仮面のタフガイ (piguzam])
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第1話



リハビリ作品になります。

自分はシリアスなんて無いギャグやラブコメが書きたい……それだけでした。

それとこの作品は三人称と一人称がコロコロ変わりますのでご了承ください。


 

 

 

 

ドゴォッ!!

 

 

 

――日本のとある街。

 

 

 

バギッ!!ガッ!!

 

 

 

早朝の小鳥が囀る気持ちの良い朝に響き渡る――。

 

 

 

「おっしゃああああッ!!!」

 

ドゴォオオオオンッ!!

 

「「「ギャーーーーーーーーッ!!?」」」

 

 

 

脳汁溢れる雄叫びと、汚れたシャウト。

爽やかな青空を台無しにする事請け合いのSEである。

 

「あ、ばばば……」

 

「うげぇ……な、なんで……」

 

「ば、ばかな……」

 

薄暗い路地裏に倒れ付す三人の男。

それは哀れなオヤジ狩りに遭った不幸な男達――ではなく。

 

「て、天下の泥棒と呼び声高き俺たち『青ひげ海賊団』を、たった一人で沈めるとは……」

 

「しかも……只の高校生のガキにしてやられるとは……フッ。焼きがまわっちまったもんだぜ」

 

「いや、格好良く言ってるけど御宅ら下着ドロだかんね?ジョリーロジャーの代わりにパンティ掲げてる馬鹿だかんね?」

 

只の下着ドロである。

 

「フッ……女体の神秘という大海原を渡る俺達の誇りが理解できねえとは……まだまだガキだな」

 

「やかましいわ。っつうか白ひげに謝んなさいっての」

 

ドゴォッ!!

 

「おぶしっ!?」

 

右手に握り締めた戦利品である女性用下着を持ってニヒルに笑う男の顔を踏んずける、巨漢。

その若い顔に呆れを多分に滲ませながら男の顔を踏んだままに、彼は緩めていたネクタイを締めなおす。

作業服に身を包み、最近この界隈の女性達を恐怖のどん底に突き落としていたコソ泥。

 

その泥棒たちこそ、今正に路上で倒れ付す男達の正体なのである。

 

「全く……朝っぱらから余計な体力使わせるなっての」

 

とどめとばかりに踏み付けた男の顔から足を退けた若い青年は服の乱れを整え、携帯を取り出す。

掛けるのは勿論、法の番人であるおまわりさんだ。

 

「(PI)あっ、もしもし。今2番地の裏手に居るんですけど、最近噂になってた下着ドロ達が3人ほど倒れてますんで、逮捕お願いします……えぇ、そこの路地です……はい、はい。あっ匿名希望でお願いします。はい、じゃあさいならっす」

 

少年、いや青年は慣れた受け答えで通報を終えると、男達がしっかり気絶したのを確認して裏路地から出た。

今まで住宅の影に遮られていた日の光の下に、青年の全貌が現れる。

頭上から降り注ぐ光の眩しさを遮る様に手を翳す青年――しかしその出で立ちは、既に青年と呼べるレベルではない。

 

まるでアメリカ人の様な大柄な肩幅に、これでもかと乗っかった筋肉。

現役プロレスラーですら見劣りする程に鍛え上げられた肉体は、既に2m近い巨躯へと成長している。

まるでカモシカを思わせる太い足に、圧縮されてもなお膨張している筋肉に覆われた体。

 

その身長、196cm。

 

その総重量、110kg。

 

文句のつけようの無い威圧的な体躯を有しながらも、その目元は優しげな光を魅せる。

 

 

 

――――彼の名は『冨士原 幸助』――。

 

 

 

私立秀峰制覇学園に通う一年生にして、秀峰最強。

 

 

 

別名、『秀峰の仁王』と呼ばれる男だ。

 

 

 

「はーぁ……朝っぱらから下着ドロに遭っちまうし、鞄は放り投げちまったし……まぁ教科書しか入ってねぇから良いんだけど、探すの面倒だなぁ」

 

ポリポリと後ろ髪を掻きながら、幸助は来た道を逆に戻る。

それは学園に向かう道とは間逆であるが、彼は途中で放り投げた鞄を探す為に戻らなければならなかった。

何せ下着を物色している現場に遭遇して直ぐに先の下着ドロ達が逃走を始めた為に、鞄を放り投げてしまったからだ。

このまま学校に行っても授業を受ける事が出来ない為に、幸助は戻るしかない。

 

「でも、これ以上成績下がるのはちょっとマズイし、しょうがねえか」

 

一見すると不良の鏡の様な見た目だが、幸助はどちらかと言うと性格的に大人しい部類であり、授業も真面目なタイプだ。

っというより真面目に受けても余り頭の出来が良くないので、成績はそれなりなのだが。

だからこそ真面目に授業を受けて少しでも成績維持を気にする辺りが、既に不良ではない証とも取れる。

それに幸助の場合、バイトをしているからこそ、成績維持に余念が無いのだ。

 

爽やかな朝に似合わない巨漢が溜息を漏らしながら歩く姿は、かなりシュールである。

 

「あーぁ。こりゃ遅刻確定か……まっ、そりゃ仕方な――」

 

「ご心配ありませんよ、幸助様」

 

「ん?」

 

と、少し肩を落としながら歩く幸助の背中に声をかける者が居た。

しかも声質からして女性である。

普段からその風貌故に女性から声を掛けられる事の少ない幸助だが、自分の名前を名指しで呼ばれれば怪しかろうと振り向くしかない。

 

そして振り返った幸助の視界に、日常ではまず見る事の無い光景が飛び込んでくる。

 

振り返った先に居たのはやはり女性。

見る者を和ませようという気遣いに溢れた微笑を浮かべながら、幸助に視線を送っていた。

その手には、幸助が投げ捨てた筈の鞄が握られている。

この時点で既に知り合いでも無い女性が幸助の鞄を握っている事が不思議だ。

 

しかし、問題は鞄ではなく彼女の『服装』である。

 

シックな藍色をベースにしたロングスカートワンピースに、純白のエプロンドレス。

エプロンと同じくフリルをふんだんにあしらわれたホワイトブリム。

 

――紛う事無き『メイド』である。

 

嘗ては19世紀末の英国に実在した家事使用人やハウスキーパーたちの総称。

それが『メイド』と呼ばれる職業に携わる女性だ。

語源の「maiden」は乙女、未婚の女性という意味で、過去に若い女性が結婚前には奉公に出されていたことに由来し、そこから女性奉公人・使用人の意味となったらしい。

つまり何が言いたいかと言えば、間違っても街中で遭遇する筈の無い服装なのである。

 

「…………あ~……」

 

しかし、幸助が面食らっていたのはほんの2~3秒の事であり、直ぐにその表情に苦笑いを浮かべながら、今もニコニコ微笑むメイドへと向き直った。

そう、幸助には一人だけ『心当たり』が居たのだ。

若い美人な女性にメイド服を着せて仕事――ご奉仕をさせている身近な人間が。

 

「その……『爺ちゃん』ですか?」

 

「はい♪『御前様』から幸助様を迎えに行く様にご命令がありました。車の用意が出来ておりますので、どうぞ♪」

 

「いや。でも、俺学校がありまして……」

 

たった今登校しようとしてた所だったので、その旨を伝える幸助。

しかしその言葉にも、メイドの女性は笑みを崩す事無く――。

 

「ご心配には及びません。学校の方は本日『休校』にさせて頂きましたので」

 

「……はえ?」

 

幸助はそのメイドの言葉に目を丸くする。

学校が休校?そんな話聞いてないんだけど……。

と、そこまで考えて幸助はこのいきなりな休校の理由に思い至った。

何の事は無い。これも全て自分の祖父の計らいなのだと。

つまり本日の予定が丸々空いてしまった幸助は、この呼び出しに応じるしか無いのだ。

尤も、祖父を……いや家族を愛する幸助からすれば断る理由も無いのだが。

 

「分かりました。行きますよ」

 

「はい♪ご案内致します」

 

先導するメイドに従い、幸助は歩く。

この時幸助はこのタイミングで祖父が自分を呼び出す意味を考える。

そして、自分の『もう一人の家族』の予定を思い出し、合点が行った。

相変わらず、家族想いな様だなと、幸助は微笑みながら歩く。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「体育館ってVIP席なんか無かったよーな……」

 

「今大会の為に特注でご用意しました」

 

「相変わらずだなぁ……」

 

運動する筈の体育館の道中から明らかにおかしくなった豪華な廊下。

しかも強そうなガードマンが警備する部屋には特別応対室、VIPROOMと書かれている。

明らかに体育館に必要なさそうな一室を前に、幸助は頬を引き攣らせた。

たった一度の試合を観賞する為にここまで豪華な一室を用意する辺り、中に居る人物の豪華さが伺えると言うものだ。

やがてメイドが扉をノックし、「失礼します」と声を掛けると、内側から扉が開かれた。

そのメイドに着いて中に入ると、体育館を一望できる巨大なガラス張りの部屋に入った。

 

「御前様。幸助様を御連れしました」

 

「おぉ。良く来たのう幸助ッ!!我が愛しの孫よ~~~ッ!!」

 

と、メイドの言葉に中央の椅子から立ち上がって両手を広げる恰幅の良いカイゼル髭を蓄えた老人が満面の笑みで幸助を迎える。

一目で分かる高級スーツに身を包み、十指の全てに色取り取りの宝石をあしらった指輪を着けた豪華さ。

 

この老人こそ、『大富士原 全重郎』――。

 

大富士原財閥の総帥にして、幸助の祖父である。

 

権力、財力。

 

凡そ世界中の人達が欲しがる力の全てを手中に納めたといっても過言では無い程の大金持ち。

そんな彼は孫である幸助と、幸助の”姉”を溺愛し、惜しみないどころか溢れかえってしまう程の愛情を注いでいた。

この特別室も、幸助の”姉”であり、自身の孫娘でもある少女の大会観戦の為に特注した程である。

その権力の高さから『御前』と呼ばれる彼はそんな素振りを欠片も見せず、幸助に突進して抱き付く。

幸助は苦笑しながらも祖父の突進をその体で受け止めた。

 

「おはよう爺ちゃん。元気だった?」

 

「うむ!!愛しの孫の姿が見れて元気が溢れておるわい。ささっ、一緒に”なえか”の試合を見学しようではないか」

 

「あ~。やっぱ学校の休校ってそれ?」

 

「ほっほっほ。幸助が欠席扱いになってしまっては可哀想だからな。朝一番で校長に休校にさせた」

 

「はは……あ、ありがとう爺ちゃん」

 

幸助が少し引き攣りながらも礼を述べると、御前は「良い良い!!」と頬を緩ませて答える。

そのまま幸助の背中を押して自身のソファーの横に座らせると、部屋の端で待機していた他のメイドが静かに紅茶を入れて二人の前に置いた。

 

「あっ。どもっす」

 

立ち上る香りに気付いた幸助が頭を下げて礼を言うと、メイドは微笑を崩さずに「お気になさらないで下さい」と答える。

更にお茶請けに見るからに高級そうなケーキまで置かれれば、一般市民並の生活をしている幸助は苦笑せざるを得ない。

そんな孫の姿に頬を緩ませながらも、御前は慣れた所作で紅茶をゆっくりと口に運ぶ。

なえかの試合までまだ余裕があったので、御前は兼ねてより気になっていた話を幸助に振る。

 

「時に幸助。最近は捗っておるのか、バイクの方は?」

 

「ん?あぁ。もう普通に走れる様になったよ。かなりぐずってたけどさ」

 

「ほぉ、そうか。良く頑張ったのう」

 

「頑張ってなんか無いよ。自分で直してみたかったから、やっただけだし」

 

御前の手放しの褒め言葉に、幸助は擽ったそうに笑いながら答える。

今話に出て来たのは、幸助の父親が幸助に譲り渡した一台のバイクの話だった。

クラシックな見た目が売りのアメリカンバイク、バルカン・ドリフター。

幸助の父親が乗っていたときは現役だったが、幸助達が生まれてから長い間放置されていた。

そのバイクを幸助は父と母が海外に向かった五年前に譲り受け、免許を取った今年を継起にずっと一人で修理していたのだ。

 

「最初はさ、本当に大変だったなぁ。ガソリンタンクの中は錆だらけ、タイヤはカッチカチ。キャブレターなんか腐ってたし」

 

「うむ。だから儂が免許を取った記念に一台買ってやろうと言ったんじゃよ。態々大変な思いをせんでも、儂が新車を買ってやったのに」

 

「ははは……」

 

何故、苦労してまでその単車に拘るのか、と首を振る御前に、幸助は笑っていた。

それはもう、とても楽しそうな笑顔で。

 

「でも、楽しかったぜ。色んな修理が必要で、苦労もしたけど……自分で直してると、すげえ愛着が湧くんだ」

 

「ふぅ~む……」

 

「良くダチにも言われたよ。『そのバイクに掛けてる値段で良いバイクが買える』って……でもさ」

 

紅茶のカップを戻しながら、幸助は遠くを見る。

昔の大切な思い出に、胸を馳せながら。

 

「やっと直って、初めて海岸線を走った時、滅茶苦茶嬉しかったんだ。父ちゃんの相棒だったバルカンが、俺を次の乗り手に認めてくれた気がして……まるで生き物みてーに、不等調でやかましい音鳴らして、俺を乗せてくれた……あん時見た景色は、一生の宝物だよ。金じゃ買えない思い出ってヤツ」

 

「ほぉ……」

 

「そんな思い出をくれたバルカンに、例えハーレーを買える程の金を注ぎ込んだとしても、全く後悔なんかしちゃいないよ」

 

「なるほど……良かったのう、幸助」

 

「あぁ」

 

本当に嬉しそうな笑顔で自分のバイクについて語る幸助に、御前は微笑みながら言葉を紡いだ。

それだけ熱心に打ち込めるモノを見つけた最愛の孫の成長がとても嬉しかったのである。

……まぁ、若干そのバイクに孫を盗られた気がしてちょっぴりジェラシーを感じているのも無きにしも非ず、だが。

 

「それに、知り合いの人達も増えたんだ。ほら、これ見てくれよ爺ちゃん」

 

「む?……こ、これは……ッ!?」

 

と、幸助が差し出してきた携帯の写真を見て、御前は身を乗り出す。

そこには、幸助がバイクで出かけた時にしりあったバイカー達との集合写真があった。

幸助に近い年齢の者も居るが、中には御前に近い年齢の老人達も多く目に付く。

 

「これ。近くの峠越えた所にある隠れたお店でさ。そこで皆とハンバーガー食ったんだけど、最高に美味かったよ」

 

「む、むぅ……ッ!?」

 

写真の説明をしながら色々な写真を出す幸助は、御前が杖をギチギチと音が鳴る程に握っているのに気付いていない。

 

「これは海岸近くの喫茶店なんだけど、ここのめちゃすぺオムライスが最高に美味しかったんだ。しかもオーナーさんもバイク好きで、凄く話が弾んだなぁ」

 

「ほ、ほほぉ……ッ!!」

 

ビキビキッ!!

 

『ご、御前様の血管がーー!?』

 

『こ、このままいったら御前様の怒りが天元突破してしまいます……ッ!!』

 

幸助が笑顔で出した写真は、御前とそう年の変わらない老人が幸助と肩を組みながら一緒に映っている写真だった。

それ以外にもその老人のバイクと自分のバイクを並べて笑顔で映る幸助の写真。

とても微笑ましい写真だが、それを見る度に御前の額に青筋が浮かび始める。

要するに『テメェ儂の最愛の孫と何楽しそうに写真撮ってやがるオラァン』という嫉妬による怒りだ。

既に御前の様子がおかしい事に気付いたメイド達は慌てふためいているが、孫との会話の一時を邪魔していいのかわからずオロオロするばかり。

しかしそんな中、幸助の何気ない一言が光明を生み出す。

 

「爺ちゃんも今度、一緒にツーリング行かねぇか?」

 

この何気ない一言に御前の機嫌は見る見る上昇。

可愛い孫とのツーリングがどれ程楽しいのか、それを考えるだけで胸がトキめく程だ。

しかし、自身の問題を考えるとその気持ちも沈んでしまう。

 

「……さすがに儂の年になると、もう免許を取る事は難しいのう」

 

そう、御前の年で一から免許を取るには厳しいモノがあるのだ。

それでなくても、御前は大富士原財閥のトップ。

そんな超が5つも6つも付く様な重要人物がバイクで単独で出るなど、警備の面からしても到底許せるものではなかった。

自分の立場を考えて気落ちする御前に、幸助は笑顔を曇らせる……事も無く、口を開く。

 

「実はさ。今友達とかさっきの知り合いと、サイドカー付けようって話してるんだ。そうしたら、爺ちゃんも横に乗っていけるだろ?」

 

「ッ!!?」

 

サイドカーに乗って、最愛の孫と二人旅。

それは御前にとって、雷が落ちる程にショックが強い言葉だった。

 

「しかも、サイドカー付けても後ろにもう一人乗せられるからさ。姉ちゃんも乗せて3人で食事ドライブとかも出来るんだよ」

 

「ッッ!?」

 

更に、もう一人の最愛の孫を入れた、孫達に囲まれたドライブも出来る。

それがどれ程御前の心を揺らした事か。

正しく、自身が生涯をかけたメイドさんの探求に勝るとも劣らない程だ。

免許の取れない自分の事も考えてくれた最高のプラン。

その孫の気遣いに、御前の視界が涙で揺れる。

 

「それに俺の一押しの飯屋の近くには温泉もあってよ……やっぱ一度は、爺ちゃんと俺と姉ちゃんだけで普通に出かけて、普通に過ごしてみたいから、さ」

 

「おぉ……ッ!!おおぉ……ッ!!愛しの孫よぉおお~~~~~ッ!!!」

 

照れくさそうに頬を掻く孫の姿に、御前の涙腺は限界を突破して涙を流しながら抱き付く。

そんな御前の姿を邪険にするでも無く、幸助はしっかりと抱き返して、家族の絆を深めていくのだった。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

『一本!!勝負あり、白。冨士原!!礼!!』

 

「おぉッ!!見事じゃなえかッ!!」

 

「相変わらず綺麗に当てていくよなぁ、ホント」

 

そして時間は過ぎ、二人はこの体育館に来た目的である幸助の姉、冨士原なえかの所属する剣道部の試合を観戦していた。

最後の大将戦にて綺麗な面で勝利を飾ったなえかに、御前は大喜び。

幸助も感心しながら紅茶を飲んでいた。

それで紅茶を飲みきった幸助だが、そうするとそれを事前に察知していたメイドさんからお代わりを薦められる。

彼女たちの気遣いのお陰で、飲み物が足りなくなる事も無く、幸助は優雅に過ごしていた。

 

「これでウチの剣道部はベスト4進出だな、爺ちゃん」

 

「うむ。なえかならこのまま優勝も目ではな――」

 

『『『『『キャーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!?』』』』』

 

「ん?なんじゃ今の声は?」

 

「何か、下から聞こえてきたけど……」

 

と、二人がなえかの健闘を称えていたその時、体育館の運動スペースから女性の悲鳴が複数聞こえてきた。

いきなりの悲鳴に少し驚きながらも、幸助はガラス窓に歩み寄って下を覗き込む。

 

「んー?……何か……包丁がブッ刺さってるんだけど?」

 

「何じゃと?」

 

「御前様、こちらを」

 

「うむ」

 

下の階の騒ぎの元凶を発見した幸助の言葉に、御前も腰を上げる。

御前の行動をまるで予測していたかの如く、控えていたメイドが双眼鏡を手渡す。

その行動に疑問も持たずに御前は双眼鏡で下を覗き込む。

 

「ふーむ……飲み物の容器に包丁が刺さっとるのう」

 

『ォフゥッ!!』

 

「あ。審査員が倒れた」

 

更に騒ぎを聞きつけた審査員がなえかに近付くと、まるで糸が切れた様に倒れ付す。

これが決定打になり、会場に居た女子は皆追い出され、大会の中止が明言された。

 

「おいおい……晴れ舞台に包丁ぶん投げるとか、どこのだ~れの嫌がらせだよ」

 

折角の姉の快勝を帳消しにしてしまう出来事が起きてしまい、幸助は眉を顰める。

 

「……まぁ仕方あるまい、とりあえずなえかを呼ぶとしよう。幸助、お茶の続きをしようではないか」

 

「あん?……あぁ、うん」

 

と、余りにもらしくない反応をする御前に幸助は首を傾げてしまう。

何時もなら孫の晴れ舞台を潰した相手に憤怒を超えて怒髪天を突いてる筈なのだ。

それが随分と冷静なので、拍子抜けな気持ちだった。

そんな幸助の気持ちを知ってか知らずか、御前はメイドになえかを連れて来る様に命令を出す。

釈然としない気持ちを抱えながらも、幸助も御前と共に席に着き、談笑に花を咲かせる。

 

「御前様」

 

「む?」

 

そして、応対室の扉が開き、ショートカットで巨乳の美少女が大会の主催者と共に現れた。

少女はこの部屋の豪華さに驚き、というより呆れを隠そうともしない。

 

「遅くなりまして申し訳ございません御前様ッ!!お孫様を御連れしましたッ!!!」

 

「来たか愛しの孫よッ!!」

 

「よぉ姉ちゃん。お疲れ」

 

大会の主催者が90度以上の礼を取りながらの挨拶を意に返す事もなく、御前はなえかを歓迎する。

 

「あぁ、そこのお前は下がってよし」

 

「ははぁ!!失礼します!!」

 

だから、家族水入らずのところに他人を交えたくないので、祖父は県大会主催者を指差して言う。

するとその人は再び深くお辞儀をして、すぐさま去っていった。

そして、残されたなえか。

彼女は溜息を吐きながらも席に着き、メイドの振舞った紅茶に口をつける。

 

「何かと思ったら、やはりおじい様でしたか……」

 

「どうかなこの部屋は?愛しの孫よ。お前が大会に出るというので、観戦用に特別に作らせてみた!!」

 

「呆れ返るほど素敵ですね……」

 

祖父には呆れと言うか嫌味は通じないらしい。

なえかの言葉を逆に誇らしそうに返し、堂々としていた。

なので、祖父に言うのは諦め、隣に座る幸助にキッと視線を向ける。

 

「それより幸助ッ!!あんた学校は?大会参加者以外は授業のはずでしょ」

 

「あー……それは、なぁ……」

 

カップをテーブルに荒々しく戻しながら声を荒げる姉に、幸助は苦笑を浮かべる。

なえかと幸助は同じ高校に通っているので、授業のはずの幸助がここにいるということはサボったのかと問い詰めているのだ。

しかしそこに絡むのは、やはり祖父である御前だ。

 

「儂が学長に言って、今日は休校にした」

 

「はい!?」

 

「やっぱビビるよな?俺も今朝、登校中に呼ばれた時似たよーなリアクションしちまったよ」

 

「姉の応援をするのに幸助が欠席になっては可哀相だからな!!」

 

頬をポリポリと掻きながら苦笑する幸助に、素っ頓狂な声を出したなえかの顔も引き攣る。

だが、自分的には庶民の感覚で居るなえかは御前に一般的な言葉を返す。

 

「登校した他の生徒は可哀相では……?」

 

「可愛い孫達にわしが会うのだ。皆許してくれる」

 

正に暖簾に腕押し、親馬鹿ならぬ孫馬鹿。

弟が大会を見学できるように、学校までも休みにさせたのだ。

まるで自分を中心にこの世界が回っているというように……だが、それはあながち間違いではない。

この老人はそれだけの覇権をその手に納めているのだから。

 

「それもこれも、お前達がわしの所に来んからじゃ。いっそわしの(屋敷)に住めばいいのに!」

 

この言葉からわかるように、なえか達姉弟と、祖父である御前は別居している。

故に、孫馬鹿の祖父は自分と一緒に暮らさないかと毎回言っているのだ。

 

「富士山を背景に眺望する、広大な敷地に建てられた壮大な(屋敷)。かしずくメイド達。世界中の美食が毎夜のごとく酒池肉林。何不自由のない王侯貴族のような暮らしをさせてやると言うのに」

 

「おぉ……」

 

「むっ……」

 

「だからわしの(屋敷)に住め!!」

 

一緒に住めば一生遊んで暮らすことなど余裕なのだ。

幸助も『メイドさんが肉林かぁ……』などと言い、心が揺らいでいた。

何のかんの言っても幸助も十代の若者。

その溢れる女体への関心は年相応に興味津々なのである。

そんな下世話な興味を持つ弟に、なえかは剣呑な視線を向ける。

 

「………お願いですからおじい様。マジメに生きるのが馬鹿らしくなる世界に、私達を巻き込まないでいただきたいのですが」

 

しかし幸助がそれに気付く筈も無く、なえかは溜息を吐いて呆れるようにその申し出を却下する。

確かにそういう事実があれば真面目に生きるのは馬鹿らしく感じるし、何かと人を駄目にしそうなものであるが、それでは祖父が納得がいかない。

何もお金があることは、悪いことではないのだから。

 

「ムフフフフ、なえか。このわしの孫が庶民の常識に惑わされるでない」

 

お金持ちの孫だから、贅沢をして何が悪いという風に言う祖父。

だが、なえかにも言い分はある。

 

「庶民の子ですから私達は。ですから慎ましやかに暮らせれば……」

 

自分達は、庶民だと思っている。

父と母もそうだったし、あの暮らしが好きだったから。

だから成金趣味みたいで、贅沢な暮らしをするのに抵抗があるなえか。

心が揺れ動いている幸助はともかく、これがなえかの意見である。

 

「まぁ、そこは姉ちゃんと一緒かな、俺も」

 

一方で幸助も金持ちな生活ではなく庶民的な生活を求める。

女体に心揺れたのは事実だが、なに不自由ない生活よりも新鮮さに溢れた今の暮らしを幸助は気に入っていた。

それを聞いてウンウンと頷くなえかとふむ、と顎に手を当てる御前。

 

「……まぁ、それもよかろう。仕方がない」

 

「え?」

 

あきらめの言葉を紡いだ御前に、なえかは目を丸くする。

今までこんなかんたんに祖父が諦めた事が無かったからだ。

御前としても孫が望むなら、望む形で過ごさせるのも大切なのかもしれない。

なんにしても、無理やりは良くない。

 

 

 

――だが。

 

 

 

「尤も、本当に暮らしていけてればだが」

 

 

 

それが、言葉通りの庶民的な生活を”送れていれば”の話である。

 

「……………………はい?」

 

「げっ……」

 

祖父の含みのある言葉に、なえかは疑問を感じる。

だが、心当たりがないといえば嘘である。

現に幸助は祖父の言葉に顔を引き攣らせていた。

それをギラリと光る目で見咎めた御前の言葉が低くなる。

 

「 暮らして いけて おるのだろ ? 」

 

真剣な顔で、威圧感を含みながらもう一度言う祖父。

 

「……………も、もちろん!」

 

「ちょ、姉ちゃんバカ……」

 

声は大きいが、間があり、視線を逸らすなえか。

明らかに怪しすぎる。

思わず嘘を答えたなえかに苦言を弄する幸助。

二人のリアクションを見て、御前は畳み掛ける事にした。

 

「では、今から家に行って暮らしぶりを拝見させてもらっても、問題なかろうな」

 

まるで居合いの如く放たれた言葉は二人にクリーンヒット。

 

「え?や、そ、それは……えぇと、その、そうだ!おもてなしもできないしっ。それと……」

 

「気にするでない」

 

誤魔化しにかかったなえかの言葉を一刀両断し、御前は手を二回叩いて控えていたメイドを呼ぶ。

 

「はい、御前様」

 

「車の用意をせよ。孫達の家に行く」

 

「かしこまりました」

 

主人の命に従い、車の用意をするメイド。

その一連の流れを見て、なえかと幸助の心境は同じものだった。

 

(……やばい!!)

 

(やば~い……姉ちゃんのみ)

 

訂正。幸助には若干の余裕がある模様。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

場所は変わり、富士原家。

なえかと幸助の家の前である。

周りの家よりも少し大きめで、庭の隅にある木造ガレージは屋根付きの二階建てという豪華さを誇る。

何とも立派な建物だが、それよりも立派過ぎるモノが散乱していて、折角の建築美も台無しだ。

 

 

 

そう、そこは……。

 

 

 

カァーーッ!!カァーーーッ!!

 

カラスが空を飛び、やかましい鳴き声を撒き散らしている。

辺りにはありえないほどのゴミの山。

それは富士原家を取り囲むように錯乱しており、窓からもゴミが漏れていた。

そして周りには、カラスの他に野良猫やねずみ、ゴキブリまでもがうじゃうじゃいる。

 

 

 

そんな、まさにゴミ屋敷、いやゴミ御殿としか表現することのできない家。

 

 

 

「さて……もう1度聞くぞ、なえか。2人だけで本当に――大丈夫なのだな?」

 

その家を前にして、祖父が地面に杖をつき、明らかに怒っていると言う様な表情で尋ねた。

 

「……もっ、勿論ですッ!!」

 

(いや無理だろ姉ちゃん。コレ完全にアウトだって)

 

(わ、分かってるわよッ)

 

無理のありすぎるなえかの返答。

この光景を見れば、誰だってそうだとは思わない。

幸助の言葉にも逆ギレで返してしまう程に、今のなえかに余裕は無かった。

しかし逆に幸助の方には呆れと若干の余裕が見られる。

 

「なえか。以前、わしは言ったな?」

 

そして孫に対し、普段は優しい祖父が今回ばかりは勘弁ならないと言うように言う。

 

「曲がりなりにも富士原財閥の一端に連なるものとして、せめて恥ずかしくない暮らしをせよと」

 

なえかが罰の悪そうな顔をする。

間違い無くこれが御前の孫の家だということがバレれば、祖父にも迷惑がかかる。

それぐらいはなえかも理解しているのだ。

しかしそんななえかの表情に祖父は必死に笑顔を作ろうとするが、それがどうも我慢できずに引き攣ってしまう。

 

「……先日、TV局が取材に来たそうじゃないか。番組のタイトルはそう……『地域住民から苦情が殺到!閑静な住宅街のゴミ御殿を追え!』」

 

これはまごうことなき恥で、富士原財閥として相応しくない。

故に可愛い孫といえども怒っているのだ。

その様子に慌てふためきながら、なえかはなんとか言い訳を考える。

 

「だ、大丈夫です!表札にはモザイク入れるって!20年モノのゴミ御殿と比べたらまだ全然!うちなんかまだ5年!」

 

「そういう問題ではない!馬鹿者!!」

 

全く持ってその通りである。

 

「わしが局ごと番組そのものを潰してやったからよかったようなものの!」

 

「局ごと?」

 

「これ以上かわいい孫達が、一族の恥として謗りを受けるのを黙って見過ごす事はできん!よって、お前達の暮らしに強制介入を決行する!!」

 

どうやら怒っていても、孫には甘いらしい。

次の台詞も、迫力や威圧感はともかく、甘いものだった。

怒りの矛先はどちらかといえば愛しい孫達を晒し者にしようとしたテレビ局への方が強そうである。

 

「……きっ、強制介入!?」

 

「あー……まぁ、妥当だよな」

 

「ちょっと幸助!?」

 

思ってもいなかった背後からの裏切りに驚くなえか。

だが幸助は苦笑いしながらなえかの肩にポンと手を乗せる。

 

「諦めようって姉ちゃん。この状況になってまで言い訳するのは駄目だろ。人間的にも、姉ちゃんの好きな武士的にも」

 

「うっ」

 

「寧ろこのままじゃ姉ちゃん、際限無くゴミ増やしていくし……俺もストッパーが増えるのは嬉しい限りだったり」

 

「ちょっと幸助君!?その言い方じゃこの惨状を生み出したのは私だけって風に聞こえるんだけど!?」

 

一緒になって反対するどころか、嬉しそうな顔をする幸助になえかは堪らず反論。

まるで自分の所為みたいな言い方をされては敵わない。

しかし幸助はその言葉に苦笑いするばかり。

 

「いや……だって見てみろよ。俺は自分の部屋だけはちゃんと片付けてあるし、ガレージも周りは綺麗にしてるからね?」

 

「あうっ」

 

幸助の指差した二階の一部屋と、庭の隅に建っている木製のガレージとその周辺は綺麗にゴミがおかれていない。

そう、幸助も掃除は得意では無いが、それでも自分なりに片付けと掃除はしていたのだ。

自分のバイクを弄る為にガレージの周りも綺麗にし、塀の周りにゴミを置かれない様に対策。

そのお陰で冨士原家は塀の中と家の中以外は綺麗に片付いている。

 

まぁガレージ周り以外の庭と部屋の中がゴミだらけなので全く救いにはなっていないが。

 

何故家の周りや中がゴミだらけなのか?

 

それはつまり、なえかの類稀なる奇跡のスキル。

何故か普通に生活している以上のゴミが溢れかえるという呪いの結果なのだ。

今まで両親が一緒に居る時はそんな事はなかった筈なのに、両親が海外に行ってからこのスキルが発現してしまった。

お姉ちゃんだから、自分が頑張らないと、という思いの暴走の果てだろうか?

幸助の指摘にギクリとするなえかだが、その様を見ていた御前は頃合と見て口を開く。

 

「兎に角、お前達の生活をゴミ御殿から改善する為にも、これ以上は放置出来ん!!」

 

「で、ですがお爺様――」

 

「フブキ!!いでよフブキ!!フブキィ!!」

 

と、なえかの言葉を遮った御前は手を叩きながら叫ぶ。

 

ギイィ。

 

多少怒声交じりで祖父が呼ぶと、玄関のドアが開く。

そして、まだ姿を現していないというのに、なえかと幸助は驚いていた。

 

「……ド、ドアが開くって……今朝まではゴミで、半分も開かなかったドアが……姉ちゃんがつっかえていたドアが……俺は部屋のベランダからはしご使って降りなきゃいけなかったのに」

 

……人物ではなく、ドアが開いたことに驚いたらしい。

 

「……フブキ?」

 

そしてなえかが、フブキとは誰かと疑問を持つと――。

 

 

 

「初めまして、なえか様。幸助様」

 

 

 

中から現れた美しいメイドに、二人は視線を奪われた。

はかなくも美しさの篭った微笑み。

尻部まで伸びる艶やかな銀髪、しなやかな肢体。

全てが美しいと言わざるを得ない。

 

「本日より、こちらでご奉仕させていただきます――ハウスメイドのフブキです」

 

フブキと名乗った彼女は微笑を携えながら恭しく挨拶をした。

 

「――ヒュウ♪」

 

「お、おじい様。これは!?」

 

「ムッフッフ、2人とも入ってみるがいい」

 

その美しさに幸助は笑みを浮かべながら口笛を吹き、なえかは慌てふためく。

しかしなえかの質問に答えず、御前は二人を家の中に入る様に促す。

さすがにその祖父の言葉には家の中の惨状を知ってるの?と言いたくなった二人だが、フブキが出てきた事と玄関が開いたので、ある程度は綺麗になっていると予測した。

とりあえずは従い、家の中に入ってみると……そこは表とは別世界だった。

 

「取り急ぎ、玄関と台所周りのみ片付けました」

 

横に控えたフブキの言葉に、幸助は目を剥きながらフローリングを見る。

ピカピカと光るぐらいに綺麗な廊下。

まるでジャングルのように散乱していたゴミの山は消え失せ、家本来の広さが伺える。

床が見えない程に散らかっていたので、家の中全ての掃除は全部終わってはいないものの……これは凄い。

 

「……俺達が朝出た時はあのまんまだったってのに、この短い時間でここまで出来るのかよ……凄え」

 

「フフッ♪ありがとうございます。ダイニングにお茶の用意がしてありますので、どうぞ」

 

「ダイニングも入れるんスか!?」

 

幸助の純粋な驚愕の問いに、フブキは微笑んだまま「はい♪」と答える。

ここまでくるともう驚くしか無いなと、幸助は玄関から一歩踏み出そうとして……ハタと止まる。

 

「危ない危ない。靴脱がずに家の中に入るなんて久しぶり過ぎて、そのまま入るトコだった」

 

と、今までの生活環境のおかしさに少し笑いながら、玄関でちゃんと靴を脱ぐ。

 

「私はちゃんと履き替えてたわよ」

 

「姉ちゃん。家ん中で登山用スパイク付きの靴が必要なのが既にアウトだって事に気付こうよ」

 

姉の呆れながらの言葉に更に呆れながら返す。

そのまま突き当たりの扉を開くと……。

 

「OH MY GOD……清掃業者が泡吹いて逃げ出した台所まで……PERFECT過ぎる……」

 

まさに劇的変化をして、ゴミの城は綺麗な城へと変化を遂げていた。

床はピカピカに輝き、まさに完璧である。

しかも変な匂いすらも消えて、今は紅茶の香りのみが漂っている。

捨てても捨てても何故か生ゴミから粗大ゴミに変化して捨てるグレードが上がるばかり。

仕舞いには幸助が宿泊ツーリングに出た隙に幸助の大きな体が入らない程にゴミが溢れかえってしまって、遂には掃除を諦めざるを得なかった台所。

そのダイニングがまるで生まれ変わったかの如く綺麗な姿になったのを見て、幸助は感動に打ち震える。

 

「ムッフフフ、どうかな、このフブキのメイドぶりは。幸助の好みに合わせて選んだメイドじゃぞ」

 

カウンターに手を載せながら得意になる御前。

メイドの好み云々は、まぁ、幸助としてはかなり嬉しいが、家が綺麗になって嬉しいのもまた事実。

何よりも普通に住めるスペースが増えたことが、幸助にとっては最高に嬉しかったのだ。

だからこそ、幸助は涙を目尻に浮かべながらも、御前とハグを交わした。

 

「本当に……ッ!!本当にありがとう、爺ちゃん……ッ!!これでやっと、普通に住める……ッ!!」

 

「フォッフォッフォ、カワイイマゴよー」

 

涙ながらに感謝する孫の抱擁を受け止めながら、御前は笑顔を浮かべる。

二人の為に良かれとやった事だが、やはり喜ばれるのは素直に嬉しかったのだ。

 

「待ってください!」

 

しかし、なえかとしては不満らしい。

抱き合う二人にしっかりと視線を合わせながら、なえかは口を開く。

 

「庶民の家に、メイドなんかいりません。結構です。連れて帰ってください!」

 

確かに庶民の家にメイドはいないし、平穏な暮らしをするのなら必要はない。

なえかにはそういう言い分がある。

 

「第一、こんな若くて美人のメイドなんて、幸助の教育上好ましくありません。ただでさえバイクにのめり込んだり喧嘩のやりすぎで、脳ミソがアングラ気味に毒されている幸助の人生観に致命傷を与えかねません。弟の社会復帰の道を断つおつもりですかおじい様!?ついでにこのメイドさんが幸助に襲われても良いとおっしゃりますか!?」

 

なえかの弟、幸助。

三ヶ月前に16歳となり、免許を手に入れてからというモノ、バイクという不良のアクセサリーともいえる危ないオモチャにどっぷり嵌っている。

更にはその恵まれた体格の所為で目を付けられて、仕方なく喧嘩ばかりしていた時期もあった。

そんな不良になりかけで若さゆえのリビドー溢れる弟の生活する家に美人のメイドを置いた日にはどうなるか?

恐らく三ヶ月としない内に顔を赤くしたフブキが母子手帳を持って現れてしまうだろう。

 

それがなえかの意見だ。

 

ちなみに、言われた幸助は嫌そうな顔で姉を見ており、美人と言われたフブキはどこか嬉しそうに笑っていたことをここに明記しておく。

しかも襲われる云々の所で顔を真っ赤に染めてしまう辺り、フブキという女性の恋愛観念の奥ゆかしさが伺える。

 

「人を分別の無いケダモノみたいに言わないでくれよ姉ちゃん」

 

「お黙り!!」

 

「……なるほど、フブキはお前の好みではないから拗ねておるのだな?」

 

「え?姉ちゃんって百合――」

 

「シャラッーーーッパ!!」

 

ドゴォ!!

 

「おっぷぁ」

 

「こ、幸助ぇええええ!?」

 

御前の見当違いの言葉を更に深読みし過ぎた幸助の言葉を遮るように、なえかは持っていた鞄で幸助の顎を打ち上げる。

その一撃に間の抜けた声を漏らしてちょっと体を浮かせる幸助。

打ち上がる最愛の孫の姿に御前は悲鳴を上げるが、当の本人は「ダイジョブダイジョブ」と軽く手を振る。

しかも全く効いていないのか、ちょっと不満そうな顔で顎を摩るだけだ。

 

「どっちかっていうと俺より姉ちゃんの方がバイオレンスじゃん」

 

「乙女に不名誉な言葉を吐こうとしたんだから妥当よ!!」

 

俺にも不名誉な事言ってた癖に……と不満げな幸助だが、それは言わない。

乙女とは時として理不尽の塊なのだ。

と、話が脱線しかけていたが、なえかがハッとして声を張り上げる。

 

「そうじゃなくて!!拗ねてるとか見当違いも良い所ですお爺様!!」

 

「む?まぁ心配するでない、愛しの孫よ。ちゃぁんと”お前の好み”も用意してあるのでな」

 

「……へ?」

 

と、我に返った御前が微笑みながら言った言葉に、なえかは動きを止める。

今なんて言った?私好み?え?私好みのメイド?でも私女なんデスケドー?

 

パンパンッ。

 

目の前の祖父の言葉が飲み込めずフリーズしていたなえかの耳に、御前がフブキを呼んだ時と同じ様に手を叩いて誰かを呼ぶ。

 

「あの……私、好みって――」

 

 

 

ガシャンッ!!

 

 

 

それは、なえかの直ぐ背後から聞こえた音だった。

鉄格子と金網で作られた金属製の箱。

それを担いできた音だ。

 

ニャアアッ!!

 

ウニャアアァッ!!

 

ガーッ!!ガーッ!!

 

そして、その箱に無理矢理詰め込まれた動物たちの怒りの鳴き声。

ありとあらゆる動物の鳴き声が一斉に聞こえた所為で、なえかは肩をビクッと震わせる。

 

「……ククク」

 

背後から聞こえる何者かの笑い声。

それを聞きながら、なえかは背後に振り返り――。

 

「き……きゃあああああああああああッ!?」

 

絹を裂いた様な甲高い悲鳴を挙げた。

 

「……ククク。いったいどこの動物園だこの家は?ゴミがつかえて窓が閉まらないおかげで、ネコでもカラスでも家の中に入りたい放題だったぞ」

 

「……oh……Jesus」

 

白銀色の仮面で顔の上半分を隠し、エプロンドレスのような衣装を纏った筋骨隆々の大男。

背中には野良猫やカラスを入れた大きな鉄の籠。

もはや檻を担ぎ、長い髪に仮面、そしてメイド服を着た男がなえかの背後に表れたのだ。

この姿、まさにヘンタイである。

つまりなえかの悲鳴は挙げられて当然の悲鳴だったのである。

これにはさしもの幸助も口をあんぐりと開けて驚いてしまう。

そんな周囲の様子を意に介した様子も無く、男は動物の入った籠を床に置く。

この男は、どこにいたのか蛇を首に巻き、カラス1羽を左手でわしづかみしながら続ける。

 

「家の中に入り込んだ鳥獣の駆除は、これであらかた完了した」

 

まるで鮫の様なギザ歯を剥き出しにして笑う男が、なえかに向き直る。

 

「ククク……では改めてはじめましてだ、ご主人!!俺の名はコガラシ。今日から貴様に仕える事になったメイドガイのコガラシだ」

 

「へ?メ、メイドガイ?」

 

「ククク……さぁ、どうご奉仕してやろうか、ご主人。ククク……」

 

まさに人外魔境、ヘンタイの男ことメイドガイコガラシ。

2m近い筋骨隆々の男の登場に固まっていたなえかだが、再起動を果たし――。

 

「……お、おじい様っ!!おじい様ーーッ!!」

 

連れて来た張本人にヘルプを願い出る。

 

「な、なんですかおじい様っ。なんですかこの変質者は?おじい様!?」

 

「何って……お前の好みに合わせたメイドじゃが?」

 

「はい!?」

 

だが、さも当然と言うようにそっけなく答える祖父になえかの方が驚く。

そもそも、男でメイドというのが間違っている気がする。

執事でいいのではないかという突っ込みまで出掛かっていたなえかだが、それより先に御前の方が言葉を続けた。

 

「調べによるとお前の好みは、戦国武将や剣豪のような、強くて逞しい漢とある。中々大変じゃったぞ、そんな荒くれ武者のようなメイドを見つけ出すのは……」

 

「それはもはやメイドではありませんっ!!」

 

「っつうか、メイドってカテゴリで当てはまる人物見つけられるとかヤバすぎるって……」

 

御前の言葉に突っ込みを入れるなえか。

そしてやっと目の前の状況を受け入れて再起動を果たした幸助。

何時の間にかカップの中身を全て飲んでしまっていたが、フブキがそっと紅茶を注ぎなおす。

 

「あっ、どうもです……えっと……」

 

「フブキとお呼び下さい、幸助様」

 

「良いんスか?ファーストネームで呼んじゃって?」

 

「はい。私はメイドですので、お気を使って頂かなくても大丈夫です。どうぞお気軽にお呼び下さい」

 

「じゃあ、フブキさん」

 

「はい♪何でしょう幸助様?」

 

「一応言っておきますけど、姉ちゃんが言ってた襲う云々は姉ちゃんの妄想ですんで、気にしないでくれたらありがたいなーと」

 

「あ、ああっ。先ほどの……」

 

笑顔で幸助に応対していたフブキは、先ほどなえかが言っていた言葉を思い出して少し頬を赤くする。

確かにフブキの目の前に居る幸助なら、フブキの様な華奢な女性一人くらい簡単に襲えてしまう。

そういう不安が無きにしも非ずといった所だったのだが、そんなフブキに真っ直ぐ視線を合わせながら、幸助は言葉を続ける。

 

「これからお世話になる人に、そんなアホな事は絶対にしません。それだけは約束します」

 

「……フフッ。分かりました。信じております、ご主人様。それと、私には敬語も不要でございます」

 

「あー。それじゃあ、フランクにさせてもらうよ、フブキさん」

 

幸助の真っ直ぐな言葉を聞いてポカンとしていたが、直ぐにフブキはおかしそうに微笑みながら言葉を返す。

そのフブキの微笑みに釣られて同じ様に笑う幸助。

 

とても暖かな空気が漂うその背後――。

 

「ククク……この俺を選ぶとはいい度胸だご主人。気に入ったぞ。オハヨウからオヤスミまで、キッチリご奉仕してやるから覚悟するがいい」

 

「い……嫌ぁあああああああっ!!」

 

コガラシの存在が、それを台無しにした。

それも当然だ。初見であのインパクトは強すぎる。

 

「おっ、おじい様。おじい様ーー!!いらないです。いらないですから持って帰って!!お願いですからぁあ!!」

 

なえかは、祖父に連れて帰ってもらうように必死でお願いする。

 

「ホッホッホ」

 

だが、御前は朗らかに笑いながら紅茶を啜るばかり。

どうやらなえかの懇願は聞こえないらしい。

そしてそれだけ騒げば幸助とフブキが苦笑いしながらそっちに視線を向けるのも仕方が無い。

 

――と。

 

「ククク……」

 

騒いでいたなえかの背後からコガラシが手を伸ばし、なえかの顎を持って振り向かせる。

その行動に驚きを隠せないなえかだが……。

 

「強がるのもいいかげんにしろ、ご主人」

 

「……な?」

 

今の言葉に疑問を持つなえかだったが、それよりもコガラシの手が速い。

その手は一瞬でなえかの制服の前を下に通過し――。

 

――はらり。

 

「え?」

 

「は?」

 

ボタンとリボンが一瞬で外れ制服の前が全開になった。

その上、スカートまでずり下ろされる。

つまりは、一瞬で下着姿をさらされてしまったのだ。

またもやほうけた声を出す冨士原姉弟。

しかし速攻で再起動顔を果たし、真っ赤になって驚愕するなえか。

それを見た、弟の幸助は……そっと目を逸らした。

照れた訳では無く、いきなり下着姿になってしまった姉を哀れに思ったからである。

だと言うのに、やった本人であるコガラシはと言うと……

 

「え゛!?」

 

「例えばこの下着。貴様が洗濯したものだと思われるが、まるでなってない」

 

マイペースにブラの真ん中の繋ぎ目に指を入れてくいっと持ち上げる。

しかも何故か洗濯の分析評価を始めていた。

ちなみに言っておくが、コガラシは仕事が第一で、下心や邪な心は一切皆無。

天然であり、素である。

 

「ちょ……え……!?!???」

 

「布地は痛み放題。臭いも汚れも全然落ちていない。これは洗濯ではない。ファブリーズごときで俺の目を欺けると思ったか、この浅はかなご主人が!!」

 

しかも事細かな分析は全て的を得ている。

この時点で既に幸助の頭の中からコガラシはスケベ目的が一切無い事を悟った。

……悟ったのと同時に、とてつもない暴走特急魔人だという事も理解したのだが。

そして弟の顔に浮かぶ憐憫の感情を理解したなえかは死にたいほどの羞恥を味わう。

 

 

 

「言っておくが、俺は貴様の悪趣味に付き合うつもりはさらさらないからな。これもあらってやるから、さっさと脱ぐがいい、この汚れご主人(・・・・・)め」

 

 

 

―――ブツッ

 

 

 

――で

 

 

 

「ム?」

 

 

 

――で――

 

 

 

「出てけーーーーーーーーーーーッ!!!」

 

 

 

そして、爆発した。

 

そこら辺にあるものをコガラシ含めた祖父達に投げつけるなえか。

見境がないほどにキレ、椅子やテーブルといったありとあらゆるものを放り投げる。

その怒りの形相に、祖父達はただ逃げることしかできなかった。

 

「な……なえか……」

 

外に出た御前が、とりあえずなえかを沈めようとするが……。

 

ドスゥッ!!

 

「うおあ!?」

 

「御前様!?」

 

そんな祖父に対し、包丁が飛んできて顔の直ぐ横に刺さる。

あと数センチ横ならザックリいくところだったので、さしものフブキも叫んでしまう。

今正に玄関口から飛んできた包丁だが、玄関には片手で胸元を抑えながら次弾を持つ怒りに燃えたなえかの姿。

さしもの御前も腰を抜かしそうになってしまう。

 

「更衣室の下着もあいつの仕業かぁあ!!誰がフェチだ、誰がーーッ!!」

 

「どうどう!!待て待て姉ちゃん!!刃物はマズイ!!」

 

「放しなさい幸助!!奴に私の怒りを!!乙女の鉄槌をーーーーー!!」

 

「分かる!!ありゃ怒って当然だけどッ、さすがに光モン投げるのは駄目だって!!しかも投げたの爺ちゃんに刺さりかけてるじゃん!?」

 

「こ、幸助……ッ!?」

 

「あぁ爺ちゃん!!ちょっと姉ちゃんの頭冷やさせるから、その辺で時間潰しといてくれーー!!」

 

「うっがぁーーーーーー!!」

 

「はいはいストップだって!!」

 

なえかの包丁を持つ手を掴み、もう片手でなえかの首根っこを掴んで持ち上げる幸助。

その姿に御前が声を掛けようとするが、苦笑しながら幸助はなえかを連れて玄関を閉めてしまう。

喧騒が止み、住宅街が再び静かになった中、聞こえるのは家の外に居る害獣の鳴き声だけだった。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「はぁ……折角爺ちゃんが俺達の為にって連れてきてくれたメイドさん追い返しちまって……」

 

「ふんっ!!」

 

御前達が居なくなって静かになったダイニングにて、幸助はフブキの淹れた紅茶を自分で注ぎ、お茶を飲みながら残念そうに言う。

その一方でなえかはボタンを千切られたワイシャツを脱いで変わりにジャージを羽織っている。

さすがに包丁は放した様だが、機嫌は未だに下降気味の様だ。

 

「とりあえず姉ちゃん。機嫌直して爺ちゃん達をもっかい迎えようぜ。ここまで掃除してくれたんだし、さ」

 

「よけいなお世話よ!!あんな奴等に頼らなくたって、私達2人で十分やっていけるわ」

 

「いや、姉ちゃん……」

 

さすがにアレは怒って当然だが、それよりも姉が変に意固地になってる様に幸助は感じている。

そしてその理由も大体は察していた。

 

「約束したじゃない。父さん母さんが帰ってくるまで、2人でがんばって生きていこうって……」

 

「……」

 

そう、約束。

5年前に海外に出た両親が行方不明になった時、帰ってくるまでは2人で力を併せて生きていこうと。

それは幸助も覚えていたし、良く分かっていた。

 

「……でもよ、姉ちゃん」

 

しかし、幸助はもう限界を感じていた。

 

「この台所を見て、なんとも思わないか?この普通の姿のダイニングを見て」

 

訝しむ姉に視線を真っ直ぐに合わせてから、幸助は部屋を見渡す。

ゴミの散乱していた台所は、今ではフブキの掃除のおかげで、見違えるほど綺麗になっている。

 

「他の庭も部屋も、ゴミで一杯で、遂に俺の部屋以外ゴミの無い場所ないから、そこで二人で寝てたし……長いこと忘れてたけど、この部屋こそが人の住む環境ってものだって」

 

「う゛……」

 

その事実はなえかも理解してはいる。

幸助の言葉に罰の悪そうな顔で、反論することができなかった。

いや、寧ろこのゴミを広げたのは他ならぬ自分なのである。

現に幸助は自分の部屋とガレージ周辺だけは毎回頑張って掃除しているのだ。

 

「さすがに、さ。姉ちゃんの着替えと寝る時の為に毎回部屋の間仕切り使うのも大変だし」

 

「うううう」

 

年頃の少女って事で毎回間仕切りを出してもらってる身としては、その言葉はクリティカルである。

さしもの幸助も、溜め込んだモノがあるらしい。

 

「正直、俺らもう限界だって……俺も苦手なりに頑張ってるけど、さすがに俺もずっとは無理だよ。特に姉ちゃんは天才的と言っていいぐらいだって」

 

「そ、それは……」

 

「これ以上、取り返しがつかなくなる前になんとかすべきだろ……それに俺達、爺ちゃんにこれ以上無いくらい温情かけてもらってるし……こんなもん普通の家でやらかしたら、絶縁じゃ済まないぐらいだろ」

 

幸助の言葉に、なえかは自覚があったのか、ギクリとあとずさる。

偶々、両親が行方不明で帰ってきていないから助かっているだけだと。

もしこの瞬間、両親が帰ってきたら家の惨状を見ておやつ抜きくらいで済む筈が無い。

 

「なのに態々この家を掃除出来るくらいに凄腕のメイドを探してきて、しかも俺達の好みに合わせるというサービス付き……まぁ、姉ちゃんのメイドさんはヤバかったけど」

 

さっきまでの事を思い返して苦笑いしながらも、幸助は言葉を続ける。

 

「ここまでされて、その温情を突っぱねるってのは……爺ちゃんに申し訳無いし、筋が通らないだろ」

 

「う……そ、それは……」

 

とんっ

 

幸助の言葉にヨロヨロと下がり続けていたなえかだが遂に下がりすぎて背後にあったふすまに背を当てる。

 

みしっ

 

「ん?」

 

みしみしみしっ

 

と、なえかの背後のふすまの向こうから不気味な音が鳴り響いてきた。

その音に首を傾げる幸助だが、直ぐにハッとして腰を浮かす。

 

「やばい!!姉ちゃ――」

 

「へっ?」

 

考えて欲しい。

この家は今朝方まで、家中目も当てられないくらいに散らかっていたのだ。

そして、フブキ達によって片付けられたのは、玄関と台所周りのみ。

つまりふすまの向こうにはまだ、今まで溜め込まれた大量のゴミが散乱しているのである。

 

 

 

つまり……。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「……それで、午前様。ご主人様(ごきょうだい)のご両親の行方はまだ……」

 

まだまだゴミが聳え立つ富士原家の家の前。

そこでは、追い出された御前達がなにやら、大事な話をしていた。

聞き辛い事を聞くように声を押し殺したフブキの言葉に、御前は背を向けたまま応える。

 

「今朝、南米で飛行機の墜落跡が見つかった。両親の行方は以前、不明のままだ……」

 

その場に居る全員の口が重くなる。

行方不明のなえか達の両親。

その両親、つまりは御前の子達が乗った飛行機の墜落跡が見つかったというのだ。

軽々しく言えるものではない。

 

「……事故ならばまだよい。だが、もし、何者かの謀略であったなら……」

 

「相次ぐ原因不明の事故。行方不明……」

 

その事故の他にも、ここ最近御前の直系の子孫達に似たようなことが沢山起こっているのだ。

ただの事故として片付けるには、あまりにも怪しすぎる。

 

「数多くいた御前様の直系の子孫、財産の継承権を持つ者も、残すはあのご主人様(ごきょうだい)お2人のみ……しかも半年後、なえか様が18歳の誕生日を迎えられた時、御前様は実際に財産を与えられる……」

 

そう、なえかと幸助の両親が行方不明になった今、御前の築き上げた莫大な財産の継承権を持つ直系の子孫は、既になえかと幸助のみとなっている。

しかも年齢的に言えば、姉であるなえかが現在、御前の財産。

その継承位第一位なのだ。

つまり、もし次に事故が……人為的に起こされているとすれば、次に狙われるのは間違いなくなえかである。

只の庶民でありたいなえかには傍迷惑な話でしかない。

しかし御前の莫大な財産を狙う連中はそんななえかの都合など御構い無しであろう。

 

「……やはり、なえか様には……」

 

「……己の身が危険に晒されているなど、知られたくはないからのう……」

 

だからこそ、コガラシ、フブキの2人が今回派遣される事になったのだ。

愛する孫達には裏の汚い陰謀等知らずに平穏な生活を送って欲しい。

そんな御前の思いが、今回の生活への強制介入に繋がっている。

 

「頼むぞ、2人とも。祖父として、一族の長として命ずる。何があっても2人を守れ。必ず守り抜け!!」

 

なえか達の護衛。

しかも本人達には報せず、秘密裏にだ。

御前としてはあの2人の暮らしが心配なのもあるが、一番の理由はこれなのだ。

そして、祖父の言葉に対しフブキは一度目を瞑ってから微笑む。

 

「ご主人様に仕え、守り抜くことがメイドの務め。必ず守ります」

 

「俺が来たからには、どんな危険からでも救い出してみせる。メイドガイの名にかけて。安心するがいい御前!!」

 

優しく包む様に答えるフブキ。

威風堂々、折れぬ巨木を思わせる固い言葉で約束するコガラシ。

二人の言葉を聞いて満足そうに頷く御前。

 

 

 

これで、愛する孫達を護る準備が――。

 

 

 

ガチャッ!!!

 

「うぉおおおいいいい!!姉ちゃんがヤバい!!誰か手ぇかしてくれーーーーーーーーー!!」

 

ドアを乱暴に開け、外に飛び出してくる幸助。

その様子に只事では無いと感じたのか、3人が急いで戻ってくる。

それに気付いた幸助は先に家の中に戻り、ダイニングへと姿を消す。

すると、中からガチャンガチャンッ!!という騒音が鳴り響く。

一体何事かと思いながら3人が中に入る。

 

「よっこいしょ!!こ、ここ!!ここら辺に姉ちゃんが埋まってるんだ!!コガラシさんヘルプ頼む!!」

 

「契約初日にいきなり死ぬ気か。世話の焼けるご主人め!」

 

この光景には、流石のコガラシも呆れていた。

何故ならふすまがやぶれ、なえかがそこから雪崩のように倒れてきたゴミの下敷きになり、ヤバイ状況らしい。

このゴミの何処からも、手も足も見えない程に埋まっているのだろう。

既にその何割かは幸助の手で除去されているが、それでもまだなえかは見えないのだ。

 

「しゃべっとらんで、とっとと助けんか馬鹿者ーー!!」

 

「何処だご主人!!」

 

『むげぇ……踏むなぁ、早く助けてぇ』

 

「ムオゥ!!?」

 

「うおーーーーーー!!ねーーーーちゃーーーーん!!」

 

御前の怒号、幸助の必死の叫びにコガラシの唸り。

そしてコガラシの足の下にいたなえかのくぐもった悲鳴が、ゴミ屋敷に響き渡る。

 

 

 

富士原なえか、17歳。

財産継承のその日まで、あと半年。

 

 







原作の台詞多すぎぃ!!


とりあえず次回からは幸助がKOUSEKEになった事による差異が沢山出る様に書こうと思います。


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第2話

本日から一人称、三人称がランダムで切り替わります。


 

 

ジリリリリリリリリリリリリリリリリリッ!!!

 

 

 

「うおっ……朝か……」

 

朝を報せる目覚まし時計のやかましい音で、俺の意識が覚醒。

でもコレって俺のじゃなくて隣の姉ちゃんの部屋の目覚ましなんだけどね。

 

ジリリリリリリリリリリリリリリリリリッ!!!

 

隣の部屋で、しかもそれなりに防音効果のある壁なんだけど、そんなものまるで無いかの如く音が突き抜けている。

しかも目覚ましの音が複数聞こえる辺り……”また”何台か増えたんだろうな。

一向に消える事の無いという事は、まだ部屋の主である姉ちゃんは『起きてない』という事だ。

 

「……まぁ、姉ちゃんの起きなさは良く知ってるけど」

 

なにせつい数日前までは一緒の部屋で寝起きしてたんだし。

パジャマを脱いで布団の上に起き、学校の制服に袖を通し、ズボンを履く。

 

――ひにゃあああああああああああああああッ!!

 

ウワハハハー思い知ったかご主人~~

 

「ん?起きたのか……良い天気だ」

 

隣の部屋から聞こえた悲鳴をBGMにカーテンを開けた窓の外から見える青空を一瞥。

鞄を持って扉を開け、一階へと向かう。

 

ガシャァアアアアンッ!!

 

「ヌハァアアアア!!」

 

「よっ。おはよう姉ちゃん。コガラシさん」

 

チラッと見た先に、ビショビショのパジャマ姿で肩で息をする姉ちゃんの姿。

そして窓を突き破って下へ落ちるコガラシさんの姿。

うん、何時も通りの朝だね。

部屋の扉をブチ破って竹刀でコガラシさんを窓の外へブッ飛ばす姉ちゃんに挨拶を交わして階段を降りる。

 

「ふ、ああぁ~……しっかし、アレも見慣れたなぁ」

 

洗面所に入って身嗜みを整え、顔を洗いながらすっかりと変わった我が生活を思い返す。

 

 

 

爺ちゃんが連れてきてくれたコガラシさん、フブキさんを受け入れてから早数日。

 

 

 

その数日でこの家に溜まっていたゴミの類は全て捨てられ、家の中も綺麗に清掃された。

さすがにあのゴミの雪崩に潰され、しかも俺と爺ちゃんに説得されれば、さすがの姉ちゃんも折れざるを得なかった訳だ。

しかも二人を受け入れると決まったその日には、この屋敷のゴミはほぼ片付けられちまった。

コガラシさんとフブキさんの二人だけで直ぐに終わっちまったもんだから、さすがに俺も姉ちゃんと一緒に驚くしか無かったよ。

 

「ガラガラ……ぺっ……フゥ……爺ちゃんにはかなり世話になっちまったなぁ……なんかお礼しねーと」

 

歯磨き粉を水でうがいして流しながら、ここまでしてくれた爺ちゃんに対するお礼を考える。

何せゴミの撤去だけで無く、必要な生活用品一式すら用意してくれたんだから。

口元や顔をタオルで拭いてネクタイを整え、鞄を玄関に置いてダイニングに入る。

ダイニング奥のキッチンには、優しい微笑を携えたフブキさんが立っていた。

 

「おはようございます、幸助様」

 

「あぁ、おはようフブキさん」

 

「どうぞ、お座り下さい。今コーヒーをお持ちしますので」

 

態々キッチンからダイニングに出てきたフブキさんは椅子を少し引いて「どうぞ」と言ってくれる。

……やっぱ良いな、メイドさんって。

献身的にお世話をしてもらえる優越感に浸りながら「ありがとう」とお礼を言って椅子に座る。

俺の言葉に「いいえ♪」と言ってからキッチンに戻るフブキさんの後ろ姿から目線を外し、コーヒーが来るのを待つ事に。

 

ガチャッ。

 

「やれやれ。朝から破廉恥なご主人め……ム?お早う、ご主人の弟よ」

 

「おはようっす。コガラシさん」

 

と、何やらアレな言葉を呟きながらダイニングに入ってきたコガラシさんに挨拶を返す。

その挨拶に満足したのか、コガラシさんはひとつ頷いてからフブキさんと同じくキッチンに向かう。

さっき二階から突き落とされたってのに、コガラシさんの体には怪我らしい怪我も汚れも無い。

……初対面から思ってたけど、色々ブッ飛んでるなぁこの人。

規格外にして謎な人だなと思ってると、コガラシさんは皿を持ってテーブルに近付いてくる。

 

「今朝のメニューはオムレツとベーコン、コーヒーだ」

 

「うぉぉ……相変わらず美味そうだ……」

 

何時ものニヤリとした笑みを浮かべながらテーブルにメニューを並べるコガラシさん。

サラダにフワフワのオムレツ、綺麗に焼けたベーコン。

香りの高いコーヒーにパンのセットは、高級ホテルを思わせる豪華ぶりだ。

朝からこんな美味そうな食事にありつける俺は間違いなく勝ち組だろう。

ありがとう、爺ちゃん。

 

「クククッ。朝食は健康の基本!!冷める前にガツガツ頂くが良い!!」

 

「では、いただきま――「行ってきまーす」――ほえ?」

 

コガラシさんの言葉に倣ってありがたく飯を頂こうとした俺の耳におかしな言葉が聞こえた。

俺と同じく怪訝な表情をしたコガラシさんと共に振り返る。

と、其処には扉を開けて制服に身を包んだ姉ちゃんが立っているではないか。

 

「……あ。今日から私朝ご飯いらないから」

 

「――え?どうしたんだよ姉ちゃん?あんなに「朝から美味しいご飯が食べられる!!」って喜んでたじゃん?何でいきなり?」

 

「……何でもよ」

 

目を丸くしながら問いかけた俺の言葉に視線を逸らす我が姉君。

一体何事であろうか?

 

「朝ご飯は食べられた方がよろしいですよなえか様」

 

と、さすがに朝食抜きという不健康なのは許せないのか、フブキさんもこっちへ援護射撃。

しかしそんなフブキさんの言葉に姉ちゃんは相変わらずだんまりでそのまま玄関へ向かおうとする。

んー?……今日の朝食、別に姉ちゃんの苦手なモノ無いよな?

っていうか「今日から」って言ってるって事は暫く要らないって事だし……。

 

「そうだぞご主人。三日で体重が1.8キロ増えたくらい気にするな」

 

「ッッ!?」

 

え?体重?……あぁ、朝ご飯要らないってそういう……成る程。

コガラシさんの言葉にビクッとなった姉ちゃんの反応から察するに、間違いじゃ無いらしい。

ゆっくりと、それこそギギギって油の切れたブリキ人形みたいに振り返る我が姉。

 

「……どうして”それ”を気にしていると……?1.8キロなんて、そんな具体的な数字がどこから……!?」

 

冷や汗を流しながら戦慄した表情を浮かべる姉ちゃんの反応。

……ありゃ?そういえばコガラシさん、何で姉ちゃんの増えた体重の正確な数値を知ってるんだ?

姉ちゃんのこの反応を見るに、教えたって事は絶対無いだろうし。

朝食のオムレツを食いながらその様子を見ていると、不敵な笑みを浮かべたコガラシさんが姉ちゃんをビシッと指差す。

 

「フフン!!貴様のことなら何でもお見通しだ、ご主人!!このメイドガイの眼力を持ってすれば、例え服を着ていても貴様は全裸も同然よ。ウハハハハハーー!!!」

 

その高笑いと共に、赤く光るコガラシさんのマスクの目の部分。

 

「が、眼力!?」

 

「マジか」

 

思わず呟いた俺の眼前で、コガラシさんが何か、怪しい動きをしている。

瞳が怪しく輝き、手は意味ありげに動き、しかもキュインキュインなんて怪しい音を立てているのだ。

これはある意味、眼力などより驚くし怖い。

っていうか何処からこのキュインキュインって音が出てんの?

 

「ぜんらって……え?や、ちょ…まさか?」

 

と、コガラシさんの言葉に顔を赤くした姉ちゃんは、鞄と腕で胸の前を庇う仕草をする。

眼力、そして「全裸」とは即ち……透視って事か!?

そ、そんな人間離れした技使えちゃんのかこの人?……あれ?コガラシさんなら何故か納得してしまう?

 

「クックック……見えるぞご主人!!ハハァン……ホッホォ!!乳と尻に数%のボリューム増を確認。スクスク成長実に結構!!」

 

「あ、あわ……!?」

 

「トンデモねぇなこの人……」

 

やっべぇ、めっちゃ欲しいんですけどその眼力……ッ!!

健全な男子なら水涎モノの能力を惜しげなく披露するその姿、正に漢である。

やってる事は実にセクハラなのに、この人からは一切邪気を感じないところが凄い。

 

「しかし安心しろ。上のサイズの下着は既に用意して……」

 

「きゃあああっ嫌あああああああああッ!!!」

 

「ちょっ姉ちゃん!?あぁもう!!」

 

まぁ、確かに凄い。凄いんだけど……。

そんな乙女の機密情報を暴露され、姉ちゃんは悲鳴を上げてしまう。

しかも泣きながら走って家を出るというオマケ付きだ。

っつうかコガラシさんのフォローが果てしなくOUT過ぎる!!

 

「ガツガツガツ!!ゴクッゴクッ!!ッぷ。ごっそさん!!今日も美味かったっす!!行ってきまーっす!!」

 

「行ってらっしゃいませ、幸助様」

 

さすがにあの状態の姉ちゃんを放っておく訳にもいかないので、速攻で飯を平らげて俺も家を出る。

笑顔でお辞儀して見送りしてくれたフブキさんい「はいよー!!」と返事を返す。

朝から飯も食ってないのに全力疾走する姉に追い付くべく、俺もスピードを上げていく。

ったくもー!!朝から騒動極まるなぁおい!!

 

 

 

――やれやれ。朝から騒がしいご主人だ……。

 

 

 

――コガラシさん?――ちょっとお話が……ッ!!

 

 

 

ん?何か聞こえた様な……?気の所為だろ。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「――」

 

「……大丈夫か、姉ちゃん?」

 

「――あはは……大丈夫に見えるとしたら幸助クン。君は目医者に行くべきだね」

 

「なら安心してくれ。俺は目医者に行く必要は無いわ」

 

飛び出すように家を出てきた俺達。

その通学路でコガラシさんのセクハラを受け、重度のショックを受けてグロッキーしている姉ちゃん。

さすがに居た堪れなくって声を掛けたけど……まぁ、聞くまでも無いよね。

フラフラと人魂っぽいもの浮かばせる姉ちゃんの姿は有体に言って生きる屍だろう。

 

「確かに服はいつもよりパリっとのりが利いているし、思わず寝過ごすほどベットは快適だし、1.8キロ体重が増えるほどご飯もおいしいわよ」

 

「だよなぁ。正に至れり尽くせりって具合か」

 

姉ちゃんの言葉に俺は腕を組みながらウンウンと頷く。

フブキさんは当然としてコガラシさんもあの奇抜なナリの割りに仕事は超・有能。

正に文句の付けようの無い仕事ぶりなのだ。

しかし――。

 

「でも!!それとこれとは話が別!!女の子の……17歳の清純が、衣食住と引き換えに踏みにじられても良いって言うの!?良いって言うのかしらーー!?」

 

「姉ちゃん?」

 

何処に目線向けて言ってんの?

 

「それとも私には踏まれても汚されても、強く立ち上がって咲き誇るタンポポのような花を目指せと言うことなのかしらねぇ神様ぁーーー!?」

 

「おーい?しっかりしろー?戻ってこーい姉ちゃーん」

 

まるで舞台の演劇の様にクルクル回りながら何処かへシャウトする我が姉。

しかも背景にタンポポの花畑が現れるほどにトリップしてる。

どうやら度重なる心労で遂に限界迎えかけてるっぽい。

……まぁ、さすがにあんな激烈なご奉仕は……男の俺でも遠慮したい。

寧ろ男だからこそだわ。俺フブキさんで良かった。

そんな事を考えている間に我に返ったのか、姉ちゃんは地面に四つん這いになって地面を激しく叩き始める。

 

「あのセクハラメイドのせいで、ここ最近私の乙女のプライドはしっちゃかめっちゃかよーッ!!うわーーー!!おヨメにいけないよーーッ!!」

 

「……姉ちゃん…………処で姉ちゃんの言う清純ってどの辺りが――

 

ドグシャアアアアッ!!

 

「こうなったら、おじい様に直談判してでもあのやろーーっ!!!」

 

姉ちゃんは再び四つん這いになりながら発狂したかの如く叫ぶ。

……態々ジャンプして俺の頭を鞄でブン殴ってから四つん這いになる必要があったのだろうか?

殴られた頭を摩りながら溜息を吐いていると、歩道の傍に見慣れた高級車が止まった。

 

「わしに何か用かな、愛しの孫よ」

 

「え!?おっ、おじい様!?」

 

「あっ。爺ちゃん。おはよー」

 

と、高級車から降りて杖を突きながら立つ朗らかな笑顔を浮かべた爺ちゃん。

そして俺が前に会ったメイドさんが爺ちゃんの後ろに控えている。

姉ちゃんは地面に四つん這いになりながら驚き、俺は手を挙げて挨拶を返す。

 

「おはよう、清々しい朝だな。マイラブリーグランチャイルズ」

 

「あぁ、良い朝だよなーホント。でも、どうしたん?こんな朝早くに?」

 

「そ、そうです。おじい様、どうしてここに……?」

 

「何、たまたま近くまで来たのでな、お前達の顔を見に来たのだ……ところで、どうしたのだねなえかは?こんな所で大騒ぎして?」

 

俺達の疑問に笑みを崩す事も無く、爺ちゃんは答える。

しかし直ぐに爺ちゃんは首を傾げて地面に四つん這いになってる姉ちゃんに顔を向けた。

まぁ、確かにこんな所でこんな事してたら浮かぶ当然の疑問だわな。

でも今朝の出来事を姉ちゃんに話させるには少々酷だし……代わりに説明してあげようか。

 

「あー……掻い摘んで言うと……」

 

「うんうん?」

 

「姉ちゃんがコガラシさんに、女の子の大事な物を奪われちゃって、めちゃくちゃに汚されたんだとか……」

 

「うんう――何ぃ!!?」

 

「ちょ…待…っ!?な、なんでそんな誤解受けるような言い方になるわけよ馬鹿ああああッ!?」

 

俺の的確に端折った言葉に爺ちゃんは驚愕し、姉ちゃんは顔を真っ赤にして反論してくる。

いや、朝の出来事を簡単に、しかも姉ちゃんの尊厳護って説明するにはこれくらい端折らねぇと無理なんですけど?

 

シュ~。

 

「ん?って爺ちゃん!?」

 

「え?ってうわぁ!?」

 

と、姉ちゃんから爺ちゃんに視線を移すと、そこには大変な事になった爺ちゃんの姿が。

湯気の様な蒸気音と煙を発し、顔色は真っ赤。

しかも額にはぶっとい筋が何本も浮かんでる状態である。

 

「…………わしのマゴが……奪われ……汚され……」

 

「……いや、おじい様?今の幸助の言葉には少々御幣が……」

 

「あっちゃ~……思考、ショートしちまってるか、こりゃ」

 

「アンタの所為でしょーーが!!!」

 

「おぶしっ」

 

 

 

二撃目はさっきより腰の入った一撃でした。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

キキィーーーーーッ!!!

 

 

「?あら御前様」

 

「コガラシーーーーッ!!コガラシはおるかーーーーーッ!!」

 

さて、場所は変わって再び我が家。

先陣を切って飛び降りるかの如き勢いの爺ちゃんの後ろに着いて行くと、箒を持ったフブキさんと玄関前で遭遇。

どうやら掃き掃除をしてくれてたらしい。

しかしそんなフブキさんに構う事無く、怒れる爺ちゃんは荒々しく門を開いて吼えていた。

今の爺ちゃんの瞳には冗談ではなく、本当に殺意が宿っている。

さっき車の中で見た瞳には「殺」の一文字が浮かんでたぐらいだ。

そんな爺ちゃんの後ろで困った顔をする姉ちゃんと、苦笑いの俺。

こりゃ今回も学校、行けそうにないな。

 

 

 

と、そんな鬼神の如き表情の爺ちゃんにフブキさんは恐れる事も無く、庭の隅に視線を向ける。

 

 

 

その視線の先を3人揃って追っかけ――。

 

 

 

(ケムリケムケムー……ブヘァ)

 

 

 

「――うわぁあッ!!!?」

 

「――え゛?」

 

そこには……赤い何か、否――血塗れな上に黒焦げたコガラシさんの死体が……。

 

その光景にさすがの爺ちゃんも怒ってるどころじゃなくなったのか、悲鳴をあげて俺に縋り付いてしまう。

一方の俺も顔を引き攣らせて変な声を出してしまった。

え?何これ?何で平和な我が家の庭先に撲殺体があんのさー?

 

「貴様、何をそんな所で血塗れで倒れておるかーーーッ!?」

 

「い、一体何が……?」

 

当然、帰宅したらいきなり撲殺死体なんて見せられた俺達は驚愕してしまう。

あのコガラシさんに怒ってた姉ちゃんですら、少し震えながらフブキさんに質問してるくらいだ。

そんなパニック極まる俺達に、フブキさんは何時もの微笑を浮かべて――。

 

「言っても分からない人は、叩いて分からせるまでです♡」

 

血塗れの釘バットを持ちながら、美しい笑顔でそんな事を仰ったのだ。

ピチャンッピチャンッと血の滴る釘バット。

凶器発見。というか犯人発見しました。

 

「……」

 

「……」

 

俺、絶対にフブキさんには逆らわない様にしよう。

 

そう、固く決意いたしました。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「さてそれでは、第一回、コガラシさんをなんとかしよう、緊急家族会議を始めます」

 

あの後、家の中に入ってこんな展開になってしまった我ら富士原家。

俺の隣の席では、姉ちゃんがパチパチと手を叩いて賛同しているが、表情は明らかに不機嫌そうだった。

ちなみに、学校は爺ちゃんの一言で休校となっている。

他に登校してくれていたであろう教職員並びに同級生、先輩方。

今日もウチの我侭で休校にしてしまってスイマセン。

 

ドカッ。

 

「フゥ、あやうく撲殺される所だったぜ」

 

そしてその原因である撲殺されかかったコガラシさんはというと、体のいたるところに包帯を巻いてはいるものの、見事に復活していた。

瀕死のあの状態から、凄い回復力である。

逆に言えば不死身っぷりが既に人間の範疇から出てません?

そんな俺の疑問の何のその、コガラシさんはテーブルに片足を乗せたままここにいる人間を見渡す。

 

「……で?一体これは何の集まりだ。昼飯にはまだ早いと思うが」

 

「ッ!!あなたを断罪するために集まってるのよ!!被告人はテーブルから足をどけなさい!!」

 

「何時の間に裁判の席になったのよここは……」

 

と、コガラシさんの態度が気に入らなかったのか、姉ちゃんはテーブルをばんっ、と叩き、コガラシさんに敵対するような視線を向ける。

その勢いや、テーブルの上に置かれた紅茶のカップが再び浮き上がる程だ。

しかしそんな姉ちゃんの怒りの視線に怯む事も無く、コガラシさんは不敵に笑う。

 

「ククク……この俺を断罪だと?」

 

「まぁ、この会議の議題はそれらしい(ガシッ)って?」

 

と、会議の進行を取り持とうとした俺の頭に手を置いて、視線を強引に変えたコガラシさんは俺と至近距離で目を向けてくる。

 

「どういうことだ?説明するがいい、ご主人の弟よ」

 

そして、コガラシさんはこの会議自体が不服そうな声で俺にそう問うてきたのだ。

……あー……やっぱり無自覚ですか、そうですか。

予想してたとは言え、さすがの俺も苦笑いを隠せない。

コガラシさんの本当に凄いところは、この人は全部無自覚だと言うことである。

あの行き過ぎた体重や衣服の管理も全て、コガラシさんの中では100%の善意らしい。

だから自覚が無いんだよなぁ……女性にはこれ以上ないセクハラだっていう。

ともあれ、このまま頭を鷲掴みにされて至近距離で男と見詰め合う趣味は俺にはありません。

なので、俺は手早く問題点を語る事に。

 

「え~っと、コガラシさんが姉ちゃんをまるきり女扱いしない事が問題となっているみたいっす」

 

手早く、この議題の趣旨を話すと、姉ちゃんも紅茶を飲みながらウンウンと頷く。

どうやら今ので姉ちゃんの言いたい事はちゃんと要約できてたっぽい。

 

「ホホゥ、この俺がご主人を女扱いしていない………と?」

 

「まぁ、そういう事っすね」

 

「フムゥ……」

 

と、俺の言葉を意外にも紳士に受け止め、考え始めるコガラシさん。

そんなコガラシさんを訝しそうに見ながら、姉ちゃんは紅茶に口をつける。

……どうやら、言えばちゃんと考えてくれるらしいな。

さすが爺ちゃんの連れてきたメイドガイ。その理解の早さはさすが……。

 

「やれやれ、つまりはもっとセクシーな下着をご所望と……」

 

「ぶーーーーっ!?」

 

「大暴投きたなこれ!?」

 

呆れたように、まったく見当違いの答えを述べるのだった。

そして、何故こうなったのか理解できずに、コガラシの発言に飲んでいた紅茶を吹き出す姉ちゃん。

どんな思考回路ならそっち(アダルト)向きのご要望と取れるんですかねぇ……。

戦慄する俺の横で、コガラシさんは手を額に当てていたポーズから、注意する様に姉ちゃんへと指を向ける。

 

「おのれご主人!!学生の分際でそんな紐の様なパンツをもう穿きたいとは!!ダメだダメだ!!このメイドガイの目の黒い内は、そんな風紀の乱れは許さ――」

 

「誰もそんなのほしがったりしてないわよこのバカーーッ!!!」

 

ガッシャァアアアアアアアンッ!!

 

「ゲフゥゥゥア!!?」

 

最早明後日の方角へ向かったコガラシさんの言葉にプルプル震えていた姉ちゃんが遂に噴火。

傍に置いてあった紅茶満載のポットで、コガラシさんの顎にカチ上げアッパーを繰り出す。

その一撃は見事にコガラシさんに決まり、一撃で彼をKOした。

 

「ちょ!?危ね!!」

 

「ふおぉ!?ナイスキャッチじゃ幸助!!」

 

「まぁ。お見事です、幸助様」

 

そして、取っ手の折れた紅茶のポットをダイビングキャッチした俺に爺ちゃんとフブキさんが拍手を送ってくれた。

いやー、どうもどうも。

奇跡的に中身が零れなかったポットをゆっくりとテーブルに降ろし、テーブルに片足を置いて倒れ付したコガラシさんを見下す姉ちゃんへと視線を向ける。

まぁ、溜まったものを吐き出すガス抜きも必要――。

 

「あなたのそういう所が問題だって言うのよ。この迷惑魔人!!おじい様から無理やり押し付けられたメイドだから我慢してやってれば!!そうじゃなきゃ、今ごろ叩き出してるわ!!」

 

「――」

 

「あ!?ちょ、姉ちゃん!?」

 

「いい事……?」

 

「姉ちゃん待った!!ステイだステイ!!」

 

コガラシさんに怒りをブチ撒けようとしてるのは結構だけど、それ今言っちゃ駄目だろ!?

俺は慌てて”禁句”を漏らした姉ちゃんに駆け寄り、その肩を掴んで台詞を中断させる。

勿論今から積年の思いをブチ撒けようとした所を中断された姉ちゃんは俺にも剣呑な視線を向けてくる。

 

「何よ幸助!!私はまだ――」

 

 

 

「……無理やり、押し付けたと……?」

 

「――はっ」

 

 

 

悲しみに暮れた弱弱しい声に、姉ちゃんはハッとするがもう遅い。

そう、この場にはこのコガラシさんを連れてきた張本人が居るというのに、姉ちゃんは無理矢理押し付けられたと、迷惑だと言っちまったんだ。

そりゃ俺達の事を可愛がってくれてる爺ちゃんにはさぞ、大ダメージだったろう。

 

「このわしの心尽くしは、孫にとってただの迷惑だったと……?かわいい孫たちに不憫な思いはさせられないと、あてがったメイドが迷惑だと……!!このわしが苦労して探し出したメイドを、愛しの孫は必要ないと……!!このわしの世話になるくらいなら、またあのゴミ御殿に戻った方がまだましだと……………!!!」

 

「そ、そんな事無いって爺ちゃん!!俺は爺ちゃんの心遣いを迷惑なんて思った事は一度も無いから!!な!?」

 

「うわ!!思いがけない方向にダメージが!?」

 

おおう……うっうっうっ……と、嘗て無い程に落ち込んだ爺ちゃんが丸まりながら泣く様に居た堪れない気持ちがムクムクと湧いてくる。

両手で目元を抑えて泣く様は、とてもじゃないが見てられない。

落ち込んだ爺ちゃんの背中を摩りながら、俺は溜息を吐きながら姉ちゃんに視線を合わせる。

 

「姉ちゃん……さすがに言って良い事と悪い事あんだろ。コガラシさん断罪しようとして爺ちゃん泣かすかフツー?」

 

「泣きたいのはこっちよバカーーッ!!」

 

「やれやれ、困ったご主人だ」

 

「うわぁ、どうしてぇ?どうしていつの間に私の方が悪者にーーー!??」

 

そして何時の間にか復活したコガラシさんの言葉に、さしもの姉ちゃんも頭を抱えてちょっと涙目。

もうカオス過ぎてわかんねぇなコリャ。

と、俺もやれやれと首を振りながら溜息を吐きつつ、爺ちゃんを慰める事に集中するのであった。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「はあっ……私、間違ってたわ」

 

時間は更に進み、今は夕食前の余暇時間。

姉ちゃんは自分の部屋のベットに座りながら大きく溜息を吐く。

あのカオス極まる空間で爺ちゃんを宥めすかす事に成功した後、会議はうやむやの内に閉会。

爺ちゃんは少し肩を落としたまま帰ってしまい、その姿を見た姉ちゃんはかなり気にしてたっぽい。

態々俺を自分の部屋に呼んで話をしてくるくらいだ。

コガラシさんとフブキさんは多分下で仕事をしてくれているだろう。

 

「どんなに問題があっても、これはおじい様が、私達のためを思ってしてくれたことなんだわ。それを忘れて自分勝手ばかり……」

 

「ん~……まぁ、なぁ」

 

姉ちゃんの言葉に頬を掻きながら曖昧に頷く。

コガラシさんの行動には問題があっても、あくまで爺ちゃんは俺達のためを思ってしたことであり、コガラシさん達がいなければ我が家が再びゴミ御殿に戻ることなど、目に見えているのだ。

だが、だからと言ってコガラシさんのあのご奉仕に我慢できないものがあるのも事実。

それを証明する様に大きな溜息を吐いているんだから。

 

「……大丈夫か、姉ちゃん?」

 

「いいのよ、幸助」

 

俺の問いに大丈夫だと答え、姉ちゃんは上を向いて目に力を取り戻す。

 

「戦国武将、山中鹿之助、三日月に願って曰く、我に艱難辛苦を与えよ」

 

「んあ?」

 

だが、その大丈夫だと言う意味の台詞を、俺はイマイチ理解できなかった。

……そう言えば姉ちゃんは、戦国武将や剣豪の類が大好きだったっけ。

 

「現代風に言うなら『若いうちの苦労は買ってでもしろ』ってことよ!!私だって剣の道に生きる女子高生として、鹿之助を見習って逆境の人生を生きてやるわ!!変人メイドだろうがなんだろうが、試練と思って受け入れてやろうじゃないの!!」

 

俺にその山中某の意訳を喋りながら、姉ちゃんはベットの上に立って竹刀を掲げる。

それはまるで、誓いを新たにした侍の如し、である。

……つまり要するに、これから襲い来るであろう出来事は不幸ではなく、自身が願った試練と捉えるという発送の逆転的な意な訳だ。

自分が願った試練だから、コガラシさんのセクハラ攻撃も我慢、というか乗り越えてやる、と。

 

……でもなぁ。

 

「……その山中某って、悲運のまま非業の最期をむかえた武将じゃなかったっけ?」

 

「人のやる気に茶々入れないでよ幸助!!」

 

「……まぁ、姉ちゃんが気にしないならいいんだけどさ」

 

俺としては姉ちゃんがコガラシさんを受け入れてくれるならそれで良い訳ですし。

俺には特に被害は来てないからなぁ。

 

「……でも、幸助は良いわよねー。あんな美人で良識あるメイドさんが専属なんだから」

 

「早速僻んでるし……」

 

ベットに寝転んでブー垂れる姉ちゃんに苦笑いが隠せない。

しかしまぁ、姉ちゃんの言いたい事も分かる。

 

「まぁ確かに、フブキさんはとても美人だし、気配り出来て最高の女性だと思うぜ?あんな人が彼女だったら人生薔薇色だろうな」

 

「……幸助。再三言っておくけど、フブキさんを襲ったりしたら……」

 

と、少しばかり剣呑な視線を向けてくる姉。

しかし俺は反論したい。

そんな無茶が出来る訳無いだろうと。

 

「あのなぁ姉ちゃん。俺は分別の無いケダモノじゃないっての……それに――」

 

訝しい表情を浮かべる姉に、俺は少し溜めを作ってから真剣な目を向ける。

 

「仮に俺が無理矢理襲ったら、間違い無く撲殺されちゃうよ俺?あの釘バットを微笑みながら持つフブキさんの構図が、今も俺の脳裏にはっきり浮かんでくるし」

 

「……あー」

 

カタッ。

 

ん?何か聞こえた?……気のせいか?

俺の言葉に少し冷や汗を流しながら相槌を打つ姉ちゃん。

 

「綺麗なバラには棘がある、だっけ?俺は今日から、綺麗な花にはがあるって覚えておくよ。しかも発射機能付きの、近寄れないタイプ」

 

「そこまで言うかね君は」

 

「あの構図を見てから、さ……フブキさんの微笑みが名前の通りこう……冷たい笑みに見えちまって」

 

――タタタッ。

 

「?姉ちゃん今、廊下で走ってる音聞こえなかったか?」

 

「別に聞こえなかったけど?」

 

外を走る様な音が聞こえたと思ったんだが、姉ちゃんは聞こえなかったらしい。

俺の質問に首を傾げるので、気のせいみたいだ。

どうやら今日は気の所為ってのが多い日らしいなぁ……少し気を張りすぎてんだろうか?

 

「まぁ良いか。じゃあ俺は部屋に戻るよ」

 

「はいはい」

 

夕食前だってのに未だ制服を着ていたので、着替える為に部屋へと戻る。

時間もあるし、少しパソコンでパーツ探しでもするか。

そうそう、新しいCDも買った事だし、ヘッドホンを刺してっと……。

ヘッドホンから聞こえるアップテンポなレゲエに身を任せ、画面をスクロールしていく。

 

 

 

 

 

――(アナタノセイデスワコノオバカーーッ!!!)

 

――バゴォオオオオッ!!

 

――(ヌフゥゥアアアアアアアアアアア!?)

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

さて、新しいパーツも買えた事だし、そろそろ降りるか。

パソコンの電源を切って部屋を後にした俺は、階段を下りてダイニングに向かう。

 

「お?~~……ん~。良い匂いがしてくるなぁ」

 

一階に降りてダイニング前の扉の向こうから、とても良い香りがしてくる。

確か今日は中華だって言ってたっけ?

炎の料理と言われる中華、その真髄はやはり温度にある。

そして、料理とは作ってる段階でも人を楽しませてくれるのだ。

肉の焼ける芳しい香り。そして肉が焼ける音。

 

 

 

ほら、耳を澄ませば肉の焼けるジュージューという良い音が――。

 

 

 

――ゴオォォオッ!!

 

――グウォオオオオオオオオ~~~~ッ。

 

 

 

「……ん?」

 

あれ?これ肉の焼ける音っていうか……悲鳴じゃね?

っていうか……ダイニングの向こう、真っ赤じゃね?

 

『きゃーーーーッ!?こ、幸助ッ!!水ッ!!消火器ーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!』

 

ん?姉ちゃんか?

扉の向こうから聞こえた声に従い、ダイニングのドアを開ける。

 

ガチャッ。

 

「姉ちゃん、一体どうし――」

 

 

 

「……ヌウァアアアアアアアアアアアア~~……ッ!!」

 

 

 

「ヌオワーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!?」

 

ドアと開くと、其処には――。

 

「ヌオォ……やってくれたなご主人~~……ッ!!」

 

「イヤーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?」

 

何故かキッチンの向こうで火達磨になってるコガラシさんと、そのコガラシさんを前に何時も通りの所作でたたずむフブキさん。

そして悲鳴を挙げて俺の背中に走って隠れる姉ちゃんの姿が。

幾ら何でも許容量をオーバーしたとんでも光景にさしもの俺も大口を開けて固まってしまう。

い、一体ここで何があったんだよ!?家族団らんのキッチンが何時から処刑場に早代わりしちまったんですかーー!?

顎が外れんばかりに口を開いた俺と、俺にしがみついて震える姉ちゃんに、フブキさんは微笑みながら視線を合わせてくる。

 

「お気になさらずに。メイドのしつけは主人として当然の事。これで少しはコガラシも、主人の怒りの深さを思い知ることでしょう」

 

「だからって姉ちゃんこれはちょっとやりすぎじゃね!?」

 

確かにセクハラされてたけど、相手を燃やして苦しめてブッ殺す程にですか!?

燃えゆくコガラシさんを指差して言う俺に首を横に振る我がお姉様。

もしかしてまだ足りないとおっしゃるか?

 

「ち…違う!!違うの!!わざとじゃない!!わざとじゃないのーーーーー!!!」

 

「と、兎に角消火器を……ッ!!ってぇ!?」

 

玄関の隅に置いてあった消火器を持ってきたは良いが、ラベルを見て俺は絶叫してしまう。

最早涙目で震える我が姉に、災難はまだ振りかかるらしい。

 

「大変だ!!消火器の使用期限が三年前!!どうしよう!!姉ちゃんこのままじゃ殺人犯ルート一直線!!」

 

しかも放火殺人という普通より一味も二味も残酷な方です!!

 

「くっくっく、火遊びは許さんぞ、ご主人ん~~~~!!」

 

「ギャーーーーー!?キョンシーよろしく出て来たーーー!?」

 

「イヤーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?艱難辛苦続き過ぎーーーーーーーーーーーーーッ!?」

 

使えない消火器を捨てて、俺は庭先にあるホースの場所へと向かうのであった。

背後から「見捨てないでーー!?」と叫ぶ我が姉の声が。

スマン姉ちゃんっ。少し一人で耐えてくれ。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「……つ、疲れた」

 

やっと騒動が片付いた所で、俺は部屋のベットに腰掛けて溜息を吐く。

先ほど、庭先の水で無事消火は果たしたものの、黒焦げなコガラシさんを前に焦る姉を沈めてきたところだ。

最早近年見た覚えの無い程に焦った我が姉は「どうする!?埋める!?埋める!?」と物的証拠隠滅にかかろうとしてた程である。

すかさず証拠隠滅にかかる辺り、さすがの一言だった。

とりあえずスコップを持ち出した辺りで首筋に手刀を落として意識をシャットダウン。

ついさっき部屋に放り込んできた所だ。

 

「はぁ……腹減ったけど、さすがにあの後はなぁ……」

 

現在キッチンは火事の後やら何やらで大惨事。

さすがにあの状況で飯を待つのも無理があるからなぁ。

 

コンコン。

 

「幸助様。フブキです。入ってもよろしいでしょうか?」

 

「あっ。フブキさん?どーぞ」

 

と、先ほどの状況でも普段と変わりなかったフブキさんがノックしてきたので、入室を促す。

すると「失礼します」という言葉の後に、襖が開かれる。

其処には、何時もの美しい微笑みを浮かべるフブキさん――。

 

「ッ!?こ、この匂いは……!?」

 

「燃えてしまったコガラシの代わりに私がご用意させて頂きました。チンジャオロースと白米。餃子です♪」

 

「お、おぉぉお……ッ!?」

 

トレーに乗せられたホカホカの料理達に、思わず喉が鳴ってしまう。

そのまま部屋に入り、俺の部屋のちゃぶ台に食事を並べてお茶の用意までしてくれる。

 

「本当ならダイニングでお出ししたかったのですが、先のコガラシの所為で今は汚れておりますので、こちらでご辛抱下さい」

 

「辛抱なんてとんでもない!!こんな美味しそうなご飯が出てきたらお礼しか言えないって!!ありがとう、フブキさん!!」

 

「くすっ。はい、どうぞお召し上がり下さい」

 

「勿論!!いただきます!!」

 

笑顔で手を合わせて挨拶を済ませ、チンジャオロースと白米を口いっぱいに頬張る。

うーん……シャキシャキの筍にピーマン、牛肉の絡んだタレの味。

それが白米と合わさると……もう堪りませんなぁ!!

それに、パリパリの羽根付き餃子にラー油を混ぜたタレを漬けて噛む。

すると、中から溢れる肉汁がこれまたとんでもない旨味を味合わせてくれる。

あぁ……笑顔が止まらん。

 

「そうやって沢山食べて頂けると、作り手冥利に尽きます♪」

 

「ガツガツ……こんな美味い飯なら、毎日食ったって飽きませんよ!!」

 

「ッ!?そ、それは……コ、コホン。それはありがとうございます」

 

んあ?何か少しだけフブキさんの頬が赤かった様な……?

まぁ一瞬で戻ったし、勘違いだろ。

一息付いて、お茶を啜る。

 

「ズズッ……そういえば、コガラシさんは放置して大丈夫なのか?真っ黒だったけど」

 

「え?は、はい。もう既に復活して下の掃除をしておりますが」

 

「あっ、そう……復活て」

 

あの人は不死身なのだろうか?最早人類のカテゴリーから外れまくってるな。

まぁフブキさんの態度も普通だし、気にしなくても良いか。

それからは特に会話も無く、飯を食い終え、フブキさんが食器を片付けてくれた。

 

「ふぅ~……ご馳走様でした。美味かったよフブキさん」

 

「はい。お粗末さまです」

 

「はぁ。腹いっぱいだし、今日も良く眠れそうだ」

 

 

 

満腹になった腹を摩りながら、この後はどうしようかなと考えていたが――。

 

 

 

「――所で幸助様?先程、少し小耳に挟んだのですが……」

 

 

 

「んー?どうしたの?」

 

のんびりとした声で答えながら、フブキさんに顔を向けて――。

 

 

 

「綺麗なバラには棘がある、という諺を、幸助様は今日から、綺麗な花にはがある、と覚えておかれるとか?しかも発射機能付きの、近寄れないタイプ――でしたか?」

 

「」

 

 

 

ちょーっと洒落にならない微笑を浮かべたフブキさんと目が合ってしまった。

いや、笑みの質は何時もと同じだよ?でも……そこには何か、氷の様な微笑みと申しますか……。

 

「……ふふふっ♡お仕えするご主人様に誤解されたままなのはこのフブキ。悲しゅうございます」

 

と、悲しそうに眉を少しへの字にしてしまうフブキさん。

 

「……いや、あのねフブキさ――」

 

「ですので♪」

 

まだ何も言ってないんですけどー?

どうにかして言い訳しようとした俺の言葉をピシャリ、と切って捨てたフブキさん。

彼女はその微笑みのままにコテンと可愛らしく首を傾けながら両手を顔の横で合わせる。

仕草は抜群に可愛いのに背景が吹雪いてるのはドユコトー?背景さん仕事してー。

 

 

 

「本日はお互いの事を知る為にも、私とお話をして頂きたく思います――お願いしますね?ご主人様♡」

 

 

 

 

 

この後滅茶苦茶お話した。

 

 

 

 

 

冨士原幸助、16歳。

フブキのお話し(説教)が終わるまで、後――。

 

 




うーむ。

本来の主人公がなえかとコガラシの二人だから、あの二人からスポット外れると難しい……というかお色気しーんが半減してしまう。





じゃあ追加すれば良いよね?


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