インフィニット・ストラトス -Supernova- (朝市 央)
しおりを挟む
■プロローグ
初投稿です。
至らない点多数あると思いますが、気になった点等は感想としてご指摘頂けるとありがたいです。
「えー、今日は男子諸君にISの適性検査を受けてもらうことになった。名前を呼ばれた者は体育館へ行くように」
教壇に立つ初老の男性教師の言葉に教室がざわめき出す。
それから間もなく一人の男子生徒の名前が呼ばれ、教室を出て行った。
インフィニット・ストラトス、通称ISが世界中に知れ渡ったのは今から約10年前になる。
日本を射程圏内とするミサイルが配備された全ての軍事基地のコンピュータが一斉にハッキングされ、2341発ものミサイルが日本へ向けて発射された。
IS『白騎士』はその半数を迎撃した挙句、各国から送り込まれた戦闘機などの軍事兵器までをも無力化し、その圧倒的な戦闘能力を見せつけた。
この事件は『白騎士事件』と呼ばれ、世界情勢を大きく変えるきっかけとなった。
攻撃力、防御力、機動力とあらゆる面で高い性能を誇るISは既存の軍事兵器を過去の遺物へと変え、各国の抑止力の要はISへと移っていく。
また、ISは女性しか動かせないということが男女のパワーバランスを崩壊させ、世界中に女尊男卑の風潮を高めていった。
しかし受験戦争真っ只中の2月のある日、ISは女性しか動かせないという常識は覆されることになる。
――世界で初めてISを起動させた少年、現れる。
テレビ、新聞、インターネット。
あらゆるメディアがこぞって報道したその少年の名は織斑一夏。
世界最強のISパイロットとして名を馳せる織斑千冬の弟である。
そして、織斑一夏がISを起動したという事実は世界中の男たちに小さな希望の光を灯した。
もしかしたら他にもISを使うことができる男が存在するのではないか、と――
◇
(やべーな、ひょっとしたら俺もIS起動できるんじゃねーか!?)
(早く呼んでくれないかな、どうせISなんて起動できんのだし、さっさと終わらせたい)
(ISのことなんかどうでもいいから受験早く終わってくれないかな……)
(腹減ったなぁ)
IS適性試験の実施について男子生徒達の考えは多種多様だった。
ここ先迅中学校は県内トップの進学校であるせいか、IS適性の有無よりも受験戦争に必死な男子の方が多いようだった。
「あぁ君たち、今は授業中だ。受験も終わっていないんだから気を緩めないようにな。それにISを動かす男なんてどうせ現れんだろう。メディアに踊らされてはいかんぞ」
教師がそう諭すと教室はしん、と静まり返る。
静寂に満足したかのように教師は微笑むと、黒板を向きいつも通りに授業を始めた。
チョークが黒板上で削れる音、教科書のページを捲る音、ペンがノートの上を走る音。
静寂を取り戻した教室にはいつも通りの音が響いていたが、一部の男子生徒には心臓の音が普段よりも大きく聞こえていた。
もしかしたら、ひょっとしたら、自分も織斑一夏と同じようにISを動かせるのではないか――
男子生徒達は淡い思いを胸に抱き、自分の名前が呼ばれるのを待った。
やがてガラリと教室の扉が開き、最初に教室を出て行った少年が戻ってくると教室中の皆の視線が一点に集中する。
戻ってきた少年は何事もなかったかのように自分の席に着くと、皆の視線も黒板へと戻っていく。
そんな光景が幾度か繰り返される内に、やはり男にISは動かせないのだ、織斑一夏が特別なのだということが皆の脳裏をよぎったのか、男子生徒達がうるさく感じていた心臓の音も収束しつつあった。
(もうすぐ俺の番か。まあ、なんとかなるだろう――)
この俺、
端正な顔立ちに高身長、落ち着いた性格に全生徒達の中でトップを走る頭の良さも併せ持つ完璧超人である彼も、表面上は冷静を装っていたが内面では胸の高鳴りを隠せずにいた。
(俺はISを動かせるのだろうか……)
授業の内容などは既に頭の中に入っているせいか、教師の言葉などには一切聞く耳持たず、自身のIS適正試験のことばかりが脳裏に浮かんでいた。
「3年1組、千道紫電、体育館に来なさい」
校内放送用のスピーカーから次の生徒の名前が告げられる。
(――やっと俺の番か)
最後列窓際の席で頬杖をついていた少年は、ゆっくり立ち上がると体育館へと歩いて行った。
◇
暖房が利いている教室と比べると廊下は冷える。
寒さの影響で少し早足となった紫電はすぐ体育館に着いてしまった。
体育館の扉を開いたその先、真っ先に紫電の眼に映ったのは黒いISの姿だった。
第2世代型IS『
防御力に優れた純日本国産の第2世代型ISであり、その安定性から訓練機としても人気が高い。
「はい、ぼーっとしてないでさっさと触る。まだ次の人がたくさんいるんだから」
政府の関係者であろう女性は紫電を見るなり、面倒臭そうに告げる。
ISを動かせる女性からしてみれば退屈な仕事なのだろう。
そんな女性のことなど気にすることもなく、紫電は打鉄に手を伸ばした。
「はい、それじゃ次――」
女性の口からその先の言葉は出てこなかった。
目の前の少年、紫電は打鉄を装着して立っていたのである。
「へぇ、これが『打鉄』か。……結構軽いもんなんだな」
「……あっ、IS適正あり……!?」
「あぁ、そうみたいですね。それで俺のIS適正値は何ですか?」
「え、えぇ、判定は……A判定!?」
「A判定……そうですか」
驚愕する女性とは反対に、紫電は落ち着いていた。
まるで自身がISを動かせると確信していたかのように――
「……それで、俺は今後どうなるんですか?」
「えぇと……まずは政府に連絡した後でどうなるか決まるわ。ただ、前例の織斑一夏君のことを考えるとIS学園に通うことになるんじゃないかしらね」
「IS学園、ですか」
「えぇ、IS適性のある男性はあなたが2人目だし、きっとあなたも世界中から狙われることになるわ。そんな重要人物を守れる場所はIS学園しかない。それにあなた、IS適正A判定なんだからISパイロットとして鍛えられるのは間違いないわ」
「……そうですか」
(まずは計画通りIS学園に入学することはできそうだな。俺の受験戦争も終わりか)
慌てて政府への連絡を入れる女性を尻目に心の中でそう呟くと、今後のことを考え始めた。
(IS学園はどんな所なんだろうな……)
計算高く常に下調べを欠かさない彼にとっても、ほぼ男子禁制のIS学園とは未知の場所であった。
(しかし、これでようやく俺の計画が本格的に始められる……!)
この日、世界で再びISを起動させた少年が発見された。
織斑一夏に続いてISを起動させた第二の男、その名は千道紫電。
彼の名前が世界中に報道されたのは織斑一夏がISを起動させてからわずか数日のことだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■発見
それを発見したのはアメリカ某所にある国際宇宙センターだった。
このときの俺はまだ小学校にすら入っていなかったが、教育熱心な親父によって博物館や動物園など色々な所に連れ回されていた。
まだ小さかったから細かいことまでは覚えていないが、一つだけはっきりと覚えている場所がある。
アメリカ某所にある国際宇宙センター、その中にあるギフトショップ。
親父と奇妙な会話をしたのはそこだった。
「ほら紫電、これは隕石って言う宇宙から飛んできた大きな石の欠片なんだよ」
「……父さん、宇宙の石は光るの?」
「光る?何を言っているんだ紫電。隕石と言えども所詮は石だ。光ってなんかいないだろう?」
今でもはっきりと覚えている。我ながら奇妙な会話だと思う。
これは今から10年とちょっと前くらいに俺が親父とした会話だ。
隕石に光沢があるということならまだおかしくは無いが、隕石が電球のように光るのは明らかにおかしいだろう。
そのことを正直に話しただけなのだが、今になって冷静に考えると非常に滑稽である。
(……この石、光ってるけど誰も何も感じないの?)
宇宙でも使えるボールペン、携帯宇宙食、スペースシャトルの模型などの様々な土産物の中に、それは埋もれるように存在していた。
目の前にあるのは研究対象にもならない宇宙からの石、いわゆるお土産用クズ隕石の山。
その中にたった1つ、小さなダイヤモンド型の隕石が呼吸するかのように淡い光を放っていた。
他にもいくつか隕石があるが、光っているのはその一つだけだった。
(……誰も気にしないの?それとも光っているように見えているのは自分だけ――?)
隕石の欠片を掌に乗せるとほんのり暖かい。
そして暖かみと同時に言葉では言い表せない奇妙な感覚。
微弱な電流が体内を駆け巡るような奇妙な感覚が得られた。
それは決して不快な感覚ではなく、むしろ心地良ささえ感じるものだった。
「父さん、この石買って!」
「……うん?」
あのとき、親父は驚いていた。
今まで俺が欲しがったものといえば、参考書やら望遠鏡やら実用性の高い物ばかり。
希少価値の低い土産用の隕石の欠片を欲しがったのはきっと予想外だったのだろう。
結果的にあまり値段が高くないこともあり、隕石の欠片は無事買ってもらうことができた。
その後も色々な所を見て回ったが俺の頭の中は隕石のことで頭が一杯だった。
ただひたすら隕石を手の中に握りしめ、親父の後ろをついて歩くだけになっていた。
結局、宇宙センターを出て帰りの飛行機に乗っても光る隕石の欠片への興味が薄れることは無く、隕石を手の中で握り物思いにふけっていた。
(……この石は何かを俺に伝えたいのだろうか?)
このとき、俺が何故こう思ったのかは俺自身でもわからない。
ただ何となく、理由も無く感覚のみでそう思ったのだった。
しかし、その疑問に対する答えは意外な形で返ってくることになる。
(――聞こえていますか――)
突然声が聞こえたような気がした。
思わず立ち上がって周囲を見回したが、夜空を飛ぶ帰りの飛行機内は静寂に包まれている。
ほとんどの人は眠っていて、話しかけてきそうな人は一人も見当たらなかった。
(――私の声が聞こえていますか?)
再び声が聞こえると、今度は声の違和感に気付く。
この声は誰かが喋っているのではなく、頭の中に直接響いているという感覚が正しいようだ。
(聞こえてるけど、どこから話しかけているの?)
(あなたの手の中からです)
口に出さず頭の中で返事をしてみたが、どうやら通じたようだ。
しかし、俺の手の中ということは――
(隕石が喋った!?)
おそらく、隕石と会話をした人間は俺が世界初だろう。
少なくとも俺が今まで読んできた参考書では隕石と会話ができた人物などは記載されていなかった。
(初めまして、俺は紫電っていうんだ)
(あなたの名前は紫電。わかりました)
(君の名前は何て言うの?)
(私は、私の名前はありません)
(名前が無いの?親に名前を付けてもらわなかったの?)
(私に親は存在しません。故に名前もありません)
第一印象は良いに越したことはない、初対面の相手には挨拶をしなさい。
親父の教育のおかげか、相手は人間ではなく隕石であるにもかかわらず俺は冷静に自己紹介ができていた。
隕石からもしっかり返事が返ってきたが、自身に名前は無いということだった。
このときは流石に困ったので、俺が名前を付けることにした。
(名前が無いのなら、君のことはシオンと呼んでもいいか?)
(シオン、私の名前……。わかりました、シオンとお呼びください)
頭に響くこの声は女性のもののように感じたので、シオンと呼ぶことにした。
いつだか親父が言っていたが、俺が生まれる時に男の子だったら紫電、女の子だったら
(それでシオン、君は一体何なの?どこから来たの?)
(私が何か、どこから来たか、それは私にもわかりません)
(じゃあこの声はどうやって話しているの?)
(それは音ではなく、感覚の同調を行うことで紫電の聴覚に直接語りかけているのです)
(音ではなく聴覚に直接って、まるで意味が分からないなぁ……)
結局、日本に帰るまで俺はシオンと話し続けたがシオンの正体はよく分からなかった。
放つ光は俺にしか見えず、音を発さずに頭の中に直接感覚で語りかけ、どこから来たかも不明な隕石。
シオンという異質な存在はとても興味深く、まだ幼い俺から見ても非常に魅力的だった。
今思えば、このときから既に俺の運命は決まっていたのだろう。
この隕石、シオンと共に一生を過ごすことになるのだろうと――
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■兄妹
俺とシオンが出会ってから早数日。
大分シオンのことも理解できてきた。
外見は隕石の欠片そのものだが、普通の人間と同様に意思があり、自分の考えを持って発言することができる。
ただ、シオンは俺以外に話しかけることはできないらしい。
シオンは音ではなく、感覚を同調させることで自分の考えを対象に伝えることしかできないらしく、その対象になるのは俺しかいないようだった。
試しに親父をはじめ、様々な人に同調させようとしたが何れも反応はなし。
そもそもシオンが光っているように見えないらしく、俺のことは買ってもらった隕石を見せびらかしに来た子供としか認識してもらえなかった。
(……どうなってるんだろうなぁ)
(感覚同調が成功したのは紫電が初めてです。他の人との同調は難しいと考えます)
(それはなんで?)
(紫電に語りかけるずっと前からすれ違う人達に同調は行ってきましたが、誰とも同調することはできなかったからです。それに私が光っていると認識できたのも紫電だけです)
(確かにあの国際宇宙センターの来場者数はかなり多いみたいだし、その中に一人もいなかったとなると、他には誰も同調できないのかなぁ)
(おそらくは)
(……もうこれからのことは俺とシオンの秘密にしておこう。頭がおかしい奴だと思われても困るしなぁ)
(了解です。そもそも紫電以外と話すことができませんが)
(他にシオンみたいな喋る隕石に心当たりは無い?)
(ありません)
(……うーん、別の話題にしよう。シオンがどこから来たのかについてだ)
(どこから、と言われても答えようがありません。全く記憶が無いのですから)
(少なくとも隕石として売られてたんだし、宇宙から来たんじゃないかな)
(宇宙ですか)
(うん、きっと宇宙から来たんだ、そうに違いない!)
(宇宙から来たと断言できる理由はなんでしょうか?)
(だって地球上に光って喋る石なんて無いし!)
我ながら滅茶苦茶な理論だったが実際そうとしか言いようも無く、俺はシオンが宇宙から来たと決めつけていた。
(きっと宇宙のどこかにシオンの仲間もいるんじゃないかな!?)
(……そうでしょうか)
(よし、俺が大きくなったら一緒に宇宙に行ってシオンの仲間を探してやるよ!親はいないって言ってたけど、きっとどこかに同じような仲間は存在するはずさ!)
(私の仲間、ですか)
(ずっと一人ぼっちじゃ寂しいからな!じゃあまずは俺がシオンの仲間……いや、兄だ!)
(兄、ですか?)
(おう、俺がシオンの兄になってやるよ、シオンは妹な!)
(私と紫電が兄妹……わかりました、よろしくお願いします)
俺は今までずっと一人っ子だった。
親父に連れられて外出する度、仲良さそうに歩く兄妹を見ては羨ましく思っていた。
俺にも妹か弟がいればもっと楽しいだろうな、と常日頃思っていた。
だからこそシオンを妹のように扱いたかったのだろう。
人の形こそしていないが、シオンを妹にしたときは本当に妹ができたみたいですごく嬉しかったことをはっきり覚えている。
(じゃあ早速宇宙に行くための準備をしていこう)
(何か具体的な案があるのですか?)
(まず宇宙船が必要だし、空気に水に食糧も準備しないとね)
(分かりました。それらは私が準備しましょう)
(……え?)
俺が言ったのは夢見がちで、到底実現不可能な案のはずだった。
しかし、シオンからの回答は想定を上回るものだった。
(……本当に準備できるの?)
(可能です。ただし時間がかかるので今から準備を始めましょう)
シオンの発言直後、ピシッと乾いた音が響くとシオンの体は真っ二つに割れてしまった。
綺麗なダイヤモンド型をしていた隕石は二つの三角錐に分かれている。
(ちょっと、大丈夫!?)
(問題ありません。こうしないと準備ができないので)
そう言うと半分に割れたシオンの片割れがふわりと宙に浮かぶ。
ふわふわと紫電の部屋の中を飛び回った後、開いた窓からどこかへ飛んで行ってしまった。
(おまけに半分どっか飛んで行ったけど、本当に大丈夫なの!?)
(問題ありません。宇宙に行っただけです)
(宇宙って……)
思わず俺は絶句してしまった。
いきなり半分に割れたかと思いきや、割れたばかりの片割れは宇宙へ行ったという。
(距離が遠すぎると紫電と感覚同調ができなくなるので半分だけで宇宙に向かいました)
(……あぁ、飛ぶこともできるの……!?)
(宇宙に到着したら宇宙船の材料になりそうなものを探します)
(宇宙船の材料になりそうなもの……スペースデブリや流星物質のこと?)
(その通りです)
以前、宇宙開発に関する本で読んだことがあった。
地球の衛星軌道上には機能を停止した人工衛星やロケット打ち上げに使用された部品などの宇宙ゴミこと、スペースデブリが大量にあるのだと。
また地球上へ降ってくる流星の中には、極稀に希少な金属が含まれることも確認されており、資源として流星物質への注目も高まっていると。
(確かに宇宙船の材料になりそうなものはあるかもしれないけど、加工できないんじゃない?)
(心配ありません。それについては実際に見てもらった方が早いですね)
そう言うと近くに置いてあったリングノートがずるずるとシオンの近くへと引き摺られていく。
俺はあっけにとられながらその光景を眺めていると、シオンが鉄製のリングに触れた瞬間、リングはドロドロと溶け出してしまった。
ほんの僅かな時間でリングノートからはリングが溶け、溶けたリングは鉄製15センチ定規のような長方形になってしまった。
一方、紙のノート部分には一切変化は見られない。
鉄が溶けるほどの高温が発せられたのならノートが焼け焦げてもおかしくない。
そもそも俺が熱さを感じるだろうが、そんなことも全くなかった。
俺はまたしても絶句してその光景を見ていることしかできなかった。
(……今、何したの?)
(私の内部にあるエネルギーを使用して手近にあった金属を引き付け、加工しました)
(リングノートの鉄を引き付けた挙句、長方形に加工したと。もはやなんと言えばいいんだか……)
(これくらい小規模の加工であれば容易に実行可能です)
(……あぁ、ひょっとして宇宙に行った片割れはその力を使ってスペースデブリやら流星物質を材料に宇宙船を造るつもり!?)
(その通りです。また、宇宙船内に空気清浄器や浄水装置を設置すれば、地球から空気と水を入手することで長期的な宇宙活動が可能になるでしょう)
(空気と水さえ手に入れば食糧自給も不可能ではないってこと?……もう少し時間はかかりそうだけどすごいじゃん、シオン!)
(ただ、私のエネルギーも無制限に使えるわけではありません。ある程度消費したら時間をおいてエネルギーの回復を待つ必要があります)
(自然回復する太陽電池みたいなもの?まあ気楽にやっていこうよ)
(紫電の期待に応えられる宇宙船を造って見せますのでご安心を)
(期待して待ってるよ。それと地球側でも準備をしていかないとね)
(そうですね。宇宙空間で人間が生きていくには相当な訓練が必要なようです)
(あぁ、それも本で読んだことあるなぁ。宇宙飛行士ってすごく頭が良くて、過酷なトレーニングをこなしたうえのほんの一握りの人間しかなれないんだって)
(紫電も宇宙へ行くならば今の内から鍛えておくべきです)
(宇宙飛行士になれるくらいの身体能力と知力の準備だね。うん、頑張るよ!)
俺は運動も勉強も苦手ではない。
親父からスポーツ、学問、芸術など様々なものに触れさせられては何でもそつなくこなしてきた。
何でもそつなくこなせてしまうが故か、ただ何にも興味が湧かなかったのだ。
しかしシオンと共に宇宙に行くという目標ができてからは、どんなことにでも集中して努力していかなければならないと改めて認識することができた。
俺がシオンと出会ってから僅か1ヵ月足らず、こうして俺とシオンの秘密の宇宙船開発プロジェクトは始まったのだった。
一方でこの直後、世界は白騎士事件によってマルチフォーム・スーツ、ISの存在を知ることになる。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■白騎士事件
白騎士事件後、紫電とシオンが密やかに宇宙船開発プロジェクトを遂行している中、世間はISと白騎士の話題で持ちきりとなっていた。
(紫電、白騎士とは一体何者なのでしょうか?)
(わからない。どこのニュースでも白騎士の正体については掴めていないみたいだ)
(正体不明の騎士ですか。しかし紫電、この白騎士は日本を守ったと考えて良いのですか?)
(結果的には多くのミサイルから守られたことになるね。でもこの事件、すごく怪しい気がする)
(怪しい、ですか)
(正体不明のIS『白騎士』の動きはどう見ても宇宙空間での活動を目的にしたものではなかった。戦闘能力をアピールするためのものだったようにしか見えない)
(確かに、ISは宇宙空間での活動を想定して開発されたマルチフォーム・スーツだと篠ノ之束博士が発表していました。ニュースの通り他国の軍事兵器を返り討ちにできるほどの戦闘能力があるとすれば、それは過剰戦力と考えます)
(だとしたらやっぱり白騎士はISの戦闘能力をアピールしたかったのかな?ただ、どう考えてもこのタイミングで日本に向けて大量のミサイルが発射されるなんて都合が良すぎると思わないかシオン?)
(ISの存在感を示すためのマッチポンプでしょうか。とするとミサイルの発射をしたのは篠ノ之束博士ということになりますが)
(……白騎士を見る限り、ISはとてつもない技術の塊だと思う。そしてそれを開発した篠ノ之博士は相当な切れ者なんだろうね。日本へミサイルを発射するよう仕掛けることも不可能ではないのかもしれない。だとすると本当に篠ノ之博士がミサイルを……?)
俺とシオンは白騎士事件について可能な限りの情報を集めては考察していった。
白騎士はともかく、ISという存在は俺たちの目標である宇宙船開発プロジェクトに有効なものだからだ。
もしISを手に入れることができれば宇宙船開発の速度も上がるうえ、宇宙空間での活動もより効率的になる。
そんなことを考えていた一方、残念な知らせが届くことになる。
――ISは女性しか起動することが出来ない。
ニュースでの一報は俺を大きく落胆させた。
今後もしISが一般人でも入手できるようになれば、俺自身がISを装着して宇宙空間での作業を行えるようになる。
そんな考えは一瞬で崩れ去ってしまったのだ。
(紫電、ISを起動できないからといって宇宙に行けなくなったわけではありません。気を落とさないでください)
(……あぁ、わかってる。ISが無かろうと、俺たちの計画は止まらない。ただ――)
ISが使えればもっと早く計画は進んでいただろう――
そう言いかけたところで俺は言うのをやめた。
無理なものは無理と割り切らなければ。
(……しかし、篠ノ之博士は本当に宇宙開発をする気があるのかな?これじゃただ自分の作ったISを兵器として見てもらいたい、というようにしか感じられないんだけど)
(優れた技術者は変人であることが多々あります。篠ノ之博士の思想も常人では考えもつかない何かがあったのではありませんか?)
(そんなもんなのかな。もしきちんとした開発者なら、自分の作ったものにちゃんと責任を感じてほしいものだけど……)
俺の頭の中にはある一人の偉人が浮かんでいた。
その偉人の名前はアルフレッド・ノーベル。
かのノーベル賞の由来となった人物である。
ノーベルは取扱いの難しい火薬を簡単に扱えるようにとダイナマイトを開発した。
それは鉱業分野などで素晴らしい活躍を見せたものの、軍事方面でも有効活用されてしまい、死の商人とまで呼ばれるようになってしまった。
ノーベルは決して死の商人となることを望んではいなかったが、結果としてこのような事態を招いてしまったことを悔やんで死んでいった。
ノーベル賞には大いなる発明には大きな責任が伴う、ということを忘れないようにというような意味もこめられているのだろうと俺は認識している。
篠ノ之博士はどうなのだろうか。
ノーベルのように自らの発明に責任を感じているのだろうか。
先の白騎士事件の顛末を見る限り、おそらくISは宇宙空間での作業よりも兵器として利用される可能性が高い。
もしそのような世界になったら――
(シオン、宇宙船は可能な限り早めに作りたいね)
(元よりそのつもりですが何か思うことがありましたか?)
(いや、将来も今のように安穏と過ごせる日々が来るとは限らなそうだからね……)
このときの俺の予想は当たっていた。
各国はISの研究にのめり込み、軍事の中心はISへと遷移。
今後、若い女性達はIS適性検査が義務付けられ、ISに関する技術・知識の学び舎となるIS学園も設立されるとのことだった。
また、ISを起動することができない男性は冷遇され、女性の地位、立場が上昇し、徐々に女尊男卑の世界へと傾いていった。
さらにISの開発者である篠ノ之束博士は467個のISコアを残して失踪し、消息不明に。
白騎士事件をきっかけに、世界は少しずつ、大きく変わっていった。
ただ幸いなことに俺とシオンへの影響はさほど無かった。
理由は単純、大病院の院長という立場である親父のおかげだった。
流石に医療という現場までは女尊男卑の風潮はあまり強くないらしい。
いかに女尊男卑が蔓延ろうとも、医者の意見にはきっと逆らえないからだろう。
それに加えて俺が入学した学校もいわゆる上流階級向けの進学校で、女尊男卑なんてしようものなら大ごとになりかねないことを皆理解していたからだった。
◇
それから1年、2年と時が過ぎていくうち、白騎士事件も気付けばもう10年も昔のことになっていた。
ISを使用した世界大会『モンド・グロッソ』が開催されるほどISの認知度も向上しており、それが拍車をかけたかのように世間ではすっかり女尊男卑の風潮が蔓延っていた。
一方、そんなこととは関係なしに俺の学生生活は良好だった。
試験では常にトップを取り、体育でもあらゆるスポーツで優秀な成績を収めた。
両親は喜び、親父は俺を病院の後継ぎにしたいと話してくる始末。
一応親父には医者になれるように頑張るとだけは言っておいた。
ただ、あくまで俺の目標はシオンと共に宇宙へ行くことであり、その目標は現在、中学3年の受験シーズンになっても変わることはなかった。
少しずつ時間をかけて造られた宇宙船も10年の歳月のおかげか、ほぼ完成に近づきつつある。
それに向けて俺の鍛錬も進めており、計画は順調だった。
しかし、とある日のニュースによって俺たちの計画は大きな転換期を迎えることになる。
――世界で初めてISを起動させた少年、現れる。その名は織斑一夏。
最初は何かの見間違いかと思った。
しかしどのチャンネルも、新聞も同じ話題を一面に載せて報道している。
(ISが男でも起動できる、だと?)
(どうやらそのようです。ひょっとしたら紫電も起動できるかもしれませんね)
(……いや、その可能性は無いだろう。織斑一夏はモンド・グロッソの優勝者、織斑千冬の弟らしい。何か特別な才能、素質があってもおかしくないぜ。それにそもそも男性のIS起動なんてどの国も真っ先に研究課題にしそうなものだろう?それが達成されたという報道は一切無いし、織斑一夏以外の男がIS起動することはできないと思うぜ)
(もし紫電がISを起動することができないのであれば私がISを起動して紫電に装着させればよいのではないでしょうか)
(何っ!?そんなことできるのか!?)
(ISコアが使用しているエネルギーは私自身が持っているエネルギーと同質のものと思われます。なのでISコアのエネルギーと私のエネルギーを統合すればISの起動は可能と考えます)
(だがそれだとISを起動はできても機敏に動くことはできないんじゃないか?)
(私がISを起動させて紫電に装着させた後、感覚同調すればよいだけの話です。紫電がISを動かしたいと思うその感覚に合わせて私がISを動かします)
(……なるほど、理論上は確かにできそうだが、俺がISを動かしたいと思ってからシオンが実際にISを動かすまでのタイムラグがあるんじゃないか?それだと肝心の戦闘能力が落ちるぜ?)
(感覚同調にタイムラグはありません。同調は一瞬でしているのでその懸念は無用です)
ISが動かせる可能性がある。
シオンはそう告げているが俺自身はまだ確信が得られずにいた。
(シオン、確かにISを起動できれば今後非常に役に立つことは間違いないが、その案ではまだ確証が得られない)
(えぇ、その通り確証はありません。現時点では、ですが)
(そう言うってことはシオンも俺と同じ考えか)
それはあまりにも無謀で、困難で、馬鹿げた考え。
――ISコアを入手する。
俺とシオンは全く同じことを考えていた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■強奪からの強奪
(しかしシオン、ISを入手するにしても何かあてはあるのか?ISの入手なんて早々できるもんじゃないぞ)
ISはIS運用協定、通称アラスカ条約の下に規定が存在しており、ISの取引は規制がなされている。
また、各国が所有するISコアの数も既定の下に振り分けられているため、ISコアの取り扱いには細心の注意と警戒が敷かれているのは想像に難くない。
そんな中でISコアを手に入れるにはいったいどのような手段があるのだろうか。
(ISコアについて調べましたが、ISはコア・ネットワークという内蔵の通信ネットワークを持っているのですが、どういうわけか、私はこれにアクセスすることができました)
(……さらっとすごいこと言ってるが、本当か?)
(私のエネルギーを用いれば通常のインターネット上にはアクセス可能であることがわかっていましたので、ISのコア・ネットワークにも接続できるか試したところ、できることがわかりました)
(……意外とセキュリティ弱いのか、コア・ネットワークは……?)
俺は唖然とした。
こんなにあっさりとISの機密部分にアクセスできるとは。
本当にセキュリティが脆いのか、それともシオンがすごいのかは分からなかったが。
(それでコア・ネットワークからISコアの位置情報をサーチしたところ、おかしなところに存在するISコアがいくつか見つかりました。そしてその中の1つがここから近い場所にあります)
(ISコアがおかしなところにある……?ISコアは467個全てにナンバーが付けられて厳重に管理されているはずだが……まさかもう誰かが盗んだのか!?)
(その可能性は否定できません。ISコアと言えど所詮は物です。ISを使って無理やり強奪したのかもしれません)
(しかしISコアが強奪されたとなれば一大事じゃないか。国防にすら影響を与えかねないレベルだと思うんだが……あぁ、だから報道もされていないのか?)
(その通り、例えどこかの国、企業がISコアを紛失したとしても世間にばれる可能性は低いようです。ですので――)
――この強奪されたと思われるISコアを強奪しましょう。
シオンの一言は俺に衝撃を与えた。
ISコアを強奪しろ?随分と大それたことを言うようになったな。
……だが悪くない。
宇宙への道に近づくためであれば、それくらいのリスクは背負ってでもISコアを手に入れたい。
(シオン、その強奪されたと思われるISコアについて詳しく教えてくれ)
(はい、強奪されたと思われるISコアナンバー009は日本のIS研究企業である新星重工が保持しているものです。しかし、現在は新星重工の研究所から離れた廃工場内から位置反応が出ています。
それも、なぜかコア・ネットワークによる位置情報が漏れないように潜伏モードのまま。
この廃工場は新星重工とは一切関係のない建物で、意図的にISコアを移動させたとは考えられません。おまけにこの廃工場は正体不明の人間が何度か出入りしているようです)
(ISコア強奪犯の隠れ家ってわけか。しかし位置情報でISコアの場所がわかってしまうのなら、強奪しても俺たちがISコアを持っているとすぐにばれてしまうんじゃないか?)
(通常、ISコアの位置情報は潜伏モードであれば探知されません。最も、私にとっては潜伏モードなど無いも同然です。なのでISを起動して潜伏モードを解除したりしなければ位置情報がばれることはありません)
(起動しなきゃばれないってことか。しかしそれだと結局ISを起動するタイミングが――)
無い、と言いかけて俺は気付いてしまった。
俺がISを起動させてもおかしくないタイミングがある。
織斑一夏がISを起動させてしまった以上、どの国も若い男性を対象にIS適性試験をするのではないか、いや、絶対にするだろう。
まだ15歳の俺も当然その対象となり、ISを起動することができるか試されるはずだ。
もしそのタイミングでISを起動すれば――
いや、ISコアの起動タイミング以外にもまだ問題がある。
ISコアを仮に入手できたとして、俺がISコアを所持していい正当な理由が無い。
新星重工からしてみれば俺がISコアを奪った強奪犯に見えるだろう。
そう見られてはいけないのだ、あくまで新星重工からISコアを奪った強奪犯と俺は別人として認識してもらう必要がある。
そんなことができるだろうか……いや、できる!
かなり綱渡りになるが、俺がISコアを強奪してそのISコアを自分のものとする策がある!
(シオン、ISコアのある廃工場はここからどれくらいかかる?)
(電車で45分、そこから徒歩で15分もあれば到着できるでしょう。ちなみに紫電、ISコア強奪には私との協力が不可欠です)
(もう日も傾き始めている、今から出れば丁度日も落ちるか。……シオン、できると思うか?)
(先ほども言いましたが、私と紫電が協力すれば可能です)
(……わかった、行こう。ISコア強奪作戦開始だ)
俺はシオンがひそかに用意していた小道具を持つと、ゆっくりと部屋を後にした。
しかしシオン、小道具を用意しているあたり強奪する気満々だったんだな……。
◇
受験戦争真っ只中の2月は陽が落ちるのも早く、すでに辺りは暗闇となっていた。
小さな工業地帯の中にぽつんと存在する廃工場。
一見すると誰もいないように見えるがこっそり中をのぞくと人影が見える。
(場所はここで間違いないみたいだな)
(はい、ISコアナンバー009の位置はここで間違いありません。高さとしては一階にあるようですが、あまり細かい位置までは把握できないことを理解願います)
(細かい位置ね、そんなものは大体見ればわかるもんさ)
俺は別の位置から廃工場の中を見回す。
小さな蛍光灯の下に人が男が二人、一人は鉄柱に寄りかかっており、もう一人は腰くらいの高さまである木箱の上に腰かけている。
また、二人以外にも工場内の入り口付近に見張りの男が一人いることがわかった。
(大事なものを隠すとき、人は目の届かないところに置きたがらない。おそらくあの木箱の中かその近くにあると見た。まずはあの二人の周りから探すぞ)
(了解です。私をISコアに近づけてくれればISコアのエネルギーを感じ取ることができますので、あまり大きな音は出さずに探すことができると思いますよ)
(ああ、頼りにさせてもらう)
退路のことも考えながら廃工場を一回りぐるりと見渡す。
やはりこんな辺鄙な場所には誰も来ないと踏んでいるのか、警戒は薄目のようだった。
――二階部分から侵入したほうが良さそうだ。
俺は錆びた煙突に足をかけると、ゆっくりと音が立たないように昇っていった。
(……よっと、ひとまず工場内への侵入はうまくいったな)
(目標は工場一階中央付近にいる二人の近くです。気を抜かないように)
(あぁ、わかってるさ、バレたらただごとじゃあすまなそうだ)
一歩一歩、音がしないようにゆっくりと階段を降りる。
錆びついているせいか、ギシギシといやな音を立てているがギリギリあの二人までは聞こえないだろう。
なんとか一階まで降りることができた俺はドラム缶の陰に身を隠す。
(幸い、木箱やらドラム缶やら色々放置されてるおかげで隠れ場所には事欠かなそうだ)
(……このドラム缶の中にはISコアは無いようです)
シオンもさっそくISコア探知モードに入っている。
よし、じゃあゆっくりと周囲を探るとするか。
(……この箱の中でも無いようです)
工場中央付近で男が座っている箱以外の場所はあらかた見て回ることができた。
やはり本命のISコアはあの木箱の中にあると見ていいだろう。
(ここらで小道具の出番だな、頼むぞシオン)
(任せてください)
そういうと俺のポケットから小さなネズミのぬいぐるみが飛び出していった。
この暗い工場内ではまず本物のネズミと見分けがつかないだろう。
ぬいぐるみの中にはシオンが入っており、低空をゆっくりと這うように動くことで本物のネズミのように振る舞って木箱に近づく、という作戦である。
かくしてその目論みは無事成功していた。
まともな照明の無い廃工場では小さなネズミの姿を認識することは難しい。
見張りらしき二人の男はネズミに扮したシオンに全く気付くことなく、のんきに煙草をふかしていた。
(……紫電、どうやら当たりのようです、ISコアナンバー009はこの箱の中にあります)
(読み通りか。シオン、その箱を加工して穴を開けられるか?)
(無論です。既に私が通れるギリギリのサイズで穴を開け、中に入りました)
(もう穴を開けていたか。中々早いな)
(木箱の中は金庫のようです。ISコアはこの中にあると見られますので、早速穴を開けます)
(金庫ですら簡単に穴開けられるのか。とんでもねーやつを妹にしちまったもんだぜ……)
(……金庫に穴が開きました。ISコアを回収して今戻ります。ついでに開けた穴も元に戻しておきましょう)
穴の開いた木箱からゆっくりとネズミのぬいぐるみが出てくる。
ちゃっかり木箱の穴も即座に塞いでいるあたり緻密である。
相変わらず暗い工場内ではその姿を認識することは難しく、見張りに全く気付かれることなくISコアを奪取することができた。
(紫電、ISコアの奪取に成功したからには長居は無用です。早々に立ち去りましょう)
(了解、来た時と同じ二階から脱出するぜ!)
俺はネズミのぬいぐるみを回収すると、ゆっくりと音を出さないように二階へと上がっていった。
そして再び錆びた煙突に足をかけ、今度はゆっくりと降りていく。
地に足が付くと一気に駆け出し、廃工場を囲っていた塀に手を掛ける。
ゆっくりと頭を出して周囲に人がいないことを確認すると、瞬時に塀の外側へと飛び出していった。
俺は少し上がった息を整えると、ゆっくりと駅の方へと歩いて行った。
(紫電、お見事でした。工場に侵入してから脱出するまでほとんど音がしていません。日頃の鍛錬のおかげですね)
(こっちは内心冷や冷やしたぜ。スパイ映画とかは好きだが、まさか実際に自分がスパイみたいな行為をすることになるとはな……)
ポケットの中に手を突っ込み、ネズミのぬいぐるみを破ると、中には見慣れた三角錐の隕石ともう一つ、ダイヤモンド型のISコアが存在していた。
(これがISコアか……なんか二つに分かれる前のシオンに似ているような気がするな……)
(形だけではありません。このISコアのエネルギーの性質も私とほぼ同じです。私とこのISコアとの違いはただ感覚の同調ができないことと、なんらかの武装が設定されていることくらいです)
(ということはひょっとしたらシオンはISコア……?いや、でもそれはあり得ない、俺がシオンと会ったのは篠ノ之博士がISを発表する前だった)
(ですがこのISコアと私は何らかの関係がありそうです。詳しく調べたいので、ひとまずここを離れましょう)
(あぁ、わかってるさ。さっさと帰るぜ)
結局、廃工場の中に居た三人は侵入者に気付くことは一瞬たりともなかった。
ISコアを奪取してポケットに隠した少年は暗い夜道の中一人、駅に向かって歩いていった。
◇
紫電たちが丁度家に着いた頃、廃工場に一人の女性が訪れていた。
「ちょっとアンタ達、ちゃんと見張りしてたのかい?」
茶色く長い髪をなびかせ、颯爽と現れたスーツ姿の女性を見た見張りの一人はうっかり加えていた煙草を床に落とす。
「は、はっ!誰もこの廃工場に近づいていませんので、問題ありません!」
廃工場入口付近で見張りをしていた男が答えると、茶髪の女はつかつかと工場中央へと向かっていった。
「ISコアは?」
「へい、この箱の中に入ってますぜ」
木箱に腰かけていた男が腰を上げ、木箱の蓋を開ける。
中を覗くと重厚な金庫の扉が顔を覗かせていた。
茶髪の女はいつの間にか手にしていた鍵を使って金庫の扉を開くと、その勝気な目を見開いた。
「……おい、ISコアをどこへやった?」
「へ?その金庫の中に入って……ねえ!?」
金庫の中は空だった。
「もう一度聞く。ISコアをどこへやった?」
「し、知るかよ!俺はちゃんとこの木箱の上に座ってたし、相棒と一緒にずっと見張ってたぜ!?」
「おお、誰もここには来てねえし、金庫の鍵を持ってたのだってあんたじゃねえかよ!」
2人の男たちが喚きだすと、茶髪の女性は明らかに不機嫌な表情を見せる。
その直後、鋭い刃物が肉を貫くような音が二度、廃工場内に響くとそれ以降喚き声は聞こえなくなった。
「あの、オータムさん、何か……ひっ!」
入り口の見張りをしていた男が中に入ってくると、金庫の見張りをしていた二人が血を流して倒れていた。
出血量からしてすでに事切れているだろう。
「アンタ、こいつらと金庫を処分しときな。私は帰る」
「は、はいっ!」
オータムと呼ばれた女は片手で頭を押さえながら廃工場を後にした。
(あのクズ達の言うとおり、百歩譲って木箱を開けたとしてもあの金庫は早々開けられるもんじゃない。それに鍵を持っていたのはずっと私……!どうやって中のISコアを取り出したというの!?)
思わず空いた片手でコンクリートの壁を殴りつける。
手から血が滲み出すが、そんなことは気にならないくらい頭に血が上ってしまっていた。
(せっかく新星重工からISコアを強奪できたっていうのに!?スコールになんて説明すればっ……!)
悔しさを端正な顔立ちに浮かべながらオータムは暗い夜道へと消えていった。
真相を知るのはたった一人の少年と一つの隕石だということも知らずに――
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■IS学園入学計画
ISコアを強奪してから翌日。
俺は学校の授業が終わるや否や、即座に家に帰って自分の部屋へと飛び込んだ。
ベッドに鞄を放り投げると、一目散にシオンを手に取って感覚同調を行う。
(シオン、ISコアの解析は順調か?)
(お帰りなさい、紫電。解析は順調です、紫電に伝えるべきことがあります)
(何かわかったのか?)
(まずこのISコアと私のエネルギーの仕様は同じようです。なので私のエネルギーとISコアナンバー009とのエネルギーを統合し、私が操作することが可能であるとわかりました。なのでISコアを使って紫電にISコアナンバー009の武装を装着させることも可能です)
(……そうか、俺もISを装着できるのか!)
シオンの言葉を受け、拳を握りしめる。
(ただ、いい話ばかりではありません。このISコアにはあらゆるデータを特定の場所に送信するような仕様が組み込まれていました。この仕様の巧妙さを見る限り、おそらく仕掛けたのは開発者である篠ノ之博士でしょう)
(ISのデータ収集の為か?あまり気分の良い物ではないな。シオン、その仕様は解除できるか?)
(勿論です。既にISコアナンバー009の仕様は解除済みです)
(あぁ、それでいい。あまり情報漏洩などはしたくない)
(それと紫電に1つお願いがあります)
(シオンからお願いとは珍しいな、何だ?)
(このISコアナンバー009を私に融合させてください)
(融合……何をするつもりなんだ?)
(このISコアを加工し、私と一つに融合します。そうすることで私は元の形に戻り、私は今までの二倍のエネルギーを得ることができます。それに今までのようにISコアを分離させて元に戻すこともできますので、さほどリスクは無いと考えます)
(ISコアを融合、か。そんなこともできるとは本当にシオンは何なんだろうな、ISコアに似ているがISコアはシオンみたいに喋らないしな……)
(ISコアと私は似て非なる存在、といったところのようです。それで、ISコアを融合してもよいでしょうか?)
(……わかった、融合してみせてくれ。使えるエネルギーが増えるなら宇宙船開発も効率が上がるだろう)
自分の机の上でシオンとISコアナンバー009がほんのりと光り、浮かび上がる。
両者が徐々に近づき、くっつくいた瞬間まるでチョコレートが溶けて一つの塊になるように、あっけなく融合は終わってしまった。
そこに残ったのは綺麗なダイヤモンド型をした元の形のシオンだけだった。
(その形、久々に見たな)
(内部にエネルギーが満ち溢れています。おまけにISに設定されていた武装『ラファール・リヴァイヴ』も取り込むことができました。今すぐにでも『ラファール・リヴァイヴ』を装着可能ですが?)
(いや、ISはまだ起動しない。万が一にもISコアの場所がばれるとまずいからな)
(了解しました)
まずは計画の一つ、ISコアの入手には成功した。
次の計画はISコアを起動させるタイミング、だ。
(なんとか間に合ってよかったか。どうやら明日、俺の学校で男子のIS適性試験をするらしい)
(……なるほど、紫電の考えが理解できました。紫電が適性試験用ISに触れた瞬間に私が適性試験用ISのエネルギーを統合し、紫電に装着させれば良いのですね?)
(その通りだ、シオン。それとその際に俺からも頼みたいことがある)
(なんでしょうか?)
(まず最初にISに触れるほんの一瞬の間だけでいい、ISの装着を待ってくれ。本当に俺はISを動かせないかだけ確認したい)
(わかりました。ほんの一瞬でいいのですね)
(それともう一つ、できるならIS適性試験の試験結果をなるべく高い値にしてほしい。ただ、流石にブリュンヒルデやヴァルキリー相当ほどの値にはしないでくれ。IS適性試験結果を弄るのはIS学園に入るためだからな)
(わかりました)
IS適性試験結果をなるべく高い値にするのには理由がある。
まずそもそも無理やりな方法でISを装着するのだから、IS適性が全く無いと判断されてしまったら困るからだ。
それに、IS適性が高ければ高いほどIS学園に入学できる確率も上がるだろうと見込んだからだ。
IS学園はただISについて学ぶ場所ではない。
その特殊性からIS学園の在学中はありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない、といった何かと都合の良い条件が揃っている場所である。
そのためひっそりと進めている宇宙船開発プロジェクトを進行させるのにも都合が良いのだ。
(まずは明日のIS適性試験を乗り越える、乗り越えられなきゃそこで終わりだ)
(紫電と私が協力すれば失敗はありえません。心配は無用です)
(慰めてくれてるのか?これでは妹ではなく姉のようだな……)
この後もシオンと他愛のない雑談を続けた。
やがて夜も更けていき、自然と俺は眠りに入っていった。
◇
翌日の学校はいつもよりどことなく慌ただしかった。
男子生徒はやたらとそわそわしている者が多く、普段よりもざわついているようだった。
「えー、今日は男子諸君にISの適性検査を受けてもらうことになった。名前を呼ばれた者は体育館へ行くように」
(ついにこの時が来たか……)
思わず拳を握りしめては開く。
教室内はさほど暑くないにもかかわらず俺の掌にはほんの少し冷や汗が浮かんでいた。
校内放送用のスピーカーから男子の名前が呼ばれては教室から出ていっては帰ってくる。
そんな光景が繰り返され、徐々に俺の番も近づいてくる。
(もうすぐ俺の番か。まあ、なんとかなるだろう――)
そこでふと昨日のシオンとの会話を思い出す。
(試験用ISに触った時、俺はISを動かせるのだろうか……)
脳裏に浮かぶのはISのことばかりで上の空だった俺の耳に、ついに待ち望んでいた言葉が届く。
「3年1組、千道紫電、体育館に来なさい。」
校内放送用のスピーカーから俺の名前が告げられ、ゆっくりと立ち上がると体育館へ向かって歩いて行った。
◇
「はい、ぼーっとしてないでさっさと触る。まだ次の人がたくさんいるんだから。」
目の前にあるのは第2世代型IS『打鉄』だ。
これに触った時、もし装着できたら俺も織斑一夏と同じような何かがあるのだろうか。
意を決してゆっくりと打鉄へと手を伸ばした。
――金属特有の冷たい感触が指先から伝わる。
ただそれだけだった。
その時間は1秒にも満たなかったがはっきりとわかった。
俺がISに触れても起動させることはできない、と。
(今だシオン、ISを起動させてくれ!)
そう頭の中で言った瞬間、打鉄が強く光ると俺の体に打鉄が装着されていた。
それと同時に頭の中に流れてくるおびただしい量の情報。
ISの基本操作、操縦方法などなど……情報量こそ多かったものの、勉強が得意な俺にはなんてことはない、あっという間に知識を脳内へと浸透させていった。
「へぇ、これが『打鉄』か。……結構軽いもんなんだな」
初めて起動したISの感想はそれだった。
見た感じでは相当重量があるように見えたが、実際は何もつけていないような軽さだ。
「……あっ、IS適正あり……!?」
「あぁ、そうみたいですね。それで俺のIS適正値は何ですか?」
「え、えぇ、判定は……A判定!?」
「A判定……そうですか」
(A判定か、驚き方を見るにおそらく高いほうなんだろうな)
(ブリュンヒルデやヴァルキリークラスの人がS判定で次いでA+、A、B、Cとランク付けされているようです。A判定が妥当な所だと判断しました)
(いい判断だと思う。ありがとう、シオン)
「……それで、俺は今後どうなるんですか?」
「えぇと……まずは政府に連絡した後でどうなるか決まるわ。ただ、前例の織斑一夏君のことを考えるとIS学園に通うことになるんじゃないかしらね」
「IS学園、ですか」
「えぇ、IS適性のある男性はあなたが二人目だし、きっとあなたも世界中から狙われることになるわ。そんな重要人物を守れる場所はIS学園しかない。それにあなた、IS適正A判定なんだからISパイロットとして鍛えられるのは間違いないわ」
「……そうですか」
これもまた計画通りである。
IS学園へ入学し、ISパイロットとして自身を鍛えると同時に宇宙船開発プロジェクトを推進する――
(まずは計画通りIS学園に入学することはできそうだな。俺の受験戦争も終わりか)
(そもそも紫電は良い高校への推薦入学が決まっていた認識ですが)
(……まあそれはともかく、IS学園はどんな所なんだろうな……)
(私にはわかりかねます)
(しかし、これでようやく俺の計画が本格的に始められる……!)
打鉄を装着した自身の手を握り締めると、無表情だった紫電の口角は僅かに上がっていった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■親子
IS適性試験を終えた俺は親父のいる病院へと連れられていた。
何でも重要人物保護プログラムとやらの説明があるらしい。
「初めまして、IS学園で教師をしています、織斑千冬という者です」
「オホン、ご丁寧にどうも、儂は千道源一。この病院の院長でありこの紫電の父だ」
長身黒髪の美女、この人がかの初代モンド・グロッソの覇者、ブリュンヒルデこと織斑千冬。
対面してソファに座っている白髪交じりのダンディなおじさんは俺の親父だ。
俺は大人しく親父の隣に座って織斑千冬の話を聞いている状態だが、なんというかすごく居辛い。
「単刀直入に言います。紫電君にはISを動かす才能が有るため、IS学園に入学してもらいます。そしてご家族の保護の為、紫電君には家族との縁を切ってもらいます」
親父の眉毛がピクリと動く。
あ、これはちょっとまずい、親父が不機嫌な証拠だ。
「……なるほど、紫電が世界的に重要な人物であり、家族である我々に被害が及ぶかもしれないから家族の縁を切ると、そういうことですかな?」
「そうなります」
「ふふふ、甘く見られたものだな。この千道源一の家族に被害をもたらすものなど全て摘み取って見せようではないか。少々待たれよ」
親父は席を立つとどこかに電話し始めた。
これは自分の立場を利用するつもりだろう。
流石の織斑先生も少し驚いた様子である。
「――分かっているね?私と紫電の縁を切るなど言語道断だ。もし縁を切れと言うのであれば今後うちの病院で貴様らを診ることは無いぞ。――何、危険だと?馬鹿たれが、危険が怖くて医者ができると思っているのか。いいのか?貴様の治療ができるのはうちの病院以外にあるとは思えんが?――そうかそうか、話がわかるではないか、最初からそう言えばいいのだ、ではな」
電話を切って親父が席に戻ってきた。
話の内容は何となく聞こえていたが、職権乱用だと思った。
「いや、待たせて失礼した。織斑先生、重要人物保護プログラムの件ですが、紫電との縁は切らなくて良くなりました」
「……!?」
織斑先生は驚き、目を見開いている。
流石のブリュンヒルデにも医者の暗い世界は強烈だったのだろうか。
間もなく携帯電話の音が鳴る。どうやら織斑先生のもののようだ。
「すいません、重要な連絡のようなので少し席を外します」
足早に織斑先生は部屋を出ていった。
親父、ひょっとしてIS委員会に電話していたのか?
先ほどまでの険しかった親父の表情はすっかり穏やかな顔になっている。
「……IS委員会より、今回の重要人物保護プログラムは未適用になったと連絡がありました。紫電君との縁を切る必要はありません」
部屋に戻るなり織斑先生は少し疲れた表情をしてそう告げた。
「そうですか、そうですか」
一方親父は満足気である。
医者ってすごい、そして酷い。
「ただ、重要人物保護プログラムは未適用となりましたが紫電君がIS学園に入学することは変わりません。それはよろしいですね?」
「……わかりました、紫電よ、IS学園でも頂点を目指すのだぞ」
「言われなくてもわかってるさ」
俺と親父、互いに拳を握ってこつん、と当てる。
千道家における男同士の約束、という儀式である。
「IS学園の入学式まで紫電君には護衛の者が付きます。少しの間窮屈な思いをさせてしまうかもしれませんが、それについてはご容赦願います」
「それくらいはやむをえまい」
「それでは私はこれで失礼させていただきます。それと後ほどISに関する参考書を送るので、紫電君は必ずそれに目を通すように」
「はい、IS学園ではよろしくお願いいたします。織斑先生」
一礼すると織斑先生は部屋を出ていった。
一時期はどうなるかと思ったがまたしても親父の立場が役に立ったようだ。
「紫電よ、お前は何か偉大なことを成し遂げる人間だと思っていたが、まさかISを動かすとは夢にも思わんかったぞ。お前には病院をついでもらいたかったが、ISの操縦者となるのならばやむをえんな……」
「まあ、俺も予想外だったよ。ところで親父、一生のお願いがあるんだけど……」
「む、お前の口から一生のお願いなどというのは初めて聞いたような気がする。よいぞ、何でも言ってみなさい」
「さっき織斑先生も言ってたけど、俺にはISを動かす才能がある。それもIS適性試験ではA判定が出るほどの才能が。だから――」
「自分用のISが欲しい言いたいのだろう、紫電よ」
俺はぎょっとして親父の顔を見上げた。
どうやら言いたいことは親父に読まれていたようだ。
「お前の考えていることなど儂にはお見通しだ。それに折角息子がIS学園に入れるというのに、ISも後ろ盾も何もないのでは話にならん。儂が全て準備してやろう」
「……流石親父。でも俺が欲しい物、本当にわかってる?」
「そうだな、儂もあまりISに詳しいわけではないからなんとも言えんが、まずISを開発している企業、といったところかな?」
「……お見事。たしかに俺のことをバックアップしてくれるIS開発企業が必要なんだけど、ただISを開発している企業ってだけじゃダメだ。ISコアを国から割り当ててもらっている企業じゃないとダメなんだ」
「ISコア、か。確かそれがないとあのロボットのようなものを動かせないんだったな。ならまずはISコアを保有している企業をリストアップして買収できそうな所を探せばよいのか?」
「あー、そのことについてなんだけど、買えそうな会社にはもう目星をつけてあるんだ」
「……随分用意がいいではないか、何て言う企業だ?」
「新星重工、っていう企業を買収してほしいんだ」
「ピンポイントで企業名を挙げる、ということは何か弱みでも握ったか?」
「まあ、ネタは二つあってね。まず新星重工はISの機体開発ではなくコア解析に資金を注ぎすぎて資金難に陥っている。今年もし赤字決算となれば相当まずいだろうし、買収の話は聞いてくれるはずだ」
「ほう、それが一つ目の弱みか。中々面白い所を突いてくるが、それだけでは買収の理由としてはまだ弱いのではないか?」
「もう一つが重要なほうでね。情報元は言えないけど、新星重工は政府から割り当てられた三つのISコアのうち一つを紛失している」
「……何?」
「だから交渉の際、ISコアの数について何も知らないふりをして聞いてほしい。新星重工はISコアをいくつ保有しているのか、と。きっと新星重工側は二つ保有しているって言ってくるだろうから」
「……なるほど、ISコアの数をごまかして儂に企業を買収させ、後からISコアの数が足りない、となっても知らぬ存ぜぬを通してくるというわけか。しかしそれでは新星重工を買収した後、ISコアの紛失責任が儂にかかってくる可能性があるではないか」
「それについては問題ないよ。新星重工が紛失したISコアは俺が回収してる」
「何っ、どういうことだ!?」
「あんまり詳しいことは言えないんだけど、とにかくそういうこと。……回収したISコアは今も俺が持っているんだ」
「……ふーむ、お前も中々険しい道を歩んできたようだな。まあ、もとよりお前の好きなようにしてやるつもりだったのだ、早速新星重工を買収するとしよう。だが経営方針についてはどうするつもりだ、紫電?」
「あぁ、それについては俺一人でISを開発するから。社員は全員新しい仕事に就けるように手配してあげてほしいんだ」
実際はシオンと二人で開発する予定だが、シオンのことは親父にも秘密のままだ。
「……ISの開発を一人でか。本当にできるのか、とは聞かんぞ紫電。いつだってお前はどんな困難をも乗り越えてきたからな」
「いきなりこんなお願いして悪い、親父」
「親が子の頼みを聞くのは当然のことだ。それにお前は昔から全然頼みごともせず、一人で物事を解決することが多かったからな。あまり親としてしてあげられることが無くて寂しかったのだよ」
「……親父」
「しかし、今ようやくお前から本心からの願い事を聞き、それを叶えてやることができそうだ。たまには父親らしいことをさせてくれないか、紫電よ」
「親父……本当にごめん」
「こういうときはありがとうというのだ、紫電」
「……ありがとう」
俺の目にうっすらと涙が浮かぶ。
小学生を卒業したあたりからは親父は忙しくなり、話す機会も少なくなっていたけど、親父はやっぱり面倒見のいい俺の親父だった。
そして新星重工が俺の親父によって買収されたのは、親父に買収をお願いしてから僅か三日後の話だった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■入学試験
織斑先生との三者面談を終えた翌日、俺はIS学園へと護送されていた。
なんでもIS学園への入試を行うためだとか。
ただ、貴重な男性ISパイロットということもあり入学事態は既に決まっているため、実質形骸的な試験である。
どちらかというとどの程度ISを動かせるのか、ということが試験の目的らしい。
(入学試験か、筆記なら何でも満点を取る自信はあるが、実技とはね……)
(ようやくISを動かす時が来ましたね。大丈夫です、紫電ならば問題ありません)
(ま、なんとかなるだろう)
到着した先はそこそこの広さがあるグラウンド、第三アリーナだとか。
俺はどうやらここでISを使って教官と戦えばいいらしい。
「初めまして、千道紫電君。私が教官の山田真耶です。よろしくお願いしますね!」
「よろしくお願いします」
どうやら目の前にいた人が教官だったようだ。
真っ先に目を引く巨乳におっとりした雰囲気、ISスーツこそ着ているものの正直あまり優れたISパイロットには見えない。
(だけど、そういう人に限ってすごい人だったりするんだよな)
(少なくとも教官、つまりISの教科を教える立場にある存在ですから、侮るべき相手ではないと考えます)
(言われなくてもわかってるさ、油断はしねえ)
しかし、俺もISスーツができたらこれに似た格好をしなければならないのだろうか。
露出度が高すぎると開発者は思わなかったのだろうか……。
ちなみに現在の俺の格好はISスーツが無いので、半袖黒Tシャツにカーゴパンツというなんともラフなスタイルである。
「千道君はこちらのISを使ってくださいね」
試験用のISコアを受け取ると、早速ISを展開する。
展開されたISは練習機『打鉄』のようだ。
「えっと……随分早く展開できるんですね」
「え?」
俺が打鉄の展開にかかった時間は約0.8秒。
他に比べたことが無かったので気付いていなかったが、ISの展開にはもう少し時間がかかるものらしい。
「まぁ、細かいことは気にせずに。そうだ、試験前にウォーミングアップさせてもらえませんか?俺初めてIS動かすんで」
「構いませんよ。では私は向こうで待っていますので、準備が済みましたら始めましょう」
まずは打鉄を装着した足でスタスタとアリーナ内を歩く。
靴を履いて歩くのとあまり変わらないような気がする。
続いて軽くダッシュしてからの幅跳び。
これも全く違和感がない、これはかなり調子良く動けているのではないか?
調子に乗って浮遊した状態でスラスターを起動し、ブーストの具合を確かめる。
(うおっ、結構速いな。それに慣性が強え!)
(ISのハイパーセンサーに慣れればもっと機敏に動けると考えます。ただ、これは練習機なので最適化が行われません。なのでこの試験中は我慢するしかありません)
(最適化すればこれ以上に動きやすくなるのか、そいつは楽しみだ!)
脚部スラスターを最大の力で吹かして急加速する。
また、足の向きを変えて方向転換すると、空中を加速しながら武装を確認することにした。
(武装は近接用ブレード「
(練習用というだけあって比較的癖の無い武装のようです。ISに慣れるにはちょうど良いでしょう)
早速俺は近接用ブレード「葵」を展開する。
これもほとんど重さを感じない、腕と一体化したような感覚だ。
一旦ISを使った機動を止め、葵を振り下ろし、切り上げる。
ただ残念なことに、俺は剣道についてはあまり詳しくないため葵の振り方がこれで正しいのか全く分からなかった。
もう一つの武装「焔備」は本番で使えばいいだろう。
的も無くライフルの使い勝手を把握するのも難しいしな。
「お待たせしました。ウォーミングアップはもういいんで、試験を始めましょう」
「は、はい!始めましょう!」
突然声を掛けられたせいか、山田先生は驚いていた。
若干動きもぎこちなく見えるが大丈夫なのだろうか、この人は。
◇
織斑千冬はアリーナ上部にあるモニタールームから紫電のことを見ながらプライベート・チャネルで山田真耶と話していた。
「……山田君、今のISの展開を見たか?IS展開速度約0.8秒、とても初心者とは思えん」
「でも確かにISを展開したのは今日で二回目のはずですよ!?」
「あぁ、その筈だが練習用ISを0.8秒で展開するなど相当の熟練者でなければできない技だ」
「私がラファール・リヴァイヴを展開するのも一秒をちょっと切るくらいですからね……ひょっとしてすごい才能の持ち主なんですかね?」
「あの動きもだ。ISを使っての移動に跳躍、スラスターを使った加速、そして武装の使い方。どれも初心者の動きではない」
「うぅ、本当に初心者なんですよねぇ?これから試験しなきゃいけないのに、コテンパンにされてしまったらどうすればいいんですかぁ……」
「……山田君、まずは落ち着け。千道は初心者で、君は私も信頼しているISパイロットだ。何も気にせず、堂々と戦えばいい」
「ありがとうございます、織斑先生。が、がんばります……」
織斑千冬の目から見てもはっきりわかっていた。
山田先生は緊張している、と。
一夏の教官を務めた時も山田先生はガチガチに緊張していて、そのせいで自滅してしまった。
(千道が一夏以上のポテンシャルを秘めているのは間違いない。後は実際に見るしかないか――)
結局山田先生は若干の緊張を残したまま試験が始まってしまった。
◇
「山田先生、よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
アリーナの中央で山田先生と礼を交わす。
やっぱり緊張しているんじゃないかこの人、大丈夫なのか?
互いに後ろに下がり、少々距離を取ったところで織斑先生の号令が響く。
「試験始め!」
俺は号令と同時にスラスターを全力で吹かし、近接用ブレード「葵」を構えて山田先生の方へと飛び込む。
打鉄には様々な特徴があるが、生憎まだ参考書も読んでいない俺には打鉄の長所が理解できていなかった。
ただそれでも真っ先に目に入った打鉄の特徴、肩部の物理シールド。
これを使わない手は無いと真っ先に判断していた。
(相手が緊張しているのであれば機先を制してそのまま押し切るッ!)
肩部の物理シールドを使ったタックル。
俺が先手として使用した戦術はそれだった。
「……っ、
俺の殺気を感じ取ったのか、山田先生もスラスターを起動して横方向へ動き、タックルの軌道上から逃れる。
(やはりタックルは避けるか、だけど狙いはそこだぜッ!)
シールドの陰から飛び出した俺は山田先生の方へと向きを変え、再度スラスターを吹かす。
そのまま一気に距離を詰めると、片手で持った近接用ブレード「葵」で全速力の突きを放つ。
「あうっ……!」
意表を突いた突きは命中したにもかかわらず、山田先生のシールドエネルギーが減ったのはほんの僅かだった。
突きが命中する瞬間、半身をひねって被弾した面を減らしていたのである。
(今の突き、かなり速い……!)
(……そこだッ!)
突きが放たれてから刹那の直後、山田先生のシールドエネルギーが大きく減少する。
突きからの流れで放たれた薙ぎ払いが山田先生にクリーンヒットしていた。
通称突きは死に太刀と呼ばれ、当たれば必殺の威力を持つが避けられれば無防備な姿勢を相手にさらしてしまうという大きな欠点がある。
そこで突きを回避された際、そのまま横に薙ぎ払う形につなぐことで相手を仕留めるという訳だ。
その技の名は平突き。
かつて日本に存在した組織「新撰組」、その一員である斎藤一が得意としていたとされ、俺はその知識を基に実践していた。
その目論みは成功し、山田先生に薙ぎ払いをクリーンヒットさせることに成功したのである。
(何ですか今の!?シールドエネルギーが一気に……!?)
(想像以上にうまくいったか)
未だ驚愕の表情を見せる山田先生を尻目に、俺は次の戦術を展開していた。
葵を片手に持ち、空いたもう片方の手でアサルトライフル「焔備」を構え、冷静に引き金を引く。
(薙ぎ払いが直撃するこの距離なら、外さねえッ!)
山田先生目がけてフルオートで焔備を連射する。
まだ山田先生は動揺から立ち直り切れていないようで、大量の弾丸が直撃していた。
(うっ……回避をっ!)
斜め後ろに飛び退き、なんとか弾丸の嵐から逃げ切ったが、山田真耶のシールドエネルギーはほんの一桁しか残っていなかった。
(悪いけどこの焔備の扱いにはもう慣れたぜ、山田先生)
焔備をセミオートモードに設定すると、照準を山田先生に合わせる。
(……このタイミングッ!)
タンッ、と乾いた音が一発響くと、発射された弾丸は山田先生の肩部に直撃。
それと同時にシールドエネルギーが0になると、試合終了のブザーが鳴り響いた。
「そこまでだ。山田君、千道、ご苦労だった。」
アリーナに織斑先生の声が響く。
無事教官は倒せたことだし、試験については問題は無いだろう。
今更IS学園への入学が取り消しになっては困るからな。
◇
織斑千冬は再び驚愕していた。
(これがISを起動してから二回目の素人の動きだと?緊張していたとはいえ、あの山田君を終始圧倒するとは。千道紫電、こいつのポテンシャルは凄まじい物がある)
開始と同時の瞬時加速にタックル、平突き、武装切り替えの早さにフルオートとセミオートを切り替えての射撃。
どれをとっても素人の動きではない、計算して動いたものだろう。
圧倒的なポテンシャルを見せつけた紫電に対し、千冬は無意識のうちに同じ境遇である弟、織斑一夏とその戦闘能力の違いを比べていた。
(まさかこのような逸材が存在するとはな。それも男の中に。一夏、今後お前はこいつと比較されることになるだろうが……折れるなよ)
もし千道がISの稼働時間を増やし、真面目にトレーニングしたらどれほどの強さになるのだろう。
一夏だけではない、他の女生徒、いや、代表候補生や教師陣ですら歯が立たなくなるかもしれない。
それほどまでに、千道紫電という男のポテンシャルは計り知れなかった。
手短に千道の分析を済ますと、千冬はアリーナ備え付けのマイクに向かって語り始めた。
◇
アリーナの空間にモニターが表示されると、そこに現れたのは織斑先生だった。
「山田君、大丈夫か?」
「うぅ、すいません、織斑先生。何もできずに負けてしまいました……」
「いや、私から見ても千道の試合運びはうまかった。緊張している山田君に奇襲をかける戦法はあらかじめ考えていたのだろう。千道の作戦勝ちだ」
「はい、最初の突撃からまず想定外でした。普通はあんなにいきなり突進してこないんですけどね」
「あー、やっぱり最初から突撃するような奴っていないんですね。大体初心者って様子見から入りそうなもんなんで、意表を突くためにあえて突撃しました」
「なるほど、やはりどう戦うかあらかじめ考えていたという訳か。……愚弟にも見習ってもらいたいものだな」
「あー、そういえば織斑先生と織斑一夏ってご姉弟でしたっけ。ちなみに一夏君は教官に勝ったんですか?」
「あぁ、一応は勝っている。一応な。」
「えぇっと、実は一夏君の教官も私が務めていたんですけど、緊張して壁に直撃しちゃって……」
……男性相手ってことで緊張でもしたのだろうか。
ISの試験対象って女性しかいなかっただろうし。
「まあ、運よく作戦に嵌ってくれたんで、偶然勝てたってとこですかね。山田先生、今度は緊張しなくなったころにもう一度対戦お願いします」
「は、はい。よろしくお願いしますね!」
再び山田先生と礼を交わす。
こうして俺のIS起動試験は勝利という形で結末を迎えた。
(さて、IS学園入学までの準備は全て済んだな、シオン。次の準備はわかってるな?)
(えぇ、早速分離させたISコアナンバー009を使用して開始します。紫電専用ISの開発を――)
入学試験が終わって束の間、俺の中では既に次の計画がスタートしているのであった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■クラスメイトはほとんど女
時は四月、慌ただしかった受験戦争とほんのわずかな春休みは過ぎ去り、日本全国の学校は新学期を迎える時期である。
IS学園1年1組でも新入生たちを迎えてのショートホームルームが始まっていた。
「全員揃ってますねー。それじゃあショートホームルームはじめますよー」
(予想はしてたけど、ほんとに女だらけなんだな)
俺は窓際最後列という最高の席に座って周囲を眺めていた。
教壇の真正面というなんとも言えない位置では、初めてISを起動させた男こと織斑一夏が俯いている。
周りの女子も流石に最後列の俺の方を向くわけにもいかないし、そりゃ視線は織斑一夏に集中するよな。
おかげでこっちは幾分か気が楽だぜ。
「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で」
俺は千道だから中盤あたりの方になる。
さて、俺より先の織斑一夏君はどんな自己紹介をしてくれるだろうか?
「織斑一夏くんっ」
「は、はいっ!?」
織斑一夏が立ち上がる。
声が裏返っているところを見ると相当緊張しているようだな。
「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」
周囲の目線は中々熱い。
だが織斑君よ、その一言だけでは自己紹介ではなく名前紹介だ。
「以上です」
思わずガタッとこける女子が数名。
流石にその自己紹介はちょっと短すぎるんじゃないか?
そんなことを考えている矢先、パアンッと乾いた音が響き渡る。
「いっ――!?」
どうやら織斑先生に出席簿で叩かれたようだ。
(あの音から察するに、頭部に相当なダメージを受けたと思われます。紫電、あの出席簿による打撃は受けないようにしてください)
(言われなくてもわかるぜ、あれはまともに喰らいたくはないな)
「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」
「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押しつけてすまなかったな」
「い、いえっ。副担任ですから、これくらいはしないと……」
(山田先生が副担任、ということは担任は――)
「キャーーーー!千冬様、本物の千冬様よ!」
「ずっとファンでした!」
「私、お姉さまのためなら死ねます!」
(すごいもんだな。ブリュンヒルデってのはここまで人気があるんだな)
(紫電もブリュンヒルデになりたいのですか?)
(いや、特になりたいとは思わないな。あくまで俺にとってISは宇宙空間作業用のマルチフォーム・スーツにすぎないし、そもそもモンド・グロッソに興味はない。俺たちが持つ技術を守るためにも、ISを使って戦う時が来るだろうからISの武装を開発しているだけだ)
(その理論だとブリュンヒルデにも勝てるほどの実力が必要なのではありませんか?)
(必要とあらば、な)
「……毎年、よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か?私のクラスにだけ馬鹿者を集中させてるのか?」
再びキャアキャアと女子生徒達が騒ぐ。
正直、ここまでうっとうしいと感じるのも久方ぶりだ。
「で?挨拶も満足にできんのか、お前は」
「いや、千冬姉、俺は――」
再びパアンッと乾いた音が響く。
「織斑先生と呼べ」
「……はい、織斑先生」
「え……?織斑君って、あの千冬様の弟……?」
周囲の女子たちがざわめき出す。
珍しい苗字だし、ニュースでも放送されていたような気がするが、織斑一夏が織斑千冬の弟だと気付いていなかったやつもいたのか。
「……千道、こいつの代わりにまともな自己紹介をしてみせろ」
おっとここで俺に飛び火してきたか。
だが自己紹介の内容はしっかり考えてあるぜ?
「先迅中学から来ました、千道紫電です。趣味は読書と筋トレです。夢は医者でしたが、たまたまISを動かせることができたので、今は一流のISパイロット目指したいと思っています。ただ、まだISを動かしてからほんのちょっとしか経ってない素人で、至らぬ点多々ありますのでその際は皆さんからのご指南、よろしくお願いいたします。以上です」
周囲からはおおーっという感嘆の声が響いた後、拍手の音が鳴った。
まあ自己紹介はこんなもんで十分だろう。
「すごい、堂々としてる……」
「先迅中出身の医者志望って超エリートじゃん、本当にそんな人いるんだ……?」
「織斑君もいいけど、千道君も違ったタイプでかっこいい……。インテリ系って感じ!」
「織斑、自己紹介というのはああいうものだ。わかったな?」
「……はい」
さて、残念なことに織斑一夏の情報が全く手に入らなかった。
流石にこの環境では緊張もするだろうからしかたない。後で直接声をかけるとしよう。
IS学園ではコマ限界までIS関連の教育をする方針であるため、ショートホームルームが終わるや否や、即座に一時間目のIS基礎理論が始まってしまうのであった。
◇
一時間目も何事もなく終わり、織斑一夏に声をかけようとしたが、黒髪ポニーテールの女子が織斑を連れて行ってしまった。
しかたがない、二時間目が終わったら話しかけよう。
っておい、女だらけのこの状態でお前が出て行ったら視線が全部こっちに集中するだろうが。
あんまり織斑を教室外に連れ出さないでくれ。動物園のパンダにでもなった気分だぜ。
◇
二時間目も続いてIS基礎理論だった。
山田先生の説明を聞きながら教科書を捲る。
しかし一時間目の時から思っていたが、この教科書はどう考えても不要な部分が多い。
その数なんと五冊、時間がもったいないと考えた俺はさっさと教科書を読み終えることにした。
バラバラとすさまじい速度でページを捲っては頭の中に叩き込んでいく。
俗にいう速読というものである。
隣の席の女子も何をしているんだろう、というような目でこっちを見ているが気にしない。
(……よし、全部読み終わった)
(お疲れ様です、紫電。何か有用な情報はありましたか?)
(まあ1年向けの教科書だし、本当に基本的なことばかりであまり役に立ちそうな情報はないな。基本的にはこの間読んだ参考書と変わらん)
一方、織斑一夏は何やら苦戦しているようだった。
「織斑君、何かわからないところがありますか?」
「先生!ほとんど全部わかりません」
「え……。ぜ、全部、ですか……?」
「……織斑、入学前の参考書は読んだか?」
「古い電話帳と間違えて捨てました」
またもパアンッと乾いた音が響く。
……参考書を読まなかったのか。
(紫電、ちなみに事前に渡された参考書は全て読み終えていますか?)
(ああ、確かに電話帳みたいだったなアレ。もうとっくに読み終えて全て内容は覚えた。あれくらいの量なら一日で読める。ただ、参考書という割に三分の一くらい参考にならなかったがな……)
「あとで再発行してやるから一週間以内に覚えろ、いいな。それと千道は参考書は読んだか?」
「ええ、問題なく読み終えましたよ。授業も問題ありません」
(……電話帳と間違えて捨てる、か。前途多難なやつだな。こりゃ早々にフォローしてやったほうが良さそうだ)
既に教科書を全て読み終えてしまった俺にとって、この二時間目の授業は退屈なものになっていた。しょうがない、プライベート・チャネルでシオンと開発中のISについて話し合うとするか。
◇
シオンとIS開発について話し合っているうちにかなり時間も経っていたようで、二時間目の終わりを告げるチャイムが鳴っていた。
織斑は疲れたように机に突っ伏している。
一方、周囲の女子たちは1時間目の時と同じように織斑に誰が話しかけるか様子を伺っている。
悪いが先を越させてもらうぜ。
「よう織斑、散々だったようだな」
「……え?お前は確か、千道、だっけ?」
「ああ、覚えててくれたか。そうだ、お前と同じ、男性ISパイロットの千道紫電だ。紫電でいい」
「よろしくな紫電!俺のことも一夏って呼んでくれ!」
「わかった、よろしくな、一夏。ところで参考書、読まずに捨てたんだって?」
「あぁ、あんな参考書存在していいのかよ。どう見たって電話帳だろ?なあ?」
「まあ、あの厚さはな……。あと織斑先生から一週間以内に覚えろって言われてたけど、いいこと教えてやるよ。あの参考書の戦闘理論の部分はほとんど読む価値が無いから読まなくていい。そうすりゃ読む量が三分の一くらい減るだろう」
「マジか!?助かった、ありがとう!」
「ちょっと、よろしくて?」
「ん?」
途中で割り込んできたのは金髪に透き通った青い眼をした白人。
それもやや瞳がつり上った状態で俺たちを見ている。
「なんだ、一夏の知り合いか?一時間目の休み時間の時といい、お前に話しかけてくるやつ多いな。俺なんてスルーされっぱなしだぞ?」
一夏の後ろの席に座る岸原理子は思っていた。
(あまりにも堂々としすぎていて逆に話しかけにくいのに気付いてないのかな……?)
「あなただけでなく、あなたたちに話しかけているのです。それにわたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」
高飛車な態度がやたら気になるが、困ったことに彼女の名前を俺は知らない。
何せ先ほどの自己紹介は一夏の時点で止まってしまったのだから。
(シオン、彼女が誰かわかるか?)
(セシリア・オルコット、イギリス貴族の家系であり、同国の代表候補生です。)
(へえ、代表候補生ね……)
「いや、これは失礼。先ほど自己紹介が途中で終わってしまったもので、生憎君の名前を知らないんだ。悪いが教えてくれるか?」
「まあ、そうでしたわね。いいでしょう、わたくしはセシリア・オルコット。イギリスの代表候補生にして入試主席ですわ」
「紫電、代表候補生って何?あと入試主席って知ってた?」
ガタタッと聞き耳を立てていたクラスの女子がずっこける。
まあ参考書読んでなければ代表候補生なんてわからねえよな。
「代表候補生ってのは文字通り、それぞれの国家を代表したISパイロットの候補生ってことさ。ただ入試主席ってことについては俺も初めて聞いた」
「あ、あなたたちっ、本気でおっしゃってますの!?」
セシリアの白い顔が真っ赤になる。すごい剣幕だ。
「代表候補生についてはまあわかったが、入試主席っていうのはどういうことだ?」
「あら、知りませんの?今年の入試で教官を倒したのはわたくしだけですのよ?」
「入試ってあれか、ISを動かして戦うやつ?それなら俺も倒したぞ、教官。紫電はどうだった?」
「ああ、問題なく勝ったな」
「まあ、俺の場合は倒したっていうか、いきなり突っ込んできたのをかわしたら、勝手に壁にぶつかってそのまま終わったんだけどな」
「は……?」
「……」
山田先生、俺の時もひどく緊張していたがそこまでとは。
本当にIS学園の教師として大丈夫なのだろうか?
「あなたたちも教官に勝ったというのですか!?わ、わたくしだけと聞きましたが?」
「女子ではってオチじゃないのか?」
「つ、つまりわたくしだけではないと……?」
「まあ、そうなるな」
キーンコーンカーンコーン――
話は途中?だったが、三時間目開始のチャイムが割り込みをかける。
「またあとで来ますわ!お二人とも逃げないことね!よくって!?」
「……なんだかよくわからんがプライドに傷がついたらしい。とりあえず俺は席に戻る」
「あ、あぁ、またな」
(代表候補生とは厄介なものだな。シオン、他にもこの学校に代表候補生がいないか調べておいてくれ)
(わかりました)
◇
三時間目の教壇に立っていたのは山田先生ではなく、織斑先生だった。
「この時間ではISの各種装備特性について説明する予定だったが、先に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めるぞ。クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけでなく、会議や委員会への出席などに出席してもらう……まあ、クラス長といったところだ。ちなみにクラス対抗戦は入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点で大した差はないと思うが、一度決まったら一年間変更は無いからそのつもりで」
ざわざわと教室内がざわめき出す。
「はいっ。織斑君を推薦します!」
「私もそれが良いと思います!」
「私は千道君がいいと思います!」
「私も千道君に代表になってもらいたいです!」
クラス代表か……推薦を受けてしまったが、できることなら受けたくはないな。
拘束時間が増えてIS開発の時間が少なくなってしまいかねん。
ここは俺と同様に推薦の多い一夏にクラス代表になってもらうとするか。
「俺も一夏を推薦しよう。織斑先生の弟がクラス代表というのが一番しっくりくると思うからな」
「……待ってください!納得がいきませんわ!いくら織斑先生の弟であろうと、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ!クラス代表は実力トップがなるべきで、実力から行けば代表候補生である私がなるべきですわ!」
またしてもセシリアが顔を真っ赤にしながら声を荒げる。
「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で――」
「イギリスだって大したお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」
「なっ……!?あっ、あなた、わたくしの祖国を侮辱しますの!?」
一夏、中々鋭い突っ込みをするな。
だがそれは心の中で思うまでにしておいた方が良いと思うぜ。
しかし、このオルコット嬢も中々に頭の固いやつだな、こっちにもフォローが必要だな。
「落ち着けよ、オルコット。今祖国を侮辱するのかと言ったが、先に俺たちの祖国を侮辱したのはお前だ。それと、自分の発言にはもっと責任を持て。代表候補生なんだろう?国を背負って来たんだろう?もっと国際的な対応を考えて行動した方が良いんじゃないか?」
セシリアは俺の指摘で多少頭は冷えたのか、少しばかり落ち着いた表情を見せる。
「……決闘ですわ!現時点でもっとも優れたISパイロットがクラス代表になる、それなら文句ありませんわ!」
「おう、いいぜ!四の五の言うよりわかりやすくていい!」
「……話はまとまったようだな。では勝負は来週の月曜の放課後、第三アリーナで行う。織斑、オルコット、千道はそれぞれ用意をしておくように。それでは授業を始める」
くっ、結局俺もクラス代表候補のままというわけか。
うまくクラス代表を一夏かセシリアに押しつけたいが、勝負事に負けるというのは俺の性格上受け入れられない。
しかたない、勝負に勝ったらIS開発途中であることを理由に一夏に押しつけるか。
なんせ俺のISは二月末から開発を始めたばかり、まだまだ未完成なのだから。
気付けばお気に入り登録してくださる方が60件を超えていました。
こんな駄文に期待してくれる人がいると思うと正直なところ、ビックリです。
筆者のモチベーションにも繋がりますので、評価・感想も引き続きお待ちしております。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■クラス代表決定戦(1)
「しかし一夏、お前勝算はあるのか?」
「うっ、一週間くらいあれば基礎くらいはマスターできるだろうし、そんなに難しいもんでもないだろ。入試の時一発で動かせたし、なんとかなるだろ……」
「……まあ、いいか。一夏、ここは何が何でも勝って男の意地ってやつを見せつけてやろうぜ?」
「おお!がんばろうぜ!」
やはり一夏も俺と同じでほとんどISを起動させていない。
一方、代表候補生であるセシリアとはISの稼働時間が違いすぎる。
その差を一週間で埋めるのは中々厳しい物がありそうだ。
さらに、俺に至ってはISの起動どころかISの開発をしなければならないのだから。
(シオン、これから一週間は宇宙船開発はストップしてISの開発に集中してくれ。俺一人では来週までには間に合わん)
(わかりました。どこから着手しましょう?)
(現状できているのは基本システムとアーマー部分と脚部スラスターだけだ。おまけに動作テストが一切済んでいない。シオンは俺が考えている武装を一つ開発してくれ。一番構造がシンプルなアレなら一週間で作れるだろう)
(了解しました。他の武装は打鉄とラファール・リヴァイヴのものを使用しますか?)
(それしかないな。残りの武装はまだ設計すらできていない)
幸いにも新星重工はラファール・リヴァイヴを2機と打鉄を1機保有していたので、装備はそれなりに所持していた。
また、ちなみにIS開発はシオンが建造した宇宙船内で行っている。
宇宙船は食糧自給システムを除けば9割がた完成しており、春休みの最中にIS開発用のドックを宇宙船内に設置したばかりだ。
なぜ宇宙船内でISの開発を始めたかというと、セキュリティ性の高さが魅力的だからだ。
宇宙空間でほとんどスタンドアロン状態で作っているISなど、情報の漏れようがない。
問題となっていたのは宇宙船と俺との間でも物資のやり取りだ。
しかしこれはシオンにISコアを融合した結果、ISコアを用いた物資の量子化により、宇宙にいるシオンと俺の首にネックレスとしてぶら下げているシオン間でやり取りが可能になったため、無事解決している。
おまけに新星重工買収によって新たに得たISコア二つもシオンに融合したため、シオンは合計ISコア三つ分のエネルギー増加を行っている。
そのため、シオンの作業効率は現状とんでもなく高いのだ。
もっとも、ISコア一つ分のエネルギーは俺がISを起動するのにこれから使用するわけだが。
(シオン、俺は放課後になったら早速機体の動作テストを行ってくる。例の武装、開発は任せたぜ)
(あの程度の武装でしたら三日もあれば完成すると思われます。お任せください)
三時間目、四時間目の時間もほとんどシオンとの会話で過ぎていき、やがて昼休みの時間が訪れていた。
◇
午前中の授業も終わり、お腹をすかせた学生達はこぞって学食へと移動するが、その日は普段とは様子が違った。
織斑一夏と千道紫電、IS学園が設立されて以来初めての男子生徒である。
皆が注目するのも当たり前であり、ランチタイムは数少ないフリーな時間帯だ。
一夏と共に訪れた食堂では、是非とも姿を見たいと女子たちが押し寄せていたのである。
「しかしすごい混み具合だな。見たか紫電?列に並ぶとき、まるでモーゼの海割りだったぞ」
「それだけ注目されてるってわけだ。一夏、クラス代表戦では無様な負け方はできないぜ。俺は放課後アリーナに行く予定だが、一夏はどうするんだ?」
「俺?俺はもう帰るよ。参考書読まないといけないし、まだ寮も決まってないし……ってそういえば紫電も寮の部屋決まってないんだろ?」
「いや、俺は入学前から個室をもらっているが、一夏は個室じゃないのか?」
「個室ってまじかよ。俺もちょっと山田先生に確認して来る!」
そういうと一夏は教室の方へと戻っていった。
俺に個室が与えられたのってひょっとして親父の影響か?
そんなことを考えながら一夏の後を追うように教室へと歩いて行った。
◇
結局、この日は一日中ISについての講義だけだった。
そんな中、体力の有り余っている俺は早速アリーナを借り、ISの機動訓練へと繰り出していた。
(アーマーセッティング良し。PIC、ハイパーセンサー共に異常なし、起動するぞ!)
通常、放課後のアリーナは予約が一杯で中々確保することができないが、入学式初日ということもあり、運良く一時間分アリーナを予約することができた。
広大な空間へ向けて一人、勢いよくピットから飛び出す。
ISはまだ着色すら済んでおらず、銀色の金属色のみに染まったチープな機体だった。
(くっ、やはり早いな。この間の練習機より速度が出るように調整はしていたが、まだ最適化されていないからか?)
(紫電、まだスラスターの出力限界には遠いですよ。それしきのことで音を上げてもらっては困ります)
(音なんてあげてねーよ、こっから本気だ!)
スラスターの出力を一気にあげて全速力でアリーナを周回する。
(ぐっ、やっぱり慣性が強え、体が振り回される……ッ!)
それでも諦めず、何度も何度もアリーナ内で全速力飛行シャトルランを繰り返していると、シオンが語りかけてくる。
(お見事です、紫電。一次移行が終了しました。これよりデータを転送します)
キィィィンと、金属的な音と共に頭の中に急激な速度でデータが流れ込んでくる。
俺の体を包むISが光出し、粒子化して再度ボディアーマーを形成しだした。
(これが一次移行……設計通りのISになったのか……?)
(その通りです、紫電。このISは最早あなたの専用機です。今なら速度に振り回されることはないでしょう。試してみてください)
シオンの言葉に頷くと、再度スラスターの出力を全開にして加速する。
――世界がクリアに見える。
真っ先に出た感想はそれだった。
最適化される前までは速すぎる機体に慣れず、流れていく景色を目で追うのがやっとだったうえに、体も完成に振り回されていた。
だが最適化した今は全然違う。
――加速、停止、急加速、急停止。
重力に振り回されることなく、周囲がはっきりと視認できる。
空中で加速しながら自身の体を見回す。
最適化のおかげか、胸部、腕部、脚部のアーマー部分は綺麗な流線型を描き、極力空気抵抗を減らす形に変化している。
ただ、脚部のスラスターは完成しているものの、背部カスタム・ウイング部分のスラスターは依然システムが未完成であったため、外見こそできあがったものの機能としては使えないままだった。
(これがISの力なのか……)
俺はISのあまりの機動力の高さに内心震えていた。
機体コンセプトとしてはカスタム・ウイングがメインの空中制御を担い、あくまで脚部のスラスターは補助として使うことが目的だったのだ。
それが補助として使うだけの脚部スラスターのみで想定以上の速度を叩きだしている。
カスタム・ウイングが完成したらどれほどの機動力を得られるのだろうか?
俺は空中で静止すると、思考の渦に飲み込まれていった。
◇
(今日の訓練は大きな成果が得られた。これだけ動ければクラス対抗戦での機動に問題はないだろう。カスタム・ウイングの実装は後回しにして武装の開発を急ぐぞ。いつも通り俺はソフトウェアを開発するから、シオンはハードウェアを頼むぞ?)
(問題ありません、既に資材は調達済みです。加工にもそれほど時間はかからないでしょう)
シオンと話しながら寮へと戻る。
日はとっくに沈んでいたが、門限まではまだ余裕があるうちに自室に入ることができた。
俺の部屋は元倉庫だった場所をリフォームした場所のため、そこそこの広さがあり快適だった。
おまけにユニットバスまで設置したおかげで浴槽に浸かることもでき、わざわざ遠いトイレにまで通う必要もない。
ちなみにリフォーム業者はシオンと俺である。
(よし、シオン。武装の開発が完了するまでの間、ISに装着する武装を決めておこう)
(そうですね。といっても現状手元にある武装は打鉄とラファール・リヴァイヴの基本装備くらいしかありませんので、紫電の戦い方に合わせた装備の組み合わせを考えるべきでしょう)
(そうだな。まず使える武装は打鉄のものが近接用ブレード「葵」一本と、アサルトライフル「焔備」が2セットか。ラファール・リヴァイヴのほうは近接用ブレード「ブレッド・スライサー」、アサルトライフル「ヴェント」、連装ショットガン「レイン・オブ・サタディ」、スナイパーライフル「ワールウインド」、それとグレネードがいくつか、か。ただ、ISコアを融合したせいで俺の
(エネルギー量にも注意しましょう。私が持つエネルギーまでISにまわすと、最大で通常の4倍ものエネルギーをISに転用することが可能です。ですがそれではルール上の不正行為と変わりありません。今のうちにISに使用できるエネルギーと拡張領域を制限しておきます)
(ああ、それでいい。その状態での拡張領域はっと……それでも結構大きいな)
(ISコアによって拡張領域にも差がありますので、これくらいは許容範囲内でしょう)
(そうか、ならいい。さて装備だが――)
こうして自身のISへの装備を考える内に夜は更けていった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■クラス代表決定戦(2)
(結局一晩だけでは武装はまとまらなかったか……)
時は入学式翌日の朝8時。
俺は一年生寮の食堂にて和食セットを頼むと一夏の座る席へと近づいていった。
「よう、一夏おはよう。それにそっちの子もおはよう」
「ああ、紫電おはよう」
「……おはよう」
一夏の隣の席に座ってわかったが、どうやら二人の間には微妙な雰囲気が流れている。
特に、黒髪ポニーテールの子は不機嫌らしい。
「なあ一夏、そっちの子はお前の知り合いなのか?昨日から随分仲良さそうだったが」
「ああ、こいつは俺の幼馴染で、篠ノ之箒っていうんだ」
「へえ、新しく入った学校に知り合いがいるっていうのは羨ましいぜ。俺は千道紫電だ、よろしく頼むぜ、篠ノ之」
「すまないが、苗字で呼ばないでくれ」
「ん、そうか?じゃあ箒、よろしくな。俺のことも紫電で構わないぜ」
「ああ。……私は先に行くぞ」
そう言うと、さっさと食事を済ませた箒は席を立って行った。
「随分冷たいんだな、お前の幼馴染は」
「いや、普段はあそこまで冷たくないんだけど、その、なんていうか……」
一夏の方から何かやらかした、といったところか。
女性は何かとデリケートなところがあるからな、無神経っぽい一夏が箒の逆鱗にでも触れたか?
「いつまで食べている!食事は迅速に効率良く取れ!遅刻したらグラウンド十周させるぞ!」
織斑先生の大声が食堂内に響き渡る。
「おっと、さっさと食って行こう」
「あ、ああ」
一夏の方はメンタル的には特に問題無さそうだが、クラス代表決定戦のほうは大丈夫なのだろうか……。
◇
今日の授業も昨日に引き続き、IS関連の授業が目白押しだった。
最前列の席で一夏は苦戦しているようだが、俺にとってこの講義は既に無意味なものでしかない。
なので再びISの武装について詳細なデータを確認しなおす。
(近接用ブレードである「葵」と「ブレッド・スライサー」はあまり差が無いな……せめてブレッド・スライサーが両刃だったら差別化できたんだが。仕方ない、ブレードを使う際は少しでも使い慣れた「葵」のほうを使うとしよう。問題は銃器のほうか……)
(アサルトライフル、ショットガン、スナイパーライフル、いずれも使用用途は異なります。それぞれの特性は把握できていますか?)
(ああ、わかっている。ただ使い方を理解しているのと実際に使えるかはまた別問題だ)
それに残念なことに来週までアリーナの予約はいっぱいで確保できなかった。
武装をぶっつけ本番で試すしかないのが惜しい。
「ISにも意識に似たようなものがあり、お互いの対話――つ、つまり一緒に過ごした時間で分かり合うというか、ええと、操縦時間に比例して、IS側も操縦者の特性を理解しようとします。それによって相互的に理解し、より性能を引き出せることになるわけです。ISは道具ではなく、あくまでパートナーとして認識してください」
山田先生が教科書の中で俺が唯一気にしていた部分を解説する。
(ISにも意識に似たようなものがある、か。シオン、どう思う?)
(……私と似たようなものでしょうか。ただ、私たちの持つISコアからはあまりそのようなものは見受けられませんでしたが)
(……ISコアを融合したことか、あるいは篠ノ之博士への情報送信仕様を解除したことか、何かしらがISコアへ影響を与えてしまったかもしれないな。だが操縦時間に比例してISが操縦者側の特性を理解する、ということ自体は昨日の一次移行が証明してくれている。これからもっとISの稼働時間は増やしていくべきだな)
(ええ、それが正しいと考えます)
キーンコーンカーンコーン――
「あっ、えっと、次の時間では空中におけるIS基本制動をやりますからね」
山田先生の授業は確かにわかりやすいが、すでにわかりきったことを復唱されるだけで意味がないのがもったいない。
「一夏、ところで専用機は持っているのか?」
「いや、持ってない」
「いいや、織斑。お前にも専用機はある。学園で専用機を用意するそうだが、まだ完成していないだけだ」
織斑先生曰く、一夏にも専用機が用意されるらしい。
学校側で用意してくれるとは羨ましい限りだ。
俺はISコア一つ手に入れるのにスパイ紛いのことまでしたというのに。
「え、まじで!?」
「本来ならIS専用機は国家あるいは企業に所属する人間しか与えられない。が、お前の場合は状況が状況なので、データ収集を目的として専用機が用意されることになった。理解できたか?」
「な、なんとなく……」
もし一夏に専用機を与えないのだとしたら、俺は専用機を与えようとしなかった組織を罵倒していたかもしれない。
希少な男性パイロットのデータを収集しないなんて研究者、開発者として失格だ。
「それと千道は専用機は持ってきているな?新星重工からISコアの提供を受けていると連絡が来ているぞ」
「ええ、持っていますよ。ただまだ未完成なので簡単に動くくらいしかできませんが」
「……ISの開発も一人で行っているらしいが、来週のクラス対抗戦には間に合うのか?」
「ええ、問題ありません。間に合わせて見せますよ」
「それならいい。ISが動かず不戦敗ということは認めんぞ」
「それは絶対にありえません。期限に間に合わない、というのは企業云々ではなく人として認められるものではありません」
「ふっ、ならいい。さて、授業を始めるぞ。山田先生、号令」
「は、はいっ!」
◇
無事授業も終わった放課後。
俺は教室に残りクラス代表決定戦の戦い方について考察していた。
(セシリア・オルコットの機体『ブルー・ティアーズ』は第3世代型、中距離射撃型の機体です。その特徴はなんといっても機体名と同じ名前の自立機動兵器「ブルー・ティアーズ」でしょう。遠隔無線誘導型の兵器で、こちらの死角からのオールレンジ攻撃が脅威となります。装備数も6基あり、対策が必須と思われます。主力武装であるレーザーライフル「スターライトmkⅢ」も十分な威力を誇り、これらをいかに回避できるかが鍵と考えます)
(ああ、それだけ情報があれば十分だ。それなら既存のものだけでも十分対策できる)
「あら、あなたまだ残っていましたの?どれだけ頑張ってもわたくしに勝てるとは思えませんが?」
「……オルコットか。ああ、今まさに対『ブルー・ティアーズ』用の戦術を練っていたところだ」
「わたくしの専用機のことは調べたようですわね。それでも稼働時間という差はどうあがいても埋められませんわよ?」
「それはどうかな?先に言っておくけど、俺の機体は完成には程遠い状態で挑むことになる。おまけに武装はほとんど『打鉄』と『ラファール・リヴァイヴ』のものを使うことになる。それに負けたら恥だと思わないか?」
「あらあら、未完成の挙句武装も訓練機のものしか無いだなんて、そんな貧相な機体でわたくしに勝てる、と?」
「ああ、勝つぜ。来週の月曜日、お前は俺の革命を喰らうことになるんだからよ?」
「っ!革命など起こりえませんわ、勝者はわたくしですから!」
そういうとオルコットは教室を出ていった。
(紫電、本気で革命を起こす気なのですか?)
(ああ、一般人からの手痛い革命劇を貴族サマってやつに見せつけてやるさ)
俺は自分で言ったことは全て実現させてきた。
革命、楽しみにしてろよ?オルコット――
◇
そして翌週の月曜、クラス代表決定戦の日が訪れた。
(紫電、例の武装、既に完成していますが対セシリア・オルコットには使用しないのですか?)
(ああ、オルコットへの対策は既存の武装だけで十分だ。新武装についてはまだ情報の無い一夏のISへの秘密兵器にしたい)
(わかりました。ご武運を)
やがて第三アリーナにて織斑先生の声が響き渡る。
「先週言った通り、今日はクラス代表決定戦を行う。戦闘方式は総当たり戦だ。戦う順番は織斑のISがまだ届いていないので織斑は後回しだ。初戦はオルコットと千道に行ってもらう。また、2戦目については稼働時間の長さを考慮し、オルコットに連戦してもらう。よってオルコットと織斑の戦いとする。最後は織斑と千道の試合になる、以上だ。初戦の二人はさっさと準備しろ」
第三アリーナのピットを出ようとした矢先、俺はモニターに表示された山田先生に呼び止められていた。
「あの、千道君のIS名がまだ登録されていないので、今のうちにIS名を登録してくださいね」
「IS名……?ああ、そうだ登録するの忘れてた」
大丈夫ですよ山田先生、名前はもうとっくに決まっていますって。
そう言うと俺は空間キーボードでIS名を登録する。
人類はずっと昔から宇宙への憧れを追い続けてきた、そしてそれは俺も同じ。
先人たちは宇宙へ向かう船に対し、様々な名前を付けてきた。
例えば
だからここは、先人たちに倣って機体に名前を付けさせてもらうぜ。
俺も宇宙に対しては誰にも負けない、確固たる不屈の信念がある。
だからこそ機体名は――
「……山田先生、機体名を登録したんでもう行きます」
「わかりました。がんばってくださいね」
――
モニターが消えるのを確認すると、まだ着色すらされていない銀色の機体はスラスターを吹かしてアリーナの方へと飛んで行った。
◇
アリーナの中央付近にはオルコットが既に待っていた。
鮮やかな青色の機体『ブルー・ティアーズ』をその身に纏って。
「そんな貧相な機体で逃げずによくここまで来たものですわね。どうせあなたの言う革命とやらは起こりえませんわよ?」
「いいや、革命は起きるさ。勝負は実際にやってみないと分からないもんだぜ?」
「二人とも準備は良いようだな。互いに距離をとれ、試合を始めるぞ」
織斑先生に言われた通り、オルコットから距離を取る。
その距離およそ20メートルといったところか。オルコットに有利な距離だな。
「それでは、試合開始!」
織斑先生の号令とともに試合開始のブザーが鳴り響く。
準備はできているか、オルコット?ここから俺の革命の始まりだぜッ!
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■クラス代表決定戦(3)
「さっそくですが決着をつけて差し上げますわ!さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲で!」
早速オルコットは俺目掛けて射撃を繰り出してくる。
そんな中俺はオルコットが撃ち出してきた弾丸を見定めていた。
――なんだ、これは。遅い、遅すぎる。
俺とオルコットの距離はおよそ20メートル。
ブルー・ティアーズのスターライトmkⅢからしてみれば十分な射程距離内であった。
それにしてはおかしい、こちらに向かって飛んでくる弾丸が俺にはすごく遅く見えた。
ほんの少し半身を捻って一発目の射撃を回避。
二発目の射撃は左に半歩ほどずれるだけで回避。
三発目は元の位置に戻るだけで回避。
俺はスラスターを起動するどころか、ほんの少し体を動かすだけで全ての射撃を回避することに成功していた。
「……っ!?なかなかやるようですわね!それならこれはどうですの!?」
ブルー・ティアーズから四基の自立機動兵器が飛来してくる。
なるほど、そいつが機体名にもなったビット兵器、ブルー・ティアーズか。
だがそいつの対策ならとっくに考えてあるんだぜ!
俺はスラスターを吹かし、勢いよくオルコットからの距離を取ると、地に足を付けてアリーナの壁にもたれかかる。
「距離をとったところで無駄ですわ、もはやあなたは袋のネズミ。ブルー・ティアーズから逃げることはできませんわ!」
「……本当に逃げたと思うのなら攻撃して来いよ。袋のネズミなんだろう?」
四基のブルー・ティアーズが俺の死角目がけてレーザーを放とうとする。
そうだ、それを待っていたんだぜ――
(ブルー・ティアーズは死角から射撃するもんなんだろう?だが俺の後ろは壁、足元には地面がある。ほんの少し下を向けば、そうすれば俺の死角は当然……上しかないよなッ!)
俺は足元を向いたまま連装ショットガン「レイン・オブ・サタディ」を構えると上空のビットへ銃口を向け、引き金を引いた。
バキンッと音がしてビットが一つ砕け散る。
続いてもう片方の手でスナイパーライフル「ワールウインド」を構えると、スコープも覗かずに引き金を引く。
再びバキンッと音がして二つ目のビットが砕け散った。
◇
「織斑先生、すごいですよ!初見のブルー・ティアーズを相手にいきなり善戦しています!」
「壁を背に付け、地面に足を付けることで自身の死角をむりやり消し、ビットの攻撃方向を制限したか。そして下を向いてしまえば、ビットは上方向からの射撃が死角と思い込む、か。策士の戦い方だな」
「ですが下を向いたままどうやってビット兵器を破壊できたのでしょうか?ショットガンとスナイパーライフルの射撃はいずれも正確にビットを撃ち抜いていましたよ?」
「……それについては私もわからん。ハイパーセンサーを使っても、後方全体までは見えないはずだが、何か仕込んでいたのかもしれんな」
(……入学試験の時から既に高い実力を持っていると思っていたが、やはりそのとおりか)
織斑千冬は改めて目の前のモニターに映し出される男に注目し直した。
◇
ブルー・ティアーズのビットが二つ、続けざまに破壊された。
おまけにハイパーセンサーで視認した男は再度残りのビットに照準を合わせている。
(っ!まずいですわ、残り二基のビットまで破壊されるわけには……!)
セシリアがビットの距離を操ろうとした瞬間、体が後方へと吹き飛ばされる。
(きゃあっ!シールドエネルギーが!……今いったい何が!?)
再びハイパーセンサーで対象を視認しなおすと、スナイパーライフルの銃口がこちらを向いていた。
(まさか、狙撃されましたの!?先ほどビットに狙いをつけていたのはフェイントというわけですの!?)
対象との距離は戦闘開始時から少し開いており、約30メートルとなっていた。
初心者が浮遊しているISを狙撃するにはかなり高難易度なレベルである。
セシリアは相手がほとんどISを起動させていない初心者だと思って油断していたのだった。
(くっ……先ほどのビットの破壊といい、少しはできるようですわね、千道紫電!)
セシリアは戦闘前の紫電との会話を思い出していた。
――革命は起きるさ。
「革命など、あってたまるものですか!」
◇
オルコットはスターライトmkⅢを構えると、再度俺に照準を合わせてきた。
しかし、最初の銃撃を見たときから感じていたこの弾丸の遅さはなんなんだ。
「遅い、遅すぎる……。これじゃハエが止まるぜッ!」
連射されるスターライトmkⅢの銃弾を回避しつつ、全速力で距離を詰める。
30メートル離れていた距離は一気に縮まり、ついには近接武器での攻撃すら可能な距離まで近づいた。
「なっ、なんて速さですの!?もうこんなに近くに……!」
「……いくぞオルコット!ここからが本番だッ!」
ブルー・ティアーズの機体に照準を合わせると、躊躇わず連装ショットガン「レイン・オブ・サタディ」の引き金を引く。
ドンッという激しい炸裂音と共に散弾が飛び出すと、最適な距離で放たれた弾丸はブルー・ティアーズを大きく弾き飛ばした。
「きゃああっ!」
「そこだッ!」
後方へ吹き飛んだブルー・ティアーズに向けてスナイパーライフル「ワールウインド」の照準を合わせる。
間を置かずに三連射するも途中で回避に意識が集中しだしたのか、一発は回避されてしまった。
(三発中二発命中、上々といったところか。そろそろ立て直してくる頃か?)
俺の予想通りオルコットは体制を整え直すと、スターライトmkⅢを構えてこちらを狙っていた。
「よくもやってくれましたわね!先ほどは油断しましたが、ここからはそう簡単にはいかせませんわ!」
「悪いがもう勝負はついている、こいつで終わりだッ!」
俺は大きく振りかぶり、オルコット目がけてグレネードを投擲する。
「っ、グレネードなんて喰らいませんわ!」
宣言通り、オルコットはグレネードが自身に近づく前に狙撃して破壊した。
だがそのグレネードはお前にダメージを与えるために投擲したもんじゃあないんだぜ――
「なっ、スモークグレネード……!?」
撃ちぬかれたグレネードからは大量の煙幕が溢れだす。
丁度俺とオルコットまでの距離約10メートルはあっという間に煙幕に覆われてしまった。
「くっ、煙幕とは姑息ですわね。ですが姿を隠したところで無駄ですわ!」
セシリアは冷静になって煙幕周辺の動向を伺っていた。
そして煙幕の中から飛び出してきた何かにスターライトmkⅢの銃口を向けると――
「ショットガン……?っ、しまっ――」
セシリアから次の言葉が出てくることは無く、目の前に見えたのはニヤリと笑みを浮かべる対戦相手の表情。
ブルー・ティアーズ本体が近接用ブレードによって切り裂かれたのがわかると、戦闘終了を告げるブザーが鳴り響いた。
――試合終了。勝者、千道紫電――
「おう、大丈夫か?」
「……お見事でした。煙幕から最初に飛び出たショットガンに気を取られ、その隙に反対方向から一気に距離を詰めて近接ブレードで切り裂く。踊ってもらうどころか、踊らされてしまったのはこちらのようですわね」
「ああ、うまいこといって良かったぜ。革命、ここに成れりってね」
「お、お待ちになって。最初にブルー・ティアーズのビットを狙撃したときあなたは間違いなく下の方を向きっぱなしでしたわ。それなのになぜ上空にあるビットの位置を把握できましたの?いかにハイパーセンサーが優れていようと、ビットは確かにあなたの死角をとらえていたはずです」
「……ああ、それか。それのタネはここにある」
俺はそう言うと自らの足を指さす。
「まだ塗装すら済んですらいない俺のISは銀色でピッカピカだ。脚部の金属部分に反射して映ったビットから位置を計算して狙撃したんだよ」
「……っ!?あの一瞬でそんなことを……!?」
「じゃ、俺は行くぜ。連戦で大変だと思うけど、がんばれよ」
「あぁっ、ちょっと!」
さて、男の意地ってやつを一発見せつけてやったぜ、一夏よ。
今度はお前の意地ってやつを見せつけてくれよ?
俺はオルコットを無視してピットへと下がっていった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■クラス代表決定戦(4)
クラス代表決定戦第二戦目、織斑一夏VSセシリア・オルコットの試合は終始オルコット優勢の状況で進んだ。
中盤から一夏がビットを破壊し、一次移行も終えてさあ逆転だ、という時点で一夏の専用機『白式』のシールドエネルギーが切れ、一夏は敗北してしまった。
――試合終了。勝者、セシリア・オルコット――
「一夏、お疲れさん。惜しかったぜ」
「うぅ、あと少しだったのに……」
「おいおい、まだ俺との試合が残ってるんだから、引き摺らないでくれよ?」
「う、そうだった。大丈夫だ、次こそ勝つ!」
「おう、だが俺も負けてやるつもりはないぜ。全力でかかってこいよ」
一夏を立ち直らせると俺は反対方向のピットへと歩いて行った。
(とは言ったものの、一夏の専用機『白式』はかなり強力な機体だな)
(ブルー・ティアーズ相手に良い機動を見せていました。現状のスペックでは紫電のフォーティチュード・プロトよりも最高速度が上です。それに試合の終盤に使用したあの刀剣、どうやら単一仕様能力があるようです)
(単一仕様能力、か。自身のエネルギーを減らしていたところを見ると、その分相手に大ダメージを与える両刃の剣、ってところか?)
(詳細は分かりかねますが、十分に警戒をすべきですね)
(まあ、戦い方はもう決めてあるからあとは本番次第さ……)
さて、俺の想定通りになるか――?
◇
アリーナの中央部、俺の対面には白式を纏った一夏が立っていた。
「織斑、千道、両方とも準備はできているな」
「おう、準備バッチリだぜ!」
「ええ、問題ありません」
「それでは、試合開始!」
織斑先生の号令とともにブザーが鳴り響く。
それと同時に一夏が一直線に距離を詰めてきた。
「紫電、悪いけど一気に勝負を決めさせてもらうぜ!」
「それはこっちの台詞だぜ、一夏」
俺の両手にはアサルトライフル「焔備」が握られていた。
距離を詰めてくる一夏に対し、俺は後方へと加速して逆に距離を取る。
さらに両手に持ったアサルトライフルをフルオートモードにし、一夏目掛けて引き金を引く。
「うおっ、危ねえ!って避けきれねえっ!?」
追いかけてくる一夏に対し、両手のアサルトライフルで弾幕を張りながら引き撃ち。
俺が一夏対策として真っ先に考えたのはそれだった。
(先のオルコット戦で一夏はまったく射撃武器を使っていなかった。それに自身のシールドエネルギーを消費するような危険な刀剣。ここは遠距離からの射撃で削らせてもらうぜ、一夏)
予想通り白式の機動力はかなり高いものであり、両手で持ったアサルトライフルからの射撃も結構な頻度で回避されていた。
「どうやらブルー・ティアーズのビット攻撃を回避し続けたのはまぐれじゃないようだな」
「そりゃ、まぐれなんかじゃ――って汚いぞ紫電、さっきから!近寄れないじゃないか!」
「おいおい、早々得意な間合いなんて取らせるわけがないだろう。斬り合いはこっちのほうが不利みたいだからな」
「ぐっ……!」
そうこうしているうちに両方のアサルトライフルの弾が切れる。
フルオートで常に連射していたせいか、弾切れも想像以上に早かったようだ。
「ちっ、もう弾が切れたか」
「へへっ、耐えたぜ。もう弾は残ってないみたいだな!」
「ああ、できることなら今のでお前のシールドエネルギーを空にしたかったんだがな」
「そいつは残念だったな!」
多少のシールドエネルギーは削れたはずだが、まだまだ一夏はピンピンしている。
「弾が切れたんじゃあしょうがない。こっからはお望み通り――インファイトといこうか」
俺は空になったアサルトライフルを捨てると、近接用ブレード「葵」を取り出した。
ライフルを捨てたのを見て安心したのか、一夏はじりじりと地に足を付けて距離を詰めてくる。
剣道の癖がしみついてるのだろうか、相手の隙を窺っているようにも見える。
(……やべえ、剣道のことはさっぱりわからん。どう動いてくるんだろうな)
のんきにそんなことを考えていたら一夏はスラスターを吹かして一気に距離を詰めてきた。
「てええええい!」
「甘いッ!」
一夏の選択は上段からの振り下ろしだった。
俺はブレードを斜めにして受け流すと、反転して薙ぎ払いを返す。
「ぐあっ、接近戦も結構できるじゃないか!?」
「できないとは一言も言ってないぞ、一夏。それにお前の太刀は読みやすいぜッ!」
続けざまに突きを放つが、これは一夏に弾かれてしまう。
「よしっ、今だ!喰らえっ!」
白式の主力武装であるブレード、雪片弐型からエネルギーの刃が形成される。
(ぐっ、これは……!?)
咄嗟に身をよじってクリーンヒットは逃れたものの、フォーティチュード・プロトのシールドエネルギーは大きく減っていた。
(当たり所が悪かったのもあるが、クリーンヒットなしでこの威力……!)
「まじかよ、避けやがった。完全に当たったと思ったのに……」
「どうやら運が味方したようだ。クリーンヒットしていたら流石に危なかった……!」
(一夏のシールドエネルギーはあと少しか。俺の方はまだ余裕があるが、さっきの一撃が直撃すれば逆転負けの可能性もありうるか?)
俺と一夏は再びクロスレンジに入っていった。
互いに次の一太刀で決着をつける、という考えに変わりは無いらしい。
「これで、終わりだっ!」
「……!」
一夏が大きく振りかぶる。
隙ありッ――!
アリーナ中央部で二人が激突し、白い閃光が走る。
閃光が収まり、周囲の明るさが戻ると、そこには片膝を着いて立っている俺と、織斑一夏が倒れている光景が広がっていた。
――試合終了。勝者、千道紫電――
戦闘終了を告げるブザーが鳴り響いた後、勝者を告げるアナウンスが入る。
「っつ、今、何が……?」
「おう、一夏。やるじゃねーか。俺に切り札を使わせるなんてね」
「切り札……?」
「ああ、最後の一太刀が直撃する直前、俺はこいつをお前にぶち込んだんだ」
フォン、と音がして俺の左手甲から白いレーザーブレードが飛び出る。
「こいつはスイッチブレードって言って、ほんの一瞬だけ高威力のレーザーブレードを作り出す武装だ。一夏は俺の近接ブレード「葵」のほうばかり気にしてたからこっちのほうは全く気付かなかったようだな」
「あっ!そう言われれば最後に鍔迫り合いになるかな、って思ったら予想外の方向から突き刺されたような……」
「そう、そういうこと。こいつの開発が間に合ってよかったぜ。最初っからお前と斬り合ってたら多分俺が負けてたと思うぜ。中々やるじゃねーか」
「良く言うぜ。最初の逃げ撃ちはどう考えても汚ねえ作戦だったって!」
「あれは近づけなかったお前の方が問題なんだ。武装がその近接ブレードしかないなら何が何でも近づいて切るしかねえんだからよ?」
「うぐっ……」
図星を突かれると一夏は黙ってしまった。
「二人とも、反省会は後でしろ。何にしても今日はこれでおしまいだ。帰って休め」
織斑先生からクラス代表戦の終了が宣言される。
「ま、さっさと帰ろうぜ、一夏。流石に俺もちょっとばかし疲れた」
「あれだけ動いてちょっとかよ。俺はもうへとへとだぜ……」
「そうだ、一夏。お前のブレード、随分威力があったがあれはどんな原理なんだ?」
「ああ、あれは
「なるほど、それでシールドエネルギーに直接ダメージを受けたからあれだけダメージを受けたのか。それならあの威力も納得だ」
(なるほど、あれが単一仕様能力ってやつか。ISとパイロットの相性が最高のときに自然発生する固有の特殊能力、だったか。シオン、俺にも単一仕様能力使えないか?)
(ご心配なく。もうすでにフォーティチュード・プロトには単一仕様能力が使える兆しが見え始めています。あとは紫電の努力次第でしょう)
(へえ、そいつは楽しみだ!待ってろよ、俺の単一仕様能力。すぐにこの機体にふさわしいパイロットになって見せるからな――)
連戦で足取りの重い一夏よりも少し早く、俺は第三アリーナを後にした。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■それぞれの日常
クラス代表戦も無事終わり、各自が寮に戻った後。
セシリア・オルコットは自室でシャワーを浴びながら今日の試合のことを振り返っていた。
(今日の試合――)
まず初戦、千道紫電という男は今まで誰もやってこなかった方法でブルー・ティアーズのビットを迎撃して見せた。
その後の戦い方も今まで戦ってきた誰とも違う、とにかく意表を突く戦い方を繰り広げ、気付けばこちらのシールドエネルギーは0にされてしまっていた。
(その次の試合も――)
織斑一夏には勝ったものの、ビットは四基も破壊され、おまけに最後の一撃が当たっていれば勝負の結末はわからなかった。
恒常的に勝利への自信と向上心を持ち続けていたセシリアにとって、この結末は酷く複雑なものだった。
(――千道紫電、織斑一夏――)
セシリアにとって印象的だったのは二人の眼だった。
千道紫電に切られた瞬間、織斑一夏に切られかけた瞬間、二人は同じ眼をしていた。
勝利への自信に満ち溢れていた眼差し、両者の眼はとても自信に満ち溢れていた。
自分はどうだったろうか?
勝利への自信があったことは間違いないと言える。
しかし、彼らのような眼差しが自分にあっただろうか?
敗因はおそらくその辺りだとはわかったが、それが自身の持ち方なのか勝利への執念なのかはセシリアにはわからなかった。
(あの方たちはわたくしの父とは違う……)
セシリアは無意識のうちに父親のことを思い出していた。
名家に婿入りしたプレッシャーからか、常に母の顔色をうかがう父を見ては男とはなんと情けないものかと感じていた。
その結果か、今でもセシリアは情けない男とは結婚しない、と心に誓っている。
(父は、母の顔色ばかりうかがう人だった……)
ISが発表されてから益々立場の弱くなった父のことを思い返す。
一方で母はいくつもの会社を経営し、成功を収めた強い人だった。
だがそんな両親は三年前に事故で他界している。
越境鉄道の横転事故、死傷者百人を超える大規模な事故はあっさりと両親の命を奪ったのだった。
手元には莫大な遺産が残ったものの、それを狙う金の亡者は後を絶たず、必死に勉強してそれを守り抜き、IS適性テストでもA+を出した。
結果、第三世代装備ブルー・ティアーズの一人者として選抜され、栄えあるIS学園への入学が決まったのだった。
そこにはISを動かしたという二人の男。
二人のことを散々挑発したにもかかわらずこの様である。
千道紫電にはなすすべもなく敗れ、織斑一夏にはかろうじて勝ったものの、試合では負けていたようなものである。
(わたくしの方が間違っていたんですの……?)
今思い出してもあの二人の眼は父の眼とは違う、自分への自信に溢れた眼だった。
それは自分ともまた違う、確固たる信念を持った瞳だった。
(……負けたにもかかわらず、なぜこんなにも嬉しいのでしょうね)
セシリアの気持ちは晴れていた。
シャワーから流れる水を止める。
バスタオルで体を拭うと、まず二人に対して謝ろうと決意するのであった。
◇
翌日、朝のショートホームルームにて織斑一夏は驚いていた。
「では、1年1組の代表は織斑一夏君に決定です。あ、一繋がりでいい感じですね!」
「先生、質問です!俺、昨日の試合は二連敗だったんですけど、なんでクラス代表になってるんでしょうか!?」
「あー、悪いな一夏。戦績だけで言えばクラス代表は俺なんだが昨日見せたとおり、俺のISは着色すら済んでねえプロトタイプなんだ。で、そのISの開発自体も俺がやってるから、クラス代表までやってる余裕ないんで辞退させてもらったんだ」
「まじか……いや、それでもセシリアが俺に勝ってるじゃないか!」
「それはわたくしも辞退したからですわ!」
ガタッと立ち上がり、セシリアは腰に手を当てる。
「ええ!?何辞退してんだ!?」
「まあ、勝負はあなたの負けでしたが、しかしそれは考えてみれば当然のこと。なにせわたくしセシリア・オルコットが相手だったのですから。それは仕方のないことですわ。それで、まあ、わたくしも大人げなく怒ったことを反省しまして、"一夏さん"にクラス代表を譲ることにしましたわ。"紫電さん"はIS開発で忙しいとのことでしたし」
「いやあ、セシリアわかってるね!」
「そうだよねー。せっかく男子がいるんだから、同じクラスになった以上持ち上げないとねー」
「そ、それでですわね、わたくしのように優秀かつエレガント、華麗にしてパーフェクトな人間があなたたちにIS操縦を教えて差し上げれば、それはもうみるみるうちに成長を遂げ――」
バン!と机をたたく音が響くと、立ち上がったのは箒だった。
「あいにくだが、一夏には私という教官がいる。私が、直接頼まれたからな」
「あら、あなたはISランクCの篠ノ之さん。ISランクAのわたくしに何かご用かしら?」
「ら、ランクは関係ない!頼まれたのは私だ。い、一夏がどうしてもと懇願するからだ」
「え、箒ってランクCなのか……?」
「だ、だからランクは関係ないと言っている!」
「座れ、馬鹿ども。お前たちのランクなどゴミだ。私からしたらどれも平等にひよっこだ。まだ殻も破れていない段階で優劣を付けようとするな。それと、代表候補生も一から勉強してもらうと前に言っただろう。くだらん揉め事は十代の特権だが、あいにく今は私の管轄時間だ。自重しろ」
千冬姉の一言のおかげで立ち上がっていた二人は席に座った。
家事はいまいちなのに、職場ではこんなにしっかりやっているんだな。
そんなことを考えていたら俺の頭に千冬姉の出席簿がバシンと直撃していた。
「クラス代表は織斑一夏。異存はないな」
俺を除くクラス全員ははーいと返事をしていた。
団結することはいいことだが、理不尽なことはよくないと思った。
◇
「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、千道、オルコット。試しに飛んでみせろ」
「わかりました」
俺は一瞬でフォーティチュード・プロトを展開する。
その展開時間はおそらく0.5秒を切っている。
「ほう、千道はなかなかの展開速度だ。二人はもっと早くしろ。慣れれば千道のように一秒以内にISを展開できるようになるぞ」
「ちょっと待った、早いって!」
「集中しろ」
オルコットがブルー・ティアーズを展開してすぐ、一夏も白式の展開に成功する。
「なあ、紫電。素早く展開するためのコツって何かあるのか?」
「さあ……織斑先生の言うとおり慣れじゃないか?俺はむしろなんでそこまで時間がかかるのか不思議でならないくらいだ」
「紫電さん、あなた随分規格外なのですわね……」
「全員ISを展開できたな。よし、飛べ」
真っ先にオルコットが飛び上がる。
へえ、クラス代表戦のときはわからなかったが、ブルー・ティアーズも結構速度出せるんじゃないか。
そんなことを考えながら俺と一夏はオルコットの後を追うように飛び上がった。
俺がオルコットに追いついたのはすぐだったが、一夏の方はだいぶ遅れている。
「なかなかの速度ですわね、紫電さん。クラス代表戦のときからかなりのスピードを出していましたが、その機体は高速機動重視の機体なんですの?」
「察しがいいな、オルコット。その通り、このフォーティチュード・プロトはスピードがメインの機体になる予定だ」
「わたくしのことですが、セシリアで構いませんわ。あなたはそれだけの実力を見せつけてくれましたのですし」
「……そうか、なら今後はそう呼ばせてもらおう」
「――や、やっと追いついた……!」
上空で静止してセシリアと話しているところでようやく一夏が同じ高さまで到着する。
間もなく通信回線から織斑先生の声が届く。
「何をやっている。スペック上の出力ではお前の白式が一番上だぞ」
「うへぇ、まじかよ……」
「一夏、気にするな。慣れればもっとうまく動けるようになるさ」
「そう言われてもなぁ。空を飛ぶって感覚自体がまだあやふやなんだよ。なんで浮いてるんだ、これ」
「説明しても構いませんが、長いですわよ?」
「あ、いや、どうせ理解できないから説明はいい」
「そう、残念ですわ。ふふっ」
セシリアは楽しそうである。
「紫電さんのほうは全く問題なさそうですが、やはり一夏さんにはまだ指導が必要そうですわね。また放課後に指導してさしあげますわ」
「一夏っ!いつまでそんなところにいる!早く降りて来い!」
通信回線から流れてきたのは今度は怒鳴り声だった。
遠くの地上を見ると、箒が山田先生からインカムを取り上げていたようだ。
「織斑、千道、オルコット、急下降と完全停止をやって見せろ。目標は地表から10センチだ」
「了解です。それでは一夏さん、紫電さん、お先に」
そう言うとセシリアはすぐさま地上へと向かって行った。
どうやらうまく完全停止できたらしい。
「紫電、先に行かせてもらうぜ」
「ああ、いいぜ。気を付けてな」
一夏は勢いよく地上へと向かって行った。
急下降は問題無さそうだが、ちゃんと停止できるだろうか?
俺がそう思って束の間、案の定一夏は地上に激突し、大きな穴を空けていた。
「やれやれ、俺も行くとするか」
全速力でスラスターを吹かして地上へと急降下する。
最適化する前は速度に振り回されてばかりだったが、今ではまったくそんなことはなく、自由に速度制御ができるようになっている。
「地表から約5センチといったところか。中々上出来だ」
「まだ5センチか……0センチ目指してたんですけどねえ」
(……いきなり急下降と完全停止をやってみせるとは、やはりこいつのポテンシャルの高さは才能か?)
織斑千冬は内心驚いていた。
一夏のように地上に墜落することは無いとは思っていたが、いきなり地上5センチの高さで完全停止をやってのけるのは一筋縄ではいかないはずである。
「織斑、次は武装を展開してみせろ。それくらいは自在にできるだろう」
「は、はいっ!来い……!」
一夏の手には雪片弐型が握られていた。
「遅い。0.5秒で出せるようになれ。次はセシリア、武装を展開しろ」
「はい」
セシリアは真横に腕を突きだす。
一瞬爆発的に光るとその手にはスターライトmkⅢが握られていた。
「さすがだな、代表候補生。ただしそのポーズはやめろ。横に向かって銃身を展開させて誰を撃つ気だ。正面に展開できるようにしろ」
「で、ですがこれはわたくしのイメージをまとめるために――」
「直せ、いいな」
「……はい」
「セシリア、次は近接用の武装を展開しろ」
「えっ、あ、はいっ」
スラーライトmkⅢを光の粒子へと変え、収納すると新たに近接用の武装を展開し始めた。
「くっ……ああ、もうっ!インターセプター!」
セシリアが武器の名前を叫ぶと無事武装は展開された。
だが武器名を叫ぶことで武装を展開するという手法は俗に言う初心者向けのやり方だ。
代表候補生であるセシリアがそうしなければ近接武装を展開できない、というのは正直予想外だった。
「……何秒かかっている。お前は実戦でも相手に待ってもらうつもりか?」
「じ、実戦では近接の間合いに入らせませんから問題ありませんわ!」
「クラス代表戦で千道にも織斑にも簡単に懐を許していたろう」
「そ、それは……」
流石のセシリアもばつが悪そうである。
「最後に千道。お前も武装を展開してみせろ」
「了解です」
(焔備ッ!)
展開速度約0.6秒、俺の両手にはアサルトライフル「焔備」が握られていた。
「続いて近接武装を展開しろ」
(葵ッ!)
焔備を即座にしまうと、今度は近接用ブレード「葵」を展開する。
こちらも展開速度は約0.6秒といったところ。
「ほう、中々の展開速度だがまだまだだな。もっと早く展開できるように精進しろよ」
「了解です」
織斑千冬は再び驚いていた。
武装の展開速度、格納速度、何れも初心者のものとはかけ離れている。
(現状、一年の中で最も実力があるのはやはり千道か。これでまだ機体がプロトタイプとはな――)
「今日の授業はここまでだ。織斑、グラウンドを片付けておけよ」
「……はい」
「まあそう落ち込むな、一夏。穴埋めるの手伝ってやるからよ」
「まじか!?紫電、ありがとう!」
そう言うと早速俺と一夏はグラウンドの穴埋めに奔走するのであった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■2組の代表候補生
クラス代表決定戦から早数日、俺はいつも通りのロードワークに励んでいた。
放課後にアリーナが予約できなかった際、一定の時間はこうして自身のトレーニングに時間を費やしている。
そのトレーニング時間はおよそIS開発と半々といったところだ。
前日は多くの時間をIS開発に費やしてしまったため、今日は長めにトレーニングをしていたところ、彼女と出会ったのであった。
◇
「ふうん、ここがそうなんだ……」
すっかり日も暮れたIS学園の正面ゲート前。
少女は小柄な体に不釣り合いなボストンバッグを持って立っていた。
「えーっと受付は……本校舎一階総合事務受付ってだからそれどこにあんのよ」
ポケットから取り出した一切れの紙を再度くしゃくしゃにしてポケットにしまう。
「自分で探せばいいんでしょ、探せばさぁ」
ぶつくさ言いながらもとにかく歩いて探す。
その度に長いツインテールが揺れて夜風になびく。
(誰かいないかな。生徒とか、先生とか――!)
目の前に人影有りと見るや否や、少女はその人目掛けて小走りに走っていくのだった。
◇
「ねえ、ちょっと!本校舎一階総合事務受付ってどこか――って男!?」
「うん?」
俺はウインドブレーカーのフードを下すと、目の前の少女を見た。
学校の制服も着用しておらず、小柄な体にツインテール。
中々特徴的な容姿をしているにもかかわらず、俺には一切会った記憶が無かった。
まず間違いなく初対面だろう。
「ね、ねえ、アンタってひょっとして千道紫電?」
「ああ、そうだが。ところで君は?」
「あたしは凰鈴音。鈴でいいわ。中国代表候補生として今日からこの学校に転校することになったのよ!」
ふふん、と胸を張ってそう言い張る鈴。
「へえ、中国代表候補生ね。ってことは強いのか?」
「強いわよ。それとアンタこそ二番目にISを動かした男なんでしょ?強いの?」
「アンタ、じゃなくて俺のことも紫電でいいぜ、鈴。実力に関してはまだあんまり実戦をしていないからなんとも言えないな。そんなに強くないんじゃないかな」
「ふーん、そうなんだ……」
このとき、鈴は直感的に感じていた。
この紫電という男は決して弱くはないだろうと。
目の前にいる男はウインドブレーカーを着ていて体格はよくわからなかったものの、身長も高く、走り方が様になっていた。
話し方としても真面目っぽい雰囲気が漂っており、「そんなに強くない」という発言があまり本当のことのように思えなかったのだった。
「ねえ、ところで本校舎一階総合事務受付ってどこにあるか知ってる?そこに行きたいんだけど」
「ああ、それならすぐそこだ。案内してやるよ」
「ほんと?ありがとね!」
「ああ、IS学園へようこそ、鈴」
俺は鈴を連れると総合事務受付まで歩いて行った。
◇
「それじゃあ手続きは以上で終わりです。IS学園へようこそ、凰鈴音さん」
愛想のいい事務員の言葉もどこ吹く風か、しばらく会っていない幼馴染のことを考えていた鈴は若干上の空になっていた。
「あ、あの。織斑一夏って、何組ですか?」
「ああ、一夏君だったら1組よ。鳳さんは2組だからお隣ね。そうそう、そう言えばあの子、クラス代表になったみたいよ。流石、織斑先生の弟さんなだけはあるわねぇ」
「……!2組のクラス代表って、もう決まってますか?」
「決まってるけど、それがどうしたの?」
「名前は?」
「え?……聞いてどうする気なの?」
「私、2組のクラス代表になろうと思いまして――」
そう言う鈴の眼には強い意志が宿っていた。
◇
「よう一夏、昨日中国代表候補生の子と会ったぜ。なんでも転校して来たんだとか」
「へえ、転校生?今の時期に?」
「あら、わたくしの存在を今更ながらに危ぶんでの転入かしら」
今朝もまたセシリアは腰に手を当てたポーズをしている。
癖なのか?そのポーズ。様にはなっているが。
「このクラスに転入してくるわけではないのだろう?騒ぐほどのことでもあるまいが、気になるのか?」
箒も話に割り込んでくる。
やはり女子はこの手の噂話が好きらしい。
「ああ、少しはな」
「ふん……今のお前に女子を気にしている余裕があるのか?来月にはクラス対抗戦があるというのに」
「そう!そうですわ、一夏さん。クラス対抗戦に向けてより実戦的な訓練をしましょう!相手ならこのわたくし、セシリア・オルコットが務めさせていただきますわ」
「まあ、やれるだけやってみるか」
「やれるだけ、では困りますわ!一夏さんには勝っていただきませんと!」
「そうだぞ。男たるものそのような弱気でどうする」
一位のクラスには優勝賞品として学食デザートの半年フリーパスが配られるらしい。
正直そんなものもらっても胃がもたれそうだが、もらえる物はもらっておきたいな。
「織斑君が勝つとクラス皆が幸せになれるんだよー!」
「織斑君、がんばってね!」
「フリーパスのためにもねー」
「今のところ専用機を持ってるクラス代表って1組と4組だけだから、余裕だよ!」
(……シオン、4組にも専用機持ちがいるのか?)
(4組の専用機持ちパイロットは更識簪ですね。日本代表候補生でもありますが、あまり目立った成績はおさめられていないようです)
(それなら一夏でも十分に勝機はあるか。だが――)
「――その情報、古いよ」
教室の入り口付近から昨日聞いた声がする。
そう、俺は懸念していた。
昨日話した子は中国代表候補生と言っていた。
ならば専用機を持っていてもおかしくは無いだろうと。
「2組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」
「鈴……?お前、鈴か?」
「そうよ。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」
「何格好つけてるんだ?すげえ似合わないぞ」
「んなっ……!?なんてこと言うのよ、アンタは!」
「おい」
「なによ!?」
バシンッ、と鈴に織斑先生の出席簿による打撃が入る。
相変わらず強烈な音だ。
「もうショートホームルームの時間だ。教室に戻れ」
「す、すみません……。またあとで来るからね!逃げないでよ、一夏!」
「さっさと戻れ」
「は、はいっ!」
そう言うと鈴は2組の方へと駆け出して行った。
どうやら、初対面の時に思った印象通りの人物のようだ。
猪突猛進、物怖じせず強気なタイプ。
一夏は知り合いのようだったが、どんな関係か後で聞いてみるとするか。
◇
午前の授業も終わった昼休み、俺は一夏、セシリア、箒と共に学食に来ていた。
「お前のせいだ!」
「あなたのせいですわ!」
「なんでだよ……」
セシリアと箒の両名は午前中だけで何度か山田先生と織斑先生から注意を受けていた。
「あの中国代表候補生が気になって勉強に集中できないってか?それを一夏のせいにするのは少し酷いんじゃないかねえ?それで一夏、鈴とは知り合いなのか?」
「ああ、鈴は――」
「待ってたわよ、一夏!」
噂の張本人はお盆にラーメンを乗せ、俺たちの目の前に立ちはだかっていた。
「まあ、とりあえずそこどいてくれ。食券出せないし、普通に通行の邪魔だぞ」
「う、うるさいわね。わかってるわよ!」
それぞれが注文したメニューを受け取ると、空いていた席へと座る。
「それで、一夏と鈴はどんな関係なんだ?」
「ああ、鈴とは幼馴染なんだ」
「幼馴染……?」
「ん、お前箒のことも確か幼馴染って言ってたよな?それなのに箒と鈴は幼馴染ではないのか?」
「あー、えっとだな。箒が小四の終わりに引っ越してっちゃって、んで鈴が小五の頭に転校してきたから、二人は顔を合わせたことは無いんだよ。で、鈴は中二の終わりに国へ帰っちゃったから、会うのは一年ぶりになるってわけだ。つまり箒がファースト幼馴染で、鈴がセカンド幼馴染ってことだ」
「へえ、なかなか複雑な巡り合わせなんだな」
「ほら、鈴。こっちが箒だ。前に話したろ?小学校からの幼馴染で、俺の通ってた剣術道場の娘」
「ふうん、そうなんだ……。初めまして、これからよろしくね」
「ああ。こちらこそ」
挨拶を交わす二人の間で火花が散ったように感じた。
(この二人、仲悪そうだなー)
(女同士の争いは総じて醜くなりがちです。紫電、巻き込まれないようにご注意を)
(もう巻き込まれている気がしなくもないんだよなぁ……)
「わたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ。中国代表候補生、凰鈴音さん?」
「……誰?」
「なっ、わ、わたくしはイギリス代表候補生、セシリア・オルコットでしてよ!?まさかご存じないんですの?」
「うん。あたし他の国とか興味ないし」
「な、な、なっ……!?」
「おいおい、落ち着けよセシリア。そんなに驚いても知らねえやつは知らねえんだ。俺たちの時もそうだったろう?」
「う、そうでしたわね。ですがわたくし、あなたのような方には絶対負けませんわ!」
「そう。でも戦ったらあたしが勝つよ。悪いけど強いもん」
「い、言ってくれますわね……」
……すっげえデジャヴ。
セシリアよ、それを負けフラグというのだ、覚えておけ。
「しかし、随分自信があるな鈴は。大したものだ」
「まあね。ところで一夏。アンタ、クラス代表なんだって?」
「お、おう。成り行きでな」
「ふーん……。あ、あのさぁ、ISの操縦、あたしが見てあげてもいいけど?」
バンッっとセシリアと箒がテーブルを叩いて立ち上がる。
「一夏に教えるのは私の役目だ。頼まれたのは私だ」
「あなたは2組でしょう!?敵の施しは受けませんわ」
「あたしは一夏に言ってんの。関係ない人は引っ込んでてよ」
「か、関係ならある。私は一夏にどうしても、と頼まれているのだ」
「1組の代表ですから、1組の人間が教えるのは当然ですわ。あなたこそ、後から出てきて何を図々しいことを――」
「後からじゃないけどね。あたしの方が付き合いは長いんだし」
女子勢はわいわいと騒ぎ出す。
食事時くらいもう少し静かにできないもんかね。
「なあ紫電、今日アリーナ予約取れたんだけど模擬戦の相手してくれないか?」
「お、予約取れたのか。よし、それじゃ一戦やるか」
「それで近接戦の際だけど――」
「お前の癖として――」
一夏に戦闘のアドバイスをしながら食器の片付けに向かう。
どうでもいいが、昼休みもうすぐ終わるぞお前ら。
◇
放課後の第三アリーナにはいつもと違った顔ぶれが揃っていた。
一夏は普段セシリアにIS操縦を教わっており、基本的には二人きりで訓練している。
初回は俺もセシリアに教わっていたが、射撃の実力にあまり差が無いことがわかると、俺はさっさと個人練習に切り替えてしまっていた。
それ以前にセシリアが一夏を鍛えるのを邪魔したくない、ということもあったが。
今日は昼休みに約束した通り、一夏との模擬戦のため俺も第三アリーナに来ていたが、そこには『打鉄』を装着した箒が立ちはだかっていた。
「な、なんだその顔は……おかしいか?」
「いや、その、おかしいっていうか――」
「篠ノ之さん!?どうしてここにいますの!?」
「どうしてもなにも、一夏に頼まれたからだ。それに近接格闘戦の訓練が足りていないだろう。私の出番だな」
「ほう、訓練機の使用許可が下りたのか。一夏、ここはいい機会だから箒と勝負してみてはどうだ?」
「ええっ?でも……」
「俺のことは気にしなくていい。セシリア、一夏の代わりに模擬戦の相手をしてくれないか?」
「わ、わたくしですか?まあ、仕方がありませんわ。わたくしがお相手いたしましょう」
「では一夏、はじめるとしよう。刀を抜け」
「お、おうっ」
こうして第三アリーナでは俺VSセシリア、一夏VS箒で一対一勝負が行われた。
◇
「よし、今日はここら辺で終わりにしようか」
「どうしてこうも紫電さんには勝てないんですの……」
「っはー!疲れた……」
「ふん。鍛えていないからそうなるのだ」
(ふむ……訓練機で一夏の白式と対等に渡り合うとは、篠ノ之箒。中々のポテンシャルを持っているようだな)
最近ではISを操縦しながら周囲に目配せできるくらいの余裕ができた俺は、セシリアとの戦闘中にちょこちょこと一夏VS箒の様子を観察していたのだった。
「一夏、中々いい動きをしているが動きが直線的すぎるんじゃないか?」
「え、そうかな……。白式はかなりスピード出せるし、相手に一直線に向かって切り込んだ方が手っ取り早くないか?」
「その考え方は少し間違っているぞ。白式の速さを活かすために一呼吸入れるんだ。渾身の一撃を加える前に相手との距離を測ったり、相手がどっちの方向へ移動するか予測しながら動くんだ」
「えーっ!?そんなことできるのかよ!?」
「相手の動きを良く見ろ。大事なのは間合いだ。しっかり自分の得意不得意な間合いを見極めて相手をよく見るんだ。よく見ていれば相手がどう動くかは読めるようになる。それができるようになれば自分がどう動けばよいかも自然とわかるはずだ。まあもっとも、それができるかどうかは努力次第だが」
「なんだろう、セシリアや箒よりも紫電が一番まともにアドバイスしてくれるような気がするぜ……」
「まあ、努力は自分を裏切らない。そして怠けたら怠けた分だけ相手との差は広がる。それだけは覚えておいてくれ」
これだけ言っておけば一夏は自然と強くなっていくだろう。
(俺も油断してはいられんな――)
それだけ言うと俺は一夏を置いてピットを後にした。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■クラス対抗戦
翌日、生徒玄関前廊下には大きく張り出された紙があった。
『クラス対抗戦日程表』
そう書かれた紙を見ると、1組が一回戦で戦う相手は2組だった。
(2組のクラス代表は鈴か。早速中国代表候補生のお手並み拝見といこうか――)
俺はニヤリとほほ笑むと教室の方へと歩いて行った。
◇
五月半ばにもなると特訓の成果もあり、一夏のIS操縦技術は徐々に向上しつつあった。
最近では俺もちょこちょこと一夏のトレーニングに顔を出しに来ては模擬戦をするようにしていた。
「一夏、来週からいよいよクラス対抗戦が始まるぞ。アリーナは試合用の設定に調整されるから、実質特訓は今日で最後だな」
「IS操縦もようやく様になってきたな。今度こそ――」
「まあ、わたくしが訓練に付き合っているんですもの。このくらいはできて当然、できない方が不自然というものですわ」
「ふん。中距離射撃型の戦闘法が役に立つものか。第一、一夏のISには射撃装備が無い」
「まあ、いつか役に立つかも知れんよ?意外とね」
(紫電と模擬戦した後のアドバイスが一番役に立っているっていうのは黙っておこう……)
あれから何度か俺と一夏は模擬戦をこなしているが、いずれも一夏の全敗で勝負は決していた。
しかし、徐々に戦闘技術を向上させていく一夏に対し、こちらは少々焦っていた。
フォーティチュード・プロトの装備が未だに完成していないのである。
概形だけ完成したカスタム・ウイング部分のスラスターは未だに正常動作していない。
正確に言えば、出力が強すぎてハードウェア部分が耐久力不足になってしまったのだった。
やむを得ず別の資材調達をシオンに頼んでいるが、それには多少時間がかかるため、ウイング・スラスターの完成は夏休み前辺りにまで落ち込むことになってしまったのである。
(こればかりは仕方がないか。一、二回ブーストしただけで壊れてしまうのではとても使い物にはならないからな)
(その代わりにフォーティチュード固有の武装はほぼ完成しています。残りはテストと微調整を繰り返せば完成となるでしょう。ようやく訓練機の装備を外すことができますね)
(ああ、ただどれも強力な兵装ばかりだ。俺が振り回されないようにしないとな)
「待ってたわよ、一夏!」
ピットには鈴が腕組みをして立っていた。
「貴様、どうやってここに――」
「ここは関係者以外立ち入り禁止ですわよ!」
「あたしは関係者よ。一夏関係者。だから問題なしね。脇役はすっこんでてよ」
「わ、脇やっ――!?」
「はいはい、話が進まないから後でね。……で、一夏。反省した?」
「へ?なにが?」
「だからっ!あたしを怒らせて申し訳なかったなーとか、仲直りしたいなーとか、あるでしょうが」
「ん、なんだ一夏。何か鈴を怒らせるようなことしたのか?」
「いや、俺はしてない!ってかそもそも鈴が避けてたんじゃねえか」
「あんたねえ……じゃあなに、女の子が放っておいてって言ったら放っておくわけ!?」
「おう、なんか変か?」
「……なんかこの二人の会話を見てると頭が痛くなってくるんだが、先に行ってていいか?」
「いや、紫電待ってくれ!お前にも話を聞いてほしい!」
「ええー……?」
正直、嫌な予感しかしない。
どうせ鈍感な一夏のことだ、無意識に鈴の機嫌を逆なでするようなことでもやらかしたんだろう。
「ああ、もうっ!いいから謝りなさいよ!」
「だから、なんでだよ!約束覚えてただろうが!」
「あっきれた。まだそんな寝言言ってんの!?約束の意味が違うのよ、意味が!」
「だから、説明してくれりゃ謝るっつーの!」
「せ、説明したくないからこうして来てるんでしょうが!」
この時点で俺の頭の中に嫌な予感が浮かんでいた。
あれだ、幼い頃に鈴から一夏に「将来、あたしが毎日酢豚を作ってあげる」とか言ったんだろう、中国人なだけに。
んでそれを一夏は文字通り素直に受け取ったとか、そんなもんなんだろう?
もしその通りだったら二人ともスイッチブレードで切り刻むぞ?
「じゃあ来週のクラス対抗戦、そこで勝った方が負けた方に何でも一つ言うことを聞かせられるってことでいいわね!?」
「おう、いいぜ。俺が勝ったら説明してもらうからな!」
「せ、説明は、その……」
これはますます俺の読みが当たっているようだ。
スイッチブレードの手入れを入念にしておこう。
「なんだ?やめるならやめてもいいぞ?」
「誰がやめるのよ!あんたこそ、あたしに謝る練習しておきなさいよ!」
そう言うと鈴はピットを出ていった。
「……一夏、クラス代表戦に向けて最後に模擬戦をやろうか」
「あ、ああ、いいぜ。って何かすげえ殺気立ってる!?」
「くだらん茶番に付き合わされたこっちの身にもなってみろ。今回はちょっとばかし本気出してかかるからな?」
「今まで本気じゃなかったのかよ!?」
数分後、第三アリーナにはボロボロになった白式と一夏が転がっていた。
◇
試合当日、第二アリーナ第一試合。
組み合わせは一夏と鈴。
アリーナは全て満席となっており、会場入りできなかった関係者たちはリアルタイムモニターで鑑賞するほどの盛況ぶりだった。
俺はピットで一夏のセコンドを務めていた。
一夏が箒やセシリアでは落ち着かないからとのことで、俺がここにいるはめになったのである。
「一夏、お前と鈴の約束など正直俺にはどうでもいいことだ。そしてこの勝負にも約束事なんて持ち込むんじゃあない。ただ勝負に勝ちに行け。価値のある敗北なんていらん。価値のある勝利を取りに行くんだ!」
「おう、勝ってくるぜ!」
そう言うと一夏はピットを飛び出していった。
……しかし、二人には本当にくだらない茶番に付き合わされてしまった。
一夏の方は既にボロボロにして憂さ晴らしできたが、鈴とはまだ模擬戦を一度もしていない。
このクラス代表戦が終わったら申し込むとしよう。
(シオン、鈴のISの特徴を教えてくれ)
(凰鈴音のISは中国製の第三世代型IS『甲龍』です。燃費の良さと安定性を重視した機体で、そのウイング部分は龍咆という衝撃砲が備わっています。その砲弾は目に見えず、砲身の稼働限界角度が無い強力な武装と言えるでしょう)
(見えない砲弾、ね。さて、一夏はどう対応するかな……?)
俺はピット内のベンチに座ると、リアルタイムモニターの画面に映った二人を確認していた。
「一夏、今謝るなら少しくらい痛めつけるレベルを下げてあげるわよ」
「雀の涙くらいだろ。そんなのいらねえよ。全力で来い!」
――それでは両者、試合を開始してください――
ブザーが鳴り響くと、それが切れた瞬間に一夏と鈴は動き始めていた。
◇
(やはり最初は鈴優勢か)
一夏がまたしても龍咆の直撃を喰らってよろける。
距離を取った戦い方だと遠距離用の武器を持たない一夏に勝ち目はない。
しかし、近接戦闘でも鈴は青竜刀を用いて器用に斬り込んでいる。
(よく見ろ、一夏。その龍咆も決して回避不可能なものではないぞ――)
だんだん慣れてきたのか、徐々に龍咆を避ける動作を見られるようになると、一夏は瞬時加速を利用して一気に鈴へと詰めかかった。
ズドオオオオンッ!
今にも鈴に切りかかろうかといった瞬間、轟音と共にアリーナ全体に巨大な衝撃が走る。
(ぐっ……何だ、何が起きた?)
(紫電、アリーナに侵入者です。所属不明のISが侵入しています)
リアルタイムモニターの画面を見直すと、そこには黒い全身装甲のISの姿があった。
(……アリーナの遮断シールドはISと同じものを使用して作られていたはずだが、あのISはそれをブチ破って侵入してきたのか!?)
(そのようです。かなりの力を持った機体と判断します。紫電、どうしますか?)
(慌てる必要はない。ここはIS学園だ。俺たちよりも優秀な教師陣がさくっと倒してくれるだろう)
「織斑君!鳳さん!今すぐアリーナから脱出してください!すぐに先生たちがISで制圧に行きます!」
リアルタイムモニターから山田先生の声が響く。心なしか普段よりも冷静で威厳がある。
これなら教師陣の援軍も期待できそうだ。
「――いや、先生たちが来るまで俺たちで食い止めます!いいな、鈴!」
「織斑君!?だ、ダメですよ!生徒さんにもしものことがあったら――」
山田先生が話途中なのにもかかわらず、正体不明のIS機は一夏たちを攻撃し続ける。
「一夏、あたしが衝撃砲で援護するから突っ込みなさいよ。武器、それしかないんでしょ?」
「その通りだ。じゃあ、それでいくか」
◇
俺は引き続きリアルタイムモニターで一夏と鈴の戦う様を見ていた。
(……いつになったら教師陣は援軍にくるんだ?)
(紫電、第二アリーナの遮断シールドがレベル4に設定され。扉が全てロックされています。おそらく援軍に行くことができないのでは?)
(それくらいあっさり突破して救援に向かってほしいものだが。……やむをえん、計画変更だ。IS学園の緊急時の対応方法を見たかったが、このままでは一夏たちが先にやられてしまう。俺が救援に向かう)
(新しく開発した装備であればピットの扉を物理的に破ることも可能です。新装備のテストも兼ねてもらえると助かります)
(……それもそうだな!)
俺はフォーティチュード・プロトを展開すると、ピットの扉目がけて新装備である肩部レーザーキャノン「ルビー」を発射した。
◇
「一夏っ、馬鹿!ちゃんと狙いなさいよ!」
「狙ってるっつーの!」
先ほどから放っている一夏の攻撃はかなり精度の高いものだった。
しかし、敵ISのスラスターの出力が尋常ではなく、零距離からでも一瞬で離脱されてしまっているのだった。
「一夏っ、離脱!」
「お、おうっ!」
攻撃を回避すると必ず反撃が返ってくる。
やたら長い腕を振り回しながらビーム砲撃と、やりたい放題である。
「ああもうっ、めんどくさいわねコイツ!」
鈴が衝撃砲を展開して砲撃するも、敵ISの長い腕はあっさりと見えない衝撃を弾き返してくる。
「鈴、あとエネルギーはどれくらい残ってる?」
「180ってところね……」
二人ともかなりシールドエネルギーを削られていた。
これからどう反撃したものかと考えている二人の耳にドオンッ、本日と二度目の轟音が響いた。
「――やれやれ、こう計画が狂わされると腹が立ってくるな。一夏、鈴、二人とも大丈夫か?」
二人の方を見ると、あちこちに傷は見られたがまだ無事そうだった。
ついで周囲を見回すと正体不明の黒いISが一機。
どうやら一番最初に援軍としてたどり着いたのは俺らしい。
「紫電!?助けに来てくれたのか!」
「まあな、お前らもうシールドエネルギーギリギリだろ?ピットの扉ブチ破っておいたからそこから下がっとけ」
「いやよ!ここまで来て引き下がれるわけないでしょ!」
「……わかったわかった、じゃまず俺がそいつと戦うから下がって見てろ」
「ちょっと、本気!?」
「鈴、紫電の言うとおりにしよう。俺たち一年の中では多分あいつが一番強いんだから大丈夫なはずだ」
「ええ!?」
「そういうことだ、大人しく下がっておいてくれ、っと」
俺目掛けて放たれたビーム砲を体を捻って回避する。
威力はあっても当たらなきゃ意味ないんだぜ、ポンコツ君。
「うそ、あんな避け方あり……?」
「こうしてあいつの戦い方を見るの、久しぶりだけどやっぱり桁違いだよなあ……」
ビーム砲の回避と同時に一気に距離を詰めると、長い腕を振り回して反撃に転じてくる。
それを上体を反らして回避すると、振り回した後の腕をスイッチブレードで切り裂く。
フォンという音と共に、切られた片方の腕が吹き飛んで行った。
「ん、なんだこの機体……中身が無いのか?」
俺は吹き飛んでいった腕を見ていた。
そもそも絶対防御が発動せず、腕が切れたことも気になっていたが、本来なら肉や骨がある部分に金属しか存在していないのだ。
「ふーん、無人機ってわけか。なら遠慮なく新装備を試させてもらおうか!」
敵ISは再び長い腕を振り回してきた。
再びスイッチブレードでそれを切り裂くと、バランスを崩した無人機に対し、肩部レーザーキャノン「ルビー」の照準を合わせ、レーザーを射出する。
「……ぶっ飛べッ!」
流石にバランスを失った直後で動けなかったせいか、見事にレーザーキャノンは直撃し、ルビーのように赤い、派手な爆発を引き起こした。
「ほい、一丁上がりっと……。結局先生方は間に合わなかったか。」
一夏と鈴は唖然としていた。
自分達が苦戦していた相手を、たった一人で粉砕してしまったのだから。
厄介だった長い腕をあっという間に切り裂き、ビーム砲はあっさりと回避して反撃。
とどめに高威力のレーザー砲を直撃させるという流れを一瞬でやってみせた。
「嘘でしょ……」
「ははっ、本当に倒しちまった……」
「おう、仕留めといたぜ」
あっさりと仕留めたことに対し、口では安心させるように言ったつもりだが、内心で俺は困惑していた。
(……倒したことはまだ良い。問題はこのIS学園の緊急時の対応が遅すぎることだ。これでは万が一、今回のような襲撃にあった場合、対処が間に合わないんじゃないか?)
IS学園ならば安全に宇宙船開発を遂行することができるだろう――
そう思って入学したはずが、学園側のセキュリティが脆すぎるのではなかろうか。
結局、新装備である肩部レーザーキャノン「ルビー」の威力に満足することはできたが、学園側の対応に俺は不満を抱く結果となってしまった。
◇
学園の地下50メートル、そこにはレベル4権限を持つ関係者しか入れない、隠された空間が存在していた。
機能停止した正体不明のISはすぐさまそこへと運び込まれ、解析が開始された。
それから二時間、織斑千冬は何度もアリーナでの戦闘映像を繰り返し見ていた。
「織斑先生、あのISの解析結果が出ましたよ」
「ああ。どうだった?」
「はい、あれは――無人機です。どのような方法で動いていたかは不明です。千道君の攻撃で機能中枢が崩壊していましたので、修復も無理ですね」
「コアはどうだった?」
「……それが、登録されていないコアでした」
「そうか」
「何か心当たりがあるんですか?」
「いや、ない。今はまだ、な」
(一夏と凰の戦い方は悪くはなかった。この無人機が少し強かっただけだ。しかし千道、お前がこんなに簡単に無人機を圧倒するとはな。この短期間にまた強くなっているというのか――)
そう言うと織斑千冬は再びアリーナでの戦闘映像へと視線を戻すのだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■2人の転校生
謎のISの乱入により、クラス対抗戦が中止となって早六月。
俺はシオンと新開発の武装の試し撃ちに来ていた。
(肩部レーザーキャノン「ルビー」の出来は上々だった。今回はもう一つの新武装を試すぞ)
(了解です。いつまでもスイッチブレードのみでは両手ががら空きのままですからね。今回開発したアサルトライフル「アレキサンドライト」は弾速、装弾数に優れたライフルです。フルオートモードでは弾幕を張るのに適しており、セミオートモードにすれば高精度な命中性能も兼ね備えています。また、実弾だけでなくビーム弾と撃ち分けることもできますが、その分重量があります。もっとも、それに見合った性能は確保できていますが)
(これで目標としていた武装三つが完成したか。残る武装はあと一つだな)
(一番作るのが困難な武装ですし、時間がかかってしまうのはやむをえません。ですが今月の学年別トーナメントには間に合うでしょう)
(本当にぎりぎりになってしまったか。それより早くカスタム・ウイングをなんとかしたい所だな……)
(カスタム・ウイングはやむをえません。最もデリケートな部分であると同時に性能要求が高すぎるのですよ)
(ああ、いつになったら次の開発に入れるやら……?)
「ねえ、聞いた?」
「聞いた聞いた!」
「え、何の話?」
「だから、織斑君と千道君の話よ」
「いい話?悪い話?」
「最上級にいい話」
「聞く!」
「まあまあ落ち着きなさい。いい?絶対これは女子にしか教えちゃダメよ?女の子だけの話なんだから。実はね、今月の学年別トーナメントで――」
「えええっ!?そ、それマジで!?」
聞こえていますよ、悪いんだけど。
ここはアリーナ、ISを展開している俺のハイパーセンサーなら十分聞こえる範囲だってのに気付かないのかねえ?
――そして一夏よ、また何かやらかしたな?
◇
「諸君、おはよう」
「お、おはようございます!」
妙な噂を聞いた翌日でも一年一組の朝は礼儀正しい。
皆それほどまでに織斑先生のことを恐れているのだろうか。
「今日からは本格的な実戦訓練を開始するから、そのつもりで挑め。訓練機ではあるが、ISを使用しての授業になるので各人気を引き締めるように、いいな。では山田先生、ホームルームを」
「は、はいっ!ええとですね、今日はなんと転校生を紹介します!しかも二名です!」
「え……」
「「「えええええっ!?」」」
耳がキーンとするほどクラス中が一気にざわつく。
たしかIS学園の転入は滅茶苦茶基準が厳しかったはず。
とするとやはり鈴のようにどこかの国の代表候補生か――?
そんなことを考えていたら教室のドアが開く。
「失礼します」
「……」
教室の中がしんと静まる。
片方はどうやら男……のようだ。
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします」
「お、男……?」
「はい。こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国より転入を――」
大人しそうな顔立ち、礼儀正しそうな振る舞いはさながら『貴公子』と呼べるような出で立ちだった。
クラスではきゃあきゃあと凄まじい歓声があがるが、俺は早速違和感を抱いていた。
(……骨格がどうも男性っぽくないな?肩もなで肩だし、おまけにさっきの歩き方。どうみても女性のものだ。シオン、どう思う?)
(見た目は何とも言えませんが転入できたことを考慮すると、フランスの大手ISメーカーであるデュノア社の関係者とみられます。しかしデュノアの関係者にシャルル・デュノアという人物は存在しませんでした)
(……へえ、そいつはまたきな臭いな。大方一夏か俺の情報を狙った産業スパイってところか。だがあまりにも潜入方法がお粗末すぎるな。そもそもデュノアの名前を使っているのにIS学園側がその出自を調べずに入学させるなんてありえない。絶対にIS学園はこいつが何者か知っているはずだ。だがそれにもかかわらず入学させたっていうことは……国家レベルの介入があったってとこか?)
(それで紫電はどうするつもりですか?)
(どうもこうもないさ。俺の邪魔になる存在かどうか確かめるだけだ)
「み、皆さんお静かに。まだ自己紹介が終わってませんから!」
自己紹介が終わっていないもう片方の転校生はこっちとは逆に異端に感じた。
腰近くまで下ろした銀髪は綺麗ではあるが、整えずにただ伸ばしたというようなもの。
左目には黒い眼帯を付け、醸し出す雰囲気は軍人そのもの。
IS学園は強烈なインパクトが無いと転入できないのかね?
「挨拶をしろ、ラウラ」
「はい、教官」
「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではない。私のことは織斑先生と呼べ」
「了解しました。……ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「……あ、あの、以上ですか……?」
「以上だ」
(シオン、ラウラ・ボーデヴィッヒの情報はあるか?おそらく名前と見た目の雰囲気からしてドイツ辺りの軍関係者じゃないかと思うんだが)
(ご明察の通りです。ラウラ・ボーデヴィッヒはドイツ軍のIS配備特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」の隊長を務める正真正銘の軍人です)
(こっちは余計に転校してきた理由がわからないな。既に軍の所属ならなんで今更IS学園なんかに来る必要があるんだ?)
(先ほど織斑先生のことを教官と呼んでいました。そのことが関係あるのでは?)
(……まあこっちはあまり気にしなくてもいいか。重要なのはデュノアのほうだ)
「――!貴様が――」
ラウラはつかつかと歩くと、いきなりバシンッと一夏に平手打ちをかましていた。
「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか!」
「いきなり何しやがる!」
「ふん……」
今度はすたすたと空いている席に座り、腕を組んで微動だにしなくなった。
(……ドイツには初対面の人間に平手打ちをかます風習ってのはないよな?)
(ありませんね。ですがやはり転校してきた理由には織斑千冬が関係しているようですね)
(十中八九そうだろうねえ)
「ではホームルームを終わる。各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合。今日は2組と合同でIS模擬戦闘を行う。解散!あと織斑と千道はデュノアの面倒を見てやれ。同じ男子だろう」
「君が織斑君?よろしくね」
「ああ、だが今はとにかく移動が先だ。女子が着替えはじめるから!」
一夏の説明と共に俺も教室を飛び出す。
「紹介が遅れたが、俺は千道紫電。世間じゃISを動かした第二の男って呼ばれてる。よろしくたのむぜ?三人目君」
「う、うん。よろしく」
「とりあえず男子は空いてるアリーナ更衣室で着替え。これから実習のたびにこの移動だから早めに慣れてくれ」
「う、うん……」
「ああっ!転校生発見!」
「しかも織斑君と千道君と一緒!」
「まずい、他のクラスもホームルームが終わったらしい。一夏、シャルル、走るぞ」
「了解!」
「な、なに?なんで皆騒いでるの?」
「……そりゃ世にも珍しい男性ISパイロットが転校してきたからさ。皆お前のことを見たがってるんだぜ?」
「あっ!――ああ、うん。そうだね!」
(……こいつの反応、どうもおかしい。反応が素人すぎる。わざとか?)
「よし、なんとか到着できたな」
「それにしても良かったな、紫電!これで男三人だぜ!」
「そうだな、二人よりは心強いな」
「ふーん……そうなの?」
「ま、何にしてもこれからよろしくな。俺は織斑一夏、一夏って呼んでくれ」
「ああ、俺のことも紫電で構わない」
「うん、わかった。よろしく、一夏、紫電。僕のこともシャルルでいいよ」
「わかった、シャルル。って時間ヤバイな!すぐに着替えちまおうぜ」
確かに一夏のISスーツは見ていて着辛そうだ。
俺のISスーツは黒い半袖TシャツにカーゴパンツとIS適性試験の時と変わりがない。
なぜかというと、あのボディスーツみたいなISスーツを着るのがいやだったので真っ先に自前のISスーツを自作したからだ。
それにこの服の場合、黒シャツは制服の下に着たままで良い。
ズボンをはき替えるだけで済むので着替えが楽なのである。
「うわ、シャルル着替えるの超早いな。なんかコツでもあんのか?」
「い、いや、別に……って一夏まだ着てないの?」
「これなんか着辛いんだよなぁ。引っかかって」
「……」
シャルルは顔を赤くしている。
(……シャルルよ、それは男のする反応ではないぞ……?)
「……さっさと行くぞ。遅刻したくはないんでな」
「ああっ、僕も行くよ!」
「げっ、ちょっ、まっ――」
もたもたしている一夏を置いて第二グラウンドへと駆け出して行く俺とシャルル。
案の定遅れた一夏は織斑先生の出席簿攻撃を喰らっていた。
ついでに鈴とセシリアも喰らっていた。大方余計なことを言ったのだろう。
「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」
「はい!」
「今日は戦闘を実演してもらおう。凰、オルコット、前に出ろ」
「くうっ、どうしてわたくしが……」
「一夏のせいなのになんであたしが……」
「お前ら少しはやる気を出せ。あいつにいいところを見せられるぞ?」
「やはりここはイギリス代表候補生、わたくしセシリア・オルコットの出番ですわね!」
「まあ、実力の違いを見せるいい機会よね!専用機持ちの!」
……単純な二人だな。
「それで、相手はどちらに?わたくしは鈴さんとの勝負でも構いませんが」
「ふふん。それなら返り討ちよ」
「慌てるな馬鹿ども。対戦相手は山田先生だ」
「「ええっ!?」」
「ええ、お二人とも、よろしくお願いしますね」
そういうと山田先生はラファール・リヴァイヴを展開し始めた。
「山田先生は元代表候補生だ。実力に関しては申し分ない」
「む、昔のことですよ。それに候補生止まりでしたし……」
「さて小娘ども、いつまで呆けている。さっさとはじめるぞ」
「え、あの、二対一で……?」
「いや、流石にそれは……」
「安心しろ。今のお前たちならすぐ負ける」
今の一言でセシリアと鈴にスイッチが入ったようだ。
先ほどより遥かに闘志を感じる。
「では、はじめ!」
◇
勝負はあっという間だった。
「まさかこのわたくしが……」
「あんた、何回回避先読まれてんのよ……」
「鈴さんこそ!無駄に衝撃砲を撃ちすぎですわ!」
「それはこっちの台詞よ!あんたエネルギー切れるの早すぎでしょ!」
専用機持ち二人の株価がストップ安である。
……ところで山田先生はなんであの動きを俺との試合の時にしてくれなかったのかねえ。
「これで諸君にもIS学園教員の実力は理解できただろう。以後は敬意を持って接するように。さて、専用機持ちの織斑、千道、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰はグループリーダーとなって操縦方法を指導しろ。いいな?では分かれろ」
案の定俺、一夏、シャルルの傍にばかり人が集まってくる。
そろそろ男性パイロットも珍しいものと感じなくなってきたんじゃないか、なあ?
「織斑君、一緒にがんばろう!」
「デュノア君の操縦技術、見たいなあ」
「千道君、どうやったらあなたみたいに操縦できるのか教えて!」
「……この馬鹿どもが。出席番号順に一人ずつ各グループに入れ!順番はさっき言った通りだ!」
織斑先生の一声のおかげでわらわらと男子に群がっていた女子たちは数分で各専用機持ちグループに分かれていた。
「やった!千道君だ!」
「千道君、よろしくね!」
「ああ、よろしく。だが俺のグループでは一切手加減するつもりは無いから覚悟しろよ?」
「……え?」
「各班長は訓練機の装着を手伝ってあげてください。全員にやってもらうので設定でフィッティングとパーソナライズは切ってあります。とりあえず午前中は動かすところまでやってくださいね!」
「……なるほど、では俺の班ではISを装着して走れるようになるまでやるぞッ!」
「千道君、眼がマジだ!?」
「とんでもない班に入っちゃったかも!?」
「……お、お手柔らかに……」
◇
「よし、いい調子だ。皆やればできるじゃないか!余計な時間を極限まで削ったおかげでなんとか全員ISを装着して走れるところまでいけたな。これならブリュンヒルデも夢ではないぞ、みんな」
「では午前の実習はここまでだ。午後は今日使った訓練機の整備を行うので、各人格納庫で班別に集合すること。専用機持ちは訓練機と自機の両方を見るように。では解散!」
「……!」
「……っ!」
皆声にならない声を上げている。
まだ序の口だというのに、これしきで音をあげて貰っては困るのだがな……。
「おーい、紫電、シャルル、着替えに行こうぜー。俺たちはまたアリーナの更衣室まで行かないといけないしよ」
「え、ええっと……僕はちょっと機体の微調整をしてからいくから、先に行って着替えててよ。時間かかるかもしれないから、待ってなくていいからね」
「いや、別に待ってても平気だぞ?待つのには慣れ――」
「いいから、いいから!」
「……ほら、一夏、シャルルもいいと言っているんだし、さっさと行こう」
「お、おう。わかった」
シャルルよ、それでは自分が男ではないと露骨に晒しているようにしか見えないぞ……。
◇
「よし、整備も無事終了だ。今日やったことは全て頭の中に叩き込んだな?忘れた、なんて言うやつは論外だ、俺の班から消えてもらうかもしれんからそのつもりでな」
「あ、ありがとうございました……!」
「お、鬼だ……鬼がいるっ……!」
「絶対復習しないと……!」
午後の授業も俺たちの班は絶好調だった。
他の班よりも圧倒的に早く、そして深い所まで教えることができた。
着いてこれないやつ?そんなやつはいない、いいね?
「そろそろ他の班も終わった頃か。おーい一夏」
「ん、どうした紫電?」
「お前確か今一人部屋だったよな?ってことはお前の部屋にシャルルが入るんじゃないかなと思ってね」
「ああ、そう言われればそうだな。おーい、シャルル。お前の部屋何処になるか聞いてる?」
「え?ええっと、一夏と同じ部屋になるって聞いてるけど?」
「そうか、良かったな一夏。二人部屋に一人だけってのは寂しかっただろ?」
「そうだな。確かにあの広い部屋で一人ってのはなぁ。これからよろしくな、シャルル」
「うん、よろしくね、一夏」
「そうだ、シャルル。お前の専用機ってどんな機体なんだ?同じ専用機持ちとして気になってたんだ」
「僕の専用機はラファール・リヴァイヴを自分用にカスタムしたものだよ。だからあんまりラファール・リヴァイヴとは変わりないかなあ」
「ほう。ところで知っているかもしれないけど、俺は自分でISを開発しているんだ。よければシャルルのカスタムしたラファール・リヴァイヴを見せてもらえないだろうか。参考にしたいんだ」
「うん、それくらいならいいよ。いつがいい?」
「今日の放課後に第四アリーナを予約しているから、そこのピットで集合しよう。ついでに実戦訓練もできるとありがたいんだが、ISの機動は大丈夫か?」
「うん、それも大丈夫。じゃあ片付けが終わったら行くよ」
「ああ、第四アリーナは第三アリーナのすぐ隣だ。じゃ、先に行って待ってるぜ」
「俺もついて行っていいか?紫電」
「一夏……第三アリーナで箒やセシリアがお前のこと待っているんだろ?そっち行ってやれよ。大丈夫、実戦訓練が終わったら俺たちも第三アリーナの方へ向かうから」
「うっ、そうだった。じゃシャルル、迷わないようにな」
「心配しなくても大丈夫だよ、一夏」
ああ、一夏は心配しなくても大丈夫だ。
ただしシャルル、お前がこの俺にとって害となる存在なのか、見極めさせてもらうぜ?
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■奇襲
放課後、第四アリーナのピットにて俺はシャルルを待っていた。
(……今日シャルルが見せていた反応の数々、少なくとも産業スパイとして育てられた人物ではなさそうだ)
(動きも反応も素人すぎましたね)
(性格もおそらく素だろうな。元々根はいいやつだがなんらかの弱みがあってIS学園に潜入させられたってとこが妥当だが……真実はこれから明らかにすればいい)
「紫電、いる?」
「ああ、シャルルか。待ってたぜ」
俺はシャルルの背後に立ち、アサルトライフル「アレキサンドライト」を背中に突きつける
「……えっ?」
「動くな、シャルル・デュノア。貴様、何故性別を偽ってこの学園に入り込んだ?」
「ちょ、ちょっと!何を言ってるのか――」
「質問に答えろ。次余計なことを言ったら蜂の巣にするぞ」
「……っ!?」
ぐいっと銃口をシャルルの背中に押しつける。
「お前が男じゃないなんてのは丸わかりだ。骨格、歩き方、反応、全てがお前が男でないことを示している。……答えろ、何が目的でIS学園に転校してきた?」
「……もう、バレてたんだね。うん、紫電の言うとおり僕は男じゃなくて女だよ。ここに転校してきた理由は実家――デュノア社の方から命令があったんだ」
「デュノア社から、か。命令したのは誰だ?」
「……社長だよ。僕はデュノア社社長の……愛人の子なんだよ」
「なるほどね。デュノアの関係者に君が存在しなかった理由はそういうことか。君の本名は?」
「シャルロット。シャルロット・デュノアが僕の本名。だけど……父に会ったのは二回くらい、会話は数回くらいかな。普段は別邸でお母さんと暮らしていたんだけど、お母さんが亡くなったときに父の部下がやってきて、ISの適応能力が高いことがわかって、それで非公式にデュノア社のテストパイロットをやることになったんだ」
「……それで、なぜIS学園に入ることになったんだ?」
「あるとき本邸に呼ばれてね、本妻の人に殴られた。泥棒猫の娘が、ってね。このときからどうもデュノア社は経営危機に陥っていて、皆どこかピリピリしていたらしいんだ」
「……ラファール・リヴァイヴのシェア数は世界三位だったはずだ。それで経営危機に陥るのはどう考えてもおかしいと思うんだが?」
ISの開発に金がかかるのは事実らしいが、新星重工ではISに使用する
それは希少金属だけでなく、加工に使用するエネルギーまで含めてである。
おまけにISの設計から開発までを行う社員、俺とシオンは実質無給で働いているから金銭感覚にどうしても疎い。
そもそも給料の為に働いているのではなく、真面目に宇宙目指しているだけだしな。
「そうだけど、結局のところリヴァイヴは第2世代型だし、ISの開発にはものすごくお金がかかる。それにフランスは欧州連合の統合防衛計画『イグニッション・プラン』から除名されてしまったし、第3世代型の開発を急務で行っていたんだ。もちろん、国防のためってこともあるけどね」
「『イグニッション・プラン』か。俺も聞いたことがある。確か今はイギリスのティアーズ型、ドイツのレーゲン型、イタリアのテンペスタⅡ型が主力機として選定されているんだっけな。確かにフランスは最新機がラファール・リヴァイヴしかない。だから蚊帳の外ってわけか。ってことはセシリアが入学してきたことだけじゃなく、ボーデヴィッヒが転校してきたのも稼働データを集めるため……ってことだったのか。ああ、おかげで疑問が一つ晴れた」
「それで、デュノア社でも第3世代型を開発していたんだけど、もう全部が手遅れなんだ。データも、設計も、もちろん開発も。それで中々成果を出せなくて政府からの予算も大幅にカットされてしまったんだ。おまけに次のイグニッション・プランのトライアルで選ばれなかった場合は政府からの支援を全てカットし、IS開発許可も剥奪するって流れになったんだよ」
酷い話だな、と思ったが新星重工を経営している俺も他人ごとではない。
新星重工としては国から支援金は受け取っていないが、俺も今後ある程度成果を出す必要があるのだろうか?
「……それで窮地に陥ったデュノア社は急遽お前をIS学園に転入させ、他人や他国の機体データを入手してこい、って命じた訳か。データの入手自体は国家自体にもメリットはあるし、バレた際の責任は全てデュノア社に押しつけられるから国家へのダメージはほとんど無い。男性として入学させた理由はやはり一夏、俺辺りの特異なデータか。あとは……広告塔としてってところか」
「……その通りだよ。紫電、君の洞察力にはびっくりだよ。何でそこまでわかっちゃうのかな?」
「人の悪意には敏感なんだ。これでも俺も一つの企業を背負ってIS開発してるんでね」
「とまあ、僕がIS学園に来た理由はほとんど紫電の言った通りだよ。でももう紫電には完全にバレちゃったし、きっと僕は本国に呼び戻されるだろうね。デュノア社は、まあ潰れるか他企業の傘下に入るか、どのみち今までのようにはいかないだろうけど、僕にはどうでもいいことかな……」
「……」
「ああ、なんだか話したら楽になったよ。聞いてくれてありがとう。それと、ウソをついていてゴメンね」
「……最後に一つ聞かせてもらおうか、お前は何がしたいんだ?」
「え?」
「国に帰って処分されるのか、それともどんな手を使ってでも生き延びて足掻きたいのか、どっちだ?」
「それは……僕だって処分されるためにここに来たんじゃない!少しでも生き延びる道があるなら、そうしたいよ!」
「そうか、それならいい。……シャルロット、お前にはこれから俺と戦ってもらう」
「……え?」
俺はシャルロットに突きつけていたライフルを離すと、アリーナの方へと向かって歩いていく。
「言っただろう実戦訓練もできるとありがたい、と。こっちだ」
「……僕をどうするつもりなの?」
「まずは実戦訓練の相手になってもらう。……お前の実力が見たいんだ。全力でかかってこいよ?」
◇
第四アリーナ中央付近。
今日は貸切にしているので観客席にも誰もいない、静かな空間となっていた。
俺とシャルロットはISを展開すると、中央でライフルを構えて向かい合っていた。
「さっきも言ったが、全力でかかってこい。ひょっとしたらISを使った最後の機動になるかもしれんぞ?」
「……わかった、全力で行くよ!」
シャルロットがアサルトライフルの照準をこちらに合わせ、引き金を引く。
ほう、中々いい反応をするじゃないか。
こちらも新武装の実戦試験をさせてもらうとしよう。
俺はつい先日できたばかりのアサルトライフル「アレキサンドライト」を構える。
シオンの言うとおり多少の重さはあるが、射撃には問題ないレベルだ。
そしてアリーナの中心から円を描くように移動するシャルル目がけて「アレキサンドライト」の引き金を引いた。
薄緑色の閃光と共に凄まじい速度で弾丸が発射される。
あまりの弾速と弾数に流石のシャルロットも驚き、回避は間に合わなかったようだ。
「……随分すごい装備してるね、すごく避けにくいよ」
「ああ、作るのに一月かかったからな」
「……っ!」
シャルロットは遠距離戦を挑むのは不利と察したのか、急速に距離を詰めてきた。
いつの間にか手に持っていたアサルトライフル「ヴェント」も片手が「ブレッド・スライサー」持ちに切り替わっている。
「なるほど、接近戦で来るつもりか」
「……」
シャルロットはアサルトライフルで牽制しながら徐々に距離を詰めてくる。
そして俺の肩部レーザーキャノン「ルビー」の砲撃をギリギリで回避すると、一気に斬りかかってきた。
「もらっ……!?」
「……いい動きだ。だが相手が近接武装を持っていないとは限らないぞ?」
ブレッド・スライサーによる袈裟切りを俺はスイッチ・ブレードで受け止めていた。
しかし、シャルロットは手の甲から出てくるレーザーブレードに臆せず、新たに右手に別の武装を展開していた。
「これでも喰らえっ!!」
それは六九口径パイルバンカー「
「ぐっ……!」
咄嗟の出来事だったが俺はパイルバンカーの直撃に合わせてバックステップすることに成功していた。
それでもシールドエネルギーは大分削られてしまった。
「嘘でしょ……直撃の瞬間に後ろに跳び下がって回避するなんて……」
「今のはうまい攻撃だった。一夏にも見習わせてやりたいくらいだな」
俺は後ろに跳び下がりながら肩部レーザーキャノン「ルビー」を発射した。
流石のシャルロットもとっさの出来事に対応できず、「ルビー」の直撃を受ける。
赤い閃光が走ると共に、シャルロットのシールドエネルギーは遂に0になった。
◇
「はあ、はあ、紫電は本当に強いね。今までこんなに強いパイロットと会ったことは無かったよ。……最後にいい勝負させてくれてありがとう」
「最後?何を言っている、お前にはまだまだISパイロットとして頑張ってもらった方が良いと判断した。さっきの試合を引退試合にしてもらっちゃ困るんだよ」
「……え!?」
「お前の事情はわかった。お前は非常に困難な状況に陥ってるのかもしれないが、俺にとっては非常に有益な情報が得られたんだ。悪いが、これから俺の計画に協力してもらうぞ、シャルロット。ああ、大丈夫だ、お前が優れたパイロットだと分かった今、お前を悪いようにはしないさ」
「……え、え?」
「さーて……これからが腕の見せ所ってやつだな。とりあえず、もう少しだけシャルル・デュノアとして振る舞っておいてくれ」
「えっ……IS学園に報告しないの?」
「IS学園はとっくに気付いてるだろうよ。その上で君を入学させたんだと思う。それに今となっては君がいるほうが俺にとって都合がいいんだ。そこの所だけ理解しておいてくれ」
(全く、今度は何を企んでいるんでしょうか――)
このとき、シャルロットだけでなくシオンも紫電が何を考えているのかは分からなかった。
数日後、紫電の企みは全世界に報道されるほどのレベルになるとも知らずに――
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■紫電の策略
シャルルが女であることを確認してから翌日。
俺は早速シオンと共にデュノア社の資産状況を調査していた。
(……人件費が高すぎるな。特にこの役員報酬はアホじゃないのか?)
(この役員、デュノア社長の正妻も含まれていますね)
(役員に身内を置くのはいいが、ぼったくりすぎだ。経営難に陥れた根本原因が経営陣にあるということを全く理解できていないらしい。こいつらは全員クビにすることは必須だな)
コンコン、と控えめに部屋の扉がノックされる。
「シャルルです、紫電、言われた通りに来たよ」
「ああ、よく来たな。まあここに座ってくれ。今紅茶も入れるから」
学生寮の俺の部屋は完全に個室であり、内装も俺の趣味でできている。
中央にはシンプルながら実用的なウッドテーブルセットがあり、部屋内には小規模だがキッチンも内設してある。
紅茶を入れることなんて容易いものだ。
「さて、これから俺の計画を話すからよく聞いてくれ。俺の言うとおりに動けば、君は自由を得られ、このIS学園に残ることができるだろう」
「……えっ!?」
「逆にもし君がこの計画に乗ってくれなければ、俺は君がフランスから送られてきた産業スパイだとIS学園に報告しなければならない。これがどういうことかわかるな?」
「う、うん……」
「安心してくれ、君にとっても悪い話ではないはずだ。……君の父親はどうなるかわからないが、どうせそこまで君は気にしないだろう?」
「……」
「沈黙は肯定とみなすぞ。それじゃ俺の計画について聞いてもらおうか」
俺はシャルロットの前に紅茶を置くと、対面に座った。
「まず俺が新星重工のテストパイロット兼開発者をやっていることを知っているよな?」
「うん、それは聞いてる」
「この新星重工は社長こそ俺の親父だが、実質俺が一人で切り盛りしている。でもIS開発はできているし、昨日見せた機体、フォーティチュード・プロトは機体も武装も全て俺が三月から作り始めたものだ。その結果を見ればわかると思うが、ざっくりと言うがISの開発っていうのは言うほど難しくない」
「いやいや、随分簡単に言うけどそれは紫電がすごいだけだと思うよ!?僕だってIS開発の工程は知ってるし、実際に開発部署を見たことだって何回かあるんだ。実際にIS開発を行うのはそんな簡単じゃないって!」
「でも実際にフォーティチュード・プロトの強さは実感できたろう?自慢じゃないが、あの機体を使って負けたことはまだ一度たりとも無い。セシリアにも一夏にもな」
「……うん、確かに機体と紫電がすごいのは分かってるけど、それで何をするつもりなの?」
「新星重工とデュノア社とで業務提携を結ぶつもりだ」
目の前のシャルロットは驚愕すると、すぐに疑問を抱くような表情に変わった。
「……え、なんで?それが紫電の何の得になるの?そんなことしてもラファール・リヴァイヴを安く売ることくらいしかできないよ?」
「まあ焦らず聞け。こないだ聞いたが次のイグニッション・プランのトライアルで選ばれなかったら政府からの支援打ち切りになるんだろ?俺が技術提供すればそのイグニッション・プランに間に合わせることができると思わないか?」
「それは……フォーティチュード・プロトがそんな短期間で開発されたっていうのが事実なら不可能じゃないと思うけど……」
「それは事実だ。というか既にフォーティチュードに乗せそこなった未開発武装が二つあってね。そいつを使えば次のイグニッション・プランのトライアルに選ばれることはできるだろう」
「もしかしてその武装をデュノア社に譲渡してイグニッション・プランのトライアルに選ばせようとするつもり?そんなことしても紫電には何の得も無いんじゃ……」
「その通り、一見するとデュノア社にしかメリットが無いように見えるが、重要なのはそこ以外の話だ。ISの本体及び武装の設計開発を支援する代わりにIS開発に使用する資源を一部新星重工から買ってほしいんだよ」
「え?新星重工は紫電一人でIS開発とパイロットをやってるんだよね?資源の調達なんてどうやってるの?」
俺は紅茶を飲み干すとゆっくりと口角を上げて笑みを浮かべた。
「ハハハ、資源の調達元なんて誰にも話すつもりは無い。だからそれを一切聞かずに資源を買ってほしいんだよ」
「……紫電は調達元不明の資源を買わせるルートを求めてるってことなの?」
「理解が早くて本当に助かる。その通りだ。もちろん廃材やガラクタを売るつもりは無いよ。買ってほしいのはちゃんとした質のいい金属だ」
「それなら、まあ良いと思うけど、僕は何をすればいいの?」
「まずは俺とデュノア社社長とのパイプになってもらう。そしてデュノア社の次期社長になってもらう」
「……え?」
シャルロットは再び驚愕した表情に変わった。
「今の経営陣は無能すぎる。だから業務提携の条件には無能経営陣の刷新とシャルロット・デュノアを次期社長に据えることを加えさせてもらう」
「えええええ!?」
「どうせこのままだとデュノア社は倒産か身売りになるんだろ?なら俺の提案を受けた方が得だと思わないか?まあ後はシャルロットの親父の判断次第だが」
「う、それはそうだけど……」
「じゃ、早速親父さんに連絡をしてくれ。新星重工の開発者である千道紫電がお父さんに会いたがってます、って」
「えええええ!?本気なの!?」
「俺はいつだって本気だ。ほら、こういうとき日本では『善は急げ』っていうんだぜ?」
「わ、わかったよ……うぅ、本当に大丈夫かなあ……?」
シャルロットが電話をかけてからわずか二分ほどでデュノア社長は俺と会うことを承諾してくれた。
日本時間でちょうど日曜日に到着するようにフランスを出てきてくれるそうだ。
中々デュノア社長もアグレッシブじゃないか、こちらとしては非常に助かる。
「ほんとに来るなんて……僕がなんど会いたがっても反応すらしてくれなかったのに……」
「それだけ切羽詰まってるってわけだろう。あんまり過去のことは気にしない方がいい。まずはデュノア社長との会談が鍵なんだからよ」
「急転直下すぎてなんだかフラフラしてきたよ……僕はもう寝るよ」
「ああ、じゃあまた。会談にも同席してもらうからな」
「うん、わかったよ……」
そういうとシャルロットはふらふらと部屋を出ていった。
さて、デュノア社長はどんな人なんだろうなっと。
◇
日曜日、都内某所にある高級ホテルの一室にて俺はシャルロットを隣に座らせ、デュノア社長と向き合っていた。
「初めまして、新星重工のテストパイロット兼開発者をしています。千道紫電です」
「初めまして、ムッシュ・センドウ。私がデュノア社CEOのクロード・デュノアです」
互いに挨拶を交わし、握手を交わす。
「早速で申し訳ないですが、本題に入らせてもらいたい。新星重工が業務提携をしてくれるというのは本当なのですか?」
「ええ、御社の事情はシャルロットから既に聞いています。次のイグニッション・プランのトライアルに選ばれなければフランス政府からの支援が打ち切りになるそうですね」
デュノア社長がちらりとシャルロットのほうを見る。
その顔はやはりバレたか、と語っているように見えた。
「……そうですか、シャルロットがそう言ったのですか。ならば回りくどいことを話す必要はないですね。それは事実です。このままでは我がデュノア社からイグニッション・プランのトライアルに選ばれることは無いでしょう。技術も金も時間も不足している。しかしムッシュ・センドウ、あなたが開発した武装を我が社に提供してくれるというのは本気なのですか?」
「ええ、ですがもちろん条件はありますよ?まず一つ目は経営関係者を全て退陣させることです。申し訳ないですがデュノア社の経営状況を調査させていただいたところ、経営陣の報酬と実績が釣り合ってなさすぎます。正直言って、無能経営陣と言わざるを得ない。現役員にはあなたを除いて全員に退陣してもらいます。そして次期社長にはこのシャルロット・デュノアを据えること。そしてあなたにはシャルロットがIS学園を卒業するまでの間、代わりに社長を務めてもらいます」
デュノア社長は顔の前で手を組み、伏せがちになって呟いた。
「……一つ目ということは他にもまだあるのでしょう?聞かせてほしい」
「二つ目はうちの会社からIS用の金属資源を買ってくれること。もちろんぼったくりではありません、むしろ破格で売りますのでご安心を」
「……それは構いませんが、他は?」
「三つ目ですが世間に公表するのは新星重工とデュノア社が業務提携を開始した、という概要だけにしてください。あくまで俺が提供する武装はデュノア社で作ったものということにしてください」
「それは寧ろこっちが助かることですがいいのですか?」
デュノア社長の顔が少し上向きになる。
「構いません。どうせ使わない武装ですから。そして四つ目、イグニッション・プラン用に開発するISのテストパイロットはシャルロットにしてください。最後に、イグニッション・プラン用のISは俺が設計書を送るのでその通りに作ってください。以上です」
「……ほんとうにそれだけでいいのですか?随分とこちらが有利な条件のように聞こえますが……」
「ええ、ただ一つ目の条件を実行することはできますかね?経営陣の解散が果たしてあなたにできるかどうか――」
「それくらい簡単ですよ。もう誰もこの苦境を脱するプランを提案できるものはいないんですから。会社を守るためにはこの提案を飲むしかないのです。ただ、教えてほしいことがあります、ムッシュ・センドウ。なぜこんな良い提案をしてくれるのですか?」
「良い提案も何も、これが俺にとって良い話だからです。それにシャルロットが優秀なパイロットだったからですね。性格的にも真面目で、あれだけいい動きができるんです。埋もれたままにしておくにはもったいなさすぎる。……IS学園にはまだまだ俺と共に高みを目指してくれる友人が必要です。そこにシャルロットという存在が必要だっただけの話です」
デュノア社長は一言、そうですかと言うともう一度シャルロットのほうを向き、覚悟したように席を立つと、今度は俺に向かってはっきりと意見を告げた。
「ムッシュ・センドウ、あなたの提案をお受けします」
「そうですか。ご英断、感謝いたします」
俺はデュノア社長と再び握手を交わす。
「……ムッシュ・センドウ、あなたは私が考える以上に素晴らしい人間だったようです。私はこれからIS学園にシャルロットが女性であることを連絡します。……それと、これ以上迷惑をかけてしまい申し訳ないですがIS学園で何かあった時、シャルロットのことを助けてやってください」
「無論ですよ。むしろこちらの方がシャルロットに助けられることの方が多いかもしれません」
「そうですか……。シャルロット、お前は良い友人に恵まれたようだな」
「お父さん……」
「私は早速本国へ帰ってムッシュ・センドウとの約束を果たします。……シャルロット、お前には本当に迷惑ばかりかけてすまなかった。何一つ父親らしいこともしてやれなくて、本当にすまなかった……!」
「お父さん……私は大丈夫だよ。だけど一つだけ、お願いがあります。どうかお母さんの墓参りに行ってあげてください……!」
「……ああ、わかった」
そう言うとデュノア社長は部屋を出ていった。
果たして彼女は一体どれだけの時間を我慢してきたのだろうか。
今ようやくその我慢から解き放たれたせいか、シャルロットの眼からは涙が溢れていた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■ドイツの黒い雨
翌日の朝、教室にシャルロットの陰は無かった。
その代わり――
「今日は、ですね……みなさんに転校生を紹介します。転校生といいますか、すでに紹介は済んでいると言いますか、ええと……」
「失礼します」
教室のドアがガラリと開く。そこに立っていたのはやはり――
「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」
ぺこりとスカート姿のシャルロットが礼をする。
俺以外のクラスメイトは全員ぽかんとしたまま礼を返す。
「ええと、デュノア君はデュノアさんでした。ということです。はぁぁ……また寮の部屋割を組み立て直す作業がはじまります……」
「え、デュノア君って女……?」
「おかしいと思った!美少年じゃなくて美少女だったわけね」
「って、織斑君、同室だから知らないってことは――」
「いや、知らないって!っていうか今知ったよ!」
……一夏は最後までシャルロットが女だと気付かなかったのか。
◇
結局、ホテルでの会談の翌日、フランスのメディアだけでなく世界中のメディアは多いに沸いた。
経営不振に陥ったデュノア社の経営陣刷新、そしてデュノア社と新星重工の業務提携が締結。
イグニッション・プランにフランスからの新風が巻き起こるか!?などという見出しが飛び交った。
しかし、そこまでは予想通りであった。
俺が本当に欲しがっていたのはシオンが宇宙で回収してきたスペースデブリなどを加工した宇宙資源の販売ルート、これがどうしても欲しかったのだ。
俺がIS開発を始めてから数か月でフォーティチュード・プロトは完成してしまった。
残るカスタム・ウイングは希少金属の入手問題で開発が遅れているものの、完成のめどは既についている。
また、その間も宇宙船開発とスペースデブリの回収を行っていたものの、宇宙船開発はほぼ完了してしまったのである。
そこで残る食糧問題を解決するための研究資金を調達しようとしたが、その方法が問題だった。
現状で俺が売れるものはスペースデブリを加工した金属のみ。
しかし、スペースデブリを回収して加工し、売り払うなんて手法はシオンがいなかったら一体何年先の技術が必要になるのだろうか。
そんな出所の話すことができない金属の売り先がどうしても必要だったのである。
さらに次期社長をシャルロットにすれば資源の調達ルートについて聞いて来るやつも当分はいなくなるだろう、という筋書きだった。
(しかしこれでようやく資金調達の目途がついた。ようやく食料資源の生産に移れるぞ!)
(楽しそうですね、紫電)
(ああ、もう既に準備だけはできている。後は成果を出すだけだなっと、その前にイグニッション・プラン用のIS設計書も作成しないとな……)
(しかし、折角設計までしたあの武装をデュノア社に譲渡してしまって良かったのですか?)
(問題ないさ。フォーティチュードの武装はもう決まっているからあの武装は今の所必要ない)
などとシオンと話していると、既に午前中の授業は終わり、昼休みに移っていた。
「っとやべえ、昼飯昼飯っと――」
「ねえ、紫電!」
「お、シャルロットか。よかったな、これからは男装せずに振る舞えるじゃないか」
「も、もう!……そんなことより、これから昼食だよね?一緒に行ってもいいかな?」
「ああ、構わない。そうと決まれば、遅れずに行こう」
「ふふっ、善は急げってやつかな?」
「……へえ、また一つ賢くなったんじゃねーの」
そういうと俺はシャルロットを連れて食堂へと向かうのだった。
◇
「紫電、本当にありがとう。君のおかげで私はIS学園に残ることができたんだ。重ねて言うけど、本当にありがとう!」
「おいおい、あくまであれは俺が俺のためにしたことであって、シャルロットに礼を言われるようなことはしてないぞ」
「それでも僕は紫電に助けられたんだ。そのことは忘れないでね。あと、僕のことはシャル、って呼んでほしいな」
「そうか、シャル。だがまだイグニッション・プランに向けたIS開発が完了した訳じゃねえんだ。気を抜くのは勘弁な。あとシャル、本当に言いたいのはそのことではないんだろう?」
「う……なんでわかっちゃうかなぁ……。実は――」
「千道君、私とタッグ組んで!」
「私と組もう、千道君!」
気付けば俺の周りに人だかりができていた。
なんだこれ、入学式当日の食堂を思い出すな。
「タッグだの組もうだの、なんのことだ?」
「「「これ!」」」
「なになに……今月開催する学年別トーナメントでは、より実践的な模擬戦闘を行うため、二人組での参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする。締め切りは――」
おや、今月末の学年別トーナメントはタッグマッチになったのか。
だからこうして俺の所にタッグを申し込みに来た、と。
「――紫電っ!今月末の学年別タッグトーナメントのパートナー、僕と組んでほしいんだけどダメかなっ!?」
シャルも負けじと言い返す。
なるほど、言いたかったことはこのことだったのか。
「ああ、みんなの気持ちはありがたいんだけど、俺はこっちのシャルとタッグを組まなくちゃいけないんだ。ニュースでも報道されたけど俺の所属する新星重工とシャルのデュノア社は業務提携しているからね」
「紫電……ありがとう!」
「ええーそんなぁー」
「仕方ない、織斑君のほうに行ってみよう!」
俺の周りは徐々にはけていった。
「しかし、タッグマッチとは随分突然だな」
「うん、去年までは個人戦だったけどより実践的な戦闘経験を積ませるためにツーマンセルになったって聞いてるよ」
「ほう、それはちょうど良かった。イグニッション・プランに向けて準備している武装の試作品をシャルのラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡに搭載してこのトーナメントで動作テストしようじゃないか」
「え、もう試作品ができてるの!?っていうか武装の内容全く聞いてなかったんだけど……」
「何、すぐ慣れるさ。ほら、早く食べないと昼休み終わっちまうぞ」
「わわっ、そんな急かさないでよっ」
そうこうしている内に、慌ただしくも昼休みは過ぎ去っていった。
◇
放課後、第三アリーナ。
今日はシャルのラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡで武装の試作品をテストしに来ていた時のことだった。
「「「「あ」」」」
俺とシャルが偶然にも出会ったのはセシリアと鈴だった。
「あら、奇遇ね。あたしはこれから月末の学年別トーナメントに向けて特訓するんだけど」
「奇遇ですわね。わたくしも全く同じですわ」
「俺たちは試作品のテストだ。学年別トーナメントへの特訓は後回しだな」
「そうなの?じゃセシリア。丁度いい機会だし、この前の実習のことも含めてどっちが上かはっきりさせとくってのも悪くないわね」
「あら、珍しく意見が一致しましたわ。どちらの方がより強く優雅であるか、この場ではっきりとさせましょうではありませんか」
二人はISを展開し、メインウェポンを構える。
「いい機会だから俺たちも二人の試合を見てみるか」
「うん、わかった」
俺とシャルロットはISを展開し、邪魔にならないように外周付近へと移動する。
「では――っ!?」
勝負を開始しようとした瞬間、二人の間に超音速の砲弾が飛来する。
砲弾が飛んできた方向を見ると、そこに存在していたのはドイツの第三世代型IS『シュヴァルツェア・レーゲン』だった。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ……」
「……どういうつもり?いきなりぶっ放すなんていい度胸してるじゃない」
「中国の『甲龍』にイギリスの『ブルー・ティアーズ』か。……ふん、データで見たときの方がまだ強そうではあったな」
「……何?やる気?わざわざドイツくんだりからやってきてボコられたいなんて大したマゾっぷりね。それともジャガイモ農場じゃそういうのが流行ってんの?」
「あらあら鈴さん、こちらの方はどうも言語をお持ちでないようですから、あまりいじめるのはかわいそうですわよ?犬だってまだワンと言いますのに……」
「はっ……。二人がかりで量産機に負ける程度の力量しか持たぬものが専用機持ちとはな。よほど人材不足と見える。数くらいしか能の無い国と、古いだけが取り柄の国はな」
ボーデヴィッヒの言い草にシャルが飛び出そうとするが、俺はそれを静止させた。
「紫電、何で止めるの?」
「シュヴァルツェア・レーゲンの……いや、ラウラ・ボーデヴィッヒの実力を見てみたい。あれだけ言うってことはそうとうな実力があると思っているんだろう。それに俺らが割り込んだとしても鈴とセシリアの怒りは収まらんよ。好きなようにさせた方がいい」
「ええ?そんなもんなのかなあ……?」
鈴とセシリアは既に装備の最終安全装置を外していた。
「わかった。わかったわよ。スクラップがお望みなわけね。――セシリア、どっちが先やるかジャンケンしよ」
「ええ、そうですわね。わたくしとしてはどちらでもいいのですが――」
「はっ!二人がかりで来たらどうだ?一足す一は所詮二にしかならん。貴様らのような雑魚にこの私が負けるものか、とっとと来い!」
「「上等(ですわ)!」」
二人はシュヴァルツェア・レーゲンに向かって飛びかかっていった。
「ところでシャル。あれ、どっちが勝つと思う?」
「いくらシュヴァルツェア・レーゲンといえど、セシリアと鈴の二人を同時に相手にするのは厳しいんじゃないかな……」
「そうか。俺はシュヴァルツェア・レーゲンがどんな機体かよく知らないけど、多分ボーデヴィッヒが勝つんじゃないかと思うね。自信たっぷりみたいだし」
「ええ?そんな理由で?」
「まあ見ていればわかるだろうよ。一旦武装のテストは中止だ」
俺とシャルはあらためて三人の戦いをのんびりと見学するのであった。
◇
勝負は圧倒的だった。
多少のダメージはシュヴァルツェア・レーゲンに与えられたものの、それに対する鈴とセシリアのダメージはそうそうたるものだった。
機体は所々に損傷が見られ、ISアーマーの一部は完全に損壊してしまっている。
「っ!くらえっ!」
甲龍の両肩が開き、龍咆の最大出力攻撃が放たれる。
一方、その標的となっているボーデヴィッヒは回避すらしないで右手をただ突きだすだけだった。
「無駄だ。このシュヴァルツェア・レーゲンの停止結界の前ではな」
「くっ!まさかこうまで相性が悪いだなんて……!」
アクティブ・イナーシャル・キャンセラー、通称慣性停止結界。
腕部から放出されるそれは対象の周辺空間に慣性を停止させる領域を展開し、動きを封じる兵器である。
それがシュヴァルツェア・レーゲンの切り札であった。
「早々何度もさせるものですかっ!」
ビットを射出し鈴の援護射撃を行うセシリア。
しかし、シュヴァルツェア・レーゲンはそれをあっさりと回避して見せた。
「ふん……。理論値最大稼働のブルー・ティアーズならいざ知らず、この程度の仕上がりで第三世代型兵器とは笑わせる」
ボーデヴィッヒは再び腕を突きだすと、何かに掴まえられたかのようにビットの動きが停止させられていた。
「動きが止まりましたわね!」
「貴様もな」
セシリアから狙い澄ました狙撃が放たれるも、シュヴァルツェア・レーゲンの大型カノンによる砲撃で相殺されてしまう。
負けじとセシリアは連続射撃に入ろうとしたが、先ほどワイヤーで捕えた鈴をぶつけて阻害していた。
「きゃああっ!」
空中で二人が衝突し、体勢が崩れたところへボーデヴィッヒは突撃を仕掛けた。
それはまさに瞬時加速。
一夏の得意とする格闘特化の技術だった。
「このっ……!」
しかし近接格闘ならば鈴にも心得があった。
ボーデヴィッヒの両手首から出力されたプラズマ刃を甲龍の誇る青竜刀、双天牙月でうまくいなしていた。
しかし、そこにシュヴァルツェア・レーゲンのワイヤーブレードが再度襲い掛かってくると今度は対応しきれず、押される一方になってしまう。
「くっ!」
鈴はなんとか体勢を立て直し、龍咆の砲弾エネルギーを集中させる。
「甘いな。この状況でウェイトのある兵器を使うとは」
ボーデヴィッヒの宣告通り、龍咆のエネルギーが溜まる前にシュヴァルツェア・レーゲンの砲撃によって爆散させられてしまった。
「もらった!」
「……!」
「させませんわ!」
鈴に対して一気に距離を詰めたボーデヴィッヒの間に、スターライトmkⅢを割り込ませて盾にすると辛うじて必殺の一撃を反らすことに成功した。
そしてそれと同時に弾道型ビットをボーデヴィッヒに向けて射出していたのであった。
「無茶するわね、あんた……」
「苦情は後で。けれど、これなら確実にダメージが――」
「……終わりか?ならば――私の番だ」
爆炎が晴れると、さほどダメージは無かったかのようにシュヴァルツェア・レーゲンが佇んでいた。
そして言うと同時に瞬時加速で距離を詰めると、鈴を蹴り飛ばし、セシリアに近距離からの砲撃を直撃させた。
「あああっ!」
二人のシールドエネルギーは0になっていた。
それでもなお攻撃を加えようとするボーデヴィッヒを見かねた俺は横槍を入れることにした。
「……ぐはっ!?」
シュヴァルツェア・レーゲンの周囲に赤い閃光が飛び散る。
セシリアと鈴にばかり集中していたせいか、俺の肩部レーザーキャノン「ルビー」からの砲撃に気付けなかったようだ。
「あー邪魔して悪いね。でももう決着はついてるだろう。そこいらにしておいてやれ」
「貴様……っ!確かISを動かした第二の男だったか。私を攻撃するとはいい度胸をしているな?」
「横槍入れないとそっちの二人が完全崩壊しちまいそうだったんでな。悪いな?」
「……っ!」
ボーデヴィッヒが俺に向かって腕を突きだす。
悪いけど、それはもう見飽きた光景なんだ。
俺は瞬時加速も使わず、一瞬でボーデヴィッヒの背後へと回り込んでいた。
「……!?」
「ああ、その停止結界だっけ?対象を視界に捉えて集中しないと発動できないみたいだな?そんな鈍い攻撃じゃ俺に当てることなんてできないぜ」
「くっ!」
再びボーデヴィッヒはこちらを向き、ワイヤーブレードと共に停止結界の発動を狙ってきた。
――でもその攻撃では遅すぎる。
俺は一瞬でボーデヴィッヒの頭上を取っていた。
伸びきったワイヤーブレードをスイッチブレードで切断すると、そのままボーデヴィッヒの背後に立ち、アサルトライフル「アレキサンドライト」を突きつける。
「なっ!?」
「だから言っただろう、遅すぎると。俺はこれからセシリアと鈴を医務室まで連れて行く。ま、今日の所はノーゲームってことでよろしく頼む」
「待てっ、貴様っ!」
ラウラが振り返った頃にはすでに紫電だけでなく、セシリアや鈴たちの姿も消え去っていた。
「なるほど、第二の男、千道紫電。少しは骨があるようではないか……!」
誰もいなくなったアリーナ内を見渡すと、ラウラは一人ピットへ向かって歩いていくのであった。
祝20話目!祝UA8,000突破!
実は今のところ50話近くまで書いてるんですけど来月発売と言われている原作の11巻分をどうしようか悩んでます。
10巻分までは基本的に原作沿いなんですが11巻分以降は無視して完全オリジナルストーリーを進めてしまおうかと考えていますが、原作の11巻分について意見ありましたらぜひお願いします。
評価・感想もお待ちしております。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■学年別タッグトーナメント(1)
俺はセシリアと鈴を担いだまま医務室へと運んでいた。
「おーおー、派手にやられたなあ二人とも」
「別に助けてくれなくてよかったのに」
「あのまま続けていれば勝っていましたわ」
「二人とも、それはちょっと無茶な言い分じゃないかな」
そういうとシャルが鈴に巻かれた包帯に触れる。
「こんなの怪我の内に入らないわ!」
「そもそもこうやって横になっていること自体無意味ですわ!」
「しかし、随分酷いダメージだな。今月末の学年別タッグトーナメントに出れるかどうか山田先生に聞いた方がいいな」
「学年別タッグトーナメント……ですって?」
「あら、今年の学年別トーナメントはタッグ形式になりましたの?」
「ああ、なんでもより実戦的な模擬戦闘を行うため、タッグ形式になったらしいぜ」
「なっ、それじゃ急いで一夏を誘わなきゃ!」
「待ってください、凰さん。タッグのパートナーを選ぶのは確かに大事ですが、ISのことも気にしなければいけませんよ。先ほどお二人のISの状態を確認しましたけど、ダメージレベルがBを越えています。少なくともトーナメントまでの間は修復に専念しないと、トーナメントに出場することすらできなくなりますよ?」
気付けば山田先生がすぐそばに来ていた。
ぎりぎりトーナメントへの参加はできそうなのか、それは良かった。
「わ、わかりました。トーナメントまでISは休ませます!でもパートナーは一夏って決めてますんで!」
そういうと鈴は医務室を飛び出していった。
「鈴さんは一夏さんを誘うようですわね。ちなみに紫電さんはパートナーはお決まりですの?」
「ん、ああ、俺はシャルと組んでいる。悪いな」
「そうですか。では私も一夏さんを誘ってみることにしましょうか」
「……セシリアは一夏のこと、どう思ってるんだ?」
「一夏さんですか?……なんと言いましょうか、ほっとけない存在という感じでしょうか。はたから見ているととても危なっかしくて」
「ハッハッハ、そいつは同感だ。なんかあいつのことは危なっかしくてほっとけねーよな!」
「ですからわたくしがパートナーとしてフォローしてさしあげましょうかと。そろそろわたくしも行きますわね」
セシリアは優雅に医務室を後にしていった。
二人とも問題なしと判断した俺はシャルを連れて医務室を出ていった。
「ねえ、紫電。ちょっと助けるの遅かったんじゃない?二人ともあんなにボロボロにされてるのに」
「んー……助けるのが遅かったとは思ってない。なんでかって言うと、あの二人は一度痛い目に合わなければ今後もっと苦しい思いをするからさ」
「え?どういうこと?」
「あの二人、プライドが高いだろ?それでいてそれなりに実力もあるだろ?きっと今まであんまりISで挫折してないんだろーな。それ故に度々慢心しては隙を作るっていう悪循環に陥ってる。だから今回ボーデヴィッヒに散々やられたのはむしろあの二人にとっては自分の実力を思い知る良いきっかけになっただろうからさ」
「……紫電ってどうしてそこまで考えられるの?」
「普通それくらい考えない?」
「普通の人だったら友達が一方的にやられてるところを見たら真っ先に助けに行くと思うよ?」
「それも一つの手段だけど、それじゃセシリアと鈴のためにならねえ。だから俺は助けには行かなかった。それだけだよ」
「……わかったよ。途中で助けに行かなかったのは紫電なりに考えた結果だったんだね」
「そういうこと。あ、あと試作品のテストは明日やるぞ。しっかりコンディションを整えておくようにな」
「うん、わかった」
◇
六月も最終週に入り、IS学園は月曜から学年別タッグトーナメントが開始された。
もちろん無事にシャルの新武装テストも終え、準備は万端だ。
そんな中、俺と一夏はほぼ男子用となった更衣室でトーナメント表を表示するモニターの前に集まっていた。
もちろん、互いのパートナーであるシャルと鈴も来ている。
「結局一夏は鈴と組んだのか。少し意外だったよ」
「あ、ああ。最初は箒を誘おうと思ったんだけど断られちゃったんだよ。そしたら鈴がいきなり部屋に飛び込んできたから……」
「いいじゃない、どうせ他にパートナー候補なんていなかったんでしょ?」
「う……まあ次は紫電と組もうと思ってたんだけどもうシャルロットと組んだって女の子たちから聞いてて……」
「まあ数少ない男同士のタッグってのも面白かったかもな。悪いな、一夏。ところで当の箒は誰と組んだんだ?」
「セシリアと組んだらしい。なんでも、箒の方からセシリアにお願いしたらしいぞ」
「……そりゃそっちのほうが意外だな……」
このとき、箒は優勝したら一夏に付き合ってもらう、ということを宣言していたため一夏と組むことができなかったのだが、そんなことなど知らない俺に箒の心情など俺には分かるわけもなかった。
「しかしラウラのやつ、鈴とセシリアを痛めつけるだなんて、許せねえ……!」
「一夏、戦う前からそう熱くなるな。自分を見失ったら勝てる試合も勝てなくなるぞ?」
「紫電……。ああ、分かってる。分かってるつもりだ」
「しかしすごい観客数だな、見ろよ一夏。観客席ぎっしりだぜ」
「……ほんとだ。満席じゃないか。確か生徒だけじゃなくて各国の政府関係者やら研究所員やらいろんな人が観に来るんだっけか」
「その通り。一夏、つまり無様なところは見せられないな」
「うぐっ、そ、そうだな」
「心配しなくてもボーデヴィッヒは勝ちあがってくるさ。あいつ強いからなあ」
「――お、トーナメント表が表示されたぞ!」
一年の部、Aブロック一回戦一組目は……織斑一夏&凰鈴音ペアVSラウラ・ボーデヴィッヒか。
ってボーデヴィッヒはタッグじゃないのか!?
ああ、よく考えたら1年の人数は奇数だったな……。
「っし!」
一夏はガッツポーズをしている。
初戦でボーデヴィッヒと当たれたのがそんなに嬉しかったのだろうか。
「良かったな、初戦で念願の相手と当たれたぞ」
「ああ、絶対勝ってくる!」
「ちょっと一夏、勝手に一人で行かないでよ!」
一夏の後を追うように鈴も駆け出して行った。
「行っちゃったね、二人とも。紫電はどっちのほうが勝つと思う?」
「うーん、これは難しいな。一夏と鈴のタッグがどれだけのものなのか次第かな……」
「へえ……紫電にもわからないことってあるんだね」
「俺が分かるのは知ってることだけさ。知らないものは知らんよ」
そう言うと俺とシャルは更衣室内のモニターに視線を戻した。
◇
勝負は意外にも互角だった。
一夏も鈴も近接主体の攻撃が得意だ。
その両者はボーデヴィッヒのAICに掴まらないようにうまく位置取りをしている。
どちらかが正面に立てばもう片方は背後に回り込み、斬りかかる。
シンプルながらもシュヴァルツェア・レーゲンに対して最も有効な戦術だった。
ボーデヴィッヒもワイヤーブレードをうまく利用して一対二の不利な状況を立ち回っているが、既に何本か切断されてしまっている。
AICも何度か一夏を捉えることに成功しているが、その度に鈴が斬りかかって助け出している。
「二人とも近接重視なタイプだから大丈夫かなと思ってたけど、うまく立ち回ってるね。特に鈴、うまく一夏のフォローできてるね」
「ああ、このままなら押し切れるだろうな」
シャルと会話している間に、遂に一夏の零落白夜がボーデヴィッヒに直撃した。
これで決着はついただろうと会場にいる誰もがそう思った瞬間――
「……ん、何かボーデヴィッヒの様子が変だぞ」
おそらくシールドエネルギーはほぼ0になったであろうシュヴァルツェア・レーゲンがゆっくりと宙に浮かび上がる。
すると突然、ボーデヴィッヒから身を引き裂かんばかりの絶叫が発せられた。
「ああああああっ!!」
それと同時にシュヴァルツェア・レーゲンから激しい電撃が放たれ、一夏の体が吹き飛ばされた。
「ええっ、何が起こってるの!?」
「……!?」
シュヴァルツェア・レーゲンはドロドロと溶け出し、装甲の形を崩していくと同時にボーデヴィッヒの全身を包み込んでいく。
(シオン、あれが
(いいえ、いくら二次移行といってもあそこまで外見は変わりませんし、装甲が溶け出すということはありえません。ISに別のシステムが組み込まれていたと考えます)
(負けそうになると発動するシステムか?どうせ碌なもんじゃないんだろうな)
シュヴァルツェア・レーゲンだったものはすでに新たな形を造りだしている。
その姿は黒い全身装甲、そしてその片手に握られている武器は一夏の「雪片弐型」そっくりの形状をしていた。
そして黒いISが体勢を整えた瞬間だった。
ほんの一瞬の間に鈴との距離を詰め、居合のような中腰の構えから必殺の一太刀が放たれた。
不意を突かれた鈴は十分に対応することができず「双天牙月」が弾かれる。
そしてそのまま上段の構えへ移り、縦一直線に鋭い斬撃が放たれた。
「きゃあっ!」
鈴の体が後方へと吹き飛ぶ。
おそらく先ほどの一撃でシールドエネルギーをすべて使い果たしたのだろう、甲龍から発せられていた光が消失していた。
おまけに黒いISの斬撃が当たった鈴の左腕からはじわりと血が流れ出している。
「非常事態発令!トーナメントの全試合は中止!状況をレベルDと認定、鎮圧のため教師部隊を送り込む!来賓、生徒はすぐに避難すること!繰り返す!」
ISで出血するほどの戦闘とは、非常に危険な状態を意味している。
しかし前回のことを考えると、教師陣の出動を待っていては一夏と鈴が危険すぎる。
それに対し、俺たちはアリーナすぐ横の更衣室で待機しているため、間違いなく教師陣より先に救援に向かえるだろう。
「シャル、出るぞ!」
「……!うん、わかった!」
俺はフォーティチュード・プロトを展開すると、アリーナの方へと飛び出していった。
シャルも一歩遅れて後ろをついてくる。
「シャルは鈴を助けて医務室へ運べ。俺はあいつの相手をして時間を稼ぐ」
「うん、わかった。でも気を付けてね!」
シャルは鈴の方へと向かって行った。
俺の目の前にはかつてシュヴァルツェア・レーゲンだった黒いISが立ちはだかっている。
「よう、試合中に変身とは味な真似するじゃねーか。そんなに目立ちたがりだったか?お前」
話しかけるが返事は無し。
それどころか殺意が剥き出しである。
現にこちらに向かって、一夏に一太刀浴びせた居合の構えをして見せている。
「紫電、気を付けろ!そいつは千冬姉のデータだ!」
隣に並び立つ一夏が大声で叫ぶ。
しかし、織斑先生のデータだと?どういうことだ?
そんなことを考える間もなく、黒いISはその刃を俺へ向けて振り抜いてきた。
(うおっ、速えッ!)
上体を反らすと同時に後方へとブーストし、なんとか初撃を避ける。
「とととっ、やるじゃねーか、大したスピードだ」
「……」
目の前のISは沈黙したままである。
実力は大したものがあるが、やはり反応が無いと面白くないな。
「待ってくれ、紫電!そいつは俺が倒す!」
「おぉ?お前エネルギー残量大丈夫なのか?」
「ああ、まだあと一撃振るうだけの分は残ってる!」
一夏が雪片弐型を構える。
「で、なんでアレにそんなに固執してるわけ?」
「さっきの攻撃を見て分かったんだ、あいつは千冬姉のデータだ。それは千冬姉だけのものなんだよ!それにあんなわけわかんねえ力に振り回されてるラウラも気に入らねえ。ISとラウラ、どっちも一発ぶっ叩いてやらねえと気が済まねえんだよ!」
「……そこまで言うなら一撃、浴びせてやれよ。俺が注意を引いてやる」
「すまねえ、恩にきるぜ紫電!」
「なに、俺もちょっとあいつとは戦ってみたいんだ」
初撃で分かったがこいつの強さは半端ではない。
今まで国家代表候補生やら世界最強の弟なんかとも戦ってきたが、こいつはその比ではない。
一瞬でも気を抜けばそのまま一刀両断にされそうなこの圧倒的な気迫。
それにもかかわらず俺はこの感覚を楽しんでいた。
思えばいつもこうだった。
勉強でもスポーツでも、俺は常に他人より一歩も二歩も先を歩いていた。
それはもちろん日々の努力の賜物だったが、どうしても物足りないのだ。
自分と対等に渡り合える好敵手が。そしてそれは今丁度目の前にいる。
しかし一夏がどうしても倒したいというので、最後の美味しい所は譲るが、それまでは本気でやらせてもらうとしよう。
「おし、じゃ俺があいつの気を引いているうちになんとか一撃ぶち込んでやれッ!」
「おう!」
あらためて目の前の黒いISに集中する。
先ほどと同じ、居合の構えに入りこちらの隙を伺っているといったところか。
だが、その技は既に一度見せてもらったぜ?
「喰らえッ!」
肩部レーザーキャノン「ルビー」を黒いISに向かって発射する。
しかし、素早い動作で回避されると同時に一気にこちらへと距離を詰めてきた。
(そうだ、この感覚ッ!)
上体を反らして相手の居合抜きを回避すると、目の前をエネルギー状の刃先が通り過ぎていく。
今度は反撃としてスイッチブレードで突きを繰り出すが、返しの刃によってスイッチブレードは一瞬で霧散してしまった。
(一夏と同じ、エネルギー無効化攻撃のできるブレード……!さっき言ってた織斑先生のデータってこういうことか!)
俺はスイッチブレードによる攻撃を早々に諦めると、アサルトライフル「アレキサンドライト」で狙いを定める。
「アレキサンドライト」は実弾、ビーム弾両方を撃ち分けることができるが有効打を与えるには実弾しかない。
黒いISを狙って引き金を引くと薄緑色のマズルフラッシュが発生し、多量の弾丸が撃ち出された。
フルオートで射撃することで線状の弾幕を作り、移動方向を制限する。
それが俺の狙いだった。
しかし、黒いISは弾丸には目もくれず、空中へと跳躍して居合の構えをとった。
「ちっ、回避と同時に攻撃してくる気かッ!?」
黒いISが目前まで迫る。
「……なんてな、後は任せたぜ一夏」
俺は密かに研究していたフォーティチュード・プロトの
すると跳躍していた黒いISが突然地面に叩きつけられ、体勢を崩した。
これが俺の単一仕様能力「
対象にかかる重力を強化して地面へと陥没させることができる、とっても使い辛い能力だ。
すると、すかさず俺の背後から一夏が飛び出す。
それはまさに先ほど相手が見せたものと似て非なる構え。
居合の構えからの一閃が相手の刀を弾いた。
そしてすぐさま上段の構えへと切り替え、縦に真っ直ぐ振り下ろす。
「……これが一閃二断の構えだ。お前のはただの真似ごとに過ぎない」
黒いISは真っ二つに割れた。
中からは虚ろな目をしたラウラ・ボーデヴィッヒが現れ、こちらを一瞬だけ見ると力を失って足元から崩れていく。
地面に倒れ伏す前に一夏はボーデヴィッヒを抱え、一言呟いた。
「……まあ、ぶっ飛ばすのは勘弁してやるよ」
◇
ボーデヴィッヒは織斑先生の付き添いで医務室へと運ばれていった。
もう俺たちができることは無いだろう。
(シオン、あの黒いISが何か分かるか?)
(あの黒いISが織斑千冬のデータを模したものであるとすれば、ヴァルキリー・トレース・システム、通称VTシステムが組み込まれていたのではないかと考えます。VTシステムは過去のモンド・グロッソの部門受賞者の動きをトレースするシステムです。ただ、無理やりモンド・グロッソ部門受賞者の動作をトレースするため、操縦者への負担があまりにも大きく、IS条約ではどんな理由であろうとも研究・開発・使用全てが禁止されています)
(それがボーデヴィッヒのシュヴァルツェア・レーゲンに搭載されていたのか。それについてドイツはどう言い訳するんだろうかね)
(まあIS委員会の強制捜査は逃れられないでしょう)
(……しかし、あれがブリュンヒルデの一撃か――)
初代モンド・グロッソ覇者である織斑千冬はブレード一本で覇者となったと言われている。
実際データ上のものとはいえ、その一撃は素晴らしいスピード、重さ、鋭さを兼ね備えていた。
しかし俺にはその太刀筋が見えていた。そして体を反応させ、回避することもできた。
昔から反応速度には自信があったが、ここまでうまく反応できるとは。
願わくば、もっと正式な場で戦いたかったと俺はそう思わざるを得なかった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■学年別タッグトーナメント(2)
翌日の朝、一夏は机に突っ伏していた。
なんでも昨日のことについて教師陣から散々事情聴取を受けて疲れたらしい。
俺は早々に逃げ帰ったのでなんとも聴かれなかったが。
ついでにボーデヴィッヒもまだ教室に来ていない。
「しかし結局トーナメントは中止だってよ。まあ、あんなことがあった後じゃ当然だが」
「うん、でも個人データ指標と関係するから一回戦だけは全試合行うみたいだよ。場所と日時は各自連絡が来るみたい」
「そうか。折角シャルの試験用装備を用意したってのに使う機会が無いのはもったいないもんな」
俺とシャルが今後について話し合っていると、教室のドアが勢いよく開かれた。
入ってきたのはボーデヴィッヒだった。
昨日の弱りきったような姿は見る影も無く、元気な姿勢で歩いている。
「織斑一夏っ!」
そして一夏の席の前に立つと元気よくそう言った。
突然の名指しに一夏も飛び起きる。
「は、はいっ!?ってラウラか、驚かすな――むぐっ!?」
ボーデヴィッヒはいきなり一夏の胸ぐらを掴むと、そのままキスをしていた。
「!?!?!?」
「お、お前は私の嫁にする!決定事項だ!異論は認めん!」
「嫁!?婿じゃなくて!?」
「日本では気に入った相手を嫁にする、というのが一般的な習わしだと聞いた。故にお前を私の嫁にする」
「……一夏、貴様どういうつもりか説明してもらおうか」
ダンッ、と一夏の目の前にいきなり日本刀が突き立てられた。
「待て待て待て!説明を求めたいのは俺の方だぞ!?」
「よう、ボーデヴィッヒ。元気そうで何よりだ」
「む、千道か。すまないな、昨日は迷惑をかけた」
「いや、こちらもなかなか面白い体験をさせてもらった。むしろ礼を言いたいぐらいだ」
「そ、そうか?それならいいんだが。あと、私のことはラウラで構わない。そして私も紫電と呼ばせてもらうぞ」
「ああ、よろしくな、ラウラ」
「それにしても紫電はかなりの操縦技術を持っているのだな。今度是非模擬戦の相手をしてほしい」
「ああ、構わないぜ。ちなみにシャルもかなり強いから勝負してみるといい」
「ええ!?そこで僕に振るの!?」
「む、そうか。ではシャルロットもよろしく頼む」
「お前らのんびり会話してないで助けてくれえっ!」
今日のホームルームは荒れに荒れた。主に教室が。
教室の至る所に穴や傷ができては、それについて一夏たちが織斑先生に叱られ出席簿で叩かれる、と。
なぜそうなることが見えているのにやってしまうのか。
とばっちりを喰らわないように大人しくしていた俺とシャルは無事無傷で済んだ。
◇
地球上のどこかに存在すると言われる秘密ラボ。
そこで篠ノ之束は唸っていた。
「むう……」
ISコアナンバー008、009、010からのシグナルが全く来ないのである。
自身が作成した467個のISコアが持つ情報はは全てラボ内のサーバーへと送信される仕組みになっているが、その三つだけは何も情報が送られてこないのであった。
分かっていることと言えば、その三つのISコアが割り振られている企業が新星重工である、ということだけ。
「まさかISコアの情報送信機能を見破られるとはねぇー……」
自身が作成したISコアは完璧である。
ISコアがまともに解析されるのは数百年はかかるだろうと思っていたが、それが今年になって見破られた可能性がある。
篠ノ之束は一見平静を装ってはたが、内心では驚いていた。
もしかして自身と同等の技術力を持つ技術者が存在するのかもしれない。
少なくとも十年前、ISを発表したころにはそんな人間は存在しなかったはずだが、十年という期間は人間を成長させるには十分な期間である。
篠ノ之束がそんな思考にふけっていたころ、携帯電話の着信音が流れる。
「こ、この着信音はぁ!トゥッ!……も、もすもす?ひねもす?」
「……」
携帯電話は無言のまま切れてしまった。
「わー、待って待って!」
幸いにも再度携帯電話は鳴り響いた。
「はーい、みんなのアイドル、篠ノ之束ここに――待って待ってぇ!ちーちゃん!」
「その名で呼ぶな」
「おっけぃ、ちーちゃん!」
「……はぁ、まあいい。今日は聞きたいことがある」
「なになに?」
「お前は今回の件に一枚噛んでいるのか?」
「今回、今回――はて?」
「VTシステムだ」
「ああ、あれ?うふふ、ちーちゃん、あんな不細工なシロモノ、この私が作ると思うかな?私は完璧にして十全な篠ノ之束だよ?すなわち、作るものも完璧に置いて十全でなければ意味がない」
「……」
「ていうか忘れていたけど、つい二時間ほど前にあれを作った研究所はもう地上から消えてもらったよ。……ああ、言われなくてもわかっていると思うけど、死亡者はゼロね」
「そうか。では、邪魔をしたな」
「いやいや、邪魔だなんてとんでもない。私の時間はちーちゃんのためならいつでもどこでも二十四時間フルオープンだよ!」
「……では、またな」
ぷつっと電話が切れると、束は携帯電話を放り出した。
「やあ、久しぶりに声を聞けて束さんは嬉しかったねぇ。ちーちゃんは相変わらず素敵ングだよ。夕日の向こうには行かないでね」
腕を組み、頷きながらうふふと笑みを添える。
「しかし、ちーちゃんはなんで引退したんだろーね?」
それだけは篠ノ之束の知能を持ってしてもはっきりとした答えが出せなかった。
年齢からしても、実力からしても、今すぐ現役に戻ったとして第一線で通用するだろう。
次のモンド・グロッソでも優勝候補筆頭になるのは間違いない。
そんなことを考えている間に、珍しくも本日二度目の着信音が鳴り響くのであった。
「やあやあやあ!久しぶりだねぇ!ずっとずーっと待ってたよ!」
「……姉さん」
「うんうん。要件はわかっているよ。欲しいんだよね?君だけのオンリーワン、代用無きもの、箒ちゃんの専用機が。モチロン用意してあるよ。ハイエンドにしてオーバースペック。そして、白と並び立つもの。その機体の名は『紅椿』――」
愛する妹からの連絡に喜んだ篠ノ之束の頭の中からは、いつの間にかいくつかのISコアから情報が来なくなったことなど消え失せていた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■学年別タッグトーナメント(3)
学年別タッグトーナメントで忙しかった日々は嵐のように過ぎ去り、既にカレンダーは七月を指していた。
「今日は通常授業の日だったな。IS学園生とはいえ、お前たちも扱いは高校生だ。赤点など取ってくれるなよ」
授業自体は少ないが、IS学園でも一般教科は普通に履修する。
中間テストは無いが期末テストはもちろん存在している。
その際、赤点を取ってしまえば夏休みは連日補習に明け暮れることになるため、生徒たちは死に物狂いで勉強していたのであった。
「それと、来週からはじまる校外特別実習期間だが、全員忘れ物などするなよ。三日間だが学園を離れることになる。自由時間では羽目を外しすぎないように」
そしてIS学園には期末テストだけでなく、七月頭に校外実習、すなわち臨海学校も行事として存在していたのである。
三日間の日程の内、初日は丸々自由時間。
もちろんそこは海なので生徒全員は先週からずっとテンションが上がりっぱなしなのである。
「ではショートホームルームを終わる。各人、今日もしっかりと勉学に励めよ」
◇
つい先ほど勉学に励めと言われたにも関わらず、俺は授業を全て聞き流し、シオンとの会話に集中していた。
(そうか、宇宙船の空気供給機の稼働テストも問題ないか)
(現在まで一か月ほど継続稼働していますが、宇宙船内の空気濃度は正常です。酸素、二酸化炭素、窒素など何れも地球基準と変わりません。もし紫電がこちらに乗船しても、宇宙服無しで十分活動することが可能です)
(水の浄化装置も動作は問題ないな?)
(こちらは既存の技術を少し改良しただけで済みました。どんなに汚染された水でも飲料水まで浄化可能です)
(狙いとしては宇宙資源として入手した水や氷を飲料水化することだが、それも問題ないか?)
(可能です。氷であろうと浄化可能です)
(上出来!さて残りは食糧問題だが、さっそく農業用ロボットであるピート君を稼働させようじゃないか!)
(あの妙なロボットですか。しかし、宇宙空間で農業をするロボットを作るとは、紫電も難しいことに挑戦しますね)
(酸素と水と二酸化炭素とそれなりの土があればまあ植物を育てることはできるだろう。ピート君なら素晴らしい野菜を育ててくれるだろうよ)
ここ最近俺が開発していたのは農業を行うロボットだった。
流石にIS開発と宇宙船開発を行っている俺たちに食糧の調達まで行う余裕はない。
そこで、宇宙船内で俺たちの代わりに農作業をしてくれるロボットを開発したのだった。
俺が開発した農業ロボット、通称ピート君は種の交配から収穫まで全てを行ってくれる万能型二足歩行型ロボットである。
ちなみに人口AIを搭載しており、喋ることもできる。
(さて、農作業はピート君に任せるとして、残りの問題は――重力と輸送手段か)
地球にいる人間たちにとっては普段全く意識することが無いであろう重力も、宇宙空間では必ず意識しなくてはならない。
無重力下に長期間滞在した人間への影響などは多数の論文が出ており、無重力下での生存とは極めて難しいという結論が出ている。
また、当たり前の話だが宇宙というものは非常に遠い場所である。
ISの量子変換による輸送は武装を含めた金属類しか輸送することができないため、人や植物のようなものを迅速に輸送する手段がないのである。
そのため俺は重力と輸送手段を求めていたのだが、その両方はISの単一仕様能力によって疑似的な重力と簡易的な輸送手段を得ることができていた。
通常、単一仕様能力は二次移行してから目覚めるものらしいが、これはきっと一夏の零落白夜のような特殊なケースだったんだろう。
ISコアにはまだまだ謎が多い。
ISコアナンバー009、最初に手に入れたこのコアは微弱な重力を発生させて操る単一仕様能力「
最初の内こそ微弱な力しか発生させることはできなかったが、日々自身に重力をかけ、トレーニングの一環として使用しているうちにだいぶ強力な重力を操作することもできるようになった。
これが現に暴走したシュヴァルツェア・レーゲンの動きを止めるのに役に立ったわけである。
そしてもう一つ、ISコアナンバー008、こちらは小さい物であれば指定の座標位置へと物を送り届けることができる空間転移のような単一仕様能力「
俺はこれを利用して宇宙船へと種を輸送し、宇宙船内の農業スペースでピート君に作物を育成させる計画を立てていた。
そして宇宙で育った野菜はシオンがこちらへ送ってくれる。
あとは俺もこの単一仕様能力で宇宙船へと輸送できれば文句なしなのだが、悲しいことに俺の体は大きすぎるようである。
ちなみに最後のISコアナンバー010についてはまだ単一仕様能力が覚醒していないようだった。
何らかの単一仕様能力が覚醒してくれることが待ち遠しい。
◇
「おーい紫電、昼飯行こうぜ……ってお前のノート真っ白じゃねーか!まさか寝てたのか?」
「ん?ああ、ノートなんか取る意味ないだろ。書く時間が無駄だ。それに後で見直す必要もないんだから書く必要なんてないだろう」
「い、言ってる意味がよくわからん……。いや、普通授業でやったことをノートにまとめるのは常識だとおもうんだが?」
「それは凡人のやり方だ。聞いたこと、読んだこと、一発で頭の中にぶち込めばもう見直しも必要ない。それにテストに出そうな部分も大体目途はついてる」
「まじかよ……。そんな理論初めて聞いたぜ」
「まあ慣れれば誰にだってできるさ。それより昼飯に行くんじゃなかったのか?」
「あ、ああ、行こうか」
相変わらず昼時の食堂は混雑している。
俺は煮魚定食を持って空いてる席へと座った。
「にしても散々だったな。学年別タッグトーナメントは」
「ああ。あのあとラウラが部屋に押し入ってきたりとまた別の意味で大変になったぜ……」
「へえ、ラウラも意外と積極的なんだな。……そういえば4組の代表候補生って一夏知ってるか?」
「いや、全然知らないけどなんかあったのか?」
「学年別タッグトーナメントは中止になったけど一回戦だけは全試合行うって話あっただろ?今日の放課後、俺とシャルの相手がどうもその4組の代表候補生の子らしい」
「……へえ!確かシャルロットもフランス代表候補生だったよな?代表候補生同士の対戦になるのか!」
「だから少しでも情報収集できればと思って聞いてるんだが、その4組の代表候補生についてはあまりいい情報が無くてね……。日本代表候補生であるってことくらいしかわかってないんだよ」
「日本の代表候補生なのか。やっぱ強いのか?」
「全く情報が無くてよくわからん。……ま、ならしょうがないさ。実際に戦って実力を確かめるとするか」
俺は食べ終わった皿を片付けると、教室へと戻っていった。
◇
放課後、第三アリーナにて、俺とシャルは対戦相手を待っていた。
(シオン、4組の代表候補生について何か情報は無いのか?)
(残念ですが、大した情報はありません。名前は更識簪、生徒会長である更識楯無の妹であり、専用機持ちということまでは分かっていますが、その専用機についてはほとんど情報がありません)
(専用機の情報は無しか。そこが一番知りたいんだがな……)
「シャル、お前も今日の対戦相手について何も情報なしか?」
「うん、4組の代表候補生って聞いてるけど。ゴメンね、他には何も知らない」
「いや、いい。情報が無いなら無いでしょうがないさ。作戦は……まあ互いに一対一を仕掛けていく程度でいいだろう」
「わかった。でも危ないときは援護してね?」
「ああ、わかった。……って何だ、緊急連絡?」
――本日予定されていた千道紫電、シャルロット・デュノアペアVS更識簪、布仏本音ペアの試合は更識簪の機体整備不良により、棄権となりました――
「機体整備不良により棄権だと?どういうことだ?」
「わかんないけど……専用機はデリケートなものも多いし、何かトラブルでもあったんじゃない?」
「……煮え切らねーな。折角シャルの新武装を試せるかと思ったのにまたお預けか。シャル、呪われてるんじゃないか?」
「ええっ、僕のせいなの!?」
俺はシャルをからかうと、不完全燃焼なまま第三アリーナを後にした。
近日中には臨海学校も始まるし、流石にそろそろ準備しないとな。
このとき俺が準備と言ったもの、それは着替えや水着なんかではなく、いまだに未完成のカスタム・ウイングのことだった。
――これが本当に役に立つとは、このときはまだ誰も思ってはいなかった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■海と兎と重力と
「海っ!見えたぁっ!」
トンネルを抜けたバスの中でクラスの女子が声を上げる。
臨海学校初日、天気は快晴で海風も穏やか、絶好なロケーションだった。
「おー、やっぱり海を見るとテンション上がるなぁ。向こうに着いたら泳ごうぜ。箒、泳ぐの得意だったよな」
「そ、そう、だな、ああ。昔はよく遠泳をしたものだな」
「そろそろ目的地に着く。全員ちゃんと席に座れ」
全員がさっと席に戻る。
織斑先生の言葉通り、ほどなくしてバスは目的地である旅館前に到着した。
「ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」
「「「よろしくおねがいしまーす」」」
「はい、こちらこそ。今年の1年生も元気があってよろしいですね」
この旅館には毎年世話になっているらしい。
女将の対応も慣れたものだ。
「一夏、この三日間は俺とお前の二人部屋だ。部屋内に小さいが露天風呂もついているらしいぜ」
「おお、まじか!いいねえ部屋に露天風呂、さっそく行こうぜ!」
「こら、走るな一夏。焦らなくても露天風呂は逃げないさ」
俺たちだけでなく、生徒全員は一目散に部屋へと向かって行った。
やはり丸一日自由時間の今日が楽しみなのだろう。
俺と一夏も部屋へ荷物を置くと、更衣室のある別館へ向かって歩いて行くのだった。
◇
「……」
「……」
「……」
俺と一夏は別館へ向かう途中で箒と合流していた。
しかし、問題は目の前の光景である。
道端にウサギの耳が生えている。それも引っ張ってください、という張り紙がしてある。
「なあ、これって――」
「知らん。私に聞くな。関係ない」
箒のこの態度を見るにこれはまず間違いないな。
篠ノ之箒の実の姉、篠ノ之束博士と関係がある。
「えーと……抜くぞ?」
「好きにしろ。私には関係ない」
箒は一人で行ってしまったが、一夏はウサミミを抜く気のようだ。
どうにも嫌な予感しかしない。
「……あれっ?」
なんの捻りも無く、ウサミミは抜けた。
「なんだ?誰かの悪戯か?」
「何をしていますの?」
ウサミミを片手に呆然としている一夏を見て、不思議そうな顔をしたセシリアがやって来た。
「いや、なんか地面にウサミミが生えてて、それで……」
「は、はい?」
セシリアも状況を呑み込めていないようだった。
そりゃそうだろう、俺だっていまいち理解できていないんだから。
すると突然、キィィィンと何かが高速で向かっているかのような音がした。
やがてドカン、と盛大な音を立てて落下してきたのは巨大なニンジンだった。
(これは……シオン、ひょっとしてだが……)
(篠ノ之束博士のものでしょうね。妙なセンスをしていると噂がありましたが、このようなセンスは理解不明です)
(俺もだよ)
「あっはっは!久しぶりだねぇ、いっくん!」
ぱかっと二つに分かれたニンジンの中から出てきたのは予想通り、篠ノ之束博士本人だった。
(――なるほど、この人がISの開発者、篠ノ之束博士か)
(相当な変人との情報があります。しばらく様子見することを推奨します)
(言われなくてもそのつもりだ)
「お、お久しぶりです、束さん」
「うんうん。おひさだね。本当に久しいねー。ところでいっくん、箒ちゃんはどこかな?さっきまで一緒だったよね?」
「えーと……すいません、分かりません」
「まあ、この私が開発した箒ちゃん探知機ですぐ見つかるよ。じゃあねいっくん。また後でね!」
無茶苦茶早いスピードで束博士は駆け出して行った。
なるほど、言動を見る限り一夏と箒のこと以外は眼中に無いらしいな。
「い、一夏さん?今の方は一体……」
「束さん。箒の姉さんだ」
「え……?ええええっ!?い、今の方があの篠ノ之博士ですか!?現在行方不明で各国が探し続けている、あの!?」
「そう、その篠ノ之束さん」
「……それにしても一夏、俺は篠ノ之博士がゲストとして招かれているとは聞いていなかったぞ?」
「いや、俺も久しぶりに会ったし、束さんが来てるなんて知らなかったよ」
やはり篠ノ之博士の訪問は突然のものか。
そして箒を探している、となるとおそらく――箒専用のISでも届けに来たってところか。
「まあ、いいや。箒に用があるみたいだったし、今のところ関係なさげだし。セシリアも海行こうぜ、海!」
「そうですわね。わたくしも着替えて海へ向かうとしましょう」
セシリアと並んで別館のほうへと歩いていく二人を尻目に、俺は篠ノ之博士のほうを気にかけていた。
(しかし、篠ノ之博士の動向が気になる……何もなければ良いが)
(私も嫌な予感がします。紫電、篠ノ之博士にはお気をつけて)
◇
「あ、千道君だ!」
「う、うそっ!わ、私の水着変じゃないよね!?大丈夫だよね!?」
「わー、すっごい体つき……。まさに鍛えてますって感じ、すごいなぁ……」
ビーチでは既に数人の女子が遊んでいた。
熱い砂浜を足裏に感じながら俺は海の方へ向かって歩いていく。
(さて準備はいいか、シオン?)
(問題ありません、いつでも開始してください)
(よし、行くぞッ!)
俺は勢いよく海へと飛び込み、ある程度の深さまで潜った時点でフォーティチュード・プロトを展開した。
普段ならISの無断展開は許可されていないが、この臨海学校中は話が別だ。
元々ISを展開した作業を中心に行う予定なので、初日だろうとISを展開しても何の問題もない。
(防水加工も問題なし、対海水用の処理も問題ありません)
(よし、ならもっと深くまで潜るぞ)
ビーチから見れば青い海も深く潜れば暗い海へと変わる。
かなりの深さまで潜った俺は対水圧能力テストに来ていたのだった
(……流石にこの深さまで潜ると水圧っていうものをはっきりと感じるな)
推定水深200メートル弱ってところか。
ほんの僅かだが、水による機体への圧力が感じられた。
俺の狙いは水圧という眼に見えない圧力を感じることで、それと類似した力である単一仕様能力、「重力操作」を強化できないかというものだった。
重力のように眼に見えない力ならば、気圧や磁力による圧力など他の方法も可能だが、もっとも実現しやすいのがこの臨海学校時の水圧実験だったのだ。
(水中の場合は対象物の全体に圧力がかかる。しかし重力の場合、対象に対して地面に向かってしか力を発揮することができない。この水圧の力を感じてなんとか重力操作の単一仕様能力に影響を与えられないものか――)
俺は自身の単一仕様能力である重力操作の使い方に迷っていた。
とりあえず海底に向かって潜ったまま、自身に対して重力操作をかけてみる。
(……ん?今重力のかかる方向がおかしかったような――)
普段はこの重力操作、地面の方向にしか力が働かないのである。
なので俺の体に重力操作をかければより深い海の底へと沈んでいくはずだった。
にもかかわらず俺の体は海面方向へと引っ張られていった。
決して浮力によって浮いたわけではなく、俺の重力操作によって引っ張られたのだ。
(……無重力下ではどうなるのかとも考えたが、これは――)
俺の考えは間違っていた。
この重力操作能力は地面へ向かっての圧力を強めるだけのものではない。
重力をかける方向も操作できるのではないか――?
試しに近くを通りかかった魚に対し、重力操作をかけてみた。
魚も突然の異変に気付いたのか、必死に尾びれを動かしてその場からの脱出を試みるが、魚の思考とは裏腹に徐々に俺の方へと引き寄せられていく。
(おおっ!?結構応用が効くんじゃねーか、この重力操作は……!)
手元まで来た魚を今度は海面方向へと引っ張る。
そして再び手元へと引き戻す。
(……なるほど、重力の使い方も一筋縄ではいかねえってわけか)
(紫電、そろそろフォーティチュード・プロトのエネルギー限界です。浮上してください)
(……ああ、今から浮上する。シオン、良い収穫が得られた)
(ですが重力操作の単一仕様能力についてはエネルギーの使用量も馬鹿になりません。あまり多用はできませんね)
(ああ、確かに優秀な能力だが、重力方向を変えたり、強い重力を発生させようとすれば相応にエネルギーを喰うみてーだな)
シオンと会話しながら勢いよく海上へと飛び出す。
丁度太陽も頭上へと昇っており、昼食の時間にはぴったりだった。
(もっとうまく重力操作を使いこなせるようになれば、俺たちの計画はまた先へと進めることができるだろうな、シオン)
(午後も引き続き重力操作の訓練を行うつもりですか?)
(もちろんだ。今でなければ訓練できないからな)
(了解です。ISコアナンバー010を使用してISコアナンバー009のエネルギーを回復させておきます)
(頼んだ)
俺はビーチへ向かって泳いでいくのだった。
そして昼食を食べた後もすぐさま海中へと潜り、二度目のエネルギーが尽きるまで重力操作のトレーニングを続けるのであった。
◇
「……」
「だ、大丈夫か?紫電」
「……ああ、大丈夫だ」
一夏が心配そうに俺を見ている。
結局あの後晩御飯の時間になるまで重力操作トレーニングをぶっ通しで行っていたのだ。
機体には影響がなかったものの、自身の体に相当の疲労が蓄積していたことに気付いていなかったのだ。
そう、水中でたまった疲労は水中では気付きにくい。
地上に出てからその疲労に気付くのだ。
夕食を食べた俺はもはや疲労がピークに達していた。
「すまん一夏、俺は先に寝させてもらうぞ……」
「あ、ああ。一体何をしたらそんなに疲れるんだ……?」
こちらを気にする一夏のことも気にせず、俺は深い眠りへと落ちていった――
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■銀と紅(1)
合宿二日目。
今日は朝から夜まで丸一日ISの各種装備試験運用とデータ採取に追われる日だ。
特に専用機持ちは大量の装備が待っているのだから大変らしい。
ちなみに俺のISは当然管理者も俺なので、大量の装備が待っているということもない。
俺が試験するのはようやく完成したカスタム・ウイングともう一つの追加武装であるライフルぐらいなものだ。
「さて、それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に行え」
現在地はIS試験専用のビーチであり、四方を切り立った崖に囲まれている。
これならセキュリティ性も十分だろう。
「ああ、篠ノ之。お前はちょっとこっちに来い」
「はい」
「お前には今日から専用――」
「ちーちゃーーーん!!」
砂埃を挙げながら凄まじい速度で走ってくるその人は間違いなく篠ノ之束博士だった。
「……束」
「やあやあ!会いたかったよ、ちーちゃん!さあ、ハグハグしよう!――ぶへっ」
「うるさいぞ束」
「ぐぬぬぬ……相変わらず容赦のないアイアンクローだねっ」
織斑先生のアイアンクローから抜け出した篠ノ之博士は今度は箒の方へと振り返る。
「やあ!久しぶりだね。こうして会うのは何年ぶりかなぁ。おっきくなったね、箒ちゃん。特におっぱいが」
ガツンと大きな音を出すほど勢いよく箒が篠ノ之博士を殴りつける。
「殴りますよ」
「な、殴ってから言ったぁ……。ひどい、箒ちゃんひどい!」
「え、えっと、この合宿では関係者以外――」
「んん?珍妙奇天烈なことを言うね。ISの関係者というなら、一番はこの私をおいて他にいないよ」
「えっ、あっ、はいっ、そ、そうですね……」
山田先生、見事に言いくるめられてますよ。
「おい束。自己紹介くらいしろ。うちの生徒達が困っている」
「えー、めんどくさいなぁ。私が天才の束さんだよ、はろー。終わり!」
「はぁ……。もう少しまともにできんのかお前は。そら一年、手が止まっているぞ。こいつのことは無視してテストを続けろ」
「こいつはひどいなぁ、らぶりぃ束さんと呼んでいいよ?」
「うるさい、黙れ」
俺はこの時違和感を抱いていた。
山田先生が言いくるめられたのは置いておくとして、織斑先生はなぜ篠ノ之博士に自己紹介をさせた?
確かにIS開発の第一人者であることは間違いないが、IS学園の関係者ではないだろう。
織斑先生が篠ノ之博士と旧知の仲であるということは明白だが、こんなに堂々とさせていて良いのだろうか?
「それで、頼んでおいたものは……?」
「うっふっふ。それは既に準備済みだよ箒ちゃん。さあ、大空をご覧あれ!」
俺たちだけでなく他の生徒達も空を見上げると、間もなく金属の塊が砂浜に落下してきた。
「じゃじゃーん!これぞ箒ちゃん専用機こと『紅椿』!全スペックが現行ISを上回る束さんお手製ISだよ!」
金属の塊がパカッと開くと、その中身は赤い装甲のISだった。
それにしても全スペックが現行ISを上回る、か。
……中々興味深いことを言うじゃないか篠ノ之博士。
「さあ!箒ちゃん、今からフィッティングとパーソナライズをはじめようか!私が補佐するからすぐに終わるよん」
「……それでは、頼みます」
「堅いよー。実の姉妹なんだし、もっとキャッチーな呼び方で――」
「はやく、はじめましょう」
「んー。まあ、そうだね。じゃあはじめようか。箒ちゃんのデータはある程度先行していれてあるから、あとは最新データに更新するだけだねっと!」
空中投影型のディスプレイをずらっと並べると、篠ノ之博士は慣れた手つきでデータを入力していった。
「近接戦闘を基礎に万能型に調整してあるから、すぐに馴染むと思うよ。あとは自動支援装備もつけておいたからね!お姉ちゃんが!」
「それはどうも」
俺は手を止めて篠ノ之姉妹のほうを見ていた。
なんというか見た目はどことなく似ているのだが性格がまったく似ていない、というのが感想だった。
俺としては二人を足して割ったくらいがちょうどいいんじゃないかと思う。
「あの専用機って篠ノ之さんがもらえるの……?身内ってだけで?」
「だよねぇ。なんかずるいよねぇ」
ふと生徒たちの中からそんな意見が漏れた。
いや、逆だろ?
なんで身内であるはずの箒が専用機を持っていないんだ、と俺は心の底から言いたい。
「おやおや、歴史の勉強をしたことがないのかな?有史以来、世界が平等であったことなど一度も無いよ」
篠ノ之博士から指摘を受けた生徒達はきまずそうに作業に戻っていった。
「あとは自動処理に任せておけばパーソナライズも終わるね。あ、いっくん、白式見せて。束さんは興味津々なのだよ」
「え、あ、はい」
束博士は一夏が白式を出すなり装甲に次々とコードを刺していく。
「……んー、不思議なフラグメントマップを構築してるね。なんだろ?見たことないパターン。いっくんが男の子だからかな?」
「あの、束さん、そのことなんだけどなんで俺はISを使えるんですか?」
「ん?んー……どうしてだろうね。私にもさっぱりだよ。ナノ単位まで分解すればわかる気がするんだけど、していい?」
「いい訳ないでしょ……」
「あはは、そう言うと思ったよん。まあ、そもそもISって自己進化するように作ったし、こういうこともあるよ。あっはっは」
「あ、あのっ!篠ノ之束博士のご高名はかねがね承っておりますっ。もしよければ私のISを見ていただけないでしょうか!?」
驚いたことに篠ノ之博士に声をかけたのはセシリアだった。
中々勇気のあることをするがそれは……ちょっと無謀じゃないかな。
「はあ?誰だよ君は。金髪は私の知り合いにいないんだよ。そもそも今は箒ちゃんとちーちゃんといっくんと数年ぶりの再会なんだよ。そういうシーンなんだよ。どういう了見で君はしゃしゃり出てくるのか理解不能だよ。っていうか誰だよ君は」
「え、あの……」
「うるさいなあ。あっちいきなよ」
「う……」
流石のセシリアもしょんぼりとして戻っていった。
予想通りである。
今まで集めた情報をまとめると、篠ノ之束博士は人格的に問題があり、コミュニケーション能力に激しく難を抱えている。
そしてそれはおそらく実の妹である箒と旧知の仲である織斑姉弟だけにしか開かれていないのだろう。
だから第三者がコンタクトを取ろうとするのは非常に困難。
それが俺が出していた推測だった。
「あの、こっちはまだ終わらないのですか?」
「んー、もう終わるよー。んじゃ試運転も兼ねて飛んでみてよ。箒ちゃんのイメージ通りに動くはずだよ」
「ええ。それでは試してみます」
紅椿に連結されたコード類が外れていくと、次の瞬間にはものすごい速度で飛翔していた。
(なるほど、中々早い。たしかに現行ISのスペックを上回ると宣言しただけのことはある。だが――)
ハイパーセンサーを使って箒の方を見てみると二本の刀を振るって武器の動作を確認しているようだった。
「そいじゃこれ撃ち落としてみてね、ほーいっと」
篠ノ之博士は十六連装ミサイルポッドを呼び出すと、次の瞬間に一斉射撃を行った。
「――やれる!この紅椿なら!」
一回転するように刀を振るうと、十六発のミサイルを全て撃墜したようだった。
「すげえ……」
爆炎が収まっていく中、全員がその圧倒的なスペックに驚愕し、その赤い機体に魅了されていた。
そんな光景を篠ノ之博士は満足そうに眺めて頷いていた。
(……やはり篠ノ之博士は宇宙開発目的ではなく、兵器を作ろうとしているようだな。アルフレッド・ノーベルのようにならないか、なんてのは俺の杞憂だった。篠ノ之博士はどちらかというと狂気の科学者、無自覚な死の商人のようだ)
視線を元に戻した俺はフォーティチュード・プロトの動作チェックへと戻ろうとした。
「ねえ紫電、昨日はどこ行ってたの?」
「ん?」
話しかけてきたのはシャルだった。
俺のすぐ隣でラファール・リヴァイヴのメンテナンスを行っていたようだったが、今は手を止めている。
「昨日はずっと海の底にいたぞ。フォーティチュード・プロトの耐水性チェックのためにな」
「ええっ!?昨日も動作確認なんてしてたの!?ちょっと真面目すぎるんじゃないかなぁ?折角の自由時間だったのに……」
「仕方無かったんだ。今日はカスタム・ウイングのテストをやらなきゃいけないし、耐水性のチェックは昨日しかできる時間が無かったんだからさ」
「それはそうかもしれないけどさ……。僕はたまには息抜きに遊ぶことも必要なんじゃないかな、って思うよ?」
「……それもそうだな。しいて言えば昨日もっとシャルの水着姿をこの目に焼き付けておくべきだったかな」
「み、見てたの!?僕の水着……」
「ああ、別館に戻る前にな。オレンジと黒の水着、良く似合ってたぜ」
シャルの顔がカーっと赤くなっていく。
男装してIS学園に入学してきたときもそうだったが、こいつは反応が分かりやすくて面白いな。
「さて、じゃあ今後はシャルの言うとおり適宜休憩をとるようにしよう。そのときはシャル、付き合ってくれるか?」
「つ、付き合う!?ぼ、僕で良ければいつだっていいよっ!?」
シャルはばたばたと手を振りながら顔を真っ赤にして肯定する。
……こいつちゃんと話聞いてたのかな。
若干不安になりながらも俺とシャルは作業に戻った。
◇
「たっ、大変です!織斑先生っ!」
「どうした?」
「こ、これをっ!」
山田先生から受け渡された小型端末の画面を見て織斑先生の表情が曇る。
「……専用機持ちは?」
「ひ、一人欠席していますが、それ以外は」
なにやら先生方が小声で話をしている。
……こういうのは大体いい話じゃあないんだ。
「そ、それでは私は他の先生たちにも連絡してきますのでっ」
「了解した。――全員、注目!」
織斑先生が手を叩いて生徒全員を振り向かせる。
「現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る。今日のテスト稼働は中止。各班、ISを片付けて旅館に戻れ。連絡があるまで各自室内待機すること。以上だ!」
「え……?」
「中止って……?なんで?特殊任務行動って……?」
「状況が全然わかんないんだけど……」
周囲はざわざわと騒がしくなる。
予想通り良くないことが起きたな。
でもってこの後専用機持ちは更に不運な目に合いそうだ。
「とっとと戻れ!以後、許可なく室外に出た者は我々で身柄を拘束する!いいな!」
「「「はっ、はい!」」」
「専用機持ちは全員集合しろ!織斑、千道、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、鳳!――それと、篠ノ之も来い」
……どうやら本当についてない日になりそうだ。
突然お気に入り数やらUA数やらが伸びまくって何事かと思ってたら日間ランキングに載ってました。
正直、こんな自己満足小説に期待してくれる方がいるとは思っていませんでした。
内容はともかく、デイリー更新だけは続けられるように頑張りたいと思います。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■銀と紅(2)
旅館の一番奥に設けられた宴会用の大座敷・風花の間では専用機持ちと教師陣が集められていた。
「では、現状を説明する。二時間前、ハワイ沖で試験稼働中だったアメリカ・イスラエル共同開発の第3世代型の軍用IS『
軍用IS、ね。
名実ともに篠ノ之束博士はノーベル同様、死の商人になってしまったのか?
「その後、衛星による追跡の結果、福音はここから2キロ先の空域を通過することがわかった。時間にして50分後。学園上層部からの通達により、われわれがこの事態に対処することとなった」
軍用のISを我々で止めろ、か。
それは無茶苦茶じゃないか、学園上層部よ。
「教員は学園の訓練機を使用して空域および海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう」
……へえ。
この人は自分が何を言っているのか分かっていってるのか?
「それでは作戦会議をはじめる。意見があるものは挙手するように」
「はい、目標ISの詳細なスペックデータを要求します」
最初に質問したのはセシリアだった。
「許可する。ただしこれらは最重要軍事機密だ。けして口外はするなよ。情報が漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも二年の監視がつけられる」
「了解しました……広域殲滅を目的とした特殊射撃型……わたくしのISと同じく、オールレンジ攻撃を行えるようですわね」
「攻撃と機動の両方に特化した機体ね。厄介だわ。しかもスペック上ではあたしの甲龍よりも上……」
「この特殊武装が曲者って感じはするね。ちょうど本国からリヴァイヴ用の防御パッケージが来てるけど、連続しての防御は難しい気がするよ」
「しかも、このデータ、格闘性能が未知数だ。持っているスキルもわからん。偵察は行えないのですか?」
こいつらやる気あるのはいいんだが、それ以前になぜ俺たちがやらねばならんのかは聞かなくていいのか?
それとも俺がおかしいのか?
「偵察は無理だな。この機体の最高速度は時速450キロを越える上に今も超音速飛行を続けている。アプローチは一回きりだ」
「一回きりのチャンスということは、やはり一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかないんですね」
「……え?」
「一夏、あんたの零落白夜で落とすのよ」
「それしかありませんわね。ただ、問題は――」
「どうやって一夏を運ぶか、だね。エネルギーは全部攻撃に使わないと難しいだろうから」
「しかも目標に追いつける速度が出せるISでなければいけないな。超高感度ハイパーセンサーも必要だろう」
「ちょっ、俺が行くのか!?」
「「「「当然」」」」
四人の声が重なる。
まあ実際にやるならそうなるけどさ……本気なのか?
「織斑、これは訓練ではない。実戦だ。もし覚悟がないなら、無理強いはしない」
「……やります。俺が、やってみせます」
「よし、それでは作戦の具体的な内容に入る。現在、この専用機持ちの中で最高速度が出せる機体はどれだ?」
「わたくしのブルー・ティアーズがちょうど強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』が送られてきていますし、超高感度ハイパーセンサーも付いています」
「オルコット、超音速下での戦闘訓練時間は?」
「20時間です」
「ふむ……。それならば適任――」
「待った待ったー!その作戦はちょっと待ったなんだよー!」
……やはり来たか。
普段全く人前に姿を見せない篠ノ之博士が姿を現す、ということは何かあるだろうなとは思っていた。
ただ『紅椿』を持ってくるだけなら姿を現さなくとも良いはずだ。
もし、もしも篠ノ之束博士が死の商人なのならば、その『紅椿』の性能をひけらかしたい、そして自分の眼で直接見てみたい、と思うよな?
さあ、聞かせてくれよ、篠ノ之博士の意見を――
「ちーちゃん、ちーちゃん。もっといい作戦が私の頭の中にナウ・プリンティング!」
「……出て行け」
山田先生が室外に連れて行こうとするが、するりと回避するとこう言った。
「聞いて聞いて!ここは断然、紅椿の出番なんだよっ!」
……やはりか。
俺の予想は悲しくも当たっているようだった。
「紅椿のスペックデータを良く見てみて!パッケージなんかなくても超高速起動ができるんだよ!」
その後も篠ノ之博士による紅椿講座は続いたが俺には死の商人が商品説明をしているようにしか見えなかった。
「話を戻すぞ。……束、紅椿の調整にはどれくらいの時間がかかる?」
「お、織斑先生!?わ、わたくしとブルー・ティアーズなら必ず成功してみせますわ!」
「そのパッケージはインストールしてあるのか?」
「そ、それはまだですが……」
「ちなみに紅椿の調整時間は7分あれば余裕だね」
「よし、では本作戦では織斑・篠ノ之の両名による目標の追跡及び撃墜を目的とする。作戦開始は30分後。各員、ただちに準備にかかれ」
……俺は内心呆れていた。
先ほど機体を入手したばかりの箒を重要な作戦の要に沿えるなんて無謀すぎる。
おまけに超音速で飛来する機体を一夏が切れるかと言われるとそれも疑問である。
なんせ一夏は模擬戦では俺以前にシャルやラウラ、鈴にまで負け越している。
やる前から失敗すると分かっている作戦など実行しない方がまだ被害が減って良いと考えるが、それでも織斑先生がやると言うならやるのだろう。
それに俺も紅椿の機動を見たいので作戦を止めるようなことはしないが。
「……一夏、まあがんばれよ」
「……?ああ、なんとかがんばってみるよ」
……かすかな希望は本人たちにやる気があることくらいか。
ま、うまくいけばラッキー程度に考えておきますか。
◇
結論、作戦失敗、以上。まあ分かりきってたことだが。
しいて言えば作戦途中に一夏が密漁船の救援に向かったため、エネルギーが切れて零落白夜が使用不可能に。
さらには箒までエネルギーが切れて、狙われたところに一夏が割って入って白式が撃墜された、と。予想はできてたけど最悪の結末じゃないかな。
そもそも海上封鎖は教員の責任だったはずだけど、封鎖できてないじゃん。
おまけにこの作戦が失敗した際のプランも無いというんだから最早笑ってしまいそうだった。
唯一の救いと言えばなんとか一夏を回収できたってことくらいか。
もっとも、一夏は未だ昏睡状態で箒はがっくりとうなだれているが。
「箒、そう気落ちするな。ISのエネルギーが回復すれば一夏の意識も元に戻るさ」
「……」
突然バンッと大きな音を立ててドアが乱暴に開く。
「あーあー、わかりやすいわねぇ……。あのさあ、一夏がこうなったのってあんたのせいなんでしょ?」
「……」
「で、落ち込んでますってポーズ?――っざけんじゃないわよ!やるべきことがあるでしょうが!今!戦わなくて、どうすんのよ!」
「わ、私は……もうISは……使わない……」
「っ……!甘ったれてんじゃないわよ……。専用機持ちっつーのはね、そんなワガママが許されるような立場じゃないのよ。それともアンタは戦うべきに戦えない、臆病者か!」
「……!どうしろと言うんだ!もう敵の居場所もわからない!戦えるなら、私だって戦う!」
「やっとやる気になったわね。……あーめんどくさかった」
「な、なに?」
「場所ならわかるわ。今ラウラが――」
「出たぞ。ここから30キロ離れた沖合上空に目標を確認した。ステルスモードに入っていたが、どうも光学迷彩は持っていないようだ」
ちょうどラウラがドアを開けて入ってきた。
30キロか、意外と近くにいるんだな。
「さすがドイツ軍特殊部隊。やるわね」
「ふん……。お前の方はどうなんだ。準備はできているのか」
「当然!シャルロットとセシリアの方こそどうなのよ」
再びドアが開かれる。
「たった今完了しましたわ」
「準備オッケーだよ。いつでもいける」
「で、あんたはどうするの?」
「私は――戦う、戦って、勝つ!今度こそ、負けはしない!」
「決まりね、じゃあ作戦会議するけど、紫電も問題ないわよね?あんた機体の速度が一番速かったはずだけど?」
「あー、悪いんだけど俺は今回の作戦に参加することができん」
「そう、じゃ問題な――って、え?なんで!?」
「前から言ってるけど俺の機体、フォーティチュードはプロトなんだ。実はまだカスタム・ウイングが張りぼて同然で脚部のサブスラスターしか起動できないんだ」
「はあああ!?あんなに早く機動できてサブスラスターのみってどういうことよ!?」
「わたくしも初めて聞きましたけど、本当ですの!?」
「ああ、具体的に言えば脚部のスラスターだけで今までずっと機動してた。だからPIC制御も実は不完全で、地上付近を飛行するのは問題ないんだが空中飛行が最大でも10分くらいしかできねーんだ」
「えええええ!?」
「……嫁の機体も大概欠陥機だが、お前の機体もそんな欠陥を抱えているとはな……」
「っていうかメインスラスターすらまともに起動してない機体に勝てないあたしたちって……」
「まあ気にするな。それにカスタム・ウイングだってまだ完成してないわけじゃあねーんだ。まだ一切機能テストしてないだけだ」
「うーん……流石にテストしていないカスタム・ウイングじゃ出撃はできないね……」
「出撃できないのは仕方がありませんわ。紫電さんは今回無しで作戦を立てるしかありませんわね」
「紫電、嫁の様子を見ていてやってくれ、頼んだぞ」
「ああ、了解」
そういうと女子だけの作戦会議が始まった。
……ぶっちゃけテスト無しでもほぼ確実に正常動作することは分かってるんだけど、すまないな皆。
ここはちょっと様子を見させてほしい。
俺にはどうしても篠ノ之束博士と織斑先生の思惑が怪しく見えるんでな――
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■銀と紅(3)
俺は空中投影されたディスプレイから専用機持ちたちが福音と戦う姿を見物していた。
「全く、あいつらときたら勝手に出撃するとは……。千道、お前は一人残ってどうした?」
「織斑先生……。いえ、機体の性能不足のため出撃できなかっただけです」
「……?お前の機体が出撃できないとは意外だったな」
「俺からすれば一夏と箒に出撃させた方が意外ですが」
「……ほう?何が言いたい?」
「なぜ教員ではなくあの二人に福音を止めるように出撃させたのか、それがどうしても分からなくて」
「……専用機持ちで対処に向かえ、というのが学園上層部の決定だ。それに現時点で福音に追いつけたのは紅椿だけだ。オルコットのブルー・ティアーズは準備ができていなかったからな」
「……そうですか」
学園上層部からの命令、か。
確かに速度の面で見れば追いつけるのは紅椿だけだろう。
だが福音の進行方向を予測して教師陣で待ち伏せしたほうが作戦の成功率としては高いのではないだろうか?
性格にムラがあり、機体も受け取ったばかりの箒に対する責任が重すぎると思わなかったのか?
織斑先生としては作戦の成功確率よりも上層部からの命令の方が上ってわけか?
……まあ織斑先生についてはそれだけ分かれば今のところは十分か。
問題は篠ノ之博士だな。
そもそも俺はこの『銀の福音』を『紅椿』に撃墜させて『紅椿』の存在感をアピールすることが目的だと考えている。
また、最悪『銀の福音』が暴走したのも篠ノ之博士によるものではないかと疑っている。
アメリカ・イスラエル共同開発の極秘機体をこのタイミングで都合よく暴走させるなんて、篠ノ之博士ならお手の物なのだろう。
ならば『銀の福音』は紅椿によって撃墜されるだろう、というのが俺の予想だった。
「たああああっ!」
画面の向こうで箒が福音の両翼を切り裂く。
やはりこうなるか、と思ったが事態は思うようには行かなかったようだ。
「これは……!?一体、何が起きているんだ……?」
「まずい!これは――『
想定外の第二形態移行により、全員が意表を突かれた。
切り裂かれた翼からはエネルギー状の新たな翼が生み出され、瞬時に形勢が逆転されてしまった。
セシリア、鈴、シャル、ラウラは撃墜され、残るは紅椿を纏った箒のみ。
それも最初の内は押していたが、紅椿のエネルギーが切れて窮地に陥っていた。
「織斑先生、俺に出撃させてくれっ……!」
気付けば一夏が目を覚まし、こちらへと歩いてきていた。
「お、ようやく主役のおでましか」
「寝ていなくて良いのか?先ほどまで昏睡状態だったんだ、無理はするなよ」
「こんなときに寝ていられるか!俺は今すぐにでも出撃するぜ!」
「……織斑先生、俺も出撃させてもらって良いですか?病み上がりのこいつ一人向かわせるのも心配なんで」
「ほう?お前の機体は性能不足なんじゃなかったのか?」
「カスタム・ウイングは相変わらず未テストですけど、まあなんとかなるでしょう。無様に水没することだけはなんとか阻止して見せますよ」
「……はあ、分かった。織斑、千道、行って来い」
「よし、さくっと行くぜ一夏よ」
「ああ、ってなんで紫電は残ってたんだ?」
「さっきもちょろっと言ったけど機体の性能不足だ。これから未テストのカスタム・ウイング使ってなんとか性能を引き上げようって訳だ」
「そうか。まあなんにせよ急ごう、箒たちが危ねえ!」
俺と一夏は外に飛び出すと、ただちにISを展開して飛び立っていった。
「どうでもよいかもしれんが、一夏、お前のISなんか形変わってない?」
「ああ、これが俺の新しい白式・雪羅だ」
「……お前も『第二形態移行』していたのか。それならなんとかなるか……?」
「お前も、ってどういうことだ?」
「あの福音も『第二形態移行』したんだよ」
「げっ、まじかよ……。ただでさえ厄介だったってのに……」
「ま、うだうだ言ってもしょうがないさ。さっさと行くぞ」
完成したカスタム・ウイング「アメジスト」も今のところ調子は悪くない。
二対の大型ウイングから排出される紫色の粒子が特徴的であり、このカスタム・ウイングの全力を出せば紅椿だろうとをも凌駕するスピードを得ることだって可能なレベルだ。
ただ、今そこまでスピードを出してしまうと一夏を置き去りにしてしまうので、一夏と同程度の速度になるように調整しながら稼働させている。
「お、もう見えてきたぜ……って早速箒がピンチじゃねえか」
「っ!させるかあっ!」
一夏の腕から荷電粒子砲が放たれる。
おお、それはまた面白そうな武装だな。
のんきにそんなことを考えていると荷電粒子砲がヒットした福音が吹き飛ぶ。
「俺の仲間は、誰一人としてやらせねえ!」
「あ……ああっ……!一夏っ、一夏なのだな!?体は、傷はっ……!」
「おう、待たせたな」
「良かった……本当に……!」
「心配させて悪かった。もう大丈夫だ」
「し、心配してなどっ……」
「お二人さん、感動の再会してる所悪いけど、敵さんもう準備万端みたいだぜ」
「なに、うおっ!?あぶねっ!」
一夏に向けて福音から砲撃が放たれる。
「そう何度も食らうかよ!」
一夏の左腕、雪羅から光の膜が広がると、エネルギーを無効化するシールドが展開されて福音の砲撃が無効化されていく。
「さーて、こっちもぼちぼち反撃といきますか」
俺はもう一つの新武装であるライフルを右手に持ち出していた。
新武装、マークスマンライフル「エメラルド」はアサルトライフル「アレキサンドライト」との併用を想定して開発したライフルである。
弾幕の作りやすさと全体的なトータルバランスの良さに特化したアレキサンドライトに対し、エメラルドは射程距離、弾速、威力に特化し、狙撃銃としての用途も兼ね備えた選抜射手用ライフルである。
右手にエメラルド、左手にアレキサンドライト、そして両手には隠し持ったスイッチブレード。
俺の機体は今ようやく完成したのである。
「ようやく『プロト』も卒業だ。よろしく頼むぜ、フォーティチュード」
早速福音目がけてマークスマンライフル「エメラルド」の引き金を引く。
凄まじい弾速と共に飛び出した緑色の弾丸は見事に福音の腹部へと直撃した。
――状況変化。最大攻撃力を使用する。
福音の機械音声がそう告げると、今までしならせていた翼を自身へと巻き付けはじめる。
すると、たちまち福音はエネルギーの繭に包まれた状態へと変わった。
「紫電、危ないぞ!下がれっ!」
「……いや、この距離で十分だ」
突如福音の翼が回転しながら一斉に開き、全方位に対して嵐のようにエネルギーの弾幕を展開する。
――見える、これでもまだ遅いッ……!
俺は福音から放たれた弾幕一つ一つを丁寧に回避していた。
新しく追加したカスタム・ウイング「アメジスト」のおかげか、機体の最高速度、瞬発力、空中制御力が大幅に向上している。
そして自身の感覚もより研ぎ澄まされ、弾丸一つ一つの動きが手に取るように分かるのであった。
また、エネルギー弾幕を突っ切った一夏が雪片弐型を振りおろすのも見えた。
おお、片方の翼を切り落としたか。
中々やるじゃないか、一夏。
「くそっ、またエネルギーが……!」
「何、もうエネルギー切れかよ!?さっき接敵したばっかりだろうが!」
「そうは言ってもだな……」
「一夏!これを受け取れ!」
箒が近づくと、白式の体が光りはじめる。
あれは……エネルギーを回復させているのか?
「……ならエネルギーが回復するまで時間を稼いでやるとするかッ!」
俺はアレキサンドライトでフルオート射撃しながらエメラルドでの精密射撃を同時に繰り出す。
「……!」
回避しようにもアレキサンドライトの弾速が早すぎて中々思うように回避はできず、所々で高威力のエメラルド弾が直撃し、流石の福音も思うように動けずにいるようだった。
「紫電、ナイスカバー!いくぜ福音っ!!」
俺からの猛攻を受け、ひるんでいる福音へ向け、一夏は零落白夜の刃を突き立てた。
「おおおおおっ!」
それと同時に一夏は勢いよくブーストを吹かし、より深部へと刃を斬り込ませていくと、やがて福音のアーマーが消失した。
アーマーを失い、スーツだけの状態になった操縦者が海へと墜ちていく。
「しまっ――!?」
「……ほいっと、一夏。お疲れさん」
俺は落下していく福音のパイロットをキャッチすると、一夏の方へと向かって行った。
「はあ……。ようやく終わったか」
「ああ……。やっと、な」
一夏も箒も激しく疲労しているようだった。
時間はもうすでに夕暮れへと変わっており、午前中から出撃しっぱなしなんだから無理もないか。
「一夏、箒、疲れている所悪いが、撃墜された皆を回収しに行くぞ」
「ああ、わかった」
「私も問題ない、行けるぞ」
俺たちは先に撃墜された専用機持ち達を回収しに海面へと降りていった。
◇
「作戦完了――と言いたいところだが、お前たちは独自行動により重大な違反を犯した。帰ったらすぐ反省文の提出と懲罰用の特別トレーニングを用意してやるから、そのつもりでいろ」
「織斑先生、俺と一夏はちゃんと出撃の許可取りましたよね?」
「……そうだったな。織斑と千道は免除で構わん」
「やった……!ナイスだ紫電!」
「つーか当たり前だろ、出撃の前に責任者に報告するのは。お前ら織斑先生に何も言わずに出撃してたのかよ……」
「しょ、しょうがないじゃない、一夏がやられて居ても立ってもいられなかったんだから……」
というのは鈴の談である。
いや、それでもせめて作戦内容をちゃんと織斑先生に連絡しておこうぜ……?
「あ、あの、織斑先生。もうそろそろその辺で……。怪我人もいますし、ね?」
「ふん……」
「じゃあ一度休憩してから診断しましょうか。ちゃんと服を脱いで全身見せてくださいね。――あっ、だ、男女別ですよ!わかってますか、織斑君、千道君!?」
「あー、山田先生。俺は今回まったく被弾してないんで診断不要です。その分一夏を入念に見てやってください」
「あの弾幕の中で被弾なしって……まじかよ?」
呆然とする一夏を後に、俺は部屋を出ていった。
◇
(シオン、紅椿と白式・雪羅のデータは取れたか?)
(本日稼働していた分に関しましては問題なく)
(……篠ノ之博士が作った紅椿はまだ本調子では無いようだな。あの程度の実力で全力だったとしたら笑いの種にもならない)
(白式・雪羅についてもまだ全力は出せていないと考えます。ただ、両機ともエネルギー効率が悪すぎるような気がします)
(確かに、なんであんなにエネルギー切れが早いんだ?俺も開発者だから言えるが、どうやったらあそこまでエネルギー効率の悪い機体が作れるんだ?)
(そこは開発者の設計思想次第でしょう。それより肝心のフォーティチュードのカスタム・ウイング「アメジスト」についてですが――)
(……それについては何となく予想ができている。やはり俺の機体は……紅椿や白式・雪羅が全力を出した場合よりも速いな?)
(速いとかそういうレベルの話ではありません。速度においてはあの福音とも桁違いのスピードが出せます。なのでもっと高速機動に特化した訓練が必要ですね)
それについては前からずっと分かってる。
ただ相手がいないのだよ、シオン……。
俺のスピードについてこれるライバルってやつが――
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■宇宙農家の目覚め
騒がしかった臨海学校も無事終わり、更には七月末の期末試験も無事終了を迎えようとしていた。
「よっしゃあ!なんとかぎりぎりで赤点回避できたぜ!」
「なんで英語の試験で紫電さんがトップなんですの!?ありえませんわ!」
「おいおい、そういうなよセシリア。一夏なんて国語の試験がシャルやラウラ以下なんだぞ。そういうことだってあるだろ」
「うっ……そこ突っ込むのかよ!?」
「っていうよりも紫電、全教科満点てどうやって取ったの?」
「ん?普通に勉強してりゃ満点だって取れるだろう。それよりシャルが全教科満点じゃないのが俺は不思議だが」
「うーん、確かに勉強は得意だけど日本史とかは難しいよ。っていうより、普通全教科満点取る人なんていないよ!?」
そういや中学の時も俺に張り合ってくるやつらは何人かいたが、結局俺に並ぶことができずに悔しがっていたような気がする。
全教科満点ってそんなに難しいか?
「まあなんにせよこれで夏休みを迎えられるってわけだ。楽しみだな!」
「紫電は夏休みにどこかに行く予定あるの?」
「ああ、ちょっと旅行にでも行こうかと思ってね」
「へえ、旅行か。気分転換には確かにぴったりだな。で、どこに行くんだ?」
「ふふふ、行先は秘密だ。完全なプライベート旅行ってやつだ」
そう、行先は念願の宇宙である。
シオンと宇宙船を開発して早十年、ようやく宇宙船に到達するまでの目途が立ったのである。
経緯としてはピート君と座標操作で農作物のやりとりをしているうちに、だんだんとピート君の送ってくる野菜の大きさが大きくなってきたことが原因である。
最初は両手で持てる程度だったカブも今では俺の身長と同じくらいの大きさのカブになってしまっていた。
そのうち家ほどもあるような大きさにでもなるんじゃないかな。
つまりは俺ほどの大きさであれば宇宙空間まで転移することができるようになったということである。
そしてその座標操作を使って俺を宇宙船へと送り込む、という訳だ。
「じゃあシャル、そろそろデュノア社でイグニッション・プラン用のISの開発が開始されるはずだから、そっちは任せたよ?」
「うん、分かった。何かあった時はプライベート・チャネルで連絡すればいいんだよね?」
「ああ、それじゃ早速俺は旅行に出かけるとする」
「夏休み初日から行くのかよ、って早いな!?」
夏休み初日前日、修了式が終わるやいなや、千道紫電の姿は地球上から消え去った。
◇
「おお、これが俺の宇宙船……!」
全長およそ120メートル、俺が提案し、シオンが組み立てた世界史上初の宇宙建造した宇宙船である。
外観イメージは宇宙船というよりもステルス戦闘機に外見が似ているが、実際のところは光学迷彩により一切視認することはできない。
そりゃ地球上で観測している人たちにもし見つかったら大ごとになるからね。
念のためステルスモードにしてフォーティチュードを展開し、宇宙船に乗り込んだ俺は早速窓から見えるその光景に驚嘆していた。
本来、指定区域外でのISの機動は校則、国際条約違反だが、この宇宙で俺がISを起動しているなんて気付ける奴はこの世に存在しないから気にする必要などないのだ。
俺は新たな歴史へと踏み出しているんだ、規則や条約などに縛られる俺ではない。
しかし、地球は青かったというが、まさかこんなに早く地球をこの目で見れるとは!
暗い宇宙の中で一際明るく、青い惑星、地球。
普段地球上で暮らしている人々にとってはあまり気にすることは無いだろうが、この惑星はやはり美しい。
(今までこの光景を見たのは何人いるんだろうな、シオン)
(宇宙飛行士の関係者以外ではまず不可能でしょう。百人もいないのではありませんか?)
(……本当ならこの宇宙船で宇宙に飛び出すのはもっと後の予定だった。それがISの単一仕様能力のおかげでここまで一瞬でこれた!篠ノ之博士はあまり好きに慣れそうにないが、ISにだけは感謝しようじゃないか!)
(ISに感謝するのもいいですが、この宇宙船を開発したのは結局のところ、紫電と私です。感謝すべきは自分達にするのが正しいと考えます)
(ハハハ、中々手厳しいなシオン)
ISの展開を解除して深呼吸をする。
うん、宇宙にいるにもかかわらず、地球上となんら変わりなく呼吸ができる。
多少金属臭いような気もするが、それはご愛嬌というものだろう。
(今いる場所はコックピット兼管制室です。周囲の状況を確認し、この船の操縦をする場所ですね。現状では私が全コントロールを行っているので問題ありませんが、その気になれば紫電でも運転可能ですよ)
(さて、シオンが優秀だから俺が操縦する日は来るのかな?まあいつかは操縦してみたいかな)
俺はコックピットから見える風景を堪能すると、奥の扉を開いて隣の部屋へと移動した。
(隣の一番大きな部屋が開発ドックです。ここでフォーティチュードの全ての武装を開発していました。また、左右の入出ハッチから回収したスペースデブリの加工もここで行っています)
(うお、またでかいスペースデブリだな。これが新武装用の素材になるのか?)
(ええ、その通りです。ですが紫電、なぜ今更近接戦闘用ブレードなどを開発する気になったのですか?元々近接戦闘用ブレードを持たないためにスイッチブレードを作ったものだと認識していますが)
(ああ、それは対一夏用の為さ。一夏の零落白夜にはビーム兵器が効かねぇし、以前シュヴァルツェア・レーゲンが暴走したとき戦った織斑先生のコピー。あれにもスイッチブレードは相性が最悪だった。だからやむを得ず近接戦闘用のブレードを作るしかないのさ)
(要求スペックも大概ですけどね。エネルギー系武装と斬り合っても摩耗しないレベルの頑健さのブレードとは、開発するのはかなり大変なんですよ?)
(でも不可能じゃないんだろう?シオン、頼りにしてるぜ?)
(まあ、紫電の夏休みが明けてしばらくしたころには開発は完了するでしょう。楽しみにしててくださいね)
(了解っと。あ、もう一つやらなきゃいけないことができたんだ。フォーティチュードのカラーリングをしないとな。銀色のままでもかっこいいけど、ようやくプロトから卒業したんだ。ここらでプロトのイメージからも卒業させないとな。カスタム・ウイング「アメジスト」の粒子と同じ紫色ベースの機体にするのがいいと思うんだが、シオンはどう思う?)
(紫色は一年の専用機持ちたちとも色が被りませんし、良いと思います)
(おっし、んじゃ宇宙船内を一通り視察したらカラーリング作業に移るか!)
俺は頭の中でフォーティチュードのカラーイメージを考えながら開発ドックを後にした。
(こちらはメディカルルームですね。宇宙空間で体が鈍らないようにトレーニングするための機材を取り揃えています。また、液体窒素アイシングによる疲労回復装置なんかも置いてあります)
(おー、これ自室に置きたかったんだけどどうしても場所が取れなかったんだよなあ。本当に便利なんだけど)
(今後は座標操作の単一仕様能力を使っていつでも使いに来れますよ?)
(あんまりISの能力を無断で使ってるといつか織斑先生に怒られそうだからなー)
ちなみに重力操作の単一仕様能力を得られたため、実はこの宇宙船には地球と同等の重力が疑似的に発生している。
そのためトレーニング機材の重要性も減ってしまったのだがまあ良しとしよう。
俺は一通りのトレーニング装置の動作を確認すると、とりあえず隣の部屋への扉を開いた。
(ここは農業ルームです。紫電が開発したピート君が一人でせっせと野菜を作っていますね)
「……突っ込みどころがたくさんあるんだけどいいかな、ピート君」
「はい、なんでしょうダンナさま」
「この野菜何?俺確かジャガイモ、トマト、カブしか種送ってなかったよね?」
「はい、その三つの種を育てては交配し、あらたな作物を準備しておきました」
「ジャガイモに縞模様がついてやたら重くなってたのは百歩譲る。カブが俺より大きくなったのも百歩譲る。トマトにエイリアンの顔みたいな模様がついてたのも百歩譲ろう。大盤振る舞いだ。だがこの透明なキャベツみてーな野菜は何だ!?」
「ダンナさまのおっしゃったとおり、キャベツです」
「……俺の知ってるキャベツと違う。俺の知ってるキャベツはもっと葉っぱが丸くなったみたいなもんなんだけど、これ透明なボールが葉っぱに乗っかってるみたいじゃねーか!」
「まあそう言わずに。これはキャベツです。もう成熟していますので、食べてみてください」
「これ本当に食えるんだよな?キャベツなんだよな?……まあいいや、食うぞ!」
ピート君がスポッと透明なキャベツを引っこ抜く。
でもこれ一体どこを食うべきなんだろうか、透明なボールみたいな部分か?それともこの葉っぱの部分か?
ええい、この透明な部分に挑戦するぜ!
「……なん、だと……。キャベツだ、これ。しかも甘い!美味い!」
「喜んでもらえて嬉しいです、ダンナさま」
結局透明な部分と葉っぱの部分と両方食べてしまった。
味は確かにキャベツだったし、水分、甘み共に素晴らしいものだった。
「やべえな、キャベツだけでこんなに感動する日が来るとは思わなかった」
「光栄です、ダンナさま」
「キャベツはまあ分かったわ。んでこっちの電灯みたいなのは何だ?」
「これはキューリです、ダンナさま」
「……キューリ!?農業用の電灯かと思ったぞ……」
目の前にあるキューリらしき物体は淡く光を放っている。
これ、そもそも野菜なのか?
「ダンナさま、一本どうぞ」
「ええ?これ食えんの……?」
ええい、男は度胸だ、ここはチャレンジあるのみ!
「……う、うまい!確かにこれはキューリだ……!だがこの食感、今まで食ってきたキューリとはものが違う……!あまりの食感の良さに涙が出そうだ、感涙食感とはまさにこのことか!」
「喜んでいただけて感激です、ダンナさま」
「ピート君、畑を増やしてもいいかな?もっといろんな野菜を作って構わないぞ!」
「お任せください、ダンナさま」
(これはピート君を作って正解だった。俺とシオンだけじゃここまでの農作業はできないもんな)
(金属の加工なら得意なのですが、流石に私も農作業だけはできません。農作業においてはピート君に頼らざるを得ませんね)
(ピート君を地球で販売したら大半の食糧問題が解決しそうだが、それはまた危険すぎるから絶対販売できねーなこれは)
結局、この夏休みの最中、ほとんどの時間を俺は宇宙船内で過ごしていた。
宇宙船内の住み心地調査が本来の目的だったはずが、俺はピート君との農作業に没頭していた。
日頃ピート君が行っている農作業は中々大変なものだった。
種と種を混ぜ合わせ、よりよい品質の野菜を生み出したり、全く新しい品種の野菜を生み出したりと新しい発見ばかりだった。
気付けば野菜だけでなく、ドーム状のメロンやらひよこのようなレモンやら果物のようなものまで生み出していた。
(今度、一夏たちにもこの野菜をおすそ分けしてやるか。そろそろ食いきれなくなってきた……)
この夏休みの間、すっかり気分は宇宙農家になってしまった。
夏休み明けからはまた一学生としてがんばらないとな……。
宇宙開発の道もまずは農業から。ようやくアストロノーカ要素入ります。
といってもアストロノーカ要素は野菜部分くらいですが。
アストロノーカは名作なので未プレイの方は是非プレイすることをおすすめします。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■学園祭と生徒会長と(1)
楽しかった夏休みは矢のように過ぎ去り、気付けば九月三日。
二学期最初の実戦訓練は1組と2組の合同で始まっていた。
「でやあああああっ!」
「遅いッ……!」
俺は早速鈴と対決していた。
勢いよく振り回される双天牙月を軽く回避し、スイッチブレードで斬りかかる。
「くっ……!ほんと速いわねっ、アンタ!」
「それが売りなんでなッ!」
今度は一気に距離を取り、鈴の視界から急速離脱すると、マークスマンライフル「エメラルド」の引き金を引く。
バシュッと小さな射撃音と同時に発射された弾丸は吸い込まれるように甲龍へと直撃していた。
それと間もなく、試合終了を告げるアラームが鳴り響いた。
――試合終了。勝者、千道紫電。
◇
午前中の練習は終了した昼休み。
俺たち専用機持ちは食堂に集まって昼食をとっていた。
「あーもう!紫電にだけなんでこんなに勝てないの!?」
「それは鈴だけじゃないからあんまり気にしない方がいいと思うよ?」
俺に一太刀浴びせることもできずに敗れた鈴に対し、シャルがフォローに入る。
専用機持ち同士で行われた実戦訓練は大きな問題が起こることもなく終了した。
現状、1年1組と2組の専用機持ちたちの間ではその戦闘能力について明確にヒエラルキーが付けられている。
まず絶対的な壁を挟んで俺が頂点に立ち、ラウラが次点に立っている。
次いで機体性能の差でシャルロットが続き、好戦的な鈴が続く。
それから箒、一夏、セシリアと続くが、セシリアと一夏はとにかく相性が悪い。
パイロットの腕としてはセシリアのほうが上だが、主力装備がほとんどビーム兵器なブルー・ティアーズとビーム兵器無効の白式・雪羅では流石に勝負にならないのである。
一方、紅椿という最新鋭の機体を篠ノ之博士から貰った箒もまだその機体性能を活かしきれていないといったところであった。
「くっ、紅椿のスピードはどの機体よりも速いのではなかったのか、姉さん……!」
「そりゃ多分フォーティチュード・プロトよりは速かったんじゃねーかな」
「白式・雪羅でも追いつけねえんだよなあ、どうなってんだよお前の機体……」
そう、俺の機体であるフォーティチュードはとにかく速い。
瞬時加速を使わなくても紅椿、白式・雪羅以上のスピードが出せるのである。
さらに瞬時加速には前方方向にしか加速できないという欠点があるが、俺のフォーティチュードにそんな制限はない。
前後左右どころか上下にも自由自在に加速可能なのである。
ただし、通常の機体でこの加速を行うと人体に莫大な負荷がかかる。
これは俺の単一仕様能力である重力操作と併用しなければ非常に危険な機体なのである。
「ま、そのうち目が慣れれば俺に攻撃を当てることもできるだろうよ。ほら、もう昼飯の時間が終わっちまうぞ?」
「うおっ、ちょっ、待って!」
流石に遅刻すると困るので待たない。急げよ一夏。
俺は再度アリーナへ向けて歩いて行った。
結局一夏は午後の演習に遅刻し、織斑先生に怒られていた。
「……遅刻の言い訳は以上か?」
「いや、あの、見知らぬ女生徒が――」
「その女子の名は?」
「だ、だから初対面ですってば!」
「ほう、お前は初対面の女子との会話を優先して授業に遅れたのか」
「ち、違っ――」
バシンッと出席簿が一夏の頭に振り下ろされた。
ご愁傷様である。
◇
翌日、ショートホームルームと一時間目の半分を使っての全校集会が行われた。
内容は今月中ほどにある学園祭についてである。
「やあみんな。おはよう」
「……!?紫電、昨日俺が言った女生徒ってあの人だよ、あの人!」
俺の隣で一夏が小声で話しかけてくる。
「今年は色々と立て込んでいてちゃんとした挨拶がまだだったね。私の名前は更識楯無。生徒会長よ。以後、よろしく」
一夏、壇上にいるのは生徒会長だってよ。
良かったな、誰と会ったのか分かってすっきりしたじゃないか。
「では、今月の一大イベント学園祭だけど、今回に限り特別ルールを導入するわ。その内容というのは名付けて、『各部対抗織斑一夏争奪戦』!」
生徒会長が扇子を開くと同時にモニターに一夏の写真が堂々と映し出される。
「え……」
「ええええええーーーーーっ!?」
ホールに大歓声が響き渡る。
「静粛に。学園祭では毎年部活動ごとの催し物を出し、それに対して投票を行って、上位組は部費に特別助成金が出る仕組みでした。しかし、今回はそれではつまらないと思いましたので――織斑一夏君を一位の部活動に強制入部させましょう!」
再度ホール内に雄叫びが上がる。
「おおおおおっ!」
「素晴らしい、素晴らしいですよ会長!」
「会長!千道君はダメなんですか!?」
「今いい質問が上がりました。千道君なんですが残念なことにもう既に部活動に参加しているので強制入部させることはできませんでした。ごめんなさいね!」
「そ、そんなぁ……」
ちなみに俺が入っているのは園芸同好会であり、部員は俺一人である。
しっかり宇宙で作った野菜のレポートも書いており、時折活動内容の確認に来た生徒会の人にも農作物を見せては驚かれているので、同好会活動自体に問題は無い。
しかし、部活動してなきゃ俺もどっかの部活に強制入部だったのか、あぶねー。
「なんだ、一夏部活入ってなかったのか」
「うっ……だって女子ばかりで入りづらいじゃないか。っていうか紫電、お前が部活動してるなんて初めて聞いたぞ!?」
「ああ、園芸同好会。部員俺一人。証拠に今度俺が作った野菜食わせてやるよ」
「あ、ありがとう……って今はそんな場合じゃねえ!俺の了承とか無いぞ!?」
一夏が生徒会長のほうへと目を向けると生徒会長は穏やかな表情でウインクを返してきていた。
「ま、がんばれよ。景品君」
「景品じゃねえよ!?」
さーて俺も園芸同好会の物販と展示で使う用の作物を準備しないとな。
◇
同日、放課後は特別ホームルームで盛り上がっていた。
そう、クラスごとの出し物を決めるためである。
「……IS男子パイロットを前面に押し出しすぎじゃねえか?これ」
出てくる案はホストクラブやらツイスターやら、ポッキーゲームに王様ゲームて。
「アホか!誰が嬉しいんだ、こんなもん!」
「私は嬉しいわね、断言する!」
「織斑一夏と千道紫電は共有財産である!」
「他のクラスからも織斑君と千道君ともっと触れ合えるものにしてくれって言われてるんだってば」
「山田先生、ダメですよね?こういうおかしな企画は……」
「え、えーと……うーん、わ、私はポッキーのなんかいいと思いますよ……?」
教師公認かよ、それでいいのかIS学園。
「メイド喫茶はどうだ。客受けはいいだろう。それに飲食店は経費の回収が行える。それに招待客の休憩所としての需要も少なからずあるはずだ」
意外な意見を出してきたのはラウラだった。
「ラウラの意見は面白いな。確かにその意見は一理あると思う。それと、こう見えて俺、料理得意なんだ。厨房を任せてもらえると嬉しいんだが」
「何っ、紫電も料理得意だったのか!?俺も料理なら自信あるぜ!」
「……いいんじゃないかな?でも紫電と一夏には厨房だけじゃなく執事もこなしてもらえればもっといいと思うんだけど」
「執事!それはいい!」
「それでいきましょう!」
「メイド服はどうする!?」
かくして1年1組の出し物はメイド喫茶改め「ご奉仕喫茶」に決まったのだった。
また、シャルの提案により俺と一夏は執事として接客することになってしまった。
できれば俺は厨房一本のほうが良かったんだが……まあたまには執事も悪くないか。
◇
それは一夏が職員室の織斑先生に報告に言った後のことだった。
「紫電、生徒会長がお前のことを連れてきてほしいって」
一夏曰く、生徒会室に来てほしいとのことだった。
ふむ、生徒会長が俺に用事?
俺からは全く用事がないんだが、ここはとりあえず手土産でも持っていくとするか。
「「失礼します」」
俺と一夏は生徒会室の重厚な扉を開けた。
「いらっしゃい、一夏君、紫電君もわざわざありがとうね」
「わー……、おりむーだー……」
「あれ、のほほんさん?なんで?」
中央の来客と思われるテーブルと椅子には意外なことにクラス一の癒し系、のほほんさんの姿があった。
「今、お茶を入れますね」
そう言うのは眼鏡に三つ編みの3年生の女子だった。
この人とは以前園芸同好会で活動していたときに会ったことがある。
確か名前は布仏虚さんだったかな。
……あれ、ってことはのほほんさんのお姉さんなのか?
「ああ、お茶は結構。俺がお土産にジュースを持ってきましたので」
「ジュース!?わー、でんでんありがとー!」
「こら、はしたないわよ本音。気を使ってくれてありがとうございます。紫電君」
でんでんって俺のことか?
まあ呼び名なんて気にしないが。
「ささっ、お好きなものをどうぞ」
俺がテーブルの上に広げたのはドーム状のメロンに砲丸のような大きさの桃だった。
その名もドームメロンと砲丸ピーチ、そのままである。
「メロンとピーチがあるんで好きな方にこのストローを差して飲んでください」
「わー、でっかい桃!」
「うおっ、どっから出した!?ってかなんだこのメロン、見たこともねえ形してるぞ!」
「……私もいろんな名産品は見たことあるけど、こんな桃とメロンは見たことなかったわ……」
「というより、これに直接ストローを指して飲むんですか?ヤシの実ジュースみたいですね」
流石の生徒会長も目を丸くしている。
意表を突くことには成功したようだ。
一夏と生徒会長はメロンを、のほほんさんと虚さんはピーチをそれぞれ手に取る。
「うわ、なんだこれ!?滅茶苦茶甘え!」
「甘いだけじゃないわ。すっきりとしててすごく喉越しが良いわ」
「こっちの桃もすっごくいい匂いがするー」
「口に入れた瞬間の甘い匂いがたまりませんね。味もとてもおいしいです」
おお、中々の高評価のようだ、自信持って育てただけある。
「実はこれ、今度の園芸同好会の出し物にしようとしてる作物なんですよ。ジュースとして売りに出そうと思いまして」
「……これを販売で出されたら一夏君、園芸同好会に所属することになっちゃうんじゃないかしら」
「紫電、俺これ絶対買いに行くから!取り置き頼むぜ!」
「あーおりむーずるいー!私の分もー!」
「私も今度はそっちのメロンの方を味わってみたいです」
「ああ、まだいくつかあるんで置いておきますよ。結構日持ちしますけど、なるべく早めに飲んだ方が美味しいですよ」
テーブルの上にドームメロンと砲丸ピーチを三つずつ並べる。
「紫電君、ありがとう。まさか園芸同好会がここまですごいとは私も思ってなかったわ」
「いえいえ、ほぼ趣味みたいなもんなんで」
「っていけない、本題を忘れるところだったわ。あまりにもお土産がすごすぎて、ね」
「次来るときはもっとすごいもん持ってきますよ」
「期待して待ってるわ。と、先に虚、自己紹介を」
「はい、紫電君とは前に何度かあっていますが一夏君のほうは初めまして。布仏虚です。妹がお世話になってます」
「へえー、のほほんさんも姉がいるのか。ってか姉妹で生徒会ってのもなんかすごいな」
「むかーしから、更識家のお手伝いさんなんだよー。うちは、代々」
「なるほど、だから揃って生徒会なのか」
「そうよ。生徒会のメンバーは定員数になるまで好きに入れていいの。だから、私は幼馴染の二人をね。っとそろそろ本題に入らせてもらうわね?」
そう言うと改めて生徒会メンバー三人が俺たちと向き合う。
「まず最初に、一夏君が部活動に入らないことで色々と苦情が寄せられていてね。生徒会はキミをどこかに入部させないとまずいことになっちゃったのよ」
「それで学園祭の投票決戦になったんですか……」
「それで、交換条件としてこれから学園祭までの間、私が特別に鍛えてあげましょう。ISも生身もね」
「遠慮します」
「まあまあ、そう言わずに。今のキミじゃ弱すぎて見てられないのよ」
「……それなりには弱くないつもりですが」
「ううん、弱いよ。滅茶苦茶弱い。だからもう少しでもまともになるように私が鍛えてあげようというお話なの」
「……なあ紫電、俺そんなに弱いか?」
「まあまだ俺に一太刀かすらせた程度だしな……。それにセシリア以外に負け越してるじゃねーか」
「うぐっ……そう言われれば……」
「それで、一夏が呼ばれた理由はわかりましたが、俺も同じ理由ですか?」
「うーん、キミのほうは弱いとは思ってないんだけど、1年生同士の戦いだとどうもよく分からないし、生身のほうがどうかまでは情報もないから、一夏君と一緒にどんなものなのか見てみようと思ったのよ」
「なるほど、俺は構いませんよ。俺も楯無先輩の実力を見てみたいですしね」
「……それもそうか、俺も先輩の実力、見させてもらいますよ。俺が勝負で負けたら何でも言うことに従いますよ」
「うん、いいよ」
楯無先輩は微笑んでいた。
これは勝者の余裕ってやつか。
……だが一夏はともかく、俺の前でも同じように笑っていられるかは分からないぜ?
原作(アストロノーカ)の砲丸ピーチは希釈して飲む作物でしたが、本作では直接ストローを刺して飲めるように品種改良されてます。
ドームメロンも原作では普通のメロンですが、砲丸ピーチと同じようにジュースとして飲めるように改良しています。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■学園祭と生徒会長と(2)
その後、俺たちは畳道場で向かい合っていた。
一夏と楯無先輩は白胴着に紺袴という古武道のスタイルだ。
一方俺はそんなもの用意していないのでいつもの黒TシャツにカーゴパンツのISスーツスタイルである。
「さて、勝負の方法だけど、私を床に倒せたらキミの勝ち。逆にキミが続行不能になったら私の勝ちね。それでいいかな?」
「え、いや、ちょっと、それは……」
「楯無先輩、ハンデ足りないんじゃないですかー?」
「紫電、そこまで言うか!?」
「ふふふ、私に不利すぎるって言いたいのかな?どうせ私が勝つから大丈夫」
一夏はムッとした表情で構えをとると、楯無先輩に掴みかかりに行った。
◇
結局一夏では歯が立たなかった。
それどころかこの楯無先輩、中々強いようだ。
古武道の型をベースに、マーシャルアーツやカポエラなど様々な格闘技の動きが見て取れる。
「……っ」
「一夏、その辺でいいか?まだ俺の番があるんでな」
「……っ!わ、わかった……」
「うん、やっぱり一夏君はまだまだ弱いね。鍛えがいがありそう」
片や地に倒れ疲労困憊、片や余裕綽々といったところか、楯無先輩の方は息すら切れていない。
「見たところ全く疲れてなさそうですね。一夏はウォーミングアップってところですか」
「うーん、そう見えるかな?」
「まあ、今度は俺の番ですね。じゃこれを着けてください」
俺が楯無先輩に渡したのはヘッドギアとオープンフィンガーグローブだった。
そして俺は既に両手にボクシンググローブを着けている。
もちろん安全面を考慮し、最も厚みのあるやつだ。
「……!何か格闘技をやっていそうな体つきとは思ってたんだけど、キミ、ボクサーだったんだ」
「まあ柔道とか空手とかなら多少やったんですけど、一番しっくり来たのがこれなんで」
「確かに、キミと素手で勝負するのは危ないかも。このグローブとヘッドギアは着けさせてもらうわ」
「リングじゃないのがもったいないですが、畳でも十分動けますんで、遠慮せずに来てくださいよ」
そういって俺は楯無先輩の前に立つと、両手をだらんと下げ、爪先でステップを刻み始めた。
◇
一方、楯無はほんの少しだけ苛立っていた。
(私と一夏君の勝負を見た後で「遠慮せずに来てください」とは、随分私も舐められているようね)
しかしそんなことで気を荒げたりすることはせず、すぐさま冷静になって目の前の相手に集中する。
(爪先でステップを刻む典型的なアウトボクサータイプの戦い方……上半身がノーガードなのが気になるけど)
ボクシングは数ある格闘技の中でも最もメジャーな格闘技なため、楯無も十分に知識を持っていた。
故に紫電のステップを見た瞬間、足を使って巧みに距離感を操り、どちらかというと威力よりも手数やスピードで攻めてくるタイプの相手だろうと察していた。
(遠慮せずに来てください、ってことはカウンターを狙ってるってことかしら。その手には乗らないわ)
「あら、遠慮する必要はないわよ?おねーさんに気を使わず、がんがん来なさい?」
「……そうですか。それじゃ遠慮なく」
紫電君は言い終わると同時に一気に距離を詰め、左のジャブを打ってくる。
(……距離を詰めるのが速い!そしてこのパンチスピードは……っ!)
バシンッと乾いた音がして互いのグローブが弾ける。
「お見事、今のジャブを防御しましたか」
「ええ、これくらい簡単よ」
口では簡単と答えて見せたものの、楯無の内心は真逆の疑念が浮かび上がっていた。
(さっきの左ジャブ、かなりのパンチスピードだったけどまったく力が込められていなかった。……こっちの実力を測ってるわね)
そう考えているうちに再び左のジャブが飛んでくる。
今度は頭を動かして回避するも、すかさず追撃の左ジャブが頭部めがけて放たれていた。
(ちょっと、パンチスピード早すぎるんじゃないかしら……!?)
今度は両腕を顔の前に出してジャブをブロックする。
今まで様々な格闘技を学んできた楯無は、もちろんボクシングも学んできていた。
それこそどこかの国のチャンピオンと言われるような人とも打ち合える自信があった。
それが今目の前にいるたった一人の後輩の前で崩れ去りそうになっていた。
これほど早く距離を詰め、素早くパンチを繰り出せる人間は間違いなく初めてだった。
(でもこのパンチは軽い。おそらく力を込めてないんでしょうね。でもそれは本当に打撃力が無いからではなく……こっちが測られているからでしょうね)
目の前の後輩は何食わぬ表情で変わらずステップを刻んでいる。
残念なことに表情からは何を考えているかは見破れなかった。
「紫電君は中々やるみたいね。今度はこちらからいかせてもらおうかしら」
「いつでもどうぞ」
紫電君の表情は何一つ変わらない。
楯無にとってこれほど戦い辛い相手も久方ぶりであった。
今度はこちらから古武道の技術「無拍子」を使って距離を詰め、右手で掌底を放つ。
(狙いは……顎!)
顎は比較的狙われやすい急所である。
顎への打撃は脳を揺さぶり、一時的に脳震盪を引き起こすことができるからだ。
「無拍子」のタイミング、掌底のタイミング、共に完璧だった。
それは間違いなく紫電の顎にクリーンヒットしたかのように見えたが――
(……頭が消えた!?)
実際は紫電が大きく上体を仰け反ることで掌底を回避していたのだが、楯無の眼には突然紫電の頭が消えたように見えた。
そしてそのまま掌底が空を切る。
そして次の瞬間、楯無の右脇腹めがけて強烈なリバーブローが炸裂していた。
「……っ!」
楯無の口から無理やり息が押し出される。
今度は力を抜いたものではない、しっかりと力のこもったパンチだった。
しかし、なんとか畳を踏み直し、体勢を整えた楯無の眼に入ったのは右手でのストレートだった。
(やばっ……避けなきゃ!)
頭で瞬時に危険を察知した楯無だったが、思うように足が動かない。
先ほどのリバーブローのダメージが想像以上に足に来ていたのだった。
やがてパアンッと乾いた音が響くと、楯無の体は後ろに大きく吹き飛び、畳へと叩きつけられていた。
◇
「やばっ、綺麗に決まりすぎた!」
「……まじかよ、簡単に倒しやがった……。俺、全然相手にならなかったのに……」
一夏は呆然としているが今はそれどころではない。
ヘッドギアに守られており、一番頑丈な額を狙って振りぬいた右ストレートだったが、文字通りクリーンヒットしてしまったようだ。
楯無先輩は大きく後方へと吹っ飛んでしまった。
「楯無先輩、大丈夫ですか!?すいません、ちょっと力込めすぎました!」
「……う、大丈夫。でもまさかあの掌底を回避されるとは思わなかったわ」
なんとか楯無先輩は立ち上がってきた。
一応あれでも力は加減して打っていたんだが、リバーブローの直撃はきついはずだ。
「キミは生身の戦いの方は問題ないってわかったわ。でもISに関してはまた別よ。わかったわね!?」
「え?まあ、はい」
「分かったら第三アリーナへ行きましょうね!」
そういうと楯無先輩はしっかりとした足取りで歩いていった。
……あのリバーブローを受けてもまだ歩けるなら結構鍛えているんだろう。
ひょっとしたら俺とまともに渡り合える人なのかもしれないな――
すっかり疲れ果てている一夏に肩を貸しながら、俺はそんなことを考えていた。
◇
第三アリーナでは箒とラウラが訓練をしていた。
「嫁よ、どうした?随分疲れているようだが」
「一夏?それに紫電も一緒か、今日は第四アリーナで訓練しているのではなかったのか?」
「ああ、ちょっと生徒会長に腕試しを挑まれていてな……俺はまだ良かったんだが一夏は結構やられてしまってな」
「大丈夫だ、まだやれるって!」
一夏はそういうが、その状態でISの操縦は無理だろう。
大人しく休んでおけ。
「まあまあそう無理はしないこと。一夏君は私が専属コーチすることはもう決定済みなんだから」
「「っ!?」」
突然現れた生徒会長に箒とラウラが驚く。
「二人とも、その人が生徒会長の更識楯無さんだ。覚えてるか?今日の朝、挨拶してたろ?」
「そう言われればそうだったな」
「……ですが、一夏の専属コーチというのはどういうことですか?会長」
箒の表情が明らかに不機嫌になる。
「言葉通りの意味よ?さっき一夏君と勝負して、負けたら言いなりっていう、ね」
「「一夏っ!」」
箒とラウラの声がハモって一夏を呼びつける。
「まあそう一夏を責めないでやってくれ。一夏は全力で勝負して生徒会長に負けたんだ」
「む……ではなぜお前たちはここに来たのだ?」
「それは――」
「紫電君のISの戦闘能力を測るため、かな?」
皆が楯無先輩の方を見る。
「生徒会長が直々に紫電の腕を見る、だと?」
「む、確かに紫電は我々の中でも一つ抜けた強さだが……本当なのか、紫電?」
「……ま、そんなところかな。んで俺も一夏みたいに弱いって判断されたら生徒会長の専属コーチが付くってわけさ」
「そういうこと。じゃ、早速始めましょうか」
楯無先輩は早速ISを展開する。
そのISはアーマー部分が全体的に小さかったが、周囲をカバーするかのように透明の液状のフィールドが展開されていた。
「これが私のIS『ミステリアス・レイディ』よ。覚えておいてね」
「へえ……そうですかではこれが俺の『フォーティチュード』です。つい最近プロトを卒業した機体なんで、お手柔らかに」
俺もフォーティチュードを展開し、両手にアサルトライフル「アレキサンドライト」とマークスマンライフル「エメラルド」を構える。
「……すげえ、まだ戦ってないのに二人ともすごい威圧感だ……」
「むう、紫電のやつはまだ本気を出しきっていなかったのか?外野から見ている我々ですら圧迫感を感じるぞ」
「……あの生徒会長、只者では無いと感じていたが、紫電のやつからもまた強烈な気迫を感じるな……」
それぞれ一夏、ラウラ、箒の感想であった。
実際のところ、勝負自体は始まっていたのだが両者ともに様子見から入っているせいか、動きは全くなかった。
(更識楯無、ミステリアス・レイディか。見たところ「水」を使う機体のようだな。……面白い!)
俺は先に仕掛けることにした。
マークスマンライフル「エメラルド」で最速の弾丸を楯無先輩目がけて放つ。
一瞬命中したように見えたが、楯無先輩は動じない。
それどころか次の瞬間には楯無先輩の姿をしていたものがバシャリと音を立てて崩壊した。
「何ッ!?」
「うふふ、残念でした。本物はこっち」
背後からの声ではなく、気配に反応した俺は振り向くと同時にスイッチブレードを飛び出させた。
するとガキン、とスイッチブレードが楯無先輩のランスと直撃する。
「って今のに反応するんだ……お姉さん困っちゃうなー」
俺はランスと鍔迫り合いしている最中でも手を緩めず、肩部レーザーキャノン「ルビー」の照準を楯無先輩に合わせ、発射した。
「わわわっと!」
あと数センチ、といったところで被弾は免れたようだ。
なるほど、いい腕をしていると俺は思っていた。
「ISの操縦もなかなかやるみたいね。じゃあこれはどうかしら?」
楯無先輩の持つランスからこちらに向かって弾幕が放たれる。
――また弾幕か、ここ最近の俺はどうも弾丸に対して強くなっているらしい。
弾がとてもゆっくりに見えるのだ。
俺に向かって弾丸が撃ちだされているこの瞬間、時間がゆっくりと進んでいるかのように弾丸は俺の横をゆっくりと通り過ぎて行く。
そんなゆっくりとした弾丸に当たるわけもなく、結局俺が一発も被弾しないまま楯無先輩は弾幕を張るのを止めた。
◇
(……今の動きは一体?あの弾幕をあんなちょっとした動きで全て避けるなんて人間には到底不可能なはず……!?)
楯無は困惑していた。
四連装ガトリング・ガン内蔵ランス『
まして、先ほどの弾幕も一切手を抜いたつもりはなかった。
それがまるで分身でもしているかのような驚異的な素早さで弾丸の一発一発を回避して見せたのだ。
様々な相手と戦ってきた楯無といえど、これには驚かざるをえなかった。
「そちらが弾幕勝負というなら、こちらも弾幕といかせてもらいますよ」
(しまった、先ほどの回避に驚いたせいでこちらの回避が間に合わないっ!)
咄嗟にアクア・ヴェールを張り、弾幕に備えると、ギリギリのタイミングで弾幕の防御に間に合っていた。
「くうっ、なんて弾幕なの……!」
片手に持ったアサルトライフルからはフルオートで大量の弾丸が降り注いでくる。
さらに嫌らしいのはもう片方の手に持ったライフルがアクア・ヴェールの隙間を狙ってくることだ。
そのせいでじわりじわりとシールドエネルギーが削られていく。
「きゃあっ!……あのライフル、ビームも撃てるの!?」
突如アクア・ヴェールを赤紫色の弾丸が突きぬけてきた。
このアクア・ヴェールは実弾の防御には最適だが、ビーム系の兵器に対しては有効な防御策ではないのだ。
肩部にあるレーザーキャノンばかり警戒していたが、ライフルからもビーム弾が飛んでくるとは思っておらず、もろに直撃を受けてしまった。
気付けばシールドエネルギーも底を尽きかけている。
(このままじゃジリ貧……反撃に転じるしかないわね)
楯無は横方向に加速しながら蒼流旋のガトリングで砲撃を返す。
しかし、その反撃はあっさりと高速移動で回避されてしまう。
(本当に速い機体ね。っていうよりあんな速度で機動してたらパイロットへの負担は相当なもののはず……?)
楯無がフォーティチュードの高速機動を疑問に思っていると、そんなことはお構いなしに再びアレキサンドライトのビーム弾幕が襲い掛かってきた。
おまけに今度は肩部レーザーキャノンの砲撃まで一緒に放たれている。
(弾速が速すぎて避けきれない……!これほどの機体を自分で開発したっていうの!?)
流石の楯無もこれほど高性能な射撃能力と機動能力を兼ね備えた機体を相手にしたことはなかった。
その射撃は広範囲に弾幕を形成するだけでなく、瞬時加速するこちらを正確に狙撃できるだけの精密性も兼ね備えている。
楯無の決死の回避と反撃もむなしく、遂には弾幕に押されてシールドエネルギーは底をついてしまった。
――試合終了。勝者、千道紫電――
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■学園祭と生徒会長と(3)
「すげえ、ISでも生徒会長に勝ちやがった……」
「……あの女の動きも中々のものだったが、それ以上に紫電の動きが上をいっていた。こうして客観的にみるとわかりやすいが、紫電の動きは非常に理にかなっているな」
「あの高速機動はどうなっているのだ?私も紅椿で一度同じような動きをしてみたが、体への負担が半端ではなかったぞ。あれは普通の人間にできる動きではない」
二人の戦いを見ていた一夏たちの感想はやはり紫電についてだった。
高速機動状態から放たれる圧倒的密度の弾幕と、同時に放たれる正確で高威力な射撃。
うまく接近できたとしても超反応で攻撃を回避された後、スイッチブレードで反撃される。
それが千道紫電の必勝パターンであり、誰もその牙城を崩せずにいた。
生徒達の頂点である生徒会長なら、紫電を倒せるかもしれないと思っていたが、結果は紫電の勝利に終わった。
そしてまたしても紫電は一切被弾することなく勝利するという記録を更新していくのだった。
◇
「楯無先輩、どうもありがとうございました。俺に特別コーチは必要ないってことでいいですかね?」
「うーん、手加減したつもりはなかったんだけどなあ……。確かに、その腕前があれば私のコーチはいらないかもね。むしろ私がコーチしてもらいたいくらいかしら」
「いや、楯無先輩のコーチをするほどの腕前は俺にはありませんよ。俺のことは気にせず、一夏をガンガン鍛えてやってください」
「わかったわ、おねーさんに任せなさい」
バッと開かれた扇子には見事、と書かれていた。
まだ本気を出していなかったのだろうか。
まあなんにせよ、特別コーチがついて俺の自由時間が減るということは免れたようだ。
そもそも俺の機体は普通のISとは機体の組み方、基本構造が全然違う。
楯無先輩から基本的なことを教わっても、ほとんど俺の機体には活かせないだろう。
「なあ紫電。お前あんなに加速して疲れねえの?あの速さで機動してたら体への負担も相当かかると思うんだが」
「ん?ああ、あれは俺の単一仕様能力でカバーしてるんだよ。普通の機体で俺と同じ動作したら多分体が重力で潰れるだろうな」
「え、お前の機体も単一仕様能力があるのか!?」
「ああ、といっても俺もまだその能力を完全に理解できてないんだが、"重力"に関係する能力とだけ言っておこう」
「重力……私のAICと似たような能力か?」
「まあそんなところだ。ラウラのAICは対象を停止させるが、俺の場合は対象を地面に向かって陥没させたり、加速時に自身にかかる重力負担を軽減することができるってくらいだな」
「随分強力な単一仕様能力のように聞こえるが、なぜ戦闘で使わないんだ?」
「ぶっちゃけエネルギー効率が悪いから使ってないだけだ。機会があれば普通に使うさ。だから今は加速したとき自分にかかる重力を減らすことだけに使ってるだけなんだよ」
「エネルギー効率、か。私の紅椿も一夏の白式・雪羅も燃費の悪さに困っているが、何かコツはあるのか?紫電がエネルギー切れを起こしている場面は私の記憶にはないんだが」
「そうだな……それは全員の操縦時の癖にもよるけど、まず無駄にスラスターを起動させすぎていることとだろうな。相手からの攻撃を回避する際に余裕を持たせて動きすぎている。もう少し小刻みに機動した方がエネルギー消費も抑えられるはずだぜ」
「あらら、本当におねーさんのコーチは紫電君には必要ないみたいね」
楯無先輩の扇子には今度は残念、とかかれている。
俺は別に残念ではないんだが。
◇
俺が楯無先輩と勝負してから早数日。
連日一夏は楯無先輩にこってり絞られているようだった。
「おう一夏、どうだい調子は?少しは強くなったか?」
「おー……紫電か……」
まさに疲労困憊ってところか。
まあこれだけ動かされれば少しは強くなっているんだろう。
それに一夏は俺の目から見ても呑み込みが早い方だ。
楯無先輩も鍛えがいがあるだろう。
「疲れてる所悪いんだが、俺らの学園祭用の衣装ができたから早速試着だ。ほら、着替えに行くぞ」
「ああ……」
「楯無先輩、書類が溜まってきたから明日は特訓は休みだってよ。良かったな、一夏。休みだぞ」
「おお、まじか……」
「といっても明後日は学園祭だから、その溜まった疲労を一日で回復させなきゃ学園祭当日きつくなるぞ?」
「うへえー……」
本当に大丈夫か?一夏。
確かに明日は休みだが今日は休みではないんだぞ……。
◇
そして学園祭当日、午前の部。
俺の前には大量の生徒が押し寄せていた。
この行列も意外や意外、園芸同好会の展示と販売にこんなに人が来るとは思っていなかったぜ。
「砲丸ピーチとドームメロンのジュースは一つ100円だ!売り切れ御免の早い者勝ちだけど、しっかり並ばない人には売らないぜ!」
「このピーチジュース、すっごくいい匂いなんですけど!?」
「何この形、本当にメロンなの!?しかもすっごい甘くて美味しい!」
「私よりも背の高いカブって、童話の大きなカブみたいね」
「このキューリ光るってどういうことなの……。えっ、食べられるのこれ?」
「透明なキャベツなんて初めて見たわ。どういう育て方したらこうなるのかしら……」
生徒会メンバーにも大絶賛だった幸福芳香な砲丸ピーチと極上甘味なドームメロンのジュースは大盛況だった。
それぞれピーチとメロンにストローを差すだけで準備完了なので、俺一人でも容易に回せる。
また、珍品野菜として展示している巨大星カブ、電灯キューリ、透明キャベツも見て楽しいと好評なようだ。
ちなみにクラスの出し物であるご奉仕喫茶の執事役は一夏に任せている。
そのかわりに午後の部は俺がご奉仕喫茶で執事をし、一夏は休憩という取り決めだ。
「はーい、今ので園芸同好会の物販は終了になります!皆さんお買い上げありがとうございました!買えなかった人は運が悪かったってことで、悪いね!」
まだ少しだけ人が残っていたが、それぞれ50個も用意していた砲丸ピーチとドームメロンは無事売り切れとなった。
しかしそれを考えると午前中だけで100人近くも来ていたのか、これは流石に予想以上だ。
午後の部開始まではまだ時間があるが、特にやることもないのでクラスの方へ向かうとするか。
◇
早速戻ってきた1年1組の教室の前には長蛇の列ができていた。
何これ、こんなに並んで何を期待しているんだこの人たちは。
「よう、シャル。園芸同好会の物販が終わったんで早めに戻って来たぜ……って中もすげえ混んでるな!」
「あっ、紫電、良い所に来てくれたね!皆紫電はいないのかってクレームがいっぱい来て困ってたんだよ」
「何、一夏がいれば十分……ってわけじゃなさそうだな、どうみても回ってねえや」
一夏は忙しそうにあっちこっちへと移動しては接客している。
執事っていうよりバイト奴隷みたいだ。
「ま、わかったよ。もう着替えてきてるからいつでも準備オッケーだぜ」
「じゃあ早速指名入ってるから、接客よろしくね?」
「任しておけ」
俺を指名するとは、酔狂なやつもいるもんだ。
大人しく一夏を指名しておけばいいのにな……。
「えへへ、じゃあ紫電、早速『執事にご褒美セット』の注文だよっ」
「って指名したのお前か!シャル!」
「今僕休憩時間だから問題ないもん。ほら、紫電も執事になりきらなきゃ!」
しかもよりによって執事にご褒美セットかよ!
……まあいい、俺を指名するとどういうことになるか、思い知らせてやろうじゃあないか。
「お待たせしました、お嬢様。執事にご褒美セットでございます」
「……し、紫電、やっぱりその恰好、似合ってるね」
「お褒めに預かり光栄です、お嬢様」
俺はそっとポッキーの入った器とアイスティーをテーブルに置く。
「執事にご褒美セットの概要はご存じですね?」
「う、うん。はい、あ、あーん……」
シャルがポッキーを俺の口元へと運ぶ。
俺は目を閉じてそれを口で受け止めるとゆっくりと咀嚼して飲み込む。
「ありがとうございます、お嬢様。それでは今度は私からさせていただきます」
「え!?ちょ、ちょっと!紫電!?そのサービスは含まれてないんじゃないの!?」
「まあまあそう仰らず。これはサービスでございます」
俺はポッキーを一本取ると、シャルの口に近づけていった。
「い、いいのかな……?あ、あーん……」
そっとポッキーの先端をシャルの口に入れる。
流石にシャルも恥ずかしいのか、ほんのりと紅潮しているようだった。
「んっ、あ、ありがとう……」
「どういたしまして、お嬢様。さあ、続いて口直しにアイスティーをどうぞ」
俺はシャルの肩に腕を回し、アイスティーの入ったカップをシャルの口元へ近づける。
「えええええっ!?紫電、これそういうサービスじゃないよ!?」
「お嬢様の喜んでいただける顔が私にとって一番のご褒美ですから問題などありません。遠慮せずに、さあどうぞ」
シャルの顔は既に真っ赤である。
ふふふ、執事と見せかけたホスト紛いの攻撃は中々有効なようだ。
シャルはすぐに顔を真っ赤にするから面白い。
「……んっ」
覚悟を決めたのか、シャルはアイスティーのカップに口を付けると、ゆっくり飲み干していった。
アイスティーの冷たさのおかげで頭が冷えたのか、シャルの顔色は少し落ち着きを取り戻したようだった。
……だがシャルよ、本番はここからだぜ?
俺はシャルが飲み終えたカップに再度アイスティーを注ぐ。
「……え、紫電?」
「お嬢様、今度は私にも一杯アイスティーを頂けませんか?」
「!?!?!?」
シャルの顔が再度真っ赤に染まる。
まるでリンゴのように、ポッキーの時とは比較にならないほど真っ赤になっていた。
(こ、これって、か、間接キス……だよね!?)
シャルの心臓はドキドキを通り越してバクバクと鳴り響き、心なしかカップを持つ手にも震えが走る。
「……あ、あーん……」
「……ん」
俺はシャルが持つカップに口をつけると、わざと時間をかけてゆっくりとアイスティーを飲み干す。
「大変美味でした。お嬢様、ありがとうございます」
「……」
シャルは顔を真っ赤にして固まっている。
(か、間接キス……!紫電と間接キスしちゃった……!?)
「お嬢様、残された時間があと少ししかありませんので、このまま写真撮影とさせていただきます」
(……!?これって、お姫様抱っこ!?お姫様抱っこ、お姫様抱っこ……!?)
俺は未だ固まっているシャルをお姫様抱っこすると、カメラを持って待っている鷹月さんのほうを向いた。
「……千道君って大胆なんだね。織斑君は顔真っ赤にしながら写真撮ってたけど」
「ま、これくらいサービスしでも良いでしょう?シャルは午前中ずっと頑張ってくれてたんだし」
「羨ましいなぁ……。あ、写真撮るよー」
パシャッと音がしてカメラのフラッシュが光る。
「じゃ鷹月さん、シャルをよろしくね。俺は次の接客に移るから」
「うーん、デュノアさん、この後仕事できるかなぁ……?」
(紫電とツーショット、紫電とツーショット……!えへへ……)
シャルロットは写真を眺めては満足そうに笑みを浮かべており、完全に自分の世界へ入っている。
手元の写真には顔を真っ赤にしたシャルロットと穏やかな笑顔を浮かべた俺が映っていた。
◇
「やったぁ、千道君とツーショットだ!」
「千道君が目の前でアイスティーを注いでくれてる……夢みたい」
「やっぱり織斑君より千道君のほうがいいわぁ……」
午前の部が終わり、午後の部になって一夏が休憩に入ると俺の忙しさはさらに倍になっていた。
なるほど、これは確かに一夏一人では大変なわけだ。
「なあ鷹月さん、一夏はいないのかってクレーム来ないの?俺目当ての人もいるっぽいけどさ」
「もちろん来てるよ、織斑君はいないのかって。でも午前中もずっと千道君はいないのか、って同じこと言われてたから大丈夫だよ、きっと」
「きっと、ねえ……」
俺はひょこっと廊下に顔を出してみたが、長蛇の列は変わらずだった。
「ていうか、一夏の休憩長くないか?もう一時間過ぎてるぜ?」
「うーん、織斑君のことだから何かに巻き込まれてるのかもね。その分が千道君に回っちゃってるけど、ごめんね」
「いや、謝らなくていいさ。鷹月さんのせいじゃなくて一夏のせいだから」
まあ一夏のことだから何かに巻き込まれているのは間違いないだろう。
ただとてつもなく嫌な予感がすることを除けば問題ないんだが、な――
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■学園祭と生徒会長と(4)
一夏が休憩から戻らずにしばらくたった頃、シオンから予定外の連絡が入ってきた。
(紫電、お楽しみのところ申し訳ありませんが、少々気になることがあります)
(ん、どうしたシオン)
(所属不明のISコアがステルスモードで織斑一夏に接近しています。これは少し妙だと思います。正当なISパイロットが織斑一夏に会いに来たというならばステルスモードで接近する意味がありません。それにこのISの持ち主の動きも妙です。第四アリーナ付近の更衣室をうろうろとしているだけで、正当に招かれた客とは思えません)
(……さっきからする嫌な予感はそれか?分かった、様子を見に行こう)
「鷹月さん、ちょっと一夏呼びに行ってくるわ。すぐ戻るからうまくクレーム処理しておいてね」
「えっ、ちょっと、千道君!?」
俺は執事服のまま対象のいる更衣室へと向かって行った。
◇
一方、一夏は無理やり参加させられた生徒会の出し物、観客参加型演劇「
(くっそー、何がシンデレラだよ!こんなに武力装備したシンデレラがいてたまるかよ!)
「その王冠をよこせー!」
「とにかくよこせ!断れば斬る!」
「何それ怖い!誰か助けてー!」
「こちらへ」
「へっ?」
一夏は突如足を引っ張られ、セットの上から転落していった。
あまりにも一瞬だったため、舞台上にいた他の参加者たちは皆一夏の姿を見失ってしまったのである。
「着きましたよ」
「はあ……はあ……ど、どうも」
誰だかわからない声に誘導されるがままたどり着いたのは俺が使った更衣室だ。
さっき着替えた制服とかも揃っている。
「えっと……ありがとうございました……?」
暗い中、少し目が慣れてきたのか相手の顔がようやく見えてきた。
その人は意外にも先ほど出会ったIS装備開発企業の人、巻紙礼子さんだった。
「あ、あれ?どうして巻紙さんが?」
「はい。この機会に白式をいただきたいと思いまして」
「……は?」
「いいからとっととよこしやがれよ、ガキ」
「っ!?」
突如口調が変わったと同時に、思い切り腹を蹴られた。
その衝撃で俺の体はロッカーまで吹き飛んだ。
「ゲホッ、あ、あなたは一体……!?」
「あぁ?私か?企業の人間になりすました謎の美女だよ。おら、嬉しいか?」
未だ倒れている俺に再度蹴りをかましてくる。
そこまでされてようやく俺は目の前の人が「敵」であると認識できた。
「くっ……白式!」
緊急展開によってISスーツごと白式を呼び出す。
「待ってたぜ、それを使うのをよぉ」
先ほどの笑みは崩れ去り、目の前の人物は邪悪な表情を浮かべる。
「ようやっとこいつの出番だからさぁ!」
「!?」
目の前の女の背後から出てきたのは蜘蛛の足のような鋭利な爪だった。
おまけに黄色と黒というカラーリングが余計に不気味さを醸し出している。
「くらいなっ!」
背中から伸びた八つの装甲脚の先端が開くと、その中にあったのは銃口だった。
これはまずい、そう思った俺は脚部スラスターを最大噴出させ、天井へと飛び上がった。
そのまま天井を蹴って方向転換すると、雪羅をクロウモードで起動させ、目の前の女に向かって斬り込みに行った。
しかし、ビーム・クロウによる斬撃は後方への跳躍で回避されてしまった。
この人、中々……強い!
「なんなんだよ、あんたは!?」
「ああん?知らねーのかよ、ガキが!秘密結社『
「知るかそんなもん!だが白式は渡さねえ!」
オータムと名乗った女が再度八門の銃口から集中砲火を行ってくる。
(くそっ、セシリアのビットだって四基しかなかったってのに、その倍の数の銃口を向けられるのはきついぜ!)
「くらえっ!」
「甘ぇ!」
なんとか懐に飛び込み雪片弐型で斬り込んだが、今度は八本の装甲脚が雪片弐型の刃を受け止めていた。
それもまずいことに刀身をがっちり挟み込まれてしまい、押しても引いてもびくともしない。
「ぐっ……!」
「まだまだだなぁ!」
いつの間にかオータムの手にはマシンガンが構築されていた。
まずい、直撃する!
「ぐあっ!」
何発かの弾丸が俺に直撃する。
肉体自体は絶対防御で守られているものの、その痛みは消えない。
「そうそう、ついでに教えてやんよ。第二回モンド・グロッソでお前を拉致したのはうちの組織だ!感動のご対面だなぁ、ハハハハ!」
「っ!だったらあの時の借りを返してやらぁ!」
俺は全速力でオータムへと斬りかかる。
「ふん、やっぱガキだなぁ、てめぇ。こんな真正面から突っ込んでくるなんてなっ!」
オータムが指先であやとりのようなものをいじっていたと思っていたら、俺の目の前に突如巨大な網が展開される。
「くっ、この――!」
エネルギーで形成された網なんて雪羅で切り裂いてやる!
そう思ったのも束の間、俺の体は指先すら動かせないほどがんじがらめにされていたのだ。
「けっ、手間取らせやがって。んじゃ、これからがお楽しみタイムといこうぜ!」
オータムが見たことも無い四本脚の装置を俺にとりつけると、全身に電流に似たエネルギーが流された。
「があああああっ!!」
雷にでもうたれたかのような激痛が全身に走った。
その間もオータムは楽しそうに笑っていてそれが余計俺の神経を逆なでする。
「さて、終わりだな」
電流が収まると同時に謎の装置が外れ、糸もボロボロと崩れ落ちる。
が、崩れたのは糸だけでなく、俺の体も膝から崩れ落ちた。
(くっ……白式!)
呼び出しても白式が展開できない。
そして俺は左手のガントレットが無いことに気付いた。
「な、何が起こったんだ……白式!おい!」
「へっへっ、お前の大事なISならここにあるぜ」
「なっ!?」
オータムの手には菱型立体のクリスタル、それは紛れもない白式のものだった。
「さっきの装置はなぁ、『
オータムはさらに俺に蹴りを決めてくる。
「かえ……せ……」
「あぁ?聞こえねーな!」
「返せっつってんだよ、てめえ、ふざけんな!」
「だから、遅えんだよ!」
今度は横っ腹を蹴り飛ばされる。
「じゃあなぁ、ガキ。お前にはもう用はねぇ。ついでだし、殺してやるよ」
マシンガンの銃口が俺に向けられる。
(まずい……!白式を取り返すどころか……!)
どこからかズドンッ、と音がした。
すると目の前にいたオータムがすさまじい速度で吹き飛ばされていった。
今のルビー色の閃光は、まさか――
「奇襲が悪役だけの特権と思うなよ、三下。……一夏、大丈夫か?」
暗い更衣室の中でもはっきりとわかる鮮やかな薄紫色の機体。
俺が何度戦っても勝てない最高の友人が今、すぐ目の前に来ていた。
◇
「っがああ!なんだ、何が起きたっ!?」
オータムは一番遠くの壁まで吹き飛ばされていた。
「よう、あんたが悪の組織の一員か、初めまして。千道紫電、機体名フォーティチュードだ。お前の立場からしてみれば厄介な正義の味方、ってところかな」
「てめぇ、どこから入った!?今ここは全システムをロックしてんだぞ!……まあいい、見られたからにはお前も殺す!」
「……見事な三下っぷりだな。あんなロック、俺にかかればかかってないも同然だぜ。一夏も不意を突かれたとはいえ、こんなやつに後れを取るようじゃいけないぞ?」
「紫電、気を付けろ!そいつ結構強いぞ!」
「へえ、そいつは楽しみだ」
(あの機体はアラクネですね。八本の装甲脚が特徴の蜘蛛のような形が特徴の機体です。本来アメリカのものですが、おそらく強奪したのでしょう)
(ISを強奪ね。俺も人のこと言えたもんじゃねーが、ろくでもないヤツってのは間違いなさそうだなッ!)
俺は目の前の不細工なISにアサルトライフル「アレキサンドライト」とマークスマンライフル「エメラルド」の銃口を向けると、一気にその引き金を引いた。
ドドドドッという凄まじい音と共に大量の弾幕が形成される。
広いアリーナの中でも驚異的なものだというのに、狭い更衣室の中でその弾幕はより驚異的だった。
「があああっ!……くそっ、これしきの弾幕っ!」
数発被弾した後、なんとか雨のような弾幕から逃れたオータムはこちらへと接近してくる。
その左手にはカタールを持ち、なんとそれを投擲してきた。
俺はスイッチブレードで投擲されたカタールを弾く。
改めてオータムの方を向くと既にそこにオータムの姿は無かった。
「バカめ!こいつでもくらいなっ!」
カタールを投擲した一瞬の後、オータムは天井に張り付き、俺の頭上に移動していたのだった。
そのまま先ほど一夏を捕えたエネルギー・ワイヤーだ。
「……頭上を取ったことに気付いていないとでも思っていたのか?やっぱり三下だな、アンタ」
エネルギー・ワイヤーが俺の体を包み込もうとした瞬間、ワイヤーの動きがピタリと静止する。
「なっ、こいつは……まさかAICか!?」
「AICとはちょっと違うんだなこれが。よく見とけ一夏、これが俺の単一仕様能力の使い方の一つだぜ。……
先ほどまで俺目掛けて落ちてきたエネルギー・ワイヤーは
天井にいる自身の方へ落ちてくるという、想定外のエネルギー・ワイヤーの動きにオータムは反応できず、自身が作りだしたネットに捕らわれて天井から落ちてきた。
「くそっ、馬鹿なっ!どうなってんだっ!」
「どうせ説明しても阿呆なお前には一生理解できんだろうよ。ところで一夏、剥離剤を食らったISコアは遠距離からのIS起動ができるようになるらしいぜ?」
「本当か!?……来いっ、白式!」
一夏の全身が光に包まれる。
そこには白式・雪羅を纏った一夏が立っていた。
「やるじゃねーか、一夏。やっぱり正義の味方の色は白か赤に限るな。さ、止めを頼むぜ、一夏?」
「ああ、助かったぜ紫電。……本当にお前は頼りになるやつだよ!」
一夏が雪片弐型を展開し、振りかぶる。
「なぁっ!?て、てめぇ、一体どうやって――」
「そんなこと知るか!オータム、懺悔の用意はできているか!」
一夏はエネルギー・ワイヤーに絡め取られて身動きの取れない状態のオータムに対し、零落白夜を全力で振り下ろした。
「ぐえっ!」
ワイヤーごと切り裂かれたオータムはそのまま斬られた勢いを殺せず、壁の方へと吹き飛ばされていった。
「おー、かっこいいじゃねーか。さあ、一夏。あの侵入者を拘束するとしようぜ」
「……ああ!」
「く、くそ……ここまでか……!」
プシュッっと圧縮された空気の抜ける音が響くと、オータムのISが本体から離れる。
「げっ、一夏離れろ!」
「何っ!?」
光を放ち始めたアラクネは数秒後に大爆発を起こした。
俺は急いで一夏を後方へと引っ張ったかいもあり、なんとか巻き込まれることは回避できた。
「どういう……ことだ……?ISが爆発するなんて……」
「いや、おそらくISコアだけ抜き取って装備と装甲だけ爆発させたんだろう。爆発オチとはまさに悪役の所業だな」
「そうか、オータムには逃げられちまったな。というか紫電、助けてくれてありがとうな。本当に助かったぜ」
「うん?俺はいつまでたっても帰ってこない執事を探しに行っただけだから気にするな」
「そ、それはなんか生徒会の出し物に無理やり参加させられたせいで……」
「ま、侵入者ありってことでこのまま学園祭を続けるのは難しいだろうな。ってかこの爆発した更衣室どうすっかね……」
「……あ」
俺たちはすっかりボロボロになった更衣室の中で途方に暮れるのであった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■学園祭と生徒会長と(5)
オータム撃退後、俺は逃亡したオータムを追っている途中でラウラとセシリアに合流していた。
二人は逃亡したオータムを確保しようとしたが、敵の援軍が来て逃げられてしまったらしい。
「何、ブルー・ティアーズの二号機が現れてオータムを助けていった?アメリカだけじゃなくイギリスも機体を強奪されてんのかよ。もうちょっと防犯意識ってやつを持ってほしいところだぜ……」
……実は新星重工もISコア盗まれてました。
しかも俺が取り返しました、なんて絶対言えねーけどな。
「それについてはわたくしも知りませんでしたわ。ブルー・ティアーズ二号機の『サイレント・ゼフィルス』はてっきり本国で動作テスト中だと思っていましたもの」
「それにあのパイロット、ビームの偏光制御射撃を行っていた。おそらくセシリア以上の腕前だと推測できる。だから追撃は諦めたのだ」
「偏光制御射撃ってあのビームを曲げるっていうやつか?ふーん……」
正直なところ、俺はビームを曲げることにさほど興味はなかった。
ビームを曲げて攻撃を回避させにくくするよりも弾速を上げて回避しにくくさせるほうが手っ取り早いからである。
現に俺の機体コンセプトを現すアサルトライフル「アレキサンドライト」とマークスマンライフル「エメラルド」は極限まで弾速を上げていた。
その結果が今までの無敗記録である。
「ま、何にせよラウラとセシリアが無事で良かった。次は俺を呼ぶといい。可能な限り全速力で駆けつけてやる」
「……そうだな、そうさせてもらおう」
「……」
さっぱりとしたラウラの表情とは反対に、セシリアは複雑そうな表情だった。
……無理もないか。
自国の機体が盗まれたと判明した挙句、本来自分の専売特許である偏光制御射撃までやられたんだ。
セシリアのプライドが傷つかない訳がない。
しかしアラクネだけでなくサイレント・ゼフィルスまで盗まれているとはな。
実はISの盗難は結構色々な所で起きているのではないだろうか。
また、亡国機業は一体いくつのISを奪取したのだろうか。
俺は頭の中で一連のIS盗難の件について考えながらすっかり夏も終わりとなった空を見上げ、オータムたちが逃げ帰ったであろう方向を見つめていた。
◇
「みなさん、先日の学園祭はお疲れ様でした。それではこれより投票結果の発表をはじめます」
結局、昨日のテロリスト襲撃などなかったかのように朝の集会は始められた。
……俺の園芸同好会は1位になってないよな?
砲丸ピーチとドームメロンのジュースは完売してしまったし、正直なところ少しどきどきしている。
「1位は、生徒会主催の観客参加型劇『シンデレラ』です!」
ぽかん、と全校生徒が口を開く。
え、あの一夏を全員でおっかけてたとかいうやつ?まじで?
「なんで生徒会なのよ!おかしいわよ!」
「私たちもがんばったのに!」
ぶーぶーと苦情が会場全体から飛び交う。
それに対して生徒会長である楯無先輩は言葉を続けた。
「劇の参加条件は『生徒会に投票すること』よ?でも私たちは別に参加を強制させたわけではないのだから、立派に民意と言えるわね」
なるほど、まるで詐欺のような手口だな。
やはり生徒達は楯無先輩の説明に納得できず、ブーイングが続いている。
「はいはい、落ち着いて。生徒会メンバーになった織斑君は適宜各部活動に派遣します。男子なので大会は出れないけど、マネージャーや庶務をやらせてあげてください。それらの申請書は生徒会に提出するようにお願いします」
「ま、まあそれなら……」
「それなら納得できるわ」
「うちの部、勝ち目無かったしこれはついてるわ!」
周囲では様々な意見が飛び交っている。
こりゃ今後も大変だな、一夏。
「一夏、グッドラック。まあ部活に所属してなかったツケが回ってきたんだろうよ」
「まじかよ……どっか入っておけばよかったかなぁ……?」
「いや、どっか一つの部活に入っても結局のところ苦情は来るだろうよ。俺みたいに個人活動してない限りはな」
「俺にとってはお前が園芸同好会なんてやってること事態が不思議でならないぞ!?」
「ま、生徒会就任おめでとさん」
一夏はがっくりと肩を落としてうなだれている。
あの生徒会長は中々癖が強くて一緒にいると胃がもたれそうだ。
楯無先輩の相手はお前に任せるぞ、一夏?
◇
朝の集会が終わった後はいつも通り授業が進められ、いつも通り俺はシオンと会話をしていた。
(……そうか、アラクネもサイレント・ゼフィルスもパイロット情報は無いのか)
(残念ですが、どこの国のデータにも該当情報がありませんでした。亡国機業についての情報もろくな情報は見つかりませんね。流石は秘密結社、といったところでしょうか)
(犯罪者リストにも載っていないとなると、よほどの実力者らしいな。これは警戒しなくては俺たちの計画の邪魔にもなってきそうだな)
(そうですね。ひょっとしたら紫電のフォーティチュードも狙ってくるかもしれません)
(その時は返り討ち、だが今の装備では物足りなくなってきたな。現状の装備だと距離を詰められたときにスイッチブレードしか対処方法が無いからな……。早く近接用ブレードを開発完了したいが、そっちの進捗はどうだ?)
(想定より時間がかかっていますね。いかんせん刃の切れ味と強度が期待値まで到達しません。少し完成予定は遅れそうです)
(そうか、それじゃ仕方ないな。それまで打鉄の近接用ブレードでも使って特訓しておくか……)
俺が最も気にしているのは亡国機業のことだった。
つい昨日撃退したオータムとかいうヤツは明らかに下っ端だ。
あんな短気な性格の奴が幹部クラスだったら秘密結社としてやっていけないから間違いない。
ただ、ISの操縦技術だけはそれなりにあった。
弾幕をかいくぐった次の瞬間には俺の頭上まで移動してエネルギー・ワイヤーを放ってくるなど、少なくとも同学年の専用機持ちたちよりも実力は上のように感じた。
下っ端のあいつであの実力ということは、亡国機業の幹部クラスはどれほどの実力者なのだろうか。
多少の危機感を感じながらも、俺は内心で強敵の出現を喜んでいた。
(オータム、か。三下の割には楽しませてくれたやつだったな)
(現状のところですと、オータムとまともに勝負できる生徒は更識楯無くらいではないでしょうか。オータムは好戦的な性格も含め、それなりの判断力も持ち合わせているようです)
(……ああ、1年生のメンバーではまだあいつと一対一で勝負できそうなのは俺くらいしかいないだろうな)
俺はオータムと戦っていた自分の姿を思い出していた。
見たことの無い人物、見たことの無い機体、見たことの無い戦法――
オータムという初めて戦う強敵を前に、間違いなく俺の心は昂ぶっていた。
もしかしたらその壁はIS学園ではなく、亡国機業の方に存在するのかもしれない。
俺はまだ見ぬ強敵を想定してはその対策を考えるのであった――
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■キャノンボール・ファスト(1)
学園祭が終了して早数日。
早くも学園は次の行事開催に向けて新たな慌ただしさを迎えていた。
「はい、それでは皆さん。今日は高速機動についての授業をしますよ!」
山田先生の声が響く。
ここ、第六アリーナは他のアリーナとは少し構造が違い、中央タワーと繋がっており高速機動の実習が可能なのである。
「まずは専用機持ちの皆さんに実演してもらいましょう!」
そう言われてスタートラインに並ぶのは1年1組の専用機持ち四人組である。
一夏の白式・雪羅、箒の紅椿、セシリアのブルー・ティアーズ、そして俺のフォーティチュード。
シャルとラウラはまだ高速機動用の増設スラスターが準備できていないらしいとのことで準備中だ。
「なるほど、それがセシリアの高速機動パッケージか。中々かっこいいな」
「ええ、これがわたくしの『ストライク・ガンナー』ですわ。ところで紫電さんの機体には何も変化が見られませんが、高速機動パッケージはありませんの?」
「ああ、デフォルトで高速機動を想定した機体だからこれ以上速くはできねーんだ」
「……紫電。今まで気になっていたのだが、お前のフォーティチュードの最高速度はどれくらいなのだ?お前の機体のマシンスペックは公開されていたが、速度については測定不能とされていたのだが?」
「俺の機体の情報について調べたのか、箒。最高速度が測定不能なのはどこまで俺の体がついていけるか分かんねーからどうとも言いようがないんだ」
「……そんなに速度が出るのか?」
「それはこれからのお楽しみだ」
「みなさーん、準備できましたかー?これからスタートの合図を出しますよー?」
「おっと、おしゃべりタイムはここまでみてーだな。さて、今回はちょっとばかし本気出すぜ?」
俺以外の三人がごくりと唾を飲む。
やはり三人とも俺のことを警戒しているようだった。
「では、……3、2、1、ゴー!」
山田先生がフラッグを降ろすと同時に、各位一斉に飛び出す。
やはり先頭に抜き出たのは俺だった。
スタートダッシュのタイミングもそうだが、他の三人と比べると最高速度に達するまでの加速力が圧倒的に違う。
そしてそれはスタートしてからわずか数秒でその差は一目瞭然となった。
三人が中央タワー外周にたどり着いた頃、既に俺はタワー頂上から折り返しているほどに差が開いていたのだった。
そしてそのまま圧倒的な速度でスタート地点まで戻ってくると、スタートライン上で急停止した。
「せ、千道君が一番でしたね。まだ皆さん折り返し地点から戻ってきているところなので、もう少し待ちましょうか……」
「うーん、もう少しタイムは縮められそうだけど、本番は妨害もありなんですよね?そう簡単にはいかないか……」
「え、ええ、本番では妨害ありなんですが、これだけ差が開いてしまうと妨害もできないような……。あっ、皆さん帰ってきましたね!」
それぞれセシリア、箒、一夏の順にゴールインするも三人は息が上がっていた。
「はい、お疲れ様でした!皆さんすっごく優秀でしたよ!」
「し、紫電さんに全く追いつけませんでしたわ……」
「……どうなっているのだ、あの機体は……。全速力で追いかけたはずだぞ……」
「はぁ、はぁ……。結構うまく機動できたと思ったのに最後かよ……。にしても紫電速すぎるだろ……」
「そりゃ高機動重視の機体だからこれくらいできねーとダメだろ?」
「「「……はぁ……」」」
三人は遂に沈黙してしまった。
俺の機体は構造が特殊だからあんまり気にしなくていいんだがなぁ。
「うーん、やっぱり紫電の機体が一番だったかぁ。あそこまで差がつくなんて……」
「うむ、正攻法ではまったく勝てる気がせん。機体を大破させるレベルの妨害でもしかけなければこちらの負けは明白か……」
第三者として見ていたシャルとラウラの感想もそんなものか。
というかラウラよ、俺を大破させるほどの手段があるのなら練習試合の時にもっと早く仕掛けて来いと言いたい。
◇
そしてキャノンボール・ファスト当日。
素晴らしい秋晴れの下、会場は超満員となっていた。
最初のプログラムである2年生のレースは抜きつ抜かれつの大混戦となっており、観客たちも興奮のるつぼへとはまり込んでいた。
そんなレースも間もなく終わる。
そうすれば次は俺たち、1年生の専用機持ちたちのレースである。
相変わらず4組の代表候補生は参加していないが、そんなので本当に日本代表候補生が務まるのだろうかと俺は気にしていた。
そんなことを考えながら俺がピットの中に入ると、俺以外の全員はもう既に準備万端、というような状態だった。
俺のフォーティチュードには高速機動用に機体を設定する必要が無いため、通常の状態で準備万端なのだ。
「おっ、来たな優勝候補。演習では散々だったが、今度は妨害ありだからな。全力で妨害させてもらうぜ!」
「紫電、そう簡単には優勝させてやらんぞ。覚悟しておくんだな」
「へぇ、やっぱり紫電が一番早かったんだ。だけど私のことを忘れてもらっちゃ困るわね!優勝はあたしよ!」
一夏、箒、鈴の三人は俺に勝つ気満々のようだ。
そうだ、そうでなければ俺も張り合いがない。
「へぇ、みんなやる気あるみたいじゃねーか。期待させてもらうぜ?」
「望むところだ、本番では何があるかわからんからな。足元をすくわれないように気を付けるがいい」
「みんな、全力で戦おうね。恨みっこなしだよ!」
ラウラとシャルもやる気は十分なようだ。
俺も手加減する気は一切無かったし、これで何も気兼ねせずにレースに集中できそうだ。
「みなさーん、準備はいいですかー?スタートポイントまで移動しますよー」
山田先生ののんびりとした声が響く。
どうやら2年生のレースは終了したようだった。
1年の専用機持ち全員がマーカー誘導に従ってスタート位置へと移動を開始する。
それにしても、大勢の観衆に晒されるのは中々悪い気はしないものだ。
まるでスーパースターにでもなった気分だ。
「それではみなさん、1年生の専用機持ち組のレースを開催します!」
アナウンスと同時に観客席から大きな歓声が沸くと、俺たちは各自位置に着いてスラスターを点火した。
超満員の観客が見守る中、ついにレースの開始を告げるシグナルランプが点灯し始める。
3……2……1……ゴー!!
「いくぜッ!」
やはり先頭に飛び出したのは俺だった。
実はスタート直後にラウラがAICで俺のスタートダッシュを阻止しようとしていたのが読めていた。
そのため、うまくラウラとの間に鈴を挟むようにしてAICの束縛を逃れた俺はまんまとスタートダッシュに成功したという訳である。
もちろん鈴は俺の代わりにラウラのAICに掴まり、ラウラと揃ってスタートから出遅れてしまっていた。
しかし好調なスタートを切ったのは俺だけでは無かったようだ。
後方から容赦なく銃弾やらビームやらが飛び交ってくる。
ハイパーセンサーで後方の様子を見ると、こちらを狙っているのはセシリアとシャルだった。
ふむ、やはり技巧派な二人はこのキャノンボール・ファストでも良いスタートダッシュをしてきたか。
ならばこちらも本気で反撃させてもらうぞッ!
俺は前方への加速を維持したまま後方へと振り向き、アサルトライフル「アレキサンドライト」とマークスマンライフル「エメラルド」でセシリアとシャルに狙いを定めた。
薄緑色のマズルフラッシュと共に大量の弾丸がセシリアとシャルに襲い掛かる。
「きゃあっ!……加速を維持したまま後方を振り向くなんて、器用なことしますのね!」
「わわっ!あの緑色の弾丸はまともにあたるとものすごいシールドエネルギーを減らされるから気を付けてね、セシリア!」
「わかってますわ!ですがこのまま独走を許すわけには――!?」
セシリアが前を振り向くと、そこに既に紫電の姿は無かった。
「……逃げられちゃったかなぁ。最初に振り切られるともう追いつけないのになぁ」
「感心してる場合ではありませんわ!さっさと追いかけますわよ!」
◇
……どうやらうまいこと、先頭組だったセシリアとシャルを撒けたようだ。
俺はそのまま二人と差を広げると、早くも二周目開始のスタートラインへと到達し、立ち止まっていた。
「おおっと、千道選手!急に立ち止まってしまいました!マシントラブルでしょうか!?」
アナウンスは俺のマシンがトラブルを起こしたかと勘違いしているようだが、トラブルが起きたのは決して俺ではない。
(……シオン、どうやら招かれざる客が来たようだな?)
(ええ、ISコアの情報を確認したところ、近づいてきているのはサイレント・ゼフィルスで間違いありません。……射撃が来ます!)
(ちッ!)
俺はどこからともなく放たれたビームをスイッチブレードで弾き飛ばす。
「隠れてないで出て来いよ。もうお前がいるってことは分かってんだ」
大声で俺が叫ぶと、その機体はゆっくりとその正体を現した。
一見すると蝶の翅のようなカスタム・ウイングに長い砲身の射撃兵器。
そして機体の周囲を浮遊するビット兵器、サイレント・ゼフィルスだった。
「いきなり狙撃してくるとは、匪賊には誇りの欠片も無いのか?」
「……」
「だんまりか。いいだろう、俺が相手してやる」
俺は左手に構えたアサルトライフル「アレキサンドライト」で一発、撃ち返す。
ひらりとしたサイレント・ゼフィルスのその機動はあっさりと俺の狙撃を回避して見せた。
……なるほど、セシリアが苦戦したというのも頷ける腕前だ、ならばこっちはどうだ?
今度は右手に構えたマークスマンライフル「エメラルド」で狙撃を行う。
同じようにして回避しようとしたのかは分からなかったが、あまりにも早すぎるエメラルドの弾丸は正確にサイレント・ゼフィルスを捉えることに成功していた。
「……っ!?」
「どうやら調子に乗りすぎたようだな。相手の装備もろくに理解せずに奇襲を仕掛けるとは、愚の極みだぜ」
「貴様っ……!」
どうやら向こうもやる気を出してきたようだ。
セシリアのスターライトmkⅢによく似た大型のライフルをこちらに向けると、躊躇なく連射してきた。
そしてそのビームはゆるやかに弧を描いてこちらに向かってくる。
なるほど、偏光制御射撃ってのはこれのことか。
――だが遅すぎるぜッ!
俺は左、右、左と小刻みにステップを刻み、ビームの連射を回避する。
やはりそうだ、俺は射撃系の武器にやたらと強くなっている。
実弾にせよビーム弾にせよ、自分に向かって飛んでくる弾丸がすごくゆっくりに見えるのだ。
相手の射撃を見てから回避する、なんてことはもはや俺には簡単にできていた。
「……貴様、何者だ?」
自慢の曲がるビームをあっさりと回避されたせいか、サイレント・ゼフィルスのパイロットも動揺しているようだ。
声が若干上ずっているように聞こえる。
「千道紫電、機体名フォーティチュードだ。お前は名乗らないのか、臆病者さんよ?」
「臆病者だと……!?いいだろう私の名はエム、だ。地獄への土産に覚えておくがいい!」
今度はビット兵器も同時に射撃を行ってくる。
ほう、セシリアはビットを操作している最中動くことができなかったが、こいつは射撃も同時にこなせるのか。
やはりセシリアよりも実力は上ってところか……?
俺はビット兵器の射撃も器用に回避しながら冷静に相手の分析を行っていた。
◇
「きゃあああああっ!」
「落ち着いて!みなさん、落ち着いて避難してください!」
会場は突如現れた侵入者によってパニックを起こしていた。
丁度スタートラインまで戻ってきた上位組であるセシリアとシャルロットはその異常事態に気付いた。
「大変だ、セシリア!観客席でパニックが起こってる!」
「あれは……サイレント・ゼフィルス!?こうしてはいられませんわ!シャルロットさん、申し訳ありませんがわたくしはサイレント・ゼフィルスに用がありますので会場の方はお願いいたしますわ!」
「あ、ちょっと、セシリア!?」
サイレント・ゼフィルスが現れたことが分かった途端、セシリアは目の色を変えて飛んで行ってしまった。
「……まあ、紫電が今戦ってるみたいだし、大丈夫だよね?気を付けてよ、紫電、セシリア……」
そういうとシャルロットは観客席のほうへ向かい、避難誘導を行うのだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■キャノンボール・ファスト(2)
「紫電さん!サイレント・ゼフィルスの相手はわたくしが務めますわ!」
「……セシリア、追いついてきていたのか。残念だがコイツの相手はお前一人では重すぎるな。その高機動パッケージの間、ビット兵器は使えないんだろう?」
「……っ!わ、分かりました!紫電さん、一緒に戦ってくださいますか?」
「了解。俺が弾幕を張って注意を引いてやるから、そっからさらに援護射撃頼むぜ?」
俺は再び左手のアサルトライフル「アレキサンドライト」の引き金を引く。
フルオートモードで発射された大量の弾丸は高機動力を誇るサイレント・ゼフィルスを持ってしても回避は難しそうだった。
「くっ……こんな銃弾ごときにっ!」
「そこですわ!」
「!」
俺の弾幕によって一瞬ひるんだサイレント・ゼフィルスをセシリアは見逃さなかったようだ。
スターライトmkⅢからビームが放たれる。
しかし、サイレント・ゼフィルスの近くを浮遊していたビット兵器が傘のように開くと、セシリアが放ったビームは霧散してしまった。
「あれは……シールド・ビット『エネルギー・アンブレラ』!?紫電さん、お気をつけて!あのシールド・ビットはビーム系の兵器を無効化するものですわ!」
「へえ、ビーム系の兵器を無効化ね。大丈夫だ、俺のライフルは実弾だから。セシリアはそのまま射撃を続けてあいつのエネルギーを減らしてくれ!」
「分かりましたわ!」
俺はサイレント・ゼフィルスを中心に円を描くように動き回りながら銃弾の雨を降り注がせる。
流石の高機動が売りの機体といえど、俺のフォーティチュードのスピードについてはこれないようだ。
「ぐっ……貴様……っ!」
うまくアレキサンドライトの全弾命中は回避しているようだが、それでもエメラルドの弾丸は回避しきれないようだった。
「意外か?IS学園にこんな強いやつがいるなんてよ。そりゃそうだろうな、亡国機業に俺はいないからなッ!」
セシリアの砲撃がシールド・ビットに直撃した瞬間を見計らって俺は肩部レーザーキャノン「ルビー」を発射した。
実弾にばかり気を取られていたせいか、俺からの射撃にシールド・ビットを展開することもできずにサイレント・ゼフィルスの周りにルビー色の閃光が散った。
「紫電さん、ビーム兵器を直撃させましたの!?」
「ああ、セシリアの援護のおかげだ」
赤い閃光がサイレント・ゼフィルスの周囲から晴れていく。
ルビーの直撃はやはり大きなダメージとなったようだ。
「セシリア、今ならお前のビームでも当てられるんじゃないのか!?」
「っ!?」
サイレント・ゼフィルスのシールド・ビットは作動したままだ。
しかし、ビームを曲げることができれば話は別――
セシリアの心の中で蒼い雫が水面に落ちる。
(これが、ブルー・ティアーズ……。今なら――!)
セシリアは無心になってスターライトmkⅢを構えると、ゆっくりとその引き金を引いた。
それはいつも通りの動作、いつも通りの射撃だった。
しかし、そのビームの弾道はサイレント・ゼフィルスのシールド・ビットを避けるように、ゆるやかに弧を描いてサイレント・ゼフィルスへと直撃した。
「ぐっ!……馬鹿な、偏光制御射撃だとっ!?」
セシリアの攻撃が予想外だったのか、サイレント・ゼフィルスが空中でふらふらとたたらを踏む。
なかなかのしぶとさだな、その辺はまさに悪役って感じがするな。
俺たちがサイレント・ゼフィルスの反撃に備えて構えていると、突然サイレント・ゼフィルスから黒煙が吹き上がる。
「っ!?」
これは故障ではないな、逃走用の煙幕か!
俺は黒い霧の中に隠れるサイレント・ゼフィルスに向かって再度エメラルド弾を放ったが、残念なことに手応えは無かった。
もくもくと黒煙が広がっていく中、俺にはもう一つ、サイレント・ゼフィルス以外に気になっている点があった。
ハイパーセンサーで見える観客席で、楯無先輩が誰かと戦っているようだったのだ。
(シオン、向こうで楯無先輩が戦闘しているようだが、相手が誰か分かるか?)
(更識楯無は相手のことをスコールと呼んでいました。どうやら亡国機業の一員のようです)
(観客席側にも亡国機業の構成員だと?しかも楯無先輩が勝負を仕掛けてるってことは……そいつは幹部の可能性が高いな。さっきのエムってやつをけしかけておいて自分は高みの見物、といきたかったところを楯無先輩に見つかったってところだろうな)
(その説については否定できませんね。更識楯無の攻撃を簡単に防ぐところを見ると、実力的にもかなり高いようです。幹部クラスの可能性が高いでしょうね)
(まあなんにせよサイレント・ゼフィルスを追撃したいところだが、それはちょっと無理そうか)
サイレント・ゼフィルスは既に黒煙に紛れ、遠くへと離脱してしまっていた。
そのまま追撃して撃墜することも十分可能ではあったが、あのエムというパイロットはなかなか面白い。
そのまま成長すればもっと面白くなる存在だと感じた俺は、追撃することを止めたのである。
「紫電さん、サイレント・ゼフィルスを追撃いたしましょう!」
「いや、セシリア、それはやめたほうが良さそうだ」
「どうしてですの!?サイレント・ゼフィルスを取り返す絶好の機会ではありませんか!」
「さっき観客席のほうで楯無先輩が戦っているのが見えた。おそらく亡国機業の一員だろう。それも、見事に楯無先輩の攻撃を防いで逃亡したようだ。他にも亡国機業の罠があるかもしれん。追撃は危険だ」
「……っ!ですがっ……!」
「落ち着け、セシリア。自国の機体が悪用されて気分が良くないっていうのは俺だってわかる。でも、不用意な追撃で自らを危険に晒すのは愚策だ。焦るんじゃあない」
「……わかりましたわ。少し頭に血が上っていたようですわね」
「分かってくれればいい。それじゃ戻るとするか」
俺とセシリアはキャノンボール・ファストのスタート地点へと戻っていった。
◇
スタート地点ではみんなが待ってくれていた。
「紫電、セシリア!無事だったか!?」
「ああ、大丈夫だ一夏。サイレント・ゼフィルスには逃げられたがな」
「もう少しわたくしが強ければサイレント・ゼフィルスを取り戻せましたのに……!」
「あのサイレント・ゼフィルスと戦ったのか?それにしてはほとんど外傷が見られないが」
ラウラはセシリアの機体をチェックしながら疑問をぶつけている。
そういえば前にサイレント・ゼフィルスと戦ったのはこの二人なんだっけか。
「それは紫電さんが常にサイレント・ゼフィルスを引き付けてくださったからですわ。ビット攻撃と射撃攻撃の両方とも紫電さんを狙っていましたが、紫電さんは見事に全弾回避していましたわ。目の前で見ていたのですが、本当に同じ人間なのか疑わしく思えてきましたわね」
「なるほど、確かに紫電ならそれくらいできるか」
ラウラがうんうんと頷く。
ビット攻撃と射撃攻撃の同時回避なんて慣れれば君たちだってできるよ?多分……。
「それより楯無先輩のほうは無事なのか?観客席のほうで戦っている姿が見えたんだが――」
「あら?紫電君ってば、おねーさんのこと心配してくれるの?うれしいなー」
いつの間にか1年生専用機持ち組の中に楯無先輩があらわれていた。
ほんと神出鬼没だなこの人。
「いえ、心配はしてないですが勝てたんですか?」
「うー、紫電君ってば冷たいっ。っていうかサイレント・ゼフィルスを相手にしながらこっちのことを気にしてたのかしら?」
「まあ近かったんでそれぐらいは見れますよ。なんだか楯無先輩の相手強そうでしたし、気になってたんですよね」
「……ほんっと器用ねー。でも亡国機業には逃げられちゃいました。向こうも全然相手する気なかったみたいだしねー」
バシッと開かれた扇子には残念、と書かれている。
「そうですか。……この有様だとレースは中止ですかね?」
「うん、観客は全員避難させたし、レースの継続はさすがに無理ね」
「楯無先輩、今回の亡国機業の襲撃、何が目的だったんですかねえ?」
「うーん、流石の私も連中の考えまでは分からないわね」
「……そうですか」
俺の予想としてはサイレント・ゼフィルスの腕試しではないかと考えている。
サイレント・ゼフィルスはブルー・ティアーズの二号機だ。
機体としては最新のものだし、盗まれたのもおそらくつい最近だろう。
そして盗んだばかりの機体の調整相手として、俺たちIS学園の専用機持ちの1年生が選ばれた、というのが俺の推測である。
なにせ今年の1年生は専用機持ちが大勢おり、各国の代表候補生も揃っているのだから相手には事欠かない。
ただ、その中でも俺が想像以上に強く、サイレント・ゼフィルスを返り討ちにしてしまったことは亡国機業側にとっても予想外なことだっただろう。
本当はあんなボロボロな状態で帰るつもりはなかったんだろうな。
しかし、あのエムとかいうパイロット、誰かに雰囲気が似ているような気がしたな……。
はて、誰だろう……?
◇
「お帰りなさい、エム。随分と派手にやられたようだけど、IS学園にあなたを上回るISパイロットなんて存在したかしらね?」
「けっ、ざまぁねぇな。どうせお前もあの男にやられたんだろうがよ!」
「……っ!」
エムと呼ばれた少女がオータムを睨む。完全な誤算だった。
オータムが千道紫電という男に敗れたという話は聞いていたが、所詮はオータムのことだ。
不意を突かれて負けたのだろうと高をくくっていた。
それがどうだ、自分も千道紫電に一発被弾させることすらできずに大破させられてしまった。
目的だったサイレント・ゼフィルスの稼働データ採取も無残な返り討ちという結果に終わってしまい、完全な任務失敗である。
(千道紫電っ……!貴様も私の邪魔をするのか……!)
エムは思わず壁を殴りつけていた。
なぜあいつは偏光制御射撃をあっさりと避けることができた?
なぜ自分はあいつの射撃を避けることができなかった?
――思い浮かぶのはあいつに自分がやられる姿ばかりであった。
(くそっ!あんなやつに手間取っている暇など無いのに……!)
再度壁を殴りつけると、そこにはじわりと血が滲んでいた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■宇宙農家の試練
キャノンボール・ファストが終了して早翌日。
俺はとある問題に直面していた。
「……やばいな、ピート君から送られてくる野菜が増えすぎてきた」
ひっそりと宇宙船内で行っている農作業活動は順調だった。
いや、順調に行き過ぎていたのだ。
農作業を担当しているピート君は既存の種を交配させては次々と新しい作物を送ってきている。
つい最近砲丸ピーチとドームメロンを大量に売りさばいたばかりだが、まだまだ他の野菜が大量に残っているのである。
ピート君が送ってくる野菜はどれも外観が独特なので、うかつに売りに出すこともできないのだ。
となれば、消費する方法は食べるしかない。
「どうにかして食わないと悪くなっちまうなー。元々研究のために作っていたとはいえ、廃棄しちゃうのはもったいないし……。そうだ、ここは盛大に野菜パーティーでも開催しよう!」
俺は早速食堂の厨房にレンタル予約を入れると、1年生の専用機持ちたちに参加を呼び掛けるのだった。
◇
翌日の放課後、1年の専用機持ちたちは揃って食堂へ向かって歩いていた。
「珍しいな、紫電の方から俺たちにイベントの呼びかけをするなんて」
「なんでも、園芸同好会で作った作物が豊作すぎて食べきれなくなったとか言っていたぞ。あの紫電がそんなことを言うなんて、少し意外だったな」
一夏と連れ添って歩く箒はくすりと微笑を浮かべる。
その後ろには1年の専用機持ちであるセシリア、鈴、シャルロット、ラウラが続いている。
「キャノンボール・ファストの慰労会も兼ねるなんて、紫電さんは気が利きますのね」
「でも野菜パーティになる訳でしょ?どんな料理出てくるのかわかんないわねー」
「それなら大丈夫だよ、鈴。紫電は本当に料理上手だったよ。僕が保証するよ」
「む、シャルロットは紫電の料理を食べたことがあるのか?」
「うん、僕も前野菜が余ったーって言われて、紫電の作った料理を食べたんだ。もうすっごいおいしくて、ついおかわりまでしちゃったくらいだよ」
ちなみにそのときシャルにご馳走したのはシマイモの
一同が食堂に着くと、そこに立っていたのはコック服を着た紫電だった。
その姿は全員が似合っている、と思ったに違いないだろう。
それくらい紫電のコック服は様になっていたのである。
「……おお、みんなよく来てくれた!今日は園芸同好会が手塩にかけて育てた野菜たちを食べてもらおうと思って料理を用意したんだ。キャノンボール・ファストの慰労会と思って、遠慮なく食べていってくれ。もちろん、野菜料理ばかりではないから安心してくれよ?」
そういうと紫電はテーブルの上を指差す。
テーブルの上には既にずらりと料理が並んでいた。
「えっ、この量を一人で作ったのか!?相当大変だろう、この量」
「いやいや、手塩にかけて育てた野菜が腐って廃棄になるということを思えば、これくらいの料理はなんともないさ。ささっ、バイキング形式だから好きな料理をがんがん食べてくれ」
「それじゃ、遠慮なく……ってその前に一応料理の説明を聞いていいかな?このサラダ、一体何でできてるの?なんか所々で光ってるんだけど」
「流石のシャルも見て分からないか。これは透明キャベツ、電灯キューリ、トマトニアンのシーザーサラダだ」
「あっ、これ園芸同好会の展示で見たぜ!ジュースは売り切れてたけど、なんか葉っぱが透明になってるキャベツと蛍光灯みたいに光るキューリだよな!」
「ああ、あれか。一夏が私と一緒にジュースを買いたいというから着いて行ったが売り切れだったという……」
「ほ、箒。それについては悪かった。でもどうしてもあのジュースを箒にも飲ませてやりたかったんだよ……」
「ああ、午後の休憩時間中に園芸同好会まで来てくれてたのか。悪いな一夏、ジュースの販売は午前中で売り切れちまったし、その後俺はずっとクラスの出し物に出ずっぱりだったからよ。だが、安心しろ、またあの砲丸ピーチとドームメロンは用意してあるから。ほら、そこにあるぞ」
「よっしゃ!流石紫電だぜ!ほら箒、これだよこれ!俺今度はピーチもらうぜ!」
「なんだこの変わった形のメロンは……ってなんて甘さだ、これはっ……!?」
一夏と箒は早速砲丸ピーチとドームメロンに夢中なようだ。
生徒会に行ったとき、一夏はあのメロン気に入ってくれてたしなぁ。
「ねえ、キャベツとキューリはなんとなくわかったけど、トマトニアンって……何?」
「おお、途中で説明を切って悪かったな、シャル。これは正真正銘トマトなんだが、なんだか見た目がエイリアンっぽかったからトマトニアンと名付けたんだ」
「見た目がエイリアン……。ああ、言われてみればなんとなくそんな気もするね……」
「ただ栄養価が通常のトマトとは比較にならないぐらい高いから食べると相当な美肌効果が期待できるという――」
「食べますわ!」
さっそくサラダに手を伸ばしたのはセシリアだった。
それもトマトニアンを大目によそっている。
「っ!なんですのこのトマトの甘さ!?まるでフルーツトマトではありませんか!それにこのキャベツも素晴らしい水分と甘味ですわ!キューリも光っているだけの添え物かと思いましたが、素晴らしい食感で次々に食べられそうですわ!」
サラダは作り方がシンプルな分、素材の味が重要である。
どうやらセシリアはシーザーサラダを気に入ってくれたようだ。
「サラダでこれほどの美味を感じたのは初めてのような気がしますわ!」
「気に入ってくれたようで何よりだぜ」
「おい、紫電。こっちの
ラウラは野菜スープが気になったらしい。
やはり芋が入っているからだろうか?
「おう、そういえばドイツでは野菜スープをアイントプフって言うんだっけか。そのスープにはシマイモ、コスモニンジン、星カブ、タマネギボムに牛肉を加えたコンソメベースのスープだ」
「随分変わった品種名だな。特にタマネギなのにボムとは一体どういうことだ?」
「なんか形がボムみたいだったからさ。ただ味と栄養バランスはすごいぜ?」
「ふむ、いいだろう。だが私はアイントプフについてはうるさいぞ?」
ラウラは野菜スープをよそうと、早速シマイモにフォークを突き立てた。
「……この芋、なんと柔らかく、ほどよい粘り気だ……!一口噛むたびに口の中でとろけるようだ……!それにこのスープもなんという美味……!それぞれの野菜がすばらしいダシとなっているようだなっ……!」
ラウラは勢いよく野菜スープを飲み干す。
具は細かく切ってあるが、そんなに一気に飲むと詰まらせるぞー。
「ねえ、紫電。あたしの見間違えじゃなければこれは餃子かしら?あんた中華も作れるの?」
鈴が小皿に取っていたのはその通り、俺特製の揚げ餃子だった。
「おお、その餃子は是非とも鈴に味見してほしかったんだ。結構な自信作なんだぜ?」
「ふーん、でもあたしは餃子にはうるさいわよ?じゃあまず一口――」
一口サイズに揃えられた揚げ餃子が鈴の口へと運ばれていく。
サクッとした音と共に鈴の目が大きく開く。
「なっ、こ、この味と匂い……!紫電、あんた何をしたわけ!?」
「ど、どうしたのさ、鈴!?」
「どうしたもこうしたもないわよ!シャルロット、あんたも料理部の一員なら食べてみなさい!」
「わ、わかったよ……んっ」
シャルロットは揚げ餃子を食べて鈴の言いたいことがすぐわかった。
「……!?これは、この味はニラとガーリックを使っているんだね?」
「そう、この独特の風味はニラとガーリックによるものよ。でもなんで!?ニラとガーリックを使っているにもかかわらずあの臭みやえぐみが全く無いの!?というよりもなんでこのニラとガーリックの匂いが芳しく感じられるのっ!?」
流石鈴、そこまで見抜いてくれたか。
餃子にニラやガーリックを入れるととても強烈な風味と匂いを出すが味が引き締められ、よりおいしくなるのは料理人なら誰でも知っていることだ。
そして女性はその強烈なニラやガーリックの匂いを嫌うことも当然俺は理解していた。
もちろん牛乳を混ぜることで臭み消しを行っているが、本当はそんなことすら必要ないくらいに、このニラとガーリックの質が良いのだ。
その品種の名はまさにニラの王冠、ニラクラウン。
そしてとげとげした見た目をしているものの、匂いについては最早癒しの芳香ともいえる奇跡の野菜、トゲガーリックだ。
俺はこの二つの野菜の匂いと風味に絶対的な自信を持っていたからこそ、この揚げ餃子にニラとガーリックを混ぜたのだ。
「まさか女の子に食べさせる餃子にニラとガーリックを混ぜるなんて……。しかもそれでいてこの芳しい匂いを生み出せるなんて……これは流石にあたしの負けだわ。この匂い、たまらないわ!」
そう言いながら鈴は二つ目の餃子を口へと運ぶ。
「おお、こっちの餃子も桃に負けないいい匂いだな。ところで紫電、この米料理は何だ?」
「これは……見たことない米料理だな」
一夏と箒はジュースを飲み終えたのだろう。
興味津々といった様子で大型フライパンの上に盛られている米料理を見つめている。
「流石二人とも日本人だけあって米料理に興味ありか。これはパエリアっていうスペインの米料理だ」
解説しながら早速二人分の小皿にパエリアを取り分けていく。
「おお、なんか香ばしい香りがする。ちょっと辛そうだけど、箒は辛いの大丈夫か?」
「辛すぎるのは流石に食べられないが、少々辛い程度なら問題ない」
「大丈夫だ、そのパエリアはみんなで食べれるように辛さは控えめにしてある」
「ならば大丈夫だろう。パエリアとやら、期待させてもらおう」
一夏と箒がパエリアを一口、口の中へと運ぶ。
「っは!口の中ですっげーいい香りが広がったぜ!」
「うむ、米もいいが特徴的なのはこの豆か。一粒一粒もちもちとした歯触りと甘味があって、スパイスの辛みと調和している。……このスパイスも味わったことの無いような気がするな」
流石に箒も鋭い。
そのパエリアに使用しているのは感涙食感の宇宙マメとホタル唐辛子だ。
この宇宙で育ったマメはやたらともちもちした食感が特徴的で、非常に日本人好みな食感をしている。
そしてこのホタル唐辛子は文字通り、蛍のようにほんのりと光る唐辛子なのである。
強烈な辛さを誇るこのホタル唐辛子も、分量を抑えれば絶妙な辛さを引き出してくれるのだ。
「流石だね、紫電。皆をこうも喜ばせる料理を作るなんてね。でも僕はこれでもフランス人なんだ。料理にはちょっと厳しいよ?」
「ああ、分かってる。シャルには是非これを食べてほしい」
俺は小皿にそれをよそうと、シャルロットの前に突き出した。
「これは……クレープ・シュゼット!?」
「ああ、俺もフランス料理自体は初挑戦だが、こいつは自信作だ。さあ、食べてみてくれ、このイチゴブドウのクレープ・シュゼットを」
「イチゴブドウって……イチゴなのかブドウなのかどっちなの?」
「それは食べた人のみぞ知る……。さあ遠慮なく!」
シャルロットは俺からクレープ・シュゼットを受け取ると、フォークで一口サイズの大きさに切ってその小さな口へと運んでいった。
「……!?なるほどね、確かにイチゴともブドウとも取れるような変わった味だね。でもこの甘さの前にはそんなことどうでもいいかな。生地もふわふわして柔らかいし、これは今まで僕が食べたクレープ・シュゼットの中で一番おいしいよ!」
「よっし!料理まで努力したかいがあったぜ!さあ、まだまだ量は残ってるからがんがん食ってくれていいぞ!」
「任せろ!こんだけうまい料理ならいくらでも食えるぜ!」
「むう、嫁も絶賛していたこのメロンは本当に美味いな!」
「ちょっとセシリア、トマトばっかり食べないでよ!」
「これは早い者勝ちですわ!それにキャベツとキューリもしっかり食べていますから!」
最後まで騒がしくも俺が準備した料理は無事全てみんなの胃袋におさまり、園芸同好会主催のキャノンボール・ファスト慰労会は無事終了したのであった。
☆本日のメニュー☆
・光るシーザーサラダ
・宇宙野菜たっぷりスープ
・女性でも安心してたべられるニラ&ガーリック入り揚げ餃子
・宇宙マメとホタル唐辛子の特製パエリア
・イチゴブドウのクレープ・シュゼット
・砲丸ピーチジュース&ドームメロンジュース
以上、お粗末ッ!
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■専用機限定タッグマッチ(1)
「えー、先週行われたキャノンボール・ファストは残念なことに中止となってしまいましたが、専用機を持っている皆さんには次の行事があります」
朝のショートホームルームでの山田先生の発言である。
え、また何か専用機持ちにやらせんの?IS学園はお祭り好きなの?
「キャノンボール・ファストの襲撃事件を踏まえて、各専用機持ちのレベルアップを図ります。なので、今月の中旬から全学年合同で行う専用機持ちたちのタッグマッチを行います!」
そう言う山田先生はノリノリである。
言うのはいいけど、実際行事に参加する身としては結構大変だということを認識してもらいたい。
「山田先生、全学年合同って言いましたけど、現在このIS学園にいる専用機持ちって確か1年生に八人、2年生に二人、3年生に一人でしたよね?一人余るんじゃないですか?」
「それについては問題ない。千道、お前はタッグを組まずに一人で戦え」
俺の質問に返答してくれたのは織斑先生だった。
「……実力的に3年生の一人ではなく、俺が一人ですか?」
「ああ、そうだ。全専用機持ちを含めて、私はお前の実力が一番上だと思っている。お前が一人でようやくバランスが取れるだろう。お前は一対複数の対戦経験を伸ばせ」
「そうですか。随分評価されてるみたいですね。ま、わかりました。気楽にやらせてもらいます」
クラス中からはガヤガヤと色々な意見が飛び交ってくる。
「専用機持ちってやっぱり大変なんだなー」
「3年生の先輩を差し置いて千道君が一人ってすごくない!?」
「いいなあ、専用機持ちって」
この慌ただしさを考えるとあまり良いものではないけどな。
さて、タッグパートナーのいないタッグマッチか……。
流石になんの作戦も立てずに勝てる勝負ではないだろう。
どうやって勝つとするかねー。
(既存の武装だけで専用機持ちのタッグを相手にするのは厳しいのではないですか、紫電?)
(まあそう簡単には勝てないだろうな。ただ、今から新しい装備を作る時間は無いな……。例の近接用ブレードはどうだ?)
(もう数日で完成といったところですね。ギリギリでタッグマッチまでには間に合うでしょう)
(そうか。それと並行してもう一個、念のために仕込みをしておくか……)
結局、俺とシオンの作戦会議は授業が終わるまで続いた。
◇
「で、お前らもう誰と組むのか決めたのか?」
昼休みになると1年1組の専用機持ちメンバーは一夏を除き、いつもの通り食堂で一堂に会していた。
「僕はラウラと組むことにしたよ。同じ部屋だし、頼れるからね」
「私もシャルロットのことは頼りにしている。パートナーとしては最高の人選だ」
「わたくしはまだ決めていませんわ。ところで箒さんは一夏さんと組んではいませんの?」
「私は本当は一夏と組みたかったのだが、会長がどうしてもというので、つい、な……」
「へえ……楯無先輩のパートナーは箒なのか。意外だな、てっきり妹のことを選ぶかと思ってたのに」
「妹?会長には妹がいるのか?」
「なんだ、知らなかったのか箒。4組の代表候補生、更識 簪は楯無会長の妹らしいぜ」
「ほう、4組の代表が会長の妹だったとはな。初耳だったぞ」
「……ひょっとして一夏はその妹さんとタッグでも組むつもりなのかねぇ」
「む、なぜそう思うのだ?紫電」
「今そこで鈴が怒った顔しながらこっち来てるからさ」
全員が振り向くと、そこには苛立ちを隠そうともしない様子の鈴が立っていた。
大方、一夏にタッグを断られたってところだろう。
「ちょっと、一夏が誰と組むか知ってる人いない!?」
「ほらな、少なくとも一夏のタッグパートナーは鈴じゃないってことだ。だとすると残りはその楯無先輩の妹しか残ってねえ。残りの2年3年の専用機持ちは仲がいいって話も聞いてるから、そこに割り込むような真似はしないだろうよ」
「一夏のやつ、あたしの誘いを断ってまで別の子に声かけてるわけ!?はー、むかつくわ!……ならいいわ、この中でまだパートナー決めてない人いる?」
「一夏さんが4組の方と組むとなると、残っているのはわたくしだけになりますわね」
「ちょうどよかったわ、セシリア!あたしとタッグ組んでちょうだい!一夏に痛い目見せてやるんだから!」
「わ、わかりましたわ。ですが鈴さん、もう少し落ち着いてくださるかしら?」
メラメラと闘志を燃やす鈴をセシリアがなだめる。
しかしこれでタッグは全て決まったってわけか。
……この中だとシャルとラウラのタッグが一番怖いな。
俺一人なんだからもしAICに掴まったらボコボコにされるじゃねーか。
やっぱもっとちゃんとした対策考えねえとなあ……。
二対一という圧倒的に不利な状況をどう打開するか。
俺はそんな難題を頭の中で浮かべつつ、目の前のパンを頬張るのだった。
◇
タッグパートナー無しのタッグマッチ対策を考えているうちに、気がつけば既に専用機限定タッグマッチの前日。
俺は第三アリーナにて機体の最終調整を行っていた。
(やべーな、結局使えそうな切り札、四つしか準備できなかったぜ)
(ちなみにタッグは全部で六組ありますがどのような形式で戦うのでしょうか?)
(聞いたところによるとトーナメント形式らしい。でもって俺、そして2年生と3年生のペアがシード枠で準決勝からの参加になるんだとか。随分と俺も偉い立場にされたもんだぜ)
(なら紫電は最多でも二戦しかしないわけですから、四つも切り札があれば十分ではないですか?)
(一つは反則技だから使いたくても使えんのだよ。実質使える切り札は正しくは三つだ)
(それでも上等でしょう。相手が二人であろうと三人であろうと、紫電が戦う前からさじを投げるとは思えませんね)
(無論だ。俺の勝負に負けなんて不要だ、俺が勝つから楽しーんだ)
笑いながら目の前の射撃練習用ターゲットを撃ち抜く。
続いて背後にあるターゲットに振り向くことも無く射撃を行う。
背を向けたまま放たれた弾丸は見事にターゲットの中心を撃ち抜いていた。
(まあ背面、側面への射撃練習は十分すぎるほどした。これで挟み撃ちにされてもなんとかなるだろ)
(挟み撃ちは二対一での定石。複数方向からの攻撃は誰が相手であろうと行ってくるでしょうからね)
(だろうねッ!)
今度は左右同時に現れたターゲットを同時に撃ち抜く。
パリンッと音がすると、同じタイミングでターゲットが消失した。
(ま、あとは当日の楽しみってとこだな)
この日の俺は絶好調だった。
今日一日で狙撃したターゲットは全部で200体。
その全てが中心を撃ち抜かれ破壊されている。
確かな銃撃の手応えを感じながら俺はアリーナを後にすると、外は既に夕闇へと落ちていた。
◇
そして専用機限定タッグマッチ当日。
全学年の生徒達は一堂に集結し、生徒会長の言葉を待っていた。
「どうも、皆さん。今日は専用機持ちのタッグマッチトーナメントですが、試合内容は生徒の皆さんにとってとても勉強になると思います。しっかりと見ていてくださいね。まあ、それはそれとして!」
楯無会長が開いた扇子には博徒の二文字。
「今日は生徒全員に楽しんでもらうため、生徒会である企画を考えました。名付けて『優勝ペア予想応援・食券争奪戦』です!」
「賭けじゃねーか!」
わああっという歓声に交じって一夏がまともな突っ込みを入れる。
「織斑副会長、安心しなさい。根回しは既に終わっているから!」
確かに教師陣は誰も反対していない。
まさに生徒会長の手腕発揮といったところだろうか。
「それに賭けじゃありません、あくまで応援です。自分の食券を使ってそのレベルを示すだけです。そして見事優勝ペアを当てたら配当されるだけです。では、織斑君にも納得してもらったところで対戦表を発表します!」
「なんか勝手に納得したことにされてる!?」
一夏、諦めろ。IS学園の人間は本質的に賭博が好きなんだろうよ。
しかも第一試合は織斑一夏&更識簪VS篠ノ之箒&更識楯無って出てるぞ。
「良かったな一夏。またしても第一回戦だぞ。しかも相手は厄介そうなペアだ」
「げえっ、まじかよ!?初戦から箒と楯無さんとか、運なさすぎだろ」
「まあ優勝候補だな。がんばって倒してくれよ、一夏。そうすれば俺も楽できるかもしれん」
「さらっと俺たちのこと、弱いって馬鹿にしてないか!?」
「おや、自分たちは箒と楯無先輩のタッグより強いと思っているのか?」
「……思ってない」
「そういうことだ、運命は時に厳しい。だが一夏、それを事実として受け入れるのも先へ進むためには必要だぞ?」
「うぅ……」
「まあ、受け入れがたい結果かもしれないが、とりあえずは着替えに行こうぜ。でなきゃ何も始まらん」
そう言うと俺は一夏を連れて第四アリーナの更衣室に向かって歩いて行った。
また、廊下で配布されていたオッズ表を見る限り、俺は三番人気らしい。
一番はやはり箒&楯無先輩のタッグ、二番は2年生と3年生のタッグだった。
それを考えると、タッグではない俺が三番人気というのも悪くはないが。
(しかし俺が三番人気とはねぇ……。いいぜ、見せてやろうじゃねーか、本物の
俺の中にある負けず嫌いの精神が闘志を燃え上がらせる。
この後、再びイベント中止の事態が起きるとも知らずに――
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■専用機限定タッグマッチ(2)
俺は着替えを早々に終わらせると、更衣室内のモニターに目を向けた。
まだ第一回戦の開始直前、といったところで依然モニターに対戦表が表示されているだけだった。
(開幕まであと少しか……。シードだとどうしても試合が後回しになるのがなぁ)
(紫電、シードだろうと関係なく戦いのきっかけが近づいてきているようです。正体不明のISが六機、IS学園に向かって接近中です。そのうちの一機こちらに向かってきています。お気をつけて)
(……何!?)
ズドオオオオンッと大きな音が響くとともに地面が大きく揺れる。
「うわっ、なんだ!?何が起きたんだ!?」
「……一夏、どうやらまたしてもお客さんらしい」
更衣室の屋根を破壊してやってきたのは見たことない形をした赤いISだった。
「こいつは……以前現れた無人機の発展機か!」
「ええっ!どういうことだよ!?」
「そいつは俺が知りたい……っと!」
無人機はこちらに容赦なく砲撃してくる。
俺は一瞬でフォーティチュードを展開すると、横っ飛びで砲撃を回避した。
「……一夏、お前は相棒を助けに行け」
「紫電っ!?でも……!」
「さっきの轟音と揺れは一回だけじゃなかった。おそらく他のやつらも無人機に襲われているだろう。こんな無人機、俺一人で十分だがお前の相棒はどうなんだ?一人で大丈夫なのか?」
「っ……!すまねぇ紫電、行かせてもらう!」
一夏は白式を展開するとピットを飛び出していった。
(さて……一夏も行ったことだし、緊急作戦開始だぜ、シオン)
(何をする気ですか、紫電?)
(あの無人機のISコアを強奪してお前に融合させる!)
(……!)
一夏を相棒の方へ向かわせたのはただ単に更識簪が心配だからという訳ではない。
ここは更衣室であり、学園内で数少ない監視カメラが設置されていない場所なのだ。
つまり――
(ここで何が起ころうとも、事実を知るのは俺たちだけだ。いくぜシオン、まずはISコアを露出させる!)
俺はアサルトライフル「アレキサンドライト」とマークスマンライフル「エメラルド」で同時射撃を行う。
(まずはシールドエネルギーを削らせてもらう……っと!)
無人機は両腕をクロスさせて必死にガードを行う。
中々やるようだがそっちのガードが崩れるか俺の弾丸が先に切れるか、我慢比べといこうじゃないか!
俺は両手のライフルの銃撃に加えて、肩部レーザーキャノン「ルビー」を発射した。
ズドンッという爆音と共に赤い閃光が拡散する。
無人機の両腕はボロボロになりつつも辛うじてその機能は維持できているようだった。
(へえ……ルビーの直撃を喰らってもまだそんなもんか。中々の耐久力だな、ならもう一発だッ!)
再度ルビーにエネルギーを充填すると、間髪入れずに二発目の砲撃を放った。
再び発射された赤い閃光は無人機も流石に大ダメージだったようだ。
無人機の両腕には綺麗に穴が開き、もう盾としては機能しないだろう。
しかし無人機はボロボロになった腕でこちらに砲撃を返してきた。
四門あった砲門は既に半分がひしゃげて使い物になっていないが、そんな状態でもお構いなしに反撃してくる辺りが無人機らしいともいえる。
俺は砲撃による反撃を冷静に回避しながら無人機を分析していた。
(ISコアはやはり体の中心付近にあるのか?シオン)
(ええ、ISコアのエネルギー反応を見るに胸の部分にあると思われます)
(ならまずはこの邪魔な腕をぶっ飛ばす!)
俺はそこが狭い更衣室内であることも忘れてしまうかのように、無人機からの砲撃を軽い動きで避ける。
やがて無人機との間合いがクロスレンジに入ると、俺はスイッチブレードを出力させ、一気に斬りかかっていった。
(ぐっ、硬え!スイッチブレードでも切断しきれないか……ッ!)
無人機はスイッチブレードをボロボロになった腕でガードしていたが、それでもまだ頑健さは残っていたようだ。
(……シオン、丁度誰も見てねーから反則級の切り札を一つ使うぞ!ISコアをオーバーロード!スイッチブレードの出力を1.5倍にするッ!)
すると途端にスイッチブレードがぐんと大きくなり、一気に無人機の片腕を切断した。
これが俺が隠し持っていた切り札の一つ、ISコア・オーバーロードだ。
通常、コアにはエネルギーの上限があり、それ以上のエネルギーを出すことはできない。
しかし、俺の場合はシオンのエネルギー統合によって複数のISコアが融合されているため、ISコア一つ分以上のエネルギーを一度に使用することができるのである。
もちろん複数のISコアを使用していることになるので、公式戦では反則扱いになるだろう。
まさに反則級の切り札なのである。
ただし、もちろんデメリットもある。
使用するエネルギーが増えるということはもちろん、機体や武装への負荷も大きくなるのである。
あまり大きくエネルギーを注ぎすぎれば機体が瓦解してしまうだろう。
俺の機体はかなり頑丈にできてはいるが、それでも出力2倍が限度ってところだ。
そして当然のごとく使用後には機体に入念なメンテナンスが欠かせなくなるため、使いどころが難しいのだ。
一方の無人機は片腕を切断されたにもかかわらず、残った腕で容赦なく反撃してくる。
(……スラスターの出力を1.5倍にするぞッ!)
今度はスラスターの出力を引き上げることでただでさえ早い機体を更に加速させる。
無人機は長い腕で薙ぎ払いを行ってきたが、既にそこに俺の姿は無かった。
一瞬で背後に回り込んだ俺は再びスイッチブレードで残った腕を切断する。
「……!」
流石の無人機も突然の攻撃には驚いたようだ。
おまけに主力である両腕を無くしてバランスを失っている。
――チャンスはここだなッ!
「トドメだッ!」
俺は勢いよくスイッチブレードを振り下ろす。
もはや回避も間に合わなかった無人機はあっさりとスイッチブレードの直撃を受けると、胸部に隠れていたISコアを露出させていた。
(シオン、ISコアを見つけたぞッ!)
(コアの融合準備はできています。あとは紫電がそのコアに触れればそのISコアを私の中に取り込みます)
(触ればいいんだな、わかった!)
俺は1.5倍の出力状態となっているスラスターを吹かし、一瞬で無人機の前へと回り込み、腕を伸ばす。
(触った!今だシオン!)
俺の指先が一瞬光ると、ダイヤモンド型をしたISコアは一瞬で消失した。
どうやらシオンがISコアの融合に成功したようだ。
ISコアがなくなると同時に、無人機の色が失われていく。
(……もうこいつには用は無い。ISコアは砕け散ったってことになってもらうぞッ!)
俺は肩部レーザーキャノン「ルビー」の出力を1.5倍にし、動かなくなった無人機目掛けて発射した。
ドカンッと無人機が襲撃してきた時と同じくらいの轟音が響き、そこには赤い閃光とバラバラに砕け散った無人機の破片だけが周囲に転がるのだった。
(……思わぬところでISコア・オーバーロードを実践することができたな。念のため1.5倍までの出力を試してみたが、どのパーツも無事耐えてくれたようだ)
(こちらもISコアの融合には無事成功しました。予想通りこのISコアはどの国にも登録されていないものです)
(ってことはやっぱりこの無人機を送り込んできたのはISコアを唯一作り出せる人間、篠ノ之博士ってことか。だがなぜこんなことを……?って今はそんなことを考えている場合ではないな、みんなの様子を見に行くぞ!)
俺はISコア・オーバーロードを解除するとスラスターを吹かしてアリーナへと飛び出すのだった。
◇
(ちっ、プライベート・チャネルの反応がねぇ……。ジャミングでも張られてんのか?)
とりあえず戦力的に不安な一夏にプライベート・チャネルを開こうとしたがまったく反応は無い。
やむを得ず飛び出した先には、凄惨な光景が広がっていた。
アリーナはあちこちが砕け散り、無人機だったものらしき破片が瓦礫に混ざって散らばっている。
そしてその中にようやくパイロットの影を見つけた。
「よう、みんな。……ってひでえ怪我だな、生きてるか?」
「……紫電。ああ、なんとかな……」
「うむ、なんとか……な……」
一夏と箒はISも含めてボロボロである。
だがそれ以上に状態が酷いのは楯無先輩である。
「ふふふ、おねーさんは、不死身なのよ……」
「お、お姉ちゃん、しっかりして!」
楯無先輩をお姉ちゃん、と呼ぶってことはこの子が更識簪か。なるほど、確かによく似ている。
「……ところでなんでみんなそんなにボロボロになってる訳?」
「紫電、あの機体には絶対防御を無効化する機能が組み込まれていたみたいだ。それでみんなこんなに……。ってお前の方はなんでそんなピンピンしてるんだ……?」
「ん、絶対防御無効化だと?……一撃も喰らわなかったから気付かなかったぜ」
「なん……だと……?」
流石の箒も絶句している。
「まあなんにせよ一番不安だった一夏を見つけられてよかったぜ。楯無先輩も一緒に医務室へ運ぶぞ」
「お、俺はまだ大丈夫、一人で歩け……っ!」
「無理すんな。全身ボロボロでそんなセリフ吐いてもまったく説得力無いぞ」
「お、お姉ちゃんは、私が運びますっ……!」
「……そうか。じゃ、医務室へ行くぞ」
俺は一夏を背負うと、医務室へと向かって歩き出していた。
◇
IS学園某所、地下特別区画。
そこで山田真耶は回収された無人機の解析を行っていた。
「少し休憩したらどうだ?」
「あ、織斑先生!見てください。やはり以前現れた無人機の発展機体で間違いありません」
「コアは?」
「例によって、未登録のものです」
「……何個回収できた?」
「……二つだけです。その他は戦闘の際に完全に破壊されています。どうしますか?」
「政府には全て破壊したと伝えろ」
「……で、ですが!」
「ISコアはどこの国でも喉から手が出るほど欲しい代物だ。余計な争いの種は生み出したくない」
「……」
「何、山田君が心配する必要はない。私を誰だと思っている?これでも元世界最強だぞ。学園の一つや二つ、守ってやるさ。命をかけても、な――」
◇
「ふーむ……。やっとシステム稼働率があがってきたね」
暗闇の中、ディスプレイの明かりのみが照らす空間で篠ノ之束は一人ごちていた。
「それにしても、『ゴーレムⅢ』が全機破壊されちゃうとは予想外だったなぁ。それにちーちゃんも出撃してなかったし」
そういうと束は改めてゴーレムⅢの戦闘ログを見直す。
「箒ちゃんも強くなったねぇ。それは良いとして……問題はこいつかな」
束の目の前にあるモニターにはゴーレムⅢと相対する男、千道紫電の姿が映し出されていた。
「……あぁ、そっか。前から気になってた音信不通になったISコアの持ち主ってこいつだったのかぁ。それにしても妙な機体だなぁ。こんなスピードで機動してたらパイロットなんてミンチになっちゃうはずなのに……」
おまけにこいつの戦闘ログの最後は突然コアが消失したかのようにぷっつりと途絶えていた。
相次いで起こる想定外の事態に束は顔をしかめる。
「束さま」
「……!やあやあ、くーちゃん。どうしたの?」
「パンが焼けました」
「おお!……んー、うーまーいーぞー!」
「ウソです。まずいに決まっています」
少女が持ってきたパンは半分黒焦げだったが、束はまったく嫌な顔せずにうまいうまいと食べるのだった。
「あ、そうだ。くーちゃん、ちょっとお使い頼まれてくれないかなぁ?」
「何なりと。お使いというのは?」
「うん、届け物をしてほしいんだよねー。場所はIS学園、地下特別区画――」
そう言う篠ノ之束の表情は笑顔に変わっていた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■デュノア社襲撃(1)
無人機がIS学園を襲撃してから翌日。襲撃者が残した爪痕は甚大だった。
一夏、箒、鈴、セシリア、シャルロット、ラウラ、簪といった俺を除いた1年生専用機持ちメンバーのISが全て深刻なダメージを背負ってしまったのだ。
それだけでなく2年生と3年生の専用機持ち二人もISに大ダメージを負ったうえ、楯無先輩はISに加えて自身の肉体にも大きなダメージを負っている。
そんな中、俺宛てに朗報とも凶報ともいえる連絡がフランスから届いたのだった。
「何、フランスへ行くだと?」
「ええ、デュノア社と共同開発していたシャルロット用のISが完成間近だと連絡がありました。丁度いい機会ですのでシャルロットの機体修復も兼ねてフランスに行ってきます」
朝のショートホームルームが始まる前、俺は事の次第を織斑先生へと報告していた。
来週までにはイグニッション・プランに向けた、シャルロットの新型専用機が完成しそうなのでぜひ来てほしいとのことだった。
「……よりにもよって専用機持ちが軒並み動けないこの状況で唯一まともに動ける千道が国外へ出る、か。だがデュノアの新機体の引き取りも兼ねるのであればやむをえまい。行って来い。ただし、必ず無事で返ってくることだ、いいな?」
「ええ、問題ありませんよ。では、俺はこのことをシャルにも伝えに行きますので」
俺は職員室を後にすると、そのまま教室へと歩いていった。
◇
「シャル、重要な話がある。今日の授業が終わったら俺の部屋に来てくれ」
「えっ……!?」
俺はシャルに一言、ただそれだけ告げると自分の席へと戻っていく。
……もうすぐ織斑先生と山田先生が来る。
出席簿で殴られるのだけはごめんだからな……。
一方のシャルロットは困惑していた。
(重要な話って何!?しかも紫電の部屋に呼ぶってことは他の人には聞かれたくないってことだよね!?ひょっとして、ひょっとしてだけど、告白なのかな!?)
シャルロットの脳内では桃色の妄想が浮かび上がっていた。
そんな舞い上がった状態がバレバレだったのであろう、その頭には織斑先生の出席簿攻撃が直撃していた。
◇
「よく来たなシャル……ところで今日は何回織斑先生の出席簿攻撃を受けたんだ?真面目なお前が珍しいな」
「う……4回かな……。流石に今日は頭が痛いよ」
そう言うシャルは若干涙目である。
「まあ、重要な話とは他でもない、シャルのISのことについてだ」
「……えっ?」
(告白……じゃないよね、やっぱり。そうだよね……)
シャルは少し落胆しているように見える。なぜだ?
「デュノア社長から直接連絡があった。イグニッション・プランに向けたシャル用の第3世代型ISがもうすぐ完成だそうだ。だから直接フランスに行き、ISを受け取りに行く」
「え!?もうできるの!?」
「イグニッション・プランへの参加表明は年内までだ。今完成ってことにしないとトライアルに間に合わない。だからむしろギリギリってとこにもほどがあるんだよな……。もちろん稼働テストも未実施だから、現地でなんとか稼働実験を繰り返すしかないぞ」
「で、でも僕のISコアはしばらく休憩が必要だって山田先生に言われちゃったよ?」
「それはフランスに着くまでの飛行機の中で俺が修理してやる。即座にテストできる程度までは直せるだろう」
「……紫電、ISコアの修理もできるの?本当、万能だね……」
「勉強すれば誰でもできるさ。さて、早速だけど出発の準備をしてもらいたい」
「え?いつ出発なの」
「明日の早朝だ。今から準備しないと間に合わないぜ」
「……本当に急だね。でもわかったよ。久々の帰国に新しいISだなんて、楽しみだなあ」
「俺もフランスには一度しか行ったことないんでな。迷った時は案内を頼むぜ?」
「うん!任せてよ!」
そう言うとシャルは俺の部屋を出ていった。
「さて……幸い飛行機のチケットもビジネスクラスが二つ取れた。目的地のパリ=シャルル・ド・ゴール空港までは約13時間もかかるのか。エコノミーじゃ行く気にはなれないよなあ……」
ぶつくさ言いながら俺も旅行の準備を始めるのだった。
◇
パリ=シャルル・ド・ゴール空港についたのは昼を過ぎたあたりだった。
俺とシャルは背を伸ばして体をほぐす。
「流石にビジネスクラスだけあって中々の快適さだったが、やはり狭い空間に長時間いると体が固くなるな」
「う、うん。でも紫電、ビジネスクラスって結構高いんじゃないの?僕も一緒で良かったの?」
「シャルだけエコノミークラスとか、そんな鬼畜じゃないぞ俺は。それにこれはれっきとした仕事で来てるんだからビジネスクラスが適切だろう。……あぁ、仕事っていうよりデートって言った方がいいか?」
「でっ、デート!?」
「シャルと二人っきりでのフランス旅行ってのも悪くねえな。時間が余ったらどこか観光にでも行こうか。俺幼少期に一回パリには来たことあるんだけど、ルーヴル美術館くらいしか記憶に無いんだよなー」
「う、うん!どこでも行くよ!どこでも案内するよ!だから絶対にどこか行こうね!約束だよ!」
「そ、そうか?ならさっさと用事を済ませないとな……」
シャルはえらく上機嫌なようだ。
地元に戻ってきてご機嫌なのもあるだろうが、そんなにデートという言葉に反応してくれるとはね。
こちらも言ってみたかいがあるというものだ。
「ムッシュ・センドウ、よくパリまで来てくれましたね。シャルロットも元気そうで良かった」
「お久しぶりです、デュノア社長。わざわざお出迎えありがとうございます」
「いやいや、礼には及びませんよ。ムッシュ・センドウのおかげでイグニッション・プランに間に合いそうなんですから。ところで到着して早々にすまないんですが、早速本社まで来てもらっていいですかな?」
「ええ、わかりました。シャルも問題ないよな?」
「うん。大丈夫だよ」
「では早速こちらへ。車を待たせているので、それで本社まで移動しましょう」
空港を出た先に停まっていたのはリムジンだった。
流石にデュノア社の社長ともなればリムジンを用意することくらいは容易いのだろう。
……おお、流石リムジン、初めて乗ったが結構広いなあ。
「デュノア社長。詳細を聞いていませんでしたが、シャルの第3世代型ISの完成度としてはどれくらいなんですか?」
「ムッシュ・センドウに送ってもらった設計書に書かれていたパーツは全て揃えたところですよ。残りは組み立てですが、それもほぼ完了しています。おそらく我々が本社に到着する頃にはISも完成しているでしょう」
「本当ですか!よかったな、シャル。到着したら早速新しいISを動作させてみようぜ!」
「うん!」
「……ムッシュ・センドウのおかげでシャルロットは本当に明るくなりましたね。あらためて礼を言わせてもらいたい。ありがとう」
「いやいや、まだ気が早いですよ。これから新しいISを起動させてイグニッション・プランのトライアルにノミネートされなきゃいけないんですから。ようやくスタートラインに立った、というところですよ」
「いやはや、本当に手厳しい。そういうところが日本とフランスの違いなんでしょうなあ。わが社の人材はいかんせん時間にルーズ過ぎて困ったものです」
「ハハハ、俺はシャルにもっと休めとこの前怒られたばかりですよ。どっちもどっちでしょう!」
「も、もう!」
デュノア社本社に到着するまで、車内は終始和やかなムードのままだった。
◇
「さあ着きました。ここが我がデュノア社の本社です」
リムジンを降りると、目の前にあったのはかなりの高さを誇るビルと広大な敷地に広がる大規模な工場だった。
「こちらの本館ではISのソフトウェアを中心に開発しています。ハードウェアは向こうの工場で。今最新機は向こうの工場の方に準備してあるので、早速行きましょう」
「ついに最新機とご対面か。楽しみだな、シャル」
「……うん、ついに僕にも第3世代型ISが来たんだね……」
俺たちは三人並んで工場までの道を歩く。
シャルは感慨深そうに周囲の施設を眺めていた。
「これがムッシュ・センドウの設計に基づいて開発された第3世代型IS『
目の前のISはオレンジ色のカラーリングながらも、強く輝いているように見えた。
「なるほど、ついにできましたか。渾身の傑作でもあるカスタム・ウイングも見事に形にしてくれたようですね」
「ええ、この機体で一番苦戦したのはやはりカスタム・ウイング部分でした。何せ今まで見たことの無い仕様でしたからね」
「その分、機体性能は素晴らしいものに仕上がってますよ。早速装着できますかね?」
「ええ、もちろん。さ、シャルロット。『エクレール』はお前のために作ったんだ。早速装着してみせてくれ」
「うん、わかった。……ありがとうね、ラファール・リヴァイヴ……」
シャルロットは名残惜しそうにISコアにセットしている武装、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡを解除すると、ISコアに『エクレール』のセッティングを始めた。
――新たな武装『エクレール』の装着を完了。一次移行を開始します。
「よし、順調だな。後は調整――」
そう言いかけた俺にパシュッ、と微かな音が耳に入る。
今のは……サプレッサー付きのハンドガンの発射音か……!?
「シャル、デュノア社長を連れて本社内に避難しろ!侵入者だッ!」
「えぇ!?わ、わかった!いくよ、お父さん!」
そういうとエクレールを装着したシャルはデュノア社長を抱えると工場外へと飛び出していった。
工場内に赤いランプが点灯し、警報が鳴り響く。
――緊急事態発生、作業員は直ちに工場内を脱出し避難すること。繰り返す、作業員は――
俺はフォーティチュードを展開し、ハイパーセンサーで周囲を確認すると警備員が倒れているのが確認できた。
おそらく、先ほどの銃声はこの警備員を撃ったものだろう。
だとすると相当近い!
いつの間にテロリストがデュノア社の工場内まで入り込んだんだ!?
「あらあら、まさかもう気付かれちゃうとはね。流石、オータムやエムがやられただけのことはあるわ」
「……なッ!?その機体は――!?」
振り返った先には見知らぬ白いISが一機佇んでいる。
そう、その機体はまだ俺も正式には見たことが無いが知識だけはあった。
その機体の名は『
楯無先輩のIS『ミステリアス・レイディ』の基礎となったロシアの機体だった。
ワールド・パージのほうは紫電たちが海外遠征してる間に一夏たちがなんとかしてくれたようです。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■デュノア社襲撃(2)
――グストーイ・トゥマン・モスクヴェ。
それは紛れもないロシアのごく一部の人間にしか使用が許されていない狙撃能力に優れた専用機である。
俺はIS開発の参考にと、あらゆる国家の専用機、量産機のデータを集めていた。
そのときに確認したデータの中にグストーイ・トゥマン・モスクヴェのデータも当然あったのだ。
そして、目の前で静かに佇む機体は間違いなくグストーイ・トゥマン・モスクヴェだった。
「アンタ……何者だ?オータムやエムの名前を知ってるってことは、亡国機業の人間のようだが。それにその機体、グストーイ・トゥマン・モスクヴェだろ?強奪したのか?」
「あら、良く知ってるわね。その通り、この機体はグストーイ・トゥマン・モスクヴェで私は亡国機業の人間よ?」
残念なことに、目の前のグストーイ・トゥマン・モスクヴェを纏うパイロットはフルフェイスのヘルメットを着けているせいで顔は全く見えない。
辛うじてわかったのは、肩辺りまである銀色の美しい髪くらいだった。
「狙いはやはり『エクレール』か。だが残念だったな、エクレールはもう既に避難させてもらった」
「……そう。まさかこんなに早く潜入が気付かれちゃうなんてね。正直、あなたがIS学園からフランスに来ることも正直予定外だったわ」
「へえ、そりゃ残念だったな。ならついでにその機体、置いて行ってもらおうかッ!」
俺はアサルトライフル「アレキサンドライト」を構えると、そのまま一気にグストーイ・トゥマン・モスクヴェ目がけて発砲した。
「あらあら、それはできない約束ね」
そう言うとグストーイ・トゥマン・モスクヴェは大きく旋回して弾丸を回避していった。
おまけにグストーイ・トゥマン・モスクヴェが通り過ぎていった場所には白い霧が立ち込めている。
(ちっ、あの白い霧、厄介だな。視界が狭まってグストーイ・トゥマン・モスクヴェが完全に隠れちまった)
(視界を狭めただけではありません。あの白い霧の中はハイパーセンサーでも探知ができません。どうやら単一仕様能力で生み出された霧のようです)
(……本当に厄介だな)
さらに残念なことに、グストーイ・トゥマン・モスクヴェは俺の周囲をぐるりと移動したようで、既に俺の周りは白い霧だらけとなっていた。
(……ッ!)
白い霧の中から突如ほんのかすかな発砲音が聞こえる。
俺は咄嗟にスイッチブレードを出力すると、こちらに向かってきたライフル弾を斬り落とした。
「……あら、今の狙撃に反応するなんて、大したものね」
「お褒めに預かり光栄だね」
(正直今のはギリギリだったぜ……。たまたま工場内の機械音が途切れた瞬間だったから僅かに発砲音が聞こえたが、このままだとまずい!)
悲しいことに、相手の機体はスラスター音ですら消音仕様らしい。
銃声だけでなく、グストーイ・トゥマン・モスクヴェが移動する音すらほとんど聞こえていなかった。
(……なるほどね、単一仕様能力で白い霧を作ってその中から狙撃してこちらを削るって戦法か。それなら――!)
「うおおおおおッ!」
俺は周囲の機械に向かってアレキサンドライトの弾幕を張り巡らす。
あちこちに機械の破片や資材が飛び散ると、工場内で時折響いていた機械音も全て止まったようだった。
「あら?やけになって乱射しても私には当たらないわよ?」
「いいや、当たるね。宣言してやる、俺は必ず霧の中に隠れているアンタを狙撃してみせる!」
「ふふふっ。いいわ、できるものならやってみなさい!」
再び霧の中からほんのわずかな銃声が聞こえる。
先ほどのアレキサンドライトの乱射によって工場内の機械をほとんど停止させたため、さっきよりは断然周囲からの音が聞き取りやすくなった。
(……そこだッ!)
俺は後方へ跳び、飛んできた弾丸を避ける。
(……ッ!?)
白い霧の中でほんのわずかに何かが光ったような気がした俺は、咄嗟にスイッチブレードを出力し、飛来物を弾き飛ばす。
カラン、と音を立てて床に落ちたのはナイフだった。
「あらあら、まさかナイフまで避けるなんてね。本当にすごい反応速度じゃない」
「……ッ!」
(ちっ、消音スナイパーライフルだけじゃなく
しかし今のは本当に危なかった。
銃声ならばほんの微かな音が聞こえるのだが、スローイングナイフは全くと言っていいほど音がしない。
スイッチブレードで弾き飛ばせたのは直感のおかげ、あるいはほぼ運が良かったとしか言いようがないだろう。
(集中しろ……ッ!
俺は再び周囲の音を聞くことに集中する。
機械音すら止まった工場内は白い霧と静寂に包まれ、相変わらずグストーイ・トゥマン・モスクヴェからの音はしない。
やはり先ほどのスローイングナイフを回避したせいで警戒しているのだろうか。
(――来たッ!)
俺は背後を振り向くと、マークスマンライフル「エメラルド」の引き金を引く。
バシュッという音ともに緑色のマズルフラッシュが起こると、それにはガキンッという金属音が返ってきた。
「……っ!?」
どうやら手応えはあったようだ。俺は続けて肩部レーザーキャノン「ルビー」を発射する。
発射された弾丸は見事に霧の中に隠れていたグストーイ・トゥマン・モスクヴェに直撃し、赤い閃光が炸裂した。
続けてアレキサンドライトで弾幕を展開して周囲を一掃すると、若干だが霧が晴れてグストーイ・トゥマン・モスクヴェの姿が現れた。
「見事ね。まさか私の
「……馬鹿な、その顔……!イリーナ・シェフテルだと!?」
どうやら先ほどのアレキサンドライトの弾幕によってグストーイ・トゥマン・モスクヴェのパイロットのヘルメットが吹き飛んだようだ。
流れるような銀髪に切れ長の目、100人中100人が美人と答えるであろうその顔に俺は見覚えがあった。
イリーナ・シェフテル――
第一回、第二回モンド・グロッソの射撃部門で総合一位を取った正真正銘ロシア代表のヴァルキリーだ。
その射撃能力の高さは全ISパイロットの中でもナンバー1と言われ、その偉業を称えてISの教科書にも顔が掲載されたほどの人物である。
それ故に俺はイリーナ・シェフテルの顔と名前を認識できたのだった。
しかし第二回モンド・グロッソの後、イリーナ・シェフテルは事故死したと世界的に報道されていた。
俺が驚いた理由はそれが原因である。
「……なるほど、イリーナ・シェフテル。事故死したと聞いていたが実際は亡国機業に寝返っていたのか」
「あら、裏切ったんじゃないわ。私は元々楽しい方に付くだけ。ロシア代表よりも亡国機業で活動する方が楽しいからそっち側に付いただけよ?」
「それを寝返るって言うんだぜ」
「ふふ、まあそんなことはどうでもいいわ。本来、私の顔を見られた以上始末するのが原則だけど、流石に分が悪いわね。今日のところは撤退させてもらうわ」
そう言うと再び周囲に白い霧を撒き散らし、後方へと飛び去ってしまった。
……流石に追撃は困難か、本当に厄介だなあの白い霧は。
(それにしても危なかった。あのグストーイ・トゥマン・モスクヴェ、まじで音をほとんど出してこねえ……。
俺がアレキサンドライトを乱射したのは工場内の機械を止めるためだけではなかった。
エクレールの塗装に使用した塗料を床にぶちまけることで、その上をグストーイ・トゥマン・モスクヴェが通った際に塗料が波立つ音を頼りにして相手の位置を捕捉していたのである。
「あーあ……工場の中がボロボロになっちまった。仕方ねえ、これも全部テロリストのせいってことにしちまおう」
段々と霧が晴れてくるとすっかり荒らされた工場内の様子が目に入ってきた。
俺はやれやれと溜息をつくと、工場の外に避難したシャルたちのもとへと向かうのだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■エクレール
「紫電っ!大丈夫!?」
「おう、見ての通り、俺もフォーティチュードも無事さ!」
「おお、流石はムッシュ・センドウ。あなたの実力は丁度今シャルロットから聞いていましたよ」
「あー……すいませんデュノア社長。想像以上にテロリストが強くて逃げられてしまいました。おまけに工場内も滅茶苦茶になってしまって申し訳ない」
「ムッシュ・センドウ、謝る必要はありませんよ。テロリストを追い払ってくれただけでも我が社としては十分すぎるほど助かりました。なにせ『エクレール』はまだ一次移行も済ませておりません。そんな状態ではテロリストに勝負を挑むことすらできなかったでしょう。工場などまた直せばよいのです」
「そう言っていただけると幸いです」
「しかし、エクレールの完成と同時にテロリストが強奪しにくるとは、情報はどこから漏れたのだろうか……。我が社にスパイでも紛れ込んでいるのだろうか?」
「まあ、デュノア社のことについてはデュノア社長にお任せします。ところでISトレーニング用の場所は工場とは別にあるんですよね?」
「ええ、工場の裏側にアリーナを一つ建てています。そこで稼働実験が可能ですよ」
「よっし、んじゃこのままエクレールの稼働実験といくか、シャル!」
「うん、でも本当に大丈夫なの?紫電」
「ああ、例によって例のごとく、今回も一切被弾してねえよ」
「……本当に器用だね……」
シャルが半ば諦めたように溜息をついたのも気にせず、俺はアリーナに向かって歩いて行った。
◇
「おお、IS学園に負けない立派なアリーナですね」
「ここは開発した製品を来賓者に披露する際にも使用していますからね。それなりに立派なものを作らないといけないのですよ」
デュノア社長の解説が入る。
なるほど、アリーナの見た目は会社の品格にも関わってくるわけか。
まあ新星重工は買収した際に本社も売却してしまったのでもう品格も何もないが。
「よし、シャル。まずはエクレールの性能と武装を解説するぞ。まず始めに言っておくが、エクレールはラファール・リヴァイヴと同じくあらゆる状況に対応することを目的とした万能型機体だ。当然だが、俺が設計したから機動力はラファール・リヴァイヴとは比較にならん。さっきちょっとだけ飛行したと思うが、早速アリーナの天井まで移動してみてくれ」
「わかった!」
ビュウンッとラファール・リヴァイヴの頃とは比較にならない初速でシャルは飛んで行った。
「わわわっ!……分かったよ、紫電。ラファール・リヴァイヴとの大きな違いはこの加速力だね?トップスピードへ加速する能力が全然違うんだね」
「そう、その通り。エクレールの通常加速はラファール・リヴァイヴの瞬時加速と同等の速度が出ているはずだ。次は瞬時加速をやってみてくれ」
「わかった、いくよ!」
――フォウンッ
小さなブースター音と共にエクレールは凄まじい速度で飛び出していった。
「……っ、は、速い!」
「気を抜くなシャル、エクレールはその機体特性故に瞬時加速したまま方向転換することも可能だぞ!今度は瞬時加速中に方向転換だ、やってみろ!」
「う、うん!」
――フォウフォウンッ
「くっ、体が振り回されそうだ……でもまだまだっ!」
シャルは俺が言わずとも瞬時加速中の方向転換を繰り返す。
段々と慣れてきたのか、その姿はかなり滑らかな動きになってきていた。
(……俺が見込んだだけはある。やはりシャルはISパイロットとして優秀だ)
(エクレールの速さに早くも慣れ始めていますね)
(ああ、そろそろ次のステップに移ってもいいだろう)
「上出来だ、シャル。次は武装の確認に移るぞ!まずは左腕のシールドを見てみろ」
「シールド?……あ、これって今まで試作品として使わせてくれてたパイルバンカー?」
左腕に装着された大型のシールドの先端には見覚えのある杭。
実は今までシャルのラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡに搭載していた試作品の完成版だ。
「ご明察。シャルがラファール・リヴァイヴに乗っていた時、一番印象的だった武装が
パイルバンカーは俺もフォーティチュードを設計していた際に、搭載を検討した武装の一つだった。
理由としては単純な威力の高さと盾による防御能力向上、そしてロマン性である。
「ブラスト・パイルはグレー・スケールとは違って射程距離が長い。最大で1メートル離れていても杭を当てることが可能だ。もちろん密接した状態でも撃てるぞ。主に近接戦闘時に使ってくれ」
「試作品のときはそんなに射程は無かったけど、完成版になるとそんなに射程が伸びるんだ……。じゃあ、早速使ってみるよ!」
俺はアリーナのコンソールを操作し、空中にターゲットを浮かべる。
「はあああああっ!」
ドシュッと力強い炸裂音がアリーナ内に響くと、浮かんでいたターゲットは見事に粉砕されていた。
「……!すごい、パイルの射出距離が長くなったおかげで前より当てやすくなったよ!」
「前と同じく連射することも可能だが、反動には気を付けろよ!」
「分かってる!この反動はむしろ前より小さいくらいだよ!」
そう言いながらもシャルはブラスト・パイルで次々とターゲットを破壊していく。
大分エクレールの高速機動にも慣れてきたようだ。
「よし、ブラスト・パイルの確認はそんなものでいいだろう。次は拡張領域に格納してある武器を右手で取りだせ!」
「拡張領域……?これって……
「そうだ、それがエクレールの近接用ブレード『エペ・ラピエル』だ。それこそまさに第3世代のイメージ・インタフェースを前面に押し出した最新鋭の武装だ」
「紫電がそう言うってことはただのレイピアじゃないんだね?」
「その通り。もちろん物理的な剣としての刺突、斬撃も可能だがこのエペ・ラピエルは射撃攻撃も可能だ」
「剣から射撃攻撃……まるで箒の紅椿みたいだね」
「……まあこれもフォーティチュードに搭載するのを止めた装備で俺の方が先に設計してたんだけどな。フォーティチュードは両手共射撃武器を持つコンセプトにしちまったから、近接用ブレードを持つことができなくなってお蔵入りしてたんだよ」
「そんなに早くからこんな武装作ってたんだ……。それで、どうやって射撃するの?」
「簡単だ。剣先を照準にしてライフルを撃つイメージを思い浮かべるんだ。あとは刺突か斬撃か判断して自動的にそれに合わせたビーム弾が発射される」
「……うーん……えいっ!」
シャルがターゲットに向けてエペ・ラピエルを突き出すと、シュドッと鋭い音と共にオレンジ色のビームが発射された。
「……はっ!」
続けてシャルは薙ぎ払いを繰り出すと、再び剣先からビーム弾が飛び出し、ゆるやかな弧を描くとそのまま空中に浮かぶターゲットに直撃した。
「上出来だ、シャル。エペ・ラピエルから発射されるビーム弾は刺突、斬撃の速度に合わせて速くなるからうまく使い分けてくれ。それに発射したビーム弾はある程度の追尾性能も持っているから、うまく使い分けて相手を翻弄するんだ」
「なるほど……。でも紫電、これ連射はできないよね?左手もブラスト・パイルになっちゃったし、銃は無いの?」
「銃は全部フォーティチュードが使っているから渡せるものが無かったんだ。代わりにラファール・リヴァイヴと互換性を持たせているから、今まで使用してきた銃器は全て使用可能にしてある。銃器は全部そっから流用してくれ。銃器との武装切り替えについてはお前の特技である
「そっか、分かったよ。でもこの二つの装備だけでも十分すぎるほどすごいよ!」
シャルは楽しそうにターゲットを次々と破壊する。
そうこうしている内に一次移行も無事終了したようだ。
エクレールが光り輝くと、今までゴツゴツとしていたアーマー部分の突起が消え、ゆるやかな丸みを描いたアーマーラインとなっていた。
「お疲れさん、と言いたいところだが、最後に残った武装の確認だけさせてもらうぜ?」
「え?まだ武器があるの?どこに??」
「そのカスタム・ウイングだよ」
「……え?」
シャルが後ろを振り向く。
カスタム・ウイングは肩から背中の少し後ろにかけて伸びる六本の長方形型をしていた。
「これが武器?」
「そうだ。さっきシャルも気付いた通り、ブラスト・パイルとエペ・ラピエルだけでは遠距離攻撃の手段に欠けるんでな。だからカスタム・ウイングに小型のレーザーキャノン『
「えええええ!?」
シャルが改めて後ろを振り返ると、今度はカスタム・ウイングが砲台のように前方を向いた。
「これって、まさかこの砲台もイメージ・インターフェイスで起動するの!?」
「その通り。普段は加速制御に使用しているが、そのカスタム・ウイングは自分から見て前方に向けることもできるんだ。そのとき、カスタム・ウイングの先端の砲口からレーザーキャノンが発射されるようイメージするんだ。もちろん六門全てのウイングパーツから砲撃可能だ」
「……カスタム・ウイングからレーザーキャノンが発射されるイメージ……!」
シャルが目を閉じると、カスタム・ウイングの先端に光が集まる。
バシュッ、バシュッと音がすると、一番外側の両ウイングパーツからレーザーキャノンが射出され、見事にターゲットを破壊した。
「……うーん、六門全部から発射されるようにイメージしたんだけど、難しいね」
「まあ最初だから二門動かせれば上出来だろう。あとはひたすら練習あるのみだ」
俺はくるりと振り返ると、デュノア社長に向き合った。
「とまあ、エクレールの武装はこんなもんです。長所は武装全てとラファール・リヴァイヴの武装全てが使えること。短所は作るのに金がかかるってことくらいですかね。各パーツ、希少金属のオンパレードですから。……まあイグニッション・プランへの参加には一機あれば十分と聞いていますので、トライアルに選出されるには十分でしょう?」
「……なんと素晴らしい機体だ。これなら間違いなくイグニッション・プランに参加できる。それに我が社だけではこのような機体はきっと生まれなかっただろう」
「エクレールを開発したのはデュノア社ですよ。あくまで俺は開発に協力しただけです。そこの所、お忘れなく」
「あ、ああ、その点についてはもちろん理解しているよ。ただこれほどの機体とは私も予想していなかったんだ」
「……まあこの機体はシャルがいたからこその機体ですけどね」
そんなことを話している間にシャルがこちらに向かって降りてきた。
「お疲れ、シャル。どうだ、エクレールの調子は?」
「最高だよ!これなら誰にも負けないって思えるくらいだよ!」
「ほーう、それは俺にも負けないってことでいいんだな?」
「し、紫電はちょっと別かなー……?」
「まあそう謙遜するな。シャルの実力はみんながよく知っている。これからさらに強くなっていくだろうこともな」
「……うん、がんばるよ!」
「二人とも、今日は本当にありがとう。最高級のホテルを予約しているので、今日はそこでしっかりと休んでほしい。外にまたリムジンを待たせているので、行先も問題ないでしょう」
「わかりました。お気遣い、感謝します。それではまた明日」
デュノア社長に別れを告げると、俺とシャルはアリーナを出ていった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■シャルロット・デイ(1)
デュノア社のアリーナでエクレールの稼働試験を終えた後、俺とシャルは再びリムジンに乗ってデュノア社長が予約してくれたホテルへと向かっていた。
「なあシャル。明日午前中にエクレールの稼働データの採取が終わったら、午後は観光に行こうか」
「え!?うん、行くよ!もちろん行く!」
「それで、俺はルーヴル美術館くらいしか行ったことないんだが、シャルはどこか行きたいところとかあるか?既に行ったことのある場所とかに行ってもあまり面白くないだろう?」
「……!そ、それじゃ僕が行くところ決めていいかな?そっちのほうが紫電は楽だよね?」
「ん、いいのか?それじゃ頼もうか。俺はどこに行こうとも構わないからな?」
「うん、任せて!」
シャルは上機嫌だった。
まあ新しい機体も手に入ったし、ようやく俺たち1年の専用機持ちたちと同じ第3世代機の仲間入りを果たせたって感じなんだろうな。
そうしてシャルと何気なく話している内にリムジンが止まる。
「……最高級のホテルとは聞いていたが、なるほど、確かに立派なホテルだな」
「ここはフランスの中でも特に有名で、世界中の要人とかが泊まるホテルだよ。紫電はそれだけの人間ってことなんだよ」
「……気付かないうちに俺も随分と偉くなったものだな。……行こうか」
「うん!」
ホテルの中は外見に違わず豪華だった。
荷物も全てホテルマンが部屋まで持っていってくれたし、チップも不要だと言われてしまった。
「なるほどな、俺も流石にここまで高級なホテルに泊まったことは無かったぜ。こりゃすごい」
部屋の中も滅茶苦茶広く、置いてあるソファなんかはそのままベッドにできそうなほどの大きさだ。
またベランダからはパリの風景が一望でき、バスルームも驚くほど広い。
「……ところでシャルよ、俺とお前は同じ部屋なのか?ホテルマンはふつーに俺たちの荷物をそこに置いて行ったぞ」
「え、えっと……た、たぶん予約できたのは一部屋なんじゃないかな?ここって数か月も予約待ちすることあるらしいし……」
「……そうか、シャルは俺と同じ部屋でもいいのか?」
「え!?う、うん、大丈夫だよっ!?」
「声が裏返ってるぞ。……まあいいか。ところでベッドがダブルベッド一つしかないんだがこれはどうするかな……」
「えええええ!?」
そういえば海外では日本で言うシングルやツインの概念が無いんだっけか。
個人の尊重が大きいから基本的には部屋は個別になるんだった。
そしてこのようなスイートルームの場合は一つの大きなベッドが置かれる。
もちろん、夫婦やカップルが利用するためだ。
となるとデュノア社長からすれば俺とシャルはカップル扱いってことなのか?
「……まあベッドのことは後回しにして、食事にしようぜ。本場のフランス料理が食べられるんだろ?」
「う、うん!そうだね!食事、楽しみだなー!あはは……」
ほんとうにシャルはわかりやすくて面白いやつだな。
◇
夕食はつつがなく終わった。
出されたのはやはり見事なフランス料理のフルコース。
まさに高級ホテルの名にふさわしいだけの絶品の数々だった。
「フランス料理って味付けが濃い目のイメージがあったが、意外とそうでもないんだな」
「うん、昔は遠くから食材を運搬してきたこともあって、濃い目の味付けにせざるを得なかったんだけど最近は輸送方法も進化してるからね。フランス料理の全てが味が濃いわけではないんだよ」
「あぁ、実に勉強になった。俺もここに負けないくらいの料理を作りたいものだ」
「紫電、いつの間に料理人になったのさ……」
「知らなかったのか?俺はISパイロット兼開発者兼農家兼料理人だぞ」
「役職兼ねすぎだよね!?」
シャルから鋭いつっこみが入る。
仕方ないだろう、全部趣味なんだから。
「さーて食事も楽しんだことだし、風呂にでも入るとするか」
「おっ、お風呂!?」
「ああ、シャル先に入るか?それとも一緒に入るか?」
俺は不敵に笑みを浮かべると、シャルを試すように意地悪な質問をした。
「いいい、一緒に!?」
またしてもシャルが動揺する。
本当に見ていて飽きないやつだ。
「あう……その、あの、……いいの?」
「俺は別にどっちでも構わないが?」
「じゃ、じゃぁ、……に……」
どんどんシャルの声が小さくなっていく。
「ん、何だ?聞こえないぞ?」
「一緒に入るよっ!」
シャルの顔は真っ赤になっている。
ほう、そっちを選ぶか。正直予想外だったぜ。
「おし、んじゃ風呂準備してくるからちょっと待っててくれ」
「……っ!?」
シャルは混乱しているようだがそんなことも気にせず俺は浴室へと向かっていった。
◇
(一緒に入るってなんで言っちゃったのさ、僕!?)
僕の頭の中がパニックを起こす。
それでも脳裏に浮かぶのは紫電の顔だった。
いつからだろう、こんなに紫電のことを意識するようになったのは。
IS学園における紫電は至ってクールでストイックだ。
僕たち専用機持ちに対しては結構話しかけてくれるけど、大体は的確なアドバイスばかりで余計なことはほとんどしゃべらない。
そして授業や昼食時以外の自由時間はトレーニングルームで自身を鍛えているか、アリーナでIS技術を磨いているかどちらかのパターンが多い。
自室に戻っている場合でもおそらく勉強しているのだろうと噂されている。
もちろん織斑先生や山田先生に怒られている場面などは見たこともない。
そう、紫電はいつだって本気なんだ。それは紫電の眼がいつも語っている。
トレーニング中も、ISでの戦闘中も、勉強中も、紫電の眼は力強く前を向いている。
その眼は僕の眼とは全然違った。
IS学園に男子として入学したときの僕とは正反対だった。
スパイ行為を命じられてあらゆることに絶望していた僕はそんな紫電が羨ましかった。
紫電にあっさり女であることを見抜かれてからは全てが一瞬で変わっていった。
その辺りからだろうか、僕の眼に紫電しか映らなくなったのは。
「シャル、風呂湧いたぜ」
「は、はいぃっ!?」
ドクン――
心臓が強く高鳴る。これほど心臓の音を意識したのは初めてかもしれない。
「見ろよ、ご丁寧に蛇口からバラの花びらまで出てきたぜ。これがバラ風呂ってやつか」
紫電は既に浴槽に入り、バラ風呂を楽しんでいるようだ。
浴槽には乳白色のお湯が張られ、その上にバラの花びらが数枚浮かんでいた。
紫電は両手でバラの花びらの浮いたお湯を掬い上げて遊んでいる。
「も、もうっ!子供じゃないんだから!」
「そうか?シャルも早く入ってこいよ。丁度いい湯加減だぜ」
「……う、うん……」
何でこういうときも自信満々の眼なのさ。
こっちはこんなにドキドキしてるっていうのに。
僕はこっそりと柱の陰に隠れて服を脱ぎ始めた。
「お、お待たせ……」
「そんなに待ってないぞ。ほら、広いから二人くらい余裕で入れるぜ」
「う、うん……」
僕は体にバスタオルを巻いたまま紫電と一緒に浴槽へと入る。
まだ湯につかって間もないというのに僕の顔は真っ赤に染まっているだろう。
「あ、ほんとだ。いいお湯……」
「だろ?」
紫電は真っ直ぐにこっちの眼を見つめてくる。
いつも通りの自信満々の眼だ。
(……もう、なんで今もその眼をしてるのさ。少しくらい緊張したっていいんじゃない?)
目の前の紫電はいつもと同じ眼……とは少し違った。
よく見るとほんの少しだけど、いつもと違って何か迷っているような眼をしている。
「……なあシャル、俺とフランスに来て後悔していないか?」
「……えっ?」
「強い力にはそれ相応の責任が伴う。エクレールを手にした今、お前のその肩にのしかかる責任はラファール・リヴァイヴを持っていた時とは比べものにならないだろう。現に亡国機業はお前のエクレールを狙って襲撃を仕掛けてきた」
「……紫電?」
「……お前を勝手にエクレールのパイロットに任命してしまってすまなかった、シャル。俺がエクレールのパイロットにシャルを指名したのは俺のエゴだ。だが俺はエクレールに相応しいパイロットをお前以外知らない。今更になってすまないが、本当に申し訳なく思っている」
目の前の紫電が少し俯く。
「……そっか、紫電はそんなことを気にしていたんだね。でも紫電、僕はそんなこと全然気にしてない。むしろ感謝しているくらいだよ。……本当のことを言うと、ラウラや箒みたいに最新鋭の機体を持っているみんなのことが羨ましかった。僕一人だけ旧型の機体だったし、
「……そうか。それならばいいんだ。だがシャル、これだけは覚えておいてくれ。強い力にはそれ相応の責任が伴うということを。賢いお前のことだからあまり心配はしていないが、今でも女子の中にはISをアクセサリーやオシャレのようなものだと思っているやつがいる。だがISはそんな甘っちょろいもんじゃない。兵器を扱っているものだと思って行動してくれ」
「うん、わかってるよ。紫電を見ていると生半可な気持ちでISに触ろうとは思えないもんね」
「……そうか?まあ、わかってくれればいいんだ。俺は先に出るぞ」
ザバッと音を立てると、紫電は浴槽から出ていった。
ちなみにちゃんと腰にタオルを巻いていたのを見て、ちょっと残念に思ったのは秘密である。
◇
「いい湯だったな、シャル。こういうのを日本では裸の付き合いって言うんだ。風呂の中ではお互いの心に思っていることを包み隠さず話すんだぜ」
「へー、日本にはまだ知らない文化がたくさんあるんだなぁ」
「ちなみに風呂上りにコーヒー牛乳を飲むのも日本の文化だ。今飲んでるのはカフェオレだが、まあそれでもいいだろう」
俺とシャルはベッドに腰掛けてカフェオレを口にしていた。
やはり風呂上りはこれに限る。
「あ、あの、それで結局ベッドだけど……」
「あー、そっちのソファも悪くはないが折角のいいベッドなんだ。二人で使うとしよう」
「えっ!?」
そういうと俺はさっさとベッドの中に潜り込む。
うーん適度な柔らかさが最高だ。
時差の影響もあるし、テロリストとの余計な戦闘もあったせいで今日はもう疲れた。
ちょっと目を閉じただけであっという間に俺は深い眠りへと落ちていった。
◇
(もうちょっとくらい意識してくれてもいいんじゃないかなぁ……もう)
一緒に入ったベッドの中で僕は思っていた。
一夏はデリカシーが無かったけど、紫電はあらゆることに強気すぎる。
動揺するそぶりなどはほとんど見せないため、こちらからつけ入る隙が全く見当たらないのだ。
(……それでいて寝顔だけは無防備なんだから。でも、今日はありがとうね。紫電)
僕はそっとと紫電の頬にキスをしてから同じベッドに入る。
相変わらず胸はドキドキしていたけど、緊張と疲労のおかげですぐにまどろみの中へと落ちていくのだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■シャルロット・デイ(2)
「はあああああっ!」
「……甘いッ!」
シャルとホテルで一泊して翌日。
朝食を早々に済ませた俺たちは再びデュノア社のアリーナで稼働データ採取に勤しんでいた。
今回はターゲットの破壊ではなく、俺との実戦による戦闘データの採取が主だった。
「まだまだエクレールの稼働率は上げられるはずだ。それこそ全速力を出せれば俺に追いつくことも不可能ではないほどに」
「……えいっ!」
シャルはエペ・ラピエルを使った射撃で俺に向かって反撃してくる。
その射撃に合わせて距離を詰めると、一気にブラスト・パイルの射程距離内まで飛び込んできた。
「……!なるほど、いい動きだ!」
俺は天井近くまで飛翔し、シャルに対して高さを利用して距離を取ると、エペ・ラピエルから射出された弾丸を天井に直撃させる。
「ブラスト・パイルは一撃必殺の強力な武器だが、当てられなければ意味がないぞ、シャル!」
「わかりきってることだけど、やっぱり紫電は速いねっ……!このエクレールでもまだスピードが足りないなんて!」
エクレールのスペック上のスピードは紅椿と同程度である。
ただし加速力は紅椿をも若干上回っており、他国の第3世代ISよりもスピードにおいては勝っている。
しかし、俺のフォーティチュードは更に別次元のスピードを誇っている。
いかにエクレールの速度が速かろうとも、フォーティチュードに追いつくことはかなり厳しいのだ。
「そろそろこっちからも反撃させてもらうぞッ!」
「……!」
左手に持ったアサルトライフル「アレキサンドライト」をシャルに向け、一気に引き金を引く。
フルオートモードで発射された弾丸はラファール・リヴァイヴの頃はうまく回避しきれていなかったが、エクレールになってからシャルの動きは大分変わってきたようだ。
シャルは前後左右にゆるやかな機動を見せると、あっさりと弾幕を回避して見せてくれた。
「お見事。ならこっちはどうだ?」
俺は右手のマークスマンライフル「エメラルド」でシャル目がけて狙撃を開始した。
バシュッ、バシュッ、バシュッと続けざまに三連続で高速の弾丸が発射される。
「……っ!」
一発は肩のアーマー部分に被弾したものの、もう一発は左手の盾で防御し、残りの一発はなんと回避していた。
決して偶然ではない、シャルの目は確かに俺が撃った弾丸を見据えていたのだろう。
「お見事!エメラルドの三連射をまともに避けてきたのはシャルが初めてだな。対ISの稼働データ取得もこんなもんでいいだろう。シャル、休憩に入ろう」
「うん、わかった」
プライベート・チャネルを開き、シャルに休憩の旨を伝えると、シャルはこちらに向かってゆっくりと降りてきた。
「お疲れ、シャル。エクレールの稼働率も結構上がったようだな」
「紫電と勝負してると嫌でも全力以上の力を出さなきゃいけないからね。僕も結構がんばったんだ」
「ああ、それは勝負していてすぐわかったよ。本当に腕を上げたな。これならIS学園に戻っても自慢できるだろうよ」
「うん、きっとみんな驚くだろうなぁ。楽しみだよ!」
「稼働データの取得はこんなところにして、休憩に入ろう。さあシャル、約束通りどこへでも行こうか」
「……覚えててくれたんだ。じゃあ早速行こう!」
シャルは笑顔を見せると、アリーナの外へ向かって歩き出していた。
◇
「へえ、ここが有名なシャンゼリゼ通りか」
「うん、そうだよ。紫電と来るならやっぱりここかなって思ったんだ」
「確かにフランスといえばここ、って感じがするな。街並みも綺麗だ。それと向こうに見えるのは有名なエトワール凱旋門か」
「そうだよ。あ、紫電こっちこっち。ここのカフェに来たかったんだ」
シャルが誘ってきたのはオープンテラスのカフェだった。
なるほど、いかにもフランス風なおしゃれ感満載のカフェだ。
「ここパリの中でも有名なお店なんだ。今まで来る機会がなかったんだけど今日は紫電と一緒だから、ね」
そういうとシャルはこちらに笑顔を向けてくる。
シャルは本当に楽しそうで見ているこちらも楽しくなってしまうな。
「おお、いいところに誘ってくれてありがとうな。ただシャル。流石の俺もフランス語まではマスターしてないんだ。悪いけどオーダーを頼めるか?メニューが読めなくてね」
「あ、良かった。実はフランス語までマスターしてるんだ、なんて言われたらどうしようかなって思ってた。オーダーなら任せてよ!」
「ああ、頼りにしてる」
シャルは慣れた雰囲気で店員と会話している。
普段IS学園では日本語しか喋っていないだけに、シャルがフランス人であることをはっきりと認識させられることになってしまった。
「お待たせ。紫電は嫌いなもの無かったよね?」
「ああ、たとえ
「ふふっ、残念だけど今回エスカルゴは頼んでないよ。そんなに変わったものは頼んでないから安心してね」
しばらくシャルと談笑していると、注文していた料理が運ばれてきた。
「これはエスプレッソ・コーヒーか。フランスはどちらかというと紅茶よりもコーヒー派なんだっけか」
「そうだよ。フランスでコーヒーといえばエスプレッソ・コーヒーのことを指すんだ。大体はどこの店に行ってもコーヒーって頼むとこれが出てくるんだ」
「それとこっちは……クロック・ムッシュか」
目の前の皿に乗っているのはパンにハムとチーズ、ベシャルメソースを乗せたホットサンドである。
「ええ、知ってるの!?」
「料理が趣味だからな。メニューの文字は読めなくても料理が何かはわかるのさ」
「うーん、これは予想外だったなぁ。紫電がフランス料理にそこまで詳しいなんて……」
「なに、知っているのはほんの少しだけだ。あと料理が冷める前に食べることもマナーだってちゃんと知ってるぞ」
「それは多分フランスに限ったことではないんじゃないかな……?」
早速俺とシャルは目の前のクロック・ムッシュに舌鼓を打っていた。
「むう、本来簡単な料理のはずだが、本場で食べるとやはり雰囲気も合わさって更においしく感じるな」
「うん、本当においしいよ。このクロック・ムッシュ」
あまりのおいしさに俺とシャルがぺろりとクロック・ムッシュをたいらげた頃、次の皿が運ばれてきた。
「今度は……なるほど、鴨のローストだな」
「秋は狩猟解禁のシーズンだからね。鴨みたいなジビエ料理もフランスの醍醐味だよ」
「……なるほど。鴨は日本でもなじみ深いものだが、フランスだとまたこう感覚が違ってくるな」
またしてもあっさりと皿は綺麗になった。
やはりフランス料理は奥が深い。
IS学園に戻ったらまた料理も勉強しなおさないとな。
そんなことを考えているとデザートが運ばれてきた。
「これはクレーム・ブリュレか」
「えへへ、僕はこれがクレープ・シュゼットと同じくらい好きなんだ。昔お母さんがよく作ってくれたんだ。んー、柔らかくておいしい!」
「うん、確かにこの柔らかさ。そして甘すぎない丁度良い甘さ。本当においしいな」
「紫電は甘いもの好きなの?」
「ああ、実は割と甘党だ。フランス料理はお菓子類もたくさんあっていいよな」
シャルは本当に嬉しそうにクレーム・ブリュレを食べていた。
――IS学園に帰ったら作ってやるか。
そんなことを考えながらこっそりと支払いを済ませておくと、またしてもシャルから驚きの声があがるのだった。
◇
「もう、フランス語喋れてるじゃん!会計まで僕がするつもりだったのに!」
「
「で、デート!?……そ、そうだよね、デートだよね、これ!?」
むしろデートじゃなきゃなんなんだ、というのは心のうちに秘めておこう。
「さて、帰りの飛行機まで丁度いい時間だな。シャル、付き合ってくれてありがとうな」
「いい、いいよっ!紫電とならいつだって大丈夫だから!いつだって付き合うよっ!?」
「そう言ってもらえるとこちらとしてもありがたいね」
顔を真っ赤にしたシャルを連れて空港に向かうと、そのまま乗った飛行機は日本へ向かって飛び立つのだった。
UA50,000突破&お気に入り者数750突破?なん……だと……?
そんなに見てくれる人がいるとは……。
自己満小説ですが、引き続き評価&感想待ってます!
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■宇宙農家の矜持
俺とシャルがフランスから帰って翌日。
いつも通り教室に向かった先では一夏がぐったりとした様子で机に突っ伏していた。
「よう、帰って来たぜ……ってなんだ一夏、随分疲れてるみたいじゃねーか。何かあったのか?」
「……ああ、紫電か。実はお前らがいない間にIS学園に襲撃があったんだ。なんとかテロリストは撃退したんだけど、楯無さんが怪我を負ってしまって……」
「なんとまあ、ついてねーな。こっちもフランスでテロリストに襲われたが、シャルとデートできた分まだましだな」
「何っ、デートだと!?」
「それは本当ですの!?」
「シャルロットよ、それは本当か!?」
箒、セシリア、ラウラがシャルに食い気味に質問する。
一方のシャルは顔を赤らめている。
「え、えへへ……デートだなんてそんな……」
「教えてくれ!どんなことをしたんだ!?」
「ずるいですわ!シャルロットさん!」
「頼む!シャルロットよ!嫁との今後の参考にさせてくれ!」
デートといってもあんまり大したことはできなかったんだが……。
まあシャルが良ければ俺もそれでいいか。
(それにしてもIS学園が襲撃されるとは。おまけに学園最強とも言われる楯無先輩も怪我とは、この学園のセキュリティはとことん信用できないようだな……)
(そのようですね。最新鋭の技術に各国の要人がいる割に警備は脆いようです。自分の身は自分で守るしかないようですね)
(……やれやれ、なんのためにIS学園に入学したんだか……)
そうこうしているうちに織斑先生と山田先生が教室にやってきた。
ちょうど朝のショートホームルームの時間だが、二人ともお疲れ気味のようだ。
織斑先生のほうはさほど疲れた様子は見せていないが、山田先生は目の下に少々くまができている。
(……しかしIS学園防衛の要である織斑先生たちと楯無先輩の体調が思わしくないというのは非常に危険だな。ここいらで俺がちょっとしたテコ入れを行うとするか)
(紫電、何をするつもりですか?)
(いやいや、ちょっと新作野菜の味見をね?)
教壇では山田先生が疲れた顔を必死に隠しながら話しているが、俺はほとんどその話も聞かずにピート君から送ってもらう野菜の選別をしていた。
◇
その日の放課後、俺は織斑先生、山田先生、楯無先輩、一夏を1年生寮の食堂へと呼び出していた。
「なあ、紫電。言われた通りの皆を連れてきたけど、何をするつもりなんだ?」
「食堂に呼ぶってことは何をしたいか分かるだろう?園芸同好会で収穫した野菜を使って作った料理をみんなに食べてもらうんだよ」
「……なぜ私がお前の作った料理を食べなくてはいかんのだ?」
「一夏から聞きましたよ。先日襲撃があったってこと。それでみなさん疲労が溜まっているようなので俺の野菜料理で体力を回復してもらおうと思いましてね」
「えっと、千道君から見て私たちってそんなに疲れているように見えましたか……?」
「一夏と山田先生は一目見てわかりましたよ。楯無先輩に至っては怪我したとまで聞いてますし、織斑先生も気付いてないかもしれませんが、今日はいつもより眉間を押さえる回数が多かったですよ」
「……なるほど、よく見ているようだな」
「あら、おねーさんのことも心配してくれてるの?紫電君がそんなに私のこと考えてくれるなんて、嬉しいわね」
「……まあ楯無先輩についてはさほど心配していません。それだけの無駄口が叩けるようであればね」
「……やっぱり冷たいのねぇ」
バッと開かれた扇子には冷酷、と書かれている。
「ま、俺自身は冷たいかもしれんが料理は温かいから安心してください。それじゃ、もう盛り付けまで済んでいますんで、冷めないうちにどうぞ召し上がってください」
俺がそういうと各自食堂の席に着く。
「ほう、和食か。見た目は中々良くできているな」
綺麗に並べられた御膳はそれぞれご飯もの、汁物、漬物、そして主食とバランスの良い配膳がされている。
「あ、あの、千道君。このご飯ってひょっとしてですが、松茸ご飯ではありませんか?」
山田先生が手にしたお椀にはデカデカとしたマツタケらしきものが乗っていた。
「ええ、その通り。最近松茸の栽培に成功したので、松茸ご飯にしてみました」
「こ、この芳しい香り……!それにこの大きさ!……本当に良いんですか?千道君」
「ええ、先生たちの為に作ったんですから冷める前にぜひ」
「そ、それではいただきますね……んっ!?」
松茸ご飯を口にした真耶の目の前には宇宙が広がっていた。
暗い宇宙の中で弾けるようなビッグバン。
思わず真耶は自分の服が吹き飛んだような錯覚に襲われていた。
「はあぁっ……!なんて香りと食感……!松茸ってこんなすごいものだったんですね……!」
山田先生の目が光り輝いているのを他のメンバーは驚愕の表情で見つめていた。
「そ、そんなに美味いのか、この松茸ご飯……」
「なんだか逆に食べるのが怖くなってきたわ……私はこのお味噌汁をいただこうかしら」
楯無先輩は味噌汁椀を手に取ると、ゆっくりと口を付けた。
「……!?」
楯無先輩の目が見開かれる。
「これは……深いわね。このお味噌汁、昆布出汁を使っているようだけど何なの、この味わい深さ……!」
楯無先輩もなかなか鋭い。
この味噌汁に使った出汁は通称月面コンブと呼ばれる代物だ。
意外なことに、ピート君が宇宙では海水なしでコンブやワカメを育てることができたので、月面ワカメと共に味噌汁に仕立てたのだ。
最初はもっと具を入れるべきかと思ったが、月面ワカメの味の濃さと歯ごたえの良さがあったため、具を一つに絞ったのもうまい具合に出汁の良さを引き出せたと思う。
「おっ、このコロッケとうもろこし入りか!それにこの赤みがかった色と匂いはカボチャだな!」
「その通り、そいつは火星カボチャとロウソクコーンのコロッケだ」
「火星カボチャにロウソクコーンて……また変わった品種名だな」
「なんとなく見た目がそんな感じだったんだよ。まあ品種名はともかくそのコロッケはかなりの栄養バランスを誇る一品だ」
「どれどれ……おお、程よい甘さにサクサクの衣がいい感じだ。それにカボチャの匂いも油に負けていないな!ところでもう一つ無いか?」
一夏はあっさりとコロッケを平らげると、おかわりを要求してきた。
もちろん用意してあるとも。
「……ふむ、漬物はナスの一本漬けか。なかなかよく漬けられている。酒が欲しくなるな」
織斑先生は土星ナスの一本漬けを楽しんでいるようだ。
その証拠に目元と口元が緩んでいる。
「あー、うまかった。本当に紫電は料理上手だなぁ。俺も負けてらんないな!」
「本当においしかったですねぇ。疲れが吹き飛んだようです」
「……さてみなさん、食事を楽しんでいただけたところで最後のデザートを食べていただきましょうか」
「あら、デザートまで用意してくれてるなんて、気が利くじゃない」
「こちらが本日最後の一品、アイスクリームです」
テーブルに着く四人の前に白いアイスクリームを置いていく。
「このアイスは……バニラか?」
「確かに色はバニラのようですが匂いが少し違うような気がしますね。この匂い、とても良い香りですが嗅いだことの無い香りです」
「まあ味は気にせず、一口どうぞ。溶けてしまうので」
そういうと四人は目の前に置かれたアイスクリームを一掬いし、口の中へと含んだ。
「「「「……っ!?」」」」
四人は一気に目を見開くと一斉に立ち上がった。
「なっ、なんだこの味!?すげえうまいぞ!?」
「確かにすっごく甘くてとろけそうな食感なんだけど……!」
「くっ、冷たいアイスを食べたはずなのに体中が熱い!千道、どうなっている!」
「織斑先生、そういいながらも全部食べちゃってますよ!?」
そう、これこそ本日とっておきのデザート、銀河ドリアンのアイスクリームである。
一見は普通のバニラアイスだが、その味付けの正体はドリアンである。
ドリアンは果物の王様と呼ばれるほどすばらしい味と栄養価を誇る果物だ。
ただし、その匂いは強烈な臭さを持つため、日本ではなかなか流通していない。
それを改良し、ひたすら良い匂いと驚異的な栄養価を誇る果物へと品種改良したのがこの銀河ドリアンである。
もはや一口食べれば体力全快、一つ食べれば奇跡の秘薬とも言えそうなほどの代物を食べやすいアイスクリームにすることで俺はこの四人の疲労回復を狙ったのだった。
「皆さん完食したようですね。満足してもらえたようで何よりです。少しは疲れが取れましたかね?」
「疲れが取れたどころか体中に力が漲ってくるみたいだぜ……どうなってんだ、このアイス!?」
「熱さを感じている内に怪我の痛みが無くなったみたいね……」
「体中がすっごく熱いです!眠気も吹き飛びました!」
「……食べて熱くなるアイスなど最早アイスとは呼べんな」
みんなの言うとおり、このアイスはあまりの栄養価の高さ故に食べると体中の代謝が良くなり、体中が熱くなってしまうのだ。
織斑先生の言うとおり、もはやアイスとは言えないアイスのような何かというほうが正しいのかもしれないな。
(今回の野菜もうまく調理できたようですね)
(ああ、素材の良さを引き出すためには料理が必要だ……。まだまだ研鑽しなければな)
俺はみんなの食べた皿を片付けながら、そんなことを考えるのであった。
☆本日のメニュー☆
・冥王マツタケごはん
・月面コンブと真空ワカメの味噌汁
・土星ナスの一本漬け
・火星カボチャとロウソクコーンのコロッケ
・銀河ドリアンのアイスクリーム
以上、お粗末ッ!
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■国際IS委員会
IS学園某所、織斑千冬は国際IS委員会の会議に出席していた。
「さて、議題に入る前に少し教えてもらってよいですかな織斑先生。先日起こったフランスでのデュノア社襲撃事件ですが、千道君が解決したとか?」
「……本人からはそのように聞いています。また、相手はグストーイ・トゥマン・モスクヴェを使用していたとも聞いています」
千冬の言葉に国際IS委員会メンバーの一人が表情を強張らせる。
「……おそらくイリーナ・シェフテルが事故死した際に紛失したISコアをテロリストに奪取されたのであろう。我がロシアは今回のテロには一切関与していない」
「ISコアを正当に管理できていないことを棚に上げた回答ですな。それはいささか無責任ではありませんかな?」
「イリーナの事故の件は大分昔に片付いた話だ。それに奪われたISコアを誰がどう使うかまでは私の知ったことではない。そんなことを言われても責任の取りようなど無い。違いますか?」
「……」
会議室に一時沈黙が流れる。
そんな中口を開いたのは最初に千冬に質問した国際IS委員会の議長を務める男だった。
「まあ今日はグストーイ・トゥマン・モスクヴェのことを話しに来たわけではないでしょう。本日の議題に移らせてもらいますぞ?本日の議題は例のISパイロットランキングの件です」
ISパイロットランキング――
現在世界に存在するISコアの数は467個。それを駆使し、操るパイロットも数百名に及ぶ。
その中でも誰もが認める世界ナンバー1のISパイロット、織斑千冬を頂点とし、各国のISパイロットたちの戦闘能力を便宜的にランキング化したものである。
ISパイロットのランキング付けを行うことについては賛否両論、どのような基準で順位を決めるのかなど、様々な議論を呼んだ。
しかし結局のところは自分の国のパイロットたちがどれほどの実力を持っているのか、国家としても把握しなければならなかったため、明確な基準も無いまま過去の実績を基に暫定的に作りだしたものがこのISパイロットランキングである。
「1位が
「……私は既にISパイロットを引退した身なのですが?」
「残念だが、引退しても君が世界1位であるということは誰もが思っていることだ。悪く思わないでくれ」
「しかし、問題は5位以降になりますか……」
IS委員会では5位以降のランク付けに相当な迷いを抱えていた。
通常はモンド・グロッソの出場者から選んでいくのが妥当だろう。
しかし現在はISの開発も進み、第3世代型を操る優秀な若きパイロットたちがめいめきと頭角を現してきているのであった。
それこそモンド・グロッソ出場者が相手であろうと勝ってしまいそうな凄まじい
その後も幾度となく慎重な議論を重ねた結果、5位から10位までの順位付けも無事に済んでいた。
しかしそこにはまだ国際的な結果を出していないにも関わらず、その名を連ねている者の名が存在していた。
「……7位に更識を置くのはまだ分かります。ですが9位になぜ千道の名があるのでしょうか?国際大会、対外試合などにはまだ一切出ていないはずですが?」
ISパイロットランキング7位には更識楯無の名が、そして9位には千道紫電の名が刻まれている。
千冬はランキング表を見て疑問に思ったことを正直に話した。
「更識君についてはロシア代表に選ばれる実力者ですし、対外試合でもかなりの成果を収めていますから7位でも問題ないでしょう。千道君につきましてはIS学園での襲撃事件といい、この間のデュノア社襲撃といい、既に数回テロリスト撃退の功績があります。私は十分すぎるほどの戦果を上げていると思いますが?」
「それに、更識君との非公式試合では勝利を収めたとも聞いていますが?彼こそISパイロットの中の希望の星、まさに
「……」
世の中が女尊男卑の世界になったといえども、国際IS委員会の幹部には男性も多い。
おそらくは男である千道にある種の期待を抱いているのだろう。
「千道君がISランキングのトップ10に入るのは良いでしょう。ですが千道君がどこの国の代表でも代表候補生でもないというのが私には納得できません。ランキングのトップ10に入れるほどの実力者がどこの国にも帰属していないというのはいささか政情的に不安定ではありませんか?」
「千道君は日本出身の生粋の日本人です。日本代表の候補生になるに決まっているでしょう?」
「いやいや、我が国に来てくれるのであれば代表候補生などとは言わずすぐにでも代表の座についてもらいますよ?」
国際IS委員会幹部がガヤガヤと喋り出す。
一度こうなると中々収まらないところが千冬は嫌いだった。
そんな中、一人の代表が口を開いた。
「まあまあ、千道がどこの国の代表になるかは本人の意思確認が必要でしょう。今ここでそんなことを話しても何も決まらないのではありませんか?この際ですから千道君本人に代表あるいは代表候補生になる意思があるのか聞いてみようではありませんか」
「……そうですな。まずは本人の意思確認が必要不可欠。では来週の会議では千道君の招集をお願いしますぞ。織斑先生」
「……わかりました」
正直なところ千冬は千道の招集にあまり気のりはしていなかった。
IS委員会の会議は基本的に無駄話が多く、実りある会議になるケースは少ない。
そんな会議にあの冷静で洞察力の鋭い千道を呼び出したらどうなるか。
千冬は再び頭痛の種を抱えることになってしまったのであった。
◇
とある日の放課後、俺は織斑先生に呼び出されていた。
「千道。お前に国際IS委員会会議への出席依頼が来ている。ついてきてもらうぞ」
「会議?……はあ」
(ついに来たか。いつかは来るだろうと思っていたけど)
(やましいことをした覚えは全くありませんし、さほど気にしなくて良いと思います)
(いや、おそらく俺がどこの国の代表になるかっていうこと辺りだと思う。何せ一夏と箒もまだ日本代表の候補生になるとは宣言していない。おまけに現日本代表候補生の更識簪は正直言って性格的に戦闘に向いていない気がするしな。俺をどうしても日本の代表候補生にしたいんだろうな)
(それで紫電は日本の代表候補生になるのですか?)
(いや、なるつもりは無いよ?面倒くせえからな)
(そういうと思っていました)
そんなことをシオンと会話していると、気付けばもう会議室の前まで到着していた。
「……?何をしている、早く入れ」
「あ、いえ、ちょっと緊張してただけです。失礼します」
バタンとドアを閉めると、会議室の中は真っ暗だった。
そしてその中ではいくつものモニターが光り、国際IS委員会のメンバーらしき人物たちが映っている。
「先週の依頼通り千道を連れてきました。千道の件につきましては手短にお願いします」
「ああ、分かっていますよ織斑先生。では早速本日の議題に入ろうじゃないか。本日の議題とはまさに君が主役だ。IS学園の
「……俺に何かご用でしょうか?」
「まず先に話しておくと、この国際IS委員会でも君のパイロットとしての力量は優秀だと考えているのだよ。しかし君は専用機を持っているにも関わらずまだどこの国にも帰属していないね?政治的な話になってしまうが、それでは少々不安定なのだよ。君ほどのパイロットが未所属、ということがね」
「……」
「そこで今日呼び出したのは他でもない、どこの国の代表になりたいのか教えてもらおうと思って呼び出したのだ。もちろん出身である日本を選んでも構わないし、自由国籍権を行使して別の国の代表になっても良い。全ては君の考え次第だ」
「……まあ、君も日本生まれの生粋な日本人だ。日本の代表候補生になってくれるのだろう?」
おそらく国際IS委員会の日本代表であろう人物がそう告げる。
「……すいませんが、俺は
「……!」
IS委員会の日本代表であろう人物は図星を突かれたような顔をしている。
ほら見ろ、と千冬は内心思っていた。
「それに俺はモンド・グロッソに特に興味はありません。新星重工の開発者として言わせてもらいますが、弊社ではISを宇宙空間での活動を目的としたマルチフォーム・スーツとしか見ていません。武装を開発しているのはISコアの盗難を防止するためとISコアの成長を促す為です。競技用あるいは兵器としてのISの価値などに興味はありませんね」
「「「!?」」」
この発言には国際IS委員会に出席している全員が驚愕した。
もちろん織斑千冬とて例外ではない。
「皆さん忘れているようですが、ISの開発者である篠ノ之束博士は元々宇宙空間での使用を想定してISを開発したのです。それが白騎士事件以降は国家防衛の要だの軍事用ISの開発だの、本来の目的からかけ離れた運用ばかり。少しは恥ずかしいと思わないのですか?宇宙進出は全人類の夢では無かったのですか?」
俺以外の全員が沈黙を返す。
やはりここいらで一つ、寝ぼけているのは世界の方であることを教えてやらねばいけないようだな。
「モンド・グロッソを開催すること自体は否定しません。各国のIS開発状況の報告にもなりますし、ISパイロットたちの目標にもなりますから。ですがそのことばかりにかまけて宇宙への進出をないがしろにするのはやめていただきたい。はっきり言って技術の無駄遣いです」
「……さっきから聞いていればあなたの言っていることは全部自分の意見の押しつけじゃないの!こっちにまであなたの理想を押しつけないでくれないかしら!?」
「自分の意見を押しつけているのはそちらでしょう。一夏と箒を差し置いて俺だけをIS委員会に召集したことが何よりもそれを証明しています。自分で言うのもなんですが、ISに関して俺は一夏と箒より全体的に優れています。ISパイロットとしての技術、機体スペック、そして自らISを開発するだけの技量と知識、全てが。そこであなたたちは一夏や箒を差し置いて最も優れている俺に声をかけ、自国の代表にしようとした。それは国際IS委員会の勝手な意思とは違いますか?」
「……っ!」
先ほどまで声を高らかにしていた国際IS委員会の女性が引っ込む。
こちらの正論にぐうの音も出なかったか。
「……また、先ほども申し上げましたが俺は
「「「……!」」」
IS委員会はようやく俺の言いたいことを理解してくれたらしい。
もっともどこかの国の代表などになる気は全く無いが、なる気はあるとだけ匂わせておく。
そしてモンド・グロッソについても興味は無いと言ったが否定はしていない。
つまりどこかの代表になったらモンド・グロッソに出ることもやぶさかではない、ということだ。
これらは政治的な常套手段である。
「俺が言いたかったのはそんなところです。まあ軍事利用にせよ競技用にせよ、そんなことのためにIS開発をしているのであれば、新星重工は勝手に宇宙へと行ってしまいますよ?それでは失礼させていただきます」
「ま、待ってくれ千道君。新星重工は既に宇宙進出への足がかりを既に得ていると言うのかね!?」
「……それはご想像にお任せしますよ。ただ、のんびりしていると先に宇宙進出してしまいますよ、とだけ言わせてもらいます」
それだけ言い残すと俺は会議室を後にした。
(紫電、良いのですか?新星重工が宇宙進出を計画していることを宣告してしまいましたが)
(これくらい言わないと向こうも焦らないだろう。そうでもしないとやがて地球と共に人は滅びを迎えてしまうだろうしな。……宇宙進出は俺たちだけではまだまだ足りないのだよ、シオン。全世界が危機感を持って対処しなければならないことなんだ)
(先ほどの意見で世界は変わるでしょうか)
(変わらなければそれまでの話さ。それに国際IS委員会に言いたかったのはそれだけじゃない)
――今のところ知らない国の代表になるつもりはない。
この言葉を受け、世界は再び大きく動こうとしていた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■京都へ
俺が国際IS委員会の会議に出てから翌日、IS学園では全校集会が行われていた。
壇上では楯無先輩がマイクに向かって話しかけている。
「それでは、これより秋の修学旅行の説明をさせていただきます。今回、様々な騒動により延期となっていた修学旅行ですが、またしても第三者による介入がないとは言い切れません。というわけで、生徒会からの選抜メンバーによる、京都修学旅行への下見をお願いするわね。メンバーは専用機持ち全員、そして引率には織斑先生と山田先生。以上です」
楯無先輩の発表に対し、周囲のからはいいなあ、私も行きたいなどの声が上がっていた。
(修学旅行の下見か。だが楯無先輩の口ぶりからすると、既に第三者の介入があることは予測済みのようだな)
(気楽に旅行するのは厳しそうですね)
(第三者の介入があるってわかってるだけまだましさ。しかし京都か。できることなら歴史ある街並みを戦火に巻き込みたくはないな……)
「おお、京都か。やはり日本古都といえば京都だな!」
「わあ、初めての京都かぁ。楽しみだね、ラウラ!」
「うむ!」
シャルとラウラは初の京都のようで旅行を楽しみにしているようだ。
一方、既に何度も京都に行ったことのある鈴はぶつくさとぼやいていたが。
(さて、この下見旅行、果たして何が起こるやら――)
俺の心の中では既に不安が渦巻いていた。
◇
「では、本当の目的を話します」
楯無先輩の招集命令に従い、専用機持ち全員は生徒会室に集まっていた。
そこには1年生以外の専用機持ち、2年のフォルテ・サファイアと3年のダリル・ケイシーの姿もある。
「今回は本国でのIS修復を終えたフォルテとダリルも参加する全戦力投入作戦となるわ」
全戦力投入作戦、という言葉を聞いて専用機持ちたちがざわつく。
やはりただの修学旅行の下見ではなかったか。
大方そんなことだろうと思っていたよ。
「あー、やっぱりやるんスかぁ、『亡国機業』掃討作戦……だるいなぁ」
「あら、あなたにはもう情報が入っていたのかしら?」
「ええ、
そう言ったのは2年のギリシャ代表候補生、フォルテ・サファイアだった。
どうもマイペースな性格なようで、今も気だるげにソファーにもたれかかっている。
「いよいよってわけか、生徒会長。んまァ、オレの専用機『ヘル・ハウンド』もバージョン2.8にアップデートされたしなー。そんな予感はしてたわ」
3年生唯一の専用機持ち、ダリル・ケイシーは自信満々といった感じで壁に背を預けている。
(……なるほど、今まで会ったこと無かったからどんな人物なのかわからなかったが、先輩2人の性格はなんとなくわかった。まあ、あまり深く期待はしないほうが良さそうだな)
「というわけで、みんなには嘘偽りなく国際的テロ組織への攻撃をおこなってもらうわ。私は情報収集担当になるからあんまり戦闘には加われないと思うけど、みんなはISを抑えてちょうだい。それでは各自、出撃に備えて。解散!」
ピシャリと楯無先輩の扇子が閉じられる。
さーて、本当に迷惑なことになったな。
いくら専用機持ちが多いからってテロリストへの対応までやらされるとは思ってなかったぜ。
……仕方ない、研鑽の一つとして割り切るか。
それにあのグストーイ・トゥマン・モスクヴェのパイロット、イリーナ・シェフテルのような凄腕のパイロットと巡り合えるかもしれないしな。
俺たちは生徒会室を後にすると、各自準備へと奔走するのであった。
◇
「間もなく京都、京都です――」
東京駅から新幹線に乗り、気付けばもう京都についていた。
各自準備を済ませぞろぞろと車内から降りると、京都駅名物の長い階段が姿をあらわしていた。
「お、ここで集合写真を撮ったらすごい良さそうだな」
「そうだな。記念に一枚撮っておくとしよう」
「えっ、いいんですか?織斑先生」
「ああ、すまないが山田君、シャッターを押してくれるか?」
織斑先生は一夏から古びたアナログカメラ取り上げると、山田先生へと手渡した。
「あっ、シャッターなら俺が」
「こらこら、アンタが映らなくてどうすんのよ!じゃ、山田先生よろしく!」
そう言うのは鈴である。
確かにカメラの持ち主は一夏だが一夏は今回の作戦の要でもあるからなあ。
「じゃあ撮りますよー。3、2、1」
カシャッとシャッター音が鳴る。
しかしこのようなアナログカメラを持ちだすとは。
一夏の趣味は写真だったのか、初めて知ったぜ。
「さて、それじゃあ気合い入れていきますか!」
「あ、いいわよ。今は京都を漫遊してて」
「え?」
意気込む一夏に対し、楯無先輩は落ち着いている。
「実は情報提供者を待ってるんだけど、どうも昨日から連絡がとれなくなってね。仕方ないから私が捜そうと思うの。京都にはいるはずだから、向こうから接触してくるはずよ。だ・か・ら、京都漫遊、行ってきなさい?お姉さんに任せておけば大丈夫だから」
「は、はぁ……」
「撮りたい写真、あるんでしょ?」
「それは、まあ」
「一夏!何やってんのよ!ほら、一緒に回るわよ!」
「ずるいぞ、鈴。一夏は私と回るのだ!」
「お待ちになって!元々はわたくしと回る予定だったことをお忘れなく」
「いや、そこはあえて私だろう。嫁の面倒を見るのは私だ」
なんだか騒がしくなってきたので俺は一人、こっそりと目的の場所へ向かおうとする。
「あっ、紫電、待って!」
「……!」
俺を呼びとめたのはシャルだった。
「ね、ねぇ、僕京都初めてなんだけど……一緒に回ってくれない?」
シャルはやや下方向からこちらを覗きこんでくる。ぶっちゃけあざとい。
できることならシャルを巻き込みたくなかったが、こうなったらやむを得ないか。
「紫電、さっきから怖い顔してる。どうせまた重要な何かをしようとしてるんでしょ?わかってるんだからね!」
「……お見通しか。わかった、だが余り時間の余裕はない。近くのカフェにでも入るとしようか」
「やった!紫電ありがとう!」
そういうとシャルは手を差し出してくる。
……繋げってか。度々思うけどシャルは結構勇気あるんだよなあ。
俺はシャルと手を繋ぐと、目的地のすぐそばにあるカフェに向かって歩いて行った。
「ところでなんで眼鏡なんてかけてるの?紫電って視力悪かったの?」
「いや、視力は悪くないよ。こいつは眼鏡型のディスプレイだ。更識簪がかけているのと似たようなもんさ。今回の任務のために用意しておいたんだ」
「ふーん……」
実はこの眼鏡型のディスプレイ、シオンのISコア探知能力を使用して専用機持ち全員の位置情報をリアルタイムで監視できる機能が搭載されている。
狙いはもちろん、何かあった時にすぐにでも専用機持ちの傍へ駆けつけられるようにするためである。
今のところは誰もおかしな動きはしておらず、特に問題は無いようだ。
「さてシャル。駅からすぐそばで悪いが、着いたぜ。ここが京都で最も高さのある建物、京都タワーだ」
「へえ!おっきいねー!」
「高さは約130メートル、木造であまり高さの無い建物が多い京都の中では一際目立つだろう?ここの地下にカフェがあるから、そこに行こう」
「うん!」
手を繋いだ先のシャルはとても嬉しそうだ。
思わず俺も笑顔になるが、心の中では相変わらず不安が渦巻いていた。
なにも起こらなければいいのだが……。
◇
「紫電が言ってたカフェってここ?」
「いや、ここはただのクレープ屋だ。先にここで和風なクレープをご馳走しようと思ってね。すいません、抹茶黒蜜きなこバニラのクレープを二つください」
「まっちゃくろみつきなこ……?」
クレープはフランス発祥のお菓子だが、フランスと日本とで食べられ方がだいぶ違う。
フランスのクレープは以前シャルたちに食べさせたクレープ・シュゼットのように生地に果物とフルーツソースをかけたものを指す。
それに比べて日本のクレープは生地に生クリームや果物を挟んだ形式のものがほとんどである。
まさに抹茶、黒蜜、きなこ、バニラをそれぞれ挟んだこのクレープのように。
「そう、これが日本を代表する食べ物を挟んだクレープだ。さ、バニラアイスが溶ける前にどうぞ」
「う、うん……。こ、これはなんておいしいんだろう……!?」
シャルの目が輝く。
バニラアイス自体は世界中に広まっているものではあるが、そこに抹茶、黒蜜、きなこをかけるのは日本しかない。
それらは一見バラバラの食材のように見えるが、混ぜることで絶妙なハーモニーを奏でるのだ。
抹茶の苦みと黒蜜、きなこ、バニラアイスの甘みがうまく調和したそれはそこそこの大きさがあったにもかかわらず、あっという間に食べられてしまうのであった。
「うーん、おいしかった!日本のクレープって食べやすくておいしいよねぇ!」
「ああ、それにこの味は京都じゃないと味わえない代物だ。来てよかったな」
「うん、でもまだこれからカフェに行くんだよね?何を頼むつもりなの?」
「京都といえばお茶だ。だからちょっと変わった茶を頂こうと思ってね……ああ、ここだ」
クレープ屋からほんの少しだけ歩いた場所にそのカフェはあった。
茶色と緑色に彩られた和風なその店はいかにも京都、といったような雰囲気を醸し出していた。
「シャンゼリゼ通りのカフェも洒落てたが、京都も中々捨てたもんじゃないだろう?」
「うん、和風ってこういうのを言うんだよね。わびさびっていうものを楽しむんだってラウラが言ってたよ」
「ほう、ラウラがねぇ。そういえばあいつは茶道部所属だったか。ま、ここでは茶道部では楽しめない茶を頼むつもりなんだがね。すいません、抹茶ラテを二つください」
「抹茶ラテ?ただの抹茶じゃないの?」
「ただの抹茶だと苦くて飲めないやつがたまにいるからな。まずはこの抹茶ラテで慣れてみるといいと思ったんだ。といってもここで使ってる抹茶は本場京都のものだ。抹茶を飲んだと自慢しても問題ないぞ」
「なるほど、流石紫電だね。実は僕、抹茶を飲むのって初めてなんだ」
「ならなおのことこの抹茶ラテから始めた方がいいな。ほら」
俺はできたての抹茶ラテをシャルに手渡す。
「……うーん、これは飲みやすいね。抹茶ってこんな味なんだぁ……」
「……あぁ、甘すぎず苦すぎず、ちょうどいい味だ。やはりこの味はIS学園でも飲めるようにしたい……そうか!今度は茶を栽培すればいいのか……!」
「紫電、まさか園芸同好会でお茶を栽培するつもりなの!?」
「開発作業には甘いものが必要だ。だがいつも同じような甘いものでは飽きてしまうだろう?そこでこの抹茶ラテのような一味違ったものを用意する必要があるんだ。この前デュノア社に資源を売ったし、その金で茶葉の栽培研究をするか」
「えええええ!?ISの研究開発費用じゃないの!?」
「シャル、これはISの開発に必要なものだ。だから研究費として使っても問題ない」
「……うち、新星重工と提携して大丈夫だったのかな……?」
「大丈夫大丈夫、こうして余裕見せてる内が一番安全なんだから。さあ、次は展望台へ行くぞ」
俺はシャルの手を再び取ると、展望台へと続くエレベーターの下へ歩いていくのだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■選抜射手の一撃
京都タワー展望台は周囲360度全てが見渡せるおかげで状況把握が行いやすい。
俺が京都タワーに行こうとした理由はそのためだった。
もっとも、シャルが一緒についてきたのは完全に予想外でただのデートになってしまったが。
「シャル、見えるか?あれが有名な清水寺だ。清水の舞台がある場所だ。それとその手前に見えるのが三十三間堂だ。なんでも1000体近くの千手観音像が現存しているらしい」
「へえー、確かに高いところから遠くを見渡すってのもいいよね。いろんなところ見えるし、なんだか得した気持ちになるよね!」
「そうだな、高いところは確かに良い」
俺は早速不穏な予感を覚えはじめていた。
まさか、もう亡国機業は動き始めているのか?
そう思った俺は眼鏡型ディスプレイのスイッチを入れ、全員の居場所を確認する。
――これは!?
なんとなくだがディスプレイに表示された居場所に違和感を感じ取った俺は、関係者以外立ち入り禁止と書かれたドアを開くと、展望台から外へと通じる通用口へと飛び出していった。
「ちょ、ちょっと紫電!?どうしたのさ!?」
シャルが俺の後をついてくるが、俺はそんなことも気にせず全速力で展望台の上へと続く階段を駆け上がっていった。
展望台の上についた俺は再び眼鏡型ディスプレイを起動し、目標の位置を確認し直す。
その瞬間だった。
タンッ、と密かに展開していたハイパーセンサーを通じて微かに聞こえたその音は銃声だった。
「ちっ、亡国機業、もう動き始めたか!」
「ねえ紫電、危ないよ!?なんでこんなところに来たのさ!」
「誰かが狙撃されている!それも狙撃手はおそらく――!」
俺は右手にマークスマンライフル「エメラルド」を展開すると、眼鏡型ディスプレイで位置を確認した人物をスコープ越しに発見した。
「やはり……狙撃手はダリル・ケイシー!」
「ええっ!?」
「シャル、危ないから伏せてろ!」
俺は再度スコープを覗き、ダリルの持つスナイパーライフルに照準を合わせる。
距離はおよそ600メートルってところか。
通常のマークスマンライフルであれば射程圏外になる距離だが、このエメラルドはIS用の武装のため、それよりも射程距離は長い。
また、狙撃用に特化した
(……集中しろ、
スコープ越しのダリルは二発目の弾丸を撃ちだそうと引き金を引くところだった。
(……今だッ!)
バシュッ、と緑色のマズルフラッシュと共に緑色の弾丸がエメラルドから放たれていった。
放たれた弾丸は見事にスナイパーライフルのスコープ部分を破壊し、ダリルの手からライフルが弾け飛ぶ。
スコープ越しに見えるダリルの顔は驚愕に染まっており、いったいどこから狙撃してきたんだ、とでも言っているようだ。
「……ふっ、狙撃の腕ならこっちのほうが上のようだな」
「ねえ、さっきからどういうこと!?本当に先輩が裏切ったの!?」
「ああ、どうやらダリル・ケイシーは一夏を狙撃しようとしたらしい。シャル、このままISを展開して一夏の様子を見てきてくれ!あいつのことだから弾丸には当たっていないだろうけど、状況確認が必要だ」
「わ、わかった。でも紫電はどうするの?」
「俺はこのままダリルを追跡する。一夏の状態が確認できたら他のメンバーにも連絡しておいてくれ!」
「……わ、わかった!」
俺は京都タワー屋上から勢いをつけて跳躍し、そのままフォーティチュードを展開すると、狙撃地点へと向かって全速力で飛び立っていった。
◇
狙撃地点にたどり着いた俺は意外な機体を目にしていた。
ダリルの機体である『ヘル・ハウンド』はともかく、その隣にいるのはフォルテ・サファイアの『コールド・ブラッド』だった。
(なるほど、ダリル・ケイシーだけでなくフォルテ・サファイアも裏切ったか。しかし――)
俺はその二機と対峙している機体が想定外だった。
その機体の名は『
イタリア代表であり、第二回モンド・グロッソ覇者であるアリーシャ・ジョセフターフの愛機だった。
「あなたは……アリーシャ・ジョセフターフ!?なぜここに!?」
「おや、私のことを知ってくれているのサ?千道紫電君」
「……!なるほど、楯無先輩が言っていた情報提供者とはあなたのことですね」
「察しが良くて助かるのサ。早速あのクソガキどもを教育してあげるのサ!」
「教育ですか。存外優しいのですね、アリーシャさんは。では俺は――その片腕でも持って帰りましょうかッ!」
俺は再びマークスマンライフル「エメラルド」を構えると、ヘル・ハウンド目がけて狙撃する。
(ちっ、流石に市街戦で弾幕を張る訳にもいかねえ。余計な犠牲者を出すわけにもいかねえし、結構戦いにくいな)
「そっちは射撃メインの機体のようなのサね。ならこのアーリィにお任せなのサ!」
アリーシャさんは両手を広げると、だんだん風が集まりテンペスタとそっくりな像を作りだした。
(なるほど、実体のある分身。これがテンペスタの単一仕様能力、
「さて、これで四対二なのサ」
「……いくぞッ!」
俺は周囲への影響を考慮して武装をスイッチブレード一本に絞ると、アリーシャさんと共に猛攻を加えていった。
(流石は織斑先生と対等に渡り合える数少ない人物。なかなかの攻撃を見せてくれるッ!)
(おやおや、こっちの子は一夏君と違って随分と強いようなののサ。反応速度が尋常じゃないのサ!)
一方、数の利もあって流石のダリルとフォルテは終始反撃に踏み出せず、防戦に徹していた。
「ちぃっ!なんて猛攻だ……っ!シールドエネルギーがガリガリ削られやがる……っ!」
「まずいっスよ、氷の防壁が持たないっス!」
「しかたねぇ、フォルテ!
「あ、アレっスか!?そ、それはちょっとは、ハズいっス……」
「言ってる場合か!やるぞアレを!」
「ああもう!ほんとうにやるっスね!?」
「いくぞ!
二人がキスをすると二人の体は炎を内蔵した氷のアーマーに包まれていった。
「私の風はその程度の防壁、突破するのサ!」
「……!待った、アリーシャさん!あの防壁――」
俺の静止にもかかわらず、アリーシャは対戦車ライフルをも凌駕する風の拳を突き出す。
「かかったな、色ボケババア!」
氷の防壁は衝撃を吸収し、内部から巨大な炎が噴出する。
そのときに生じた爆発の反発力を使い、ダリルとフォルテはさらに距離を取ると、そのまま全速力で逃げていった。
「……追わないんですか?アリーシャさん」
「どうせまた会えるのサ。ここは一旦引いて皆と合流サ」
「そうですか。では俺もその意見に従いましょう」
俺とアリーシャさんは地上に降りてISを展開解除すると、ゆっくりと歩いて行った。
◇
旅館の大部屋でみんなと合流した俺は珍しい人物を見つけていた。
「おや、あの時の三下じゃねーか、ついに捕えられたのか。あー、たしか……ウィンターだっけ?」
「オータム様だ!」
「うるさいぞ」
ラウラは容赦なくオータムのみぞおちに蹴りを入れる。
「紫電、無事だったの!?」
「ああ、シャル。こっちは問題ない。予想外の助っ人のおかげでね」
「……?そっちの人は?」
「私の名はアリーシャ。『テンペスタ』のアーリィといえば、一応知ってくれているのサ?」
「あなたが『テンペスタ』の……あの、失礼ですがその腕と目は……?」
「ああ、これは『テンペスタⅡ』の機動実験でちょいとやらかしてね。あいにく不在なのサ」
「……」
一同に重い空気がのしかかり、その場を沈黙が支配する。
「……さて、こちらは戦力が二人減ったが敵一人減った。だがこちらにはさらにアーリィが加わりプラス1。しかし相手にも戦力がプラス2されたことを忘れるな」
沈黙を破ったのは織斑先生だった。
さらにはどこからともなく楯無先輩もあらわれていた。
「ともかく先手は打たれちゃったけど、今度はこちらから攻める番よ。敵の潜伏先は二つに絞られたわ。一つはここから遠くない市内のホテル。もう一つは空港の倉庫よ。……まさか堂々と一般客として宿泊してるなんてね」
「へっ、今まで気付かずにいたんだろうが、マヌケ!」
「「うるさいぞ」」
今度は織斑先生とラウラの師弟コンビの蹴りがオータムを襲う。
……二人とも容赦ねえな。
「それじゃあ私たちは部隊を二つに分けましょうか。まずはアーリィ様率いるホテル強襲部隊。これには箒ちゃん、鈴ちゃんがアタッカー、セシリアちゃん、簪ちゃんがサポートね」
「了解した」
「任せなさいよね」
「後衛ならわたくしの独壇場ですわ」
「足を引っ張らないよう、頑張る……」
「残る一夏君と紫電君、シャルロットちゃん、ラウラちゃんは倉庫に潜入ね。ラウラちゃんがエスコートしてあげてね。あと、何かトラブルが発生した際は、紫電君の判断に任せるわ」
「無論だ。潜入任務は任せておけ」
「みんな、がんばろうね」
「俺も気合い入れていくぜ!」
「……まあなんとかなるでしょう」
「織斑先生と山田先生、そして私はこの本部で待つわ。何かあったら駆けつけるからね。それでは、作戦開始!」
バッと開かれた扇子には出陣、と刻まれていた。
(……さて、本日二度目の嫌な予感だ。それも今までとは比べものにならないくらいついていない日になりそうだぜ)
こういうときに限って察してしまう嫌な予感は今まで見事に的中していた。
俺は心の中に黒いもやもやを抱えながらも倉庫に向かうのだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■天災との邂逅
大阪府某所、空港倉庫。
闇夜に紛れて俺たちは亡国機業への手がかりがあると言われる倉庫へとやって来ていた。
「……様子がおかしい。なぜこうも静かなのだ」
先頭を歩くラウラの足が止まる。
確かに倉庫の近くには見張りも警備員でさえも見当たらなかった。
――嫌な予感の正体はこれか!?
「みんな!ISを展開しろッ!」
俺がそう叫ぶと同時に倉庫が爆発し、大きな火の手が上がる。
それと同時にこちらに突っ込んでくる一つの機体が見えた。
「……!サイレント・ゼフィルスか!」
俺はスイッチブレードを両手から出力させ、目の前で振るわれた
「貴様、邪魔をするなっ!私の狙いは織斑一夏!貴様だけだっ!」
「……だとよ一夏!どうも俺に用は無いらしい!」
銃剣をブロックしたままサイレント・ゼフィルスを蹴り飛ばして間合いを取ると、一夏が瞬時加速を使って果敢に斬りかかっていった。
「てめえ!いきなり何しやがる!」
「ふん、少しは成長しているようだな」
「ああ、おかげさまでな!」
二人は派手に火花を散らしながら上空へと駆け上がっていった。
まずいな、一夏を援護しに行くべきか――
そんなことを考えた矢先、俺の目には意外な人物が映っていた。
「にゃーん。せっかくの『黒騎士』のお披露目の邪魔はさせないよ☆」
その姿は夏の臨海学校で一度だけ見ていた。
――間違いない、篠ノ之束博士だ。
「きらきら☆ぽーん!」
右手のステッキをくるくると回し、ラウラたちに向けると、突然二人のISが地に這いつくばった。
「なぁっ!?」
「う、うごけない……!これは……重力?」
「にひっ。束さんの最新作、空間圧作用兵器試作八号こと
「……」
どうやらあのステッキがこの周辺に強力な疑似重力を発生させているらしい。
俺は自身の単一仕様能力である
どうやら俺の単一仕様能力は篠ノ之博士をも上回るようだな。
「無理やり人を地べたに這いつくばらせておいて玉座の謁見とは。まるで暴君ですね、篠ノ之博士」
「……ははーん、お前、二人目の男性操縦者ってやつだねぇ。ついでに言うといくつかのISコアからの情報送信を止めたのもお前かぁ」
「人聞きの悪い。ISコアにくっついていた余計な機能を削除しただけですよ」
篠ノ之束は目の前の男を目にすると、今まで無い以上に憤りを感じていた。
自身の愛するいっくんこと織斑一夏以外にも唯一ISを起動できる男。
そしてこいつが保有しているISコアからは一切情報がこちらに送られてこない。
おまけにISパイロットとしての腕が異常に高く、玉座の謁見すらもなぜか効いていない。
それら全てが篠ノ之束が憤りを感じる原因だった。
「お前……なんなんだよ、そんなに束さんの邪魔をしたいのかよ」
「邪魔をしているのはあなたのほうでしょう、篠ノ之博士。ISは宇宙空間での活動を想定した発明ではなかったんですか?」
「……!」
篠ノ之束は驚愕していた。
確かにISは自身が公言したとおり、宇宙空間用のマルチフォーム・スーツである。
そのことをこの場で指摘されるとは思ってもいなかったのだ。
「俺はガキの頃から、今もずっと宇宙を目指している。ISなんてまだ発表もされていなかった頃からずっとだ。それがたまたまISという便利な
「……っ!?」
篠ノ之博士が俺の気迫に怖気づいたのか、一歩後ろに下がる。
俺はISパイロットとして、IS開発者としてどうしても聞きたかった、いや、聞かなければならなかった。
ISを宇宙開発の道具ではなく、兵器としての方向性ばかりを広げていくことを――
「答えろッ!篠ノ之束!」
「……っ!」
篠ノ之博士からの返答は無い。
やがて篠ノ之博士はステッキを軽く振り下ろした。
すると突然煙が爆発的に広がり、マジシャンのように篠ノ之博士の姿は消えてしまっていた。
「待て!逃げるのか、篠ノ之博士!」
煙がゆっくりと晴れていくと、そこに篠ノ之博士の姿は無かった。
それに続いてシャルとラウラもゆっくりと立ち上がる。
やはり篠ノ之博士はどこかへ行ってしまったのだろう。
その証拠にあの強力な重力も消えたようだ。
(結局答えは聞けなかったか。しかし俺には篠ノ之博士に聞く権利があるはずだ。同じ宇宙を目指すものとして――)
って今はそんなことを考えている場合じゃねえ!
「シャル、ラウラ、立てるか!?すぐに一夏を援護しに行くぞ!」
「ああ、少し立ちくらみがするが問題ない」
「大丈夫、そんなにダメージは受けてないよ」
「よし、急ぐぞ!」
俺たちはサイレント・ゼフィルスと戦っているであろう一夏のほうへと飛び立っていった。
一方、その陰では織斑千冬がこっそりと様子を伺っていた。
(ふむ、束の気配を察知してこちらに来たが、心配は無用だったか。……千道、お前には助けられてばかりだな)
飛び立っていった三人を陰から見送ると、千冬は旅館の方へと戻っていくのだった。
◇
(なんなんだよアイツ、束さんのこと何も知らないくせに……!)
あれから篠ノ之束は空港倉庫から自身のラボへと移動していた。
しかし頭の中に浮かぶのは例の二人目の男の言葉ばかりだった。
(宇宙への夢?宇宙への意志?それを捨てたのは私じゃない!捨てさせたのは世界のほうじゃないか!)
思わず束の脳裏にISを発表したときの光景が浮かぶ。
自分は画期的な発明をしたと思っていた。
自分の発明は世界に認められるはずだった。それなのに――
「話になりません、こんなもの所詮はおもちゃですな」
「君は宇宙のことを甘く見すぎではないかね?」
「こんなもので宇宙に行けるわけがないだろう」
自称専門家たちの意見はISを否定するものばかりだった。
その瞬間からおそらく私の心は壊れ始めていたんだろう。
それがどうだ、白騎士事件を起こした途端世界は掌を返したようにISを賞賛し始めたではないか。
――ああ、そうか。
世界が求めてるのは宇宙開発のためのISではなくて兵器としてのISだったのか――
そう思ってから私の発明したものといえば、自衛のためのものに『紅椿』に『黒騎士』……。
それらは「宇宙」からは遠くかけ離れた「兵器」ばかりだった。
しかしあの二人目の男の言葉を聞いて思い出してしまった。
(宇宙、か……。なんであのとき答えられなかったんだろう)
私は宇宙への夢を決して忘れてはいないし、諦めてもいないはずだ。
だがあのとき、私はそう言うことができなかった。
私があいつに畏怖していたから?
――否、その答えが頭の中から消えてしまっていたからだ。
(あの二人目の男、名前なんて言ったっけ……)
束としては珍しく、興味を持った男の名前を思い出そうとしていた。
そしてその口角は気付かぬ内にほのかに上がっていくのであった。
「束様、いつになくご機嫌なようですが何か良いことでもありましたか?」
「あ、くーちゃん。ちょっと昔のことを思い出してただけだよ。それと、ちょっと面白い奴がいてね……」
そう言うと束はいつも通りに振る舞うのだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■VS白騎士
篠ノ之博士が姿を消してからすぐさま俺たちは一夏の後を追っていた。
(ちっ、随分と遠くまで飛んでったもんだな……!)
遥か遠くに見える白い光目がけて全力で飛ぶが、距離はまだかなりある。
ただ、よく見ると自分たち以外にも一夏たちに接近する金色の光が見えた。
(あれは確かキャノンボール・ファストのときに見た機体……確か
「シャル、ラウラ、まずいことに相手も援軍が近づいているようだ。すまないが先行させてもらう!」
「わかった。嫁を頼む」
「気を付けてね、紫電!」
俺はカスタム・ウイング「アメジスト」の出力を大幅に引き上げ、二人を置いて一夏たちを猛追した。
(せめてスコールより先にたどり着かなくては……!もうちょっとで追いつくから耐えろよ、一夏!)
凄まじい速度の中、俺は一夏の身を案じていた。
しかし、一夏に近づくにつれてその状況のおかしさに気付いた。
(……白式じゃないだと?あれは……『白騎士』か!?)
遠くに見える白い光は白式によるものではなかった。
騎士のような全身を覆うアーマーに大型のカスタム・ウイング。
そのフォルムは一夏の白式・雪羅とは全く違うものだった。
(それと対峙してるのは……篠ノ之博士が言ってた『黒騎士』か!?)
よくよく見ると黒騎士は既に大破しているようだった。
それでも黒騎士は白騎士に向かって必死に攻勢をかけている。
しかし、全身を覆っていたであろうアーマーは所々が崩壊し、パイロットの顔があらわになっていた。
(あいつ、確かエムとか言ったか。……なんか織斑先生にそっくりだな……)
「貴方に、力の資格は、ない」
「うるさい、だまれええええ!私が、私が織斑なのだ!私こそが完成された織斑マドカだ!」
「資格のない、者に、力は、不要」
ハイパーセンサーを通して聞こえる二人の会話は俺には意味がよく分からなかった。
思わず減速して二人の会話を分析する。
(あいつ、顔が織斑先生に似てるだけじゃなく、織斑マドカっていうのか?どういうことだ?おまけにあの白騎士もコアの情報からして一夏に違いねえんだが、資格ってなんのことだ?)
……ダメだ、情報不足すぎて現状ではなんとも理解しきれない。
分析は諦めてあらためて加速する。
すると、もう既に白騎士と黒騎士はすぐ近くにいた。
黒騎士は白騎士の大剣が直撃していたようでもう既に戦える状況ではない。
止めを刺すなら今かと思っていた矢先、黄金の機体もまたすぐそばまで迫っていたのだった。
「潮時よ、エム。黒騎士の戦闘データももう十分よ」
スコールのゴールデン・ドーンが黒騎士の腕を掴む。
もう片方の腕にはオータムが抱かれている。
(くっ、オータムも奪還されたのか。旅館の方は大丈夫だろうか……?)
「さようなら、織斑一夏君、千道紫電君。また会えるといいわね」
「離せ、スコール!私は、私はっ!」
「聞き分けのない子は嫌いよ。お仕置きは嫌でしょう?」
スコールは黒騎士の腕を掴んだまま、瞬時加速して空域を飛び去って行った。
後に残されたのは白騎士と化した一夏のみ。
それはこっちを振り向くと抑揚のない声でこう言った。
「力の、資格が、ある者よ、私に、挑め……」
「……資格があるとかないとかよくわからんが、とりあえずはお前を正気に戻さねえといけねーようだな」
俺は両手に「アレキサンドライト」と「エメラルド」を構え、一気に白騎士目がけて引き金を引いた。
しかし白騎士は弾丸の雨も気にせず、瞬時加速して一気にこちらへと迫ってきた。
「何ッ!?」
これには流石の俺も驚き、クロスレンジへの侵入を許してしまった。
白騎士が大型のプラズマブレードを振りかぶると、一気に俺へと斬りかかってくる。
(なんだこのバカでけえブレード!かなり距離を取らねーと避けきれねえッ!)
俺も後方へと一気にブーストして振り下ろしを回避する。
(……この白騎士もかなりの加速力を持ってやがる。厄介だな……ッ!)
「紫電、大丈夫!?」
「な、なによあれ……一夏、なの!?」
「どうなってる、の……?」
シャルとラウラだけでなく、ホテル強襲に向かっていた箒、セシリア、鈴、簪もこちらに追いついたようだ。
俺は右手の「エメラルド」を横に突出し、これ以上前に出るなと警告する。
「……悪いがお前たち。この戦いに手を出さないでくれ。これは俺と一夏の真剣勝負だッ!」
そう言うと俺は白騎士へと接近し、スイッチブレードで斬りかかる。
「「「……!」」」
後から追いついたメンバーは察してしまった。
これは自分たちが割り込める勝負ではない。
自分たちの中で誰よりも強く、誰よりも努力してきた千道紫電だからこそ白騎士と対決できるのだと。
「喰らえッ!」
「……」
大型プラズマブレードの振り終わった隙をみてはスイッチブレードによる攻撃を繰り返す。
最早それは神速の域に達していた。
シャルたちは固唾を飲んでその光景を見守っているしかなかった。
「……いい加減に目を覚ませっての、一夏!」
「……」
目の前の白騎士との打ち合いは既に数十回は超えている。
それにもかかわらず白騎士からの返事は無い。
度重なるスイッチブレードの一撃によって白騎士の装甲もボロボロになってきたが、こちらのエネルギーも残りわずかである。
(ちっ、エネルギー管理には自信あったんだがなー……。こいつのエネルギーは底なしか?あんなでけえプラズマブレード使いっぱなしだっていうのにどうなってんだよ……!)
一瞬他のコアからのエネルギーを利用しようかと思ったが、すぐ近くではシャルたちがいるため、そういう訳にもいかない。
(……やむを得ないか。残りのエネルギーは一番威力のある「ルビー」に集中させて一撃で仕留めるしかねえ!)
あらためて目の前の白騎士の動きに集中する。
確かに相変わらず素早い機動を続けているが、流石に戦い始めた頃よりは衰えている。
もう一発、スイッチブレード以上に威力のある一撃で動きを止めるしかねえ!
(……今だッ!)
俺は大型プラズマブレードを振り下ろした直後の白騎士目がけて最後の一撃を放った。
同時に俺のフォーティチュードのエネルギーが尽き、機体から輝きが失われていく。
(……げっ、嘘だろッ!?)
俺の目の前に映ったのは大型プラズマブレードを今にも振り下ろさんとしている白騎士の姿だった。
馬鹿な、
目の前に白い大剣が迫ると、周囲は白い閃光に包まれた。
◇
「紫電っ……!大変だ、助けなきゃ!」
「待てシャルロット!……様子がおかしいぞ」
はやるシャルロットをラウラが静止する。
白い閃光が収束すると、そこには紫電が大きな黒い刀を構えて白騎士の大型プラズマブレードを受け止めていた。
「紫電……?エネルギーが切れたんじゃ……」
「よく見ろ、シャルロット。紫電のフォーティチュードの形が変わっている。おそらくあれは――
「「「!?」」」
ラウラの指摘を受けて全員がフォーティチュードの姿をよく見ると、今まで丸みがかっていたフォルムは鋭利な刺々しさを感じさせるシャープなフォルムへと変わっていた。
おまけにその手には今まで見たことの無い黒刀が握られている。
「紫電……良かった……っ!」
シャルの目からは涙が溢れだしていた。
◇
俺は白騎士と鍔迫り合いの状態をあっさり押し返して距離を取る。
フォーティチュードは輝きを取り戻しており、機体が出せるパワーも前とは段違いになったようだ。
「……一夏、やはり俺を更なる高みへと登らせてくれるのはお前だったようだな。おかげで俺のフォーティチュードは次のステップへと進むことができた。これが、この機体が俺のフォーティチュード・セカンドだ」
(紫電、二次移行の完了と共に準備していた対零落白夜用の近接用ブレード「オブシディアン」を転送しました。また、単一仕様能力である「重力操作」も格段にパワーアップしています)
(……そうか、なら早速試させてもらおうか)
白騎士は再び距離を詰めて斬りかかってくる。
――だがもう既にその剣閃は見切っている!
俺は流れるように左へと移動し、白騎士の袈裟切りを回避すると左手を突き出した。
「
すると突然白騎士が地面に向けて急降下を始めた。
しかしそれは急降下と言うよりももはや墜落に近い状態だった。
白騎士はなんとか両足で地面に着地したが、その体中は大きく震えており、立っているのもやっとというような有様になっていた。
「うおおおおおッ!」
俺は空中から勢いをつけると、白騎士目がけて渾身の振り下ろしを放った。
――バキン
まるで黒曜石のような黒い輝きを放つその刀は、白騎士の鎧を真っ二つに切断した。
切断された鎧がそのままゴトリと音を立てて倒れる。
中にいた一夏には傷の一つもできておらず、やがて鎧に続いて膝から崩れ落ちた。
「……やれやれ、手間かけさせてくれるなぁ、一夏よ。せめてお前が正気だったらもっといい勝負になったかもしれねえのにな」
そう言うと俺も地面にバタリと仰向けに倒れる。
今回ばかりは流石の俺もちょっぴり疲れた。
「紫電、一夏、大丈夫!?」
「おー、シャルか。俺のほうは見ての通りピンピンしてるぜ」
「……全然ピンピンしてるようには見えないんだけど」
「……ちょっとばっかし疲れただけだ。一夏の方はどうだ?」
「今箒たちが介抱してるけど、まだ目を覚ましてないよ」
「まったくしょうがねーやつだ。寝るなら旅館に戻ってからにしろっての」
俺はゆっくりと立ち上がると、一夏の方へ向かって歩いていく。
「おう箒。こんなところで寝かせといたら風邪ひいちまう。旅館まで連れて帰るぞ」
俺は一夏をひょいと背負い上げる。
「あ、ああ。だが紫電は疲れているのではないか?先ほどまで激戦を繰り広げていたではないか」
「女の子に一夏を背負わせるわけにもいかないだろ。それに俺はまだ元気さ、問題ねーよ」
「む、むう……」
「あー、そういや結局亡国機業には逃げられちまったのか。おまけに一夏はこんな状態だし、織斑先生になんて報告するかねー……」
そんなことを考えながら俺たちは旅館の方へと向かうのだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■再び京都へ
俺が白騎士を倒し、一夏を旅館まで運んでから早数刻。
一夏は包帯でぐるぐる巻きにして寝かせてからまだ起きていない。
「すいません、織斑先生。一夏と篠ノ之博士の相手で手一杯だったせいで、亡国機業の連中には逃げられてしまいました」
「そのことならお前が気にすることではない。
「……ところで織斑先生。亡国機業の一人が使用していたISを篠ノ之博士は黒騎士と呼んでいましたが、あれは篠ノ之博士が開発したものなのでしょうか?それと、一夏のISが白騎士になったことと何か関係があるのでしょうか?」
「……黒騎士、か。あいにくだがあいつの考えは私でも読めん。一夏が白騎士になった原因もさっぱり不明だ。一夏の目が覚めたら一度開発元の倉持技研にコアを見てもらうしかないだろう」
「……そうですか」
俺は織斑先生の部屋を出て自分に割り当てられた部屋へと戻る。
(織斑先生はおそらく嘘をついていない。本当に黒騎士と白騎士については何も知らないようだな。……だがあの黒騎士を開発したのは間違いなく篠ノ之博士だ。あんな強力な機体を作れるのは篠ノ之博士しかいない。しかしなぜ篠ノ之博士は亡国機業に協力するようなことをしたんだ?あの織斑先生にそっくりなパイロットと何か関係があるのか?)
(あの亡国機業のパイロットは織斑マドカと名乗っていました。ただし紫電も予想できていると思いますが、織斑家にマドカという人物は戸籍上存在しません)
(だろうな。それにあの風貌……織斑先生に似すぎていると思わないか?まるでクローンみたいだった)
(織斑マドカが織斑千冬のクローン、ですか。確かに織斑千冬は
(……いや、だめだな。情報が少なすぎてどんなに思考を重ねても推測の域を出ない。これ以上の思考は時間の無駄だ)
というよりも実際のところはもう疲労で頭が正常に働く状態ではなかったのだ。
俺はそそくさと布団に潜り込むと、深いまどろみの中へと落ちていった。
◇
翌日の朝、俺たちが帰りの新幹線へ乗り込んだときのことだった。
俺は一夏から衝撃の一言を聞くことになる。
「……何、アリーシャさんが亡国機業に降った?」
「ああ、昨日俺の部屋に来てそう言ったんだ。なんでも、千冬姉と戦う舞台を亡国機業が用意するからだとか――」
「……」
表面上はポーカーフェイスを装っていたが、俺の内心では苛立ちが炎のように燃え上がっていた。
(織斑先生と戦いたいが為に世界ナンバー2が亡国機業に降るだと?アリーシャ・ジョセフターフ、ふざけているのか?……今分かってるだけでも向こうには元世界ナンバー1狙撃手のイリーナ・シェフテルだっている。明らかにパワーバランスが崩壊しているじゃないか!)
(もし亡国機業が総力を結集させてIS学園を奇襲した場合、いくら織斑千冬がいるといえど戦力としては不利な状況に立たされることは間違いないでしょう。なんらかの対策をしておくべきかと考えます)
(……まず一つ目の対策としては既存戦力の強化か。まず俺が二次移行して強くなったな。ただ、今日の朝気付いたことだが、フォーティチュード・セカンドの稼働率がたった27パーセントっていうのはどういうことだ。まだまだ実力の三割も引き出せてねえってことか?)
(フォーティチュードのときの稼働率は常に80パーセントを超えていました。セカンドになってからはまだまだその機体に潜在的な力が眠っているようです。また分析が必要になりますね)
(また分析と努力の日々が始まるだけだ。それについては時が経つのを待つしかないだろう。二つ目の対策は戦力の増加だな。織斑先生に聞いたところでは、どうやら山田先生に専用機が与えられたらしい。ラファール・リヴァイヴのカスタム機らしいが、これは果たして戦力になってくれるだろうか?この際織斑先生にも現役復帰してもらったほうが良いんじゃないか……?)
(山田真耶は一応代表候補生に選ばれただけの実力はあるようですし、多少は期待できるのではないでしょうか。ただ紫電ほどの戦闘能力があるとは思いにくいですが)
(だろうな。IS学園防衛の為にも、もっと強い戦力が欲しいな……)
東京へと向かう新幹線の中、窓から外の風景を眺めながらそんなことを考えていると、流石に不機嫌だというのが周囲にも伝わったのか、誰とも話すことなく東京駅へと到着するのだった。
◇
京都での亡国機業掃討作戦が終了して早数日、俺たちは再び京都へ向かおうとしていた。
今度は何かの作戦ではなく、れっきとした修学旅行である。
目の前の新幹線は1年生全員が乗り込むため、半ば貸切の状態にも近かった。
「えへへ、おりむーの隣の席だよっ。なにげに私、愛されてるぅ~」
IS学園で散々揉めた新幹線での一夏の隣の席はどうやらのほほんさんに決まったらしい。
通路を挟んで向かい側ではのほほんさんが一夏と楽しそうに喋っている。
そんな中、何事も無かったかのようにスムーズに俺の隣の席に座ったのはやはりシャルだった。
「ねえ紫電。ようやく息抜きで旅行ができるね。京都ってゴールド・キャッスルっていうのが有名なんだよね?一緒に見に行こうよ!」
「ゴールド・キャッスル?ああ、金閣寺のことか。シャル、そこは
「え、そうなの?日本には金色のお城があるのかなって思ってたよ。でも金色のお寺っていうのもすごいよねぇ。僕、見たいなあ」
「そうか、じゃあ自由時間は一緒に金閣寺に行くか。ちょうど俺が行こうと思っていた場所も金閣寺のすぐそばだしな」
「へー、紫電もどこか行こうとしていた場所あるの?どこ?」
「それは着いてからのお楽しみってことで。あ、京都タワーじゃあないからな?」
シャルと何気ない話をしている内に新幹線はあっという間に目的地、京都へと到着した。
駅から少し離れた場所にある旅館で荷物を置いたら夕食の時間までは自由時間である。
俺とシャルは二人でバスに乗り、早速金閣寺へと向かっていた。
「この間来たときは全然ゆっくり見れなかったけど、京都の街並みって綺麗だよねぇ。紅葉も綺麗だし、これが日本の秋ってやつなんだね」
「ああ、ようやくゆっくりできるな。フランスの時は案内してもらったが、今度はこっちが案内する番だな、シャル」
「ふふっ、よろしくね。紫電」
シャルがこちらに笑顔を見せる。どうやらご機嫌らしい。
◇
「ここが金閣寺だ。正式名称は鹿苑寺っていうんだが、あの金色の舎利殿が有名だから金閣寺、って呼ばれてるんだ」
「わぁ、本当に金色なんだね!紅葉の赤い色とも合わさってすっごい綺麗だよ!」
シャルの目も金閣寺に負けないくらい輝いている。
確かに金閣寺は世界的にも価値があると一目で分かる建物だもんな。
「しかし先日の亡国機業襲撃の際、こっちにまで被害が出なくて本当に良かったな」
「……そうだね。ここに戦火が飛び火してたら観光どころじゃなくなっちゃってただろうね」
「それを俺たちは守ったわけか。これなら少しは自信を持ってもいいかな?」
「……うん、いいと思うよ!」
隣でシャルが微笑む。
文化的な遺産だけでなく、シャルのような仲間たちも守れるようにならないとな――
俺は密やかに心の中でそんなことを考えていた。
「それで、紫電が行こうと思ってた場所ってどこなの?」
「ああ、ここから少し歩いた場所にあるんだ。以前から一度は行っておこうと思っていたんだ」
「へえー、どんな場所か気になるなあ」
「シャルにはちょっとつまらないかもしれないけどな」
そんなことを話しながら京都の街中を歩く。
目的地には意外と早く着いた。
「ここは……お寺、なのかな?ここもまたすごい紅葉だねぇ」
「ああ、ここは北野天満宮っていうんだ。ここには学問の神様といわれる菅原道真公が祀られているんだ」
「へえ、っていうことは学業成就のためにここに来たの?」
「ま、そういうことさ。あともう一つ、この北野天満宮は天神さんとも呼ばれていてね。古くから天のエネルギーが満ちる聖地としても言われてるんだ。天と付き合いの深い俺たちが願をかけるにはぴったりの場所だとは思わないか?」
「なるほどね」
俺とシャルは社殿の前で参拝を済ませると、お守り売場へと足を運んでいた。
「おや、学業成就以外のお守りも売ってるんだな。まあ当たり前か」
「これが日本のお守りなんだね。紫電はどれを買うの?」
「んー、学業成就にしようかと思ったが、紫色のお守りがあったからこいつにしようかと思う。ちょうど身体安全とか健康回復ってのはぴったりじゃねーか」
「色で選んだんだね。じゃあ僕はこのオレンジ色のにしようかな。えっとオレンジ色のお守りの効果は――!」
「ん、どうした?」
「いいい、いや、なんでもないよっ!ほ、ほらっ、お守りも買ったし、そろそろ旅館に戻らないと!」
「おっと、もうそんな時間だったか。じゃ、またバスで帰るか」
「う、うん!」
オレンジ色のお守りの効果は良縁成就、縁結び――
シャルは手の中にぎゅっとお守りを握りしめると、もう片方の手で俺の手を握ってきた。
「なあシャル、ようやくそれっぽいデートができたな」
「……!う、うん!」
夕日のせいかもしれないが、俺にはシャルの頬が赤らんでいるように見えた。
UA70,000&お気に入り1,000オーバーだと……。
この程度!想定の範囲外だよ!アハッアハッ!
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■奪われた白式
楽しかった修学旅行も無事終わり、カレンダーも十一月に切り替えられた直後のことだった。
俺は一夏、箒と共に会議室に集められ、織斑先生から衝撃の一言を受けていた。
「白式を持ち逃げされた……!?」
「ああ、先ほど倉持技研から連絡があった。修学旅行の後、白式のISコアを解析してもらっていたのだが、そこの研究所所長である篝火ヒカルノが白式を持ったまま行方をくらましたとのことだ」
一夏が壁に拳を打ち付ける。
その表情には怒りではなく困惑が浮かんでいた。
「くそっ……なんでだよ。なんでみんな裏切るようなことをそんな平気でできるんだよ……!」
「一夏……」
流石の箒もかける言葉が見当たらないようだ。
一夏と同様に箒は困惑の表情を浮かべている。
「それで、織斑先生。篝火ヒカルノの逃亡先は分かっているのですか?」
「ああ、それについては渡航履歴が残っていた。どうやら逃亡先はイギリス……ロンドン・シティ空港だ」
「ロンドン……既に国外逃亡を許してしまったということですか。織斑先生、白式の奪還作戦はどうされるのでしょうか?」
「無論、白式の奪還作戦は実行する。しかしこれは国際的な問題になる。白式が奪われた、ということについては他国に知られるわけにはいかない。だから今回の白式奪還作戦は日本のメンバーのみで行う」
「む、織斑先生。ならなぜ簪はいないのでしょうか?」
箒の言うとおり、確かにこの場に簪はいない。
日本のメンバーのみで作戦を行うのなら一人でも戦力が多いほうがありがたいのだが。
「更識はIS学園に残り、情報収集を担当するよう言ってある。今回の作戦は少しばかり特殊な内容となっているからよく聞け。まず表向きは千道が対外試合を受けたことにし、一人で先にロンドンへ向かってもらう。千道はそのままロンドンで対外試合を行い、周囲の注目を引き付ける。その後一便遅れて一夏と箒にも内密でロンドンへ向かってもらう。その後は更識の指示に従って白式を探せ。いいか、周囲に白式を奪われたことについては可能な限り秘匿しろ」
「俺は対外試合をするだけでいいってわけではないでしょう?他に何かやらされるんですか?」
「ああ、対外試合といっても常に誰かの監視が付くわけではないからな。空いた時間を利用して一夏と箒をサポートしてやってくれ」
「了解です。だとしたら自由時間は対外試合終了後の夜くらいしか自由に動ける時間はねえな。一夏、箒、俺はあまり協力はできないだろう。……気を付けろよ?」
「ああ、ぜってえ白式は取り返す!」
「私がいるのだ、一夏は無事に守ってみせる」
「……頼もしいね」
しかしまた随分と難しい作戦だな。
こんなスパイじみた行為、俺がやるならまだしもメインが一夏と箒とはね。
良くも悪くも二人は素直すぎてあんまりこういう隠し事をするのには向いてないと思うんだよなぁ。
「それで早速だが、千道には今日からロンドンへ向かってもらう。イギリス空軍とはすでに話もついているからあとは現地へ行くだけだ」
「了解です。じゃ、一夏、箒。うまいことやれよ?」
俺は織斑先生から飛行機のチケットを受け取ると自室へ戻り、遠征の準備を始めるのだった。
また、よくよくチケットを見るとエコノミークラスだったことについては少々イラッとした。
◇
「あー、流石にロンドンは遠いぜ……。しかもエコノミーだから余計に疲れた気がする」
「あら、あなたね。IS学園からやってきた千道紫電さんという方は」
「ん、そうだけど。ひょっとしてあなたが俺の対外試合のお相手さん?」
「ええ、そうよ。私がイギリス代表のISパイロット、アンジェラ・ウィルクスよ。覚えておいてね」
「どうも、俺が千道紫電です。よろしくお願いします」
俺は目の前に立つ栗毛色ショートカットの美人と握手を交わす。
アンジェラ・ウィルクス――
BT適性以外についてはセシリアをも上回る能力の持ち主と織斑先生からは聞いている。
第3世代型ISブルー・ティアーズの前身である「メイルシュトローム」を駆使して第二回モンド・グロッソにも出場しており、惜しくも入賞はできなかったものの若手のホープとしてイギリス代表に抜擢された天才だ。
「来てすぐで悪いんだけど、今日のところはまだ機体のメンテナンス中で試合はできないの。それに君も時差の影響で厳しいだろうし、試合は明日になったら行うわ。今日のところはホテルでゆっくり休んでいてね」
「お気遣いどうもありがとうございます。いやーずっとエコノミー席だったんで疲れちゃいましてね、今日が試合じゃなくて良かったですよ」
「ふふっ、じゃあ表に車を待たせてあるから。ホテルまでは私が案内するからよろしくね」
俺はアンジェラさんの後ろを歩いていく。
なんというか、セシリアとは全く雰囲気の違う人だと感じていた。
まあもっともセシリアは貴族の家系だし、そこも関係しているのであろうが、握手したときその手が全てを物語っていた。
その手と指はしなやかさと美しさを保ちながらも、柔軟な筋肉がしっかりとついていた。
まごうことなき努力家の手をしていたのである。
(これは相当な実力者かもしれねえな。油断とか慢心とか、そういう雰囲気が全然ねえ。同国出身のセシリアあんな高慢だったってのに)
俺は初めての対外試合ということもあり、IS学園以外の人物と戦うのはテロリストやら謎の無人機以外では初めてである。
それもいきなり強者であるとわかった俺は胸の高鳴りを隠せずにいた。
◇
「それじゃ、また明日迎えに来るからコンディションをしっかり整えておいてね」
そう言ってアンジェラさんは去っていった。
案内されたホテルは中々高級なレベルだ。
ロンドン市内のホテルともなるとやはりレベルの高いホテルが多いのだろう。
俺は部屋に着くなりさっそく一夏と箒にプライベート・チャネルを繋いだ。
「よう、そっちもそろそろロンドンに到着したころか?一夏、箒」
「ああ、もうすぐ空港に到着するところだ。まずは宿泊予定のホテルに行くつもりだ」
「そうか。俺の方は明日からイギリスの国家代表と試合になった。早くてもお前たちに協力できるのは明日の夜からになるだろう。今のうちにしっかり寝て、時差ボケの対策をしておけよ」
「無論だ。時差程度で私の剣は鈍ったりはしない」
「ならいい。だが一夏、お前には今白式は無いんだ。あまり考えなしに動くんじゃないぞ?」
「ああ、分かってるって。箒もいるから大丈夫だよ」
「……そうか、まあどちらかがブレーキになってくれればいいさ。それじゃ、また明日」
そう言って俺はプライベート・チャネルを切る。
さて、俺も一休みしておくか。
(シオン、白式のコア位置は分かるか?)
(ええ、分かりますよ。ロンドン市内に存在しているみたいですね)
(よし、もし何か動きがあったら教えてくれ)
(わかりました)
シオンにそう告げると俺は大きなベッドに倒れ込んだ。
◇
(紫電、起きてください。白式のコアに動きがあります。どうやら郊外にあるイギリス空軍の基地へ向かっているようです)
(……何だと?今は夜の11時だぞ?こんな時間に何を――!)
俺はベッドから飛び起きると、急いでISスーツに着替えた。
イギリス空軍基地に向かっているだと!?
まずい、確かメイルシュトロームはメンテナンス中だったはずだ。その隙を突くつもりか!
俺は急いでプライベート・チャネルを繋ぐ。
「一夏、箒。まだ起きてるか?」
「ああ、たった今簪から連絡があって起こされたよ」
「大丈夫だ、起きている。今簪もプライベート・チャネルに加える」
「……千道君も気付いたの?白式の動きに」
「ああ、どうやらロンドン郊外のイギリス空軍基地に向かっているようだな?」
「……よく分かったね。その通り、白式のISコアはイギリス空軍基地に向かっているみたい」
「今日会ったイギリス代表との話によると、イギリス国防の要であるメイルシュトロームは今日一杯メンテナンス中らしい。その隙をついて基地に奇襲をかけるつもりかもしれん。一夏、箒。急いで準備して基地に向かってくれ。俺もすぐ行く」
「わかった!気を付けろよ、紫電!」
俺はプライベート・チャネルを切ると、イギリス空軍基地までへの最短距離を考えていた。
(ここから空軍基地まではタクシーだと1時間弱ってところか?だがそれだと絶対に間に合わねえ!向こうの方が先に基地に着いちまう!)
こうなったらやむを得ない。
俺はホテルの部屋の中で一番大きな窓を全開にすると、そこから勢いよく飛び出し、フォーティチュード・セカンドを展開した。
(フォーティチュード・セカンドならイギリス空軍基地まで10分もかからねえで着くはずだ!もっとも、途中で迎撃されなきゃいいけどな!)
俺はフォーティチュード・セカンドになって更に大型となったカスタム・ウイング「アメジスト」の出力を強めると、一気にイギリス空軍基地へと向かうのだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■VS打鉄白式
イギリス某所にある空軍基地では急速接近する二機のIS反応を感知していた。
「ウィルクス中佐、大変です!こちらに向かって急速接近するISが二機!片方は新星重工のフォーティチュードと分かりましたが、もう一機は所属不明の機体です!」
「まったく、こんな時間にどういうことなのかしら。メイルシュトロームはまだ出撃できないし、そもそも寝不足は美容の大敵なのよ?」
こんな状況にもかかわらずアンジェラ・ウィルクスは平静を保っていた。
(良い方向で考えるなら所属不明機に気付いた千道君が助けに来てくれたってところかしら。悪い方向だと千道君が所属不明機と手を組んでここを襲撃に来た、ってところだけど流石にその線は薄いかしらね。千道君は何度もテロリストを撃退してるしね)
「……敵の狙いはおそらくメンテナンス中のメイルシュトロームでしょうね。防衛用のラファール・リヴァイヴを二機、所属不明機のほうへ出撃させなさい。テロリストと判断したら即迎撃してかまわないわ。千道君の方には私が行くわ。武装はまだメンテナンス中でも飛行くらいは問題なくできるでしょう」
「了解です。お気をつけて!」
アンジェラは急いでメイルシュトロームのコアを回収すると、外へ向かって飛び出すのだった。
◇
ホテルを飛び出して数分、俺はハイパーセンサーを利用して周囲のISの位置情報を確認していた。
(やはり基地からISが迎撃に出てくるよな……!向こう側には二機、こっちには一機か。頼む、敵と誤解して撃ってこないで来てくれよ……!)
まもなくこちらに飛んできた一機がハイパーセンサーの視界内に入ってくる。
その機体はメイルシュトロームだった。
(あれはメイルシュトローム……ってことはアンジェラさんか!?でもまだメンテナンス中のはずじゃ……?)
俺は空中で静止し、両手を挙げる。
両手を挙げていようが攻撃できるのがISではあるが、少しでも攻撃の意志がないことを示したかったのだ。
やがてこちらに近づいてきたメイルシュトロームからオープン・チャネルが入ってきた。
「千道君、こんな時間にISで来るっていうのはどういうことなのかしら?場合によっては国際問題になるんだけど」
「既にそちらも気付いているようですが、テロリストが一人イギリス空軍基地に向かって接近しているとの情報がありました。昼にお会いした際、アンジェラさんのメイルシュトロームはメンテナンス中と伺っていたので、援軍に来た次第です。それにこのテロリスト、俺の読みが正しければ日本からやってきた者の可能性が高いので、日本のほうでもなんとか捕まえようと必死なんですよ。その証拠に、もうすぐあの『紅椿』も援軍に来ますよ」
「紅椿……あの篠ノ之博士が開発したと言う第4世代機ね?ちょっと待っていなさい。今確認を取るわ」
アンジェラさんが空中で静止する。どうやら基地と連絡を取っているようだ。
俺の言っていることが事実かどうか、紅椿の位置情報から判断しようとしているのだろう。
その会話は数分もしないうちに終わったようだ。
「千道君の言うとおり、紅椿がこちらに近づいているのは間違いないようね。……元々疑ってはいなかったけど、あなたがテロリストの一味じゃなくて本当に良かったわ」
「信じてもらえて何よりです。今はテロリストには二機のISが対処に向かったようですが――!」
近くでテロリストと戦っていたIS二機の内一機からのIS反応が突如消失した。
これはおそらくシールドエネルギーが0になったということだ。
つまり――
「……!千道君、気付いたかもしれないけど今うちから出ている迎撃隊の内片方がやられたわ。相手の情報は無いうえに私も戦力になれないこんな状況だけど、加勢を頼めるかしら?」
「元よりそのつもりですよ。それに美人の頼みは断らない主義なんで」
「ふふっ、そうやってIS学園の女の子たちも落としてきたのかしら?」
「いいえ、残念なことに女の子の撃墜数は未だ0ですよ。それでは俺はテロリスト討伐といきますんで、アンジェラさんは基地に戻っていてください」
「……わかったわ。私の部下をよろしくお願いするわ」
「了解です」
俺はそう言って一気にスラスターを吹かすと、テロリストの方へと向かって行った。
◇
イギリス空軍基地から少し離れた荒れ地にて。
篝火ヒカルノは白くカラーリングされた打鉄を装着し、基地から出てきたラファール・リヴァイヴと交戦していた。
「ふふふ、やはり白式は強いねぇ。もう少し零落白夜のデータが集まれば量産化も不可能ではなさそうだナー」
そう言って目の前のラファール・リヴァイヴを撃墜したのは、白い打鉄を身に纏った篝火ヒカルノだった。
「ちっ、援軍には間に合わなかったか……。だが篝火ヒカルノ。てめーが奪った白式のコアは返してもらうぜ」
俺がテロリスト、篝火ヒカルノを射程にとらえたと同時に、イギリス空軍のラファール・リヴァイヴは撃墜されてしまったようだ。
地上には大破したラファール・リヴァイヴが二機不時着していたが、幸いにもパイロットは無事なようだった。
「おや、君は確か千道君だったかな。わざわざこんなところにまで来てくれるなんて丁度良かったよ。君にはこの『
「『打鉄白式』だと……!?」
外見は打鉄のカラーリングを白に変更したものに見えるが、特徴的なのはやはりその武装である。
その手に持った剣はどう見ても白式の雪片弐型そっくりだった。
雪片弐型と違うところといえば、それは刃と柄の接続部分に見えるISコア――
「なるほど、白式のコア一つを丸ごと使って雪片弐型と同じような形の剣を作り出したというわけか」
白式のISコア反応は確かに篝火ヒカルノのすぐそばにある。
篝火ヒカルノが持つ剣の刃と柄の中間にある結晶体、それは間違いなく白式のISコアだった。
「白式の零落白夜はISの中でも最強の単一仕様能力だけど、エネルギー消費も馬鹿にならないからねえ。こうして武器一本にISコアを一つ使うことでエネルギー消費の問題を片付けようってわけさぁ」
「なるほど、確かに理には適っている機体構成だ。ISと武装でコアを一つずつ使用するとは、なんとも贅沢な機体だな」
……それ以上にISコアを融合させている俺も人のこと言えたもんじゃないが。
「だがなぜ倉持技研から白式のISコアを持ち去り、こんなテロリスト紛いの行為をすることになったんだ?篝火博士」
「そんなの簡単だよ、自分のやりたい研究が倉持技研ではできなかったからさ。ISコアを複数用いた機体の研究は、さ」
ISコアを複数使用した機体――
確かにそれは理論上可能なものではあるが、貴重なISコアを複数利用するうえに単純に強力すぎるため、アラスカ条約で禁止されている研究だ。
「それで研究のために現状警備手薄なメイルシュトロームを狙った、というわけですか。」
「そういうこと。流石の私も協力者が必要だったからね。その命令には逆らえないってわけだよ」
篝火博士との会話中、突然プライベート・チャネルが入る。
それは箒からだった。
「紫電、簪からこちらに所属不明の機体が一機向かってきていると連絡があった!私はこれから迎撃に向かうが、白式は見つかったか!?」
「ああ、目の前にあるぜ。一夏を早くこっちに呼んでくれると助かるな」
「そうか!一夏はこのままタクシーでそっちまで向かわせる!紫電、なんとか相手を倒してくれ!」
「ああ、そっちも気を付けろよ。しばらく援護には迎えそうにないからな」
箒からのプライベート・チャネルを切断すると、あらためて目の前の篝火ヒカルノに話しかける。
「まさかまた亡国機業か?」
「そこはご想像にお任せだよ。そろそろおしゃべりも切り上げにしようじゃないかっ!」
そういうといきなり篝火ヒカルノは雪片もどきを構えてこちらへ突っ込んできた。
俺もフォーティチュード・セカンドの新武装「オブシディアン」を構え、振り下ろしを受け止める。
「おや、君のフォーティチュードは射撃メインの機体だったはずだけど、二次移行で機体特性が変わったのかな?」
「いいや、機体は特に変わってない。元々ただのスピード狂の機体さ。接近戦も不可能ではなかっただけだ、やる必要がなくてなッ!」
鍔迫り合いの状態のまま相手の打鉄白式を蹴り飛ばして間合いを取ると、俺は肩部レーザーキャノン「ルビー」を発射する。
「……なるほど、白式・雪羅のエネルギー無効化防御か。確かにそれがあればエネルギー系兵器が中心のこのイギリスでは有利に立ち回れるだろうな」
「噂には聞いていたけど、実に察しが良いみたいだねぇ君は。確かにイギリスの空軍基地を狙ったのはそれが理由だよっ!」
赤い閃光が走ったその向こう側には、薄い光のバリアーを形成している打鉄白式の姿があった。
今度は篝火博士がこちらに向かって荷電粒子砲を撃ってくる。
俺はそれをオブシディアンで切り払うと、そのまま距離を詰めて突きを放った。
(……そこだッ!)
突きはギリギリで回避されたが、そこからの薙ぎ払いは回避させない。
刃を地面と水平な状態にしてから放つ突きからの薙ぎ払い、平突きは相手の不意を突くのに最適な技である。
「……ぐっ!」
オブシディアンによる平突きはガリガリと凄まじい音を立てて打鉄白式のシールドエネルギーを削っていった。
「ぐっ……突きからの薙ぎ払いなんて、中々えぐいことするじゃーん!」
「白式のコアを騙して奪い取ったアンタには言われたくねーな!」
俺は再び薙ぎ払いを放つが、今度は雪片もどきで受け止められてしまう。
すると篝火ヒカルノは空いた片手にアサルトライフル「焔備」を構えだした。
「ちっ、ラピッド・スイッチか!」
「その通り、この状況なら避けられないっしょ!」
「いいや、避ける必要なんてねえな!」
そう言うと俺は左手で篝火ヒカルノを指差す。
刹那、バシュッという音と共に緑色のマズルフラッシュが発生した。
「……っ!」
俺の指先から放たれた緑色の弾丸は焔備を弾き飛ばし、篝火ヒカルノの腕に命中していた。
そう、俺の指先から放たれたのはマークスマンライフル「エメラルド」の弾丸である。
二次移行した際に剣を持つようになったため、銃が邪魔だと判断されたのかエメラルドとアレキサンドライトの機能は指先部分に集約されていたのだった。
これが二次移行で得た俺の新たな武装『
「くっ……まさか指先からこれほど強力な射撃を行える機体なんて……」
「……どうやらお遊びはここまでのようだ。
「ぐあっ!」
篝火ヒカルノの打鉄白式に強力な重圧がかかり、地面へと墜落していく。
ドゴンッと大きな音を立てると、機体は見事に地表へと陥没していた。
「今だ一夏、白式を起動させろッ!」
「……しまった!」
俺のハイパーセンサーは一夏の姿をすぐ近くに捕捉しており、地表に叩きつけられた際に雪片もどきを手放してしまったのを俺は確認していた。
そしてそれはちょうど到着した一夏のすぐそばに弾き飛ばされており、一夏が白式を装着するには十分な距離となっている。
「おう!来い、白式っ!」
雪片もどきとなっていた剣が光の粒子と化し、一夏の下へ集まっていく。
そこには白式・雪羅を装着した一夏が立っていた。
「ようやく取り戻したぜ、白式。すまなかったな」
そう言って一夏は装着した白式を撫でると、雪片弐型を構えた。
「篝火ヒカルノ!懺悔の準備はできているか!」
「……!」
一夏が篝火ヒカルノに向かって勢いよく雪片弐型を振り下ろす。
ガキンッと強い音が響いたが、その刃が篝火ヒカルノに届くことはなかった。
「なっ、誰だ!」
突如一夏と篝火ヒカルノの間に真っ黒いISが割り込み、盾で雪片弐型を受け止めていた。
「篝火博士、潮時です。撤退しますよ」
「丁度いいところに来てくれるねぇ。助かったよ」
「逃げる気か!待てっ!」
一夏が追撃しようとするが、黒いISは盾の裏から大量の煙幕を撒き散らし、俺たちの視界を遮ってしまった。
やがて風に吹かれて煙幕は散っていったが、肝心の篝火ヒカルノも黒いISも姿を消してしまっていた。
「くそっ、逃げられた!」
「まあ落ち着け、一夏。俺たちの目的はあくまで白式の奪還だ。それが成功したんだからもう十分だろう。それに相手の狙いだった空軍基地襲撃も阻止できたわけだし、成果としては十分だ」
「一夏、紫電、無事か!?すまない、黒いISに逃げられてしまった!」
後方から箒が飛んでくる。
あの黒いISは紅椿を振り切ってこっちに来たってのか。
「おお、箒も無事か、よかった。突然簪から謎のISが近づいてるって連絡があったから驚いたぜ」
「……あのIS、中々の腕をしていた。凄まじい機動能力で私の攻撃をあっさりと回避するせいで中々攻撃を当てることができなかった。まるで紫電と戦っているようだったぞ」
「へえ、俺くらいの高速機動戦闘ができるとはね。俺としては篝火ヒカルノよりもそいつのほうが気になるな」
それなら随分な機体スペックと操縦能力を持っているようだが、一体どこの機体なのだろうか?
亡国機業が入手した全く新しい機体か、それともまた別の勢力なのだろうか――
俺の思案は深まるばかりであった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■VSメイルシュトローム
「そう。ついにこのイギリス空軍基地にもテロリストが現れるなんて……舐められたものね」
目の前に座るアンジェラさんは拳を強く握りしめている。
白式を奪還してから俺たちは空軍基地内にてアンジェラさんに状況説明していた。
一応白式が奪われていたことについては喋っていないが、おそらくアンジェラさんは気付いているだろう。
いずれにせよ基地から迎撃に出たラファール・リヴァイヴが撃墜された際の戦闘データを見れば、篝火ヒカルノが雪片もどきを使っていたこともわかるだろうしな。
「先に連絡のあった篠ノ之さんはともかく、織斑君が私たちの基地に入ってきたことについては、千道君がテロリストを撃退してくれた功績に免じて不問にします。千道君と織斑君は納得いかないかもしれないけど、組織にもメンツっていうものがあるわ。……ごめんなさいね、テロリストを撃退してくれた英雄さんたちなのに」
「お気にせずに。むしろ一夏の不法侵入を不問にしてくれて助かりました。ありがとうございます、アンジェラさん」
そう言って俺は頭を下げる。
「それにしても、織斑君と篠ノ之さんは本当に明日帰ってしまうの?一緒に試合をしてからでもいいんじゃないかと思うのだけれど……」
「それについては織斑先生から用件が片付き次第すぐにIS学園へ戻ってこいという命令ですので、申し訳ありません」
箒が丁寧に断りを入れる。
……正直なところ、まだ一夏も箒もアンジェラさんには歯が立たないだろう。
それこそまだまだ楯無先輩との間に大きな壁があるように。
「わかりました。それではせめて帰りのホテルまでは見送りましょう。誰か、三人をホテルまで車で送って行ってあげてちょうだい」
「はっ、了解いたしました!」
「千道君はまた明日、ね?寝坊しちゃだめよ?」
「もちろんですよ。そっちこそ、メンテナンスが間に合いませんでした、なんてことないようにお願いしますよ」
アンジェラさんが微笑を浮かべる。
俺たちは若い女性兵に着いて外へ出ると、それぞれのホテルまで送ってもらうのだった。
◇
翌日の朝、俺はホテルで朝食を終えると、出迎えの車に乗って再びイギリス空軍基地へと向かった。
「おはよう、千道君。昨日はよく眠れたかしら?」
「ええ、ホテルのベッドが良かったのですぐ眠れました。もし今日の試合で負けたとしても、体調不良を言い訳にはしませんよ」
「ふふっ、それなら安心したわ。私の機体もメンテナンスは完了したし、私のコンディションも問題ないわ。早速アリーナへ行くとしましょう」
俺はアンジェラさんの後ろを着いて基地内の廊下を歩いていく。
たどり着いた先にはIS学園のアリーナに負けず劣らずの立派なアリーナがそびえ立っていた。
「おお、こりゃまた大きいアリーナですね。流石は空軍基地」
「ただ流石に軍事用だから観客席も無くてデザインはいまいちなのよね、ここ。あ、あと知ってるかもしれないけれど対外試合は全て国際IS委員会に公開されるから、手を抜いちゃだめよ?」
アンジェラさんは微笑みながらアリーナの中央付近まで歩いていくと、セシリアのブルー・ティアーズとは少し違った青色、というよりはペールブルーといった感じの機体、メイルシュトロームを展開する。
「さて、早速だけど準備はいいかしら?私はもう準備できているのだけれど」
アンジェラさんに続き、俺もフォーティチュード・セカンドを展開する。
「こちらも問題ありませんよ。では――」
ビーッという試合開始のサイレンが鳴り響き、俺は一気に距離を詰める。
二次移行してからメインウェポンが射撃武器から近接用ブレード「オブシディアン」になったため、一夏のように距離を詰めての攻撃が主体となりつつあるためだ。
「っ!」
一方対面のアンジェラさんは距離を取る。
メイルシュトロームはどちらかというとミドルレンジでの戦いを得意とする機体だったはずだ。
近距離での斬り合いはお望みじゃないってことか、ならばこちらも新兵装の出番だな。
俺はメイルシュトロームを左手で指差すと、指先からエメラルドの弾丸を発射した。
「えっ!?」
流石のアンジェラさんも指先から発射された高速ライフル弾には意表を突かれたようだ。
見事にメイルシュトロームの腕部装甲に弾丸は直撃した。
(……まさか胴体目がけた狙撃を腕で防ぐとは……お見事!)
(あんな小さいモーションで指先からライフル弾撃てるなんて反則じゃないかしら……!)
内心、両者は互いに驚きあっていた。
片や反応の早さに、片や機体性能の素晴らしさに、驚いた観点は違えどこの結果は互いの警戒心を高めることになってしまった。
(さーて、どう攻めたもんかな……)
(さて、どう手を打つべきかしら……)
両者間の空気が張り詰める。
そんな状況が数秒続いた後、先手を打ったのはアンジェラだった。
「そこっ!」
右手のビームライフルをこちらに向けて連射してくる。
「ちっ……
俺はスラスターを吹かしてスライド移動し、ビームの弾丸を回避する。
銃身の向き、弾丸の軌道、着弾位置――!
今日も俺の目は冴えている。相手の射撃攻撃の全てがよく見えていた。
「……えぇ!?」
これには流石のアンジェラも驚いていた。
(データでは射撃に滅法強く、IS学園のほとんどの試合では被弾していないと聞いてはいたけど、まさかこのガトリングまで全弾避けきるというの!?)
はっ、と気付くと目の前に赤いレーザーが迫っていた。
なんとか身を捻って直撃は避けたものの、カスタム・ウイングの一部が欠けてしまっていた。
(肩部のレーザーキャノン……!直撃していたら即エネルギーが0になりそうな威力ね。それにしてもっ……!)
先ほどの赤いレーザーに続き、こちらがガトリングガン弾幕を張っているというのに、ちょくちょく合間からエメラルド色のライフル弾が高速でこちらを狙ってきている。
フォーティチュード・セカンドの指先から瞬時に放たれるそれは非常に避けづらく、威力も馬鹿に出来ないほど大きいものだった。
(指先一つでこんな精密射撃をしてくるなんて……!)
そうこうしている間にまたしてもエメラルドの弾丸がこちらの機体をかすめていく。
ガトリング弾幕の隙間から狙い澄ましたように撃ちだされるエメラルドの弾丸が急所に直撃することだけはなんとか避けているものの、避けきることはほぼ不可能といってもおかしくはない。
(……このままでは削りきられてしまう……こうなったら賭けに出るしかない!)
アンジェラさんはビームガトリングを撃ちながら徐々に距離を詰めてくる。
「……もらったわ!」
アンジェラさんはいつの間にかビームガトリングを左手に持ち替えていた。
代わってその右手に持っているのはその機体名を名乗る武装、ワイヤー・ウィップ「メイルシュトローム」だった。
俺の左側からは鋭くしなる電撃を纏ったワイヤー・ウィップが迫って来ていた。
「……っ、オラアッ!」
俺はオブシディアンを投擲し、こちらへ向かってくるワイヤー・ウィップに絡みつかせる。
「なっ、剣を投げてメイルシュトロームを無理やり止めるなんて……!」
ビームウィップを絡めとったオブシディアンが床に突き刺さる。
「まずいっ、メイルシュトロームが固定されて……!」
「これでチェックメイトだッ!」
肩部レーザーキャノン「ルビー」と同時に指先からエメラルド弾を発射する。
赤と緑、二色の強い閃光がアンジェラさんのメイルシュトロームに直撃すると同時に、試合終了のブザーが鳴り響いた。
――勝者、千道紫電。
◇
「お疲れ様、千道君。まさか剣を投げてメイルシュトロームを絡め取るなんて思わなかったわ。今までいろんな人と戦ってきたけど、君のような戦い方をする人は初めてよ。いい経験になったわ、ありがとう」
「いえいえ、こっちもエメラルドをあんなに避けられたのは初めてですよ。それに被弾したときも全部急所を外していましたよね?」
「急所を守るのは癖みたいなものね。いくら絶対防御があるからって、衝撃は全て抑えられるわけじゃないわ。頭や首への攻撃はなるべく防がないとね」
「なるほど、それで腕のアーマー部分が――」
その後も俺とアンジェラさんの反省会は続く。
また、語るにつれて段々とアンジェラさんの性格もわかってきた。
やはりアンジェラさんは細かいことによく気付くタイプのようだ。
それが実力につながっているということは間違いない。
(なるほど、これが努力してきた人の強さか。今回は勝てたが次は同じ手は通用しないだろう。俺もまだまだ研鑽する必要があるな……)
初の対外試合は無事勝利を収めることができたが、それ以上に大きな収穫を得られた。
やはりIS学園の中だけでは世界のことはわからない。
井の中の蛙大海を知らず、というのはこういうものだなと俺は心の中で実感していた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■イタリアン・コネクション(1)
アンジェラ・ウィルクスと千道紫電の試合はモニターを通じて国際IS委員会に公開されていた。
試合内容、試合結果共に勝利したのは千道紫電だということに対して、国際IS委員会のメンバーは様々な反応を見せていた。
「強すぎる……千道紫電、これほどとは」
「まさかあのアンジェラ・ウィルクスが敗北するなんて……」
「ほらみたことか。やはり千道君はISパイロットランキング9位なんて器ではない。ヴァルキリーにも匹敵すると私が言ったとおりだろう?」
「これがIS学園の
モニターの向こうで国際IS委員会のメンバーは口々に感想を言う。
そのほとんどは千道紫電への賞賛がほとんどだった。
(千道……やはりこの程度の壁は乗り越えてくるか。全く大した奴だ、お前は)
同様に試合内容を見ていた織斑千冬も内心で安堵していた。
「それで織斑先生、先ほど申し上げていた依頼なのですが……」
「わかりました。ですが本人の了承なしにその提案を受けることはできませんので、これから確認してみます」
「是非ともお願いしますよ。彼がロンドンを発つ前にね」
千冬はやれやれと言った感じで携帯電話を取り出すと、紫電へと連絡を入れるのだった。
◇
アンジェラさんとの勝負を終えた俺はホテルへと戻っていた。
このままだと予定通り明日には帰国となるが、俺は織斑先生からの連絡を受けていた。
「このタイミングでまた次の対外試合の申し込みですか……」
「そうだ。お前に試合を申し込んできたのはイタリアだ。ロンドンからはそう遠くはないが、無理強いはしない。短期間での連戦は肉体的にも機体にも負担が大きいからな。」
(イタリア、といったらひょっとして対戦相手はテンペスタⅡか?だとすれば機体データや戦闘データは是非とも採取したいな……。ここは受けるべきか)
「受けますよ、その試合。自分も機体も連戦での影響はありませんしね。それに一度日本に帰ってからまたイタリアに移動する方が大変ですからね」
「わかった。先方には試合の申し込みを受けると伝えておく。飛行機のチケットは明日までにお前の下に届くそうだからそれまでは自由に過ごしていてくれ」
「了解です。IS学園の方は変わりないですか?」
「ああ、別段これといった問題は発生していない。幸いなことにもな」
唯一気掛かりであったIS学園のほうもまだこれといって問題は起こっていないようだ。
織斑先生からそのことを直接聞けた俺はひとまず安堵した。
俺は電話を切るとそのままベッドに腰掛ける。
(しかし、イタリアにもアンジェラさんのような実力者はいるのか?アリーシャ・ジョセフターフは亡国機業へ降ってしまったから不在のはずだ……。シオン、イタリアのISパイロットについて何か情報はあるか?)
(イタリアのISパイロットについてはアリーシャ・ジョセフターフ以外あまり情報がありません。それに次ぐ実力者らしき人物はいるのですが、データはほとんどありませんね)
(なんでもいい、教えてくれ)
(名前はエレオノーラ・マルディーニ。イグニッション・プランでノミネートされている第3世代型IS『テンペスタⅡ』のテストパイロットです。他にも何人かテンペスタⅡのテストパイロット候補はいるようですが、現状では彼女が最も優勢なようでアリーシャの後継者と呼ばれています。ただ、彼女もまだ対外試合をしておらず、実力のほどは未知数です。あとは噂レベルですが、訓練生時代にアリーシャ・ジョセフターフに唯一ダメージを与えられた存在だと言われています)
ほう、と思わず俺から感嘆の声が漏れる。
俺がアリーシャ・ジョセフターフの戦いを目にしたのは京都での一度きりだけしかない。
彼女が使用していたテンペスタは第2世代型にもかかわらず、第3世代機を駆使するダリル・ケイシー&フォルテ・サファイアコンビを圧倒していた。
それだけで十分すぎるほど、その実力を認識していた。
(なるほど、あのアリーシャ・ジョセフターフに一太刀浴びせられる人物とはね……試合が楽しみになってくるな)
(それと紫電、国際IS委員会のほうでISパイロットランキングというものが作成されたようです)
(……何、ISパイロットランキングだと?)
(1位に織斑千冬、2位にアリーシャ・ジョセフターフといった感じで現状のISパイロットに順位を付けたようです。その中に紫電、あなたの名前も入りましたよ)
(ほう、何位だ?)
(9位です。ただ1位から6位まではブリュンヒルデとヴァルキリー、またモンド・グロッソでの実績がある人のみを選抜したようです。つい先ほど戦ったアンジェラ・ウィルクスも第2回モンド・グロッソでの実績がありますから、6位に位置付けされていますね)
1位から5位までは大体予想がついている。
IS関連の教科書に記載されていたり雑誌に掲載されていたりと、何かと有名人ばかりだからだ。
(……参考までに、7位以降を聞かせてもらおうか)
(7位はIS学園の生徒会長、更識楯無です)
(まあロシア代表だし、モンド・グロッソには年齢の都合上
(8位はナターシャ・ファイルスというアメリカ人ですね。紫電が助けたあの
(なるほど、流石に銀の福音のテストパイロットに選ばれるくらいだ。あの時は機体が暴走していたが、それだけの実力はあるんだろうな)
(そして9位に紫電、10位にはなんと先ほどお話ししたエレオノーラ・マルディーニがランクインしています)
(俺とそのエレオノーラって人はえらく期待されているようだな。大した実績も無いのにランクインするとは。俺としては箒かラウラ辺りが入ってくるかと思ったんだが、それでもまだ実力不足ってことなのか)
俺はバタリとベッドに倒れ込む。
テロリスト撃退くらいしか大した実績も無い俺がISパイロットランキング入りとはな。
それにしてもエレオノーラ・マルディーニか。一体どのような人物なのだろうか――
俺はそんなことを考えながらゆっくりと眠りについていった。
◇
「エレオノーラ少尉、あなたの対外試合の相手が決まったわ。相手はあのIS学園のスーパーノヴァ、千道紫電よ」
「……はあ、対外試合ですか。面倒くさいです……」
「少尉、少しはやる気を出しなさい!これはあなたがイタリア代表としての初の大仕事なんですよ!?」
「そう言われましても……」
はあ、と再びエレオノーラは溜息をつく。
それを見た上官であるエミリア・アストーリ大佐もつられて溜息をこぼす。
「エレオノーラ、あなたはどうしてそれほどの実力を持ちながらやる気を出してくれないのかしらねぇ……。これからブリーフィングだから、遅れずに会議室に来るのよ?」
「……はーい」
エレオノーラの口からやる気のない返事が返る。
これはいつものことであり、上官であるエミリアも半ば性格的なものと諦めていた。
元々エレオノーラも軍人になるつもりは無く、渋々軍隊に入ったという特殊な事情が裏には存在していた。
エレオノーラ・マルディーニはマフィアの家系に生まれた秘蔵っ子である。
幼い頃から蝶よ花よと大切に育てられてきた彼女であったが、どうしても納得できないことが一つだけあった。
それは両親からのお見合い写真の押しつけである。
家系を重要視する両親に対してエレオノーラは散々嫌気が差しており、ある日家出を決行した。
彼女も行く当てなく家を飛び出したため、今後のことについては一切考えていなかった。
しかし彼女には運が向いていたようで、家を飛び出した直後、とあるポスターを見ることになる。
――イタリア空軍ISパイロット募集!全寮制、給料良し、出自年齢問わず、ただし要IS適性判定――
思わずエレオノーラはこれだ、と口にしていた。
思えば学校に通っていた際に行ったIS適性試験の結果はAだった。
IS適性試験を実施した当時は軍隊など行く気にならなかったが、今はそれ以上に家に戻る気にはなれなかったため、エレオノーラはイタリア空軍に行くことになる。
そこで試験官として戦ったのはISパイロットランキング2位、アリーシャ・ジョセフターフだった。
結果は惨敗といえるものだったが、IS稼働時間が0だったにもかかわらず、ラファール・リヴァイヴを駆使し、ブレッドスライサーによる一太刀を浴びせることに成功する。
奇しくもその試験にてアリーシャに攻撃を当てられたのは彼女一人だけだった。
エレオノーラとしては寝床とお金が手に入れば万々歳というところだったのだが、それ以降彼女は国内での練習試合で勝利を積み上げ、意図せず昇進を繰り返すことになる。
気付けばアリーシャに次ぐ実力者として周囲に認識され、テンペスタⅡのテストパイロットに選出。
挙句、アリーシャが亡国機業に降ってからはイタリア代表にまで上り詰めてしまったのである。
(はあ……。お見合いしたくないからISパイロットになったのに、なんでこうなってしまったんでしょうか?アリーシャさんもいなくなっちゃっいましたし、忙しすぎて嫌になりそうです……)
陰鬱とした雰囲気を出しながらエレオノーラは会議室まで歩く。
先ほど上官であるエミリアから言われたブリーフィングのためだ。
会議室に入ると既に自分以外のメンバーは席についていた。
「時間通りに来たわね、エレオノーラ。ちょうどあなたが最後よ。それでは対外試合に向けたブリーフィングを始めましょう」
エミリアがそう言うと部屋が暗くなり、正面の大きなモニターが光ると対戦相手である千道紫電の顔とデータが表示される。
「今回エレオノーラが戦う相手はISパイロットランキング9位、IS学園所属の千道紫電です。といっても、ランキング9位というのもあまり当てにはできなさそうです。つい先日ISパイロットランキング6位であり、イギリス代表のアンジェラ・ウィルクスにも危なげなく勝利するほどですから、相当な実力者であると考えます。また、9位にランクインした理由は数々のテロリスト撃退が理由だとの話もあり、決して男性だからという浮ついた理由ではないようです」
エミリアの解説に周囲がざわざわと騒ぎ出す。
イタリア空軍も他国にもれず部隊の中心は女性になっており、中々姦しい。
「あのアンジェラ・ウィルクスに勝ったんですか!?」
「ただでさえ希少な男性ISパイロットだっていうのに、実力もあるなんて……」
「結構イケメンね……ぜひ会いたいわ」
ざわめく周囲とは正反対に、肝心のエレオノーラはモニターを凝視して沈黙していた。
「静粛に。他にも彼の機体、フォーティチュードは二次移行が済んでおり、機体も尋常ではない機動力を誇っています。テンペスタⅡも機動力が売りですが、彼とアンジェラ・ウィルクスの試合を見る限りではおそらく彼のフォーティチュードの方が上位になるでしょう。……エレオノーラ、何か気になったことでもあるかしら?」
何かと天才肌な彼女なら何か彼を倒す秘策でも思いついたのかもしれない。
それとも相手の強さに萎縮してしまった?
エミリアは先ほどからじっとモニターを見つめるエレオノーラが気になっていた。
「……決めました。私、この人と結婚します!」
「……え?」
沈黙を破ってエレオノーラから出た言葉は、周囲の予想を全て裏切ったすさまじく予想外な答えだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■イタリアン・コネクション(2)
イギリス、ロンドン・シティ空港を発ってから数時間。
俺はイタリアのフィウミチーノ空港に到着していた。
(地図上ではロンドンとローマはそれほど離れていないようにも見えたんだが、意外と時間かかったなあ。またエコノミークラスだったし、移動だけでも中々大変だぜ……)
(それでも日本からイタリアまで行くのよりは楽だと思いますよ)
(まあそりゃそうだけどな。さて、イタリア空軍の人が迎えに来てくれるらしいが、どこにいるんだろうな)
「あ!あなたが紫電様ですね!」
「ん?」
俺が振り返ると、そこにいたのは美人というのが相応しい女の子だった。
やや高めの身長に柔らかなウェーブがかったピンクアッシュ色の髪、大きな丸い瞳に豊満な胸。
第一印象として優しそう、というような雰囲気を醸し出していた。
「ひょっとして君がイタリア空軍からの迎えの人?」
「はいっ、エレオノーラ・マルディーニっていいます!エリーって呼んでくださいね!」
「っ!?」
彼女は満面の笑みを見せてそう言った。
一方、俺は彼女の口から告げられた名前に驚愕していた。
彼女が本当にISパイロットランキング10位のエレオノーラ・マルディーニなのだとすると、想像していたよりもずっと若い。
ひょっとすると俺と同い年くらいではないだろうか。
「早速ですけど紫電様!私と結婚してください!」
「……は?」
思わず本日二度目の驚愕。
イタリアに着いたと思ったらいきなり求婚された。
それも対外試合の対戦相手らしき人物から。
「あらエレオノーラ。千道君を見つけたのね?私はこの子の上官のエミリア・アストーリよ。よろしくね」
「え、ええ、千道紫電です。よろしくお願いします」
そう言って俺はエミリアさんと握手を交わす。
こちらはエレオノーラ・マルディーニとは違って大人の女性、といった雰囲気だ。
「ああっ、エミリアさん邪魔しないでくださいよー!紫電様に愛の告白をしたところなんですから!」
「愛の告白というか、どう聞いても結婚の申し込みだったんですが……」
「えぇ!?エレオノーラ、あなた一体何をしたの!?」
「ですからー!紫電様に結婚してくださいって愛の告白をしていたんですよ!」
「……あなた確かお見合いが嫌っていう理由で入隊したんじゃなかったかしら?それがどうして千道君に結婚してください、っていう流れになったわけなの?」
「一目惚れです!ブリーフィングで写真を見たときに私の運命の人はこの人だ、ってはっきりとわかりました!」
「……ブリーフィングの時モニターを凝視していたのはそういうことだったのね。確かに千道君は男前だけど、いきなり求婚したのはなんでなの?」
「紫電様のことを思うと居ても立ってもいられなくて、思っていることを直接言うしかないな、って思ったからです!問題ありますか?」
「大ありよ!何でいきなり対外試合の相手に結婚を申し込んでるのよ!」
……ああ、やっぱりこの人がISパイロットランキング10位のエレオノーラ・マルディーニなんだな。
人違いじゃなかったんだな。
「それで紫電様!私と結婚してくれますか!?」
「……いきなり見知らぬ人から結婚してくれって言われてうん、と答える人はいないだろうよ」
「自己紹介したじゃないですか!もう見知らぬ人じゃないですよね!?」
「いや、そういうことじゃなくて、相手がどんな人物かも知らずに結婚はしないだろ?普通は」
「愛に普通も異常もありません!そこに愛があれば全て解決です!」
「……君から俺に対して愛はあるのかもしれないけど、今のところ俺から君に対して愛情は無いよ?」
「ガーン……って今いまのところって言いましたよね!?今後は愛情が生まれるかもしれないってことですよね!?」
「いいから落ち着きなさい、エレオノーラ。いつまでも空港で長話するわけにもいかないでしょ?」
「……そうですね、愛の告白ならもっとロマンチックな場所のほうが良いですもんね!」
なんだろう、この人根本的に話がずれている気がする。
本当にこの人がISパイロットランキング10位で合っているのだろうか?
国際IS委員会はISパイロットとしての腕前だけじゃなくてきちんとその人の性格も考慮してランク付けして欲しかったな……。
◇
「あの、エレオノーラさん、近づきすぎじゃないですかね……」
「エリーって呼んでください!」
「エリーさん、近いので離れてくれませんかねえ……」
「さん、もいりません!」
「……エリー、近い。狭い」
「いいじゃないですか。紫電さんの腕、あったかいです」
「……エレオノーラ、あんまり千道君に迷惑かけちゃだめよ?」
「迷惑なんてかけてません!愛情たっぷりです!」
「……」
エミリアさんは運転席に座っているので後部座席はフリーダムである。
二人が座るには十分すぎるほどの広さがあるにもかかわらず、満員電車にでも乗っているかのような勢いでエリーは俺に迫って来ていた。
勝手に腕は組んでくるし、頭は肩に乗っけてくる。
流石、出会って即結婚を申し込んでくるレベルだけはあるなと思っていた。
優しそうという第一印象は撤回だ、行動力がありすぎる。
結果、俺は送ってもらった高級ホテルの部屋でベッドに突っ伏していた。
……車で移動したにもかかわらず、なんだかやたら疲れた気がする。
(ああいうタイプはIS学園にはいなかったな、シオン……)
(随分と押しが強いというか、感情表現を積極的にしてくる人物のようですね)
(アンジェラさんと会ったときはいかにもな強者のオーラがあったんだが、エリーは全く読めなかった……)
人を見る目には自信があったが、エリーに関しては自信を無くしそうである。
(しかし寝る時間にはまだ早すぎるな。まだ夕食すら済ませていない。……そうだシオン、
(そちらも準備は順調ですよ。紫電が無人機からISコアを強奪してくれたおかげでISコアの数に余裕ができたおかげですね)
(そうか。
コロニー・リトルアース・プロジェクト――
それは農作物に限らず畜産物、水産物の収穫までをも可能とする宇宙空間での食糧生産施設の建造計画である。
実はこのプロジェクトも宇宙船開発と並行して進めていたのだが、金属類のみで作成できる宇宙船開発と比べて資源調達にやたらと金がかかるのである。
そのためコロニーの概形だけ作成して放置しておいたのだが、デュノア社に金属を売却するルートが確保できたことで資金問題が解決できたのだった。
人類が今までスペースコロニーを作成するには大気、重力、放射線、温度管理といった様々な問題があった。
しかし、最大の問題である「重力」を俺は単一仕様能力でカバーすることができるようになったのがこのプロジェクトを劇的に進めた要因の一つだろう。
このコロニー・リトルアースの中心にはIS学園襲撃の際に無人機から強奪したISコアを設置しており、地球の環境と同じように重力を常時発生させることができるのである。
その他の問題も宇宙船開発のときと同様の手法で解決が可能であり、理論上ではこのプロジェクトは成功する見込みがあるのだ。
現段階では土や水を地球から少しずつ輸送し、リトルアースの環境を整えている最中だ。
地球以外の場所から土や水を手に入れることも考えたが、養殖対象のことを考えると地球からのものを利用した方が良いだろうという判断だ。
ただし空気、水質、地質などは全て機械で制御することで安全な環境を保つというのが地球とは違う点である。
ちなみに俺のほうではリトルアースを任せるためのピート君2号を開発中というわけだ。
開発室はIS学園の俺の部屋だったりする。
(しかしまだこのプロジェクトは世間に公表はできそうにないな……)
(もしこのプロジェクトが公になれば、紫電も篠ノ之博士と同じように世界中から追われる立場になるかもしれませんね)
(それだけは勘弁だな、研究開発に集中できなくなっちまう)
今度は仰向けの状態に寝返りを打つ。
宇宙開発のことを考えるたびに脳内に浮かぶのは篠ノ之博士のことだった。
(……篠ノ之博士は宇宙進出のことをどこまで考えていたのだろう。ISを開発した以上、俺のようにコロニー開発のようなことも検討していたのだろうか?)
篠ノ之博士とまともに会話したのは京都での一度きりのみ。
しかもその時は俺の問いかけに答えてはくれずに姿を消してしまった。
(こうして俺が宇宙への道を切り開いていけば、いずれまた会えるだろうか……)
そのときはあのときの質問の答えを聞かせてほしいものだ。
篠ノ之博士が宇宙に対してまだ思いを馳せているのかどうかを――
「っと、もうそろそろ夕食の時間だな。食堂に行こう」
気付けばもうそんな時間になっていた。
宇宙談義はやたらと時間がかかるので時間つぶしにはもってこいだな。
◇
「それで、何で君は俺の対面に座っているんだ?エリー」
「一人で食事するのは寂しいんじゃないかと思いまして!」
「……しっかり君の前にも同じ料理が運ばれてくるところを見ると不安になるんだが、ちゃんとお金払ってるよね?」
「もちろんですよ!紫電様と一緒に夕食の時間が過ごせるなんて、私はとっても幸せです!」
「……まあいいか、一人で食べるよりはましか?」
「そうですよ!二人で食べれば料理も愛情でよりおいしくなりますから!」
それは食べるときじゃなくて料理をする際に言うセリフじゃなかろうか。
ただ意外なことに、食事中のエリーはほとんど大声を出さずに料理の感想を言うくらいだった。
高級レストランでの食事のマナーはしっかり押さえている、ということか。
正直、これには少し予想外だった。
その後は容赦なく部屋に押し入ろうとしてきたが、それは流石に阻止しておいた。
「いいじゃないですか!近い将来結婚するんですし、同じ部屋で寝ても問題無いじゃないですか!」
「だからいつ俺が結婚するって言ったんだ……」
「今言ってなかったとしても、近いうちに結婚することは間違いないんですから、開けてくださいよー!」
ドンドンと扉を叩くエリーをスルーしていると、やがて静かになった。
人の気配も消えている、諦めて帰ったのだろう。
(ただの移動日のはずだったのに余計に疲れた気がするぞ……でも寝る前に機体のメンテナンスはしておかなくては……!)
俺は疲れで眠くなった目をこすりながらも、なんとかフォーティチュードのメンテナンスを済ませてそのままベッドへと倒れ込んだ。
おそらく、今日がベッドに入ってから眠りに着くまでの時間がもっとも短かった日であったことは間違いないだろう。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■イタリアン・コネクション(3)
ホテルでの朝食を終えた俺は再びエミリアさんの運転する車に乗ってイタリア空軍基地へと向かっていた。
もちろん隣ではエリーがべたべたとくっついてきている。
「エリー、だから近い、狭い」
「ぶー、昨日一緒に寝てくれなかったんですからこれくらいいいじゃないですか。一人寝は寂しいじゃないですか」
「あなた基地ではいつも一人で寝てるでしょう……」
エミリアさんからも突っ込みが入る。
幸い今は冬なのでくっつかれてもさほど気にはならないが、これがもし夏だったら暑くてうっとおしかっただろう。
ローマ郊外にある空軍基地まで車でおよそ1時間。
結局エリーはずっと俺の腕にくっついたままだった。
◇
「着きましたよ。ここが今日試合を行う場所、イタリア空軍基地です」
「……エリー、基地に着いたんだ。そろそろ離れてくれないか」
「腕を組んだままでも歩けますから、大丈夫ですよ!」
俺が言いたいのはそういうことじゃない。
結局腕は離してくれず、恋人のように腕を組んだまま基地に入ることになってしまった。
すれ違う人たちは一体何があったのか、とでも言いたいような目でこちらを見ている。
エミリアさんは既に諦めているようでこちらについては何も言ってこない。いいのかそれで。
「ここが今日あなたたちが使うISアリーナよ。今日の試合も国際IS委員会に公開されるものだから二人とも変なことしないように全力で試合に集中しなさいね?」
「……!そうだ、紫電様!私がこの試合で勝ったら結婚するっていうのはどうでしょう!」
「……俺が勝ったらどうするつもりなんだ?」
「そのときは私が紫電様のお嫁さんになります!」
「一緒じゃねーか!そんな提案に誰が乗るか!」
「えー、いいじゃないですか。私が勝った時くらいご褒美くださいよぉ」
「ご褒美に結婚するしないをかける奴はいないだろう……」
どうしてもこいつと話してると調子が狂ってくるな。
ひょっとしてだがそういう作戦なのか?
「それとも私に勝てる見込みが無いから乗らないってことですかー?」
「へえ……俺がお前に負ける、と。本気で言ってんのか?」
「私、結構強いんですよ?だから私が勝ったら結婚してください!」
「……上等だ、だが俺が勝っても結婚はしないぜ」
「……!もしかして私が負けた場合、私は紫電様の愛の奴隷になるんですか!?」
「ならねーよ!」
……まあなんにせよ俺がこんなやつに負けるなんてことはあり得ない。
そんなことがあってはならないんだ。
「コホン、二人とも準備はいいかな?そろそろ試合を始めたいんだが」
アリーナ内にエミリアさんの声が響く。
それに応えるように俺はフォーティチュード・セカンドを展開した。
対面で距離を取ったエリーもテンペスタⅡを展開している。
なるほど、あれがテンペスタⅡ……確かにテンペスタと形が似ている。
数少ない情報によれば、テンペスタの上位互換を目指した機体だとか言われているな。
ということはアリーシャさんがやっていたように、風を使った攻撃を行ってくるのだろうと俺は予測していた。
「私が勝ったら結婚ですからね!絶対ですよ!」
「寝言は寝てから言うんだな。勝つのは俺だ」
「それでは、試合開始!」
エミリアさんの号令で試合が始まる。
俺はテンペスタⅡの分析のため、距離を取って様子を見る。
しかし距離を取った俺に対し、エリーの取った行動は全くの逆、一気に俺に向かって距離を詰めてくるのだった。
「てやー!」
「何ッ!?」
エリーなりには気合いを込めたつもりなのだろうが、どことなく気の抜けた掛け声とともに風圧を纏った拳を放ってきた。
いきなりのインファイトに俺は驚き、後ろへと飛び下がる。
しかし拳による殴打は回避できたものの、風でできた拳だけはそのまま飛び退いた俺に向かってきていた。
「ぐっ!」
風でできた拳が俺に直撃する。
幸い後ろに大きく飛び退いていたおかげでクリーンヒットは免れたが、いきなり一撃をもらうとは予想外だった。
「……なるほど、二段構えの攻撃だったか。これは中々楽しめそうだなッ!」
俺はエリーを人差し指で指差すとフィンガーショットでの反撃を開始した。
「わわっ!愛の弾丸では撃ち抜かれましたけど、ただの銃弾では撃ち抜かれませんよっ!」
なにやらまた妙なことを言っているが、見事にフィンガーショットによるエメラルドの弾丸はガントレットで防御されていた。
(……三発撃ってかすったのが一発、直撃は0か。いい反応速度してるじゃねーか)
(感心している場合ではありませんよ、紫電。彼女、相当な実力者のようです)
(ああ、わかってる。しかもまだテンペスタⅡは本気を出していないからなッ!)
俺は近接用ブレード「オブシディアン」を構えて一気に距離を詰める。
「はあああッ!」
加速で勢いをつけたまま薙ぎ払いを放つ。
しかしこれはボクシングのガードのような体勢をとったエリーにブロックされてしまう。
「うっ……紫電様の愛情、見事な重さです!ですが受け止めて見せます!」
どうやらテンペスタⅡの武装の特徴はその両腕にある巨大なガントレットのようだ。
指先から肘近くまでをカバーする大型のガントレットは攻守両方で活用できるらしく、今までの攻撃はあまりシールドエネルギーを削れていないようだ。
(なるほど、テンペスタにはあのガントレットは無かったな。あのガントレットを装着することで防御性能に問題のあったテンペスタを改善したってわけか)
俺は再びフィンガーショットでテンペスタⅡを狙うも、ガントレットで防御されてしまう。
(……なるほど、確かに隙がねえな。テンペスタⅡの性能とエリーの反応速度、確かに相性バッチリじゃねえか)
「やられてばかりではいられませんっ、今度は私が紫電様のハートを射抜きますっ!」
そう言うとエリーの右手に風で槍が形成されていく。
「当たってください!」
大きく振りかぶった後投擲された風の槍は見事にこちらを捕捉していた。
そしてその槍の速度は投擲武器とは思えないほど驚くべき速さだった。
(だがその攻撃なら一度見たことあるぞッ……!)
俺は大きく跳躍して風の槍を回避すると、そのまま距離を詰めて上段からの振り下ろしを放つ。
「わわわっ!」
今度はガードせず、横方向に移動して振り下ろしを回避された。
だが、それを待っていたぞ――!
俺は振り下ろしたオブシディアンの刃を返すと、凄まじい速度で思い切り振り上げる。
俗にいうVの字斬りの型である。
流石に今度はガードも間に合わず、テンペスタⅡの肩部をオブシディアンの刃が滑っていく。
「あうっ、そんなっ!」
ようやくまともにテンペスタⅡのシールドエネルギーを削れたようだ。
ここまで俺が苦戦を強いられたのはテロリストも含めてエリーが初めてかもしれない。
感謝するぜエリー、お前のおかげで俺はまた一歩
「……やっぱり紫電様は私の結婚相手に相応しいです!ですから私、本気を出します!」
そう言うとテンペスタⅡの周りに強い風が集まっていく。
ついに来るか、テンペスタの真骨頂――!
そこには京都で見たテンペスタの単一仕様能力と同じく、テンペスタⅡと全く同じ実像を風によって作り出していた。
◇
「良かったわ、
モニタールームにてエミリアは安堵していた。
安堵した理由の一つ目としては、テンペスタⅡを試験稼働した際にアリーシャの腕と目を消失させてしまったことだ。
あのときはまだ機体調整が完璧では無かったことが原因だったため事故扱いとなったが、パイロットであるアリーシャに甚大な被害を出してしまった。
その問題もなんとか修正することはできたが、結局それ以降アリーシャはテンペスタⅡを装着することを拒絶してしまった。
それ以降も有力なパイロットはその危険性からテストパイロットになることを嫌がり、しばらくテストパイロットは不在のままだったのだ。
そんな苦境の中でなんとか見つけたパイロット、エレオノーラは問題なくアーリィ・テンペストを発動させることができた。
これがまずエミリアが安心できた理由である。
そして二つ目の理由としてはエレオノーラがアーリィ・テンペストを発動できたことだ。
ようやくエレオノーラがテストパイロットとして承認されたはいいが、単一仕様能力であるアーリィ・テンペストは機体とパイロットの相性が悪ければ発動させることができない。
現に今までエレオノーラは一度もアーリィ・テンペストを発動させたことが無かったが、千道紫電という強敵を前にしてようやく本気を出せるようになったおかげだろう。
その点も千道君様様、といったところだろう。
エミリアとしてはもう既にこの対外試合での主目的は果たした、といっても良かった。
ところがそれ以上に予想外なことが起きている。
普段全くやる気を出さないことで知られるエレオノーラが全力で勝負に挑んでいるのだ。
突然千道君と結婚する、とか言い出したのは謎だが彼女が全力を出してくれるのであればそれでよかった。
おまけに想像以上に千道君のフォーティチュードを前に善戦している。
「もし勝ってくれたら大金星なんだけど……」
エミリアは期待の眼差しをエレオノーラに向けるのであった。
◇
「なるほど、アーリィ・テンペストか。テンペスタⅡに単一仕様能力を引き継がせるとは、イタリアもなかなかやるらしいな。だがアリーシャさんは分身を二体出せていたぞ?」
「……残念ですがこのテンペスタⅡはテンペスタのように分身を二体出すことはできません。ですが――」
テンペスタⅡ本体が再び風の槍を形成し始めると、分身の方も同様に風の槍を形成し始めた。
「こんなこともできるんですよっ!」
二機のテンペスタⅡから同時に風の槍が投擲される。
その弾速もかなりの早さであり、威力は対物ライフル並みだったはずだ。
俺は勢いよくスラスターを吹かし、風の槍を二本とも回避する。
「そこですっ!」
「ッ!」
俺が風の槍に気を取られている間にエリーは距離を詰めてきていた。
その拳には再び風が纏わりついており、こちらに向けてストレートが放たれる。
「……残念だが、二度同じ手には引っかからないッ!」
俺はオブシディアンを構え、風を纏ったストレートを受け止めた。
拳はオブシディアンの刃で受け止め、風の拳は刃によって切断されていた。
「なんて頑丈なブレード……!」
「……中々の重さの拳だが、まだまだだッ!」
刀と拳の鍔迫り合いの状態を押し返し、至近距離でフィンガーショットを放つ。
この距離、その体勢ならば避けきれないだろう?
俺の予想通り、指から発射されたエメラルドの弾丸はエリーの胸部を撃ち抜いていた。
「うっ……!」
その衝撃に思わずエリーが怯む。
「隙ありだぜ……ッ!
「きゃあっ!?」
低空を飛行していたテンペスタⅡが地面に突然叩きつけられる。
同時にアーリィ・テンペストで形成した分身も地面に叩きつけられて霧散してしまった。
「見事だったぜ、エリー。だがこれで終わりだッ!」
俺の重力操作によって地面に張りつけにされたテンペスタⅡはレーザーキャノン『ルビー』を避けることができず、シールドエネルギーがついに0になった。
「そこまで!勝者、千道紫電!」
試合終了を告げるブザーと共にエミリアさんが俺の勝利を告げる。
……それにしても強敵だった。
なんというか、今まで戦ってきた誰よりも強い勝利への執念を持っているような、そんな気がした。
「お疲れ、エリー。立てるか?」
「うぅ……。やっぱり紫電様は強いです。でもやっぱりそれがいいんです!今回
「……負けたってのに、随分元気だな。心配する必要はなかったか」
俺はエリーに背を向けるとその場を立ち去った。
対外試合も終了したし、テンペスタⅡとの戦闘データも取れた。
目的は果たしたし、あとは日本へ帰るだけだな。
「お疲れ様、千道君。君のおかげでエレオノーラは強くなったわ。ありがとう」
「いえ、俺もまた一歩高みへと登ることができました。どうもありがとうございました」
「今日はもう日本へ帰ってしまうのでしょう?空港まで送るわ」
「すいません、よろしくお願いします」
俺はエミリアさんに送ってもらい、基地を後にした。
一人アリーナで倒れたままのエレオノーラは一つの考え事をしていた。
(紫電様に勝つにはまだまだ強くならないと……。そうだ!いいこと思いつきました!)
何か考え込んでいた素振りを見せていたエレオノーラの表情は、敗北したにもかかわらず、充実した笑顔に満ち溢れているのであった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■イタリアからの来訪者
やたら忙しかった十月も過ぎ、俺はようやくIS学園へと戻って来ていた。
そんな十一月の初日、俺はいつもと違ったメンバーと遭遇していた。
「ん、鈴に簪か。なぜ1組に?」
「あ、紫電。久しぶり―。なんか専用機持ちは全員1組に集めることになったらしいよ?」
「……ふーん、それでお前らがここにいるわけか。ま、確かに今年は専用機持ちの入学、転入が多かったし、IS学園としてもひとまとめにしておいたほうが楽ってことなんだろうな」
誰も予想していなかったクラス替えに周囲はざわめき立っている。
しかしそんなざわめきも、織斑先生と山田先生が教室に入ってくると一瞬で収まっていた。
「山田先生、説明を頼む」
「はい。このたび1年生の専用機持ちは全て1組に集めることにしました。理由は今までのIS学園への奇襲、襲撃の数々のことを考え、緊急時に向けた専用機持ちたちの戦力向上のためです」
「事実上クラス対抗戦はできなくなってしまったわけだが、専用機持ちの訓練は特別メニューが組まれることになるから安心しろ」
織斑先生の容赦ない言葉に俺以外のメンバーはげんなりとしている。
……ところがその隙をついて一夏の隣の席を狙っている鈴がいた。
「ちょっと鈴さん、なにを勝手に席を決めていますの!」
「そうだぞ、嫁の隣は私とて希望したいところだ」
「おい、くっつきすぎだ!」
セシリア、ラウラ、箒が騒ぎ出す。もてる男はつらいな、一夏よ。
そんな俺の隣の席はちゃっかりとシャルに占領されていた。いつの間に。
「席の話なら後にしろ。今日はもう一つ重要な話がある」
「はい。時期外れですが、転校生がいますので、静かにしてくださいね」
「失礼します!」
……はて、どこかで聞いたことのある声だ。
それも最近、日本以外のどこかで聞いたような気がする。
ガラリと教室のドアを開けて入ってきたのはやはりエリーだった。
「エレオノーラ・マルディーニです。イタリアから来ました。趣味は紫電様を観察すること、夢は紫電様との結婚です!よろしくおねがいします!」
やたら元気の良いその自己紹介の内容は周囲を凍りつかせた。
「え、紫電と結婚が夢って……どういうこと?」
俺の隣でシャルが固まっている。
「あー、エレオノーラさんも千道君狙いかぁ。私も狙ってるんだけどなー」
「千道君と結婚、その気持ちは分かるなぁ」
「エレオノーラさんかわいいし、千道君とも結構お似合いかも……」
周囲からの反応も様々である。
しかしそんなことも気にせず、エリーは俺の近くへとことこと歩いてきた。
「あー、紫電様の隣空いてないんですか?すいません、そこの金髪の人、代わってくれませんか?」
「え、僕のこと?」
現在俺の席は窓際最後列のため、隣の席は一つしかない。
そしてその席にはさきほどシャルがちゃっかりと座ってしまったため、俺の隣は空いていないのだ。
「……悪いんだけど、紫電の隣を譲る気はないよ」
「そんなこといわずに!隣の席じゃないと授業中に紫電様の顔が見れないじゃないですか!」
「いや、授業中は俺のことなんて見てないで授業に集中しろよ。エリー、俺の前の席が空いてるからそっちに座れ」
「うー……紫電様がそういうのでしたら……」
渋々といった感じでエリーは俺の前の席に着席した。
それを見ながらシャルはじとっとこちらを見つめてくる。
「紫電、随分エレオノーラさんと仲がいいみたいだね?愛称で呼ぶなんて。こないだイタリアに行ったときに知り合ったの?」
「ああ。だがシャル、気を付けろ。あいつは見た目こそあんな感じだが、テンペスタⅡのパイロットに選ばれたスーパーエリートだ。そしてアリーシャが不在となった今となってはイタリアの国家代表だ。実際に戦ったが、かなり強かったぞ」
「ええ!?紫電がそこまで言うなんて……」
流石のシャルも驚いている。
俺もあのどこか気の抜けたやんわりとした雰囲気に騙されたものだ。
戦い方はその見た目とは打って変わって質実剛健としており、風を纏ったガントレットを使ってインファイトもアウトファイトもこなす万能型ファイター、という器用っぷりだ。
「……」
その後、授業が始まったにもかかわらずシャルはエリーのことを時折凝視しているようだった。
◇
「お昼休みですね、紫電様!私お弁当を作ってきましたので一緒に食べましょう!」
「っ!し、紫電!僕も今日お弁当を作って来たんだ!一緒に食べよう!」
「……今日は俺も珍しく弁当持参なんだが、まあいい。屋上行ってみんなで食べるとするか」
1年の専用機持ちは基本的にみんなで集まって食事することが多いが、今回は俺、シャル、エリーの三人だけで屋上へと来ていた。
ちなみに食堂では一夏を巡っていつものメンバーが喧騒しているが、それについてはこちらの知ったことではない。
「紫電様、私はチーズクリームのフェットチーネを作ってきました!さあどうぞ!」
「むぅ……紫電、僕はコルドン・ブルー(ハムとチーズを挟んだカツレツ)を作って来たよ!食べさせてあげるね!」
「……俺の口は一つしかないんだが。まあ両方いただこうか」
ひとまず先にエリーが差しだしてきたフェットチーネを食べる。
「む、これはうまいな……!チーズの風味とフェットチーネの柔らかさがちょうどよくてすごく食べやすいな。だがエリーがまさか料理上手とは思わなかったぞ」
「旦那様のハートを射止めるのに料理が下手では話になりませんから!」
エリーはドヤァとでもいいたそうな顔でこちらを見ている。
「じゃあ次はシャルのコルドン・ブルーをいただこうか」
「う、うん……あ、あーん」
一口サイズに切り揃えられたコルドン・ブルーを口の中にいれる。
「こっちもうまいな!素晴らしい肉の柔らかさだ。味付けも俺好みだな」
「そ、そうかな?良かった、この料理には結構自信あったんだ」
シャルは顔を赤くして照れている。
「よし、二人からの料理もいただいたから今度は俺の番だな。といっても俺のは二人の料理ほど手が込んだものではないが……」
そういって俺が取り出したのはなんの変哲もないおにぎりである。
「これはひょっとして日本の伝統料理であるおにぎりですか?」
「……紫電のことだし、これ、ただのおにぎりじゃないよね?」
「いいや?ただのおにぎりだよ。
「日本のお米はあまり食べたことが無いのですが、おいしいとは聞いていますよ。それに紫電様が握ってくれたのですから、私食べます!」
「あっ、僕も食べるよ!」
そう言うと二人は俺が握ったおにぎりを口に入れた。
「……!?お米って……こんなにおいしいのですか!?」
「……!紫電、やっぱりこのお米って紫電が育てたんでしょ!」
「よくわかったな、シャル。その通り、この米は俺が園芸同好会で育てたものだ」
米を宇宙で栽培できないかとピート君に任せたところ、できあがったのがこのライスフラワーという品種の米である。
一見するとお茶碗に白米が盛られたかのような形で実のなるこの変わった米は、味も地球産のものとくらべて上等だった。
それをピート君と共に品種改良してできあがったのが、この最高峰のライスフラワーである。
炊けばふっくらと粒が広がり、噛みしめればほどよい甘さと歯ごたえが返ってくる最高の米だと俺は思っている。
このおにぎりはなんとそのライスフラワーを炊いて少しの塩をかけて握っただけである。
それだけでも十分すぎるほどのインパクトを舌に与えてくれるのだった。
「ほら二人とも、まだ肝心の具に到達していないぞ」
「具、ですか?あ、この茶色いものですね?」
「これって……メンマ?」
「そう、カブトタケノコのメンマだ。流石に具なしだと寂しいからな」
二人が米と一緒にカブトタケノコのメンマを口に入れる。
「……っ!」
「メ、メンマってこんなにおいしかったっけ……!?」
二人は驚愕の表情を浮かべている。
そうだろうそうだろう、これは宇宙一食感とも呼べるくらいまで品種改良した特製のカブトタケノコを使い、手間暇かけて作り上げた最高傑作のメンマなのだ。
その味付けももはや神がかり的なものに近い。
「お、おにぎり一つでここまで感動をもたらすなんて、流石紫電様です……!」
「僕もおにぎりがここまでおいしいと感じたことは今までで一度も無かったよ……」
「素材からこだわってるからな。料理で重要なのは根性と忍耐だぜ」
その後は仲良く三人で持参した弁当を分け合うのだった。
「ところでシャルロットさんはひょっとして紫電様とお付き合いされているのですか?」
「……えっ!?い、いきなりどうしてそんなこと聞くの!?」
「私は紫電様に結婚を申し込んだ身です。シャルロットさんが紫電様に好意を持っているなんてまるっとお見通しです!」
「え!?……って紫電に結婚を申し込んだってどういうこと!?」
「言葉通りの意味です。イタリアで私は勝負に勝ったら結婚してくださいと紫電様にお願いしました!結果は敗北してしまいましたが、私はまだ紫電様のことを諦めたわけではありません!そしてシャルロットさんも紫電様が好きであると、見ていてわかりました!」
「な、なぁっ……!」
シャルの顔がカーッと赤くなる。
エリーは本当にストレートにことを喋ってくるな……。
「図星のようですね。ならばシャルロットさん、どちらが紫電様にふさわしいか勝負です!」
「ええ、なんでそうなるのさ!?」
「決まっています!どちらが紫電様の婚約者にふさわしいかはっきりさせるためです!」
……滅茶苦茶な理由だ。というよりそもそも結婚するとも婚約するとも言ってないんだが。
「わ、わかったよ、その勝負、受けて立つよ!」
こっちも受けんのかよ、それでいいのか?シャルよ……。
「……どっちが勝っても俺はまだ結婚するつもりは無いからな?」
「「えっ!?」」
「えっ、じゃねーよ!」
こいつら勝負に勝ったら俺と結婚する気だったのか!?
言っておいて良かった……。
「まあ紫電様との結婚は後回しです!それでもシャルロットさんとはどちらが紫電様にふさわしいのか勝負するのは決定事項です!放課後、アリーナで待っていますよ!」
「僕だって負けるつもりは無いよ!」
……ってISで勝負するつもりなのか!
ならばちょうど良い、エクレールとテンペスタⅡの戦闘データ採取のために俺も見に行こう。
ちなみに昼休みが終わった後の授業では、なぜか二人ともものすごいやる気を出していた。
ライスフラワーはアストロノーカの続編的存在であるコスモぐらしで出てくる野菜です。
筆者もコスモぐらしはやったことないのですが、折角なので活用させてもらいました。
アストロノーカでも育てらればよかったのになぁ。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■稲妻と嵐
放課後、俺たちは第三アリーナに来ていた。
理由はいまいち不明確だが、エリーがどうしてもシャルと勝負したいとのことだった。
しかし、非公式試合とはいえイグニッション・プランのトライアルに参加する両機の対決はなかなかの好カードだ。
俺としては二人の対決を止める気はさらさらなかった。
「シャルロットさん、どちらが紫電様にふさわしいかいざ勝負です!」
「なんでこうなったかよくわかんないけど、負けないよ!」
それぞれがテンペスタⅡとエクレールを展開し、アリーナの中央付近で距離を取る。
やがて試合開始のブザーが鳴ると両者一斉に距離を詰めはじめた。
(様子見から入るかと思ったが、意外だったな。とくに普段冷静なシャルがいきなり突撃するというのは珍しい)
それが俺の正直な感想だった。
エクレールを操るシャルはシールド内蔵パイルバンカー、ブラスト・パイルを、テンペスタⅡを操るエリーは風の拳をと、いきなり両者とも最大火力を誇る武器をぶつけ合う。
「「……っ!」」
ガキィンと凄まじい炸裂音が轟き、アリーナ中央部分に激しい閃光が飛び散ると、その風圧に押されて両者がアリーナ中央から外壁へと押し出される。
「……なかなかの威力の武装のようですね。私の
「そっちこそ。それに、こっちは紫電が作ってくれた最高の機体だからね!」
「……!新星重工がデュノア社と業務提携しているとは聞いていましたが、そういうことでしたか。羨ましいです!」
そう喋りながらもエリーは今度は風の槍を形成し始める。
それを見たシャルはエペ・ラピエルを振るう。
細い剣先からオレンジ色のビーム弾が発射され、高速でテンペスタⅡを強襲する。
「……っ!」
エリーは慌ててもう片方の手でエペ・ラピエルのビーム弾を弾くと、お返しと言わさんばかりに風の槍を投擲した。
「うわっ!意外と速いね、その槍……!」
「この距離で
シャルは見事に瞬時加速を使って槍の投擲を回避していた。
(いい反応だ。エクレールならば、シャルならばそれくらいの弾速は回避できなければならない)
俺は内心でシャルが風の槍を避けたことに安堵していた。
シャルはどうやら俺が海外で試合していた最中も真面目にトレーニングを続けていたようだ。
(元より、シャルの性格上トレーニングをサボるってことは考えにくいが、エクレールもなかなかの稼働率を引き出せているようじゃないか)
加速の使い方、武装の使い方、空中制御、どこをとってもシャルはエクレールを使いこなしていると言っても良いだろう。
贅沢をいえばもっと稼働率は上げられただろうが、それは時間の問題だ。
今気にしてもしょうがないだろう。
「……やはりシャルロットさんを倒すには、本気を出さなければならないようですね!」
エリーがそう言うとテンペスタⅡの周りに強い風が集まっていく。
この動き、アーリィ・テンペストを発動するつもりか。
「……!なるほど、それがテンペスタⅡの単一仕様能力だね」
「ええ、これがテンペスタⅡのアーリィ・テンペストです!」
テンペスタⅡの隣に風でできた分身が現れる。
今度は分身と共に風の槍を形成して投擲してきた。
気のせいか、エリーの方も風の槍を形成するのが速くなってきている気がする。
「紫電じゃないけど、同じ手は何度も食わないよ!」
シャルは再び左右へ細かく加速を行い、風の槍を回避する。
こうして客観的にみると、シャルも非常にいい動きをしている。
もう少しエクレールの完成が早ければ、ISパイロットランキングに入っていたのはシャルだったかもしれないな。
「お見事、ですがこれはどうですか!?」
今度は分身がシャルに向かって突撃してくる。
アーリィ・テンペストで形成された分身は接触するだけでもシールドエネルギーを削ってくる非常に嫌らしい存在だ。
「っ!てやあああっ!」
シャルはシールドで分身の突撃を受け止めると、なんとそのままエペ・ラピエルによる乱れ突きで風の分身を霧散させてしまった。
多少シールドエネルギーは削られたものの、即座に分身を掻き消した方が良いという判断だろう。
それにしても見事な突きのラッシュだった。
おまけに剣先からはビーム弾を射出しており、そちらはテンペスタⅡ本体の方を狙っていた。
分身を掻き消すと同時に本体への反撃を行うとは、と俺も思わず感心していた。
「わわっ!」
対して予想外の反撃に慌てたのはエリーの方だった。
なんとかガントレットでエペ・ラピエルの射撃を弾いたものの、最初の一発は防ぎきれずに被弾してしまっていた。
「むうっ、もう分身が掻き消されてしまうとは……見事ですね。ならばもう一回作るまでです!」
再度テンペスタⅡの周りに強い風が集まっていく。
分身を形成する速さも心なしか速まっているような気がする。
エリーもまた戦いの中で成長しているのだろうか。
「次は分身と一緒に攻撃してみせましょう!」
「甘いよ!攻撃される前に両方とも撃ち落としてあげる!」
エクレールのカスタム・ウイングがテンペスタⅡのほうを向くと、六門の砲台から次々にオレンジ色のレーザーが発射される。
……素晴らしい、六門の砲台を全て使いこなしている。
そしてわざと発射のタイミングをずらすことで回避しにくくさせているわけか。
「えええ!そんな砲撃ありですか!?でも負けませんよ!」
テンペスタⅡはグレールから発射されるレーザー砲を必死に回避しながらエクレールとの距離を詰める。
ときにはガントレットで防御し、ときには瞬時加速を交えた高速移動で回避したりと、こちらも芸達者だ。
結果として本体に数発の被弾があったが、何れも急所は外れており、クリーンヒットは逃れたようだ。
分身も見事に守り切ってエリーが得意とするクロスレンジまで距離を詰めることに成功していた。
「……っ!」
一方、シャルはテンペスタⅡから距離をとろうとしていた。
エクレールもクロスレンジでの戦いは決して不得意ではない。
むしろブラスト・パイルとエペ・ラピエルがあるため、クロスレンジも問題なく戦えるはずである。
それでもシャルがクロスレンジでの殴り合いを選択しないのは、あのガントレットによる打撃が強力であることを見抜いているからだろう。
そして遠距離でのグレールとエペ・ラピエルを用いた撃ち合いならやや有利に戦えると踏んでいるからであろう。
「逃がしませんよっ!」
それに対して後退方向を塞ぐように距離を詰めているのがエリーの方だ。
間合いの取り方についてはエリーの方が若干上手かもしれない。
時折風の拳を放ち、牽制しながら徐々に壁際へとシャルを追い詰めている。
「くっ、そっちもなかなか速いね……紫電と戦ってる時を思い出すよ」
シャルはグレールでレーザーを発射しながらうまく壁際から抜け出す。
しかし抜け出した先には風の拳が待ち構えていた。
「くうっ!やっぱりパンチと同じような感じで打ち出してくるそれは強力だね……!」
「……ですが私の風を食らいながらも反撃してくるとは、見事です」
風の拳がエクレールに衝突する際、シャルはとっさにエペ・ラピエルを突き出していた。
エペ・ラピエルから射出された弾丸は見事に風の拳を振り抜いたテンペスタⅡに命中しているのであった。
(見事な攻防だ。どちらもただでは倒れない、攻撃をすれば必ず反撃を返している)
驚くべきは二人の反応の早さだ、互いの攻撃を紙一重で避けている。
おまけに被弾したときも、今のところ急所への直撃は全て避けていた。
俺は想定以上のハイレベルな戦いに興奮していた。
この目の前で行われている勝負は、それこそどちらが勝つかはわからないレベルにまで達していたのだった。
「はあああっ!」
「てやあああっ!」
再びブラスト・パイルと風の拳が激突し、激しい衝撃がアリーナ全体に響き渡る。
今度は両者とも近距離での打ち合いだったため、その衝撃が機体にも影響を与えたようだ。
衝撃波によって互いのシールドエネルギーが残り僅かとなっている。
(あと一発、先に命中させれば勝てる!)
(相手のシールドエネルギーはあと少し!このまま押し切ります!)
間合いはクロスレンジのため、一触即発というようなムードを醸し出している。
そんな中、先に動いたのはエリーだった。
「これで……終わりです!」
右手のガントレットから繰り出されたのは風の拳だった。
しかし、そのモーションは今までのものよりも小さく、速かった。
その結果打ちだされた拳も小さく鋭い弾丸のようなものとなっていた。
「……!」
対するシャルのほうもエリーに速度で劣ることなく、エペ・ラピエルを突き出していた。
最速で繰り出された突きから発射されたビーム弾は一直線にエリーのテンペスタⅡへと向かっていく。
「「……っ!」」
互いが放った最後の一撃はお互いの胸へと直撃していた。
もはや回避するだけの余裕も無い最後の一撃だったのだろう。
エクレールもテンペスタⅡも、遂にシールドエネルギーを示す値は0となっていた。
両機体は光を失くし、ゆっくりと地表へ降りてくると同時に展開が解除された。
「勝負は両者同時にシールドエネルギーが0になったため、
「まさかエレオノーラがこんなに強いなんて……流石テンペスタⅡのパイロットに選ばれただけあるね」
「シャルロットさんのほうこそ、見事な腕前でした。それだけの腕があるのなら、確かに紫電様にふさわしいと言えますね」
「し、紫電にふさわしいって……」
「……まあエリーの戯言は放っておいて。シャル、見事だった。俺が海外に行っている間もちゃんとトレーニングしていたようだな。ちゃんとグレールの砲口を使いこなせるようになっていたじゃないか」
「う、うん!エクレールを使い始めてからはラウラにだっていい勝負ができるようになったし、紫電が海外に行っていた間はほとんど負けてないよ!」
「ほう、そりゃすげーな。実は最近、ISパイロットランキングっていうもんができたらしくてな、こっちのエリーは10位にランクインした強者だ。そのエリーと引き分けられたってことは自信を持っていいと思うぞ」
「ISパイロットランキング……?紫電もランクインしてるの?」
「紫電様は私の一つ上の9位なんですよ。といっても紫電様は6位にランクインしているイギリス代表も倒しているので、あまりランキングもあてにはできないようですけどね」
「エリーも流石といったところだな。スピードの速いエクレールを相手にうまい立ち回りだった」
「そ、そうですか?私結構がんばったんですよ!」
エリーは褒められて嬉しそうにしている。本当に感情表現が豊かだ。
「ところで勝負は引き分けになってしまいましたが、シャルロットさんが紫電様にふさわしいまでの実力を持っているということはわかりました!シャルロットさん、負けませんからね!」
「……!僕だって負けないからね!」
……引き分けではあったがひとまず勝負の結果はついたらしい。
イグニッション・プランのトライアルまであと僅か。
この調子ならエクレールも問題なく選出されるだろう。
俺はエクレールの出来にひとまず安堵するのであった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■コロニー・リトルアース
11月の初旬、エリーが転校してきてからIS学園1年1組はさらに賑やかになった。
それ以降専用機持ちたちは織斑先生指導の下、二対一での訓練や三対三の訓練など様々なバリエーションの訓練を行っている。
おかげでフォーティチュード・セカンドの稼働率も上がってきたそんな頃、ついにその日は訪れた。
(紫電、コロニー・リトルアースの環境が整いました。後は養殖対象となる生物の搬入だけとなります)
(……遂に来たか、この日が。毎日せっせと土や水を運び、地形を均したかいがあったか!)
コロニー・リトルアースは文字通り小さな地球を模した球形食糧生産コロニーである。
最先端のIS技術を転用して構成されたステルス外殻は、放射線や流星などの外的要因からしっかりと守れるだけの頑丈さを持っている。
もちろん植物が光合成できるように必要な分だけ太陽光を得ることはできるし、コロニーの回転によって昼と夜を切り替えることだってできる。
それと当然のことだが、地球や衛星から見つけられないよう、普段はそこらへんにある隕石と同じような外見となるようにカモフラージュしており、中心のISコアはステルスモードになっている。
シオンの力無しにはこのコロニー・リトルアースは見つけることはまず不可能なのである。
(ピート君1号と2号はコロニー・リトルアースに移動させました。そして作物栽培施設の方はもう既に宇宙船からリトルアースの方へと移動済みです。農作物の方は相変わらず順調に育っているようですよ)
(素晴らしい。ピート君3号ももうすぐ出来上がるところだから、できあがったらリトルアースへと転送してくれ。それと、ピート君2号のほうは早速今日から仕事をしてもらうとしよう。2号にまずやってもらいたいのは海ブドウの栽培と牡蠣の養殖だ。魚の養殖も手を付けたいところだが、まずは比較的育てやすい植物と貝類から始めよう)
ピート君1号は野菜、果物類の育成を担当しており、2号は水産物の育成を担当させるつもりだ。
ちなみに現在俺が部屋の中で作っている3号は畜産を担当させる予定である。
彼らはただ育成や収穫といった作業だけでなく、宇宙で育ちやすく、また早く収穫物が得られるようにと品種改良をすることもできるため、ここ最近俺はピート君1号が作った野菜ばかり食べることになっていたのだ。
それらは驚くほど素晴らしい味をしていたが、流石の俺も野菜ばかりでは飽きてくる。
そんなときにこのコロニー・リトルアースが稼働開始したのは特に朗報だった。
(ところで紫電。宇宙船内の農業施設を移転させたため、宇宙船内の一部が空白地帯となってしまいましたが、このスペースは何かに利用するつもりですか?)
(ああ、そこをどうするかについてはもう決まっているんだ。それじゃ今から宇宙船内のリフォームを始めようか――)
ちなみに今は授業中である。
ノートを取っているとみせかけて俺は宇宙船内に配置しておいたロボットアームを動かし、がらんどうとなった宇宙船内の一角にある施設を組み立てるのであった。
◇
11月の中旬、早くもコロニー・リトルアースでの収穫物ができあがった。
まずは新たな野菜、その名も水晶ハーブだ。
まるで水晶のように透き通ったそのハーブは、あらゆるハーブの長所のみを集めた究極の人工野菜だった。
一口試しに舐めてみたところ、あまりの衝撃に涙が溢れてしまうほど壮絶な味だった。
どんな不味い料理でもこれを砕いてかければ一級品になる――
まさにそんな感覚だった。
ちなみに地球でも栽培できるか試したところ、これはダメだった。
他の野菜にも言えることだが、どうも宇宙栽培用の野菜は地球で栽培するのに適さないらしい。
そしてコロニー・リトルアースでできた収穫物第2弾、その名も深海ブドウだ。
ピート君2号が海に潜って初めて収穫したのがこれである。
これは元々真空ワカメを栽培していた際に突然変異してできた種だったのだが、どうしても畑では育たなかったのだ。
詳しく調べてみるとその性質は地球にある海ブドウにそっくりということだったので、ひょっとしたら海中で育つのではと踏んだのだ。
そうしたら案の定、リトルアースの海中で育ったそれは見事にカラフルな実を実らせたのである。
一口味見してみるとほのかに潮の香りがするものの、地球産のブドウと同等の味を持っていた。
これから品種改良していけばより良い味になるだろうと、俺は笑みを浮かべるのだった。
そして深海ブドウ収穫の連絡があってからさらに数分後。
ついに念願の野菜以外の収穫物である牡蠣の養殖に成功した、とシオンから連絡があった。
早速ピート君2号に収穫してもらったそれは見事な大きさを誇っていた。
(……まだまともに品種改良もしていないというのに、かなりの大きさだな。そして色艶もいい。早速食べてみるか)
「紫電様!昼休みの時間です、昼食に行きましょう!」
「ああ、今日はちょっと面白いもんが手に入ったんでな。先に屋上に行っていてくれ」
「まーた紫電は何か面白いものでも育てたのかな?」
「……シャルは鋭いな。まあ食べるのにちょっと準備があるんでね」
そういうと俺は一度自室に戻り、牡蠣用ナイフに醤油と七輪、軍手を持って屋上へと上がるのだった。
「こうしてみんなが屋上に集まって飯を食うのも久しぶりだな……。って紫電、なんで七輪なんて持って来てんだ?」
「お、一夏たちも来ていたのか。ちょうどいい、これから焼き牡蠣をするところだ」
「焼き牡蠣って……昼休みにか?」
「ああ、今日の俺の昼飯だ」
「昼食が焼き牡蠣とは随分と変わったことをするな」
昼飯に重箱持ってくる箒も大概だと思うけどな、俺は。
早速七輪に火をかけて網を温めると、ごろっと大きめの牡蠣を網の上へと乗っける。
じゅうじゅうと牡蠣の身が焼けていく音と共に周囲に焼き牡蠣の匂いが広まっていく。
「……私たちが作ってきた弁当の匂いが掻き消されそうなほどすごい香りだな。流石にこの場で焼いているだけあるか」
流石の箒も興味を持ったのか、七輪の上で順調に焼けていく牡蠣を覗いている。
俺は牡蠣ナイフで牡蠣の殻を破ると、中には真っ白に輝く牡蠣の身がぎっしりと詰まっていた。
「あー、重いとは思っていたが結構身もしっかりしてるな。これなら1個でも結構腹に溜まりそうだ」
俺はさっと醤油をかけてその身にかぶりつくと、周囲からごくりと生唾を飲む音が聞こえた。
「あちちっ!……うん、よく焼けてる。……まだ品種改良は完璧ではないが、食べるには十分な品質だな。よし、他のも焼けたからお前らも食ってみてくれ」
「え、いいのか?紫電」
「紫電様、私ももらっていいですか?」
「ああ、今ある分全部お前ら食っていいよ。うまいかまずいかどうかだけ後で教えてくれ」
「これだけいい匂いさせておいてまずいってことはないだろ。じゃ、遠慮なくいただくぜ!」
一夏とエリーが焼き牡蠣に手を伸ばす。
「あっちぃ!でも昼休みに焼き牡蠣が食えるなんて最高だな!」
「日本では牡蠣をこのショウユという調味料で食べるんですね!すごくおいしいです!」
「ほいほいっと。次焼けたらシャル、箒、鈴は食べるかな?悪いね、七輪が小さくて牡蠣が一度に三つしか置けねえんだ」
「え、僕も食べていいの?」
「む、私にもくれるのか?」
「あたしもいいの?」
「ああ、むしろ多くの人に食べてもらった方が俺としてもありがたいんだ。牡蠣はまだこれから数が増えてくるからな」
「「「???」」」
ひとまず第一弾として収穫された牡蠣は無事全て消費することができた。
あれからセシリア、ラウラ、簪にも牡蠣を食べてもらい、専用機持ち全員からおいしいとの感想を得ることができた。
「さて、牡蠣はなんとか食いきれたな。んじゃデザートにこれを食おうか」
俺が持参したタッパーを開くと、その中には色とりどりの丸い果実が大量に収まっていた。
「なんだこれ?アイスか?……あっ、これってまさかブドウか?」
一夏は水色の実を持ってやっとそれが何かわかったようだ。
色が鮮やかすぎて一見では何が何だかわからないが、手に持つとようやくわかるその実の柔らかさと薄い皮、ブドウの証である。
「おっ、色はなんか不思議だけど味はブドウだ。なんかちょっと海っぽいような匂いするけど」
「おー、一夏は中々鋭いな。それはただのブドウじゃなく、深海ブドウっていう海ブドウの一種だ」
「海ブドウ!?海ブドウっていってもこんなカラフルなもんだっけ……?」
「そういう品種なんだ。身もでかいし、食いやすいだろ?」
「確かにうまいけど……俺の知ってる海ブドウとは違うな……。これはむしろブドウに近いぜ」
「まあ海で育つブドウっていうのが狙いの品種だからな。ブドウと思って食べてくれ」
焼き牡蠣に続き、深海ブドウも専用機持ちたちには中々の高評価だったようだ。
品種改良せずともこのポテンシャルとは、今後が楽しみだな。
◇
午後の授業中も俺はいつも通りシオンと連絡を取っていた。
(牡蠣と深海ブドウの栽培はうまくいったと言っていい。品種改良はこのまま継続しながら次の段階へと進もう。次は牡蠣に続いてホタテの養殖だ。そしてついに魚類の養殖を開始する。まずは地球での養殖実績の高いブリ、タイ、マグロから始めよう。ついでにこないだ買ったクルマエビとイセエビも養殖を試してみるか)
(おそらく海の部分で養殖できる品種はそれらとあと3、4品種くらいでしょう。リトルアースといえどその広さは本当に小さいのですからね)
(まあそんなもんか。じゃあ残りは料理に幅を持たせやすそうなイワシ、サンマ、サバの養殖にするか)
(わかりました、早速それらの魚の品種改良に移ります)
(それと並行してリトルアースにある川の部分も活用していくぞ。養殖できそうなのはアユ、イワナ辺りか?あと海部分も利用してサケが養殖できるか、といったところか。この辺りはうまくいくかどうか本当に分からんな。一、二種類うまく増えてくれれば儲けもん、ってところか?)
(ピート君2号がうまく品種改良しているようなので、養殖自体は全種類成功すると思いますよ)
(……まじで?ピート君2号、頼りにしてるよ?)
俺はシオンとそんなことを会話しつつ、宇宙船の空きスペースに食糧保管用の大型冷蔵庫と調理施設を設置していた。
養殖したはいいが、あまり食材を廃棄するのはもったいないという日本人らしい精神ゆえである。
結局その後もいつも通り、俺は授業の内容など一切聞かずに宇宙開発にのめり込むのであった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■宇宙への招待
11月も下旬に差し掛かった頃、俺は宇宙船内の改装工事を完了させていた。
コロニー・リトルアースへと移動させた農業施設の穴埋めである。
そこに作った施設は食糧保管庫に調理場、そしてスペースが余ったため、小規模な宇宙の見える展望レストランを建設していた。
(高い場所から周囲を見渡せるレストランはあっても、地球を眺めることのできるレストランはおそらくここしかないだろうな)
(紫電、空いたスペースをどう使うかは自由ですが、なぜレストランなのですか?)
(それはこれから使うからさ。まあ何人がここに来るかはわからないが、な)
簡潔ながらも多少の豪華さを備えたそのレストランには大型のテーブルが一つしかなかった。
ごく一部の要人のみを通す予定であるこのレストランにはそれだけで十分だったのである。
(さて、じゃあ早速オープニングセレモニーといきますか。初のお客さんは今日の放課後だ。さくっと料理の準備をしないとな)
午後の授業中にもかかわらず、俺は宇宙船内のロボットアームを駆使し、料理に没頭するのであった。
◇
放課後の寮内、千道紫電の部屋の前にて織斑千冬は意外な人物たちと顔を合わせていた。
「む、山田君に更識か」
「あれ、織斑先生もひょっとして千道君に呼ばれましたか?」
「なんでも千道君から相談事があるから自室に来てほしいと話が合ったんですが……」
どうやら三人とも同じ形で呼ばれたようだった。
更識の開いた扇子には謎、と書かれている。
「19時になったらドアを開けて中に入ってくださいって言われましたけど……勝手に入っていいんでしょうか?もう19時ですよ」
「本人がそういってきたんですから入っても問題はないでしょう。千道君、入るよー」
そういうと更識はドアを開けてさっさと中に入ってしまった。
やむを得ないので更識の後に続いて中に入る。
しかし、そこにあったのは広い空間に白いテーブルクロスを敷いた大きなテーブル、さながら高級レストランのようだった。
それも天井を覆う大きなガラス窓の先に見えているのは宇宙、そして地球だった。
「……あらあら、随分おしゃれなレストランね」
「……どうなっている?」
「……え、え?」
更識は平静を装っているようだが流石に驚いたようだ。
開かれている扇子の文字が予想外、になっている。
「ああ、すいませんねお三方。わざわざ呼び出してしまって」
そう言って奥から出てきたのはコック服を着た千道君だった。
「千道、これはどういうことだ?ここはお前の部屋のはずだが?」
「俺の部屋ですがちょっと細工して別の場所になってます。まあ立ち話も何ですし、そこの椅子にかけてお待ちください。今料理を持ってきますんで」
「料理、ですか?私は相談があると聞いたんですけど……」
「まあそう慌てずに。まずは俺が作った料理を食べてからにしてください」
そう言うと奥の厨房のほうへ行ってしまった。
「千道君の料理っていうと、例のアイスクリームを思い出しますね」
「あの食べると体が熱くなるドリアンアイスですね。また奇怪なものでも食べさせられるのかしら」
「……」
(千道、何を考えている?千道のことだから少なくとも私たちに害のある話ではなさそうだが――)
残念ながら千道が何を考えているのか、ここはどこなのか、私には全く分からなかった。
各自が椅子に座ってからほんの少しの時間が経った後、千道はその両手に皿を持ってやって来た。
「今回はあまりコース料理としてこだわっていないので、軽く食べてもらえると幸いです。まず、前菜の『蒸かし貴婦人』です」
「……貴婦人?」
そういって目の前に置かれたのはピンク色の芋らしき物体だった。
ころっとした三つの小さな実がなんとも可愛らしいが、これは何なのだろうか?
「これは芋の一種ですよ。園芸同好会で生み出した最高傑作のひとつです。あんまり味付けとかも必要ないくらいうまいのですよ。なので調理法はシンプルに蒸かして塩をかけただけです。あ、皮ごと食べられるんでそのままどうぞ」
「……まあ、折角だしいただいちゃいましょうか。以前食べた料理もおいしかったし、期待しちゃおうかな」
そういうと更識は貴婦人を一つ口の中へと入れた。
「……!?」
「あの、更識さん。味の方はどうなんでしょう?」
「!!!」
更識は口を押えたままバシッと扇子を開く。
そこには美味!とだけかかれていた。
「そんなにうまいのか。この貴婦人とやら……」
「じゃ、じゃあ私たちもいただきましょうか?」
「あ、ああ」
山田君と一緒に目の前のピンク色の貴婦人を口の中へ入れる。そして一噛み。
(なんという芳醇な香り……!そしてこのとろけるような柔らかさともちもち感っ……)
思わず口元を抑え、口内から香りが溢れ出るのを阻止しようとしてしまった。
なるほど、更識が喋れなかったのはこういうわけか、と私は理解していた。
なめらかな食感は舌の上でさらに広がり、やがて溶けるようにして喉を通って行った。
「っ、蒸かして塩をかけただけでこの味わいですか。どうなってるんですかね、この貴婦人って」
「今まで芋を食べたことは何度もあるけど、これほど味わい深い芋は食べたことなかったわね……」
「む、た、確かにうまかったな……」
二人はこの貴婦人の食感のように蕩けたような顔をしているが、私は思わず頬がにやけてしまいそうなのを抑えるのに必死である。
それほどまでにこの貴婦人という存在に私たちは驚愕していたのである。
「さて、次はもうメインディッシュになります。皆さん大好き、カレーライスですよ」
そう言って千道が持ってきたのは至ってシンプルなカレーライスだった。
千道は順々にカレーライスを盛り付けた皿を置いていくが、目の前にカレー皿を置かれた瞬間、強烈なインパクトが私たちを襲った。
そう、
「に、匂いだけでよだれが止まりませんっ……!」
「カレーって……こんなに透き通るような匂いだったかしら!?」
「なんだこのカレーライスは……!」
「カレーといえばスパイスですよね。今回はそのスパイスの中に俺が育てたとっておきのハーブを混ぜてみました。これがメインディッシュの『水晶ハーブカレー』です」
水晶ハーブ、か。
なるほど、確かによく目を凝らして見てみるとカレールーの中に水晶のように光る粉末がちらほらと見える。
そのせいかこのカレーライスは光を放ち、輝いているようにも見えた。
「……!?」
私がカレーを口にするのを必死に堪えながら分析している間に山田君は一口食べてしまったようだ。
その顔は目を見開き、興奮の色に染まっている。
それにつられて更識と私も目の前のカレーをスプーンで掬うと、ゆっくりと咀嚼していった。
(くっ……!なんと強烈な香りだっ……!この香りはこの輝くハーブによるものだというのか……!)
千冬の脳内ではモンド・グロッソの決勝戦でアリーシャ・ジョセフターフと一騎打ちをしていたときのような強烈な刺激を感じていた。
一口一口が激烈な風味と香りを醸し出すこのカレーはブリュンヒルデですら苦戦必須の超傑作だったのだ。
「ああ、もう無くなってしまいました……」
「……はっ!気付いたらカレーがもうないわ!なんて恐ろしい料理だったの……!」
「……!」
気付けば私のカレー皿も空になってしまっている。
それでいて胃袋と口内は非常に満たされている。
――なんという料理を作ってくれるものだ、千道紫電。
「カレーライスも無事完食していただけたようですね。ではデザートをお持ちしますので少々お待ちください」
「……さっきのカレー、凄かったですね」
「……ああ」
「気付けば無くなっている料理なんて、本当に存在したんですねえ……」
今でもまだあのカレーの風味は脳内に刻まれている。
それほどまでにインパクトのあるメインディッシュだったが、ひょっとしてデザートというのも何かすごいものが出るのではないか――三人は微笑を隠せずにいた。
「おまたせしました。デザートの『アストロキング』です」
「「「!?」」」
千道が厨房からデザートらしきものを運んでくるが、私たちはそのデザートを見る前に既に驚愕していた。
――音楽が聞こえる。それも心の疲れを洗い流すような、綺麗で繊細な――
気付けばそれは目の前に置かれていた。
今まで見たことも無い奇妙な形をした物体、そもそもこれは料理なのだろうか。
それすら疑わしいが、もはや神秘的とも呼べそうなその形状は美しかった。
「これが俺が育てた野菜の中の最高傑作です。まだ品種改良の途中ではありますが、十分食用になると判断した最高の野菜『アストロキング』です」
「……野菜、だと……!?」
「こ、これは一体……!?」
「なんて爽やかな音色なの……」
三人の表情は食べる前から驚愕に染まっていた。
それも当然、このアストロキングは天使の歌声とも呼べるような素晴らしい音色を奏でる野菜なのだ。
「こ、これを食べるんですか!?なんだかもったいないような気がしますね……」
「もっと聞いていたくなる、そんな音色ね。でもデザートなんだし、食べるしかないようね」
「……食べるか」
三人はそれぞれ覚悟してアストロキングにフォークを入れる。
プリンのように柔らかく、ふわっとしたその感覚はなんともいえない触感だった。
意を決して三人はアストロキングを口の中へと運んでいった。
「「「……っ!!」」」
それはまさに口の中を風が突き抜けていくかのような爽やかさのある風味、そして口の中に入れてもなお響くその音色だった。
それでいてその味はまさに幸福な甘味とも呼べるほど甘く、舌の上で至福の食感をもたらしている。
おまけにいつかのドリアンアイスのように、体を突き抜けるような衝撃がまたしても体を熱くさせた。
「なっ……う……!」
「なんて、すごい……!」
「……!」
一同は服が弾け飛んだかのような錯覚に襲われていた。
それほどまでにこのアストロキングという野菜はすごかったのである。
気付けばもう皿のどこにもアストロキングは残っていない、一瞬で食べつくされてしまったのだ。
「それで相談の件なのですが、これらを含めた俺が育てた野菜を販売しようかと思っています」
「なっ、なん……だと……!?」
「この野菜を売る、ですって……!?」
「ほ、本気なんですか、千道君!?」
「ええ、品種改良を続けていくうちにだんだんと作物も食べきれない量になってきました。このまま腐らせて廃棄させてしまうよりは誰かに食べてもらおうかと思いましてね」
「確かにこれだけのものを廃棄するのはもったいないわね……どれも絶品だもの」
「織斑先生、学生の商業行為は校則に違反していませんか?」
「……通常であれば禁止事項に当たるが、千道の場合は少し事情が違う。こいつの後ろ盾は企業だ。千道本人が絡んでいたとしても、それは企業活動の一環として商業行為も学校からは黙認されるだろう。懸念すべきことといえば学業への悪影響だが、千道ならばその心配も無用だろう」
「そうですか。では作物の販売自体は問題なしということでいいんですね?ただ、俺が気にしているのはこの作物の出所であるIS学園が襲撃されないか、ということを気にしているんです。なのでIS学園の防衛に関与しているお三方に相談したかったのですよ」
「確かに水晶ハーブ、貴婦人、アストロキング。どれも絶品でしたね。ただ農作物を狙いにIS学園に侵入、なんてこともありえるでしょうか?」
「……ありえない、とは言い切れない気がします。これらの作物を一度でも食べたのならば」
「ふ、それくらいの心配は気にしなくていい。それに千道。お前のことだ、これらの農作物はそんな簡単に盗めるような状態ではないのだろう?」
「……流石織斑先生、察しが良いですね。農作物のセキュリティは万全ですよ。ま、俺の方が襲われるっていう可能性のほうが高いでしょうね」
「それも問題ない。生徒は私たちがなんとしてでも守って見せるさ」
「……頼りにさせてもらいますよ?」
この後、新星重工のホームページから野菜の購入が可能となったことは世界的なニュースとなった。
特にアストロキングは一つだけでも一億円以上もの値段で取引され、その音色と風味に世界中の富豪が魅了されることになる。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■イグニッション・プラン
十一月も終わりに差し掛かったある日、俺はデュノア社長から連絡を受けていた。
「ムッシュ・センドウ、やりましたよ。エクレールがイグニッション・プランのトライアルに選出されたとの連絡が届きました!これで我が社は支援金を打ち切られずに済みます!」
「そうですか。まああれだけの性能があれば通るのはまず間違いないと踏んでいましたが、実際に連絡が来れば一安心ですね。ところで、イグニッション・プランの次のステップは何をするんですか?」
「それについても連絡がありました。しかし、今回は前回とは少し流れが違うようです。例えば前回の第二次イグニッション・プランの主力機選抜では我が社のラファール・リヴァイヴが選抜され、それが大量生産されて欧州各地の基地に配属、という形だったのですが、今回はその流れにはどうもならないようです」
「ほう、それはなぜでしょうか?」
「理由としては第3世代型ISを使いこなせるパイロットの不足ですね。例えばティアーズ型はIS適性だけでなく、BT兵器への適性も必要とされてしまいますし、我が社のエクレールもシャルロットのように
俺は思わずはあ、と溜息をついた。
やはりどこの軍隊も死ぬ気で戦っている、というような人物は少ないのだろう。
セシリアやシャルは必死に訓練を重ねた結果、ああして第3世代機をうまく操っている。
ラウラに至っては生まれたときからISパイロットとして訓練されてきており、そしてエリーに至っては超天才肌だ、真似してできるようなタイプではない。
現状、欧州で国家防衛用として使用されているものはラファール・リヴァイヴがスタンダードだ。
あれなら確かに扱いやすいし、癖も無いためちょっと訓練すれば誰でも乗れてしまうのである。
今はそれが仇になったという訳か。
「ということは第3世代機の量産は諦めるのですか?」
「ええ、量産自体はしません。コスト的にも不可能という結論に至りました。作れても各機体の2号機、3号機辺りまでというすることにして、少数精鋭型の防衛プランにしようということになりました。そのため今回のイグニッション・プランのトライアルでは現状存在している第3世代機パイロットたちのチームワークを測るものとなるようです」
「チームワーク、ですか?具体的には何をするんでしょうか?」
「そこまでは私も知らされていません。ですが現状の第3世代機パイロットはみんなIS学園に集結していますから、開催箇所はIS学園と聞いています」
「……欧州の防衛プランにもかかわらずトライアルの実施箇所はIS学園とは、それでいいんですかね?」
「まあ欧州連合の決めたことですし、IS学園以上にISを動かしやすい場所はありませんからね」
「……そうですね。デュノア社長、ご連絡どうもありがとうございました。また何か追加の情報とかありましたらご連絡願います」
そう言って俺は電話を切った。
――もう何度味わっただろうか、この感覚。
俺は胸の奥底で残り火が燻っているかのような焦燥に捕らわれていた。
決まってこういう時には碌でもないことが起きるのである。
おそらくこの嫌な予感はイグニッション・プランに関わることだろう。
しかし今のところでは何もできることが無く、俺はやむを得ずベッドに倒れ込むのであった。
◇
「ねえ紫電。今週末の日曜日なんだけど、イグニッション・プランのチームワーク向上に向けた演習をIS学園内でやるらしいよ」
「チームワーク向上に向けた演習、ねえ……?シャル、もう少し詳しく教えてくれないか?」
「うん、なんでもIS学園内に偽爆弾をしかけるからそれを私、ラウラ、セシリア、エリーの四人で連携して解除するって課題らしいんだ」
「偽爆弾か……」
「本物の爆弾とは違って中身は火薬じゃなく、紙吹雪らしいから安全性は大丈夫だと思うけど、一般の生徒達には秘密で行われるんだって。でも先生たちは知ってるし、それに紫電にも伝えておけば問題ないかなって思うんだ」
「欧州連合も思い切ったことをするんだな。偽物とはいえ爆弾をIS学園に仕掛けるとはな」
「IS学園側としてもここ最近テロリストの強襲なんかが続いてるし、警備体制強化訓練に繋がるかも、ってことらしいよ」
「……まあ確かにIS学園への襲撃は多いからな。その予防訓練と思えばいいものか」
俺は自分の席にもたれかかる。
相変わらずあの嫌な気分は自分の中で燻っていて、うっとうしいことこの上ない。
(……シオン、やはり先手を打っておこうか)
(それは構いませんが、何をするつもりですか?)
(まずは――)
こうして俺とシオンは密やかに嫌な予感を打ち払うべく、イグニッション・プランの演習に向けて暗躍を始めるのであった。
◇
そしてイグニッション・プランが行われる日曜日がやって来た。
普段は生徒達で溢れかえるアリーナも、唯一の休日である日曜日は練習しにくる生徒もおらず静寂に包まれていた。
そんな中、第三アリーナではイグニッション・プランに選出された四機を操るパイロットたち四名が集められていた。
その前に立つ女性はおそらく欧州連合から派遣されてきた今回の演習の試験官だろう。
俺はアリーナ観客席の縁に隠れ、ハイパーセンサーを活用してその会話を盗み聞きしていた。
「それではみなさん、今回の演習の説明をします。先日の内にこのIS学園内の各所に偽物の爆弾を設置しました。その数は全部で十個。爆弾が爆発するまでの制限時間は二時間となっています。あなたたちはその制限時間内に全ての爆弾を処理すること、それが今回の演習内容です。四人で十個の爆弾を探し出し、処理するには個人だけの活躍では困難でしょう。うまく連携して爆弾処理に当たってください。万が一爆弾の処理に間に合わなかったとしても、爆弾の中身はただの紙吹雪ですので危険なことはありませんが、本物の爆弾を処理するものとして任務に臨みなさい。でなければ面倒な掃除が増えるだけですからね。以上、何か質問はありますか?」
四人全員が挙手するが、そこは空気を読んだのか一人ずつが質問を始める。
「はい。爆弾処理の方法については何か条件はありますか?」
「当然のことだけれど、生徒や教師たちの近くで爆破処理はしないことが条件です。他の一般人に迷惑が掛からない方法であればどんな手段をとっても構いません」
「はい。爆弾の起爆条件は制限時間以外にありますか?」
「今回の演習では制限時間以外に起爆条件はありません。全て時限式の爆弾という設定です」
「はーい!爆弾を見つけるためのヒントみたいなものは無いんですか?」
「爆弾からはほんのわずかにC4センサーに反応するように細工してあります。なのでハイパーセンサーに組み込まれているC4センサーを利用し、いろんな所を探し回ることです。それと、もちろん爆弾は爆発させるのに効果的な場所に設置されているといるので、その辺りをうまく推測して探しに行きなさい」
「はい。学生寮内とかはどうなんですか?流石に生徒達の部屋までは探しきれませんよね?」
「学生寮内部と職員室内部には爆弾は無いということだけ宣言しておきます。質問の通り、探しに行くと生徒や先生方に迷惑がかかってしまいますからね。……さて、質問はこの辺りで十分でしょう。今から爆弾のタイマーを作動させます。二時間以内に爆弾を全て処理してきなさい」
そういうと試験官がスイッチを押した。どうやら試験の始まりらしい。
「みんな、先ほど試験官も言っていたがこの広いIS学園全体を見回るのは難しい。まずは爆破が効果的なポイントを挙げるとしようではないか」
真っ先にまともな意見を言い出したのはラウラだ。
流石軍人だけあって頭の回転が早いようだ。
「爆破が効果的なポイント、ですか……やはり人がたくさん集まる場所でしょうか」
「このIS学園で人がたくさん集まる場所というと……やっぱりアリーナかな?」
「食堂や学生寮もそうだと思いますよ。あと学生寮内には爆弾は無いって言ってましたけど、外側の柱とか外壁は爆弾が設置されてるかもしれません!」
「まあ真っ先に挙げられるのはその辺りか。だがアリーナといってもこのIS学園には六ヶ所もあるんだ。調べるには時間がかかるだろう。まずは我々四人総がかりでこのアリーナ全てと隣接されている整備室を見ていくとしよう」
「「「了解!」」」
全員がそれぞれISを展開して飛び立っていく。
しかしみんな見事な読みだね、確かにアリーナにはおそらく三つ、そして整備室には二つの爆弾が設置されているはずだ。
実際のところ、俺はほぼ全ての場所の爆弾の位置を把握していると言っても過言ではない。
なぜかというとずっと前からこの試験官の挙動を監視していたからである。
外来者通用口の部分にある監視カメラをシオンに監視させ、怪しいと思った人物がまさにこの試験官だったのである。
あとはIS学園内各地にある監視カメラをハッキングしてこの試験官が歩いていく方向を見ていれば、どこに爆弾を仕掛けたか丸わかり、というわけである。
(――しかし、この試験官はどうも白のようだな)
(ええ、この試験官は欧州連合の職員として数年前から登録されており、今まで重大な違反等もした記録がありませんし、すこぶる真面目な人物のようですね)
(まあこの人自体は問題ないだろう。前からずっとIS学園に俺が気になっているのは爆弾の設置場所のほうだ。事前にこの人の動きは監視カメラで常にマークしていたから偽爆弾をどこにしかけたのかはわかっているんだが……)
悲しいことに、つい先ほどシオンが宇宙船のC4センサーを使用してIS学園全体をサーチした結果、11か所に反応があった。
誰かがこの試験に紛れて余計なものを1つ持ち込んだ、というのが妥当な所だろうか。
俺はゆっくりとアリーナの観客席から起き上がると、こっそりとアリーナを後にするのだった。
◇
(先の試験官が立ち寄っておらず、C4センサーに反応があるのはここですね)
(ああ。……発電施設を狙うとは、また仕掛けたのは狡猾なやつなんだろうな。それもこのC4センサーの反応の大きさったら、絶対偽物の爆弾じゃないぜ。本物のC4爆弾だ)
(偽物を仕掛けている間に本物の爆弾を仕掛けた人物がいるということですか)
(ご明察。……俺が爆弾を仕掛けた犯人だとすれば仕掛ける場所は――)
ここだよな、と言おうとした瞬間だった。
目の前の柱には緑色のランプが点滅する金属製の四角くて黒い箱。
どう見てもC4爆弾だな、誰だよ偽物に交ぜて本物仕掛けたやつ!
(さーて、処理方法は簡単だ。幸いにもこの場には誰もいねえから座標操作で爆弾を宇宙まで転送しちまえばいい。だが問題はそこじゃない。
俺は目の前にあるC4爆弾にそっと触れると、その姿は跡形も無く消え去った。
おそらく宇宙のどこかで爆発でもしてるんだろう。
そんな中、俺は突如背後に何者かの気配を感知した。
「――ッ!」
とっさに展開したオブシディアンの矛先では黒いISが銃口をこちらに突きつけていた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■邂逅のち邂逅
「千道紫電だな。無駄な抵抗はせず、私と共に来てもらおうか」
「だが断る。そういうセリフを言いたいんだったら俺より有利な状況に立ってから言ってもらおうか!」
俺はスラスターを吹かして相手の射撃線から逃れると、勢いよくオブシディアンを振り下ろす。
しかし黒い機体はシールドでオブシディアンをうまく受け流していた。
「っ!やはり抵抗しますか。ならば無理やりにでも連行させてもらいましょう!」
「……そのシールドに黒い機体。お前、ロンドンで篝火博士を助けに来たやつだな」
「……!」
「図星を突かれたって感じだな。もっともあんな暗い中だろうと俺のハイパーセンサーはお前の機体をバッチリ捉えていたんだ。見間違えるはずもないだろう」
俺がそんなことを言ってる間にも相手はこちらに向かって銃口を向け、射撃してくる。
(げ、そいつはまずいぞ!ここは発電所の中だ、どこに当たってもIS学園への影響はでかい――!)
悲しいことにも俺の予想は見事に当たり、発電所内の機械に銃弾が命中し、漏電を始める。
間もなく発電所は真っ暗になり、IS学園周辺の電気系統はたちまち落ちていった。
(幸い今が午前中だったってのはラッキーだったな。予備電源への切替も起こるはずだし、今日は快晴だ。ひょっとしたら停電したこと自体に気付かない連中も多そうだ)
ただし、この発電所の中には日光が差してこないため、一時的に真っ暗になっていた。
そのせいで黒いISが余計に見難くなってしまっている。
「ちっ、辺りを暗くして黒い機体をカモフラージュしたってわけか。だが俺のハイパーセンサーまではごまかせないぜッ!」
俺はハイパーセンサーの機能の一つ、サーモセンサーを起動することで熱による機体感知を行っていた。
(闇夜に紛れて黒い機体を隠せても、機体から発せられる熱ははっきりわかるぜッ!)
俺は相手の機体目掛けて指先からエメラルドの弾丸を放つ。
ガキンッという音から察するに、どうやらシールドで防いだようだ。
一瞬その機体を見たときから特徴的に思えていたのが両腕にあるシールドだった。
さほど大きさはなかったものの、防御目的としては確かに効率的ではあるなとは思っていた。
しかしこんな暗闇の中でシールドを使って防ぐとは、相手もなかなかのやり手らしい。
だがそうしている間にもバシュッ、バシュッと射撃音が続き、撃ち合いは続く。
暗闇であることも相まって互いに有効打を生み出せずにいたのだった。
(……これほどの腕がありながらISパイロットランキングに入ってこないとは、世界は広いもんだな)
俺がそんなことを考えながらオブシディアンを振り下ろすと、今度は強く手ごたえを感じた。
おそらく相手としてはシールドでうまくブロックしたつもりだったのだろうが、シールドがオブシディアンの強度に耐えきれなかったのであろう。
バキッと金属が砕け散る音がし、シールドの欠片が周囲に飛び散る。
「……っ!」
「随分脆い機体だな。これほどの攻撃も耐えきれないとは、どうやら大した機体ではないらしいなッ!」
「紫電っ!大丈夫!?」
「……!」
暗い発電室のドアが開かれると、そこに姿を見せたのはシャルだった。
「きゃっ!?」
しかし、ドアが開かれたと同時に黒い機体のISはシャルを突き飛ばし、勢いよく飛び出して逃げてしまっていた。
……なるほど、まさかこの俺から二度も逃げおおせるとは見事な逃げ足だ。
速度に比重を置いた機体だったからあんなにシールドも脆かったってわけか。
「シャル、無事か?というかよく俺がここにいるとわかったな?」
「うん、大丈夫だけど……。たまたまこの近くで爆弾探しをしてたんだ。一瞬C4センサーに反応があったのがわかったから発電所にも爆弾が仕掛けられてたのかなと思ってね。それで急いで駆け付けたらそこで紫電が戦ってたってわけだよ。……ところで今の機体は一体何だったの?」
「それはこれから突き止めるところだ」
俺はシャルの無事を確認すると、後ろを振り返って残されたシールドの欠片に目をやるのだった。
◇
俺はシールドの欠片を自分の部屋へと持ち帰ると、さっそく解析を始めていた。
一概にISといってもその作り方は国によって様々である。
そのため、例えシールドの欠片であろうとも構造を調べてしまえば、どこの国で製造された機体なのかというのははっきりとさせることが可能なのであった。
(このシールド、構造が
そんなことを考えている最中、部屋のドアがコンコン、とノックされる。
(特に誰か呼び出した覚えはないが……誰だ?)
「鍵は開いています。入っていいですよ」
しかし返事は無く、俺はやむを得ず自らドアを開けに行く。
ガチャ、とドアを開けるがドアの前には誰も立っていなかった。
(……誰かのいたずらか?小学生でもあるまいし――!)
俺は最高速度でオブシディアンを展開し、背後の気配に向けて剣先を突きつける。
その剣の矛先には予想外の人物、篠ノ之束博士がニコニコとした微笑を浮かべて立っているのだった。
「あはははは!ほんっと君ってば器用だねぇ。あんなに気配を消して近づいたのに、こんなにあっさり気付かれるなんて!」
俺が剣先を向けたにもかかわらず、篠ノ之博士は相変わらず笑みを浮かべている。
これが天災の余裕というものだろうか、確かに隙らしいものは見当たらない。
「それで、何か用でしょうか篠ノ之博士。わざわざこんな真似までしておいて」
「うん、君と話をするには丁度いいタイミングだと思ってね。束さんは世界中から追いかけ回されてて中々自由な時間が得られないからね!」
「……それでしたら丁度いい場所がありますよ。誰にも邪魔されない場所が、ね」
そう言って俺はオブシディアンの展開を解除して指をパチンと鳴らすと、周囲はいきなり宇宙が見えるレストランへと変貌する。
座標操作を使って俺と篠ノ之博士の位置を宇宙船内のレストランへと移動させたのだった。
「これは……!へえ、もう宇宙までたどり着いてたんだ。これは先を越されちゃったねぇ」
「ええ、十年ちょっとかけて作り上げた最高傑作ですよ。ガキの頃からずーっと、この宇宙へ向けて準備してきた結果です」
「……君、いっくんたちと同い年だったよね?それなのにここまでできるなんて束さんもびっくりだよ。ひょっとしたら私と同じくらいの頭脳、あるんじゃない?」
「篠ノ之博士にそう言われるとは恐縮ですね。ところで、ここなら誰の邪魔も入りませんし、何でも話せますよ」
「おっと、そうだったね。まずは以前君から質問された件への回答を先にしようじゃないか。宇宙への夢、宇宙への意志はどこへやった、っていうやつね」
篠ノ之博士はゆっくりと椅子に腰かける。
どうやらここが本当に宇宙だと理解し、危険性が無いと理解してくれたようだ。
俺も篠ノ之博士の対面側の椅子へと腰を下ろす。
「まず言っておこうかな。君に質問されるまで私は宇宙のことなんてすっかり忘れてた。目の前にあったのは私と私の発明を侮辱した科学者たちへの復讐。ただそれだけだったよ」
心の中で俺はやはりそうか、と思っていた。
ISが発表された当時は篠ノ之博士への評価はろくでもない物ばかりで侮辱の言葉が殺到したらしい。
現にISという存在がが見直されたのはかの白騎士事件が起きてから、というのがそれを物語っている。
「忘れていた、ということは今は思い出したということですか?科学者たちへの復讐など、白騎士事件だけでも十分すぎるほどだったと思うのですが」
「まあ復讐は今更どうでもいいかな。宇宙進出も先をこされちゃったけど、宇宙のことはまだ諦めてないよ。それと、白騎士事件のおかげで世界は変わった。そこまでは束さんの予想通りだった。そしていっくんがISを起動させることまではね。束さんが求める世界に少しずつだけど、変えていくことには成功してたんだよ。でも君がISを動かせることについては完全に予想外だった。……なんで君はISを起動できるのかな?」
「……天才と呼ばれた篠ノ之博士ですらそれについてはわかりませんでしたか。申し訳ないですがその理由は俺にもわかりません。俺もISに触ったら動かせてしまった、としかいいようがありませんから」
もちろん俺が言っているのは嘘だ。
シオンの存在が篠ノ之博士にばれるのはリスクが大きすぎる。
流石にシオンとの出会いを正直に話す気にはなれなかった。
「……そっか。だとするとやっぱりISコアに愛されたっていうのが事実かな。知っていると思うけどISコアには人格のようなものがある。普段それは眠っているんだけど極稀にそれが目を覚ましてパイロットと心を通わせることがある。通常はそれを二次移行とか言うんだけどね」
「今度は俺から質問させてもらいましょう。宇宙のことは諦めていないと仰っていましたが、篠ノ之博士は具体的に何をするつもりなのですか?」
「んー?束さんの宇宙進出計画が知りたいのかな?それについては私からも提案があってねぇ、それで今日わざわざ君に会いに来たんだぁ」
そう言いながら篠ノ之博士はガタン、ガタンと椅子で舟を漕ぐ。
「私の宇宙進出計画にはどうしてもアメリカが必要なんだ。そこでどうしても近いうちにアメリカを襲撃しなくちゃいけないんだけど、そのとき君に手を出さないでほしいんだ。現時点で君の実力はおそらくちーちゃんと同じくらいあると私は思ってる。君に邪魔されると流石に束さんも困ってしまうんだよねぇ」
「……テロ行為を知っていながら黙認しろとは随分なことを言いますね。ところでそれは亡国機業も絡んだ話ですか?」
「亡国機業は関係ない話だよ。元々私は亡国機業に興味なんて無いし、最初っから協力するつもりもないよ。興味があるのは亡国機業の一員になっている織斑マドカだけだよ」
「織斑マドカ?あの黒騎士のパイロットのことですか?」
あの織斑先生に似た雰囲気のパイロット、やはり篠ノ之博士が絡んでいたのか。
「そうだよ。私が協力したのはあの子の機体を開発したことだけ。亡国機業なんかにはこれっぽっちも興味はないんだよ。それでもアメリカを狙うのは私が宇宙へ行くために必要なことだからだよ」
「……別にアメリカが狙われようと俺の知ったことではありませんね。それに宇宙進出を実行する人が増えるというのであれば、俺としてはむしろありがたいことだ。ただ、IS学園に被害が出る、という場合は話は別ですよ?」
「ああ、IS学園には被害を出すつもりは無いから安心していいよ。箒ちゃんやいっくんもいることだしね。今回のターゲットはアメリカ国内だけに絞るつもりだから」
「……俺がそのアメリカ襲撃を止める理由はありませんね。どうぞご自由に、としか言いようがありません。俺は世界を守るヒーローではないですし、別段アメリカに思い入れがあるわけでもないですからね」
「話が早くて助かるねぇ。あ、あとついでに聞きたいことがあったんだ」
篠ノ之博士が椅子から立ち上がると無表情になってこちらを見つめてきた。
「君はちーちゃんといっくんのこと、どれくらい知ってるの?」
それは先ほどまでとは違う、冷たく、怒気を含んだ声だった。
俺はその声色の変化に思わず眉をしかめる。
「織斑先生と一夏について、ですか?特に何も。先生と友人という関係以外何もない、ただそれだけですよ」
「……そう、それならいいんだ。ちーちゃんには気を付けてね。それじゃ私は帰るよ」
俺は再び指をパチンと鳴らして座標操作を発動させると、自分と篠ノ之博士をIS学園の自室へと戻す。
「ここまで戻ればあとは自力で帰れますかね?」
「うん、大丈夫だよ。……それにしても本当に便利な能力まで持ってるねえ。それは君の努力の証かな?」
「まあそういうことです」
そう言って振り返った先にはもう誰も残っていない。
俺の座標操作もチートじみた能力だが、やはり篠ノ之博士という存在には敵わないな、と思うのであった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■シルバーコレクター
俺はシールドの欠片の解析を終えると、織斑先生の下へと報告に来ていた。
目の前で淡々と行われる報告内容を聞くにつれて、織斑先生は眉間にしわを寄せて目頭を押さえていった。
いつも通りと変わらない俺とは打って変わって、織斑先生は明らかに苛立っている。
――なぜこうもIS学園は堂々とISの侵入を許してしまうのか。
そして最も先に侵入者に気付き、対応するのが教師陣ではなく生徒である千道なのか。
確かに千道は普通の生徒と比較すると遥かに賢く、ISを駆使した能力も高い。
だが千道は一生徒、本来ならば守られる側だ。
それが一転してもはやIS学園の守護神といってもいいほどの活躍をしている。
織斑千冬にとってはそれが悩みの種だった。
「……またしてもお前がテロリストを撃退するとはな。おまけに発電所にしかけられた爆弾まで解除するとは。……本当に大した奴だよ、お前は」
「ただ、今回の狙いは発電所っていうより俺の身柄みたいでした。いきなり銃を突きつけてきて言い放った台詞が抵抗せずについて来い、ですからね。今までとはちょっと雰囲気が違いますよ」
「……はあ。それにしてもどうしてこうも今年はテロリストの襲撃が多いんだ。おまけにIS学園の守備網は一体どうなっているんだ……」
一応織斑先生は警備責任者ではないため、今回のテロリスト侵入を許したことについては責任はないのだが、IS学園非常時の決定権は織斑先生にある。
そのため警備状態がざるでは織斑先生の気も休まらないのだ。
「まあ、テロリストが残していったシールドの欠片からあのISがどこの国で開発されたものか、というところまではわかりましたよ。もっとも、国際IS委員会でこのことを言及しても他国に技術を盗まれたとか言い訳するんでしょうけども」
「……それでも一応言うだけは言ってみるさ。分析御苦労だったな。あとはこっちで引き取る」
そう言うと俺は解析済みのシールドの欠片を織斑先生へと手渡した。
「それと千道。こんなときにもなんだが、お前に挑戦状が届いている。それも現ISパイロットランキング3位からだ」
「ISパイロットランキング3位からですか!?」
「……前回の国際IS委員会会議でアリーシャ・ジョセフターフをISパイロットランキングから除名することになってな。結果2位が空位となってしまった。そのため、空位となった2位の座をどう埋めるかで揉めたんだが、どういうわけかISパイロットランキングの3位がお前を指名してきた。もちろんISパイロットランキング4位からも異議なしと連絡を受けているから受けるかどうかはお前次第だ」
「ISパイロットランキング3位からの挑戦、ですか。光栄じゃないですか、もちろん受けますよ」
「ああ、お前ならそう言うと思っていたさ。移動用のチケットはもうお前の部屋に送られてきているはずだ」
「そうですか。ではまた海外旅行ですね。今度の行先は……ドイツですか」
そう言うと俺は職員室を後にした。
◇
ドイツ、ベルリン・テーゲル空港――
早速俺は届いていたチケットを使いドイツを訪れていた。
今回の対外試合の相手はなんといきなりISパイロットランキング3位のリーゼロッテ・ヴェルナーだ。
しかも2位のアリーシャ・ジョセフターフが除名された今、実質2位であるといっても過言ではない。
そんな彼女はなぜ9位の俺を対外試合の相手として呼んだのだろうか。
そんなことを考えていると前から眼帯をかけた女性がこちらに向かってくるのが見えた。
「失礼、IS学園の千道紫電さんですね?IS配備特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼの副隊長、クラリッサ・ハルフォーフです。あなたをお迎えに参りました」
クラリッサ・ハルフォーフ――
その名前はラウラから散々聞いていたな。
一夏のことを嫁と呼ぶように教え込んだり色々変な知識を吹き込んだ人間だな。
パッと見はまともそうなのになんというか、残念な美人というのが一番正しい気がする。
「どうも、千道です。あなたがラウラの所属する部隊の副隊長さんですか。ラウラからよく話を伺っていますよ。えらく日本に詳しいのだとか」
「ええ、これでも日本については部隊の中で最も詳しいと自負しております。隊長が日本で不自由なく生活できるようにと、様々な本から日本のことについては学んでおります」
……きっと読んだ本のチョイスがまずかったんだろうなあ。
そんなことを考えながらも、俺はクラリッサさんの操縦する車に乗せられてベルリン郊外にあるドイツ空軍基地へと向かうのだった。
◇
「到着しました。早速ですが、試合は本日行うことになっています。長時間の移動後で申し訳ありませんがヴェルナー大佐のご意向ですので」
「ああ、だから飛行機のチケットがビジネスクラスだったのか。全然問題ないから大丈夫ですよ。飛行機に乗っていようが真夜中にたたき起こされようが、俺はいつだって全力でISを動かせるんで」
平然と言う俺を見て流石にクラリッサさんも驚いたようだ。
「流石ですね、千道さん。あなたのことは少佐からよく聞いていましたよ。少佐ですらISでは歯が立たず、鉄の意志と鋼の強さを持っているようだと評されてましたよ」
「……なんだそりゃ」
ラウラの日本語もどこか怪しい所があったが、どこでそんな言葉を覚えてきたんだか。
クラリッサさんと話しながら基地内を歩いていると、圧倒的に広い空間に出た。
おそらくドイツ軍所有のアリーナだろう、そこではラファール・リヴァイヴ二機と戦う見慣れない銀色のISの姿が見られた。
(あれがISパイロットランキング3位、リーゼロッテ・ヴェルナーとヴァイス・ブリッツか)
「大佐、千道さんが到着されました。ウォーミングアップはその辺までにしておいてください」
「……あら、もう到着の時間だったかしら。ごめんなさいね、今日はここまでにしておきましょうか、あなたたち」
「「はい、ありがとうございました!」」
二機のラファール・リヴァイヴはピットの方へと向かって行った。
ウォーミングアップというよりは後輩の訓練をしていたのであろう。
アリーナの中央付近で銀色の機体、ヴァイス・ブリッツを展開解除すると、金髪長身の美女がこちらへ向かってくる。
その顔はISの教科書でもニュースでも見たことがある超有名人の顔だ。
リーゼロッテ・ヴェルナー、そしてその機体ヴァイス・ブリッツ――
その名はドイツ国内どころか世界中のだれもが知るといっても過言ではないほどの有名人だ。
なにせ第一回、第二回モンド・グロッソに出場し、格闘部門で連続して3位に入賞するほどの実力者だからだ。
そしてついた二つ名は
正確に言えば連続3位なのでブロンズコレクターなのだが、第二回モンド・グロッソでは織斑千冬が棄権し、実質的に順位が一つ繰り上がったためシルバーコレクターと称されるようになったのだ。
ただし、当の本人は毎回準決勝で織斑千冬と勝負しており、アリーシャ・ジョセフターフと直接対決したことは一度もない。
対外試合ですら彼女とは予定が合わず、結局一度も二人の対戦は行われないままとなってしまったため、ひょっとしたらアリーシャ・ジョセフターフよりも強いのかもしれない。
そのため、彼女こそが現状ではISパイロットランキング2位にふさわしいと言ってもおかしくはないのである。
「初めまして、千道君だったかしら。知ってると思うけど、私がリーゼロッテ・ヴェルナーよ、リーズでいいわ」
「初めまして。IS学園の千道紫電です。俺のことも紫電で構いません。……ところで試合前に質問させてもらってもいいですか?」
「あら、何かしら?」
「リーズさんはなぜ俺を対戦相手に選んだんですか?」
目の前でリーズさんは微笑を浮かべる。
大人の余裕、ってやつだろうか。
「それはね、純粋にISパイロットとしての実力を考えるとあなたか私のどちらかが2位にふさわしいと踏んだからよ。まあひょっとしたらあなたは2位じゃなく、1位が相応しいのかもしれないけれどね」
その目は力強くこちらを向いていた。
どうやら本気で俺のことを実力者だと思っているらしい。
「今のISパイロットランキングの4位は射撃部門のヴァルキリーで私とは相手にならないわ。実際に対外試合をしたこともあるんだけど、結果は予想通り。そして5位のアメリカ代表イーリス・コーリングとは今まで何度か勝負したことがあったわ。でもイーリスは第3世代機を使っても第2世代機を操る私に歯が立たなかったわ。そして君は6位のアンジェラ・ウィルクスに勝ってる。それだけでも私があなたを指名するのに十分な理由にならないかしら?」
「……なるほど、目ぼしい相手はもう既に勝負済みという訳ですか。わかりやすくて助かりますね」
「それにあなたの戦いっぷりも見せてもらったわ。なんていうか、すごくゾクゾクさせてくれる戦い方だったわ。素早さと反応速度を前面に押し出した一撃必殺の機体、って感じで
目の前のリーズさんは頬がほんのりと赤く染まっている。
……あれ、この人ひょっとして
これまずいパターンじゃねーかな。
「あなたと対戦できると思うと興奮しちゃってね。居ても立ってもいられなかったから対外試合の依頼をこっちから出させてもらったのよ」
「……こちらもリーズさんほど実績のある方と試合ができるとは、光栄ですよ」
「そう、あなたも同じ気持ちなのね。それじゃあ、早速始めましょうか」
リーズさんは早速ヴァイス・ブリッツを展開し始める。
その片手には既にヴァイス・ブリッツ最大の特徴ともいえるハルバードが握られていた。
それを見て俺もフォーティチュードを展開する。
「こちらも了解です。機体名フォーティチュード・セカンド、戦闘準備完了です」
「クラリッサ、試合開始のブザーを鳴らしてちょうだい」
「了解です。それでは、試合開始!」
クラリッサさんの号令と共にアリーナ内に試合開始のブザーが鳴り響いた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■VSヴァイス・ブリッツ
ブザーが鳴ると同時にヴァイス・ブリッツは一気に加速して俺の方へと距離を詰めてきた。
……なるほど、わかりやすい。早速自分の間合いに持っていくつもりか!
しかし相手はISパイロットランキング3位の実力者、それはただの突撃ではなかった。
「あら、ただの突撃と思ったかしら?」
「……!」
リーゼさんの左手にはいつの間にかハンドガンが握られていた。
俺がそれに気づくとほぼ同時、リーズさんは間髪入れずにその引き金を引いてきていた。
そして俺の目にははっきりと銃口から弾丸が発射されたのが見えていた。
(隠し武器か!やばい、命中する――!)
一瞬だが、自分に向けて発射された弾丸が直撃するヴィジョンが見えた。
しかしいつまで経っても俺の体に銃弾が命中することはなかった。
よく見てみると発射された弾丸がゆっくりとこちらへと近づいてきているのが見えた。
――遅い、遅い、遅い。
まるで時間がゆっくりと流れているみたいだ――
俺は目の前をのろのろと進む弾丸を人差し指と親指で挟み、その弾丸の推進を阻止した。
それと同時にこちらに向けて突き出されたハルバードをオブシディアンで受け流す。
(おめでとうございます、紫電。ISコアナンバー010の単一仕様能力『超感覚』が発現しました。効果は先ほど体験した通りです)
(よりにもよって今発現したのか……詳細は後で聞かせてもらうぞ!)
「「!?」」
リーゼロッテは一瞬目の前で何が起きたのか理解できなかった。
また、モニタールームから二人の戦いを間近に監視していたクラリッサにも何が起こったのか理解できていなかった。
(完全に不意を突いた射撃からの弾丸を
リーゼロッテが驚いたのはそれだけではなかった。
ハルバードによる突きというのは非常に避け辛く、また武器を絡め取ることもできるのだ。
しかしそんな困難をも微塵も感じさせず、目の前の男はハルバードの刃の部分を滑らせるようにして弾丸と突きの両方を瞬時に回避していたのだった。
「……まさか、完全に不意を突いたと思ったのだけれどね」
「不意なら突かれてましたよ。たまたま対応が間に合っただけです」
「……そう」
(たまたま、の一言で済ませられるような攻撃ではなかったつもりなのだけれど、ね)
リーゼロッテの表情には笑顔が浮かんでいた。
目の前の男は指で弾丸をつまむという人外染みた反応速度、そして共に突き出されたハルバードを受け流す器用さを併せ持っている。
思わずリーゼロッテの脳裏にはあの
あの織斑千冬も尋常ではない反応速度を持っていたが、この男はひょっとしたらそれ以上かもしれない。
そう思うとリーゼロッテは楽しくてしょうがないのであった。
◇
モニタールームのクラリッサは冷静に二人の戦いを分析していた。
(リーゼロッテ大佐もスイッチが入ったようですね。……全く困ったものです。一度戦闘に嵌ると中々止まってくれないんですから)
リーゼロッテという人物は普段は温厚で部下の面倒見の良い模範的な人物だ。
しかし、ひとたび強敵に巡り合うと我を忘れて戦いに没頭してしまう傾向にある。
それゆえにドイツ軍内ではリーゼロッテは敬意と怖れの両方を集めていた。
(少し昔の話にはなるが、現ISパイロットランキング5位のイーリス・コーリングが大佐に敗北した際、世界との壁を大きく感じたと言って帰っていった。それ以降イーリス・コーリングはしばしの間スランプに陥ったとの噂を聞いたが、千道君の場合はどうなるのだろうか……)
しかし、このときの私の考えはあっさりと払拭されることになるのは、ほんの数秒後の話だった。
◇
「はあッ!」
「……っ!」
俺は勢いよく突き出されたハルバードを受け流した後、そのまま体を反転させてオブシディアンによる薙ぎ払いで反撃を返していた。
かなりの反撃速度だったと自負しているが、それも掠る程度のダメージしか与えられなかったようだ。
ハルバードを一時的に手放して回避に専念し、ハルバードが地面に落下する前に再び掴むとは、まるでサーカスで曲芸でも見ている気分になる。
「中々器用な真似しますね」
「あなたのほうこそ!」
今度はハルバードを大きく構えての薙ぎ払いを放ってくる。
今更の話だが、このハルバードという武器は実際に闘ってみると非常に厄介なことこの上ない。
斬ってよし、突いてよし、柄を使って受け流すことも可能と、とにかく戦術の幅が広いのだ。
(ちっ、戦い辛え……。これほど厄介な武器だとはな)
ひとまず後方に加速して薙ぎ払いを回避するが、アリーナの壁まで追いつめられるのは勘弁願いたいところだ。逃げ場が減ってしまう。
(だが逃げてるばかりじゃいられねえよなッ!)
薙ぎ払いが終わった瞬間を見計らって俺はフィンガーショットでエメラルドの弾丸を放ち、反撃に転じた。
これならば避けられまい――
そう思っていたのも束の間、なんとハルバードを持ち直すと、その刃の部分でエメラルドの弾丸を弾いてしまった。
(げっ、マジかよ!?ハルバードのこと熟知しすぎだろ!)
流石の俺も驚嘆していた。
ハルバードの刃の部分はあまり大きくなく、刃での防御には向いていない。
しかし、それにもかかわらず一番頑丈な刃の部分でエメラルドの弾丸を受け流すことに成功していたのだった。
「指からの弾丸発射、それは本当に厄介ね。奇襲、奇策には持ってこいの必殺技ね」
「それをあっさり防御されるとは、お見事としかいいようがありませんね」
(しかし、これはまずいな。フィンガーショットが通用しないとなると、それ以上に隙の大きいルビーも重力操作・陥没もきっと使わせてもらえないだろうな。となるとこのまま相手の土俵、クロスレンジでの斬り合いになっちまうんだよなー……それはあんまりやりたくねーなー……)
正直な所、あのハルバードとの斬り合いを行っても十分に勝てる自信はある。
だがあの切り返しの早さを考えると負ける可能性も否定できないのが厄介なのだった。
その代わり、遠距離からの攻撃ならこちらが有利なので可能な限り勝率を高めるには、遠距離からの致命的な攻撃が望ましいのだ。
(こうなったら一か八か、あれをやるしかないか)
それは理論上可能だが今まで一度も試していない必殺技ともいえるものだった。
――とりあえず今は牽制しながら隙を作るしかないか。
ただそれだけ考えると俺は再びフィンガーショットを放ちながらヴァイス・ブリッツとの距離を離していくのだった。
◇
(……くっ、この指から発射される弾丸っていうのは本当に厄介ね。銃と比べると極端にモーションが小さいし、弾速も尋常じゃないわね。精度もスナイパーライフル並みじゃないかしら)
リーゼロッテはギリギリでフィンガーショットによる射撃を防ぐことに成功していた。
フィンガーショットはほんのわずかな時間ではあるが、照準を付けるために指先をこちらに向ける必要がある。
それを見るたび防御態勢に移行しているため、被弾こそ防げたもののまんまと距離を離すことには成功されてしまっていた。
(やっぱりこっちの主武装がハルバードだから逃げるわよねぇ。でもアリーナの広さには限界があるわ。どこまで逃げ切れるかしらね!)
そう心の中で感じながら再びスラスターの出力を上げていく。
指先がこちらを向いていない間はフィンガーショットを撃たれてもこちらに当たることはないからだ。
(……?射撃をしてこなくなったわね。それにしてもあの掌の黒い塊は何かしら……?)
多少距離を取られた先では千道君が空中で静止し、何やら左手に黒い煙の塊のようななにかを手にしていた。
(さっきまでは何も持っていなかったはずだけど……用心するに越したことはないわね)
ただ接近戦以外でまともにダメージを与えられる術がないのもまた事実。
今までよりも慎重に距離を詰めるしかできることはなかった。
◇
「さーて、距離と時間が稼げたおかげで十分に
「……重力を?」
「その通り!こいつを喰らえッ!」
俺は左手に作り上げた黒い塊をヴァイス・ブリッツ目がけて投げつける。
(重力……?なんだかわからないけれど、私の前に障害ができるのならばそれは全て斬り伏せるのみよ!)
リーゼロッテは目の前をゆっくりと飛んでくる黒い塊をハルバードで一刀両断にした。
しかし、その黒い塊は何事も無かったかのようにこちらへ向かって進んでくる。
「なっ!?」
「迂闊ですね、いきなりわけのわからないものに斬りかかるなんて」
目の前で黒い塊は突然膨張を始めると、その黒い塊の中心に向かって引きずり込まれるような、強い吸引力が発せられていた。
「なんて凄まじい引力……!ヴァイス・ブリッツのスラスターをもってしても引っ張られるなんて……!」
「これが俺の単一仕様能力の発展形、
「くっ……!」
今やヴァイス・ブリッツは完全にグラビティ・スフィアの中に引き摺りこまれているが、グラビティ・スフィアの持続時間はそれほど長くはない。
「こいつでも喰らえッ!」
俺はルビーを最大出力にしてヴァイス・ブリッツを狙い撃つと、黒い重力空間の塊の中で赤い閃光が炸裂する。
「――っ!」
黒い重力空間が晴れるとともに赤い閃光も消失していく。
その中で立っていたのは折れたハルバードを手にしたヴァイス・ブリッツの姿だった。
「……ハルバードを盾にしてルビーの直撃を防ぎましたか。それでも立っているのがやっとのようですが――」
「ふ、ふふっ。やるじゃない、私にここまでのダメージを負わせたのは
そう言うとリーゼさんは折れたハルバードを投げ捨て、パススロットから二本目のハルバードを取り出す。
どんだけハルバードに固執してるんだよ!
「はあああああ!」
「ちっ、ここまでタフだとは……!しかたねえ、奥の手第二弾いくぞッ!」
こちらに向かってハルバードが振り下ろされる。
その攻撃はこのまま通れば間違いなく俺の頭部を直撃し、大ダメージを与えるだろう。
しかしいつまで経ってもそのハルバードが俺の頭部に到達することはなかった。
「なっ……なんて反発力……!ハルバードが押し返される……!」
「
俺は自分に対して振り下ろされるハルバードに対して強力な斥力、即ち反発しあう力を発生させたのだった。
重力操作によって引力を操るように、それの応用で斥力も操れるということに気付いたのはつい最近のことだった。
それも実戦で使ったのは今回が初めてだ、うまくいったのは本当に幸いだと思う。
そして俺はリーズさんが驚愕している間に再びルビーによるレーザー砲を直撃させた。
「その執念、気力、まさに女帝と呼ばれるものに相応しかったですよ。……リーズさん、お見事でした」
――試合終了。勝者、千道紫電。
試合終了のブザーが鳴り響くと同時にクラリッサさんから勝者の名前、俺の名が告げられていた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■激動する世界
「……ふぅ、見事だったわ。最初に接触したときに倒しきれなかったのが私の敗因かしらね。遠距離戦ではどうあがいても私に勝機は無かったものね」
「確かに、あの突進力は恐ろしいものがありましたね。長柄のハルバードを自身の体の一部のように扱うっていうのはかなりの迫力でしたよ。まあだから距離を取って戦うことにしたんですけどね」
「自分の得意な間合いに持ち込むこと、相手の苦手な間合いに入ること。両方ともうまくこなしていたあなたに私が勝てる道理は無いわ。やっぱり私よりもあなたのほうが2位の座には相応しいようね」
「ISパイロットランキング、ですか。正直あんまり興味は無いんですがね……」
「あら、得られるものは得ておいてもいいんじゃない?少なくとも私に勝ったのだから、あなたには私よりも上の座にいてほしいのだけれど」
「もらって得するものならいいんですがね。もらってもあるのは名誉だけで別段なんとも得が無いんですよ」
「名誉だけでも悪くは無いとは思いますが……。ところで千道さん、よろしければ私とも一戦交えてもらえませんか?といっても、ISパイロットランキングに入るほどの実力ではありませんが」
「おお、クラリッサさんとですか。いいですね、是非一戦やりましょう」
「ありがとうございます。ではこれからそちらに――!」
そう言いかけたところでクラリッサはモニタールームから動くのを止めた。
何やらモニタールームで連絡音が鳴り響いている。
その音を聞いてリーズさんの表情が曇る。
「……紫電君、悪いんだけどクラリッサとの勝負はまた今度になりそうね。今の音は緊急連絡の合図なの。それもかなり悪い状況の時に流れるやつ、ね」
「……」
俺はなんとなくその内容を察していた。
というよりはもう始まったか、というのが心情だった。
おそらくドイツ以外にも連絡が届いたのだろう、アメリカが襲撃されていることが――
(篠ノ之博士、俺がドイツに行っている間に襲撃したのか。ひょっとしてそれも計画の内なのか?少なくとも俺がIS学園に居なければ勝手な行動はとらないだろうと、そういうことなのか?)
広いアリーナの中、俺はフォーティチュードの展開を解除して佇む。
するとクラリッサさんが暗い表情のままこちらへ向けて歩いてきた。
「ヴェルナー大佐……それと千道君にも聞いてほしい。とても重大なニュースです。アメリカのフロリダ周辺にて謎のIS機の集団に襲撃されているようです。それもどうやら大量の無人機のようで、今アメリカのIS部隊が必死に迎撃しているそうです」
「何ですって!?」
「……!」
リーズさんが大声を上げるのも無理はない。
予め襲撃のことを知らされていた俺ですら実際の報告を聞いて驚いたほどだ。
――しかし襲撃が早すぎる、予め長い期間をかけて準備していたのだろうか。
「……それで、ドイツ軍はどうするんですか?」
「……今のところはまだ何とも言えないですね。現状のところアメリカからの救援要請は来ているが、上層部の判断待ち、といったところです」
「じゃあ俺は早々にIS学園に帰ったほうが良さそうですね。ここにいても邪魔になるだけでしょうし」
「確かに、今は千道君を日本へと帰してやりたいところなんですが……残念なことに空港も現在は運航停止状態です。しばらくはホテルに滞在してもらうことになると思います」
「あぁ、そのことならご心配なく。飛行機が無くても、IS学園に帰る手段は用意してありますから」
「……何?どういうことだ?まさかISで飛んで帰るつもりか?」
リーズさんがまさかそんなことはしないだろうな、というような表情を見せる。
「俺の単一仕様能力の一つに座標操作という能力があるんです。転送先の座標さえ把握していれば、人や物をそこに転送できるっていう能力ですよ」
「何!?君の機体は重力操作が単一仕様能力のはず。まさか二つも単一仕様能力が使えるのか!?」
「あー、座標操作は別のコアの能力ですよ。新星重工はISコアを三つ持ってるんで」
「それだとしても一人で二つもの単一仕様能力を持っているなんて、随分とまた凄いんだな。おまけに重力操作に座標操作とは、能力も桁違いだ」
「その分エネルギー消費量もすごいですけどね。世の中うまく回らないもんです。それじゃ、俺はこのまま失礼させていただきますよ。試合、どうもありがとうございました」
そう言うと俺は座標操作を発動させ、一瞬のうちにIS学園の自室へと戻っていった。
「……アメリカがどうこうよりも紫電君のほうが重要度高いんじゃないかしら、クラリッサ」
「……そうかもしれませんね」
「だから以前から紫電君との国際交流の機会を増やすべきだって言ってたじゃない!なんでこういうときくらい上層部は私の言うこと聞いてくれないのよ!」
「今回、対外試合を即日申し込みしたじゃないですか。おそらくそれが精一杯だったんじゃないですか?IS学園は千道君については鉄壁のようにガードしていますからねえ」
「むうー……。あれだけの実力があるならきっとIS学園でももてるでしょうね。もう少し私が若かったらIS学園に行って紫電君を誘惑できたのに……」
「大佐、無理言わないでくださいよ……」
結局この後、ドイツ以外のヨーロッパ各国もアメリカに向けてIS部隊の応援を送ることとなり、フロリダはIS戦闘による激戦区となった。
◇
座標操作によってIS学園の自室へと戻った俺は織斑先生の下へ状況確認に向かっていた。
(ところでシオン、ドイツで発現した例の単一仕様能力『超感覚』ってもっと前から発動していなかったか?度々射撃攻撃を受けた際、弾丸がゆっくりに見えていたんだが)
(おそらく、それは超感覚が発現する予兆だったんでしょう。それに紫電の反応速度は先天的に優れていましたから)
(そんなもんか?だが任意のタイミングで発動させられるようなもんでもないからちょっと使い辛いな……っと、職員室通り過ぎるところだった)
「織斑先生、たった今ドイツから戻りました」
「……!?千道、お前いつ……いや、いい。聞くだけ野暮だったな。今更お前が何をしようとも驚かん」
「説明する手間が省けて助かります。ところでIS学園内の状況はどうなっていますか?」
「つい先ほど国際IS委員会から連絡があった。アメリカで起こっている無人機との戦いのため、ヨーロッパ各国からアメリカに向けて援軍が出立したとのことだ。それで自国の防衛が手薄になったため、緊急でヨーロッパが出身の生徒達は一度国に帰ることになった。それ以外の生徒達は学園内で待機だ。……IS学園からも対テロリストのためお前の力を借りたいと打診があったが、流石に生徒を本物の戦地に送ることはできないと通達しておいた」
「……そうですか、ありがとうございます。俺だって好きでテロリストを退治しているわけではないんで、助かりましたよ」
「礼には及ばん。……お前もドイツから帰ってきたばかりなのだろう、ゆっくり休め」
「はい、そうします。失礼しました」
そう言うと俺は職員室を後にし、寮へと戻ってきた。
寮内の談話室ではいつもより多くの生徒達が集まっている。
やはり皆一人では不安なのだろう、その表情もどことなく暗いものが多かった。
「お、紫電!もう帰って来たのか!」
「ああ、一夏たちも集まっていたのか」
「……セシリアやラウラたちはみんな自国へと一時的に帰されることになったそうだ。そのせいか寮内も少し寂しく感じるな」
「……あたしもこれから中国に一旦帰らなきゃいけなくなったみたい。さっき管理官から連絡があったわ」
「え、鈴も帰っちゃうのか?中国は関係ないと思ってたのに……」
「うちの国も襲撃されるんじゃないかって過敏になってんのよ、多分。でもすぐ戻ってくるから、安心してよ、一夏!」
「……そうか。それじゃこの寮に残る専用機持ちは俺と紫電と箒と簪だけになっちゃうのか。あとは幸いなことに楯無さんがアメリカに行かなくて済んだことくらいか?流石にIS学園の防備が薄くなるからって楯無さんの招集は見送られたってさっき言ってたぞ」
「うん、お姉ちゃんは……IS学園に残るって」
心なしか簪の表情は嬉しそうである。
……無理もないか、危うく姉が戦場に連れて行かされそうになったんだからな。
(しかし篠ノ之博士……アメリカを襲撃すると言っても相手は強大だ。アメリカにはISパイロットランキング5位のイーリス・コーリングに8位のナターシャ・ファイルスだっているんだぜ?無人機だけでアメリカを制圧するつもりなのか……?)
俺は自室に戻ると、刻一刻と変わる戦況を頭の中に浮かべながらベッドの上に寝転がった。
◇
――フロリダ州ケープカナベラル空軍基地。
そこは未曾有の大惨事となっていた。
空に突如大挙として押し寄せた謎のIS集団の襲撃により基地機能が麻痺し、各所で火災が発生するなどの被害を出していた。
ケープカナベラル空軍基地に滞在していたIS部隊も当然のように迎撃に出ていったが、千道紫電との戦闘を経てさらに強化された無人機、通称『ゴーレムⅣ』はあっさりとそれを撃退。
幸い死者こそ出なかったものの、アメリカは緒戦で敗北を喫してしまう。
その後、アメリカ内の各空軍基地から主力部隊が集結し、ケープカナベラル空軍基地近くに集結していた。
その中にはアメリカ製第3世代型IS『ファング・クエイク』を操るアメリカ国家代表、イーリス・コーリングの姿と、緊急時として凍結を解除された『
「ここに集められた諸君。いいか、ここはアメリカだ、私たちの国だ!私たちの力で敵を撃退しないでどうする!政府はヨーロッパの国に援軍を出したと言っているが、私たちの力で私たちの国が守れなくてどうする!テロリスト連中に我々の力を見せつけてやるぞ!」
「「「おおーっ!」」」
自国の防衛戦ということもあり、ISパイロット達の士気は高い。
おまけにシルバリオ・ゴスペルまで凍結解除されたのだ、その中でも特にナターシャ・ファイルスの意気は強かった。
「ナタル、この襲撃を仕掛けてきたテロリストと私の愛機を暴走させた人物……なんとなくだけど同じ人物のような気がするわ」
「……こんな大規模な攻勢しかけられるのも、極秘機体だったシルバリオ・ゴスペルを暴走させることができるのも同じ人物、か」
「……ええ、おそらく篠ノ之博士でしょうね。それ以外にこんなことができそうな人物は考えられないわ」
「イーリ、お前の気持ちはわからなくもない。だけど今は目の前の戦いに集中しろ。余計な雑念は邪魔なだけだ」
「ええ、わかってるわ。ただ久しぶりにこの子を操縦できると思うとつい熱くなっちゃって、ね」
そう言ってナターシャは自身に纏ったシルバリオ・ゴスペルを撫でる。
純粋に空を飛びたがっていたこの子を暴走させたテロリストは許せない――
ナターシャ・ファイルスの中には静かに炎が燃え上がっていた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■もう一つの戦場
ケープカナベラル空軍基地が襲撃されてから早数時間――
空には月が輝いており、幸いにも視界は良好だった。
そして、基地周辺一帯はISだったものや建物の残骸で埋め尽くされていた。
「うーん、やっぱりこの程度の攻撃じゃアメリカ軍だけで凌げちゃうかぁ」
篠ノ之束は自身が使用しているラボ「吾輩は猫である(名前はまだ無い)」の中で戦況を冷静に分析していた。
第一陣として強襲に向かわせた無人機は10機。
その内既に半数は撃墜されており、戦力としては役に立たない。
残りの機体も大半は満身創痍といったところで、撃墜されるのも時間の問題、といったところだ。
ただし、アメリカ軍側に与えた被害も甚大だった。
イーリス・コーリングやナターシャ・ファイルスといった専用機持ちは未だ問題なく動けているが、練度の低いメンバーから次々と戦闘不能な状況へと陥っており、専用機持ち二人を除くと残りは二人が傷だらけの状態で残っているという状況に陥っていた。
「ま、
そう言うとラボの中で眠っていた新たな無人機たちに光が宿っていく。
その名も『ゴーレムⅤ』、どうやったら千道紫電に勝てるかということをコンセプトに開発された篠ノ之束にとってある意味究極の無人機だった。
「さ、ゴーレムⅤたち、出撃出撃ぃ~」
ぱっかりと開いた天井からゴーレムⅤが次々と飛び出していく。
その数、なんと先ほど出撃していったゴーレムⅣの二倍、20機。
「もうすぐヨーロッパ各地からの援軍も到着するし、これくらいで丁度いいでしょ。さて私の方は、お目当てのものを手に入れに行こうかな!」
そう言うと篠ノ之束のラボは崩れたケープカナベラル空軍基地を後にし、北西へと向かって進んでいくのだった。
◇
一方、ヨーロッパからの援軍部隊は一同に集い、大西洋を越えてケープカナベラル空軍基地の近くまで到着していた。
大半のパイロットはラファール・リヴァイヴを装備しているが、そのメンバーの中には専用機持ちであり、ISパイロットランキング3位のドイツ代表リーゼロッテ・ヴェルナー、同じく6位のイギリス代表アンジェラ・ウィルクスの姿もあった。
「イーリス・コーリングにナターシャ・ファイルスですね。無事で良かったです」
「随分と派手に戦ったもんだね。これでまだ死者が一人もいないってことのほうが驚きだよ」
「ええ、相手の狙いはISや兵器だけのようです。逃走する人たちには目もくれません。そしてあれらの機体は全て無人機のようです」
「ああ、何体か撃墜したが、どいつもこいつも中身のない奴らばっかりだった」
そう答える二人は既に多少の傷を負っている。
他に残っているアメリカ軍の二人はまだ立っているものの、大分大きなダメージを受けているようだ
「まあアメリカ空軍だけでこれだけ倒したんなら大丈夫でしょ。残りは私たちに任せときなさい」
「そうですね、残りはほぼ半壊している機体ばかり――!」
アンジェラはそう言いかけてその続きを言うのを止めた。
ハイパーセンサーに新たなIS反応が現れたからだ。
おまけにその数はなんと20機にも及ぶ。
「……前言撤回ね。イーリスとナターシャにもまだ働いてもらう必要がありそうね」
「そうですね。ここにきて敵の援軍とは……!」
「大丈夫だ。まだ動けなくなるくらいボロボロにはなってねえよ」
「まだまだ戦えるわ。こんなところで朽ち果てるわけにはいかないの……!」
「言うじゃない、ナターシャ・ファイルス。それじゃ、早速出撃といきましょうか!」
そう言うとリーゼロッテは先陣を切って飛び出していった。
「さあ、リーゼロッテさんばかりに良い所を持って行かれるわけにはいきません。私たちも行きましょう!」
アンジェラもリーゼロッテに一歩遅れて飛び出していく。
すっかり戦場と化したケープカナベラル空軍基地上空にて、ヨーロッパからの援軍を含んだアメリカ空軍は篠ノ之束によって放たれたゴーレムたちと再び激戦の渦中に飛び込んでいくのだった。
◇
翌朝、IS学園――
俺はテレビをつけて朝のニュースを見ていた。
何処のチャンネルに回しても報道しているのはアメリカ、ケープカナベラル空軍基地が襲撃を受けたことの一点張りだった。
しかし俺が気にしていたのは奇襲があったことではなく、そこで起こった戦闘の勝敗である。
やがてニュース番組が進んでいくにつれ、結論としてニュースキャスターやら専門家やらから告げられた戦闘の結果は。アメリカ及びヨーロッパ各地との連合軍が謎のIS集団に
(やはり篠ノ之博士が勝ったか。おそらくヨーロッパからの援軍も既に考慮済みの上で無人機を用意していたのだろう。いくらリーズさんやアンジェラさんらが来たとしても勝てないほどの戦力を――)
そんなことを考えていると部屋のドアがドンドンと叩かれた。
俺はテレビを消し、ドアを開きに行くとそこに立っていたのは怒りの形相を浮かべた一夏が立っていた。
「大変だ紫電!鈴が誘拐された!」
「……何?」
「これだ、この封筒が俺の部屋のドアの下に挟まってたんだ」
俺は一夏から封筒を預かると中身を確認した。
中に入っているのは短い文の書かれた手紙一枚と一人分の飛行機のチケット、そして目隠しをされて椅子に縛り付けられた鈴の映っている写真だった。
――凰鈴音は預かった。返してほしければ一人でこのチケットを使って上海まで来い――
手紙にはそう書かれているだけだった。
裏面をひっくり返しても何も書いていない。
「……まさかISを持っている鈴を誘拐することができる奴がいるなんてね、驚きだ。それで織斑先生にこのことは話したのか?」
「いや、まだだ。先に寮にいる紫電の方にも話しておこうと思って……」
「……そうか。だがこれは俺一人ではどうしようもないな。とりあえず織斑先生と相談するとしよう。俺は箒と簪と楯無先輩を連れてくるから、一夏は先に織斑先生に事情を説明しておいてくれ」
「あ、ああ。わかった」
「じゃあ後で生徒会室に集合ってことで。そっちはよろしく頼んだぞ」
そう言って俺は自分の部屋を後にした。
(シオン、鈴のISコアの位置情報は?)
(上海にいますね。ISコアとリンクしている生体反応も凰鈴音と変わりません。そのためISは奪われていないと考えます)
(……最悪のパターンとして
写真だけでは鈴が生きているのかどうかまでは判別不明だった。
とりあえずは織斑先生に相談して奪還作戦を考案するしかないか――
俺はそんなことを考えながら残っている専用機持ちたちの招集に走り回るのだった。
◇
一夏が俺に手紙を見せてから1時間後――
生徒会室には織斑先生を始め、IS学園に残った専用機持ちたち全員が集められていた。
「一夏、鈴が誘拐されたというのは本当なのか!?」
「……ああ、箒。今回みんなを呼んだのはそのためだ」
「……信じられない」
「まさか鈴ちゃんが誘拐されるなんて……」
一夏は顔を伏せたままそう告げると、周囲に重い空気が流れる。
そんな中、重い空気を切り裂くような鋭い声を発したのは織斑先生だった。
「みんな理解していると思うが、これはれっきとした誘拐事件だ。IS学園の生徒を誘拐するなど決して許されることではない。凰は必ず助け出す。そのためにみんなの力を借りるぞ」
一同は織斑先生の言葉に静かに頷く。
(アメリカが奇襲されることは篠ノ之博士からの言葉があったおかげで予想はできていたが、こんなことまで起きるとは、予想外だったな)
(紫電も凰鈴音救出作戦には全面的に協力するつもりですか?)
(ああ、鈴も俺が高みへと登るために必要な人間の一人だ。それに友人の一人として助けない理由がない)
「まず一夏にはこの手紙通り上海へ行ってもらう。それからつい先ほど鈴のISコアの位置情報を確認したところ、ISコアはステルスモードにはされてないらしく、鈴が上海にいることは確認できた」
「俺が上海に着いたらその位置情報をもとに助けに行けばいいってわけだな」
「……だが相手は凰を誘拐するほどだ。ISを持っていることはほぼ間違いないだろう。それに一夏一人を上海に行かせるのは私としても不安だ。そこで千道、お前の力を借りたい」
「……!」
周囲の専用機持ちメンバーが一斉に俺の方を見る。
随分と期待されているようで何よりだな。
「……具体的に、俺に何をさせるつもりですか?」
「お前、ドイツから帰ってきたのは飛行機じゃなかっただろう?ISの単一仕様能力辺りか何かで一瞬で移動してきたとしか考えられん。その力で上海に移動することができるんじゃないか?」
「……可能ですよ。正確に言えば、俺のもう一つの単一仕様能力である座標操作は特定の座標に人や物を転移させる力です。なので一夏が鈴の下へたどり着いたらその座標に転移して、こちらから奇襲をかけることができるでしょう」
「って紫電君、君のフォーティチュードの単一仕様能力は重力操作じゃないの?……まさか単一仕様能力を二つも持ってるの!?」
「単一仕様能力が二つは初耳……」
「いやいや、新星重工はコアを三つ持ってるんですよ?そのうちのもう一つが座標操作の単一仕様能力を発現させたんですよ」
「それでも二つ単一仕様能力を持っているというのは十分凄いのだが……。ところでその力は何人まで上海へ転移させることができるんだ?」
「二人くらいなら同時に転移可能、ってとこだな。というよりも一度に二人が限度か」
「上出来だ。上海には千道と篠ノ之、お前たち二人が織斑の援護をしろ。織斑は凰のいる場所に到着したらプライベート・チャネルで千道に周囲の状況を見て転移するタイミングを伝えろ」
「了解です」
「わかりました」
「織斑先生、こちらからも何か情報が得られないかアプローチしてみます」
「ああ、頼んだぞ更識。織斑は上海の空港に着いたらまず私に連絡しろ。以上だ」
織斑先生がそう言うと一同は解散となった。
(……しかし大変なことになってしまったな。アメリカでは篠ノ之博士率いる無人機がケープカナベラル一帯を占拠し、IS学園では鈴が誘拐されてしまうとは。もし神さまってやつがいるのなら相当暇を持て余しているらしい)
(紫電が神について語ることのほうが私にとっては予想外です。そんなに信心深かったとは思っていませんでしたが)
(もちろん、俺に微笑む勝利の女神以外は信じるつもりは無い。今回もまあなんとかしてみせるさ)
俺は一人自室に戻ると、今回の作戦に備えてフォーティチュード・セカンドのメンテナンスを始めるのだった。
どうやってIS持ちの鈴を誘拐したかは後ほどわかります。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■救出作戦
一夏が日本を発って数刻、俺たちは再び会議室へと集まっていた。
「織斑先生、上海に到着しました。鈴の居場所は俺の位置から見てどの辺ですか?」
「北西へ向かっておよそ20キロといったところか。まずは空港を出ろ。更識の協力者が空港の外で車を用意してくれているから、まずはそれに乗れ」
「わかりました」
流石楯無先輩、更識家の威光は上海だろうと関係なしって感じか。
こういうとき暗部の人っていうのは役に立つんだな。
「箒、紅椿の準備は大丈夫か?状況によっては転移後、即戦闘というケースも十分あり得るぞ」
「問題ない。いつでも戦いの準備はできている」
「……そうか。それならいい」
今回ばかりは流石の俺も少々緊張している。
今まで何度かこうした秘密の作戦を決行してきた俺だが、自分以外の人命が関わる作戦というのはどうしても神経過敏になってしまうのだ。
そしてこうしてただ待っている間にも一夏は鈴の下へと近づいている。
勝負の時は一瞬、最優先すべきは鈴の安全だ。
俺は改めて気を引き締めると、一夏からの連絡を待つのだった。
◇
「もしもし、こちら一夏。そろそろ目標地点の付近に到着したと思うんだけど……どう?」
「ええ、一夏君から見て北側に50メートルほど進んだところに鈴ちゃんの反応があるわ。周囲はどうなってるかしら?」
「目の前に滅茶苦茶でかい倉庫がありますね。おそらくこの中でしょうか」
「……ええ、おそらくその中でしょうね。千道君、箒ちゃんを連れて一夏君の下へ転移できるかしら?できたら二人には倉庫の裏側から回り込んでほしいの」
「了解です。座標はバッチリ、箒、行くぞ!」
「ああ!」
俺と箒の周りが一瞬小さく光ると、次の瞬間には俺と箒は一夏のすぐ隣に転移していた。
「うおっ!……ってなんだ、紫電と箒か。びっくりしたぜ!」
「一夏!……ということはここはもう上海というわけか。凄まじい単一仕様能力だな、紫電」
「まあ単純な能力の割に強力なんだよな、これ。エネルギー消費もものすごいのが欠点だが。っと一夏、俺と箒は倉庫の裏側に回り込むからお前は正面から鈴の救出に向かってくれ」
「ああ、わかった。何かあったら援護頼むぜ」
「うむ、任せておけ」
「よし、行くぞ箒。一夏は今から10分経ったら倉庫の中に入ってくれ」
「了解!」
俺と箒は倉庫の裏側に回るべく、慎重に倉庫の外周を歩いて行った。
「……外には誰もいないな。それに窓からこちらを覗く人影も今のところ見えない。こうまで静かだと誘拐としては逆に不気味だな」
「窓まで見てたのか?……紫電、お前本当はスパイか何かなんじゃないのか?」
「ただのIS発明家兼農家兼料理人だ。断じてスパイなんかじゃねーよ」
「……私としてはもうその中にスパイを含めても良いと思うぞ」
「……よし、ドアは鍵がかかってねぇな。中に入るぞ」
倉庫のドアを開けて中に入ると、中は粗雑に置かれた箱やらドラム缶やらで埋め尽くされているせいで視界が非常に悪い。
だが逆に言えばそれだけこちらの体を隠しやすいともいえる。
「む、一夏と……鈴!」
「ようやく誘拐犯とご対面か……だがこっちからだと状況がよくわからんな。もうちょっと近づくぞ」
「わかった」
俺と箒は極力音が出ないよう、静かに移動を続ける。
ただ残念なことに、ISコアの反応を探ると覆面を付けた誘拐犯たちの中にIS持ちが二人も交じっているらしい。
随分贅沢な誘拐犯だな、もっとも俺には誘拐犯が誰かなんてことはある程度目星はついているんだが。
「……ここならハイパーセンサーで一夏たちの会話も聞こえるぞ」
「都合よく鈴の姿も見えるな。この距離なら俺の座標転移を使って鈴をIS学園の俺の部屋に転移させることもできるだろう。タイミングを見計らって鈴を救出するぞ」
「ああ、任せた。ひとまずは一夏と誘拐犯の会話を聞こう」
ドラム缶の陰から俺と箒は誘拐犯たちと一夏の状況をひっそりと覗き見るのだった。
「遅かったじゃないか、織斑一夏。こいつを助けには来ないのかと思ったぞ」
「てめえ……!約束通り来たんだ、鈴を放せ!」
「まあそう慌てるな。元々こいつに用は無い。用があるのはお前だ、織斑一夏」
「何だと!」
「まずは貴様の白式をこちらへ渡せ。妙な真似はするなよ?」
「くっ……!」
頃合いか、流石に白式を誘拐犯たちに渡すわけにはいかん。
鈴の座標をIS学園の俺の部屋に転移させる――!
「「「……!?」」」
覆面のせいで誘拐犯たちの表情は読めないが、きっと驚愕の表情を浮かべているだろう。
なんせ自分たちの交渉カードの切り札である人質が目の前から消え去ってしまったのだから。
それと比べて一夏はしてやったり、というような表情を見せている。
「白式をやるわけにはいかねえ!鈴だって返してもらったぜ!」
「くっ、何が起きた……!?仕方ない、無理やりお前の身柄を拘束させてもらう」
「そう簡単に拘束されてたまるか!来い、白式!」
一夏が白式・雪羅を展開すると、誘拐犯たちの中の二人もISを展開する。
その内の一機は今までに何度か見たことのある例の黒いISだ。
あの機体、俺が分析したところでは
それはあの黒いISは中国製の機体だということを示している。
つまり――この誘拐事件の主犯は中国という国自体が絡んでいる可能性が高いということだった。
「まずいな、箒、紅椿を展開して一夏の援護に――」
「一夏っ!」
「……ってもう行っちまったか。本当に一夏のことになると一直線だな」
俺は念のため様子見を継続している。
誘拐犯が持つISは二機、箒の援軍で二対二になったわけだからピンチになったら俺が助けに入る、これがベストなところだろう。
(しかし、黒いISの傍らの白いIS……『白式・雪羅』じゃねーか!どうなってやがる!?)
そのフォルムは織斑一夏の操る専用機、白式・雪羅そのものだった。
おまけにその白式・雪羅のパイロットの顔は――
◇
「千冬姉……!?そんな、馬鹿な……!」
「一夏、しっかりしろ!織斑先生はIS学園にいるはずだ!」
「ふふふ、なんだ一夏。千冬からは何も聞かされていなかったのか。私は
「「!?」」
(一夏の母親……。やはり生きていたか……!)
篠ノ之博士は気付いていたようだったが、俺は内密に織斑の家系について調べていたのだった。
調べようと思った元々の理由は織斑先生のあの常人離れした戦闘能力の高さのルーツを知るためだったが、答えは予想外のところにたどり着いてしまったのだ。
両親が優れたアスリートなどであったらあの身体能力にも多少納得はできたのだが、織斑千冬の両親はなんと遺伝子研究学者だったのだ。
嫌な予感がしたのでその両親の死亡原因まで調べてみたものの、死亡原因は自動車事故。
おまけに遺体が見つかったのは父親の方だけというなんとも奇妙なものだった。
「そんな馬鹿な!俺の両親は事故で死んだって――」
「千冬から聞いたのか?まあ千冬のことだからそう言うだろうとは思っていた。だが私がお前の母親であることは事実だ。この顔を見ればわかるだろう?」
「――っ!」
確かにその顔は織斑先生と瓜二つ、双子と言われても納得できそうなほど似通っていた。
(だがいくらなんでも若すぎる……。織斑先生の母親だとすれば四十代以上のはずなんだが……)
その顔はどうみても織斑先生に違わぬ若々しさ、二十代のものだった。
いくら若いと言っても二十代と四十代では明確な差が出るのは当然のはずだ。
「母親にしては若すぎる、と思ったか?それは私の遺伝子操作技術によるものだ。もっとも後発的に行ったものだからお前たちに施したものほど優れてはいないが」
「遺伝子操作……だと?」
「そうだ。私が遺伝子学の研究者だということも千冬からは聞いていないようだな。せっかくお前と千冬は私の遺伝子操作技術を駆使した強化人間にしてやったというのに」
「一夏と織斑先生が強化人間……だと?」
「正確に言えば、強化人間として成功したのは千冬の方だけだったがな。だが状況が変わった。私の行った遺伝子強化によっておそらくお前はISを動かせるようになったのだ」
「それが俺がISを動かせる理由……なのか!?」
「ああ、それは間違いない。そのためお前には私の研究に協力してもらおうと思ってな」
「それで鈴を誘拐して俺をおびき寄せたってことか!」
「そうだ。お前が私の研究に協力してくれれば、男だろうとISを操縦できるようになるのだ。これほど素晴らしいことはないだろう?だから一夏、お前には積極的に協力してほしい」
「騙されるな一夏!最初から世のためになるような研究であればこんな風に鈴を誘拐してお前をおびき出すような行為はしないはずだ!」
「箒……。そんなこと言われなくたってわかってるぜ。でなきゃこうしてISを展開して向き合っているのはおかしいだろ!」
一夏が雪片弐型をもう一機の白式・雪羅に向ける。
それを見て隣に並び立つ黒いISもブレードを抜くが、それには箒が反応していた。
「貴様、イギリスでもこちらの妨害行為していた奴だな!名乗らずに斬りかかってくるとは、恥と知れ!」
「……ふん」
黒いISと紅椿は両者負けず劣らずの高速機動による戦闘を展開しながら、窓ガラスを破壊して倉庫の外へと飛び出していった。
これはまず間違いない、あの機体は中国が現在開発中と言われている甲龍の姉妹機『黒龍』だろう。
甲龍と比べて機体の重量を軽くすることで、機動力を向上させたということか。
その結果が俺のフォーティチュードや箒の紅椿と渡り合えるだけのスピードをもたらしたというわけだな。
「一夏、お前が自ら協力してくれないというのであればやむを得ない。無理やり研究に協力してもらうとしよう。だが篝火博士が完璧にコピーしたこの白式・雪羅と織斑千冬を生み出したこの私に勝てると思っているのか?」
「っ!」
白式・雪羅の雪片弐型が一夏に向かって振り下ろされるが、一夏は間一髪で回避する。
(これは一夏一人だとまずいか?俺も援軍にでるべきか――)
今まさにフォーティチュード・セカンドを展開しようとした矢先、プライベート・チャネルに連絡が入る。
それは楯無先輩からだった。
「紫電君、今すぐIS学園に戻ってこれるかしら!?IS学園に多数の侵入者が現れたわ!その中にはIS反応が三つもあるの!」
「……今はちょっと無理そうです。俺の部屋に鈴を転送したんで、鈴を助っ人として使ってください!」
「そっちも大変ってことかしら、わかったわ。でもできたら早く戻って来てくれるとおねーさん、嬉しいな!」
「……善処します」
俺はプライベート・チャネルを切り、フォーティチュード・セカンドを展開する。
(待ってろ一夏、今援軍に行くぞ!)
俺はぶつかり合う白式・雪羅同士に向けて急接近するのだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■二つの白式
「ぐあっ!」
織斑春香が振るう雪片弐型を受け止めようとした一夏は倉庫の壁まで吹き飛ばされていた。
(おいおい、どんなパワーだよ!?)
「一夏、加勢するぞ!」
「ほう、やはり来ていたか、千道紫電。だがお前の戦闘データは解析済みだ。この私と白式・雪羅にかかれば貴様のフォーティチュード・セカンドであろうとも勝てる確率はないぞ」
「へっ、好きなだけ言ってろ。いくら俺のデータを分析しようとも俺はお前の一歩先を行く。相手が織斑先生の母親だろうと誰であろうとな」
そう言うと俺はオブシディアンで織斑春香に斬りかかる。
だが俺の振り下ろしは雪片弐型であっさりと受け止められると、そのまま跳ね上げられてしまい、やむを得ずそのまま天井付近まで飛び上がる。
「くっそ、滅茶苦茶なパワーだ……。織斑先生の母親ってのは本当みたいだな」
「紫電、気を付けろ!まともに斬り合うのは難しいかもしれない!」
「
「俺とお前が協力すれば勝てるだろ!それに紫電、お前まだ何か秘策を隠してるんだろ!?」
「人任せかよ!?ちょっとはお前もがんばれっての!」
「ふっ、仲間割れか?千道紫電、お前の遺伝子にも興味がある。なぜお前はISを起動できるんだ?私が解明してやろう」
「実験動物になるのはお断りだ!そして俺が負けることを前提とした話もまた気に入らねえなッ!」
今度はフィンガーショットでエメラルド弾を発射し、直撃を狙ったが雪片弐型の一振りでエメラルド弾を切断されてしまう。
「エメラルドまで弾くとはな……。これが強化人間の力ってやつなのか?」
「ふふふ、その通り。だが私は後付けで遺伝子操作を行っただけで、完璧な強化人間ではない。完璧な強化人間を生み出すには、文字通り生まれたときから遺伝子を操作する必要があるのだ。そうして生まれたのが千冬だ。最も一夏にも同じ施術をしているのだが、千冬ほどの才気は発揮されなかったようで残念だったがな」
「だとよ一夏。お前も
「無茶言うな!」
今度は一夏が織斑春香に向かって荷電粒子砲を発射する。
「ふん、そんな単純な攻撃ばかりでは私に当てることなど――」
「できないとでも言いたいのか?」
「っ!?」
俺は座標操作を使って織斑春香の背後に転移すると、そのままオブシディアンの薙ぎ払いを直撃させる。
そして無理やりバランスを崩すことで、一夏の放った荷電粒子砲を直撃させることにも成功した。
おそらくシールドエネルギーもごっそりと削れただろう。
「がっ……!貴様……!」
「やっぱりあんたは
「……!」
「そうだ一夏。こいつは戦いについては素人同然のパワー馬鹿だ。何度も何度もひたすらトレーニングを続けてきた俺たちが負ける相手じゃないぜ」
「ふん……たまたま一度の不意打ちがうまくいっただけで調子に乗るとは。所詮IS学園の
「……やっぱり俺の言ってることが理解できてねえらしいな。その
「……っ!」
今度は織斑春香がこちらに向けて薙ぎ払いを放ってくる。
確かにパワーだけならこちらよりも上だろう、だがそれだけでは勝敗は決まらない。
俺は後方への急加速で雪片弐型の薙ぎ払いを回避すると、振り終わりを見計らってフィンガーショットで反撃を試みる。
「くっ、猪口才なっ!」
「どうした、ブレードに振り回されているぞッ!」
流石にブレードの振り終わり直後は誰であろうと隙になる。
俺の指先から放たれたエメラルドの弾丸は吸い込まれるように織斑春香に直撃した。
「どうだ一夏、相手の動きをよく見ればどうってことはないだろう?」
「……ああ!」
一夏も気付いたらしい。
相手は身体能力と機体こそ優秀なものの、動きに素人っぽい部分が見えている。
研究者とも言っていたし、盗んだデータから再現した白式・雪羅だって開発したばかりのはずだ。
ISを使用した訓練まではおそらく大して行っていなかったのだろう。
今度は一夏が織斑春香に飛び掛かる。
「うおおおおっ!」
「……!」
威勢の良い掛け声とともに一夏は雪片弐型を上段に構えて突撃する。
当然織斑春香は振り下ろしを警戒するが、一夏は振りかぶった瞬間、雪片弐型を左手一本に持ち替えて変則的な薙ぎ払いの形へと変形させる。
それは俺が一夏と模擬戦をした際に見せた技だった。
◇
「だあーっ!白式・雪羅になってから全然勝てねえ!なあ紫電、何が悪いんだろう?」
「うーん、まず白式・雪羅は以前よりも高性能になった代わり、エネルギーの消費がさらに悪くなったところが問題だな。だからよりエネルギー管理には慎重にならないといけないな」
「エネルギー管理か。俺どうもエネルギー管理って苦手なんだよなぁ。ほら、相手と戦っている最中に他のことに意識を向けられないっていうかさ……」
「それなら自分のエネルギーが尽きる前に相手を倒すしかないな。零落白夜の攻撃を外すことなく全て当てれば余裕だろうしな」
「……それが当てられれば苦労はしないぜ」
「前々から何度か言っているが、お前の太刀筋は真っ直ぐすぎるんだ。おそらく剣道の型が身に沁みついてるんだろう。もっと搦め手を使っていくべきだな」
「搦め手って言われてもなぁ……」
「例えばさっきの模擬戦で俺がお前にやった技、思い出してみろ。上段からの振り下ろしと見せかけて薙ぎ払いに変化させたやつだ。お前面白いように引っかかってたろ」
「あー、あれか。確かにあの攻撃の変化は避けられなかったなぁ……」
◇
織斑春香に一太刀浴びせることに成功した俺はふう、と一息をつく。
「……なるほど、確かに紫電の言うとおりみたいだ。俺はまだまだ戦い方が甘いらしい。だがお前よりは上だっ!」
「たかが一太刀浴びせた程度で調子に乗るな!ガキがっ!」
相手は相当激昂しているみたいだ。
だが怒りで我を見失っているときっていうのは動きが単調になりやすい――
これもまた紫電からの教えだった。
「ふうっ……!」
白式・雪羅の突撃に対し、細かく瞬時加速を使って相手の裏を取ると、そのまま相手の背に向けて荷電粒子砲を放つ。
「がっ……!」
「今度は正面もがら空きだぜ!」
「!?」
いつの間にか紫電が織斑春香の正面に現れてブレードによる一撃を与えていた。
戦闘中の紫電は一瞬でも目を離すとどこに行ったかわからなくなり、次に気付くときはダメージを受けたとき、というまさに神出鬼没と言わさんばかりの高速戦闘を行ってくれるのだ。
その恐ろしさはIS学園で何度も身を持って味わっている。
敵にすると滅茶苦茶恐ろしいが、味方につければこれほど頼れる存在はいない。
それが俺にとっての紫電という存在だった。
◇
「くそっ、私が遺伝子強化もしていない劣等種ごときに負けるだと……?ありえん、なぜだ……!」
「どれだけ自分の肉体を強化しようとも、戦いは身体能力の高さだけでは決まらない。数多の戦いを乗り越えて人は進化していくんだ」
「……くっ」
度重なる俺と一夏の攻撃によって既に織斑春香の白式・雪羅はボロボロになっている。
零落白夜も何度か食らっているため、シールドエネルギーも残り僅かといったところだろう。
「もうそろそろ限界だろう。諦めて降参したらどうだ?」
「ふん、誰が降参などするものか!」
「そうか、だがもうゲームは終了しているぞ!
「……!なっ……!」
織斑春香が倉庫の床へと墜落していく。
俺の重力操作も段々と板についてきているようで、織斑春香は立っているのがギリギリというような有様だった。
「今だ一夏、お前の剣で決めて来い!」
「任せろ!うおおおおお!」
「ぐうっ、舐めるなっ!」
一夏は全力で織斑春香の方へと向かっていくと、居合のような中腰の構えからの振り抜きで織斑春香の雪片弐型を弾き飛ばす。
「これが千冬姉の一閃二断の構えだ!」
必殺の振り下ろしが織斑春香に命中し、大小の亀裂が白式・雪羅の全体に走っていく。
「ぐううっ!……私が、劣等種なんかに、負けて、たまるか!」
「!?」
織斑春香の白式・雪羅が強く輝き始めると同時に、強力なエネルギー反応を確認する。
「まずい、自爆するつもりだ!離れろ一夏ッ!」
「わ、わかった!でも箒は!?」
「箒は倉庫を飛び出した遠い位置で戦っているみたいだ!だから心配するのはこっちだけで大丈夫だ!」
「了解!」
俺はトタン製の天井をぶち抜いて穴を開けると、そのまま空へ向かって飛び出した。
丁度俺と一夏が倉庫を飛び出した瞬間、倉庫の中で白い閃光が炸裂し、大爆発を引き起こした。
「うわあっ!?」
「……ッ!」
爆風に押される形で俺と一夏は上空へと押し出されていく。
かなりの高さまで押し上げられたが、機体へのダメージは何とか免れることができたようだ。
足元を覗きこむと、ついさっきまで激戦が繰り広げられていた倉庫は瓦礫の山と化していた。
「……なあ紫電。あの人、本当に俺の母さんだったのかな……?」
「……さあどうだろうな。ひょっとしたら織斑千冬にあこがれた狂信者だったかもしれんがな」
「……」
おそらく織斑先生であればその答えを知っているだろうが、あとは織斑家の問題だ。
俺がとやかく口を出すべきではないだろう。
「一夏!紫電!無事か!?」
「……あ、ああ。箒か。見ての通り、大丈夫だぜ」
「そうか。こちらはあの黒いISを撃破できたと思ったんだが、見事にISコアだけ持ち逃げされてしまった」
「そうか。箒もお疲れさん……と言いたいところなんだが、楯無さんからIS学園襲撃の連絡が来ている。このままIS学園へ転移するぞ。先に一夏と箒、お前らをIS学園の俺の部屋に転移させるからな」
「おう!」
一夏の返事を最後に、その場から三人は姿を消す。
最後に残ったのは倉庫の残骸、ただそれだけだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■IS学園防衛戦
生徒会室にて更識楯無は焦っていた。
一夏、紫電、箒の三人が上海に向かってすぐ、IS学園周辺にて怪しい人影を見かけたと更識の者から連絡があったからだ。
度重なるIS学園への襲撃のことを考慮し、IS学園周囲の警戒レベルを高めたはいいが実際のところ再び襲撃を受けるとは、本当に厄介なことである。
おまけに詳しく索敵してみると、さらに厄介なことにISの反応まであったのだ。
おそらく国家ぐるみの仕業だろうと楯無は推測していた。
(侵入者の数はざっと十人、さらにそれとは別にIS持ちが三人も!状況は夏休みの時よりも深刻ねぇ……)
現状、IS学園には山田先生、妹である簪と自分自身しか専用機持ちしかいない。
もちろん織斑先生もいるがそれは最後の切り札であり、迂闊に切れるカードではない。
(……仕方がないわ、あんまり期待はできないけど紫電君に連絡してみましょうか。誘拐事件が早めに片付いていたら、運が良ければ誰か戻って来てくれるかしら――)
流石に専用機持ちが三人しかいない状況で、正体不明のIS三機に加えて多数の侵入者を相手にするのは厳しすぎる。
「紫電君、今すぐIS学園に戻ってこれるかしら!?IS学園に多数の侵入者が現れたわ!その中にはIS反応が三つもあるの!」
「……今はちょっと無理そうです。俺の部屋に鈴を転送したんで、鈴を助っ人として使ってください!」
楯無にとってまず聞きたかったことが聞けて一安心だった。
(良かった、鈴ちゃんは無事!それにIS学園の紫電君の部屋に転移までしてくれるなんて、流石は紫電君ね!)
「そっちも大変ってことかしら、わかったわ。でもできたら早く戻って来てくれるとおねーさん、嬉しいな!」
「……善処します」
その一言を最後にプライベート・チャネルが切断される。
今度は急いで1年生寮にいるはずの本音に電話をかける。
「本音ちゃん、今寮にいる?」
「は~い、います~」
「今すぐ紫電君の部屋に行ってちょうだい。中に鈴ちゃんがいるはずだから、そのまま生徒会室まで連れてきて!可能な限り早くね!」
「りょうかい~!」
(なんとかこれで専用機持ちは四人。正体不明のISと三対三で戦ったとして、一人が残りの侵入者を殲滅できる!)
電話を切ると、すぐそばには織斑先生が立っていた。
「更識。ここに向かってきている侵入者だが、一人援軍が来てくれることになった」
「援軍、ですか?IS学園外から?」
「ああ、ずっとIS学園の警備の問題について散々改善を要求していてな。それがようやく認められて
「専用機持ち……ですか?」
「まあ戦力としては頼れるだろう」
「そうですか、ようやくIS学園の警備が厳重になるんですね……!」
「そうだ。ようやく、な」
IS学園の警備関係者である二人としては、長年の課題だったIS学園の警備レベル向上ができて一安心、というところだった。
「かいちょー、りんりん連れてきたよー」
「会長、それに織斑先生……あの、いったい何があったんですか?あたし中国に帰る途中で捕まっちゃって……IS使って逃げようとしたんですけど、なんでかISが展開できなくなってて……」
「ちょっとISコアを見せてちょうだい。……あらら、ISコアスリーパーを喰らっちゃったのね」
「ISコアスリーパー?」
「ISコアを一時的に休眠状態にしてエネルギーの回復速度を向上させるメンテナンス道具よ。これのせいでISコアが休眠状態になっちゃってるのね……。今休眠状態を解除したから、これでISを起動できるわ」
「あ、ありがとうございます……」
「それで早速で悪いんだけど、鈴ちゃんにはIS学園の防衛に協力してほしいの」
「え、どういうことですか?」
「今このIS学園に謎のISが三機と侵入者が数名向かってきているの。だから山田先生と簪ちゃんと一緒にそのISの迎撃に向かってほしいの」
「……もしかしてその侵入者って、あたしの誘拐と何か関係あるんですか?」
「おそらくあるでしょうね。鈴ちゃん救出のために一夏君、紫電君、箒ちゃんは上海に行っちゃってるし、ヨーロッパから来ている子たちも不在。IS学園の戦力が減った今はまさに狙い時って感じだからね」
「……わかりました。あたしも出撃します!」
「ありがとう。山田先生と簪ちゃんはもう迎撃に向かっているわ。二人の位置情報を追って合流してちょうだい」
「わかりました!」
そう言うと鈴は生徒会室を飛び出していった。
「さて、織斑先生。私は侵入者のほうを撃退します。残りの指揮をお願いしますね」
「ああ、何かあれば私も動く。……油断するなよ」
「同じ轍は二度踏みませんって」
そう言って私は生徒会室を後にするのだった。
◇
IS学園近海――
あたしは山田先生と簪の後を追ってIS学園の外へと飛び出していった。
誘拐されたことにも腹が立ったが、それ以上にIS学園襲撃の原因となったことがさらに許せなかった。
「山田先生!簪!助けに来たよ!」
「凰さん!無事だったんですね!」
「救出作戦、うまくいったんだね」
「うん、誰だかわかんないけど、この借りは百倍にして返してあげるんだから!……って嘘、あれって黒龍!?」
ハイパーセンサーでこちらに近づいてきている黒いISを見ると、それは自国で開発中とされている甲龍の姉妹機『黒龍』にそっくりだった。
「鈴、おそらく侵入者は中国からの者の可能性が高い……」
「……はあ、我が国ながら嫌になるわ。なんでIS学園を攻撃するような真似するかなぁ……!」
「凰さん、辛いかもしれませんがIS学園を守るためです。あなたの力を貸してください!」
「わかりました!あたしにとっては国よりもIS学園の方が大事なんで!」
早速黒龍めがけて龍咆を放つと、見えない衝撃波によって三機の内の一機が吹き飛ぶ。
「凰鈴音、貴様、何故ここにいる……!」
「なんのことだか全然わからないわね!あたしはIS学園の生徒、IS学園を守るのは当然でしょ!」
「……くっ!」
今度は黒龍がライフルで反撃してくるが、目の前に現れた盾によってそれは防がれていた。
「凰さん、相手は三人。こっちも三人です。うまく連携して戦いましょう!」
「山田先生……了解です!黒龍はあたしの甲龍とは違って速度を重視した機体なんで、見失わないように気を付けてください!」
「了解、これでも喰らえっ……!」
簪の打鉄弐式から大量のミサイルが発射される。
広範囲を制圧できる高性能誘導八連装ミサイル『山嵐』の制圧力は、いかに速度を重視した機体であろうと全弾回避は困難を極める。
予想した通り、三機の黒龍は執拗に追尾して来るミサイルの回避に苦労しているようだった。
「はあっ!」
そしてその隙をついて山田先生がアサルトライフルで狙撃していく。
流石に元代表候補生だけあってその戦闘能力は実戦でも十分に発揮されているようだった。
「あたしも負けてられないわ!」
ミサイルから逃げ惑う黒龍に向かって龍咆を発射する。
「……っ、この裏切り者が……!」
「誰が裏切り者よ!誘拐犯の仲間になった覚えはないわ!」
黒龍が青竜刀にも似た形状のブレードを振りかざしてこちらに向かってくる。
(あたしがあれだけ双天牙月が使い辛いって形状変更をお願いしたっていうのに、その意見が反映されるのは姉妹機の方だけってどういうことよ!ほんっと、頭に来た!)
双天牙月を両手持ちモードに変えて黒龍の青竜刀と打ち合う。
「てえいっ!」
「……っ!」
流石に機体のパワーはこちらのほうが上のようだ、鍔迫り合いでは全然負ける気がしない。
そのかわり機動力では圧倒的に黒龍の方が上のようだ。
相手は力比べはお望みではないらしく、あっさりと鍔迫り合いの状態から後方へと離脱されてしまった。
「もう、ちょろちょろと猪口才わね!」
正直、機動力を重視した機体は自分が一番苦手とするタイプだった。
その筆頭はもちろん紫電である。
斬り合っていたかと思えば距離を取られて狙撃される、こちらに銃口を向けていたと思えば急加速して斬り込まれるなど、戦い方の引き出しが多く、その度にダメージを受けてしまうことが多かった。
「でもこの黒龍は紫電ほど速くは無いし、あの圧倒的な
紫電と戦っている内に覚えた変則的な機動を駆使し、黒龍を追い詰めては双天牙月の一撃を与えていく。
「……きゃあっ!」
「……!」
しかし戦況が優勢なのはこちらだけのようだ。
機体の完成が遅れ、専用機持ちメンバーの中でも戦闘経験が薄い簪には黒龍の相手をするのは厳しいらしい。
なんとか山田先生が簪のことをフォローしてくれているが、山田先生の相手も黒龍だ。
(早くこいつを撃破しないとまずいわね……でもこいつの機動力と技量を考えると、そんなにすぐには倒せそうにない……!)
そんなことを考えていると、突然目の前の黒龍が吹き飛ぶ。
「え、何、今の!?」
続けざまに山田先生と簪が戦っていた黒龍二機が吹き飛ばされる。
黒龍も何が起こったのか把握できていないようだった。
「凰さん、更識さん、どうやら援軍が間に合ったみたいですね!」
「援軍……ってさっきのですか?一体何が起きてるんですか!?」
「今のは狙撃ですね」
「狙撃……でもどこから?」
周囲は海であり、狙撃手が狙撃に使えそうなポジションは見当たらない。
唯一あるとすればIS学園からだが、狙撃するには距離が遠すぎる。
「まさか、援軍って……」
「ええ、現日本代表にして超長距離射撃のプロフェッショナル――
「え!?」
芙蓉巴――
織斑千冬が現役を引退した後抜擢された日本代表のISパイロットである。
IS学園卒業後は自衛隊に所属し、日々災害救助などで活躍している彼女だが、彼女の真価はイリーナ・シェフテルにも匹敵すると言われるその狙撃能力の高さにある。
彼女の専用機『打鉄零式』は超長距離射撃装備「撃鉄」を基本装備とし、命中率の世界記録をうちたてた。
その実力はヴァルキリーと同等のものとして扱われ、ISパイロットランキング4位の座につくこととなったのだった。
◇
IS学園屋上にて、織斑千冬は打鉄零式を展開する芙蓉巴の隣で戦況を見守っていた。
「見事な狙撃だな、芙蓉」
「んー、まあこれくらいの距離ならなんとかなりますねー」
「相手もなかなか素早い機体のようだが、よく当てられるものだ」
「いやあ日本だと中々狙撃の実戦ができる機会なんて早々無いですからねー。IS学園の警備してれば腕が鈍らずに済みそうですよー」
「面目ない話だが、それだけ襲撃を受ける恐れがあるということだ」
「仕事の内容も普段より楽ですし、この仕事受けて良かったなー」
口調こそのんびりとしたものだがその間も淡々とその引き金は引かれており、発射された弾丸は一発すらも外れることなく黒龍に命中していく。
「目標、沈黙しましたー」
「……早いな、本当に見事な腕だ」
「いえいえ、それほどでもー」
「織斑先生、侵入者は全員片付けました。っと、芙蓉さんもお疲れ様です」
「そうか。あとは千道たちが戻ってくれば今回の作戦は完了だ」
この後、紫電たちも無事IS学園に到着し、IS学園の防衛は成功したのだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■陰謀の代償
俺たちが上海から帰ってきた直後、俺たちは生徒会室にて織斑先生と楯無先輩から状況報告を受けていた。
「全員、まずはよく戻ってきたと言っておこう。無事誘拐された凰の救出は完了し、IS学園に侵入しようとしたやつらも全て拘束することができた。侵入者たちについても更識家の者たちで取調べしてくれているから後のことは気にしなくていい。みんな、御苦労だった」
「……みんな察していると思うんだけど、今回の誘拐事件と襲撃事件は十中八九、中国が関与していると思われるわ。まさか鈴ちゃんを人質にするっていうのも妙な話だけど、それだけ一夏君や紫電君への関心が高いってことなんでしょうね」
「……自国の代表候補生よりも男性ISパイロットの解析が大事か。まあその気持ちもわからなくはありませんが当人としてはいい気はしませんね」
「俺たちのせいで鈴が誘拐されるなんて……」
流石に一夏も今回の出来事には苛立っているようだ。
「ごめん一夏、紫電。うちの国が迷惑ばっかりかけて……」
「鈴が謝る必要はないぜ。悪いのが誰かは楯無さんがはっきりさせてくれるだろ」
「その通り、鈴も誘拐された被害者だ。気にする必要はない」
おそらく、この後中国にはなんらかの制裁があるだろう。
それが鈴に変な影響を与えなければいいんだがな。
「とりあえず今日のところはお前たちは休め。とても授業ができるような状況ではないからな」
「了解です」
織斑先生から解散の許可が出され、各自自室へと戻っていった。
◇
IS学園で防衛戦が行われていたころ、篠ノ之束は誰もいなくなったケネディ宇宙センターの廊下を歩いていた。
すぐ近くのケープカナベラル空軍基地が交戦地帯となったため、ケネディ宇宙センターに来ていた人たちはみんな遠くへと避難しており、無人となっていたのだった。
「ふーん、流石にヨーロッパ全土からの援軍まで来ると被害も結構馬鹿にできないなぁ。でもまあゴーレムⅤはそう簡単には倒せなかったみたいだねぇ」
束は空間に浮かぶモニターを見ながら宇宙センターの中を歩く。
まるで見知った場所であるかのように迷わず、関係者以外立ち入り禁止と書かれたドアも迷わず開けて地下へと向かって進んでいく。
「ふんふーん、アメリカのセキュリティも束さんにかかれば無いも同然だねぇ。さてさて、お目当てのものはこの先かなー?」
本来ならばどんな侵入者であろうとも寄せ付けないアメリカ最高峰のセキュリティゲートが何もなかったかのように開かれていく。
その先は窓が一つもない、金属の壁で覆われた無機質な部屋だった。
ただその部屋の中央には巨大な石があり、大小さまざまなケーブルが張りつけられていた。
「うーん、ISコアを作るための素材の一つが
そう言いながら束は隕石に取り付けられているケーブルを外していく。
「さてさて、それじゃISコア化を始めますか!」
束は隕石に小型の装置を取りつけると、そこから伸びるケーブルを持参したノートパソコンに接続する。
そして空間に表示しているモニターと合わせて、ノートパソコンのキーボードをピアノでも奏でるかのような華麗な指さばきで叩いていく。
「ふんふんふーんっと、よし。これでこの隕石のISコア化は完了っと!……あの男には先を越されちゃったけど、ちゃんと束さんだって宇宙に出るための準備はしていたんだ。そう、ただ忘れてただけ!これで束さん秘蔵の宇宙船もようやく
誰に聞かせるわけでもなく、束は一人ごちる。
「はろはろーくーちゃん、準備おっけーだよ!」
「了解です、束様」
束がクロエに合図を送ると、頭上からメキメキと音がしはじめる。
やがて天井に小さなヒビが入ると、そこから大きな亀裂へと変わり、大きな穴から巨大なドリルが顔を出した。
「うん上出来、上出来!それじゃISコアを運ぼうか!」
空の見えるようになった天井からゴーレムⅤが四機、ゆっくりと降りてくると隕石の周りを囲うように陣形を組む。
「ほいほい、それじゃ早速運んでちょうだーい!」
巨大な隕石から変貌した巨大なISコアはゴーレムⅤたちの手によってスムーズに穴の開いた天井へと運ばれていく。
そして束も後を追うように、開いた穴の小さな段差に足をかけては地上目掛けて跳び上がる。
常人では到底できない荒業ではあるが、束にとっては造作もないことである。
地上へたどり着いたのもすぐのことだった。
「次は沿岸に浮かべてる私の宇宙船まで運んでエンジンルームに設置と……。あとはゴーレムに任せておけば大丈夫かな!くーちゃん、ドリルはラボに運んでおいてねー!」
「はい、了解です」
ISコアを運ぶゴーレムたちは海の方へと向かって飛んでいく。
束の言うとおり、すぐ近くの海岸には見慣れない潜水艦のような物体が浮かんでいる。
それは昔、まだ束が宇宙への道を忘れていなかったころに作りかけていた宇宙船を完成させ、海中へと隠していたものだった。
ゴーレムたちが海岸の方へと向かってしばらくすると、空間に浮かべたモニターからゴーレムたちが目的地へと到着したことを示すアイコンが表示される。
「ふー、さすがに大型の宇宙船を運用していくには大型のISコアじゃないとエネルギー不足になっちゃうしねぇ。素材の調達も楽じゃないよ」
「見事な手腕ですわね。篠ノ之博士」
「……今更何か用かな?」
束の後ろに立っていたのは流れるような金髪と女性ですら見惚れるような美貌の持ち主、亡国機業のスコールだった。
「上からのご命令でして。再度束博士へ我らが亡国機業にIS提供の依頼をしてこい、と」
「……それは前も言ったよね?めんどくさいからヤダ、って」
「そこをどうにかしてほしいのですが、これだけ頼んでも断るつもりでしょうか?」
「黒騎士を作ってあげただけでも十分すぎるほどだと思うんだけど。あんまりしつこいのは嫌いかな」
「……そうですか、それは残念です。ではこれならどうでしょうか?」
「……!?」
束の近くで浮かんでいるモニターが突如赤い画面に染まる。
おまけに画面にはアラートを知らせる文字が大量に表示されている。
(宇宙船のシステムにエラーが発生した?……違う、システムの乗っ取り……?コントロールが一切効かない……!?)
束がスコールを睨みつけると、スコールは変わらず涼しい顔をしている。
(まさかとは思うけど、亡国機業なんかに宇宙船のシステムを乗っ取られた?……あり得ない、私の準備は完璧だった。情報が漏れた形跡もないし、計画の進め方だって迅速だった。それが何故――!?)
(束博士は明らかに動揺している。どうやら予定通り『オリジン』は束博士の開発していた最新兵器のシステムハッキングに成功したみたいね。どうやったかはわからないけれど、束博士の最新兵器を強奪して弱みまで握るなんて、オリジンの手腕は流石といったところね)
『オリジン』は亡国機業の幹部メンバーの中でも最上位に近いと言われている一人である。
普段は主にアメリカを中心とした諜報行為を行っているが、オリジンの特徴はなんといっても機械技術の知識に長けていることだった。
その知識を活かした諜報行為は組織の活動を円滑にし、組織を現在のように強大にした功績もある。
実際スコールが率いるチーム、モノクローム・アバターの活動もオリジンからの協力を受けて成り立っていると言っても過言ではない。
もちろん、今回の束博士の最新兵器強奪もオリジンの主導による計画であった。
「束博士、何やらお困りの様子ですね?例えば……手塩にかけて作り上げた最新兵器が言うことを聞かない、とかでしょうか」
「……!」
(……私の宇宙船のシステムを乗っ取ったのは亡国機業ということで間違いない、か。まさか完成したばかりの宇宙船を乗っ取られるなんて……!)
束の表情が無表情から怒りの表情へと変わる。
「へえ、まさか亡国機業にそんな優れた技術者がいるとは思わなかったな。私に匹敵する頭脳の持ち主は
「ふふふ、お褒めに預かり光栄ですわ。束博士の最新兵器は我々が有効に使わせてもらいますからご安心くださいね」
「……っ!」
束は嫌な予感を察知して後方へと飛び退く。
するとつい先ほどまで自身が立っていた場所に銃弾が撃ち込まれていた。
「ちッ、相変わらずのバケモンっぷりだぜ」
束を狙っていたのは上空で待機していたオータムだった。
オータムは以前レストランで束博士の勧誘を行った際に生身の束に完敗を喫しており、それ以降ずっと復讐のチャンスをうかがっていた。
「オリジンが作ってくれた機会だ、潔くあの世へ行けっ!」
再び束目がけて銃撃が行われる。
しかし再び束は超人的な身体能力を発揮すると、あっという間に遠ざかっていく。
「……くそっ、一発も当たらねえとは……!」
「落ち着きなさい、オータム。今回はあくまで束博士の最新兵器を奪うのが目的。束博士に逃げられても問題は無いわ」
「……ちっ」
オータムは最後にそう吐き捨てると、束が逃げ去った方向を睨みつけるのだった。
◇
束はオータムの攻撃を全て避けきると、なんとか自身のラボへとたどり着いていた。
ラボには先にゴーレムたちが戻って来ていたが、戦闘が不可能なほどボロボロとなっていた。
おそらくヨーロッパからの援軍を撃退した後、亡国機業の攻撃を受けたのだろう。
ラボに到着すると、休む間もなく宇宙船のシステム奪還を試みるが、どう頑張ってもうまくいかない。
まさかのシステム乗っ取りを許してしまう結果となったのは、自身の頭脳を過信しすぎた傲慢によるものなのだろうか。
今までどんな機械であろうとも意のままに操ってきた束にとって、これ以上の屈辱はなかった。
(……あれは使用用途は宇宙船ではあるけど、航行中の隕石破壊用大型レーザー砲も備えている。大気圏内だって飛行可能だし、使い方次第によっては大量殺戮の兵器にも成りえる……!おまけに出撃できるゴーレムももうない……!)
今までで最悪の事態であるということが脳裏をよぎったが、最早束に打てる手は無かった。
(……なんで!?どうしていつもこうなるの!?私は純粋に宇宙へ行こうとしているだけなのに――!?)
束は失望を通り越し、もはや絶望ともいえるような葛藤に悩んでいた。
思わずいつも使っているパソコンのキーボードを思いっきり叩いて壊してしまうほどに。
「いてっ!なんだよ、もう!」
キーボードを叩いた衝撃で頭上に置いていたものが落ちてきてしまったようだ。
思わず何が落ちてきたのかと手を伸ばして足元に落ちたものを拾い上げると、それは普段まったく鳴ることのない携帯電話だった。
一瞬だけ束はその携帯電話を使うことをためらったが、やむを得ない状態だと悟り、携帯電話を操作していく。
携帯電話の画面に表示された通話先にはちーちゃん、と表示されていた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■ダイ・ハード(1)
専用機持ちたちが各自部屋に戻ってから数時間後、俺たちは再び生徒会室へと招集されていた。
そこには現在IS学園に残っている専用機持ちたちだけでなく、織斑先生と山田先生に加え、現役日本代表のISパイロットである芙蓉巴も出席していた。
「よし、みんな集まったな。ひとまず先に紹介しておこう。知っている者のほうが多いかもしれんが、日本代表ISパイロットの芙蓉だ。近頃のIS学園襲撃が多いことから無理を言ってIS学園警護の任についてもらうことになった。IS学園卒業の大先輩だ、みんな敬意を払えよ」
「皆さんこんにちは、芙蓉巴ですー。よろしくねー」
(((なんかのほほんさんをそのまま大きくしたような感じの人だ……)))
喋り方といいのんびりした雰囲気といい、のほほんさんにそっくりである。
その場にいた専用機持ちメンバーの多くは第一印象でそう感じ取っていた。
しかし、それでも織斑千冬の後を継いだ現役の日本代表であり、ISパイロットランキング4位の座につく実力者なのであった。
「さて、では本題に入ろう。散々ニュースでも報道されているIS無人機のアメリカ襲撃の件についてだ。現在の状況としては最悪、と言ってもいいだろう。ケープカナベラル基地が壊滅し、防衛していたアメリカ空軍とヨーロッパ各地から派遣されてきた援軍は壊滅。今のところ死者が一人もいないのことだけが唯一の救い、といったところだ」
「アメリカ軍にヨーロッパからの援軍まで壊滅って……まじかよ」
「相手はそれほどの戦力を持っているということか……?」
「それと篠ノ之。お前には少々辛い話になるが、このアメリカ襲撃の主犯が束であることがわかった」
「なっ!?」
俺は元々本人から聞いていたので驚くことはないが、そもそも大量の無人機をアメリカにけしかけることができる人間なんて、そもそも篠ノ之博士以外には考えられないだろう。
「……つい先ほど本人から連絡があった。なんでもアメリカの宇宙センターにある隕石がどうしても欲しかったらしい。執拗な追跡を止めさせる目的もあったらしいが、アメリカとしてはいい迷惑だろうな」
(宇宙センターにある隕石……?確か襲撃されていたのはケープカナベラル空軍基地だった……。そこから一番近い宇宙センターといったら、ケネディ宇宙センターか!)
ケネディ宇宙センターは俺とシオンが初めて出会った場所だった。
しかしそこにある隕石が必要だった、というのはどういうことだろう。
何かシオンと関係あるのだろうか――
「ただその途中で束が開発していた宇宙船を亡国機業に奪われてしまったらしい。おまけにその宇宙船にはレーザー砲も搭載されているとのことだ。それで現在軍事目的に利用されるわけにはいかないから、とこちらに救援要請をしてきたというわけだ」
「……姉さん……」
宇宙船、か。幸か不幸か俺の言葉は一応篠ノ之博士に届いたらしい。
しかしあの篠ノ之博士が宇宙船を強奪されるってどういうことだ?
当然のことだが、機械の知識や技術だって世界ナンバーワンクラスだ。
おまけに篠ノ之博士は織斑先生と渡り合えるほどの身体能力が高いとも聞いている。
一体どうやって亡国機業は篠ノ之博士から宇宙船を強奪したというのだろうか。
「それと、救援要請をしてきたのは束だけではない。国際IS委員会を通じてアメリカ政府からも救援要請が来ている。……もう動けるのは我々しか残っていないからな。海外に一時帰還している専用機持ちたちも合わせ、IS学園の総力をかけて助けてほしいとのことだ」
「そんな……」
「……俺たちしか、もういないのか?」
「……残念だけど、各国からの援軍はもう期待できないわ。全員ケープカナベラルの戦いで大破、戦闘継続は不可能との報告よ」
生徒会室に重苦しい空気が流れる。
アンジェラさんやリーズさんらもヨーロッパからの援軍として参戦していたはずだ。
それでも敗北した、ということは篠ノ之博士も相当な準備をしていたんだろうな。
「それで現在はケネディ宇宙センター付近で奪われた宇宙船を中心に、亡国機業のISが周囲を哨戒している状況とのことだ。今回の作戦は亡国機業の殲滅と奪われた宇宙船の奪還、ということになる。だが今回は束にも協力させる上、私も『暮桜』で出撃する」
「え、千冬ね……織斑先生も出撃するんですか!?」
「ああ。亡国機業にはアーリィがいるんでな。それにIS学園は山田先生と芙蓉が防衛についてくれるから私も安心して出撃できる」
織斑先生も出撃してくれるのか、それならば亡国機業が相手だろうとなんとかなるだろうか。
「……本当はお前たちに出撃させたくはないが、私一人ではこの作戦を成功させることは不可能だ。すまないが、協力してほしい」
「……俺は織斑先生を一人で行かせるつもりはないぜ!亡国機業の連中にいつまでもやられてばかりじゃいられないしな!」
「……一夏が行くのならば、私はそれについていくだけだ。紅椿はそのためにあるのだからな」
「あたしだって行くわ!舐められてばかりなんてゴメンよ!」
「お姉ちゃんは、行くの?」
「ええ、私にも行かなきゃいけない理由があるの。かつてロシア代表だったイリーナ・シェフテルが亡国機業にいるからね」
「……私も行くよ。少しでもお姉ちゃんの力になりたい」
「俺は最初っから行く気でしたよ。亡国機業が相手なら相手にとって不足ないですしね」
どうやら全員行く気はあるようなので一安心だ。
俺としてはそれなりに実力のある亡国機業の連中と遠慮なく戦えるので、むしろ願ったりかなったりというところだ。
それに、新しく発現した『超感覚』だって使いこなせるようにならなければならない。
そのための実戦訓練と思えば、なんてことはない戦いである。
「……全員出撃の意志はある、ということだな。すまないが今は一刻すらの時間も惜しい。すぐに空港へと向かうぞ」
「「「はい!」」」
◇
俺たちが空港へ到着すると、そこには既にアメリカから招待状代わりの飛行機が待っていた。
「……織斑先生、アメリカ行きの飛行機ってこれですか?」
「……ああ、間違いないな。今日この空港から離陸準備ができているのはこれだけだ」
「でもこれって飛行機じゃなくて輸送機ってやつじゃない?」
「目的地であるケネディ宇宙センター付近は亡国機業の連中に制空権を取られているからな。近くまで運んでもらったらそのまま空から飛び降りてISを展開し、そのまま攻勢に移る」
「……スカイダイビングしながらISを展開するってわけか。俺、大丈夫かな……」
「大丈夫よ、もし地面に叩きつけられても絶対防御が発動するわ」
「お姉ちゃん、そこはうまく展開できるよと励ますべきじゃないかな……」
「空中から奇襲をかける、か。中々面白そうじゃないか。誰が一番早く宇宙船を奪還できるか競争でもしようか」
そうこう言いながら全員で輸送機に乗り込んでいく。
それにしても中は意外と広いんだな、早々輸送機に乗れる機会なんて無いし、今はこの状況を楽しんでおこう。
「全員乗ったな、ドアを閉めるぞ」
バタンと大きな音を出して重そうな扉が閉まると、体がふわっと浮き上がるような感覚と共に機体が浮き上がり、凄いスピードを出して空港から飛び立った。
「け、結構早いんだな輸送機って……!」
「う、うむ。絶叫マシンにでも乗っているかのようだ」
初っ端からかなりの速度を出しているようで、中に乗っている俺たちにもぐっと負荷がかかる。
ISを展開しているときはこれしきの速度で負荷は感じないため、中々斬新な体験である。
「目的地まではまだしばらく時間がかかる。全員、今のうちに休んでおけ。ヨーロッパ組も現地で合流することになっているから、到着したらしっかり位置確認することを忘れるなよ」
「「「了解!」」」
何度かこういった作戦を行ってきたおかげか、いくらか軍人のような性質が身についてきているような気がする。
それがチームワークスキルの向上に繋がっていれば良いんだが。
ひとまず俺はアメリカまで着くまでの間、目を閉じて体を休めることに集中するのだった。
◇
ケネディ宇宙センター付近の上空ではオリジンに乗っ取られた宇宙船が待機していた。
その船内ではスコール率いる亡国機業の実働部隊『モノクローム・アバター』の主力メンバーが勢揃いしており、リーダーのスコール・ミューゼルを先頭にオータム、エム、レイン、フォルテと続いて通路を歩く。
また、今回はオリジンの命令により普段は別行動をしているイリーナに加えて、降ったばかりのアリーシャまでもが後方をついて歩いていた。
「中は結構殺風景ねぇ。束博士が造った宇宙船らしいけど、もうちょっと内装にもこだわってほしいものね」
「どうせ使用用途は空中移動要塞なんだし、機能さえまともでありゃいいんじゃねえか?」
「あら、中身っていうのは重要なのよ?使い勝手にだって影響するもの」
そう言いながら一行は宇宙船の中を歩いていく。
目指しているのは操舵室だった。
「お、外の風景が良く見えるな。ここが操舵室か」
「オリジンは……いないようね。遠隔操作でこの船のシステムをハッキングしたとでもいうのかしら?あの束博士相手に一体どうやったらそんなことができるのかしらね」
「操縦は自動操縦になってるな。……手動操縦にするのは流石に危険だからやめておいたほうがいいか」
「機体の操縦もオリジンが対応していると思うけど、大丈夫かしら」
スコールは周囲を見回すが、スイッチやらレバーやらがたくさんありすぎる。
うかつに触るのは危険と判断し、ひとまずは操縦席に座るだけにした。
「レイン、フォルテ。あなたたちは一応他の部屋も見回っておいてちょうだい」
「あいよー」
「了解っス」
「オータム、私はさっき見つけた休憩室で一休みさせてもらうとするサ。
「あら、それじゃ私も一休みしていようかしら。後のことはスコールに任せるわ」
そう言うとアリーシャとイリーナも操舵室から出ていった。
「それでオータム。これからどうするんだ?」
「オリジンからの命令では最後に来るであろうIS学園の専用機持ちたちをその場で迎撃しろ、とのことよ」
「そうか、あの生意気なクソガキどもと最終決戦、ってわけか。腕が鳴るぜ」
「エム、あなたにも期待しているわよ?」
「……言われなくてもわかっている。織斑一夏は私の獲物だ」
IS学園のメンバーを乗せた輸送機が到着するまであと数時間――
今まさに亡国機業とIS学園の総力戦が始まろうとしていた。
完結まであと少し……がんばろう。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■ダイ・ハード(2)
「間もなく目的地です、後部ハッチ開きます!」
後部ハッチの前で待機していた俺たちの耳に輸送機の操縦士からの大声が届くと、ゴゴゴと音を出しながらハッチが開いていく。
「よし、私が先陣を切る。全員ついてこい、遅れるなよ?」
そういうと織斑先生が一番にハッチから飛び出していった。
「二番手は俺がもらうぞ。早くお相手さんと戦いたいんでね」
俺は織斑先生の後を追うように後部ハッチから空へと飛び出す。
スカイダイビングは初めてだが、いつもISを使って飛行しているので特に思うことはない。
フォーティチュード・セカンドを展開して上空を見上げると、他のメンバーたちも丁度ハッチを飛び出しているところだった。
「千道、先に言っておく。私は最も早く宇宙船に辿りつくのはおそらくお前だと思っている。宇宙船に辿りついたらどんな手段を使ってでも宇宙船のコントロールを奪え。最悪破壊してもかまわない」
「流石に宇宙船を破壊できるほどの武装はありませんが……。まあ、なんとか中に入って動力源でも破壊しますよ」
「ああ、頼んだ」
織斑先生と会話している間に全員がISを展開して集まって来ていた。
目標である宇宙船とはまだかなり距離が離れているが、十分目視できる距離だ。
それにISコアの位置情報を見るところ、ヨーロッパ組もこちらに向かってきている。
ただ、こちらに向かってきているのはヨーロッパ組だけではないようだった。
「……早速亡国機業がしかけてきたか。各自、亡国機業を迎撃しつつ宇宙船を目指して前進するぞ!」
真っ先に見えたその機体は俺もよく覚えている。
――グストーイ・トゥマン・モスクヴェだ。
「あら、イリーナ・シェフテルが早速お出ましとはついてるわね。私はあの機体を相手するから簪ちゃん、援護お願い!」
「う、うん、わかった!」
楯無先輩と簪はグストーイ・トゥマン・モスクヴェをターゲットにしたようだ。
(楯無先輩は何かイリーナ・シェフテルと因縁でもあるようだったが……。まあ楯無先輩なら大丈夫だろう。簪も援護についていることだし、負けはしないだろう)
内心は俺もイリーナ・シェフテルとは再度勝負したかったところだが、織斑先生から期待も寄せられているようだし、ここは宇宙船の奪還を最優先にすべきだろう。
そんなことを考えているとこちらに向けて炎の塊と氷の柱が飛んできた。
あれは――ヘル・ハウンドとコールド・ブラッドか。
「悪いが、こっから先は通させないぜ!」
「……イージスコンビか。そう言えばあんたたちと戦ったことはなかったな。丁度いい、相手を――」
相手をしよう、そう言いかけたところで今度は相手に向かって風の槍とオレンジ色のレーザーが飛んでいった。
「紫電!紫電はこんなところで立ち止まってちゃだめだよ!」
「その通りです!こんなクレイジーレズなんて紫電様が相手する必要はありません!シャルロットさん、私たちで紫電様の進む道を切り開きましょう!」
「シャルにエリーか。今まで戦ったことのない相手と戦うのは最近の俺の楽しみだったんだが、今回だけは譲っておこう。……負けるなよ?お前らは俺が認める実力者だ。こんなところで負けは認めないからな」
「わかってる、紫電が作ってくれたこのエクレールで負けるわけにはいかないよ!」
「紫電様、私が勝ったら何かご褒美をください!」
流石エリー、相手に攻撃されているこの状況でもぶれない。
こうして話している最中もヘル・ハウンドとコールド・ブラッドはエクレールとテンペスタⅡを狙って射撃攻撃を繰り返している。
しかし二人とも高速機動を売りにした機体だけあって、攻撃を軽々と避けていた。
「……流石に結婚は無理だがキスまでなら考えてもいい」
「……!絶対に勝ちます!」
「あっ!紫電、エリーだけに約束するのはずるいよ!僕もご褒美もらうからね!」
「わかった、わかった。だから今は目の前の相手に集中してくれ!」
「くそっ、あいつら余裕かましやがって……!」
「流石に両方とも最新鋭の機体っスねぇ。回避能力高すぎっス」
どうやら相手の二人もシャルとエリーにターゲットを定めたようだ。
今のうちに宇宙船へと近づくとしよう。……負けるなよ、二人とも。
◇
「ようやく見つけたぜぇ、フォーティチュード!」
「ん?何だ、いつぞやの三下か。少しは強くなったか?」
「誰が三下だ!オータム様だっつってんだろうが!」
下方から声がしたと思いきや、そこにいたのはアラクネを展開している三下、もといオータムだった。
「てめえが一番スコールの邪魔になるってことはわかってるんだ。大人しくここでくたばりやがれっ!」
「そうはさせん!」
「……っ!」
俺の方へと向かってくるアラクネの進行を遮ったのはレールカノンによる砲撃だった。
「この砲撃……ラウラか」
「紫電、すまないがこいつは私に譲ってくれないか?嫁から聞いたが、こいつは第2回モンド・グロッソでの誘拐事件にかかわっているのでな。嫁の敵討ち、というわけだ」
「ラウラ、オータムの相手なら俺が……!」
「一夏、あんたの相手はあっちで待ってるわよ。悪いけどあたし
「鈴!?俺の相手って……!」
鈴が指差す方向を見ると、そこには仁王立ちでこちらを睨みつけている黒騎士の姿があった。
「あれは黒騎士か……!」
「織斑一夏……!今度こそ決着をつけさせてもらう!」
(一夏一人で黒騎士の相手をするのはきついか……?俺が援護に――)
援護に行くべきか、そんなことを考えていると俺のすぐ横に箒が来ていた。
「紫電、一夏のことを気にしているのならその心配は不要だ。一夏は私が援護するから姉さんの作った宇宙船を奪い返してくれ!」
「……そうか。それじゃ任せたぜ、箒。一夏は一人にしておくとどうも不安なんでな」
一番厄介な黒騎士は一夏への執着心がえらく強いようだが、箒も一緒ならおそらく勝てるだろう。
だが今宇宙船を目指しているのは俺と織斑先生だけになってしまったか。
「千道、残るは私とお前だけだが私は
「……どうやら俺も一直線に宇宙船に向かうのは厳しそうですけどね」
目標の宇宙船はもう目の前というところまで近づけたが、宇宙船の甲板部分にISを展開して立つ二人の姿が見えた。
片方はテンペスタを展開したアリーシャ・ジョセフターフ。
そしてもう片方はゴールデン・ドーン……ということはスコールか。
テンペスタの方はすでに織斑先生を見つけたためか、こちらに向かってきている。
「やっと重い腰を上げたのサ、
「たかがそれだけの為に亡国機業に降った馬鹿者が……。いいだろう、ここで決着をつけてやる」
「その言葉を待っていたのサ!」
織斑先生は気を利かせてくれたのか、宇宙船から離れていく。
アリーシャ・ジョセフターフも俺への興味はないようで、こちらを一瞬だけ確認するとそのまま無視して織斑先生の後を追っていった。
一方、ゴールデン・ドーンは甲板から動く気配が無い。
最後の砦として俺が来るのを待っている、ということなのだろうか。
(まあなんにせよ宇宙船奪還のためにはあのゴールデン・ドーンを倒す以外ないか――)
俺はゆっくりと甲板に着陸することにした。
その間もゴールデン・ドーンからの攻撃はなかった。
「……こうして顔を合わせるのは初めてか。千道紫電、フォーティチュード・セカンドだ」
「そうね。何度か会ってはいたけど一応初めまして、と言っておきましょうか。スコール・ミューゼル、ゴールデン・ドーンよ」
「出会って早速で悪いんだが、この宇宙船は返してもらう。ようやく篠ノ之博士が宇宙への道を進もうとしているんだ。その道を邪魔させるわけにはいかない」
「宇宙船?なるほど、この船は宇宙にも行けるってことなのね。それじゃあ尚更返すわけにはいかなくなったわね」
「用途も知らずに強奪したのか?それじゃ技術の無駄遣いってもんだな。やはりこの船はお前たちには相応しくない」
「……一つ聞かせてもらおうかしら。なぜあなたはそこまで束博士の発明品にこだわるのかしら?同じ開発者としてこの宇宙船に興味があるから?それとも束博士のことが気になるからかしら?」
「……俺と同じく宇宙を目指す人に敬意を示した、それだけだ」
「宇宙を目指す……?ふふふ、あなた本気で言ってるの?」
「本気だ。人類が初めて宇宙に出てからどれだけ経ったと思っている?ようやくISができて宇宙への道が近づいたと思いきや、いつまで経っても人類は宇宙へと歩みを見せる気配を見せず、ISを兵器として運用してばかり。……一体いつになったら人類は宇宙へ行けるというんだ?お前らのように宇宙への道を妨害する奴が人類を宇宙から遠ざけるんだろう!」
そう言って俺はオブシディアンの切っ先をスコールへと向ける。
向こうも宇宙船を強奪した以上、共に歩むという選択肢は既にない。
ならば全力でぶつかり合い、どちらの意見が正しいのか押し通すのみだ――!
「……そう、残念ね。まあ、あなたのことは最初から仲間にできるなんて思ってなかったわ。あなたは少し亡国機業に被害を出し過ぎたわ」
俺の動きにつられてゴールデン・ドーンも戦闘態勢に入る。
「さっさと倒して宇宙船は奪還させてもらうぞ!」
「こちらもオリジンの命令なのよ。そう簡単には渡せないわ」
宇宙船をかけた戦いは最後の戦いに入ろうとしていた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■ダイ・ハード(3)
先手を取ったのは俺の方だった。
オブシディアンを向けることで近接戦闘へ意識を向けさせておいて、不意打ちとしてフィンガーショットを放つ。
ノーモーションで指先から放たれたエメラルド色の弾丸はゴールデン・ドーンの肩部目がけて吸い込まれるようにして直撃していた。
「……っ!不意打ちとは卑怯じゃないかしら」
「油断しているそっちが悪いんだ」
スコールは決して油断していたわけではない。
ゴールデン・ドーンにはプロミネンス・コートと呼ばれる機体周辺に張る薄い熱線のバリアが張られていたのだった。
生半可な攻撃であればこのプロミネンス・コートを破ることすらできず燃え尽きてしまう。
スコールはあえて攻撃を回避しないことで、紫電の攻撃がプロミネンス・コートで防げるかどうか確認していたのだった。
(……ただの弾丸だったら焼き尽くすことができるんだけど、あのエメラルドみたいな弾丸は駄目みたいね。それとおそらくあの黒い刀のようなブレード……あれも駄目そうかしら。……厄介ね)
ゴールデン・ドーンは高機動力を売りにした機体ではない。
防御面はプロミネンス・コートでカバーし、文字通り火力のある武装で相手を圧倒する機体である。
それ故に高機動力で相手を翻弄しながら戦うフォーティチュードの攻撃をどの程度ならば無効化できるのか、という点が非常に重要なポイントだった。
(フォーティチュード・セカンドの武装は事前にチェックしている。その中で最も威力の低い攻撃があのエメラルド弾のはず……。残念だけどプロミネンス・コートはあまり役に立ちそうにないわね)
スコールは戦いが始まってから僅か数秒の内に自らに纏わりつく重苦しい空気を感じ取っていた。
目の前で臨戦態勢をとる男から放たれる強烈な威圧感はとてもISを起動させて一年未満のルーキーのものとは思えない。
流石はIS学園の
スコールはそんなことを考えていた。
「どうした、攻めてこないのか?それならこっちからやらせてもらうぜッ!」
「……!」
どうやらスコールは様子見に徹しているらしく、自分から仕掛けてくるつもりは無いらしい。
それならばこちらから仕掛けて一気に終わらせるのみだ。
俺は一気に加速してゴールデン・ドーンに近づくと、そのままオブシディアンを振り下ろす。
(あら、射撃で攻撃してくるかと思ったけど近接戦で来るなんてね)
ゴールデン・ドーンには近接戦闘時には三本目の腕として使用できる巨大な尻尾がある。
それ故にスコールは距離を取った射撃戦よりも近接格闘のほうが得意だった。
スコールとしては高速機動によって距離を取られ、一方的に射撃攻撃を受けることも想定していたため、近接戦闘を挑んできたことについては幸運と捉えていた。
(それならばこの尻尾で――!)
(……右から尻尾を使った打撃が来る!)
俺はとっさに座標操作を発動させ、ゴールデン・ドーンの背後に転移するとそのままがら空きとなった背中目がけてオブシディアンを振り下ろした。
「ぐっ……!?」
流石に座標操作を使った奇襲はスコールも読み切れなかったようで、俺の渾身の振り下ろしは見事にクリーンヒットしていた。
ついでにさっきまで俺がいた場所目がけてゴールデン・ドーンの尻尾が伸びていく。
俺の読みはどうやら正しかったようだ。
(折角背後を取れたんだ。もう一発ぶち込んでやるッ!)
俺は未だ無防備となっている背中に向けて追撃のレーザーキャノン、ルビーの照準を合わせる。
(……ほんの少し左に移動する気だな)
ルビーを発射する直前、ゴールデン・ドーンが左へと移動するのが見えた。
追撃を回避するための行動と見たが、今の俺にはほんのわずかな動きでさえもよく見えている。
おそらくこれが『超感覚』というものなのだろう。
案の定、ゴールデン・ドーンはほんの少し左に移動してきたが、そこは丁度ルビーの照準を合わせた場所だった。
「……っ!?」
ゴールデン・ドーンの背中にルビーが直撃し、赤い閃光が飛び散る。
向こうもこのルビーが直撃することは予想外だったようだ。
バイザー越しにうっすらと見えるスコールの表情は怒りと驚愕の表情に染まっていた。
(なっ!?何故射撃が当たったの……!?私は確かに回避できていたはず……!)
スコールは慌てて後ろを振り向くも、フォーティチュード・セカンドの姿が目に映ったのはほんの一瞬だけだった。
(また背後を取られた?……違うわね、上!)
一瞬のうちに視界から消え去ったフォーティチュード・セカンドの姿を追うため、スコールも負けじとハイパーセンサーを駆使したところ、今度は一瞬のうちに加速して上空へと離脱しているところが見えた。
(速すぎる……!これが超新星の実力だというの……!?)
流石のスコールもあまりの機動力に内心では焦ったが、こうなることはある程度予測できていた。
そのため一瞬で気持ちを切り替えることに成功し、見失いかけたフォーティチュード・セカンドの姿を視界内にとらえることに成功する。
(……やられてばかりでは駄目ね。攻撃した後の隙をついて反撃を入れるつもりだったけど、相手もそう簡単にはやらせてくれないわね)
相手の攻撃直後の隙をついたカウンター戦術は高速機動戦法を主体とする機体には有効な戦術である。
だがやはりそのことは
スコールはどうにもこちらのしようとしていることが読まれているような気がしてならなかった。
「好き勝手やってくれたけど、今度はこちらから行かせてもらうわ。やられっぱなしというのは私の性に合わないの」
「……!」
ゴールデン・ドーンの周囲の温度が急激に上昇していくと、やがて小さな火球が大量に生み出されていく。
(なるほど、ゴールデン・ドーンの攻撃方法はあんな風に炎を使うのか。確かに強力そうではあるが、さあどうくる?)
俺は空中で静止して様子を伺っていると、ゴールデン・ドーンの周囲にできあがった火球がこちらを目がけて一斉に飛来してきた。
なるほど、俺の高速機動に対抗するために点ではなく面で制圧しようというわけか。
だが超感覚で研ぎ澄まされた俺の動体視力にこれしきの射撃攻撃など無意味にも等しかった。
(まるで時間でも止まったみたいだ――)
俺はゆっくりと自分の方へと近づいてくる火球を軽く回避しながら再びゴールデン・ドーンへと距離を詰めていく。
今度は座標操作なしの正面突破である。
「……っ!?」
「喰らえッ!」
今度はオブシディアンの薙ぎ払いと見せかけてフィンガーショットを放つ。
ゴールデン・ドーンの一番厄介なポイントは巨大な尻尾による攻撃と見た俺は、単純な近距離戦を挑むのをやめ、フェイントや機体速度を活かした撹乱を中心に攻めていく方針に決めたのである。
「くっ!」
案の定フィンガーショットによって放たれたエメラルドの弾丸は巨大な尻尾によってガードされる。
尻尾の先にはクロー状の爪もついており、やはり尻尾による攻撃だけはなんとしてでも回避すべきだと俺は確信していた。
(フィンガーショットはガードされたが二の太刀は受けてもらう!)
もとよりフィンガーショットはゴールデン・ドーンの尻尾を前に引きずり出すための布石である。
最初から狙っていたのは尻尾をガードに使用したことによってがら空きとなったスコールの首だった。
今度はフェイントを含めない、最速のモーションから放つ最速の突きである。
「……!美女の顔を狙うなんて、酷いことするわね」
しかしどうやらスコールもそこまでは見抜いていたらしい。
あと少しで首へとたどり着いたはずのオブシディアンはとっさに振られた巨大な尻尾によって弾き飛ばされてしまう。
「せっかく立派な武器だったのに、残念――」
「それも想定内だ」
俺は弾き飛ばされたオブシディアンを座標操作で手元に転移させると、今度は左手一本で再び突きを放つ。
「――っ!?」
今度はスコールといえども読み切れなかったようだ。
オブシディアンの切っ先はスコールの肩部に直撃し、ガリガリとシールドエネルギーが削られる音が響く。
「……ぐっ、厄介ね……!」
しかしスコールもやられっぱなしではいない。
突きを受けたこの距離は、肩に備わっている炎の鞭『プロミネンス』の絶好の射程範囲内だった。
「これでもくらいなさい!」
スコールはこちらに向けて勢いをつけた炎の鞭を振るってくる。
しかし炎の鞭は機体に直撃するか、というところであらぬ方向へと向きを変えて流されていった。
「……リーズさんと戦った時の戦闘データは確認していないのか?これが
「……まだ奥の手を隠していたのね」
「隠しているのはこれだけじゃないぜッ!
「――っ!」
強力な重力の発生により、ゴールデン・ドーンが宇宙船の甲板に貼り付けになる。
しかしその機体のパワー故か、なんとか膝をつくことなく両足で甲板に立っていた。
「くっ、これしきで……!」
「見事なパワーだな。ならこれならどうだ!」
スコールはなんとか重力操作の範囲内から抜け出そうとしているが、俺はISコア・オーバーロードを発動し、重力操作の威力を向上させる。
「……ぐっ!」
ついにスコールが膝をついた。
ISコア・オーバーロードで強化された重力操作・陥没を喰らってもまだ地面に倒れないとは、恐るべき機体のパワーだ。
「だがこれで終わりだ!潔く散れッ!」
俺は再びISコア・オーバーロードを発動し、ルビーの出力を2倍にしてゴールデン・ドーンに照準を合わせて一気にレーザーキャノンを連射した。
レーザーキャノンが一発発射される度にゴールデン・ドーンのアーマーが砕け、周囲に赤い閃光が飛び散る。
(ちっ、出力強化したルビーですら耐えるのか……!頑丈さだけは大したもんだ……!)
何度目かのルビー発射で肩部の砲身にも少々ダメージが出始めている。
しかし、流石のゴールデン・ドーンも出力強化されたルビーの連射には耐えきれなかったようだ。
ゴールデン・ドーンの装甲展開は解除され、スコールに絶対防御が発動していた。
「見事な頑丈さだった。だが先を急いでるんでな、別れの挨拶は無しだ」
俺は甲板に倒れ伏したスコールを一瞥すると、宇宙船の入り口に向かって飛び立つのだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■ダイ・ハード(4)
宇宙船に潜入することに成功した俺はひとまず操舵室を探して歩く。
宇宙船の中は余計な物音もせず、誰も居ないようだった。
(内部には誰もいないか。やはりスコールが宇宙船防衛の最後の砦だったというわけか)
(狭い通路ではISを展開してもうまく機動することができませんし、ISを持たない人間を守備においても相手になりませんからね)
(ま、さっさとこの宇宙船のコントロールを奪還してIS学園に帰るとしよう。ここ最近は海外遠征ばかりで少々疲れた)
目的の操舵室はすぐに見つかった。
さっそく操縦席に座って自動操縦を手動操縦に切り替えようとしたが、残念なことに俺の見る限りでは無理そうだった。
それどころかどのスイッチもレバーも触っても反応がない。
(これは……どうなってるんだ?コントロールシステムが乗っ取られたというよりも、システムが一切反応しなくなったと言った方が正しいような気がする。だがそれならなぜこの宇宙船は宙に浮いているんだ……?)
残念ながら俺の知識と技術ではこの宇宙船のコントロールシステム奪還は不可能なようだった。
そもそも篠ノ之博士が無理と投げ出した案件を俺ができるか、というのが疑問だが。
(シオン、この宇宙船のシステムに直接ハッキングを仕掛けられるか?)
(少々お待ちください……。申し訳ありません、紫電。ハッキングは無理なようです)
(馬鹿な、エネルギー体としてシオンが侵入できない機械なんて物理的にありえないはずだ)
(ええ、私も想定外でした。ですがどうやら私の侵入自体が拒否されてしまうようです。こんなことができるとすればそれは……)
(……まさかシオンと同等の能力を持つ存在がいるとでも?)
(現状ではそうとしか言えません。ひとまずこの船を停止させるには動力室へ向かうしかないようです)
(直接動力を停止させる、か。いきなり最後の手段を取らざるを得なくなるとはな)
俺は操縦席から立ち上がると、今度は動力室目指して船内を歩き回るのだった。
◇
目的地である動力室は船尾付近で見つかった。
中に入るとそこには多数のケーブルが接続された巨大なISコアが中央に置かれていた。
(なるほど、宇宙船の動力に巨大なISコアを使用したのか。流石、ISコアを開発した篠ノ之博士ならではの発想だ)
俺が建造した宇宙船と比較するとこちらのほうが動力室が若干狭く感じる。
実際、何もなくとも自然とエネルギーが回復するISコアは動力源としては最良の存在だ。
太陽光発電や原子力発電と比べて場所もとらないのがいいところだな。
(だが動力がISコアというのはラッキーだったというべきか。シオン、ISコアを融合させてこの宇宙船の動力を停止させるぞ)
(了解です。では紫電、ISコアに触ってください)
――私に触るな!
ISコアに手を伸ばした瞬間、俺の頭の中に声のようなものが響いていた。
それは俺が初めてシオンの声を聞いた時と同じく、頭の中に直接響いているという感覚。
しかしその声はシオンのものではない。
(これは、まさか――!)
(やはりお前は私の声を聞くことができるのか。今までよくも私の計画を邪魔してくれたものだな)
(紫電、このISコアは私と同じ……!)
シオンと出会ってからずっと頭の中で想定していた事態が、今まさに目の前に存在している。
シオン以外にも同じような存在がいるのではないか、と――
そして篠ノ之博士がケネディ宇宙センターを襲撃し、隕石を欲しがった理由も今はっきりとわかった。
(ISコアの素材は隕石だったわけか……。しかし宇宙船の動力にするため、相当な大きさの隕石が必要になった。それでケネディ宇宙センターにある巨大な隕石を手に入れるために今回の襲撃事件を引き起こしたのか――!)
しかしここで篠ノ之博士すら予想外の事態が起きた。
その隕石はシオンと同じ、自らの意志を持つ隕石だったのだ。
(なるほど、ISコアと化したお前が動力炉になったことで、簡単にこの船のコントロールを掌握したってわけか)
(ふん、正確に言えばISコア化などせずとも私は自らのエネルギーを持っていたがな。折角篠ノ之束が用意した兵器だ、私が有効利用してやろうと思ってな)
(先ほどは計画の邪魔をされたと言ったが、俺はお前の計画なんざ知らねーぞ。誰かと勘違いしてるんじゃないか?)
(しらばっくれても無駄だ。今までスコールやオータムをけしかけてISコアの奪取を命令していたが、その度妨害してきたのはお前だろう)
(……!なるほど、スコールやオータムに命令する立場ってことは……さっきちょろっとスコールが言っていた亡国機業の幹部『オリジン』はお前だったってわけか)
(その通り、私がオリジンだ。私の使命は人間同士の争いを引き起こすこと。それこそが私の存在する意義。そしてそのためにはお前という存在は邪魔なのだ)
なんだかシオンとは似ても似つかぬ性格だ。
シオンの性格は俺に似たんだろうが、それならこいつは誰に似たんだろうか。
(誰に吹き込まれたんだかは知らんが、随分歪んだ使命を持ってるじゃねーか)
(これは人々の意志だ。人間は争いを望んでいる。私はただその要求に従い、争いを増やすのみ!)
(それは違います、人間が望むのは進化と発展です。無駄な争いは人間の進化の妨げとなります)
(どうやら俺たちは相容れない関係にあるらしいな)
シオンがオリジンの意見に真っ向から反対する。
俺としても今まで争いごとばかり増やされ、その度に余計な出撃を強いられてきた。
オリジンにこれ以上争いごとを増やされるのは御免だ。
(問題はこいつをどう片付けるか、だな……)
このISコアもシオンと同じ存在だとすれば、物理的に割ったとしてもその意志は残る可能性が高い。
なにせ現にシオンは自らを半分に分け、半分は宇宙で活動しているのだから。
となればオリジンの対処方法は一つしかない。
(……シオン、ISコア融合をしよう)
(やれるものならばやってみるがいい。私が貴様のISコアを吸収してやろう!)
(……意志を持ったISコアの融合は初めてか。こいつを融合したらどうなるんだろうな、シオン。やはりどちらかの人格に統合されてしまうのだろうか)
(それは……私にもわかりません。ですが私は決して消えません。手のかかる弟を残したまま消えるわけにはいきませんからね)
(この期に及んで俺を弟扱いするとはな。俺の方が兄だと言ったはずだぜ?)
(それに、紫電はまだ私との約束を果たしていません)
(……宇宙に行ってシオンの仲間を探す。そうだな、あの時の約束をまだ俺は果たしていない。思えばもうあれから十年も経ってるのか。早いもんだな)
(ええ、長いようであっという間でしたね。ようやくスタートラインに立てたと思ったら、次々と障壁が立ちはだかってくるのも、もはや様式美ですね)
(……俺を残して消えるなよ、シオン。信じているからな)
(ええ、信じていてください)
俺はISコア『オリジン』へとゆっくり手を伸ばす。
一瞬触れることをためらいそうになったが、勢いのまま手を伸ばしてそのままオリジンに触れる。
指先がオリジンに触れた瞬間、オリジンから白い光が発せられる。ISコア融合が始まった証だ。
(貴様のような小さな隕石に私が負けるか!邪魔者は全て消し去るのみ!)
(あなたには一生わからないでしょう!人の進化はこんなところで立ち止まる訳にはいかないのです!)
白い光の中ではシオンとオリジンが自らの存在をかけて戦っているようだが、この戦いに俺は加わることができない。
ただシオンが消えないことを願う、俺にできるのはただそれだけだった。
白い光は一瞬で収まったが、俺にはその一瞬ですら長いもののように感じられた。
目を凝らして動力炉の方を見ると、今までそこにあった巨大なISコアの姿は無くなっている。
どうやらISコアの融合は成功したようだ。
(よしシオン、ISコアの融合はうまくいったみたいだな。早速で悪いが、この宇宙船のコントロールを復活させてくれ!……シオン?)
しかしシオンからの返事はなかった。
首にぶら下げているシオンを指でつついてみるが、それでも反応はない。
(おいおい、ちょっと待てよ!?ISコアの融合はうまくいったじゃねーか!返事しろよシオン!)
必死になってシオンに語りかけるが、俺の問いかけに返事が来ることはなかった。
「非常事態発生、非常事態発生。動力に異常発生、非常電源に切り替えます」
「くっ、やばい!オリジンが消えたことで宇宙船のエネルギー供給が無くなったか!このままだと墜落しちまう!」
やむを得ず俺は操縦室目がけて走り出す。
シオンの反応がない以上、今の俺はISを展開することも座標操作を発動させて逃げることもできない。
このまま宇宙船を墜落させてしまえば、地上に被害が及ぶどころか、俺の命がなくなってしまうだろう。
(くそっ、早く返事をしろ!シオン!)
俺は首元のシオンを握りしめ、狭い通路を走りながら必死でシオンに語りかける。
しかし操舵室に到着してもシオンからの返事はなかった。
「非常電源はあとどれくらい持つ!?……ってあと五分だと!?」
オリジンが消滅したことで宇宙船は手動操作できるようにはなったが、モニターに表示されている非常電源の残量は残酷な数値を表示している。
「くっ……せめて地上に衝突するのだけは避けねーとまずいッ!なんとか方向転換して海の方へ行きたい……!」
俺は急いで操縦席に座りハンドルを握ると、海岸の見える方向へとハンドルを回す。
幸いにも海はすぐ傍に見えている、方向転換さえできれば不時着先はなんとか海にできそうだ。
「よし、なんとか間に合っ……!?」
ハンドルを勢いよく切ったまではいいものの、機体が海岸へ向けて旋回している途中で船内の電灯が消える。
まだ旋回の途中というところで、どうやら非常電源が底をついたらしい。
この船体の速度、高度、角度を考えると市街地に墜落することだけは避けられそうだ。
しかし海まで向かうことはできないだろう、宇宙船はゆっくりと降下しつつある。
(……終わった、な。もう俺にできることは何もない。……だがシオンがいないのならば……俺も……)
操縦席に座っている俺は宇宙船が徐々に地表へと近づいていくのを感じていた。
どうやら俺の見立ては外れなかったようで、市街地への墜落はなんとか免れられそうだ。
その代わり海への不時着も望めそうにはない。
正面のガラス越しに見える地表は手入れのされていない荒れ地だった。
(……他のメンバーは無事に亡国機業の連中に勝てただろうか……?織斑先生とアリーシャさんの決着はついたのだろうか……?)
こんな状況にもかかわらず脳裏に浮かぶのはIS学園で共に切磋琢磨しあった仲間たちのことばかりだった。
(……俺が死んでも宇宙への道は篠ノ之博士が切り開いてくれるだろう。……どうか人類に……新たな世界を……)
徐々に地表へと近づく宇宙船の操縦席で、俺は一人目を閉じた。
次話で最終回になります。
いつも通り明日の22時投稿しますのでお楽しみに!
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
■不滅の超新星
IS学園の専用機持ちたちがアメリカへ到着してから数時間――
織斑先生のもとには千道紫電を除いた専用機持ちたちが全員集まっていた。
全員のISは激戦を繰り広げた証としてボロボロになっているが、戦闘不能な状態に陥った者は一人もいない。
IS学園VS亡国機業の直接対決はIS学園側の辛勝、という結果を迎えていたのだった。
「よし、みんな無事に勝利したようだな。残るは宇宙船に向かった千道か……」
「そうだ、宇宙船はどうなったんだ!?」
「宇宙船なら向こうの方に――」
シャルロットが宇宙船の方向を指差そうとした瞬間、フロリダ一体に届いたのではないかというほどの轟音が響き渡る。
その音はさっきまでケネディ宇宙センターの近くを飛行していた宇宙船が近くの荒れ地へと墜落していた音だった。
「宇宙船が……墜落した!?」
「……千道でも宇宙船のコントロール奪還は不可能だったか。だが宇宙船を誰もいないところへ墜落させるとは、上出来だ」
「紫電様が宇宙船を止めたんですね!やっぱり紫電様ならやってくれると思っていました!」
「本当、やってくれたぜ!流石紫電だ!」
「……」
周りで浮かれる仲間たちの中でシャルロットは一人、この場に紫電がいないことに疑問を抱いていた。
(紫電なら宇宙船を墜落させた後、さっさとこっちに合流しに来てもおかしくないと思うんだけど考え過ぎかな……)
「織斑先生、宇宙船の様子を見に行ってもいいですか?紫電がまだ来ていないので」
「ふむ、そうだな。デュノア、すまないが様子を見に行ってくれ。私たちは亡国機業の連中をアメリカ政府に引き渡しにいってくる」
「あー!私も行きたいです!」
「駄目だ、お前も気絶した亡国機業の連中を運ぶのを手伝え」
「むぅー、仕方がありません……。シャルロットさん、紫電様を頼みましたよ!」
「うん、任せて」
そう言うとシャルロットはIS学園の仲間たちから離れ、墜落した宇宙船の方へと向かっていった。
◇
墜落した宇宙船に近づくと、シャルロットは周囲の環境の酷さに驚愕を覚えた。
おそらくかなり勢いよく墜落したのだろう、特に船首は大きな岩に直撃して大きくひしゃげており、周囲に岩の欠片やら宇宙船の部品らしき物体が飛び散っている。
「……街中に墜落しなくて本当に良かった。でも紫電はどこにいるんだろう?まさかまだこの飛行機の中にいるってことはないよね……?」
さっきからずっと紫電にプライベート・チャネルの接続を試しているが、全く反応がない――
シャルロットは嫌な予感がしていた。
宇宙船は市街地をそれるようにこの荒れ地の方へと方向を変えている。
だとすると少なくとも紫電は操縦室にいて、この宇宙船を操縦していた可能性が高い。
そして操縦席というものは当然、船首の方にある場合がほとんどである。
「まさか、ね……。紫電がそんなことになってるわけないよね……」
シャルロットはゆっくりとひしゃげた船首に近づくが、もしこの中に居るとすればISの絶対防御が発動したとしても体が押しつぶされてしまうのではないかというような状態である。
「そうだ、ISコアの位置情報を確認すれば……!」
普段あまり使わない機能のため忘れがちだが、ISコアはその位置情報を簡単にサーチすることができる。
シャルロットはひとまず宇宙船近辺にあるISコアの情報をサーチし、紫電がいないか探すことにした。
(……あった、ISコアの反応!……でもこれは紫電のISコア情報とは違う……?)
一瞬紫電のISコアかと思ったが、よくよくISの情報を見るとそれは紫電のものとは別のものだった。
ただこうしていても埒が明かないと判断したシャルロットは、そのISコアの方へと向かう。
「……え、この人……何?サイボーグ、なのかな?」
宇宙船の近くで倒れていたのは金髪の女性だった。
ただ、左腕があったであろう場所からは血が流れる代わりにスパークが走り、金属が顔を出している。
(……この人が紫電と戦った亡国機業の人なのかな。ひとまず織斑先生に連絡しておこう)
シャルロットは倒れ伏すスコールのことを織斑先生に連絡すると、再び宇宙船の方へと戻り、再びISコアの情報をサーチしなおす。
(お願い、紫電!無事でいて……!)
しかしサーチの結果は変わらなかった。
再びプライベート・チャネルの接続を試みるが、やはり反応はない。
「まさか……嘘でしょ……?」
ひしゃげた宇宙船の船首を見つめながら、シャルロットは最悪のケースを頭に浮かべていた。
宇宙船すらひしゃげるほどの衝撃なら、ISコアが砕ける可能性もある。
プライベート・チャネルが繋がらないのも、ISコアの反応がないのも、まさか――
「……紫電、返事してよっ……!いつもみたいになんともなかったような顔して、ひょっこり出てきてくれるんでしょ……!?」
シャルロットはもう何度目かわからなくなったプライベート・チャネル接続を行うが、ついに紫電からの返事が来ることはなかった。
◇
(……ここは、どこだ……)
(……体が動かねえ……目も開かねえ……)
(……俺は……死んだのか……?)
(……情けねえな、まだ約束、果たしてねえじゃねえか……)
(……ようやく、宇宙への道を切り拓いたところだってのにな……)
(……ッ……)
(……こんなところで、くたばっていられるか……!)
(……俺は千道紫電、諦めの悪い男だろう……!)
(……こんな中途半端な結果じゃ……満足できねえッ……!)
(……お前もそうだろう、シオン!)
(ええ、その通りです。オリジンを黙らせるのに少し時間がかかってしまいましたが、私たちはこんなところで終わるわけにはいかない、でしょう?)
◇
IS学園メンバーが亡国機業に勝利してから翌日――
紫電を除いた全員はIS学園へと戻って来ており、専用機持ちたちは任務報告のため生徒会室へと集められていた。
「昨日の亡国機業との戦いは御苦労だった。亡国機業の主要メンバーはアメリカ政府への引き渡しが完了した。……だがみんなも知っている通り、千道が消息不明となっている。今アメリカ政府が宇宙船の撤去作業を行っているが……千道が見つかるかは何とも言えない状況だ」
「そんな……」
「嘘だろ……?」
「紫電様……」
生徒会室に重苦しい空気が流れる。
(紫電……)
その中でもシャルロットの落ち込み具合は顕著だった。
あれほどの実力を持った紫電が消息不明、ということがどうしても受け入れられなかったのだった。
「シャルロット、辛いのはわかるがいつまでも引き摺られていてはだめだ。目の下に隈ができているぞ。今日はもう休んだほうが良い」
シャルロットは精神的に疲弊していると判断したラウラは即座に休息を取ることを提案する。
「……うん、そうだね……」
生徒会室を後にするシャルロットの足取りは重かった。
しかしそんなシャルロットの足が向かう先は自室ではなく、紫電の個室だった。
「紫電、いる?」
わかってはいたことだが、当然返事は無い。
シャルロットは鍵のかかっていない扉を開いて部屋に入ると、誰もいないことを確認して溜息をつく。
ベッドに腰掛けてもシャルロットの気がまぎれることはなかった。
「……ううっ……紫電……」
そのままベッドに倒れたシャルロットの目からは涙が溢れていた。
◇
――動くな、シャルル・デュノア。貴様、何故性別を偽ってこの学園に入り込んだ?
――デュノア社の次期社長になってもらう。
――さあ、食べてみてくれ、このイチゴブドウのクレープ・シュゼットを。
――シャル、付き合ってくれてありがとうな。
――なあシャル、ようやくそれっぽいデートができたな。
「……ん……」
気付けばベッドで寝てしまっていたようだ。
既に窓からは夕日が差し込んでいる。
(……夢、か……)
シャルロットは先ほど見ていた夢の内容を思い出していた。
思えばシャルロットの人生は紫電による影響があまりにも大きい。
この喪失感はそれだけ紫電の存在が大きかったのだ、ということを如実に表していた。
「……紫電……」
――どうした、シャル。
(……?今のって……)
シャルロットが見ていた窓の反対側、扉側には紫電がよく紅茶を飲んでいる小さなテーブルと椅子がある。
そして寝ぼけ眼をこすってよく見ると、誰かが椅子に腰かけて紅茶を飲んでいる。
「昨日の戦いで疲れたか?」
「……!」
その声、その姿は、まぎれもない千道紫電そのものだった。
「……し、紫電……!?」
「ああ、今さっき地獄の底から戻ってきたぜ」
(……本当は宇宙船が墜落した瞬間、シオンが意識を取り戻したおかげでISの絶対防御が発動しただけなんだがな。おかげで昏睡状態になって出遅れちまった)
(本当にギリギリでした。私が昏睡状態になった紫電を座標操作で私たちの宇宙船に転移させていなければ、そのまま潰れていました。絶対防御と言えど、ISコアが壊れてしまえば無効ですからね)
(それが俺の悪運ってやつなんだろうよ。俺はまだこんなところで死ぬやつじゃないってことさ)
そして昏睡状態から目が覚め、座標操作で自分の部屋に戻ってきたらなぜかシャルが俺のベッドで寝ているのだった。
俺も正直疲れていたものの、流石に寝ているシャルを起こすのは気が引けたので、のんびりと紅茶を飲んで待っていたというわけだ。
「嘘じゃないよね……?本物の紫電だよね……!?」
「もちろん、正真正銘の千道紫電だ。触ってみるか?」
「……っ!」
「おっと」
飲みかけの紅茶をこぼさないようにカップをテーブルに置くと、俺はそのまま飛びついてきたシャルを抱きしめた。
最後は随分とあっさりしたものになりましたが、これにて完結です。
本当はもう少し書きたいものがあったんですが、
リアルのほうが多忙になってきたのでカットせざるを得なくなってしまいました。
特に50話過ぎた辺りから文章が雑になりがちでしたが、エタる前に完結できて良かったです。
評価・感想くださった皆さん、どうもありがとうございました!
目次 感想へのリンク しおりを挟む