俺の名は。 (a0o)
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失敗の結果

 科学だなんだと言ってますが作者には、その手の知識は皆無です。
 聞きかじった知識を元に自分の都合よくアレンジしたものですので、その手の批判はご容赦下さい。


 薄暗い静寂の中――――――――――――――俺はゆっくりと目を開けた。

 

「まだ夜明け前か・・・・まぁ、いいさ。何であれ、いよいよ今日が来たんだ」

 

 彼は起き上がり、寝癖の付いた眉に掛かりそうな黒髪をかきながら洗面台に行く、鏡に映る細い顔立ち、その目はトロンと緩んでいて冷水を掛けて完全に目を覚ますと鋭い(悪い)とまではいかないまでも目付きが引き締まる。

 

「冷た・・・」

 

 そのまま軽い朝食を済ませ、元居た部屋に戻る。タブレットの電源を入れ、ニュースを確認『1200年に一度のティアマト彗星、一ヵ月後に肉眼で』の文字をしっかり目に焼きつけ、様々パーツが組みあがった機械に肌身離さずに持っている鉱石付きのスティック型ストラップを差し込む。

 

「条件は全て整った。第一回、幽体離脱実験を開始する」

 

 深呼吸しながらヘッドホンを被り、スイッチを入れる。

 鉱石が鮮やかな緑色に輝き幻想的な風景を作り出す。数十秒その状態が続くが、輝きは消え、彼は溜息をつきヘッドホンを外す。

 

「失敗か・・・・まぁ、いいさ。チャンスはまだある」

 

 彼は機械の近くにあるノートを手に取りパラパラとめくる。

 

「予定通り、明日は現地に行ってデータを取ろう」

 

 見ているページには『糸守町、1200年前に落ちた隕石』の題名の下でびっしりと文字が埋まっていた。

 しばらく眺めていると窓から光が差し込み、ゆっくりと顔を向け、直後に耳障りな音が聞こえる。

 

「朝か」

 

 アラームを止めて立ち上がり、ストラップを引き抜いて大きく背伸びをする。するとストラップの鉱石に光が灯る。

「?!」

 

 手を下ろしてストラップを見るが光は無くなっており首を傾げる。

 

「なんだ?」

 

 ストラップを周囲に振るが何も起こらず、再び上に向けると鉱石に光が灯り、下に下げると光が消える。

 

「・・・・・・・・・」

 

 ストラップをジッと眺めながら考えを整理する。

 

「・・・・・まさか・・・?」

 

 天井に顔を上げ、上の階に住んでいる二人の父子を思い浮かべると冷や汗が込み上げてきた。

 

 

 ***

 

 

 知らないベルの音で目を覚まし、知らない部屋を見渡して、本来無いはずのモノ(・・)に手を触れて気を失いそうになるのを何とか我慢した。

 

「私じゃない。誰、この男?」

 

 洗面台の鏡の前で頬に張られた絆創膏を触ると痛みがはしるが、それでもこの可笑しな夢は覚めない。

 

「タキ、寝坊か?今日のメシ当番、お前だろう」

 

 リビングからの声に反応して行って見るとスーツ姿のおじさんが食器を片付けていた。

 

「俺、先に出るからな。遅刻でもちゃんと学校に行けよ」

 

 そう言ってあっという間に玄関に向い外に出て行った。

 あらためて部屋を見回すとマンションの一室のようで、スマフォの着信音から〝早く学校に来い ツカサ〟と言うメッセージに男物の制服を手に取る。

 

「・・・・こんな時に」

 

 恥辱に耐えながらトイレに向かい、これでも巫女なのにと思いながらも緊急事態を乗り切り、支度を済ませてマンションのドアを開けた瞬間に目を奪われた。

 

「―――東京だ」

 

「学生なのに重役出勤かな、立花君?」

 

 そう呟いて直ぐに現実に引き戻された。見てみると二十代程の男が待っていたように居た。

 

「えっと・・・」

 

「下の階に住んでいる者です。忘れちゃった?」

 

 返答に困っていると男はスマフォとタブレットを取り出し、スマフォについていたストラップを向けてきた。

 

「な、なんですか?」

 

 咄嗟に言うが男はタブレットを凝視して憂鬱そうに溜息をついた。

 

「やっぱりか・・・単刀直入に言う。君は立花瀧君じゃないね」

 

 確信めいているその言葉に混乱していた思考は飛びついた。

 

「そ、そうなんです・・あの、これは一体どうなってるんですか?!わ、私・・・昨日まで糸守に―――――」

 

「落ち着いて、とりあえず自己紹介しよう。

 俺の名は若茶流(わかさりゅう)、真下の階に済んでいる大学生で君達(・・)に今起こっている現象の原因だ。まずはこんな事に巻き込んでしまって、すまなかった。

それで君の名前は?」

 

 丁寧に頭を下げる流に縮こまりながら、立花瀧の中の少女がたどたどしく口を開く。

 

「みつは、私の名前は宮水三葉。糸守って町に住んでる女子高生で・・・一応、巫女もやってます」

 

「宮水・・・宮水神社の子か?これもある意味、運命かな」

 

 流の考え込むよう仕草から出た実家の情報に三葉は目を見開く。

 

「な、なんで家の事を?あなた・・何者・・・?」

 

「詳しい事はみんな(・・・)揃ってから説明するから、まずは糸守(あちら)の君の体に居る人に電話してくれないかな」

 

 そう言ってスマフォを差し出し、三葉は〝君の体に居る〟の部分に反応し慌ててスマフォを手に取り番号を押す。

 

(なんで自分の携帯にかける羽目に)

 

 そう思いながら数回のコール音の後に電話が繋がり、信じられない声が耳に響いた。

 

『もしもし・・・・』

 

「私の声なの?」

 

『・・・お前、誰?』

 

(でも私じゃない)

 

 明らかに自分では無い口調に三葉は目頭を押えながら名乗る。

 

「私の名前は宮水三葉、その携帯と体の持ち主です。今は・・・立花瀧君の体から電話してます」

 

『え!俺の体から?で、でも俺の番号じゃないぞ、これ』

 

「え~と・・・」

 

 向うの返答に三葉は流の方を見て助け舟を請い、流もそれに応じて電話を手にとって声を発す。

 

「お電話代わりました、まずはおはよう。立花瀧君」

 

『え?・・・あ・・お、おはようございます。

 あの、なんか聞き覚えのある声ですけど・・・どちら様でしょうか?』

 

「若茶流。下の階に住ん――――――」

 

『あ!あの変人大学生!』

 

「――――どうやら間違いなく立花君のようだな」

 

 流は通話をスピーカー音にして三葉にも聞こえるようにしながら、本題に入る。

 

「まず三葉ちゃんでいいかな?にも言ったが、君達が今ここって居る異常は俺が原因だ。ワザとじゃないが、済まない事をした。

 そして、その状態は取り敢えず(・・・・・)今日一日は続く、だから適当に言い分けでっち上げて学校を休むのが好ましいが、そちらは出来そうか?」

 

『無理、もう家を出て学校に向ってる』

 

「つまり、こちらと同様に服を脱いで着替えたのか」

 

「ちょっとっ、何してくれんのよ!乙女の体を―――――」

 

『そ、そっちこそ、今の発言だと同じ事してんだろうがっ・・・・あいこだろ』

 

「男と女を一緒にするな、変態!」

 

「うほん!おい、ここは歴とした公衆の場だよ」

 

 咳払いした流の言葉に三葉は辺りを見渡すが、周囲に人間の気配はなく胸を撫で下ろす。

 

「脅かさないでよ」

 

「兎に角、休むのは無理そうだ。

 その制服、神宮高校だね。送るから付いてきて、()必要な事は移動中に話そう」

 

 完全に流のペースで流されるまま駐車場に行き助手席に座る。シートベルトをした所で落ち着いて来た三葉や素朴な疑問を口にする。

 

「学生なのに車、持ってるんですか?」

 

「親の金でな」

 

 その返答に三葉は嫌な色を含めた複雑な表情をして窓の外を見る。

 

(キモイとかヤダとか言った野次馬みたいな反応じゃないな、親と上手く行ってないのかな?)

 

 その色を見逃さなかった流は目を細めるが、立ち入った事はせずに車を発車させて、まだ通話中の電話から事務的な事を進めるよう口を開く。

 

「それでお互いの学年とクラス、その教室での席、並びに学校が終わった後の予定は?その際に注意して置かなければならない事はないの?時間は有限、早くしないと学校に着いちゃうよ」

 

 その言葉に三葉と瀧は慌ててお互いの事を話そうとするが、お互いに先に言おうと不毛な言い合いをしており、流が一刀両断の仲介をする。

 

「立花瀧君、この場合はレディファーストで三葉ちゃんの方を優先させなさい、全くの勘なんだが目だけでなく、手にも保養を得たんじゃないかい?」

 

『グ・・・・』

 

「どう言うことか聞きたいけど、後にする」

 

 

 押し黙る瀧に三葉は目を引きつらせながらも我慢して話を進める。

 

 高校への道は同じ生徒が行くのを付いていけば問題なく、通学中に選挙運動に出くわす事があるかもしれないが無視を通すこと、途中でテッシーこと『勅使河原克彦』とサヤちんこと『名取早耶香』に声を掛けられ、つるむだろうが体調不良と言って適当に誤魔化して欲しいこと、自分の下駄箱、クラス、席の場所を説明した。

 

「あと学校が終わったらその足で帰ってジッしていること、くれぐれも余計(・・)な事をしないでね」

 

(随分とドスの聞いた声だな。ま、無理も無いけど)

 

 運転しながら話を聞いていた流は、心の中で瀧に手を合わせ自分の発言が早計だったことを詫びた。

 

 そんな流の心中も知らず、今度は瀧が自分の下駄箱、クラス、席を説明し、昼食は屋上で『藤井司』と『高木真太』の二人の同級生と一緒が何時もだから、話されてもお茶を濁して誤魔化して欲しいことを頼んだ。

 

『それと俺、今日の放課後はバイトだから体調不良を使うのはやめてくれ、あとバイト先に奥寺って言う女性の先輩が居るから、先輩には余計な事をしないでくれよな。後で俺が他の先輩達に何されるか分からん』 

 

 そう言ってバイト先であるイタリアンレストラン『IL GIARDINO DELLE PAROLE』の場所を言う。

 

「そのレストランなら俺も知ってる。放課後、連れて行ってあげるから校門近くで待ち合わせしよう」

 

「あ、お願いします。それより今日が終わったら」

 

「分かってる、キチンと説明する。それでなくても明日、糸守に行くつもりだったから現地に行ってから話そう、こっちに居る立花君とも連絡できる用意はしておくから」

 

『絶対だよ。それと俺の事は瀧で構いません』

 

「そうか、分かった瀧君。っと、そろそろ到着だ、また連絡する」

 

 流は車を停めて電話を切る。

 

「じゃあ、学校が終わったら連絡くれ」

 

 三葉にスマフォの番号のメモを渡して降ろし、去って行く車を見ながら思った。

 

(凄く準備が良くてテキパキし取るなぁ、気味が悪いくらいに・・・・)

 

 そして、三葉は瀧が通う高校に足を入れる。世界万博会場かと思わせるお洒落な校舎に圧倒されながら、教えられた事を思い出しながら教室に行き席に着く。

 

「たーきっ!」

 

 背後からの声と肩を叩かれて振り向くと眼鏡で委員長風の男の子が笑いながら話しかけてきた。

 

「ったく、メール無視しやがって、でも完全に遅刻かと思ったけど何とかセーフだったな。

 まさか車で通学してくるなんて、一体誰なんだ、あの兄ちゃん?」

 

(メールってことはこの人が司くんか。ってか誰って言われても、そんなの私が聞きたいよ)

 

「えーと、下の階に住んでる若茶さんって人、困ってたら助けてあげるって言われて・・そのまま・・・・」

 

 無難かつ嘘のない返答に司は眉を潜めて、更に聞いてくる。

 

「おいおい、新手の詐欺か何かに引っ掛かってるんじゃないだろうな、大丈夫か?」

 

「う~、そう言われると・・・・・・・」

 

 ますます困った顔をする友達に司は溜息をつき語り掛ける。

 

「ま、もう直ぐ授業始まるから、詳しい話は昼飯の時に三人でしよう」

 

 そのまま司は自分の席に戻り、三葉(瀧)は頭を抱えたくなるのを我慢して昼までをやり過ごした。

 

 チャイムが鳴り昼休みに入ると司と大柄の男子が近づいて来た。

 

(えーと、この人が高木くんかなぁ?)

 

「メシにしようぜ」

 

 司がそう言ってサンドイッチを片手に誘ってきて、三葉は気付いた。

 

「・・・弁当忘れた」

 

 それに財布の中身を確認しようとすると流から渡されたメモが目に入り、よく見ると電話番号の他に〝5千円までなら立て替えるから〟と書いてあり、安堵以上に気味悪さが増し複雑な表情をすると様子を覗き込んでいた二人が心配そうに声を掛ける。

 

「メシは俺たちで何とかするから屋上行こうぜ」

 

「で、どう言うことか説明して貰うぞ」

 

 そのまま、屋上に行き司と高木が作った、即席玉子コロッケサンドを頬張りながら流の事を尋ねられ、今朝の事を淀みながら話した。

 

「つまり寝坊して遅刻しそうなところを偶々、あの兄ちゃんに出くわし車に乗せてもらって、何か話しがあるからと携帯の番号を渡され、放課後にバイト先にまで送って貰うと約束されたと?」

 

「つーか、無茶苦茶怪しいじゃん。まぁ相手が可愛い女子ならナンパ目的な話しだけど・・・瀧は男だし危ない趣味があるんじゃ・・・」

 

(か、可愛い・・・)

 

 

 そのフレーズに三葉は頬を赤くし、それを心配そうに見て尋ねてくる。

 

「熱でもあるのか?」

 

「まぁ、兎も角だ。そんな怪しい奴には近づかない方が絶対いい。メモ貸せ、俺が話をつけてやるよ」

 

 司は止める間もなくメモを取り上げて、スマフォを取り出し番号を確認しながら相手が出るのを待つ。

 

「あ、もしもし。俺、瀧の友達です。アナタが善意でやったにせよ、妙な下心があるにせよ、高校生を・・・・・・・・」

 

 挨拶も無く直球で相手を攻め立てる勢いだったが、それも直ぐに出鼻を挫かれたように萎縮して、冷や汗までかいていた。

 

「はい、はい、済みませんでした。事情を知らなかったもので」

 

 電話を切った司は友達を据わった目で見て迫ってくる。

 

「た~き~、どう言う事だよ。相手は奥寺先輩と同じ大学に通ってる人で、バイト先も若茶さん経由で紹介して貰ったって・・・・俺、スゲェ恥ずかしかったぞ」

 

「あ、ひょっとして前に言ってた変人大学生ってあの人の事?なんだよ、だったらもっとちゃんと説明しろよ」

 

 などと言われても瀧でない三葉に出来るはずも無く、たじろぐ事しか出来ない。

 

「と言うかさ・・・電話で奥寺先輩についての話もしてたって聞いたけど・・お前、暗黙の了解を破って奥寺先輩に―――――」

 

「なに!それは聞き捨てならんぞ。俺たちがやった昼飯返せ!」

 

「ご馳走様!この借りはいつか必ず!!」

 

 詰め寄ってくる二人に息を呑み、大慌てで立ち上がり走り去る。背後からは喚き声が聞こえるが全力で無視して階段を駆け下りる。

 

(あ~、なんで私がこんな目に~~~)

 

 

 




 年を13にするか16にするか決めかねてるので、活動報告で意見を聞かせてくれるとありがたいです。

 あと感想も頂けると嬉しいです。


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夢に在らず

少々、強引な展開が在ります。




 一方、糸守高校で手入れもしていないボサボサの髪を垂らしながら瀧(三葉)は机に突っ伏してした。

 

(なんか面倒な事になってなきゃいいけど、そもそも何でこんな事に?)

 

 一応の知り合いである流はこの現象は今日一日で、明日説明すると言っていたが状況がまるで整理できず、その不機嫌な状態は周りまで伝わり見えない壁が形成されていた。

そんな中で後ろから突かれる感覚に顔を上げて立ち上がると古典の女教師が心配そうな目でクラスメイト達がおかしな目で見ていることに今更ながらに気付く。

 

「あ~、えっと」

 

「宮水さん、さっきからずっと呼んでるのに返事しなくて・・・自分の名前が聞こえないほどの悩みが――――」

 

「いえ、単に・・・夢見が悪くて・・・・」

 

 流の機転もあり教室に入るまでは問題なかったが、知らない場所、知らない人々、訳の分からない状況に言い訳するまでも無く憔悴気味になり、いっそこのまま早退を考えたが現実は甘くなかった。

 

「そう、まぁ悩める年頃だし、顔色も其処まで悪くは無い。学校に来た以上は学生の本分を全うしなさい」

 

 言っている事は妥当なものだが、何かしら配慮を感じさせるニュアンスにクラスに一部ではクスクスと笑い声が聞こえ机を蹴り飛ばしたくもなったが、現状は精神的疲労が上回っており大人しく席に着いた。

 

(あ~、なんで俺がこんな目に~~~)

 

 

 ***

 

 

「ハハハハハ、そうか、奥寺の事で男の嫉妬に―――――」

 

 流は運転しながら三葉から昼の顛末を聞いて笑みを浮かべ、当然ながら三葉は膨れながら噛み付く。

 

「笑い事じゃないですよ。そもそも知り合いなら、その辺も教えといて下さいよ」

 

「知り合いには違いないけど強いて言えばって程度だよ。去年、バイト探していたから講義で何度か一緒だった美人の知り合いのバイト先を教えてあげた、只それだけの関係、付き合いって呼べるほどの物は無い」

 

「でも・・・その奥寺さん・・?の話題になった時、凄い勢いで―――――」

 

「ああ、朝の通話で言ってたことも含めて、バイト先ではアイドルやマドンナみたいな扱いなのかな?まぁ、美人だし意外でもないけど」

 

 笑い顔のまま話を続ける流に三葉は面白くない視線を向けるも、その目は直ぐに窓の外に映る東京の景色に奪われて胸を打たれていた。

 

「うわぁ~」

 

 感嘆極まると言った呟きに益々笑みを深めるもゆっくりする訳には行かずに最短ルートでバイト先のレストランに行き、短すぎるドライブに三葉は名残惜しそうに車から降りる。

 

「おや~、珍しい組み合わせだね」

 

 その直後に掛けられた声に振り向くと、緩いウェーブの掛かった長い髪に艶やかなグロスな唇のスタイル抜群の女性が居た。

 

「久しぶりだな、奥寺」

 

「ええ、若茶くん全然大学に来ないから、気になってたけど・・・瀧くんと知り合いなの?」

 

 困惑する三葉を隠すように透かさず流が受け答え、奥寺は近づきながら問いを続ける。

 

「同じマンションに住んでるんだ。此処のバイトも俺が教えてやったんだぞ・・・美人が働いてるって言ったら二つ返事で飛び付いて」

 

「ちょ、ちょっとわわわ、若茶さん!」

 

「へぇー、そうだったんだ~」

 

 面白そうな意地の悪い顔をしながら三葉(瀧)を見る奥寺に困惑が増していき、流に抗議しようとするが、その前に小声で〝これで挙動不審で仕事に支障が出ても誤魔化せるぞ〟と呟かれる。

 

「~~~~」

 

「お~い、早くしないと時間過ぎちゃうよ」

 

 流の嫌な意味で計算された行動に言葉を封じられ、奥寺に連れられながら従業員用の勝手口から店に入って行く。

 蝶ネクタイ姿のウェイターの制服に着替え、生まれて始めてのアルバイトに注文や配膳を間違え、怒鳴られ、右往左往していると今度はチンピラ二人からクレームを付けられ萎縮する。

 

「どうすんのかって訊いてるんだけど!?」

 

 膝でテーブルを蹴り上げ怒鳴る様に店中が静まり返り、三葉も固まる。

 

「お客様、どうかなさいました?」

 

 奥寺がフォローに入り、他のスタッフに連れられ場を離されながらも視線を向けると、奥寺がチンピラに頭を下げており、店は元に戻っていく――――かに見えた。

 

「イテッ!」

 

 奥寺は何とか取り成し離れようとしたときチンピラの一人が右手を押えて呻いており、床にはカッターナイフが落ちており近くには若茶流の姿があり、チンピラは睨みつけて再び怒鳴る。

 

「何しやがる!」

 

 しかし流は涼しい顔でカッターを拾い、ぶっきら棒に言う。

 

「今のは傷害未遂に当たる行為だな、女性である事を考慮すると猥褻罪もあるいは・・・」

 

「ふざけんな!!」

 

 流の態度のチンピラは襟首を掴み上げる。

 

「今度は暴行罪、そしてさっきからの怒鳴り声は営業妨害になるな・・・・ここはやはり警察に」

 

「粋がるなガキが!!!」

 

 チンピラが更に詰め寄るが流は動じずに指でストラップを回している。

 

「更には恫喝と侮辱罪・・・慰謝料は幾らになるかな・・・」

 

「~~~~~!!」

 

 呻きながらもチンピラは手を放し、もう一人のチンピラが得意そうな声で流に話し掛ける。

 

「おい、兄ちゃん。あんまり調子に乗ってると痛い目見るぞ、今詫びるんだったら――――」

 

「実さっきから言おう言おうと思ってたんだが、おたくら二人に良く無い相が出てる・・・なにかしら()()()()()方がいいぞ」

 

 流のその発言にチンピラ二人は呆気に取られ直後に爆笑する。

 

「「わっはっはははは!!」」

 

 近くに居た奥寺や騒ぎを注目していた客達も呆れた視線を送る。

 

「何かと思えば、似非占い類のたかりか・・・・?!」

 

「つーか、その言い草、マジでガキ・・・・!?」

 

 流を馬鹿にしていたチンピラたちの様子が余所余所しくなり仕切りに周りを見渡す。よく耳を澄ますと遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。

 

「てめぇ!」

 

「ほら、良くない事が起こったろ」

 

「グググググ!!!」

 

 厚顔な流にチンピラは悪態をつくも、千円札を数枚置き駆け足で出て行った。

 

「キチンと代金を払っていく。結構なことだ」

 

 札を拾い奥寺に差し出す。

 

「ちょっと、何すんのよ!」

 

 警察沙汰になってしまいそうな事態に奥寺は慌てるが、流はポケットからスマフォを取り出しボタンを押すとサイレンの音が消えた。

 

「本物みたいに聞こえただろ。頭に血が上って、やましい事してる輩には尚更効果的目だ」

 

 流の返しに奥寺は手を額に当て言う。

 

「相変わらず技術(テクノロジー)の無駄使いを・・・・なによりあんまり大騒ぎに――――」

 

「スカート切られて、あられもない姿晒す方がよかった?」

 

「―――― それには感謝する。

 お客様方、お騒がせして大変申し訳ありませんでした」

 

 一歩前に出て深く頭を下げる奥寺に客たちは賞賛を送る。

 

「いや、なかなか面白いもん見せて貰えた」

「カッコ良かったよ、彼氏さん!」

「いよ、憎いねヒーロー」

 

 誤解が生じているようだが、いい雰囲気になっているのを壊すのも気が引けるので、奥寺は苦笑し、流は代金を置いて店を去る。

 それを見ていた三葉は流が回していたストラップから緑色の光が灯っていた事が妙に気になったのだが、今度こそ元に戻った店の賑やかさと慌しさに飲まれ仕事に戻って行った。

 

 そうして店じまいになり業務用掃除機を床にかけていた所にテーブルを拭いている奥寺が目に入るも話すタイミングがつかめずに居ると後ろに居た男性従業員に声を掛けられる。

 

「奥寺に彼氏なんて聞いた事ないけど・・・瀧、あの男ってお前の知り合いなんだろ、誰なんだ?」

 

「え・・・あ~、あの人は奥寺さんの――――」

 

「先輩だろうが」

 

 三葉は返答に困り言いよどむと奥寺が近づき割り込むように説明する。

 

「あの人は同じ大学で去年までいくつか講義が一緒だっただけの関係よ、そんなんじゃない。ちなみに私も今日知ったんだけど、瀧くんとは同じマンションなんだって、以上」

 

 そう言って通り過ぎて行く奥寺に男は納得しメニューを揃えて厨房に戻って行く。その直ぐ後で奥寺が振り向き言う。

 

「色んな意味で災難だったね。瀧くん」

 美人に見つめられ思わず頬を染めて目を泳がせ、それに苦笑しながら続ける。

 

「言いがかりを付けて来たのもそうだけど、一歩間違えば本当に警察沙汰だよ。タダにせずに済んだし、助けられたのも確かだけど」

 

「もしかして・・・前にもこんな事が?」

 

「映画や小説が好きな連中とのコンパで、泣ける話で盛り上がった時にリアリティを無駄に煽るBGMを回して無茶苦茶になったんだって・・・参加してた友達が散々な顔して話してた」

 

「あはははは・・・・」

 

「だからさ、決して正義の味方とか誤解しちゃ駄目だよ。

 今期は論文書くとかで大学の方もサッパリだし、妙な事に関わったりしないように注意してね」

 

(う~ん、もしかしてもう関わってるかも・・・)

 

 返答できずに困惑している姿に奥寺は柔らかく目を細めて、自分の左頬を叩く。

 

「でもま喧嘩っぱやい瀧くんも嫌っては無いみたいだし、何か話せることがあったら聞くよ、悪いことも良い(・・)こともね」

 

 絆創膏の理由を察しながら見た、その笑顔は訳が分からない今日一日の中で最高に尊く思えた。

 

 

 仕事を終え、少し歩くと流が待っていて、三葉は助手席に乗り込み溜息混じりに聞いた。

 

「あの、これってよくできた夢・・・じゃないんですよね?」

 

「紛れもない現実だ。詳しい事は明日、君達が元に戻ってから話す。昼過ぎには糸守に着くから、それと無駄になるかもしれないが、瀧君に朝一で訪ねてるからって分かるところにメモでも残しておいてくれ、渡したいものもあるし」

 

 流は疑念の余地も与えずに話を終わらせようとするが、それには乗らず聞ける範囲での質問に切り替える。

 

「あの時といい今といい・・・もしかして今日一日ずっと私を監視でもしていたんですか?」

 

「そんなストーカーじゃあるまいし、今は閉店時間から計算して来ただけだし、あの時は腹が減ったから、どうせならって行ってみたら出くわしただけ、只の偶然さ」

 

「あの時、ストラップ・・緑色に光ってましたけど、あれは?」

 

 その質問に流は目を開き、驚きながらも嬉しそうに言う。

 

「そうか。君には見えたのか・・・ふふふ・・まぁ、考えてみれば不思議じゃないな」

 

「え、えっと・・・」

 

「ああ、ゴメンゴメン。それも明日一緒に話すよ、まぁ、疲れただろ、今はゆっくり休みな」

 

 流の話の打ち切りに三葉は釈然としない気持ちで不満になるが、疲れているのも事実なのでその場は従うことにした。マンションに着くまでに見た東京の風景は、今まで知らないものばかりで心をざわめかせる。

 

「いいなぁ、東京生活」

 

 流と別れ、帰宅してベッドに寝そべり静かに呟く。

 

(やっぱりこれは夢だった、なら自分の想像力に驚愕よね)

 

 そんな事を思いながらスマフォの日記を見て、その中に奥寺の写真があったのに微笑みながら、今日一日の事を自分なりに報告しとこうと日記を綴り、最後に流からの伝言を書き添えて、明日の朝に瀧が目を覚ました時の反応を想像しながら目を閉じた。

 

 

 ***

 

 見慣れた部屋で目を覚ました瀧は皺になっている制服とネクタイを凝視し、スマフォから覚えのない長々とした日記を見ており、途中でチャイムの音に顔を上げる。

 

「誰だよ。朝っぱらから?」

 

 不意に目をスマフォに落とすと最後に若茶流が訪ねてくると記されていた。

 

(もっと分かり易いとこに書け!)

 

 内心で悪態をつきながら大急ぎで玄関に向う。ドアを開けると記憶の中に懐かしい若茶流の姿がそこにあった。

 

「おはよう。一応は久しぶりかな、瀧君?」

 

「あ、おはようございます。その・・立ち話も何ですから――――」

 

「すまないが、直ぐに糸守に行かなきゃ行けないんだ。此処に来たのは、コレを渡す為」

 

 流は提げていた鞄から白色のタブレットを取り出し手渡す。

 

「特別な調整をしておいてあるから、料金や充電にエリアの事も考えずにビデオチャットが出来る。お昼ぐらいには着く予定だから、三葉ちゃんも含めて全部説明するよ。

 それと、昨日は改めてすまなかった」

 

 用件だけを言い、取り付く島のないままに行ってしまう流を見送りながら、釈然としない顔で部屋に戻って行く。

 

「・・・・・・・」

 

 タブレットを凝視しながら画面を触ると『登録完了』の音声が流れ、起動する。使用のアプリはスマフォと大差ないが、弄ってみると接続スピードや内部の要領が格段に違う。

 

(ハイスペックな試作品か?こんなの貰っていいのか?)

 

 得をした気分もあるが、昨日の今日での疑念もある複雑な心境であるが、何時までも家に居るわけにもいかないので、簡単に支度を整えて学校に向った。

 

 ***

 

 

 一方、三葉はいつも通りの平和な朝を向え朝食に向うと祖母『一葉』と妹『四葉』からの奇妙な視線と言葉に翻弄されていた。

 

「悲鳴?・・・私が・・・・・・なんなんそれ・・?」

 

 ある程度の心の準備は済ませたつもりだったが、怪しげな祖母の視線やニヤニヤした妹の顔は想像以上に心地悪かった。

 

(もー、一体何をしてたんよ?・・・あの男!)

 

 そんな心境の中で携帯から着信が入り確認すると『糸守に向っている。昼頃には着くから、若茶流』とあり、後ろから除き見ていた四葉が更にニヤついて聞いてきた。

 

「お姉ちゃん、彼氏いたん?」

 

「断じて違う!」

 

 即答かつ怒鳴り声で否定する姉に対して、祖母の背中に避難し言う。

 

「やっぱり変になっとるな」

 

「ロクデナシを連れて来るんは止めといてや」

 

 祖母の心配半分、不機嫌半分の物言いに、それ以上の会話はなくなり女三人の食事の音だけが鳴っていた。

 

 

 四葉と共に家を出て学校に向う。途中、四葉と別れ直後に背後からテッシーとサヤちんが二人乗り自転車で声を掛けてきた。

 

「み-つーはー」

 

「仲いいなぁ、あんたたち」

 

「「良くないわ!」」

 

 そんないつものやり取りの後で、案の定〝昨日の奇行は何?〟と言う質問をされ途方にくれる。

 

(そんなの私の方が聞きたいよ)

 

 そう思いながら携帯電話を見るが着信はなく溜息をつく。その仕草にサヤちんはニヤリと笑う。

 

「そうか、わかった。三葉、アンタ恋したんでしょ?それ気持ちがハイになってたんだ」

 

「な!狐に憑かれたんじゃないのか!?」

 

「誰があんな男と!大体・・・・・」

 

 三葉は失言に口を押えるが、時既に遅く親友達は詰め寄ってくる。

 

「水臭いなぁ。何処のなんていう人?」

 

「いつ知り合ったんか?」

 

 もう走って逃げようかと思っていたら、近くから町長選挙の演説が響いて一気に気不味い空気になり、更に苦手なグループも近づいてきて、息苦しい気分で学校に向った。

 

 

 




 
 その頃、若茶流は高速を移動中。




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知らない因縁


 三者が(一応)顔を合わせます。




 

 早起きして出発した甲斐もあり、昼が少し過ぎた頃に糸守に着いた流は周りからの視線を受けながら首を傾げていた。

 

(余所者が珍しいのか?でも何かしっくりと来ない・・・何故だろう?)

 

 そう思いながら到着の知らせを瀧と三葉に送ると、タブレットから音が鳴り起動させると画面に屋上と思しき場所に居る瀧の姿があった。

 

『着いたんですね。じゃ、早く説明を』

 

 急かしてくる瀧の背後には二人の男子が興味心身で割り込んできた。

 

『瀧、お前そんなモンいつ買ったんだよ?』

 

『ってか、この兄ちゃん誰?』

 

「あー、はじめまして。瀧君の知り合いで、若茶流と言います」

 

 律儀な自己紹介に二人は居直るように名乗る。

 

『はじめまして、瀧の友達の藤井司です。昨日は失礼しました』

 

『同じく高木真太です』

 

「ああ、昨日の・・・君達も奥寺ミキの事を聞きたい口かい?」

 

『い、いえ・・そんな・・・・』

 

『そ、そうですよ・・・そんな、恐れ多い・・・』

 

 照れるように勢いを削がれる姿に笑みを浮かべる。

 

「照れるな、照れるな。瀧君なんか美人が居る仕事場って聞いたら鼻の下伸ばしてたんだから」

 

『ちょ、ちょっと!なんて事言うんだよ』

 

「だから照れるなって、健全な男子であるならば、奥寺の魅力に当てられるのは真っ当だ。

 あんな〝いい女〟は滅多にお目にかかれるものじゃないからな」

 

『まぁ、確かに』

 

『奥寺先輩、美人ってだけじゃないもんな』

 

 流の言葉に納得してしまう司と高木、すっかり会話のペースを握られていた。

 

「で、今日も瀧君はその美人の先輩と一緒にバイトかな?」

 

『え、あ、はい』

 

「じゃ、話は帰ってからにしよう。まだ町に着いたばかりで目的地には着いてはいないんだ。それじゃあ」

 

 奥寺をダシにして会話を切り上げて通信を切る。東京(むこう)では、抜け駆けか何かと勘違いした友達に詰め寄られる場面が想像するが、そこは丁重に心の中で手を合わせる。

 

 そうして暫く歩いて行くと宮水神社に着きお参りをする。そして直ぐ近くの宮司の家に向った。インターホンを押し待っていると扉が開き、中からお婆さんが出迎えた。事前の連絡も無い訪問に良くは無い対応をするか、珍しがるかと考えていたが、出て来た第一声に流は度肝を抜かれた。

 

(よう)くんかい?ほんに久しぶりやねぇ」

 

「・・・・・・・父をご存知なんですか?」

 

 驚愕に目を見開いて流は尋ね返した。

 

「おや、ほいなあんたは―――――」

 

「はい、若茶葉は俺・・じゃない私の父です。

 あ、申し遅れました。私は息子の若茶流と申します。

 宮水一葉さんでしょうか?」

 

「これはこれは、ご丁寧な挨拶を。ま、立ち話もなんやし、上がりんさい」

 

「宜しいんですか?」

 

 余りにもすんなりと歓迎され居間に通される中、流は考えを整理していた。

 

(父さんが小学校までは田舎で暮らしていたのは聞いてたが、まさかそれが糸守?いや、ここは呼び辛いが確かに町だし、住んでいた()は無くなってしまったとハッキリと言っていた。だが、来る途中の町の人たちの視線、当たり前だが父と同じくらいの大人ばかり・・・駄目だな、情報が少なすぎてさっぱり分からん)

 

 そんな思考の中で一葉が冷たいお茶を持って来た。

 

「それにしても、本当によう似とるなぁ。葉くんは元気かい?」

 

「すみません・・・その、お・・私が中学の時に・・・・・・」

 

「そっか。すまんこと聞いたな。それとそんなに畏まらんでいい、楽にしんさい」

 

「あ、どうも。それで父・・・若茶葉は昔、糸守に?」

 

「いいや、葉くんは糸守から山一つ向うにあった村の子さ。昔はそこと糸守の小学校合同でいくつか行事を執り行う事があったんよ」

 

「じゃあ、その際に」

 

「本当に何も聞いとらんのか・・・その頃は二葉、娘を嫁にと親御さんとも話しとったんに」

 

「・・・それ、小学生の時の話ですよね?」

 

(もしかして、話さなかったのは気恥ずかしかったからか・・・)

 

 疑問もほぼ解けたことで緊張も解け、表情に余裕が出て来たところに一葉から声が掛かる。

 

「それで、今日は何の用で来なさった?」

 

「はい。実は大学の研究で糸守湖周辺の調査をしたく、町長さんに連絡したところ、調査する範囲に宮水のご神体があるので、宮司である一葉さんの許可さえ貰えればOKだと打診されたので・・・・本当はもっと手中を踏むべきなのですが、事情があり突然押しかけてしまった次第です」

 

 調査、町長の辺りで一葉は不機嫌な顔をして問うてくる。

 

「あんたも民俗学かなにか?面白おかしく見当違いのことを書き散らす」

 

「いいえ、完全に分野(はたけ)違いです。

 俺が調査したいのは歴史ではなく電子工学、科学の分野に当たります」

 

「ならワシには余計分からん」

 

 話しが拗れそうな雰囲気になりそうになるが、流はその流れを強引に変える言葉を出す。

 

「では、時折〝自分で無い誰かになる〟と言った夢を見る事が、宮水の家系にはありませんか?」

 

「・・・・あんた何を知っとる?」

 

 完全に憶測から出た言葉だが、一葉の反応で確信に変わり簡潔に説明する。

 

「糸守湖は1200年前に隕石が落ちて出来たもの、その際に生じた・・歪んだと言うべき異変が起きた。それは誰にも気付かれない類のもので、その影響は湖の側にご神体を置き管理してきた一族にだけ起こった。と言うのが、俺が考えた仮説(・・)です」

 

「何処でそないなこと」

 

「う~ん。巡り巡って父が導いてくれたとしか・・・詳しく話すと―――――」

 

 一葉は手を振って饒舌になりそうな流を制す。

 

「ええ、ええ。今更ワシが知ってもどうにもならん。その話は孫達に聞かせてやれ」

 

「それじゃあ」

 

「調査とやらは許可するけ、今日から家に泊まっていき」

 

 喜びも束の間の投げられた言葉(ばくだん)に焦る内心を押えて冷静に対応しようとする。

 

「お言葉はありがたいですが、近くの町に宿を取ってますし・・・その、女だけそれも年頃の娘さんが居る家にと言うのは常識的にも・・・・」

 

「構わん。そうなったら世代を超えて念願が叶う・・・それとも、から手で帰るか?」

 

「・・・・・・父の事を聞きたいだけなら、何も泊まる必要は―――――」

 

 尚も食い下がる流に一葉は面白そうに言葉を重ねる。

 

「アンタにもね。二葉、娘のことを知って欲しいんよ。それとも年寄りの相手をするのは嫌か?葉くんはよ~く話を聞いてくれたんけんどね」

 

「でも・・・父親である町長さんが」

 

「あんな奴気にせんでええ!とうに縁は切った、どうこう言われる筋合いは無い」

 

「・・・・・・・・・謹んでお受けいたします」

 

 一葉の剣幕に流は折れた。このままでは調査の許可が取り消されるかもしれないし、長々としている時間もない打算的なものもあるが、このお婆さんがほんの一時でも昔の夢の続きを見たいという願望も潰すには忍びないと言う同情の念もある。

 自身に不本意な噂が立つだろうが、目的の為の対価である割り切り、宿の予約をキャンセルし車に積んであった荷物を降ろしに行った。

 

 

 ***

 

 

 三葉は学校が終わるとテッシーとサヤちんが誘う間もなく一目散に家に帰った。家に入ると四葉が満面の笑みで出迎え、嬉しそうに声を出す。

 

「おかえり~、お姉ちゃん。お客さん・・じゃない居候さんが来てるよ」

 

「居候さん?」

 

 訳が分からず四葉と居間に行くと、珍しく祖母が楽しそうに自分の待ち人と話している姿に面食らった。

 

「なにこれ?」

 

「なんか、お母さんの昔の知り合いの息子さんなんだって。思い出話が出来るってお祖母ちゃん喜んじゃって」

 

 四葉自身も嬉しそうに語り、三葉は目を引きつらせて再度問う。

 

「・・・ねぇ、さっき居候って」

 

「糸守に居る間は家に居るって」

 

「ありえない・・・・・・」

 

 そこでやっと三葉に気付いた流は声を掛ける。

 

「お帰り、暫く世話になるんで宜しく頼む」

 

「ちょ、ちょっと何考えて―――――」

 

「勿論、只で世話になるつもりは無いから」

 

 三葉の言葉を遮ると四葉が抱きついてくる。

 

「そうそう。台所来てみぃ、美味しそうな物、いっぱい持ってきてくれたんよ。今夜はご馳走!」

 

 食べ物で買収された妹に不満を募らせるが、流が耳元に近づいて小声で言う。

 

「言っとくけど、これはお祖母さんが言い出したことだよ」

 

 そして、いつもより豪華な晩御飯を食卓で囲み、辺りがすっかり暗くなった時間に三葉が流の居る客間に入ってくる。流は並べてある資料とタブレットを交互に見ており話しかけ辛い空気に戸惑っていると相手から声が掛かる。

 

「ここは君の家なんだから、遠慮せずに堂々としてればいいのに」

 

 その言葉に三葉はムッとしながら近づき、怒った声で言いたい事を言う。

 

「なら言うけど、見ず知らずの人の家に泊まるなんて非常識でしょ!」

 

「同じ事をお婆さんにも言ったんだけどね。今日は君にこれだけ渡して宿に泊まるつもりだったのに」

 

 三葉に瀧に渡したのと同じタブレットを差し出す。

 

「余程、父の事が知りたいみたいでな、一緒に聞いた娘さん、ああ君たちのお母さんとどれだけ仲が良かったかを話してくれた。まぁ、多少は美談に脚色されてるようだがね」

 

 対して冷静な分析を交えた返しに怒りもやや収まり、タブレットを受け取って、仕切り直すように近くに座る。

 

「それで、昨日のことの説明は――――」

 

「それはもう少しだけ待って、時間的に考えて、もう二十分くらいで連絡が来るはずだ」

 

 三葉は時計を見て何の事なのかを理解して大人しく待つが、その間、流はずっと資料と睨めっこをしており何も話すことも出来ず只管に長く感じる時間は苦痛に近かった。

 そうしてタブレットから着信が入り起動させると、昨日見た自分の顔、立花瀧が画面に映っていた。

 

「待っていたよ、瀧君」

 

『それはこっちの台詞、と言うか・・・お前、三葉か?』

 

「瀧くん・・・」

 

 画面越しとは言え対面を果たした二人に感傷に浸るかと思いきや、出てきたのは罵りあいだった。

 

「ちょっと、瀧くん!私の胸触ったて・・・このバカ!変態!」

 

『なっ、一回だけだよ・・・それにそっちだって昨日は若茶さんダシに奥寺先輩と仲良くしてたって、他の先輩達に詰められたんだからな・・あと、今日はミスするなよとか警告されるし』

 

「やったこと無いんだから仕方ないでしょ。それにこっちだって・・・昨日一日、髪はボサボサで制服も着れてなくて・・・凄く奇異な目で見られたんだから」

 

「はいはい、そこまでにしよう」

 

 手を叩いて打ち切らせると瀧と三葉が声を揃えて怒鳴る。

 

『「全部アンタが原因だろうが!!」』

 

「仰るとおり、だから何故こうなったかを順を追って説明する」

 

 やっと待ちに待った時が来た事で場に緊張が走り、三葉は正座し瀧も静かにするのを見て流は語り始める。

 

 





 次回でトンでも科学の説明になります。



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説明と提案


最初に言いましたが私には科学的知識は皆無です・・・




 

 流は目を閉じてゆったりと思い出すように口を開く。

 

「あれは俺が中学の時、父が他界してな・・・その葬儀にある男(?)が訪ねてきたのが発端だ。

 名前は知らない、ソイツは名乗りもせず記帳にも何も書かずに、父のファンだと言って

俺にコイツを渡した」

 

 流は携帯に付いていたスティック形のストラップとUSBメモリを取り出し、ストラップに嵌っていた小さな鉱石を指で触ると緑の鮮やかな光が灯り幻想的な空間が出来た。

 

「これって、あの時の光?」

 

『もしかして・・・その石の所為であんな事に?』

 

「話しが早くて助かる。この光は現代では解明できない未知の電気物質で、この石はそれに反応して必要に応じて制御できる代物なんだ」

 

 流は指を離すと光が消え、静寂な空気が場を支配した。

 

「・・・・なんか・・すごく胸がドキドキしたのが・・・えーと・・・・・」

 

『・・・ああ、俺も同じような気分だ・・・』

 

 三葉と瀧の反応に笑みを浮かべながら、流は説明を続ける。

 

「この電気物質とは生物の〝魂〟と呼べる物を構成する物で『ナーマズ』と命名されていた」

 

(なまず)・・・生き物の魂が?」

 

『人間の霊魂はプラズマだとか、なんかとか言うような・・・SFか何かの話?』

 

 素っ頓狂な反応に肯きながら自らの思いを言う。

 

「あ~、分かるぞ。俺も最初に読んだときには同じ様な反応したからな。

 確かに人間の魂を科学的に解釈する仮説は色々あるが、これはそれを実証したものだ」

 

『読んだ?』

 

「そう、これに全部書いてあった・・・と言うか、コイツは取扱説明書と言った方が分かり易いかな」

 

 流はメモリを見せるように手に取り、三葉と瀧は凝視する。

 

「この中には、この鉱石(いし)がどう言う物なのか、ナーマズのユーザー認証により俺にしか使えないし事、光も例外的(・・・)条件を除き認識できない事、悪用できないように制限(セーフティ)がある事が明記されていた」

 

「あ、もしかして昨日の騒動の時にもそれを使って?」

 

 三葉の感想に肯きながら答える。

 

「俺みたいな若造のハッタリなんかで、あんなにスンナリ上手く訳がないだろう。アレはナーマズを刺激して気持ちを高ぶらせて、無意識を追い詰めた状態にしたの」

 

『魔法使いみたいだな』

 

「気持ちは分かるが、これは歴とした科学の類だよ。まぁ、俺が出来るのは精々、書いてある事の裏付けぐらいで、それでもかなりの時間と労力を割いたけど・・・・」

 

『それでも世紀の大発見じゃん。なんで発表とかしないの?』

 

 瀧の指摘に三葉も同意見だと言わん視線を向けてくる。

 

「何処の誰かも分からない奴から貰った技術で魂が解明できましたって・・・まず取り合ってくれないよ。仮に然るべき機関に認知させたとしても、これは俺にしか使えない・・俺自身にもコイツにも面倒な制限が掛けられるのは好ましくない」

 

 スティックをかざす流の言い分に尤もだと肯く二人に更に続ける。

 

「それに使おうが使うまいが、コイツはあと三年で機能を失う。だから、ごく自然な形での発見と糸口を用意して研究対象にしようと計画を建てた」

 

「それってどんな?」

 

『・・・・・・』

 

 興味津々と乗り出してくる三葉に、何となく話しが見えてきて沈黙する瀧、そんな二人に『ティアマト彗星』の記事を見せる。

 

「この彗星が放つ波動は、この鉱石(いし)に共鳴する。同時にナーマズにも・・・それを観測して『未知の反応』に対する論文として、専門家や研究室に提出し研究に取組んで貰うつもりだ。

 だから昨日、より詳細なデータが取れるように俺自身のナーマズを彗星に飛ばす・・俗に言う幽体離脱の実験をしようとしたが失敗し・・・・・」

 

『上の階に居た俺と・・・・・』

 

「私の意識が入れ替わる事態になってしまったと・・・・」

 

 殆どSFの世界の話だが、昨日自分達に起きた事実に認めるしかなく、されど納得しきれない目で流を見る。

 

「改めて、すまなかった。俺の都合で巻き込んでしまって」

 

『・・・・俺は分かったけど、なんで三葉は?』

 

「それに糸守の事も知ってたみたいなのは?」

 

 誠意を込めて謝る姿に二人は何も言う気が起こらず、まだ解せない疑問を口にする。

 

「ああ、この町ある湖『糸守湖』は隕石が落ちて出来たもので、その近くに神社を構える宮水家のこと少し調べていたんだ。その隕石の影響をもろに受けて生きているなら、何かしら起こってるんじゃないかと思ってな」

 

「じゃ、糸守湖の隕石も・・・」

 

「ああ、ティアマト彗星と同様の物、だから君たちの家系にはナーマズが不安定になっているみたいだな。君のお祖母さんとの話してみて確信が持てた」

 

「え、お祖母ちゃんの!」

 

「ひょっとしたら、お母さんや妹さんにも起こっていたかもしれないな・・・君ほど確り憶えてはいないと思うが」

 

『それがさっき言ってた例外ってヤツね』

 

 事情を把握し理解が追いついてきた三葉と瀧に流は座りなおして話を続ける。

 

「俺はこれから糸守湖の近くのナーマズを不安定化させる事象について調査し、彗星による影響を観測できる準備を整える予定だ。それは宮水の家系に起きる不思議現象の終止符に繋がるからな・・・傍で見てたら面白いが当人達にとっては大事だろうし・・・・」

 

 つい昨日、実体験したばかりの二人は大きく肯き、そんな二人に提案を持ちかける。

 

「でさ・・・乗りかかった船って言うのはおこがましいが・・・・二人にも協力を頼みたいんだ」

 

『協力って?』

 

「・・・・危ない目に遭ったりはするのは・・」

 

「セーフティがあるから命の危険は無い。もし何かあったとしても、ちゃんと責任は取るし謝礼も用意してる」

 

 流は荷物から小さな封筒を取り出し、二人は乗り気ではなかった二人の心に一石を投じる。

 

『・・・・・まぁ、バイトがもう一つ増えたと思えば』

 

「瀧くん・・・現金だとは言わないけど、もう少し悩んだ方が」

 

『なんだよ。三葉は要らねぇのか?それに若茶さん、へんじ・・・変わってるとは思うけど悪い人じゃ――――』

 

「今、変人って言おうとしたでしょ。まぁ、取りあえず内容次第かな」

 

 些か無礼が混じった遣り取りも気にせず、流は説明する。

 

「それじゃ、実は二人のナーマズの不安定化は、まだこの一、二ヶ月続くと思うんだ・・・・大体、週に二、三度ほどの割合で・・・・」

 

『・・・・その謝礼って、実は迷惑料って言ったりしますか?』

 

「・・・・また、あんな事に?」

 

 刺す様な視線を浴びせてくる二人に悪びれる様子もなく続ける。

 

「それでだ、その際にナーマズの状態をデータに取らせて貰いたいんだ。具体的には渡したタブレットを起動させて持っているだけでいいから・・・勿論、その際のフォローも可能な限りする。ナーマズをより自然に公にするには詳細なデータはあるに越した事は無いんだ。俺個人の都合・・・いや我侭なのは充分に承知している、その上で頼む」

 

 媚びずにあくまで腹を見せる態度で頭を下げる流に、圧倒され気味になり沈黙が訪れる。

 

『(まぁ、話を聞く限り受けても受けなくても、またなるみたいだし・・・・それなら)』

 

(思う所はあるけど、また東京に・・・・)

 

 昨日を振り返り、冗談じゃないと言う思いと若さゆえの好奇心がせめぎあっており、実感できる利益を提示され二人の迷いは傾きつつある。

 

『う~ん、正直・・俺、若茶さんのこと其処まで知らないし簡単に信じるって言えないけど・・・・・俺みたいな高校生や家を嵌める利点なんか思いつかないし、まぁ、どちらかと言えば知らないところで失敗やらかす女子高生がネックで』

 

「ちょっと、それはこっちの台詞!知らない間に何されるか」

 

『じゃあ、今から言うルール守れるか?俺の生活を守る為の』

 

「そっちこそ、私のプライバシーを侵害するような事しないって、誓える?」

 

 そのまま、流の存在をそっちのけで禁止事項(ルール)について話し合いを始める。それは自身の体に対することから金銭や人間関係に対しての遣り取り、それぞれ掘り下げて話し一応は相手の話しも聞いているようだが、会話を聞き遣り取りを見ていた流は思った。

 

(なんだろう・・・どちらも真面目に守る姿が想像できない。つーか、浅はかな思慮で上手くいかないというか・・・ややこしくなる予感しかしないな)

 

「若茶さん、取りあえず試験期間ってことで手を打ちます」

 

『ホントにフォローお願いしますよ』

 

 若者の青春とは言えない遣り取りの末に了承を得て、苦笑しながらも誠意を持って答える。

 

「勿論だ。何度かは東京に帰るし、問題が起きたら投げ出さないで最善を尽くす」

 

 そんな流を見て瀧と三葉は同じ感想を抱いた。

 

((キャラがブレないな・・・この男))

 

 年上を気にして格好つけているのか、目的の為のポーズか、本心が分からない流に安心以上に警戒も必要だと自身に言い聞かせる。

 その二人の表情から信用されてないのを悟りながら、それも当たり前だと言う思いで心の中で肯く。

 

(ちゃんと教育が行き届いているようで結構なことだ。後は、それがどの程度だということだな・・・)

 

 感心しながらも先々に起こりそうな面倒を想像して、その日はお開きになった。

 

 

 ***

 

 

 そして、流の説明どおり週に二、三度の割合で入れ代わりが起き、その度に周囲の反応に困惑しながらも暇が出来たら画面越しで喧嘩し、その後で〝諸悪の根源〟に愚痴を入れる。

 

 やれ三葉からは、

 バスケで活躍などキャラじゃない、男子の視線とくにスカート注意は基本、知らない女子からラブレターを貰った。

 入れ替わりの際にはバイトばかりで遊びに行けない。奥寺先輩といい感じになっているのに文句を言われるだの・・・・・

 

 一方瀧からは、

 ケーキのドカ喰い等で無駄使いが絶えない。学校では司とベタベタする所為で誤解がされそう。迷ったり口調が訛ったりした事で変な心配され、バイトでも人間関係に茶々入れられた。

 流が東京に帰っている時に入れ替わってしまい、婆ちゃんとの組紐作りに四苦八苦した。スペックの活かしているのに文句を言われるだの・・・・・

 

 その度に三葉には豊穣祭の巫女服や舞はとても美しく素敵だったなど、なるべく羞恥心(口噛み酒)に触れないで褒め称えて、嗜みも大事だが卑屈にならないようにと相手を建てながらの口調で不満を緩和させ、喧嘩っ早い瀧の気性を引き合いに出しながら、それが間違った方向に行かないよう一緒にフォローしていこうと気さくに話し合う。

 

 瀧の方には三葉が無駄遣いした分は立て替え、東京に帰っている間の事は自分の落ち度であると詫びて、プライドを刺激しないようにしながら、時には奥寺も交えて話をして周囲(正確には瀧の内心)へのフォローに努めながら、三葉の都会特に東京への憧れを語り、はしゃぐ心に更に大きな心で持って当たろうと背を叩きながら笑いあう。

 

 そして流自身の内心は、(出来れば当たって欲しくなかった)予想通りの展開に〝どっちもどっちだ〟と辟易しながら話をして、それが終わって相手に対して『しょうがないなぁ』と言う瀧と三葉に半ば呆れながら〝俺はもう知らんと言いたい〟と見えない所で溜息をついていた。

 

 

 





 ・・・ので『ナーマズ』とかも適当に考えた造語です。



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機知とこじつけ


 原作沿いはここまでにするつもりです。


 

 

 三葉のベルで目を覚まし、厳重になっている寝巻きに納得を示すものの、性懲りも無く胸に手を当てようとする。

 

『わ~、朝っぱらから健康だね~』

 

 突然聞こえた呑気な声にビクリと反応して声の方向を見てみると、目覚ましの横に流から貰ったタブレットが置いてあった。

 

「・・・・・・・」

 

 寝起きで思考が回らないものの釈然としない目でタブレットを見ていると、無造作にふすまが開いて四葉が呆れたような声で言う。

 

「それ、何か知らんけど〝ある条件〟で起きたらなる様にしてあるって」

 

 それだけ言ってふすまを閉め行ってしまうのを見送りながら考える。

 

(ある条件・・・・三葉か?若茶さんか?)

 

 どちらが気を回したのかは分からないが、どの様な条件なのかは只管気になった。

 

 

 

 流は盗聴発見器を改造、調整した機械にストラップを差し込み、リンクさせたタブレットを見ながら山道を歩く。近くには宮水家の女三人(一人は中身が別人)がおり、四葉がうんざりした声を上げる。

 

「ねぇ、お祖母ちゃあん。なんでこんな遠くに御神体が在るの?」

 

「繭五郎の所為でワシにも分からん」

 

 一葉の答えに瀧が流を見るが、あっさりとした口調で言う。

 

「俺も知らないし、理由についても完全に畑違いの分野だ」

 

 それに四葉は半目にして訊いて来る。

 

「それじゃ、お兄ちゃんは何しに付いてきたん?」

 

「科学的研究の為。そして、その筋からさっきの疑問にも仮説が在るけど・・・聞きたい?」

 

 律儀に確認を取るものの、本当は語りたいと言っている態度に四葉は目を泳がせてストレートに返す。

 

「う~~ん、なんか退屈そうな予感」

 

「じゃあ、お子様が退屈しないように無駄なく、簡潔にまとめようか?」

 

 お子様の部分に四葉は頬を膨らますも(たき)が乗り出してくる。

 

「それなら聞きたい。そろそろ休憩時だし、丁度いいし」

 

 そのまま木陰で休息を取り、水筒の麦茶を皆で飲みながら流は口を開く。

 

「では、ご清聴願いましょう。まず結論から言えば重要なのは神体でなく場所だ。

 遥か昔、糸守に星が落ちてきました。その影響で付近に住んでいた者達に奇妙な現象が起こり始めました」

 

 その言に三者三様に真剣顔で聞いていた。

 

「当時の人々はこれを神の祟りと考え、その地に神体と社を置き祀ることにしました。

 神社を遠くにしたのは祟りを恐れたのか、もしくは祟りを神の裏切りと考え対抗する物を取り入れたか。繭五郎さんの所為で分からなくなったとのことだが、それは既に祟りが風化してしまったから、意味を知るものも居らず風習と言う形だけが残りました」

 

 スラスラと語り終えると四葉が唸りながら感想を漏らす。

 

「そんなら、この奉納って意味ないんじゃ?」

 

「それを今調べてんの。さっきのだって適当に考えた仮説、より確かな物にするには、まだ情報が欲しいところだけどな」

 

 一葉に目を向けるが取り合われず、休憩を終えて目的地に向う。その途中、瀧におぶられながら言葉が出て来る。

 

「ムスビを知っとるか?」

 

「ムスビ?」

 

 そして説明(こうぎ)が始まる。

 ムスビとは土地の氏神様の古い呼称で、幾つもの意味を持つ。糸や人の繋ぎや時の流れ、何かを食すことも体と魂とムスビつく。宮水の組紐も神の御業であり、そこに込められた神と人とを繋ぐ意味を持ち、今日の奉納も大切なしきたりである。

 瀧は聞き入り、流は考え込みながらデータを見ていると四葉のはしゃぐ様な声が響く。

 

「なあなあ、見えたよ!」

 

 視線の先に山頂を抉るようなカルデラ型の巨大な窪地があり、内部の湿地の真ん中辺りに一本の巨木が立っていた。

 

「ここから先はカクリヨ」

 

 そして、一葉の説明が続く。

 隠り世即ちあの世、此岸(しがん)即ちこの世に戻るには、自身の半分である口噛み酒を供えなければならない。

 

「なら俺は遠慮する。此処に観測装置を設置すれば、やる事はほぼ終わりだし」

 

 流は荷物から手製の機械を出して組み立てに入る。

 宮水家の面々は構わず近くに流れている小川を渡っていく。

 

「わ~い、あの世やあの世やあ」

 

 四葉ははしゃぎ小川をまたぎ、瀧はお祖母さんが濡れないように岩場を渡りながら巨木に向う。奉納の間、流は窪地のデータを見て考える。

 

(磁場が歪んでナーマズが不安定化している、と思ったが予想以上に軽微なレベルだ。

 さっきの話しのムスビは、不安定なナーマズつまり、飛びそうな魂を繋ぎとめようとしていた意味があると考えると、あの複雑な組紐にも合点がいく。

 口噛み酒の奉納もそこに帯びているナーマズの刺激することで死ぬのを避けようとしていたってことかな)

 

 まったく身も蓋も無い思考は表情にも出ており、奉納を終え孫達と戻って来た一葉は呟く。

 

「やっぱ、葉くんやないんやね」

 

 その声には寂しさがあるが、振り返らず味気ない口調で返す。

 

「当たり前でしょ」

 

 微妙な空気が流れそうになるのを四葉の声が払拭する。

 

「もうすぐ、カタワレ時やなぁ」

 

 黄昏時の糸守独自の方言カタワレ時、その夕日に照らされながら眼科の町を見る。

 夕日を映した湖を取り囲む町の全景は美しく、夕靄や家から出る夕餉の煙、空飛ぶ雀も輝いて見えた。

 

「もうすぐ、彗星見えるんやね」

 

(彗星・・・そうだった)

 

 四葉の空に手をかざしながら出た台詞に流は現実に引き戻され、機械のデータをタブレットに送信して確認する。

 その姿に瀧は水を刺された気分になり嘆息し、更にそれを見ていた一葉が声を掛ける。

 

「三葉―――――あんた今、夢を見とるな?」

 

 その瞬間に倒れこむのを流が受け止める。

 

「お姉ちゃん、大丈夫?」

 

 突然倒れた姉に四葉が心配そうに近づく。

 

「う~ん・・・あれ、四葉?」

 

 間抜けな声を上げる姉に益々心配な顔になる妹、事態を把握した流は口を開く。

 

「夢から覚める時間みたいだね、三葉(・・)ちゃん」

 

「それって・・・・」

 

 今までなかった形で戻った事に困惑する三葉に、さり気なく入れ替わりの終わりを匂わせる。話しに付いていけない四葉は皆を見るが、一葉は頷くだけで流と三葉も何も語らず帰路に着く。

 

 すっかり日が暮れた宮水家で夕食のおでんを囲む一同、その中で流はタブレットのデータを見ながら箸を動かしており、四葉が注意する。

 

「お兄ちゃん、お行儀悪いよ」

 

「ああ、すまん。もう直ぐ彗星が来るから早く調整を済ませたくてね」

 

 弁明しながらもデータを見る事を止めない姿に問いかける。

 

「その、実験ってまだまだ掛かるん?」

 

「いいや、彗星が通過したら必要なデータが揃うから、それで一旦区切りだね。この家に居るのもそれで終わり」

 

 流の告白に一同が面食らう中で、一葉が静かに口を開く。

 

「ほぅか、もう直ぐお別れなんか」

 

「別に今生の別れって訳じゃないでしょ」

 

 流の言葉に四葉は目を輝かせて聞く。

 

「じゃあ、また来てくれん?」

 

「う~ん、多分だが、それは俺じゃない別のヤツかもしれないぞ」

 

 そう言って三葉に目を向ける。

 

「~~~~~」

 

 その意図を察した三葉は誤魔化すようにご飯をかき込み、四葉は訳が分からず首を傾げ、流は意地悪な笑みを浮かべてタブレットの電源を落として四葉の頭に手を当てる。

 

「そう遠くない内に分かるよ。さ、冷める前に食べちゃおう」

 

 そのまま相変わらずの余裕の態度で食事に戻る。

 

 食事を終え、部屋に戻ってデータを確認しているとタブレットに着信が入る。

 

〝三葉のアホが勝手に奥寺先輩とデートの約束しやがった・・・どうしたら?〟

 

 通話でなくメールで送るあたり、部屋で悶々としている瀧の姿が容易に浮かび、小さく息を吐きながら返信する。

 

〝自慢じゃないが、俺にその手の経験があると思う?〟

 

 そのタイミングを見計らったように三葉が部屋に入って来る。

 

「今、大丈夫ですか?」

 

「ああ、俺はな。でも〝あちらに居る彼〟は盛大に頭を抱えてると思うぞ」

 

 流の呆れ顔に三葉は残念そうな羨ましそうな声で声を出す。

 

「いいなあ・・・・明日、二人は一緒かぁ。あの・・・その時だけ変わることって?」

 

ほぼ(・・)無いと思う。二人のナーマズの不安定化は納まっているから、精々あと一回か、もう起こらないかだな」

 

 そのまま目をタブレットに戻し、データをまとめていく。

 しばらくの間、その後姿を見ていると三葉のタブレットから通話の着信が入り繋げると案の定、瀧が文句を言ってきた。

 

『三葉!俺の人間関係、勝手に変えるなって前にも言っただろうが!!

 それによりによって・・・あのアイドル、女優、ミス日本みたいな奥寺先輩と~~~!!』

 

「ちゃんとアドバイスも残したでしょ」

 

『ふざけんな!あんなリンク集・・・俺を舐めてんのか、このアホ!

 今度入れ替わったら―――――』

 

「あ~、それもう無いかもしれんって。ねぇ、若茶さん?」

 

『え!?若茶さん其処に居るのか?』

 

「まぁね。ってどうしたん?」

 

 遠慮なくはしゃぐ声に文句も言わず窘めない流に違和感を覚えて見て見ると、今まで見たことも無い必死な姿で只管ノートの何かを書き込んでいる姿が映った。

 

「――――――――」

 

 声にならない声を出しながら鬼気迫る雰囲気に三葉は恐れを感じ、様子がおかしい事に気付いた瀧が声を掛ける。

 

『どうした?』

 

「分からん・・・でも・・ちょっと、恐い感じになっとる。瀧くん、また連絡する・・・ひ!!?」

 

 流の只ならぬ様子は加速していき、通話を切りそっと声を掛けようとした瞬間に突然、机に手を叩き立ち上がり、目をきつくして三葉を見て一言告げる。

 

「東京に帰る」

 

「え?!今から」

 

 三葉の声もそっちのけで糸守での資料と荷物を大急ぎでまとめる姿に、呆然とするも恐る恐る声を掛ける。

 

「な、なにか、あったの?」

 

「それを確かめに帰るの・・・・・出来れば外れていて欲しいが・・・・」

 

 流の初めて見せる冷や汗を浮かべ全く余裕の無い姿に、三葉は声が出ず、通話中の瀧も只ならぬ事態に息を呑み何もいえなかった。

 そのまま荷造りを済ませ大急ぎで部屋を出て行く流を三葉は慌てて追いかける。

 

 

 何事かと集まる一葉と四葉に、ただ帰るとだけ伝え玄関まで行き靴を履く。

 

「えらい突然やね、何があったん?」

 

 四葉の質問に流は大声を上げたくなるのを押えて努めて静かに返す。

 

()科学的な発見をしてな・・・急いで家に帰って確かめなきゃ」

 

 それでも焦っているのは隠し切れず、普段の余裕のある姿しか知らない面々は心配そうな顔になるが、流は構わず荷物を持って立ち上がり軽く会釈する。

 

「それじゃ、世話になった」

 

「分かっとるとは思うが、安全運転で帰りや」

 

 一葉が短い挨拶に淡々と答え、早足で出て行く。

 全く訳が分からないまま見送った後、三葉は家族に告げる。

 

「明日ちょっと、東京行ってくるわ」

 

「えー、お兄ちゃん気になるのは分かるけど・・・何もそこまで」

 

「いや・・・それもあるけど・・・う~、デートもあるし」

 

 四葉は戸惑いながら言うが、三葉の逡巡しながらの返答に驚く。

 

「え!お姉ちゃん、デートする為に東京行くん?!」

 

「あ~、いや・・・それは別件で・・・・」

 

 説明に困り、祖母を見ると物静かに言葉を掛けてくる。

 

「日が暮れる前には帰ってくるんよ」

 

「うん、分かった。心配せんといで」

 

 そのまま部屋に戻り明日に備える。その夜、瀧と奥寺のデートはどうなるか、流は一体何をあんなに焦っていたのか、私はどうするんだろうと色々と考えながら浅い眠りについていった。

 

 

 ***

 

 

 翌朝、三葉とは違う意味で眠りが浅かった瀧は、危うく寝過ごしそうになるのを回避して身支度を整えて待ち合わせ場所に向う。

 

(なんでこんな事に・・・・・・三葉のアホ!)

 

 心の中で、そんな言葉を何度も繰り返しながら、憧れの先輩との二人きりのデートに心臓の鼓動が早くなる。流を交えて何度かご飯に行った事はあるが、その時は流がさり気なくフォローしてくれた事もあり大した緊張もせずに、司達と一緒に居る様なノリで楽しめたが今回はそれが無く、堂々巡りの考えの中でスマフォから着信が入る。

 

〝もう直ぐ着くよ。二人きりなんて初めだね、楽しみにしてる〟

 

(~~~、なんでこんな時に若茶さんが居ないんだよ!)

 

 流が東京に帰って来ている事を知らない瀧は、益々悶々としながら待つあわせ場所に着き、奥寺を探す。

 

「たーきくん!待った?」

 

「うわ!」

 

 待つこと約十分、背後からの声に驚き振り向くとお洒落に身を整えた奥寺の姿が目に映る。

 

「ええっと、と、とても似合ってます」

 

「ふふ、ありがとう。じゃ、いこっか」

 

 焦りながらも出した感想に屈託無く微笑みながら、腕を取ってくる。

 

 

「あー、まるで上手くいかない・・・」

 

 誰も居ない廊下で両手を額に当てて瀧はうな垂れている。デート開始から一時間も経たない内に自らの対女性スキルの無さと道行く人を魅了する奥寺ミキの美貌に愕然となり、いつもの流の気遣い(お詫び)による奥寺と会食で彼にどれだけ助けられていたか、こんな状況に突然放り込んでくれた三葉に心の片隅で文句を言いながら悶々とする。

 

「あ、瀧くん。今度はあそこに入ろう」

 

 そんな空気を呼んで奥寺が美術館を指す。静かにしていられる場所への提案にいたたまれなくなるも断る理由もなくありがたく了承する。

 二メートル手前を歩く奥寺に付いて行きながら余り興味の無い写真展『郷愁』に飾られた田舎の写真を漫然と見ていると飛騨のエリアで足が止まり思案顔になる。

 

(ここって?)

 

「瀧くん?」

 

 自分に起こっているありえない出来事の記憶と合致する風景に思考が没頭して行きそうになるも奥寺の言葉で我に返る。

 

「ここが気になるの?」

 

「あ、いや・・・若茶さんが今、行っている所が――――」

 

「え、若茶くん、飛騨に居るの?大学にも来ないで何でまた?」

 

「ええと、お父さんの昔の知り合いが居るとかで」

 

「そんな事まで瀧くんには話したんだ。一緒にご飯食べてる時には他愛ない事しか言わないのに」

 

「あはははは」

 

 感心したような口調に苦笑いしか出来ず、ここも失敗かも知れないと思ってしまう。

 何せ実際は三葉と入れ替わっている時に一葉が流に(やや脚色された)昔話を話していたのを外から聞いていただけで、流自身からは大したことは聞いていない、またおかしな誤解が生じる予感がしてしまう。

 

 そうした気分になってしまったデートを楽しめるはずも無く、夕暮れまで三葉が建てたデートコースを辿るだけで、憧れの先輩への申し訳なさも含め最後に言葉を発す。

 

「あの先輩―――――」

 

 そこにスマフォの着信が入り不満顔で画面を見ると番号は三葉の物で目を引きつらせる。

 

「構わないから出たら」

 

 奥寺が振り向き優しく声を掛ける。

 

「すみません」

 

 軽く会釈し通話ボタンを押す。

 

『あ、瀧くん。今日のデートどうだった?ってかまだ奥寺先輩と一緒だったりする?』

 

「正にその通りだよ。なんちゅうタイミングで茶々入れるんだよ」

 

『ごめんね。実は今、東京に居るんだけど迷ちゃっててさ』

 

「・・・・・・ちょっと、まて。なんでお前が東京に?」

 

『昨日の晩、若茶さんが突然に帰るって物凄い勢いで出て行って・・・・その、気になっちゃって・・・』

 

「若茶さん帰ってきてるのか?

いや今はいい、それよりもそこ動くな、迎えに行くから何処に居るのか教えろ」

 

そのまま三葉の現在位置を聞き通話を切ると奥寺が満面の笑みでこちらを見ていた。

 

「先輩・・・その、すみません。知り合いが迷子になってるみたいで」

 

「いいって、私も今日は解散にしようって言うつもりだったから」

 

 優しく告げる姿に深く感謝していると、今日一番の笑顔で語る。

 

「若茶くんが言ってたんだ。私に会った大抵の男の子は大なり小なり私を好きになるって」

 

 その言葉に深く納得するが自慢話のニュアンスに聞こえず続きを待つ。

 

「でも、少なくとも今の瀧くんの心には、もっとぞっこんになってる娘がいるって」

 

「いつ話したんですか!違いますよ、いませんよ!そんな奴!」

 

「え~、今の電話がその娘なんじゃないのぉ?」

 

 笑顔のまま意地悪く顔を覗き込まれ冷や汗が出る。

 

「だ、大体そんなのが居るのにデートなんで・・・・・それにその理屈じゃ若茶さんだって先輩の事・・・・」

 

「う~ん、若茶くんは何かにつけて本心を言わないからなぁ。それに今日のデートだって、瀧くんの心境を知りたいってのが本音だしね、最近はなんだか別人みたいだって思うこと多いから」

 

 奥寺の鋭い指摘に益々困り汗の量が増す。

 

「まぁいいや。それじゃまた、バイトでね」

 

 さっぱりした口調で手を振って離れていくのを見ながら、瀧は迷子を迎えに違う方降雨に歩き出した。

 

 

 




 次回、遂に・・・
 


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分岐点


 原作とは違う形で・・・



 

 四ツ谷の神社近くで夕日を見ながら三葉は頭を落としうな垂れている。

 

「ああ~、瀧くん。早く来て、お腹すいたし疲れたよ」

 

 そのまま待つこと数十分、体感では数時間待たされている気分に更に消沈していく。

 

「迷子の迷子の宮水三葉、居たら返事してくれ!」

 

 石段の下からの(恥ずかしい)声にバッと顔を上げて慌てて駆け下りる。

 そこにはコンビニパンを片手に洒落た服に身を包んだ立花瀧が居た。

 

「・・・・・・・・・」

 

 文句を言おうとしたが、そのパンに目が行ってしまい思わずゴクリと唾を飲んでしまう。

 一方、瀧も見慣れない私服姿の三葉に(呆れながら)ぶっきら棒に声を掛ける。

 

「腹減ってるなら食うか?」

 

「いらんよ、そんな食べかけなんて!」

 

 そのまま互いの顔を見て無言になり、程なくして互いに肩を震わしていく。

 

「「ふっ、ふふふふふ、アハハハハハ!!」」

 

 感動とは程遠い始めての対面に互いに可笑しくなり、大声で笑いあい近づいて行く。

 

「お前さあ、突然会いにくるなよ。それともサプライズのつもりか?」

 

「文句なら例によって若茶さんに言って。それよりデートどうだった?」

 

「ハッキリ言って失敗した。最悪だった・・・俺の人生初デートをどうしてくれる?」

 

「もう・・・・この男は!

 やっぱり私がデートすれば、あと一回の入れ替わり、どうせなら今日起こって欲しかったなぁ」

 

「そう言えば、若茶さん昨日の晩も様子が変だったみたいだけど、どうしたんだ?」

 

「それが分からんからこっちに来たんよ。瀧くんの方こそ会わんかったん?」

 

「いや全く、兎に角此処で話してても埒が明かないから、直接聞きに行こう―――――ただ、その前にどっかで晩飯食ってこう」

 

 そう言って手を引いて歩き出す瀧の顔はデートの時より遥かに活き活きしており、三葉の方も恥ずかしながらも、その気遣いに嬉しそうな顔をして歩いて行った。

 

 

***

 

 

 薄暗い部屋の中、若茶流は何度も何度も集めたデータと計算した式を書き記したノートを確認し、間違いや見落としがないかを探していた。

 

「頼む・・・・ただの思い過ごし出会ってくれ・・・・・俺が間違っているのが一番いいんだ・・・・・・」

 

 その目には隈が出来ているばかりか充血して血走っており、一睡もしていないのがありありと伝わって来る。無意識下のストレスも高まり、神経も高ぶっている状態であり、そんな中で呑気なチャイムの音が壮絶に耳障りであり、不機嫌な顔と足取りで玄関に向いドアを開ける。

 

「どなたですか?!今取り込んでるから、大した用件じゃないなら・・・・・なんで君達が?」

 

 無作法な対応にドン引きしている立花瀧と宮水三葉を視界に映し、僅かに冷静さを取り戻す。

 

「なんではこっちの台詞ですよ。凄く酷い顔してますよ」

 

「大体、あんな風に出て行って気にならない訳ないでしょ」

 

 普段はフォローしている子達に心配され、高ぶった神経を収めていき静かに返す。

 

「ああ、悪かった。でも言った通り取り込んでるから今度また―――――」

 

「そうはいきません。誰の目から見たって若茶さん寝てないでしょ、帰れません」

 

「瀧くんの言う通り、と言うかご飯も食べてないんじゃ?」

 

 ドアを閉めようとするも瀧が強引に割って入り、三葉も続くように部屋に入って来る。そのまま流の作業部屋に行き、資料が散乱しているも足場や作業スペースやキッチリ確保している様に複雑な視線を向ける。

 

「・・・まずは空気を入れ替えましょう」

 

「あ、私ご飯の支度するね」

 

 家主をそっちのけでそれぞれ作業していく姿を見ていると怒りより和やかな気になり、昨夜からの疲れもあってか事前と黙って大人しくしていた。

 

「冷蔵庫も空っぽじゃないけど、余り中が入ってないなぁ」

 

「なんか、朝飯みたいだな」

 

「今は時間の感覚、分からないから別にいいさ」

 

 三葉が作った軽食を見て、瀧のあっさりした感想を聞き、流は苦笑しながらも箸を取る。

 そして、食べ終わるのを待って瀧と三葉が真剣な顔で聞いてくる。

 

「若茶さん、一体何があったんですか?」

 

「様子がおかしいなんてもんやないよ。ちゃんと話して」

 

 流は溜息を一つつき、いつも通りの余裕のある態度で淡々と口を開く。

 

「まさか、君たちに心配される事になるとはな」

 

「茶化さないで下さい」

 

「そんなつもりは無いよ。ただ結構ハードな内容だよ、心の準備は出来てる?」

 

 流の表情は真剣を通り越し深刻と言え、瀧と三葉は改めて気を引き締めながら肯く。

 

「じゃあ、順を追って話そう。

 まず昨日、ご神体近くの窪地のデータと来週近づいて来る彗星のデータを照合してナーマズの足がかりになるデータの洗い出しをしていたんだ。だが、その中で気になる数値が目に入ってね、突き詰めて検証してみたんだ」

 

 三葉は流の昨晩の異様な様子が浮かび息を呑み、瀧は黙って続きを待つ。

 

「前にも言ったが糸守湖は昔、ティアマト彗星と同質の隕石が落ちて出来上がった物だ。その影響は殆ど沈静化しているが皆無じゃない。君たちの身に起こってしまった要因の一つでもある。そして、それは彗星にも別の形で及ぶ可能性が出てきたんだ」

 

「彗星にも?」

 

「どういう事?」

 

 瀧と三葉は話しが呑み込めず怪訝な顔になる。

 

「糸守に残っているナーマズの不安定化の影響と彗星が放つ波動は限りなく近く、糸守から彗星を視認できる距離になると共鳴現象を引き起こす」

 

「するとどうなるんですか?」

 

「彗星の軌道が変わり一部が分裂、53.8%の確率で糸守に隕石の破片が落下する。その際の被害は間違いなく町が壊滅するだろう」

 

「町が無くなる!」

 

「53.8って豪く半端な確率で・・・」

 

 三葉の顔は驚愕に変わり、瀧は呑み込みきれないのか間抜けな声で声を出す。

 

「起動が僅か0.1度、分裂が0.1秒ずれただけで全く違うところに隕石は落ちる。予想できる範囲は日本の何処かだと思うが、正直分からない」

 

「でも隕石が落ちるのは100%なんでしょ?」

 

「それは断言できる。ついさっきまで計算しまくってたからな」

 

 流は見慣れない式が書き込まれた資料を手に取り、その姿に瀧は興奮して叫ぶ。

 

「それが分かってるのに、どうしてこんな所でのんびり話しなんかしてるんですか!!」

 

「早くみんなに伝えないと・・・・」

 

 瀧の怒鳴り声に三葉が慌てながらも同調する。

 

「糸守に落ちるか、46.2%の確率で何処に落ちるかどうかも分からない隕石に備えろと?それでなくてもこんな話し誰も信じてくれないよ。これはナーマズを研究していた俺だから突き止められたんだから」

 

 流の普通のことしか言わない姿に瀧は掴みかかる。

 

「だったら、前に言ってた然るべき機関ってのに認知させて――――――」

 

「あと一週間で?」

 

「ま・・町が・・・みんなが・・・・・」

 

 流の冷徹で容赦ない言葉に三葉は追い詰められていき、瀧は流から手を放して三葉の肩に手を置き呼びかける。

 

「しっかりしろ、三葉」

 

「そうだ。現実逃避したって何も変わらんぞ」

 

「あんたが言うな!!」

 

 睨み付ける瀧の目と唖然としている三葉の姿を見て、流は完全に我を取り戻す。

 

「君たちね、俺を誰だと思ってるんだ?対策が何も無いまま益体の無い事言う野次馬じゃないぞ」

 

 自分達の知っている余裕のある流の姿に二人も落ち着きを取り戻していく。

 

「え、それじゃあ・・・」

 

「何とか出来るの?」

 

 二人にストラップの鉱石をかざして口を開く。

 

「確実とは言えないけどな。さっきも言ったが隕石の正確な落下地点が分からない以上は非難計画なんて建てようがないし、まともな手段で対応する事は不可能だ」

 

 否定的な言葉なれども諦めの色は無く、妙な期待感がこもる。

 

「だからまともじゃない方法を取る。その手段としてこの鉱石をフルに使い、分裂した隕石に向かい更なる共鳴を起こし、無害になる大きさまで粉々に砕く。これが検証と同時に考えていた俺のプランだ」

 

「出来るんですか?!」

 

「それじゃ、みんな助かるん?」

 

 瀧と三葉は身を乗り出してくるが、返ってきた言葉は辛辣だった。

 

「神のみぞ知るだな。あくまで一つの案であって成功する確率は未知数、失敗したらどうなるか・・・・・・考えただけでゾッとする。そしてこればかりは責任なんて取れないし、取り様も無い」

 

「そんな・・・」

 

「・・・・けど、他に方法ないですよね?」

 

 再び唖然とする三葉の手を握り瀧が訊ねる。

 

「少なくとも俺にはな、寧ろもっと確実な方法があるなら教えて欲しいくらいだ」

 

「なんだか初めて若茶さんが人間だと思えました」

 

「・・・・・・俺にどう言う印象を持っていたか知らんが、そう言うのは最後まで口にしないで欲しいな」

 

 若干ウンザリするような仕草により、人間だと言う印象が確かになり心を決める。

 

「若茶さん、俺にも何か出来る事ありませんか?」

 

「瀧く・・ん・・・」

 

 三葉は唖然とした表情のまま瀧を見る。

 

「正直、俺もこの一ヶ月の事がなきゃ信じられない話しです。でも・・・だからこそ若茶さんが一人で抱え込まなきゃいけない事も無いと思うんです。俺だって分かってて何もしないなんて・・・ジッとしてるなんて出来ません!だから」

 

 

「熱く語ってるところ水刺すけど、俺は抱え込む気なんてないよ・・・・協力は当てにしてる、勿論命に関わらない事をね」

 

「で、でも町が・・無くなるかも知れないのに・・・・」

 

 不安がる三葉を制して努めて落ち着いて話す。

 

「不安で焦る気持ちは解るが、そもそもに置いて命懸けでやらなきゃいけないことが無いんだよ。その状況になるのは糸守から彗星を視認した時からだ」

 

 流は日本地図を出し飛騨付近に大雑把な円を描く。

 

「糸守以外の隕石の落下予測範囲だ。二人にはこの範囲の指定したポイントに赴いて、ナーマズの共鳴波を中継器送信できる場所のデータを割り出す手伝いをして貰いたい」

 

「分かりました」

 

「私も、じゃあ今直ぐに行きましょう」

 

 揃って立ち上がり玄関に向おうとするも服を掴んで引き止める。

 

「だから焦るなって、現場に行くまでの路線やかかる費用、その間の二人周りでのアリバイ作りと準備をちゃんと整えてからじゃないと」

 

「何を悠長な!俺たちの事なんて後で考えれば」

 

「そうだよ!若茶さんだって時間は有限と言うとったやん」

 

「言ったよ。だからこそ必要な事に時間を割かないと、じゃないと足元を掬われて取り返しのつかない事態になりかねん」

 

 流の正論に押し黙り再び座りなおす。

 

「俺はこれから新幹線で糸守に戻る。今のままじゃ事故を起こしそうな気がするからな、移動中は寝てるから乗り換えのときなんかは、手荒でもいいから起こしてくれ」

 

「あ、はい」

 

 三葉が肯き、地図に目を落とす。

 

(行きは東海、帰りは北陸に乗って色んな景色をってのは、また今度かな)

 

 不謹慎かなと思いながらも考える余裕が出来て、落ち着こうとしながらも急ぎながら荷物をまとめる流の手伝いに回った。

 

「いいか、繰り返し言うが準備が整うまで浅はかな行動は慎むように。今夜は無理やりにでも寝て備えろ、と言いたいがどうしても駄目なら、指定した場所に最短でいけるルートを調べてイメージしろ、考えるなら振り返るなら前向きになって欲しい方向にイメージしろ、いいな」

 

 支度を整えて宣言する流は一見いつも通りの様だが、落ち着きを取り戻した瀧と三葉には無理しているのを察し、ついさっきまでの余裕も僅かしか続かなかった事実に改めて事の重大さを認識した。

 

 

 




 ここから先は作者自身にも未知の領域です。


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もがいている最中に

 挑む相手が天災でなければ、どうしていたか・・・・


 

 

 すっかり真っ暗になった糸守、眠い目を擦りながら歩く流と心配そうに続く三葉は、宮水家に辿り着くと一先ず安堵し引き戸を開ける。

 

「ただいまぁ~」

 

「おかえり、お姉ちゃん。流お兄ちゃんも短いお別れだったねぇ」

 

 四葉がはしゃぎながら流に抱きつき、奥から一葉がゆっくりと出て来る。

 

「ほいで、発見の方はどないやったん?」

 

「これまでの研究を全てパーにしなくちゃならないって結論に達した・・・すこぶる最悪の気分だよ・・・」

 

 吐き捨てる流に抱きついていた四葉は顔を上げて残念そうに言う。

 

「あんなに頑張っとったんに、なんで?」

 

「そうじゃなきゃ、俺は安心して寝れないからさ」

 

 頭をポンポンと叩きながら答えるも疑問は晴れず三葉に目を向ける。

 

「え~と・・・・・・」

 

「いいんじゃないか。家族になら話しても」

 

 事情を説明できずに途方にくれるが、見かねたのか助け舟を出す。

 

「でも~」

 

「ま、それは三葉ちゃんの任意に任せる。もう眠いから俺は寝る」

 

 するべき説明の内容に逡巡し助けを請うが、さっさと奥に引っ込んでしまい祖母と妹の視線を受け、観念するように口を開く。

 

「やっぱり三葉も夢を見とったんね」

 

「え!お祖母ちゃん知ってたん!?」

 

 頭がおかしくなったと思われると覚悟していたが、出て来た以外な反応に驚愕する。

 

「実はワシも少女の頃、不思議な夢を見とってな。流くんが来て直ぐにそんな話しが出て思い出したんよ」

 

 その時、最初に来た日の夜に流が言っていた事を思い出す。

 

「けど、それは突然終わってしまったんさ。おかしな夢を見てたのは薄っすら憶えとってもどんなんかは消えてしまった・・・・」

 

「消える?」

 

 三葉自身は入れ替わっていた時の事を克明に覚えており差異はあるが、そこは流の介入によるものだろうと妥当な結論に至る。その時、四葉が珍しく静かに手を上げて言った。

 

「私も最近なんやけど・・・誰かになっとる様な夢見たんよ。どんなんかはさっぱり忘れたけど・・・」

 

「四葉も?」

 

 更なる告白に面を食らうが、自分の体験と流の仮説を照らし合わせると不思議じゃないと思いなおし、二人に近づき話を詰める。

 

「だったら、彗星が落ちてくるってのも―――――――」

 

「そんなこと誰も信じんって」

 

 一葉は即行で否定し四葉は考え込んだあとで提案する。

 

「だったら、お父さんに相談しよ。町長だし、ちゃんと話せば――――」

 

「それこそ信じんよ。あんなバカは・・・・・もういいから寝」

 

 不機嫌な声で部屋に戻って行く祖母を見ながら、妹の肩に手を乗せる。

 

「一応考えておくけど、やっぱり望みは薄いと思う。けどこのまま手を拱いているつもりないから、まだしばらく学校休む事になるけど・・・いざとなったらお祖母ちゃん連れて逃げ出さなきゃいけないかもしれないから、それは憶えてといて」

 

 出来る限り優しく言うが、四葉の不安は拭えずに夜は更けていった。

 

 

 ***

 

 

 翌日、流は糸守に残り御神体近くの窪地でデータの解析を進め、瀧は東海道線に三葉は北陸線に乗り込み指定されたポイントに向っていた。

 

 瀧は昨夜の内に着替えなどを準備して司にバイトのシフトとアリバイ作りをお願いし、三葉は訪ねに来たテッシーとサヤちんに〝どうしても行かなきゃ行けない〟とごり押しして心配そうな妹の頭をなでて家を出た。

 

 双方、急な事で怪しまれた事間違いなしだが、自分達が動かなければ多くの人間が死ぬ。その使命感と責任感に回りを配慮する隙など無く、移動中の景色や駅弁の味も楽しめず時計と地図を繰り返し見ていた。

 

「一体こんな処になにしに行きなさん、何にも無い辺鄙な場所だよ?」

 

 ローカル線の駅から道を尋ね、タクシーを拾い目的地を言うとそんな反応が次々に返ってくる。言葉通り、行った先には山の斜面に沿って建てられた家々、糸守とも変わらない田園風景が並んだ土地、偶にそこそこ大きな町に赴くが指定場所はやはり変哲も無い住宅街や倉庫街など旅行にも適さず、少ししたら直ぐに引き返す姿は人を訪ねに来たとも思われずに、苦笑しながらお茶を濁すしかなかった。

 

 そんな目まぐるしい一日の後、瀧と三葉は予定通りに観測結果を送信して手配していた宿に泊まり、流は窪地にテントを張り受信したデータを追加して彗星と糸守湖のデータを照らし合わせて、より詳細な落下地点や確実に共鳴破砕するシミュレーションを割り出す作業をしながらビデオチャットで今後の話し合いをする。

 

「さて二人とも今日はご苦労さま。でもまだ折り返しにもなってない、分かっているだろうが無理にでも寝て明日に備えて欲しい」

 

『私たちより若茶さんこそ大丈夫?ご飯とかちゃんと食べてる?』

 

「四葉ちゃんが律儀に届けてくれる。用意もしてあるからいいと言ったんだが、やっぱり不安みたいだな」

 

『それも当然だ。今更ながら言う必要なかったじゃ』

 

『瀧くん・・・それ言わないでよ。今朝だって私、スッゴク心苦しくしながら出てきたんだから』

 

『いや俺は別に非難するつもりは・・・と言うかこの手のフォローは若茶さんの仕事じゃ』

 

「悪いけど俺も言葉が出てこない」

 

 あっさりと切り捨てて作業に没頭する姿に話題を変える。

 

『だけど若茶さんにその石をくれた人って何者なんだろうな?』

 

『うん。ファンとか言ってたって話しだけど若茶さんホントに心当たり無いん?』

 

「んーーー。強いて言えば父さんが学生時代に書いたって言う未完の小説ぐらいだけど、明らかに同級生って感じには見えなかったしな。実を言うと俺も長年の謎なんだよな」

 

『未完の小説?』 

 

『お父さん、作家志望だったんですか?』

 

「結局芽は出なかったがな。その小説だって終わりが思いつかないって投げ出しちゃったし、誰にも見せてないと思うんだが・・・・・・あ~~、考えれば考えるほどこんがらがる」

 

 顔を歪めて頭を掻く姿は年の割には老けて見えて、画面に映らないように二人は苦笑する。

 

『誰にも見せてない物を知ってて、未だに人類の技術世代だと解明できない資料を持って来たか・・・・・ひょっとして未来人とか超能力者とか?』

 

『瀧くん、そこは神様とかの方が良いと思うけど』

 

『神様って・・・流石は本職の巫女だな』

 

『あ、ちょっとバカにしたでしょ!』

 

「夫婦喧嘩は俺の居ない所でやれ」

 

『『違う!!』』

 

 初々しい反応に笑みを浮かべて優しく(面白そうに)諭す。

 

「いい加減自覚しろよ。惹かれあってるんだろう、二人とも」

 

『誰がこんな他人の金を無遠慮に使って自分は使わないケチ女なんか』

 

『なにを!こっちこそ毎朝、胸を揉んでくる変態なんかに』

 

「やっぱり仲良いじゃんか」

 

『『どこが!!』』

 

「そう言うところ、それに瀧君は惚れた女の為に体張って、三葉ちゃんは惚れた男の為に奥寺とのデートを取り付けたんだろ。

 ま、それより今は謎のファンの話しだったよな」

 

 ニヤニヤしながら言う姿に二人の顔は真っ赤になり、取り繕うとするもその前に話題を戻され封じられてしまい、モヤモヤしながらも話を進める。

 

『その人、若茶さんのお父さんの知り合いなら、私のお母さんともひょっとして――――』

 

「それは無いと思う。村が無くなってからは完全に縁が切れてたみたいだし、そもそも知り合いかどうかも疑問だしな」

 

『となるとやっぱり未来でお父さんの小説読んで感動してタイムスリップしてきたとか?』

 

 瀧の推論に三者三様で思考を巡らす。言っていること事態は荒唐無稽だが、自分達が知っている〝ありえない技術〟を考えると一概に捨て去る事が出来ない。或いは体は無理でもナーマズ(魂)が時間を越えてこの時代の誰かに乗り移ったとも考えられるが、あの鉱石を精製するのは現代の科学では一朝一夕では不可能であり、現代に来た未来人と言うのはどうにも思えない。

 

「なんだか三葉ちゃんの神様ってのが、信憑性を帯びてきた気がする」

 

『だったら四葉やお祖母ちゃんのも?』

 

『全部は今日の為に、神様が警告してたとか?』

 

「だとしたら、こんな雲を掴むような解決策しか見出せないデータじゃなくて、何処に落ちてどれだけの範囲に被害が出るかも教えるか分かるようにして欲しかったよ、未来人の場合なら尚更にな」

 

 流の顔から愉快な笑みが無くなり、声に不愉快な怒りが宿る。そして右手には取扱説明書と証したUSBメモリがあり、中身を徹底的にチェックした事と何も解決の手掛かりが無かった事を物語っていた。

 

『もし失敗したら・・・過去の俺達に知らせて確実に―――――』

 

「そんな余力は残せない。鉱石の機能は全部使い切ったって成功するかは未知数なんだ。それとも災害が起こるのを黙って見てて、それからデータや意識を過去に飛ばす方法でも考えるかい?」

 

『―――――――――――――』

 

 黙りこんでしまう瀧に三葉もつられて顔に影が差し、流は溜息を一つ付く。

 

「すまない、言い方に配慮が無かった。けど俺達は今、綱渡りや崖っぷちじゃない事態に直面している。実感は伴わないだろうが、楽観は抱かないように心掛けよう」

 

『うん。絶対に誰も死なせない!』

 

『俺達でやるしかないんだ』

 

「いい返事だ。じゃあ、今日は寝よう、備えなきゃいけないのは明日だけじゃない」

 

 そのまま通信を切りその日はお開きとなった。

 

 

 ***

 

 

 次の日も瀧と三葉は道行く人や尋ねる人に怪訝な目をされながら指定ポイントに行き、糸守の流にデータを送り、流もそのデータから落下予測とその際の共鳴させるシミュレーションを繰り返し、どの状況になってもカバーできるように計算に計算を重ねる。

 

『こっちはなんとか順調だし、明日には回りきるけど三葉の方は?』

 

『私も順調、午前中には終わってしまうんやないかな』

 

 内容そのものは軽いが昨夜の終わりが効いているのか声の質はやや重い。

 その原因は悪びれるつもりもなく淡々と話しに入る。

 

「それは何よりだ。それじゃあ、三葉ちゃんは終わったら直ぐ糸守に戻って来てくれ」

 

『何か手伝う事が?』

 

「ああ、役場に言って町長であるお父さんに隕石が落ちてくる可能性、その際に避難か災害に対応する準備をする説明を一緒にして貰いたい」

 

『・・・・・・・私が言ったって取り合って貰えないと思います』

 

「誰が言ってもそうだろさ、しかし50%超の確率で隕石は糸守に落ちる事は僅かな予断も許さないんだ。巫女である君にこんなこと言うのはどうかと思うが、座して神頼みじゃなく人事を尽くし尽くさせる事に力を注がなきゃいけない。何かしら確執があるのは知ってるが今は押し殺して欲しい」

 

『分かてます。私の意地なんかどうでもいい、出来るかどうか分からないけど説得します』

 

『俺も終わったら糸守に行って説得の手伝いを―――――』

 

「話が拗れる可能性があるから遠慮してくれ」

 

 ばっさりと切り捨てられ納得できないと噛み付こうとするが続く言葉に挫かれる。

 

「三葉ちゃんとのお付き合いの許しを貰うなら、もっと身なりを整えてお父上の心を掴む事だけに集中できるようにした方がいいと思うぞ」

 

『な・・・・だから・・・』

 

「あー、俺みたいな恋愛未経験者の意見は参考にならないか・・・すまん、これは君達の恋路だった、またしても配慮が足りなかったな」

 

『話を混ぜ交わさないで―――――』

 

『~~~~~~~~』

 

 いいように弄られていると分かっているのに流す事も出来ず、刺さる言葉に瀧と三葉は昨夜以上に顔を真っ赤にしてしまう。

 

 その様子を心底楽しみながら研究に費やした青春を振り返り、自分ももっと色々(・・)なことに目を向けるべきかなと思い、理性が不謹慎だと囁く一方で想像すると心地良い感覚にモチベーションが上がっていくのを実感する。

 

(そうだな。この子達の為にも絶対に成功させなきゃな!)

 

 自らの心の中だけで締めくくり、もごもごとしょうもない会話を続けている少年と少女に愉快に言う。

 

「それじゃ、おやすみ。二人だけに水刺す気はないが、ほどほどにね」

 

『あ、ずるい!』

 

私達(こっち)を引っ掻き回すだけしといてそれ!』

 

 抗議に取り合わず通信を切り、残された二人はどんな雰囲気でどんな思いでいるのだろうと想像しながら眠りについていった。

 

 

 ***

 

 

 行動開始から三日目の午後、ノルマを達成した三葉は糸守に戻る途中で瀧と話をしていた。

 

「こっちは無事に終わったけど、そっちは大丈夫?」

 

『うーん。正直空模様が怪しいけど急げば天気が崩れる前に全部終わるさ、心配するな』

 

 ちなみにこの会話の場に流は居らず、簡素なメールで三葉には〝ご苦労さまと言いたいが、次があるから早く戻ってくるように〟瀧には〝データの送受信に天気は関係ないから無茶をしないように〟とだけ本文(・・)が綴られており、題名(・・)には〝邪魔になるから〟と羞恥心を刺激する内容に『変な気使いするな!!』と叫んだ余談があった。

 

『まあ、俺のことより帰ったら親父さんに会いに行くんだろう。本当に平気か?』

 

「ぶっちゃけ、かなり気が進まないよ。ずっと気まずい関係のままだし、話す内容も内容だかね」

 

『娘のお前がちゃんと話せば、ってのも気休めにならないよな』

 

 思いのほか冷静な意見に重々しく肯く。

 

「うん。それを思えばお祖母ちゃんと四葉が信じてくれた方が意外やったし」

 

『そのまま信じたら、それはそれで問題だって思っちまうんだから、変な話しだよな』

 

 いっそのこと若茶流がおかしくなっていると考えた方がしっくり来てしまうぐらいだが、そんな事は当人が一番思っていることは、隕石の話を聞いたときから察している。そんな流からのずれた配慮に昨夜から悶々とした思いを抱いていた二人は事務的な会話が尽きてしまったことで無言になってしまい無為に時間が流れていった。

 

「・・・・・じゃあ、私そろそろ時間だから」

 

『待って!』

 

 立ち上がり通信を切ろうとするが、その声に手を止めて次の言葉を待つ。

 

『俺・・・やっぱり終わったら糸守に行く。画面越しじゃなくて直接話がしたい』

 

「え・・・それって?」

 

『今は聞くな。絶対に行くから・・・待っててくれ』

 

「うん。待つ、約束だよ」

 

『ああ、約束だ』

 

 誰が見ても初々しい遣り取りを終えて、通信を切り三葉は糸守行きの電車に乗り込んでいった。

 

 




 終わりが近いです。


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祭りが終わるまで

 終わりが始まります。


 

 そして糸守に帰還後、駅には流と四葉が待っており微笑みながら嬉しそうに口を開く。

 

「ただいま」

 

「お姉ちゃん、なんか良い事あったん?」

 

「ははあ~」

 

 流のお見通しだと言わん顔に四葉が服の裾を引っ張って説明を求めるが、ニヤニヤするだけで何も答えず姉を見ても頬を染めて俯くだけだった。

 

「ま、こうしていても仕方ないし、早く要件を済ませに行こう」

 

 流は歩き出し四葉と三葉が続いていき、役場を目指している途中に声を掛けられる。

 

「みーつはー!」

 

 声の方角を見てみると自転車に乗ってテッシーとサヤちんが一緒に近づいて来た。

 

「相変わらず仲良いなあ」

 

「「良くないわ!」」

 

 全く同時に言葉を放つ二人に流と四葉も同意だというように肯く。

 

「いや、それよりも突然何日も学校サボって何しとったんや?」

 

「そうや、心配し取ったんやんよ」

 

 良き友人達の言葉にささやかな感動を覚え胸がつまらせていると、流が前に出て口を開く。

 

「それは俺から説明しよう」

 

((え!?))

 

 宮水姉妹が驚きながら顔を向けて成り行きを見ている中で、流は彗星が分裂して隕石が落ちてくること、50%以上の確率で糸守に落ちてくる可能性がある事を包み隠さずに説明していく。その姿に呆れながら、一笑されるかドン引きされると思い当事者たちの反応を窺うと斜め上の返事が返ってきた。

 

「そりゃ・・・一大事だ!」

 

「ちょっとテッシーなに真に受けてるの!」

 

 あっさり信じるテッシーと窘めるサヤちん、そう言えばこう言う人達だと失念していた。

 

「けど糸守湖が隕石湖だってのは俺も聞いたことあるし――――――」

 

「ああ、その手の話はまた今度!

 確か若茶さんでしたっけ?こんなんと違って何か根拠があるみたいだけど、それでももしもの話でしょ?」

 

「ああ、その通りだ。もしもで済んでくれれば良いんだが」

 

 サヤちんの常識人的見解に流水の如きスムーズに応える。東京を訪ねた日から今日までを知っている身として何度もそう思い繰り返してきたのが改めて察せられ、援護するように口を開く。

 

「でもそうじゃないかも知れん・・・そして一番危険なのは糸守なんよ」

 

「三葉・・・あんたまでどうしてしまったのよ!?」

 

「正気なのは自分だけかと言わんばかりだな。まぁ無理に信じんでいい」

 

「若茶さん!?」

 

「ただ・・・事が終わるまでいいから、妄言と切り捨てて忘れるのは待ってくれ」

 

「俺は信じるぞ!んで、どうすんだ?防災無線ジャックして町中を避難させるか?」

 

「う~ん、現時点で落下予測は大雑把過ぎて逃げ場所が割り出せない・・・・が、当日になれば予測の確実性はグッと上がる。想定の一つとしてはありだな」

 

「じゃあ、その為の計画を――――」

 

「あくまで案の一つだ。それも込みで町長殿に話してみるか。

 勅使河原くんだっけ、君、結構話が分かるな・・・君の案は俺の策のバックアップに組み込めそうだぞ」

 

 意外に有意義な時を得て流の気分は僅かに軽くなり、謝意を込めてテッシーの肩を叩く。

 

「バックアップってもう対策考えてるのか?」

 

「上手くいけば良いが、そうも言えないの世の常だからな」

 

 男・・・危うし思想を持つ同士で盛り上がる会話に女子達は付いて行けず途方に暮れそうになるが話は直ぐに終わってしまい、互いに握手を交わしていた。

 

「ここに来て味方が増えるのは心強い、頼りにさせて貰うぞ」

 

「ああ、任せとけ」

 

「さて、それじゃまず、この事を一番知っとかなきゃ行けない所に説明に行こう」

 

 その言葉に三葉は無言で肯き友達と別れ役場まで歩いて行く。

 

 

 ***

 

 

「馬鹿も休み休み言え、それになんだ50%とは?」

 

 糸守町長にして三葉達姉妹の父、宮水俊樹は重い声で一蹴する。

 

「お父さん、このままじゃ皆が死んじゃうかも――――」

 

 三葉が興奮して声を上げるのを流が制して話を代わる。

 

「仰るとおり、彗星が割れて姻せきとなり50%の確率で糸守に落ちるなど、馬鹿げています」

 

「・・・・分かっているなら――――」

 

「しかし、これは科学的根拠に基いて割り出した予測であり、妄想じゃない」

 

「そこまで言うならその根拠とやらを提示して貰おうか」

 

 苛立ちを押えた声での要請に流は荷物からファイルを取り出して差し出す。

 

「俺が研究している〝ある電気物質〟の資料です」

 

 流に対し町長は苛立ちに呆れが入り混じり眉間に指を当てる。

 

「すまないが学生のレポートをじっくり読んであげるほど暇じゃないんだ。それが根拠だと言うなら担当教諭の是非を貰ってきなない。その上でなら話を聞いてやる」

 

「う~ん。じゃ、話の向きを変えましょう。あなたの奥様、宮水二葉さんについて、一緒に居る中で不思議だと感じる時はありませんでしたか?」

 

「・・・宮水やこの町の空気に触れて妄言に取り憑かれたか」

 

 病人を見るような目で言う仕草に流は笑みを浮かべる。

 

「心当たりはありそうですね。ではその現象をオカルトでなく科学で説明できるとしたら?」

 

「・・・・・・・」

 

 町長は無言だがその目の色は変わり、食い付かせた手応えを感じた。

 

「俺はそれに対する確証を得る為に糸守に来ました。聞けばあなたも元々は民俗学者として糸守の伝説を調べに来たと、ならば学者(・・)としてどれだけ馬鹿げていようと、その目で見た事実(・・)を私情で否定はしてないはず。ここには俺が調べた研究を下にした仮説も入ってます」

 

ファイルに手を置いて更に続ける。

 

「だけど、これはもう直ぐ紙屑になる・・・確証を示す為に必要なモノを手放さなきゃいけないから」

 

「最初に言っていた隕石の事で?」

 

「ええ、そしてあなたも糸守を預かる町長(・・)として何らかの志があるなら、せめて彗星が通り過ぎるまでは頭の片隅でもいいから俺の言葉を留めて頂きたい」

 

 流は手を放して一方白に下がり、腰を曲げて頭を下げる。

 

「よろしくお願いします」

 

「わ、私もお願いします!」

 

 三葉が続くように頭を下げる。

町長は溜息を一つ付いて、口を開く。

 

「・・・・・・町長として最善は尽くす。これで納得しなさい」

 

「ええ、充分です。それでは」

 

 流と三葉は頭を上げて部屋を去り、役場を出て暫く歩いた時に三葉が訊ねる。

 

「あれで良かったの?」

 

「想定内だ。まともな思考を持ってる反応だ・・・あとは聞く耳を持ってるかだが、確かめてる時間は無い」

 

「でも、もっとちゃんと話せば・・・と言うか悔しくないの?子供の戯言みたいな扱いで」

 

 流は三葉に顔向け苛立った声で言った。

 

「悔しくないと思うか・・・理屈では尤もだと分かってれば何も感じてないと?」

 

「うっ!・・・・」

 流の目は据わっており失言を悟るも気休めにもならない言葉しか浮かばず言い淀んでいると何も言わずに顔を戻して歩いて行く。黙って付いていくも空気が重く、されど気の利いた言葉が出てこず頭を悩ませながら時間が過ぎていくと電子音が鳴り二人の足が止まる。

 

「待っていたぞ」

 

 流はタブレットを取り出し着信ボタンを押すと画面にずぶ濡れになっている瀧が映った。

 

『あ、最後のポイントでの作業終わったんでデータ送ります。で、説得の方は?』

 

「伝えるだけ伝えといた・・・それにしても酷い格好だな」

 

『突然ドバッと降ってきたからね・・・・・今日中に俺も糸守にと思ってたけど、明日になりそうだよ』

 

「別にいいけど、来た所でする事ないよ。データの受信は完了したから後は当日まで彗星を観測し続けるだけだ・・・・・・寧ろ三葉ちゃん達を連れて糸守を出た方が生存率上がるぞ」

 

『46.2%で逃げても同じなんでしょ?それにここまで着たからには最後を見届けるくらいはしたいです』

 

「なら気が済むようにしてくれ。だけどこっちに来てから風邪でぶっ倒れるなんてことは勘弁してくれよ」

 

『分かってますよ!』

 

 流はタブレットを三葉に渡す。

 

『って三葉・・・は居るよな当然』

 

「瀧くん、本当にいいの?」

 

『約束しただろ、今度は俺が糸守(そっち)に・・・三葉に会いにいく』

 

 三葉は嬉しさで胸が一杯になり、小さく肯いた。

「うん。待ってるから」 

 

 通信を切り、タブレットを抱きしめようとしたが肩を叩かれ顔を上げると流が無粋な声を掛ける。

 

「恋心に浸るのは後、データ洗い出さなきゃいけないから返してくれ」

 

 瞬間、三葉は顔を真っ赤にして慌ててタブレットを差し出す。

 

 

 ***

 

 

 そして日にちは過ぎ、ティアマト彗星再接近のニュースが日本中に駆け巡る。

 

「日本中はお祭り騒ぎ、糸守(ここ)はホントに祭りだし・・・・・なのに俺はどうしてこんなヤキモキした気持ちに苛まれなきゃいけないの?」

 

 宮水のご神体の窪地で一人ニュースを見ていた流は誰に言うわけでもなく呟いた。

 瀧と三葉に回らせたポイントとのデータリンクは完了し、分刻みで彗星の軌道と発生するナーマズの共鳴する分裂の時間、分裂した後の角度の割り出しと連日休む間もなく作業しているが、出て来た結果に安心できる要素は皆無であり発狂したい気分だった。

 

「今日ここで俺は終わるのか・・・明日を迎えて次に進めるのか・・・」

 

 空を見上げるもまだ彗星は見えず、日暮れが近づいて行く時間まで作業に没頭していると通信が入る。着信を受けると画面に瀧と三葉、テッシーとサヤちんがそれぞれ別の画面に映り打ち合わせ通りに待機しているのが分かった。

 

「さて、最終ブリーフィングと行こうか」

 

『ホントに落ちるんですよね・・・彗星が?』

 

 まずテッシーが口を開く。

 

「ああ、さっきまでの観測の結果、53.8から91.3%で糸守に落ちると出た」

 

『91って・・・殆ど確実じゃん・・・・』

 

 サヤちんの顔が青ざめる。

 

「ああ、今からでも逃げた方がいいかも知れんぞ」

 

『それじゃ、何の為の一週間だったですか?』

 

『そうよ、私たち色んな人たちから異常だとかおかしいとか思われながらも―――――』

 

「ああ、無粋だったな」

 

 瀧と三葉の文句を遮り、改めて二人を見ると既に運命を共にすると言わんばかりの絵であるが、それは自分とではないことも悟り惚気に移行しそうに鳴る前に話を進める。

 

「では改めて、隕石はほぼ糸守に落ちるが正確に何処とは割り出せない。分かるとしたら衝突する一時間前かそこらだろう・・・それも100%じゃないが」

 

『だから落ちる前に砕くと』

 

『私たちの行動って結局役に立たんかったね』

 

 瀧と三葉はあくまで保険だと割り切っているようだが、そうでないと説明を加える。

 

「そんなことは無い。隕石はナーマズに共鳴して引き寄せられるが何処に行くかは未知数、計算よりずれたとしても取りこぼしを防げる」

 

『おお、バッチリじゃん』

 

『対応方法も非常識ですね』

 

 テッシーが声を上げるがサヤちんは疑問を拭えず不安な声を出す。

 

「仰るとおり、だから真っ当な方法での対応は君達に任せることになる。

 衝突の約二時間前に分裂した隕石を再度共鳴させて塵も残らないように砕く。その時はどデカイ花火が発生することだろうが、出力が足りなかったり、電波が届かなかったりと失敗の可能性は拭いきれない」

 

 不安を掻き立ててどうすると皆が思ったが、そもそも前例などある訳が無い手法に大丈夫と断言しろと言うのも酷であることも分かるので、それぞれが緊張した面持ちで続きを聞く。

 

「もし花火が見えなかったら、俺を待たずに即座にバックアップ案に移行。

 勅使河原くんは防災無線をジャックし、名取ちゃんは放送で避難勧告、瀧君は消防の方に命令を届けるように」

 

『でも・・・その命令って・・・』

 

「言うまでも無く俺が町長さんの声を録音して捏造した物だ。いくら田舎の消防でも直ぐにバレるだろうから、それを本当にする為に三葉ちゃんにはもう一度、町長・・お父さんを説得してもらいたい」

 

『はい!』

 

「いい返事だ。ではこれで通信は終了、各自健闘を祈る」

 

 それらしく締めて通信を切って直ぐにナーマズの鉱石を手に取る。

 この鉱石だけでことが済むに越したことは無いし、思わぬ所から出て来た予備案もある。だが、全ては『理論上の話』であり、嫌な考えが付きまとい離れない。

 

(我ながら嫌な性分だな)

 

 自嘲を通り越して嫌気が差す中で沈んでいく夕日に目を向け一葉の話を思い出す。

 

(確かカタワレ時だったか?そしてこの場所はあの世とこの世の境がある)

 

この鉱石を始めて手にした日を思い出し、もしもアレが神だと言うならこの気持ちをなんとかして欲しいと切に願う。子供や孫が居るような未来まで心安らかに生きたいと・・・  

そもそも何故自分に鉱石(コレ)を託したのか?知らなかった父と糸守との因縁に隕石を予想できる知識をつけさせた事といい、全ては今日の為に仕組まれていたとさえ思えてしまう。

 

(それとも神の意思など関係なく只の偶然か?アンタの意思じゃない、これには無関係・・・そうだとするなら俺の願い聞き届けてくれ)

 

 馬鹿げていると思い作業に戻ろうとした時、何かに摩られた様な感覚が襲い鳥肌が立つ。

 

(気の所為か?無意識が何かしたのか?)

 

 いずれにしても祈りが聞き届けられたとは思えない。何故なら発狂したい気分は離れないから・・・

 

(・・・いや変質しているみたいな感覚だよな)

 

 答えの出ない疑問に何かを間違えたのかと冷や汗が浮かんでくる。それを振り払うようにより集中して作業に没頭していった。

 

 

 ***

 

 

 カタワレ時が終わり、すっかり暗くなった糸守では秋祭りにティアマト彗星の話題も相まってより一層で賑わっていた。

 

「ねぇ、テッシー・・・本当にやらないかんの?」

 

 そんな中で夜の学校の放送室で祭りを楽しむことも出来ず、泣きそうな声を出すサヤちんにテッシーは空を見上げ指を刺して空々しい声で言う。

 

「ああ・・・やらなきゃいかん。じゃないと死ぬ」

 

 その言葉に空を見上げると美しく幻想的な彗星の尾が二つに分かれていた。

 

 

 ***

 

 

 

「花火って・・・まだか?」

 

 瀧が焦りながら完全に分かれた彗星の片方を凝視しているとスマフォからメールが届く。

 

〝瀧へ、彗星が分かれてロマンチックだってテレビじゃ大盛り上がりだ。いっそ、彼女に告ったら良いんじゃね。司〟

 

「ああ、そうしてた方が良かったかも知れないな」

 

 スマフォからタブレットに目を移し指示されていた命令(偽造)が発信できるように確認、同時に三葉の顔を思い浮かべて役所の方角を見た。

 

 

 ***

 

 

 分かれた彗星の一端が迫ってきているのを感じ、その周りに無数の小さな流れ星が現れるも大きな花火は表れない。

 

「逃げなきゃ・・・・みんな死んじゃう」

 

 三葉は高鳴る心臓に役所の扉をくぐろうとした時、かつて東京で見た淡い緑色の光が立ち昇っている光景を目にする。

 

「あれって・・・・ご神体の・・・」

 

 心臓の高鳴りが激しさを増して膝を着く。この時、三葉は恐怖で竦んでいた訳でないことを悟り、神楽舞と口噛み酒の奉納の儀が脳内にフラッシュバックされた。そして極限状態に近い頭は瞬時に理解する。1200前の隕石の影響を受けてきた宮水の家系、己が一部と言われる口噛み酒、その近くで淡く光る石を解放している流、全てが最悪の形でムスビ付いて三葉のナーマズ(たましい)を通して身体にまで影響を及ぼし追い詰めていた。

 

(どうして・・・?)

 

 三葉は無念を抱えて倒れこみ、完全に意識が落ちた。

 

 ***

 

 

 そして与り知らない誤算が生じている中で、流はスティックから鉱石を取り外して掌に載せて機械のように言葉を紡ぐ。

 

「全セーフティを解除、出力を最大値に固定、目標はティアマト彗星より割れた隕石」

 

 緑の光は勢いを増すが物理法則から外れている故に周囲の草木や流れる川、大気は穏やかなままであり変化は無い。しかし祠の中に奉納されている二瓶の口噛み酒はカタカタと振るえ砕け散る。

 

「出力臨界到達・・・さよならだ!」

 

 流は鉱石を握りしめて手を高く上げ、勢いよく地面に叩きつけた。

 鉱石は砕け光の勢いは霧散し、一筋の閃光が隕石に向って昇っていった。

 

「さあ、どうなる?!」

 

 流は目を見開き近づいて来る隕石を見る。

 大気圏からの熱で赤く灯っていた隕石は淡い緑色に染まり、完全に染まりきった瞬間に巨大な光を発しながら爆発した。

 

 

 ***

 

 

「おお、やったぞ!」

 

「信じられない・・・」

 

 薄暗い校舎にいたテッシーとサヤちんは、昼間以上に明るい空に興奮と驚愕を隠せず魅入られる。そこに流から貰ったタブレットに着信が入り確認する。

 

 

 ***

 

 

「よっしゃ!これで一件落着だ!!」

 

 瀧は喜びの余り立ち上がりガッツポーズを取る。それも束の間、スマフォから着信が入り確認すると流であり、笑いながら通話ボタンを押す。

 

 

 ***

 

 

「・・・・・・クソッ!!」

 

 窪地で隕石の破壊を見ていた流はタブレットからメールを送り、スマフォを取り出し連絡を入れると直ぐさま瀧が出る。

 

『やりましたね、若茶さん!』

 

「喜んでる場合じゃない!まだ終わってない!!」

 

『え?』

 

「やり切れなかった、すまん・・・」

 

 その言葉通り、隕石は砕かれたが想定どおりに塵にまではならず、相応の質量を持った欠片が次々と糸守に降り注ぐ。

 

『あ・・ああ・・・あああ・・・・』

 

「事は一刻を争う、直ぐに出動させろ・・・聞いてるか!」

 

『は、はい!』

 

 通話を切って町に向い走っていく。すると『慌てずに所定の場所まで避難してください』

との放送が響いている。想定とは違う形で機能する予備計画に何が幸いするのか分からないものだと思いながら、三葉に連絡を入れるがコールするだけで一行に出ない。

 

(あー、もう・・・役所(そっち)はどうなってんだ?!急がないと下準備が台無しになるぞ!!)

 

 コールする度に焦りが増す思考の中で山道を必死で走りぬける。

 

 

 ***

 

 

 暗闇の中で宮水三葉の意識は覚醒し、薄っすらと目を開けると朝日が差し込みゆっくりと起き上がり見渡すと役所の待合室のようだ。

 

「おお、やっと起きたか」

 

 声の方向に目を向けると若茶流が和やかな表情でそこに居た。その瞬間、三葉は意識が途切れる前の事を思い出し詰め寄ってくる。

 

「わ、若茶さん!・・・・私・・・」

 

「落ち着け、もう全部終わったよ」

 

 終わったという言葉に三葉は慌てて立ち上がり走って窓の外を見ると建物やアスファルトの道が破壊された光景があった。

 呆然とする三葉に追いかけてきた流が声を掛ける。

 

「隕石砕ききれなくてな。でも、幸い死人は出なかった」

 

「え!?」

 

 驚き振り向く三葉に説明を続ける。

 

「俺も直ぐに役場に駆けつけたんだが、とっくに対策本部が出来上がっててな。先にしといた放送と動かした消防も上手く使っての迅速な対応で最悪の事態は回避できた」

 

 聞き終わった三葉は安心の余り力が抜けて膝をつく。

 

「それにしても昨夜は俺も不安が拭えなかったが、人の話にちゃんと耳を傾けられる、いいお父さんじゃないか。今も忙しくアチコチ奔走してるってよ」

 

「あ!四葉やお祖母ちゃんは?」

 

「ちゃんと無事だし、ここに居る。それと」

 

 流が部屋の隅を指すとソファーで寝ている瀧の寝顔があった。

 

「心配だって一晩中付いてたんだぞ・・・てか何時まで寝た振りしてんだ?」

 

「!?」

 

 流は苦笑しながら部屋を出て行き、残された瀧と三葉は双方頬を染めて目を合わせる。

 

「瀧くん・・・ずっと其処に?」

 

「ああ・・・お前さあ、ホントに心配させんなよ、連絡付かないわ、道端で倒れてたわって聞いた時は驚きすぎて心臓破裂しそうだったぞ」

 

「むう、それなら私だって・・・・」

 

 訳が分からない反論で顔を横に背ける。

 三葉のその姿が可笑しくて可愛らしくて思わず笑いが込み上げてくる。

 

「「ぷっ、ふふふふ、ハハハハハハ!」」

 

 三葉は両手で腹を抱え、瀧は片手を顔に当てそれは楽しそうに笑い続ける。

 

「なんにしても無事でよかったよ、三葉」

 

「うん。心配してくれてありがとう、瀧くん」

 

 

 ***

 

 

 そんな風に二人がいちゃついている最中、流は一人役所の外に出て鉱石が無くなり穴が開いたスティックを取りだす。

 

「はあぁ~」

 

 緊張が完全に切れたのか、今更ながらに鉱石が無い事実に残念だと言う思いが込み上げる。

 

(人の命にはと、分かってるけど・・・これからどうしよう?)

 

「何黄昏てんの?」

 

 未練がましい感情に浸っていると、後ろから声がかかり振り向くと四葉が居た。

 

(なんでだろう?何かが違うように感じるな・・・)

 

 顎に手を当てて怪訝な目で注目すると四葉が口を開いた。

 

「どうしました、()くん」

 

 その声は間違いなく四葉だ、しかし出て来た言葉と子供とは思えない口調、母親を感思わせるような感覚に流は直感的に悟った。

 

(まだナーマズの不安定化の影響が残ってるのか・・・そして四葉(この子)の中に居るのはおそらく・・・・)

 

 しかし、それは口に出さずに顎から手を放して胸に手を当てる。

 

「前にも言ったけど、それは父さんの名だよ。

               ―――――俺の名は」

 

                          完

 

 




 短い間ですがご愛読ありがとうございました。


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