ある補佐役の日常・・・星導館学園生徒会にて (jig)
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THE WORKING HOUR

日本。

 

その島国の中央部から少し北の地域に、かつては存在しなかった湖がある。

 

北関東多重クレーター湖。

 

落星雨、と呼ばれる世界的カタストロフィの後、その直接の影響で発生した、ある意味惨劇の現場と言える。

 

だが、新しい世界はそんな場所ですら人の生活の場にしてしまった。

 

 

アスタリスク。

 

正式には六花という名の水上都市。その形状から、アスタリスクの通称で呼ばれる事の多い、特別な街。

 

 

星導館学園。

 

 

その特別な街の外周部に存在する六つの学園の内の一つ。

中等部、高等部、大学部の3つの生徒層を有する比較的大きな教育機関。自由かつ明るい校風で知られている。

しかし、この街に存在する学園である以上、普通の教育機関である訳がない。

すなわち、落星雨の後に出現した、星脈世代(ジェネステラ)と呼ばれる特別な能力を持つ少年少女の育成機関である。

 

その特殊性の為か、学校運営は教員だけではなく、所属する学生において構成される生徒会も関与する。

いや、ある面では生徒会が大きな権限を有する場合もある。

むしろ学生に関係する案件については、ほとんど生徒会だけで運営されている、とも言える。

 

 

そして学園の生徒会は、高等部校舎最上階に専用の活動フロアを持っていた。

その生徒会室での一場面。

 

 

「ああもう!何なんですか天霧彩斗って奴は。この時期に転入?書記長!」

 

「学園祭のイベント経費の集計、まだ出してない所ありますよ。とっくに期限過ぎてるのに・・・」

 

「わかったわかった。その件は俺がやるから。お前さんは引き続き新入生の序列確認を頼むよ。あと、学園祭の収益の件、会計処理は済んだところまでまとめて」

 

そう言って資料を手に立ち上がった、書記長と呼ばれた男。

 

志摩 涼。

 

星導館学園、大学部3年。システム工学科の学生、かつ生徒会役員。

 

一部関係者以外には知られていないが、星導館学園生徒会の実質的ナンバー2である。

同時にこれもあまり知られていない事だが、相当な実力を持つジェネステラでもあった。

 

「それじゃ俺は会長に確認とって手続きするから。澪ちゃんはこいつのウチまでの交通手段を確認しておいて。交通費も用意してくれ。とりあえず特別管理費の方につければいいから。後から特待生予算に振り分けだな」

 

「はい。あ、会長が戻られました」

 

「そうか。じゃあちょっと行ってくる」

 

そういって涼は部屋を見廻す。

ここにいる6人のスタッフは、自分も含めまあまあの仕事ぶりだ。5月のアスタリスク。学園祭での大騒ぎが終わって間も無く、まだまだ事務処理が多い時期でこの状況は悪くない。この状態を維持する事が今の自分の重要な役割で―――

 

(あれ、何故俺はこんなに真面目に仕事しているんだろう)

 

苦笑しつつ部屋を出る。

それは学園の為、所属する学生の為、より良き未来の為なんだが・・・

やっぱり自分は誰かに使われる事で力を発揮するタイプか?

などと分析しつつ、すぐ向かいにある生徒会長室のドアをノックする。

 

彼の『上司』からすぐに返事があった。

ドアを開ける。

 

「ご苦労様です、涼さん。例の件ですね」

 

そこにいるのは名実共にこの学園を体現している人物。

 

星導館学園生徒会長、クローディア・エンフィールドは優雅な笑顔で迎え入れてくれた。

その外見は非の打ち所がない美少女。だが同時に大人びた雰囲気も合わせ持つせいか、会長室の重厚な執務机に佇む姿も様になっている。

 

その美しい存在の前に立つと、『例の件』を切り出す。

 

「天霧綾斗、ですか。今回は珍しく強引でしたね。会長」

 

「彼はどうしても欲しかったので」

 

「それにしても普段やらない権力をタテにするやり方、不審に思われますよ」

 

「そうでしょうね。貴方はどうですか?」

 

 

その問いに答えは無く、空間ウィンドウが展開される。そこには学園生徒のプロフィール、のような画面が表示された。

 

「これは・・・!」

 

クローディアから笑顔が消えた。

 

「天霧。聞いた事のある名前だった。すぐに思い出したよ。昔、少し関わったのでね」

 

涼の口調が変わった。

 

「抹消されたデータ。自分ではここまでしか復元できなかった。これ以上となると、専門家の手がいるね」

 

その画面、データが破損しているせいか、判読できない所が多いが・・・

 

「いえ、これで充分です。他にこの事を知っている人はいますか?」

 

「いないね」

 

「ではこの件は内密に。そうですか・・・天霧 遥さん。在籍は・・・5年前、ですか」

 

そう、5年前。当時クローディアはこの学園にはいない。

 

「ああ。だが在籍中もほとんど校内にはいなかったと思うね。妙な話だったが、まあ訳ありだろうと思って気にしないようにしていたけど、覚えてはいた。一応話した事もあったし―――」

 

「お会いになったのですか?」

 

「一度だけな。丁度最初の生徒会役員をやってた時期だったし。手続きに関連してちょっとね」

 

「涼さん。この件について、継続して調査をお願いできませんか?」

 

「了解。ただ事が事だけに、多くは期待しないでくれ。ああ、こちらからも一つ。天霧綾斗。間違いなく彼女の血縁者だと思うが、こいつをスカウトしたのはそれ以外の特別な理由がある、そういう事だな?」

 

「はい、その通りです。彼には多くの面で期待しています。そして・・・」

 

「こいつが必要なんだな?」

 

「はい。私の成すべき事の為に」

 

静かに、だが強く言う彼女の瞳には深い想いが込められているようだった。

 

「そうか。そういう事か。答えてくれてありがとうよ、クロちゃん」

 

「・・・懐かしい呼び方ですね」

 

「失礼しました、会長。とりあえす急ぎの話は以上です。別命なければ業務を続けます」

 

快活に答える涼。口調も戻っている。

 

「はい、よろしくお願いしますね」

 

そう言ったクローディアもまた、普段通りのにこやかな表情に戻る。

それを見た涼も微笑んで会長室を後にした。

歳下の上司、との接し方も、少し気を遣えば難しくはない。

 

 

 

再び、生徒会室。

涼が戻った時、各メンバーは静かに事務処理を進めていた。

そこだけ見ると問題は無さそうだが、学園の規模を考えると、生徒会運営の人数として充分とは言えない。

大学部2名、高等部3名(プラス会長)、中等部2名。これだけの人数で大規模と言っていい学園の運営、その約半分を担っているのだから、状況によっては無理が出てくる。

特にイベント前後の時期は負担が大きい。涼もすぐに席につき、必要なデータを画面に表示させて処理を始める。

本来、副会長になっていてもおかしくない彼が書記長という1ランク下の地位に留まっているのも、直接実務に関わる時間を確保するという面がある。(もっとも、本人に上昇志向は無い)

今日処理するべき案件、先の学園祭で起こった様々な問題、その経緯と対処を確認していく内に、時計の針は19時手前まで進んでいた。

 

大学部、高等部は構わないが、中等部のスタッフはそろそろ配慮が必要な時間だ。

 

 

「今日はこのあたりにしておこうか」

 

「お疲れ様」

 

「お先に失礼します」

 

メンバーが帰って行くのを見送って、生徒会室をロックする。

クローディアは・・・別件があるそうで会長室も閉まっている。

 

そこまで確認すると、涼はある小部屋の前で立ち止まる。

ドアに何も書かれていないその部屋は、特に重要でない資料(特に紙媒体の物)を一時保管する為に使われているが、ほとんど放置されていた。

その部屋に入り、中から施錠すると、スタンドアローンの端末を起動。メモリーカードを挿入。

操作する事、しばし。

 

そしてある画面を見て呟く。

 

「エクリプス、ね・・・」

 

その声は、誰にも聞かれる事は無かった。

 

 

 

翌日。

 

放課後、講義を終えた涼が大学部校舎を出る。

本来、それ程目立つ男ではない。

身体的には長身、スリムに分類されるが、目を引く程ではなく、顔立ちも良く言えば優しげ、普通に見れば平凡。

制服姿で学内にいれば周囲に溶け込んでしまう、そんな存在だった。

たまに、学園の序列制度による順位で13位という立ち位置が(微妙な所だが)多少注目される、その程度だ。

 

しかし現時点であれば、悪い意味で目立つ行動をとっていた。

 

胸ポケットから取り出されたのは小さな四角いケース。

蓋を開くと、白いスティックが並んでいる。

その1本を抜き出すと口にくわえ、先端に電熱式ライターを接触。

 

アスタリスクに限らず、世間では絶対少数派である、煙草を吸うという行為。

この男が言うには、趣味の一つ、であるらしい。

シガレットケースとライターをしまうと、盛大に紫煙を吐き出した。

そんな姿に視線が集まるが、あまり好意的でない物も含まれる。だが当人は気にもかけない。

 

学生が使えるスペースで唯一の喫煙場所、そこで一人、愛煙家としての時間を過ごすが・・・

 

端末に着信。

 

くわえ煙草でウィンドウを開くと、そこには憂い顔の生徒会長が映る。

 

「涼さん。まだ禁煙してくれないのですか?」

彼女にしては珍しく、その声には批判的なトーンが含まれる。

 

「すまんがこいつは譲れないんですよね。で、何かありました?」

 

「今日の定例ミーティング、次の会議の都合で少し時間を早めたいのですが、可能でしょうか?」

ため息交じりの声。

 

「いいですよ。それから例の件。思った以上に面倒になりそうです。なので俺が動いている事は・・・」

 

「わかっています。内密にします」

 

「頼みます。じゃあ今から」

 

通話を終えて空を見上げる。

吸殻を灰皿に放り込み、青い空に煙を噴き上げると、高等部、生徒会フロアに向けて歩き出した。

 

 

高等部校舎、最上階。生徒会フロア。

第1会議室。

 

半円形の会議机の中央で、クローディアが宣言。

 

「皆さん、揃いましたね。では、始めましょうか」

 

いつものように微笑んで、視線を向けると、それに応えて涼が立ち上がった。

同時に3Dディスプレイが展開。

 

「では、皆見てくれ。学園祭の後片付けもまだ終わった訳じゃないが、そろそろ次に備えなきゃならない。今日から準備開始だ!」

 

机上に大きく表示されたのは、アスタリスクの一大イベント。今年度の星武祭。

《フェニクス》の開催案内だった。

 

「まず最初に今年のフェニクスを含め、今期のフェスタに対する会長方針について説明する。基本方針としては前期までの成績低迷の挽回が目的になる。具体的な目標はこれだ。今期のフェスタ三大会の内、二つで優勝を目指す」

 

会議室内の空気が緊張した。

今挙げられた目標、それはあまりにハードルが高い。何しろ前シーズンにおいて星導館学園は実質最下位だったのだ。

それを今シーズン、いきなりトップを目指す、と言っているのに等しい。

 

「言いたい事はわかっているので今は聞いてくれ。高過ぎる目標と思うのはわかる。だが本来、アスタリスクの学園として、この程度は狙わないと。もちろんただのスローガンじゃない。実現する為の手段、計画も揃える。つまり生徒会として充分な準備をしておく、という事だ。さあ、始めようか!」

 

 

―――そしてストーリーが、今、動き出す

 

 




また暗躍系オリ主で始めてしまいました。

感想、ご指摘歓迎です。


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COMMUNICATION

 

 

星武祭。

 

フェスタ、と呼ばれる事の多い、アスタリスクで年に一度開催される大イベント。

 

アスタリスク六学園の存在意義の多くは、このイベントの為にある、と言っていい。

 

その実態はというと、各学園の学生による武闘大会なのだが、ジェネステラ、と呼ばれる世代の少年少女がその特殊な能力と武器(煌式武装、と呼ばれる)を用いて戦う事でエンターテイメント性も強くなり、全世界の注目を集める事になる。

 

そして各学園としても、星武祭での所属学生の勝利が直接間接に利益になる―――勿論名誉も得られる―――事により、参加学生には支援と便宜を惜しまない。(特に実力者には)

その対応以外にも、所属学生が参加する以上様々な事務手続、データ処理、日程計画等、かなりの管理業務が発生する訳で、生徒会も当然関わる事になる。

今年の星武祭は鳳凰星武祭、通称フェニクス。夏の開催の為、春の学園祭からの間隔が短い。故にあらゆる事務処理は急がされる事になる。

 

「会長、本日分のエントリー6名。まとめたのでチェックして」

 

「はい・・・OKですね。では参加申請書をお願いしますね」

 

「フォーマット入れます。・・・6人か。今日は少なかったな」

 

「気を抜くな。トレーニングルームの予約が来ているぞ」

 

「書記長、運営委員会からの問い合わせ、どうしますか」

 

「今メール書くから。少し待ってて」

 

とまあ、こんな具合に、会長以下全員で対処する程には、生徒会も大変なのである。何しろフェスタの優勝者には所属する学園から特別な報酬が、それも富も地位も名誉も思うがまま、というレベルで与えられる。参加者が多数になるのは必然で、申請の処理をするだけでかなりの労力になる。

この状況は、大会エントリー締め切りの少し前まで続くのが恒例となっていた。

 

「会長、こんなもんでどうですか?」

 

「いいですよ。後は私の方で手直しして送ります」

 

「願います。じゃあ今日は・・・」

 

「はい。『会合』の方はよろしくお願いしますね。涼さん」

 

 

状況が状況だけに、多少の後ろめたさ感じながら席を立つ。

確かに星武祭向けの事務処理より優先する仕事ではあるが・・・

 

 

 

学園内の駐車場。

 

一台の白い普通乗用車。

そこにやって来たのは普段と違い、スーツ姿の志摩 涼。

 

ドアノブに手を当てると、ポケットの中の校章が認識され、ロックが解除された。

 

3年前、生徒会業務に必要との理由で、かなり無理をして購入した車だが、免許を持っているのが涼だけになってしまった為、彼専用になっている。

 

システムを起動させて異常無しを確認。

オートドライブとナビゲーターは使わずに走り出す。

行き先は市内、商業エリアの某ホテル。場所は分かっているし、システムにルートを記憶させたくはない。

 

目的地の少し手前で地下道に下り、そのまま接続している地下駐車場に入る。

停車すると急いでエレベーターに跳び込み、最上階に向かう。

さっきの事務仕事、思ったより手間取った。結果として僅かな遅刻になっている。

 

今日の場所に指定された部屋に入ると、他の参加者二人は予想通り既に来ていた。

 

「5分程ですが遅刻でしてよ。シマ」

 

「悪いな。色々あってね。レティ」

 

「この時期は仕方ありませんよ。忙しいのはお互い様でしょう」

 

「そういう事だな。趙」

 

その参加者とは。

 

レティシア・ブランシャール。聖ガラードワース学園生徒会副会長。

今日の装いは地味目なワンピースだが、当人の存在感が高い為いささかアンバランスな印象。

 

趙虎峰。界龍第七学院、生徒会長の秘書的存在。

普段もそうだが、制服でなく私服を着るとますます男に見えなくなる。

 

そして志摩涼。

星導館学園生徒会書記長。

スーツ姿だと、その風貌もあって全く学生に見えなくなる。少し不幸な男かもしれない。

 

こうしてアスタリスクに存在する六学園の内、三学園の運営側実質ナンバーツーが揃った。

『会合』、とだけ呼ばれているこの密会、実は学園間の利害調整システム(当然水面下での)となっている。

その存在は彼らと生徒会長しか知らない。

そして話合いの内容は参加者の記憶だけに留められ、一切の記録は残さないのがルールだった。

 

ちなみにこの三学園となった理由は、

アルルカントは運営システムが異質で生徒会にも力が無く。

クインベールはそもそも生徒会が機能していない(あの女学園の運営は統合企業財体が行っているようなもの)

レヴォルフを入れたらガラードワースと正面衝突してしまうので利害調整どころではなくなる。

 

そんな経緯を思い出しながら、話を切り出すのは最年長の涼。

 

「さて、今日は・・・学園祭でお互いにやらかしたトラブルについての落とし所をどうするかだな。あと、そろそろフェニクスの事も話がいる」

 

この話し合い、学園間の密約を禁止している星武憲章(ステラ・カルタ)からすると、かなり問題のある行動ではあるのだが、世の中建前だけでは上手く回らない事もある。それ故にこれまで存在が許されている。

 

「まあ、この場にいる事自体、お前さん達には面白くないだろうが、役には立つんだ。始めるか」

 

涼はともかく、真面目な性格の他の二人はいかにも気が進まない、と言う顔。

しかし実際は、『会合』メンバーがこの3人になって以降、調整は上手く行くようにはなった。

何しろこの3人、程度の差はあれ同じような立場で似たような苦労をしている。その辺りの共感もあってか個人的関係は悪くない。

 

「そうですわね。では、今回はどの案件から始めます?」

 

こんな場でも優雅さを漂わせるブランシャール。

 

「学園祭中にこちらの施設が破損した件でどうですか?実は修理費用の見積りが上がっています」

 

こちらは実務的な趙。

 

「チッ。あれか・・・金額についてはもう少し何とかならんか?ああ、やらかした馬鹿共はきっちり制裁済だ」

 

かなりくだけた感じの志摩。

 

それぞれ性格は違うが、それ故に上手く行くのかもしれない。

 

 

 

面倒な、しかし意味のある話し合いが終わると、それぞれが時間をずらせてこの場を離れる事になっている。

今日は最初に趙虎峰が少し急いでいるように部屋を出ていった。

 

(ああ、またあのお子様会長に無茶を押し付けられたかな?)

 

次は自分か、と出ようとした所、視線を感じる。

 

「どうしたレティ。まだ何かあるのか?」

 

「今日は車でしょう。シマ。送って下さりませんの?」

 

「おやまあ。いいけど。適当な駅までならね」

 

共にエレベーターを降り、車に乗るまではお互い無言だった。

車を出すとやっと会話が始まる。

 

「それで、今年は『彼女』はどうなさるのかしら?」

 

以前の星武祭、《グリプス》にて、クローディア・エンフィールドに不覚をとって以来、レティシアはその事に拘り続けている。その事は涼も良く知っていた。

 

「おいおい。言うまでも無かろう?少し考えればわかる事だよ」

 

ぞんざいな言い方だが雰囲気は悪くならない。この二人、仕事上の付き合いはそれなりに長い。

 

「確実な所が知りたいのですわ。貴方は知っているのでしょう?」

 

「・・・わかったよ。ウチの会長はフェニクスには出ない。だが来年のグリプスは確実だ。直接聞いてる」

 

「・・・そうですか。ありがとうございます」

 

「これでこの前の借りは帳消し。いいね」

 

「仕方ありませんわね」

 

基本的にはギブ&テイクの関係。仕事以外で会う事はほとんど無い。

だからこそ上手く行く事もある。

 

 

地下鉄駅の近く、目立たない場所で彼女を下すと、目に付いた店に入って時間を潰す。

もっともそれ程時間を無駄にする事はなかった。

適当に切り上げると、商業エリア内を再び移動。

次の目的地はロートリヒトに続く繁華街にある、居酒屋チェーン店だった。

 

そこにもすでに先客がいた。

だが先程とは全く逆の雰囲気。

 

「おお!志摩がきたぞー!」

 

「なんだこいつ。どっかサラリーマンかと思ったぜ」

 

「シマ~~。しばらくだなあ。じゃあかけつけ一杯!」

 

苦笑しながら宴の輪に加わる。

同期の飲み会なんていつもこんな物だ。

 

「なんだお前ら。もう始めてたのか。しょうがねえなあ」

 

3年前、一緒に星導館学園高等部を卒業した連中。

進学、就職で道は分かれたが、アスタリスクにいる奴らとはたまに集まって騒ぐ事もある。

席に着くと差し出されたグラスのビールを一気に呷る。

この時だけはストレス解消になりそうだった。

 

 

 

 

約2時間後。

いつも通りに盛り上がった飲み会の後。

同期連中が帰るか、もう1軒か行くかで店の前でワイワイやっている中、涼は一人の男の肩を叩く。

 

「ちょっと付き合えんか。リキ」

 

「涼か。珍しいな」

 

「たまにはね。近くに良い喫茶店を知ってる。酔い覚ましさ」

 

と言ってもこの二人、たいして酔ってはいなかった。

 

「・・・いいだろう」

 

夜の街を歩く事、しばし。

 

その男、リッキー・エコーレット。

星導館学園高等部卒業後、星猟警備隊入りした。

高等部でそれなりに優秀な成績でも、もう勉強は飽きたと言って就職した奴は多い。彼もその一人だが、シャーナガルム入りしたのは同期では彼だけ。

そして元々優秀だったせいか、すでに現場チームのサブリーダーになっている。入隊3年後に就くポジションとしては異例に近いらしい。

 

涼とは卒業後も付き合いを続けているが、密談するような後ろ暗い関係になったのは最近の事だった。

 

 

「で、何が知りたい?」

 

「エクリプス」

 

「あれは俺がシャーナガルムに入る前に潰れたんだが?」

 

「捜査資料にはアクセスできるだろう」

 

「・・・まあな」

 

「できれば5年前、摘発前の試合状況が知りたい」

 

「簡単に言ってくれるな」

 

「極秘という訳じゃないだろう」

 

「それでも部外秘なんだが・・・ま、何とかするさ」

 

「すまんね。ちなみに今、ウチでも妙な事が起こっている」

 

「というと?」

 

「まだ詳しくは言えん。でもそちらが興味をもつような状況になったら話すよ。これでどうだ?」

 

「ああ」

 

警備隊の警察権は各学園内には及ばないルールになっている。

そんな状況下、内部の情報を得る機会は警備隊関係者なら貴重に思うだろう。

ギブ&テイク。

かつての友人でも、今の立場では貸し借りは作れない。

卒業からわずか3年でお互い妙な関係になってしまった。

 

「まあ、仕事だからな」

 

煙草に火を点けると、ため息は煙と共に吐き出した。

 

 

 

 




今回もお付き合いありがとうございました。


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MIDNIGHT SUN

 

 

生徒会長室。

 

今日の生徒会業務は途中だが、別途報告するべき事があった。

他のメンバーの前では話せない事もある。

 

その報告相手だが・・・

 

クローディア・エンフィールドはいつもと変わらず、美しくにこやかだった。

 

「・・・」

 

「涼さん、どうかされましたか?」

 

「今更ですけどね。ここ数日は特に激務をこなされているはずですが、何でそんなに普通にしているんですか?会長」

 

呆れたように言う涼だが、今は会長と部下という立場を考慮して話している。

 

「あらあら。気を遣わせてしまいましたか?といっても激務という程ではありませんから、ご心配なく」

 

「通常の会長執務に加えてフェニクスの準備。それをこなして平然としているとは・・・」

 

何でも水準以上にできる万能型の才媛。

それが世間の評価ではあるが、それを目の当たりさせられると、改めて才能の差を思い知らされた。

それだけじゃない。クローディアの所有する純星煌式武装(オーガルクス)《パン=ドラ》が所有者に与える代償の事も考えると、尊敬を超えて畏敬の念すら覚える。

 

「皆さんの手助けあっての事ですよ」

 

だが彼女はそんな状態を微塵も感じさせず、明るく微笑む。

 

「はあ・・・まあいいですけどね。で、今回の『会合』で、学園祭での揉め事は取り敢えず抑えられそうです。多少金はかかりますから、費用処理の時はよろしく」

 

「はい。ご苦労様でした」

 

「それから、昨日の放課後も、また何かトラブルがあったようですね」

 

「ご存じでしたか」

 

「俺も友人から聞いただけですが・・・事故にしては妙です。ここ数日でも高等部3年の瀬名と2年の桜木。瀬名はかすり傷程度ですが、桜木は入院でしたか。こりゃフェニクス出場は辞退でしょうね」

 

フェニクス出場を予定していた有力学生のトラブル。エントリー受付が始まった頃から起こっている。もう偶然では済まされない。

 

「それで、風紀委員は調査を始めていますが、どうですかね?彼らは学生間の諍いを収めるのは上手いですが、こういう事は得意じゃないでしょう。この際、影星、使いますか?」

 

学園の情報機関の名を挙げて、言外に他学園の工作、その可能性を示す。

だがどこだ?

先入観を排除して考えても、クインベールは無いな。ガラードワースと界龍は話を付けてきたばかりだし。

残るはアルルカントとレヴォルフなんだが。

だがレヴォルフはフェニクスを重視していない・・・

 

「今はまだ無理です。上との兼ね合いもありますし」

 

首を振るクローディア。確かに影星を使うとなると、学園の上部組織、統合企業財体銀河の知る所となる。

 

「でしょうね。となるとこちらで何とかしないと。風紀委員会、ちょっと話してみましょうか」

 

「ええ、お願いします。それから・・・特待転入生の天霧君、日程が決まりました。受け入れ準備、よろしくお願いしますね」

 

「わかりました。では準備の方は・・・って、必要な手続きは全部クロちゃんが済ませてるじゃねえか。え?何?もしかしてこいつの事、好きなの?」

 

モニターに表示された状況を見て、思わず素が出てしまう涼。

 

「どうでしょうね?うふふふ」

 

「・・・まあいいけどな。ああ、今日は色々あるから、あんまり仕事できないけど、いいよね」

 

「はい」

 

 

生徒会業務を出てから気が付く。

最近のクローディアは妙に機嫌が良い事が多い。まあ、いつも微笑を絶やさないので分かりにくいが、今日なんか特に上機嫌だ。

これって天霧綾斗の事があるからなのか??

 

 

 

風紀委員会本部。

それなりに巨大な学園であるここでは、各学部に風紀委員会の施設はあるが、常時風紀委員がいる所となるとクラブ棟にある本部だけである。

涼がその本部を訪ねてみると、一人の女生徒がいるだけだった。

 

「あ。涼だ~。丁度良かった」

 

「あれ?優。何でいるんだ。まだ非番だろう」

 

「ん?暇だったから」

 

髪をいじりながら3Dモニターを見ていたのは七海 優。

若干派手な印象のある美人系大学生。

そうは見えないが相当な実力があり、何より魔女《ストレガ》と呼ばれる、ジェネステラの中でもさらに希少な特殊能力者だった。

 

「他の連中は?」

 

「また何かあったみたい。みんなそっちに行ってる」

 

「しょうがねえなあ。じゃあ優、ちょっと話聞いて欲しいんだが」

 

「いいよ。それならドライブ行こうよ!きっと夕陽きれいだよ」

 

ちなみに涼とは微妙な関係だったりする。古い表現をすれば友達以上恋人未満、というやつだ。

 

「もう夕方か・・・。まあいいけど、あの車は一応共有の備品なんだが」

 

「いいじゃん。どうせ涼しか使えないんだし」

 

それは事実ではあるが、それでも小言を貰う事は覚悟して外に出る。

 

校内の遊歩道を優と並んで歩くと、それなりに注目される。

目を引いているのはもちろん彼女の方で、最初に容姿、次に風紀委員を示す腕章に視線が向く。

大学部2年なので、もう美少女とは言えないが、某会長並の豪奢な金色の長髪(ただしこちらはストレートに近い)、ややきつめだが整った容貌、均整のとれたスタイル。

あまり平凡なタイプの男の隣を歩く女には見えない。

だが、知っている者が見れば、生徒会ナンバーツーと風紀委員会の実力者が何をしようとしているのか、気になる組み合わせではあった。

 

 

 

 

主にアスタリスク外周を回るドライブはなかなかのものだった。

ただでさえ美しい夕陽が、湖面に映えるとちょっとした絶景となる。

そのまま日没まで車を走らせた後、商業エリアに入って気に入っている洋食店で食事。

二人共あまり飲む方ではないので、酒は控え目で済ます。

その後は、気分次第でロートリヒトに繰り出す、といったところだが、今夜の二人には別の予定があった。

 

車のオートドライブで学園まで戻ると、優は部屋にも戻らず風紀委員会本部に入る。

今夜は女子寮の自警団支援当番だった。

見た目と態度から誤解される事もあるが、彼女は与えられた職務はしっかりこなすタイプである。

 

涼の方はというと、自室で例のスーツ姿に着替える。今度は髪型を変えサングラスも用意し、再び学外へ。

今度は車を使わずロートリヒトへ。

こちらも仕事、だった。

 

 

 

適当に時間を潰した後、歓楽街、表通りから1本入った所にある目立たないビルに向かう。

そのビルの裏、小さな入口ドアを開けると、すぐにエレベーターになっている。

狭いエレベーターで7階まで上がると、そのまま店の入り口になっている。

 

地味なバー。

その店内は薄暗い。

客はいなかった。

 

「マスター。ミラー・ライトを」

 

一つしかないテーブル席に座ると、とりあえずビールを頼む。

出されたグラスを前に考える。

 

天霧遥。

 

そして蝕武祭(エクリプス)。

 

アンダーグラウンドで行われていた、言わば非合法のバトルエンターテイメント。

学園に残された資料の中から、何度か出てきたそのワードが気になり、旧友から得た警備隊の捜査資料を調べてみたのだが、結果は当たり、だった。

そして今夜、その裏付けの為にこんな所で後ろ暗いマネをしている。

 

グラスのビールが無くなる頃、時計は指定の時間を示す。

同時にドアが開き、一人の男が入ってきた。

 

情報屋のような男は時間に正確なようだった。

 

その男は何も言わずにカウンターから適当に酒のボトルを取ると、涼の前に座る。

一見、目立たない容姿だった。だが、ただの情報屋には無い、妙に重い雰囲気がある。

 

端末が出され、テーブル上に小さくウィンドウが展開される。

 

「お前が見たいのはどれだ?」

 

幾つかの動画ファイルが並び、男が尋ねる。

 

「そうだな・・・これにしようか」

 

ファイルデータを見ながら指定する。この日付け等が正しければ・・・

 

あまり画質の良くない動画が再生される。音声は無い。

 

(よし!当たりだ!)

 

内心を表に出さない為、無表情を保つが、高揚感はある。

そこに映し出されていたのは、間違いなく天霧遥だった。

5年前、1度だけ会った彼女が、エクリプスの舞台で剣を振るって戦っている。

相手は正体の分からない仮面の男。

だが、その戦いは恐ろしくレベルが高い。天霧遥もそうだが、相手の怪しい男、こいつの技量も相当な物だ。

剣技には素人の涼でも、充分にわかった。

そして何より・・・

 

(セル=ベレスタだと!!)

 

画面の中で天霧遥が扱う剣は、黒炉の魔剣と謳われ、恐れられた強力な純星煌式武装、《セル=ベレスタ》だ。まともに適合者が出ないはずの特別なオーガルクスを、彼女は使いこなしているように見える。

 

(お!?)

 

一瞬、驚きが表情に出る。

 

天霧遥が、斬り倒された。

地に伏せた彼女の周りに血が広がる。

 

(おいおいこれって致命傷じゃないのか?)

 

動画が終了する。

涼が目を上げると、相手は相変わらず無表情だった。実はこの男、非合法情報の中でも決闘の画像、中でもエクリプスの動画をメインで扱っている、言わばブローカーだった。

 

「いいだろう。あんたの持つ情報は本物だったとクライアントに伝えよう」

 

もちろんはったりである。

 

「言っておくが値段交渉は無しだぞ」

 

「わかっている。エクリプスの動画だ。それだけの価値はある」

 

当たり前だがエクリプスの試合画像は少ない(むしろ良く撮影できたと感心する程だ)。しかも摘発され潰れてから相当な時間が経っている。その動画なら悪い意味で貴重な物だ。

今回はそういう過去の非合法画像を集める好事家の代理人、というカバーストーリーで接触している。

 

「では何を買うか、決まり次第再度連絡する。取引方法はその時、改めて」

 

そうは言うが、当然再度の連絡等あり得ない。

 

そして知りたい事は得られた。情報料としてそれなりの金額の振り込みが必要だったが、その価値はあった。

 

(さて、この件、どうしようか)

 

今回得られた情報、ちょっと扱いが難しくなってきた。

 

特に天霧綾斗。彼女の弟だという事はわかっている。もしかしたら、いや間違いなく姉の事は気にしているだろう。そいつがアスタリスクにやって来る。

 

自分の姉が非合法バトルに出場して、負けて死んだ。(あの状況で生きてると考えるのは甘過ぎるだろう)

そんな事を伝えるのか?

それをクローディアから言わせるのか?

 

「駄目、だね」

 

そんな事はさせられない。ではどのような内容で伝えるか?

クローディアへの報告内容をどうするか考える。

 

あれこれ考えていたせいか、気が付くのが遅れた。

 

周囲に数人。

尾行されている。

いや、囲まれていると言った方が正しい。

 

油断、と言っていい。

 

 

 

 

 

 




さっそく色々暗躍してます。


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THE REFLEX

 

 

ロートリヒト。

 

アスタリスクの歓楽街。

 

派手な賑やかさとダークな雰囲気が同居する、健全とは対極にある場所。

大都市には付き物の区画で、その存在が否定される訳ではないが、色々と問題のある所ではある。

その問題のトップには、治安の悪さがくるだろう。

そんな場所で、剣呑な雰囲気を感じながら歩く涼。

 

(尾行か。エクリプスの件、誰かを刺激したか?まあ何とかするしかないな)

 

あえて表通りから細い路地に入ってみる。

歩む事、しばし。

僅かながら、気配が変わった。立ち止まる。

 

「用件を聞こうか」

 

「いやなに。ちょっと話を聞きたいだけですよ」

 

予想通り、数人の男が現れる。その筋の男達のはずだが、服装はばらばら。

むしろダークスーツにサングラスの涼の方が、余程それらしく見える。

 

「それで、何が聞きたい?」

 

「今時分になって、エクリプスに興味を持つとは奇特な方だと思いましてね。ぜひウチにご招待したいんですよ」

 

「大げさだな。俺は頼まれて買い物に来ただけなんだが」

 

「その依頼主さんについても是非、話してもらいたいですね」

 

話しかけてきた男は一人だけ。

だが会話の間に、他の男達が距離をつめてくる。

7人、いや8人に囲まれた。半数はジェネステラらしい。煌式武装を取り出している。

 

(さて、どうするか。叩きのめすのは簡単だが、能力を使うと正体がバレるな)

 

ここはロートリヒト。

監視カメラもあるし、何より各学園諜報機関の関係者もいるだろう。大立ち回りは避けるべき、と判断する。

 

「お断りだ」

 

そう口に出した瞬間、真横の男が飛び出してきた。

煌式武装ではないが、バットのような棒を水平に振る。

 

それを予測していた涼はさっと屈んで躱すと、次に両脚に全力をかけて伸ばす。

つまり垂直に跳び上がった。

その体は一気に5,6mも上昇したが、この程度の事はジェネステラならできる。

一瞬、虚を突かれた男達だが、すぐに反応する。

 

「上だー!!」

 

叫びに全員、夜空を見上げるが―――

 

「いない?バカな?」

 

「まさか・・・?」

 

「チッ。まだ遠くには行ってないはずだ。探せ!」

 

バタバタと駆け出す男達。

そこから20m程離れたビルの屋上から見下ろす涼。

 

「確かに、遠くには行ってないけどね、今は」

 

そう呟くと、煙草を取り出し火をつける。

 

「実はこれでも魔術師なんだよね、俺」

 

煙を吐き出すと同時に涼の姿が消えた。

残された煙草の煙が消えると、そこは最初から何もなかったように、闇に包まれた。

 

 

 

数日後

 

お馴染み生徒会長室、ではない。

いや、生徒会長の部屋ではあるのだが。

 

「涼さん、ようこそいらっしゃいました」

 

夜の生徒会長室。

正確に言うと、高等部女子寮のクローディア・エンフィールドの部屋。

今夜の彼女は、自室だからだろうが、少しラフな、あるいは質素な服装。

そんな姿でもその美貌は全く損なわれていない。

 

「呼ばれたから来たけど、こんな時間にこの場所でねえ。あまり感心しないなあ」

 

当たり前だが女子寮というものは男子の立ち入り厳禁だし、当然簡単に入り込む事はできない。

防犯システムに自警団の存在もある。

涼はその能力でどちらも出し抜く事はできるが、当然自重している。

 

「大事なお話ですから。それに涼さんの事は信頼していますし」

 

そう言いながら、テーブルの上のグラスにルビー色の飲み物を注ぐクローディア。

 

「信頼、ね。どうかなあ?」

 

「一緒に生徒会を運営するようになってもう3年目ですよ。如何ですか?」

 

グラスを持つクローディア。年齢の事を別にしても、彼女は酒は飲まないはずだが・・・

差し出されたグラスの中身を味わってみる。

 

「ほう。フェイアリンか。珍しいな。いいのかい?」

 

新しい非アルコール系のパーティードリンク。最近やっと出回るようになったが、人気に対し生産が追い付かないので入手には苦労したはず。効果の程は、穏やかにハイになれるカフェイン、と言ったところ。

 

「これまでの貢献に対する感謝の気持ちです。そしてこれからもご苦労をおかけすると思います」

 

「そうかもしれんね」

 

(これまでの貢献、か・・・大した事はしていないよなあ)

クローディアの言葉に過去を思い起こす。

 

志摩涼の星導館学園生徒会役員としての経歴は長い。だが継続して努めていた訳ではない。

 

高等部時代に興味を持って1年だけ勤めてみたが、その1年でもう充分、と思ったのが最初の感想だった。

ところが大学部で、仲間内の罠に嵌って(?)生徒会役員候補にされてしまった。

断るか、適当にやり過ごすかと考えながらしばらくぶりに入った生徒会室で、強い衝撃を受ける事になる。

 

中等部(当時)の生徒、クローディア・エンフィールドが会長になる、と言う事は知っていた。

だが実際会ってみて、その容姿にまず驚かされた。

まだ十代前半だった彼女は、現在程の色香は無かったが、透明感と生命感に溢れた美しさを誇っていた。

気を取り直して話してみれば、子供と思って軽く見ていた認識をひっくり返される。

その衝撃から立ち直れないまま、役員を受けてしまい、以降生徒会長としての彼女を見てきた。

その間、彼女は非凡な能力を示し続けている。

 

「それで、例の件はいかがですか?」

 

少し過去に想いを馳せていた涼に、クローディアが問いかける。

 

「すまん。一つ興味深い事がある。黒炉の魔剣、を調べてみてくれ」

 

「《セル=ベレスタ》ですか。一体どうして?」

 

「多分『5年前』に、使われた可能性がある。だが当時は適合者はいなかったはず」

 

「確かに、そうですね。それはまさか・・・」

 

察しが良いクローディアはそれだけで気が付いたようだ。

 

「俺はあまり装備局には伝手がなくてね。それが純星煌式武装となると尚更だ。当時の記録調査については、クロちゃんが指示した方が話が早いだろ」

 

一般に魔女や魔術師と呼ばれるジェネステラの特殊能力者は、純星煌式武装(オーガルクス)とは極めて相性が悪く、物によっては触れる事さえできない。涼もそうで、オーガルクスには縁が無い。

 

「わかりました。他には?」

 

ここで話が切り替わる。

 

「フェニクス出場予定者のトラブルの件だが、やはり風紀委員会は望み薄だね。俺も個人的に聞いてはみたが、今回に限っては情報を出さないというより、まだ手掛りさえつかんでいない、と言ったところで」

 

「一つ、気がかりな事があります。次に何かあるとしたら、ユリスかもしれません」

 

「ああ。あのお姫様。確かに。あれ?でもまだタッグパートナーは見つかっていないのでは?」

 

「エントリー締め切りまではまだ少しあります」

 

ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト。

ヨーロッパの王族にして星導館学園序列5位のストレガについては涼も知っていた。タッグ戦であるフェニクスにおいて、パートナーがまだ見つかっていないという問題があるが、出場が決まればこの学園で最高位の出場者になる。優勝候補と言っていい。

まず間違いなく他校の妨害工作、そのターゲットには充分なり得る。

 

「ふーむ。ならば、ここは一つ、敵の戦力を分散させると言うのはどうかな?」

 

「選択肢の一つですね。どのような方法ですか?」

 

「この俺がフェニクス出場を表明する、なんてのはどうでしょう?」

 

「ご自分を囮にされる、と?」

 

「ああ、実際手を出してくれれば、返り討ちとまでいかないまでも、尻尾位は掴めるかも」

 

「危険・・・ですよ」

 

「俺の能力はご存じだろう。何とでもする」

 

クローディアの表情に僅かだが影が差す。

 

「充分、お気をつけて。無理はしないで下さいね」

 

涼はそれに答えず、グラスを置くと背を向ける。

窓からは星空。

 

「それはこっちの台詞だよ。クロちゃん」

 

そう言って手を振ると、涼の姿は一瞬で消えた。

 

「おやすみなさい。涼さん」

 

クローディアの呟きは、届かなかった。

 

 

 

学園序列13位のダンテ、生徒会役員にして実力者である志摩涼のフェニクス出場表明はそれなりに評判になった。当初は出場しないと思われていた彼の、突然のスタンス変更の理由は、出場辞退者が相次いだ為、としている。タッグパートナーについては未定、としているがその事も噂や憶測のネタになっている。

 

「うーん。学園サイト関係では結構話題になってるねえ。新聞部もあれこれ書いてるし」

 

大学部校舎1階ホールを風紀委員の七海優と歩きながら、学園内の反応をチェックする。

 

「あまり目立ちたくはなかったんだが」

 

「そこは諦めようよ」

 

本当の目的は目立つ事なので、確かに諦めるしかない。

 

「それより、パートナーはどうするの?」

 

「まだ見つかってないな」

 

「あたしは付き合わないよ」

 

「わかってる。最初から頼むつもりは無かった」

 

「むー。そこまではっきり言われると何かムカつく」

 

雑談しているところに邪魔が入った。

 

その男子生徒は、正面から歩み寄ってきた。

若干制服を着崩し、表情は良く言えば不敵、悪く言えば相手を見下している。

力に自信を持つ者の態度とも言える。

 

「志摩先輩ですね。高等部1年、時沢翔。少しいいですか?」

 

「何か用か?」

 

と言っても、予想はついた。

 

「わかりませんか?決闘の申し込みですよ」

 

ドヤ顔で言ってくる高等部生徒にため息がでる。

 

(何やら余計なモノが引っかかってしまったな)

 

「そちらの風紀委員の先輩。止めませんよね?」

 

「あー・・・うん。でも止める。勝てないよ、多分」

 

「言っておきますが序列順位にはそれ程意味は無いと思います。違いますか?」

 

(こりゃあ言って引き下がる奴じゃないな)

 

「わかったよ。場所探すから、少し待ってな」

 

 

数分後。

 

涼は大学部のトレーニングルームで、挑戦者と対峙する。

突然の事だが、それでもちらほらとギャラリーが集まり始めている。

 

「今更なんですが、決闘を受けてくれた事には感謝しますよ。先輩」

 

感謝と言いながら、その言動はかなり挑発的だった。

 

(結構いるんだよな。こういう奴。まあここに来るまで、負け知らずだったんだろうね)

ステータスをチェックすると、この4月に入学してすぐに決闘を繰り返し、今は序列24位。

もっともその順位に相応しい判断力を持っているかはいささか疑問だった。

 

「時間が惜しい。さっさと始めるぞ」

 

「!!」

 

流石に感情を害したのだろう。表情が強張った。

そこにスタート オブ ザ デュエルのアナウンス。

 

「いいでしょう。時間が惜しいならすぐに終わらせます!」

 

そう言うと大剣型のルークスを起動。斬りかかってきた。

 

「ほう。鋭い」

 

剣撃を躱しながら涼が呟く。

その動きもさることながら、星辰力(プラーナ)の強さもなかなかのものだ。

ギャラリーからも感心したような声があがる。

 

「どうしました?ご自慢の能力は?このまま僕に斬られますか?」

 

「さっきから口ばかり達者だな。今黙らせてやるよ。・・・リフレックス!」

 

涼の周りに一瞬、僅かなプラーナが輝く。

 

同時に周りから驚嘆のどよめき。

 

ざっとみても20人近くの志摩涼が、同時に相手を取り囲んだ。

 

『リフレックス』と呼ばれる能力。

 

それは、周囲に自分の鏡像を複数同時展開する事で知られている。

 

もちろん、その程度であれば大した事ではない。

涼が実力者という地位にあるのは、もう一つの特殊能力による。

 

その力が、決闘の場で久しぶりに見られる事になった。

 

 

 

 



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BROKEN

 

 

決闘。

 

アスタリスクに存在する学園においては、日常的に行われる学生同士の闘争。

傍から見れば驚くか呆れる現実だが、この特殊な街では学生の評価を決定する一つの手段になっている。

 

志摩涼もまた、決闘或いは公式序列戦を重ねて今の序列にいるので戦いを否定するつもりはない。

だが世間一般で成人と呼ばれる歳を過ぎた今、多少の思う所はある。

 

頭を振って雑念を追い払う。

今はこの決闘を終わらせるのが先だ。

 

能力を展開し、自分の鏡像を多数維持する。

ちなみに鏡像とは通称、或いは比喩的表現であり、実際は立体像になっている。

視覚だけでこの鏡像と本物を見分ける事は不可能と言っていい。

少し余計な事を考えてはいたが、その程度は能力維持の障害にはならない。それ程に自身の能力には馴染んでいた。

 

「これが噂の『リフレックス』ですか・・・でも!」

 

対戦相手、高等部生徒の時沢がその大剣で斬りかかってきた。

その剣は本物の涼、そのすぐ右の鏡像を両断した。

 

「ほう、良い勘ではある。だがそれだけだな」

 

鏡像であるので、斬られた偽物は消滅、とはならない。

刃に貫かれたままで存在している。

 

「外れですか。まあいいです。こういう能力も想定していましたし。例えば界龍の幻映創起―――」

 

「一緒にするなよ。ガキが」

 

涼の雰囲気が変わった。

 

「・・・!」

 

「あんなのは俺の力の下位互換ですらない。所詮は幻術。俺の能力とは原理からして違う。それすらわかってないなら、お前はここまでだ」

 

「・・・大きく出ましたね。いいでしょう。どちらがここで終わりか、はっきりさせましょう」

 

そう言うと時沢はルークスにプラーナを集中させる。

流星闘技(メテオアーツ)。

ルークスに多量のプラーナを注ぎ込んで一時的に出力を増大させる高等技術。

大剣の刀身が数倍の長さになり、唸りと共に輝きを増した。

 

「これで終わりです。ハッ!!」

 

裂帛の気合と共に、一瞬で体と共に剣を回転させる。

その1回転で周囲全ての鏡像が斬られる。

 

「どうです。これなら・・・」

 

「範囲攻撃で虚像と本物をまとめ斬りか。ま、普通の発想だな」

 

その声は真上から降ってきた。

 

「な・・・?」

 

頭上にも涼の姿。

 

「ちッ。上か・・・!ガハッ!?」

 

大剣で斬り上げた瞬間。

 

正面に現れた、片膝をついた涼の正拳突きが時沢の腹に食い込む。

 

「なっ!?」

 

驚く間も無く、上下左右からほぼ同時に拳が突き出された。

ギャラリーからは、彼が同時に滅多打ちにされたように見えただろう。

 

『エンド オブ デュエル。 ウィナー 志摩 涼』

 

システムのコールと同時に、意識を失った敗者が崩れる様に倒れた。

 

 

(これはちょっと勝てないな)

 

決闘を見ていた七海優の感想。

彼女もストレガであり、強者としての自負はある。

その彼女が見ても、今の決闘には戦慄に近い物を感じてしまった。

一つはその能力。

多重展開されたその鏡像に、ではない。

 

志摩涼は自身をその鏡像に転移させる事ができる。

タイムラグ無しで、回数制限無く、自由自在に。

つまり、涼はその鏡像の間を連続して瞬間移動しながら戦っていた事になる。

とても捉えられるものではない。

 

もう一つは能力その物ではない。

涼はその能力の発動に対し、殆どプラーナを消費していなかった。

自身の能力イメージに、余程慣れているらしい。

 

ダンテとしての志摩涼。その恐ろしさは、能力プラス高い継戦能力にある。

 

 

「涼。やり過ぎ」

 

「言われると思ったよ。イラッとしてやった。反省はする」

 

涼はそう言いながら倒れた後輩を担ぎ上げる。

 

「保健室に連絡してくれるか?」

 

「うん」

 

(その気になれば序列も名声も、もっと上になれるのに)

 

優は複雑な思いを胸に、共に保健室に向かった。

 

 

 

カレンダーは6月となった。

すっかり初夏のアスタリスク。

過ごし易く爽快な毎日だが、涼にとってはそうでもない。

今の所、懸案の他学園からの妨害工作、その対策が進んでいない。

自分を囮にして犯人を釣り出すつもりが、全く反応が無い。

その為だけでもないが、その日の朝の涼のテンションは上がらなかった。

 

(まあ今日は1限の講義が無くなったし、ここは二度寝でも・・・)

 

そう思って大学部寮の自室で再度ベッドに潜り込む。

 

そのタイミングで、外から轟音が聞こえた気がした。

 

しばらくすると、また連続で爆発音が聞こえる。

 

(うるさいなあ・・・誰か決闘でもしてるのか?それとも事故でもあったか・・・)

 

「って爆発だと!!」

 

跳び起きて窓を開ける。どこだ!?見えない。ならば!

慌てて制服上下を着こむと、能力発動。

窓の外、学園上空に鏡像を展開、その鏡像に自身を『移す』。

一瞬で校舎全体を見渡せる高さに転移した。

落下しながら眼下に視線を巡らせる。異常はすぐ見つかった。

 

「あれか」

 

薄く煙が立ち昇り、多くの生徒が集まっている場所がある。

地上に鏡像を展開、即座に転移する。

 

「うわっ!?」

 

「驚かせてすまん。何があった?」

 

突然現れた涼の姿に驚いている生徒を捕まえる。

 

「あ・・・ええと、お姫様が決闘してた・・・」

 

「ほう?そういう事か」

 

(珍しいな。あの子は最近あまり・・・ん?あれか)

 

集まった生徒達の間から、お姫様ことユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトが見える。近くにクローディアの姿もあり、そして彼女に向かい合っているのは・・・

 

「そうか。来たのか」

 

天霧綾斗がそこにいた。

 

(うん、事情は後で聞くとして)

 

ギャラリーの間を抜けて決闘の場を見ると、予想はしていたが困った状態になっている。

芝生はあちこちで焼け焦げ、地面に大穴が開いている。

コンクリート製の床面さえ大きく抉れていた。どうやら本気の戦いだったようだ。

 

「派手にやってくれたな・・・」

 

火を操る能力を持つストレガ、リースフェルトが本気で戦えばこうなる。

 

(華焔の魔女じゃなくて火災の魔女だろ、これじゃ)

 

そのリースフェルトと戦って平然としている天霧彩斗も、並の人間では無いという事。

 

(成程、クロちゃんが期待するだけの事はある)

 

「皆さんもどうぞ解散して下さい―――」

 

そのクローディアにに促されて生徒達が散って行く。

彼女と目が合うと、涼も一つ頷いてその場を離れる。

この場の修理手配、どうするかを考えながら。

 

 

放課後の生徒会室。

フェニクス関連の事務処理は相変わらずだが、今日はそこに一つ余計な仕事が加わっているので面倒が増えている。

 

「総務課は何て言ってる?」

 

「業者は手配するそうです。校内立ち入り許可も。作業日程はそちらで決めてくれ、だそうです」

 

「わかった。その調整は俺がやる。他には?」

 

「別件なんだけど。会長から書類用意しておいてって」

 

「ん?オーガルクスの適合率検査?・・・またか」

 

最近他の生徒からも申請があったが、今度は・・・

 

(天霧綾斗か!そうか、セル=ベレスタだ!確かに適合するかもしれん)

 

何しろ涼は彩斗の姉がセル=ベレスタを使っていた事を知っている。血縁者なら確実、という事は無いが、可能性は高いだろう。そして強力なオーガルクス使いが増えれば学園にとってもプラスになる。

 

「ふむ、じゃあ澪ちゃん、書類作っといて」

 

「え?書記長、やってくれないんですか?」

 

「いや、俺ダンテだし。オーガルクスには縁が無いから」

 

「それもそうですね・・・って、書類作りとは関係ないじゃないですか!」

 

「バレたか」

 

苦笑と微笑。

この日はまだ笑っていられた。

 

 

 

笑えなくなったのは次の日だった。

 

「噴水を破壊したぁ??」

 

「今度は何ですか。一体・・・」

 

放課後、リースフェルトと同じクラスの沙々宮紗夜がもめた。

それだけならまだしも、そこを狙って狙撃した奴がいた。

沙々宮が反撃して煌式武装で射撃、というか砲撃して隠れていた噴水ごと吹き飛ばした。もっとも犯人らしき者は逃げたそうだが。

 

「どうするんですか、これ。修理には金も時間もかかりますよ。てか会長は?」

 

「今は装備局に行ってる。この件はご存じだ。とりあえず風紀委員の現場調査が終わってから対応しよう」

 

流石に涼の表情にも余裕が無い。

仕事が増えたせいでもあるが、二日続けてあのお姫様が狙われた。どうやら彼が打った手は完全な空振りになってしまったようだ。

クローディアもこの件はかなり憂慮している。調査も進めなければならないが、事態がここまで来るとリースフェルトへの護衛も検討しなければならないだろう。

 

「とにかく、何らかの妨害工作、襲撃があったのは明らかだ。皆も充分気をつけると共に、何か情報があったら頼む。俺も自分なりに動いてみる」

 

そうやって話をまとめると仕事にかかる。

普段は和気藹々、に近い雰囲気の生徒会室は、いつもより静かに業務が進む事になった。

 

 

二日後。

 

風紀委員会本部会議室。

 

生徒会と風紀委員の非公式な情報交換の場。つまり涼と優の二人。

 

「まー容疑者?みたいなのはいるんだけどね」

 

そう言いながら気だるげな優を見れば、調査はあまり進んでいないのがわかった。

 

「それがマクフェイルとランディ・フックか?いくらアリバイが無いと言ってもねえ」

 

「あたしもあんまり納得してない。説明つかない事もあるし」

 

「他に何かないか。ウチの会長もかなり気にしてる」

 

「肝心のあのお姫様が協力的じゃないからね。警護どころか調査も不要、って何なの?あの子」

 

「だな」

 

ぼやきながらも優はモニターに幾つかの資料を表示する。もっともあまり役に立ちそうな物は無かった。ただ監視カメラの画像がいくつかある。上手く映ってはいないが、一応はコピーを取る。

 

今後の対応をどうしようか、という所で、部屋のチャイムが来客を告げる。

 

「どうぞ~」

 

優の気楽な声にドアが開き、入って来たのは―――

 

「失礼します」

 

「ようこそ。天霧君」

 

「わざわざすまんね。そこに掛けてくれ」

 

 

特待転入生、天霧綾斗。

入学したてのせいもあるのか、彼は緊張気味で声が堅い。

まあ風紀委員会の呼び出しとあってはそうなるだろう。

 

「はじめまして。天霧彩斗です」

 

彼の態度は控えめだった。

それでも鍛えられた者の雰囲気と、内在するプラーナの量と強さが感じられる。

そして先日、オーガルクスの適合率検査であの黒炉の魔剣《セル=ベレスタ》に見事認められた。

 

先に只者では無いと感じた涼の印象は間違っていないようだ。良い意味で、今後注意するべき生徒となるだろう。

 

「それでは、ちょっと話をしようか」

 

「うん、よろしくねー」

 

第一印象は良好と言っていい。優も似たような思いらしい。

 

後は話してみてどうか、という所だ。

 

 

 

 

 




壊した物は修理しないと・・・


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NEW STAR

 

 

風紀委員会、会議室。

そこで『面談』を行う。

 

相手は特待転入生としてやってきたばかりの天霧彩斗。

学園の新たな力として期待できる人材。

 

まずは良い印象を持ったが、聞かなければならない事は少し問題を含んでいる。

生徒会と風紀委員が関わるレベルで、だ。

 

 

「今日来てもらったのはこの間の決闘の件だ。いや、結局不成立だったな。まあ決闘その物はいいんだ。問題はその原因についてなんだが」

 

「あなたが女子寮のリースフェルトさんの部屋に入った、ていう話があるんだよね」

 

「うっ・・・それは」

 

少し顔が引きつる天霧綾斗。

 

「言うまでも無いけど、これって禁止されてるんだよね~」

 

「という訳で、生徒会の俺、志摩涼と風紀委員の七海優が君の話を聞きたいと思った訳」

 

「ええと・・・どこから話したらいいか・・・」

 

「あ、あたしって女子寮の自警団にも関わってるから。そのつもりで話してね」

 

「おいおい。あまりプレッシャーかけるなよ」

 

冷や汗を流しながら話し始める天霧君。

 

「―――あそこが女子寮だったとは知らなかったんです。それで―――」

 

 

どうやらリースフェルトが落としてしまったハンカチを届けようとしたそうなのだが・・・

 

「親切といえばそうだけど、うーん。いきなり窓からこんにちは?それってどうなの?」

 

「いくら来たばかりと言ってもな。転入生用のガイドマップは持っていたんだろう?どこかわからなかったと言われてもな」

 

「え?ガイド?そんなのあったんですか?」

 

「何!?」

 

ここで一つ、生徒会側のミスが発覚。

新入生には入学前に様々な資料が送られる。

その中には当然、学園内を案内するような物もあり、こちらは生徒会が関与している。

具体的には簡易版、詳細版の学園敷地案内があるのだが、何故か彼の元には届いていなかった。

特待転入生などしばらくぶり、しかも多忙な時期でもあり、チェックが充分ではなかった為らしい。

 

「ああ、それじゃわからんだろうな」

 

「涼、これってあんたの所の・・・」

 

「・・・ウチのせいだなあ、これは。天霧、すまん。すぐに資料は送る手配はするが、何か不自由してないか?」

 

「いえ、ユリスが案内してくれたので、もう大丈夫です」

 

結局、天霧綾斗はお咎め無し。

安心したのか、肩の力を抜いて帰って行く。

 

 

(思った程似てないな)

 

もう一つの印象。

 

天霧遥の弟。

 

それにしては・・・

 

もっとも涼も5年前に一度会っただけの相手。記憶もそろそろ怪しくなっている。

 

(さて、天霧君。姉の事はどうするんだ?)

 

もし姉を探そうと言うのなら、協力するべきなのだろうか。

この時の涼は判断ができなかった。

 

 

 

 

 

6月のアスタリスク。

 

陽は長くなったとは言え、19時を過ぎれば辺りは薄暗い。

 

志摩涼はその日、そんな時間に生徒会フロアに入った。

他のメンバーは既に帰っているのは知っていたので、そのまま生徒会長室を訪ねる。

 

「こんばんは。涼さん」

 

「遅くなりまして。ん?神名、まだいいのか?」

 

「はい、今日はお仕事の都合で少し・・・」

 

「神名さんには無理を言って残ってもらいました。スケジュールの見直しがありましたので」

 

神名リオ。

星導館学園中等部1年。そして生徒会長秘書。

青髪の深い色が目立つ以外は普通の女子生徒だが、出自については少し注目されるかもしれない。

 

何しろ両親どころか祖父母まで星導館学園出身のジェネステラであり、本人も自覚はしていないだろうがかなりの星辰力(プラーナ)を持っている。穏やかな性格のせいかあまり戦いの面には向いていないが、逆に学業成績の方は優秀と言っていい。

 

「そうですか・・・で、会長、報告があるんですが」

 

「はい、少しお待ち下さいね」

 

そう言ってクローディアは空間ウィンドウのチェックを進める。

その間、神名はグラスにアイスティーを淹れると涼とクローディアの前に置く。

 

「それでは、失礼させて頂きます」

 

「お疲れさまです」

 

「また明日」

 

彼女の所作を見ると、ある意味洗練されている面がある。まだまだ子供だが、判断力も悪くない。それに出自を考えると・・・

 

「あ!」

 

「どうしました?涼さん」

 

「もしかして会長、リオを後継者と考えていますか?」

 

「どうしてそう思われましたか?」

 

「気にはなっていたんですよ。いくら役員に選ばれたとは言え、中等部に入学したばかりの子をいきなり秘書だもんな。でも素質はある子です。いまから経験を積ませればいずれ・・・そうでしょう?」

 

「さて、それはどうでしょう? うふふ・・・」

 

「悪くないと思いますがね。それに『次』を決める頃には、俺はここにはいないでしょう。さて」

 

本題に入る。

 

「先日の件ですが。もうこれはリースフェルトに護衛をつけた方がいいんじゃないかな?」

 

「その件でしたら心配ありません。綾斗について貰いますから」

 

いい笑顔で言うクローディア。

 

「・・・それはそれは。確かにあいつなら。《セル=ベレスタ》も使えるみたいだし。でも良いのかな?」

 

「何がですか?」

 

「いや、あいつを他の女の傍に置いとくのはどうかと思って」

 

「私にとってはユリスも大事ですから。大丈夫ですよ、今は」

 

「今は、か。ま、あのお姫様も堅物だから大丈夫か?でも先を越されるかもしれませんよ」

 

「そうですね。そうなったらどうすれば良いと思いますか?」

 

「いっそ奴を部屋に連れ込んで押し倒せば?」

 

涼らしい際どい冗談のつもり、だったのだが。

 

「ええ、それはもうやりましたよ。逃げられちゃいましたけど」

 

笑顔で爆弾発言。

 

「やったんか!?なんとまあ・・・でも逃げるか。そうだよなあ」

 

純情そうな天霧彩斗の顔を思い出す。さぞ驚いた事だろう。

 

「ふふっ。綾斗の事は時間を掛ける事にします」

 

「・・・まあいいけどね。天霧君も大変だな、これから」

 

クローディアに振り回されるかもしれない。色んな面で。流石に同情する。

 

「それからもう一つ。風紀委員会からもらったデータに気になる所があった。監視カメラに少しだけ犯人らしき奴の姿があった。風紀委員は見落としているようだが」

 

「それでは・・・!」

 

「まあ正体は分からなかった。ただ・・・」

 

その黒ずくめのフード姿の人物?は、明らかに不審な行動をとっていたし、先日、噴水付近での襲撃の際の目撃証言とも一致する。

そして監視カメラには可視光だけでなく赤外線領域まで検出する機能があった。

 

「適当な画像解析ソフトで見てみたんだがね。表面温度のパターンは明らかに人間じゃなかった」

 

「人間ではない・・・それでこのような事ができる存在は・・・!」

 

何かに気がついたクローディアに頷いて言う。

 

「そう。擬形体(パペット)だ」

 

 

 

事態が動いたのは週明けだった。

 

放課後、いつものように生徒会フロアに向かう途中の涼に連絡が入る。

 

「会長?どうしました?」

 

簡潔に状況を説明された。

リースフェルトが何者かに呼び出された。

呼び出した相手はこれまで彼女をつけ狙っていた者だろう。

行先は再開発エリア。事実上のスラム街で、アスタリスクの暗部と言っていい所だった。

たまたま近くで迷子になっていた沙々宮紗夜が彼女を見かけたそうで、ある程度場所は絞り込める。

 

「これは救援が必要ですね」

 

「既に綾斗に行ってもらいました。私もフォローに向かいます。涼さんは周辺で万が一に備えて下さい」

 

「了解。車も使います」

 

涼は行先を駐車場に変更して駆け出した。

 

 

 

学園正門前でクローディアと合流する。

ナビゲーションマップに取りあえず紗々宮の居場所を入力して発進。

市街と接続する湖上道路に入るとフルスロットル。モーター駆動の加速力により、たちまち時速100kmを超えるスピードになる。それでもジェネステラの身体能力で移動する天霧綾斗に追いつけるかは微妙だ。当然先行しているあのお姫様は先に犯人と接触するだろう。

 

「しかしあのお姫様、人に頼らず話も聞かないな」

 

「あの子はそういう子です。自分の問題に他人、いえ、少しでも知己を得た人を関わらせたくないのでしょう」

 

「そうか。クロちゃんは昔馴染みだったね。そうそう、あれから調べてみたが、4月に妙な大荷物の搬入記録があった。名目は学園祭用の機材という事だったが確認は取れていない。出所はアルルカントとも取引のある商社だった」

 

「怪しいですね」

 

「全くだ。だがいずれにしろ、今日で色々はっきりするだろう。ん、ここか」

 

湖上道路から都市外縁道路に入り、そのまま再開発エリアに入る。

すぐに道路は狭く、複雑になってスピードが落ちる。少し時間がかかりそうだ。

一旦車を停め、ナビゲーターのスキャンモードを起動。同時に生徒会のホストコンピューターにリンクする。

 

「では会長。願います」

 

「はい」

 

クローディアがコードを入力すると、システムが周辺のスキャンを開始する。

そう、この車のナビゲーターは限定的ながら学園生徒の(正確には生徒の持つ校章の)位置捜索が可能だった。

当然プライバシー等の問題があるので厳しい使用制限があり、何より会長権限が必要なので殆ど使われた事はなかったが、今回は特別だ。

 

「まずは・・・沙々宮がここか。ん・・・出た出た。何でマクフェイルがいるんだ?それにサイラス・ノーマンだと?」

 

「いずれにしろ事態は始まっているようですね」

 

「ええ。この場所だと車より直接行った方が早い。会長、先行して下さい。俺は沙々宮を適当な所まで送ってから引き返す」

 

「はい。では後ほど」

 

ビルの間に消えていく彼女を見送る。

場所を考えると無謀な行動、だが彼女は普通じゃない。

学園序列2位の存在をどうこうできる相手はめったにいない。それに・・・

 

「いるんだろう? 顔を出せよ」

 

「ありゃ、お気付きで」

 

廃ビルの角から現れたのは星導館学園の生徒だった。

高等部1年、夜吹英士郎。

新聞部でそれなりに活動している以外はそう目立たない男だが、別の顔もある。

 

「ここにいるという事は、会長の指示だな」

 

「ええ、まあお仕事って事で」

 

「ならばすぐにフォローに行きな。場所はここだ」

 

データを送ると車を出す。

 

影星。

 

星導館学園の情報機関。

夜吹もその一員だった。彼の裏の顔には涼も面識があり、その能力もある程度知っている。クローディアの指示でここにいるという事は後始末が主任務だろうが、戦力の追加にはなる。これで向こうは大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました」

 

「次はもう少し気をつけろよ。じゃあ俺は仕事があるんで」

 

沙々宮はすぐに見つかった。

最寄りの地下鉄駅まで送ると、再開発エリアに取って返す。

それ程時間はかからなかったが、すでに事は終わっていた。

犯人はサイラス・ノーマン。

身柄確保済で、夜吹が対応する事になった。つまりクローディアは事を公にせずに利用する事を考えている。

それについては後で具体的な指示があるだろう。

それよりこの場の処理だ。

サイラスが使っていたパペットの残骸を回収する手配は風紀委員の協力がいるだろう。

負傷したマクフェイルの収容と搬送。おそらく入院が必要な状態だと思われる。

それともう一人、動けない奴がいる。

 

「さて、どうなったかな?あの二人・・・」

 

 

 



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IS IT LOVE

 

 

アスタリスクの夜。

満天の星空。

 

再開発エリアの廃ビルの屋上であっても、空と夜景は美しい。

その淡い光の下に、少年と少女が佇む。

 

「本気・・・なのか?」

 

「もちろん」

 

「・・・本当に、変わったやつだな。お前は」

 

二人のシルエットが寄り添う。

 

 

(あー・・・こりゃちょっとまずくないかい、クロちゃん)

 

 

傍から見ると実に良い雰囲気の二人。

天霧綾斗とユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト。

その天霧の方は、クローディアの(多分)想い人だ。

 

このまま進展させる訳にはいかないし、そもそもいつまでも見てる訳にもいかない。

 

涼は煙草を咥えると、愛用の電熱ライターのスイッチを入れる。

 

カチッ。

小さいがよく響く作動音に、二人が振り返った。

 

「!」

 

 

「せっかくの所、邪魔してすまんね、お二人さん」

 

「志摩先輩・・・ですか?」

 

「どうしてここに!?」

 

「どうしてって・・・会長に言われて来たんだが。迎えに」

 

「そうですか・・・。ありがとうございます」

 

と言いながら、天霧綾斗が顔をしかめる。かなりのダメージのようだ。

だがそれ程の激戦では無かったはずだが。

 

「天霧、動けるか?どこか負傷はないか?」

 

「怪我はありません。能力の反動のような物です。歩く位は何とかします」

 

「いや、駄目だな。このビル、あちこちが痛んでいる。階段もだ。そんな状態では降りるのは無理だろう」

 

多分普段の天霧綾斗なら、ここから飛び降りても問題ないだろうが、今は話にもならない。

結局ユリスの能力に頼る。

 

「いいか綾斗」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

「よし。咲き誇れ。ストレリーティア!」

 

彼女の背から炎の翼が顕現する。

そして天霧を抱えたまま、飛び上がると地上に向けて降下していった。

 

それを確認した涼も能力発動して地上に転移する。

停めておいた車のドアを開ける。

ユリスに手を貸して天霧を後部座席に横たえる。

 

「ここまでしなくても」

 

「いいから横になっていろ、綾斗」

 

「よし、帰ろうか」

 

一足早く戻っているクローディアにメールで連絡すると、車を出した。

 

 

夜のドライブ。

外縁道路に出ると、右側は暗い湖面、遠くに学園の明かり。

 

しばらく無言の車内だったが、ユリスが躊躇いがちに話しかけてきた。

 

「その・・・志摩先輩。タッグパートナーは決まったのですか?」

 

「タッグ??ああ、フェニクスか。俺は出ないよ。いや、初めから出るつもりはなかった」

 

「「は?」」

 

驚いたのだろう、後輩二人の声が重なる。

 

「あれはフェイクさ。俺が出場表明すればあのサイラスが仕掛けて来ると思ってね。返り討ちにしてやるつもりだったが、空振りだったね」

 

「そう、でしたか・・・」

 

ユリスの声には少しだけ安堵の響きがあった。

 

「何だ?俺と戦いたかったのか、戦いたくなかったのか?」

 

「そ、それはその」

 

「まあいいさ。俺も君は相手にしたくないしな。能力の相性が良くない」

 

実際、涼の鏡像多重展開に対し、範囲攻撃で対処する方法は間違いではない。

単純な範囲攻撃ならともかく、ユリスの広範囲かつ立体的な爆破から逃れるのは面倒だし、設置型の罠を展開する能力も厄介だ。

 

(ま、戦う事は無いだろう)

 

 

 

学園に戻ると、そのまま車を保健室の前につける。

連絡はしておいたので、担当医と保険委員が待っていた。

念のため今夜はここで過ごすように天霧に言い含めると、生徒会室で輸送の手配をする。トラックを用意してオートドライブで現場に向かわせる。

それを確認すると現場に戻った。

 

やがて戦いの現場に、招集された風紀委員と一部の生徒会役員が集まってきた。

破壊されたパペットや武器の記録と回収を始める。

他学園(アルルカント)の関与の直接的な証拠になる為、慎重な作業になった。かと言ってあまり時間もかけられない。警備隊に見つかって介入されれば厄介な事になる。

周辺を警戒しつつ、全ての作業が終わったのは約1時間後。

もっとも学園に帰ってそれで終わり、とはいかない。

ある程度、事の整理に区切りがついて解散、となった時には日付が変わっていた。

 

 

 

 

翌朝。

 

毎度毎度の密談でどうかと思う涼だが、今回もそういう事態なので仕方がない。

その事態に対処する為、始業前の早朝と言っていい時間だが、お馴染みの生徒会長室に来ている。

 

「昨夜はお疲れ様でした。涼さん」

 

「それはお互い様でしょう。会長」

 

初夏の早朝。

会長室の大きな窓から差し込む光もまだ柔らかい。

その穏やかな明るさも、彼女の美しさを引き立てるようだった。

 

だが、二人共清新な気分でいられたのは最初の挨拶までだった。

 

「それで、証言の方はどうです?」

 

「もう色々出ているようですよ。影星の方々は頑張っているみたいですね」

 

つまり哀れサイラス・ノーマン君は、控えめに言っても社会的に見てどうかと思われる方法で事情聴取されている事になる。もっともその事で気を病むような精神をこの二人は持っていない。

 

「だったらこの一件、アルルカントの仕業で決定、かな?」

 

「ええ。ですが少し、物証もあれば便利ですね」

 

「わかりました。回収した残骸と金の流れ等を調べておきましょう。で、彼らにはどう償ってもらいますか?」

 

「やはり、技術面で賠償してもらいましょうか」

 

「うーむ。むしろ表に出して連中にダメージを与えるのはどうかな? 奴らの内輪もめに追加で燃料投下したら興味深い結果になりそうですが」

 

アルルカント・アカデミー。

アスタリスク六学園の中でも研究開発に力を置く学校。

その内部では、かなり派手な派閥抗争が行われている事は良く知られている。

 

「どうでしょう?彼らがそれをダメージと考えるでしょうか?それに結果の予測は難しいですよ」

 

「それもそうですね。やはり素直に水面下でケリをつけますか」

 

という訳で、この件は公にはならない事が決定した。

そして、先方には充分な代償を払ってもらう。

 

「そうしましょう。ついては誰と交渉するか、ですね。涼さんのご意見はいかがですか?」

 

「生徒会に言っても無駄ですね。研究クラスの有力派閥か・・・今回仕掛けてきたのもそのどこかでしょうし。パペット等を扱っていたのはどこだったかな?それとも・・・」

 

アルルカントは実戦系よりも研究クラスが力を持ち、尚且つ複数の有力派閥に分かれている。

学園自体の運営は特殊で、生徒会は各研究派閥間の調整機構でしかない。

 

「最大派閥ならばフェロヴィアスですね」

 

「そうそう。そうなると代表はカミラ・パレートですね。基本、真面目な奴だから、交渉相手としては妥当でしょう。ただあの女、技術者にしてはハードな人生を送ってきたらしいので、その点は注意ですね」

 

涼も聞いた事のある噂では半身サイボーグだと言う話まである。真偽はともあれ、ある意味厳しい状況を生き抜いてきたらしい。それはタフさにつながる。

 

「今後の調整次第ですが、交渉は私が行います。涼さんはその後の実務調整をお願いしたいのですが」

 

「了解。まあいつもの事ですね」

 

いかにも補佐役らしい仕事になる。

確かにいつもの事、だった。

 

 

 

これもいつもの事だが、生徒会長クローディア・エンフィールドの仕事は速い。

あっさりとアルルカントの有力者と話をつけてしまい、少しのんびり構えていた涼を慌てさせた。

 

とにかく技術提携という形は決定したので、その内容詳細を担当同士で打ち合わせていく。

装備局の学生も交えての話になるので、あまり無茶な交渉はできないが、煌式武装の共同開発について星導館の担当をアルルカントに出向させる事(自分の研究室に部外者を入れたがる者はあまりいない)と、開発費負担は7割(それだけ見ると多いようだが、実際はテストや再調整費用まで含んだ上での7割)という有利な条件で押し切った。技術レベルでは向こうが遥かに上である事まで考えると、上々な結果と言っていい。

 

 

 

結果は良かったものの、色々大変だった交渉の終わった翌日。

大学部にて。

 

志摩涼はごく普通の大学生である。

たまたまアスタリスクという特別な街で、ジェネステラかつダンテと呼ばれる特殊な能力者だが、それを除けば至って普通だと本人は考えている。

本人の認識はともかく、普通の大学生である以上は講義にはそれなりに出席する。

いくつか履修が怪しそうな単位がある以上、当然の事だった。

生徒会業務関係で多少疲れていようが、ちゃんと卒業する為には勉強についても努力が必要だ。

 

「―――よって、組織のリーダーにしても、ただ優れた人間でない場合もある。良い意味で言うと、部下を従えるよりも、部下からこのリーダーを支えていきたいと思わせるような人で、うまく組織が廻る事がある。歴史上の人物で言えば、古代の中華帝国、漢の初代皇帝劉邦などが―――」

 

ならばクローディアはどうなんだろう?

 

マネジメント工学。小さな教室で助教授の講義を聞きながら考える。

タイプとしてはどうあれ、能力は間違いなく彼女が上だろう。

古代中国の話がでたが、昔のシミュレーションゲーム風に言えば、知力、武力、魅力で負けて、政治力か統率力で何とか互角・・・いや、やっぱり負けているな。

 

そんな事を考えているうちに2限は終わった。

昼休みではあるが、何となく生徒会室に入る。

学食で買ったハンバーガー片手に空間ウィンドウを展開すると、メールや学内のニュースサイトをチェックする。

 

「そろそろフェニクスのエントリーも終了ですね。書記長、結局出ないんですか?」

 

「ん、ああ、そうだよ」

 

同じように暇つぶしに来たのか、それとも仕事か。

高等部スタッフが来ていたので雑談になる。

 

「惜しいなあ。いい所まで行けると思いますが」

 

「必要ないね。ウチからも優勝候補は出るし」

 

「優勝・・・ああ、あのお姫様のペアですか」

 

天霧綾斗とユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトのダッグ成立の件はかなり話題になっている。

ただその方向はというと、大会ではなくあのお姫さまを「落とした」天霧とはどんな奴だ?といった面に偏っている。

 

「ま、ウチの学園にも見る目のない奴は多いらしいな」

 

「ですよね。会長がスカウトして、セル=ベレスタに適合したと聞いてもまだ軽く見ているって事ですから」

 

「その方が他学園にはカモフラージュになっていいんじゃないの?」

 

「そうかも。これで書記長が出てくれれば完璧なのに。あと1回、フェスタに出れるでしょう?」

 

誰かが話を蒸し返す。

確かに涼はこれまで2回、フェスタに出ている。そのいずれも王竜星武祭(リンドブルス)。

理由は色々あるが、どちらもぱっとしない結果に終わっている。

特に最初のリンドブルスは本人にとって黒歴史だった。

 

「またかい・・・まあ相手もいないしね」

 

嫌な記憶に少し表情が硬くなる。

 

「いっそ会長にお願いしてみたら・・・」

 

「それこそあり得んよ」

 

「そうだよなあ・・・何で会長、獅鷲星武祭(グリプス)にこだわるんだろう」

 

その理由を涼は、ある程度だが知っている。

もちろん誰にも話せない。

かなり厄介な事情が絡んでくる為だ。

 

それを考えると、様々な想いが浮かぶ。

 

懸念、心配、憂慮、不安。

 

(それでも。支えるしかない)

 

「これまでと同じさ。それもいつもの事だね」

 

 

 

 




書き溜めが無くなりました。
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THAT GIRL

 

 

 

「では、当面の重要な案件はアルルカントとの調印式だけですか?」

 

「そうなりますね。やっと皆さんには落ち着いて貰えます」

 

 

朝の生徒会長室にて。

 

密談ではないのだが、授業時間その他の都合で他のスタッフはいない。

 

「それでは」

 

「はい」

 

クローディアがモニターにコードを入力して宣言する。

 

「学園及び生徒会規定に基づき、赤蓮の総代たる権限を、生徒会書記長 志摩涼に委譲します」

 

「委譲を確認しました」

 

生徒会職務一覧表の表示、及び校章の反応が変化する。

現時刻をもって、涼は生徒会書記長から、書記長兼生徒会長代行という地位となった。

何故こんな事をするかと言うと。

 

「では、行ってきます」

 

「フェニクスも近くなってきました。そろそろ面倒な案件も出てくるでしょう。お気をつけて」

 

「はい。では後はよろしくお願いしますね」

 

六花園会議。

 

アスタリスク中心街にある高級ホテル、エルナトの最上階で行われる、六学園のトップ会談。

各学園のトップが参加する為、全員の会議だけでなく、その後の個別会談や統合企業財体重役との面会等が続けて行われ、場合によっては深夜まで生徒会長が拘束される事もある。

つまり、今日1日はクローディアは不在な訳で、当然次席責任者が必要になる。

現在星導館学園生徒会には副会長が存在しない。

それでクローディアが長期不在になる場合は、わざわざ代行を指名する事になる。

手間と言えばそうだが、長くこのやり方で済ましてきた。よって二人共慣れたものだった。

 

 

 

 

ただ、慣れない事もある。

 

 

 

 

「うーん。馴染めん!」

 

生徒会長室の重厚な執務机。

そこで事務をとっていた涼がぼやくように言う。

 

「そうですか?お似合いだと思いますよ」

 

「そうかもしれんがね、リオちゃん。ここに座るのは会長だけだと認識しているんだよ。俺は」

 

クローディア不在の1日。

生徒会長室にて、会長代行として様々な案件を処理する。

会長秘書の神名リオがサポートについている。

普段はクローディアに同行するが、今回はその必要無しとの判断で涼のフォローに付いていた。流石にホテル・エルナトは中等部1年生には敷居が高そうだ。

 

「決まりでは問題無いんですから、慣れて頂きませんと・・・」

 

その時、チャイムが来訪者を告げる。

涼が頷くと、リオが会長室のドアを開ける。

ドアの向こうには一人の女子生徒が佇んでいた。

 

「刀藤さん、ようこそ。入って下さい」

 

「し、失礼します!」

 

入ってきたのは星導館学園、序列1位。

疾風迅雷と呼ばれる剣士。

刀藤綺凛だった。

 

「よく来てくれた。まあ掛けて下さい」

 

リオに伴われて入ってきた彼女は、まだまだ子供、だった。

中等部1年生ではそれも当然だが、その子供が入学してすぐの決闘で序列のページワン、即ち12位以内に入り、先日とうとう1位に上り詰めた。まさに天才と言っていい。

ただその外見からはとてもそうは見えない。

緊張からか少しおどおどしている所がなおさら幼い印象を強くしている。

隣のリオと背格好はほとんど変わらないが、こうして並ぶとリオの方が歳上に見える位だ。

 

そんな彼女、応接椅子に腰掛けると少しは落ち着いたようだ。

 

「どうぞ」

 

「は、はい」

 

流れるような動作でリオが彼女の前にオレンジジュースのグラスを置くと、不思議そうに見上げる。

同い歳の少女が見せた洗練された雰囲気が意外だったのだろう。そんな彼女にリオが微笑む。

 

そして彼女が落ち着いた所で涼が話かける。

 

「改めて、良く来てくれました。刀藤さん。本来会長が迎えるべきなんだが生憎不在で。代行の俺が応対させてもらいました。よろしく」

 

「は、はい。こちらこそ」

 

「それで今日来て貰ったのは、聞きたい事があってね。刀藤さんは、ページワン、学園序列上位者に与えらえる様々な特権、これについてはご存じのはずですが、実際には受けていませんね。どうしてでしょう?」

 

「そ、それは・・・私のような未熟者がそんなたくさんの褒賞など受ける事はできません。叔父様にも言われていますし・・・」

 

序列1位で未熟者、と言われると涼も立つ瀬が無いのだが、自己評価が低いのか、他に理由があるのか・・・?

 

「なるほど、それで辞退したと。・・・叔父様というと、刀藤室長の事かな」

 

刀藤鋼一郎。統合企業財体銀河でエンターテイメント事業本部に所属している。学園生徒のスカウトを管理していたはずだ。

 

「叔父をご存じなのですか?」

 

「面識はないが、お名前は聞いた事があります(どちらかと言えば悪名だけど)。ふむ、君の意志がそうであるならば構いませんが、別の事も考えておいて欲しいですね」

 

「別の事・・・ですか?」

 

「刀藤さんは今や序列1位です。そんな君が受けられる特権を辞退している、となると、下にいる人達の中で、ならば自分もと行き過ぎた遠慮をする人が出てくるかもしれませんね」

 

とは言え現時点でそんな謙虚な者は出ていない。多分これからも出ないだろう。

 

「そ、それは・・・」

 

「まあ刀藤さんの意向はわかりました。そこを無理に変えろとは言えません。このままでも大丈夫ですよ。ただしばらく時間が経ったら、もう一度考えてみて下さい」

 

「はい・・・。わかりました!」

 

「入学してすぐにページワン、そして序列1位。色々気苦労もあるでしょう。ですが君は一人ではありません。少なくとも生徒会は君を全力でバックアップします。何かあったら言って下さい。そうだな・・・リオ、まず君が相談にのるんだ。頼んだぞ」

 

「綺凛ちゃ―――いえ、刀藤さんとは同じクラスです。任せて下さい!そういう事だから、刀藤さん、よろしくね」

 

「はい!こ、こちらこそ」

 

「それではこの辺で。ああ、リオ、送ってやってくれ」

 

共に中等部1年生の序列1位と生徒会秘書。

二人を見送りながら考える。

もしかしたら数年後、リオが生徒会長、刀藤綺凛が序列1位のままで、この二人が星導館学園の新たな時代を牽引して行くのかもしれない。それはそれで楽しい未来予想だ。

 

その予想を現実の物とする為には、今から配慮は必要だろう。

リオの方はクローディアに指導されていれば問題ないが、刀藤綺凛はどうか?

あの才能を曲げずに伸ばして行けば良いのだが、障害になりそうなのがあの叔父だ。

 

確かに会った事は無いが、見かけた事はある。

その印象はというと、尊大、この一言で済んでしまう。

そんな男が傍にいて大丈夫、と思える程楽観的にはなれない。ならば何をするべきか?

刀藤綺凛その人についてはリオにフォローさせればいい。関係は良さそうだし。

あの室長については・・・生徒会役員とは言え一介の学生の言う事など歯牙にもかけないだろう。

だったら・・・何か手を考える必要がある。

 

 

 

数日後。

 

六花園会議も無事に終わった。

 

そこでも少し話題になったそうだが、アルルカントとの協力の件は正式発表となった。

事が事だけに、学園のメディアだけでなく、公共の報道機関からも取材等があり、多少面倒に思う生徒会の面々。

だが本当に気を遣うのはその後。

技術提携調印式だった。

 

その日。

先方からやって来たのはたった二人。

だがその二人が問題だった。

 

最大派閥、フェロヴィアスの代表、カミラ・パレート。

その協力派閥、ピグマリオンの代表、エルネスタ・キューネ。

 

言わばアルルカントのツートップが取り巻きも連れずに堂々と現れたのだった。

確かに契約の内容については大体協議が終わっていて、特に問題は無いのだが、実務スタッフを誰も連れて来ないというのは、合理的なのか自分達の能力に余程の自信があるのか。

 

涼も事前協議(但しオンラインによる3DTV会議)の時にカミラ・パレートとは顔を合わせていたが、その意向は計りかねている。

 

機密管理仕様の会議室にて、装備局スタッフ、生徒会役員、教員等合わせて10人以上(その他に報道系クラブ関係者)の星導館側の人間に囲まれているアルルカントの二人は平然としていた。

 

「ではこちらが最終契約内容になります。事前協議の物とほぼ変わりありませんが、一応チェック願います」

 

空間ウィンドウをに表示される文章はかなりのページ数であり、少々堅く難しい表現もあるのだが、すらすらと流して行くカミラ・パレート。エルネスタ・キューネの方はあまり興味が無いのか、椅子にもたれて足をぶらぶらさせている。およそ契約締結の場に相応しくない態度だが、性格がアレなのは知られていた。

 

「わかった。特に問題無い。これで進めて構わない」

 

主文だけで20ページ以上ある契約内容を2分程度で読み終わったらしい、カミラ・パレートが言った。

 

「そうかな?第21項補則2において開発ルークスの試験時破損の対応方法に変更があったはずだが、構わんのか?」

 

本当に内容を理解したのか?

その意味で涼が問いかける。

 

「構わない。むしろここもそちらに有利な方法になっているね。それで何か不都合があるのか?」

 

「いや、構わないならそれでいい」

 

しっかり反撃を喰らう。やはり並の人物では無いようだ。

 

その後は小さな波風すら立たず、すぐに正式調印となった。

隣あった机で、クローディアとカミラ・パレートが契約文章にサインする。

何とも前時代的だが、こういう場合の手続きとはそういう物だ。

サインの後、二人共立ち上がって握手。

クローディアとはいつも通りにこやかだが、お相手はほとんど無表情。

ここに至った経緯を考えればそうなるだろう。或いはそういう性格なのか。

 

(外見はクール・ビューティーそのものだが・・・せめて柔らかい表情になれよ)

 

涼も内心はともかく、笑顔で拍手する。

関係者に囲まれた二人に、カメラのフラッシュが浴びせられた。

 

 

 

 

 

契約の儀式が終わると、訪問者二人はあっさりと帰って行った。

 

涼は生徒会スタッフをまとめて会場の後片付け。

その他の関係者も引き上げ始めたが、その中にちょっとした顔なじみを見つける。

 

「よう。部長さん。今回も儲かりそうだな」

 

「あら書記長さん。ご無沙汰ね」

 

新聞部の部長が部員に指示して機材をまとめていた。

やり手と評判の彼女の事、今回も記事と映像を学外の報道機関に高値で売る算段はつけているんだろう。

(一般報道機関は、アスタリスクの学園内には入れない決まりになっている)

 

「そういえば夜吹がいないな」

 

「あの子は他のネタ追っかけてどこか行っちゃったよ」

 

「・・・まあいいけどな。ああ、一つ注意。もうすぐフェニクスだが、奴にはあまり張り切るなと言っといて」

 

「ふーん。どうして?」

 

本音では奴の裏仕事に労力を割いて欲しい為だが、別の理由もある。

 

「あいつ天霧綾斗と仲いいだろ。それはいいんだが、この後いつもの調子で取材やインタビューすると、いずれお姫様が火を吹くぞ。文字通りの意味で」

 

「あー・・・あの子かぁ。そうかもね。わかった」

 

「頼むぞ。夜吹の丸焼きなんて誰もみたくないだろう」

 

ともあれ当面の面倒はこれで終わり。

しばらくは平穏な日常を過ごす事ができればいいんだが。

 

 

 

 

 

 




不定期更新です。


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CHANGES

 

夏の星導館学園。

 

そろそろ最高気温が辛いレベルになりつつあるが、それ以外の面ではあまり困った事もなく、平穏な数日が過ぎていた。

生徒会業務の方も、フェニクスのエントリーが締め切られた事で随分と楽になった。

まあ開催が近づくと、特にトーナメントが決定すると色々忙しくなるので、のんびりできるのは今の内、といった所だった。

 

とにかく、そんな訳で生徒会室の空気を多少は緩んでいる。

その雰囲気の中、今日の話題は―――

 

「へえ。結局天霧の負けか」

 

「流石だな。序列1位の子」

 

「そもそも何で決闘になったんだ?」

 

経緯は今一つはっきりしないが、天霧綾斗が刀藤綺凛に決闘を挑んで?返り討ちになったらしい。

まあ試合を見た者の話ではかなりいい勝負だったらしいが、校章を見事に両断された以上、負けは負けだ。

 

「では、校章の再発行をお願いしますね」

 

「了解」

 

ブランクの校章を取り出すと、天霧綾斗の学生コードとパーソナルデータを記憶させる。

 

「できましたよ。何時でも起動OKです」

 

「ありがとうございました。では、これは私が綾斗に直接渡しますので」

 

「じゃ頼みます」

 

涼は平然としていたが、他のスタッフの空気が微妙になる。

どうやらクローディアが天霧綾斗に懸想しているのに気がついたようだ。

特に女性陣が浮ついているように見える。

これまでそんな話の無かった会長の事だけに、興味深々といったところだ。

 

(ま、今位はいいか)

 

ここの皆にも息抜きは必要だ。

 

 

 

 

ちょっと暇じゃなくなったのは2日後だった。

 

大学生の特権(という程でもないが)である、ゆっくりした朝を堪能していた涼の端末に連絡が入った。

風紀委員からトラブル発生の一報。

 

天霧綾斗と刀藤綺凛が事故でバラストエリアに落ちた、との事だった。

 

 

とりあえず生徒会室に入り、情報を集める。

風紀委員とアスタリスクのレスキュー関係者から聞き取った限り、早朝、トレーニングで市街外縁道路をランニング中に路面崩壊に巻き込まれた、との事だった。

水上都市であるアスタリスクの地下は、場所によっては重量バランスをとる為の貯水区画になっており、それをバラストエリアと呼んでいる。

つまり二人は水中に落下したので、無傷で済んだのだが、それにしても妙な話だった。

人工都市であり定期的なメンテナンスが行われているアスタリスクで道路の大きな陥没や損傷は通常、発生しないはず。

そう思って過去の記録を調べると、数十年前に1回だけ。

他にも少し例はあったが、そのいずれも人為的なもの。

 

人為的。

 

つまりはそういう事。

 

涼はため息と共に関係者に連絡を入れる。

詳しい事情を聞く必要が出てきた。

 

 

 

 

放課後。

 

クローディアの了承を得て、当事者二人から聞き取りを行う事にする。

事情が事情だけに風紀委員が同席する事になっている。

 

天霧綾斗は都合ありとの事だったから明日にして、まずは序列1位の子から。

場所については風紀委員の会議室とする。

 

その会議室にて。

 

「あ・・・あの、七海先輩・・・」

 

「・・・何やってんの?」

 

涼が訪れると、風紀委員の七海優と刀藤綺凛はもう来ていた。

来ていたのだが・・・

 

「ん~ 可愛い可愛い」

 

「はうぅ・・・。志摩先輩、助けて下さい~~」

 

優が刀藤綺凛を膝に乗せて、後ろから抱き締めていた。

 

「あのさあ・・・」

 

「いいじゃない。こんなに可愛い子、大事にしてあげないと。ねー綺凛ちゃん!」

 

「あぅ・・・ あっ!やめてください~」

 

今度は綺凛の首筋に顔を埋めて体を弄り始めた。

優にこんな性癖があったとは知らなかったが、これでは話が進まない。

 

「ええい。いい加減にしろ!」

 

 

 

何とか優を引きはがすと、涙目になっていた綺凛を落ち着かせて話を聞く。

 

「つまりその竜もどきの体内に、コアのような物があったと」

 

「はい。それを斬ったら消えてしまいました」

 

今回の件、やはり事故ではなかった。

天霧と彼女は妙な生物?に襲撃され、足止めされたところで道路が崩壊、落下したバラストエリア内で更に大きな竜に襲われた。

その竜は天霧がセル=ベレスタで斬り倒したが、この話を聞く限りまたアルルカントの仕業かと思ってしまうが。

しかし。

 

「こんないい子に酷い事して許せないわ。私がぶっとばしてやる!涼、早く犯人探して!」

 

「いや、それはどちらかと言えばお前の仕事だろう」

 

アルルカントとはこの前話をつけたばかりだ。

あの二人、このタイミングで事を起こすか?

 

いや、あの二人・・・交渉したのはあの二人とだ。

アルルカントには他にも派閥はある。

もし他の派閥の仕業なら・・・

 

エルネスタ・キューネはパペットが専門。カミラ・パレートは煌式武装。

今回使ってきた生物状のモノはそのどちらとも関連が薄いように思える。

 

あの二人にクレーム入れても他の派閥の事だから知らぬ存ぜぬと言われればそれまでだ。

 

「全く、厄介な」

 

とは言え何もしないという訳にはいかないか。

 

 

 

翌日、天霧から話を聞く。

結果、刀藤から聞いた内容と変わりは無く、裏が取れた、という事だけ。

その間、調べてみるとアルルカントの中でもテノーリオという派閥が生体兵器に関わっている事がわかった。

テノーリオと言えばあのマグナム・オーパスとかいうマッド・サイエンティストがいる。その悪名は涼も知っていた。

ただ、その辺りが絡んでいるとなると簡単には対応できない。

この前の二人に言っても多分駄目だろう。

 

少し行き詰った。

気分転換が必要だ。

こういう時、やる事は決まっている。

 

風紀委員会本部を出た所で馴染みのケースを取り出す。

指で弾いて蓋を開けると同時に手を振って煙草を跳ね出して咥える。

ライターを取り出した所で周りの視線に気が付く。

 

涼は苦笑して煙草に火を点けると、能力を発動。

そのまま喫煙所まで転移する。

いつもの事だが、大学部通用門脇にある喫煙所には誰もいなかった。

一人になるにも都合の良い場所だったが、今日に限ってはあまり長い時間一人にはなれなかった。

 

「書記長」

 

「リオか。駄目じゃないかこんな所に来て」

 

煙草を灰皿に捨てると喫煙所を出る。この中で子供と話す訳にはいかない。

 

「それで、どうした?」

 

わざわざここまで来る、という事はそれなりの話だろう。

 

「はい。実は刀藤さんの事で・・・」

 

「ほう。聞きましょう」

 

リオが刀藤綺凛から打ち明けられた話。

結局あの子はこれまで、叔父の引いたレールの上を走っていたようなものだった。

まあ刀藤室長のプロデュースも悪くはなかったと言える。但し、これまでは、だ。

これ以上は有害になりそうだとは涼も感じていたところだが、あの子自身の問題なので、むやみに触れる訳にもいかないと思っていたのだが・・・

 

「つまり、彼女は自分で自分の道を行こうと決意したんだね?」

 

「はい、綺凛ちゃんからそういうふうに聞きました」

 

どうやらあの子は見事に鎖を断ち切ろうとしている。その切っ掛けは多分天霧なんだろうが、まあそれはいい。

 

「うん、良い事だと思うね」

 

「私もです。ですが・・・」

 

「ああ。わかっている。彼女の意志に水を差すような事はさせないさ」

 

「あの、大丈夫ですか?書記長・・・」

 

「ふっ。まあ任せておけ。手はある」

 

一介の生徒会役員にもできる事がある。

そう言って涼は不敵に笑った。

 

 

 

統合企業財体銀河。

総合エンターテイメント事業部。

アスタリスク支部。

 

そのトップに位置する支部長は、突然招かれざる客を迎える事になる。

 

 

アスタリスク中央行政区にある高層ビル。

銀河関連オフィスは、その建物の大半を占めている。

その中程の階にある支部長室。

外に面した大きな窓の前に、突然星導館学園の学生が『出現』した。

 

「お邪魔しまーす」

 

「!・・・志摩か。いきなり何の用だ」

 

「支部長、お久ぶりです。流石、動じませんね」

 

統合企業財体の構成員は、判断ミス防止の為、我欲を排除する精神調整プログラムを受けている。それは地位が上がる程強力な物になり、感情すら失うそうだが、この支部長の場合は元からこんな性格ではないかと涼は疑っている。

 

「もう1度言う。何の用だ」

 

「相変わらずですね。今日はちょっとしたお願いですよ。この前の貸しと相殺できる程度の事です」

 

「言ってみろ」

 

「なに、一つ業務命令を出して欲しいんですよ。あなたの部下に、少し国外に視察出張してもらいたいんです」

 

「・・・」

 

「それ程無茶な事では無いでしょう。ああ、引き換えに多少の仕事なら受けますよ」

 

しばし、沈黙。

本来、学生が気楽に話せる立場の相手ではないが、涼についてはある事情からこんな無茶も通ってしまう。

 

 

そして数十秒後。

 

「いいだろう」

 

「どうも」

 

「代わりにこれをやって貰おう」

 

涼の前に空間モニターが展開、幾つかのテキストが表示された。

 

「ほうほう・・・いいですよ。しかし支部長の依頼にしては少し曖昧ですね」

 

「おまえも複数ある手段の一つに過ぎない。過剰な期待はしていない」

 

「ま、それなら楽でいいですがね。ではお願いの方は、可及的速やかに手続き願います」

 

「わかっている。行け」

 

嫌そうな表情の中年男に苦笑すると、涼は能力発動。その場から一瞬で消えてみせた。

 

 

 

 

翌週。

 

星導館学園の総合アリーナ。

 

普段は公式序列戦に使われる、防御障壁まで装備したメインステージ。

そこで一つの決闘が行われる事になった。

 

それは総合アリーナに相応しいカードと言える。

 

序列1位、刀藤綺凛vs天霧綾斗。

 

綺凛が望んだこの決闘、異例ではあるが彼女が自分の意志で決めたこの一戦。

涼も成立させる為に色々動いた。

何より一番邪魔しそうな人物にはアスタリスクを離れてもらった。

 

(まあ、出張日程は今日までだそうだが、ここまでくればもう止められないさ)

 

そう思って笑う涼だが、本当はそんな余裕は無い。

 

 

 

有力学生の再戦に、観客席は学生で埋まっている。

特別席には生徒会長が直々に観戦に入っている。

 

では、涼をはじめ生徒会のスタッフはというと。

 

「観客席の整理は引き続き頼みます。混んでる所は特に注意して―――」

 

「防御障壁、スタンバイOK?レベルを再確認するよー」

 

「もう一度全生徒の端末に撮影制限のメッセージを送れ」

 

涼以下、スタッフ全員でバックステージと観客席で絶賛仕事中である。

 

「試合、始まります」

 

「よし、皆気を抜くなよ」

 

総合アリーナである以上、使われる際も管理が必要な訳で―――

 

 

 

 

「決闘決着!勝者!天霧綾斗!」

 

その機械音を聞いた後も、会場のコントロールに駆け回る事になった。

 

 

 

 

 

「或いはと思っていたが、本当に序列1位が変わるとはね」

 

「ええ・・・でも綺凛ちゃん、大丈夫でしょうか」

 

「あの子の表情を見たろ?何も心配いらないさ」

 

アリーナを閉鎖した後、リオと共に控室に向かう涼。

新たな序列1位という事で、色々説明する事ができた。

これも生徒会の仕事だが。

 

(ん・・・!?)

 

控室の方からやってきた男の姿に緊張する。

 

(刀藤室長!来ていたのか・・・あれ?それにしては・・・)

 

その男、誰の目にもはっきりわかる程落ち込んでいる。

悄然、という表現がぴったりだ。

 

「あの・・・?」

 

隣のリオも戸惑う位だった。

 

一体どうして、と言いかけた涼の疑問はすぐに氷解した。

控室からクローディアが出て来たからだ。

 

「ああ、これは会長のおかげだな」

 

あの男の影響力を継続して排除しようと考えていたが、もう必要なさそうだ。

 

「では・・・!」

 

「ああ、あの子はもう大丈夫だよ」

 

むしろ、更なる成長、飛躍が期待できる。

 

間違いない。

 

涼はクローディアに一つ頷いて、控室に向かった。

 

 

 

 

 



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BLUE NIGHT SHADOW

 

 

7月も後半になると、再び多忙な日々に戻る。

 

例の決闘の結果、序列1位が変わった結果の手続きは済ませたが、それが終わったと思ったら刀藤綺凛と沙々宮紗夜がフェニクスに予備登録してきた。

エントリーは締め切られていたが、出場キャンセルがあった場合にその枠に後から登録する事は可能であり、運営側も欠場はなるべく避けたいのでそういう時は積極的に代理出場者を求めてくる。

この場合もしばらくするとキャンセルが出たので、即座に正式登録する。

 

この結果、新旧序列1位が参加する事になり、今回のフェニクスにおける星導館学園の成績に期待が高まった。

 

そしてフェニクスの試合組み合わせが発表される。

今度は試合順序、場所、最新のルール等をまとめて各参加学生に連絡する。

それと同時に、参加学生の対戦相手についてもデータを収集する。

他学園の事もあり、こちらは簡単にはいかないが、特に強敵と思える参加者についてはできるだけ詳しい情報が必要だ。

と言っても今回のフェニクス、他学園の参加学生をチェックしていくとあまり強力な面子が見られない。

このまま試合が始まれば結果は大混戦、になりそうだった。

 

そんな感想を抱きつつ、クローディア以下生徒会のスタッフは連日遅くまで学園内で業務を進めていた。

 

もっともこの男の場合は学園内だけではすまなかった。

 

 

 

 

夜。

 

学園正門近くにて。

 

「こんばんは。涼さん。今から外出ですか?あまり夜遊びはどうかと思いますが」

 

月と街灯の光が重なり、蒼い光に包まれた路上。

そんな光の下でも、クローディアの姿は輝くようだった。

 

「見つかったか・・・夜遊びというかバイトなんだが」

 

そう返した涼の方は、目立ちたくないのか暗がりを選んで歩いている。

 

「申請はしていませんよね。ああ、そういうバイト、ですか?」

 

「俺も『上』とは多少縁があってね。気付いていたんじゃないか?」

 

「ええ、少しは」

 

「言っておくがクロちゃんが不利になるような立ち回りはしていない、つもりだ」

 

「わかっています。ではお気をつけて。あまり遅くならないように」

 

「すまんね。いずれ話せる事は話す」

 

そういって涼は闇の中へ消えた。

 

 

 

夜のロートリヒト。

 

その猥雑な賑やかさの中を、涼は縫う様に歩いている。

 

(うーん。クローディアに見つかったのはマズかったか?)

 

そうは言っても最近、週3日程のペースで夜に出歩いていればいずれわかる事だっただろう。

大学生の夜遊びは珍しく無いとはいえ、今の時期にこの頻度で歓楽街に行くのは涼らしくない行動だったので、不審に思われたかもしれない。

 

とは言え、涼も遊びでやっている訳ではない。先に言ったバイト、というのも嘘じゃない。

 

(まあいい。今日はどのブロックを見るかな?)

 

バイト、とは言ったが金が出る訳ではない。

今回は例の支部長の依頼で動いている。

 

彼との付き合いは長い。というより元々は親が彼の友人かつ同僚だった縁から始まった付き合いだった。

そして涼が本格的に生徒会の活動を始めてから、その縁を利用し利用されてこのような関係になっている。

つまり、統合企業財体銀河の管理職としての影響力を提供される代わりにそれに応じた働きをする、という事だ。

 

もう何度もそんな交渉を持っている涼だが、今回ばかりは少し戸惑っている。

先日、(勝手に)訪問した支部長室で提示された内容。

色々回りくどい表現をされていたが、要約すると

 

『ロートリヒトにおける他学園学生の動向を調査し異常を報告する』

 

という、解釈次第ではどうとでもなる曖昧なものだった。

 

学生の動向、とは?

異常とは何をもって異常とするのか?

その辺りについては何の指定も無かった。

 

(あの人は一体何を考えている?何を知りたいんだ?)

 

ただ、彼は涼の事を手段の一つと言った。

という事は他にも、別の指示で動いている人員がロートリヒトに入り込んでいるかもしれない。

そうなるとあまり手を抜く事もできない。

 

そんな訳で、モチベーションが上がらないまま、今夜も繁華街をぶらつく涼だった。

 

 

 

もうフェニクス開幕前夜と言っていいロートリヒトの雰囲気は、派手な賑やかさの中に僅かな緊張感が混じる。

特に観光客の集まり易いスポットには、警備隊の人員配置が始まった、と云う非公開情報が旧友の警備隊員であるリッキーから提供されていた。

そのせいかこの街の裏を取り仕切るマフィア系の人間の姿も増えたような気がする。

特に目的もなくぶらついていても、その程度の事は見えてきた。

 

黒服の姿が多い、といってもそれ程雰囲気が悪い訳ではない。

多分奴らの仕事は店や路上で起こる揉め事を小さい内に抑える事だろう。騒ぎが大きくなればそれだけ警備隊に介入され易くなる。

 

それだけに、いかにもチンピラ、といった姿の数人が、まとまった動きをしている事に違和感を覚えた。

この状況にしては、僅かだが目を引く。

 

何をしているかと思って良く見ると。

 

(良くある事か・・・)

 

何の事はない。一人の、ちょっとかわいい系の少女の後をつけている。

 

(どうしたもんかな?)

 

こういう場合、つけている方に良からぬ目的があると相場が決まっているのだが、あえて干渉する理由も無く。

 

ただ何となく、その一団の後について行き、雑踏に見え隠れする少女の姿を目で追って―――

 

「・・・!」

 

違和感。

はっきりと感じた。

その少女の姿、というより見え方が何かおかしい。

 

(こいつは面白い)

 

退屈な仕事に初めて変化が起きそうだった。

 

 

得てして追う者は自分が追われているとは考えないものだ。

もっとも連中の様子といえば、ターゲットに気を向け過ぎていてほとんど周りを注意していない。

尾行する側としては楽なものである。

それでも慎重を期して、能力を併用しながら後を追う。

 

追跡する事、しばし。

 

すぐに気が付いたが、先頭の少女は明らかに人気の少ない方へ向かいだした。

そろそろロートリヒトと再開発エリアの境界あたりに入りそうだ。

 

追う男達は単純に足を速める。

ビルの谷間に追い込んだのか?と思ったが・・・

 

「おい、いないぞ?」

 

「どこ行きやがった―――」

 

「探せ!捕まえて―――」

 

(ま、そうなるよな)

 

あの少女の動きは明らかに尾行を意識してのものだった。

連中をわかりやすく1か所に集めて姿を消す。

見事なやり方だ。まず間違いなくジェネステラ。そしてストレガの可能性大だ。

 

そうなるとあの子の事も気になるが、まずはこの連中だ。目的位は知っておく必要がある。

荒っぽいやり方になるが、多分遠慮は要らない奴らだろう。

 

涼が右腕を振ると、手に煌式武装の発動体が収まる。

 

「ライドル」

 

そう囁くと、音声を認識してマナダイトが反応、青く輝くロッドが形成される。

能力発動。

そのまま騒ぐ男達の中に跳び込んだ。

 

 

 

 

「てめえ!俺達にこんなマネしてタダで済むと思うなよ。俺達はな―――」

 

「そんな事は聞いてない」

 

そういってもう一度、男の顔を壁に叩きつける。

軽い打撃と共に、少しは大人しくなった。

その周りには数人の男が気を失って倒れている。

 

「言え。何故後をつけていた?」

 

男の腕を背中に回して抑え込み、体を後ろから壁に押し付ける。

首にはルークスを押し当てている。

これで男は動けず、こちらを見る事もできない。

 

「ふざけるな・・・言う訳が無い・・・」

 

「そうか?ならこのまま首を潰してやる。それで他の奴を起こして聞く。喋る奴は一人いればいいんだ」

 

ルークスを首に押し込む。こいつは打撃武器なので、切れはしない。だがジェネステラの腕力で押し込まれると・・・

 

「ま、まて。わかった。言う、言う!」

 

呼吸困難と激痛のコンボに男は耐えきれず悲鳴のように言った。

 

「あいつが最近、俺達の店の周りをうろついていたんだ。何か探してるような・・・それで捕まえろと」

 

結局大した理由でもなかった。

締め上げてもそれ以上の情報も出てこなかったので、意識を刈り取ると路上に放り出す。

 

「我ながら、外道だな、自分は」

 

涼はため息をついて夜空を見上げると、上空に転移する。

『本命』の姿を見失っていたが、見え方の特徴は覚えた。転移を繰り返しながら見下ろすと、すぐに見つかった。

それなりの高さのビルの屋上。

手摺に体を預けて街を見下ろしている。

 

(では、コンタクトといきますか)

 

その子の隣に転移した。

 

 

 

 

「!」

 

 

涼は音も無く出現したのだが、すぐに気付かれた。

 

「・・・誰?」

 

すぐには答えず、非礼を承知で彼女の姿を見る。

こうして向き合うと、美少女という事がはっきりと分かった。

大き目の青いベレー帽に少し飾りのついたブラウス、白いソフトジーンズ風のパンツルックだが、全体的には地味な印象、それなのに強い存在感。そしてこの状況に驚きはしたもののすぐに落ち着きを取り戻している。大した胆力だ。

しかし妙なのはその髪の色。

美しい栗色の長髪だが何故かその色に違和感がある。

そう思った時にやっと気が付いた。

 

「ああ、そうだったのか。突然すまない。失礼しました。会長さん」

 

「あららら? もしかしてバレちゃったの? それはそれは。で、私の変装を見破った貴方はどちら様?」

 

会長、といっても涼の、ではない。

クインベール女学院生徒会長にして世界の歌姫、シルヴィア・リューネハイムがその少女の正体だった。

 

「申し遅れ、重ね重ね失礼。星導館学園、生徒会書記長、志摩 涼」

 

「星導館の生徒会・・・ああ、パルカ=モルタ(千見の盟主)と一緒にいた人かあ。去年、見かけた事はあったね」

 

学園のトップという立場は同じ。パルカ=モルタ、つまりクローディアとは比較的良い関係らしい。

 

「覚えてくれていて光栄だ。直接会う事ができて嬉しい。こんな場所じゃなければなお良かったんだが」

 

「ん?ひょっとして口説こうとしてるのかな?」

 

「残念ながらそれは無い。音楽の趣味は違うし、気になる女は他にいるよ」

 

「それはそちらの会長さんの事?」

 

「ご想像にお任せします。今は生徒会の一員として、貴女がこの時間にこんな所にいる、その理由に興味があるな」

 

「うーん。言えない事もないんだけど。まずどうして私の事がわかったのかな?」

 

その問いには答えるつもりだったが、少しブランクをいれたい気分になった涼はシガーケースを取り出す。

あまり良い印象は与えないだろうが、承知で煙草を取り出すと、咥えて火を点ける。

 

「失礼。ああ、俺はこれでもダンテの端くれでね。能力柄、光の反射はよく『視える』。何か光学制御機能を使ってないかな?」

 

「・・・そういう事か」

 

彼女がヘッドセットに触れると、髪の色が変わる。

本来の美しい紫だ。

単純に強かった存在感に、華やかさが加わった。

 

「やはりね。それでまあ、気になった訳だ。妙な連中に付けられてもいたし」

 

「ああ、そうだったね。そういえば気配が消えたけど、貴方が?」

 

「うん。まあ余計なお世話だったかもだけどね。それで、何故こんな所に?」

 

彼女は答えず、再び夜の街を見下ろす。

涼もすぐに答えを聞こうとはしない。黙って煙草を燻らせる。こういう時、間を持たせるには煙草は役に立つ。

 

「・・・人探し」

 

「成る程ね」

 

あまり納得した訳ではない。彼女のストレガとしての能力は『万能』。つまり何でもできるはずだ。それなのに自ら探し回る?

 

「まあ、奴らも貴女が何かを探しているらしいとは言っていたが。しかし・・・」

 

彼女の能力で対応できない?そんな相手がいるのか?

 

「今度は貴方の番。ここで何してたの?」

 

これ以上は話す気は無いようだ。

 

「俺かい?まあバイトのような物だよ。この地区の調査、みたいな」

 

「そう・・・。出来れば今日の事は秘密にしておいて欲しいんだけど」

 

「クインベール会長の望みとあれば無碍にはできませんね。了解」

 

とは言えこれは『上』に報告すべき異常ではないのか。

 

「ありがとう」

 

「いやなに。他学園の生徒会長と話せる機会はなかなか無いからね。良い体験をさせてもらった」

 

「それじゃあ・・・」

 

「ああ、『仕事』での再会は期待したいね。では」

 

そういって涼は転移を発動。

 

今日のバイトを終わらせる事にした。

 

 

 

 

 



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IN HEAT

 

 

 

アスタリスクに雨が降る。

 

夏の雨。

 

気温は下がるとはいえ湿度が最高、実に不快な空気になる。

 

空調の効いた室内はそうでもないが、灰色の空と窓を流れる雨粒を見て良い気分にはなれない。

 

もっとも生徒会室の空気が微妙なのは天気のせいだけではなかった。

実務スタッフのトップである書記長、志摩涼の雰囲気がどこか重かった。

 

別に普段から賑やかという男ではないが、仕事中にあえて空気を悪くするような事は決してしない。

むしろその逆で、偶に冗談や軽口で気分を変える。

だが今日は静かなままだ。

これでクローディアがいればまた違うのだが、生憎不在。

フェニクス開幕直前特別番組のインタビューでメディアを廻っている。

 

その涼だが、何故大人しいかというと。

 

(うーん。わからん)

 

昨夜のロートリヒトでの邂逅。

 

シルヴィア・リューネハイム。

 

クインヴェール女学園生徒会長兼、世界最高のアイドル。

 

そんなとんでもない存在が、姿を変えて自らロートリヒトで人探し?

どうにも理解できなかった。

はっきり言って異常だ。

 

異常、となると、例の支部長に報告しなければならなくなるが、この件は何となく言いにくい。

言わないでと頼まれなくても、『上』に対しては話したくなかった。

そうなると・・・

 

(とりあえず、『直属』の上司に相談するか・・・)

 

むしろこんな事を話せるのは彼女しかいない。

口止めされているので心苦しいが。

 

 

「そういえば、明後日か。早いもんだね」

 

フェニクス開幕日も、すぐそこまで来ていた。

 

 

 

 

雨も上がり、雲の切れ目から月の光が差し込み始めた深夜。

 

女子寮の最上階、クローディア・エンフィールドの自室。

 

ここで会うのは避けるべきだが仕方がない。

そもそも彼女も帰ってきたばかりでまだ制服姿だった。

 

涼も同じ制服姿。これは話す内容の為。完全に仕事モードだった。

 

「こんばんは。涼さん。今日は『バイト』はよろしいのですか?」

 

「その件で相談があります」

 

「はい。どうぞ」

 

いつものように微笑むクローディア。その表情に曇りはなかった。

 

 

 

 

 

「そうですか・・・《戦律の魔女》(シグルドリーヴァ)が・・・」

 

「ああ。驚きましたよ」

 

「ですが不自然ですね。彼女ならそんな必要は無いはずです。それこそ探知系の能力を発現させればすむはずですし」

 

「同感です。となると考えられるのは・・・」

 

「探知妨害の技術を使っているのでしょうか?これについてはダンテである涼さんの方が詳しいですね」

 

「それ位しか思いつかないですよ。それに何故この時期に、という事も」

 

「そういえば、彼女は欧州ツアー中だったはずです。フェニクス開会式も欠席の予定になっていますし」

 

「となると、ツアー中にわざわざ帰ってきて自らロートリヒトで探し回る?尚更不可解です」

 

扼腕して俯く涼。思考がネガティブな方向に落ちる。

 

「涼さん」

 

「うん?」

 

「この件について、貴方が気にする必要はありません」

 

「!」

 

「確かに良く解らない事態ですが、彼女の事をそこまで気に病む理由があるのでしょうか?」

 

「そりゃそうですが」

 

「それに『上』についてもそうです。そこまで不利なのですか?」

 

「そう言われると・・・」

 

今の所は貸し借り無しの状態。いや、刀藤室長の件はそう大した事を依頼した訳じゃないし、今後の対処も不要だから・・・

 

「うん、黙っていてもそう不味くはないか」

 

「ならばよし、ですね。問題になるなら私が引き受けます。その程度の影響力はあるつもりです」

 

「ありがとうございます。しかし」

 

「どうしました?」

 

「世の中、そこまで言ってくれる上司を持つ人は、あまりいないらしいですね」

 

そう言うと笑顔になる。

問題が解決したとは言わないが、相談して良い結果にはなったと思う涼だった。

 

(切り替えよう。どうせ当分の間、再会はないだろうし)

 

 

だが、その予測は外れる事になる。

 

 

 

 

 

次の日、快晴。

 

フェニクス開幕前日。

 

学園は夏休みに入っているので、普段より学生の数は少ない。

但し今年はフェニクスがあるので、参加、関係する学生は残っているので閑散、といった雰囲気にはならない。

 

いや、むしろその逆。

 

学園内は静かな緊張感が感じられる。

 

まさに開幕直前という事か。

 

既に何度か体験してはいるが、涼はこの雰囲気が好きだった。

フェスタに関わる学生達の闘志と緊張感。

アスタリスク全体を包む興奮と開放感。

 

そういった空気が混ざりあって、何とも言えない高揚した雰囲気がもたらされる。

特に今年は星導館学園の戦力が向上しているので、戦績も期待できる。

 

そんな空気に、涼の意識も変わる。

まあ昨夜の『上司』からの一言も効いているが。

 

 

「開会式のスケジュールに問題は?」

 

「ありません。全て予定通りでイレギュラー無しです」

 

「会長は?」

 

「明日、午前7時にシリウスドームにお入りになる予定です」

 

「うん。最終チェックはこんなところかな」

 

生徒会業務としての、フェニクスに対する準備も終わりを迎えた。

試合が始まればその結果フォローのあれやこれやでまた忙しくなるが、今だけはほっとした空気が流れる。

 

「それで、最終データでのシミュレーション結果はどうだった?」

 

全参加者のデータから、試合結果を予測するプログラムが存在する。

もっともその精度はあてにならない。何しろ入力するデータからして正しいとは限らない。

よって算出される結果も推して知るべし、といったところ。

涼も本気ではなく、息抜きで出した話題のつもりだった。

 

「ああ、あれね。今年は凄いよ。何と天霧君のペアが優勝、刀藤さんのペアが準優勝!」

 

おおっ!と室内が沸く。確かに星導館のペアでワンツーフィニッシュとなれば快挙だ。

 

「凄いな。でもいくら何でも出来すぎだろ?」

 

「いやー。案外ひょっとしたら・・・。何しろ今年はそんなに強力な面子がいませんからね」

 

「そうかな?」

 

まだ知られていないが、涼はアルルカントの連中が戦闘用パペットをフェニクスに持ち込むべく動いている事は知っていた。確定情報ではないので伏せている。

 

「ウチ以外で強力な選手というと、レヴォルフのラミレクシア位でしょう」

 

レヴォルフ黒学院の序列3位、イレーネ・ウルサイスは確かに相当危険な相手だろう。

 

「後はガラードワースのページワンと、界龍の双子ペア位・・・それにしたって絶対的って訳じゃないし」

 

しばし、シミュレーション結果から、各メンバーの感想で盛り上がる。

それはそれで楽しかったが、そろそろだな。

 

 

「それじゃ予定通り、明日は会長と一緒にシリウスドームに行ってもらう。朝早くからすまんが。開会式が終わったらそれぞれ担当会場に、試合開始前までに入ってくれ」

 

「はい」

 

「俺は今夜は別として、基本学園内にいる予定だから、明日もここで待機だ。問題起きたら連絡くれ。ではそろそろ解散しようか」

 

 

 

 

 

そして夜が来る。

開戦前夜。

 

大賑わいの商業エリア。

アスタリスク、年に一度の大イベント、フェスタ観戦でやって来た多数の観光客で、人通りは普段とは比較にならない。

涼はその喧騒の中を、ゆっくり歩いていた。

 

今夜は『バイト』ではない。

 

何しろフェスタ開幕直前、前夜祭と言って騒ぎたがる学生も出てくる。

そういった連中がやりすぎないように見回りをするのも生徒会(そして風紀委員)の仕事だった。

まあ面倒といえば面倒だが、涼はこういう空気も嫌いではない。

半分楽しみながら、夜の街を廻る。

 

あちこちから楽し気な声が上がる。

遠くからは路上ライブかパフォーマンスか、ギターとドラムのリズムが聞こえる。

若者の集団が何度も通り過ぎて行く。

そして夏の夜特有の熱く粘りのある風。

まさに祭りの夜。

 

この雰囲気に、思わず顔がほころぶ。

 

「よう志摩! 何にやけてやがる!ちょっとキモいぞ」

 

オープンテラスで飲んでいた星導館の一団から声がかかる。

 

「るせー!余計なお世話だ。大体テメーは明日試合だろうが。早く帰って寝やがれ!」

 

笑いながら怒鳴り返してやる。

そうは言ってもこの時間ならまだいいだろう。試合前、緊張でガチガチになるよりはマシだ。

そこに新たな声。

 

「涼~!楽しんでる?」

 

「優か。真面目に仕事しろ」

 

「してるって。夕方からずっと見回り。だからちょっと休憩しよ!」

 

風紀委員も忙しい。

それにこの後、歓楽街の方も見に行かなければならない。

トラブル発生の確率は上がるが・・・

 

「まあ、俺にはトラブルの連絡はないが、そっちはどうだ?」

 

「ん~?別に何もないかな?そろそろ喧嘩の一つ位、と思ってたんだけど。今年は大人しいね」

 

これだけ人が集まると、参加選手ではなくその取り巻きが、俺の友達が強い、いやウチの選手だ、と言いあって諍いが起きるものだが、少なくとも風紀委員が見ている範囲では問題無いらしい。

 

「それじゃ一杯位飲むか。空いてる店があれば、だけど」

 

今夜は日付が変わっても、この街の賑わいは変わらないだろう。

良い店を見つけられるかは運次第。

 

「一休みしたらロートリヒトだね。手伝ってよね。こっちは多分大丈夫でしょ」

 

「そうだね」

 

夜空を見上げる。

今夜はずっと、この熱気を楽しめそうだ。

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

いよいよフェニクス開会式。

 

シリウスドームの中央に作られた演壇にて、運営委員長が気さくな、それでいて信用しきれない笑顔で観客の歓声に応えている。

その周りには六学園の生徒会長を先頭に、参加学生が列を作っている。

やはりクインヴェールはあの歌姫会長ではなく、代理を置いている。(それは界龍も同じだったが)

星導館はと言えば、ペアで並ぶ選手の前にクローディアが静かに佇んでいた。

 

生徒会室に持ち込んだ大型空間モニターで、ライブ映像を見る。

更にその周りのサブモニターには、式典の様子だけでなく、試合進行状況や結果、トーナメント表などが表示されていて、結構壮観ではある。そんな状態で部屋の照明を落として薄暗くしてみると・・・

 

「まるでCIC(戦闘情報処理室)だな」

 

といってもフェニクスの試合内容をコントロールできる訳はないので、あくまで印象である。

 

「ちょっと書記長、何やってるんですか!」

 

涼と同じ留守番組の澪が抗議。

彼女の席の前にはモニターだけでなく紙の書類も並んでいる。

 

「ああ、すまんね」

 

瑞月 澪。

星導館学園大学部1年。生徒会会計。

 

フェニクス前半、予選期間中は会場でなく学園内待機となったが、その時間を利用して来期予算案のとりまとめを始めたらしい。少し早い気がするが、真面目な性格につき、何事も前倒しで処理しようとする所がある。

 

「相変わらずお堅いねぇ・・・」

 

ソファーに横たわって半分寝ていた優が呟く。

 

「・・・七海先輩、何してるんですか?」

 

結局昨夜は見回りでほとんど寝ていない。

涼は一晩の徹夜位は苦にしないが、優はそうでもなかった。

だからといって―――

 

「確かに風紀委員が生徒会室でゴロゴロしているのはどうかと思うよ」

 

「いいじゃん。暇だし」

 

「だったら寮に帰って寝て下さい!」

 

何とも対称的な二人が言い合う中、モニターでは式典が終わろうとしている。

 

(いよいよか・・・)

 

今年の星武祭、フェニクスの始まり。

 

涼にとってはちょっと締まらないスタートになったようだ。

 

 

 

 

 



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TOO MUCH TROUBLE

 

 

 

星導館学園。

学生食堂、『ル・モーリス』

 

学食と言うには豪華過ぎるメニューと内装を持つ店だが、あくまで学食である。

 

 

「では。お疲れ!お二人さん」

 

「志摩先輩。ありがとうございます」

 

「まあお疲れと言われる程ではありませんが」

 

フェニクスは早くも5日目が終わった。

その日の夕方、志摩 涼は天霧/リースフェルトペアを夕食に招待していた。

一応仕事の一環ではあるが(参加選手から試合の感触や見通しを直接聞いておく)、涼としてもこのペアには興味を持っている。何しろ参加者の中では最強なのだ。

 

「確かにね。2回戦終了時点でまだタッグとしての戦いを見せていない。余裕だな」

 

「次はそうはいかないでしょうけど」

 

流石に人ではなく、パペットがドリンクとメニューを持って来る。

 

「さて、何にする?あまり悩みたくなければ『本日のディナー』がお勧めかな」

 

「では、それでお願いします。でも良いんですか・・・?」

 

「気にするな。ああ、これは生徒会予算じゃないぜ。俺のポケットマネーだから」

 

「余計心配になるんですけど・・・」

 

天霧綾斗の心配ももっともだが、それでも学食であり、本当の高級ダイニングに比べればそこまで気になるお値段にはならない。

 

「良いって。それよりフェニクスだ。3回戦、界龍が相手だろ」

 

「油断するつもりはありませんが、綾斗と一緒なら問題ありません」

 

「流石だな。まあ俺もそう思うけどね。やはり厳しくなるのは次の次、本戦からだな」

 

「はい。アルルカントのパペットとレヴォルフのイレーネ・ウルサイス。間違いなく上がってくるでしょう」

 

前菜が運ばれてきて、一旦中断の後、涼が話題を再開する。

 

「アルルカントとレヴォルフ、どちらが面倒かな?」

 

ユリスが答える。

 

「どちらも強敵ですが、やはりあのパペット、でしょう。情報が少なすぎる。ラミレクシアの方はまだ戦い方の予想がつきます」

 

イレーネ・ウルサイスは純星煌式武装(オーガルクス)、グラヴィシーズの使い手だ。重力を操る能力自体は良く知られている。今日の試合でもその力で星導館のマクフェイル/フックのペアを余裕で破った。

その対策は難しいが、綾斗もオーガルクス、セル=ベレスタを使う。対抗はできるだろう。

 

「ああ、そうだな。・・・すまん。アルルカントの情報管理は上手くてね。あのパペット、まだ詳しい事がわからないんだよ」

 

何しろ強力な防御障壁を発生させてあらゆる攻撃を防いでしまい、あまり手の内を見せない。これでは対策も作戦も難しい。生徒会としてそういう面をフォローすべきなのだが、上手くいっていないのが現状。

 

「大丈夫です。あの防御障壁は厄介ですが、綾斗なら」

 

「まあなんとか。試合が長引く事が無ければいいんですが」

 

「おい綾斗」

 

「あ・・・」

 

「いいんだ。察しはついているが誰にも言わないよ」

 

やはり天霧の力には制限が、多分時間的な物があるらしい。

 

「お願いします」

 

「ああ。だが俺が気付くんだ。そろそろ他にもおかしいと思う奴が出るかもな」

 

「気をつけます」

 

「うん。あ、メインディッシュが来るか」

 

その時、涼の端末に呼び出し。

 

「こんな時に・・・優か?すまんが今はちょっと・・・。何だと!?商業エリアの、ああ、5ブロックの南か。分かった。すぐ行く」

 

「どうしたんですか?」

 

「いや、まあ・・・トラブル発生ってやつ?俺も顔出さないとね。すまんが後はお二人でどうぞってな。ああ、むしろ俺がいない方がいいのか? なあお姫様」

 

「は・・・?そうかも・・・って何でそうなる!」

 

「あははは。まあいいじゃないか。二人で、ディナーを楽しんでくれ。じゃあな」

 

顔を赤らめるユリスと、あまりよくわかっていない綾斗に手を振ると席を立つ。

生徒会の義務、良いのか悪いのか。

 

 

 

 

店を出ると能力発動。

上空を転移しつつ、商業エリアに向かう。

二人には顔を出してくる、と言ったが多分その程度では済まないだろうと覚悟する。

端末に送られてきた動画と優の話では、結構深刻な事態だ。

 

「あれか・・・よりによってこんな時に!」

 

現場上空から地上に転移。

 

そこには睨み合う二つのグループがいて、怒鳴り合っている。

片方は聞いていた通り、ウチの連中。高等部の奴らか?制服姿と私服が混ざっている。とりあえず校章をつけてはいるが、あまり大人しくない学生ばかりらしい。

 

問題はその相手だった。

よりにもよってガラードワースだ。

品の良い彼らがこんな状況になるのも珍しいが・・・

 

「マジかよ・・・」

 

思わず天を仰ぎたくなった。

 

オープンテラスの前の路上に椅子やテーブルが転がり、一人の学生が倒れ、もう一人が膝をついている。

つまり負傷者発生。

多分そのせいで彼らもすっかり頭に血が上っている。数人の学生がルークスを取り出して起動している。

 

「涼!」

 

「優、お前がいながらこの事態か!」

 

「あたしだって来たばかりだって!」

 

こうなったきっかけはまあ想像がつく。

だがここまで悪化するのは珍しい。まして片方はあのガラードワースの連中だ。

よほど星導館側がバカやったらしい。

 

野次馬が集まってきた。

良い見世物だから仕方ないが、ここで乱闘とかになったら、副次被害が出かねない。

一般観光客に怪我でもさせたら・・・それがかすり傷程度でも、あまり考えたくない大問題となる。

 

「かかってこいや!」「貴様!許さん!」

 

「いかん、始まっちまった!」

 

こうなったら強引に収めるしかない。

 

「優、ウチの連中を叩きのめせ。武器は使うな。俺は向こうを何とかする!」

 

「わかった。やってみる!」

 

返事と同時に能力発動、鏡像の多重展開。

鏡像間を瞬間移動しながらガラードワース学生に接近し、その手からルークスを取り上げて行く。

 

優の方は―――大丈夫だろう。能力と体術の組み合わせで上手く制圧している。

水飛沫と共に学生が倒れた。

 

水。

 

彼女の能力。

 

カフェのテーブル上のグラスから、入っていた水が吹き上がると水球を形成。

そして飛んで行く。

水球は次々と暴れる学生の顔や腹を直撃。打たれた学生は次々と倒れる。

 

ガラードワースの連中は・・・突然多数出現した涼の鏡像に驚いて動きを止めた。

 

「うん、こんなものかな」

 

「テメエ!邪魔するな!」

 

「へえ。こんな事しておいてまだ風紀委員に逆らうんだ。ふーん」

 

「風紀委員がなんだ!てめえらなんぞに・・・グハッ!」

 

倒れていた学生が次々に喉をおさえて激しく咳き込む。涙目になっているから相当苦しいんだろう。ともあれこれでは抵抗など出来ないな。

 

「ひょっとして気管に水を入れたのか?」

 

「当たり」

 

怖いねえ、と呟いた所で気が付く。他の風紀委員が駆け寄って来た。

ガラードワースの方も、一人風紀委員の腕章をした男が怪我人に近づいて様子を看ている。

取り敢えず声をかける。

 

「星導館、生徒会の志摩だ。ウチの連中はこっちの風紀委員が抑える。とりあえずこの場は一旦離れないか?もちろん後で改めて話は聞く」

 

「いいだろう。だが私が聞いた限り、非はそちらにあるようだが?」

 

「わかっている。必要ならば生徒会同士で話をつけよう。その辺は誤魔化すつもりはない。だが警備隊の世話になるのはお互い避けたいのではないか?」

 

「それは同意する。では」

 

「ああ。いずれな」

 

話が通じる奴で良かった。ただ間違いなく生徒会には話が行くな。あの会長はどうかわからないが、レティシアは・・・怒った顔が目に浮かぶ。

 

「優、そっちはどうだ」

 

ああ、この店にも迷惑かけてるな。どう話をしようか。それに・・・

端末を取り出す。

 

「会長?志摩です。ちょっと困った事になりました―――」

 

 

 

 

生徒会室。

 

時刻は21時を過ぎているが、事態が事態なのでスタッフ全員を集めている。

 

「―――被害のあった店については取り敢えずの話はつけて来ましたが、賠償額については改めて伺う必要があるでしょう。できればガラードワースにも噛んでもらいたいですがね。そのガラードワース側ですが、こちらもその場を収めただけです。別途交渉になりますね」

 

「やらかした連中はどうしてます?」

 

「今は拘束されて風紀委員会で事情聴取中。途中経過でいいから教えろと言っといたが、何か入っているか?」

 

「ええ、こっちの端末に少々。・・・これは駄目ですね。どう考えてもウチが悪いです」

 

「・・・」

 

緊急対策会議なのだが、流石にテンションが下がる。

現時点でわかっているだけでも、問題は星導館側にありそうだった。

カフェに集まっていたガラードワースのフェニクス参加選手―――予選落ちだが―――に星導館のガラの悪い連中が絡み、割って入った学生と口論になった。先に手を出したのはどちらかわからないが、怪我人が出たのはガラードワース側だ。しかも店先で暴れて調度品も壊している。

 

「・・・これは少々まずいかもしれませんね」

 

クローディアの表情も憂色に包まれている。

 

「フェスタの期間中に起こした問題で、軽微とは言え一般への被害と言うのがよろしくありません。シャーナガルムはどうなっていますか?」

 

「その場には警備隊員はいませんでした。ただ関知していないという事は無いでしょう」

 

見つかっていたら問答無用で介入してきて、もっとまずい事になっていただろう。今後の対応も細心の注意がいる。

 

「こりゃあ下手したらフェスタのポイント剥奪になりかねませんよ」

 

「この時期になんて事を・・・連中の処分は?」

 

「当面、停学とします」

 

「足りないような気がしますが」

 

「ええ、ただこれ以上となると、学園側との協議が必要ですので」

 

「協議と言えば、ガラードワースとはどうしますか?」

 

「それもすぐやらなきゃだが、面倒だな・・・」

 

会議とは言え、結論が出る訳でもない。まずは状況説明と共通認識の場だった。

明日のミーティングの時間を決めて解散すると、涼はクローディアに促されて会長室に入る。

 

「涼さん、まずはお疲れ様でした」

 

「それはお互い、でしょう。とにかく、こんな事で会長に手間かけさせる訳にはいかないので。後は俺が何とかします」

 

「お願いできますか。なるべく学園間だけで話を終わらせないと」

 

「ええ。実は表のラインではレティシアに連絡を取っているんですが、出てくれない・・・」

 

「良くない状況ですね。では私が―――」

 

「待って下さい。今はまだ会長が出るべきじゃない。何とか俺のレベルで話をつけます。いざとなったら、『会合』を招集します。これなら直接会えます」

 

「わかりました。まずはお任せします」

 

 

会長室を出ると今度は風紀委員本部へ向かう。

涼も当事者の一人なので事情聴取があるし、その後の会議にも出なければならないだろう。

また徹夜になりそうだった。

 

 

 

翌日。

フェニクスも6日目。予選も後半だが大会の盛り上がりは増すばかり、と言った感じ。

だが涼の気分は最悪。

疲れと寝不足で頭痛までしてきた。

 

朝のミーティングが終わってやっと休めるのだが、学生寮に向かっているところで優に捕まる。

 

「それで、今日も商業エリアに行くの?」

 

「ああ、店の方に正式の謝罪にな。全く、面倒な」

 

「こっちも見回りの強化で今夜も出るよ。非番だったのに」

 

「だったら終わった後、付き合えよ」

 

「嫌よ。何であんたのストレス解消の相手しなきゃいけないのよ」

 

どうやら気分最悪なのは一緒らしい。

 

その時涼の端末にメール。

そうか、こちらも頭の下げ方を考えておく必要がある。

 

 

 

どうやらレティシアは会う気になったようだ。

 

 

 

 



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PRIDE

 

フェニクス、3回戦。

 

生徒会室の大型空間モニターの中で、沙々宮紗夜/刀藤綺凛ペアの勝利が告げられた。

 

予想はしていたが、ほっとした空気が流れる。

といっても室内には涼の他は会計の澪と秘書のリオしかいない。

 

そのリオは、モニターの前で手をたたき満面の笑顔だ。我が事のように喜んでいる。

刀藤綺凛の同級生、同クラスにして、生徒会スタッフとしても彼女をフォローするべき立場なのだが、その生徒会業務で充分な対応ができない事をもどかしく思っているはずだ。それだけに勝利は嬉しいだろう。

 

涼も少しだけ気分が和らぐ。

天霧/リースフェルトペアは既に3回戦突破しているので、これで星導館から2組、本戦出場だ。

そして彼らは更に上に進める実力がある。

今回のフェスタ、好成績が期待できると思っていたが、その通りになりそうだった。

 

なればこそ、下らない事で水を差されるのは我慢ならない。

 

 

今回の事件、何としてもその影響を抑えてやる。

 

そう決意して席を立った。

 

「リオ、会長は戻られているよな?」

 

「あ、はい。少し前に。今は在室されているはずです」

 

「わかった」

 

 

 

 

夕刻。

 

調査資料を揃えて駐車場に向かうと、何故か優がいる。

 

「何か用か?」

 

「行くんでしょ。ガラードワースの」

 

「ああ」

 

「一緒に行く」

 

「・・・」

 

黙って車に乗り込む涼だが、優も隣に乗って来た。

 

「お前さんは招待されていないんだが」

 

「私だって当事者なんだけど」

 

それは事実ではある。最初に現場に駆け付けて、最後まで残った。

あのガラードワース側の風紀委員も見ていただろう。

 

「向こうに行っても頭下げる位しか出来んぞ」

 

「構わない」

 

「仕方ない。貸し一つだよ」

 

諦めて車を出した。

 

 

 

 

聖ガラードワース学園。

 

アスタリスクにて最初に設立されたジェネステラの教育機関。

その歴史と規模、教育レベルから名門と見做されている。

 

先に連絡されていた通り、正門ではなく業務用の通用門らしき場所から車を入れると、駐車場が見えたので停車させた。端末で校内位置を確認、生徒会室がある校舎を目指す。

 

優と二人、学園内を歩く。

流石に星導館学園の制服は目立つのだろう。学生からの視線を集めるが、控えめな物だった。

恐らくこちらでも、星導館と同様今回の事件は情報規制されていて知る学生はほとんどいないのだろう。向けられる雰囲気に敵対的な感じは無い。それは優も同感だったようだ。

 

「まあ、礼儀も重要らしいし」

 

「そうだな・・・あれか」

 

特に咎められもせず、指定の校舎に入った所で初めて出迎えがある。

 

「当学園にようこそ。生徒会書記、パーシヴァル・ガードナーと申します」

 

一言で言うと男装の麗人。

そんな印象のガラードワース側生徒会スタッフだが、序列5位の実力者で純星煌式武装の使い手である事は知っていた。

 

「お世話になります。星導館学園生徒会の志摩 涼です。そしてこちらは・・・」

 

「風紀委員、七海 優。よろしく」

 

「伺っております。ではこちらに」

 

優の同行は直前にメールで一報入れておいたが、どうやら問題にはされないようだ。

案内されるままについて行くと、すぐに会議室らしい一室に通される。

 

「こちらでお待ち下さい」

 

特に変わった所の無い室内。中央の大きな会議机を、窓から差し込む夕日が照らしている。

部屋の中程、通路側の席に着く。

 

「優、お前はそこで立っていろ」

 

「・・・わかった」

 

流石に緊張してきたのだろう。素直になっている。

 

時間は・・・まだあと10分位ある。しばらく待つか、と思ったところでドアが開き、相手が入ってきた。

 

レティシア、そしてこの前現場で会った風紀委員だ。たしか名前は・・・フォルカーと聞いていたが。

そして先のガードナー。だが彼女はトレーを持っている。そこから机上にグラスを置いていく。中身は多分アイスティーだ。

レティシアが彼女に頷くと、一礼して出て行く。

 

「しばらくですわね。シマ。この場ですので一応名乗っておきます。聖ガラードワース学園生徒会副会長、レティシア・ブランシャールですわ」

 

「星導館学園、生徒会長代行、志摩 涼です」

 

レティシアの形の良い眉が一瞬動いた。これは予想外だったのだろう。今、涼は星導館のトップとしてここにいる、そう受け取れる発言だからだ。クローディアと相談して打った手だが、効果が見込める。

 

「ウチの生徒会の規定です。代行とは言え会長と同等の権限がある。つまり『一旦持ち帰って』と言う必要がない。この場ですべて決定できます。面倒が無くて良いでしょう」

 

「それはご配慮どうも。そちらの方は?」

 

「星導館学園、風紀委員。七海 優です」

 

「報告は受けています。では、こちらも」

 

レティシアが隣の男に頷く。

 

「聖ガラードワース学園、風紀委員。アルマッド・フォルカー」

 

涼と恐らく同年代のその男はそれだけ言うと表情を消した。

現場で会った時も落ち着いていたが、少なくとも話はできる相手のようだ。

 

「よろしく。では始めましょうか」

 

「よろしいですわ。まずはお互いの認識を合わせましょうか」

 

お互いの調査資料を提示して読み合せる。事件の内容についてはお互いの風紀委員がまとめている。

 

「幾つか不足の点はあるが、この資料の内容については概ね、同意できます。そちらは?」

 

「私も同様の認識ですわ。それで、この件に関して星導館側の考えを伺いたいですわね」

 

「今回の件、大半の責任はこちら側にあると判断する」

 

「大半?全てではありませんの?」

 

すかさず斬り込んで来るレティシア。

 

「ちょっと・・・それは無いんじゃないの?」

 

優が口を挟む。

当然レティシアの表情も硬くなった。不味い流れだ。

 

だが、確かにそう言えない事はない。しかし言い方は気を付けないと。

 

「全て、となると、貴校の問題も考慮しなければないが?例えばそちらの学生が煌式武装を使おうとした件についてなど」

 

「・・・」

 

星導館側の学生は武器を所持していなかった。これは連中が武器の学外持ち出しを規制されていたからで、不幸中の幸いだった。一方ガラードワース側は・・・学生の喧嘩でも、武器を出したとなると、問題は大きくなるだろう。

 

「どうかな」

 

「わかりましたわ。それで、貴校としてはどのような決着を望まれていますの?」

 

「本件は完全に学園間で処理する。シャーナガルムを含む外部機関、及び学園上部機構に対し、公開しない」

 

「その対価は?」

 

「損害に対する賠償。ああ、現場となった店の賠償はこちらで済ませる。そして対象学生の処罰。それから・・・非公式であっても正式な謝罪」

 

「それはどういう事ですの?」

 

「この場だけ、での事だが生徒会長代行が頭を下げる。後で良いなら謝罪文も書く。公表しない前提ならば」

 

「・・・よろしいですわ。それでこちらも鉾を収めるとしましょう」

 

何とか山は乗り越えたらしい。少しだけ気が楽になった。

その場で席を立つ。

 

「では本件、星導館学園生徒会として謝罪します。ご迷惑をおかけしました」

 

深く頭を下げる。優は見えないが、一応でも頭は下げているだろう。

顔を上げるとレティシアは何とも言えない微妙な表情だった。案外こういう形で正面から謝罪を受けた事は無かったのかもしれない。

 

「・・・謝罪を受けましょう。二度とこのような事が無いようお願いしますわ」

 

反応はため息交じりの言葉だった。

 

どういった形であれ、ガラードワース側は受け入れた。

代行とは言え、星導館の生徒会トップに頭を下げさせたのだ。悪い結果ではないはず。

受けたのはレティシアだが、会長のアーネスト・フェアクロフもその性格からしてこれ以上は求めないだろう。

 

「それでは、今後の具体的な対応について協議しましょう。よろしいですわね」

 

「了解。ではこちらから―――」

 

会談は今後どのような対応をしていくか、実務の打ち合わせに変わる。

トップ同士で方針は決定しているので、多少の意見の食い違いがあっても話がひっくり返る事はない。

合意が必要な内容が多いが、淡々と処理していって、1時間程度で終わらせる。

レティシアもだが、フォルカーと名乗った風紀委員も有能だった。あまり口は出さなかったが、意見を求められれば判断は正確だった。

 

最後に非公開の合意文書をエビデンスとして作成し、打ち合わせを終える。

 

「ありがとう。こういった形だが、話ができて良かった」

 

「私もそう思いますわ。いずれまた、もっと良い協議の場で再会したいと思います」

 

フェニクスが終われば『会合』で会う事になるのは分かっているが、非公開事項なのでそうは言えない。ただ意味深な視線を送ってくるレティシアの表情を見ると、あるいはそこで蒸し返してくるかもしれない。今度はこちらの立場が弱いのでそれもやむなしか。

ただ、優はその視線を別の意味にとったらしく、目付きがきつくなった。

 

ここでこれ以上揉めるのは困るので、手を差し出す。

レティシアとの握手で会談は終了の合図となる。

 

一礼して室外に出ると、すでにパーシヴァル・ガードナーが控えている。

無言で彼女に従って校舎を後にした。

夏の空から残照は消え、星が見え始めていた。

 

 

 

 

 

「涼さん、本当にご苦労様でした。七海さん、同行ありがとうございました」

 

学園に戻って、会長室。

結果をクローディアに報告する。口頭でざっと会談内容を告げると、暖かな笑顔でねぎらいの言葉をもらった。

 

「上手く交渉して頂けましたね。お見事です」

 

「ま、何としてもまとめるつもりでしたからね」

 

「そうは言っても、あっさり頭下げ過ぎじゃないの?」

 

優の方は、あまり満足していないようだった。

 

「俺の頭一つで片付くなら安いもんだね。どうという事はない」

 

「・・・」

 

それだけじゃないらしい。どうやらレティシアにあまり良い印象を持てなかったのかもしれない。あるいは生真面目なタイプとはそりがあわないのか。

 

「優、おまえはもう帰っていいよ。生徒会はまだ仕事がある」

 

「そう。わかった。じゃお疲れ~」

 

少し投げやりな態度で出て行く。案外クローディアとも合わないのかもしれない。

 

「会長、いくつか急ぎの書類がある。今から作るんで、同時進行でチェック、頼みます」

 

「はい。何時でもどうぞ」

 

決着はついた、とは言えその後も事務処理がある。

今日も遅くなりそうだった。

 

 

 

 

 

翌朝。

寮の自室で目を覚ます。端末に着信があったが気分最悪で見る気になれない。

昨夜は仕事の後、何となく眠れなくて寝酒をしたのが良くなかったらしい。

 

本当は校則違反だが、煙草を咥えて火を点ける。

いつもなら落ち着く煙だが、今は口内が更に苦くなっただけだ。

 

再び端末にコール。あまり考えずに出ると、モニターにはレティシア。

 

「おはようございます、シマ。・・・何しているんですの!」

 

「見ての通りだが、何か?」

 

画面のレティシアに煙を噴きかけてやる。まだ頭が働かない。

 

「なっ、何をなさいますの!貴方、ちゃんと起きなさい!」

 

「起きてるって。何の用だ」

 

「昨日の事について、個人的にお話してみたかったのですが、日を改めた方が良さそうですわね」

 

「そうしてくれ」

 

「ではよしなに。しっかりなさい」

 

そう言って画面が消える。

一体何を言いたかったのか。

 

 

窓を開けると今日も快晴。

 

フェニクスは試合が無く、4回戦―――本戦の組み合わせ抽選会が行われる。

 

これからが本当の激戦になる。

星導館からは二組。

そのサポートも重要だ。

 

「ま、やれる事をやるだけだ」

 

自分に言い聞かせると、今日の活動を開始だ。

 

 

 

 

 



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ALL NIGHT LONG

 

 

フェニクスの予選が終わった。

 

今日は本戦組み合わせの抽選会のみ行われる。

そのせいか、星導館校内の雰囲気も少し落ち着いていた。

 

今の所、星導館の戦績としてはほぼ予想通りになっていて、大きな番狂わせは無い。

本戦出場を果たしたのはペアは4組だが、期待されるのはやはり天霧/リースフェルトペアと刀藤/沙々宮ペアである。他の2組については、残念ながら4回戦突破すら難しいだろう。

こうして見ると、今回のフェスタもこれまでの成績不振が響いている。天霧達が突出して優れていて、他の学生のレベルが上がった訳ではないのだ。

今後を考えると、特に高等部学生の実力を引き上げる方策が重要となりそうだった。

 

ちなみに、予選敗退でも予想以上の善戦をしたペアも存在する。

そういった学生に対し、フォローするのも生徒会の仕事になる。

正式に褒賞を出せるのは本戦出場が最低条件になるので判断が難しいが、今後の成長、活躍につなげる為に学生のモチベーションを上げる意味もあり、何らかの配慮が必要だった。

 

その対応の為、喫煙ブースで煙草を燻らせながら空間ウィンドウ表示の予選結果を眺めていた涼の視界に美しい人影が入ってきた。

 

「・・・!」

 

ここで話す訳にはいかない。

灰皿に煙草を放り込むと、強化ガラスのドアを開けて外に出る。

 

「おはようございます。涼さん」

 

「昨日はどうも。クロちゃん」

 

大学部校舎前の道は閑散としていた。

それだけに彼女の存在が映える。

だが。

 

「何だか随分機嫌が良いみたいだね」

 

「そうですか?まあ懸案を上手く解決して頂きましたし。改めて、お礼申し上げます」

 

「そこまで言わなくてもいいよ」

 

「いえ。私が出たら無理だったかもしれません。あの子が相手でしたから」

 

「ああ、レティはクロちゃんの事となると冷静じゃ無くなるからな。個人的な勝敗にそれ程拘るような子じゃないと思っていたんだがね。何か知らない?」

 

「どうでしょう?まあ家同士の確執が無いとは言えませんが」

 

クローディアとレティシア、共にヨーロッパの名家出身らしい。

 

「ああ、そっちもあるのか。大変だねえ。ん?もう行くのか?」

 

本選組み合わせ抽選会はフェスタのメインステージ、シリウスドームで行われる。実際に抽選に参加するのは原則として各学園の生徒会長だ。星導館は当然クローディアがくじを引く事になる。

 

「はい。抽選の場以外は生徒会専用ブースにいますので、何かありましたらそちらに」

 

「わかりました。会長。お気を付けて。こちらはお任せ下さい」

 

涼は最後に部下としての態度に戻り、彼女を見送った。

妙に足取りの軽い彼女の後ろ姿で気が付く。

彼女の機嫌が良いという事はひょっとして天霧絡みか?何があったんだろう?

 

 

 

クローディアの事はともかく、今日の涼はその他にも処理すべき案件がある。

例の事件の対応はまだ続いている。

 

「こちらの金額、何とかなりませんか?ガラードワースの方はまだ仕方ない面がありますが、このままだと予算枠完全にオーバーです」

 

生徒会室にて、会計の澪が不機嫌な声で言う。

まあ賠償金の対応なんてどう考えても気分が乗らない仕事ではある。

 

「ガラードワースではなく店の方が吹っ掛けてきたか・・・」

 

事件現場の店には確かに迷惑をかけたが、送られて来た損害の見積書にはかなり納得のいかない数字が並んでいる。

 

「正直面白くないが、ここで揉めても印象悪くするだけだしな。何とかするしかあるまい」

 

「無い袖は振れませんよ。ガラードワース側から少し出ませんか?」

 

「こっちで持つと言っちまったからなあ・・・異例だが、風紀委員会予算から引っ張れないか?それでだめなら学園側と交渉するしかない」

 

学園側に頭を下げるのは最後の手段だ。代償として生徒会の行動に干渉されかねない。

 

 

 

そんなこんなで事務処理を続ける。

昼食も済ませて、再びスタッフが生徒会室に集まってしばらく経つと、全員の端末に同時に着信。

 

「決まったか!」

 

室のメインモニターを切り替える。

 

「・・・これは!」

 

そこにはフェニクス、本戦のトーナメント表。

 

「あー・・・来ちまったか・・・」

 

全員の注目を集めたのは、4回戦の第11試合。

天霧/リースフェルトペア vs ウルサイス姉妹。

星導館のトップがレヴォルフのトップと対峙する事になった。

 

「大丈夫かな・・・」

 

誰かが呟く。確かに強敵。

 

一方、刀藤/沙々宮ペアの方は準決勝までは進めそうに見える。

残り二組は・・・やはり4回戦止まりだろう。

この本戦、星導館学園としても厳しいものになりそうだった。

 

 

 

夕刻。

戻ってきたクローディアに決済案件を依頼すると、打ち合わせもそこそこに生徒会室を出る。

丸投げしたみたいで心苦しかったが、涼は涼でやる事がある。

今夜から再び、連続で夜の街の見回りに入る事になった。

何しろあんな事があったばかりで、警戒しない訳にはいかない。

そしてもし似たような事が起こりかければ、問答無用で介入して力で抑え込むという過激な方針となった。

 

そうなると、生徒会側ではそれなりの戦闘力を持つ涼がメインで対応するしかない。涼もそれは納得している。

連日の寝不足も覚悟の上だった。

 

 

まずは商業エリアまで、車を走らせる。

夕方、フェスタ期間中でもあり、交通量は多い。それを承知でオートドライブを解除、自らハンドルを握る。

商業エリアの外側に着く頃には空に星が見えるようになっていた。

 

適当な駐車場に車を入れると、仕事の始まり。

 

薄暮のメインストリートを歩き始める。

並ぶ店は相変わらずの賑わい。観光客が多い。

だが学生の姿は減っているように見える。

 

フェスタ開催中なので忘れがちだが、現在アスタリスクの六学園は夏季休暇中。そしてフェニクスも予選が終わり、参加中の選手は開始時の実質1割強程度まで減っている。となると、関係者も含めてかなりの学生が帰省、旅行等でアスタリスクを離れているだろう。何しろ学生の外出許可が出やすい時期でもある。多くの連中が学生らしく夏休みを謳歌しているはずだ。

 

では自分はどうだと自問する。

 

フェニクスが終わった後、その結果に対してあれこれ処理する案件が出るだろうが、それでも今月末には暇ができると思われる。

せっかくだからどこかに行ってみるか?

誰かと一緒に。

 

では誰と?

 

優を始めに幾つかの顔が思い浮かぶが、そもそも自分に付き合うかどうかという問題が―――

 

 

「涼」

 

「!」

 

丁度優の事を考えていたところに、彼女から声がかかる。あまりのタイミングに声を失う。

 

「どうしたの?」

 

「いや、何でもない。お前さんも今夜の担当か?」

 

聞くまでもなく、制服姿に風紀委員の腕章。

 

「うん。今夜と明日も。涼は」

 

「俺はフェニクス終わるまで毎晩だな」

 

「うわ。かわいそ。いいの?」

 

「いいも悪いも無いよ。そう思うなら付き合ってくれ」

 

とは言え見回りが終わる頃は夜が明けるだろうから、そこから遊びに、は無理。結局は今夜どう動くか、との話になる。

簡単に打ち合わせを行い、まず商業エリアを手分けして周り、日付が変わったら歓楽街で合流、こちらを組んで周る事とした。ロートリヒトの方が危険との判断だった。

 

表通りをざっと見て周ると、一旦休憩、夕食にする。

目に入ったピザのチェーン店の2階に上がる。

適当にセットメニューを選ぶと、ライトビールをつけて窓側の席についた。

 

夜の街が見える。

明るく照らし出された通りには多くの人が行き交う。

皆楽しそうではある。観光ならそうだろうし、学生でもフェスタに関わっていなければ気楽な夏休みだろう。

涼も生徒会に関わっていなければ、気楽な学生でいたはずだ。

失った物。例えば時間。あるいは平穏。

 

でも。

誰かの姿が思い浮かぶ。

 

何とはなしに、ビールのグラスを街に向かって掲げてみる。

 

やはり後悔は無い。

今までも。多分これからも。

 

 

 

 

結局の所、商業エリアは平穏だった。特に問題無く見回りをすまして日付が変わる。

 

0時。

歓楽街入口で優と合流。

 

場所が場所だけに、一気に柄が悪くなる。学生服姿もほとんど見えなくなった。

まあこの時間、この場所に遊ぶのに制服で来る奴の方が珍しい。

それだけに・・・

 

「わかっていたけど目立つね。私達」

 

「だよな。まあ抑止力にはなる」

 

こんな所で制服姿、しかも片割れは風紀委員。少しでもわかる奴らなら、騒ぎを起こす気にはなれないだろう。

 

並んでゆっくり通りを歩く。

雰囲気は悪くない。だが少し緊張感がある。まあこちらは警備隊による取り締まりが厳しくなっている関係で、色々な店の経営者側―――つまりはマフィア連中―――が警戒しているからだ。

 

「これは・・・こっちより商業エリアのチェックを続けた方が良かったかもな」

 

「そうだね。黒服が目立つし。この辺りで学生の喧嘩なんておこらないかも」

 

相談の結果、裏通りを一回りした後、商業エリアに戻る事にした。

 

路地を一つ入った通りを見て行く。

時々黒服連中に出くわして、視線が交差する事もあるが、特に揉める事も無い。

騒ぎを抑える、という点においては目的が一致しているせいだろう。それがどうも可笑しかった。

そのせいで気を抜いていたんだろう。

気配に気がつかなかった。

 

 

「こんばんは。また会ったね」

 

大通りに戻ろうとしたところで声が掛かった。相手はこれまたハイレベルな美少女。本来なら縁も所縁も無かった相手だが・・・

 

「!」

 

「・・・誰?」

 

全く予想していなかった出会い。

まさかこの場所で再会するとは。

 

(シルヴィア・リューネハイム!)

 

思わず声が出そうになるのを何とかこらえた。

 

「・・・これはこれは。また会うとはね。意外だよ」

 

再会があるとしたら、生徒会業務絡みだと思い込んでいた。

 

「どうしても聞きたい事があって。いきなりで悪いけど、時間ある?」

 

「そうだな・・・」

 

「ちょっとちょっと。何なのよあなたは!」

 

優が文句をつける。まあ当然だろう。シルヴィアはこの前と同じく、地味目な装いに光学制御で髪の色を変えているので気付いていないが、案外相手の正体を知ってもそうするかもしれない。

 

「すまんが優、今夜の見回りは終了する。お前はもう帰れ」

 

「はあ!?あんた何考えてるのよ!珍しく逆ナンされたからって調子に―――」

 

「そういうんじゃないんだよ。いいから帰れ」

 

「あんたねぇ・・・」

 

思い切り睨みつける優。対する涼は全くの無表情。

 

「・・・はあ」

 

ため息を吐いて踵を返したのは優だった。

その後ろ姿、相当怒っているのは分かる。

 

「良かったの?」

 

「今更それを言う?」

 

「ごめんね。ただどうしても聞きたい事があったの」

 

「『会長』がそこまで言うなんて。あまり気楽な話じゃないのかね」

 

「場所、変えよっか」

 

「仰せのままに」

 

再び路地に入り、幾つかの角を曲がる。

彼女が地味なビルの前で立ち止まる。

一体どうした?と問いかけようとした矢先、垂直に跳び上がった。

あっさりとビルの屋上に舞い上がる。

 

涼も慌てて後を追う。だがジャンプ力ではまるで届かない。能力発動。屋上に転移した。

 

「はあ。これからは『能力』じゃなくて体も鍛えないとな」

 

「それよりも煙草、止めたら?」

 

「それを言われると痛いな」

 

見上げると星空に少しの雲。繁華街の喧騒は遠くなっている。ただ街の明かりは弱いながらもここまで届いている。その淡い光に照らされたシルヴィア・リューネハイムの姿は幻想的な美しさがある。

 

 

「それで、何の話かな?他校とは言え生徒会長。まあ敬意は払うが、何でも言う事を聞く訳にもいかないな」

 

「うん・・・そうだね」

 

「で、何が聞きたい?」

 

「いいの?」

 

「内容による」

 

 

「・・・エクリプス」

 

意外な相手から、意外な言葉を聞く事になった。

 

 

 

 



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SHE SAID...

 

 

ロートリヒトの外れ。

 

多分使われていないビルの屋上。

 

深夜。雲から覗く月明かりと星、街から届く淡い光。

 

そんなステージで世界の歌姫と向き合っている状況。

涼にとって、どうにもリアリティが感じられない。

 

とりあえず意識を切り替えようと、シガレットケースを取り出した。

 

 

 

「何故、蝕武祭(エクリプス)の事を俺に聞くんだ?」

 

「少し間に、貴方、調べていたよね」

 

何故バレた?と自問する。

 

「シャーナガルムと接触してたね」

 

「そっちからか・・・まいったな」

 

ベネトナーシュ。

クインヴェールの諜報機関も優秀と言われている。おかしな経緯で捜査資料が持ち出された事に、すぐに気がついたようだ。

それは警備隊内部に情報源を持つという事だが、卒業生がいて当たり前。そこから情報を得るのもプロなら容易いだろう。何しろ涼にもできた位だ。

 

一応、風下に移動して煙草に火を点ける。

 

「で、何故知りたい?」

 

「人を探しているの」

 

「それは前も聞いた・・・ん?ひょっとしてそいつは参加者か、関係者か?」

 

「うん」

 

声が沈んだ。

思わず彼女の横顔を見つめる。

その表情は―――思い詰めている、と言うのはこういう表情を言うのだろう。そんな顔だった。

 

それを見た涼は、ため息のように煙を吐き出す。

 

「似合わないなあ」

 

「え?」

 

「世界の歌姫にそんな表情は似合わない、そう言ったんだよ。全く。そんな顔されたら言う事聞くしかないじゃねーか。ずるいねぇ」

 

「それじゃあ」

 

「ああ、条件はあるよ」

 

「・・・言って」

 

「まず一つ。委任状を一つ、星導館に送ってもらいたい。前回の六花園会議ではガラードワースに預けたみたいだが」

 

何しろ世界最高のトップアイドル。六花園会議といえども欠席せざるをえない事が多い。そういう場合はあらかじめ委任状を出して対応しているが、これまでは比較的関係が良いガラードワースに決定を一任してきた。そこを星導館に任せて貰えれば、評決が必要な場合有利になれる。

 

「そういう事ね。いいよ。もう一つは?」

 

「貴女の連絡先をくれ。ああ、エクリプスの関係データ、クインヴェールの生徒会宛にメールして良いならそうするが」

 

「それは困るね。いいよ。じゃあこれ、私のプライベートアドレスだから」

 

端末を取り出してチェックする。

必要な事とは言え、あのシルヴィア・リューネハイムのアドレスをゲットしてしまった。何というか、大変な事になったような気がする。

 

「それでは、資料はまとめてできるだけ早く送る」

 

「お願い。何かの手掛りになるかも」

 

「ああ」

 

あまり気の効いた返しは出来なかった、のだが。

 

彼女はそこで初めて帽子を取り、髪を解いた。光学制御も解除する。

 

「志摩 涼さん。今夜は会えて良かった。ありがとう」

 

本来の姿に戻り、笑顔でそう言うと身を翻す。

僅かなプラーナの煌きと共に、ビルの谷間に消えて行った。

 

「大したものだよ。全く」

思わずそう呟く。成程、流石トップアイドルだけの事はある。一瞬心を奪われそうになった。

 

でも。

 

あそこまで彼女が拘るとは。まあ男関係だな。

本当に罪な男もいたもんだ。

 

 

・・・その思いが全くの勘違いだった事に気づくのは、かなり後になってからだった。

 

 

 

思いがけない邂逅があったが、歓楽街の夜はまだまだ続く。

 

優を帰らせてしまった為、一人で夜の街を廻る事になる。

大きなトラブルは見なかったものの、本来の仕事はトラブルを起こさない事。その為にはここに存在している事が必要なので、結局手は抜けない。

もう良いだろう、と判断して引き揚げたのは夜明け後、すっかり明るくなってからだった。

 

 

陽が上ると夏の青空、朝から暑い事は今日も変わらず。

フェニクス関係で忙しいのも変わらない。

そして今は、ガラードワース相手の事件処理という余計な仕事が追加になっている。そこに今度はクインヴェール生徒会長に対する秘密案件がお代わりときた。

ゆっくり寝てなどいられない。

それに報告は早い方がいい。

 

朝の生徒会長室。

 

「おはようございます。涼さん。昨夜はお疲れ様です。大丈夫ですか?」

 

「俺達の世代は一晩寝ないなんて良くある事ですよ。会長こそちゃんと休んでいますか?」

 

と言ってもクローディアは普段と変わらず、輝くような雰囲気を纏っている。

同じトップレベルの美少女でも、昨夜の子とは違うタイプの美しさになるな。いや、何を考えているんだ。

 

「ありがとうございます。問題ありませんよ」

 

いつもの穏やかな微笑。

 

「そうそう。問題と言えば、風紀委員会から今夜の見回りに人を出せなくなったと連絡ありましたが、何か聞いていますか?」

 

今日の問題、一つ目が早速発生。

 

「ああ・・・それね。多分アレだ。優を怒らせたからだなぁ」

 

「あらあら。涼さんにしては珍しいですね。何があったのですか?もしかして他の女性に目移りしたとか?」

 

「それに近いが・・・何故わかった?」

 

「あの人を怒らせるというと、それしかないでしょう。気を付けないと、後を引きますよ」

 

「いずれ何とかするよ」

 

今は他にやるべき事が多い。

 

「それと変わった事が。クインヴェールから委任状が送られて来ました。何かご存知ですか?」

 

先方の会長さんも仕事が早い。

 

「その件で報告があります」

 

昨夜の状況と予想外の邂逅、その結果について話す。

 

 

 

「そうですか・・・彼女がそんな事を」

 

「まあこちらに不利益はないだろうと、情報提供には応じたんだが、まずかったかな?」

 

「構いませんよ。提供する内容は選びますよね」

 

「ああ。出し惜しみはしないけど、全て教えるのもやり過ぎだし」

 

「その辺りの判断はお任せします。上手くやって下さい。出来れば先方の事情ももう少しわかればいいですね」

 

「・・・そうだった!確かに言われる通りです。留意しましょう」

 

すっかり忘れていたが、シルヴィア・リューネハイムの妙な行動の理由を気にしていたのは涼自身だった。

思わぬ再会で頭から消えていたが、クローディアの一言で思い出した。

 

「ありがとうございました。では今日の仕事を始めます」

 

敬意と共にに報告を終える。

彼女の返事はいつも通りの美しい微笑みだった。

 

 

 

通常の生徒会業務の前に。

 

涼は生徒会フロアの片隅にある小部屋に入る。

ちょっと後ろ暗い作業をする時にたまに使う所。そういえば前回ここでエクリプス関連の調査を行っている。

 

これまた普段使わない端末を用意すると、データカードを挿入。

小さく現れた空間ディスプレイには、警備隊内部から得たエクリプスの捜査データや報告書の類が並ぶ。

それなりに数のあるファイルの中から、何を送るか考える。

それにもう一つ。

 

天霧遥の件はどうするか?

 

少し迷ったが、今の段階では控える事にする。

このせいで天霧綾斗に妙な関心を持たれても困る。何しろフェニクス開催中。そういえば明日の4回戦、彼らの試合だった。相当な激戦が予想される。

 

その件はともかくとして、関連資料の精査に時間を取られ、通常業務に入れたのは昼過ぎになってからだった。

 

 

 

 

生徒会室にて。

 

今日はフェニクスの試合が無い。そして今は本来夏休み中。

それ故にあまり急ぎの課題を持たない役員は休ませている。

当然そこには涼とクローディアはは含まれない。

 

学園としてフェニクス関係も重要だが、そろそろ来期の運営についても考え始める必要があり、クローディアはその作業に入っている。

何しろ星導館は(他学園もそうだが)セメスター制を採っている機関なので、後期にも入学式があり新入生が入ってくる。生徒会としても対応すべき事は多い。

 

「入学予定者の一覧、とりあえず送ります。多少の減少はあるでしょうが、まずはこれで決まりでしょう」

 

「お願いします。気になる方はいましたか?」

 

室内には生徒会のツートップに秘書のリオ。それに庶務を担当している高等部のサンドラ。他の連中は貴重な休日を謳歌していると思われる。

 

「どうも今一つですね。もちろん成長に期待すべきなんでしょうが・・・」

 

とは言え一通り見た限りでは突出した才能は見られないので、涼の表情も晴れない。

 

「やはり今いる中からレベルアップを図るべきでしょう。幸いウチの学生のモチベーションについては問題ありませんから」

 

「そうですね。フェニクスで活躍した方へのフォロー、よろしくお願いします」

 

「はい。大会が終われば。今は夜の見回りの方がありますから」

 

「書記長、ホントに大丈夫?今からでも秀明、呼びだそうか?どうせ暇してるだろうし」

 

気遣うように提案してきたのはサンドラだった。

 

「おいおい、彼氏の扱いが酷いな。まあ遠慮しとくよ。あいつに荒事は似合わない」

 

高等部のスタッフ、書記をしている松岡秀明。確かに序列は上の方だが、商業エリアとロートリヒトはただ強いだけでは上手くやれない場所である。

 

「大体お前さん達、付き合い始めたばかりだろう。もっと大事にしてやりなよ」

 

「ん・・・そうだね。わかった」

 

「よし。じゃあ次だ。新入生のファイル、まとめようか。フォーマットを用意してくれ」

 

 

 

夕方まで事務処理を続けて仕事を終える。

今日は残った業務は無いので、解散して生徒会フロアを閉鎖した。

 

北斗食堂で夕食にする、と言う3人と別れて、駐車場に向かう。

どうせ見回りするなら、夕食も向こうで済ませればいい。

 

夕陽の中、車を走らせて商業エリアに向かう。

その車中、端末にメール着信。

画面を展開すると、差出人は例の歌姫様。文面は資料の提供についての感謝と、追加情報を控えめながら求めてきている。どうやらまだすべての情報を出していない事に気づいているようだった。

どう返信すべきか、一つ悩みが追加された涼だった。

 

 

再び、夜の街に入る。

トラブルに巻き込まれるのは遠慮したいが、トラブルを見て見ぬふりはできない。

何とも厄介な役割だ。

幸い、今夜も雰囲気は落ち着いている。

昨夜のようなイレギュラーさえ無ければ、街の中を適当に流れているだけで済むかもしれない。

夜の街の空気が嫌いではない涼にとってはそれ程嫌じゃない時間になりそうだ。

 

 

 

 

おかしな雰囲気を感じたのは、日付が変わってロートリヒトに入ってからだった。

 

適当なビルの屋上に飛び上がると、街を見渡す。

特に変わった物は見えない。

ただ低い空にある赤い月が目立つ位だった。

 

不吉、とは思わない。そんな話は迷信だ。あの色は大気中の光の散乱によるもの。光に関わる魔術師である涼にとってはただの現象に過ぎない。

 

 

だが、その方向で何かが赤く輝いた。

場所としてはロートリヒトを越え、再開発エリアに入っている。

 

「行ってみるか・・・」

 

転移で距離を詰め、地上に降りた。

周りを探りながら歩くと、それはすぐに見つかった。

 

何人もの男達が倒れていた。

死体の山、ではない。

 

だが、倒れ伏している連中の状態を見る限り、時間を掛けるとそうなる可能性は高い。

 

遠くで何かが動いた。

 

赤い月を背景にした人影。

女だ。それも鈍く輝く大鎌を持っている。

 

純星煌式武装、グラヴィシーズ。

 

つまりあの女は、言うまでも無く、イレーネ・ウルサイス。

レヴォルフの序列3位。天霧達の次の対戦相手。

どうやらこちらには気付かなかったようで、すぐに去っていった。

 

何となく状況を理解する。

ロートリヒトのカジノであの女が暴れていたらしいとの噂は聞いていた。当然店側とは揉めるだろう。

 

「・・・しかしここまでやるかねぇ」

 

正直目の前で倒れている連中の事はどうでもいいが、放っておくと夜明けには息の止まる奴も出るだろう。

 

涼はため息と共に、端末を取り出す。

 

仕事柄、何人か面識を得たロートリヒトの顔役の名前を思い出す。この事態、誰に言えば一番楽に収まるのか。

考えながら登録番号を検索する。

 

結局今夜も面倒になりそうだった。

 

 

 

 



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LOVE CHAIN

 

 

涼が目を覚ますと、窓の外の光景には橙色が混じり始めていた。

 

つまり、寝過ごした。

 

昨夜、では無く今日に入っていたが、再開発エリアでイレーネ・ウルサイスが(多分)やらかした件の後始末に奔走した結果、朝まで帰れず。

本来無関係なのに、何であんなに一生懸命だったんだろうと自問しつつ自室に戻って仮眠しようとしたが全然眠れず、仕方ないので寝酒のつもりで普段飲まないウイスキーを一杯、ロックで呷った後の記憶が無い。

 

まあ眠れたのは良かったが、この時間になるとは思いもよらず。そして・・・

 

「4回戦、全部終わってるし」

 

とりあえず結果を見ようとモニターを付けると。

 

 

 

『それではこの天霧選手の状態について、解説のキャリスさん、どう考えられますか?』

 

『はい。恐らく普段の天霧選手はその力を制限されているのでしょう。この映像で見る限り、封印のような物かもしれません」

 

『封印、ですか?』

 

『何らかの魔術的な処置が施されていた、と見るべきでしょう。問題はその封印を解除して戦った場合、その反動と思われる悪影響が試合の後に―――』

 

 

 

 

「ありゃ~。そうなったか・・・」

 

他にも注目すべき試合はあるだろうに、どこのニュースチャンネルも天霧/リースフェルトペアの試合の再現。そして天霧の能力制限について報じている。

試合自体は強敵ウルサイス姉妹を相手に見事な勝利、だったが・・・

 

まあ彼の能力制限とその反動。涼も薄々気がついてはいたが、とうとう衆目に晒してしまったようだ。

天霧ペアにとってはマズイ事になったが、いずれバレた事だろう。それに彼らの実力なら何とかするような気がする。

 

他の結果はというと。

 

刀藤/沙々宮ペアは無事4回戦突破。まあここまでは予想通りだった。

予想通りと言えば、他の2組の星導館のペアはどちらも敗退。わかっていたとはいえ、残念だ。

その試合内容はというと・・・

 

「行くか」

 

制服を羽織る。

体調は少しおかしいが、寝てる場合じゃ無さそうだった。

 

 

普段使っている生徒会の車はバッテリーメンテナンスが必要になっていた。それ程時間はかからないはずだが、待ちたくなかったので総務課に出向いて学園の車を借り出す。長く生徒会をやっているとそれ位の融通は効くようになる。

少し急いで向かった先は治療院。

 

今大会で初めて、入院を必要とするレベルの負傷者が出た。

 

 

「フィル!無事か!」

 

「見ての通り生きてるよ。大げさだな、志摩」

 

そう言う彼はベッドの上。点滴のチューブと電極用の配線が繋がった姿は無事には見えない。

 

フィリップ・オーキー。

涼とは学年も学科も同じ。付き合いは大学部からだが、今では良い友人と言っていい関係になっている。そしてベッドサイドの椅子にはタッグパートナーの美夕希。多分泣きはらしたのだろう。目が赤い。

 

「大げさにもしたくなる! 最後のアレ、まともに喰らってるじゃないか」

 

オートドライブの車内で彼らの試合映像を見直したが、疲労で隙ができた彼女を守る形で相手選手の技の直撃を受けた。

 

いや、明らかに彼女を庇っていた。

 

ペアで出場するがゆえのフェニクス特有の問題。

そのペアの関係が、信頼、友情を通り越して愛情にまで発展すると、試合中にこんな事が起こる。

自分にとって大切な存在を傷つけまいと身を挺してしまう。

兄弟姉妹、或いは恋人同士のペアで見られる行動だが、その結果はまず確実に負傷となる。

時には負傷ですまない事もある。

 

彼らの場合もまさにそれだったが、この程度で済んだのは不幸中の幸い。

 

「なに、大した事はないさ。美夕希が受けていたらこんな物では済まなかっただろう。これでいい」

 

「・・・まあその通りだと思うよ。けどなあ・・・」

 

もう一つ涼が言いたかったのは試合運びについてだった。

最後の局面、パートナーを庇う行動に出なければ逆に反撃、形勢をひっくり返せたかもしれない。

 

「惜しかったよな」

 

「それは言われるまでもない。でも後悔は無い」

 

「そうか。ならもう何も言わんよ」

 

その後は容態と治療の状況について聞く。幸い長くはかからないらしい。

ひとまず安心して病室を出ると、治療院側の担当と手続きについての確認。学園としてもフォローする為、その件についての打ち合わせ。

一通りの仕事を終えると、長い夏の陽もかなり傾いていた。

 

そこに着信。

 

「会長。どうしました?」

 

「涼さん、手は空きましたか?」

 

「ええ、治療院での用件は済みましたよ」

 

「ではシリウスドームまで車をお願いします」

 

「と言うと・・・ああ、天霧達ですか」

 

「ええ、学園まで送って欲しいんです」

 

「了解、すぐ行きます」

 

 

 

再び市内をドライブ。

会場周りはまだ少し混雑している。

ただ生徒会員である涼なら、出入りはかなり自由になる。今回もシリウスドームに幾つかある、関係者用ゲートから車を入れると、参加選手控室近くまではすぐだった。

 

「ようお二人さん。送りにきたよ」

 

「志摩先輩・・・。ありがとうございます」

 

天霧綾斗はソファーに横になっていた。傍らにはパートナーのユリス。彼女にはダメージや疲労は見られない。

 

「じゃあ帰るか。そういえば会長は?」

 

「運営に用があるとの事でした」

 

「ああ・・・そういう事か」

 

多分今回の試合の件で、委員会がメディアに余計な事を言わないように釘を刺しに行った、という所か。

 

「それで天霧、歩けるか?」

 

「ちょっと厳しいですね」

 

肩を貸して立ち上げさせたが、ちょっとバランスが悪い。涼もジェネステラの身体能力は持っているので、このまま引きずっていっても苦にならないが・・・

 

「リースフェルト、そっちを支えろ」

 

「はい。綾斗、掴まれ」

 

二人で抱えるようにして車まで運んだ。

 

 

 

「そういえばお前さん達を送るのはこれで二度目か」

 

サイラスの件が終わった夜、同じように動けなくなった天霧を車で送った事があった。

ただ、その時より余程状態が良くないように見える。

その事を指摘すると。

 

「封印解除のリミットをかなりオーバーしましたからね」

 

「全く、無茶をする・・・」

 

「仕方ないよユリス。今回はああするしかなかったし」

 

「わかっている!だが綾斗、私は・・・」

 

バックミラーには酷く疲れた表情の綾斗と彼を気遣うユリス。

湖面からの夕陽に照らされた二人の姿も実に絵になる。これ以上は邪魔をしない事にした。

 

だた、その姿が先に治療院で見た友人達の姿に重なる。

この二人の場合も関係が良さそうだ。この先の試合でああいう事が起こるだろうか?

いや、危機的状況となれば有り得る。

しかし試合でお互いを庇うなとは言えない。そんな事態を見たくはないが・・・

 

「今日はゆっくり休めよ」

 

そんな事しか言えないのが残念でならない。

 

 

 

学園に戻って二人と別れると、一度生徒会室に顔を出す。

そこではこれまでの戦績の集計中だった。いや、単なる集計ならすぐに終わる。大事なのは試合内容を分析し、出場した学生に適切なアドバイスを与えると共に、データベース化して戦訓として次に備える事にある。

特に他学園の有力学生の実戦データは重要になる。他学園ともなるとフェスタの戦いでしかデータを得られない学生も多い。

その作業は順調のようだったので、まずは個人宛の連絡に目を通す。

どうやら今夜は風紀委員会の見回りメンバーは出て来るようだった。

あまり涼と面識の無い高等部の学生だったので、手分けした方がいいだろうと商業エリアを廻るように依頼しておく。面倒な方、つまりロートリヒトはは涼が引き受けるしかない。

風紀委員といえば優はどうしているんだろう。アレとの関係改善?も考える必要があるが、行動に移す時間も無い。

 

「書記長、大丈夫ですか?」

 

「ん?澪か。別に問題は無いけど?」

 

「それにしては深刻な感じですけど・・・」

 

どうやら厳しい表情になっていたらしい。

 

「少し、お手伝い、しましょうか?・・・いえ、見回りではあまり役に立てないでしょうけど・・・」

 

「ほう・・・」

 

思わず澪を見つめる。

これまで、それ程親密な間柄では無かったし、生徒会業務以外で一緒になる事は無かった。

そもそも真面目系の彼女、仕事絡みとは言え夜の街を(しかもロートリヒト)男と歩くなんてやった事も無いはずだった。

 

「あ、いえ。同じ大学部のメンバーですし、私が行くのが良いかな・・・と」

 

当然これまでも、こういう仕事には出ていない。会計という担当上、出るべきでは無かったとも言える。

それがどういう心境の変化だろう。

 

目を伏せた彼女の表情。

ジェネステラとしては並、しかし一般と比較すると整っている容姿を見ると、例え仕事でも街を歩く時に隣にいてくれると嬉しいタイプではある。

 

「遠慮してくれ。色々面倒になる」

 

「・・・はい」

 

今は無理をする時ではなかった。

 

 

 

 

そして再びロートリヒト。

 

観光客は相変わらずだが、学生の姿は明らかに減っていた。

そんな中、店側の黒服連中も目に付く。

ただ、以前のような不審と牽制の目で見られる事はなくなった。

涼がトラブルを抑える為に動いている事が知られてきたのだろう。

多分同じ理由からか、あちこちにいる客引きからもそれ程声がかからなくなった。

 

そんな訳で、比較的平穏に見回りを進める。

休憩で適当な店に入って一杯やる回数も増えている。サボっているようだが、そういう店で聞こえてくる会話、或いは店員との会話で情報を得る事もできる。

 

「それであの店、つぶれたのか」

 

「まあ、店内はボロボロだったからな」

 

昨夜のイレーネ・ウルサイスの件を話題に出してみると、すぐに事情が分かってきた。

相手はロートリヒトでは高級な方になるジャズ・バーのフロア担当。涼とは高等部で一緒だった。卒業後は歓楽街で職を得て、今ではチーフの一歩手前まで来た、と言った所。

 

「あの女が色んな意味でカジノで暴れているとは聞いてたけどね」

 

「いずれにしろ連中にとっては迷惑だったろうがな」

 

多分店側かディーラーが余計な事をして、キレたウルサイスが店内を破壊したんだろう。

それで店員か、雇われたチンピラ連中が仕返しをしようとして返り討ちか。

いくら人数を集めたとは言え、レヴォルフの序列3位のオーガルクス持ちに直接報復しようとは、命知らずと言うか、判断力が無いと言うか。

 

「で、店の方はいつ新装開店、になるんだ?」

 

「分からん。店内を整理したところから作業が進んでいない」

 

「そりゃ妙じゃないのか?この儲け時に。普通はすぐに再開したいだろう」

 

「業者の都合らしいが、よく分からん」

 

あまり星導館学園には関係ないが、情報はいくらあってもいい。

 

 

結局その晩は何事も無く。

学園での生徒会業務は無しにしてもらったので、早朝の街中を飛ばしてシリウスドームに。

星導館生徒会用控室で事務を執っていると、いつの間にか眠ってしまった。

 

涼は椅子で寝るのは得意ではない。

そのせいだろう。疲れが残っている感覚。そろそろ不味いかもしれない。

 

 

5回戦。

 

今回は直接観戦できた。

 

印象に残ったのはやはり天霧/リースフェルトペアの勝利だろう。

見事なコンビネーションで界龍の中堅を破った。

力ではなく戦術の戦い。

ギリギリの勝利だったが、彼らにとって良い経験になったはずだ。

 

刀藤/沙々宮ペアも勝ち抜いたので、この時点で星導館学園は前回フェスタの成績を上回った。

 

 

それは沈みがちだった気分に対し、一服の清涼剤になってくれた。

 

 

 



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OF CRIME AND PASSION

 

 

フェニクス5回戦が終わると、本戦は一時的なインターバルが入る。

 

激戦を続ける選手達にとってはありがたいだろう。

特に天霧/リースフェルトペアにとっては。

今回の戦い、二人共それなりのダメージは受けている。

状態によってはフォローが必要だろう。そう思った涼は試合直後の二人の様子を見に行く。

 

ここ数日の昼夜逆転生活で体調はおかしかったが、気にしてはいられない。

 

 

 

専用控室には戻っていなかった。

勝利者インタビューはキャンセルしたはずなので、どこで引っかかっているのかと通路を適当に戻ってみると、気になる物が目に入った。

界龍の制服姿。それも複数。そしてあの二人。

どうやら不快かつ妙な事になっているらしい。

 

涼は能力を発動して転移した。

 

「ようお二人さん!お疲れ!」

 

「!!」

 

そこにいた全員(涼以外)が絶句する。

何の前触れもなく人一人出現すればそうなるだろう。

 

「志摩先輩・・・びっくりさせないで下さいよ」

 

「お、驚いた?君らにウケたなら、俺の能力もなかなかだな」

 

「あはは・・・」

 

「今回も大変だったな。疲れただろう。良ければ学園まで送るよ」

 

と、ごく普通の会話だったが。

 

 

「ちょっとー。いきなり割り込んできて何なの?」

「僕らの話はまだ途中だったんだけどなあ」

 

界龍のページ・ワン。黎沈雲、黎沈華の双子。

天霧/リースフェルトペアの次の対戦相手だが、その性格の悪さ(と言うより不快さ)は涼も知っていた。

いや、知っているのはそれだけでない。

 

「ガキは引っ込んでな」

 

発せられた冷徹な声と雰囲気は、普通の涼しか知らなかった綾斗とユリスが一瞬気圧されかけた程だった。

それは界龍の双子も同様だったらしい。

 

「! ・・・困るんだよなあ。選手同士の話合いを邪魔されると」

 

「引っ込んでろと言った。理解できないのか?言って駄目なら力で分からせるぞ」

 

「あたし達と戦おうって言うの?誰かは知らないけど、ちょっと無謀なんじゃないのぉ?」

 

「星導館学園、生徒会長代行、志摩涼に文句があるならかかってきな。存分に叩きのめしてやる」

 

双子の表情が同時に強ばった。名前は聞いていたのだろう。当然その能力も。

 

「リフレックスか・・・!」

「え?生徒会長代行?」

 

ただその肩書までは知らなかったと見える。

 

「く・・・。行くよ沈華」

「あ・・・。うん、沈雲」

 

涼を睨みながら踵を返す双子。肩書か名前か。どちらによって引き下がったのか。

 

 

「先輩。いつから会長代行に?」

 

意外だという表情でユリスが尋ねた。

 

「ん?ああ。はったりだよ」

 

「はあ!?」

 

「と言っても全くの嘘でもない。これまで何度も代行になったし、これからもなるだろうな。ああ言えば少しは怯むと思ったが、効果はあったな」

 

「それにしても、あんな挑発のような事・・・」

 

「まあ戦う事になっても構わんがね。負けないし。所詮奴らは俺の下位互換みたいなものだ。能力だけじゃなく、戦術も意識もね」

 

もっとも戦えるはずがない。生徒会関係者と私闘となれば、自動的にフェニクス出場停止だ。まあそうなった場合、涼も面倒な事にはなるだろうが。

 

「とは言え、なんか因縁付けたような形になっちまったな。ああいう手合いは嫌いではあるが、俺らしくなかったよ。さて、お前さん達はどうする?」

 

「一旦控室に戻って少し休みます」

 

「そうか。必要な物があったら言ってくれ。夜まではここにいる」

 

そう言って離れる涼。少し呆気に取られている界龍のもう一組、宋と羅の両選手に目礼し、生徒会ブースに向かった。

 

 

 

その夜。

 

これまで通りの繁華街での見回り。

相方は面識の無かった風紀委員。

そちらには商業エリアを任せて涼は今回もロートリヒトを巡る。

フェニクスはインターバル中でも相変わらずの賑わい、そしてマフィア連中の緊張感も同じ。

よってそちらは何事も無し。

 

だが風紀委員から商業エリアの路上で所謂ガラの悪い連中が諍いを起こしそう、との連絡が入る。

 

転移を使って駆けつけてみると、フェニクス敗退組を含めた数人の学生が女子グループ(多分市外の学生)にしつこく絡んでいた。

 

「全く・・・」

 

イラっとした涼は連中の前に転移する。

 

「消えろ!バカ共が!」

 

「なっ!なんだテメエは!」

 

「学園の面汚し共。帰れ!叩きのめすぞ!」

 

「うるせえ!テメエなんぞに―――」

 

「よし!分かった!」

 

煌式武装の起動、鏡像の複数展開、連続瞬間転移、をほぼ同時に発動し、問答無用で全員を打ち倒した。

 

「あの・・・やり過ぎでは?」

 

少し引き気味の風紀委員。周りの野次馬も似たような反応。

 

これだけ派手にやれば他のチャラい連中も少しは考えるだろう、そう言って風紀委員と共に、後始末にかかった。

 

 

 

翌日以降も夜は見回り、夜明け前には学園に戻って一眠りして昼前には生徒会室で日々の業務、というパターンをこなす。激務と言えば言えるが、身体の方は慣れもあって楽にはなってきた。

業務の方は新学期の準備とフェニクス関連が半々という所。つまり処理案件はむしろ増えている。こちらは涼以外のスタッフを集中させているので何とか回っている。

 

 

そんな状況に変化が現れたのはフェニクスが再開されてからだった。

 

準々決勝第1試合が行われたその日はシリウスドームの生徒会ブースで仕事。

昼夜逆転生活にも慣れた所で準々決勝、天霧/リースフェルトペアの試合を観戦。

界龍の双子のろくでもない試合運びは相変わらずだったが、結局は天霧に撃破された。

天霧ペアには素直に感心する。連携も良くなったし、どうやら能力制限も解消したようだ。

一方界龍ペアには軽蔑を通り越して呆れてしまう。

全力で戦っていれば勝てただろうに、相手をいたぶる事にかまけて反撃を許し、あまつさえ新たな力を得る手助けをしたような物だ。

 

涼の感想はともかく、試合後の二人はダメージを受けながらも良い顔をしていた。

それを見て涼もまた良い気分になった。

この様子では次の準決勝も大丈夫だろう。試合は見れなかったが沙々宮/刀藤ペアも勝利して準決勝進出している。こちらも大活躍中だ。

 

 

そして翌日の準決勝。まずは沙々宮/刀藤ペアの試合が組まれている。

 

昨日の結果から上機嫌で調子よく書類関係(紙と電子データ双方)を処理して、試合を観戦。

 

対戦相手は強敵、アルルカントのパペット。よって前評判通りの激戦となった。

刀藤の剣技の凄まじさ―――何しろパペットの表面装甲にあっさり傷をつけた―――と、沙々宮の煌式武装の大火力には驚いたが、相手のパペットは合体強化というまさかをやってみせて試合が決まってしまった。

どうもアルルカントの技術力は予想以上だった。

 

結果は残念だったが、それでもベスト4。

学園としても、近年の不振からすると大健闘と言える。

フェスタ上位入賞者には学園から公式に褒賞がでるが、そこに上乗せしても文句は言われまい。

仕事は増えるが生徒会推薦という形で何か渡せないか考えながら、様子を見に行こうと席を立つ。

 

 

この時点で、既に問題は発生していた。

 

 

ブースの扉を開けた所でクローディアと出会う。

 

「おや。会長?」

 

「涼さん。丁度良かった。車を出してくれますか?」

 

(何かあったな)

 

いつもの笑顔の前に一瞬影が差したのに気がつく。

二人は何も言わずに駐車場に向かった。

 

 

「それで、トラブル発生ですか?」

 

車を発進させると早々に尋ねる。

 

「ええ。涼さんはフローラをご存知ですか?」

 

「はい。少しは。お姫様の侍女?でしょうか。つい先日、リーゼルタニアから来たそうですね」

 

その認識は完全では無かったが、この場では問題にはならない。

 

「そういえば今日は姿が見えないような?」

 

「そうです。誘拐されました」

 

「なっ! それは・・・。誘拐、と言う事は、犯人から要求が?」

 

「はい。セル=ベレスタの緊急凍結処理を要求してきました」

 

「ほう!相手は天霧達を優勝させたくないと。ここまであからさまに妨害してくるとは・・・いや、犯人捜しは後にしてまずは対策ですね」

 

星導館に喧嘩を売り、フェスタの運営委員会も敵に回して良しとする相手。ある程度想像はつく。

まあそれは後で考える事で、今はどう対応するかだ。

 

「綾斗達とも相談しましたが、手続きはしてもらいます。その上で私の所で申請を止めます」

 

「ああ、なるほど。時間が稼げますね。その間に奪還、ですか」

 

「はい。すでに沙々宮さんと刀藤さんに再開発エリアの捜索に出てもらいました」

 

悪くない手だ。だが・・・

 

「あの子達か・・・試合のダメージがあるのでは?」

 

「それを承知で志願してくれました。私達もできる限りの支援をしましょう」

 

「ですね。ああ、申請を止めるとなると、会長は表に出れませんね。理由は『上』絡みにして、どこかに姿を隠すのはどうですか?『セーフハウス』は幾つか用意できます」

 

「お願いします。連絡は入るようにしてもらって、長くても表彰式までは、ですね。出来れば決勝戦前に助け出したいと思います」

 

「準決勝は大丈夫でしょうが、決勝はセル=ベレスタ無しでは無理か・・・確かにそこがリミットですね」

 

車をオートドライブに切り替え、早速準備に入る。

隠れ家の手配と秘匿回線の確保、緊急凍結処理の手続きに対する事務―――装備局にはセル=ベレスタが回収された事にしておく―――そしてフローラを捜索する方法について。

 

しかし捜索については、出来る限りの支援と言っても限りがある。

あまり人手は割けない。そんな余裕もないし、何より秘密厳守だ。動くのは涼だけにしておくべきだろう。

その涼自身、夜間は見回りがあるし、昼は昼でクローディアの代行業務が出て来る。

 

夜の見回りの間、少し再開発エリアに入る事も考えたが、ここ最近の涼は目立つ行動をとっていた。今までと違う動きをしたら犯人側もおかしいと思うかもしれない。それは避けたい。

現時点では、捜索チームと連絡をとって彼女達が動き易くなるような手配をする位しか出来ない。

後は夜、見回り時にロートリヒトで噂話に注意する、とか。

ただ今回の対象は再開発エリアに潜んでいるだろうからそちらは望み薄だ。

 

車内で可能な手続き関係を終えてしまうと、運転をマニュアルに切り替える。

幾つか用意した隠れ家の内、クローディアと検討してベストと思われた場所に向かう。

アスタリスク行政エリアの一角で、普段学生には縁の無いオフィスタワーに入る。

 

駐車場に入ると、出ようとするクローディアを制する。

 

「ああ、ちょっと待って下さい」

 

プラーナを集中させて能力を発動。

一瞬、周辺にマナが集まって消えた。

 

「いいですよ」

 

そう言ってドアを開ける。

 

「もしかして・・・魔法ですか?」

 

「ええ、練習して最近できるようになったんですが、この周辺の光を屈折させています。少なくとも、周りから俺達の姿は明確には見えなくなっています」

 

「流石ですね」

 

能力を維持しつつ屋内に入る。

一部の関係者しか知らない事だが、宿泊可能なフロアがある。2~3日過ごす分には問題無い。

何よりこの時期は利用者がいない事がいい。

 

確保しておいた部屋(本来なら会社役員等が使うグレード)のドアを開ける。

室内はクローディアが滞在しても問題無いレベルで、高級ホテルの一室、という雰囲気だった。

 

「涼さん、後はお願いしますね」

 

「はい」

 

「これから先、私には何も出来ません」

 

憂いと、少し悲しさを含んだ表情。

そんな顔は久しぶりに見る。

 

「既に貴女が成すべき事は済んでいますよ。今はこれでいい」

 

「・・・ありがとうございます」

 

「では!」

 

 

車に戻ると、端末を用意。

短いコールの後、すぐに相手が出る。

 

「沙々宮か?生徒会の志摩だ。事情は聞いたよ。―――ああ。で、この件について支援する。必要な物があったら言ってくれ。そうだ―――」

 

出来る事は限られているとは言え、相手は星導館学園に直接攻撃してきた。

黙っていられる涼ではない。

空を見上げ、決意を新たにする。

 

「反撃開始だ。好きにはさせんぞ!」

 

 

 

 




リアルがアレで遅れました。。。


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SERIOUS

 

 

フェニクス本戦の真最中に起きた誘拐事件。

被害者はリーゼルタニアの王宮侍女(見習い)で、本来なら縁も所縁も無い相手だが、それが星導館学園のユリス・アレクシア・フォン・リースフェルトの旧知となると困った事になる。

そして犯人の要求が天霧綾斗の持つセル=ベレスタを使用不能にする事。こうなると頭を抱えている場合じゃなく、全力で対策する必要がある。

 

事態は未だ進行中。

 

 

今回の事件を学園に対する攻撃と受け取って、反撃に血を滾らせていた涼だったが、すぐに出来る事は少ない。

そして作戦上クローディアが不在になる為、代行業務もこなす必要がある。

その為一旦学園に戻る。

 

そして夕刻。

準決勝第2試合。

天霧/リースフェルトペアとガラードワースの聖騎士ペアの対戦。

あまり心配していなかったが、綾斗が剣士を、ユリスが鎧のダンテをそれぞれ撃破して勝利。

セル=ベレスタを使えないハンデはあったが、特に問題は無いようだった。

これで遂に、星導館学園が決勝進出となった。

だが、感慨に耽っている時間は無い。

勝者の二人も足早に会場を去って行く。これから捜索に加わるのだろう。

明日の決勝の事を考えると、あまり無理をして欲しくはないが仕方がない。

 

8月も中旬。

この時間の空は暗くなり始めている。

涼も動ける時となった。

商業エリアとロートリヒトからは離れられないので、どれ程の手掛りが得られるかは分からないが、まずは行動だ。出発しようと駐車場に向かう。

 

その途上。

 

「涼。ちょっといい?」

 

「優か・・・急いているんで手短に」

 

数日顔を見ないだけだったが、随分と久しぶりな印象がある風紀委員、七海 優。

 

「忙しそうね。今夜もロートリヒト?」

 

「ああ」

 

つい声が堅くなるのは気が急いているせいか。

 

「この前の事なんだけど」

 

「それについては何も言えない」

 

夜の歓楽街で変装したシルヴィア・リューネハイムに出会った件については確かに話せないんだが、言い方が良くなかった。言葉、語気共に強い。

 

「・・・まあいいけど。涼ってさ・・・好きな子、いるの?」

 

「どうだかね」

 

お前だよ、と言ってやれば全てが変わったかもしれない。

 

「ふーん・・・ああ、ウチの会長さんか」

 

「よしてくれ。会長はそう思っていい対象じゃない」

 

「・・・そう」

 

しばし、二人共無言になる。

 

 

「もう行くよ。じゃあな」

 

「うん」

 

車を出す。

バックモニターには背を向ける彼女。

 

「こりゃ終わったな」

 

思わず声がでる。まあこんな態度ではそうなるだろう。

後で後悔に苛まれるかもしれないが、今はもっと重要な問題だ。

涼は気合を入れなおすと市街に向けてハンドルを切った。

 

 

 

多少渋滞に引っかかったせいで、ロートリヒト手前で車を降りると日はすっかり暮れていた。

 

夜の街は相変わらずの賑わい。

 

とりあえず適当なビルの屋上に転移すると、再開発エリアを見る。

沙々宮達からは連絡が無い。つまりは進展無しと思われる。

そういえば天霧ペアはどうしたのか。聞いていなかった。

端末を展開してコール。

 

「天霧か。志摩だ。今からロートリヒトと商業エリアを回る。そっちはどんな様子だ?」

 

「ああ、先輩。実は俺も今、ロートリヒトにいるんです」

 

「何だと?」

 

「実は―――」

 

何とレヴォルフのイレーネ・ウルサイスにアドバイスを求めたそうだ。

その発想には驚いたが、悪くない手だ。そして・・・

 

「確かにあり得るな」

 

イレーネの推測、それは誘拐ならむしろロートリヒトに潜伏するのでは、という物。

言われてみれば否定できない。むしろ充分な可能性。

 

「ならば天霧はそのまま頼む。こちらはこちらで情報を集めてみる。ああ。お前さんは表通りをメインにな。裏の方は俺が見る」

 

「はい―――あ、ユリス?」

 

天霧の端末に連絡が入ったようだ。

お互いの状況を話している。・・・そうか。

 

「丁度良かった。リースフェルト、君は一旦学園に戻れ」

 

「何だと!?何を言うのだ、先輩。私には―――」

 

「いいから聞け。そろそろ情報が集まりだす頃だ。捜索範囲も広い。まとめ役がいる。連絡は順次入れるから頼む。再開発エリアとロートリヒトのマップを用意しておいてくれ」

 

「そんな事は他の誰かにやらせればいいだろう!」

 

「誰かなんていないんだよ。それに君は目立ちすぎる。犯人にバレたら元も子もないぞ」

 

「それは・・・そうだが・・・」

 

「更に言うと戦力的にも君は温存しておきたい。居場所が判明しても俺達が誰も動けない、なんて事も有り得る。予備戦力は必要だ」

 

「・・・」

 

何とか説得して、彼女には学園に戻ってもらった。

口には出さなかったが、他にも理由はある。

決勝戦前に無茶をして欲しくは無かった。綾斗の方は仕方ないが、せめてユリスは疲労の無い状態でいるべきだ。最後の対戦相手は言うまでも無く最強なのだから。

 

「では、始めるか」

 

そう呟くと、歓楽街の雑踏に降り立った。

 

いや、その前に一つやる事があった。

 

 

 

 

ロートリヒト。

 

再開発エリア程ではないが、アスタリスクの暗部とつながる場所。

そういう場所だけに、ある種の秩序が生まれる。そしてその秩序を維持しているのは―――

 

「ここか」

 

見た目は複数のテナントが入る派手目なビル。

その側面に廻ると、従業員用らしき出入口がある。

当然監視されているドアを開けると、奥からいかにもといった風貌の男がやってきた。

 

「星導館学園生徒会の志摩です。『社長』には連絡済です」

 

「ついてこい」

 

エレベーターではなく、階段を上がって3階のフロアに出る。

下の階とは違い、事務所として使われているのだろう、通路に幾つかオフィス風の扉が並んでいる。その一つが開いた。

 

「失礼します」

 

「志摩か。毎晩この街に来ていたようだが、会うのは半年ぶりか」

 

「そうですね。ご無沙汰でした。『社長』」

 

その男、年齢は三十代。落ち着きと怜悧さを併せ持つ雰囲気で、社長との呼びかけにはなんの違和感も無い。実際多数の店のオーナーでもあり、社長、代表と言った肩書も持っているのだが、勿論それだけではない。

 

その本質は、歓楽街を取り仕切る某有力組織のトップ、という事になる。

 

「君の夜回りについてはこちらにも利があるので特に言う事はないよ。むしろ評価している」

 

穏やかだが力を感じさせる言葉。何となくマディアス・メサに通じる物がある。

そういえば学生時代は同世代だったはず。

ただ運営委員長は星導館の出身で、この人はレヴォルフだったな。

 

「ありがとうございます。おかげ様でこの時期としては大きなトラブルも無く何よりですね」

 

と言ってもこの街の事だ。小さなトラブルはいくらでも、だろう。

 

「まあな。こっちはそうだが、お隣ではかなり派手にやったらしいね」

 

商業エリアでの諍いの件は知られていた。

 

「はは・・・。ここではそういう事が無いよう、もうしばらくは見回りますよ。ああ、他所からトラブルを持ち込もうとする奴にも注意しませんとね」

 

「そんな面倒な奴がいると?」

 

「あるいは。まあ隣かもしれませんが」

 

「それで君はどうしたい?」

 

「今回に限っては色んな人にあれこれと話を聞く事になりますが、ご容赦願えますか?」

 

「・・・いいだろう」

 

よし。これでこの街の運営側からの黙認に近い形の許可は得られた。

まあ『社長』が歓楽街すべてを支配している訳ではないが、関係者に無断で動いた訳ではないという言い訳はできる。

 

「ところで・・・その面倒の元はどこか、分かっているのか?」

 

「恐らく、『社長』の母校のトップかと」

 

「そうか。そういう事か」

 

ロートリヒトの運営側にはレヴォルフの関係者が多い。ただその殆どは現生徒会長ディルク・エーベルヴァインと敵対していると言える程関係が悪い。この『社長』もそうだった。

こう言って置けばこちらの動きは奴に伝わり難くなる、かもしれない。

そしてもう一つ。今回の件、どうやら『社長』は知らないようだ。つまりここでは情報は得られない。まあそれはいい。

 

「では、事が終わったら改めて挨拶に参ります」

 

「わかった」

 

これでよし。さあ行くか。

 

 

 

 

ロートリヒト、裏通りにあるビルの屋上にて。

 

 

「リースフェルトか。今から捜索に入る。天霧はもう動いているはずだが、連絡はあったか?」

 

「いえ、まだです」

 

「そうか。連絡してどこを調べているかチェックしておいてくれ。俺が動くのは東外れのブロックからだ。位置データは送った。で、再開発エリアの方はどうだ?」

 

「30分前の連絡では、こうなっています」

 

「ふむ。候補場所の4割を確認したか・・・まだしばらくかかるな。あいつらには適当に休憩を取るように言っておいてくれ」

 

「わかりました」

 

「よし。1時間を目処に定期的に連絡しよう。君はそのコントロールも頼む」

 

 

昨日と同様、風紀委員に商業エリアの見回りを任せてあるので、今夜もずっとこちらにいる事はできる。

まあ名目は見回りなので、定期的に人の集まる所で姿をみせながら情報収集と捜索にあたる。

 

もし誘拐犯がこの街にいるとして、奴ならどこに潜むだろうか。

イレーネ・ウルサイスが推測したように、金か、力づくで潜伏場所を確保したのか?

いや、目立つ事は避けるはず。ならば空き家を選ぶだろう。

この街の場合、空き家、とは営業していない店舗になる。

 

ビルの窓の中で、明かりのついていない所を見つけるとそのフロアをチェック。

怪しいと思えば転移を使って入ってみる。当然不法行為だが、この際構わない。

 

しばらくそれを続けてみたが、これはまずいかなと思うようになった。

 

何しろここは歓楽街。

店の入れ替わりは当たり前で、つぶれて次のテナントが決まらない場所はざらにあった。

そういう所を虱潰しにしようとしたらとても時間が足りない。

 

どうしたものか?

 

とりあえずもう一方、天霧綾斗の状況を知ろうと位置情報を見る。

 

「ありゃ。ちょっとまずいか?」

 

彼がチェックしている場所を見ると、今の涼の反対側になる。

あの辺りは『社長』の息のかかっていない、というか競合有力者の抑えている場所だった。

このままではトラブルになりかねない。

 

「まいったな・・・」

 

予想以上に状況は良くなかった。

 

こういう時は気分転換。

適当なビルの屋上で煙草に火を点ける。

煙を吐きながら考える。何か別の手はないか?

中々決定打は出てこない。

結局自分の能力もあまり役には立たないし。こういう場合、探知系の能力があれば簡単なんだが、そういう能力を持ったダンテやストレガの知り合いはいない。これはかなり希少な能力だからだ。

いや、いる事はいるが、一人はすでにアスタリスクを出ていて、もう一人は警備隊入りした。これではいないと同じ事だ。

煙草を燻らせながら街を見下ろす。

その時、閃く物があった。

少し前、今と同じようなシチュエーション。

 

「いるじゃねーか!」

 

思わず声が出る。

そう、確かにいる。それも、もしかしたら今もこの街のどこかに。

 

時間が惜しい。

端末を使ってコールと同時に上空に転移し、街を見下ろす。

あの光学制御パターンは覚えている。あるいは直接見つけられるか?

 

つながった。

 

「志摩さん?どうしたの?」

 

「会長!すまないが急ぎで頼みがある」

 

 

 

夜空に浮かぶ空間ディスプレイに、世界の歌姫(ただし変装中)の姿が浮かんだ。

 

 

 

 

 



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RUN TO YOU

 

フェニクス、決勝戦前夜。

 

 

再び、ロートリヒトはずれの人気のないビルの屋上。

 

思いがけず再会する事になったシルヴィア・リューネハイムは今夜も地味な装いだった。

 

だが、その控えめな容姿の向こうに、圧倒的な力と存在感、そして優美さが見え隠れしている。

しかしそれを気にしてしまうと、かなりの緊張を強いられるので、涼は意識してビジネスライクな会話にする。

 

 

「人探し、か。それで私に?」

 

「そう。行き詰っていたのでね。何とか探知系能力でお願いできないだろうか」

 

「この前、貴方には協力してもらったし、いいよ。それでどんな人?イメージするのに出来るだけ情報がいるんだけど」

 

「あ・・・」

 

涼はここにきて、フローラについての情報をほとんど持っていない事に気がついた。

話した事もなく、年齢すら知らない。容姿については少し見かけただけだった。

 

「しまった」

 

「どうしたの?」

 

フローラについて一番詳しいのはあのお姫様だが、今から来てもらうのか?そうなると何故シルヴィアと関わりがあるのかという面倒な説明をする必要がある。ではデータを送ってもらうか?ただこういう場合、能力の発動にデータ上のイメージだけで足りるかという懸念がある。

となると・・・

 

「一つ手間が増えるけど・・・天霧綾斗は知っていますか?」

 

「もちろん。今回のフェニクス、大活躍だね」

 

「彼も今、フローラを探してここで奔走している。彼ならあの子と直接会って話もしているし、イメージを伝えるには適任だと思う」

 

「いいね。私も彼には興味あったし。それで、どうする?」

 

ウィンドウに表示すると同時に位置データを送信する。

 

「この辺りで見つかると思うので、出向いてくれないかな。ただその出会いは偶然、という事にしておいてくれ。まだ貴女と面識がある事は知られない方がいい。多分」

 

「じゃあ、この出会いと依頼も秘密?」

 

「その方がいいかな」

 

「うん、わかった」

 

「では、お願いします」

 

微笑んで頷くと、戦律の魔女はその身を翻してビルの谷間に消えた。

 

 

「俺って、締まらねえな・・・」

 

そうぼやいて、再び煙草に火を点ける。

だが、経緯はともかく、これで後は時間の問題だろう。

 

いつの間にか、時計の針は決勝戦当日に大きく入り込んでいた。

 

 

 

「先輩!進展がありましたか?」

 

「その様子だと沙々宮達はまだのようだな」

 

「はい・・・」

 

画面には焦燥を隠さないユリスの顔が映る。

 

「こっちは手掛りが得られそうだよ。天霧が対処中だ。だからしばらくは君から天霧には連絡しないように」

 

「はい。・・・しかし手掛りとは?」

 

「かなり微妙な情報源でね。扱いに注意がいる。だから詳しく話せない。すまない。だが間違いなく期待していい」

 

「わかりました。連絡を待ちます」

 

一報を入れておいて良かった。ユリスの焦りは相当な物だ。少しは希望を持たせないと学園から飛び出しかねない。

連絡を終えた涼は、再びロートリヒトの雑踏に向かう。

そろそろこれまで通りの見回りに戻ってもいいだろう。

だが。

街を見渡す。

多分この何処かに、あの子が捕らえられている。勿論心配もあるが、何より面白くない。

 

(タイラントか・・・)

 

これまでの情報や関係者の意見を総合すると、今回の件、首謀者はやはりレヴォルフ黒学院のトップ、ディルク・エーベルヴァインと見て間違いないだろう。

 

ただ、涼個人としてはレヴォルフとトラブルになった事は無い。

学園、生徒会としても、正面切っての抗争、裏でのせめぎ合いも多くなかった。

ディルク・エーベルヴァインという人物にしても、悪党ではあっても契約は絶対に守ると公言し、それを実行している点は評価すらしていた。

 

だが、今回とうとう明確に攻撃を仕掛けてきた。

しかも、フェスタ参加選手の競技妨害という形で。

似たような事は大会前にもあったが、今回の方が遥かにタチが悪い。何しろフェニクス優勝がかかっているし、手段は卑怯、ときている。

 

(気にいらねえな)

 

勿論、涼は生徒会役員に過ぎない。他校の生徒会長、ましてや謀略に長じたあの男に対し、何ができるだろう?

それでも。

この時、涼は明確にディルク・エーベルヴァインを敵として認識した。

 

 

 

夜空が蒼くなり始めた。

繫華街の賑わいもかなり薄くなってきている。

これまでのパターンなら、もう街を引き上げる時間だったが、まだ連絡が無い。

進展がわからないのは不安だが、これ以上ロートリヒトを回っていると不審に思われるかもしれない。

考え過ぎかもしれないが、ここで行動パターンを変える事によって思わぬ事態になるのも面倒だ。

ため息を吐くと車に向かった。

 

 

待望の連絡は学園に向かう車内で受ける。

綾斗から、居場所を絞り込んだとの知らせがあり、それをユリスが報告してきた。

 

「良かった。何とかなりそうだな」

 

「はい。何故ここがわかったのか、綾斗は教えてくれませんでしたが」

 

ユリスから送られてきた地図データには、再開発エリアの境界付近、北ブロックの一角にマークが付いていた。

 

「それは大丈夫だ。間違いない。保障する。それよりもう休め。寝てないんだろう?後は俺達が対処する」

 

「ですが・・・。先輩も休んでいないでしょう」

 

「俺はもう慣れたよ。気にするな。それより沙々宮達は動いているのか?」

 

「はい。ロートリヒトに移動中です。夜吹もそちらに向かっています」

 

「ほう。奴がね。なら情報面でのフォローも大丈夫か」

 

あの男ならロートリヒトについては涼と同等以上に詳しいだろう。

 

「よし。これで何とかなるね。やはり君は休むべきだな。ああ、もう天霧も戻るから、一緒に寝たらどうだ?」

 

「はい、そうしま・・・って何を言うんですか!!」

 

モニターに悪くない意味で柳眉を逆立たせるユリスが映る。

 

「はっはっは。俺は一旦学園に戻る。どうしても処理しなければいけない案件があるからね。それが終わったらすぐに出るぞ。ああ、もう一度言っておこう。任せておけ」

 

「・・・はい。お願いします」

 

 

 

大見えを切った物の、すぐにロートリヒトに戻れる訳ではない。

ユリスに言った通り、外せない業務がある。

生徒会室に入ると、その一つ、気になってた件を早速確認する。

 

装備局からの通達。

 

オーガルクス、セル=ベレスタの緊急凍結処理の申請について。

 

チェックしてみると、申請が出された事が確認され、当該オーガルクスは回収済、となっている。

と言っても実際は天霧綾斗が所持しているので問題無い。(いや、本来なら問題行為だが)

この件を含め、事態に対処する為の手続きや機密保持の処理を手短に済ませるつもりだったが、ここに来てクローディアが不在な事が効いてきた。あれこれと代行処理が必要な案件が持ち込まれる。

 

「書記長、この件、会長に見て貰わないと」

 

「もう少し待てんのか」

 

「そりゃ、まあ、今日はいいですけど」

 

「ならば待て。銀河の支部長会に呼ばれたんじゃ会長はすぐには戻れん」

 

勿論そんな事実は無いが、口実としてはこれ以上の物はないだろう。

事後にはなるが、支部長には無理を言って協力してもらっている。

 

「大丈夫なんでしょうか。今日の決勝戦もですが、その後の閉会式は必ず出てもらわないと」

 

「リオ、何か聞いてない?」

 

「すみません。私も詳しい事は何も・・・」

 

流石に今回の件は秘書であるリオにも話せなかった。

 

「とにかく。俺が処理できる分はやっておいたから。これから決勝戦と閉会式だ。担当はそろそろ会場に移動する事。もう緊急案件は無いはずだから、他は明日に回せ。俺は先に会場に行くから、後は頼む」

 

言うだけ言って、部屋を出る。

涼にしては乱暴だが、気掛かりな事があった。

 

沙々宮達から、発見の連絡が入らない。

これはもっと早く合流して例のブロックの調査に入るべきだったか。

決勝戦開始までの時間は無くなりつつある。

もう待てない。

 

端末を取り出すとコールするが繋がらない。一体何をしているのかとイラっとした所で折り返しが来る。

 

「夜吹か。まだ特定できんのか?」

 

「申し訳無いっす。思ったよりチェックする店が多くて。でも幾つか目星はつけたんすよ」

 

車に乗り込みながら聞く。ナビゲーターにロートリヒトのマップを展開。

 

「ほう。で、どこだ?」

 

「ええと・・・社員研修中の居酒屋、つぶれたマッサージ店、改装工事が止まってるカジノ―――」

 

「カジノ?改装工事・・・客が暴れて営業停止した所か?」

 

「お?ご存知で?中が滅茶苦茶になったそうで、工事には時間掛かるのに作業が急に止まっているって事で」

 

車を出しながら思い出す。以前夜の見回りの時、立ち寄ったバーで聞いた話だった。

 

「気になるな。それはかなり前から空き家、という事だろう?」

 

「ええ。怪しいでしょう」

 

「まずはそこから、だな。いつ頃入る?」

 

「そうっすねえ・・・。あと10分もあれば」

 

「俺もすぐ行く。お前さん達の5分後位に着くだろう」

 

 

自然とアクセルを踏む力が増す。

制限速度オーバー。レコーダーに記録は残るがやむを得ない。

断続的に能力を発動して周辺の光を歪める。上手くいっていれば車ごと姿を隠せる。これでシャーナガルムに見つからなければいいのだが。

 

「会長?志摩です。ほぼ場所を絞りました。今向かっています。先に沙々宮達と夜吹が行ってます。―――ええ、何とかしますが、時間的に決勝戦ギリギリになりそうですね。―――なので、天霧達には連絡手段を―――では、そちらはお願いします。ケリがついたらすぐ連絡しますので。では!」

 

 

ショートカットして再開発エリア側からロートリヒトの北に廻る。

目的地のカジノが入るビルは知っている。最短ルートで店の前に突っ込んで思い切りブレーキを踏む。

一瞬視界に入った店の正面。ドアが開いている。つまり沙々宮達はもう入っている。

 

車の停止と同時にドアも開けずに転移で店に跳び込むと、そこはホール状の広間になっていた。そこに大声が響き渡る。

 

「何で俺様が一人でこんな役をやらされなきゃならねぇんだ!!」

 

何とレスター・マクフェイルだ。

煌式武装の大斧を振るって妙な黒い影を薙ぎ払っている。影という事は・・・ダンテかストレガの設置型の能力だ。つまり犯人はそういう能力者か。

 

「わかってるよ。一人じゃやらせねえって」

 

涼も煌式武装を展開、影に叩きつける。あまり手応えはないが、それでも影は消えていった。

 

「あ、あんた生徒会の・・・!」

 

「おう!沙々宮達はどうした?」

 

「地下だ。多分犯人は―――」

 

その時、奥の階段から銃声と閃光。沙々宮の銃型煌式武装の発砲だ。

 

「なるほど、ねっ!」

 

影を叩き飛ばしながら答える。あっちはどうやら犯人と戦闘中らしい。

 

とにかく腕を振るい、転移で動きながら影を叩く。突破して地階に行きたいが数が多い。しかもすぐに復活してくる。

 

「マクフェイル、まだやれるか?」

 

「当たり前だ。俺を誰だと思ってやがる!」

 

「ならいい。しかし・・・」

 

これはかなりきつい。何とか打開策を、と焦り始めた所で、地階から轟音と閃光。

強力な煌式武装の砲撃、と思った所で影が一斉に消えた。

 

「こりゃあ・・・」

 

「ああ、ケリがついたな。行くぞ」

 

下のフロアに飛び降りると、派手に破壊された壁と柱。そして・・・

 

「綺凛!しっかりしろ、綺凛!」

 

「刀藤様!刀藤様!」

 

「沙々宮!落ち着け!犯人はどうした!」

 

「取り逃がした。それより綺凛が!」

 

「わかっている。少し待て。マクフェイル、まだ油断できん。周辺警戒!」

 

「お、おう!」

 

鏡像展開と転移発動。一瞬で車に戻ると、ファーストエイドキットを掴んで舞い戻る。

 

「先輩・・・」

 

「ああ」

 

倒れた刀藤の下に血溜まりができている。負傷は・・・脇腹か?

服を引き裂くと手が赤く染まる。

滅菌精製水のボトルを取り出して水をかけると傷口が露わになった。酷くは見えないが深いのか?違う。貫かれている。

 

「不味いな」

 

内臓も傷ついているかもしれないが、まずは出血をなんとかしないと。

ガーゼパッドに止血ジェルを塗って傷に当てると、テーピングベルトを取り出す。これで何とかなればいいが。

 

「先輩、綺凛は・・・」

 

「ああ。この出血量、普通は30分経過すると生存確率が50%を切る」

 

「そんな・・・!」

 

「心配するな。俺達はジェネステラだ。普通じゃない」

 

「そ、そうか・・」

 

「よし。行くぞ。フローラは歩けるな?」

 

「は、はいっ!」

 

涼は意識を失いかけている綺凛を抱える。

 

 

 

「ここを出るぞ。マクフェイル先導しろ。沙々宮はフローラをフォロー。さあ走れ!」

 

 

 

 



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FRIENDS OF MINE

 

今回の誘拐事件。

 

解決はまだだが、人質の奪還には成功。

しかし・・・

 

 

意識を失いかけた刀藤を抱えてカジノを出ると、車に駆け寄る。

 

「治療院に行くぞ!レスキューに連絡するよりこっちの方が早い。沙々宮、フローラ、後席に!」

 

リアシートに3人を乗せる。真ん中に刀藤を座らせて左右の二人に支えさせる。

 

「飛ばすぞ。しっかり支えていろ。沙々宮、傷を押さえていろ。但し軽くだぞ」

 

 

マクフェイルが隣に座ったと同時に車を出す。同時に端末を起動、コール。相手はすぐに出た。

 

「涼さん!」

 

「会長!成功です!フローラは無事だ!」

 

「ありがとうございます!」

 

「もう時間がありません。連絡を急いで下さい!」

 

時計は正午を示している。予想以上に手間取ってしまった。もう決勝戦は始まっているだろう。

 

「もちろんです。こちらは任せて下さい」

 

「願います。俺達は治療院に行きます」

 

画面の向こうで彼女が頷くのを見て通話を終える。

試合が始まってしまった以上、綾斗とユリスに連絡する手段はあるだろうか。そこはクローディアに任せるしかないが、何とかしてくれるだろう。これで綾斗はセル=ベレスタを使えるはず。

 

「よし!」

 

必要な連絡を終えるとスピードを上げる。

幸い道路は空いている。それもそのはず、今アスタリスクにいる人は大抵フェニクス決勝戦を会場で見ているか、ライブ中継のモニターにかぶりついているだろう。ドライブモードをスポーツに切り替え、アクセルを踏み込む。

 

「ところでマクフェイル。どうして来たんだ」

 

「夜吹の野郎に無理矢理呼び出された―――うおっ!?」

 

交差点でリアタイヤが大きく流れて車が振れる。

 

「なるほど・・・それで奴は?」

 

カウンターステアで立て直すとフルスロットル。

 

「おいおい大丈夫なのか―――奴なら逃げやがった。あの影を俺に押し付けてな」

 

「そういう事か」

 

夜吹には協力してもらっていたが、何しろ学園諜報機関影星の一員だ。素直に信用できない面がある。今回の件も後で話を聞く必要がある。

 

幾つか信号を無視して飛ばしたせいで、もう目的地が見えてきた。

後ろから小さな呻き声。もう少しの辛抱だ。がんばれ刀藤。

 

これ程急いだのは危険だからだ。

確かに彼女もジェネステラ。負傷に対する耐性は高い。だが何よりまだ子供だ。傷のダメージは判断つかないが、出血量は厳しいレベルにある。

 

「よーし。ここ!」

 

最後の交差点をスピードを落とさずアウト・イン・アウトでクリアすると、治療院正面の通りに出た。ゲートは目の前。一瞬で通過し、フルブレーキ。ホーンを鳴らしながら救急搬送入口に車を着ける。

 

「着いたぞ!沙々宮、刀藤を。フローラもついてこい。マクフェイル、まだしばらくは付き合ってもらうぞ」

 

「何なんですか!?一体!」

 

意識を失った刀藤を抱え上げた所で看護師が出て来た。思わず声が荒れる。

 

「見りゃ分かるだろうが!!重症者だ。すぐに処置を頼む!」

 

一瞬固まる看護師だが、流石プロ、すぐに状況を把握する。

 

「こちらに!容態は?」

 

開いた扉から室内に入ると、奥ではストレッチャーの用意をしている。

 

「腹部に深い裂傷。恐らく貫通している。出血多量。受傷から恐らく20分以上経過」

 

「第5処置室だ。誰かグリーン先生に連絡を!」

 

「沙々宮。ついて行け。俺はここで待つ」

 

「はい!」

 

これで刀藤は何とかなるか。

 

「マクフェイル」

 

「おう」

 

「お前さんは待合室辺りにいてくれ。まだ気を抜くなよ。ああ、何か言われたら生徒会の指示だと言っとけ」

 

「わかった」

 

「さて次は・・・」

 

所在なさげにしているフローラを見る。

 

「あ、あの・・・」

 

この子も大変な1日を過ごしていたはず。さてどうしたものか。

その時声がかかった。

 

「涼、あんたここで何してるの?」

 

「丁度良かった。まあ、いるとは思っていましたがね、シーナ先輩」

 

振り返るとそこには白衣姿の若い女性。

 

「一体どういう事?」

 

相手は涼の高等部時代の知人で、卒業後は医療の道に進み、最近ここに配属された事は知っていた。

 

「先輩は確か小児科の研修医でしたね。この子を診て欲しいんです」

 

「・・・どうしたのかな?」

 

膝をついてフローラの顔を覗き込む。

 

「この子はフローラ。多分丸1日位拘束されていました。ああ、手首を見て下さい」

 

「拘束って・・・。うん、擦過傷が出来てるね」

 

「事情は後ほどで。お願いできますか?」

 

「わかった。フローラちゃん?こっちいらっしゃい。」

 

こっちはこれでよし。次は・・・

 

「ああ、すみません。さっき連れて来た子ですが、多分入院でしょう。手続きお願いします」

 

見かけた看護師を捕まえて受付まで行く。

まずは診察の正式な申し込みと、入院についての手続き。

幾つかの書類に記入していると、端末に呼び出し。誰だと思ったら風紀委員長だった。

 

「志摩です。委員長ですか」

 

「ああ。ウチの連中で手の空いている奴をそちらに向かわせた。お前の指示に従うように言ってある」

 

「お。そりゃ有り難いですが、どうして?」

 

今更犯人側の反撃があるとも思えないが、警戒していると見せる事は必要だ。

 

「会長の依頼でね。事情は聞いたよ」

 

「ありがとうございます」

 

「それからもう一つ。警備隊にも連絡が行ったみたいでね。多分そちらにも事情聴取があると思う」

 

「了解。まあしょうがないですね」

 

シャーナガルムが知ればそうなる。しかも犯人は捕まえていないし、捜査協力はする事になるだろう。

 

 

 

やっと少し落ち着いてきた。

一旦外に出ると、シガレットケースを取り出して一服付ける。

深く煙を吐くと、しばらくぶりに穏やかな気分になった。

 

そんな良い時間を邪魔するように、勝手に空間モニターが開く。メールか?

 

「何なんだよ・・・」

 

思わずぼやきながら画面をみると、そこには・・・

 

 

『フェニクス決勝戦、終了。勝者 天霧綾斗/ユリス・アレクシア・フォン・リースフェルト』

 

フェニクスの最終決着を告げる、一斉配信のメールだった。

思わず煙草を取り落とす。

 

「ふ・・・ふふふ・・・ははは・・・はっはっは。あははは!」

 

そして久しぶりに大笑いする。

実に良い気分だった。

 

 

 

 

 

『綾斗。ユリス。フローラは無事です。ご安心ください。そして―――存分にどうぞ』

 

良く通るクローディアの声に、二人が笑いあう。

そして。

天霧綾斗が構える。

セル=ベレスタの刀身が黒く輝いた。

 

 

ニュースサイトで決勝戦の解説を見ている。

フローラ救助の報をどうやって試合中の二人に伝えたのか、気になっていたが、こうして見ると実況席ジャックはベストだった。これなら確実に伝わるし、その通りになった。

それにしてもセル=ベレスタが使えるようになったタイミングはギリギリだ。結果オーライだが、こうして見ると冷や汗が出る思いだ。全く迷惑な事をしやがって―――

 

「書記長、ご苦労様です」

 

「おう。お前らもな。こんな時に済まない」

 

委員長が言っていた、風紀委員が到着。

ここ数日の夜回りで面識ができた連中だが、その中に面識があるどころではない委員も一人いた。おかげで意識しないと表情が硬くなりそうだった。

 

「いいんですよ。大体事情は把握しました。それでどうしますか」

 

配置の指示を与える。

ディスプレイに治療院の構内図を出して気になるポイントを検討、協議し、今夜遅くまで配置についてもらう事にする。

 

「ではこれで頼む。治療院側には一言断っておくか」

 

「そうですね。では始めます。皆、行こうか」

 

それぞれ分かれて行くメンバー。だが。

 

「・・・七海。どうかしたのか?」

 

彼女だけはそこにいた。

 

「・・・いえ。位置につきます」

 

あんな別れ方をした以上、お互い、気まずさが残る事になった。

 

 

気を取り直して処置室に向かうと、沙々宮紗夜が出てくる。

 

「おう。どんな具合かな?」

 

「手当は終わったみたい。もう大丈夫」

 

これ程速く治癒が進むとなると、多分魔法治療が行われたんだろう。

 

「分かった。医者の説明は俺が聞いておく。夜まではここにいるから、沙々宮はもう帰って休め」

 

「はい。でもその前にシリウスドームに行きたい」

 

「ああ、天霧の方か。それも良かろう。だがあまり無理はするなよ」

 

マクフェイルにも礼を言って引き揚げさせる。

出て行く二人を見送ると入れ違うように1台の救急車が入って来た。ここは急患の受け入れ場なので珍しくもないが、出てきたのは・・・

 

「リースフェルト!」

 

「・・・あ、先輩?」

 

思い起こせば決勝戦では相当なダメージを受けたはずで、すぐここに運ばれて来るのもわかる。

ただあまり外傷は見られず、意識もはっきりしているようだ。

 

「今回はお世話になりました」

 

「それはいい。治療が先だ。後でフローラを行かせる」

 

「・・・! ありがとうございます」

 

あまり見る事の出来ない、彼女の安堵しきった表情を見る事になった。

 

 

 

 

治療院に着いて以降、なにかとバタバタしているが、今度こそ落ち着いたようだ。

控室で空間モニターを展開、改めて決勝戦関連の情報を集めてみる。

画面の半分は勝利者インタビューの様子を映している。

いくら決勝とは言え、この時間までインタビューが長引く事はないのだが、今回は事情が事情だ。

 

画面には当然天霧綾斗。その隣には、なんとクローディアだ。

まあパートナーたるユリスが負傷治療で離れているので、代わりに付き添ったのだが、そこでフローラ誘拐の件を暴露してしまった為に質問が集中、時間も大幅に延長されている。

その結果。

 

「それじゃあ、表彰式は3時間遅れでスタートだな。、会長は?わかった。ああ、場所が変わったのか。プロキオンドームだな。ならお前たちもすぐ向かってくれ。俺はこっちを離れられないから。うん、頼む」

 

連絡を終えると、近づく人影に意識を向ける。まあ誰かは分かっていた。

 

「しばらくだな。お前が来たのか。リキ」

 

シャーナガルムの制服を着たかつての同級生、リッキー・エコーレットとは今でも付き合いがある。

 

「ああ。今回も面倒だったようだな。志摩」

 

「全くだよ。で、事情聴取だな。今ここにいる関係者は皆治療中だ。しばらくは待ってもらわないとね」

 

正確にはフローラは違うが、あの子は今リースフェルトに付き添わせている。

 

「分かっている。上司は後から来る事になってる。その前に暇そうな奴に先に聞いておこうと思ってな」

 

「そんなに暇でもないが。まあいいさ」

 

この場合、流石に会話の内容がアレだ。ここでは話せない。

外に出るとそこは夕暮れの景色。

改めて煙草を取り出す。

 

「で、何から話そうか」

 

 

たとえ元同級生、、現友人であっても、警備隊の事情聴取となれば仕事の手は抜かない。

そういう相手に話となると、簡単には済まない。

話せる事を話してしまうと(当然のごとく、何度も同じ事を聞かれる)空はすっかり暗くなり、いつもと同じ星空だった。

 

仕事に戻るという同期を見送って院内に入る。

何か飲もうかと休憩室に向かうと、静かな廊下にカツンという小さな音が響く。

何だろうと顔を出すと、ソファーには缶コーヒーを掲げて微笑み合う二人。

 

「ささやかだが粋な祝勝会だな」

 

思わず出た言葉に二人が気付いた。

 

「先輩・・・」

 

「邪魔しちまったか。すまん。ああ、今更だが、優勝おめでとう」

 

「ありがとうございます。先輩にもお世話になりました」

 

「いいって事さ。ま、この調子で次のフェスタも頼むよ」

 

「もう来年の話ですか」

 

「といっても天霧、お姫様には付き合うんだろう」

 

「・・・はい!」

 

その言葉の力強さに、ユリスが微笑む。

 

「おっと。これ以上は本当に邪魔だな。俺はロートリヒトに行くんで、刀藤によろしく言っといて。じゃあな」

 

「まさか今夜も見回りですか?」

 

ユリスが驚いたように言う。

 

「そりゃフェスタ最後の夜だからね」

 

手を振って出て行く涼。

 

 

 

「あの人、今夜も徹夜かな?」

 

「・・・大丈夫なのか?」

 

 

 

 



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TALKING IN YOUR SLEEP

 

目が覚めると、知らない天井。

 

いや、そうでもない。

ここしばらくは、毎日来ていたような気がする。

 

しばらくぼんやりしていると、視界の端で何かが動いた。

星導館の制服。ああ、生徒会、会計の澪か。

 

「あ、書記長。起きられましたか」

 

「うん・・・。俺は何でここにいる?」

 

多分ここは治療院の一室。

 

「やはり覚えてないんですね」

 

「いや、待て・・・思い出すから」

 

確か・・・

 

フェニクス後夜祭の後、ロートリヒトと商業エリアの見回り。

派手な乱闘とかは無かったが、フェスタ最後の夜という事ではっちゃける奴が多く、酔って小競り合いとか店に迷惑をかける事案が多発し、あちらこちらに駆け回る事になった。

 

明け方学園に戻って、食事を済ませてさあ寝ようとしたところで今度は警備隊の来襲。

先にリキに話せる事は話していると言ったものの、あれは非公式だという事で再度事情聴取を受けるハメになった。

その後、生徒会室で今期フェニクス結果のまとめ。

 

「書記長、その時から顔色悪かったですよ。休んで下さいと言ったのに・・・」

 

「そうだったっけ?」

 

その晩は銀河の支部長の所に出向いて協力の礼と、以前から指示されているロートリヒト調査の報告。と言ってもあまり話せる事はなかった。まあその代わり今回の事件の詳細を話す事でよしとしてもらえたが。

そしてその足で今度はロートリヒトの『社長』に挨拶に行った。こちらはすんなりと終わったが、帰り道で別の関係者に捕まった。

その男は事件の舞台になったカジノのオーナーの代理人で、何と損害賠償を請求してきた。

 

そりゃ確かに、犯人との戦いで沙々宮が煌式武装を派手に使ったから室内が破損したのはわかる。

だがその原因は犯人側だろう。大体そんな怪しい奴に場所を提供した事はどうするんだ。

 

「そうは言ったんだけど、向こうもなかなか納得しなくてね」

 

「それで、どうなるんですか?」

 

「学園側とも協議すると言って時間稼ぎだ。だた場合によっては・・・一応、どの予算項目が使えそうか、チェックしておいてくれ」

 

「わかりました」

 

この件はいい。だがその後が良くなかった。

今度は丁度商業エリアで飲んでいた大学部の友人連中に捕まって、一緒に大騒ぎ。

結局朝まで飲んで・・・あれ?また寝なかったのか?

 

「それでそのまま生徒会室に来て、来期の準備業務を始めて・・・その後どうしたっけ?」

 

「席で寝てましたよ。そっとしておこうと思ったんですが、会長が様子がおかしいと言われて」

 

寝ていた、ではなく熱を出して意識が無かった、らしい。

 

「そういう事か」

 

「ですので、ここでしばらく大人しくしておいて下さいね」

 

「うーむ・・・」

 

「あ、何か欲しいもの、ありますか?」

 

「退院の許可。大人しくするのはここじゃ無くてもいいだろう」

 

「そうは言っても・・・」

 

澪が困惑の表情。

その時病室のドアが開く。

医師かと思ったら・・・

 

「お邪魔しまーす・・・って目が覚めた?」

 

「お前か・・・」

 

控え目に入って来たのは風紀委員の優。

澪の表情にわずかな不快感が混ざったのがわかる。

 

「で、何で来たの?」

 

「何でって、最近微妙だったから。お見舞いしてよりを戻そうかなって」

 

「よりを戻すって・・・そこまでの間柄だったっけ、俺達?」

 

「うん、そうだよ」

 

言い切った優に、澪が今度ははっきりと怒りの表情。

 

「七海先輩。涼先輩はまだ休息が必要です。お帰り願えますか」

 

(いきなりこれかよ)

 

実は、澪の気持ちには気付いていた。

この前の件で、優とは終わったと思っていたので、もう澪ルートでいいかな?と思っていたのに、まさか優がひっくり返しに来るとは。

ベッドサイドで睨み合う二人にため息をつき、目を閉じた。

このまましばらく入院してた方がいいかもしれない。

 

「はいはい。そこまでにして下さいね」

 

「あ・・・」

 

「会長」

 

目を開けると、開いた扉の前に美少女。

相変わらずの気配の絶ち方で、来ていた事に全く気がつかなかった。

 

「お二人共、病院ではもう少し穏やかに、ですよ」

 

やはり容姿では二人ともクローディアには及ばないな。

 

「涼さん、具合はいかがですか?」

 

「もう大丈夫です。少し話せますか?」

 

「はい、いいですよ」

 

「どうも。では二人は出てくれ。ちょっと聞いて欲しくない話になる」

 

優と澪は如何にも不服、という顔で病室を出る。

 

「涼さん、あの二人ですけど」

 

「わかっていますよ。でも今はいいでしょう。それよりも俺が寝ていた間の事ですが」

 

「はい。では―――」

 

聞きたかった事件の捜査状況だが、やはり犯人は見つかっていないようだ。これについては警備隊に任せるしかないが、どうなるか。涼としても犯人の能力と思われる影と戦っただけで、捜索の役には立てない。まあロートリヒトで情報集めはするべきだろうが。

 

「証拠があればレヴォルフに相当な打撃を与えられるんですがね」

 

何しろフェスタ開催中の妨害行為だ。アスタリスクに、ひいては統合企業財体の顔に泥を塗ったような物だ。裏にどんな事情があろうと、明るみになればかなりの処罰が下されるだろう。

 

「決定的、となるとやはり犯人でしょう。ですが・・・」

 

「未だ見つかっていない、となると望み薄、ですね。それ以外の手掛かりは・・・奴が残している訳もないか」

 

この話はそれ以上進まず、いくつかの生徒会業務についての連絡を受ける。

1、2日涼がいない程度では大きな遅れ等は出ていなかった。そこはクローディアのマネジメントが優れているからだろう。

 

「ですので、今日一杯はここにいて下さいね。働き詰めだったのですから、良い休養だと思いますよ」

 

彼女に明るい笑顔でそう言われては従うしかない。

 

「それと、蒸し返してしまいますが、あの二人です。涼さん、貴方は・・・」

 

「分かってますよ。そこまで鈍感じゃないです。まあ、俺が決めるしかないでしょうね」

 

「ええ、そうなりますね。今日の所は大人しくしているように私から言っておきます」

 

「さすが会長。頼りになります」

 

「ふふっ。では、お大事に」

 

安堵とともにクローディアの後姿を見送った。

 

 

 

 

体調はもう大丈夫、とは言ったが、体の奥に妙に重い感じがする。やはり今日1日は静かに過ごすべきだろう。しかしゴロゴロしているのも時間の無駄なので、院内を出歩く。

最初に向かったのは・・・

 

「やあ。元気そうで何より」

 

「志摩先輩。この度はありがとうございました」

 

「いや、大した事も出来ずにすまなかった」

 

同じく入院していた刀藤綺凛。

彼女も回復が進んで間もなく退院の予定。

 

「リオもご苦労さん。中々頑張ってるじゃないか」

 

ベッドサイドには、制服に可愛らしいエプロン姿で生徒会秘書の神名リオが座っていた。

 

「いえ、あんまり上手くお世話出来なくて・・・」

 

「そんな事ありません。リオちゃんには本当にお世話になってます。さっきもしっかり体を拭いてもらって―――」

 

「綺凛ちゃん」

 

「あ!はうぅ・・・」

 

「ははは。本当に良くやっているみたいだね」

 

クローディアに相談した上で、リオには入院中の綺凛をフォローするように指示していた。

その後バタバタしていたので見ていなかったが、その指示を良い意味で拡大解釈したようだ。

ほとんど付きっ切りで綺凛の面倒を見ていたらしい。

 

「書記長さんは、お体の具合はいかがですか?」

 

「問題無しだ。明日には退院だな。刀藤さんはどうかな?」

 

「私も・・・明後日には退院になります」

 

「そうか。なら迎えを手配しよう。時間が決まったらリオ、連絡くれ」

 

その後、少しだけ世間話をして部屋を出る。

大学部と中等部ではそう話題が弾むという事は無いのは分かっているので構わない。

ただ暇になってしまった。

なんとなく、院内の案内を見ている内に思いつく。

良い機会なので、ここの施設を色々見学してやろう。幸い今は入院患者だ。院内をぶらついていてもおかしくはないだろう。

そう決めて通路を歩きだす。

 

夏の日の午後。

 

フェニクスも終わり、アスタリスクを離れる人も多い。

そのせいでもないだろうが、院内も閑散としている。

 

 

入院棟を出て、本院まで見てみたが、1時間もかからず見れる場所は見てしまった。

その他は・・・

 

(地下に・・・特別エリア?)

 

案内にはそっけなくそう書かれていて、一般立ち入り禁止の注意書き。だがそれで思い出した。

ここには表沙汰に出来ない負傷者の対応をする場合の専用病室がある、という話は聞いた事がある。

 

「あるいは・・・!」

 

誘拐事件の犯人は、刀藤と交戦して深い傷を負ったようだ。そこにダメ押しで沙々宮の煌式武装で吹っ飛ばされているはず。どう考えても重症だろう。

アスタリスクには当然、他にも医療機関はある。だが秘密を保って治療出来る場所は多くない。

そして治療院の秘密厳守には定評がある。

 

「よし」

 

流石に可能性は高くないだろう。だがゼロではない。それなら調べる必要はある。

幸い涼にとって、その能力を使えばこの先への潜入は充分可能だ。

 

やるなら夜だ。

そう決めると、病室に引き返す。調査に備えて休んでおくつもりだった。

 

 

 

 

深夜の治療院。

 

夜間当直の医師、看護師はいるし、救急病棟は24時間体制だからそれなりに人の動きはある。

だが、涼は全く見とがめられずに本院に入った。

言うまでもなく能力を発動している為だ。

昼間良く寝たせいか体調は完全に回復している。光の制御だけでなく、馴染みの転移をいくら使おうと問題無い。

 

本院の地下施設入口。

 

監視カメラはある。夜間も光を増幅して撮影可能なタイプ。ただし赤外線感知能力は無い。

それを知ってほっとする。能力による光学的偽装も、赤外線領域までやるとなると少し手間取る。

 

「さて・・・」

 

閉ざされたドアだが、小さな窓があり、多少は中の様子が伺える。それで充分。向こう側へ鏡像展開、可視光を歪めたまま転移実行。侵入に成功した。

 

もっとも扉の類はそこだけではない。

転移を使って素早くフロア内を移動、調べて行く。いくつかの部屋はあるがこれといった発見も無い。ハズレか?

少し考えると、改めて壁面を注視していく。

今度はわかった。

幾つかの場所で、見え方がおかしい。

電気信号で透明度を変化させる機能性強化ガラスだった。

それがわかれば対処はできる。何しろ元は透明なのだ。向こう側への鏡像展開は可能だ。そして転移も。

 

そうやって、いくつかの壁をスルーしてみると、それなりに広い部屋に出た。

照明は落とされているが、複数の医療機器とベッド。

 

(ヒット!)

 

ベッドには人。

可能性は低いと思っていたが・・・

 

(ん?違うか!?)

 

シーツは当然かけてある。顔、というか頭部は判別できる。その特徴は、どう考えても刀藤と沙々宮から聞いた犯人とは違う。そもそもこちらは女性らしい。

 

(まあ、アスタリスクで後ろ暗い事情を持つ入院患者は奴だけではないだろうし・・・)

 

では誰だ?

医療機器が放つ淡い光を収束してみると、その顔が―――

 

「!!」

 

思わず出かかった声を押し殺した。

 

(おいおい・・・そりゃないだろ・・・)

 

涼はその顔を知っている。

昔、会った事もある。

だから間違えようも無い。だが・・・

 

何故、天霧遥がここにいるのだ?

 

 

 

 

「志摩 涼さん。はい、確認しました。退院の手続きは昨日終わっています。確かに今日ならいつ出られても構いませんが、早すぎませんか?」

 

翌朝。

 

あまり眠れなかった事もあり、7時過ぎには着替えて病室を出る。

当直看護師を捕まえて退院の意思を告げる。

 

「まだ7時半ですよ」

 

「これでも忙しい身なもので」

 

「ああ、星導館の生徒会の方でしたね。無理はいけませんよ」

 

「ええ、今回で思い知りましたから」

 

いい加減に手を振って治療院を出ると、すぐ近くに併設されている地下鉄駅に降りた。

 

8月後半の朝。

学生以外にとっては平日の朝となる。

それなりに混む電車に乗って、学園まで。

扉の近くの壁に寄り掛かって腕を組む。目を閉じると昨夜の光景。

 

天霧遥。

 

蝕武祭に出場し、敗北して倒れた所を動画で見た。

そのまま死んだと思いこんでいたのだが、治療院が死体の面倒を見ているはずがない。

そう。生きていた。

昨日見た感じでは、まるでただ眠っているようだった。

もっとも治療院の特別エリアで各種医療機器に取り囲まれている状態なので、耳元で目覚ましアラームを鳴らした位では起きる事は無いだろう。

 

学園駅に到着。

 

改札ゲートを出て、階段を上ると再び夏の朝日を浴びる。

しかし内心は爽快とは程遠い。

 

 

とんでもない事を知ってしまった。

 

どうしよう・・・?

 

 

 

 

 



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ORDINARY DAY

8月も残り少なくなった。

 

その日の涼は生徒会室にて来期の予算案をチェックしていた。

本人は日常が戻って来た、と思っているが、まだ夏休み中ではある。

 

実際、仕事をしているのは3人だけ。

涼の他はクローディアと秘書のリオ。他のメンバーは帰省で市外へと出ていた。

休みの前半はフェニクス対応の為、後半しか休めないのが生徒会役員の辛い所である。

 

「書記長は帰省されないのですか?」

 

「ああ、リオは知らなかったか。俺の親はアスタリスクにいるよ」

 

そういう学生は一定数いる。実はリオもそうで、彼女の場合は生まれた場所もアスタリスク。ある意味純粋なジェネステラと言える。

 

「そうでしたか」

 

「・・・」

 

会話が続かない。

今日の涼は静かな物だった。

理由は治療院で見てしまった事について、思い悩んでいる為。

 

その悩みにクローディアも気付いていた。だが流石にその理由までは思い至らない。

 

「涼さん、あの二人の事ですけど・・・」

 

よって違った気遣いになる。まあその件も涼にとっては悩みの種ではある。

 

「わかってますよ。そんなに時間をかけるつもりはありません」

 

「どうするか、考えているのですね」

 

「まあ。戦闘力では優が明らかに上ですが」

 

「女子力では澪さんの方が上では?」

 

「え・・・?え?」

 

突然始まった男女間問題の議論にリオが戸惑っている。

 

「確かに荒事の時に隣にいて欲しいのは優ですが、いつまでもそんな世界に身を置くつもりもありませんし」

 

言外に、卒業したら後ろ暗い活動から離れる可能性を仄めかしている。

 

「そうですね。それがいいかもしれません」

 

クローディアの声にはわずかな低さが混じるのは、それを惜しいと思っているのかどうか。

 

「それはともかく、そろそろ・・・来たか。リオ」

 

リオに頷くとドアを開けてくれた。そこには・・・

 

「ユリス。よく来てくれました。さあ入って下さい」

 

今期フェニクス優勝者がそこにいた。

 

 

 

 

「何ともこれは・・・高校生が持つには過ぎた金額だが、一国の王女様なら有り得るのかな?」

 

「少なくとも私の場合は違うな。リーゼルタニアには私の予算はあっても私が使える金は無かった」

 

フェスタにおける重要なルール。

フェスタ優勝者は、どんな願いであっても統合企業財体が叶えてくれる事になっている。

そうは言っても物理的、政治的に無理な内容もあるので揉める事もあるのだが、今回ユリスの場合はシンプルに金、だったので、あっさりととんでもない額の通貨が彼女の個人資産となった。ではそれをどのように使うのかというと。

 

「国元で新しい福祉制度運用基金として立ち上げの準備中、という事ですね。学園として支援できる事があれば教えて下さい。対応しますので」

 

「すまんな。手続きの状況によっては知恵を借りるかもしれん。その時は頼む」

 

リーゼルタニアにある複数の孤児院の負債解消はともかく、運営を支援する基金の立ち上げとなると色々面倒が多いのだろう。ユリスにしては素直にクローディアの手助けを求める気になっているようだ。

 

ただ、今日来て貰ったのはこの件での相談、だけではない。

再び部屋のドアが開く。

 

「失礼します・・・こんにちは」

 

「綾斗?どうしてここに?」

 

「あれ?ユリス?」

 

これで今期フェニクス優勝ペアが揃った。

 

 

 

リオが以前より更に洗練された動作で机上に飲み物を用意していく。

それを見て感心したように視線を送るユリス。

ヨーロッパの王族に評価されるとは、と同じく感心する。

 

「会長?」

 

「はい、始めて下さい」

 

「では。二人に相談したいのは、学園としてフェスタ優勝者をどうねぎらうか、という事でね。まあ既に、フェスタ運営委員会と統合企業財体に二人が出した希望は叶えられつつあるんだが、それとは別で、という事」

 

もっとも天霧綾斗の願いについては微妙だろう。

 

失踪した姉の行方。

 

治療院特別エリアで見た光景。

誰が関与しているのかわからないが、あの状態の天霧遥について、素直に明らかにされるのか?

 

 

いや、今は別の話だ。

涼は意識して表情を変えずに続ける。

 

「何しろお二人さん、久しぶりにフェスタ優勝トロフィーをウチに持ってきてくれたんだ。関係者一同大喜びでね。かなりの無茶でも通りそうなんだよ」

 

「私はすでにページワンとしての特権を享受している。これ以上は必要ないな」

 

「俺も・・・特にそういうのは要らないかな」

 

「全く・・・。何で今年の序列上位は謙虚な奴ばかりなんだ?これを辞退されると色々面倒なんだけどなぁ」

 

「まあまあ涼さん。このお二人はそういう方ですから。それが希望なら無理は言えませんよ」

 

「二人がそれで良ければ・・・。何とか調整してみましょう」

 

ため息混じりに言う。本来ならこの後、学園内の特権や褒賞の内容についての話になるはずだったのだが、要らないとなったので用件は終わってしまった。

 

「じゃあお二人さん、今回は本当にお疲れ様。残り少なくなってしまったが、夏休みを楽しんでくれ。そういえば宿題終わったか?」

 

最後の言葉に対して、意外にも二人共に渋い表情になった(程度の差はあるが)。

フェスタ開催の関係で、それ程大変になる量の課題は出ていなかったはずだが・・・

 

「あ、課題免除を希望するなら何とかするが?」

 

「お、お願いしようかな・・・」

 

「綾斗!!」

 

釣られる綾斗と止めるユリス。お姫様は真面目だ。

まあフェスタ優勝の特権で夏休み宿題免除というのも外聞が悪いだろう。

 

「あらあら。課題で分からない所は教えますよ。今夜からどうですか、綾斗?」

 

「余計な事はするな!綾斗の面倒はパートナーである私がみる!!」

 

和やかな雰囲気から一転、火花を散らす美少女二人。

見ている分には面白いが、このままでは比喩でなく周りに火が付きかねない。

 

「会長。そろそろ」

 

「はい、そうでしたね。ではこの辺りで」

 

「すまんがお二人さん、この後俺達は別件がある。そちらが良ければ・・・」

 

「あ、はい。ユリス、行こうか」

 

「う、うむ。わかった」

 

並んで出て行く二人を見送って大きく息をついた。

 

そんな涼を怪訝に見るクローディアの視線には気付いていない。

 

 

 

翌日の午後。

 

涼は商業エリアの一角、某総合アミューズメントビルの最上階、関係者以外立ち入り禁止のフロアを平然と進んで行く。

慣れた様子で幾つかのドアを通ると、そこは一見管理用の事務所が並んでいる。

その一室のドア・キーにコードを打ち込むと、扉がスライドして開いた。

中は無人の会議室。

時間はまだある。

シガー・ケースから煙草を取り出すと、火をつけて一服。

煙は細く立ち昇ると、空調によって消えていく。

続けて2本、灰にしたところで扉が開く。

 

「よお」

 

「志摩さん。しばらくです」

 

言葉が穏やかながら、視線に非難を乗せているのは趙虎峰。界龍第七学院会長秘書。

 

「済まんね」

 

そう言って換気を強める。

 

煙草の香りが無くなる頃、もう一人が到着。

この前も会っているレティシア・ブランシャール。聖ガラードワース学園生徒会副会長。

 

フェスタを挟んだ為、しばらくぶりとなった『会合』が始まった。

 

 

 

予定通りの『会合』開催だったが、今回はこの3人で調整すべき事は余りない。それだけ問題が起こらなかったとも言える。

フェスタ期間中にあった事件も、既に星導館とガラードワースの二校間交渉でケリがついているので、レティシアも敢えて蒸し返すような事はしない。その後の対応の進行状況の確認に留まる。

ただその話を界龍の趙虎峰が興味深そうに聞いていた。

 

「何も言うなよ、趙。この件はもう終わったんだ」

 

「ええ、そうでしょうね。ただこういう問題を、お二方がどう処理したかは参考になりましたよ」

 

「ったく。可愛い顔して抜け目がないな」

 

その後は時間が許すだけ雑談に近い話になった。

何しろフェスタが終わったばかり、必然的に先のフェニクスについての講評のようになる。

 

「それではあの剣士君と鎧のダンテは、刀藤と沙々宮に及ばないと?」

 

「ええ、エリオットではあの技、連鶴、でしたか。あれを抑えきる事は出来ないでしょう。防戦一方になりますわ。その間に・・・」

 

「ああ、沙々宮の煌式武装、その攻撃力にあの鎧は耐えきれないか。随分素直に認めるんだな」

 

「客観的、と言って欲しいですわね」

 

話題は3位決定戦があったとしたらどうなるか。という想定。

 

「まあ煌式武装と魔術はともかく、ウチの子とお宅の剣士君はどちらも天才と言えるだろう?」

 

「ええ。ですがエリオットは、そちらの天霧綾斗に剣が軽い、と評されたそうです。かなり気にしていましたわ」

 

「軽い、か。なるほどね。いやしかし・・・」

 

案外剣速では刀藤を上回るかもしれないが、打撃力で劣るという事か。でも体力、パワーでは彼が上回るはず―――

 

「随分気にされますのね」

 

「そりゃそうだ。次世代のエースなんだからな」

 

「次世代、ですか?」

 

「そうだよ。趙。ああ、レティシアもそうだが、お前さん達と違って、俺が学園に関わるのは良くて来年一杯だ。今の内に先の事を考えとく必要がある」

 

そう。

今回の好成績はあくまでボーナスのような物。

今の内に新たな才能を見つけつつ、現有戦力のリフトアップも進めないと。

恐らく来年のグリプスはクローディアのチームは涼の予想する編成なら優勝が狙えるだろう。

だが他のチームはどうか?

 

そして再来年のリンドブルス。

レヴォルフのオーフェリア・ランドルーフェンが出て来たら、今の星導館で勝てる奴はいない。

 

今年の優勝に浮かれていると、来年以降不味い事になりかねない。

そうならない為には・・・

 

 

 

 

「どうすればいいと思いますか?」

 

思い切ってストレートに訪ねてみる。

 

昨日の『会合』、内容についてはあまり報告すべき点が無かったので、来期以降の展望について隣にいるクローディアに聞く。

 

場所は生徒会フロア、レスティングルーム。

プールサイドのデッキチェアに優雅に横たわっている生徒会長。

涼はといえば、隣に椅子とテーブルを置いて缶ビールを呷る。

 

「グリプスは心配ありませんよ。予定メンバーは涼さんも察しがついているでしょう?」

 

「まあ、それは」

 

深く考えなくても、フェニクス優勝ペアとベスト4ペアをクローディアが率いる形になるだろう。

 

目の前をリオがゆっくり泳いで横切る。

 

「後は連携と、各自の能力アップを並行して進めて行けば。そうそう、アルルカントとの共同開発、形になってきたのでチェックお願いしますね」

 

「了解です」

 

向こう側では高等部の松岡とサンドラが並んでプール際に座っていた。

 

「となると問題はリンドブルスですが」

 

「綾斗が出てくれればいいのですが・・・」

 

水音と共に澪がプールから上がる。そういえば残った男共は何をしている?と思ったら。

歓声と共に何かが飛んできて、プール中央で派手な水飛沫を上げた。

 

「広石!アンディ!無茶な飛び込みはやめろと言っただろう!リオ、大丈夫か!」

 

涼が立ち上がって怒鳴る。ジェネステラの力を使えばちょっとした悪ふざけでも笑えない事故に繋がりかねない。

 

「大丈夫です!」

 

「す、すみません」

 

まあここではそう大変な事にはならないだろうが。

 

「ま、中3と高1ではこういう時、バカをやりたがるもんだけど」

 

「あら?涼さんもそうだったんですか?」

 

「俺は今でもそうですよ。何しろ大学生ですから」

 

まあ、バカの度合いや意味は違ってくるけど。

 

「そうですか。でも皆さんの元気が見れて嬉しいですね。休みにして良かったです」

 

そう。帰省等が終わり、学園で生徒会メンバーがそろった初日、クローディアの発案で仕事はやめて1日レスティングルームを使おう、という事になった。つまりプールでパーティー、みたいな過ごし方になる。

特に異論は出なかったので、料理、飲み物、酒(涼専用)を持ち込んで水着で集合、となった。

という訳でワイワイやっていたのだが。

 

「でも皆さん、今日は余り私に話しにきてくれませんね」

 

「・・・」

 

そりゃそうでしょう、という言葉を飲み込んだ。

 

何しろ今のクローディアは、それなりに露出度高めのビキニ姿。元々プロポーションが抜群なだけあって、相当刺激の強い外見になってる。

男からしたら目の毒だし、女にしても近くにいるのは気が引けるだろう。

涼としても隣で平然、としているようには見えるが内心かなりの努力を必要としている。

 

それはともかく、こんな時間があってもいい。

 

今年の夏は大した事が出来なかった。

 

 

もうすぐ、完全に日常に戻る。

 

だから、今位は。

 

 

 

 



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KEEP ME IN THE DARK

 

 

9月。

 

今月一杯で前期が終わる。

期の切り替わりという奴は何かと慌ただしい。

星導館学園生徒会も、フェニクス後の対応と来月入学の新入生の対応という2大案件による多忙の中にある。

だが、生徒会長クローディア・エンフィールドの指導力の元、早め早めの処理を行っているので(一部は夏休み中から対処)大きな問題は起きていない。

 

チームの雰囲気も落ち着いている。

 

例えば実質生徒会ナンバー2の涼が不在になっても、ごく普通に日常業務が廻る、という状況。

 

ではその涼は何処にいるのか。

 

 

 

その日の朝。

徹底的に機能優先でデザインされた会議室。

冷たい印象の机には固定式のディスプレイと入力端末。壁面も各種モニターが並んでいる。

 

これまた機能の良く分からないスイッチが並んでいる椅子に座った涼は、目の前の3Dモニターをぼんやりと眺めていた。

 

アルルカント・アカデミー。

 

その開発部の某会議室にて、協定により共同開発中の新型煌式武装について、開発進捗状況についての説明を受けている。

もっともこの場での主役は開発を担当している技術系の学生達で、涼は生徒会として開発計画をチェックする為に来ている。

目の前では机の上に3D CAD図が浮かび、様々な方向に回転したり、拡大、縮小したり。それを見ながら担当者が議論している。

星導館側の担当はほとんど大学部の学生。ルークスの開発に関わるだけあって全員が工学部所属。涼と同じ学科だったり、面識ある学生が多い。

対してアルルカントのチームは高等部の学生も普通にいる。こういう所からも技術者人材の層の厚さを見せつけられるようだ。まあこの学校は学生全員が理系のような物だから、仕方ない差ではあった。

 

「あ、今の所を拡大して・・・これはプラーナの伝達構造か?どうやって作る?」

 

「浮上時の斥力キャンセルの方法は?そういう機構が組み込めるのですか?」

 

「展開後の筐体の強度はどう確保するのかねえ?」

 

という訳で、星導館側が質問しアルルカント側が答える、という展開が続く。

 

(おいおい・・・これで共同開発と言えるのか?)

 

もちろん星導館側の開発チームもアルルカントのラボに通って一緒に仕様決め、構想図作成、設計に関わってきたはずなのだが、この様子だとほとんどアルルカント側が主導して進めたらしい。しかも星導館の連中は多分仕様書の段階で既に技術的についていけてない。

 

(こりゃダメだ)

 

もっと早くチェックすべきだった。まあフェニクスがあったので、そちらの対応で手が回らなかったが、このままではいけない。

 

涼は工学系の学生だが、落星工学を専攻しなかったのでこの場で議論される内容についてはあまり理解していない。だがこれまでの開発の進め方が良くない事は充分に理解できた。

今からでも、出来るだけ修正したい。

 

「カミラ・パレート」

 

先方の開発責任者に声をかける。

 

「何か?」

 

「別途協議したい件がある。この後時間を頂ければありがたい」

 

「・・・良いでしょう」

 

アルルカント最大派閥のリーダーである怜悧な美人。

どうやら星導館側の問題に気付いている。

 

 

 

開発進捗会議のはずが説明会になってしまった打ち合わせの後、別室に案内される。

先程と比べ、余程シンプル、かつ小さな会議室。

よって必然的に相手と近い距離で向き合う事になった。

 

「それで、何の件ですか」

 

「察しはついているのでは?。開発チームの技術レベルの格差による問題だ」

 

密室で美女と二人きりという状況位ならまだ良いが、その相手がアルルカントの実力者となると多少の緊張は感じる事になる。

 

「確かにそうだが、元々承知の事でしょう。そちらのチームの技術力が低すぎるのはこちらの責任ではありませんよ」

 

「わかっている。ただこの件は共同開発という事になっている。それが実際は開発を見学していただけ、では困る」

 

「それでも星導館側の技術の向上にはなっている。そちらに不利益はないでしょう」

 

「・・・」

 

手強い。

かなりプレッシャーを与えているつもりだが動じない。中々の胆力だ。

それに前回の交渉の時もそうだったが、技術者として優れている以前に知識、知能共に高い。

どうかすると身体能力まで涼を上回るかもしれない。

 

「まあ終わった事はいいか。だが今後の計画、あのスケジュールで大丈夫か?」

 

「本日、設計承認図にOKをもらえれば即製作にかかります。日程に余裕は無いが無理ではありませんね」

 

「せめて製作段階では、ウチの連中を直接関与させてくれ」

 

「いいでしょう」

 

まあルークスの構想や設計はともかく、生産技術については、アルルカントと星導館の装備局で懸絶した差は無いはずだから、これからは共同開発らしくなるだろう。

 

「では、もういいですか」

 

去っていく彼女の姿を見送る。

改めて『視て』みると、服の上からでも体表温度、赤外線の放射パターンが明らかに常人と異なるのがわかった。

半身サイボーグ、あるいはパペットと融合しているという噂は本当だ。

喧嘩にならなくて良かったと思う。

 

 

 

 

 

 

その夜。

もう一件、厄介な交渉をこなした。

と言っても終わった訳ではなく、継続交渉になっている。

 

ロートリヒト。

 

相手は先の誘拐事件の現場となったカジノのオーナーで、救出の際の戦闘で破壊された室内の賠償を求めてきている。実際の所、その場所を提供したマフィア幹部は逃亡中で、交渉相手は事件直後にカジノを入手した新オーナーの代理人なのだが、マフィア関係者である事に変わりはない。

涼としては、責任は元オーナーにあるだろう、と言っているが、こういった連中はタカリネタを見つけるとしつこく食いついて来るもの。

おかげで交渉は平行線で進まず、今夜も徒労感と共に夜のロートリヒトを行く。

 

 

 

 

それが目に入ったのは偶然、とも言えない。

 

また変装したシルヴィア・リューネハイムでもうろついていないかな、などと下らない事を考えて視力に意識を向けていたせいで、普通なら見えない暗がりに数人以上の人間が妙な動きをしているのに気がついた。

 

あるいは妙な事に関わる事になるか、と思いながら裏通りに入って行く。

 

ついて行ったその先は袋小路になっていた。

 

そこで行われていたのは、戦い、と言うより小規模な戦闘、という印象。

何人もの男が倒れ、それとほぼ同数の男が煌式武装を振り回す。

相手は―――

たった一人か。しかも女!

 

(なるほどね)

 

イレーネ・ウルサイス。

レヴォルフ黒学院の序列三位。

 

という事は、この連中はお礼参りの学生か、マフィアの手下か。

 

また一人、男が打ち倒される。

だがイレーネの方も・・・楽ではないようだ。大きく肩で息をしている。

この程度の奴ら相手にどうして、と思った所で気が付く。彼女は武器を持っていない。

彼女の純星煌式武装、グラヴィシーズはフェニクスの試合で天霧綾斗に破壊されている。

それに・・・相手にしている連中、意外に動きが良い。学生崩れじゃないな。ちょっと甘く見ていたのか。

そんな奴らが武装しているのに、徒手空拳で戦えばこの人数相手は無理がありそうだ。

おまけに涼がつけてきた連中。こいつらも手練れだろう。7~8人はいるか?一斉に煌式武装を起動した。

 

「ラミレクシア。テメーは今日、ここで終わりだ」

 

一人だけ、武器を持たない男が言った。

年嵩、物腰からそいつがリーダーだろう。見ない顔だった。つまりは涼が知るロートリヒトの顔役の関係者であるとは思えない。ならば何とかなるか。

 

目の前では増援の連中が一斉に飛び込んだ。

それを捌くイレーネの体術も中々のものだが、煌式武装を持たない不利は如何ともしがたい。

とうとう強い一撃を食らって膝をついた。

 

それを見て余裕の表情で進み出るリーダーらしき男。

その後ろで煙草にを火をつける涼。

電熱ライターの作動音と共に暗がりに光がさした。

 

「何を遊んでいる!さっさと貴様も―――」

 

そいつが振り返って怒鳴る。まあこの状況では手下の一人にしか見えないだろう。

だが。

 

「フッ」

 

涼は薄く笑うと、火のついた煙草を顔に向けて投げつけた。

 

「なっ、何しやがる!!」

 

一瞬男が怯んだ隙に、能力は使わず、脚力で飛び出す。

すれ違い様に拳を相手の腹に沈めた。

 

「グハァ!!」

 

間髪入れずに腕を振り上げると、後頭部に肘を叩き込む。

今度は悲鳴も上げず、糸の切れた人形のように倒れる。

 

「まずは頭を潰す、と」

 

その後は出し惜しみ無しで鏡像転移を発動。

周りの男達から次々と煌式武装を取り上げ、ついでに急所への一撃を喰らわせる。

 

「オラァ!!」

 

呆然としている男達にイレーネの拳と蹴りが襲いかかり、次々と意識を刈り取っていった。

涼も何人かを無力化すると、リーダーを含め数人の男から端末と煌式武装を拝借する。これの使い様によっては今後の手出しが出来なくなるだろう。

ともあれ形勢逆転。

僅かな時間で立っているのは涼とイレーネだけになった。

 

「あんたは・・・星導館の・・・誰だ?」

 

荒い息を吐きながら問われる。制服から学園はわかるだろうが、名前までは知らないようだ。

 

「生徒会の志摩だ。相変わらずこういう連中に人気があるな。イレーネ・ウルサイス」

 

「生徒会・・・?何でこんな所にいる。何故助けた?」

 

「その事だが、場所を変えようか」

 

 

 

歩く事、しばし。

 

ロートリヒトの表通りにある、それなりに高級なダイニングバーのテーブル席で向き合う。

 

「好きな物を頼んでくれ。食事がまだならディナーコースでもいい。もちろん払いは俺が持つ」

 

「あんた、何考えてるんだ?借りが出来たのはあたしなんだが?」

 

「フェニクス。決勝戦前夜。君は天霧と会ったね」

 

「そういえばそうだな。それがどうかしたか?」

 

「あの時の君のアドバイス。実に役立ったよ。おかげで救出が間に合ったようなものだ」

 

「そういう事かい。あんな話でねえ・・・」

 

納得はしたみたいで、素直に料理を注文する。

その後の食事は、和やかなものになった。

 

多少はお互いに馴染んだ所で聞いてみる。

 

「せっかくだからこの前の件について意見をくれ。そもそも何で君の学校の頭は天霧にちょっかいかけてきたんだろう?」

 

「さあな。ただあたしも仕事で天霧を潰せ、と言われたけどな。まあしくじった訳だが」

 

「仕事?ディルク・エーベルヴァインからの指示か。それでフェニクスに出たのか?」

 

「ああ。まあこれは天霧にも話したんだが、野郎、随分セル=ベレスタを気にしていたぜ。どうやら昔、その使い手を見た事があるような言い方だったな」

 

涼の意識が緊張した。

成程あの男なら蝕武祭を見た事があっても不思議じゃない。そして使い手とは・・・奴も天霧遥の試合を見ているのか。それも直接。

 

「うん。いいね。実に興味深い話だ。しかし天霧にはどうして?」

 

「あいつにも借りがあったんだよ。妹を助けてもらった事がな」

 

「いやはや義理堅いねえ。うん。ああ、ついでにもう一つ。恨みは買っているだろうが、今日の連中はちょっと変わってたね。どこの奴等だろう?」

 

「さあな。どうせカジノの奴らか、雇われたのか」

 

「ん~。まあいいか。連中の端末を幾つか借りといた。中のデータに興味がありそうな友達がいるんでね。シャーナガルムに」

 

何となくだが、ただのマフィア関係者の手下にしては人数が多いし、まとまりも良かった気がする。

リキに教えれば動くだろう。

 

「あんた、それで・・・」

 

「だから今日の事に関してはもう気にしなくて大丈夫だろう」

 

「別の借りが出来ちまったな」

 

まあ自分の為でもある。

 

「そう思うならまた会ってくれ。せっかくいい女と知り合えたんだ」

 

「はあ?いい女だぁ?本気で言ってるのか?」

 

「ん?美人で義理堅い。これをいい女と言わずになんと言うんだ」

 

「美人って・・・あんた・・・」

 

イレーネ・ウルサイスでも表情を赤らめる事があるのか。珍しいものが見れたな。

 

 

 

 

彼女は必要無いと言ったが、無理に商業エリアを出る所まで送る。

別れ際はまあ、悪くない印象だったはずだ。

偶然とはいえ助けた事を理由に口説き紛いの事をしたが、気持ちとしては本気半分、仕事半分と言った所。

 

積極的に協力してもらうつもりは無いが、何かの手掛かりが得られればと思った。

 

レヴォルフの生徒会長、ディルク・エーベルヴァインに対する反攻の糸口。

 

 

こっちもそろそろ始めたいな。

 

 

 

 



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BLACK/WHITE

 

 

 

星導館学園、高等部最上階。

 

生徒会フロアのレスティングルーム。

 

その室内はほとんどをプールが占める。

 

数代前の生徒会長が強引に設置したレクリエーションの場で、はっきり言って予算の無駄遣いもいいところだが、かと言って元に戻そうにも金がかかるのは当たり前。ならば活用するしかない。そういう理由で今まで普通に存続している。

もっともここしばらくは活用されているか、というと微妙な所だった。

何しろ普段の利用者といえば生徒会長のクローディア・エンフィールドだけしかいない。

当然他の生徒会役員も利用できるのだが、実際には彼らが立ち入る事はあまり無い。

特にクローディアが滞在している場合は、同性であっても他のメンバーが入る事は無かった。

(パーティーのような例外はあった)

理由としては会長に遠慮して、という事もあるが、プールでクローディアの傍にいるという状況になると、女であれば自信を喪失し、男ならば煩悩その他アレコレが刺激されてまずい事になる、という事。

 

ただ今日は普段と違い、プールに男一人。

 

最近体を鍛え直そうとしている涼。

まずは手軽な全身運動として、水泳から始めている。

 

適当に十数回の往復をして、一休みとプールサイドに上がる。

 

目の前にはクローディア。

 

運動に集中していたとはいえ、今度も全く気がつかなかった。

 

「こんにちは。涼さん」

 

「会長・・・心臓に悪いんだけど」

 

接近に気がつかなかっただけでなく、今のその姿にも、だった。

 

艶然と微笑んでデッキチェアに横たわる彼女を横目に、頭からタオルを被る。

今日のクローディアの水着姿も過激だった。

意識しないように話を振る。

 

「まあいいか。この前のアルルカントでの共同開発の件ですけどね」

 

とりあえず上司に報告、と思えば少しは落ち着くか。

 

 

 

 

「そういう訳で、連中は予定通りと言っていますが、どうだか。俺の予想だと製作は2週間は遅れますね。残念ですがウチの連中が足を引っ張るでしょう。その後ベンチテストして、実際にモニターでトライ出来るのは来月の・・・半ばになるかな」

 

「わかりました。では誰にモニターしてもらうか、考えないといけませんね」

 

「ええ。かなり使い手を選ぶ煌式武装になるでしょうから、ちょっと面倒かもしれません」

 

「条件は出しておいて下さい。他には?」

 

「全くの別件になりますが。イレーネ・ウルサイスと接触しましたよ」

 

「あらあら。意外ですね。偶然ですか?」

 

「はい。まああまり期待はしていませんが、レヴォルフの動向を探るきっかけに―――」

 

 

そこに横から声がかかる。

 

 

「いたいた。涼!ちょっといい?」

 

「すみません書記長。七海先輩がどうしてもって・・・。会長?いらしたんですか?」

 

涼にとっての問題の女子二人。

 

「なんだよ」

 

「おや。お二人でどうしました?」

 

まあ、何を言い出すかは予想がつく。

クローディアも同じ予想のようで、少し複雑な微笑。

 

「ん・・・。そろそろあたしとちゃんと付き合う、って言って欲しくて」

 

「先輩!」

 

「あ~・・・。正確に言うと、どちらか選べ、って事」

 

「お前達をねえ・・・」

 

何となくクローディアを見てしまう。相変わらずの見事な肢体を彩るのは小さな水着だけ。

 

「あ、選ばない、ってのは無しだから」

 

二人の視線が冷たい。

 

「そうか、ならば・・・」

 

小さな、しかしはっきりした涼の声に二人が目に見えて緊張する。

 

「二人共、選ぶ」

 

「・・・は?」

 

「え・・・?」

 

しばしの静寂。

 

「理解できないならこう言おうか。お前たち二人を俺の女にする。これでどうだ?」

 

「志摩先輩、本気ですか?」

 

「もちろん!」

 

 

にっこりと笑って言った次の瞬間、衝撃を感じた。

 

さらにその次の瞬間は、水中にいた。

 

 

(あいつにもこんな面があったんだな)

 

プールの中、視界は泡だらけになって気が付く。澪に蹴り飛ばされたんだ。

慌てて水面に上がったはずが、顔が出ない。

この水深なら肩から上が出るはずなのに!

 

(マズイ。優の能力だ・・・!)

 

とにかく水の外へ。

転移を使ってプール真上に瞬間移動。

やっと息が、と思ったところで多数の水球が飛んできて滅多打ちにされる。

そのまま水面に叩き落とされたところで意識が無くなった。

 

 

意識を失っていたのはそう長い時間ではなかった。

気が付くとプールの水面にプカプカと浮かんでいる。

動こうとしても体に力が入らない。ショック状態のようだった。

どうしようかと思っていると、誰かに支えられてプールサイドまで寄せられた。クローディアだ。

そのまま押し上げられるように水面から上げられた。

 

「ああ、すまんね。クロちゃん」

 

彼女の体のあちこちが当たり、柔らかさも感じるが今はそれどころじゃない。

 

「大丈夫ですか」

 

「何とか。いてて・・・」

 

プールサイドに横たわる。そろそろ体が動くようになるか?

 

「お二人には注意しておきましたけど、涼さんの言い方もどうかと思いますよ」

 

クローディアが上から覗き込むようにして言う。呆れと心配が混じった顔だった。

 

「まあプールで水のストレガを怒らせるものじゃなかったね。酷い目にあった」

 

「彼女だけじゃありませんよ」

 

「ああ。澪にもあんな面があったんだな」

 

「ええ。気の強い所もあります。ご存じ無かったんですね」

 

「うん」

 

答えながら体を起こす。まだあちこち痛むが何とか立ち上がった。

 

「それで、どうしますか?」

 

「どうって・・・。本気だったんだけどなあ」

 

「それもどうかと思いますが」

 

確かに堂々と二股宣言だ。

流石のクローディアも非難めいた眼差し。

 

「ま、なるようになるでしょ。それよりも当面やる事が多いですよ」

 

もう一度タオルを被ると、プールを離れる。

もうすぐ後期、入学式の準備をそろそろか・・・。短い秋季休暇はあって無いような物だな。

 

 

 

 

 

 

放課後。

 

生徒会フロアの会議室にて。

 

天霧綾斗、ユリス・アレクシア・フォン・リースフェルト。

 

先のフェニクス優勝ペアと会う。

 

「わざわざすまんね。取材の方は落ち着いてきたかな?」

 

まずは近況について。

何しろフェスタ優勝者。各方面からの取材依頼、パーティーの招待、講演依頼、CMからドラマの出演依頼等が立て続けに来ている。そのかなりの部分、学園が弾いているが(涼も生徒会として関与している)それでも多少は受けなければならなかったので、二人もそれなりに多忙だった。

 

「ええ。この件ではお世話になっています」

 

取材の過熱や内容の曲解等、おかしな事にならないように注意してきた。

 

「いいさ。俺もマスゴミ連中は嫌いだし。下らない依頼も多かったしな」

 

「例えばどんな?」

 

多少の興味はあるんだろう。綾斗が聞いてきた。

 

「そうだな。一番笑えたのが、君ら二人に曲を作るからデュエットでデビューしてくれ、って依頼だな。しかもデビューのステージをシルヴィア・リューネハイムのライブの前座にするという・・・。もう訳がわからないよ」

 

「「は・・・?」」

 

流石の二人も唖然とする。流石に想像を絶したんだろう。

 

「ま、そんな妙な依頼ばかりでもなかったが。だが数が数だ。いちいち相手してたら時間がいくらあっても足りないよ。これからも気にせずこちらに任せておけばいいさ」

 

 

 

しばし雑談の後、本題。

 

「それで、運営委員長はなんだって?」

 

この二人、先日フェスタ運営委員長のマディアス・メサに呼ばれて、例の誘拐事件の結末について聞かされている。

 

「結局、マフィア連中の仕業という事でしたが・・・」

 

全く納得していない、という声でユリスが言った。

 

「うん。公式にはそういう事になるんだろうね。だがまあ俺にとってはどうでもいい」

 

いや、一応犯人が挙げられた事で、カジノの修理費よこせとゴネていた奴らが大人しくなった。そこはまあ良かった。

 

「どうでもいい、とは・・・?」

 

「そう怒るな。俺にとってこの件はレヴォルフの関与を確信しているんで、マフィアなんてどうでもいいって事さ」

 

「それでは先輩は?」

 

「いや、証拠を持っている訳じゃない。自分なりに調べた結果だね。まだわからない事もある。そもそも何故天霧を狙ってきたんだろう?」

 

セル=ベレスタを危険視したようだが、では何故あのタイミングだったんだ?フェスタ参加者の妨害ともなれば、当然リスクがあるじゃないか。

 

「俺も心当たりはないんです。セル=ベレスタの事はありますけど・・・」

 

「待て、綾斗。そういえばフローラが誘拐されたのは奴と会った少し後だったな。その場で奴が何かを判断したのか・・・?」

 

「え?奴って?」

 

「・・・実はディルク・エーベルヴァインと会ったんですよ。本戦の間に」

 

「何それ聞いてない。何でそんな事になったんだ?」

 

流石に驚く涼。

 

「実は・・・姉さんの手掛かりを得られると思って。イレーネに間に入ってもらったんです」

 

「だからって・・・。危ない事をしたなあ」

 

そうだった。

綾斗の願い。失踪した姉の行方。

だが、そこまでするとは涼の思っていた以上に彼はこだわっているようだ。

若干の意外感を感じる。

 

 

「黙っていてすみません」

 

「いや、いいんだ。また後で聞かせてくれ。それよりも奴の事だ。君と実際に会ってみて、それでも仕掛けてきたのか」

 

綾斗は微妙、ユリスははっきりと不快な表情。

 

「言っておくがこのまま黙っているつもりはないよ。ウチに対する明確な攻撃だぜ。こいつは」

 

「でも、どうやって?何か方法があるのですか?」

 

期待と不安の交差するユリスの声。だが・・・

 

「うん。一番手っ取り早いのは奴の暗殺かな。この世から消えてもらえれば今後安心だし」

 

「先輩!流石にそれは・・・」

 

「可能なのですか!?そんな事が・・・」

 

被害者二人の反応は少し異なった。

 

「出来るかと言われれば、簡単、だね。奴さん、俺の事は歯牙にもかけていないだろう。いや、認識しているかどうかも怪しいな。これなら充分やれそうだ」

 

奴が視界に入る所まで近づき、能力発動して一瞬で奴の隣か背後に転移、同時に急所を刺すなり撃つなりすればそれで終わりだ。護衛も対応できない。

 

「あれ?俺の能力って実は結構暗殺向き?」

 

しれっと殺害を語る涼に流石の二人も引き気味になった。

 

「先輩、本気なのか・・・」

「はは・・・まさか・・・」

 

「失敬な。俺はいつでも本気だぞ。まあそうは言っても実行するとなるとまた別だが。あちこちに迷惑かけるし。学園とか、クローディアにも」

 

確かに実行したら大事件になる。迷惑どころではないだろう。

 

「・・・」

 

何と言っていいのかわからないのだろう。二人も無言になる。

 

 

その微妙になった空気は外から破られた。

 

 

「書記長、お話中すみません。ちょっと見てもらいたくて」

 

控え目に入室してきた生徒会スタッフが涼の前に空間モニターを展開する。

 

「入学式のスケジュールか。あれ?会場準備の件、まだ修正してなかったのか?」

 

「はい。会長承認されていて、先生もすぐに提出してくれって・・・」

 

「会長の見落としか。珍しいな。わかった。今日は会長いないけど、この前話した通り修正して出していいよ。後は俺から話しておく」

 

「わかりました」

 

「うん。ああ、すまんがお二人さん、ちょっと仕事が入った。続きは後日、また連絡する」

 

「あ、はい」

 

「では、またな」

 

部屋を出て別れる。

 

何となく、その後ろ姿を見送るユリスと綾斗。

 

「本当に、どういう人なんだろうな。あの先輩は・・・」

 

「うん。変わっているというか、何か普通と違うというか・・・」

 

全くの犯罪行為の検討を平然と述べた上で、その結果自分がどうなるかをまるで気にしていない。

同時に日常の事務仕事を普通にこなしていた。

 

「二面性、とも違う気がするな。やはり良くわからん。だが敵でなくて良かった」

 

「あ、それは何となくわかるよ」

 

確かにこちら側にいてくれるのはありがたいかな。

 

二人は顔を見合わせると、連れ立って生徒会フロアを後にした。

 

 

 

 

 



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JUST A SHADOW

 

予想通り短い秋季休暇は生徒会業務で終わった。

 

その業務の結果を、学園中央講堂で眺める。

 

壇上にはクローディア。

 

普段通り、あるいはそれ以上のにこやかな表情で在校生代表の挨拶を進めている。

 

 

後期の始まり、そして入学式。

 

アスタリスク六学園はセメスター制を導入しているので、秋の入学式も普通の行事だ。

 

生徒会として準備はあれこれとあったが、式が始まってしまえば会長のクローディア以外は大した出番は無い。

 

クローディアの言葉が終わると同時に拍手が鳴り響く。

涼も手を叩きながら改めて新入生を見回す。

期待、不安、緊張。色んな表情の学生達。

そして目立つのが壇上のクローディアに見惚れたような学生だが、男子に限らず女子も、いや女子の方が多いのか?

そういえば彼女、女子に嫌われる事がほとんど無かった。

地位と名誉、何より美貌。

これだけ揃うと反発する子も出てきそうなものだが、そういう話を聞いた事が無いのは彼女の人柄によるものか。

(本人は腹黒を自称しているが、涼は言う程では無いと考えている)

 

続いて壇上に新入生代表が上る。

今年は大学部の男子生徒だった。

 

年に2回の入学式、春との違いは入学する生徒の数。

秋は圧倒的に少ない。

そのせいで、式を中等部、高等部、大学部合同にする位だ。

 

アスタリスクでは当たり前のセメスター制も、外で一般的かというと微妙な所がある。

大学は別だが、高校中学で前期後期の二期制をとる学校は主流、とまではいかない。

 

その為星導館学園でも後期に入学となる学生はどうしても少なくなる。

 

その少ない学生を見ていた涼だが、今壇上にいる代表を含めても・・・

 

「ぱっとしないねえ・・・」

 

「ちょっと書記長!」

 

思わず出た言葉を隣の澪がたしなめる。

 

「すまん」

 

確かにこの場で生徒会役員が言っていい台詞ではなかった。

とはいえ、事前のデータでもチェックしていたが、こと戦いにおいては有力な学生がいなかったのも事実。

この場で実際に見て、データに現れない強者はどうかなと注視していたが、どうも期待できそうにない。

 

来年のフェスタ、グリプスは5人の選手で戦う集団戦。

個人の力だけでなくチームワークが重要になる事は考えるまでもない。訓練、調整には相当な時間がかかる。

現時点でそれなりの力を持っていないと、一年後とはいえ戦力になるかどうか。

 

やはりグリプスは現有戦力のケアに留意するか。

このままでは優勝候補(クローディアが造るであろうチーム)以外はその他大勢、みたいになってしまいそうだ。

 

(まあ、その前にやる事は多いけど)

 

式は終わりに近づく。

そろそろこの後の事を色々考えないといけない。

 

そう、色々と。

 

 

 

 

夜。

 

入学式は終わったが、その後の生徒会が絡む行事をパスして、涼は学外に出る。

 

事前に了解は取っていたが、行先を告げた結果(目的までは言えない)特に澪の冷たい視線に見送られる事になった。

 

ロートリヒト。

 

秋に入ったはずだが、妙に暑さの残る夜空の下を歩いていると、私服姿で歓楽街に入るのは久しぶりと気が付く。

 

適当な店のウィンドウに映った自分を見る。

ソフトジーンズに白のTシャツ、グレーのクールベストと、多少雑、だが学生らしい姿をチェックしていると、後ろから声がかかった。

 

「よう。早かったじゃねーか」

 

今夜の待ち合わせの相手はイレーネ・ウルサイス。

ダメ元で夕食に誘った結果、乗って来たのでこういう事になった。

 

「レディを待たせる男にはなりたくなくてね。今夜はお誘いに応えて頂き感謝」

 

「そんな地味な恰好には合わねー台詞だな。志摩」

 

「やっぱり地味?」

 

そう言う彼女は、普段と違い、長めのプリーツスカートにノースリーブのブラウス。ハンドバッグまで持っている。

全体を濃色にまとめているのは慣れない服装をさせられた事に対する抵抗だろうか。

 

「まああんたには派手な恰好も似合わねーだろうがな」

 

「そういう君も随分とイメージが違う姿だな」

 

「あんたがそうしろって言ったんだろう」

 

「似合わないとは言ってないよ。良い意味で新鮮だし。まあ、ちゃんとした店で食事だからな。何かリクエストあるかい?」

 

「あたしに似合うのかよ?これが・・・?」

 

「うん。結構良いと思うけど」

 

言葉を掛け合いながら二人で街路を歩き始める。そろそろ人が多くなってくる時間だった。

 

 

「でもなあ。いいのか?あたしと一緒で。彼女いるんだろう?」

 

「ん?そう見えるか?」

 

「この前のフェスタの夜、この街で女連れだったじゃねーか。結構目立ってたぜ」

 

「ありゃ仕事だ。制服姿だったろう。それにあいつにはこの間ぶっ飛ばされてそれっきりだ」

 

「・・・何をやらかしたんだ?」

 

意外にも話が弾む。

こうして会うのは2回目だが、イレーネのはっきりとした物言いと明るい強さ、のような雰囲気に思った以上に好感を抱く。一方のイレーネの方は・・・こちらも悪く思ってはいないようだ。あまり男とこういう付き合い方はしていなかったはずだが、それが新鮮に思えているらしい。

 

良い雰囲気は涼がチェックしていたレストランで食事が始まっても続いた。

ロートリヒトでも比較的上品なエリアにある、まあまあ名の通った店だったので、料理の味、サービス共に良好、と言っていい。

こういう場所は経験無かったイレーネだが、すぐに馴染んでデートを楽しむ気になったようだ。

 

ただ、涼にとってはこのデートも仕事目的が含まれている。

それ程話術は得意ではなかったが、水を向けてみると少しだけ学園に対する愚痴のような感じでレヴォルフの内情を聞く事が出来る。

もちろん彼女は愚痴を言ったり弱音を吐くようなタイプではないから、あくまで控えめに、だが。

その程度の話でも、役に立つ事はある。

 

ともあれ、雰囲気と会話は傍からみれば普通のカップルにしか見えない二人だった。

 

 

 

 

 

「すまねーな。すっかり奢ってもらって」

 

別れ際、彼女の家の近く。

 

「構わんよ。これでも生徒会役員だから、それなりに、ね」

 

「そうか。でも本当にいいのか?あたしはまだ時間大丈夫だけど」

 

「妹をあまり待たせるもんじゃないだろう。気にするな」

 

「そうか・・・そうだよな。わかった。帰るよ・・・。なあ、また会えるか?」

 

「言うまでもなかろう」

 

やはり良い雰囲気は継続、あるいはもっと良くなっているのか?

いかにも名残惜しい、といった感じのイレーネに手を振ると背を向けた。

 

今回は妹想いのイレーネに気を遣った形になったが、涼としても、もっと一緒にいたかった気もする。

ただこの様子だと今後付き合い方はちゃんと考える必要がありそうだった。あまりいい加減に向き合う訳にはいかないだろう。そうなると―――

 

「よう。見せつけてくれたな」

 

「リキか。わざわざすまんね」

 

「全くだよ。妙な所に呼びつけると思っていたらこれかい」

 

暗がりから声をかけてきたのは同期にして今は警備隊の一員、リッキー・エコーレット。

いわゆる非公式な情報交換の為に呼んでおいた。

 

確かに呼んだのは涼だが。

 

「何でわかった?」

 

場所が場所だけに、光学的な認識阻害の能力は発動していた。

それを無効化したのだろうか。

 

「シャーナガルムで働いているとな、妙な事もできるようになる」

 

「なるほどね。流石だよ」

 

確かに彼もダンテではあった。

どんな能力かは忘れていたが、警備隊で若くして頭角を現した男だ。そっち方面も鍛えられていたのか。

 

 

 

 

しばらく歩くと、チェックしておいた喫茶店に入る。

一応はヤバイ話をしても外に出にくい所、だった。

 

「それで、イレーネ・ウルサイスか。今度はレヴォルフに関わるつもりか?」

 

「まあな。そっちのネタはどうだ」

 

「黒猫機関の構成員で一人、所在がつかめない奴がいる。丁度あの事件があった後からだ。まあ学園の諜報員なんてのは誰だってそんなもんだが、タイミングは合う。それにフェスタ会場近くの車を奴が運転していたという未確認情報もあった」

 

「ああ、車か。考えてみればそうだよな。誘拐の実行はともかく、連れ去るには別の手段が必要だもんな」

 

「俺もそう思う。今も捜索と調査は続いていて、手掛かりも見つかりそうだが、犯人としては決まりだと思う」

 

「同感だね。よし。これでレヴォルフの、いやディルク・エーベルヴァインの指示で確定だな」

 

そう言って席を立つ涼。だがまだ話は終わらなかった。

 

「だが一つ分からない事がある。そいつが巣に戻っていないという事だ」

 

「ん?つまり沙々宮にぶっ飛ばされた奴は、そんな状態で逃げ回っている・・・?いや違うな。どこか別の勢力なり組織なりが確保したのか?」

 

「野垂れ死にしてなければそうなる」

 

「わかった。まあそれはいい。最後に一つ。そちらが持っている、レヴォルフの学園内の配置図をくれ」

 

「お前・・・正面から向こうと事を構えるつもりか?」

 

さすがのエコーレットも呆れ顔だった。

 

「さてね。ああ、この前渡したマフィアの端末情報は役に立っただろ?それ位はしてくれても・・・」

 

「ったく。それを言うか。分かったよ」

 

今回の話もギブ・アンド・テイクで終わった。

 

 

 

 

レヴォルフ黒学院。

 

 

その特徴として、まともな校則が無く(あるいは守られていない)、端的にいって不良の集まり。

かといって荒廃している事もなく、力こそ全てのルールで運営されている、らしい。

涼としても生徒会の業務絡みである程度の知識は持っているし、訪問した事もあるが、何度も行きたい所ではない。

 

自室でこれまで集めた情報を表示させ、読み込み、検討する。

 

シャーナガルムから手に入れた学園の配置図を見ると、やはり一般公開のパンフレットやネットの情報と違う。

狙いは生徒会関係施設だが、これも一般公開されていなかった。

資料では中央校舎の最奥、となっている。ちょっと面倒な場所にあるようだ。

まあレヴォルフの学生なら知っている場所だろうが、こうして2D、3Dの図面で見る事も意味がある。

 

そして警備体制。

 

涼が意外に思ったのが、彼らの諜報機関、グルマルキンのメンバーがディルク・エーベルヴァインの直接護衛についている事だった。

 

普通、そういう連中は情報活動、破壊工作等が専門のはずだが、何とも贅沢な使い方をしている。

まあ色んな所から嫌われ、隙あらば引き摺り下ろしたいと思われている男だ。護衛は厚くしているか。

イレーネの話からも、姿は見えないものの、学園内外で常時周辺に存在しているらしい。

 

「これは厄介だな・・・」

 

先にディルク・エーベルヴァインの暗殺なんて簡単、と大言壮語してしまったが、そうとも言えないようだ。

 

だがしかし。

 

困難だと言って黙っているつもりは無い。

きっちりやり返す事は既に決めている。

大変な仕事なら準備をしっかりする事だ。そうすれば対応できる。

 

では、その準備とは?

 

 

 

 

数日後。

 

その夜、涼の姿は黒のジャンプスーツに同じく黒の作業帽、濃色のカラーレンズ入ゴーグル。

口元も黒いマフラーで覆う。

怪しい事この上ない。

一応身元を示す物と端末は身に付けず、必要事項は頭に叩き込んだ。

 

自室から上空に転移、その後も能力だけで移動。

 

アスタリスクで星導館の対面方向に存在するレヴォルフ黒学院、それなりに距離があるが瞬間転移を連続すればあっという間だ。

 

目標上空。

 

落下しながら眼下の情景に素早く目を走らせる。

あちこちが闇の影になっているが、涼の能力にとっては関係無い。

 

少なくとも妙な動きは無い、と判断し、ターゲットの建物、中央校舎の屋上に転移で降り立った。

曇り空の日を選んだだけあって、そこはほぼ闇に沈んでいた。

念の為認識阻害の能力を発動。

ここからが本番だ。

 

外壁に沿って飛び降りると、当たりをつけていた窓から室内に侵入。

警報無し。OK。

 

記憶の中の配置図からすると、生徒会フロアはここの一つ上。

警戒しつつ通路を進む。

監視カメラの類は少ないが、配置は巧妙なので注意しつつ移動。

 

建物内の内装はいたってシンプル。だが暗めの色合いと壁面、通路の角度等から威圧感を感じないでもない。

こんな所までレヴォルフらしさを出しているのか。

 

階段を上がって通路を進む。

生徒会長室の場所はすぐ把握できたが、先の事も考えて他の部屋、通路も見ておく。

 

一回りして通路の全体像を確認の後、改めて会長室の扉をみた。

普段であれば当然警備員が配置されているだろうが、この時間は無人。まあ室内も無人だろうが。

 

流石にノックして入る訳にはいかないが、手段はある。

 

今はここまで確認出来ただけで上々の成果だ。

ここまでとしよう。

 

涼は瞬間転移を併用しつつ、校舎外に飛び出した。

 

そして来た時と同じ、光の無い夜空に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 



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TURN YOUR BACK ON ME

 

 

10月も中旬に差し掛かろうとしているその日、ようやく暑さも完全に消え、秋本番と言っていい1日だった。

 

 

午後の講義を終えて大学部校舎の正門に向かう涼の表情も穏やか、のんびりしたもので、とても犯罪的な計画を進めているようには見えない。

実際の所は、一昨日の深夜、再びレヴォルフ黒学院に忍び込んで周辺状況の確認をしてきたばかりだった。

事が事だけに、準備には慎重を期している。とは言え、そろそろ実行のタイミングを計る段階。

 

内心、その行動について考え込んでいたせいで、少し周りが見えなくなっていたようだ。

 

「ちょっとー。無視とはいい度胸だね」

 

「優か。すまんね。気が付かなかった」

 

校舎を出た所で風紀委員の優に捕まる。

といっても悪い事をした訳ではない(いや、しようとはしているが)

現在進行形で付き合いがこじれているせいだ。

 

「・・・」

 

冷たい目が涼を見据える。

ちょっときつい感じの整った顔立ちのせいでかなりのプレッシャーになる。

 

「あの? 何で睨まれてるの? 俺?」

 

「はん。あたし放っておいて、他の女と付き合うの?しかもレヴォルフの」

 

イレーネ・ウルサイスと会っていた事に気付いたか。だがそれはクローディア以外知らないはず。

 

「何の事かな?」

 

「とぼけたって無駄!警備隊のエコーレットさんから聞いたんだから」

 

「・・・あの野郎・・・」

 

なるほど学園の風紀委員ならシャーナガルムの隊員と面識があるのもわかる。

連中にとっては有力な人材供給源だろうし、OBとして訪問する事もある。実際涼も学園への立ち入りについて手続きした事があった。だが何でそんな話になったんだろう。あるいはいつも無理な注文をしている意趣返しか。

 

「で、どうなのよ」

 

「ま、お前たち次第だな」

 

「こっちのせいにする訳!?」

 

「だってお前らが俺の女になってくれんから」

 

「またそれ・・・。本気で言ってるの?」

 

「俺はいつだって本気だが」

 

「嘘ね。あなたは女には本気になれない。そういう奴なのよ」

 

「何だと?何故そうなる?」

 

それに答えて、何かを言いかける優。

だがその前に涼の目が他の誰かを捉える。

つられて優が振り返った先には、薔薇色の髪の美少女がいた。

 

「・・・」

 

そのまま無言で背を向ける優。

涼も黙って見送るしかなかった。

 

 

 

「すみません先輩。お邪魔でしたか?」

 

「構わんよ。何か相談かい?」

 

やって来たのは華炎の魔女《グリューエンローゼ》

ユリス・アレクシア・フォン・リースフェルト。

 

そういえば二人だけで直接顔を合わせる事はあまりなかったな、と思い起こす。

 

「ええ。ですがいいのですか?七海先輩の方は」

 

「気になる?」

 

「ええ。どんな話だったのか、少し・・・」

 

「大人の男女関係に起こった問題についてだけど、聞きたい?」

 

大人、と言ってしまうのは少し違うだろう。所詮は学生だ。

 

「・・・遠慮しておきます」

 

そう言ったユリスも微妙な表情になった。

 

「そうしてくれ。で、要件は?」

 

「志摩先輩、少し先の話ですが、冬季休暇のご予定はありますか?」

 

「今のところは何とも。何かあるのかい?」

 

「ええ。国元から、この前のフローラの件で、手助けしてくれた方々を招待すると。兄上が礼を言いたいそうです」

 

彼女の兄上というと・・・

 

「何とまあ国王陛下からリーゼルタニアご招待か。そんなに大した事はしていないんだがね」

 

思い起こすと確かに夜の街を奔走したが、当たった先は全部ハズレだった。バタバタしている内に何とか終わった、そんな印象しかない。

 

「それでもご尽力頂きました。どうでしょうか?」

 

「ん・・・。ちょっと待て。関係者という事は会長もか?」

 

「はい。クローディアも同行する事になりました」

 

「そうか。ならば遠慮しよう。会長不在ならば、俺が学園を離れる訳にはいかない」

 

実はそういう規則がある訳では無いが、涼の意思としてこれまでもそうしてきた。

 

「そう・・・でしたね。先輩はそういう立場でしたね。すみません」

 

「気にするな」

 

そう言ったが、まだ何か言いたそうなユリス。

涼はとりあえず間を置こうとシガレットケースを取り出して―――

 

「あ、いかん。リースフェルト。一つ頼まれてくれるかい?」

 

「何でしょう?」

 

「火を貸してくれ。ライターの調子が悪くてね」

 

そう言って煙草を取り出して差し出す。

少しあっけにとられたようなユリスだったが、何も言わずに魔力を行使。僅かなプラーナの煌きと共に煙草の先端が赤くなる。

 

「ああ、これ位でいいよ」

 

そう言って煙草をふかすと、手を振ってすぐ近くにある喫煙ブースに入る。

もう一度ブースの中から手を振る。

ユリスは小さく頷くと去って行った。

 

その凛とした姿を眺めながら、ある事に気が付く。

 

涼は一国の王女様に煙草の火を着けさせてしまった。

 

単に炎の能力を持つストレガだからちょっと頼む、みたいなノリでやらせたのだが・・・

 

「まずかったかな、これ」

 

短くなって行く煙草を見ながら、そう呟いて苦笑いした。

 

 

 

 

数日後。

その日の天気予報は夜まで曇と出た。

何の変哲も無い平日。

レヴォルフ黒学院も、特にイベント等は無い事は分かっていた。

 

実行、を決意する。

 

陽が傾きだした頃に準備スタート。

今回は潜入だけでなくそれなりの荒事もあるので、それを想定した装備とする。

 

まずは特殊部隊用のフルフェイスヘルメット。

もちろん本物ではなく、ゲーム用レプリカだが、頭部を完全に覆えればいいのでこれで充分だった。

 

衣服は適当だが、その上に黒い全身防汚服、トライヴェックを着込む。

本来はクリーンルームでの作業等に使われる工業用品だが、体から出る繊維、塵を完全に抑える。

当然服自体からの繊維の発生も無い。

靴とグローブも同じセットで揃えれば、目的地で多少暴れた所で文字通り塵一つ落ちない。

 

武器は市販の標準的な煌式武装銃。ただこれを使うつもりはなかった。

主武装はこれまた普通のロッドタイプの煌式武装。

そしてもう一つ、これは煌式武装でない鋼製ナイフを1本。

これで充分のはず。

防汚服のポケットにホルダーを入れ、粘着テープを使って固定した。

 

これらの装備で良い所は、全て一般で手に入るので、万が一他人の手に渡ったとしても足がつきにくい所だ。

代償は涼の財布がかなり軽くなっただけ。

 

装備完了。

鏡で自分の姿を見ると、怪しい事この上ない。

ただこの装備なら、激しく動いた所でほとんど証拠を残さないだろう。

いや、極端な事を言えば警備隊の科学捜査班が学園に入って、生徒会室周りを徹底捜査すれば何かが出るだろう。

そして当然、レヴォルフ側がそんな事をさせるはずもない。

 

これでよし。

 

何度か鏡像展開と転移を繰り返し、自分の姿を能力に馴染ませる。問題は無かった。

 

後は今日、これから起こる事が学園間にどう関係するかだが・・・

涼の考える限り、表面的には大きな影響は無いだろう。

クローディアの責任にはできないので、彼女には何も言っていない。最近の涼の態度からしても、察してもいないだろう。

彼女は知らなかった事にしなければならない。

 

もちろん先の誘拐事件、その報復と思わせないといけないので塩梅が難しいが、そこは涼の演技次第となる。

 

陽が落ちた。

窓の外は薄暮のアスタリスク。

 

「いいだろう。やってやるさ」

 

能力を発動。暗くなり始めた空に飛び出した。

 

 

 

再び空から見下ろすレヴォルフ黒学院。

 

前回と違うのは、校舎の周りにちらほらと学生の姿が見える事だ。

それなりに遅い時間のはずだが、多少は真面目にクラブ活動をしてその帰りか、あるいは補習の帰りか。

 

これまでの偵察で決定したルートに、より慎重にアプローチする。

 

光学制御を行いつつ、校舎内への侵入は問題無し。

 

学生が残っている時間だという事は承知しているので、さらに慎重に行動する。

 

と言っても生徒会フロアに人影は無かった。

まあ普通の学生にとって生徒会とは縁遠い物だろう。レヴォルフなら尚更だ。

 

認識阻害の能力を使いつつ、前もってチェックしておいた監視カメラを避けながら生徒会室に続く通路に出る。

 

会長室が見えた。

 

そしてその扉の前には、二人の警備員。

 

という事は、高確率で、生徒会長が室内にいる。

 

忍び足で接近するが、警備員はこちらに気付いた様子は無い。

いくらこの姿を見えなくしているとはいえ、この距離で何の反応も無しとは。

ジェネステラではあるようだが、完全な荒事専門らしい。恐らくここの卒業生だろう。

大した脅威では無い。

 

だが、彼らを倒せば会長室に入れるかというと、それは別の問題だろう。

異常を感じた中の人間に応援を呼ばれて終わりだ。

 

ここからが忍耐のしどころだ。

 

涼の能力は、自分が認識していない所に鏡像展開できないし、転移もできない。

会長室の中がどうなっているかわからない以上、この先には進めない。

となると、誰かがあの扉を開ける必要がある。そうすれば扉の前に転移して、そのまま中に跳び込めばいい。

あるいは室内からターゲットが出てきた瞬間を狙う手もある。

何にしろ、人の出入りが全く無いとは考えられない。

 

その瞬間まで、何時間でも待つつもりだった。

 

 

 

実際は、そこまで待つ必要はなかった。

 

体感時間で30~40分程過ぎた時だった。

 

涼の見つめていた扉が開く。

 

「!」

 

中から出てきたのは小柄な女子。確か会長秘書だったはずだ。

 

さっと音を立てずに室内が見える場所に移動。

中に向かってぺこぺこ頭を下げている彼女の向こうには重厚なデスク。そこには小太りの赤い髪の男の姿があった。

決まりだ。

 

扉が閉まり始める。そのタイミングでナイフを抜きながら男の隣に鏡像展開、転移実行。

 

上手くいった。

 

扉が閉じた時、涼のナイフはディルク・エーベルヴァインの首筋に接触していた。

 

「動くな」

 

「・・・!」

 

背後から服の襟をつかみ、ナイフの刃を軽く引くと、一筋の赤い線が浮かぶ。

 

「下手な真似をすると死ぬよ。ああ、そこにいる猫さんも大人しくしな。ご主人の首が落ちるぜ」

 

確かに聞いていた通り、近くから妙な気配を感じる。

これが黒猫機関の者か。涼の目でもはっきりとした姿は捉えられなかった。

 

「貴様・・・。何者だ?」

 

「流石に動じませんなあ、会長さん。突然の事で失礼ではありますが、これも上からの指示なんでね」

 

言うまでもなく、はったりである。

 

「何が目的だ?」

 

「いやね、おたく、夏のフェニクス本戦中に競技妨害やらかしてるでしょう。星導館相手に」

 

「何の事だかさっぱりだな」

 

瞬間、涼の手が彼の頭をつかみ、机に叩きつけた。

 

「ちっ・・・。てめえ!」

 

「すみませんねえ。あんたがとぼけたらこうしろって言われてたもんでね」

 

これも当然嘘。涼は多少イラっとしたので、思わず手が出た。ちょっと強めに打ちつけたので、かなり痛むはずだ。

頭を引き上げると、磨き上げられたデスクに血が数滴垂れる。

 

「貴様・・・。影星か・・・?」

 

涼は否定も肯定もしない。

 

「どうでしょうね。まあ良く考える事をお勧めしますよ」

 

自由に使えない面があるとは言え、星導館の諜報機関である影星はクローディアの指示で動く場合もある。

ここは判断を混乱させておきたい所だった。

ちなみに先程からの一見チンピラじみた態度も背後関係を深読みさせる演技だった。

つまり、ロートリヒトの関係者と思わせる為。

 

「・・・何が望みだ」

 

「いやなに。次におかしな真似をしたら、これよりもっと困った事になりますよ、とまあそういう訳です」

 

「・・・」

 

「まあ返事は期待してないですがね。せめてお土産はもらっていきますよ」

 

そう言って今度は頭を机に押し付ける。

掴んだ髪の根元にナイフを走らせる。

癖のある赤毛がバッサリと切れて、特に後頭部の髪形がおかしな事になった。

 

切った髪をポケットに入れると、大体の予定は完了。

 

部屋の扉に目をやって集中し、その向こう側を意識する。

入った時とは違い、今度は扉の向こうの様子は知っている。この短距離、障壁があっても集中すれば転移は可能のはず。その為の練習もしてきたが―――よし、いける。

 

転移成功。

涼は生徒会長室前の通路に立っていた。

 

「なっ!?何者だ!」

 

警備員が気付く。面倒になった涼は認識阻害を発動。姿を消した。

 

 

 

 

 

数分後。

 

前もって用意しておいたセーフハウス(といっても再開発エリアの廃屋)で装備の処分をする。

使わなかった煌式武装はそのままで、ナイフは刃を折って下水道に別々に放り込む。

服とヘルメットは適当な鉄の箱に入れると、ハンディ・バーナーで焼く。

可燃性ではないので燃えて灰になる訳ではないが、変質してしまうのでこれで充分。

『お土産』の方は、ビニールパックに入れて持ち帰る事にする。何しろ奴のDNAが手に入った事になるので、何かの役には立つかもしれない。

 

計画していた事のほとんどが終わった。後は帰還するだけ。

 

そこまで大きく息を吐く。意識はしなくてもかなり緊張していた。

 

涼は暗い、いや黒い空を見上げると、その姿を消した。

 

 

 

 



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DANGEROUS PLACES

 

 

 

レヴォルフ黒学院の生徒会長、ディルク・エーベルヴァインに対する警告(半分は涼の意趣返しだが)は、表向き目立った反応を呼び起こしていないように思える。

と言っても涼に先方に対する充分な伝手がある訳では無いので、ただ見えていないだけなのかもしれない。

 

(まあイレーネにもあからさまには聞けないしな)

 

分かってはいたが、もどかしさが・・・

 

「涼、どうした。あんまり飲んでねーぞ」

 

「ん?そうだったか。そりゃいかんな」

 

そう言ってグラスに注がれたビールを一気に呷ると、周りからはちょっとした歓声。

 

今夜はしばらくぶりの元同期との飲み会だった。

 

今回は就職組と進学組で半々位、十数人が思い思いに騒いでいる。

 

進学組は即ち星導館学園の大学部なので、まあ顔を合わせる機会はあるが、就職組連中は久しぶりに会う。

社会人となった彼らの話もまた興味深い点が多い。職場では経験的にもう新人と呼ばれる段階は過ぎ、ある程度自発的に動いて良くなる頃の成功談と失敗談、酒が乗った上で話されるとどちらも盛り上がる。

 

ただ流石に部下を持つに至った者はいないようで(後輩と部下はイコールでない)その面では生徒会ナンバー2の涼がある意味一番かもしれない。

 

いや、もう一人いた。

 

「よう。何を考え込んでいたんだ?涼」

 

二十歳ちょっとで捜査チームのサブリーダーになっているリッキー・エコーレット。事実上、ここの面々では彼が出世頭だろう。

 

「あ。リキ。おめー優に何言ってくれちゃってるの?おかげで面倒になりそうなんだけど?」

 

「優?ああ、七海さんか。何の事だ?」

 

「とぼけなさんな。イレーネの事・・・」

 

「ああ、あれね。話の流れでそうなった。すまんね」

 

「お前な・・・」

 

「何々?涼が振られたのか?」

 

「破局?破局ですか?」

 

再び場が盛り上がる。しばらくはそのネタでいじられる事になった。

 

 

 

それなりに盛り上がった飲み会の後、次はどの店だ?と騒いでいる中から早々に連れ出された涼。

 

今度も目立たない喫茶店の片隅。目の前にはリキ。

 

「で、何の話だ?」

 

酔いが覚めて行く。何しろ相手は警備隊の捜査員だ。

 

「お前さ・・・。レヴォルフで何かやったか?」

 

もう何か掴んだのか。内心舌を巻く涼。

 

「何かと言われてもね。あっちで何かあったとでも言うのか?」

 

「ここ数日、ディルク・エーベルヴァインの姿が見えない。学園内外共にだ。いかなレヴォルフでも、生徒会長が公の場に全く姿を見せないというのはおかしい」

 

「ふーん。引きこもってるのかねえ」

 

こう言ってくる以上、その他の異変の兆候も掴んでいるのか。

 

まあ表に出てこないのは・・・ああ、出てこないのではなく、出てこれないんだろう。

あの時涼は、手加減はしたがかなり強く彼の顔を机に打ち付けた。

魔法治療でも受けなければ、今でも腫れ上がった顔のはずだ。

 

あの男の不機嫌なふくれっ面が更に腫れて膨らんでいるのか。

 

「クッ・・・」

 

思わず吹き出してしまった。

 

「やっぱり何か知っているな、涼」

 

「いや。知らねーぜ。どこかの会長がどこかで顔をぶつけたなんて知らねーよ、くっくっく・・・」

 

「おい・・・。貴様という奴は・・・おい」

 

思わず笑ってしまったせいで、知らぬ存ぜぬは通らなくなった。だが全部話す訳にはいかない。

 

「ふふふふ・・・」

 

「お前なあ・・・。今後は自重しろよ。何しろこの件に絡んだ捜査でウチの隊長が張り切っている。無茶すると公式に話を聞く事になるぞ」

 

「わかったわかった。しばらく大人しくしてるよ。くははは」

 

流石に話の内容を考えて、声を抑えながら笑う涼。

それを見るリキの表情は呆れを通り越して苦い物になっていった。

 

 

 

 

 

翌朝に、何気なく残るジンとバーボン。

 

学園寮の自室で目を覚ました涼が最初に見た物。

 

(帰ってから飲み直したのか・・・)

 

自室に戻って少し酔いが覚めると、よせばいいのにリキに余計な事を言ってしまったと後悔した。

自己嫌悪をまぎわらそうと深酒をしたようだ。

 

「うぅ・・・」

 

その結果が酷い二日酔い。鈍い頭痛と胃のむかつきが耐え難い。

 

今日の生徒会業務は新入生データの取りまとめと前期各クラブ活動報告の確認作業。

高等部以下のメンバーは授業があるので基本放課後からの参加になる。

その前に大学部メンバーと会長で整理を進める事になっているので、寝ている訳にはいかない。

取り急ぎ頭痛薬を水で流し込むと、シャワールームに向かった。

 

 

 

「うわ。先輩、何ですかその顔!?」

 

挨拶も無く、いきなり澪に言われる。

 

「おはようございます。涼さん、飲みすぎましたね?」

 

普段はにこやかなクローディアもその形の良い眉を寄せている。

 

「おはよう。・・・そんなに酷いかな?」

 

「ええ・・・。それにちょっと・・・」

 

まだアルコールが抜けきっていないんだろう。それにジンとバーボンの香りが混ざり合って・・・

 

「こりゃダメだ。二人は会長室に行ってくれ。ここは俺だけで仕事するから」

 

香り、というか臭いに敏感な女性にこの状況は良くない。

結局昼前まで、生徒会室で一人事務を行う涼だった。

 

 

 

午後。

 

会長室。

 

「涼さん、気分はいかがですか?」

 

「まあ何とか回復、といった所ですね」

 

「二日酔いになるまで飲むなんて、涼さんにしては珍しいですね」

 

「まあそういう気分の時もあります」

 

深酒は珍しいという程では無いのだが、それを言ってもクローディアを心配させるだけである。

 

「ところで涼さん、レヴォルフで何かやりましたか?」

 

一体どこで知ったのだろう?

影星の関係しかないだろうが、あれも会長が自由に使える組織ではない。それなのに何かがおかしいと判断する情報をどこかで掴んだ事になる。学園の会長ならばそれなりの伝手もあるだろう。良く考えれば当然だった。

 

「・・・」

 

いつまでも黙っているつもりはなかったが、いきなり核心を突かれるとも思っていなかった。そのせいで上手く言葉が出ない。

 

「涼さん?」

 

クローディアの表情はいつも通りの穏やかな微笑。だがその向こうに何かがあった。

 

「すみません。勝手なマネをしてしまいました」

 

盛大にため息をついて、ディルク・エーベルヴァインに対するテロ行為を報告(白状)する。

 

 

 

「困った事です」

 

クローディアの反応もため息混じりだった。

 

「事後報告で申し訳ありませんが、会長が事前に知っているのはマズイと思って」

 

「そういう事ではありませんよ、涼さん。貴方が生徒会メンバーである以上、その行いの責任は全て私にあります。その責任から逃れるつもりはありませんし、逃れたくないのです」

 

「は、はい、確かに。ええ」

 

傍から見れば面白い光景かもしれない。

普段は飄々としている涼が冷や汗を浮かべ、恐縮しきっていた。

 

「気持ちはわかりますし、必要な事だったのかもしれませんが、他の方法が無かったとは言いませんよね?」

 

「・・・はい」

 

確かに警告、報復であっても、やり方が粗雑にすぎたと思い始める。

充分すぎる準備をして、やった事はチンピラ紛いと、何ともちぐはぐな行為だ。

 

「それで、他にこの事を知っている人はいますか?」

 

「その件でもう一度謝ります。実は・・・」

 

リキの件を話すと、流石にクローディアの視線の温度が下がった。

 

「涼さんらしく無いですね。こんな明確なミスをするなんて」

 

「酔った勢いとは言え、調子に乗っていました。全く、後悔しかありません」

 

「はぁ・・・。まあ相手があの人であれば、この件を理由に過剰な要求等は無いでしょう。ですがこの分では、他の学園情報機関もレヴォルフで何かあったらしい、程度の事は掴んでいるかもしれません」

 

「でしょうねえ・・・」

 

その位の事で何かが起こるとは思えないが、良くない流れだ。

 

「それに事が大きくなれば、シャーナガルムとしても調査を実施しなければならないでしょうし」

 

そうなった場合、涼は犯人の最有力候補だ。

 

「まさか奴が被害届を出すとも思えませんが、どこから噂が広がるか、わかりませんよね・・・」

 

「涼さん」

 

珍しくクローディアの声が硬い。

 

「貴方には、当面学園外への外出を控えて貰います」

 

「・・・はい」

 

それでどうにかなるかはわからないが、これは涼に対する処分の意味合いもある。

 

「では、しばらくは大人しく、でお願いしますね」

 

最後はいつもの笑顔なクローディア。

とりあえずこの話は終わり、となった。

 

 

 

 

 

それから数日、涼はあまり調子の良くない日々を過ごしている。

 

二日酔いは後を引かなかったが、クローディアの叱責が後を引いているのかもしれない。

肉体に影響する程の精神的なダメージだったのだろうか。

 

そんな訳で、その日の会議も気分の悪い状態で参加して、不機嫌に発言者を眺めていた。

 

だがその学生はそんな涼の視線に全く気が付いていない。むしろ機嫌よくモニターの前で長広舌を振るっていた。

 

「ですから、プラーナの変換効率については従来の煌式武装を大幅に上回る性能を実現しています。これは我々の開発陣が新しい理論を現実の物とする為に―――」

 

星導館学園、装備局の一室にて。

 

アルルカント・アカデミーとの共同開発で完成した新式煌式武装、レクトルクスの説明会。

 

対象となるのは関係者だけだが、その中でも重要なのはモニターを担当する学生達で、選ばれたのは序列上位者ばかり。その最上位は序列5位にして今期フェニクス優勝者、ユリス・アレクシア・フォン・リースフェルト。

そんな錚々たる強者達の前でプレゼンする、となれば、緊張するか高揚するかだが、目の前の男は後者のようだ。いや、むしろ調子に乗っているのか?不自然な声の大きさと大げさな身振り手振り。

ただでさえ良くない気分が更に下り坂に向かって行く。

 

他の出席者も似たような気分らしい。違うのは生真面目なユリスだけで、しっかりと手元の端末にメモを取ったりしている。

 

「続いては新開発の起動制御方法についてです。こちらの新技術については―――」

 

いい加減我慢できなくなった涼は、敢えて目立つようにわざわざ転移を発動して前に出た。

 

「―――発動の高速化の為――― うわっ・・・志摩先輩?何でしょうか?」

 

「あのさあ。さっきから延々と技術的ディテールの解説ばかりなんだが。これ以上は他でやってくれんか?」

 

「し、しかしこのレクトルクス開発に当たっては、我々の技術力の成果でもあります。その点を明らかにして初めて・・・」

 

「うん。それはわかった。わかったから次に行こう。この煌式武装の実際の取り扱いについての解説だ。いいよな」

 

「で、ですが・・・」

 

「次だ。いいよな!?」

 

「はい・・・」

 

場の雰囲気は悪くなったが仕方がない。

席に戻る涼に対し、装備局側からは冷たい視線。その他の関係者からはやれやれといった感情が見える。

 

ともあれ、その後の進行は問題無く終わった。

 

 

 

夕刻。

 

生徒会業務は早めに終わったが、陽が短くなった為と曇り空という事もあり、周囲は暗い。

 

だがそんな薄闇の中でも、薔薇色の髪は輝くように目を引いた。

 

正門近くに佇む彼女と目が合う。

 

「あ・・・」

 

「よう。また会ったな」

 

「はい」

 

別に急ぎの話も無かったが、このまま立ち去るのも妙に思える。

 

「それでリースフェルト。あの新型ルークス、レクトルクスか。使えそうかな?」

 

説明会場ではあまり話もできなかった。

 

「ええ。中々興味深い装備だと思います。少し時間はかかりそうですが、必ず」

 

「空間把握能力が重要だそうだが、まあ君なら問題無いかな」

 

「はい。そこは大丈夫です」

 

話ながら若干の違和感を感じる涼。このお姫様には珍しく、落ち着きが感じられない。

 

そういえばこの場所は・・・

 

「ああ、すまん。待ち合わせだったか。お相手は天霧かな?」

 

「え?何で・・・。知っていたのですか!?」

 

「いや。『そういう顔』をしていたからね。君にしては珍しく。なるほどこれからデートじゃあそうなるよな」

 

「デ、デート!?ち、違います。綾斗とはそういう事は・・・」

 

実にわかりやすく慌てるユリス。

 

「わかってるって。この時期の夜の商業エリア、場所によっては雰囲気良いしね。何なら良い店教えようか?」

 

「ですからそうでは無いと!あ、そうだ。先輩も一緒にどうです?七海先輩も呼んで・・・」

 

動揺のあまり妙な事を言い出した。ただ、そうなったとしたらそれはつまりダブルデートとなるんだが、気づいていないのか。

 

「済まんがそれは無理だ。今の俺は会長から外出禁止令を受けていてね。学外に出れない」

 

「・・・何かやったんですか?先輩」

 

「いや、まあ・・・」

 

理由は言えない。しかしあの件で最も憤っていたのはユリスだし、実際迷惑を被ってもいる。

 

「そうだな・・・。誰にも言わないで欲しいんだが」

 

「はい」

 

周辺をチェックしながら、小声で話す。

 

「実は、ある学園の生徒会長室に忍び込んで、そこの主の不機嫌面をぶん殴ってきた」

 

「・・・先輩、それはまさか!?」

 

「そうだよ。少しは気が晴れるだろう。じゃ、そういう事で」

 

視界の端に天霧綾斗が見えた。待ち人到来。いや、それにしては・・・

 

「あ~。こいつは・・・」

 

綾斗の両隣に沙々宮紗夜と刀藤綺凛が引っ付いていた。

 

ユリスはと言えば・・・。

見るまでもなく、不機嫌、そして怒りの波動が伝わってくる。

 

(こりゃダメだ)

 

間に入っても収拾つけられないだろう。

 

 

 

涼は悪いと思いつつ、静かにその場を離れた。

 

 

 

 




そろそろこの物語の結末を考えています。


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SO FAR SO GOOD

 

 

アスタリスク、11月

 

街の立地からして、寒さを感じる時期は早い。

星導館学園でも、屋外を歩くと朝晩は吐く息も白くなる。

 

涼も派手に白い息を吐いているが、この場合は気温ではなく煙草によるもの。

 

喫煙ブースで紫煙を燻らせながら一人外を眺める。

 

絶対的少数派である喫煙者の涼。今日も喫煙場所だというのに周りに誰もいない。

ほとんど利用されていない場所。

それだけに廃止の声もあるにはあるが、一人涼の抵抗により何とか存続している。

流石に序列上位にして生徒会の実力者の声は無視できないようだ。

 

ぼんやりと歪んだ煙を見つめていると、端末に着信。

 

「!」

 

モニターに出すと、特に変わった所も無い宣伝メールだが、チェックボックスにタッチしてパスワードを打ち込むと内容が一新された。

 

『会合』の開催連絡。

 

今回は聖ガラードワース学園のレティシア・ブランシャールが準備当番だった。

 

日時と場所が表示される。

 

「・・・また妙な所を選んだな、あいつ」

 

呟いて煙草をもみ消した。

 

 

 

 

 

放課後。生徒会長室。

クローディアと涼。

 

立場上、行動を共にする事の多い二人だけに、口さがない連中の噂の種にもなった事はある。

ただそういう話には涼も積極的にスルーしていたので、やがて下火になる。

特に最近はクローディアが天霧綾斗に懸想している事が知られてきたので、全く無くなった。

 

それでも一つの部屋で二人きりという状況は、他はともかく生徒会メンバーには気になる状況らしいが、当の二人はどこ吹く風、という様子だ。

 

それで、何をしているかと言うと。

 

 

「チェック・・・OK。異常発信源検出無し。ハードウェアでの検査では問題ありませんね」

 

「了解。じゃあ後は俺が見ます」

 

月に一度の部屋の掃除。

掃除と言っても防諜的な意味のもの。

 

以前からクローディアは生徒会長室での機密保持に懸念を持っていて、涼と共に対策を考えていたのだが、フェニクス前後からようやく具体的な手が打てるようになった。

 

まずは今行った電子的スキャン。専用のセンサーを集約した検出装置(見た目はかつてのノートPCに無線機を取り付けたような物)を使って、遠隔操作されるマイクやカメラの類が発するシグナルを捜索する。

 

結果、室内、その周辺に問題は無かった。

 

次は涼の能力。

 

一度目を閉じ、ゆっくりと開く。

 

知覚する情報を可視光から上下の範囲に拡大させてゆく。

赤外線、紫外線、電波領域。

 

『視る』波長が変わる度に涼の瞳の色が変わる。

それを感心したように見つめるクローディア。

 

ゆっくりと室内を見回すした涼は、やがて目を閉じて言った。

 

「こちらも異常無し。全域、安全です」

 

「涼さん、ご苦労様です」

 

「厳密に言うと、窓を狙ったレーザー発振が1ヶ所。先月と同じやつです。無駄なのが分からんのかな?」

 

窓の微少な振動を拾って室内の会話を検出するタイプの盗聴行為。

室内や周辺に盗聴器の類を仕掛ける必要が無い為、それなりの規模の情報機関には普及が始まっている。

もっとも生徒会フロアに関しては、クリアメタル製(制震効果有)の二重構造窓なのでこの方法も無効となる。

 

「ご指示なので放置していますが、気分は良く無いですよ。破壊していいですか?故障に見せかける方法は思いつきました」

 

「そうですか。ではそろそろお願いしましょうか」

 

「じゃあ外出の方は・・・」

 

「そうでしたね。どうしましょうか?」

 

若干黒い笑顔のクローディア。例の処分はまだ解除されていない。

というか・・・

 

「確かにリースフェルトに話したのも事後報告でしたが、あの子は問題無いでしょう」

 

「ですが、秘密を知る人は少ない方がいいですよね」

 

その後、レヴォルフ生徒会室の件をユリスに話した事は報告したのだが、これも当然事後報告であり、クローディアは見過ごさなかった。

結局外出禁止令の延長を受けた涼。そろそろ辛くなってきている。

 

「・・・まあ確かに。秘密漏洩の可能性は、その秘密を知る人数の二乗に比例する、でしたっけ。そんな格言は俺も知っています。でもなあ・・・」

 

少し考え込むクローディア。

 

「ああ、それに近々『会合』もありますしね」

 

「・・・わかりました。『会合』前日までとします」

 

「どーも」

 

涼はそっと息をついた。

特殊な立場以外は極めて普通の大学生(そう思っている)である涼にとって、長く学外に出れないのはかなり堪えた。

代わりに講座出席と生徒会業務は捗ったが、今はどちらもそう忙しい時期でもない。

それより引きこもっていたせいで情報収集の面で不安が出てきた。

 

そういえば、外に出れなかったせいで会えなくなったイレーネともそれっきりになっていた。

 

案外失う物が多かった晩秋になるかもしれない。

 

 

 

 

 

その日、すっかり陽が暮れてから、行政エリアの一角を進む。

 

しばらくぶりの『会合』。

 

今回はそれ程調整が必要な懸案は無い。

何しろフェニクスが終わって時間がたっている。その際の大小の問題は解決し、次のイベントまで間が空いている。

大きな行事としては学園祭だが、それまでに半年あるし、次のフェスタ、グリプスに至っては1年後だ。

 

そんな訳で、いつにも増して緊張感の無い顔でビルの谷間を歩く涼。

 

服装は悩んだが、結局無難なスーツ姿。以前同様、その装いでは全く学生に見えない。

 

今回の開催場所自体はすぐにわかった。

何しろ目立つビルで、人通りも多い。

それもそのはず。そこではいくつかの企業連合のレセプションやパーティーが開かれていた。

いかにもビジネスマンといった連中が出入りしている。

涼もその中に混じって、さも関係者のような顔をしてドアを通った。

全く見咎められる事はない。セキュリティ的に大丈夫なのだろうか。

 

それはともかく、目に入ったエレベーターで数階上に上り、いくつかの会議室が並んでいるフロアに出た。

目的の部屋は最奥にある。

ドアフォンのパネルにタッチすると、すぐに扉が開く。

今日は開始時刻前に着いたが、他の二人はすでに席に着いていた。

 

「よう。しばらく」

 

「久しぶりですわね、シマ。相変わらず目立たない恰好が良くお似合いでしてよ」

 

「ほっとけ。そういうお前は・・・後回しだ。趙、一体何のつもりだ、それは?」

 

「・・・」

 

白いシャツに蝶ネクタイ。黒いベスト。さらに黒いエプロンまで。

 

界龍第七学院生徒会秘書の趙虎峰の装いは、どこから見ても給仕姿、しかも女性仕様だった。

確かに現在このビル内、パーティー会場ではそんな恰好の男女も多いが、彼らは本職。対してこいつは・・・

 

「中々いいアイデアではありませんこと?この会場には良く溶け込んでいますから」

 

「まあそうだが。どっからそんな発想が出て来るんだ?お前さんて意外とフリーダムだったんだな」

 

「僕が考えたんじゃありませんよ。嫌だと言ったのに・・・」

 

どうやら誰かに強要されたようだ。この男、押しには弱い所があるのは知っていた。

 

「ま、確かに目立たないからいいじゃないか。レティも考えたな。良く似合っているよ」

 

「あら。貴方が素直に人を褒めるなんて。どういうおつもりですの?」

 

そういうレティシア・ブランシャール。

聖ガラードワース学園生徒会副会長の装いも変わっていると言える。

 

黒に近い濃紺のレディススーツ。

特徴ある豪奢な金髪は頭上に硬く纏めて、余る部分は1本に縛って背中に長く流している。

一見、いやどう見ても大企業の秘書姿。それにしては若すぎるのだが、そこはメイクで上手く印象を変えている。

今の彼女を見て、同じ学園の生徒でさえぱっと見ではレティシアだと気づけないだろう。

 

「ま、発想の方向としてはみんな一緒か」

 

実際、気合を入れた変装などしなくても、学生に見えなければいい。

涼達を探す相手がいたとして、そういう連中はまず学生を見るだろうから、学生でない姿の者は最初に認識から除外されるだろう。

 

「それでは今日のお話ですが・・・その前に、今期も同じ顔触れでしたね」

 

レティシアが切り出した。

後期になってから初めての会合。

生徒会役員任期としてはそれぞれの期が区切りになるが、後期になってもメンバーは変わらない。星導館でもクローディアの対立候補が現れず、信任投票も省略された。そのあたりの事情は他も変わらないようで、公開されている他学園の役員関係も変更は無いようだった。

 

「ま、変化があるとしたら来期だろうが。ウチは多分変わらないけどね」

 

「そうでしょうか。『彼女』に変わる人材がいないと仰る?」

 

「今現在の学園内に、変わりが務まる奴はいないね。来期の事はわからんが、もし誰か出て来ても相手にならないだろう。俺も阻止するし」

 

「・・・」

 

「どうした?そっちだって似たようなもんだろう」

 

「そうですが、あなたのような人から、そこまで言われる星導館学園の生徒会長とは大した人物だと、改めて認識したという事です」

 

真面目な顔で趙が呟くように言った。

レティシアも複雑な表情。彼女の場合はクローディアに対し様々な思いがある事も関係しているのだろう。

 

しばし会話が途切れる。

恐らく今の断片的な会話からも、今後に起こりえる状況などを考えているのか。

 

「生徒会長と言えば―――」

 

レティシアが話を変えてきた。

 

「レヴォルフ黒学院にて何かがあった様子。シマ、ご存じありませんか?」

 

「何か、と言われてもね。もう少し具体的に頼む」

 

そう来たか。間違いなくあの件についてだろうが、当然話すわけにはいかない。

 

「あのタイラントが、しばらく姿を現さなかったそうです。そちらには何か入っていますか?」

 

ガラードワースの情報収集能力は高くない事は涼も知っている。そもそも校風からして諜報という事には向いていない。である以上、あの件についてはこの程度だろう。

 

「まあ奴さんが引きこもっていたのは知っているが」

 

「その理由についてはご存知ですの?」

 

「ロートリヒト絡みとだけ言っておこう。これ以上はタダでは無理」

 

真顔で嘘をつく。

まあ100%嘘という訳じゃない。最後はロートリヒトが舞台となったあの誘拐事件が事の発端である。

 

「ではどうすれば教えて頂けますの?」

 

「そうだな。今度俺と一晩付き合え」

 

「・・・本気で仰ってますの?」

 

「俺はいつだって本気だよ」

 

レティシアの表情がはっきりと険しくなった。

 

「貴方という人は・・・!」

 

彼女が声を上げる前に、趙の冷静な言葉が割り込む。

 

「ディルク・エーベルヴァインは負傷療養につき、一週間程公務に姿を見せなかったようです。負傷の原因まではわかりませんが、ロートリヒトの関係者が関与した可能性があります」

 

「流石、界龍。こっちと同程度以上の事は掴んでいたか」

 

「あなたがそう言うという事は、ほぼ事実と見ていいですね。まあ、あの生徒会長はロートリヒトと何かと上手くいっていませんし」

 

「そういう事だね。まあ、ロートリヒト絡みじゃ俺達にはあまり関係ない」

 

「ですが・・・」

 

今一つ釈然としないらしいレティシア。

実際、仇敵といえる学園のトップの動向は気になるだろうが、涼もこれ以上の情報を与えるつもりは無い。

 

「それよりも、アルルカントとの煌式武装共同開発、そろそろ形になったのではありませんか?志摩さん」

 

「あれかあ・・・。ちょっと簡単には行きそうにないんだけどね」

 

趙が話題を変える。ただこの件も全て話す訳にはいかない。

涼は言葉を選びつつ、慎重な発言を心掛けた。

 

 

 

 

 

やはり、今回の『会合』は、あまり大きな話も無く終わった。

いつも通り、3人は時間をずらしてその場を離れる。

レティシアはまだ何か言いたそうだったが、今日の涼は付き合うつもりは初めから無い。

何しろやっと学園外に出れたのだ。思い切り楽しむつもりだった。

 

会場を離れた所でタクシーを拾い、商業エリアのある店に。

着いた時には他の連中は全員集まっていた。

 

「よー。お待たせ」

 

「来たなー涼。よし、行くぞ!!」

 

「おー。涼、久しぶり」

 

店の駐車エリアには2~3台の車。

涼の友人達で車持ちの連中が持ってきたやつだ。

 

「よーし。深夜のドライブ、始めようか。涼、例の物は?」

 

「問題無い。見ろ」

 

そう言って端末の空間モニターを展開。

 

「おおっ!本物だこれ!」

 

「マジ!?全員分あるじゃねーか!」

 

「まさかと思ったが、本当に取ってくるとは・・・」

 

そこに表示されているのは、この場にいる学生全員の一時外出許可証。

アスタリスクの学生が市外に出れるのは特別な事情が無い限り長期休暇に限られる現実からすると、極めて異例の事態と言っていい。

 

「ふっふっふ・・・。生徒会舐めるなよ」

 

「すげー!やったぜ。これで外に出れる!どこまで行く?」

 

「米沢あたりか?」

 

「高速飛ばせば盛岡だって往復できるぞ!」

 

盛り上がる友人達を楽し気に眺める。

彼らは恋愛よりも友人内で(女性含まず)バカをやっているのが楽しくて仕方ないという、ある意味始末に負えない連中だが、涼にもそういう面はある。

 

「みんな乗れ!出ようぜ!」

 

 

 

今夜は久しぶりに楽しい夜になりそうだ。

 

 

 

 

 




あと数話で完結・・・するかな?


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MEET EL PRESIDENTE

早朝。

 

学園の正門前。

 

冷たく硬い空気は、一晩騒いだ身にはむしろ心地よかった。

 

「俺、車戻してくるから」

 

「ああ、お疲れ」

 

「じゃあまたな。次も頼むよ」

 

自室に戻る連中と別れて、涼は高等部校舎に向かう。

生徒会室で少しだけ事務の進行具合をチェックして、それから1日、寝て過ごそうかと考えながら歩く。

 

少しだけ青くなり始めた空。

朝のアスタリスクにはよくある事だが、地面には靄がかかっていて、視界は良く無い。

それでも涼の目は、走って近づいてきた人影に気づいていた。

 

「よう」

 

「先輩・・・? おはようございます」

 

天霧綾斗。

学園トップの強者との邂逅だった。

 

「毎朝のトレーニングか。流石だね」

 

「いえ・・・。先輩は?」

 

「久ぶりに遊んできた。今帰りさ」

 

「それは・・・」

 

会話は続かない。多分涼の雰囲気のせいもある。

 

彼に会って、忘れていた事を思い出す事になった。

 

夏、治療院の特別室。

そう意図した訳ではないが、彼がフェニクス優勝までかけて探している姉、天霧遥を見つけてしまった。

 

結局今まで、その事は誰にも打ち明けられずにいる。

もちろん簡単に話せる事ではない。

綾斗に対してもだ。

 

「あ、あの?先輩?」

 

「すまん。ちょっと疲れていたようだ。邪魔したね。ではまた」

 

「はい。それでは」

 

相当厳しい表情をしていたのか。それとも無表情だったのか。

 

気遣うような声の綾斗の前から、足早に立ち去る。

 

「増えてゆくのは嘘の数だけ、か・・・」

 

自嘲しながら苦い煙草にまた火を点ける。

 

夜明けはまだ先だった。

 

 

 

12月になった。

もしかしたらこの学園の歴史に残るかもしれない年もあと1か月以内となる。

 

その日、涼は大学部のある講堂で、担当教員の話を神妙に聞いていた。

 

講義ではない。

この先の進路についての初回説明会だった。

進路といっても卒業後の事ではなくて、最終学年をどう使うか、という事。

 

星導館学園の大学部4年次の学習については、大まかに言って2つの方法がある。

 

一つは昔ながらの研究室方式で、一つの研究室を選んで所属し、テーマを見つけて研究、発表。最後に卒業論文の審査で終業となる。

 

もう一つは3年次までと同様、カリキュラムを選択し講義と試験を受けて単位を取得し、規定単位数で卒業資格を得るという物。ただしカリキュラムは4年生専門の内容がメインになる。

 

そういう内容の話を聞いて、説明会は終わる。

席を立つ涼の周りでは、さてどうしようかという内容の会話が始まった。

 

「なあ、涼。おまえはどうする?」

 

そう言って聞いてくる奴もいる。

 

「俺か?うーん・・・。まあ俺の場合は参考にならんよ」

 

「・・・ああ、生徒会か」

 

常に生徒会業務を考えている涼にとってはどのルートを取るかは大体決まっている。

 

いや、別の可能性も出てきてはいるのだが、その件はあまり考えないようにしていた。

 

(いずれにしろ・・・)

 

クローディアに相談、と言う事にはなる。

 

 

 

お馴染み生徒会長室にて。

 

「そんな様子で、普段にも増して機嫌が悪そうでしたよ」

 

「そりゃそうでしょうね」

 

クローディアから六花園会議の様子を聞く。

まあ今回はあまり対立する議案も無かったそうだが、前回欠席して2ヵ月ぶりに見たディルク・エーベルヴァインの姿はというと、いつも以上に苛立っていたそうだ。

 

あの男がそんな雰囲気をまき散らしている所に同席するのもアレだが、他のメンバーはその程度で憶するような面々では無い。(まあアルルカントの会長はそうでもないらしいが)

 

「それに特に厄介な案件もありませんでしたし、ほとんど発言されませんでしたね」

 

「それは重畳」

 

とりあえずしばらくは大人しくしているだろう。

 

「それで、涼さんのお話とは?」

 

「自分の事ですがね。来年、大学部4年目をどう過ごすかという事で」

 

「ああ、その事ですね。どうしたいですか」

 

「こっちの事を考えるなら研究室はちょっと無いですね。実験や報告会なんかで拘束される事が多いみたいで」

 

「涼さんの希望は如何ですか?」

 

「まあ受けておきたい講義もありますし、研究はともかく報告発表とかは楽しくなさそうなんで」

 

「・・・涼さんが生徒会を優先して頂けるならありがたいですが、無理はしないで下さいね」

 

 

その後は当面のスケジュールについて。

冬季休暇まで1カ月無い。

それまでに終わらせる必要のある案件がそろそろ押してきている。

それが終われば・・・

 

「そういえばリーゼルタニア行き、日程は出ますか?」

 

「来週には。実家の方も顔を出すかもしれませんので、帰りは年明けになりそうですね」

 

「わかりました。その間、こちらは預かります。しかし豪華なメンバーですね。ウチの上位5人がほとんど揃って行動でしょう」

 

「そうですね。楽しみです」

 

穏やかに笑うクローディア。

 

この冬季休暇、ユリスから誘われて彼女の国、リーゼルタニアに行くことになっているのがフェニクス優勝、上位入賞ペアとクローディアだった。

そういえばこの5人、まず間違いなく来年の星武祭、グリプスでチームを構成するだろう。

多分この旅の間に話をつけて、チームとして準備を始めるのは来年早々といった所か。

彼女達ならグリプス優勝は狙えるだろうが、今年のフェニクスと違って他学園からも強力なチームが出て来る。

時間はあるが、それでもトレーニング開始は早い方がいい。

 

 

会長室を辞した直後、端末にメールが入る。

 

「・・・あいつか」

 

先方から呼び出されるとは珍しいが、直接言われたのでは行くしかあるまい。

 

「今度はなんだ?レティシア」

 

 

 

数日後。

今年の残りもあとわずかとなった日の夜。

商業エリア、某高級ホテル最上階のダイニングバー。

 

窓際、アスタリスク市街を見下ろす特別席に二人はいた。

 

レティシア・ブランシャールは自他共に認める美少女だし、その出自からしてセレブリティと言って間違いないのだが、若干場の雰囲気にそぐわない所もある。

 

「いや、そりゃまあ学生の正装は制服だけどね」

 

「何か問題でも?」

 

「本来こういう所なら、ドレスかスーツが合うはずなんだが」

 

そう思っていた涼はきっちりダークグレーのスーツで身を固めて来た。

 

「この店であるならば、これで問題ありませんわ」

 

成程、彼女がドレスアップするにはこのレベルの店でも不足らしい。

 

しかし傍から見ると、その装いの差からどうにもアンバランスな感じになっている。

 

「まあいいか。内緒話が出来ればいいんだろ、どうせ」

 

「身も蓋もない事をおっしゃいますね。せっかく私が好意でご招待したのに」

 

「ふーん。そういう事言うと勘違いする奴が出るぞ。例えば・・・」

 

涼は手早くナプキンで紙飛行機を作ると、少し離れた席を狙って飛ばした。

 

「何をしてますの!って、あ!?」

 

「ようケヴィン。しばらくだったね」

 

そのテーブルについていた男は、ばつの悪そうな顔で立ち上がった。

 

「あっさりバレるなあ。気配はそれなりに消したつもりだったけど」

 

ケヴィン・ホルスト。

 

聖ガラードワース学園生徒会にてレティシアと共に副会長を務めていて、以前の『会合』では何度も顔を合わせた仲だった。ガラードワースの学生には珍しい軽い男だが、それ故に涼としても付き合い易い。

 

「あ、貴方どうしてここに!?」

 

「いやー。珍しくレティシアが落ち着かない様子で出て行ったもんでね。気になってさ」

 

「それで後をつけてきたのか。ははは。うっかりだな、レティ」

 

「くっ・・・。何という不覚・・・」

 

睨みつけるレティシアだが、ケヴィンはどこ吹く風、と言った所。

 

「しかしお相手があの志摩さんとはねぇ」

 

「うん。だからお前の期待しているような展開にはならんよ。すまんね」

 

「そう思うなら今度のパーティー、来て下さいよ」

 

言ってみれば遊び人とも表現できるケヴィン、その手の付き合いは手広くやっているようだ。

 

「柄じゃないな。居酒屋で頭にネクタイ巻いて大騒ぎ出来るなら行くよ」

 

「流石にそういう事はまずいので・・・。っと。じゃあお邪魔虫は退散しますよ」

 

「ああ、またな」

 

ケヴィンの後ろ姿が消えた後、テーブルに目を戻すと、レティシアは顔を覆って俯いていた。

肩を震わせているが何とか笑い声を抑えている様子。

どうやら涼の飲み会バースト姿を想像してツボに入ったらしい。

 

 

そらからしばらく。

レティシアが落ちついた所でソムリエを呼び、ワイングラスを受け取った。

最低限のマナーは心得ていたのでテイスティング。

レティシアの方はと言うと、紅茶のカップを持って見つめていた。

 

「まあまあですね」

 

「そりゃどうも」

 

「ですが更なる研鑽を期待したいですわね。貴方も彼女を補佐する立場ならば、能力だけでなくふさわしい振舞いが必要でしてよ」

 

「・・・」

 

彼女と言うのは間違いなくクローディアの事だろう。複雑な想いの上での好意、といった所か。

 

涼の生暖かい視線に気付いて咳払いする。

 

「貴方、前回の『会合』の前、しばらく姿を見せませんでしたが、何かありましたの?」

 

「今頃それを聞く?大体何でそんな事を気にするんだ」

 

「あら?ライバル校の重要人物の動向を気にしていけませんの?」

 

「重要、ねえ・・・。大した事ではない。事情があって学園から出られなかっただけだ」

 

「事情、とは?」

 

「さてね。そんなに気になるなら調べさせたらどうだ?シノドミアス、とかいったか?」

 

聖ガラードワース学園の情報機関、至聖公会議。

その名を出した途端、レティシアの表情が強張った。

 

「冗談ではありません。彼らに頼む事など有り得ません!」

 

きつい言葉が返された。

彼女が連中を嫌っている事は知っていたが、予想以上らしい。

 

「まあ、それもいいさ。そもそも連中、大した能力無いし」

 

「あら?過小評価とは貴方らしくありませんね」

 

「そうかな?連中、工作なんかはやらない純粋な情報収集機関だろう」

 

「それはあくまで建前ですわよ」

 

「知ってる。でも建前であってもそういう事を表に出していると、それだけで行動に制約ができる。ま、仕方ない所ではあるな」

 

何しろ学園のカラーに情報活動がそぐわない。名門なりの事情だ。

そしてもう一つ。

連中は学園ナンバー2から忌避されている。

これもよろしくない。

まあケヴィンあたりか、あるいは会長自身がフォローしているのだろうが、マイナスである事に違いはない。

そう思っている涼も星導館の影星とは付き合いは少ないが、非協力的である訳ではない。

 

「いずれにしろ、彼女を支えるべき貴方はもっとしっかりするべきですわ。おかしな事に関わったり、妙な場所に出入りするのは如何なものかと言わせて頂きますわ」

 

この前の件もある。

何か掴みかけているのだろうか。

 

いずれにしろ彼女なりの忠告なのだろう。涼は内心でレティシアに対する評価を1段階上げた。

 

 

結局その後は静かな会食に終わった。

涼はレティシアの意図を掴みかねている。

生徒会ナンバー2が会えばその事自体に意味はあるが、果たしてどんな意味があったのだろう?

 

 

 

とうとう年末。

 

星導館学園、高等部校舎の前。

 

「皆さん揃いましたね。ではそろそろ出発しますか」

 

「何でお前が仕切るのだ?いや、構わないのだが・・・」

 

クローディアとユリスのやり取りの間に車を寄せる。

 

「よう!全員いるな」

 

「志摩先輩?どうしたんですか?」

 

「ん?。御一同を空港まで送るんだが」

 

そう言ってミニヴァンタイプの車から降りる涼。

 

「送るって・・・。わざわざすみません」

 

「うむ。現時点では生徒会長代行が運転手をするんだ。感謝したまえ」

 

そう言いながらリアハッチを開けると、皆の手荷物を載せていく。

 

「よし、じゃあ乗ってくれ。すぐ出すよ」

 

リアシートに綾斗達。

パッセンジャーズシートにはクローディア。

 

本来であれば、立場的に最上位者はリアシートのはずだが、特に気にするでもなく彼女が隣に収まっている。

この車、横3人並んでも余裕の広さなのだが。

少し気にしつつ、ハンドルを握った。

 

 

アスタリスクの空港は市外外周、クレーター湖上にフロートエアポートとして存在している。

学園港湾エリアから外周道路に出て、しばらく進めば空港行きブリッジに入れる。大した時間はかからない。

 

リアシートではこれからの旅についての話題で持ち切り、だがクローディアは会話に入っていない。

涼が何となく気にしていると―――

 

「涼さん。この場ではありますが、来期の事です」

 

「はい」

 

クローディアが静かに話かけてきた。

 

「実は来期、副会長をお願いしたいのです」

 

「・・・」

 

車内が静かになる。

 

「俺は今の立場が色々都合が良い。そう結論が出ていたはずですよね」

 

「ええ。ですが来期となると少し事情が変わります」

 

「まあ会長もグリプスに出ますからねえ。でも自分はこれが動きやすいから」

 

「それだけではありませんよ。もうあまり軽々しく動いて欲しくない、とも思います」

 

「・・・」

 

レヴォルフに対する勝手働きの件。

バックミラーに映るユリスが納得した顔をしていた。

 

「時間はあります。良く考えてみて下さい」

 

「ええ」

 

その後は空港到着までの短い時間、静かなドライブとなった。

 

 

 

 

空港で特別ラウンジに入った一行を見送って、駐車場に戻る涼。

そこでクローディアの言葉を思い返す。

 

一体何故、来期に副会長にならなければならない?

彼女が挙げた理由は分からないでもない。だがそれだけでは弱い。

その他に自分が立場を固めなければいけない事態が起こるのだろうか?だとしたらそれは一体何だ―――

 

そこまで考えたところで、端末に着信。

 

「・・・しばらくだけど。何だよ」

 

「ああ、確かにしばらくだったな」

 

 

空間ウィンドウには、涼と同じ両親から数年早く生まれた男の顔が映っていた。

 

 

 

 




もうちょっとだけ続きます


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(I JUST) DIED IN YOUR ARMS

 

 

冬季休暇の中程で年が変わった。

 

新年だからといって特別な想いもなく、日々の業務をこなす涼。

 

 

正月早々のその日も、感慨ではなく居心地の悪さを感じながら3Dモニターを眺める。

今の立場は生徒会長代行なので問題無いのだが、どうしても生徒会長の席には慣れない。

 

「失礼します。明けましておめでとうございます。先輩」

 

「リオか。おはよう。まだ休んでいてもいいのに」

 

朝、最初に会ったのは会長秘書の神名リオだった。

 

冬季休暇中なので、生徒会メンバーもほとんど帰省中。

アスタリスクに残っているのは涼と彼女だけ。

 

もっともリオは言ってみればジェネステラの名門、みたいな出自なので自宅も市内にある。なので帰省しながら通学、という妙な事もできる。

 

「家でやる事は終わってしまったので。書記長がいらっしゃるのは知っていましたから」

 

慣れた動作でコーヒーを淹れてくれる。

 

「すまんね。ああ、会長のスケジュールは入っているか?」

 

「はい、今見ますね。あれ?3日遅れですか」

 

同じ連絡は涼の元にも入っていた。

 

「ああ。リーゼルタニアでひと騒動あったようだね。その関係だろう」

 

「そうですか。一体何が・・・」

 

「それを今見てる」

 

一般のニュースサイトではリーゼルタニアの首都ストレルで怪獣出現、と大騒ぎしているが、その裏の事情までは報じていない。よって首謀者の目的が天霧綾斗達で、結局返り討ちになった事も表沙汰にはなっていない。

 

会長席の情報端末はそれなりに高機能、かつある程度機密性を有する情報も入るようになっている。

その機能を使ってさらに内容を集約していく。

 

「ギュスターヴ・マルローね。結構大物のテロリストだねえ」

 

「会長、大丈夫でしょうか?」

 

「問題無い。むしろこのメンバーのいる所で事を起こしたこのテロ屋さんの判断力を疑うね。俺は。戦力分析が甘いんだよ」

 

しかし、と思い直す。

この件だけで、クローディアの予定に3日も遅れが出るのも少し変だ。他にも何かあったか。

 

そう思った涼も、まさかその前に綾斗とユリスがあの孤毒の魔女、オーフェリア・ランドルーフェンと接触、交戦して危ない状況にあったとは想像の埒外にあった。

 

「それはともかく、会長の帰国が遅れるんだ。こっちのスケジュールで調整が必要な件があるだろうね」

 

「はい。主に新年パーティー関係です。今リスト出します」

 

というように、新年も生徒会業務で始まった。

 

 

 

 

新年パーティー、と言ってもあまり涼には縁が無い。

大学部の仲間内で新年会と言う名のただの飲み会が1,2度あっただけ。

本来それでお終い、だったはずだが、その日は例外だった。

 

アスタリス行政区画にある高級ホテル。

その宴会場の壁際でグラス片手に会場を見回す。

 

その日、アスタリスク市長主催の新年パーティー会場に涼はいた。何故そんな慣れない事をしているかというと、招待されたクローディアの送迎、エスコート役として必要になったからだった。

別に楽しく思ってはいないが、帰国してすぐ色々な行事に出る事になった彼女の苦労を思うと何も言えない。

 

 

その宴、市長主催だけあって、参加しているのは有名人が多い。

統合企業財体関係者は当然として、今市長と談笑しているのはフェスタ実行委員長のマディアス・メサだ。

若いが存在感で完全に市長を上回っている。

学園の関係者は、レヴォルフ以外は誰かしら参加しているので、制服姿も多い。

その中で涼は、地味なスーツ姿で目立たないよう壁際に佇む。

 

そして我らがクローディアはというと、制服ではなく晴れ着姿。

淡青の生地に抽象化された星を散りばめた、やや大人しいデザインの振袖だったが、本人の美しさと相まって誰もが注目する存在となっている。

 

ただ、視線を集めている理由はそれだけではない。

 

今、会場の中央でクローディアが和やかに会話している相手。

 

何とシルヴィア・リューネハイムだった。

 

こちらは敢えてそうしたのか、普段のクインヴェール女学院の制服をカスタマイズした、ある意味メディアではお馴染みの姿だったが、何しろ世界の歌姫、美しさで比べればクローディアを超えているかもしれない。

涼もつい視線を固定しそうになるが、そこは堪えて定期的に周辺を『スキャン』する。

今の所、妙な意思を持っていそうな人間は見当たらない。

まあこのパーティー、トラブルを起こすには相当な勇気が必要な空間ではある。

 

そう気を張る事は無いか、と思ってもう一度視線を戻すと、一瞬だがクローディアと目が合う。

 

違和感。

 

理由はわからないが、帰国してからの彼女の雰囲気にどうもいつもと違う物が視える。

そこが心に引っかかる。

 

 

そんな事を思っていた涼の視界に、ちょっと面倒な人物が入って来た。

 

「ああ、これは支部長、明けましておめでとうございます。今年も是非よろしくお願いします」

 

「あまりよろしくしたくは無いのだがな」

 

グラスを掲げてわざとらしく丁寧にした挨拶に、無表情できつい言葉が返ってきた。

直接会うのは夏以来の、銀河のある部門のアスタリスク支部長。

 

「で、どうなのだ、その後」

 

「特に言うべき事もありませんでしたね」

 

以前、一応依頼のような物を受けてはいるが、1、2回報告した位でそれ以降フォローしていなかった事を思い出し、内心で冷や汗をかく涼。

 

「まったく気楽な物だな。おまえは」

 

「そうも言っていられなくなるかもしれませんね」

 

「どういう事だ」

 

「暮れに連絡がありました。。親父がいよいよ・・・です」

 

「それ程か」

 

「長く持ったとしても、今年中には葬式が出るかと」

 

「奴が、な・・・」

 

僅かに感情の揺らぎが見られた。彼と涼の父親とはそれ程の間柄だったという事らしい。

 

「それで安心する人もいるでしょうね。ああ、貴方は違うとわかっています」

 

「あまり妙な勘繰りはしない事だ。まあ、奴には弔電位は送ってやると言っておけ」

 

「ありがとうございます」

 

会話はそれで終わった。

銀河の準幹部が相手にしては、それ程面倒にはならない結果となった。

 

 

 

 

パーティーが終わりに近づく。

混雑を見越して車の用意をしようと一旦会場を出る涼。

 

次の相手はまあ、予想はしていた。

 

 

地下駐車場の一角にて。

 

周辺に誰もいなくなったのは、偶然かストレガの能力か。

 

「久しぶりだね」

 

決して明るくない照明の元、ここだけスポットライトに照らされたように錯覚する。

突然現れたシルヴィア・リューネハイムは、こんな場所でも輝いているように見えた。

 

「ええ、ご無沙汰しています。会長」

 

一応は認識阻害を周辺に展開しておく。

それで少しは気が楽になるが、それでも彼女と相対しているのは結構なプレッシャーだった。

 

「いいんですか?会場にいなくて」

 

「少しならね。どうしても話を聞きたくて」

 

彼女にも夏、妙な縁から情報を提供した事があった。

 

 

「天霧・・・遥さん?綾斗君のお姉さんだけど、貴方、彼女について何か知ってる?」

 

「それですか・・・。まあ昔会った事はありますけどね」

 

「そうなんだ。・・・蝕武祭については?」

 

昨夏、彼女に渡した情報にはエクリプスの天霧遥については除外していたが、別のソースから何かに気付いた、という事だろうか。

 

「あー。確かに彼女はアレに出場していたが。それ以上と言われてもね」

 

「手掛かりになると思うんだけどね。会ってみたいな」

 

「残念だけど今その事は言えない。それに話が聞けるとは限らないですよ」

 

「そうなんだ。いずれ話してもらえるかな?」

 

「それは天霧綾斗にも関わる事だから、ちょっとね」

 

「そうだね。ありがとう」

 

そう言うと同時に彼女は踵を返した。

柱の向こうに姿を消すと同時に気配が消えた。

 

どうやら失望させたらしい。

 

「ま、なるようになるさ」

 

涼もあまり気にしていない。

急いで車に向かった。

 

 

 

ホテルのエントランスまで車を進めると、ちょうどロビーにクローディアが下りて来るのが目に入った。

幾らか取り巻きがいる。星導館学園の関係者では無い。かと言って企業のお偉方でも無いので、はっきり言って邪魔にしかならない連中だった。

彼女はそんな奴らに纏わりつかれて迷惑しているだろう。もちろん表情には出していない。有名人の辛い所ではある。

 

で、追い払うのは涼の役目だ。

素早くどんな手で行くかを考えながら車から降りる。

ジェネステラが一般人に接する場合は色々注意や制約があるが、そんな規則を出し抜く事も得意と言えば得意だ。

能力を使ったトリックの用意をしながら、彼女の元に向かった。

 

 

 

 

その夜。

 

まだ冬季休暇は終わっていないので、学園運営上の業務は少ないのだが、不在中の決済案件を処理する為にクローディアは遅くまで会長室に入っている。

 

「失礼します」

 

涼が訪ねた時、ひと段落ついてはいたようだった。

 

リオも今日は休ませている為、今生徒会フロアにいるのは涼とクローディアの二人だけ。

 

「そろそろ上がったらどうです?それ程急ぎの件は無かったでしょう」

 

「そうですね。では少しお話してから帰りましょうか」

 

「お話、ね。まあ相談事はありますが」

 

「リーゼルタニアの事ですか?」

 

「まずはそれですね。テロ屋は捕まったとは言え、そいつは道具に過ぎない。雇い主が諦めたかどうか。警戒しておくべきでしょう」

 

「それなら心配ありません。雇い主とは話をつけてきましたから」

 

「・・・いつもながらの仕事の速さですね。でも話せば分る相手だったんですか?そもそも信用できるかどうか」

 

「大丈夫ですよ。良く知っている相手でしたから」

 

微笑むクローディア。何故かその笑顔に黒さが無い。

 

「ちなみに、その相手とはどこのどちらさんですか?」

 

「イギリスにいる私の父親です」

 

こういう時、冗談をいうクローディアではない。

 

「・・・俺も人の事は言えませんが、中々変わった父上をお持ちだ。ん?確かクロちゃんの親って、銀河の?あれ?」

 

「ええ、役員をしている母の専属ですね。ですから母もこの事を知っているかもしれません」

 

「・・・なんでそんな事になったのか、聞いていい?」

 

「そうですね。私がグリプスに出場出来なくなる、そうしたかったのでしょう」

 

「ごめん、ちょっと理解が追い付いてない。どういう事?」

 

めったに無い事だが、混乱し始める涼。

 

「どこから話しましょうか・・・。涼さん、貴方は私がここで叶えたい望みはご存知ですか?」

 

「以前会長から聞いた以上の事は何も。特に調べていないですよ」

 

涼が知る範囲では、彼女の持つ準星煌式武装、パン=ドラの製作と能力に関わる事についての機密情報に触れる事、と理解していた。

 

「ええ、その認識で合っています。付け加えるなら、その製作者がラディスラフ・バルトシーク教授だという事ですね」

 

「うわぁ・・・。『翡翠の黄昏』かよ。なんつー厄ネタを・・・」

 

思わず天を仰いでしまう涼。今出た名前の人物が、アスタリスク過去最大のテロ事件にしてタブーとなった件に深く関わっていた事は知っていた。

 

「いくら『パン=ドラ』の事を知りたいとは言え、そこに行くとは・・・。だがフェスタ優勝の報酬とあれば誰も止められない。でも銀河が看過するはずもないか」

 

「今回、父はそうなる事を見越して、優勝は出来なくするように妨害したかったのでしょう」

 

「いやまあ気持ちはわかるけど。俺だって何とか止めたい位だし。でも、クロちゃん、君は・・・」

 

「ええ、この願い、譲るつもりはありません」

 

珍しく、普段の穏やかな表情に強い意志が重なる。

涼は息を整えながら言った。

 

「会長、貴女、死ぬつもりですか」

 

「・・・はい。そうなるでしょうね」

 

いつも通りの穏やかな声。だがその後に小声で囁くように続ける。

 

「生涯を終えるなら、綾斗の腕の中で・・・」

 

しばし絶句する涼。混乱はまだ続いている。

 

アスタリスク、いや銀河のタブーというか暗部に関わろうとしたら、学園会長なんて地位にはまるで意味は無い。確実に『処分』されるだろう。

 

(だが、何故?どうしてそこまで??)

 

「正直理解が追い付きませんが、目の前で自殺しようとしている人がいるなら、止めるべきなんですが、この場合は・・・」

 

「ええ。涼さんには申し訳ありませんが、止めて貰う訳にはいきません。それに他にやってもらう事もあります」

 

「と言うと?」

 

「私がいなくなった後の事です」

 

「あ。この前副会長になれって、そういう意味か」

 

「はい。生徒会、学園の混乱を抑えて運営して行くには貴方がその地位にあった方が良いと思います。その為にも、今後私の事に関わってはいけませんね」

 

無意識の内に腕を組んで目を閉じる涼。

 

「・・・全く。どうすりゃいいんだ」

 

「これまで通り、生徒会業務を続けて頂きたいですね。私の望みについては・・・」

 

「分からないけどわかりました。当然この件は他言しません。ですが会長」

 

「何ですか?」

 

「何故、話してくれたのです」

 

クローディアにはそれなりに信頼されている、という自負はある涼だが、この件は彼女の最重要の秘密、みたいな物だ。

 

「何故でしょうね・・・。幾つか理由はありますが・・・感謝と報酬、でしょうか」

 

「?」

 

「貴方にはこれまでも、これからも充分に報いる事が出来ないでしょうから、せめて・・・」

 

「別に報われようと思ってはいませんがね。しかしまあ、受け取っておきましょう。では」

 

「ご苦労様でした。涼さん」

 

 

 

会長室を出た所で大きく息を吐く。

まだ頭の中の整理が必要みたいだ。

 

それにしても。

 

「全てに納得した訳じゃないんだよな」

 

 

 

何故そんな願いを持つに至ったのだろう?

 

 

 

 

 




新年といっても日常。しかし・・・


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SOMEBODY

 

 

アスタリスクの医療機関といえば誰もが治療院を挙げるだろうが、当然この規模の都市の保険衛生を1カ所で賄えるはずもない。

特に専門的な医療を必要とする場合、他の医院の方が適している場合もある。

 

今、涼が訪れているのもそういう、ある意味特殊な病院だった。

 

 

1月も中旬。

本来寒さもピークなのだが、その日の午後は雲も風も無く、陽射しを受けると屋外でも意外に暖かかった。

 

とは言え。

 

「外に出ていて良かったんだっけ?」

 

「別に風邪をひいている訳ではないから」

 

「ま、そうだろうけど」

 

病室のすぐ外。

閑散とした遊歩道に設置されたベンチに並んで座る。

 

隣にいる男は、一見病人には見えない。

 

だが、彼の体を蝕んでいる物は外見には現れないのが特徴だった。

 

この病院で専門的な治療を受けてはいるが、結局完全な回復は無理で、この数年は入退院を繰り返している。

そしてこれが最後の入院になるだろう。

 

「で、何を聞きたい」

 

「昔話」

 

「・・・やれやれ。どうやら面倒な事に関わったか。心配していたんだよ。まず生徒会に入ったのがいけなかったか」

 

「まあそう言わずに頼むよ」

 

 

今、難病患者として生涯を終わろうとしている父親の経歴には波乱があった。

 

 

 

 

約20年前。

 

涼が生まれた頃、彼は既に内務省の某部署で専門職としてそれなりの評価を受けていた。

ただし準キャリアだった事もあり、出世の本道にいた訳ではない。

それ故に、上から出向を打診されると半ば希望してその話を受け、その結果、家族でアスタリスクに移住したのだった。

 

新たな職場は統合企業財体銀河のアスタリスク支部。

そこで都市管理関連部署の係長という肩書で働き始めた。

 

国からは治外法権扱いされているアスタリスクだが、明文化されている訳ではない。

政府としても、コントロールの効かない都市の存在は何かと不快なのだろう、機会あれば人、物を送り込んではあれこれ干渉を試みていた。

涼の父親もそんな思惑から、アスタリスクに送り込まれた面はある。

 

 

数年後、出向期間も終わりに近いある日、銀河の試験施設でそれは起こった。

 

公式には想定不能の事故、とされている。

 

何があったのか、詳細は公表されていない。涼も知らない。

 

偶然その場を業務で訪れていた父親は事故に巻き込まれて重症を負い、長期の治療を受けたが結局職務復帰が無理と判断され、アスタリスクを、そして元の職場も去る事になった。

それはやむをえないだろう。

 

分からないのが1年程経った後、何故かフラウエンロープ傘下の某メーカーに顧問として招かれた事だ。

健康の問題で、フルで働ける状態では無いのに報酬は相当な物らしい。

そのせいで気楽な学生生活を送れているので文句は言えないが、妙な話ではある。

 

職業選択の自由は誰もが持っている。

 

ただ、出向とは言え銀河の管理職にいた人間が他の統合企業財体に移る、というのはかなり異例だった。

 

 

「私も当時、研究部門の方には関わりが無かったから、詳しい事は知らない。というより職務範囲外の事についてはシャットアウトされていた、と言うべきかな」

 

「まあ銀河としてはそうする、よね」

 

「だから言える事は少ないが、バルトシーク教授製作の純星煌式武装には、とても世間には・・・いや、関係者にすら公表出来ないような物があったらしい」

 

「それはまた・・・。そうか、メディアに出なくても、例えば他の企業グループに知られるだけで・・・」

 

「大変な事になる、そういうレベルだ」

 

「世の中には困った天才もいるもんだなあ」

 

のんびり感想を述べた涼だったが、内心はそれどころではない。

クローディアの危うさがより鮮明になった。

あの話を聞いてから、彼女の盾になる事も考えていたが、充分命がけ、になりそうだ。

関与の仕方にもよるが、下手をするとこの父親と一緒に葬式をされる事になりかねない。

 

 

しばし黙考。

やがて。

 

 

「また来るよ」

 

それだけ言って立ち上がった。

 

「そうか」

 

父もそれだけだった。

 

 

 

 

1月も後半。

寒い日が続く以外は特に何事も無く毎日が流れる。

 

クローディアはグリプスに向けてのチームトレーニングが始まった事により、多くの時間をメンバーと共に送っている。

よって生徒会フロアには不在の事が多い。

 

その日も、彼女の代わりに涼が来客対応に当たっていた。

 

 

「では、新聞部としては取材プラス人員提供、ということかな」

 

「そうなるわね。中々面白そうなイベントだし、部としても力を入れるわ」

 

お相手は新聞部の部長。

 

随分と早いが、春の学園祭、そこで計画されているイベントについての相談だった。

 

「どーもアルルカントの主催というのが引っかかるがねえ。まあ全学園の生徒を参加させたいと言っている以上、馬鹿な事はしないと思うけど」

 

「あたしもそう思うよ。まあ宣伝は考えているだろうけど」

 

「だろうねえ」

 

「ともあれ部として参加する以上、まず貴方の耳に入れておこうと思って」

 

「ありがとう。何かあったらフォローする。まあ動くのは内容がはっきりしてからだろうが」

 

もしかしたら星導館の落星工学研究会も絡んでいるかもしれない。

 

どうやら一つ仕事が増えたようだった。

 

 

 

 

 

「という訳なんだが、そっちには何か入っていないか?」

 

定例の『会合」にて。

 

気になったイベントの件について水を向けてみる。

 

「初耳ですわね。趙さんの方はいかがです?

 

「そうですね・・・。そういう話があるのは聞いている、その程度です。付け加えるならば、アルルカントのの中でもフェロヴィアスが関わっている、位でしょうか」

 

「最大派閥か」

 

昨年会った代表、カミラ・パレートを思い出す。

こういうイベント事に積極的、には見えなかったのだが。そういえばそろそろ卒業か?

 

「注意して情報を集めておく、程度で良いのでは?」

 

あまり関心が無さそうなレティシアの発言に頷きながら、もう少しチェックしてみようと考える涼。

 

「では、この件はそれ位で」

 

趙虎峰もさして興味が無さそうだった。

だが、既に彼の学園のトップが関与を始めていて、後になって頭を抱える事になる。

 

 

 

 

 

「それで、今度は何だい?」

 

『会合』の後、レティシアはその場に残った。という事は何か話したい事があるのだろう。

 

 

「・・・先日、貴方がある特殊な病院にいた、という事を知りまして」

 

その割には、ためらいがちだった。

 

「気になって調べてしまいましたの」

 

「ほう」

 

「入院患者に貴方と同じ姓の方を見つけてしまいました」

 

「・・・」

 

「貴方の父親が入院していたのですね」

 

「ああ。察しはつくと思うが」

 

「魔力障害、ですわね」

 

銀河の施設、それもダンテやストレガの能力を研究していた場で起こった事故。

ただの怪我で済む訳がなかった。

そして治療も困難。

 

「でもよく調べられたな。あの病院、患者の情報管理は結構厳しいはずだったんだが」

 

「実は伝手がありまして・・・。寄付を少々」

 

「なるほどね」

 

あの病院、その診療内容からダンテとストレガからの支援や協力は普通にある。

 

彼女もストレガ。

そしてその性格を考えると寄付という行為も納得できる。

 

「申し訳ないとは思いましたが。ただ貴方の才能の理由が分かりましたわ。この国の元警察官僚を父親に持っていたとは」

 

「そこまで調べたか」

 

本来は内務省の役人だったのだが、確かに警察庁と関わった事もあるらしい。とは言え涼はその面についてはあまり何かを教わった覚えは無い。

 

「ま、俺の事はいいだろう、別に。調べられても困る事でもないしね」

 

「ですが・・・」

 

「そこまで気にするなら引き換えに一つ教えてくれ」

 

「何でしょう?」

 

「このアスタリスクで、クローディアが叶えたい望みを知っているか?」

 

レティシアは目を見開き、肩にかけている白いストールを握り締めた。

 

「それは・・・。私から申し上げる事はできませんわ。彼女との約束なのです」

 

つまり知ってはいる、という事。

 

「ならばいい。すまんね」

 

そう言って立ち上がり、背を向けた涼を言葉が追う。

 

「天霧綾斗」

 

「ん?」

 

「・・・どのような人ですか?」

 

やはり彼が重要な存在か。

 

「俺も2、3回話した事がある位だけどね。まあ悪くない。誠実ではあるかな?少し大人しい感じだが、いざとなったら行動できる。そういう印象だった」

 

振り返ると、少し考え込むような感じのレティシア。

何か思う所があるのだろう。

涼は静かに立ち去る。

 

 

今回の『会合』の場を出て、ビルの谷間にある目立たない駐車場に入る。

 

車に乗り込むと端末を音声通話で起動する。

 

「会長?少し話したいんだが。この後。わかった。ではその時間に」

 

端末の表示が消えると煙草を取り出し、火をつける。

めったに車の中では喫煙しないのだが、そういう気分の時もある。

 

セレクターをリバースに入れてアクセルを踏み込む。

勢いよくバックした所でハンドルを切ると急激に車体が回る。

真横に走る景色と共に、紫煙が流れた。

 

 

 

 

夜の星導館学園、女子寮。

 

この時間帯になると談話室も男子入室禁止になるので、完全に男子禁制の世界になる。

 

ただ涼の場合はやむを得ない事情につき、何度かその禁を破った事がある。

自警団に見つかったら大事になるし、生徒会役員だからと言って許される事でもない。

だから必要な場合は能力を使って、となる。よって露見した事はない。

或いは風紀委員をやっている優なら気付いているかもしれないが、これまでの所注意をされた事も無かった。

 

今夜も鏡像転移を使って、最上階にあるクローディアの個室、そのテラスに『出現』する。

リスクを考えるなら室内に直接転移するべきだが、流石にそれは憚られた。

 

涼が敢えて纏わせていたプラーナの僅かな光に気づいたのだろう。クローディアが窓を開け招き入れる。

 

「こんばんは。涼さん。良い夜ですね」

 

冬の冷たい夜空だったが、雲一つ無く、澄んだ空気は三日月の光でも充分に輝く。

 

「そうだね。こんな夜の冷たい空気も案外悪くない」

 

今夜の彼女は落ち着いた色合いのゆったりしたナイトガウン姿だったが、それでも体のラインがはっきりわかる。美しさは当然として、優雅な色香、のような物も感じられる。

 

「いかがですか」

 

「頂きます」

 

サイドテーブルに置かれていたのは何とダークエール、もちろんノンアルコールだが、彼女にしては珍しい。

涼の嗜好に合わせたのだろうか。

 

ソファーでクローディアと向き合うと、しばし沈黙。

だがそんな時間も悪くない。

 

「この間の依頼ですが」

 

何気なく切り出す。

 

「副会長、受けようと思います」

 

つまり、クローディアの望み、それに反対しないという事の再確認。

 

「・・・ありがとうございます。ですが良いのですか?」

 

「ま、君には従うのが正しいだろう」

 

「涼さん。貴方は何故、そこまで、してくれるのですか。私が・・・一体・・・理由は・・・?」

 

感情の揺らぎを見せるクローディア。

 

「そうだなあ。最初に会った時、君の容姿と能力が衝撃的だったせいかな。そのまま一緒に仕事してみて、今度は敬意。そして今は好意、かな」

 

「好意、ですか」

 

「もっと分かりやすく言おう。君に惚れているんだよ。それが理由だ」

 

端的に言って告白、なのだが。

 

「・・・ありがとうございます。ですが、私はその想いに答える事が出来ないのです」

 

「分かっている。それに少し意味合いは違うし」

 

「と言いますと?」

 

「単純に男女間の感情とは少し違う。何と言ったらいいのか・・・、俺は君という女性じゃなくて人間に惚れた、という事かな」

 

「おや。私という女性には興味が無いと?」

 

「そうだ、と言えれば楽なんだが。そう言い切れない面も少しはあるよ」

 

そこまで言うとグラスを一気に呷る涼。

対するクローディアは俯き加減だった。

 

「涼さん。貴方には感謝しているのですよ。最初に会った年に、生徒会の運営において、貴方の支持と助力は本当に心強かったのです」

 

いやそんな事は、と言いかけて思いなおす。今の彼女に生徒会長という立場がはまり過ぎているので忘れていたが、当時の彼女は強いとは言え中等部の女子、に過ぎなかった。

 

そのままでは色々やり難い事も多かったはずだ。

 

思い起こせばそうならないように立ち回っていたのが涼だった。

 

「まあ、君を支える日々も仕事として、いや個人的にも悪くなかった。それはこれからも変わらない。ここにいる限り続けるよ」

 

グラスを置いて背を向ける。

あまり話が感情的になる前に去ろうとした、のだが。

 

「涼さん」

 

「ん?・・・!」

 

振り返ると唇を塞がれた。

 

クローディアの柔らかな肢体に抱きしめられている。

 

驚いたのは一瞬。

涼もその腕を彼女の背に回した。

 

どの位の時間、抱き合っていたのか。

気が付くと目の前のクローディアは、手を胸に当て上気させた顔を伏せている。

 

「・・・ありがとう」

 

改めて部屋を出ようと踵を返す。

 

「涼さん。貴方は私にとって、最高の補佐役です」

 

「!」

 

立ち止まる。

 

「・・・その言葉だけで、俺は・・・」

 

それ以上は何も言えず、転移で夜空に飛び出した。

 

淡い光を帯びた星空。

 

星。

 

星導館学園。

 

この学園に来て、自分の能力に早々に見切りをつける事になった。

その後は適当に気楽な学生生活、そう思っていた涼だったが、自分に嘘をついていたようだ。

 

誰かに認められたかった。評価されたかった。

 

その想いを忘れたふりをしてやってきたのだが、何の事はない。

 

一番評価して欲しかった相手から、望む言葉を与えられた。

 

 

涙を流していた。

 

それに気が付くのは、自室に戻ってからだった。

 

 

 

 

 

 




次回、終幕。


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GOLD

 

「はぁっ!!」

 

鋭い気合と共に剣が走る。

その軌跡上に涼。

だが剣は空を切り、同時に涼の姿も消えた。

 

瞬間、刀藤綺凛は振り抜いた勢いのまま、剣を背後に送り出した。

 

「おおっと!」

 

こちらの涼は実体。

すぐに鏡像転移で躱すが、危なかったのはその声でわかる。

 

「うん。今のは上手かった。だが次はもう少し考えろよ。奴が単純に背後を狙うかな?」

 

これまでと違い、多数の鏡像を展開。

 

綺凛の戸惑いは一瞬だった。

剣を振るって多数の鏡像と、いずれかの実体に挑みかかる。刀藤流奥義、『連鶴』の応用らしい。

 

「そうだ。攻め続ければいい!」

 

 

 

星導館学園、トレーニングルーム。

 

今年開催の星武祭、グリプス出場に向けて訓練を続けるチーム エンフィールドの特訓に協力する涼。

今回はアグレッサーとして、界龍の黎兄妹のシミュレーションをしている。

涼はあの双子の事は軽蔑していたが、それなりに実力はあるし、フェニックス本戦出場の実績がある以上、グリプスに出て来る事は充分に考えられる。

その場合、ああいう能力の持ち主と戦闘経験の無い刀藤綺凛と沙々宮紗夜は戸惑うかもしれない。

そう思って訓練相手をかって出た。

 

実際はチーム戦だし、クローディアと綾斗がいるので何とかなるだろうが、打てる手は打っておきたかった。

 

「志摩先輩、ありがとうございました。ですがこの位でいいのですか?」

 

「ああ、能力の実際はともかく、連中と俺では能力の原理は違う。俺の鏡像転移に慣れ過ぎてもいけないな。今は姿を消したり増やしたり、そういう相手を経験できればいいだろう」

 

「はい!わかりました!」

 

元気に答える綺凛に頷く。

 

「次、沙々宮!来い!」

 

「了解」

 

チームメンバーの紗夜が巨大な砲撃型煌式武装を持ってやってくる。

 

「さて、始めるか」

 

 

 

秋に開催されるグリプスに向けて、クローディア率いるチームの訓練は順調に進んでいる。

とは言えチーム戦経験があるのは彼女だけであり、現段階では各メンバーの実力の把握と二人組単位での連携の習得、といった状況だった。まだ時間はあるので、それで充分と言える。

 

但し。

彼女達がチームとして機能を発揮できるようになったら、より実戦的なトレーニングも考える必要がある。

つまり、5人対5人での対戦訓練。

もちろんクローディアも考えているだろうが、涼としても協力したい。

とは言え、このチームの相手となると、適当に集めたメンバーでは訓練にならない。

 

(大学部でそれなりの実力を持っていて、グリプス出場経験のある奴に声をかけてみるか・・・)

 

トレーニングルームの壁に寄り掛かり、綾斗/ユリス組と綺凛/紗夜組の対戦を眺めながら考える。

或いは先のフェニクスであったかもしれない対戦組み合わせだけあって、訓練と言いながら恐ろしくレベルが高い。

これは相当な手練れを用意しないと。例えば優とか。ただ彼女とは関係がアレになってしまったので、生徒会として話を通すか・・・

 

考え込んでいると、訓練の方はどうやら一区切りらしい。

クローディアを交えて真剣に、だが和やかに打ち合わせている5人。

 

それを見て、気が付く事があった。

 

この5人、関係は良さそうだ。

そしてグリプス優勝に向けて一緒に努力し、開幕したら共に戦う。

その関係は益々強固になるだろう。

 

そうなった時、他の4人は、クローディアの問題を見過ごすだろうか?

彼女の意思、事情はどうあれ、危機的な状況に陥ったと知ったら、黙って見ているのか?

 

それは無いだろう。

 

ユリスはクローディアと旧知の間柄で、真っ直ぐな性格だ。

綾斗は好意を寄せてきた相手を無碍にする事はしないだろう。

ちびっ子二人もチームメイトを放ってはおかないはずだ。

そもそもこの前のフェニクス中に起きた誘拐事件、その対処を見れはわかる事だった。

 

確証は無いが・・・。多分彼らは動く。

 

その時、涼はどうすれば良いのか。

 

考えておくべきだろう。

 

 

 

生徒会フロア。

 

小会議室。

 

クローディアをグリプス準備に専念させる為、業務の多くを涼が代行している。

それについてはいつもの事、なので皆慣れているが、今日の今だけはそうでもなかった。

 

「失礼します」

 

入って来たのは会計担当の澪。

同じ大学部スタッフとして何かと馴染みのある間柄だったが、去年のあれやこれやで仕事だけの関係になっている。

 

「まあ楽にしてくれ」

 

資料を見る涼の前で、硬い表情。

 

「で、来期も生徒会を続けて貰えると。ありがたいが、一応理由は聞いておきたいね」

 

二人きりで何をしているかというと、いわゆる面接。

生徒会活動の中で、各スタッフの半年あるいは1年間のまとめのようなもの。

企業ではないので業績とか異動の話はでないが、相談事や希望等は聞く事にしている。

涼がクローディアに進言して始めたのだが、今期に限っては面接の役割を代行中。

 

「会長を支えたいから、です」

 

「ならば何も言う事はないな」

 

後期も後半に入った現時点で、次期生徒会長選挙が行われる予定は無い。

誰もが予想した通り、対立候補が出る噂すら無く、クローディアが無投票選出される事は確実視されていた。

 

 

 

 

その後は普通に去年から今年の活動についての話になった。

金を扱う業務なので色々気を遣う事が多い以外、苦労や悩み等は深刻ではないらしい。ただ、涼との関係については一言も言及しないという事は、やはりそういう事なんだろう。

 

「ああ、最後にもう一つ」

 

「・・・!。 何でしょう」

 

「そう構えなくていいよ。いやね、いずれ俺の後をやってもらおうかと思って」

 

「私が、ですか・・・」

 

「まあ少し考えておいてくれ」

 

「・・・はい」

 

確かにあと1年ちょっとで涼は卒業。

それで納得したような澪だったが。

 

(そうじゃないんだよなあ)

 

場合によっては、今年中に学園から消える事になるかもしれない。

だがまあそれはいい。それは。

ただ後任には配慮しておくべきだろう。

 

「まあ頼むよ。じゃあ次の松岡を呼んできてくれ」

 

今日中に面接は終わらせて、明日にはまとめてクローディアに報告。

その後は例の学園祭イベントの対応。

あまり暇にならない毎日だった。

 

それでも、そろそろやっておかなければならない事ができた。

 

 

 

 

 

 

 

父親が再度入院して以来、面倒を見る、とまでは行かないが、様子を見るのは涼の役割になる。

何しろ兄は仕事でアスタリスクの外にいるし、母親は・・・まあ少し残念な事になっているので、家族で近くにいるのは涼だけだった。

 

その日も病院で面会していたが、いつもとは事情が違う。

 

 

「来た早々いきなりそれか」

 

「まあ、そうです」

 

再び父親相手に会話。だがその内容は剣呑な物となってる。

 

「で、何が言いたい」

 

「いや、貴方が持つ影響力の行使について、とか」

 

「私の持つ影響力など微々たる物だ」

 

「でも、あるでしょう。ある意味奇妙な、不可解なやつが」

 

「はいそうですかと簡単に使える物じゃないぞ。大体おまえはそういう事から離れたがっていたのだろう?」

 

「そうも言っていられなくなった」

 

沈黙の後、ため息交じりの言葉。

 

「で、どうしろと」

 

「例の手紙、俺にくれ」

 

手紙、とは比喩的表現で、実際は何らかの電子データだが。

 

「やはりそれか」

 

「くれと言ったけど、簡単じゃないのは分かってる。ともかく、俺が引き継いだ、そう認識されればいい」

 

「やれやれだ。何とか手を考えてみよう」

 

その手紙、とは、かつて父親が巻き込まれた事故に関する物で、一部の関係者が涼の父親が墓場の中に持って行く事を強く望んでいるレベルの秘密である事は分かっていた。

その関係者には多分、統合企業財体の役員クラスも含まれる。使い方によっては銀河に対しても何らかの影響を与える事ができる。ならば有効活用させてもらう。

 

ともあれ一つ武器が手に入った。ささやかな物だが、相手が統合企業財体であっても無視はできないレベルの物が。

 

 

「代わりと言っては何だが」

 

どうやらただとはいかないらしい。

 

3Dウィンドウが浮かんだ。

 

「これは・・・兄貴の会社か」

 

そこには某メーカーの企業プロフィールが表示されている。

 

「以前、私があちこちに話をしてあいつを入れる事ができたんだが、生きている内に借りを返しておきたい」

 

「どうしろと?」

 

「業績は好調らしくてね。人手不足だそうだ。来年の新規採用では特に理系の学生でジェネステラを採りたいと言っていたな」

 

「はあ。で、俺に行けと」

 

「そういう事だ。良かったな。就職決まったぞ」

 

兄弟で同じ職場とは。

そういえば兄はその会社の総務部にいたはず。そう考えると兄も一枚嚙んでいるかもしれない。

 

「わかったよ」

 

まあ、無事卒業できるか保証は無いのだが。

 

結果が分るのは、グリプスが終わった頃になるのだろうか?

 

 

 

 

 

寒さが厳しい以外は穏やかな日常が続き、春も目前となったその日の午後。

涼は一人の後輩を呼び出した。

 

学園内でもあまり目立たない歩道脇にあるベンチで並んで座る。

 

少し話し難さを感じて、携帯灰皿を取り出し再び煙草に火を点ける。もちろん校則違反ではある。

風の無い、穏やかな日差しの空に、ゆっくりと紫煙が消えて行く。

 

「それで、何でしょうか。志摩先輩」

 

「ん?ああ、そうだな」

 

こうして並んで座ってみると、序列一位にしてフェスタ優勝者という相手はそれなりのプレッシャーがある。

それが如何にも人のよさそうな奴であっても。

 

涼にとっての天霧綾斗とはそういう相手だった。

 

「トレーニング、順調と言う事でいいのかな」

 

「ええ。そろそろ訓練のレベルを上げて行く事になりそうです」

 

「そうか。訓練相手が要るよな。何か考えないと」

 

「そこはクローディアが先生と相談しているみたいです」

 

「あ、そうか」

 

涼はそれなりの強さの学生を選ぼうとしていたが、チームという形にこだわらなければ教師もあり得る。むしろ強さならかなりの相手がいるはずだ。

 

「・・・」

 

しばしの無言。その後。

 

「なあ。クローディアの願いは知っているかい?」

 

「・・・はい。直接聞きました」

 

「それでも一緒にやってくれるんだな?彼女の願い、その結果どうなるか知った上で」

 

「銀河を敵に回す、ですよね。分かっています」

 

ここで初めて綾斗の表情を見る。

 

僅かな戸惑い。それは当然だろう。だがそれだけではない、力強さがあった。

流石序列一位。いや、これは天霧綾斗という人としての強さだろうか。

 

「何故そこまで?グリプス優勝にはこのチームで戦うのが最短距離、ではあるけど」

 

「そうですね・・・。それもあります。でもクローディアの望み・・・。それに・・・、頼まれましたから」

 

「いずれ、どうかするとグリプス期間中に不味い事、例えば直接彼女が危険になるとか、あると思うけど、その時はどうする?」

 

「助けますよ。もちろん」

 

即答か。

 

「あ、俺だけじゃなく、ユリス達もそうでしょう」

 

ここで他の女の名が出て来るのは、チームメイトである以上は仕方ないか。

 

「・・・わかった。そう言って貰えるなら、俺も『その時』が来たら、充分な支援が出来るよう準備しておこう」

 

「お願いします」

 

「うん。時間取らせたけど、今日は話せて良かった」

 

青空を見上げながら思う。やはり、天霧綾斗は『いい奴』だ。

単純な表現だが、それで納得できる。

涼の気分は、この早春の空と同じ色になっていった。

 

 

 

 

 

 

そして時は新学期。

 

その日、やや雲は多いものの、暖かく穏やかなアスタリスクの昼下がり。

 

星導館学園生徒会、初回定例ミーティングにて。

 

目前となった入学式、そして開催が近づく学園祭。

特に後者はアスタリスク全体のイベントでもあるので、生徒会としてもクローディアとしても多忙になる。

 

この二つを大過無く進める為の準備もまた、大仕事になっている。

 

まだ時間はあるが、色々な意味で厳しい事になりそうな今年度の星武祭。

 

今年も忘れられない1年になるだろう。

 

「―――ですから、入学式終了後の各学部生徒の案内は予定通りお願いします。それが終わったら、一度集まりましょう。あまり時間は取らせませんので、式進行についての振り返りチェックを行いましょう」

 

クローディアの指示に全員が頷く。

 

去年と同じ、馴染みの顔にはネガティブな感情は見られない。むしろ明るさがある。

スタッフとしてかなり忙しい思いをしてもらっているのだが、やはり新しい季節、高揚感が良い具合にモチベーションアップとなっているようだ。

 

「では皆さん。準備よろしくお願いします。まずは式次第の確認と、学園祭スケジュール案のチェック、それぞれお願いします。始めましょう」

 

「はい!」

 

各員が席を立ち、会議室を出て行く。

 

涼は資料を手早く纏めると、室の端末をシャットダウンした。

 

ふと気が付くと、窓を背にクローディアが柔らかく微笑んでいる。

 

今、会議室には涼とクローディアの二人だけ。

 

その時、外では雲が切れたのだろう。穏やかな、だが明るい陽光が窓から差し込む。

 

その光に照らされて、彼女の金色の髪が輝いた。

 

まるでクローディアが黄金を身に纏っているような、美しい輝き。

 

「涼さん」

 

「うん?」

 

「今年も、よろしくお願いしますね」

 

その声に、涼も笑みを浮かべる。

こちらは、不敵とも言える、力を感じさせる微笑で。ただ一言。

 

 

「承知!!」

 

 

 

 

 

~~~ 終 ~~~

 

 

 

 




お付き合いいただきありがとうございました。

活動報告に色々書いてます。


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