この凄まじい金欲者に祝福を! (ホイル焼き@鮭)
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1.この金の亡者に次なる生を!

よろしくお願いします。
こちらは気分転換のサブ小説なので、更新は遅いです。
ご了承願います。


 

 

 

ある日。

俺様こと、御剣響夜は奇妙な所に居た。

辺り一面真っ暗で、灯りという灯りが見当たらない。もしかしたらこれが、天国とやらなのかも知れなかった。

なんとも味気ないものだ。

 

そうだ。俺様は死んだのだった。

 

どういう死に方だったかと言うと、背後からナイフで首を一切りだった。俗に言う暗殺というものだ。それも仕方ないのかも知れない。

何せ、俺様は金持ちの生まれ。いや、生まれじゃない。家自体は貧乏だったな。

俺様が稼いだおかげで金持ちになったんだった。ざっと俺様が稼いだ額というと、まぁ1兆は下らないだろう。まぁその分、使った額もなかなかだが。

 

商売で儲けたこともある。

盗みで儲けたこともある。闘いで稼いだこともある。詐欺で稼いだこともある。

 

なぜそこまでしてまで金を稼ぐのかと、俺様の友人は聞いた。

 

だって、金さえあれば何でもできるだろう。

 

金のためなら何をやってもいい。金金金金金金金金金金金金金金。金バンザイだ。

死んだみたいだが、あんなに金を稼いだ俺様のことだ。誰がどう考えたって、天国ゆきに決まってるだろう。だからここは天国だ。

ふむ。天国とはただの真っ暗闇だったという論文で、小金の一つや二つ、稼げるやもしれない。良し、急いで戻らなければ。

 

というかさすがの俺様でも、この状況はよく分からんな。ふむむ。なんか、イベント的な何かが起こらなければ、金が稼げないではないか。金が稼げない俺様など俺様ではない。なのでイベント、早くしろ。

 

「ようこそ、死後の世界へ御剣響夜さん。ついさっきあなたは死にました」

 

ふと周囲が明るくなり、水色の髪の女が現れてそう言った。

 

「遅い!いつまで待たせる!」

 

一喝してやった。

 

「え、ええ!?な、なにいきなり!?」

「いや、悪い。金が稼げない事に絶望していた所だったのでな。それで、あんたは?あれか?女神とかいうあれか?」

「ええ、そうよ?私の名はアクア。水を司る女神です」

「そうか。それでアクアよ。今から俺様はどこに行くんだ?死んだ後の世界について、人間様は詳しくなくてな。ちゃっちゃと教えろ、女神」

「……何でそんなに偉そうなのかしら。まぁいいわ。死因は分かってるみたいだしー」

 

怒りに荒れ狂っていた時は気づかなかったが、目の前の女神は美しかった。薄紫色の羽衣、美しい水色のロングヘア。そうだな、見物料として100円やってもいいくらいだ。

大事なことに気がついた。金がない。

まぁあれか。普通死後の世界に元の世界の金とか持ち込んでも意味なさそうではある。ならいい。あっちの世界で金を稼げば済む話だ。

 

「それで、御剣響夜さん。あなたには二つの選択肢があります。生まれ変わって赤ちゃんとしてやり直すか、天国的な所に行っておじいちゃん的な暮らしをするか」

「……………」

 

数多の手段で金を稼いだ俺様の眼は、目の前の女がそうして欲しいように思っているとは思えなかった。商いには、こういった心理を読むことも非常に重要な点になる。それくらい分かった。

 

「要望があるなら、ちゃっちゃとそれを話せばどうだ?建前だとか前説だとか、俺様はそういうのが大ッ嫌いなんだ」

「……流石ですね、小学生の頃から金を稼ぎ始め、数多の才覚で1兆円を稼ぎあげた資産家、御剣響夜さん」

「よせよ、照れるだろう。

とかなんだの言って道化を演じるのも、金を稼ぐには重要だ。覚えておくといい」

 

やはり本音ではなく、面倒だったのだろう。アクアは少し嬉しそうな顔で喋り始めた。

 

「まぁ頭のいいあなたならわかると思うからざっくり言うわね?」

 

アクアはどこからかフリップを取り出し、そこにマジックで書き込みを始めた。ふむ、わかりやすくて結構。お前の仕事ぶりにも100円やっていい。

 

「・魔王に攻められてる世界があって。

・そこで生まれた人が転生を拒否して

・だったら他の世界で死んだ人送ろう

・すぐ死んでもアレだし、なんか一つだけ、好きなもの持っていかせて上げよう」

 

とのことだった。

 

「なるほど、わかりやすくていいな」

「理解出来たかしら?じゃあ、さっさと持っていくもの決めてちょうだい?」

 

まだ行くとは誰も言ってない。

言っていないが…………概ね転生というのは、記憶を無くすのがセオリーだ。赤子になってやり直すのはない。かといって天国になぞ行っても、死のスリルもない世界じゃ退屈で泣きそうだ。

よって可決。

という事で、何を持っていくかを決めろ、という事だが。

 

「アクアよ。何でもいいのか?」

「えぇ。好きに決めてちょうだい?」

「ふん。アクア、あっちの世界の金の単位は?」

「………エリスよ」

 

なんだか苦虫を噛み潰したような苦悶の表情を浮かべていたアクアだったが、構わず俺様は質問を続ける。

 

「額ごとの単位は?万だとか億だとか、千だとか兆だとかは?」

「全部日本と一緒よ。…………変なこと気にするわね」

「ならアクア。俺の答えは一つだ」

「なになに?決まったなら早くして?」

 

「俺様が持っていくものは、1兆エリスだ」

 

俺様がそう答えると、アクアは一瞬惚けたような表情をして―――――可笑しそうに笑った。

 

「………………クスクス!あなた、やっぱりおかしな人だわ」

「この世は金がすべて。他の世でも同じさ」

 

俺様の元に、どでかいトランクがいくつも落ちてきた。エリスとやらは、どうにも全てコインらしい。持ち運びも少しは楽そうだ。

そして俺様の足元に、青い魔法陣が現れる。

そしてさっきまでのけだるい表情を少し楽しそうに変化させ、言葉を紡ぎ出した。

 

「御剣響夜さん。あなたをこれから異世界へと送ります。魔王を倒した暁には、神々から贈り物をさずけましょう」

 

「そう、世界を救った偉業に見合った贈り物。……たとえどんな願いでも。たった一つだけ、叶えて差し上げましょう」

「黙れ駄女神。俺様は前説が大嫌いだと言っただろうが」

 

耳を塞ぐ。

 

「え、せっかくのカッコイイ台詞なんだから、聞いてよーっ!」

 

知ったことではない。

 

「じゃあな、駄女神。お前はなかなか、変な奴で面白かったさ」

 

俺様の体が明るい光に包まれた。

 

 

 

 

 

という事で転生した。しかし見た目は変わらなかった。俺様の服はこれでも金持ちなので、まぁまぁ高めな服なのだが。この異世界においては浮いてるような気もするな。

異世界らしく、周囲は異世界だった。

まぁ俺様の場合、異世界に興味があった訳では無いのでどーでもいい。そんな事より、この持っている金をどうするかだ。

 

「良し。まずはこの金を埋めるか」

 

大量すぎて持ち運びがきかなすぎる。

誰もいない秘境に持っていって埋めることにした。

ひとまず、ざっと1千万位を持ち運びできそうだったので持って、それ以外を埋めておく。

 

「まずは宿を探すか。あと金庫。若しくは家」

 

街に戻ってきた。誰かに話を聞いて、宿らしき場所を探そう。

 

「すまない。ちょっと良いだろうか」

「はい?何ですか?私は今から出掛ける所なのですが」

 

魔法使いらしきロリっ子に声を掛けた。

 

「なに、そこまで時間は取らせない。宿を教えて欲しいのだ。……………あとは、一応ギルドもな」

「はぁ。宿ならあっち、ギルドなら私が来た方を真っ直ぐです」

「ありがとう。助かった」

 

素直に俺様が礼を言うと、何故こんなに胡散臭いのだろう。甚だ疑問だ。

 

「別に構いませんが」

 

そう言ってロリっ子は、どこかへと歩いていった。どうでもいいので、一先ず宿に寄ってみることに。

意外と現代と仕組みは変わらなかった。早めにチェックインして、部屋を借りる。

この宿には、個室に金庫がある様だ。やったぜ。

トランクから全部出せば、あらかた入りそうだ。なので1度秘境に戻り、金を引っ張り出してくる。それを再度宿に戻り、金庫へとぶち込む。後は継続的に金を払えばここで暮らせるだろう。食事も自動で出るはずだ。

という事で。これで金の安全の問題はクリア。後は…………そうだな。せっかくだ、今までやったことのない方法で稼ぐのも一興かも知れない。

 

俺様は冒険者ギルドに寄っていくことにした。

なるほどなるほど、中は酒場が併設されている様で、なんか酔った連中がわんさかいた。

ウェイトレスの勧めに従い、奥のカウンターに行く。そこで冒険者として登録出来るとのこと。

 

「いらっしゃいませ!何の御用でしょうか?」

「冒険者として登録したい」

「なるほどー。登録料として千エリスかかりますが?」

「あぁ」

 

先ほどチェックインした時に出来た小銭で、千エリス払う。

 

「承りましたー。それではこちらに身長などの必要事項をお書きください」

 

サラサラと書いて、受付嬢に差し出す。

 

「はい、ありがとうございますー。それでは、こちらのカードに手を触れて下さい。筋力や魔力など、あなたのステータスが分かりますので、それに応じて職業を選択してください」

 

言われるがままに、身分証の様な形をしたカードに手を触れる。

そしてそれを受付嬢に渡す。

 

「はい。えー、ミツルギキョウヤさん、ですね。……………はっ?はぁぁ!?むぐっ」

「声が大きいぞ、受付。俺様は目立つのは嫌いだ」

 

なんだか嫌な予感がしたが。案の定だ。

 

「す、すみません……!筋力、生命力、魔力に器用度、敏捷性、知力!どれも高水準です!幸運が普通程度ですが、これならどの職にもつけますよ!」

 

まぁ、ある種当然か。

筋力?俺様がボクシングでどれだけのファイトマネーを稼いだと思ってる?

生命力?ヘビー級のボクサーに何度どつかれたと思ってる?器用度?金を稼ぐためには、何もかもをこなさなければならないのだぞ?敏捷性?フットワークが軽くなくて、どうやってスポーツで稼ぐ?知力?頭が良くなければ、商売は出来ん!

 

まぁ魔力に関しては知らんが。何せ俺様は頭がいいが、流石に元の世界にないことには詳しくはないからな。

 

「冒険者、盗賊、プリースト、アークプリースト、クルセイダー、ナイト、ルーンナイト、ソードマスター、ウィザード、アークウィザード………か」

 

まぁあれか。アークの方が位が高く、なんかカッコイイ二つ名みたいなのが上級職なのだろう。プリーストはつまり、僧侶か。ウィザードはそのまま魔法使いだろう。

今までやった事のないこと…………。

 

初期職の冒険者はないだろう。盗賊もやった事がある。僧侶とやらはやった事がないが。回復というのもガラではないだろう。剣も、一通りの技術は既に習得している。

魔法使いなどあるはずも無い……………。

 

「よし。まぁものは試しだ。アークウィザードにしようか」

「はい!アークウィザードですね!攻撃に優れ、前線でも後衛でも戦える万能職ですよ!」

 

受付嬢は興奮した様子で、最後に締めくくった。

 

「冒険者ギルドにようこそ、キョウヤ様。今後の活躍を期待しております!」

 

 

 

 

「ふむ。買いで」

「ありがとうございます!またいらしてください!」

「あぁ、分かった」

 

「これも。買いで」

「ありがとうございまーす!」

 

「これも。これもこれもこれもこれもこれも」

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、ありがとうございまーす!」

 

いま、俺様が何をしているか気になっているだろう?教えてやる。金を払え。

とまぁそれは冗談だ。ただ中国人観光客など目ではない位の爆買いをしているだけだ。

武器屋に寄ってはその店で売っている1番いい剣を買い。

防具屋に寄っては、ベストだのレザーだの、アクセサリー等の一番いいものを買い。

雑貨屋によっては、傷薬だの解毒剤だの、その他もろもろを買い。

ローブだとか杖だとか、魔力を高めるものも買った。

そうするまでに使った総額、実に1千万。

バカみたいに使ったと思うかもしれない。しかしよく考えろ。

俺の総資産の10万分の一だろうが。お前ら、100000円持ってる時に一円なくしたからって、それを憂いたりするのか?1円が最強装備に変わったのなら、誰がどう見てもリーズナブルだ。

 

まぁ得てして武器屋で買えるものなど、一番良いものでも微妙だったりするものだが。それでも100万やそこらする武器なら、そこそこの働きが期待できるだろう。良くある、ジョブごとに装備できる武器が決まっている訳では無いらしい。まぁこの世界はゲームではないのだ。装備できないわけもあるまい。

 

「という事で。一先ず、仕事を受けてみるとするか」

 

ギルドに寄って、レベル一の雑魚な現在の俺様でもやれそうな辺りを調べてみることにした。

ジャイアントトード10匹討伐。報酬10万エリス。

繁殖したアダマンタイタイの駆除。報酬5万エリス。

野生動物の駆除。報酬10万エリス。

まぁこの辺りか………。

 

「おや、あなたは先程の」

「ん?…………」

 

誰だろうか。後ろを振り返る。

そこに居たのは、かなり前にお世話になった魔法使いロリっ子だった。

 

「あぁ、お前か。久しぶりだな」

「あなたも冒険者だったんですね」

 

と言うと彼女は、いきなり額に手を当て、中二くさいポーズを取り始めた。

 

「我が名はめぐみん!紅魔族随一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を操るもの!」

 

なんだこいつ。中二か。

しかし。中二は痛い子だが、それが美少女なら、ある程度の中和反応が起こるのだ。その点も含め、美人は得だな。

ふと金持ちの男の資産をぶんどる為に、女装して近づいた思い出が頭によぎった。美人は金になるよな……。

 

「めぐみんだって?何だそれは。あだ名か何かか?」

「本名です」

「めぐみんが本名か………可哀想に。俺様はキョウヤだ。ミツルギキョウヤ」

「キョウヤですね。その姿を見るに、ナイトですか?」

 

俺様の今の装備は長剣だった。まぁそう見えても仕方ないだろうな。

 

「一応、職としてはアークウィザードだ」

「ほほう。私と同じですね」

「そうみたいだな」

 

…………しかし。この世界での常識がまだ無いのが困りどころだな………。誰か案内役のようなものがいなければ、危険なような気もする。

ふと、目の前の少女を見やる。ふむ。

ここは異世界で、ギルドだ。いわゆる『パーティ』というのが組めるはず。

 

「めぐみん…………はないか。メグでいいか、そっちの方が可愛い」

「なんか変なあだ名ですね。キョウヤがそう呼びたいならいいですが」

 

メグが変な扱い…………。まぁ、めぐみんが本名なら扱いとしてはそうかもしれんな。

 

「メグ。実は俺様は遠い遠い国から来てな。あまりこの辺りには詳しくないのだ。という事で、俺様とパーティを組んでくれると助かるのだが…………どうだろうか?」

「いいですよ。私も1人なので」

 

たらららったらー。めぐみんが仲間になった。

 

「良し。じゃあ今からコレを受けるから、一緒に来てくれ、メグ」

「えぇ。行きましょう」

 

クエスト:ジャイアントトードを10匹討伐せよ。

 

 

 

「アレがジャイアントトードか………」

 

少し遠くの方でげこげこ鳴いている蛙を見ながら、俺様はそう洩らした。

 

「えぇ。山羊や小さな子供なら丸呑みに出来る巨躯を持ち、皮膚が柔らかく、魔法の類が効きづらいです。打撃も効きづらいです」

「なるほど」

「私の魔法には詠唱に時間がかかります。キョウヤはその分の時間稼ぎをお願いします」

「分かった。よろしく頼むぞ、メグ」

「任せてください」

 

長剣を引き抜き、ジャイアントトードのいる方向へと向かう。

巨躯に見合わぬ俊敏な速度で、俺様の方へと走ってきた。そして俺様の目の前へと着くと、その口を大きく開き、俺様を丸呑みしようとしてくる。

その攻撃を半身になって躱し、がら空きの背中に回り込み、上段から袈裟斬りする。

ジャイアントトードは血を撒いて動かなくなった。

 

案外に弱い。これなら余裕か。まぁ俺様だしな。打撃に強いと言っていたが、まぁこの剣はレプリカでは無いのだ。模造刀ならまだしも、真剣で切り殺せない訳もない。

 

ジャイアントトードの群れを見つける。こちらに気づく前に近づき、1匹目の首筋を横薙ぎに切り捨てる。振りかぶった流れで回転し、左手に持ち直し、2匹目を。流石に気づかれた。

ドスドスと音を立てながら、俺様の体へと飛び乗ろうとしてくる。

 

「ふん…………たわけが!」

 

ジャイアントトードの浮いた距離の少し上を飛ぶ。そうする事で飛び乗りを躱し、落下すると同時に長剣を頭に突き刺す。三匹目。

残った1匹は果敢にも、舌で俺様の体を絡みとろうとした。後ろに衝撃を流すように剣で舌を受け流し、空中に跳び、頭をかかと落としで蹴る。怯んだスキに首筋を切り捨て、4匹目を仕留めた。

 

すると、ジャイアントトードの群れが、地面からもこりと顔を出した。四匹もいる。

倒すことは可能そうだったが、メグの魔法の準備が完了したようだったので、メグにそいつらを任せることにした。

 

「メグ!あっちの群れを狙え!」

「分かってますよ。見ててくださいキョウヤ。これが人類最強の攻撃魔法―――爆裂魔法です!」

 

メグが杖を天に掲げ、その杖先から赤色の閃光が現れる。

 

「『エクスプロージョン』ッ!」

 

天にその閃光が吸い込まれると、雲は割れ、数々の魔法陣を作り出しながらジャイアントトードの群れへと光線を放った。

するとどうだ。カエルの巨躯は爆裂四散し、跡形もなく消えていってしまった。後には20mはゆうに超えるクレーターが作られている………。

 

「excellent。凄いもんだ」

 

金を稼ぐ事ばかり考える俺様ではあるが、それはもちろん使うために集めているのだ。そして俺様はよく金持ちが使う時計だの服だの女だのに興味はない。

なら何に興味あるか?

実はゲームとかその辺のオタク系だったりする。ソーシャルゲームにも手を出している。ほぼ全てといっても過言ではないくらいの量のゲームを極めた。

まぁ金があればこんなもんだ。

案外俗物めいてるが、まぁ同じ人間だ、趣味は大して変わるまいて。

金を稼ぐことが趣味と言ってもいいがな。

 

というか話が横道に逸れてしまったな。つまり、俺様は俺様でこういった派手なファンタジーを目の当たりにすれば、素直に賞賛の一つや二つ洩らしてしまうという事だ。

 

「っと………」

 

さっきの衝撃で起こしてしまった様で、ジャイアントトードが2匹、メグの近くの地中から顔を出した。

 

「メグ!一旦離れろ!…………ん!?」

 

メグに大声で呼びかけると、何故か彼女が地面に倒れていることに気がついた。何をやっているのだ………!

 

「はぁぁっ!」

 

1匹のジャイアントトードの背に向かって飛び乗り、頭を長剣で一刺し。全身の筋力が切れる前に足場にしてもう1匹の方に飛び移り、首筋を削ぎ落とす。2匹のジャイアントトードがドスリ、と地面に倒れる。

 

「全く。何をやっているのだ、メグ。そんな所で寝ると、喰われるぞ?」

「……………爆裂魔法は最強魔法。威力の高さに応じて、消費魔力もケタ違いに多いのです。1回撃った後は1歩も動けません」

 

ばったりと倒れ伏しながら、メグはそう言った。なんだその使い勝手の最悪な魔法は。存在する意味があるのか?

しかし、なぜメグが1人だったかの納得がついた。アークウィザードという上級職に就いていながら、なぜ誰も彼女を拾わないのか、甚だ疑問だったのだが…………。

 

なるほど。こんな奴、拾うわけがないわな。

まぁ、全能の俺様の事だ。お荷物になりかねん奴の一人や二人、抱えることくらいわけないだろう。

 

「なるほど。それは使い場所を考えねばならんな。ならメグ、一つ聞くが、他の魔法は使えるのか?」

「……………使えません」

「そうか。それは尚更考えねばならんな。良し、とりあえず行くぞメグ」

「……………私を捨てないのですか?」

「ん?なぜそんな事を聞く」

「いつもそうでしたから。最初は皆さん、歓迎してくれますが。私が爆裂魔法しか使えないと知ると、すぐに捨てていきます」

 

そう言ったメグは、少し寂しそうに見えた。

ふむ。こういった心理的弱点を突く事も、相手を脅す上ではとても大事だが…………。

まぁ、金にならん奴の弱点を突く必要もあるまいよ。

 

「そうか。残念だが、俺様は金稼ぎ以外の事には意外とものぐさでな。今更新しいパーティメンバーを見つけるのも面倒なのだ」

 

本当に1歩も動けないらしいメグを、両腕で抱き上げる。羽のように軽かった。まぁ俺様だからな。

 

「……………変な人です」クスッ

 

変な人とは失礼な事を言う。

俺様とメグは街への帰路を急ぐことにした。

その途中。

 

「おっと………ジャイアントトードか。クエスト外だが、まぁ構わんだろう。狙われている様だしな。メグ、悪いが少し降ろすぞ」

「はい。分かりました」

 

メグを降ろし、長剣を引き抜く。

そしてジャイアントトードへと走るのだが、先程よりも体が軽いことに気がついた。

ふむ?これがレベルアップとやらだろうか。

なるほど。さらに俺様のスペックは上がったらしい。

 

姿勢を低くし、足元を切りつける。足に力が入らなくなり、ジャイアントトードは思い切り前へとすっ転んだ。そうして無防備に晒されたうなじを切りつける。首をよく狙うのは急所で、1番伝達系を阻害できる場所だからだ。

 

「ふん…………こんなものか。悪いメグ、待たせたな…………って」

 

メグが元いた場所を振り返ると。

地中から這い出たらしいジャイアントトードの姿が見えた。ご丁寧にも、ぴくぴくと動く黒ブーツをのぞかせて。

 

「………何を喰われておるのだ、お前はぁぁぁぁっ!!」

 

俺様の前途は、かなり多難らしい。

ジャイアントトードをぶち殺し、粘液まみれで生臭いメグを片手で掴みながら帰ることになった。

 

 

 

 



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2.この素晴らしい火力に賞賛を!

「さぁ、漸く街に帰ってきたぞ。メグ、取り敢えず臭いのでお風呂に行ってこい」

「はい………分かりました………」

 

周囲にしかめっ面をされながら、メグはとぼとぼと大衆浴場に歩いていった。

さて………。俺様は何となしに、冒険者として登録した時に貰った冒険者カードを見てみた。

ふむ。レベルが1から5に上がっていて、スキルポイント、と書かれている場所のポイントがゼロから8になっていた。

スキルポイント………か。メグが帰ってきたら聞いてみよう。

 

しかし、この『固有アビリティ』という欄に書かれている『金欲者(パワー・オブ・マネー)』とは何だろうか。

これも聞くべきか。

 

「スキルポイント?あぁはい、スキルを覚える為のポイントですね」

 

戻ってきたメグにその旨を聞いてみると、彼女はそう言った。

まぁ名前の通りか………と納得したので次は固有アビリティについて聞いてみる。

 

「スキルには二つの種類があります。通常スキルと、アビリティスキルです。通常スキルはいわゆる必殺技のようなもので、アビリティスキルは所有している本人に及ぶ補助効果の様なものです」

 

ふむ?まぁ、言葉の響きから何となく分かってはいたが。アビリティ、と言うくらいだからな。

 

「固有アビリティは、その人のみにしか使えないアビリティスキルの事です。基本的に使い方は分かりません。手探りで探すのですよ」

「ふむ、そうか。スキルポイントというのは、レベルが上がれば貰えるのだよな」

「そうですね。職業によって貰えるポイントの量は異なります。キョウヤは上級職ですから、多くのポイントを貰えているはずです」

「なるほど………スキルの覚え方は?」

「1度スキルを見れば冒険者カードにそのスキルが表示されます。そのスキルのポイントを冒険者カードから払えば、スキルを覚えられますよ。しかし、アビリティスキルの場合は見る必要は有りませんよ」

 

ふん…………なるほど。それに加え、ジョブごとに取得できるスキルも制限されるのだろう。カードを見ると、『爆裂魔法』もカードには記されていた。50スキルポイント要とも。

今スキルポイントが8。レベルを4つあげてこれなら、どう考えてもこれを覚えるのはバカのやる事だろう。

 

「メグ。お前の冒険者カードを見せてもらっても構わんか?」

「もちろんです!見てください、私の軌跡を!」

 

メグが手渡してくれた冒険者カードを見てみる。

レベルは6。あまり元から高くなかったのだろう。メグはあのカエルを4匹倒していたが、俺様は15匹もぶっ殺したから、レベルがほぼ同じなのだろう。

スキルポイントは6。

取得スキル一覧………。

 

爆裂魔法、爆裂魔法強化、魔力量増量、高速詠唱。本当に爆裂魔法しかないようだ。

まぁそれはいいとして。固有アビリティはなし、か。

魔力、知力が高い。が、それ以外のステータスはあまり良くはないようだ。いわゆる魔法使いステータスというやつだ。

しかし魔力は俺様の1.5倍ほどあり、魔法による攻撃力はかなり期待できると言っていい。

 

「ありがとう、メグ」

 

しかし。爆裂魔法は50スキルポイントだと書いていたはず。このレベルで取得できるスキルではない。

つまり、『他にスキルポイントを手に入れる方法がある』という事だ。

 

「メグよ。なぜ爆裂魔法を取得できるほどのスキルポイントが有ったのだ?」

「はい。キョウヤは知らないと思いますが、私は紅魔族という種族でして。生まれつき魔力が高く、優秀な魔法使いが多いのです。そんな紅魔族が住む紅魔の里には、スキルアップポーションという、飲むだけでスキルポイントが上がる飲み物が優遇して貰えるのです」

「スキルアップポーション。それは高いのか?」

「はい。非常に希少ですので。まともに買ったら、1つ100万は下らないんじゃないですかね」

「ほほう?」

 

それはそれは。

 

「まぁ、一先ず、スキルの問題は後回しにしようか。何処かで飯にしようと思うのだがメグ、お前、金はあるのか?」

「ないですけど、今回のクエストの報酬があるじゃないですか」

「む、そうだったな」

 

これは金稼ぎの手段なのだった。どっちかと言うとゲーム感覚でいたが。

俺とメグはギルドに向かった。

 

「ジャイアントトード10体の討伐、確かに確認しました。こちら、報酬の20万エリスです。お確かめ下さい」

 

あのカエル10匹殺すだけで20万、か。かなりお得だな。

一先ず、メグと食事の席を共にすることにした。

 

「まぁメグよ。お前はなかなかいいものを見せてくれたしな。俺様が6匹殺したのだから、本来なら6対4で分けるべきなのだが、半々で折半してやろうではないか」

「普通、功績に関わらず、パーティメンバーで割るのですけど」

「そんな共産主義みたいな事を言っていては、金は稼げん。覚えているといい、メグ」

「…………まぁ、構いませんが。私は爆裂魔法さえ放てられれば、無報酬でもいいと考えてますから」

「ほほう。それはいい事を聞いたな」ニヤァ

「あの、雑費とか食費とかは払ってくださいね………?」

 

なんだ。パーティとは、メンバーと暮らしたり、食事をしたりするのか?もっと割り切った関係だと思っていたが。

そんな事を考えながら、先ほどぶち殺したジャイアントトードの唐揚げを頬張る。

カエル肉というのは非常に淡白で、鶏肉に近い味わいを持つ。この世界でも変わらぬようで、少し硬かったが、概ねそのような味がした。

 

「キョウヤは先程からお金に執着しているように感じたのですが」

「あぁ。金さえあれば何でも出来るからな」

「何とも夢がないですねー。そうだ、キョウヤも爆裂魔法を覚えて、私と共に爆裂道を歩みませんか!?」

 

ずい、と、メグが俺様に顔を近づけながらそう言った。

 

「ふむ。まぁ確かに、あの破壊力にはロマンがあるな」

「そうでしょうそうでしょう!爆裂魔法以外に、覚える価値のあるスキルなんてありませんとも!」

「だが、ダメだな。スキルポイントが足らん」

「………………むー」

 

ふくれっ面をするメグ。鬱陶しい顔をするな、美少女が。

 

「しかしメグよ。安心するといい。爆裂魔法を覚える方法なら既に考え出してある」

「本当ですか!?」

「あぁ、俺様の類稀なる頭が回転した結果な。まぁ、誰でも思いつくが出来ない事だ」

 

キラキラと目を輝かせながらこちらを見ているメグを尻目に、俺様はカエル唐揚げを食べていた。

 

「まぁそれには時間が掛かるのでな。期待して待つといい」

「おお………!共に爆裂の道を歩む人間が現れるとは………!感謝するぞ、キョウヤ!」

「フハハハハ、感謝するにはまだ早いぞ、メグよ」

 

取りとめもない話をしながら、今日の夕食を食べ終わる。ふむ、悪くないものだ。そもそも俺様は金持ちだが、高級料理だとかそういったものは好まん。金というのは有意義に使わなくてはならんからな。だからこういった大衆食堂というのも悪くは思わない。

 

「そう言えばメグ。お前、住むところは?」

「ありませんね。駆け出し冒険者とは、基本的に宿無しなものですよ」

「は、なるほどな。しかしメグ。この俺様は金持ちである。お前にも住むところを提供してやってもいいぞ?」

「本当ですか?………って、そう言えば最初にあった時宿を探していましたね」

「まぁな」

 

その後メグを宿に連れていき、彼女の分のチェックインを済ませておいた。

流石の俺様と言えど、軽い疲労感がある。1日で良くもまぁ適応したものだ。俺様の仕事ぶりに俺様が100円をやろう。

 

「それでは、キョウヤ。これからよろしくお願いします」

「あぁ、こちらこそ。おやすみ、メグ」

 

その夜。

俺様は睡眠中にパッチリと目が覚めた。

トイレに起きただとか、小腹が空いただとか、そんなマヌケな事をする俺様ではない。

 

「曲者が!」

「!」

 

そう、侵入者が現れたのだ。もはや言うまでもない。金目当ての賊だろう。

腕を引っ掴み、後ろ手に締めあげる。もう片方の腕も掌を裏返すように伸ばし、あまり使えないようにする。

全く………。なぜ睡眠を阻害されなければならんのだ。

 

「おい。どうやって金の匂いを嗅ぎつけたか知らんが、俺様がいる限りこの金に手を出す事はさせんぞ」

「……………そこに入っているのはお金なの?」

「知らずに盗みを働こうとしたのか?その通りだ」

 

暗がりでよく見えなかったが、こうして近づいた事でその姿が見えた。

銀髪のショートヘア。小柄で、胸も小さい。

口元をマスクで覆っており、如何にも盗賊といった風体をしたその女に、俺様の脳細胞があるヒラメキをよこした。

 

「お前………ギルドで見たことがあるな。なんだ?冒険者の盗賊ってやつは、人様の物まで盗んでいくのか?」

「……………何の事かな?」

「ふん、知らないのなら教えてやる。盗みというのは、捕まった時点で終わりなのだ。今更隠しだてなど、意味がないと心得ろ」

「……………そう。私はクリスだよ」

「ふん、そうか。おいクリス。お前がなぜここに盗みに入ったかはどうでもいいので聞かんが、人相と名は覚えた。帰してやるが、この俺様に金を払うのだな」

 

今さら通報だのなんだの、そんな一般じみた事はしないが。この俺様に盗みを働こうとしたのだ。相応に金を払ってもらわなければな。

俺様がそう言うと、クリスと名乗った賊はキョトンとした顔で、

 

「……………帰してくれるって言うの?」

「当然だ。お前を捕まえてどっかの拘置所にぶち込んだ所で、一銭の得にもならん。クリスよ、お前が俺様に謝罪料として1万エリス払うなら、無罪放免にしてやろう」

 

答えは聞かず、クリスの身につけていたポーチから財布を抜き出し、1万エリス抜き出した。まぁ誰だって、捕まるくらいなら金を払うだろう。俺様が同じ状況ならそうするしな。

 

「確かに頂いた。では、夜が更ける迄には帰るのだぞ?深夜は危ないからな」

 

クリスを拘束していた手を緩め、解放する。

それで話は終わりだと、俺様はベッドに寝転がった。

 

「……………変な人だね」

「燕雀いずくんぞ、鴻鵠の志を知らんや。得てして大物というのは、そういうものだ。覚えておくといい」

「まぁ………感謝するよ」

 

クリスは入ってきた時と同様、窓から帰っていった。

それを確認してから、俺様は再度、深い眠りに落ちた…………。

 

 

 

 

 

「メグッ!今だ、撃てッ!」

 

俺様に注意を集め、1箇所にモンスターを固めた俺様はメグにそう呼びかけた。

 

「はい!『エクスプロージョン』ッ!」

 

慌ただしかった初日から1週間。

俺様とメグは、モンスターを何匹も狩りながら過ごしていた。俺様はレベルが5から12に上がり、メグは6から12に上がった。

スキルポイントも22溜まったので、そろそろ何かスキルを覚えるべきかと、俺様とメグは狩りの後、ギルドで話を始める。

 

「そうですね。キョウヤは今のままでも随分強いですけど、何かスキルを覚えれば、もっと強くなると思いますから。しかし、今のスキルポイントでは中級魔法程度までしか覚えられませんし、もう少し待つのもアリだと思いますよ」

「ふむ。メグがそう言うのならそうなのだろう。………頃合か」

「?キョウヤ、何か用事でもあるのですか?」

「あぁ、まぁな。前に話しただろう?爆裂魔法を覚える方法だ」

「目処が立ったのですか!?」

 

ずずい、とメグが俺様の顔に端正な顔を近づける。そんな無邪気なメグに向けて、俺様は特に慌てることもなく、不敵に笑い返してやる。

 

「ふはは、まぁな。俺様はレベリングだけしかしていなかったわけではない」

「キョウヤがこそこそ何かをしていたのは知っていましたが、遂に目処が立ったのですね!というか、その方法とは一体何なのですか?」

「興味があるのなら、メグも付いてくるか?」

「いいのですか?」

「あぁ、まぁ、構わんだろう。お前の事は信用しているからな」

 

俺様は食事によって動ける程度に生命力を取り戻したメグを連れて、俺様は宿の自室に入った。そして備え付けの金庫をガチャリと開ける。

その中身を見て、メグが驚愕の声を上げる。

 

「!?な、何ですかこれ!?」

「9999億9001万2030エリス……、まぁそんな所だ」

 

やはり、あまり稼げてはいないな………。宿代等の雑費がかさんでいる。メグの分まで面倒を見るとなると、日がなの稼ぎで漸くそれらを賄える程度になってしまうのだ。

まぁ、今はそれはいいだろう。

俺様はその金庫から金を少し取り出し、メグを引き連れてある場所へと向かう。

 

「キョウヤはなぜそんなにお金を持っているのですか?王族だって、あそこまでの資産は持っていないと思います」

「ふむ。ある人からさずけられてな………まぁ、メグよ。あまり触れないでくれると助かる」

「はぁ。しかしですねキョウヤ、あなたが何をしたいか、大体分かった気がしますよ」

「ほう?」

 

そう言えば、メグは魔力だけでなく、知力も高かったか。まぁ、魔力と違い、聡明なこの俺様には及ばなかったがな。

暫く歩いていると、目的地に着いた。町外れの森である。

 

「森、ですか?ここに何か用でも?」

「あぁ。ここで待ち合わせをしていてな」

「待ち合わせ?この森にはあの『初心者殺し』も含め、強力なモンスターや群れが多く生息しています。その待ち合わせをしている人は大丈夫なのですか?」

 

メグは少し心配気にそう言った。

初心者殺し。虎のような姿をしたモンスターだ。ゴブリンなど、群れを作る雑魚モンスターを狙って捕食する。相当高い知能を持っていて、自分の獲物を倒そうとする冒険者(雑魚狙いの、いわゆる冒険初心者だ)を積極的に狙う。

 

だから、初心者殺しという訳だ。

俺様とメグは、ゴブリン殺しのクエストでコイツに出くわした事がある。エクスプロージョンでゴブリンの群れをぶち殺し、メグの魔法はこういう時は便利だなと話しながら帰路についていた時だった。まぁ普通に考えて、レベル10未満(その時はな)の俺様と、魔法を使った後の役立たずのメグで勝てる相手ではなかった。

 

しかしだ。俺様は仕事柄、世界各地を回っていた事がある。アフリカの地方で、虎の1匹や2匹、出くわした事も一度や二度ではない。猛獣の一匹や二匹、対処するなどワケないことである。

1度手足の骨を峰打ちでへし折り、動けなくなった初心者殺しの口内に剣を差し込んで、そのまま中の器官をぐちゃぐちゃにかき混ぜてやった。

毛皮を一切傷つけなかった理由は、言うに及ばず、金のためである。売却額100万で売れた。素晴らしい。

 

「なに、心配することは無い。なぜなら―――――」

 

俺様がメグに説明しようとした、その時。

ガサガサと草むらが動き始めた。

 

「あ、居たっす居たっす!いやー、すみません、お待たせしましたっす!途中でっすね?誰かが呼び出したのか、それとも魔王軍から追い出されたのか知んないっすけど、デーモンに遭遇しちゃったんすよー!そいつぶち殺すのに時間掛かっちゃいまして!」

 

そう陽気に声を掛けてきた、その男は。

全身が血でまみれていた。

 

「きゃ、きゃあああああっ!?」

 

 

 

 

 

「……………すみません、取り乱しました」

「なに、構わん。この俺様だからこそ平静で居られたものの、普通の人間は血まみれの人間を見かけたら悲鳴の1つや2つあげるだろう」

「いやー、驚かせちゃったっすか?面目ないっす!」

「お前。大丈夫なのか?」

 

血まみれの男に俺様は問いかける。

 

「だーいじょうぶっす!これ殆ど返り血っす!」

「そうか。まぁ、そうだろうな」

 

ひと段落ついた所で、メグにその男を紹介してやる。

 

「メグ。こいつはロート。この街、アクセルに家を持つ商売人だ。商売人とは言っても、1箇所で販売しない、いわゆる『行商人』というヤツだ」

「初めましてっす!めぐみんさんっすね?ロートっす!」

「私の事は、既に聞いているのですね。しかし一応自己紹介しておきましょう」

 

すっかり調子を取り戻したメグは、バサッ、と身につけたローブを翻し、額に手を当てるポーズをとった。

 

「我が名はめぐみん!紅魔族随一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を愛するもの!」

 

ドヤァ。そんな擬音が聞こえそうな表情のメグに対して、ロートは朗らかな顔を崩さず、

 

「カッコイイっすねぇ!紅魔族の人は面白い人が多いっす!」

「ふふ………分かっているじゃないですか」

 

ちょろいぞ、メグ。面白い(笑)であることに気づかなくてはいけない。

自己紹介も終わった所で。俺様は本題に入ることにした。

 

「それで、ロートよ。例の物はちゃんと持ってきたか?」

「もちろんっすよ!ミツルギさんこそ、ちゃんと持ってきてるっすよね?」

「ふっ、金稼ぎが絡むならともかく、俺様は取引には忠実だぞ?」

「それなら良かったっす。いやぁ、コレを守りながら倒すの、大変だったんすよー?」

 

そう言ってロートは、背負っていた特大なリュックサックを降ろして爽やかに笑う。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいキョウヤ。そのリュックに何が入っているかは大体察しがつくのですが。デーモンなんて強力なモンスター、どうやって撃退したのですか?冒険者でもないのに………」

「うん?あぁ、説明しそびれていたな…………」

 

初対面のショックが強すぎた。

 

「行商人とは、様々な街を渡り歩く職業だ。商品が売れて馬車を使えれば良いが、売れなくては、街と街のモンスターがひしめく道中すらも切り開かなくてはならない。冒険者カードこそ持っていないが、こいつはかなりの手練だぞ?」

「いやぁ、照れるっす」

「………は、はぁ……。そうなんですか」

「あぁ。そんなコイツに頼んでいたのは、様々な街を渡り歩き、ある物を各街から買い集めて貰うことだ」

 

チラッと、ロートに目配せする。

ロートはリュックサックから、どでかいトランクを持ち出し、それを開けた。

 

「なるほど……………やはりその『ある物』というのが…………スキルアップポーションなのですね?」

 

スキルアップポーション100個。

大量の青い瓶が、ロートの持つトランクには敷き詰められていた。

 

「……………ゴクリ」

 

そーっと、メグがスキルアップポーションに手を伸ばす。

 

「あっ、ダメっすよ、めぐみんさん。まだミツルギさんとの取引は終わってませんからー」

「そもそもメグよ。それは俺様のものであって、お前のものではないしな」

「……あ、あぅぅ………わ、分かってますよ」

「ならいいがな。…………ほら、ロート。約束の金だ」

 

懐から、金庫から取り出した金を入れた袋を取り出した。

それをロートに手渡す。

 

「スキルアップポーション代1億、移動費1千万、報酬1千万―――合わせて1億2千万。確認してくれ」

「――――――――確かに。頂いたっす」

 

ロートは中身をチエックしてからそう言った。

俺様がなぜ、自分の足でスキルアップポーションを集めなかったのか。それには理由がある。

馬車というのがこの世界での一般的な長距離移動方法なのだが、それでは時間がかかり過ぎる。

大体、1つの街でそういったものを売っているのは10つほど。アクセルの街の分を合わせて10個の街を渡らなければならない。かなりの時間がかかるの確かだった。

しかし――――流石は魔法のある世界。

 

『テレポート』。それで移動を担ってくれる業者があったのだ。

 

1度使うのに100万と高額だったが。

しかしよく知らん街で、そういった特定の業者を探すのは難しい。

そこで、様々な街を訪れており、人脈も広い行商人のロートの出番だったという訳だ。

 

「なら、コレで取引は成立っす。いやぁ、いい取引だったっすねぇ」

 

ロートはそれ以上やることは無いとばかりに、そそくさと帰って行こうとした。

 

「あぁ。ロート。俺様は建前や前説は嫌いだが。しかし、狡猾な所を好青年の仮面で覆い隠すお前のやり方は、嫌いではないぞ」

「……はは。言いがかりはよして欲しいっす、と言いたいけど。僕は正しい事は否定したくないんだよねぇ」

「はははっ!また会えると良いな、ロートよ」

「はっはー、僕もそう思うっす!それじゃあ、また会いましょうっす、ミツルギさん!」

 

ニッコリ、と笑って、ロートは歩いて行った。

大枚をはたいてしまったがまぁ、メグの反応を見るに、あのスキルアップポーションは本物だろう。問題はなさそうだ。

さて………これで残額9998億7000万2030エリス、か。流石の俺様と言えど、ここまで一気に金を手に入れたことは無いからか知らないが、金を安易に使いすぎているようにも感じるな。

 

一兆円を稼いだこの俺様と言えど、6歳頃から18歳までの、12年間の間に稼いだ金額というだけだ。一挙に手に入れた訳では無い。

 

「キョウヤ?どうかしたので?」

「あぁ、いや、何でもない。帰るぞ、メグ」

「?あぁ、はい。分かりました」

 

メグを引き連れ、1度宿へと戻る。

さてさて…………ま、1度遊んでみようか。

バカ火力、しかし1度使ったら動けなくなる。

そんな燃費最悪のネタ魔法………習得してみるのも一興だろう。

 

 

 

 

そして俺様は再度、森に立っていた。

目の前には、ガルル、と唸る初心者殺し。

近くの平原から来たのだろうか。近くにジャイアントトードが群れをなしているから、それ目当てだろう。そもそもまずはそれに撃ってみようと思っていたのだが、まぁコイツでもいいだろう。

さぁ―――――試しだ。

 

「『エクスプロージョン』――――!」

 

轟音。それが鳴り響くと、木の上で囀る小鳥達は慌ててバサバサと飛びさり、木々は衝撃波で枝をざわざわ震わせた。強い風が髪を靡かせ、気を抜けば吹き飛ばされそうだ。

漸くそれが収まると、後にはただ破壊の爪痕が残されているだけだった。

 

「――――――ふふっ。どうです?キョウヤ。あなたにも爆裂魔法の魅力、分かったんじゃないですか?」

 

ニヤリと笑いながら、メグは言う。

圧倒的な破壊。ゆらゆらと舞う土煙が、それを証明しているように見えた。それを自分が生み出した事に、筆舌に尽くし難い感動を、不覚にも覚えてしまう。

爆裂魔法。人類最強の攻撃手段、か。

ふん。

なかなか悪くないじゃないか。

 

「なるほど。メグが入れ込むのも、分からないでもない――――な……?」

「キョウヤ?」

 

メグに歩み寄ろうとすると、体が急激に重くなり、体に力が殆ど入らなくないことに気付いた。

くそ………やばいな、これは………。

余りの辛さに耐えかね、片膝をつく。

 

「ちょっとキョウヤ!だ、大丈夫ですか!?」

 

そんな心配の声にすら、返すことが億劫だった。

やれやれ―――――柄にもなく、ロマンの追求など、するものでは無かったか………?

 



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3.この素晴らしい友情に喝采を!

ストック分だけはすぐ投下します。
そこからはタグ通り、亀更新となるかと思います。


「いやぁ、凄かったですよキョウヤ!基礎魔力が高い私には及びませんが、素晴らしい爆裂でした!」

 

メグが興奮した様子で言う。その言葉に、メグに肩を貸してもらいながらふらふらと歩く格好の悪い俺様は何も返さない。いや、返すことも億劫なだけだが。

 

いやはや………これは辛いぞ……………。

 

爆裂魔法。魔力を莫大に消費して放つ大魔法。魔力を使うと言うが、高レベルな冒険者ではない俺様やメグが撃つ場合、全魔力を吸い尽くすだけでなく、生命力をも吸っていく。

俺様は生命力のステータスも高かったので、メグのように1歩も動けないという事は無かった。

しかし。とても戦えた状態とは言えん。

トライアスロンの大会で優勝して、100万稼いだことも有った俺様ですらこうもフラフラなのだ。

恐るべし、爆裂魔法………。

 

「……………大丈夫ですか?」

 

本気で心配になったのか、打って変わって心配気な表情だ。

ふん…………女に心配をかけるものではないか…………。

 

「いや、気にするな。…………お前こそ大丈夫か?その身長で俺様に肩を貸すのは大変だろう」

 

俺様の身長は170センチ。メグはおおよそ150前後と言った所だろうから、かなりの身長差だ。コレで支えるのはかなり大変だろう。

 

「いぇ、へっちゃらです。仲間の為ですから」

 

二ヘラ、と笑いながらメグは言う。

はっ……………仲間、ね。

 

「そうか。まぁメグもレベルが上がって、筋力も少しは上がっているだろうからな。それくらいは楽なものか?」

「えぇ!それも、キョウヤが上手く敵を集めてくれるおかげです!」

「ふっ、まぁな。全て俺様が倒してやってもいい所を譲ってやってるのだ。感謝するのだな!」

「はい!」

 

ニコニコしながら歩くメグに頼りながら、俺様は歩く。

ふん……………。意外と素直な奴だ。案外、中二はパフォーマンスだったりするのかもな。

…………は、だとすればかなりのやり手だが、ないだろうな………。

 

「ほら、キョウヤ。着きましたよ」

「む、そうみたいだな。…………俺様も少しは体力が回復したようだ。助かったぞ、メグ」

「………えへへ。まぁ、精精感謝するがいいです」

「あぁ、そうさせてもらおうか。見物でもするか?何か欲しいものでもあるのなら、ある程度考えてやってもいいぞ?」

「本当ですか!?あ、じゃあじゃあ、キョウヤと同じ杖が欲しいです!」

「おいおい、1個100万の高級品だぞ?高い女だな、メグ?」

「ふふっ。1兆近い資産が有って、何をケチくさい事を言っているのですか」

「はははっ!何を言うか。倹約さは、日本人の美徳だぞ?」

 

アクセルの町を気ままに歩きながら、俺様とメグはそんな風に話をする。

 

「ニホン………聞いたこともない国ですね。キョウヤは妙に常識の足りてない所が有りますし。どんな所なのですか?」

「そうだな………くく、平和な場所、と言い表すしかないだろうな。学問さえきちんと修めていれば、誰しもが職に困らない。命の危険など、本当の意味では誰も受けることは無い。そんな場所さ」

「へぇ………なるほど。いい場所ですね」

「ふっ、だろう?それを手放してしまったのは、少々惜しかったが………ここでの生活も、まぁ悪くは無い」

「…………なにか、事情があるみたいですね?」

「は、まぁな。しかしメグ。お前がそれを気にかける必要は無い。なに、機会があればいずれ話す」

「…………そうですか。まぁ、誰しも秘密の一つや2つ、抱えているものですしね」

「あぁ。女に限らず、その方がミステリアスで、魅力的なものだ。そこに口を突っ込むというのは、野暮というものさ」

 

その後、魔道具を売っている店で俺様と同じものを買ってやり、色々と不必要なものをせびってくるメグを適当にあしらいつつ、時間を潰すのだった。

夜になり、俺様とメグがそれぞれの部屋に帰ったあと、俺様は自分の冒険者カードを見ていた。

そこには、今日俺様が取得した一覧が表示されている。

 

「通常スキルに初級魔法、中級魔法、上級魔法、爆裂魔法。アビリティスキルに魔力量増量、高速詠唱、爆裂魔法強化、上級魔法強化か…………。篦棒に多いな………」

 

初級魔法(要スキルポイント3)中級魔法(要スキルポイント10)上級魔法(要スキルポイント30)爆裂魔法(要スキルポイント50)。

魔力量増量(要スキルポイント5)高速詠唱(要スキルポイント10)爆裂魔法強化(要スキルポイント8)上級魔法強化(要スキルポイント6)。

さすが俺様と言うか。計算すると122、つまり俺様のスキルポイントは使い切られていた。

 

「ネタ魔法はバカみたいにスキルポイントを食うな………。その割に使ったら倒れる、1日1発。これでは使い物にならん」

 

流れで取得したものの、これからも爆裂魔法が必要な時はメグを頼る方が効率的か。

 

「…………そうだ」

 

俺様はふと思い立ち、備え付けの金庫の目の前に立つ。

 

「『ロバースト・ロック』」

 

俺様がそう言うと、金庫が光だし、金の色の魔法陣を作り出した。

魔法的な干渉を防ぐ上級魔法『ロバースト・ロック』。上級魔法には種別があるみたいだ。

1度で大量の魔法を覚えるため、この魔法を覚えることが、魔法使いの大きな目的であるらしい。

 

「便利なものだ………。ん、少し眠いな………」

 

寝ようと思うのだがこの魔法、俺様が寝てしまっても続いているのだろうか。

まぁ、詳しくは明日調べればいいだろう。

 

「……………………( ˘ω˘ ) スヤァ…」

 

 

 

翌朝。

 

「キョウヤ!起きてください、緊急事態です!」

「………………なんだ、朝っぱらから騒騒しいな………くぁ………」

 

少し体にだるさを感じる。睡眠は足りてると思うのだが…………。やはり、昨日の爆裂魔法が効いたのか。だとしたらメグは毎日撃っているのに、元気だな…………。

 

「寝ぼけてる場合ではありません!今すぐ着替えて、冒険者ギルドに来てください!」

「分かった分かった。今すぐ着替えればいいんだな」

 

寝間着代わりのジャージを脱ぎ捨て、衝撃吸収素材のベストやレザーに着替える。

ちらりと金庫を窺ってみたが、変わらず魔法陣が浮かんでいた。1度魔力を込めてしまえば、その後は放っておいてもいいらしい。

ベッドに立て掛けている長剣を手に取り、準備を完了させる。

 

「準備が出来たなら、今すぐ行きますよキョウヤ!」

 

メグはそう言うと、俺様の手を引っ張り、無理やり歩かせようとする。妙に焦っている様だ。

 

「全く、なんだと言うのだ?何をそんなに慌てている。緊急事態と言ったが………」

「えぇ………!話はギルドでしますから、とにかく急いでください!」

「……………ふむ………」

 

本当に何があったのだろうか。

そこまで長い付き合いという訳では無いが、ここまで焦っているメグは初めて見た。

それほどまでに衝撃的なニュースなのだろうか。俄然気になるが………。

釈然としないまま、俺様はギルドへと連れられる。

ギルド内には、数多の冒険者達が所狭しと集まっていた。普段見る人数とは比べ物にならない。この街にはこれほどまでに冒険者がいたのか、と思うくらいだ。

 

「あっ、めぐみん!その人がめぐみんの………?」

 

そう言って、黒髪をお下げにした、いかにも地味めな少女が話しかけてきた。誰だこいつは。

 

「えぇ………。キョウヤ、彼女はゆんゆんです。友達がいないぼっちでも有ります」

「し、失礼なこと言わないでよっ!私にだって友達くらいいたもん!」

「……………ゆんゆんか…………。名前から察するに、彼女も紅魔族なのか?」

「はい、そうなのです」

「ふぅん…………」

 

というか、妙に怖がられているのだが………。

さっきからメグの後ろに隠れながらおどおどと。何がしたいのだ、こいつは。

胡乱気な表情に気づいたのか、メグが口を開いた。

 

「この子は重度の人見知りなのです。だから慣れるまでこのまま応対して欲しいのです」

「…………まぁ、構わんが…………。とりあえずは初めまして。俺様はミツルギキョウヤ。こんな剣士風のナリだが、一応は君と同じ、アークウィザードになる」

 

あまり怖がらせるのもな、と思うので、ある程度優しめにそう言う。別にフェミニストという訳でもないが、メグの友人らしいし、そこまで怖がらせる必要は無いだろう。

件のゆんゆんとやらは、意を決したように奮い立ち、メグの後ろから出てきた。

 

「は、はは、初めまして……。わ、私、ゆんゆんと言います………」

「あぁ、よろしく。所で。俺様は紅魔族の名前を呼ぶのがあまり好きではなくてな………。もし君がいいなら、何か別の名前で呼んでもいいだろうか?あだ名というか………まぁ本名があだ名みたいなものなのだが」

 

メグの時と同様に、しかしメグの時とは違って許可を取ってから別の名前を付けることに。

ゆんゆんは何か嬉しそうに顔を輝かせ、勢いよくぶんぶんと首を縦に振った。

 

「は、はい!」

「ありがとう。そうだな…………ユウというのはどうだろうか?」

「…………!は、はい!それでいいです!寧ろこれからは、本名じゃなくてそっちを名乗ります!」

「いや、そこまでしなくても構わんのだが……まぁいい」

 

聞いた所、メグは自分の事を普通だと思っているらしい。しかし普通に考えてアレが普通なわけがない。そこから考えて、紅魔の里の連中は皆、『ああいう性格』なのだと推測できる。メグの突飛な性格も、あっちでは普通だったのだ。

 

だから思うのだが、紅魔族の割にユウはなかなか常識的というか、一般的な人見知りコミュ障な性格をしている様に見えた。ああいうタイプはあまり好みではないが、理解出来ない訳ではない。

 

「相変わらずゆんゆんは、変な感性ですね。そんな変な名前で呼ばれて嬉しいだなんて」

「や、やっぱり私がおかしいの?そうなの?」

「安心しろ、ユウ。おかしいのは君以外の紅魔族の連中だ」

「で、ですよね!ほら、めぐみん!やっぱり里の皆がおかしいんじゃない!」

「ありえませんね。キョウヤ、遠慮する必要は無いのです。きちんと事実をゆんゆんに話すべきです」

 

ギャーギャーと騒がしい二人に、いい加減焦れた俺様は口を出す。

 

「どっちがおかしくてもいいのだがメグ、ユウ。そろそろ、緊急事態とやらを教えて貰っても―――――――」

 

そんな声を遮る様に、冒険者達ひしめくギルドの中で、唯一一定の広さを保っていた場所から声が出される。

 

「皆さん!静粛に願います!」

 

ざわざわと騒がしかったギルド内が、その一言に静寂をもたらされる。

その声元―――――ギルドの職員らしき女は、そのまま話を続ける。

 

「既に聞いてる方もいらっしゃるかと思いますが、この街の周辺であの悪名高き悪龍―――――『ヴリトラ』が確認されました」

 

ヴリトラ。

その単語が出た途端、先ほどとは比べ物にならない程の騒々しさが再来した。

ヴリトラ――――――。インド神話の龍か。

大層なお名前だが、どういったモンスターなのか…………。

 

「なぁ、ユウよ。ヴリトラとは何なのだ?」

「えっ!………し、知らないんですか?」

「あぁ、知らん。だから教えてくれ」

「は、はぁ…………。悪龍ヴリトラ。魔王軍の使役する龍ですよ。凶悪なモンスターで、街一つを一夜にして壊し尽くせる程とも言われています。しかし、高レベル冒険者達が十数人がかりで倒したと聞いていたのですが……………」

 

少し怪訝そうに、ギルド職員を見るユウ。

他の連中も、似たような目線を向けている様だ。と言うか、どうにも否定的な、迫害的な視線だ。

 

「皆さんのおっしゃりたい事はとても理解できます。私どももよく分かっていなくて…………しかし、この街の周辺で、かの悪龍が確認されたのは間違いないのです!だからどうか、緊急時には力を貸して頂きたいのです。もちろん、何も起きないのが一番なんですけど………!」

 

やっぱりか。

そう言って何人かが嘆息し、出て行った。

聞くに、かの龍は強大らしい。『高レベル』が『十数人がかり』でようやっと討伐したのだ。しかしこのアクセルの街は初心者が集まる街だ。高レベルなどほぼいない。

もしかの龍が襲撃した時の為に、冒険者達に協力して欲しいとの事なのだろうが、これでは協力など取り付けられないだろう。

まぁ、どうでもいいがな。

その流れに沿うように、俺様はギルドの出口に足を進めて――――――。

 

「ちょ、ちょっと!ま、待ってください!」

「ん?なんだメグよ。何か用か?」

「爆裂魔法を炸裂させる絶好の機会ですよ!?もとい、この街の危機になるかもしれませんのです!キョウヤはそれを見殺しにするのですか!?」

「そういう訳では無いが(一瞬本音が見えたな………)。リスクマネジメントも出来ない俺様ではないさ。俺様は高レベルでも無いし、冒険者歴も長い訳では無い。それを分かって挑むほど、正義感が強い訳では無いのでな」

 

聞く限りそのヴリトラとやらは、物語の終盤に出てくるラインの敵キャラクターの様に思う。

魔王を事実上のラスボスとすれば、中ボスみたいなものである。最初の街に居るのに、いきなりそんな奴と戦いたいと思うほど、俺様は楽観主義でも快楽主義でもない。

 

「本気で言っているのですか!?キョウヤがそんな人だとは思いませんでした!」

 

うむ、何故か激怒している。別に俺様は邪智暴虐の限りを尽くしたわけでもないはずなのだが……………。

致し方なし。まぁ、賢しらぶっていても、メグは13のガキだ。ガキの我侭を聞くのも、大人の仕事の内だろう。まだ18なのだが、これが大人の気分か。嫌な事を知ったものだ。

 

「仕方ないな……………。そんなに迎撃に参加して欲しいなら参加するさ」

「キョウヤ!」

 

怒りの顔から一転、パァァ、と言うような笑顔。うむ、ガキだ。寧ろ犬にも見える。

ハッハッハッハッ。

踵を返し、ギルドの中を改めて見る。

ふむ。伽藍堂、と言っていいのではなかろうか。

中には殆ど人が居なかった。あれほど居たのにな。残っているのも、そこそこにレベルを上げている連中ばかり。どうにも、だ。

 

「まぁ、メグよ。やるからにはある程度の矜持を持って取り組ませてもらう。そのヴリトラとやらの情報を聞こうじゃないか」

 

 

 

 

 

メグから聞いたところ。

 

1つ。強力な魔法障壁を全身に纏っている。

2つ。硬質な甲殻を纏っており、神器級の武器でもないと破れない。

3つ。全長数十mの巨躯で、軽いクレーターを作る程度の膂力を持っている。

4つ。動きも巨躯に見合わず俊敏。

 

以上四つが、悪龍ヴリトラの特徴だそうだ。

うむ。勝てる気がしない。まぁ、追い払うだけなら問題ないやも知れんが。

 

「まぁいい。少しでも迎撃策を考えておくか………………そう言えば、ユウは何処に行った?俺様とメグが話し始めた所から、姿が見えないようだが」

「ゆんゆんですか?彼女ならあっちにいるではないですか」

「なに?………………む」

 

確かに居る。遠くの席で、キョロキョロと周囲を見渡して、視線に気付いて目を合わせられると、慌てて目を逸らすという謎の行動を取っていた。

なんだろうか、あの奇行は……………。

というかもしかしてだが、パーティを組んでいないのだろうか。いやまぁ、俺様は類稀なるスペックの高さで、幾つかのパーティに誘われたが、全てなんとなしに蹴ったし。それと似たようなものなのかも知れない。

 

「キョウヤ、何を考えているか大体察しはつくのですが、彼女はただ人見知りを発動させ続けているだけです」

「なに、そうなのか?ふむ、知らなんだ。友人なのだろう?誘ってやらんのか?」

「いい機会なのですよ。あの内弁慶な性格をどうにかしないと、困るのはゆんゆんです」

「まぁ、そうだろうな。しかしメグよ、ああいうのは簡単に治るものではなくてな。まずは気心の知れた友人の、さらに友人から段々と慣らしていくのがベストなのだ」

 

スタスタとユウの元へ歩く。こちらに気づいたのか、何だかあわあわしている。

七面倒臭いことこの上ないが、あくまでもスマートに行動しよう。こういった手合は、人とあまり話せない分、良くある人間関係に憧れを持っていたりする場合が多い。それを上手く利用して…………。

………こういった奴が、ちょっとノせるだけで金をボロボロ落すんだよな…………(ホストで大量にぶんどった経験を思い出した)

ちょっと暗黒面に落ちそうだったが。流石に友人の友人から金をふんだくれるほど、落ちぶれてもいない………。

 

「やぁ、ユウ」

「ミ、ミミミ、ミツルギさん…………」

「キョウヤで構わん。あまり苗字で呼ばれるのも好きではないしな」

「え………あの、良いんですか………?その………私なんかが名前で呼んで」

「構わないと言っているだろうが。まぁ、これから友人になろうというのだ。名前の一つや二つ、呼ぶのが友人というものだと思うが、如何か?」

「ゆ、友人………!あの、その、それじゃ………きょ、きょうや………さん」

「うむ、上出来だ」

 

まぁ、苗字で呼ばれるのが好きではないというのはまるきりの嘘だが。ま、嘘も方便だ。

さてと…………どうふんだくろうか………。

 

「(はっ…………つい思考が。いかんいかん、こっちの世界に来て以来、巨額を稼いだことが無いからつい)」

 

ぶんぶん、と頭を振る。

 

「きょ、キョウヤさん?」

「む、すまん。少し迷いを振り切っていてな」

「は、はぁ………」

「まぁいいではないか。それよりユウ。見た所、ユウはどこのパーティにも属してないように見えるが」

「は、はい………(´・ω・`)」

「もし良ければ、だが。俺様とメグのパーティに来ないか?」

「え…………」

 

何とも驚きに満ちた顔を、ユウは浮かべる。

表情の忙しないことだ。

 

「…………あの…………。わ、私とめぐみんはライバルで…………しかも私、まだ中級魔法しか習得できてない半人前で………」

「そんな事を気にしているのですか?」

 

ふとひょっこり、メグが俺様の横に現れる。

 

「全く、ゆんゆんはそんな風にいつも意地を張ってるんですから。そんなんだからいつまでも友達が出来ないのです」

「めぐみん…………で、でも」

「くどいですよ。ゆんゆんはもう少し、正直に話す度胸を持つべきです」

 

その言葉を聞くと、ハッとしたような表情をユウは浮かべ、意を決した様にギュッと手を握りしめた。

 

「………………そ、その………キョウヤさん、めぐみん。私を………パ、パーティに…………入れてください…………」

 

俯きがちに、おどおどとでは有ったが。

彼女ははっきりと、そう言うことが出来た。

ふむ……………。なんというか。こう、はっきり物を言わない奴、特に女は苦手だったのだが…………………。

少しだけ、ユウの事を好きになれそうだった。

 

「ふっ…………元よりそのつもりだ」

「世話の焼ける自称ライバルですね、ゆんゆんは」

「…………!あ、ありがとうっ…!わ、私、頑張るねっ!?」

 

うむ。いい話だな。仲が良いのはとてもいい事だ。

似合わないことを言うな、と思うかもしれない。しかし詐欺で稼いだこともあるこの俺様だが、それでも友人からぶんどった事は一度もない。こう見えて友人思いな俺様なのである。だからこういう事も偶には言うのだ。ふはは。まいったか。

 

「さてと……………まぁ、ユウよ。少し、実力を見せてもらおうか」

 

 

 

 

クエスト:平原に集団発生した狼を駆除せよ!

 

 

場は変わり、平原。

 

「『ファイアーボール』ッ!」

 

複数の火球が、狼型のモンスター『フォルトウルフ』に向かっていく。

素早い挙動で狼を囲うと、爆発を巻き起こして狼を倒した。

 

「なるほど…………。流石紅魔族、か?前にギルドの連中に見せてもらった物よりも遥かに高威力だ」

「あ、ありがとうございます」

「むー…………キョウヤ、撃ってもいいですか?」

「撃っても良いが、またカエルが湧いて喰われても知らんぞ?」

 

横目で敵影を確認する。

ふん…………。前方30度からフォルトウルフ2体、接近目測3m。前方85度、フォルトウルフの群れ、推定6体。接近目測6m。前方120度、フォルトウルフ2体。接近目測9m。

は―――――容易い。

 

「『ライト・オブ・セイバー』ッ!」

 

詠唱を終え、刀の刀身に魔法を流し込む。

うっすらと金色に光る膜が、刀身を覆った。

1番距離の近い2匹に接近する。2匹間の距離が広い。右側の狼に向かって飛び上がり、回し蹴りの要領で左側の狼の方に右脚で蹴飛ばす。2匹はもつれあう形になり、一瞬動きが止まった。

 

「ギャウンッ!」

 

回し蹴りで流れた体を流れに沿うように90度回転し、狼の居る側を向く。左足で着地、そのまま上段に踏みこみ、首筋を切り捨てる。2匹。

 

「次!」

 

次に近いフォルトウルフ6匹の群れに突っ込む。突っ込むついでに2匹を回転しながら斬り付ける。仲間をやられ、逆上した狼複数が飛びかかってくる。前、左後ろ、右後ろ。右側面。

 

「甘い!」

「キャウンッ!?」

 

噛み付こうとする前方の狼の顎を蹴りあげながら、空中高く舞い上がる。目標を失った狼たちはもつれ合い、仲間同士で噛み付きあっていた。

そこに向け、背中に差してある杖を手に取り詠唱を始める。

アビリティスキル『高速詠唱』があるので、それほど時間は要さない。地面に落ちる前に詠唱を終えた。

 

「『エナジー・イグニッション』!」

 

青白い鬼火の様な物が狼たちの周囲へ大量に現れ、どんどんとその数を増し、大きな青い業火になって狼たちを燃やし尽くす。

そして着地。次の2匹に向かう。

 

「ハァッ!」

「グギャッ!?」

 

逆刃で1匹の頚椎を強打する。光の魔法で強化されたその一撃は、いとも容易く脊髄を叩き折った。

さぁ、残り1匹――――。

さほどの時間も要せず、大量の仲間を蹴散らした姿は、モンスターなりになにか感じ取ったのだろうか。

ブルブルと怯えた様に震えていた。

 

「(別に見逃してやってもいいのだが…………。)」

 

この狼、怯えてはいるものの、その場から立ち去ろうとはしなかった。

ふむ…………。仲間の仇討ちでもする気か?

仇討ちをしたい、だが怖い、等という心境なのだろうか。もしそうだとしたら、随分と人間に近い心理をしているんだな。

動物が人間と類似する思考を持つ事は、科学的にも証明されている。モンスターにも同じ心理が適用できるのだろうか。

 

「(もしかしたら、それで一儲け出来るかもな)まぁ、これも何かの縁だ。仲間と共に――――死ね」

 

ぶすりと。首元に刀を差し込む。楽に死ねただろう。あのまま天涯孤独で一生を過ごすより、共に死ぬ方がまだ幾分かマシだ。

ドライな様だが、まぁ俺様はもともと、邪智暴虐ではないにしろ、善人であるとは言えない生き方をしてきた人間だ。今更動物の1匹やそこら、殺した所で何かを感じることなどない。

辺りを見回すと、もう平原一帯に狼の群れは居なかった。他に数体残っていた狼も、ユウが全て蹴散らしてくれたらしい。

 

「す、凄い…………」

 

ふと、そんな感嘆の声が聞こえた。

ユウが後ろで、キラキラとした目線を向けて居る。

 

「あ、あの………す、凄いですね、キョウヤさん。あんな一瞬で………」

 

まだ慣れてないのか、目線は下がってるわ、口調はたどたどしいわ、絶妙に俺様のイラつき琴線に触れまくっている。

まぁ、俺様も大人だ。一瞬の情緒に振り回されるほど、抑えられない訳では無いが……。

 

「当然だ。所詮は雑魚モンスターだしな」

「で、でも、上級魔法も昨日覚えたとは思えないくらい使いこなしてますよ。本当に凄いです!」

「………まあ、そう言ってくれるのは嬉しい。ありがとう、ユウ」

 

少し図々しいとは思ったが、ユウの綺麗な黒髪を撫でる。馴れ馴れしいことこの上ないが、まぁこれくらいの方が最初はちょうどいいだろう…………。

 

「………!きょ、きょうやさんっ!?」

 

真っ赤な顔で、更にアワアワ度合いが増している。

む、いきなりコミュ障には早すぎるスキンシップだっただろうか。

……………いや、普通にほぼ初対面で頭を撫でるのは嫌がられるか。

なんかこっちに来てから、年下への対処がテキトーになっている。どうにもな………。

 

「む、すまん。そこまで嫌がられるとは思わなかった」

「い、いえ、嫌ってわけじゃ………!そ、その…………いきなりで、その。びっくりしたと言うか………!」

「ふむ。嫌ではないのか…………」

 

スッと手を離す。

女の髪というのは、どうしてこうも柔らかいのだろうか。

興味が無かったので知らないが。撫でていると心地よいので、無性に撫でたくなる。なんだろうか、つがいを作るための機能なのだろうか。

女というのは難しいな(構造的な意味で)。

 

「さてと。少しは肩慣らしも出来たし、そろそろ戻るか」

「そ、そうですね―――――」

 

どうにも顔が赤いユウを不審に思いつつ、帰宅の途につこうとした、その時。

 

「『エクスプロージョン』ッ!」

 

そんな声が聞こえ、爆音が鳴り響いた。

しかも爆発地点が近い。

何をやってるのだ、あのたわけは!

 

「『プロテクト・オブ・アイギス』!」

 

俺様とユウを庇うように、障壁の様な形をした盾が現れる。強烈な爆風にミシミシと音を立てていたが、どうにか耐えきった。

魔法を解除し、魔法の発生元であるメグの所に。

 

「…………何のつもりだ、メグ?」

「……………キョウヤ」

 

相も変わらずぶっ倒れたまま、メグは言う。

 

「………これがホントの、『リア充爆発しろ』ですね」グッ

「……………よし、ユウ」

「は、はい」

 

顔をヒクつかせながら、踵を返して俺様は言った。

 

「放って帰ろう」

「………ですね」

 

スタスタと帰途についた。

 

「あー!ま、待ってください!ごめんなさい、私だけ蚊帳の外で寂しかったんですー!謝るから!謝りますから帰らないでくださいー!」

「あ、メグ。近くにジャイアントトードの姿が」

「ひっ!ほ、ホントにドスドス音がするのは気のせいですよね!?タチの悪い冗談ですよね!?」

 

ドッスンドッスン。蛙のはねる音が聞こえる。

 

「ねーんえーき、まみーれーのー。じーんせいー、それーこーそー、おおーばかーの、まつろーかなー」

 

高らかにそう歌い上げる。

うむ、気分がいい。

 

「なんて不吉な歌を歌うのですか!じょ、冗談ですよね?キョウヤはそういう人じゃないって、私信じてますか―――――」

 

ガブリ。

もにゅもにゅ………。

そんな擬音が鳴り響いたのは、もはや言うまでもなかった。

 

 

 

 



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4.この圧倒的な戦力差に絶望を!

一応、ストック分はこれで最後です。
また気分転換に書き終えたら、ここで掲載したいと思います。


新たにユウが加わり、前にもましてクエストをクリアしていった俺様達だったが、肝心のヴリトラへの対策は全くと言っていいほど決まっていなかった。

流石にそれもどうかな、と思ってはいたのだが、まぁまだ来ているわけでもなし。

そもそもそこまで強力なモンスターであるなら、こんな矮小な街など見向きもしないと思うのだ。得てしてそういうものだ。強い者は弱い者に対して、微塵も興味はない。

 

「ふんっ……!」

 

最後のモンスターを蹴散らし、クエストをクリア。レベルアップの感覚を覚える。

 

「ふぅ。これで、レベル20か……」

 

冒険者カードを見ながら洩らす。

しばらく何にもスキルポイントは使っていなかったので、16のスキルポイントが計上されている。何か新しく覚えてもいいかもしれない。

 

「凄いです、キョウヤさんたちといると、凄い勢いでレベルが上がります」

「さすがはキョウヤ、と言ったところか?」

「ふはは、あまり俺様を持ち上げるなよ。あまり褒められると、逆のことをしたくなってしまうのでな」

 

レベルも20まで来ると、なかなか上がらなくなってくる。ジャイアントトードを数十匹単位で蹴散らしてようやく、という所だ。

その分どんどんと強くなっていくのは感じ取れる。というか俺様も、自分がアレ以上強くなれるとは思ってもいなかった。プロフィールを不正にいじくり、ヘビー級に混ざり込んでトップを貰ったこともあるほどだったのだがな。

魔法も併用するようになってから、俺様が強すぎて引けるほどである。

 

「まぁ、それはいい。いいのだが、一応はヴリトラの対策も考えて―――――――ッ!」

 

ウーウーウー!!ウーウー!

突如街のサイレンが赤く輝き、甲高い音が響き渡った。

 

『緊急!緊急!冒険者の皆さんは、速やかにギルドに集まってください!繰り返します!冒険者の皆さんは、速やかに――――――』

 

物凄く嫌な予感が渦巻く。というか、俺の想像しているもの以外、ありえないだろう。

このタイミングで、だからな………。

 

「まぁ。戻るか…………メグ、ユウ」

「ええ」

「はい」

 

とても憂鬱な気分だったが、仕方が無いのでギルドに向かう。

そうこうしてギルド内に着くと、大量の冒険者で溢れかえっていた。

揃いも揃って、憂鬱な顔をしている。

何の用で呼ばれたか、既に分かりきっているからである。

ギルドの職員が、何人か中央に現れる。

 

「………皆さん、お集まり頂けたようですね。既にお気づきの方もいらっしゃると思いますが、凶報です」

 

職員が言うには、悪龍ヴリトラが街すぐの森で寝ていることを確認されたらしい。

その現場は凄惨なものだったそうだ。

普段は群れをなさないモンスター、ブラッドファング(赤黒い狼のようなモンスター。体格は2mと大柄で、高度な知能を持つ。とても賢いため、火属性の上級魔法を理解し、使用する)が数匹、ありとあらゆる骨をべきべきとおられた状態で確認されている。

 

ブラッドファングは並大抵の敵ではない。

2匹討伐で100万と、割のいい報酬目当てで、こいつを相手にしたことがある。

俺様ひとりで、1度に相手できそうなのは2匹まで、と言ったところだった。それも彼奴等が連携を取らないことを前提に、だ。

連携をとる狩人ほど、恐ろしいものはない。

 

前の世界でヒトという種が狩人として最強種であるのはそれが主な理由だ。知能があり、お互いに連携をとり、作戦を練られる。

人間は動物としては弱い。二足歩行であることは、動物としては致命的な弱点だ。

同じ体格の犬とヒト、どちらが強いか。誰が考えても明らかだろう。それでもヒトが狩猟者最強である。知能とは、それだけで力だ。

 

だというのにそれをあしらう、か。

まぁ話に聞いていたとおり、強力すぎるほどに強力である。

辺りは静まり返る。

この中の人間の殆どは、ブラッドファングなぞ相手にしたことはない。王都の腕利きパーティでも2匹以上相手にすることは難しい程の強敵である。

恐怖は計り知れないものだろう。話が進まん。

 

「それで?その龍は寝てるとのことだが、そこに巣でも作っているのか?寝る以外の行動は確認されているのか?」

「…………いえ。特には………」

 

そう言って職員(金髪の女だ。肩から服がずり落ちて、胸が露出されかけている。確か名前はルナ)は目を伏せる。

 

「おい。俺様でなくともそのような態度では騙せないぞ。何を隠している」

「…………っ、実は………」

 

そしてルナは話した。

森で狩りをしていたパーティが、森で寝ているヴリトラを見つけた。

よほど自信があったのだろう。

勇敢にも、そのパーティはヴリトラへと攻撃を仕掛けた。

全く歯が立たず、これは無理だとパーティは考えた。

しかし逆上したリーダー格のルーンナイト(上級職だ)が1人でヴリトラに攻撃を仕掛けたのだ。

………その上級職の男は、ヴリトラに一瞬で噛みちぎられた、らしい。

畏怖に立ち竦んでいた他の面々に、ヴリトラは話したそうだ。

それは、忠告―――――いや、警告か。

 

――――――――下らぬ民であっても、私は見逃すつもりなどはない。私は、民の絶望を喰らい、糧とする悪龍……………力あるものの絶望は、誠に美味である!フハハハハハハハハハハハハッッ!

 

「………………なるほどな」

 

その話を聞くなり、冒険者達は青ざめた。

そのルーンナイトは、アクセルでも有名な冒険者だったらしい。その冒険者が一瞬でやられた事は、かなりのショックなのだろう。

重い雰囲気の中、メグが口を開く。

 

「………そ、その冒険者の方は?………そ、蘇生させたのですよね?」

 

蘇生魔法。

ゲーム的なこの世界では、それが実在するらしい。お世話になったことはないが、その男を蘇生する事はたやすいはずだ。

 

「………」

 

しかし、ルナは口を閉ざす。

 

「ど、どうしたのですか?蘇生………したんですよね?」

「………」

「………まぁ、蘇生できなかったのだろう」

「………ッ」

「キョウヤ?蘇生できないって………どうして」

「さっきその女は、『噛みちぎられた』と言ったな?蘇生魔法は、心臓の機能を無理やり元に戻し、伝達系を戻す魔法だ。つまり、1度壊れたものを元に戻せる訳では無い」

 

つまり。

死体も何もなく。

全てを噛み砕かれ、野の汚泥と化した、ということだ。

上級職。しかも近接職の。

それがいとも簡単に命の花を散らした。

その事は、初心者ばかりのこの街の冒険者にはあまりにも衝撃的だった――――――今まで我慢していたものが、溢れ出る。

 

「じょ………冗談じゃねぇ!そんなヤツに立ち向かえってのか!?」

「そんなこと、出来るわけないじゃない!?」

「その通りだ!大体――――――」

 

ギャーギャーと騒ぎ出す。まぁ、無理もない事であるが――――。

それとは別に、俺様はうるさいことは嫌いだ。ざわざわうるさい集団というのは、大体衆愚である。

なんだか誰かにその中の一部扱いされている気がして、段々腹が立ってきた。

ええい凡愚め、やかましいのだ…!

どうでもいいが、なんか腹が立つので止めることにした。

 

「……………うるさい」

 

少し声量が小さかったが、一瞬で静寂が訪れた。

それもそのはず。全力で殺気を放っているからな。この連中も冒険者、殺気くらいは読める。

人にここまでの殺気を向けるのも、俺様くらいなものだろう。

 

「………あまり騒ぐんじゃない。別に、そのヴリトラと戦うだけが冒険者の役目ではあるまい?それに、やりたくないならやらなければいい。無駄に命を散らすのはバカのやることだ、その殺された男も含めてな」

「っ!ちょっとあんた、死んだ人をなんだと思って―――――」

 

そう言って激高しようとした女の言葉を、俺様は遮る。

 

「生きていようが死んでいようが、弱かろうが強かろうが、バカはバカだ。何しようが否定できん。実力差を理解せず、仲間の言葉も耳に入れず。バカ以外の何者とも言えん」

「―――――っ、だからって、死んだ人を侮辱していいわけじゃない!」

「………まぁ、それもそうだろうな。少し軽率に過ぎたかもしれん。それについては謝るが―――――少なくとも、今ここでガタガタ抜かしているお前らは間違いなく凡愚。生産性というものをドブに捨てている」

 

ハッ、と俺様は目の前の凡愚(れんちゅう)どもを一笑に付す。

くだらない――――実にくだらない。

いらいらして仕方が無いのだ。もとより、こういう空気、こういう人間が嫌いなのもあるが。

折角異世界に来てまで、こんなものを見せられるとは―――――全く、夢のない話だ。

 

「…………っ。じゃあ、どうしろって言うのよ―――――私たちは、あいつの為に―――何をすればいいの……?」

 

―――――ふむ。どうやらこの女、死んだルーンナイトとは既知の仲のようだな。

察するに、パーティーメンバーのうちの1人というわけだ。

何をなせばいい、と来たか。

 

「そんな事、俺様の知ったことか。まぁ、いいんじゃないのか?そうしてここでビクビクしているのも。俺様はごめんだが」

 

そうとだけ言って俺様は踵を返す。

言うまでもなく、外に出るためである。

これ以上こんな所にいると、次第に頭が悪くなる気がする。そんな事は人類の損失だ、回避せねばなるまい?ふははははっ!

 

「まぁ、引越しでもすれば良いのではないか?ここでビクビクするよりかは、建設的だぞ?ふははははっ」

 

ゲラゲラと笑い飛ばすと、俺様はギルドを出た。後ろから慌てた声で、「ちょ、ちょっと待ってくださいよキョウヤっ!」等と焦る声が響く。メグらしき声だ。

あぁ、イライラした。しかしスッキリした。

 

「どうするつもりなんですかっ?あんな事言っちゃって……」

「どうするつもりもない」

「もうアレですよ?溝、埋まりませんよ?」

「かもしれんな。しかし埋めようと思えば埋められる程度の溝だと思うが」

「何を言ってるんですか……はぁ。で、どこに向かってるんですか」

「ん?森だよ森」

「はぁ!?」

 

そう、俺様が向かおうと思っているのは森だった。

ヴリトラだとか言う龍を1発拝見に行こうという訳だ。まずは見てみなければ話になるまいて。

 

「バカですか!?何の対策もなしに挑もうだなんてっ」

「誰も挑むなどと言ってないだろうが。見てみるだけだ」

 

そうこうするうちに、件の森へとたどり着いた。ふむ、鬱蒼としている。前に立ち寄った時と変わりはないように見えた。

しかし、なんだろうか―――――邪な気配。

強いそれが、森を支配しているかのように見える――――それに、静かすぎた。

鳥や、モンスター達の気配がないのである。

森などというものは、生物の宝庫―――そんな事はありえないだろう。

 

「メグ。杖はあるか」

「あぁ、ありますよ……冒険帰りですから。それが?」

「少し貸してくれ」

 

メグから杖を受け取り、俺様は上級魔法を唱える。

 

「『エネミーサーチ』」

 

一時的に敵感知のスキルを付与させる中級魔法、『エネミーサーチ』を発動。

本職の盗賊職ほどの精度はないし、時間もそう持たない―――――が、持ち主の魔力に応じて時間も伸びるし範囲も広がる。

もちろん俺様が使えば、そんじょそこらの連中のものよりは比べられないほどのものにはなる。流石俺様だ、賞賛してやろう。

 

「もう一つ。『マジックサーチ』」

 

ここら一帯の魔力を感知する中級魔法、『マジックサーチ』も発動させる。

すると、一際大きな――――いや、一際なんてレベルではないだろうか。

俺様やメグは、アークウィザードという魔法使いの上級職だ。当然、魔力の値は凄まじく高い―――――しかし、そんな俺達を。

数倍上回る魔力の気配を―――――この森の一角で、放つものがいた。

 

無論、それが誰かなどというのは分かりきった話だ――――――――悪龍。

ヴリトラ―――――――――――――――

 

「ふむ。思った以上に酷いな」

「キョウヤ?何かありましたか?」

「いや――――何も無いさ」

 

ひとまずそう誤魔化して、その魔力の源に向かう。メグもグダグダ言いながらも、俺様の後に続いた。

歩きにくい森という地形、それにモンスターとの戦闘を鑑みた上での敵感知付与だったが―――――拍子抜けするほどに道中、モンスターと遭遇することはなかった。

遭遇したとしても、極度に敵意が見られないヤツらばかりだった。

何者かに怯えるかのごとく―――――この森の生物は、物音すら立てずに、ひっそりと過ごしているように思われた。

 

「(ふむ――――極度に強い者の存在は、周囲に多大なる影響を与える――――か。生態のバランスが崩れかけている)そう言えば、メグ」

「はい?」

「お前、ユウはどうしたんだ」

「あぁ……さぁ?多分まだギルドに残っているのでは?」

「阿呆。あんな状態で俺様が出ていったのだぞ。そんな所にユウを残せば、俺様への文句の矛先は全部、ユウに向くだろうが」

「……あー……なるほど。それもそうですね。すみません、考えが足りませんでしたね」

「ふむ。まぁ謝るなら良いだろう。寛大な俺様に感謝するのだな」

「えぇ。いやはや、流石キョウヤ、細かいことは気にしない、器の大きな男ですね」

「ふはははは、あまり褒めるな!さすがの俺様でも照れてしまうぞ?」

「「あーはっはっは!」」

 

 

「きょ、キョウヤさーんっ!!めぐみーんっ!助けてーーーっ!」

 

 

何かユウの悲鳴が聞こえた気がした。

間違いなく気のせいだ、聞こえるわけなし。

暫く歩き、目的地の近くまでやってきた。

魔力の発生地にたどり着いた俺達が見たのは――――――巨大な龍だった。

 

巨大な大樹に寄りかかるようにして、真っ黒な鱗のその龍は、眠りこけていた。

これがヴリトラ………なるほど、確かに邪悪そうなナリをしている。

 

全身真っ黒。双角、全長より長そうな翼。

太くたくましい四肢に、並大抵の幹より太そうな長い尻尾。

 

なるほどな―――――――分かった。

敵は―――――コレか。こんな事を言うタイプではないのは重々承知だが、敢えて言うとすれば。

帰ってもいいだろうか…………?

 

「メグよ」

「なんでしょう」

「これはやめといた方が良くないか」

「奇遇ですね、私もそう思いました」

 

敵の外見の把握というものは、案外に大事だ。

外見を知らない上で聞く情報と、知った上で聞く情報には、多少の差異が生じる。

敵を把握し己を把握せしば、百戦危うべからず。正しく把握するために、外見の確認はほぼ必須とも言える。

 

しかし、これはないだろうこれは。

俺様だって人の子だ、多少の恐怖心というものはある。でかいってのはそれだけで恐怖心を煽るものだ。

 

「まぁ、いい……。コレだな?コレが悪龍で間違いないのだな?」

「えぇ………多分」

「なるほどな…………コレか」

 

仕方がないので、もう少し悪龍を観察することにした。

まず気になったのが、その身に刻まれた数多くの傷だ。

中にはかなり深手そうなものもあり、完全に治癒されていないように見える。

ブラッドファングや、ルーンナイトのパーティーのものではないだろう。

アレは、その程度の存在に傷つけられるステージにいない。だとすれば、それはもちろん腕利きの冒険者達によるもののはず。

つまるところ。高レベル冒険者が十数人がかりで悪龍を討伐したという―――その時の傷だろうと思う。

しかし―――そもそもの謎。

ユウ曰く、悪龍ヴリトラは既に『倒されている』のだ―――――それならば。

この龍は―――――本当に、『ヴリトラなのか………?』

 

そんなことに思いを巡らせていると、不意に。

―――――――何か用でもあるのか、下賎なる人の子よ。

そんな声が―――――目の前の龍から発せられる。

閉じられていた目は見開き、真っ赤な紅眼をのぞかせていた。

 

「―――――ッ!メグ、逃げるぞ―――」

 

――――――まぁ待て。老齢の龍の言うことは聞くものだぞ、人の子。

そう、目の前の龍は続けた。

俺様の脳内で、二つの選択がよぎる―――――待つか待たざるか。

逃げる場合、逃げおおせる勝算はあるか。待った場合、この龍は敵対行為をしないのか。

全てを鑑みて―――――俺様は、その場に留まる事にした。

 

「キョウヤ―――っ!?」

「ここで逃げるメリットは、あまりない―――ならば、この龍の話を聞く方が身のためだ」

 

――――――ほう?賢しらぶった小僧だ―――――逃げ惑う所を見るのも一興かと思うたが。まぁよいわ――――それで。何しに来たのかと問うたが、答えんのか?

 

「別に、何をしようという気もない――――敵情視察というヤツだ」

 

―――――――ほほう、それはまた。そんな事の為に、我が前に来たというか!くく―――世紀の天才か、はたまた大馬鹿か―――――貴様らは、どちらなのか!

カカカッ!

悪龍はさぞかし愉快そうに哄笑し、その巨体を起こした。

否が応でもわからされる――――その巨体を、その実力を。

 

―――――気に入った。貴様らを糧にし、我が傷ついた体を癒すことを宣言しよう!

我は悪龍!我を癒せしは、人の憎しみをおいて他ならぬ!

 

「―――――ッ、なんだ?結局、お前は俺様達を食う気なのか!?」

 

――――――応。しかし、今はその時ではあるまいて―――――そうだな。3日待とう。3日後の夜、我はお前らの街を襲う。止めたくば、それまでに我を倒すことだな。ここから動く気もない。

 

3日――――それはタイムリミットとしては短すぎた。タダでさえ薄い勝算が更に薄くなる。

 

「待ってくれ―――――せめて、5日。5日間、待ってくれないだろうか?」

 

――――――ふむ―――3日も5日も変わらんと思うが。人間という種族は相変わらずせせこましいものだな――――まぁよい。ならば5日だ――――帰って他の冒険者達にも告げるがいい。我はもう眠いのだよ………全く、そこそこの魔力だと思ったらタダの視察とは。片腹痛くて仕方がないな――――かかっ!

 

そうとだけ言い残して、かの龍は再度眠りについた。

5日。

それまでに俺様たちは、この龍を倒さなくてはならない。

……………無理じゃないか………?

 

「とりあえず、だ。帰るぞ、メグ」

「…………えぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

俺様たちは一旦ギルドに戻り、ヴリトラの言の一切を凡愚どもに伝えた。

案の定、混乱が再来した―――――俺様はこんな連中と戦わなくてはならないのか……と、一瞬辟易する。

しかし、まぁ――――大きな災害の前には、天才も凡愚も同じこと。

どちらも放っておけば、大きな災害の前には呑み込まれるだけだ。

 

しかしヴリトラが襲撃に来ることは確定事項となってしまった今、なんの対策も練らないというわけにもいかない。

それはさしもの凡愚どもでも分かっているらしく―――――俺様たちは明日、作戦会議をする事になった。

その事が議決された後、俺様とメグとユウは一旦、止まっている宿に集まることにした。

 

「さて。困ったことになったな」

「困ったこと、なんてもんじゃないですけどね……どうしたものか」

「話聞く限り、めぐみんとキョウヤさんが焚き付けたみたいな感じになってましたけどね………」

 

まぁ、俺様が森に向かわなければもう少しの猶予はあったかもしれない。

まぁそれも大した差異ではないだろうが―――ギルドの連中にとっては心象が悪いかもしれない。

 

「まぁ、神器なんてもんがない以上。俺様たちがあの龍を倒すには魔法しかないわけだが」

「それにしたって、魔法障壁もあるのですよ?たとえ上級魔法でも、障壁には傷一つつきません」

「まぁ、そうかもしれない――――が。俺達には、『上級魔法より強い魔法』があると思うが――――如何か?」

「まさか―――――」

「爆裂魔法――――ですか!?」

 

そう。

俺様がまず思いついたのが、その方法だ―――俺様とメグで爆裂魔法を2発撃ち込み、障壁に風穴を開けるという策。

障壁があるからと言って、魔法を全く意識の外に置くわけにはいかないだろうという事だ。

あの魔法の威力ならば、直撃させれば障壁を破壊できる公算は低くはない―――まして、2発分ともなれば。

決して分の悪いギャンブルではない。

 

「な、なるほど――――確かに爆裂魔法なら、障壁を壊せる確率はあります。けど―――仮に壊せたとしても、あの龍を倒すほどの火力は、この街にはないと思いますよ?」

 

と、ユウは箴言してきた。

実際にその通りだ――――この街はなにせ、冒険初心者の街。上級職など数えるほどにしかいない。そしてアークウィザードというのは実は希少な存在で、遠近両用の万能職。

ひとりやふたり、いるかいないかみたいな話である。もちろん、俺様とメグ、ユウを除外してだが。

 

「まぁ、俺様もただ、レベリングしていた訳では無い――――一応はだが、当てはないこともない」

「本当ですか!」

「まぁ――――あんまり借りたくはないんだがな。この街に、もう1人。俺様とメグ以外にも――――爆裂魔法を習得している人物がいる」

「「爆裂魔法――――!?」」

 

俺様は苦虫を噛み潰したような顔で、それに答える―――――――当てにしたくないというのはかなりの本音だ。

 

「だからだ、メグ、ユウ。今からその人物の店に行く―――――ついてきてくれ」

 

 

 

 

 

 

そして数刻後。

俺様たちは、ある魔道具店の前に立っていた。

 

「ウィズ魔道具店………ですか」

「聞いたことがありますね。なんでも、凄腕のアークウィザードが店主をやっているだとか」

「まぁ、そう間違ってはいないが―――一応は訂正を入れておこう。あいつはアークウィザードではない」

「アークウィザードでない?ならなんだと言うのですか?」

「ある意味で、アークウィザードよりも上位の存在だよ――――奴は」

 

リッチーなのだから。

俺様はそうとだけ言って、ウィズ魔道具店の扉を開ける。

中には紫のローブを着て、茶の長髪を垂らした美女が居た。

 

「いらっしゃいませ――――あ、キョウヤさん!何かご入用ですか?」

「………久しぶりだなリッチー。今日は買い物ではない。君に折り入って頼みがあるのだ」

「頼み?別に構いませんが――――リッチーはやめてくださいって。何度も言ってるじゃないですか。ちゃんとウィズって呼んでほしいです……」

 

ちょっとしょんぼりした顔でウィズは言う。

特に理由はないが、こいつはどこか苦手だ。

偉ぶらない強者は、あまり得意ではない―――――下手に出るのが演技なら好きなのだが。ロートのようにな。

今まで黙っていたメグが口を開く。

 

「ちょっと待ってください、キョウヤ。今、リッチーと言いましたか?」

「あぁ」

「もう、バレちゃったじゃないですかー……」

「リッチーといえば、アンデッドの中での最強の魔法使いではないですか!そんな存在がなぜ、こんな街の中に……っ!」

 

そう言ってメグは、杖を構え始めた。

おいおい。こんな所で爆裂魔法を放つつもりか?まぁ、それも仕方ない――俺様も初対面の時は似たような行動をとった。

俺様はメグを制する。

 

「まぁ落ち着けメグ。お前もバカではないのだから、少しは考えて行動しろ」

「ですが――――」

「あ、あの!私はその、アレでして……。決して悪いことをする気はないのです!」

 

もう少しましな弁明があるだろうという感じの弁明をウィズはする。

兎にも角にも、このままでは話が進まない。

そんな無駄なことをしている暇はないのだ。

 

「ひとまずだ。ここは俺様が間に立とう」

 

ウィズの方を指さす。

 

「こいつはウィズ。さっきも言った通りリッチーだ。その上、魔王軍の幹部でもある」

「魔王軍の幹部っ!?」

「あ、あの。そんなに大した事はなくて、魔王軍の城の結界を維持してるだけのなんちゃって幹部と言いますか………」

 

俺様がウィズに会ったのは、ある魔道具を探している時だった。

この街には複数の魔道具店があるが、人に聞いたところ、このウィズ魔道具店を紹介されたのだ。

その時必要だったのは、広範囲に浄化魔法『ターンアンデット』を掛けるスクロールだった………因みに、非常に高額である。

 

普通にウィズはそのスクロールを見つけて、売ってくれようとしたのだが―――何をどうしたのか、そのスクロールの印を解いてしまったのである。

その時の俺様は知る由もなかったが、ウィズはリッチーであるので――――当然のように消えかかった。

 

その時はすぐに元に戻ったが、流石に俺様も理解が出来なかった(メグのように、攻撃を仕掛けようともした)ので――――ウィズも、誤魔化せるとは思っていなかったらしく。

彼女から、自分についての説明を受けたのだ――――彼女が爆裂魔法を使えるというのも、その時に聞いた話だ。

 

「まぁ、こいつは危害を加えるタイプではないよ。味方とも言えないが、敵ではない。まぁ、倒せば魔王軍に打撃は与えられるがな」

「キョウヤさんっ!?」

 

ウィズが俺様から離れる。

 

「まぁ、今は良いだろう。今はな」

「やだなぁキョウヤさん、そんなに『今は』って連呼して。後でならいいみたいじゃないですかー…………違いますよねっ!?」

 

そもそもウィズの実力ならば、俺様たち程度では敵わないだろうが、な。

話を聞く際、彼女の身の上話も聞いたのだが―――――彼女は生前、魔王軍の幹部をことごとく殺戮して魔王の城へとたどり着いた、唯一のアークウィザードだったらしい。

それはそれは凄まじい実力者である。

目の前でオロオロしている姿を見ると、全くそうは思えないがな………。

 

「そして、こっちがメグとユウ………一応本名も言うか、めぐみんとゆんゆんだ」

「めぐみんさんと、ゆんゆんさん……紅魔族の方ですね?」

「あぁ」

 

紅魔族の珍名は知れ渡っているらしいな。

兎に角、メグとユウも少しは落ち着いてきたので本題に入る。

問題の件……ヴリトラについてだ。

 

「ヴリトラさん……ですか。魔王さんの番竜を務めていた方ですね」

「あぁ。その龍を倒すことに協力してほしいのだ」

 

そう俺様が言うと、彼女は少し気まずそうに言った。

 

「………すみません、確かに私はなんちゃって幹部ですが――――その立場にいることには、条件があるのです」

「条件……とは?」

「魔王軍には協力しませんが………その代わり、魔王軍に与する者に危害は加えないことになっています。ヴリトラさん討伐には――――()()()()()()()

「ふむ…………それは、絶対か?」

「はい。()()です」

「ならば良い。君がそう言うのだ、それは決定事項なのだろう」

「………すみません。…………しかし今、ヴリトラさんと言いましたよね……あの方は、前に王都の大規模作戦で討伐されたと聞きましたが?」

「俺様もそう聞いている。だが―――かの悪龍が存在しているのは、間違いない」

 

俺様はウィズに、森で会ったヴリトラのことについて話す。それと一緒に、五日後、ヴリトラがこの街を襲いに来る件についても。

 

「………外見を聞く限り、それはヴリトラさんで間違いないです。そうですか―――生きてたんですね。五日後――――ですか」

「あぁ。この街を襲う、と言っていた」

「………そうですか。キョウヤさんは……どうするつもりで?」

 

俺様は宿で話した内容をかいつまんで話す。

 

「爆裂魔法――――なるほど。確かにあの魔法ならば、ヴリトラさんの魔法障壁は破れるでしょうね」

「そうか」

 

ウィズが言うからには、その確率は高いだろう。これで一つ目の心配事、『そもそも破れるのか』という問題はクリアというわけだ。

少しだけ安堵する。

 

「しかし、ですね……。あなたがたの魔力値では、爆裂魔法を放った後は動けないのでは?」

「まぁ、その通りだ」

「正直に申しますと………この街の冒険者で、ヴリトラさんを倒しうるほどの火力はないです。あなたがたなしでは………おそらく」

「やはり、君もそう思うか――――」

 

本来ならそれをどうにかしてもらおうと、ここに来たのだが―――――やはり魔王軍の者に力を借りることは難しいか。

一応、第二プランも無いことはないが―――――ウィズに力を借りるよりも、確実さは薄れる。

 

「…………一応」

「ん?」

「私は中立な立場でありますが―――私が中立でいる相手は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――――とされています」

 

だから。

ウィズは続けた。

 

「仮にヴリトラさんが、この街に攻め込んで人を殺したなら――――私は、ヴリトラさんと戦うでしょう」

「ふむ――――しかしだ、リッチー。それは裏返して言えば、奴が無関係の人間を殺さぬ限り――――お前は敵対行為を取らないという事だろう」

「はい」

 

仮に。

俺様たちが及ばず、ヴリトラを倒すことが出来なくとも――――この街は、彼女が守ってくれるらしい。俺様たちの作戦で、彼女の力は借りられないが―――――少しは、安心できる。

 

「助かった、リッチー。また何か買いに来る」

「はい。というか、またリッチーって……。ウィズって呼んでくださいってば!」

「まぁ気が向いたらな。あぁ、そうだ―――もう一つ」

「はい?」

「前に、超高品質のマナタイトを間違えて入荷した、と言っていたな?」

「えぇ……まぁ。そのマナタイトがどうかしましたか?」

「俺様が買ってやる――――あるだけ出せ」

 

俺様はウィズから商品を受け取ってから、メグやユウとともにウィズ魔道具店を出た。

作戦は五日後―――――勝てるのだろうか。そもそもの話、明日の会議は上手く行くのか。

どれもこれも不確定で、不安なことこの上ないのだが――――まぁ、やるしかあるまい。

 

 

 



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5.この図抜けた虚勢に賛嘆を!

ヴリトラとの邂逅の翌日。

俺様たちは再度、ギルドへと赴いていた。

 

「結局、彼女の協力は得られませんでしたね」

 

確かに、彼女を当てにしていたのは事実。

協力してくれれば御の字かと思っていたのだが――――そう甘くはない。

しかし無関係のあのリッチーを無理やり巻き込むことは、俺様としてはあまり好ましくない。

なんちゃって幹部だのなんだの言っていたが、彼女はかなり危うい立ち位置にいる―――――完全に敵に回った時、彼女は間違いなく危険だ。

 

なぜそう言えるのかというと。

俺様は上級魔法を覚える際に、彼女にそれを見せてもらったのだ。

上級魔法を覚えているようなアークウィザードを探すのは億劫なので、彼女に見せてもらうのが1番早いだろうという気持ちだった。

 

『クリスタルプリズン』という、氷属性の上級魔法がある。上級魔法と言っても、せいぜいが猫1匹を丸々凍らせられるかという魔法のはずだった。

 

「『クリスタルプリズン』――――!」

 

彼女がそう叫ぶと。

高々とそびえ立った木の1本が、丸々凍らされた。

その時、俺様は畏怖した――――死の恐怖というものを感じたのは、久方ぶりだった。

俺様は決意した――――絶対にウィズだけは、まともに敵に回すまいと。

 

まぁ、だから彼女には親身に接している――――彼女の性格上、友人になっておけば敵に回ることは少ないだろう。

長々と語ったものだが、大雑把に言えば、ガラにもなくビビっているというわけである。

元の世界では万能全能な俺様だが、この世界でもそうであるとは微塵も思っていない。

強いものに媚びへつらうのは当然とも言える。

 

ふはは、矮小な存在になったものだ。

まぁ、それもまた一興。元々死んだ身―――所詮は余生なのだし。

くだらぬ思案にふけっていると、いつの間にかギルドまで着いていた。

はてさて――――どうなるものかな。

 

 

 

 

 

 

「ようこそいらっしゃいました、キョウヤさん、めぐみんさん、ゆんゆんさん。どうぞおかけになって下さい」

 

ギルドに着くと、普段は乱雑に並べられている机が、円状に並び替えられていた。

円卓会議でも気取っているのだろうか。

俺様たち以外は、既に席についているようだった――――どいつもこいつも、死人のように俯いている。

まぁ、静かでいいが。

 

「それでは、全員いらっしゃったという事で。会議を始めたいと思います」

 

そう言ったのは、赤髪の青年だった。

この会議の司会役なのだろうか。

 

「申し遅れました、僕はドルア。クルセイダーをしています。今回の件について、冒険者組合から派遣されてきたものです」

 

なるほど………助っ人というわけか。

しかし1人というのはどういうわけなのだ?

……………あぁ。単純な話か。

見捨てられたと―――――それだけのこと。

 

「それでは、何か意見のある人は挙手を」

 

そうドルアは言ったが、やはり手を挙げるものはいなかった。やはり、と言ったように、この状況は想定していた――――どうにかするしかないだろう。

こんな所でこんな連中と心中していいような俺様ではない。このままでは浪費するだけ浪費して、これっぽっちも金を稼いでいないではないか。そんな俺様は俺様ではない。

俺様は挙手する。

ドルアは安心したように一息つくと、名簿らしきものを見た。

 

「あ、はい。どうぞ………ええっと、ミツルギ キョウヤさん。…………ミツルギ?」

「?どうかしたか」

「………いえ、なんでもございません。発言どうぞ、ミツルギさん」

 

ドルアの発言を聞いてから、俺様は立ち上がる――――こいつらの協力を取り付けなくてはならない。失敗は許されない。

 

「知らない者もいると思うが―――俺様はミツルギキョウヤと言う。こんなナリだが、アークウィザードだ」

 

最初に話すのは、自己紹介。

まぁ当然といえば当然である。

 

「まずは、昨日の件を詫びようと思う―――諸兄らを軽んじる発言の数々。身近な存在の死に対し、心痛も冷めやらぬ間にするようなものではなかったように思う―――――すまない」

 

まずは先日の詫び。

俺様はこれっぽっちも悪いと思っていないし、客観的に見て間違った発言はしていないつもりだが――――そこは嘘をつく。

嘘も方便。

俺様を少し睨めつけるように見ていた先日のルーンナイトのパーティメンバーも、少しバツの悪そうな顔をする――――割と効いていそうだ。

 

俺様みたいな存在は、人に『こいつ謝りそうにねぇな』という印象を抱かせる。

そんな人物が謝った際、人は自分にも非があるのでは?と考える――――絶対にだ。

自分の非を意識した時、自分も悪かったのなら、相手を許すべきだという倫理観が働く。

そうなれば、もう怒りは発生しない。

初めて冷静になるわけだ。

 

「次に、提案がある―――。ヴリトラには、強固な魔法障壁が施されている事を、賢明なる諸兄らならば知っていると思う。上級魔法でさえ、破ることは難しいとも」

 

他の連中は、力なく頷く。

絶望的な情報である。そもそも連中は、せいぜい中級魔法程度しか使えないのだから。

上級魔法で破れない存在を、どうすれば良いのか。

それは凡愚が考えて分かることではない。

分かったところで、だがな。

 

「しかし、だ。ここで俺は一つ、作戦を立案したい――――かの龍に物理攻撃が効かない以上、俺様たちがあの龍を倒すには魔法しかない」

「けど―――ミツルギさん。さっきも仰ったじゃないですか―――かの龍には、上級魔法さえ通さない障壁があるんですよ?」

 

と、ドルアが口を挟む。

ふむ、こんなふうに相槌を打ってくれると、話がスムーズで助かるな。

先程はこの男―――――俺様の名を見て、何故か挙動不審な態度をとっていたが。

元の世界なら兎も角、この世界での俺様は大して名がしれているとは思えないのだが。

謎は深まるばかりである。

 

「確かに上級魔法は通さないが―――もっと威力の高い魔法ならどうだ?」

「上級魔法以上?小規模な爆発を呼び起こす炸裂魔法ですか?それとももっと大きな爆発を呼ぶ爆発魔法ですか?確かにこれらの魔法ならば可能性はありますが、それだってゼロに等し――――」

「爆裂魔法」

「は?」

 

『爆裂魔法』と口にした瞬間、しんと静まり返っていたギルド内が騒然とした。

それはヴリトラの凶報を前に混乱した時のような混乱の騒乱ではなく――――おかしなことを言い出したという、好奇のものだった。

 

「爆裂魔法って……あの爆裂魔法?」

「消費魔力がケタ違いに多くて、1度使ったらぶっ倒れるという、あの?」

「スキルポイントも無駄に食う、覚えるものは頭がおかしいと噂の、あの爆裂魔法なのか?」

「………いやしかし、……ミツルギの隣に座っているあのアークウィザード………確か」

 

ふむさすがネタ魔法、凄まじい悪評である。

ドルアも流石に驚いたのか、暫く目をパチパチと開閉していた。

しかしハッとしたように頭を振ると、キリッとした顔に戻った。

 

「冗談はよして下さいよ……。爆裂魔法だって?あんな魔法覚えるような頭のおかしな人、この場には誰1人だっていな――――」

「おい、私の頭について言うことがあるなら聞こうじゃないか」

「―――――は?」

 

隣を見る。いつの間にか、メグが席を立っていた。

ぶすっとした不機嫌そうな顔で、周囲の人間を睨みつけている。

 

「黙って聞いていれば、人のことを頭のおかしな子呼ばわりしすぎです。全く、爆裂魔法の快感を知らない、風情の分からぬ人ばかりで困りますよ!」

「ま、まさか―――――」

「ふふん。知らぬのならば教えてあげましょう。よく聞くことですね!」

 

そう言ってメグはわざわざ眼帯を付け直し、テーブルに脱ぎ捨てていた帽子を被り、右目を押さえつける。

押さえつけられたその右目は、真紅に染まって輝いていた。

 

「我が名はめぐみん!紅魔族随一の天才にして、爆裂魔法を愛する者!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メグの過激かつ喜劇的な自己紹介を聞いたあと、暫くギルド内は静寂に包まれた。

 

「え、ど、どうしたのです?ほらもっと、持ち上げてくれていいんですよ?」

「……………まぁ、そこの頭のおかしな紅魔族はひとまず置いておいてだな。これで、俺様の言いたいことは分かってもらえたのではないかと思う」

「今キョウヤ、自然に私を頭のおかしい子扱いしましたねっ!?私の頭について言いたいことがあるなら聞きますよ!」

「…………」

 

俺様は隣のメグと顔を合わせる。

首根っこをひん掴み、俺様の目線とメグの目線を合わせる。

 

「…………少し黙ろうな、メグ?」ニッコリ

「…………わ、分かりました!分かったから、分かったからそんな似つかわしくない満面の笑みをするのはやめてくださいキョウヤ!」

「よし」

 

メグの首根っこを外す。

 

「ひぅっ!?」

 

着地に失敗して足を捻っていた。

もう1度、前を向く―――――連中の顔が、少し明るくなっている。

ドルアは「コホン!」と仕切り直し、再度俺様に質問を投げかけてくる。

 

「あなたの仰りたいことは良くわかりました。しかし、いかに爆裂魔法とはいえ。低レベル冒険者のそれでは、厳しいものはあると思います」

「まぁ、1発ならばな。しかし、運のいいことに、この場には頭のおかしいヤツはもう1人いるのさ―――――まぁ俺様だが」

「あなたも!なるほど…………!確かにあの魔法を連発できるのなら、障壁の破壊は可能かも――――いや、可能だ……っ!」

 

ドルアは興奮したようにそう言う。

ヤツの中で、何らかの折り合いが着いたらしい。あのウィズが言った以上、爆裂魔法を2発放てば障壁は破壊できる――――彼にもそれが理解出来たのだろう。

俺様は話を続ける。

 

「しかしだ。爆裂魔法を撃った後は、俺様たちは動くことが出来ない―――――そこで諸兄らに頼りたいのだ」

 

作戦の概要はこうである。

爆裂魔法を2発撃ち、ヴリトラの魔法障壁を破壊する。

その内に他の冒険者たちの魔法で、ヴリトラを討伐する。

言葉にすると至極単純ではあるが――――後半に関しては、不確定要素の塊である。

しかしそれでも、連中に『なんとかできるかもしれない』という希望を与えることは出来るはずである。

連中はお互いに顔を見合わせ、頷く。

不安そうな顔は相変わらず。

しかし、確かにその目には希望とやる気の火が灯っているように見える。

 

「細かい作戦は、また後日話したいと思う。今日はひとまず聞かせてもらいたい――――この作戦。協力してくれるだろうか」

 

連中は再度、顔を見合わせる。

力強く頷くと、その腕を伸ばして天へと突き出した。

 

「「「「「「おぉーっ!!」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、俺様とメグ、ユウは再びレベル上げに勤しむことになった。

備えあれば憂慮なし。

上げるに越したことはないだろうと言うことだ。狙い目は初心者殺しだ。経験値の良く詰まった高レベルなモンスターなので、レベリングには持ってこいということである。

その甲斐あり、4日間で4つ、レベルを上げることに成功した。24レベルだ。

 

メグはあまり素早い敵は得意ではないので、上がったレベルは2で、22レベル。

 

ユウは思った以上に強く、めきめきとレベルを上げていた。

元々俺様たちのパーティに入るまでは13レベルだった彼女だったが、今や21レベルにまで成長している。そろそろ彼女は、上級魔法の習得が可能になる頃合かもしれない。

 

そうして迎えた五日後――――――俺様たちは、森の前で集合していた。

集合時間よりも多少早いので、まだ集まっている人間はまばらと言った様相だ。

 

「突入前に。一つ聞いてもいいですか」

 

そう言って、俺様に耳打ちしたのはドルアだ。クルセイダーらしく、強固そうなフルプレートに身を包んでいる。

手に持つ剣も、純白に輝く両刃剣で――――かなりの切れ味であることが伺えた。

 

「なんだ。冗長な話なら聞かんぞ」

「いえ、そう長くは。あなた――――転生者ですね?」

「…………。転生者とは?」

「とぼける必要はありません。………僕も、そうなので」

「……………ふん。なるほどな。俺様の名前を聞いて驚いていたのはそれでか」

「えぇ。ミツルギ商社。世界中に子会社を作り上げ、どれも凄まじい業績を残している世界最大の商社―――――その若きCEO、ミツルギキョウヤ。まさかこんな所でお目にかかるとはね」

「ふむ――――これでも俺様は寛容なのだが。自分の事をペラペラと語られるのは、思うよりも不愉快だな」

「失敬――――ですが、興味があります。そんなあなたが、どのような特典を貰ったのか」

 

ふん。なるほど――――狙いはそこか。

今から協力しようという間柄を疑うのもどうかと思うが――――俺様がそうするメリットは全く感じないし、何か利用される可能性もある。

 

「わざわざ自分の手の内を見せびらかすような愚か者に、この俺様が見えるのか?だとしたらかなりの節穴だな」

「因みに、僕が貰った特典はコレです。聖剣デュランダル。単純な能力ですが、切れないものは無い剣です」

「……………お前、バカか?そんな事を言ってお前に何のメリットがある?」

「なんにもありませんよ。ですが、僕の力を知ってもらうことは、ヴリトラ討伐の上で大事かと思いまして。何せ、作戦の指揮を執るのはあなたなのですから。正直に話すべきでしょう」

「………正直者はバカを見るらしいがな。まぁいい―――――デュランダルか。ならば貴様には、アレは必要ないのだな」

「えぇ、まぁ。物理攻撃はお任せ下さい」

「期待している。―――お前には単独で動いてもらう。デコイは覚えているだろう?」

「もちろんです」

「ふむ。まぁ、作戦は後で、だな。貴様の聖剣を戦力に入れ、作戦を組み直す。大きく変化させる気はないが――――な」

 

俺様はくるりとドルアに背を向け、スタスタと去ろうとする。

 

「―――――金」

「はい?」

「気になるのだろう?俺様の特典。だから金だよ――――お前も聞いたことくらいあるのではないか?ミツルギキョウヤは一兆を稼ぎあげた才子だ。金を稼ぐことが第一目的な、金に目がない男だよ。そんな俺様に、何を持っていったかだと?愚問すぎるほどに愚問だ」

「―――くっ!そうですか―――お金ですか!あなたほどの才覚があれば、そんなものはいくらでも稼げるはずなのに。よりによって―――ふふ。あははははっ!」

 

何やらよほどおかしかったのか、ドルアは暫く笑っていた。

何がおかしいのか全く分からないが、まぁ少しのエンターテインメントになったのなら悪くは無い。極度に緊張されても作戦の妨げにしかならんしな。

………全く、俺様もヤキが回ったもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暫く経つと、次第に冒険者たちが揃い始めた。不安そうな顔ぶりだが、ハナから勝負を諦めた顔をしている者は少なかった。

少ないということは、いるという事なのだが―――まぁそれは詮無きことだ。

ほぼこれで全員だろう。

数十名―――――数としては十分なように思う。

 

そんな中、俺様は頭を回していた。

このままで、あの悪龍に勝てるのか。

出来る限りの事はした。絞れる限りの知恵は絞った。練れる限り作戦は練った。

しかし――――確信には至れない。

 

「(しかし、俺様が信じずにどうする―――上に立つものに、疑念ほど不必要なものはない)」

 

一兆を稼ぎあげたと言っても、もちろん俺様だけで稼ぎあげた訳では無い――――ドルアも言っていたように、俺様は大量の子会社を率いた存在だ。上に立つことには、慣れすぎているほど慣れている。

経験則―――――というヤツだ。

 

トップに必要なのは、圧倒的なカリスマ性。

カリスマとは即ち偶像――――偶像は完璧な存在であるべきなのである。少なくとも、部下の目の前では。だから俺様は、ここで弱みなど見せているスキなどない。

指揮は預かった―――――ならば。

全力で上に立つのみ。

 

「キョウヤさん」

「む?………ユウか」

「大丈夫、ですかね……?私達は、勝てるのでしょうか」

 

おっと、考えていた側からこれか。

何ともタイミングのいい事である。

 

「ふむ。まぁ、どうだろうな。それはお前達次第だと思うが」

「………で、ですよね。精一杯、頑張ります」

「しかし一つだけ言える。俺様は負ける気など毛頭ない」

「………!」

「だから、俺様は負けない。俺様が負けないのなら、お前らが負けるはずがないだろう?たとえお前らが負けたいとしても、俺様はお前らを勝たせる―――――これはもはや決定事項なのだよ」

「―――――あはは。そうですか。キョウヤさんはこんな時でも自信満々ですね」

「自信?何を言うか。これは自信ではない――――確信だ」

 

そう言って俺様は、大量の冒険者たちの並び立つ前に出る。

百を超える視線が、俺様の一身に集まった。

懐かしい感覚だ。しかし、元の世界のように楽観しては捉えられない――――これら全ての命を預かっているようなものなのだ。

重圧は、並大抵のものではない。

しかし―――――それでも俺様は、その視線を真っ向から受け止める。

 

「勇敢なる同士たちよ――――まずは、こうして大勢の者が集まってくれたことに感謝したい」

 

全ての視線に対して、俺様は視線を返す。

ここに集まった人間は、全て勇気ある人間たちだ。俺様はそんな彼らに敬意を払いたい。

 

「今諸兄らは、様々な不安に満ちていると思う。今すぐにでも逃げ出したい気持ちで、溢れているかもしれない」

 

「…………」

 

「しかしだ!俺様はそんな諸兄らに、一つ約束させてもらいたい!」

 

「…………?」

 

そこで一拍置く。背をピンと伸ばし、腕をバッ!と前に出す。

 

「俺様は勝つ。俺様が勝つのだ、お前らが負けると思うか?そんな事はありえない!」

 

「おぉ………!」

 

冒険者たちが沸き立つ。

暗いばかりだった表情に、笑顔が見られるようになった。

あと一押し。

あと一押しで、衆愚から軍隊へ。

こいつらは生まれ変わる!

 

「不安恐怖、大いに結構!有って当たり前だそんなもの!それも含め、俺様が全部背負ってやる―――――諸兄らの命、このミツルギキョウヤが請け負った!故に――――我々に、勝利以外の未来はありえん!」

「お―――――おぉぉぉっっっ!!!」

 

数十名の歓声が、森一体を震わせる。

これで全ての準備は終わりだ―――――後は宣言通り、勝つだけのこと。

至極シンプルな話―――――わかりやすくて結構ではないか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――ふむ。随分と大勢引き連れてきたものだな。カカカッ!これ程の人間の絶望ならば、さぞや我が傷ついた体も癒される事だろう!さぁ――――最初に喰われたいヤツは、誰だ?

 

そう言って、悪龍は咆哮する。

そんなヤツの前に立つのは、2人の大馬鹿ども――――――――――。

 

「さて、行きますか、キョウヤ」

「ふん―――――是非もなし。精々ぶっ倒れないように、ソレを握りしめておくことだな」

「ふふ――――さっきはカッコよかったですよ、キョウヤ」

「ふはははっ!当然だろう。なにせこの俺様なのだからな!」

「ふふふ!まぁ、そろそろ楽しくお喋りするのはヤメにして――――ひと爆裂(はな)、咲かせましょうか」

「あぁ―――――」

 

俺様とメグは、杖を構える。

悪龍は不敵そうに微笑んで、俺様とメグの動きを待っている――――余裕綽々と言ったところか。

は―――――――――スキだらけで大いに結構。

 

「「行くぞ(行きますよ)――――――『エクスプロージョン』――――!!!」」

 

 

 

 




さぁ、ヴリトラ戦です!


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6.この苛烈な戦いに終焉を!

ちょこちょこ書いてたヤツです。ヴリトラやっと死んだ


爆風。そして爆音。

同時に放たれた二本の熱線が、凄まじい熱を呼び覚ましながらヴリトラへと向かう。

その破壊の権化のような熱線を遮るのは、やはり魔法障壁だ。

漆黒に輝くその障壁が、真っ赤な熱線を真っ向から受け止める―――――これが、ヴリトラの持つ魔法障壁。やはり、図抜けた強度を持っているようである。

今までに何度も、ありとあらゆるものを爆裂四散させていた爆裂魔法。

ソレを受け止めているのだから。

しかし―――――僅かな間のみだが。

 

む―――――――おおおおぉぉぉっ!!??

 

パリンッッッッ!!

爆音の終わりに、甲高い音が鳴り響く。

見れば、漆黒の障壁に巨大な風穴が開けられている。

爆裂魔法による、ヴリトラの魔法障壁の無力化――――――第一段階のクリアだ。

 

さて。

普段であれば爆裂魔法を放った後、メグは全くと言っていいほど動けなくなる――――ギルドの連中たちも言っていたように、爆裂魔法の魔力消費はケタ違いだからだ。俺様にしたところで、撃った後は戦えたものではない。

しかし――――――そんな役立たずを抱えたまま、あの悪龍に勝てるかと言えば否だ。

そこで俺様が取った方策は。

 

くく―――――はっははははは!

これは傑作だ!まさか、爆裂魔法(こんなもの)まで使えるとはな―――!

こんなもので来られては、さしもの我が障壁でも防げんだろうよ!それに、その魔力の塊――――超高純度のマナタイトかッ!

 

――――――マナタイト。

魔力が込められた青色の石である。

魔法職御用達、どんな魔法使いでも最低1個は持ち歩いているらしい。

これを使えば、込められている分だけ自分の魔力消費を減らすことが出来る。

その減らせる量は初級魔法1発程度から上級魔法数発までピンキリではあるが―――――ウィズはよほど高価なマナタイトを入荷したらしい。

『爆裂魔法1発分』もの魔力が秘められたマナタイトなど――――――1つ数千万は下らないだろうしな。

 

「随分と余裕だな―――――寝首をかかれても知らんぞ」

 

―――――――かかっ!なに、所詮は戯れよ。この戦い、我の勝ちは揺るがない。ならば貴様らの希望を高め、その後のより大きな絶望を喰らってくれるまで!

 

「は―――――強者故の傲慢だな。嫌いではないぞ―――――かかれッ!!」

「「「おおおぉっ!」」」

 

そう雄叫びを上げ、キラキラと白色に輝いた剣を持った剣士達がヴリトラの四方を囲む。

そして一斉に―――――ではなく、多少の緩急を付けて切り込む。

ソレを見て、ヴリトラは少し考えてからその長大な尻尾を振るい、前方180度全てを薙ぎ払う。飛び跳ね回避する者と、真正面からソレを受け止める者が出た。

回避した者は風圧で横に吹っ飛び、受け止めた者は、あまりの破壊力に幹に叩きつけられてしまう。

恐らく死んではいない――――が、戦える程の余力があるかどうか。

恐らくまだ本気ではないはず――――やはり凄まじい。すぐ後ろの部隊も、目の前の光景に戦慄したのか、進みが一旦止まる。

しかし、後ろの部隊には全く支障はない―――――そのままガラ空きの前面へと切りつける。

プシュッ、と、僅かばかりではあるが血が噴出する――――――よし、ダメージは僅かだがありそうだ………!

 

ぬ――――これは上級魔法か――――しかしこの街に、これ程の上級魔法使いがいるはずもなし。これも貴様の策か?

 

しかしヴリトラは意にも介さず、俺様の方を見てそう言う。

こいつ―――――妙に余裕だな。魔力障壁は破壊され、上級魔法を当てられてなお。

ヴリトラの態度は余裕を保っている。

 

「ふん――――どうだろうな」

 

そう言って、ヴリトラの発言を受け流す。

彼奴の言う通り、剣士達の武器には聖属性の上級魔法『ライト・オブ・セイバー』が掛けられている。勿論、俺様が掛けたものだ。

彼奴に物理攻撃が効かぬからと言って、大勢いる剣士達を戦力にせず勝てるわけがない。

が故に、剣士達を魔法で戦わせる必要が生じる。ならば、俺様がどうにかするしかあるまい。

 

しかし。ロバースト・ロックなどと違い、攻撃魔法に持続性はない。時間経過で消えてしまう。

そんな中、俺様が取った方法。

それも無論、マナタイトによるものだ。

戦いの直前に剣士達の剣にマナタイトを使ってライト・オブ・セイバーを掛ける。

そうすることで、剣士達に攻撃手段を与えたのだ。お陰で、リッチーから買い付けたマナタイトの二つを使うハメにはなったが。

 

彼女から買い付けたマナタイトは5つ。

そのうち二つは、俺様とメグが爆裂魔法を使用する時に使った。そしてライト・オブ・セイバーの大量使用にも二つ。

残る一つは、一応俺様の懐にあるが―――――出来ることなら使いたくないというのが本音のところだ。

マナタイト5つを買い付けるのにかかった金額は3億エリス。バカげた買い物をしたものだと思う。出来れば温存したまま倒したい。

だがまぁ、それも命あっての物種。

いざとなれば使用も辞さないが。

 

しかし、リッチーの奴もバカをする。

こんなもの買い付けて、この街で買うものがいるわけないだろうに。間違えたと言っても、そんなバカ高い買い物を間違えるなよ。

…………っと、そんな場合じゃない。

彼奴がどのようなスタンスを取ろうと、こちらのやる事に変更はない―――――ただ、最善を尽くすだけだ。

 

「ドルア!」

「分かってますよ――――『デコイ』ッ!」

 

ドルアがそう叫んでからヴリトラに突撃を仕掛ける。その後ろに追従するものはいない。

完全に単独の突進だ。

 

―――――囮のスキル『デコイ』か。そんなモノは我には通じんが………。ふむ、これも一興だろう――――乗ってやろうではないかッ!

 

ヴリトラは咆哮してから、真っ正面から向かってくるドルアにその拳を振るう。

目にも止まらぬとはまさにこの事。

この俺様の動体視力でさえも捉えきれない速度で振るわれたその拳で、ドルアは避けられずに潰されてしまう――――ように見えた。

 

「傲慢は――――命取りですよ。切り裂け、デュランダルッ!!」

 

彼は剣を縦に構え―――――――勢い良く、その拳へと突っ込む。

するとどうだ。

ヴリトラの超大な拳を真二つに引き裂きながら、彼は勢いのままに剛腕を駆け上がるではないか。

 

――――――――ぬう!?

「その両眼――――貰い受ける!」

 

一閃。

白銀の煌めきがヴリトラの目線上を駆ける。

後に残るは、吹き散る大量の血飛沫だった。

凄まじい――――――想定以上の戦力だ!

攻めるのならば――――――この時を持って他にない!

 

「メグッ!もう一撃放つぞ!」

「ッ!良いのですかっ!?これが最後ですよ!?」

「構わん!いいから合わせろ!」

「っ―――――仕方のない人ですね!」

 

メグが再度杖を構える。

俺様も杖を構えて爆裂魔法の準備をする。

レベルアップを続けた俺様の魔力と生命力ならば、ぶっ倒れる迄には至らないはず―――――マナタイトは使わない。

 

―――――くく。くくくくく――――傷を負ったのか?我が。この悪龍が?これ程までのダメージを負ったのか。かか――――かかかかかかかかかッッ!

 

ヴリトラの哄笑が鳴り響く。

爆裂魔法を放つには、まだ時間がいる――――何もする気が無いのなら。

その間も攻める。無駄な時間など、刹那たりともありはしない!

 

「時間を稼げ!今が好機だ――――攻め落とすぞッ!」

「おおおおおおおおッ!!」

 

剣士達が隊列を組みながらヴリトラへと向かう。魔法使いたちは攻撃魔法を、プリーストは支援魔法を放つ。盗賊職は俯瞰の視界で指示を出し、戦場を支える。

誰1人として、この場に全力を注いでいない者はいなかった。軍隊と呼ぶにふさわしい。

しかし、ヴリトラは意にも介さない。

絶えず、笑っている。

 

傑作だ―――――笑わずにはいられん!所詮はザコども、余興に過ぎなかったのだが。まさか童の中に、神器持ち(英傑)が混じっているとはな――――!くく、愉快愉快!

 

爆裂魔法の準備が整う。今度の目標は、先ほどドルアがぶち壊してくれた頭部だ。

見れば、メグも準備を終えているようだった。いつも上げている妙な口上も終わっているようである。

 

「いつでも行けますよ、キョウヤ!」

「よし―――――剣士諸君、下がれッ!」

 

俺様の号令の元、雄叫びを上げながら剣士達が一斉に飛び退く。

これが最後の爆裂魔法だ。ヤツに放つことが出来る、最大の火力―――――ここで決めなくては後がない。少なくとも、押し切れる程度の打撃を与えなければ、死に真っ逆さま間違いなしである。

 

「決めるぞ――――ここで!」

「えぇ―――――」

 

――――――本当に愉快である―――どれ、楽しませてくれた礼だ。本来ならば貴様らのような存在はお目にかかれぬものだが、サービスしてやろう―――――――――――――

 

「エクスプロージョン――!!!」

 

爆炎の再来。

まるで2体の龍のようにヴリトラの頭部へと迫るそれは、残りの魔力の殆どをつぎ込んだもの―――――――フラリと、メグが倒れるのが横目に映る。

しかし――――――どうやら俺様たちには、勝利の女神はついてくれなかったらしい。

 

――――――『インフィニティ』――――!

 

そうヴリトラが叫ぶと―――――ヤツの口元から大量の魔法陣が展開された。

そこに轟、と息を吹きかけると――――――吐息は魔法陣に接触し、豪炎へと姿を変える。

驚くほど広範囲に放たれたソレは、いとも簡単に爆裂魔法を飲み込み――――――天へと消えていった。

 

「こんな――――ことが……!」

 

実力差は正しく把握しているつもりだった。

聞きかじりとは言え、十分な対策を取ったはずだった。

しかし――――――届かなかったのだ。

背筋に脂汗が滲む。ヴリトラには全く傷一つついていない。

どうする。

俺様の類まれなる才覚は、『撤退』をまず頭に浮かべさせた―――――客観的事実として、勝てる相手ではない。

爆裂魔法。

とんでもない破壊力を誇る、人類最大の攻撃手段を。二つ。

いとも簡単に返すような存在――――勝ち目は無しに等しい。

しかし―――――――――――――――――

 

「み、ミツルギ………?」

 

声が響く。

俺様の背後で、兵士達が、魔法使い達が、プリースト達が。ありとあらゆる仲間達が。

不安そうな声を響かせる。

俺様が退けば、こいつらは死ぬ。

撤退は、俺様に命を預けてくれた者達全ての死を意味する――――――俺様だけならば、撤退程度造作もないのだが。

撤退は出来ない。

しかし―――――――どうする。

 

――――――フハハハハッッッッ!!いい絶望だ――――貴様らの絶望、無力感!真に美味であるッ!

 

ヴリトラの哄笑が、一層鳴り響く。

全く――――いいご身分ではないか。俺様たちが付け入るスキがあるとすれば、その1点のみなのだろうが―――――生憎、良策は浮かばない。

残る一つのマナタイト――――わずかばかりのプラス要素だが、的確な活用方法も頭には浮かばなかった。まさに絶対絶命―――――しかし。

 

「惚けている暇はない――――ここでヴリトラを倒さなくては未来はないのだ。今一度、諸兄らの力を貸せ!」

 

一喝する。自分に言い聞かせているのもあるが、士気の乱れは戦線の乱れだ。

勝てる試合も勝てないし、負ける試合が更に酷くなる。

未だ戸惑いの色は隠せていなかったが、仲間達はお互いを見回し、コクリと頷いた。

 

「誰でもいいから1人、メグを安全な所に運べ!魔法使いたちは攻撃魔法を、剣士達はもう一度隊列を組み直せ!それ以外は各自出来ることをしろ!」

 

出した指示通り、仲間達は動く。

誰も彼もが必死な面持ちで、剣を、杖を、それぞれの得物を構え始める。

傷は入る。ダメージは与えられているのだ、このまま少しずつ削っていけば、あるいは。

俺様も刀を構え、少しでも戦力になる。

斬っても斬っても終わりが見えない。

今HPゲージが見えたらどんなに良かっただろうか。

残りすぎてて絶望しそうだ。

そんなことを繰り返すこと十数分。

 

―――――――ふん。そろそろ、飽きてきたな――――そら、人の子。もう終わりか?

 

俺様を見据えながら、彼奴はつまらなさそうに洩らす――――その身に付けられた無数の切り傷など、全く意に介している様子は見受けられなかった。

確かに、まともな策など既にない。

爆裂魔法は、人類最大の攻撃手段。それは誇張でも何でもなく、事実だ。

それをものともしない存在に、こちらが何をなせると言うのだろうか。

 

「―――――ミツルギさん!」

「ドルア――――?」

「僕が行きます。兵を下げていただけませんか?」

「?―――――なにを」

「お願いです」

「……………分かった」

 

ドルアが何を画策しているかは分からないが―――――ヤツの戦力は未知数だ。

爆裂魔法での一撃必殺プランが崩れ去ってしまった今、ヤツに期待する他ない。

ドルアはデュランダルをヴリトラに向けながら、彼奴へと語りかけ始めた。

 

「悪龍ヴリトラ――――あなたは強い。正直、ここから逃げ出して、王都へと帰りたくてなりませんよ」

 

――――――――かっ、何を言うか英傑。貴様のような人種はけして諦めぬ。最後の最後まで、希望を抱き、運命へと抗おうと試みる。それでいいのだ!そのような連中を下し、踏み潰してこそ――――我の体は癒えるのだからッ!

 

「…………これはこれは、随分と過大評価を受けたものだ。それほどまでに――――僕は強くありませんよ」

 

―――――――戯言だな、英傑。貴様からは、我を切り捨てる意思しか感じぬ!そう、それでいいのだ!希望に燃える人間の絶望こそ、この悪龍の養分なのだから―――――!

 

「……………確かに、諦めてはいません。これだけは、使いたくなかったのですが―――それも、命あっての物種ですから」

 

そう言うとドルアは、デュランダルに何かの力を注ぎ始めた。

魔力ではない、ただそうであるとしか言い表すことのできない力――――――これが、神々から受け継いだ『特典』の力なのだろうか?

 

その訳の分からない力が注がれるたび、デュランダルの刀身が徐々に伸びていく。

元々1m半程だった刀身は、2メートル、3メートル、4メートルと増えていき――――最終的には、十メートルはあろうかという程巨大に変質する。

なるほど、これでヴリトラの巨体を切り裂くつもりか―――――――いや、待て。

 

おかしい。

聖剣デュランダルは、不変の刃のはず。

何事にも影響されず、けして朽ちることのない、不変にして不滅の剣では無かったのか?

少なくとも、俺様はドルアからそのように聞かされていたが―――――――――――?

そんな俺様の疑問に応えるかのように、ドルアが口を開く。

 

「聖剣デュランダル―――――不滅にして不変の刃。1度だけ――――僕はこの剣を変化させることが出来る。面白い設定でしょう?やはり、神々の遊び心には目を見張るものがあります」

 

…………なんだ、その都合のいい設定は……。

あまりの超理論に少しげんなりした気持ちの俺様を横目に、ヴリトラは愉快そうに哄笑する。

 

―――――――かかっ!凄まじい輝きだ―――!それが英傑、貴様の奥の手という事か!

 

「そうですね――――あーあ。ここまで大きくしちゃったら、もうまともには使えないなぁ………全く、バカな事をしました」

 

ですが、とドルアは繋ぐ。

その目に確かな敵意を秘めながら。

かの悪龍を睨みつけて。

 

「これで未来ある冒険者たちや、街の人々を守れるのなら――――――安いものだッ!」

 

そう叫ぶとドルアは、デュランダルを引きずりながら、ヴリトラの元へと高速で駆け抜ける。恐らく彼は、何かしらの支援魔法も受けているのだろう―――――十メートルはあるデュランダルを運びながらもなお、その勢いは凄まじいものであった。恐らく、血のにじむような努力もしたのだろう。

ヴリトラの懐へとたどり着くとドルアは、引きずり運んだデュランダルを渾身の力を込めて上段へと振り上げようとする。

 

「オオオォォォォッ!!!」

 

いけるか――――――――!?

ドルアの予想外の攻勢に、後ろに控えさせた仲間たちがどよめく。俺様も、同じ気持ちだった。

しかし――――――そんな、俄に出てきた希望は。

かの龍の餌にしか、ならないようだった。

 

―――――――確かに、聖剣は脅威だが……。所詮、それを振るうは人間。つまり―――――――――――――――――――

 

ヴリトラは、懐に潜り込んだドルアを一瞥すると――――――目にも止まらぬ俊敏な動きで、ドルアを蹴り飛ばした。

ドルアはデュランダルごと吹き飛ばされ―――――俺様の目の前へと転がってきた。

ピクリとも、動かなかった。

 

―――――――――当たらなければどうということはない、という事だ。

 

―――――あぁ。俺様の人生の中で、これ程の絶望を感じたことがあるだろうか。これほどまでに、敵を強大と思ったことが。

そう感じるほど、俺様はかの龍に恐れおののいてしまっていた。俺様でそうなのだ――――後ろの仲間たちの絶望は、計り知れない。

 

「もう、ダメだろ………」

「どうしたらいいのよ……」

「なぁ。教えてくれよ……」

 

そのような声が、ありとあらゆる場所から聞こえてくる。心なしか、倒れているメグも不安げに見えた。魔法使い隊の中にいたユウも、不安げに俺様を見つめている。

もはやこの場に、希望を抱いているものは居なかった。この――――俺様でさえも。

 

―――――――ククク……。フハハハハハハッッッ!良いぞッ!凄まじいほどの絶望だッ!ミツルギ……だったか?感謝する!貴様が希望を高めてくれたおかげで、我の古傷も癒えたッ!

 

奴の言うように、ヴリトラの至る所に刻まれた深い傷は、徐々に癒え始めていた。

そのついでのように、仲間たちが命がけで刻んでくれた新しい傷も、全て。

ドルアの与えてくれた両眼の傷は、それでもまだ残っていたが―――――――ほぼ、全快と言っていいほどに、ヴリトラは五体満足だった。

これは、ダメだ。

どうしようも、ない。そもそも、爆裂魔法が通じなかった時点で、諦め、多くの命を残すことに専念すべきだったのだ。

誤った―――――――そう思いながら、今更にもすぎる撤退命令を出そうとした時――――ある、声が聞こえた。

それは、一介の冒険者が洩らした一つの嘆き。

ただ、それは俺様にとって――――最も重要な嘆きだった。

 

「あーあ……。やっぱり、ダメだったか―――分かってはいたけど。あわよくば、大儲けと思ったのにな………」

 

ピクリ。

なにかいま、放置できないような言葉を聞いた気がした。

俺様はその嘆きをした人物の元に一直線に近寄り、顔を近づけながら詰め寄る。

 

「おい、そこのお前。今……なんと言った?」

「え?いや、あの……大したこと言ってない」

「いいから早く言え!」

「はいぃ!えーっと……あわよくば、大儲け?」

「それだ。なぜ、この討伐が大儲けに繋がる?」

「へ?そりゃあ、だって………あの龍にかかってる懸賞金………『5億エリス』だし」

 

――――――ドクン。

心臓が早鐘を打つのを感じる。

 

5億?5億だと?

 

なんだそれは。5億だぞ?俺様の人生の200分の1の額だぞ?それを?

このデカブツ一体殺すだけで?

得られる、と言うのか?

今まで、あれほどちまちまと泡銭を稼いでいたのに?

 

「ふ、ふふふ………ふははは」

「キョウヤ……さん?」

「今までに使った額、実に4億3256万三千エリス。稼いだ額は257万500エリス。この隊の人数は丁度60人。分配としては6000万エリスを割り振り、一人あたり百万エリス。ふむ――――まだ、お釣りが出るな」

「…………え?」

 

いつの間にか近くに寄っていたユウが、惚けたような声を洩らす。

そんな声にも構わず、俺様はドルアの握りしめていたデュランダルを手に取る。初めて触る剣だが、まるで数年使っていたかのように、手に馴染んだ。

――――――その時、俺様は気づかなかったが。俺様の懐に潜ませていた冒険者カードのスキル欄が、光り輝いていたらしい。

――――――――――――『金欲者(パワー・オブ・マネー)

 

「だとすれば―――――倒さぬ道理はなし」

 

ボゴォッ!

俺様はそのまま、半ば以上が土に埋もれたデュランダルを引き抜く。

本来ならば、長すぎるエモノだ。支援魔法を受け、恐らくは高レベルだったであろうドルアですら、引きずり、振り上げるといった単純な動作しか出来なかった程に。

しかし―――――何故だろう。

俺様はそのデュランダルを、なぜか―――――片手で構えることができるようになっていたのだ。

 

―――――――ぬぅ!?貴様―――何故!魔力がそれほどまでに跳ね上がった!?

 

ヴリトラが驚いたように呻く。魔力?

そんなものまで、上がっているのか?

というか俺様はなぜ、こんな見るからに重そうな剣を持てているのだ?

いや―――――そんな事は、詮無きことじゃないか。

いま、大事なことは―――――あの龍をぶち殺し、金を稼ぐことだけだろう?

 

「まぁ、ヴリトラよ。貴様に恨みがあるわけではないが――――少し俺様のために、死んでくれッ!」

 

そう叫んで、俺様はデュランダルを片手で保ちながら高速で、ヴリトラの股下へと潜り込む。

すれ違いざま、一閃。

ヴリトラの巨大な足首を切りつけた。

真っ黒な甲殻に覆われた足首が、ごっそりと切り落とされる。

 

――――――き、さ、ま……ッ!雄々ォォォォォッ!

 

足首の腱を切られ、体勢を崩されたヴリトラは、その両翼をはためかせながら浮かび上がり、尻尾を鞭のようにしならせて叩きつける。

速い。

辺り一面に放たれた衝撃波が、その速度を物語っていた。本来ならばその姿を捉えることが出来ず、その暴力の餌食となっていただろう。

しかし――――本当に、いったいどうしたのか。なぜこんなにも――――止まって、見えてしまうのだろう?

 

――――――グゥウウウ!な、なぜ、だァァァァッ!

 

その暴力を、俺様はデュランダルを真横に掲げるだけでいとも簡単に受け止める。

ブォンッ!という音とともに、風が木々をざわつかせた。スッパリと切り落とされたヴリトラの尾の先端が後ろの同士たちの元へと吹き飛ぶ。

衝撃を吸収されずに、予想外に力を持て余したヴリトラが体勢を崩す。

それを見逃すような俺様ではない。

跳躍。そして、詠唱。

さしもの俺様といえど、少し想定が甘かったようだ。リスクを犯さずに、思うような戦果を得られるはずがない。

ヴリトラの動揺したようなツラを眼前にしながら、俺様はそう自省した。

 

「ヴリトラよ―――――さしもの貴様といえど、この距離で爆裂魔法を食らって、無事ではいられまい?」

 

―――――――フハハ―――フハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!

 

実に愉快そうにヴリトラは哄笑する。

先程までのような、余裕のある強者の笑声ではなく。本当に興味深いものを見られたというような――――そんな、喜色に満ちた笑いだった。

 

―――――――我が……この悪龍が!このような小童1人に命を奪われるか!愉快だ――――実に愉快だッ!

 

爆裂魔法の準備が始まった。

幾重にも張り巡らされた魔法陣が、ヴリトラの眼前に広がる。魔力が上がっているというのは、本当なようで――――急激に魔力を吸われる感覚こそあれど、身体にかかる負担はほとんど感じられなかった。

 

――――――――いいだろうッ!殺せ、ミツルギッ!我は、悪龍!魔王様に仕え、悪に生きる憎悪の化身なり!なればこそ――――我に、生への執着など、微塵もないッ!

 

「―――――その意気や、良し。高潔な兄に、心よりの賞賛を述べよう」

 

さぁ、終幕だ。

メグのように、キザな言葉を好む俺様ではないが―――――最後くらい、少し羽目を外しても構わないだろう。

最後のひと爆裂(はな)を、咲かせよう。

 

「エクスプロージョン――――――!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に行ってしまうのですか?キョウヤ」

「その言葉はもう12回目だぞ、メグ。さしもの俺様といえど飽き飽きしてきた」

 

―――――――――ヴリトラとの決戦から、三日の時が経った朝。

俺様は、アクセルの街の西街道口の門の前で多数の仲間たちに見送りをされていた。

悪龍ヴリトラを倒したことにより、俺様の手には5億もの大金が転がり込むことになった。戦闘前に勘定した通り、6000万は協力してくれた諸兄らに分配することにしたが。

まぁ、殆ど俺様とドルアが倒したようなものだが――――なに、彼らの心意気を考えれば、何かしらの報酬は必要だろう。

100万だが、それでもこの街で得られる額とは比べ物にはならない金額だ。

早速、彼らは宴会をするらしい――――しばらくは傷を癒すと言っていたがな。

 

さて、本題だ。

俺様は、この街を出ることにした。理由は単純、そろそろ別の街も見てみたいと言うだけだ。

メグは付いてくるなどと言い出したが、まぁそこまで付き合わせる訳にはいくまい。所詮は成り行きの仲だ。やけに強情だったので理由を聞いてみると、「またパーティメンバーを探す旅ですかぁ……?」などとのたまった。

知るか。

 

「キョウヤさん、今までありがとうございました」

「ユウ。君も達者でな。紅魔の里に戻るのだろう?」

「えぇ。上級魔法を覚えた今の私なら、きっと故郷のために出来ることがあると思うのです」

 

そう、実は彼女、上級魔法を習得したらしい。これで1人前の仲間入り、というわけだ。

心做しか、今までの彼女より自信に満ちているような気がする。コンプレックスの強い彼女だが、彼女の中でも何かが変わったのかもしれない。それは、彼女にしか分からないことなのだろう。

 

「ミツルギさん。短い付き合いでしたが、感謝しております。あなたの行く先に、女神エリスの加護があらんことを」

「ドルア……お前、もう平気なのか?」

 

………ドルアは、参加者の中で最もひどい怪我だった。デュランダルを振り回したことによる右腕の筋肉断裂、ヴリトラの一撃による胸骨の複雑骨折など散々な有様だった。

 

「えぇ、腕のいいプリーストに治癒魔法を頼んだので。日常生活なら、もう大丈夫です」

「そうか、それは良かった。デュランダルは、どうするんだ?」

「残念ながら、もう使いものになりませんね。置き場所に困りますよ。何回か割ろうとしてみましたが、ハンマーがひしゃげました」

「流石は不滅の剣、か」

 

冒険者稼業に戻るには、まだまだ時間がかかるらしい。とんでもなく能力の高いプリーストが現れたりなんかすれば治るらしいが、本物の女神さまでもなければ不可能らしい。

アクアでも呼んで来ればいいのかもしれない。

 

「さて、メグ。いつまでべソをかいてるつもりだ?」

「うぅー……だって……。こんな私を受け入れてくれるようなおかしな人が、また見つかる気がしないんですよ!」

「ふむ、そんな事は知ったことではない。なんなら物理攻撃でもしてみればどうだ、俺様のように。餞別に剣でも買ってやろうか?」

「……………アリですねそれ」

「だろう。何せお前、恐らくこの街の標準的なナイトより腕力強いぞ」

「ふむ……素晴らしい発想かも知れません」

 

メグは、この街に残るらしい。俺様が連れていってくれるなら出ても良かったらしいが、そこまでされると少し怖い。

だからまぁ、賢明な判断だろうとは思う。

恐らくメグは、この街でも随一の冒険者であろう。何せレベル23(この世界では、与えたダメージに比例して経験値が入る仕組みらしい。理屈はわからんが俺様もレベルが4上がっていた。すごいな中ボス)だ。レベル10でも超えればどこかに出る人が殆どなので、それはもう強い。

まぁそんなメグなら器用にやっていけるだろう。少し、心配だがな。

 

「ミツルギさん!命を救っていただき、ありがとうございました!」

「あなたがいなければ、俺たちはあの悪龍に殺されてしまっていたでしょう!」

「ミツルギさんに任せてよかった!」

 

そんな賛美の声が各所から上がる。なんだか知らんが、この街の冒険者の間ではカリスマとして名を馳せてしまったらしい。多くはヴリトラ戦の参加者だったが、見たことのないというか、冒険者ですらないだろう格好をした人間も交じっていた。

 

「お前ら、いい加減にくどいぞ。この俺様に感謝したい気持ちは分かってやるが、そう何度も持ち上げられても困る」

 

本音である。持ち上げる時は持ち上げればいいが、必要のない時に持ち上げられても気味が悪いというものだ。

それでもと、群衆は口々に俺様をはやし立てた。まぁ、仕方あるまい。

さっさと出ていって、新しい冒険を始める他ないな。

 

「では、メグ、ユウ、ドルア、そして諸兄ら!また会う時を、楽しみにしておくぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが、俺様の冒険の始まり。これから巻き起こる、様々な出来事の幕開けだった。

この、ヴリトラの一件は様々な形で語られることとなる。大勢の冒険初心者を率いたカリスマとして語られる事もあれば、単騎で悪龍を打倒した英雄譚として語られることもあった。しかし、最も多く語られたのは、こんな説だ。

 

ある時、悪名名高き悪龍を打倒した男が居た。彼は、凡そ1人で、かの悪龍を屠ってみせたらしい。なぜそのような事が出来たのか、何のために、そこまで出来たのか。聞いたものが居たらしい―――――その問いに。

 

「そんなもの、決まっているだろう――――――金だ」

「……は?」

「金のためだよ。誰だって、金は欲しいだろう?彼奴を殺して、大金が転がり込むなら。殺す以外の選択肢は、俺様にはない!」

 

と、男は答えたそうだ。

かくもあろうに、この男は金のために、かの悪龍を打倒したと言うのだ。この一件以来、各地で、金を払えば何でも承る男が現れるようになったらしい。彼はいつも名乗らずに仕事だけをこなしていくのだが、いつの間にやら、こう呼ばれるようになった。

最強の傭兵――――――――『金欲者』と。

 

 



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7.この痛ましき幹部に黙祷を!

こちらではお久しぶり、どちらでもお久しぶりです。ホイル焼き@鮭です。
ベルディアさんの可哀想さが凄い。


アクセルの街を出て、早数ヶ月。

俺様は傭兵として各地で働き、多くの懸賞金を得ながら生活する日々を送っていた。

その結果、多くのことがわかった。

 

1つ。この世界の国家情勢について。

 

と言っても、全ての地理を把握した訳では無い――――この国の名は、ベルゼルグ王国。

魔王軍の本拠地と隣接している、人類側最強の剣。他の国々は、凡そベルゼルグに追従する立場をとるが、大きく援助をしているのは隣国のエルロード王国。カジノで有名。

 

2つ。正体不明だった固有スキル、『金欲者』について。

 

どうやらこのスキル、敵にした者から得られる金額に応じて、自分のステータスの全てを底上げするというものらしい。

しかし思った以上に、自分が金に目がくらんでいる時にしか使用できない。また、使用の意思も不要。………なぜ俺様にこんなスキルが付与されているのかは不明。アクアは特典として一つだけ、持っていけると言っていた。

となると、なぜこんなものが付いているかは考証の余地があるだろう。

 

3つ。今の人類側の戦況について。

 

魔王軍の侵攻というのは凡そ王都でのみ行われており、被害は意外と少ないということだ。これでは話が違う。被害により人口減少、転生の拒否、異世界人の投入――――というのが、アクアの話の基軸のはず。

 

結論。

 

あの駄女神………嘘をついたのか?である。

 

しかし、俺様は他者の感情、意向を読み取る術には長けている――――この俺様を騙せるほどの話術が、アクアにあるわけが無い。

となると―――――まだ、俺様の知らない裏事情がありそうだ、ということだ。

 

それを打開すべく足を伸ばしたのが古巣。

冒険初心者の街、アクセルである。

ここに来た理由は、主に2つ。

 

1つは、先述の話にも繋がる話だ。

傭兵として各地を放浪する関係上、四方山話には縁が深いのだが、その中に1つ、気になる噂があったからだ。

 

曰く、アクシズ教の女神の名を騙る不届き者が、アクセルの街にいる、と。

 

アクシズ教というのは、女神アクアを祀る宗教のことだ。その教徒からの噂話である。

別に、本気にした訳では無い。ヤツがこの場にいるわけがないのだし。

しかし、今アクアという存在はキーパーソンの一角だ。無視はできない。

 

2つ目は――――――――――――――――

 

「グォオオオッッッ!我を下すか、人間!」

 

――――――――目の前の、こいつだ。

エンシェントドラゴン。大樹を背に宿し、地面に埋もれる事でエネルギーを吸収する生物。太古の昔より存在しているらしく、滅多に移動を行わない。代わりに、ヤツの移動には天変地異級を伴うという。

その移動ひとつで、何億という被害を呼ぶ災害にも発展しかねる。それが彼奴のプロフィールである。賞金3億エリス。

こいつがアクセルの近くに根を張ったと聞き、退治にやってきたということである。

 

「龍というものは、どいつもこいつも話し方が似通っていて困る。偶には丁寧な言葉を覚えた方がいいんじゃないか、龍よ」

「カッ!よく吠える人間だッ!しかしそれこそ、強者たる所以か!」

「クク……あぁ、人間だとも。人間だから、褒められて嫌な気はせんぞ――――安らかに眠らせてやろう。『エクスプロージョン』!」

 

爆発がエンシェントドラゴンの背の大樹に直撃、木の幹がぼきりとへし折れ、轟音を立てて地へと落ちる。

それと同時に、ヤツの目から徐々に光が失われていき―――――やがて動かなくなった。

ふむ、やはり幹がコアだったか。やれやれ、無駄に手足や尻尾を切ってしまった。

とまぁ、そんな感じだ。アクセルの近くでこいつが出没したとの噂を聞きつけ、狩りに来たということである。

 

「さて―――これで仕事は終わり。久方ぶりの古巣だ――――偶には旧交を深めるとしよう」

 

冒険者カードを見て、エンシェントドラゴンを倒したことが記録されているのを見る。

この世界では、倒したモンスターから魂の記憶というものを吸収しているらしく、それが冒険者カードに数値化されるらしい。

………端の方に、自分の今のレベルが見える。

各地で傭兵業を繰り返し、賞金首を狩って来た俺様の現在のレベルは、なんと。

 

59にまで達していた!

 

………なんだ貴様、意外と行ってないなと思ってはいないか?この国の王都防衛軍の水準レベルは30だぞ?十分ではないか。

……少し雑用にも手を出しすぎたのが問題でもあるが。

まぁ、レベルなどはどうでもいいだろう――――金だ金。レベルなんかより金だ。

 

貯蓄額。これは以前とは比べ物にはなるまい。

ヴリトラ戦時点での貯蓄総額は、1兆7500エリス(計算しようと思った諸君、まぁ待て。あの時の勘定にはドルアの働き分を勘定していなかった。ので、1000万奴には払っている。当然の報酬だ)だったが、しかし。

今現在、俺様の貯蓄額は、なんと。

 

1兆76億5000万40エリスである!

 

…………うむ。分かる。額が高すぎて、稼いでいないように見えるのも分かる。分かるが、数ヶ月に1人で76億稼いだことを考えれば、物凄い額なことも分かるだろう。

………やはり、会社の力とは偉大だったのだな………昔の部下達を思い出すというものだ。

……俺様は何に言い訳しているのだろう。

何故かそうしなければ行けない気がした。

 

「………やれやれ……アクセルについたら、今日は寝るとするか…………む」

 

自前の馬車(無ければ傭兵などやってられん)を引き連れ、アクセルの門を潜ろうとすると、やけに騒がしい事に気づいた。

おぉぉ………と、どよめく声。

……あぁ、そう言えば、アクセルでは俺様は英雄扱いされていたか……そのせいだな。

 

「ミツルギが帰ってきたぞーっ!」

「英雄様のお帰りだーっ!」

 

………まぁ、仕方の無いことだから良いのだが、煩い。しかしまぁ、パフォーマンスとして、手くらいは振ってやるべきか……。

手を振ると、謎の歓声が巻き起こった。

ふむ。悪い気はしない。しかし俺様はカリスマであって、アイドルではない。手を出した経験がないとは言わないが、本職ではないことは確かだ。

 

「やれやれ……面倒だな。『ナイト・オブ・ヴェール』」

 

杖に手を触れ、上級魔法『ナイト・オブ・ヴェール』を発動する。存在感を薄める魔法である。姿を隠せる訳では無いが、少しはマシになるだろう。盗賊職ではないのだから、効果は高くはないらしいが。

魔法を発動した途端、ザワザワと騒がしかった門前が徐々に静まり、平静を取り戻す。

ふむ、案外効果は高いようだ。万能職というのは間違いないようである、アークウィザード。

さて、辺りも静まったことだ。件の女神を騙る女を探すとしよう。馬車を門口に停める。

その時。珍妙なものがメインストリートを通っていくのが視界の端に写った。

 

「おーいアクアー……そろそろ出てこいよ。もうブルータルアリゲーターはいないからさぁ」

「いや……檻の外は、怖いもの……このままギルドまで行くもん……」

 

馬に檻が繋がれており、その檻の中で青い髪の女が膝を抱えている光景。なかなか見られないどころか、単純に奇異の目で見られる所業である。見物料を払いたいくらいだ。

しかし、それはまあどうでもいい話……問題は、檻の中身に限りなく見覚えがあるということである。

 

青い髪。薄紫の羽衣。天女めいた髪飾り。

 

俺様は魔法を解いて、大急ぎでその団体へと近づく。あまり目立ちたくはないが、仕方ない。馬の進行方向に立ち塞がる。

先頭で馬を御していた男が、怪訝そうにこちらを見る。

 

「なんだぁ?あの男」

「さぁ。なんだろう。はっ、もしや馬に引いて欲しかったのか!?なんて度し難い変態だ……っ!」

「……なぁダクネス。人のこと言えないぞ?」

「おや……もしや、あの男……」

 

何やら話し込んでいるようだが、今はどうでもいいと思った。つかつかと歩み寄り、檻の側面へ。

 

「貴様。アクアか?」

「へ?……あんた誰?」

「む………そうか。分からんか。ならいい」

 

どうやら人違いのようだ。本物の女神アクアならば、俺様の顔くらいは覚えているはず。

……しかし、忘れているだけかもしれんな。

何せ、俺様が特典を授かってから数ヶ月の時が経っている―――――忘れるのに十分な期間ではある。

 

「………やっぱり。キョウヤ、ですね?」

「……む?」

 

おずおずと俺様に話しかけてきたのは、この珍妙な一団の1人だった。その体格に比べ大きすぎる帽子には、見覚えがあった。

 

「………お前、メグか?」

「おぉ!その変なあだ名は正しくキョウヤですね!久しぶりです!」

 

その出で立ちは何やらおかしくなっていた。

俺様が買い与えた杖はやはり持っていたが、腰に短剣らしきものを2つ、備えている。

その出で立ちはまさしく、魔法剣士と言ったところだ。しかし俺様の知るメグであれば、魔法を剣にかけることなど不可能だろうが。

 

「なんだよめぐみん、この兄ちゃん、お前の知り合いなのか?」

 

そう、リーダーらしき青年はメグに話しかける。同じように、鎧を着込んだ金髪の女も寄ってくる。

この一団はどうやら、プリースト、ウィザード、クルセイダー、そして職業不詳の男の構成らしい。

 

「えぇ!かつてのパーティーメンバーのミツルギキョウヤです!私と同じアークウィザードですよ!」

「へぇー……。で、そのミツルギさんがどうしたんだ?」

「………すまない。驚かせてしまったな。1つ、聞きたいことがあったのだ」

「聞きたいこと、ですか。そう言えばさっき、アクアと何か話してましたよね。知り合いなんですか?」

 

アクア。そうメグは檻の中の女を呼称した。

………同名、などというのは考えにくい。

しかし、奴は仮にも女神だ。女神がなぜ、こんな世界の一冒険者のようなことをしている?

 

「なんだなんだ、お前の知り合いか?」

「違うわよ?私、こんな人のこと知らないし」

 

という会話が耳に通る。やはり人違い?

……少し、カマをかけるか。

 

「忘れたのか、アクアよ。他でもないお前から特典を受けたのだぞ。貴様から一兆もの資産を受けたのだ。忘れたか?」

「い、いっちょう!?……あ、あーっ!わざわざ金持ってった資産家の人っ!?」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!なぁ、ミツルギさんだっけ?少しいいか?」

 

リーダー格の男はそう言って俺様を強引に連行し耳打ちする。

 

「なぁ、あんたも特典を受け取ってここに来たのか?」

「………ふむ。その通りだ。ということは貴様も転生者、というわけだな?」

「あぁ、多分間違いない。アクアの知り合いってことだよな?」

「そうだ。………しかしお前、思った以上に何も持っていないな。身体に直接作用する特典を望んだのか?」

 

しかし目の前の男からは、転生者特有のオーラというものが感じられない。武器種の類でもなさそうだ。ならばこの男、特典は何を受けたのだ?

…………まさかとは思うが。

 

「…あー……それは……だなー」

「………違うならばバカにしてくれて構わんが、まさかあの女神を特典に選んだのか?」

「……!よく分かったな……。そうだよ」

 

………なるほど。その発想はなかったな。

俺様はより詳しく、サトウカズマと名乗った男から経緯を聞いた。

 

曰く、トラックに跳ねられそうになった少女を助けようとし、元の世界で死んだ。

 

曰く、転生の際にこちらをあまりにバカにするアクアの態度が気に食わず、特典の内容にアクアを選んでしまった。

 

曰く、それでも女神だから役に立つだろうと思っていたが、女神の割にてんで役に立つことがなかったと。

 

ふむ。なるほど、理解した。

さてはこいつバカだな。

……まぁ、気持ちは理解出来る気もするが……。

それにしても先見性のないことである。

 

「……キョウヤ、カズマ。さっきから何をしているのです?」

 

流石に怪しまれ、メグに声をかけられる。

さて、大体の事情は察せた。となると、まずは当初の目的を果たさねばなるまい。

しかし、そうとなるとこの場ではダメだな。

もっと簡易に、アクアと2人になれれば良いのだが。

 

「お、おぉめぐみん。いや、なんでもないんだよ。少し話でもと思って、さ。な、ミツルギ!」

 

誤魔化すように、俺様の肩をバンバンと叩きながら言い放つサトウカズマ。

馴れ馴れしいことこの上ない。

しかし、この場でこのサトウカズマと対立する利点があまりにも薄い。湧いた怒りは飲み込むのが得策だ。

 

「あぁ、そうだなサトウよ」

「そうですか。まぁキョウヤもカズマも、友達少ないですからね。少し仲良くするのも……って、いた、いたたた!」

「ほほう。残念だなメグよ……お前はそんな事を思っていたのだな。うむ、悲しい。悲しいぞ俺様は」グリグリ

「いたたたた!ごめんなさい!謝りますから!謝るからこの拳を収めてくださいー!」

「………ふむ。なに、冗談だ」

 

しかし失礼なやつだ。友達が少ないだなどと。

例え正しかろうと言うべきではないだろう。

まぁ、あまり気にはしていないのだが。

友人は多くて損は無いが、益もない。

ならば友人の多寡などは些末な話だ。

 

「………さて。しかしまぁ、奇縁あって出会ったのだ。どうだ、サトウ。これから食事でも」

「おー、そうだな!せっかく湖の浄化クエストもクリアしたわけだし、報酬で1杯やろうぜ!」

「カズマカズマ、私、しゅわしゅわ呑みたいわ!頼んでいいかしら!」

「カズマー、今日はお酒呑んでもいいですかー」

「………放置プレイ……くっ、なんて屈辱的なんだ!」

 

…………いや、なんだ。このパーティ、クセの強そうな連中しかいないな。

 

「はいはい、わかったわかった。めぐみん、お前はまだジュースな。ダクネス、さっきから会話に参加してないからって盛ってんじゃねぇよ!」

 

目の前で叫んでいるサトウという男が、とても不憫に思えてきた。俺様はせめて少しでも負担を軽減してやろうと、サトウの肩に手をポンと置く。

 

「………大変だな、お前」

「み、ミツルギ…っ!分かってくれるか!」

「まぁ、見れば分かる……奢ってやるから、めげずにな」

「うおお……!さてはお前、良い奴だな!」

 

当然だろう。何せ俺様はミツルギキョウヤだぞ!ふはははっ!

普段ならばそう答えるはずだったが、今はあまりの不憫さにそれすらもはばかられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がつがつ……カズマさんカズマさんっ!なにこれっ、すっごく、美味しいんですけどっ」

「あぁ!最近まともなもん食べてなかったし、余計だな!」

「ほう。味噌ベースの山菜鍋か……これはなかなか珍妙な味がするな」

「流石キョウヤ。いい所を知ってます」

 

ひとまず俺様の知る、アクセルでは高すぎて利用者が少ないと言われている高級料亭に連れていくことにした。

さて、どうにかアクアと2人になれれば良いのだが。あまりおおっぴろげに話す内容ではない。サトウならばいいが、ダクネスと呼ばれていた金髪の女と、メグには耳に入れない方がいいだろう。

しかしまぁ、タイミングもある。

暫く食事とともに、歓談に勤しむ事にする。

 

「へぇー、めぐみんの言ってたヴリトラ?だとかを討伐したって、本当だったんだなー」

「なんですかカズマ、疑っていたのですか?」

「いやぁ、確かにお前はこの中じゃマシな部類だけどさ。そこそこ戦ってくれるし。それでも爆裂魔法しか使えないのに、んなわけねーって思ってたわー」

「……ふむ。案外使えるのだがな、爆裂魔法」

「そうかぁ?確かに威力はすげぇけど、撃ったら倒れるんじゃ意味無くねぇ?」

「まぁ、雑魚相手ならばそうだろうが……自分よりもデカい連中を相手取るならば、あれほど使い勝手がいい魔法もないぞ」

「……なんか、経験談みたいな感じ出てない?」

「そりゃそうですよ!何を隠そう、このキョウヤも、爆裂道を歩む者なのですから!」

「はぁ!?マジなのか、それ!?」

「マジだな。ほら」

 

冒険者カードを見せる。スキル欄の上部に『爆裂魔法』とでかでかと書かれている。

サトウはそれを見ると、驚嘆に目を見張る。

 

「うぉ、マジだっ!いや……つか、スゲーなこのスキル欄!殆どの魔法覚えてんじゃん!」

「そうだな。もう覚える魔法もないんじゃないか」

 

50を超えたあたりから、確か有用性のある魔法は全て覚えたはずである。最初に不正を大量に行ったからなのだが。

そもそも、もはやレベルすら上がりやしない。

懸賞1億クラスでも上がらん。単価だけではどうしようもない頃合ということだろう。

残りのクラス別スキルで用途がありそうな魔法は主に2つ。

炸裂魔法と、爆発魔法である。

どちらも爆裂魔法の下位互換であり、覚えても魔力の無駄を抑える程度の事にしか役には立たないだろう。

ただまぁ、余裕が有れば考えるか……。

 

「へぇー……。すげぇなぁ……」

「あまり持ち上げるなよ。今から友人になろうというヤツに持ち上げられても、対応に困る」

「ほう……ミツルギ殿は、案外謙虚なのだな。それだけのレベルと実力があるならば、もっと天狗になるものではないか?」

 

ダクネスと名乗った金髪のクルセイダーがそう俺様に言う。

ふむ。

俺様などと自称する人間のどこに謙虚さがあるとこの女は思っているのだろう?

どこかおかしい気もするが。世間ズレしているというか、真面目バカというか。

なんとなしに、ダクネスという女に興味が湧いた俺様は、少しだけ、女の身なりを注視してみる。

 

この世界では、金髪はそもそも珍しい。

金というのは外系の遺伝子を持つものであり、凡そ身分の高い者によく見られる髪色だ。

そして、俺様には分かる。

着ている鎧、担いでいる剣。どれも高級品だ。希少な鉱石の透明な輝きが、それを物語っている。

こいつ。

どこかの貴族の娘だな。恐らく。

 

「な、なんだ、ミツルギ殿。そんなに私を見つめて……」

「…………いや。何も無いぞ」

 

少しだけ考えたが、要らん詮索はよそう。

……しかし、そうだな。貴族、か。

懸賞金での金稼ぎは、やはり効率で言うならば最高効率ではあるのだが―――――如何せん、手間がかかる。

多くの懸賞金は魔王軍に与する実力者、行動が災害に直結する特大の移動体、数が希少ゆえに捕獲司令の下っている希少生物にかけられている。

 

が故に、数が少ないのだ。

魔王軍の幹部クラスともなれば、単独行動でも勝ち目は……薄くはないが、高くもない。俺様はギャンブラーではないのだ。

多くは魔王城に居を据えているため、狙いにくい。

二番目は最も狩りやすい。どこに居を据えているかが判明しているからだ。

3番目は、タダの運勝負。多くの魔法を駆使して、ある程度までの捜索は出来るが、現実的な方策としては薄い。

 

限界が来ているというのは、間違いない。

その点貴族ならば、金を溜め込んでいる可能性は極めて高い。盗みに入るというのは、俺様にとって気が引ける行為では全くない。

その発想を得られただけ、俺様はダクネスに多少の感謝を抱くべきだ。より一層、黙っていてやるという気にもなる。

 

「あまり謙虚と称されたことは無いが―――一応褒め言葉だろうので、素直に受け取っておこう」

「キョウヤが謙虚だなんて、ダクネスは変なことを言うのですねぇ。これだけ自信満々な人もそういないでしょうに」

「そうか?実力があるのだから、当然のことではないか」

 

ふむ。褒められるのは悪い気はしない。

ただ、俺様は自分の能力値においてはほぼ全て把握している。自分に何が出来るか、何が出来ないかは凡そ理解しているのだ。

 

褒められればそれは嬉しいし、貶されれば少しは気分も害す。

が、だからといってそこから俺様への変革が起こりうるかといえば、ノーである。

 

「分かりませんねぇ……。まぁいいですが。それよりキョウヤ、どうしてアクセルに?」

 

と、メグは言う。

ふむ。それは概ね、アクアに会いに来たと言ってもいいのだが。

ただし、突っ込んだ話をする訳にも行くまい。彼女には関係の無いことである。

 

「なに、この近辺に所用ができてな。少しばかり、ここらで居を構えようと思う」

「ははぁ。なるほど……キョウヤのことですから、噂を聞きつけて戻ってきたのかと思いましたが」

「噂?なんだそれは」

 

もしや、女神アクアの噂を聞きつけたということがバレた?

………いや、それは無い。メグにおける俺様が、女神と噂されるだけの女を見に来るわけがない。なぜなら、俺様はアクアでなければこの場に来ようとは思わない。エリスと呼ばれる、もう1人の女神だったのならば全く興味は抱かなかったのだ。

だからそれは別の噂だろう。

 

そんな事を考えていたが、その後のメグの言葉は思いもよらぬものだった。

 

「えっとですね。西門の荒野に、城があるのは覚えていますか?」

「あぁ。誰も住んでいないらしいが」

「そこに今、魔王軍の幹部と言われている騎士が住み着いているのですよ」

 

―――――――――なんだと?

魔王軍の幹部?

そんなA級の賞金首が、今ここにいるのか?

それも、単独で?

あまりの衝撃に、先程まで考えていた、アクアと二人になる奸計がどこかに吹き飛ぶ。

 

「おい、メグ。その話、詳しく聞かせろ」

「は、はぁ……それは構いませんがキョウヤ、顔、近すぎませんか……?」

「………む。悪い、少しばかり昂りすぎた。話を聞かせてくれ」

「まぁ、いいですよ。私とキョウヤの仲ですしね」

 

そう言って、メグは語りだした。

求めもしないのに、俺様が街を出てからの成り行きを、事細かに語りだした。

俺様は見てわかるよう、基本的には効率主義の男である。なので簡潔にまとめると、

 

1。俺様がいなくなってからは腕力任せで短剣を振るってなんとか生計を立てていたが、やがて限界が来て、つい最近サトウとアクアのパーティーに入れてもらった。

 

2。その後暫くし、ダクネスという剣が当たらない、タダの壁としか役立たないクルセイダーを仲間にした。

 

ほう。こいつもダメなやつだったのか……尚更、サトウの苦労が偲ばれるというものだ。

 

「な、なんだよミツルギ。そんなに慈愛に満ちた顔をして……」

「いや。まぁ。なんというか、頑張れ」

 

3。サトウのパーティーに入ってからメグは日課として、日に1度、爆裂魔法を廃城と化した城にぶっぱなしていた。

 

4。所がその廃城は最近住み着いた魔王軍の幹部ベルディアの住処であり、そのせいでサトウ一行はベルディアの不興を買ってしまった。

 

5。ベルディアは激怒の後ダクネスに『死の宣告』という呪いをかけて1週間以内に自分を倒さなくては死ぬと言い残して去ったが、空気の読めない女神の介入により、その呪いは早々に解除された………と。

 

それが取り敢えずのあらましのようだった。

うむ。

 

「……………」ハァ

「ど、どうしたのです?そんなに憔悴して空を仰ぐなんて」

「いや………なんというか、お前ら……バカみたいな事ばかりしているなと………」

 

詰まるところは、アレか?

こいつらは生粋のバカだということか?

全くもって愉快な話だな!

………しかし、それにしても。

仮にも魔王軍の幹部の残した呪いを、解呪1発で解除したのか、アクアは。

やはりそこは、腐っても女神ということか?

 

まぁ、いい。

しかしこの情報。どう活かす?

単独かつ、騎士の魔王軍幹部。所在までハッキリと示されている。これを逃す手はないと思われる。

しかしまだ、情報が足りないな……。メグから得られたベルディアの情報は、漆黒の鎧を纏った首なしの騎士、つまりはデュラハンであるということのみだった。

 

デュラハン。北欧に伝わる民間伝承の1つ。

 

死期の近いものの家に現れては、出会い頭に桶いっぱいの血をぶっかけるという、トンデモな妖精である。

妖精とはあるが、首と胴の別れた姿より、この世界ではアンデッドの類だと思っていい。

 

つまり俺様がこれよりすべきことは、主に2つ。

アクアへの聴取。ベルディアの調査だ。

しかし思った以上に、アクアと2人になるというのは難しそうだ……。機会を伺っていたが、どうにもである。

ならばまぁ、いい。どうせアクセルに居を構えているのならば、これからいくらでも機会はある。

ならば喫緊の用事として、ベルディアの調査から手を付けてみるか………。

 

「すまない、少し急用が出来た。勘定は済ませておくから、後は頼むぞ」

「えっ。キョウヤ、もう帰るのですか?」

 

何故かメグが少し残念そうにそう口にする。

久方ぶりに会うからだろうか。俺様にも、久闊を叙したいと思う程度の人情はあるが。

しかし俺様はそれで『明日でもいいか』などとは思わないほどには、自分の欲に素直なのである。金に繋がることは即行動、だ。

まぁ機会を設けて、少しは語らうとしよう。

金稼ぎ以外が無駄とまでは、俺様も思わん。

今はそっちに留意したい、というだけである。

 

「悪いな。また今度、どこかで語らおう」

「むぅ、仕方ないですね。今度はゆっくり、昔話でもしましょう!」

「あぁ。諸兄らも、また機会があれば話でもしよう」

「おー。ありがとな、奢って貰って」

「ガツガツガツ……」

「あぁ、楽しみにしておくよ」

 

伝票を持って部屋を出る。

さて……情報収集か。俺様も傭兵として長いので、得意な分野ではある。

この世界で情報を得やすい場所は決まっている。

酒場と、ギルドだ。

そして情報に通じている人物も決まっている。

アクセルだと……そうだな。多少の貸しもある事だし、彼奴を訪ねてみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳だ、盗人。時間はあるか」

「………いきなりご挨拶だね。まぁ……少しなら構わないけどさ」

 

そんな訳で訪れたのはギルドである。

目当ての女を見つけ、さっさと声をかけた次第だ。

目の前で少しバツの悪そうな顔をしているのは、盗賊装束を身にまとった銀髪の女。

そう、恐れ多くも俺様の部屋に忍び込み、盗みを目論んだ盗賊職の女、クリスである。

 

「というか、帰ってたんだねミツルギ。聞いたよ?随分とご活躍じゃない」

「ふん。なに、タダの野暮用だったのだが。生憎、少しばかり所用ができたのだ」

「ふぅん。それが魔王軍の幹部退治ってワケ?」

「まぁ、そのようなものだ。それで、どうなのだ?貴様は何か情報を持っているのか?」

「うーん、まぁ、多少は?」

「ほう。それは手間がなくていいな。いくらだ」

 

俺様がそう言うと、クリスは意外そうに目を丸める。その後、にぃ、と口の端を吊り上げた。

 

「へぇ。ちゃんと払うんだ、守銭奴のくせに。意外だね」

「何を言うか。今時、情報ほど価値のあるものはあるまい。価値のあるものに金を払わんなど、金への冒涜だろうが」

「君らしいね、全く。そうだなぁ……うん。君には見逃してもらった借りもあるしね。1万エリスでどう?」

「ほう。皮肉のつもりか、盗人?」

「さてね。あたしにはサッパリ」

「食えん奴だ。あぁ、それで構わん」

 

財布から1万エリス抜き出し、クリスの前に置く。所詮これも、幹部を倒せば戻る金だ。

1万で済むなら、思ったよりずっと少ない。

まぁ、情報の中身によるが……。

クリスは1万エリスを受け取ると、にんまりと笑ってそれを財布の中にしまった。

 

「毎度ありー。交渉成立だね。いやぁ、久しぶりにこういうやり取りをしたなぁ」

「御託はいい。さっさと話せ」

「むぅ。ストイックなやつ。分かったよ」

 

そう肩を竦めて、クリスは語る。

俺様はそれに二三、相槌を打ちながら聞き、大いに頷く。

 

「なるほど。それはなかなか――――大変だな」

「ね。君も気をつけたほうがいーよ?」

 

あぁ、と頷いて、俺様はクリスと別れた。

さて。なかなかとんでもない情報を得てしまったな。

1つ―――――確かめてみるか。

そう思い立ち、俺様はギルドを離れ、暗くなり始めた外へと赴くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスの情報は単純なものだった。

曰く、かの幹部の目的はこの街の付近で見られた、妙な光の筋の調査だということ。

聞くにそれは、妙な神気を帯びていて、聖属性の強いものであったという。

 

………ふむ。時期と、アクセルにアクアがいたという事実を鑑みれば、それは十中八九アクアのものではないだろうか。

……なんだ、ベルディアがこの近くにいるのはアクアのせいなのか。それはなんというか、はた迷惑なことだな。

 

これだけなら1万の価値はないと思うところだが、そうではない。

クリスが語ったもう一つの情報、それは――――――今、俺様の目の前にある。

 

「………っ。これは……なかなかの数のモンスターだな」

 

目の前にいるのは、大量の数のモンスターだった。数百はくだらないだろうその軍団は、黒く変色しきった腐肉を、真っ黒な甲冑で包んでいた。

ほう。アレはアンデッドナイトか。ゾンビとは違い、鎧に身を包んだ上位のアンデッドだ。

む?今俺様がどこにいるのか、だと?

 

知りたいか。知りたいなら教えてやる。金を払え。

 

いやなに、冗談だ。ミツルギジョークだ。

そこまで欲どしい人間ではない。

俺様は今、件の古城に来ている。

残念ながらバルコニーのようなものは無かったので、窓のサッシに足を引っ掛けながら中の様子を伺っている次第だ。

そしてそこから中の大広間のようなものが見えるのだが、なんとそこには大量のアンデッドがひしめいていた、というのが俺様の現在の状況である。

その先頭で、堂々とした立ち居振る舞いを見せているのは、真っ黒な馬に、真っ黒な甲冑を着込んでいる、頭部の失われた人物だった。

 

「(アレがベルディアか………。聞いていた通りではあるな……)」

 

クリスから受けた情報のもう1つ。

それは、魔王軍幹部ベルディアが、大量のアンデッドを引き連れ、攻め入る準備をしているということ―――――だった。

事実、今、目の前にいるのだから真実なのだろう。

さて――――どうしたものかな。

 

爆裂魔法をぶち込めば、大半は殺せるだろうが……あの幹部まで巻き込める気はしない。

それに、爆裂魔法を撃ったあとは、著しく行動が鈍る。レベルが上がった故、爆裂魔法1発では倒れるほどの疲労を催すことは無いが。

それでも倦怠感はある。やはりこの魔法の使い勝手は非常に宜しくないのである。

 

こんなことならば、ギルドに懸賞金の金額でも聞いてくるのだった。

積まれた額によっては、2発ほど撃つことすら可能であったろうに。

 

とかなんだの考えているうちに、ベルディア達は出立してしまったようだった。

オォォ、という鬨の声を響かせながら、外へと赴く戦士達。

 

むぅ。こうなってしまっては爆裂魔法も効果は薄いだろう。どうしたものかな。

そもそも。リスクとリターンがどうかも分からん。奴単体と事を交える危険と、(見返り)のどちらが優先されるべきなのか。

 

………仕方あるまい。様子を見るとしよう。

まぁ、どこへ攻め入ろうとしているのかは明白。あの街にはそこそこ猛者がいるのだ、アレでも。それに、一応ではあるが、特典持ちのサトウも居る。多少はなんとかなるだろう、きっと。

 

そうだ。魔王軍幹部の住処が今ここにあるのだ。何かしら、金目のものがあって然るべきでは?

ちょっと、入ってみるとしよう。

そう決めた俺様は、堂々と中に入る。

古城然とした外見とは異なり、中は凄まじく整頓されていた。大きな城だけあって、多数の部屋が存在していたが、そのどれもが美しく保たれていた。

ふと、部屋の壁にこんな壁紙があるのに気づいた。

 

「1。整理整頓を心掛けよ、美しい部屋が美しい心身を育む。2。我らアンデッドと言えど、誇りを捨てることなかれ。身体が腐り落ちようと、心まで腐ってはならぬ。3。急な爆撃に注意。爆撃後は俺の指示に従って片付けをすること…………………」

 

なんだこれは。

なんとまぁ、綺麗な条文であるか。これが本当に魔王軍の幹部の言なのか?

確かに、長年放置されていたはずの城にしては綺麗すぎると思ったのだ。まぁ、こんな言葉をアンデッドが理解出来るとは思えんが。

 

というか、3の爆撃ってメグだろう。辻爆裂魔法を打ち込まれては、ベルディアという幹部は整頓をしていたのか………?

さすがの俺様といえど、同情を禁じ得ないぞ……?

 

そんなことを知ってから、そこかしこの努力の姿が目に見えるようになってきた。

 

黒く変色した城壁を張り替えたり。

ぽっかりと空いた穴に、板が据え付けられていたり。

ぼっきりと折れた梁が、板で補強されていたりしている。

 

「ふ、不憫すぎる……こんな事をするような奴、俺様ならぶっ殺してるぞ……」

 

急激に、ベルディアという話もしたことのない幹部への憐憫が湧いてきた。

ただ調査に来ただけなのに、仮拠点に毎日爆裂魔法をぶち込むバカに日頃の整頓をぶち壊しにされるのだぞ?

逆によくここまで耐えたと思うぞ、俺様は。

いや、それでも。金になるのならば俺様は殺るが………。

 

どうやら物色の甲斐なく、中に金目のものはないらしい。

仕方ない、様子を見に行くとするか。

 

「『ナイト・オブ・ヴェール』」

 

魔力の流れを覆い隠し、存在感を失わせる。

さて。アクセルはどうなっているのか。

少しは、鑑賞してみるとしようか。

遠くでサイレンが鳴り響くのが聞こえる中、俺様はひとまず、アクセルの西門に戻ってみるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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8.この変わらぬ金欲者に安心を!

1月1日です!あけましておめでとうございます!ホイル焼き@鮭です!せっかくなので少し頑張って、こちらの方も上げてみました!
この小説はかなり気分です。プロットもなければ書く予定もあまりありません。しかしこの場に掲載したからには、何らかの形で終わらせられたらと思っております!宜しければこれからも、ご愛顧いただければと!


想像以上に、アクセルの西門は惨憺たる状況だった。

 

まず目に入るのは、なだらかな丘陵地にぽっかりと空いたクレーター。そんな事が出来るのはメグしかいない。辺りにアンデッドナイトの姿が無いことから、恐らく纏めて爆裂魔法で吹き飛ばされたと見える。

それにしても、あの数を纏めて消し去るには彼奴等を1箇所に固める必要があるのだが、どのようにしてそれを叶えたのだろう。

はて、俺様に比類するような軍師は居なかったと思うのだが。

もしくは、何者かの特殊スキルか?

 

まぁ、なんだろうとそれは構わない。

 

しかし――――何よりも悲惨なのは、クレーターではなく。

ゴロリと無造作に転がっている、赤い球体だった。

びちゃびちゃと激しい水音を立てながら、1つ、また1つと数を増していくそれらは、見るものを震撼させること請負だろう。

 

つまり―――――今俺様の目の前では。

何人もの冒険者が―――――吸い込まれるような漆黒の剣を持ってして。

首を―――――切り落とされていた。

複数人で掛かる冒険者達を、ベルディアは一瞥もせずに同時に切り伏せていく。

それも、蹴りや肘打ち、上体の移動などによった躱し方、切り伏せ方ではない。

ただ一つ、剣だけを持ってして相手を捌き、致命傷を的確に与えている。

 

「(………アレは、ただ戦闘のスキルとしての剣技ではないな。アンデッドのイメージとは真逆―――厳格なルールと心構えに従った、騎士の剣技だ)」

 

いわゆる、喧嘩殺法ではないということだ。

俺様も剣技を学んだことはある。しかしどちらかというと、俺様の剣技は後者に近い。

だからなのか、その美しい体捌きに見惚れざるを得なかった。どんな剣舞よりも、見応えのある舞台だった。

 

しかし――――その剣技は同時に、相手の実力を証明するものでもある。

どうする。間に入るか?

金欲者(パワー・オブ・マネー)』は使えない。無論その辺の連中にでも賞金額を聞き出せば良い話だが、そんな事をしている内に倒されぬとも限らん。

しかし―――勝てるか、この俺様だけで?

生まれ持った類まれなる頭脳をもって、ヤツと俺様のスペック、相性を即座に導き出す。

 

―――――――――7割。

7割が、俺様の現時点での勝算だった。

俺様は天才ゆえに、多くの技術を常に高レベルで身につけてはいるが、1つの道を極めた者ほどのパフォーマンスは発揮できない。

レベルが上がり、スペックとしてはやはり上がっているものの……剣技では及ばない。

そしてアンデッド故の性質だが、奴らは物理攻撃に対して若干の耐性を持つ。

無論、俺様は真に魔法剣士故、物理攻撃に魔法をかけての攻撃も可能だが、やはりそれは相手のアドバンテージに他ならない。

 

しかし、同時に俺様単体の能力値を見た時、目の前の幹部とそう遜色ないことはわかる。

ステータスのみを見た時、俺様はヤツのソレを上回っている。単純なスペックは俺様が上。

 

よって、7割。

まぁ、賭けてもいいレベルの勝算ではある。

しかし同時に、3割とは無視出来ない可能性でもある―――――俺様は勝負師ではない。

経営者だからな。

 

とかなんだの思っているあいだに、すっかり畏怖に包まれていた冒険者達の中から、ある女がベルディアの前に現れる。

 

「ほう?次はお前が俺の相手をするのか、聖騎士の女よ」

 

そう、ベルディアの目の前で両手剣を構えているのは先程別れたダクネスだった。

む。確かあの女、攻撃が当たらないとかでは無かったか。

何やらゴチャゴチャと下らなさそうな会話の後、ベルディアへと切りかかるダクネス。

ベルディアは姿勢を低くし、高いレベルを感じさせる俊敏な動きで、彼女の元へと駆ける。

 

「はぁあああっ!」

 

身体に喝を入れるように掛け声を上げ、ダクネスは剣を袈裟懸けに振りかぶる。

スカッ。

小気味いい程に空を切ったその剣は、ベルディアの足元に突き刺さった。

………まぁ、なんというか。

前評判通りではあるな。

流石にこの衆目の中、啖呵切って現れてソレなのは恥ずかしいのだろう。

頬を赤く染めながらダクネスは更に剣を振るうが、ベルディアにはかすり傷1つつかない。

 

「……期待外れだった……が、もういい。お前はここで、死ねッ!」

 

ベルディアの一閃がダクネスを襲う。

あわや、他の冒険者たちのように切り裂かれ、二分されるかのように思われたが、しかし。

 

「ああっ!?せっかく新調した私の鎧がっ!?」

 

――――――ベルディアの一撃は、ダクネスの銀鎧を裂くのみだった。

見たところ、その身体に手傷を負った様子はない。

…………ふむ。

鎧そのものの素材はやはりいい。この世界でも希少な鉱石を使っているのはすぐにわかる。

しかし――――それだけでベルディアの一撃を防ぎきれるか?

否。生半な防御スキルでは紙切れ同然だろう。

 

クルセイダーというのは、耐久に寄せた剣士の事である。無論その本質は前線で攻撃を受ける盾役(タンク)であるが、本来は攻撃と防御、両方を取得するのがセオリーだ。

そもそもジョブによってステータスの伸びやすさは変わるのだから、防御力なぞ放っておいても上がるもの、というのが定説。

 

………なるほどな。アレは、基本スキル『剣術』すら取得していないのだ。

スキルポイントは全て――――防御系のスキルにつぎ込んでいるというわけ、か。

………メグにせよ、ダクネスにせよ……阿呆しかいないのか、この世界には。

 

しかし、パーティープレイにおいては事のほか優秀なようで――――最前線でベルディアを抑え、他の魔法使いの詠唱のサポートをこなしていた。

 

そしてその指示をしているのは、なんとあのサトウである――――ほう?

アレこそ、特筆する長所を持たない凡夫だと思っていたが――――なるほど。

クセのある連中を纏め、作戦を立案するブレーンだと言うわけか―――――まぁ、悪くはあるまい。

しかし、ベルディアはそれにも即座に対応する。

 

「貴様ら全員まとめて、一週間後にッ!死に晒せぇぇぇえええ!」

 

漆黒の煙が、魔法使い連中の元へと飛んでいく。

死の宣告。ベルディアがダクネスに向けて放ったという呪い。それが発動したと見える。

それと同時に、動揺した魔法使いの連中は、魔法の詠唱を辞めてしまう。

後続の魔法使いたちも、それを見て詠唱を躊躇しているようだった。

 

ふむ。中々良い手を使う。負の感情は伝播するが故に、集団を相手取る時、心理的ダメージを与えるのは有効だ。

しかし、もう少しは統制も取れるかとは思ったが。

まぁ、ヴリトラの時とは違い、連中は完全に巻き込まれただけだろうからな。

やる気と危機感が足りんのだ。ぶっつけの作戦のダメな所だな。

 

………さぁ、どうするサトウ?

貴様の動かせる手は、もう無いぞ?

柄にもなく、少しこの観戦を楽しんでしまっている自分に気づく。

 

………王都でも、俺様と同じような転生者は居た。多くは強大な特典を武器に、急速にのし上がってきた連中だった。

ただ――――俺様が目をかけるに値する存在は、そこには居なかった。

なんてことは無い。振るう力が強大であろうと、それを振るう人間に意志がなければそれはただのオートマタだ。

そんなものに興味などないし、俺様の実益にもならない。力を手に入れただけのガキに、どうして興味を抱けよう。

ただ――――目の前の転生者は、違う。

転生者でありながら、力がない。だが、ヤツには意志がある。難境を越えんと行動を起こしている。

………さぁ、どうだ。お前は、少しは見所のあるヤツなのか?サトウ――――――――――

 

「覗き見?趣味が悪いね、キミも」

「………ほう?そういう貴様はどうなのだ―――――貴様も冒険者の端くれであろう?参戦しなくても良いのか――――クリスよ」

 

突如掛けられた声に、俺様はゆっくりと振り返りながらそう零す。

そこに居たのはクリスだった。

短い銀髪を靡かせながら、クリスはニッコリとこちらに微笑んだ。

 

「あはは。まぁ、ちょっと申し訳ないけれど。でも、勝てない戦いはしない主義なんだ、アタシ」

「ほう。貴様はコレを勝てない戦と言うか」

「そりゃあね。ここは駆け出し冒険者の街。あの幹部には勝てやしないよ」

「ふむ。シンプルだが的を射た結論だな」

「そういうキミはどう思うのさ、ミツルギ。勝てると思うの、アレ」

「………さぁな。俺様の知った話ではない」

「薄情だなぁ。キミが加勢すれば、少しは状況も良くなるんじゃないの?みんな、キミの名前を呼んでたみたいだよ?」

 

眼下では、サトウがダクネスとベルディアに向け、初級魔法『クリエイト・ウォーター』を放っていた。水を生み出すだけの、シンプルな魔法だ。

ベルディアはそれを大きく避けたが、ソレはヤツらの足元を大いに濡らしていた。

それをサトウは、これまた初級魔法『フリーズ』で凍らせる。

ほう。単純な組み合わせだが、悪くない。

少しとはいえ、ベルディアの動きを鈍らせることにサトウは成功する。

そして更にスキルを使う。盗賊の基本スキル、『スティール』をベルディアに向けて使った。

『スティール』は、相手から何か1つ持ち物を奪い去るスキルだ。そのスキルの成功率と奪い去る代物は幸運値に左右される。

狙いは恐らく、ベルディアの持つ黒剣。

 

「なるほど――――悪くない狙いだったな。しかし、残念だな冒険者よ。レベル差さえなければ、俺の剣を奪うことも出来たやもしれん」

 

………ふむ。それはまぁ、そうだろうな。

マイナス補正、というのがこの世界にも存在する。

悪龍ヴリトラが、ドルアの『デコイ』を効かぬと豪語したように。

根本的なレベルが大きく異なると、スキルの成功率は反比例的に下がっていく。

体力が少なくなる、つまりは被術者の生命力がさがるにつれて、上がるのだが。

つまり、低レベル冒険者のスティールは、いかに卓越した運をもってしてもほぼ不可能だということだ。

 

盗賊職の冒険者たちが、スティールをベルディアに掛ける。

がしかし、ベルディアの剣を奪うことは、やはりできなかった。

ふむ。

出るか?

 

そろそろ限界なようにも思う。

俺とて、古巣が徒に蹂躙されるのを、黙って見ていられるほど冷酷ではない――――勝算を鑑みても、ここで義憤に駆られ、助太刀に向かうというのも選択肢だ。

俺様は座り込んでいた体を動かし、参戦の準備を始める。

 

しかし――――――少しだけ、期待もある。

俺様はただのCEOゆえ、人事そのものに口出しをする立場ではなかったが、その辺の選別眼も無くはない。側近の連中は俺様自身が見繕った人間で埋めていたのだから。

その俺様の勘が告げている――――もう少し。

待ってみても、良い気が――――――――

 

「水だぁぁぁああ!!!」

 

――――そんなサトウの叫び声と共に、大量の水魔法がベルディアに向けて放たれる。

それをベルディアは、まるで何の変哲もないその水を恐れるように、1つずつ丁寧に避けていく。

む……?なぜ、水を避ける?

……………確か、先程ダクネスに水をぶちまけた時も、避けていたか。

まさか。水が苦手なのか?

ヴァンパイア宜しく、流れる水が苦手だと?

……伝承的根拠があるのかは知らんが、ヤツが水を執拗に避けているのは確かだ。

そして、1回でそれを見抜くサトウの慧眼も、確かなものなのだろう。

 

「あれ?行かないの、ミツルギ?」

「……少し、気が変わった。賞金は惜しいが――――目先の利益より、優先すべきこともある」

「………ふぅん。ま、好きにするといいよ。私はもう行こうかな」

「ふん。そう言えば、前々から思っていたがな、クリスよ」

「うん?」

「貴様、何故盗賊職をしている?」

「なんでって……適正が高かったからとしか言えないけど」

「ふむ。にしては貴様、随分と『魔力の値が高い』ようだが?」

 

上級魔法『マジック・サーチ』。

その結果で彼女は、相当高い魔力値を示している。凡そこの世界においても、魔法職は価値が高く、人気も高い。盗賊も無論、ダンジョン探索に適正の高い人気職だが、魔法職には及ばない。

そんな俺様の言にクリスは、少しだけ驚いたあと、取り繕うように笑う。

 

「やだなぁ。何かの間違いじゃないかな?」

「ふむ。クリスよ。貴様には隠し事は向いていないようだ。単にやってみたかったからと言われれば、俺様はそれで納得したものを。そこで無駄な誤魔化しを述べてしまっては、裏の事情が見え透くぞ」

「……………あー。なんか、うん。確かにあたしには向いてない、かな」

「あぁ。そのくせ人と関わること自体は好きときた。警戒するか控えるか、どちらかを推奨しよう」

 

まぁ、俺様の部屋に盗みに来た時から、クリスという人間は少し特異な印象はあったが。

冒険者の盗賊が、人からモノを盗むなどと、聞いたことがない。

何やら事情でもあるのだろうとは、前々より思っていたことだ。

 

「……聞かないの?あたしが何者か」

「聞いてどうする。聞いたところで、好奇心が満たされるだけで、一銭にもならんだろうが」

「あははっ。ブレないね、君は」

「そうとも。何せ俺様は稀代の才児。そんな俺様がフラフラと惚けていては、後ろにいる者が不安になるだろう。人の上に立つというのはそういう事だ」

「……そう。それは、なんというか。経営者というより………王様みたいだね」

 

王。

ふむ。王、か。言い得て妙である。

王とは自己を追求するもの。我欲を追い求め、全てを投げ打ってなお、自己のために邁進できるものだ。

そうでなければ、誰もその背に従おうとは思わない。何よりも真っ直ぐなエゴこそ、人を惹きつけ、その背に身を任せたいと願わせる。

その点なら、俺様は王に近い。

金儲けこそが俺様の全て。幼き頃の貧困を、生きるための我武者羅な努力を、俺様は忘れない。今なお求めてしまう程に、金は俺様を魅了してやまない。

………くく。つまらんことを考えたな、俺様にしては。

 

「くくく。中々いい事を言うな……クリスよ。笑わせてもらった――――よって、貴様への疑念は捨ててやる。誰にも売りつけはせん、何億積まれようとな」

「………ん?急にどうしたのかな―――君がそんなことを言うなんて。頭でも打った?」

「ふっ。正常だよ、俺様はな。そら、疾く失せろ。それとも、まだ見ているのか?」

 

クリスと与太話をしている間も、戦いは続いていた。水を精製する初級魔法『クリエイト・ウォーター』がベルディアに向けられるが、その尽くが避けられていく。

ふむ。中々面白いダンスだな。格好だけは立派な騎士が、ぴょんぴょんと跳ねて非常にダサい。

 

「……いや。遠慮しとくよ。それじゃあね、ミツルギ」

 

そう言って、クリスは今度こそどこかへと立ち去った。

ふむ。中々愉快なショーなのだがな。100エリス程度の価値はあると思うのだが。

しかしまぁ、有効打にはならんようだ。

所詮は初級魔法。大した量の水ではない。

せめてもう少し大量の水を生成できるのならば、弱体化は見込めるだろうに。

 

そうこうするうちに、アクアがサトウのそばに寄り、何やら耳打ちする。

幾言か言葉を交わした後、アクアが泣き叫びながら何やら呪文を唱え始める。

……………おいおい。この魔力量。洒落にならんぞ、コイツは……!

 

「『セイクリッド・クリエイト・ウォーター』ッ!」

 

アクアがそう叫ぶ。

同時にヤツの杖が淡い紫の光を帯び、冒険者たちの頭上に一瞬で水が現れる。

………おいこれ。俺様も巻き込まないか?

というか、この水量。アクセルの外壁程度で耐えられるか?

――――――いや無理だ。

 

「ちぃっ……!懸賞の少しはよこせよ、凡夫どもが……!」

 

俺様は一瞬で判断し、冒険者たちの前に立ちふさがる。

いけるか?いや、どうにかする。

金欲者(パワー・オブ・マネー)』は――――ちっ、やはり無理か。

仕方ない――――全てをかばいきるのは不可能だが、やるしかない。

『高速詠唱』がある、間に合うだろう。

座標位置を修正。サポートスキル『過重詠唱』発動。カバー範囲拡大。サポートスキル『二重詠唱』発動。魔法の同時発動許可。

 

「ミツルギッ!?お前、どこから……!」

「『『プロテクト・オブ・アイギス』』ッ!」

 

防御魔法『プロテクト・オブ・アイギス』を二重に発動。純白の輝きが、冒険者たちの頭上にまるで滑り台のような斜面を形成する。

頭上に現れた大量の水は、そっくりそのまま、ベルディアとダクネスに向けられる。

ミシリと、純白の盾が軋む音がした。

 

「お―――オオオォォオオッッッ!?」

 

もはや洪水なその勢いに、ヤツらは荒野へと流されていく。庇いきれなかった分が街にも流れ込んだが、足首程が浸る程度で済んでいるようだった。

………間に合ったか。間に合ったな?

水が完全に流れ終える前に、俺様はサトウに問いかける。

 

「おい、サトウ。次の策はなんだ」

「えっ!?お、俺か……?」

「貴様以外どこにいる。俺様は善意では動かん。よってアレを倒したら俺様に金をよこすことだな」

「お、おぉ……お前、ホントに金のことしか考えてねーんだな……」

「無論だ。金があればなんでも出来る。金がなければ何も出来ん。して、次の策は。勝てぬのならば俺様が勝ってやろう。その方が俺様にとっては都合もいい。しかしサトウ。貴様が勝てるというならば、俺様は1歩引き、再度傍観することも吝かではない。ここまで来たのだからな」

 

俺様の言が意外だったのか、サトウは目を丸くする。しばらくしたあと、目を逸らしながら嘯いた。

 

「……いや…俺なんかじゃ、あんなのには勝てないって。ミツルギ、お前がやった方が……」

「戯けが!今のは貴様が自信満々に勝てると言うべきところだろうが!この小説的に!!」

 

一喝してやった。

 

「お、おおっ!?なんかとんでもないこと口走ってないかお前!?」

「ふん。まぁ貴様がそれで良いと言うならば良いだろう。見込み違いだったというわけだ。俺様も目が鈍ったな」

 

背に据えた長剣を構える。全く、少しは期待したが。しかしまぁ、ここまで弱らせたのだ。それは素直に称賛すべきだろう。

もはや勝率は100パーセント。楽な金儲けだな、全く。

 

「いや。待ってくれ、ミツルギ」

「………ほう。待てと言うからには先程の言、撤回せんと?サトウ」

「いや。俺じゃなくてお前がやった方がいいってのは、間違いじゃないんだけどさ。でも……やれるだけは、やってみたいのもある」

 

目の前の男からは、臆病な気質を感じる。

恐らくこの男は、タダの一般人だったのだろう。元の世界でも万能の天才である俺様とは違う。

しかしまぁ、ここで自分でもやろうとする気概だけは、あるということだ。

それはつまり、この世界で多少なりともやり直したい、努力したい、特別になりたいという想いがあるということ。

そういった連中を育て、利用してこその経営者。つまりは『王』だろう。

 

「ふん。好きにするがいい、サトウ。貴様がトチった時は、俺様がカバーしてやろう。だから、やるならやって見せろ。貴様の価値を見せるがいい」

「っ。あぁ……!」

 

大量の水が、漸くハケきる。

さて、少しは良い結果が出れば良いが。

そう思いながら、そこらの冒険者の中に混ざり込む。無論『ナイト・オブ・ヴェール』はかけておいて、だ。

しかし見知った連中には若干効果が薄いのか、よろよろと千鳥足のメグが俺様の隣にやってくる。

 

「珍しいですね、キョウヤがあんな事を言うなんて。懸賞金、欲しくないんです?」

「無論、欲しいとも。しかしだ、メグよ。目の前の数億よりも、時に人材を見極め、耐え忍ぶことが必要となる時もある。その人材が俺様に与えてくれる利益は、目の前の数億を越える可能性があるのだから」

「へぇ……カズマは、キョウヤの眼鏡に適うというわけですか?」

「ふん……あくまで可能性だ。可能性だが、少しは期待してやる。そら、どうやら始まるようだぞ」

 

よろよろと千鳥足で、歩み寄るベルディア。

その余りに弱りきった姿は、やはり先程までのヤツとは大きく異なる。

例えば今ならば――――――『スティール』が成功する可能性も、決して低くはない。

 

「喰らえ――――『スティール』ッ!」

「やってみよ!いくら弱体化したとは言え、駆け出し冒険者のスティールにかかる俺ではないわ!」

 

まさに運命の瞬間だった。

しかし命運はサトウの方に傾いたようで、サトウの右手には物体が立ち顕れていた。

漆黒に輝くその物体は、確かにベルディアにとって大切であり、取られてはならないシロモノだった。

 

「あの………頭、返してくれませんかね……?」

 

沈黙。

そして――――――嬌声。

 

「おーいみんなー!サッカーしようぜー!サッカーってのは……手を使わずに、足でボールを蹴るスポーツだよっっ!」

「あいでっ!?」

「ぎゃはは、こいつぁおもしれぇ!」

「おーい、こっちー!こっちにもパース!」

 

混沌。そうとしか言い表せぬ状況が、今俺様の目の前で繰り広げられていた。

まさか……まさかデュラハンの頭を、スティールで奪い去ってしまうとは……。

サトウの幸運というのも、侮れないかもしれない……。

そしてよりにもよってサッカーに興じる始末。

しかしこれはこれで面白いので、しばし鑑賞することにしておく。

 

恐らく、あの頭に準じて見えているのだろう、ヤツには。

だからこそ、頭部があそこまでぐるぐると弄ばれてしまえば、身動きが取れんというわけだ。

だが……これでは現状維持にしかなるまい。

無論そこは、考えがあるらしいサトウ。

ベルディアと同じく洪水に流され、フラフラと千鳥足のダクネスに、サトウは呼びかけた。

 

「おいダクネスッ!お前、一撃くれてやるっていってたよな!?」

「いや、言ってないが」

「言ってたんだよ!書かれてないけどッ!」

「お、おぉ……そうなのか……」

「今だ―――――かましてやれ!」

「っ。あぁ!」

 

無駄かつ蒙昧なやり取りの後、水浸しのダクネスが地面に転がった両刃剣を手に取る。

アレでもヤツはクルセイダー。ナイトの上級職である近接最強職。膂力はそれ相応のものを持つはずだ。

いくらヤツでも、この距離で視界の覚束無いベルディア相手に外すことは無い。

 

「げはっ!?」

 

白銀の両刃剣が、ベルディアの漆黒の鎧に切りかかる。素材も良好、筋力も上々、ともなれば――――斬れぬ道理なし。

大きな手傷を負ったベルディアだが、それでもヤツはアンデッド。物理ダメージでトドメを刺すことは難しい。

しかし、あそこまで弱体化していれば――――――ターンアンデッドが、ベルディアにも効くのではなかろうか。

 

予想は的中し、サトウは何やら死体に近づいて処置を施していたアクアに近づく。

ふむ。アレは蘇生魔法の準備だな。

並大抵の蘇生魔法では、吹っ飛んだ頭を完治させるほどの効果は無いはずだが。

ヤツは女神。とすれば、そこらのプリーストとは格が違うだろう。蘇生できるのやもしれんな。

 

「おい、アクア!何してんだお前、出番だぞ!」

「えー。これでも私、働いたんですけどぉー。てか現在進行形で働いてるんですけど!」

「いいからほら!今のアイツなら、浄化できるんじゃねぇか!?」

「もー。仕方ないわねー!賞金はこのアクア様にしっかり貢いでよ――――――『セイクリッド・ターンアンデッド』!」

 

アクアが杖を持ち上げそう叫ぶと――――眩い極光が、ベルディアの全身を包む。

純白の輝きとは裏腹に、燃え盛る火に包まれ――――――ベルディアは消滅していった。

全くもって効率的ではないし、まぐれ当たりにも程があるが――――――しかし。

勝てば官軍、負ければ賊軍――――より簡潔に纏めるなら。

 

「結果オーライ、ですね」

「………ふっ。あぁ、そうだな――――」

 

踵を返し、街中へと足を向ける。

結末は見た。可能性も十分に見届けた。ならば、ここに留まっている理由はない。

後ろではギャーギャーと騒がしいようだが、まぁ、俺様には関係の無いことだ。

 

「待ってくださいよ、キョウヤ。私を置いていく気ですか?」

「………なんだお前。混ざらんでいいのか、アレに。捨てられないよう、媚びを売っておくべきだと思うが」

「ふふ。相変わらずキョウヤは、冗談がきついですね」

「うむ、確かに冗談だが、7割本気だぞ」

「それほぼ本気じゃないですか!………いやぁ、その。久しぶりですからね。殆ど話も出来なかったじゃないですか。キョウヤが何をしてたのか、興味がありまして」

 

そんな妙にいじらしいことを言うメグ。

妙に顔も赤い。アクアの出した洪水のおかげで、絶妙な気温だと思うがな。

………まぁ、なんというか。

 

「妙なヤツだな、お前は」

「えぇ、まぁ。元とはいえ、キョウヤのパーティーメンバーですからね」

「抜かせ。……言っておくが、俺様はお前なんぞおぶらんぞ」

 

前を歩く。前にはギルドと、数名の職員達が手を振っている。

やれやれ。

もう少しだけ、今日という日は続くようである。

ソレを少し楽しみに思っている俺様に、やはり聡明な俺様は気づいているわけで。

ふっ。

隣のバカが、うつったのかもな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日談。

後付けを語る俺様ではないが、万能ゆえ物事への関心が少しばかり薄い俺様でさえ愉快な出来事であったため、文章に起こすこととした。

 

ベルディア討伐の翌日。

ギルドから多額の報酬金を得た冒険者どもは、朝っぱらから大量の酒を湯水の如く飲み干し、バカ騒ぎを繰り広げていた。

実は俺様は、こういうバカな空間が嫌いではない。むしろ好きだと言っていい。

アホを見ると、自分だけはああなるまいと思えていい引き締めになるからな。

 

しかし、サトウは未だに姿を見せていない。

アクアは居るのだがな。

早く来て欲しいものだ。

………うん?気持ち悪いだと?

ふん、分かるぞ、その気持ちは。俺様も書いててキモイからな。

 

「………うお、何だこの騒ぎ?」ガララ

 

おっと、そうこうするうちにサトウが来たようだ。

冒険者どもが口々に、今回の一件の主役であるところのサトウを囃し立てる。

その声に流されるように、同様に姿を見せていなかったメグとダクネスと共にサトウは、ギルド職員のルナの元へ行く。

 

「……あぁ……。お待ちしていました、サトウカズマさん。あの、まずはそちらの御二方へ賞金です」

 

と言って、ルナはダクネスとメグに小袋を渡した。因みに中身は50万エリス。これは全冒険者一律である。働いてない連中もいるだろうに、豪勢なことだ。

 

「その。サトウさんのパーティーには、特別報酬が出てます」

 

特別報酬、という単語とともに、にわかに場がさらにザワつく。機転を巡らし、ベルディアを見事討ち取ったのは確かにヤツらだ。

誰も文句は言うまい。

…………俺様以外は、な?

 

「魔王軍幹部、べルディアを見事討伐した礼金として。ここに、3億エリスを授与します」

 

3億。

3億という大金を前に、どっと場が沸き立つ。この世界は親切なことに、元の世界とほぼ変わらない価格相場なため、一生遊んで暮らせるであろう大金である。

 

「おいおいなんだ3億ってよー!」

「奢れ奢れー!!」

 

そんな場のはやし立てもさることながら、サトウの喜びようもかなり浮かれたものであった。

 

「おいダクネス、めぐみん!二人に言っておく事がある!俺はこの先、冒険に出かける確率が低くなると思う!大金が手に入った以上、危険はなるべく避けたいからな!」

「おい待てっ!魔王退治の話はどこに行ったのだ!?」

「それは困りますよカズマ!魔王を討伐し、爆裂魔法こそが最強だと世に知らしめる私の夢はどうなるのですっ!」

 

………それにしても凄い浮かれようだな。

うむ、出番のようだ。満を持して、と言うやつだな。

申し訳なさそうに、ルナはサトウの肩をちょちょいと叩く。

 

「あのー……それが、ですねぇ」

「そう上手い話があるわけないという訳だ」

 

同じように、俺様はサトウの肩にポンと手を置く。

 

「ミツルギ?お前にも世話になったな!そういや、お前に分け前やらなきゃだったっけ!いくらがいい?流石に全額、は無理だぞー?はははっ!」

「………」スッ

 

俺様は何も言わず、1枚の紙をサトウに差し出す。

 

「なんだこれ?…………推定数千キロの水流が起こすであろう被害とその修繕費用?」

 

そう。今サトウの読み上げた通り。

この俺様が直々に、あの時アクアが作り出した水勢から大凡の水量を割り出し、『俺様が一方向に流し込まなかった』場合の被害総額並びに修繕必要額が全て書き込まれている。

 

「その費用、しめて7億8000万108エリス。なぁ、サトウよ。俺様の言いたいこと、分かるだろうな?」ニッコリ

「おぉ、出ましたねキョウヤの暗黒スマイル……相変わらずの恐ろしさです……くわばらくわばら」

 

メグがボソッと何かを零したが、今は見逃してやる。

サトウはどうやら俺様の意図が飲み込めたらしく、引きつった笑いを浮かべながら口を開く。

 

「ま、まさか……これ、払えって……?」

「何がまさかだと言うのだ、変なやつだな。俺様は言ったぞ?あれだけの水が流れたのなら、被害は甚大だと。そして聞いたぞ?分け前(かね)を寄越せと。そして貴様は頷いた。これは正当な取引、口約束であっても契約は契約だ」

「…………も。もし、俺がそんなの知るかって言ったら……?」

「ふむ。それは貴様も日本人なら分かるだろう。未払いの借金は制裁を持って帳消しとする。具体的にはこの近隣に言い含めて、街八分にする。もしくは爆裂魔法で焼く」

「…………」アゼン

 

完全に唖然として、開いた口が塞がらない様子のサトウ。うむ、俺様はサディストではないが、調子に乗っていた人間がどん底に落ちた時ほど愉快なエンターテインメントはないな。

スッ、とサトウが後生大事そうに抱えていた賞金袋を抜き去る。

 

「まぁ、俺様も鬼ではない。払えん分まではとるまい。実際には被害はないわけだからな。コレで勘弁してやる。ソレに書いてあることは一片の嘘もないぞ?実際にやってたら借金もいいところだ。ありがたく思うがいい」

「…………」

「じゃあな、サトウ?諸兄らも。まぁ、せめてもの親切心として、この言葉を残して去るとするさ」

 

ギルドの入口まで来たあたりで、俺様は振り返る。あのメグでさえ、「うわぁ……」と苦笑いするくらいには邪悪な笑みで。

 

「押し売りには気をつけろよ?フハハハハハハハッッッ!!」

 

 

 

 

 



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9.この不安なる行く末に心配を!

2巻の内容の裏で、一人王都へと向かうミツルギくんです。
諸事情によりカットしてしまった傭兵生活編の弊害がしばしば出ています。
余談ですが、この小説は余り恋愛要素は入りません。
好意を匂わせるような表現は入りますが、ガッツリ恋愛、という事にはならないかと。


ベルディア討伐から10日が経ったある日。

サトウやらアクアやらは、何やらアクセルの街でやっているようだったが、まぁ俺様には関係がない。この世界には魔力が少量でも込められた物体があれば、そちらに向けて念話が出来る機械がある。よって与えておいた。

連絡先は与えておいたので、どうしても頼らなければならない時は連絡してこいということだ。金次第でいくらでも動く。

 

さて、ならば俺様は今何処にいるか。

教えてやろう。タダで。

む、なんだその顔は。俺様にも金を求めない時くらいはある。特に大金を手に入れた時くらいは。

まさかあの程度の脅しで賞金をぶんどれるとは思わなんだ。

実際に起こっていない架空の損害への要求で請求できるなど、杜撰な体制だなと思う。

 

まぁ、俺様がどこにいるかなどは、説明するより見てもらう方が早い――――俺様もこの手記を誰かが読むと思って書いてはいない。

だが書類というのは、誰もが読んで分かるというのが大前提でもある。書くからには誰にでも読めることが必要だ。

……はて、なぜ書こうと思ったのだろうか。

まぁいいか。

 

「お待ちしておりました、ミツルギキョウヤ様。こちらへどうぞ」

 

俺様の目の前に、真っ黒なカーテンに包まれた馬車が現れ、中から執事らしき服装に身を包んだ爺が現れる。

こいつの名はハイデル。『ベルゼルグ王家』――――つまりこの国、ベルゼルグ王国の国王に仕える存在である。

コレで俺様が何処にいるかは分かっただろう。

この国の中心―――――――王都だ。

ガラガラと開かれたカーテンを開け、俺様は中に入る。そのまま馬車は発進した。

 

「ミツルギ様、りんご酒とぶどう酒、どちらになさいますか」

 

中にいる給仕らしき女が、何故か備え付けられている冷蔵庫から2本の瓶を取り出して言う。何を言っているのだこの女は。俺様は未成年だぞ。

 

「要らん。俺様は見知らぬ連中の酌を受ける気はない」

「そうでございますか。失礼致しました」

 

………ふむ、よく出来た給仕だな。眉一つ顰めないか。流石は王家か。

 

「おい、執事」

「なんでございましょう」

「今回の用件はなんだ。わざわざアクセルまで連絡を飛ばしてきて、よっぽどの用なんだろうな」

 

そう。俺様がわざわざ王都くんだりまでやってきたのは、アクセルのギルドまで要請が来たからである。

曰く、そちらにいらっしゃるミツルギキョウヤ様へ。至急用件がございます。どうか王都正門までいらしてください。

…………ついでと言わんばかりに、前金と称して200万を同封して。

ナメられたものだなと言いながら、3日ほどかけて馬車でここまで来た次第だ。

 

「はぁ、どうでございましょう。お期待に添えるかは判断しかねますが、見合う価値はあるのではないでしょうか」

「ふん。俺様はお前の御託を聞いているわけじゃない。さっさと用件を話せ」

「失礼致しました。今回お呼び致しましたのは、この国の第1王女でございます、アイリス様に教授して頂きたいとのご用件でございます」

 

………………………またコレは。

 

「お前。俺様に死ねと言いたいのか?」

「いえいえ、とんでもございません。ただ国王陛下よりのお達しでございますし。それに、『最強の傭兵』とも称されるミツルギ様であれば、この大役もこなしてみせるのではと愚考致します」

「………おいハイデル。次俺様の目の前でその下らん二つ名を語ってみろ。王都に爆裂魔法をお見舞するからな」

 

はぁ、とため息をついて、俺様は後頭部をガシガシと掻く。

………いつか、俺様が王都に居たことがあると言った。その時の事は俺様にとって特筆するべきことでもないので、この手記に詳しく書くこともないが。しかし当たり前のように供述するのもおかしな話なので、かなり省略しながら書く。

 

王都には特典持ちの転生者が大量に存在した。多くの街を巡った俺様だが、数倍は居た。

そいつらの殆どが、レベル30付近だった。

高い連中は凡そ年齢も高く、転生して多くの時間が経っていた。

その中で俺様は、この当時には大量の依頼を受け、レベルは既に40を超えていた。

 

つまり簡単に言えば、目立った。

 

しかも俺様は、パーティーを組まずに王都で依頼を受け、クリアしていた。

王都は魔王軍の本拠地と隣接する激戦区であるため、依頼もより多い。この頃には多少名が知れていた(さっきの『最強の傭兵』等だ。厨二病か。恥ずかしくてならん。言い出した奴はいつか殺す)ため、名指しの依頼が飛んできたりもする。この頃に稼いだ額は恐らく1億は超える。

 

つまり、より目立つ。

 

最終、俺様は王家の連中に目をつけられた結果、何回かの要請を俺様に要求するようになった。

しかもその額がまた頭が悪い。

 

例えば、魔王軍の拠点への遠征へ付き添わせる額が5000万。逆に拠点防衛が6000万。

俺様が稼いだ73億。その内の約3割ほどが、王家から稼いだものである。それほど膨大な額だ。王家の出費の表に、俺様への依頼金という欄があるのではと思う程度には。

 

まぁ俺様がそんな額の依頼を断るはずもない。そしてその悉くで、俺様はそれなりの結果を出してしまうのだ。常に先陣を切り、時には大量のモンスターを引き付けて進軍をサポートするのだ。

それに関しては俺様なので仕方がないが、王家は更に俺様を頼ることになってしまった。しまいには王家の専属騎士についてくれだった。やなこった。

 

ともかく。俺様と王家の関係はそのような感じだ。

いつもの様に、大量の金を積んでいるのだろうと思うと断る気は起きない訳だが………まさか第1王女の戦闘の相手にまでなるとは。

 

「到着致しました、ミツルギ様」

「あぁ………」

 

カーテンを開けて、外に出る。

純白の外壁が、俺様の十数倍の高さで威圧感を与えている。王城である。

王城を囲う塀には、八方向に物見櫓が設けられていて、窪みが少なく、登るのにも苦労するだろう。

相変わらず、よく出来た防備だ。

 

入口の付近まで来ると、前に誰かがいることがわかった。3人。

三人のうち、二人は見知った仲。もう1人は知り合いではないが、見たことはある―――――この国に住むもので、見たことが無いものは居るまい。

第1王女アイリス――――――フルネームは「ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス」。

………この世界では普通なのかもしれないが。

1回訳してみろ。ベルゼルグ・オシャレ剣・アイリスだぞ。流石の俺様も吹いた。俺様は心の奥でオシャレ剣と呼んでいる。

 

「ふむ。わざわざお出迎え下さるとはな。俺様のような一庶民をここまで丁重に扱ってくれるとは思ってなかったぞ?」

「………ミツルギ様。いくらミツルギ様とはいえ、アイリス様の御前です。言葉遣いにはお気をつけください」

 

と苦言を呈したのは、白いスーツに身を包んだ短髪の女だ。名をクレアという。

ふん。何が『ミツルギ様』だ。オシャレ剣の前だからって、賢しらぶりよって。

オシャレ剣を挟んでその右側に居るのはレイン。他の2人に比べて、暗めのローブを被っていて少し暗めの印象を与えている。

 

「ハッ。下らんことを言うなよ、クレア。お前らは何の用件も告げず、数十キロ離れたアクセルから王都まで呼び出し、金を払えば良いのだろうとばかりに前金を同封するような連中だぞ?礼節を持てと言うならば、まずお前らが持つべきだ」

「……それは……」

「やめなさい、クレア」

 

と言って、未だ何かを言いかけていたクレアをオシャレ剣が制する。

 

「申し訳ございません、ミツルギ様。仰ることは尤もでございます。手紙を送った者達については、後に然るべき処分を致します」

 

申し訳なさそうに困った顔をしてから、オシャレ剣は頭を下げる。それに倣うように、クレアとレインも慌てて頭を下げる。

ふむ、こうも頭を下げられるとオシャレ剣と心の奥で呼んでいることが申し訳なくなってくるな。しかし日本人にとっては本当にオシャレ剣なので俺様は呼び名は変える気はないが。

 

「ふむ。処罰とやらは要らんぞ、第1王女。そんなことをされても俺様に何の利益もない。俺様にとって適切な処置など、お前らは理解しているだろう」

「…………なるほど。分かりました、ミツルギ様。後ほど給与に上乗せさせていただきます」

「あぁ。ならばいい。どこへなりとも行ってやろう」

「ありがとうございます。では、行きましょう」

 

アイリスは再度頭を下げると、くるりと踵を返して中へと入る。

クレアは未だ不満そうだったが、主の言うことには逆らわないのか、それに続いた。

レインはこちらの言い分に特に不満はないらしく、何事も無かったようにオシャレ剣に続く。

 

この二人とも共闘したことはあるが、俺様はどちらかと言うとレインの方が評価している。どちらも優秀だが、彼女の方が常に冷静で、自分の仕事をこなせるからである。

クレアは好況には凡そ大きな力を発揮出来るが、反面劣勢に弱い。簡単に言えばメンタルが弱い。

…………こういうヤツは、強くはあっても強敵にはならないんだよな。強い人間と、敵に回したくない人間は全く別なのだ。

 

「ミツルギ様。話はハイデルからお聞きしていますか?」

「大体は聞いている。何やら君の相手をして欲しいとか」

「えぇ、その通りです。えぇと、お父様からは真剣でお相手してもらえと言われているのですが………よろしいのでしょうか?」

「……………………あのクソ国王が……」

「へ?」

「………む、すまない。少し君の父親に殺意が湧いただけだ」

「えっ!?な、何故ですか!?何か父が粗相を……!?」

 

……………なんだコイツ。オシャレ剣なんて頭のおかしな名前のくせに純粋だな。オシャレ剣なのに!

……そろそろ俺様も本気で罪悪感が湧いてきたな。

オシャレ剣呼ばわりされる第1王女、という字面が面白すぎてつい使いすぎたようである。

それにしてもあの国王め。自分の娘を俺様と真剣で戦わせよう、だと?

何を考えているのか――――――そんなことをしたら危ないだろう。

全く―――――少しは俺様の心配をしろと言うのだ。

 

「………ミツルギ様。少しよろしいでしょうか」

 

と言って、クレアが俺様に呼びかける。

またなんぞや小言を言われるのだろうなと思いながら、俺様はクレアに寄る。

 

「なんだ、クレア。小言なら聞かんぞ」

「えぇい、うるさい!先程はアイリス様の手前黙っていたが、もはや見過ごせん!さっきからなんだお前のその態度は!国王陛下やアイリス様に無礼だろうが!」

 

小声ながらも語気を強めた物言いで、クレアがそう進言する。

ふむ。俺様もタダの貴族ならば敬意を払う事に異論はない。ただベルゼルグ王家は別だ。

 

王家と俺様は、ベッタリとくっつきすぎている。数多くの賞金首を狩ってきた俺様のレベルは、この世界でももはや指折りである。よって王家としては俺様を魔王軍討伐に使いたい。

 

しかし生憎俺様は、金でしか動かない。

ベルゼルグ王国は隣国のカジノ大国・エルロードから魔王軍への対処を理由に多額の融資を受けている。魔王軍の賞金もそうだが、多くの賞金首が隣国からの融資で成立している。だから俺様をあまりに頼ると、その分借金が増えるのだ。魔王がいつか倒される時、この国の外債が増えすぎては俺様の身にも関わる。

 

よってそろそろ、王家との関わりは薄くしておきたいのである。

しかし金を出されれば、俺様は否が応でも応じてしまうだろう。それは俺様の根本であって、今更変化の利く分野ではない。

だから相手から、徐々に頻度を減らしてくれるのが理想だ。

ゆえに、態度を緩める気はない。第1王女への無礼とあれば、多少の効果はあろうさ。

 

「ふん。クレアよ、貴様も見知らぬ仲ではあるまい。俺様が俺様を曲げることはない。それが嫌ならば、俺様など使わなければいい。そうだろう?」

「なっ……。ミツルギ、お前な……!それが」

「それが出来たら苦労しないか?ふっ、ならば我慢するしかあるまい。取引をするからには、取引先の強みも弱みも同様に受ける。それくらい分かるだろう」

「む………しかし……」

「まぁまぁ。その辺りにしましょう、クレア様。ミツルギ様も、クレア様のお気持ちをお考えください」

 

と、俺様とクレアを諌めるのはレインだ。

この二人は常にセットだが、クレアがシンフォニア家という貴族の出なのに対して、レインの家は無名なので立場に差はある。

しかし俺様との間に身分差は無い。

 

「レイン……。むぅ」

 

仲がいい上にレインの方が頭が良い事をクレアはよく理解しているがゆえ、多少不満そうだったが、その申し出を受け入れる。

俺様も特に異論はない。矛を向けられれば矛を返すが、矛を収めるならば向け続ける必要は俺様にはない。しかし不満はある。

 

「それはいいがレイン。お前なぞに『ミツルギ様』と呼ばれる筋合いはない。さっさと敬語を外せ。もうそれなりの付き合いだろう。いつになったらお前は遠慮がなくなるんだ?」

「へ?……いや、それはちょっと、ねぇ」

「遺憾ながら同意見だ。この男は、レインが畏まるような大きな人間ではない」

「クレア様まで……」

「ハッキリ言うがな、レインよ。俺様が敬意を払われるに値すると考える者は、俺様が庇護する存在だけだ。その中にお前はいない。立場が異なれば構わんがな」

「…………あははは。そこまで言われると、さすがにたじろぎますね……そうですか。本当に、よろしいので?」

 

………む。意外だな。

レインはこう見えて頑固な面もあるので、ここまで言っても受け入れない可能性の方が高いと思っていたのだが。

まぁ、俺様がヤツの何を知っているのだと言われれば何も知らないので、そういうこともあるか。

 

「あぁ。そもそもだ、レイン。同じ言葉遣いをするという事は、されているものを同列とする事でもある。俺様とクレアを同列に扱ってみろ。怒り狂うぞ、ヤツは」

「本人の目の前で言う奴があるか!」

「あははは。そうかもしれません――――そうかも。じゃあ、うん。今後はこれで行くよ……ミツルギ」

 

………………ふむ。

少し恥ずかしそうにはにかんだその笑顔は、俺様としては不覚な事に、酷く可愛らしいものに見えてしまった。

まぁ、可愛いからなんだという話なのだがな。金を稼げんのならば、容姿の美醜など1エリスの価値もない。

 

「……さっきから3人で。何を話してるんですか?」

「ハッ。アイリス様!いえ、少しばかり世間話をば……!アイリス様のお耳に入れるような事は、決して…!」

「はい、アイリス様。クレア様の言う通りでございます」

「……そうですか」

 

くるりと、後ろに回していた首を前に戻し、再び前に進み始めるアイリス。

む、今の感情は……寂寥と落胆か。

ふむ、第1王女と言ってもやはり子供か。

一人除け者にされては、面白くはあるまい。

胸を撫で下ろしているクレアに向けて、俺様は少し、呼びかけてみることにした。

 

「おい、クレア」

「なんだ。この際だからお前の慇懃無礼さは見逃してやるが、せめて様をつけろ」

「おいクレア様」

「なんだ」

「クレア様はヤツに構ってやらんのか」

「アイリス様に?そんな恐れ多いこと出来るか。あの方は王族であり、私の主君だぞ」

「ふむ。その前に子供だろう。強かろうが身分が高かろうが、子供は子供だろうに」

「アイリス様は幼い頃から王室の教育をお受けになっている。ただの子供と同列に扱うなど、無礼にも程があるぞミツルギ」

 

…………そういう基準なのか、こいつらは。

高い教育を受ければ、能力は確かに高まるだろう。頭も良くなるだろうし、身体能力も普通の者より高くなるだろう。

しかし精神は?

多くの頭脳が結集し、導き出した地球の心理学になんの狂いも生じない。

むしろ高い教育を受けたからこそ、他者を欲する思いはより強くなるものだ。

 

一番の側近であるだろう(王家の存在に接する人間は、総じて身分が高い。つまり身分が高い人間が王家の傍にいれば、それはその人間が最も近い側近であることを示す)クレアがあんな様子では、誰が彼女と接することが出来るというのか。それでいいのかベルゼルグ王家。

 

「ふん。下らん事を聞いて悪かったな、クレア」

「まぁそれはいいが呼び名が戻っているぞ」

 

そんなクレアの苦情はさておき、宮殿が広すぎるせいか、些か長い。

俺様でも退屈はする。俺様は何かをしていない時間というのが大嫌いなのである。

遊ぶのもいいし仕事をするのもいいが、ダラダラすることだけは許せない。なんでもいいから意義のあることをしなければ。

 

……………。

 

今、我ながら下らんことを考えてしまった。俺様にはとんと似つかない、生産性の欠片もない思いつきだ。

………全く。この世界に来てからどうも調子が狂って仕方がない。

俺様は目の前を歩くアイリスに向けて声をかける。

 

「おい、そこの第1王女」

「わ、私ですか?」

「無論君だ。今思い出したのだが、俺様は君から何の自己紹介も受けていない。王家だろうがなんだろうが、通すべき義理はあるのではないか」

「あっ……そうでしたね。まだ名乗りすらしてなかったなんて。失礼致しました」

 

そう言うとアイリスは、振り返って一礼しようとする。それを制するように俺様は、アイリスの横に並び立つ。

 

「歩きながらでいい。立ち止まればそれだけ、金が貰えるのが遅くなるだろうが」

「……………」イライラ

 

はっはっは。後ろから苛立ちの念を面白いほど感じる。非常に愉快だ。

アイリスは少しだけ驚くと、ふふふと急に笑い出す。

何やらお気に召したのか、暫く笑っていた。

後ろのクレアから、心配の声が掛かる。

 

「あ、アイリス様……?」

「ふふふ……ごめんなさいクレア。ミツルギ様が余りにもお父様から聞いた通りのお方で、つい。本当にお金のことしか考えてないんですね?」

「ふん。当然のことだろう。俺様は傭兵だぞ。この場にいるのは、全て金のためだ。俺様は金のためにこの場にいるだけで、それ以外の目的を持つことなどない」

「あはははは。アレ?じゃあどうして、話しかけて下さったんですか?お金のことしか考えてないのに。おかしくないですか?」

 

一頻り笑って、緊張が解れたのだろうか。

アイリスは悪戯っぽく笑って、そんな風に問いかけた。

ふむ。いいバランスだな。無礼と無口の中間を行く、絶妙なラインの冗談だ。

親しみが過ぎれば無礼だし、かと言って何のユーモアもない人間は好かれない。

少しだけだが、アイリスという人間が好きになれそうな気がした。

 

「ふっ。何を言うやら。無論、金のためだとも。ここで君との繋がりを作っておけば、君から君の父上に良い評価が伝わるかもしれないだろうが。よって俺様のこの行動も全て、金のためだ」

「あはは!でも、それを私に仰ったら台無しじゃないですか!おかしな人です」

 

ふふふ、とアイリスはまた一人で笑っている。

後ろでクレアが、普段見ることの無い主の様子にオロオロしているのが横目で見えて、少し愉快だった。

………ふむ。子供じゃないか、やはり。

子供は子供らしく、などと言うつもりは無いが。常にあのような調子では、いずれどこかで疲れてしまうだろう。誰かがガス抜きしてやらねば、だが。

 

………………やれやれ。何をやっているのか、俺様は。王家との繋がりを切っておきたい、と思っていたのは俺様だろうに。

くだらない。一時の感情のために、正しきことを成せぬとはな。

………何か、変わり始めているのだろうか?

……………考えすぎか。

仮にそうだとしても、俺様が金を求めている限り、俺様は俺様だ。他の何が変わろうとも、それだけが変わらなければいい。

 

「ふふふ。ごめんなさい。こんなに笑うつもりはなかったのですけれど」

「ふん。なに、気にすることはない。君の歳を考えればそれも当然。そんなことより、さっさと名乗ったらどうだ?」

「あっ……そうでしたね。では、改めて。私は、ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス。この国の第1王女です」

「……………ぶふっ……」

「え?な、なんで笑うんですか?」

「いや……すまない。分かっていたのだが、それでも直接聞くと少し……だな」

「は、はぁ……?」

 

スタイリッシュって。ソードって。

ダメだろうそれは。まだめぐみんの方がマシだと思えるレベルだ。

俺様をここまで笑わせる名前などなかなか無いからな?オシャレ剣というのも大分俗っぽい訳だが、それ以外に訳しようがなかった。

いかん……一応仕事で来ているのだ。

さっさと名乗り返さなければ。

 

「すまない……申し遅れたな。国王から聞いてはいるだろうが、ミツルギキョウヤだ。一介の冒険者に過ぎないが、今日は宜しく頼む」

「はい。今日は名だたる冒険者であるミツルギ様と剣を交えられるということで、楽しみです」

「出来れば手加減をして欲しいものだな。タダの冒険者には、王族の相手は少し堪える」

「また、そんなに謙遜なさらずとも。お父様からミツルギ様の噂については伺っております。なんでも竜種を退けたとか!まるでお伽噺のようで、はしたないことにはしゃいでしまいました!」

 

ヴリトラの一件か…………。

俺様にとっては愉快ではないが、あの話はベルゼルグ王国中に広がり、俺様という人物を語る上でよく用いられるエピソードとなっている。アレは金欲者(パワー・オブ・マネー)とデュランダルありきの事なので、あまりそれで俺様を評価しないで欲しいのだが。

…………不意に、アクセルを出る前、アクアに『金欲者(パワー・オブ・マネー)』について聞いたことを思い出した。確か、このような会話だった。

 

「固有スキル?」

「あぁ。この世界に来てからだが、最初からあったものなのだ。特典は一人1つではなかったのか?」

「えぇ、無論その通りよ?固有スキルか。多分だけど、その固有スキルは貴方が元々持っていたものでしょうね」

「元々?俺様が?」

「えぇ。パワーオブマネー、だっけ?そのスキルは、貴方の魂の形の発露、のようなものね。そのスキルはきっと、元の世界でも発動してきたもののはず。同じ効果ではないだろうけど」

「ふむ。要はなんだ?俺様は自覚はしていなかったが、兼ねてよりそんな特殊能力が備わっていたと?」

「まぁ、そんな感じなんじゃないの?それが生来のものなのか、後から染み付いちゃったものなのかは分かんないけど。ねぇねぇマスターさーん!しゅわしゅわもういっぱーい!」

 

とまぁ、要らぬことまで思い出したが。

謎ではあるが、あのスキルの正体はある程度分かった。

………アクアは駄目な女神だが、アレで立場は決して悪くは無い。異世界の転生事情にまで口を出せていたことを考えれば、ヤツの考えがそう間違ったものでないことも理解出来る。

ふむ。

もう少し使いやすいものであれば良かったのだがな。

 

「あまり期待しない方がいいぞ。ヴリトラとの一戦は、人づてに聞くには誇張がキツすぎる」

「あら、そうなんですか?私は、たった一人で悪龍を打倒した、と聞いておりますが」

「ふん。やはりな。無論俺様の能力が高いことも認めるが、アレは決して俺様一人のものでは無い。俺様だけで打倒できるほど、悪龍は甘い存在ではなかった」

「本当は違うんですか!是非お話を……あ。残念です、着いてしまいました……」

 

アイリスの言う通り、暫く歩いた突き当たりには、模擬修練場、と書かれたルームプレートの部屋が現れていた。

ここが剣を交える場所なのだろう。

隣で至極残念そうに笑うアイリスを見ると、流石の俺様と言えどバツの悪い気持ちになる。

 

大切に育てられたのだろうが、この国は子供の教育について明らかに間違えている。

子供に必要なものは、知を高める学びと、健やかな食事と、感受性を高める遊びと、感情を共有する友人だと言うのに。

はぁ、と息をつきつつ、俺様はこの国の行く末が非常に不安になってきた。

 

魔王軍が居るうちは良いが、いなくなった途端にこの国は崩壊するだろう。

余りにも武力国家の面が強すぎる。交易も産業も教育も、レベルが低い。街単位であればいくらかマシだが、国家レベルの強みがない。

その被害に今まさにあっている目の前の王女を見ると、筆舌に尽くし難い苛立ちを感じる。

やれやれ。最悪、この国を出ることも考えねばな……。

 

「…………ふん。別に、話すのが今でなければならない理由もないだろう」

「え?どういう意味ですか……?」

「聞きたければいつでも話してやると言っているのだ。俺様は確かに傭兵だが、それくらいタダでやってやるさ」

 

…………何を言っているのだろうな、俺様は。

認めよう。どうやら俺様はこの娘に、同情しているらしい。

 

優れた出自を持ち、あらゆるものを与えられる立場にいるだろう第一王女が。

このような孤独を抱え、誰もそれを理解していない。

金がないのはいい。

腹が空くのも耐えられよう。

頭が悪くとも、なんとでも出来る。

ただ精神が孤独なのはダメだ。

それは、誰も耐えられない。

それが人だからだ。人は他者を求めるからだ。孤独を真に良しとする人間性は、人の領分を超えている。

 

無論、俺様がその孤独を埋めようなどと言うつもりは毛頭ない。そんな事が出来るなどと、俺様は驕るつもりは無い。

だが可能なことはやる。

 

「………いいんですか?」

「ふん。しかし、それは俺様が決められることでもない。俺様は君のスケジュールなどには関与できんからな。ゆえに、ヤツに聞いてやればどうだ――――なぁ、クレア」

 

くるりと振り返って、クレアに呼びかける。

ここで話を振られたのが意外だったのか、少し動揺しながらも、クレアは答える。

 

「む――――今日のアイリス様のスケジュールは、この修練を1時から3時まで。そこから30分の休憩の後、レインと王国史の勉強となっています」

「だ、そうだぞ。それで?どうするのだ、第1王女」

 

俺様はそうアイリスに問いかける。

俺様は求められればそれを返す程度の事はするが、逆に言えば求められない限り何も与えない。俺様を頼ろう、使おうとする者に対してはそこに理がある限り応える。

まぁ、金が関われば全て関係ないがな。

アイリスは少しだけ戸惑った。

恐らくだが、この少女は誰かに我儘を言ったことがないのだろう。

しかし、おずおずとだが、アイリスはクレアに申し立てる。

 

「……あの、クレア。もし、宜しければですが……。この修練が終わったら、ミツルギ様にお話を伺っても……いいですか?」

 

かなり遠慮がちに、クレアにそう伺いを立てる。

クレアはそれを聞くと、間髪入れずに返答する。

 

「勿論でございます。忌々しいですが、その男の武勲は紛れもなく本物ですよ。アイリス様も、何か得るものがあるかと」

 

そんなクレアの返答は、凡そ俺様の予想していたものだった。断るはずがないだろう。

無論スケジュールに空きがなければある程度考えただろうが、主の申し出を断るような人間では、クレアはない。

まぁ少しばかり俺様への本音が漏れているがな。

 

「……!ありがとうございます!レインも、その分お勉強頑張りますから!」

「えぇ。私も精一杯、教鞭を振るわせていただきますね」ニッコリ

 

…………ふん。最初からこうしていれば良いのだ。

無論、逆らう必要は無いが。叶えられるレベルのお願いならすればいい。子供の我儘など、可愛いものだろうに。人の言うことを聞き、言われた通りに出来る子供は確かに素晴らしいかもしれないが、同時に愛嬌のない子供にも映るだろう。

 

………ふと思ったが。

 

この国。学校はないのか?

 

どこの街にも、それらしき建物を見なかった気がするが。

………そんなんでやって行けるのか?

甚だ疑問ではあったが、まぁ呑み込むこととした。

後で調べてみるとしよう。

 

「ミツルギ様!許可を頂けました!」

「そのようだな。ならそろそろいいだろう。俺様もさっさと終わらせたいんだ、中へ入ろう」

「あっ……そうですね。では、中へ」

 

キィ、と音を立て、ドアを開く。

中では2人ほど、従者が立っていた。

曰く、これから二手に別れて部屋に入り、指定の服に着替えてもらうとのこと。

確かに、左右に男女のマークが書かれた階段がある。そこから先が更衣室なのだろう。

 

「それではミツルギ様!また後で」

「あぁ」

 

アイリスやクレア、レインと別れ、従者の2人について行く。

階段の先には、青いドアがあった。左手にもドアがあり、ここが恐らく剣を交える部屋なのだと言う。

 

青いドアを開け中に入ると、そこには様々な武器種が並べ立てられており、数多の鎧やレザーが所狭しと壁に掛けられていた。

………どれもまともに買えば一千万は下らない名品ばかり。

何か持って帰れそうなものが無いかと思ったが、後ろに控えてる連中が居るからな。

俺様相手にあの国王が配置するような連中だ。無理矢理持って帰ることも難しいだろう。

悪くない金儲けだと思ったのだがな。

 

………さて、何を着たものか。

正直、今の服装に慣れているため、これで構わんのだが………。

質感の似た皮のベストやレザーを見つけ、それを着用する。

さぁ後は武器だが……俺様の主武器は初期から変わらず長剣と杖である。

魔法と剣術を織り交ぜながら戦うのが、なんだかんだで最も使いやすい戦法だったからだ。

 

本来魔法職は腕力の伸びが小さく、物理攻撃を担うには心許ないがそこは俺様である。

レベルアップになど頼るまでもなく、多少長い程度の剣を振り回すのは造作もない。

よって俺様は恐らくだが、この世界でも類を見ない魔法剣士型になっている。

よって欲しいのは刀か長剣な訳だが……。

 

「………これは…日本刀、か?」

 

スラリと伸びた長い刃が、無造作にも立てかけられていた。鞘はどうしたのだ。

少し手に取ってみる。ずしりと重い。

金欲者(パワー・オブ・マネー)無しでも、振り回せはしそうである。

ふむ。これにしてみるか。

 

その後適当な杖を見繕い、俺様は装備を整え終わる。

二人の従者とともに、俺様は更衣室を出て右側のドアを開ける。

 

「………………」

 

中に入ると、そこには既にアイリスがいた。

先程までのお嬢様然としたドレス姿でなく、青色に輝く鎧に身を包み、無駄な装飾のないスラリと白く輝く両刃剣を持って。

…………………………すごく、嫌な予感がする。

あの剣。どこかで見た気がする。

具体的に言うと、知己である『ベルゼルグ王国国王』が、魔王軍の拠点を攻める時に持っていたような気が――――――――――。

 

「あっ、ミツルギ様!お待ちしておりました!」

 

懐かれたのか知らんが、妙に嬉しそうな笑顔で此方に寄るアイリス。

 

「………やぁ。少しばかり、聞いてもいいだろうか?」

「えっ?なんでしょう?」

「その剣は………もしや、国王の……?」

「あっ。分かりますか?お父様が『ミツルギと戦う時はこの剣を使うといい。なに、大丈夫さ。ミツルギは強いからね。遠慮せず、全力で相手してもらえばいい。なんならソレ要る?あげるよ別に』と言って、下さったんです!」

「………………………………………」

「ふふっ。それにしても楽しみです!終わったら色んなお話、聞かせてくださいね?絶対ですよ!」

「アイリス様。そろそろ」

「あっ……そうですね。それじゃあ早速、始めましょうか」

 

俺様が放心している間に、着々と戦闘の準備が進んでいく。

俺様がこの時思っていたのは、ただ1つ。

国王、ファック。



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10.この無垢なる少女と語らいを!

10話です!やったー(´∀`*)
バトル&お話回です。王宮へと走る謎の影……果たしてその正体は?(ヤツにはバレバレですが(^_^;)


「『エクステリオン』ッ!」

 

一閃。

アイリスが手の剣を振るったその瞬間、一筋の光が実体を持ち、此方に迫ってくる。

スレスレを通るように閃光を越える。

すると、アイリスは俺様に向かって一直線に迫り、着地の隙を狙う。

俺様は一瞬構えた刀でその攻撃を受けようとしたが、途中で思いとどまる。

あの剣を真っ向から受けたら、刀が切れる。

 

「『ブレード・オブ・ウィンド』ッ!」

 

ほぼノータイムで詠唱し、迫り来るアイリスに向けて風の刃を放つ中級魔法『ブレード・オブ・ウィンド』を発動する。中級魔法といえど俺様の魔力値で放たれる魔法だ、それなりの威力を有する。

しかし俺様にとっては目を疑うことに、アイリスはほぼ不意打ち気味のその攻撃を、剣を数閃振るうだけで破壊してみせた。その間に着地し、俺様は多少の距離をとる。

………高速詠唱かつ、詠唱時間の短い中級魔法で、完全なカウンターだったはずだが。

全く……王族というのはこれだから。

 

ベルゼルグ王国の王族は、数多くの英傑達と古くから交配し、その遺伝子を取り込んでいる。

高い潜在能力もさることながら、その上に戦闘に関する高度な教育を受けた王族の戦闘能力は、並大抵の冒険者とは比べ物にならないものとなる。

相手が子供だろうが、その実力は折り紙付きだ。だから受けたくなかったのだが、前金を受け取ってここに来た以上、受ける以外の選択肢はなかった。

第一、何故に俺様なのか。単に練習相手なら、王都にこれでもかと居る転生者にでも頼めというのだ。受けたからには本気で臨むが、多少の嘆きは零れるというもの。

 

…………さて。

攻めないと逆に危ないか。

剣戟を受けるのは不可能でも、攻めいることは出来るだろう。

 

「ふッ!」

 

アイリスに向かって加速し、横薙ぎに刀を振るう。アイリスは剣でそれを受け止め、巧みに勢いをずらして半円を描くようにいなす。

ほぼ勢いを殺さずに躱されたせいで、態勢を崩される。

その隙を突くように、アイリスは左肩を前にして踏み込み、剣の柄で鳩尾を狙いに来る。

右手は刀で埋まっているので使えない。

ならばと、柄を握っているアイリスの右手に向けて左の掌を向け、詠唱。

 

「『ライトニング』ッ!」

 

一筋の閃光を飛ばす中級魔法『ライトニング』が直撃し、アイリスの攻撃が一瞬怯む。

その間に、流され行き場を失っていた勢いを利用し、回転。

最初の一撃から一回転したように、再度アイリスへと狙いを付ける。

しかし先程とは違い、彼我の差は殆ど無い。

なので俺様も先程のアイリスと同じよう、刀の柄尻でアイリスの背中に向けて突きを放つ。

しかしやはり有効範囲が狭い。

察知したアイリスは上体を倒し、柄尻の一撃をかわす。そして再度、今度はアイリスの側からだが、距離をとる。

 

………ふう。

予想よりも強い。

身体能力の点では凡そ俺様の方が上だが、動体視力や直感と言った、感応能力はあちらの方が上かもしれない。

全く。

こんな相手を前に、俺様が何を教えられるというのか。

 

「ふふふ。凄いですね、ミツルギ様」

「何か勘違いしていないか?この場は俺様が君の父上から承った正式な取引の末の場だ。君と語らう為の場所ではないぞ」

「………む。それもそうでした。ご相手頂くからには、私も本気でかからねばなりません」

 

そう言ってアイリスは、再度剣を構える。

薄ぼんやりと刀身が光るのが見える。何やらとんでもないことをなそうとしているのは明らかだ。

嫌な予感とともに、俺様も背中の杖に手をかけ、幾言か詠唱する。

俺様の予想が正しければ、恐らく。

 

「『セイクリッド――――――ライトニングフレア』ッ!」

 

アイリスがそう叫ぶと同時に、アイリスの剣が眩い光を放ち始める。バチバチと真白の雷を伴う光の奔流が、俺様へと向かってくる。

…………予想通りではあるが。

外れたらどうするつもりなのだろう?

 

「二重詠唱発動、魔法の同時使用許可。過重詠唱発動、カバー範囲拡大……!『『プロテクト・オブ・アイギス』』!」

 

極光を受け入れるように、俺様の目の前を巨大な盾が現れる。

ミシミシと音を立て、軋みながらも、白銀の盾は俺様の身にアイリスの光を届かせることは無かった。

すぅ、と極光が尽きると同時に、真っ白だった視界が開ける。

が、目の前にあるはずのアイリスの姿がない。どこへ消えた?

上か。

そう思った俺様は、上を見上げる。

―――――――――――ビンゴだ。

 

「はぁあああっっ!」

 

案の定、掛け声を上げながら、アイリスは上から剣を振り下ろそうとしていた。

ふん――――――なるほど。

実戦不足、だな。

俺様はアイリスの足元へ斜めに跳び、その足首を掴む。

勢いのまま腕を下に回し、空中でアイリスを地面へと放り投げる。

 

「ぐっ……!」

「『エナジー・イグニッション』ッ!」

 

投げ飛ばされたアイリスに向けて、上級魔法『エナジー・イグニッション』を放つ。

青白い炎がアイリスの周囲に大量に現れ、結合して巨大な炎と化す。

しかし流石の王族。

完全に周囲を塞がれる前に、アイリスは跳び上がり、炎から逃れる。

チッ、沈んでくれれば良かったものを。

こうなると、危ういのは俺様の方である。

空中は機動力が鈍る。

さっきのお返しとばかりに、アイリスはこちらの着地点へと突進し、俺様に向けて剣を斜めに切り上げる。

舌打ちしながらも、俺様は右手の刀を地面へと投げつけ、突き刺さったソレを足場とし、アイリスを跳び越える。

完全に体重を乗せていたであろうアイリスの一撃は、刀を易々と切り裂いた。その斬れ味は流石の一言と言えるだろう。

が、しかし。

背中は完全にガラ空きである。

 

「『ライトニング・ストライク』」

 

落雷を発生させる上級魔法『ライトニング・ストライク』を発動する。

威力・速度ともに申し分ない代わりに、直線で回避のしやすい上級魔法なのだが――――まぁ、今回の状況にはピッタリだろうよ。

 

「きゃあぁぁぁっっ!?」

 

極太の紫電はアイリスの背に直撃し、目の前へ吹き飛ばす。

これでもまだ安心できないのが王族だ。

着地と同時にアイリスへと突進し、倒れたその背に乗り、右腕を固める。

少なくとも、腕力ではまだ負けていない。

 

「っ………」

「おい。クレア、レイン。これは勝負あったと思うが?」

「そこまで!両者、矛を収めてください!」

 

クレアの号令とともに、俺様はアイリスの腕を離す。

…………ふぅ。何回か死にかけたな………。

恐らく蘇生魔法を使えるプリーストは居たのだろうが、それでもそんなものにお世話にはなりたくないものだ。

時間にしてみれば十数分の試合だったが、その実中身はかなりのボリュームだった。

俺様だから死んでないが、並の転生者なら死んでいるだろう。

アレは、たった1つのチート風情でどうにかできるシロモノではない。

 

「いたた……。完敗です。本当にお強いですね、ミツルギ様……」

「ふん。よく言ったものだな。なんだあの化け物じみた魔法は。殺す気か」

「またまた。あんなに大きな盾で塞いでいたではないですか。凄いです!」

「ふん。あんなもの、やろうと思えば誰にでも出来る。君の魔法はそうではないだろう」

 

実際、他のアークウィザードでもできないことは無い。

『過重詠唱』も『二重詠唱』も、スキルポイントこそかなり食うが、アークウィザードであれば習得できる可能性はある。

 

『過重詠唱』は、その魔法二つ分の魔力を消費して効力・範囲を拡大するスキル。

『二重詠唱』は発動してから一発目の魔法は発動させず、二発目の魔法に合わせて同時に使用されるというスキルだ。

つまり同時に使用すると、4倍の魔力消費が術者にはかかる。上級魔法ともなれば、その消費も相当なものとなる。

……爆裂魔法に使ったらどうなるのだろう。

…………相当な惨劇になりそうだな……。

 

まぁ、そんなことはどうでもいいな。

仕事はもう終わりだ。

さっさと金を受け取って帰ろう。

む、少し話して帰らなければならんのだったか。

仕方ない、少しばかり王宮でも散策するとしよう。何か金目のものはないものかな。

この際だから情報収集でもするか?

 

「それではミツルギ様。15分の休憩の後、二戦目をお願いします」

「……………………………………は?」

 

クレアがサラリととんでもないことを言い出す。

二戦目…………だと……?

 

「何を仰います。先程も申しあげた通り、この修練は1時から3時までとなっております。よって、その間はアイリス様との模擬戦を繰り返して頂きます」

「なっ……!?」

 

冗談ではない。

たった十数分やり合っただけでこの疲労感だぞ?

それを何度も繰り返せと言うのか?

 

「し、しかし……クレア。俺様の戦法は魔法と剣を交えたモノだ。あんなものを繰り返せば、じきに魔力が切れる。それに、刀も既に無い!連戦は不可能じゃないか?」

 

どうにか、連戦を避けられるように口上を述べる。我ながら必死である。

無理だ、本当に死ぬぞ!こんなくだらないことで死んでたまるか!

 

「ご安心下さい」

 

そう言ってクレアは、何かしらの指示を執事らしき男に命じる。

しばらくすると男達は、何やらカートのような物をガラガラと引きながら持ってきた。

 

「最高品質のマナタイトと、替えの剣でございます。何回壊してくださっても結構ですので、どうぞ思う存分、お使いくださいませ」

「…………………」

「あの、ミツルギ様……。気が進まないのは分かりましたが、私からもお願いします。私も努力致しますので、お付き合い頂けないでしょうか……?」

「………………………………………」

 

国王、ファック。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

約2時間後。

 

「はぁ、はぁ、はぁっ、はぁ……。クソが……覚えておけよアーサス……今度会ったら爆裂魔法を喰らわせてやる………」

 

俺様はものの見事に倒れ込んでいた。

結局四回も付き合わされ、俺様の疲労はピークに達していた。マナタイトがあっても、体力は替えがきかないからな……。

しかもこの王女。戦闘を繰り返せば繰り返すほど、対応力が上がっていくのだ。

俺様のスタイルはあくまでも多彩なスキルと才で相手を翻弄するものだ。『金欲者(パワー・オブ・マネー)』があればまた違うが、そもそも対人戦を想定した戦いをしていないのである。

よってタネが出尽くせば、見極める事はそう難しいことではない。

無論、ある程度の才能があればだが………。

 

「お疲れ様でした、ミツルギ様。本当に凄いです!結局1本も取ることが出来ませんでした……」シュン

「………ふん……一本取られてたら、俺様は今この世には居ないだろうが……」

「あっ、それもそうですね。そういう意味では、当たらなくて良かったのかも。でも、お父様の言う通りでした。ミツルギ様は強いから大丈夫だと!」

「……………」

 

どっちだろうな。

本当にそう思っていたから言ったのか、最悪死んでも面白いと思って言ったのか。

俺様の知るあの国王のことだと、後者だと思えてしまうのだが。

…………死ななかったからいいがな。

 

「では、アイリス様。お召し物をご用意致しましたので、こちらへ」

「ミツルギ様も。シャワールームがございますので、どうぞそちらへ」

 

クレアと執事が、そう進言する。

………確かに、汗はかいた。俺様にも生理的欲求はあるので、汗で濡れているのは気持ちが悪い。

ここは1つ、言う通りにするか……。

 

「あ、はい。………あの、ミツルギ様。お着替えが済みましたら、その……」

 

…………俺様の嫌いな言い方をしやがるな、この王女。

言いたいことはハッキリと言えというのだ。

相手に察してもらおうなんて考えはこの世で最も唾棄すべき考えだ。大概の場合、人は他人の気持ちなど考えない。特に男はな。

言わなくても分かって欲しいというのは、人のエゴのようなものだ。誰も彼もが人の気持ちを理解出来る人間とは限らないのに、さもそれが当たり前のように考える。

実にくだらないが、流石の俺様も齢10にも満たない子供に小言を垂れるほど性格が悪いわけではないので、ある程度は察してやる。

 

「俺様は書庫にいる。しばらくはいるだろうから、来るなら来い」

「あ………!ありがとうございますっ」

 

はぁ。

全くもって度し難い。

何故この対応で、この王女はこれ程に嬉しそうなのだろうか。

正直俺様の態度は、相当悪いだろうに……。

まぁ、知ったことではないか。

長期的スパンで見ればマイナスだが、短期で見るならば王族に好かれるのはプラスだ。

まぁ、ひとまず汗を流すか…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

汗を流したあと、執事が用意した服に袖を通す。

気持ち悪いほどにピッタリだ。そして俺様の好みである。王家の情報収集能力もバカにはできないようである。

 

「お疲れ様でした、ミツルギ様。陛下より承っておりますので、どうかご自由になさって下さいませ」

「あぁ。ご苦労」

 

頭を下げ、執事達はどこかへと消えていった。

さて、言った通り書庫に行くか。

王宮に来たのも初めてではないので、いくつかの部屋の位置は理解している。

見取り図を見たことは無いので、この箆棒に広い王宮を完全に把握している訳では無いが………それも書庫にはあるかもな。

 

暫く歩いて、書庫にたどり着く。

扉を開くと、中は相当に広かった。3階分繋がっていて、壁一面に本棚が敷き詰められている。

蔵書量は推定だが……100万はあるか。

司書らしき女性に声をかけ、分類表を見せてもらう。

ふむ……蔵書数は多いが、大半は魔法書・戦術書の類だな。その他専門書も置いてはいるようだが。

語学、数学、化学、力学、歴史、外交、モンスター学………。

ひとまず全種の本を持ってきてみるか。

聞き込みで分かるレベルの知識には限りがあるからな。これを機に、この世界の知識を持っておきたい。俺様はパーティーを組んでいないので、少しの知識不足が命取りにもなる。

 

「ミツルギ様ー。いらっしゃいますかー」

 

三階の通路にあるいくつかの読書スペースで、暫く本を読んでいると、下からアイリスの声が聞こえた。

む、思ったよりも早かったな。

まぁ予定では30分しかヤツに余暇は無いのだから、それも当然か…………。

 

「あっ、ミツルギ様。こんな所にいらっしゃったのですね。………勉強中でしたか?」

 

アイリスが階段にやって来て、そう漏らす。

俺様の目の前に何冊か積まれた本を見て、一瞬の逡巡が見られた。口元は微笑みを絶やさなかったが、俺様にまで隠せるほど巧妙でもない。

交渉事は商いの基本。相手の希望を理解してこそ、出せるカードもある。

また余計な考えをしてるのだろうと思うと、少しばかり俺様も辟易とする。

 

「そんなところだな。だが余計な気遣いは不要だ。時間が無いのだろう。俺様に話せる程度の事は話してやるから、とっとと席に着くことだ」

 

テーブルを挟んで奥の椅子を指さす。

 

「は、はい!失礼します!」

 

アイリスは少しばかり跳ねて、指示された通りに席に着く。

 

「………ミツルギ様は、なんでもお見通しなのですね」

 

席に着くなり、アイリスはそんなことを言い出した。

む。確かヴリトラの一件について話を聞きたいということではなかったか?急なその発言に、俺様と言えど少し困惑する。

 

「何を指してそんなことを言うのか、俺様にはとんと見当がつかんな」

「いえ……何となく、そう思いまして。先程私が少し迷ったこと、お気づきでしたよね?」

「ふむ。それはそうだな。邪魔をしては悪いなどという、下らない事を考えていたのだろうとは推定した」

「やっぱりですか。本当に凄い方ですね、ミツルギ様は」

「ふん。褒めても何も出ない。そしてそれは当たり前のことだ。君のような子供の感情を見抜く程度、俺様に出来ないはずがあるまい」

「ふふふ。凄い自信ですね。羨ましいです」

「実力があるのに、自分を卑下するのは愚者のすることだ。分を弁えろというだろう。出来るやつには出来るやつの仕事があり、責務がある」

「……含蓄のある言葉ですね」

「ふん。君がどう話を持っていきたいのか、俺様には分かりかねるな。一体何を言いたい」

 

試合前よりも、アイリスは沈んでいるように見えた。

俺様は心理学も教育学も修めているが、それだけで人の気持ちを常に理解できるはずもない。

よってこの王女が何を考えているのか、俺様には全くもって分からない。

だが――――――どうにもこの王女。

何やら俺様への敬意が強すぎるようにも見える。

俺様は確かに能力は高いが、所詮はそこらの冒険者。

国王たるアーサスも、俺様を使いだした当初は偉ぶり、高圧的だったものだ。

そして俺様はそれに異論はない。ここは王政なのだ。ならば、出自は誇るべきものだ。

そもそも最初から『ミツルギ様』と言った時点で、少し不審には思ったが………。

その傾向は時を経て強くなっているようにも思う。

 

「……あはは。すみません、特に意味があるわけでは無いのです。クレアやレイン以外の方とお話することないので、何を話そうかと」

「…………ふん。じゃあ、俺様から質問してもいいのか?」

「もちろんです。なんでしょうか」

 

話す気がないのなら、その真意は俺様が見抜いてやるさ。

俺様は、理解できないことは嫌いだ。

 

「君は、いつも今日のようなことをしているのか」

「えぇ、まぁ」

「外に出たりはしないのか」

「えぇ。お勉強がありますし」

「ふむ。それは殊勝なことだ。………が」

「が?」

「君がその生活に満足しているようには、俺様には見えんがな」

「………………そんな事はないですよ」

「少し迷ったな。全く心当たりのない人間は、直ぐに否定するものだが?」

「………………」

 

アイリスは黙り込む。

沈黙は是なり。

黙り込むことは、認めるのと同じようなものだ。

俺様には子供を追い詰めるような趣味はないが、必要ならばそれも躊躇はしない。

 

「勘違いされても困るが、俺様はそれを否定している訳では無い。毎日王宮に留められ、勉学に励む。それが窮屈なことくらい、誰だって分かる」

「仕方ありません。王族として生まれた以上、勉学に励むことは当然の責務です。それに、私はそれを苦痛と思ったことはありません」

「…………………」

 

俺様はそう言うアイリスの顔を観察する。

目には力が宿っており、頬は軽い緊張とともに強ばっているが、柔和な笑みを崩しはしない。眉にも僅かに強ばりが見え、唇は少し水分を失って、鮮やかな桜色が少しくすんで見える。

…………………ふむ。

 

「ふん。嘘ではないようだ。しかし本音でもない。『当然のことと受け入れているが、それはそれとして外への興味、憧れもある』―――――とまぁ、そんな所か」

 

ふむ。なるほどな。大体分かった。

 

「…………!そ、そんな事は……」

 

言葉尻が萎む。目線が泳ぐ。表情筋が弛緩する。

ふむ。俺様でなくても嘘だと分かるレベルだな。

 

「何を隠すことがある。この王宮の中に居るだけでは体験出来ない多くの事が、外にはあるのだぞ?それを知りたいという感情に、何の悪があるというのか」

「…………本当に、何もかもお見通しなのですね、ミツルギ様には……」

「何度も言わせるなよ。そんな事は当たり前だ。子供の考えることなど、大抵は決まっている」

「あはは。でも、他の従者やお父様は、何も言いませんよ?」

「ふん。そいつらには、君の考えを読もうとするような気持ちは無いのさ。従者はその考え自体を不敬とし、国王は君以外の事で忙しい」

「なるほど。そういうことなのですか」

「うむ」

「……………」

「……………」

 

暫く無言になる。俺様は好奇心を満たせて満足なので、特に話すことは無い。

苛々するだろう。目の前の人間の考えが読めないと。

…………もしや俺様だけなのか?

まぁいい。話すことがないのなら読むか、本。

何冊か積まれているうちの1冊を手に取り、1ページ捲る。

モンスター学か………なかなか学びがいのありそうな名前だな。

 

「あ、あの、ミツルギ様?」

「む。なんだ第一王女」

「だ、第一王女……。いえ、その……な、何もないのですか?私が外へ興味があるからなんだ、とか……」

「そんなつまらんことを俺様が聞くわけないだろう。俺様はただ、俺様の好奇心を満たすためだけに聞いたまで。君の考えを知った今、俺様から話すことは特にないぞ?」

 

認めたはずだしな。年頃の少女ならば当たり前だと。

何を動揺しているのだろう。この第一王女。

アイリスは口を野放図に広げ、阿呆な風に唖然としていたが、暫く経つと口元を緩ませ、今日一番の笑い声を上げた。

 

「あははははは!な、何も無いんですかっ。あれだけ真剣に顔なんか見てっ?あはははは……っ!」

「む。そこまで笑われると、流石の俺様でも心外だぞ」

「す、すみません……!あんまり可笑しいものですから、つい……!ふふふ」

 

そう言いつつも、アイリスは込み上げる笑いを我慢できない様子だった。

ふむ。何か可笑しな事を言っただろうか。

それとも彼女のツボがおかしいのだろうか。

あとここは書庫だ。静かにしろ。

 

「あはは……。何だか、笑ったら色々スッキリしちゃいました。こんなに笑ったのは久しぶりです」

「ふん。それは良かったな」

「………ミツルギ様。少し、お聞きしても?」

「好きにするがいい」

「ミツルギ様は、冒険者ですよね」

「そうだな」

 

金さえ貰えればどんな事でもやるので、実際は冒険者とは些か違うのだが。大きく間違ってはいない。

 

「いつから、冒険者を?」

「ふむ。数ヶ月前だな」

「本当ですか!それでそのお強さ……。ミツルギ様は才気溢れるお方なのですね……」

 

なぜこいつはこんなに俺様の事を持ち上げるのだろう。何かしたか俺様。

俺様がもはやこの世界でも随一の手練であるのは既に承知だが、ここまで何かにつけて褒められるほどなのだろうか……。

 

「……まぁ、そうかもしれんが」

「………ミツルギ様は、色んな街を回っているとか。少しだけ、お父様やクレアに聞きました。今まで、どんな所に旅を?」

「む……生憎、何度も街を行き来しているので、あまり1つ1つ覚えてはいない」

「そういうものなんですね」

「ただまぁ……酷いところはよく覚えているがな。水の都アルカンレティアや、鍛冶の都ガロッサはとにかく酷い」

 

忌々しい記憶が甦る。

アルカンレティアは温泉街だが、水の女神アクアを崇めるアクシズ教徒の巣窟で、その洗礼は凄まじかった。どれだけかと言うと、この俺様が偽造の入信証明を作るほどである。

ガロッサは鍛冶を基盤とした工場町で、ここはアルカンレティアよりはマシだ。

ただこの街には鍛冶に使う火を用意するための火の精霊が町中を飛び交っており、箆棒に暑い。平均気温40度。

しかしここの鍛冶師の腕はいい。

 

「ガロッサに。あの街は人の過ごせる場所じゃないと聞きましたが……ミツルギ様はそこで滞在を?」

「ふむ。1週間はいたな」

「どうやって避暑を?」

「言っておくが、あの場所にもそう暑くない場所はあるぞ。鉱山の中だな。火の精霊は熱気を好むから、暗くて冷涼な鉱山にはよってこない」

「そうなんですね……勉強になります。他に、何か覚えてる街はあるんですか?」

 

さも当然のようにアルカンレティアを無視したなこの王女。

まぁ、気持ちはわかる。いたく分かる。

触らぬ神に祟りなし。

他に覚えてる街、か………。それはもちろん、俺様の再スタート地点でもある、あの街が真っ先に思い浮かんだ。それと同時に、メグやユウ、サトウのような連中の姿が思いやられて、少し苦笑する。

俺様にとってあの街は、アイツらとセットらしい。

 

「そうだな。覚えているといえば、1番思い当たるのはアクセルだ」

「アクセル……。確か、冒険初心者が集う街、でしたか。ミツルギ様もそこで研鑽を?」

「そうだ。思えば、パーティーで活動したのはそれが最後だったな」

 

アクセルで別れて以来、俺様はパーティーを一切組まなかった。無論生まれたての赤子のような状態の俺様である、何かとサポートしてくれる仲間があった方が良かったのだろうが。

居なくとも案外どうにでもなるもので、それから習慣として、パーティーは組んでいない。

 

「常におひとりで、ですか……。こんな事を聞くのは失礼かもしれませんが……寂しくは、なかったのですか?」

「寂しい。俺様が?」

「えぇ。多くの街を訪れ、各地を遊学する。確かにそれ自体は意義のあることだと思います。ですが……親しい人が近くに居ないのは、とても寂しいと思うのです」

 

寂しい。寂しい、か……………。

あるのか、そんな感情。俺様に?

あらゆる技術をその手に納め、生涯をかけて金を追い求めるこのミツルギキョウヤに?

――――考えるまでもない、否だ。

しかし何故否なのか。

ふむ……なかなか考える余地のあることかもしれない。

しかし今は目の前の王女に答えなくてはならない。

仕方ない、適当に誤魔化すか……。

 

「一欠片もそんな事を思ったことは無い。旅をすれば色んな連中に会える。性格どころか種族も違うが、それだけ多様な存在とも交流を持つことが出来る。これ程に愉快で、意義のある経験はないだろうと、俺様は思うが」

 

………む。俺様にしては綺麗なことを言った。

しかし案外、これが俺様の本音なのかもしれん。

全ての知恵を持つほど、人間は優れた存在ではない。それでもある程度のことまでは、学べば理解はできよう。

しかし人間はどうだ。

心理学や統計学から導かれる、ある程度の同一性を持つのは間違いない。

ただ、全く同じ選択をする人間はいない。全く同じ性格の人間もいない。

人こそ最大の謎であり、俺様の興味を引く存在なのだ。

しかし、あくまでも興味だ。金稼ぎに並ぶほどの理由には決してならんがな。

 

「…………!そう、ですか……」

 

神妙そうに頷くアイリスに、少しばかりの哀愁を感じた。どうやら求めていた答えではなかったらしい。

…………やれやれ。俺様は子供の相手も苦手ではないが、ヤツらは感情豊かで困る。

 

「………そうだな。例えば、旅をしていたからこそ、国王のヤツやクレア、レインに会えた。そこから繋がって、今君とこうして話をしている。それが少し面白いと、俺様は思う」

「それは……そうかもしれません」

「あぁ。無論これは俺様が、気楽な冒険者でしかないからだがな。立場があれば、そうもいくまい」

 

財閥のトップでいた頃は、こうも気ままに行動することは出来なかった。

無論それはそれで金稼ぎに殉ずる良い人生だったとは思うがな。しかし俺様は金稼ぎ第一の人間ではあっても、それだけで人生を過ごそうとする人間ではない。

だから、目の前の王女に同情する。

立場のみに縛られ、日々を過ごす王女に。

 

「………ふん。そろそろ時間か?」

 

時は既に3時半近い。そもそもシャワーを浴びた身だ、語らえる時間など15分もない。

 

「はい。……その。ありがとうございました、ミツルギ様」

「何もしていない。故に礼には及ばない」

「そう仰ってくれると、私としてもありがたいです。……また、来てくれますか?」

 

……………正直あまりここには寄りたくない。

何かと面倒だからだ。俺様を扱うのに金さえ払えばいいと思っているからな。正しいが。

少し不安そうに、アイリスは遠慮がちに俺様を見上げる。

…………チッ。面倒なことになった……。

 

「ふん。どうせ王家の事だ。俺様を呼ぶこともあるだろう。……その時は、話くらいしてやるさ」

「は、はいっ!ありがとうございます、ミツルギ様っ!」

 

アイリスは花が咲いたような笑みを浮かべ、嬉しそうに去っていった。

………まぁ、仕方あるまい。ヤツに同情し、何かしらの手伝いをしてやりたいと思ったのも俺様の考えだ。その通りに行動するとはつまり、俺様の利益につながると言っていい。

金にはならんが、な。

 

「我ながら、下らん感情に流されたものだな……やれやれ」

 

そうぼやいてから、俺様は手にした本をペラリと捲り、暫く読書に耽けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数時間後。

数冊の本を読破し、時は既に夜となっていた。

王都からどこかに行くにせよ、時間がかかる。

だので、少なくとも今日は王都に滞在するつもりだ。

 

「ミツルギ様。お食事はどうなされますか」

 

と言って、いつの間にか現れた執事が声を掛けてくる。

 

「要らん。金は明日受け取るから、今日のところはさっさと失せるがいい」

「そういう訳にはいきません。陛下より歓待の命を賜っておりますので」

「ふん、歓待か。そんなもの、この場を貸しさえしてくれれば十分だ。分かったらさっさと失せろ」

「…………失礼致します」

 

これ程辛辣でなお眉も顰めない。

本当によく出来た従者だ。

どうせなので全ての本を読んでしまいたいものだが、どうにも寝ているとそれも難しそうだ。

俺様は睡眠はキッチリ6時間取る。どれだけ多忙でも取る。多忙ならその分起きている時に働けば済む話だ。

よってあまり無理は出来ない。全ての本を丸々読んでいる時間はないということだ。

俺様は速読術もマスターしているが、1000ページはありそうな本を十数冊、読めるほどには速くないのだ。

 

飯はどうするかな。

さっきも断ったように、俺様はここの料理は好かん。多様だが量がないのだ。それに俺様は生粋の日本人故、米のない飯は好みじゃない。

とにかく米があればいい。米さえ食えれば頭は回せる。ビバ米である。

パンだと?あんなものを食っているヤツは頭がヨーロッパだ。そんなに食いたいならライ麦畑にでも住め。

この世界にも米はある。しかし米は小麦と違い、穀物の中でも育てにくい部類だ。

よって高い。場所によっては売ってすらない。

ファック。

 

「さて、心の内でボヤいても仕方ない。取り敢えず王都に降りて、何か口にするか……」

 

そう独り言をして、俺様は長時間の読書で凝り固まった広背筋を解す。

独り言は癖だが、状況を言葉にして整理するというのは状況把握のテクニックでもある。

書庫の扉を開け、王宮と地続きの、王都の中心街へと向かう。

しかし、なかなか悪くなかった。

やはり新しい知識を取り入れるのは心躍る。

これは帰ってから漁るのもいいか――――――――――――

 

「……………む……?」

 

城門を出る際、一筋の影が城壁へと走るのが見えた。それと同じくして、厚めのローブで顔を隠した不審な人影が、その影を追うように走っているのが見える。

いや―――走ってはいない、か?

どちらかと言うとワイヤーで、身体を引っ張っているような動きだ。

 

「…………………」

 

明らかに賊だ。その近辺の見張り役は、丁度交代の時間か、櫓の外には気が回っていないようだ。

それだけならば俺様は何も思わない。あの王宮に賊など、自ら捕まりに行くようなものだ。

しかし俺様は、1度会っているならば、体型を見てある程度までは人物の判定が効く。

その俺様の鑑識眼が正しければ―――――あの賊は。

 

「…………ククッ。全く―――――俺様だけでは飽き足らなかったというわけか?アレだけの失態を犯しておいて、なお盗みに入るとは恐れ入るぞ―――――なぁ、クリスよ」




いつも思うのですが、1話辺りの文量長すぎですかねぇ……。


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11.この愛らしい女神へ親愛を!

何故かこちらを上げることになりました……不覚。
書け次第理想郷も上げますので、平に御容赦を……。
クリスさん回。徐々に変わり始めているミツルギくんなのであった。


先程見た、この宮殿の内部図を頭に思い浮かべる。

賊が狙うとすれば、まず宝物庫。

次点でアーサスの部屋、アイリスの部屋と言ったところだ。

無論どちらも鍵は掛かっているだろうが、冒険者の盗賊には『解錠』のスキルがある。ヤツならば突破も可能だろう。

しかし無論のこと、宝物庫には見張りの従者がいるだろうし、警邏の者も宮殿中を回っているはずである。

故に、ヤツが盗みに成功する確率は――――少し高めに見積もって、40パーセントと言ったところか?

ふむ。無い確率ではない。飯時であることも相俟って、かなり高い確率だ。

 

「ふっ。計算はしてみたが、俺様には関係の無い事か。クリスの奴が捕まろうがよいし、何かしらの金品を盗んだところで構わない。精々強請るネタになるのが関の山だ」

 

俺様は冷静に、そう分析を下す。どちらに味方をした所で、大した金にはならん。

それに、あの賊がクリスである保証もない。俺様は自分の能力を正確に把握している。100あって90当たるからと言って、残りの10を考慮しない俺様ではない。

ただもしクリスであったとして。アレが捕縛されればどうなるか。

先程読んだ歴史本の類例を探ってみると、反逆罪は死刑に当たった。この国は明文化された法律がない(近代からすれば考えにくい話だがな。過去の判例を中心とした不文法に当たる)事からも、似たような判決が下されるのは間違いないだろう。

 

………………………………………。

 

一瞬、アイリスの笑みがチラつく。

彼女に危害が及ぶ可能性はない訳では無い。

ふむ…………自問自答、だな。

クリスの為には俺様は働けん。無償でそんな事をする気概はない。完全にクリスだという保証があればまた別だが。

ただあの王女の為ならば?

あの王女の為に、俺様はなんの報奨も求めずに動けるか?

 

「…………………ハァ………」

 

心の奥から漏れた溜息に、俺様自身も苦笑する。

お笑い草、だな。

心中でそう嘲笑して、俺様は外へ向けていた踵を返して、場内へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――ッ!」

 

駆ける。俺様に可能な限りの速度で王宮内を駆け巡る。

この城は三階建て。端に書庫があるが、それ以外の箇所では階を貫く場所はない。

つまり階段はそう多くない。

一階には2箇所。2階にも2箇所。

しかし此処が不便なところか。

広い割には少ない。その上、階段が連結していない。コレは恐らく、建築の技術が未だに発展していないからだ。

故、そんなに単純な構造ではない。初めて侵入するクリス(仮)には難しいはず。

 

「『マジック・サーチ』」

 

幾言か詠唱してから、上級魔法『マジック・サーチ』を発動する。

流石は王宮、反応が多数ある。

一際高い魔力が一階食堂に2つ。コレは恐らく、アイリスとレインだ。

そしてもう1つ――――――この人数の反応の中でさえなお高い魔力反応が、2階端宝物庫に1つ。

ほかの反応と違い、単独でそこに存在している――――間違いない。

 

やはりお前か、クリス―――――気配は隠せても、魔力だけは隠せんぞ?

 

そして微弱だが、その周辺に均一に広がった魔力の反応もある――――――恐らくだが『ロバースト・ロック』だな。

侵入を拒む上級魔法だ。破るにはそれ以上の力で押し入るしかない。これなら時間はあるか。

階段を駆け上がりながらそう思っていると、不意にマジック・サーチの薄い反応が途絶えた。

結界が破られたのか?なぜ。

…ふん、考えても分からんな。しかし俺様を前にして、事を起こすには遅すぎる。

少し入り組んだ廊下を駆け巡る。

途中何人かの警邏の者にも遭遇した。

 

「だっ、誰だ!?不届き者かっ?」

「俺様だ!後は何も言わんぞ!」

 

そうとだけ残して、俺様はその脇をすり抜ける。

この王宮内ならば、コレで分かるはずだ。

『俺様』などと自称するような不遜なものは、この世界でも俺様くらいのものである。

 

そうする間に、宝物庫へと辿り着く。

端に寝かせるように、二名の兵士が倒れ込んでいる。不甲斐ないことこの上ないな。

頑丈そうな錠前は既に外された後のようだ。

 

中に入ると、相当に埃臭い。そう使われている場では無さそうだ。

マジック・サーチを発動すると、中には幾つかの魔力反応が見られた。恐らく宝物の類に魔道具があるのだろう。

しかしその中にも、限りなく薄く巡らされた魔力の反応がある。

恐らくだがトラップだろう。

盗賊のスキルである『千里眼』や『トラップ・サーチ』の類が無ければ、突破はかなり困難だ。

 

「ちっ、手詰まりか?」

 

中はかなり雑多に散らかされている。無論ガラスケースやらに入っているものも有ったが、多くは棚に仕舞い込まれているものばかりだった。

しかし監視カメラの類はない。遠見の魔法に頼っているのだろうか。それとも技術がないのか。

結界が破られてからそう時間は経っていない――――待つのも不可能ではない、か?

俺様の今の目的はアイリスからクリスを遠ざけること。何かしら盗まれようが、俺様の知ったことではない。

ならば待つのは選択肢としては妥当――――いや。

待て。何か盗まれたらどうなる?

俺様が滞在しているうちに、王宮から何かが盗まれる―――まず疑われるのは俺様では?

それに、先程宝物庫の方角へ走る俺様の姿も見られている。状況証拠としては充分。

つまり―――――盗ませる訳にはいかない。

 

「ちっ!」

 

ならばどうする。

トラップの詳細までは分からんが、微量の魔力は線上に並んでいるようには見える。

なればレーザートラップの類だと見て支障はないだろうが、この世界の技術力で体温感知や反射反応で発動するトラップが作れるか?

…………難しいはずだ。この世界は科学よりも魔法が発達した世界。ならば、魔力に反応する可能性が最も高い。

……賭けにはなるが。

 

「過重詠唱、過重詠唱、二重詠唱――――『『ナイト・オブ・ヴェール』』」

 

過重詠唱を二度重ね、二重詠唱を用いて上級魔法『ナイト・オブ・ヴェール』をさらに掛ける。

単純計算、元の効力の8倍―――の、筈である。

ぐらりと視界が歪む。何せあの戦闘の後だ。いくらか休んだところで、魔力も完全には戻らない。その上でこの暴挙だ。魔力を吸い尽くして、体力を蝕み始めている。

コレが目的である―――別に、魔法はなんでもいい。

人間は誰しも魔力を持っているもの――――しかし体力を消費する程に使い切ってしまえば、探知にも引っかからないのではないか、ということである。

こうなれば自棄なので、背に刺した杖でレーザーを一瞬だが遮る。

しかし、なんの反応もない。

ビンゴだ。やはり魔力に反応すると見ていい。

レーザーの中に勢いよく飛び込み、反応を確かめる。

しかし何も起こらない。

 

「はぁー………流石にビビるぞ、俺様でも……」

 

それ以外にも幾らかトラップが有ったが、大概は魔力を有したものだったので、避けるのは容易だった。

中を慎重に抜けていくと、漆黒のローブが背に見えた。

 

「おい、貴様」

「!」

 

声を掛けると、黒いローブの人影はこちらをゆるりと振り向く。

 

「『バインド』ッ!」

「!」

 

振り向きざまに奴が縄を俺様に向けて投げると、その縄は意思を持っているように俺様の身体にまとわりつき、拘束する。

 

「ふん――――魔力で出来た縄だな。盗賊のスキルか?クリスよ」

「……………………なぁんだ、バレてたんだ」

 

そう言うとクリスは、フードを取ってその素顔をさらけ出した。

 

「全く、なんでキミがここに居るかなー。その様子だと、あたしが盗みに入ったってバレてるの?外には兵士がいっぱい、ってワケ?」

「ふん。さぁな。それより貴様、なんの為に盗みなどしている?」

「あはは。それこそさぁね、だ。あたしにはあたしの事情があるんだよ」

「ほう?しかし今、貴様は追い詰められているのではないか?俺様の部屋程度ならば許せようが、ここは一国の主の宝物庫だ。流石の俺様とて、今度は見過ごせんぞ?」

「あはは。追い詰められてるのは君の方じゃないのかな?あたしが逃げて、その姿で見つかったら危ないのは君の方じゃない?」

「うん?あぁ、コレか」

 

胸部から下腹部にかけて縛られたその縄を、俺様は全身の筋肉を緩ませて少し弛ませ、右手の側に多少のゆとりをつける。

右手を垂らしたその状態から体の内側を通して振り上げ、背の刀を取り、魔力の縄を切る。

 

「緩すぎる。俺様を拘束したければ、もっと手間のかかる方法をとるべきだったな」

「………うっわぁー、凄いなぁ。君、何者なのさ?」

「ミツルギキョウヤだ。2度目になるがな、クリスよ。盗みというのは、見つかった次点で負けだ。お前も盗賊の自分が、アークウィザードの俺様に勝てるとは思うまい?」

「………………まぁ、ねぇ。そうだなぁ。君の性格的には、他の人には知らせてないと思うから。さっさと事情を話して、見逃してもらった方がいいのかな?」

「さぁな。見逃すかどうかは俺様しだいだ。しかし、従わないならばさっさと捕縛して突き出すことは確かだな」

「…………仕方ないなぁ」

 

神器、って知ってる?

そう言ってクリスは話し始めた。

 

この世の中には強大な力を持った武器や魔道具が存在している。そういったシロモノは、優秀な冒険者が兼ねてより振るってきた。

しかしここの所、何故かそうした神器が各所で反応が見られるようになった。

しかも戦闘に携わらない、領主や金持ちの屋敷に、だ。

そして私は、そういった神器を拝借して回っているのだ、と―――――――。

大まかに言えばそういった話だった。

……色々突込みどころはあるが。

 

「二三質問するが」

「どうぞー」

「なぜそんな物を回収してるのだ?」

「………えーっとー。そんなものが悪用されたら危険じゃない。だから回収して回ってるの―――って言って、信じるミツルギじゃないよねぇ」

「無論だ。俺様を騙したければ、まず自分を騙せるようになるべきだな」

「だよね!あははー」

「ふん。さしずめ、お前の正体と関連していると言ったところか?」

「うぇー。相変わらず、バカみたいに天才だね、キミ。あたしは勘のいい男は嫌いかなー」

「どうでもいいわ、そんなもの。もう1つ質問だ。なぜお前は神器とやらの気配がわかる?」

「あー。それはだねぇ……」

「それもお前の正体に関連してると。ふはは、何も答えられぬではないか」

「うぐ……そりゃ悪いとは思ってるけどさ……。あたしにも事情が……」

 

話しながらも、俺様は少しだけ頭を回す。

神器。俺様はこの言葉を聞いた覚えがある。

王都に多数存在していた転生者たちが、自らが受け取った特典のことを称して神器と言っていたのだ。

つまりクリスの言う、『優秀な冒険者』と言うのは転生者どもに当たるのだろう。

ヤツらの特典が神器という訳だ。

だのに、それらが今や、領主や金持ちの手に渡っている。

それを回収したいと言う立場は、どのような存在が考えられる?

 

1つの例を挙げるならば、元々の持ち主。

神器の気配は分かるが奪われた武器かどうかは分からない、という状況であれば、そのような行為に及ぶこともあるだろう。

しかしこの場合ならば、他者に話せないほどではない。この状況ですら言い淀むような事情とは思えない。

 

もう1つ考えると、転生者に神器を与えた側――――つまりはアクアやそれに比類するような神、もしくはその使者の類だ。

武器が流れるということは、売られたか、持ち主が死んだかのどちらかの可能性が高い。

後者の場合とすれば、使用者が死んで無用となった特典を、神々の類が回収して回っている、ということになる。今のところ、この説を否定する根拠は無いように見える。

 

そして最後に、義憤に駆られて、だが。コレはクリスが否定した。否定しなきゃいいのにな。俺様は確率が薄かろうと、決してゼロにはしないのだから。

 

何個か他にも浮かばないこともないが、どれもこれも秘匿の必要が高いようには思えない。

やはり2個目か。

神ねぇ……この世界はエリスとアクア以外に広く信仰されている神はいないらしいが。

じゃあこいつエリスか。

……いや流石に暴論だな。

ただカマをかける価値程度はあるか。

唇を尖らせて不貞腐れているクリスに向けて、俺様は声を掛ける。

 

「ふむ……。おい、エリス」

「はい――――――って。ってぇぇええええっっ!?な、なんで……っ!?」

「煩い。その反応……お前本当に嘘つけないな。あまりの素直さに俺様もビックリだ」

 

絵に描いたように動揺するクリスもといエリスに、嘲笑を通り越して気が抜ける思いだ。

そうか、エリスだったか………。そりゃあそう簡単には正体明かせないな。何せ女神だものな。

 

「あ――――だ、騙したんだね!」

「いやまぁ。そうなるがな。しかしこの程度の引っかけだぞ?仮に答えたとしても、『なんか呼び間違えた?』の一言でスルーできるカマかけだぞ?こんなので動揺するお前に非は有ると思うが」

「ぐぬ………っ!それは……そうだけどさぁ。そうだけどさぁー!」

「分かった分かった。お前の正体は黙っておくさ。で、いくら出す?」

「やっぱりそれなの!?うぅー……こっちでは本当に冒険者やってるんだから、お金なんてそんなにないのにー」

「何を言うか。知っているぞ、貴族の家に盗みに入っては金をとる賊の話を。そしてその多くが闇金だと言うことを。お前だろう、エリスよ」

「………な、なんの事かなー」

「ふははは!なんだ貴様、今更シラを切れると本気で思っているのか?お前には嘘の才能がないんだ、諦めて俺様に金を払え」

「うぅ……そんなにバッサリ言われると。なんだよー……いくら出せばいいのさー」

「ふん。まぁ100だな」

「100かー。100って、100万かー……。うーん、絶妙なラインだなぁ」

「ふっ。妥当だろう?俺様からすれば安いがな」

「はぁー……分かったよー……今は無いから、アクセルに戻ってからでいい?」

「あぁ。さて、楽しい話はここまでとするか。そろそろ夕飯時も終わる、そうなれば異変に気づくものもいるやもしれん」

「楽しいのは君だけだと思うけどね!!ただ、それには同意だけど……なにか、他に聞くことは無いの?もうここまで言っちゃったし、いくらでも答えるよ?」

「ふん、そんなのはいつでも出来る。こんな危ない所に長居するのは明らかな愚策だ。で、貴様はどうするのだ?契約を履行してもらうために、俺様はお前に捕まって欲しくないのだが。神器とやらは見つかったのか?」

「……うーん、それがね。どうも、この辺りにはないっぽくてさ。かなり危険な魔道具だから、早めに回収したいところでもあるんだけど……」

「ふむ。具体的な当てはあるのか?ないならば撤退を推奨する。盗みは何より計画が命だ」

「うーん、そだねぇ。今回は宝物庫にないってわかって良かったってことにするかな」

「あぁ。他に何も盗んでは――――居ないな」

「あのねぇ。キミ、あたしがエリスだって分かってて言ってるんだよね?女神がそんな事すると思う?」

「アクアならする」

「………ごめん、確かにアクア先輩ならやりかねない」

「だろう。まぁ、見取図程度ならば俺様が工面してやるから、今日のところは帰るがいい。ひとまず明日までは俺様も王都にいるだろうから、お前の方から来れば話くらい聞いてやろう」

「むぅ。それは魅力的な話……」

「ただし、失敗しても今度は知らん。入念な対策を練ることだな。………さて、行くぞ」

 

少しばかり思考が覚束無い。思ったよりも体力を使ったらしい。今日のところはさっさと寝て、減った腹は朝どうにかするか……。

 

「分かったよ。じゃあ後ろ着いてきてね」

「言われずとも」

 

クリスの後を追って、罠を回避しながら宝物庫を後にする。

シンプルな錠前だったが故、俺様にもどうにか締め直すことが出来た。久方ぶりのピッキングだったが、上手くいって何よりである。

閉める方が難しいのだ、コレが。

 

「さて……ここの結界はどうするんだ。俺様はもう魔力はないぞ」

「んー。多分普通の人は気づかないと思うけどなー」

「馬鹿を言え。あんなでかでかと魔法陣が浮かんでて気づかない阿呆がいるか」

「それはキミがアークウィザードだからだよ。魔力探知も用いずに、結界の存在を意識するのは相当な才能だからね」

 

………む。そうなのか。それは不勉強だった。

しかし、有ったはずの物がないのは流石に危険だろう。疑われるのは俺様だ。

 

「仕方ないな……後でマナタイトを買って掛け直してやる」

「おー。恩に着るよ、ミツルギ」

「それは構わんがな。お前、そのローブは脱げ」

「お。何さミツルギ。セクハラ?」

「違う。俺様は王宮内であれば顔が利く。そんなに怪しい格好をするよりも、堂々と顔を出した方が怪しまれない」

「なるほどね。よいしょっと」

 

クリスはローブを脱ぎ、いつもの盗賊らしい服装に戻る。

 

「おいクリス。この寝てるヤツらはどうするんだ」

「ん?あぁー。その内目覚めるんじゃない?」

「雑だな。しかしまぁいい」

 

本当ならば、疑いのかかる可能性のある連中を放置するのは俺様の性分ではないが。

まぁ、何かあったとしてもだ。何も盗んでないのだから、全く問題は無いだろう。

しかもこの場合、どうすることも出来ない。

 

「よし。では行くか」

「はーい」

 

つかつかと、不要な程にゆったりとした足取りで歩む。

途中で、何人かの警邏とすれ違った。

 

「……?ミツルギ様、その女性は……」

「恋人だ。あまりにも心配だったから連れてきている」

「はぁ。そうでございますか……では」

 

少し訝しんでいたようだが、その警邏は俺様の横を通り抜け、巡回に戻る。

 

「あはは。恋人だって。もーちょっとマシな言い訳なかったの?」

「何を言うか。王都くんだりまで連れてくるような女だぞ。恋人が妥当だろう」

「ふーん。なんだ、ミツルギにも恋人欲しいみたいな感情があるのかと思ったのに」

「俺様を何だと思ってるんだ。その程度の感情ならばある」

「えっ………」

「本気でショックを受けるな。なに、恋人というのは要するに、自分を精神面と肉体面においてサポートする装置だろう?一緒にいることで心が安らぎ、飯を作るなりなんなりで肉体面のサポートもこなすと。うむ、是非とも欲しいさ」

「うわー。純度100パーセントのバカ発言が来た……うわー」

「ふん。俺様も暴論だとは思うがな。しかし突き詰めれば恋人なぞ、互いを体良く利用するだけの関係でしかないからな」

「うわ、本気で言ってるよこの人。まぁ、そっちのがキミらしいけどさー」

 

下らない与太話も交えつつ、一階へとたどり着く。

そして中央の門扉を目指す訳だが、その途中でばったりと、アイリスとクレア、レインと会った。

 

「ミツルギ様。また会いましたね―――って、アレ?その方は……?」

「恋人だ」

「!?」

「「ぶっ!?」」

 

俺様が一切の淀みなく答えると、アイリスは目を丸くし、クレアとレインは勢いよく吹き出した。

汚ない上に失礼だな。

クリスと言い、人を何だと思っているのだこいつらは。金儲けこそが俺様の生きる理由であり基軸だが、それだけで人生がやっていけるか。

 

「そ、そう……なのですか。恋人……ですか。その……どうして、その方がここに?」

「あまりに俺様が心配だと言って、こんな所まで押しかけてきたのだ。言おうが聞かないから連れてきた。まずかっただろうか」

「あっ、そういうことでしたか……。いえ、ミツルギ様を呼び出したのはこちらの事情ですし。一部屋お貸しします」

「いや、いい。俺様用に宛てがう予定の部屋があるのだろう?ならそこで充分だ」

「あっ……そ、そうですか。そうですよね……恋人同士、ですものね。わ、分かりました。既にお聞きかと思いますが、ミツルギ様のお部屋は突き当たりの右側です」

「ああ、ありがとう」

「………で、では。失礼致します、ミツルギ様」

 

やけに取り乱した様子で、アイリスは通り過ぎていった。

すれ違いざま、クレアかボソリと言葉を零す。

 

「……おいミツルギ。後で食堂に来い」

 

………なんだ突然に。

と言う間もなく、クレアはそのままアイリスについて去っていった。

まぁいい。用事が済んだら行ってやるとするか。

 

「さぁ、行くぞクリス。……なんだその目は」

「いやー。うん。なんでもないよ、なんでも」

「そうか。ならば行くぞ」

 

宣言通り、俺様はそのまま宛てがわれている部屋へと向かう――――訳もなく。

そのままクリスを伴って、大広間の扉を開け、王宮の外に出る。

門に繋いである馬車にクリスを乗せ、王都内へ向かう。

門前には無論見張りの兵士が居たが、大したチェックもなく、俺様の顔を見ただけで通してくれた。杜撰な体制だな。まぁ、王家に忍び込むような命知らず、普段は居ないだろうからな。仕方ない面もあるのやもしれんが。

 

「クリス。貴様、宿はどこに取っている」

「イーストエリアのホテル街だよ。というか、別にここで下ろしてくれてもいいけど」

「ふん。こんな夜中に王都に女1人だぞ。王宮のあるセントラルは冒険者が多くて治安が悪い。勘違い転生者どもがわんさか居るからな」

 

王都は大きく分けて5つのエリアに分かれる。

王宮やギルドが構えるセントラル。

日用品や雑貨などが多く売られるノースエリア。

宿やレジャーが多いイーストエリア。

魔王軍と境を共にする為、防衛に重きが置かれた鉄の街、ウェストエリア。

そして多くのエリアに出向く日雇い労働者などが慣例的に住まう街、サウスエリアだ。

 

簡易に言うと、ノースは商店街。イーストは歓楽街。ウェストは防衛拠点で、サウスは貧民街と言ったところだ。

この内、セントラルは特典持ちの転生者が多く集まる場所でもある。そしてヤツらは突然力を手にした影響で、無自覚に態度がでかい。どいつもこいつも主人公気取りで、他の転生者を嘲る。

お前らなぞより、アーサスや皇太子の方がよっぽど強いし頭がいいのにな。

踏み台にすらなるまい。

 

「お?なにさミツルギ、今日は優しいじゃない。なんか変なものでも食ったのかな?」

「当たり前だろう。お前に万が一の事があったら、誰が俺様に金を払うというのだ」

「……あー。うん、やっぱりミツルギはミツルギだったね」

「俺様が俺様である限り、金を追い求める事に変わりはないさ。俺様は金づると友人には甘いんだ」

「うわー。カッコイイんだかヤバイんだか分かんないなぁ。あたしはどっちなのさー」

「さぁな。そら、イーストに着いたぞ。今日のところはさっさと帰って寝ることだな」

 

王都は確かに大きな街だが、馬車で常に移動しなければならないほどエリア間の距離は遠くない。

直ぐにイーストにたどり着いた俺様は、人の少ない路肩に馬車を止め、クリスを下ろす。

 

「助かったよ、ミツルギ。ありがとね」

「貴様は金を払うと言った。ならばコレは契約だ。礼を言われる筋合いはない」

「あー、はいはい。でも私を突き出した方が、報奨としては高かったんじゃない?」

「…………ふん。なに、戯れだ。王宮に忍び込もうなどという命知らず、滅多に居るまい。希少価値、というやつだ」

「あはは、照れてるのかな?可愛い所もあるんだねー」

「鬱陶しいヤツだ。さっさと失せろ」

「あはは!じゃーね、ミツルギ!」

 

そう言って手を振りながら、クリスは街へと消えていった。

………やれやれ。面倒なことをした。

さて、後はノースに寄って、少し高いマナタイトを買って帰るか………。

そう思って馬車に乗ると、唐突な疲労感が感じられた。

クレアが用があるとか言ってはいたが、帰ったら寝そうな勢いである。

 

「………まだ8時半、か。ならば起きるしかあるまい」

 

そう決意はしたが、思考が覚束無いのはどうしようもない。俺様は類まれなる能力を備えてはいるが、所詮は人間なのだからそれはなんとも出来ん。

如何に道の混む王都とは言え、誰かを轢く程惚けている訳では無いが………。

ノースに到着し、マナタイトと軽い移動食を買ってからも、その傾向は拭えなかった。

因みに練乳である。

この世界の牛は気性が荒く、乳牛ですら並の大人4、5人は吹き飛ばす。よって牛と争い、数時間の格闘の後にその乳を絞ることが出来る。少し筋肉質だが、肉もそれなりに食える。

 

その点で言うと、鶏はまだ優しい方である。

鶏卵を狙うものは容赦なく集団で囲みリンチするが、一個体を捕獲しようとするのにはそうではない。ただ目からビームが出る。信じ難いが本当だ。

 

そんな他愛のない事ばかりを無意味に頭に浮かべながら、俺様は王宮にたどり着く。

仕事は手早く済ませたいので、1階の食堂はスルーし、2階の宝物庫へと向かう。

どうやら兵士はまだお眠なようで、目立たぬよう廊下の隅に座らされていた。

結界内に閉じ込めないよう兵士どもを動かし、マナタイトを握りしめて詠唱する。

 

「『ロバースト・ロック』」

 

魔力を込めると、金色の魔法陣が中央に浮かび、薄い結界を築き始めた。

さて、コレでひとまずの後処理は終わった。

後は面倒だがクレアに付き合い、部屋へ戻って眠るだけ。

最後のひと仕事だと気を取り直し、1階の食堂へと足を進める。

全く……急になんなのだ、クレアのヤツは。

夜中にまで愚痴を聞くのは、流石の俺様でも堪えるぞ……?

 

 

 



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