全てを犠牲にさせられるのだ。

 

ある程度の予想は付くだろう。罪を犯したからと牢屋に繋がれた罪人が、突然出ろと言われて連れてこられたのが、今まで知る由も無かった地下の広大な実験施設。況してや手脚はおろか、身動ぎすらも出来ないように厳重に動きを制限されている状況だ。もう確実に実験に使われるだろう事が解ってしまう。

 

泣き叫ぶ。止めてくれ。もうしない。心改める。子供が居る。待っている人が居る。此処から出してくれ。連れて行くな。何をするつもりだ。厭だ。泣き叫ぼうが絶望しようが、全てを諦めて精神を壊して嗤い狂おうが、実験は続けられた。にべも無く失敗していた実験は、生贄という材料を得ることによって形にはなるようになった。課題はまだあるも、完成も近くなってきていた。

 

そして明くる日。実験No.775。通算775回目の実験の時、それは起こった。膨大な魔力を与えられ、尋常ならざる筋力に骨密度を付けられようと、自壊しない初めてとも言える人型が完成した。生贄となったのは、歳は二桁行くかとも言える子供だった。罪を犯した訳では無かった。不慮の事故。荷車が通ろうとしている所に、偶然飛び出てしまった子供が即死してしまい、その死体を使った実験だった。するとどうだろうか。形を為したのだ。肉塊か、辛うじて人型だと解る程度だった塊が、人の形をしたのだ。

 

 

 

「お…おおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

「形が…人の形を取ったぞっ!!」

 

「やった…!やったぞ…!はははははは!!!!」

 

「成る程、成長しきった成体を使うのではなく、成長の余地が大いにある幼体だからこそのコレかっ!!」

 

「何をしている!若しかしたらに備えて子供の実験材料を取ってこいっ!!」

 

 

 

「……ふぅ……長かった。後少しだ。後少しで我々の牙を奴の喉元に突き立てる事が出来るぞ」

 

 

 

結果から言えば、実験No.775はやはりというべきか、形を為したがそれは少しの間に過ぎず、最後は弾けるように機能を停止した。そして気づく。最初からあの男のような化け物のような膂力や骨密度を与える必要は無い。要は殺せればいいのだ。死んでも死なず、常に自己強化を続け、最後に殺せれば良い。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()

 

気付いてからの実験は正しく順調の一つだった。これまでの失敗が嘘のように上手くいき、改めての実検だというのに実験No.776は死ぬことが無かった。精神が上手く出来上がっていないからか、動き出す事は無かったが、次だ。次で完全に至る。人が神を創り出すその瞬間が生まれるのだ。

 

成功の兆しが生まれてから、研究所内は歓喜の嵐だった。やっと完成する。神に至る。造り出す事によって世界は変革される。弱肉強食の現代に則り、強い者だと玉座にふんぞり返っている存在を蹴落とし、その首に牙を突き立てる事が出来るのだ。残念ながら実験を行う為に必要な研究所内の魔力が空になってしまった為に、その日の実験は終了し、次の日にと持ち越しとなったが、それはそれで構わなかったのだ。何せ、次で全てが()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

研究所のリーダーである女は上機嫌で家へと帰り、最近は更に構ってあげられなかった娘のリアと遊び、仲良く一緒に寝て、起きて、身仕度を整えた。記念すべき日だ。この日のために全てを費やしてきた。よし、行こう。そう思って玄関の扉を開けようとしたその時、女の裾を強く引かれた。誰なのかは解っているので、困ったような笑みを浮かべながら下を見た。そこには泣きそうな表情をした娘のリアが居た。

 

何故泣きそうになっているのか分からない。如何したのかと聞こうとする女の声に被せるように、リアは今日は一緒に行きたいと、手をぎゅっと握りながらそう口にした。最初は何のことだと思ったが、直ぐに思い至る。リアは女が働いている研究所に行きたいと言うのだ。リアが行きたいと言う研究所は、そもそも国家レベルの最重要施設()()()。おいそれとは見せられないのだ。しかし、リアは聞く耳持たない。

 

今日は何か可笑しい、嫌な予感がする。1人では嫌だ。家政婦の人でも嫌だ。ママの近くに居たい。そう言って聞かないのだ。如何したものかと悩んでいると、もう行かなくてはならない時間になった。故に早く引き離そうとするのだが、リアは一歩も譲らない。仕方ない。そう口にしながら溜め息を吐いた女は、良いよというまで絶対に目を開けないという事を条件に連れて行く事にした。

 

数ヶ月前に約束したように、本当に連れて行く事になるとは思っても見なかった女は、何故こんな所に子供が?という訝しんだ研究者達の視線を受けながら苦笑いした。この後確実にお叱りがあるだろうが、歴史的瞬間にリーダーである女が遅刻する訳にもいかないのだ。

 

 

 

「リア。もう良いわよ、目を開けて」

 

「……うん」

 

 

 

子供ならば、未知のものに興味を惹かれて走り回ろうとするだろうと思っていた女の思いとは裏腹に、リアはとても大人しく、しかし女の裾を離そうとしなかった。不安そうな表情を隠そうとせず、周囲のものを見ることもせず、唯前を向いて女の後をピッタリとくっついていた。どうしたのだろうかという思いはあるけれど、それ以上に遂にこの日が来たという思いの方が強く、女はリアの何時もとは違う反応に反応しきらなかった。

 

時間だ。実験を開始する。そう口にし、生贄となる年端もいかない少女の死体を持ってくる時、リアに目を瞑らせ、実験を開始しようとしたその時、背後から慌ただしい足音が聞こえてきた。折角始めようとしているのに。そう思いつつ気分を少し下げられながら、如何したのかと問うた。そして、事態は急展開する。

 

 

 

「────所長ッ!!今すぐ此処から──────」

 

 

 

その瞬間──────研究所が大きく揺れた。

 

 

 

「きゃっ…!」

 

「リアっ!大丈夫よ、私に掴まっててね。……一体何の騒ぎだ!何があった!!速やかに私に報告せよっ!」

 

「は、はっ!奴が……あの()()()()我が国に攻め込んで来ましたッ!!」

 

「なん……ですって………?」

 

「“上”の被害は既に甚大っ!何時この場所がバレるか分かりませんっ!!直ぐに退去してください!!」

 

「くっ……後少しだというのに…何故今になって…!」

 

 

 

大人達が大慌てで叫び、指示を出し合っている今の現場は、年端もいかない少女であるリアには怖く感じたのだろう。母親である女の脚に抱き付いて小さく震えている。何故今日に限って攻め込んできたのかと、血が出るほど強く唇を噛んだ女は、直ぐにこの場を立て直そうと口を開いたその時……突き抜けるような波動のようなものが体を奔った。一瞬何だったのかと思った女だったが、まさに天才とも言える明晰な頭脳が直ぐさま、この場で最も最悪な答を導いた。

 

有名な話である。世界にその名を轟かせる4名の最強の王達。その中で、こと殲滅という観点に於いては徹底され、確実な死を届ける殲滅王たるリュウマ・ルイン・アルマデュラは、その莫大な魔力にものを言わせて魔力の波動で戦場を奔らせ、総てを視ていると言われている。その為、脱走逃走なんてものは通用せず、逃げた先々で必ずや殲滅されるのだ。そしてそれは今放たれた。体を突き抜けるような先程の感触はそう…スキャンされたのだ。見付からないようにと地下に設置された研究所丸ごと一つに限らず、この場に居る人一人に限らず総てを……。

 

薄ら寒いものが背筋を駆け上る。これが恐怖か。これが畏怖か。これが絶望というものなのか。最強の王の一人である殲滅王。その存在にたった今存在を知られ、確実に居場所がバレてしまっているという状況が、これ程までに恐いのか。

 

 

 

「……閉めろ」

 

「えっ…」

 

「今すぐ“上”と此処を繋ぐ扉を全て閉めろッ!!第一防衛扉から第四防衛扉を今すぐに閉じろッ!!通路のバリケードも全て閉じろッ!!今すぐに動けッ!!私達は今ッ!()()()()()()()()()()()()ッ!!」

 

 

 

女の怒号が飛ぶ。推測した通り、居場所が知られてしまった以上、もう残された猶予は幾何かも無い。もう全く無いのだ。バリケードも全て閉じさせたが、それは時間稼ぎになるかも分からない。材質はエーテルナノを分解する特殊合金で造られているものの、相手はあの翼人の王である。本当にそれが有効なのかも怪しいのだ。

 

女はほんの少しだけでいいから手を離してくれるようにリアに頼み込んだ。既に場に飲まれてしまって怖がっているリアを1人にするのは心が痛むというものだが、一国は既に争う事態だ。少し強引にもなるが裾から手を離して貰い、懸命に名を呼ぶ娘から背を向けて研究所に設けられている自身の個人室に駆け込んだ。

 

 

 

「どこ…!どこにあるの…!?ここじゃない……!あった!!」

 

 

 

なりふり構わず、引き出しを取り出してひっくり返しながら、一冊の本と銀色で装飾され、真ん中に宝石の埋め込まれたネックレスを見つけ出した。それを手にした女は、来た道を真っ直ぐ戻ってリアの元へと戻る。残されていたリアは、慌ただしい研究者の邪魔にならないように、中央にある大きい装置に背中を預けるように座り込んでいた。女が名を叫ぶと、リアは涙を浮かべた瞳を女へと向け、立ち上がって駆け出した。

 

全力で駆けてきたリアを抱き締めながら受け止めた女は、怖がって震えているリアの頭を優しく撫で、同じ目線になるようにしゃがんだ。そして、手に持った一冊の本とネックレスをリアに手渡す。こんな事もあろうかと、念には念をと用意しておいた、道導だ。

 

 

 

「いいリア。よぉく聞いて。この本とネックレスをリアにあげる。絶対に無くさないで。これには()()()()()()()()()()()()()()()。ネックレスは本と合わせて絶対に必要になる“鍵”なの。あなたがこの本を理解しようとしたならば、あなただけは簡単に読める魔法を掛けておいたの。必要になったら、この本を使いなさい」

 

「ママ……?なにを言ってるの…?みんな変だよ…?リア達も帰ろう?」

 

「…っ……。そうね。帰りましょうね。けど、今は出来ないの。けど、これは覚えておいて…?私は──────」

 

 

 

「ダメだっ──────破られるッ!!!!」

 

 

 

女が言葉を発しようとした瞬間、一際大きな爆発音が扉の向こうから聞こえてきた。それに瞠目し、立ち上がって振り返り、この研究所をモニター出来る映像ラクリマに目を向けると、地上から研究所までに辿り着くであろう防衛用の扉が既に破壊され、エラー表示になっていた。残すは研究所の大扉を塞いでいる一番頑丈な扉のみ。そして女がその大扉に目を向けた時、大扉の中央が純黒に少しずつ染まり、後ろから押された粘土のように拉げ始めたのだ。

 

近くに居た研究者が大声でこの場から退避するように叫ぶ。すると、大扉が一瞬で純黒に染め上げられ、爆発するように吹き飛んだ。阿鼻叫喚。逃げ遅れた研究者は少なくは無く、拉げた大扉に押し潰されてしまい、血潮が床に流れ、爆発の威力で飛んできた破片が体中に突き刺さり、泣き叫びながら悶え苦しむ者。一瞬で地獄のようになった研究所内。しかし、苦しむ者達以外の研究者達は、一様に大扉が在った場所に釘付けとなっていた。

 

かたり…かたり…。靴底が研究所の床を叩く音がする。爆発によって発生した黒煙が朦々と立ち上り、視界を奪う。しかし、その煙は地下であるというのに突如発生した突風によって弾き飛ばされる。そして見えてきたその全容。

 

普通の人間には持ち得ない筈の大きく雄大な翼。二枚一対が常識の中で唯一、三対六枚もの黒白に彩られた翼を持つ存在。世に畏れられ、敵対する者その総てを殺し、殲滅することから謳われるようになった、世界4強が1人。フォルタシア王国第17代目国王リュウマ・ルイン・アルマデュラが、その姿を現した。

全身を軽度の黒い鎧に包み、大きく強大な力の波長を感じさせる翼。頭頂部には代々受け継がれてきた朱い宝石が埋め込まれたサークレットを付け、腰には代名詞とも言える純黒の刀を差したその姿。

 

威風堂々。王としての覇気を撒き散らし、常人には到底堪えきる事の出来ない圧を放ちながら、全身に薄く純黒の魔力を纏っている。強大なオーラと覇気に当てられ、全身から嫌な汗が噴き出、奥歯がカチカチと鳴り始める。そしてそんな本能的恐怖を感じている者達を、捕食動物のように縦長に切れた黄金の瞳で見る。まるで一目で存在そのものを見透かしてしまっているかのような目で見られ、魂を持って行かれそうだ。

 

襲撃されているにも拘わらず、動きの一切も出来ない状況で、神が造ったとしか言いようのない程に整った顔に、刀の刃のような鋭さを持つ切れ目。そして、鮮やかでありながら形の良い唇が動いて、言葉を発した。

 

 

 

「──────何の研究をしているのか…其れは問うまい。しかし、人体創造でも犯そうとしていたのか。我は貴様等のような塵芥が何をしようが興味は無いが、此処は虫唾が走る」

 

 

 

周囲の設備を見回し、不快そうに眉間へと皺を寄せた。そして…殲滅王に一番近い位置に居た研究者が突然燃えだした。轟々と音を出しながら、断末魔を上げて苦しむ研究者の全身を包み、純黒の禍々しい黒炎は肉を、骨をこの世に残さず焼失させた。次いで、絶叫が響いた。仲間を1人、唐突に殺されたのだ。目の前で、さも当然とでも言うように、燃やされ殺された。

 

誰であっても死ぬのは厭だ、殺されるのは厭だ。況してや家族が居る者は尚更だ。しかし殲滅王に憐憫の心は無い。そも、翼人一族にそういった感情は元から備わっていない。必ず、敵となった者を殺す為だけの、無感情さと殺意が体を突き動かし、王に対する崇拝とも言える忠誠心が精神に滑車を掛ける。命乞いしても無駄だ。逃げても無意味だ。交渉等話にならない。それは行動を決められた機械に向かって叫んでいる事と同義であるからだ。

 

 

 

「何故…こんなにも早く此処へ来れたッ!?我が国の王は魔法にも精通しているっ!並みの魔導士では手も足も出ない程にっ!!そんな王が居るというのにこんなに早く侵入を許すはずが無いっ!貴様一体何をしたッ!!」

 

「何をした?この程度の弱小国を攻め滅ぼすのに策が要るとでも?我を前にして逃げ惑わぬその精神力に対し、答えてやる。答えは──────()()。真っ正面から攻め込み、城壁を破壊し、真っ直ぐ進んで貴様等塵の王を我が殺した。魔法に精通している?フハハハハハハハッ!!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

すらり。殲滅王が右手を横凪にゆっくり動かした途端、問答をしていた研究者の首が刎ね飛んだ。放物線を描きながら、刎ねられた首は女の足元へと着地し、転がった。ひっ…っと、まだ少女であるリアに残虐なものを見せてしまったことよりも、此処に居ればリアの命もこのように儚く散らされてしまうと瞬時に悟る。このままではダメだ。最後の悪足掻きをしなければ。

 

女は冷たく、目の前で人が死のうと何とも思わず、何も感じていない、恐ろしいほど冷淡な眼をした殲滅王から背を向けて、リアと離れないよう固く手を繋いで走った。

 

 

 

「リアっ。此処に居たら私は勿論、リアまで殺されてしまう!そうなっては今までやって来た私の行動は全てが無駄に帰す。だから、あなただけでも逃げてっ」

 

「わかんない…わかんないよぉ…ママぁ…お家かえろう?」

 

「……元気でね……私のかわいいリア」

 

「……ママ?きゃっ…!」

 

 

 

中央の装置まで走ってきた女は、早々に別れを告げ、リアを実験の時に使用していたカプセルの中へと押し遣った。その時には既に、渡しそびれたネックレスをリアの首に掛け、本を渡していた。拒否権も許さず中に閉じ込められたリアは、必死な形相でカプセルを叩くが、びくともするはずも無く、声すらも中からは届かない。泣きながら自身のことを呼ぶ娘の姿に涙を流す女は…懺悔した。

 

今から行うのは決して許されるものではない。生きて再会すれば恨まれていたとしても当然のこと。故に、女はリアへ謝罪しか出来なかった。ラクリマから映し出される画面とキーボードを素早く叩き、内容を少し弄る。すると、今まで行ってきた実験と同じようにシステムが動き出した。

 

 

 

「そして…ごめんなさい。私の行いを総てあなたに背負わせる事になってしまう。けど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……あの男を……“殲滅王”をこの世から消して。ごめんなさい…ごめん……なさいっ……──────愛してるわ…リア」

 

『──────っ──────っ!!』

 

 

 

成長段階を残した肉体をそのまま使うのでは無く、全く同じ肉体をコピーしながら生成し、精神の無い肉塊とならぬよう生体リンク魔法を繋ぐことにより、リアの肉体と全く同じ者を造り出す。リアであってリアではない、同じであって別の者を造り出した。そしてそこに、世界4強が1人であり抹殺対象の劣化型細胞を混ぜ合わせ、更に世界4強の内の誰かによって殺され、放置されていた()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これにより、限りなく“殲滅王”に近付き、不死身の肉体を持つ存在を造り出すのだ。

 

悪く言えば実験材料となったリアの肉体は消えること無く、そのまま残る。しかし、今実験を中止するにはいかない。人格を初期化し、上書きする為の時間や、造り終わっていない肉体の創生の時間稼ぎもしなければならない。もう死ぬことは確定している。だが時間稼ぎが出来ないとは言っていない。

 

実験の過程によって意識を飛ばしたリアの顔を最後に、脳裏に焼き付けた女は、防衛用の魔法銃を手に取り、来た道を引き返した。今終わっている工程は全体の21%。残り79%を終えるまで、どうにか時間稼ぎをしなければならない。

国に雇われた実力の有る傭兵が、“殲滅王”率いる戦士達に無惨にも殺されている。実力が飛び抜けすぎて霞んで見えるが、フォルタシア王国の戦士達は一人で並みの兵士千人は相手取る化け物。況してや、それは一番下級の戦士の実力ときたものだ。戦いのたの字も知らない研究者達ではまず、相手にならない。

 

傭兵でも相手になるわけが無い。だがやるしか無い。例え一人で総てを相手にしようとも、遣り遂げなければならない。魔法銃のトリガーを引いて魔法陣が付与された薬莢を装填する。何時でも撃てるように準備を整え、戦い、死ぬ覚悟を決める。そして立つ。目標である怨敵…“殲滅王”の御前へと。

 

 

 

「貴様は……っ…貴様は私の夫を殺した…!母を…父を……幼い弟すらも殺したっ!!絶対に許さない…!この命に代えても…!貴様をこの手で殺すッ!!」

 

「……く……ははッ……フハハハハハハハハハハハハッ!!我を前にして何を宣うかと思えば…殺す?誰を?我をかァ?ハハハハハハッ!傑作よなァ?脚が震えておるぞ?そんな子鹿のような貴様が…塵芥の中の塵でしかない貴様が、この我を殺すと…ククッ。良い良い。赦す。その心意気、()()()()()()()()(まなこ)に免じて、貴様は我が手ずから殺してやる。故に──────決死の覚悟で臨めよ。貴様の死は揺るがぬ」

 

「…っ……愛してるわ、リア…元気でね。………すぅっ……私の…私達の怨敵である“殲滅王”ッ!!今ここで死ねッ!!はぁああああああああああああああああああッ!!」

 

 

 

「──────阿呆な女よ。では悔いを残しながら逝くが良い……──────『殲滅王の至宝(ゲート・オブ・アルマデウス)』」

 

 

 

 

 

 

──────私はあなたに、過酷な運命を背負わせる。だからこそ私には地獄がお似合いなのだろう。どうか、どうかお願い。理不尽に暴力を、不条理な天災を振り撒かない善良なる神が居るならば願う……私の娘…リア・フェレノーラに普通の幸せを…あげて…下さ……い…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

肉体の創生過程100%…肉体と精神の固定…安定…生体リンク魔法…接続を確認…脱出ポットに接続…成功…成長遅延魔法…起動…座標が入力されていません…入力された設定を基に座標を自動入力します…脱出ポット射出まで残り時間246秒です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実験No.777…アストラデウス(王殺しの人造神)…創生完了…転移魔法陣起動…アストラデウスを()()()()()()()()()()転移させます…魔法陣起動まで残り時間183秒…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陛下、報告します」

 

「うむ。何だ?」

 

「この地区に居る研究者は()()排除しました。残るはこの実験の残骸ですが、如何致しますか?我々が破壊してもよろしいですが…」

 

「良い。後に我が国ごと消滅させる。お前達は使えるものを運び出しておけ。間違っても避難を遅れるな、誤って我の戦士や兵士を消した等目も当てられん」

 

「ハッ!……“上”で生き残った女子供は如何致しますか?奴隷にしてもよろしいかと」

 

「要らぬ。奴隷を我の国に運び入れる等、我が不快に為るだけだ。喧しく命乞いする、又は反抗的にも戦う意思を見せるならば殺せ。時間が余ったならば性欲処理にでも使うと良い。()()()()()()()()()()

 

「陛下もお人が悪い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。精々いっても喧しい者を殺す程度です」

 

「うむ。……戻るぞッ!魔法は1時間後に放つ。お前は“上”に居る者達に通達せよ」

 

「ハッ!陛下の御心のままに」

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、“殲滅王”はその場から踵を返して去って行った。続くように兵士達も引き上げていき、上では城に貯蔵されている財宝を根刮ぎ奪っていた。殺されずその場に捕らえられた捕虜達が、その場で次々と殺されていった。反抗も赦さない。希望を見出せさせない。慈悲は掛けない。温情など在りはしない。そこに在るのは弱肉強食な世界故に訪れた理不尽な死だけである。

 

そして、その遙か上空にて、緊急避難用にと、長年の年月を掛けて作成された巨大な空飛ぶ大陸には、人間の叡智の結晶であり、禁忌の塊であるアストラデウスが転移して保管され、解放されるその時まで眠りについた。一方脱出ポットに移されたリアは、自動で設定された座標に向かって飛行していた。しかし、その途中で、不幸にも脱出ポットが隆起した岩に当たって一部が破損し、女に渡されていた本が外へと飛び出して落ちた。

 

ネックレスは幸いリアの首に掛かっており、成長を限りなく遅延させる魔法は脱出ポットが少し傷付いた程度では問題無い。斯くして、リアは深く、人が余り寄りつかない森の最深部の洞穴の中で眠り続け、女の魔法で少しずつではあるが、世の常識等を直接脳に年齢に合わせてインストールされていく。もし仮に長い年月が経ち、体だけが成長したまま、子供の精神と頭脳であることを避けるために。

 

そして、ここから数年後、貧しい村のために出稼ぎに出て成功し、身に纏っている服の色にちなんで『赤の英雄』『青の英雄』と言われた二人の青年が、何の運命か空中大陸へと至り、眠りについていた筈のアストラデウスと邂逅を果たし、その命と引き換えに、アストラデウスの封印に成功するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────そして、長い年月を掛けた眠りから覚め、先程記憶を取り戻した存在が私…リア・フェレノーラです」

 

「………………………………嘘だ」

 

「事実です。数奇な運命を重ね、母より委ねられた本が、嘗ての英雄の手に渡り、最後には私の元に帰ってきた。それだけです」

 

「……………何で」

 

「私が総てを知っているのか…ですか?それは母の設定した魔法で眠っている間に学習を──────」

 

「違ェッ!!何で…!何で……よりにもよって……リュウマをあれ程追い詰めてる化け物とお前が……ッ!!()()()()()()()()()()()()()()ッ!!!!」

 

「…………………………。」

 

 

 

悔しそうに手を握り締めるクレア。その哀しくも怒気の伝わる姿に、シルヴィア…否、リアが目を伏せる。化け物であるアストラデウスとリアは一心同体と言っても過言ではない。そして、その両者は生体リンク魔法というもので常に繋がっている。それが意味することは──────

 

 

 

「……はい。アストラデウス(あの子)が死ねば、私も死にます。あの子は私で、私はあの子…同じ王殺しの人造神(そんざい)なんです」

 

「方法…お前が死なねェ方法は…!生体リンクさえ無理矢理切っちまえば、お前とアイツは独立した個体に切り替わるンだろ!?だったら……!!」

 

「不可能です。それはクレア様が一番良く解っているのでは無いですか?あの子はリュウマ様の純黒なる魔力を奪い、使用することが出来ます。つまり、生体リンク魔法はあのリュウマ様にも解除が出来ないのです」

 

「…ッ……く…クソッ!……クソッ!クソッ!…クソがァ──────ッ!」

 

 

 

クレアは握り締めた拳を床に叩きつけた。見た目とは裏腹の力によって床前面に亀裂が入り、底が抜けようとする。それでも何度も何度も繰り返し叩き付け、床を破壊していく。そして、もう一度叩き付けようとしたところで、その腕を掴まれ、不発に終わった。腕を掴んだのはバルガスだ。物に当たり散らしたところで現状は何も変わらない。

 

説明をリアからされずとも、クレアは生体リンク魔法を切ることが出来ないことは知っていた。先程からリュウマが戦っているアストラデウスが、リュウマのみが扱う純黒なる魔力を奪い取り、さも我が物のように使用しているのを、その目で見ていたからだ。だから、リュウマにすら生体リンク魔法を切ることは出来ない。そしてクレアやバルガスの魔力では、リュウマの純黒なる魔力に対抗することが出来ない。唯一、あの純黒に対抗出来るのは対極の力であるオリヴィエの純白なる魔力のみ。しかし、そんな彼女はここには居ない。

 

彼は知っていた。理解していた。状況を正しく把握出来ていた。そして把握しているからこそ、納得すること等出来なかった。何故このタイミングで、何故他でも無いリアが、適当に請け負ったこのクエストで、何故、何で、如何して。世界は残酷だ。どれだけ嘆こうが叫こうが、世界は万人に等しく絶望を突き付ける。

 

 

 

「それに、リュウマ様は既に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……なん…だって?」

 

「リュウマ様が私を同行させなかった理由の最もたるものは、()()()()()()()()()()です」

 

「じゃあ、リュウマの奴は最初から、お前とあの化け物が生体リンク魔法で繋がってたり、過去に滅ぼした国が実験で生み出された化け物だって知ってたってのか…!」

 

「いいえ、その逆です。()()()()()()()()()()()()()()()()、私を不審に思い、不確定要素の塊である私を、他でも無いクレア様に近付けさせない為に同行を頑なに拒否したんです」

 

「過去が…覗けない…?」

 

「はい。私の全ては、一度失い、あの子と繋がった事で初めてスタートしました。つまり、リュウマ様は他者の記憶はおろか、記録を見るというのに、森の中で目を覚まして義理の父に拾われた所から始まっている筈。如何にも怪しいでしょう。記憶が無いなら未だしも、()()()()()()()()()()()()()()()のですから」

 

 

 

記憶しているものとは別に、一つの人間が歩み、選択し、育んできた記録を覗き見る事が出来るリュウマの記憶透過魔法。それを以てしても、リアの過去の始めは拾われる所から始まった。つまり、18前後の少女が突然この世に降って湧いたかのような現象になっていたのだ。明らかな不審。そんな不確定要素を同じチームの、盟友(しんゆう)に近付けさせたくなかった。また失うのは恐いから。目の前でまた、自身の大切な人を無くしたくないから。だから近付けさせないように、絶対の姿勢で同行を拒否した。

 

しかし、クレアの言葉を否定しきる事が出来なかった。しようと思えば出来た。しかし出来なかった。他でも無い大切な盟友(しんゆう)の言葉であり、信頼の証だったから。だから、リュウマは何が起きても対処出来るように、常にクレアやバルガスの傍から離れず、誰にも気付かれないように監視をしていた。目を光らせていた。だが、事態は急変し、今に至ってしまった。()()()()()()()()()()()()だった。

 

 

 

「他にも、リュウマ様は気付かれていた筈です。記憶が無く、記録も無い私がリュウマ様の顔を見て拒否反応を起こした事です。確実に会ったことも無いのに拒否反応を起こした。余りに不自然です」

 

「そ…れは……」

 

「そしてこのネックレス。これをリュウマ様に見せたあの日の夜、リュウマ様はこのネックレスを見た時、ほんの少しだけ驚いていました。当然です。日蝕があったあの時、柱が立っていたあの中央に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………は?じゃあそれが無けりゃあの現象は起きなかったってか?だがあん時は確かに……」

 

「えぇ。だから、リュウマ様はクレア様に気付かれないように、()()()()()()()これと全く同じものを造り、嵌め込んだのでしょう。何せ、このネックレスが無いと絶対に起動しませんから」

 

「ンなことアイツが……っ!……そうか…『創造』を使ったのかッ!!」

 

 

 

一度見たものならば、どんな複雑な機構をしていたとしても創造することも出来、模倣が可能となる災能を存分に使い、リアの身に付けているネックレスを使うこと無く、あの魔法を起動してみせた。他でも無い、クレアに心配させない為に、リアを不審に思わせない為に、一緒に居て楽しそうにしている、クレアの笑顔を曇らせない為に、リュウマは一人、思考し、抱え込み、一人で実行していた。

 

クレアに自身の思いが通じなく、嫌な予感を感じさせる旅になっていた。リアを密かにこの世から消す…そんな選択も出来た筈である。しかししなかった。依頼人の義理の娘という事もあるが、やはりクレアを哀しませたくなかったから。

 

 

 

「リュウマ様は、あの子が自身のクローンであるという事実は知り得ないでしょうが、私と生体リンク魔法が掛かっている事は、既に視えている筈です。繋がりは確かに有り、リュウマ様ならばもう視ている筈ですから」

 

「じゃあ何で…何でオレに何も言わねェッ!!オレ等で叩けば、最適解を出す時間稼ぎくれェ…………ぁ」

 

 

 

『我しかクエストをしておらぬではないか』

 

『ったりめーだろうが!そりゃ()()()()()()()()()()()()だからだろうがッ!!』

 

 

 

「ち、違ェ……リュウマ…オレは…オレはそんなつもりで言ったんじゃ……それにこんな事になるなんて……!」

 

 

 

クレアはハッとした様子で思い出した。約一ヶ月前に自身が何気なく言った台詞を。別にここまで見越していった訳でも無い。結果的にそういう風に思えてしまうだけで、誰もこんな事態になるだなんて予想出来なかった。だが、クレアが何気なくであろうが言ってしまった事実は変わらない。故にこそ、リュウマは自身が確りと拒否していれば、例えクレアとの仲に小さくも、確かな溝を作ってしまったとしても、否とその場で言っていれば、この様な事にはならなかったんだという思いで、アストラデウスと一人で戦っているのだった。

 

誰にも落ち度は無い。偶然が重なり合って今が有り、少し順序が良く行き過ぎていただけだ。だから、この場にリュウマが居たとしても、クレアを責めたりはしない。憤ったりもしない。だが責められる覚悟は有るだろう。何故、400年前にちゃんと全てを確認しなかったのか。何故、疑問を最初に言って相談してくれなかったのか。何故──────お前が元凶なんだ。

 

 

 

「オレは…オレはアイツに全部擦り付けて…のうのうと…っ!しかも、オレじゃあ何も……リアを助けてやることも…!!」

 

「それならば…恐らくは大丈夫なのではないでしょうか…?散々リュウマ様では勝てないと言っていた私が言うのも何ですが、リュウマ様ならばあの子を倒せる…かと。何と言っても…()()()()()()()()()()()()()()()()()()、私が消えるのは時間の問題でしょう」

 

「……あ?本気…?──────まさかッ!?」

 

 

 

クレアは急いでリュウマが突っ込んだ塔の方へと視線を向けた。そしてそこには、何時の間にか召喚され、アストラデウスとぶつかり合っているアルディスの姿と、魔力に当てられ、純黒に変色した塔と、そこから言葉では表しきれない魔力を放出している光景であった。

 

文字通り、リュウマは本気となった。滅多なことでは解放せず、リュウマの妻達にもそう無闇に使ってはならないと言い付けられている、正真正銘の本気を。アストラデウスにはそうしなければ勝てないと、リュウマが判断した結果がそこには映っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

『──────原点故に我が起源(ヴォルテクス・ワン)

 

 

 

 

 

(すべ)てを()()()(つぶ)せ──────』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──────黑神世斬黎(くろかみよぎり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめろ…やめろリュウマぁっ!!ソイツを殺しちまったら…リアが……リアが死んじまう…っ!頼む……たのむ……やめてくれ…リュウマぁあああああああああああっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

嫌だ。リアが死ぬのは嫌だ。心からそう思った。異性でここまで死んで欲しくない、離れたくないと思ったは初めてだった。自身でもこの感情は持て余してる。しかしそれでも、これだけははっきりと声を大にして言えた……殺さないでくれ…と。

 

何度聞いた言葉だろう。何度言われた言葉だろう。何度懇願される時に聞かされた言葉だろう。そして己は何度…其れを無視してきたのだろう。それが今自身に返ってきた。絶望は等しく与えられる。

 

クレアは足場を粉微塵に変えながら、アストラデウスを殺さんと純黒の刀に手を掛けているリュウマを、涙が溢れる眼で…見ているしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

然れど──────戦いは…()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 






必要な部分を書いていたら長くなってしまいました。


では、今年も是非よろしくお願いします!


遅くなりましたが、明けましておめでとうございます!



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第 ৯১ 刀  無限の進化



今回は少し長いので、よろしくお願いします。




 

 

 

リアの告白が行われ、事実がクレアやバルガス達に明かされる少し前、リュウマが進化したアストラデウスの攻撃によって塔の最上階へと突っ込んだところまで、時間は少し遡る。

 

勢いが止まらず、吹き飛ばされた速度そのままに塔へ激突したリュウマを見ていたアストラデウスは、追い打ちを仕掛けようとした時であった。塔からリュウマとは違う膨大な魔力を感知した。荒々しく野性的でありながら、崇高的で神々しい銀色の魔力である。新手かと、言葉を知らないが故に直感的なものが頭をかすめたところで、それは現れた。

 

全身銀色一色の毛並み。体長10メートルを越える見上げる壁のような躯体。生命力に漲り、普通ならば平伏し、崇めていても可笑しくは無い神話的生物。世界に一匹しか確認されていない超稀少な存在、神狼と謂われる種族でありながら、リュウマに遣える伝説の狼。その力は未知数で、世界を支配していたと古文書にも書いてあるドラゴンを、一方的に狩る事が出来る力を持つ。

 

そして、大きな躯体に見合うような大剣を口に咥えて、空間を縦横無尽に駆け回る。名前がなく、無銘と呼んでいる大剣は、神狼である神斬り殺す銀の神狼(アルゲンデュオス・インテルヴォルス)のアルディスにのみ召喚する事が出来、神を殺す神狼として、初めて神を殺した時に異空間より召喚出来るようになったという代物である。万物を斬り裂くその切れ味は正しく神剣。これで主から与えられた命令に忠実に従い、何者も葬り去ってきた。

 

そして、先より命令(オーダー)が下った。敬愛し、何者も勝ることの無い唯一絶対の主より、あの化け物から我を護れと。アルディスは歓喜した。やっと、やっと主の力になることが出来る…と。

 

一年前に起こった主とその他大勢との戦い。普段の主ならばこの程度の相手を負かすのは容易いと思っていた。しかし、その時の相手が歌を歌いだしてから情勢が一気に逆転した。もう終わりだと思ったところから一転してしまったのだ。殴り蹴られ、小石のように転がり、吹き飛ばされる主を見て我慢が出来なかった。故に訴えた。主であるリュウマへ、私を出してくれと、召喚してくれと、叫ぶように懇願した。しかし、その言葉に対する答えは…否。それは単に、相手側にオリヴィエが居たからだ。

 

最強の神殺しの力を持つオリヴィエを前にすれば、いくらドラゴンをも弄ぶ力を持つ神狼のアルディスと謂えども、精々良い(まと)にしかならず、良くても肉盾にしかならない。故にリュウマはアルディスを召喚しなかった。どれだけアルディスが訴えても、リュウマは良しとしなかった。そして、戦いは直ぐに終結してしまった。あの、殲滅王と畏れられた…あの主がだ。その時のアルディスの心情は殺意と憎悪の二つだった。

 

必ずや、必ずや主をここまで甚振った者達をこの手で殺してやると。だが、それよりも主の回復が先だと、その感情を見事押し殺し、療養中であったリュウマを連れ去って洞窟へと隠れた。紆余曲折があり、リュウマを殺そうと挑んできた訳では無いと判明したが、アルディスが納得することは無かった。何せ、勝てないからと、主に()()()()()()()()()()()()()()()。だからこそ、次に召喚され、戦闘を任されることを期待した。そして叶った。況してや、主自身が護れと、そう言ってくれたのだ。ならば──────

 

 

 

「我が主に仇為す不埒者がッ!!」

 

「■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 

 

──────全力で敵を滅ぼす。

 

 

 

「──────シッ!!」

 

「■■■■■■…っ!?」

 

 

 

神狼形態を取ったアルディスの驚異的脚力による跳躍により、虚空で空気が瞬間的に圧縮されたことで形成された足場を使って飛び跳ねる。目まぐるしく、アストラデウスの周囲を囲うように飛び跳ねていたアルディスに、アストラデウスが先に攻撃を仕掛けた。フェイントも混ぜつつ付かず離れずの距離を取っていたアルディスが、自身に最も近付いたタイミングを見計らい、進化して黒くなった腕を突き出した。

 

アストラデウスの魔の手がアルディスに伸び、刺し貫く為に抜き手を構えていた手が、銀の毛並みを貫いた…かに思えた。振り抜いたその手に感触は無く、アストラデウスの手はアルディスの残像を貫いたのだ。そして数瞬後、消えた残像の奥から本物のアルディスが迫り、口に咥えた大剣を大いに揮った。

 

神をも斬り殺す無銘の大剣がアストラデウスの腹部に叩き込まれた。耳を塞ぎたくなるような不自然な金属音を響き渡る。衝撃波が突き抜け、アストラデウスの体がくの字に曲がるが、アルディスはアストラデウスの体の硬さに唸り声を上げた。斬れなかったのだ。神をも斬り殺す大剣を全力で叩き込んだというのに、歯から伝わる感触は全く刃が通っていないものだった。

 

ぎちりと軋む音が鳴り、火花が散った。腹に叩き込まれた大剣を掴もうとアストラデウスが腕を動かした時には既に、アルディスはその場から離脱した。掻き消えるような速度で離れたアルディスは、口に咥えた大剣に銀色の魔力を流し込む。そして、その場で体の撓りも使った渾身の斬撃が飛来した。

 

弧を描く斬撃は、リュウマが行うような単純な斬撃ではなく、魔力を載せた破壊力に重きを置かれた斬撃だ。受け止めようと、籠められた魔力は膨大、弾き飛ばされる事は必須だろう。しかし、アストラデウスは動くこと無く、右腕を持ち上げて向ける。そしてリュウマから奪った純黒の魔力を目前に広げるように展開した。それを見てアルディスの怒りのボルテージが上昇する。純黒とはリュウマを表す色。それを奪い、剰え使用しているのだ。主に忠実なアルディスには赦されざる行為そのものである。

 

泳ぐ魚を捕らえるように放たれた純黒の魔力による網は、アルディスが放った斬撃を易々と包み込み、消し去った。次いで、アストラデウスの横面に脳が揺れる程の絶大な一撃が叩き込まれる。大気が震える衝撃波が生まれ、体勢を大きく崩しながら、先程まで頭があった位置に目を向けると、そこには人間形態になったアルディスが右拳を振り抜いた姿でそこに居た。

 

腰まで届く銀色の髪。非常に整った顔立ちに鋭い目付き。狼のように縦長に切れた金色の瞳孔。豊満な胸部に、それに見合うだけの均等の取れた完璧なプロポーション。しなやかでありながら確り付いた筋肉。彼女が本物の人間ならば、世の男はこぞって彼女の事を欲しがるだろう。彼女の美貌に何れだけの富を積まれていただろうか。しかし残念にも、彼女には心に決めた主人が居る。そして、見た目は絶世であろうと、彼女が神殺しの神狼である事に変わりは無い。

 

 

 

「──────()ッ!!」

 

「──────■■■■■■■■………ッ!!」

 

 

 

人よりも鋭く伸びた犬歯が覗く口を開け、魔力を籠めた衝撃波を口内から発した。体勢を崩されたアストラデウスは真面に当たるが、ダメージは無いに等しい。だがアルディスの狙いはアストラデウスを弾き飛ばす事に有った。

 

アストラデウスが弾かれた先に驚異的脚力にものを言わせた跳躍をして先回りし、両手で構えた大剣を、さながら野球のバッターのように全力で振った。斬り飛ばして真っ二つにする腹積もりで揮った大剣は、アストラデウスの皮膚を斬ることも叶わず、しかし来た方向へとは別の方向へと弾き飛ばされていった。そしてもう一度先回りし大剣を揮う。体勢を直して迎撃するよりも先に姿を現し、追撃を行う。この繰り返しによってアルディスの猛攻は途切れなかった。

 

 

 

「──────『畏れよ、その刹那(ブレンディ・ボルガ)』ッ!!」

 

 

 

アルディスの猛攻は行うごとに速度を増し、大剣を叩き付けた時には擦れた金属音が鳴るのだが、次第に三度、四度と叩き付けているにも拘わらず()()()()()()聞こえない。それもその速度は増していく一方ときた。更に言うならば、アルディスは一撃一撃は全力以上の力で行い、神殺しの力を全て注ぎ込んでいる。

 

元々アストラデウスにはリュウマの遺伝子だけではなく、不死となるように神の細胞も少しだけ含まれている。本来ならば神殺しの力が存分に発揮される筈なのだが、使われているリュウマの遺伝子と、奪った純黒の魔力が邪魔をして十分に力を発揮できないのだ。だがそれでも、効果がゼロであるという訳では無い。その証拠に、リュウマの持つ天之熾慧國でも、これまでアルディスが無銘を叩き付けても傷一つ無かった体に、罅が刻まれた。

 

神狼としての異常な体力と、爆発的な膂力とアストラデウスに載せられた推進力の合わせられた猛攻は、進化してから一度も傷を負わなかったアストラデウスに傷を付けた。そしてアルディスはそれを確かに見破り、ダメ押しと言わんばかりに罅へ向かって大剣を叩き付けた。そして、大剣の刃がアストラデウスの体に半ばまで捻じ込まれた。苦しげな声を上げるアストラデウス。更に奥へと差し込み、両断しようとするアルディス。両者の攻防が出来上がる。しかし直ぐにその好転した状況を崩された。

 

 

 

「ぐ……く…ぅッ……ッ!!──────ハッ!?」

 

「──────■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 

 

研ぎ澄まされた野性の勘で危険を察知したアルディスが、その場から離脱しようとしたその時、アルディスが離脱するよりも早くアストラデウスがアルディスの抱き付いて抱擁した。並みの力では無く、見た目に反して巨大な膂力を持ち合わせているアルディスが少しも身動きが出来ず、抱き締められた体は節々からギチギチとした軋む音が鳴る。息も満足に出来ない締め付けを受けながら、アルディスはアストラデウスが膨大な魔力を溜め込んでいることに直ぐさま気が付いた。

 

拙い。それは、これは、喰らったら拙い。直感したアルディスは動く脚をアストラデウスの腹部に何度も叩き付ける。しかし一向に拘束が振り解けない。寧ろ拘束は強くなり、アルディスはその締め付けに堪らずごぽりと血を吐き出した。そして、魔力を溜め終えたアストラデウスは、体の全方向へ向かって魔力を暴発させた。

 

大爆発が捲き起こる。単なる爆発ならばアルディスの防御力を越えることは出来ない。だが、その魔力は純黒。一切の拮抗を赦さない無差別の魔力。アストラデウスの持てる魔力を全て使った渾身の大爆発は、天空大陸の上空に巨大な黒い太陽を顕現させた。離れていても肌がちりつく程の大魔力。その中心に居たアルディスはどうなったのだろうか。だが、幸いアルディスが消し飛ぶようなことは無かった。

 

爆発が黒煙を撒き散らす傍ら、その黒煙から二つの物体が飛び出てきた。アルディスと無銘の大剣である。吹き飛ばされたアルディスは受け身を取る事も無く、天空大陸へと墜ちていった。どさりと音を立てながら不時着したアルディスは全身傷だらけで、とても戦える状況に無かった。あれだけ美しい毛並みと同じ銀色の髪は土と血に塗れて輝きを失い、瑞々しい肌には傷がないところを探す方が難しいと言わざるを得ない程の傷が有る。

 

ぴくりとも動かないアルディスの傍に、大爆発を起こした張本人であるアストラデウスが降り立つ。あれ程の大爆発を撒き散らして起きながら、使用した魔力は既に十全に回復し終わっていた。無銘によって付けられた傷も、驚異の回復力で既にもう傷など無い。戦う前と何ら変わらない。絶望的な状況と姿で、アストラデウスはそこに居た。

 

少しの間アルディスのことを見ていたアストラデウスだったが、敵という認識から外したのか、アルディスの傍を通ってリュウマが突っ込んだ塔に向かって足を進める。しかし、その足は直ぐに止まることとなった。

 

 

 

「──────待…て……」

 

「■■■■■■■■■■……………」

 

「あ……るじ……の…元へは……行かせ…ない……」

 

 

 

全身傷だらけで、動くのも億劫であろうに、アルディスは這いずってアストラデウスの足首を万力が如くの力で掴み、動きを阻害した。もうこの生き物は戦うことが出来ない。そう判断したアストラデウスは足の拘束を無理矢理解いて歩みを進めようとした。しかし出来ない。アルディスは何が何でも離さないという確固たる意思の元、アストラデウスの足を掴んでいるのだ。そう簡単には引き剥がせるものではない。

 

赤い目を細めたアストラデウスは、掴まれている足とは別の足を持ち上げてアルディスの頭を踏みつけた。びきりと地面が音を立てながら陥没したが、それでもアルディスは掴む手を一向に弛める事はしない。寧ろ頭に掛かる重圧と痛みで朦朧とした意識を取り戻したアルディスは、更に手の力を強めた。全ては主の命を全うする為に。

 

だが、そんなアルディスの覚悟とは裏腹に、アストラデウスはアルディスの頭を踏みつける力を強めた。地面がびしびしと陥没していくにも拘わらず、未だアルディスは手を離さない。焦れったくなったアストラデウスは足を一度持ち上げ……全力でアルディスの頭を踏み込んだ。

砂塵が舞う。爆発音と間違える程の衝撃と音が響き渡り、地が円を描いて陥没した。底が抜けるのではと心配になる力が加えられている。これでもう終わっただろうと、アストラデウスがその場を後にしようとしたその時、足が引っ張られた。アルディスは、未だ手を離はしていない。

 

 

 

「──────が…ぁ……ぁ…るじ……の元…に…は…」

 

「──────■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 

 

苛つきを感じたのだろう。アストラデウスは更にアルディスの頭を踏みつける。何度も、何度も何度も何度も何度も思い切り踏みつけた。その度に地は陥没して抉れ、砂塵は広範囲に撒き散らされる。普通ならば最初の一撃で頭が石榴のように撒き散らされても可笑しくないというのに、何度足を叩き付けられようと、アルディスは決して足を離すことは無かった。そして、何れだけのアルディスは踏みつけられた事だろう。その数は優に20は越え、周囲は叩き付けられる足の威力によって見るも無惨な光景となっている。

 

だがそれでも、アルディスは離さなかった。何故離さないのか、それだけの力が一体どこに有るのか、訳も分からないアストラデウスは、アルディスの頭を踏みつけたまま掴まれている足を引っ張った。すると、アルディスは不覚にも手を離してしまった。仕方も無い。度重なる踏みつけの所為で血塗れとなり、掴んでいた手が血で滑ったのだ。薄れ征く意識の中でもう一度掴もうとした手は虚空を切り、アストラデウスは遙か上空へと飛んだ。

 

拙い、離してしまった。そう思ったその瞬間、アルディスの体は背中に訪れた衝撃で拉げた。上に飛んだアストラデウスが勢いを付けてアルディスの背中を思い切り踏みつけたのだ。ごぼりと口から大量の血を吐いた。無防備な背を一直線に踏み込まれたのだ。全身の力を使いながら魔力を推進力として使用して得た力も加えて。そして…アストラデウスはそれだけで終わらせず、そこから更に何度も何度も踏み付けた。

 

 

 

「──────ごッ……ぐッ……がァッ……ぐぶッ……ぁ゙あ゙ッ……はぁ゙ッ……ぎ…ィ゙ッ……ぁ゙がッ…………こぽ」

 

 

 

地が陥没ではなく亀裂を刻み込む。全開の時でも受ければ相当のダメージを負ったであろう攻撃を、アルディスは無防備の、それも全身傷だらけで何度も頭を踏み付けられて意識が殆ど無い状態で何度も繰り返された。最早拷問とでも言える行為に、アルディスはとうとう完全に意識を飛ばした。口から大量の血を吐き、辺り一面をアルディスの血によって赤く染めながら、アルディスの戦いは終わってしまった。

 

意識を手放す瞬間、思ったのは悔しさだった。やっと、やっと主の役に立てる時が来たというのに、アストラデウスに多少のダメージを与えただけで終わってしまった。それも既に完治し、使用させた魔力ももう元通りである。起きたら、なんて謝罪しよう。どうな罰を課してもらおう、そんなことを考えながら、アルディスは意識を手放した。

 

私には何も出来なかった。折角命令を請け負ったというのに、遂行することが出来なかった。主の一番の眷族としてなんという体たらく。不甲斐ないと思っているアルディスであるが、それは全く違う。アルディスは遣り遂げたのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

アストラデウスはゾクリとしたものを感じた。体の芯に直接叩き込まれるような漠然としたものが駆け抜ける。意思も無く、当然とでも言うように、何時の間にかアストラデウスは城に連なる塔の元へと飛んでいた。そして、その感じた()()()が何だったのかが直ぐに解った。

 

 

 

 

 

 

『──────原点故に我が起源(ヴォルテクス・ワン)

 

 

 

 

 

 

(すべ)てを()()()(つぶ)せ──────』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──────黑神世斬黎(くろかみよぎり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

感じたものを確信するよりも早く、そして速く……アストラデウスの体は縦から真っ二つになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぱきんッ

 

 

 

「………………。」

 

「わッ…!?カップの取っ手が壊れた!オリヴィエ大丈夫!?」

 

「あぁ。私は大丈夫だ。それよりも…ルーシィ。衝撃に備えろ」

 

「え?」

 

 

 

「どうやら──────本気を出したらしい」

 

 

 

「それって……」

 

 

 

ルーシィが全てを言い終わる前に、椅子がかたりと小刻みに震え始めた。そしてその規模は大きくなり、テーブル、タンス、果てには家全体が大きく揺れ始めた。異常に気が付いたのだろう。帰っていたウェンディやエルザが慌てたようにオリヴィエが居るリビングへと慌ただしく入ってきた。そして、オリヴィエを護るように取り囲み、ルーシィがオリヴィエを抱擁する。

 

揺れは一向に止まない。それどこらかその力を増し、家だけではない、地も…大気も揺れ始めた。そして何よりも…莫大な魔力の波動が止め処なく叩き付けられる。その量たるや、気を抜けば意識を軽く持っていかれるほどの凄まじさ。どうしようと対抗出来ないその力。立っているのも辛いと、座り込む者まで続出する。これ以上は拙いと思ったルーシィだったが、それは杞憂に終わった。

 

中心に居たオリヴィエが、右手で指を鳴らすと、純白の波動が広がっていき、家を包んでもその勢力を拡大していき、何時しかマグノリア全域を容易に包み込んだ。すると、大気まで震えていた揺れが瞬く間に止み、いつも通りの日常へと変わった。揺れが収まってから、ルーシィ達はホッと一安心している時、オリヴィエは愛おしそうに微笑みを浮かべ、窓から見える快晴の空を見た。

 

 

 

「はぁ……びっくりしたぁ…」

 

「オリヴィエ!お腹の子供は大丈夫か!?」

 

「何かあったら直ぐに言って下さいね!?」

 

「解った解った。全く…お前達ときたら一向にその過保護が抜けん。そんなに心配せずとも私は問題ない。それに、エルザ。お前も妊娠中であろう。人の心配をしている場合か?」

 

「い、いや…私はまだ妊娠して間もないからな、それなりに少しは動くことが出来る。しかしオリヴィエの場合そうはいかないだろう?何せ()()()()生まれるのだから」

 

「妊娠している事には変わらんだろう。お前も大人しくしておけ」

 

 

 

窘められたエルザは気恥ずかしそうに頷いた。どうもジッとしているのが性に合わないらしく、何かあると護る立場に付こうとする。オリヴィエを護ろうとしたのもまた然り。しかし、実際にはそのお腹に新たな生命を宿す立派な妊婦なのだ。少しは自重しろと思うオリヴィエだった。

 

 

 

「それにしても…大きな揺れだったな」

 

「私もびっくりしちゃいました…」

 

「そうだ…!オリヴィエ!さっきのってやっぱり……」

 

「うむ。十中八九私達の夫…リュウマが全力を出した。それだけだ」

 

「リュウマが全力を……本気を出させる程の存在が居たということか…?オリヴィエやバルガスにクレアなら未だしも、私には到底想像出来ないな……」

 

「だが、出した事実は変わらん。……良し、ならば私達も念には念を入れて用意しておくとしようか」

 

「え…?何の用意…?」

 

()()()()夫を優しく迎え入れ、癒して慰めるのは妻の仕事だぞ、ルーシィ?」

 

 

 

未だ困惑しているルーシィやウェンディ、エルザを尻目にオリヴィエは意味ありげな笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わり、リュウマの方では、進化を遂げてから物理攻撃も魔法も効かなくなっていたアストラデウスが、全ての封印を解いたリュウマの一刀によって真っ二つに斬り裂かれていた。縦に唐竹割り。その一刀で、超防御を獲得したアストラデウスの体を斬ったのだ。何の抵抗も無く、当然のように。

 

アストラデウスは大いに困惑した。速すぎた。踏み込もうとしたのは解った。だがどうやってここまで来たのかが解らなかった。目を離さなかった。封印を外れてから、リュウマの魔力は天井知らずに増えて(もどって)いくので、尋常ならざる迫力と雰囲気に一切の油断は無かった。にも拘わらず、瞬きもしていないのに懐へ潜り込まれ、斬られていた。

 

訳も分からずとはこの事。しかしアストラデウスも斬られて終わりでは無い。進化してから更に上がった治癒力を全力稼働させて真っ二つになった体を直ぐさまくっ付けて再生した。しかし、再生し終えた途端に横っ面を殴られた。そして塵も残さず消し飛ぶ。そこに有った頭部は、リュウマに殴られたことにより、完全に消し飛んだのだ。

 

だがアストラデウスは頭がなくとも動くことが可能。考えることが出来無い代わりに感覚に任せる。本能とでも言うべき感覚でアストラデウスはリュウマへ抜き手を放った。必ず貫く。貫く事が出来る。そう確信できる全力の抜き手は、アストラデウスの立てられた指が全て出鱈目方向へ拉げる形で終わった。

 

常人の約80万倍近くの筋力は4()0()0()()()()持っていた。つまり、それから幾度となく戦い、身に付いていった筋力は、その数値をとっくに超えているということ。そしてそんな途方も無い筋力は封印という形で押し留めておかなければ日常を過ごすことすら不可能故に、リュウマは封印していた。魔力もまた然り。ならば、それが解き放たれたならばどうなるだろうか。筋肉を固めて鎧としたならば、何れだけ堅牢な鎧が出来上がっただろうか。

 

アストラデウスの手はリュウマの体を貫く事が出来無い。固められた常人の100万倍を超える筋肉は、この地球上にあるどの刃でも傷一つ付けることが出来無い。不可能だ。筋肉が人の形を取るために押し込まれて凝縮されているのだ。密度が途轍もないのだ。そんな筋肉の鎧を貫くなんて芸当が出来る筈も無く。更には魔法と魔力によってブーストされているのだ。尚のこと傷付けるなんて芸当が出来ようはずも無い。

 

 

 

「──────『殲滅王の孥号』ッ!!」

 

「────────────。」

 

 

 

頭を再生したアストラデウスの顎に蹴りを打ち込む。すると軽く打たれたことにより頤を上げ、上空へと吹き飛ばされていく。そこへ追い打ちを掛けた。口内に溜められた純黒の魔力が牙を剥く。放たれたのは大空を覆い尽くすほどの大質量の咆哮。その太さは驚異の()()1()2()0()0()()()。今のリュウマに出来る最大にして全力の咆哮である。

 

超極太な純黒の光線はアストラデウスの全身を消滅させた。そして直ぐさま再生されるが継続される咆哮に消される。再生して消滅させられてという構図を繰り返しながら、アストラデウスは大気圏を抜けて宇宙にまで吹き飛ばされていった。

 

時間・空間内に秩序をもって存在する『こと』や『もの』の総体であり、何らかの観点から見て秩序を持つ完結した世界体系。全ての時間と空間、およびそこに含まれるエネルギーと物質。あらゆる物質や放射を包容する空間。あらゆる森羅万象を含む全ての存在。そう称される無限の空間へ投げ出されたアストラデウスは、重力の無い無重力空間で乱回転しながら吹き飛ばされ続ける。その間、アストラデウスは更に進化した。

 

リュウマの全力の攻撃を受け続けるという最大の負荷を掛けられる事により、アストラデウスはそれに耐えうる体躯(よろい)を自己進化の果てに獲得する。だが、耐えうる体を造ったからといって()()()()()()()()()()()()()()()()

 

引っ張られる力である重力も無ければ酸素も無い宇宙空間で、放り出されたアストラデウスにリュウマが迫る。翼を広げて音を置き去りにしながら飛翔したリュウマは、アストラデウスと同じく大気圏を突き抜けて吹き飛んだアストラデウスを追ってきた。何よりも、宇宙空間での方がリュウマにとって非常に都合が良いのだから。戻ってきた筋力と魔力では、どう頑張っても周囲に影響を及ぼす。ならばどうすればいいか、答えは単純、影響を及ぼしても問題が無いところへ移れば良いのだ。

 

音速を超えた速度で飛んできたリュウマは、アストラデウスの腹部に蹴りを打ち込んだ。衝撃透しも合わせた蹴りが打ち込まれた瞬間、アストラデウスの背後にあった宇宙の塵が扇状に向こう100キロ消し飛んだ。打ち込まれたアストラデウスの体内はスクランブルエッグのような状態が優しい程で、内臓と背骨や肋骨が粉々に砕けて体内でスープのようになっていた。そしてそこに蹴りの威力が合わさり、くの字になりながら吹き飛ばされていった。

 

リュウマの全てを解放した身体能力は既に人間のものではない。そんな蹴りを真面に受ければどうなるのか等火を見るより明らかである。吹き飛ばされていくアストラデウスは、隕石や小さめの小惑星に当たり、その全てを破壊しながら進む。何時しかアストラデウスとリュウマは太陽系から太陽系外の宇宙にまで移動していた。これだけ離れていれば、最早被害など一切考えなくて良い、リュウマにとって全力を心置きなく出せる最高の舞台が整ったのだ。

 

 

 

「──────神器召喚・『地獄鎖の篭手』、禁忌…『廻り守護せん擬似太陽銀河(シュステーマ・ソラーレ・ギャラクシア)』」

 

 

 

左手に純黒の篭手が装着され、そこから純黒の鎖が伸びて囲うように回る。更にその外側に純黒の不揃いな球体がリュウマの周囲を公転する。リュウマ(たいよう)を中心に公転をしながら絶対の守護を齎す純黒の球体(わくせい)である。リュウマが本気を出した際に使われる万能の魔法と神器である。地獄鎖は破壊不可能の神器であり、リュウマの意思によって無限に伸び、動く。そして惑星の名を付けられた純黒の球体は、それぞれが()()()()()()()()()()()()()()。何れだけの質量を打つけようが、巨大な恒星を相手にしているのと同義故に攻撃を無効化する。

 

吹き飛ばされたアストラデウスは破壊され尽くした体内を再生し、動きが止まったリュウマにこれ幸いと突貫を開始した。先程進化を更に遂げた為か、地球から此処まで飛ばされてくるまでのどの速度よりも速く鋭い。それも、空気が無いため摩擦係数が下がり、速度上昇に背中を押していた。

 

目にも留まらぬ速度で接近したアストラデウスは、凶器と何ら変わらないその腕を振り上げ、技術も何も無い腕力という名の暴力を振り下ろして叩き付けようとした。だが、彼の周囲は鎖と球体で完全に護られている。仕掛けたアストラデウスは、リュウマの『天王星(ウーラヌス)』によって受け止められ、横面に『木星(ユーピテル)』が飛来して吹き飛ばされていった。頭を振り、歪む視界を戻そうとしている間に『火星(マールス)』がアストラデウスが向かってくる速度よりも速い速度で突き進み、腹部を貫通して突き抜けていった。腹に風穴を開けられたアストラデウスは、苦しそうな呻き声を上げながら、傷など知らぬとでも吼えるように雄叫びを上げながら再度突貫した。

 

向かってくるアストラデウス。そんなアストラデウスに向けてリュウマは迎撃として『金星(ウェヌス)』を真っ正面から頭部を穿つつもりで差し向けた。しかし、アストラデウスは今度は読んでいたのか、『金星(ウェヌス)』を紙一重で躱した。今この時でもう一度進化した。驚くべき進化速度。そして進化する度に少しずつではあるが全力のリュウマの動きに付いていけるようになっていた。

 

金星(ウェヌス)』を躱されてから、次いで『冥王星(プルート)』と『水星(メルクリウス)』を飛ばした。無論今度は着弾したが、アストラデウスは当たり所を最小限に、そして動きに支障が無い左脇腹と右顔面半分に着弾させた。傷はリュウマへと辿り着く前には再生されており、アストラデウスはリュウマの周囲で廻る球体の間を縫って進んできた。だが、リュウマはそんなアストラデウスを嗤う。

 

 

 

「──────地獄鎖よ、此奴を捕らえて鎖縛せよ」

 

「──────■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 

 

瞬時に危険を察知し、アストラデウスは折角球体達の間を縫って目と鼻の先まで接近できた距離を棄て、リュウマから全力で距離を取った。しかし、そんなアストラデウスへ純黒の鎖の魔の手が伸びた。捕まらないように立体的な動きで逃げ惑うアストラデウス。だが一向に純黒の鎖から距離が取れない。何処までも追い掛けてくるのだ。それどころか次第に近付いてくる純黒の鎖に、アストラデウスは純黒の兎の形をした爆裂魔法を叩き付けた。

 

全力の魔法を打ち込んだ。故に純黒の鎖は粉々に消し飛んだと思ったのだろう、アストラデウスが動きを止めた。それがどれ程の愚行か知る由も無く。

空気が無いため鼓膜を揺らす空気が振動しない為、爆発音は聞こえないが爆煙は上がる。朦々と立ち上る黒煙。しかしその中から粉々に破壊したと思っていた純黒の鎖が伸びてきた。数瞬反応が遅れたアストラデウスは純黒の鎖によって雁字搦めにされた。抜け出そうにも固く、魔法で吹き飛ばそうとしてもビクともしない。

 

それもその筈。この地獄鎖とは元より()()()()()()()特殊な神器だ。壊れるという破壊に関する概念が無いため、何れだけの圧力が掛かろうが熱しようが冷やそうが、壊れることがないのだ。そしてそんな地獄鎖は、この様な使い方も出来る。

 

リュウマは地獄鎖を左右へと伸ばしていき、適当な恒星を縛り付け、その更に奥に有る恒星へと縛り付けていく。それを何度も繰り返し、左右にそれぞれの4つの恒星、合計8つの恒星を縛り付けた。そして、その中間に居るリュウマは……()()()()()()()()

 

全力も全力で引っ張っているため、リュウマの顔には幾つもの血管が剥き出しとなって鬼の形相へと変わり、両腕から服と軽度の鎧に隠れている胴にも血管が剥き出しとなっている。思い切り歯を噛み締め、割れるのではと思えるほど強く強く噛んで力む。目的はたった一つ。

 

 

 

「ぐ……ッ……っ゛……お…お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙──────ッ!!!!」

 

 

 

地球上でこんな力業の極致が出来るのはリュウマ位のものだろう。何せ、()()()()()()()()()()()()()なんて所業は、思っても出来ることは無いし、やろうとも思わないだろう。そんな語れば夢物語の事を、リュウマは実際にやってのけた。流石のリュウマの筋力でも厳しいものがあるため、筋繊維が悲鳴を上げてブチブチと嫌な音を鳴る。だがリュウマはその耐えられない圧力に耐えられる筋力を進化によって直ぐさま獲得した。リュウマの恐ろしさは、無差別な魔力でも、母譲りの剛の剣でも無ければ天才的な頭脳でも無い、その進化速度である。

 

最後の壁を破った人間達はリュウマを含めて4人。言わずとも知れたリュウマとバルガス、クレアにオリヴィエである。この4人は人間の限界を無限に進化によって突破し続けるという永遠の進化論に至った。しかし、その進化速度が4人全員同じ…という事は無い。向き不向きがあるように、進化速度も4人全員違うのだ。そして4人中でも進化を異常な速度で行うのがリュウマである。故に、リュウマの細胞から創られたアストラデウスはあれ程の速度で進化する事が出来たのだ。

 

耐えられないならば耐えられるまで進化してしまえば良い。言うのは簡単だが、やることは滅茶苦茶である。だがそれを実現出来てしまうのが彼等だ。そして、8つの恒星を引き付けていたリュウマは、最後に全身全霊で鎖を引っ張った。

アストラデウスは純黒の鎖によって動けない。故に見ていることしか出来ない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、アストラデウスは見ているしか出来なかった。

 

 

 

「──────『惑星直列、超新星爆発と為す(ランフェゴォル・プラネラ・カリエンテ)』」

 

 

 

超新星爆発。それは簡単に言ってしまえば歳を取った惑星が、その生涯を華々しく終えるときのものの名である。本来、超新星爆発というのは自ら光を発しているガス体の天体である恒星がその命を終える時、何らかの原因で大爆発を起こし、まるで新しい星が突然誕生したかのように見える現象を超新星爆発という。

 

物理的な腕力という外的要因によって、無理矢理引き寄せられた恒星は直列に衝突し、あたかも今此処に新たな惑星が生まれ、誕生したかのような光が真っ暗な宇宙空間に灯された。しかし、その光の後に訪れる爆発は途轍もない破壊力を発揮した。宇宙空間に漂う隕石の元となる周囲何光年内にある石が、残らず塵も残さず掻き消えた。そして恐るべき事に、大爆発が起きてから直ぐに空間が歪み、その場に特異点を創り出す最強の重力力場、ブラックホールが誕生した。

 

全てを吸い込み、無へと還すブラックホール。それは惑星をもあっという間に呑み込んでしまう恐るべき存在。そして一度呑み込まれれば脱出は不可能とされている。しかしそのブラックホールに亀裂が入った。硝子に入るような亀裂は大きさを増し、いつしか発生したブラックホールは()()()()粉々に破壊された。大きさは地球の衛星である月ほどの大きさであるが、その実太陽すらも呑み込める力を持つブラックホールが瞬く間に破壊された。そしてブラックホールが在った所に悠然とアストラデウスが佇んでいた。

 

全身から純黒の魔力を垂れ流すアストラデウス。そして恐るべき事に、発せられる魔力は一向にその量を増幅させていく。既に宇宙空間に来てから魔力は初期の数万倍へと跳ね上がっていた。有り得ない進化速度でありながら、いくら攻撃されても死なない不死性。戦いづらい相手と言っても申し分ない相手であった。

 

王を殺す者と殲滅王の間に沈黙が訪れる。両者どちらとも動かず相手の事を見つめ、何処かで宇宙に漂う石同士がぶつかり合った瞬間、両者は全く同時にその場から消えた。訪れる衝撃と無差別な魔力。それは丁度両者の中間位置から発生した。片や手にした魔力を纏わせただけの拳を、片や長年の研鑽と災能によって会得した魔力操作によって洗練された強化を施された純黒の刀。

 

拮抗したように見えたが、乱雑に魔力を纏わせただけの拳で洗練された強化を貫く事など出来ず、純黒の刀はアストラデウスの拳をたたっ斬り、腕へと駆け抜けて上半身を真っ二つに斬り裂いた。だが驚異的な不死性と再生速度にものを言わせたアストラデウスは、真っ二つに斬り裂かれた体を元に戻して再度拳を振り上げるが、その拳がリュウマの元まで届くことは無かった。

 

純黒の球体の一つである『地球(テラ)』によって拳は受け止められ、止まった時を見計らって手首に純黒の鎖が伸びて拘束した。外そうとするもそんな容易に外せるわけも無く、リュウマが鎖を操るとその通りにアストラデウスは宇宙を縦横無尽に振り回される。振り回されている事で遠心力が発生し、外そうと伸ばされた残る腕も力無く下ろすしかなく、直立不動の体勢で振り回され続けた。

 

振り回し続けて速度を上昇させていった後、進行方向に『天王星(ウーラヌス)』を設置しておいた事により、アストラデウスは速度そのままに大きさを巨大なものに変えられている純黒の球体に全身を叩き付けられ、破裂した風船のような音を立てながら弾け飛んだ。肉片が飛び散ったものの、やはりと言うべきか、アストラデウスの肉体は直ぐに再生されてしまった。

 

その後、何度も何度もアストラデウスはリュウマへと突き進み、何度も何度もリュウマの傍に辿り着くこと無く殺されていく。リュウマの実の母であるマリア曰く、本気となったリュウマに近付くのは不可能と称されていた。それもこの光景を見ていれば頷かざるを得ない。あれ程の苦戦していたアストラデウスを一方的に嬲り殺しているのだから。だがそれでも、結局は殺しきる事が出来ていない。アストラデウスは何度も死から蘇り、向かってくるのだ。

 

戦闘は続き、アストラデウスの死亡回数は三桁を超えようとしていた。しかし此処で驚くべき出来事が発生する。魔力を全て推進力に変えた突撃を掛けたアストラデウスの動きが、今までに無いほど速くなったのだ。その身も真っ黒な皮膚に幾何学的な赤い線が入っていたものから、黒は黒でも純黒の黒へと変わり、幾何学的な赤い線も消えて、灰色の線へと変わった。

 

突き進んでくる速度は全盛期の眼をも取り戻し、光速すらも眼で追うことが可能となる動体視力を持つリュウマからしても見えず、一瞬ではあるがアストラデウスの姿を見失った。拙いと思うよりも早く、来ると直感したリュウマは瞬時に前方へ全ての球体を砕いて一枚ずつの防御用の壁へと再構築した。そして…アストラデウスはその全ての壁を突き破った。突き破ったのだ、これまでの一度たりとも罅すら入れること叶わなかった絶対防御力を持つ球体に。

 

見た目は薄い膜のような壁とは言え、実際はリュウマの周囲を公転していた球体そのままの防御力である。唯形が変わっただけである。しかしその全てを突進のみで叩き割る。球体はそれぞれが()()()()()()()()()()()()()()()()。それが意味することはつまるところ、突進一つで太陽系に在る太陽を除いた恒星を砕き割った事に他ならない。

 

壁は砕かれ、急接近を赦してしまったリュウマだが、予めアストラデウスが突っ込んでくる方向へ蜘蛛の巣のように純黒の鎖を張り巡らしておいてあった。直感そのままに張り巡らせた鎖で捕らえようとしたが、アストラデウスの突進はそこで終わらなかった。破壊不可能の鎖を引き摺りながら、速度を殆ど落とすこと無くリュウマの目前までやって来たのだ。

 

そして、瞠目して吃驚しているリュウマの横面を殴り付けたのだ。これまで受けたことのない衝撃と痛み。その両方が同時に来たリュウマは、殴られた方向へと吹き飛ばされていった。常人の数千万倍の筋力は伊達では無く、たったの一撃で意識を朦朧とさせる程の一撃を受けても頭が消し飛んだり、頭だけ飛んで行く等という事にはならなかった。しかし頭蓋骨の中で跳ね回る脳は別である。意識を混濁とさせている間も吹き飛ばされ続け、爆発で数光年程消し飛ばした何も無い空間から離脱し、地球の半分程の大きさしか無い惑星に叩き付けられた。

 

ダイヤモンドよりも硬く、熱も電気も通さないのに透き通るように透明な謎の結晶で全て構成された惑星へ、そんな硬い謎の物質を粉々に砕きながら不時着した。背中から墜ちても突き刺さることすら無い超密度の筋肉。しかしそんな超密度の筋肉を持ってもアストラデウスの攻撃は効いたの一言だ。リュウマは本気となると、一般的な魔導士の数千兆倍という魔力が全身から溢れ出て身を覆う。それは意図せずともある程度の壁の役割を発揮する。無論この『ある程度』というのはリュウマからしてみればという意味であり、他者からしてみればその溢れ出た魔力で覆っただけの魔力の壁を破ることすら困難を極める。

 

だというのにアストラデウスはこうも易々と魔力の壁を突き破り、それ以前に壁の筈の球体を一つ残らず粉々に砕き、純黒の鎖を引き摺りながら己の顔に一撃見舞ってきた。本気でやっているからこそ、その一度の被弾が到底許せるものではなく、他でも無いアストラデウスから受けたことでリュウマの怒りのボルテージが上がる。

倒れ込みながら手元にあったダイヤモンドよりも硬い謎の結晶を握り込んだだけで破壊し、更には握力だけで地球の半分程の大きさをした惑星自体を破壊した。

 

宇宙に結晶よ破片が飛び散る。そして追い掛けてきたアストラデウスがリュウマへと迫ってきた。速度も先程よりも更に上がり、これ以上速度が上がると捕らえることは困難になり、あの殲滅王の手にも負えない正真正銘の化け物となる。これ以上戦いを続けていれば敗色濃厚となるのは自分だ。リュウマは一撃真面に喰らっただけで1()0()0()()()()()持っていかれた魔力総量を感じ取りながら思った。

 

早く決着をつけなくてはならない。そう決意した瞬間、リュウマは又もアストラデウスに殴打されて吹き飛ばされた。しかし今度はまた何光年も吹き飛ばされる前に体勢を整えて止まり、手刀を振り下ろすアストラデウスの手を受け流し、無防備の顎に拳を下から上へアッパーカットの要領で打ち貫いた。殴打されたアストラデウスは頤を上げるが、その間にリュウマはアストラデウスの防御力の上昇幅に驚いた。

 

顎を打ち貫いたリュウマの手が痺れたのである。本気で殴った為、頭を消し飛ばすつもりでやったにも拘わらず、結果はアストラデウスが衝撃によって上を向いただけであり、頭は依然として無疵である。何度も何度もリュウマに殺されることによって度重なる進化を行い、既に全力のリュウマに追随するほどの力を手にしている。リュウマとてこの戦いで進化をしている。唯でさえ最強の力を持っているのに、無限の進化故に強さの上昇に限界は無い。だが、やられている以上アストラデウスの方に進化速度は分があるのだ。

 

顎への一撃で上を向いて再び無防備を曝しているアストラデウスに、リュウマは純黒の刀である黑神世斬黎を引き抜いて胴体を斬り裂いた。しかしアストラデウスの斬られた胴体からは血潮が出て来ない。いや、()()()()()()()()()()()()()。斬られると同時に再生することで傷はあたかも最初から無かったように見える。攻撃力や防御力だけでなく再生速度さえも上昇していた。

 

リュウマの額には汗が一条流れ、背中には嫌な汗が流れていた。これは本当に拙いのでは無いかと思ったその矢先、推進力を存分に載せた蹴りがリュウマの腹部を直撃し、訪れる嘔吐感に見舞われながら何光年も吹き飛ばされていった。その先には本当の太陽系があり、地球に向かって飛んで行っている事にも気が付かず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュウマがアストラデウスと宇宙へ行った暫く事、大空を悠然と浮遊して進む大陸に残っているバルガスやイングラム、クレアとリアは、リアの口から放たれたアストラデウスとリアの正体について、頭の中で噛み砕いて必死に呑み込む時間であった。そして、納得はしておらずとも理解はしたクレアは、重い気を引き摺りながら口を開いた。

 

 

 

「本当に…本当にあのバケモン…アストラデウスが死んだらお前も死ぬのか…?」

 

「……はい。私とあの子は同じ存在。片方が死ぬならば、それはその存在への死へと同義、例え健康体だろうともう片方も死にます。ですが、私を殺したところであの子は死にません。あの子が不死身なように、私自身も不死身な肉体になってしまっているからです…私が不死身でなければ、是非クレア様の手で──────」

 

「──────ざけんな。巫山戯んなよテメェッ!!お前が不死身じゃなかったらオレに殺されたかっただァッ!?オレがお前を殺すわけねェだろ!!()()()()()()()()()ッ!!オレはお前を殺さねェし死なせねェ…オレは諦めてねェッ!!例えお前が諦めたとしてもオレは諦めねェッ!!」

 

「クレア様……」

 

「シルヴィ…リア、ボクもリアが死んじゃうのはやだよ…もっといっぱい遊びたいよぉ……」

 

「イングラム……」

 

「……必ず死ぬというのは…早計な考えだ…何か手があるかも…知れん…勝手に諦めることは…赦さん」

 

「バルガス様……」

 

 

 

リアは既に死ぬ未来が必ず訪れると思っているのだが、クレア達はそれを否定する。確かにリュウマがあれ程苦戦し、リュウマを殺すためだけに創られた存在であり、それとリンクしているためアストラデウスを完全に殺せばリアも死ぬのだとしても、そんな結末は認められるものではなかった。

 

他に何か手があるはず、例えリュウマが既に全力で戦いに集中してしまったのだとしても、何かしらの手があるはずなのだ。それさえを見付けてしまえば、後は残るアストラデウスを斃すだけで済む。それを目指すからこそ、クレアはリアに施されている魔法をどうにか出来ないか、頭の中で魔法陣に使う術式を組み立てていく。しかし一向に最良の方法が思い浮かばない。如何すればいいのかと考え倦ねていると、大きな風を切る音が聞こえてきた。

 

気が付いたクレア達が顔を上げて大空を見ると、空から赤い隕石のようなものが墜ちてきていた。それも進行方向は真っ直ぐに浮遊するこの大陸へと向かってきていたのだ。何でこのタイミングでと思った矢先、クレアは弾き返してやろうと扇子を構えたが、墜ちてきている正体に気が付いて驚いた表情となった。墜ちてきていたのは、リュウマであったのだ。

 

速度は地面に叩き付けられる瞬間に緩和されたが、地を大きく抉りながらの不時着となった。一本の獣道を強引に作りながら引き摺られるようにクレア達が居る城の近くまでやって来たリュウマを見て、クレアは頭が真っ白になった。何故ならば、飛んできたリュウマは全身が血塗れで、満身創痍であったのだ。彼から放たれる熱気と雰囲気、そして魔力から封印を全て外していることは一目で解る。しかしそんな彼は今、全身が傷だらけであったのだ。

 

 

 

「──────はぁッ……はぁッ……はぁッ……ぐッ…ち、塵芥……はぁッ…風情が……っ…図に乗り…おって……」

 

 

 

「おい…あのリュウマをあんなにしやがったのか…?リアがまだ生きてるっつーことは、まだアイツは死んでねェ…どうなってやがる…!?」

 

「……リュウマの…魔力が…余りに少ない」

 

「……確かに…!?この魔力はまさか……!?」

 

 

 

今にも倒れそうなリュウマの前に突如現れたのは、アストラデウスだ。しかし地球から離れるときよりも放たれる雰囲気も姿も変わり、何と言っても魔力が尋常ではない。まるでリュウマがそこに居るかのような絶望的な量の魔力が感じられるのだ。まさかとは思ったが、感じ取る以上は否定のしようが無い。アストラデウスはリュウマとの戦いを経て、彼の魔力の殆どを奪い去ることに成功してしまったのだ。

 

考え得る中で最も最悪の状況である。全力のリュウマをこれ程まで痛め付ける戦闘能力に合わせて、更にはリュウマの魔力の殆どを奪っているのだから。リアとアストラデウスの存在のリンクをどうにかしようとしていた矢先にコレである。加勢に行きたい。しかし行けば必ず足手纏いとなるのは明白だ。全力のリュウマの周囲はこの世で最も危険区域である。全力である以上加減など有っても無いようなものであるし、何と言っても純黒の魔力が己の魔力も無効化してしまうのである。故に、クレア達は見ていることしか出来なかった。

 

 

 

「ふぅッ……ふぅ…ッ……くッ!?」

 

「──────■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 

 

クレア達はアストラデウスの動きが見えなかった。眼で捕らえられない速度でアストラデウスがリュウマに向かってきていき、首を両断しようと両手で挟み込むように手刀を放ち、リュウマは黑神世斬黎と天之熾慧國を使って防いだ。そこからは両者の姿が残像を残す異常な速度で猛攻を繰り広げていくが、ばきりという音が鳴ると同時に片脚を上げた状態のアストラデウスが現れた。

 

起きたことは至って単純なことで、猛攻の中でリュウマがアストラデウスによって蹴り上げられたのである。大気圏ギリギリの位置まで打ち上げられたリュウマは、口から大量の血潮を吐き出した。我慢できるような威力の蹴りでは最早無い。気を確り持っていなければ、封印を全て外したリュウマですら意識を完全に刈り取られるほどのものである。

 

頭がチカチカとしているリュウマに、驚異的な跳躍一つで跳び上がり、リュウマよりも高い位置を陣取ったアストラデウスは、体を縦回転させて全力よ踵落としをリュウマの腹部に落とした。ごぱりと血潮を更に吐き出しながら、リュウマは大陸に建てられている城に連なる建物に突っ込んだ。威力を殺すことも無く衝突したが為に、建物は完全に砕け散り、余りの威力に浮遊する大陸自体が大きく傾いた。

 

城の中に居るクレア達は、突然の大きな傾きに身を寄り添い合って耐えたが、建物に突っ込んだリュウマはそれどころではなかった。一撃で体内の内臓が破裂したのである。これ以上今のままの体では戦闘の続行は無理だと判断したリュウマは、直ぐさま自己修復魔法陣を掛ける。体はあっという間に修復されるも、速度は以前よりも遅い。何しろ魔力が多ければ多い程修復速度が速い特殊な魔法である。況してや今のリュウマはアストラデウスに魔力の大半を奪われてしまっている状態である。修復速度に支障が出ても致し方無いのだ。

 

 

 

「修復が遅い……アストラデウスに魔力の大半を奪われた所為だ。拙いぞ…念の為に模倣される可能性のある魔法を使用しなかったのが幸を為したか……。しかし…あの不死性は実に厄介『ぱりん』だな──────ぱりん?」

 

 

 

むくりと上半身だけを上げて傷が無い事を確認していたリュウマは、何処からともなく聞こえてきた音に疑問符を浮かべた。いや、語弊がある。何処からともなくではなく、主に座っているところから聞こえてきたのだ。

 

リュウマは最近の中で最も嫌な予感がした。実に、実に見たくは無かったが、気付いてしまった以上は見ないという選択肢は無い。はぁ…と一つ小さな溜め息を溢し、冷や汗を流しながら下に目を落とした。そこに映っていたのは──────

 

 

 

「うむ──────大規模型飛行魔法を構成する魔法陣が()()()な、うむ」

 

 

 

リュウマは何処か清々しい微笑みを浮かべながら、右手の人差し指と中指を立てて額に当てた。離れた相手とも会話が出来るテレパシーである。

 

 

 

「聞こえるか?クレア、バルガス、イングラム、シルヴィア」

 

 

 

『──────あ?何だ?』

 

『……どうした』

 

『……はい、聞こえています』

 

『お父さん大丈夫!?痛いところ有る!?』

 

 

 

「我は今のところは魔力を奪われたこと以外は健全だ。それよりもお前達──────何処かに確りと掴まれ」

 

 

 

『……どういうことだ?』

 

 

 

 

 

「この大陸を浮かべている魔法陣を誤って粉々に割ってしまったが故──────この大陸は今すぐに墜ちるぞ」

 

 

 

 

 

微かに笑いながら言うリュウマであるが、内容はマジで笑えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

突如告げられた内容に、クレア達はごくりと喉が鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 








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第 ৯৩ 刀  再構築



皆さんこんにちは、キャラメル太郎です。

突然ですが最近、コロナウイルスがとても流行っていますよね。皆さんは患っていませんか?ちゃんと手洗いうがいに消毒は済ませていますか?

私や私の家族は誰一人としてコロナにやられてはいないものの、日頃の心掛けは忘れないようにしています。

私の小説を読んで下さっている皆さんが患わない事を祈りながら執筆させて頂きます。




 

 

 

 

「この大陸は──────今すぐに墜ちるぞ」

 

 

 

 

 

そうリュウマから念話で宣告された。本気となったリュウマが宇宙へ行って数分後、行ったときとは打って変わって感じられる魔力は余りに心許なく、傷だらけで満身創痍だった。そんな彼が相対的に魔力を得てしまったアストラデウスと激しい攻防を繰り広げ後、リュウマに他意は無くとも、やらかしてしまった。

 

この天空を漂う大陸は自然現象の元浮遊しているのではない。歴とした魔法の力によって浮いているのだ。それを壊した。粉々に。これ以上無いくらい清々しく。故に、後は墜ちるだけである。

 

 

 

「──────ッ!!おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」

 

 

 

「──────おわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」

 

「──────きゃあぁああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」

 

 

 

場所は違えど、各々は叫び声を上げた。急いで何処かしらに掴まっていたことが幸いして墜ちる大陸と離れるという事は無かったが、墜ちる速度は凄まじく、軽く体が浮く。余り豊富な魔法を扱えるという訳では無いリアをクレアは絶対に離さないようにキツく抱き締める。このままではこの壮大な大きさを誇る大陸は地表にぶつかり、場所が悪ければ甚大な被害を出しかねない。しかし、クレアは受け止められる自信が無い。決して受け止めきれないという訳では無く、自身の魔法が強すぎて大陸を粉々にしてしまいかねない、という観点があったからだ。そうなれば、今抱き締めているリアとてタダでは済まないし、何よりもこの大陸には絶滅危惧種が多数存在しているのだ。

 

リュウマは焦る。まさか叩き落とされた所に大陸を浮かべている魔法陣があり、純黒なる魔力を常時展開していた事で知らぬうちに破壊してしまうなど、夢にも思っていなかった。流石にこの大陸を粉々にする事は出来ない。理由はクレアが考えていたことと同じであるが、最もたる要因は今のリュウマにはこの大陸を一瞬でどうこうする魔力が残されていないからである。それも時間がそれ程残されていない。

 

本当は手出しをさせないつもりだったのだが、状況が状況の為、唇を噛んでからバルガスへと念話を飛ばした。

 

 

 

「バルガスッ!聞こえるかッ!?」

 

『──────聞こえて…いる』

 

「お前に頼むッ──────()()()()()()()()()()()()()ッ!!」

 

 

 

『──────────任せろ』

 

 

 

にべも無く、バルガスはリュウマから頼まれた問いに是と答えた。

 

何時も変化することの無い無表情であるバルガスは、リュウマの頼みを聞いた瞬間、一瞬とはいえ目元を笑うように細めた。彼はリュウマが誰にも頼らず、一人で事を終わらせようとしていた事など気付いていた。だが頼られてもいないのに助けようとするのは余計な御節介であり、何と言ってもリュウマの矜持に欠けるものだろうと考えていた。だからこそ、彼はリュウマの口から頼まれるときを静かに待っていた。そして……赫き雷が顕現する。

 

音よりも速い雷。しかしバルガスの赫雷はその音の速度を凌駕する雷よりも尚速い。見た目によらず有り得ない速度で移動するバルガスは、戦場では赫雷の残像だけを残して敵を瞬きする瞬間には破壊する。地上で駆け巡る赫雷は何処に居ようと必ず訪れる恐怖の雷である。そんな赫雷が一条の道となりながら、城を抜けて大地を駆け抜け、墜ちる大陸の側面を張り付くように移動しながら、あっという間に大陸の一番下まで達する。

 

近づく地表を見ながら、タイミングを測って全身の筋肉を稼働させる。そして……大陸は地表へと到達した。

訪れる隕石が墜ちたかのような地面を大きく揺らす衝撃。しかしその衝撃は想定される衝撃程ではなかった。理由はバルガスが出来るだけ衝撃を殺しながら受け止めたからである。

 

数千億トンはあるであろう大陸を、バルガスは事もなさげに受け止めた。赫雷が迸り、肉体を強化しながら受け止めてはいるものの、大陸を受け止める…という行為を実行すること自体が普通に有り得ない。だがこれで大陸が隕石と化して地表の大陸が砕け散る…何ていう甚大という言葉では表しきれない惨事になることは避けられた。幸い、大陸が落下したところは人里の無い平野のような場所であった。

 

ぎちりと筋肉を軋ませながら、無表情ながら一息吐いたバルガスだったのだが、話はコレだけで終わってはくれなかった。この大陸の下側というのは、城がある所を中心に無理矢理上に引っ張って引っこ抜いたかのような断面をしている。そんな土そのままである断面が、不自然に扉が開くように左右に別れ、中から何度も破壊した超強度を持つロボットが降りてきたのだ。しかも一体や二体ではない。他の箇所からも続々とロボットは降りてきて、視界一杯になるほど出て来たのだ。

 

 

 

『侵入者を発見。攻撃対象を識別……排除行動に移行します』

 

 

 

「……曲がりにも…助けているのに…攻撃…されるのは…余とて───────不愉快だ」

 

 

 

見渡す限りのロボットの群衆に囲まれながら、大いなる赫雷は世界中に己が力強さを見せ付けるように轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所戻りリュウマの方では、自身の不注意で叩き割ってしまった大陸を浮かべる元となっていた魔法陣を描き直し、再稼働させようとしていた。

 

 

 

「───────何故だッ!?魔法陣は完璧の筈だというのに何故動かず、況してや起動せんというのだッ!?」

 

『マスター。この浮遊を促す飛行魔法陣は複数の魔法陣と連結起動していたものではないかと推測されます』

 

「───────ッ!!……そういうことか。一つではこの広大な大陸を持ち上げきれんと判断して、持ち上げられるだけの同一魔法陣と連結させていたのか。つまり……その全てを描き上げ、更にはこの魔法陣と繋ぎ直さねばならぬということか」

 

『恐らくは』

 

「チッ……───────此奴を相手しながらかッ!!」

 

 

 

「───────■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 

 

納得したところで、空からアストラデウスが真っ直ぐリュウマに向かってやって来た。唯でさえリュウマの全力にほぼ近しい力を手に入れているというのに、更にはそこに莫大な純黒なる魔力を放出しているのだ。強大すぎる魔力は、唯放出しているだけでも攻防一体の強化を促す。歴とした強化魔法を施している訳でも無いのに、リュウマの全力に追い付いているのは、そういった絡繰りがある。

 

振り下ろされた拳を天之熾慧國で受け止める。火花を散らせ、ぎしぎしと音を鳴らす天之熾慧國はアストラデウスの皮膚を傷付ける事すら叶わない。余りにも硬くなりすぎたアストラデウス皮膚には、最早今のリュウマですら生半可な攻撃では傷一つ付けることすら出来ないのだ。

 

アストラデウスの拳を受け止めた事により、リュウマの足元がみしりと音が出た。この場所はもう一度大陸を浮かび上がらせる為の魔法陣を描くためには必要不可欠。今の一撃はどうにか衝撃を全て殺したからこそ、陥没したりすることも無かったが、もう一撃来れば解らない。故にリュウマはどうにかこの場からアストラデウスを無理矢理引き剥がす手に出た。

 

受け止めた姿勢のまま、態と左脇腹に隙を作る。すると罠という知識が無いアストラデウスは本能に従うがままに、リュウマの意図的に創り出された隙の出来た左脇腹に蹴りを打ち込んだ。来ることは解っていた。だからこそリュウマは左手を天之熾慧國から離して、鞘に納まった黑神世斬黎をそのまま構えて防御の姿勢に入った。すると吸い込まれるように黑神世斬黎に蹴りが入り、リュウマの体は投げられたゴムボールのように弾き飛ばされていった。

 

途方も無い威力で蹴られた事により、防御の上からだというのに肋に罅が入り、アルファが自動的に傷を自己修復魔法陣で修復した。それ程重傷という訳で無いのが幸いし、傷は瞬く間に治った。そしてリュウマはバルガスの手によって受け止められた大陸の端まで吹き飛んできて、最後に地面に手を付いてバク転をすると勢いを殺し、ふわりと軽い動作で体勢を立て直し、着地した地面に先程描いた魔法陣と全く同じものを一瞬で描いた。

 

何を隠そう、この大陸を浮遊させていた魔法陣は、大陸の一番外側に城を囲うように展開されていたのだ。リュウマはそれを大陸全体に意識を飛ばし、魔法が発動していた証とも言える魔力の残痕を感じ取っていた。数は大凡千個近くあるだろう。だがそれも当然だ。浮かせているのは大陸一つ。そしてこの魔法は魔法そのものがそれ程進んでいなかった400年前に描かれたものだ。それならば今リュウマが最高率で大陸を浮かべる魔法陣を描けば済む話なのだが、残念だがその線は断裂している。

 

何せ今のリュウマには大陸一つ浮かべるだけの魔力が残されていないのだから。

 

 

 

「───────はッ…ふーーッ……っ!これで340個目だッ!」

 

『警告、アストラデウスよりマスターに向けて()()()()()()()魔力の砲撃を放たれようとしています。規模は左右へ直径1200メートル。再構築した魔法陣182個が消されると推測します』

 

「────ッ!受け取めるッ!!今我に残された全魔力を使用して最大の防御魔法を発動せよッ!!」

 

『畏まりました。現段階にて使用可能である八重防御魔法陣『顕現する黒き楯(クロマクウェル)』発動します』

 

「───────神器召喚・『アイギスの盾』」

 

 

 

八枚の魔法陣によって形成された防御魔法が顕現し、更に奥には白い雲のような色をした聖なる盾をリュウマが持って受け止める姿勢を取った。アイギスの盾とは、ギリシャ神話に登場する主神ゼウスが娘であるアテナに与えたとされる盾である。あらゆる魔や厄災を撥ね除けるとされる魔除けの神の防具である。

 

対するはアストラデウスより放たれる純黒の光線。攻撃を最小限の動きで避けながら地面に魔法陣を描いていくリュウマに、痺れを来したのか面での攻撃に移った。

絶大なる魔力の奔流が放たれる。アルファによって発動した防御魔法は受け止めた瞬間に半数の四枚が砕け散る。そこからは押し込もうとするアストラデウスと受けきろうとするリュウマの攻防が発生していたが、その間もリュウマを護る防御魔法は砕け散っていった。

 

残る一枚の防御魔法がとうとう砕かれた時、リュウマは構えたアイギスの盾を叩き付けるように大きく一歩踏み出しながら魔力の奔流に向かっていった。吹き飛ばされそうになりながら受け止めきっているものの、純黒の魔力の無差別性によって真っ白なアイギスの盾が純黒に染め上げられていく。このままでは全て侵蝕され、盾の役割を放棄して神の防具である盾が砕けてしまう。

 

全体の8割を純黒に染め上げた盾を持ったリュウマは、全身に力を籠め、大きく息を吸い込んでから一歩後退し、背負い投げの要領で放たれ続けている純黒の光線を弾き飛ばした。弧を描いて飛んで行った魔力の塊は山岳地帯に着弾し、推定五つの山を根刮ぎ消し飛ばした。爆発の余波は容易に此方まで届き、余波に乗った濃密な魔力が頬を撫でた。

 

喰らえば一溜まりも無かった事に冷や汗を拭ったリュウマは、その場から振り向き様に天之熾慧國を振り抜いた。そしてそんなリュウマの背後には光線を放っていた元凶のアストラデウスが居た。振り抜かれた天之熾慧國の刃はアストラデウスの手に受け止められてしまったが、リュウマは右手を離し、今度は腰に差してある黑神世斬黎の柄を掴んで抜刀し、アストラデウスを後方へと吹き飛ばした。

 

アストラデウスを真っ二つにするつもりで揮ったが、傷一つない姿に舌打ちをしながらその場から離れ、次なる魔法陣を描くために走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、大地を揺るがす大きな爆発が捲き起こったり、砂塵が舞ったりとしながらも、リュウマはアストラデウスに追い掛け回されながらも必死に魔法陣を刻み込んでいき、残りあと僅かとなっていた頃、クレアとリアにイングラムは城の中に居た。

 

 

 

「お父さん……苦しそうだったなぁ……」

 

「……チッ…!アイツがあんだけ必死こいて戦ってるってのに…オレは何やってンだクソがッ!!」

 

「……本来の殲滅王でもあの子には勝てないのでしょうか。そもそも、リュウマ様を抹殺する為だけに創り出された存在…ならばやはり、私が───────」

 

「オイ。そっから先言うことはオレが赦さねェ。お前が死ななくてもいい方々は必ず何処かに有るはずだ。早々に諦めようとしてんじゃねェ。それは今も戦ってるリュウマに対する侮辱でもあンだぞ」

 

「……何故、クレア様は私をそこまでして生かそうとして下さるのですか?」

 

「…………………………。」

 

 

 

素朴の疑問だ。クレア・ツイン・ユースティアはリュウマと同じく400年前の戦争時代を生き抜いた、歴史に記されざる伝説の国王である。そんな人物が何故、こんな探せば幾らでも居るような小娘一人を救うことにそれ程まで固執しているのか。相手が余りにも悪すぎて、現在進行形で手を余している掛け替えのない親友が居るというのに、その親友が助かる確実な道筋があるのに、敢えて踏み込まない。

 

リアは解らない。生まれてから家に余り帰ってこない母親の事を想いながら一人で寂しく家で待ち、勇気を出して母親の働く職場に行けば運悪く戦争が開戦する。その果てには自身の知らぬ所で、母親は世界中から畏怖される殲滅王に殺されてしまっていた。そこからは眠っている間に適度に肉体が成長していき、魔法によって世の知識を学習していた。つまりは、知識や常識は有れど、世間を知らないまま外の世界に放り出されたのだ。リアにはまだ解らないことが多い。

 

真剣にリアが生き残れる方法を模索し、どうにか生体リンク魔法を独立させられないか試行錯誤するクレア。自分の為だと明らかに解るのに、気恥ずかしさからか赤い耳を見せながらそっぽを向くクレア。不死身の肉体だというのに、まるで一人のか弱い女の子を護ろうとしているように、何かが有れば力強く、しかし宝物に触れるように優しく抱き締めながら、軽い笑みを浮かべながら安否を確認してくれるクレア。

 

 

何故…何故何故何故……こんなにも胸が締め付けられるように痛いのだろうか。

 

 

何故…全くクレアとは離れたくはないのに、態と己から命を絶って今生の別れをしようとしているのか。

 

 

何故…絶対に助ける、護ってやる、心配するなと言われる度に、泣きそうになってしまうのか。

 

 

何故…クレアの近くに居ると───────胸がじんわりと熱くなるのだろうか。

 

 

リアには解らない。知らないから解らない。知ろうとしていないから知る事が出来ない。本能的に察してしまっているから、クレアの言葉を肯定する事が出来ない。

 

 

 

「クソッ……ダメだ。生体リンク魔法が独立稼働しやがらねェ……ッ!そもそも魔法の解析なんぞオレの管轄外だってんだッ!だが諦めねェ。絶対に、無理矢理にでもアストラデウスからリアを引き千切ってやらァ…ッ!」

 

「だからお父さんに言われた通り、魔法もっと勉強しとけば良かっじゃん!クレアってばめんどくさいって言ってやらないから!」

 

「うっせーわ!まさかこんな事になるとは思っていなかったンだっつーの!今クソほど後悔しとるわッ!」

 

 

 

「……っ…クレア…様……私、私は……っ!」

 

 

 

『───────クレアッ!聞こえるかッ!?』

 

 

 

「……………っ」

 

 

 

リアが何かを言いかけたその時、頭の中にリュウマの声が鳴り響いた。念話は意識すれば個人に送ることが出来るのだが、今はもう形振り構っていられるほど余裕が無いようで、リュウマは広範囲に向けて念話を飛ばしている。声色は完全に焦ったもので、普段のリュウマからは考えられないような、急かすような口振りだった。

 

出鼻を挫かれてしまったリアとは対照的に、クレアはリアの言葉に気が付かず、弄っていた生体リンク魔法の魔法陣から顔を上げて額に指を当てて念話に答えた。

 

 

 

「聞こえてる!如何した!?」

 

『今この大陸を浮かせていた魔法陣を全て起動させたッ!残るは我が最初に破壊してしまった魔法陣のみだ!その城の西にある破壊された建物の中に魔法陣が刻まれている。それを今すぐに再起動してくれんか!それで魔法陣は完璧に作動し、大陸はもう一度空へと至るッ!』

 

「さっきお前が突っ込んだ建物だな!?任せろ!!」

 

『頼んだぞ。我は今────ぶぐっ…!?─────』

 

「あ、オイ!オイ、リュウマ!!……チッ。魔法陣に意識が持ってかれて戦闘に集中出来てねーってことか……おいイングラム!リアを見てろよ!」

 

「任せて!」

 

「────ッ!お待ち下さい!私も…私も連れて行って下さいっ」

 

「ハァ…?魔法陣の再起動してくるだけだ。んなモン一瞬で終わっ───────」

 

 

 

クレアがリアの言葉に少し瞠目しながら、この場で待っていろと言おうとしたその時、遠くから二本の大木がクレア達の居る城の一室目掛けて飛来してきた。放っておけば確実に当たると察したクレアとイングラムは、それぞれ大木を迎撃した。

 

イングラムは口内に灼熱の魔力を籠めて小さく吐き出して火の玉を飛ばし、大きさとは反比例した高火力で大木を一瞬で済みも残さず消し去り、クレアは扇子を懐から取り出し、横凪に一閃。すると扇子から放たれた風が不可視の刃と化して大木を切り刻み、数秒も経たない内に粉微塵へと変えてしまった。

 

イングラムがリアに付いていれば安全だろう。しかしクレアは少しだけ悩む素振りを見せると、頭をガシガシと掻いてリアに手を伸ばした。

 

 

 

「解った。お前も来い。絶対にオレから離れるなよ。オレもお前を離さねェ。いいな?」

 

「……っ…はい!」

 

「…………(なんか、お父さんとオリヴィエみないな感じがするけど、言ったらクレア怒るんだろうなぁ……)」

 

 

 

二人の間に流れる雰囲気を察したイングラムはしかし、それを口にすること無く黙した。言ったら怒られるだろうし、何よりもそんなに巫山戯ていられる程の現状ではないからだ。こうしている間にも、大陸を浮かべる為の魔法陣が破壊されぬように、アストラデウスのことをリュウマが引き付けているのである。

 

少し急ぎながら、クレアはリアとイングラムを連れて西にある倒壊した建物を目指す。そして途中、リアは息を呑んだ。建物に至るまでの道には、大量の血が飛び散るように付着し、小さな隕石が墜ちたかのような破壊痕が刻まれていた。如何にも先程まで戦っていたと解る現場に、戦い自体が熾烈を極めていることが察せられた。だがそれでも、殲滅王たるリュウマであっても防戦一方になる程、アストラデウスは強いのだ。

 

息を呑み、戦慄しているリアを余所に、クレアはリアの手を引きながら足を止めることは無いままに進んでいく。やがてリュウマが一度描いて起動しようとしたのだろう、浮遊を促す魔法陣が点滅していた。これか…と近付いたクレアは魔法陣に手を翳して内容を少しだけ弄り、同期しようとしている魔法陣達の全てと連結させた。

 

足元が揺れる。クレアの手で起動された最後の魔法陣が、リュウマの手によって再起動された魔法陣達と繋がったことによって、大陸が浮かび上がろうとしているのだ。無事に再起動したことに額を拭っているクレア達とは別に、この大陸をその身一つで持ち上げていたバルガスは、持っていた大陸が軽くなった事に気が付いて、急いで上を目指す。途中バルガスを狙っていた数多くのロボット達が立ち塞がったが、今更苦戦するバルガスでは無し。

 

腰に括り付けたハンマーを手に取り、体に赫雷を纏わせて雷速をも超えた速度で全てのロボットを木っ端微塵に粉砕して破壊していく。防御の姿勢を取らせることすらなく、悉くの破壊を終えたバルガスは、そのまま上を目指すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うし、ちゃんと動いたな。誤作動した魔法陣は…無しか。後は勝手に元の高さまで行くだろ」

 

「クレアってそういう魔法も出来たんだねっ」

 

「あー?オレ様がこの程度の魔法も出来ねーってか?このクソガキッ!」

 

「いはっ、いはいいはい(痛い痛い)っ」

 

「……………………。」

 

 

 

イングラムの頬を掴んで餅のように伸ばして喧嘩しているのを余所に、リアは浮かない顔をしている。魔法陣が正常に動いた事によって大陸が持ち上がったのは嬉しいことだ。しかし、結局の所現状は何一つ好転していない。アストラデウスが居る限り、この事態に終止が付かないのだ。そして件のアストラデウスは、未だにリュウマと戦闘中であり、リュウマは戦いが長引けば長引く程不利となる。アストラデウスよりも遙かに強かったから弱くなってしまったのだ。

 

目にも見えない超速度で戦闘をしているアストラデウスとリュウマ。最早クレアですら眼で追うことが困難だというのに、両者互いに無限の進化によって速度を増していく。しかし所詮それは進化のイタチごっこでしかない。そのままでは戦いが終わらないのだ。それも、唯でさえアストラデウスを斃すことが出来ないというのに、クレアはアストラデウスに今斃されても困るのだ。何と言ってもリアとアストラデウスの生体リンク魔法が解けていない。片方が死ねばもう一方も死ぬ。

 

つまり、現状どちらに転ぶにせよ…リアはこの世からの完全な死を意味するのだ。クレアは思考する。膨大な魔法に関する知識をありったけ総動員し、どうにかアストラデウスとリアの魔法を独立させるか消滅させるだけの一手を。だが考えは浮かばない。思い付かない。閃かない。

 

圧倒的にリュウマの方が魔法に関する知識はあり、実績がある。そんな彼ですら手を込まねいているのだ。出来るのならば既にリアとアストラデウスの生体リンク魔法は解けているだろう。それが今も続いているということは…意味することは一つしかない。如何すれば良いのかと考えているクレアはしかし、一際大きな衝撃に瞠目し、音が鳴った方へと顔を向けた。そして……呆然とした。

 

 

 

「──────────かは…っ……………」

 

 

 

「───────■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 

 

アストラデウスの腕がリュウマの腹部を貫通していたのだ。半ばまで埋め込まれ、背中から突き抜けた腕は血潮によって赤黒く光っている。同時に攻撃したのだろう、リュウマが斬り裂く筈だったアストラデウスには黑神世斬黎は届いておらず、アストラデウスの顔目前で止まってしまっていた。

 

普段のリュウマならば直ぐさま腹部に貫通している腕を無理矢理引き抜き、一旦距離を取って回復するはず、しかしリュウマはその場から動かず、アストラデウスの腕に貫かれたまま動かない。いや、動くことが出来ないのだ。7日7晩以上の全力戦闘を可能とする底無しの体力は奪われ、回復するための魔力も大半を奪われ、況してや途中で正真正銘の全力を出していた。つまり、リュウマは既に活動限界だったのだ。

 

アストラデウスはリュウマの頭を掴み、腹に埋まった腕を乱雑に引き抜くと、頭を掴んでいる手に莫大な純黒なる魔力を集中させて暴発させた。大爆発を引き起こした後、黒煙から勢い良くボロボロとなったリュウマが飛び出て地面に叩き付けられる。そのまま勢いは殺されず吹き飛び、クレアの直ぐ傍まで飛んできて止まった。

 

クレアは駆け寄る。リアと一緒に居る間、常にアストラデウスと熾烈な戦闘を継続していたリュウマの元へ。謂わばクレア達は護られていた。近付けさせないように、二人が離れ離れにならないように。二人の間に架かっている橋は、自身が最近になってようやっと体験した、とても素晴らしく、安心し、焦がれるものであったから。

 

 

 

「リュウマッ!おい大丈夫か!?確りしろ!お前は最強の存在だろ!?こんな所で絶対に死ぬんじゃねーぞ!?」

 

「…………こほ……」

 

「……あ?お前…これ……」

 

 

 

血潮を吐き出したリュウマは、瞼を開けることすら億劫だろうに、その黄金の瞳でクレアの蒼い瞳を真っ直ぐ見詰めた。彼等は盟友。掛け替えのない親友。だからこそ互いに言わずとも心の内を察する事が出来る。故に、リュウマが緩い動きで右手を持ち上げた事に、クレアは察した。

 

困惑した。しかし直ぐに取るべきだと決断を下した。元世界の4強と謳われた王故に、取捨選択の切り替えは早い。だが心残りが無いという訳では無いのだ。決断に心が追い付いてくれない。それを表すように、一度心配そうに二人を見守っているリアの方へと振り向き、自嘲するような、諦めるような微笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

「あぁ───────任せろよ」

 

 

 

『肉体的接触を確認。マスターからクレア様へ、()()()()()()()()()()()()

 

 

 

最後の力を振り絞って持ち上げたリュウマの手を、強く強く握り締めて応えた。両者が手を取り合った事により、アルファが架け橋を作る。今のリュウマは死に体故に、そういった簡単な事すら儘ならないのだ。

 

繋いだ手は男らしく、ゴツゴツして、本来の身体能力を解放しているからか、皮膚が鋼よりも硬い。しかしそれでも、リュウマの手は傷が無いところが見当たらないほど傷だらけで、今はとても頼り無いほど弱々しい。けどその一方で、とても温かかった。

 

繋いだ手から安心感と信頼を感じ取ったクレアは次いで、流れてくる魔力を目を閉じながら甘んじて受け止めた。譲渡されるは今リュウマが持つ全魔力。欠片も残らないように全てを流し込まれ、それでも…例えクレアの全魔力の数百分の一程度しか無い魔力であろうと、質は圧倒的であった。

 

純黒なる魔力。この世が始まる前に在ったとされる力の片割れ。黒と白。対を為しているにも拘わらず、純白すらも呑み込む完全孤独型の無差別魔力。仲間を欲っしず、単独を前提とした有り得ないほど殲滅に向いた超常的根源の魔力である。その齎す恩恵は絶大で、同じ量の魔力を並べても異質さや質は数億倍とも言えるだろう。そんな魔力がクレアの中へと介入し、宿る。

 

着ている着物は純黒へと染まり、手にしている蒼の扇子は所々が純黒となって純黒と蒼の共存した色合いとなった。全身からも純黒なる魔力が流れ出し、その圧倒的質に地面が砕けて陥没する。少し流れた程度で空間にも影響を及ぼし得るその力に、クレアは自信の掌を見つめ、開いて閉じてを繰り返した。やがて確認を終えたのか、宙に漂うアストラデウスを見遣って扇子を突き付ける。

 

 

 

「こっからはオレ様が相手だ。来いよゴミクズが。その体再生できねーぐれェ粉々にしてやるよ」

 

「───────■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 

 

「……クレア様」

 

 

 

アストラデウスとクレアは両者互いに睨み合い、全くの同時に動いた。片や拳で、片や扇子で打ち込みあった一撃は空を揺るがし、空間に罅を入れた。そんな光景をリアは、祈るように手を組んで見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

終わりは近付いている

 

 

 

 

 

 

 

 









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第 ৯৪ 刀  轟嵐王の超魔法



こんにちは。キャラメル太郎です。

今、世界中でコロナウイルスが蔓延している事はご存知の筈です。人との濃厚接触により感染するこのウイルスはとても危険なもので、つい最近あの伝説的日本を代表するコメディアンが亡くなられました。

読者の皆さんの中に患ってしまった人が居ない事を祈りつつ、過度な外出、及び交遊は控えて頂きたく思います。他でも無い私も必要最低限以外の外出は控え、自粛に勤しんでいます。

最後に、コロナウイルスなんかに負けないよう、共に頑張りましょう。




 

 

 

範囲内では人が立つことはおろか、その場に居る事すら赦されない暴風が吹き荒れる。遺った遺跡の後とも言える石作りの元住宅は、吹き荒れる風に負けて木っ端微塵に吹き飛ばされ、小さな石礫となって弾の代わりとして使われる。

 

扇子を一度揮えば暴風と為し、二度揮えば死風と為す。そこに純黒なる魔力がバックアップしているとなれば、その風を遮る存在など居ない…そう言えたらどれ程心安まったであろうか。

 

暴風を生み出す主、クレアが今まさに相手している存在は、リュウマ・ルイン・アルマデュラの細胞を使って創り出された人造神である。戦闘の中で無限に進化をし、オリジナルから大半の魔力を奪い取った化け物。そんな化け物にクレアは、戦いの中で焦りからくる焦燥の感覚をこれでもかと味わっていた。

 

 

 

「クッソ……──────『流離い撫でよ凶風(アマ・ダハマ)』ッ!!」

 

「───────『■■■■■■■■』」

 

 

 

同じ方向からは続けてやって来ることの無い、乱雑な風の嵐は、アストラデウスへ届く前に、全く同じ魔法の…それもクレアが放ったものよりも更に威力や範囲を強化されたものが返され、打ち消し合う。これがアストラデウスを相手にして厄介な所である。

 

リュウマと同じく、相手の魔法を視て覚えて模倣し、全く同じ魔法を更に強化して放ってくるのだ。魔法とは基本的に同じ魔法を放った場合、籠められた魔力が大きいものが勝つようになっている。つまり、世界を覆って余りあるリュウマの全魔力の大半を奪ったアストラデウスとは、真っ正面からのぶつかり合いだと圧倒的に不利なのだ。

 

打ち消し合った魔法は瞬く間に消滅したものの、アストラデウスは模倣した魔法をもう一度クレアに向けて放った。それは余りに範囲が広く、避ける事が叶わない。ならば迎撃するしか無いと、先とは比べ物にならないほどの魔力を籠めて同じ魔法を放つ。しかしクレアの純黒なる魔力も混ざった黒風は拮抗もせず、圧倒的魔力差によって消し飛ばされた。

 

時間を稼ぐことすら出来なかった為、アストラデウスの純黒な風はクレアの体を切り刻み、傷付けていく。魔法の撃ち合いに負けたクレアであるが、唯で負ける訳が無い。その程度で負けるならば、戦争が常日頃領土争いのために勃発していた戦争時代で生き残り、世界の4強には数えられていない。

 

クレアが自信を持って言える自身の長所とは、魔力の精密な操作である。扱う魔法が風属性ということもあって、ある程度の操作技術は必須でもある。だが、クレアは人類という巨大な枠組みの中でトップの操作技術を持ち得ていた。それにはあのリュウマですら及ばず、技術力で言うならば、海の中に落とされたバラバラの時計を、海を掻き混ぜながら元の形へと組み立てる事が可能と同義である。

 

そんなクレアは、アストラデウスが放った魔法が刃となって己の皮膚を斬り裂く寸前に、皮膚を覆うように常時展開された魔力の鎧を使い、向かってくる方向へと強力な魔力を打つける。するとアストラデウスの魔法の威力は肌へ届く前に殆どの威力を殺され、切られたとしても致命傷を避けることが出来る。決して無視できるような浅いものでは無いが、行わなければ今頃クレアは肉の塊となっていたことだろう。

 

そして、全身に於ける其れ等の芸当を行いながら、クレアは遠隔操作でアストラデウスの背後へと三重魔法陣を描いていた。魔法陣というのは、魔力を籠めることで発動させ、その魔法陣によって決められた魔法を起動することが出来る。同じに見えて少しずつ違うのだ。故に、魔法陣は自身で描くか、元からルーティンのように決められた箇所で発動させるものだ。それ以外だと座標を指定した遠隔操作をしなくてはならず、それはとても複雑で難易度が跳ね上がる。

 

クレアの命を絶つ為、凶刃が荒れ狂う。その全ては常人には不可視に見えるだろう。魔導士であろうとそれは変わらぬ刃。純黒の風で形成された刃は、その肌に届く寸前で威力を殺されようとも絶対の威力に変わりは無い。その全てをその身に受けたながら、嘗て風の全てを掌握し、操作し、支配した王、轟嵐王は牙を研ぎ続けた。確かに相手は強い。自身の力ではそう長時間相手していられないだろう。

 

強者だからこそ己と相手の力量差は把握する。己の盟友の中でも最強の男の細胞から創られし人造神。微かに肌で感じていた驚異の気配は、想像していた以上であると内心舌を巻く。そして唇を切るほど強く噛み締め、二点間同時の魔力操作に全神経を注ぐ。身を刻む純黒の風と、その上に降り注ぐ切り裂かれる痛みは度外視する。

遠隔で虚空に魔法陣を描き、三枚重ねて固定し、威力の方向性やそのものの威力、効果に作用時間を計算していく。そして出来上がった三重魔法陣は、アストラデウスの背後で爛々とした光を放った。

 

 

 

「──────■■■■■■■■ッ!?」

 

「気付くのがおっせェんだよバァーカッ!!見せてやるよ、風魔法の最上級魔法をなァッ!!──────『無辺の蒼穹に轟く震撼(リ・アンドル・アストロス)』ッ!!」

 

 

 

第一魔法陣から始まり、順を追って威力も消費魔力も莫大なものとなり、制御の難しさと構築の難易度から机上の魔法として闇に葬られた、風魔法に存在する超魔法の一つであり、風の魔導士ではクレアにしか扱えなかった代物である。

 

この魔法の真髄は生存圏の追い込みである。三重に張られた魔法陣から放たれるのは相手を害する魔力の塊では無く、相手が居る周囲の空間に影響を及ぼす超高密度の風である。しかし、空間に影響を及ぼす程の風という名ばかりの衝撃波に物体が耐えきれる筈も無く、副次的に対象となっている相手は、目に見えない超微小にして計り知れない震動を持つ衝撃波に当てられて体中の細胞が崩壊を開始する。

 

あたかも朽ち果てるが如く砕けていく己の体に、さしものアストラデウスと言えども驚きざるを得なく、己の皮膚の頑強さを知っているからこそ驚愕し、その場から離れようと手脚を動かす。そしてその動きに細胞が耐えきれず更なる崩壊を招き、動けなくなった対象を放って強大な衝撃はそこら一帯にある空気をも残らず破壊し尽くして、コンマ1秒も掛かること無く、空気が一切無い真空の空間を創り上げた。

 

生物は空気中にある酸素を取り込み、血液を通して全身に行き渡らせる。それは人間である殲滅王の細胞を使ったアストラデウスとて言えること。故に宇宙にまで進出した戦闘の際には、両者共己の周囲に空気を魔法で創り出すことで凌いでいた。ならば空気が無くなればどうなるのか、それは無論息が出来ないということになる。当然無いならば創り出せば良いだけの話。アストラデウスには何一つ脅威とは成り得ない。だがそれは呼吸に関したことであり、これは魔法の一貫の中の過程で起きた事象に過ぎない。

 

失われた空気が広範囲に渡って存在し、それも尚且つ突然現れたとなれば、どうなるのか。簡単に言うならば、有った状態まで戻るということだ。真空の空間の周囲にある空気は、吸い寄せられるように真空の空間に雪崩れ込み、広範囲故に距離がある分、真空の空間が空気によって包まれて正常へと戻される迄に、空気は加速する。

 

勢いに乗って元に戻ろうとする空気は全方位から来る爆撃に等しく、体の崩壊をしている対象を打ち砕く。当然となる自然の摂理によってアストラデウスは砂粒のように粉々に消し飛んだ。

 

頑強な肉体を無限の進化によって体得していた筈のアストラデウスは、抵抗らしい抵抗すら出来ないままに、クレアを前に一度死んだ。しかし驚異の再生能力は健在であり、例え空気中に撒布されるが如く砕け散ろうとも、集まって元の姿へと再生を開始する。だが此処までで、クレアはアストラデウスが魔法を模倣するのに、視界の中に魔法陣が無ければならないということを看破する。見なくて出来るならば、今頃クレアも同じ魔法に曝されている筈であるのだから、その推測は確信へとなるのだ。

 

再生を開始しているアストラデウスとは別に、純黒の風によって全身を切り刻まれ、その身に付けた着物を真っ赤に染め上げ尚且つ、血潮を滴らせているクレアは、額から流れる血潮を乱雑に拭い去って目にも留まらぬ速さでアストラデウスの周囲を駆け抜ける。

攻撃するでもなく、飛び回っている理由は、虚空に複数の魔法陣を刻み付けて回っているからである。アストラデウスに邪魔されること無く、心置きなく魔法陣を展開出来るのは、再生中である今を於いて他に無い。

 

瞬時でありながら精巧に、そして尚完璧に描かれる魔法陣。それは魔法発動に必須であり、高い技術力を要求される。それも大敵であるアストラデウスの再生が待っているという緊迫した状況下で、空中で描くのだ。並大抵の精神力や技術力では為し得ない。それに、そこに加えて余りにも出力が違いすぎる純黒の魔力のバックアップを受けているのである。

 

軽自動車からある日突然スポーツカーに乗ってアクセルをベタ踏みしているような、慣れていないということで訪れる困惑。だがそれでも、虚空を駆け抜けながら、大量の脂汗を掻きながら必死に魔法陣を構築しているのだ。そして同時に心の内で叫ぶのだ。リュウマは日頃から少し出すだけで己の肉体を蝕もうとしてくる、この暴虐極まりない魔力を平気な顔をして使っているのかと。だがそうして居る間にも、アストラデウスの再生は完了し、クレアの魔法陣構築も完了した。

 

 

 

「チマチマこのオレに魔法陣造らせやがってよォ…ッ!このゴミクズがッ!!テメェなんざ潰れた柘榴みてェにしてやンよォッ!!──────『重圧する北の神風(テュヘア・セル)』発動ッ!!」

 

 

 

再生し終えたアストラデウスが魔法陣を視界に収めるよりも早く、クレアの虚空より施した魔法陣が一斉に光り輝いた。目を瞑るような閃光が奔り、アストラデウスがその光量に眼を腕で押さえたその瞬間、アストラデウスの四肢はその虚空により縫い付けられ、四方八方から来る尋常では無い圧によって押し潰されんとしている。

 

扱う魔力の質により、アストラデウスにはクレア本来の蒼い魔力は通らない。向けたとしても瞬時に塗り潰されて無効化されてしまう。それならばそれでやりようが有るのだが、効率が悪い。ならばと、最も効率が良いのは同じ性質である純黒の魔力に、クレアの蒼い魔力を混ぜ合わせて容易には吸収出来ない、ある意味違う純黒の魔力を叩き付けるしか無い。

 

隙間が存在しないレベルで同じ方向から同じ重圧が来ることが無く、常に不規則に変化する超重圧空間は、アストラデウスの関節の可動域を犯し、無理矢理手脚を無理な方向へとへし曲げる。すると一度屈した箇所から順に体躯が負けていき、アストラデウスは何時しか黒い塊のようになっていた。だがそれでも魔法は止まらず、アストラデウスは無理にその大きさを窄めさせていき、小さくなっていく。

 

だが、そのアストラデウスだった黒い塊から純黒の魔力の無差別な放出が行われ、波動のように拡がった。爆発が起きた時の衝撃波のように周囲一帯を捲き込まんとする衝撃波は衰えず、自身を縛り付けていたクレアの虚空にて描いた魔法を全て破壊し尽くし、それに加えてクレアにすら届こうとしていた。

 

直ぐさまその位置から撤退しようとした。だが出来なかった。何てことは無い、不調を来した訳でも虚を突かれて反応が遅れた訳でも無い。ただ、避けようとしたクレアの背後には天空大陸が存在し、その上にはリアが居たのだ。今のリュウマにこの魔力を抑え込むのは不可能。イングラムではまだ凌ぎきる事は出来ない。バルガスならば抑え込む事は出来ようが、その余波が直ぐ近くに居るリアに影響を及ぼさないかと言えばそうでは無い。

 

クレア舌打ちをしながら今の自身に出来る最高速度で防御魔法陣を構築した。結果的にはアストラデウスが放った純黒の魔力の衝撃波が届きうる前に魔法陣の構築は間に合い、受け止めることが出来た。だが、その衝撃波の威力は並大抵の威力ではなかった。

 

歯を食いしばり、全神経を魔法陣に注ぐ。でなければ崩壊し、衝撃波の餌食となるだろう緊迫した状況下の中で、クレアの頭の中に映るのは……自身に向けられるリアの笑顔であった。

 

何れだけ強いアストラデウスが相手であろうとも、今のクレアの戦闘理由というのはリアの為に他ならない。リアを救いたいから、アストラデウスと凌ぎを削りつつ、アストラデウスとリアの生体リンク魔法を切り離せないか模索しているのだ。結果的に言えば、現時点でもその突破口は見えておらず、また考えついていない訳ではあるが、それが諦める理由にはならない。

 

 

 

「ぐッ……クッ…ソォ……っ!ンの……ッ野郎が……ッ!アイツとの…約束が……こっちには…ッ……あんだよッ!!」

 

 

 

クレアはアストラデウスから発せられる魔力の奔流と拮抗しながら、数十日前の事を思い返す。それは、クレアがリアの為にとガラにも無いイベントに参加し、数ある中の賞品の中の一つである指環を贈った数日後の夜のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んん………喉が渇きました……」

 

 

 

男であるリュウマやバルガス達とは別のテントで眠っていたリアは、喉の渇きによって目を覚ました。肌寒く、厚着をしていた一番上の服の襟を寄せて隙間から入ってくる冷たい外気を遮断する。一度息を吐けば白くなり、溶けるように虚空へと消えた。

 

入り口のチャックを下ろして外へと出てみれば、寒々しい気温とは打って変わって澄んだ空気が流れる。比較的木々がある森林地帯を横切っている最中に陽が落ちた為、この場で野宿となった。身を貫く冷たい外気に小さく震えていると、焚き火の光がある事に気が付き、ふと思い至った。自身まだ野宿等やったことも無ければ慣れていないだろうということで、日の見張りを任されておらず、見張り役はリュウマ、クレア、バルガスのローテーションによって組まれているのだ。

 

まだ少し寝惚けたリアは軽く頭を振って眠気を少し飛ばし、焚き火に向かって歩みを進めた。すると次第に視界がクリアとなり、その時の火の番がクレアであった事に気が付いた。それと同時に控えめの欠伸が漏れる。気配でリアが起きた事などお見通しだったのだろう、起きてきたリアに向けて薄い笑みを浮かべたクレアの美しい顔が見えた。

 

あくびをかいていたところを見られたと、頬を少し赤く染めて俯きつつ恥ずかしそうにしながら、リアはクレアが座っている斬り倒された丸太に近寄り、肩が触れるか触れないかという距離で腰を下ろした。

 

 

 

「どうした?眠れなかったか?」

 

「いいえ…少し喉が渇いてしまって…」

 

「あぁ、成る程な。少し待ってろ、今持ってきてやる」

 

「あっ、それくらいは私がっ……!」

 

「良いから黙って座ってろ」

 

 

 

ぶっきらぼうな言い方とは裏腹に、クレアは優しげな笑みを浮かべながら立ち上がり、焚き火の火を使って沸かすタイプのポットから珈琲をマグカップに入れ、リアへと手渡した。ぬるくなく、かといって熱すぎない絶妙な温度の珈琲を受け取り、両手で持って指先を温めた。そしてゆっくりと珈琲を飲み、ホッと一息つく。

 

驚きに満ちるほどの美味しさという訳で無く、最高級の豆から作られた珈琲という訳で無く、世に出回っているどの珈琲と全く変わらない代物であるはずなのだが、リアにはこの時飲んだ珈琲は今まで飲んできたどの珈琲よりも美味く感じたのだった。

 

 

 

「はあ……とても美味しいです……体があたたまります。クレア様、ありがとうございます」

 

「おう。このオレが淹れたンだ、味わって飲めよな」

 

「はいっ」

 

 

 

寒空の下に灯る焚き火の光。それを囲む二つの影。動物の動く音も無く、風も無い事で無音の世界が広がるも、そこに気まずさというものは存在しなかった。ゆったりとした空気が場を包み、リアはその居心地の良さに口角が上がり、無意識に微笑んでいた。

 

体を芯から温めてくれる珈琲を飲み、一息ついた頃、リアは珈琲を両手に持ち、クレアへ顔を向けて静かに声を掛けた。クレアは適当に落ちていた枝を使って焚き火の強さを調整しており、話し掛けられたのを皮切りに枝を置いてリアへ向き合った。

 

 

 

「どうかしたか?」

 

「クレア様は400年前の…それも本物の王様だったのですよね?」

 

「まぁな。今のオレに忠誠を誓う臣下も居なければ、オレを王と崇める民も居ねェがな」

 

「あ…すみません」

 

「そういう意味で言ったンじゃねーよ。そんなことを今気にしたって仕方ねェ。オレからしてみればドラゴンと人間の戦争から一年しか経っていねェが、世界はそれから400年経っていやがる。別に封印されてたオレとバルガスの魂に気付かなかったリュウマを責めるつもりは毛頭無ェが、眠って起きたら400年後の世界でした…何つーのが今でも漠然としてて、口に出ちまっただけだ。んで、今更オレが400年前の人間である事が何だ?」

 

「それなのですが……」

 

 

 

リアは聞いて良いのか悩んでいる様子で、その心は小さな葛藤の種が植え付けられていた。一国の王であったのに、寝て起きたら400年後の世界でした…という絵本にも勝る御伽噺のような体験を実際にしているクレアにとって、今しようとしている質問は不敬に当たるのではないか…というものだ。それをリアの表情から的確に見抜いたのだろう、クレアは軽い様子で言って見ろと宣った。

 

他でも無い本人からの許可であるということで、未だにしていいのか悩んでいたリアは、この際は思い切ってしてみようと、その場の空気に任せて質問を一つ投げ掛けた。それはクレアにとって、確かに複雑なものであった。

 

 

 

「クレア様に──────夢はありますか?」

 

「……──────成る程な。そういう事か」

 

 

 

クレアは納得したと小さく頷く。彼はリアが言わんとしていることが解ったのだ。400年前に一国の王であったクレア。だが今は普通の人間である事と変わらない。100年クエストに行くことが出来る、世にも稀少な一握りの魔導士であろうと、国を背負うような役職についていないのだ。そして、全てを失ってしまったからこそ、今夢はあるのか、抱いているのか。それを問うには勇気と葛藤があったのだろう。心優しい彼女だからこそ、クレアに気を遣ってうまく聞けなかった。だが彼は薄く笑う。別に気にしなくてもいいのにと。

 

例え全てを無くしてしまったとしても、あの時の戦争で守り切れなかったのは己の所為だ。しかしその時の行動に負い目を持っているかと聞かれれば、その答えは否の一択だ。何故ならば、その選択で無くそうとも、他でも無い自身の考えの元出した決定だからだ。守れなかった民も最善を尽くして戦った。結局は滅びたが間違いではなかった。そう誇りに言える戦いだったのだ。

 

 

 

「夢…何て御大層なモンは、今のオレは持ち合わせてねェ。だが強いて言えば……」

 

 

 

クレアは視線をリアから外して、眠っているだろうリュウマとバルガス、イングラムの眠るテントへと目線をやった。全てを失ってしまったが、本当の本当に全てを失った訳でも無い。クレアは盟友であるリュウマやバルガス達がいる。彼等が居れば、我々に敵う者など無い、そして何よりも寂しくも無い。

 

各々が全く違う思想を持ち、価値観を持ち、類い稀なる才能と戦闘力を持つ。よくもまあこれ程の人間が出会って意気投合したものだと感嘆とした思いがある。だがそれでも四人は何の偶然か出会い、互いを認めて親交を深めた。それが今の彼等の盟友…親友という位置付けなのだ。彼等が居れば何でも出来る。何処までも行ける。そして何処に行こうと絶対に楽しい。故にクレアの夢とは……。

 

 

 

「──────アイツ等と一緒に、何処までも行きたい。そンくれェだな」

 

「………………とっても…とっても素敵な夢です」

 

 

 

リアはクレアの夢の温かみを噛み締める。ここまで思い合える存在が居ることが、堪らなく羨ましく、そして眩しくて、胸がドキドキとする。夢を一言で語られただけなのに、鼓動が何時になく早くなってしまう。何時か、自身にもそんなずっと…ずっと一緒に居たいと思える相手と出会う事が出来るのだろうか。クレアのように互いが互いを認め、大切に想い合える人が出来るだろうか。

 

大切な相手…そこまで考えてリアの頭にはクレアのニヒルに笑った顔が浮かび上がり、自然とクレアの顔を凝視していた。無意識だった。でも無意識だったことを意識してしまった。頭に浮かんだことと、その本人が目の前に居る事を重ね合わせ、真っ赤に染まった頭からボンッと煙が出た。

 

顔が熱い。熱湯をかけられたようにチリチリとしていて、それでも苦ではなくて、唯々恥ずかしくて、胸の奥をギュッと握られているかのような苦しさを感じて、指先が震える。目線が泳いで真面にクレアの顔が見れなくなってしまった。

彼女はまだ良く解っていない。それがどういう意味を持っているのか。世間一般的には何と言うのか。まあ、解っていたらこの程度の反応では済まないだろうが。

 

 

 

「ンで、シルヴィアは如何なんだよ」

 

「えっ」

 

「オレに夢を聞いたんだ。お前だって夢の一つや二つくれェあンだろ?言ったンだから聞かせろよ」

 

「………………………笑いませんか?」

 

「笑わねーよ」

 

 

 

手で顔を扇いで落ち着きを取り戻したリアは、言って笑われると思っているのか、クレアに控えめに問うた。それに対してクレアは笑わないと返した。他人に語るほど大それた夢という訳でも無いが、やはり誰かに打ち明けるというのは少し恥ずかしく、手にしているマグカップをキュッと握ると、ぽつりぽつりと語り出した。

 

 

 

「私は記憶喪失で、拾って貰ってからあまり外には出ていないんです。買い物等には行くのですが、街の外には行ったことがそれ程無かったんです」

 

「…………。」

 

「だから…なのでしょうか。クレア様やリュウマ様、バルガス様にイングラムとするこの旅が未知に溢れていて、とても新鮮で…とても楽しいんです」

 

「……そうか」

 

「はい。なので、私の夢は─────────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ッ……アイツにッ……『見たこと無い世界の素晴らしさ』を見せて…教えてやるって約束したンだよッ!!だから……こンな所でッ……テメェなンぞにアイツを道連れにさせる訳には……いかねェンだよォ──────ッ!!!!」

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

「おォォォッらァァァァァァァ──────ッ!!!!」

 

 

 

渾身の力と体内にある魔力を総動員させてアストラデウスの魔力を押し返す。純黒の魔力を力業で押し返し、押し留める。軋んで罅が入っていたクレアの構築した防御魔法陣は勢いを取り戻し、更に追加の防御魔法陣を三つアストラデウスの四方へと配置し、押し込んでいく。魔力を放出しているアストラデウスはクレアの防御魔法陣に押し返され、何時しか防御魔法陣に囲まれる形となっていた。

 

身動きが取れず、しかし防御魔法陣で更に押し込もうとしてそのまま潰されようとしている間に、クレアは更に魔法陣を描き始めた。それは枚数を重ねていき、規模も巨大なものとなっていく。

描かれた魔法陣は重ねながら全部で六つ。それが防御魔法陣に身動きを封じられているアストラデウスの周囲360°を埋め尽くしていた。

 

分かる人が見れば気絶ものである程超大規模且つ超複雑な難易度が極めて高い立体魔法陣である。今のクレアに残っている膨大な魔力の殆どを注ぎ込んだ……渾身の超魔法である。

 

 

 

「──────『欲する貪欲者よ、我が叡智に滅せよ(グローム・カルノ・ケラスタトゥス)

 

 

 

設置された六重魔法陣、全80個がアストラデウスに向けて淡く蒼い極大の光線を撃ち放った。一番奥に有る魔法陣から光線が放たれ、前に連なる五つの魔法陣を通り抜ける毎に、()()()()()()()()()()()()()発射される、恐るべき超威力魔法である。その威力たるや、一撃で空間をも破壊する国家の抑止力、エーテリオンですら足元にも及ばない、埒外の力を持っている。

 

()()()()()()()()魔導士が数千人必要であるという馬鹿げた魔力を必要とする上に、倍率を2倍にするだけでも約二万人以上の魔導士の魔力を必要とするという、埒外の威力の代わりに尋常では無い魔力を要求される魔法である。そしてこの魔法は、六重魔法陣一つで、完成に至っているということ。それをクレアは80個創り出した。それに合わせ、設定した倍率は1500倍。

 

解るだろうか、この異常性が。本来ならば一大陸に居る魔導士を掻き集めて、倍率2倍が撃てるかどうかという話だというのに、クレアはたった一人で80個の六重魔法陣を描き、倍率を1500倍に設定して撃ち放ったのだ。その力は天や地を揺るがす…なんて程度のものではない。空間を削る壊し、天変地異すらも破壊する決死の一撃である。

 

一点集中で狙い撃たれ、80もの極大の光線がアストラデウスだけに注がれる。その掃射時間も二分以上にもなり、耐えきれなくなった空間は割られた鏡のようにかち割れ、何処に繋がっているのかも解らない真っ暗な異空間に向けて放たれ続けている。空は真っ黒な雲に覆われ、衝撃と漏れ出る魔力の奔流に影響を受けて地球は全土が揺れる。これ以上放ち続ければ地球そのものが危ないという危険な状態に陥った時、流石のクレアも魔力の限界を迎え、極大の光線がその規模を縮小させていき、最後には構築された六重魔法陣は靄が消えるように虚空にて消滅した。

 

 

 

「──────はぁッ……はぁッ……ひゅ…っ……ぜぇ…はぁッ……はぁッ……どう……だ……くそったれ……二度と……その姿……はぁッ……晒すンじゃ……ねェぞ……ッ!」

 

 

 

息を荒げながら、クレアは一度砕けて元のあるべき姿に戻ろうとする異空間とこの世の境界を睨み付けながら、そう言葉を吐き付けた。

 

元より今の一撃で消滅させようとはしていなかった。狙いは異空間だった。今の今までで空間を跳躍する類の魔法は一度も使っていない。知恵はあっても知識が無いアストラデウスでは、一度異空間に閉じ込めてしまえば脱出する事など不可能。永遠に世界と世界の境界の狭間を漂っているしかない。つまり死んではいない為リアが死ぬことは無い。戦いは…これで終わったのだ。

 

フラフラとしながら、クレアは残る燃え滓のような魔力を使って飛び、リアの元へと帰ってきた。まさか本当にあのアストラデウスを退けてしまうとは思っていなかったリアは、目の端に涙を浮かべながら、泣き笑いの表情でクレアを出迎えた。

 

 

 

「……っ…お帰りなさい…クレア様」

 

「……おう。帰って来たぜ…リ──────ごぼっ」

 

 

 

「──────………ぇ?」

 

 

 

手を伸ばしたリアの手を取ろうと、クレアも手を伸ばして触れ合おうとしたその時、背後からクレアの腹部へと腕が刺し貫いた。血潮が数滴リアの顔へと飛び散り、クレアは自身の腹部を貫通して赤黒く染まった腕を見て呆然としていた。そして口からごぼりと血潮を吐き出した。

 

訳も分からず致命的な一撃を受けてしまったクレアは、痛みに歯を食いしばりながら、貫通した腕がアストラデウスのものであると直ぐに理解した。だが解らない。異空間に閉じ込められた筈のアストラデウスがどうやってこの世界に再び現れたのかが…。

困惑を拭いきれぬまま、クレアは背後を首を動かして振り返った。するとそこには、大気に罅が入って小規模に破壊され、その中から腕だけが生えてくるように伸びていたのだ。

 

認めたくはないが理解した。アストラデウスは、リュウマの純黒なる魔力の火力を使って、無理矢理異空間を叩き割ってこの世との境界を創り出して舞い戻ってきたのだ。

腕が通るだけの孔からアストラデウスの体全部が通れるだけの孔へ広げ、アストラデウスが今、この世界に帰還を果たしてしまった。そしてその腕で貫いたクレアから腕を雑に引き抜き、頭を持って宙吊りにした。

 

元から血塗れであったクレアが今では、腹部から足先に掛けて着物を赤黒く染め上げ、手脚は全く動くことが無い。リアはその光景に、口を両手で押さえ、涙を流しながら見ているしか出来なかった。

 

 

 

「ぐッ……っ!がはッ……クソ……もう…無理か」

 

「く、クレア様……っ!」

 

 

 

「悪ィ……リア…──────時間切れだ」

 

 

 

クレアは諦めたように四肢から完全に力を抜いた。リアは、クレアがアストラデウスを倒すことを諦めてしまったのだと思った。しかし違う、クレアは確かにアストラデウスが倒せれば良いと思っていた。だがクレアが重きを置いていたのは…全くの別物である。

 

もうアストラデウスを止めることが出来ないのだと思ってしまったリアは、クレアを心配する涙とは別に、これからどうなってしまうのだろうかという恐怖による涙が溢れてしまった。だが諦めるには早いのだ。あまりにも早計だ。アストラデウスはこの世に居てはいけない。居ていいものではない。そして、扱ってはいけない力を手にしている。ならば当然、その後始末を付けなければならない者が居るだろう。そう──────

 

 

 

「後は……頼んだ……ぜ──────リュウマ」

 

「え……っ?」

 

 

 

「あぁ。()()()()()()()()すまなかったな、クレア。後は我が後始末を付けよう」

 

 

 

倒れ伏した筈のリュウマがそこに居た。それも、男の姿では無い。生まれて間もない頃、異空間を漂って主が誕生するその瞬間を待ち望んでいた黑神世斬黎と融合を果たし、一つとなったことによって別側面の姿を手に入れた、女のリュウマであった。

 

嘗て一夜で二千万人もの人々を斬り殺したとされる伝説的知られざる殺戮者。その姿である。この姿になれば、無限にも思える魔力、大陸を一度の踏み込みでかち割るほどの筋力に膂力も無い。故にリュウマの全てを封じる封印は施されておらず、ありのままに、自由奔放に戦うことが出来る。

 

最強の力を手放すことで得る、一なる全。この姿になれば、もう止めることは不可能。日頃封印が無くて楽だからという理由で片手間に女の姿になるリュウマであるが、戦闘に於いて女の姿になることは無い。それは何故か。答えは簡単であり一つ。余りにも圧倒的に強過ぎるからである。

 

 

 

「さぁアストラデウスよ──────我の奥の手、その真髄を見せてやる。光栄に思い、平伏し感涙に噎せながら死ぬが良い」

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■…………ッ!!」

 

 

 

因縁とも言える決着は長くは続かず、直ぐに終幕を迎える。だがそこにリアの命運はどうなるのか、それは後にも先にも、誰にも解らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






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第 ৯৫ 刀  物語は終わりへ




 

 

 

それは靄を手掴むかのように漠然としていて、しかし一瞬の出来事だったが、それは突然に起きた。

 

 

 

「大丈夫か?クレア。自己修復魔法陣を刻んでおけ、アルファ」

 

『畏まりました』

 

 

 

「え…?今……」

 

 

 

アストラデウスはクレアの頭を掴んで宙吊りにしていた。女の姿となったリュウマが現れてから、アストラデウスの視線はリュウマに向いて一度も外されない。しかしその間にリュウマは立っていた筈の場所から消えており、何時の間にか血塗れでぐったりとしたクレアを横抱きにしながらリアの目の前に居た。

 

そして何と言っても、クレアを掴んでいたアストラデウスの右腕の、それも肩から先が無くなっていたのである。早業や時間跳躍何てものではない。場面から先の場面までを切り取って無理矢理繋げたかのような光景の進行に、リアは唯眼を白黒としていた。それにはアストラデウスも含まれており、今やクレアの魔法攻撃も合わさって皮膚の硬さは更に磨きが掛かっている。その筈なのに。

 

肩の断面は鮮やかで流麗だ。鋭いもので一刀両断されたのだろう。それくらいはアストラデウスとて解る。だが何時斬られたのか全く解らなかった。リュウマが男の時の最高速度ではもう今のアストラデウスを出し抜くのは不可能だ。何せ本気の戦闘でもアストラデウスを仕留めきれなかったのだから。それに対応できるレベルまで進化は遂げている。つまりそれが表すのは……男の姿の本気の最高速度以上の速度で寄って斬られた…ということだ。

 

クレアの体に幾何学模様の魔法陣が刻まれ、リアの膝に頭を置いて寝かせたリュウマはゆっくりとした動作で立ち上がり、アストラデウスへと振り返った。

 

 

 

恐怖した。

 

 

 

目の前の生物(にんげん)が何なのか、理解しがたい得体の知れない雰囲気に一瞬にして呑まれた。

 

 

 

体が震え始めた頃、アストラデウスはその場で転倒した。訳も分からないまま崩れ落ちたアストラデウスは困惑しつつ、不可思議な感覚を覚える左脚に目を向けた。当然そこに脚は無かった。

 

 

 

かたり。かたり。靴底が地面に当たる音がする。背後だ。背後に居る。目は離していない。気を抜いていない。恐怖をしようとも殺すという明確な目的は忘れない。なのに二度目を赦した。

 

 

 

立ち上がろうと残る左腕で体を支えようとして、また肩から先が無くなっている事に、今気が付く。

 

 

かたり。かたり。今度は前だ。前で己に背を向けている。背後に居たはずなのに前に居て、脚が無くて腕も無くなった。痛みが無い。いや、傷に痛みが追い付いていない。

 

 

 

「貴様では我の速度に追い付けぬ。貴様は何も知らぬまま死ぬのだ」

 

「■■■…………■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 

 

アストラデウスは訳も分からないまま、口内に集束した純黒なる魔力を解放した。そのまま進めば城が跡形も無くなる、どころの話では無い。クレアもリアも、駆け付けてきたバルガスもイングラムも、他でも無い対峙しているリュウマでさえも消し炭すら残さず消し飛ぶほどの魔力を籠めていた。そんな魔力の塊を光線という形で解き放たれ、その矛先はリュウマへ一直線に向けられていた。

 

純黒の柄に手を掛ける。引き抜き、抜刀。両手で握って正眼の構えを取った後、頭の上へ持っていって斬る動作へ。そして一振り。緩りとした動作で()()()()()()()()()()()()()()()。斬られた純黒なる魔力の光線は左右へ断たれた後、霧散するように消えた。アストラデウスは呆然となる。その一連の光景を見ていたバルガスや、ある程度回復したクレアも呆然としていた。

 

彼女(かれ)は斬ったのだ。あの無差別にして絶対の純黒を、何てこと無い一振りで。そしてアストラデウスの頭が斬り飛ばされる。

 

 

 

「無駄だ。天之熾慧國だけが我の手元にあるならばまだしも、今の我の手には黑神世斬黎が握られている。こうなってはもう──────何人も我を止めることは出来ぬ」

 

 

 

女の姿で戦闘したことは一度しかなく、その時ですら一なる魔法によってこれ以上無いほど弱体化していた。しかしそれでも全快の、それもリュウマの力をものにしていたオリヴィエすら圧倒してみせたのだ。ならばその弱体化を施していた一なる魔法が無くなればどれ程の力になるのだろうか。

 

それは速さと災能による(わざ)の極限。魔力も無ければ扱う事も出来ず、今までで出来ていた剛腕に任せた力任せの行動も出来ない。但し、女となれば其れ等が一切不要となる力を手に入れる。その一つが速さである。

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

「……………────────────。」

 

 

 

爆発的な再生力で失った四肢と頭を再生したアストラデウスは、最短最速でリュウマにその拳を突き出した。一度で爆散させるつもりで放った拳が、リュウマの顔に叩き込まれるその瞬間……世界は色を失った。

 

刹那……という言葉を知っているだろうか。何かを説明する際に、その刹那、刹那の内に、等という使い方をされるこの言葉だが、実際の刹那とはどれ程のものか解るだろうか。簡単に説明するならば、刹那とは100京分の1の事を示す。これを秒で換算するとどうなるだろうか、つまり100京分の1秒となる訳だ。だがそんなことを聞いてもよく分からないだろう。それを解りやすく言うと、リュウマ以外のものが1秒という時の流れを刻んだ時、女のリュウマはその間に317億1000万年の歳月を刻んでいるということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────────『釁郄殲刀無量斯譃域(きんげきせんとうむりょうかくいき)』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは女の姿をとった時にのみ至れる、リュウマの最高速度である。時を刹那の領域にまで圧縮する速度は、時を100京分の1にまで押し留め、他者が1秒過ごす間にリュウマには300億年以上の猶予がある。つまり、限りなく時が止まった世界を、リュウマは自由自在に動いているのだ。そしてこれは魔法でも無く、特殊な歩方と業によって生み出された自然の時の圧縮。魔法では防ぐことも出来ない。

 

そして1秒経過することによって、100京分の1の世界で更に100京分の1の世界に入り込む。つまり、1秒経つ毎にリュウマには更に追い付けなくなるということだ。

この世界では尋常ではない速度の所為で眼と脳が景色の色を識別出来ない。つまるところ世界は色を失って灰色となるのだ。そんな世界に居れば、時間の概念が狂い、常人ならば灰の世界に入り込んだ瞬間時間を取り戻した時の皺寄せが来て肉体は老け、絶命するだろう。だがリュウマに死の概念が無い。

 

灰の世界はリュウマにとって都合の良い世界であるのだ。そして敵対者であるアストラデウスは、1秒の間に300億年の時の流れを刻んでいるリュウマに追い付けるように進化を遂げなければならない。しかしそれは不可能と言えるだろう。何故ならば、アストラデウスとは“男の”リュウマ・ルイン・アルマデュラの細胞から創り出された人造神である。

 

女の体躯をしたリュウマ・ルイン・アルマデュラというのは、本来有り得ないものが黑神世斬黎からの後付によって得られた、全くの別の側面である。例えその血液からサンプルを取って同じ存在を創り出そうとも、そもそも表に出ていないのだから観測出来よう筈も無い。そして、男の体躯のリュウマと女の体躯のリュウマは同じようで違う体の構造をしているのだ。

 

よりしなやかに。より柔らかく。より負荷に耐えられるように。より繊細に。そして何よりも──────より強く。

 

女の体躯でこそ実現する灰の世界は、例え男の体躯で行おうとしても絶対に至れない。魔法のバックアップを受けてどうにかという段階だ。しかし女の体躯だと()()()使()()()()刹那の灰の世界へと入り込む。そこから黑神世斬黎の中にストックされている魔力をアルファが使用して望む魔法を使えば、速度はその数千倍にすら至ってしまう。

 

つまり──────アストラデウスはもう何が起ころうとリュウマに追い付くことは不可能である。

 

 

 

「──────■■■■……■■■■■………■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 

 

「喧しい塵芥めが。我の大切な眷族、そして我が盟友を痛め付けたその蛮行──────貴様の命で払い償え」

 

 

 

背中からありったけの純黒なる魔力を放出して推進力として使い、アストラデウスはリュウマを肉薄にした。瞼を閉じるよりも遙かに速く、そして迅く差し迫った。しかしそれでもリュウマには届かない。確りとその眼でアストラデウスの動きを追い掛け、捉えて離さない。

 

右脚を前に一歩踏み出して黑神世斬黎にその手を重ねた。そして引き抜くのかと思いきや、そこからリュウマの姿は忽然と消え、向かってきていた筈のアストラデウスの背後へと立ち、抜き身の黑神世斬黎を半ばまで納刀していた。それを気配で察知したアストラデウスは眼で確認するよりも先に、推進力として使用していた純黒なる魔力を逆方向に放出してリュウマへと迫った。

 

 

 

「──────戦女神の諸相・『嶄徽(ざんき)紅華衣(べにはなごろも)』」

 

 

 

消える前とは変わり、今のリュウマの周囲には微かな微風が靡いている。そこへアストラデウスの魔の手が伸ばされ、その四肢を引き千切らんと差し迫るも、周囲を漂う微風に触れた途端、アストラデウスの超防御力を誇る純黒の皮膚が斬り刻まれ、肘から先が消えて無くなった。

 

切断されたことでアストラデウスの人間と同じ色をした赤黒い血潮が噴き出、リュウマに掛かろうとするが、微風に当たった。そしてその存在を露わにしたのだ。リュウマに周囲を漂っていたのは単なる微風何かではない。微風に例えられたソレは、リュウマが放った斬撃が流れながら停滞しているのだ。謂わば斬撃の羽衣。触れたものを一切の容赦なく粉微塵に斬り刻む、リュウマの実の母であるマリアの業である。

 

アストラデウスの血潮で姿を現した斬撃の結界は真っ赤に染まり、直ぐに血潮は飛ばされて無色透明の微風へと戻った。しかし未だ健在。近付けば斬り刻まれる。だがそれでも、アストラデウスは変わらず突貫した。そしてもう一度同じように拳を突き込もうとし、斬撃の羽衣に触れるか触れないかという絶妙な距離で、握り込んでいた膨大な純黒なる魔力を解放して暴発させた。

 

もう既に離れた所に居るというのに、爆風に煽られるクレア達。その威力は吃驚すべき程のもの。天空大陸が砕け散らないのが唯一の救いと言えるほどの爆発が捲き起こったにも拘わらず、アストラデウスはその爆心地ど真ん中に居て平然としていた。だが肝心のリュウマが見えない。やられてしまったのだろうか。流石にあの威力は厳しかったのか。そう思った矢先である。

 

朦々と立ち上がる黒煙から、黑神世斬黎を抜いているリュウマが静かに出て来た。その装束にも肌にも一切の傷が見受けられず、微風こそ消えているものの、ダメージを受けた様子は全く無い。まるで歯噛みするように唸り声を上げるアストラデウスに、リュウマは嘲笑の笑みで嗤った。すると、アストラデウスの体はブツ切りになって崩れ落ちた。

 

 

 

「──────絶剣技・『見無しの軌跡』」

 

 

 

飛んできた斬撃をも生み出さず、静かに相手を斬るという暗殺に機能が寄った絶技。行動の動きを悟らせない事で相手の呼吸のリズムを崩す。現にアストラデウスはブツ切りにされた体を再生させていた為にどうしようもない隙が生まれてしまい、それをリュウマの目の前で行わざるを得なかった。ならばそれを突かない手はない。

 

黒煙から出て来たリュウマはまた風一つ立てること無く忽然と消え、今度は再生を終えたアストラデウスの、その懐に潜り込んで腰を落としていた。コマ送りしているように錯覚させられるリュウマの動きは、あのアストラデウスとて追い付けず、対応すら出来ていない。再生を終えて接近しようとした途端コレだ。出鼻を挫かれ、一歩踏み出した事で変に体勢が崩れ、これでもかという隙だらけの腹部がリュウマの目先にある。

 

黑神世斬黎は納刀。左脚を半歩後ろへ開いて右手をアストラデウスの腹部へ添える。左腕は脇を締めるように構えて自然体で。小さく息を吸い込んで一瞬だけ力んだ。するとリュウマの足元は粉々に砕け爆ぜ、衝撃と生まれ変わる運動エネルギーはその全てがアストラデウスへと叩き付けられた。

 

光線と間違えるほどに膨れ上がったエネルギーはアストラデウスの体を完全に消し飛ばして余りあり、地平線の彼方まで突き進んでいき、直線状にある雲は残らず消し飛ばし、更に奥に存在する宇宙に漂う隕石の原因ともなるゴミを消し、小さな惑星に円形の風穴を開けた。これまでに魔法はおろか、魔力すらも使用していない。何処までもリュウマの並々外れた身体能力と技術で成り立った末恐ろしい一連の過程である。

 

 

 

「──────絶技・『彗天(せいてん)』」

 

 

 

唯の掌底の筈が、大気圏をも貫く衝撃となるとは誰が思うだろうか。ましてや魔力のサポートすらもせずに、体運びと技術。そして申し訳程度の身体能力で行うのだ。男の体躯ではこんな事は出来ない。圏並み技術に関しては女の体躯の方が抜きん出る。

 

体を上下に分かれるように消し飛ばされたアストラデウスは、一瞬だけ浮遊した上半身で魔力の放出を行い、その姿のままリュウマへと跳躍した。しかしそれを読んでいたのか、リュウマは既に黑神世斬黎へと手を伸ばし、灰の世界へと入り込む。

限りなく停止に近い領域まで時が圧縮され、世界の時は100京分の1となる。そんな世界でリュウマは一人、悠然とした動きでアストラデウスの元へと歩いて近付き、ゆっくりと斬り刻む。そして脇を抜けて背後に立つと、圧縮された時間の流れが元に戻り、斬られた所をなぞってアストラデウスは肉塊へと変貌した。

 

 

 

ここで終わるのか。

 

 

 

与えられたとは言え、目的である抹殺対象を前にしてここで力尽きるのか。

 

 

 

()()()()()()()

 

 

 

知識が無く、言語を理解せず、しかし感情を抱いたアストラデウスは、漠然としたことを思っていた。そして、それに対して“嫌だ”と、考えた。しかしもう方法が無い。

 

魔力は大方奪い去った。前に居るのは残りカスにすら劣る魔力しか残されていない。いや、今に至っては魔力が無く、魔力の器すら無い。だというのに、この手は唯一度とて届かない。

 

魔法を使わないから魔法を摸倣出来ない。摸倣することを理解されているから、魔法陣を目にすることが無い。故に決定的な魔法を放つことが出来ない。そしてここまでで数千回は行ってきた再生がその速度を落としてきている。原因は解らない。しかし起因は解る。女の体躯となった抹殺対象だ。アレになって斬られてから可笑しくなっていた。

 

まるで、そうまるで…()()()()()斬るような、いや…()()()()()()()()ようなものを感じた。つまりは試しだ。もう敵という認識すらされなくなっていた。この体は(てい)の良い試し斬りの土台とされているのだ。

 

アストラデウスは胸の奥に痛みを感じた。何らかの攻撃かと認識したが、人はソレを悲しみという。抹殺対象を殺すことで、初めて存在が証明されるアストラデウスにとって、抹殺対象を殺すことが出来ないというのは()()()()()ということに他ならない。つまり存在をしている価値が何も無いのだ。それどころか生み出され、生まれた事すら意味が無かったと言っても良い。

 

嫌だ。そんなのは嫌だ。心に蝕み始めた負の感情。嫌だ。負けたくない。嫌だ。死にたくない。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。嫌だッ!

 

 

 

「──────■…■■……■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 

 

「……………………。」

 

『警告。アストラデウスより魔力の超効率膨張が起きています。5400億イデリア…20兆イデリア…5400兆イデリア…マスターの全魔力と同等へと膨れ上がりました。アストラデウスの体から魔力が放たれれば、地球のみならず太陽系そのものが消え去り、計算上12京光年の一帯は無の空間へとなります』

 

 

 

アストラデウスはもう我武者羅だった。一人を殺すのでは無く、一人の為に全てを消し飛ばそうとしていた。今ある奪い取った全魔力を唯吐き出すように放出する。もうそれだけを行えば全てが無と化し、全てが終わるのだ。

 

遙か上空へと浮き上がり、魔力の膨張を続けているアストラデウスから届く、超超高密度の純黒なる魔力によって地球には天変地異が起こっていた。ハリケーンは突然として起こり、地割れが発生し、巨大な津波が陸を襲う。恒星である地球は大きく震え、世界中の雲は消えた。世界の終わりが訪れようとしていると、人々は恐怖と諦めが混じった顔をし、可視化出来るようになった黒い空を見上げていた。

 

天空大陸も例に漏れず、それどころか陸地よりも比較的アストラデウスに近い場所にある天空大陸は陸地よりも大きく揺れていた。このままでは震動で砕けて墜ちるとなった時、アルファが魔力で覆って天空大陸の揺れを防いだ。静止した天空大陸の上で、リュウマはアストラデウスを見上げ……静かに黑神世斬黎の柄へと手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……ああああああああああ……っ!!ダメだ…ダメだダメだダメだダメだっ!!やめてくれ…このままじゃ…リアが……っ…リアが死んじまうっ!」

 

「クレア様。私は良いんです。このままあの子を野放しにしたら、きっと世界中の人々が殺されてしまいます。だから……」

 

「良くねェっ!!()()()()()()()()()()ッ!!何で……何でだよクソったれッ!!あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッ!!!!」

 

 

 

「バルガス…どうにか出来ないの…?」

 

「………………。」

 

「ボク…リアともう会えないのはイヤだよ…寂しいよぉ……っ」

 

「……現実を…受け入れろ。リアとの決別は…決定した。ならば…最後くらい…言葉を交わせ」

 

 

 

アストラデウスの行動で、戦いの終わりの雰囲気が醸し出され、直感した。もう戦いは終幕となることを。リュウマは次で終わらせると。理解させられた。だからクレアは叫ぶ。何も出来ない事への苛立ち。リアと決別しなければならないという遣る瀬ない気持ち。そして、離れたくないという気持ち。それらをごちゃごちゃに混ぜた感情で叫ぶ。涙を流す。そんなクレアの事を見ていた暗い表情のリアの胸に、イングラムは飛び込んだ。

 

 

 

「ヤだよリアっ!ここでお別れなんてヤだよ!もっといっぱい遊びたいよぉっ!」

 

「……ごめんなさい、イングラム。私は、ここまでなんです」

 

「…っ……う、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!ヤだよぉっ!ヤだあぁぁぁぁぁぁ…っ!!」

 

「元気でね、イングラム。あなたと遊んでるとき、私とっても楽しかった。もっと一緒に遊んであげたかったけど……いっぱい食べていっぱい大きくなってね」

 

 

 

泣き叫ぶイングラムの頭を撫でて微笑み、別れの言葉を口にする。それを聞いてイングラムは更に泣いてしまい、リアの腕の中で必死に服を掴んでいた。それをバルガスが引き剥がして受け取り、硬く大きな手でイングラムの頭を撫でて慰めていた。その顔は相も変わらず無表情であるが、イングラムに対する慈愛が見て取れる。

 

泣いているイングラムを抱いているバルガスに、リアは薄い笑みを浮かべながら頭を下げた。場の空気を読み、気を遣ってイングラムを受け取ってくれたのだ。バルガスは元から余り喋らない事もあって会話したのはそれ程多くは無いが、バルガスは沈黙しながらも大きく構えて安心感を与えてくれた。何をするでもなく、静かに見守って居てくれたのが、嬉しかった。それらの事を踏まえ、ありがとうございましたという一言に全てを載せた。

 

頷いて受け取ったバルガスに笑みを浮かべたリアは、未だ何か方法がないかを探しているクレアへと向き直り、その手を優しく握り込んだ。ハッとした表情でクレアがリアと目を合わせ、唇を噛み締めた。

 

 

 

「クレア様」

 

「やめろ。聞きたくねェ。これで終わりなンかじゃねェ。きっと他に何か…何か方法が──────」

 

「──────クレア様。私をここまで連れて来て下さり、本当にありがとうございました。私の人生の中で、クレア様と出逢えた事が何よりも幸福でした。あなたが居なければ、私は世界の広さを知らなかったでしょう。人との繋がりを感じることが出来なかったでしょう……──────人を好きになることも無かったでしょう」

 

「──────ッ!!……だ…………好きだ。リア。オレはお前が好きだ。好きになっちまったンだッ!!生まれて初めてっ…人を好きになったンだッ!!なのに……こんな…こんなのってねェよ…っ!!」

 

「…っ……ありがとう…っございますっ。嬉しいです。好きな人から好きと言ってもらえると…こんなにっ…こんなに嬉しいんですねっ」

 

 

 

リアは嬉しそうに、そして悲しそうに微笑みを浮かべながら涙を流した。耐えきれなくなったクレアは涙を流しながらリアの体を抱き締めた。強く、強く強く、己の存在を刻み付けるように力強く抱き締めた。それに答えるように、リアもクレアの背へと手を伸ばして抱き締め、互いに抱き締め合った。

 

熱い体温。鼻腔を擽る愛しい相手の匂い。どくりどくりと激しく高鳴る鼓動。抱き締めて感じる幸福感。これで終わりという絶望感。ひしめき合う幸福な感情とドロドロとした負の感情で、クレアは訳が分からなくなりそうだった。もうこのまま時が止まってしまえば良い。終わりが来なければ止まってしまえ。そう思った。しかし終わりは来る。確実に、直ぐそこまで。

 

抱き締め合ってものの数秒後、別れの時は訪れた。アストラデウスから、純黒なる魔力の滅びが放たれた。

 

 

 

「やめろ…やめてくれ……やめてくれリュウマぁぁぁぁぁぁぁぁぁ────────────ッ!!!!」

 

 

 

クレアは離れた場所に居るリュウマの背へと絶叫した。しかしもうその声は届かない。届いたとしても、止める訳にはいかない。時は永遠には止められないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………。」

 

 

 

リュウマは黑神世斬黎の柄に手を置きながら目を閉じ、精神統一させながら過去の記憶を思い出していた。

 

それは一度もマリアへ一撃を入れる事が出来なかった幼き己の頃の記憶だ。手も足も出ず、圧倒的力で捻じ伏せられ途方に暮れていた幼きリュウマに、マリアはアドバイスを授けた。

 

 

 

『いい?リュウちゃんは経験が足りないの。だからどう足掻いても私には勝てない。けど一矢報いる事が出来ないという訳では無いのよ?』

 

『それは、一体如何すれば良いのですか?』

 

『それはね──────……一なる一撃を見つけなさい』

 

『一なる一撃?』

 

『そう。絶対にこれだけは摸倣されたとしても負けない。誰にも負けない自分の最強の一撃を()()()()の。例えば私なら──────』

 

 

 

その時に見せてくれた母の一撃は、意外にも正眼の構えから放たれる振り下ろしだけだった。だがそれは余りにも完成していて、これ以上なんて存在しないだろうと、これ以上のものは存在することは無いだろうと確信させられてしまう、極みの一撃だった。力強く、しなやかで、圧倒的で、流麗で、そして何よりも美しすぎた。

 

他とはかけ離れ過ぎた美しい容姿と合わさり、熾慧國を真上から真下へと振り下ろすその姿は形容しがたい感情を抱かせ、感服させ、感動させ、羨望させ、そして何時しか幼きリュウマはその両の眼から涙を流しながら見ていた。

 

 

 

『リュウちゃんはありとあらゆる全ての技術を摸倣して、良いとこばかりを掻き集める事が出来るのだけれど、貴方の()()はその程度じゃない。もっともっと高みにある。誰も追い付けない、届かない最強の一刀を見つけられるわ。ソレを見つけ、身に付けたその時──────リュウちゃんは極致へ至るわ』

 

『……っ…解りました。生涯掛けて、ボクの最強の一撃…一刀を見つけてみせますッ!!』

 

 

 

「──────感謝します、母上。我は今、400年の時を経て…漸く極致へと至りました」

 

 

 

思い返す母親であるマリアは、記憶の向こうからですら、リュウマへ愛しい者へ向ける暖かく美しい微笑みを浮かべていた。永遠にこの人には敵わないと、心底思う。そして、目を閉じながら笑みを浮かべたリュウマは、一転して目を開けながら王としての凛とした顔を見せた。

 

右脚を前に出して左脚は後方へ、脚を開いたら腰を落として半身となり、左手は黑神世斬黎の鯉口を切って鎺を晒し、右手で柄を握り込んだ。それは正しく……居合であった。

 

初めて黑神世斬黎を使っての戦闘を行った時、リュウマは無意識の内に居合の構えを取っていたという。居合に始まり居合に終わる。リュウマの剣は完成し、極致へと至ったのだった。

 

 

 

「──────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 

 

「……参冠禁忌が一つ…絶剣技()()──────」

 

 

 

それは、“あの戦い”でオリヴィエとの最後の一騎打ちの際に放とうとして放てなかった、()()()()()()()()()()。一撃一刀に総てを置いた、一刀である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────『世斬黎・終焉純絶黑齎熄滅(アルマディク・フェリア・エンディクス)』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終わりは、とても静かだった。アストラデウスより放たれた純黒の光は消え去っており、見る影もない。そして、リュウマはアストラデウス目前にも背後にも居なかった。構えていたその場から動いておらず、居合をして黑神世斬黎を抜き放った格好でその場に居た。

 

それで本当に斬ったとでも言うつもりなのか。誰が見ても斬っていないと言える状況はしかし、アストラデウスの吐血によって覆される。

 

アストラデウスは真っ二つにその体を斬られていた。右脇腹から左肩まで、斜めに斬り裂かれていたのだ。斬撃など無かった。遠く離れた所で斬る動作をしたかと思えば斬られていて、()()()()()()

 

だが斬られただけだ。今までと同じく知覚も出来ない埒外の一撃ではあったが、致命傷にはならない。直ぐに再生して、もう一度全魔力を放ち、今度こそ総てを消し飛ばしてやる。そう思ったのも束の間。アストラデウスは斬り裂かれた体が再生しない事に気が付く。

 

一撃一刀。それは一撃で以て()()()()()一刀。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。防御をしようが遮ろうが、避けようとしようが、()()()()()()()()()()()。一切合切を無に帰し、斬る。終わりの一刀である。概念がどうとか理屈がどうとか、法則も何もかもが関係無い。斬って終わらせる業である。

 

 

 

「──────一撃一刀。貴様は既に終わった身。終焉(おわり)を甘んじて受けるが良い……と言いたいところだが」

 

 

 

黑神世斬黎を握り締めたリュウマは、その鋒をアストラデウスへ向けてニヒルに嗤い、全身を黒い靄が囲んで回り出した。そして純黒の雷が帯電して轟き、晴れると中から見慣れた男のリュウマが現れた。

 

そしてアストラデウスへ向けた鋒に、リュウマが今持っている魔力とは思えない莫大な魔力が集束していく。実は女の姿になっている間に、別側面の男の方から、黑神世斬黎を経由してアルファが絶対値が少ないながらも全魔力を貯め続けていたのだ。

 

 

 

「やはり貴様は跡形も無く消すに限る。灼き消えるが良い──────『第二の疑似的黒星太陽(リィンテブル・ヴィディシオン・フレア)』ッ!!」

 

 

 

黑神世斬黎の鋒から放たれた小さな小さな純黒の光の塊は、凄まじい速度でアストラデウスへと放たれ、そして真っ二つになったアストラデウスへと着弾し、それでもまだ突き進んでいった。捲き込まれて吹き飛ばされていくアストラデウスは、何時しか大気圏をとっくに突き抜け、太陽系からも弾かれて人間がまだ観測できていない何も無い空間へと飛んで行った。そして、純黒の光が光り輝いたと同時に、内包した魔力が大爆発を起こしてその姿を顕現した。

 

それは太陽だった。純黒なる魔力によって創り出された純黒の太陽は、本物と全く同じ大きさであり、しかし温度は太陽すらを軽く凌駕した。中心の温度が1500万℃とされている太陽を越え、アストラデウスの居る中心は摂氏1200億℃である。例えることが出来ない絶対熱量で、そんな空間に包み込まれたアストラデウスは再生する事も出来ず塵以下となって消滅したのだった。

 

 

 

「ふはッ……フハハ……フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!我の勝ちだ。己の蛮行を己が体に刻みながら煉獄へ堕ち…る……が……良………い………………」

 

 

 

膝がガクリと折れ、崩れ落ちるように倒れるリュウマ。本来リュウマは限界だった。全力の戦闘で既に体力を使い果たしていたのに、そこからまだ戦闘を続け、更には女の姿となって灰の世界に入り込む全力機動。限界を迎えていない方が可笑しいのだ。

 

後ろから倒れようとしたその時、遠くから砂煙を上げながら一条の白銀が接近していた。

 

 

 

「──────あるじっ!!(あるじ)────────ッ!!」

 

 

 

アルディスである。全身満身創痍で、傷が無いところが見当たら無いという体で、全力疾走してリュウマが倒れ伏す前にその両手で受け止めた。突っ込んできた速度とは打って変わって割れ物のように優しく受け止めたアルディスは、女の子座りをして自身の膝にリュウマの頭を置いた。そして息はあるのか鼻と口に耳を持ってきて呼吸音を聴く。

 

息をしていることを確認したアルディスは、心底ホッとした表情で豊満な胸を撫で下ろし、手の平でリュウマの頬を起こさないようにゆっくり優しく、愛しそうに撫でた。その表情はとても美しく、愛に溢れていた。

 

 

 

「お疲れ様、我が主。ゆっくり休んでくれ。……おやすみ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わりクレア達では、アストラデウスが斃された事により、リアは座っていることも出来ず、倒れ込んでしまった。それを蒼い顔をしながらクレアが受け止め、膝の上に頭を置かせてその顔を覗き込んだ。そこには先程までの人肌とは違い、死人のように青白い色をしたリアの顔があった。苦しそうにしていると見るに堪えない。クレアは眼を逸らしたくなる感情に逆らってリアの頬に手を添えた。

 

 

 

「オイっ!しっかりしろ…!!」

 

「クレ…ア様……」

 

「チクショウ…っ!本当にこれで終わりなのかよっ!リュウマ…!頼む、リアをどうにかしてくれ…っ!このままじゃリアが…!!」

 

 

 

必死になるクレアとは違い、最後の力を振り絞ったリアは小さく笑みを浮かべながら、青白い色をした手でクレアの頬を撫で、しなやかな指で涙を軽く拭った。そして……最後の言葉を口にするのだった。

 

 

 

「貴方と…出逢えて…幸せでした──────愛してます…クレア様……────────────」

 

 

 

「ぁ…ぁあぁ…オレ…オレも…好きだ……愛してる」

 

 

 

クレアの言葉が聞こえていたのか、力無く薄い笑みを浮かべたリアは、弾けるように粒子となって消えた。

 

 

消えたリアの後には、クレアが賞品として手に入れ、リアへと贈った指輪がチリンと音を鳴らしながら地面に落ちた。

 

 

指環を拾い上げたクレアは手の平に載せる。すると今までの思い出が脳内でフラッシュバックし、もう会えることはないのだと理解し、弾けた。

 

 

 

「ぁぁ…ああ………あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッ!!!!」

 

 

 

クレアは指環を強く抱き締めながら、絶叫し、泣いた。それはリュウマを背負いながらやって来たアルディスが驚き、そしてリュウマが目を覚まして暫くするまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後のことをクレアは全く覚えていない。どうやって天空大陸を後にしたのか、どうやって帰ってきたのか。それ等が全く解らないままギルド、フェアリーテイルへ帰ってきていた。

 

クレアは泣き叫んだ後、幽霊のようにゆらりと立ち上がり「暫く一人にしてくれ」と言ってリュウマ達とは外れて一人で行動していた。依頼主がいる街へは疲労からイングラムの背へと乗って帰ってきてすぐに報告は終わった。しかし唯終わるだけな訳が無い。

 

限界を越えた戦闘の後で休憩らしい休憩を取らないまま、リュウマは傷だらけのままで依頼主であるチャッチの元へと訪れ、回収した英雄の武器を手渡し、そして……シルヴィア改めリアが依頼先で亡くなった事を告げた。

 

 

 

「全責任は我にある。明らかな実力不足。そして関係の無い第三者の許可無き同行。そして死去。如何なる罰も受けよう。無論報酬は要らぬ。だがこれは我の判断によって生じた問題だ。我の仲間達は関係無い」

 

「………………………。」

 

「……シルヴィア…いや、リア。あの子はしっかりした子で、置き手紙と一緒に掛かったであろうお金を全額置いていました。手紙には自身の為すべき事を為すために旅に出る。今までありがとうございましたと書かれていました。最初から…危ないことは承知で出て行ったのです。あの子が決めた道です、私にはあなた方を責める権利はありません。ですが……っですが…!これだけは言わせていただきたい──────二度と…この街には訪れないでいただきたい」

 

「……委細承知した」

 

 

 

チャッチの邸から出るとき、人の口に戸は立たないと良く言ったものか、既に街の人々に伝わっていたらしく、街のみんなから愛され、慕われていたリアを許可無く連れ出し、仕事先で殺した人物としてリュウマに憎しみ籠もった目を向けていた。

 

中には親しかったのだろう、小さな子供がリュウマに向けて石を投げ付けた。額に石が当たり、一条の血潮を流そうと、リュウマは振り向くこと無く歩き、街を後にした。そして再びイングラムの背へと乗ってギルドへと帰ってきたのである。

 

事の顛末をマスターであるマカロフへと伝え、それを聞いていたギルドの仲間達は信じられないような目をリュウマへと向ける。あのリュウマが関係無い人間を捲き込み、挙げ句そのまま死なせてしまうなど誰が思うか。リュウマ、クレア、バルガスが揃ってのクエスト失敗。リュウマは奇異の目を向けられながらも、そのままその視線を甘んじて受けていた。

 

 

 

「……まあ、少し口頭で聞いただけじゃ、それだけで判断するのは違うじゃろ。一先ずここは家に帰ってゆっくり休めぃ。話は後日ゆっくり聴かせてくれんか。ガキ共!リュウマ達は疲れとるんじゃ!今日は騒がず家に帰してやれ!」

 

「お、おう。そりゃ分かってっけどよぉ…クレア、大丈夫か?」

 

「…………………………。」

 

「……!今ならリュウマを倒せるんじゃねーか!?オラー!リュウマ勝ぶっ!?」

 

「静かに返してやれと言ったばかりじゃろうがバカタレ」

 

 

 

口を開かないクレアに、マカロフは溜め息をついて家に帰るように出来るだけ優しく伝えた。それを聞いたのかクレアは何も言わぬまま踵を返してギルドから帰っていった。続くようにバルガスも帰っていき、イングラムはバルガスの肩からリュウマの肩へと移り、リュウマは最後にギルドから出て行った。

 

流石に疲労困憊としたリュウマ達が居るというのに帰還を祝したパーティーは行えないだろうということで、この日はお開きとなったが、この日のギルドは微妙な空気となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父さん…」

 

「……如何した?イングラム」

 

「……大丈夫?」

 

「ふふ…大丈夫だとも…我は大丈夫だ」

 

 

 

リュウマは覇気も無く、力も無く疲れ果てたように重い足取りで家へと帰っていた。そんなリュウマの事が心配であるイングラムは、心配そうな目を向けるが、ぽたりという音でハッとしたような表情をした。水滴が落ちるような音が聞こえ、それが何度も繰り返された。空耳なんかじゃなかったと思ったのも束の間、イングラムはその耳でドサリという音を聞いた。

 

嫌な予感はしていたが、リュウマの肩に乗りながら恐る恐る背後へ振り返った。

 

 

 

腕が道端に落ちていた。

 

 

 

ヒュッという音が喉から鳴った。驚いてリュウマの肩から離れて翼で空を飛び、未だに力無く歩くリュウマの全貌を見た。そこには今先程腕が落ちたことで、イングラムが乗っていた所とは逆の左肩から先が無く、千切れたところから血潮が噴き出ているリュウマの姿がそこにはあった。

 

 

 

「お父さん!お父さんっ!このままじゃ死んじゃうよ!?歩くのやめて止まって!ボクがシェリアとウェンディ呼んでくるから!だから止まってよ!!」

 

「我は……大丈夫だ……大丈夫…………」

 

「お父さん!!お父…さん……?」

 

 

 

そこで初めてイングラムは真っ正面からリュウマの事を見た。先程まで普通だったのに、今のリュウマの目は殆ど光を失った薄暗い瞳をしていた。あの綺麗な黄金の縦長に切れた瞳ではない。今にも事切れそうな死人のような瞳をしているのだ。そして、そうしている間にも、何故かリュウマの体中に擦り傷や打撲の痕。そして血潮が噴き出る程の大きな裂傷まで現れ始めたのだ。

 

このままでは出血多量で死んでしまうと、恐怖に襲われているイングラムとは別に、それでもまだリュウマは足を止めない。歩みを止めようとしない。通った所が赤黒く染まって池のようになっているにも拘わらず、リュウマは止まらない。

 

そうして、魔法で取り繕っていたダメージがフィードバックしている間も歩き続け、漸くリュウマとイングラムは家へと到着した。そしてイングラムが急いで玄関の扉を開けると、その先にはお腹を抱えるほど大きくしているオリヴィエが、微笑みを浮かべながら立っていたのだった。

 

 

 

「お帰りなさい──────貴方(あなた)

 

「ただ……い……ま………我…は……帰って…ごぼ……来た……会いだ……がっだ………げぼッ」

 

「おっと……ふふ。私も会いたかったよ。お疲れ様。ゆっくりおやすみ」

 

 

 

オリヴィエは服が血塗れになることを構わず、前のめりになって倒れ込んだリュウマを優しく抱き締めて受け止め、両の腕で慈愛をこれでもかと籠めて抱き締めた。

 

リュウマはやっと帰って来れたと呟きながら、意識を手放した。早く会いたいが一身で、死ぬ間際でも歩って帰ってきたのだ。それが解っているからこそ、オリヴィエは意識を手放したリュウマに蕩けるような笑みを浮かべながらそっと口付けをした。

 

 

 

「良し──────シェリア!ウェンディ!出番だぞ!ルーシィはお湯を入れておいた桶を持ってこい!エルザはリュウマを寝室へ!ユキノは触らないように黑神世斬黎の柄を布で包みながら服を斬っておけ!カナは念の為ポーリュシカを呼んでこい!ミラはリュウマの呼吸が止まっていないか常に確認し、止まれば心肺蘇生をしろ!イングラムは傍に居て安心させてやれ」

 

 

 

「きゃああああああああああああっ!?リュウマ大丈夫!?しっかりして!」

 

「リュウマさん!?すぐに回復を…!!」

 

「私が傷口を治してあげるから頑張ってね!?これも“愛”…とか言ってる場合じゃないよね!」

 

「しっかりするんだぞリュウマ!私が寝室に連れて行ってやるからな!」

 

「リュウマ様しっかり!服を斬りますから動かないでくださいね…!」

 

「ちょっくらポーリュシカ呼んで来るから、大丈夫だからなリュウマ!」

 

「…っ!心臓が止まった…!先ずは心臓マッサージして人工呼吸…フーッ…!フーッ…!大丈夫だからねリュウマ!私が死なせないから!」

 

「お父さん!みんなで治すから死んだらダメだからねっ!?」

 

 

 

「さて……私も行って来るか」

 

 

 

リュウマの重傷具合に吃驚し、オリヴィエから傷だらけで帰ってくるかも知れないと聞かされていたものの、度が過ぎていた為、思ったよりもわちゃわちゃとした看護が始まった。そんな中、人手が確りと足りている事を確認したオリヴィエ、音も無く玄関から外へと出て来た。

 

もう一ヶ月したら産まれるとは思えない程の身のこなしで出て来たオリヴィエは、リュウマが流してきた大量の血潮を目印に辿っていき、落ちている腕を回収した。そして、そのまま家に帰るのかと思ったが、オリヴィエは家とは違って森の入り口へと向かっていった。森の中に入り少しすると、オリヴィエは紅色の真っ赤な瞳を細めて暗闇が広がる森の奥を見た。

 

 

 

「成る程な。貴公が私の愛しい夫をあそこまで追い詰めた塵芥か」

 

 

 

 

 

「──────■…■……■■………■■……■……■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

 

 

 

 

何とそこには、斃した筈のアストラデウスが居たのだ。しかし現したその姿は醜いものだった。リュウマの一撃一刀の傷はやはり再生しないのか真っ二つになったまま、そこを補うようにボコボコとした気色の悪い粘液で覆って無理矢理繋ぎ、全身は焼け焦げて大部分は皮膚の下の筋肉が露出しており、繊維が引き千切れて外に飛び出ている。

 

内臓も溺れ落ち、ばちゃばちゃと音を立てながら地面を汚していく。しかしそれでも再生しようとしているのか、落ちては腹の中に収まり、一撃一刀の所為で治らない傷口からまた溢れ落ちる。身の毛もよだつ醜悪な姿だった。だが完全には死んでいないからか、リュウマから奪い取った魔力は健在で、オリヴィエに牙を向かんと、足元を純黒に染め上げた。

 

しかし、そのまま侵蝕されるかと思ったが、オリヴィエには通じず弾かれた。ばきりと音を立てながら純黒なる魔力が正面から砕かれ、代わりに純白なる魔力がアストラデウスの足元ないしは脚を純白に染め上げて侵蝕した。

 

 

 

「その魔力は私の愛しい愛しい夫のものだ──────我が物顔で使うな。糞にも劣る醜悪な塵芥風情が。()()はこの私が残らず消してやる」

 

「──────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 

 

オリヴィエは泣いている子供も黙り込む程恐ろしい凄絶な表情をし、アストラデウスを真っ向から睨み付ける。それに反応するようにアストラデウスはオリヴィエへ突貫しようとした。しかしそれよりも速く、アストラデウスの純白に侵蝕されている脚から純白の炎が燃え上がって全身を包み込み、純黒なる魔力ごと灼き始めた。

 

 

 

「我が純白なる魔力の(かいな)に抱かれて灼け朽ちろ──────『抱き沈める焔の腕(マザーラルフ・エンバッハ)』」」

 

 

 

「──────■……■…■……■……──────」

 

 

 

純白の炎に包み込まれたアストラデウスは、絶叫を上げることも出来ず、そのまま純白の炎によって完全に葬り去られてしまった。その後には塵すらも残らぬ完全消滅。奪われたリュウマの魔力が浮遊して漂っているのを、オリヴィエが回収し、振り向き様に冷徹な目でアストラデウスが燃え尽きた場所を見遣った。

 

 

 

「ふんッ。神の血を混ぜられている時点で、貴様は滅神王(わたし)には勝てん。精々悔いながら煉獄へ堕ちろ」

 

 

 

滅神王オリヴィエ・ルイン・アルマデュラ。最強の神殺しである彼女の前に神は何人たりとも立つことは出来ない。それはリュウマを死の淵まで追い遣ったアストラデウスとて…例外では無い。

 

 

 

「あっ…また腹を蹴られた…ふふっ。元気な子が産まれるぞ。私とリュウマの愛の結晶♡」

 

 

 

オリヴィエは愛おしそうに大きな腹を撫でながら、とてもあのアストラデウスを一撃で葬り去った後とは思えない軽い足取りで、リュウマと同じ妻達の居る我が家へと帰って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






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第 ৯৬ 刀  これは愛の物語






 

 

 

リュウマ達が100年クエストから帰ってきて、今日で6日目に突入した。その間リュウマは一度もギルドに帰ってきていない。如何したのかと心配になる仲間達だが、実は敵からやられたダメージが治らず、魔法でその場凌ぎの修復をしていただけで、家に帰ってくる時には全ダメージがぶり返して倒れたという事を、ギルドにやって来たルーシィから聞いた。

 

容態はポーリュシカとシェリアとウェンディのお陰で安定したものの、未だに意識が戻らず、常に誰かが付き添って看病しているのだそうだ。“あの戦い”以上の肉体の酷使により、体内に蓄積された疲労が抜けないということで、ポーリュシカもリュウマの家に泊まり込みで診てくれていると。ならみんなでお見舞いに行こうという話になったが、ルーシィはそれを丁重に断った。

 

 

 

「何でだよ?」

 

「リュウマが心配なんだよ!な?少しだけならいいだろ?」

 

「顔見たらすぐに帰っからさ!」

 

「ごめんなさい。今は安定したけど、結局危険な状態なのは変わらないの。若しかしたらっていう可能性もあるから、お見舞いとかはもっと後にしなってポーリュシカさんに言われてるんだ」

 

「ちぇー」

 

「行きたかったのになー」

 

「なー」

 

 

 

申し訳なさそうに謝るルーシィに、ギルドの面々はつまらなそうにしている。それも仕方ないのだろう。あのリュウマが仕事先で死にかけてきたのだから。真の強さというものを目の当たりにしたからこそ、本当にそんな存在がオリヴィエ達を除いて存在するのだろうかという半信半疑でありながら、心配でもあるのだ。

 

勿論今もお見舞いに行きたいが、フェアリーテイルの顧問薬剤師であるポーリュシカが来るなというならば、行ったところで邪魔にしかならないだろう自分達が行っても無駄だろうと感じていた。

 

 

 

「ほらみんな!ルーちゃんだってリュウマの看病で忙しいのに、態々ギルドに来て状況を教えてくれたんだから困らせちゃダメだよ!」

 

「レビィの言うとおりだ!」

 

「お前ら大人しく待ってろよ!」

 

「ジェットとドロイだって、さっき行こうかなっつってたじゃん」

 

「手の平返しが清々しいな」

 

 

 

しっかり者のレビィに同調するようにジェットとドロイが叫ぶが、一応この二人は先程リュウマのお見舞いに行く気満々であったし、行けないと聞くと文句を垂れていた。レビィが言ったから手の平を返しただけである。これでも二人はレビィの事を諦めている。だが見守らないとは言っていない。そう、同じチームとして!(重要)

 

これでリュウマの事は一先ず置くことになった。しかし問題はもう一つある。それはクレアの事だ。3日経ってもギルドに顔を出さず、そろそろ誰か安否を確認してきた方が良いのではないかと、リュウマの例があるので声が上がったが、4日目にしてようやっとギルドに顔を出したのである。だが件のクレアと言えば、覇気も無く元気も無い。何をするでもなく空いたテーブルに着いて頬杖を突いてボーッとしているだけ。

 

何となく声が掛けづらく、何と言えば良いのか解らず手をこまねいているのだ。何でクレアがこんな状態に陥っているのかは大まかだがバルガスから聞いた。確かに好きになった女の子が目の前で、しかも自身には何も出来ずに死んでしまったら抜け殻のようになってしまうだろう。だからどうにか元気付けてやりたいのだが、これが上手くいかない。おいそれとは気にすんなとは言えない。適当な慰めの言葉など、頭の良いクレアならば瞬時に見抜くだろう。あのマカロフですらどうしようか悩んでいるのだから。

 

 

 

「なぁ……クレア?」

 

「……あ?」

 

「あのよ……」

 

「慰めの言葉なンざ要らねェ。ほっとけ」

 

「……すまん」

 

 

 

勇気を持って話し掛けてもこの様である。クレアに関しては、もう放っておくしかないのではないかとなっている。下手に刺激しても痛い目を見るのは自分だと、何処か自身の保険に走ってしまっているが、それもまた仕方ないのだろう。

 

感情に任せて暴れ回る何てことは、理性的であるクレアには有り得ないと思うが、万が一ということもある。そうなれば攻撃範囲の広いクレアの風魔法の餌食となる。強さから逃げようとして逃げられる訳も無く、十中八九捲き込まれる。だからだろう、触らぬ神に祟り無しというスタンスを取っているのは。

 

ハァ…と、深く溜め息を吐き、テーブルに前のめりで倒れ込んで水の入ったコップの淵を指でなぞっているクレア。絶世の美少女に間違える美貌のお陰で大変画になるが、話し掛ける相手などこの場には居ない。しかしそんな彼の事を、バルガスは静かに見ていた。

 

 

 

「……クレア」

 

「……あ?」

 

「……少し、いいか」

 

「……おー」

 

 

 

図体で言えばエルフマンやラクサスが大きいと声が上がるも、それすらも軽く凌駕して筋骨隆々にして二メートルを軽く越える巨大な体は、人混みの中に居ても目立つ。そんな巨漢であるバルガスがクレアの元に行き、声を掛けた。この6日間特に話している場面を見掛けておらず、この光景を見てそういえばと感じている間にも、バルガスに連れられてクレアはギルドから出て行った。

 

まだ知り合って1年しか経っていないギルドのメンバーではクレアを動かすことは出来ない、まだ慣れていないからだ。しかし長年親友であるバルガス達の言葉ならば素直に耳を傾ける。その証拠にあれ程塩対応だったクレアが特に理由も聞かず、素直に付いていったのである。これで少しはクレアの塩加減が軽減されればと思う面々だが、恋人が結構喧嘩っ早いことで、有名なレビィは、少し心配そうにバルガスとクレアが出て行った扉を見ているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ンで、何のようだよ」

 

「…………………。」

 

「はぁ……」

 

 

 

連れ出されたクレアと言えば、バルガスの後を付いていっているものの、一向に目的地らしき場所に到着せず、かれこれ30分は歩き続けている。何がしたいんだと思いつつも更に30分後。計1時間もの間無言で話し掛けられもせず、無言で歩き続けている。それには流石のクレアも苛立ちが見え始め、いよいよ怒鳴り散らそうとしたその時、ここに来てようやくバルガスの足が止まった。

 

マグノリアから1時間も歩けば森の結構深いところまで来ることが出来る。此処は昔ナツがギルダーツと喧嘩(一方的)する時等によく訪れた場所よりも更に奥。森に生息する森バルカンが現れる程深い森の中である。そこで漸くバルガスが足を止めた。こんな所に何の用があるってんだ…と、クレアが溜め息を吐きながら背中を向けているバルガスに声を掛けた。

 

 

 

「オイ。いい加減に何のよ──────がッ!?」

 

「……………………。」

 

 

 

背中を見せていたバルガスに声を掛けたと思ったら、赫雷を纏って雷速以上の速度でクレアに詰め寄ったバルガスから、脳が揺すられる程の拳を左頬に受けた。体格と腕力に歴然とした差があるクレアは、バルガスの拳を受けて後方へと吹き飛び、生えていた太い木に背中から叩き付けられた。

 

苦しそうに嘔吐き、口内でも切ったのだろう、口の端から流れる血潮を乱雑に袖で拭って鋭い眼で殴り掛かってきたバルガスを睨み付けた。突然殴られた事にも、何がしたいのかも全く不明な事に更に苛立ち、感情の揺さ振りによって蒼いクレアの膨大な魔力が足元から湧き上がって体を包み込み、台風のように螺旋に廻る。

 

 

 

「…っ……ぺッ。何のつもりだァ?バルガス。1時間もオレを歩かせた挙げ句、何も言わねェと思えば殴り腐りやがってよォ…ッ!!このオレが納得出来る理由があっての行動だろォなテメェッ!!」

 

「──────見ていられん」

 

「あ゙ぁ゙…ッ!?」

 

「……今の…お前は…余りにも度が…過ぎている。見るに…絶えん」

 

「何ッの度が過ぎてンだァ?テメェは少しは要領の良い喋り方出来ねェのかよボケが」

 

「……お前は…一度も…──────リュウマに対して謝罪をしていない」

 

「──────ッ!!」

 

 

 

激昂していたクレアは、バルガスから放たれた言葉に勢いを無くす。肩が跳ね、気まずげに視線を逸らすクレアに対し、バルガスが何処までも無表情でありながら非難するような目を向けていた。数秒ほど沈黙した空間が広がっていたが、何時までも黙っていると埒が明かないからと、再びバルガスが口を開いた。

 

 

 

「……リュウマは…最初から…リアに一定の不信感が有ることを…見抜いていた。それは…余にも感じ取れた。無論…リュウマが不信感を募らせている事にも…気が付いた。だが…クレア…お前はリアに感けて気が付いておらず…それどころか…クエストにすら同行させた。天空大陸から出た後は…最も酷さが滲んでいた。事の説明もせぬまま…疲労困憊としたリュウマに…休ませるまでも無く…直ぐさま説明をさせ…リュウマは街の者に石を投げ付けられていた。これでは…余りに…リュウマが惨めだ」

 

「……自分のことを棚に上げてンじゃねェ。だったらテメェが言いやァ良かっただろうが。結局テメェも傍観してただけだろォがよッ!」

 

「……余は…リュウマに言った…『背負い込むな』…と。それに対して…リュウマは…チームのリーダーは我であり…()()()()()()片付けるだけだと言って拒否した」

 

「──────……ッ!!」

 

「……余は…リュウマから…何も言うなと…口止めをされていた…だが…これだけは…言わせて貰おう。リュウマは…お前の為に…何もかもを受け止め…己一人で処理し…危篤となった」

 

「………………………。」

 

 

 

子供に言い聞かせるように話すバルガスとは対象的に、クレアは握られた拳から血潮が滴るほど強く握り込み、唇を噛み締めていた。バルガスが言っていたことは何もかもが事実。不始末を云々という言葉は、よもや100年クエストがこれ程の大事となるとは考えも付かなかった為に起きた偶然の産物だ。しかし狂おしい程に噛み合ってしまった言葉は、リュウマを縛り付けるには余りに有効打過ぎた。

 

これがクレアではなく、それ程親交も無い者が相手だったら完全に無視していただろう。だが残念なことに発現したのは盟友のクレアだ。となればリュウマの心に付け入り、雁字搦めにして制限を付けてしまうのも必然だったのだろう。悪気は無かった。それは偶然が成立してしまったから使う言葉だ。

悪気は無くとも実害は発生してしまった。ならばそれに対する何かしらの謝罪が有っても良いのではないか。バルガスはそう言いたかった。けれど、それだけではない。

 

 

 

「……つまり、テメェは──────リアと出逢わなきゃ良かった。そう集約してェって事なンだなァ?」

 

「──────然り(そうだ)

 

 

 

暴風が捲き起こる。周囲に生えていた大木は軒並み根元からへし折られ、茂っていた葉は残らず暴風の風に乗って丸裸とされてしまった。蒼い魔力が吹き荒れ、森に生息していた動物は身の毛も弥立つ膨大な魔力に恐れ慄き、逃げ惑う。何時しか周囲にはクレアとバルガス以外の生物は一切消え去る。

 

爆発的な上昇が見られる魔力は、その火力を恐るべき速度で上げていき、天変地異を引き起こす。竜巻は捲き起こり雷雲が発生。大地は揺れ地震のような揺れを起こし、その場のエーテルナノ領域を侵蝕する。そんな異常地帯の中心であり、発生源でもあるクレアは、その美しい尊顔を般若もとやかく言う程の恐ろしい表情でバルガスの事を睨み付けていた。

 

バルガスは天変地異を発生させる程の魔力の渦中に居るにも拘わらず平然とし、まるでこうなることを見越していたかのように、その手にはシンプルな形をした鎚を持っていた。

 

 

 

「──────言いやがったな。今のオレの禁忌(タブー)を犯して言いやがったなバルガスよォッ!!確かにオレはリュウマを追い詰めた張本人かも知れねェ。オレが無理矢理説得してリアを連れて行かなきゃこれ程大事にならなかったかも知れねェ。オレがもっと確りしてればリュウマは大怪我負って倒れなかったかも知れねェ……だけどな、だからと言って愛した女との出逢いを否定されて、黙っていられる程オレは利口じゃねェンだよッ!!」

 

「……来い。余が相手をしてやる。そして…明日にはリュウマの元へ行け。それすらも出来ない…と言うならば…お前にリュウマの盟友である…資格は…無い」

 

 

 

懐から蒼い繊細な装飾を施された扇子を取り出し、虚空に巨大な立体魔法陣を描き始めたクレアを見ながら、無表情のままで内心ほくそ笑んだ。彼は最初からこれが狙いだった。クレアは無気力に苛まれた事で意気銷沈していた訳では無い。凝り固まった感情を発散仕切れていないだけだ。だからこそバルガスは態とクレアが怒りの矛先を向けるような言葉を選んだ。

 

今のクレアならば冷静な判断は出来ない。普段の粗暴な言動とは裏腹の冷静な判断を下す事が出来るのだが、リアが目の前で死んでしまってからは、まるで抜け殻のようで、中に得体の知れない負の感情を貯め込んでいるのだ。そうなれば普段の冷静な判断を行える訳が無い。ならばと、バルガスはガス抜きとしてクレアを煽り、今の現状を仕立て上げた。

 

クレアの構築した魔法陣から業物の刃物よりも鋭い風の刃が、一挙に数千枚放たれ、それを己の肉体のみで受けきりながら、バルガスはクレアが満足するまで攻撃を受け続けるのだった。それは天変地異を引き起こす異常なエーテルナノの上昇で急いでやって来たマカロフが止めるまで、数時間…戦闘は続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クレアとバルガスが喧嘩のような戦いが終わって明くる日。リュウマが倒れてから7日目の事。この日はムスッとしたクレアがギルドに見られた。マカロフが急いで来て止めに来て、反省として帰宅を言い渡された後、家に帰ってバルガスの思惑に気が付いた。何と言っても心がけ幾分か軽くなったのだ。スッキリしたと言っても良い。流石にリアの事を頭から追い出すことは出来ない。だが、クレアは少しずつながら前を向き始めるのだった。

 

雰囲気が変わり、取っ付きやすくなったのが感じられるのだろう。ギルドの仲間達はクレアに少しずつ近付きながら恐る恐ると話し掛け、クレアはぶっきらぼうながらも確りとした受け答えをした。それでもうクレアは大丈夫なんだと認識した仲間達は、安堵した表情を浮かべるのだった。

 

だが、困ったことにこれで総て解決…とはいかないのだ。何せリュウマがまだ回復しておらず、あのリュウマが、ルーシィの話だと未だに目を覚まさないのだとか。

基本、リュウマは傷を負わない。それは一概に強すぎるという話で終わってしまうのだが、その他にも体が頑丈であるということも言える。例え相手が聖十大魔導士でも、相当な威力と魔力が籠められた攻撃で無ければ、リュウマの体には傷を付けることなど出来ない。そんな彼をこれ程重傷に追い込む相手。仲間達は想像するだけでもゾッとした。

 

フェアリーテイル最強の男の不在により、クレアの案件が片付いたと言っても未だ空気が思いギルド内に、光が見えた。ギルドの入口が静かに開き、今日はまだ来ていないウェンディが入ってきたのだ。仲間からされる挨拶を笑顔で返すウェンディは、嬉しそうな表情を隠すこと無く、一階の中央、それも二階からも見える一で止まった。そして、皆が求めていた事を宣言するのだった。

 

 

 

「皆さんおはようございます!そして、リュウマさんが治りましたよ!」

 

 

 

「おはようウェン……え!?リュウマ治ったの!?」

 

「起きる通り越して治ったんかい!!」

 

「大怪我だよな?一週間寝て自然に治すって……」

 

「ま、流石はリュウマだよな!!」

 

「うおっしゃーー!!景気づけに勝負だリュウマーーー!!」

 

「リュウマ病み上がりなんだけど!?」

 

 

 

ウェンディはリュウマが治ったという言葉を聞いて普段よりも騒がしくなるギルドメンバー達を見て更に嬉しそうな表情を作る。そしてウェンディがギルドの入口の扉の方を指差して促すと、それと同時に扉が開き、リュウマが右手でお腹が大きいオリヴィエと手を繋ぎ、左腕はエルザと腕を組んでいた。仲睦まじく見えるそれは、実のところ支えて貰っているのである。治ってはいても、少し気怠さが残るため、こうしてやってきたのである。

 

オリヴィエは今月に子供が産まれる様態なのでリュウマが拒否したのだが、絶対に譲らず、そして繋がないならばギルドに行かせないと脅すので、歩く速度を出来るだけゆっくりとさせながらのんびりとギルドへやって来た。エルザも妊娠中ではあるが、まだお腹も大きくなる前だということと、オリヴィエを除いて一番力が有るということで採用された。

 

リュウマ達3人が入ってくると、後ろに控えて居たのだろう、ミラ、カナ、シェリア、カグラ、ルーシィ、ユキノが続々と入ってきた。一塊で入ってくるのは美男美女なので画にもなる。そして久しぶりに感じるリュウマの元気そうな姿に、ギルドメンバーは頬を緩めるのだった。

 

 

 

「──────心配を掛けたな。しかし…我はこうして治った。もう心配する必要は無い。そして遅れたが……ただいま」

 

 

 

「おかえり────────────ッ!!」

 

「心配させやがってばかやろぉ──────っ!!」

 

「酒飲むぞ酒!!リュウマの復帰祝いだ!」

 

「おっせぇぞ──────っ!!」

 

 

 

口々に騒ぎ立てる面々にリュウマも自然と笑みを浮かべる。そしてリュウマの視線はマカロフの方へ向き、件のマカロフと言えば、顰めっ面からニッコリとした温かい笑みを浮かべながらオッケーサインをした。心配をしていたが信じていたという意味である。それを正確に読み取ったリュウマはマカロフに微笑むのだった。

 

各々酒をたんまりと用意し、開けて滝に打たれるが如く飲み始めて更に騒がしさに滑車が掛かっている状況下で、クレアがおもむろに座っていた椅子から腰を上げた。そしてリュウマの前までやって来ると気まずそうに目線を下げた。

 

 

 

「……リュウマ、オレが──────」

 

「──────クレア」

 

「……っ!」

 

「──────お前に我からプレゼントがあるのだ」

 

「…………………は?」

 

 

 

下手に回りくどいことは言わず、直ぐに謝ろうと思っていたクレアの言葉は遮られ、緊張で肩をピクリとさせたクレアとは別に、リュウマは笑みを浮かべながらクレアにプレゼントがあると言い始めた。人が謝ろうとしているのにコイツは…と思いながらも、今回の非礼が頭を掠めていくため溜め息を吐きつつも、リュウマのプレゼントとやらも受け取る姿勢を取る。

 

ジト目を向けてくるクレアの顔を少し見つめ、最後にクスクスと笑いながら、リュウマは背中に携えている翼をバサバサとさせながら……プレゼントを渡す。それは…クレアが()()欲しているものであった。

 

 

 

「さぁ、受け取るが良い」

 

 

 

「──────クレア様」

 

 

 

 

「────────────は?」

 

 

 

 

クレアは固まった。

 

リュウマがバサバサとさせていた翼をたたみ、横にずれると後ろに控えて居たリュウマの妻達であるユキノ達も、作っていた輪を解くように下がった。そしてその中央には……リアが居たのだ。

 

呆然としたクレアと、嬉しそうに…はにかみながら綺麗な笑みを浮かべるリア。そんな2人の空気に当てられてか、先程までバカ騒ぎをしていたギルドメンバー達は一気にその騒がしさを潜め、事の成り行きを静謐に見守っていた。

 

 

 

「リア………リアなのか?──────本当に…リアなのかっ?」

 

「……はい。私はあなたを…クレア様を愛したリアですっ」

 

「あ…ぁあ……リア…っ……リアッ!!!!」

 

「…っ……クレア様っ!!!!」

 

 

 

涙を流しながらその場から駆け出して熱い抱擁を交わす2人。互いの存在を確かめ合うようにキツく抱き締め合う2人に、ギルド内で拍手が捲き起こった。

 

死んだと思っていた。いや、実際に死んでしまったリアに、クレアは心に穴が空いた気分だった。もう会うことも、声を聞くことも出来ないと思っていた存在が、今…腕の中に居る。それを自覚した途端、クレアは流していた涙が尚のこと勢いを増し、顔がくしゃりと歪んだこと自覚した。しかし止めることは出来ない。止めようとも思わない。今はただ……リアの温もりを受け止めていたい。それだけだった。

 

そんな2人の光景を見つめるのは、こんな幸せ…ハッピーエンドを生み出したリュウマである。彼がこの光景を作り出したのだ。笑みを浮かべ、盟友の幸せを心から願っていた。だからか、リアが死に…クレアが泣き叫ぶ所を見ていたく無かった。

 

 

 

 

 

大切な人が死ぬ心の痛みは──────知っているから。

 

 

 

 

 

「クスクス……如何したクレア?そんなに我からのプレゼントは気に入っ…!」

 

 

 

「ありがとう…ありがとうリュウマッ……そんでごめん…っ!ごめんなリュウマぁ……っ!オレ…オレ……ッ……テメェの事しか考えてなかった…っ!オレがお前を追い詰めてたのに…何食わぬ顔していやがったッ!!それなのに大したことも出来なかったッ!!だからごめん……そして………ありがとう」

 

 

 

「……あぁ。お前が幸せそうで何よりだ」

 

 

 

笑っているリュウマに、クレアは勢い良く抱き付いた。そして感じている感謝の気持ちと罪悪感を擦り込むが如く強く抱き締めた。リュウマは抱き締められながら、抱き締めてくる腕が震えているのは解っていた。解っていたからこそ、大丈夫だと言い聞かせるように、優しく抱き締め返すのだった。

 

クレアがリュウマに抱き付き、それに倣うようにリアまでもリュウマに抱き付いた。二人して泣き叫びながら恩人であるリュウマに抱き付いている様はある意味異様だ。しかし微笑ましいものだ。リアが抱き付いたところでオリヴィエの赤い眼が妖しく光り、朱くなったこと以外は(目逸らし)。

 

暫くして我に返ったクレアとリアはリュウマから離れ、赤くなった目をそのままに、ふと思い出したことを問うてみる事にした。それはごく自然に思えて、実は実に不可解なことだった。

 

 

 

「そういや、リュウマ。お前あの化け物を()()()()()()()って言ってたよな?どうやって名前知ったンだ?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と口にしていないンだぞ」

 

「クレア様の記憶を見た…とかですか?」

 

「その話か。我はどうやってリアを生き返らせたのかを先に聞かれるのかと思ったが…まあ良いか。……実は──────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7日前。リュウマがまだアストラデウスと戦闘を繰り広げている、それも全力を出す前の戦闘の時の話だ。リュウマは一度アストラデウスからの攻撃を受けて天空大陸に聳え立つ、城に連なった塔に激突した。その時、リュウマは目にしたのだ。

 

 

 

「……~~~~~ッ!!腰から行った…ッ!!あの塵芥風情め……ッ!!──────何だ?……『リュウマ・ルイン・アルマデュラ抹殺計画』?」

 

 

 

中は研究所らしき造りとなっていて、リュウマが壁を突き破って入ってきた事により、保管されていたであろう紙の山が舞い散っていた。そして起き上がろうとした時に頭に被さるように落ちてきた紙を何となく目を通したのが、リュウマの抹殺計画を謳っているものであったのだ。何故名指しで抹殺計画なるものが練られているのか疑問を持った彼は、一先ず速読で目を通していく。そして目を細めた。そこには成長余地の有る子供の遺体を使った人体実験のデータが載っていたのだ。

 

何百回も行ってきた実験の失敗に、それに伴う改善策を記したデータ内容。刻まれた魔法陣の改良策や、注意事項など、大凡実験に関係している紙が此処には揃っていた。

この紙の山は総てがコピーである。本来国の地下に設置された研究所で事を進めていたが、いざという時の為にコピーした用紙や研究施設の設備の幾つかをこの塔に移動させていたのだ。

 

400年前の天空大陸。子供の遺体を使った人体実験。あの化け物と魔法によって繋がっているシルヴィア改めリア。リュウマの抹殺計画。実験施設。そして、彼の純黒を奪う化け物…アストラデウス。リュウマの優秀な頭脳は瞬時にリアと化け物であるアストラデウス、そして自身の因果関係を構築した。そして線で結び、この一連の全てに自身の不始末が原因であると結論付けた。

 

リアとクレアの仲は良好だ。このまま行けば交際だって視野に入る。掛け替えのない盟友を一月しか関係していない小娘にやるのは実に、実に遺憾であり癪に障る思いであるが、盟友の悲しみに暮れる顔は見たくない。大切な人を亡くした痛すぎる痛みは知っている。だからもう味わって欲しくない。故にリュウマは、リアとアストラデウスの生体リンクを解く方法を模索することにした。その為には、アストラデウスを創造した実験データを頭の中に全て入れる必要がある。しかしアストラデウスは待ってはくれない。

 

そこでリュウマは、眷族であり、眷族の中でも圧倒的力を持つ『神斬り殺す銀の神狼(アルゲンデュオス・インテルヴォルス) アルディス』のアルディスを召喚し、時間稼ぎを頼んだのだ。そしてアルディスが奮闘するもアストラデウスに敗れ、戦闘不能となったと同時にリュウマは実験データを全て頭に入れ、リアとアストラデウスを分断する方法を導き出した。これが、リュウマがアストラデウスとリアの全てを知った時の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我とてリアとアストラデウスの生体リンク魔法を断ち切る方法は幾つも考えたが、結局我の純黒の魔力が阻んで実行不可能となった。故に考えをシンプルなものに移行させた。戦闘中にはどう足掻いても同時進行は不可能。ならばアストラデウスとリアを一度殺し、魂を固定化させてこの世界に留めさせ、後に弄れば良いと」

 

「じゃあ…この7日間寝たきりだったつうのは……」

 

「いや、それに関しては本当に寝込んでいた。起きたのは昨日の昼過ぎだ」

 

「マジで重傷かよッ!!」

 

「起きて直ぐに人知れず回収しておいたリアの魂を創造で創り出した肉体に入れて蘇らせようとしたのだが、共にアストラデウスまで蘇ってな…一瞬死ぬかと思った」

 

「………はッ!?」

 

「そこで私が、アストラデウスのリュウマと神の細胞を混濁させた事を逆手に取り、私の神殺しの力でもう一度殺したということだ」

 

「我では手に余る故に蘇らせるのは我が行い、失敗してアストラデウスがまでもが蘇ってしまった場合にオリヴィエに消して貰っていた。その繰り返しで四時間、遂にリアとアストラデウスの分離を果たし、そしてリアの完全なる蘇生に成功した…という訳だ」

 

「そうか……そうだったンだな……本当にありがとうよ、リュウマ」

 

「うむ。どう致しまして、だな」

 

 

 

クレアは無事にリュウマに対して謝罪もお礼も言う事が出来た。心の痼りが取れて漸く何時ものリュウマ達の親しんだ雰囲気が戻ってきた。そしてリュウマはクレアに意味深な笑みを浮かべ、後ろへ3歩下がった。そんなリュウマの意味深な笑みが語っている事を理解したクレアは少し瞠目するが、心得たとばかりに頷いた。

 

目の端に溜まった涙を指で拭っている生き返ったリア。そんなリアの前までゆっくりと歩みを進めるクレア。何かを察知したのか、リアは涙を拭うのをやめて佇まいを直してクレアと向き合った。一方のクレアはリアの目前まで来ると、着物の懐から高級だと一目で分かる箱を取り出した。そして蓋を開けるとそこには、リアとクレアの想い出の品である、あの指環が入っていた。

 

驚きを露わにするリアは口を手で覆ってまた涙ぐむ。クレアは箱の中に入っている2つの内1つを手に取って、自身の左手の薬指に見せ付けるように嵌め込んだ。そして相方のもう一つを手に取ると箱をしまい込み、その場で片膝を付いた。

 

 

 

「回りくどいことは言わねェ。リア、オレと結婚してくれ。オレの傍に居てくれ。オレはお前じゃねェとダメだ」

 

「…っ………ッ…はぃ……はいっ……末永く…よろしく…お願いしますっ」

 

 

 

「ブフォッ!?」

 

「げほッ…げほッ…!?やっべ驚いて酒が鼻に入った!?」

 

「キャ────────────っ!!♡」

 

「プロポーズ!?ギルドのド真ん中でプロポーズ!?」

 

「チキショー!!クレアも嫁さんもどっちも美人かよー!!」

 

「末永く幸せに爆発しろぉ!!」

 

「そして──────」

 

 

 

「「「おめでとうクレア──────ッ!!」」」

 

 

 

「ったく、相変わらずうるせー奴等だ。ま、よろしくな…リア・ツイン・ユースティア?」

 

「…っはい!ぁ……クレア様待って下さいっ…ここでは…っんぅ」

 

 

 

ギルドの何処からでも見えるド真ん中で、クレアとリアは口吻を交わす。絶対にもう会えないと思っていた相手との再会、そして愛している相手からのプロポーズ。そして最後に温かなキス。リアは恥ずかしさでどうにかなってしまいそうであったが、それ以上に心が満たされ、幸せであった。

 

これは数奇な運命を辿り、己の掛け替えのない伴侶を得る物語。殲滅王と恐れられ、畏怖された伝説の王の盟友、轟嵐王と謳われた人物の、お嫁さんを手にするまでの恋と愛のお話しである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言い忘れたが、クレアを泣かせたら生皮剥いで殺す故…肝に銘じておくが良い、リア」

 

「お前はオレの父親か何かかッ!!」

 

「私が絶対にクレア様を幸せにしますっ」

 

「オレが幸せにされるの!?」

 

「孕んだら教えるんだぞ、先輩として妊婦としての心得を教えてやる」

 

「オレは男だっつってんだろ!何万回言わせんだこの阿呆女!!」

 

「………………………………。」

 

「テメェはテメェで何か言えやァ──────ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おしまい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






オリジナルアフターストーリーを読んで頂き、本当にありがとう御座いました。

かれこれ長いお付き合いになったと思います。途中で話の面白さに欠け、見なくなってしまった方も居るだろう中で、こうして百話を越えても尚ずっと読んでくれたり、毎日欠かさず読んでいますと言って下さる方々の言葉もあり、ここまでこうして完走出来ました。

本当にありがとう御座いました。私は感激です。

これにてこの小説は完成となりますが、若しかしたら幾つか気分が興じて書くことも有るかも知れません。その時は是非読んで下さい。何度も言いますが、本当にありがとう御座いました。



では、また何処かでお会いしましょう




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番外編
第 ██ 刀  〜IF〜有り得たやも知れぬ御伽噺







 

 

生物としての性能を限界以上に渡って発揮し、種の絶対数こそ少ないものの、こと戦いとなればこれ以上無き頼もしさ、又は厄介さを内包する生ける生物兵器、翼人一族。

 

年端もいかぬ少女ですら、成人した男よりも遙かに凌駕する腕力を持ち、翼人一族に生まれれば必ず魔力を持って生まれて魔法を巧みに扱う。選ばれし種族である。そんな翼人一族が住み、王の慈悲によってその他多数の種族も住まうことを赦した東の大陸最強にして最大規模の代表国、フォルタシア王国。そしてそんなフォルタシア王国に、未来の王がこの日生まれた。

 

王妃が身籠もってからというもの、フォルタシア王国では既にお祭り騒ぎだった。まだ生まれるわけでも無し。それどころか腹部が膨らんですらおらず、ただ身籠もったという事でしか無いのだが、それでもフォルタシア王国に住まう民は、未来の王が生まれる事に我が子との喜び以上の歓喜で満たしていた。

 

そしてそれから1年後、母体無事に未来の王が生まれた。名は最初から決まっていた。王妃によって。父である国王も名前の候補を考えていたのだが、余りの酷さに王妃が断固拒否した。それでもと食い下がった国王は王妃に刀を突き付けられて即黙った。何時の時代も母は強しである。

 

出生率が著しく低いことに定評のある翼人一族の、それも未来の王の誕生は王国の中央に聳え立つ立派な城の中では歓喜の嵐であったが、産んだマリアは不安げな表情をしていた。出産に体力を使い果たし、生まれて間もない赤子をその腕に抱いて直ぐ眠ってしまった王妃は、明くる日に改めて我が子をその腕で抱き上げた。そして気付く…いや、気付いてしまった。

 

 

 

「マリア……そのだな……」

 

「──────魔力が無い。私達の最愛の()、リュウマ・ルイン・アルマデュラには魔力が全く無い。言われなくても解ってるわ。(翼人)が気付かないはずがないもの」

 

「……あぁ」

 

 

 

そう……国王であるフォルタシア王国第16代目国王アルヴァ・ルイン・アルマデュラと、その妃である王妃マリア・ルイン・アルマデュラは両者共に翼人である。ともすれば、その両者の間に生まれてくる子もまた翼人であることは確定している。つまり、翼人である以上魔力を持って生まれてくる筈だった。しかし、その子には魔力が備わっていなかった。感じられない程少ないのでは無い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

つまり、未来永劫この赤子は魔力を手にすることは絶対に有り得ないのだ。

 

 

 

「──────()()()()()()()私達翼人一族に有るべき魔力が無いから何?それだけで私が…()()()()こぉんなに可愛い我が子に思う事が有るとでも思う?無いわ。絶対に有り得ない。例え姿形が人間のそれで無くとも、私の子は私の子。全てを擲ってでも愛するに能うわ」

 

「──────()()()()。驚きこそすれど、()()()()()()()()()()()()。愛さない理由たらしめない。寧ろ私はこの子がどんな風に育つのか、とても楽しみだ」

 

 

 

しかし、この親は…この翼人は…この二人は…そんなリュウマを深く深く愛した。慈愛の籠もった表情と手で、生まれたばかりの赤子であるリュウマの頭と頬を優しく撫でる。それだけで、グズって泣こうとしていたリュウマは忽ち落ち着き、眠ってしまった。それを見て二人は静かに微笑み合う。此処に、愛されし未来の王が存在した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュウマ・ルイン・アルマデュラがこの世に誕生してから20年が経った。フォルタシア王国を治める国王の一人娘とあるだけで、蝶よ花よと育てられたが、我が儘に育つ事も無く、かと言って性格が悪くなることも無かった。()()()()()実に立派に育った。両親が国を代表する美形なだけあって、リュウマもそれはそれは美しく育った。誰が見ても心奪われる神懸かりの整った顔の作り。豊かに実った胸部に安産型の臀部。肉付きの良く、しかし鍛え抜かれて引き締まった四肢に、細くしなやかな括れ。

 

太陽の光の下を悠然と靡く腰まである少しくすんだ銀髪。刀のように鋭い縦長に切れた黄金の瞳。むしゃぶりつきたくなる妖艶な紅い唇。白魚のような指に無駄の一切無い動作の一つ一つ。完璧な姿勢に女性にしては高い身長。切れ長の目元と髪の色、そして翼さえ違えば母であるマリアと瓜二つの美しい娘である。そして何と言っても、その細い括れのある左腰に差してある恐ろしい雰囲気を纏う純黒の刀である。

 

リュウマは生まれて数日後のこと、腰に差した純黒の刀を抱いて眠っていた。誰が置いて行ったのかと不思議になっていたのも束の間、王の命令でリュウマから遠ざけようとして侍女が触れた途端、純黒の刀は拒否するように純黒の雷を発生させて拒んだ。翼人であった侍女がその静電気程度の音で発生した純黒の雷にやられて生死の境を彷徨ったのだ。

 

触れること自体危険だと判断した王であり父であるアルヴァは、刀に触れないようにしながらリュウマから遠ざけると、忽然と行方を眩ましてリュウマの腕の中に戻っているのだ。最早引き離すのは不可能と断じたアルヴァは、せめてもと純黒の刀に紐を括り付けて抜けないようにした。そしてそれから20年、リュウマは片時も刀を離したことは無い。

 

何処に行こうにも必ずや腰に差している純黒の刀。見た目からして攻撃態勢そのものであり、恐ろしい雰囲気を醸し出しているが、それでもリュウマはあまりにも美しすぎた。そんな女を世の男が放って置くわけも無く、大陸中から求婚の報せを受けた。しかしその総てを拒否した。だがそれでも…一度会って話をするだけでも…等と一切諦めない男に嫌気を差したリュウマは、条件を出した。曰く、魔法…武術…何を使っても良い決闘で見事負かしてみせれば、その者のものとなる…と。

 

そう言うや否や、決闘の申し出は殺到した。しかし、彼等は決闘の意味を簡単に考えすぎた。決闘とは、()()()()()()。参った降参は効かない。文字通りどちらか一方が死なぬ限り決着が付かない果たし合いである。つまり、リュウマは最初から誰とも結婚するつもりも、他人のものになるつもりは無かった。そして、リュウマは決闘を制し続けた。その数、なんと200。200戦無敗である。それも魔法の使用も無い、純粋な強さのみである。当然だ、彼女に魔力は無いのだから。

 

そして、何時しか決闘を申し込む者は皆無となった。申し込めば必ずや死ぬ。殺される。命乞いは効かない。慈悲も無い。情けも容赦も無く、淡々と斬り殺されるのだ。強く。強く強く強く育ったリュウマは、とある事件…フォルタシア王国全土を左右する大事件を機に、世界から敵対する総ての者を一切無慈悲に殲滅する冷酷な存在とし…殲滅王と呼ばれるようになった。

 

そしてそれから2年後の、リュウマが22の時に戴冠式の後にフォルタシア王国第17代目国王となり、名実共に一国の国王となった。

 

時は大戦争時代。領地拡大を目指さんが為に他国への戦争が絶えない弱肉強食のX300年。気を抜けば他国から送られた兵士に攻め滅ぼされる血に濡れた世の中で、フォルタシア王国はただ一度の敗北も無かった。一概に翼人一族が強いというのもあるが、王を継ぐ者達は必ず何かしらに優れていた。リュウマは模倣という観点から武術全般。リュウマの父であるアルヴァは歴代最高の戦術家であり、祖父は戦斧を持たせれば万人を殺したとされている。その様に何かしらで歴代最高の特技を持っている。

 

そんな中でもリュウマの武術に於ける才能は飛び抜け、過去現在未来に置いて最強とされ、フォルタシア王国誕生の要そのものである、初代国王リュウデリア・ルイン・アルマデュラをも超越した。そして人間として最後の壁を破り捨てたリュウマは、人類最終到達地点と呼ばれた。人間の底の無い無限の可能性、無限進化論を体現した人間を越えた人間。それが彼女。

 

しかし、無限に進化をする最強の翼人たるリュウマにも並ぶ存在が3人も現れた。東の大陸を治めるリュウマと対立するように、北、南、西をそれぞれ束ねる各大陸最強の存在。触れる事勿れとされる4人が、一カ所に集ったのだ。結果的に言えばそれぞれの大陸に存在する他国が超越者達を疎ましく思い、殺し合わせて漁夫の利を得ようとしただけであった。最後には4人が手を取り合って膨大な敵兵を皆殺しにしたのだが、それではい終わりとはいかなかった。

 

騙された。彼の大陸最強の名を欲しいままにし、世界から畏れられる己が騙された。フラストレーションが爆発し、友好条約を結び、世界が初めて一つになった転換期その日に、世界は7度滅んで7度創造されたと謳われる、たった4人による大戦争(全力運動)が捲き起こった。

 

そして、北の大陸最強の男であるクレア・ツイン・ユースティアと南の大陸最強のバルガス・ゼハタ・ジュリエヌスが倒れ伏し、東の大陸最強のリュウマ・ルイン・アルマデュラと西の大陸最強のオリヴィエ・カイン・アルティウスが満身創痍で対峙している時、それは起こった。

 

 

 

「──────はぁ……はぁ……」

 

「──────ふぅ……ふぅ……」

 

 

 

リュウマと、女のように思える名とは違い、非常に整った顔立ちをした凛々しい印象の青年のオリヴィエは互いに肩で息をしていた。フラつく足を無理矢理稼働させて辛うじて立っており、突けば倒れるやも知れぬという状況。そんな状況下で、女性は必ず一目惚れすると謂われる微笑みをオリヴィエは浮かべ、リュウマに仕掛けた。それは……リュウマが瞠目する内容だ。

 

 

 

「──────是非、私と結婚して下さい。リュウマ・ルイン・アルマデュラ」

 

「…………はァ?」

 

 

 

婚約をして欲しい…とは数え切れない程言われてきた。だが、リュウマの前で片膝を付き、リュウマの女性にしては硬すぎる手を取りながら、ストレートに結婚して欲しいと言われたのは初めてだった。これが有象無象ならば触れた事に対して不敬罪として殺しているが、相手は自身が全力で相手しても拮抗しあえる存在。盟友といっても過言ではない存在だ。しかし忘れてはならない。彼と彼女は今日初めて出会ったのだ。

 

あの…噂に聞いた最強の神殺し、滅神王と謳われる人類最終到達地点ともあろう者が、会って間もない者に頭を垂れ、剰え結婚を申し込むとは……と、リュウマは己と同じ超越者を見つけた熱い心が、急激に冷やされていくのを感じながら、瞳を鋭くさせながら睨み付けた。

 

 

 

「巫山戯ておるのか貴様。この我が…何故貴様と結婚なんぞせねばならぬ。……貴様は我と同じ存在だと思い評価したが、どうやら我は早とちりをしていたらしい。ハッ…所詮貴様も我の身体が目当ての有象無象か。反吐が出る」

 

「──────侮らないで欲しい」

 

「何?」

 

 

 

頭頂部を見せていたオリヴィエは顔を上げ、リュウマの眼を見た。その眼は絶対に譲らないという決意、そして真っ直ぐな心が視えた。刀を常日頃から揮っている所為で、白魚のような見た目とは違い、掌にはとても硬く、そしてタコが出来ている。そんなリュウマの手を愛おしげつつ強く、強く握り締めた。リュウマはそんなオリヴィエに眉を顰める。

 

 

 

「私は貴女の全てが愛おしい。(純白)貴女(純黒)を求めて止まない。その証明として、私は此処で貴女に挑む。そして貴女を貰い受ける」

 

「………は」

 

 

 

逃がさないと言わんばかりに強く握り締めてくる手を強く振り払い、リュウマは黒と白の3対6枚ある翼人の翼をはためかせ、後方へと飛んだ。そして、腰に差す純黒の刀の柄に手を這わせ…握り込む。

 

常に発せられる覇気が更に濃密となり、大気を歪ませて崩壊させる程の殺気が放たれる。草木は枯れ果て、生物が死滅する。大地が割れて空が軋む。そんな人間とは思えない化け物(リュウマ)を前に、オリヴィエは世を魅了する微笑みを消し、真剣な表情で純白の双剣に手を掛ける。

 

 

 

「──────我を求めるなれば、我を越えよ。弱き存在に興味は無い」

 

「──────例え死に絶えようと、私は貴女と共に生きる」

 

 

 

絶対に負けるつもりは無いリュウマと、絶対に勝ってリュウマと共に生きる道を進もうとするオリヴィエ。両者の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……父上、母上……今よろしいでしょうか」

 

 

 

「ん?如何した?改めて」

 

「相談かしら。うふふ、良いわよ?いらっしゃいな」

 

 

 

リュウマは前国王であり実の父であるアルヴァと実の母であるマリアの居る寝室に訪れた。王としての執務を終わらせて直ぐに来たのだろう、リュウマが愛用している純黒色な王の戦装束を着たままの姿だ。後は眠るだけのアルヴァとマリアは着心地を追求した最高級の寝間着を着ており、深夜にも拘わらず訪れたリュウマを温かい慈愛籠もる表情で迎え入れた。

 

24となったリュウマを何時までも可愛がるアルヴァとマリアは、こっちにおいでと手招きし、二人の間を開けてそこにリュウマを座らせる。マリアはリュウマの頭を優しく抱き締めて胸元に引き寄せ、アルヴァはリュウマの頭を撫で、マリアが抱き締めながら頬を撫でる。リュウマは日頃の凛々しく完全無欠の王としての顔では無く、一人の娘として全てを委ね、されるがままとなる。世の中広しと言えど、リュウマにここまで絶大の信頼を寄せられている存在は居ない。

 

暫く甘んじて撫でを受けていたリュウマ。そしてマリアの抱擁から抜けて佇まいを正すと、語り出した。

 

 

 

「我は……今年で24となります。これまで結婚どころか婚約すらもせず生きてきました。この世の女の結婚適齢期が16だと謂われ、底を考慮すれば我はまさしく『売れ残り』と言えるでしょう」

 

「……だが結婚をしたいとは思わないからこそ、決闘法を取ったのだろう?」

 

「私は別にリュウちゃんが結婚を必ずしろとは言わないわ。世継ぎの問題は有るけれどね」

 

「……………………。」

 

 

 

リュウマは膝に置いた手を強く握り締めた。血が出るのでは無いかという程強く握る。そして行きを短く吐いて深呼吸をすると、どこか縋るような眼で二人に問い掛けた。

 

 

 

「──────我が結婚して子を孕み、そして無事に産んで世継ぎを作ることは……国の為となりますか」

 

 

 

リュウマの口から出て来たのは、結婚を肯定しようとしているような素振りの言葉だった。しかしそれは天秤に掛けられている。結婚というところに、所謂愛というものが含まれているとは思えない、だが結婚して子供を産む事に国の安寧が掛かっているという方向性が含まれていた。故に求めているのは一人の娘に対しての答えでは無く、王として君臨するリュウマへの答えである。だからこそ、アルヴァとマリアは答える。

 

 

 

「──────当然だ。初代から始まり私の代までアルマデュラが王を継いできた。ならば必然的に世継ぎが必要だ。リュウマ、お前の血が流れる子が」

 

「──────民には王が必要よ。そこにはアルマデュラの血が含まれてくるけれど、後継者は必ず必要と言えるわ」

 

 

 

「──────……………。解っています。父上、母上、態々我の相談に載って頂き誠にありがとうございました。我はここで失礼します。……おやすみなさい」

 

 

 

リュウマはマリアとアルヴァに一礼してから部屋を出て行く。リュウマが去った寝室には、何とも言えない表情をしたマリアとアルヴァが居た。リュウマの問いと、それに答えた場合の行く先が見えていたからだ。伊達に20年以上、あの殲滅王と畏れられるリュウマの両親をしていない。

 

部屋を出て長く誰も居ない、薄暗い廊下を歩く。そしてふと立ち止まり、右手の人差し指と中指を立てて額に当てた。テレパシーの魔法だ。リュウマ本人は魔力が無いが、█████は魔力を内包しているので、その魔力を使って簡易的な魔法を使用するのだ。

 

 

 

「──────オリヴィエか。貴様からの結婚の申し出を受ける。式の手取りは貴様に任せる。決まり次第連絡を寄越せ。……我から結婚の話が出ると思わなかっただと?……ふん。()()()()()()()()()()()()。どちらでも良かろう。今となっては…な」

 

 

 

この日、フォルタシア王国国王リュウマ・ルイン・アルマデュラとラルファダクス王国国王オリヴィエ・カイン・アルティウスの結婚が決まり、同時に4大陸に於ける平和条約が公となり、世界は一つになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────この日この時を以て、オリヴィエ・カインアルティウス。リュウマ・ルイン・アルマデュラを夫婦として契約が為されました」

 

 

 

「ふふ──────まさかこれ程早く、貴女と結婚が出来るとは思わなかった」

 

「……黙れ。我は腹の虫の居所が悪い」

 

「貴女に合うように特注で作らせたドレスですが…美しい。本当に美しい。容姿だけに惹かれた訳では無いが、貴女を…貴女だけを永遠に愛することを改めて誓う」

 

「……勝手に誓っていろ。世継ぎが出来れば貴様なんぞ用済みだ」

 

「ふふふ……」

 

 

 

「──────主への誓いは此れにて終わりました。それでは両者…誓いのキスを」

 

 

 

関係者しか入れない教会の中で、純白のドレスを身に纏ったリュウマとタキシードを着たオリヴィエが、牧師の前で向かい合う。牧師の言葉でオリヴィエはリュウマの顔に掛かっているベールを持ち上げて後ろへと流す。そして中からは国で一番と名高いメイクさんによって薄く化粧を施されたリュウマが現れる。

 

元よりお洒落や女らしさというものから無縁の生活をしていたリュウマは、生まれてこれまでに片手で数える程しか化粧をしたことが無い。つまりはほぼ毎日ノーメイクであると言えるのだが、化粧をしていない方が美しいというは本当に訳が分からない。今施されているメイクも、メイクさんがあまりのリュウマの美しさにメイクが必要とは思えず、泣きながらやったものである。リュウマはその時引いた。

 

 

 

「はは。そうまで睨み付けなくても良いではないか。これからは“夫婦”として愛し合う仲なのだから」

 

「次その巫山戯た言い回しをしたら殺すぞ。いいから早くしろ。何時まで我の顔を見ているつもりだ」

 

「……いや、貴女が美し過ぎて胸が苦しくて…変に緊張してしまった」

 

「はぁ……チッ」

 

「ぅお…っん!?」

 

 

 

頬を紅くしながら少しだけ目線を逸らすオリヴィエに痺れを切らしたリュウマは、オリヴィエが付けているネクタイを掴んで引き寄せ、前屈みに倒れてきたオリヴィエの唇に自身の唇を押し付けた。眼を白黒している間にリュウマはオリヴィエを開放し、誓いのキスでこれ以上無いほどの盛り上がりを見せている。そんな中リュウマはオリヴィエから離れてレッドカーペットを歩いて行ってしまった。

 

この後は無事に結婚したことを国民に報せる為の御披露目があり、城のテラスまで行かなくてはならない。本当はもっと余韻に浸るものなのだが、リュウマがそんなことを望む訳が無かった。

 

 

 

「──────何時までそこで呆けているつもりだァ?よもや我一人で御披露目をしろとでも言うつもりか」

 

「─────っ!ふふ…もう少し余韻に浸らせてくれても良いだろうに」

 

「生憎、我に余韻なんぞ無い。疾く来い。時間の無駄だ」

 

「分かった分かった。だから置いて行かないでくれ」

 

 

 

ずんずん先に進んで行くリュウマの後を、オリヴィエは幸せそうに微笑みながら追う。これから行われるのは結婚したという事を、国民も披露する御披露目である。これにより、リュウマとオリヴィエが結ばれ、世界が一つになったことを示す第一歩とするのだ。

この結婚は世界で一番の衝撃で、一月は新聞の一面に載っている程であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

御披露目がオリヴィエの治める国とリュウマの治める国で確りと行われ、祝宴パーティーも恙無く終わって一息ついた夜。オリヴィエは何処かソワソワした雰囲気を醸し出しながら、寝室のベッドに腰掛けていた。今日は夜着では無く、バスローブを羽織っている。

 

 

 

そう、この日は結婚して訪れるイベント……初夜である。

 

 

 

夫婦としての初めての営み。オリヴィエはガラにも無く緊張していた。この時代の国王ともなれば女を囲う傾向にあった。しかしオリヴィエは大陸を代表する世界四強王国の国王。囲った女が何を企んでいるのか解らない、それこそ暗殺するために近寄ってきた者かも知れない、国を内部から崩壊させようと企む輩かも知れない。そんな得体の知れない相手が居るかも知れないというのに、性欲に感けている暇など無かったのだ。つまりオリヴィエは神懸かった容姿に反して女性との経験は無い。

 

悶々とした気分を自覚しながら待つこと数分。寝室のドアがノックされた。ビクリと肩を震わせて少し驚きながら、返事をして中に入ることを促す。そして、オリヴィエは言葉を失った。

 

女性にしては高い身長を持つリュウマは手脚が長く、程よい肉付きをしている。それは豊満な胸にも現れ、臀部にも言える。完璧なプロポーション。正しく黄金比の権化。そんな肢体を薄い黒のネグリジェによって申し訳程度に隠し、背後にある光の光源からのサポートで身体の輪郭線を透けさせる。

 

美しい。それ以外に言葉が出ない。人は、人間とはここまで美しくなれるのかと、人類の奇蹟を目の当たりにしていた。しかしオリヴィエが感動しているのを余所に、リュウマは酷く能面のような表情をしていた。これから行うことに一切の感情を持っていない、オリヴィエを見ているようで、その先にある何かを見ている眼だった。

 

リュウマは一歩踏み出してドアを閉める。そして再び歩き出してオリヴィエの居るベッドにまでやって来ると、早々にベッドに仰向けで横になり、6枚の黒白の翼とくすんだ銀色の長い髪がベッドの上で広がった。眼はオリヴィエを捉え、暗い中でも金色に光る縦長に切れた黄金の瞳が向けられていた。

 

 

 

「──────邪魔ならば翼は█████の魔法で消す。このままで構わぬというのであれば疾く終わらせ、我を孕ませろ」

 

「……はは。貴女は楽しむつもりは毛頭無いようだな。私は貴女と繋がれる事にガラにも無く緊張しているというのに」

 

「確かに我は男とそういった経験は無い生娘だ。しかし世継ぎを…我の後継者を作る過程では避けて通れぬ道だ。世継ぎが出来るならば一定の強さを持っていれば誰でも良い。それよりも、疾くせよ。明日にも債務が控えている」

 

「……相分かった。しかし私も貴女の夫だ。初めて位楽しませて貰っても良いだろう?」

 

「…………好きにしろ」

 

 

 

オリヴィエは纏っていたバスローブをはだけさせて一糸纏わぬ姿となり、着ている意味が殆ど無いリュウマのネグリジェを脱がせていく。現れるのはきめ細やかで真っ白な美しい美肌。本人は興味が無いからと、先代の王であり父であるアルヴァが侍女達にリュウマの肌のケアをさせているのだ。最も、ケアをせずともリュウマの肉体は常に完璧を維持しているのだが。

 

オリヴィエの手によって脱がされていくリュウマは無抵抗であり、表情に変わりも無い。唯受け入れるだけのようだ。何時しかオリヴィエはリュウマの身に纏ったものを全て脱がせ、裸体を目にする。どんな財宝よりも価値の有るリュウマの裸体は、初めてオリヴィエの前に晒された。

 

ごくりと唾を飲み込む音が聞こえ、それが自身からなったことに直ぐに気が付いたオリヴィエ。やはり緊張しないようにしても、例え相手が何とも思っていなくとも、緊張するものはするのだ。

オリヴィエはリュウマの上に覆い被さり、サラサラな長い髪を梳きながら頭を撫でる。見下ろして存在するリュウマはやはり無表情。それを崩したいと思うちょっとした嗜虐的思考から、噛み付くようにリュウマの唇を奪った。

 

くちゅりと水音が鳴り、荒くなる息遣いが聞こえる。何度も何度も角度を変えて重ね合わせ、舌を侵入させて絡め合わせる。唾液を交換して、送り込んだり、吸ったりして深い…深い口づけを行った。

 

 

 

「……っはぁ…!」

 

「…………接吻が長い」

 

「ふふ……つい夢中になってしまった。だが、これからはこの程度では終わらない。自制を心懸けたいが、あまり期待しないで欲しい」

 

 

 

そう言いながら肉食獣のような、獲物を狙っているような目を向けられてリュウマは、その自制に期待は出来ないなと思いつつ、溜め息を吐いてから、豊満な胸を揉む手と、深い口づけを受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────陛下。今日も竜が攻めて来ましたが、兵士達の手によって撃退に成功しました。しかし殺すには至らず、あと一歩の所で逃走を赦してしまいました。この失態はその場を指揮していた私の責任です。どうか処罰を」

 

「……今月も未だ半ばだというのに、これで27度目か。近頃の蜥蜴共の進攻は活発が過ぎる。……失態に関して罰は無い。元より竜は只の人間では太刀打ち出来ぬ存在だ。そこを必要最低限の人材で瀕死まで追い込んだのだ。お前は指揮系統の腕があると睨み、指揮官の元に学びに行くが良い。そして今よりも更なる活躍を期待する。以上だ、下がるが良い」

 

「……っ!!有り難き…幸せ……っ!!」

 

 

 

報告を受けたリュウマは記入途中だった紙から顔を上げ、羽ペンを置いて兵士に言葉を掛ける。それはとても慈悲深く、処罰される覚悟だった兵士の心を優しく包み込み、更には向いていると思われる能力を伸ばせるようにと手配もしてくれるという。王の前だからという事でどうにか涙を流すでなく、潤う視界で頑張ったが、敬礼をして部屋から出た途端流れる涙を止める事が出来なかった。そして、更なる忠誠を誓うのだった。

 

部屋を出て行った兵士を見送ったリュウマは、羽ペンを手に取ってまた債務の仕事と向き合った。かれこれリュウマとオリヴィエが結婚してから一月が経とうとしている。その間リュウマは相も変わらず国のために王として働き、日頃から結婚結婚と煩かった大臣達から、今度は少しは休んで欲しいと言われる日々を過ごしていた。名前に関してはリュウマがオリヴィエの名に変えるという話も合ったが、アルマデュラとはフォルタシア王国に於いて初代から受け継がれてきた大切な名だ。そう簡単に変えることは出来ない。

 

そうした話をした際、オリヴィエがリュウマのアルマデュラの名を貰うと言い出した。あっさりと決めたオリヴィエに、リュウマが訝しげな表情を隠しもせず本当に良いのかと聞いたが、愛する人の名を貰えるのはとても幸せだと答えた。聞いていた給仕の仕事をしていた城仕えのメイドが幸せそうにキラキラした目をしていたが、リュウマはそうかと言って終わった。

 

 

 

「──────陛下」

 

「何だ。橋の建設許可に関する書類ならばそこに置いてある」

 

「おお。流石は我等が陛下。流石ですなぁ。しかし用件はそれだけでは無いのですぞ?」

 

「ほう…?では何だというのだ」

 

「──────オリヴィエ様がお見えです。仕事ならば私共が陛下の目を通す必要のある重要な件以外のものをやっておきますので、陛下は休憩と共にオリヴィエ様の元へと赴き下さいませ」

 

「……チッ。また来たのか彼奴は。良い、適当に待たせておけ。連絡も無しに突然来た彼奴に非がある。我は仕事中で手が離せんのでな」

 

「……はぁ」

 

 

 

大臣は溜め息を吐き出す。隠すつもりも無い、寧ろ見せ付けるようにやや大袈裟に。それというのも、理由がある。一つはリュウマがそのまま仕事をして休憩を挟もうとしないこと。これは戴冠してから口を酸っぱく言っているのだが、未だに治る兆候が無い。王としてやらねばならぬ事があると言って聞かず、休もうとしない。大体最終兵器のマリアを連れてくることになるのだ。マリアは優しい微笑みでいいのよと言ってくれるが、臣下達はもう額を床に擦り付ける思いだ。

 

そして二つ目が、自身が治めている国の仕事をいち早く正確に終わらせて、態々会いに来るオリヴィエをリュウマが邪険にすること。日頃から結婚しろだの世継ぎがどうなのと言っていて、結婚までが早急に進められた為、我々が余りにも鬱陶しく言いすぎたから、陛下は国のために直ぐさま結婚したのでは無いかと思っている。だからこそ、余り強く言えていないのだ。

 

だが相手はあのリュウマ・ルイン・アルマデュラが認めた盟友の3人の一人。完全に興味が無いという訳では無いのだろう。盟友と言うぐらいだ、仲は険悪ではない。しかしだかと言って結婚というのは少し違うとお考えなのだろうと思っている。

結婚というものをしてから、何かが違うのかリュウマはオリヴィエを邪険にする傾向にあり、その一つが直ぐに会おうとしないことだ。オリヴィエは東の大陸とは反対側にある西の大陸を治めている。ならば距離が最も遠いのだ。

 

しかしオリヴィエは遠い距離も何のその。愛するリュウマに会えるならばそんな苦労、椅子から腰を上げるより容易な事だと語っている。因みにそれを聞いていた給仕の仕事をしていたメイドは顔を真っ赤にしながら泣いていた。オリヴィエ×リュウマのカップリング尊い…とよく分からないことを言っていた。

 

 

 

「陛下。オリヴィエ様は遙々、3時間掛けておいで下さったのですよ?直ぐにお会いしても罰は当たりませんよ」

 

「は、我は仕事中だ。これが終わらぬ限り会うつもりは無い。あぁそれと、帰ると行ったら見送ってやれ」

 

「まったく…陛下は」

 

 

 

識らぬ存ぜぬで早速と仕事の続きを片付けていくリュウマに、二度目となる溜め息を吐いた。そして同時に、頭の中では態々やって来てくれたオリヴィエにどう謝罪しようかと考えていた。オリヴィエは理性的な人で、その容姿の美しさと優しげな微笑み、そして城で働いているメイド達にも気遣いが出来る。人望があって然るべき存在なのだ。

 

オリヴィエに謝罪をすれば、気にしなくていいと言ってくれるのは解る。彼はリュウマに甘い。だがそれこそが心苦しい。見て分かるとおり、リュウマはオリヴィエの事をどうも思っていない。しかしオリヴィエはリュウマが愛しくて愛しくて仕方ないのだ。だから3時間も掛けてここまで来る。その果てがリュウマに会えないとなると、当人で無いのに心が苦しいのだ。

 

 

 

「──────ふふ…流石の彼奴も帰ったであろう。全く…性懲りも無く毎日のように来おって」

 

 

 

「──────それ程貴女を愛しているということだ」

 

 

 

「……まだ居たのか」

 

 

 

オリヴィエが来たと言われてから、かれこれ四時間。リュウマはオリヴィエの元へ一切行っていない。それどころか待っていろではなく、お前も王の仕事があるのだからさっさと帰れと伝えた筈なのだ。しかし、オリヴィエはリュウマの前に現れた。つまり…折角3時間も掛けて来たというのに…四時間も待たされたというのに…本人は心底嬉しそうにして笑っているのだ。

 

リュウマの寝室で、ベッドに腰掛けて待っていたオリヴィエは、リュウマが入って来たのを視界に収めると、蕩けるような笑みを浮かべて立ち上がり、近寄って愛しさを隠すこと無く抱擁した。女性としては大きいリュウマも、歴とした男性であるオリヴィエが相手ではリュウマの体は易々と包まれてしまう。

 

腕の中に居るリュウマは大人しくしている。オリヴィエはリュウマの長い髪のさらりとした感触や、意外にも沈み込むように柔らかい柔肌の感触、女性らしい甘い匂い。それらを堪能しながら抱き締める腕を強める。

 

 

 

「ん…っ……何時までしがみ付く。早く離れろ。我は疲れている」

 

「ほぅ…貴女の口から『疲れた』と出て来るとは思わなかった。弱音を吐くレベルとしては見られている訳だ」

 

「……それ程我と死会いたいならば、そう言えば良かろう」

 

「はは。そうむくれないでくれ。さ、こっちにおいで。債務お疲れ様だ。ゆっくり休んでくれ」

 

「おい、引っ張るな…ッ!」

 

 

 

オリヴィエはリュウマの手首を掴んでベッドまで連れてくると、隣り合って座り、リュウマの頭を自身の膝に置く。直ぐに起き上がろうとするリュウマの頭を少しだけ押さえ込んだ。抵抗しても、譲る気が無いと解ったリュウマは諦め、それでも不満げな表情は隠さない。

 

オリヴィエはリュウマの頭を撫でながら、密かに眠りを促す催眠作用の魔法を掛けた。敵対心が無いと解っているようで、█████がオリヴィエの魔法を弾く事は無く、リュウマは多少の疲れとオリヴィエの魔法でゆっくりと瞼を閉じていき、何時しか規則正しい寝息が聞こえてきた。

 

 

 

「──────おやすみ。良い夢を」

 

 

 

オリヴィエは誰も見ていない寝室で、リュウマの頭を撫でながら、それはもう幸せそうにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ。この後ピクニックにも行かないか?私と貴女の二人っきりで」

 

「……何?」

 

 

 

リュウマは訝しげな表情をする。今回は早朝からやって来て、執務室に行く途中のリュウマを捕まえて思う存分抱き締め、甘い口づけを送った後、そんなことを言い出した。リュウマには仕事がある。それも今日は多めの仕事だ。街へ視察にも行かなくてはならない。やることは山積みだ。まぁ、そもそも予定が無くとも行かないが。

 

だから行くことは出来ないし、行くつもりはないと言おうとしたリュウマの顔に、紙を見せ付ける。何だと思いながら乱暴に受け取って目を通すと、大臣達からの手紙で、今日の仕事は我々だけで対処が可能であるから今日の仕事はお休みで、と書かれていた。どう見ても確信犯である。そもそもな話、オリヴィエが来ること自体聞かされていないのである。

 

 

 

「私は是非とも、貴女の手料理を食べたい。今日行く所には貴女作の弁当を持っていきたい。作ってくれないか?」

 

「ハァ?何故我がお前の為にと態々手ずから作らねばならぬ。寝言は寝てから言うものだ、愚か者」

 

「ふむ…つまり作りたくないと。安心してくれていい。私は()()()()()()()貴女の手作りならば全て頂く」

 

「あ…?()()()()()()()だと?貴様──────この我を愚弄するか。所詮戦場に立って愚者を皆殺し、殲滅するしか能が無いとでも言うつもりか」

 

「え?いやいや、そこまで言ってな──────」

 

「確かに我は女として修めるべき家事能力を行った事が無い。我は女であるが王であり殲滅王だ。料理技術なんぞ要らぬ……が、貴様に安易な料理すらも出来ぬと下に見られるのは誠に遺憾であり癪だ。──────良かろう。我が貴様が泣いて懺悔するほどの弁当を作ってやる。精々腹を空かせて待っているが良い」

 

「え、ちょろ……ん゙ん゙っ。そうか。作ってくれるというならば是非も無い。楽しみにしている」

 

「フンッ。おい、料理長に厨房から全員出させるように伝えろ。何人も厨房には近付けるなッ!!」

 

「ふぇ…っ!?は、はぃぃ…!ただいまっ!」

 

 

 

リュウマが大股で厨房へ向かっていくのを、オリヴィエは幸せそうにニコニコしながら送り届けた。そして踵を返し、機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら、自慢話をするためにこの国の大臣達の元へと向かう。オリヴィエは執務室へ感謝の意を伝えるのと自慢話をしに、リュウマは料理長がとなりでアワアワしながら見守られつつ、料理を作っていくのだった。

 

一度見たものは己の力とするリュウマの特有の異常災能、模倣能力を存分に生かしながら、真剣に作っていた。そして時間はあっという間に過ぎ、2時間後。リュウマの出来上がった弁当を持ってピクニックへと出掛けていった。従者は不要。世界最強の王が二人も居るのだ。守る力を持つ兵士が居る訳も無し。それと、オリヴィエが二人っきりで行きたいと言ったのだ。折角のデートなので、無粋なことはしないようにという配慮である。

 

 

 

「それで、何処へ向かうというのだ。態々目隠しをして飛ばさせおって」

 

「まあまあ、目隠しをしても私の気配を探知して追い掛けてくるのは息をするよりも簡単だろう?何せ、先に見られてしまうとつまらないじゃないか」

 

「ほう。つまり我が気に入る光景だと言うのだな」

 

「気に入ってくれると思うが、はは。今になって不安になって来てしまった」

 

「……まぁいい。期待せずに待つ」

 

 

 

オリヴィエは双剣の鋒から魔力を放って空を飛び、リュウマは自慢の黒白の6枚の翼をはためかせながら、弁当が入っているバスケットを抱えている。因みに二人は上空8000メートルを飛行中である。それも時速800キロで。普通の人間ならば息も出来ないが、人間を超越している二人には問題ないだろう。余談だが、バスケットに関しては█████が特殊な魔法を掛けているので中身は絶対に無事である。

 

リュウマは風を切る感覚を受けて伸び伸びと翼を伸ばしながら飛び、同時に考えていた。どうしてこうまで己に干渉してくるのかということを。確かにオリヴィエは盟友だ。結婚相手で夫でもあるが、ここまで己に執着するものを持っているだろうか。こう言っては何だが、己のオリヴィエに対する対応は酷い杜撰なものだ。にも拘わらずオリヴィエは、リュウマの事を見つけると本当に嬉しそうにするのだ。その表情がどうしても…リュウマには理解出来なかった。

 

 

 

「さ、着いたぞ。ゆっくりと目隠しを外してくれ」

 

「……これは」

 

 

 

到着し、オリヴィエに言われて目隠しを外したリュウマが見たのは、百人の人が両手を広げて輪を作っても一周出来るかという程立派で太く、逞しい幹を持った超弩級の大きさをした桜の木であった。花は季節が違うというのに満開で、美しかった。

 

リュウマは暫く言葉も無く桜の木を見上げていた。桜自体は当然見たことがある。だがこれ程大きな桜の木は見たことが無いのだ。高さは2000メートルを越えるだろうか。ここまで成長出来る木は他にはそうそう無いだろう。神々しく力強く、そして美しい。リュウマは自然の神秘を目にしていた。

 

 

 

「どうやら気に入って貰えたようだ。季節外れにも花を咲かせるのは、この桜の木が生命力に満ち溢れているからで、一年中咲いている。ここまで大きくなったのは、恐らくあの下に龍脈があるのだろう。そこから豊潤な地球の魔力を吸い上げ、成長の源としているんだ」

 

「……ほう」

 

「ここ最近良い場所は無いかと飛んで探し回っていた時、偶然見つけたんだ。周囲には高濃度のエーテルナノがあって一般人も近付けない。私達のような者で無くては死んでしまう。だから、ここは私達以外に人は来ない。さぁ、ゆっくり花見をしようか」

 

「そう…だな。花見……」

 

 

 

オリヴィエは桜の木が張っている木の根が来ておらず、泥濘んでいない良い場所を探し、見つけると魔法で純白の絨毯を造り出して広げ、リュウマの手を取って座らせた。そしてオリヴィエもリュウマの隣に肩が触れ合う距離に座り込み、細い腰に手を回す。

 

特に気にしていないリュウマは少し抱き寄せられながら、持ってきたバスケットを開けて、中から弁当箱を取り出した。そしてその弁当箱は長く…長く長く長く聳え立った。重箱48段である。怒濤の48段である。流石のオリヴィエもこれには微笑みながら真っ青である。

 

 

 

「あの…これを全部……?」

 

「…?当然だ。……成る程。お前は食える分だけで良い。残りは我が食べる」

 

「……聞いたことがある。フォルタシア王国の王は代々大食漢である…とか」

 

「それはすこし語弊があるな。よく食べるのは我だけだ。見た目には現れていないが、凝縮された筋肉分エネルギーを消費するため、我はそれ程食わねば栄養失調で死ぬ」

 

「そういうことだったのか。ふふ。では一緒に食べよう」

 

 

 

高く積み上がった重箱を広げていく。そこには最高級の食材で作られた豪華絢爛な料理から、庶民的なものまで、幅広く作られて綺麗に収められていた。オリヴィエはその料理を見て、本当に初めて料理した人が作ったものなのか信じられなかったが、抱き寄せているリュウマからどうだと言わんばかりの雰囲気が伝わってくるため、あぁ…本当に初めての料理でこれ程完璧な料理を作ったのだと納得した。

 

リュウマから箸を受け取り、弁当の伝統的お供料理である厚焼き卵を掴んで口に運び、咀嚼した。すると出汁が効いていて深く優しい味わいで、オリヴィエは何時の間にか目を閉じて後味の余韻に浸っていた。ほう…と、息を吐いて美味しさに感嘆としてから、隣で食べているリュウマを盗み見る。件のリュウマといえば、自分で作った料理をパクパクと食べては、何とも言えない表情をしていた。きっと初めての料理ではあるが、もっと美味く作れたと思っていて不服なのだろう。何処までも完璧主義者なリュウマに、オリヴィエは小さく吹き出して笑った。

 

 

 

「……何を笑っている」

 

「クスクス……いや、美味しい料理だというのにそうも難しそうな表情をする貴女を見ていると可笑しくて…ね。ふふ。大丈夫だ、とても美味しい…優しい味だ」

 

「……フンッ。我が作ったのだ、当然だ」

 

「ふふ。はい、あーん」

 

「………………………………………………あむ」

 

 

 

オリヴィエは小さく纏められた一口サイズのパスタを掴んでリュウマの前に出し、食べさせた。数瞬眉を顰めたリュウマだったが、オリヴィエから出された料理を口にしてもぐもぐと食べ進める。その後もオリヴィエはリュウマの口元にせっせと料理を運んで食べさせ、幸せそうに微笑んだ。

 

自分も時には食べながらリュウマに食べさせるを繰り返したオリヴィエは終始ほんわかとした雰囲気を醸し出し、食べさせられているリュウマは無表情ながら、甘んじてその行為を受けていた。二人の仲は穏やかなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴女、一緒に綺麗な花畑に行かないか?」

 

 

 

リュウマはあのピクニックから、オリヴィエの誘いに乗って色々な場所へ足を伸ばす事が多くなった。

 

 

 

「この料理は貴女が?……ふふ。更に腕を上げたみたいだな。とても…とても美味しい」

 

 

 

その度にオリヴィエは幸せそうにリュウマと手を繋ぎ、抱き締め、蕩けるような口づけを降らせ、愛の言葉を贈る。

 

 

 

「今日は随分とお洒落をしているんだな。大体は黒い装束なのに。……うん?メイド達に無理矢理着させられた?それはお礼を言っておかないと。え、何に対してって?それは勿論……美しい貴女を更に美しくしてくれた事へのだ」

 

 

 

どれだけ疲れていても、どれだけ少しの時間でも、オリヴィエはリュウマの元へとやって来てこれでもかと愛を示した。

 

 

 

「暑苦しい?すまない、これだけは少し我慢して欲しい。私には貴女が足りない。もっと抱き締めさせて、貴女の熱を私にくれ」

 

 

 

どれだけつれない態度を取ろうと、オリヴィエは一切めげず、それどころかそんなことは気にしないと、リュウマに更なる愛を示した。

 

 

 

「私の側室?何故だ。私は貴女さえ居ればそれでいい。他には何も要らない。本当に何も…私は貴女だけで幸福だ」

 

 

 

本当に機嫌が悪い日は不用意な事はせず、影ながらサポートをしてくれる。逆に機嫌が良いと我がことのように喜びを露わにした。

 

 

 

「キスをしてもいいか?すまない、執務中なのは知っているんだが、貴女を見ていると己さえも抑えきれない」

 

 

 

目は誰がどう見てもギラついた肉食獣なそれだというのに、抱くときは壊れ物を扱うように丁寧に行い、互いに気持ち良くなることを前提に進められる。本当は翼人の強靭な肉体が壊れかねないほど激しく抱きたい癖に、己のために唇を噛み締めて耐えようとする表情は、下から見ていて変に可笑しいものだ。

 

 

 

「貴女──────愛してる」

 

 

 

「──────知っておるわ。……馬鹿者」

 

 

 

だがそれでも──────世界は回っている。回り続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────防御魔法陣を張れッ!!国内にはドラゴンを一切入れるなッ!!入れれば国民の命は全てドラゴン共の腹の中に納まるものと思えッ!!」

 

「「「「──────ハッ!!」」」」

 

「報告っ!!防衛部隊隊長より皇帝陛下へ伝令!!防御魔法陣を構築する魔力を持つものが残り少なく、持って後10分とのことです!!」

 

「チッ…!この場の指揮をお前に任せる!私は外でドラゴン共を殺すッ!!一匹も中に入れるな!!防衛部隊へ防御魔法陣を構築出来る者を回しておけ!!」

 

「ハッ!!」

 

 

 

それはX300年頃。リュウマとオリヴィエが結婚してから一年が経とうとしている日のことである。始まってしまったのだ、人と竜の戦い……竜王祭が。

 

空は飛び回るドラゴンによって雲となり、太陽は隠されて薄暗い世界と成り果てる。大地は人の骸と鼻を刺激する程の濃厚な血の湖が形成されている。人はドラゴンに勝てない。地力が違いすぎ、体格が違いすぎ、魔力量が違いすぎた。だがそれでも、オリヴィエは数多のドラゴンを滅殺していった。時には魔法で消し飛ばし、双剣で斬り刻み、嘗て殺した神の力を使って一体諸共灰と還す。それでもドラゴンの進攻は止まらなかった。

 

既に万のドラゴンは葬っているにも拘わらず、視界に入ってくるドラゴンの総量は増えているようにしか感じない。これがドラゴンとの全面戦争。中にはドラゴンと結託してドラゴンを滅する為の、竜迎撃用魔法を開発した国も居るとも聞いた。しかしオリヴィエの国にそれは無い。だからこそ、兵士達には全力で国を護らせ、自身が単騎でドラゴンの群れへ突撃しているのである。

 

斬って灼いて凍らせてドラゴンを滅殺するオリヴィエの頭には、常にリュウマが張り付いていた。リュウマは強い。己と最後は引き分けたものの、それは()()()()()使()()()()()()オリヴィエと戦った結果だ。リュウマ自身が魔法を使えなくとも腰に差した刀があれば使えると言っていた。つまりリュウマはオリヴィエよりも強いはずなのだ。

 

しかし……何故なのだろうか。オリヴィエには背中に奔る嫌な予感がどうしても拭えないのだ。

 

 

 

「頼む……私が行くまでどうか無事で居てくれ…ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてオリヴィエが懸念するリュウマ達の方…フォルタシア王国では……王国は純黒のシールドによって包まれ、リュウマが一人でドラゴンの群れと熾烈な戦いを繰り広げていた。しかしドラゴンが余りにも多すぎた。今や世界中で起きている竜王祭であるが、ことドラゴンの勢力に関してはフォルタシア王国に集中していた。その数、なんとオリヴィエの20倍。それをたった一人で……()()()使()()()()凌いでいた。

 

純黒のシールドはオリヴィエ以外には敗れない。そしてそんなシールドはフォルタシア王国を完全に覆い隠しているのだ。最初こそ共に戦うと宣言していた兵士も、一緒に戦おうと言ってくれたアルヴァとマリアが居たが、それらの全ての声を無視して、リュウマは王国を純黒のシールドで包み込んだ。それからというもの、かれこれ数時間は休み無く戦い続けているのだ。

 

 

 

「はぁ……はぁ………」

 

「──────しゃあぁあぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

 

「──────しまっ……ッ!!」

 

 

 

疲労が重なっていたのだろう、らしくも無く隙を見せたリュウマはそこを突かれ、ドラゴンの鋭い爪を使った横凪の手が伸びる。それは的確にリュウマの胴へと吸い込まれていくが、リュウマは身体を捻って当たり所を逸らした。しかし、全てを躱しきる事など出来なかった。

 

ドラゴンの魔の手はリュウマの胴を切り裂くことは無かったが、左腕を持っていかれてしまった。宙を舞うリュウマの左腕。鮮血も飛び散り、ドラゴンは腕しか持っていく事が出来なかったと悔しげだったが、リュウマは焼き付くような痛みに眉を寄せ、喉の奥から呻き声を上げる。しかしドラゴンの進攻に待ったは無い。腕を飛ばされたリュウマに好機と見て群がる。

 

純黒の刀を揮い、同時にドラゴンを100匹以上斬り殺したリュウマは、美しい顔に玉のような汗を掻きながら、█████に炎の魔法を発動させて左腕の断面を無理矢理灼いた。尋常では無い痛みに悶えながらも、その双眸に殺意は宿り続ける。リュウマは止まらない。どれだけドラゴンを殺そうとも、そして遙か遠くの空から、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、リュウマは国のため民のため…止まらない。

 

 

 

「──────来るが良い。この程度でこの我を殺せると思うなァッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人とドラゴンの戦いである竜王祭。それが世界で捲き起こってから実に7日が経った頃。黒髪の青年が目的地に向かって真っ直ぐ歩みを進めていた。彼は嘆いた。日々幸せに暮らしていた我が家を、あのドラゴンに襲撃され、頭を豪快に撫でて笑う父も、そんな大雑把な父に仕様が無い人だと笑う母も、自身の後ろを雛鳥のように追い掛けてくる可愛い弟も、全て失ってしまったのだから。

 

魔法の論文で天才の一言の才覚を持つ青年は、最愛の弟を生き返らせるために死者の蘇生を可能とする論文を公表して学院に爪弾きとされた。死者の蘇生は神が赦しはしない。神の怒りを買うことを行ってはならないと。実際問題蘇生には莫大な魔力と途方も無い素材が必要であるため、実質不可能であるということを実感した。だがその代わりに、違う目的を持つようになる。

 

竜王祭で敵対するドラゴンと人。しかし人はドラゴンに勝てない。だからドラゴンと対等に戦うための術として滅竜魔法なる者を何処かの王国が開発した。確かに人はドラゴンと戦えるようになった。しかしそれは刹那の喜びでしかなかった。滅竜魔法は強大な力を持つドラゴンを殺せるようになる力を手に入れる代わりに、その身をドラゴンへと堕とす。それで現れたのがドラゴンを殺すドラゴン……アクノロギアである。

 

アクノロギアは滅竜すると言って置きながらその実、無駄な破壊を撒き散らす。それにより一体幾つの王国が滅び去ったことか。黒髪の青年はそれがまるでドラゴンに殺された自身の家族と重なって見えた為に、アクノロギアを殺す術を考えるようになった。しかしもうそれは要らない。黒髪の青年は、()()()()()()()アクノロギアの遺体を見ながら、安堵の息を吐き、そしてある女性の前に立った。

 

 

 

「噂は兼々聞いていたよ、フォルタシア王国第17代目国王リュウマ・ルイン・アルマデュラ」

 

「………………………………。」

 

「君が殺したこの黒竜は、世界に死と破壊を撒き散らす…黙示録にすら載りかねない程の存在だった。けど君は殺した。それも他の何百万というドラゴンを殺しながら」

 

「………………………………。」

 

「これは偉業だ。英雄…と謳われて然るべき所業だ。だからこそ──────実に残念だよ」

 

「………………………………。」

 

「是非とも彼の聡明にして最強と名高い君と言葉を交わしてみたかったよ。残念だ…とても」

 

「………………………………。」

 

「じゃあね、彼の殲滅王よ──────貴女様の行いに最上の敬意を表して贈らせて頂きます…ありがとう。この世界を救ってくれて。世界中の誰もが忘れたとしてもボクは絶対に忘れません。このボク──────ゼレフ・ドラグニルの名に誓い。……さようなら。世界に畏怖され恐怖され、しかし世界を救った愛されし御方よ」

 

 

 

「………………………………。」

 

 

 

青年……ゼレフはリュウマの前から踵を返してその場を去った。その後ろ姿に声を掛ける者は……居ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────速くッ!!速く速く速く速くッ!!もっと速くッ!!あの人の…ッ!リュウマの元へと一刻も速くッ!!」

 

 

 

ドラゴンとの戦争から7日。魔力が尽きようかというところで最後のドラゴンを殺し終え、オリヴィエは自身が治める王国に死者や怪我人が居ないことを即座に確認すると、今出来る最高速度で大陸を渡っていた。雲を吹き飛ばし、摩擦熱で通った後に炎の道が出来ようと、オリヴィエはリュウマの居るフォルタシア王国に向かって真っ直ぐ進んでいった。

 

何時もならば3時間掛かってしまう道のりを、今回は30分程度でやって来たオリヴィエが見たのは、そこら中に転がる斬殺されたドラゴンの屍の山。巨大なドーム型の純黒のシールド。そしてたった一人で立っている人の姿だ。シールドはリュウマが張って国への進攻を完全に妨げ、己と同じように一人で戦い続けたのだろう。まだシールドを解いていないところを見るに、今先程戦いが終わったのだと思った。

 

だが……オリヴィエはその考えをリュウマらしき人の元へ近付くに連れて放棄した。人影はリュウマだった。しかしそのリュウマの周囲には、ドラゴンの血ではない真っ赤な地面が広がっていた。

 

 

 

「そんな……まさか……っ……ぁ…ぁあ……っ…あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッ!!!!」

 

 

 

オリヴィエはリュウマの前に降り立った。あの美しい最高の肌触りだった黒白の6枚の翼は半ばから千切れた1枚の黒い翼を除いて全て根元から千切れ、服の意味を為さない程破れている黒い戦装束。頭から流れる血で顔は赤黒く染まり、やや俯いている所為で表情が確認出来ない。左腕は肩から先が無くなり、右脚は喰われたのか肉が殆ど残っていない。残った右腕は傷だらけの打撲だらけで赤黒く、辛うじて█████を握っていた。左脚も戦装束が千切れて肌が露わになるが、これもまた傷だらけだった。

 

オリヴィエは震える手を伸ばして血に染まるリュウマの頬に触れた。血が付くのも構わず撫でるとピクリと反応してリュウマが顔を少し上げた。その顔は憔悴しきっており、殆ど光を写していない朦朧とした右眼と、瞼ごと抉られて空洞となった左眼が現れた。リュウマは触れている相手がオリヴィエだと解ったのか、膝から崩れ落ちた。急いで受け止めたオリヴィエは、横抱きにしたまま座り込んでリュウマの頬を弱く叩いた。

 

 

 

「ぁ…貴女っ!確りしてくれ!死ぬな!貴女はこんな…っこんなところで死んで良い女ではない!!」

 

「──────………ぁ………おり………ゔぃ…え……?」

 

「……っ!!そうだ!!私だ!!オリヴィエだ!!確りしろ!直ぐに回復の魔法を掛ける!!」

 

 

 

純白の魔法を使ってリュウマの傷を癒そうとするオリヴィエに、リュウマは弱々しく首を振って拒否の意を示した。要らないと、必要ないと…言うように。

 

 

 

「……われ……は……ちか…らを……まえ…がり……した……はんどう…で……もう……たすから……ない」

 

「そんな……そんなことをッ…!!何故だ!貴女ならばこの程度の数…どうとでも出来た筈だ!!何故これだけやられている!?何があった!!」

 

「………… く ろ の せ か い は…はつどう……すれば…まほう……は…いっさい……つかえ…ない……われは……このみで……たたかった……それに……わ…れ……の………」

 

「なんだ……貴女の…なんだ!?何があった!!」

 

 

 

リュウマから吐き出される言葉が更に弱くなっていく。命の灯火が消えようとしているのだ。その証拠にフォルタシア王国を包んでいた く ろ の せ か い は砕け散り、中から一目散に金と銀が此方に向かって飛んできていた。

 

 

 

「……おり………あ……し……………ぁ………………」

 

「ぁあ…!ダメだ…!ダメだダメだダメだ!!死なないでくれ!!」

 

「ぁ………………ぉ…………………る……………ぁ……」

 

「なんて言おうとしているんだ……だめだ…!聞き取れない…!待って…!待ってくれ!私を……私を置いて逝かないでくれぇ…っ!!」

 

 

 

 

 

「ぁ……………ぁ…………────────────。」

 

 

 

 

 

「貴女……?」

 

 

 

「──────リュウちゃんッ!!!!!」

 

「──────リュウマっ!!!!!」

 

 

 

フォルタシア王国から飛んできた金と銀…アルヴァとマリアはオリヴィエの腕の中で動かなくなったリュウマを見て…全てに絶望したように涙を流しながら叫んだ。

 

オリヴィエは最後までリュウマが何と言うとしたのか解らず、そしてリュウマはオリヴィエに伝わらなかったことを悟り、哀しそうな眼をして息を引き取った。

 

 

 

「リュウ……ちゃん……ぃや……いやっ……いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 

「リュウ……マ……あ…ぁ…ぁあっ……あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!!!!!」

 

 

 

「──────そんな……はは……うそだ……貴女……なぁ…リュウマ……冗談だろ?なぁ……っ…答えてくれ…!!ぅっ…うっ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」

 

 

 

オリヴィエは叫び、リュウマの手の中にある█████…黑神世斬黎はその刀身に罅を入れ、粉々に砕け散った。それは持ち主の完全な喪失を、表していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュウマの死はフォルタシア王国内に刹那の内に広まり、泣かぬ者など居なかった。そしてその報道は世界中にも瞬く間に広がった。世界四強の一人であるリュウマ・ルイン・アルマデュラ、死すと。オリヴィエもクレアもバルガスもドラゴンとの戦いに勝利した。後の調べでやって来たドラゴンの数はフォルタシア王国が最も多いということは解っている。だが3人はどうしても解らなかった。あのリュウマがどうして死ぬのだろうかと。

 

ドラゴンを数多と殺したアクノロギアを一人で相手にしていることも調べ済み。だが検証結果から言うと、アクノロギアは一撃で葬られていた。戦いと呼べる程のことは起こっていないというのだ。ならば尚更如何して、リュウマが…あの殲滅王が死ぬというのか。オリヴィエ、クレア、バルガスは、悲しみに暮れるリュウマの葬儀中も常に考えていた。だが答えが見付かることは無かった。

 

リュウマの葬儀があって6日目。本来ならば火葬もするところなのだが、お供えする花やリュウマをその眼で見て黙祷を捧げたいという言葉を聞いて、前国王であるアルヴァの言葉により、リュウマの火葬は7日後ということになった。それまで全国民は顔合わせを済ませることと厳重注意された。

 

そのまま放っておけば肉が腐ってしまう為、アルヴァが腐敗しないように魔法を施している。そんなリュウマの死に装束を纏う姿は死して尚美しいとしか言えない。リュウマは全ての民に愛されていた。そして誰よりもオリヴィエに愛されていた。オリヴィエはこの6日、欠かさずリュウマの顔を見に来ていた。塞ぎ込んでしまうと思われたが、オリヴィエは自身の国のラルファダクス王国だけでなく、フォルタシア王国の仕事も同時に熟していた。

 

そしてこの日、大臣達の仕事のサポートを受けながら執務を終わらせ、リュウマが死んでから来ていなかったリュウマの寝室へと足を運んだ。中はカーテンが締め切って暗く、物はあるのに何処か寂れていた。オリヴィエは寝室のベッドに飛び込むようにうつ伏せで倒れ込んだ。ベッドは微かにあのリュウマの匂いが残っていて、意識していなくても目の端に涙が浮かぶ。

 

オリヴィエは誰よりも理解している。信じたくないが認めねばならない。リュウマ・ルイン・アルマデュラはもうこの世に居ない。

 

 

 

「……?これは…?」

 

 

 

オリヴィエが起き上がろうとしたその時、何も無かったベッドの上には何故かラクリマが置いてあった。魔法で調べてみると、痕跡があり、オリヴィエがこのベットに触れると出現するようになっていたらしい。忽然と姿を現した妙なラクリマ。罠かも知れないと思ったのも束の間、若しかしたらという考えが浮かんだときにはラクリマに魔力を流して起動させていた。

 

 

 

『──────これを見ているということは、我はやはり死んだか』

 

 

 

「──────リュウ…マ……?」

 

 

 

ラクリマは映像を撮ることが出来る特殊なラクリマだった。まさか本当にあのリュウマが遺したラクリマだと思わなかったオリヴィエは呆然としていたが、ハッとした後に一語一句聞き逃さないように気を引き締め、ラクリマから写し出されているリュウマの姿を眼に収めた。

 

 

 

『これを見ているのはオリヴィエの筈だ。慣れぬ魔法でそう設定したのだからな。まあ無駄な話はここまでにするとしよう。先も言ったが、これが再生されているといことは我は既に死んでいる。それについてはお前もクレアもバルガスも何故と思っていた頃だろう。何故我ともあろう者がドラゴンの群れ如きに死ぬのか。しかしここで答えを言ってもつまらぬ。故に我が死んで六日目の0時に、我の元へ来い。答はそこにあるし、お前ならばその『何故』が解けるであろう』

 

 

 

「六日目の0時……今日。あと30分後か。……ふふ。日時指定から察して、自身の遺体の火葬事情も予測していたんだな…貴女は。まったく、貴女らしい」

 

 

 

『そしてもう一つ。これは……うむ。死んだ存在が今更問うことでも無いのだが……お前は、我と居て楽しかったか?我はお前を邪険に扱っていた。普通ならば憤っても可笑しくないというのに、お前は何時も我を第1と優先させていた。だが我と居ることに幸せに思うのと楽しく思うのはまた別だ。というのも……我は……ふ…──────我はお前を愛している』

 

 

 

「────────────。」

 

 

 

『今更どの口が言っているのだろうな……。我は最初、お前を愛していなかった。だがそれを言葉でも態度でも示そうと、それでも我を心底愛してくれたお前だからこそ…我は人を愛することが出来たのやも知れぬ。……我は王だ。小さき頃からそう育ち、そうなった。故に愛を父母から与えられてもそれは親愛。男女間の愛情を我は理解出来なかった。だがそんな我に愛を教えてくれたのはお前だ、オリヴィエ。

 

ありがとう。こんな人を斬ることに喜び見出すような、つまらない女に愛を教えて、愛をくれて。()は本当に…幸せ者なのだと、胸を張って逝ける。後は…そうだな……こんなラクリマに頼るのではなく、実際に私の言葉でお前に愛していると伝えてみたい。それくらいは……こんな私にも赦されるだろうか、ふふ。伝えるべき内容は以上だ。お前も私なんかに執着しないで、新しい女を見つけて幸せに暮らしてくれ。そして……数十年後、私の所へ来たときには、お前の話を聞かせてくれよ。そんな日を、私は待っているから。

 

ありがとう。そしてさようならだ。私の愛しい人、オリヴィエ・ルイン・アルマデュラ。貴方のこれからの未来に幸あらんことを、此方で祈らせて頂く』

 

 

 

「──────そうか…あの時のアレは……」

 

 

 

 

 

『……おり………あ……し……………ぁ………………』

 

 

 

『ぁ……………ぉ………………る……………ぁ……』

 

 

 

 

 

『ぁ…………ぁ…………────────────。』

 

 

 

 

 

「──────愛してる……そう言おうと…してくれていたのか…っ」

 

 

 

 

 

オリヴィエの脳内では、リュウマの今際の眼が哀しげにしていたのを思い出した。あれは、愛してると言おうとしたのに、言うことが出来なかったから、だからあのような眼をしていたのだと、今になってしまった。そうするとどうなるか。視界が歪む。ぐにゃりと歪んで見えなくなって、頬に一条の水の線を作り上げるのだ。

 

オリヴィエはリュウマの寝室で人知れず泣いた。あれから泣いていなかったのに、我慢していたのに、こんなのを見せられたらもう、我慢出来る訳が無いではないか。しゃくり上げ、涙をこれでもかと流し、綺麗な顔に似合わずぐしゃぐしゃになりながら泣いた。

 

それからオリヴィエは、リュウマの言っていたものが何なのかを確認すべく、リュウマの遺体が安置されている聖堂へと歩みを進めた。フォルタシア王国で初代国王が王位を継承する頃からあったとされる聖堂で、代々アルマデュラ一族は死するとこの聖堂で葬儀が取り計らわれる。そしてオリヴィエは中へと入り、棺桶の中に鼻と共に眠るリュウマの遺体を見た。

 

指定された時間が刻一刻と迫る中、オリヴィエは固唾を呑んでその時を待つ。残り五分、一分、三十秒、五秒。そして、時計が0時を差した瞬間、聖堂内に純黒の閃光が奔った。目も眩む閃光にオリヴィエは腕で影を作って目を瞑る。そして光が弱まって無くなると目を開ける。するとそこには……リュウマの居る棺桶の上に──────生まれたばかりだろう赤ん坊が居た。

 

 

 

「──────おぎゃーっ!おぎゃーっ!おぎゃーっ!」

 

 

 

「──────そう……か。そういう…ことだったのか…。貴女は……──────身籠もっていたのか」

 

 

 

リュウマはなんと、あの戦いの時に身籠もっていたのだ。それでも戦わなければならないと覚悟を決めたリュウマは、前日に密かにラクリマに映像を残した。きっと、自身は死ぬことになるだろうから。

 

リュウマは腹の中に居るまだ小さな小さな赤ん坊の為に、必要最低限の動きと衝撃で戦い、胴へと攻撃を全て避けていた。だからこそ、リュウマは眼を抉られ、手脚を引き千切られようとも、胴への攻撃は絶対に阻止していた。庇っていたのだ。オリヴィエとリュウマとの子供への攻撃を全て。そしてその所為もあってか、いつも通りの動きが全く出来ず、着実に追い詰められ、最後は息を引き取った。唯一つ、お腹に居る赤ん坊は無傷で。

 

母体が死ねば腹の中に居る子供も死ぬ。それは誰でも解る。だからリュウマは予め決まった時間に赤ん坊が生まれるに必要なだけの成長を促す魔法と、成長を終えたら胎内から取り出す魔法を掛けておいたのだ。それが発動する時間こそが、今日この日の0時である。

 

オリヴィエは震える手で見詰めながら、リュウマの腹の中に居た赤ん坊をそっと抱き上げた。温かく、柔らかで、膨大な魔力の波動を感じる。そして背中には、リュウマ・ルイン・アルマデュラを彷彿とさせる黒白の6枚の小さい翼が生えていた。

 

 

 

「……っ……お前の…お前の名は……リュナイア。リュナイア・ルイン・アルマデュラ。私と…っ……私の最愛の妻であるリュウマとの間に生まれた子だ」

 

「あぅあーー!」

 

 

 

この日……オリヴィエとリュウマとの間に、リュナイアという元気な男の子が生まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────十年後

 

 

 

オリヴィエ・ルイン・アルマデュラは、十年前に最愛の妻を亡くしながら、それから結婚することは無かった。彼の執務室と寝室には、その最愛の妻の写真が飾られ、ふとした時には目にしていつも愛おしげな表情をしていた。

 

今やオリヴィエは西と東の大陸代表国を治める、大変忙しい人物だが、それでもこれまで良い方向に向かっている。大臣の尽力もあるが、それでもやはりオリヴィエは最高の王をしていた。

 

 

 

「──────お父様!!」

 

「──────ん?どうした?リュナイア」

 

 

 

そしてそんなオリヴィエの膝に突進してきたのは、オリヴィエの息子であるリュナイア・ルイン・アルマデュラ。今年で十歳になる。やはりと言うべきか、容姿端麗な両親を持つことで、既に容姿が優れ始めている。そしてリュナイアはその小さな身に莫大な魔力を秘めている。それも、既に十歳の身でオリヴィエに差し迫ろうという程だ。

 

オリヴィエはリュナイアの将来にリュウマを見た。あのように戦場を美しく舞い、不適な笑みを浮かべて敵を斬り裂くだろう。それも他の誰も追随出来ないような強者として、我等を抜いて頂きに立つだろう。その光景を夢見ると、胸を締め付けられるような思いだ。

 

 

 

「ねぇお父様!またあのお話聞かせて!」

 

「あの話か?……ふふ。リュナイアもこの話が好きだな」

 

「うん!だって……あのお話を聞くと…何でか分からないけど胸が温かくなるんだ」

 

「……そっか。では今日もお話を聞かせてあげよう」

 

「わーい!!」

 

 

 

オリヴィエはリュナイアを抱き上げて頭を撫でながら、話し始めた。それはとある実話を元に作られた、オリヴィエとリュナイアだけが知る御伽噺。

 

 

 

 

 

世界に畏れられ、殲滅王と謳われた氷のような女性が、とある国王と出逢い、氷のような心を解かしてもらう暖かい愛の物語。

 

 

 

 

 

息子に御伽噺を聞かせていたオリヴィエは、視界の端に黒と白の羽根が舞っているのを幻視した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まったく……他の女を見つければ良いものを。本当に……──────愛してるよ、我の愛しい人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






リュウマ・ルイン・アルマデュラの死の原因

・女の子だったので城を抜け出す事は無く、自己修復魔法陣を創っていない。

・魔力が無いため魔法を使えず、使えても既存のものが殆ど。

・参冠禁忌の一つである く ろ の せ か い を使うと容量を取られて魔法すらも使えなくなる。

・身籠もっていたのでそもそも激しい動きが出来なかった。

・世界で一番ドラゴンの群れが多いというのに、一人で戦い続けていた(アクノロギア含む)



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