白と黒 (303)
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1話

 

 

 

ボーダー本部。その広いラウンジ。

 

一人の少年が徐に席を立つ。

 

寝癖そのままのボサボサな黒髪。その隙間からは、黒曜石のような瞳が眠たげに覗き、黒の比率の大きさからか、白い肌がやたらと際立つ。

 

彼の足取りは、一般的なそれより幾分遅い。

とぼとぼと、というよりは、ゆったり、のんびり、そんな表現がしっくりくるマイペースな雰囲気で歩みを進める。

 

 

 

 

 

「シオ、こんなところにいたのぉ……!」

 

幼さの残る甘やかな声。

 

シオと呼ばれた少年、相墨志生は、その呆れたふうな声音に振り向く。

 

彼の視線の先に、一人の小柄な少女が映り込んだ。

 

濡羽色のショートヘアに、クリクリとした金茶の瞳。その容姿は、見る者に活発そうな印象を与える。

 

 

「…………なんだ、マナじゃないか」

 

間延びした調子で一言。

 

相墨の緩い反応に、雪谷愛は頬を膨らませた。

 

「も〜!なんだなんてひどい!せっかく探したのにぃ」

 

「……模擬戦?……米屋先輩か、影浦先輩あたりに声かけなよ」

 

「またそんなこという」

 

彼の億劫そうな言葉を耳にすれば、腰に手をあて、彼女は恨めしそうに相墨を睨む。

その効果はいかばかりか。

 

二人の隊服は、黒で揃えたインナーとボトムス。その上にモノクロのロングパーカーを羽織るというラフなものだ。

他の隊と比べて緩い装い。身長差からの上目遣いもそこへ加わり、小動物の様なイメージができあがっている。

威圧の仕草は、尽くこの姿に打ち消されていた。

 

特に変化のない相墨は、のそりと踵を返し、また歩き出す。

 

「あっ、まってよぉー」

 

声を上げた雪谷が、相手の背中に駆け足で続く。そんな気配に溜息を一つ。

付き合いの長さから、半ば予想がつく。

 

 

……これ、スルーしたら後がめんどいやつだ

 

 

内心で呟き、鈍い動作で再び振り向く。

 

「!……わぷっ」

 

唐突な方向転換。雪谷は相墨の胸にボスリと飛び込む。

強かに鼻を打った彼女は、涙目で相手を見上げてきた。

 

「急に止まんないでよ」

 

「……止まって欲しいのか、欲しくないのか、はっきりしなよ」

 

冗談にしても、流石に言い方が悪かったのだろう。一歩離れた彼女から、ますます涙を溜めた目で睨まれる。

 

「……ごめん、嘘、冗談です」

 

歳下を泣かせたとあっては不味すぎる。堪らず相墨は謝る。

 

「……ゆるさない」

 

未だに少女はご立腹だ。

 

「……十戦」

 

首を振られる。

 

「……二十戦」

 

またも首を振られる。

 

「……三十戦」

 

首を振って一言。

 

「プラスいいとこのどら焼き」

 

「リョウカイ」

 

要望にすかさず応えれば、雪谷が途端に笑顔を見せた。

 

「やった!早くブース入ろ!早く早く……!」

 

先ほどの表情はなんだったのか?

 

グイグイと手を引かれながら、相墨は思わず苦笑いを浮かべる。

 

「ゲンキンだなぁ」

 

零した呟きは置き去りにされ、二人は一直線にブースへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キンと澄んだ音を鳴らして、視界の床がアスファルトに変わる。その変化に顔を上げれば、辺りに住宅街を模した空間が広がっていた。

 

相墨から数メートルを挟んだ位置に、次いで雪谷が転送される。

 

スコーピオン。そう呼ばれる光刃を彼女は両手に携え、対して相墨は、レイガストと呼ばれる半透明の剣を右肩に担ぐ。

 

「それじゃ、はじめよ?」

 

「いつでもどうぞ」

 

 

返答に彼女の口元が弧を描き、瞳が爛々と見開かれる。

 

 

 

瞬間、雪谷は倒れ込むように駆け出した。

 

 

たちまち間合いは潰され、二振りの斬撃が相墨を襲う。

彼が鋒をスッと差し出し、雪谷の振るう腕に合わせ、その先端を左右に揺らす。ほんの小さな動作で、初撃のスコーピオンは受け流された。

 

「シールドモード」

 

ぼそりとした呟き。

 

瞬きの間に、剣が盾へと形を変える。

ボッとスラスターを短く唸せ、加速した盾でお返しとばかりに跳ね飛ばした。

 

受けた双刀が中ほどからひび割れる。雪谷は、真後ろに飛ばされた勢をアスファルトに足を擦り抑え、軽やかに左へステップを踏む。

誤差はコンマ数秒。剣に戻されたレイガストが大上段から振り下ろされた。

右袖を一閃が掠め、ゴッと鈍い音いが響く。

「カンイッパツ!」

 

雪谷は楽しげに声にする。

 

「……実は意味わかってないでしょ?」

 

「そんなのきこえなーい!」

 

妙な発音に一言零し、相墨が横薙ぎにレイガストを振り抜くが、返す言葉とともに垂直の跳躍で躱された。

そのままクルリと宙で後転、いつの間にやら作り直し、枝分かれさせた六本の刃が、雪谷の両手から放たれる。

 

再度レイガストを盾に変形、上へとかざしそれを防ぐ。

 

落下しながらそれを眺めていた雪谷。着地と同時に彼女の身が搔き消え、相墨の背後に姿を現わす。

 

「一勝いただき!」

 

 

ザクリと貫く音が響く。

 

 

 

 

 

 

「……そこでスコーピオン……なんで今日に限って使うの〜」

 

不満気な言葉の通り、相墨の背中から刃が伸び、雪谷の胸を貫いていた。

 

スコーピオンを消し、レイガストを下ろした彼が言う。

 

「……こういう搦め手は、偶に使うからハマるんだよ」

 

そう教えたよね?

 

そう告げられた直後に、彼女はマットに身を沈めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん〜、たしかなまんぞく……」

 

 

相墨隊のシンプルな作戦室。そのソファに腰掛けた雪谷は、両手でどら焼きをほうばり、まったりとした声音を漏らす。

 

「……それはなにより」

 

相変わらずの口調で相墨が返せば、彼女は目の前の箱からどら焼きを一つ取り、対面の彼へとそれを差し出す。

 

「……いいの?」

 

「ん、いいの」

 

それならと相墨もどら焼きを受け取る。パクリと口にすれば、優しい甘さが広がった。

 

「おいしい……!」

 

後味もさほどクドくはない。そう感想を答えた彼に、雪谷が首を傾げる。

 

「どうしてシオは、これを食べたことないの?三門でお菓子といえば、鹿のや じゃない」

 

「いや、値段がね、少しお高い」

 

高一の財布には厳しいと、相墨が頬をかく。

 

「もったいないな〜」

 

言いつつ三つ目を口に運び、再び表情を蕩けさせた。そんなの雪谷を暫し眺め、それにしてもと、相墨が零す。

 

「あれだけ負けて、マナはよく腐らないよね」

 

「当たり前だよー」

 

明るく笑い、雪谷が続ける。

 

「あたしがやっつけたいのはネイバーだもん。思いっきりやりたいけど、仲間同士で戦いたいんじゃないの……!」

 

彼女の言葉に、目元を緩める。

 

我儘に見えて、根の優しさは変わらない。決して斬りかかれない訳ではない。それでも斬りかかり、傷つくのを見るのが嫌なのだと、出会ったときにそう聴いた。

 

「……ぼくはノーカンなんだ?」

 

そんな一幕を思い出しつつ、戯けた調子を滲ませ問う。けれども、雪谷の顔は陰らない。

 

それは、ある程度予想した反応。

 

「シオは強いもん、絶対あたしに勝ってくれるもの」

 

 

 

だからいつも、安心していられるの

 

 

言い切った彼女は、浮かべた笑顔をさらに深める。

 

 

 

 

 

 

敵わないなぁ……

 

 

 

眩しそうに呟いた言葉は、彼女の耳に届く前に、穏やかな空気に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Shio Aizumi
相墨志生(アイズミ シオ)

Profile
本部所属 A級9位相墨隊 隊長 アタッカー
15歳(高校生)1月1日生まれ
168cm A型 かぎ座

好きなもの
昼寝 カフェミュージック コソ練

Parameter
トリオン4 攻撃8 防御援護13 機動7
技術10 射程1 指揮6 特殊戦術2
Total51

Maintrigger
◎レイガスト◎スラスター
◎Free◎Free
Subtrigger
◉スコーピオン◉Free
◉シールド◉バッグワーム

ManaYukitani
雪谷愛(ユキタニ マナ)

Profile
本部所属 A級9位相墨隊 隊員 アタッカー
13歳(中学生) 10月25日生まれ
141cm B型 とけい座

好きなもの
どら焼き シオとの模擬戦 防衛任務

parameter
トリオン6 攻撃8 防御援護6 機動9
技術7 射程3 指揮1 特殊戦術2
Total42

Maintrigger
◎スコーピオン◎ハウンド
◎シールド◎Free
Subtrigger
◉スコーピオン◉テレポーター
◉シールド◉バッグワーム



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2話

 

 

 

大小の建物が並ぶ街並み。相墨はビルの屋上に腰かけその風景を眺める。

 

平日の夕方。この規模の街であれば、車と人の流れが盛んになるだろう時間帯に、それらの影はどこにも見られない。

 

「……まあ、当たり前か」

 

オレンジ色の陽に眼を細め、気怠げに呟きながら、ゆるりと右手で頬杖をついた。

 

自問自答にもなりはしない。彼の眼下に広がるのは、旧東三門。警戒区域に区分された、近界民との戦場なのだから。

 

 

取り留めのない思考を遊ばせながら、相墨は口元を左手で覆い、くあっと間の抜けた声を漏らす。

……これ以上ない大欠伸だった。

 

 

「シオー、起きなよー?」

 

そんな彼の耳に、明るい少女の声が届く。すでに聴き馴染んだその響きに、相墨は振り向く。

 

トコトコと歩み寄る彼女に、いや、と否定の言葉を返す。

 

「……起きるもなにも、まだ寝てないよ」

 

「ほら、まだっていった。その気満々じゃない……!」

 

「……揚げ足を取るのは感心しない」

 

雪谷の言葉に小さく零せば、そんなことないと彼女は続けた。

 

「休み時間は、いっつも机でグデ〜ってしてるんでしょ?」

 

その内容に、はて?と思う。

高校のことなど話した憶えが無い。疑問に思い口に出す。

 

「誰から聞いたのさ?」

 

「時枝先輩」

 

その名前に納得した。

 

「ああ、充がいたか」

 

気まずさに頬を掻き、そっと目をそらす。普段は頭の下がるクラスメイトの面倒見の良さも、今は少しばかり恨めしい。

暇さえあればとりあえず眠る。

自身の行動をそのまま伝えられていたのなら、欠伸一つでこのツッコミも納得だった。

相墨は、まいったなぁと独り言ちる。

寝不足の理由を口にするのもなんとなく躊躇われる。どうしたものかと思案する。

 

 

 

『志生くん、愛ちゃん、ゲートの反応があったわ』

 

言い訳が浮かぶその前に、通信が2人に割って入った。

 

「フワさん、座標は?」

 

立ち上がり、声の主に短く問う。

 

『誤差0.27、そこから9時の方向800メートルよ』

 

オペレーター、灰本歩羽は、落ち着きはらった声音で答える。

 

「……了解、マナ」

 

「うん!」

 

先ほどの不満は何処へやら。相墨に応え、雪谷が勢い良く飛び出した。そのすぐ後に彼も続く。

 

 

屋根を伝い、軽快に家々を跳び駆ければ、そう掛からずに敵影を捉えた。

 

「バムスター4、モールモッド2、援護は?」

 

「いらない」

 

「どっち?」

 

「多い方!」

 

「じゃあ、ぼくはモールモッドだね」

 

やり取りを交わし、それぞれの標的へ狙いを定め距離を詰める。

 

 

「ハウンド!」

 

雪谷は、背面に光のキューブを作り出し、鈍重な巨体へと追尾弾を放つ。

 

「レイガスト」

 

山形に降り注ぐ光弾を横目に、相墨が剣を水平に向ける。

地に蹴り込む様に強く跳躍、同時にスラスターを起動。急加速した相墨はアスファルトを掠める様に滑空し、敵とのすれ違いざまに、鋭い一閃を叩き込んだ。

 

モールモッドの片割れは、初撃で眼を割られて地に沈む。

 

次いで大きな振動が二度響いた。

視界に投影されたレーダーからは、傍の1つに加えて、後方2つの反応が消えている。

彼方の相手も所詮バムスター、すぐに残りも終わるだろう。

 

「……さて、と」

 

残骸を一瞥し、もう1体に眼を向けた。ジリジリと迫る敵に対して、相墨は腰だめにレイガストを構える。

 

ギシリと関節を軋ませて、モールモッドがブレードを広げる。刃をむける挙動、そして自身の構えから次の手を予測。

 

 

相手が一歩を踏み込む瞬間、再びスラスターを唸らせた。

 

 

 

 

 

防衛任務を無事に終え、2人はボーダー本部に戻る。

 

 

相墨は作戦室のソファに腰掛け、眠たげな瞳で端末を見詰める。

 

バムスター12、バンダー2、モールモッド7。出現箇所とその時間、諸々から推測される問題点……

 

次々に活字を入力。タップの度にカタカタと、電子音が室内に響く。

 

 

「なんだかシオじゃないみたい」

 

唐突に、あどけない声が頭上から降る。頼りない重みがトサリと掛かった。

 

「……いきなり何さ? 」

 

「マジメな感じが、なんか変?」

 

ボサボサの頭に小さな顎を、隊服の肩に華奢な手を乗せ、雪谷は小首を傾げ言う。

 

「失敬な。てか、寄りかかってこないでよ」

 

「あたし体重軽いもん……!」

 

「……いや、そうじゃなくてさ」

匂いであったり、柔らかさであったり。あまりに無防備で心臓に悪い。

表情は変えずに溜息を一つ、そんなことを内心で呟く。

 

 

そこにクスリと、控え目な笑いが耳に入った。

 

 

「2人とも、またじゃれてるの?」

 

右手側のオペレータールーム。そこからの穏やかな声に眼を向ける。

 

シニヨンに纏めた栗色の髪に、スッキリとした顔立。すらりとしたスーツ姿の女性が視界に収まる。

 

「あ! フワさんお疲れさま〜」

 

「お疲れ様。本当仲が良いわねぇ」

 

雪谷に応えて、灰本は表情を緩めた。

 

「……いや、フワさん。ほっこりしてないでマナを止めてよ」

 

「でもシオくん、満更でも無さそうじゃない?」

 

「でしょ〜?」

 

灰本の言葉に雪谷が頷く。

 

「……2人してなに言うのさ」

 

相墨は疲れた様に2人に返し、端末をポケットにしまい込む。

その動作に、雪谷がパッと彼から離れた。パーカーを揺らし、扉に向かう。

 

そこを察せるなら、他もできないものだろうか?

 

一瞬そう考え、それはそれで恥ずかしいかとすぐに打ち消し、席を立つ。

 

「報告書はいいの?」

 

灰本の疑問に一つ頷く。

 

「……アレはただのメモ。提出日には、ストックをまとめて書き直すから、だからこれでいい」

 

「なら安心ね」

 

 

 

「シオー、フワさーん、早く行こー?」

 

既に扉を潜り、急かす少女に少年が返す。

 

「……食堂は逃げないし、混み始めるのはもう少し後だよ」

 

「シオはいっつも遅いじゃない……!」

 

「……この時間なら、そうは変わらないって」

 

 

繰り広げられるいつものやり取り。言葉とは裏腹に、楽しげな雰囲気が2人から滲む。

 

 

 

微笑ましいその様子に、灰本がまた笑みを零した。

 

 

 

 

 

 




Fuwa Haimoto
灰本歩羽(ハイモト フワ)

Profile
本部所属 A級9位相墨隊 隊員 オペレーター
21歳(大学生)4月30日生まれ
169cm O型 ねこ座

好きなもの
家族 チームメイト グラタン

Parameter
トリオン1 機器操作9 情報分析8 並列処理8 戦術7 指揮7
Total39


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