346プロダクションアイドル寮第二棟 (島村さん)
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第一話 べちゃり

 

 べちゃり。

 そう、べちゃりである。

 およそ人に対して扱う擬音としてはいささか不適切な表現が、今この状況では驚くほどしっくりくる。倒れているとか寝ているとかではなく、べちゃり。まさにそんな感じ。

 

 ――フローリングの床に少女のような何かがべちゃりと転がっている。

 

  時刻は午前七時。朝起きて管理人室を出ようと扉を開けた僕を待っていたのはそんな光景だった。

 

「…………ふゅっ」

 

 関わりたくなくて引き攣った僕の口から何かよくわからない音が漏れる。鼻から吸って口から出すだけの深呼吸をしようとしただけなのに、思った以上に僕は動揺していたらしい。

 もしや寝ぼけていただけなのではという一縷の望みに賭けて一度扉を開閉してみるも、少女が寝返りをうっただけで状況は変わらない。

 もうこれはあれか、覚悟を決めて仕事をしろという事か。ちくしょう。

 

 仕方がないので鉛のように重くなった足を無理やり動かしながら少女を起こすことにする。

 そろそろ他の人たちも朝食を食べに起きてくる時間だしね。まかり間違って二次災害が発生したら僕なんかの手に負えなくなる。

 管理人だから寮民の管理ができると思ったら大間違いだ。一般的平凡男子の僕にそんな力はない。

 

 とりあえず相手が誰かは見た瞬間分かっていたので、うるさくならないよう声を掛けてみる。

 

「もしもし杏さん? こんなところで寝てたら風邪ひきますよ」

「……んあ?」

 

 お、一発で反応があった。珍しい。

 

「あれ? やっしーじゃん、何してんのこんなところで」

 

 いつもなら三回ぐらい呼びかけてやっと瞼が動く程度なのに今日は珍しく一回で起き上がってくれたこの少女の名前は双葉杏。

 小柄で背が低く、見た目小学生にしか見えない十七歳現役女子高校生。極度のめんどくさがりなのに要領は良く意外と面倒見の良い性格のようで、おまけに職業がアイドルというなんとも属性てんこ盛り少女だったりする。まあこの寮を使う人は全員アイドルなんだけど。

 

「はい、やっしーこと結城八代です。この寮の管理人として廊下で寝ている不届き者を起こしにきました」

「そっかおつかれ。頑張ってねおやすみ」

「起きろっつってんだよこのバカたれちゃん」

 

 ふざけたことを言ってまた寝ようとする杏の肩を思いっきり揺する。

 「うあーやめろー」などと抗議してくるが関係ない。問題が起きて怒られるのは僕なんだ! ってかなんでみんな僕が管理人代理してる時ばっかり問題起こすの!?

 

「もー、杏さっきまでハンターの仕事に明け暮れて眠いんだから許してよ。ちょっとトイレの帰りに力尽きちゃったけどさ」

「ゲームじゃねえか……ってか杏さんは自宅があるんですからわざわざ寮の宿泊システム使わなくてもいいでしょう?」

「だって寮の方が近いしご飯も出るし、ちゃんと許可も貰ってるんだからいいじゃん?」

「まあ……とにかく別に杏さんの日常生活に文句は言いませんが寮内のルールは最低限守ってください。後で寮母に怒られるの僕なんですから」

「あ、もう食堂空いてる時間じゃん。……よいしょっと、さあ行こう」

「聞けよこの妖怪飴くれ少女」

 

 そして何故さも当然のように僕が肩車しなければいけないのか。朝から厄介事なんかほんと勘弁してほしいのになあ。

 

「食堂までですよ。その後は知りませんからね」

「大丈夫大丈夫。帰りはきらりがのっけてくれるから」

「それは大丈夫とは言わない」

 

 もはやこれは退化である。あまりの怠惰ぶりに二足歩行の仕方を忘れた悲しき人間の。

 ともあれ確かに時間的には朝食に丁度いい。後三十分もすれば食堂は利用者で賑わい出すし、こんな姿を他の人間に見られたくもないしね。

 簡単に朝食を済ましてさっさと自分の部屋に戻ることにしよう。

 

 ……っとそうだ。

 

「千春さん、朝食行ってきます」

 

 管理人室の隣の寮母室の小窓を開けて、奥で寝ている人物に届くように声を掛ける。

 一拍遅れて、相手がひらひらと手だけで反応したのを確認してそっと小窓を閉める。こうやってちゃんと声かけとかないと後で〆られるのは僕だからな。

 

「千春さんいたんだ。最近忙しそうだよね、寮母なのに」

「ここが346の寮になる前にやってたもともとの仕事も続けてますからね。その所為で俺が巻き込まれたわけですけど」

「親戚なんだし別にいいじゃん。就職決まって大学の単位も取り終わって後一年暇なんでしょ。杏たちの面倒見るだけで衣食住付き、残りは自由だなんて羨ましすぎるよ」

「今まさにその自由を杏さんに潰されているのですが」

「そうだ、ついでに杏も養ってよ。代わりに自宅警備は任せてくれていいからさ」

「……家事は?」

「全力で応援するよ」

 

 シシシと笑う杏の脛にとりあえずチョップをかましておく。

 先に言っておくけど、別にさっきから両耳辺りにふにふにと柔らかい杏の太ももが当たってるから強く言い出せないとかそんなんじゃないからね? ”女性には優しく”それが僕の信条だから。いや本当に。

 

「ま、いいや。今は朝ごはんを奢ってくれるだけでも良しとしとこう」

「なんか既に事実が捏造されてるんですけど」

 

 そんな軽口を言い合いながら、僕たちは食堂へと向かうことにした。

 

 

 

 

 346プロダクションアイドル寮第二棟。本棟が大幅な改修工事のため臨時で建てられたその一番片隅の部屋に僕の居住スペースはある。

 7畳1Kでエアコン完備。家賃免除、食堂完備の食費なし。実働時間に応じた給与体系などなど。寮母が不在時に管理人代理を務めるという契約はあるが、大学卒業が確定且つ就職活動も終わって一年暇な身としては最高の物件だと言っていいだろう――

 

 

 ――などと一人浮かれていた数か月前の僕を思いっきり殴ってやりたい。……いやまあ半分は騙されたようなものだけどさ。

 

 そう、僕は騙されたのだ。

 もともと住んでいた建物が346系列の寮に変わる折「衣食住付き家賃なしで寮母の手伝いをするだけで後は自由でいいから管理人代理しない?」という従姉の巧妙な甘言に。

 今なら言える。世の中そんな甘い話はないんだぞ、と。でもあの時の僕は他に可愛い女の子がいっぱい入ってくるという事実で頭が一杯だったのだから仕方ないだろう。

 

 で、これだ。

 

 寮だというのは別にいい。寮母がいるのだからそういう形になるのは仕方ない。若干住民同士の繋がりに気を使うだけで、寮も賃貸アパートも中身はそんな変わらない。

 けど女子寮ってなんだ? 僕自身何も知らされてなかったからてっきり社員寮か何かかと思ったわ! おかげで初日から警備員に捕まったじゃねえか畜生!

 まあそれでも百歩譲って女子寮でもいいとしよう。女性だけの寮生活では何かと男手が必要になるときもあるだろうしね。

 

 それよりも何よりも僕の心を打ちのめしたのはアイドル専用ってところだ。

 もうね、これは生殺しといっても過言ではないと僕は思う。それは何故か。答えはアイドルは恋愛禁止だから。まあ明確にはどうかは知らないけど、基本的には駄目なはずで。とりあえず僕が彼女たちに手を出すことは寮母から固く禁じられている。

 おかげで僕が密かに計画していた”隣人から始めるめくるめく一大恋物語”は始まる前に頓挫した。否、僕の妄想で完結してしまった。

 

 では男らしく強引に契約を破る選択肢はどうか。

 ……無理だ。あの武術マニアの従姉の前では僕の命がいくつあっても足りやしない。本人は護身術なんて嘯いているが、僕は襲われた覚えしかない。あの人、ゴリラぐらいなら素手で倒せるよ。たぶん。

 

 だから僕はもう諦めた。

 確かにここには可愛い女の子がいっぱいいる。

 もうそれだけでいい。変に彼女たちに関わって寮母に絞殺されるのも嫌だし、アイドル生活の邪魔をするのも憚られる。

 幸いにも目の保養にはなるわけだし、どうせなら一生分目に焼き付けておくことで満足としよう。

 

 なにより僕としても就職と大学卒業を控えた身、ここで問題を起こして就職取り消しなんて食らったら洒落にもならない。

 だから寮ではなるべく面倒事を避けて大人しく管理人しておこうと、僕はそう決めたのだ。

 

 

 そう、決めたんだけど。

 

 

「だから杏さんもあんまり面倒ごとは起こさない方向でお願いしますね」

「わかったわかった。あ、そだ。杏、今度新しいゲーム買おうと思ってるんだけど、前みたいにやっしーバイクで連れてってくんない? で、一緒にやろうよ」

「杏さん僕の話聞く気あります?」

 

 これである。

 どういうわけか、ここの住人は皆ことあるごとに僕を巻き込もうとお誘いをしてくれるのだ。あまりに遠慮が無いので最初はついに僕にもモテ期が、なんて思ったけどどうやら違うようで。

 

「いいじゃん少しくらい大目にみてよ。アイドルって結構制限厳しくてさ、常に人目も気にしないといけないし」

「……杏さんが人目を?」

「こらこらそんな懐疑心の塊みたいな目で杏を見ないの! とにかくアイドルはストレスを溜め込みがちになっちゃうんだよ。その点ここは知ってる人しかいないし、制限も割と緩いじゃん? それになにより――」

 

 言いながら、珍しく杏が満面の笑みを僕に見せてくる。凄く良い笑顔のはずなのに、杏だとかなりうさん臭く見えるから不思議だ。

 

「――管理人のやっしーと仲良くなっとけば色々便宜図ってくれるしね」

 

 とのことである。

 ようは管理人である僕を巻き込んでおけば、いざという時にスケープゴートとして生贄に捧げることができると、そういうことだ。

 うん、全然まったくこれっぽっちもさっぱり意味わかんない。

 

「僕はもう杏さんの話は聞きませんし信じません」

「あ、そういえば昨日の夜、美穂ちゃんがやっしー探してたよ。手作りクッキー持ちながら」

「なにそれ詳しく」

 

 なんとも心躍る、実に興味深い話題に先の発言も忘れて前のめる僕の様子を、杏は実に楽し気な様子でけらけらと笑っている。

 いいから! 笑わなくていいから詳細はよっ!

 

「まあ、嘘だけど」

「なんで? いまそこで嘘つく必要ありましたかね?」

 

 悪魔だ。今僕の目の前にいるのは小さな妖精の皮を被った悪魔に違いない。杏が天使の衣装来てPRしてる飲料のCMに詐欺だってクレームいれるぞこの野郎。

 くそっ、僕の純情を返せ!

 

「あー、なんかごめん。そんな絶望的に悔しそうな顔するとは思わなかったんだ」

「悔しくなんてございませんっ!」

 

 とまあ千春さんがいて、仕事がない日の僕の朝はいつもこんな感じである。

 朝起きて軽く寮内を見回りして、途中で会った誰かと一緒にご飯を食べる。契約こそあるけど、実際ほぼ毎朝こうしてアイドルと顔を合わせてご飯を食べれるのだから役得といえば役得だ。

 

「あ、きらりからメール……うえー、もう部屋で待ってるって早くない? 仕方ない、そろそろ杏は行くよ。ご馳走様、ゲームの件よろしく」

「気が向いたらね」

 

 ひらひらと手を振りながら、やる気なさげに去っていく杏をいつも通り適当に見送る。これもいつもの事でもう慣れた。

 そうそう、慣れとは恐ろしいもので最初こそアイドルという事で気を使っていたが、今では気安い隣人のような感覚でお互い遠慮もない。一応仕事としての時間は年下でも敬語を心掛けているけど、最近はそれも怪しくなってきてるし。

 

 ま、堅苦しかったり他人行儀なのよりは全然マシだからいいんだけどね。

 

「さてと、他の人が来て邪魔になる前に退散しますか」

 

 見ると、食堂にもちらほらと人影が見え始めている。そろそろ他のアイドル達も起きてくる時間帯だ。

 こぼさない様に残っていたコーヒーを胃に流し込み、食器を持って立ち上がる。

 

 

 ここはアイドルが集う場所、346プロダクションアイドル寮第二棟。

 めんどくさがりの寮母と、暇を持て余した管理人、そして数多のアイドルが共同生活を送る場所。

 

 そんな個性豊かな人間が集うこの場所で、僕は今日も元気に管理人をやっている。

 



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第二話 寮母

 

 寮の管理人といっても、実のところ僕の日々の仕事は割と少なかったりする。

 理由としてはそもそも従姉であり寮母である千春さんがいるからで、あの人が寮にいるときは基本的に僕の出る幕は無くなるのだ。

 書類整理や清掃業者なんかとのやり取りを手伝う事はあれど、アイドル達の生活に直結するような責任のある仕事は寮母である千春さんの担当だ。まあ割と適当に振られてる気はするけど。

 

 唯一男という事で役に立てそうな力仕事も、右手一本で世界を制してしまいそうなあの人の前では特に大きな意味を成していない。きっと前世はゴリラの一族を束ねる長とかだったに違いない。

 つまるところ僕の役回りは千春さん不在時の代役。言ってしまえばシフトの空きを埋めるバイトのような立ち位置で、仕事内容は専ら雑用に近い。

 

 まあ正式に社員として雇われてるわけでもない人間の扱いなんてこんなもんだ。僕としても美味しいご飯が食べれて家賃不要というだけでもお釣りがくると思っているしね。

 

 さて。

 

「……今日の僕の仕事は大浴場の清掃ですか」

「ああ」

 

 どうやら今日の僕の仕事はすでに決まっていたらしい。僕の確認の問いに千春さんが簡潔に頷く。寝起きなのか髪がボンバイエしてるが気にした様子は無く僕の首に右腕を回している。

 場所は管理人室。つまり僕の仕事場だ。ちなみに扉一つ隔てた隣には千春さんの居住スペース兼仕事場である寮母室がある。

 

 しかしこの状況は如何なものか。いま千春さんはTシャツ&パンツ一丁の漢気スタイルで僕の隣に立っている。仮にも寮母ともあろうものが、だ。いや、もはや僕の肩を支柱にもたれているといった方が正しいか。立つの面倒だから肩貸せよオラ、みたいな。おかげでこんなシチュエーションなのに全然ドキドキしない。

 ……いや、別の意味でドキドキはするけどね。主に僕の首の無事的な意味で。

 

 それにしても惜しい。

 ただひたすらに惜しい。

 千春さんは見た目だけなら美人の部類に入る。肩より少し長い程度の黒髪に若干つり目勝ちな瞳、背丈は女性にしては高いくらいだけど、全体のバランスが整っているからか少し大きく見えるのだ。

 加えて日ごろのだらけきった生活からは想像できないスタイルを千春さんは維持している。それこそそこらのアイドルに混じってもなんら違和感がない程度には。

 

 きちんと身なりを整えて軽く化粧をすればできる美人秘書みたいなのに、これで中身は中年のおっさんなのだから本当に救いがない。

 おっぱいのついたイケメンと聞くと興味を惹かれるが、おっぱいのついた中年となると全力で危機感しか沸かないから不思議だ。本当に勿体ない。しかしいま優先すべきは僕の首の安全だ。

 離れよう。即座に、かつ迅速に。

 

「ここ最近、給湯機器の調子が悪くてな。昨日業者に入ってもらって直したんだが、時間が丁度清掃業者と被ってキャンセルしたから今日の分がまだ終わってないんだよ」

「なるほど。じゃあ夕方までには終わらせないとですね」

 

 ここの寮の部屋には風呂はついているが、一階に誰でも使用可能な大浴場もあり、開放感からかそこを使用するアイドルは多い。許可証さえあれば、寮生でなくても利用できるのも魅力だ。使用時間は夕方の五時から夜の十一時まで。

 今回は理由が理由だから経緯を説明すればみんな納得はしてくれるだろうけど、中には大浴場の使用を楽しみにしている人もいる。間に合うのならそれに越したことはない。

 

 しかし大浴場か……ふむ。

 

「あー、残念ながら湯は既に抜いてるから、お前が楽しみにしてるアイドルの入った後の残り湯みたいなのはないぞ」

「分かってますよ。それに別に残念でもなんでもないですから」

 

 そっか、ないのか……ないのかあ。

 

「おい、顔がおやつを忘れられたチワワみたいになってるが……まあいい。それでどうだ? 夕方までに終わりそうなら通常通り解放するが」

「ちょっと微妙ですね。あの広さを僕一人でとなると、ぎりぎりになっちゃうかもしれません」

 

 なにぶん大浴場だ。普通に一般家庭の風呂掃除とはわけが違うだろう。

 普通に浴槽を磨いたり床をブラシでこすったり、うら若き乙女たちの残り香を堪能してるだけで時間なんてあっという間に過ぎ去ってしまう。

 前にちらっと見た清掃業者ですら二人体制だったのに、僕一人となると正直どれだけ時間が掛かるか検討もつかない。

 

 かと言って手を抜いて適当に済ませていい問題でもない。僕や僕の野郎友達が入る風呂なら一日洗ってない事実すら伏せられても許されそうなレベルだが、相手は如何せんアイドルだ。彼女たちにとって清潔感の欠如は命取り、加えて適当に洗ったのが僕だと判明してみろ。つまるところ控えめに言って僕の命はない。

 

「ふむ……そうだな」

 

 どうやら千春さんも僕と同意見なようで、顎に右手を添えながらなにやら思案に耽っている。

 普段は適当でものぐさな人だけど、こう見えてアイドル達の事は真剣に考える人である。性格もさばさばして余計な気を使わないからか、アイドル達からの評判も良いみたいだし、見た目以上には寮母としての自覚があるらしい。

 だからと言って溜まったストレスを僕で発散していい理由にはならないけどねっ! おいやめろ勝手に冷蔵庫開けて僕のシュークリームを食うなっ!

 

「まあそれはそれで仕方がない。こっちでも何人か人手を募っておく。もし間に合いそうになければ私の方で連絡は入れるようにするから、少し早めに報告を入れてくれ」

「分かりました。ところでそのシュークリームの代金なんですが」

「安心しろ、ちゃんとお前の給料から引いておく」

「そうですか。それは良……くねえな!? どういうことだってばよおい!?」

 

 あまりの理不尽さに思わずスタイリッシュなポーズでツッコミを入れてしまった。

 頼れる姉御みたいな雰囲気でなんてことを言うんだこのゴリラは。まるで流暢に言うもんだから思わず納得しかけたけど、これじゃあ僕はシュークリームを食べれなかった上に二倍の料金を搾取されてるおまぬけさんじゃないか。

 

「まったくお前は仕方ないやつだな」

 

 それはこっちの台詞ですが?

 まるで考えうる限り最悪のパワハラ発生である。そんな僕の負の怨念が通じたのか、やれやれと千春さんはどこからともなく取り出した硬貨のようなものを箪笥の上に置いて寮母室へと消えていった。

 

 その顔をしていいのは僕の方だとかパンツとTシャツ姿でそのお金は一体どこからとか、とにかく言いたい事は沢山あったが、それでも僕はそれらを全て飲み込むことにした。

 これ以上のトラブルは避けた方が良い。

 幸いにもお金は返ってきたのだからシュークリームはまた買いにいけばいい。

 

 しかしそんな僕の仏陀のような慈母の心は箪笥へと近づいた事で一瞬にして崩壊した。

 

 「……って二十円かよっ!?」

 

 箪笥の上に無造作に置かれていたのは十円が二枚、よもや二十円であった。普通のシュークリームの対価として払われた金額が二十円なのである。アリエナイ。

 

「……今度は鍵付き冷蔵庫を買おう」

 

 軽い眩暈と共に、二十円を握りしめたまま僕はとりあえずそう心に決意した。

 そして同時に僕は気づくべきだったのかもしれない。

 

 先の千春さんの台詞の中に不穏極まれる絶望的提案が含まれていたことに。

 

 しかしこの時の僕が気づけるはずもなかった。

 



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第三話 お手伝い

 確かに千春さんは言った。

 

 『こっちでも何人か人手を募っておく』と。

 

 そして僕も言い忘れた。

 

 『可能な限り真面目で普通な子でお願いします』と。

 

 だからこれは普通にあり得ることで、むしろ僕はその気概と心意気に感謝するべきなのだろう。きっと彼女たちも忙しい中、時間を見つけて手伝いに来てくれたに違いないのだから。

 そう、ある意味で天命、ある意味で巡り合わせ。合縁奇縁の神様が僕たちにここで出会うように示し合わせた結果なのかもしれない。

 

 でも――それでも、だ。

 

 もし本当にそんな神様がいるのならば僕は一言物申したい。

 集まってくれた彼女たちに失礼なのは承知の上で、それでも問わずにはいられない。

 

「八代てめえ自分で呼び出しておいて最後に来るってどういう了見だ? あ?」

「フ、フヒ……親友と風呂掃除……ジメジメしてて楽しそう、だな」

「た、拓海さんと輝子さんがいるなら、森久保はお役御免ですね。さようなら」

「てめえ乃々ォ! いきなり帰ろうとしてんじゃねえ! おい輝子もキノコと戯れてねえで何か言ってやれ!」

「そ、そうだな……ボノノちゃんも折角来たんだしテンション上げて……上げ……フ、フヒヒヒヒフハハッアッハッハ!! ゴートゥヘール! 地獄の底まで道連れだァ!」

「ひ、ひいぃぃぃぃ!」

 

 どうして!? 何故!? なんでよりによってこの三人なんですかね神様っ!?

 

「おい八代ォ!」

「フヒ……親友」

「あ、あの……八代、さん」

 

 そんな僕の心の叫びとは裏腹に、三人のそれぞれ違う種類の視線が突き刺さる。

 おお、こうして見ると三人とも流石に美少女である。写真に収めたい……がそれは無理そうだ。なぜなら若干一名僕を眼力だけで射殺せそうな視線を送ってくれてるから。とても怖い。

 

「と、とりあえず三人とも手伝いに来てもらってありがとうございます」

 

 向井拓海、星輝子、森久保乃々。十人十色な美城のアイドル達の中でもひときわ個性の光る彼女たち。

 この三人が今日の僕の風呂掃除のお手伝いさんである。

 

 

 

 

「というわけで時間内に清掃を終わらせるのが今日の目標なんですけど」

 

 清掃に入る前に僕はとりあえず一通りの経緯を説明することにした。業者が入れなかったこと、人手が必要であったこと、間に合わなければ今日は大浴場が開放できないこと、男である僕が下心満載で掃除人に立候補した訳では決してなく管理人として至極真面目に働こうとしていることなどなど。

 

 過程を知ることは大事だ。後になって僕が女子風呂の匂いを堪能していて清掃が間に合わなかったなんて結論になっても困る。ただでさえ男という事で肩身が狭いのに、余計なトラブルなど御免被りたい。

 乃々とは一向に目線が合わないし、拓海はヤンキー座りでこっち睨んでるし、正直ちゃんと話を聞いてくれてるのは輝子withきのこだけのような気がするけどこの際気にしない。

 

 そんな折誰かが舌打ちをしたような音が。まあ、答えは見なくても分かる……というかもしその人じゃ無く他の二人だったら僕は軽く立ち直れなくなるよ?

 

「ンだよ、風呂なんざ一日入れなくても別に死にゃしねーだろ。最悪シャワーだけ使えりゃ問題ないんじゃねーのか?」

 

 おおう、相変わらず実に漢らしく清々しい発言だ。しかしどう考えても現役女子高生アイドルの発言ではないな。

 まあ、下手に突っ込もうものなら容赦なく舎弟にされそうだから言わないけど。

 

「で、でも、此処に一番早く来てたのも拓海さんですけど」

 

 あ、そうなの? ってかこの状態で突っ込めるなんて乃々さん意外とメンタルお強いっすね。

 

「あァ゛!?」

「ひ、ひぃ! い、今のは八代さんが聞きたそうだったからで決して森久保の意思では」

「あ、危ない! その軌道修正の仕方は実に危ない!」

 

 とんでもない擦り付けを見た。そして即座に僕の後ろに隠れる乃々。ここだけ見れば僕は姫を守る騎士みたいだが、現実は只の使い捨ての盾である。「む、む~り~」ってそれは僕の台詞だから。あと、あんま強く裾引っ張らないで。破れそう。

 

「面倒臭がりながらも現場には一番乗り……な、なるほど、これが噂に聞くツンデレというやつなんだな」

 

 もはや何も言うまい。

 輝子が言うのだから彼女の中ではきっとそうなんだろう。ただ僕は嫌だ。こんな「か、勘違いすんじゃねえぞ」という言葉と共に命まで刈り取っていきそうなツンデレなどあってはならない。

 

 ともあれ今はそんなことどうでもいい。

 無言で指をポキポキ鳴らしつつ口から瘴気のようなものをふしゅーと吐き出す拓海のご機嫌は既にお察しだ。そしてこの場合標的になるのは誰だ? 考えるまでもなく僕だ。唯一何も言ってない僕だ。世の中色々間違っている。

 

 ならば自分の身は自分で守るしかあるまい。

 

「とりあえず時間も無いので早速始めましょう。さ、みんな清掃道具持って持って」

 

 ちょっとばかし強引だったが、それでも皆掃除用具が入ったロッカーへと移動を開始し始める。

 何か言いたそうな拓海も、本来の目的を邪魔してまでと思ったのか渋々応じてくれた。どうやら僕は助かったらしい。

 良かった。なんとか危機を乗り切れ――

 

「おい八代。お前後でアタシの部屋に来いよ? まあ、もし来なかったらアタシがお前の部屋に行ってやる」

 

 ――てないな。

 おっふ、めっちゃ肩組まれてる。どうしよう現役女子高生アイドルとこんなに密着した挙句、部屋へのお誘いまで受けてるのに全然嬉しくない。むしろ生命の危機だ。心臓の熱いビートが止まらない。

 

「い、いや、拓海さんのようなアイドルの貴重なオフのお時間をいただくなんてそんな」

「おいおい水臭い事言うなよ、アタシとテメエの仲だろ? 二輪免許取ってツーリング行くって約束すっぽかされっぱなしだしいい機会だ。里奈と夏樹も呼んで熱い交流会といこうぜ?」

 

 あ、ダメですねこれは。逃げられない。

 人間諦めが肝心だ。どうせ後で地獄を見るのなら今はこうして女子高生との密着具合を堪能しておくとしよう。うわっまつ毛ながっ! しかもなんかめっちゃ良い匂いする!

 こうしてみると拓海は中身を除けば完璧に近いポテンシャルの持ち主だ。まあその中身も見る人が見ればご褒美なんだろうけど。残念ながら僕はノーマルだ。

 いや、そんな事考えてる場合ではないな。何かこの窮地を脱する方法を考えないと。

 

 ……とりあえず誤魔化してみるか。

 

「ツーリング……そんな話をしたようなしてないような」

「ああ゛!? テメー近いうちに取るってアタシと約束したじゃねーか!」

 

 大・失・敗!

 ち、近いよ拓海さん! 顔が近い! そして肩がっ肩がっァ!

 

「す、すいません! ちょっと金銭的というか時間的に忙しかったというか!」

「ちっ……しゃーねーな」

 

 お?

 僕の苦し紛れと言う名の弁明に、拓海は大きくため息を吐きながら僕の肩に回した右腕を脱力させる。助かったのか? もしや僕は助かったのか?

 

「もう少し待ってやるから絶対二輪免許取るって約束しろ。もし破ったら――」

「や、破ったら?」

「原付で無理やり走らせる」

「必ず守らせていただきます、はい」

 

 助かってない、そして冗談じゃない。こんなレディースのヘッドみたいな人間の集まりの中で一人原付に乗って峠を攻める僕の姿を想像してみろ、どう考えても正気の沙汰ではない。百歩譲って普通のツーリングだったとしても二輪の中に原付が混じるってなんの罰ゲームだ……これはもう腹を括るしかないのか。

 

「おう! 楽しみにしてるからなっ!」

 

 観念して頷いた僕を見て、拓海は満足そうに軽い足取りで乃々と輝子の後を追う。

 

 残された僕は迫りくるタイムリミットとお先真っ暗な自分の未来に成す術もなく、ただ身体に残った女子高生の残り香に癒しを求めるしかできなかった。

 

 ……貯金足りるかなあ。

 



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第四話 ぼっち

 

 仕事を始めて、僕らはすぐに悟った事がある。

 大浴場の清掃と言っても、結局やれることは限られているということだ。それもそのはず、僕らには清掃に関する専門的知識もそれを補う道具もないのだから。

 ではどうするか?

 簡単な話だ。僕らには僕らの出来る事をやればいい。つまり最低限のポイントを押さえて、残りはまた明日の業者に任せればいいのだ。床や浴槽をブラシで磨いたり、備品の中身を入れ替えたり、とにかくそんな感じで今日一日使用者が不快に思わなければそれでいい。多少汚れが残っていたとしても、拓海が洗ったとでも言っておけば文句の一つもでないだろう。別に嘘は言ってないし。

 

 という事で、手始めに僕らは二手に分かれて作業を分担することにした。拓海と乃々がブラシで床と浴槽を、僕と輝子は備品の詰め替えやガラス拭きなどの細かい作業が担当だ。

 

「む、この汚れは中々手強いな」

 

 適度に洗剤を付けた布巾片手に洗面台のガラスにこびり付いた謎の汚れに苦戦する。何度か布巾を前後させてみるも、汚れが落ちたようには全然見えない。うーむ、まるで大酒を飲んだ後に必ず絡んでくる川島さんの如き粘着性だ。粘り気が半端じゃない。

 あまりにも変化がないので一度手を止め、改めて汚れを注視してみることにする。そうだ、物事は常に多角的方向から分析することによって新たな一面が表層化する。もしかしたらこれも実は汚れではないのではなかろうか。

 

 鏡を注視したまま時が流れる。

 直後、ふと僕の脳裏に天啓的閃きが訪れる。

 

「なるほど! これは汚れじゃなくて模様か!」

「い、いや、どう見ても汚れだと思うぞ、親友」

 

 違った、やっぱ汚れだった。そりゃそうだ、鏡に模様があったらそれは既に鏡ではない。

 

「あ、あっちの洗い場の備品交換終わったぞ。フヒ……石鹸の在庫がもうあんまり無かった」

「ん、了解です。後で千春さんに報告しておきます」

 

 隣で桶にちょこんと座る輝子にお礼を伝える。長く伸ばした銀髪とアホ毛が特徴で趣味がキノコ栽培という一風変わったアイドル少女。自称根暗ぼっちで少し内向的だけど他人を思いやれる優しい心根の持ち主で、それでいて話してみると普通に面白い。

 

 加えてテンションが上がると性格が百八十度反転して全く予期していなかったメタラーに変身する。一度彼女のライブを見に行ったことがあるが、世紀末だった。いや、比喩表現とかそういうのじゃなくて実際に、現実の光景として。

 客席では一般客に混じって肩パッドに革ジャン装備のモヒカン野郎とか儀式で呼び出された邪神みたいな髪型の奴がサイリウム振っていた。割と真剣に会場間違えたかと思ったけど、ステージに立つ輝子を見て余計分からなくなった。アイドルって何? みたいな。

 ちなみに曲は凄く良かったし歌はかなり上手かった。最近のアイドル業界は凄い、といろんな意味で思い知らされたね。

 

 などと勝手に一人頷く僕に視線を泳がせながら、なにやら輝子が用具入れからごそごそと何かを取り出し始める

 

「こ、こういう油膜の汚れは専用の薬剤を使った方がいい、ぞ。ほ、ほら」

「お? おお!」

 

 す、すごい。あれだけ僕が磨いても取れなかった汚れがまるで魔法の様に!

 驚きと共に輝子に賞賛の声を送る。褒められ慣れていないのか、口をもにゅもにゅさせながらもにへっと嬉しさは堪え切れていない様子が実に良い。ああ、日々千春さんと一部のアイドルに扱き使われてすり減った心が癒される。

 

「それにしても見事に落ちてる……輝子さんよくこんな方法知ってましたね」

「休みの日の昼間とかの雑学番組なんかでよくやってるから……フ、フフ、 私のぼっち歴を舐めない方が良い。休日の一人での過ごし方とか……フヒ、既に極めている」

 

 そうか、極めてしまっているのか。

 隣を見るとやけに得意気な表情が返ってきた。アイドルやってるとマイナス方向にもポジティブになれるらしい。

 

 そのまま二人並んで洗い場の清掃をこなしていく。背後では時折、何故か拓海の怒声と乃々の悲鳴が定期的に聞こえてきていたが、とりあえず聞こえない事にした。あの二人は何をしているのだろう……まあ巻き込まれたくないから振り向かないけど。

 

「フヒ……時に親友」

「なんでしょう」

 

 手を動かしたまま、輝子が声を掛けて来る。黙々と作業するのにも些か飽きてきた良いタイミングだ。

 彼女は自称ぼっちを掲げている割に――むしろぼっち生活の経験からこそか――場の空気を読むのが上手い。周りをいつもよく見ているし、幸子の常時ワイルドピッチ発言を輝子がそれとなく軌道修正しているということが良くある。

 

 今の声かけも僕の心情を察しての事だとしたら――

 そう思うと僕の頬も綻ぶというものだ。僕の人権という当たり前に守られるべきものが普通に無かった事にされる此の場所で、思いやりの心に触れられるということはそれだけで尊いものだと僕は思う。

 

「この大浴場の排水溝……ジメジメヌメヌメしてて……フヒ、きのこの生息場におススメだと思わない、か?」

 

 まあその分発言が大宇宙な訳だけど。

 

「い、いや確かに環境は良いかもしれませんけど、大浴場にきのこは流石に」

「フヒ……そ、そうだよな。やっぱり土の地面じゃないとフレンズたちも困るよな。反省」

 

 何に、だ。そしてなんでだ。

 ああ、感じる……感じるぞ、此処の住人特有の対話しているようで繋がっていない会話のズレによる違和感。まあ、千春さんとか拓海とかみたいにセットで拳が飛んでこないだけ随分とマシではあるが。

 

 しかしあれだ。言動がどうであれ美少女が目の前で気落ちしているのに何もしないというのは僕の流儀に反する。ボーイミーツガール、ならば逆もまた然り! 見晒せ僕のフォロー術!

 

「でもあれですね。輝子さんはきのこですけど、何かを継続して大切に育てられるっていうのはそれだけで尊敬に値しますよ」

「フ、フヒ……そう、かな?」

「そうですよ。それにきのこは育てた後に食べる楽しみも持てますし、良いチョイスだと僕は思います」

 

 どうだこの当たり障りのない事をさも素晴らしい事のように伝える無駄に無駄の無い無駄な技は。ちなみに使用し過ぎると言葉に重みが無くなり軽率な軟派男になるので注意。ソースは父をゴミのような目で見るときの僕の母。

 

「し、親友ならそう言ってくれると信じていた。フヒ……そ、そうだ、私の部屋に初心者でもできるきのこ栽培セットがあるんだけど、ど、どう?」

「よーし、この辺はこんなもんでいいかな!」

 

 洗剤のついた布巾片手に勢いよく立ち上がる。輝子の元気は取り戻した。後は僕自身が余計なトラブルに巻き込まれない様に速やかに清掃を終わらせるだけである。決してきのこの育成を嫌がっての事ではない……決して。

 だが輝子には悪いが万が一にも管理人室がきのこの群生地にでもなってみろ、まず間違いなく隣から這い出てきたマウンテンゴリラが僕の明日を奪い取っていく。余計な火種は未然に防ぐのが吉なのだ。

 

 まあこの生活にもう少し余裕が出てきたら、自室の方で改めてきのこ栽培に挑戦させて貰ってもいいかもしれない。その旨をやんわりと輝子に伝えたら快く承諾してくれた。やっぱり優しいなあ輝子は。

 

 そのまま輝子から布巾を受け取り籠に仕舞う。

 

「そ、そうだ。フヒ……今度私の部屋で小梅ちゃん達ときのこ鍋するんだけど……親友もこないか?」

「楽しそうですけど、いいんですか? 僕なんかが行っても」

「基本的に鍋つついてホラー映画見てるだけだから……フヒ、でも私いつも途中で寝ちゃうし小梅ちゃんは映画に夢中になっちゃって……気づいたら毎回幸子ちゃん一人だけ涙目に」

 

 そう言って輝子は苦笑いのような表情を浮かべて見せた。

 つまりは映画を見ている間、幸子の話し相手になれと要はそういう話だ。捉え方によってはアレかもしれないが、今の輝子の表情を見るに打算や悪意はない。純粋に僕を誘ってくれた厚意と幸子をなんとかしてやりたいという気持ちからの提案だ。

 

 本当にまあ、彼女たちらしいといえばその通りか。

 要はホラー映画を見なければ済む話なのだ。初めこそ相手の趣味嗜好が分からなくて仕方がないとしても、相手の反応で大体分かる。持ってきたのは十中八九小梅だろうが、彼女も輝子も察しが良く優しい子だ。まず間違いなくジャンルを代えるなりしようとしたに違いない。

 そしてそれを幸子が制止した。

 

『ぼ、ボクが怖がってる? そんなわけないでしょう冗談はよしてくださいよ二人共! こ、こんな作り物のお話でこのカワイイボクが怖がるなんて、いやいやありえませんから……なんですかその顔は……無理しなくていい? む、無理なんてしてませんからっ! いいですよじゃあ次もホラー見ましょう! そこでボクが怖がってない事を証明して見せましょうなんたってボクはカワイイですからね!』

 

 みたいな感じで。

 一から百まで僕の想像ではあるが、あながち間違ってはいないと思う。輝子も幸子の性格を良く知っているだけにどうしたらいいのか分からないのだろう。どうもしなくていい気もするが、口にはしないでおく。

 

 だがそれらを省いても、だ。

 

「分かりました。そういうことなら是非参加させて下さい。楽しみにしてます」

 

 やはりこうして純粋に誘ってもらえるというのは嬉しいものだ。勝手に部屋で宴会開かれてたり、仕事の合間に休憩室として僕の部屋で爆睡されてるなんて心配もしなくていい。

 やっぱり普通が一番だ。こういうのでいいんだよこういうので。

 

「そ、そうか、それは良かった。じゃあ私はこの用具を片付けてくるから」

 

 そう言って輝子は鼻歌混じりに脱衣所へと向かっていった。

 実際に御呼ばれする際には、お菓子か何か適当に見繕っていくことにしよう。そんな事を考えながら強張った肩や腕を左右に動かしてほぐす。

 

「ふー……」

 

 さて、僕ももうひと踏ん張り頑張るとしますかね。

 



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