ポケットモンスター虹 ~ダイ~ (入江末吉)
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VSアリアドス ハルザイナの森へ

つい気になってやってしまいました、物語はスピードが勝負。
サブタイ、アクションその他もろもろボクが大好きなポケモンのマンガを参考に書いていきたいと思います。

また、同じタイトルで小説を投稿される方がいらっしゃると思います。ぜひとも検索をかけて読まれてみては如何でしょうか。




「夢と希望の物語は、そうそう安売りされてない」

 

 少年は言った。高くてもいい、売ってくれと。すると男は笑った。

 夢と希望の物語は、実はお金でも取引されてないんだと。

 

 ならば、どうすれば手に入るのか。

 男は答えなかった。ただ薄ら笑いに見える笑みを貼り付けるのみだった。

 

「反面、悪夢と絶望の物語ならば売るどころかばら撒かれている。無料で配布だ」

 

 そんなものはいらない。どうしてもポケットに、その怪物が入ってくるのなら。

 

 

 

 

 

「夢と、希望に満ち溢れれれれれれれ…………」

 

 下を見る、緑が見える。正確には、木の群々が見える。しかも木の頭の天辺までしっかり眼下に広がっている。

 上を見る。空が見えた。しかし付け加えるなら岩肌の方が多く見えた。

 

「たっけえぇえええええええええええええええ!!!」

 

 俺は今、断崖にへばりついていた。俗に言うロッククライミング中だ。()()()()()使()()()()

 

「ダイお兄ちゃん! 大丈夫ー!?」

「へ、へいきへっちゃらだぜ! バカ言っちゃいけねぇ! こう見えて俺はエイパムから生まれたと評判の木登り坊主だったんだぜぇ……いや、木登りと崖登りは一緒にしちゃいけねえと思うんだけど」

 

 指が岩の角を思い切り掴む。間髪入れずに脚を次の突起に引っ掛ける。そうして、どんどん高度を上げていく。先人は偉大だ、高いところにいるときは下を見るなと言ったそうだ。その知識にあやかって俺は前だけを見て昇っていく。

 そもそも、なぜ俺がこんな無謀なロッククライミングに挑んでいるのか説明するとしよう。ただ時間が少々遡るのと、俺の自己紹介が必要になるな。

 

 俺の名前はダイ。ただのダイってわけじゃないけど、ダイっていえば俺って伝わるだろ? ならそれでいいじゃんか。

 生まれはオーレ地方のアイオポートって場所だ。まぁオーレの中では有名な場所なんだけど如何せん、野生のポケモンが少ないことでまたしても有名な地方だ。最近ではちっとはマシになって、道を歩いてりゃ遭遇するくらいにはなってるんだが、その情報はどうやら他の地方のテレビには映らないらしい。ちなみにその情報はオーレの近くにあるイッシュ地方を旅しているときに知った。

 さておきだ、俺は様々な地方を渡り歩いている。というのも、いろいろ事情があって地元にいられなくなったっていうか。こっちは説明しようとすると日が暮れちまうどころか明けちまう。

 

 とにかく、だ。このラフエル地方にはラジエスシティにある港から入った。新しい土地、やっぱり心はときめくもんだ。男の子はいつだって冒険家さ、たとえ未熟でも。

 そう、俺が未熟を感じる瞬間は多々ある。例えば、ロッククライミング中に脚を踏み外したりした時だ。

 

「やべっ!」

 

 下の方で短い悲鳴が聞こえてきた。踏み外したわけではない、ただ俺の体重を岩の端が支えきれなかっただけだ。なんとか腕の力を使って体勢を立て直す。

 そうだった、なんで俺がこんな崖をよじ登ってるかだったな。

 

 ラジエスシティから出た俺は少し南下し、リザイナシティとハルビスタウンの間にある"ハルザイナの森"にやってきたのだ。すると、だ。もうすぐ森の入口だって、ところで今下で俺を見上げている女の子と出会った。

 彼女はハルビスタウンに住む子で、名前はミエル。この森にはオレンの実を探しに来たらしい。どうやら、彼女の家で育てられているジグザグマの身体の調子が悪いらしい。オレンの実は知っての通り、どこにでも生えてる割に万病に効く木の実として有名だ。

 ただ、最近ハルザイナの森は木々が育ちすぎたせいもあってか、陽の光と水が遮られ殆ど木の実が育たない環境になっていた。土の味でわかったが、陽の光さえあればいくらでも木の実が育つ土地だった。

 

 だが、ハルザイナの森の外れにある断崖。そこの上ならば陽の光を受けたオレンの実が育っていると睨んだ俺はすかさずにクライミングを開始した。さっきも言ったがポケモンも使わずに。

 もちろん理由はある。俺の手持ちのポケモンに、俺を乗せてほぼ垂直の崖を登れるほど大きなやつがいないからだ。

 

「……なんで、俺はこうして自分の身をすり減らして死ぬかもしれない可能性から目を逸らしながら、悪夢と絶望の物語を夢と希望の物語に書き換えるため、奮闘しているのであった」

 

 モノローグをブツブツ呟きながら、俺は上を見る。もう少しで登れるはずなんだ、ミエルにオレンの実を渡すためにも。そして、彼女のオレンの実を待っているジグザグマのためにも。

 歯を食いしばり、次の突起に向かって手を伸ばした――――

 

 

 

 

 

 ――――その時だ。不意に影がさした。

 

「うわぁあああああああああああああああああっ!?」

 

「あ、アブねぇ!!」

 

 人だ、人が落ちてきやがった!!

 

 間一髪、その男は命綱を上で結んでいるらしく、俺を巻き込んで落下するという最悪中の最悪を避けることは出来た。しかし急に命綱が腹を締め付け、男が悲鳴を上げる。そしてだらんと垂れ下がった上体から、カバンがずるりと落ちてきた。

 

「ヒィッ!?」

 

 そこからは、なんというか、コンマの世界だった。落ちてきたカバンのヒモに腕を徹してキャッチするとすかさず岩を掴む。

 

「ありがとう……そのカバンには大切なポケモンたちが入ってるんだ……」

「い、いやいや今そういう話してる場合じゃないから。なんであんたこんなところから落っこってくるんだ?」

 

 尋ねてみると、ラフな格好に白衣の男は苦笑しながら言った。

 

「ぼ、ボクは見習いのポケモン博士として、遠縁のオダマキ博士を師事しているんだ。名前はヒヒノキ、みんなはヒヒノキ博士って呼ぶよ」

 

 ヒヒノキ博士っていえば、確か最近フィールドワークで様々なポケモンの生態系を調べて名を上げてる博士だったはず。ってことは、今日ここにいるのもフィールドワークの一環ってわけだ。

 じゃあ、落ちてきたのはたんに事故? だとしたらずいぶんとツイてないんだな、ヒヒノキ博士。

 

「あっ、しまったッ! そういえば追われているんだ!」

「はぁ?」

 

 そう言って上を向いた瞬間だった。白い何かが俺とヒヒノキ博士を狙って放たれた。しかし俺の真上にヒヒノキ博士がいる形でぶら下がっているので、放たれた何かはヒヒノキ博士を包み込んだ。

 するとそれはあっという間にヒヒノキ博士の身体を絡めてしまった。暴れれば暴れるほど、ヒヒノキ博士に絡みつくそれはまさに、

 

「蜘蛛の糸だ……」

 

 ヒヒノキ博士が上を見た。するとそこには、毒々しい色の蜘蛛のようなポケモンがいた。

 

「"アリアドス"……ッ!」

 

 一匹の大きなアリアドスが口から糸を出し、ヒヒノキ博士を捉えていたのだ。なおも糸を出し続け、ヒヒノキ博士はどんどん雪だるまみたいになっていく。

 

「き、君! 戦えるポケモンはいないのかい!?」

「いるけど、手が塞がってる」

 

 少なくとも、ちょっと動いただけでも落ちそうなのだ。回避行動なんか取ってられない。

 

「な、なら私のカバンの中にいるポケモンで戦ってくれ! っていうか早く助けてくれ~!」

「わかったけど、手が塞がってる」

「この薄情者め~!!」

 

 確かアリアドスは絡め取った獲物の体液を後で丹念に啜るんだったよな、このままじゃヒヒノキ博士がミイラになって発見されちまう。下手すると見つからないかも。

 さすがにそれはまずい、しかし未来の偉大なポケモン博士を助けた英雄として讃えられるのも俺的には非常に困る理由があったりする。

 

 だが、薄情はそこまでだった。俺の中にあるほんのヒトモシの炎くらいの正義感が、急にメラメラと音を立てて燃え出す。

 

 俺はヒヒノキ博士のカバンのチャックを開けると、それを頭上のアリアドス目掛けて放り投げた。もちろん、牽制の意味もある。ヒヒノキ博士は俺の突飛な行動にもはや目を瞑っていらっしゃる。

 アリアドスは一旦糸を吐くのをやめて後退した。それと同時にヒヒノキ博士のカバンが落下を始める。開けたチャックから、荷物が溢れだす。

 

「今だ……ッ!」

 

 俺は南無三と唱えながら崖を駆け上り、命綱と丈夫なアリアドスの糸でぶら下がっているヒヒノキ博士の背中目掛けてジャンプした。そして、溢れた荷物の中から紅白に分かれた球体をキャッチする。

 "モンスターボール"、この世界のありとあらゆるポケモンを、言い方は悪いが封じ込める事のできるこのアイテム。既に中にはポケモンが入っていた。それが何かはもう関係ない。

 

 

 

「――――キミに、決めた!」

 

 

 

 キャッチしたモンスターボールを再び投げた。そこから放たれたポケモンは目にも留まらぬスピードで崖を飛び越えると、その身体の割に大きな尻尾をアリアドス目掛けて叩きつけた。

 

「"キモリ"か!」

「へぇ、キモリっていうのかお前」

 

 俺の足場になってるヒヒノキ博士と、そのうえで呟く俺の図。なんともシュールだが、崖っぷちで戦うってのはこういうことだと思う。

 

「つっても、何を覚えてるんだろうかこいつは……」

「私のカバンはどうした? まだあるかい?」

「一応、キャッチはしたけど……」

 

「ならその中に、"ポケモン図鑑"が入っている! キモリをスキャンして、彼が使える技をチェックするんだ!」

 

 ヒヒノキ博士の言うとおり、彼のカバンには赤い箱型のアイテムが入っており、それのスイッチらしきものを押してキモリに向けると機械がピピッと音を出した。

 

『キモリ。もりトカゲポケモン。足の裏の小さなトゲを引っ掛けて垂直の壁を登ることができる。太い尻尾をたたきつけて攻撃する』

 

 図鑑はつらつらと説明してくれた。そして、キモリは崖の上から下にいる俺を見て、コクリと首を振った。

 ……ッ! つまりこれは、俺に指示を仰いでいる。俺を、トレーナーと認めてあのアリアドスを退けるつもりなんだ。

 

「よし、キモリ。【たたきつける】攻撃!」

 

 再び頷いたキモリがアリアドス目掛けて突進しているのだろう。このままでは俺は正確な指示を飛ばすことが出来ない。なにせ、二匹とも俺の頭上で戦っていて俺にはその状況がわからない。

 

「君! この命綱を伝って上に登るんだ! キモリを助けてやってくれ!」

「いいけど……あいつは助ける必要ないよ、十分つえーからな!」

 

 そう言い切り、俺はヒヒノキ博士の胴体につながっている命綱を掴むとそれを手繰り寄せるように、身体を登らせていく。ようやく崖の上に登りきった途端、目の前では超スピードの戦いが繰り広げられていた。

 キモリは自分の唯一の武器とも言える尻尾でアリアドスの脳天目掛けて振るっていた。しかしアリアドスも生き物とは思わせない機械的な動きで翻弄していく。

 

「他に何かキモリに使える技は……この状況で、なにか……」

 

 俺が図鑑の画面をスクロールしてキモリが使える技を確認しているうちに、勝負が傾いた。アリアドスがヒヒノキ博士にしたように、キモリの身体に糸をくくりつけたのだ。

 そのときだ、天啓とも言える閃きが振ってきた。俺はキモリに指示を出すべく声を張り上げる。

 

「キモリ! 【メガドレイン】だ!」

 

 アリアドスの糸を伝い、キモリがアリアドスの体力を奪う。アリアドスが獲物を絡め取るために使う糸を逆手に利用してやったのだ。アリアドスはしばらくすると脚がカクカクするほど体力を消耗した。

 間髪入れずにたたみ掛ける――――!

 

「トドメだ、この【にほんばれ】……使わない手はねえ!」

 

 ハルザイナの森を覆う木はこの崖の上には存在しない。俺達の頭上にあるのは、少しの雲とドッピーカンの晴れ空だけだ!

 

 

「【ソーラービーム】!!」

 

 

 キモリが糸を引きちぎり、陽の光を受けて練り込んだ特大のエネルギーをアリアドス目掛けて放出する。それはさながらちょっとした兵器のようで、ソーラビームが起こした突風が身体を撫でる中、改めてポケモンはすげぇってことを思い知った。

 ただその突風が、俺を崖の上から吹き飛ばしさえしなければ。

 

「うわぁああああああああああああああああああああッッ……あ、あ……あれ?」

 

 世界が逆さまになったまま、俺の身体は静止していた。というよりは、ぶら下がっているような感じだった。さっきとは違い、俺の下にヒヒノキ博士がいた。ヒヒノキ博士は俺を見上げると、更にその上を見て顔をパァッと明るくした。

 なんとか見上げてみると壁に手を貼り付けたまま、もう片方の腕で俺の脚を掴んでいるキモリがいた。しかし俺の身体を平然と支えている辺り、やっぱポケモンはすげぇ。

 

 と、安心した直後だった。キモリが貼り付けていた岩が、ペリッと剥がれたのだ。キモリが俺の体重を支えても大丈夫だったのに、岩肌はダメだった。

 

「ええいままよ! "ペリッパー"!」

 

 キモリごと落下した俺は始めてベルトに留めてあったモンスターボールから自分のポケモンを出した。それは空をバサバサと羽撃きながら現れ、その大きな嘴で俺をまるごとキャッチした。

 

「ナーイスキャーッチ! やっぱお前は最高だぜ!」

 

 ペリッパーの嘴から身体を半分出しながら頭を撫でてやる。ペリッパーは気持ちよさげに目を細めて、崖下に俺を降ろした。

 

「お兄ちゃん、大丈夫!?」

「おー、たぶん平気だ。頭も打ってないし、身体もぶつけてないし、うんへいきへっちゃら!」

 

 たぶん一番ヒヤヒヤしたのはこの子だろう。俺が崖を登り始めてもうすぐ一時間になる。万が一、彼女の前で俺が真っ赤な花を咲かせていたかと思うとゾッとする、反省。

 

「それで、オレンの実は……?」

「あ~、そういえば……上の方には無かったな。割と切り立った崖って感じだった」

「そっか……しょうがないよね」

 

 ミエルが目に見えて肩を落とす。目尻に涙が浮かんでいて、見てていたたまれない気持ちになった。

 そこで俺は、ヒヒノキ博士のカバンを後ろ手に回しその中から新たに荷物を取り出した。

 

「おほん、えーと。ここに取り出しましたるは万能木の実のオレンの実にございます!」

 

 俺がそう言って指に挟んだオレンの実をミエルに見せてやる。すると彼女は、信じられないといった風に目を見開いてキョトンとしていた。

 

「三個しかねぇけど、無いよりはマシだろ? すげぇんだぜ、このキモリがよ~この森育ちで~、オレンの実が生えてる場所を教えてくれて~、取ってきてくれたんだぜ~? なぁ色男?」

 

 そういって茶化す。もちろんこのキモリがどこ出身かなんて俺は知らない。しかし俺の意を汲んでか、キモリは腕を組んで不敵に笑った。や、野郎……ちょっとかっこいいじゃねえか、不意にキュンと来たぜ。

 

「ありがとうダイお兄ちゃん!!」

「いいってことよ、さぁハルビスタウンに戻ろうぜ。お母さんも心配しちまうしな」

「うん!」

 

 ウキウキ気分のミエルを追って、俺は森を出る。ヒヒノキ博士はぶら下がってるけど、ペリッパーが降ろしてくれるだろう。博士がカバンに入れていたオレンの実は駄賃として貰っていくぜ。

 

 

 

 

 

「はい? おじさん?」

「そう、ミエルは私の姪なんだ。するとダイくんは、ミエルのためにオレンの実を探してあんなところまで?」

「いやまぁ、そうなんすけど……似てねぇ~……」

 

 プリティな幼女とちょっと痩せ型のラフスタイル男。見比べると、博士の不健康そうな見た目のせいでいかにも犯罪っぽい。頼むからポケット・ガーディアンのお世話にはならんでくれよ。

 

「しかしミエル、ダメじゃないか。オレンの実ならラジエスまで行けば港付近の行商人から手に入るのだから」

「でも、そんなことしてたらジグザグマもっと調子悪くなっちゃうし……」

 

 ……もしかすっと、ヒヒノキ博士はフィールドワークのためにハルザイナの森に入ったんじゃなくて、ジグザグマのために自然に生っているオレンの実を探しに行ったのかもしれない。

 なるほど、そういうことならばこの二人は随分と似ている。危険とか、そんなものは二の次なんだ。大切なポケモンのために。

 

「じゃ、俺はそろそろ行きますね。ミエル、もうひとりで森をうろつくなよ、アリアドスに食われちまうぞ!」

「気をつけるね、ミエルも早くポケモントレーナーになって、ジグザグマと一緒に旅してみたいなぁ」

「そうだ! ダイくん、ミエルのためにポケモンの捕まえ方を教えてやってくれないか? きっとミエルも喜ぶと思うぞ!」

 

 え、それは……。

 

 困った風を装いながら、俺は首を振った。もちろん縦ではなく横に。

 

「俺なんかに教えられることないですって。それにジグザグマがいるなら、いいじゃないですか」

「新しいポケモンと出会うのも、旅ならではじゃないのかい?」

「そう、かもしれないですけど……」

 

 そう、なぜ俺がこの申し出を渋るのか。それは、俺は"自分でポケモンを捕まえた"ことがない。野生のポケモンと戦っても、ボールを投げたことがない。

 ペリッパーはキャモメの時から、アイオポートで出会った。もう二匹、俺には手持ちのポケモンがいるがその両方共、戦って手に入れたわけではなくなし崩しでついてきたようなものだ。

 

「じゃあ、本当にこれで」

「待ちたまえダイくん、忘れ物だよ」

 

 逃げるように博士のラボを出ようとした俺は、その博士に引き止められた。博士の手には、一つのモンスターボールとさっきのポケモン図鑑が握られていた。

 

「キモリがどうにも暴れてね、君について行きたがってるんだ。それに、旅をするならこのポケモン図鑑はきっと君を助けてくれるはずだよ」

 

 手渡されたモンスターボールの中にいるキモリがジッと俺を見ていた。

 

「本当に来るのか?」

 

 コクリ、とそれだけだった。たった数分の関係だと思ってたのに、このキモリは俺と一緒に行きたいと駄々までこねたという。

 

「そっか、よーし。いいだろう、俺の行く先々でお前の力借りるぜ!」

 

 ポケモン図鑑をズボンの後ろのポケットに差し込み、カバンを背負って、いざ――――

 

 

 

「俺のラフエル地方での旅が始まるんだな……マーベラス!」

 

 

 

 改めてラフエル地方への一歩を踏み出した。その足先に、夢と希望があることを祈って。

 

 




本作の主人公

Name:ダイ
Gender:♂
Age:15
Height:167cm
Weights:60kg
Job:ポケモントレーナー

▼Pokemon▼
ペリッパー♂
キモリ♂
????
????


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VSグラエナ メーシャタウンへ

鉄は熱いうちになんちゃら


 

 博士のラボを飛び出した俺――ダイは新たに手持ちに加わったキモリをボールから出し、緑の多い通行用の道を歩いていた。その名も1ばんどうろ、他の地方からは船を利用してしか上陸する手段がないやや隔絶されたこの地方は他の地方と違い、道路のナンバーはリセットされている。

 そりゃ、百番以上道路があったらさすがに「あれぇここどこだっけ」ってなるよ。実際にホウエン地方を旅したことあるしな、俺。

 

「にしても、博士からもらったポケモン図鑑。ほとんど埋まってるじゃんか」

 

 キモリが俺の肩から図鑑を覗く。そうなのだ、この図鑑は出会ってないポケモンを見つけるとデータが自動的に書き込まれていくのだが、キモリのデータはもちろん他のポケモンのデータもすべて入っている。よその地方のポケモンすら記載されてるほどだ。

 ただ見てみれば、地方によってはごっそり抜け落ちている部分もある。

 

「さてはあの博士、旅の途中で俺に残りの頁を埋めろって言うんじゃあるまいな」

 

 その可能性が濃くなってきた。そりゃ、旅をしてればポケモンと出会うことはあるだろう。

 

「ま、それはおいおい。今はラフエルの土地を回るのが先だ。"あいつ"との約束もあることだし」

 

 俺が旅をするのには理由がある。詳しい話をしだすと、使い回しの表現になるが日が暮れるどころか明けちまうので割愛。いずれ話す機会はあるはずだしな。

 

「まずはメーシャタウンだ、行くぞ!」

 

 山道を駆け抜けるべく、履いている靴の親指をクリックする。するとどうだろう、走るという意識以前に脚が動き出す。やっぱデボンのランニングシューズが一番だよな、風になる。

 元々舗装された道だけあって、走り出すと障害物もなくやがて眼下にメーシャの町並みが広がってくる。

 

「すげぇ、ここが始まりの王国跡地か……」

 

 ラフエル地方の名前の元になった大英雄にして開拓者"ラフエル"が最初に上陸し、居を構えたというメーシャタウン。

 今では王国跡地の小さな町だが、今も王国の名残がきちんと残っているために俺を始めとする観光客の姿が見える。よく見ればツアー客なんかもちらほら歩いているほどだ。

 

「すげーな、確か町の外れには……そうそう、王城の遺跡があるんだろ」

 

 町の入口からでも頭が見える王城の遺跡、ツアー客もそっちを先に回るみたいで一緒に並んだらしばらく待ちそうだ。まずは今晩の宿の確保といこう。

 当然というか、やはり田舎町とはいえ一つはあるポケモンセンター。ポケモンの回復を無料で行ってくれる上に、トレーナーに対して宿泊施設をオープンしている。まさに旅するトレーナーバンザイの施設……

 

 なのだが、当然旅するトレーナーは俺だけではなく、宿泊施設はどう詰めても満員らしかった。俺は渋々外へ出ると、夕方の空に向かってため息をついた。

 

「しょうがねえ、野宿だな。慣れてるし。別に暖かい部屋の柔らかいベッドで寝たかったとか微塵も思ってねえから」

 

 何が悲しくて、ポケモンセンターが普及している町で野宿などしなけりゃいかんのか。まぁ野営に向いた公園もあるから、そこで一夜を明かすのも悪くはないだろう。白状すると本当にポケモンセンターのベッドで寝たかった。

 

「そうだ、今のうちに紹介しておくかね」

 

 俺はベンチに寝っ転がると持ってるモンスターボールからポケモンを呼ぶ。キモリはペリッパーとは既に面識があるため、そこまで濃い挨拶はしていなかった。

 ところがどうだろう、キモリは心底驚いていた。なにせ他の二匹もまた、キモリだったからだ。真相を知っている俺としては笑いを堪えるのが大変だったが、そろそろ種明かしは必要だろう。指をぱちんと鳴らすと、一匹のキモリは顔が途端にくにゃっとし、もう片方のキモリの姿が揺らめき始めた。

 

「ハハハ、驚いたか」

 

 からかいすぎたのか、本物のキモリは少しむくれてしまった。機嫌を取るために晩ごはんの準備をしようとした、その時だった。

 ガサガサ、と公園の反対側にある草むらが不意に揺れた。野生のポケモン? こんな町中に? そりゃ、ニャースとか町中に生息するポケモンがいないわけではないけど……

 

 

「そろそろ日が暮れる。自分たちの影が見えなくなったら、各々作戦を開始しろ」

 

 

 不意にそんな声が聞こえてきた。子供の悪戯、ってわけではなさそうだ。俺は立ち上がって、その草むらに近寄ろうとした。

 が、立ち上がった直後に空き缶を蹴っ飛ばしてしまい、それがカラカラと大きな音を立てた。ついうっかり、ってやつだ。

 

「やべっ」

 

 ガサッと大きく動き出した草むらから飛び出してきたのは、"グラエナ"と"コマタナ"だった。グラエナが牙を剥いてこちらを威嚇している。

 どうやらとんでもなくまずい連中が隠れていたらしい。草むらに隠れて日暮れを待つってお前……

 

「グラエナ、【かみつく】!」

「マジでやべぇっ! ペリッパー! 【そらをとぶ】!」

 

 俺はペリッパー以外のポケモンをボールに戻すと、ペリッパーの脚に掴まって飛翔させる。グラエナの鋭利な牙が俺の脚を噛みちぎらんばかりに大きく、強く開かれた。

 

 ガチンッ!

 

 牙を噛み合わせる音が響く。間一髪、グラエナの口に俺の脚が入ることはなかった。が、どうやら奴さんガチで俺を狙っているらしい。ちょっと覗かれたからってここまでするようないたずらっ子だとは到底思えねぇ。

 

「いったいなんだってんだ! コソコソしてねぇで出てこい!」

「コマタナ! 【ちょうはつ】しろ!」

 

 すると、コマタナがペリッパーに向かって不敵に合図する。するとペリッパーは目に見えて怒り出し、進路を逃走から決戦に向けて変え始めた。

 

「おい乗るな! ペリッパー! おい!」

 

 俺をぶら下げたまま、ペリッパーは降下を開始、そのまま猛スピードでコマタナに突っ込んでいく。このまま接触は避けられない。なら――――

 

「【つばめがえし!】」

「必中! なら、【みずのはどう】!」

 

 先にこっちの射程に入ってきたコマタナに向けて、ペリッパーが波を発生させる水を放つ。それがコマタナを打つと同時、コマタナが放つ高速の一撃が、ペリッパーを《掠めた》。

 

「なに……!? なんで当たらない!」

 

 草むらに顔を隠している誰かがそう言った。さっき俺が聞いた声とは別、グラエナとコマタナのトレーナーは別だということらしい。

 

「当たったさ、コマタナの中ではな!」

 

 そう言い捨てて、今度こそ俺はペリッパーを高く羽ばたかせる。草むらから出てきたその人物はフードで顔を隠したままコマタナに駆け寄った。

 

「これは、"混乱"している……!?」

「そーゆーこった、あばよ!」

 

 必中が避けられないのなら、当てる対象をぼかしてやる。ほとんど言葉遊びみたいなもんだが、今回は上手くいった。コマタナは自分の頭のなかではペリッパーに攻撃を当てたつもりでいるが、それはコマタナの中だけの話だ。

 

「さて、どこへ逃げたもんか……ポケモンセンターに言って、匿名通報でPG(ポケット・ガーディアンズ)を呼ぶか……」

 

「――――もうふんわり考え事か」

 

 その一言は、風の合間に俺の耳へと入り込んできた。振り向いた瞬間、ベチャッとした何かがペリッパーにぶつかった。それは酷い臭いを発し、ペリッパーの意識を混濁させる。

 

「【ヘドロばくだん】……!」

 

「ご明察、そら次だ。"ゴルバット"、【エアカッター】だ!」

「まずいッ! 躱せるか!?」

 

 答えは否、ペリッパーに直撃した真空の刃。ペリッパーは飛行するだけの体力を残さなかった。徐々に高度を落としてしまう。だが、後ろからは例のグラエナが追いかけてくる。

 

「くそっ、戻れペリッパー!」

 

 瀕死寸前のペリッパーをボールに戻して、地面に着地するとランニングシューズをフル活用して走り出す。しかしグラエナもぐんぐんスピードを上げて俺を追いかけてくる。

 そんな時、目に入ったのは王城の遺跡だった。ちょうどツアー客が引き上げるところらしく、門が締まりかけていた。

 

「ちょっと失礼!」

「あっちょっと君! 待ちなさい!」

 

 どんどん閉まる門に向かって滑り込む。なんとか王城の門をくぐり抜ける。しかしどうやらグラエナも猛スピードで鍵のかかっていない門を【とっしん】で突き破って俺を追いかけてくる。

 王城の中に入り込むと、まず先に俺は上階を目指した。遺跡とは言うもののやはり観光客向けに綺麗にされているため、俺が駆け回っても埃など舞うことはない。

 

「はぁ、はぁ……ここまで逃げ込めば……」

 

「よく逃げたもんだ、入場料はきちんと払ったのか?」

 

 部屋の入口で主が来るのを待っていたグラエナ。その男もまたフードで顔を隠していた。しかし声からして、だいぶ若い男のようだ。

 

「追っかけてくるしつこいワン公がいてね、悪いが財布を出してる時間も無かったぜ」

「歴史的文化跡地に入場料も支払わずに駆けずり回るとは、まるで野蛮な野盗のようだな」

 

 その男のジョークは面白かった。確かに笑いが止まらない。

 

 

 

「俺が悪党なら、おめーら人間やめてんぜ」

 

 

 

 明らかな挑発、しかし男は乗ってこない。どうやら真正面からぶつかるしか助かる道はなさそうだった。

 

「いけ、グラエナ!」

「頼むぜキモリ!」

 

 お互いにポケモンを向かわせ衝突させる。キモリはグラエナに向かってその尻尾を振るい、脳天を狙う。しかしグラエナはキモリより数倍身体が大きい割に素早く、攻撃はなかなか当たらない。

 しかしグラエナの攻撃もまた、キモリには当たらない。すばしっこさなら負けていないからだ。グラエナの牙も爪も、キモリを捉えるにはいたらない。

 

「解せないな、なぜキモリに指示を飛ばさない」

「飛ばすまでもねーから、って言ったら?」

「バカにしているのか」

「ああしてるとも」

 

 今度の挑発には、手応えがあった。男がじわじわと俺に向かって寄ってくる。その分だけ俺はじりじりと、窓に向かって後退する。

 

「窓から逃げるつもりか? そんな隙、俺が与えるとでも?」

「与えてくんねーなら無理やり作っから安心しろ……さぁ、今だぜ!!」

 

 パチン、と再び指を鳴らす。すると男が不意に身体をぐらりと揺らして体勢を崩した。グラエナもまた、同じように周囲を警戒している。

 

「なんだ、地震……!? お前、いったいなにを……」

 

「癪だけど正攻法じゃ勝てないと思ったんでね、俺の得意な搦手を使うことにした」

 

 次の瞬間、部屋の中心に大きな穴が現れる。そう、この部屋には最初、大穴が空いていた。下の階まで続く、大きな穴だ。

 じゃあ、そんな穴のあるフィールドでなぜグラエナたちが派手に動き回れたのか、それはやつがこの部屋に現れたとき、()()()()()()()()()()()からだ。

 

 くにゃりと、床が首をもたげる。その顔は随分と可愛らしく、またいたずらっぽく男に向かっていた。

 

「俺の手持ちの一匹、"メタモン"。あんたが来たときのために、足場に【へんしん】させてたのさ」

「……ッ! この、小癪な! ゴルバット!」

 

「そっちもさせねえ、キモリ! 【たたきつける】!」

 

「何……っ!?」

 

 そのとき、男は見た。下の階の天井に予め張り付いて待っていたであろうキモリが、ゴルバットが攻撃を繰り出す前にゴルバットを階下へ叩き落とすのを。

 おかしい、それこそ自分がこの穴に落ちるまでキモリはグラエナと戦闘していたのだ。こんなに素早く、気づかないうちに階下へと回れるはずがない。

 

「覚えておくぞ、オレンジ色……ッ」

 

 捨て台詞のように呟いて、男は落下していく。少なくとも死にはしないだろう、情けをかけるより早く逃げないと……

 

「いやー、ナイスだったぜ! 二人共!」

 

 カバンに張り付いてるメタモンと、たったさっきまでグラエナと戦っていたキモリを労う。するとキモリは姿そのものを揺らす。やがて、キモリの姿が大きく揺らめいたかと思えば、その場にいたのは真っ黒いポケモンだった。

 

「"ゾロア"にキモリの技は使えないからな、指示は全部アドリブだったけど上手く行ってよかったぜ」

 

 そう言うと悪戯っ気のある笑みを先程までキモリだった"ゾロア"が浮かべる。イリュージョンによる化かし合いはこちらの勝ちのようだった。

 

「遺跡っつうぐらいだからな。どっかにボロボロの部屋があってもおかしくないと睨んだけど、ビンゴだったな」

 

 そもそもグラエナのしつこさ、ペリッパーをたった二撃で戦闘不能に持ち込むゴルバットを鑑みて、逃走中既に戦うのは諦めていた。だからこそ逃走経路に王城遺跡を選んだ。

 ポケモンセンターを巻き込むのは渋ったくせに観光客がいるかもしれない場所を選ぶのはどうなんだとは俺も思うけど、正直あの男と戦ってそれ以上の配慮は出来なかった。

 

「メーシャ、次はいざこざなしで回りたいもんだ」

 

 夜の町中をランニングシューズで走り、灯りの無い山道を最短で駆け抜けてハルビスタウンを目指す。仕方がない、今夜は事情を話して博士のラボかミエルの家に厄介になろう。

 そして気づく、ハルビスのポケモンセンターの宿を借りればいいということに。

 

「とりあえず、シャワーだな」

 

 走り回って、滑って、転がって、気づけばいたるところが泥だらけになってしまっていた。ジョーイさんに申請して部屋を借りると、サッと水を浴びて服を選択してパパパッと乾かす。

 ベッドに転がると、ポケモン図鑑を取り出す。さっき戦ったグラエナと、コマタナ、ゴルバットのデータを参照する。

 

「ポケモンバトルに入れ込むつもりはないけど、戦わなきゃいけない場面、出てきそうだしな……」

 

 ポケモンが覚えられる技を、その応用を、頭のなかで戦略として組み上げているうちに俺の意識はだんだんと眠りに落ちていった。

 そういえば、あの男たちが着ていたフード……もしかしたら制服なのかもしれない、な。

 

 

 ダイが眠ってしまった後、モンスターボールから勝手に飛び出してきたポケモンたちが布団をダイにかぶせると、勝手にその体に体重を預けるようにして各々もまた眠りについた。

 

 キモリはダイの背中に、自分の背を預け腕を組みながら。

 

 ペリッパーは足元でダイの脚を冷やさないよう、また自分も温まるように丸まって。

 

 ゾロアはキモリの反対側、ダイのお腹の部分で寝転がって。

 

 メタモンは枕に【へんしん】して、ダイの枕元で。

 

 それぞれがもう既にダイに対してとても懐いていた。ペリッパー以外はなし崩し的についてきたと彼は言ったが、ついてくる気になったときからゾロアも、メタモンも、キモリもダイの事を認めているのだ。

 彼が一人前のトレーナーになるかはわからない。ポケモンを捕まえる気も、好き好んで戦わせることもしないからだ。

 

 ただそれでも、彼と共にいることがひどく心地良いのである。そういう雰囲気を、ダイは持っているのだ。

 

 




ラフエル地方のマサラタウン的存在メーシャタウンでした。

今回戦った男たちは、いわゆる○○団です。いずれ名前は明らかになります(Twitterの概要部分では既にオープンになってますが)



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VSドクケイル バラル団

「バラル団、ねぇ……」

 

 そう呟いた直後、ペリッパーの【みずでっぽう】が俺の顔に直撃する。寝間着ごと俺の頭がびしょ濡れになると、メタモンが俺の頭の上でワチャワチャしだす。するとどうだろう、寝癖があっという間に直ってしまうではありませんか。

 夜中、誰よりも早く目が覚めたらしいゾロアとキモリがポケモンセンターの壁に貼られていたPG(ポケット・ガーディアンズ)印の指名手配書を見つけてきた。その手配書に写っていたのは、人物ではなくマーク。恐らくこれがバラル団のシンボルなのだろう。昨日戦闘したグラエナのトレーナーのフードにはこのマークが刻まれていた。

 俺はラフエル地方の情報を少しでも集めるためにレストランにいる滞在トレーナーから片っ端から話を聞くことにした。最初は観光向きの場所を聞きながら、バラル団に関する情報を集めた。

 

 しかし驚くほど情報は集まらなかった。誰も、名前と悪名くらいしか知らなかったからだ。確かに暗躍する組織よろしく、自分たちがやろうとしてる悪事を大っぴらにするやつはいない。

 

「どうしたもんかねぇ、せっかくのラフエルの旅で俺を狙うかもしれないヘンテコフードにビクビクしながら回るのは嫌だねぇ」

 

 朝食を適当に胃に流し込みながら独りごちると、ゾロアが今度は別の紙を持ってきた。持ってくるのはいいんだけど、どうやって壁から剥がしてるんだ……?

 すると壁の近くにいたトレーナー風の男が手を振ってきた。怪訝に思ってそちらに顔を向けて手を振り返すと、頭の部分がくにゃっとした。ちょっとしたホラーに心臓が跳ねるが、納得した。そうか、メタモンが壁から剥がしてるのか。

 

「なになに……? ジム戦だぁ?」

 

 そのチラシは「挑戦者募集」という文字がデカデカと主張しているポケモンジムのチラシだった。ゾロアもキモリもはては戻ってきたメタモンまでもが、キラキラした顔をこっちに向けていた。

 

「何その目、挑戦したいの?」

 

 コクコクと興奮したように首を振る三匹に、俺は今日一番の大きなため息を吐いた。

 

「やだよ、ジム戦なんか。自信ないし」

 

 三匹が驚いたような顔をする。そう、昨日のアリアドスとの戦いやバラル団の男との戦いもそうだが、正面切っての正々堂々とした戦いが何よりも苦手だ。

 俺にはアイという、故郷アイオポートから一緒に旅をしていた親友がいる。まずはイッシュ地方を旅したのだが、最初に挑戦したジムリーダーがトレーナーズスクールの講師ということもあり、授業参観の形でバトルは行われた。

 結果は惨敗、ジムリーダーは俺の戦いを賞賛したが、周りの生徒は違った。

 

 やれ戦略から出来ていないとか。

 

 やれせっかく珍しい特性を持ったポケモンがいるのに活かしきれてないとか。

 

 自分ならもっと上手くやれる、そういった声を聞いてなんだか、俺は挫折してしまった。だから、極力ポケモンバトルはしない。それで勝ち進み続けるアイを隣で見ていて、正直心が苦しくなってしまった。

 だからホテルから逃げ出し、船を使って別の地方へ渡って冒険を続けた。ライブキャスターから何度も着信があったが、俺はそれを無視。さすがに鬱陶しくなってきたので、ライブキャスターを新調し付け替えている。もちろん、万が一のときに備えて前のライブキャスターも持ってはいるけど。

 

「さ、この話は終わりだ。俺はこれからもジム戦するつもりはなーいーの!」

 

 ピシャっと言いくるめると、メタモンが剥がしたチラシを元の場所に戻す。三匹ともムスッとした顔のままトコトコついてくるが、俺は気持ちを変えるつもりはない。

 これからもジム戦をするつもりはない。いずれ地元へ戻ることがあって、たくさんのジムバッジをアイが持って帰ってきたとしても。

 

 俺は俺の旅に今度こそ意義を見出してみせる。

 

「さぁ、とにかくもう一度メーシャタウンに行こう!」

 

 それには賛成らしく、キモリたちはメーシャに向かう俺についてくる。昨日はじっくり見られなかったしな、王城遺跡。それに、バラル団の手がかりが何か残ってるかもしれない。

 

「あ、ダイお兄ちゃん!」

「はい?」

 

 直後、後ろから追突される俺。人間のものではなく、間違いなくポケモンの【たいあたり】だ。ステーンと道路の上を転がり悶絶する。

 

「い、いてぇ……」

「こらー! いきなり飛びかかっちゃダメでしょー!?」

 

 地面の上を転がっていると顔の部分をペロペロ舐められた。そっちに目をやると、ジグザグ模様のポケモンがいた。そう、ジグザグマだ。

 

「おう、ミエルか……ってーと、こいつが例のジグザグマだな? ったくとんだ悪戯野郎だ」

「お兄ちゃんのおかげでジグザグマ元気になったんだよ」

「そりゃな、恩人にタックルぶちかますくらいだしな。まぁなんにせ、治ったようでなによりだ」

 

 立ち上がって砂を払うと、ミエルはやけにキラキラした目をこっちに向けてきた。

 

「お兄ちゃん! 今日は一緒に虫取り大会に行こうよ!」

「虫取り、大会……?」

 

 俺が首を傾げているとミエルは楽しげに説明を始めた。

 

「あのね、ここハルビスタウンでは今でも町中で野生のポケモンが住んでて、人間と共生してるんだよ! それでね、数日に一回虫取り大会ってむしタイプのポケモンを捕まえて、大きさを競おうって大会なの!」

「はぁ、野生のポケモンを……ね」

 

 昨日の話を忘れたのか、それとも諦めてないのか。恐らくは後者だろうな、ミエルの目がそう語っていた。

 

「わかった、一緒に行くよ。会場はどこだ?」

「中央広場だよ! 案内してあげるね!」

 

 ミエルに手を引っ張られるようにして俺はハルビスタウンの中心、モンスターボールを模した噴水前に集まってる人ごみの中へとやってきた。

 主催である街のお偉いさんが挨拶をしている。しかも格好は見事にむしとり少年。子供の心を持ったまま大人になってしまったんだな、いつまでも童心を持ち続けるのは決して悪いことではないが、いい大人がランニングに短パンに虫あみとは。

 

「さて、このハルビスタウンの伝統行事であるこの虫取り大会は、我々人間同士のスポーツとしての競争はもちろんポケモンと我々の絆を深めるための行事であります。この地、ハルビスはかの英雄ラフエルがポケモンとの共存の証を最初に打ち立てた土地であり、メーシャタウンに次ぐラフエルの伝承を守っているのです。そのラフエルにならい我々も日々ポケモンと日常を共にし助け合い生きています。そのことをゆめ忘れず今日の行事に励んでください!」

 

 長々しい挨拶かと思ったが、この地にまつわる伝説を聞くことが出来るとは思わなかった。大英雄ラフエルがメーシャの地に居を構え、最初にポケモンと理解を深めあった土地がここ。

 つまり、道行く中で出会ったポケモンは誰かのペットではなく、紛れもない野生のポケモンというわけか。野生と言うには些か野生を失っている気がしないでもないが、トレーナーの有無で野生を判断するのであれば、まぁ野生と呼んで問題はない。

 

「それでは、みなさん張り切っていきましょう!」

 

 お偉いさん、たぶん市長の合図で参加者と思われる人間たちがポケモン目掛けて草むらに入ったり木の上に昇ったりし始めた。野生のポケモンと共存してるのに追い立てるのはどうなんだろうと思ったが、どうやらポケモンたちも鬼ごっこの感覚でこの行事に挑んでいるらしい。お互い平和に済むのならこういう行事も悪くないのかもしれないな。

 

「行こ! ケムッソいないかなぁ!」

「女の子が"ケムッソ"……いやまぁ、"アゲハント"かわいいよね」

 

 というわけで、当面の標的はケムッソになりそうだった。ケムッソなら街の中心付近よりも森に近い並木道辺りが探しどころだろうか。そう提案し、俺とミエルは街の端の方へとやってきた。

 自然と水に囲まれてるハルビスタウン、街のすぐ外で木々が鬱蒼としているため結構日当たりは良くない。

 

「確かポケモン図鑑によると、ジグザグマは鼻が利くらしいんだよな」

「そうなんだぁ~! じゃあジグザグマ、【かぎわける】!」

 

 ミエルの手から飛び出したジグザグマがその鼻を使って徐々に、ジグザグに歩を進めていく。すると、ジグザグマが脚を留めた木の枝の上に一匹のケムッソがいた。ハッキリ言って驚いた、ジグザグマの鼻はよく利くらしい。

 しかし木登りするわけにもいかない。するとミエルのジグザグマが【ずつき】を行う。その振動でケムッソが落ちてくる。

 

「よーし、戦いだ!」

 

 意気込むミエルを後ろから見ていた。その時だ、ずっと背が低いミエルの背中に、アイが重なって見えた。俺はいつまでもこうして、背中を見てるだけなんだろうか。

 気落ちしていると、ケムッソがジグザグマに向かって【いとをはく】。しかしジグザグマ特有のジグザグ走行のおかげで攻撃は当たらない。そのまま【たいあたり】で体力を削る。

 

「それっ、モンスターボール!」

 

 ミエルがひょろひょろとモンスターボールを投げるが、弱ったケムッソは回避することもなくあっさりとボールに収まった。揺れるボールはやがてカチッという音を立てて停止した。

 ゲットしたのだ、ミエルがジグザグマ以外のポケモンを、自分の手で。喜びからぴょんぴょん跳ねるミエルとハイタッチを交わす。俺、必要なかったんじゃ……

 

「さっそく回復させてあげなきゃ」

 

 ボールから出したケムッソにキズぐすりを使うミエル。傷にシュッと吹き付けるだけでケムッソに元気が戻っていく。先程の戦いでミエルを認めたのか、ケムッソは早速ミエルに懐いていた。

 

「けど、確か虫取り大会って大きさを競うんだろ? ケムッソは、ちょっと小さい部類じゃないか?」

「いいんだよ、私は入賞よりもケムッソが欲しかったんだもん」

 

 うおっ、眩しすぎる笑顔。そこまで言われちゃもう何も言い返せんよ。

 

「じゃあ、中央広場に戻るか」

「うん!」

 

 今度は引っ張られることもなく、俺はミエルと一緒に街の中に戻っていった。しかし、中央広場からゾロゾロと人が走ってきた。その誰もが顔に恐怖や焦りと言った感情を含ませていた。

 じわり、と背中に嫌な汗が現れる。逃げ惑う人と逆に、俺は街の中心に向かっていった。

 

「あれは……」

 

 噴水の近くでポケモンが暴れていた。しかもそのポケモンは市長さんや他の参加者に向かって攻撃を仕掛けていた。しかし市長さんたちはみんな動けないのか、逃げ出すような素振りすら見せなかった。

 俺に手に持っていたポケモン図鑑がポケモンを認識、データを呼び出す。

 

 

『ドクケイル。羽ばたくと細かい粉が舞い上がる。吸い込むとプロレスラーも寝込む猛毒だ。触角のレーダーでエサを探す』

 

 

「猛毒の粉!? ってことは、あそこにいる人たちは毒で動けなくなってるのか……!」

 

 そう口にした俺に気づいたポケモン"ドクケイル"がこちらに向かって強く羽撃いた。それは凄まじい突風を巻き起こす【かぜおこし】だった。ドクケイルの羽根に付着している鱗粉が風に乗ってやってくる。

 ゴーグルで目を覆い、腕で鱗粉を吸い込まないように防ぐが、ミエルはその判断が追いつかなかった。

 

「う、お……お兄ちゃん……」

 

「ミエルッ!」

 

 周囲には殆ど人がいない。俺を見ている人間は誰一人としていない。そして、事態は一刻を争う。あのドクケイルを退け、速やかに市長さんたちをポケモンセンターへ連れて行かないといけない。

 俺にスイッチが入る。ベルトのモンスターボールを投げつける。

 

「ペリッパー! 【おいかぜ】だ!」

 

 ボールから飛び出したペリッパーが自分に味方する気流を作り出し、ドクケイルの鱗粉を追い返す。たださすがに自分の毒でくたばるようなポケモンはいない。ドクケイルはバタバタと羽根を動かしている。

 

「今だ、噴水に飛び込め!」

 

 そう叫ぶとペリッパーはトップスピードで噴水の中に飛び込む。そして噴水の水を周囲に向かって撒き散らす。これはペリッパーの【みずあそび】だ。

 

「空気中の水分を多分にすることで、鱗粉を撒き散らせなくしたぞ!」

 

 噴水の水をバシャバシャと巻き上げるペリッパー目掛けて、ドクケイルが頭部の触覚を発光させる。何かが来る、ポケモン図鑑でドクケイルをスキャンする。

 

「【サイケこうせん】が来るぞ! 避けて【たくわえる】だ!」

 

 しかし水の中にいたペリッパーは回避行動を取るのがわずかに遅れ、ドクケイルの触覚から放たれたサイケこうせんが直撃してしまう。吹き飛ばされたペリッパーは目を回していた。こんらん状態だ、ドクケイルは追い打ちを仕掛けるべくペリッパーに向かって急降下する。

 

「させるかキモリ、【でんこうせっか】! ゾロアは【ちょうはつ】から【かげぶんしん】!」

 

 すぐさまペリッパーの援護に二匹のポケモンを向かわせる。まずキモリが先行し、ドクケイル目掛けて突進する。はたき落とされ、噴水の中に落とされたドクケイルに向かってゾロアが挑発を行う。

 目に見えて怒ったドクケイルがゾロアに向かって【つばさでうつ】攻撃を行うが、直前にゾロアが無数に分裂する。ドクケイルの翼はゾロアの分身にヒットする。

 

 噴水に叩き落され、羽根の鱗粉が今度こそ周囲に散らなくなったが戦闘不能に追い込むにはまだ攻め手が足りない。キモリはまだそこまで練度が高くない、しかしペリッパーは回復するまでは動かすわけにもいかず、ゾロアとメタモンでは決定打に欠ける。

 ドクケイルの技を見極めないと、俺は図鑑とにらめっこを開始する。

 

 そうしてる間にもドクケイルの【ふきとばし】によって、ゾロアの分身がどんどん消滅させられていく。やつの攻撃を利用した手を考えないと……!

 散々悩んだ末、俺の頭に浮かんだ啓示は成功率の低い博打だった。影分身がすべて打ち消され、ゾロアがジリッと身構え俺の指示を待つ。

 

「【いばる】!」

 

 ゾロアが挑発の上を行くような態度でドクケイルを煽る。目に見えて怒り出したドクケイル。怒れば、きっと攻撃の威力は増す。そしてドクケイルがゾロアに向かって猛スピードで翔けてくる。

 だが、急にドクケイルが動きを止めてあたふたし始めた。

 

 影分身はすべて打ち消したはず、そう思っているんだろう。なぜなら、それなのにも関わらず目の前に()()()()()()()()のだから。

 そう、片方はメタモンだ。だが、メタモンがゾロアから姿を元の姿に戻すと、今度はゾロアが"イリュージョン"でメタモンに化ける。そしてゾロアがイリュージョンを解くと、メタモンが再びゾロアに化ける。

 

「今だ! ゾロアは【こうそくいどう】! メタモンは【へんしん】だ!」

 

 空中で敵の姿を見失うまいと、ドクケイルが自身の周囲を走り回るゾロアの姿を必死に追う。しかし【いばる】が引き起こしたこんらん状態から、追従が遅れ始める。その隙を見て、メタモンが姿を変えた。

 俺は変身したメタモンが覚えている技をポケモン図鑑で確認すると大声を張り上げた。

 

「くらえ、【サイケこうせん】!」

 

 メタモンが変身したのは、ドクケイル自身。触覚が光を放ち、それが野生のドクケイルを直撃する。ただでさえ混乱していたせいで、ドクケイルの急所に当たったらしい。ドクケイルは意識を失ってふよふよと地面に落ちた。

 そのままドクケイルが戦闘不能になったのを確認して、俺はドッと疲れてしまった。

 

「本当に野生かよ……」

 

 そう呟いて汗を拭ったときだった。どうにも腑に落ちなかった。あのドクケイル、なぜ人を襲ったのか。もしかしたら虫取り大会事態が気に食わなかったのかもしれない。

 だが、この街はポケモンと人間が共存している街だ。たとえ野生のポケモンとは言え、人を進んで襲うだろうか……?

 

 そこまで思い至って、俺は自分の真上に影が指している事に気づいた。小さな影……"コマタナ"だった。

 

「まずい!」

 

 立ち上がって避けなければ、そう思ったのだが少し遅かった。コマタナの両腕の刃が俺を捉えていた。両腕で頭を庇うが、いつまで経っても衝撃は来なかった。

 ドクケイルだ、というよりはドクケイルに変身したメタモンだ。どうやら【とんぼがえり】を使って即座に俺に元へ戻ってきたらしい。間一髪のところだった、下手をすれば俺の首が飛んでいたかもしれない。

 コマタナは攻撃の途中に横から攻撃され跳ね飛ばされたせいでそのまま戦闘不能になっていた。

 

「ちっ!」

 

「野郎、バラル団か!」

 

 しかもコマタナ、昨日のバラル団戦闘員であることは明白だった。すると、天気が急に陰り出す。晴れ渡る空に、黒い雲が集まり始めていた。

 

「よう、昨日ぶりだな」

 

 突然後ろから声をかけられ、振り返るとホコリまみれのバラル団の男がいた。側にグラエナを控えさせているため、間違いなく昨日の男だ。

 まずい、バラル団の下っ端が数人に、只者ではないあの男。俺は囲まれていた。

 

「一晩も経ってないからな、そう遠くへは行ってないと思ったが……まさかこうも簡単に釣れるとはね」

 

 釣った、その口ぶりからドクケイルはやはりバラル団のポケモンだったのだ。コマタナを連れていたバラル団員がドクケイルをボールに戻す。

 

「グラエナの【あまごい】だ。今回の遠征装備に毒ガス用のマスクはないからな」

「なるほど、ドクケイルの毒は今のあんたらでも困るってわけだ……」

 

 余裕の無さを隠すように軽口を叩く。しかし、どうにもやばい。この人数を俺の手持ちで突破するのは難しいにも程がある。そもそも、あのリーダーらしき男だけでも準備ありきの搦手でどうにか逃げおおせるレベルなのだ。

 野郎が【あまごい】を使ったのはドクケイルの鱗粉を下に落とすためでもあるのだろう。しかし、俺にとって刺さる巧妙な技選びでもあった。恐らく一発ぶち当てれば勝機が見えてくるキモリの【ソーラービーム】を待ち時間無しで撃つには先程までの太陽の光が必須。しかし今は雨が降り出しそうなほど空は暗くなっている。ソーラービームを撃つための準備中にキモリはやられてしまうだろう。

 

「だったら、雨が降る前に一手撃たせてもらうぜ! メタモン【どくのこな】!」

 

 ドクケイルに化けているメタモンが羽根の鱗粉を空気中に散布、それを【かぜおこし】を使って周囲に撒き散らす。しかし先程ペリッパーが水分を多分に跳ね上げたこともあり、散布状況はあまり良いとは言えなかった。

 しかし毒ガス装備とやらを持っていなかったバラル団の戦闘員が何人かバタバタと倒れていったのは不幸中の幸いだったと思う。

 

「グラエナ、【ほのおのキバ】!」

 

「ッ!」

 

 容赦なく俺を狙った攻撃。炎を纏った牙による噛みつきが迫ってくる。しかしメタモンが割って入ってくる。先ほどと同じ【とんぼがえり】だ。しかし、

 

「無駄だ、グラエナの【かぎわける】で視界外からの攻撃は予想済み」

 

 火薬が爆発するような音を立てて、ドクケイルの羽根が噛みちぎられる。たった一撃で戦闘不能級のダメージを受けて、メタモンの姿が元に戻ってしまう。

 

「そのメタモンにはしてやられたからな、真っ先に潰させてもらった」

「んの野郎……」

 

 悔しがる()()()()()。そのまま目配せするのはゾロアだ、戦闘不能になったバラル団員のポケモン"レパルダス"にイリュージョンで化け、グラエナの背後を虎視眈々と狙わせている。

 

「その目、何を考えている」

「なにも、今夜の晩御飯かもね」

 

 勘ぐられたか、背中をひやりと汗が撫でる。ポーカーフェイスを崩すな。見破られる前に、ゾロアに指示を出す。

 

「そうか、【シャドークロー】」

「そら来た! ゾロア! 【ふいうち】だ!」

 

 しかし、レパルダスに化けたゾロアの【ふいうち】は不発に終わった。なぜなら、【シャドークロー】の標的はゾロアだったからだ。しかも、まさか自分が攻撃されると思わなかったのだろうゾロアの急所を的確に切り裂いていた。

 イリュージョンが解け、ゾロアがボールに戻る。

 

「驚いているな、今のは俺でもわかったぞ」

 

 そうだ、グラエナの【かぎわける】でやつにはレパルダスが味方かどうか、その時点でわかっていたんだ。つまり、()()()()()()()()()()()()()()

 あえてゾロアを泳がせておくことで完璧な不意打ちを急所に叩き込む。まさに、不意打ちのカウンターだったというわけだ。

 

「これで、お前が得意な化かし合いは出来ないだろう。正々堂々と勝負したらどうだ」

 

 バラル団のリーダーが口元に三日月を作って言う。確かに逃げ場はないに等しい、戦うしか道はない。だが、残ったのは戦闘不能寸前のペリッパーと、キモリだけ。

 思わず、膝を屈した。それと同時に、空からポツポツと雨が降ってきた。数十秒もしないうちに、ざあざあ降りの雨に変わる。雨と風で揺れる半透明のカーテンが出来上がったみたいだった。

 雨は冷たく、体がそわそわと震え上がった。噴水の近くで倒れてる市長さんたちも、ミエルも雨に打たれている。このままでは寒さで体力を奪われてしまう。

 

 戦うしかない。()()()()戦いの途中に、背を向けられない。

 

「キモリ! どうにか突破するぞ!」

 

 叫ぶとキモリは呼応するように小さな咆哮を上げる。この場に炎タイプのポケモンはいない。いたとしてもこの豪雨、相性が最悪でも覆すことは可能かもしれない。無理だとしても今は出来ると信じろ……!

 

「【メガドレイン】!」

 

「【シャドーボール】!」

 

 キモリがグラエナから体力を吸収しようと接近する。それに対し、グラエナが放つ漆黒の球体。昨日の戦闘もそうだったが、お互いの敏捷値が高いためよほど戦略を練らなければ決定打どころか攻撃自体がヒットしない。

 そういうときこそ、搦手の使い時なのだが今の俺達にその手はない。

 

「この雨だ! ほのおのキバを恐れず突っ込め! 【たたきつける】!」

 

 グラエナが泥濘にわずかばかり脚を取られたこれ以上ない隙、逃す訳にはいかない。キモリは俺の指示を受けて、高速移動で背後を取り頭上を通り越しざまにその尻尾を縦に振り抜く。

 迫る尻尾に対して、グラエナの反応は遅い。決まった!

 

 

「決まったと思っただろう……ああ決まりはしたな」

 

 

 薄いヴェールの向こうでは、キモリが地に伏せっていた。その体の半分が凍りついていた。だが、他のポケモンが介入する余地はなかったはずだ、いったいなんで……!?

 俺の疑問に答えるように、俺に向かって吠えてみせるグラエナ。その牙は雨を凍りつかせるほどの冷気を放っていた。

 

「【こおりのキバ】……!?」

 

「ツメが甘かったな、お前のキモリの弱点はほのおだけではないだろうに」

 

 動けないキモリにグラエナの手が押し付けられる。徐々に力を込められ、キモリが苦悶に呻く。

 

「トドメだ、【シャドークロー】!」

 

 再びシャドークローが放たれる。グラエナがキモリを押さえつけている腕を持ち上げた。俺は、弾丸のように飛び出した。水たまりの水を踏み抜き、ぬかるみで脚を滑らせながら幻影の爪が迫ってくるのを覚悟で飛び込んだ。

 

「あぶねぇっ!」

「チッ、追撃だ! 【ダメおし】!」

 

 間一髪、シャドークローは俺を掠めるに留まった。しかしグラエナの前足を軸に、回転しながらの後ろ脚による襲撃【ダメおし】は俺の腹部へと突き刺さり、あまりの威力に肺の中の空気が根こそぎ吐き出される。

 

「がっ!?」

 

 蹴飛ばされた俺はキモリごと泥の上を転がる。口の中で泥水と唾液が混じり合い、器官に入り込んだ泥で咽る。そしてようやく蹴飛ばされた腹部がじりじりと痛み出してきた。

 

「詰みだ、もうお前に戦えるポケモンは残っていない」

 

「目の前が、真っ白ってか……」

 

 大の字で仰向けに寝転がった。確かに、ここまで来たらもうだめかもしれない。一発逆転の手を、思いつかない。

 いっそ諦めてしまえたらと思う。この場にあいつが、アイがいたらきっとどうにかしてくれたかもしれない。そう思うと、心底悔しかった。

 

 俺は男なのに、男なのにこんな惨めで、弱々しいくせに強がって。

 雨水に涙が交じるくらい悔しかった。

 

 歯を食いしばって、涙を見せまいと尽力する。だが、そのとき泥水をかく音がして、ハッとした。

 キモリだ、キモリは脚のほとんどが凍りついているにも関わらず這ってでもグラエナに食いつこうとしていた。

 

 

 

 

 

 ――――お前は、まだ諦めないのか?

 

 

 

 

 

 声に出ない問いかけ、しかしキモリは()()()()()

 

 

 

 

 

 ――――お前はもう諦めるのか?

 

 

 

 

 

 

「ッ……!」

 

 今度こそ、本気で悔しかった。ポケモンが諦めてないのに、トレーナーである俺が先に折れてしまったことが、涙が出るほどどころじゃない。

 

 

 

「死ぬほど悔しい……ッッ!!!」

 

 

 

 俺は痛む身体に鞭を打って、地面に膝を打ち込んだ。立ち上がれ、立ち上がれ、立ち上がれ!

 口の中の泥を吐き出すと、キッとバラル団のリーダーを睨みつけた。あいつは何も言わなかったが、まだやる気かと呆れ気味の目を俺に向けていた。

 

「詰めが甘い……あのときも言われたっけな」

 

「なんの話だ」

 

「恥ずかしい自分語りだよほっとけ……甘いと言えば、そうだ」

 

 ――――甘くないさバトルはいつだって……

 

 アイがいつも旅の途中に口ずさんでいた歌があった。未だ人気絶頂のポケモンアイドル、ルチアちゃんが歌っていた曲でアイはいつもその歌のサビだけ繰り返し歌っていた。なんだっけ、続きは……

 

「辛い苦い渋い……そうだ、ポケモンバトルは甘くねぇ……詰めが甘い、か」

 

 今一度相手を睨み返す。全力で眼力を上げると、リーダーの男が一瞬怯む。ガキのメンチでビビってんじゃねえ。

 

「お前、いったい……」

 

 リーダーの男は俺に掴みかかる。髪の毛を引っ張られ、ゴーグルが首元にずれ落ちる。だが俺は、逆に腕を掴んで笑ってやった。

 

 直後、雨音をかき消すほどの爆音が噴水から上がる。意識を保っているバラル団の全員がそちらを何事かと睨みつける。

 

「俺のポケモンは珍しかったり、特性が珍しかったりするんだよ……だからよぉ、勝ったと思って気を抜くなよ」

 

 噴水から飛び出した水がバラル団員たちに直撃する。とんでもない水圧に、気を失うやつすらいるほどだ。さすが人間との付き合いが長いだけあって気絶させる勢いを把握してる。

 

「後詰にゃ、まだ早ぇ!! ――――ペリッパー!!」

 

「バカな、ペリッパーだと……!? ドクケイルとの戦闘で動けないほど消耗していたはず……!」

 

 リーダーの男が驚愕している。俺は拘束が緩んだ隙に男を蹴飛ばして距離を離すと、キモリを

抱え上げてアイコンタクトを交わす。コクリと頷いたキモリを思い切り噴水目掛けて投げつける。

 

「ペリッパーを回復させてくれたのは他でもないアンタだよ……【そらをとぶ】!」

 

 噴水から飛び上がったペリッパーがキモリを口で受け止め、空高く上昇を始める。バラル団のリーダーの男が空と俺を両方見上げる。

 

「何をするつもりだ……!」

 

「何って、濡れちまった服を乾かすんだよぉ!! 暴れろ、【ぼうふう】だ!」

 

 上空にいるペリッパーに届くように、強く、大きく咆えるように叫ぶ。すると次の瞬間、竜巻が発生するかという勢いで、雲を散らす突風が上空で発生する。

 雲間から、先程まで空から降り注いでいた太陽の光が街を照らし出す。雨がやみ、太陽の光が戻ってきたのだ。

 

「雨が、止んだ……!」

 

「受けろよ俺達の全力! キモリ! 最大パワーで【ソーラービーム】だ! ぶち抜けーっ!!」

 

 空のペリッパーの口から飛び出したキモリ。キモリが陽の光を集めだすと、その熱で身体の氷が溶け出した。キモリの拳に集まる、大型のエネルギーが思い切り投げつけられる。

 亜光速、降り注ぐ太陽の光は分散し、グラエナを飲み込む他中央広場を穿つ。初めて一緒に戦ったときのソーラービームとは桁が違う、いったいどうしてここまで威力が。

 

 俺の疑問に答えるように、ポケモン図鑑がキモリの頁を開き、俺は納得した。

 

「"しんりょく"、それがキモリの特性……」

 

 ピンチのときほど、くさタイプの技が強くなる。逆境を覆すための、キモリが持つ切り札。

 バラル団のリーダーは、倒れたグラエナをボールに戻すともう一つのボールを取り出した。そこから出てきたポケモンを図鑑がスキャンする。

 

「コドラ……!」

「正直グラエナで十分だと思っていた、だが侮った。グラエナの牙の誇りを優先した結果だ」

「牙の誇り……?」

 

 俺は怪訝に思ってオウム返しに聞き返した。すると男は答えた。

 

「俺は、俺達の存在について深く知った者を決して逃がさない。ゆえに、このグラエナはどこまでも追いかけ、必ずその牙で対象を仕留める。仲間は俺とグラエナをかけ合わせて、こう呼ぶ――――」

 

 男がフードをまくり上げた。俺より幾ばくか歳の行った青年で、その目つきは鋭利という言葉そのものだった。

 

 

 

「"執念のイグナ"と、みんながそう呼ぶ。だから、いずれお前も必ず仕留める。俺の名を忘れるな、そして覚えておけ、オレンジ色」

 

 

 

 バラル団のリーダーの男――イグナは懐から取り出したモンスターボールよりも小さな球体を地面へと投げつけた。それが"けむり玉"だと気づいたのは、周囲を濃い煙幕が吹き荒れてからだ。

 思わず奇襲を想定し、俺は身構えた。ペリッパーに【きりばらい】を使わせて周囲の煙幕を散らすと意識を失った戦闘員もろとも、イグナが消え去っていた。

 

 大きな穴が目の前に空いていた。恐らくコドラが【あなをほる】で逃走経路を作ったのだろう。それにイグナにはまだゴルバットがいた、戦闘員を短時間で穴に放り投げることは可能だったかもしれない。

 とにかく、突然戦闘が終わったことに安堵した俺は、再び泥水の中に腰を降ろしてしまった。身体から力が抜けきって動けそうになかったが、ミエルのことが気がかりで身体に鞭打ちながら歩み寄って揺する。

 

「ミエル、ミエル!」

 

 揺さぶってみたが、うめき声が帰ってくるだけだった。顔は青白く、ドクケイルの鱗粉と身体の冷えが原因だと思われた。ミエルがこうなのだから、恐らく市長さんたちも同じ状態かもしれない。

 意を決して俺はライブキャスターで"PGコール"を行った。ラフエル地方の治安維持組織"ポケット・ガーディアンズ"の最寄りの駐屯所に連絡が届く仕組みになっている。

 

 それからは余り覚えていない。ひとまず俺はほぼ瀕死のポケモンたちを連れてポケモンセンターへ訪れた。みんな怪我はあったものの、すぐに完治できる傷だった。ホッとするとまた力が抜けた。

 待合室でずっと待っていると、ジョーイさんが泥だらけのボールを持ってきた。中にいたやつらはみんな元気になっていて、心底安心した。

 

 昨日宿泊した部屋にもう一度訪れると、俺は手持ちのポケモンを全部開放した。

 

「さっきは、助かった。俺の足りない頭で練った作戦、実行してくれてありがとな……」

 

 ペリッパーとキモリを労う。この二匹、特にキモリが大きく勝利に貢献した。ペリッパーの頭を撫でると気持ちよさげに目を細める。

 なぜペリッパーが突然復帰したのか、それはこいつの特性が"あめうけざら"だからだ。雨が降っているとき、体力が徐々に回復する。そして、ドクケイルと戦っている最中に俺はペリッパーに出した最後の指示を反復した。

 

「【たくわえる】のおかげで活動可能になる体力まで回復したんだもんな」

 

 通常、【のみこむ】か【はきだす】とセットなのだがペリッパーが我慢できない質ゆえに蓄えれば飲み込んでしまう。だからあの時、即座に回復してしまったのだ。最も、俺も含めて誰も気づいていなかったが。

 

「ゾロアとメタモンも頑張ったな」

 

 褒めてやると、二人が「よせやい」とばかりにこちらを小突いてくる。そして、俺はぽつぽつと小さく呟いた。

 

「やっぱ、さ……弱いまんまは嫌だからさ……ジム、挑んでみるか」

 

 その一言を待っていた、とばかりに全員が俺に向かって頭突きをかましてくる。グラエナに蹴られた部位に全員の攻撃が辺り、思わず悶絶する俺。

 

「ちっとは手加減しろぃ……」

 

 強くなりたい。もう腰巾着だったときの俺からは卒業したい。イグナの肩書が本当なら、きっと何度も衝突することがあるかもしれない。

 だから俺は、今までの俺を脱ぎ捨てる。

 

「頑張ろうな、みんな……いや、一番頑張んなきゃいけないのは俺なんだけども」

 

 

 ――――夢と希望の物語を紡ぎ出すために。

 

 ――――戦う勇気、ゲットだぜ。

 

 




※作中でグラエナが本来使えないはずの技を使っていますが、一応理由はありますのでご了承ください。いずれ作中で明かせればと思います。

お借りしたキャラクター

おや:新谷鈴(@aratanisz)

Name:イグナ
Gender:男
Age:17
Height:170くらい
Weight:59くらい、少し痩せ気味
Job:バラル団

▼Pokemon▼
グラエナ
ゴルバット
コドラ

元は両親のいない孤児でバラル団員に拾われて育てられた。
そのためバラル団がバラル団と呼ばれる以前から活動しているため、手持ちの三匹とはそれなりに長い付き合いである。

作中でリーダーと言われているが、実際には戦闘員クラスのリーダーであり下っ端以上幹部未満の役職。最近は新団員の教育を手掛けたりしている。

お借りしたキャラクターにも関わらずレギュラーになりそうな感じ。




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VSウインディ ポケモンレンジャー

 

 ドクケイル並びにバラル団のイグナとの戦闘から約一日、俺はヒヒノキ博士からミエルや市長さんたちが目を覚ましたと聞き安心してハルビスタウンを旅立った。思えばもう一度メーシャタウンに行くという話だったが、今はもうしばらく取っておいてもいい気がしている。

 ハルビスタウンを出ると、2ばんどうろを通って見覚えのある背の高い木々が見えてきた。

 

「ハルザイナの森か……」

 

 一度来たことのある森に来た。実は俺、ラジエスシティの港からメーシャタウンに行くには必ず通る必要があるこのハルザイナの森を通ったわけではないのだ。

 ラジエスの港、そこからペリッパーを使って海上のルートを通り、後はそこからタウンマップを頼りに森を抜けたんだ。というのも、ラジエスシティとこれから向かう目的地の"リザイナシティ"の間にある"ペガスシティ"に寄るわけにはいかなかったからだ。

 

「港に、俺の捜索届けが出されてたら、わざわざPG(ポケット・ガーディアンズ)の本拠地がある街なんか通ってらんないよな」

 

 恐らくはアイの仕業だろうか、あらゆる地方で俺の足取りを探しているのかもしれない。カバンの奥底に眠ってるライブキャスターの電源を入れたら、大変なことになる気がしているくらいだ。

 一人でぶつくさ言ってるうちに、俺は再びハルザイナの森の入口へと到達した。

 

「野生のポケモンが飛び出してくるかもしれんしな、出てこいみんな!」

 

 俺はベルトからすべてのボールを放つ。ゾロア、キモリ、ペリッパー、メタモン。改めて見ると、異色の組み合わせに思う。

 

「変なことを言うぞ、今以上に強くなるため、俺達はジム制覇の旅に出る。そしてこれからジム制覇のため、強くならなければいけない」

 

 四匹が案の定首を傾げる。わかってる、順序が逆なことくらい俺にもわかってる。

 

「とにかくだ、ジム公式戦のルール通りに戦うのなら、今までみたいなコンビネーションによるだましうちは出来ない。それぞれの力量を上げるしかないんだ」

 

 手持ちから二匹を選択、そのうち一匹どちらかが戦闘不能になった時点で負け。今まではそれこそ化かしあいの末の辛勝というイメージが強い。

 

「今まで通りのだましうちを狙うなら、ゾロアが鍵になる。意表を突くなら、メタモンが鍵になる。だけど、正々堂々と勝ちに行くならみんなの力が鍵になる」

 

 俺はとにかく、近場にあった大きな木を蹴飛ばしてみる。すると頭の上に何かが落ちてきた。モモンの実だった。しかしいかにも木の実が生っているような木ではなかった。

 モモンの実を観察してみると、一部齧られたような跡があった。上を見上げると、木の上からこちらに向かってくる影があった。

 

「"ヘラクロス"だ、ゾロア【イカサマ】!」

 

 どうやら食事を邪魔してしまったらしい、それにかなり怒っていると見た。ゾロアが飛び出し、ヘラクロスの顔面に飛びつく、ヘラクロスはゾロアを振り払うべくそのまま腕でゾロアを狙うが間一髪ゾロアが離脱。振るった腕はそのまま自分の顔に直撃する。

 思わぬ衝撃を受けてか、ヘラクロスは飛行セずに落下してきた。しかしすぐさま起き上がると、角に巨大なエネルギーを溜め込み始めた。俺は図鑑でヘラクロスを徹して見る。

 

「【メガホーン】が来る! 【みきり】!」

 

 来るとわかっていれば、ゾロアは軽やかな身のこなしで攻撃を回避できる。ただヘラクロスの進行ルートには俺も含まれていたため、慌てて横に飛び込んで回避する。

 

「脅かしてやれ!」

 

 そう指示すると、ゾロアは急に泣き始めた。怒り心頭と行った雰囲気のヘラクロスが、急に攻撃の手を緩めた。それを見て、ゾロアがニヤリとする。

 

「【ウソなき】からの【シャドーボール】!」

 

 完全に油断しきったヘラクロスに漆黒の渦巻く球体を叩き込む。見事に身体の中心にヒットしヘラクロスが木々の向こう側へと消えていく。どうやら戦闘不能に出来たらしい。

 ゾロアがぴょこぴょこ跳ねて喜びを露わにする。

 

「ミエルたちが起きてくるまで、各地のポケモンリーグの映像を見漁った甲斐があったな」

 

 思えばアイはいつもこういう上級者の映像を見ては、自分の手持ちではどういうコンビネーションが出来るのかを考えていた。また、一匹でもどれほど戦えるかといったデータも取っていた。

 見よう見まねでも、今から始めようということで俺は1v1の戦略を練り始めていたのである。

 

「それに、選別ってことでヒヒノキ博士がいくつかわざマシンをくれたのも大きいな」

 

 ミエルのケムッソを捕まえる手助けをしたり、街の事件を解決してくれたりのお礼でってことでいくつかもらったものをさっそく使ってみたんだ。ゾロアの【シャドーボール】もそれに当たる。

 それに癪だけど、【シャドーボール】はイグナのグラエナが使っていたのもあって、完成形が見えている。これからもっと球体を大きく出来るかもしれない。

 

「さて、次はキモリだな。今は森のフィールドだからいいけど、ジム戦は屋内ってことがよくあるだろ。【ソーラービーム】を使うには少しばかり場が悪い。それ以外の技で戦わないとな」

 

 コクリと頷くキモリ。確かに【ソーラービーム】は強力だ、それこそここラフエル地方での旅で、俺の窮地を救った技ではあるがこの技は条件が揃っていなければ使えない技の一つだ。

 他にも【かみなり】や【ふぶき】なんかは、天候が整っていなければ発動すら出来ない。晴天の中で使うことが出来ない技を切り札にするわけにはいかないだろう。同様にソーラービームを屋内戦がメインになりがちなジム戦での切り札として想定しておくのはまずい。

 

「かと言って、【メガドレイン】が主力というのもな。そこで、ヒヒノキ博士から貰ったこの二つのわざマシンを使ってみようと思う」

 

 キモリにわざマシン読み取り用の電極パッチを貼り付け、ディスクを読み取る。するとキモリには技の使い方が映像で伝わる仕組みになっているはずだ。

 技のインストールが終わると、パッチを外す。するとキモリは手応えあり、っていうような顔をした。

 

「よし、じゃあ練習がてら、誰か引っ掛けてみるか」

 

 と言ってみたものの、ハルザイナの森の中は複雑であまり中央部では人っ子一人見当たらなかった。虫取り少年くらいいてもいいと思うんだがねぇ。

 そろそろミエルのために昇った断崖が見えてくる。ここを遠回りしていくことで森の出口側に辿り着ける。地図が正しいならな。

 

 崖を迂回しようと左の道を言った、その時だった。何か、グラグラしている。足の裏から何かの力が加わっている。それは段々と大きくなっていき、突如横に揺れ始めた。

 

「地震……? 結構大きいな……」

 

 そして、地震だと思ったそれは間違いだった。遠くの方から、木々をなぎ倒しながら向かってくる何かが見えた。具体的な見た目はわからない。だが、何かが確実にこっちに向かっている……!

 

「ペリッパー! 飛ぶぞ!」

 

 キモリとゾロアがペリッパーに化けたメタモンに飛び乗り、本物のペリッパーが俺の肩を掴んで浮き上がる。すると、うっすらとしか見えなかった影が公になり始めた。

 

「"ゴローン"だ……しかも群れで」

 

 巨大な岩石の姿をしたポケモンが群れをなし、巨大な樹木を倒しながら進んでいる。どこを目指しているのかは分からないが、このままだと森がめちゃくちゃにされる。

 現に倒れた木々から落ちたポケモンたちが騒ぎ出し、阿鼻叫喚と言った様相だ。

 

 そのまま上空からゴローンの進路を割り当てていたそのとき。横から凄まじい風圧を感じた。

 

「うわっ!?」

 

 近くを何かが通過し、その風圧がペリッパーを煽り落下し始めた。このままではゴローンの進行上に割入ってしまう。

 

「どうにか動きを止めるしかない! キモリは【くさむすび】! ペリッパーとメタモンは【みずのはどう】! ゾロアは【こわいかお】だ!」

 

 まずゾロアが威嚇し、ゴローンにこちらを認識させる。そしてゴローンの進行上にある足場の草をキモリの力で結び、受け止めるためのネットを作る。次に【みずのはどう】でゴローンの弱点をつき、速度を落とさせる。

 しかしどうやらゴローンたちはまるでなにかに取り憑かれたかのように、もしくはトレーナーの指示を受けてるかのように止める気配を見せなかった。

 

「ッ! 危ない!」

 

 そのときだ、上空から"ピジョット"が降りてきた。というより、突っ込んできた方が正しい。ピジョットは上に乗っていたトレーナーを落とすと、そのままゴローンの群れに突っ込んでいった。

 普通なら、タイプ相性からダメージを被るのはピジョットのはずだ。しかしピジョットの正面衝突でゴローンの進路が僅かに逸れる。

 

「【ブレイブバード】と【はがねのつばさ】のコンビネーション……!」

 

「おい、怪我はねぇか!?」

 

 飛び降りたトレーナーが背中越しに俺に向かって言う。しかし俺はその朱色のジャケットに目を奪われていた。

 ポケモントレーナーの中でも、エリート中のエリートしかなれないとまで言われているポケモンと力を合わせて事に当たる、特殊部隊。

 

「"ポケモンレンジャー"……怪我はない、すけど」

「そうか、いや悪かった。俺のピジョットがあんまりにもトバしていたもんだから、迷惑かけちまったな」

「アンタのせいか!」

 

 思わず突っ込んでしまった。あのときペリッパーの近くを飛んでいたのはピジョットで、そのあまりのスピードが産んだ風圧が原因だったらしい。

 

「埋め合わせはするぜ、だがその前に」

 

 ポケモンレンジャーの男は振り向いて、ニッと笑みを浮かべた。自信に溢れた、太陽のような笑みだ。

 

 

「――――お仕事しないとな、キャプチャ・オン!」

 

 

 そう宣言し、手持ちの"キャプチャスタイラー"からディスクを発射しゴローンの群れを取り囲むようにディスクをスタイラーで遠隔操作する。

 しかし、ディスクが描く軌跡をゴローンが突き破ってしまい、キャプチャが失敗する。

 

「お前のペリッパーの力を借りるぞ! そら、出てこい"フローゼル"!」

 

 すると彼はモンスターボールを放り投げた。通常のポケモンレンジャーは手持ちのポケモンを持たないはずだが、恐らく彼もしくはこのラフエル地方支部には例外があるのだろう。

 

「可能な限りの水技で、ゴローンの動きを止めてくれ!」

 

「なら、今できる最大級で手伝いますよ!」

 

 

「「【ハイドロポンプ】!!」」

 

 

 お互いの指示を受けて、ペリッパーと彼の手持ちのフローゼルがとんでもない水圧で水を撃ち放つ。それはゴローンの周囲や進行上にぶち撒けられ、即座に泥濘へと変える。

 ゴローンが回転する際に発生させた摩擦は、泥濘の泥で滑り急激に動きを鈍らせた。

 

「今度こそ、キャプチャ・オン!!」

 

 動きを止め、目を回しているゴローンの集団を高速で取り囲むキャプチャディスク。レンジャーの彼は真剣な表情でスタイラーを回転させる。

 やがて光の軌跡がゴローンに馴染み、ゴローンは正気に戻ったかのように目をパチクリさせた。

 

「お前たち野生か? なら元の住処に帰れ。今度はゆっくりだぞ、これ以上は木を倒すんじゃない」

 

 あの荒々しかったのがウソのように、命じられたとおり渋々と言った風にゴローンたちが来た道を戻っていく。まるで暴走族みたいなゴローンだった。

 

「さて、と。助かった、たぶんフローゼルだけじゃあいつらの動きを止められなかったかもしれないからな」

 

 そう言って男は笑うが、そうには思えない。ペリッパーが放つ【ハイドロポンプ】、実は覚えたてということもありノーコンもいいところだった。フローゼルのリードがなければゴローンに直撃させていたかもしれない。

 レンジャーとしての腕もありながら、この男はトレーナーとしても優秀であることを思い知らされた。

 

「俺の名前はアラン! レンジャークラスはご覧の通りさ」

 

 そう言って男――アランは右腕の袖にあるワッペンを見せる。そこには輝く七つの星と共に"7"という数字が設けられていた。

 

「レンジャークラス7って、他の地方じゃエリート中のエリートじゃ……それにポケモンの所持を許されてるなんて」

「ハハハッ! 他の地方って、レンジャークラスはどこの地方も"10"が一番高いよ! それに手持ちのポケモンは今日は非番だから連れてるだけさ、もちろん勤務中は留守番を頼んでる」

「非番なのにジャケットを?」

「一番動きやすいし、万が一何かあった時この俺アランが事件を解決したって証を立ててくれやすくなるだろ?」

 

 悪戯っぽく笑うアラン。ダイは思わず拍子抜けしてしまう。まさか初めて出会ったポケモンレンジャーがかなり飄々とした男だったからだ。

 

「現にほら、ハルザイナの森で暴れてるゴローンを鎮めたって証を立ててくれそうな少年が目の前に~……って、そうだ。お前、名前は?」

「ダイ。ただのダイ。ラフエルには……観光とジム制覇で」

「ほ~なるほどね……ん? ダイって言えばどこかで……」

 

 まずい! そういえばそうだ、ポケモンレンジャーといえばPG(ポケット・ガーディアンズ)に次ぐ公的機関だぞ! そんな人に俺の素性が知れたら……

 

「き、昨日のハルビスタウンでの事件を収拾に導いた男……的な?」

「なっ!? てーとなにか!? 俺の不在にハルビスを救ってくれたのがお前か!?」

 

 よかった、ごまかせたらしい。するとアランは急に俺の肩を抱いて叩き始めた、痛い。

 

「よし、じゃあ二回も事件解決に導いてくれた礼がしたい! ジム制覇ってことはリザイナシティに向かってんだな?」

「えぇ、特に何かしたわけじゃ……誰かがやってくれなきゃ駄目だったし」

「それをお前がやってくれたから言ってんだ! そうだ、この森案内してやるよ! 俺のピジョットならひとっ飛びでリザイナまで行けるが、念のためもう少し森の様子を見て歩きたい。それで問題ねえか?」

 

 問題はないので首肯する。ただ、俺はもう一つ浮かんだお願いをしてみることにした。

 

「えっと、アラン。もしよかったら、後でバトルをしてもらえないかって……ダメかね」

「……もちろんいいぜ、非番だからな。ただ、俺のポケモンは強えぞ。なんてったって、姉ちゃんの教育を受けてるからな」

 

 どうやら姉がいるらしい。しかもその表情と物言いからして、彼の姉も只者ではなさそうな雰囲気だった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 さすがに地元のレンジャーをしているだけあって、アランの道案内のおかげで森を抜けるのはすぐだった。襲い掛かってきた野生のポケモンとアランのポケモンの戦いを見てみたがやはり手さばきがいい。

 森のゲートを潜り抜けると、3ばんどうろに出る。すぐ隣が街なだけあって、道がかなり広く舗装されており散歩やジョギングなど様々なトレーナーの姿も伺えた。

 

「この先にある公園でなら、思いっきりバトルが出来そうだぜ」

 

 もうすぐ夕暮れ時、太陽が沈み始めている時間に俺とアランは少し離れたところで向かい合った。

 

「じゃあ、ジム制覇ってことでいっちょ公式戦と同じルールでいいな? 二匹選択うちどちらかが戦闘不能になったらその時点で負けだ」

 

「異論なしで」

 

 アランがさっそく二匹のポケモンを選択する。片方はフローゼルだったが、もう一匹はピジョットではなく"ウインディ"だった。しかも身の丈はアランよりも僅かに大きいほどに巨大だった。

 

「さぁそっちのポケモンを見せてみろ!」

 

 俺は散々悩んだ末、四匹の中から二匹を選択する。

 

「メタモンと、キモリだ」

「ほう、なんでその二匹にした? 理由を聞いてもいいか?」

「理由か……ラフエル地方に来てから出会った二匹だから、かな。一番ここのジムに挑みたがってるから、力をつけたいんだ」

 

 キモリとメタモンがこっちを見る。二人共目にやる気が宿っていて、こっちまで熱くなるようだった。昨日までの俺なら考えられない。ただ、今は無性にバトルがしたい。

 

「よし、じゃあ先鋒はフローゼルだ!」

 

「まずはキモリで行く!」

 

 フィールドの中にキモリとフローゼルが入り、両者が対峙し合う。人間大の大きさがあるフローゼルに対し、とても小さいキモリだがその分小回りが利くというアドバンテージが有る。もちろん向こうも移動の幅が少なくなるという意味ではアドバンテージはある。

 なら、タイプ相性が有利なこっちに分がある。だけど、昨日のラグナのこともある。フローゼルはきっとくさタイプやでんきタイプに有利なカウンター用の技を持ってるはずだ。慎重に攻撃のタイミングを見計らわないと……!

 

「先手必勝! 【タネマシンガン】!」

 

 わざマシンで覚えさせた技の一つ。キモリが新緑の種を拳で叩き出すように撃ち出す。小さく、数の多い弾丸をフローゼルは跳躍して回避する。

 

「先手必勝はこちらも同じ! 【アクアジェット】!」

 

 空中なら脚力を使った加速は出来ないと睨んだがそれは間違いだった。フローゼルは尻尾を高速で回転させ、空中で加速し水に乗った。確かに速い、だけどキモリだって技が見えているのなら!

 

「【ファストガード】! 受け止めろ!」

 

 ダメージを最小で抑えられる位置で防御しフローゼルとキモリがぶつかりあう、あのスピードならキモリが吹き飛ばされてもおかしくはない。けれど、当たりどころの計算が合えば、踏ん張りは利くはずだ!

 

「そのままゼロ距離で【メガドレイン】!」

 

 防御で消耗した体力をそのままフローゼルから奪い取る。アランがすぐさまフローゼルを退かせる。

 

「なるほど、【みきり】で躱せる攻撃をあえて受け止めることで、フローゼルの体力をゼロ距離で吸い取ったわけだ」

 

 最初はみきりという手もあった。だけど躱せば、フローゼルはすぐさま別の攻撃に移れてしまう。それならば、手応えを感じさせて隙を作ってやればいい。

 

「フローゼルは救助の相棒でちぃっとバトルとなると無意識下で手を抜いちまうくせがあるんだよな。それでも十分戦えるから、先鋒に選んだんだが……」

 

 フローゼルが下がる。それと同時にウィンディが顔をだす。その表情はまるで待ってましたとばかりに唸りを上げる。【いかく】だ、キモリは思わず後退する。

 

「無理しなくていい、こっちもメタモンで勝負だ。【へんしん】!」

 

 前にペタペタ出るメタモンが光り輝き、そのまま相手と同じウインディに变化する。メタモンもまたウインディの姿で吠え、威嚇する。俺は図鑑を取り出し、メタモンが今使える技を確認する。

 

「ウインディ!」

 

「メタモン!」

 

「「【ニトロチャージ】!!」」

 

 お互いの指示が交錯する。二匹のウインディが炎を纏い、頭からぶつかり合う。エンジンがかかるように、またギアが上がったように、炎を纏う二匹が加速しだす。

 激しい音を立てて弾け合う二匹共が、俺達の指示を待っていた。

 

「次は【おにび】だ!」

 

「メタモン! 【しんぴのまもり】で防いでから【ほえる】!」

 

 アランのウインディから放たれる黒い炎の数々はメタモンへと集まるが、メタモンを纏う神秘のヴェールが接触を阻み、さらに【ほえる】によって炎に宿る怨嗟をコントロールし、打ち返す。

【ほえる】で挑発されたフローゼルが再び出張ってくるが、コントロールを奪った鬼火がフローゼルへと纏わりつきやけどを負わせる。

 

「これで正面から撃ち合いが出来る! 【ワイルドボルト】!」

「こっちのウインディの技を把握しきってやがる! フローゼル! 【どろかけ】で視界を塞げ!」

 

 メタモンがウインディの姿でプラズマを纏い、フローゼルに向かって捨て身の攻撃を行う。フローゼルは足場に水をぶち撒け、その泥をかきあげた。走行するウインディの顔に直撃した泥、進行方向が僅かに逸れた。

 しかし身体に纏うプラズマがフローゼルの身体を弾き飛ばす。

 

「直撃には至らなかった、でも! 次の一撃で……!」

 

「フローゼル! 【ビルドアップ】だ! 海難救助のパワーを見せてやれ!」

 

 メタモンは視界に入った泥のせいで上手く目を開けられずにいる。その隙にフローゼルは自分の体に力を蓄え、オーラが可視出来るほどまで攻撃と防御を高めていた。

 

「もっとだ! もっと熱くなれ!」

「メタモン、【じならし】!」

 

 目が開けられなくても、周囲を力強く踏みしめることで軽い揺れを起こし、フローゼルの体勢を崩せれば……!

 

「俺のフローゼルは今体幹を極限まで高めた! そのくらいの揺れじゃびくともしないぜ! さぁ真打ちだ【バトンタッチ】!」

 

 極限まで高めたエネルギーを、タッチの瞬間ウインディへと譲渡するフローゼル。最初からこれが狙いだったのだ、つまり次にウインディが放つ一撃は正真正銘本気の一撃―――!

 

「ちらば、もろとも!」

 

「来るぞ! こっちも迎え撃つ!」

 

 

「「【フレアドライブ】ーーッ!!」」

 

 

【ニトロチャージ】とは比較に鳴らないほどの業火を纏い、アランのウインディが突進してくる。メタモンは僅かに反応が遅れたが、ニトロチャージの炎を上乗せした【フレアドライブ】で勝負をかける!

 まるで爆弾が正面衝突したかのような爆風が発生し、思わず尻もちをつく。砂埃が舞い、それが晴れた時地面で変身が解け、目を回しているメタモンと膝を屈するウインディがいた。

 

「メタモンはフレアドライブのダメージで、こっちのウインディは極限に高めた力の反動でノックアウト……引き分けか」

 

「いや、ウインディは膝を折っただけでまだ動ける……こっちの負けだ」

 

 正面から正々堂々と戦った末に、負けてしまった。唇を噛み締めたその時、ずしんと大きな音を立ててウインディが寝転がって目を回していた。

 

「な、引き分けだろ?」

 

 アランがそう言って笑いかけてくる。本当に引き分けなのか、未だに実感がない。ウインディがこちらを立てるために、動けないフリをしているんじゃないかって気さえする。

 

「こんだけ戦えりゃ十分だろ! お前のメタモンはすごい! ウインディを完全にコピっちまうし、お前はお前でウインディが出来ることを把握してる!」

「技の確認は図鑑でやっただけだよ……」

「図鑑? ってーとそれは、ヒヒノキ博士からもらったもんか?」

 

 アランの問いにコクリと頷く。するとアランは飄々とした態度を崩して、俺の方を叩いた。

 

「そりゃあ、ヒヒノキ博士がお前に託したもんだ。確かに旅をするやつに渡せば勝手にデータが集まってくだろうよ。だけどな、それだけなら別にお前じゃなくてもいいんだ」

 

 ここまで静かだったアランが急に声を荒らげた。

 

「大事なのは、ヒヒノキ博士が()()()ポケモン図鑑を託したってことだ! お前はポケモン博士に選ばれたってことなんだよ! それは最高に名誉のあることだ、レンジャークラス"7"とはまた

違うほど、お前はすごいやつってことなんだ!」

 

 肩を叩く勢いが強くなる。思わず顔をしかめるほどに。アランの声が、耳朶を打って頭のなかで跳ね回る。

 

「もっと誇れ! お前の力が足りないと思うなら後ろを見ろ、お前の背中を見ているやつらを見ろ! 何があったってお前を支えてやれるポケモンたちだ。見てくれは小さいかもしれない。

だがよ、フローゼルに挑んだキモリを見ただろ。お前の指示を完全に信頼して、お前に背中を見せてるんだ。だからお前はお前を信じるポケモンたちを信じろ!」

 

 思わぬ力説に、少し怯んだ。だけどアランの言葉はまっすぐで、思いの外スッと胸に落ちてきた。

 俺を信じるポケモンたちを信じる。それが、ポケモンがまた俺を信じる力に変わる。

 

「わかったよ、今日アランに会えてよかった。ジムを制覇したら、またハルビスに会いにいく。そうしたら、またバトルしてくれ……!」

 

「おう! 待ってるからな! そうだ、サンビエタウンに行くことがあったら姉ちゃんによろしくな!」

 

 握手を交わして、ピジョットに乗ってハルビスに帰るアランを見送った。その空は茜色に染まり、陽の光は山に消えていく。近くに綺麗な小川でもあるのか、"バルビート"や"イルミーゼ"の光がぽつぽつと現れ始めた。

 アランと交わした手を強く握る。昨日の今日で、ここまで心持ちが変わるとは思えなかった。アイと一緒にラフエルに来ていたら、きっと腰巾着のまま変わらなかっただろう。

 

「さ、真っ暗になる前にリザイナシティまで走っていくぞ!」

 

 頷くポケモンたちをボールに収め、ランニングシューズの力で街のゲートを目指した。

 

 今日より明日、明日より明後日。もっと強くなるための道を、俺達は歩み始めた。

 何が待っていようと、絶対に乗り越えてみせる。受け取った灯火が、俺の胸の中で煌々と輝いている限り。

 

 

 




手持ちのポケモンを持ったポケモンレンジャーis新鮮、書いてて楽しかった!


お借りしたキャラクター

おや:葉月つづら(@suirannnn)

Name:アラン
Gender:男
Age:20
Height:172cm
Weight:70kg
Job:ポケモンレンジャー

▼Pokemon▼
ピジョット♀
フローゼル♀
ウインディ♂

▼詳細▼

ポケモンレンジャーとして三年ほど前から前線で働く青年。
飄々とした態度を取るが、その実お人好しで正義感が強く、頼まれると断れない性格。

相棒であるピジョットは6歳のときに乳から貰った卵が孵ったもので、幼い頃から苦楽を共にしてきた。また、ウインディは姉から譲り受けた。
キャプチャスタイラーを駆使して海難事故から遭難まで幅広い現場に出向く。
主にハルビスタウンを拠点としているが実家はサンビエタウンにある。
その実家で姉であるシーヴが育て屋を営んでおり、長い休みが取れたときにはそこで姉に代わって育て屋を代行することも。
そして何を隠そうこの男実は重度のシスコンであるため、姉少々注意が必要、かも。



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VSユンゲラー リザイナシティへ――

 

 跳ね上がるようにして飛び起きた。別に悪夢を見たというわけではない。周囲を確認する、ここはリザイナシティのポケモンセンターだ。

 日が暮れたあとリザイナシティに到着した俺は、暗いうちの探索で迷っても困るということからすぐさまポケモンセンターに寄って、部屋を借りたのだ。

 

 今日は楽しみにしていたジム戦を申し込みに行く。ちょっと勉強したくらいで、どこまで通用するかはわからないけど……まずはこの旅で俺の精神性を鍛える事に決めたんだから、挑まないことには始まらない。

 

「さ、朝飯食って街に出ようぜ!」

 

 身支度を整えて、レストランでガッツリと食べて、街に出る。それで俺は言葉を失ってしまう。夜のリザイナシティと早朝のリザイナシティでは、だいぶ顔が違った。

 その証拠に、動くホログラム式の標識が近寄ってきた。

 

『おはようございます! リザイナシティへようこそ! こちらシティマップでございます! 案内は必要ありますか?』

 

 そう、しかもこのホログラム式の標識喋るんだ。実は日が暮れた後、少し迷いかけたところでこの標識に出会い、俺はポケモンセンターに辿り着くことができたんだ。

 今日も案内を頼みたいところである。お上りさん丸出しだが他にも観光客らしき人たちに一台ずつ付いて回ってるようだし人の目は気にしない。

 

「リザイナシティ、改めて見ると何があるんだ?」

 

『よくぞお聞きくださいました! ここリザイナシティは未来の人材育成を第一に、さらには世界最新の技術の粋を結集した街作りを第二に、そしてラフエル地方各地に点在する研究機関の本部が置かれているのを第三に。この三つを主眼に、ラフエル地方で最も先進的な都市として機能しています!』

 

 うわ、マジでガイドがついてる……でも未来の人材育成を手掛けているってことは当然あるのだろう。

 ポケモントレーナーズスクールが。かつてのトラウマが刺激されるが、俺は身震いと咳払いで強引にそれを追っ払うとガイドに頼んだ。

 

「トレーナーズスクールってあるかな、それも授業が一般公開されてるような」

『検索……検索……検索終了、該当箇所三件が存在。案内は必要ありますか?』

「よろしく」

 

 三件か、案外少ないんだな。いや、一つの街に一般公開されている学術機関が三つもある時点でやはりこの街の教育に対する熱意を感じた。ちらほらと見える建物もほとんどが研究ラボか学校なのだろう。

 そうして俺はガイドちゃんの案内を経てトレーナーズスクール第一校舎に訪れた。

 

 扉を開けると、さっそく中等部かそれ未満。恐らくは初等部の子供たちがノートや黒板とにらめっこをしていた。小太りの先生がこちらに気づく。

 

「おや、見学者ですかな? ちょうどいいところに! ただいま小テストの最中でねぇ、もしよかったら受けていってくれたまえよ! ムフフ、腰についたモンスターボールから君がトレーナーであることは既に証明済みさ!」

 

 小太りな割に身のこなしの素早いおじさんだった。俺はあっという間に適当な席に座らされ、問題の答案用紙とペンが渡された。のだが、答案用紙から既にタブレット端末だしペンは電子ペンシルだった。この街ハイテクすぎる、こんなところで勉強なんぞしてたらそれこそ数値論者に……

 

 

『問1.旅の途中ビードルと遭遇、戦闘になったところ手持ちのポケモンが毒状態になってしまった。キズぐすり等は持っていなかったが木の実をいくつか持っていた。次のうち、解毒に適切なものを選びなさい』

『a.オレンの実 b.モモンの実 c.キーの実 d.ラムの実』

 

 

 さ、さすがに初等部の問題だけあって易しい問題だったか。でも、問題をよく読むと、一つだけ選べって問題じゃないから注意しないと×をもらうな。答えはbとdだ。

 その後も問題をすらすらと解いていく。さすがに現役トレーナーをやっていればまぁ解ける、程度の問題ではあった。

 しばらくして、チャイムの音が鳴り響く。小太りの教師がパンパンと手を叩く。

 

「さぁ、回収だ。採点はしておくから、君たちは第二グラウンドでポケモンバトルの授業に行きなさい。それと、飛び入りの君もよかったら覗いていってネ!」

 

 ウィンクされた、まぁ確かに初心に帰るという意味ではジム戦前にいい復習になるかもしれない。さすがに初等部の問題では復習になるかもわからないけど。

 ゾロゾロと前を歩く子供たちについていくと、ガラス張りの廊下から中のグラウンドが覗けた。見れば、そちらは第一グラウンドで中等部の生徒たちがポケモンバトルの講習を受けているようだった。どうせ覗くなら、こっちの方がためになることがあるかもしれないな……

 俺はそっと集団から離脱し、そのグラウンドに降り立った。そろそろ近づいていくと、これまた小太りの先生がこちらに気づいた。

 

「やぁいいところに来たね、見学者だねぇ? 見ればわかるとも、その「勝手に見に来て大丈夫かな?」といった本能的に遠慮している足取りからネ!」

 

 またしてもウィンクされた、さっきの先生とは別人なのにここの先生は軒並みお茶目な人が多いらしい。とりあえず見学させてもらう旨を伝えて、バトルフィールドに近づく。

 どうやらダブルバトルの講習らしく、二人の生徒が四匹のポケモンをフィールドで戦わせていた。

 

「ペルシアン! 【ダメおし】!」

 

「ああキルリアが!」

 

 さっそく勝負が動いたらしい。【ダメおし】は既に攻撃を受けているポケモンに対し、大ダメージを与えることが出来る。しかしそれにしてはキルリアがやけに簡単に倒されたような。何かを狙っているのか?

 俺の疑問に対して小太りの先生が興奮気味に言った。

 

「いいぞ! ペルシアンの特性が的確に決まった! ここで【ダメおし】とはなかなか我が生徒ながらニクいことをするぅ!」

 

 特性……俺はポケモン図鑑を取り出しペルシアンをスキャンする。よく見ると、通常のペルシアンとは姿形がやや違った。

 ペルシアンの特性は"テクニシャン"、弱い技を的確に相手の弱点をつき、威力を増減させるといった特性。さらに事前に相方のポケモンがキルリアにダメージを与えていたのもあり、キルリアは簡単に倒されてしまったというわけか。

 

「マッスグマ! 【トリック】から【ギフトパス】!」

 

 ペルシアンの相方を務めるマッスグマが即座に手品を披露するかの如く、ペルシアンが持っていた道具を受け取り、そのままそれを相手に渡してしまう。キラリと黒光りする何かだった、あのアイテムには見覚えがある。

 

「上手い! 【ダメ押し】を最大級の威力で放つため、あえて後攻になるようペルシアンに"きょうせいギプス"を持たせ、ダメ押しで一体をノックアウトすると邪魔な重りを相手に渡してしまうとは!」

「それだけじゃない、ペルシアンはマッスグマとアイテムを交換したことによって"せんせいのツメ"を手に入れた。"きょうせいギプス"をつけられた相手に対して、より確実に先攻でトドメを指す気だ」

 

 これがトレーナーズスクールの中等部で得られる技術だというのなら、俺はもう少し地元で勉強しておくべきだったかもしれない。しかしここまで高度な技術を教育に取り込むのは、間違いなくここリザイナシティだけだろう。

 

「お見事、いやぁ実にいいバトルだった。普通、あそこまで肩の凝る戦術は相手の動きで止められてしまったりするが、それをさせないよう上手く立ち回れていたネ!」

 

 先生がペルシアンとマッスグマを使っていた生徒を褒める。相手のキルリアとリーシャンを使っていた生徒は少し悔しそうだった。彼のポケモンの手持ちを考えると、これまた別の戦略が見えてきそうだった。

 

「そうだったそうだった、見学者のチミ……名前はなんといったかね?」

「ダイといいます。この街には、ジムに挑戦しに……」

「ほう! ジムとな! それはいい! ここで、待っていたまえ!」

 

 はい? 俺にそれだけ言い残して、小太りの先生は電光石火の如く階段を駆け上がっていき、職員室らしきところへ走り去っていった。そして俺は残された生徒たちに奇異の視線を向けられる。

 

「お兄さん、見たところジムバッジはゼロみたいだけど……」

「え、あぁ、ここが初めてなんだ、ジムは……」

 

 そう言うと、頷くものが半分。恐れ知らずだなんだと揶揄を飛ばすのが半分。なんだなんだ、何か言いたいことがあるのかよ。

 

「知らないの? リザイナシティジムリーダーの異名。常に戦場を分析し、相手のクセを即時に見抜き、最善の手を即興で作り上げる。人呼んで超常的頭脳(パーフェクトプラン)!」

「とてもジム戦が初めて、って人が挑める相手じゃないと思うなぁ……」

「うん、ピエール先生は間違いなく、ジムリーダーを呼んでくるよ。しかも、ジムリーダーの戦いを僕達に見学させるための人身御供にされちゃうよ。悪いことは言わないから、早めに次の町に行って自信をつけてから挑戦したほうがいいよ」

 

 散々な言われようだった。それにしても超常的思考か……ってことは、やっぱりエスパータイプの使い手だったりするんだろうか? 

 ……ん? ちょっと待て、俺はさっきの生徒の気になる発言を思い出した。

 

「連れてくる、ってなんだ? どういう――――」

 

「おまたせしたネ!!!!!! さぁ諸君白線の内側へ入りたまえ! これから早速だがジム戦を行うことになった!」

 

「はぁ!? い、今から!?」

 

 俺の質問を遮るように、疾風迅雷。ピエール先生が戻ってきた。その巨体とそのスピードで戻ってきたにも関わらず息一つ切らしていない。この人ひょっとしてこれでいて案外やり手なのかもしれない。

 その後ろから歩いてくる、白衣に眼鏡で俺より少し背の高い男がゆっくりと歩いてきた。グラウンドに降りるための階段の上から、冷ややかに俺を見下ろしていた。

 

「教授、そいつが俺の相手ですか」

「そうだとも"カイドウ"くん。君への挑戦者だ」

「……お忘れですか、そもそも俺は教授が特別講師に来てほしいと頼んだから、ジムを空けて来ているんですよ」

 

 喋りながら歩いてくるカイドウという男。俺の後ろで生徒たちがざわざわと騒ぎ出した。

 

「さ、さすがカイドウさんだ……オーラがすごい」

「あぁ、俺達よりも若年のときに既に院卒レベルの学力を有し、今はリザイナにおける最高位超常現象解明機関"CeReS"の研究員リーダーを務めるって話だぜ」

「だけど、眼力がやべぇ……それに、なんか俺達のことなんか、眼中にないみたいだぜ。なんで先生はあんな大物相手にあんな態度なんだ」

 

 生徒の言い分を聞くだけで、リザイナにまだまだ疎い俺ですら超絶怒涛の大物が相手であると思い知る。あの眼鏡の奥にある目にはいったい何が見えているのか、その奥にある脳では何を考えているのか。

 こちらの行動をすべて見透かされているようで、少し鳥肌が立った。

 

「まぁいいでしょう。速攻で片をつければ、講義には間に合います……おい、挑戦者。さっさと支度を済ませろ、俺には時間がない。こうして説明を要している数秒ですら、俺には惜しい」

 

 冷ややかにカイドウは俺に向かって言い放つ。ついカチンと来たが、ひょっとすると俺を挑発して冷静な思考を奪うためのアクションかもしれない。俺は誘いには乗らず、冷静を装う。

 

「挑発だと捉えているな、俺がそんなことをする必要はない」

 

 ……思考が読まれてる? いいや、ハッタリのはずだ。思考を読むなんてそんなエスパーじゃ……エスパー?

 

「お前の発汗の部位、手にかかる圧力を目視で計測しただけだ。図星を突かれて、さらに発汗が見られるな」

 

 文字通り見透かされていた。焦りからか、俺は手に汗を握っていた。頬をピシャリと撃ち、自らを鼓舞する。

 動じるな、戦いの前から負けるな。俺達はポケモンバトルをするんだ、戦うのは俺ではなく、ポケモンたち。俺の同様をこいつらに伝播させるわけにはいかない……!

 

「それでは、ジム戦公式ルールで。形式はシングル、ポケモンの入れ替えは挑戦者のみ。手持ちから二体選出し、うちどちらかが戦闘不能になった時その時点で負けとするネ!」

 

 ピエール先生の審判がルールを宣言する。俺はキモリとメタモンを選出、フィールドへ出す。昨日アランと戦って、気合も十分。特にキモリはやる気に満ち溢れていた。

 対峙するカイドウはユンゲラーと、初めて見るポケモンを出してきた。俺はポケモン図鑑でそのポケモンを記録する。

 

 

『シンボラー。古代都市を守っていた記憶を残しているため、いつも同じルートを飛んでいるらしい』

 

 

「その機械は、ポケモン図鑑か。なるほど、それなりの知識(knowledge)を有しているわけだな。だがお前のそれは外付けにすぎない。俺は違う」

 

 白衣を翻し、カイドウは俺に向き直った。その目はレンズのように澄んでいて、一瞬だがその脳裏にある膨大な知識の泉を垣間見た気がした。

 

「俺の知識はすべて、俺の頭にある。すべての戦術、戦略がな。お前の尽くを分析し、完全なる勝ちを以てお前を退けよう」

 

 そう言ってカイドウは、二匹のうち"ユンゲラー"を差し向けてきた。俺は図鑑でユンゲラーが使える技を確認する。キモリとメタモンのうち、相手に対して有効もしくは拮抗できるのは恐らくはキモリだ。

 メタモンでも切迫は出来るだろう。だが、相手の言うことが本当ならば、相当の知識を有するカイドウが相手なら、こちらのユンゲラーに化けたメタモンの戦法は完全に把握されているようなものだ。だとするならば、まだキモリの方が僅かに勝率が高いはずだ。

 

 

 

「それでは試合――――開始ッ!!」

 

 

 

「キモリ! 【でんこうせっか】!」

 

「【ミラクルアイ】から、【リフレクター】」

 

 試合開始の宣言、即座に俺はキモリを高速で接近させる。ユンゲラーはスプーンを曲げ、光る第三の目のを額に浮かべる。そしてリフレクターでキモリの突進を最小限の威力で抑えた。

 ユンゲラーがスプーンを回し、気を高める。そして、その第三の目と同じ紋様がカイドウの額にも現れた。

 

「思考ロジック単純化演算開始自軍ポケモンとの思考視界体幹シンクロ完了分析開始分析終了最善手は防衛戦と判断」

 

 異様な光景だった。目を閉じたカイドウが高速でうわ言のように、コンピュータのように呟く。それと並行するようにユンゲラーが脚を地面へと下ろす。

 

「【エナジーボール】だ!」

 

「射角確認発射速度計算開始計算終了回避の必要なし、訂正迎撃準備……【サイコキネシス】!」

 

 わざマシンによって覚えた【エナジーボール】をキモリが放出する。しかしユンゲラーが強力な念動力で()()()()()()()()()()()()、それをそのまま放ってくる。

 エナジーボールはくさタイプの技、当たったとしてキモリに対してダメージはないはず。それよりも正面から来るエナジーボールを受けて、怯んだと思わせた隙に接近して【メガドレイン】で元を取れば……!

 

 だが、エナジーボールを防いだキモリが予想以上のダメージを受けて吹き飛ばされた。発生した爆風で、その場にいたカイドウ以外の人間が身構えた。

 

「なんで、エナジーボールにそこまでの火力は出せないはずだ……まして、ユンゲラーが放った技じゃないのに。いったい、どういった仕組みだ……?」

 

「発生言語解読解読完了……特別に教えてやる。ユンゲラーの【ミラクルアイ】によって、完全に念動力を纏ったエナジーボールを確実にヒットさせた。お前が防御したと思っていても、お前のキモリの急所に的確に攻撃を着弾させた」

 

 カイドウが説明をよこす。だが恐らくそれだけじゃない。ユンゲラーは【じこあんじ】によって自らをくさタイプだとあえて誤認識することでエナジーボールをより強力に撃ちだしたのだ。

 

「つまり、防御は無意味ってことか! なら、【かげぶんしん】! そしてもう一度【でんこうせっか】だ!!」

 

 どういうわけかユンゲラーはまったく動かない。ふよふよと浮遊していた最初と違い、地に脚を縫いつけたように、体幹からしっかりしている。ならばこのまま回避するとは考え辛い。

 いかに【ミラクルアイ】で的確な攻撃が出来るとはいっても、十数体に分身したキモリの本体に攻撃を当てられるはずが……!

 

「行動パターン予測開始同時進行で経過観測予測終了……【ひかりのかべ】多重展開、そして【サイコカッター】!」

 

 ユンゲラーが念動力で不可視の壁を何重にも作る。しかし俺にはどこに壁を貼られたのか、まったく分からなかった。だけど、先程の【リフレクター】は自分の防御のため正面に張り巡らせた。

 だとするなら、今回もまた自分を囲う形で展開されているに違いない。

 

「それは違う。そうら、キモリに防御行動を取らせろ。間に合うものならな」

 

 直後、ユンゲラーを中心に念波によって発生した辛うじて可視が可能な刃が全方位に向けて発射される。それは自分を包囲するキモリの分身の数多くをかき消すと、フィールドラインで()()()()

 その瞬間ハッキリと見えた。【ひかりのかべ】は自分の周囲ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()ように張り巡らされていたのだ。

 

「まずい! 【みきり】だ!」

 

 キモリが移動先から迫ってくる念波の刃を、辛うじて回避する。しかし、それが反射した攻撃を背後から受ける。キモリが念波を受けて吹き飛ぶ。まずい、今のは"急所に当たった"!

 立ち上がるまでに時間がかかっている。キモリもかなり限界だ、だけど……!

 

 俺は先日のバラル団のイグナとの戦いを思い出していた。キモリの特性"しんりょく"を活かすなら今しかない……! しかも、屋内のバトルかと思われたが、この第二グラウンドはドーム状で空には太陽が輝いている。

 つまりあれが、【ソーラービーム】が撃てる……!

 

「一か八か、撃ち抜け! 【ソーラービーム】だ!」

 

 カッと目を見開いたキモリが起き上がり、太陽からの光を受け止め濃縮したエネルギーをユンゲラー目掛けて撃ち出す。"しんりょく"も合わせて、グラエナ戦と同じほど強力な一撃のはずだ……!

 

 しかし、

 

「射角計算完了【バリアー】と【ひかりのかべ】を統合射角に合わせて角度調整()()()()()()()()()()()()

 

 ユンゲラーが自信の目の前に、斜め上に向けた特殊な光線バリアが【ソーラービーム】を空にめがけて弾く。あれだけ強力な一撃を放ったと言うのに、ユンゲラーの身には届かなかった。

 俺の頬を、一筋の汗が伝う。ジムリーダーが相手だ、もちろん苦戦を強いられることなど予想していた。だのに、俺はかつてないほどプレッシャーを受けていた。

 

 また俺は、ジムリーダーに負けるのか。

 

 誰かの目の前で、負けるのか……?

 

 ギリッ!

 

 歯が砕けん勢いで悔しさを噛み締め、俺は相手を睨みつけた。

 

「もう一発、【ソーラービーム】だ……!」

 

 息も絶え絶えのキモリに向かって指示する。キモリは頷いて、再び太陽の光を受け止めようとして、固まった。

 

「【かなしばり】……同時に、チェックメイト」

 

 キモリの動きはユンゲラーによって止められていた。それだけではない、空から降り注ぐ太陽のような光がキモリを飲み込むように直撃。凄まじい爆風と共にキモリが吹き飛ばされてきた。

 立ち上がろうとしたキモリだったが、今の一撃を受けて戦闘不能(ノックアウト)……ピエール先生がホイッスルを吹く。

 

「そこまで! キモリ戦闘不能と判断し、この勝負……ジムリーダーカイドウの勝利!」

 

 ギャラリーがドッと湧き出す。カイドウは【ミラクルアイ】を解き、目薬を点してその場を後にしようとした。最後にちらりと俺を見る。その目は冷ややかに感じられた。

 俺は戦闘不能になったキモリを抱え上げて、ボールに戻した。ギャラリーがこちらの様子を伺っている。誰もが「まぁしょうがない、よくやった」という風な目を向けていた。

 

 最後、急に空から降り注いできた攻撃は【ソーラービーム】だった。カイドウが直前に呟いていた言葉から考えて【みらいよち】だろう。

 ソーラービームは空に打ち上がっただけではなく、そこからさらに別の【バリアー】で反射され、【かなしばり】で動きを止めたキモリの真上に撃ち放ったんだ。

 

 奥歯がギリギリ悲鳴を上げるくらいに強く噛みしめる。ラフエルの地で、なんとか上手くやってこれてたと思ったけど、まだまだ俺は全然だ。

 

「さぁ、みんな。挑戦者のダイくんに惜しみない拍手を。ジムリーダーの試合を目の前で見るなんて、そうそう無い機会だからネ。ダイくん、グラウンドの準備室に回復装置がある。ポケモンを回復させたら、いろんな授業を見ていくといい」

「ありがとう、ございます……」

 

 回復装置を使わせてもらうため、グラウンドの準備室に向かう。気分が落ちたせいかやけに荷物が重く感じた。準備室の扉を開けると、そこには色んな写真が貼られていた。

 

「これ、カイドウか……ピエール先生ほそっ」

 

 恐らくピエール先生らしき人物が、カイドウに何かを譲渡している写真だった。それは、ジムリーダーの資格だった。

 もしかするとピエール先生は先代リザイナシティのジムリーダーで、これはその引き継ぎの写真なのかもしれない。

 

「まだ、何か学べることがある。リベンジには……まだ早い」

 

 回復が仕上がったモンスターボールを手に取り、中の仲間たちと頷き合うと俺はグラウンドに再び脚を踏み込んだ。

 

 





ジム戦ですが前後編にしました。その方が初ジム戦としてはいいかなぁと思いましたので。


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VSシンボラー 知識欲 対 叡智

 リザイナシティのジムリーダーカイドウに敗れた俺は、その後日が暮れるまでピエール先生が受け持つクラスの講義を見学していた。

 その回もあってか、ポケモンのタイプの把握はもちろんそれ以上の戦略を知ることが出来た。さすがは世界最新鋭の技術と先進化した授業内容を誇るリザイナシティのトレーナーズスクールと言ったところか。

 

 放課後になると、何人かの生徒は学校のレンタルポケモンを使ってポケモンバトルの特訓をするようである。おかしな話で、学校から借り出されているレンタルポケモンだというのに、特定のトレーナーには早く懐いたり、反面なかなか心を開かなかったりというところが見受けられた。

 当然か、ポケモンは機械じゃないから人間と同じように好き嫌いがある。人の選り好みはもちろん、甘い味の木の実が好きなやつもいれば渋い味とか酸っぱい味が好きなやつがいる。生物として当たり前の嗜好なんだ。

 

「おーいダイ! バトルしようぜ!」

 

 その時だった。クラスのムードメーカーのような生徒が俺に声をかけてきた。見れば俺がこのグラウンドに降りてきたときに、マッスグマと姿の変わったペルシアンで息の合ったトリッキーな戦術を使っていた子だった気がする。

 今日一日の授業の成果を見せるときだ。

 

「こっちからも頼むよ、俺は自前のポケモンでいい?」

「もちろん! 俺さぁ、お前の今日のジム戦、惜しかったと思ってんだよ! 見ててドキドキしたっつうか、やっぱあれがジム戦なんだろうな」

 

 ニッと笑う彼の言葉を受けて、俺は少し気恥ずかしくなる。惜しかった、とは個人的には思っていない。手も足も出なかったと思ってるくらいだし。

 ただ褒められるのは悪い気はしない。ボールの中のキモリも不遜な態度をとってはいるけど、嬉しさが滲み出してる。

 

「っつーわけでよ! ポケモンバトル、しようぜ!」

 

 言うが早いか早速先程のマッスグマと姿の変わったペルシアンを出してくる。俺も手持ちから二体を選出する。どうやら方式はダブルバトルのようだ。

 

「よし、メタモン! ペリッパー!」

 

 俺は二匹のポケモンをボールから出す。すると、少し変わったことが起きていた。メタモンの姿が違ったのだ、というより"ユンゲラー"に変身していたのだ。

 

「お前……あのユンゲラーの姿を真似したのか?」

 

 ユンゲラーの姿で振り向いたメタモンが頷く。図鑑で徹してみれば、間違いなくあのカイドウが使っていたユンゲラーと技も数値も一致していた。

 キモリが戦闘不能になるまで一人でずっと戦っていたため、メタモンには出番が無かった。そんな中、メタモンは自力でユンゲラーを分析するために変身していたようだった。

 

「おや、ダイくん。ポケモンバトルをするのかネ?」

 

 突然声をかけられ、振り返ると小太りのピエール先生が現れた。するとピエール先生は俺から相手の生徒に向き直っていった。

 

「むむ、チミ……確かまだ筆記の課題が未提出でしたな! バトルばかりしていないで、そちらも済ませなさい! 実技だけポイント高くても立派なポケモントレーナーにはなれませんぞ!」

「いっけね! そうだった……悪いなぁダイ、俺課題を終わらせてくる!!」

 

 マッスグマとペルシアンを残して彼は素早くグラウンドを後にした。その場にはピエール先生と俺が残されていた。

 

「さて、ダイくん。少し時間をもらってもいいかネ? ちょっとした、昔話に付き合っていただけますか?」

 

 ピエール先生はマッスグマたちをボールに戻すと、俺をチョイチョイと手招きする。俺は少し気になりながらピエール先生の後に続いた。先生が赴いたのは、昼間俺が訪れた準備室だった。

 授業の後で聞いたのだが、この部屋は準備室であると同時に情報管理室であるらしく、カイドウや細いピエール先生の写真が飾られているのはそれが理由だからだそうだ。

 

「実は、私は先代リザイナシティのジムリーダーでネ」

 

 開口一番衝撃の事実だった。俺の衝撃を他所にピエール先生は話を続ける。

 

「かつて私の教え子だったカイドウくん、今よりもずっと小さな頃だが……正式なジム戦ルールに則り私を打ち破ったのだ。今思えば、私に挑んだ挑戦者の中で彼ほど私を圧倒的なまでに追い詰めた者はいなかったネ、だからこそ私はポケモン協会に彼を私の後任ジムリーダーに推薦したんだけどネ」

「そうだったんですか? カイドウのあの戦法は、ピエール先生が?」

「えぇ、ほんの小さなキッカケだったのですよ。私が彼に、【ミラクルアイ】とエスパータイプのポケモンたちの可能性を指し示した。すると彼は、ポケモンの未知に心を惹かれあっという間に学問を究め、"CeReS"へと入籍したのです。そしてエスパータイプのポケモンとの同調、完全な分析能力"超常的頭脳(パーフェクトプラン)"を以て私を打ち倒した」

 

 だからネ、とピエール先生はこっちに微笑みながら向き直った。

 

「君にも、期待しているのですよ。ジムリーダーに就任して、未だ無敗の彼を打ち破れるのではないかとネ……!」

「無敗……」

「えぇ、ジム戦は正確に言えばジムリーダーに勝つだけが勝利ではない。ジムリーダーがそのトレーナーの実力を認めれば、バッジの授与をしても良いことになっています。ですが、カイドウくんはああ見えて、まだまだ君と同い年の子供。自分を退けた相手にしかバッジを授与しないように決めているそうなのネ」

 

 そのとき、先生が俺に指を突きつけてきた。

 

「ゆえに、私は君に彼を超えてほしい! もはや君は私の教え子と言っても過言ではない。私の教え子と教え子がバッジを賭けて全身全霊で戦う。これほど教師冥利に尽きることはないよ……だからこそ、私は君に一つだけ助言を残そう」

 

 壁に立てかけられた薄型のモニターが点灯する。これは、トレーナーズスクールの別の教室……? そこでは細いピエール先生がまだ小さいカイドウらしき生徒に向かって個人レッスンをしているところだった。

 その授業の内容を受けて、俺はまたしてもポケモンとその使える技に対して見識が広がったような気がした。

 

「彼はネ、この講義の内容を自分なりに応用して、私を打ち破った。だからこそ、君にもこの知恵と、わざマシンを授けよう」

 

 受け取ったそれを見て、俺は首を振った。ピエール先生が首を傾げる。

 

「俺のポケモン、どれもこの技を使えませんから」

「Oh……! なんということでしょう、これはとんだアクシデント……!」

 

 目に見えておどけだすピエール先生、気づいているのか気づいていないのか。いいや、きっと気づいてるだろう。先代リザイナシティジムリーダーならば。

 

「えぇ、()()()()()()()()使()()()()()

 

 含みのある言い方をすると、ピエール先生は今までのおどけた態度を崩し、恐らくは本来の彼の目でこう言った。

 

 

 

「明日のリベンジを、私も楽しみにしているよ挑戦者」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 それからは、ほぼ徹夜だった。ピエール先生から貰ったアドバイスと、カイドウが行っていた講義を最後にちょろっと覗いて、俺なりの戦術を組み立てた。

 だが、これには一つだけ問題があった。この戦法で戦う以上、俺はキモリに頭を下げなければならなかった。

 

「リベンジしたい気持ちはわかる。だけど、今回は抑えてくれないか」

 

 試合に出られないにも関わらず、徹夜の特訓に付き合わせた形になる。何より昨日のジム戦で一番悔しかったのはキモリに違いない。それから出場の機会すら奪ってしまうことになるのだから。

 しかしキモリは当然だという風な顔をして俺を叱咤した。それだけじゃない、ゾロアもメタモンも闘志を燃やしキモリの分まで戦うという気概が見えた。ペリッパーは相変わらずのんびりしていたけど、それでもやはり気合は入っているのだろう。

 

「よし、じゃあ……行くか」

 

 この反復練習を、睡眠なんかで忘れてちゃ勿体無いよな!

 

 俺はガイドマップちゃんの案内を受けて、本来のリザイナシティジムへと脚を運んだ。そして、思い切り扉を開け放つ。

 当たり前だが、ジムの中はグラウンドとは違った。それどころか、これではまるで……

 

「大学の、教室……?」

 

 連結した机と椅子が、教壇から放射状に広がっている。そしてその教壇で、やつは待っていた。

 

「ずいぶんと早いな、挑戦者(チャレンジャー)

 

「一夜漬けしてきたもんでね」

 

「そうか、睡眠不足による判断力の低下よりも優先すべき作戦があると見た。とするなら昨日よりはマシな戦いが出来ると……まぁ期待はしないがな」

 

 徹夜はお互い様だろう。卓上ライトと本、少し浮腫んだ顔に眠たげな目。テーブルの上には幾つもの学術書が並んでいて、恐らくあれを読破していたに違いない。

 カイドウは立ち上がると、縦に連なる黒板の上下を入れ替えた。どうやらそれがスイッチらしい。入り口から教壇に向かって伸びるやけに広い階段が中央で割れた。

 

「俺のジムは本来研究者たちがその椅子に腰を降ろしてデータを取るため、また通常の講義に使用するため変形するように出来ている」

 

「男の子の浪漫ってやつか」

 

 実際、さっきまで大学の教室のようだったジム内部が、立派なスタジアムへと早変わりした。長方形のバトルフィールド、左右には先程までは机だった板が収納され、椅子のみになって何段にもなっている。

 俺は階段を降りる前に、俺より下の位置にある教壇からこちらを見上げてくるカイドウと睨み合いを交わす。

 

「昨日と反対だな」

 

「昨日……?」

 

「あぁ、昨日は俺が見下されてたけど、今日は俺が上だ」

 

「くだらん、ガキかお前は……さっさと始めるぞ」

 

 スタジアムの中心へと歩いていくと、バーチャル映像の審判が昨日と同じルールをつらつらと告げていく。カイドウは昨日と同じシンボラーとユンゲラーを出してきた。

 俺はその中で、シンボラーを見た。昨日、俺はあのポケモンとは対峙すら出来なかった。ジムリーダーはポケモンの交代が出来ないというハンデを持つ。だが、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「それで、お前のポケモンは……」

 

「あぁ、この二匹だ」

 

 俺はボールを放り投げ、そのボールから出てきた二匹が雄叫びを上げる。一方は猛々しく、一方は可愛らしく。

 

「メタモンと、ゾロア……?」

 

 カイドウが訝しげに呟いた。俺はスターティングラインに立つとカイドウに向かって啖呵を切る。

 

「こいつらがうちの主力だ、今日こそお前を打ち破る」

 

 そして俺は完全に古い自分を脱ぎ捨てるんだ。って、昨日までは思ってたんだけどな……昨日のジム戦の後の授業や、徹夜の特訓をしてるうちにわかってきた。

 俺はやっぱり、ポケモンバトルが好きで。自分の仲間と勝つのが夢で、その第一歩を踏み出そうとしてるんだって。

 

「その最初の壁に、お前以上の強敵はいない」

 

「そうか、なら俺も俺でお前の壁であろう。せいぜい乗り越えてみせろ、チャレンジャー!」

 

 カイドウがスターティングラインに立ち、それを認識したバーチャル審判がホイッスルを咥える。俺は前傾姿勢で、戦場を把握するように睨みつけた。

 

 

 

 3…………!

 

 

 

 2…………!

 

 

 

 1…………!

 

 

 

 ホイッスルの甲高い音が、ジムの中へ木霊する。カイドウは昨日と同じく、ユンゲラーを繰り出す。それに対し、こちらもメタモンで迎え撃つ……!

 と、そう見せかける。いや、たしかに最初はメタモンが表に出る。相手のユンゲラーが仕掛けてくる前に、メタモンは【へんしん】しユンゲラーになる。しかしユンゲラーへ変身が完了するとすぐさまゾロアが飛び出した。

 

「ゾロア! 一発かましてやれ! 【ほえる】!」

 

 ボールから出たときと同じくらい大きな咆哮をゾロアがその小さな体から繰り出す。ユンゲラーはフィールドに入った瞬間に威嚇され、すごすごと引き下がりそれと入れ替わるようにシンボラーが前に出る。

 

「ほう、俺から無理やりシンボラーを引き出したか……だが、シンボラーは俺の手持ちの中で最も優れたポケモンだ。それを知っての戦略か?」

 

「……実は知らなかった、わけねえだろ! 【ちょうはつ】!」

 

 俺がその指示を出したとき、明らかにカイドウは僅かに目を見開いた。ゾロアが出てきたばかりのシンボラーを挑発する。

 ポケモンの技は、相手を攻撃するだけじゃなくこうして相手を煽ることにも意義がある。

 

「知識が力になる、俺だって研究したんだ。たった一晩だけどな……!」

 

【ちょうはつ】を受けて、シンボラーは暫くの間攻撃する技しか使えなくなる。カイドウの戦術はずばり、【ミラクルアイ】によってカイドウ自身の感覚をポケモンにリンクさせリアルタイムで相手の作戦に対策すること。

 なら、まずはそこから崩してやれば、そこに勝機があるはずだ。俺たち双方が"通常のポケモントレーナー"という土台で勝負すればきっと……!

 

「ゾロア、下がれ!」

 

「なに……!? ゾロアを下がらせただと……?」

 

 忙しなく俺のフィールドをポケモンが入れ替わる。シンボラーをフィールドに釘づけた、それが真の目的に見せかける。

 だが、俺の作戦はメタモンにユンゲラーをコピーさせることが大前提。だがユンゲラー同士の戦いでは、意味がない。真の狙いはシンボラーとユンゲラーを戦わせることにある。さぁ、徹夜で磨いたコンビネーションを今こそ見せる時だ!

 

「メタモン! 懐に飛び込んで【かみなりパンチ】!」

 

「なるほど、俺のユンゲラーを研究しつくしたか……だが!」

 

 シンボラーに向かって跳躍するユンゲラー姿のメタモン。しかしシンボラーは既の所で回避し、メタモンを迎撃する。翼による三連同時攻撃……【つばめがえし】か!

 弾かれたメタモンはそのままスプーンをシンボラーへと差し向け、【サイケこうせん】を放つ。同じエスパータイプ、あまり効果がない技に思われるが……しかし、

 

「シンボラー! こちらも【サイケこうせん】!」

 

 念波をそのまま放出しあい、お互いの頭脳に直接攻撃を与える。しかし、シンボラーは一瞬飛行状態を維持できず落下するほどに大きなダメージを受けた。

 

「メタモンは今、ユンゲラーの姿を模している。つまりタイプもエスパータイプ、ならシンボラーの【シンクロノイズ】が適応されれば……ハッ!?」

 

 カイドウは気づいたようだ。シンボラーの身体を纏う不思議な色の防壁に。俺は図鑑でシンボラーとメタモンを比べて確認する。

 現在、俺のメタモンの特性は"いろめがね"に。そしてシンボラーの特性が"マジックガード"へと入れ替わっているのだ。

 

「【スキルスワップ】か……いつの間に!」

「【サイケこうせん】を撃つ直前さ……"マジックガード"は攻撃以外でダメージを受けなくなる。例えばどく状態だな」

「だが、こんらん状態による自滅は、自らを傷つける攻撃としてダメージを受ける……だから、わざわざ【サイコキネシス】ではなく【サイケこうせん】を選んだというわけか……!」

 

 さすがにこの戦法はカイドウの知識ベースの中に入っているはずだ。なにせ、自分のポケモンたちの技をとことんまで把握し尽くしている男なのだから、当然この戦術だって思いつく。

 

「そして、メタモンは"いろめがね"で確実に攻撃を見切り、弱点を突くことが出来る!」

 

 再びメタモンがシンボラー目掛けて【サイケこうせん】を発射する。同じ【サイケこうせん】では相殺すら出来ない。このままシンボラーをこんらん状態に持ち込めれば……!

 

「甘く見るな、【ミラクルアイ】!」

「ッ、しまった!」

 

 ゾロアがフィールドを離れてしばらく経ったせいで、シンボラーの頭が冷えてしまい元の知的な行動を取ることが可能になってしまった。

 シンボラーとカイドウに第三の目が現れ、シンボラーの動きが著しく変化する。サイケこうせんの波が弱まるところまで後退し、ダメージを最小限に抑えてしまう。

 

「防衛体勢維持攻撃警戒態勢継続状況分析開始分析終了状況はやや不利と判定」

 

 カイドウの言葉から段落が消失する。早口のようにまくし立て、シンボラーが攻めてに出る。だがカイドウの言葉が真実なら、今はまだ俺に分がある。

 諦めるな、今度こそ勝ちをもぎ取るんだ。

 

 

 

 知識(knowledge)を上回るのは―――――

 

 

 

「俺の、知りたいという意欲だ!」

 

 メタモンがシンボラーへと飛び込む。しかしその機動から速度まで、何もかもが分析把握されているため【かみなりパンチ】は殆ど当たらない。同じく【れいとうパンチ】をもう一つの腕とスプーンで繰り出すも、やはり回避される。

 逆にシンボラーが放つ【エアカッター】の刃はすべてメタモンへとヒットする。空気の刃には念波の刃を、メタモンは伸縮したスプーンを振り抜き、【サイコカッター】を繰り出す。

 

「範囲攻撃なら……!」

 

「念波形状予測開始予測終了エアカッターに類似する三日月状である確率が最有力放射角度高度分析完了回避可能」

 

 しかしそれでも、シンボラーに攻撃は当たらない。ここは、一度フィールドをリセットする……!

 

「メタモン、下がれ! ゾロア、頼むぞ!」

 

 メタモンを一旦下げさせ、ゾロアがメタモンとタッチを交わす。フィールドに入ったゾロアがシンボラーと向きなおる。【ほえる】で、ユンゲラーを引きずり出せば少なくとも【ミラクルアイ】を再発動されるまでに隙が出来る。

 だけど、それではダメだ。たとえ相手が【ミラクルアイ】で全方位を観察、即時に対策を叩き出せるとしても、シンボラーと戦わねばならない。

 

「【ミラクルアイ】で、いかに認識力を高めてようと……それを上回れるときがいつか来る! 【こうそくいどう】!」

 

 ゾロアがスタジアム内を縦横無尽に駆け巡り、走るほどに素早さが高まっていく。しかし、今カイドウとシンボラーは例えるならば四つの目と二つの脳みそを共有しているようなもの。

 いかにゾロアがスピードをあげようと、どちらかに認識されてしまえば対策は容易に立てられてしまう。だが、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。今はその弾込めの時間なんだ……!

 

「敵こうそくいどう中上記の行動の意義以前不明恐らくは撹乱中につるぎのまいを行っている可能性を示唆」

 

 バレている……! ゾロアは高速で場内を駆け巡りながら、【つるぎのまい】で己を高めている。高めたその身で繰り出す、最高の状態の一撃を。

 

「バレちゃ隠してもしょうがねえ! 【イカサマ】!」

 

 ゾロアが弾丸のようにシンボラーに突進、前足で殴り掛かると見せかけ後ろ足による蹴撃を行う。シンボラーは素早く攻撃してきた方向を睨むと、ひらりとその身を翻して回避する。

 だが、まだだ。ゾロアはそのままシンボラーの後ろに着地すると、すぐさま反転し噛みつきにかかる。【イカサマ】はブラフ、狙いはこの【だましうち】!

 

「敵攻撃行動終了後即時反転第二撃接近反応可能」

 

 俺の目では、その一瞬の攻防のすべてを把握することは出来なかった。わかったのは、噛みつきにかかったゾロアがそのまま認識できない背後からの攻撃を受けて吹き飛ばされたということだ。

 

「【じこあんじ】でゾロアと同じく【つるぎのまい】を舞って自分を高めた状態にして、【オウムがえし】したのか……!?」

「鋭いな、その通りだ」

 

 背後から強力な一撃を喰らい、ゾロアは予想以上のダメージを受けた。幸いなのは、メタモンが使った【スキルスワップ】でシンボラーが"マジックガード"になっていたということだ。もし"いろめがね"だったのなら、ここで勝負が決まっていたかもしれない。

 頬をピシャリと撃つ。ゾロアが限界に近い今、もはや猶予は無い。眠気がのさばって来た頭をフル活用する。

 

「ゾロア! 俺達が徹夜で組み上げたフォーメーションで行くぞ! メタモンと代われ!」

 

 コクリと頷いたゾロアが再びエリアから出ていく。そしてメタモンが場内へと一歩脚を踏み入れた。

 ここから、俺がピエール先生と、カイドウの授業と、過去の戦いを組み合わせた独自の()()だ……!

 

「【トリックルーム】!」

 

 指示を受けたメタモンが、スタジアムを覆うような半透明の空間領域を作り出す。【トリックルーム】は「遅い者ほど先に動ける」不可思議な空間。

 だが、カイドウが行った授業に含まれていたワード――――「トリックルームの新たなる可能性」を俺が実証する!

 

 メタモンが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でシンボラーに肉薄し、【かみなりパンチ】を放つ。もちろん【バトンタッチ】で高めた素早さとつるぎのまいで高めた攻撃力を譲渡していないため、メタモンの()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 シンボラーが【スカイアッパー】と酷似した振り抜きの【かみなりパンチ】を辛うじて回避する。文字通り目視不可の弾丸のようなメタモンの速度にまだ相手の視認能力が付いていかないのだ。

 

「急げ! 【トリックルーム】の効果は長く持たない! それまでに決めろ!!」

「これが挑戦者の最後の手か……なるほど及第点だ、お前はよく学んだ……! しかしそれが勝ちを譲る理由にはならない!!」

 

 シンボラーが漆黒のエネルギーを充填し始めた。見間違うはずもない、あれは【シャドーボール】! あれを受けたらユンゲラーと同じステータスのメタモンではひとたまりもない……!

 

「ッ間に合え、【れいとうパンチ】!」

「【シャドーボール】!」

 

 そこからは、俺もカイドウも恐らく認識できなかった。ポケモンたちだけの、攻防の時間だった。冷気を纏ったメタモンの拳が【シャドーボール】に突き刺さるも、その暴発エネルギーがメタモンの身体を容赦なく焼く。

 しかし【シャドーボール】を突き抜けた【れいとうパンチ】がシンボラーの翼に直撃。しかし、当たりはどうやら浅かったらしく戦闘不能に追い込むまでいかなかった。

 

 お互いのポケモンが大きく吹き飛ばされる中、俺はポケモン図鑑でお互いの体力を数値化した戦況を把握する。そして、()()()()()()()()を知った。

 

 メタモンが俺の立つスターティングラインまで吹き飛ばされてきた。カイドウは、どうやら今の一撃の分析を高速で行ったために、脳が不可に耐えきれなかったのか、鼻から血を流していた。それでも【ミラクルアイ】を維持し続けていた。

 

 

 ポタポタと、血の雫がスタジアムの床に落ちる音まで聞き取れるほど、先程からは考えられない静寂。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 爆風によって発生した煙幕が晴れる。バーチャル審判は、メタモンの姿を確認。未だにユンゲラーへの変身を維持していた。

 

「バカな、今のシンボラーの一撃は確実に相手を戦闘不能に追い込める選択だったはず……この俺が計算ミスを……?」

 

「いいや、確かにあのシャドーボールは戦闘不能に持ち込めるだけのダメージを与えてきたさ。ただメタモンはアンタのシンボラーから貰ったのさ……この"きあいのハチマキ"を!!」

 

 俺とメタモンは【シャドーボール】の暴発エネルギーによって燃え尽きつつある"きあいのハチマキ"を見せつけた。カイドウは目を見開く。それはそうだろう、カイドウは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

「っつ……御託はいい!! きあいのハチマキで持ちこたえたのならそれでいい! もうメタモンは戦闘を続けるほどの体力ではあるまい!! さっさとゾロアをフィールドに出せ!!」

 

 カイドウは鼻から流れる血を止血することなく、俺へ叫んだ。俺は、最後までこらえて、不敵な表情をカイドウに向けてやった。

 直後、シンボラーが急激に地面に落ちた。戦闘不能ではない、ただ飛行が出来なくなっただけだ。

 

「ゾロアなら、もうフィールドに入ってるよ」

 

「なっ……バカを言うな、ゾロアならそこに……?」

 

 いないだろう、俺の側には。それこそ、たった今の今まで、きあいのハチマキを見せつける瞬間まではここにいた。正確には()()()()()()()()()()()()

 

 そのとき、地面がゴリゴリと隆起しながらシンボラーの真下を目指していた。だが、地面に落ちたシンボラーはまともな回避行動を取れずにいる。

 今気づいたぜ、【ミラクルアイ】と念写によるトレーナーとのリンク。これの弱点はどちらか片方が混乱してしまうと、情報の羅列が出来なくなること。現に今、シンボラーはなぜ自分が翔べないのか、なぜ自分が地面に落ちたのかを必死に演算している。

 

 

 だけど、もう――――

 

 

「遅い!!! ゾロア!! 【あなをほる】!!」

 

 

 スタジアムの床を掘り抜き、上昇する勢いを加算してシンボラーの頭部を今度こそ蹴り上げるゾロア。シンボラーも、カイドウも目を見開いている。

 そこからゾロアが着地し、シンボラーが打ち上げられてから落下するまでの時間は俺にもゆっくりに思えた。シンボラーが地面に叩きつけられ、そして目を回す。

 

 

 

 

 

『Pーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!! そこまで、シンボラー戦闘不能! よってこの勝負、挑戦者の勝利!!』

 

 

 

 

 

 試合終了のホイッスルが鳴り響く。しかしその音は、勝利を渇望する余り俺の頭がよこした幻覚と幻聴なんじゃないのか、またはカイドウが俺を油断させるためにエスパーポケモンを使って俺の脳に直接たたみかけてきてるのではないか。そんな考えに陥る。

 しかし、カイドウは自らのポケモンたちと、俺のポケモンたちを見比べて俺を睨みつけた。

 

「説明してもらおうか、俺はシンボラーにきあいのハチマキを持たせた記憶など無い」

 

「そりゃそうさ、きあいのハチマキは()()()()()()()()()()()()んだからな」

 

 カイドウが首を捻る。すると未だに止まらない鼻血がポタポタと流れ出る。俺はハンカチを差し出す、カイドウは渋々ながら受け取ってそれで止血手当をする。

 

「まず、この作戦は昨日のバトルの直後、メタモンが変身を解除してなかったところから始まるんだ」

「ボールの中で、キモリとユンゲラーの戦いを見て、変身していたというのか」

「そういうこと、次に俺はあんたのユンゲラーを一晩かけて分析したんだ」

 

 そして、ユンゲラーもまた【トリック】が使えることを知った。自分の持ち物と相手の持ち物を入れ替える技、だがそれではシンボラーからきあいのハチマキを手に入れたことの根本の説明にはならない。

 始まりは、【スキルスワップ】の直前。きあいのハチマキを最初に持っていたのは、メタモンだ。

 

「メタモンは【スキルスワップ】と【トリック】で特性だけでなく道具も入れ替えていたということか」

 

 それで間違いない。ただ、シンボラーが持っていた道具は、メタモンが持っているというわけではない。

 

「じゃあ、今ゾロアが持っている"ラムの実"は……」

「そう、最初はシンボラーが持っていたもんだ」

 

 最初に道具を交換したのはメタモンとシンボラー。このときメタモンに"ラムの実"が、シンボラーに"きあいのハチマキ"が渡った。

 そして、ミラクルアイによって戦況が俺に向かって圧倒的に不利になったとき、勝負を動かした。

 

「ゾロアとメタモンが入れ替わって、【トリックルーム】を使って不可思議な空間を作り出したときだよ。その時、ゾロアとメタモンは道具を入れ替えたんだ」

 

 そこでメタモンからゾロアへ"ラムの実"が、そしてゾロアからメタモンに渡された道具が、シンボラーが動きを止めるに至った原因だ。

 カイドウは戦闘不能になったシンボラーからとある道具を受け取った。それは黒光りする鉄球で、カイドウの手のひらサイズだと言うのに両手でようやく持てるような重さだった。

 

「"くろいてっきゅう"か……どこでこんなものを手に入れたんだ」

「俺、旅歴だけは長いからな……それで、相方が使いそうにないアイテムだけこっそりネコババしてたんだ、そのうちの一つがこれさ。きあいのハチマキも「タスキはハチマキよりも強し」とかなんとか言って俺に寄越してきたんだ」

 

 時と場合に寄ると、俺は思うけどね。

 メタモンが【トリックルーム】を張り巡らせる。すると、メタモンは"くろいてっきゅう"を持っていたことで、重くなった。ゆえに弾丸と見まごう超スピードでの攻撃が可能になったんだ。

 そして、あの【トリックルーム】は、それだけでは終わらなかった。

 

「アンタの講義を見たよ、トリックルームに関しての研究もしてただろ」

「……そこまで勉強したのか。そうだ、俺はトリックルームで操れるのがスピードだけではないと、可能性を感じたんだ」

「それで、俺はトリックルームで【じゅうりょく】を擬似的に操作出来ないか、一か八かで試したんだ」

 

 トリックルームで、遅い者から先に動ける空間と、同時に()()()()()()()()()。そういう空間を両立できないかの、賭けだった。

 賭けといっても、確率はかなり高かった。俺はカイドウを信用しきっていたからだ。講義にこのテーマを持ち出すほど信憑性が高い術式だと俺は睨んだ。

 

「そして結果的に、【れいとうパンチ】と【シャドーボール】が交錯する瞬間にメタモンはシンボラーの懐からきあいのハチマキを盗み出し、お返しとばかりに"くろいてっきゅう"を忍ばさせた」

「そういうこと……つっても、きあいのハチマキでメタモンが持ちこたえてくれなかったらと思うと、ヒヤヒヤするけどね」

 

 アイがタスキはハチマキ云々言う理由の一つに、タスキによる気合は確実にポケモンを踏ん張らせるが、ハチマキの気合で耐えられるかはポケモン次第だからだ。

 あのままメタモンが戦闘不能になることも十分あり得た。だが最終的にメタモンは耐え、そのままトリックルームを維持し続けた。

 

「シンボラーが床に落ちて飛べなくなったのは、【トリックルーム】の効力が切れたからか」

 

 そう、きあいのハチマキを見せつけてカイドウの動揺を誘ったのは、トリックルームが消滅するのを待っていたからだ。

 既に瀕死寸前のメタモンを下げ、ゾロアを繰り出した。だがここでも一つ、俺は仕掛けを用意した。

 

「メタモンが踏ん張ったと知った俺は、即座にメタモンを下げてゾロアを出した。もうゾロアは"くろいてっきゅう"を持っていないから、自由に動けたしな」

「それだ、よくもまぁ【ミラクルアイ】で認識分析能力を高めている俺達の目を欺くことが出来たな」

 

「うん、それもぶっちゃけ賭けだった。前から気になってたんだ、ゾロアの"イリュージョン"はメタモンの【へんしん】と違って、幻影そのものがゾロアってわけじゃない。幻影の足元にゾロアがいるだけだ。けど重いポケモンに化けたゾロアはジャンプすると化けたポケモンくらいの質量に見せかけることが出来るんだ」

 

 重量級のポケモンに化けたゾロアは「ドスン!」という足音を立てることが出来る。つまり、カイドウにきあいのハチマキを見せつけていたとき、俺の足元にいたゾロアは()()()()()()()()()()()()()()()だったんだ。

 

「あとはイリュージョンをキープ出来ればよかったんだけど、気がついたら消えてた。だけどシンボラーの回避よりも、ゾロアの攻撃の方が速かったってことさ」

 

「なるほど、お前の知りたいという知識欲が、俺の知識を上回ったということだな。思えば、俺はジムリーダーになって以来、ずっと知っていることしかしてこなかった。ポケモンバトルの戦術は当然知っていることから引き出した。当然だろう、人間は知っていることしか十全には出来ないのだから」

 

 カイドウが語りだす。その目には、到底俺と同い年とは思えない壮年じみた光が宿っていた。

 

「だがお前のおかげで、思い出したよ。研究の真髄を! 知りたいと欲するその気持ちを! 突き詰め解明するその心が生み出すパワーを!」

 

 興奮し鼻血が再び溢れ出すがそんなことをカイドウは気にしなかった。ポケットから取り出したそれを俺に突き出した。

 

「受け取れ、そして認定しよう」

 

 カイドウに受け渡されたそれを、登る朝日にかざす。キラキラと煌くそれは、知恵の輪によく似ていた。

 

 

 

 

 

「このリザイナシティにおいて、もっとも知的で超常の力を有するこの俺が、挑戦者ダイの健闘を証明する!!」

 

 

 

 

 

 リザイナシティポケモンジム認定トレーナー、ダイ。

 

 俺の名前が、ラフエル地方に刻み込まれた最初の一歩だった。




ポケモントレーナーダイ

所有するバッジ:1個



お借りしたキャラクター

おや:裏腹くん(@HandstanD_p0I0d)

Name:カイドウ
Gender:♂
Age:15
Height:187cm
Weight:65kg
Job:リザイナシティジムリーダー
Badge:スマートバッジ

Catchphrase:「超常的頭脳(パーフェクトプラン)
※ルビは本作限定です。
※リザイナシティトレーナーズスクール講師&元リザイナシティジムリーダー「ピエール先生」も本作オリジナル。またトレーナーズスクールの講師に時折カイドウが来ることも本作オリジナルの設定です。

キャラクター詳細を初めて見た時、筆者が思ったのは「あ、無理だこいつ。企画者が思ってるようなキャラクターのまま出すのは困難だ」です。
可能な限り頑張りましたが貧相な語彙ではあれが限界でした。



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VSゴルバット ジム戦の裏で

 ダイがリザイナシティジムに挑戦していたのと同時刻。元ジムリーダーにして現トレーナーズスクールの講師のピエールは教え子を連れての遠征授業の準備をしていた。

 もちろん行き先はポケモンジムだ。終わっているにしろ始まる前にしろ、必ず教え子たちの指針になるに違いない。ポケモントレーナーを志す者として、ジム戦は必ずタメになる。

 ……はずなのだが、一人の生徒が遅刻しているせいで全体の行動が遅れてしまう。

 

「うーん、遅いネェ」

 

 あっちこっちを行ったり来たり、ピエールはそわそわしていた。もしや事故にあったのでは、なんてことも考えたりしたが連絡事態は途絶えていないため無事ではあるのだろう。

 既に他の生徒達は待ち時間で友達と話をしていた。中でもダイの話題が出るほど、彼らにとってあの挑戦者の存在は異彩だったのだ。授業見学にくる大人はいても、同年代の、それも既に旅をしているトレーナーと授業を共にすることなど滅多にないことだからだ。

 

「先生、先に行ってるのはダメ? もうバトル終わっちゃうかもよ」

「そうなんだよネ、それが心配なんだよネ」

 

 バトルが始まっていようと終わっていようと問題は無いが、出来ればバトルをもう一度生で見せたい。

 引率の先生をもう一人つけて、自分は遅刻している生徒を待とうかなんて考えていた、その時だった。

 

 

 ――――早朝のグラウンド、ドームの天井を何者かが突き破って侵入してきたのだ。

 

 

「な、何事だネ!?」

 

「おお、悪いな。玄関から入るって習慣が無くてよ。アンタが元ジムリーダーのピエール・アグリスタかい?」

「そ、そうだが、そういう君は何者だネ?」

「俺たちはまぁ、そうさな……"バラル団"って言えば伝わるかい?」

 

 その一言で、ピエールがスイッチを切り替えるのは十分すぎた。取り出した二つのモンスターボールを現われたバラル団員目掛けてリリースする。

 

「"スターミー"! "ヤドキング"! 【れいとうビーム】と【パワージェム】!」

 

 飛び出した二匹のポケモンがバラル団員の飛行を手助けしているゴルバットやオオスバメを牽制する。どちらもひこうタイプのポケモンの弱点を的確に突く攻撃だ。

 しかしバラル団員のリーダーを務めているらしい男はそれを身軽に回避するとグラウンドに降り立った。

 

「君たちは他の先生を呼んできなさい! それから、何があってもカイドウくんとダイくんを呼んできてはいけません! あの二人の邪魔になる……!」

「ほう、現ジムリーダーはジム戦の真っ最中なわけだ……おい、何人か引き連れてジムを――」

 

 そこまで言って、バラル団員のリーダーと周囲の団員の足元に再び【れいとうビーム】が撃ち込まれた。一面がアイススケートリンクと化し、バラル団員は大きく動くことが出来なくなる。

 

「行かせるものですか、私の教え子たちの邪魔は、私がさせない!」

 

 スターミーとヤドキングがバラル団員のポケモンを威嚇する。リーダーはフードをかぶったまま、不敵に笑むと同じようにモンスターボールを放り投げた。

 

「"スピアー"! 【こうそくいどう】!」

 

 バラル団員リーダーのスピアーが残像を発生させるほどに速度を高める。ヤドキングは既に目視でスピアーを追えなくなっているほどだ。唯一、スターミーだけはスピアーの速度に追従している。

 ピエールは考えた。なぜいきなりバラル団がこのトレーナーズスクールを襲ってきたのか。もちろん理由に検討はついている。元ジムリーダーである自分に吐かせたい情報があるに違いない。

 

 だがその情報はリザイナシティジムに、引き継ぎの際カイドウに託した上パスワードまで設定を変更させた。もはや自分にその情報金庫を開ける事はできない。恐らくバラル団員たちはそれを知らず、自分を襲ってきたに違いない。

 

「素早さが高いのなら……ヤドキング! 【とおせんぼう】!」

 

 スターミーとヤドキングは共にエスパータイプ。念波によるテレパシーを使った即時情報交換が可能であり、スターミーがヤドキングにスピアーの進行上を割り出し、ヤドキングが先回りしてスピアーの動きを止める。

 

「逃さん! スターミー! 【ジャイロボール】!」

 

 高速で回転するスターミーが動きを止めたスピアー目掛けて体当りする。【ジャイロボール】は攻防を行うポケモンの素早さの差ほどダメージが肥大する。【こうそくいどう】で素早さが極限まで高まっているスピアーは大ダメージを受けるのだ。

 しかしスピアーは引き際をわきまえており、すぐさまトレーナーの元へと戻る。バラル団員のリーダーはキズぐすりをスピアーへと吹き付ける。

 

「さすがだな、ポケモン同士の連携を即時に組み上げて相手に対応するとはな……」

 

 その軽口にピエールは乗らない。スターミーもヤドキングも警戒を崩さずに相手に向き直っている。生徒の避難は完了した。あとは他の教師たちが援軍にさえ来てくれれば確実に制圧できるだろう。

 厳しい顔を続けていると、バラル団員リーダーはフードから僅かに出ている口角をニッと持ち上げた。

 

「気づかないのか? スピアーはただ【こうそくいどう】を繰り返していたんじゃない」

 

 バラル団員の言葉にピエールが周囲を見渡す。そこには針を三角に組んだような物体が足元にぶち撒けられていた。それらはすべて紫色に光っており、触るとまずいのはひと目でわかった。

 

「【どくびし】か……!」

「ご名答、これでアンタもアンタのポケモンも勝手には動けないだろ。スターミーの【しぜんかいふく】も一度ボールに戻らなきゃ効果はない」

「だがネ、スターミーはこの位置からでも君たちを狙い撃てるぞ! 【パワージェム】!」

 

 スターミーは動かずに、トレーナーを脚でキープしながら飛行しているゴルバットを狙う。しかし高速で割って入ってきたスピアーが両手の針で光を刺突し、軌道を逸らす。

 ピエールはそれを見て驚愕した。スピアーの精密さもさることながら、【パワージェム】はスピアーにとっても弱点となるタイプの技だ。それに向かって真っ先に割ってくるほど、相手とポケモンの絆は深いということだ。

 

 たかがチンピラの集まりと高をくくることは出来なさそうだった。

 

「こいつとは、ビードルの頃からの付き合いでね」

 

「それなら私だって彼らとはヒトデマンとヤドンの頃からの付き合いだ」

 

「ハハハハハッ! それもそうだ、そりゃあそうだよなぁ……さて、先生よぉ。俺達の目的がなんなのか、察しがついてるんじゃないかい?」

 

 バラル団員リーダーの言葉を受けてピエールは背中に汗が走るのを感じた。彼らの狙いはきっと今はカイドウが握っている、この街ひいては()()()()()()の秘密の一端。

 それを一般人はおろか、悪党を自称する者共に渡すわけにはいかない。

 

「……実は実技授業用のレンタルポケモンが狙いって言ったら、笑う?」

 

「な、なに……?」

 

「たぁだ、その表情からして……なんか面白いこと知ってそうだな。気が変わった、お前ら! レンタルポケモンは任せるぜ、俺は先生と授業があっからよ」

 

 下卑た笑い、しかし行かせるものかとピエールはスターミーとヤドキングを毒を受ける覚悟で飛び出させた。さっきも言ったとおり、この二匹とは進化する前からの付き合いだ。ばら撒かれている毒に飛び込むのを躊躇うほど、ヤワではない。

 踏みつけた【どくびし】から走った毒素にヤドキングが顔をしかめる。スターミーは露骨に嫌そうに身体を揺らす。しかし二匹とも次の瞬間にはスピアーとゴルバットに向き直った。

 

「もう一度【れいとうビーム】! そしてヤドキングは【はらだいこ】!」

 

 スターミーがコアから冷気を収束したビームを放ち、ヤドキングは顔色が悪いのを気にせずはらだいこで自らを鼓舞する。そして極限に己の攻撃が高まった瞬間。

 

「ゴルバット! 【アクロバット】!」

 

 バラル団員リーダーを降ろしたゴルバットが不可思議な軌道を描いてヤドキングに迫る。アクロバットは持ち物が無いほど、軌道は複雑に、威力は強力になる。トレーナーを降ろしたゴルバットはまさに、アクロバットの真骨頂を発揮していると言ってもいい。

 しかし先程と同じだ、二匹のポケモンが相手のポケモンの移動ルートを予測し、リアルタイムで情報を共有する。

 

「ヤドキング、そのまま右斜め前方に【しねんのずつき】!」

 

 スターミーが【れいとうビーム】を小出しに発射、密かにゴルバットを回避させ軌道を変えさせる。そして、その通過点でヤドキングのエスパーエネルギーを溜め込んだ頭突きがゴルバットへ直撃する。

 まさか高速アクロバットの最中に極大の一撃を喰らうとは思わず、ゴルバットは頭突きされた勢いを殺せないまま吹き飛ばされた。耐える云々の話ではない。そもそも一撃で体力を蒸発させるような威力だった。

 

「おぉ、やっべぇ……戻れゴルバット! スピアー! 【かげぶんしん】だ!」

 

 手持ちが一体になったバラル団員リーダーは作戦を変更し、撹乱を行おうとする。しかしそれもスターミーで対策が可能だ。

 

「【スピードスター】!」

 

 ピエールの指示、スターミーはコアから自分の分身さながらの星を模した光を無数に飛ばし、自分を囲うスピアーの分身を次々かき消していく。

 徐々に数が減っていく分身。とうとうスピアーの分身が目視で数えられるようになり、スターミーの【スピードスター】は一体に向かう星の数が増えていく。

 

「最後の一体、そこだネ! 【パワージェム】!」

「【まもる】だ! 持ちこたえろ!」

 

 スピードスターの星に混じった宝石状の攻撃を最後の一体のスピアーへと向かわせる。しかしスピアーはその攻撃を()()()()()()()()()()

 それを見てピエールは、まるで小さな小石が転がり、土を纏い、徐々に大きくなりやがて巨岩と化すような何かを感じ取った。

 

 あの男のスピアーが命令を無視した? しかし先程のゴルバットを庇う動きの迷いのなさから、その信頼のなさはありえない。あの男が防げと言えばスピアーは必ず攻撃を防ぐだろう。

 じゃあなぜ回避した? 咄嗟の回避衝動?

 

「答えは簡単だよ先生、パワージェムが狙った最後の一匹も分身だったからだ」

「なっ……!」

 

 ズドッ……

 

 鈍い音だ。肉に何かが突き刺さり食い破る音。それから何かが内側からせり上がってくるような感覚。ピエールは次の瞬間、ひと目で無事とは思えないような量の血を吐いた。

 

「ば、かな……」

 

 その正体は、巨大な針でピエールを背中から突き立てたスピアーだった。

 

「そのスピアーな、【まもる】が使えない代わりに【みきり】が使えるんだ。変わってるだろ」

 

 倒れたピエールに歩み寄ってくるバラル団員リーダー。ピエールは虚ろな目で男を見上げたが、視界が霞んで顔が見えない。

 

「そんじゃま、俺もレンタルポケモンの組と合流しますかね……おっ、見ろよ先生、アレ」

 

 陽気に男が指したのは、他の団員たちが逃したはずの子供たちを捕らえていた姿だった。"キリキザン"が子供たちを恐怖で縛り付けていた。

 

「や、やめろ……頼む、やめさせてくれ……!」

 

「じゃあ取引だ、アンタ……何を隠してる?」

 

 ピエールは観念するしか無かった。自分だけが人質ならまだしも、教え子を盾に取られてしまってはどうしようもない。スターミーもヤドキングもついに毒で戦闘不能、立ち上がることすら困難になっている。この状況を打開する術はなかった。

 ルール無視の戦いゆえに、この戦いには始めからバラル団に分があった。長らくジムリーダーを務めていたことが逆に仇となった。

 

 

 

 

 

「や、やべぇ……!」

 

 そんな一部始終を、職員室方面の入り口から見ていた生徒が一人いた。彼はピエールが待っていた遅刻者だ。遅れたがゆえに、この騒ぎに巻き込まれずに済んだ。

 しかしこのままではまずい。彼は考えた、どうすればいいか……答えは一つしか無かった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「ありがとな、ポケモンまで回復してもらっちゃって」

「構わん、さっさと行け。俺も少し疲れた」

 

 相変わらずバトルを終えると冷たいやつ、だけど俺は気にしなかった。登った朝日にスマートバッジを透かして見る。勝ったのだ、今でも実感が湧かない。先程のバトルがずっと昔のように思えた。

 

「次はどうするつもりだ、一番近いジムがあるのはこのまま北上したところにあるラジエスシティだな」

「あ~……いや、そうだな……15ばんと16ばんどうろを通って、"モタナタウン"方面から"クシェルシティ"を目指そうと思う」

「……まぁ、余計な詮索はしない。お前の旅だ、好きに挑め」

 

 カイドウは深くは聞かずにいてくれた。実際助かる、ラジエスシティに行こうとするなら少なくともペガスシティを渡るハメになる。しかしPG(ポケット・ガーディアンズ)の本拠地が置かれてる街は、捜索対象になってるであろう俺としては出来れば避けたい。幸いペガスシティにジムはないし、わざわざ行く必要はない。

 まぁ、どこの街にもPGの支部は置いてあるので、ひと目は気にしなければならないけどそれでも本拠地が置いてあって、街中にPGが跋扈するような場所よりはずっとマシなはずだ。

 

 それじゃあ、と声をかけてジムを後にしようとしたその時だった。遠くから朝もやの中を、一人の男の子が走ってきた。あれは……

 

「カイドウさん! 助けてください! ピエール先生が!」

「……いきなりどうした。要点をまとめて話せ」

 

 確か、昨日バトルしようとして、課題があるって先に帰った生徒。確かシュンって名前だった気がする。シュンは息も絶え絶え、肩を必死に喘がせている。

 

「今日遅刻して、学校についたら……はぁ、ピエール先生や友達が、変なフードのやつらに襲われてて……ピエール先生を早く助けないと、あのままじゃ先生が危ないよ! お願いカイドウさん、先生を助けて……!」

 

 シュンの涙ながらの訴え、俺もカイドウもただごとではないと悟る。そしてそれ以上に俺は、シュンの言葉にピンと来るものがあった。

 フードのやつら、恐らくというかほぼ間違いなくバラル団だ……!

 

「わかった、お前はこのまま誰か助けを呼べ。俺もこいつもジム戦後で、本調子とは言い難い。万が一ということもある、他のスクールの教師や――――」

 

 俺はカイドウがシュンへの指示を終わらせるより先にペリッパーを呼び出し、その身体に飛び乗って空を飛ぶ。ピエール先生がいるスクールはジムからそう遠くはない。俺は近くの街路樹の近くでペリッパーをボールに戻すと得意の木登りで街路樹に身を隠す。

 ジッと目を凝らし葉っぱの間からスクールの様子を伺う。すると、スクールの入り口に控えているガードマンが全員伸されていた。あいつら、正面から押し入りやがったのか……!?

 

「先走るな……それでどうだ」

「あぁ……結構な人数で来やがったみたいだ……あいつら、なんでいきなりトレーナーズスクールを襲ったりしたんだ。そういえば、シュンは?」

「他のスクールの教師や、レンジャースクールのエリートを呼んでくるように伝えておいた。だが、一刻の猶予はない。シュンの話では、教授は重症を負ってるらしいからな」

 

 シンボラーにぶら下がってきたカイドウと合流する。シュンはどうやら助けを呼びに行ったらしい、たしかに下手に戻ってくるより安全だろう。

 

「状況をより明確に把握したい。しかし……」

 

 カイドウが指した先には、入り口のガードマンを退け、代わりに自分たちがガードマンだとばかりに仁王立ちする二人のバラル団員だった。ガタイがでかく、俺たちみたいなのが束になって抑えられるかわからない。

 

「仕方ない、出来れば今日は控えたかったが……」

 

 そう言ってカイドウはシンボラーを飛ばす。シンボラーは単身空を飛んでスクールの上空へと上がっていく。見ればカイドウの額には第三の目が現れている。散々苦戦させられた【ミラクルアイ】とエスパーポケモンの念写を利用した情報把握能力だ。

 しかしやはり俺とのジム戦が響いているのか、カイドウは顔を顰めて眉を寄せている。

 

「待て、あんま無理すんな……中の様子なら俺が見てきてやる」

「どうやってだ、正面からあいつらに挑むつもりか。お前とて本調子じゃないだろうに……!」

 

「まぁまぁそう慌てなさんな、むしろ公式戦以外のゲリラは俺の得意とするところだぜ」

 

 そう言うと、俺は木の下に降りて準備を始めた。すると上からカイドウが声を出してきた。

 

「俺のユンゲラーを連れて行け。今日の戦闘では疲弊していないから、戦力としては十分のはずだ」

「けどよ、そんな強いユンゲラー。俺の言うことを素直に聞くか……?」

「安心しろ、お前は俺と真っ向からぶつかり合い、そのバッジを手に入れた。俺の手持ちが、何よりお前の実力を認めている」

 

 カイドウはそう言って木の上からユンゲラーが入ったボールを落としてきた。ボールの中のユンゲラーは俺と目を合わせてコクリと頷いた。よし、準備は出来た。

 

 

 

 

 

「そろそろ撤収の時間じゃないのか?」

「あぁ、リーダーがレンタルポケモンの強奪には成功したっていうからな……ただよ、なんでもあのデブ教師から何か聞き出すつもりらしいぜ。いったいどんな情報を聞き出すってんだか……」

「リーダーは気まぐれなせいかくだからな」

 

 ハハハ、と二人のガードマン気取りのバラル団員が笑い合う。そんな中、俺は()()()()()()()二人に近づいていった。

 

「お疲れ様です!」

 

「おっ、新入りか? へへっ、そのフード似合ってんじゃねーか!」

「あざっすなっす! それで、見張り交代だそうですぜ!」

 

 そう言ってやると、二人のバラル団員はこれっぽっちも疑わずに了解し俺に背を向けた。よし、今だ……!

 

「ゾロア! 【だましうち】! ユンゲラーは【さいみんじゅつ】!」

 

 俺のカバンから飛び出したゾロアが後ろから当て身の要領で一人の男を昏倒させ、それに驚いたもう一人をユンゲラーが眠らせる。俺は二人の大男を茂みに連れていき、フードを剥ぎ取ると持っていた"あなぬけのヒモ"でぐるぐる巻きにする。

 今のはゾロアのイリュージョン。俺の服装だけをバラル団のように見せかけていたのだ。もちろんゾロアの姿を見られるわけにはいかないから、ゾロアはカバンの中に隠れていたのだ。

 

 そしてそのフードを今着ている服の上から羽織る。ただでさえ大柄な男の服だからか、いつもの服の上から着てもぶかぶかだった。だけどこれで怪しまれずに済む……

 

「おーい! カイドウ、オッケーだぞ!」

「本当に着るのか……まぁいい」

 

 木の上から降りてきたカイドウにももう一人の男から奪ったフードを被せてやる。着替えが終わると俺達は改めて作戦を確認する。

 

「俺のライブキャスターで映像を送りながら中に進む。お前はこっちのライブキャスターを持っとけ……何度も言うけど見張りのフリをしているだけでいい。けど、マジもんの援軍が来たらどうにか止めてくれ」

「なかなか難題だな……だが、お前が中に行く以上はどちらかが外を守らねばなるまい……教授を頼む」

 

 やはり恩師のピンチで、カイドウも居ても立ってもいられないんだ。だけど、さっきのジム戦。俺よりもずっと体力を消費したはずだ。もうミラクルアイで情報のやり取りを行うのも厳しいだろう。

 だからこそ俺が行く。最悪戦いになるが、だからとてこのまま手を拱いているわけにはいかない……!

 

 スクールの中に侵入すると、他の生徒や先生たちは見当たらない。職員室やトイレなど、それらしき場所は当たってみたがどこにもいなかった。

 こうなるともうグラウンドしか無い。ガラス張りの廊下からグラウンドの様子を伺う。すると、そこには……

 

「ピエール先生……!」

 

 手足を縛られ、地面に転がされているピエール先生がいた。もっと大胆にグラウンドを覗き込むが、どういうわけか今は人がいない。助け出すなら今以上の好機はない。

 俺はグラウンドに飛び降りると、ピエール先生まで一直線に走り出す。ピエール先生の口のテープを剥がすと、顔は真っ青だった。背中には鋭いもので突き刺された痕があり、彼のパッツパツのシャツが紅く濡れている。

 

「まずい、血を流しすぎたんだ……! 先生! 聴こえるか、ピエール先生!」

 

 揺さぶってみると、ピエール先生は薄く目を開いた。そして俺に気づく、俺はフードを僅かに持ち上げ顔を見せるとピエール先生は薄く笑った。

 

「オウ、ダイくん……ジム戦はどうなりましたか……?」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ……! 待ってろ、今助けてやる……!」

「こんなときだからですヨ……君たちのジム戦がどうなったのか、私に教えて欲しいネ……」

 

 まずい、非常にまずい。このままだと本当に危険だ……

 

「カイドウ、聴こえるか……?」

『どうした、なにがあった』

「ピエール先生は見つけた。だけど他の先生とか生徒が見当たらないんだ……ひとまず、先生をどうにかしないと――――」

 

 瞬間、空気を裂く音が聞こえた。俺はピエール先生を弱く突き飛ばすとそのまま自分も飛び込んで回避しようとするが、飛来した何かがフードに直撃してそのまま引っ張られるように地面に打ち付けられた。

 

 

「お前、何やってんだ……?」

「人質救出作戦だ、よッ!」

 

 何かによって地面に打ち付けられたフードを強引に破り取り、声の主目掛けて脱ぎ捨てながら投げ飛ばす。巨大なフードが俺と相手の障害物になり、視界を隠す。だが!

 

「キモリ! フードの奥目掛けて【タネマシンガン】!」

 

 ボールから飛び出したキモリが機関銃の如く種の弾丸を発射する。フードを容易く貫通するほどの攻撃、受ければひとたまりもないはずだ。

 無意識の内に、ピエール先生の惨状を見て俺は自分を抑えられなくなっていた。

 

「ペリッパー、ピエール先生をポケモンセンターまで運んでくれ」

「させねえぜ……ッ!」

「――――ッ!?」

 

 突如吹き荒れる風、その中から幾つか可視できるほどの刃が俺とキモリを掠めていく。タネマシンガンと今の一撃【エアカッター】を受けたフードはバラバラに裂けてしまう。

 

「みすみす逃がすかよ、俺達の悪事を目撃した連中を……」

「お前もイグナみたいなことを言い出すのかよ……バラル団はしつこいやつばっかりか!」

 

 俺がそう叫ぶと、相手の男はヒューと口笛を噴いた。

 

「へぇ、お前イグナを知ってんのか! へぇ~『バラルの執念』、『牙の誇り』とまで謳われてるアイツのグラエナが逃したっていうデッケェ獲物はおめえか!」

 

 エアカッターの影響で吹き荒れた砂煙の中から男がスッと顔を出す。あいつはフードの内側からこちらに見えるよう、ギザギザの歯を見せ、口角を持ち上げた。

 

「じゃあ自己紹介してやる。俺はな、何よりスピードが命の男。イグナが目撃者を確実に仕留める『牙』なら、俺はどこまでも出向きどこまでも追い詰める『バラルの脚』だ」

 

 砂煙が晴れ、お互いの姿が顕になる。やつは、フードを捲り上げてその獰猛な笑みを俺に晒した。アーボックに睨まれたオタマロ、とはこういうことを言うのかもしれない。

 目が合った瞬間、イグナとは違う迫力を感じた。思わず後ずさってしまうほどには、危険なやつだとハッキリわかった。

 

 

 

「俺はバラル団強襲部隊リーダー……隊の中の異名は『猛追のジン』……!」

 

 

 

 




お待たせしました。

今回もバラル団がとあることをやらかしていますが、真相はいずれ明らかになります。
勘の良い人は主人公の出身地から作者の好きなポケモンシリーズがわかると思います。そしてそれが本作で大きく関係しているかもしれません。



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VSスピアー 猛追のジン

「『猛追のジン』……まぁよ、一応これ他称だからよ。仲間から見た俺の評だからよ……つまり、伊達でもなんでもねーってこった」

 

フードを脱いだくすんだ金髪の男――ジンは三日月型の、ニッと歪んだ口元をこちらに見せつける。俺は背中にかかる圧で、思わず膝を降りそうになる。

ちらりと後ろを見る。ピエール先生をこのまま放置すると、間違いなく無事ではすまない。手っ取り早く、ポケモンセンターで応急手当を受けさせて病院に搬送したいが……

 

「あぁ、その先生を連れて俺から逃げられるとは思わない方がいいぜ。それこそ、猛追するんで」

 

ケタケタと笑うジン。その肩にゴルバットが止まる。俺はキモリと目を合わせる。キモリがコクリと頷き、俺はボールを取り出した。

リリースしたボールから出てきたペリッパーとユンゲラーがジンとそのゴルバットに向き直る。

 

「おっ、なんだ? トリプルバトルか? いいぜぇ、相手になって――――」

 

「ペリッパー! ピエール先生を【たくわえ】て、ユンゲラー! ピエール先生をペリッパーごと【テレポート】!」

 

「なっ! さっそく俺の前で逃げの一手かよ!?」

 

「行かせてもらうに決まってんだろ! 【エナジーボール】!」

 

ペリッパーがピエール先生を咥えて保護、ユンゲラーが俺の頭から、俺が思い浮かべた場所へペリッパーをジャンプさせる。それまでの僅かな時間を、キモリが稼ぐ。

放たれた新緑のエネルギーはジンの足元で弾けて炸裂、周囲に再び砂埃を巻き起こす。

 

……いや、ただの砂埃じゃない。エナジーボールが引き起こしたにしては、煙の量が多すぎる――!

 

恐らくはジンがゴルバットに持たせていたのだろう"けむりだま"だ。そしてその結論に思い至ったときだった。俺の耳は微かに羽音のような物を捉えた。闇雲に動くのは避けたかったがやむを得ず俺は前方に転がるようにして回避する。すると先程まで俺の腰があった位置に鋭い毒針のようなものが通り過ぎた。

すかさずポケモン図鑑を取り出し、そのポケモンを特定する。

 

 

『スピアー。どくばちポケモン。両手とお尻にある三本の毒針で、相手を刺して刺して刺しまくって攻撃する』

 

 

俺を強襲した影はすぐさま撤退、再び耳障りな羽音を響かせ、スピアーが移動を開始する。煙を晴らしたいが、たった今ペリッパーがポケモンセンターの上空付近にテレポートしてしまったため、【きりばらい】でこの煙幕を晴らすことが出来ない。

ただ選択ミスだとは思わない。ピエール先生を運べるほどの怪力もしくは運搬能力を有するのは、俺の手持ちではペリッパーだけだ。

 

「ゾロア、どうにかスピアーの場所を特定できないか……?」

 

ボールから出てきたゾロアが鼻を使ってスピアーの場所を探そうとするが、即座に咽てしまう。そのときだ、鼻が甘い香りを感じ取った。というよりかは、甘い匂いを混ぜすぎて逆に異臭になっているような、思わず袖で顔を覆ってしまう匂いだ。

これは……もしかして……

 

「すげー匂いだろ、けむりだまに混ぜておいた"モモンの実"と"シーヤの実"の匂いでよ。この匂いの中では【かぎわける】ことが出来るポケモンですら俺を見つけるのは不可能だぜ」

 

こいつ、思ったより策士だ。【かぎわける】はPGやその他の公的機関のガードマンたちがよく徴用するポケモンが覚える技で、それから逃げるために身に着けたであろう術を攻撃に転用してくるなんて……!

ゾロアは元々かぎわけるを使えるポケモンではない。それでも俺より鼻が利くと睨んだが、この煙の中では難しい。

 

「ペリッパーを逃したことを誤算だと悔やんでも遅いぜ、スピアー! 【ダブルニードル】!」

 

「ッ!」

 

その一撃は再び俺目掛けて撃ち放たれた。煙を突き破って現れたスピアーが両手の針を交互に突き出してくる。それが俺の頭部を掠め、ゴーグルのレンズにヒビが入る。今の一撃で確実に俺の位置と回避先を予測したスピアーの二撃目が放たれる……!

 

「ゾロア! 受け止めろ!」

 

しかし俺の眼前に飛び出したゾロアがその一撃をなんと口で受け止める。そのまま針を噛み砕こうとしたが、思った以上に硬質の針らしくゾロアの顎では不可能のようだった。

 

なら―――!

 

「受けた分キッチリお返しだ! 【しっぺがえし】!」

 

ゾロアが針を咥えたまま、背負投に似た要領でスピアーを地面へと叩きつける。スピアーの突きの勢いが凄まじいほど、受け流され地面へ叩きつけられたときのダメージは相当のものとなる!

しかし仕留めるにはわずかに足りなかったらしい、スピアーはゾロアを軽くあしらうと再び煙の中へと姿を消した。だけど今の攻防で起きた風圧が俺の周囲の煙を晴らし、多少は見渡しがきくようになった。

 

「いいぞ、よくやったゾロア! ……おい、どうした?」

 

急にゾロアが苦しみ始めた。針を受け止めきれずに口の中にダメージを受けたのかもしれない。ゾロアを抱え上げてみると、ゾロアが苦しんでいる理由がわかった。

毒だ、スピアーはあの【ダブルニードル】の瞬間にゾロアに毒を打ち込んでいたんだ。俺はカバンからモモンの実を取り出して、ゾロアにゆっくり食べさせる。弱りながらも咀嚼を繰り返しなんとか飲み下して解毒に成功したゾロア。しかし今受けたダメージが原因でか、動きが鈍くなっていた。

 

「ユンゲラー、お前は相手の位置がわかるか……?」

 

背中越しにユンゲラーに伝えてみるとユンゲラーはスプーンを曲げ、念力をフルパワーで駆使して敵の動きを読んでいた。ユンゲラーはかつて、俺とこのグラウンドで戦ったことがある。

そのことからも、このフィールドの形を完全に把握しておりそこを舞う異物の感じを念力で感じ取ろうとしているんだ。

 

「スピアーは恐らく、スピードを駆使して俺達の弱点をついてくるはずだ。そして、俺の逃走経路にもなりえるお前を狙ってくる可能性が、たぶん一番高い」

 

【テレポート】が使えるユンゲラー。自身も含め、俺をこの場から逃がすことは容易い。だけど、ジンの猛攻の前にテレポートするだけの時間が稼げず、時間を稼ごうものなら時間を稼ぐポケモンが置き去りになる。

それはダメだ、全員でこの場から逃げ出す。もしくは、あいつを倒す。それがこの場での最善手になるはずだ。

 

「あれを、試してみるか……」

「あれって、なんのことかな?」

 

直後、ユンゲラーが俺を後ろに蹴飛ばし、スプーンを巨大化させ不意の攻撃を受け止める。危ないところだった、今のは確実に俺の反応が遅れていた。

 

「まだるっこしいって思ってるだろ。けどな、周りもわからねぇ状態でスピードに追い立てられると、人間はいずれ余裕をなくす。数分が数時間に感じるほどにな」

 

煙の奥にゆらりと影が現れては、再び姿を消す。まるで幻みたいに、ジンの居場所が転々とする。まるでジン自身が影分身してるみたいに。

追い立てられ、だんだんと自分でも余裕が無くなってきているのを感じる。次の攻撃のタイミングが全くわからない。

 

「その余裕の無い時が一番攻めやすく、追われにくい。ちょっとの追撃でも、深追いは避けようって気分になるからな。そこに漬け込むのが、俺流よ」

 

肩に手を置かれた! 振りほどき、そのまま振り返りながらユンゲラーに指示を飛ばす。

 

「【サイケこうせん】!」

 

「無駄だ、そんなんじゃ当たらねえよ。もっと俺を追い立ててこい、その悪視界の中前に進み出す勇気があるのならな!」

 

そうだ、やつがこの煙幕の濃い空間を作り出してただそれだけで終わるとは考えにくい。あのスピアー、もしくはゴルバットがさらに何かしているとすれば……

図鑑でスピアーを検索する。相手のスピアーの特性、技構成をすべて把握すればきっと……!

 

「わかったぞ! 【なりきり】だ! あのスピアーになりきるんだ!」

 

ユンゲラーはスピアーが襲ってきたときのことを思い出し、そのときのスピアーの特性を自分へと浸透させる。"マジックガード"だったユンゲラーが"スナイパー"へと変わる。

次だ、俺はユンゲラーと戦うカイドウの姿をイメージする。キモリと共に挑み、簡単にあしらわれたあの戦いを、思い出す。そしてユンゲラーに"ある技"を使わせた。

 

「今度は周囲に【ひかりのかべ】を多重展開!」

「へぇ、防御を固めようってか! ならそれを突き崩してやる!」

 

ジンが迫ってくるのがわかる。それこそ、どこから走ってくるのか。それに付き従うスピアーがどこを飛んでいるのかさえ、鮮明に。

 

 

 

「今だ、放射状に【サイコカッター】!」

 

 

 

ユンゲラーを中心に念波の刃が放たれる。それをカイドウは屈んで、スピアーは上昇することで回避したのだろう。足音から、回避に成功した自信を感じる。

だが……!

 

「そんな攻撃じゃ当たら――――」

 

直後、ジンの身体に念波の刃が直撃。同時にスピアーにもサイコカッターが多重直撃、うち数発が急所に当たる。いや、正確には"急所に狙って当てた"。

腹部に念波の刃を受けたジンがグラウンドの上をごろごろと転がる。スピアーは元々、速度に重きを置いていたためか防御性能はそこまで高くなかったらしく、今の一撃で瀕死に追いやることが出来たらしい。

 

「今だ、俺たちをこの煙幕の外へ【テレポート】だ」

 

頷いたユンゲラーが俺たちを外へと逃がす。煙幕が広がっていたのは思ったより狭い空間で、その周囲に散らばっているものを見て、納得した。闇雲に攻勢に出ていたら踏んづけていたかもな、【どくびし】。

 

「や、野郎……今の攻撃、どうやって……」

 

ユンゲラーがジンにスプーンを向けて牽制する。下手に動けば攻撃する、の意味を持っている。キモリは念のため姿の見えないゴルバットによる奇襲を警戒している。

 

「お前は【ひかりのかべ】を防御に使用すると睨んでいたみたいだけど、それは大きな間違いだ。俺とユンゲラーは自身を中心に、放射状に放ったサイコカッターを反射させるように【ひかりのかべ】を展開したんだ」

「ば、かな……【ひかりのかべ】と【リフレクター】は正面から受けた攻撃をそのまま殆どを吸収しちまうはずだ……だからこそ防御に有効な技のはず……」

「あぁ、だから【バリアー】も使った。バリアーとひかりのかべの混合防御壁を俺とお前を閉じ込めるようにして張り巡らせたんだ」

 

倒れているジンを抑えつける。ユンゲラーが腰からジンのぼーるを念力で外し、さらに加えて念力でボールから出ようとするポケモンたちの動きを封じ込めていた。

 

「後もう一つ気になる……てめぇ、どうやって俺の位置を割り出しやがった。俺の脚をどうやって捉えやがった」

 

ジンは俺を見上げて、気づいたようだった。俺の額に浮かぶ、第三の目に。同様に、ユンゲラーの額にも同じ紋様が浮かんでいる。

 

「【ミラクルアイ】、元は回避率の高い相手に技を当てるってだけの技さ。けど、エスパータイプのポケモンが持つテレパシーと念写能力で、俺の思考とユンゲラーの思考が直接重なったんだ。俺にはわからなくてもユンゲラーにはお前たちの場所がわかっていたからな」

 

元はカイドウが使う高度な連携技だ。当然、俺はたったの数秒でリンクを切らなければ情報処理が追いつかずに頭がパンクするところだった。気を抜いたら頭が鈍器で殴られ続けるような痛みを感じる。

改めてあいつの凄さを知った。きっと他のジムリーダーはもっとすごいのだろう。そう思うと、道はもっと険しく思えた。

 

「なるほどね……俺は手持ちを封じられ、圧倒的不利ってか……」

 

「大人しくしろ、ゴルバットもボールに戻すんだ」

 

「けっ、バレてら……ほらよ」

 

ジンはあっさりゴルバットをボールに戻した。そしてそのボールを俺に手渡した瞬間だった。それはモンスターボールでは、なかった。

それはふるふると震え、まるで怒っているかのようにこちらを睨んでいた。

 

「"ビリリダマ"……!? ぐあぁっ!」

 

いつの間にかゴルバットを収めたボールとすり替えられていたビリリダマがバチバチと稲妻を走らせる。それを素のまま持っていた俺の手を徹して全身に走る。

 

「へっ、今日のところは引いてやるぜ。俺は引き際を弁えてるからな、今のお前は手負いだし絶好のチャンスだけど、急いて逃げ損じるなんてことがあっちゃあスピードホリックの名折れなのよね……! じゃ、あばよ!」

 

右腕の痺れと戦っている間にジンはユンゲラーからボールを奪い取り、ゴルバットを呼び出すとドームの破れた天井から逃げ出した。しかし疑問は消えなかった。

確かにすべてのボールを取り上げたはずなのに、どこにビリリダマ……ひいてはそれを収めるボールを隠し持っていたのか。

 

「とにかく、ビリリダマを落ち着かせないと……つっ!」

 

【でんじは】の影響か、身体が思うように動かない。痺れが抜けない。しかしビリリダマは相変わらず俺を狙っている。表情もいつもよりだいぶ険しい気がする。

ビリリダマは身を捻り、それを元に戻す弾性力を利用して衝撃波を発生させ、それを俺たち目掛けて飛ばしてくる。

 

「ゆ、ユンゲラーは【バリアー】! キモリはそのまま懐に潜り込んで【メガドレイン】だ……!」

 

キモリが突進、そのキモリに襲いかかる【ソニックブーム】をユンゲラーが遠隔からバリアーを張り防御。即座に解除してキモリが進行する道を作る。

ジンのスピアーもそうだが、うちのキモリだって速度には自信がある。次に会ったときは確実にこっちが追い回してやる……

 

【でんこうせっか】でビリリダマに接近し、撹乱しながらビリリダマの体力を奪い無力化に成功する。その頃、ようやくジンが放った煙幕が完全に晴れ、周囲が顕になる。

 

俺達がさっきまでいた場所の周囲に【どくびし】が巻かれていた。下手に動けば、俺が踏んでいた可能性もある。そう思うとゾッとした。テレポートで煙の範囲外に離脱したのは正解だったな。

そのときだ。グラウンドの陰の部分にビリリダマを収めていたと思わしきボールがあった。それを拾い上げるとボールに文字が綴られていた。

 

『レンタルポケモンNo.100 ビリリダマ』

 

レンタルポケモン、このスクールのポケモンバトル実技で使われているポケモンで自前のポケモンをまだ持っていない生徒に貸し出されているポケモンだったはず。

確かシュンのマッスグマたちもレンタルポケモンで、そこまで考えたときだった。

 

急激に後ろから強い力で首を締められた。あまりの衝撃に呼吸すら出来なかった。グラウンドの上を引きずられた俺は、いくつもの蔓が俺の身体を締め付けていることにようやく気がついた。

そしてようやくわかった。ジンはただ逃げるだけではなく、俺をどうにか始末するつもりだったらしい。

 

「"ウツボット"……!」

 

明らかに正気ではない様子のウツボットが【つるのムチ】で俺を拘束、そのまま自身の消化用の口に放り込もうとしているらしかった。

 

「やべぇ!! ユンゲラー!」

 

蔓が俺を離し、ウツボットの口に落下する寸前にユンゲラーが【サイコキネシス】で俺を空中にキープする。しかしそれを怒ったウツボットが俺の脚に再び蔓を巻きつかせて引っ張る。あまりの力に右足だけもげそうだ……!

キモリとゾロアがウツボットを攻撃するが、さっきのビリリダマよろしく正気ではないウツボットにはダメージが入っていないようだった。

 

「これは……こんらんしてる!?」

 

ウツボットの状態を図鑑で徹してみるとウツボットは混乱状態に陥っていた。まさに正気ではなかったわけだ。

恐らくはジンのゴルバットだ。恐らくやつの手持ちはスピード重視、あのスピアーがエースだとしてゴルバットは飛行用と逃走用のハイブリット型で、【ちょうおんぱ】と【あやしいひかり】でウツボットを混乱させ、その隙を使って逃げるつもりだったんだ。

 

「くそっ! キモリ! 頭にその尻尾【たたきつけ】てやれ!」

 

言うが早いか、キモリはウツボットの頭を横に振り抜いた尻尾で勢いよく殴打する。さすがに頭部への一撃は大きかったのか、蔓の拘束が緩くなった。

そのチャンスを見逃さずユンゲラーは再び【サイコキネシス】で、今度は俺を拘束している蔓を念力でこじ開けた。

 

「よし、逃げ出したぞ! ユンゲラー【さいみんじゅつ】!」

 

俺が離脱すると同時に、ユンゲラーがウツボットの頭に直接念力を流し込み、抵抗力を一気に削いだところで眠らせることに成功する。

だが、それは始まりだった。ボンボン、とモンスターボールからポケモンが飛び出す音がする。周囲を見渡すと、さながら地獄絵図だった。

 

 

 

ゴルバットによって混乱させ操られているレンタルポケモンたちがみんなこちらを睨んでいる。その数、十匹では足りない。こちらも総力戦で挑まなければ、きっとやられてしまう。

ボールから勝手に飛び出してきたメタモンは身近にいた戦闘不能のウツボットをコピーする。

 

「円陣だ! 背中をカバーしろ! 隙を見せたら、ひとたまりもないぞ……!」

 

ユンゲラー、キモリ、ゾロア、ウツボットに化けたメタモンが俺を背に庇うように円陣を組む。真っ先に襲い掛かってきたのは"サイホーン"だった。突進に自身の身体を回転の勢いを加算させている。

 

「【ドリルライナー】が来るぞ! キモリ! 【エナジーボール】と【タネマシンガン】で迎え撃て!」

 

タイプ相性は抜群のキモリが新緑のエネルギーを種の弾丸でコーティング、それを一斉に発射する。まず種の弾丸がサイホーンの勢いを殺し、真正面から新緑エネルギーを叩きつける!

しかしサイホーンは重量級のポケモン、多少自身に対して強力な攻撃を受けて勢いが削がれたといっても動きが止まるはずもなかった。各々がその場を飛び退いて【ドリルライナー】を回避する。

 

次に迫ってきたのは"ザングース"だった。ウツボットといい、授業用のレンタルポケモンにこんな危険だったり獰猛だったりするポケモンを混ぜておくなよ!

……いや、だからこそなのかもしれない。突然我に返ったように、俺は暴れているポケモンを見上げた。

 

ポケモンバトルは、特にルールも何もない、こんな野良の戦いでは何が起きるか分からない。旅の途中、例えばさっきのビリリダマにトレーナーが痺れさせられたら、痺れが抜けるまで動くことは出来ない。

だけど、その間になにもないとは言い切れない。自然の力で災害が起きて、それに運悪く飲み込まれることだってあるかもしれない。

 

だからこそ、授業で危険なポケモンの取り扱いを学ばなければならないのだ。そして、元ジムリーダーのピエール先生だからこそ、それが出来ていたんだろう。

なんとしても、この場を潜り抜けないと……

 

「ザングースは物理攻撃を受けたら【リベンジ】してくる可能性がある。ユンゲラー、対処できるか!」

 

そう指示するとユンゲラーは振り向かずに頷いた。即座に両手の中に稲妻を走らせ、溜め込んだそれを一気に萠出する。今のは、ユンゲラーの【チャージビーム】だ。溜め込んだエネルギーと放つエネルギーは別物であり、ユンゲラーは溜め込んだものの放たなかった余剰エネルギーをそのまま吸収、自身の特殊攻撃能力を増加させる。

ザングースは【チャージビーム】の直撃を受けるも、まだまだ健在といったようだった。

 

「次は"ハブネーク"か……!」

 

こいつをどうにかザングースにあてがうことが出来れば、敵は一気に二体減ったも同然! そしてそれを実行するには……!

 

「メタモン! ウツボットからザングースに姿を変えて、ハブネークを【ちょうはつ】しろ!」

 

キモリと共にサイホーンと向き直っていたメタモンがウツボットからザングースに変身し、ハブネークに向かってツメをチョイチョイと動かし、煽る。

当然頭に来たハブネークは真っ先に【ポイズンテール】をザングースに化けたメタモンに突き出してくる。しかし!

 

「【みきり】! そして今度はハブネークに変身してザングースに【ちょうはつ】だ!」

 

メタモンはハブネークの毒が染みきった刃尾を掴むとそのまま振り回して投げ飛ばす。復帰してくるまでに仕込みを終えておきたい。すぐさまザングースに向き直りハブネークの姿で挑発するメタモン。

ザングースもまた怒り心頭で【ブレイククロー】を繰り出してくる。しかしハブネークの姿で【みきり】は使えない。

 

「真っ向勝負だ! 【アイアンテール】!」

 

ザングースはハブネークをライバルとし、何世代に渡り数を増やしてきた。そのため、ハブネークによって毒を受けた個体が《《毒を受けた状態で強くなる》》という特性を得た。

つまりハブネーク特有の【ポイズンテール】は、返って悪手になる。鋼鉄のように硬くなった刃尾がザングースのツメと激突し火花を散らす。

 

「次だ、ザングースの視界からメタモンを消す……ゾロア! イリュージョンでザングースをハブネークの場所まで誘導しろ!」

 

メタモンが化けたハブネークに執心のザングースを引き離すべく、ゾロアがハブネークの幻を見せザングースをメタモンから遠ざける。再びウツボットへ姿を変えたメタモンは遠くで再び自分たちの戦いを始めたハブネークとザングースのペアを見て悪戯っぽく笑った。

 

「よし、このままなら……!」

 

いける、そう思った瞬間。俺の身体は容易く宙に浮いた。それどころか、身体に走る鈍痛が遅れてやってきた。

地面に叩きつけられたとき、自分が受けた攻撃が【すてみタックル】であると理解した。幸いだったのは、相手の身体がそこまで大きくなかったことだ。俺より大きなポケモンだったら今頃俺は挽肉になっていたところだ。

 

「"マリルリ"か……っ」

 

起き上がろうにも身体にじんじんと響く鈍痛のせいで立ち上がることが出来ない。マリルリは混乱して苦しそうな顔で俺目掛けて【バブルこうせん】を放った。

泡の雨が俺にぶつかっては爆ぜる。ちょっとした爆弾のような衝撃が身体を襲う。身体を丸めて必死に堪える。

 

しかし次の瞬間、泡が俺の元へ届かなくなった。不審に思った俺は、顔を持ち上げた。そこには、

 

「ユンゲラー……!」

 

カイドウのユンゲラーが俺を守るようにマリルリに対峙し、【ひかりのかべ】で泡の雨を受け止めていた。しかしマリルリが出力を上げると、ユンゲラーの防御を乗り越えて泡がユンゲラーを襲う。

 

「まずい、メタモン! 【グラスミキサー】でマリルリを攻撃しろ!」

 

即座にメタモンがユンゲラーのフォローに向かう。ウツボットの姿で発生させた葉っぱでマリルリを取り囲む。それでもマリルリは止まらず【アクアジェット】で強引にグラスミキサーの檻から抜け出す。

それだけじゃない。マリルリの腹部が若干赤くなっていることから、恐らく【はらだいこ】で攻撃を極限まで高めて放たれた【アクアジェット】だ。直撃すればユンゲラーではひとたまりもない。

 

ユンゲラーはそれに対し、【バリアー】を積層して防御するが徐々にそれが破られていく。それがユンゲラーの負荷になっているのか、ユンゲラーはついに膝を屈した。

水を噴射し、ユンゲラーに迫るマリルリ。

 

俺を庇って飛び出してきたユンゲラーに、マリルリがぶつかる。

 

その瞬間は、やけにスローモーションに感じた。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

ダイがジンを退け、暴走したレンタルポケモンと戦闘を開始した頃。カイドウはガードマンのポジションも忘れてとある場所めがけ、痛む頭や気だるい身体に鞭を打って足を急かしていた。

 

リザイナシティはもちろん都市地域であり、近くに水場が存在しない街だ。

そんな街中で空高く飛ぶペリッパーを見つければ不審に思うのが当然だ。それにダイのライブキャスターとも通信が切れ、ペリッパはダイの手持ちのポケモンだ。間違いなく何かあったと見ていい。

 

カイドウは徐々に高度を落とすペリッパーの着地地点をポケモンセンターと定め陸路で先回りする。ペリッパーは予測どおりポケモンセンターの前に着陸すると乗せていた人間を下ろした。それを見てカイドウ歯噛みした。

 

「教授……!」

 

自分の恩師ピエールが見るも無残な姿で運ばれてきたのだ。カイドウを見つけたペリッパーが大慌てで何かを捲し立てようとしていた。カイドウもそれで確信した、ダイが戦っているということを。

 

「ピエール先生!」

 

そのときだった、自分が指示しポケモンセンターにやってきていたシュンがピエールに駆け寄った。そして慌ててポケモンセンターの中から人を数人連れてくると、ピエールを担架で運んでいった。

 

心労が一気に襲い掛かってくるようだった。だがこうしてはいられない。一刻も早くスクールに戻りダイの助太刀に行かねばと、カイドウはペリッパーの背に乗った。

 

「ペリッパー、頼む。トレーナーズスクールまで飛んでくれ!」

 

カイドウの懇願にペリッパーは力強く頷いて再び空へと舞い上がった。

そのときだ、ふと自分の中に何かが舞い込んでくるような、そんなイメージをカイドウは感じ取った。

 

「これは、"進化の波動”……? まさか!」

 

この感覚に思い当たる節があるのか、カイドウは遠方の、トレーナーズスクールのある方角の空を見やった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

【アクアジェット】で突進してきたマリルリは、ユンゲラーの手前で静止していた。

あれほどの勢いを以ての突進。いかなる防御だろうと撃ち抜いてしまいそうな砲弾の如き突進が、眼前で止まっていた。

 

否、ユンゲラーが【サイコキネシス】と【テレキネシス】を併用してマリルリの動きを止めたのだ。そして、ユンゲラーの身体はまばゆい光に包まれた。

 

「なんだ、この光……」

 

立ち上る光の柱と放たれる温かい粒子を身体に受けて、俺はぼうっとユンゲラーの背を見ているしかできなかった。

 

そして気づく、光の中でユンゲラーの姿が徐々に変化していることに。

身体はさらに大きく、ヒゲもものすごく伸びる。ポケモン図鑑がけたたましい音を立てて何かを知らせようとしていた。

 

「これは、進化……ユンゲラー、お前進化しようとしてるのか……?」

 

答えは帰ってこなかった。さらに言えば、必要ない。

この土壇場に、この状況を打倒しようと新たな力を身につけるのであれば……!

 

「――――”フーディン”!! 【じこあんじ】!」

 

ユンゲラー改め、新たな姿を得て進化したフーディンは【じこあんじ】で最強の自分をイメージ、それを催眠術を用いて自分に信じ込ませる。【はらだいこ】で極限までを高められたマリルリよりも、さらに強い自分を自分に投影する。

 

今こそ、進化した力を見せつけてやるときだ!!

 

「土手っぱらにぶち込んでやれ!! 【かみなりパンチ】! ワンツーラッシュだ!!」

 

カッと目を見開いたフーディンが空中で静止しているマリルリの無防備な腹部めがけて稲妻を宿した両の拳を高速で何度も叩き込む。

 

マリルリが喧嘩を続けているザングースとハブネークを巻き込んで吹き飛ぶ。今の攻防でマリルリは完全に戦闘不能。喧嘩の邪魔をされたザングースとハブネークは一時停戦すると邪魔をしたフーディンめがけて【ブレイククロ―】と【ポイズンテール】を放つ。

 

両方共強力で危険な技だ、()()()()()()()()

 

フーディンは一気に【サイコキネシス】でザングースとハブネークの二匹を操り空中でお互いをぶつけあわせて戦闘不能にする。迫ってきたサイホーンを【れいとうパンチ】で軽くノックアウトしてしまう。

 

あっという間に暴れていたレンタルポケモンを鎮めてしまったフーディン。俺は戦闘が終わったという感覚を得ないまま、地面へとへたり込んでしまった。

 

マリルリに受けたタックルの痛みが今になってじわじわと全身に走り始めていた。

 

「おい、無事か!?」

 

そのときだ。ドームの天井に空いた大穴、恐らくジンが攻めてきたときに開けた穴からペリッパーの背に乗ったカイドウが現れた。俺はサムズアップサインで答えるとグラウンドの上に大の字で寝転がった。

 

「む……お前、ユンゲラーか? 進化したのか……!?」

 

カイドウは俺の傍らに控えていたフーディンを見て驚いた。フーディンはカイドウの問に首を縦に振って答えた。

 

「戦闘中いきなりな、でもそのおかげで助かったぜ……」

 

イマイチタイミングと理由がはっきりしない。しかしカイドウには思い当たる節があったらしい。

 

「なるほどな、俺はお前にユンゲラーを預けた。そのとき、一時的にだがユンゲラーはお前の手持ちになった。そして、俺はここに来るためにペリッパーの力を借りた。その際、ペリッパーは一時的に俺の手持ちになった。つまりだ、これで俺たちの間で()()()()()()()()()()()()ということだ。そのおかげでこいつはフーディンへと進化できたというわけだな」

 

「そうか、そういえば交換によって進化する特別なポケモンがいるって聞いたことがあるけど、ユンゲラーがそうだったのか……」

 

フーディンを見上げるとなにやら達観したような、嬉しそう顔をしていた。

それもそうか、自力では進化できない……ん?

 

「ちょっと待て、カイドウ。アンタ、わざとユンゲラーのままにしてたってことか……?」

 

ユンゲラーの上を、フーディンを知っているのならその状態にしておく必要はない。

俺が尋ねると、カイドウはやや虫の居所が悪そうな、または苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「ひょっとして、お前……今までポケモン交換してくれる友達、いなかったのか?」

 

直後、俺に向かって放たれるシンボラーの【エアカッター】、どうやら図星らしい。

顔にいくつも青筋を浮かべて、明らかに不機嫌だとわかる顔でカイドウが笑った。目だけ笑ってないどころか怒りを携えていたんだけども。

 

「あぁ待て待て! 気にすんなよ俺も今回が初めてだよ!」

 

相変わらず俺に攻撃しようとするカイドウを宥めてトレーナーカードの裏面を見せる。

 

「”ポケモン交換をした回数:1回”……嘘はついていないようだな」

「わかってくれたか」

「だがお前が俺を愚弄したのに間違いはない。ちょうどいい、フーディンに進化したこいつの腕試しだ、付き合え……嫌とは言わせないぞ」

 

「ひっ……!」

 

その後俺たちはボロボロの様相になりながらも鬼ごっこのようなバトルを繰り広げたのだが、さすがにクタクタで何があったのかわからなかった。

 

朝には輝いていたスマートバッジだったけど、夕方にはもうホコリまみれになっていた。

カイドウに友人関係の話題はご法度らしい。今度会うときは気をつけよう。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

それはどこかも定かではない場所。()は満身創痍の身体を引きずって帰還した。

 

「リーダー、大丈夫ですかい?」

「あぁ〜、いや……無事ではねぇな。それなりの【サイコカッター】の直撃を受けちまったからな……」

 

彼の名はジン、バラル団が誇る強襲部隊をまとめ上げるスピードの鬼。部下からの信頼も厚く彼の数々の逸話から気づけば誰もが彼を『猛追のジン』とそう呼ぶ。

 

「でもリーダーのおかげで、あのスクールのレンタルポケモンどもは無事に強奪出来ましたからねぇ。けど、なんで野生のポケモンじゃないんすかねぇ?」

 

「バーカかおめぇは。野生のポケモンってのは、自然に生きてるからたくましさはピカイチだ。だがよ、群れの中で優劣がつきやすく、捕まえたポケモンがダメダメってことがある。けどな、トレーナーズスクールのポケモンってのは、教育用にちゃんと躾けられたり能力もそこそこの個体が使われるから俺たちが厳選する手間を省いてんだよ」

 

「なるほど! ()はそこんとこしっかりお考えなんすね! 納得っす!」

 

部下が陽気にそう言うが、ジンは少しばかり部下が持っている袋の中のポケモンが気の毒になってきた。彼も今でこそは悪事に身を染めた人間だが、元はポケモンを愛する一人のトレーナーだったからだ。

 

これからあのポケモンたちが受ける仕打ちを思うと、多少の罪悪感に身を裂かれる思いではある。

 

「だが、頭領(ボス)が考えているのは、こんなポケモン強盗紛いのことじゃねえ」

 

そのときだ、アジトの奥からスッと影のように現れた男がいた。ジンは彼を見上げ、隣の部下は喉からひゅっと音を立てた。

 

「い、イグナさん……」

 

「よぉイグナ、おめぇが言ってた『オレンジ色』に会ったぜ。新米トレーナーかと思いきや、肝が座ってやがる」

 

「そうか、お前はあいつから逃げおおせてきたってわけか」

 

ピリピリとした空気に二人の部下は胃が痛む思いだった。

 

隠密的行動を統率するリーダーのイグナ。

 

強襲的行動を統率するリーダーのジン。

 

その両者が隊の中で仲がいいのは構成員の殆どが知るものの、二人は今や「バラル団の掟の一つ」である、目撃者の徹底的な排除を行えなかった状態であり、いつ癇癪を起こしてもおかしくないのだ。

 

「しかしよぉ、参ったよなぁイグナ……俺達がしくじったとなるとよぉ」

 

「あぁ、頭領(ボス)は間違いなく()()()を動かすだろうな」

 

「あいつ? ジンさんもイグナさんも心当たりがあるんで?」

 

そう尋ねた部下の首に、白い雪のような腕が走った。生暖かいどころか、ひやりとした感触に首を撫でられ、部下が悲鳴をあげた。

 

「オレンジ色……アはha、面白そう……会ってみたい」

 

独特の抑揚でそう囁く声がした。ジンとイグナは「あっやべぇ、面倒くさいのに聞かれた」という顔をして、そのままその文字を顔にデカデカと書いていた。

 

「次は、私の、番で、いいよね? よね? あは、アハはha」

 

徐々に遠くなっていく声を受けて、二人の部下は涙目で言った。

 

「今のも、バラル団の部隊長っすか!? 気味が悪いっす!」

 

その声を聞いて、ジンもイグナも苦笑いを浮かべざるを得なかった。

 

「なぁお前、俺が『猛追のジン』って呼ばれてんのは知ってんだろ?」

 

「んで、俺が『執念のイグナ』。俺自身はちょっとというか、かなり恥ずかしいんだがよ。お互いそれぞれが「必ず仕留める」とか「必ず追い詰める」っていう異名から来てんだよ」

 

淡々と説明するイグナの言葉をうんうんと聞くバラル団構成員たち。

 

「だがよ、俺達の両方が失敗すると……あいつが出てくるんだ」

「あいつって、さっきの女の人っすか?」

 

ジンとイグナが同じタイミングで首を縦に振った。

 

 

「あまりのやばさに、俺たち両名がしくじらない限りは表に出てこない。しかしその実力は頭領(ボス)の懐刀と言っても過言じゃねえし、俺が思うに幹部連中よりやべぇ」

 

「そ、そんなにっすか……?」

 

「一言で説明すんなら、あいつは標的を必ず()()()。そして落とされたやつはいなくなっちまうんだ」

 

「な、なんすかそれ……神隠しっすか……?」

 

「「まぁ嘘なんだけどな」」

 

「ひどい! 騙された!! また怖い上司が一人増えたのかと思ったっすよ!」

 

その言葉を受けてジンとイグナが部下を睨む。失言したと口を抑える部下。

考えてみれば、それこそ今まで二人が仕留め損ねたトレーナーはそれこそコードネーム『オレンジ色』しかいないのだから、二人がしくじったら出て来るの下りから嘘だとわかる。

 

「だがあいつがやばいのは事実だぜ。『猛追』の俺と」

 

「『執念』の俺が合わさって、危険度マシマシにしたような女だ。部下はいねぇから、俺達があいつをこう呼ぶ」

 

ゴクリと、部下が息を呑んだ。

 

頭領(ボス)の懐刀にして、バラル団隠密特殊課リーダー。俺たちが狙った獲物を徹底的にマークし、ストーキングし続け、相手の精神に畳み掛ける容赦ない戦法を取る。狙われた相手は精神を病んじまうか、そのまま()()()()()()()()

ついたあだ名が『妄執のケイカ』……それがあいつの二つ名」

 

「あのオレンジ色も気の毒にな……まぁおめぇが仕留め損なえば俺が、俺が仕留め損なえばおめぇが。んで、俺ら両方がしくじったならあいつが……よく出来たサイクルだよな」

 

どこまでも病的な女が、オレンジ色――ダイの背後まで迫るまであと、少し。

 

 




新キャラ出しすぎ問題。でも幹部候補がわらわらいたほうが面白いかと思いまして。
反省はしていません、サーセン。



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VSサマヨール ポケット・ガーディアンズ

 俺がラフエル地方に来て初めてジム戦を制してから二日が経った。

 ポケモンセンターで次の旅路を決めたり、様々なリーグの映像を探して戦術の幅を広げていたとき、待ち望んだ知らせが入った。

 

 ピエール先生が目を覚ましたらしい。俺にその知らせを寄越したのはなんとカイドウだった。だけどジムを空けて、なおかつ公共宿泊施設に寝泊まりしてる俺の部屋にいきなり入り込んで叩き起こすのは勘弁してほしい。

 

 俺はカイドウと共にリザイナシティの中で最も大きな総合病院を訪れた。カイドウは予め話を通しておいたのか、受付に一言告げるとそのままずかずかと廊下を進んでいく。

 そうやって連れてこられた病室にはスターミーとヤドキングいて、その二匹はベッドに寄り添っていてそのベッドにはピエール先生が横になっていた。最後に見たときよりずっと顔色が良くて、ホッとした。

 

「うん……? あぁダイくん、よく来てくれたネ」

「はい、元気そうでホッとしましたよ」

「んふ、そう見える? まぁ傷口が痛むくらいだからネ。こればっかりはスピアーの針が尖すぎたおかげで助かったヨ」

 

 冗談も言えるくらいには回復したらしい。ただ、俺に影を残すのはバラル団の存在だ。

 昨日はなんとか追い払うことが出来たからよかったが、百戦錬磨のピエール先生を不意打ちで御す相手だったなんて、今思うとゾッとする。下手すると俺もこのベッドに横になっていたか下手をするとこの世とサヨナラバイバイ、俺は一人で旅に出る状態だったかもしれない。

 

「さて、そろそろ聞かせてくれないかネ。君たちのジム戦の結果……だいたい察しはついてるけどネ」

 

 それを聞くために死ぬ気で踏ん張ったらしい。あの時結果を伝えないでよかった気がする。

 俺は懐から昨日ある程度磨いて元通りに近づけたスマートバッジを掲げる。それを見てピエール先生はうんうんと頷いて、静かに拍手を送ってくれた。

 

「おめでとう、これできみは真の意味でラフエル地方に一歩を踏み出したんだ。それも、その一歩をカイドウくんを乗り越えていくとはネ……教え子同士の切磋琢磨、これを見れるなど教師冥利に尽きるネ」

「だからって、ぽっくり行かれちゃたまんないんですけどね」

「ハハハ、むしろ生きる気力が湧いたよ。こうしちゃいられない、早速授業を……いたた」

 

 さすがに急ぎすぎだ、カイドウがピエール先生を横にする。その二人の関係は、教え子と教師。前任者と現役、そしてどこか父親と息子に似たなにかを感じた。

 そんな目で二人を見ていると、カイドウがあからさまに不機嫌そうな目で見ていた。あれは言葉にされなくてもわかる、そんな目で見るなって顔だ。

 

「そのとおりだ」

「さらっと心を読むな」

 

 こればっかりはエスパータイプ関係ないんじゃないか、というか俺が顔に出やすいだけなのかもしれない。

 そのまま三人でジム戦の経緯を話す。その後のバラル団との関わりは可能な限り口に出すのを控えた。この空気に水を差したくなかったからだ。

 

「そういえば、フーディンに聞いたぞ。お前、野生のポケモンを手に入れたことがないらしいな」

「フーディンに聞いたってすげー言葉だな……そうだよ、俺の手持ちはみんな、俺について行きたいやつだけだよ」

 

 そう言うとボールから勝手に飛び出してくる四匹。キモリなんかは記憶に新しい。ヒヒノキ博士は元気だろうか。ミエルは大丈夫だろうか、目を覚ましたとは聞いたけど。

 いずれ顔を出さなきゃいけないだろう。アランともまた会おうって約束したしな。

 

「ペリッパーは地元からついてきて、ゾロアはイッシュ地方を旅しているときに、それでメタモンはラフエルについたとき乗ってた船の壁に擬態してたんだよ。キモリはこの間ヒヒノキ博士から貰ったんだ」

「へぇ、君はよほどポケモンに懐かれやすいんだネ。トレーナーに必要な素養だヨ」

「そうだな、トレーナーとしてもブリーダーとしてもやっていけるだろう。その気があればだがな」

 

 ポケモンブリーダーか。確かに悪くはないな、色んなポケモンを戦わせるのは最低限として、家族のように育てるというのは。

 ただ、俺が野生のポケモンを捕まえない理由に、俺がそうなようにポケモンにも当然家族がいて、群れっていう集合体の中で生きてるからだ。生物である以上は当たり前だし、俺は自分のワガママでそういうポケモンたちを連れ出せない。

 

「さて、それで君たちが意図的に避けている話題……すなわち、彼らのことだけど」

 

「バラル団、だな。噂には聞いていたが……」

 

 俺達は全員視線を下げた。あれだけやらかされたのに、なんと一人として捕まえることが出来なかった。どうやらピエール先生の話ではジンが率いる団員たちが数人いて、他の生徒や先生たちを拘束していたらしい。

 人質になっていた彼らの証言だと、ジンが撤退した際にその他の団員も離脱したらしい。俺達が玄関で気絶させた団員たちも、カイドウがペリッパーの後を追っている最中に他の団員が連れ出したのだろう。

 

「レンタルポケモンたちは、ダイが対応していた数匹以外は全部盗まれました」

「そうかい……」

 

 ピエール先生は肩を落とす。レンタルポケモンとは言うが、恐らく先生と関わりが深いポケモンたちなのかもしれない。

 

「まぁ落ち込んでいる場合ではないネ。一刻も早く彼らを取り押さえて、ポケモンたちを取り返さないと。カイドウくん、()()にもう連絡は?」

「今日来るよう打ち合わせてあります」

 

 なんだ? ピエール先生とカイドウが示し合わせていたように話を進める。俺はというと、まったく話が見えずに首を傾げてしまう。

 そのときだ、病室の扉がコンコンと叩かれる。待ってましたとばかりに二人が戸を開けさせる。

 

「――――お待たせして申し訳ありません。何分リザイナシティは初めてなものでして……」

「いえいえ、怪我人にはこれくらいゆっくりな方が都合が良いですヨ」

 

 その人物が身に纏っているものに、俺は見覚えがあった。少し丈長の黒い上着に赤いライン。腕と背中に輝く盾型のバッジとその中にあるモンスターボール。

 

「ボクはPG(ポケット・ガーディアンズ)刑事部五課の"アストン・ハーレィ"と申します。どうぞアストン、とお呼びください」

 

 PG――――そう聞いた瞬間に一瞬、俺の脚は後退った。しかしPGの男――アストンはその俺の僅かな後退すら目ざとく監視していた。

 しかし目、表情、全てが柔和だ。だというのに、逃げられる気がしなかった。逃げても追いつかれる。このままやり過ごす方が得策だ、そう思わせるほどのオーラ……プレッシャーと言い換えてもいい。

 

「元ジムリーダーにして、現トレーナーズスクール代表講師ピエール・アグリスタ氏と超常的頭脳(パーフェクトプラン)のカイドウ氏に呼び出されたとあっては、本部も生半可は返事は出来ないと……ボクで期待通りの対応が出来るか些か心配ですが、どうかお手柔らかに」

 

 聞いたことがある。PGは階級章をモンスターボールで分けていると。犯罪者を検挙――すなわち「捕まえる」ことに特化しているものほど、ボールのランクが高い。

 そしてこのアストンという男のボールは、ハイパーボールクラスだ。その上に輝く"ほしのかけら"によってクラスの中でさらに、えらいものととそうでないものがわけられている。

 

「彼は、ひょっとしてバラル団と対峙し、撃退したという少年ですか?」

「あぁ、誠に遺憾ながら俺を破り、スマートバッジを勝ち取った不届き者だ」

「不届き者ってお前な……」

 

 カイドウがニヤニヤしている。出会ったときを忘れるくらいに態度が柔らかくなったな、というかふてぶてしくなったな。

 軽口で受け流そうとしたが、アストンの目は相変わらず俺と捉えていた。

 

「俺が、なにか……?」

 

「いえ、どこかで君の顔を見たことがある気がして……」

 

「き、気のせいでしょ……俺、この地方に来たばっかりですし」

 

「そうなの? ようこそラフエル地方へ。観光かい? それともジム戦制覇? どちらにしろ、来たばかりなのに厄介事に巻き込んですまないね」

 

 アストンが手を差し出してきた。恐る恐るその手を取った。

 心臓がバクバクとなる。俺の鼓動が聞こえているのかわからないが、アストンはじっと俺を見た後に手をヒラヒラと振って笑みを浮かべた。どうやら誤魔化しきれたらしい。

 アストンがピエール先生に通されてベッド脇の椅子に腰掛ける。ゾロアやキモリたちが俺のもとに戻ってきたのでボールへと戻す。

 

「さて、じゃあお話を聞かせていただけますか? 君も、よかったら知っていることを話してくれるかな?」

「あ、あぁ……たしかにバラル団についてなら、色々言えると思う。それと、俺はダイ……」

 

 やり過ごせたからと、つい調子に乗って名乗ってしまった。口にした後で気づいて失言したかと口を抑えたが、アストンはまたニッコリ笑って俺の名前を復唱した。

 

 

 

 それから俺はバラル団について知ってる限りの情報を、主にイグナやジンが勝ったと思ってペラペラ喋った情報についてすべてぶち撒けた。

 やつらの情報はアストンにとって非常に有益だったのか、俺の口にする情報すべてを目ざとく記録していた。

 

「ありがとう、ダイくん。君のおかげで奴らの行動が少しだけど見えてきたよ。レンタルポケモンといえば、教育用に予め訓練を受けているポケモンだ。野生のポケモンを捕まえて手懐けたり、躾けるよりずっと早くて楽だ。ただ木になるのが、リザイナシティほどの教育機関が育てたレンタルポケモンがそう簡単に悪人共の言うことを聞くかどうか……」

 

 アストンが顎に指を添えて思案している。これがやり手のPGの捜査の一環なのか。

 

「しかし、お前この街に来る前にもあいつらとやりあってたのか……ひょっとして疫病神か?」

「言うな、割と気にしてる」

「まるでその前にも似たようなことがあった口ぶりだな……」

 

 というか、疫病神と一緒に旅をしていたんだ。トラブルになんでも突っ込んでいく相方がいたもので……結局あいつは、今なにしているんだろうか。

 そうやって俺が少し昔のことを懐かしんでいると、カイドウがゴソゴソとポケットを弄って何かを取り出した。

 

「そういえば、この間借りたライブキャスター、返す」

 

 手渡されたそれを見た瞬間、ゾッとした。慌てて電源ボタンを長押しする。

 

「お、おい。出てないよな?」

「出るわけないだろう。そもそも、何度もコールされて騒々しかった。おかげで考え事も出来なかったぞ。だから電源は切っておいた」

 

「あ……」

 

 カイドウが電源を切っておいたということはだ。俺が長押しすれば当然電源は入るわけで……

 

『RRRRRRRRRRRRRRRRR!!』

 

「…………うん」

 

 再び電源を落とした、がもう遅い。ライブキャスターにはGPSに似た機能がついていて、電源さえ入っていて、電波が通じる場所であればその相手の居場所が連絡先を交換した相手には筒抜けになる。

 つまり、今俺に通信を飛ばしてきた相手には、俺がラフエル地方の、リザイナシティにいるということが、バレてしまった。

 

「こうしちゃいられなくなった!」

 

 俺は荷物を纏め始めた。元々、ピエール先生の目が覚めるまで暇を持て余していたため、荷造り自体はすませてあった。このままショルダーバッグを背負って旅立とう。

 

「も、もう行くのかい? 出来ればもう少し話を聞きたかったのだけど……」

 

「すいませんね、俺もちょっと追われてる身でして……やべっ」

 

 その言葉を受けてアストンがますます首を傾げた。そして俺の顔をジッと見て、得心がいったように手をポンと叩いた。

 

「……そうか! 君の顔、確か指定捜索対象の――――」

 

 バレた! やばい! そう思ったときだった、突如病室の扉が勢いよく開け放たれた。あまりに騒々しく、アストンも言葉を止めてそっちを振り向いた。

 ドアが開ききったのと、何かが放り込まれてきたのはほぼ同時だった。

 

 

「"ドガース"……っ!?」

 

 

 そのポケモンは、パンパンに膨らんだ身体から大量の煙幕を放出した。目が開けられないほどに濃い煙が発生し、その場の全員がゴホゴホと咳を止められなかった。

 が、次の瞬間ぐいっと引っ張られ、俺の身体が宙に浮いた。

 

 

 

 

 

 突然の襲撃、放たれた煙幕により周囲の確認が出来ない。だが襲撃者の誤算はとにかく、ここにPG……それもハイパーボールクラスの人間がいたということだ。

 アストンは素早く自分の中のスイッチを切り替え、モンスターボールをリリースする。

 

「"ロズレイド"! 【はなびらのまい】!」

 

 現れた薔薇の妖精のようなポケモンがその両手の花びらを散らすように激しく舞う。舞によって起きた風圧で煙幕は晴れ、放たれた花びらの奔流を受けて煙幕をばら撒いていたドガースは戦闘不能になった。

 当然この病室すべてが【はなびらのまい】の効果範囲内だ。そしてアストンとロズレイドはあの悪視界の中、()()()()()()を的確に狙い撃ったのだ。それも襲撃を受けて即座に。

 

 カイドウもピエールも目を見張った。自分たちとはまた、次元の違う強者であると一瞬で理解できたからだ。

 

 しかし周囲を見渡すと、ダイの姿が無かった。アストンは廊下に視線をやるが、既にそれらしき人物の姿が無かった。一歩遅かったようだ。

 

「カイドウさんは病院中に警報をお願いします! ボクは彼らを!」

 

 返事を待たずにアストンは飛び出し、廊下の窓を開け放って中庭へと思い切り跳躍する。傍から見れば飛び降りそのもので、看護師は思わず悲鳴を上げた。

 しかしアストンの腰から飛び出した新たなポケモンがその背にアストンを乗せ、急上昇し病院の壁を超えていく。

 

「ダイくんは……あそこだ!」

 

 アストンが指差す。そこには三人組の怪しい男たちがいて、そのうち二人が暴れるダイを抱えながら走っている。もう一人は周囲を警戒しながらその二人に付き添っていた。

 

「"エアームド"! 最高速であそこへ突っ込め! 【ブレイブバード】!!」

 

 主の声に応えるようにエアームドが高く嘶く。それを聞いた怪しい男の一人がアストンたちに気づいたようだった。

 

「まずい、来たぞ!」

 

「お前らは先に行け! ここは俺が食い止め――――」

 

 最後まで彼が言葉を紡ぐことは叶わなかった。アストンのエアームドが【ブレイブバード】で低空飛行による超高速の突進、その余波を受けて軽く吹き飛ばされてしまったからだ。

 ダイを抱えている二人が自らのポケットに忍ばせていたボールからポケモンを呼び出す。

 

「ゴルバット! 【ちょうおんぱ】だ!」

 

「サマヨール! 【シャドーボール】!」

 

 現れた二匹のポケモンがそれぞれエアームドを混乱させようとし、動きが鈍ったところをアストンごと攻撃しようと漆黒の球体を放つ。それだけではない、通常のシャドーボールと違い、サマヨールが作り出したシャドーボールは真空(ブラックホール)で構成されており、シャドーボールが通過した真下のレンガブロックが軒並み吸い込まれていく。

 直撃すればかなりのダメージ、それも大きく身体を抉られることになるだろう。だがアストンに迷いはなかった。無論、エアームドにも。

 

「闇を斬り裂け――――【シザークロス】!!」

 

 幾つもの刃が連なっているようなエアームドの刃翼が鋭さを増し、迫る真空の闇を十字に切り裂く。裂かれた真空の闇はそのまま霧散し、エアームドには傷一つ付いていない。

 

「んな馬鹿な!? なんつートリックだよ!」

 

「別に驚くことじゃない。ボクのエアームドが【シザークロス】で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけのこと!」

 

「なんだそのトンデモ戦法っ……ハイパーボールクラスのPGィ!? なんでそんなのが病院にいるんだ聞いてねーぞ!」

 

 アストンがエアームドから飛び降り、三人の前に立ち塞がる。

 

「彼はボクの大事な情報提供者にして、今まで行方の分からなかった捜索対象だ。今すぐ開放しろ!」

「へっやなこった! ……おい、あれをやるぞ!」

「ほ、本当にやるんだな!」

 

「――――よし!」

 

 三人の怪しい男は示し合わせていたように、顔を向き合わせ頷き合う。アストンが何かコンビネーション技を放ってくると警戒した次の瞬間、

 

「いてっ!」

 

 抱えていたダイをその場に放り投げ、三人は扇のようなポーズを取り声高々に叫んだ。

 

「「「俺達は、泣く子も黙る"バラルの三頭犬"! 鉄砲玉のジャン! ジュン! ジョン! だッ!!」」」

 

 その後ろで大きな爆発が起きた気がした。が、アストンとダイからすれば隙間風が吹くような、そんな寂しさを感じた。きっと夜なべして考えた名乗りに違いない。

 しかしどうやら名乗りはそれだけらしい。しかし"バラルの三頭犬"を名乗るだけあるのか、アストンにあれだけやられても未だ戦意は消えていないようだった。

 

「鉄砲玉? お前ら、誰の指示で動いてんだ!」

「バーローお前め、言うわけがないだろうが! 俺達はジンさんの元で動いてる強襲隊の一員で、今日は手薄のトレーナーズスクールを偵察に、その後はお前の拉致が目的だよ!」

 

 ダイとアストンは再び動きを止めさせられた。あまりにもペラペラ話しているせいで、ほとんど嘘なのではないか。そんな気がしてきた。

 

「と、とにかくだ! ダイくんを開放する気がないのなら、こちらは現行犯逮捕といかせてもらう!」

 

 返答は、ポケモンによる攻撃だった。再びゴルバットとサマヨールがアストンに向かって飛び出してくる。アストンは後退するともう一体のポケモンを呼び出した。

 

「こい"リングマ"!」

 

 リリースしたボールから現れたのは巨大な熊のポケモン、リングマだった。リングマは大きく咆えると、呼応するようにエアームドも咆える。それが合図となりダブルバトルが始まった。

 しかし空を飛べるゴルバットに応対するのは当然エアームドだ。その反面、サマヨールに対してリングマが立ち塞がる。

 

 このままではリングマの攻撃はサマヨールには徹らない。そう睨んでいたからこそ、この戦いを仕掛けたバラル団のジョンとジャンはニヤリと笑った。

 

「リングマ! 【あばれる】!」

 

 だがそれこそ、アストンの思うつぼだった。リングマが周囲のすべてを巻き込みながら暴れだす。しかしその攻撃は当然サマヨールには当たらない。サマヨールが笑っているように身を揺すった。

 ジョンとジャンもまた腹を抱えて笑い出しそうな雰囲気だった。

 

「よし! 準備は出来たぞ! エアームド!」

 

 指示を受けたエアームドがゴルバットを切り裂き、一度離脱すると範囲内すべてを巻き上げるような突風を起こす。その突風によって巻き上がるのは、リングマが暴れて出来上がった()()()()()()()()()()()の数々。

 ようやく気づいたジョンとジャン。しかしもう遅い。

 

「怪我をしたくなければ動かないことだ! もっとも、動かなくても少し痛いぞ! 【いわなだれ】!」

 

 エアームドが巻き上げた岩をゴルバットやサマヨールの真上に落とす。ジョンとジャンにも小さな礫が降り注ぎ、そのうち大きな石がジョンの頭にヒットし、ジョンが昏倒する。

 通常、いわなだれは洞窟内で、頭上の岩を落として攻撃するような技で、こんな開けた、それも街中で撃つなどほぼ不可能だった。それをリングマのサポートにより可能にし、リングマが攻撃できない相手を二匹もろともに封じる作戦だったのだ。

 リングマは瓦礫の下敷きになり、戦闘不能になって目を回している二匹のポケモンを救助する。

 

「さぁ、彼を離したまえ。これ以上やっても無駄なのはよくわかったろう?」

 

「う、うるせぇ! 俺達はジンさん同様素早さをウリにしてんだ! なんとしても逃げ切ってやる!」

 

 一番大柄なジュンが再びダイを担ぎ上げ、その場を闘争する。しかしアストンがそれを追いかけようとした瞬間、未だ意識のあるジャンが立ち塞がる。しかしゴルバットは既に戦闘不能、彼に戦えるポケモンはそう多くはなかった。

 ジンに憧れを抱いているからか、ジャンの最後のポケモンはスピアーだった。しかしエアームドを相手取るならば、スピアーは圧倒的に不利だった。いかに鋭利な針を持っていようと、エアームドの強固な鎧は針を徹さず、また毒も受けないのだから。

 

「スピアー! 【こうそくいどう】!」

 

「素早さを上げるか! ならばこちらも! 【ボディパージ】!」

 

 素早さを高めた二匹が空中戦を繰り広げる。しかし素早さならスピアーのほうが僅かに上だった。エアームドが旋回する間に直線的移動を繰り返し、その横っ腹目掛けて【ダブルニードル】を繰り出した。

 エアームドは回避せず、鋼鉄の翼を交差させて二度突きを防御する。不確定な回避を行うより、確実な防御でダメージを殺す。堅実なアストンの手だった。

 

 正面からぶつかりあった二匹がそのままサマーソルトで距離を離す。再びスピアーがエアームドに迫ろうとした次の瞬間、勝負が動いた。

 耳を劈くような【きんぞくおん】が響き渡り、ジャンは思わず耳を塞ぎスピアーも動きが止まった。

 

「今だ斬り裂け! 【エアスラッシュ】!」

 

 エアームドが刃翼で空気を切り裂き、その真空波がスピアーを切り裂き大ダメージを与える。今の一撃、エアームドは【きんぞくおん】を発生させるために翼を研いだのだ。

 より研磨された刃翼によって放たれた真空の刃は切れ味を増し、スピアーに大ダメージを与えたのである。スピアーも【きんぞくおん】を受けて、いつもより動きと防御が緩慢になっていたのだ。

 

 今度こそ手持ちのポケモンがいなくなったジャンがじりじりと後退する。アストンはリングマをボールに戻し、再びロズレイドを呼び出す。

 

「少しジッとしていてもらうよ、【くさぶえ】でね」

 

 ロズレイドが吹く心地の良い葉笛の音色を受けたジャンの目がぐりんと上を向き、意識を失う。ジャンとジョンを、そしてその二人の手にかけた手錠を手すりに引っ掛けると逃げたジュンとダイを追いかける。

 しかしジュンは大柄ゆえにダイを抱えてもかなりの速度で逃げたらしく、追いついたときには既にリザイナシティを出てしまった。

 

 街を出てもなおジュンの速度は落ちなかった。ダイが暴れてもなお動きは鈍ることはなかった。

 

「くっ、なかなか素早いな……! 【エアカッター】! 直撃させるなよ!」

 

 アストンが追いかけながらエアームドに指示を飛ばす。エアームドは刃翼から発生させた風の刃の連撃で進行上にある木を幾つか切り倒し障害物を発生させる。しかしジュンはそれをスタスタと身軽に乗り越えていく。

 返って切り倒された木が自分の障害物と化してしまい、アストンはエアームドに飛び乗った。

 

「【こうそくいどう】で速度を高めろ!」

 

 嘶き、さらに風を切るように低空飛行で速度を上げるエアームド。そしてアストンは、舗装された道を外れて木々が生い茂る横道のルートに流れるようにジュンが移動していることに気がついた。

 ただ障害物が多いからこの道を選んでいるのか、それとも……

 

 いずれにせよ、下が舗装されていない道路ならば、こちらのものとばかりにアストンはエアームドを急かした。

 次の瞬間、すごい勢いでジュンが躓き、ダイを放り出しながら転がる。ダイもまた放り投げられたせいで満足に受け身を取れず、舗装されていないデコボコの道に投げ出される。

 

「痛かったかい? そうだろうね、君は背が高いからその分体重もあるだろうし……ロズレイドの【くさむすび】さ。さぁ観念してもらうよ」

 

 アストンが再び手錠を取り出すと、ジュンはそれを跳ね除けダイを人質に取るように後退った。

 

「う、動くなよ! こっちには人質が――――」

 

 ジュンが最後まで言い切る前に、三人の間に異変が起きた。何かが地中を動いているような、地響きのようなものが起きたのだ。

 それは次第に大きくなり、アストンは立っていられなくなり思わず膝をついた。ボールから出てきたリングマが周囲の木を抑え、転倒に備える。

 

「リングマ! 木はいい! 彼とダイくんを!」

 

 指示を受けたリングマがゆっくりとジュンとダイに近づいていく。あと少しで二人に到達するか、そのタイミングでついに地が割れた。

 

「まじかよ……!」

 

「っひ……」

 

「ダイくん……ッ!?」

 

 先程地面を転がり、上下がわからなくなっていたせいで周囲の確認を怠ったが、ジュンが道を外れてしばらく走ったためにモタナタウン沖に続く大きな河川に出ていたのだ。

 そして地面が割れ、ダイとジュンが崖ごと落ちそうになったとき、ダイがジュンを蹴っ飛ばしてリングマまで届かせた。しかしその反動で、ダイは川に向かって真っ逆さまに落ちていった。

 

「まずい、間に合わねぇ!!」

 

 ダイがボールからペリッパーを呼び出そうとした直後、大きな水柱が上がった。それから数秒の間、激しく揺れが続いていたがアストンは構わずに崖から下を覗く。しかしダイはいつまで経っても上がってこない。

 

「エアームド! 彼を追うんだ!」

 

 ダイを探している人がいる。それを知っているからこそ、アストンは必死だった。エアームドはそんな主の意思を汲み取り、高めた速度で川上を旋回するがそれでもダイの姿は確認できなかった。

 

 

 

 まずい、息が出来ねぇ……!

 

 水中だからか、それとも落下時に強く身体を打った反動か、もしくはそのどちらか。とにかく俺は上も下もわからないような、ドラム式洗濯機に放り込まれた洗濯物の如く、揺れの影響で加速した水の流れによって、どこかに流されているのはわかった。

 わかったはいいが、呼吸が出来ず、段々と意識が遠くなってきた……このまま意識を手放したら、死んじまうかも……!

 

 抵抗も虚しく、俺は意識はを暗闇の、それこそ川底に手放してしまった。

 

 




今回登場したもう一人の主人公的ポジションの彼



Name:アストン•ハーレィ
Gender:♂
Age:21
Height:175cm
Weight:62kg
Job:ポケット•ガーディアンズ刑事部五課(ハイパーボールクラス)

▼Pokemon▼
エアームド♂
ギャロップ♀
バリヤード♂
リングマ♂
ロズレイド♀

▼詳細▼
ポケットガーディアンズの中でマスターボールクラスに限りなく近いうちの一人。物腰柔らかな王子様タイプで犯罪者の追跡よりもその際中に怪我人が発生すればそちらを優先してしまうため、他のハイパーボールクラスより検挙率が低いが本人は至って気にしていない。
むしろクラスアップのために誰彼構わず検挙しようとする同クラスの仲間に対して違和感を覚えている。
ハーレィの家系は代々PGに籍を置く所謂組織古参。
ポケモンバトルの腕は堅実そのもので勝ち抜き方式のバトルを得意とする。
バラル団の幹部たちと並々ならぬ因縁があり、彼らだけはいずれ自分の手で検挙すると日々修練を重ねている。


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VSサメハダー 海の街モタナタウン

 

 ぽつん、ぽつん……雨が降っているのか? 頬に雫に似た感触が走る。

 そもそも、なんで俺は雨に濡れるような、そんな場所で寝ているんだったか……思い出そうとすると、頭が痛む。また、どこか外の音が聞こえない。

 まるで水の中で、水上で誰かが喋っている声を聞いたような、そんなくぐもった音しか聞こえなかった。

 

 しかし徐々に浮上しているように、音が鮮明になる。そして急激に、身体の中を競り上がってくる感触があった。

 俺は飛び起きて、競り上がってきたそれを吐き出した。それは胃液ではなく、少ししょっぱさを感じる水だった。再び競り上がってくる水を吐き出すと、口や鼻から止めどなく水が溢れてきて、思わず咳き込む。

 

 そのときだった。不意に俺の背中を撫でる優しい手つき。そのおかげで咳で乱れた呼吸と心拍が緩やかになっていく。そしてようやく気づいた、俺の髪や服がびしょ濡れだということに。

 

「ゲホッ……ゴホッ……俺、ひょっとして溺れてたのか?」

 

 言葉にすると、目覚める前のことを思い出した。尋常じゃない揺れと共に、崖が崩れて俺はバラル団の三馬鹿の一人を不承不承ながら助けようとして、代わりに川に落っこちて……

 ふと思い立ち、俺は顔を上げた。そこには一面の大海が広がっていて、キャモメの群れが洋上をふよふよと漂うように飛んでいた。

 

 ドッピーカンの空から照りつける日差しが俺の服を乾かしていく。

 

 

「――――よかった。目、覚めた?」

 

 

 その声は鈴の音のようだった。振り返ると、俺同様にびしょ濡れの、女の子が座っていた。銀髪の髪が水に濡れていて、陽の光を受けてキラキラと銀光を放っていた。

 碧眼、というよりかは海のような深い蒼眸は水晶玉のようで、目の前にいる俺が鏡のように映っていた。

 

 まるで幻想的な状況に、俺は言葉を失っていた。彼女は無言で口を半開きにしている俺を見て、首を傾げていた。

 

「き、キミが助けてくれたのか……?」

 

「うん、といっても、見つけたのは私の友達。覚えていないだろうけど、すごい波だったんだよ。君のペリッパーが君を掴みながらじゃ空に上がれないくらいには」

 

 言われてハッとした、俺のカバンとモンスターボール、ヒヒノキ博士から貰ったポケモン図鑑は大丈夫か。

 幸い手持ちのポケモンは全部揃っており、カバンも閉まっていたため中身が抜け落ちてるとかはなく、図鑑も問題なく起動した。念のため、あとでポケモンセンターに行ったら博士と連絡を取ってみよう。

 

「へぇ、それポケモン図鑑でしょ? 私知ってる、もしかして有名なポケモン博士の知り合いなんだ」

「え、あぁ……そんなことより、ありがとう。助かったよ」

「どういたしまして、と言っても私がしたのは陸に上がった君に水を吐かせるくらいで、それ以外はさっきも言ったけれど君のペリッパーが君を引っ張ってくるのを私の友達が見つけたってだけだよ」

 

  ボールの中のペリッパーが頭を縦に振る。どうやら本当に切羽詰ってたところを助けてもらったらしい。彼女の友達にぜひともお礼を言いたいところだ。

 

「で、その友達はどこに……? 出来ればお礼が言いたいんだけど」

「ずっと君の後ろにいるよ」

 

 そんな馬鹿な、そんな雰囲気まるでしないぞ。そう思って振り返ると、目が合った。ふよふよと浮かぶ彼女の友達は、第一印象は幽霊に思えた。思わず飛び退いてしまうが、どうやら俺のその反応が面白いらしく、彼女の友達はおかしそうに身を揺らす。

 飛び退いた俺が再び図鑑に触れ起動させてしまうと、彼女の友達というポケモンを図鑑が読み取った。

 

『プルリル。ふゆうポケモン。ベールのような手足を巻きつけ痺れさせると、8000メートルの深海に連れこんで殺すのだ』

 

「物騒すぎ!!」

 

「そんなことしないよ、ね? ミズ」

 

 思わずツッコんでしまうが彼女は友達――プルリルの"ミズ"にそう言った。プルリルは人間がするように首を縦に振って俺に近寄ってくる。悪意も敵意も無いのはわかるけど、さっきの図鑑説明を聞いてしまうと少し身構える。

 しかしプルリルが自分の命の恩人であることを思い出して、自らを奮い立たせる。

 

「ありがとうな、お前が見つけてくれなかったらサメハダーのエサになってたかも」

「そのジョーク、笑えないよ。最近この浜、治安が良くないんだ」

「そうなのか……気に障ったのなら謝る」

 

 お互いの間に沈黙が訪れる。すると潮風の向こう側から、人々の楽しそうな声が聞こえてくる。声の方向を必死に探すと、遠くの方にたくさんの人影を見た。

 

「海開き、早いな」

「モタナの海は温かいから、初夏の前には海開きしちゃうんだよ」

「モタナ……モタナタウンか?」

 

 俺が尋ねると彼女はこくりと頷いた。俺はタウンマップを開いて現在地を読み込ませる。すると本当にモタナタウンの南に位置する浜辺にいた。

 っていうと、俺はリザイナシティ近くの河川からここまで流されてきたのか。そしてよく生きてたな、ペリッパーが俺を水上まで引っ張り上げてくれていたから飲み込む水が少量で済んだというのもあるかもしれない。

 

「とにかくモタナについたのはよかった、大幅なショートカットだ。アストンやカイドウには悪いけど、このまま旅を続けよう」

 

 しかしそうは言うものの、長らく真水と海水に浸かっていたからか疲労感がすごい。それに意識を失ってる間にいろいろぶつけたようで、身体の節々が痛い。

 

「あの、ポケモンセンターってどの辺にあるのかな」

「浜から北上したらすぐそこにあるよ、案内しようか」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 彼女はプルリルを引き連れて先導する。俺はボールから出たポケモンを戻すと、荷物を纏めて立ち上がる。しかし平衡感覚が鈍っていたからか、思わずフラついてしまう。

 おまけに砂に足を取られて、情けなくすっ転んでしまう。

 

「……ポケモンセンターまで辿り着けなさそうだね」

「そ、そんなことは……」

「この近くに、私が使ってるベースがあるの。ポケモンセンターに行くより近いから、そっちに連れて行くね。応急手当もそこなら出来るし」

 

 そう言うと彼女は俺の腕を自分の首裏にまわして俺の身体を支えながら立たせた。男、それもびしょ濡れの状態を担ぎ上げるほどの膂力があるとは……と思っていたがよく見るとプルリルが【サイコキネシス】で俺を持ち上げて補助しているようだった。身体に漂う浮遊感があるのはそのせいか。

 彼女に支えられながらやってきたのは、少し潮風で痛んでいる程度の、海の家跡地のような建物だった。

 

「ここは……?」

「モタナのマリンレスキューの物置。と言っても新しい本部が出来てからは、本部内に倉庫が出来たからここはそのまま放置されてるのを、私が勝手に使ってるの」

「やけに生活感があるのは、もしかしてここに住んでるから?」

「その通り」

 

 彼女は一人では持て余しそうなソファに俺を横たえると、棚に積んであった救急箱から色々取り出して、俺の傷の手当をしてくれた。潮風が吹き抜ける音だけが両者の間に流れる。心地の良い静寂というやつだろうか。

 マリンレスキューの人、にしては制服を着ていない。だがオフの日も海に出ているほど仕事熱心にも見えない。

 

「君は……」

 

「――――そういえば、名乗ってなかったっけ。私はリエン、マリンレスキューの手伝い。まぁ見習い扱いみたいなものだよ」

 

 包帯を起用に結んだ彼女――リエンはそう言って微笑んだ。陽の光を遮る屋根の下であっても彼女の蒼眸は煌めきを抱いていた。まるで海そのもののような、そんなイメージ。

 それこそ、見ているだけで吸い込まれそうだ。

 

「それで、君の名前はなんていうのかな」

「あ、俺も名乗ってなかったんだっけか。俺はダイ、ラフエルには観光……みたいなもんかな」

 

 上体を起こす。彼女はふ~んと頷きながら、棚の上から様々な物を取り出してテーブルに並べた。

 

「とにかく、助かったよ。リエンとプルリル……ミズが俺を見つけてくれてよかった。本職の人だったら、俺の身元とか確認されちゃうだろうし」

「私がしないって保証はないよ。まぁされたくないのならしないけどね」

「へぇ、俺が悪いやつだったらどうするんだ?」

「ポケモンを見てればわかるよ、そんな人じゃないって」

 

 透き通った瞳には、向こうからもこちらのことがお見通しみたいだった。このまますべてを見透かされるようで、けれど不思議と居心地の悪さは感じなかった。

 

「じゃあ助けた報酬に、ダイの旅について色々聞かせてもらおうかな。今までどこをどういう風に回って見てきたのか教えてよ」

 

 リエンはテーブルにいい匂いのするお茶を並べてまるで童話を読み聞かせようとする子供のような目で俺を見ていた。俺も、ソファに腰掛けたままラフエルに来る前から、ここに流れ着くまでの話をぽつぽつと語りだす。

 バラル団については話すかどうか迷ったけれど、彼女はなんでも話せとばかりにこちらを見てくるので、ありのままを話した。

 

「ふぅん、(おか)にもいるんだ。そういう悪い人」

「モタナにはいないんだな、そういう悪いやつ」

「ううん、いっぱいいるよ。浜辺のお客さんにちょっかいかける質の悪い人とか、ポケモンとか」

 

 街によって苦労話は違うんだなぁと思い知る。確かに、俺の地元アイオポートも海産が美味く、街としての潤いはあったが同時に人の出入りが多くチンピラも少なくはなかった。

 

「……そうか、この街って少しアイオポートに似てるんだな。だから少し落ち着くのか」

「この街、気に入った?」

「まだ街全体を見たわけじゃないからなんとも。でも、そうだな……海の見える街は好きだ。海の前なら、誰だって小さな人間だから」

 

 人としての大きさを競うことが馬鹿らしくなる。誰もが同じ人間として、別々の個として認め合える。だから海は好きだ。

 

「俺が話せる冒険譚はこれくらい。今度はリエンの話を聞かせてよ」

「私の? 至って平々凡々な毎日で話せることなんかないよ」

「そんなことないだろ、マリンレスキューの手伝いしてるならなにか一つくらい……」

 

 まぁ、警察もそうだがこういった人の危険が左右される仕事はなにも無い方が返っていい。だから彼女が話したがらなくても無理はない。

 けどそれは俺の考えすぎだったのか、彼女は聞いてもつまらないよと前置きをしてから精一杯話を絞り出そうと唸り始めた。

 

「やっぱり、メノクラゲとかクラブかな……子供がよく「綺麗だ」とか「可愛い」って近づくんだけど、やっぱりポケモンってすごい力を持ってる生き物でしょ? メノクラゲの毒は人間にはそれなりに危ないし、クラブの鋏も挟まれたらたくさん血が出る。そういう子がいないか、見張るのが私の仕事」

「水中で脚が攣っちゃったり、って人は?」

「ミズがさっきみたいに、水上まで上げてくれるよ」

 

 サイコキネシス万能だな、と改めて思った。一度話し始めるとリエンは言葉をたくさん紡いだ。マリンレスキューの仲間の話、出会った子供からもらった"宝物"、生まれてからの思い出。

 彼女の父親がマリンレスキューでそれなりに偉い役職についているらしく、仲間からは彼女も人望が厚いそうだ。

 

 けれど聞いているうちにふと気がついた。彼女は地元の話をしながらも、他所の話をよくする。まるで、地元とまだ見ぬ地方を比べるように。

 もしかしてリエンは……そう思って口を開きかけたところだった。潮風を切り裂くような悲鳴と、遅れてやってくるざわめき。俺よりも素早く、飛び上がるようにリエンは小屋の外へ向かった。俺も先程よりは楽になった身体を持ち上げて彼女を追いかけた。

 ずっと視界の先、人々がたくさんいるビーチで数人の大人が騒いでいた。よく見ると、沖の方を差している。

 

「あれは……子供が溺れてるの!?」

「いや、違う……それだけじゃない、ポケモンだ!」

 

 確かに子供が溺れかけている。それをライフセーバーらしき男性が助けに行ったそれまではいい! 問題はその近くを漂う、怪しい影があるってことだ。

 俺とリエンは同時に飛び出した。しかしリエンはすぐさま振り返ると俺の肩を突き飛ばすようにして言った。

 

「ちょっと! 怪我人はダメ! 水の中では何が起きるかわからないんだから!」

「じゃあ水に入らなきゃいいんだろ! 得意だよそういうの! ペリッパー!」

 

 彼女の静止を振り切って俺はペリッパーを呼び出すとその背と頭に捕まり、ライディングを開始する。後ろでリエンの叫ぶ声が聴こえるが、今はそれに構っていられない。

 ペリッパーの水上スキーは思ったより速度が出た。もしかすると空を飛ぶより速いかもしれない。ぐんぐん距離を縮めてくる。そして溺れた子供とライフセーバーの男性の側に忍び寄っていたポケモンの影が顕になった。

 

「"サメハダー"……!? そりゃさっきのジョークが笑えないわけだぜ……!」

 

 確かに子供の足が着かない場所ではあるとしてもだ、こんな陸に近い場所にサメハダーなんてどう考えてもおかしい。人為的な何か、そこまで思い至り俺は周囲を見渡した。

 ビーチにバラル団の姿はない。とすると考えすぎかもしれない。とにかくあのサメハダーを追い払うのが先決、まずは注意をこちらに向けさせる。

 

「ペリッパー! 全速力でぶつかって離脱するぞ! 【なみのり】!」

 

 ペリッパーは指示を受けると直後に思い切り跳躍し、水面に向かってそのままダイブする。その波が巨大になっていき、ペリッパーがその波に乗り、波の勢いをプラスした体当たりでサメハダーに攻撃する。

 しかしその瞬間、ペリッパーの嘴に微量の傷が入った。"さめはだ"で、直接攻撃すれば返ってダメージを受ける。

 

「なら! キモリ! 【タネマシンガン】で牽制しろ!」

 

 呼び出したキモリがペリッパーの頭部に陣取るとサメハダーに向かって種の弾丸を浴びせまくる。しかしサメハダーは【ダイビング】し行方を眩ませる。それだけじゃない。【タネマシンガン】の威力を水中に潜ることで殺しているんだ。

 ただの野生のポケモンにここまで出来るだろうか……しかし、トレーナーが指示を飛ばしているようには見えない。そんなトレーナーの姿は確認できない。というかビーチに人が多すぎて見ただけでは判別できない。

 

「まだ避難に時間がかかるのか……」

 

 確かに子供を抱えたまま泳ぐのは容易ではないだろうが、こっちも余裕がない。ダイビングで潜ったサメハダーがどこから襲い掛かってくるかも分からない……

 

 そのときだ、俺は奇妙な感覚に陥った。

 

「待てよ……? サメハダーが俺を襲ってくるとは、限らない……」

 

 俺達が受けたダメージはさめはだによる反射ダメージだけだ。サメハダーが俺たちを積極的に狙って攻撃してきたことは一度もない。端から俺たちなど眼中にないような……それとも。

 

「ペリッパー! 水中に向けて【ちょうおんぱ】だ!」

 

 俺の読みが正しいのなら……!

 

 直後、水音を上げてサメハダーが海上に姿を表した。その顔は完全にご立腹といった感じだった。同時に俺の読みが正しかったことが証明された。

 あいつの狙いは子供ではなく、その子を助けに来たライフセーバーの男だ。いいや、あの子を助けに来た大人なら誰でもよかったに違いない。とにかく彼を守るのが先決だ!

 

「親父が船乗りで助かったぜ。船のソナーってのは超音波を発してその反射音で場所を割り出すっていうからな」

 

 ペリッパーが放った【ちょうおんぱ】でダイビングしていたサメハダーの場所を正確に割り出し、加えてキモリの【ちょうはつ】と【いちゃもん】を打たせてもらった。

 

「キモリ! このドッピーカンなら撃てるよな!」

 

 コクリと頷くキモリ。俺は真上に襲い掛かってくるサメハダーに向かって指を指し、高々に叫ぶ。

 

「【ソーラービーム】だ! ぶちかませ!」

 

【かみくだく】を敢行しようと大口開いて落っこちてくるサメハダーのまさにその口の中をぶち抜かんばかりの勢いで陽の光を凝縮したキモリのソーラービームが放たれる。

 陸に打ち上げられたサメハダーはまるでコイキングの如く跳ねて、やがて動かなくなった。俺達は陸に上がるとサメハダーが戦闘不能なことを確かめた。

 

「ダイ!」

 

 振り返ると走ってきたリエンに突き飛ばされた。下が砂場で助かった。

 

「大丈夫!? 怪我はない! まったくすぐ無茶して!」

「いや、そりゃわかってるけどさ。誰かがやらなきゃいけなかったじゃん」

「わかってるよ! けど怪我人にそんなことされたら、たまんないよ……」

 

 リエンに睨まれると、どういうわけか必要以上に怖さを感じた。彼女の瞳は本当に、口以上に物を言う。本気で怒ってるみたいだ。

 

「リエン、そこまでにしなさい」

 

 とそのときだった。さっき男の子を救助していた男の人が間に入ってくれた。彼は俺よりもずっと背が高く、思わず見上げるかたちになる。

 

「パパ……」

「確かにお前の言うとおり彼は怪我人なのだろうな。体中包帯と絆創膏まみれだ。しかし彼が来てくれなければ、私もあの子もきっと無事ではなかっただろうよ。功労者に責められる謂れはない」

「……うん、それくらいは私だって、わかってるつもりだよ」

 

 どうやら彼はリエンのお父さんらしい。お父さんという割には若く、好青年に見える。俺は二人の話に水を差す気にもならず、周囲を観察した。

 あのサメハダーと戦っている最中には気づかなかった。けど陸に上がってくる最中に海の流れがおかしいことに気づいた。

 

 浮き輪を使って泳いでいたらいつの間にか沖に出てしまう、それくらい引く波が強いのだ。まるでどこかで吸い込んでいるみたいに、波の動きがおかしかった。

 

「【うずしお】で潮の流れを作って、あの子が沖に出てくるように指示してあったとしたら……あのサメハダーはやっぱり」

 

 野生ではない……!

 

 この騒ぎはまだ終わっていない。敵なのかわからないが、この事態を仕組んだ人物の悪意はまだ去っていない。

 そもそも、マリンレスキューの人間が助けに来ると仮定して、なぜ彼を襲う理由があったのか。マリンレスキューの人が怪我をしたらどうするのか。

 

「すみません、ちょっと聞きたいんですが今回の事件で負傷者は出ていませんか?」

「怪我人ですか……事件とは関係ないと思いますが、記録によると数十分前に一度怪我人が出ていて、レスキュー本部の方に移送されていますね」

「っていうと、やっぱりレスキュー本部はちょっとした病院、みたいな扱いということですか?」

「そうですね、病院ほど立派な処置は出来ませんが、熱中症で倒れる人もいますし応急手当が必要な海水浴客は、本部の方で処置しています」

 

 とするなら、サメハダーをけしかけた人間は本部に紛れ込もうとしていたのかもしれない。怪我人を装って、という可能性は十分にありえる。ただサメハダーといかに示し合わせたとしても怪我を前提にあの本部に入りたがる理由はなんだ。

 それに、サメハダーと共謀していたとして、その時海に入っていたのはあの少年と、リエンのお父さんだけだ。リエンのお父さんはマリンレスキュー隊員だから、こんな芝居を打ってまで本部に入る必要なんかないはずなんだ。

 

 考えすぎなのか、それとも想像もよらないような事件が起きているのか。

 どちらにせよ、俺の行く先々で事件が起きるようだった。カイドウが言った疫病神、本当に俺かもしれないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あハha、考えてる考えてる、私の事、見つけられるかな、ハhaは」

 

 海水浴客の中で一人だけ、厚手のパーカーとフードを被って舌舐めずりをする女性の姿があった。





お借りしたキャラクター

おや:リア

Name:リエン
Gender:♀
Age:17
Height:155cm
Weight:47kg
Job:フリーランス

▼Pokemon▼
プルリル(NN:ミズ)


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VSギャラドス ナイトビーチ

 

「それで、どうして私のベースにいるのかな」

「あ、いや……今日の騒ぎでポケモンセンターがごった返しててさ……」

「ふ~ん、部屋が取れなかったんだ。まぁいいけど、なにもしないでよね」

「面目ない」

 

 あれだけ輝いていた太陽もすっかり姿を消し、夜空には幾万もの星とまん丸の月が浮かび上がっていた。夜の海もまた月の光を受けて鏡のように輝く。

 そしてそんな夜に俺はリエンのベースキャンプにお邪魔させてもらった。リエンもリエンでどういうわけか家に帰らずここにいた。

 

「リエンは家に帰らないのか?」

「パパが遅番で今日は家に帰ってこないから家に帰っても誰もいないし」

「そっか……」

 

 もしかしたら聞いちゃいけないことだったかな。リエンもそっけない態度で話が続かない。

 俺はソファに座ると窓から夜の浜を見る。そしてカバンから少しごついデザインのゴーグルを取り出した。

 

「それは?」

「ホウエン地方で手に入れた、というか同行者からくすねた"デボンスコープ"、これで夜でも構わず昼間のように浜を監視することが出来るってわけだ」

「監視? なんで監視する必要があるの?」

「昼間のサメハダー。恐らくっていうかほぼ確実に野生じゃなかった。指示していたトレーナーがいるはずだ。一応あの後、あのサメハダーは海に帰ったフリをしてたけどトレーナーが回収しに来てないからな」

 

 話しながら浜を凝視していると頭を軽く叩かれた。そっちを見るとリエンが頬を膨らませていた。

 

「もしかしてまた厄介事に首を突っ込もうとしてる?」

「いや、厄介事っていうか話しても誰も信じないだろ。襲われた、襲ってきた理由も不明瞭だけど明らかに人為的な事件だって。だから唯一アタリをつけてる俺がどうにかするしかないだろ」

「だから言ったじゃん。ダイは怪我人なんだから。そういうのはPGに通報すれば、少しは話を聞いてくれるかも」

「うーん、それも考えたんだけどな……」

 

 アストンを思い出す。ハイパーボールクラスの人間ですら俺の顔を知っていたわけだし、普段から迷子探しだのなんだので街を奔走している一般のPG隊員なら俺の顔にすぐピンときて、保護されるだろう。

 そうなると間違いなく、あの女に連れ戻される可能性が出てくる。それはごめんだ、せっかく今までラフエル地方での一人旅が順調に……順調か? 恐ろしいほど事件に巻き込まれてる気がするんですけど……

 

 ともかくだ、俺はもうあいつの腰巾着は死んでもごめんだから。

 

「だいたい、あのサメハダーが野生じゃないとして……なんでまだトレーナーの元に返ってないってわかるの?」

「あぁ、話は簡単さ。あのサメハダーが海に戻ったタイミングで、あのサメハダーをつがいにしておいたからな」

「つがい?」

 

 まぁそのうちわかるさ。とにかく、俺は人目が無くなる時間をわざわざ待って、そのタイミングでサメハダーが陸に戻ってこれるタイミングを作っていたってわけだ。

 あとは、そのトレーナーが正体を現すのを待つだけ。

 

「……じゃあ、もう止めないけどさ。代わりに聞かせてよ」

「ん? 何を」

「どうして、ダイはそうやって自分がやらなきゃいけないって思い込むの? 私にはここまで度が過ぎてると君の中で強迫観念が動いてるようにしか見えない」

 

 なんで俺が、か……そういえば考えたことはなかったかも。昼間は誰かがやらなきゃいけなかったからで……

 

「男の子は正義の味方に憧れてるって言ったら、それで納得する?」

「うーん……まだ答えとしては弱いかな。もう少しピンとくるものじゃないと」

「そうなると、もう俺が人助けが大好きでそのために下手をすると命を投げ出すような正義のド変態って性分じゃないといけなくなるよな」

 

 ただ、俺は地元の、オーレ地方にいた頃からポケモンを道具にしか思っていない連中を見てきた。だから、そんなやつらは片っ端からいなくなればいい。痛い目を見ればいいってずっと思ってた。

 結果的にそういう組織の連中は軒並み捕らえられ、活動も下火になった。

 

 だからもしかすると俺は正義の味方が好きなんじゃなくて、正義を振りかざして悪を裁くような、そんな独善的なダークヒーローを心の底では望んでいるのかもしれない。

 そして、それが俺の正義なのかもしれない。悪を裁くためには、独りよがりの正義を振りかざすしか無い。そんな感じかも。

 

「って言いながら、実は俺も面倒事って嫌でね。この地方に来てから巻き込まれ体質ここに極まれりって感じで、いろんな事件のど真ん中にいる」

「……それって、ダイは自分が事件の中心にいるしかなかったから、解決を迫られたってだけじゃない。今回もダイが解決しなきゃいけないってものじゃないと思うけどな、私は」

「気遣ってくれるのはありがたいけど、こればっかりはそういう星に生まれたって諦めるしかないよ……おっと」

 

 そのときだ、俺は海に近づく人影を見つけた。俺の襟を掴んでいるリエンの手を振り払って俺はその人物にさり気なく近づいていく。ワンピースにフードつきポンチョという暑さ対策と寒さ対策の入り混じった服装の少女が夜風を浴びながら海を見つめていた。

 さすがにこんな小さな子が犯人とは考え辛いけど、一応念のために。

 

「こんばんは、こんな夜にどうしたの?」

「……おにーさんは?」

「俺は……おいいい加減離してくれよ、このお姉さんの手伝い。んで、このお姉さんはマリンレスキューのお手伝い。つまりおにーさんはお手伝いのお手伝いさん」

 

 そうやって説明すると少女は首を傾げた。不思議な子だった、まるで目だけが猛禽のような鋭さを放っていた。しかし雰囲気はミステリアスとか柔和の入り混じった、猛禽類が持ち合わせていない穏やかさだった。

 俺が言葉を紡げないでいると、俺の後ろから身を乗り出すようにしてリエンが口を開いた。

 

「あなた、お家は? お母さんたちはいないの?」

「お母さんはいないけど、お父さんはいるよ。でもお父さんは今ここにいないよ」

 

 まるで事務的に、ロボットのように告げる少女。リエンはようやく俺の襟から手を離すと少女の手を取った。

 

「じゃあお姉さんと一緒に行こ? 夜の海は危ないんだよ」

「そうなの? じゃあお姉ちゃんたちは危ないのにここにいるんだ」

「それがお仕事だからね……ダイ、程々にしなよ。私はこの子をレスキュー本部に連れてって保護してもらうから」

 

 しっかりと釘を刺される。リエンは少女を連れて浜から上がっていく。俺は夜の浜に腰を降ろしながら、首に降ろしていたデボンスコープを再びかぶり直す。すると海から背びれが飛び出す。

 

「お、帰ってきた。どうだった、メタモン?」

 

 昼間、サメハダーが海に戻ってから監視をさせていたメタモンが陸に上がってくる。どうやらサメハダーには逃げられたらしい。となると、接触ポイントは別の場所になりそうかな。

 もう少しここで張り込みをしてみるか、と砂に腰を降ろした。

 

「しっかし、あの子……リエンだけど、彼女も不思議な子だよな」

 

 自分の中に正義感は持っている。だけど決してそれを絶対に徹すという真似はせず、誰かの正義……信念って言い換えてもいいな、そういうものを尊重する節がある。

 正義の反対側が悪じゃないと知っているような感じだ。けれど、もう一つの正義だからと少しでも人道的ではない行いまで許容してしまうような危うさも感じる。

 

 もう少し話してみたい。彼女のことを知りたい。俺の中でそういう感情が生まれつつあった。

 

「誰かに興味を持つなんて初めてだ……やっぱり、身一つの旅だからかな」

 

 身一つの旅、に覚えがあるメタモンが俺に擦り寄ってくる。お前も船体にくっついて身一つの旅をしていたんだもんな……付き合いはそこまで長くないはずなのに、メタモンは結構人の機微に敏い。

 俺の手持ちは元々俺についてきたがった連中のためか、どこか人間的な感覚を持っている。野生の中にいて、野生とは違う人間性を手に入れていた……そんな感じかもしれない。

 

「にしても、なんだか波が騒がしいな……」

 

 風はそよそよと吹いているにも関わらず、ざあざあとやや凄まじい音を立てている。まるで沖の方で何かが暴れてるみたいだ。

 そしてその予感は、尽く、嫌なくらいピタリと当たるものだった。海をかき分けるようにこちらに向かってくる二つの影があった。しかもそのうちひとつはとても巨大な影で、その影の口がきらりと閃く。

 

 直後、俺の数メートル横の浜が高圧力の光線によって吹き飛ばされた。堤防部分のブロックが粉微塵に吹き飛び、その破片が俺の身体にぶち当たる。

 

「【はかいこうせん】だ……! あれは、"ギャラドス"……!?」

 

 しかもただのギャラドスではない、その全身がまるで血のように真っ赤だったのだ。話には聞いたことがある。怒りの象徴の如く赤いギャラドスが確かどこかの地方で発見されたはずだ。

 それを捕獲したのか、その噂のものとは別個体なのかは定かではない。問題は、そのギャラドスが浮上し浜で大暴れを始めたということだ。

 

「大怪獣バトルだ……メタモン、ギャラドスに【へんしん】だ!」

 

 メタモンがコクリと頷き、俺の両手大の大きさから俺の身長数倍ほどの赤いギャラドスへと姿を変える。俺は図鑑を取り出し、相手のギャラドスが覚えている技、すなわちメタモンが使えるようになった技を確認する。

 しかしギャラドスとメタモンの取っ組み合いとは別の場所で起きた水柱の中から現れたもう一つの影が放つ高圧力の水流が俺の手目掛けて飛んでくる。それは外壁掃除用の高圧シャワーのように、物理的な威力を持っていて俺の腕は吹き飛ばされるかのような痛みを感じていた。

 

「あぐっ……図鑑を狙っているのか……!」

 

 いかにポケモン図鑑が耐水性とはいえ、あんな勢いの水に当たったら木っ端微塵だ。俺は難を逃れた図鑑で現れた水柱に向けて図鑑を向ける。すると予想通りの答えが帰ってきた。

 

「昼間のサメハダーか! ペリッパー! キモリ! もう一度伸してやれ!」

 

 ペリッパーが空を飛びながらキモリをその背に乗せる。昼間とは違い俺を乗せていないペリッパーは簡単に空を飛ぶ。これはルール無視の野良戦だ、わざわざ相手と同じ土俵で戦う必要はない。

 しかしどちらの戦いにも気を裂かねばならない。ギャラドスとメタモンの戦いはそんじょそこらのポケモンの戦いとは違う。しかもただでさえ相手のギャラドスは気が立っているのか、動きが荒々しい。目を離している隙に尻尾にぶち当たったら無事じゃすまない。

 だからと言ってあのサメハダーを完全に無視は出来ない。先程の【ハイドロポンプ】を食らっても、ただではすまないだろう。それにペリッパーはともかく、キモリは水上水中での戦いに慣れていない。海のギャングであるサメハダーを相手にそれはまずい。

 

 暴れるギャラドスは浜の砂を舞い上げる。だが見ればそれだけではなかった。一件暴れてるように見えてギャラドスは自らの勢いで【たつまき】を起こしている。さらに【りゅうのまい】でどんどん動きがエスカレートしていく。

 吹き飛ばされそうなほどの風圧を受けながら、俺は覚悟を決めてメタモンに飛び乗る。

 

「よし、こっちも【りゅうのまい】だ。振り落とされねーように掴まってから遠慮すんな!」

 

 メタモンがギャラドスの声で咆えると、負けじと相手のギャラドスに対峙する。ギャラドスが起こした【たつまき】を打ち消すべく、一度海の中に飛び込むと身体に水分を蓄積する。

 そして海水をフルで利用した【ハイドロポンプ】を竜巻目掛けてぶつけるが、やはり【りゅうのまい】で素早さを高めたギャラドスが生み出した竜巻の強固な風圧によるバリアは抜くことが出来なかった。そのときだ、【ハイドロポンプ】によって水分が含まれた竜巻は動きが鈍重になった。

 

「そうか、あの竜巻砂を巻き上げて威力が上がってるんだ……! ペリッパー! 【なみのり】だ! ビーチを飲み込むくらいどデカイのを頼む!」

 

 キモリを抱えたままペリッパーが昼間のように跳躍し、羽撃きによる風圧を加算したダイブで巨大な波を起こす。その波は繰り返すごとに大きくなり、俺の指示通り戦闘区域のビーチをすべて飲み込むほどの波が押し寄せる。

 すると昼間の太陽でカラカラに乾燥した砂浜に水が含まれ、ちょっとした風では持ち上がらなくなる。すなわち、竜巻の威力は大幅に落ちる……!

 

「メタモン! 【アクアテール】!」

 

 尾の部分が海水に浸っていたため、【アクアテール】はより協力な一撃としてギャラドスの頭を打つ。しかしギャラドスは存外タフなために頭部への一撃を加えても依然健在だった。

 そしてギャラドスが口を開くと、そこに煌々と輝く光が蓄積されていく。

 

「来るぞ! 迎え撃て! 【はかいこうせん】!」

 

 ギャラドスが放った【はかいこうせん】と少し遅れてメタモンが放った【はかいこうせん】がぶつかり合う。先程の竜巻に匹敵する風圧が俺の身体を撫で、髪を引っ張る。

 撃ち合いから逸れた高熱のエネルギーが砂を焼き、海を割る。さすがは数あるポケモンの中で五指に入るほどの暴れん坊が放つ【はかいこうせん】だ。

 

「メタモン! こっちは任せるぞ!」

 

 俺はメタモンの背を滑り降りるようにして今度は浅瀬に向かう。

 

 そのときだ。俺はギャラドス化したメタモンの尾の部分に何かが付着していることに気がついた。それは齧られた木の実の食べ残しだ。恐らく、【アクアテール】がヒットしたとき相手のギャラドスの口から離れたものだろう。

 もしかしたら、と俺の中で一つの仮説が立つ。

 

 ペリッパーたちは俺の指示を受けずとも独自の戦法でサメハダーを追い詰めていた。こちらを先に圧倒することさえ出来れば、ギャラドス攻略は多少容易くなる……!

 しかしサメハダーにもアドバンテージがある。昼間一度戦っていることで、ペリッパーたちの同じ戦術が通用しない。何より、今は夜中で太陽が無い。キモリ必殺の【ソーラービーム】を放つことが出来ない。つまり決定打が撃てないのだ。

 

「ダメージ覚悟で突っ込めるか……?」

 

 俺の呟きを拾った二匹がコクリと頷く。覚悟は決まってるらしい、だったら俺は道筋を示してやるだけだ。

 

「ペリッパー! 【でんこうせっか】でサメハダーを追い立てろ!!」

 

 キャモメの頃の素早さを今一度、とばかりにペリッパーがキモリを抱えたまま低空で飛行しサメハダーの後を追いかける。サメハダーもまた【アクアジェット】で必死に逃走する。

 しかしやはり水中では微かにサメハダーの方に分があった。普通に追いかけるだけでは、ぐんぐんと差をつけられてしまう。

 

 選択肢は二つ。メタモンとペリッパーたちを入れ替えて戦う。そうすればサメハダーを追い立てることは出来るだろう。けどそれでは今以上に決定打に欠ける。

 となれば少しでも勝率が高い現状を維持するのが最優先だ。だが何か一手が足りない。その決定的な一手を埋めることさえ出来れば……

 

 頭を捻っているその時だった。ギャラドスの咆哮が耳を劈き、次の瞬間俺の身体はふわりと浮き上がった。見れば再びギャラドスが竜巻を起こし、なんと俺をそのまま攻撃してきた!

 

「視界がッ……!」

 

 風に煽られぐるぐると吹き飛ばされる。ペリッパーが俺のフォローに回ろうとするが、俺はそれを手で制する。このまま飛んでも落下するのは海の上だ、落ちても死ぬことはない……!

 直後、俺自身の身体が水面に打ち付けられて水柱が立つ。そのとき俺に天啓とも言えるアイディアが生まれる。

 

「そうか、【ぼうふう】だ!」

 

 ペリッパーが一度動きを止める。そしてキモリを俺によこすと、自ら水上に飛び上がり、大仰な羽撃きを見せる。その風圧はギャラドスの竜巻とは比べ物にならない範囲の風を起こす。

 だけど範囲が広ければ、それだけ風の威力は分散する。とても先程のようなうねる竜巻は起きない。

 

 それでも、水の流れは作れる。

 

 俺と、サメハダーはペリッパーが作る擬似的な【うずしお】のど真ん中にいる。作られた波の中を抜けることはサメハダーにも出来ないのか、抵抗も虚しく俺と一緒にぐるぐると渦の中を回っている。

 そして俺は今一度キモリをペリッパー目掛けて放る。するとキモリはペリッパーの嘴の下にペタリとくっつくと、波の影響を受けない空からサメハダー目掛けて急降下する。

 

 キモリがペリッパーを足場とし、弾丸の如くサメハダーに襲いかかり【メガドレイン】で大幅に体力を奪う。やがて体力を消耗しすぎたサメハダーは昼間のように暴れ、やがてピタリと動きを止める。

 

「やったぞ! よし、このままメタモンの援軍に……!」

 

 思わずガッツポーズした次の瞬間だった。俺の真上を飛んでいたペリッパーに極大の炎が直撃する。みずタイプでなければ、間違いなく消し炭になるような炎だった。

 ペリッパーの苦悶の叫び、炎が掻き消える頃にはペリッパーは戦闘不能になっていた。ほのおタイプの技で、一体誰が……

 

 もちろん敵はギャラドスしかいない。ギャラドスはその口に炎々と燃える光を蓄えていた。

 しかもあの巨大な炎の一撃、恐らくは……

 

「【だいもんじ】か……ッ!」

 

 俺は急いでペリッパーの元に泳ぎ着くと、ペリッパーをボールに戻す。瀕死に加え、尋常ではない火傷を負ったペリッパー。どう考えても戦闘を続行することなど出来ない。

 なんとか陸に戻る。その間ギャラドスはメタモンが抑えてくれていたものの、メタモンは慣れない大型ポケモンへの変身を続けていたせいか動きがだんだんと悪くなっていた。

 

「メタモン! 一度下がれ!」

 

 しかし今のメタモンを除けば、俺のポケモンはすべて小型のポケモンだ。ギャラドスを相手取れるかすらわからない。一旦この場は引いた方が賢いやり方かもしれない。

 だが、俺が逃げもしあいつが追いかけてくるのなら、街には逃げられない。暴れるギャラドスの危険性は今この場で思い知った。

 

 じっとりと、海水混じりの汗が頬を伝う。そのとき、脳裏にはリエンの言葉が蘇っていた。

 強迫観念が俺を動かしている。俺がやらなきゃいけない。その意思が俺を突き動かしていると。

 

「正直言えば逃げたいさ。こんなでっかいやつ相手に、追い詰められて……」

 

 だけど、あのギャラドスもまた誰かの指示で動いている。そして、戦いの最中にあのギャラドスが零した、あの木の実を見て確信した。

 木の実の名前は"ウイのみ"、かつて図鑑で種類を見たことがある。どちらかというと渋い味のする木の実だ、そしてあのギャラドスは戦っていてわかった、いじっぱりな性格なのだ。

 

 つまり食べると、好みの違いで混乱する。それを自分から食べたとは考え辛い、あのギャラドスは野生にしろ手持ちにしろ誰かの手によってわざと混乱させられたのだ。

 そしてサメハダーによる誘導で、俺たちとぶつかっている。ギャラドスは怒って暴れているのかもしれない、ただそれは誰かが人為的に起こしたものだ。

 

 だったら、助けてあげたい。

 

 苦しんでいるのが人間だとか、ポケモンだとかは関係ない。誰かがあのギャラドスを利用しているのなら――――

 

 

 

「絶対に助けてやる……!!」

 

 

 

 俺の思いに同調したキモリが我こそは、とばかりに前に立つ。ギャラドスは再び浜で暴れ、その尾で水を切り裂きながらキモリを狙う。【アクアテール】だ、狙いはまずまず!

 

「【みきり】!」

 

 キモリは【アクアテール】の一撃を、威力が一番死ぬポジションまで引きつけてから受け止め、そのまま背負い投げるようにして地面へと叩きつける。あの小さな体のどこにそんなエネルギーが溜まっているのか、不思議だ。

 

「ん……? エネルギー……?」

 

 少しばかり目を凝らす。キモリの動きがいつも以上に良いのだ。あんな大きなギャラドス相手に物怖じせず、果敢に突っ込んでいく。弾丸のようなトップスピードで襲いかかり、尻尾を【たたきつけ】、即座に離脱。

 ギャラドスが混乱しているとはいえ、手も足も出させないほどに……

 

 とにかく、今のキモリの力があれば押せる。あとは後一歩をみんなで踏み出させるだけだ……!

 

「ゾロア! やれるか?」

 

 今までボールから静観していたゾロアが満を持して現れると、俺の問に力強く咆える。この小さな身一つのゾロアがあのギャラドスを戦闘不能にする(しずめる)には、強力な一撃を要する。

 それこそ、あのギャラドス自身の力のような、強烈な一撃が。

 

 キモリの電光石火の早業で追い立てられたギャラドスは癇癪を起こし、【だいもんじ】とは違う光を口に蓄え始める。さっきも見た【はかいこうせん】の光だ。そして俺はこれを待っていたんだ。

 

「今だ! 【まねっこ】だ!」

 

 ゾロアが精一杯に口を開き、闇色のエネルギーを蓄える。それはゾロアの身体よりも大きな力の集束体となってギャラドス目掛けて一足先に放たれる。

 光と、闇の砲撃が交錯しギャラドスの身体にゾロアの【はかいこうせん】が直撃する。それを受けて倒れるギャラドスの絶叫を乗せたはかいこうせんが再びビーチや海を薙ぎ、焼き払う。

 

 しかしジタバタと苦しみだすギャラドスの放った光線による薙ぎ払いが、俺たちにに向かってくる――――!

 

「ミズ! 【れいとうビーム】!」

 

 そのときだ、凛とした声が夜のビーチに響き渡り、俺の周囲に壁になるような氷壁が幾つも出来上がる。氷による即席のシールドが一瞬俺を守ってくれる。俺はゾロアを抱えて、その場に伏せる。

 氷の盾もギャラドスの【はかいこうせん】を受けて容易く溶けてしまうが、先程の一瞬が生死を分けていたと思うと、少しゾッとする。

 

「ちょっと、無事だよね!」

「なんとかね! なんとか!」

 

 すぐさま詰め寄られ、身体中を調べられる。しかし俺が受けた傷はそんなに多くはない。せいぜい海に投げ出されたときのダメージくらいだ。

 それがリエンにもわかったみたいで、彼女もホッと胸を撫で下ろしていた。俺は氷の盾から少しだけ頭を乗り出してギャラドスの様子を伺った。

 

 ギャラドスはサメハダー同様目を回していた。どうやらゾロアに受けた攻撃がクリーンヒットしたらしい、それにキモリは攻撃の合間に【メガドレイン】を挟んで反撃の機会を作ってくれていたようだ。

 

「それにしても、【れいとうビーム】が使えるんだなミズは……」

「よく海に流れ着いたガラスとかで怪我しちゃう子供とかが多いからね、傷口を凍らせる応急処置のためにパパにわざマシンを借りたの」

 

 俺達はギャラドスの側に歩み寄る。俺達がつけた傷でダメージが酷い。しかし暴れられても困るので、今回復させるわけにはいかないのが心苦しかった。

 

「ところで、どうしてここに……?」

「あの子をレスキュー本部に預けて、帰ってきたら浜でドンパチやってるんだもん。気になってきたら、ギャラドスのはかいこうせんが……」

 

 リエンがそこまで言って、半袖からはみ出ている白い手を抑えた。俺は気になって腕を覆った手を少し無理やり退かした。すると、リエンの白い手に薄っすらと赤い線が浮き出てはそれがさらっと垂れ落ちる。細くだが傷が走っていた。

 

「これ、どうしたの?」

「暴れてたギャラドスの一撃が地面を壊して、その破片が飛んできたの。痛くはないから少し抑えておけば血は止まるよ」

 

 そう言うが、血がじわりじわりと滲み出てきている。俺はカバンの中から生地が柔らかいハンカチを取り出して、それをリエンの手に巻き付ける。

 

「平気だって言ったのに」

「俺の応急手当ばっかりして、自分の身体は後回しなんてたとえ小さな怪我でも俺が見過ごさないぞ」

「ふぅん、男の子って変わってるんだ」

 

 飄々とした態度で告げるリエンだが、次の瞬間には口が綻ぶ。少し照れくさくなって、俺は顔を逸らす。

 しかしその時だ、サンダルがコンクリートを擦るような、足を引きずった子供のような歩き方特有の音が耳に入った。それは徐々に近づいてきて、

 

「へぇ、ギャラドスがやられちゃったんだ……想定内だけど、おにーさん強いんだ」

 

 ギャラドスをボールに戻し、浜に降りてくる影。

 

 それはさっきリエンが連れて行ったはずのワンピースとフード付きポンチョの、不思議な女の子。しかし先程とは違って、雰囲気がガラリと違っていた。先程の不思議ちゃんっぽさはどこへ消えたのか、彼女はまるで冷ややかに高所から俺たちを見下していた。

 

「そのギャラドスは君の手持ちだったのか……?」

 

「そうだよ、ついでに言えばサメハダーもね。わたし、みずタイプのポケモンが好きなんだ」

 

 聞いてもいないことを、視線を変えずに俺に向かって告げる少女。雰囲気が変わっても、なお変わらない猛禽のような目つき。

 彼女はカラカラと笑って、視線を俺からリエンへと切り替えた。

 

「お姉ちゃんはイイ人だね、こんな夜更けにこんな小柄な子が一人でいてまったく警戒してなかった? ベースの人たちもまったく疑ってこないから、不意打ちが簡単だったよ」

 

「……まさか、レスキュー本部の人たちを襲ったの……!?」

 

「死んではいないよ、わたしたち()()()()()()得意なんだ。()()()()()のは得意だけどね」

 

 舌舐めずりをするように彼女は呟くと俺とリエン、まるでどちらから手を付けるか品定めをするように交互に視界を送る。

 しかし俺は、リエンより一歩前に出て彼女に質問を投げかけた。

 

「君もバラル団なのか?」

 

「そうだよ、君たちに名乗った"バラル三頭犬"の子犬と違って、"真のバラル三頭犬"のヘッド……名前はケイカ、よろしくね……オレンジ色のおにーさん」

 

 少女――ケイカは名乗り、俺達に向かって歩いてくる。俺もリエンもジリジリと後退するが後ろは海だ、逃げ場は存在しないも同然だった。

 

「もう一つ、聞かせてくれ。ウイのみをギャラドスに持たせたのは君だろ、なんでそんなことをした?」

 

「理由か……そうだなぁ、おにーさんがどこまでギャラドスを分析して戦えるかが見てみたかった、って感じでいい? 大して理由なんて考えてなかったんだよ」

 

 歯が割れるようだった。噛み締めた奥歯が悲鳴を上げて、俺はリエンが俺の手首を握り締めていなかったらこの瞬間にも飛び出してしまいそうだった。

 

「トレーナーが、ポケモンをわざと混乱させるなんて……ギャラドスは本気で苦しんでいたんだ……」

 

「そうだね、悪いことをしたとは多少思ってるよ。でもギャラドスはわたしたちが大好きだから、わたしたちが差し出した木の実を平気で口に運んだよ。わたしたちはギャラドスが了承してやったと思ってるけど?」

 

 まったく悪びれない態度、ついに頭に来た俺はリエンの手を振り払って怒りのままキモリをリリースする。癇癪を起こしていたキモリも同感らしく、指示せずとも全力の【エナジーボール】がケイカへと向かった。

 しかしケイカがニッと笑うと、次の瞬間新緑の球体がスッパリと両断されてしまう。エナジーボールを切り裂いた何かはそのまま俺とリエンに襲いかかる。

 

「風ッ!? いや、これは……!!」

 

「【かまいたち】、刃物にも匹敵する切れ味の真空波だよ。わたしたちの、"アブソル"のね」

 

 顔を上げると、ケイカはいつの間にか呼び出していたポケモン"アブソル"に腰掛けていた。アブソルもまた俺たちを冷ややかに見下ろしていたが、やがて興味をなくされたように顔を逸らす。

 

「さすがにギャラドスもサメハダーもいない手持ちじゃ、おにーさんたちの相手はちょっと面倒だから今日は帰るね。ジンもイグナも詰めが甘いと思ってたけど、なるほどね……」

 

 ボソボソとケイカが何かを呟くが俺たちには聞き取ることが出来なかった。ケイカはアブソルの身体をポンポンと叩くと、俺達を一瞥してそのまま走り去ってしまった。

 またしてもバラル団との因縁が生まれてしまったことと、度重なる巻き込まれ体質……いや今回のことで自覚した、首突っ込み気質。

 

「くそっ……バラル団って、何が目的なんだよ……」

 

 苛立ちを砂にぶつける。舞い上がった砂は先程の戦闘で水を含んでおり、脚に重い衝撃を残した。

 拳を握りしめると、リエンが後ろから俺の手を取った。触れられたことで、手にかかっていた力が一気に抜けてしまう。

 

「とりあえず、レスキュー本部に行かなきゃ。みんなが心配だよ」

 

 リエンはそう言って俺を置いて先に向かう。そうだ、ケイカにやられた人たちが心配だ、それに今日はただでさえリエンのお父さんが遅番で残っていたらしい。彼女としても心配だろう。

 俺は急に静かになったビーチを見て、それから急いでリエンの後を追った。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 気づけばたくさんいた。

 

 私という個はいつの間にか、たくさんある個の一つになっていた。

 

 いつからか私はわたしたちになった。だけどわたしたちはとても似ていて、気になるものが常に一緒だった。私の中でブームが訪れるようなものだ。

 

 そして今回のブームは、あのオレンジ色くんだった。

 

 私が言う。オレンジ色のおにーさん強かったね、と。

 

 それに私が返す。ジンとイグナはきっと爆発力に負けたんだ、と。

 

 それに向かってまた私が言う。組織にとっては非常に厄介な存在だ、と。

 

 わたしたちが、それに頷いた。

 

 だけど、わたしたちが目をつけたなら最後はきっと巡り会う。どんなことがあろうと、きっと再び相見える。

 

 そのときが楽しみだね、わたし。

 

 ああ、とても楽しみだな、わたし。

 

 



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VSシザリガー 君の答え

 ケイカとの遭遇からまる一日。マリンレスキューの本部でケイカに襲われた人たちはみな軽傷だった。一番怪我が酷かったのでも引っかき傷や意識を失う際に受けた打撲程度で、骨が折れたり今後に影響する傷を負った者は誰もいなかった。

 俺は彼らの介抱をするリエンの後ろ姿を見てるしか出来なかった。傷の手当など初歩の初歩しか知らなかったし、俺が手伝おうとしても脚を引っ張ってしまいそうで怖かったからだ。その間俺はポケモンを回復させることに専念し、自分は浜に赴いた。

 

 あれだけ暴れた後で、戦闘の爪痕が多く残っていた。ケイカの手がかりになるものがないか、俺はビーチを散策がてら探し歩いた。しかし当然何もなく、途中からはギャラドスのはかいこうせんで壊れた堤防の瓦礫を片付けていた。

 するとどこからか見覚えのあるプルリルがやってきた。

 

「おお、ミズ。おはよう、昨日は大丈夫だったか?」

 

 ミズはこくりと頷いて俺の側に擦り寄ってくる。昨日今日でずいぶん懐かれたもんだなぁ、なんて思いながら俺はミズを連れて波打ち際を歩いていた。

 

「困るよな、行く先々で事件に巻き込まれちゃってよ。って、昨日分かったことだけど俺には首突っ込み気質があるんだな」

 

 忘れちゃいけないのは、俺はこのラフエル地方に観光に来たんだ。今でこそポケモンジムを制覇する旅がしたいと思ってるけど、バラル団が行く先々で俺の前に立ちはだかる。

 いい加減、どっちか割り切らないといけないのかな。

 

 身の上をきちんと明かした上で、PG(ポケット・ガーディアンズ)に引き継ぎするか。

 このまま旅を続けながら、ただ迫りくるやつらを追い払い逃げるだけか。

 

 すぐに答えなんか出ない。一度悩んだら俺はなかなか決まらない。だから、いつもみたいに悩んだときは海を見に来る。

 朝の海は夜よりも静かだ。俺の悩みも、俺も、海の前では小さな個。自分で言ったことだけど、なるほど納得できる。しばらくゆっくりしようと、俺は浜に大の字になって寝転がる。

 

「今は答えを出すときじゃないのかもな……」

 

 まるで俺から染み出した悩みが砂に吸い込まれたように心の中がスッキリした。頭の中で考えが落ち着いたからか、眠気が襲い掛かってきた。

 ついうっかり寝そうになるも、ミズが身体のベールで俺の顔をくすぐる。

 

「確かに野ざらしで昼寝はまずいか……」

 

 俺はレスキュー本部を見る。リエンはきっとまだ本部の人の介抱をしているはずだ。わざわざ聞きに戻るのも、今の体力では面倒くさかった。

 散々葛藤した挙句、俺は無断でリエンのベースを借りることにした。オンボロの小屋に戻ってくると、相変わらず雑多な部屋が俺を迎えてくれた。

 昨日も横になっていたソファを借りて横になると、やがて勝手に俺の意識はまどろみに溶けていった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 ざあざあと船が波をかき分け、進んでいく。

 そんな船の前方付近で、一人の少女がまだかまだかとその瞬間を待っていた。

 船に乗った時間からしてもう少しで半日ほどになる。彼女はその間、ずっとここを動かなかった。

 

「お嬢ちゃん、椅子座るかい?」

「ありがと、船乗りのおじちゃん。けど、あたしこう見えて船には慣れてるから大丈夫よ」

 

 彼女は振り返りながら、風よけにつけていたゴーグルを外してニッとはにかんだ。小太りの船乗りはそんな彼女の笑みに、同じような笑みを返し快活に笑った。

 

「ハッハッハ、そうかい。嬢ちゃん、そんなにラフエル地方が楽しみなのかい?」

「どうなんだろう、楽しみなのかなぁ……自分でもわかんないや、知らない土地に行くのも慣れっこだけど、前情報無しだからね」

「前情報なし? えらく突飛な旅だなぁ」

 

 船乗りは首を傾げた。彼女は話をしながらも、ラフエル地方が見えてくる方角をずっと睨んでいる。心から待ち遠しい。だというのに、楽しげな雰囲気は見えてこない。

 いつもこの地方巡回船で、ラフエル地方に臨む人々はいつだってワクワクを隠しきれていない。

 

 彼の地で、人とポケモンが手を取り合い生まれた王国。人の名をラフエル、彼の伝説が地方に根付き、大地は彼の名前を得た。

 あらゆる人、あらゆるポケモンにとっても故郷のような土地だ。彼はもう長いこと船乗りを続け、この地に訪れる人を見送ってきたが彼女ほど感情が錯綜している人間は初めてだった。

 

「そろそろ見えてくっからな、ぼんやりと」

 

 船乗りの言葉通り、朧げにすぅっと現れた地平線。彼女は甲板から身を乗り出して、カバンから取り出した別のゴーグルを装備して目を凝らした。

 それはズーム機能を自動的に起動させ、装着者が見たいものを拡大して見せてくれる。そのゴーグルはいかにも新品だった。というのも彼女が前に持っていた類似品は、少し前に盗まれてしまったのだ。

 

「どうだい! すげぇだろラフエル地方! もう少しで上陸準備が始まるからよ! 楽しみに待ってな!」

「ごめんねおじちゃん! あたしもう待ってらんない! またね! 今度は帰るときお世話になるから!」

 

 彼女はそう言って、なんと船から飛び降りた。船乗りは目が飛び出さんばかりに目を見開いて、急いで甲板から身を乗り出す。いかに船がゆっくりしているからってまさか泳いで行く気では……などと思った瞬間、身を乗り出した自分にぶつかる勢いで何かが急上昇してきた。船乗りは驚いて尻もちをついて腰を思い切り打ち付けた。

 

「じゃあね!」

 

 急上昇してきたのはポケモンだ。彼女はその背に飛び乗って、先程の風除けゴーグルを装着するとそのポケモンの背をポンポンと叩いた。船の速度とは比べ物にならないジェット機のような速度でそのポケモンが去っていく。

 船乗りはその背をただただ見送っていた。

 

「な、なんだってんだ……まるで嵐みたいな子だな」

 

 海での嵐は、神に祈る他ない。それほど危険なものだが、彼女は船に乗る前からそんな感じだったと彼も記憶している。

 乗船場に駆け込んできたかと思えば、チケットを見せたと思ったら確認するより先に船に乗船していた。

 

「よっぽどなにかあるんだなぁ……そういえば、あのゴーグル見覚えがあるな……確か、随分前に船に乗ってた兄ちゃんと同じブランドのもんだった」

 

 この船乗りが先日、つまり前回この船に乗ったときのことだ。やけに切羽詰った顔の少年が、彼女と同じように船の先端部分からずっと先を見渡していた。そのときも決まって同じように椅子に座るかと持ちかけたのだ。

 あの少年もまた、ラフエル地方へ行くというのに楽しそうな顔はしていなかった。まるで何かから逃げているかのような、今からでも戻った方がいいのか、そう言った顔だった。

 

「ま、関係ねぇか……あいたた」

 

 船乗りは痛む腰を擦りながらぼちぼちと仕事に戻っていった。

 少女の姿は、もはや見えないほど小さくなっていた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「ちょっと、姿が見えないと思ったら勝手にベース使ってたのね」

「……んぁ?」

 

 俺は寝ぼけまなこに移る逆さまの女を見て、マヌケな声を出した。身体を起こして、頭が覚醒してくると相手がリエンであることに気づいた。

 

「ふあぁ~……んん、おはよう」

「もう昼、なにがおはようだよ」

「さいで……昼か、随分寝てたんだな俺」

 

 起き上がって伸びをすると、身体が再びキリキリ痛み出した。けど内側から来る痛みにはどうしようもないので、我慢することにした。

 完全に意識が戻ると、リエンが俺にジトーっとした目を向けていることに気がついた。

 

「マリンレスキューの人たちは大丈夫だったのか?」

「うん、大した怪我はしてなかったし、朝番の人たちが来たから交代してもらったの。本部の人たちは私より適切な手当が出来るしね」

 

 リエンもまたググッと伸びをした。もしかしなくても、リエンは夜通し怪我人を診ていたわけだし、疲れているだろう。

 

「さて、じゃあ俺はモタナの町を見てまわろうかな」

「ふぅ~ん、じゃあ案内してあげよっか?」

「いや、リエン疲れてるだろ? 無理はしなくていいよ」

「そんなに疲れてないよ。ちゃんと仮眠も取ったし、むしろ怪我してない分ダイより元気だと思うけど?」

 

 ふふん、とふんぞり返るリエン。確かにモタナの地理はまったく頭に入っていないし、好意を無駄にするわけにはいかないかな。

 

「じゃあ、お世話になります」

「素直でよろしい。いつもこれくらい聞き分けがよければいいのにねぇ~」

「俺もこのきかん坊な身体に言ってやりたいよ」

 

 軽口を叩きながら、俺はリエンに引っ張られて昨日は脚も踏み入れなかった場所へと歩を進めていった。

 浜から出てしばらく歩くと、商店街をさらに拡大化した市場が見えてきた。恰幅のいいおじさんやおばさんが大声で快活にお客を呼んでいる。

 

 そんな彼らもリエンを見つけると大声で声をかけ、手を振ってくる。リエンもそれに大きく手を振り返す。

 

「知り合いなのか?」

「モタナタウンって海の町でしょ? だからマリンレスキューはビーチ以外にも仕事が多くて、パパのことを知ってる人はだいたい私のことも知ってるの」

「そういえば、ライフセーバー以外にも部署があるんだっけか」

「そうそう、海上警察なんかも兼任してるからね」

 

 なるほど、海辺のPGみたいなものか。柔和な雰囲気のリエンのお父さんから感じたかすかな威圧感はそこから来てるのかもな。

 

「お腹、空いてる? 先にご飯にしようか?」

「お、助かる。実は眠る前から腹も減っててさ……なにかオススメは?」

 

 俺が尋ねるとリエンがキョトンとして、次にプッと吹き出して、やがてカラカラと笑いだした。

 

「ダイってば、本当に知らないんだぁ! モタナタウンのコイキングといえば《ラフエルコイキング》ってブランドになって、高級レストランなんかで取り扱われるほど美味しいんだよ?」

「ま、マジか……そんな美味いのか、モタナコイキング……ぜひ、食ってみたい……!」

 

 よだれが止まらねえ! 俺はリエンを急かすようにして近場のレストランに入った。するとやはり昼時だからか、店内は非常に混雑していた。

 レストラン、という割には定食屋に近くて、アイオポート育ちの俺にとってかなり馴染みのある雰囲気の店だった。

 

「おっ、リエンちゃんいらっしゃい! そっちの連れはカレシかい?」

「違いますよ、私のベースの居候」

 

 あの、リエンさん。その説明だと俺非常にダメ人間では。女の子の仮住居に居候って俺かなりダメ人間では。

 テーブルにつくまで視線で訴えてみたがリエンには届かなかったみたいだ。

 

 メニューを見て、リエン一押しのコイキング刺身定食を頼む。カウンター席に座れたことで、目の前で捌かれるコイキングに命の儚さと食べることへの感謝をひしひしと感じさせられた。

 コイキングだった肉に、板前の旦那さんが包丁を入れる。まるで刃が閃いて、その肉を切り分けていく。まるでミルタンクバターか何かのように刺し身が出来上がっていく。あれは包丁の切れ味のせいなのかそれともコイキングの身がそれほどまでに柔らかいのか……!

 

 そして程なくして現れた定食を見て、俺はついに涎が溢れるのを感じた。

 自分でも目がとろ~んとしているのがわかった。なんだ、このコイキングの身の照りは……ラフエルコイキング、あんたすげぇな……!

 

「ダイ? どうしたの?」

「俺は今、コイキングに恋をしている……こんな美味そうなコイキングを見たことがないんだ……! 次からコイキングを見たらそれだけでこの定食を思い出してしまいそうだ……今から怖いぜ……!」

 

 思えば、俺は昨日の夜から何も食べていないんだ。その空腹感が手伝って、このコイキング定食がとても美味そうに見えているのか……俺は震える手で箸でその刺し身を取り、醤油ソースに少し浸した。

 そのときだ、コイキングの切り身からじわ~っと脂が出て醤油ソースに広がる……! 思ったとおりだこいつ脂身がすげぇ……!

 

「た、食べていいのか……? 許せ、コイキング……お前がアイオポートにいたなら俺の親父がお前を連れて帰ってきたかもしれないのに、お前はラフエル地方にいたばっかりに俺に食われちま」

「いいから食べなよ、静かに」

「は、はい……」

 

 リエンにツッコまれ、俺はそのままコイキングを口に運び、ゆっくりと噛み締めた。するとどうだ、醤油ソースに広がった脂とは比べ物にならないほどとろりとした脂が口中に広がり、それでいてあっさりしていて口の中がギトギトしない……!!

 

 これは、このコイキングは……!!

 

 

「うーーまーーぁぁあいいいいいぞおおおおおおお!!!!!!!」

 

 

「ガッハッハ! リエンちゃん、この坊主活きがいいねぇ!」

「それが《ラフエルコイキング》を知らなかったのよ。今までちゃんと美味しいもの食べたことあるのかな」

「あるよ! 美味いもんくらい! だけど、だけど……うおォン、箸が止まらん……今の俺は人間フレアドライブだ……」

 

 まさに筆舌に尽くしがたい……!! ラフエルコイキング恐るべし。これ食ったら、アイオポートのランチは食べられない……ことはないが、俺はこのコイキングを生涯忘れないだろう。

 

「坊主、デザートをつけてやろう。うちの菜園で採れる木の実盛り合わせだ!」

「いいんすか!? いただきます!」

 

 これは……コイキングとは違う感触でとろける熟した木の実が……! まさにほどけるという感触……! 木の実の繊維が舌で撫でるだけで、甘噛するだけでさらさらと……!

 それだけじゃない、じゅああああああっと果汁が、いかんいかんこのままじゃ溢れる……!

 

「ガハハ! 良い食いっぷりだ! 坊主みたいな客、俺ぁ大好きだね!」

「いやこんな美味いもん食ってたらこうなりますって! なんで他のお客さんは落ち着いて食ってられるんですかねぇ……!」

「みんな食べ慣れてるからだと思うよ、私も含めてね」

 

 俺は思わず箸を落とした。そんなことが許されるのか、神よ……信じられないという風に、俺はリエンを見つめた。

 

「おま、おま……それは逆に損してるぞお前! こんな美味いもんに囲まれてたらいずれ何も食えなくなっちまうぞ!」

「ハハハ! そんな美味かったか! そうかそうか! ほらデザート追加だ」

「旦那さん太っ腹~!! さては特性"あついしぼう"だな~」

 

 

 ハハハと笑い合う俺と旦那さん。店の中で俺と旦那さんだけテンションが上っていく。

 そのときは気づかなかったが、リエンはそのとき俺が我を忘れてコイキング定食をがっつく様をジッと見つめていたらしい。

 

 

 

 

 

 外に出た俺たち。俺は腹を擦ってご満悦だった。

 

「ふぅ~食った食った! 眠気も無し、空腹も満たし……今の俺最強かも」

「大げさだなぁ……でも嬉しいな、地元民はさっきの通り食べ慣れてるから、外から来る人の食べっぷりは見てて楽しいし」

「さっきも言ったけど、そりゃ損してるぜ……いつか旅に出たとき、これ以上に美味いもんには早々巡り会えないぞ」

 

 なんとなしに言った俺、しかしリエンはその一言を受けて「旅か」と空を仰いで呟いた。俺はそんなリエンの姿がひどく印象に残った。

 次はどこに行こうか、リエンがそう言った。でも俺はそんなリエンをどこか上の空で見つめていた。

 

「ん? どうしたの、ダイ」

「いや……ちょっとな。誰かと一緒に知らない街を歩くのが、随分久しぶりでさ……でも前と違うのは自分に胸張れてるとこだ」

「ふぅん、でも……ダイは胸が張れてるんだ。少し、羨ましいな……」

 

 日差しが強く、少しうつむくリエンには影が差していた。なにか、彼女の嫌なことを思い出させたのかもしれない。

 俺は申し訳ない気持ちになったが、それ以上にそれが……彼女に影を差すその出来事が気になった。

 

「リエン、俺やっぱ少し食いすぎて苦しくなっちまった。ベンチで休もうぜ」

「そう? じゃあそうしよっか」

「あぁ、それで……気を悪くしないでほしいんだけど、リエンの話が聞きたいな」

 

 私の、と首をかしげるリエンに頷いて応える。彼女はやや逡巡した素振りを見せたが、やがて観念したのかコクリと頷いてくれた。

 最寄りのベンチにリエンが座り、俺が少し離れた位置で横になる。話題を振るかと迷ったけど、俺が口を開くより先にリエンがぽつぽつと語り始めた。

 

「それで、ダイは何が聞きたいのかな」

「そうだな……リエンは正義ってどう思う?」

「随分抽象的な質問だね……なんで、そんなことを聞くの?」

 

 逆さまのリエンが俺の目をジッと見返してくる。

 

「俺がサメハダーを退けたとき、俺じゃなくても誰かがやるって思ってなかったか? 俺みたいな考え方をしてるバカが他にもいるんじゃないかって思ってたんじゃないかと思ってさ」

 

 最初は、俺が怪我人だから怒ったのかと思っていたけどリエンは俺が怪我人だから止めたんじゃない。

 俺が信念を持って、海水浴客やリエンのお父さんを助けたんじゃないってことを見抜いたからじゃないかと思ったんだ。

 

「じゃあ逆に、ダイは……正義ってなんで正義なんだと思う? 正義って人それぞれの『正しさの定義』だからさ……歴史上、いくつも戦争があったけど……勝った側が正義なんだよ。正確には勝った方の『定義が正しかった』んだよ」

「それなら、負けた方の正義はどうなる?」

「淘汰される。より正しい方に食い尽くされて、最後にはなくなる。今ダイの胃袋にいるコイキングみたいにね」

 

 腹の中でコイキングが返事でもしたのか、ぐるぐると音がする。俺は饒舌になったリエンの価値観の前にただただ流されていた。

 

「なんでそういう考えになったのか、聞いてもいい?」

「……そうだなぁ、さっきの正しさの定義云々を差し置くことになるけど……たぶんキッカケは些細なことだったんだよ」

「些細……?」

 

「うん、ずっと前にね……私がレスキューの手伝いを始めた頃だったかな。海で怪我をしていたポケモンがいてね、ミズと一緒に手当をしてあげたんだけどそのポケモンがやがて群れを連れて海水浴客に悪戯をするようになったの。私がそのポケモンを手当したから、元気になったポケモンが人に危害を加えるようになったんだよ」

 

 俺にとっても記憶に新しい。実際、昨日のバラル団のケイカがけしかけてきたサメハダー。もし俺が、怪我しているサメハダーを見つけたなら間違いなく手当をするだろう。放っておけない、そんな気持ちになって。

 

「それだけじゃないよ。私が善意で助けた人間が悪事を働いたこともあったよ。私の善意は、私の正しさの定義は……きっと、世界における正しさの定義から大きくズレている。私はそれから、自分の正義を自分の物差しにするのはやめたの。パパや、世間一般の正義を振りかざすようにしたら、随分と上手くいくようになったかな」

 

 そうか、だからか……

 俺はずっと、リエンを通して誰かを見ているような気分だった。誰かの優しさを自分というフィルターに通していたんだ。

 だけど、それならさらに気になる。その疑問を口に出そうとしたときだった。

 

 市場の方から聴き逃しそうなほどだけど、悲鳴のような声が聞こえた。俺は飛び起きると、その方角をデボンスコープでチェックしてみた。

 すると、何かが暴れているのか市場全体が荒れていた。

 

「待って。また行く気?」

「そうだよ、マリンレスキューの人たちは俺が壊したビーチの修繕で忙しいだろ。人員を避けないかもしれないなら、俺が行くよ」

「今の話を聞いてなかった? あそこで何が起きてるのかわからない。でもそれを納めることが最善じゃないかもしれないんだよ? それでも?」

 

「それでも。白状するよ、今の話を聞いてもやっぱり俺は首を突っ込み続ける。それが俺の正しさの定義、誰かが困ってんなら、誰かが悪さしてんならそれを止めてやる。俺ってお節介だからな」

 

 リエンの手を振りほどいて、俺は海街市場へと走り出す。近づく度に、何が起きているのかわかってきた。ポケモンが暴れていた。幸いなのは昨日のギャラドスほど大きくないポケモンだっていうこと。

 赤い甲殻、頭ほどある大きな鋏、頭部に輝くトサカ。俺は走りながら図鑑でそのポケモンをスキャンする。

 

「"シザリガー"……! 海産物が並ぶ市場ばっか壊しやがって……!」

 

 そう言って気づいた。陳列されているのはコイキングやクラブ、食用にされるポケモンたちだ。俺達は、命を頂いて生きながらえている。

 だけど、食われる側からしたらきっと、たまったもんじゃない。きっと、あのシザリガーは怒っているんだ。そしてその怒りはもっともだ。

 

 それでも、それでもだ。

 

「止めてやる、たとえ正しいのがお前でも」

 

 より正しい方が勝ち、それが歴史上での正義。()()()()()、俺の正義が世間では悪だとしても。

 

 悪に人が救えないなんて、誰が決めたのか。

 

「キモリ! 【たたきつける】!」

 

 シザリガー目掛けて飛び出したキモリはその尻尾をシザリガーの後頭部目掛けて振り下ろす。鈍い音が周囲に響き渡る、明らかにクリーンヒット。しかしシザリガーは振り返りざまにその鋏を振り回し、二撃のうち一撃がキモリを捉えた。

 再び鈍い音がして、キモリが吹き飛ばされてくる。

 

「あいつ、どうだ……!?」

 

 尋ねるとキモリは何かを吐き捨てるように吠えた。俺はキモリがシザリガーの気を引いてくれているうちに距離を保ちながら、シザリガーの背後に回った。すると後頭部にはキモリの尻尾の痕が残っていた。

 キモリの【たたきつける】は当たれば凄まじい勢いなのだが、あのシザリガーは生物にとって急所である後頭部にヒットしてもビクともしなかった。

 

「恐らく、特性が"シェルアーマー"なんだ! いわばあいつには()()()()()()()()!!」

 

 急所がない、言ってしまえば簡単だが御すのは一苦労だ。弱点を狙って戦闘不能にするのは困難だろう。とすれば、あいつを相手取るのに最適な考えは……

 

「よし、【でんこうせっか】でヒットアンドアウェイ! 捕まるなよ、【ハサミギロチン】が飛んで来るぞ!」

 

 あの怪力バサミに挟まれたら最後無事ではすまない。そんな相手目掛けて接近戦を仕掛けろなんて、キモリからすれば大博打に近い指示だろう。ただでさえシザリガーは怒っているのだ、いつも以上に思考が攻撃一辺倒になっているに違いない。

 それでも、キモリならシザリガーに捕まらないと信じて指示を出した。俺はキモリがシザリガーの周囲を飛び跳ねているのを見て、ハンドサインを出す。

 

 キモリがその小さな手で弾丸のようなパンチを繰り出し、シザリガーはそれに応えるように握りしめた鋏を打ち出してきた。何度目かの鈍い音、シザリガーとキモリが拳を交える音が響く。

 しかしやはりキモリの一撃では、シザリガーに致命打を与える()()は与えられないようだった。

 

「打撃は、な」

 

 ニッと笑う。そしてシザリガーもようやく頭が冷えたらしい。自分の身体が動かしづらくなっていることに。シザリガーは目を丸くしていた。

 身体中に走る蔦のような植物が、シザリガーの動きを制限していた。

 

「【やどりぎのタネ】……キモリに近接攻撃を仕掛けさせたのはブラフ、本命はこっちさ」

 

 やどりぎは、シザリガーの体力を奪い成長する。成長すればそれほどシザリガーを拘束する縄となり、成長の際に体力を奪われてしまう。

 シザリガーのように皮膚が堅い敵には、仕込みさえ成功すれば決定打になる攻撃だ。問題はやどりぎが育つまでに気づかれないことと、育つまでの時間をかせぐことだ。

 

 俺はキモリをボールに戻す。そして、意を決してシザリガーに歩み寄った。市場のおじさんやおばさんが危険だ、やめろだなんて叫んでいるが俺は止まらない。

 シザリガーがビクビクしながら俺を警戒する。しかしやどりぎの力で暴れる体力も残っていないシザリガーは鋏を降ろした。

 

 そして、俺はシザリガーにまとわり付く蔦を剥がしてやった。シザリガーはキョトンとしていた。俺は自分の不安をかき消すように笑ってやった。

 

「お前の気持ちはよく分かる。だけど、さ……こういうのは良くないってわかってくれや」

 

 シザリガーの目を見て訴える。伝わってくれるといいな。

 

「もしお前がこれ以上暴れるっていうのなら、俺も最後まで戦ってやる。けれど、少しでも俺の言ってることがわかってくれたなら大人しく海に帰ってくれ。そんでお前の仲間に伝えろ、人間に捕まらないように頭を使えって」

 

 俺は人間で、こいつはポケモン。ただ俺たちがこいつらを食べる側だった、それがこいつらは気に食わなかったんだ。

 だけど、自然の摂理だけは人間にも覆せない。だからせめて、淘汰されてしまう側に救いがあってほしい。

 

「さぁ帰れ、そんで二度と捕まらないように気をつけろ。勝手だとは思うけどな、お前ら最高に美味しいからさ……」

 

 そう言った瞬間、再び怒ったのかシザリガーの【クラブハンマー】が俺に炸裂する。尻もちをついてしまうが、シザリガーは踵を返して浜の方へと戻っていった。

 わかってくれたのかな、にしてもいたた……あいつ本気で殴りやがったな。

 

「……なにいまの」

 

「……ちょっと同情しちゃっただけだよ。あいつは正当な怒りで暴れてたからな……自然の摂理で考えれば正義は俺たち人間だけどさ、あいつの考え方では俺達は悪だ。だからどっちが正しいかとか抜きにして、せめてあいつの気持ちが済めばいいなって」

 

 静けさが市場に戻る。そして次の瞬間には活気が戻ってきた。シザリガーが暴れて荒れた市場も、人々が協力してもう無かったことみたいに笑っていた。

 

「歴史を見ればどっちが正しいか一目瞭然、きっとリエンの言ってることが正しいよ。だけど、人間が正義に振り回されたらそれはもう正論を振りかざした暴力になっちゃうよ。だから俺は、正しさより気持ちを信じたい」

 

「正しさより、気持ち……」

 

 正しさを信じるんじゃくて、信じたこと、信じたいモノを自分の正義にしたい。人間はきっと、そういう風に出来てるはずなんだ。

 リエンはきっと、それを忘れているだけだ。

 

「リエンもさ、思い出してくれよ。君の心からの気持ち、それは人のじゃなくてリエンの気持ちだからさ」

 

 俺はお節介を続ける。お節介が誰かのためになるし、俺に返ってくる。この気持ちが正しいかじゃなく、俺の気持ちだと信じているから。

 まぁ、言い換えてしまえばその信じることこそが正義と呼ばれるものなんだろうけど。

 

「さーて、市場も見て回ったし美味いもんも食ったし、なんだか満足しちまったな……」

「じゃあ、もう行くの?」

「明日か、明後日にでもね……それでさ」

 

 少し気恥ずかしさを覚える。下手をすれば、気味悪がられるかもしれない。

 けれど、

 

「もし、外の世界に興味があるなら、俺と一緒に行かないか? 俺は、君と一緒にラフエル地方を見て回って、同じことを感じたいって思ってるんだ」

 

もしかしたらって思ったんだ。というのも俺がリエンの話を聞いたのは、リエンが先に俺の話を聞きたがったから。

最初こそ、旅してまわってるやつの話が聞きたいだけだったのかもしれない。でも、もしモタナの外に興味があるのなら。

 

 その提案に彼女は、リエンは――――




リエンちゃんを旅に連れて行きたい。


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VSルカリオ 旅は道連れ

アンケートご協力ありがとうございました!


「俺と、一緒に――――」

 

 ダイの一言が空気の震えを以てリエンの元へと届かせた。彼女の頭の中に、この言葉は染み込んでいく。

 しばらくの間、二人は一言も口を利かなかった。先程休んでいたベンチに戻っても、一言も交わさない。

 

 リエンは自分を分析した。恐らく、興奮しているのかもしれないと自らを評価する。

 というのもいつになく心臓が元気に鼓動を打っている。自分らしくないと思った、少し情熱的な言葉を浴びすぎたせいだとも。

 

 しかし純粋に言えば嬉しかったのかもしれない。リエンはいつも、誰かにキッカケを求めた。

 マリンレスキューの手伝いを始めたのも、父の手伝いが理由だったように何をするにも誰かの理由が必要だった。

 臆病になったとも言える。自分の行動に確たる自信がなく、自分に言い訳が出来る誰かの理由が欲しかった。だからこそ、したくとも自発的に旅に出たいなどとは言えなかった。

 

 そして、ダイはこう言った。君と一緒に旅がしたいと。

 自分がどう思っているかを彼は口にした。だからこそ、リエンは彼について行っても自分の中の正しさに抵触することなく旅に出られる。

 

 しかしなぜかそれは良くない気がした。ぞわぞわと、まるで足枷をつけたままモタナタウンを旅立つみたいで、ひどく気分が悪かった。

 

「少し、考えてもいいかな……私自身は、前向きなつもりだけど……」

 

 気づけばリエンはそう答えていた。ベンチを立ってその場を後にするが、ダイは追いかけてこなかった。それが少しだけ助かった。

 浜に戻ると、先程帰っていったシザリガーの足跡らしきものが残っていた。

 

「おや、リエン。どうかしたのかい?」

「パパ……現場監督?」

「思ったより瓦礫が大きかったり、数が多かったりして人手が欲しいと言うんでな。父さんはそんなに大した怪我はしていないし、今日は海水浴客もいないから手は空いているしね」

 

 そういう父親の額には玉の汗が浮かんでいた。それなら、とリエンはミズを呼び寄せた。

 

「ミズ、瓦礫の運搬を手伝ってあげて」

 

 ゴーストタイプとはいえ、ポケモンはポケモンだ。それにミズは【サイコキネシス】と【れいとうビーム】が使えるため、瓦礫の運搬としてはスペシャリストに近い。

 

「リエンは手伝ってくれないのかい?」

「私、これでも女の子なので力仕事とか専門外なんですけど?」

 

 頬を膨らませて父親に向き直るリエン。リエンの父親はハハハと笑って、零れそうな汗をタオルで拭った。リエンの頬はすぐに萎んでしまう。

 

「どうかしたのかい? なにか、悩み事?」

「うん、パパはさ……私がいた方がいい? ううん、いいに決まってるよね。今だって、私がいるからミズがいて、ミズがいるからこうやって片付けが早く済むんだしさ?」

 

 尋ねておいて自己完結するリエンに、彼女の父親は首を傾げた。が、じきに目をスッと細めて遠くの海を見やった。

 

「確かにリエンがいないと、父さんは寂しい。が、リエンが旅に出たいってついに言い出すのなら、心から応援したい」

「えっ……?」

 

 まるで見透かされているようだった。驚いたリエンが目をまんまるにして父親を見る。彼はそんなリエンの反応をカラカラと笑って頭を撫でた。

 

「娘の門出が嬉しくない父親はいないよ。大丈夫、リエンの手伝いが無くたって、若い衆が頑張ってくれるさ。あんな風にね」

 

 彼が指し示した先にはリエンの父親以上に汗を流し、シャツをびしょびしょにしながらもポケモンたちと力を合わせる顔馴染みのマリンレスキュー隊員たちがいた。

 不意に誰かがキッカケを与えてくれて、それが正しいと背中を押してくれた。リエンはまるでできすぎたストーリーに思いながらも、旅に対する意識が前向きに傾いた。

 

「でも、リエンが自分から旅に出たいって思ったのかい?」

「え、ううん……一緒に行かないかって誘われた。この間パパをサメハダーから助けてくれた、あの人」

 

 リエンがそう言うと、どこかやっぱりという顔をした。それでも顔がどこか綻んでいる。

 

「そうか、それで彼がここを出るするのはいつだい?」

「明日か、明後日にでもって言ってたかな。それまでには私も答えを出すつもり」

 

 そう呟くと、一際強い潮風がリエンの髪を撫でた。思わず手で抑える。まるで海からもエールを受け取った気がした。あらゆる要素が、リエンの背を押している。

 それから日が暮れるまで、リエンはレスキュー隊に混じって軽い瓦礫を集める作業を手伝った。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「心臓、バックバクだったなぁ」

 

 夜、ポケモンセンターのようやく取れた部屋でくつろぎながら、俺は手持ちのポケモンたちを前に素直な心情を吐いていた。

 生まれてこの方告白をしたことがないので、どんな感じかは分からないけどもしかすると今日の俺みたいな感じなんだろうか。

 

「リエン、いい返事くれるかな」

 

 そうやって呟いて寝返りをうち枕に顔を埋める。するとゾロアが俺の枕元に来て前足で俺の頭を蹴っ飛ばす、痛いっての。

 窓際でかっこつけて休んでいるキモリもまた、無難な感じに励ましてくれる。ペリッパーとメタモンは床の上で小躍りしている。みんなもリエンが気に入っているらしい。

 

「ミズはちょっとおっかないけど、いいやつだしな。一緒に旅が出来たらきっと楽しいよ」

 

 そうやってるうちに、眠気が襲い掛かってきた。美味いもん食ったし、シザリガーとの一件もあって神経を使ったからな。

 俺の意識はそれこそ一瞬のように落ちていった。

 

 

 

 が、起きるのもまた早かった。身体が認識できないくらい疲れていたのか、夢も見ないほどあっという間に眠っていた。

 瞬きする間に寝て時間が立っていた、そんな感覚。寝たという感覚は、同じ姿勢で寝ていたから身体がガッチガチになっていたから気づいたくらいで、この凝りが無かったら恐らく気づかなかったかもしれない。

 時計を見ると、深夜の一時だ。もう個室の消灯時間は過ぎ、殆どのトレーナーが眠りについている頃だろう。

 

 俺は少し喉の渇きを覚えた。が、部屋に設えられてるウォーターサーバーは運悪く水切れ。仕方がないので食堂に行くことにした。

 すると、俺が歩いている音を耳聡く聞いたゾロアが他のポケモンを起こさないようにそろそろと近づいてきた。

 

「お前もついてくるか?」

 

 そう聞いてみるとコクリと頷いたゾロアが俺の後をトコトコとついてくる。廊下の電気も落ちているが、足場を目に優しいライトが照らしているおかげで電気をつけなくとも食堂の場所まで辿り着けそうだった。

 しばらく歩いてみると、食堂から出てくる影が見えた。どうやら俺以外にもウォーターサーバーが切れていたのかそれとも小腹が空いたのか、いずれにせよ何らかの理由で食堂を利用していたトレーナーがいたらしい。

 

 が、俺はその人影を見てゾッとした。闇の中で、目だけが煌々と光っていたのだ。ひと目で、やばいやつだと気づいた。

 

 そして、

 

「う、うわぁあああああああああ!! モフモフだぁああああああ!!」

 

 その人影はこちらに向かって猛突進してきた。しかも、ゾロア目掛けて。しかし姿も見えない何者かがこちらに向かって猛スピードで突っ込んできて、俺もゾロアもパニックを起こしてしまった。

 

「うわっ! マジでやばいやつだ! 【シャドーボール】だ!」

 

 パニックを起こした俺はそのままゾロアに攻撃の指示を出し、パニックを起こしたゾロアもまた素直に言うことを聞き襲い掛かってきた何かに向かって暗闇の中で輝く闇色の球体を撃ち放った。

 が、その球体は襲い掛かってきた何かにぶつかる直前に割って入った影によって受け止められ、かき消された。そしてその割って入ってきた何かによって襲ってきた何かが取り押さえられた。

 

「んおおおおお!! 離せっ、離せ! "ルカリオ"! ボクはっ、このモフモフを、愛でるんだぁあああああ!!」

 

 影は欲望を叫びながらジタバタと暴れだした。俺はもうこの影の姿が見えないのが不安で仕方がないので、廊下の電気をつけた。

 すると、俺と同じくらいの大きさで童顔の男がポケモン――ルカリオに抑えつけられ暴れているあまりかっこいいとは言えない姿で転がっていた。というか若干惨めだった。

 

「な、なんか用か……?」

「いや、君のゾロアもふもふだなぁって思って! ぼ、ボクそういうポケモンに目がなくて……つい、てへへ」

 

 苦笑いしながらそう言って頭を押さえる男。ルカリオも観念したのを感じ取ったのか、その男から離れた。立ち上がったところで、俺とゾロアはもう一度男を警戒した。

 警戒されてると思ったのか、男はさらに苦笑を強くした。

 

「も、もう襲わないよ。ボクはアルバ、こっちは相棒のルカリオ」

「……俺はダイ。ゾロアは言わずもがな俺の手持ち……それじゃ、俺食堂に用があるんで……」

 

 敵意ならぬモフ意が無いことはもうわかったが、それでも先程の姿が見えない状態での襲撃がいかんせんトラウマになっているのか、背中を見せられない気がした。

 

「あはは……もしよかったら、少しお話したかったけど……ちょっと警戒されすぎてるね」

 

 そう言って男――アルバはその場を去ろうとした。そんな主の気持ちを感知したのか、ルカリオもしょぼんとした背中で去っていく。

 

「テーブルごしなら、別に話をしてやらんこともないです……」

 

「本当に!? ありがとうモフゥゥゥうがっ!?」

 

 気を許した途端再びゾロアに向かってダイブするアルバ。しかしルカリオがしっかり上から抑えつけ、アルバは地面に顎をぶつけて大人しくなった。本当、油断も隙もないけどルカリオが同伴なら話くらいは問題ないだろう。

 廊下の電気を消し、代わりに食堂の一画の電気をつけアルバを椅子に座らせる。俺は設えられてるウォーターサーバーの一つから水を汲むとそれを一旦すべて飲み干し、もう一杯注いでからテーブルに戻った。

 

「それで? 話がしたいって、なんでさ……俺そんなに面白い話は出来ないぞ」

「そんなことないでしょ、だって君……ああ、ダイのゾロアすごくいいキレしてたから。あんなにパニックを起こしていたのに【シャドーボール】をキッチリ、ボクの鳩尾目掛けて撃てるんだもの」

 

 そうだったのか、そういう目を向けてみるとゾロア自身特に意識はしてなかったらしい。無意識に急所を狙う実力がついてきたのか、それともまぐれか。たぶん後者だろうな、そもそもアルバの体格すら分からないような暗闇だったわけだし。

 

「ひょっとして、ダイも強さを求めて旅をしてるの?」

「強さを求める、ってジム戦のことか? まぁそういう意味なら、ほれ」

 

 俺は肌身離さず持っているスマートバッジをテーブルに乗せた。するとアルバはキラキラした目をそれに向けた。

 

「す、すす、スマートバッジだ……ってことは、リザイナシティのジムリーダー……超常的頭脳(パーフェクトプラン)のカイドウさんに認めてもらったんだ!」

「辛勝、だったけどな……」

「しかも勝ったんだ!? うわぁすごいなぁ、憧れちゃうよ。僕もバッジを持ってるには持ってるよ、ただ勝負に勝ったわけじゃないからね」

 

 褒められると悪い気はしない。しかしアルバのスマートバッジを見つめる目は、どこか夢を追う人間のそれで。

 

「……ボクとルカリオもね、子供の頃からずっとポケモンリーグの中継放送を見てて、いつかあのステージの頂点……"チャンピオン"になりたいって思ったんだ。ボク達が目指すのは、強さの頂点……誰よりも強い男になりたいんだ」

 

 今まさにその夢を語ったアルバ。そばでルカリオもテーブルに顎を乗せ、鼻息を荒くしてバッジを食い入るように見ている。

 

「っと、ごめんね。ボクばっかり話して。ダイの話が聞きたいって、言ったばっかりなのに」

「いや、いいよ。ガキの頃からの夢を持ち続けられるってそれだけで俺は尊敬するよ。俺はどんな夢を持ってたのか、覚えてないし」

 

 アイの金魚のフン続けてりゃ当然か。旅に出た理由も、「アタシが行くからついてこい」だったしな。まるで買い物に行く際の荷物持ちみたいな言い草だ。

 

「叶うと良いな、チャンピオン」

「へへっ、ありがとう。ダイもバッジを集めてるなら、きっとポケモンリーグのトーナメントで戦うことになるかもね」

 

 そう言ってはにかむアルバ、それにつられて俺も自然と笑顔になる。こういうのをきっと、ライバルっていうんだろう。初めての関係に、俺は少しだけ心が踊った。

 

「それで、ダイの次の行き先はクシェルシティなのかな?」

「あぁ、このまま北上すればすぐに着くからな。アルバもか?」

「そうだよ、メーシャタウンからやってきたんだ。リザイナシティから北上していって、ラジエスシティのジムに挑もうかとも考えたんだけどあいにく道路が通行止めで通れなくてね、先にクシェルシティのジムに挑むことにしたんだ」

 

 メーシャタウンか、ちょっと前のことなのに随分昔のことのように思う。それだけ一人旅の毎日が濃いってことなんだろうな。

 

「うー……なんか、我慢が出来なくなってきたぞう……!」

 

 懐かしんでいるとアルバがもぞもぞと身体を揺する。またモフモフの暴走かとゾロアが身構えた。ルカリオもいつでもアルバを止められるようにスタンバっていた。

 

「ダイ! バトルしようよ!」

 

「……はい?」

 

「さっきの辻バトルじゃ我慢できなくなってきた! けどこのままじゃ眠れる気がしないよ! お願い! ガチのタイマンバトル!」

 

 なるほど、可愛い顔してこういう気象の荒さも持ち合わせているのか。しかし、俺もふっかけられた喧嘩から逃げるほど、男捨てちゃいない。

 アルバが差し出した手をガッチリと握り、俺達はポケモンセンター外の広場へと赴いた。夜のモタナタウンは静かな潮風が街全体を涼やかに撫でていた。

 

 ポケモンセンター前の噴水が揺れる。俺とアルバの服がバサバサと音を立てている。

 

「ボクは当然ルカリオで出るよ! 唯一の手持ちだからね!」

「俺は……俺もゾロアで出る。俺はお前の手を知ってるのに、こっちがお前の知らない手を切るわけにはいかないからな」

 

 しょうもない意地のようなものだ、けれどアルバはニッと笑って俺のその意を汲んだ。ゾロアとルカリオがフィールドの中で睨み合う。そしてルカリオが練気を始める。俺は図鑑を取り出し、ルカリオの分析を始めた。

 睨み合いが少々続き、ルカリオの手に淡い水色の光が宿る。あれがルカリオのみ感知できる()()か……

 

 そのとき、不意に風が止んだ。直後、ルカリオの姿が消える。

 

「【しんそく】だ! 回避は諦めて迎え撃つ!」

 

 俺が叫んだのと同時に姿を見せたルカリオのソバットがゾロアを捉える。しかしゾロアもイリュージョンで残像を作り出し、その蹴りを不発に終わらせる。

 お互いのアクション一回目が終了、そのときアルバが叫んだ!

 

「【しんそく】からの……【インファイト】だッ!!」

 

 ルカリオが先程練り込んだ波動を身体中から発し、ゾロア目掛けて高速、強力な連打撃を繰り出す。幸いゾロアという的が大きくないため技の大半を躱すことが出来るが、もちろん無傷というわけにはいかなかった。

 パンチが激突し、吹き飛ばされたゾロアへと追撃を仕掛けようとルカリオが踏み込んだ。

 

「【グロウパンチ】!」

 

 周囲に向けて発散した波動、それを再び右手へと収束させるルカリオ。波動はやがて淡い青から紅く燃え上がるような色に変わり、その拳がゾロアへと迫る。

 

「ゾロア! 空中で反転!」

 

 対空中のゾロアがくるりと身体の向きを変え、パンチを放つルカリオへと向き直った。直後、その拳が突き刺さる!

 が、ゾロアは器用にその拳を小さな手で防御しさらに勢いよく吹き飛ばされる。しかしそれこそ計算済み、ゾロアは噴水中央のオブジェに器用に着地すると、その反発エネルギーを利用した突進を攻撃直後のルカリオへと叩き込む!

 

 腹部へ強力な頭突きを食らったルカリオがよろめく。

 

「へぇ、【グロウパンチ】を逆手に取った、【イカサマ】だね?」

「ご名答、相手の力を利用するとかしないと、小さいやつは勝てないんでね。逆に、相手が強けりゃ強いほど、ゾロアは強くなる!」

 

 さぁ、今度はこっちの番だ!

 

「【かげぶんしん】だ!」

 

 ルカリオに向かって駆けるゾロアが無数に分身する。ただの影分身ではない。ゾロアのイリュージョンを織り交ぜた、質量込みの残像だ!

 攻撃を加えても、手応えがある残像だ。

 

「なるほどね……だけど無駄だよ! 本物のゾロアの位置がルカリオにはわかってる! ついでにボクにもわかってる! モフモフはそこだ! 【はどうだん】!」

 

 ッ! そうだ、ルカリオの()()! 感知できるのはルカリオと一部のポケモンだが、すべてのポケモンに流れていると研究が進んでいるはず。

 本物のゾロアに流れる波動で、本物の位置は確実に割り出されてるッ! あとアルバのは無視だ!

 

「だったら! 【こわいかお】! からの【あくのはどう】!」

 

 波動返し! 本物のゾロアがルカリオに向かって脅すようなオーラを放つ。それを受けてルカリオが【はどうだん】を撃つ素振りを一旦緩めた。

 

「へへっビビったな! そのまま行くぜ! 【シャドーボール】!」

「避けて、ルカリオ!」

 

 闇色の球体三連撃。どこへ避けようとどれか一つは当たるという布陣で放ったそれはルカリオの超人地味た動きによって避けられた。

 

「ボクのルカリオが持つ、"ふくつのこころ"! ビビったとしても、膝を屈したとしても、絶対に諦めない精神(こころ)の強さ!!」

 

 こちらの撃つすべての攻撃に対して、何かしらのカウンターを打ってくる……! アルバ、なかなかに強い! 何よりルカリオだ、今までの攻防で気づいたが殆どが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 つまり、アルバが指示を出す前にルカリオが動き出しているんだ。それほどまでにあの二人は通じ合っている……!

 

「ルカリオ! もう一度【しんそく】でゾロアを捉えろ!」

 

 そう叫んだときには既に、ルカリオはゾロアの懐へと飛び込んでいた。そしてその小さな前足を掴むと、ゴロンと寝転んだ。

 否、あれは柔術の一つ……【ともえなげ】!

 空高く放り投げられたゾロア。起き上がったルカリオは再び練気を開始、溜め込んだエネルギーを拳へと集束させる。

 

「今だ、必殺の【スカイアッパー】!」

 

 跳躍したルカリオが下から掬い上げるようなパンチを繰り出す。しかし、この場において俺だけはその技を()()()()()()。というより、見慣れすぎていた。

 

「【みきり】! そこから【カウンター】だ!」

 

 空中で身動きが取れるポケモンはそういない。拳を振り抜く動作を終了しているルカリオは慌てて脚に波動を纏わせるが、わずかにゾロアが早かった。

 顎を撃ち抜くつもりで放った【スカイアッパー】をゾロアは見切り、逆のその手を足場として駆けたゾロアの突進が上昇するルカリオを急降下させ、地面へと叩きつけた。

 

「ああっ、ルカリオ!」

 

 レンガブロックに寝転ぶルカリオは目を回していた。ゾロアもまた無傷ではなかったが、意識を保っていた。それを見て俺はガッツポーズを掲げる。

 

「よし!」

 

「やっぱり、すごいな……相性や体格差で勝るルカリオがこうもあっさりやられるなんて……」

 

「あっさりなもんか、【しんそく】からの【インファイト】はゾッとしたぜ……それに、指示するまでもなく行動に移せるルカリオとアルバのコンビネーションにはただただ感服だ」

 

「ありがとう……! そう言ってもらえるとボクも嬉しいよ! 負けたけどスッキリした! でも、次は負けない! ボクもルカリオも"ふくつのこころ"、持ってるからね!」

 

 ふくつのこころ、か。負けても次は勝つって言える"せいしんりょく"は本当大したもんだ、ちょっとやそっとじゃ()()()()()ってことか。

 現れた強力なライバルと握手を交わし、俺達は気が済んだということでそれぞれの部屋に戻って今度こそぐっすりと眠りこけた。

 

 そして、盛大に寝過ごしたのであった。モタナで過ごす最後の日、俺は半分以上を寝て過ごしてしまったのであった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 翌日、俺は荷物を纏めて二日間世話になった部屋を引き払うと鏡で身だしなみを整える。ポケモンセンターを後にするとレンガブロックの道を歩き、既に視界に入っている浜へと歩を進めた。

 浜が近づくたびに、一人の少女の姿が目に入る。その側にある、ちょっと大きめのカバンを見やる。

 

「おはよう」

 

「おはよう、昨日はどうしてたの」

 

「いや、寝てた……いろいろあって」

 

 おどけた口調で言うと、少女――リエンはクスクスと笑って見せた。俺はおちゃらけた雰囲気を隠すと、真剣な風を装ってリエンに向き直った。

 

「それで、あの、俺と一緒に来てくれる……?」

「……うん、いいよ。ダイがキッカケをくれなかったら、私きっとこのままマリンレスキューの一員になってたかも。もちろんそれが嫌なわけじゃないよ、けど……それでも、先に世界を見て回りたいんだ」

 

 そうしてみることが、ずっと夢だったと彼女は語る。

 

「きっと、俺と一緒じゃ面倒事に巻き込まれるよ」

「誘っといてそういうこと言うの無しだよ。覚悟決まってるから、オーケーって返事出したの」

「そっか、それは悪かった……それじゃ、よろしくお願いします」

 

 おずおず、そう言って差し出した手をガッシリと握りしめられた。こういう小心者なところすごく情けないと思ってる、反省。

 手を話して踵を返そうとすると、リエンが再び俺の手を引っ張った。

 

「あのね、旅に出る前にパパが話したいって」

「……マジですか」

 

 リエンがちょいちょいと指し示す先に、先日浜で出会った男の人が立っていた。彼はものすごい形相で近づいてくると、俺の目の前に立ち止まり俺を見下ろした。

 そんなに身長が高いわけじゃない俺は、見下され完全にビビっていた。膝が笑っていた。

 

「ダイくん……」

「は、は、は、はい……なんでしょうか……?」

 

 屈強な身体、歯を食いしばっていそうな鬼の形相に似た表情。やがてリエンのお父さんは俺の肩をガッシリと掴んだ。喉の奥からつい「ヒッ」と声が漏れてしまう。

 

「リエンを頼むよ……! 我が強いんだか他人任せなんだか曖昧な娘だが、私の大切な一人娘だ……! 私や子供を手負いにも関わらず迷いなく救ってくれた君だからこうやって任せる気になったんだ! 頼む、娘を……頼む!」

 

 号泣された。直前の鬼の形相がウソのように鼻水を垂らしている。

 

「パパ、大げさだよ……」

 

 大げさなもんかよ、これが俗にいう親の心子知らずってやつか……?

 リエンのお父さんは袖で涙を拭い、鼻水を啜るとモンスターボールと一つの石を取り出した。

 

「これは、私からの選別だ……父さんのポケモンが育てていた子でな、きっとお前たちの旅を支えてくれる。そしてこれは私がかつてこの海で溺れた時、私を助けてくれたポケモンがくれた石だ。それ以来私のお守りだったが、これをリエンにあげよう」

 

 透き通った蒼い石とモンスターボールを受け取ったリエンがお父さんに向かってはにかんだ。そして、ありがとうを口にするとリエンのお父さんは耐えきれずに再び涙を流した。

 

「さぁ、行きなさい。夢と希望の物語を紡ぎに――――!」

 

 リエンのお父さんに背を押され、俺たちは浜を、モタナタウンを後にした。カバンを背負ったリエンがその街から一歩を、踏み出した。

 

「不安?」

「正直ね、けどそれ以上にワクワクしてるよ。モタナじゃ見れない人やポケモンの姿が、きっといっぱい見れるはずだからね」

 

 そうだ、それは俺もワクワクしてる。次の街はクシェルシティ、モタナタウンとはまた違う意味で水の町らしい。今から行くのが楽しみだ……!

 モタナタウンを出て、林沿いの山道を歩くことしばらく。見知った顔がまるで俺たちを待っていたように立ちはだかった。

 

「アルバ、何してんだこんなところで」

「ダイがクシェルに行くのを待ってたんだよ」

 

 リエンが俺に誰かと尋ねてくる。誰かと言われればゾロアのストーカーみたいなやつだが、バトルの腕前はピカイチと応えるしか無い。

 そうやってリエンに説明すると、それを聞いていたアルバが苦笑いする。

 

「こっちはリエン、今日から一緒に旅をするんだ」

「へぇ、よろしく! ボクはアルバ! ダイのライバルです!」

 

 自称しやがった。事実だから良いんだけどさ。リエンは笑顔で差し出された手を取った。

 

「それで、なんだって俺を待ってたわけ?」

「クシェルシティに行くのはボクも一緒だし、どうせなら一緒に言った方がいいと思って」

「え~」

 

 せっかくリエンが一緒にいるのに、と思わないこともない。リエンの方を見ると面白そうにしていた。

 

「いいじゃない、旅は道連れって言うでしょ?」

「そうだよ! ジム戦制覇の旅なら目的は一緒じゃない! ボクも連れてってよダイ!」

 

 ……まぁ、賑やかなのはいいことだよな。俺は一昨日のようにアルバの手を取った。

 

「……よろしく、アルバ」

「やった! 改めてよろしくね、二人とも!」

 

 ボールから出てきたルカリオが俺たちに挨拶する。なんとも律儀なやつだ、飼い主も見習ってほしい。少なくともモフモフしたポケモンに急に襲いかかるのはやめようね。

 二人旅かと思われた俺とリエンの旅は、三人旅になって進み始めた。

 

 俺達の門出を祝うように、晴れ渡る大空には虹がかかっていた。

 

 




今回お借りしたキャラクター

おや:もふがみ(@cyberay01)

Name:アルバ
Gender:♂
Age:15
Height:165cm
Weight:52
Job:モフリスト

▼Pokemon▼

ルカリオ

強さとモフモフを求める熱い男。ルカリオとのコンビネーションは抜群。


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VSハスブレロ 神隠しの洞窟

 

「教授、退院おめでとうございます」

「いやいや、本当傷は大したことなかったからネ。むしろ数日寝てるだけで暇だったヨ」

「大事があっては、生徒たちが悲しみますから」

 

 ダイが拉致、自然災害に巻き込まれて数日が経ちモタナタウンで落ち着いていた頃、リザイナシティの病院前にはジムリーダー・カイドウの姿があった。というのも、先日のトレーナーズスクール強襲事件の際怪我を負ったピエールがこの度退院することになったため、わざわざ出向いてきたのだ。

 そしてわざわざ自分の退院を見届けに来てくれた誇り高い教え子の言葉に思わず頬が綻ぶ。

 

「ずいぶん丸くなったネ」

「……?」

「身体の話じゃないヨ、心の話サ」

 

 カイドウが首を傾げるが彼自身気づいていないのだろう。少し前まで彼はこういう優しさを見せる男ではなかった。それこそ触れれば斬れる刃、それも向こうからわざわざやってきて切り裂いていく通り魔のような切れ味だったのだから。

 それがたった一人、不思議なトレーナーの実力を認めただけでこうも人が変わったのだから驚きだ。彼にはひょっとすると人の切れ味を下げる、そんな力があるのかもしれない。

 

「さて、学校に行って教え子たちに顔を見せに行くかな」

「今日くらいはジッとしてて頂きたいものですが」

「いやいや、今日休んでしまったら身体が鈍って使い物にならなくなりそうだからネ。授業はともかく私がいない間に起きたこと、全部把握しておかないとネ」

 

 ただでさえ、解決に至った事件が無いのだから。

 あの後、ダイの救出に失敗したアストンはエアームドにダイを探させながらも、断腸の思いでその場を後にし捕まえたバラル団の構成員を連れてペガスシティへと戻った。

 しかし事情聴取も満足に進まず、そしてダイが見つかったという情報も無いまま悪戯に時間だけが過ぎていった。

 

「カイドウくんは、ダイくんのことが心配じゃないのかい?」

「なぜ俺が、あの馬鹿の心配をする必要が?」

「……あまりこういうことを言いたくはないけど、死体も上がってこないのでは……」

「ああいえ、俺が心配しないと言ったのはあの馬鹿がしぶとく生きているからですよ。フーディンとあいつには一度パスが繋がれましたから、ふとした拍子にフーディンがやつの気持ちをキャッチするんです」

「そうか、つまり彼はまだ生きているんだネ……それはよかった」

 

 ピエールはそっと胸を撫で下ろした。縁起でもないことは口にするものではない。

 

「それなら、なおのことアストンくんに知らせねばならないネ。彼の安否を一番気にしていたから」

「そうですね……ただ、あの馬鹿は何かを隠していますね。アストン・ハーレィが病室に現れたときの動揺、フーディンを徹してまるわかりでした」

「私も薄々感づいていたネ、それは。見つかっちゃいけない人間に見つかった、そういった動揺の仕方だったよ」

 

 しかしピエールも、ひょっとするとカイドウもまたダイが何を隠していようと彼のことを信用することに変わりはない。いろいろ言いたいことはあるが、カイドウにしろ彼は自分が一度認めたトレーナーだからだ。

 どうしても学校に行くというピエールをカイドウはもう止めはしなかった。それでは、と踵を返してジムに戻ろうとした。

 

 そのときだ、空から突然人が降ってきたのは。

 

「ほっ! 着地成功!」

 

 カイドウもピエールも驚いた。空を仰ぐと、"フライゴン"が恐ろしく高い位置で旋回していた。あそこから飛び降りて無事で済むはずがないのに目の前の人間がまさに無傷だから質が悪い。

 受け身でついた埃を払うと彼女はサンバイザーをくいっと持ち上げた。

 

「さてと……お、人発見。ねーねーもし?」

「……」

「うわっ、カイドウくん無視かネ……おやおやどうかしましたかな、ファンタスティックガール?」

 

 あからさまに知らんぷりを決め込むカイドウに苦笑しながらも、いつものハイテンションティーチャーを演じ対応するピエール。それを見て楽しげに笑みを浮かべていた少女が口を開く。

 

「ここのジムリーダー・カイドウに挑戦しに来たんだけど、ジムってどっちかなぁ? あたし結構方向音痴で……」

 

 そう言った少女の言葉に、無視を決め込んでいたカイドウが反応した。そしてそのトレーナーに向き直ったとき、カイドウは一瞬放たれたプレッシャーに圧された、そんな感覚に襲われたのだ。

 不意に、携帯しているモンスターボールの中にいるフーディンがボールを擦ってカイドウに何かを言おうとしていた。それに気づいたカイドウはフーディンの念写を自身の脳に転送させた。

 

 頭、フーディンはそう言った。カイドウは少女の頭を見た。サンバイザーに、高性能そうなゴーグルが装備されているだけだ。

 ゴーグル、ふとダイの顔が頭によぎった。そして、ダイがつけていたゴーグルとまったく同じデザインで、違うのは色くらいだと思い至った。

 

「都合がいい。そのジムリーダーは俺だ。ついてこい、挑戦者」

「あ、本当に? ならよかった、そんじゃジム戦ついでに聞きたいことがあるんだけどもさ」

「いったいなんだ、時間が惜しい。さっさと話してみろ」

「うんうん、あたしと同じゴーグル持ってて白いジャケットにオレンジ色のラインが入った男の子知らない?」

 

 やはりか、カイドウはそう思った。ピエールも側で目を丸くしていた。

 

「ああ、白いジャケットにオレンジ色のライン、それに橙の髪をしたふてぶてしい男ならば知っている」

「……あれ? それ似た別人かも」

 

 少女はそのまま、淡々と告げた。

 

「私が探してるのは、白いジャケットにオレンジ色のライン、あたしと同じゴーグルしてて橙の髪した()()()()な男の子だよ、名前はダイっていうんだけどさ」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「へっくし!!」

 

 うぅ、ブルっと来たぜ……やっぱまだ夜風が肌寒さを感じさせるな。俺は捲くっていたジャケットの袖を伸ばした。

 俺――ダイは今、リエンやアルバと一緒にモタナとクシェルシティを繋ぐ14ばんどうろでキャンプしていた。

 

 もう夜中で、リエンとアルバはそれぞれのテントで眠っている。俺はというと少しトイレのつもりで出てきたのだが、なんだか肌寒さを感じている。

 

「モタナが暖かすぎたのかもな」

 

 少ししか滞在しなかったけど、常夏のような街だった。気温だけでなく人も暖かくて、すごく過ごしやすい土地だった。あのコイキングを思い出すと恋しいが、この儚い気持ちも旅の醍醐味だろう。

 そのときだ、ガサガサと俺の後ろの草むらが動いた。そちらに目を向けてみると、新顔が現れた。

 

「よう、眠れないのか"ミズゴロウ"」

 

 新顔と言っても、俺のポケモンじゃない。リエンが旅の餞別に父親から貰ったポケモンだ。なんでも、リエンは父親に俺が地震による崩落を受けて流されてきたことを伝えたらしく、それならとこのミズゴロウを寄越したようなのだ。

 改めて図鑑で徹して見ると、ミズゴロウの頭のヒレはレーダーであり天気から地震ありとあらゆる現象に対して先手が打てる。

 

 ただ、このミズゴロウは少々抜けているところがあり、今こうして眠っていないのも昼間リエンの手の中に抱えられながら寝ていたせいだろう。

 しかしミズゴロウはどういうわけか、頭のヒレをフルフルと揺らすとパァっと顔を明るくした。

 

「どうかしたのか?」

 

 頭の角が気持ちのセンサーになっているポケモンがいるって聞いたことはあるけど少なくともミズゴロウはそういうタイプじゃない。

 すると俺の鼻先に、ポツリと雫が当たった。見上げると、先程まで星の海と呼べるほどの夜空が暗く濁っていた。

 

「雨だ、早いところ戻らないとな……」

 

 俺はミズゴロウを抱え上げると、本降りになる前にキャンプへと戻った。蒼いテントに挟まれている橙のテントが俺のテントである。

 中に入ると、いよいよ持ってざあざあと雨が降り出した。海辺や山の天気は変わりやすいというが、さっきまであんなに星が輝いていたのに残念だ。

 

「あれ、お前……リエンのテントに戻らないのか?」

 

 ふと見ると、ミズゴロウが俺のテントの中にいた。そして周囲を見渡して何かを探しているように見えたが、見つからずに肩を落とし丸まって寝支度を始めていた。

 

「もしかして俺のポケモンと話がしたいのか?」

 

 そう尋ねると、寝支度をやめて立ち上がりコクコクと頷いた。俺はカバンの側に並べておいたモンスターボールを取り出し、テントの外でボールからリリースする。

 雨の中でかわいそうだけど、俺のテントの中じゃとてもじゃないが全員出てこれないからな。幸い、ペリッパーが翼で屋根を作り、小さなポケモンたちを雨から守っていた。さすがは"あめうけざら"が特性のペリッパーだ。

 

「みんな、ミズゴロウが挨拶したいんだと。これから一緒に旅をするんだし、仲良くしろよ」

 

 俺は釘を差しておくも、どうやら杞憂らしい。キモリを始め、小さなポケモンたちは非常にフレンドリーにミズゴロウに接している。メタモンなんかは、ミズゴロウに【へんしん】してコミュニケーションを取っているくらいだ。こういうとき、メタモンって便利だよなぁと常々思う。

 しかし雨が少し冗談じゃすまないくらい強くなってきたので俺は渋々テントの中に避難した。

 

 これ、明日の朝までに止むといいんだけどなぁ。そう思いながら俺は枕に頭を落ち着かせた。

 ポケモンをボールに戻すのをすっかり忘れて、だ。

 

 

 

 

 

 翌朝、俺はリエンに叩き起こされることで目を覚ました。ちなみにアルバは一番先に起きてルカリオと日課のスパーリングを行っていた。こういったトレーニングが、アイコンタクトでの逆指示ラグを生み出しているのだろう。

 

「どうしたんだよ、いやに血相変えて」

「ミズゴロウが見当たらないの。ダイ、昨夜見てない?」

「いや、会ったな……俺のポケモンたちと一緒のは、ず……」

 

 俺は寝ぼけていた頭を一気に覚醒させ、カバンの側のモンスターボールを確認する。当然だが、寝る前にポケモンたちを戻していないため、ボールは空だ。

 テントを飛び出し、周囲を見渡す。すると、昨日の雨が泥濘となってペリッパーやゾロアの足跡が転々と残されていた。

 

「よし、後を追おう! えっと、二人はどうする?」

「私もいく、ミズゴロウが心配だしね……」

 

 リエンと頷き合い、俺たちは足跡を辿った。その前に、スパーリングを終え、小休止中のアルバに声をかけておくことにした。

 

「アルバ、俺たちはちょっとミズゴロウたちを探してくる。悪いんだけど、テントの類を片付けておいてくれるか?」

「もちろんいいよ。片付け終わったら後を追うよ。ルカリオなら、君たちの居場所をある程度離れた場所からでも掴めるからね!」

「悪い、任せた……!」

 

 足跡は俺達が来た道、すなわちモタナの方角へと続いていた。最初こそ、ある程度整備された道を言っていたのだがやがて道を外れて森の中を通るようになっていた。それでもやはり足跡はしっかりと残っていたのは運が良かった。

 この分だと、随分遠くへ行ってるな……俺は隣を走るリエンに対し申し訳ない気持ちが湧いてきていた。

 

「ごめんな、こんなことなら昨日ミズゴロウをリエンのテントに戻しておくんだった」

「いいよ謝らなくて。それに手持ちのポケモンが全部いなくなったダイの方がもっと大変でしょ。ミズ、あなたも探すのを手伝って」

 

 するとふよふよと現れたミズが少し高いところを浮遊して周囲を見渡してくれる。俺たちは足跡を辿りながら、ミズの目を頼った。

 どれくらい走っただろう。そろそろアルバが追いかけてきてくれてもいい頃だ。

 

「なぁ、この先って何かあるのか?」

 

 俺はタウンマップで現在位置を検索するが、マップの街と道。それから外れたコースに自分が立っていることに気づく。つまりはマップの対応外地域にいるというわけだ。

 

「――――あるよ、"神隠しの洞窟"が」

「神隠しの、洞窟?」

 

「うん、モタナの子供なら一度は聞いたことのある怪談の中で最も有名なスポット。奥細い一本道があって、奥は行き止まりの洞窟のはずなのに入ったら最後出てこれないって迷信があるの。私たちはその怪談を聞いて育つから、誰も近寄ろうとしないの」

 

 底冷えするような話だった。しかし、タウンマップでその洞窟にカーソルを当てると詳細が出てくる。そして現在地から神隠しの洞窟のある方角と、足跡が向かう方向は偶然なのか同じだった。

 しばらく走ると断崖と地面の間にポッカリと開いた穴があり、その入口付近のハゲた地面の部分には明らかに俺のポケモンたちが通ったと思しき足跡があった。

 

「本当に、ここにいるのか?」

「足跡はここにあるから、少なくとも入って出られなくなってるんじゃないかな……心配だね」

 

 俺はライブキャスターのライトをオンにすると、嫌な汗を背中に感じながら洞窟へと入った。中へ入るたびに外の音が聞こえなくなってきて、俺たちは否応なくじっとりとした生唾を飲み下す。

 ミズがいるとはいえ、逆に言えば俺たちはミズ以外の手持ちのポケモンがいない。不測の事態に対応出来るとは到底思えなかった。

 

「ちょっと、手握ってもいい……?」

 

 不安から、つい弱音を漏らしてしまった。リエンは返事こそしなかったが俺の手をガッチリと掴んだ、まるで逃すまいとするような力だった。

 力強いリエンの手から伝わってくる激励を受けて、なんとか俺は先頭を歩く。そのときだ、コロコロと何かを転がす音が聞こえた。小石、かもしれない。

 

「この先、か……?」

「そうだね、なんだか鳴き声も聞こえるよ……だけど、大丈夫かな。あまり中に入りすぎて、もし出られなくなったりしたら……」

「怖いこと言うなよ……いざとなったら、アルバがルカリオを使って俺たちの場所を把握してくれるって」

 

 そう言いながらも、手汗が滲み出てきた。リエンに申し訳なく思いながらも、俺も手を離すまいと力を込めた。

 一本道をだいぶ歩いた頃だ、何かを転がす音が次第に大きくなりやがて先の方からいろんな光が漏れているのが分かった。真っ暗な洞窟を歩いていたせいか、俺はたまらず光に向かって駆け出していた。

 

「お前ら……! 心配させやがって!」

 

 駆け抜けた先は、謎の機材が放つ光によって照らし出され空間の全貌が把握できた。ちょっとした部屋くらいには広い空間だ、そこには俺のポケモンたちとミズゴロウがいた。

 俺の姿を確認して、キモリやゾロアが俺に駆け寄ってくる。ホッとすると、リエンの手を離してキモリたちを抱え上げた。

 

「ん? どうした、お前ら……?」

「ダイ、見て! あそこ、ほら石のところ!」

 

 リエンが指差したところにはペリッパーやミズゴロウが必死に石を転がしていた。どうやら遊んでいるわけではないようだった。

 腕だ、一瞬ゾッとしたが腕が弱くだか動き回っていることから、小さな石の下敷きになっている人はまだ生きているみたいだった。

 

「そうか、もしかして俺たちが寝た後また起きたんだな?」

 

 確認すると、ミズゴロウがこくりと頷いた。やはりだ、また地震が起きてミズゴロウはそれを察知した。しかも、恐らくその震源がここであると突き止めた。

 俺はさっきから謎の光を放つ機材を見た。よくよく見れば、形こそ変わっているが掘削機に似た道具だ。ここに埋まっている人物が使っていたのかは定かではないが、これが放つ特定の振動が洞窟全体を揺さぶり落盤が起きた。

 ミズゴロウは抜けてこそいるが、"ゆうかんな性格"だ。人為的に起きてしまった落盤による地震と突き止め、ここへ駆けつけたに違いない。

 

「よし、待ってろ! リエンは俺が退けた瓦礫を片付けてくれ!」

「待って、救助なら私にも出来るよ」

「わかってる、だからそれまでの救出を俺にやらせて」

 

 俺はキモリたちに混ざって瓦礫を退かし始めた。岩の性質か、細かく砕けているおかげで片手でも退かしやすい石が多い。俺はかき分けるように石を退かし、下敷きになっている人を掘り起こした。

 最後はミズが【サイコキネシス】で埋まっている人の上の石を浮かし、その間に俺とリエンでその人物を引っ張り出した。ペリッパーが水を吐き、気を失いかけている男性に気付けをする。

 

「大丈夫ですか? 聞こえますか?」

「う、う……」

「数時間岩の下にいて、よく生きてるな……生命力だけは大したもんだ……」

 

 思わず感嘆した。リエンが男性の怪我などを見ていると、キモリが俺の服の袖を引っ張った。それは先程まで男性が下敷きになっていた石の山だ。そこから何かがはみ出しているのがわかった。それを引っ張ってみると、登山者やそれこそ山男が背負ってそうな巨大な鞄が出てきた。

 失礼かと思いつつ、何か身分証明になるものを持っていないかと鞄を開けてみた時、そこには石が入っていた。といっても、彼が下敷きになって鞄に入った石ではなく、恐らく彼が集めていたであろう()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

「う、ん……私は……」

「目が覚めたみたい、気分はどうですか?」

「良いとは、言えないかな……けほっ、君たちが助けてくれたのかい?」

「成り行き、ですけどね……とにかく生きててよかった」

 

 リエンが男性に声をかける。男性もまた、そこまで酷い怪我はなく、次の瞬間にはもう身体の砂埃をはたき落としていた。

 改めて見てみると、おかしな人だ。この鞄は間違いなく彼の所有物で、だとするならそれなりの格好をしているかと思いきや彼はスーツ姿だ。とても登山や石の集収をしている人とは思えない。

 

「いや、本当に助かった……名乗らせていただこう、私の名前はディーノ。ディーノ・プラハという者だ」

「ダイです、俺のポケモンたちが神隠しの洞窟へ入ってしまって、追いかけてきたらディーノさんがいたのでなんとか掘り起こしました。とにかく生きててよかったです」

「私はリエンと言います、ディーノさんここで一体なにがあったんですか?」

 

 男性――ディーノさんは痛む頭を抑えながら記憶を辿っていた。

 

「そうだ……たしか昨日の夜、急に雨が降ってきて雨宿りしようとしたら、先に謎の機材を運ぶ男たちがいて好奇心から彼らの後を追ったんだ。そうしたらこの空間で削岩をしていたので、私が石の集収を行っているということを話して見学させてもらっていたんだが……」

「無理な削岩で落盤が起きた、と。お前ら、そいつらと行き違いにならなかったか?」

 

 キモリたちに尋ねるがどうやらすれ違いはしなかったようだ。それにしても落盤が起きて、人一人飲み込まれたっていうのに助けなかったなんて……

 義憤、というやつだ。そいつらにだって助かりたいって思いはあっただろう。そいつらの中にもディーノさんを助けたいと思ったやつはいただろう。けれど、パニックを起こせばそれどころではない。

 

「とにかく、外へ出ましょう。ダイ、ディーノさんに肩を貸してあげて」

「任せといて……立てますか?」

「あぁ、すまない……骨折等しなかったのは不幸中の幸いだった」

 

 ディーノさんは非常に背が高くて、肩を貸すというより俺という杖により掛かるみたいな感じになってしまった。リエンがディーノさんの鞄を持とうとしたが、中の石の影響か持ち上げるのに苦労していた。

 

「リエンは俺の鞄を持ってくれ、ディーノさんの鞄は俺が背負うよ」

「ごめんね、お願い」

 

 岩の下から引っ張り出すのも一苦労だったのは、ひとえに鞄そのものの重量もあるだろう。リエンが気に病むことはない。

 洞窟の空間から出ていこうとしたときだ、不意にすっと奥……つまり入り口付近から人影が現れた。しかも、俺はその人影を見てゾッとした。全身の交感神経が過敏に反応した。

 

「お、お前ら……!?」

「げっ! なんで人がこんなところに入り込んでんだ!?」

「な、なにがどうなってんだ……!?」

 

 その見覚えのあるロゴ、灰色を基調とした統一されたスーツ。何より頭を覆っている、フード。

 

「バラル団……!?」

「バラル団、だって……巷で噂の……?」

 

 俺はディーノさんをすぐさま下がらせた。するとバラル団もようやく俺たちに認識が行ったのか、大慌てで持っているシャベルやスコップを手放してモンスターボールを取り出した。

 

「子供がこんなとこまで、いけないじゃないか!」

 

 ダブルバトル! バラル団の下っ端らしき二人組は、"ハスブレロ"と"イワーク"を繰り出した。俺はキモリとゾロアを前線に出し、ペリッパーとメタモンを下がらせた。

 しかし突然の遭遇で実はパニックになった俺はゾロアにイリュージョンを使わせるのを忘れていた。加えて、この閉鎖空間では大きなポケモンがいるだけで脅威となる。出口も、相手に塞がれたままだ。

 

「まずはイワークの動きを止めるぞ! 【タネマシンガン】! ゾロアは【こわいかお】からの【あくのはどう】だ!」

 

 キモリが先制し、タネマシンガンでイワークへ攻撃。続いてゾロアが、アルバのルカリオを数瞬怯ませるほど圧力のある【あくのはどう】を放ち、牽制する。

 イワークは完全に攻勢に出られずにいる、しかしハスブレロは見たところ"いじっぱりな性格"らしくすぐさまこちらの威嚇に動じず攻勢に出てきた。

 

「【みだれひっかき】だ!」

「両手の腕で左右から来るぞ! ゾロアが迎え撃て!! キモリはそのままイワークと継続して睨み合いだ!」

 

 俺がゾロアにイワークに対して脅しの戦法を取ったのにはわけがある。それはあのイワークが見たところ"おくびょうな性格"だったからだ。ちょっと突けば、大胆な動きは出来ないと睨んだがビンゴだ。

 リエンとディーノさんを背にしたままのダブルバトルだが、ハスブレロを先に伸してしまえば恐らく突破は可能だ……!

 

 ハスブレロの【みだれひっかき】をゾロアもまた同じ技で迎え撃つ。しかし大きさに利があるハスブレロの方が押す力は強い。

 やがて拮抗していた力が崩れ、ハスブレロの一撃がゾロアを吹き飛ばす。そしてハスブレロがゾロアに追撃をしようと追い打ちをかけ――――

 

 ゾロアが大声で鳴き始めた。それはまるで痛みに耐えきれず、という風にだ。キャンキャンと甲高く泣くゾロアに対してハスブレロが思わず攻勢を緩めた。

 それが、俺たちの狙い目だ。

 

「【うそなき】からの、【だましうち】!」

 

 ニヤリと笑んだゾロアが飛びかかってきたハスブレロに後ろ足での蹴りを御見舞する。ハスブレロの胴に突き刺さるように決まった蹴り、ハスブレロは吹き飛びトレーナーのバラル団に伸し掛かった。

 ハスブレロを先に押さえることが出来たのは僥倖、一気に畳み掛ける!

 

「【でんこうせっか】! ゾロアは【かげぶんしん】だ!」

 

 キモリが残像を生み出すほどのスピードで接近する、図体がデカく重たいいわタイプのポケモンに追いきれる速度じゃない!

 そしてキモリが跳躍し、イワークの頭に接近する。

 

「【ギガドレイン】!」

 

 イワークから体力を奪い取る。為す術無く体力を奪われたイワークがダウンするかに見えた、そのときだ。

 

「負けるなイワーク! 【ストーンエッジ】だ!」

 

 バラル団の下っ端が声を張り上げ、ここ一番とばかりにイワークが尻尾で地面を叩き、巻き上げた尖った石の破片を周囲へと撒き散らし始めた。

 

「ミズ! 【しんぴのまもり】!」

 

 そこでリエンがミズにヴェールで防御させた。俺も体勢を低くし石の破片を避けることに尽力する。ディーノさんやリエンに襲いかかる石はミズが展開したヴェールによって防がれる。

 イワークが最後の力で行った【ストーンエッジ】は暴発に近いかたちで失敗した。そしてキモリによる体力吸収が終わり、イワークが力尽きた。

 

 しかし倒れたイワークの衝撃が、空間一杯に広がった。その波はやがて、洞窟の上や下にあるであろう空洞を刺激し、より大きな波となって俺たちがいる空間に響く。

 

「まずいぞ、君たち! 早く逃げるんだ! 再び落盤が始まろうとしている!」 

「なんだって……!?」

 

 洞窟の、この空間に来るまでかなりの距離を歩いた。次の落盤が起きるまであと少し……ダメだどう考えても逃げられない……!

 俺はハスブレロにのしかかられて気を失っているバラル団とイワークをボールに戻しているバラル団の二人に目をやった。そして、さっきディーノさんを引っ張り出した、()()()()

 

 やるしかない、一か八かだ……!!

 

「おい! 一時休戦だ! 二人共こっちに来い……ってああもう!」

 

 俺は腰を抜かしているバラル団下っ端の元へ駆け寄るとリエンとディーノさんの方へ蹴飛ばし、気を失っているバラル団を無理やり引っ張り起こした。

 そして手荒な形で引っ張ることになったがやむを得ない。

 

「おい! キモリ! ゾロア! メタモン! ペリッパー! 一気に行くぞ、タイミングを合わせろよ!!」

 

「ダイ! 天井が崩れるよ! ダイったら!!」

 

「行くぞ!!」

 

 直後、天井が振動に耐えきれなくなって俺たちがいる空間へと降り注いで――――――

 

 

 

 




三人旅する予定がすぐバラバラです


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VSアイアント 脱出作戦

超お待たせしました


 

 一斉に舞う砂埃、それを感じられたとき生きているのだと逆説的にリエンは悟った。ポケットに入れておいた非常用ツールのライトを点けてみると、さっきよりも小さな空間に自分がいることがわかった。

 目の前には肩で息をしながらも、気を失っているバラル団の下っ端を抱えたダイがいた。白いジャケットは泥と埃で真っ黒になっていた。

 

「大丈夫……? なにをしたの?」

 

「タンマ、その前に……戻れみんな」

 

 ダイはボールにポケモンたちを戻した。恐ろしく狭い空間だ、酸素があるだけで奇跡に近いのだろう。出来るだけ外界とは遮断された空間であるモンスターボールにポケモンを戻した方がいいのだ。

 埃に咽ながらもダイは必死に説明しようとした。

 

「【ひみつのちから】だよ、前の旅で同行者からパク……拝借したわざマシンの一つで、なにがどうなってんのかわからないけど本来は秘密基地を作るための技なんだ。洞窟の奥、ディーノさんが埋まっていた場所は、穴が空いていたから上手く行けば秘密基地を緊急避難に使えるかもと思って」

「なるほどね、確かになんとか助かったけど……長くは保たないよね」

 

 人も、酸素も。リエンは空間全体を照らしてみる。この人数が呼吸をし続けるだけでこの密室の酸素はすぐに無くなってしまうだろう。ディーノが煙草を吸うかはわからないがこの密閉空間では勘弁してほしいところだった。

 ひとまず一命をとりとめた状態といって差し支えはなさそうだ。

 

「これからどうするの?」

「う~ん、【ひみつのちから】を使ってみてわかったけど、ここって結構岩盤が固くて俺たちのポケモンじゃ【あなをほる】で掘り進められるかどうか……」

「アルバとルカリオが見つけてくれること頼みってことだね……」

 

 そういうこと、と区切るとダイは壁に保たれて大きく息を吐いた。バラル団の二人は揃って気を失っているため、目覚める前に何かしらで縛っておきたいところだが、生憎自分の鞄を持ってきていないのだ。

 今自分が持っているものはポケモン図鑑とポケモンたちぐらいで、非常食なども持っていなかった。そう思うと、急にお腹が空いた気がしていた。

 

「ディーノさん、気分はどうですか?」

「ああ、良いとは言えないが岩の下敷きよりはずっとマシだ、本当にありがとう……」

 

 ダイと同じく壁に保たれながらディーノが呟いた。リエンは継続して怪我の手当を始めるが、今は絆創膏程度のものしか持ち合わせておらずすぐに手持ち無沙汰となってしまった。

 

「何か、現状を打開する術とかありませんか、ディーノさん」

「ない、わけではない。けれどリスクが高すぎる。私の手持ちのポケモンは"ボスゴドラ"、洞窟内で石を集める際に堅い岩盤を噛み砕くことが出来る相棒だ。恐らくこいつならば、この洞窟の岩でも容易く掘り進めるだろうが」

「この狭い空間じゃ、ボスゴドラが出てこれない。あいつ約2メートルあるってよ、ほら」

 

 そう言いながらダイがポケモンずかんを見せる。そこには、既にボスゴドラの詳細な情報が記載されていた。さらには重量まで表示されており、リエンはとても期待出来ないと思った。

 この空間、この人数がなんとか横になって広がる程度しか出来ず、ボスゴドラが出てこようものなら彼のポケモンは間違いなくパンクする。そもそもこの洞窟の岩盤相手に、一瞬でこの空間を作り出せたこと自体が奇跡に近い。

 

「こいつらの手持ち、なにかいないものか……」

 

 するとディーノは意識のないバラル団の下っ端の懐を弄り始めた。さっき持っていたシャベルやスコップは今頃岸壁の下敷きになっているだろう。そのときだ、ディーノは一つのモンスターボールに釘付けになっていた。

 ダイがその肩越しにモンスターボールを見た。すると図鑑がピピピと音を立て、そのポケモンを読み取ってデータを表示した。

 

「アイアントか……」

 

 ディーノが呟いた瞬間だった。ボールから飛び出したポケモン"アイアント"は突然その強力な顎を以てディーノに襲いかかった。間一髪、ディーノは傍にあった拳大の岩をアイアントの顎に挟み込むが、次の瞬間にはアイアントの顎はその岩を容易く噛み砕いた。

 

「なかなか……ッ! いや、とんだじゃじゃ馬だぞ彼は!」

「待ってください! ここは俺に任せて、ね?」

 

 アイアントに襲われるディーノが苦悶の顔を浮かべるが、両者の間をダイが遮るとダイはアイアントと目を合わせるように屈んだ。ディーノとリエンは今にもダイが襲われそうな雰囲気に息を呑んだ。

 

「やっぱり、気性が荒いからもしかしたらと思ったけど、こいつメスですね……たぶん、アイアントの群れのリーダーだったんじゃないかな、いわゆる女王アリってやつです。しかも"いじっぱり"でちょっぴりワガママなんだろうな……」

 

 地面に頭を擦り付けているような姿勢でダイが次々に言葉を発する。それを見てリエンは目を丸くし、ディーノは言葉を失っていた。

 

「み、見ただけでわかるの……?」

 

「ん? いや、だってポケモンだって生き物だぜ? 見れば一目瞭然だよ」

 

 ダイはそう言って、ポケットからモンスターボールを外し中からポケモンを出した。彼の手持ちでは遊撃手、時にサポート、時に主力として活躍するメタモンだった。メタモンはアイアントを認識するなり、ダイの意を汲んでアイアントへと変身した。

 

「このままメタモンに掘り進めてもらう手もあるけど、人手ならぬポケモンの手も借りたいところだ。そこで……メタモン、【なかまづくり】だ!」

 

 メタモンはアイアンとの姿で、バラル団のアイアントに向かって簡単な踊りをしてみせた。すると最初こそ警戒していたアイアントが今度は踊り返し、メタモンがそれに合わせる。

 やがてメタモンとアイアントはトレーナーの介在しない領域で心を通わせ、すぐに仲良くなった。

 

「よし……メタモンとアイアントと分担して俺たちのいる空間の下を掘り進めてくれ。"はりきって"いこう!」

 

 コクリと頷いたメタモンが身振り手振りでアイアントを説得しすぐさま地面を掘り進めていった。一件落着とまでは言わないが突破口が見えてきた、とダイはホッと一息ついた。

 

「驚いたな。顔を合わせるだけでポケモンの性格、特性、技構成まで把握してしまうなんて……」

「いやいや、だからこんなん普通ですって。そんな驚かれることじゃないですよ。それにポケモンと心を通わせることなら、今ここにはいないけど俺の仲間の方がよっぽどすごいですって」

「だとしてもだ、君に潜在する能力は凄まじい。恐らく私などでは比べ物にはならないだろう……彼もまた君のようにポケモンと心を通わせることに秀でていたのだろうな」

 

「彼?」とダイが尋ねるとディーノは今までの神妙な雰囲気を崩すように破顔した。

 

「私はね、石を集めることに心血を注いでいたが、若い頃はこの地……ラフエル地方の伝承について研究していたんだ。といっても、ちょっとしたエッセイくらいしか拵えたことはないがね」

 

 懐かしげにディーノが呟く。時間のかかる作業を行っているため、その暇つぶしとばかりにダイとリエンは身を乗り出した。

 

「大昔、恐らく今ほどポケモンが多くなかった遥かに大昔の話だ。一人の男が船から投げ出された、男の名はラフエル。彼の声も虚しく船は荒れる大海原を進んでいた。ラフエルは希望などないと暗い海の底へと落ちるのを待った。しかし彼は海底に捨てた希望を、なんと拾い上げたのだ。『希望が私を救えないのならば、私がすべての希望となる』……」

「やがて、ラフエルは三日三晩何度水に呑まれようと、泳ぎ続けこの地に流れ着いた、ですよね?」

 

 リエンが息を継いでいるディーノの言葉尻に付け加えた。ディーノはコクリと頷いた。リエンのその目にはまるで童話の読み聞かせを願い、次の展開を楽しみに待つ子供のような光があった。

 

「この地は、人間の住まう場所ではなかった。獣……ポケモンのみが暮らす島だったのだ。ラフエルはこの地の王に会わねばならぬ、そう決意し彼らが王の元へと馳せ参じ、獣の王と心を通わせた。そこには幾ばくかいろんな説があってね、ラフエルがその獣の王と相撲を取ったり、岸壁を登りあったり、深海の底へ潜りあったりと様々だ」

「ディーノさんイチオシの説ってあるんですか? ぜひ聞かせてください!」

「僕のかい? 僕も相撲を取ったと思うなぁ。それで結局、どの通説にしろ共通してラフエルは一度しか勝てなかったんだ。だけど獣の王は彼を認め、彼と共にこの地を開拓した。その最初に相応しき始まりの王国、それがメーシャタウンだ」

 

 その名前を聞いて、ダイは少しばかり懐かしさを覚えた。たった数日……だがもう少しでひと月になろうかという時間だ。その間に色々ありすぎて、思い出が風化してきてる気がしないでもないが。

 ディーノの話にリエンが質問や議論していると、不意に再び空間が縦に揺れ始めた。ディーノが二人の手を取り、崩落に備えた。

 

 しかし崩落は起きなかった。いや、起きたといえば起きた。ダイたちがいる空間が下に向かって崩れたのだ。感覚としては、エレベーターが急に落ちたような感覚に近い。すると先程空いた穴からアイアントとメタモンが顔を出した。

 

「ご苦労さん。そんじゃ次はこの空間をちょっと広くしよう。悪いな、もう少し手伝ってくれ」

 

 報酬とばかりに、アイアントに赤いブロック状のお菓子を与えるダイ。それはポロックだった。ホウエン地方で流行っているポケモン向けのお菓子で木の実を混ぜ合わせて作るのだ。

 

「ポロック……ダイくんはホウエン地方に行ったことがあるのかい?」

「えぇ、といっても旅なんて大層なもんじゃないですよ。言えば、腰巾着です。あの旅に俺は存在しなかった、それくらいは意味がなかったと思います」

「そんなことはないさ、君の技能は最初から突出していたわけではないだろう。各地で様々なポケモンを見てきた証拠だよ、君の旅にはちゃんと意味があったんだよ」

 

 手放しで褒めるディーノ、ダイは顔が熱くなるのを感じてゴーグルを着けて誤魔化すと、アイアントたちが掘り進め岩から土へと変わった土砂をかき分ける作業に入った。

 それから一時間ほどで足を畳まねば窮屈でしょうがなかった空間が、ちょっとした住居ほどの広さへと様変わりした。それほどまでにアイアントの巣を形成する能力は凄まじいということだった。今では立ち上がっても天井に頭をぶつけないくらい広くなり、リエンは身体を伸ばした。

 

「じゃあディーノさん、後はお願いします」

「うむ、任せてくれ。ただ、ボスゴドラが掘り進める衝撃で崩落が起きないとも限らない」

「じゃあ、リエンに俺のポケモンを預けておく。その代わりにミズゴロウを借りてもいいか?」

「わかった。ミズは天井にヒビが入ったらダイのペリッパーが【みずでっぽう】を撃つから、そこに向けてと【れいとうビーム】を合わせてね」

 

 ミズがコクリと頷きながらふよふよと浮かび上がり、待機する。ダイは未だに意識を失っているバラル団の二人を自分の足元へ連れてくると、手持ちのポケモンを総動員させる。

 

「メタモンはディーノさんがボスゴドラを呼んだら、念のためボスゴドラに変身して待機だ。ミズやミズゴロウが補強してくれた天井が崩れてきたときはお前が頼りだからな。ゾロアとキモリは小さな瓦礫が落ちてきたときに備えての迎撃、任せたぞ」

 

 各々が咆える。脱出に向けてのやる気は十分。三人で顔を見合わせると、同じタイミングで頷きあった。

 

「来い、ボスゴドラ!!」

 

 ディーノは満を持してボールからボスゴドラを解き放つ。メタモンは細胞を変質させてボスゴドラへと変身する。二匹のボスゴドラの咆哮が空間をビリビリと揺さぶる。

 

「【あなをほる】!」

 

「始まるぞ……」

 

 ボスゴドラがまるで砂で出来た城を崩すかのようにあれだけ硬かった岩盤を切り裂き、掘り崩していく。それだけでこの神隠しの洞窟は悲鳴を上げだす。

 作業を見守りながら、ダイはリエンから借り受けたミズゴロウに目線を合わせる。

 

「いいか、崩落が起きそうになったとき一番真っ先に感知出来るのはお前だ。もし崩落の予兆を掴んだら、どこが真っ先に崩れるのか教えてくれ。合図はそうだな、【みずでっぽう】でいい」

 

 いつもは抜けているミズゴロウが強気に頷いた。この作戦、成功することによってリエンを生還させるとあれば、やる気が入るのも道理だろう。

 掘り進める方向は【ひみつのちから】で作った出口ではなく、別の方向だ。もしかすると入り口付近はさらに脆くなっていることが考えられるからである。

 

「しかし、なんだってこんな洞窟があるんだろうな」

 

 ダイはぼそりと独りごちる。長々と続く一本道と、決して広いとは言えない部屋が一つ。偶然かも知れないがポケモンも一切現れなかった。

 旅をしてくる中でこういった奇妙な洞窟の話はいくつか聞いたことがあるが、どれも入ったことはなかった。かつての同行者がそう言った話にまったく興味を持たなかったというのもある。

 

「この洞窟はラフエル地方に残る謎の一つだからね、私もそれに目をつけ珍しい石を探しに来たんだ。あの有様だったけれどね」

 

 思いの外作業は上手くいき、ボスゴドラが丁寧かつスピーディに洞窟を掘り進めていった。屋内のせいでタウンマップのGPSが機能しなかったが、恐らくそろそろ洞窟の外へ出られるはずだ。

 と、誰もがそう思ったときだった。ボスゴドラが異変を察知した。掘り進めるたびに自分の腕に付着する()が気になるらしい。

 

「泥……そういえば、さっきから足場が泥濘んでるな……」

「クシェルシティが水の都と呼ばれているのは知っているかな? 恐らくその地下水が染み出しているんだろう」

「ってことは、もうすぐクシェルシティの近くってことか……このまま掘り進めたら穴が空いて湖の底でした、なんてオチがありそうですね」

 

 ダイの言葉に二人が頷いた。最悪、【たきのぼり】を利用すればこの穴に流れ込む水流に逆らって脱出自体は出来るだろうが、クシェルシティは湖の真ん中に存在する巨大な水の都だ。

 つまりクシェルシティに辿り着くまでの水圧に人体が耐えきれるとは思えない。ここは大人しく戻り、別ルートを掘り進めた方が得策だった。

 

「ここまで掘ってなんだけど、やっぱり元来た入り口を掘り進めていくべきかと。掘り進めてきたとはいえ、ここはまだ密室ですから穴が空いて水が流れ込んできたらそれこそ危ないですから」

「そうだな、私もリエンくんに賛成だ。一端戻ろう、それでいいね」

「もちろん、洞窟のエキスパートがそう判断したのなら俺は従いますよ。それに、悪党とはいえこいつらもいますし」

 

 そう、ここで未だに意識を失っているバラル団の構成員たちは、ここが水没したら真っ先に助からない人間だ。いくら悪いことをする悪党でもむざむざ死なせるのは忍びない。

 必ず生還させ、然るべき機関(ポケット・ガーディアンズ)に引き渡す。ダイはそのつもりで彼らを助けたのだ。

 

 そのときだ、ダイの顔に思い切り水がぶつかった。というのも、ミズゴロウが吐き出した【みずでっぽう】だった。そしてミズゴロウは頭のヒレを動かして、忙しなく何かを伝えようとしていた。

 事前の合図では、崩落の予兆を察知したときだ。

 

「来るぞ、どこだミズゴロウ!」

 

 崩落に備える。ミズゴロウが脆い天井の箇所を【みずでっぽう】でマーキングする。次点で、リエンがペリッパーとミズに指示を出しそこを凍らせ崩落を遅らせる。

 洞窟内に響く崩落の振動が徐々に強くなってきた。このままでは、凍らせた意味もなく大規模な崩落が起きるだろう。ダイたちはなりふり構っていられなくなった。

 

「多少のリスクは負わねば生還出来ないかもだぞ、これは……!」

「メタモン! ボスゴドラと協力して穴を掘り進めろ! この際崩落は確実に起きる、崩れきる前に洞窟を抜けるぞ!」

 

 ボスゴドラに化けたメタモンが頷き、ディーノのボスゴドラと共に強靭な爪を高速で動かし、最初に来た入り口を掘り進めていく。縦の揺れが強くなったそのとき、どこかで破裂音が聞こえてきた。

 そしてダイたちの真後ろ、つまり先程まで掘り進めていたクシェルシティ方面の通路から濁流が流れ込んできた。どうやら殆ど穴が開くレベルまで掘り進めていたらしく、湖の水圧がトンネルに穴を開けてしまったのだ。

 

「まずい! リエン! 水の進行を止めてくれ! ペリッパー!」

 

「わかった……っ、ミズ!」

 

「「【れいとうビーム】!!」」

 

 ミズとペリッパーが放つ冷気の光線がトンネルから吐き出されてくる濁流を凍らせる。しかし流れてくる水は凍った部分を押し出してなお湧き出てくる。

 かといって、このままでは間違いなくトンネルが開通する前にこの水が洞窟を満たしてしまうだろう。ダイは膝の高さまでたまった水を蹴飛ばしながら意識を失っているバラル団員二人を抱えて通路の先へ急ぐ。

 

「キモリ! 【タネマシンガン】で水を弾いて! ダイがボスゴドラに辿り着くまでどうにか時間を稼がなきゃ!」

 

 リエンがなんとか水の進行を食い止めてくれているが、焼け石に水だった。それどころか水のほうが遥かに質が悪いと来た。

 ダイは水に足を取られ、洞窟で思わず地面に倒れ込み泥水を派手に被ってしまう。しかしそれが功を奏したのか、バラル団員二人が目を覚ました。

 

「うーん……はっ!? な、なんだこりゃあ!!」

 

「うわぁっ! ど、どうなってるの! なにがどうなってるの!!」

 

 目覚めるなり辺りの惨状を見て二人のバラル団員は叫んだ。

 

「うわーボスー! 助けてくだせぇ~!!」

「おい騒ぐな! まずは水の進行を食い止めるのが先だ! お前らも手伝え!」

 

 ダイが大声で叱咤すると、二人のバラル団員は水に打たれたようにしんと大人しくなった。そしてやがて覚悟を決めたようにモンスターボールから状況を打開する仲間を呼び出した。

 

「アイアント! 【あなをほる】!」

「イワークもだ!」

 

 洞窟の広場へ飛び出した二体のポケモンが地面へ思い切り頭突きをかまし、そのまま勢いで掘り進めていった。

 

「っ、そうか……穴を掘ればそれだけ水の逃げ場が出来る……! だけど大丈夫なのか、アイアントはともかくイワークは水が苦手だろ!」

「へんっ! イワークは"いわへびポケモン"! それにいわタイプのポケモンの中では動ける方だ! 水が侵食するよりも先に掘り進めてみせらぁ!」

 

 相当の自信だった。イグナやその他の構成員もそうだが、バラル団は手持ちのポケモンを()()()()()()()()()()としては見ていないようだった。

 それこそ、信頼し合うパートナーのように。道さえ違えなければ、善良なポケモントレーナーであればきっと……

 

 ダイは頭に浮かんだ戯言を頬を張って打ち払う。リエン、バラル団員たちの善戦によって水の進行は徐々に食い止められていった。

 そのとき、ボスゴドラの咆哮が聞こえそれがトンネル内をビリビリと揺さぶった。

 

「みんな! 開通したぞ! 水が流れ出る前に急ぐんだ!」

 

 ディーノの声だ。ダイはバラル団員たちの尻を蹴っ飛ばし先に行かせる。あの二人は水の進行を食い止められるポケモンを連れていないからだ。アイアントとイワークも主に従ってトンネルを進んでいく。

 ペリッパーとミズが濁流を凍らせては水が溢れるのを防ぐが、リエンは既に腿に達した水に足を取られて上手く歩くことが出来ないでいた。

 

「リエン、手を!」

「うん……っ!」

 

 ダイは入り口に手を添えながらリエンに向かって手を伸ばす。濡れた手同士、掴んでもすぐさま離れてしまう。ダイは袖を伸ばし、手を覆ってリエンの手を再度取る。

 だが同時に予期せずに崩れだした天井と、降り注ぐ大量の瓦礫。

 

「【エナジーボール】!」

 

 リエンの身体から飛び出したキモリが一際大きな瓦礫を新緑のエネルギーで破壊する。しかしそれでもなお大きな瓦礫が二人に向かって降り注ぐ。

 身をかがめて後は祈るしかなかった。ザブザブと音を立てて水の内に沈んでいく瓦礫の山。そしてその瓦礫の体積の分だけ、水位が上がってしまう。

 

「そんな、まだ崩れるのか!?」

 

 ミズゴロウが騒ぎ立てているということは、さらに崩れるということだ。見れば、先程崩れたところのさらに上に薄暗い洞窟の中でさえわかるほどの亀裂が走っている。それがズズッと音を立てて段々とずれ落ちてきているのだ。

 

「立てるか!?」

「なんとか……痛っ!」

 

 見ればリエンの足に小さなあざが出来ていた。恐らく落下した瓦礫がぶつかったのだろう。水というクッションがあったとはいえ、落下してきた瓦礫が大きければ当然水程度では衝撃を殺せない。

 ダイは迷ってる暇はないとリエンを背負って立ち上がった。

 

「重くない……?」

「非常事態だし、それにさっきのあいつらよか全然軽い!」

 

 実は少しばかりやせ我慢が入っているが、所謂火事場の馬鹿力というやつでダイの動きはスムーズだった。そろそろ腹部に到達するかという水の中でさえ、普通に歩行する速度と変わりないほどに。

 

 

 が、そんな二人の真上に先程の亀裂が入った天井から欠けた瓦礫が自重に任せて落下した、かに見えた。

 

 

 二人は思わず頭を庇った。しかし、いつまでも瓦礫は頭部に落ちてこない。見上げると、小さな身体で落ちてくる瓦礫を抱え上げる姿があった。

 

「キモリ……!?」

 

 キモリはその小さな躯体で、壁に手足を縫いつけるように張り付き片手で天井を支えていた。しかし明らかに重量は岩の方が上だ。壁に張り付くためには片腕と両足を以て全力で踏ん張らねばならない。ゆえにもう片方の腕で瓦礫を支えれば確実にキモリは瓦礫の下敷きになる。

 ダイたちに出来るのはキモリの努力を無駄にしないうちにここを離脱することだった。だがその間に増えていく水位、胸の付近までやってきた水のせいで足がつかなくなってきた。

 

 ついに瓦礫がその身を以てキモリを捻り潰そうと落下する。瓦礫同士のこすり合わせで打ち消されていた落下エネルギーはそのまま弾かれるように瓦礫を打ち出し、キモリの身体諸共水底へと落ちる。

 

 ダイは苦渋の選択を迫られた。今離脱しなければ、恐らく通路に逃げ切る前に水位が天井に達する。しかしキモリを見捨てることなど決して出来ない。

 

「ダイ、行って!」

「ッ、わかった!」

 

 ミズゴロウとミズの誘導に従い、リエンが水の中を抜けて通路へと向かう。ダイの元に残ったペリッパーは覚悟を決めた顔で頷いた。次の瞬間、水中に潜ったペリッパーがものすごい勢いで水を飲み込み始めた。

 その小さな身体のどこに納めているのか、というほどの水を飲み下し洞窟内の水位を僅かにだが確実に下げていく。しかしペリッパーが【たくわえる】量にもいずれ限界が来る。

 

 ペリッパーが離脱時間を確保できるのはわずか、ダイは迷わずゴーグルで視界を保護すると暗い水底へと潜り込んだ。するとキモリは先程の岩の下敷きになっているようだった。

 ダイは自分が浮かび上がる力を利用して、岩を退かそうとするが大きさのせいでビクともしない。キモリも懇親の力を放って下から持ち上げようとするも、やはり動かない。

 

 このままでは二人共窒息する。だがダイは水面に浮上しようとはしなかった。力んで、肺の中の酸素がカラになろうとも、キモリを助けることをやめなかった。

 

「うぐ……かっ……」

 

 ボコボコとダイの口から空気が漏れる。器官に水が入り込めば今度こそお終いだ。それでも、岩を退けることを一度たりともやめようとはしなかった。

 ペリッパーが水を飲む速度がどんどんと遅くなっていく。キャパシティの限界だ。流れ込んでくる水が限界に達しかけている。

 

 そのときだ、ペリッパーは流れてきた何かを加えるとその場を離脱した。それは水が流れてくる方向、つまり最初にボスゴドラが掘り進めていた通路だ。

 飲み込んだ水を一気に放出、普段ならば使えない【アクアジェット】の要領で水圧を物ともせずに潜り抜けていく。

 

 しかしダイにそんなことを気にしている暇はなかった。心臓が酸素を寄越せと動きを早めていく。しかし供給できる酸素はもう残っていない。

 

 

 腕に力が入らなくなってきた。

 

 目を開けられなくなってきた。

 

 食いしばっていた歯と口が緩み、そこに水が流れ込もうとした。

 

 

 もうだめかもしれない、ダイの身体が抵抗出来ずに水面に上がろうとした瞬間だった。

 

 死なせたくない。死なせない、と。キモリが強く思った。自分を助けるべく死地に飛び込んできた主を、仲間を絶対に助けるのだと強く願った。

 

 その願いは、光となって成就する。

 

 突如眩い光が水中から発せられ、洞窟内を照らし出す。それは岩の下から、唐突に起きた。その光を目にしたダイは光を辿り落としかけた意識を再び手繰り寄せた。

 その光は強く、けれども小さなものだった。それが少しずつ、大きく、形を変えていく。

 

 

 ――――これは。

 

 

 ダイは確信した。この状況を切り抜ける、最後の手段だった。ダイはその光の中にある、強い意志を感じる眼と自分の目を合わせて頷いた。

 

 

 

 

 

 ――――斬り裂け、【リーフブレード】!!

 

 

 

 

 

 キモリが、正確にはキモリだったポケモンがその腕部の刃に極限まで高めた力をほとばしらせ、渾身の一薙を以て岩塊を両断する。

 スッパリと見事に両断された岩は重さを変え、ダイが持ち上げるとそのまま転がっていく。下敷きになっていた彼は力尽きかけたダイを抱えて水面へと飛び上がった。

 

 通路も当然水が敷かれており、走るのに支障を来す。だがそのポケモンはボスゴドラが掘り進めた通路の壁に値する部分を駆け抜けた。壁を足場として地面に対して九十度に疾走するのだ。

 

 見えてきた光に手を伸ばす。通路の先では誰もがへたり込んでいた。そこへ、緑色のポケモンがダイを抱えて滑り込んだ。

 

「ゴホッ、ゴホッ! ……ふぃ~、生きてる?」

 

 開口一番、ダイはそんな言葉を水とともに吐いた。リエンとディーノが彼を覗き込んだ。ダイはそんな二人に笑って、弱々しいピースサインを取った。

 ダイは起き上がって日の光を浴びている九○センチほどになったポケモンを見た。

 

「大きくなったな、キモリ……いや、もう"ジュプトル"か」

 

 キモリ改め、ジュプトルは力強く頷いた。

 

 今までの旅で積み重ねた研鑽。初めて並んで戦ったあの時(VSアリアドス)初めて辛酸を嘗めたあの時(VSユンゲラー)。それ以外にも色んな戦いを潜り抜けてきた。

 そしてその経験がエネルギーとなって、今日この時、ダイを救うために爆発させた。

 

 身体はより大きく、眼光はより強くなった。

 

「ところで、ペリッパーとメタモンは……? まさか、まだ中に?」

 

 そこまで呟いて、再びダイが洞窟内に向かおうと立ち上がった瞬間。不意に影が差した、空を見上げると水浸しのペリッパーがその背にメタモンを乗せてやってきた。

 二匹はダイが無事であるとわかった途端、【すてみタックル】のような勢いで突進して擦り寄ってきた。

 

 そのときダイはペリッパーに触れた。恐らくペリッパーは水が流れる穴を通してクシェルシティまで抜けていき、口に取り入れていたミズゴロウに化けたメタモンと共に【れいとうビーム】で穴を覆う形で氷を形成し水の進行を確実に止めたのだ。

 推測だが間違ってはいないはずだ。ダイにはそういった確信があった。

 

「おーい、ダイ~! リエン~!」

 

 その場の全員が生還したという実感を噛み締めていると、遠くから山積みの荷物を背負ったアルバとルカリオが走ってきた。随分と遅い到着だとダイとリエンのどちらも思った。

 額に浮かぶ玉の汗を見るに、限界までトレーニングを行っていたような感じだった。先程まで死地の中にいた二人は少しだけ文句を言いたくなったが、今現在無事なので不問とした。

 

「あれ!? そのポケモン! もしかして、キモリが進化したの?」

「まぁいろいろあって」

「うわぁ! おめでとう! もふもふはできなさそうだけど、今度スパーリングに付き合ってよ!」

「いいんじゃないか? ふふふ、とてつもなく硬い岩盤を真っ二つに出来る切れ味を味わうがいい」

 

 ジュプトルはというと、アルバの言葉を受けて得意げに腕を組んだ。それを微笑ましそうに見守っていたディーノがやや申し訳なさそうに割って入った。

 

「すまない、ダイくん。最年長である私が真っ先に脱出し、さらにはバラル団の連中も取り逃がしてしまった。なんと言ったらいいのか」

「いや、いいんですって。最年長である前に、ディーノさんは怪我人ですから。みんな無事で良かったですよ、あいつらも逃げ出す力は残ってるみたいで安心しました。次見つけたらとっ捕まえますけどね」

 

 ダイはボキボキと手を鳴らす仕草をする。今頃手持ちのイワークやアイアントとも合流している頃だろう。体力も消耗した今、追いかけるのはなかなかに至難だ。

 

「さて、今度こそ寄り道せずに行くか。ペリッパー、案内してくれよ……そういえば、ディーノさんはどうするんですか?」

「そうですね、もう洞窟水没しちゃってますし……」

 

 リエンがそう言うとディーノは苦笑いを浮かべて「そうだった」と呟く。次いで顎に手を当てて唸り始めた。

 

「うーん、しばらく洞窟や山は懲り懲りだなぁ。ひとまず近くのモタナタウンで休んでいこうと思うよ。だから君たちとはここでお別れだ」

 

 そう言ってディーノは自分の荷物を抱え上げたが、ふと何か思い至ったようにその背にあった鞄を漁ると三つの石を取り出した。

 

「ダイくん、私は君の能力を大いに評価しよう。ポケモンと心を通わせ、あの土壇場で進化を引き起こす君の技術(タクティクス)勇気(ブレイビング)にこれを進呈しよう」

 

 一つの石をダイに、そしてもう一つの石をリエンに渡した。

 

「リエンくんにはぜひとも、私と同じ舞台へ上がってきてほしい。ラフエル地方の伝説はまだまだ暗い部分が多い。そんな中あれだけ私と議論を交わせるほどの知識(ノウレッジ)に敬意を表すると共にこれを」

 

 葉のようなマークが浮かび上がった石は、太陽の光を受けて七色の光を放っていた。ダイもリエンも石には疎いが、それでもこの石が世界に数ある"力のある石"であることを察した。

 ディーノは最後に、未だに話していない蚊帳の外を思わせるアルバに向き直った。

 

「ルカリオか。"リオル"をルカリオへと進化させる条件は未だ不明瞭だ。これからの君の(ロード)に光をもたらすと信じてこれを送らせてもらおう」

 

 ダイ、リエンが受け取ったのと同種の石をアルバは受け取った。初対面の男に渡されたにも関わらず、アルバはそれを快く受け取った。

 

「ありがとうございます、えっと……ディーなんとかさん」

「ディーノだ、君たちとはいずれまた会える。そんな気がしているよ、そのときどれほど成長しているのか楽しみにしているよ」

 

 今度こそ重い荷物を背負ったディーノは三人に背を向けてモタナの方向へと去っていった。三人は彼に向かって手を振ると、さてと向き直った。

 

「じゃ、今度こそクシェルシティに向かおうぜ。早くジム戦がしたくなってきたよ」

「いいねぇ、じゃあボクとダイのどっちが先にジムバッジを手に入れるか勝負しようよ」

「私も、ジム戦はともかく次の街に行きたいな。さっそく出発しよ!」

 

 三人は頷き合い、ペリッパーの先導に従って整備された道を戻っていった。

 彼らがクシェルシティに辿り着いたのは二日後。その間、クシェルシティでは謎の水位低下が話題となっていることには、まったく気づかなかったようだ。

 

 



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VSニョロボン クシェルシティへ――

 教室が変形するジムの中で数日ぶりに激戦が繰り広げられていた。しかし表情を顰めているのは、ジムリーダーの方だった。

 ジムリーダー――カイドウはフーディンへと指示を飛ばす。

 

「重心をやや右に調整敵ポケモンへの間合い突入まで二秒! 【かみなりパンチ】!」

「ジュペッタ! 【しっぺがえし】!」

 

 フーディンが放つ雷を纏った拳を受け止め、即座にはたき返すポケモン"ジュペッタ"。そのヒラヒラした手に宿った怨念に叩かれるたびフーディンを傷つける。

 ジュペッタというポケモンが共通して持つ恨み辛みをそのまま強さにしているのだ。しかもカウンタータイプときた、フーディンから攻める場合確実に攻め以上の反撃を被るのだ。

 

「続けて【シャドーボール】行ってみよう!」

「射角計測球体中心から右下にかけて脆弱性を発見同系統の技で相殺を推奨!」

 

 ジュペッタがヒラヒラの手から闇色の球体を作り出し、それを放つ。対してフーディンもまたそれを同じ(シャドーボール)で迎撃する。しかしそこはジムリーダー。ジュペッタが放つ球体の脆弱性を掴み、フーディンに的確に撃ち抜かせる。

【ミラクルアイ】を使った高次元解析戦術を駆使して挑戦者を試していた。そう、そのはずだった。

 

 確かにどんな技を撃ってこようが、迎撃することも回避することも可能だ。だというのに、結果的に圧されているのは自分という錯覚を受けるのだ。

 

「なるほど、超常的頭脳ってそういう戦術(パターン)なんだね! ふーん……」

 

 挑戦者の女は不敵に笑むと、パチリと指を鳴らす。すると静かにジュペッタが笑ったのである。

 

「ジュペッタ! もう一度【シャドーボール】!」

「敵ポケモン再度球体発射、射角計測再度迎撃……!」

 

 フーディンに直接相殺の指示を出し、フーディンが再びシャドーボールを練りだそうとする。しかし、何も起きなかったのだ。フーディンが自身の手の中を覗く。

 そこには黒い何かが渦巻いており、フーディンがシャドーボールを放つのを阻害しているようだった。

 

「これは【ふういん】か……!? ちっ、躱せ!」

 

 間一髪でフーディンが闇色の球体を回避する。逸れていったシャドーボールが地面に激突し、砂煙を巻き上げる。

 

「視界悪化敵ポケモンの姿認識不可能追跡開始……!」

 

 カイドウはフーディンに再びジュペッタの姿を探させる。さらに【ミラクルアイ】を使用し、フィールドで動くものすべてを観測するも動くのは砂煙しか無い。

 たった一瞬の間にジュペッタを見失ったのだ。挑戦者の女はニヤリと笑った。

 

「お足元にご注意くださいませ」

 

「そうだろうな、フーディンの死角に入り込むなら、影しか無いからな!」

 

「やばっ! バレてた!?」

 

 察し、フーディンが足元を見た瞬間そこにいたジュペッタがケタケタと笑いながら【ふいうち】を行い、フーディンを攻撃する。

 しかしカイドウはその攻撃を読んでいた。【ふういん】によって封じることが出来るのは、ジュペッタとフーディンが共通して覚えている技。

 つまり、フーディンにとって第二の切り札である【かみなりパンチ】は有効である。

 

「【かげうち】!」

「【かみなりパンチ】! 右下から肩口を超えてくるぞ!」

 

 差し違いに近い形で両者の攻撃が交錯する。ジュペッタが拳を受け、その電気で感電したように震える。一方フーディンもまた、ジュペッタの拳を受けたかに見えた。

 しかし片方の腕に持っているスプーンの受け皿を巨大化させ、ジュペッタの拳を顔の寸前で防いでいたのだ。つまり、クロスカウンターだ。

 

「っ、ジュペッタ! 戻って!」

 

 渋々、と言った感じで挑戦者はジュペッタを下がらせた。そして手持ちのポケモンから予め選出しておいたもう一体をボールからリリースする。

 

「ほう、ジュペッタの代わりに出てきたのがそいつか……」

 

 カイドウは息を整えながら呟く。しかし相性で考えればそのポケモンはフーディンに対して不利である。かといって、ジュペッタで戦い抜くつもりだったかというとそうは思えない。

 とすると、新しく出てきたこのポケモンは彼女にとって、まさに切り札なのだろう。

 

「正直、ラフエル地方のジムの、それも最初に明かすつもりはなかったんだけど……カイドウさん、強いし」

「当たり前だ。伊達にこの街のジムリーダーをしているわけではない。わざわざそのポケモンを選んだのには、何か理由があるのだろう。見せてみろ、お前の手の内を。尽くを、解析し尽くしてみせよう」

「なら、お言葉に甘えて――――」

 

 そう言って、彼女は左腕のみを覆っているグローブの手首(リスト)を見せ、そこに嵌め込まれた石に触れた。

 

「文字通り、"とっておき"……!」

 

 次の瞬間、カイドウは思わず目を覆うほどの輝きと、肌をチリチリと焼くような劫火の中にいた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 久々のピーカンの空の下、俺たち三人は舗装された道を歩いていた。リエンのミズゴロウも小さな歩幅でご機嫌に歩いている。どうやらモンスターボールの中よりも外の方が快適らしい、それもそうか。ポケモンにとってモンスターボールは窮屈な世界なんだろう。

 

「あっ、見えてきた!」

 

 アルバがトトト、と小走りで先に走っていった。俺たちは坂道に差し掛かり、ため息混じりに登っていく。登り終えたアルバが手を振って急かす。

 

「わぁ……!」

 

 リエンが感嘆の声を漏らした。釣られて俺も、眼下に広がる一面の湖を見て思わず言葉を失った。なんというか、視界に広がる()()()()()()と思うと改めてラフエル地方の凄さを思い知らされるな……

 

「クシェルシティ……ラフエルが151匹のポケモンたちと作り上げた湖畔の町。伝説だと、一度街が沈んでしまったんだけどそのポケモンたちがラフエルを救い上げたのよ」

「それで、ラフエルの感涙があの街の水を全て浄化してあんなに綺麗なんだってさ」

 

「へぇ……昔話ってのは往々にスケールがでっかいけど、今回のはまたとんでもないな……にしても、クシェルシティの水ね……」

 

 先日のトラウマを刺激されるからか、口元が思わずヒクヒクする。けど、それ以上に新しい街へやってきたというワクワクが俺の足を進ませた。

 湖の畔の船着き場でボートを借りる。一人用と数人用のボートが有るらしい。どうやらみずタイプのポケモンを持っていない人のために船着き場ではレンタルポケモンのサービスもしているらしかったが、俺たちには不要だった

 俺たちは数人用のボートに乗り込むとペリッパーと、ペリッパーに【へんしん】したメタモンをボートに繋いだ。

 

「えっと、地図では……あった。街の中を北上した先にある孤立した島にジムがあるらしい」

「じゃあそこまで頼む。あ、ゆっくりな。船酔いしたらジム戦どころじゃない」

 

 コクリと頷いたペリッパーたちがボートを引っ張りながら泳ぎだす。普段なら街を見て回ろうかと思うがこの街は基本的に水に沈んでいるために見て廻り辛い。

 だけどアルバが言ったとおり、この街の水は澄んでいて薄っすらとレンガ敷の道が見える。水位が下がれば、歩けるくらいにはなるかもしれない。

 

 ん……? 水位?

 

「なぁ、この街の地面が見えてるのって……」

「"神隠しの洞窟"に水が大量に流れたせいだろうね……」

 

 俺たちは揃って頭を抑えた。もし神隠しの洞窟から水の抜け道が出来てしまった場合。水の半分くらいがあっちに移動して、この街は水没都市ではいられなくなるかもしれない。ちょっと申し訳無さを覚えた。

 そんなこんなで沈んだ気分だったが、それでも神秘的な街並みは俺たちの心を晴らした。むしろ沈んだレンガの上にみずタイプのポケモンが生活しているのを見ると、幾分か街がアトランティックな雰囲気に思えてきた。

 

「あ! あれじゃない? クシェルジム!」

 

 アルバがボートから身を乗り出しながら指差したのは、街から出るための通路(というか水路)の先に並ぶ、幾重にも連なるゲートのようなオブジェ。その先にはぽつんとした孤島が佇んでおり……

 

「ねぇ、ダイあれはなに? 見たところ、ボートなんだけど……」

「というかボートの群れ……?」

 

 孤島の船着き場にはボートが山ほど集まっており、もはや船着き場にボートを止める場所が無いみたいだった。後で出直した方が良さそうだが、何をやっているのか確認だけはしておきたいな。

 

「ボート伝いに跳んでいくしかないな……メタモン、頼む」

 

 俺はひとまず先に様子を見てくるために、ペリッパーの姿のメタモンをボートから切り離すとその足に捕まって空を飛ぶ。ひとっ飛びして船着き場に着地すると俺は石畳で出来た階段を駆け上がる。その先には神社のような大きな建造物があった。 

 そこにワラワラと人が集まっていて、俺は首を傾げた。

 

「これからジム戦が始まるのか?」

「ん? いいや、これからジム戦の《選抜》が始まるんだよ」

「選抜? それって、ジム戦が出来るかどうかは選ばれるかどうかってこと?」

 

 尋ねると男はコクリと頷いて、視線を前に戻した。俺もつられて前に視線をやると、十数人が一列に並びその前で一人の男が瞑想していた。

 その男は少し変わった民族衣装のようなものを身に纏っている。よく見るとその服は結構ボロボロだが、きちんと修繕されているみたいだった。恐らくあの服をずっと愛用しているとかそんな感じだ。

 

 民族衣装の男は一息つくと、首を横に振った。すると並んだ十数人もまたため息をついたり崩れ落ちたり、とそれぞれリアクションを取った。

 

「あれが選抜? どういう基準で挑戦者を選んでるんだ……?」

 

「さぁ、サザンカさんがその辺を明かしたことは一度もない。かくいう俺も、ずっと通い詰めさ……何年になったかなんて考えたくもねーよ」

 

 笑い混じりに男は言うが、こちらとしては笑い事ではなかった。ただでさえこっちは旅人の身、この街に留まっていられる時間はそう長くない。

 無理言ってでもチャレンジを受けてもらわないと……

 

 と、人混みを潜り抜けてジムリーダー――サザンカ――の元へと歩みを、足を踏み込んだときだった。まるで微かに反応があったかのように、彼は目を開いた。

 

「そこの君……いいえ、正確には二人……?」

 

「へ?」

 

 サザンカの目は俺と、俺の肩口を射抜いた先を同時に見ていた。彼の目に俺がどう映っているのかは分からない。けれど、弾丸のような鋭さを以てその視線を俺を確実に捉えていた。

 

「どったのダイ、ひょっとしてサザンカさんにチャレンジ出来るとか? ってうわっ、なんかめっちゃ見られてる……?」

 

 あまりの剣呑な雰囲気に、アルバと一緒に来たリエンまでも口を開きかねていた。立ち上がったサザンカはその剣呑な視線を一瞬で柔和な笑顔に変えた。

 

「君たち、挑戦者かな……いいや言わずともわかる。その目、そのボールから伝わる闘志、負けることなど微塵も考えていない、その勇気……君たちならば、僕をさらなる高みへと導いてくれるはずだ……」

 

 柔和な笑顔からは想像も着かない熱意を以て語られてしまった。さすがのアルバも面食らっているみたいだった。

 しかもどうやらギャラリーが沸き立っているようで、俺たちはどうにもやりきれなさを覚えた。挑戦したかったのは事実だが、あまりにトントン拍子すぎる気がする。

 

「じゃあ、ボクから行きます!」

 

 次の瞬間にはアルバが挙手した。サザンカもどうやらやる気のようだ。しめしめ、手の内しっかり見せてもらうぜ……!

 と、したたかな心持ちでいるとサザンカは苦笑した。

 

「すみません、ジムリーダーの役職を与えられてなお僕はまだ未熟の身。ゆえに一度のジム戦に全力を注いでしまいます。ですので、あなたはまた後日ということでよろしいですか?」

 

 心中を読まれた!?

 

 驚いてギョッとしてしまうが、他意は無いみたいだけど……ちいせぇ、俺人としての器がちいせぇよ……ちょっとばかし自己嫌悪だ。

 するとサザンカはジムがある孤島のさらに奥。街からではこの孤島が障害物になって見えない場所を指し示した。

 

「代わりと言ってはなんですが僕の修行場があります。そこに僕が個人的に師と仰ぐ者がいます。一日、そこで鍛えてみてはいかがでしょう?」

「へぇ、アンタから見て俺ってそんなに力不足?」

「いえ、不快に思ったのなら謝罪します。ですが、」

 

 そこまで言ってサザンカは俺にだけ聞こえるように耳に口を寄せた。

 

「あなたはどうやら、あのカイドウくんを倒した強者のようですからね。ジムリーダー協会でお会いして僕が真っ先に脅威と感じた彼を倒す実力を、さらに極めた力を僕にぶつけてほしいだけなのです。それだけはわかってほしいのです」

 

 それだけ言い残すと俺の肩をポンと叩いてサザンカはアルバと道場の方へと去っていく。リエンはどうやらアルバの戦いを見るつもりらしく、アルバの方をちょいちょいと指差す。どうやら一人で修行することになりそうだ。

 

「しょうがない、行くぞペリッパー!」

 

 俺はペリッパーに声をかける。ボートで待機していたペリッパーが飛んできて、その背に飛び乗るとサザンカの修行場を目指した。

 切り立った岩場に佇むそれはまさに修行場、最低限の設備しか無く確かにこれなら不便さを逆境として切り抜ける強さを鍛えられそうだった。

 

 引き戸をガラガラと開けると、そこは長い廊下だった。

 

「なんじゃこりゃ……道場じゃないのか?」

 

 周りを見てみると、下駄箱も無く扉の側を見てみると地図が書いてあった。

 

「……玄関ンン!?」

 

 このバカに長い廊下は、文字通り"廊下"だっていうのか!?

 薄暗くて先の見えない廊下、俺は生唾を飲み込むがこの先にいるというサザンカの師匠に鍛えてもらうべく、その一歩を踏み込んだ。

 

 瞬間、足場は入り口に向かって……つまり俺の進行方向とは逆の方向に動き始めた。よくある動く足場、ここは足場そのものがベルトコンベアーになってるみたいだった。

 走れば走るだけ、廊下の速度は早くなっていくみたいだった。どれだけ速度をあげようとしても玄関から一向に先に進めそうになかった。

 

「にゃろぅ……こうなったら、ランニングシューズフル回転だオラァー!!! って、どわぁっ!?」

 

 足の親指でシューズ内のBボタンを押し込み、ランニングシューズの力を最大にして走るも逆に足が追いつかずに廊下と熱いベーゼを交わしてしまった。思いの外冷たい廊下だった、好感度は期待出来なさそうだ。

 

「っつー……これどういう仕組みなんだ? 早く走れば走るだけ廊下の速度も上がっていく……さっそく頭を使っていくのか? なんかヒントとか無いのか」

 

 そこまで呟いたときだった。前方から跳んできた凄まじい水流、それを辛うじて俺は回避する。それが玄関の引き戸にバシャリと当たって弾ける。

 

「……ポケモン!?」

 

 廊下の壁、天井を足場として素早く忍者のように飛び回るポケモンが二匹、肉眼で目視出来た。あれは――――

 

 

「"ニョロボン"と"ニョロトノ"か!」

 

 

 みずタイプを含んだ、近接戦闘に特化したポケモンたちだ!

 

「この廊下、ひょっとして……受けて立つ! いけ、ジュプトル! 【エナジーボール】! ゾロアは【いちゃもん】だ!」

 

 向こうが取った体裁(ダブルバトル)、俺はそれに乗っかり二体のポケモンを呼び出し、それぞれに対処させる。ニョロボンの一撃は下手するとゾロアをすぐさま戦闘不能にしかねない。だからニョロボンの相手はジュプトルに任せる。進化し、身体も大きくなったジュプトルならばニョロボンとサシでやりあえるはずだ!

 俺のポケモンが攻撃を行った瞬間、ガクンと廊下の動きが変わった。廊下の壁の足元から長い棒状のものが左右でそれぞれ時計回りと反時計回りで周り、上手く干渉しないように回転し始めた。

 

 つまり、後ろに向かって動く廊下をポケモンバトルの効果的な攻防によって操作、足場を襲うこの棒を上手く飛び越えながら、向こう岸へ向かうってことだ!

 そうとわかれば話は早い。俺は遅いくる足場の棒を飛び越え、かつ後ろ進行方向とは逆向きに進む足場よりも速く先に進む。

 

「ニョロトノの【かわらわり】が来るぞ! 【イカサマ】だ!」

 

 空気を切り裂く鋭い【かわらわり】、しかしゾロアはそれを躱す。身体の小さいゾロア目掛けて放たれた鋭い手刀は地面へと突き刺さる。ニョロトノがギョッとしたように驚いた。

 

「今だ! 【こわいかお】からの【あくのはどう】!」

 

 ゾロアの必殺コンボがニョロトノに炸裂する。ニョロトノは逃げ出せない状況で食らった技のせいで怯み、完全に動きを止めた。

 

「っ、ニョロボンは【きあいパンチ】かよ! 間に合うか……!? ジュプトル、【アクロバット】!」

 

 廊下の先、俺たちの行方を阻むように立ちふさがっているニョロボンが全身から闘気を迸らせながら、拳に全力を注いでいた。あの一撃が当たってしまえば、ジュプトルはひとたまりもない……!

 俊敏な動きでジュプトルが思わぬ方向からニョロボンへと強襲する。その時、ニョロボンの瞳が瞬いた気がした。だが、ジュプトルとも目が合った気がした。

 

 刹那の攻防、ニョロボンの死角から襲いかかるジュプトルとクルリと振り返り、わかっていたかのようにジュプトルを【きあいパンチ】で迎え撃つニョロボン。

 ニョロボンが放った渾身の一撃が空気を弾けさせる。それはつまり、不発を意味する。

 

 俺は即座に駆け出し、足場をうろちょろする棒切れをハードルを飛び越えるようにして通り過ぎる。

 

「【アクロバット】は結局間に合わなかった。だから、ジュプトルは【みきり】即座に【リーフブレード】でのカウンターに切り替えたのさ」

 

 戦闘不能になったニョロボンにそれだけ言い残して俺は廊下を駆け抜ける。ここまできたら気合いで走り抜けたほうが速い!

 ランニングシューズの手助けもあり、遅くなった廊下よりも素早く駆け抜け、俺は出口の引き戸をガラガラと開け放った。

 

「はぁ……はぁ……っふぅ」

 

 引き戸の先に転がり込むと俺はオレンジ色の染まりかけた空の下で大の字になって激しく肩を喘がせた。

 しんどい……まさかサザンカはこの修行場に来るまで、あんな特訓してんのか。門番も、ちょっと馬鹿にならないくらい強かったぞ……

 

「ひぃ……ひぃ……ん?」

 

 俺はふと視線を感じて、身体を反転させた。するとのそのそと、短い足をゆっくり動かして俺の元へ近づく姿があった。

 

「また、ポケモン……?」

 

 まごうことなき、ポケモンだった。そのポケモンはなんというか、ポケモンらしさがなかった。そう、まるでニンゲンと接しているかのような……そんな感覚だった。

 そのポケモンは、チョイチョイと手先を動かして俺たちを挑発した。どうやら「かかってこい」ということらしい。

 

「……よし、ジュプトル! 【エナジーボール】!」

 

 ジュプトルが手に抱え込んだ新緑の球体が、相手のポケモン目掛けて飛び出す。しかしそのポケモンはなんとその球体を足で受け止め、あろうことか足場としてしまったのだ。

 それだけじゃない。そのヒラヒラとした手の中に、見たことのある球体を生み出しそれを弾丸のごとく撃ち放ってきた。

 

「【はどうだん】だ!」

 

 アルバのルカリオも使う【はどうだん】をジュプトルは既の所で回避する。本来なら、波動を感知し回避先すら読んでから放つ一撃だがジュプトルは持ち前の【みきり】で相手が、()()()()()()()()()()()()()()()()()を予測できる。

【はどうだん】を上手くいなしたジュプトルは相手のポケモンへと一気に接近し、腕部の刃に力を込めて一気に斬撃(リーフブレード)を繰り出す。

 

 だが、その一撃は一瞬のうちに放たれた三つの斬撃によってかき消された。

 

「今度は【つばめがえし】……!? あのポケモン、ジュプトルが放った技と同系統の技で往なしてくる……相当強いぞ!」

 

 このポケモンがサザンカの師匠と言われても信じるくらいだ! だが、指示するトレーナーもいないポケモンに負けてたまるもんか!

 

「【かげぶんしん】! 相手をサークル状に囲んで、隙をついてもう一度【リーフブレード】だ!」

 

 高速で移動し、残像を生み出しながら相手のポケモンを包囲するジュプトル。数いるジュプトルのうち、数匹のジュプトルが背後から襲いかかる。

 が、そのポケモンは身体を倒し、ときには反転させ、ジュプトルの攻撃を軽く受け流していく。

 

 いや、ただ受け流すだけじゃない。避けて、その直後に僅かだがジュプトルに軽い打撃を加えているみたいだった。どこから攻めてくるのか、わかっているみたいに受け流しては打撃、受け流しては打撃を繰り返している。このままヒットアンドアウェイ戦法を取るのは得策ではない。

 

「距離を取れ! 【タネマシンガン】!」

 

 影分身による包囲は下策だった。ジュプトルは包囲をやめ、距離を確保しながら【タネマシンガン】を放って敵を牽制する。しかしそのポケモンは先程のジュプトルもかくやというスピードを以てフィールド内を縦横無尽に駆け巡る。

 タネマシンガンが途切れた、その瞬間。

 

 逃げ回っていたポケモンは一瞬で切り返すかのように進路をジュプトルへと変更し、思い切り飛びかかってきたのだ。見切り、回避しようとしたジュプトルだったが、不意にフラついてその場に膝をついてしまった。

 

「ジュプトル……!!」

 

 俺の呼び声も虚しく、ジュプトルに突き刺さるように放たれた【とびひざげり】が炸裂。吹き飛ばされ岩壁に叩きつけられたジュプトルは見事に戦闘不能へと追いやられてしまった。

 

「負け、た……?」

 

 指示するトレーナーもいないのに?

 

 ほぼ野生みたいなもんなのに?

 

 俺は、このポケモンに軽くあしらわれてしまった……?

 

 ショックだった。衝撃が次々俺に突き刺さるようで、俺は膝を屈しそうになった。しかし、ジュプトルを退けたそのポケモンはジュプトルの元へ歩み寄り、ジュプトルへと数個のきのみを与えた。

 渡されたそれをキョトンと見ていたジュプトルだったが、やがてしゃくしゃくと食べ始めて回復する。

 

「え、ついてこい……?」

 

 回復したジュプトルと俺を指し、そのポケモンはクイクイと合図する。俺とジュプトルは顔を見合わせながらそのポケモンについていくことにした。

 気づけば地平線、山の奥に太陽が姿を消し空を茜色が支配する時刻となっていることには、俺はまだ気づいていなかった。

 

 




序盤の彼女は前々回辺りに出てきた主要人物っぽいあの人です。

終盤に出てきた謎のポケモンですが、使える技から特定は簡単かと。次回までの宿題ですね


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VSゴルバットⅡ 守るための術

「たはー、いやぁごめんなさい。火傷、大丈夫だった?」

「心配ない。お前より力加減を知らん馬鹿が同僚にいるせいでな」

 

 まだ太陽が地平線から出てくる前の時刻。薄明かりが遥か彼方の空をぼんやりと照らし出した頃だろうか。

 

 少女は手を合わせて何度も謝っていた。対する男――カイドウは頬に張ったガーゼを少し気にしながらふんぞり返る。

 

「そっか、なら安心だね。心配して損しいだいいだいいだい!!」

「心配して損することなどあるかお前は加害者だろうが……!」

 

 カイドウが少女の耳を引っ張り当たり散らす。実は顔のガーゼ以外にも手や様々な場所を火傷しており、満身創痍と言っても過言ではないのだ。

 

「いでで、それでそろそろ来るんだっけ?」

「あぁ、お前の事情を聞いて同行してくれるそうだ。感謝して損はないぞ、小娘」

 

 その目は遠方の空を眺めていた。だが少女はどうやら既に話を聞いていないそうだった。

 

「んふふ~、いやぁ綺麗だねぇ……"スマートバッジ"」

 

 少女は指で摘んでいる"それ"をまだ弱い朝日に翳してキラキラさせている。そう、彼女はこのカイドウを正面から打ち破ったのだった。

 カイドウはというと、力技など簡単に捻じ伏せられると思っていたのに負けた上軽く怪我させられて不機嫌を隠そうとはしなかった。

 

「それで、次の街は……?」

 

「うん、一旦ラジエスに戻るよ。今日来てくれる"あたしのおつきの人"が案内してくれるからね。ラジエスシティにもジムがあるみたいだし、ひとまずダイの情報が掴めるまでは……」

 

 ダイ、その名を口にした瞬間。微かにだが、少女は寂しそうな顔を見せた。しかしカイドウはフォローするなどという気遣いはまったく考えなかったので知らんぷりをした。

 

「お前とあのバカにどんな関係があるかは知らん、おおよそ検討がついてしまうというのもあるが少なくとも厄介事に違いはなさそうだからな」

「たはは、まぁそうだね。厄介事だと思うよ……あたしを置いて、一人でどっか行っちゃうなんてさ……ダイのくせに生意気すぎ!」

 

 拳を打ち合わせて少女はグルルと唸る。どうやら寂しそうな顔ではなく、怒りの火が着火したいわゆる弱火の顔だったらしい。

 

「どうやら来たようだぞ、無理だと思うが粗相をするなよ。こっちの国家権力だ」

「わぁーかってますよ。カイドウさんは小煩いなぁ、そんなんじゃモテないぞ?」

「お互い様だろうに」

 

 ぎゃーぎゃーと喚く少女の元に、一匹の鋼ポケモンが舞い降りた。その背から飛び降りた男もまた、気品を感じさせた。

 

「貴女が――"アイラ・ヴァースティン"さんですね? お会い出来てよかった」

 

 男の名は、アストン。かつてダイとカイドウの前に現れたポケットガーディアンズ刑事部五課のエリート、アストン・ハーレィだった。

 それに対し少女――アイラはピースサインで応えた。

 

「よろしくアストンさん。あの馬鹿について、いろんな地方の公共機関に声をかけてみたんだけど、ラフエル地方の刑事さんと知り合ってたのは僥倖だったよ。それで、ラジエスシティに向かうんでしょ?」

「その件なのですが、昨夜匿名の通報がモタナタウンからありました。彼は恐らく今、クシェルシティにいるだろうと。これからボクは速やかにクシェルシティへと向かいます。アイラさんは……」

「あたしもついて行きます。あのバカの首根っこはあたしが引っ掴まえなきゃ! "フライゴン"!」

 

 アイラはモンスターボールからフライゴンを呼び出すとその背に飛び乗りゴーグルを下ろす。アイラの意思を確かめたアストンは自分のポケモン、エアームドの背に再び飛び乗った。

 

「それじゃねカイドウさん! またどこかで会えたらいいね! ああいや、あの馬鹿連れて戻ってくるから!」

「来るな、面倒だ」

 

 最後まで素直に答えなかったカイドウに向かってアイラは手を振ると、フライゴンに上昇の合図を出した。続いてエアームドが飛び上がり二匹のポケモンは東の空へ向かって飛翔した。

 

 

 

「やれやれ、クシェルシティか……」

 

 

 ぽつり、とカイドウは呟いた。あそこの同僚もまた、自分並みに癖の強い男であったなと思い出した。

 なにせ彼と相対した人間は皆口を揃えて言うのだ。

 

 

 

 ――――バケモン、と。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 俺とジュプトルは先程完膚なきまでに打ちのめされたポケモン――コジョンドの後ろについていってしばらく歩いた。

 そこには修行場と称するにはおあつらえ向きの大きな滝があり、コジョンドはその前でピタッと止まった。

 

 するとコジョンドはまるで「見てろ」と言わんばかりに合図をしてから、滝のど真ん中に鋭い【はどうだん】を打ち込んだ。

 水流は波動の一撃を受けて真っ二つに割れる。しかしすぐに流れてくる水によって水の割れ目は元通りになる。

 

 ジュプトルに対して、手段は問わないから同じように滝を割ってみろということらしい。【はどうだん】と同系統の【エナジーボール】かそれとも……

 

 考えた結果、俺はジュプトルに進化したことで会得した現状切り札とも言える【リーフブレード】で下から滝を掻っ捌く手に出た。

 だがジュプトルが滝に突っ込み、腕を下から昇竜のごとく突き上げようとした直後ジュプトルは滝に呑まれてしまった。どうやら見かけ以上に水流は強いみたいだった。

 

「それなら【エナジーボール】で……!」

 

 滝壺から浮上したジュプトルは打って変わり、【エナジーボール】を生成するとそれを滝に向かって放つがそれは滝を弾くには至らず、そのまま水に呑まれてしまった。

 なんとはなしに放ったコジョンドの【はどうだん】でパックリ割れたにも関わらず、ジュプトルの技では目を見張るような割れ目は起きない。

 

「威力不足……いや、伸びしろを理解していない……てことか?」

 

 俺が尋ねると、コジョンドはコクリと頷いた。言われてみれば、キモリの頃はどちらかといえば【ギガドレイン】や【タネマシンガン】のように特殊攻撃技を多く使っていた気がする。

 だけど、ジュプトルに進化した今伸びしろの先は多く分岐しているはずだ。

 

「【リーフブレード】含める物理近接技を極めるか、今までの技を活かしていくかだな……ジュプトルはどうしたい?」

 

 ジュプトルは悩んでいた。やはりすぐには決められないか……

 しかしコジョンドはそれでいいという風に頷いていた。そして、一つの巻物をこちらに投げてきた。

 

「これは……?」

 

「おや、その様子では我が師に手ひどくやられた様子……というよりかは、玄関で躓いたという感じですね、お怪我はありませんか?」

 

 ッ! 驚いて振り返るとそこには民族衣装を来た青年――サザンカが立っていた。師匠、ってことはやっぱりこのコジョンドは……

 

「……へぇ、先生がそれを授けるとは、君はよほど見込みのあるトレーナーなのですね……明日のジム戦が楽しみです」

「この巻物はいったい……何が書かれているんだ?」

「簡単ですよ。これはラフエルが残した聖遺物、と呼ぶべきものの一つです。ポケモンと心を通わせ、ポケモンらの真価を引き出す術が書かれています」

「真価……?」

 

 今より、強くなるための術が……?

 

「僕はこのクシェルシティのジムリーダーともう一つ、この巻物たちを守るという任をポケモン協会から与えられています。いずれ誰かに引き継ぐその時までね」

「そんなに巻物を誰かに奪われるのはまずいのか……? いったい誰が盗むんだ」

「未来を占うことは僕には出来ません。が、ジムリーダーの中には"英雄の民"の末裔がいまして……彼らが絶えず、巻物を守護せよと訴えるのです」

 

 英雄の民、それも初めて聞くワードだった。しかしそれを尋ねる暇をサザンカは与えてくれなかった。

 

「さて、言葉を発しない師ゆえ少々相互理解に時間がかかるでしょう。これからは僕がレクチャーさせていただきますね……この滝は不思議な力を宿していて、ポケモンの技を弾く【リフレクター】や【ひかりのかべ】の力を含んでいます。ですのでポケモンの技であれば弾く水なのです」

「それにしては、このコジョンドの【はどうだん】で大げさに弾けた気がするけど……」

「えぇ、先生の【はどうだん】はドラゴンタイプの放つ【はかいこうせん】並の威力がありますから……と言いたいところですが、そうではありません。この滝を割る程度ならば君のポケモンにも十分可能です……いえ、それこそがこの修行において重要な点です」

 

 サザンカはそう言って、自分のモンスターボールからポケモンを呼び出した。小さな蟹のポケモン、"クラブ"だ。モタナタウンでは美味しく頂いただけに、まじまじと見られない。

 クラブはサザンカとアイコンタクトを行い、滝壺に飛び込む。

 

「行きますよ、見ててくださいね……【クラブハンマー】!」

 

 振り上げられた鋏が雪崩落ちる水流にぶち当たった瞬間だった。何か、芯に当たる感覚が響いてきた。衝撃は鋏のように、シルクを裂くようにぱっくりと滝を両断する。

 跳ねた水が俺とジュプトルをずぶ濡れにするが、それ以上に驚いていた。ポケモンの身に宿る力の凄まじさにだ。

 

「どうです? ジュプトルよりも身体の小さいクラブですら出来るわけですから、誰にでも可能であることはこれで証明しました。なんなら、僕自信がやってみせましょうか?」

「そこまできたらもう人間じゃなくてバケモンだな……そっか、でも裏を返せば人間でも出来るってことだ」

「流石ですね、言葉尻もきちんと逃がさない姿勢。その通りです、リフレクターとひかりのかべがどういう風に展開されるかは、カイドウさんを退けたダイ君なら知ってますね。平面のバリア状です。ですが、この滝はもちろん液体ですので面という場所は存在しません。言うなればバリアの成分が溶けて流れている感じですね」

「つまり、含まれている成分が弱い場所……文字通りの()()があるってこと?」

 

 サザンカは首を縦に振った。つまり、コジョンドもクラブもその弱点部分を上手く突いたからこそ滝を割ることが出来た。逆にジュプトルの【エナジーボール】も【リーフブレード】もその弱点を突けなかったから攻撃の威力は殺され滝は悠々と流れ続けたわけだ。

 

「で、その弱点を見抜く方法ってなにかコツがあるのか? 俺には普通の真水にしか見えないんだけど」

「そうですね、実は色で捉えることは僕にも出来ません。しかしポケモンたちには点々としている防御能力の高い場所が見えているはずです。弱点となる、陣の継ぎ目を見極めることがコツです」

 

 だそうだ、ジュプトルの方を見ると任せておけと言わんばかりの自信に満ちた表情だった。確かに【みきり】を得意とするジュプトルにとっては、慣れるほどの回数をこなせば自然とコツが掴めるはずだ。

 

「さて、ダイ君。このトレーニングにはいったいどういった意味があると思いますか?」

「滝の弱点を狙い撃つトレーニング……敵を、倒すための技術?」

「その通りです。巻物に記された、的確に弱点を突くための修行です。ですが、倒すばかりが道を拓く術ではありません。この巻物には守るための技術もあり、それはトレーナーが習得すべきだとラフエルは記しています」

 

 守るための技術……トレーナーが覚えなきゃいけないことっていったい……?

 ジュプトルの滝割修行をコジョンドが監督している間、俺とサザンカは少し離れたところにやってきた。そこには少し大きめのテーブルがあってサザンカはその片方に陣取った。

 

「それではこれから、ダイ君には僕とポケモンピンポンをしてもらいます」

「へ、俺とあんたで……? つまり、ポケモンピンポンを、人間同士でやるってこと!?」

「ご明察です、本来のポケモンピンポンはポケモンとトレーナーのダブルスですが、今は取り込んでいるので僕とダイ君のシングルスで行います。それで、ボールが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを意識してくださいね」

 

 そう言ってサザンカは様子見とばかりにボールを放つ。俺もまったくやったことがないわけではなく、飛んできたボールをラケットで返す。ドライブスピン付きで。それを見たサザンカは満足げに球を打ち返してきた。

 何度かラリーを続けていると、サザンカはどんどん速度を上げてきた。やったことがある程度の、ほぼ初心者の俺はその速度についていくのがやっとで、徐々にスタミナも切れてきた。

 

 息も続かなくなり、ボールを左右に振られると自分自身が操られているような感覚になる。

 

「そういえば言ってませんでしたね、僕の……クシェルシティジムのルールを」

「ルールッ!? ポケモン協会が定めた、大会用ルールじゃ、ないのか……っはぁ、はぁっ!」

「もちろん本来ならばそのルールを遵守する必要があります。ですが、ジムリーダーが定めたそのジム特有のルールを用いたジム戦もまた認められています。そして、(サザンカ)が挑戦者に要求するモノ……」

 

 後ろ向きの回転をしているボールをラケットで弾くと山なりになってサザンカのコートへ帰っていく。サザンカはグッと身体を縮め、足をバネの如く一気に伸ばして高く跳躍する。

 

 

「ポケモン並びにトレーナーは、絶対に指定されたフィールドから出てはならない。それだけです」

 

 

 撃ち込まれたスマッシュは魔球と化し、俺のスイングを潜り抜けて俺より後方へと飛んでいく。直後、水が破裂するような音が響き、見ればジュプトルの【リーフブレード】が滝を見事に両断したようだった。

 

「ジュプトルは合格です、ダイ君はまだまだみたいですが……それでも気合いで僕についてくる気迫は感じました、及第点です」

「はは、そりゃどーも……」

 

 汗でビチャビチャになったシャツを脱ぎ捨てて滝壺へと飛び込む。ジュプトルの側にやってくると、無事滝を割れたからか自身の成長を確信しているみたいだった。

 

「ところで、今のポケモンピンポンからどうやって守る術を会得するんだ……? 因果関係繋がってるようには見えないんだけど」

「えぇ、ポケモンピンポンは簡単にいえば僕の趣味ですからね。ラフエルが示した"守るための修行"ではありません」

「違うのかよ! 真剣にやって損した気分だぞ……」

 

 身体の熱を冷ましてから滝壺から出る。修行と言えばそれこそ滝行なんかがあるわけだが……

 

「実のところ、その守るための技術は巻物に記されてはいるのですが……この通り、劣化がひどく解読できないんです」

 

 サザンカはそう言って巻物を広げてみせた。確かに滝を割りそこから派生する攻撃の術は事細かに記されているが、その先はボロボロで断片的にしか見えない。

 俺が納得したのを確認したサザンカは巻物をたたむと、だんだんと紫色になる空を見ていた。

 

「僕がまだまだ未熟だという話はしましたね、この通り僕はラフエルが残したなんらかの修行を追求し続けているんです。そのために、僕をより高みへと導いてくれる。そんなトレーナーをジム戦前に選抜するんです」

「こっちとしてはそのお眼鏡にかなったみたいで何よりだよ……」

「えぇ、明日はよろしくお願いしますねダイ君」

 

 短い言葉を交わして、俺とジュプトルはサザンカの修行場を後にした。ポケモンセンターに行くとリエンとアルバが待っていた。アルバはどうやらサザンカが指定したルール、"フィールドから出ない"を守りきれずに失格になったようだった。近いうちにリベンジするつもりらしい。

 代わりにとアルバはどんな修行をしてきたのかとうるさかった。普通に滝を割ってきただけだと答えると今度は「滝行!」とテンションを上げてきた。

 

「お疲れ様、疲れたでしょ?」

「いやホント疲れた。まず入り口まで長いしポケモンは飛び出してくるし滅茶苦茶つえーし……次行くときはパパっと空飛んで行きたいもんだね……」

「そんなに? でも興味湧いてきたなぁ、私も行ってみたい」

 

 リエンもまたなんだかいつになく楽しそうだった。やっぱりモタナを出たから、変わりつつあるのかな……そういう意味では俺もか、ラフエル地方に来てだいぶ変わったと思う。

 もう、前みたいには戻らない。意味のない旅なんて、もうしない。

 

「じゃあ私は、ミズとミズゴロウに技を教えてくるから」

 

 そう行ってタタタと足早にリエンは外へ出ていった。確かに何時になく楽しそうだとは言ったけど、どうしたんだろうか。

 

「アルバ、なんか知ってるか?」

「ダイも知ってる通り、サザンカさんはみずタイプの使い手でしょ? 今日のボクたちのジム戦を見て、もっとポケモンのことを知りたいって思うようになったんだって。それで、今いる手持ちの二匹に技を教えたりコンビネーションを仕込んだりとトレーナー道を歩き始めたわけだよ」

「そっか、なるほどね……」

 

 旅をすると変わるというのは、誰しも共通みたいだった。少し遅めの晩御飯を食べ終えると俺とアルバは部屋に戻ってベッドに横になった。

 明日がジム戦だということもあって、少し緊張して眠れなかった。アルバの寝息が少しやかましいとかそういうことはない。

 

 結局朝というのは存外速くにやってくるもんで、俺は少し寝不足気味になりながら朝を迎えた。アルバは俺が起きる少し前くらいに目を覚ましてルカリオとトレーニングに行っていたみたいだ。サザンカに負けたのがやっぱり悔しかったと見える。それがポケモンの力量ではなく、自分の至らなさでルールを犯してしまったのならなおさらだと思う。

 

「あ、ダイ」

「おはよう、リエン。よく眠れた?」

「おかげさまで。一人部屋は広いけど、ミズゴロウくらいしかわんぱくなのがいないから少し静かかな」

 

 そういうリエンの頭にはちょこんと寝癖が立っていた。俺は見て見ぬふりをして、廊下の水道で顔を洗った。すると庭から汗でびっしょりのアルバがやってきた。アルバも水道で大雑把に頭を水で流し、濡らしたタオルで身体の汗を拭う。

 食堂に移動しながら俺たちはとりとめの無い会話を繰り広げたが、やっぱりなんと言っても話題はジム戦でいっぱいだった。

 

「いよいよだねダイ! 頑張って! ボクも今日はサザンカさんの修行場でみっちり鍛えなおそうかと思ってるんだ!」

「あー、じゃあ気をつけろ。あの廊下、マジで馬鹿にならないからな」

「やだなぁ、たかが廊下でしょ? 大したことないって」

 

 そう思っていた時期が俺にもあるなぁ、昨日なんだけどさ。スタミナのつくものを食べて、俺のポケモンたちも気合十分。身支度を整えて、締めにお気に入りのゴーグルを頭につける。

 旅のお供は何もポケモンたちだけじゃない。俺を飾るアクセサリーたちも一緒に旅をしてきた。こいつは中でもお気に入りの一品だ。

 

「そういや、これはアイツから初めてプレゼントされたもんだっけな……」

 

 今頃、俺を探してるんだろうか。アイ――アイラは。執念深さはたぶんイグナ以上だろうな……

 

「よし、行くぞお前ら! 勝ってアルバに自慢してやろうぜ!」

 

 円陣を組み、ボートへ乗り込んだ。アルバとリエンも一緒に来てくれた。途中からアルバたちはサザンカの修行場へ行くだろうからジムまでは一緒だ。

 ジムがある孤島へやってくると船着き場で俺はボートを降りた。そしてぴしゃりと頬を叩くと神社の引き戸を開け放った。

 

「挑戦者がやってきましたよ、サザンカさん!」

 

 思えばサザンカに敬称をつけるのは初めてな気がする。あの人いったい何歳なんだ、見た目は十代でも通用しそうなもんだけど……

 俺の呼びかけには答えず、神社は無言を貫いた。俺は首を傾げた、もしかするとまだ修行場かもしれない。俺はペリッパーを呼び出すと、リエンたちが乗っているボートに着陸した。

 

「どうしたの?」

「神社にいないみたいだったから、きっと修行場だ」

 

 そうして崖の麓に到着した、その時。

 

 

 

 ―――――ダァアアアアアアアアアアアアアアン!!

 

 

 

 

「今のは……!?」

 

「修行場……滝の方からだ!!」

 

 突然、派手な爆発音が轟いた。俺たちは顔を見合わせると、逸る気持ちを抑えながらも足早に玄関を目指した。いや、この際構ってなどいられない!

 

「ペリッパー!」

 

 俺はペリッパーの足に捕まって屋根を超えて滝を目指そうとしたが、直後見えない壁が張られていて俺は壁に衝突、そのまま落下してしまう。

 

「ダイ!」

「大丈夫!?」

 

 身体を地面に打ち付けはしたが、軽傷だ。俺はポケモン図鑑とデボンスコープを取り出して周囲を観察する。

 

「これは……特殊なバリア……()()()()()()()()()()()()みたいだ……玄関を超えていくしかない!」

 

 そう言って引き戸を開ける。すると、そこにはニョロボンとニョロトノが倒れていた。再び相見えたもののこんな再会になり、俺は歯噛みした。

 間違いない、この先で何かが起きていてこの二匹は誰かにやられたんだ。リエンが手持ちのキズぐすりで二匹を回復させる。

 

 そのとき――――

 

「ダイッ! 伏せてー!」

 

 アルバの叫び、俺は身を屈めながら横に飛んだ。すると俺に向かって、可視できる真空の刃が襲い掛かってきた。

 

「ルカリオ! 【はどうだん】!」

 

 すかさずアルバが反撃する。廊下の奥の暗闇から襲い掛かってきたのは"ゴルバット"だった。さしずめ、今のは【エアカッター】だろう。しかも今の切れ味、ひょっとして……!

 ゴルバットの後ろから、ドシドシと音を立ててもう一匹のポケモンが現れた。

 

「"コドラ"だ……!」

「門番のつもり……? ダイ、ここは私とアルバに任せて先に行って! あなたたちも、もし大丈夫なら力を貸して!」

 

 リエンはニョロボンとニョロトノに向かってそう言った。二匹はどうやらあのコドラとゴルバットにやられたらしく、リベンジに燃えていた。

 俺はポケットからポケモン図鑑を取り出すとそれをリエンに渡した。

 

「ポケモン図鑑があれば、ニョロトノたちが覚えている技がわかるはずだ……ここは頼む!」

 

「「任された!!」」

 

 その言葉が合図となって、俺は飛び出した。コドラが【メタルクロー】で襲い掛かってくる。しかし、

 

「ニョロトノ! 【かわらわり】!」

 

 素早く俺の前に飛び出し、コドラの妨害をするニョロトノ。突き出された鋼鉄の爪と、鋭い手刀が激突する。俺は間一髪その攻撃の衝撃を避けるとゴルバットに対峙する。

 ゴルバットは真空波で攻撃してくるかと思いきや、大口を開いて俺に向かってきた。【どくどくのキバ】だ!

 

「させない! ルカリオ! 【ファストガード】!」

 

 またしても俺の目の前に割って入ったルカリオがゴルバットの口撃を手で受ける。じわりと染み出す毒、しかしルカリオは顔色一つ変えない。ゴルバットが戸惑い出す。

 

「はがねタイプに毒は効かないからね……! さらにボクのルカリオは、かなり強い!」

 

 バキッ、という音と共にルカリオがゴルバットを吹き飛ばす。自慢のキバが根こそぎ折られたゴルバットは早々に戦意を失いかけていた。しかしこの先にいるのであろう主が、絶対に徹すなという命令を下しているのかゴルバットは退こうとはしなかった。

 しかしルカリオが相手取ってくれているため、俺は一足先に廊下を駆け抜ける……!

 

 ランニングシューズにものを言わせて一気に走る。閉じられた引き戸を蹴破って廊下を脱出する。

 

「サザンカさん!!」

 

 叫ぶ、滝の音にかき消されないよう大声で。すると、修行場の真ん中で膝をつく人物の姿があった、サザンカだ。

 

「ダイ、君……! なぜ……」

「話は後! 誰だ、正体を見せろ!!」

 

 薄暗がりに向かって咆える。すると、地をコツコツと踏みしめる音が響く。ブーツの音だ、そしてその影はスッと現れた。

 

 

 

「よう、久しぶりだな――――」

 

 

 

 その声には聞き覚えがあった。

 

 その姿には見覚えがあった。

 

 何より、忘れられるはずがなかった。

 

 鼠色のフード付きのポンチョコートの裾を靡かせながらゆらりと現れたそいつは、俺の顔を見るなり獰猛な獣の顔を浮かべた。

 

 

 

「――――オレンジ色、いいや……ダイ」

 

 

 

 バラル団三頭犬(ケルベロス)……"執念のイグナ"!

 

 

 

 




久しぶりのイグナくん、やはり彼こそライバル感あります。
ありがとう新谷くん。


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VSギャラドスⅡ 乱戦

 

「因縁の対決ってやつだ……どっからかかってくる? 前みたいに、搦め手が使える状況だといいな?」

 

 不敵に笑んだバラル団の男――イグナ。

 

 ダイはギリッと歯がかけるかと思うほど強く歯噛みすると、勢いよくモンスターボールを放り投げる。それが合図となり、イグナの後ろの影から素早く彼の手持ちが飛び出してきた。

 

 

「ジュプトル――――!!」

 

「グラエナ――――!!」

 

 

「【リーフブレード】!」

「【シャドークロー】!」

 

 闇色の爪と、新緑の刃が交錯する。閃く軌跡が空中でぶつかり合い、空気を破裂させる。ジュプトルもグラエナも巧みに壁を足場として着地すると目にも留まらぬ速さでお互いを潰しにかかる。

 両者の得物が鍔迫り合いを行い、動きが止まる。

 

「バラル団が、いやお前が! こんなところにいったい何のようだってんだ!!」

「人間ってのはな、知ってることしか答えらんねえんだよ!! 【バークアウト】!」

 

 グラエナのドス黒い遠吠えがジュプトルを吹き飛ばす。しかしダメージは軽傷、戦闘ならいくらでも続行出来る具合だった。

 ダイは腰のモンスターボールに手を伸ばした。この男(イグナ)の強みは単騎による、勝ち抜き戦法による殲滅。総力戦に持ち込めば、注意は分散し返って有利にことが進む可能性がある。

 

「だったら知ってることだけでも聞き出してやる!! 【タネマシンガン】!」

「いい威勢だ、やってみろよ!」

 

 新緑の種による弾幕を潜り抜け、グラエナが冷気を吐きそれを以てジュプトルへ噛み付こうとした。【こおりのキバ】だ、かつてイグナとの戦いで致命傷を負わせられたこともある一撃。さらに言えばあの時よりもイグナのグラエナはずっと素早い。

 だが強くなったのは相手ばかりではない。激戦を潜り抜けてきたのは、ダイも一緒だった。

 

「【アクロバット】!」

「無駄だ! グラエナは一度辛酸を舐めさせたお前らを絶対に捕まえると意気込んでる! そんな奇抜な動き程度じゃ、逃さねえぜ!」

 

 奇天烈な動きのジュプトルを袋小路へ追い詰め、一気に迫るグラエナ。しかしジュプトルはここで打って出た。

 

「【にどげり】!」

 

 跳躍し、逃げた先の行き止まり――つまり壁を蹴飛ばし反転。ここで一発目の蹴りを行い、グラエナが防御行動に移るまでに間合いに飛び込み、

 ドッ、と鈍い音を立ててグラエナの躰が軽く吹き飛ぶ。予想外の一撃を叩き込み、大ダメージを与える。ダイの得意分野、搦め手といえる。

 

「どうだ! もう前みたいに、無様な戦い方はしない!」

 

 ダイが咆える。しかしイグナはフードの奥から射抜くような眼光を無言で向け続けていた。

 そのときだ、ダイとサザンカの後ろから勢いよく引き戸が開く音がした。

 

「ダイ!」

 

 リエンの声だ。一瞬、ダイの意識がそっちに逸れてしまう。その機を、イグナは見失わなかった。素早く取り出した煙玉を叩きつけ、強烈な煙幕を張る。

 全員が思わず顔を覆ってしまうほどの煙。ダイは両手で自分の周りの煙だけでも晴らすと大声を張った。

 

「逃げるのか!」

 

「逃げないさ」

 

 イグナの声がやけに鮮明に聞こえた。ダイはいつも以上に注意深く耳を向けた。

 

 誰かが走る音。後ろから来る、しかしそれがアルバたちとは限らない。ダイはジュプトルを下がらせた。

 

 可能な限り体勢を低くして、周囲の様子を探る。その時だ、自分の足元に何かが転がってるのが見えた。それは何かの容器だった、小さい上に微かに熱を放っている。

 

「煙玉の容器……?」

 

 イグナは自分の足元で煙玉を破裂させたのだ。その容器がダイの足元付近に転がっているのはおかしい。

 様々な考えを巡らせていたそのとき、その容器から火薬の臭いとは別の匂いを感じ取った。妙に甘ったるい匂いだ。そしてダイはこの匂いに覚えがあった。

 

 

 

「――――【ダブルニードル】!」

 

「ルカリオ! 【ファストガード】! ダイを守れ!」

 

 

 

 ギャリンッ!

 

 金属音が二度唸る。ダイの目先で止まった巨大な針、それを防ぐルカリオ。アルバの叫び声と、もう一つ別の声が滝に反響する。

 

 

「っ、ペリッパー! 【きりばらい】!」

 

 ボールから飛び出したペリッパーが暴風を引き起こし、周囲の煙幕を一気に晴らす。すると先程の位置から動いていないイグナと、その隣にゆらゆらと蠢く影があった。

 

「よーぉ、久しぶりだなぁオレンジ色!……あ、このやり取りもうやった? でも俺は初めてだからよ……!」

 

 その男の声に聞き覚えがある。

 

 その男の姿に見覚えがある。

 

 またしても因縁の相手の出現に、ダイは一層強く奥歯を噛み締めた。その後ろで周囲を警戒しながらダイの後ろへやってくるリエンとアルバ。

 現れた男はその三白眼をダイたちに向け、三日月状に口元を釣り上げる。

 

「おーおーなんだよ前より賑やかじゃねえかぁ! いいねぇ青春で!」

 

 三人は軽口に付き合うつもりはなかった。無視された男は口を窄める。

 

「"猛追のジン"……!」

 

「俺の名前覚えてんじゃん! いいねぇそういうの、ポイントたけーよ?」

 

 ふざける男――ジンに食って掛かったのはアルバだった。アルバが指示する前に飛び出したルカリオがその拳を突き出す。しかし同じく、ジンが指示するまでもなく割って入ってきた影がその巨大な針を再びルカリオの拳に打ち合わせる。

 

「アルバ、気をつけろ! あいつのスピアーは尋常じゃなく速い! だがお前とルカリオなら必ず捕まえられる! そっちの相手、任せていいか!」

「もちろん! リエンは危ないから、サザンカさんを連れて下がってて!」

 

 ダブルバトル、そのつもりでダイとアルバがイグナとジンに対峙する。しかしイグナとジンは顔を見合わせ、同じようにニッと笑った。

 直後、滝壺からとんでもない量の水が吹き出し、中から巨大なポケモンが現れた。ダイは本日三度目となる、()()()()()()()()

 

 血のように赤いギャラドス。その頭に乗っている、同じくびしょ濡れのポンチョコート。

 ギャラドスが滝壺の水を勢いよく吸収する。ダイとアルバはギョッとしたギャラドスの血走った目が自分たちを見ていたからだ。

 

「まずい、逃げろアルバ!」

 

 ダイは叫ぶが、間に合わない。怒涛の勢いで放たれた【ハイドロポンプ】が二人を飲み込む――――

 

 

 

「ミズゴロウ、【ミラーコート】! ミズは【れいとうビーム】!」

 

 

 

 ことはなかった。

 

 凛と響き渡るリエンの声。素早く水流の前に躰を躍らせたミズゴロウが小さくも水流を弾き飛ばす魔法の防御壁を展開し、【ハイドロポンプ】による水流を押し返す。

 それだけではなく、漂う幽霊の如きプルリルはミズゴロウが跳ね返した水流を、そのまま凍らせ極大の氷槍として打ち返す。しかしギャラドスもまた、帰ってきた氷を【だいもんじ】で焼き尽くす。

 

「あha……モタナで会った、おねーさんも一緒なんだ。こんにちは」

 

 能天気、いやマイペースに、しかし悪意ある笑みを浮かべた少女はダイだけでなく、リエンにも見覚えのある人物だった。

 

 恐ろしいことにリザイナシティで出会った三馬鹿、ジャンジュンジョンが名乗った"偽バラル三頭犬"ではなく、組織内で揶揄されている"真のバラル三頭犬(ケルベロス)"がこの場に揃い踏みしているのだ。

 

 

 どんな獲物だろうと確実に追い立てる執念の牙、イグナ。

 

 どんな獲物だろうと確実に攻め立てる猛追の足、ジン。

 

 どんな獲物だろうと確実に逃がさない妄執の目、ケイカ。

 

 

 

「バラルのワン公が揃って、こんなところに何しに来たんだ。イグナは知らねえみたいだから、お前ら二人に聞いてやる」

 

 ダイが口を開く。極度の緊張で口の中がカラカラに乾いている。生唾を飲み込む音が相手に聞こえてしまいそうなほどだった。

 

「ケイカちん、知ってる?」

「しーらない。知ってても、教えなーい」

「だとよ、残念だったな。俺たちは本当に、たったひとつの任務をこなすためだけにここに来た。そして、それはもう手に入ってんだ」

 

 そう言ってイグナは懐から巻物を取り出した。それはダイが昨日コジョンドから手渡された巻物だった。

 

「サザンカさん、あれって……」

 

「いいえ……昨日ダイくんに見せたのとは別のものです……! そして、最も奪われてはならないもの……!」

 

 ダイはゾッとした。サザンカが認めたとはいえ、一般人のダイに見せても平気な"極意の巻物"。それとは別の、さらに重要機密が書かれている巻物を奪われてしまったというのだ。

 

「英雄の民曰く、このラフエル地方で名のある地域は全て、ラフエルが遺した何かがある。それこそが……"鍵"らしいからな」

 

 その瞬間、サザンカが反応した。まるで、信じられないという風に目を見開いている。

 

「英雄の民、だと……!? お前たちの仲間に、英雄の民がいるというのか……!?」

 

「おっと口を滑らせちまったかな?」

 

 ジンがニヤリと笑う。わざと言ったのだ、それに関しては彼ら全員の知るところのようだった。となれば、ダイたちのすることは一つだった。

 

 

 バラル三頭犬(ケルベロス)を退け確保し、同時に巻物を取り返す。

 

 

 一番槍と駆けたのはアルバとジンだった。お互いの陣営で一番速度と敵影捕捉に秀でた人物が己のポケモンを以てぶつかりあう。

 

「ついて来いや! お前と暴れるにゃここはちょっと狭すぎるからな!」

「臨むところだ!」

 

 スピアーを引っさげ、ジンは目にも留まらぬ速度で廊下の方へと消えて行った。ルカリオとアルバがそれを追いかけていく。直後、廊下の奥から弾けるような音と破片が飛んでくる。

 それを見たケイカがダイとリエンの方に目をやり、まるで品定めるように指を行ったり来たりさせて、笑む。

 

「今日は、おねーさんと遊びたいなぁ……!」

 

 ギャラドスが蛇行し、ケイカがリエンの腕を引っ掴む。ダイがリエンに手を伸ばすが間に合わない。ギャラドスはバリアを突き破ってクシェルシティへと降りていった。

 

「というわけで、お前は相変わらず俺とタイマンだ」

 

 イグナが不敵な笑みを浮かべながらそう言った。ダイは体勢を低めに意地、いつでも飛び出せるように構えた。いつの間にか回復を済ませたグラエナがイグナの周囲で牙を剥き出しにしてダイを睨んでいる。

 

「その巻物、何が何でも返してもらうからな……!」

 

「いいぜ、やってみな……さぁ鬼ごっこの始まりだ!」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「ハハハ! いいね、お前のルカリオ! だが! 俺のスピアーの方が! 何倍も! 何十倍も速い!! 【こうそくいどう】からの【ダブルニードル】だぁ!」

 

「ルカリオ! まともにやりあうな! 相手の出方を見るんだ!」

 

 サザンカの修行場へ向かう途中の長い廊下での戦闘、ジンとアルバが動く廊下の上を行ったり来たりしながらそれぞれのポケモンに指示を飛ばす。

 しかしルカリオはスピアーの速度に追従し、追いつくと即座に攻撃を叩き込むがスピアーは上手く躱している。このスピアーは普通ではない、【まもる】ではなく【みきり】でルカリオの攻撃を予測しているのだ。

 さらにスピアーは速度を上げ、ルカリオが徐々に速度についていけなくなってきた。

 

 アルバの指示通り、ルカリオは一度止まると目を閉じ全ての命が持つ独特の波動を感知し始めた。耳障りな羽音とともに、死角からの一撃が迫ってくるのを予知したルカリオは振り返りざまに拳を叩き込む。

 金属音が廊下中に響き、スピアーの針が閃きとなって襲いかかる。しかしルカリオは目に頼らず、針が空を切る音で攻撃箇所を察知し、拳で弾く。

 

「そのまま畳み掛けろォ!」

「いいや先に撃たせてもらうよ! 【バレットパンチ】!」

「オォウ!?」

 

 スピアーの【ダブルニードル】を撃ち込まれる前に放たれた鋼のマシンガンパンチが炸裂する。ルカリオが放った一撃一撃がスピアーを追い詰める。

 ただのバレットパンチではない、ジンは直前までルカリオが繰り出していた攻撃がただのパンチではなく、【グロウパンチ】であることを察した。

 

「まずい、スピアー下がれ! このハリキリボーイ、ただのジャリってわけじゃなさそうだぜ……」

 

「ボクは、チャンピオンに……誰よりも強い男になる! こんなところで、悪党なんかに負けてる暇はないんだ!」

 

 ジンはアルバの咆哮にたじろいだ。そもそも、強がってはいるがスピアーとゴルバットを除けば、自分の手持ちはルカリオととことんまで相性が悪い。

 だがジンもまた退けない理由がある。スピアーを一度引っ込めると、ゴルバットを繰り出す。そのゴルバットが出現と同時に大量の"匂い煙玉"を放出する。続々と破裂する煙玉があっという間に廊下に煙を充満させる。

 

「これが俺の常套手段、卑怯だと思うなら愚痴りながら終われ!」

 

 しかし煙玉に寄る撹乱はルカリオには通用しない。なれば、狙うはアルバ一人。ポケモンバトルはポケモン同士の戦い、そんな常識は悪党には通用しない。

 ゴルバットが【つばさでうつ】を行い、アルバを急襲する。

 

「うわぁ、くっ!」

 

 アルバを突き飛ばしたルカリオが攻撃を受ける。予測できていた攻撃ゆえに防御は容易かったがルカリオの動きが止まる。

 

「今だぜ"ヘルガー"! っと、その前に…… ゴルバット! 【くろいきり】と【かぜおこし】!」

 

「何を……ッ!?」

 

 ルカリオと数手やりあったゴルバットが退きながら黒いガス状の霧を吐き、それを【かぜおこし】で一方的にアルバの方へと押しやる。【くろいきり】とともに、ゴルバットが放った煙玉の煙もアルバの方へと追いやられる。

 するとジンはポンチョコートで身を庇った。その時だ、アルバも気づいてしまった。ジンの手口に。アルバは急いでルカリオの手を引くと出口に向かって走った。

 

 

 

「盛大に爆ぜな……【オーバーヒート】ォォォ!!」

 

 

 

 黒い霧、そして煙玉を構成する"きめ細かい粉塵"、それら全てが【かぜおこし】によってアルバの向きに集中した中での、特大の炎攻撃。

 すなわち、粉塵爆発が起きる。

 

 

「うわぁああああああああああっ!!」

 

 

 耳を劈くような爆音、熱を伴った爆炎がアルバとルカリオを吹き飛ばす。引き戸を突き破り、アルバは修行場玄関前で派手に転がって崖っぷちに追いやられてしまう。

 ルカリオの弱点である炎を爆発へと変える奇襲だった。しかし土壇場での切り札ゆえに、ジンとて無傷ではなかった。ポンチョコートはボロボロになり、その顔は煤まみれになっていた。

 

 だが、確実に今の一撃で勝敗が決したように見えた。ルカリオはまだ立っている。しかしアルバを背にしたまま、トレーナーも平気で攻撃する悪党を相手取るのは極めて至難。

 まさに詰みの一手、絶体絶命だった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「アハハハハ!! それっ!」

 

「キャッ!」

 

 クシェルシティの湖上に飛び降りたギャラドスがとてつもない高さの水柱を叩き上げる。リエンはギャラドスが水に飛び込む際にその水流に呑まれケイカの腕から脱する。

 しかしこのままでは一方的にやられてしまう。リエンは海難救助の経験を活かし、すぐさま自分たちが乗ってきたボートまで泳ぎ着くと、その上に飛び乗った。

 

「【なみのり】出来るポケモンがいれば……」

 

「おねーさんのポケモン、わたしのポケモンと遊べるのかな……その前に、やられちゃうかもね……!」

 

 ギャラドスが湖の水を吸収し、再び【ハイドロポンプ】を放つ。リエンはその一撃をミズゴロウの【ミラーコート】で跳ね返す。

 さっきはミズとのコンビネーションでどうにか大きな一撃を与えることが出来たが、そう安々と何度も出来るコンビネーションではない。同じことをしても、恐らくやり返されてしまうだろう。

 

 しかし、リエンもこの旅に出て変わったのだ。負けてたまるかという、強い気持ちが燃え上がっていた。

 

「ミズゴロウは【うずしお】を続けて! ミズは【うずしお】に向けて、【れいとうビーム】!」

 

 水中に飛び込んだミズゴロウが勢いよく回転を始める。それがやがて大きな渦になると、ミズがそこへ【れいとうビーム】を照射。徐々に凍っていく渦を、ミズゴロウが思い切り投げ飛ばす。

 氷で出来た渦のブーメランだ。恐らくリエンの手持ちのポケモンで工夫するのなら、放った水を凍らせるのが最も大きなダメージを与えられる。

 

「なら、こっちは【たつまき】だよ!」

 

 ケイカがギャラドスから離れ、主という枷を外されたギャラドスがミズゴロウと同じように、ただし水中ではなく水上で高速回転し水を巻き上げた竜巻を発生させる。

 それがギャラドスによって放たれ、リエンが乗っているボートを飲み込もうとした。間一髪、リエンは水中に飛び込み、攻撃を回避する。

 

「あhaハ、気をつけてね、今この中にはわたしのサメハダーがいるから、食べられないでね……」

 

「ッ、あの子本当に質悪い……!」

 

 リエンが思わず毒づく。ミズがふよふよとやってきてリエンを引っ張りながら、アルバが乗ってきたボートまで誘導する。

 しかしクシェルシティの綺麗な水ゆえに、サメハダーが襲ってくる瞬間が見えた。リエンはゾッとした、けれどサメハダーの強靭な顎に噛み砕かれる瞬間はいつまで経ってもやってこなかった。

 

「ミズ……!」

 

 涼しい顔をして、サメハダーが開けた大口目掛けてミズが【れいとうビーム】を放つ。すぐさま水が凍り、サメハダーはそれに噛み付いてしまう。しかし照射され続けている【れいとうビーム】が徐々に氷の面積を増やし、サメハダーを飲み込もうとした。

 サメハダーは自分の歯を根こそぎへし折ると、自分を飲み込もうとする氷から逃げ出した。

 

「確か、ポケモン図鑑によるとサメハダーの歯はすぐ生え変わるから油断しちゃダメ……!」

 

 リエンは再びボートに乗ると、近くの水面を漂う木片を見つけた。さっきまで自分が乗っていたボートだ、ギャラドスの【たつまき】に飲み込まれただけでこの有様だ。あと少し水に飛び込む判断が出来ていなければ自分もバラバラになっていたかもしれない。

 

 その時だ、頭上――サザンカの修行場の方からとてつもない爆発音が聞こえた。ジンが粉塵爆発を引き起こしたのだ。

 

「アルバ……!?」

 

 目を凝らすと、崖からぶら下がっているのはアルバだった。全身が煤まみれになり、服も焦げている。だが生きてはいるようで、辛うじて崖に捕まっていた。

 リエンは唇を噛むと、キッとした眼でケイカを睨んだ。

 

 こちらは元より戦力差に開きがありすぎる。認めたくはないが、自分が圧倒的不利だとリエン自身が痛感していた。

 

 彼女もまた、絶体絶命の淵に追いやられているのであった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 背後で聞こえた爆発音。ダイは振り返るが、その瞬間を見逃さずにグラエナが飛び込んでくる。ジュプトルが割って入り、その爪と腕の刃を打ち合わせる。

 

「はぁ……ジンの野郎、またやりやがったな。これだからアイツとの共同作業は嫌なんだよ、隠密隊と強襲隊は今度から別働にしろって上に報告するかね」

 

 ため息を吐く間もイグナは鋭い視線をダイから外さなかった。ダイもまた、きちんと戦況を把握しながらイグナの眼を睨んでいた。

 

「ジュプトル! 【れんぞくぎり】だ!」

 

 ダイの指示を受け、ジュプトルがワンツーパンチの要領で両の手の刃でグラエナを攻撃する。フットワークもかけ合わせた高速の斬撃。さらに攻撃するほどに練度は増していき、ジュプトルの一撃を受けたグラエナが怯み始める。

 

「チッ」

 

 イグナが舌打ちをする。それは紛れもなく、ジュプトルが押しているということの証だ。元よりこの修行場に来るまでの通路を守っていたのはイグナの手持ちポケモンだ。アルバたちがここへ突入してきたということは既に二匹は戦闘不能であり、イグナを退けるということはこのグラエナさえ倒せば容易ということだ。

 

「だがな、お前に二度もやられるほどこいつの牙は鈍っちゃいねえ!」

 

 グラエナの口が炎を吐き出し、ジュプトルへと食らいつく。【ほのおのキバ】だ、クリーンヒットしジュプトルの腕へと深い火傷を負わせる。

 このままではジュプトルが深手を負ってしまう。ダイはすぐさまモンスターボールを放り投げた。

 

「ゾロア! 【どろぼう】!」

 

 飛び出したゾロアはグラエナの背を踏み台に跳躍すると、なんとイグナに襲いかかった。イグナの懐から巻物を奪い取る。

 

「させるか、【おいうち】!」

 

 逃げるゾロアに向かってグラエナが飛び蹴りを浴びせる。体重の軽いゾロアは軽々と吹き飛ばされてしまう。

 

「ゾロア! く、おおっ!!」

 

 だがダイが間一髪のところでゾロアをダイビングキャッチする。あのまま壁に叩きつけられてしまったらゾロアではひとたまりもなかったからだ。

 ゾロアの口から巻物を回収しようとしたときだった。ゾロアが周囲を見渡すが、()()()()()()()()()()()のだ。

 

「悪いが、【どろぼう】返しだ」

 

「野郎! やっぱ泥棒は悪党の専売だってなぁ!」

 

 ダイの腕から放たれたゾロアが再びグラエナに飛びかかる。グラエナが爪で迎撃しようとするとゾロアが姿を消す。

 

「気づくのが遅かったな! 上から襲いかかるゾロアは幻だ! くらえ「ふいうち」!」

 

 グラエナが下を見やると、ニヤリと笑ったゾロアが繰り出す蹴りを顎に食らってしまう。

 しかしグラエナは体勢を崩さなかった。蹴られても、怯まずにゾロアをキッと睨み返した。

 

「【かみくだく】!」

 

 歯が肉に沈む音がやけに鮮明に聞こえた。ゾロアの身体に突き立てられた牙、グラエナがそのまま離したゾロアを手で吹き飛ばす。ダイは再び駆け出しゾロアを受け止めるが、そのまま躓いて滝壺へと落下してしまった。

 大きな水柱を挙げてダイが水に沈む。

 

「ハッ、前戦ったときもそうだったな。お前は手持ちのポケモンに甘すぎる」

 

 ハルビスタウンで戦ったときも、ダイはグラエナにやられたキモリを庇って自分が攻撃を食らった。しかしイグナの毒づきもダイには聞こえない。ダイは今まさに滝壺に呑まれているのだから。

 戦闘終了、奪った巻物を手に早々にこの場を離脱しようとした時だった。再び大きな水柱が高く登った。

 

 イグナは察した、ダイの手持ちのポケモンをだ。少なくとも、前回の敗因足り得た一体の存在を思い出したのだ。

 

 

「【たくわえる】からの……受けろよ全力、【ハイドロポンプ】だぁぁあああああ!!」

 

 

 ダイの頭に乗っているペリッパーが滝壺の水を飲み尽くさんばかりに吸収し、先程ギャラドスが放ったのよりも確実に大きな水流を放つ。

 グラエナが【シャドーボール】を放ち、相殺しようとするが水流はなんと闇色の球体を弾き飛ばし、そのままグラエナを飲み込んだ。

 

「へっ、この水をただの水だと思わねえ方がいいぜ! なんせ【リフレクター】と【ひかりのかべ】の効果を持った水だからな! ポケモンの攻撃なんざ寄せ付けねえのさ!」

 

 例外はあるけどな、と心の中で付け足すダイ。そもそも、その例外になるための訓練を昨日行ったのだから。ダイはジュプトルに指示すると、ジュプトルは滝壺でグラエナにやられた火傷の箇所を癒やし始めた。

 ペリッパーの全力の【ハイドロポンプ】を受けてなお、グラエナは立っていた。

 

「まだやれんのか……こっちは割とギリギリでやってるっつうに!」

 

 ダイが歯を噛みしめる。奇襲に加え、全力の一撃をクリーンヒットさせたのだ。立っているとは言え、グラエナもそろそろ限界が近いはずなのだ。

 

「おうおうやってんねぇ、そらよ」

 

 その時だ、ダイの上に影が差した。そしてアルバとリエンが落ちてきたのだ。ダイは驚き、なんとか二人を受け止める。落ちてきた二人を見て、ダイは言葉を失った。

 アルバもリエンも、傷だらけだった。アルバは泥や煤だらけになり、リエンは身体中がびしょ濡れでキレイな銀髪は濡れそぼって荒れていた。

 

「決着、だろうな。もう戦えんのはお前だけだ、ダイ」

 

 イグナがそう言った。イグナのグラエナも満身創痍ではあるが、ジンとケイカが合流した手前形勢は一気に不利に傾いてしまった。 

 

「ダイ、くん……巻物は諦めて、君たちは逃げ―――」

 

「逃げませんよ! 俺は絶対に、あの巻物を取り返す!」

 

 ダイが、ペリッパーが、ジュプトルが一斉にイグナへと飛びかかる。しかしジンのゴルバットがペリッパーを、ケイカのギャラドスがジュプトルを。イグナ自身がダイを退けた。

 吹き飛ばされたダイが地面を転がる。滝に突き落とされ服が濡れていたせいで泥だらけになるが、ダイの眼は依然としてイグナの手に握られている巻物を狙っていた。

 

 そのときだった。スッと、リエンが立ち上がった。ダイよりも前に出て、強く拳を握りしめていた。

 

「おねーさん、どうする気?」

 

 ケイカが薄ら笑いを浮かべながら問うた。リエンは泥だらけの顔を拭って、叫ぶ。

 

 

 

「戦うに決まってるよ……! 私の肩入れしてる正義が、まだ諦めてないから……!」

 

 

「そうだ、ボクも諦めない……! こんなところで這いつくばってる時間なんか、もったいなくて……!」

 

 

 

 続いて、アルバも立ち上がった。満身創痍なのは彼だけではなく、爆風が直撃し、その後も主を守りながら戦い抜いたルカリオもだ。しかしルカリオは勝手にボールから飛び出すと、声高らかに吼えた。

 まだ勝負は決していない。一対一から、三対三になっただけである。

 

 

「――――やれやれ、これだから邪魔するガキってのはたちが悪いんだよなぁ……!」

 

 イグナが心底鬱陶しそうにつぶやく。その声には怨嗟のような重さがあった。けれど三人は怯まない。

 

「第一、おねーさんにはもう戦えるポケモンがいないんじゃないかなぁ……わたし、喧嘩はしたくないなぁ……」

 

「ううん、いるよ……私にはまだ、戦える仲間(ポケモン)が……っ」

 

 次の瞬間、幾重にも重なる影が出現しイグナたちを囲った。ケイカはすぐさまギャラドスに影を攻撃させた。しかしその攻撃は残像に当たり、本体は未だなお高速移動を続けていた。

 

「何者だ……!」

 

「今だよ! 【かわらわり】! 【ばくれつパンチ】!」

 

 素早く跳躍した一つの影が、ギャラドスの頭上から鋭い手刀を思い切り叩きつける。地面に打ち付けられたギャラドスの頭部目掛けて、二つ目の影が懇親のストレートパンチを炸裂させる。

 ゴッ、という鈍い音と、破裂するような軽い音。ギャラドスが大きく吹き飛ばされて戦闘不能になる。ケイカが驚いて目を見開く。

 

「この二匹は、私の手持ちじゃない。けれど、あなたたちを止めるために、私に力を貸してくれる!」

 

 ギャラドスを退けたのは、廊下を死守していたニョロボンとニョロトノだった。二匹は【かげぶんしん】でケイカたちを撹乱し、より確実なタイミングでギャラドスの急所へ打撃二連発を叩き込んだのだ。

 それが出来たのは、ダイが手渡していたポケモン図鑑と、この短時間で二匹のポケモンの特徴や業を把握したリエンの頭脳があってこそだ。

 

「ルカリオ! 【はどうだん】!」

 

「無駄だ! ゴルバット! 【エアスラッシュ!】」

 

 ルカリオが放つ波動の塊、それをジンのゴルバットが空気の刃で切り裂き無力化する。しかしルカリオとアルバが待っていたのは、ゴルバットがより大きな動きをするこのタイミングだった。

 

「懐に、飛び込んで!」

 

「させるかよ!」

 

「いいや、やらせてもらうさ! こっちも【はどうだん】だ!」

 

 ジンとイグナが驚愕する。ダイの手持ちはその殆どが瀕死、戦えないはずだった。だが唯一姿を表していないポケモンがいたのを、二人は思い出した。

 

「メタモンか……!」

 

 ルカリオに化けたメタモンが即席の【はどうだん】を放ち、ゴルバットが逃げる隙を潰す。そして懐に飛び込んだアルバのルカリオが全身から闘気を迸らせ―――

 

 

 

「――――ォォォォオオオオオオオオオオオオ!! 【インファイト】ッだぁあああああああああああああ!!」

 

 

 

 防御をかなぐり捨てた今のルカリオにとって文字通り、捨て身の一撃。タイプ相性では不利に不利を重ねた相手。だが、ルカリオが先の戦闘で幾重にも重ねた【グロウパンチ】によって高められたこの怒涛の攻撃はゴルバットを一気に戦闘不能へと追いやった。

 

「グラエナ! 【ダメおし】!」

 

 攻撃を撃ち尽くした後のルカリオに向けてグラエナがトドメの一撃を放つ。それを受けたルカリオが膝をつく。ここで撤退するのは、またしてもグラエナによくないものを残す。

 そうわかっていても、イグナは撤退を指示せざるを得なかった。一度、ダイの土壇場で放った爆発力によって負けたのだ。ジンも言うとおり、引き際を弁えているから自分たちは強いのだ。

 

 しかし、

 

 

 

「――――そこまでだ! これよりこの戦闘はPG(ポケット・ガーディアンズ)の名のもとに執行する!」

 

 

 

 修行場を覆うバリアを物ともせず突き破り、修行場に降り立つ人物。その背中に輝くハイパーボールは彼のエリート具合を如実に語っていた。

 闖入者はダイたち三人を背に庇い、バラル団三頭犬へと向き合った。

 

「お前、アストンか……!?」

 

 

 

「ご無事でなによりですダイくん、ですがどうやらまた厄介ごとのようですし、これからはボクが引き受けますから下がっていてください」

 

 

 

 闖入者――アストン・ハーレィは柔和な笑みを浮かべ、ダイたち三人に変わり悪を討つ正義の剣として悪に立ちはだかった。

 ダイたちに向けた笑みとは違い、剣呑な視線を投げかけて、彼は己の(モンスターボール)へと手を伸ばす――――

 

 

「チッ、さすがにPG相手じゃ分が悪すぎる。退くぞお前ら、ケイカ、殿(しんがり)は任せたぞ」

 

「ちぇー……おいで、アブソル」

 

 ジンのゴルバットに捕まってジンとイグナが先に離脱する。残ったケイカはアブソルを呼び出し、アストンに対峙する。

 

「お嬢さん、大人しく投降する気はありませんか? もちろん、手厚くもてなしいたしますが」

 

「ないよー、わたしPGの大人が大っ嫌いだし……【かまいたち】!」

 

「仕方ありません、少々手荒になりますがお許し下さい……【はがねのつばさ】!」

 

 アブソルが放った、ジンのゴルバットが放つ【エアスラッシュ】よりもさらに鋭利な空気の刃がアストンへと向かう。しかしアストンは自身を乗せていたエアームドへ指示を飛ばし、【かまいたち】を退ける。

 

「まともにやりあう気はないんだ、じゃあおにーさんたち。また遊ぼうね」

 

 ケイカがアブソルの背に飛び乗り、手を降りながら離脱する。アストンは追いかけようとしたが、アルバたち怪我人を見て追跡の念を振り払った。

 

「追わなくていいのかよ?」

 

「ボクはいつもこうなんですよ。怪我人が発生すれば、追跡よりそっちを優先してしまうので。おかげで"ハイパーボールクラス"の中では一番位が低いんですよ」

 

 苦笑いを浮かべるアストン。彼の登場によりあっという間に戦闘が終了してしまった。ダイはその場にへたり込むと、空を見上げた。

 すると、その上空にはもう一つ何かが飛んでいて、その上には人が乗っていたが太陽の光を直視する位置にいるせいで上手く見ることができなかった。

 

「そうそう、ダイくん。あなたに会いたいという女性がいまして――――」

 

 ダイは絶句した。ゴーグル越しに見上げた空に浮かぶポケモンと、その背に乗った少女を見て。

 フライゴンに乗る少女はダイの姿を確認すると、不敵な笑みを浮かべてフライゴンに高度を下げさせた。修行場に降り立った少女は風除けのゴーグルを外し、言い放った。

 

 

「久しぶりね、ダイ」

 

 

 もはや数えたくないほど訪れた、見覚え。

 出で立ちから何まで、ダイとかつて旅を共にしたアイラ・ヴァースティンその人だった。

 

 ダイは出来ることならこの場で意識を失ってしまいたいとさえ思った。しかし、それは出来なかった。

 

 アイラの目がダイを射抜いている。対してダイは、目を逸してしまった。

 

 

 

 ――――――逢魔が時、少年は悪魔と対峙する。



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VSバシャーモ アイラ・ヴァースティンという女

 

 突然の邂逅劇、リエンとアルバはただ呆然と立ち尽くしているダイを見て首を傾げた。

 いつも飄々とした態度のダイがただただ言葉を失っている。それどころか、震えているのだ。

 

 バラル団相手に果敢に立ち向かったあのダイが、たかだか一人の小娘を眼前にして震えている。それだけであの一人の少女がダイにとってどれだけ強大な相手かが伺えた。

 少女――アイラはフライゴンの背を降りるとズカズカといった足並みでダイに近づいた。

 

「さっさと行くわ――――」

 

「誰が行くか! これだから嫌なんだよお前の側は!」

 

 ダイは乱暴に掴まれた腕を、それ以上の乱雑さを以て引き剥がす。しかしアイラもまた強情で、ダイを必ず連れ戻すつもりでいた。

 もう一度ダイの腕を掴む。するとダイは強く歯噛みして腰のボールに手を伸ばした。

 

「ジュプトル!」

 

「――――"バシャーモ"!」

 

 しかし応じたアイラの方が素早かった。アイラの腰から解き放たれた灼熱を纏うポケモン"バシャーモ"に対し、ジュプトルは気圧されていた。直感が告げた、強敵だと。

 ダイに関して言えば、見覚えがあるなどと言うものではない。

 

 何度も見てきたのだ。

 

 あのバシャーモと、アイラが勝ち進む背中を、立ち止まった場所から、止まった時間の中からずっと、ずっとずっとずっとずっと見続けてきたのだ。

 ギリッと奥歯を噛み締め、ダイは金切り声のように掠れた声で叫んだ。

 

「【リーフブレ――――」

 

「【ブレイズキック】!」

 

「"バリヤード"、【リフレクター】!」

 

 言い切る前に、展開された半透明の障壁が粉々に砕け散る。バシャーモは素早くその場を離脱しアイラの側へと戻る。対してジュプトルは何が起きたのか理解できておらず、その場で目を丸くしている。

 アストンだ、両者の攻撃が交錯する瞬間。手持ちのポケモン"バリヤード"に物理耐性のある障壁を張らせ、お互いを無傷でとどまらせたのだ。

 

「ふたりとも、落ち着いてください。ここにいる人々やポケモンは全て怪我人です。そんな場で暴れるのをボクは見過ごせません」

「だ、まってろよ……ああそうだ、みすみすあいつらを逃がしたお前がぬけぬけと抜かすなよ……!! 俺たちが怪我してんのはあいつらと戦ったからだ! 俺たちは戦ったんだよ! 盗まれちゃまずいもんだったから、必死に戦ったんだよ!」

 

 決壊、そう表現するのが正しい。まるでダムのように、堰き止めていたダイの心情が口から雪崩れる。リエンは目の前の人物が、ダイの姿をした別人に見えた。命の危機の陥ったときでも、誰かを責めることのなかったダイが八つ当たりのように叱責している。

 アルバにとっても同じことだった。まだ浅い付き合いとはいえ、ダイがここまで感情的になるなど考えられなかったからだ。

 

「ダイ、やめな」

「お前も喋んな!! なんの事情も知らないやつが口を出すな!!」

 

 一触即発、いや片方は既に暴発してしまっているがアイラの眼が徐々に切れ味を増していく。このままでは、とアストンは己の無力さを痛感させられた。

 自分の手持ちは、かつて様々な事件を解決してきた優秀なチームだ。特にバリヤードはこと防御と空間制御においてはPG本部でも類を見ないほどの力量を誇る。だというのに、アイラのバシャーモはそのバリヤードが展開して防御障壁をいとも容易く破壊してみせたのだ。

 頭に血が登っているダイと、計り知れない実力者のアイラ。この両者が今ぶつかれば、自分が本気を出さずに事を収めるのは恐らく至難。

 

「ダイ、行こう。今日はもうジム戦なんか出来る状態じゃないよ、一旦ポケモンセンターに戻ろう」

「そうだよ、アルバの言うとおりだよ。ダイ、ちょっと変だよ」

 

 リエンとアルバがサザンカを気遣ってか、それとも最悪の事態を防ぎたいというアストンの思いを汲んだか、ダイの腕を引っ張ってこの場を去ろうとした。ダイは黙って従い、ジンとの戦闘で激しく損傷した玄関に向かった。

 だがその時、一瞬振り返ってしまいアイラと目が合った。

 

 軽蔑の眼差しだった。呆れ果てた、という顔だ。

 それが、無性に腹立たしくなって、ダイはアルバの腕を振り払った。

 

 

「――――ジュプトルッ!! 【ソーラービーム】だ! ぶちかませ!!」

 

 

 トボトボとダイの後ろをついてきていたジュプトルが困惑する。なぜなら、ダイが指定した攻撃対象はアイラそのものだったからだ。

 アイラはため息を吐くと、ジュプトルに向かって指をクイっと引き「撃ってこい」というジェスチャーをする。ジュプトルは遠慮がちに、太陽の力を集め始めた。

 

 

「ダイくん! っ、バリヤード! 次は【ひかりの――」

「いいよアストンさん。あの馬鹿、ちょっと灸を据えなきゃだからさ」

 

 直後、全力とは言い難い濃縮された太陽光がアイラへと迫る。しかしそれを見過ごすバシャーモではない。【ソーラービーム】を正面から受け止める。

 それだけではなく、なんと【ソーラービーム】の力の行き場をコントロールし、ジュプトル目掛けて跳ね返したのだ。【オウムがえし】だ、そして今最もダイに効果のある攻撃だと言える。

 

 バシャーモの炎を吸収し、数倍に膨れ上がった【ソーラービーム】がジュプトルを飲み込む。ジュプトルは同じように受け止めようとしたが、襲い来る熱量を受け止めきれずに岩壁まで吹き飛ばされ、叩きつけられる。

 光が収まった後には目を回して完全に戦闘不能に陥ったジュプトルと、圧倒的な力量差を見せつけられ恐れ慄くダイの手持ちのポケモンたちがいた。

 

 ダイは口の中に、さらさらとした小石のような感覚を覚えた。吐き出してみると、それは極小粒の欠片だった。それが歯の欠片だと気づいたとき、自分の奥歯にかけていた圧力を自覚した。

 歯がかけるほどに、強く歯を噛み締めていたのだ。殺意にも見える視線をアイラへと向けようとするが、今度こそ戦えるポケモンがいない今では虚しい挑発に他ならなかった。

 

 アルバに引きずられるまま、ダイは修行場から連れ出された。

 

 

 

「先に約束を破ったのは、そっちじゃんか……」

 

 

 

 ぼそり、と呟かれたアイラのその一言が、ダイはやけに大きく聞こえた。

 けれど思い当たる節も無いまま、目の前が真っ白になった。

 

「ん…………」

 

 連れて行かれるダイを見送るアイラの目は、軽蔑や困惑が無い混ぜになったぐちゃぐちゃな感情を周囲に察知させるほどに語っていた。

 一つ目の困惑、以前のダイはここまで自分に対して激しく牙を剥いたことがない。よくて姉弟喧嘩の程度に収まるくらいで、ここまで激情を露わにしたことなどなかった。

 

 二つ目に、これは一つ目に類似することだがそもそもダイがポケモンを人にけしかけるなど想像も付かなかった。最終的に煽ったのは自分だが、あのジュプトルは相当人を狙うことに慣れていた。

 あれが恐らく、アイラを知っているゾロアやペリッパーならばまだ躊躇はしなかっただろう。

 

「戸惑ってるようですね……ああいえ、出しゃばりました。謝罪いたします」

「いいですよ。カイドウさんたちが言ってたこと、本当だったなぁ……こっちに来てから、あたしの知らないダイになってた」

 

 アストンと会話してるように見えて、独りごちているアイラ。アストンは今はそっとしておいた方がいいだろうと判断し、負傷しているサザンカに駆け寄った。

 

「ご無事ですか、ミスターサザンカ」

「いえ、警視殿の手を煩わせるわけには……くっ」

 

 立ち上がろうとしたサザンカだったが、見た目以上にダメージは大きいようだ。バラル三頭犬は幹部クラスには及ばぬものの、やはり班長を任されているだけの実力者。束になればやはり御すのは困難なのだ。

 

「いったい何があったのですか? 彼らが強奪していったものは、それほどまでに価値のあるものなのですか?」

「……あの巻物の価値は、ある人にとっては取るに足らない骨董品(アンティーク)です。せいぜい、ラフエルが書き記したという歴史的価値しか見出だせない。ですが、ある人が手に取れば……世界を変える力に手を伸ばすことが適ってしまう」

「世界を変える、力……?」

 

 あまりに荒唐無稽だった。しかしサザンカの目は嘘を言っていない。アストンは職業柄人の嘘を見抜く力がある。彼の言葉、一言一句には聞く人を信用させる力があった。

 何が巻物に記されているのかまではアストンは聞き出すことが出来なかった。サザンカもこれ以上話すことは出来ないという態度だったからだ。無理もない、守り通せなかった者に守れなかったものの大きさを自覚させることは拷問に等しい。

 

「こんなことでは……クシェルシティのジムリーダーなどと……思い上がりもいいところだ……」

 

 サザンカの自責を止める権限はアストンにはない。だからこそ、彼が立ち上がるまで自分は手を出さない。ひとまず得た情報を本部に包み隠さず報告し、対策会議を設立する必要がある。

 

「ミスター、ボクはここで失礼致します。貴方が嘘を仰らなかったこと、ボクにはわかります。ですから、貴方を信じひとまずこの場は暇とさせて頂きます。いずれまたお目見えすることでしょう」

「……いえ、僕はジムリーダーを辞退しようと考えています。次は恐らく、ありません……こんな弱輩に、街を引っ張ることなど……」

 

 すっかり弱気なサザンカ、これ以上は傷の抉り出しになると察したアストンは早々に口を閉じた。

 だが、それでもなお言わねばならないことが、一つだけある。

 

「ですが、貴方を乗り越えようとする者たちはどうなるのでしょう。目の前の岩壁が勝手に取り払われて、満足するでしょうか?」

「ダイくんたちのことですか……?」

「えぇ、彼はあのミスターカイドウを破った少年です。彼が次に乗り越えんとするのは、貴方なのです。他の誰でもない、クシェルシティジムリーダー・サザンカを。彼は恐らくこれからも数々の脅威と対峙することでしょう。そんなとき、彼に力添えするのは彼の経験自身。貴方は、ここで折れてしまうとしても彼の乗り越えるべき壁たるべきなんです」

 

 それだけを残して、エアームドの背に乗ったアストン。それを呼び止める声があった、アイラだ。

 

「もう言っちゃうんですか?」

「えぇ、対策会議の設立は急務であると判断しましたので」

「そっか、なら……あたしも仲間に入れてもらっていいかな? こう見えて、悪党退治は昔っから自信ありますよ」

 

 拳を打ち鳴らすアイラに、アストンは苦笑を見せた。

 

「確かに戦力はいずれ必要になるでしょう。ですが、外来の貴女の手を煩わせるほど、我々PGは無能の集団ではありません。力とは、振るうべき時に、振るわれるべくして振るわれる。我々が下しかねている鉄槌を、その責を、誰かに肩代わりさせるなど本来あってはならないんです」

 

「そっか、アストンさんがそこまで言うのなら今は退いたげる。だけどあたしの主観で見かねたときは、躊躇せず助力するからね」

「願わくば、御手を煩わせることがないように」

 

 その言葉を最後に、エアームドは飛び立った。刃翼がキラキラと昼の光を受けて輝くその軌跡を、アイラは見送った。修行場には、サザンカとアイラだけが残った。

 正直アイラにはほとんど話がわかっていない。状況に介入しそこねたのもあるが、第一目的のダイを目にしてらしくなく、先走ってしまったのだ。

 

 幼馴染の変貌を前にして、考えが纏まっていないのもある。

 

「アンタの手をこんなんにする攻撃、撃てたんだなぁ……」

 

 アイラはバシャーモに対して呟いた。バシャーモの手は、火傷状態に近い状態まで傷ついていたのだ。もちろん自分の炎で火傷したのではない、【ソーラービーム】を受け止めた瞬間に負った傷だろう。

 ダイの手持ちに、アイラが初顔のメンバーが二匹もいた。メタモンとジュプトルだ。自分のいないところで、当然自分の知らないストーリーを築いてきたのだ。

 

 そう思うと無性にむしゃくしゃして、アイラは頭を掻きむしった。

 

「ダイのくせに、生意気じゃん……」

 

 その言葉は、一緒に旅をしてきた中で何度も吐いた言葉だ。その言葉がダイを追い詰めていたなどと彼女は考えていない。

 だからこそ、彼女もまた被害者の目線で立っている。だけど、それでも、彼女が決定的に傷つけられたという事実が揺らがない()()がある。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 リエンはダイのポケモンを預かり、ポケモンセンターの受付に回復を頼みに行った。想像以上に消耗しているらしく、受付の女医は少しばかり真剣味を増した顔でモンスターボールを奥の部屋へと連れて行った。

 一息つくと、自分の服がびしょ濡れな上に泥だらけであることに気づいた。お気に入りの服だったのだが、旅をする上でよれよれになるくらいは覚悟していた。それでもこんな短時間で落ちなさそうな汚れをつけてしまうことになるとは、リエンはベンチを汚すのも忍びなくなりダイを連れて行ったアルバを探しに行った。

 

「あぁ、リエン」

「ダイは?」

「部屋に閉じ籠もっちゃった……一人にしてほしいんだって」

 

 あの様子なら無理もないだろう。ケイカとの戦いで一つしか残らなかったボートを仕方なく手漕ぎで戻ったのだがその途中ダイは瞬きすらしていないんじゃないかと思うほどに空っぽな抜け殻の状態だった。手を引かれれば歩きはするものの、話を出来る状態とは到底思えなかった。

 

「あの人、なんなんだろう……ダイがあそこまで変わるなんて、よっぽだよね」

 

 アルバがそう呟く。リエンはそう言えばと記憶を掘り起こした。

 

 

『ホウエン地方で手に入れた、というか同行者からくすねた"デボンスコープ"、これで夜でも構わず昼間のように浜を監視することが出来るってわけだ』

 

『【ひみつのちから】だよ、前の旅で同行者からパク……拝借したわざマシンの一つで、なにがどうなってんのかわからないけど本来は秘密基地を作るための技なんだ』

 

 

 確か、自分が使っていたベースでの会話だ。あの人物は恐らく、ダイと以前旅をしていた人物なのだ。剣幕から察するに、ダイは彼女の元を無断で立ち去ったのだろう、いろいろ持ち出しつつ。

 だけど恐らく彼女が怒っているのはそんな理由ではないのだろう。最後にボソリと彼女が呟いた何か、リエンには聞き取れなかったが恐らくそれが明確な理由だろう。

 

「どこへ行くの?」

「あの人のところ。多分、あの警視の人とまだ一緒だと思うし……」

「ボクはやめたほうがいいと思うな。あの人も相当な癇癪持ちだよ、ボクにはわかる」

 

 ポケモンセンターを出ようとするリエンをアルバは止めた。思ったより強い力で止められ、リエンはたじたじとする。見ればアルバも、小綺麗だった格好が焼け焦げたり破けたりしていた。

 今日は少なくとも、身体を休めた方がいいのかもしれない。

 

「ダイが閉じ籠もっちゃったから、リエンの部屋に泊めてもらいたいんだけど……いいかな」

「それくらいなら」

 

 自分が借りている部屋へ戻る前に、その隣の固く閉ざされた扉を見つめるリエン。中の少年は今どんな思いでいるのだろう。自分には何が出来るだろう。

 すると考えるより先に、その扉の前で口を開いていた。

 

「ダイ、ひとまずお疲れ様……ゆっくり休んでね」

 

 なんということはない、ただの労い。この一言が彼を幾ばくか楽に出来るのなら、とただただそう思って呟いた。もしかしたら聞こえていないかもしれない。届いていないかもしれない。

 それでも、いずれこの扉は開かれる。リエンはそう信じて、今はこの扉の前から去るのである。

 

 

 

 

 

 その言葉を、ダイはなんと扉の目の前で聞いていた。

 流石に労いの言葉を皮肉と受け取るほど彼は取り乱していなかった。ただし、むしろ後ろ向きな考えがひどく強まってしまった。

 

「……っ」

 

 壁に頭を預けるようにへたり込む。

 

 勝てなかった。

 

「勝てなかった……!」

 

 頭の中にその言葉がひたすら反芻された。まるで、木霊が返ってくるように。心の中の幾人もの自分がが、全員が同じ言葉をうわ言のように呟くのだ。

 その中心にいるアイラが、こちらを見ている。その目はダイを責めているようにも哀れんでいるようにも見えた。どちらにせよ、良く思っていないのは明らかだった。

 

「ちくしょう……!! 結局俺は、どこへ行ってもあいつから逃げられないのかよ……」

 

 昔からそうだった。アイラは何かとダイを見つけるのが上手かった。地元の友達とかくれんぼをしたって、ダイを見つけるのはいつだってアイラだった。鬼ごっこをすれば、ダイを捕まえるのはいつだってアイラだった。

 そして、ラフエル地方へ逃亡してもだ。一世一代の逃亡劇はこんなところで無様に終劇を迎えてしまうのだ。打ち切りもいいところである。

 

 いいや、むしろダイは連れてきてしまったのだ。逃げたつもりで、アイラのことを忘れられず何かあれば彼女と一緒にいた頃の自分を引き合いに出し、今の自分は強くなったんだと言い聞かせ、結果や物事から目を反らしてきただけだった。

 嫌気が差す、じわじわと湧き上がってくる自分への怒り。しかし自傷するほどの度胸は持ち合わせてなどいない。

 

 行き場の無い怒りを鎮めるため、ダイは無気力な脚を無理やり動かしベッドへ倒れ込んだ。

 

 抜けているピースが嵌まれば、少しは状況が打開するのだろうか。そんなことを思いながら、消してしまいたい、忘れてしまいたいアイラとの旅の記憶を掘り進めた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

『イワークの攻撃! ピジョットは動けない!! このまま勝負が決まってしまうのかァ!?』

 

 テレビの音は、隣家まで聞こえてしまうほど大きかった。夢を見ている、自分でそう理解出来る夢のことを、明晰夢というらしい。

 俺はまさに、その明晰夢を見ていた。幼少の頃の俺が、同じく幼少の頃のアイラと一緒にテレビに齧りついている。

 

 ポケモンバトルが、大好きだった頃の俺の姿は少しばかり眩しくて、俺はまるでその場に居合わせているように自然な動きでベッドに腰掛けて子供の俺たちを見守りながら同じようにテレビに見入った。遠方の地方のポケモンリーグが中継放送されていた、アイラはいつも窓から俺の部屋に入ってくると、こうして二人でテレビを見たり本を読んだりして遊んだ。思えばあの頃からあいつはお転婆だった。今はもう、そんな言葉じゃ片付かないが。

 

『いや待った……ピジョットが動いた! しかしどうする! 既に満身創痍、しかも相手はイワーク!! ここから逆転を狙えるのか!!』

 

 実況席が騒がしい、記憶にある。この戦いは歴代ポケモンリーグ決勝においても、類を見ないほど熱い戦いを見せたはずだ。ここから、このピジョットは相性の不利を覆し、逆転するのだ。

 だが過去の俺たちはそんなことを知る由もない。食い入るように、ピジョットとそのトレーナーの動きを見つめていた。

 

「頑張れピジョット!」

 

 俺だ、まだ声の変わっていない高い声の俺が大声を上げた。それに対し、アイラは少し冷静に状況を分析した。

 

「男の子はこういう展開好きよね」

「もちろん……あのピジョットが、まだ諦めてないうちは、頑張るのがわかってるうちは応援したい!」

「まぁ、あたしも好きだけどさ……かなり不利よ、それでも勝ちに行こうっていうんだから、ポケモンリーグチャレンジャーはすごいわ」

 

 アイラは俺より一歳年上だ、今でこそそんなことを気にしてないがこの当時は一個違うだけでかなりお姉さんに見えた。今の俺から見れば、まだまだ子供って感じだけれど。

 

「俺たちも、いつかポケモンを手に入れて、度に出るんだろうなぁ……早く、旅したいなぁ」

 

 熱に浮かされたように、小さい俺が言った。当時は気づかなかったが、アイラは俺のことをじっと見ていた。そして、やたらもじもじしながら口を開いた。

 

「じゃあ、一緒に出発しよっか」

 

「え? うん、アイがいいなら俺もそれでいいよ」

 

「……! じゃあ約束ね――――」

 

 アイラはそう言って、そっぽを向きながら小指を差し出す。小さい俺がそれに指を絡めるがたった今、俺は小さいアイラと目が合った。そんな気がした。

 そこから繰り出される言葉が、俺の脳みそを揺さぶった。

 

 

 

 

 

「――――ダイ、一緒に冒険しよ。一つだけじゃなくて、たくさんの地方を回って、いつかポケモンリーグで戦おうね」

 

 

 

 

 

 




まさか8000文字に一ヶ月もかかるという体たらく


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VSフライゴン 登る朝日に

気が向いたので更新。リハビリなので短めです


 ハッとするように目が覚めた。頭はまどろみを既に抜け出し、現実にいることを理解していた。身体に付着した、乾いた泥が今朝方の激闘を想起させた。

 驚くほどに俺の頭から熱が消え去っていた。それどころか、一つの感情が浮かび上がってきていた。

 

 周囲を見る。俺のポケモンたちはまだ帰ってきていないようだった。フッと、思わず笑みが漏れてしまう。

 扉を開けて、真夜中の廊下を電気も着けずに歩く。少し、夜風に当たりたい気分だった。

 

 ポケモンセンターから出ると、街が浮いている湖には大きな月が反射しキラキラと光を放っていた。モタナタウンの浜のように波打っておらず、まるで鏡のように平らな水面に浮かぶ月は、空に浮かんでいるものより微かに大きく感じた。

 

「猿猴月を取る、水面に反射した月を取ろうとしたエイパムが落ちて溺れるって話だったっけか……」

 

 どこか、俺自身の身の上にそっくりな話だった。現実の月より、手が届く方に浮かぶ月を取ろうとして、結局失敗して……あとは溺れるのを待つだけだ。

 ひどいことを、言ってしまった。リエンにも、アルバにも、アストンにも…………なにより、アイにも。

 冷静じゃなかった、そんなのは言い訳だ。俺は自分のやったことが正しい、偉いってどこかで認めてほしくて、それが叶わなかったから駄々をこねていただけで。

 

「…………はぁ」

 

 溜め息しか出ない。そうやって、空の月と水面の月を交互に見て、思い出しては辟易として溜め息を吐き出してを繰り返して、どれくらい時間が経っただろうか。

 

 ポケモンセンターの扉が開く音がした。こんな深夜に誰だろうと、振り返ると見知った顔だった。

 

「起きた?」

 

「……バッチリ」

 

 リエンだ。さすがに俺と違って、朝の格好のままではなかった。もう一つのお気に入りの服だと語っていた。ハーフパンツに薄手のパーカーという、どちらかというと運動系の格好の彼女がこんな真夜中に俺の目の前に立っていたのだ。

 俺に何かを尋ねるでもなく、リエンは俺の隣に腰を降ろした。そういうとき、彼女は必ずハンカチを敷いてから座る。出会った頃から変わらない、恐らくそうやって育てられた……彼女の育ちだった。

 

「ジュプトルたちの様子を見てきたの、もうすっかり元気だって」

「そっか……」

「そしたら、玄関の先にダイがいるのが見えて。気を使おうかと思ったけど、今夜はそんな気分じゃなくて」

「ちょっかいを出しに来たのか……」

 

 お互い小さく笑い合う。そう言いながらも、結局彼女は俺に気を使って話しかけてくれていたのがわかって、尚の事自分が情けなくなった。

 最後の溜め息とばかりに、少しばかり深い息を吐き出すと俺は決心して口を開いた。喉はカラカラで、身体は出来ることなら話さないでくれと言っているみたいだった。

 

「あいつ……アイ、あー……アイラはさ、前に話した俺と一緒に旅してた人で」

「ダイに色々盗まれた人でしょ?」

「その物言いだとホント救いよう無いから少し手加減してくれ……そんで、あいつが……あいつが……」

 

 言葉に詰まった。諸悪の根源? 本当にそんなことが言えるのか?

 

「……俺はアイから逃げたんだ。けど、それはあいつが悪いんじゃなくて……俺が、自分で自分が、弱くて諦めちゃった俺が、嫌になって。それで、勝ち進んでいくアイを見てると、自分ってなんだろうって思って……アイとの約束から逃げた」

 

 なんの説明も無い話なのに、リエンは何も言わなかった。ただ俺の情けない感情の吐露を聞いていてくれた。

 

「悪い、何のことかわからないよな……いっそのこと洗い浚い話すよ。俺とアイは、オーレ地方ってすごい遠い地方出身でさ。俺たちは一緒に旅に出ることになって、一番近いイッシュ地方のヒオウギシティジムに挑戦したんだけど、俺勝てなくて……そこでちょっと嫌なことがあって、それから俺はずっとアイの後ろについていくだけの旅を続けて……」

「それで、一人でラフエル地方に来たんだ」

 

 俺は頷いた。リエンは夜空を仰ぎながら、深く息を吐いた。溜め息の持つ独特の感情の含みが、一瞬俺の喉を締め上げた。

 

「なんだか、ダイって弱いんだね」

 

 その一言は結構グッサリと、俺の心に突き刺さった。弱い。そうなんだ、俺はどうしようもないくらい弱くて、だけど強くなるための努力をする勇気も無くて。

 結局、自分のケツに火をつけて突っ走って見せて、根性見せたら俺はもう強いって言い張って。だけどいざ火を消してみれば、火達磨になった俺は丸裸に全身やけどの二重苦、やけどなおしは効きゃしない。

 

「ダイは私が思ってるよりずっと弱かった。そのくせ聞かん坊で無鉄砲で危ない橋を渡る」

「……今夜はいつにもまして容赦無いね」

「最後まで聞いてよ。そんなダイについていこうって思ったのは、私にはダイが強く見えたからだよ。聞かん坊で無鉄砲な馬鹿をやり通す芯の部分が、ね」

 

 リエンが俺の心臓の部分を指す。とんとんとノックされた?中に熱が灯る。

 

「このままダイは彼女の言いなりになって、どこかへ行っちゃうのかな」

「……俺は」

「今は聞かないよ。もっとじっくり悩んで。お腹の底にある感情全部混ぜ込んで、それで答えを出してよ…………それっ」

「うおわっ!?」

 

 背中に衝撃、気づいたときには俺は湖の冷たい水の中に落ちていた。水の中から見る夜空の月の光は神秘的で、湖の中に斜めに入り込んでいた。ぐつぐつと煮えていた感情がスゥッと冷めていき、ただただその静けさに浸っていた……肺の中の酸素が保つまでは。

 息苦しくなるとそれどころではなくて、俺は水面に出るなり喘ぐように酸素を求めた。覗き込んでいたリエンが、なぜだかきょとんとした眼で俺を見ていた。

 

「……なんだ?」

「落ちる前と顔つきが違うなって」

「あぁ……なんか、俺海沿いの街で生まれながら、月明かりが差し込む水の中の光景を知らなかった……今、初めて見た」

 

 尤も、アイオポートの海が如何に静かだろうと、この湖の街の静けさに比べればまだ騒々しいくらいだ。何が言いたいかというと、俺が生きてきた時間の中で見たことないものがまだまだいっぱいあることに気づいた。

 

「もっと、こんなものに巡り合えたら……どんなに楽しいだろうって」

 

 ここで続ける旅には危険が伴うはずだ。バラル団という巨悪すらはびこるこの場所で、俺たちが安全に旅を続けられる保証はない。

 だけど、それでも……見てみたいものが出来た。

 

「ポケモンリーグの、スタジアムに立ってみたら……どんなものが見えるかな」

 

 俺がそう尋ねると、リエンは微笑むだけで何も言わなかった。答えを求めるばかりではいられない、見つけに行こう。

 そう決意して、俺はポケモンセンターの庭に上がった。次の瞬間もう一度突き落とされて思いっきり水を飲み込んでしまった、なんでだよ。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 やがて、朝日が登る。俺は昨晩急いで洗濯した一張羅に身を包む。少しだけヨレヨレになったこのジャケットも、履き続けてボロボロになったランニングシューズも俺が今まで腰巾着ながらに旅を続けてきた証だ。

 アイラの背中だけ見て、他のものを見ようとしなかった昔の俺に、今度こそ今日でサヨナラしよう。

 

 フェイバリットゴーグルを身に着け、俺は部屋を出た。受付で女医さんからポケモンたちを預かると、昨夜の思い出が残る庭へと降り立つ。今日は少し風が強く、水面も昨夜と違って僅かに波打っていた。

 モンスターボールからみんなが出て来る。その眼は、恐怖とかそういう感情に溢れていた。

 

「ごめんな、昨日はちょっと……いや言い訳は止す。まずは、ペリッパー。お前は地元からついてきてくれた自慢の相棒だ。ここ一番ではお前を頼りにしてるぜ」

 

 そう言うとペリッパーは首を傾げるような動きをしてから、コクコクと頷いてくれた。次に俺はゾロアを見た。

 

「最初にイグナと戦ったとき、お前がいてくれなかったらきっと今俺はこうして旅を続けられてなかった。お前とメタモンは化かし合いでの俺の切り札だ。これからの旅でも期待してるぜ」

 

 ゾロアは俺の言葉に遠吠えで返答してくれた。しゃがんでから頭を撫でてやると、気持ちよさそうに掌に身体を委ねてきた。次はメタモンを見る。

 

「ゾロアに言ったこととだいたい同じになっちまうけど、お前と船乗り場で出会ったとき他の奴らとは違う運命感じたよ。ついてきてくれてありがとう、またよろしくな」

 

 感謝の言葉を述べるとメタモンが人の手の形に身体の一部を変化させ、伸ばしてきた。俺はそのふにゅっとした感触のメタモンの手を取ってガッチリと握りしめた。最後に、ジュプトルを見た。

 

「お前が、ラフエル地方で最初の仲間だ。ハルザイナの森で出会ったとき、お前の可能性に縋れたらって思ったよ。それに、ちょっと気にしてたんだ。カイドウと最初に戦ったとき、リベンジ出来なかっただろ」

 

 ジュプトルはコクリと頷いた。その眼は真剣で、少しばかり気にしていたようだった。俺はジュプトルに目線を合わせると拳を突き出す。

 

「だから、今日はお前にかかってる。勝とうぜ、相棒」

 

 その言葉に、フッとキザったらしく笑ったジュプトルが拳を合わせてくれる。みんなをボールに戻し、出発しようと思ったその時だ。ポケモンセンターの扉が開く。そこに立っていたのは、アイだった。

 対峙するとまだ足がガクつく。潜在的な逃げ腰は未だ変わっていない。俺はまだ、変わろうとしているだけで変わってなんかいない。

 

「……おはよう」

「……ん、おはよう。昨日と随分顔つきが違うじゃない」

「やっぱ、そう見えるか?」

 

 尋ねてみるとアイはこくりと頷いた。昨日の夜、リエンに入れてもらった活が活きてるみたいだった。アイは腕を組みながら値踏みするような視線を俺に投げかける。

 

「俺さ、もう少し頑張ってみてもいいかな。自分の決めたこと、やり通してみたいんだ」

 

 手のひらで熱を持つ、カイドウから譲り受けたスマートバッジ。ラフエル地方で、最初の公式戦。今でもあの激闘を思い返すことが出来る。

 知恵を打ち破るために、知識欲を以て戦った。これ以上ない、熾烈な戦い。正直、バラル団との命をかけたやり取りよりも白熱した。

 

 だから、このバッジを持っている限り俺は啖呵を切る事ができる。

 

「もう怖くなんかねーぞ。俺は、もうお前から逃げないし負けない。それを今日のジム戦で証明してみせる」

 

「言うじゃん……じゃあ、負けたらとっておきの罰ゲームだからね」

 

「おう、せいぜい考えとけ。無駄にしてやっからよ」

 

 お互いが口角を持ち上げて笑ってみせる。おおよそ友好的な笑みには見えないが俺たちにはこれがちょうどいい。アイはボールからフライゴンを呼び出すと、その背に飛び乗った。俺もペリッパーをもう一度呼ぶと頭に掴まる。

 穏やかな水面の上を滑るペリッパー。頭のなかには既にジム戦に対する気持ちだけが疾っていた。

 

 カイドウとの戦いは、知恵と知識欲のぶつかり合いだった。とすれば、今回の戦いはなんだ。サザンカさんが重んじることは。

 俺の頭の中には一昨日の修行、その時のサザンカの言葉が幾重にも重なって反芻されていく。

 

 ポケモンと同じ暮らしを送りながら、共に研鑽し合うその関係性とは。彼にとってポケモンとは、彼が尊しとする心情とは。

 

「心、だ」

 

 ふと、そういう考えに思い至る。ポケモンと、正確には心を合わせたい相手と同じ行動を取るというのは言葉が通じない間柄でのコミュニケーションの常套手段。そうやって彼らとサザンカさんを繋げる何かがあるとするのなら、それは心だ。とするなら、このジム戦に挑むに際し俺が持ち続けなきゃいけないものとは―――ー

 

 考え事をしているだけで、時間はあっという間に過ぎ去る。水に浮かぶ神社、その境内に彼は座していた。瞑想に耽る彼は俺たちの到来を、水面の音と風で読み取り静かに目を開いた。

 

「ようこそいらっしゃいました、具合はいかがですか?」

「まぁ不調ではない、って感じです。昨日の今日で、すみません……」

「いえ、構いません。むしろ僕も考えていたところですので――――僕が本当に、この街のジムリーダーとしてふさわしいのか」

 

 サザンカさんの目には憂いがあった。昨日や一昨日にあったような、静かながらこちらを威圧する覇気はどこかへ消え去っていた。

 

「チャレンジャーを待たせてしまっていることもそうですが、この街に古くから伝わる秘伝の書物を悪党にみすみす奪われてしまった。僕を書物の守護者として任じてくれたポケモン教会に顔向けなどできるものでしょうか」

 

 だから、とサザンカさんは立ち上がる。静かな足取りで境内から(フィールド)へ、俺という挑戦者を待ち受けるジムリーダーとして。

 

「見極めたいと思います。僕は、君という壁を乗り越えて答えを手に入れてみせます」

「じゃあ、俺もサザンカさんっていう壁を超えて、先へ進みます」

 

 審判はいない。だが、今ここに挑戦者(おれ)がいて、俺達の進む道程にジムリーダーが立ち塞がるのならば。

 

 

「わかりました、全力の演舞をお見せします。君が、僕を乗り越えていくというのなら、喜んで君の道程の壁と成りましょう」

 

 どこまでも静かに、だが嵐の前の静けさを感じさせるそれを携えてサザンカさんは俺を見据えた。

 

 




次回はジム戦です、久々にwiki篭りになりたいと思います


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VSクラブ 開戦・湖上の闘技場!

約半年ぶりの更新です。ポケ虹が一周年と聴いたので久々に。


 太陽がそれなりに高くなって来た頃合い、神社の境内では物が弾けるようなスパーリングの音が響く。場所の出処は俺のジュプトルだ、アイのフライゴンと軽い技の応酬を繰り広げている。

 空中カポエイラというアクロバットな動きで空を飛ぶフライゴンに軽く一撃を入れていく。試合前のウォーミングアップと言ったところだが、俺とジュプトルには別の目論見があった。

 フライゴンの尻尾が横薙ぎに払われる。ジュプトルはそれを両手をクロスさせてダメージを最小に抑えると柔らかく階段の手すりへと着地する。

 

「こんなところじゃない? あんまり熱入れすぎると試合前にジュプトルが怪我するよ」

「バカ言うな、俺のジュプトルがこんなウォーミングアップで怪我なんかするかよ」

 

 俺がそう言うとジュプトルが腕を組みながらうんうんと頷く。だけどアイの言うことも尤もだ、ウォーミングアップはこのくらいでいい。

 

「いけるか、ジュプトル?」

 

 尋ねてみると、ジュプトルが手のひらに力を溜めていく。やがて蓄積されたオーラが可視化できるようになって大きな鉤爪のような形を取る。よし、成功だ。

 

「もしかしてわざマシンも使わずに、フライゴンの技をトレースしたの……?」

「まぁそんなとこだ。色々盗ませてもらったぜ、今の一瞬で」

()()()なぁ……いつの間にそんなことができるようなったんだか、一人旅って恐ろしい」

 

 アイが大仰に肩を竦めてみせる。(こす)いとか言うな、立派な技術だぞこれも。そう、手の内がある程度割れてる相手との戦いに挑むときは、特に。

 神社にある井戸を借りて顔を洗う。熱が入って出た汗が綺麗に流れてさっぱりする。汗とついでに疾る気持ち、焦りなんかも流れ落ちてくれた。俺たちが準備運動をしている間、サザンカさんは試合用の水上フィールドで腰まで水に浸かりながらポケモンたちと瞑想に耽っていた。

 

「お待たせしました、それじゃお願いします」

「お気になさらず。僕は待っていたというつもりはありません。水面の声を聞き、考え事をしていましたので」

「さいですか」

 

 軽口の応酬、水上のフィールドは俺達がやらかした神隠しの洞窟崩落事件のせいでか水位が下がって、また朝の満ち干きなんかが関係してるのか踝近くまで水位が下がっていた。人間なら少し足を取られる高さだけど、ポケモン……特に水タイプのポケモンなら影響を受けないだろう。

 

「改めてご説明致します。僕の、クシェルシティのジム戦はルール選択式です。シングルバトル勝ち抜き戦、ダブルバトル、特殊ルールの技指定ありのエリア限定戦。挑戦者であるダイくんが選んでください」

 

 シングルバトル勝ち抜き戦、オーソドックスだけどポケモンの入れ替えが無いのは今回の戦いでは致命的。かといって特殊ルール、つまりこの水上エリアからポケモンもトレーナーも出てはいけない、さらには使える技は最初に指定した四つのみ。言っちゃうとアレだがこれは論外だ、さっきのウォーミングアップの意味がなくなる。

 となると、俺達が選ぶのは必然的にダブルバトルになる。一昨日戦ったアルバはルカリオしか手持ちがいないから、ダブルバトルは不可能。シングル勝ち抜きも選べたはずだけど、アルバはどうやら特殊ルールを選んだみたいだ。旅の付き合いはまだ日が浅いけど、あいつらしいっちゃらしい。

 

「ダブルバトルで」

「わかりました、ではお互いに二匹のポケモンを選出。そして相手のポケモンを両方倒した方が勝利となります」

「つまり、二対一にも……タイマンにも持ち込めるってわけか」

 

 静かに呟いたつもりだが、サザンカさんはピクリと眉を動かした。気づかれたか……?

 俺の心配を他所に、サザンカさんは二匹のポケモンを選出する。二匹とも彼の身の丈の半分ほどの大きさの小柄なポケモンたち。

 

「クラブと、あれは……」

 

『ゲコガシラ。身軽さはだれにも負けない。600メートルを越えるタワーの天辺まで1分で登りきる。』

 

 ポケモン図鑑が片方のポケモン、ゲコガシラをスキャンする。サザンカさんが使うという意味でも、やはり水タイプのポケモンだ。だけど図鑑の説明が正しいのなら、素早さに長けるポケモンのはずだ。となれば相手は――――

 

「よし、俺は……この二匹で挑む!」

 

 リリースしたボールから現れ出るのは、ジュプトルとペリッパー! ゾロアとメタモンも考えた、けれどやはりこの戦いは俺の意地を、覚悟を見せる戦いだ。

 最初から俺と一緒にいたポケモン(ペリッパー)と、

 ここ(ラフエル)で仲間になって死線を潜り抜けてくれたポケモン(ジュプトル)

 

この二匹でなければ、この戦いを制することは恐らく出来ない。

 

「―――僕は迷いを断ち切れるでしょうか。それとも、迷い続けるでしょうか」

 

 サザンカさんはポツリと漏らす。俺は一介の旅人トレーナーにすぎない。この地に纏わる秘伝の書、その守りを任ぜられながら守り通せなかった自責は計り知れない。だからこのジム戦は、お互いにとってお互いが壁。

 ふと、ただ勝つだけでは、この戦いの本当の意味に辿り着けないようなそんな気がした。

 

「俺は、超えていきますよ」

 

 それだけ言い渡して、ペリッパーとジュプトルをフィールドに進ませる。背中が語っている、()()()気持ち。

 

「審判がいないので、僭越ながら僕がコールします。これより、クシェルシティジム戦を開始する! 迎え撃つはジムリーダーサザンカ! 不肖の身なれど、我が身は挑戦者を阻む大波なり!」

 

 その一言だけでサザンカさんを中心に、大きな波が起きる。それは俺の方にも押し寄せ踝より上を濡らしていく。まるでクシェルの水全てが彼の心とシンクロしているみたいにうねりを見せる。

 

「挑戦者よ、見事我が大波を往なしてみせよ! いざ―――!」

 

 気迫は相手のクラブとゲコガシラにも伝わったようだ、その一言を皮切りに二匹が飛び出してくる。

 

「ペリッパー! ゲコガシラを抑えてくれ!」

「なるほど定石通りというわけですね! クラブ、迎え撃て! 【クラブハンマー】!」

 

 飛び出したこちらのジュプトルがクラブ目掛けて【リーフブレード】を繰り出す。新緑の刃はクラブの鋏によって阻まれる。お互いがノックバックで吹き飛ぶ、が重さはジュプトルが上。吹き飛ぶ距離は短く、体勢も立て直し安い!

 

「追撃だ! 【おいうち】!」

「なかなか鋭い一撃だった! 今度は【メタルクロー】で応戦してくれ!」

 

 クラブは器用にも鋼鉄化させた自身の鋏を支点に空中で体勢を立て直し、ジュプトルの追撃を難なくやり過ごす。そりゃそうだ、このフィールドは向こうのホーム。戦い方など身に染み付いてるほどだろう。

 だけど、アウェーだからって負けるもんか。俺は視線を背中に感じながら、強く拳を握りしめた。ちらりと余所見をすると、ペリッパーがいい具合にゲコガシラを撹乱してくれている。

 

「さぁクラブ、【なみのり】だ!」

 

 その時だった。サザンカさんが行ったのは、震脚。振り下ろされた足が水を弾く。その圧力で起きた突然の大波にクラブが乗る。それだけじゃない、向かってくる水をジュプトルはやり過ごさなければならない。十中八九、【なみのり】からの近接攻撃に繋げてくる!

 だけど、ある程度はこれを予想していた。だからこそ、この戦いにペリッパーがいる。

 

「ペリッパー! 【とんぼがえり】だ!」

 

 ゲコガシラの相手をしていたペリッパーを即座に離脱させ、ジュプトルの元へと戻らせる。ジュプトルの前に降り立ち、大口を開けたペリッパー。サザンカさんは俺達の意図を察したように、額に汗を浮かべた。

 

「【のみこむ】! からの、【ハイドロポンプ】だ!」

「ッ、読まれていたのか! クラブ! 下がれ!」

 

 水に乗ったクラブが下がろうとするが、クラブが離脱するよりもペリッパーが水を飲み込むほうが速い。そのまま、溜め込んだ水を至近距離で放水する。たとえ水タイプであろうとあの小柄な身体を弾き飛ばすほどの水流、ダメージは小さくないはずだ。

 

「今だ……ッ! ペリッパー、【はがねのつばさ】!」

 

 クラブが水の無くなったフィールドに落ち、そこに向かってペリッパーが突進する。足場に水が無ければクラブに素早い移動は出来なくなる……! ここで畳み掛け、ゲコガシラを二体で挟み撃つ……!

 

 だが、見通しが甘かったと瞬時に悟った。そこからのクラブの動きは、移動ではなかった。維持していた【メタルクロー】を、水の無くなったフィールドへ叩きつける。当然打ち付けられた鋏によって地面が砕け、破片が宙を舞い――――

 

「避けろペリッパー!」

 

「【がんせきふうじ】!」

 

 水場の無くなったフィールドの活かし方をサザンカさんはちゃんと心得ていた。ホームで戦うというのはそういうことだ。クラブは砕けた破片を使ってペリッパーの進行を阻止、そのまま撃ち落とした。

 攻撃の算段をつけていたのもあり、ペリッパーは岩石を避けきれずに破片の下敷きになる。不幸中の幸いだったのは、攻撃に【はがねのつばさ】を用いて防御力が上がっていたおかげで一撃でノックアウトというのを防ぐことが出来た。

 

 ペリッパーが戦闘不能になるかどうか、という瀬戸際だというのに……俺の口元は少し緩んでいた。あれは確か、リザイナシティジムを攻略し終えた俺がバラル団のジャンジュンジョンというトンチンカンに拐われかけたとき、同じようにアストンが即席で作り上げた破片で【いわなだれ】を起こしたことを思い出した。

 直後、山積みになった破片から大量の水が噴射する。

 

「ッ、水位が戻らないと思っていたが……ペリッパーに水を温存させていたのですね……!」

 

 もしかして、程度の警戒だったけれどペリッパーには別の用途で水を蓄えさせた。しかし離脱するには【はきだす】で周辺の瓦礫を吹き飛ばす必要があった。思い通りにはいかなかったが、ペリッパーを失わずに済んだのは不幸中の幸いだった。

 クラブの身体が、ペリッパーが吐き出したせいで元の水位まで戻った水に浸かっていく。ペリッパーはこれ以上クラブとの戦いに向かわせられない。十分ペリッパーも素早いが、敏捷と俊敏性は別だ。今のペリッパーではクラブにいいように振り回されてしまう。

 

「だったら! ジュプトル、【タネマシンガン】だ!」

 

 再びクラブに向かって突進するジュプトルが種の弾丸を雨あられのようにバラ撒く。クラブは水面を蹴って弾丸を綺麗に躱していく。水面に打ち付けられた種の弾丸が高い水柱を立てては波を作る。

 するとその時、クラブを庇うように前へ出てくるゲコガシラ。ジュプトルはタネマシンガンを中断すると腕部の刃に力を溜め込む。

 

「【いあいぎり】!」

「【リーフブレード】!」

 

 一合、二合、幾度となく刃同士が打ち付けられる。ゲコガシラは足元の水を固形化させ、ニンジャのクナイのように手の中に器用に収めるとそれを振るってジュプトルを攻撃する。対してジュプトルもまた、リーフブレードを以てゲコガシラのクナイを迎え撃つ。

 二体の鍔迫り合いが続く中、ペリッパーは水面の僅かに上を滑空しながらクラブ目掛けて翼を叩きつける。【はがねのつばさ】と【メタルクロー】の打ち合い、火花が散るほどに苛烈だった。

 

 この辺りでクラブを仕留めたい、だけど有効打を与えられそうなジュプトルは今ゲコガシラの相手をしている。クラブを仕留めようと躍起になって、ゲコガシラのマークを外すのは俺の勘が間違ってると告げた。

 明らかにあっちのダブルス、切り札はゲコガシラだと見た。だったら、敢えてそちらを仕留めることで有利に進む戦いがあるはずだ……!

 

「ペリッパー粘ってくれよ……! ジュプトル! 決めに行くぞ!!」

「ゲコガシラ、攻めてきますよ!! 迎え撃って!!」

 

 今一度、ジュプトルの腕が新緑の力を帯びる。ゲコガシラもまた水を変質させたクナイで【いあいぎり】を行う。攻撃を行う度、二匹に周囲の水がまるで何かを叩きつけられたように高い水しぶきを上げ、下の地面を露出させる。水に脚を取られなくなったジュプトルが滑り込むようにゲコガシラの背後を取った。

 

「獲った!! そのまま【リーフブレード】! たたっ斬れ!!」

 

 ゲコガシラは後ろのジュプトルに対応しきれていなかった。そのまま、真横に切り払われたジュプトルの腕。しかしゲコガシラを切り裂いた直後、その姿が透明になって弾け飛ぶ。ゲコガシラの身体は水になってそのままジュプトルの腕が叩きつけられたんだ。

 その瞬間、今度はジュプトルの背後から水柱が立った。瞬時に理解した、今のゲコガシラは【みがわり】。それも【かげぶんしん】と周囲の水を利用して作った高度な偽物――――!!

 

「今です! ゲコガシラ、【アクロバット】!!」

 

 背後に現れたアクロバットがジュプトルを支柱に、回転蹴りを大きく叩き込む。それがジュプトルの腹部、首、頭へと炸裂した。攻撃されたジュプトルは何が起きたのか理解できていないように目を点にしていた。それだけじゃない、ジュプトルを攻撃するゲコガシラの体表面の色が、()()()()()()()()()()へと変化していた。

 鞄からポケモン図鑑を取り出し、ゲコガシラをスキャンする。すると通常のゲコガシラと違う特性を理解した。

 

「『へんげんじざい』……! 攻撃を行う瞬間、その攻撃を最大限に活かせるようになるのか!」

「その通りです! 今のゲコガシラはひこうタイプ! 君のジュプトルに対して、もっとも有効的な攻撃手段です!」

 

 そうか……水を使用していても【いあいぎり】はノーマルタイプの技。だから体表面の色だけは変わらず、タイプだけがノーマルタイプに変質していたゲコガシラにリーフブレードが有効打を与えられなかったんだ。

 ゲコガシラのタフさを理解したはいい、だけどジュプトルは今の一撃を受けてひどくダメージを蓄積させた。これ以上闇雲に突っ込ませるのは危険極まりない。

 

 ――ペリッパーを下がらせるか……? だけどクラブを野放しにしておけない……! だったらどうする? 何が一番正しい……!

 ――考えろ、勝つには俺が頭を働かせるしか無い。アイツらだって俺の指示を待ってるはずなんだ……!

 

 その言葉を頭の中で唱えている間、何秒が経過しただろう。時間にして数秒ほどだったはずだ、だけど体感的には一瞬だったと思う。立ち上がったジュプトルが咆えた。ビリビリと、空気と水を揺らしちょっとした波を呼び起こす。

 

「ジュプトル……」

 

 振り返ったジュプトルが頬の打撃痕を拭って目を合わせてきた。こんなもんじゃ終われない、まだまだ戦えるって、そういう目をしていた。

 俺はハッとした。そしてしゃがみ込むと水が揺れるフィールドの地面へと顔を叩きつけた。

 

「ダイ!?」

 

 初めてこの戦いの最中、アイの声が聞こえた気がした。何度も何度も水に顔を打ちつける俺の姿はさすがに奇怪だったか、サザンカさんも指示出来ないでいた。

 顔を濡らし、頭を濡らし、水浸しになった身体と心で今一度考え直す。

 

 

 

「信じるって決めた、勝つって約束した!! ジュプトル! ペリッパー!!」

 

 

 

 振り返った二匹が、同時に頷いてくれた。これほど嬉しいことはない、ポケモントレーナーをやっていて、これほど心が躍る瞬間はそうない――!

 

「ペリッパー! クラブの相手をしながらでいい、【たくわえる】!!」

 

【クラブハンマー】を【はがねのつばさ】でいなしながら、ペリッパーが再び周囲の水を飲み込み始める。サザンカさんと俺の後ろから水が一気にペリッパー目掛けて流れ込む。だけどサザンカさんもこっちの目論見を潰すべく、クラブを動かす。

 震脚だ、さっきもやった震脚でペリッパーに向かって流れ込む水を大波に変える。そしてそれに乗ったクラブがペリッパーの頭上を取った。

 

「【たたきつける】攻撃!」

 

 ッ、そうか! クラブに波乗りをさせたのはペリッパーよりも頭上を取るため! 波を起こせばペリッパーは簡単には飛べない。そして波が大きくなるほど、高低差も大きくなる。波から飛び降りたクラブがハサミに力を漲らせ、ペリッパー目掛けて振り下ろす。

 だがそんな中同じように、ペリッパーが引き寄せる水に乗り緑の影がペリッパーを足場に飛び出した。クラブがハサミを振り下ろし始めた瞬間、目をギョロッと見開いた。

 

「ジュプトル! 【みきり】から【たたきつける】攻撃!」

 

 飛び出したジュプトルがクラブのハサミから受けるダメージを最小限に減らせる場所で受け止める。そのまま静止した二匹、ジュプトルが身体を捻ってソバットの要領でクラブを蹴り飛ばした。

 踵を叩きつけられたクラブだったが、場外へ吹き飛ぶことはなくなんとかサザンカの手前で踏みとどまった。

 

「よし、これでいい! ペリッパー! ジュプトルを乗せてゲコガシラへ【はがねのつばさ】!!」

「このタイミングでクラブを無視……!? ゲコガシラ、注意してください!!」

 

 ゲコガシラは印を結ぶように手を組み合わせ、作り出した輪っかに息を吹きかけるとそこから飛び出した冷気が亜光速でペリッパーへ襲いかかる。だがそれを【みきり】で読んでいたジュプトルがペリッパーを横へ移動させて回避する。間違いない、今の攻撃は【れいとうビーム】だ。確かにペリッパー、ジュプトル両方に効果的な攻撃と言えばこおりタイプの技が現状適している。

 

「ジュプトル! もう一発来るぞ! ()()()()()!!」

「何をッ、避けるな!?」

 

 ギリギリまで接近した今、ペリッパーが着水し急ブレーキを掛ける。慣性のまま、弾丸のように撃ち出されたジュプトルがゲコガシラへ直進する――――

 向かってくるジュプトル目掛けて、ゲコガシラが再び【れいとうビーム】を放つ。ジュプトルはそれを手を交差させることで受け止める、受け止めた場所から肩口にかけてジュプトルの身体がパキパキと音を立てて凍りつく。

 

 だけど!

 

「今だ! 【かわらわり】!」

 

 腕を固めている氷を内側から砕き割るとジュプトルがそのまま腕を振りかぶった。

 

「ゲコガシラ! 受け止め――――ハッ!?」

 

 気づいたようだ、ゲコガシラの身体が先程よりも澄んだ水色に変わっていることに。うっかりひこうタイプからこおりタイプに変わってしまったゲコガシラへ、ジュプトルがペリッパーの加速力を以て勢いを増した手刀が叩きつけられる。

 クリーンヒット、まるでゴム毬のようにゲコガシラがフィールドを転がっていく。

 

「ナイスガッツだジュプトル!!」

「そんな……ゲコガシラの身体は【れいとうビーム】を放つのに適した身体へ変質していたはず……! くさタイプのポケモンが受け止めるなんて……!」

 

 サザンカさんが信じられないような声を上げる。そして、その真下でクラブが目を回して倒れていた。サザンカさんはクラブをボールに戻そうとして、クラブに巻き付いていた複数の蔦に気づいた。

 

「【やどりぎのタネ】……!? いったいいつ仕込みを……!?」

「さっきの【みきり】でクラブのハサミを受け止めた瞬間さ、後はやどりぎが体力を奪ってくれる」

「だからゲコガシラに二匹のポケモンを向かわせ、僕の意識をクラブから逸していたわけですね……」

 

 これでクラブは戦闘不能、残るは見積もっても体力が半分くらいのゲコガシラだ。数のアドバンテージがあるこちらが有利とは言え、油断は出来ない。

 俺の手のひらには、俺の体温で暖められた水が汗かわからない液体が篭っていた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 ダイとサザンカさんのジム戦は端から見てもわかるくらいに熾烈を極めていた。しかも、驚くことに先制黒星をジムリーダーに与えるほどにダイは強くなっていた。

 あたしの元を離れて、ラフエル地方に一人逃げてきたはずのダイが、あんなにも強く進化しているなんてにわかには信じがたかったけれどまざまざと見せつけられては信じるしか無かった。

 

「あっ、もう始まってるよ!」

 

 その時だ、後ろから男の子の声がした。振り返ると、先日の騒動でダイの側にいた男の子だった。少し遅れて澄んだ色の髪をした綺麗な女の子もやってきた。

 

「すごいね、ダイ。サザンカさんのポケモンは残り一体だよ!」

「頑張れー! ダイ!」

 

 彼らはしきりにダイを応援していた。きっとダイの旅を支えてきた仲間たち、あたしの知らないダイを見続けてきた人たち。

 話したいことはたくさんあった。ポケモントレーナーならばきっと仲良く出来るはず。だけど、今あたしの目はダイの戦いに釘付けだった。一瞬たりとも目を離せない、これはそういう戦いだった。

 

「畳み掛けるぞ、ジュプトル!!」

 

 ダイの咆哮に近い声に、ジュプトルが答える。それに対しジムリーダーとゲコガシラは寡黙に、けれどダイ達以上に負けないという意思を感じさせた。彼らを取り巻く水が、彼らから発される気力を避けるように流れているように見えた。

 

「ゲコガシラ、伝わりますよ……君の気持ちが」

 

 ふと、ジムリーダーが呟いた。それに対しゲコガシラがコクリと頷いた。何かを仕掛けてくる、あたしは直感でそう察した。だけどダイは気づいていない。

 

「【かげぶんしん】!!」

「逃がすなジュプトル! 【タネマシンガン】!!」

 

 接近するジュプトルがゲコガシラに迫るその瞬間、印を結び足場から吸い上げた水が影を帯びゲコガシラの姿に変わった。接近戦を挑みかけたジュプトルだったが、すぐさまダイの指示を受けて【タネマシンガン】で薙ぎ払うように分身を破壊する。残った一匹目掛けてジュプトルが再び【かわらわり】を行った。

 

「捉えた…………!」

「―――――ッ!」

 

 ジュプトルの手刀がゲコガシラに突き刺さるように炸裂した。ゲコガシラが防ぐべく腕を交差させ、そこへジュプトルの手刀が埋もれていく。明らかに本物に攻撃が直撃した感覚だった。

 しかし、次の瞬間ゲコガシラの姿が泡になって消えた。ジュプトルが周囲を見渡すけど、ゲコガシラの姿は無かった。あたしも、ダイの友達たちもゲコガシラの姿を見失っていた。

 

 その時、後方待機していたペリッパーの側で水しぶきがあがった。ペリッパーが驚いた瞬間、水しぶきの中から現れたゲコガシラが再び印を結んだ。

 

「ゲコガシラ!」

「ッ、ペリッパー!!」

 

「「【ハイドロポンプ】!!」」

 

 ゲコガシラとペリッパーが同時に極大の水の奔流を撃ち放つ。けれど、水の勢いはペリッパーの方が強かった。ダイはペリッパーを待機させながら、【たくわえる】で湖の水を可能な限りペリッパーに溜めさせていた。迎撃としては上々、ゲコガシラが放つ水がペリッパーが吐き出す水に推された。このままなら、ゲコガシラは撃ち負ける。

 

 

 

 だけど、一瞬風が私の髪を撫でた。それは見間違いじゃなかった、不自然な風が巻き起こりゲコガシラに向かって波が迫るように風が吹いていた。例えるなら、大自然の力。

 何か人知を超えた力が今ゲコガシラに迫っていた。それを認識した瞬間、ペリッパーが放つ【ハイドロポンプ】がゲコガシラを飲み込んだ。

 

「波の力……即ちそれは水の力。ゲコガシラは感じていたんです、自分の中に流れる波が最頂点に達するその瞬間を!! ダイくん、貴方の水の力は凄まじい。だからこそ、この大波に乗らせていただく!!」

 

 ようやくあたしは察した。【かげぶんしん】はジュプトルの気を引くための囮を作り出し、ジュプトルが攻撃を行ったのは紛れもなく分身だった。しかも、【みがわり】を織り交ぜての完璧な質量を持った分身。

 ペリッパーが溜め込んでいた水のエネルギーを一身に受けることで、ゲコガシラの身体に強い水の力が叩きつけられる。

 

 それはゲコガシラの身体に変化を及ぼし、強い光を放つ。即ち、進化の光!!

 

 

「今こそ古い自分を脱ぎ捨てるときだ、目覚めろ――――"ゲッコウガ"!!」

 

 

 ジムリーダーが叫んだ。直後、ペリッパーが放つ水の奔流を弾き飛ばし、水しぶきの中から現れた影が放つ眼光に思わず震え上がった。ポケモンの進化、あたしは幾度となく見て、経験してきた。

 だけど、これほどまでに苛烈で、これほどまでに気高い姿の進化を見たことがない。敵から受けた力を自身の力に変換、進化に必要な爆発的エネルギーにしてしまうなんて……!

 

「ゲッコウガ! 再び【かげぶんしん】!! そして【みずしゅりけん】です!!」 

 

 ゲコガシラ以上に、忍の姿へと変化した"ゲッコウガ"が高速で印を結んだ。直後、空を覆い尽くす勢いで増えたゲッコウガの腕から大小構わず雨とも取れるような手裏剣の数々がペリッパーへと降り注いだ。

 

「ペリッパー! 【――――】から【みずのはどう】だ! 撃ち落とせ!」

 

 ダイが慌てて叫んだ。しかし次々に水が弾ける音がして、あたしには聞こえなかった。ペリッパーが慌てて【みずのはどう】で迫る手裏剣を迎撃するがとても間に合わない。

 濁流、そう表現出来るほどの水が打ち上がりあたしたちの身体を濡らす。ペリッパーの近くにいたダイはもう全身がずぶ濡れだろう。

 

「ペリッパーが!」

「みずタイプの技で……ペリッパーがやられるなんて!」

 

 水しぶきが収まった後、水の上をプカプカとペリッパーが浮かんでいた。目を回しているようで、戦闘の続行は難しそうだった。

 ダイは数の利を覆され、さらにゲコガシラは進化してしまった。今までにない危機敵状況、あたしと一緒にいた時のダイならここで目が死んでいた。

 

「頑張れ…………っ!」

 

 気づけばあたしはそう呟いていた。誰にも届かなかっただろう。

 しかしあたしの思いも虚しく、空がごうごうと唸り、陰り始めた。先程までの晴天が嘘のように空が黒い雲に覆われていく。あの調子ならすぐにでも雨が降り出すだろう。

 

 

 相手はみずタイプの使い手。雨が降り出せばダイが追い込まれるのは必至。

 だけど――――ダイもジュプトルも諦めていなかった。今のダイは例え苦しそうな顔をしていても、目が生きていた。この状況から、まだ勝つ道を探していた。

 

 

 哭き出しそうな空の下、二人の戦いはより高みへと昇華されていった。

 

 




リハビリしつつ短めに。
次回ジム戦決着、出来るといいなぁ……


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VSゲッコウガ 高みへ

ジム戦、決着。



 

 ――――絶望的な状況ほど覆し甲斐があると思ってた。

 

 

 ボクの眼の前で繰り広げられるバトルはまさにそれだ。ダイのポケモンが善戦し、数のアドバンテージを取った直後の事。サザンカさんのゲコガシラが、ダイのペリッパーの水を利用して進化の力を溜め込んでいた。そして再び思い知らされる、数の力。【かげぶんしん】を使って空を覆い尽くすばかりのゲッコウガが放つ【みずしゅりけん】が濁流のごとくペリッパーを飲み込んだ。

 

 数の差はタイ、だがゲコガシラがゲッコウガへと進化するというダイにとってこれ以上無いイレギュラー。ボクがあの場に立っていたなら、どうしていただろうか。

 膝を屈していただろうか。それとも、いつものように燃え上がっていただろうか。

 

 だけどダイはボクじゃない。昨日の今日だ、ダイにとってもこのイレギュラーは相当メンタルに来るはずだ。

 

 いや、だった。少なくともボクの知ってるダイならここで諦めていたかもしれない。"ユンゲラーも匙を投げる"という諺があるように、幾ら意気込みがあったとしても投げ出してしまいたくなるはずだった。

 

 ダイは至って冷静にポケモン図鑑を取り出しすぐさまゲッコウガをスキャンした。ここからでは図鑑の音声が聞こえてこない、だがそれはダイがまだやる気だという何よりの証拠だった。

 

「ゲッコウガ! 【くろいきり】!」

 

 先に動いたのはサザンカさんだった。素早く印を結んだゲッコウガから発せられる漆黒の靄が陰り始めている空に掛かり、陽の光を完全にシャットアウトした。そうだった、今この場では少しずつだけど雨が振り始めている。水場のフィールドに雨天、みずタイプのポケモンがくさタイプのポケモンとのタイプ相性を覆すのにこれ以上無い好条件だ。

 

「【つじぎり】!」

「仕掛けてくるぞ、ジュプトル!」

 

 ダイの言葉を受けてジュプトルが防御態勢を取る。ダイのジュプトルは優れた【みきり】を使うことが出来るけど、それは相手が見えている……つまり予備動作が見えている時に限る。暗闇のヒットアンドアウェイをジュプトルが捌けるかと言う問題に対してダイが取ったのはひたすら防御を重ねること。クラブを戒めていた【やどりぎのタネ】はクラブが戦闘不能になったことで既に効力を失っている。急所を突かれてそのままノックアウトという最悪の事態も考えられる。

 

 靄の中のジュプトルの影が動いた。ボクには見えないけど、恐ろしく素早いスピードでジュプトルの急所を狙っているようだった。だけどジュプトルはそれを丁寧に防いでいるようだった。

 

「雨が本降りになってきた……!」

 

 ボクの隣でリエンが呟いた。その隣にふよふよと浮かんでいるプルリルが心地よさそうに雨を受けている。雨が徐々に強くなり、それが黒い靄を晴らしてくれる。だけど、湖に浮かぶ水上都市であるクシェルシティの水かさが上がるということは、それだけサザンカさんが操る大自然の力が増すということでもある。

 

「恵みの雨、利用させていただく。ゲッコウガ、【みずしゅりけん】!」

 

 ゲッコウガの手の中に水が集中、それがゲッコウガの背丈ほどもある手裏剣と化す。どういう力で束ね上げられているのかはわからない、ただわかるのはあれが直撃すればジュプトルでもやばいということだった。

 

「――――ッ!」

 

 短い吐息、ゲッコウガが裂帛の気合いを目で放ちながら手裏剣を投擲する。ジュプトルはそれを身を屈めて回避、後ろへ逸れた手裏剣がダイのすぐ真横に浮かんでいるペリッパーの眼の前に着水して大きな水しぶきを上げる。だがゲッコウガの攻撃はそれで終わりではなかった。

 

「二撃目!?」

 

 そう、ゲッコウガの手の中には既に次の【みずしゅりけん】が装填されていた。それだけじゃない、もう片方の腕にもゲッコウガ大の手裏剣が収まっている。奇しくも、ダイのジュプトルが使う【タネマシンガン】と同じ連続攻撃が可能な技! しかも水上フィールドと土砂降りの雨。手裏剣はみるみる水を吸収して巨大化していく。

 

「――――のむ」

 

 ぽつりと、雨の中に佇むずぶ濡れのダイが呟いた。ボクはルカリオを呼び出して、一緒に耳を澄ました。ボクには聞こえなかったけど、ルカリオにはそれがわかったようだった。そっと耳打ちしてくれるルカリオの言葉はダイの正気を疑うものだった。

 

 

 

 ――――頼む、まだ止まないでくれ!

 

 

 

 それはこの土砂降りに対しての懇願。どう考えても雨が止んだほうがジュプトルにとって、ダイにとって都合がいい。

 にも関わらず、この雨に対してダイは祈りを続けていた。

 

「どういうつもりなんだ、ダイ……もしかして何か策があるの?」

 

 ボクの一人での呟き。それに応えたのは、先にこの戦いを観戦していたダイの友達、アイって呼ばれていた女の子だった。

 

「あいつ、ちょっと大胆になったよね。いつもなら、とっくに諦めてるところだよ」

「そう、だね……いつものダイなら匙を投げてたと思う」

 

 彼女はダイの戦い、ジュプトルとゲッコウガの一進一退の攻防を見つめていた。ジュプトルは【リーフブレード】による攻撃、ゲッコウガは進化前から行っている水を手中に固定して行う【いあいぎり】での応戦。

 ただ【みずしゅりけん】同様にゲッコウガの手の中のクナイは水で構成されている。雨が振っている今は、まるでちょっとした小太刀ほどの大きさ、リーチで言えばジュプトルの腕の刃より僅かに大きいくらいだ。

 

「畳み掛けてください!! 【つばめがえし】!」

「こっちもだ! 【つばめがえし】!」

 

 次の瞬間、ジュプトルの右腕から放たれるのは三つの剣閃、ゲッコウガも小太刀となった水を同時の速度、バラバラの角度から、同じタイミングで繰り出す。計六つの斬撃が一箇所に向かって叩きつけられ、彼らの周囲の水が大きく弾けた。

 

「まずいよダイ! ゲッコウガは未だ"へんげんじざい"だ!」

 

 思わず叫んでしまう。ダイもそれは承知の上なのか、頬の上を雨水なのか汗なのかわからない液体が滴り落ちた。

 "へんげんじざい"、今から使う技を十全に扱えるようポケモンが自身のタイプを変質させる特性。問題は、ダイのジュプトルが撃てるリーサルウェポンは軒並みひこうタイプに相性が悪い。くさタイプはもちろん、上手いことぶち当てた【かわらわり】もそうだ。

 

 だけど、それはダイも承知の上だったのか、口角が持ち上がっていた。ボクはハッとした、リエンもアイも気づいていたみたいだ。肌の色が空色になったゲッコウガの手に集まる水が一気に膨張し、破裂した。ゲッコウガがみずタイプだったからこそ受けられた恩恵が受けられなくなったんだ。

 

「チャンスだけど、依然ピンチだね……」

「うん、ゲッコウガはひこうタイプ。ジュプトルから与えられる有効打は一つとしてないし……」

 

 チャンスだけどピンチ、リエンの言う通りだ。確かにみずタイプじゃなくなったゲッコウガは水上フィールドと雨の恩恵を受けられなくなった、けどダイのジュプトルはひこうタイプに対して有効な、いわタイプやこおりタイプの技が使えるポケモンじゃない。厳密には覚えることは出来るはずだけど、今この場では絶望的だ。

 

「逆に言えば、ゲッコウガがひこうタイプから変化した瞬間が最大のチャンス……!」

「だけどそう都合よくサザンカさんがゲッコウガのタイプを変えるなんて……」

 

 ゲッコウガは依然俊敏な動きでジュプトルを追い詰めていく。澄んだ空色の水で作られた刀がジュプトルに迫る。振り下ろされた刃を避けるも、返す刀が駆け上ってくる。

 まさに【つばめがえし】、忍じみた格好からは想像もつかない達人の太刀筋だった。いかに【みきり】が扱えるジュプトルと言ってもさすがに連続で見切り続けていれば、読みが甘くなる。

 

「ジュプトル! 下がれ!」

 

 ダイが叫んだ。けれどジュプトルは下がろうとせず、ゲッコウガに食らいついた。【リーフブレード】を放ち、ゲッコウガが攻撃に出られないほどの強烈な斬撃を浴びせ続ける。攻撃は最大の防御、とは言うが少し熱が入りすぎだ。サザンカさんが指示するまでもなく、再び【つばめがえし】でジュプトルに三点同時攻撃を叩きつける。

 

 だけどその時、ようやく土砂降りの雨の勢いが弱くなり始めた。これでゲッコウガがみずタイプに戻ったとしてもさっきのような水の勢いは出せないはず。

 

「そろそろか……! ジュプトル、()()()下がれ!」

 

 その言葉を受けたジュプトルがゲッコウガの剣戟をなんとか受け流しながらバックステップで下がる。本当に……? さっきの下がれはブラフだったってことか……?

 ボクの疑問はすぐに解決した。そしてボクは理解した、なんでダイが雨天が長続きするように祈っていたのか、それは彼の足元に最大のヒントがあったんだ。

 

「今だペリッパー! 【れいとうビーム】!!」

 

 ジュプトルが高く飛んだその時、ダイの足元でぐったりしていたはずのペリッパーが蓄えた水を一気に冷気に変えて打ち出した。ビームと言うよりは飛礫に近い感じではあったものの、ひこうタイプであるゲッコウガに対して、これ以上無い有効打!

 ゲッコウガが大きく目を見開いた。直後、ガラスが割れるような音を立て続けに慣らしながらゲッコウガに氷の光線が着弾する。ゲッコウガから逸れた光線は着水した瞬間パキパキと音を立てて水上フィールドを氷上に変えた。

 

「なんでペリッパーが……!? まさか、あの雨は……」

「ッ、【あまごい】か! だけど、いつ……?」

 

 ボクとリエンが口々に疑問を口にする。ダイが雨天の延長を望んでいた以上、あの雨を降らせたのはたぶんペリッパーだ。その問いに答えを出したのはアイだった。

 

「ゲコガシラがゲッコウガになった瞬間だわ。あの時、【みずのはどう】を撃たせる直前……普通は【みずのはどう】の威力を雨で底上げするには間に合わない。だけど、ダイのペリッパーは……」

「そうか"あめうけざら"! 戦闘不能に見せかけて、雨で少しずつ体力を回復させていたんだ」

 

 だからダイはペリッパーをボールに戻さなかったんだ。戦闘不能寸前に倒れたフリをしていたから……!

 

「この一撃を狙ってたんだ……ひこうタイプになったゲッコウガを倒すための切り札。本命はペリッパーの方だったのね」

 

 真正面から不意打ちで弱点攻撃を喰らったゲッコウガは膝を突いている。そして数のアドバンテージを取り戻したダイに勝機が舞い込んでいた。

 

「いける、いけるぞジュプトル! ペリッパー!」

 

 ダイが叫ぶ。今までずっと耐え続けてきた分、チャンスがやってくれば気分が高揚し、それがポケモンたちに伝播する。ジュプトルも、ギリギリながらに起死回生の一撃を放ったペリッパーも強気な表情を浮かべていた。しかし、誰よりも笑みを浮かべていたのは相対しているサザンカさんだった。心から楽しそう、もしくは熱くなっているような、普段の彼の評判からは想像もつかないような快晴の笑み。

 

「よもや、君がここまでのビッグウェーブとは……ッ!」

 

 サザンカさんの気持ちが伝わったのだろう、ゲッコウガは自力で自身を蝕む氷を打ち砕いてバックステップで彼の元へと戻った。アイコンタクトだけで通じ合う彼らが頷き合う。ゲッコウガの目は、サザンカさんに「まだやれる、まだ立っていられる」と短く、だけど確実に伝えていた。ルカリオの補助がなくても、それくらい分かるほどにゲッコウガの眼力は強かった。

 

 次元が違う。今まで見てきたどの戦いよりも、知略と精神、そして肉体を駆使した名勝負!

 

 ポケモントレーナーなら、昂ぶっても仕方がない!!

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 観客席で一人ウッキウキのアルバを視界の端に捉える。確かに、あいつが好きそうなシチュエーションかもしれない。けど案外自分が直面してみると分かる、一つ一つが絶対に間違えられない難問でその答えを瞬時に叩き出さきゃいけないプレッシャー。

 

 目の前で小さな背中張ってくれる奴らのためにも、ここでオタオタなんかしてられない。カラカラになった喉が張り裂けそうになる、けど構わずに叫んだ。

 

「ジュプトル! 決めに行くぞ!」

 

 ジュプトルの咆哮が届く。駆け出したジュプトルの足に合わせて、足元の水がバシャバシャと音を立て、波を起こす。ゲッコウガもまた立ち上がると、たんと小さく水を蹴ってジュプトルとの勝負に応じた。【いあいぎり】だ、もはやサザンカさんの指示がなくともゲッコウガはジュプトルを迎え撃つことが出来ていた。

 

 いや、サザンカさんは指示を声に出していないだけだった。彼は、ゲッコウガの後ろで右手を繰り出していた。次の瞬間、ゲッコウガが右手に持ったクナイを突き出す。ジュプトルがそれを左のヒレで受け流す。続いてサザンカさんが左手を掬い上げるようにして放つ。するとゲッコウガが左手のクナイを、滝を割るように繰り出した。

 

「君という大波を目の前にして、ボクは思い出した。日々の鍛錬を、心を通わせたい相手と日頃同じ動きを繰り返し続けてきました。相手の真似をするのが理解の最適解であると信じ続けて。"天衣無縫"、ボクにとってこれがニュートラルな力の使い方。そして之が、クシェルシティジムリーダー・サザンカが生み出した奥義"泰然自若"!!」

 

 張り上げられた声が、プレッシャーとして俺に襲いかかってきた。ビリビリと水が震え、水から足に移った震えが俺に膝を突かせた。次の瞬間だった、サザンカさんが舞踏するように発勁、拳、手刀を連続で繰り出した。その動きをノールックで感じ取ったゲッコウガが今までの速いだけの攻撃からサザンカさんとまるで同じ動きを繰り返し、ジュプトルに襲いかかった。

 

「なんだあの動き……! どっちがどっちの真似をしてるのかパッと見わかんねぇ!」

 

 最初から、そう仕組まれてると言われたほうがまだ理解できる。サザンカさんの動きとゲッコウガの動きが完全にリンクしていて、尚且そこにタイムラグはない。そして恐ろしいことに攻勢はさっきよりも緩いのに、ジュプトルが攻撃を捌ききれずにいた。

 

 俺も、ジュプトルも、目の前の相手の動きが読めない。ジュプトルの【みきり】は相手の予備動作から攻撃パターンを察知する。だから動きがゆっくりであればそれだけ読みやすいはずなんだ。

 それが出来ないのは、()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

「サザンカさんが動く、それに合わせてゲッコウガが動く。ゲッコウガに身体を動かしてるっていう感覚がないんだ」

 

 鞄の中からデボンスコープを取り出して装着する。思ったとおり、ゲッコウガの身体には力が全く入っていない。完全にサザンカさんに身体を明け渡してると言っていい状態だった。

 サザンカさんの動きさえ読めれば、反撃のチャンスが見えてくる――!

 

 だがその時だった。

 

 刀を携えたような動きをサザンカさんが行った。すり足移動、足首から下が水に埋まっている以上音が立つのが普通。だのにサザンカさんはまるで顔を洗っているのと同じような最小限の音しか鳴らさずにゲッコウガに進言を指示する。水面ギリギリの前傾姿勢から弾丸のようなスピードで飛び出したゲッコウガが下から掬い上げるように手に持った水の刃を奔らせた。

 

「懐に入れるな!」

 

 ダメだ間に合わない! 迎撃を指示しようにも舌が周らない! 

 ジュプトルは一度下がろうとしたが下がるために踏み込んだ瞬間にはもう懐に飛び込まれることを予測。慌てて下から襲いかかってくる水の刃を受け止めようとした。だが、

 

 見えていた晴れ間にサッと影が射した。あまりの素早さに一瞬スバメかオオスバメかと思ったけど違った。それはゲッコウガの【つばめがえし】を食らって空を舞ったジュプトルだった。

 

「ジュプトル!」

「まずいこのままじゃリングアウトだ!」

 

 アルバが叫んだ。ジュプトルはあのままならば確実にこの水上闘技場からはみ出し湖に落下する。そうすればリングアウトと見なされ、戦闘不能扱いになってしまう。

 

「ペリッパー頼む!」

 

 既にフラフラのペリッパーが頷き、羽撃くとジュプトルが場外に飛び出る前にそのクチバシでキャッチする。アルバとリエンがホッと息を吐いた瞬間、轟音が俺たちの耳を襲った。

 轟音の正体、それはサザンカさんが震脚で足元の水を割った音だった。闘技場の岩肌が露出し、サザンカさんとゲッコウガが同時に地面を穿った。

 

 

「【いわなだれ】!!」

 

 

 喉から悲鳴が出ていきそうになった。俺の身の丈半分あれば良い方のゲッコウガが地面を穿ち、砕かれた闘技場の地面が大きな瓦礫となってそれが空へと舞い上がった。

 十全のペリッパーなら兎も角、"あめうけざら"でギリギリ動けるところまで回復したペリッパーに回避は無理だ……!

 

 遠くでリエンの息を呑む音が聞こえた。アルバの嘆くような声が聞こえた。

 

 

 ――――ペリッパー!

 

 

 あのギャラリーの中で唯一俺とペリッパーの馴れ初めを知っている、アイの叫びが聞こえた。

 

 次の瞬間、水上にドボドボと音を立てながらペリッパーを巻き込んだ瓦礫が積み上がった。痛いほどの沈黙。

 

 無意識に拳を握りしめた。

 

 積み上がった瓦礫の山、下敷きになった二匹の反応はない。

 

「そんな……」

 

 ここまでか、俺は……ッ。

 

 これが俺たちの限界なのか……!

 

「勝負あ――――」

 

 勝負ありましたね、サザンカさんがそう呟こうとした瞬間、再び臨戦中のキッとした顔に戻った。彼の反応に、俺もようやく気がついた。

 瓦礫の山に向かって、水が流れ込んでいた。足首から下が水に浸かってなければ気づかなかったかもしれない。だけど確かに、確実に瓦礫の山が水を吸い込んでいた。

 

 

 次の瞬間、破裂音にも似た爆砕音が瓦礫の山を吹き飛ばした。水の勢いは瓦礫の硬さを上回り、粉々に砕け散った瓦礫が俺に方へ飛んできた。俺の額、お気に入りのゴーグルのど真ん中に直撃する破片。

 

「ダイ!?」

 

 額を撃たれた俺は気がつくと尻もちを突いていた。そしてゴーグルの真ん中が真っ二つに割れ、はらりと俺の目の前を落下していった。ジワジワと額に痛みが奔る。

 だけど痛みから、眼の前から目を逸らすなんてことは、絶対にしなかった。

 

「いけえええええええええええええええええええええッッッ!!!!」

 

 飛び散る瓦礫の中、鋭い眼光がゲッコウガに向いていた。瓦礫を吹き飛ばした水圧、それは瓦礫に呑み込まれたペリッパーが【たくわえる】で溜め込んだ水を【ハイドロポンプ】で撃ち放ったものだった。

 そしてペリッパーの口の中に匿われていたジュプトルが、【ハイドロポンプ】を背に受け弾丸のように飛び出した。

 

 瓦礫を吹き飛ばし、ジュプトルに最大限のアシストをしたペリッパーは今度こそ力尽きた。だけどその顔は非常に安らかで、思わず溢れ出た涙が視界をボヤけさせた。

 信じて、繋いでくれた。限界だったはずなのに、弱点のいわタイプの攻撃からジュプトルを庇い立てて直撃したはずなのに、ペリッパーは最後まで勝つために、ここまで繋いでくれた。

 

「勝つぞ!! 勝つ!!! 絶対に!!!」

 

 額から流れ出る血と、視界を悪くする涙を拭い叫ぶ! 

 ペリッパーの【ハイドロポンプ】を加速に活かしたジュプトルがその腕に新緑の力を溜め込んだ。【つばめがえし】と【いわなだれ】、さらには【ハイドロポンプ】を立て続けに受けたジュプトルは既に限界を超えているような状態のはずだ。

 

 だからこそ、"アレ"が使える。

 

 サザンカさんは既に口頭でゲッコウガに指示をしなかった。ただ、万全の状態で受け止める選択をした。その身をずぶ濡れにしながら、ジュプトルがゲッコウガに迫った。身体の色が焦茶色のゲッコウガはいわタイプ。これを逃せばもう勝ちのチャンスなんてやってこない。

 

 

「――――――ッッッ!!」

 

「………………ッッッ!!」

 

 

 一方は苛烈に、一方は寡黙に、相対する獲物と目を合わせた。

 

 

 ――ジュプトルは叫び、突進の勢いを増すために高速で回転、小さな竜巻と化した彼は渾身の一撃とばかりに【リーフブレード】を放つ。

 

 ――ゲッコウガの体色が大きく変化する。焦茶色の地味めな色から、空のような快晴の色へ代わり手の中の刃を翻した。

 

 

 

 

 ――――湖上に響く、斬撃の音。

 

 

 

 

 交錯する二匹、サザンカさんの前に残心状態のジュプトルが着地する。そして俺の前にゲッコウガが佇んでいた。

 永劫にも思える時間、俺とゲッコウガは睨み合っていた。彼の目からは、絶対に膝を突かない。負けたくないという、クールな外見に似合わない熱い感情が伝わってきた。

 

 だけど、その時間は永遠じゃなかった。

 

 ジュプトルの腕から緑の力が消え、ゲッコウガの腕から手に持った水の刀が解けてバシャバシャと音を立てる。

 そして忍水蛙は瞳から力を無くし、俺の目の前に、(こうべ)を垂れるように突っ伏した。ひときわ小さな、けれど大きい波を呼んだ。

 

 審判のいないジム戦、俺の勝利を告げるものは誰もいなかった。だけど、満足げに微笑むサザンカさんの瞳を見て、膝から力が抜けてしまった。

 思い出したようにやってくる額の痛み、額から流れ出た暖かい液体が顎の先から水面にポタポタと赤い痕を残す。

 

 空を見上げると、そこには先程までの土砂降りが嘘のような快晴が広がっていた。眩しさに手を太陽に掲げ、それを拳に握り変えた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 数時間後、ダイたちはポケモンセンターにいた。激戦を終えたジュプトルもペリッパーも既に満身創痍で、集中治療室とまでは行かないがボールの外で手当を受けていた。

 手当を受けていたのはダイも一緒で、今朝ぶりの自室に宛てられた部屋でリエンの応急処置を受けていた。ペリッパーが【いわなだれ】の瓦礫を弾き飛ばした際、飛んできた飛礫が額に直撃。アドレナリンが湧き出ていた勝負の際は気にならなかったが下手をすれば頭が割れてもおかしくなかった。

 

「さすが元海難救助隊のお手伝い、手際いいな」

「額がパックリ割れてるだけだからね。ドククラゲに刺されたわけじゃないし、ガーゼと包帯あれば十分だよ」

 

 そういうダイの格好は先程までの一張羅と違い、ポケモンセンターで貸し出しされているジャージだった。紺色にオレンジのラインが入ったジャージはどこかダイらしくなさを演出していて、けれどもワンポイントはきっちり抑えているダイにリエンは思わず笑みを零しそうになった。

 

「そうだ、これどこにつけておく?」

 

 リエンが手のひらに乗せた小さなバッジを見せびらかす。ダイはそれをショルダーバッグの肩掛け紐に固定した。ずっと閉まっておいた、カイドウからもらったスマートバッジも同じように並べて設置する。

 

「目に見えるところのほうが、強そうじゃん?」

「そうだね、ダイすごく頑張ったもんね」

 

 包帯越しに頭を撫でるリエン、ダイは気恥ずかしくなってジャージに顔を埋めた。襟のところから包帯と橙の髪が飛び出していてともすればちょっとした怪異そのものだった。

 それから二人は他愛ない話を続けた。バラル団の襲撃ですっかりそれらしい気分じゃなかった昨日に比べてずっと穏やかな気持ちでクシェルシティや、これまで見たリザイナシティやモタナ、そしてこれから行く街々の話を弾ませた。

 

 そうして話を続けているうち、ダイの部屋のベッドに設えられてるポケモンの様子を知らせてくれるランプが治療中のオレンジ色から処置終了の青色に変わった。同じタイミングで乾燥に出していたジャケットとズボンが返却されてきた。ジャージから普段着に着替えるとダイとリエンは受付カウンターに赴いた。受付の女医さんがボールに入った二匹と、様子を見守りに行ったゾロアとメタモンの二匹を連れて出てきた。

 

「お預かりしたポケモンたちはすっかり元気になりましたよ!」

「ありがとうございます。さ、行こうか」

 

 ダイとリエンはポケモンセンターの外に出る。空はオレンジ色に染まり始めていて、もうすぐにでも夜の帳が訪れるのを知らせていた。ダイはモンスターボールからペリッパーを出すと、その頭を一無でした。

 

「お手柄だったぞ」

 

 短くそれだけ言うが、ダイの顔は今までにないくらい綻んでいてペリッパーもこれ以上無いくらいに嬉しそうに目を細めて、ダイの手のひらに頭を擦りつけた。

 

「さ、アルバはどうなってるかな」

「あと、アイラ……だっけ。彼女も、ね」

 

 そう、ダイの手当をリエンに任せてアルバとアイラは今頃、バラル団の襲撃で滅茶苦茶になったサザンカの修行場の片付けを手伝いに行っていた。アルバはトレーニングの一環ということで、アイラは手持ちのポケモンが大柄なものが多く、力仕事にはうってつけなのだ。

 

 ペリッパーがボートを引き、ジム戦を行った水上神社の横を通り抜けて長く続く石階段へと辿り着いた。すると、アルバとバラル団戦闘員ジンの戦いで思い切り爆ぜていた玄関入り口が新しいヒノキで既に新造されていた。戸を引くと、上下に設けられたローラーがカラカラと小気味良い音を鳴らす。そしてとてつもなく長い廊下の電源は落とされていた。これが動いていたならまたニョロボンやニョロトノとの戦いを行わなければならないところだった。

 

 しかし歩いているうち、ダイとリエンの耳に変な音が届き始めた。何かをぶつける音、走る音、とにかく忙しい音にどんどん近づいていった。

 そして疑問を浮かべ、顔を見合わせ首を傾げながらダイが再び引き戸を開け、修行場に入り込んだ時だった。

 

「バシャーモ! 【スカイアッパー】!」

「ルカリオ! バシャーモの着地を援護して!」

 

 爆発音にも似た音を立てて、ポケモン――バシャーモの腕が火を噴き拳を高く空へ向け突き上げた。しかしその攻撃は対象の顎をするりと掠めるだけで直撃はしなかった。スカイアッパーを躱したポケモン"コジョンド"が【はどうだん】でバシャーモへ追撃を仕掛けようとするが、二匹の間に踊り入ったのはアルバのルカリオだった。

 

 目にも留まらぬ速さで繰り出される格闘技の応酬、ダイのジュプトルですら捉えきれなかったコジョンド相手にルカリオは善戦していた。

 

「今だ! ルカリオ!【インファイト】!」

 

 ルカリオの身体から発生する蒸気。刹那、ルカリオが防御をかなぐり捨てた猛攻に出る。コジョンドはそれを的確に受け止めるものの、数発防ぎ漏れが出て拳が直撃した。だがそれを逆手に取り、ルカリオの腕をガッチリとホールドしたコジョンドがルカリオを投げ飛ばす。それは未だに滞空中のバシャーモめがけてであり、バシャーモにルカリオが激突する。

 

「【あてみなげ】、からの」

 

 ダイにはわかっていた。あの予備動作には見覚えがあった。ゆったりとした動きだが、コジョンドは確実に練気したエネルギーを体内で爆発させた。まるで弾かれたように飛び出したコジョンドの【とびひざげり】がルカリオとバシャーモに炸裂し、地面に叩きつけられた二匹は目を回していた。

 

「つ、強い……」

「まいりました!」

 

 へたり込んだアイラとアルバが頭を下げる。それに対しコジョンドが武道礼を行い、戦闘が終了する。

 

「なにしてんだ……?」

「サザンカさんの師匠と一勝負! 本当はタイマンが良かったんだけどね、そしたらアイのバシャーモも一緒に掛かってこいって言うから」

「いやーん悔しい! 本気出す前にやられたー! くーやーしーいー!!」

 

 負けた後とは思えないくらいさっぱりしているアルバと、地団駄踏むように暴れるアイラ。そんな二人を見て、ダイがニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべていた。

 

「ふーん、俺がいない間に随分仲良くなったな……?」

「お邪魔しちゃ悪いかな?」

 

 それに同調したリエンまでニコニコとしていたが、やがてサザンカがその場に現れると笑いも次第に収まっていった。

 

「あぁダイくん。具合は大丈夫ですか?」

「ちょっとした怪我ですから、大丈夫です。それより、片付けは順調ですか? よかったら手伝おうと思ってきたんですけど」

「それなら問題ありませんよ。先生も手伝ってくださいましたし、何よりアルバくんとアイラさんの働きがありましたからね」

 

 地面に突っ伏したままの二人が手を上げて答える。やがて真面目な顔になったサザンカが小さく切り出した。

 

「結局、"英雄の民"が遺した古の巻物。そのうち片方は奪われてしまいました。もう片方は先生が死守してくださいましたが……あれを手に入れたバラル団が何をしでかすかわかりません」

 

 空気が一気に重くなった。当然だ、この場の全員がみすみす奴らを逃がしてしまったのだから。ですが、とサザンカは続けた。

 

「アストン警視正と連絡を取り、この事態を重く見たPG並びにラフエル地方ポケモン協会は結束し、バラル団という共通の脅威を退ける為に戦うことを声明致しました」

 

 ダイがライブキャスターを起動するとどのニュースサイトも一面の見出しはその話で持ちきりだった。これで警察権力と、この島で一番強いジムリーダーたちが協力して事態に当たることになった。

 つまりダイたちがもうバラル団との厄介に首を突っ込む必要はなくなったのだ。

 

「そして、これはボク個人が貴方がたへ表明……いえ宣誓しなければなりませんね。ボクはクシェルシティのジムリーダーを続けることにしました。ダイくん、貴方は私にとって乗り越えるべき大波だった。一方、君にとってもボクは退けるべき大波だった。ボクは君を超えられませんでした。でも、貴方という希望に道を指し示す波であれた、と思っています。前へ進んでください、いかなる困難を乗り越え、この地に辿り着いた英雄ラフエルのように……!」

 

 サザンカの激励を受け、ダイは大きく頷いて彼が差し出した手を取った。今ここに、ジムリーダー・サザンカから挑戦者(チャレンジャー)ダイへと水の魂は継承された。

 

 

 

 修行場を後にしたダイ、リエン、アルバ、アイラの四人はボートの前で顔を見合わせた。

 

「アルバには自己紹介はいいよね? あたしはアイラ。アイラ・ヴァースティンだよ」

 

 フルネームをリエンに明かしたアイラ。リエンも自身の名前を告げ、柔らかい握手を交わした。ボートに乗り込んだダイたち三人に対して、アイラはボートには乗らなかった。

 

「行かないのか?」

「うん、あたし考えたんだけど今回の事件の当事者として協力できることがある気がして。だから、アストンさんと合流しようと思うんだ」

「へぇ、お前なんだかんだ行って着いてくる気なんじゃないかって思ってたよ」

「なによそれ、ダイのくせに生意気なんじゃない? だいたいアンタがあたしについてくるのがデフォでしょうが」

 

 腕組みしながら言うアイラに、「たしかにな」と小さく呟き鼻の頭をかくダイ。アイラは腰のボールからフライゴンを呼び出した。

 

「じゃ、元気でやんなよダイ。アルバ、リエン、このバカをよろしくね」

「「バカを任されました」」

「おい」

 

 小さな笑いが起きて、フライゴンが飛び立とうとしたときだ。意外にもアイラに声を掛けたのはアルバだった。

 

「また会おうね! 全部終わったら、ポケモンリーグで!」

「――――うん! それまで負けるんじゃないよ!!」

 

 それだけ言い残して、アイラを乗せたフライゴンが遠い空へと消えていった。アイラが見えなくなるまで手を振る三人だった。

 

「さてと……帰ろうか」

「そうだね、お腹空いたし」

 

 ペリッパーやミズゴロウたちの力を借りず、自力でポケモンセンターまでボートを漕いで行く三人。その影はオレンジ色の夕日に照らされ、湖の底まで届いていた。

 湖の底の石が夕日の光を受けて、キラリと輝いた。

 

 




ここまで来るのにだいぶ長い時間が掛かったような気がします。
改めてポケ虹1周年おめでとうございます。



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VSエアームド ジムリーダーズ

ビバポケ虹。


 コツコツ、とブーツの踵が硬質の廊下を跳ねる。彼――アストン・ハーレィは靴音の跳ねる軽さとは反対に些か重い気分を引きずっていた。

 

 今彼がいるのはラフエル地方一の大都市、"ラジエスシティ"の顔とも言える電波塔ラジエスタワー脇にあるテレビ局だった。

 しかしそこはテレビ局の皮を被りながらも、もう一つの組織のアジトとして機能している。

 

 

 ――ポケモン協会。

 

 ラフエルのみならず、全ての地方で発足している協会だ。ジムリーダーの管理から、ポケモンリーグの開催など様々な場所に手を加えるのが仕事だ。だが言うなればそれは表の仕事、裏では地方全体を脅かしかねない脅威に対する対策本部としての役割を持つ。そして、アストンはそのポケモン協会の臨時集会にポケットガーディアンズを代表して馳せ参じた、というわけなのだ。

 

 しばらく廊下を歩いていると、窓のない区画に入る。そこにはもうテレビ局スタッフの姿は一切見えなくなる。耳が痛くなるほど、返って騒がしく感じるほどの無音が場を支配する。自分の小気味いい足音だけが廊下に反響する中、アストンは遂に銀の扉の前に立ってしまった。

 

「――失礼します」

 

 深く息を吐いて、意を決して扉を開くアストン。扉の先は横に広い部屋になっており、中央のスクリーンに映像を投影するため部屋の中は既に薄暗くなっていた。だがアストンは感じた。

 薄暗い部屋だが、そこにいた約十数人の視線が一斉に自身へ向いたことを。かつて幾度となく犯罪者を検挙してきたアストンであるが、この部屋の()()()()()()の視線から感じたプレッシャーはかつて一度しか経験が無いほど濃密だった。

 

「遅れて申し訳ありません。些かテレビ局の中が入り組んでいたものですから」

 

 柔和な表情を作り軽口を放つアストン。そういうところが軽薄そうに見えると、常々幼馴染に言われていたがどうにも場を和ませないと針の筵にされてしまいそうだった。

 

「軽口は不要だ、アストン」

 

 ――その幼馴染が、視線を寄越さずにピシャリと言い放った。アストンはやれやれと小さく肩を竦めると、空いていた椅子に座った。奇しくも空き席はその幼馴染の隣だった。

 

「すまない、アシュリー。待たせてしまったようだね」

「謝罪も不要だ。お前を待っている間に会議が始まったわけでもない」

「そうかい」

 

 幼馴染――アシュリー・ホプキンスはまたしても視線を寄越さずに言った。彼女の視線は常に、スクリーンの中でゆっくりと回転するポケモン協会のロゴを射抜いていた。

 

「それでは、そろそろ始めさせていただきますね」

 

 そう言って立ち上がったのは、金髪の長い髪を揺らす修道女の姿をした女性だった。何も知らなければ彼女のことをか弱い修道女と見限ってしまいそうだが、実際は違う。

 このラジエスシティにおいて、最強の名を与えられたジムリーダーの一人、名をステラ。

 

「本日は忙しい中皆様お集まりいただき、誠にありがとうございます。実は私、就任式の時も他のジムリーダーの皆様にはお会いできなかったので、こうして顔を合わせる機会があり不謹慎ながら嬉しく思っております」

「ステラねーちゃん、あいさつながいって! 早く話進めよーよ!」

「そうでした、ごめんなさいねカエンくん」

 

 その野次は、まだ声変わりも果たしていないようなボーイソプラノだった。ステラの対角線上に座っていた燃え盛る髪の少年だ。本気でステラを糾しているわけではなさそうだったが、誰もが話を早く進めろと思っているところを冗談じみた野次でやんわりと促す様はまるで手練の幹事のようであった。

 

 そんな彼も資格を与えられたジムリーダーの一人だ、名をカエン。彼の隣に座る男性のことはアストンも知っていた。その男性は立ち上がるとステラの横、スクリーンの側にやってくると口を開いた。

 

「まずは僕から。先日、バラル団を名乗る三人衆の襲撃に遭い、クシェルシティジムリーダーが代々守り続けてきた秘伝の巻物、その片方が奪われました。それには"Reオーラ"についての記述と、それがもたらすポケモンの成長、進化について描かれたものです。不幸中の幸いだったのは、盗まれなかった側の巻物に()()()()()()()()()()()()()()()の具体例が載っていたことです。盗まれた方の巻物には先人たちの考察が描かれているだけですので」

 

「つまり、バラル団が真髄に辿り着くまで、まだ猶予がある、と?」

「そのとおりです、警視殿」

「それは朗報だな。時間があるに越したことはない」

 

 サザンカの肯定にアシュリーがホッと胸を撫で下ろす。しかしそれで話は終わりではない。であるにも関わらず、一人のジムリーダーが立ち上がりアストンが入ってきた扉から出ていこうとしたのだ。

 

「どこへ行かれるのですか? まだ話し合いは終わっては……」

「あら? クシェルの大事な大事な巻物が盗まれました。犯人の目星はついてます。犯人が危険なことをしだすのに猶予があります。それなら、これ以上はそこのお巡りさんの仕事じゃないかしら?」

 

 その女性は全身をフリルをあしらったドレスに身を包んでいた。しかしドレスの色とは対象的な輝く銀の髪が目を引く。彼女は引き留めようとするステラに向かって薄く笑むが、その笑顔は凍てつくような冷たさがあった。

 

「そうかもしれません、ですがPGにのみお任せするのは些か責任を半ばで放り出すようではありませんか」

「それがお巡りさんの仕事、でしょう? 返すように、私達ジムリーダーの仕事ではないと考えます」

「そうも言ってらんないよコスモスねーちゃん! おれは、"英雄の民"としてラフエル地方の悪者は放っておけない!」

「えぇ、立派な志だと思います。ですが、この場は英雄の民ではない者の方が圧倒的に多いではありませんか」

 

 逐一相手の発言を汲んでから言葉を返すドレスの少女――コスモス。本来ならば彼女がジムリーダーを統括すべき人物なのだ。それは、"街を代表する最強"をジムリーダーとするなら、彼女は"ジムリーダーを代表する最強"なのだ。ポケモンリーグへ至るための最後のバッジを守護する彼女こそ、ジムリーダーの中のジムリーダー。

 

 ステラやカエンのように、PGに協力しバラル団を捕まえたい正義感に燃える人物に対し、一人だけ冷めた態度でいるコスモス。場の空気がヒートアップしそうなタイミングで、コスモスが背にする扉が勢いよく開いた。冷めた態度のコスモスだが、後ろで大きな音がしたためかまるでニャルマーやニャースがそうするように飛び上がりかけたが、面目を保つためか平静を装っていた。

 

「いや~わりわり、間違えてテレビ局のスタジオの方行っちまった、会議始まってる?」

 

 場が、先程までとは別の意味で凍りついた。しかしアストンやアシュリーにとっては自分たちが蚊帳の外で場がヒートアップしていた今までの空気を、良い意味で空気を読まないことで破壊したのだ。

 アストンとアシュリー以外のメンツが「そういえばいたな」という雰囲気を醸し出す。どうやら完全に忘れ去られていたらしい。

 

「あれ、オレってばひょっとしてものすごく間が悪いとこに来ちゃった感じ? 激ヤバ?」

「ちょうどいいや! ランタナのおっちゃんはどう思ってんの!」

「28歳はおっちゃんじゃねえ! 覚えとけカエン! んで、なにがだよ。そこから説明しなさいよ」

 

 闖入者――ランタナは腕を組みながら問い質す。それに対してステラが今までの話し合いの流れを掻い摘んで説明する。

 要は、このバラル団とPGの実質抗争に対しジムリーダーは手を貸すべきか否か、という問いだ。それに対し、ランタナは即決で答えを出した。

 

「おじさんはコスモスの肩を持つわ。わりぃけど、ジムリーダーの仕事で肝心の旅が出来なくなってんのに、そんなのに巻き込まれちゃたまったもんじゃないよ」

「なんでだよ! 自分でおじさんって言うのはありなの!」

「そっちかよ! ああそうだよ28歳ってのは繊細な年頃なんだよ! 自分で言うのは有りでも他人におっちゃんって言われるとショックな生き物なの!」

 

 ランタナの乱入により一度は収まったかに見えた喧騒だったが、彼という油が投入されたことでさらに火が強くなった。一人の支持者を得てコスモス派の意見が強くなった。協力派(ステラ・カエン派)非協力派(コスモス・ランタナ派)を傍観するサザンカだったが、彼の気持ちはどちらかと言えばステラたちと同じくPGに協力する姿勢をとっていた。

 

 その時だ、甲高いホイッスルの音が会議場に響き渡った。再び大きな音が意識の外から鳴り響き、コスモスが飛び跳ねかけ平静を装う。

 アストンはヒートアップする四人組の対角線にいた少女に目を見やった。否、身長こそは少女のそれだが、年齢で言えば立派な女性だ。作業着にヘルメットといった、いかにもな格好の少女の後ろからはリングマのように大きな男性が現れた。

 

「そこまでにしないか」

「……ユキナリさんに言われちゃしょうがねえ……オレも黙るしかあるめーよ」

 

 一番最初にランタナ、それを皮切りにカエンやステラ、最後にはコスモスまでもが再び席について話し合いのテーブルとなった。巨体の男性――ユキナリは彼らを諌めるためにホイッスルを吹いた少女――アサツキの肩をポンポンと叩くと、二人揃って席に着く。この二人もまた、街々を任せられたジムリーダーの一人だ。全員がテーブルに着いた瞬間、今までポケモン協会のロゴが回転していただけのスクリーンに人が映った。

 

「ミスター・カイドウ」

『あぁ、どうやら繋がったようだな。辛気臭い顔が暗い部屋に集って。まるで通夜だな』

「まさか貴方がジョークを言うなんて驚きです……」

 

 カイドウの開口一番の軽口に驚いたのはコスモスだった。年齢的にほぼ近い二人はジムリーダーの就任式が一緒だったため、顔見知りだったのだ。だからこそ、こんなカイドウの姿は想像していなかった。

 

『聞き流せ。状況から察するにPGとの連携を取るか否か、一悶着あった後だと見えるが?』

「エスパーかよおめー」

『エスパーだが』

「はいはい、そうでござんしたね……」

 

 場の固まり具合から状況を推察し見事に言い当てたカイドウに一同瞑目せざるを得なかった。そんな状況を見て、カイドウはなんと溜息を吐いた。

 

『馬鹿かお前たちは。ここでPGへの協力を惜しんだとして、なぜその後の被害を想定しない。いや違うな、事実想定はしたのだろう。想定した上で目を瞑っただけだ。自分たちの仕事だけに目を向けた怠惰な行いだ』

 

 アストンとアシュリー以外の人間が目を瞬かせる。仮にも超常的頭脳(パーフェクトプラン)と謳われ、若干十五の齢にして天才の名をほしいままにしてきたあのプロフェッサー・カイドウともあろうものが、逡巡する間も無くPGへの協力を表明したのだから。

 

「ちょ、ちょい待て! お前そういうキャラじゃねーだろ? なんだってPGに協力する気になったよ?」

『俺の管轄する街のトレーナースクールからレンタルポケモンを強奪した。これだけでも十分理由足り得る。尤も、それ以外にも因縁はあるがな』

 

 カイドウの表明を聞いて、不満げだったランタナは納得せざるを得なかった。これにより、この場の多数決は決したも当然だった。相変わらず非協力を訴えるコスモスとランタナ。それ以外のカイドウ、サザンカ、カエン、アサツキ、ステラ、ユキナリはPGに対して協力的な姿勢を見せた。

 

「……しょうがないですね」

「そうだな……多数決は絶対、ママも言いそうだからな」

 

 観念したように、コスモスとランタナも協力することに決めたようだった。結論が落ち着いたことに安心したアストンが立ち上がった。

 

「ありがとうございます。今回の議論の結果はボクたちが責任を持ってPG本部へ伝えます。皆様のご協力に心からの感謝を」

 

 そう言って深い一礼をする様は刑事というよりは騎士のようであった。旅(というより半ば旅行と化しているが)をよく行うランタナは、アストン・ハーレィという名に聞き覚えがあった。

 

「あぁ、"旭日の騎士"様か」

「そう呼ばれることもあります。些か力不足であると自負しておりますが」

「いやいやそう言いなさんな。ユキナリさんもネイヴュに務めてりゃ聞き覚えあるでしょ、あの"雪解けの日"のこと」

 

 ピクリ、とアストンの肩が反応した。しかしそれ以上にアシュリーの反応が早かった。まるで鬼の形相でランタナを睨みつけていたのだ。

 

「アシュリー、抑えて」

「しかし、アストン!」

「抑えて」

 

 ぴしゃりと、雨水が窓を打つような言い方だった。しかし、アシュリーは面食らったようでランタナに向けていた鋭い視線を収めた。幸い、ランタナはユキナリの方を向いていたためアシュリーの鬼の形相もアストンの些細な変化にも気づかなかったようだ。

 

「……ん、あの場には僕もいた。あれは酷い事件だ、あの日賜った勲章など我々にとっては雪辱に値する」

 

 ランタナとユキナリが言う"雪解けの日"とはバラル団の幹部が、雪獄と名高いネイヴュ刑務所から脱獄、さらには逃亡を許した世紀の大脱走劇だ。当時メディアは大騒ぎ、そうなったのはひとえにその脱走したバラル団幹部の話題性だ。事実、あの日よりバラル団の名がラフエル全土に知れ渡ってしまった。頭脳とも呼べる幹部を取り戻したバラル団はこの通り活動を再開、各地で暴れ始めている。

 

「そうか、ユキナリ特務はあの場に居合わせたのでしたね……」

 

 アシュリーがランタナに向けていたのとは正反対の、敬意を含んだ視線でユキナリを見た。ユキナリはコクリと頷くと、歳の割に白く染まった顎髭をそっと撫でた。

 

「そうだな、()()が脱走した……いや、脱走を許したからこそ我々はこうして集まっている。バラル団の脅威を退けるのは、我々の責務と言って過言ではない」

「……少し、いいか」

 

 ユキナリが静かながら確かにハキハキとした声で喋った直後、食い気味に小さくハスキーな声を耳が捉えた。声の出処を探ろうとすると、短くホイッスルの音が鳴り響く。

 先程からずっとユキナリの隣にいたアサツキだ。ヘルメットの下から覗く眼光がアストンを射抜く。

 

「オレたちは、別に手を貸すのはやぶさかじゃねえよ。そこの二人よりかは意欲的に働いてやるつもりだ。けど、具体的に何をすればいいかわかんねえ今は、そこのムッツリ女みてーな態度取るしかねぇ」

「ムッツリとは心外です」

「しゃべれたんだ……」

 

 最後のカエンの言葉は無視するが、アサツキの言いたいこともわかる。手を貸せと言われれば貸すが、どうすればいいのかわからない限りは腕の振るいようがない。

 

「そうですね、各街にPG支部があると思われます。まずはそれぞれが街のPGと連携し、防犯の強化を促してください」

「田舎っぺの高慢お巡りが、ジムリーダーの言うことなんか聞きますかねぇ?」

 

 わざとらしく嫌味を言うランタナであったが、それに対して答えたのはアシュリーだった。

 

「もちろん聞くとも。なにせ、PGには()()()()()()()()

「おぉ~こわこわ……さすが"絶氷鬼姫(アイス・クイーン)"、凄むとおっかねぇですな~」

「貴殿も軽口を収めねば、()()()()()の対象となるが?」

「へいへい、悪うござんした」

 

 口を噤むランタナ。しかし今のやり取りの中、アストンやユキナリだけはランタナを評価していた。絶氷鬼姫、それはPGの関係者や今まさにネイヴュの監獄の中にいる犯罪者しか知らないアシュリーの異名だ。

 彼女のランクはハイパーボール☆2、アストンよりもワンランク高い警視長だ。彼女をそのランクたらしめる功績は確かなもので、それこそアストンを上回る検挙数だ。そして彼女が捕まえた犯人はみな必ず震えていた。そのことからついた異名が絶氷鬼姫(アイス・クイーン)というわけなのだが、当然本人はそれを快く思っていない。

 

 つまり、今のやり取りはランタナがアシュリーをからかうかもしくは怒らせる目的だった上、アシュリーを確実に熱り立たせる話題を吹っかけた。さらにその話題は一部の人間しか知らないため情報に優れているという密かな自己紹介でもあったのだ。さすが趣味が旅を豪語するだけのことはある、最近はもっぱら旅行で済ませているそうだが。

 

「とにかく、ミス・アサツキやミスター・ランタナの懸念は当然のことです。ボクの方から各支部にジムリーダーとの連携を怠らないよう入念に伝えておきます」

 

 満足の行く返答がもらえた、とアサツキはヘルメットのツバを触る。ランタナもまた異議なし、とばかりに肩を竦めて見せた。ようやく全員の心が一つになったと今まで火山の噴火を抑えていたように、カエンが立ち上がった。

 

「よーし、もえてきた! おれ、頑張るよ! みんなも一緒に!」

 

 そのカエンの言葉が合図となって、ひとまずは会議が終了となり、今度こそコスモスやランタナたちはぞろぞろと自分のタイミングで退室していった。まぁ協力を取り付けることは出来たのだからこれ以上長居させて場を掻き乱されても困る。

 

「サザンカさん、少しお話よろしいでしょうか?」

「……? えぇ、なんでしょうか?」

「差し支えなければ、でいいのですが盗まれた秘伝の巻物に記されていた内容を教えていただけないでしょうか? 大神殿の書庫なら、もしかしたらそれに類似する書物があるかもしれません」

「なるほど、巻物の内容からバラル団の動きを推測するためですね、わかりました」

 

 言うが早いか、ステラとサザンカの二人もさっそくラジエスシティの東にある図書館を目指し、退室していった。幹事がいなくなったこともあってか、そこからの退室は比較的スムーズだった。

 

「そんじゃ、おれも帰ろうかなー!!」

「はいはい、途中まで送ってやるから支度しな」

「ほんと!? アサツキねーちゃん助かる~!」

 

 先程までアサツキを同年代だと思っていたカエンもアサツキが自分より九つも歳が上なことをなんとなく察したらしく、敬称が付属し始めた。アサツキもアサツキでカエンのような男子の相手はやり慣れているらしく、適当だが的確にカエンの相手をこなしていた。

 

「さて、僕も行こうかな」

「ミスター・ユキナリはネイヴュ支部でしたからね。あそこは他の支部と違い、ネイヴュ支部がある種本部とも言える」

「あぁ、そのため指揮系統も本部依存ではなく、ある程度はネイヴュ支部の一存で決められる。だからとて、警視正殿の意向を無下にはしませんよ」

「助かります、彼らにもよろしくお伝えください」

 

 最後に残ったPG関係者のユキナリはアストンとアシュリーに向けて敬礼をしてから退室した。残った二人も早急に本部に戻らなければならないため、テレビ局を後にする。

 

「頼りになりそうだね」

「ふん、彼らの手を煩わせなければならない我が身の至らなさを痛感しただけだった」

「君は昔から自分に誰より厳しいね。もっとも、今回ばかりは君と同じ気持ちだよ」

 

 アストンはボールからエアームドを呼び出すとその上に飛び乗る。するとエアームドがさらに姿勢を低くした。まるで女王に傅く騎士のように。

 

「さぁ、アシュリー。手を」

「な、何を言ってるんだお前は! 私はいい、陸路で戻る。ラジエスから南下すれば"ペガス"はすぐだ」

「そう突っぱねないでくれ、エアームドも久々に君を乗せて飛びたいんだと思う。昔みたいにね」

 

 アストンが笑むと、絶氷鬼姫の顔から湯気が吹き出した。昔みたいに、それは彼らが子供の頃の話だ。あの頃から既にPGになるべく訓練を積んでいたアストンはエアームドを与えられており、アシュリーとアストンは二人でエアームドの背に乗って遊んだものだった。しかしあの頃とは違う、自分もアストンも大人になり背も伸びた、必然的にあの頃より重くなった。

 

 しかしエアームドはそんな心配は無用だとばかりに小さく吠えた。確かに彼ははがねタイプのポケモンだ、成人男女二人乗せたところで飛行に支障が出るようなヤワなポケモンではない。

 アシュリーは観念すると恐る恐るエアームドの背に乗る。しかしアシュリーの乗り方は、エアームドに気を使った乗り方でこのまま空に上るのは危険だった。

 

「アシュリー、ちゃんと捕まってくれ。エアームドが飛びかねてる」

 

 この朴念仁はきっと自分の気も知らずにそんなことを言うのだろう。しかし指摘するのはそれなりに癪だ、アシュリーは意を決してアストンの腰に手を回しガッチリとホールドした、鏡は無いがエアームドの背中が鏡面のように磨き上げられているため、自分の真っ赤な顔が目に入った。

 

「前だけ見ていろよ、下を見たら突き落とすぞ」

「ハハハ、それはご勘弁」

 

 困ったように笑いながらアストンがトントンとエアームドに指示を飛ばす。ひと泣きして夜の空へと飛び上がったエアームドが夜風を切り裂く。

 そよ風がアシュリーの長い金髪(ブロンド)を撫でる。風に流れる髪を抑えるアシュリーは昔とは違う、しかし昔と同じ景色を見て頬を緩ませた。

 

 昔も、この鋼鋭鳥の背に乗りこの背中に抱きつきながら風を感じていた。久方ぶりに感じる空の風は、アシュリーの心を落ち着かせると同時にアストンの存在が心臓に不整脈を起こさせる。

 ふとその時だ、散策路となっているラジエスとペガスを繋ぐ森林を抜け、ペガスの光が見えてきた頃だった。アシュリーのスカート、正確にはそこからぶら下がっているベルトに収まったモンスターボールが揺れた。

 

 アシュリーの手持ちの一匹、"コモルー"だ。エアームドの背から見る空の世界を、キラキラとした瞳で眺めていた。♀とは言え、タツベイから進化したこのコモルーも空を夢見ている。

 

「お前もいつか、空を飛べるようになったらいいな」

 

 それはコモルーに言っているように見えて、もしかすると自分自身に言い聞かせていたのかもしれない。

 自分もポケモンの背に乗って、この眼の前の朴念仁の隣を一緒に飛びたいと思う、密かな乙女心からだった。

 




ポケ虹ダイとはなんだったのか、登場しない主人公カッコワライ。

今回はジムリーダー総出でした。イメージが違う! と思ってもポケダイ末吉クオリティだと思って甘めに見てね、ステラちゃんは推し。

個人的にジムリーダーズの掛け合いが気に入ってるので、そこ好いてくれたら嬉しいなぁと思うのでした。


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VSドンファン サンビエタウン

 本日は晴天なり、燦々と輝く太陽の下、俺たちは舗装された道を歩いていた。

 

「ここは"13番道路"か……」

「もう少し先に行くと、分かれ道があるみたいだね」

 

 タウンマップを見ながらリエンが言った。倣ってタウンマップを開いてみると、確かにもう少し先に進むと"12番道路"に道が分かれ、その先には"ククリタウン"という街があるみたいだった。

 街の詳細を見てみる限りでは、そこにポケモンジムは無かった。ジム制覇の旅をしている身としては後回しでも良さそうな街なのだが、詳細に載っている「ラフエル一のリゾート地」という紹介文が目を引く。

 

「リゾート地か……」

「興味あるの?」

「無い! ……といえば嘘になる!」

 

 だってリゾートだぜ? こんなピーカンの空の下だぜ? きっとでっかいホテルがあって、そのホテルの屋上にはプールがあるんだぜ? そのプールサイドで日光浴しながらトロピカルソーダを飲んだ日には俺の魂はたちまちククリタウンに縛られてしまう。爽やかな街のフリして俺たちを閉じ込める悪魔の魅力を持った街さ。

 

「けどほら、次のジムは"テルス山"の山頂の街(レニアシティ)にあるからさ。サンビエタウン経由でゴンドラに乗ればすぐだから」

「そうだね、わかった。アルバもそれでいい?」

 

 リエンが尋ねるが、アルバは答えない。振り返ると俺たちの数歩後ろでルカリオと一緒に消沈していたからだ。歩幅も小さければ元気もない。

 

「おーい、大丈夫か?」

「大丈夫じゃない……お腹空いた……」

 

 この通り、空腹で元気がない。ルカリオもアルバも小さい割によく食うから、朝飯抜くだけでこの始末だ。いつもの元気さ……というより喧しさが無いのもあって少しばかり不安になる。気がついたら後ろで倒れてやしないか不安だ。

 

「でもまぁ、お前が寝坊したのが原因だしな……」

「うぅ、返す言葉もない……」

 

 ポケモンセンターのバイキングは基本的に時間制、そうでなくともバイキング閉店の時間になれば何も残らない。アルバが食べられたのは焼き立てとは程遠い、冷めてボソボソになってしまったバゲット。それすらもルカリオと分けて食べていた。アルバじゃなくても元気が出ないだろうなぁ、俺でもそうなるだろ。

 

 リエンと二人してアルバの心配をしていると、腰にぶら下げてたモンスターボールからゾロアが勝手に飛び出し、アルバの腕の中に収まった。

 

「はわぁ、もふもふや……」

「まるで麻薬だね」

「それで元気が出るならいいだろ」

「良くないって」

 

 アルバが一人もふもふ成分で回復してるのを見るとルカリオがさらに居た堪れなくなっていた。当然だ、ルカリオは別にもふもふで回復する性癖など持っていないからだ。

 ポケットを弄って見ると、朝飯の時におやつになればいいなと持ってきた数枚のビスケットが紙に包まっていた。それの一枚をルカリオに分けてあげることにした。

 

「!」

 

 嬉しそうにサクサクとビスケットを頬張るルカリオの姿はいつもの凛々しさを忘れさせた、ちょっと可愛い。

 

「あぁーズルい! ダイ、僕にもビスケットを!」

「お前はゾロアで我慢しとけって。きっと後で食う昼飯は美味いぞ」

 

 それからはアルバが喋る気力をどんどん失っていったために会話も少なくなり、俺は時おり舗装された道に現れる野生のポケモンをポケモン図鑑でスキャンしながら歩く。時折突出した能力を持つポケモンとは戦闘を行ったりしたが、太陽が真上に登る前には"11番道路"を超え、サンビエタウンに到着した。

 

「着いたー! まずは、ポケモンセンターに行って宿を取ろう! そしてご飯にしよう!」

 

 もはや飯のことしか見えてないアルバとルカリオが駆け出し、街の入り口の側にあるポケモンセンターの中へと突っ込んでいった。しかもゾロアを連れて行ったまま。俺たちは溜息と小さな笑いを零しながらその後を追いかけてサンビエタウン入りを果たした。

 

「『大地の恵みが 人を繋ぐ』か」

 

 ふと俺はさっきククリタウンを検索する前にタウンマップで見かけたサンビエタウンのキャッチコピーを思い出した。第一印象は、山の麓の町って感じだった。ポケモンセンターより高い建物は見る限り数個しか見当たらない。

 

「空が広いね」

「あ~、そういえばそうだな」

 

 リエンの言葉に頷く。少し上を向けばもう視界の殆どは青空だ。特に今日の雲一つ無い空が視界の大半を閉めれば、なんというか心がスーッとする。本来ならこういう情緒的なことはアルバが口にするんだけど、腹が減りすぎて下しか向いてない今日のアイツじゃあ無理もないかもしれない。

 

 次に思ったのは、町中だというのに畑が目立った。しかもそこの農作物はみんな目を見張るくらいに大きかった。農作物の町、リエンの故郷"モタナタウン"を海産の町とするならここは農産の町って感じだ。

 

「なんだか、私もお腹が空いてきたな」

「俺もだ、早いとこアルバを追っかけてご飯にしようぜ」

 

 異議なし、ということでポケモンセンターに入り込む。すると確かにそこはこの町らしいポケモンセンターだと思った。前回使った"クシェルシティ"の水に浮かぶポケモンセンターは建物の周りにわずかながら庭があったが、ここには中庭がありそこは小さなガーデンになってるようで花や簡単な作物を育てているみたいだった。天窓もついていて、あそこを開け放てば風が取り入れられる仕組みになってるんだろう。

 

 俺とリエンはそれぞれアルバが取った部屋の隣を取ると荷物と腰を落ち着けた。隣の部屋をノックするが返事はない、どうやら既に食堂に向かったらしい。よっぽど腹が減ってたんだな、そりゃそうか。食堂には人がごった返すというよりかは、昼飯時にしてはやたら閑散としていた。

 

「人少ないね?」

「あぁ……おかげでアイツが目立ちまくってる」

 

 視界の先にはテーブルにどんと盛り付けられたサラダやハンバーグをバクバクとかき込んでいくアルバとルカリオの姿があった。あまりにも熱の入った飯の食べ方に周りの人も異様な気配を感じ取って近寄りかねていた。

 

「あ! ダイ、リエン! 遅いよ! ここのご飯すっごい美味いんだけど!」

「空腹のスパイスだな……どれどれ」

 

 俺たちも受付で料理を頼んでそれを持ってアルバの隣に座ると、手を合わせてからサラダを口に運んだ。

 

「こ……これは……!」

 

 衝撃を受けた。モタナで食ったコイキングに匹敵する衝撃! このサラダ、野菜だ!

 正確には、野菜の良さが出てる。ドレッシングは恐らく"ノメルのみ"をベースに作られたものだろうけど、きのみの甘さは程々にノメルのみ本来の酸味や僅かなしょっぱさがサラダの後味を引き立てて、非常に美味!

 数秒後には俺もアルバと同じく、テーブルにある昼食を全て平らげんとするバーサーカーと化していた、だって美味すぎるんだもの。トドメは"ニニクのみ"と"トウガのみ"をこれでもかと使ったパスタ! これがたまらん! 炭水化物マンセーはこれを食べずに死ねない、ビバラフエル地方!

 

「ダイとアルバのテンションが大変なことになってる……」

 

 対面のリエンが若干引き気味に言うが仕方ない。胃袋を握られた人間というのはかくも無力なのだ、勘弁してほしい。

 欠点といえば、"ニニクのみ"は強烈なニオイを発するためこれから用事がある際には控えた方がいい食べ物なのだが、食後のデザートに"ヒメリとナナシとモモンのコンポート"をもらってきたのでニオイ対策はバッチリ。しかしこのコンポート、砂糖煮というのを差っ引いても本来の味が強かった。特にモモンは、糖度がどれくらいになっていたのかぜひとも農家に聞いてみたいくらいだ。

 

 昼飯を食べ終わった俺たちは食後の運動がてら町を見て回ることにした。やっぱり初めて見たまんま、ここは農産の町といった感じだった。若者から年寄りまで隔てなく農業に励んでいるのが、パッと町を見るだけでもわかった。

 

 ふとそんな時だ。町の中心道路を大量の荷物を抱えて歩く女性が目に入った。しかもその後ろには、女性の身の丈と同じほど大きな"ウインディ"と"ガルーラ"が目に入った。ウインディもガルーラもまた、大量の荷物を抱えていた。

 

「あのウインディ、まさか……」

 

 俺は記憶の底に終い掛けていた知り合いのことを思い出した。ここラフエルに来て、ヒヒノキ博士やミエルに続き俺に良くしてくれたあの男のことをだ。

 しかし、それこそポケモンはいっぱいいる。たまたま同じだったということもあるだろう。しかし、あそこまで大きさまで記憶のウインディとマッチするもんか?

 

 ふらりと、俺の足並みはその女性の方へと向かっていった。アルバとリエンは不思議そうに思いながらも俺の後をついてきた。その時だ、ウインディが口に抱えている紙袋に小さな穴が空いていて、そこから"オレンのみ"がポロリと落っこちた。しかしウインディは気づいていないようで、他にも色んなきのみが袋から落っこちてくる。

 

「あの、お姉さん! きのみ!」

 

 俺とアルバとリエンがコロコロと転がってくるきのみを次々キャッチしながら先を歩く女性を追いかけた。しかしまだ遠い、彼女は自分が呼ばれてることに気づいていない。

 ランニングシューズを起動させ、ひとっ走りと思ったところで地面が縦に揺れたことに気づいた。リエンのモンスターボールからミズゴロウが飛び出し、大きい地震になると知らせてきた。

 

「うおわっ!?」

 

 その時だ、驚くほど大きな縦揺れが俺たちを襲う。俺は思わずガードレールにしがみついてしまう。リエンも電柱に掴まり、アルバだけが体幹トレーニングだなんだと騒ぎながら左右に揺れていた。

 地震はしばらくして収まったが、まだ揺れてるような酔いが俺たちに残った。真っ直ぐ立ったつもりでもフラフラしてしまう。

 

「大きな地震だったね、大丈夫だったかい?」

 

 ふと声がした。見れば、さっきの女性が地震酔いしたウインディやガルーラに声をかけていた。止まってる今がチャンスと、俺達は彼女が落としたきのみを持って走り出した。

 がさらに次の瞬間、小さな地響きが聞こえてきた。ひょっとすると余震かもしれない。そう思って再びガードレールに身を寄せたが、彼女は何かピンと来たようにガードレールを飛び越えて道路の先、テルス山へ続く山道を見た。なにか砂埃が巻き上がっているのがここから見えた。俺もデボンスコープを取り出して、山道を覗いてみると砂埃はポケモンによって起こされているのがわかった。

 

「"ドンファン"だ! さっきの地震で驚いて興奮してる!」

 

 群れでやってくるドンファンの勢いは凄まじく、この地響きは余震などではなくあのドンファンたちの行軍によって起こされているのがわかった。

 

「リエン! これ頼む! 行くぞペリッパー!」

 

 俺が拾った幾ばくかのきのみをリエンに預けると俺はペリッパーの足に掴まって空へと上がった。上空から見渡すとわかる、ドンファンの群れの数が。凄まじい数だ、これがこのままの勢いで町に押し寄せて暴れたら大変なことになる。リーダーである戦闘のドンファンを大人しくさせるしか無い。

 

 その時ふと、もうだいぶ前になるが"ハルザイナの森"で似たようなことがあったのを思い出した。あの時はゴローンの大群が木々を薙ぎ倒しながらだったが、似たようなものだ。このままでは家屋や畑が荒らされてしまう。農産の町であるサンビエタウンにとって、それは痛手だ。

 

「ペリッパー! 【ハイドロポンプ!】」

「僕も手伝う! ルカリオ! 【ラスターカノン】!」

 

 足に俺をぶら下げたまま、ペリッパーが凄まじい勢いの水流を、ルカリオが練り上げたエネルギーの塊を打ち放つ。それが先頭のドンファンに直撃、ドンファンのリーダーは動きを止めた。しかし興奮しているドンファンたちはリーダーが倒れたくらいでは止まらず、困ったことに隊列が乱れ始めた。集まってれば【みずのはどう】で一網打尽に出来たかもしれないが、こうも散らばられると各個撃破しかない。

 

「ジュプトル! 【タネマシンガン】で牽制!」

 

 ペリッパーの足から飛び降り、着地と同時にジュプトルの入ったボールをリリース。出てきたジュプトルが新緑の種を打ち出し、それが数匹のドンファンたちの足に直撃、勢いを無くし地面に突っ伏すドンファン。可哀想だが今はまず足を止める。残ったドンファンは怒りだし、闇雲な走りから俺とジュプトルを狙いだした。

 

 少しまずいか、と思ったその時だ。ジュプトルの足元、レンガ敷の道路の隙間から微かに雑草が覗いてるのが見えた。しめたとばかりに、俺はジュプトルに指示を出す。

 

「【くさむすび】!」

 

 ジュプトルがレンガに拳を打ち込む。するとレンガの隙間から出てきた草が結び合い、それにドンファンが引っかかり盛大に転ぶ。回ることに慣れているドンファンだけど、回されるのには慣れていない。自分の意図しないところで回転したら当然混乱する。

 

【くさむすび】は効果覿面だったようで、走ってくるドンファンの数があっという間に減った。しかし残った一匹のドンファンが未だに俺を狙い続けている。ジュプトルが牽制を行うが、素早さが他のドンファンとは段違いだった。あっという間に俺は距離を詰められてしまった。

 

「ダイ!」

 

 リエンとアルバの声がする。ペリッパーがドンファンへ体当りしようとするが今から降下を始めたら間に合わない。ジュプトルが【リーフブレード】で迎撃しようと準備するが、恐らくそれも間に合わない。

 まずい、と思った時。背中に人の暖かさと、太陽の光を遮る影、そして灼熱を感じた。

 

 

 

「――――ウインディ、【かえんぐるま】!」

 

 

 

 回転するドンファンに対し、同じく回転しながら、しかしこちらは火炎を纏いながら体当たりするウインディ。その一撃は強烈で俺に向かって一直線に【ころがる】攻撃をしてきたドンファンを正面から迎え撃ち、戦闘不能にまでした。

 

「危なかったね、大丈夫かい」

 

 ハスキーな声音で俺にそう声を掛けてくる女性は、まさにさっきまで俺たちが追いかけていた女性だった。呆気に取られる俺を他所に、ペリッパーにジュプトル、アルバとルカリオによって他のドンファンもどんどん鎮圧されていった。

 

「落ち着いたみたい、さっきの地震で驚いたんだろうね……」

 

 ぐったりとしているドンファンたちを見据えて、女性が言った。その声はどこか切なげで、暴走を止めるべく戦闘を行ったのがなんだか悪いような気がして、少しだけバツが悪くなった。

 

「だけど、あのままじゃ農作物まで荒らされかねなかったから、君たちみたいなトレーナーが通りかかって本当に助かった」

 

 のそのそと戻ってきたウインディがその鼻先を女性の肩に擦り付けた。女性はくすぐったそうにすると、手のひらでウインディの頭を撫でる。そこで、ようやく俺の意識が目の前に戻ってきた。

 

「あ、俺ダイって言います」

「ダイ……ふむ、私はシーヴ。この先にある育て屋のオーナーをしている者だ。時にダイくん、このウインディに見覚えは無いかな」

 

 やっぱりか、俺の記憶の中にいる一人のポケモンレンジャーの姿が色濃く浮かび上がってきた。見れば彼女の髪色は彼によく似ている。

 彼は言っていた、「サンビエタウンに寄ることがあれば姉ちゃんによろしく」と。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「と、いうことがあったわけなんだ」

「俺が留守番してるうちにそんなことがあったのかよ! すまねぇなぁダイ、俺がその場にいればキャプチャスタイラー(こいつ)でドンファンを大人しくさせられたかもしれないのに」

 

 場所は変わり、シーヴさんが営んでいるという町外れの育て屋。荷物を拾ってくれたお礼がしたい、と彼女が言うので育て屋に寄ったところ、俺は受け付けで雑誌片手に居眠りしていたポケモンレンジャー――アランと再会した。

 シーヴさんはアランから俺のことを聞いていたらしい。ヒヒノキ博士からポケモン図鑑を預かったポケモントレーナー、というのは実のところ俺以外にいないらしく、博士が図鑑を預けたトレーナー一号ということで博士のラボがあるハルビスを中心に俺の噂がどんどん広がり続けているらしい。

 

「知らない間に有名人だね」

「俺自身もビックリだよ……」

 

 もしクシェルシティでアイと再会していなければ、俺はあっという間にPG内で保護要請が出ることになっていただろう。お巡りにしょっぴかれるのはさすがに御免被りたい。

 

「アンタはいい店番中に寝るのやめなって」

「うぅ、申し訳ねぇ。連日出動の日々だからつい……許して」

 

 俺とリエンが話してるその横でシーヴさんがアランの耳を引っ張りながら説教を行っていた。幸い居眠りをしている間に客が来なかったから良かった。アランは何度もシーヴさんに頭を下げていた。俺の記憶の中のかっこいいポケモンレンジャーのイメージがどんどん崩れていく。

 

「しょうがないなぁ、ガルーラ。何か変わったことはあった? 預かってる子たちの様子とか」

 

 アランの横で客を待っていたのはポケモン"ガルーラ"だった。シーヴさんの手持ちらしく、ポケモンレンジャーとしてハルビスで活動しているアランの代わりに普段この店の手伝いをしているようだった。

 しかしガルーラは困ったような顔をして奥にのそのそ姿を消すと数分後、二つの丸い球のようなものを抱えて現れた。

 

「これ、もしかしてポケモンの卵?」

 

 リエンがそう言うので見てみると、確かに卵にそっくりだった。違うのは、とりポケモンが生む卵と違って遥かにデカい。シーヴさんが頭を抱えながらポケギアを取り出して、恐らくトレーナーに連絡を取った。

 

「あ、もしもし。サンビエ育て屋のシーヴです。預かってたポケモンが卵を持ってまして、はい……ですが、そちらのポケモンが持ってた卵でして……はい、わかりました。失礼します」

 

 連絡を終えたシーヴさんが唸りながら頭をくしゃくしゃと崩した。なんだか聞くのは悪い気がしてリエンと口を噤んでいたが、アルバが突っ込んだ。

 

「なにかあったんですか?」

「うん、お客さんから預かってるポケモンが持ってた卵だから引き取ってほしいって連絡をしたんだけど、手持ちのポケモンで手一杯だからこっちでどうにかしてほしいって。弱ったなぁ、卵の世話までしてられないよ……」

「なら、ダイたちに世話頼めばいいじゃん?」

 

 直後、シーヴさんの鋭い【からてチョップ】がアランの頭部に突き刺さった、俺じゃないと見逃しちゃうね。

 

「いくらなんでも無責任すぎる。一応、うちの不祥事なんだよ。目を離した隙に卵が見つかるってことは」

 

 その言い分もわからないではない。ただ俺の左右でめちゃくちゃ興味ありますって顔した人間が二人して卵をじっと見つめてるのでアランの提案は悪い提案じゃなさそうだ。

 

「俺たちで世話してもいいなら、やらせてほしいです」

「そうかい? けど、卵が孵る条件はまだ不明瞭だし……ものすごい時間がかかってしまうかもしれないよ?」

「私はジムに挑戦したりしない緩い旅なので、むしろやってみたいです」

 

 最終確認のつもりでシーヴさんが尋ねてくるが、アルバはじっくりと右の卵を、リエンは左の卵をツンツンと指で突いて反応を楽しんでいた。

 この調子なら頼まれれば断らないだろう。シーヴさんは渋々、と言った感じだったがやがて店の奥から空のモンスターボールを持ってきて卵を収納した。卵自体には意思が無いからボールの捕獲に対する抵抗力を持っていないのか、すんなりとボールに収まった。それをテーブルに置くシーヴさん。

 

「それじゃ、えっと……じゃあリエンちゃんとアルバくんにこの卵を預けるね。何かわからないことがあったら遠慮なく連絡してくれていいから」

 

 そう言うとシーヴさんは自身のポケギアの番号を教えてくれた。俺たちもそれぞれの端末の番号を交換する。ライブキャスターにシーヴさんの番号が追加されたのを確認すると、アルバとリエンが卵の入ったボールを受け取った。

 

「何が生まれてくるのかな……!」

「今からドキドキするね」

 

 既に卵は時々ちょっと動いてるみたいで、生まれるまでもう少しといった感じだった。シーヴさんは「あっ」と何か思い出したように店の奥に引っ込むと、何やらいろんなものをひっくり返すような物音をさせてから埃まみれの姿で現れた。

 

「これ、生まれてくるポケモンに使えると思うから、よかったら持っていって」

「いいんですか?」

「もちろん、私が昔旅をした時に手に入れたものだけどこのまま埃被せておくのもどうかと思うから」

 

 シーヴさんがアルバとリエンに渡したのは、進化の石だった。アルバが手にとった方はたぶん"ほのおのいし"だけど、リエンが受け取った方の白く濁った感じの石はわからなかった。俺の見たことのない進化の石なんだろうか……?

 

「ん? 姉ちゃん、生まれるポケモンがなんなのかわかるのか?」

「まぁ、だいたいね。私の見立てに間違いは無い、と思う」

「姉ちゃんがそう言うなら百発百中だわな」

 

 アランがシーヴさんの見立てを信用していいとお墨を付けた。その時だった、アルバがウズウズしたように立ち上がった。

 

「僕、走ってくる!」

 

 よっぽど卵を孵したいのか、アルバが店を飛び出した。全員で苦笑しながら見送ると、次いでリエンが立ち上がった。

 

「アルバが迷わないように見張ってるね」

 

 そう言ってリエンも店を後にする。けど、その横顔はどこかウキウキしてるように見えて、たぶんアルバと一緒に走ってくるつもりなのかもしれない。そうなると俺も卵が欲しくなってきたな……もうないか。

 俺が頬杖を突いて溜息を吐くとシーヴさんとアランが笑い出す。

 

「ダイ、暇そうなら俺と久々にバトルしないか?」

「お、いいね」

「この先、テルスさんの麓にちょっとした運動場があるんだけど、バトルスペースもある。そこでやろうぜ」

 

 二つ返事、シーヴさんが見送ってくれる中俺とアランはピジョットに騎乗してアランの言うテルス山の麓へと向かう。するとアスレチックに似たコースがテルス山をぐるっと一周する勢いで展開されていた。なんというか山の麓が360度ジョギングからアスレチックスになってるみたいだった。その一角に四角いフィールドが広がっており、俺とアランはそこへ降り立った。

 

「俺の手持ちは、以前と同じフローゼルとウインディだ。そっちはどうだ」

 

 アランは二匹のポケモンをリリースする。リザイナシティの前で見たときと変わらないメンツが俺の前に立ちはだかる。

 

「今日はそのフローゼルから勝ちを頂くぜ! ペリッパー! ジュプトル!」

 

 俺はボールからこの二匹を選出、リリースした。するとジュプトルを見て、アランがひゅーと口笛を飄々と吹かす。

 

「そのジュプトル、あの時のキモリか! 進化したんだな!」

「い、色々あってな」

「へへ、そうかい。じゃあ始めるとするか!」

 

 先鋒で出てきたのはフローゼルだった。こっちがジュプトルを出すのを全く恐れていない姿勢。タイプ相性で戦いを避けるほどヤワじゃない、アランのフローゼルに対する信頼が見て取れた。

 それならこっちもペリッパーで様子見なんて真似は出来ない。そんな俺の意を汲んでか、ペリッパーが俺の足元に降りジュプトルが前へ出た。

 

 あの時も、フローゼルが先鋒で俺はキモリで打って出た。その時の再現のように、空がオレンジを帯び始める。

 

「「先手必勝――――!」」

 

 叫ぶ言葉でさえ、あの時と同じ。

 

 アランのフローゼルが水を纏い尻尾をスクリューのように回転させながら突っ込んでくる、【アクアジェット】!

 ただしフローゼルが初手で突っ込んでくるのは予想済みだった。そしてジュプトルも、キモリの時にそれを一度見ている。

 

「【リーフブレード】!」

 

 水を纏い加速するフローゼルを新緑の刃で迎え撃つジュプトル。空を、陸を、滑るように加速するフローゼルとジュプトルの刃がかち合う。しかしフローゼルは止まらない。どうやら今の一撃、命中こそしたらしいが上手く往なされた。

 

「【スピードスター】! からの【ダブルアタック】!」

 

 鋭角に反転したフローゼルが尻尾から星の大群を打ち出し、ジュプトルに命中。【スピードスター】は牽制で、本命はその後の【ダブルアタック】! 二又の尻尾で連続攻撃を放つフローゼル、ジュプトルが思い切り吹き飛ばされる。

 

「逃さねえぞ、【うずしお】!」

 

 フローゼルは自身が纏っていた水を練り上げ、回転させながら撃ち放つ。それがジュプトルを飲み込む、ジュプトルはこのままでは交代も出来なければ渦から逃げ出すことも出来ない。

 だから、フローゼルが決めに来るのもわかってる。ジュプトルの視線が俺の目を射抜く、俺達は深く頷きあった。

 

「【れいとうパンチ】!」

 

 フローゼルが放った氷の一撃がジュプトルに直撃する。吹き飛ばされたジュプトルを【うずしお】が苦しめる。それに加え、フローゼルが放った攻撃によって、ジュプトルを巻き込んだ渦がだんだん凍り始め、ジュプトルの身体の自由をさらに制限する。

 

「これでジュプトルはもう反撃……ん?」

「アラン、俺達はこれでもジムを確実に勝ち抜いて来てんだ。そんなジュプトルが、二つのジム戦最大の功労者が――――」

 

 

 バキン、と音を立てて【うずしお】が割れた。中から現れたのは当然、ジュプトル。

 

 

「こんな簡単にくたばるわけあるかってんだ!」

「なっ! 直撃だぞ!? なんで……いやまずはフローゼル、距離を取れ!」

 

 アランの指示が飛ぶ、がフローゼルは膝を突いた。予想外の動きにアランが目を見張った、気づいたのだろう。フローゼルの浮き袋、その下で確実に成長を続けるヤドリギを。

 

「【やどりぎのタネ】! いつの間に!?」

「最初にかち合った時だよ。アランが救助の相棒にするくらいのタフネスだから、こうでもしないと長期戦は出来ないと思って仕込んどいたが正解だった」

「耐えきる自信があったから、あえて【れいとうパンチ】を受けたのか。【うずしお】を凍らせるために」

 

 ジュプトルなら耐えきると思ってた。さっき、俺の目を見たアイツの目はそういう目だった。

 話をしている最中にも、フローゼルの体力はどんどん奪われていく。アランはフローゼルをボールに戻すとウインディを出張らせた。

 

「やるなぁ、ダイ。ほんと、ずいぶん強くなったよお前」

「へへへ、面と向かって言われると照れるな……」

「だけどな、このウインディはお前も知っての通り生半可な鍛え方はしてない。なんせ、俺の姉ちゃんが心血注いだウインディだからな」

 

 シーヴさんが……そうだ、あのウインディは一撃でドンファンを鎮めるほどに強い。一度戦って、守られて、それがよくわかった。シーヴさんの育成は本格的なのだろう、ポケモンの伸ばし方を一番理解してるんだ。

 そんな人が育て屋をしてる。今まで旅してきた地方とはまるで違う、そんな気がした。

 

 だから、そんなことを言われてしまえば血が騒ぐ。

 

「この二匹で、ウインディを止めてみせる!」

「出来るかな!」

 

 ウインディが飛び出し、開幕で放つ【フレアドライブ】。

 ジュプトルがそれを迎え撃つべく、姿勢を低く保った。刹那、とてつもない衝撃が辺り一体に爆弾のように炸裂する。

 

 

 

 それから俺たちは日が暮れるまでポケモンバトルで盛り上がった。途中アクシデントが起きてバトルスペースに大きな穴を幾つも空けてしまったけど、大丈夫だよね……?

 

 

 

 

 

 




久しぶりにアランにもご登場いただきました。



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VSリザードン 異方のジムリーダー

熱が戻ってきたので一筆。


 

 アランとのバトルを終え、サンビエタウンに戻ってきた俺は少し息の上がったリエンと合流した。ふと、アルバの姿が見当たらない事に気づいた。

 

「あそこ」

 

 リエンが指差す場所を見ると、大の字になってレンガ敷の道路の上に寝転がって存分に肩を喘がせているアルバの姿が。一方、一緒に走っていたルカリオはまだ大丈夫そうだった。

 

「タマゴ、どうよ?」

「「進捗ダメです」」

「さいですか」

 

 クタクタになるほど走り回ったアルバがダメなのだから、それより少し早めに切り上げたリエンのタマゴもまた反応は無いみたいだ。

 

「今日はもう遅いし、ポケモンセンターに戻ろうぜ」

「そうだね、明日はロープウェイに乗ってレニアシティに行くんだしね」

 

 そう、次の目的地はレニアシティのジムだ。情報によれば、ほのおタイプの使い手らしい。

 俺の手持ちも、アルバの手持ちも相性がいいとは言い切れない。むしろ主戦力のジュプトル、ルカリオはほのおタイプにめっぽう弱い。

 

 だとしても、一度ぶつかってみないことには始まらない。

 ぐったりしてるアルバの両足を小脇に挟む。ルカリオがアルバの両手を持ち上げ、人間担架のようにしてアルバを運びポケモンセンター入りする。

 

「じゃあ俺たちは汗流してくるから」

「私も、汗かいちゃったし」

 

 入り口でリエンと一旦別れると、俺とルカリオは男性浴場にアルバを放り込む。一段落、と息を吐いたルカリオはボールの中に戻る。

 俺も服をロッカーに入れると身体を洗ってから大きな湯船に浸かる。ホウエン地方縁の"オンセン"を参考にしているらしい。程よい熱湯によって身体がじんわり暖まってくる。

 

「そうだ!」

 

 極楽心地で浮かんでいたアルバが一旦ロッカーに戻った。と、次の瞬間アルバがタマゴを抱えて現れた。

 

「お風呂で温めたら早く孵らないかな!?」

「大丈夫か? 食べごろになったりしないか?」

「しないよポケモンだもん」

 

 早速アルバは湯船にタマゴを浮かべてニコニコしだした。ぷかぷかと湯に浮かぶタマゴはともすればそういった玩具のようで、眺めていてなかなか退屈しない。

 

「ねぇ、ダイはタマゴ欲しくはなかったの?」

「興味はあったなぁ、ただどっかの誰かさんたちが「ものすごい育ててみたい!」って顔してたからな」

「ハハハ、僕そんな顔してた?」

「それに、今の手持ちだけで割と精一杯だよ」

 

 ジュプトル、ペリッパー、ゾロア、メタモン。クセの強い連中だけど、今までそれなりにやばい局面も乗り越えてきた。

 やばい局面といえば、バラル団だ。なんだかんだ行く先々で奴らに遭遇してる気がする。それにどういうわけか、下っ端以上の奴らに目をつけられてる……

 PGの中でもそれなりの地位にいるアストンと面識があるのは大きいけど、いつでもどこでもあいつの力が借りられるわけじゃない。

 

「やっぱ強くなるしかなブクブクブクブク」

 

 ちょっとマナー違反かなと思いつつ、湯船の中に沈んでいく。いろいろと違うが、クシェルシティでリエンに励ましてもらった時を思い出した。あのときは湖に突き落とされたんだっけ。

 思えばリエンの考えることはちょっとだけわからない。不思議ちゃん、というやつだろうか。幼馴染のアイが一番親しい女性だったため、世の中の女性はみんなアイツみたいなガサツで図々しいものだと思っていた。だからタイプの違うリエンは時々どう接すればいいのかわからないタイミングが存在する。

 

 ふと、彼女は俺と話すの楽しいだろうかと考えてしまった。接し方がわからないゆえに結構アイと同じようにズカズカと話しかけていないか、もしかしてそういうの迷惑だったりしないだろうか。

 

 そもそも俺はなんでこんなにリエンとの関係に悩んでいるんだろうか。やっぱり一緒に旅をする間柄、パートナーのことを知っておきたいってことなのかな。

 そろそろ息が続かなくなってきた、一旦上がろう。そう思ってゆっくりと浮上したときだった、アルバが目を回していた。慣れない熱湯に浸かりすぎたのだろうか、今にも湯船に突っ込んで気を失いそうな顔をしていた。

 

「お、おい! ルカリオ! 来てくれ!」

 

 事態は一刻を争う。俺は脱衣所にいるルカリオに声を掛けた。すると自力でボールから出てきたルカリオと力を合わせて今度は浴場からアルバを放り出す。すると次々に俺の手持ちのポケモンが飛び出してきた。

 ペリッパーが翼でそよ風を起こし、ルカリオが桶に汲んできた冷水をアルバの顔にぶちまけた、なんという荒療治。

 

「ったく、タマゴどころじゃねえな……」

 

 独り言を呟きながら、未だに湯船に浮かんでいるタマゴを抱えた瞬間だった。かつん、と中から何かが蹴っ飛ばしてきた感覚があった。しばらく抱えていると、時々動いているみたいだった。

 

「風呂効果か……? んな馬鹿な……」

 

 ルカリオがアルバに服を着せ、担ぎ上げた。とりあえず取った部屋に連れて行こう。俺も身体を拭いて服を着直すと脱衣所をあとにした。

 

「「あ」」

 

 その時だ、隣の女性浴場の脱衣所からリエンが現れた。湯船に浸かったんだろう、顔が少し赤くなってて湯気が見える。そして手の中にはタオルで包まれているけど、タマゴがあった。

 どうやら考えることはみんな一緒らしい。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 それから朝になるまでは早かった。アルバは湯あたりでダウンしていたためポケモンセンターに放置してきた。リエンはタマゴの世話の仕方をシーヴさんに尋ねに行った。俺も途中までついていったのだが、アランは休暇終わりに合わせて昨晩ハルビスタウンに戻ったらしい。アランがいないのではしょうがない、シーヴさんの育て屋をあとにした俺はふと視界の大半を占める大きな山を見やった。さらに視界の端に映るロープウェイ。

 

「まぁ、今日は自由行動ってことで……」

 

 さっそく俺はロープウェイに乗り込むとレニアシティに向かった。どんどん高くなる位置、サンビエタウンや13番道路がどんどん小さくなっていきシーヴさんの育て屋がぽつんと小さく見えるくらいになった頃、ロープウェイはレニアシティの乗り場へと到着した。

 

「うわぁ……すげぇ絶景」

 

 なんだか先に見ちゃったことを二人に申し訳ないな、と思いつつ周囲を見渡す。周囲と言っても、基本的には空だ。正しくは眼下、まるで精巧に作られたミニチュアのように連なる街々がまるでこの山を中心に出来上がってるみたいだった。

 

「"テルス山"、か……」

 

 ナビによると、ロープウェイ以外にも登山家用のルートも存在するらしい。サンビエタウンを西の方向から出るとその道に出るらしい。最も、俺たちは軟弱者なのでロープウェイで昇降するけど。

 街並みを見るのもいいけど、やっぱりまずはジムだろ。というわけでランニングシューズをフル活用して街の中を走り回る。

 

 と、軽く街の中を二周くらい走った頃にそれこそ、空を背にする形でオレンジや朱色をあしらった、いかにもほのおタイプのポケモンジムです! という主張のジムが目に入った。

 

「よし、行くか!」

 

 ボールの中のポケモンたちと頷きあい、俺はポケモンジムの門を潜ろうとして――盛大に激突した。普段は自動ドアで挑戦者を認識すれば開くはずなのに、なぜ……

 もしかして、留守? そりゃないぜ、わざわざ山に登ってまで挑戦しに来たっていうのにあんまりだい。

 

「おーいジムリーダーさん!! いるなら開けてくれー! いなくても開けてくれー!」

 

 我ながら意味不明だと思ったが、それにしたって誰もいないってことは無いだろう。こう、

門下生みたいなさ!

 

「いなくても開けてくれ、とは少し無茶だな」

 

 その時だ、不意に後ろから声を掛けられた。大人びた雰囲気の男性だ、それに旅を続けてきた

長年の直感でわかった。ポケモンバトルをする人だ、とすると俺と同じ挑戦者……?

 

「その様子だと、ジムリーダーは留守のようだ。仕方ない、俺の用事は日を改めるとしよう。それはさておいて、君は挑戦者か」

「あ、あぁ……アンタは?」

「ここのジムリーダーとは知り合いで、会う約束をしていたんだがタイミングが悪かったらしい」

 

 挑戦者、というわけではないらしい。随分と落ち着き払っていて、なんというか"大人"って

雰囲気が形になった人みたいだ。

 しかし彼は電子ロックの掛かったポケモンジムの手のひら認証ロックに触れた。普通、レニアシティジム(ここ)の関係者でなければ開かない扉。しかし電子錠は彼の手のひらによる解錠を

承認、ピッと小さな音を立てて自動ドアが挑戦者を迎え入れる。

 

「あの、何を……?」

「ジムに挑戦しに来たんだろう、代わりと言ってはなんだが俺が相手をしよう」

「はい?」

 

 冗談を言ってるようには思えない。マジで言ってる。ポケモンバトルをする人だとは思っていたけど、ジムリーダーの代わりって……

 

「心配はいらない。こう見えて俺はレニアシティジムに限り、ジムリーダーの代理をラフエルの

ポケモン協会に認可されている。俺を倒すか、俺が認めればこの"ブレイブバッジ"を授けよう」

 

 そう言って男が取り出したのは以前雑誌で見たことのある、レニアシティジムリーダーが挑戦者を認めた証であるブレイブバッジだった。繰り返すが本当の本当に、マジで言ってるようだった。

 だけど、いったい何者なんだ? ジムリーダーの代理を認可されてるなんて、並大抵の――――

 

「アンタ、名前は?」

「名乗ってなかったか、俺はシンジョウ。こう見えて、別の地方でジムリーダーを任されている」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「ここはレニアシティジムだが、ルールは俺が普段用いてるものを採用させてもらう。そう難しいルールじゃない。俺はポケモンを一匹、挑戦者は二匹用いてバトルを行う。手持ちのポケモンが

全て戦闘不能になったら負けだ」

「そんなルールでやってんの?」

 

 相当な戦闘狂(バトルマニア)じゃなきゃ、このルールは採用しないだろ。二匹選出ルールの多くは、挑戦者も

どちらかが戦闘不能になれば負けというルールだ。だけど、シンジョウさんのルールは違う。

 

 一匹で、二匹倒すと言ってるのだ。

 

「俺が出すのは、こいつだ。来てくれ、リザードン!」

 

 宙に高く放られたモンスターボールが燐光と共に吐き出したのは炎の翼竜。気性が荒く、育てるのは至難だがそれだけに心強いポケモン。

 

 そしてそれは相対する時、圧倒的なプレッシャーとなる。

 リザードンが吠えた。ビリビリと震える空気、耳朶にガンガン来る感覚。

 

「こっちの二匹はこれだ! ジュプトル! ペリッパー!」

 

 俺が放ったモンスターボールから頼れる背中が現れた。そのうち、俺はジュプトルをステージ

インさせた。シンジョウさんが怪訝と興味の中間の表情で尋ねてきた。

 

「初手に、ジュプトルか。理由を聞いても?」

「そりゃほのおタイプ相手なら、みずタイプは切り札にするでしょ」

「そうか、野暮をした。さぁ、存分にやろう」

 

 館内アナウンスのホイッスルが鳴り響く。リザードンが大きく翼を羽ばたかせ、宙空へ上がるなり口から灼熱を撃ち放つ。しかしジュプトルもまた俊敏さを活かし回避する。「この程度なら当たらないぞ」という挑発の意思を感じる。だがそれはシンジョウさんにとってもむしろ好ましい態度だったようだ。今の攻撃はジャブ、ただの小手調べ。とするなら、

 

「回避筋は見えた。【だいもんじ】!」

 

 当然、ストレートが来る。まるで咥えるようにリザードンが口の中に焔を溜め込み、それを一気に放出する。このまま逃げ続けたらジュプトルは丸焼きだ、()()()()()()だが。

 

「ジュプトル、防げ!」

 

 直後、ジュプトルは腕の新緑刃で地面を切り裂く。まるで板のように切り出された岩壁を捲りあげ、炎への盾にする。対象物にぶつかり、大の字に燃え盛る炎。盾にした地面すらオレンジ色に光りだすほどの熱、そう長くはこの盾も保たないだろう。だけど、それでいい。

 

 炎の陰からジュプトルが飛び出し、リザードン目掛けてジャンプする。すぐさま【だいもんじ】を放つのを中断し、迎撃の姿勢に入るリザードン。こちらの動きは見えている、シンジョウさんの言葉にウソは無いみたいだ。

 

「【リーフブレード】!」

「迎撃だ、【ドラゴンクロー】!」

 

 空中では姿勢の制御が難しい。飛行手段を持つリザードン相手に空中の白兵はやや分が悪い。だけど、壁すら足場に出来るジュプトルならその分を埋めることが出来る。

 ヒットアンドアウェイの要領で一撃かち合ったら即座に離脱。壁、天井、ありとあらゆる場所を足場として反転するジュプトルがリザードンを翻弄する。

 

「後ろだ! 再び【だいもんじ】!」

 

 振り向きざまにリザードンが大火を放つ。攻撃するべく既に振りかぶっているジュプトルでは回避ができない。炎がジュプトルを飲み込んだ瞬間、ジュプトルが消滅する。跡形もなく消え去ったわけではない。明らかに質量のないジュプトルだったからだ。リザードンが怪訝に顔を歪めた。

 

「今だ! 【かわらわり】!」

「ッ、【かげぶんしん】か!」

 

 リザードンの死角、さらにシンジョウさんからはリザードンに遮られて見えない天井に張り付いていたジュプトルが弾丸のように飛び出し、リザードンの翼の付け根へと手刀を穿つ。クリーンヒットとまではいかなくとも、リザードンを一度地上へ降ろした。【かわらわり】によって翼に物理的ダメージを与えれば、リザードンの飛行能力にガタが出るはずだ。

 

 そして、地面を主戦場にしたならジュプトルでもリザードンを圧倒することは可能なはずだ、勝機はそこにある。

 

「もう一度【かげぶんしん】だ!」

 

 今度は一匹だけではなく、数十匹に及ぶジュプトルの分身が円を描きながらリザードンを包囲する。今の所、シンジョウさんのリザードンが放つほのおタイプの技は【だいもんじ】だけ。【かえんほうしゃ】ならともかく、【だいもんじ】は必要以上にリザードンの体力を消費する。ならジュプトルの回避率を限界まで引き上げ続け、消耗を狙う。

 

「なるほど、最初の【かげぶんしん】が一匹だけだったのは偽物だと見破られるリスクを減らすため……さらにトレーナーの死角すら利用するか……」

 

 シンジョウさんがぶつぶつ呟いていた。訝しんだ俺は本物のジュプトルに、リザードン包囲網の一番外に回るよう目で指示を送る。シンジョウさんが不意に髪をかきあげ、はっきり見えるようになった両目は静かに、けど確実に()()()()()

 

「楽しいな、このバトルは」

 

 表情の乏しい、クールな男かと思っていたけどそうではなかった。燃えるものを持っている人だ、かつて俺の隣にいたアイラがそうだったように。

 

「全力で行く」

「望むところ……!」

 

 次の瞬間、リザードンが【だいもんじ】を自分の足元目掛けて放った。対象物、つまり地面に激突した劫火はリザードンを中心に大きな大の字を描いて広がった。それを受けてリザードンを取り囲む無数のジュプトルの分身が消滅する。瞬く間に本物だけになってしまったジュプトル目掛けて、リザードンが踏み込んだ。

 

「【ドラゴンクロー】!」

「正面からの打ち合いだ、ジュプトル!」

 

 満足に飛行できない今のリザードンは地上に縛られているも同然。地上が主なフィールドならば、フットワークの軽いジュプトルに分がある。質量を持ったオーラを両手に纏い、リザードンが爪を繰り出す。対して、ジュプトルも新緑刃を閃かせ、激しく打ち合う。リザードンの攻撃は一撃が重い、ジュプトルの軽さでは押し負けることもあるがそこは柔軟性を持って対処する。ジュプトルは攻撃を正面から打ち合わせるようにして、()()()。最低限のダメージで攻撃を受け流し、攻撃後の隙を突いて、素早さに物を言わせた連撃を喰らわせる。

 

【かわらわり】も【リーフブレード】も、本来ならリザードン相手では有利に働かない技だ。それでも、こうして連撃で繰り出せばダメージは蓄積される。

 このジム戦、入れ替えは自由。ジュプトルを下がらせ温存した上で、本命のペリッパーによるみずタイプ技でノックアウトに持ち込むという手もある。

 

「素早さなら自分たちに分がある、と思っているな」

「バレた……でも事実だ」

「今の状態ならな」

 

 その時だ、リザードンが異様な覇気を放った。ジュプトルが気圧され、たまらずに距離を取った。俺はポケモン図鑑を取り出してリザードンをスキャンした。そして、今の覇気の正体を知った。

 

「【りゅうのまい】……!」

 

 青い稲妻を身にまとったリザードンの速度はジュプトルの剣速に追いついていた。それどころか、一撃一撃がさらに重くなっていた。ジュプトルが攻撃を往なし切れなくなっていた。

 ジュプトルはリザードンの【ドラゴンクロー】を回避する方向にシフトした。しかしそれはヒットアンドアウェイも安易には狙えない状況に変わったことを意味する。

 

 しかしそうこうしている間に、リザードンはさらに【りゅうのまい】で素早さと攻撃力を高めていく。

 

「……君は図鑑所有者だったのか」

 

 静かに、シンジョウさんが尋ねてくる。俺は首肯で返す。

 その時小さく、彼の口角が持ち上がった気がした。

 

「なるほど、確かに戦術が知識を元に組み立てた、という印象を受ける。そのジュプトルも、相当鍛えられている」

 

 表情は相変わらずフラットで読めないけど、恐らく褒められているんだろう。

 だが、とシンジョウさんは言葉を続けた。

 

「鍛えているのはこちらも一緒、努力量が一緒だとして、残るは相性と実力が勝負に影響する」

 

 シンジョウさんが言い切った瞬間、リザードンが正面から迫るジュプトルの攻撃を()()()()()()()()。リザードンはその腕でジュプトルの腕をガッチリと掴むと、まるで棒を振り回すみたいに軽々とジュプトルを弄び、フィールドへ叩きつけた。そして、腕以上に力強い、丸太のような大足でジュプトルの身体を踏みつけ口腔に劫火を溜め込んだ。

 

「ッ、まずい! 抜け出せジュプトル!」

「詰めの【だいもんじ】だ」

 

 地面に縫い付けられたままのジュプトルを灼熱の劫火が襲う。ジュプトルの苦悶に呻く声が聞こえてくる。フィールド全体を焼きかねない広範囲の【だいもんじ】、場外にいる俺ですら熱さに汗が止まらない。

 やがて、数秒の放出を終えリザードンが後退する。上から巨体が退いたジュプトルは、ゆっくりと立ち上がった。シンジョウさんが意外そうに眉を寄せた。

 

「耐えた、か」

「今ので、隠し玉もおじゃんだけどな……」

 

 そう言うと、シンジョウさんはリザードンの足元に散らばる灰になったなにかを見つけた。それは紐のように細長く、空気に触れるだけで簡単に崩れた。

 

「【やどりぎのタネ】だな、リザードンは基本俺に背を向けて君たちに相対している。つまりリザードンの前面は俺にとっての死角、随分と搦手が上手いな」

「シンジョウさんも言った通り、努力量……経験も実力も相性も全部負けてるなら、セコい手でも使わないとその差は埋まらないってね」

 

 額から頬を伝う汗を拭いながら、啖呵を切る。ほぼ強がりみたいなものだ、今のでヤドリギは全て焼き払われた上にジュプトルはほぼ瀕死状態。ここから攻勢に転じるのはまず不可能だ。

 俺はジュプトルを下がらせようと、ボールを構えた。その時だった。よろめきながら体勢を立て直していたジュプトルが一気に立ち上がり、リザードンに向かって吠えてみせた。

 

「無茶だジュプトル! 下がれ!」

 

 そんな俺の言葉すら跳ね除けて、ジュプトルはボロボロになった腕の新緑刃に全力を込めだした。「俺はまだやれるぞ」と、話を聞かない。

 だが、ジュプトルの腕の新緑刃は数こそもはや一本のようなものだが、その大きさは従来を大きく凌ぐ大太刀のような大きさへと変化していた。特性の"しんりょく"だ、確かに一撃必殺を狙うならこれ以上無い条件だ。

 

「蛮勇もまた勇気(Brave)か。ならばこっちもそれなりの返礼をしよう」

 

 一瞬だけど、シンジョウさんが逡巡するような仕草を見せてから、ポケットから一枚のカードのような物を取り出した。それに嵌め込まれているのは、虹色の石。

 それが徐々に、光を宿し始めた。

 

「全力のその上へ、限界を超える。覚えておけ、これがポケモンの可能性だ――――」

 

 その光はやがて、天井のライトよりも強く激しい光を放つ。そしてその光に呼応するように、リザードンの身体の一部が輝きを放つ。よく見ると、類似する石が身につけられていた。

 光の奔流は風を呼び、やがて突風もかくやという風が屋内に吹き荒れる。

 

「――――劫火よ、我が決意を糧にさらなる高みへ至れ」

 

 俺もジュプトルも、地面に食らいつかなければ吹き飛ばされてしまいかねない突風。さらに目を開けているのも辛いほどの輝き、俺はゴーグルを下ろしサングラスモードを起動する。それでもなお視界全体を覆うような光が目の前に広がっていた。シンジョウさんとリザードンが腕を天に突き上げ、叫んだ。

 

 

「"メガシンカ"!!」

 

 

 光が、弾けた。

 

 そこにいたのは、()()()()()()()()()()。しかしその体躯は黒く、蒼い炎を具現化した竜と化していた。体内に収まりきらない炎がまるで髭のように口から溢れ出している。

 見たことのないリザードンの姿、俺は震える手でポケモン図鑑を取り出した。しかしポケモン図鑑すら今のリザードンの姿は測定が出来ないのか、表示がハッキリしない。

 

 姿が変わったからか、ジュプトルが与えた翼の付け根へのダメージが回復したのか黒いリザードンは宙に舞い合がると右腕に巨大なオーラを纏わせてまるで彗星のように光を纏ってジュプトルへと降り注ぐ。

 

「【ドラゴンクロー】が来る!」

 

 黒いリザードンが纏った光は熱を帯びていた。それに気圧されたジュプトルの反応が遅れ、"しんりょく"の力で底上げされた【リーフブレード】を数瞬遅れて繰り出した。

 元々【りゅうのまい】で上げられていた攻撃力、さらにシンジョウさんが口にした"メガシンカ"という言葉がそのままを意味するなら、きっと従来のリザードンを遥かに凌ぐ膂力を持つはず……!

 

 彗星が地面に激突する。舞う砂煙と、その中から吹き飛ばされてくるジュプトル。傍目から見て、完全に戦闘不能だとわかった。奥歯を噛みしめるより先に、焦りで俺はペリッパーを場内へ送りだす。

 

「【みずあそび】と【きりばらい】だ!」

 

 ペリッパーはすぐさま周囲に水を巻き、空気中の水分を増加させる。その上で砂煙を羽ばたきによって散らす。煙幕の中から黒いリザードンが現れた瞬間、心臓を鷲掴みにされたような気分になった。

 落ち着け、図鑑が頼りにならないなんて、そんなのラフエル地方に来る前はずっとそうだった。その状況に戻っただけだ、それにあくまで相手はリザードン。ほのおタイプであることに変わりはないはずだ……!

 

「考えているな、それでいい」

「ッ、【みずのはどう】!」

 

 ペリッパーが口から水の衝撃波を放つ。黒いリザードンはそれをひらりと交わすと、再び爪に特大のオーラを纏わせてペリッパーへと迫る。

【みずあそび】で軽減できるのはほのおタイプの技だけ、それに炎に元から耐性のあるペリッパーにわざわざ体力を消耗する【だいもんじ】を放つとは思えない!

 

 当たるまいとペリッパーが飛行戦を繰り広げる。だけど黒いリザードンの方が素早さが高いらしく、徐々に追い立てられていく。しかしペリッパーは自分が追われる立場にあることを利用して、羽ばたきをやめて急制動を掛け、空中に静止する。黒いリザードンがペリッパーを追い越し、旋回しようとする。距離は十分以上離れている。旋回から再接敵まで、時間はある。勝負はここだ!

 

 

「【ハイドロポンプ】!!」

 

 

 極限まで溜め込んだ水を勢いよく放出する。さらに水流の太さを絞ることで水圧をビームのように上げる方法で放たれたそれが旋回中の黒いリザードンへ直撃する。

 

「よし、直撃!! これで――――!」

「どうかな」

 

 シンジョウさんがピシャリと言い放った。俺はゴーグルを外して目を凝らした。旋回中の黒いリザードンには確かに【ハイドロポンプ】の水流が直撃している。だが、()()()()()()()

 水圧を上げ威力を上げたところで、黒いリザードンはものともしていなかった。そして、巨大なオーラを纏った右腕が稲妻に包まれだした。

 

「【かみなりパンチ】だ」

 

 再び彗星と化した黒いリザードンは【ハイドロポンプ】を正面から受け止めながら、ペリッパーへ再度接敵。【かみなりパンチ】をクリーンヒットさせた。

 一撃だ、ペリッパーは吹き飛ばされながら目を回し、地面に落下する。ひと目で戦闘不能だとわかってしまい、俺はボールに二匹を収めた。

 

「ジム戦終了、良いバトルだった」

 

 シンジョウさんの言葉は皮肉ではなかった。差し出された手を、少しだけ乱暴に取った。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「かー負けた負けた!」

 

 レニアシティジムをあとにした俺はレニアシティのポケモンセンターでポケモンを回復させると外に出た。もうすぐ地平線に太陽が沈む頃合いだ、サンビエタウンに戻らないと。

 あのあと、シンジョウさんはまたジムを締めてポケモンセンターに行く俺に付き添ってくれたが、なかなか興味深い話も聞けた。

 

「メガシンカっていうのか、アレ」

 

 遠い地方で伝承している技能らしい。ポケモンがバトル中のみ進化する特殊事象。必要なのはトレーナーが身につける"キーストーン"と呼ばれるアイテムと、ポケモンが身につける"メガストーン"。

 さらにはポケモンとの強い絆が必要らしい。それこそ、

 

「今のお前と俺じゃ無理っぽいな」

 

 俺がそう言うと隣を歩いているジュプトルがそっぽを向いた。さっきのバトル中、ジュプトルは一度俺の命令を聞かなかった。元々バトル意固地なやつではあったけど、このままじゃ行けない気がする。

 ジュプトルとは何度も死線を潜り抜けたし、クシェルシティジムのサザンカさんを倒せたのはひとえにこいつの活躍ありきと言って間違いはない。

 

「まぁ、今度は本当のジムリーダー相手に頑張ろうぜ! 期待してるからな」

 

 そっぽを向きながらではあったが、ジュプトルが返事をする。しかしシンジョウさん曰く「レニアシティのジムリーダーが持つ可能性は俺以上」だそうだ。

 いったいどんな人なんだろうな、早くジムを開けてほしいもんだ。

 

 来た時と同じようにケーブルカー乗り場までやってきた。あとはトレーナーパスを提示すればいいのだが、どういうわけかパスが見当たらない。

 

「もしかしてポケモンセンターに置いてきたか……?」

 

 ジュプトルたちを回復させる際、そのまま受付に置いてきてしまった可能性がある。

 ポケモンセンターに忘れてきたならまだいい。どこか道で落としたのなら探すのは大変だ、PG交番辺りに届いているといいんだけど。

 

「一旦、取りに戻らないとな……ん?」

 

 ケーブルカー乗り場から離れてしばらく走ったところで、俺はあるものを見た。鞄からデボンスコープを取り出すとそれを装着する。

 街中にあるなんてことはない古びたビル、その三階に位置している窓で確かに見た。

 

 

「あれは、バラル団……!?」

 

 

 胸の奥がざわついた。なんだってこんな街中に。隣を歩くジュプトルが俺の裾を引っ張った。確かに、クシェルシティ以来の因縁がある。それにここで何をしてるのかを突き止めれば、アストンたちの助けになるはずだ……

 

 俺はデボンスコープを外すとそのまま古びたビルの割れた窓から建物の中に侵入した。

 

 




今回、ジョシュア(@Joshua_0628)さん家のミスター主人公「シンジョウ」さんお借りしました。

彼がダイくんの先を行くことで、ダイくんもちゃんと主人公になれますように。


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VSエンペルト 氷の女

 もうすぐ夜の帳が降りるレニアシティ、その一角にある廃ビルの中では怪しげな連中が怪しい集会を行っていた。

 それを偶然にも目撃してしまったダイはジュプトルや他のポケモンを引き連れ、ビルの中に潜入したのだった。

 

「話し声がするけど、何言ってるかはわかんないな……」

 

 元よりこんな廃ビルで集会を行う連中など反社会的な連中に決まっている、とダイは断定しライブキャスターでPGのレニア支部へと匿名で連絡を入れた。恐らくあと数分もしないうちに警邏途中の警官を寄越すだろう。だが、警官が突入すれば当然乱戦が予想される。ここで、今なにが行われているか調査するには自分がこっそりやるしかない、そうも考えていた。

 

「どうしたもんか、なんか使えそうなアイテムは……ん?」

 

 その時、ダイは自分の鞄の中で沈黙するライブキャスターを発見した。それは以前、今使っているのとは別にアイラと旅を続けていた際に使っていたものだ。連絡先はアイラの他には両親しか登録されていない。

 正直持て余していたところはあるが、アイラとのわだかまりが溶けた今電源を入れることに抵抗はない。

 

「しめた。そうだな……ゾロア、ちょっといいか?」

 

 ボールからゾロアを呼び出すと、ダイはゾロアの前足にライブキャスターを括り付ける。そして自身のライブキャスターとゾロアが身につけているライブキャスターで音声のみの通話を繋げる。これで即席盗聴器の完成だ。準備が完了し、ゾロアが"イリュージョン"を使ってバラル団下っ端の幻影を作り出す。

 

「これで部屋の中に入って様子を探ってきてくれ、俺はPGが突入しやすいように正面玄関の鍵を開けてくる」

 

 ゾロアがコクリと頷き、"イリュージョン"で姿を消しバラル団下っ端の姿で歩いていく。それと同時にダイはジュプトルを引き連れ、階下のメインゲートのドアノブに巻きつけられた鎖を撤去し、解錠しておく。

 

「よし、これでPGも突入しやすくなるはずだ」

 

 鎖を目立たないように丸めて処理すると、再び二階へ戻ろうとする。しかしその時だ、同じ階からドタドタと足音が聞こえてきた。ダイは慌ててゲート近くの受付の奥に飛び込み息を潜めた。

 数秒後、そこを二人のバラル団員が通りかかった。

 

「急げ急げ、遅れると班長に何言われるかわかんないぞ!」

「ったくジョンのやつ、こんなタイミングでトイレかよ……」

「つーかここのトイレ、ちゃんと流れるのか?」

「おいおいこえーこと言うなよ」

 

 どこかで聞いたことある声だったが、ダイは気配を消すことに精一杯でそれ以上を考える暇がなかった。足音が階段を駆け上がっていくのを確認して、受付を飛び出したその時だった。

 ダイは横から飛び出してきた人物に激突し、派手に尻もちをついてしまった。それは相手も同様で、派手に廊下を転がっていた。

 

「いってて……あ、お前は!」

「やべっ……!」

 

 その時、ようやく思い出した。今通りがかった二人組と今ぶつかった下っ端は、かつてリザイナシティでダイを誘拐しようとしたバラル団下っ端だった、名をジャン・ジュン・ジョン。

 大声を出そうとしたジョンだったが、ダイより先に動いたジュプトルがジョンの腹部目掛けて【みねうち】を繰り出した。鈍い音が響き、ジョンは悲鳴を上げるまでもなく昏倒した。

 

「助かった……ナイス、ジュプトル」

 

 手段はかなり物騒だったが、と付け加えて気絶したジョンを受付の角に放り込む。そして階段を登ろうとしたところで、ダイの腰のボールからメタモンが飛び出した。

 メタモンは身体の一部を変化させて、何かを伝えようとしていた。そしてそれを見たダイが妙案を思いついたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 レニアシティの廃ビル、かつては不動産会社として使われていたようだが社長やその近辺の者たちによる金銭上の不正が発覚し、敢え無く倒産となった悲しい歴史を持つ建物であった。

 ともすれば、一流ホテルのような綺羅びやかだったロビーも埃や劣化でくたびれ、広大なビルの一部では野生のポケモンが住み着いていた。

 

 そんな中、野生のポケモンが近づかないように警戒された部屋に()()はいた。

 

「ジャン、入ります!」

「ジュン、同じく!」

 

 部屋の前で断りを入れ、ジャンとジュンが入室する。部屋の中には十数人規模のバラル団員が詰まっており、それぞれが命令待機をしていた。その中で、元社長が気に入っていたデスクに足を乗せて寛いでいる人物こそ、このメンバーの中の長。

 

「おう、戻ったか……ジョンはどうした?」

「それが、お花を積みに」

「そうかそうか、まぁしっかり施錠済ませてきたならトイレくらい休憩はやるよ」

 

 ジャン・ジュン・ジョンを特に気に入り可愛がっている、バラル団強襲部隊班長、ジン。ダイにとっても因縁浅からぬ相手であった。

 強襲部隊、その名の通り世間を騒がせているバラル団は基本的に彼らのことを指す。ジンの同僚、イグナやケイカ、さらに同じ幹部直属の()()()()()()はあまり表沙汰にならないためである。

 

「はぁ、ソマリの野郎は今日もまた団員勧誘ですかねぇ」

「ジンさん、ソマリさんは野郎じゃなくて女の子ですよ」

「そういう話じゃねーよ」

 

 本来ならば、この作戦は強襲班とスカウト班の合同任務のはずであった。しかしそのスカウト班、その長である女性"ソマリ"はともすれば他所の班員すら引っこ抜きかねないほどのカリスマを持ち、まっさら真っ当な人間をこちら側に引き入れることに長けている。スカウトした人間がどの分野を得意とするのか、それすら把握し下っ端管轄を行っている実質班長に配属を委託する。だからこそ、仕事が長引くのだ。

 

「しかし、なんだってスカウト班と合同なんでしょう?」

「そりゃ"イズロード"さんからの勅令だしな、"英雄の民"をパクってこいっていう。だったらイズロードさん直轄の強襲班・スカウト班が動くのは当然だろ。まぁ本音を言えば"ハリアー"姐さんとこのケイカちんも動かしてほしいところだったけど、アイツは俺たちが失敗しなきゃ動けねえからな」

 

 ジンが手袋に仕込んである小型シリンダーに装填してある特殊芳香煙玉をチェックする。シリンダーの中には"イアのみ"と"マトマのみ"を磨り潰した粉末がセットされている。これが煙玉と一緒に発射され、大気中に飛散すると対象の嗅覚と視覚を奪うことが出来る。まさに誘拐用の特殊香料というわけである。

 

「お前ら、防毒装備は忘れんなよ。目が見えなくなっても連れ帰ってやれねーからな」

 

 各々が返事し、フードに予めしまってある特殊マスクを首にかける。日没までわずか、レニアシティのジムリーダーが日課から帰ってくる時間だ。調査の結果、家族の誰かしらが随伴してる可能性はあるが数の利がある。如何に相手がジムリーダーやその家族だろうと視覚と嗅覚を奪ってしまえばまず勝てる。

 

「―――ー遅れました~、ジョン入りま~す」

 

 その時だった。扉が開きフードを目深に被ったジョンが入室してきた。それを見てジャンとジュンが青ざめる。

 

「バッカお前! 遅すぎだぞ!」

「みんなお前を待ってたんだから、空気読め!」

「あ、そうなの? すいません」

 

 軽薄そうに謝るとジョンはそのまま壁際の新入りの側まで寄って「話を続けてください」とジンにジェスチャーで促した。

 ジョンの態度が気にはなったが、これで強襲隊はフルメンバー。スカウト班が合流する前に改めて作戦手順の説明を始める。

 

「いいか、俺たちの目標はレニアシティのジムリーダーだ。"英雄の民"だのジムリーダーっつー大層な肩書はあるが所詮はガキだ。今日の日課はレニアシティの北西側、ラジエス方面の山でのトレーニング。ソマリの野郎やスカウト班と合流し次第向かうぞ」

 

『了解!』

 

 室内十数人が静かに、だが迫力のある返事で応える。だがその中、ジョンだけが静かにぶつぶつと呟いていた。

 

「トレーニングか……そりゃ留守なわけだわ」

「なんか言ったか、ジョン」

「いや!? なんでも無いっス!」

 

 ジョンが素っ頓狂な声を上げる。それを聞いて、さらにジンは訝しんだ。

 

「お前、声どうした? 今更変声期か?」

「じ、実は風邪気味なんス! でも任務には支障無いと思うんで、気にしないでください!」

 

 慌てるジョンに向かってジンが立ち上がり、ズカズカと歩み寄るとフードを勢いよく脱がせた。フードの下には見慣れたジョンの顔があった。手袋をしていたため、額同士をくっつけて熱を測るジン。

 

「……そうか、風邪か」

「そうッス風邪ッス」

 

 額を外し、ジョンから離れるジン。しかし彼は部屋の扉の鍵を締めると、意地悪い笑みを浮かべた。

 

 

 

「お前、誰だ?」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 ダイは内心、冷や汗を隠せずにいた。近くには手持ちのポケモンもいる、相手が動くよりは先にアクションを取れるが相手の異名は"猛追"。生半可な逃走では確実に捕まってしまう。

 どういうわけかジンに正体がバレた。いや、正体まではバレていないが偽物であることは感づかれてしまった。

 

「ど、どういうことっすか班長(リーダー)!? こいつ、どう見てもジョンじゃないっすか!」

「いいや、確かに顔はジョンだ。でもなぁ、触ってみたら一瞬でわかったぜ、()()()()()()()()()()

 

 それを聞いて、ダイはギョッとした。そう、彼は今ジョンの顔に化けさせたメタモンを仮面のように顔に貼り付けているだけだ。夏場はメタモンのひんやり感が癖になるとか言ってる場合ではなかった。

 もはや言い訳は通用しない。しかし逃げ出すには場所が悪すぎる。狭すぎる部屋の中、十数人のバラル団員に取り囲まれているのだ。

 

「……バレちゃ、しょうがないな!」

 

 顔に張り付いてるメタモンを剥がし、【へんしん】を解除させる。バラル団員たちがギョっとしながら腰のモンスターボールに手を伸ばした。

 ジョンの顔の下から現れたダイの顔を見て、ジンは目を見開き一瞬驚いてから、クツクツと笑いだした。

 

「カカカカ、お前かよオレンジ色……!」

 

 リザイナシティ、クシェルシティと因縁続く相手の登場にジンは笑っていた。ダイも冷や汗を浮かべながらだが、余裕の表情を見せていた。

 

「さて、どうしてやろうか。俺たちの作戦を聞かれちゃった以上このまま帰すわけにいかねーんだよなァ」

「悪いんだけど連れが待ってるから、今日のところはお暇しようかなって思ってたんだ」

「ヒハハハ! なにがなんでも帰るってか! やっぱおもしれーよお前! スピアー!」

 

 ジンがモンスターボールからエースポケモン、スピアーを呼び出す。ダイもポケットに移動したモンスターボールに手を伸ばす。だがそれより先にスピアーが【ダブルニードル】をダイ目掛けて放った。

 

「【ふいうち】!」

 

 その時だ、ダイの眼の前にバラル団員が飛び出してきたかと思えばスピアーの【ダブルニードル】を防ぎ、バラル団員が消滅した。それはゾロアが"イリュージョン"で生み出していた幻影であり、スピアーの死角からゾロアが体当たりを繰り出す。スピアーが吹き飛びジンに激突する。扉の方に隙が出来た、このチャンスを逃すまいとダイはドアノブに触れた。

 

 

 微かな違和感をダイは覚えた。鍵が閉まっていることではない。ジョンから奪った手袋が、ドアノブにくっついたのだ。

 粘着質な何かがドアノブに塗られていたかと考えたが、どうもそうではない。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――――

 

 

 

 

「――――【ふぶき】!」

 

「まずい、ゾロア!」

 

 ダイはドアノブにへばりついた手袋から手を引き抜き、ゾロアを抱えてバラル団員が密集している方向へダイブした。刹那、凍りついたドアノブが縦に真っ二つになり部屋の中へ飛び込んできた。

 爆発音に似た衝撃がバラル団員を襲う。無事だったのはドアの隣で倒れていたジンと予め回避行動を取っていたダイだった。

 

「動くな、PG(ポケット・ガーディアンズ)だ」

 

 その声は静かに凛とした、それでいて冷ややかとした、まさに鈴のような声であった。側に立つポケモンが放った【ふぶき】の名残がその綺羅びやかなブロンドを靡かせる。

 揺れる前髪の奥から除く双眸は例えるのならば剣。触れればまさに切れる、刃の如き瞳だった。

 

「チッ、さてはオレンジ色垂れ込みやがったな! 防毒マスク着用! 作戦どころじゃねえ!」

 

 ジンの指示で意識のあるバラル団員が軒並みマスクを着用する。予めゾロアがつけていたライブキャスターで作戦概要を確認していたダイがフードからマスクを取り出すが、今何も準備していないPGを名乗る女性は無防備だ。ダイは一瞬の迷った末にマスクをPGの女性の元に放り投げ、自身は鼻を摘み目は自前のゴーグルで保護して、ゾロアをボールへと戻した。

 

 直後、ジンが手から放った煙玉と中に含まれた"イアとマトマのみ"を磨り潰した粉末が飛散し部屋中が煙で充満する。ジンのスピアーが【ミサイルばり】で窓を破壊し、一目散にそこからバラル団員が離脱する。

 ダイは逃すまいと思ったが、鼻を摘んでいるせいで手が片方ふさがっておりさらにこの空間にポケモンを呼ぶわけにはいかない。

 

「小癪な、もう一度【ふぶき】だ!」

 

 PGの女性が吠える。すぐ後ろに控えていたポケモンが煙幕を空気ごと凍らせた。粉末が凍りつき、しんしんと床に降り積もる。ダイは危険でなくなったと判断するとゴーグルを外して窓の外を見やった。

 

「まずい、追いかけないと――――」

「動くな。膝から下とお別れしたいのか?」

 

 ダイが窓から飛び出そうとしたときだった。後ろからPGの女性がピシャリと言い放った。そばに立つポケモン――"エンペルト"は射抜くような眼でダイを睨んでいた。

 

「は? 何言ってんだよ、あいつら追いかけないと!」

「心配するな。外には約数百人の警官を配備している。だが逃げ遅れた貴様は私、

"アシュリー・ホプキンス"が確保する、逃がしはしない」

「あのなぁ、通報したのは俺! ついでに言えば玄関の施錠を開けといたのも俺!」

 

 どうやらこの女性――アシュリーは自分をバラル団員だと勘違いしているらしい、とダイは頭を抱えた。しかしアシュリーは剣呑な視線を収めはしなかった。

 

「よもや、その格好で、その言い訳で言い逃れられると本気で思っているのか?」

「は? その格好って――――あ」

 

 迂闊だった。ダイは今、ジョンから奪ったバラル団の戦闘員服を身に纏っている。むしろこれで通報したのは自分だなどと言って信じてもらえるわけがない。

 ダイはじわじわ迫るアシュリーに向けて手を向けて静止を呼びかけた。

 

「ちょっと待った! 俺がこの格好をしているのにはわけがある! トレーナーパスを見てもらえば、俺が怪しいやつじゃないってわかってもらえるは――あ」

 

 そして思い出す。そもそも、レニアシティからサンビエタウンに下るケーブルカーに乗らなかったのはトレーナーパスの提示が出来なかったからだ。そしてそれを探しに行く最中で、バラル団を発見したのだ。

 つまり今のダイはバラル団の格好をした上に身分証明証の無い、超弩級に怪しい人物というわけだ。

 

 当然、アシュリーは黙っていない。剣呑な雰囲気を漂わせたまま、ダイに向かって近づく。

 

「どうした、トレーナーパスを見せてくれるんじゃないのか?」

「それが……その、今手元に無いんですよね、ハハハ……」

 

 空気が凍りつく。ジリジリと、二人の距離が縮まる。近づけば近づくほど、美女に向けられる敵意がどれほどのプレッシャーかを思い知ることになった。それこそ、ラフエル地方に来て初めての経験である。

 ダイはもはや迷う暇すら与えられなかった。ジンとバラル団たちが開けた窓の穴から外へと飛び出すと同時、ペリッパーを呼び出しその足へと捕まった。

 

「ひとまず逃げるぞ!」

 

 ペリッパーの足から背へと移動し周囲を見渡すダイ。確かにアシュリーが言った通り、かなりの数のPCとPG警官たちがひしめき合っていた。見ればジンの部下が数人確保されているのがわかった。

 このまま降下したらダメだ、ダイは直感でそう感じ取った。そしてアシュリーが追ってきていないか確かめるべく振り返り、驚くべきものを目にした。

 

「"キュウコン"!」

 

 アシュリーはエンペルトを下げ、九尾の狐を呼び出した。そして、キュウコンはビルの壁と壁を蹴りながら確実に高度を上げ、ついにダイとペリッパーの頭上を取った。

 

「【かえんほうしゃ】!」

「まずい、避けろペリッパー!」

 

 キュウコンが放った【かえんほうしゃ】は一つではない。全ての尻尾の先端から炎を生み出し、発射する。しかもその一つ一つが意思を持っているかのように空中でうねり、ペリッパーを追ってくる。

 逃げる間も無く、ペリッパーの翼をキュウコンの炎が焼く。如何にみずタイプと言えども、練度の高いアシュリーのキュウコンが放つ【かえんほうしゃ】は受けられなかった。

 

 翼に火傷を負ったペリッパーが徐々に高度を下ろす。ダイはペリッパーの背から飛び降り、着地と同時に受け身を取ると落ちてくるペリッパーをボールへ収めると、ランニングシューズに物を言わせて走り去る。

 しかしアシュリーもまたビルから飛び出すとパイプに捕まりながら滑り降りるようにしてあっという間に一階に辿り着くとダイを追跡し始めた。

 

「【ニトロチャージ】!」

 

 着地したキュウコンに指示を出すアシュリー。キュウコンが再び九尾の先から迸らせた炎を纏い、ダイ目掛けて体当たりをする。【ニトロチャージ】を行ったことでキュウコンはさらに加速する。

 ダイは背後から近づく熱に気づき、慌てて前方に跳んだ。キュウコンの体当たりをなんとか躱したが、体勢を崩した。

 

「ポケモンセンターは……まだか!」

 

 少なくとも身分証明証さえ取り戻せばこの頭の固い美人警官も考えを改めるだろうと、ダイはポケモンセンターを目指していた。しかしキュウコンの追跡はあまりにも執拗だ。如何にランニングシューズを使っているとしても、このままでは追いつかれてしまう。

 

 抵抗したいところだが、ジュプトルではダメだ。タイプ相性が悪いのもそうだが、今ほのおタイプのポケモンを当てるわけにはいかない。

 一番撹乱する上で優秀なのはゾロアだが、ポケモンセンターまでまだ遠い。囮にするにしてもここではダメだ。

 

 正面からキュウコンを打ち破るのなら、やはりペリッパーを出すべきだ。しかし翼に酷い火傷を負ってる以上、飛行手段として使うことは出来ない。

 

 しかし運命が味方をしたのか、キュウコンが大げさな炎技を使う事ができない場所に出た。寂れたビル街ではなく、今なお栄える夜の街の部分だ。仕事を終え、退社した民間人が溢れる中でキュウコンの炎技を使えばダイ以外にも被害が出る可能性がある。由緒正しいPG構成員が、それもハイパーボールの階級章をつけている人間が民間人に被害が及ぶ行動を取るとは思えない。

 

 考え方としては本当に悪役のそれだが、無実の罪で追いかけられている以上ダイに形振りを構っている余裕などなかった。

 ダイの予想通り、キュウコンが攻撃を渋りだした。その隙に人と人の間を縫うようにダイは進み、遂にポケモンセンターが視界に入った。

 

「よし、このまま……!」

「キュウコン、戻れ! エンペルト!」

 

 ダイは振り返らず、アシュリーの言葉を反復する。キュウコンが戻り、エンペルトが再び出てきた。確かに、みずタイプの技ならばせいぜいが塗れる程度で済む。

 と、ダイは高をくくっていたのだがアシュリーが一枚上手だった。アシュリーはエンペルトの背に飛び乗ると、そのまま叫んだ。

 

「【アクアジェット】!」

「な、にィッ!?」

 

 まるで海を割るようにエンペルトという弾丸を避けるために人が道を開ける。そしてエンペルトとアシュリーはダイのすぐ後ろにつくと、ダイの目的がポケモンセンターにあることに気がついた。

 

「【ふぶき】!」

 

 それからはあっという間だった。エンペルトが放つ【ふぶき】がポケモンセンターの入口付近を完全に凍らせたのだ。自動ドアはもちろん開かず、ダイはポケモンセンターの中に入ることは出来ない。

 ダイは急いで方向転換し、ケーブルカー乗り場の方へと向かった。

 

「クソッ、あの女むちゃくちゃだ!」

「そうでもしなければ、犯罪者を捕まえることなど出来ないからな」

「だから、誤解なんだって!」

 

 そう言いながら、ダイはペリッパーを呼び出してアシュリーへ牽制を仕掛ける。どういうわけか翼が無事なペリッパーだったが、エンペルトは【メタルクロー】で迎撃する。明後日の方向へ弾かれて飛んでいくペリッパーを無視し、エンペルトは【れいとうビーム】を放ちダイの足を完全に凍らせた。足を凍らされた瞬間うまく走ることが出来ず、ダイは前のめりに派手に転がった。

 

「いってぇ……足が……ッ!」

「観念しろ、ここまでだ」

 

 ダイはすぐに身体を起こすとそのままズルズルとケーブルカー乗り場の方へと後退する。しかし足を凍らされた以上、立ち上がって逃げるのは至難の技だ。

 しかしダイはすぐさまジュプトルを呼び出すとエンペルトと対峙させる。抵抗の意思あり、とアシュリーの中で最後のリミッターが外れた。

 

 絶氷鬼姫(アイス・クイーン)、アシュリーが捕らえた犯罪者やPG構成員が彼女を揶揄する異名だ。彼女が捕まえた人間は絶対に氷漬けにされていることからついた。ダイもまたその評判を裏付けるように足がどんどん凍りついて、既に指先の感覚は無い。

 

「ハイパーボールの階級章ってことは、お姉さんアストンと知り合い?」

「……なぜそこで彼の名前が出る」

 

 張り詰めた空気を軽くしようとして放った言葉だったが、アシュリーは露骨に嫌そうな顔をしてダイを睨んだ。

 

「知り合いだからさ。かれこれ二回も助けてもらってるもんで」

「戯言を」

「ウソじゃないんだっつーの」

 

 これ以上アストンの話題を出せばやばい、ダイの直感が告げていた。しかしダイには既に逃走経路が見えていた。あとはタイミングの問題だ。

 何かの奇跡で自分のことを知っている、それこそ昼間対戦したシンジョウが通りかからないものかと期待していたがそんな偶然は無い、ダイは覚悟を決めた。

 

「悪いけど俺、アンタにだけは捕まる気、無いんだよね! ジュプトル、【タネマシンガン】!」

 

 ダイが叫ぶ。アシュリーとエンペルトが攻撃に備えたが、ジュプトルが攻撃したのは下りのケーブルカー、その窓だった。円を描くように撃ち込まれた種の弾丸がケーブルカーの窓にヒビを入れる。

 怪訝そうに顔をしかめるアシュリー、ふとダイが笑みを浮かべていることに気づいたのだ。

 

「メタモン、【ハイドロポンプ】だ!」

「なっ!?」

 

 直後、アシュリーとエンペルトを背後から凄まじい水流が襲う。ダイはなけなしの力を振り絞って立ち上がると、アシュリーを後ろから急襲した()()()()()()姿()()()()()()()()の足に捕まり、その勢いを使って跳躍。ジュプトルが入れた窓のヒビに跳躍の勢いを乗せた飛び蹴りを放ち、窓をぶち破りながらケーブルカーへ飛び乗った。

 

「ジュプトル、【リーフブレード】!」

 

 ダイがケーブルカーに飛び乗ったと同時、ジュプトルがケーブルカーとワイヤーの接続部分を腕の新緑刃で切断する。結果、ダイを乗せたケーブルカーが重力にしたがって、テルス山の斜面へ落ち、

 

「あばよ、美人のお巡りさん!!」

 

 悪者のような捨て台詞を残したダイを乗せたケーブルカーが斜面をものすごいスピードで滑り落ちる。ケーブルカーの上に飛び乗ったジュプトルをボールに収めるとダイはケーブルカーの手すりに捕まった。

 もはやそういうアトラクションのように山のでこぼこ斜面を超スピードで進むケーブルカー。下手すればでこぼこに打ち上げられ、転倒の可能性がある。

 

 それでもひとまずはアシュリーから逃げねば、確実に捕まるという予感があった。だからこそ、逃げに手段は選ばない。

 一安心、そう思っていたときだった。

 

 まるで濁流のような何かがダイが乗るケーブルカーの側を通った。それはケーブルカー乗り場からエンペルトが放ったみずタイプの技だ。しかし【ハイドロポンプ】など比べ物にならないほどの威力で放たれたそれは、なんとレニアのケーブルカー乗り場からサンビエのケーブルカー乗り場までの斜面を抉り取るほどだったのだ。

 

「な、んだあの馬鹿火力……!?」

 

 かつて戦ったみずタイプのジムリーダー、サザンカであってもあそこまで強烈な水技を使っているのを見たことがない。そして地面を抉った水をエンペルトは【れいとうビーム】で固めると、アシュリーを乗せてそのまま滑り出した。

 

 まるでサーフィン、いや氷上であることを考えればそれはボブスレーのようであり、しかもでこぼこの斜面にスピードを落とされつつあるダイのケーブルカーと違ってみるみる加速していた。

 そして、遂にエンペルトとアシュリーがダイのケーブルカーを抜き去りサンビエタウンのケーブルカー乗り場で滑り落ちてくるケーブルカーを待ち受けた。

 

「エンペルト、【ハイドロポンプ】! 

キュウコン、【はかいこうせん】! 

コモルー、【りゅうのいぶき】!」

 

 アシュリーは手持ちのポケモンを一気に呼び出し、ケーブルカー目掛けて攻撃を放った。【ハイドロポンプ】と【はかいこうせん】と【りゅうのいぶき】が全てケーブルカーに激突し、落下速度を格段に落とす。そして時速が40kmを下回ったタイミングで"ハピナス"を前に出させた。

 

 

「【きあいパンチ】!」

 

 

 裂帛の気合と共に放たれたハピナスの【きあいパンチ】が減速したケーブルカーを完全に停止させ、中にいたダイは慣性力によって窓に叩きつけられた。

 

止まったケーブルカーの扉をこじ開け、中にいたダイにアシュリーが手錠をかけるのは、もはや造作もなかった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 翌朝、サンビエタウンのポケモンセンターにて目を覚ましたアルバとリエンが目にしたのはバラル団の一員としてダイが逮捕された、というニュースだった。

 

 




主人公、逮捕される。



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VSピカチュウ アルバという少年

 僕は物心ついた時からポケモンと一緒だった。当時はまだリオルだった相棒と共に歩行を覚えて、言葉を覚えた。

 兄弟のようなものと言っていい。実は僕よりちょっぴり先に生まれているから、ルカリオの方がお兄さんってことになる、のかな。

 

 世間ではそれを双子って言ったりするんだろう。

 

 とにかく、何をするにもポケモンが一緒だった。だから当然、ポケモンバトルにのめり込むのも必然だった。

 だけど昔の僕は今よりずっと猪突猛進な攻撃バカで、友達にはよく対策されて負け越した。だからか、どんどんと負けず嫌いな性格が形成されていった。

 

 それでも負けないように、プロのポケモントレーナーのバトルを研究した。ジムリーダーのジムにも何度か忍び込んでジム戦を見学したりもした。

 そこまでしても、僕は友達には勝てなかった。仲間内の中で、体のいいサンドバッグとまでは行かないけどとにかく「僕相手なら勝てる」ってみんなが思っていた。

 

 ポケモントレーナーなら当然、チャンピオンというものに憧れるものだと思う。僕もまたトレーナーとして敷かれたレールに飛び乗ったつもりだった。そして、僕が生まれた歳……つまり今から十五年前のラフエルリーグをビデオで見たときだった。

 

 衝撃を受けた。盗み見たジム戦なんか比べ物にならないほど、白熱する激闘。

 その戦いは黒いリザードンを引き連れた青年が勝利を収めた。だけど僕の目を引きつけて離さなかったのは、負けた方……ピカチュウを共にする女性だった。

 

 彼女のピカチュウは特別素早かった。画質の悪いビデオではまるで消えたようにさえ見えた。それ以来僕は他の教材を全て無視して、彼女とピカチュウを観察した。

 そして素早さを極めようとリオルとトレーニングを積み始めた。僕も自分自身を鍛え上げて、いずれ旅に出るための準備を始めたんだ。

 

 だけど、やっぱり僕とリオルは勝てなかった。そして彼らは言ったんだ。

 

 

 

 ――――アルバ、人には向き不向きがあるって先生が言ってただろ。

 

 

 ――――ポケモンバトル、向いてないんだよきっと。

 

 

 

 悔しかった。今まで負けた時以上に悔しかった。

 田舎の子供の集まりですら僕は勝てない。チャンピオンなんて夢のまた夢だって、突きつけられている気がした。

 

 でも僕は折れなかった。以前の僕ならここで諦めていたと思う。

 けれど僕はあの音を置き去りにするほど素早いピカチュウを、それを駆る彼女の背中を追いかけ始めていたから。

 

 トレーナーズスクールの小等部を卒業する頃に、僕たちに変化が訪れた。

 朝、いつものように走り込みをリオルとしようとベッドを飛び出した時、ボールの中から眩しい光が溢れ出た。光が止んだ時、そこにはルカリオがいた。

 リオルがルカリオに進化する条件は僕にはわからなかった。きっと有名なポケモン博士、ラフエルだとヒヒノキ博士とかならわかったのかもしれないけど。

 

 だけど、その進化が僕たちの努力は無駄じゃなかったんだって、教えてくれた。

 友達のポケモンも中等部に上がるに連れてパワーアップし、進化した。だけどルカリオは今までの小さな体躯(リオル)ではない。そして何度もあのピカチュウを研究し、反復して覚えた【しんそく】とずっと練習していた【はどうだん】を駆使して、初めての勝利を掴み取った。

 

 それから僕はメーシャタウンで負けることは無くなった。僕を取り巻く友達がみんな僕を認めてくれた。

 才能は無かったかもしれない。でも努力を続ける才能はあったから、ここまで強くなれた。でもこんなところで満足なんか出来ない。

 

 僕の目標はチャンピオンになることだ。それもただポケモンリーグを勝ち進むだけじゃない。

 瞼に焼き付いて離れないあのピカチュウと、あの人を超えて、僕はチャンピオンになりたいんだ。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 ダイが逮捕された。そのニュースをサンビエタウンのポケモンセンターのテレビで見た僕は、驚きのあまり言葉を失った。

 それは隣にいたリエンも一緒みたいで、僕たちは揃って目を見合わせて乾いた笑いを漏らすしか無かった。今思うと、笑ってる場合じゃなかったんだけど。

 

 すぐさま荷物を纏めて、ポケモンセンターを出ようとした時入り口から中に駆け込んでくる人影を見た。

 

「あぁ、まだいたね……良かった」

「シーヴさん! あの、今ちょっと急いでて」

「わかってる、ダイくんのことでしょ。話によると彼は昨日一人でレニアシティに行っていたみたいなんだ」

 

 シーヴさんも家から飛び出してきたらしく、前髪が額にペタッとくっついていた。それにしてもダイがレニアシティに……きっとジムに挑戦しに行ったんだろう、たぶん僕が彼でもそうしたはずだ。

 とにかく、ダイはレニアシティで逮捕された。ならきっとレニアシティのPG支部に拘留されてる可能性がある。リエンと一緒にケーブルカー乗り場を目指そうとポケモンセンターを出たところで、異変に気づいた。

 

 山の斜面が大きく抉れている。それだけではなく、ケーブルカーが止まっていた。しかもそのうち、サンビエのケーブルカー乗り場前には鉄塊と化したケーブルカーが一台あった。

 近づいて観察してみるとポケモンの技を受けてこうなったのがわかった。

 

「中心に大きな打撃痕、周囲には放射状の凹み……」

 

 サンビエ乗り場で滑り落ちてくるケーブルカーをポケモンの技で減速させて、またポケモンの技で完全停止させた。そういう損壊具合に見えた。

 僕がケーブルカーの周囲をぐるぐる回っているとボールから出てきたルカリオが僕の服の裾を引っ張った。

 

「このケーブルカーにダイが乗っていたの?」

 

 ルカリオの言いたいことを察したリエンが尋ねると、ルカリオは「くわんぬ」と応えた。そしてルカリオは目を閉じ、瞑想にも似た極限状態に入った。

 このケーブルカーに残ったダイの波動を感知して、場所を探ろうとしているんだ。だけどルカリオはやがて目を空けると首を横に振った。

 

「もしかして、レニアシティにはいないの?」

 

 僕が尋ねるとルカリオは首を縦に振った。さすがPG、バラル団として検挙したなら次の瞬間には護送が始まっているというわけだ。尤も今ばかりはその仕事の速さが恨めしい。

 するとシーヴさんが後ろの方で顎に指を添えて思案していた。

 

「もしかすると"ペガスシティ"かもしれないね。あそこはPG本部のお膝元だから、あの街で一旦聴取を行うはずだよ。だけどダイくんのことだから……」

「知らないことは知らないって言うよね……」

 

 その場にいた全員が首を縦に振った。そもそもダイがバラル団として逮捕されたのがおかしい、絶対に事情があるはずだ。彼がバラル団と対峙するところを僕も、リエンも証言できる。

 クシェルシティで秘伝の巻物争奪戦を行ったアレが自作自演だなんていくらなんでもありえない。

 

「なら急いだ方がいいよ。もしペガスシティでの聴取で有益な情報を得られないとなったら、きっとその後は"ネイヴュシティ"行きだ」

 

 シーヴさんの言葉に、僕は文字通り背筋が凍る思いだった。ラフエル地方は比較的温厚な土地だった、だけどそれは"アイスエイジホール"と呼ばれる大穴が開くまでの話だ。

 隕石か何かがこの地を穿ち、そこから広がる冷気でこの地方は一部が極寒の氷雪地帯と化した。そんな中、出来たのがネイヴュシティと呼ばれる氷の街だ。

 

 そこには極悪人や口を割らない犯罪者を収容する、この地方一の地獄が存在すると噂だ。尾ひれが付きすぎて、拷問まがいの聴取まで行うって話だ。

 そんなのは絶対ダメだ、僕たちがダイの無実を証明しないと。

 

「リエン、ペガスシティに行こう」

「もちろん、アルバならそう言うって思ってたよ」

 

 すぐに首肯して、リエンはタウンマップを開いた。ペガスシティはテルス山を挟んでサンビエタウンの対角線上にある。

 

「確か、テルス山には大きなトンネルがあってそこから"ラジエスシティ"に道路で繋がってるはずだよね」

「じゃあまずはラジエスシティだね。シーヴさん、私たちはこれで出発します」

「気をつけるんだよ。私はレニアシティで情報が無かったかどうか調べてみる。と言ってもケーブルカーが止まってるから時間はかかると思うけど」

 

 シーヴさんが僕たちの肩を叩く。僕たちは深く礼をするとサンビエタウンの売店で携帯食料などのキャンピングアイテムを一式揃えると、サンビエタウンを出た。

 幸いにもサンビエタウン近くからテルス山のトンネルに続く道路が伸びてるため、そこまでは地図がいらない。

 

「それにしても、どうしてダイがバラル団だって思われたんだろう」

「……偶然、バラル団を目撃してそれを追いかけて行ったらその場ごとPGに抑えられた、とか?」

 

 いや、それはない。

 

 

 ない、よね。

 

 

 

 

 

 アルバとリエンがサンビエタウンを出た後、シーヴは育て屋の表に「Close」と書かれた看板を下げると登山用のコースからレニアシティに向かって歩き始めた。

 実はシーヴもまたアルバたちのように若い頃はポケモントレーナーとして旅をしていた経験があるため、山登りもまた得意な方だった。

 

 しかし長らく育て屋生活で使わなかった部分を短時間で酷使しているからか、山の中腹辺りで身体が休憩を求め始めた。

 

「……少し鍛えないとね」

 

 額の汗を拭いながらもシーヴが呟いた。しかし泣き言が漏れ出す前に彼女はレニアシティへと到達した。肩を喘がせながら山頂に辿り着いた感慨を今は忘れる。

 レニアシティ側のケーブルカー乗り場もまたサンビエタウン側と同じように凄惨な有様であった。そしてサンビエタウン側から見えた山の斜面の抉れはこの山頂から麓まで一直線に伸びていた。

 

 シーヴは抉れた地面に触れてみた。泥のような感覚が指先に付着する。

 

「斜面がまだ湿ってる、みずタイプの技でここまで出来たの……?」

 

 そんなことを出来る人間やポケモンなんて限られている。かつて遠い地方で聞いた、()()()なら可能かもしれない。くさ、ほのお、みずのそれぞれ三タイプずつあるその究極技なら山の斜面を一撃で抉り取るくらいは容易いだろう。

 

 ケーブルカー乗り場のチェックはそれくらいにして、シーヴは次にポケモンセンターに立ち寄った。もしもダイが一人でジム戦に挑んだのなら、勝ったにしろ負けたにしろバトルで傷ついたポケモンを癒やしにレニアシティのポケモンセンターを利用すると思ったからだ。

 

 しかしポケモンセンター前にやってきたシーヴが目にしたのは採掘作業用のスコップやツルハシでドアにこびりついた氷を剥がすPG職員の姿だった。

 

「あの、何をしてるんですか?」

「見ての通り、解氷作業だよ! ほのおタイプのポケモンでも溶かせないくらいで、こうして時間かけて砕いてんだけどちっとも開かないんだよ!」

 

 玉のような汗を浮かべながら作業員が応えた。恐らく、これをやったのは山の斜面を抉った人物と同一人物のはずだ。シーヴはそう直感した。

 シーヴが次に向かったのはポケモンジムだ。しかしインターホンを押しても、やや強めにドアを叩いても誰も出てこなかった。

 

 しかたなくポケモンセンターに戻ると、PGとは違う一般人と思しき男性が外にいた女医さんや昨日の利用客に話を聞いているのが見えた。その男性はシーヴの視線に気づき、話を切り上げるとシーヴの方へ近づいてきた。

 

「すまない、昨日ここで起きた騒動について調べているんだ。話を聞いても?」

「私もそれを調べに来たので、詳しいことは何も」

「そうか……困った」

 

 男性はそう言って手に持っていたトレーナーパスを見る。シーヴはそのパスを見てあっと声を上げた。男性が持っていたトレーナーパスにはダイの写真が貼られていたからだ。

 

「ダイくんのトレーナーパス、どうして」

「彼を知っているのか? これはさっきポケモンセンターの女医さんから預かったものだ。なんでも昨日受付に置き忘れていたらしい。俺は彼がここのポケモンセンターを利用した時、側にいた」

 

 それを聞いてシーヴは頭を働かせた。恐らくダイがバラル団として逮捕された理由に「身分証明証の提示が出来なかった」があると思い立った。

 

「失礼、あなたは?」

「名乗り忘れたか、俺はシンジョウ。昨日臨時のジムリーダーとして、彼とバトルを行った者だ」

「私はシーヴ。下の町で育て屋を営んでます」

 

 トレーナーパスを提示し合うと男性――シンジョウはどうやら思い当たる節があるように頷いた。

 

「なるほど、サンビエタウンの。知人から聞いている、腕のいい育て屋がいると」

「恐縮です。それでそのトレーナーパスなんですが」

「あぁ、俺はこれからペガスシティに飛ぼうと思っている。うまく行けば彼が最初の聴取をされる前に無実を証明出来るかもしれない」

「助かります。実は彼の友達がさっきラジエスシティに向かって行きました」

 

 シーヴがそう言うとシンジョウはどういうわけか表情を曇らせた。怪訝に思っているとシンジョウは訳を話し始めた。

 

「近頃、テルス山は地震とそれに誘発される落盤、崩落事故が頻発しているらしい。トンネルは補強されているはずだから大丈夫だとは思うが……」

「それは不味い、ですね」

 

 テルス山と言えば天然の迷路と呼ばれる、岩の大樹海だ。様々なポケモンが掘り進めた複雑な内装のせいで山に精通するものでさえ見て回るのに一ヶ月は要するという。捜索願が出て山岳救助部隊が動くのも茶飯事だ。お世辞にも山慣れしてるとは言い難いアルバとリエンの二人が迷い込めば無事で済む保証はない。

 

 逡巡した後、シーヴはポケギアを取り出すと連絡先を選びコールを始めた。

 

「どこへ?」

「私の知り合い。私が知る中で旅人中の旅人、確か今はラフエルに戻ってきてるって話だから彼女に事情を話してアルバくんたちをラジエスまで送り届けるよう頼んでみるつもり」

 

 シンジョウに説明をしているうちに通信が繋がる。シーヴは深呼吸し、言葉を発そうとした。

 

 

『もしもし~? シーヴ姉ちゃん?』

「もしもし~? シーヴ姉ちゃん?」

 

 

 その声は、ポケギアに当ててる耳とその反対側の耳がステレオで捉えた。シーヴが驚いて後ろを振り向くと、そこには赤いキャップがトレードマークの見覚えのある女性が立っていた。傍らには燃えるような髪の少年を連れていた。

 

「戻ったか、カエン」

「おー! シンジョウ兄ちゃん! なにしてんのー? デートか!?」

「誰に聞いたんだ」

 

 少年――カエンがシンジョウの方へやってくる。しかしシーヴはポケギアから耳を話せずにいた、というのも電話をかけた相手がまさか自分の真後ろにいるとは思わなかったからだ。

 

「っていうか、なんで()()()()()とシーヴ姉ちゃんが一緒にいるの? もしかしてそういうご関係!?」

 

 固まったままのシーヴを見て、女性は苦笑した。彼はシンジョウを次の瞬間にはシーヴは動き出し、ガッシリと女性の肩を掴んだ。

 

 

 

「アンタに頼みたいことがあるの」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 ぴちょん、ぴちょんと水の雫が滴り落ちる音がした。僕は目を開けた、が何も見えなかった。辺り一面が埃っぽい、思い切り咳き込むとぼんやりと意識が覚醒しだした。

 

「目、覚めた?」

 

 反響するリエンの声、僕の意識はそれで完全に覚醒した。サンビエタウンを出たのがおおよそ半日くらい前、もう太陽と月が入れ替わるくらいの時間が経っていた。

 僕とリエンは、簡単に言ってしまえば遭難した。山の中腹にあるトンネルに向かう途中地響きがしたかと思えば、次の瞬間には道路ごと崩落に巻き込まれていた。

 

 地上への入り口は数十メートル先、逆にそれだけ落下したのによくもまぁ怪我が無かったのは僕たちが落下したのが巨大な空間に広がる湖だったからだ。

 モタナタウンでシーレスキューの手伝いをしていたリエンは手早くミズゴロウとプルリル(ミズ)を呼び出して洞窟へ上がった。

 

 助けを呼ぼうにも、テルス山の中は特殊な磁場が走っているせいかライブキャスターはどこにも繋がらなかった。助けは呼べそうにない。

 ひとまず、僕たちは荷物や衣服を乾かしながら脱出方法を考えた。

 

「ダイが入れば、ペリッパーとメタモンに助けてもらえたんだけど……」

「意外と、ダイがいないと成り立たない旅かもね」

 

 そう言ってリエンが苦笑した。確かに、メーシャから始まった僕の旅は一人のときは思ったより味気なかった。一人と一匹でする旅が精神的に強くなるためのファクターだと思ってたけど、思ったより僕は人に飢えていたのかもしれない。

 

「私も、ダイがモタナに流れ着かなかったらきっと今もあの町に、あのボロ屋に籠もってたかも」

「ほんと、風みたいに現れるよね、ダイは」

 

 思えばリエンと二人だけで話すのは久しぶりかもしれない。ダイは朝がそこまで早くない、トレーニングで早起きする僕のところへリエンがやってくることはあっても、話したことはなかった。

 そんな風に、ダイという風来坊について話しているうち荷物の水気は飛んでいた。

 

「焚き火セットは不安だけど、このままにしておこう。この煙があの天井の穴から外に出れば助けが来るかも」

「それはいいけど、もう空が暗くなるから煙は見えなくなるんじゃないかな。焚き火の煙と一緒に何か少しずつ痕跡を残しながら進む方がいいかも」

「そうだね、今の僕たちには時間が無いわけだし」

 

 洞窟を進む時の常套手段だ、ルカリオに頼んで壁に一定間隔で窪みを作ってもらう。

 予想外の事態で最悪な状況だったけど、こんな状況下でも嬉しい予想外があったりする。それはリエンの手持ちの変化だ。

 

「地震が来そうになったら教えてね、"ヌマクロー"」

 

 そう、僕たちを湖から引き上げてくれたリエンのミズゴロウが進化して、ヌマクローになったんだ。背丈も少し大きくなったし、何よりミズゴロウの時よりも強化された怪力で岩を退かしたり出来るようになった。

 ルカリオだけでは限界があった大きな岩の撤去なんかも出来る、先人は"イトマルの糸"っていい言葉を残したなって思う。

 

 しかし僕ら洞窟の素人が行動範囲を広げられるのは、返って悪手だったかもしれない。体感で二時間ほど歩いたところで最低三つ以上の分かれ道に何度も差し当たった。来た方向はもちろん覚えているしルカリオが付けた窪みには波動エネルギーを残しているからルカリオに先導してもらえばひとまずさっきの湖まで戻ることは出来る。

 

 僕たちが恐ろしいと思ったのは、出口が永遠に見えてこないことだった。そしてここはポケモンが掘り進めた天然の迷路、当然野生のポケモンが出てこないとは限らない。

 徐々に疲労が溜まってくるのがわかる。そんな時、野生のポケモンに不意打ちされたらと思うと気が重い。

 

 何より僕たちがこうして迷ってる間にもダイがペガスシティからネイヴュシティに移送されてしまうかもしれない。そう思うと立ち止まっているよりは進まなきゃいけないって思ってしまう。

 

「はぁ……」

 

 諸々のプレッシャーにやられて、深い溜息を吐いたその時だった。ゴゴゴゴ、と地鳴りのような音が聞こえた。リエンの方を確認するとヌマクローが彼女の服の裾を引っ張っていた、ミズゴロウの頃から優秀だったレーダーが地震の兆候をキャッチしたんだ。

 

「ひとまず広いところへ!」

 

 分かれ道ではなく、大きな一本道まで戻ると体勢を低くして地震に備えた。出来ることなら崩落しないでくれと重ねて祈った。

 幸い、その地震では崩落は起きなかった。僕とリエン、ヌマクローがホッと胸を撫で下ろした次の瞬間だった。

 

 小さな地響きが、どんどんどんどん大きくなってくる。今度はルカリオが何かを捉えた。この一本道の向こう側から何かがやってくる、そう言っていた。

 その正体はすぐにわかった。"ゴローン"の群れだ、しかも今の地震できっとビックリして"こんらん"しているのがひと目でわかった。

 

「逃げろ!」

 

 僕の声が洞窟内に反響する。ルカリオが【はどうだん】で先頭を走るゴローンを攻撃する。だけど流石にいわタイプ、一撃で戦闘不能になるほど軟ではなかった。

 でも先頭の一匹が今ので速度を落とし、後ろからくるゴローンが追突。文字通り、玉突き事故が発生する。その隙に逃げれるだけ逃げなくちゃ。

 

「【マッドショット】!」

 

 リエンのヌマクローが足場に泥を放ち、追撃を鈍らせる。ゴローンと僕たちの間に七〇メートルくらい距離が出来る。

 だけど、困ったことにこの一本道から分かれ道が出始めた。でも選んでる暇はない、直進を続けた。

 

「な、行き止まり!?」

 

 直進し続けた僕たちを待っていたのは壁。しかも、最後の分かれ道は今しがたゴローンの群れの向こう側に消えた。つまり、僕たちは壁とゴローンに完全に挟まれてしまった。

 なんとかこの局面を乗り切らなきゃ、僕もリエンも押しつぶされて遠い未来に化石としてこの山から出ることになってしまう、流石にそれはごめんすぎる。

 

「ヌマクロー、【みずのはどう】!」

 

 ダイのペリッパーから教わったみずタイプの攻撃で手当たり次第にゴローンを攻撃するヌマクロー。ゴローンに対してみずタイプの技はこうかばつぐん、この状況で頼みの綱とも呼べた。

 

「【ラスターカノン】!」

 

 僕はルカリオに物理技じゃなく、エネルギーを用いた特殊技での攻撃を命じた。高い防御を誇るゴローン相手ならきっと白兵戦を挑むより効果があるはずだ。

 だけどこうやって一体一体を倒していたんじゃとてもじゃないけどこの状況を抜け出せない。

 

 どうすればいい、考えろ。リアルタイムのフルシンキングなんてポケモントレーナーに一番求められることだ。

 それこそ【ハイドロポンプ】レベルの技さえ使えれば、ゴローンたちは驚いて道を開けてくれるだろう。だけどリエンのヌマクローはまだそこまでハイレベルな技を使うことが出来ない。

 

 かくなる上は()()()を使わざるを得ない。僕はトレードマークのハチマキに括り付けられた虹色の石に触れた。そして同じような輝きを放つ石をルカリオは持っている。

 以前、神隠しの洞窟で出会ったディーノさんがくれた石だ。これがなんなのか、僕にはわかる。条件はクリアしている。

 

 だけど、アレはトレーニングだけでは習得できなかった。

 僕とルカリオがこの状況で心をシンクロさせなくちゃ、出来ない。

 

 

「ルカリオ、僕はこの局面を脱出してダイを助けたいんだ」

 

 

 僕の独白に、ルカリオが吠えて応えた。それは同調の意、後は想いと気合いで発現させる。

 深く息を吸う。丹田に力を込めて、ルカリオの心に僕の心を重ね合わせる。不意に洞窟の中に風が流れる。

 

 

「闘志よ、我が拳に宿りて立ちはだかる壁を穿け――!」

 

 

 合言葉を唱え、ルカリオとの間に石を通じてパスが繋がるのを感じた。あとはただ叫べばいい。

 

 僕はダイを助けたい。だからルカリオ、力を貸してくれ――!

 

 

 

 

「――――"メガシンカ"!!」

 

 

 

 

 僕からルカリオに流れたエネルギーが爆発する。そのエネルギーはルカリオの身体に進化の光をもたらす。

 姿形が変わり、光の神々しさにゴローンたちは一瞬我に返ったように動きを止めた。

 

「メガルカリオ……!」

 

 次の瞬間、ルカリオは【しんそく】で先頭のゴローンに接敵する。僕の直感が告げている、あのゴローンは()()()()()()()()()、と。

 裂帛の気合と共に放たれた【バレットパンチ】、拳の雪崩がゴローンを一撃で吹き飛ばす。まるでパチンコ玉のように弾かれたゴローンを見て、周囲のゴローンがルカリオへと一気に襲いかかる。

 

「【ボーンラッシュ】!」

 

 波動エネルギーで形成した骨を両手に携え、二刀流の要領でゴローンの群れを薙ぎ払う。その二連撃は一撃なら確実に攻撃を耐えたゴローンを屠る。

 正面に隙が出来た、これを逃すわけにはいかない。

 

「走るよ、リエン!」

 

 僕は彼女の手を取り、ルカリオを先頭に据えてゴローンの群れを突っ切った。殿を務めるヌマクローがみずタイプの技で牽制する。

 このまま分かれ道まで入れば、群れのゴローンは入ってこれないはずだ。

 

 走りながら周囲を見渡していると、不意にルカリオが立ち止まった。どうしたのか聞いてみると、正面からまた生き物の反応があったらしい。

 合流が遅れたゴローンがいたのか、一体だけなら吹き飛ばして逃げるだけだ。

 

「――見つけた!」

 

 だけどそれはポケモンではなかった。女の人の声だった、しかもその人はどんどん近づいてくる。暗闇だからハッキリとはわからなかった。だけど、闇の中でも元気に跳ね回るポニーテールは僕の記憶の中にある熱いものを想起させた。

 

「ゴローンに追いかけられてるのか、追い払うからちょっと待ってね! "ピカチュウ"!」

 

 彼女は僕たちとすれ違うと後ろのゴローンたちに対峙し、ボールからピカチュウを喚び出す。ポニーテール、赤いキャップ、そしてピカチュウ。

 見間違うはずもない、僕の原点。だとするなら、今から行う攻撃は、

 

 

「【しんそく】からの【アイアンテール】!」

 

「【しんそく】からの【アイアンテール】!」

 

 

 普通のピカチュウは【しんそく】なんか使えない。だけど、そのピカチュウは文字通り僕たちの視界から一度姿を消し、次の瞬間ゴローンの群れを鋼を纏わせた尻尾で次々薙ぎ払う。

 まるで範囲攻撃を受けたみたいに、ゴローンの群れが弾き飛ばされていく様はまるで暴風のようだった。

 

 でんきタイプの技が使えないこの状況でなお、ピカチュウを呼びたった数秒で全てのゴローンを戦闘不能に追い込んだ彼女は。

 

 

「十五年前のポケモンリーグ準優勝者、"イリス"」

 

 

 それは、その称号は、僕にとっての、始まりの人。

 

 

 



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VSゴローニャ 虹を超えたい

「なるほど、つまりシーヴ姉ちゃんの知り合いの子がテルス山に向かったから万が一の可能性に備えて私に案内役を頼みたい、と?」

「そういうこと、引き受けてくれる?」

「もちろんいいですとも! で、私が山に入る間ジョーくんはペガスシティに向かって、シーヴ姉ちゃんの知り合いの子の無実を晴らしに行く、と」

 

 イリスの言葉にシンジョウが首を縦に振る。

 

「山に入るの? だったら俺も行くよ!」

「ダメだ」

「なんでだよシンジョウ兄ちゃん!」

「その逮捕されたトレーナーだが、昨日お前を訪ねに来ていた。いなかったお前の代わりに俺がバトルをしたんだ。今日も挑戦者が来ないとは限らん。ジムリーダーなら修行ばかりにかまけてないで職務を全うしろ」

 

 う、と返す言葉が見つからないカエンの頭をやや乱雑に撫で散らすシンジョウ。彼もカエンが山に着いていくと言った本当の理由には気づいているからだ。ジムリーダーであると同時に、彼はこのラフエル地方に古くから伝わる伝説の末裔であり、その責任を重く受け止めている。

 

 助けたいのだ、誰であっても。

 

「それに修行ならまた今度ジョーくんが付き合ってくれるでしょ」

「イリス、そうやって俺にばかり押し付けるな」

「そう言ったって、私理由ありでここに帰ってきたわけだし、ずっとレニアにはいられないよ」

 

 両手を頭の後ろで組みながらイリスが口を尖らせる。シンジョウは短く嘆息すると、ボールからリザードンを喚び出すとその背に飛び乗った。

 

「じゃあ俺はペガスシティに向かう。カエン、また今度な」

「んー! 約束だぞー!」

 

 カエンが手を上げると彼の腰部のモンスターボールからもリザードンが飛び出す。一嘶きするとシンジョウのリザードンが返事をする。ポケモンにも「息災で」という挨拶はあるようだ。

 

「それなら私も行きますかね。シーヴ姉ちゃん、山降りながら二人の特徴を教えてくれる?」

「わかった」

「じゃあね、カエンくん。また今度!」

「おー! 次は絶対勝つからなー!」

 

 イリスが拳を突き出すとカエンがそれに自身の拳を打ち合わせる。握った手を開き、ひらひらと振ってその場をシーヴと共に後にするイリス。

 

 それを見送るカエンが山の斜面をじっと見下ろした。

 

「でも何度も地震や崩落が続くなんておかしい、オレにも出来ることあるよな、リザードン!」

 

 隣にいたリザードンに問いかける。リザードンはそれを大きく首を縦に振って応える。

 その時だ、腰に付けていた呼び鈴のようなものが音を発した。カエンがレニアシティにいる間、ジムに挑戦者が現れた時になるアラームだ。問題はテルス山の中腹付近では磁場の影響でこれが上手く機能しない時があることだ。

 

「よぉし、行くぞリザードン!」

 

 挑戦者が待ってる。ひとまず今は出来ることを、とカエンはリザードンの背に飛び乗ってジムへと舞い戻った。

 

 こうしてレニアシティからそれぞれが出発したのが数時間前の話だ。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「十五年前のポケモンリーグ準優勝者、イリス……」

 

 アルバの独り言を受けて、ピカチュウを肩に乗せたイリスは指先で頬をかく。

 

「私のこと知ってるんだ? いやー、私も有名人だ」

「僕は、あなたに憧れて強くなりたいって思ったんです! ファンです!」

 

 熱の上がったアルバがイリスに詰め寄った。いきなりの接触にイリスが困ったような顔をして後退する。見かねたリエンがアルバの裾を引っ張る。後ろにアルバを提げるとリエンが腰を折って礼を言う。

 

「ひとまず、ありがとうございました。シーヴさんとお知り合いだったんですね」

「うん、もう随分長い付き合いだよ。付き合いって言っても私の夜更かしに付き合ってもらってるだけなんだけどね、ハハハ」

 

 快活に笑うイリス。しかしアルバはというと未だに現実に帰ってこれずにいた。何度も繰り返して見た映像の頃とは違いずっと大人びているが、間違いなくあの時二位の表彰台に登っていたイリスだった。

 

 未だにジッとイリスを見つめているアルバをイリスが見つめ返す。その側で戦闘が終わったことによりルカリオのメガシンカが解除された。

 

「よし、じゃあ出発しよう! またゴローンの群れに襲われても困るしね!」

「出口がわかるんですか?」

「いや? さっぱり」

 

 ズルッ、と見事にアルバとリエンがすっ転んだ。しかしイリスはすんすんと鼻を鳴らした。

 

「でもね、カエンくん……あーレニアのジムリーダーね。彼が言うには山の中でポケモンの匂いがする方向が出口に近づいてるって話だよ」

「それならルカリオが役に立つかもしれません」

「そっか、波動でポケモンの群れを探すんだね。うんうん、幸先いいよ~」

 

 そう言うとルカリオは再び瞑想状態に入り、周囲のポケモンの波動を探る。数秒後、ルカリオはこの大きな通路のうち、枝分かれした小さい一つの通路を指さした。

 

「オッケー! あっちの方ね!」

 

 進んだ先は小さい通路で、アルバとリエンが二人並んで通ろうとするだけで窮屈になってしまう。先程の、ゴローンが群れで通れたりポケモンが大立ち回り出来る大きな通路とはえらい違いである。

 

「ところで、イリスさんはこの十五年間何を?」

「ん~? お姉さんのこと気になる?」

「そりゃもちろん!」

 

 食い気味にアルバが答えると、イリスも「そこまで需要があるなら」とどこからどんな話をするか考え出した。

 

「まず旅だね。いろんなとこ行ったなー、ジョウト地方でポケモンの有名な権威の博士と一緒にラジオ出たり、ホウエン地方でコンテストに出場させられたり、シンオウ地方の雪国みたいなところで凍えたり、イッシュ地方でめちゃくちゃ迷子になったり……」

 

 さすがに十五年の歴史があった。イリスが口を開いてからかれこれ十分以上が経過しているが未だに話が止む気配がない。もっともアルバにとっては彼女の冒険譚そのものが興味の塊だったらしく、ポケモンのお菓子作りで盛大に爆発を起こした話にも食いついていた。

 

 しかし話してばかりもいられない。ここはテルス山、野生のポケモンが大量に生息している洞窟だ。開けた通路に出た瞬間、"ズバット"や"ゴルバット"の群れと遭遇した。

 

 視力を持たないズバットはともかく、ゴルバットたちはイリスのピカチュウが洞窟を照らすために使っている【フラッシュ】が目障りらしく、群れで襲いかかってきた。

 

「ピカチュウ、頼んだ!」

 

 イリスはそのままピカチュウを前に出し、ゴルバットの群れと対峙させる。アルバもルカリオを前進させようとしたが、イリスが手で制した。

 

「多分ね、この通路を暫く走る必要があるからアルバくんとルカリオは待機。私が合図したら、あっちの方向に向かって猛ダッシュ! いいね?」

 

 突然の説明にリエンとアルバは恐る恐る頷いた。二人の了承を確認すると、イリスはニッと不敵に笑むと正面に向き直った。

 

「よし、【10まんボルト】!」

 

 刹那、洞窟内に閃光が弾けた。凄まじい雷撃がゴルバットとズバットの群れを軒並み戦闘不能にする。しかしすぐに洞窟の奥から次の集団が現れる。

 

「みんな、走れー! アルバくん、ルカリオと一緒に鉄砲玉よろしく!」

「は、はい!」

 

 イリスがルカリオを温存していたのはこれが理由だった。つまり、端からゴルバットたちとやり合う気はなく、適当にあしらって逃げるつもりだったのだ。先頭をルカリオに走らせているのは波動による障害物の確認、及び排除だ。

 

 ルカリオが吠えた。前方にゴローンの進化系、"ゴローニャ"を発見したらしい。

 正面突破しようにもアルバの直感が告げている。あのゴローニャは()()()()()()()()

 と。

 

「イリスさん!」

「ピカチュウ! 【アイアンテール】!」

 

 直後、ルカリオを追い越す閃光。弾丸のように暗闇を駆けるそれがゴローニャの頭部目掛けて鋼鉄の尻尾を叩きつける。しかしゴローニャはアルバの見立て通り、一撃を耐えきった。

 

「【バレットパンチ】!」

 

 ピカチュウが飛び出すのに合わせ、ルカリオも加速する。ピカチュウの一撃を耐えきったゴローニャだったが、ルカリオが放った拳の雪崩がゴローニャを吹き飛ばし戦闘不能にする。

 

「ナイスアシスト! このまま駆け抜けるよ!」

 

 倒れたゴローニャを一瞥し、三人と二匹がその場を駆け抜ける。背後から迫ってくるゴルバットの群れが【エアスラッシュ】や【エアカッター】で追撃してくる。

 

「ミズ、【れいとうビーム】!」

 

 迫る真空の刃をリエンとミズが凍らせることで撃墜する。本来イリスが殿を務めるはずだったが、ゴローニャ撃破のために前に出ていた隙をリエンが埋める。真空刃を全て撃ち落とし、先頭のゴルバット数匹の翼を凍らせ飛行不能にする。

 

「分かれ道だ! ルカリオ!」

 

 先頭を走るアルバが叫んだ。二手に別れた道が前方に見える。ルカリオは走りながら最速で正解の道を選び出すとそちらへ先導する。再び狭い通路を一列になり、小走りで通り抜ける。

 

 小道を抜けた先の新しい大通路でアルバは音を捉えた。

 

「車の走行音!」

「出口が近いね! このままいくよ!」

 

「ヌマクロー! ミズと一緒に【れいとうビーム】で今の通路を氷で塞いで」

 

 最後に出てきたリエンが通路の出口に氷の障壁を張る。これでゴルバットたちは追いかけてきたくてもこの通路を通り過ぎるには氷が溶けるのを待つしかない。

 

「ふぃ~、あとはこのままトンネルに抜ければいいんだけど」

「でも、トンネルってことは周りがコンクリートなんかで舗装されてるんじゃ?」

「そうだね、じゃあぶち破ろう!」

 

 イリスの提案にアルバとリエンは面食らった。なんというか思考がかくとうタイプだった。

 そう言いながらイリスはピカチュウを引っ込め、二体目のポケモンを喚び出した。

 

「"バシャーモ"! 気合い入れていくよ!」

 

 奇しくも、ダイの幼馴染であるアイラが連れているのと同じポケモンだった。

 バシャーモは壁から離れて助走をつける。イリスの指示で二人は体勢を低くする。

 

「【ブレイズキック】!」

 

 助走を付け、炎を纏った飛び蹴りを壁に向かって打ち出すバシャーモ。激しい爆音が響き、炎が撒き散らされるが壁はまだ健在だった。

 

「まだまだ! 【ビルドアップ】から【ブレイズキック】!」

 

 バシャーモが深い呼吸を行い肉体を強化する。蒸気が発生するほど肉体の温度が上がり、練り上げられた高熱の炎が足に収束し、今度は回転蹴りで壁を攻撃する。

 

 二撃、三撃と壁に攻撃を加える。バシャーモは同じ一点を集中的に狙っているため、そこを中心にヒビが入り始める。見れば、足を打ち込んだ場所は既に岩ではなく向こう側のコンクリートが露出し始めている。

 

「ルカリオ! 【コメットパンチ】!」

 

 バシャーモが後退したタイミングでアルバとルカリオが攻撃を行う。光を纏った鋼鉄の拳をコンクリート部分目掛け打ち込み、そこへ波動エネルギーを直接流し込む。

 

「今!」

 

 そして壁に流し込んだ波動エネルギーをそのまま破砕させる。凄まじい爆音と共に壁に人一人くらいが通れる大穴が空いた。その穴の奥から時折右から光が走行音を伴って通り過ぎていくのが見える。

 三人は通り過ぎた光が車のものであることを確認すると安心から深いため息を吐いて笑みを見せた。

 

「「「やっと出れた……」」」

 

 思わずその場にへたり込む三人。さすがのイリスも正確な出口のわからない洞窟を行ったり来たりするのは精神的に参るようだ。イリスでこれなのだから、アルバとリエンの心労は計り知れない。

 そんな二人を気遣ってか、イリスは提案した。

 

「ひとまず、夜営しない? 今日はもう遅いし、ここからラジエスシティまでもう少しかかる。ちょっとでも休憩しておかないと身体保たないよ」

「でも、時間が……」

「うんうん、友達のことが心配だよね。でも安心して、昼間のうちに私の仲間が一足先にペガスシティに向かったの。きっと友達の潔白は証明される。君たちがしなくちゃいけないのはその潔白に信憑性を持たせることだから、今すぐじゃなくてもいいんだよ」

 

 その言葉にアルバとリエンは一度顔を見合わせ、そういうことならとキャンプセットを用意し始めた。トンネルを出たすぐ先の空き地でテントを張り、簡単な夜食で腹を満たすと寝袋に入り込んだ。アルバはイリスに聞きたいことがあった。それこそ今まで行きてきた十五年でそれを溜め込み続けた。到底一晩で聞き切れるような量ではない。

 あれを聞こう、これを聞こうと考えているうちに意識を手放し、夢へと漕ぎ出し始める。

 想像以上に疲れ切っていたのだろう、夢を見るまでもなく瞬きするように目を覚ますとテントの外で朝食を用意しているイリスと目があった。

 

「おはようございます、イリスさん!」

「おはよう~、よく眠れたって顔してるね~」

 

 挨拶を済ませるとアルバはキョロキョロと周囲を見渡した。どうやらリエンはまだ眠っているらしい、イリスが人差し指を立てて唇に当てる。

 軽く顔を洗うとアルバは日課であるルカリオとのスパーリングを始めるべく少しテントから離れた。

 

 ルカリオの打ち込みをアルバがいなす。反対に、今度はアルバの打ち込みをルカリオがいなす。単調な作業だが朝の目覚めにはちょうどいい。

 十数分身体を動かしているとアルバはイリスに遠方から変な気を宿した目を向けられているのに気づいた。

 

「君、昨日から薄々思ってたけど、いいね。すっごい美味しそう」

「は!?」

 

 思わず身構えるアルバだったが、イリスは失言に気づくと慌てて訂正した。

 

「あぁごめんごめん。君とルカリオ、すっごくいい感じだからバトルしたらきっと楽しいだろうなって。ね、よかったら一回バトルしない?」

 

 それはアルバにとって願ってもない話だった。憧れのイリスとポケモンバトル、ルカリオもまた乗り気だった。しかしアルバは逡巡する。

 

「でも時間が……」

「それなら大丈夫だよ、リエンちゃんが起きてくるまでにはケリがつくよ」

 

 あからさまな、安い挑発。そこまで言われてはアルバもルカリオも引けない。一汗拭うと空き地の更に隣、ポケモンバトルに適したフィールドへと場所を移す。

 イリスはトレーナーズサークルに入ると軽く屈伸や伸脚を行う。それはアルバにとって馴染みの光景だった。

 

「ポケモンバトルは、ポケモンが戦うだけじゃない。トレーナーもポケモンの目線に立ってリアルタイムな指示が求められる、ですよね」

「これまた随分と懐かしいインタビューを持ち出したなぁ……その通りだよ」

 

 そしてそれはアルバにとっての一番の教訓だった。アルバもまた全身のストレッチを欠かさず行い、相手と自分のポケモンの戦いを見やる。

 

「さて、アルバくんはどの子とやりたい? やっぱルカリオはかくとうタイプだしバシャーモがいいかな」

「……ピカチュウで」

 

 アルバがピカチュウを指名するとイリスはヒューと口笛を吹いた。が、次の瞬間ニヤリと笑うとモンスターボールをリアルサイズへ可動させ、ステージへとリリースする。

 光の中からピカチュウが欠伸を伴って現れた。自身がバトルのために喚び出されたのだと悟ると、ピカチュウはすぐさま目の色を変えた。

 

「おはようピカチュウ! さっそくだけど、お願いね」

 

 ピカチュウのステージインを確認し、アルバとルカリオは目を合わせて互いに頷き合う。遅れてルカリオがステージイン、バトルの準備は整った。

 両者の間から温和な雰囲気が消え去り、剣呑なムードが漂い始める。

 

「それじゃ、小手小手調べに……」

「ルカリオ――――」

 

 

「「【しんそく】!」」

 

 

 ピカチュウとルカリオの姿が消える。目視出来ないほどのスピードで行われる攻防、しかしアルバにはわかっていた。【しんそく】と指示を出されたにも関わらず、ピカチュウは本気を出していない。

 せいぜいが()()()()()()()()()()()()()ほどのスピードだ。ルカリオが追従できるスピードであることからも、それは伺える。

 

 イリスのピカチュウが本気を出せば、もっと速い。つまり本当に小手調べ、悪く言えば舐められている。

 

「だったらここから、【グロウパンチ】!」

「【アイアンテール】!」

 

 数合打ち合ってからの白兵、ルカリオは闘気を纏わせた拳をピカチュウへ叩きつける。一方、ピカチュウは鋼鉄エネルギーを纏わせた尻尾で迎撃する。対象物に触れることで拳の闘気が炸裂、それが拳の威力を底上げする。ルカリオの拳が一段階強くなる。

 

 如何にイリスのピカチュウが素早く、強大な相手であったとしても当然弱点は存在する。そしてそれが十五年前のポケモンリーグでは決定打となった。それをアルバは知っている。

 

「攻めてくるぞ、ルカリオ!」

 

 ピカチュウはとても小さな体躯のポケモンである。全ての生物の弱点である頭部を狙うにはジャンプや飛行物体を利用し相手の頭上を取らねばならない。だがそれは多くの場合において、ピカチュウが地に足をつけていないタイミングである。翼を持たないポケモンである以上、空中でのピカチュウの動きはかなり制限される。

 

 つまりカウンターこそがイリスのピカチュウにとって一番の弱点である。

 

 素早く飛び上がりルカリオの頭上を取ったピカチュウ。太陽を背にすることで相手の視界を光で埋め尽くす作戦、しかしルカリオにそれは通用しない。目を閉じてなお、ルカリオにはピカチュウの姿が波動を通して把握済みだからだ。尻尾にエネルギーが集中するのを見切ったルカリオは【アイアンテール】に備えた。

 

「【インファイ――」

 

「【エレキボール】!」

 

 しかしそれはブラフだった。アルバに次の技が【アイアンテール】だと思わせるために。ピカチュウが放ったのは高速回転しながら凄まじいスピードでルカリオを襲う電撃球だった。

 この技は徐々に加速しながら相手に迫る。つまり回避行動が遅ければ遅いほど、相手がピカチュウの速度を下回るほどに威力を増すのだ。

 

 幸い、ルカリオは素早い部類のポケモンだ。直撃しても決定打には至らない、が物理技の防御に専念していたルカリオには強い衝撃だった。

 地面を踏みしめなんとか吹き飛ばされずに済んだルカリオ目掛けてピカチュウが突っ込んでくる。

 

「今度こそ、【インファイト】だ!」

「じゃあこっちも今度こそ【しんそく】から【アイアンテール】!」

 

 迫るピカチュウ目掛けてルカリオが渾身の一撃を撃ち放つ。がその拳は勢いよく空を裂いた。直後、ルカリオの背中を鈍い衝撃が襲う。

 振り返りざまに再び【インファイト】を繰り出すが、ピカチュウは繰り出されたルカリオの拳を足場に上手く攻撃をいなす。ルカリオを足場に跳躍したピカチュウが再び頭上を取った。

 

「これで決めるよ! 【10まんボルト】!」

「ッ、躱してルカリオ!」

 

 イリスのピカチュウが放つ【10まんボルト】が如何に強力か、知らないアルバではない。自分よりも遥かに身体の大きいポケモンでさえ、一撃で戦闘不能にする威力があるのだ。

 それを今のルカリオが耐えきれるとは正直思えなかった。それがわかっていたから、ルカリオも回避行動を躊躇わなかった。

 

 だがピカチュウが放った雷撃はまるで意思を持っているかのように、空中で曲がったのだ。追撃、ルカリオはすかさず電撃に対し絶縁体となる【ボーンラッシュ】を行い、雷撃を切り裂いた。

 間一髪、受けきることは出来た。しかしなぜ雷撃が曲がったのか、今の一撃では理解が出来なかった。必死に思考を巡らせるアルバ、だがそれを待つほどイリスは甘くない。

 

「続けて【10まんボルト】!」

 

 再び放たれる特大の雷撃。もはや『イリスのピカチュウの雷撃が曲がるのは当たり前』として先んじて考えておくことで、対処するしか無いとアルバは悟った。

 それがルカリオにも伝わり、雷撃の進行可能なコースを全て目算で割り出し回避に繋げようとする。

 

「うんうん、いい動きだね! でも!」

 

 イリスが唇を湿らせるために軽く舌舐めずりをする。それが合図だったのか、ピカチュウの雷撃は曲がるだけではなく()()()()()()。さすがに三つに別れた雷撃を全て躱し切るのは不可能だった。内一つがルカリオへ直進する。

 

「ッ、避けられない!」

 

 そのままルカリオに雷撃がぶつかり、凄まじい火花が散る。あまりの衝撃に思わず片膝を突くルカリオだったが、まだ戦闘の意思は消えていなかった。

 しかしイリスのピカチュウ相手にたった数瞬とはいえ足を止めてしまったのは、致命的だった。

 

「これでフィニッシュ! 【かみなり】!」

 

 ピカチュウが晴れた空目掛けて雷撃を穿つ。すると空気中の電気がピカチュウが空に向かって放った雷撃へと収束、上空へと帯電を始める。だが【かみなり】は命中率に難のある技、それこそこんな快晴の中で撃ち、尚且命中させるのはほぼ不可能に近い。

 

「発射までタイムラグがあるはずだ! そのまま突っ込め、ルカリオ!!」

 

 言うが早いか、ルカリオは地を蹴り【しんそく】を用いてピカチュウとの距離を詰めた。その時、イリスはニッと笑みを浮かべたかと思えば人差し指で耳を塞いだ。

 そのイリスの動きをアルバが訝しんだ瞬間、ピカチュウに飛びかかり渾身の【インファイト】を放とうとしていたルカリオの上に特大の雷撃が降り注ぎ、ダウンした。

 

「ルカリオ戦闘不能、私の勝ちだね!」

 

 そう言って帽子のツバを撫でるイリス。ボールに戻らず、イリスの肩に飛び乗ったピカチュウ。両者を目の前にアルバは目の前が真っ白になった。

 

「ま、参りました……」

 

 そして降参の意を両手を上げて示した。憧れは未だ、遥か彼方に存在しているということをまざまざと突きつけられた気分だった。

 目を回してるルカリオに"すごいキズぐすり"を吹き付け、回復させるイリス。起き上がったルカリオに「ナイスファイト!」と声をかけ頭を撫でると、立ち尽くすアルバに向かって屈託のない笑顔を見せる。

 

「この子、相当鍛えられてるね……なんだか昔の自分を思い出すよ。私もね、最初は手持ちがピカチュウだけだったんだ」

 

 肩の上のピカチュウの頬を指で突きながらイリスが言う。憧れとの意外な共通点が増えたことにアルバは感慨深い気持ちになった。

 

「これから、君がどんなポケモンと出会って、どんな旅をするのか、すごい楽しみだな。きっとポケモンリーグで戦うときはもっともっと、強くなってるんだろうね!」

「が、頑張ります! いつか憧れから、ライバルになれるように」

 

 ライバル、アルバがそう口にした時イリスは明らかに少しだけ寂しそうな目をした後、遠くの空を見つめた。

 

「ライバルか、うん。そうだね、アルバくんはそれを目指すといいよ。でも、私がライバルと決めた相手は過去にも、きっと先にも一人だけだよ」

「だったら、意地でもライバルになります。いつか、僕はイリスさんを超えて、チャンピオンになります!」

 

 アルバがそう啖呵を切ると、イリスは一瞬キョトンとしてからさっきまでと同じように快活な笑みを見せた。

 

「さて、そろそろ戻ろっか。リエンちゃんも起きてくるだろうし」

 

 背伸びをしてテントの方へと戻ろうとするイリス、その背中を追うアルバ。しかしその時、イリスの手首に巻き付いているポケギアがリザードンの鳴き声を上げたのだ。

 

「この着信音は、ジョーくんか。はーい、もしもしジョーくん? どうした?」

 

『イリスか。良いニュースと悪いニュースがある』

 

「勿体振るなぁ、どっちでもいいから効かせてよ」

 

 まるでポケウッドの映画のような言い回しにイリスもアルバも苦笑いが隠せない。そもそもシンジョウはこの手のジョークが壊滅的に苦手な人種だ。

 わざわざそんな言い回しをするほど、恐らくシンジョウも動揺している。

 

『そうか、じゃあ良いニュースからだ。ダイはまだネイヴュシティ送りにはなっていなかった』

 

「ダイ、ってアルバくんたちのお友達だよね」

 

 イリスがそう尋ねるとアルバは首肯した。それを確認してイリスは話を続けた。

 

「そっか、それで今ジョーくんが彼の身分と潔白を証明しに行ったって感じでしょ?」

 

 そもそもの手はずではそうなっているはずである。そしてアルバとリエンがダイがバラル団でない決定的な証言をするはずなのだ。

 しかしどうもシンジョウの歯切れが悪い。やがて重い腰を上げるようにため息混じりに言った。

 

 

『それが悪いニュースなんだ。落ち着いて聞いてくれ……ダイが脱獄した。それも同じ場所に拘留されていたバラル団員たちと一緒にな』

 

 

「「は?」」

 

 

 山辺の天気は変わりやすいという。まるで先程のピカチュウの【かみなり】に誘発されたかのように、黒い雲が晴天を隠し始めた。

 

 




主人公がとんだアウトローすぎる。




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VSマニューラ 雪を解かした悪魔

 薄暗い部屋、コンクリートの箱の中で目を覚ます。かれこれ、目を覚まして鉄格子を目にすること約三回。

 ガチャリ、と重い金属扉を開閉する音が響く。すると隣人たちが途端に格子に組み付いた。が、俺はそんなことはしない。

 

「飯の時間だぞ」

 

 台車に乗せられた質素な飯、ちょっと前までサンビエタウンやモタナタウンで名産を口にしていたとは思えないほどに貧しい食事だ、心も踊らない。

 しかし、俺の独房にはかれこれ数時間前に配給された飯が手付かずで残っていた。

 

「お前、また食ってないのか」

「無実の罪で投獄されたのにムショの飯なんか食えるかっつーの」

 

 飯当番の看守はムッとしたように、手付かずの飯を回収し律儀に新しい温かい飯を置いていく。これも手を付けるつもりはないけど。

 全ての人間に飯が行き渡ると、この空間は再びならず者の溜まり場へと早変わりした。

 

「お前らはお前らで、よくもまぁパクパクと美味そうに食うよなぁ」

「うっせーオレンジ色ォ、俺たちだって好きで食ってねーよ」

 

 そう言いながら、なんだかんだ俺の言葉に反応したのはバラル団の三馬鹿ジャン。その隣の房に入ってるジュンは割りかしマジで美味そうにガッツいている。

 俺たちはレニアシティのPGに捕まった後、一晩待たずにポケットガーディアンズのお膝元である"ペガスシティ"へと送られ、特別拘置所へとぶち込まれてしまった。

 

 なんと言っても普通の犯罪者と違い、バラル団などの組織犯罪に関わったと思われる人間は数時間ごとに取り調べが行われる。ハードスケジュールにそろそろウンザリしてきた。

 

「もし食わないならお前の分、もらってもいい?」

「ああいいぜ、お前が俺の房に来れるならな」

 

 食い意地の張ったジュンがションボリして隅っこで丸くなる。それを見てジャンがため息を吐いた。

 

「くそ、ジョンのヤツ無事だと良いんだが……」

 

 ジョン、と言えばレニアシティのビルで俺が昏倒させて制服を奪ったやつだ。ここにいないということは未だにあのビルのフロントの陰で伸びてる可能性がある。

 俺の取り調べまで時間がある。もう一眠りしようとしたところでジャンが「おい」と俺を呼び止める。

 

「食っとけよ、いざって時動けねーぞ」

「いざって時は来ないだろ、俺は無実を証明してここからおさらばすんだ」

 

 適当にあしらって目を瞑る。寒さを気にしないようにしても、やはり地面から伝わる寒さは誤魔化せない。こんな時、ゾロアが入れば暖かいしメタモンにほのおタイプのポケモンに化けてもらえばストーブ代わりになるのに……そういえば、あいつらはどうしているんだろうか。バラル団のポケモンたちと一緒にいるんだろうか。いじめられたりしてないだろうか。

 

 でも、ふと思うことがある。バラル団は悪党だ。だけどあいつらのポケモンはトレーナーによく懐いてる。トレーナーに命令されているから渋々悪事に手を染めているポケモンたち特有の気の弱さが全く感じ取れないんだ。バラル三頭犬イグナのグラエナや、ジンのスピアー、ケイカのギャラドスがまさにそうだ。ケイカに至っては、ギャラドスを意図的にこんらんさせる作戦を取っておきながら信頼は崩れていなかった。

 

「ポケモンにも信念がある」

 

 その信念と、バラル団の目的が一致しているから強いのか……?

 俺とポケモンたちだって、今は勝ちたいって思いが一致してるからジム戦を勝ち続けて来れた。それと同じなのか、悪事で繋がる信念って一体なんなんだ、バラル団の目的は――――?

 

 

 目を瞑って考え事をしていると、金属扉がまた開いた。飯の時間にはまだ早い、取り調べも同じだ。

 だけどその時、ふわりと香水の匂いが漂ってきた。そして硬質の床をブーツが踏みつける音が近づいてくる。

 

「出ろ」

 

 鈴のような声、聞き覚えがある。目を開けるとそこには金髪の冷血女が突っ立っていた。

 アシュリー・ホプキンス、ポケットガーディアンズの中でも上位に位置する警視正なんて役職につきながら現場に出てくるような変わり者。

 

 相変わらず氷のような目つきが美人を台無しにしている。もちろんそういうのが好みのやつもいるだろうが、俺のタイプじゃない。

 

「デートのお誘いかな、悪いねみんな」

「楽しんでこいよオレンジ色」

 

 開けられた格子を潜り抜けると、胸ぐらを凄まじい勢いで掴まれ向かいの格子に叩きつけられた。アシュリーさんは俺を格子に押し付けながら言い放った。

 

「私は冗談が嫌いだ」

「どうもすいません、ちなみに俺は暴力が嫌い」

「口が減らないな」

 

 これ以上からかうとマジで制裁を受けかねないので口を噤む。俺の手にカッチリと手錠が掛けられ、ロープで繋がれる。これで物理的脱出は不可能になった。

 ロープで繋がれながら連れ歩かされて喜ぶ特殊な趣味はない。せめて歩く度にふわふわと揺れるアシュリーさんのロングストレートを目で楽しむ、楽しむにしても限界はあったけど。

 

 取り調べ室はテレビで見るような簡素で寒々しい部屋だった。俺はドアを向かいにするよう椅子に座らされ、対面にアシュリーさんが座る。同じ宅に着いていざ対面すると本当に美人だな、これで脳みそがカイリキーじゃなければ引く手数多だろうに。

 

 俺の瞼にはきっちり山肌を水流で削り、暴走するケーブルカーにポケモンの大技をぶち当て強引に停車させた彼女の姿が焼き付いている。

 

「ここなら邪魔は入らない」

「二人っきりを強調したいならもう少しムードをですね……」

 

 直後、氷柱が俺の顔をギリギリ掠めながら壁へと突き刺さった。これまた、俺の瞼に焼き付いたポケモン、エンペルト。彼が出てくる瞬間も、彼女がボールを開ける瞬間も、認識したのは後ろで氷柱が砕け散った瞬間だった。絶対零度の視線が俺を射抜く。

 

「先程言った言葉の意味が、分からなかったのか?」

 

 マジでキレる数秒前だ、なんならもうキレちゃってる。俺はため息を吐いて、吐いて、吐きつくす。本当のことしか言い続けてないのに、否定され続けるのはいい加減頭に来る。

 

「口を割らせようったって無理だぜ。俺はバラル団員じゃないし、知ってる情報は無い! せいぜい、俺と一緒にぶち込まれてた奴らは組織の中で強襲班に分類されてるってことだけだ!」

「意外にペラペラ喋るな、その調子だぞ」

 

 アシュリーさんが腕を組み、相変わらず俺を見下しながら続きを促す。が、正真正銘俺に吐けるのはここまで。

 何か無いか、ここでひとまず間を保たせるための口実とか、何か……

 

 必死に記憶を探る。ゾロアが先に潜入してライブキャスターで拾ってくれた音声の中でこの場をやり過ごす情報、無かったか。

 

「そういえば組織の役職……というか、誰か人の名前を言ってた気がする……なんだっけ、確かあの連中を束ねてる幹部の名前は……そうだ、"イズロード"って名前が出てた」

 

 俺がそういうとアシュリーさんは目を見開いた。初めて、俺の言葉を受け流さずに受け止めた。

 

「ほう、上司を売る気になったか」

「ああもうそれでいいよ……」

 

 どうあがいてもアシュリーさんは俺をバラル団員にしたいらしい。それならそれで、こっちにも考えがある。我ながら、ぶっ飛んでると思うけど。

 

「そこでアシュリーさんに提案があるんだけど、取引しない?」

「悪党と取引はしない」

「そう言わずに。司法取引だっけ、情報を提供して捜査に協力する代わりに罪を無かったことにしてもらうっていう、さ」

 

 逮捕された者の権利を最大限に利用していく。というか本当に、アストンに確認を取ってもらえば一発で冤罪だって分かるんだけどな……それをこのカイリキー女に期待しても仕方がない。

 アシュリーさんはというと、指を顎に添えて考え込む仕草を取っていた。

 

「イズロード……まさかここでその名を聞くとはな」

「そんなにやばい人なのか……?」

「まさか団員にも知られていないということはないはずだぞ」

「新入りなもんで」

 

 そう言うとアシュリーさんは半ば憐れむような視線をこちらに投げかけてきた。大方、組織に加入した割に全く期待されていなかったから幹部の功績も知らないと思われているのだろう。

 取引には応じないと言ったはずのアシュリーさんだったが、やがて考え込む仕草を続けると立ち上がった。

 

「ひとまず今日の取り調べは終了だ。他の面子からも絞れるだけ情報を絞ってから貴様の処遇を決める」

「前向きな方向で頼むよ」

 

 こっちには一応、「あの日バラル団がレニアシティで何をしようとしていたのか」っていうカードも持ってる。他の純粋なバラル団員たちが情報を喋るとは思えないし、次の俺の取り調べの時にこれを切り出せば取引は成立するはずだ。

 

 再びアシュリーさんに連れられて格子の中に入れられる。やはりひんやりとしたこの部屋は苦手だ、ベッドとプライバシーが無いのも個人的に好かない。

 それから順番に他の団員たちも聴取に連れ出されたが、俺はとにかく眠ることにした。今はただただ、経過する時間を認識するのがしんどい。

 

 

 

 

 

 空腹を誤魔化すためか、俺の頭はかなりアッサリと意識を手放した。ただ、夢の中で俺は意識を保っていた。

 明晰夢、というやつだろう。詳しい話はあまり知らない、いつだったかアイと一緒にイッシュ地方を旅しているときに専門家から話を聞いたことがあるから、恐らくそれを覚えていたんだろう。

 

 夢の中で俺は白と黒が混じり合う境目に立っていた。

 

 それぞれの色のついた空間の中にそれぞれたった一つだけ、対になる色に輝く石があった。俺は黒い空間に漂う白い石に近づいてみた。

 白い石は、その暗黒の中にありながら全てを照らし出すような眩さを持っていた。触れようとすると、思ったよりも高熱で火傷しそうになった。

 

 黒い空間から離れ、今度は白い空間の黒い石に近づいた。

 目が潰れそうなほど輝かしい空間の中で、一際強く暗い輝きを放つ石。白い石のことがあったからおっかなびっくり触ってみる。

 

 するとバチッという音がした。気づけば俺は手を引っ込めていた、感覚としては静電気のような感じだ。

 

『君は英雄たらんとするものか?』

 

 その声は、黒い石から聞こえた気がした。明滅する黒い石に焦点を当てる、英雄たらんとする、か……

 

「たぶん、英雄には興味無い、かもしれない。そういう柄じゃないからな」

 

 すると黒い石はまるで()()()()()()()()()()()()()()()かのように声だけで小さく笑って見せた。今度は白い石が問いかけてくる。

 

『じゃあ君が求めるものはなに?』

 

「俺が、求めるもの? とりあえず今は釈放かな」

 

『そういう現在形のものじゃなくてさ、そうだな……このラフエル地方で君が証明したいもの、だよ』

 

 白い石もまるで俺をからかうみたいに、身体……と表現していいのか、ゆらゆらと面白げに漂う。

 それにしても、この旅で俺が証明したいことか……と言っても、今すぐには具体的に思い浮かばない。

 

「ぼんやりとしてるけど、俺が証明したいのは強さかな。ラフエル地方(ここ)に来たのは、俺が幼馴染(アイ)の腰巾着じゃない、一人の立派なポケモントレーナーだって証明したいからだ」

 

『そうなんだ。でも()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なんだそりゃ、俺の前前前世か? それってもう別人もいいところじゃないか」

 

 というか、数百年前の俺とお前たちは面識があるのか? よくわからん、がよく考えればこれは夢だ。俺が気にする必要は無い。

 そろそろこの二色の世界も気味悪くなってきた、喋る石なんかもいるしな。しかしこの空間には出口がない、出ようと思って出られる空間では無さそうだった。

 

「夢の中からって、どうやって出るんだ……?」

 

『君が目の前の真実を見ようとすれば、いつだって出られるさ』

 

 白い石がそう言う。いちいち言うことが抽象的なんだよな、この石。続いて黒い石もまた言った。

 

『君が遙か先の理想を追い求めれば、いつだって出られるよ』

 

 ここまで来て、俺は悟った。

 俺の頭は幾許か、想像力が逞しいということに。

 

 

 

 

 

 ――――刹那、大爆発。爆音が俺の耳朶を蹂躙する。空が地面に、地面が空になる感覚。

 

 

 

 

 

 

 白い石の言う通り、目の前で起きている"真実"が俺を叩き起こした。もくもくと立ち上る煙と埃で思わず咳き込む。

 

「な、なんだ……!?」

 

 目を開けるとさっきまで壁だった瓦礫がそこら辺に転がっていた。個々の房を仕切っていた鉄の格子はぐにゃぐにゃにひしゃげ、へし折れていた。

 ブーツが硬質の床を蹴る音。壁に空いた穴からバラル団のメンバーが逃げていくのがわかった。

 

 しかもご丁寧に、俺の房からジャンの房への格子が綺麗にすっぱ抜かれていて、ジャンの房から外へ出られそうではあった。

 けどここでバラル団に便乗して逃げるというのは、一線超えた悪人になってしまう。そう考えると、俺はここで大人しくしてるのが一番だと思った。

 

 ところがその時、壁の外の光を遮る何かが現れた。それはポケモン"クロバット"に掴まり、フードを被った存在。下っ端の服とは微妙に異なるデザイン、何よりそのツリ目に見覚えがあった。

 

「よう、オレンジ色。仲間が世話ンなったな」

 

「お前、イグナ……」

 

 バラル団隠密班長にして、俺がこの地方に来て最初に紡いだ因縁。

 

 執念のイグナが、そこにいた。俺はカラカラの喉を震わせながら、言葉を紡ぐ。

 

「話をしてる暇ァ、ねえんだ。一緒に来てもらうぞ、お前に会いたいって人がいるんだよ」

「俺が大人しく着いてくると本気で思ってんのか?」

「ついてくるさ、お前はな」

 

 そう言ってイグナは後ろにいた下っ端に指示を飛ばし、俺のカバンや逮捕された時に持っていた荷物を一式寄越した。だけどその中に俺のポケモンたちはいなかった。

 

「探してるものは、ここだ」

 

 トレーの上に乗った四つのモンスターボールは、イグナの手持ち"コドラ"の足の手前に置かれていた。俺が断れば、ボールごと踏み潰すつもりだろう。

 

「汚い真似しやがって」

「なんとでも言えよ、俺達は悪党だからな」

 

 イグナはそう言うとコドラに前足を挙げさせた。ボールの中で申し訳なさそうに俺を見上げる奴らを、一瞥。荷物を纏めて立ち上がる。

 そんな俺の姿を見て、イグナは満足そうに手を下げた。

 

「ジャン、ジュン。今ジンとジョンが外でPG相手に大暴れしている、新入り二十人を纏めて西エリアに迎え。ソマリが撤収用の大型ヘリをスタンバらせてる」

「わかりました! イグナさんは?」

「俺はオレンジ色(こいつ)と残り十人を引っ張って一度北エリアへ行く」

 

 さすがは班長と言ったところか、あっという間に指揮を行い大量の人間をまとめあげてみせた。敵ながら、相変わらず洗練された手腕だ。

 ジャンとジュンがバラル団式の敬礼をして刑務所を脱獄する。外でジンが暴れているというのは本当らしい、戦争のような喧騒が壁の外から聞こえてくる。

 本当なら、今すぐ壁の外のPGに合流して暴動を収めたいところだが以前として俺の手持ちはイグナの手の中だ。

 

「グラエナ、索敵を始めろ。逃走経路に邪魔がいたなら先行して排除して構わん」

 

 イグナは走りながらグラエナを進行させる。すんすんと先の臭気を探り、集団を先導する。イグナが邪魔は排除しろと言ったが、グラエナは見事に手薄な場所へ俺たちを誘導した。

 西に向かったジャンとジュン率いるバラル団員たちとは違い、イグナは北エリアに向かっているようだ。

 

 ビルとビルの間、暗いネオン街をまるで闇夜慣れした獣のように通りすがるバラル団。隠密班の名は伊達じゃないらしい、ファーストコンタクトがファーストコンタクトだけに舐めきっていた。

 ペガスシティの北区はアミューズメント施設が集まるエリアだ。夜になるほど活気づくペガスシティの中で唯一、夜の閉園後に人気が無くなる。

 

 そうしてイグナの後に続いて走ることおおよそ二十分ほど。到着したのはペガスシティで一番大きな遊園地だった。

 先んじて入園用の改札機器が破壊されているのか、入場料を支払わずにイグナが通り過ぎる。いつか観光で来たかった場所だけに、俺としては少し複雑な気分となった。

 

「連れてきたぜ」

 

 イグナは前方、巨大なメリーゴーランドに駆け寄るとバラル団式敬礼を行いそう言った。すると天井から吊るされているシママの模型の影からスッと人影が現れた。

 その人影を見た瞬間、全身が震え上がるのを感じた。寒気? 寒気かもしれない。ゾッとするような、冷気を身体が感じ取ったのかもしれない。

 

 だけど、一番はたぶんプレッシャーだ。今すぐに、地面に屈してしまいそうな圧倒的な迫力があの人影から俺に向けて放たれている。

 

 

 

「――――イズロードさん」

 

 

 

「ご苦労、イグナ。下がって構わんぞ」

「了解」

 

 やがて月明かりに照らされて現れたその男は無精髭に特異な格好をした中年の男性だった。だが灰色に濁った目とそこから放たれるプレッシャーで俺は喉が締め付けられたような気がした。

 

 こいつが、この男が、バラル団幹部の一人……イズロード!

 

「わざわざご足労いただき恐縮だ、君が我々バラル団の邪魔をあちこちでしているという、オレンジ色君だな」

「だ、だったら……」

 

 その声はようやく絞り出せた。緊張で、喉が乾く。クスクスと嘲笑う下っ端たちを睨み返すようにしながら、俺はもう一度喉を震わせた。

 

「だったらなんです? 俺をこの場で始末しようって腹か?」

「そう結論を急ぐな。私は君と話がしてみたくて、ここへ連れ出したのだ。刑務所の中では落ち着いて話も出来んだろう」

「確かに。アンタが面会に来たら間違いなくシェアハウスが始まりそうだ」

 

 軽口に逃げなければ膝が笑ってしまいそうだった。しかしイズロードはそんな俺の冗談に、なんとクツクツと笑ってみせた。

 

「面白い冗談だ。何より、この場で私と対峙しながら逃げようという姿勢を見せない。ますます気に入った」

 

 そう言いながら、イズロードは指で弾くように素早くモンスターボールをリリースした。俺は一瞬遅れたが、ボールからヤツのポケモンが出てくるより先にヤツの右手前でご丁寧に整列してるバラル団の方へと駆け出した。

 

 出てきたポケモンはかぎづめポケモン"マニューラ"だった。ラフエル地方に来るまでに何度かアイが戦ってるのを後ろから見ていたことがある。そもそもマニューラという種が素早いポケモンだ。こちらもスピードタイプのポケモンで応じなければ翻弄される。

 

 俺はバラル団の下っ端を盾にしながら確実に、イグナへと距離を詰めた。狙いは、イグナが抑えている俺のポケモンたち!

 ヤツは俺の荷物をカバンごと寄越したが、どうやら中身までは確認してなかったらしい。レニアシティでジョンのポーチからパクった――――

 

 

「――匂い付き煙玉だ!」

「なっ、これは……!」

 

 

 香辛料に使われる木の実を乾燥しすり潰した粉末と酸味の強いノメルの実の果汁を煙玉の勢いで射出する。俺がこれを使うことを予想していなかった平団員たちは目を抑えて踞る。

 一方、班長同士お互いの手の内を知り尽くしているイグナには効かなかったが、防毒マスクをしていない状況下でヤツはフードで顔を覆う。

 

 即ち、大きな隙が出来る!

 

 イグナの手から俺の手持ちを奪取すると、そのままマニューラ目掛けてモンスターボールをリリースする。俺の手持ちで一番のスピードアタッカー!

 

「頼むぜ、ジュプトル!」

 

 ボールから飛び出したジュプトルがマニューラへと勢いよく体当たりする。体勢を崩したマニューラだったが、器用にバク転を繰り返しイズロードの足元へと戻った。

 イズロードはというと、未だに俺を値踏むような視線を投げかけながら、ハンドサインでマニューラに指示を出す。

 

 初めて戦う相手、しかもポケモンマフィアの幹部。出す技から対策を立てたいところだが、ハンドサイン……即ち予め決めておいた指示を出されるとこちらは直前まで対応が出来ない。さすが、抜け目のなさはジンやイグナ以上だ。

 

 マニューラは素早くジュプトルを取り囲むように動く。目にも留まらぬスピード、であるなら【こうそくいどう】か【でんこうせっか】である可能性が高い。

 

「早くても、倒す手段はある! 【マジカルリーフ】だ!」

 

 ジュプトルは手持ちの葉っぱを手裏剣のように撃ち出す。それが不思議な光を帯びて、残像を生み出すほどの速度で走るマニューラを捉えた。

 手裏剣が刺さる、鋭い音。たまらずマニューラが動きを止めた、今がチャンスだ!

 

「切り裂け、【リーフブレード】!」

 

 十八番の近接技、【リーフブレード】。腕の新緑刃に力を込め、ジュプトルが斬りかかる。しかしマニューラは一瞬で持ち直すと、今度は【かげぶんしん】で大量に数を増やした。

 イズロードが手を横に薙ぐような仕草をする。【かげぶんしん】で増えたマニューラが一斉に手中に冷気を集中させ、【こおりのつぶて】を作り出す。

 

Fire(撃て).」

 

 必ず先制攻撃出来る【こおりのつぶて】を、大量に分身したマニューラが一斉に撃ち出す。たとえ一匹につき飛礫が一つだったとしても、これだけの数。ちょっとした弾幕だ。

 防げるか、と言われればまず不可能だ。だけど、ジュプトルならやれることがある!

 

「気取ってんじゃねえ!! こっちも撃ち返せ、【タネマシンガン】だ!」

 

 ジュプトルが種の弾丸を撃ち出す。しかしそれよりも早く【こおりのつぶて】の雨が飛来する。しかし後手に回ったとしても、ジュプトルならやれる!

 放たれた飛礫がジュプトルと俺に着弾する。その直前、不自然に軌道を変えた。それを見たイズロードとイグナが驚きに目を剥いた、気がした。

 

「後手に回ることを前提に【みきり】で着弾するコースの飛礫のみを【タネマシンガン】で弾き、軌道を逸したか」

「流石に読まれてるか」

 

 あの男、ポケモン図鑑もなしにジュプトルの手の内を完全に把握してやがる。恐らくジュプトルの【みきり】の精度も今ので掴まれた。二度、同じ手は通用しないだろう。

 これまで上手いことやり過ごした気がする。だけどその実、手のひらに汗がやばいくらい浮いている。

 

「分身をどうにかしなきゃ、今度こそ【こおりのつぶて】を当てられる……!」

「そうだ、考えろ。トレーナーが動かなければポケモンも動かん。ポケモンバトルとはそういうものだ」

 

 悔しいがヤツの言う通りだ。俺が動かないとジュプトルは最大限に力を発揮できない。考えろ、フィールドを使い尽くして勝利をもぎ取れ……!

 

 一瞬の思考。

 

 周囲の観察。

 

 作戦の裏付け。

 

 全て整った。俺たちらしい、大博打だ。

 

 俺はもう一度煙玉を地面目掛けて放った。今度のは匂いもついてなければ果汁が含まれているわけでもない。本当に、目くらまし目的の煙玉。

 

「逃げる気か!」

「イズロード様! 追撃いたしますか!」

 

 下っ端がここぞとばかりに好き勝手言い出す。イズロードは応えない。イグナも追撃を指示しない。

 俺はこの視界が晴れる前に全ての準備を整える。俺の手持ちも全て了承の大博打、打って出る。

 

「だぁれが逃げるかってんだ、カーバ!! ジュプトル、こっちも【かげぶんしん】だ!」

 

 煙を吹き飛ばすように大量のジュプトルがマニューラへと殺到する。マニューラはというと、全て切り刻むとばかりに【メタルクロー】で全てのジュプトル目掛けて斬撃を繰り出す。

 その素早さは確かに俺が今まで見てきたスピードタイプのポケモンの中でも五指に入る。十数体のジュプトルの分身があっという間に斬り伏せられる。

 

 残った三体のジュプトルのうち、本物だと見切りを付けてマニューラが飛び込んでくる。

 

「【くさむすび】!」

 

 襲われたジュプトルが印を結ぶように手を組み変える。直後、レンガの下から長い蔓のような草が大量に生えマニューラの脚部を狙う。

 しかしマニューラはというと軽やかに跳躍、手を足に、足を手にするように【アクロバット】で【くさむすび】を回避。そのままジュプトルへと距離を詰めた。

 

 ジュプトルが避けられない、という顔を見せる。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「今だ! 【だましうち】!」

 

 マニューラ渾身の十字切り(シザークロス)がジュプトルを切り裂いた、かに見えた。しかし攻撃を受けたジュプトルの姿が陽炎のように揺らめいた。

 直後、ジュプトルの幻影の足元からゾロアが飛び出し、完全にがら空きのマニューラ目掛けて体当たりを行う。綺麗に鳩尾にヒットしたか、マニューラが目を点にする。

 

「ダブル【かわらわり】!」

 

 V字を叩きつけ、両脇の分身のフリをした本物のジュプトルと、ジュプトルに化けたメタモンがマニューラの胴を薙ぎ払うように手刀を叩き込んだ。

 あく・こおりタイプのポケモンにかくとうタイプの技! それも二連撃! これはもらった!

 

 吹き飛ばされたマニューラがイズロードの足元まで転がり、目を回す。立ち上がる余力はない、戦闘不能まで追い込めた。

 

「こいつ、イズロード様のマニューラを……!?」

「何者なんだ、ヤツは!」

 

 イズロードのポケモンが戦闘不能になったと見るや、下っ端たちがざわめきだし我先に俺を討ち取ろうと手持ちのポケモンを繰り出そうとする、が。

 下っ端たちを控えさせるイズロード、「手を出すな」という意思表示だった。

 

「見事な連携だ。言外に君の指示を実行するポケモンたちも、行動から信頼が見て取れる」

「……どういうつもりだ」

「褒めているのさ。私達は確かに、世間から見れば悪党だろう。だが、崇高な理念のために悪事に手を染める覚悟を持つ者の集まりだ」

 

 空気を含んだ拍手を送ってくるイズロード。俺はヤツの意図が読めずに、困惑してしまう。

 

「だがそう述べても、悪党の高説だと切り捨てられるのが関の山だ。人は、己の身の丈を超えた思考を、理念を、受け入れ享受することは出来ないのだからな」

「それすらも、俺にしてみれば悪党があの手この手で言い訳してるようにしか思えねー!」

「そうだろう、それを浅はかと嘲笑(わら)うつもりは無い。仕方のないことなのだ。我々が為すべきことは、人の身にとってあまりに巨大(おお)きすぎる」

 

 イズロードが一歩前へ歩みだす。俺はそれに従い、思わず一歩後退してしまった。

 なぜだ、俺はヤツのポケモンを戦闘不能に追い込んだ。手持ちを全て万全の状態でキープしている今、明らかに優位にあるのは俺だ。

 

 だってのに、俺はヤツを恐れた。ヤツのプレッシャーの元は、まだ消え去っていない。

 

 それを理解したときは、既に遅かった。

 

 夜中の闇に乗じて切り込んできた影が、冷気を含んだ拳をジュプトルとメタモンの急所へと打ち込んだ。認識外の一撃、二匹のポケモンはくさタイプ。当然こおりタイプの技を急所に受けて無事では済まない。

 

「ジュプトル、メタモン……!?」

 

 レンガの上に倒れ伏す二匹を見て、俺は完全に取り乱した。イズロードの足元には先程まで倒れていたはずのマニューラがいた。

 戦闘不能にしたはずなのに、何故。いつ回復させた。いや、そもそも本当に戦闘不能にしたのか。思考が頭の中をぐるぐると周り、パンクを起こしそうになる。

 

「早速考えているな。それでいい、答を導き出すまでは次手を出さず静観するとしよう」

 

 再度周囲の観察、結論を出す。

 俺たちは確かにマニューラは戦闘不能にした。現に、イズロードは自分の足で隠してこそいるがマニューラが倒れて目を回しているのが確認できる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()……?」

「御名答。だが不十分だな」

 

 不十分、何が不十分だと言うんだ……? マニューラが二体存在した、俺はそれ以上答えを見つけ出すことが出来そうに――

 

 

「いや、俺はアンタがマニューラを……正確には二匹目をボールから出す瞬間を見ていない」

 

 

 最初からスタンバイさせていた、というのならまだ分かる。だが、それでいいのか? あからさますぎる、これはヤツが求めている回答ではない。

 その時、ようやくマニューラをスキャンしたポケモン図鑑が詳細を映し出す。俺はそれを読み取ることで、ヤツの求める俺の回答を導き出した。

 

 そしてそれを理解した瞬間、俺は対峙している男の恐ろしさを再認識した。

 

「マニューラは、石や樹木にツメでサインを描きコミュニケーションを取るポケモン。つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった、そうだろ」

「素晴らしい、ヒヒノキ博士から託されたポケモン図鑑を使いこなしているな」

 

 タイミングがあったとすれば最初の【かげぶんしん】だ。その時、俺達に【こおりのつぶて】を放ったマニューラは全て分身で、本物と二匹目のマニューラは俺達の視界の外でサインによる指示の伝達を行った。

 だが普段からイズロードの指示を受けて戦っているマニューラとは違い、どうしても指示と連携の中に経験不足で拙さが生まれる。だから俺達は野生のマニューラを退けることが出来た。

 

 逆に言えば、即席で指示を出した野生のポケモンを操り、ここまで俺を翻弄した。

 

「野生のポケモンに言うことを聞かせた、っていうのか。ポケモンレンジャーでも無しに」

「"キャプチャスタイラー"か。確かにアレもまた、野生のポケモンに言うことを聞かせる道具だな。だが私からすれば、野蛮な拘束具だ」

 

 イズロードは野生のマニューラに"すごいキズぐすり"を使って回復させ、復活したマニューラの頭を一撫でする。

 その姿はまるで野生のポケモンとのやり取りには見えなくて、俺はまたしても騙されているような気分になった。

 

 

「問おう、君にとってポケモンとはなんだ?」

 

 

 突然の問い掛け。俺は言葉に詰まった。

 

「俺にとって、ポケモンが何か……?」

「そうだ、返答によっては私は君を完全に敵と見なし、処断する」

 

 首根っこを掴まれているような気分になった。イズロードの刃のような瞳が俺を捉えている。

 

 逃げられない。

 

 ジリジリと言葉もなく追い詰められる。今まで堪えていたダムが決壊するように、恐怖が身体を支配した。膝がガクガクと笑い出す。

 冷たい眼差しに射抜かれ、身体が寒さを感じる。冷や汗が止まらない、じわじわと手袋やゴーグルの下を濡らし出す。

 

 そして、肌が焼けるような冷たさを感じた瞬間、俺はその冷たさに既視感を覚えた。

 

 反射的に、右へ飛び込んだ。そしてポケモンたちを一斉にボールへ戻した瞬間、俺がいた空間は元よりイズロードやバラル団員たちを飲み込むような冷気が迸り――、

 

 

「――――【ふぶき】!」

 

 

 夜の遊園地が極寒の大地へと姿を変えた。ポケモンだけでなく、トレーナーすらも襲う猛吹雪。

 そしてこの冷たさに俺は覚えがあった。そして、そのときもこうしてダイブして避けたのだった。

 

「ッ、ヘルガー! 【かえんほうしゃ】だ!」

 

 その時俺は初めてイグナの焦った顔を見たかもしれない。素早くボールをリリース、ダークポケモン"ヘルガー"を喚び出すと火炎を吐き出させた。

 バラル団員を飲み込もうとする大寒波をおギリギリのところで堰き止める灼熱。だが、その熱波すら凍りつかせようとする氷獄。

 

「各員、ヘルガーを援護せよ。ほのおタイプのポケモンを持つものはヘルガーへ炎を集めろ」

 

 イグナのヘルガーは"もらいび"、炎を受ければ自らの炎の威力へと加算する特性だ。"マグカルゴ"や"コータス"が現れ、【かえんほうしゃ】を継続して放つヘルガーへ火を送る。

 数十秒に及ぶ攻防。ヘルガーは炎を吐ききったが【ふぶき】は止み、バラル団員は無傷だった。

 

「防ぎきったか」

 

 その声にも聞き覚えがある。それこそ、半日もしないうちに話をした人だ。彼女の方をゆっくりと振り返る。

 

 

「アシュリー、さん……!」

 

「そこを動くなよ悪党ども、膝から下とお別れしたくないのならな」

 

 

 恐らく、彼女の決め台詞なんだろう。お決まりの文句を言い放ちながら、絶氷の鬼姫は冷ややかに投降を促した。

 

 




やっぱアシュリーさん、こおりタイプ使いに見せかけたかくとうタイプ使いの脳みそカイリキーだよ、そこが好き(隙好語)

それはそうと今回、ようっっっっっっっやくバラル団の幹部格が出てきました。
ルパソ酸性さん(@rupasosannsei)のイズロードさん。

最強に痺れるヒールだと思います。そう簡単に負けてほしくないなぁって思います。
それでいてただの悪役ではない。今までのバラル団と違って理念と信念の元に主人公に立ちはだかる強敵でいてホスィ……

余談なんですがCVを土師孝也さんで考えてるせいで執筆中幾度となく口調がス○イプ先生になりかけた、一人称が我輩になりかけた。

キャラシだと一人称は「俺」なんですが今回フォーマルな感じで「私」とさせていただきました。


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VSフリーザー 究極の選択

今までありがとう平成。


「――ほう、PGのアシュリー・ホプキンスだな。部下が世話になったようだ」

 

 イズロードは不敵な笑みを浮かべながら、しかし明らかに先ほどとは態度が違う。本気の臨戦態勢と言った感じだった。

 一般のトレーナーでは引き出せなかった、本気のイズロードを初撃で引きずり出した。ダイが思う以上に、アシュリー・ホプキンスという刑事はやり手みたいだった。

 

「マニューラ」

 

「――ハピナス!」

 

 闇の中、飛び出した悪意の鉤爪が繰り出されたハピナスへと襲いかかる。接近しながらレンガにツメを奔らせ、【つめとぎ】を行い攻撃力と技の精密さを極限まで高めて放たれるのは【メタルクロー】!

 ハピナスの柔い肌を鋭利なツメが切り裂く、かに見えた。

 

「小手調べのつもりか、イズロード。舐められたものだ、なぁハピナス――」

 

 しかしアシュリーとハピナスは不敵に笑む。ハピナスはその巨躯の割に小さな手を使ってマニューラの腕、その側面をピタリと止めた。

 それはポケモン合気道で習う当身(あてみ)。マニューラのツメはハピナスの肌に届かない。さらには捉えられ、離脱も出来ない。隙だらけのマニューラへとハピナスが放つのは渾身の一撃。

 

 

「【きあいパンチ】!」

 

 

 まるで爆弾が破裂するかのような音が響き渡る。戦闘を見守っていたダイはインパクトで発生した衝撃波で吹き飛ばされそうになった。

 誰がどう見ても、あの【きあいパンチ】を受けて耐えられるあくタイプのポケモンはいない。

 

 まさに、悪を裁く正義の鉄槌。トレーナー共々、可愛い顔をしてなかなかに凶暴だとさえ、ダイは思った。

 

「イグナ、部下を連れて離脱しろ。お前たちを守りながらやりきれる相手ではなさそうだ」

「了解。聞こえるかジン、撤収だ。ソマリ、そちらも離脱の準備を進めておけ」

 

 イズロードの指示を受け、イグナたちが遊園地を後にしようとする。だがそうはいかせない、とアシュリーが前に出ようとする。

 それを遮るように、イズロードの中堅。ひょうざんポケモン"クレベース"が現れる。しかも【とおせんぼう】でアシュリーの追跡を妨害する。

 

「ねじ伏せろ、ハピナス!」

 

 クレベースは確かに堅牢なポケモン。だが、特殊防御は特別高いわけでは無い。ハピナスが気を練りそれを撃ち出す、【きあいだま】だ。

 しかしエネルギーの塊がクレベースを襲う瞬間、特殊なオーロラのような障壁が展開される。それは【きあいだま】を受け止めると、まるでエネルギー弾をゴムボールのように加速した状態で反射した。

 

「"ユレイドル"!」

 

 その反射を読んでいたのか、アシュリーは第三手としていわつぼポケモン"ユレイドル"を喚び出す。跳ね返された【きあいだま】をユレイドルは全面に展開した光の障壁で()()()()()()()

 同じ芸当はクレベースにも出来ただろう。だが、そうするには些か速度が足りなかった。倍の倍、即ち四倍に跳ね上げられた速度と火力の【きあいだま】がクレベースを直撃、戦闘不能に追い込んだ。

 

「【ミラーコート】で反射させたエネルギー弾を、同じく【ミラーコート】で撃ち返したか」

「貴様のポケモンは把握している。当然使ってくる技も対策済みだ」

「であれば、我々が()()()()()()()()()()ことも知っているな」

 

 イズロードの淡々とした喋り口調に、アシュリーはポーカーフェイスで応じる。だが、指先に微かに焦りが見えたのも事実だった。

 そんな二人の睨み合いを見守っていたダイは少しずつ寒さが厳しくなっていることに気づいた。アシュリーのエンペルトが【ふぶき】を放って暫く経つ。

 

 だと言うのに寒さは和らぐどころか、まるでこの場が雪国に変わったかと錯覚するほどに寒い。ダイが思わず身体を抱えそうになった瞬間、()()は現れた。

 まるで彫刻のような、美しいポケモンだった。遊園地に設置されているライトの白い光を受け、まるでオーロラのように七色の煌めきを放つ翼、クリスタルのようなクチバシ、威圧感を放つ艷やかなトサカ。

 

 ()()はこの地帯に雪を降らせながら、イズロードの背後へと降り立った。

 

「……来たか」

 

 アシュリーが小さく呟いたと同時、白んだ息が空気中に漏れ出す。近くの温度計がたちまちマイナスを下回りだす。足場のレンガが、その鳥ポケモンを中心にメキメキと音を立てて凍り始める。

 

「あれは……」

 

 ダイがポケモン図鑑を取り出しそのポケモンをスキャンする。するとポケモン図鑑は数秒のローディングの後、データを叩き出した。

 

『フリーザー。れいとうポケモン。氷を操る伝説の鳥ポケモン。羽ばたくことで空気を冷たく冷やすのでフリーザーが飛ぶと雪が降るといわれる』

 

 そのポケモンの名は聞いたことがある。むしろ、この世界に生きるものならば必ず幼少の頃、親に読み聞かされるおとぎ話だ。

 三匹の鳥ポケモンの伝説だ。一匹は炎を、また一匹は雷を、そして最後の一匹は氷雪を操るとされている。そして、そのおとぎ話の一匹が今、ダイの目の前に現れたのだ。

 

「エンペルト――」

 

「フリーザー――」

 

 ポケモン図鑑によるフリーザーのスキャンが終了し、ダイがそのデータに目を通したのと対峙する二人が傍らに待機するポケモンを呼びかけたのはほぼ同時だった。

 直感的にダイはその場から飛び退き、一層距離を取った。だがそれはあまりにも無意味だったと、刹那思い知るハメになる。

 

 

 

「「――――【ふぶき】!」」

 

 

 

 瞬間、まるで全身が凍りついてしまうかのような獄寒。両者が放つ極大の吹雪がぶつかり合い、空気を凍てつかせ、相手を蹂躙する。

 だがその勝負に置いて、傍から見えて有利なのはアシュリーであった。エンペルトはみずタイプとはがねタイプを併せ持つポケモン、即ちこおりタイプの技に強い耐性を持つ。

 

 このまま打ち合いが続けば、先に消耗するのはフリーザーのはずだ。しかしそれはフリーザーが並のこおりタイプのポケモンであった場合の話だ。

 フリーザーが放つ【ふぶき】が強い強風を伴い、アシュリーの美しいブロンドを大きくかき乱す。もう両者の間はまるで氷雪地帯と見紛うほど、雪が積り白銀の世界と化した。

 

 お互いの第一手が終了する。ダイは自分に積もった雪を振り払うとゴーグルを装着する。これ以上この空間が冷やされたら目を開けることもままならなくなりそうだったからだ。

 

「確かに、強力な【ふぶき】だ。絶氷鬼姫(アイス・クイーン)の異名は伊達ではないようだな」

 

 イズロードが軽く拍手を送る。だがアシュリーは顔色一つ変えない。既に次の手を考えていた。しかし次の瞬間、不敵に笑みを見せた。

 

「近いうち、ネイヴュに務める同僚を訪ねる予定があった。随分久しぶりに顔を合わせる、土産は何にしようかずっと悩んでいた」

「ほう? あそこの冬はキツい。私ならば度数の高い酒を勧めるがね」

 

 そう言ってイズロードはグラスを持ち乾杯するジェスチャーを取る。それに対し、アシュリーが首を縦に振って頷く。

 

「それも考えた、だが貴様の氷像を送れば獄中の囚人共はさぞ模範的になるだろうと思ってな!」

「ジョークもイケるな」

 

 刹那、再び猛吹雪が視界を埋め尽くす。既に遊園地全体が雪国の一部と化していた。イズロードの背後にあるメリーゴーラウンドは既にアシュリーのエンペルトが放つ【ふぶき】によって遊具全体が氷に包まれていた。それと同じく、アシュリーの背後にある噴水はもはや芸術的な氷のオブジェになっていた。表面が凍っているだけならばまだいいだろう、水を循環させる機関すら完璧に凍りついてしまったのだ。

 

「押し切れるぞ、もう一度だ!」

 

 アシュリーが叫んだ。エンペルトがフリーザーの隙を突いて再び【ふぶき】を放とうとして、出来なかった。エンペルトのクチバシからもう冷気が迸ることはなかった。

 異変に気づいたのは直後だ。フリーザーはただジッとエンペルトを睨んでいたが、それがエンペルトには多大な"プレッシャー"となっていた。

 

「フリーザーの"プレッシャー"だ! エンペルトはもう【ふぶき】を使うことが出来ないんだ!」

 

 思わずダイが叫んだ。ダイのポケモン図鑑にはエンペルトが使える技が表示されているが、ふぶきは既にPPが尽きていたのだ。そもそも、ここへ奇襲を掛けてきたときもまた【ふぶき】だった。そう何度も撃てる技ではないのだ。いつもならば一度放てば勝敗が決する故、アシュリーはそんな初歩的なことを失念していた。

 

「【フリーズドライ】だ」

 

 イズロードが次の手を指示する。【フリーズドライ】は本来、みずタイプのポケモンに対して有利を取れる技だ。幸いだったのははがねタイプを併せ持つエンペルトだからこそ致命打は避けることが出来た。

 しかしそれでも、エンペルトは初めて大きなダメージを受けた。

 

「まだだ、【ラスターカノン】!」

 

 切り札を封じられてもまだアシュリーは止まらなかった。エンペルトが持つ対こおりタイプ用のサブウェポン、【ラスターカノン】だ。全身から鋼鉄の光エネルギーを収束し撃ち出す技。

 さすがにフリーザーも直撃は避けたかったのか、大きな翼を羽撃かせて飛翔した。目標を撃ち抜けなかった鋼鉄の波動は凍りついたメリーゴーラウンドの一角を粉砕した。

 

 空に出ればフリーザーは素早く、定点攻撃である【ラスターカノン】を直撃させるのは一層難しくなる。しかしフリーザーもまた、エンペルトに対する有効打は持ち合わせていないと言っていい。

 イズロードのフリーザーは、かつて彼を捕らえた警官がそうであったように、業火で焼くか耐久勝負を挑むことでしか倒せない。

 

 そしてアシュリーは奇しくも、どちらの手段も取ることが出来る。エンペルトを一度下がらせ、もう一匹のエースを召喚する。

 

「"キュウコン"! 【はじけるほのお】!」

 

 それはダイも見たことのあるポケモンだった。九尾の先から次々と炎弾が撃ち出される。如何にフリーザーが素早くとも空を焼き尽くすような弾幕攻撃を受けてしまえば一つ二つ、直撃は避けられない。

 しかもそれで終わりではない。イズロードが空を見上げた。そこには奇妙な光景が広がっていた。地上から放たれた【はじけるほのお】の炎弾、そして目的に当たらずフリーザーの上空で消え去るのを待つのみだったはずの炎弾が消えず、ただただ空間に留まり続けていたのだ。

 

「【サイコショック】!」

 

「そういうことか。フリーザー、防御姿勢を取れ」

 

 直後、キュウコンが不思議な力で空に留まる炎弾を全て支配下に置き、今度は雨のように炎弾を降り注がせた。下から放つ炎弾と空から降り注ぐ炎弾。上下から行われる弾幕攻撃がフリーザーを挟み込む。フリーザーはイズロードの指示通り、身体を丸めさらにその上から氷の障壁を構築することで炎によるダメージを最小限に押し留めた。

 

「動きが止まったな、【ねっぷう】!」

 

 キュウコンが深く息を吸い、次いで体内で炎へと変換し一気に吐き出す。先程まで雪国だった遊園地の中はまるでサウナに早変わりし、雪が溶け氷は水滴を纏い始めた。

 エンペルトによる吹雪耐久合戦、そしてその作戦が頓挫したなら次の焼却作戦を取る。アシュリー・ホプキンスという人間はイズロードにとってそれなりに厄介な人間だった。

 

「貴様のフリーザーが空気中の水分を全て凍らせるというのなら、今の私は空間を焼き払う!」

「……あの正義野郎以外にもこんな戦法が取れる者がPGにいたとはな」

 

 総仕上げ、そう言わんばかりにアシュリーのポケモンたちが勢揃いする。

 エンペルト、キュウコン、ハピナス、ユレイドル。どれもフリーザーに対して有効打を持つポケモンたちだ。

 

「ユレイドル、【いわなだれ】!

 エンペルト、【ラスターカノン】!

 ハピナス、【だいもんじ】!

 キュウコン、【オーバーヒート】だ! 焼き尽くせッ!!」

 

 まずエンペルトが動いた。足場のレンガをその腕で切り裂き、巨大な瓦礫に早替えさせるとそれがユレイドルによって撃ち出される。ダイには見覚えがあった、アストンのエアームドが使っていた瓦礫を作り出し撃ち出す戦法だ。四方から迫る【いわなだれ】がまずフリーザーの動きを阻害する。

 

 次いでエンペルトが光を吸収し、それを瓦礫に囲まれたフリーザー目掛けて発射する。瓦礫ごと粉砕する鋼鉄エネルギー。瓦礫が砕け散り砂煙が煙幕となって視界をやや悪くするがもはや関係ない。

 キュウコンの特性により真夜中であるにも関わらず太陽の光が遊園地を照らし出す。それにより、今から放たれるほのおタイプの技はより強力なものとなる。

 

 ハピナスが放った【だいもんじ】がキュウコンの【オーバーヒート】により劫火と化す。鋼鉄の波動(ラスターカノン)により砕けた瓦礫ごとフリーザーを焼き尽くす、完璧な布陣。

 

 一点に収束したエネルギーが臨界を超え、大爆発を引き起こす。爆風に煽られたダイは思わず尻もちを突いてしまった。そして目の前で繰り広げられるポケモン同士の超常的な戦い、並びに悪と正義による正真正銘命の取り合いのようなバトルに正直、戦慄を覚えた。

 

「やったか……!?」

 

 伝説を退けることに成功したのか、ダイは思わず譫言のように、しかし半ば叫ぶようにして口にした。アシュリーもまた手応えを感じているようだった。

 しかし、ならばイズロードのあの余裕はなんだ。フリーザーを超えるポケモンを隠し持っているとは思えない。あれほどの氷魔を従えてなおそれ以上のポケモンはいるはずもない。

 

「考えているな? この私の余裕はなんだ、と」

 

 考えを見透かされ、ダイは冷や汗を隠せなかった。しかしアシュリーはそれを強がりと取ったのか、手錠を取り出しイズロードへと近寄った。

 刹那、あれだけキュウコンが暖めた空気が一瞬にして、先程までの氷獄へと変化した。ダイが気づいた時、その時既にイズロードの手は完成していたのだ。

 

 

「チェックメイト」

 

 

 短く、それでいて覇気のある言葉だった。何かが凍りつく音がした。アシュリーが振り向く、ダイが音のした方に目を向ける。

 そこにはアシュリーのポケモンたちが全員()()()()()()()()()()()。全員が、驚愕の表情を浮かべてそのまま時を止められたかのように静止していた。

 

 

「【ぜったいれいど】」

 

 

 伝説は健在だった。

 

 再び空間を冷やし、雪を降らせながらフリーザーはイズロードの後ろへと降り立つ。あれだけの物量をぶつけられてなお、フリーザーは綺麗な様子だった。

 

「ば、かな……私の攻撃は全て直撃していたはずだ。手応えすらあった……なぜ!」

 

「種明かしだ」

 

 するとフリーザーが翼を広げ、啼いて見せた。直後、先程イズロードのクレベースが放ったのと同じ、オーロラのような障壁が出現する。そしてそのオーロラにはフリーザーが写っていた。

 ダイにはわかった。フリーザーもまた【ミラーコート】を習得しており、【みがわり】と【ミラーコート】で実質もう一体のフリーザーを作り出し、アシュリーが攻撃したのは【みがわり】の方だったのだ。

 

「確かにな、君は強力な布陣を整え私を追い詰める算段を見事に立てた」

 

 だが、とイズロードが言葉を続けた。広げた手を握り込む。それはまるで、眼前の相手を粉々に握り潰すような仕草だった。

 

「私は待ったのだ。君が全戦力を用いて、フリーザーを攻撃する瞬間を。私の立てた筋書き通り、大きな隙が生まれた。あとは【ぜったいれいど】が決まるかにかかっていたが、フリーザーにとっては命中率など些末な問題だ、なぁ?」

 

「【こころのめ】、たぶんキュウコンが場に出てきたあの瞬間から、全部フリーザーにはわかってたんだ」

 

 ダイの推論、その肯定は拍手で帰ってきた。次の攻撃を必ず命中させる【こころのめ】、つまり相手の挙動が全て視えているからこそ【ミラーコート】と【みがわり】で分身を作り攻撃の隙を伺っていた。

 アシュリーは歯噛みすると、残ったもう一つのモンスターボールをリリースする。

 

「コモルー! 【りゅうのいぶ――」

 

 最後まで指示は通らなかった。喚び出されたコモルーが龍気を貯めようとした瞬間、まるで氷柱のような【れいとうビーム】がコモルーを貫いた。

 これで文字通り、アシュリーの手持ちは全損。この勝負はイズロードの完勝だった。立てた作戦は決して間違いではなかったが、相手が一枚も二枚も上手過ぎた。

 

 

 ネイヴュシティという極寒の地獄を抜け出した男には、通用しなかったのだ。

 

 

 アシュリーを眼中から外すとイズロードは改めてダイを見据えた。ダイはというと、ジリジリと後退せざるを得なかった。

 現状、ジュプトルとメタモンがほぼ戦闘不能。ゾロアとペリッパーは健在だが、この二匹でほぼ無傷のフリーザーを相手取るのは不可能だった。

 

 事実上、詰みだ。

 

「さて、問を掘り返すようで申し訳ないが、改めて聞かせてもらおう。

 君にとってポケモンとはなんだ?」

 

 イズロードだけではない、フリーザーもまたその答えに興味を持っているようだった。下手なことは言えない、怒らせたならきっと命はない。逃げる術はない。

 だからといって、上辺だけの言葉で取り繕うつもりはない。『自分にとってポケモンとは何か』、その答えはずっと昔から彼の心に根付いているからだ。

 

「ありきたりだけど、それでもいいかい」

 

 ぽつりと、ダイは語り始めた。イズロードは小馬鹿にするでもなく、その話を真剣に聞き取る。

 

「こいつらは、みんなゲットしたポケモンじゃない。みんな俺に着いてきたくて一緒にいる、大切な相棒だ」

 

 手のひらのモンスターボールを大事そうに見つめるダイ。それらを鞄の中にしまい、鞄を背中に預ける。

 向かいにいるフリーザーから、遠ざけるように。

 

「俺はここにくるまで落ちこぼれだった。そんな俺を、こんな立派なモン手に入れることが出来るまで引っ張り上げてくれた」

 

「こいつらがいたから俺はここまで上がってこれた」

 

「立ち上がることが出来た」

 

「目を逸らさずに走っていける!」 

 

「俺はこいつらが好きだ、こいつらと一緒ならどんな壁だって超えてやる」

 

「こいつらが諦めても、今度は俺が引っ張り上げてやる!」

 

 だから、ポケモンは。

 

 ダイは精一杯の啖呵を、イズロードに切ってみせた。

 

 

「俺にとって、高め合える存在。みんな仲間で、一匹一匹が相棒で、引っくるめて家族だ!!」

 

 

 その信念はイズロードに口角を持ち上げさせた。そしてあろうことか、イズロードは笑った。

 

「ふふ、ははは……家族か、良い。良いよ、その答えで良い。主従で有りながら、お互いに尊重し合えるようだ」

 

 そう言うとイズロードはもう一つのモンスターボールを取り出すと、それをダイに向かって放り投げた。

 

「そのポケモンはな、私がかつてつまらん悪党から救い出したポケモンだ。だが、私にはついぞ心を開かなかった。そこで君に預ける、彼を救ってみせたまえ」

 

「一つ、こっちからも質問がある」

 

「なんだね、言ってみたまえ」

 

 ダイは手の中に収まったモンスターボールと、その中にいるポケモンに目を合わせた。ダイには、ひと目見ただけでそのポケモンの性格を割り出すという特技がある。

 だがそのポケモンは、まるで心を閉ざした戦闘兵器であるかのように虚ろな目をダイに向けていた。ダイにはそのポケモンがどんな性格なのか、どういうことが好きなのかまるで分からなかったのだ。

 

 聞き覚えがある。かつて故郷を震撼させた"ダークポケモン"。それと同じ処置がこのポケモンに施されている。ダイは直感でそれを感じ取った。

 

「アンタ、このポケモンを救い出したって言ったよな。それってどういう意味だ」

「ふむ。ごく簡単なことだ、我々バラル団の行動理念の一つ"我々はいついかなる時も、ポケモンのために在らねばならない"。それに則ったまでのこと、と言い捨てるのは簡単だがな、私の矜持だ」

「矜持……?」

 

 恐る恐るダイが聞き返すと、イズロードは応えた。まるで今ならばダイが自分たちの思想を理解できると信じているかのように。

 

「人間は、ポケモンを縛る。モンスターボールという文明の利器と呼ばれ傲る鎖で。このマニューラもクレベースはな、私の都合で一度は野生に返ったポケモンだ。だが、今こうして私の元へ戻り、力を貸してくれる。そしてそんな在り方を見定めるように、(フリーザー)は私と共にいる」

 

 手持ちのポケモンは主従関係ではなく、協力関係(ビジネスパートナー)にあると豪語するイズロード。その表現はポケモンを家族と表現したダイとは、ある種対極に存在する。

 共に利害が一致するからこそ、一緒にいる。ポケモンのためにあろうとするバラル団と、その理念を良しとするポケモンたち。

 

 お互いがフルで力を扱えるのなら、手強いわけだ。組織の理念に繋がりのあることならば、きっとこれから先バラル団との戦いはより苛烈を極めるだろう。

 

「だからか……」

「だから?」

 

 ダイが不意に零した一言に、イズロードが反応を見せる。

 

「ずっと奇妙に思ってたんだ、バラル団のポケモンには迷いが見えないって」

「迷い?」

「俺は今まで色んな地方で色んなポケモンとトレーナーを見てきた。そして、やりたくないことをやらされているポケモンはみんな、迷いが見えた。悪事に限ったことじゃない。このポケモンはバトルよりもコンテストで輝きたい。そう思ってるのに、トレーナーが望んでいたのはポケモンバトルの上達だった。だけど、バラル団のポケモンはみんな、やりたいことを心からやってる。もっと言えば、悪いことをしてるトレーナーの心を汲んだ上で協力してる。それがわかったんだ」

 

 それは独房の中でも考えていたこと。その答えが見えたことで、ダイはただ頷くしか無かった。

 

「どうだ、我々の仲間になる気はないか? オレンジ色」

 

 だからか、その誘いには驚いた。見れば膝を屈していたアシュリーですら、その言葉に反応し顔を上げた。

 正直なところ、ダイは今の今になってバラル団を純粋な悪と断言出来なくなっている自分に気づいた。

 

 バラル団の行動理念自体は確かに崇高だ。ちょっとした慈善団体のような耳に心地よい響きとすら思った。

 

 だけど、美しいだけのそれに意味はないと思ったから。

 

「悪いけど、俺はアンタたちの側にはつかない。これからも、邪魔し続けると思う」

 

 ダイはその申し出を断った。身体の震えは自然と止まっていた。イズロードが前に出る、ダイはもう下がらない。

 

「アンタたちはもしかしたら正しいのかもしんないよ。だからこそ、惹かれて傘下に加わる奴らもあとを絶たないんだと思う」

「と思うなら、なぜその結論に至った?」

 

 その問いには自信を持って答えられた。ダイは不敵な笑みを見せて、

 

 

「少なくとも、俺の正義を信じてくれるヤツが二人いるから。いいや、二人と四匹いるから。そいつらのために俺は自分を曲げたくない」

 

 言い放った。イズロードもまた不敵に笑み、少し鼻にかけるように言った。

 

「大した正義だ」

 

 安い挑発。しかしダイは熱くならない。

 

「だけど、アンタの部下を退け続けてきた実績のある正義だぜ」

「ふっ、そうだな。仲間に引き入れようなど、野暮をした。君こそ、我々が超えていくに相応しい存在だ」

 

 イズロードが手を上げる。フリーザーが大きく翼を振り上げた。クチバシに冷気が集う。放たれる技は恐らく【れいとうビーム】。

 真っ直ぐにダイを狙っている。だが鞄にしまいこんだポケモンたちに防御させるには時間が足りない。

 

 試しているのだ、ダイを。組織にとって超えていくべき障害を。

 

「ここで終われねぇ。だから、お前のこともっと教えてくれ――――」

 

 ポケモン図鑑が反応する。ダイの手の中にあるモンスターボールを投げ、中にいるポケモンを解き放つ。図鑑はその正体を見定めたのだ。

 刹那、雷光がフリーザーの元へと駆け抜ける。青白い光をその身に纏い、拳を掲げるそのポケモンの名は――。

 

 

 

「――――行けッ、"ゼラオラ"! 【かみなりパンチ】!!」

 

 

 

 じんらいポケモン"ゼラオラ"は、人の作り出した檻(モンスターボール)から解き放たれたと同時、稲妻を纏った拳をフリーザーへと直撃させた。

 先の戦闘から通し、初めてフリーザーに攻撃がクリーンヒットした。体勢を崩したフリーザーが【れいとうビーム】を明後日の方向へ撃ち出す。

 

「ふふ、やはりだ。そのポケモン、ゼラオラの心を解き放つに相応しいトレーナーは君だ。だが彼は粗暴だぞ、手を拱いてせいぜい寝首を掻かれないようにすることだ」

 

「上等だよ、次にアンタに会ったなら俺たちは真っ向からアンタをぶっ飛ばす!」

 

 ダイの宣戦布告を受けたイズロードが指を鳴らす。フリーザーは起き上がると翼を羽撃かせ、その手でイズロードの肩を掴んだまま飛翔を始める。

 星空の彼方へと小さくなるイズロードを睨みながら、ダイは唇を噛み締めた。

 

 イズロードの姿が見えなくなると、ダイは後ろで膝を突いたままのアシュリーを一瞥した。

 バラル団の味方でないことは眼前で証明した。だからといって、自分が脱獄してしまった事実は変わらない。今のアシュリーなら話せばわかってくれるかもしれないがダイが取った選択は、

 

「ごめん、アシュリーさん」

「なっ、待て!」

 

 ゼラオラをボールに戻すとその場を後にした。もう一度律儀に刑務所に戻るわけにはいかない。

 もっと強くならねばならない。切った啖呵を、嘘にしないために。

 

 こうして新たな仲間を手に入れたダイは夜の街へと消えていく。




令和も頑張って書いていきたいですね。

ダイくんの手持ち五体目、ゼラオラです。
実は初期案ではでんきタイプってことだけ決まってて、好きなでんきタイプのポケモンを上げてたんですけど、レントラーかライボルトで悩んだ挙げ句なぜかゼラオラ。

アルバのルカリオと獣人コンビ組めそうだなって思ったから採用に至りました。



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VSゴースト ダイという少年

 ペガスシティの特別拘置所に収監されていたバラル団員が脱獄してからおよそ半日が過ぎた。その間、PGの捜査官たちが街の監視カメラをくまなく探し、団員たちを載せた巨大ヘリの数々が東の空へ消えていくのを発見した。ポケモン"カクレオン"の特性を応用した光学迷彩によりバラル団のヘリが姿を消し、これ以上の追跡は困難とされた。

 

 そして、脱獄したバラル団の追跡を単独で行ったアシュリー・ホプキンスはペガス署の目と鼻の先にある本庁、その中でも一層高い位置にある部屋で頭を下げていた。

 

「――以上が昨夜のバラル団集団脱獄についての経緯です。全て、私の判断ミスが招いた結果です」

 

 それを聞き流しながら、渋い顔で白い顎髭を撫でるのはポケットガーディアンズの中でも最高のランクを持つ男。

 "悪人を必ず捕らえる"という意味を込めて背負ったマスターボールの紋章がクタクタなのは、それだけ場数を超えてきたという何よりの証。

 

 名をデンゼル。些か老いが過ぎるその渋顔は次の瞬間に笑みを浮かべた。

 

「んにゃ、仕方ないんじゃないの~? アシュリーちゃん、レニアシティから飛んできてそこから各囚人の取り調べも全部やったって言うじゃない? オマケに出てきたのはバラル団の中でも指折りの実力者、不幸が重なった結果だ。気にしなさんな」

「そういうわけには……」

(やっこ)さんたちが一枚上手過ぎた。まさかこんな早くに脱獄を企てるたぁな……やっぱ、幹部のイズロードが拘置所やネイヴュの氷獄を観察するためにわざと捕まったってぇのは、あながち間違いじゃねえかもなぁ。裏付けとっての脱獄だろう?」

「だとしても、脱獄を許したのは私の責任です。しかもイズロードを目の前にしながら無様に敗北を……ッ!」

 

 アシュリーがグッと拳を握りしめ、唇を噛みしめる。悔しさに目から血が噴き出すかと思ったほどだ。そんな彼女を見てデンゼルはため息を吐いた。

 

「変わったなぁ、アシュリーちゃん。昔はもっと表情が豊かだったよ」

「……昔の話です」

「ほんの数年前だろ、どうしてそこまで固くなっちゃったかなぁ……いや、おっぱいは柔らかそうになったけど」

 

 刹那、風を切る音。アシュリーがほぼ反射で放ったストレートをデンゼルが指二つで挟む形で受け止めた。

 

「殴りますよ」

「おまわりさんが殴ってからそれ言っちゃ問題だよ~、表ではやらないようにね」

「善処します」

 

 そもそもがセクハラなのだが、アシュリーはもはやデンゼルに対して硬派を諦めている。彼女がPGに入った頃から彼の軟派癖は変わらないのだ。

 アシュリーが拳を収めると本部長室の扉がノックされる。デンゼルが入るように促すとそこに現れたのはアシュリーの見知った顔だった。

 

「失礼します、本部長」

「来たかァ、フレックスんとこの。また背ェ伸びたんじゃねえのかい?」

「お言葉ですが本部長、会う度に言われたのでは伸びるものも伸びませんよ」

 

 入室してきたのはアストンだった。入るなり飛んでくるデンゼルの冗談に苦笑交じりに応えるアストンは部屋の中ほどまで入ってから入り口を見やる。するとその奥から一人の少女が現れた。

 

「彼女は……?」

 

 アシュリーが訪ねると、少女は身につけているゴーグルを持ち上げる仕草をしながら自己紹介を始めた。

 

「どうも、アシュリー刑事。あたしはアイラ・ヴァースティン。ちょっといろいろあって、しばらくアストンさんとバラル団の調査をしてたんだ」

 

 少女――アイラは、かつてダイと共に各地を旅していたトレーナーだ。ダイを追いかけてラフエル地方にやってきたが、今はこうしてアストンと共に行動している。

 

「アストン、お前まさか民間人を巻き込んで調査を行っていたのか? 正気とは思えんぞ」

「いやぁ、違うんだよアシュリーちゃん。こっからは俺ちゃんが話すわ」

 

 半眼でアストンを睨みつけるアシュリーだったが、その言葉を遮るようにデンゼルが続けた。

 

「先日、クシェルシティのジムリーダーが襲われる事件があったろ。んでバラル団が秘伝の巻物を盗んだって話、あの直後にねぇ彼女が俺ちゃんに「PGはもっとバラル団に立ち向かうための戦力が必要だ」って熱弁してね。そんで暫くアストン警視に預けてみたってわけなのさ。そしたらどうよ、民間人って馬鹿に出来るでもなく(やっこ)さんたちの情報ポンポン拾ってくるじゃないの、これには俺ちゃんもおったまげてねぇ……そんで、彼女の言う「バラル団に立ち向かう戦力」ってのを真面目に考えたわけ」

 

 デンゼルはそこまで語ってから顔を切り替えた。それは軟派な朗らか爺さんではなく、明らかに正義のために何かを切り捨てた男の顔があった。

 

 

「アシュリー・ホプキンス並びにアストン・ハーレィ両名に特命を言い渡す」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 夜が明けてから数時間、俺は昨夜激しい戦闘の行われた遊園地に戻ってきていた。案の定、遊園地はありとあらゆるアトラクションが凍結により損傷し、レンガには激しい爪痕がいくつか残っていたため臨時休園となっていた。

 

 見れば既に修理に来た業者やポケモンたちがせっせとメリーゴーランドの解凍、分解作業を始めたりしていた。

 そんな事件現場に俺が戻ってきたのは()()()のことをもっと知るためだった。

 

 俺は隣に立ってただただ落ち着かなそうにしているポケモン、ゼラオラに視線をやる。イズロードから渡されたこのポケモン、昨日でこそ俺の言うことを聞いてくれたが、今朝になって話をしようとしても通じなかった。

 

 ダークポケモンが戦闘に特化させるために特別な処置を施されたポケモンだということは知っていた。それほどまでに俺の故郷オーレ地方で蔓延したこのダークポケモンとは環境に根付いていた。

 戦闘になれば俺の言うことを聞き、相手を殲滅するために戦うポケモン。だけどバトル以外になると途端に今までの従順さを失くす。

 

 銃が戦争以外で役に立てないように、そういう風にされてしまったポケモン。

 

「よし、ゼラオラ。ここはな、遊園地だ。あそこにいるポケモンたちは戦う相手じゃない。ここにはお前と戦おうとしてるポケモンはいないんだ」

 

 視線の高さを合わせて話しかける。ゼラオラは俺の言葉を認識しているようだったが、何を言われているか理解はしていないみたいだ。現に拳には微量のプラズマをまとわせ、あとは作業員のゴーリキーが戦闘の狼煙を上げるのを待っているようだった。

 

「確かに、ダークポケモンは積極的にバトルすることでも心を解き放つって聞いたことはあるけど……」

 

 あの作業員の人たちにちょっかいをかけるわけにはいかないし……

 

 そうやってゼラオラと何をするでもなく、壊れた遊園地の中をこっそり歩き回っていたときだった。

 

「こら〜〜〜〜! 何をしとるんじゃ〜〜〜!!!」

 

 明らかにここの責任者らしきおじさんに見つかってしまった。責任者――園長はズカズカと近づいてくると俺に掴みかかった。

 

「怪しいな少年! さては私のパークを破壊した犯人だな!」

「えっ、違います違います! 俺はただのお客さんだよ!」

「どうだかな! 犯人は現場に戻ると言う! 一緒に来てもらうぞ、事と次第によっては警察署にしょっ引く!」

 

 げぇ、それは勘弁してほしい。そう思ってどうやって言い訳したものか考えていると俺は微かに金属がくたびれる音に気づいた。

 現在地はメリーゴーランドと噴水の間、まさに昨日イズロードとアシュリーさんが戦闘を行っていた場所だ。どこからその音が聞こえているのか、耳を済ましてみた。

 

 音の出処はすぐにわかった。頭上、この遊園地の目玉アトラクションの観覧車だった。見れば、俺達の頭上にある一つのボックス、その接続部が既にギリギリ繋がっている状況に気づいた。

 

 そして不幸にもそれは園長と俺の頭の上に落下を始めた。園長が落ちてくるそれに気づいたときは既に頭上数メートル上だった。

 

「ゼラオラッ!」

 

 短く叫ぶ。ゼラオラは拳に極大のプラズマをまとわせ、落下してくるボックスを殴って迎撃する。吹っ飛んだボックスが氷の彫刻と化している噴水を破壊する。水の循環器に纏わりついていた氷が今の衝撃で壊れたのか水がピューピュー飛び出した。

 

「ふぅ、危ないところだったな……ありがとうゼラオラ」

 

 功労者の頭を撫でて労うが、ゼラオラは「なぜ褒められているのかがわからない」という風に首を傾げた。

 しかし命を救われたはずの園長はというと顔を青く、ではなく真っ赤にして俺に向かってバクオングのようにまくし立てた。

 

「なんてことをしてくれたんだー! 噴水が……木っ端微塵ではないか!」

「え、えぇー!? いや園長を助けるためには仕方なかったんだって! 大目に見てくれよ!」

「許せん! こっちに来い! 取り調べだ!」

「うわ〜! 勘弁してくれ!! 

 

 俺の弁解も虚しく、俺は従業員棟へと連れて行かれ園長室と思しき場所に放り込まれてしまった。

 

 

 

「いや、申し訳ない。確かに君が助けてくれなかったら今頃大変なことになっていただろう」

「ごめんなさいね、お父さんが。きっとさっきは頭に血が登ってたから」

 

 数分後、園長が正座しながら俺に頭を下げてきた。これ俗に言う土下座ってやつなのでは? 

 園長の隣にいるのは園長の娘さんらしい。長い髪をポニータテールに結い上げ、エプロン姿の似合う美人さんだった。

 

「でもあなた、どうして休園の今日に来たの?」

「白状すると、昨日ここで警察の人が悪い人とやりあってるのをこっそり見ちゃって。野次馬根性で見に来ちゃったんです」

 

 嘘はついてない。警察と悪者のドンパチは目撃したし、嘘はついてない。

 お姉さんはどうやら信じてくれたみたいで、とりあえず通報は免れたみたいだ。

 

「でも、あなたのポケモン強いのね。観覧車のボックスを一撃で吹っ飛ばすなんて」

 

 ゼラオラを見ながらそう言うお姉さん。そういう風に調整されてしまったポケモン、とは言えなかった。するとお姉さんはポン、と手を打ち園長に耳打ちした。

 

「そうじゃ! その手があった! 腕のあるポケモントレーナーと見込んで君に頼みがある!」

「はい?」

 

 突然園長がまくし立てた。話はこうだ。

 

 この遊園地にはありとあらゆるアトラクションがあるが、最近特に人気の落ちてしまったアトラクションが存在するという。

 

「旋律大迷宮と言ってな、数々の名のある音楽家の霊が待ち受ける中進むというアトラクションなんじゃが……」

「なにか問題があるんですか?」

「最近、ケタケタとスタッフの物ではない不気味な笑い声がするようになったんじゃ。それを気味悪がって、誰もあのアトラクションに挑戦しないようになってしまった。そこで、腕の立つポケモントレーナーである君に調査を頼みたいのじゃ!」

 

 う……ホラースポットの調査か。何を隠そう、俺はその手のオカルトが超苦手だ。

 しかも話ではアトラクションの奥地からその笑い声がするという、ということは調査のためには実質アトラクションの制覇を求められる。

 

「あ、そっか。俺が入る間、アトラクションの機能を落としてもらえばいいんだ」

「それが……制御装置もアトラクションの中にあるから、私達も手出しができないの」

「なんてこった……」

 

 正直すげぇ遠慮したい。だけどここで突っぱねてPGに通報、とかなっても困る。

 俺はゼラオラと親睦を深めるための遊園地散策と割り切ることにして、その依頼を受けた。

 

 

 

 

 

「もう無理、吐きそう……」

 

 渡された懐中電灯は長いこと使い込まれているのか、時々明かりが強くなったり弱くなったりしている。それがまた雰囲気を助長させるんだけど。

 いっそのこと、隣を歩くゼラオラに【フラッシュ】で照らしてもらおうかとも考えた。だけどダークポケモンにはわざマシンを使うことが出来ない。

 

 したがって、俺は顔を真っ青にしながらもコンサートホールを模したアトラクションの中を歩いていた。見れば、清掃スタッフも立ち入り出来ないのか到るところに埃が積もっていたり、そもそも空気中に舞っているのが見えた。

 

「デボンスコープで元凶が分かりゃ、世話ないんだけどな」

 

 聞くところによると、デボンの競合であるカントーのシルフ社のスコープには幽霊を見る機能が付いてるとかなんとか。ただデボンスコープにはサーモグラフィカメラが搭載されてる。これで視界に入るものを温度で認識することが出来る。目の前のオレンジ色の物体はゼラオラ、それ以外は基本的に緑か青色の低温の無機物。

 

 サーモグラフィを起動しながらコンサートホールのステージに上がろうとしたときだった。青い何かが視界に入ってきた。レンズを暗視に切り替えるとそれの正体がわかった。

 絵画だ、もちろんアトラクション用のレプリカだろうが、名のある音楽家がポケモン"コロトック"の群れと音楽を奏でる一枚だ。その絵画の中の音楽家が、ギョロリとこちらを向いた。

 

「なっ!?」

 

『ゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!!!』

 

 次の瞬間、絵の中の音楽家の身なりからは想像もできない馬鹿笑いを始めた。それに合わせて絵の中のコロトックたちが狂ったように金切り音を響かせる。

 

「うわわわわわわわわわわわわわ!!!」

 

 ゼラオラが絵画を蹴り飛ばすと笑い声と金切音は止んだが、完全にパニックに陥った俺は逃げるようにステージから舞台袖の方へ走る。どうやら舞台袖から楽屋方面へ進むのがこのアトラクションの正解ルートらしい。早いところゴールの正面玄関に辿り着いて、近くにある事務所の制御装置のスイッチを落とさないとそのうち心臓が止まっちまいそうだ。

 

 コンサートホールと違い、狭い廊下を歩く。朽ちた椅子や放置された木箱なんかがそこかしこに置いてあり、廃墟感を演出している。いや無理、怖い。

 暗視ゴーグルにしていたから気づいたが、廊下が荷物で塞がれていた。この先にあるロビーとその先の事務所に辿り着くには迂回するしかない。だけど迂回するには階段を登るしか無い。

 

 従って、俺はこのダンジョンの二階の攻略もまた強いられていた。もう勘弁して欲しい、本気で。

 

 階段を登ると今度は楽屋エリアに辿り着いた。恐らく「コンサート当日に何かがあった」って設定なんだろうか、フラスタの山が飾られていた。しかも造花ではなく生花を使ってるようで枯れ果てたその姿がリアリティを醸し出す。

 

「ほんとよく考えられてるよこのアトラクション……」

 

 衣装を着たマネキンが鏡の前に座っている。置物だとわかってても、そこにいるという存在感が返って恐ろしい。

 マネキンの前のテーブルには化粧道具が乱雑に置かれており、それが埃で真っ白になっていた。イトマルの巣も到るところにアーチを描いている。

 

「だいたい、こういうのがいきなり動いたりするんだよな」

 

 トン、とマネキンの肩を小突いてみた。当然何かがあるわけでもない。本来なら楽屋は部屋だ、そこで完結するスペースのはずだが当然ツアー型アトラクションなので壁に穴が空いててそこから隣の楽屋へ映ることで進めるようになっている。

 

「あれ?」

 

 隣の楽屋のドアを捻った。捻ることは出来たが押しても引いてもドアは動かない。おかしい、ドアノブの中が壊れてるのか。

 しばらくガチャガチャと動かして見たが開く気配は一向にない。仕方ないので元いた楽屋へ戻って、そこで異変に気づいた。

 

 マネキンが無いのだ。さっきまでそこに座っていたはずのマネキンが。

 

『ドロドロドロドロドロ!!』

 

「ぎゃあああああああああああああ!?」

 

 正しくはその部屋にはまだマネキンがいた。だがフラスタの陰に隠れていたマネキンが突然襲いかかってきた。顔の無いタキシード姿が異様に恐怖を煽る。再びパニックに陥った俺は思い切り尻もちを突いた。マネキンはなおも俺に向かってヴァイオリンとその弓を持って襲いかかってくる。

 

「ゼラオラッ!」

 

 息も絶え絶え、裏返った声でゼラオラに指示を飛ばす。ゼラオラは相も変わらず後ろ回し蹴りでマネキンを蹴り飛ばす。壁に激突したマネキンがバラバラに砕け散る。

 心臓がバクバクと早鐘を撃つ。しかし悪夢はそこで終わらない。バラバラになったはずのマネキンのパーツが浮かび上がり十字架に括られた人のようなポーズになりながらも俺に向かってくる。

 

「ひいいいいいいいいいい!!!」

 

 パーツごとに襲いかかってくるマネキンだったが、ゼラオラが身体に纏わせたプラズマを周囲に拡散させることでパーツを撃ち落とす。俺と違ってかなり落ち着いて行動できている、あまりに情けないトレーナーすぎる。

 

 元来たドアでは階段に繋がってる。下の階からではロビーに行けない。つまるところ、あの閉まっていたドアを潜らない限りはロビーには行けない。

 俺は恐怖からリミッターの外れた脚力でドアを強引に蹴破ると廊下を駆け出した。マネキンはもう追っては来なかった。

 

「び、ビビった……あれもアトラクションなのか? 凝りすぎだろ……」

 

 園長に悪態をつきながら廊下を暫く歩くとようやくロビーに出た。事前に園長からもらった地図によると確かに、目的の制御装置がある事務所は目と鼻の先だ。

 

 気をつけなきゃいけないのがここは階段を上がった先だ。手すりに気をつけないとうっかり飛び出して落っこちかねない。

 

「ん?」

 

 ふとゼラオラがピリピリとプラズマを纏っているのが見えた。何かの雰囲気を察知したのか、臨戦態勢を取っている。俺はデボンスコープを再び暗視状態からサーモグラフィに変えて振り返った。

 その時、巨大な舌が見えたかと思いきや思いっきり顔を舐められた。顔を拭った手を退けた瞬間、

 

『ギャー!!』

 

「うわああああああああああああああああああああ!?」

 

 突然壁から出てきた()()が大声を上げながら突っ込んできた。俺は思わず飛び退くがそこは手すり、気づいた時にはもう遅く俺はロビーに積まれたダンボールの山に落下してしまった。

 大量に舞う埃に咳き込みながら俺はスコープを覗き込んだ。それは明らかにポケモンでありながら温度は緑から青にかけての低体温だった。素早く暗視モードに切り替え、同時にポケモン図鑑を起動させる。

 

『ゴースト。ガスじょうポケモン。ガス状の舌でなめられると魂を取られてしまう。闇に隠れて獲物を狙う』

 

「そうか、さっきの絵画もマネキンもお前の仕業だな! おおよそ【サイコキネシス】ってところだろうが……」

 

 めちゃくちゃビビったぞ、この野郎。ゴーストは腰を抜かして落っこちた俺を見てゲラゲラと笑っている。敵性有りと判断したのか、ゼラオラが飛びかかった。

 ところがゴーストはゼラオラに襲われた瞬間、慌てて逃げ出したかと思えばロビーの隅でデカい頭を抱えて怯えだした。そしてふよふよと浮いている手を上げて降参の意を示してきた。

 

「なんだ、こいつ……」

 

 俺が呆れ返ってると襲いかかってこないことに気づいたのか、ゴーストがこっちの様子を伺うようにしていた。やがてゴーストはおっかなびっくり、【おどろかす】攻撃を仕掛けてきた。当然、相手がビビりながらビビらせようとしてくるせいで、俺も全く怖くない。ゼラオラに関しては「こいつは何をやってるんだ」とハッキリ分かる態度でゴーストを睨んでいる。

 

「う、うわー! ビックリした~!」

 

 なんだか居た堪れなくなって俺はポケウッド俳優も真っ青になるほど迫真の演技で驚いて見せた。するとゴーストはさっきまでの挙動不審が嘘みたいにまたしてもゲラゲラ笑い始めた。

 これで確信した。こいつ、ただいたずら好きなだけだ。ところがこのアトラクションに参加する客がいなくなって、驚かす相手をずっとここで待ってたんだな。

 

「とりあえず園長にはこいつが原因だって知らせるとして、どうしたもんか……」

 

 戦うつもりのないゴーストを無視して事務所に入り込む。チカチカと点滅している制御装置の電源をオフにする。電子施錠は動かなくなる代わりにマスターキーで建物の点検が出来るようになるはずだ。

 デボンスコープを外して正面玄関から表へ出る。久方ぶりの太陽の光が眩しくて目を開けてられなくなった。やむなく俺は普段から装着してるゴーグルを掛ける。

 

 とりあえず、園長に報告からかな。

 

 

 

 

 

「――で、どういう状況なの」

「いやまぁ、なんか懐かれちゃって」

 

 そう言って俺は唾液でベロベロになった頭の上を指差す。そこにはさっきのゴーストがいて、俺の頭に噛み付いている。噛み付いてても痛くないけど、図鑑の説明によると俺魂を吸われてるのでは……? 

 園長とアトラクションの不調の理由を説明していると、園長の娘がお茶を淹れてくれたらしく園長室にトレーを持って現れた。

 

「あら、ダイくん戻ってたのね……って、あら?」

「このゴーストがアトラクションの中でお客さんを怖がらせていたんだ。こいつとしてはただイタズラをしてただけなんだろうけど」

 

 説明するが、どうやらお姉さんはこのゴーストに見覚えがあるみたいだった。ゴーストも、彼女のことを知っているようでようやく俺の頭から離れた。

 

「やっぱり。随分前に怪我をして流れ着いたあのゴーストだわ。すぐどこかに行っちゃったと思ったけどアトラクションの中にいたのね」

「お前が言ってた手負いのゴーストだったのか。しかしなんでアトラクションの中に……?」

「こいつ、"むじゃき"な性格ですからね。きっと恩返しがしたかったんじゃないかな、ロビーで戦いになったときもこいつは襲いかかってくる気は無くて、ただお客さんをビックリさせたかっただけなんだと思う」

 

 その割には些か気合い入りすぎてて心臓止まるかと思ったけどな。

 しかしゴーストはお姉さんから離れると再び俺の頭を舐め回しにかかった。なんか寒気がする、頭痛もだ。

 

「よっぽどダイくんの驚きっぷりが気に入ったのね」

「いっそのこと連れて行ったらどうだい? 手持ちには空きがあるんだろう?」

 

 それは考えてなかった。頭にくっついてるゴーストを引っ剥がして目を合わせる。これを連れて行くのか……正直、今はゼラオラのことで精一杯だとは思うんだけど……

 

「俺、一応ジム制覇を目的に旅をしてるんだけど、お前ちゃんとバトル出来るか?」

 

 尋ねてみるとゴーストは三つしか無い指の恐らく親指に相当する指をグッと立てて見せた。やる気は十分みたいだな。

 俺はゼラオラを除く手持ちを全て喚び出す。メタモンとゾロアはジュプトルのときがそうだったように、ゴーストの姿になって新入りの歓迎をする。仲良くやっていけそうだな。

 

「本当にいいのか? お前、ちゃんとしてればここの名物アトラクションになれるんだぞ?」

「まるで今の"旋律の大迷宮"が名物じゃないみたいな言い草じゃな」

 

 園長の視線が痛いが無視する。ゴーストはむじゃきな割に、一度決めたらやり通すつもりみたいだ。そうじゃなきゃ、怪我の手当でホラーアトラクションの手伝いなんかしないだろう。

 何より俺も、着いてきたいというポケモンを無碍にする気にはならない。空の、最後のモンスターボールをゴーストの前に出す。ゴーストは指先でボールの開閉スイッチを押し込み、自ら中に入る。

 

「ゴースト、ゲットだぜ」

 

 捕獲を意味する輝きをボールが放ち、俺はそのボールからゴーストを再び出す。嬉しそうに俺の頭の周囲を飛び回るゴーストを見て、ジュプトルもゾロアもメタモンも楽しそうだ。

 そしてそんな光景を、ボールの中から珍しそうに眺めるゼラオラもまたそこにはいた。

 

「それじゃ俺はそろそろ行きます。友達が待ってると思うんで」

「まぁまぁ待ちなさい若人。最初こそ怪しい奴だと思ったが取り消そう。君は立派なポケモントレーナーだ、そこでこれをプレゼントしよう」

 

 そう言って園長が持ってきたのは"旋律の大迷宮"内部ほどじゃないけど、それなりに埃を被っていた折りたたみの自転車だ。

 

「旅をするなら必要じゃろ? わしが社内ビンゴでもらったのじゃが、サドルを下げても足が届かなくてな」

「いいんですか? もらえるものは基本的に全部頂戴するので、返せって言っても返しませんよ」

「意外とガメつい性格じゃな……」

 

 苦笑する園長をよそに、もらった自転車を展開、乗ってみる。身体にちょうどいい、色も白とオレンジで俺好みだ。

 

「気をつけてね、怪我しないように。ゴーストもよ?」

 

 お姉さんに言われる。ゴーストは別れを惜しむようにお姉さんに抱きついていたが、やがて俺の隣に戻ってくる。

 園長と娘さんに見送られながら俺は遊園地を後にする。太陽が真上から少し傾いた頃、まだ夕方と呼ぶには早い時間だ。

 

「さて、どうしたもんかな……」

 

 ライブキャスターは今電池が切れてる。かといって充電するにはポケモンセンターが必要だ。でもポケモンセンターを扱うにはトレーナーパスがいる。

 ところが俺の荷物にはトレーナーパスがない。恐らくレニアシティのポケモンセンターに置かれっぱなしの可能性が高い。

 

「ってことは、ひとまず北上して"ラジエスシティ"にあるレニアシティ行きのケーブルカーで山に戻るか……」

 

 壊れたケーブルカーはサンビエタウン方面だし、ラジエスシティ側のケーブルカーは動いているだろう。ポケモンセンターを利用できない以上、不必要なバトルは避けないとな……

 ポケモンたちをボールに戻すと俺はペガスシティ北部目指してペダルを踏み、走り出した。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 その頃、薄暗い森の中に鎮座する研究所廃墟。その中にある部屋の一角で、イズロードは査問に掛けられていた。

 

「聞かせてくれイズロード、なぜ不安要素を取り除かなかった」

()が気に入ったから、では説明にならんか」

「わかっているのなら答えろ、悪戯に尺を稼ぐな」

 

 対面に座するは、組織のナンバー2。生きていながら、まるで人形のような男だ。イズロードは常に彼をそう評価していた。

 名をグライド。主である、バラル団頭領(ボス)の忠実なる下僕。彼のためならば恐らく作戦で命を懸けろと言われれば自分が死ぬまで、あるいは死んだとしても命令を遂行するだろう。

 

 その瞳には意思がない、されど怒りはある。

 

「なぜ、我々の邪魔をするあの少年を、見逃した? あまつさえ、貴様が保持するポケモンまで」

「あれは俺のポケモンではない。そしてお前と違い、俺はあまねく全てのポケモンをより良い未来へ導くために動いているのだ。バラル団にいるのはその理念に共感したからだが」

 

 その心に彼はいない。されど怒りがある。

 

「そのポケモンたちの未来のために、バラル団の障害、その芽を摘まなかった貴様の独断について私は憤しているのがわからんか」

「大木を薙ぎ倒してこその悲願成就だ。お前はまだ弱い相手に勝って嬉しいのか? グライド、思うにこの話は平行線を辿るぞ」

「あぁ、そのようだ。貴様を矯正せねば、あの御方に顔向けできない。貴様のような男にその席を預けた私を、私は許せない」

 

 直後、グライドの背後に竜が現れ、鬨の声を上げる。ドラゴンポケモン"ボーマンダ"、暴力の化身は主の意に従いイズロードに向け咆哮、威嚇する。羽撃きの風圧で会議室のボロボロのカーテンが揺れる。

 ボーマンダがその両手にエネルギーを纏わせる、【ドラゴンクロー】だ。しかしイズロードはポケモンを呼ぶことすらしない。

 

 竜が吠え、そのツメをイズロード目掛けて振り下ろす。イズロードは瞬きすらしない。

 ピタリと、その攻撃が眼前で止まる。無表情の仮面の下に憤怒を隠しながら、グライドは放った。

 

「どうした? 矯正は終わったか、グライド」

「あの御方が貴様を買っているのは事実だ。であれば、私が貴様を処断するのは忠義に値しない」

「随分利口な犬だ。さぞ良い首輪をもらったのだろうな」

 

 同じ組織に与していながら、二人の息が合うことはない。イズロードはポケットからモンスターボールを取り出すと、中に入っていたマニューラとクレベースをリリースした。

 青白い光は、ポケモンを野生に逃した証だ。

 

「すまなかったな、狭苦しいところで苦労を掛けた」

 

 ポケモンを労うイズロード。しかしマニューラもクレベースも別段気にしていないようだった。仮にも、両者の関係はポケモンを持たないポケモントレーナーと野生のポケモンである。

 双方に存在するのは利害とそれに付随する絆だけだ。モンスターボールに頼らずともポケモンの全力を引き出すその手腕こそ、バラル団幹部にして強襲部隊を纏め上げる実力者の証明。

 

 

「――お取り込み中失礼しますわ。ここの壁は薄いので、もう少しボリュームを考えてくださると助かるのですが」

「ハリアーか……」

 

 突如二人の間に割って入ってきたのは長いまつ毛を儚げに揺らす女性だった。彼女もまたバラル団の幹部、その名をハリアー。バラル団幹部の中では実働補助と参謀の役割を持っている。

 彼女もまた、笑っているように見えるがその実全く笑っていない。まるで産声を上げたことのない、感情の起伏が存在しない全くの平坦。

 

「そんなに不安要素が気になるなら、うちの班の部下を動かしましょうか」

「彼女か……一度始末に失敗したと聞いているぞ」

 

 彼らの言うハリアーの部下とは、バラル三頭犬(ケルベロス)と称される班長の一人、『妄執』のコードネームを持つ"ケイカ"だ。彼女は二度、グライドが言う不安要素と接触している。

 二度目は目標物の奪取が目的だったため、気にすることはないが一度目は様子見で終わったと聞く。

 

「あの子は飽き性ですもの、次はありません」

「そうか、だが念には念を入れる。イズロード、貴様の部下も動かせ」

「仕方ないか。"ソマリ"と"ハートン"を行かせる」

 

 強襲部隊から二人の班長を動かし、実働補助としてケイカが動く。現状、ただのトレーナー相手なら十分に足りる布陣。

 

「だがなグライド、彼は恐らくこの壁すら乗り越えるぞ」

 

 グライドの確信をよそに、イズロードが水を差す。無表情に再び怒りが灯ったその時だった。

 

 

「――――ンハハハハ! イズロード、手前相当そのオレンジ色の小僧を買ってるな」

 

 

 ハリアーの後ろから現れたのは、幹部衣装を身に着けずクタクタのワイシャツ姿の男。この幹部陣の中では比較的感情が見えやすい男、名をワース。

 だが、感情が見えやすいがそれが正しいとは限らない。その実全く別の感情を抱いている可能性すらある。例えるなら、ポーカーフェイス。

 

「あぁ、お前の眼鏡にも適うと俺は見てるが」

「どうだかなぁ。お前らの話で買ってるのは以前ネイヴュでルカリオをツールなしでメガシンカさせたPGの嬢ちゃんと、それからハルザイナの森でも同じ状況を作り出したバンダナの小僧くれぇだ」

 

 それを超える逸材でなきゃ、値打ちにはならない。ワースは薄ら笑いを浮かべていった。

 

「だが、手前がそこまで言うんだ。いいぜ、査定()てやるよ」

 

 金勘定を役割に持つワースは独特の表現を用いて、その旨を表明した。こめかみを抑えながらグライドが総括する。

 

「纏めるぞ。ワース、貴様がイズロードとハリアーの部下を連れて不安要素の駆逐を担当しろ。イズロード、貴様はクロックと共に新規団員にここの規律を叩き込め」

「お前はどうする」

 

 

「私は、裏切り者の始末をつける。あの御方の理念を理解しない不届き者など、この地に根を下ろすに相応しくない。徹底的に排除する」

 

 

 そう言ってグライドは一枚の写真をテーブルの上に放った。それを見て、イズロードとハリアーは目を瞬かせ、ワースは一泊置いて大笑いする。

 写真に写っていたのは二人組の男性。

 

 

 今はアイドルデュオとして活動している、元バラル団の団員だった。

 

 



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VSアゲハント 再会×再会

 ダイがアシュリーとイズロードの戦いの舞台となった遊園地を訪れている頃、テルス山からラジエスシティを目指すアルバ、リエン、イリスの一行はラジエスシティの北部にある6番道路に差し掛かっていた。

 トンネルにより道路が開通しているとは言え、そこは車が通れるハイウェイ。従って歩道などは当然存在せず、ヒッチハイクに失敗した三人は無駄な時間を使わないよう、徒歩による進軍を行っていたのだ。

 

「そろそろ、休憩しよっか。新顔二匹もそろそろくたびれてる頃だろうし」

「わかりました。"グレイシア"、おいで」

 

 イリスが汗を拭いながら獣道の途中で荷物を下ろした。それに賛同し、自分の半歩後ろを歩くポケモン"グレイシア"に手を差し伸べるリエン。

 このポケモンはリエンがシーヴの育て屋から預かったポケモンのタマゴから生まれたイーブイを、シーヴから渡された"凍結した岩の欠片"によって進化させたものだ。

 

 グレイシアは自身の体温を下げ、それにより空気中の温度を徐々に低下させる。それが長時間の移動で火照った三人の身体が程よく冷却させる。イリスに至ってはシャツの胸元をバタバタと仰いで冷気を取り入れていた。

 

「ふぅ、疲れた……"ブースター"、大丈夫かい?」

 

 少し遅れてやってきたのは、修行と称してリエンの荷物まで背負ってここまで行軍してきたアルバだ。そして彼の傍にも新しいポケモンがいる。

 グレイシアと同じく、アルバがシーヴから預かったタマゴから生まれたイーブイを"ほのおのいし"で進化させたポケモンだ。アルバ好みのもふもふの体毛を揺らしながらアルバの傍に腰を下ろすブースター。

 

「はぁ、もふもふ……幸せ」

「アルバくんはあれさえあれば何十時間でも歩いてられそうだね」

 

 腰を下ろしたかと思えばブースターを抱き寄せその背中と尻尾に顔を埋めてご満悦、といった風のアルバを眺めながらイリスが苦笑する。リエンはそんなアルバを見て、一つ思いついたようにアルバの意識外からアルバの首筋にグレイシアを下ろしてみた。

 

「ひゃあああああああ~~~~~~~!?」

 

 結果、普段のアルバからは想像もできない素っ頓狂な声を上げた。グレイシアは体温をマイナス60度まで下げることが出来る。そんな氷よりも冷たいグレイシアが火照った身体に直撃したのだ、今の反応は当然だろう。

 リエンのイタズラをイリスが腹を抱えて笑った。実際、グレイシアはリエンが素手で触れるほどの温度を保っているが、それでもアルバにとっては冷たかったらしい。

 

「モヤモヤしてるでしょ、アルバ」

「……バレちゃったか」

「私がそうだもん、アルバはもっと考えてるだろうと思った」

 

 二人共、特にアルバはダイがバラル団と共に脱獄したという旨を聞かされて、彼が何を考えているのかわからなくなってしまった。

 きっと何か事情があるに違いない。だがそれは如何なる理由か、考えても答えは出てこない。

 

「バラル団が、お友達……ダイくんを唆したんじゃないかな。私、知ってるんだよね。バラル団にそういうスカウト専門の班があること」

「でも、ダイが唆されたくらいで着いて行くかな……」

「二人の話を聞いた感じだと、彼はとってもいい子みたいだから……きっと人質とか、ポケモンを盾に取られたらきっと、従うんじゃないかな。そういう優しさに漬け込む輩は絶対にいるんだよ」

 

 イリスの言葉に、アルバは一人だけ心当たりがあった。言葉を聞くだけで、全神経が拒絶を始める悪意の塊を。かつてリザイナシティで遭遇したことのあるバラル団員は、イリスが言うような輩だったとアルバは記憶している。リエンはアルバほどバラル団と遭遇経験があるわけではない。だがかつて戦ったバラル団の女班長は人を嬲ることを楽しんでいた、その手の行動原理が理解できない相手だと考える他無かった。

 

「それにしても、イリスさん随分バラル団に詳しいんですね……」

「うん、実は戻ってきてから何度かドンパチやらかしたんだよね、ハハハ」

「ハハハ!? え、笑い事なんですか!」

「実際、なんとか撃退出来たからね」

 

 やはり次元が違う。バラル団と戦ったことをこうも明るげに口にできるその精神力と、実力。アルバの憧れは伊達ではないのだと、彼女の物言いが証明していた。

 

「大丈夫だよ、きっとすぐにダイくんは見つかるよ……ってあぁ、脱獄したから見つかっちゃダメなのか……面倒くさいな」

 

 つい本音が出てしまうイリス。苦笑しながら自分の頭をコツンと小突くイリスに、アルバもリエンも同じく苦笑しか返せない。

 脱獄したダイがどう動くか、ざっくりとしか割り出せないが少なくともペガスシティに残るということは無いはずだ。ダイにとっての頼みの綱はもはやアルバたちの証言にかかっているのだから。

 

 即ち、もう一度レニアシティに戻るはずだ。そしてペガスシティからレニアシティに向かうのなら、絶対にラジエスシティに向かうはずだ。

 ペガスシティからラジエスシティまで、恐らく徒歩なら一日から二日ほどかかるだろう。それまでにこちらもラジエスシティに向かう。

 

 そうすればきっと、またすぐに会える。

 

「じゃあ、そろそろ行きましょう。休憩はこれくらいにして」

「うん、そうだね! もう十分回復した! もふもふパワー!」

 

 リエンが発破を掛けるとアルバが勢いよく立ち上がり、再び自分とリエンの荷物を一気に担ぐ。それを見てイリスはまるで十五年前の自分を見ているような気分になって、少しだけ感慨に耽った。

 

「イリスさん?」

「なーんでもない、お姉さんのセンチメンタルだよっ」

 

 ズボンに付いた砂をパンパンと払い落とすと、イリスも一際大きなバックパックを背負いあげ、タウンマップを広げる。あと数キロ歩けばもう6番道路だ、あとは舗装された道をずっと南下すればいい。

 

「それじゃあラジエスシティ目指して、レッツゴー!」

「おー!」

「おー」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 翌朝、ペガスシティとラジエスシティを結ぶ五番道路では定期的に行われるサイクリングレースが行われていた。

 その集団の先頭から数百メートル離した先を走る、白とオレンジ色の自転車。

 

「野生のポケモン! ゴースト、頼む!」

 

 先頭車――ダイは前方に飛び出してきた野生のポケモン――"バケッチャ"目掛けて、手首に装着されたデバイスのスイッチを押す。ハンドルを握ったまま、手持ちのポケモンを呼び出すことが出来るデバイスだ。ボールから勢いよくゴーストが飛び出す。

 

 開幕、先制の【おどろかす】が炸裂し、バケッチャが動きを止める。その隙を突いて追撃の【シャドーボール】を撃ち出すゴースト。闇色の魔球がバケッチャを飲み込み、戦闘が終了する。

 

 再び手中のスイッチを押し込み、ゴーストをボールに戻すダイ。

 彼がサイクリングレースに参戦したのには理由がある。今日運悪く開催されていたこのレースによりペガス~ラジエス間で全体的に交通規制が敷かれており、今日のうちにラジエスシティに向かうにはこのレースに参加するしかなかったのだ。

 

 しかしそれはそれとして、優勝商品のわざマシンセットに目が眩んだのもまた事実だ。どうせ参加するしかないのなら、優勝を狙っていく腹積もりなのだ。

 

 だがいくらダイが先頭を走り、後続に差をつけているとはいえ限界は存在する。ダイの自転車はどちらかといえばツーリング向きの、どこでも走れる万能型の自転車だ。しかし後ろを走るレーサーたちが用いているのはレース用に調整されたスピードを出すことに特化している自転車なのだ。地のスピードが違いすぎるため、このままでは確実に追いつかれる。

 

 だからこそ、ダイは得意の搦手に出ることにした。

 

 このレース、ポケモンを携行可能ではあるものの、当然ポケモンを使って他のレーサーに攻撃を仕掛けたり妨害をすることはルール違反だ。

 

 ではなぜポケモンの携行が許されているのか、それは道中の野生のポケモン対策だ。

 逆に言えば、野生のポケモンによる妨害はレース上仕方のないアクシデントであり、またそれが見ものなのである。

 

「メタモン、もういっちょだ!」

 

 レースが始まってからずっとダイの頭の上に待機しているのはポケモン"ミツハニー"に変身したメタモンだ。

 メタモンは羽を揺らし、周囲に【あまいかおり】を放つ。すると匂いに引き寄せられ、大量の野生のポケモンが現れる。

 

「ゴースト! ゼラオラ!」

 

 現れたのは"オコリザル"と"ニョロボン"だった。どうやら決闘の最中だったらしく、それを中断して【あまいかおり】の正体を確かめに来たらしい。ダイはゴーストをオコリザルに、ニョロボンにゼラオラをぶつけた。

 

 ゴーストは【サイコキネシス】でオコリザルを後ろに吹き飛ばし、ゼラオラはニョロボンに【かみなりパンチ】を叩き込む。

 が、さすがにかくとうタイプを持つポケモン。弱点といえど打撃攻撃には強く一撃で倒し切ることは出来なかった。

 

 だがそれでいい、ダイはゼラオラを下がらせた。

 

「いいぞ、ゼラオラ! よくやった!」

 

 ダイに相手にされなかったオコリザルとニョロボンは当然、後続のレーサーたちに八つ当たりを開始しようとする。レーサーたちはドードーやレアコイルなど、即座に有利なポケモンを呼び出すが当然その間スピードは減速せざるを得ない。

 

「このままぶっちぎるぜ!」

 

 ラストスパート、見えてきたゴールテープ目掛けて自転車を叩き込む。花火が打ち上がり、歓声が沸き起こる。

 表彰台で適当にコメントを残し、商品を受け取ったダイは物陰に隠れた。

 

「ふひひ、"かみなり"に"ワイルドボルト"! その他にもレアなわざマシンがいっぱいだぜ!」

 

 もっとも、目当てのでんきタイプの技が封入されたわざマシンはまだゼラオラに使うことが出来ないのだが。それでも他のわざマシンを他のメンバーに宛てて、強化が図れるのだから良い。

 

 ダイは商品のわざマシンをしまうと、ライブキャスターでニュースを開く。

 

『昨日未明に発生したバラル団集団脱獄事件に関して続報です』

 

「どうやら、俺が逃げたことはマスコミにはバレてない……みたいだな」

 

 逮捕された時の記事では不服そうな自分の顔写真がテレビに写ってしまっていた。だから、と思ったのだが確認したところ脱獄した者のリストに自分の名前はなかった。

 

「とりあえず」

 

 独り言を呟きながら、ダイはついにラジエスシティに足を踏み入れた。

 ゲートを潜った瞬間、まるで出迎えるようにそびえ立つ巨大なビルの数々。タウンマップによれば、この街は地域発展を図る"企業エリア"と、ラフエル地方のこれまでを司る"歴史エリア"、西には海路を以て他の街への流通を広げる"商業エリア"、そして北に広がる"住宅エリア"と言わば街の集合体だ。街の全てを周り切るのに恐らく一ヶ月は平気で使うだろう。

 

「まぁ、街めぐりはまた次だな。ひとまず東エリアからレニアシティに行かないと」

 

 タウンマップを閉じ、再び自転車のペダルを漕ぎ出す。しかし都会だけあり車通りも多く、信号による立ち往生が三回目を超えた辺りでダイもさっそくこの街の広さにウンザリし始めた。

 それでも何個かの信号を超えた際にダイは二つの巨大な塔を目にした。見た目はいかにも電波塔という感じだが西エリアに聳え立つビルは豪華絢爛、だが言わせてみれば些か成金趣味が過ぎる気がした。

 

 返って東エリアにある電波塔は歴史を感じさせる荘厳さがあった。タウンマップによれば西の塔が"ハロルドタワー"、東の塔が"ラジエスタワー"と言うらしい。

 名前からして西の塔は個人の資産だろう。だからこうも個人の趣味が見え隠れする建造物になっているとダイは推測した。

 

「ん? なんだ、あの人だかりは……」

 

 そのハロルドタワーの奥に覗くのは"ラジエススタジアム"だ。スポーツから芸能まで、ありとあらゆる部門で使用できる万能のスタジアム。その周囲から、ダイの眼の前に至るまで長蛇の列が出来ている。それを観察しながら自転車を走らせていると、見覚えのある二人組の男女が目に入った。と言っても、片方は子供であったが。

 

「おーい、ヒヒノキ博士ー! ミエルー!」

 

 その二人はダイがラフエル地方に来て最初に結んだ縁だった。その声を頼りに二人がキョロキョロ周りを見渡し、ダイはその隣に自転車を寄せた。

 

「ダイお兄ちゃんだ!」

「なにしてるんだい、こんなところで!?」

 

 少女――ミエルはダイに駆け寄り周囲を飛び跳ねる。ヒヒノキ博士に至っては少々間抜けた顔をさらし続けている。ダイはミエルの頭にポンポンと手をあて、彼女の手の中にいるジグザグマの頭を撫でる。ジグザグマはすんすんと彼の手のひらの匂いを嗅ぎ分け、今度は自分から手のひらに頭を擦りつけた。

 

「君、逮捕されたんじゃなかったかい……?」

「あー、うん。ちょっとした間違いでな……」

「それじゃ、無事保釈されたんだね? よかった、心配し――」

「保釈っていうか、脱獄だな。うん、脱獄したんだ」

 

 大声で叫びそうになったヒヒノキ博士の口を大慌てで塞ぐダイ。どうやらミエルに聞かせるつもりはないようだ。人差し指を口の前に立てながらヒヒノキ博士を睨むダイ、なかなか凄みがある。

 

「まぁそれはいいのよ、おおっぴらにはなってないから」

 

 それからダイは逮捕された経緯と脱獄した経緯をミエルに聞こえないようにヒヒノキ博士へと説明した。あまりに濃すぎる冒険譚にヒヒノキ博士は聞いてる最中に胃もたれを起こしそうになった。

 ともかく、誤解から逮捕され仕方なく脱獄した話を理解してもらえたようで、ダイはホッと胸を撫で下ろした。

 

「それにしたって、今日は二人してどうしたんだ? ハルビスタウンから来たにしては、ラジエスシティはだいぶ遠出じゃないか?」

「ダイくん、それも知らずにラジエスシティに来たのかい? 今日は"Try×Twice"のライブがあるんだよ」

Try×Twice(トライトゥワイス)ぅ~? なんスかそれ」

 

 ダイが訝しんでいると、ミエルが鞄の中から一つの雑誌を取り出した。その表紙を飾るのは見目麗しい二人組の男性アイドルが写っていたではないか。

 金髪と銀髪を持つ男性デュオアイドル、とてもじゃないがヒヒノキ博士がファンとは思えない。

 

「ははぁ、つまりこの"T×T"のファンはミエルで、ヒヒノキ博士はお守りってことだ?」

「仰る通り、僕はバラエティには疎いんだ……ずっとポケモンの研究ばかりしていたからね」

 

 ミエルから借り受けた雑誌をパラパラと巡るとそこには彼ら二人のインタビューが載っていた。ダイは最初から順序に沿って目を通していく。彼らの来歴に目を通し終わると、取材記事のページを開く。

 

「へぇ、デビュー二ヶ月の電撃参戦にも関わらずもうスタジアムを借りてライブすんのか、大丈夫かそんなんで」

 

 ダイがうっかり零すと周りの熱心なファンが一斉にダイを睨みだした。うっかり口を滑らせたダイが雑誌で顔を隠す。だが、ダイはその雑誌に目を通しながらどこか違和感を覚えていた。

 というのも、その二人をダイはどこかで見たことがあるのだ。しかし彼らがデビューして二ヶ月ほど、ダイは全くといって彼らのことを知らなかった。

 

 だというのに、彼らに見覚えがある。

 

「ちょうどいい、実はミエルの母……僕の姉も本来来る予定だったんだが用事が出来てしまってね、チケットが一つ余ってるんだ。泊まってるホテルの荷物の中にあるから、今取ってくるよ。ダイくんも一緒にどうだい?」

「え、あ……いや俺は……」

 

 ダイが返事をする前にヒヒノキ博士はミエルをダイに預けてホテルに戻ってしまった。ミエルの話によればホテルは目と鼻の先らしく、この列がスタジアムの中に入るまでには戻ってこれるそうだ。

 しかし話題には困らなかった。ダイがラフエル地方に来てからもう随分経つ。ミエルと別れた時、確か彼女は意識がなく彼女が目を覚ました時には既に次の街へ向かってしまったからだ。

 

「そうだ、ダイお兄ちゃんには見せておかないとね! 出ておいで、アゲハント!」

 

 そう言ってミエルはモンスターボールに入っていたちょうちょポケモン"アゲハント"を喚び出した。そのアゲハントは、ダイと参加した虫取り大会で捕まえたケムッソが進化したものだった。

 

「すっげぇ……ミエル、お前ひょっとすると俺よりポケモントレーナーの素質あるかも」

「えへへ、そんなことないよぉ」

 

 これほどの短期間にケムッソから"カラサリス"を経て"アゲハント"に進化させるなど、既に片鱗が見えてきている。

 もっともミエルがしたことと言えば、ジグザグマとケムッソと一緒に遊んだだけだ。それが経験値に繋がり、進化しただけのこと。それでも、二段階進化を経るには随分と早いが。

 

 しっかりポケモン図鑑でアゲハントをスキャニングし、データを取っておくダイ。他にも列に並んでいる中でポケモントレーナーが連れ出しているポケモンを軒並みスキャンする。

 

「ところでよ、結局"T×T"ってどんなアイドルなんだ?」

 

 さっきの件があるため、ダイはヒソヒソとミエルに話しかけた。ミエルは相変わらず情報のアンテナが低いダイに困ったような呆れたような顔を見せ、先程の雑誌を開いて説明を始めた。

 

「いーい? "Try×Twice"はポケモンアイドル界に降り立った、えっと……そう、王子様なの! デビューしてたった二ヶ月だけど、もうこれだけの人が応援してるんだよ」

「へぇ、そんなにすぐ人気が出るなんて、いったいどんな魔法だ」

「魔法じゃないもん! レンさんもサツキさんもすっごいカッコいいんだから! それに歌だってダンスだってすっごい上手なんだから!」

 

 ミエルがムキになってインタビューと一緒に載せられている写真を見せつける。長い金髪を結った方がレン、銀髪のミドルショートで背の低い方がサツキだそうだ。

 確かにこれは女性に人気が出そうだ、とダイは確信した。見れば列の殆どが女性で構成されている。しかし中には男性客もちらほら見受けられる。

 

「はいこれ、今のうちに予習しておこうよ」

 

 手渡されたイヤホンを渋々耳につけるダイ。そうして流れてくる音楽は明るいポップから熱いロックミュージックまで幅広く、女性だけでなく男性客まで虜にする勢いがなんとなくわかった。

 歌詞にテーマ性が強く反映されていて、聴いている人を応援する二人のメッセージがこれでもかと伝わってくる。そして何よりまず彼らが頑張っているからこそ、その歌詞のメッセージが信憑性を得る。

 

 リアルタイムに、彼らを応援することでまた自分たちも応援されているような気分になれるのだ。

 

「へぇ、いいじゃん」

 

 一通り、今日行われるライブのセットリストを聴き終えたダイが呟いた。ミエル他、近くにいるファンの人達が「わかる」と呟いた。

 その後ヒヒノキ博士が戻ってくるまで、如何に"Try×Twice"というユニットが素晴らしいのかを語り聞かされた。ミエルのボルテージは徐々に上がっていき、最後には周りのファンと同調してダイに向かって良さを語りかけてくる始末だ。

 

「おまたせ、はいチケット……って、随分疲れた顔してるけど、待機疲れかい?」

「……ちょっといろいろあって」

 

 ぐったりとしながらチケットを受け取るダイ。一方「語り尽くしたぜ」と言わんばかりに気持ちの良い汗を流しているミエルその他のファンたち。

 きっとここにダイがいなければあの熱烈なT×T語りを聞かされていたのはヒヒノキ博士だっただろう。そう思うとダイは些か不満があるでもない。

 

 長いこと話をしていたおかげか、待機列はどんどん中に入場していく。スタジアムの中に入り込めた瞬間、ダイは腹を括った。

 そしてチケットに記された席はなんとステージ真ん前。

 

「もしかして博士、ちょっとコネとか使いました?」

「あはは、バレたか。ミエルにせがまれてね」

 

 職権乱用だ汚ぇ、とダイが毒づくがヒヒノキ博士は苦笑しながら頭をかいた。二人の真ん中で今まさに王子様の降臨を待つ夢見る少女はステージをまだかまだかと凝視する。

 直後、ステージ端からクラッカーが発射され、リボンが飛び交う。爆音でオープニングが始まり、ステージのモニター奥から二人の男が現れる。

 

 

「みんな~! 声援ありがと~!」

「めっちゃ聞こえてるよ! ありがとう! 今日は楽しんで行ってね!」

 

 

 その声を聞いた瞬間、ダイの中でカチリと何かがハマった。歌声を聴いているときはミックスによる編集か、全く気づかなかった。

 だが自分はその声を、その肉声を聞いたことがある。そう頭が判断した。

 

「アイツら、まさか……」

 

 確証は無い。あの時彼らはフードを被っていた、だから顔を見ていない。だが、もしあの腰にぶら下げたモンスターボールの中にあの三匹がいるのなら。

 ダイは腰からモンスターボールを外し、手の中に潜ませる。そしてチャンスを伺う。ここには今数万人単位の目がある。そんな中で人気アイドルにちょっかいを出せば再びPGの世話になることだろう。

 

 だが、ステージの上で歌い、舞う彼らは正真正銘の王子様のようで場内の女性ファンから黄色い歓声が飛ぶ。

 何故彼らがそんなことをしているのか、ダイには分からなかった。ひょっとするとなにかの作戦かもしれない。

 

 と、オープニングから地続きの一曲目が終わりMCが入りそうなタイミング。ステージ真上のライトが一つ、急にぶつりと光を消した。厳密に言えば、消えたのではない。

 そのライトが落下を始める。ライトは消えたのではない、落ちたのだ。

 

「ッ、ゴースト! 【サイコキネシス】! ジュプトルは【でんこうせっか】!」

 

 手の内に忍ばせたモンスターボールをリリースしながらダイは勢いよくステージに飛び上がる。ボールから飛び出たゴーストが強力な念動力で落下するライトを空中で静止させ、ジュプトルがそれを目にも留まらぬスピードで蹴り飛ばす。そしてダイはレンとサツキを押し倒すようにして避難させ、その隙に彼らの腰につけられているモンスターボールに目をやった。

 

「イワーク、ハスブレロ、アイアント……やっぱり」

 

 会場内が一気にざわつき始める。しかしそんな喧騒などどこか遠い世界のようにダイはステージの上で二人のアイドルに懐疑の視線を向けた。

 何が起こったのかわかっていないレンとサツキは自分たちの上に落ちてきた照明と、目の前で自分たちを睨むダイの姿を見て首を締められているかのような錯覚を覚えた。

 

「お、オレンジ色……」

 

 幸い、今のトラブルでマイクがオフになったのだろう。レンの零した、()()()()()()()()()()()()()()()()()は拾われずに済んだ。

 だがそれで確信出来た。ダイにはもう二人の正体がわかっている。

 

 遥か前という程ではない、それこそちょうど二ヶ月ほど前になるか。

 

 

 モタナタウンの北にある"神隠しの洞窟"、そこでダイは一度この二人に会っている。

 

()バラル団の、レンとサツキに。

 

 




今回は短めです。

そして以前登場したバラル団の二人組をブラッシュアップ、アイドルになってもらいました。


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VSアブソル 二人で、もう一度

 

 ステージの上で背後から聞こえるざわめきに心を揺さぶられるダイ。眼の前で状況が飲み込めず困惑するレンとサツキ。

 この二人は、以前神隠しの洞窟で会ったことがあるバラル団の戦闘員だ。それがなぜ、こんなところでアイドルなどやっているのか、ダイは考えても分からなかった。

 

 しかし今はそれどころじゃないと、ダイはジュプトルが蹴飛ばして遠くに転がっている、落下してきた照明器具に近づいた。蹴り飛ばされたことで歪んではいるが、間違いなかった。

 接続器具の部分が()()()()()()()()()()()()()()()のだ。経年劣化から重さに耐えきれずに落下したのなら、間違いなくもっとボロボロになっているはずである。

 

 その時だ。ヒュッと、なんてことはない風の音が聞こえた。ダイは振り返る間も無く、直感で叫んだ。

 

「防げ、ゼラオラ!」

 

 ボールから自力で飛び出したゼラオラが飛んできた二つの風刃を弾き飛ばす。それがステージ脇のモニターに突き刺さり、ショートする。

 会場がさらにざわめきを大きくする。ダイは素早くポケモン図鑑を取り出し、今の技を分析する。

 

「【かまいたち】……! しかも今の攻撃、俺を狙ったわけじゃない。だとするなら……!」

 

 すぐさまレンとサツキの二人を引っ張ってステージから降りるダイ。観客席の方は危険だ、恐らく襲撃者はこの二人を消すために手段は選ばない。ダイはそう考えていた。観客席側に逃げて、博士やミエル、他の観客に危険が及ぶのは避けたかったのだ。

 

「ダイくん!?」

「ごめん、博士! 避難誘導を頼む!」

 

 ステージ脇に消えようとした時だ、再び飛来した【かまいたち】。今度は三つ、空気を切り裂きながら、そして空気を徐々に取り込んで巨大になりながら襲いかかってくる。

 

「ゴースト【はたきおとす】! ジュプトル【リーフブレード】! ゼラオラ【かみなりパンチ】だ!」

 

 三匹のポケモンがそれぞれ飛来する風刃を指示された技で弾き飛ばす。辛うじて対処は出来る、しかし【かまいたち】は風を切り裂きながら飛んでくる見えないブーメランのようなもの。

 従って、飛んできてる方向=撃ってきた方向とは限らないということだ。つまり犯人がどこから狙っているか、正確にはわからない。

 

「お、おい! オレンジ色! なんだってんだよ!」

「なんだかな! どういうわけか分かんねぇけど、あの【かまいたち】はお前を狙ってた! 照明もそれで落とされたんだ!」

 

 走りながら説明すると、サツキはみるみるうちに青い顔をし始めた。どうやら心当たりがあるらしい。

 

「やっぱり、"妄執"が動くんだ……! 俺たちが、裏切り者だから……!」

「サツキ! 止まるな、走れ!」

 

 身体の震えで走れなくなったサツキをレンが叱咤し、抱えあげるようにしてそのまま走る。スタジアムを裏口から抜けて少し大きめの広場に出た。

 そこまで来てレンも限界なのか、サツキを下ろした。サツキは膝を突いて、頭を抱えるようにして怯えていた。

 

「くそぉ、くそぉ……こんなことならバラル団なんかやるんじゃなかった……!」

 

 そこに来てようやく、ダイはこの二人がバラル団をやめて今の立場になっていることに気づいた。そして、組織を裏切った者を消すために動くチームがある。

 サツキの言った"妄執"という言葉、それはバラル団の中でも班長クラスの人物"ケイカ"が持つ異名。ダイが記憶を掘り返すと、彼女の連れているわざわいポケモン"アブソル"なら、【かまいたち】を撃てることに気づく。

 

 

「――やっと広いとこに出てくれたねェ」

 

 

 その声は喋り方に反して幼かった。建物の陰からスッと現れたその少女に見覚えがあった。フードの奥から覗く三日月状に歪んだ口、長く伸び切って揃えられてない髪。

 だがその喋り方は、ダイの記憶のケイカとは少し違っていた。

 

「お前……誰だ?」

「ツレないねぇ、今まで会った女の子のことも覚えてないのかい?」

「イメチェンか? そんなとこだろ。似合わないからやめた方がいいぞ」

 

 軽口を叩きつつ、腰のモンスターボールに手を伸ばすダイ。すると後ろでレンがぽつりと零した。

 

「聞いたことがある、バラル団の暗部班長ケイカは()()()()って」

「なんだそりゃ……?」

 

 ケイカから視線を逸らさずにレンの話に耳を傾ける。するとケイカは突然糸の切れた人形のようにカクリと脱力する。

 

「――ねぇケイカ、私もお兄さんと遊びたいよ」

「ここは譲れよォケイカ、アタシもいっぺんアイツ相手に暴れ散らしてみたいんだよォ」

 

 一つの口から二人の会話が放たれる。今度は電源の入ったロボットのように立ち上がり、フードを捲り上げるケイカ。その眼は爛々と血走っており、切り揃えられてない長い髪を束ね、後頭部で結い上げる。

 

「あー邪魔くせぇ。髪くらい切っとけよな……さァて始めるとしようか!」

「来るぞ!」

 

 ダイは叫ぶとモンスターボールをリリースし、ジュプトルを呼び出す。ケイカはモンスターボールを叩きつけるようにして手持ちのポケモンを召喚する。

 

 

「ギャァァァラドォォォォォォス!!!」

 

 

 ボールから溢れる光、ケイカを乗せてそのまま巨大化するのは通常と違い、血のように紅いギャラドスだった。一度戦ったことがある、そのときはトレーナーの指示なく暴れていただけだったが、今回は違う。

 出てくるなり口に特大の炎を溜め込むギャラドス、ダイは勢いに任せジュプトルを出したのは失策だったと思い知る。

 

「下がれ! みんな!」

 

「――【だいもんじ】ィ!!」

 

 ギャラドスが口から巨大な火文字を吐き出す。ジュプトルはそれを跳躍して回避する。ダイ、レン、サツキもまた飛び退くことでそれを回避する。しかし三人の後ろへ逸れた炎は街路樹を木っ端微塵に破壊する。

 それだけではなく、そこから飛び散った炎が公園と思しき場所の木々に燃え移り、より強大な炎と化す。

 

「ハハハハハッ! 燃えろ、燃えてしまえ!! そうだ、アンタら三人だけなんてつまんない、この街も一緒に焼き払ってやるよォ!!」

「アイツ、めちゃくちゃだ……! ペリッパー、火を消してくれ!」

 

 ダイはボールからペリッパーを喚び出すと、消火の指示を出す。ギャラドスは次いで、特大のエネルギーを溜めだす。ポケモン図鑑がその技を分析する、紛うことなき【はかいこうせん】だった。受け止めたらひとたまりもない、しかしギャラドスは向きをダイたちからスタジアムへと変更した。ダイはゾッと毛が逆立つような恐怖を覚えた。

 

「ッ、やめろ――!!」

 

 叫ぶ、がギャラドスは止まらない。破壊の色を伴った極大の光線がスタジアムを撃ち貫いた。内部から先程まで観客が上げていた歓声とは違う、悲鳴が放たれた。

【はかいこうせん】が貫通した部分から小規模の爆発が起き、中からも連鎖的に爆発の音が響く。恐らく今の一撃でスタジアム中央のモニターが破壊されてしまったに違いない。電気系統がショートしたのなら、急いで避難させなければならない。

 

 だけど、今避難させてもどのみちケイカのギャラドスが目の前にいるのでは返って危険だ。

 

「ジュプトル! 【タネマシンガン】! 出てこい、ゴースト! そのまま【10まんボルト】!」

 

 種の弾丸による機関銃でジュプトルがギャラドスの頭上のケイカを牽制、その隙に現れたゴーストが練り出した電撃をそのままギャラドスへと撃ち放つ。

 

「【りゅうのはどう】! 打ち消しな!」

 

 しかしゴーストが放った電撃を、ギャラドスは口から放つ龍の形をした衝撃波でかき消してしまう。当然、弱点のでんきタイプの技は警戒してるようだ。

 

「なんで、こんな戦い方をするんだ……!」

 

 ダイのその問い掛けに、ケイカは心の底から笑って答えた。

 

「楽しいからさ! 物が、人が、いとも容易く、儚く壊れていく様は本当に! 楽しいからだよ! こんな器に縛られてるアタシは、この衝動を解き放ちたくて仕方がない!!」

 

 言って、再び悪魔のような甲高い笑い声を上げるケイカ。ケタケタと可笑しくて可笑しくて、たまらないと言ったその姿は人間とは思えなかった。

 例えるなら、化物だ。悪意を以て人を傷つける、正真正銘の化物がそこにいる。

 

「ケイカがどうかは知らないがねェ! アタシは大暴れしたい、全部全部ぶっ壊したい! その先にある破滅が愛おしくてたまらない!」

 

 破滅思想を口にし、たまらず身悶えるケイカ。しかしダイは静かに、だがツメが手のひらに食い込みそうなほど怒りを顕にしていた。

 あの化物を止めねば、ラジエスシティはたちまち地獄と化すだろう。ダイは振り返らず、レンとサツキに向かって言った。

 

「お前らは逃げろ、危険だとは思う。でも、観客の避難誘導を頼めるか」

 

 返事が返ってこない。振り返るとレンとサツキは二人して諦観の感情に支配されていた。むしろこのまま一思いに、ケイカに消されてしまいたいとさえ思っていそうな顔だった。

 ダイがゆっくり二人に近づくと、ぽつりぽつりとレンが自嘲を込めて呟いた。

 

「なんで、こうなるんだよ……俺たちただ、二人でカッコつけたくて、それでバラル団に入っただけだったんだ」

 

 それは彼らがバラル団に身を寄せることとなった経緯だった。レンはなおも一人で譫言のように呟く。

 

「ガキの頃から目立ちたくて、だけどこれと言って突出してることもなくて、だけど諦められなくて……」

「終わりだ……もうおしまいだよ。このままアイドルを続けたっていつか絶対に殺される……嗚呼」

 

 レンとサツキはぽつぽつと降り始めた雨のように静かに涙を流していた。介錯を待つように、ただ静かに泣いていた。

 だがそれを、ダイは許さなかった。彼らのステージ衣装が破けんばかりの勢いで二人の胸ぐらを掴み上げた。

 

「お前らがバラル団に入った経緯はわかった……だけどな、そんなことはどうでもいいんだよッ」

 

 ダイは覚えている。二人がバラル団の構成員であったことを。しかし彼の言う通り、そんなことはどうでもよかった。

 

「今だろ。お前らが頑張ってるのは、まさに今なんじゃねえのかよ……ッ! そんな簡単に諦められちまうのかよ、今を!」

 

 ダイは聞かされている。二人がたった二ヶ月という間に、どれだけ頑張ってきたのかを。その軌跡を、熱心に語る少女の姿を覚えている。

 

「嘘だったのか? お前ら、インタビューで言ってたじゃねえかよ。"Try×Twice"のユニット名には「二人でもう一回頑張ってみる」って意味が込められてるって。そんで二ヶ月、死に物狂いで頑張ってきたんだろ。だから、既にお前らを見てくれる人があんなにいっぱいいるんだろ! 二ヶ月って時間は案外短けぇんだよ、そんなお前らがもうこんなところまで来てるんだよ!」

 

 ダイは知っている。彼らを求めて、このラフエル地方を縦断するほど遠くから馳せ参じたファンの人たちを。

 

「ハッキリ言ってやるよ。俺は男性アイドルグループに今までこれっぽっちも興味無かったけどな、お前らの歌にどんだけの人が勇気を与えられてるか知ってる! お前らのことが死ぬほど好きな女の子を知ってる! お前らの歌を楽しみに毎日を生きてる人を知ってる! そういう人たちが今、あの中で苦しんでる! お前らが助けに行かねえでどうすんだよ、なぁおい!」

 

 ダイは捲し立てると二人を強引に突き飛ばした。尻もちを突いた二人の顔に、徐々にだが生気が戻り始める。そして立ち上がった二人の顔は元バラル団という呪縛から抜け出した、今を生きるポケモンアイドルデュオの二人になっていた。それを見て、ダイは満足げに笑みを浮かべた。

 

「よし……観客の避難は任せろ! そりゃこえーけどさ……」

 

 ダイの目をジッと見つめ返しながら、レンは言った。そこには先程までの自嘲は含まれていない。

 

「俺たちだけ逃げるなんてそれこそ、かっこ悪くてたまんねーよ!」

 

 そう言ってレンは一足先にスタジアムへ戻った。残ったサツキもまた、拳を握り締めて自分を奮い立たせた。

 

「俺も、怖いけど……今まで、何も頑張ってこれなかったから。今度こそ、レンと一緒に頑張るって決めたんだ」

 

 レンと比べて、女の子のように小さな男は己を極限まで鼓舞する。ファンが好む可愛らしさとは別の、男の顔だった。

 

「だからここから逃げない、今と戦うよ!」

 

 追いかけるようにしてサツキもその場を後にする。二人を見送ったダイは、頬をピシャリと打つ。そして気持ちの切り替えをすると向き直った。ケイカはというと、今の問答を腹を抱えて、声を圧し殺して笑っていた。

 

「三文芝居は終ったかい? それじゃあスタジアムもろとも、ペッシャンコにしてや――――」

 

 刹那、雷光が駆け抜ける。ギャラドスの顔を撃ち抜き、その上にいるケイカを揺さぶるほどの打撃。

 何をされたのかわからなかったケイカが目を向く。頭部を殴打されたギャラドスが体勢を崩す。ダイの周囲にプラズマが立ち上り、その足元に彼は降り立った。

 

「行かせねえ。お前はここで、俺が止めてやる……なぁゼラオラァ!!」

 

「ゼラァァァァァァァ――ーッ!!」

 

 ダイの叫びに呼応し、咆哮するゼラオラ。戦うために調整され、心を閉ざしてしまったポケモンが感情を一つ取り戻す。

 それは怒りだ、人の身勝手な蹂躙を良しとしない旨を叫んだゼラオラが前傾姿勢に入る。

 

「もう一度、焼き払え! 【だいもんじ】ィ!」

「懐に飛び込め、【かみなりパンチ】!」

 

 ゼラオラがプラズマを推進力に、その場から跳躍。続いてプラズマをバーニアのように発しギャラドスへ一気に距離を詰める。放たれた【だいもんじ】は先程よりも巨大だが、ゼラオラからすれば止まって見えた。

 空中をジグザグに突き進み、再びギャラドスの頭部へと電撃を纏った拳を叩き込む。弱点を二度突かれたギャラドスが吹き飛び、地面でのたうつ。

 

「ちっ……! 【ストーンエッジ】! アイツごとぶっ潰せ!」

 

 起き上がったギャラドスが尻尾で地面を叩く。浮き上がった瓦礫が研ぎ澄まされ、鋭利な飛礫へと変わるとそのままダイ目掛けて岩杭の連弾が放たれる。

 しかしそれはゼラオラが許さない。放たれた【ストーンエッジ】に向かってそのまま突進する。

 

「――――【バレットパンチ】!」

 

 それはアルバのルカリオをずっと見続けてきたダイが、手探りでゼラオラに教えた拙いものだった。しかしゼラオラは全身全霊でそれをトレースする。高速で撃ち放たれた拳のラッシュが飛礫を粉々に粉砕する。

 攻撃の尽くを先手で潰されるケイカの顔が怒りで歪む。彼女はセオリーを捨て、もう一つモンスターボールをリリースする。

 

「サメハダー!! 【アクアジェット】ォ!」

 

 みずタイプの先制技。サメハダーはギャラドスのアシストを受けて弾丸のような速度で空を翔ける。ダイはゼラオラを一度後退させると、待機していたジュプトルとゴーストを前に出す。

 

「ジュプトル、【エナジーボール】! ゴーストはもう一回【10まんボルト】だ!」

 

 前衛へ出ざまにジュプトルが新緑のエネルギーを球状に溜め込み、放り出す。それがサメハダーの動きを止め、ゴーストが再び練り出した電撃をサメハダーに浴びせる。サメハダーにはそれぞれ【こおりのキバ】と【かみくだく】という技がある。どちらもジュプトルとゴーストに対して効果抜群の技だ、さらに特性の"さめはだ"を持つため接近戦は挑ませない。

 

 距離さえ開けてれば、サメハダーは十分に対応できる。

 

「サメハダーはジュプトルたちに任せろ、ゼラオラ!」

 

 コクリと頷き、再びゼラオラがギャラドスへ接近する。その時だ、ふとゼラオラが目を見開き動きを止めた。

 

「どうした、ゼラオラ!?」

「動きが、止まったなァ!! 【はかいこうせん】ッッッ!!」

 

 ゼラオラが突然苦しみだし、ケイカの言う通りその場に立ち止まってしまった。ギャラドスはそんな隙を見逃さず、口腔に溜め込んだ破壊の衝動を解き放つ。

 光線がゼラオラに直撃、地面をえぐるようにして後方へ吹き飛ばされるゼラオラ。体力はまだ残っているはずだが、ゼラオラは苦しみ続けたまま身動きが取れなくなっていた。

 

「くっ、戻れゼラオラ! よくやったな、後は任せろ!」

 

 ダイはボールにゼラオラを戻し労いの言葉を掛ける。幸い、ゼラオラの奮闘あってギャラドスの体力は残り多くはない。ギャラドスさえ止めることが出来れば、ケイカの大規模破壊活動を止めることが出来る。

 しかしあの破壊の暴君を止めるには、ダイの場合フルメンバーで挑まねば綻びが生じる。ペリッパーは消火活動を行っているため、今は手元にいない。

 

「ゾロア、メタモン! 頼む!」

 

 ジュプトル、ゴースト、ゾロア、メタモンが並び立つ。メタモンは飛び出して来るなり、ジュプトルの姿へと変身する。

 四匹のポケモンがギャラドスとサメハダーに向き直る。数的有利は取れている、そうダイが思った瞬間だった。

 

「――レパルダス! 【ふいうち】!」

 

「――ヘルガー! 【かえんほうしゃ】!」

 

 背後から近づいてくるポケモンたちに気づかなかったのだ。れいこくポケモン"レパルダス"が攻撃を仕掛けようと前のめりになったジュプトルの眼の前に躍り出ると後ろ足によるひっかきでジュプトルを切り裂いた。そして遅れてやってきたヘルガーが放つ灼熱がダイの手持ちに襲いかかる。

 

「お待たせしましたケイカさん」

「班員十二名、合流致しました」

 

 ダイを取り囲む、総勢十三人のバラル団員。その全員がフードにマスクを付けており、表情さえ分からなかった。恐らくケイカが従えるバラル団の暗部構成員だろう。

 

「ちっ、お楽しみはここまでか……まぁだ暴れ足りないけど、仕方ないか。おいケイカ、後は任せるから」

「――わかった、やっとお兄さんと遊べるね」

 

 再び糸の切れた人形のように脱力し、電源の入った機械人形のように再起動するケイカ。するとケイカは結い上げた髪を解き、再びフードを被って顔を隠した。

 ギャラドスをボールに戻し、ほぼ万全のアブソルとサメハダーを付き従えるケイカ。そして一人一匹、最も鍛え上げた一匹を従えダイを取り囲むバラル団員たち。

 

 ジリジリと包囲網が狭まり、ダイは冷や汗を隠せない。正直、ケイカ一人なら頑張ればどうにか出来ると思っていた。実際、事は優位に運んでいたはずだった。

 そもそもこのバラル団員たちが控えていたのは、ギャラドスで暴れる方のケイカが出てきていたからだ。彼女の立ち回り上、他の団員はむしろ邪魔になる。

 

 だがその立ち回りを不利と見た他の構成員が参戦する。そして、ダイのよく知るケイカはアブソルやサメハダーによる陰湿な立ち回りを好み、それ即ちチームでの動きに対応出来るということだ。

 一か八か、この包囲網の一角を崩しこの場を離れ単騎撃破に持ち込めれば勝機はある。だがそれはダイもわかっている通り、かなり筋の細い勝算だった。

 

「行け、オニゴーリ! 【かみくだく】!」

 

「クマシュン! 【ダメおし】!」

 

 ケイカの側近を務める二人が手持ちのポケモンに命ずる。オニゴーリとクマシュン、どちらもこおりタイプのポケモンで現状ダイのアタッカーであるジュプトルとメタモンの弱点を突ける存在。

 ジュプトルとメタモンが攻撃に備えようとする。その時、包囲網の外で男が叫んだ。

 

「――――耳を塞げ!」

 

「レン……!? みんな、耳を塞げ!」

 

 叫んだのはレンだった。ダイは手持ちに耳を塞ぐように指示をすると自分もまた耳を両手で塞いだ。

 

「イワーク! 【いわなだれ】!」

 

「ペラップ! 【ばくおんぱ】だ!!」

 

 直後、耳を塞いだ外からでも耳朶を破壊するかのような巨大な音の波がバラル団員を吹き飛ばす。そして一箇所に掃き集められたバラル団員のポケモン目掛け、イワークが岩塊を撃ち落とす。

 立ち上がる土煙、ダイはたまらず咳き込むが振り返るとその姿に驚きを隠せなかった。

 

「お前ら、なんで戻ってきた……?」

「言ったろ、俺たちはファンを見捨てない。今日この会場にいた以上お前も俺たちのファンだ、異論は認めねえ」

 

 レンはそう言ってダイの背中を強く叩いた。その後ろから現れたサツキが自身に満ちた笑みで言った。

 

「安心して。ファンのみんなは逃してきたから。ヒヒノキ博士も協力してくれたんだ」

「しっかし、有名なポケモン博士も俺たちのファンとは……嬉しい驚きだぜ」

 

 本当は姪っ子のお守りで来ただけだとダイは知っていたが、黙っていることにした。調子付かせておく方が良いと思ったからだ。

 

「さてと……ファンサービスしないとな、サツキ」

「だね。とびっきりのをお見舞いしてやろうよ、レン」

 

 レンとサツキがダイの前に立ち、かつての同胞たちへと対峙する。イワークの【いわなだれ】で壊滅させたと思ったが、バラル団員たちはまだポケモンを所持していたらしく、次々と新手が現れる。

 それと同じように、レンとサツキもボールをリリースする。そこから現れたのはかつて神隠しの洞窟で見たアイアントとハスブレロ。そして、

 

『エイパム。おながポケモン。シッポでいろんなことをしていたら手先は不器用になってしまった。高い木の上に巣を作る』

 

 レンが連れている新しいポケモンだ。そしてサツキが先程から従えているペラップもまた、新たな手持ち。

 二匹とも事務所から持つよう与えられたポケモンだが、二人と共に厳しいトレーニングを生き抜いてきた。半端な覚悟で出来ることではない。

 

 何より、バラル団時代からいるイワーク、ハスブレロ、アイアントが変わらず彼らを慕って着いて来ているのだ。彼らもまた、ポケモンに対して真摯であり続けたということだ。

 

「エイパム、【スピードスター】! イワークは【ロックカット】!」

 

「ペラップはもう一度【ばくおんぱ】! ハスブレロ、ペラップに合わせて【ハイパーボイス】!」

 

 イワークが自分の身体を磨き上げ、余分な岩を削いで素早さを高める。エイパムは確実にヒットする星の雨を撃ち出す。しかし本命はペラップとハスブレロが放つ特大の音波。

 ハーモニーを奏で、再びバラル団員とその手持ちを軒並み吹き飛ばすペラップ。恐らくあのペラップはライブで二人のバックコーラスを担当しているのだろう、声域が伊達ではない。

 

「作戦変更、あの二人から始末するよ」

『了解』

 

 ケイカの指示に従い、ダイを無視した陣形を取り始める。しかしレンとサツキは動じない。

 

「もう一度【ロックカット】だ、イワーク!」

 

「アイアントも【こうそくいどう】だ!」

 

 これ以上削ぎ落とせる場所が無いほど洗練されたイワークが鬨の声を上げ、その真下でアイアントが速度を高める。

 バラル団の構成員がレパルダスとクマシュン、そして"テッカニン"を差し向ける。レパルダスがダッシュし、イワークたちを翻弄しながらヒットアンドアウェイの要領で切り裂く攻撃【つじぎり】を行う。

 

「イワークの防御は鉄壁のそれ! そんなツメじゃあひっかき傷が関の山だぜ! 【しめつける】攻撃! そしてそのまま【たたきつける】攻撃!」 

 

 岩蛇はレパルダスとクマシュンをそのまま自身の体で拘束し、ギリギリと締め上げると身体を撓らせて地面へと叩きつけた。【いわなだれ】によるダメージも込みで、二匹のポケモンが戦闘不能へと陥る。

 

「サメハダー」

 

 ケイカがサメハダーをイワークへけしかける。如何にイワークが速度を上げていようと、サメハダーの【アクアジェット】を凌駕するスピードは出せない。弱点のみずタイプ攻撃を受け、イワークが後ろへ大きく仰け反った。イワークを倒すなら絶好のタイミング、しかしそれを許さない者がいた。

 

「ペラップ、【フェザーダンス】だ! アイアントはそのままサメハダーに突っ込んで!」

 

 再度イワークへ襲いかかろうとするサメハダーに大量の羽毛が絡みつく。鮫肌と水分で普段以上に羽毛が強く絡みつき、サメハダーの攻撃性能が低下する。

 その隙を見逃さず、アイアントがサメハダーへ接近する。そもそもアイアントという種が素早いポケモンであり、【こうそくいどう】で素早さを高めている。サメハダーが動き出す前にアイアントがその大顎を開いた。

 

「【いやなおと】からの、【むしくい】!」

 

 金属質の顎を擦らせ、サメハダーをゾッとさせる。生物の条件反射で防御力が低下したその隙を突き、アイアントが噛み付いた。それだけではなく、サメハダーが所持していた木の実をそのまま食べてしまう。

 体力を大幅に回復させる"オボンの実"を先んじて捕食してしまうアイアント。これでサメハダーは体力を回復できないまま【むしくい】による大ダメージを受ける。

 

「ナイスフォローサツキ!」

「オッケオッケ! このまま決めちゃってよ、レン!」

 

 ハイタッチを交わすレンとサツキ。そんな二人のコンビネーションをダイは感心するように見ていた。

 スピードに難のあるポケモンの防御を相方が代替わりし、それに報いるべく必殺級の技で敵を退ける。攻防の参考書にお手本として載っていそうな模範的な戦い方だ。

 

 そしてそれを阿吽の呼吸でやってのけるのは、やはり彼らが長い時間を共に過ごしたという証左。

 しかし、それを嘲笑うかのように運命は彼らの敵をする。

 

「バラル団が!」

 

 ダイはデボンスコープで遠くを望む。するともうじき夜の帳が降りる。それに乗じて、バラル団員が補充されていく。今まで倒した数を平気でカバー出来てしまう数の補填にダイは顔を顰めた。

 現状、こちらの手札で多くのポケモンを一気に倒せるのはイワークの【いわなだれ】とペラップの【ばくおんぱ】のみ。ダイの手持ちはどちらかと言えば単騎撃破に向いている。囲まれたら対処は難しい。

 

 だが単騎討ちを狙うのならこれほど適した手札もない。

 

「レン、サツキ。このまま包囲網を固められる前に一度ここから離れるぞ!」

 

「名案だな」

 

「俺も賛成!」

 

 耳打ちし、ダイが準備を整えるまでイワークがバラル団を牽制する。手持ちのアイテムでジュプトルを回復させ、目を合わせる。

 

「やれるか、ジュプトル!」

 

 誰に聞いているんだ、とばかりにジュプトルが不敵な顔を見せる。ダイはそれだけで十分だった、それ以上は何も聞かない。

 あとは突破するのに最適に道をダイが選ぶだけだ。当然ケイカがいる方向は却下だ、彼女を守るためにバラル団員が固まりつつある。一匹を抜いても、すぐに補填が入る。

 

 ダイは自分たちの後ろに位置するバラル団員が連れている"ガマガル"に気づく。比較的手薄で、ケイカから最も遠い位置。逃げるならあそこしかありえない。

 

「行くぞ! 3(スリー)!」

 

 カウントが始まる。ダイが叫ぶと同時にジュプトルが手中に葉の手裏剣を作り出し、不思議な光を纏わせる。

 確実にヒットさせる【マジカルリーフ】、それをガマガルの周囲に打ち込む。突然自分が狙われたことでガマガルは慌てふためく。トレーナーのバラル団員がガマガルに指示を出そうと口を開いた。

 

2(ツー)!」

 

 次いでイワークとペラップがケイカたちが位置する場所目掛けて【がんせきふうじ】とそれを【ものまね】でトレースし、一斉に打ち込む。岩が障害となり、ケイカたちの足が一瞬止まる。

 

1(ワン)!」

 

「ガマガル! 【ステルスロッ―――」

 

 

「――――ジュプトル、【リーフストーム】! 最大火力だ、ぶちかませ!」

 

 

刹那、葉の嵐がガマガルに殺到し対象を切り刻む。ガマガルはみず・じめんタイプ、くさタイプの技を受ければただでは済まない。

さらにトレーナーをそのまま【リーフストーム】の突風で吹き飛ばし、明確な突破口が開ける。ダイはその穴目掛けて突進した。

 

突破口を抜けるとそのまま走り出す。当然バラル団も追いかけてくるが、イワークが殿を務め距離を詰めさせない。

惜しむらくは逃げる場所が北の住宅エリアであること。このままでは一般人を巻き込みかねない。だが、このままここで包囲されるのはもっと危険だ。

 

「四の五の言ってる場合じゃねえか! この際PGを呼んだ方が良い」

「ッ、俺たちもお前もなるたけお世話になりたい相手じゃねえが……おい、サツキどうした!」

 

ダイがライブキャスターでPGコールを行おうとした瞬間、レンがサツキの異変に気づいた。サツキの足、腿から脛に掛けて紅い河川が流れていた。見れば腿の内側に尖った岩が突き刺さっていた。

 

「さっきのガマガルの【ステルスロック】か! 撃たせる前に仕留めたと思ったが、少し遅かった!」

「走れるか、サツキ!?」

「ちょっと、無理かもしんない……ぐあっ、くぅ……もういい、俺は置いてけ! このままじゃ三人共捕まっちゃう!」

 

「「馬鹿野郎! お前を置いてけるか!」」

 

異口同音、ダイとレンが憤る。しかしここで足を止めたら、結局さっきと同じだ。むしろスタジアム前広場で包囲されていたさっきの方が立ち回れるほど今の通路は狭い。

 

「くそっ、こんな時ペリッパーさえいれば人一人なら連れて逃げられんのに……!」

 

そもそも消火作業が終わったはずなのにペリッパーはどこへ行ったのか、ダイは焦燥に駆られた。

 

「そうか……良いことを思いついた」

 

「なんだ?」

 

「こうすんだよ」

 

ダイはそう言うなりレンとサツキをビルとビルの間、狭い路地へと突き飛ばすとメタモンを喚び出し、壁に擬態させ通路を塞いでしまう。この薄暗がりではメタモンが化けてるとは思わないだろう。

通路の奥でレンが何か叫んでいるが、ダイは取り合う気はなかった。妹分が熱中しているアイドルを守るのに、理由はいらないと自分を鼓舞する。

 

すぐにバラル団員たちが現れる。戦闘を歩くケイカがフードの奥でケタケタと嘲笑う。

 

「あそこだね、逃げるのもう諦めちゃったの?」

「お子様に付き合ってやるのが大人の義務かと思ってな」

「アハハ、嬉しいなぁ……!」

 

ケイカは笑いながらアブソルをダイへとけしかける。それに対し、回復を済ませたジュプトルを前衛(フォアード)に出させるダイ。

アブソルが角をジュプトルの腕の新緑刃と打ち合わせる。スピードならほぼほぼ互角、ちょっとした不注意が戦闘不能へ陥るファクターとなり得る、緊張を生む戦い。

 

「手ェ出さないでね……一対一が楽しいんだから!」

 

ボルテージが上がるケイカ。それに伴いアブソルの動きが良くなる。その時だ、アブソルの角が淡く閃いた。それに伴いジュプトルが一度距離を取った。

しかし次の瞬間、距離を取ったはずのジュプトルの胴が袈裟斬りにされた。予想外の衝撃に、どうやら急所に直撃してしまったらしい。

 

「【サイコカッター】か……ッ!」

 

それは心の刃を実体化させる技、故にリーチが角の届く範囲とは限らない。鍔迫り合いに至った時、最も警戒すべき技だった。

ジュプトルはまだ戦えそうだが、今の一撃で体力を奪われ動きが鈍くなる。

 

このままではジリ貧だ、そうダイは悟った。しかし現状を打開できそうなゼラオラは先程から謎の衝動に駆られてボールの中でさえ暴れている始末。外に出してしまえば自分の言うことを聞くかはわからない。

どうするか、頭をフルで回転させているとケイカが眉を寄せアブソルに攻撃をやめさせた。ダイが訝しんでいるとカツンと足音が響く。

 

カツン。

 

もう一度、ブーツがアスファルトの上を跳ねる音。それは次第に、ダイの後ろから近づいてくる。

恐る恐るダイは振り返った。これでバラル団の増援ならばどれほど絶望的だったか。しかしその人物はバラル団の装束を身に纏ってはいなかった。

 

むしろ信心深い修道女(シスター)、即ち聖職者の格好をしていた。シスターヴェールから覗くのは宵闇ですら輝く黄金の髪(ブロンド)

なぜこの場、このタイミングでシスターが歩いているのかは問題じゃなかった。

 

「シスター! ここは危ないから離れて!」

 

ダイは彼女を庇うように立つが、シスターはそんなダイにニッコリと微笑むとそのままバラル団の方へと歩みを進める。

バラル団員たちはというと、その女性に見覚えがあるのか彼女の歩に合わせてジリジリと後退する。しかしケイカだけは不機嫌そうな顔を崩さず、シスターへ鋭い視線を投げかけていた。

 

「ペリッパー、"アブリボン"。道案内ご苦労さまです、この街は些か広いですからね。特に(わたくし)、西区は管轄外ですから困ってしまいました」

 

困ったように、傍へ降り立ったペリッパーとツリアブポケモン"アブリボン"に礼を言うシスター。シスターに頭を撫でられ目を細めるペリッパーは間違いなく、ダイの手持ちのペリッパーだというのだから驚きだ。

 

「バラル団の方々、ですよね。どうかこの場は矛を収め、退散していただけないでしょうか? 各地で発生してる火事と、崩落したビルの確認で人手を割かれて大変困っているのです」

 

まるで駄々っ子をあやすかのような言い草に、ダイは思わず呆けてしまった。バラル団員もそれは感じたようで、むしろ彼らからすればバカにされてるとしか思えない。

しかしこのシスター、至って真面目に退散を勧めている。

 

「アンタ、誰――ッ!」

 

苛立ちが最高潮に達したのか、ケイカがアブソルをシスターに向かってけしかける。アブソルが角による【つじぎり】でシスターに切りかかった。

 

「いけません、私としたことが申し遅れました……!」

 

刹那、()()が一瞬でアブソルの【つじぎり】を防御、続いてアブソルの身体を駆け回り撃退、そしてシスターの肩へと降り立った。

パッと見、それは電気ネズミのピカチュウだった。それを肩に乗せたまま、シスターは手を組み微笑みを絶やさずにその名を告げた。

 

 

「この街、ラジエスシティのジムリーダーを勤めております、ステラと申します。以後お見知りおきを」

 

 




ステラさん好き(すき)(Love)

金髪碧眼おっとりシスターとか性癖がつるぎのまいしてインファイトしてくるの勘弁して欲しい、好き。


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VSミミッキュ 信仰VS侵攻

「何を遊んでいる……」

 

 間もなく夜の闇が街を支配する時間。高層ビルの屋上に吹く谷間風が服の裾を喧しく煽る。

 

 彼、バラル団幹部のグライドは遥か下の地上で行われているバトルを苛立ちを隠さずに見ていた。ハリアーから借り受けた部下は存在抹消のプロフェッショナル、しかしその実態はクセの強いバトルジャンキー。

 子供は遊びたがる生き物だとわかっていてもなお、大人である彼にとってそれは仕事の邪魔をする有害なファクターであった。

 

 だがこの状況はグライドにとって些か都合が良かった。

 

 バラル団を脅かす一介のトレーナー。それが粛清対象である裏切り者を守っているのだ。組織に仇なす者を一気に消すチャンスだ。

 特にあの一般トレーナーは放置しておくといずれ強大な障害となり得る可能性がある。グライドは、彼をそう評したイズロードの慧眼を信用していた。だからこそ、彼を見逃した判断に腹を立てているのだが。

 その上、裏切り者の二人はここで放置すればいずれは世間の強いプロパガンダとして、世論を動かしかねない。求心力が高い相手はかなりの脅威と化す。

 

 バラル団にとって有害そのもの。あまり手を拱くようなら自ら戦場に趣き粛清する腹積もりであった。

 

 しかし、谷間風がやたらと生暖かくなるのを感じてグライドは振り返った。

 その時彼は自分のこめかみが疼くのを感じた。あの御方のためにも理性的であらねばならない、機械的であるために自己を消し去らねばならない。

 

 だが、その男の顔だけはグライドの神経を逆撫でする。

 

「悪いな、どうやら夜のラジエス見物を邪魔したらしい」

 

 男──シンジョウはリザードンの背に乗り、グライドを睥睨する。グライドは反射で釣り上がる眼をマッサージするように覆い、つい食いしばりかけた歯を顎をストレッチさせて平常に戻す。

 

「貴様か、次から次へと障害が現れるな」

「邪魔ついでに、もう一つ邪魔をしないといけない」

「ほざいていろ」

 

 交わす言葉はそれで十分。グライドはボーマンダを喚び出す。空の翼竜はビル街に轟く咆哮を以て、炎の翼竜を威嚇する。

 グライドは知らない。シンジョウが現れたこの瞬間、遥か階下の地上で部下がジムリーダーと接敵したことを。

 

 それを知られず、また知ったとしても妨害することが今シンジョウが為さねばならぬ、邪魔。

 

「──劫火よ、我が決意を糧にさらなる高みへ至れ」

 

「──暴虐よ、我が信念果てるまで破壊し尽くせ」

 

 シンジョウがカードの中に埋め込まれたキーストーンから光を放つ。返すように、グライドもまたキーストーンから眩い輝きを放つ。

 それがポケモンたちの持つメガストーンへ伝播、夜の太陽もかくやというほど強い光へと昇華する。

 

 

「「メガシンカ!」」

 

 

 これより始まるのはポケモンバトルではなく、死闘。

 

 闇夜の中でなお輝く漆黒の体躯へ進化したメガリザードンXと、より疾く飛行するべく適した身体へ進化した"メガボーマンダ"。

 特大の火球を互いに撃ち出し、橙と蒼の炎がぶつかり爆ぜる。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「ジムリーダー……チッ」

 

 ケイカが隠そうともせずに舌打ちをする。それに同調するようにアブソルは対峙するシスター・ステラを威嚇する。

 しかしステラさんは笑みを崩さない。しかし同時に困ったように眉を寄せた。

 

「どうしましょう、退散……していただけないですよね、その様子ですと」

 

「邪魔、すんなッ!!」

 

 痺れを切らしたケイカがアブソルをけしかける。その時、俺のポケモン図鑑がステラさんの肩にいるポケモンを認識、そのデータを表示する。

 

『ミミッキュ。ばけのかわポケモン。正体がバレそうで悲しい。 首の部分を折った相手は絶対許さず復讐する』

 

「こわっ!? え、首の部分……?」

 

 見ればステラさんの肩のミミッキュはさっきまで保っていたピカチュウっぽさを無くし、首がカクンと垂れ下がってしまっている。

 アブソルが【サイコカッター】でステラさんごとミミッキュを切り裂こうとする。それに合わせてミミッキュが先制し、アブソルの角へと飛び移った。

 

 そこからは奇妙な光景だった。ミミッキュがアブソルと戯れている光景が広がっていた。戯れていると言っても、アブソルはミミッキュを背中から引きずり下ろし討ち取ろうとしている。だから正しく言い換えるなら、ミミッキュがアブソル()遊んでいる。

 

「ウフフ、甘えん坊な子なんです」

 

 そう言って俺に微笑むステラさん。ミミッキュが再びアブソルの背から飛び降りる。息を切らしたアブソルが角で【つじぎり】を行う。

 が、ミミッキュはそれをピカチュウの頭部部分で受け止めた。ピタリ、とアブソルの攻撃が止まった。

 

「甘えん坊って、そういう……?」

「本当のことですよ?」

 

 今の攻防の最中、ミミッキュはひたすら【あまえる】ことでアブソルの攻撃力をダダ下がりにさせていたってことか。それと同時に【じゃれつく】ことでダメージも与えていた。

 ただ遊んでるだけに見えた攻防は、れっきとした技のやり取りだったんだ。

 

「もうアブソルは危害を加えられない」

 

 俺がそう呟くとケイカが強くアスファルトを蹴り、アブソルをボールに戻した。かと思えばフードを乱雑に持ち上げた。その下の顔は狂気に歪んでいた。

 間違いない、さっきまでのケイカがもう一度顔を見せたんだ。

 

「──ケイカ、アイツ邪魔」

「おっ、アタシがやっちまってもいいんだなァ!? 来い、ギャラドス! 【りゅうのまい】!」

 

 再びギャラドスの上に搭乗しこっちを見下ろしてくるケイカ。ギャラドスが身体を大きくうねらせ、攻撃と素早さを高める。

 さっきのアブソルよりもさらに巨大な相手、このままでは流石に分が悪いように見えた。

 

「もう一度【りゅうのまい】! そして【アクアテール】!」

 

「まずい、避けて!」

 

 思わず叫んだ。再度舞ったギャラドスが放つ水を纏った尻尾の一撃が来る。しかし、その一撃は【りゅうのまい】で二段階素早さを上げたようにはとても思えなかった。

 ミミッキュはそれを難なく躱し、標的を失ったギャラドスの尻尾はアスファルトを穿った。

 

「なん、だ!? なァんでこんなに、身体が重てェ……!?」

 

 それはギャラドスだけでなくケイカにも効果を及ぼしてるみたいだった。ギャラドスの上で這いつくばるようにして呻くケイカ。

 俺は密かにこの空間を覆う、不思議な結界のようなものに気づいた。そしてその技には覚えがある、空間内の素早さによる優劣が逆転する【トリックルーム】だ。

 

「ミミッキュ、ご苦労さま。下がっていいですよ」

 

 ステラさんがそう言うとミミッキュはカクンカクンしてる首でしきりに頷くと、ボールではなくステラさんの肩へと舞い戻った。

 そして続いて彼女は新たにモンスターボールからポケモンを喚び出す。

 

「さぁ"グランブル"、お願いします!」

 

 そのポケモンはつい最近、生態系の変化によりタイプが変質したようせいポケモンの"グランブル"。本来、屈強な見た目に反して臆病なポケモンだがステラさんのグランブルは目の前の打ち倒すべき相手を前に闘志を漲らせる。

 

「ちょうど良い瓦礫があるので、少し拝借致します。ごめんなさい、工事の手間を増やしてしまって」

 

 誰かに謝るようにしながら、ステラさんがグランブルとアイコンタクトを行う。グランブルは大仰に頷くと、先程ミミッキュを狙ってギャラドスが放った【アクアテール】で砕けた地面目掛けて拳を叩きつけ、さらにアスファルトを砕く。そして自分の体よりも大きな瓦礫を持ち上げ、ギャラドス目掛けて放り投げた。

 

「【いわなだれ】!」

 

 トリックルームによって素早く撃ち出される瓦礫が砲弾のようにギャラドスに襲いかかる。先程俺とゼラオラで与えたダメージもあり、ギャラドスは今の一撃でほぼ戦闘不能へと持ち込めた。

 瓦礫の下からケイカが這いずり出る。それを見て、ステラさんは有ろう事かケイカを瓦礫の下から救い出した。

 

「お怪我はありませんか?」

 

「ッ、触んな!! 援護だ! 援護しろ!!」

 

 さっきのケイカに手を出すなと言われ、今度はこっちのケイカに援護を要請されたバラル団員が一瞬遅れて手持ちのポケモンをリリースすると一斉にステラさんとグランブル目掛けて襲いかかった。

 ケイカに気を取られていたせいか、ステラさんの反応が遅れる。先程の攻防で仕留めそこねたテッカニンが素早く彼女の喉元へと殺到する。

 

「やらせるか! 【バークアウト】!」

 

 俺はボールを遠投するように放り投げ、そこからさらにゾロアが飛び出す。ゾロアはステラさんの肩に着地すると再度飛び上がりテッカニンに突進し、後続のポケモン目掛けて【バークアウト】を放つ。

 ゾロアが踏み台にしたことでステラさんの上体が下がり、さらに体当たりされたことでテッカニンの鉤爪が彼女の首元を外れる。

 

「た、助かりました……!」

 

 ケイカが自力で瓦礫から這い上がるのを確認して、ステラさんはようやく後退する。なんというか、人がいいっていうか……

 けれど彼女の格好は修道服、あれがコスプレでもなんでもない。彼女は目に映る全てに慈愛を注ぐ心がある。それが今現在敵対している者であっても変わることはない。

 

 以前、アルバから聞いたことがある。ラフエルのジムリーダーの中で彼女は唯一突出したものを持っていない。

 だけど、その分人一倍精神力が強く、絶対に信じることを諦めない。その諦めなさに感化されたポケモンたちは何があろうと立ち上がる力を持っている。

 

 これは強敵だな、って。いずれ戦う相手に対し、俺はそんなことを思っていた。

 

 でも、いくらステラさんが助っ人として戦ってくれたとしても数の不利は相変わらず。それに今は相手や味方の姿を真似て、実質こちらの頭数を増やすメタモンが使えない。

 メタモンが擬態した通路の奥に意識を向ける。すると壁の一部にメタモンが顔を作り、コクリと頷いた。どうやらレンはサツキを連れてちゃんと逃げたらしい。通りでさっきから騒いでた声が聞こえなくなった。

 

 俺がそう安堵した瞬間、ビルの遥か上空で光が爆ぜた。真夜中の太陽が眩く、辺り一面に光を散らす。そしてその光が、炎であることに気づいたのは壁面のガラスが軒並み破られてからだ。

 

「ペリッパー! 【たつまき】だ! 破片を巻き上げろ!」

 

 落下してくるガラスの破片をペリッパーに撤去させる。バラル団の奴らはフードをしているから、ある程度の落下物には対処できるが俺たちはそうじゃない。ステラさんのシスターヴェールに隠してもらうことも考えたが絵面とシスターヴェールの防御力を鑑みて、却下だ。

 

「あれは……メガリザードン!」

「えぇ、私の知り合いが今戦ってくれています。その隙にあなたを逃がす手はずだったんですが、相手の方々もなかなか諦めてくれなくて」

 

 困ったように笑うステラさんを見て、俺はほんのちょっぴり申し訳なくなった。この暗がりだ、あのメガリザードンの使い手に確証は持てない。けどあの人もステラさんも、どういうわけか俺を助けるためにこの戦闘に介入した。

 

 俺が手を拱くだけ、戦況は悪化の一途を辿るかもしれない。ただ、それでも。

 

「俺もただ施しを受けるのは性に合わないんで、助け合いの精神で一緒に戦いますよ」

 

 ホントは迷惑かもしれない。手持ちの半数を消耗させた今ではジムリーダーほどの実力者の足手まといかもしれなかった。

 だけどシスターステラはただ優しく微笑んで、それからバラル団に向き直った。

 

「大丈夫です、数の不利を埋める手はずは整っています。あと必要なのは、時間だけです」

「本当ですね? 信じますよ? その言葉、ブラフじゃないって」

 

 ステラさんにはこの状況を覆す隠し玉がある。俺はそれを信じて乗っかることにした。

 

「カラマネロ! 【しめつける】!」

 

 バラル団の一人が繰り出したのはぎゃくてんポケモン"カラマネロ"。俺とポケモン図鑑は瞬時にあのポケモンの性格と特性を判別する。そしてゾロアと一瞬のアイコンタクトを行う。

 前に出てくれるか、俺の意を汲んだようにゾロアは頷きフォアードに出る。相手も馬鹿じゃない、敢えて素早さの低いポケモンを出すことでステラさんの張り巡らせた【トリックルーム】を逆手に取ってきた。

 

 カラマネロの触手がゾロアを捕らえ、締め付けた。ゾロアが苦しげに顔を歪ませると、バラル団の下っ端はフードの下からでも分かる笑みを見せた。

 

「そのまま【ばかぢから】!」

「引っかかってやんの! ゾロア【イカサマ】だ!」

 

 するり、とカラマネロの触手から抜け出したゾロアがそのままカラマネロの頭部目掛けてえげつない引っ掻きを行う。相手の力をそのまま利用する【イカサマ】、"あまのじゃく"相手にはもってこいだ。

 

「クソッ、ギャラドス! もう一度【アクアテール】だ!」

 

 ゾロアがカラマネロを退けたのとほぼ同じタイミングでケイカがギャラドスを動かす。見れば、ステラさんが張り巡らせた【トリックルーム】が消滅していた。それが消えてしまえば、ギャラドスの素早さは【りゅうのまい】で二段階上がった状態になり、素早さを伴った尻尾がゾロアに迫る。

 

「グランブル! 防いでください!」

 

 が、ゾロアの前に躍り出たグランブルが放たれた尻尾の一撃を脇腹に抱え込み、逆にギャラドスを抑えてしまう。

 そのまま掴んだ尻尾ごとギャラドスを振り回し、ハンマー投げのように投げ飛ばす。今度こそギャラドスは力尽き、戦闘不能へと追い込んだ。これでケイカの手持ちで戦えるポケモンで、俺が知っているのはサメハダーとアブソルだ。でも両者とも手負い、さらには能力をガクッと下げられているからそれほど脅威にはなり得ないはずだ。

 

「──お前ら、()()持ってこい」

 

 万事休す、そう呼べるはずのケイカが俺たちをジッと睨みながら部下に手招きをする。すると今までクールだった側近の顔が焦燥に包まれる。

 

「いいんですか? アレを使うと上が黙ってませんよ」

「強襲班にはジンの特殊煙玉、隠密班には潜入用万能ツールが支給されて、暗部(アタシら)に何もなしってのはケチくせぇだろう? だから、アタシが許す。アンタだって、使う機会を想定して持ってきてんだろう? いいか? このポケモンは愛でて可愛がる愛玩動物じゃあないんだよォ?」

 

 それは、俺が先日相対した幹部イズロードが掲げる理念とはかけ離れていた問答。ケイカの圧力に屈した部下が予め備えていたアタッシュケースを開く。その中には所狭しと詰め込まれたモンスターボールの数々。

 

「まさか、手持ちの補充を……!?」

「ッ、いけない! 下がって!!」

 

 俺はステラさんに半ば突き飛ばされるようにして後退させられた。ステラさんにはあのボールの中に心当たりがあるようだった。

 ケイカの側近がアタッシュケースを振り回し、モンスターボールの山をこちら目掛けて放り投げてくる。そこから放たれたポケモンはモンスターボールの何十倍もある巨躯────

 

 

「"ゴローン"!?」

 

 

「やっぱり、そういうことですか……! 貴方がたは!!」

 

 ステラさんが抗議の声を上げる。が、ケイカは彼女の焦燥、怒りを見て極限まで顔を愉悦に歪めた。

 

「かつてェ、氷の牢獄と呼ばれたネイヴュシティを襲った、大規模質量攻撃ィ……"ゴルーグ"の大量投下を見て思ったんだよォ……例えばこの、ゴローンの集団ならどういうことが出来ると思う? えェ? お優しいシスター様はご立腹かい? えェ!?」

 

 その時、無数のゴローンがこちらに向かって来る。その時、またしても俺の勘とポケモン図鑑によるゴローンの次手の認識のタイミングが一致する。

 イシツブテよりも大きく、面制圧に向いており、さらにゴローニャよりも手頃に調達できるこのポケモンを奴らは捨て駒に、【だいばくはつ】で俺たちごと吹き飛ばすつもりだ。

 

「シスター!」

 

 俺は引っ張るようにしてステラさんをゴローンから遠ざける。出来るか、ジュプトルを向かわせ一瞬で一匹でも多くのゴローンを先に戦闘不能にすることが。

 不可能だ、ジュプトルはアブソルとの戦いで消耗している。今ここで向かわせるのは自殺行為に他ならない。

 

 だが、ここで行かせなければ、そもそも俺たちが爆発に巻き込まれただでは済まない。

 

 俺の指示も受けず、ジュプトルが前に出ようとする。腕の新緑刃に力を灯す。その一連の動作がとてつもなくスローに思えた。

 数々のゴローンの身体が光を放出する。あともう二秒もあれば連鎖爆発を起こし、俺たち諸共木っ端微塵になって吹き飛ぶだろう。

 

 

 一秒。

 

 

 ジュプトルが一匹目のゴローンに接敵、目にも留まらぬスピードでゴローンを切り刻み大ダメージを与える。たった一秒の間に、何度も斬りつけられたゴローン。

 だが、最悪なことにそのゴローンの特性は"がんじょう"。即ち、最後の悪あがきは出来る。

 

 

 二秒。

 

 

 俺はジュプトルが切り裂いたゴローンと目を合わせてしまった。その眼が語る感情は、この一瞬で俺が感情を爆発させるのに十分すぎた。

 だがもう遅い。その一瞬さえ、この局面ではかなりの猶予時間であった。

 

 

 

「エンペルト! 【アクアジェット】!」

 

「ルカリオ! 【はどうだん】!」

 

「グレイシア! 【ふぶき】!」

 

 

 

 だけど、爆発までの一瞬が永劫へと変わった。その瞬間は永遠に訪れなかった。

 PGのアシュリーさんが連れているのと同じこうていポケモン"エンペルト"はゴローンが臨界を超えた瞬間俺とゴローンの間に踊り入りゴローンを弾き飛ばす。それと同じタイミングで空色の波動が練られた玉が立て続けに後続のゴローンを遅い、エンペルトの背に乗っていた"しんせつポケモン"グレイシアが、口と身体の周囲に集まる冷気から猛吹雪を撃ち放ち、【はどうだん】で予め体力を減らされたゴローンを軒並み凍結、戦闘不能にした。

 

「見間違う、もんかよ」

 

 あの"ゆうかんな性格"のルカリオを。彼は俺に向かって振り返るとニッと笑いかけた。たった数日前に離れ離れになったばっかりだと言うのに、妙に懐かしい気がした。

 振り返るとそこにいるじゃないか、仲間が。

 

「探しちゃったよ、ダイ」

「アルバ!」

 

「この街、やっぱり広いね……ちょっと休憩、ってわけにもいかないか」

「リエン!」

 

「いやー危機一髪! 間に合ってよかったね!」

「誰!」

「誰は無いんじゃないの!?」

 

 言っちゃ悪いけど完全に感動の再会に水を差された感じになっている。こっそりとアルバが耳打ちしてくれる。どうやら彼女がアルバが常々言っていた目標の人物で、どうやらテルス山に迷い込んだ二人を見つけ出して、シーヴさんの頼みでラジエスまで案内してくれたらしい。なるほど、この感動の再会は彼女有りきだったのか、そりゃ感謝しなきゃな。

 

「はじめまして、話には聞いてたけどだいぶ型破りな子だね! ダイくん、だっけ!」

「こちらこそ、イリスさん。二人のこと、ありがとうございました」

 

 強引に手を取られるようにして握手を行う俺たち。ステラさんと同じ金髪だけど、こっちはアグレッシブ美人って感じだ、背中に背負ってるのが可愛い系の鞄じゃなくてガッツリトラベラー用のリュックサックな辺りがそれを感じさせる。

 

「ステラちゃんも、お待たせ!」

「えぇ、間一髪でした……」

 

 二人の方は知り合いなのか、いくらか気さくな感じで話し始めた。

 

「ラジエスに着いたのがついさっきで、火事が起きてるって騒ぎになっててそしたら現場の空をダイのペリッパーが飛んでるのが見えてね、ああこの街にいるんだなってね」

「ステラさんと会ったのはその時だよ。私がみずタイプを多く連れてるから消火の手伝いを引き受けたの。それで、ステラさんにはペリッパーの案内で先にダイを確保してもらおうと思って」

 

 そうだったのか、ステラさんに目線で確認を取るとコクリと頷いた。

 しかし話はそれまでだった。戦闘不能になったゴローンをボールに格納しながら、ケイカが大きく舌打ちをする。

 

「チッ、マジの隠し玉が……」

 

「おい」

 

 俺はボールを握り潰す勢いで中身を睨みつけるケイカに向かって歩を進めた。

 

「もう諦めろ、明らかにこっちの方が有利だ。こっちには敬虔で美人なシスターがいるから、彼女に免じて今ならお前らの撤退を妨害したりはしない。ただな」

 

 言ってやりたかった。根暗じゃない方の、粗暴な方のケイカに、言っておかなきゃいけないことがある。

 それはあの、自爆するゴローンの目を見た瞬間からだ。あんな、命令されて瀕死にならなきゃいけない者の顔を見てしまったら、言わざるを得ない。

 

「金輪際、ゴローンをあんなことに使うのはやめろ。ポケモンは兵器じゃない。お前のために都合よく傷つく玩具でもない」

 

 結果として戦闘不能にさせてしまった。ただそれはポケモン同士のバトルによってだ。あんな、一方的に相手を蹂躙するためだけにやっていいことではない。

 この言葉が悪党に対して、どれほどの意味を持つかはわからない。だから、今からの言葉は俺が、俺に対して宣誓する言葉。

 

 

「もしそれが出来ないって言うなら、次に会った時俺は絶対にお前をぶっ飛ばす」

 

 

 身体の前に突き出した拳を握り締め、強く、強く、口に出す。

 

 

「真っ先に、誰よりも速く、確実に、ブチのめす! わかったか!!」

 

 

 ケイカを始めとするバラル団員は面白く無さそうにしていたが、やがてケイカがハンドサインで何かを指示する。そこからの動きは迅速で、暗部の連中は驚くほど機敏にその場から姿を消した。まるで忍者のようだった。残ったケイカは俺に狙いをつけ、強い憎悪の視線を向けていた。

 

「上等だ、次に会った時はアタシの方がアンタをすり潰す。丹念に、丁寧に、それでいて乱雑に、踏みにじるように! 覚えとけ……」

 

 それだけ言い残し、喚び出したアブソルに飛び乗ってビルの谷間を身軽に飛び去るケイカ。姿が完全に見えなくなるまでおおよそ数十秒、俺は動けなかった。

 が、やがて状況の終了を肌で感じ取りその場に大の字で寝転がった。

 

「お、終わった……」

 

 既に夕日は地平線に沈み、ラジエスシティは夜の顔を見せていた。寝っ転がったままの俺を見て、アルバとリエンがやれやれと肩を竦めた。

 

「僕たち、まだダイから一つ聞いてないんだけど」

「どうしてあの日、勝手にレニアシティに行ったのかな」

 

「う、それは……」

 

 バツが悪い、俺は身体を起こすとそっぽを向く。がリエンが逃してくれなかった。俺の視界の方へ移動すると再度問い詰めてくる。

 

「それは俺も聞きたいな」

 

 その言葉は上空から降ってきた。顔を上げると漆黒から橙の身体へと戻ったリザードンに騎乗して、ステラさんの上空を援護していた人。そして、その人物は俺の予想通りだった。

 

「シンジョウさん」

「仲間がいたのなら、尚の事共に行動すべきだった。お前は二度、身勝手に動いた結果これだけの人数の手を煩わせたんだ」

「それは……その」

 

「ジョーくん先生みたい、イヤミったらし~」

「茶化すなイリス、大事な話だぞ」

 

 言葉に詰まっていると、イリスさんがシンジョウさんの横腹を突き回す。だけど、それを笑ってられもしなくて。

 迷った末に、いや本当は最初から言わなきゃ行けないって思ってた。ただみんなの優しさにどこか甘えがあって、言わなくても許してくれるだろうと思っていたから黙っていたけど。

 

「──ごめん、なさい。軽率でした」

 

「僕は気にしてないよ。なんせ、僕がダイでも一人でレニアシティに行ってたと思うからね!」

「アルバ」

「ごめんなひゃい」

 

 リエンがアルバの頬を抓り倒す。だけどその顔は比較的穏やかで。

 

「でもまぁ、気持ちは分かるから。今度は一緒に行こう、レニアシティ」

「……うん、ありがと」

 

 差し出された小指に自分の小指を絡める。約束、そう言って俺たちは互いの指を離す。散々小突かれたシンジョウさんがわざとらしい咳払いをすると、再び俺の前に立った。

 

「だが、そうだな。お前が奴らを足止めし、ペリッパーが消火活動を行っていなければきっともっと被害が増えていた。だから、今日はお手柄だ」

 

 微笑み、俺の肩を叩くシンジョウさんの言葉で、いくらか救われた気がした。胃袋も、鷲掴みからソフトタッチくらいにプレッシャーが消えた。

 

 

「──お取り込み中、失礼します」

 

 

 が、そうは行かなかった。シンジョウさんの後ろに降り立ったのはポケモン、エアームドとフライゴン。その背に乗っていた人物はまたしても俺の知り合いで。

 フライゴンに乗っていたのは、クシェルシティで一度別れた俺の幼馴染アイこと、アイラ。

 

 そしてエアームドに乗っていたのは、ポケット・ガーディアンズのハイパーボールクラスにして現場ジャンキーのアストンと、つい先日から縁のありすぎる。

 

「アシュリーさん……!」

 

 そう、アシュリー・ホプキンスその人がいた。彼女はジッと俺を見つめて動かない。隣に立つアストンは苦笑している。

 やがて、カツカツとブーツの底でアスファルトを威圧的に鳴らしながら、彼女は俺の方へと歩いてくる。

 

「彼のトレーナーパスはここだ。身元の保証は出来る、さらにここにいる全員が彼の潔白を証明出来るぞ」

 

 シンジョウさんがそう言って、恐らくレニアシティから持ってきてくれただろう俺のトレーナーパスを提示してアシュリーさんに向き直る。でもアシュリーさんはそれを一瞥、興味なさげに俺の方へと歩を進める。

 彼女の手が腰の後ろへ移動する。手錠か、それともモンスタボールか。いずれにせよ、俺は身構えた。こちらも手の中にモンスターボールを忍ばせる。

 

「確か、ダイ……そう言ったな」

「え、あぁ……フルネームが必要なら言うけど」

「必要ない」

 

 アシュリーさんが隠していた手を前に出してきた。俺は今一度モンスターボールの開閉スイッチに指をかけ、差し出されたものを見て凍りついた。

 それは紙だ、一部にアシュリーさんの名前が書いてあって四隅には豪華な箔の押されたサイン用紙だった。

 

「なにこれ」

「推薦状だ」

 

 淡々と告げるアシュリーさん。俺は恐る恐るその紙を受け取った。すると後ろで待機していたアストンが明らかにホッと安堵の息を吐いてから口を開いた。

 

「ボクの方から説明させていただきますね。ダイくんたちはご存知ですね、こちらはMs.アイラ・ヴァースティン。ここ数ヶ月、ボクと共にバラル団の調査に同行していただきました。そこでポケット・ガーディアンズ上層部は彼女の活躍を認め、それを踏まえた上で我々にある特命が課されました」

 

 アストンの言葉を引き継いだのはアシュリーさんだった。

 

「これよりポケット・ガーディアンズは各ジムリーダーと連携し、民間協力型の対バラル団を想定した組織を設立することとなった」

「一応、ボクも最初は反対したんですが……ミス・アイラが頑張りすぎてしまったようで、上層部はすっかりその気になってしまいました」

 

「お前、こっちでも首突っ込んでんの? とんでもねーやつだな」

「うっさいわね、アンタに言われたくないんですけど。 お節介お人好し揃ってるアンタにはね!」

 

 ここに来るまで、アイラは他の地方でも悪さをしている地域の悪党相手にちょっかいを吹っ掛けた。ある程度、一部の組織の壊滅に一枚噛んでいると言っていい。

 そんなこいつが今度はバラル団と戦うために色々してくれちゃったらしい。

 

「しかし、いくら民間協力と言っても相手はバラル団。より強力な人物を登用したいと考えている。そこで上層部は私やアストン、ハイパーボールを超えるクラスのPGやジムリーダーの強い推薦を得た人物、もしくは厳しい登用試験をクリアした者のみを仲間に迎え入れることにした」

 

「そして、これはその推薦状ってこと……?」

「そうだMr.ダイ。君を、私の名で推薦する。どうだろう」

「えっと、どうして俺を? 今まで散々俺のことバラル団扱いしたり、足を氷漬けにしたり、鉄格子に叩きつけたり、氷の礫をギリギリ当てたりしたのに」

 

 ちょっと恨み節の籠もった説明になってしまった。軽く、アシュリーさんに受けた仕打ちを引っ張り出すと彼女はいつものクールな表情から一転、慌てて俺の口を塞ごうと手を伸ばしてきた。

 

「そ、そのことは忘れてくれ!」

「いや無理でしょ、忘れないよケーブルカーの時の【きあいパンチ】とむぎゅう」

「わ・す・れ・ろ!」

 

 何時になく慌てた態度のアシュリーさんを見る。すると後ろでアイラがニヤニヤしながら隣のアストンを指差す。アストンはというとアイラの挙動を首を傾げてみていたが、俺にはそれがどういう意味かわかった。

 アシュリーさんって、ひょっとしなくても……

 

「チョロい?」

「わ、私のことか!? 今のは許せんぞ!」

 

 ビンゴ、これは面白い。アシュリーさんの意外な弱点もわかったことだし、とりあえず話の続きに移ろう。アシュリーさんは大きく咳払いをして、話を戻した。

 

「試験をクリアした者、推薦を受理した者は八人のジムリーダーの管轄の元、バラル団絡みの事件の調査、大規模作戦時のフォロー等を頼むことになるな」

「つまり、ジムリーダー直轄のチームになるってこと?」

「そういう認識で構わない」

 

 それを聞いてイリスさんがステラさんに「知ってた?」と耳打ちをする。それに対しステラさんは「し、守秘義務がありますので……」と苦笑する。もうそれが答えみたいなもんだったけど。

 

「いずれ、これは大々的にマスコミの手で発表される。そうすることでバラル団の出鼻をくじく」

 

 そしてそんな組織に、アシュリーさんは俺を推薦してくれた、ってことか。きっとイズロードに対して放った啖呵が功を奏したのかもしれない。

 

「正直、民間の手を借りねばならない我が身の至らなさを痛感するばかりだ。だが、そうであっても我々は勝利しなければならない。バラル団に、この地を脅かす悪に!」

 

 夜空に向け、俺たちに向け、高らかにアシュリーさんは宣言する。

 

 

「以降、PG並びにジムリーダー直轄のこの組織を、『VANGUARD(ヴァンガード)』と命名、呼称する!」

 

 

 




組織名:VANGUARD《ヴァンガード》


詳細

PGの上層部が民間協力者の功績を評価し、設立に至ったPG直轄の組織。
構成員は民間から志願者を募り、厳しい試験をクリアしたものを登用する。

またハイパーボール以上のクラスのPG職員やジムリーダーの推薦があれば試験をパス出来る。

登用に至った者は入団後、八人のジムリーダーの元へ振り分けられ、そのジムリーダーが管理するチームへ所属となる。

チーム所属と言っても、そのジムリーダーの拠点である街で活動する必要はなく、実質的拠点の束縛は存在しない。

また、メンバーには証明証であるVGバッジが与えられる。
このバッジはポケモン協会の認可により、任意のジムバッジと同等の効果を持つ。

即ち、7つのジムバッジとVGバッジ1つでもポケモンリーグ決勝トーナメントの無条件出場権を手に入れることが出来る。

(状況により追記の可能性あり)


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VSフーディン VANGUARD

 ポケット・ガーディアンズから対バラル団を目的とした民間協力型武装組織VANGUARD(ヴァンガード)の設立が発表されてから、早くも二週間が経過した。

 ラジエスシティ、ペガスシティなどラフエル地方の西区を中心に全国から志願者が集まっているらしい。

 

 志願者を対象にした、採用試験は毎日行われている。尤も、俺とアイラはそれぞれアシュリーさんとアストンに推薦を受けたため、具体的な試験内容は知らされていない。

 そして俺、アルバ、リエンの三人は今日行われる顔合わせという名の説明会に参加するべく二週間近くラジエスシティに滞在していた。

 

「改修作業も、もう少しで完了って感じだな」

 

 目の前にあるスタジアムは先日の戦いでケイカのギャラドスが派手に破壊してしまった。電気系統が軒並みイカれてしまったみたいで、中もキッチリ作り直したみたいだ。

 中に入ろうと近づくと、アルバが「あっ」と声を上げて作業中の従業員を指さした。

 

「なんだ?」

「あれ、あのエンブレム! "ユオンシティ"の人だよ」

 

 なるほど、いまいちわからない。リエンに助け舟を求める視線を送る。

 

「ユオンシティは、ラフエル地方随一の工業都市なの。この世界で使われている資材の八割をユオンシティで製造してるほど、それに見ての通り実務も出来るから全国から建築・改築の依頼が殺到。ただ、最近はネイヴュシティの復興支援で人員を割かれてるみたいだけどね」

「復興支援……バラル団絡みだっけか」

「そう、ダイが戦ったっていう幹部のイズロードが脱獄した時。その日、ネイヴュシティは人が住む土地じゃなくなったんだ」

 

 この二週間、VG(ヴァンガード)として活動することを鑑みて、俺が来る以前のバラル団の活動をアストンにもらった資料で確認していた。

 死傷者、行方不明者はそれぞれ三桁を超す人為的大災害とも呼べるそれは"雪解けの日"と呼ばれ、今も人々の心に深い闇を差している。

 

「ところで、結局教えてもらえなかったんだけどVGの採用試験ってどういうことをするんだ?」

「あぁ、ダイは知らなかったんだっけ。面接と実技だよ」

 

 リエンが教えてくれる。面接は分かる、いくら強い人間だとしても人間性に難ありだと協調性を欠く可能性がある。味方にしておく方が危険な味方なら正直、いない方が良い。

 だが実技ってなんだ、もしかしてポケモンバトルのことか? 

 

「アルバはまぁ、なんとなく実技も軽くこなしそうなイメージがある。でもリエンは? リエンもまさかバトルに勝ち抜いてここにいるのか?」

「そうだよ」

「──想像できねぇ」

 

 そう呟いた瞬間、モンスターボールがリリースされグレイシアが空気を冷却、【こおりのつぶて】で俺を包囲。逃げるルートは、ミズゴロウが進化した"ヌマクロー"がカバーしていた。

 完全な布陣、何をするでもなく先手を打たれた。俺はポケモンを出すまでもなく飛礫で蜂の巣にされるだろう。

 

「想像できた」

「よろしい」

 

 そう言ってリエンが二匹をボールに戻す。彼女の傍をプルリル──ミズが楽しそうにふわふわ漂っている。俺がちょっと目を離した隙にめちゃくちゃ強くなってるんですけど。

 

「ここに来るまで、イリスさんがポケモンバトルのレクチャーをしてくれたんだよ」

「そんな短時間であれほど強くなっちゃったわけ? イリスさんのレクチャーがやばいのか、リエンにそもそも素質があったのか」

 

 両方だろうな、恐るべしイリスさん道場。俺も出来ることならちょっとご教授願いたいところだ。

 

「実技と言っても、開催日に応じて色々あるみたいだよ。僕はトーナメント形式での勝ち抜き戦だったんだ」

「私はバトルロイヤル。同じ日に受験した人全員と戦って、私が勝ち残った。ある意味、漁夫の利を狙ったとも言う」

 

 ドヤ顔Vサインが眩しい。なんだか一人だけ推薦をもらって楽したのが申し訳なくなる。

 しかし俺を推薦したのはあのアシュリーさんだ。色々あったけど、今は認めてくれている。だからこそ、こうしてバラル団と戦うチームに推薦してくれたわけだし。

 

「行こう、集合時間までそう時間もないし」

 

 二人と一緒にスタジアムのロビーを抜けスタジアムに入る。どういうわけか、内部では"Try×Twice"のライブに使われていたステージがそのまま残っている。ケイカのアブソルに切断された照明器具も転がったままだ。

 

「もう既に、何人か集まってるみたいだな」

 

 ちらほらとステージの前に待機しているトレーナーがいる。彼らは揃って俺たちを見る。値踏みされてるみたいでちょっと落ち着かないが。

 その中には俺たちの見知った顔もいた。目立つ赤帽子の女性が俺たちに駆け寄ってくる。

 

「おーい! ボーイズ!」

「イリスさんもヴァンガードに参加してたんですね! 一緒に戦えるなんて感激!」

 

 彼女のことになるとアルバはもふもふを目の前にした時くらい目の前が見えなくなる。超えるべき目標って言うのかな、そういうのがあるのは羨ましいな。

 遅れて、見知った幼馴染もやってきた。

 

「アイちゃんオッスオッス!」

「久しぶり、イリスさん。イッシュ地方……いや、カロス以来かな?」

「シャラシティ以来だよね? 本当久しぶりだよ」

 

 恐るべき旅人ネットワーク。どうやら二週間前が初顔合わせじゃないらしい。俺がいない間にカロス地方まで行ってたのか、アイの奴。

 

「ところで、イリスさんの採用実技試験はどんな内容だったんですか?」

 

 アルバが興味津々に尋ねる。が、イリスさんは少し考える仕草をしてからあっけらかんと言った。

 

「いいや? 私はダイくんやアイちゃんと同じ、推薦組」

「イリスさんも誰かから推薦を受けてたんですか?」

「あー、うん。ちょうど二週間ほど前に。それこそ、VGの設立が発表された夜に」

 

 話すたびに歯切れが悪くなるイリスさん。よくわからないが、彼女にも話し辛い事柄の一つや二つあるだろう。見たところ負けず嫌いっぽいし、負けた話とか掘り返したら後々しつこそうだ。

 ちなみにそれはアイも一緒、しかも彼女は負けたことを引きずる上に勝っても引きずる。所謂、一度負けること自体が嫌、ってタイプだ。

 

 それから他愛もない話をしている間に、着々とスタジアムに人が集まっていった。そして空からエアームドに乗ってアストンが現れた時、全員が揃ったことを悟った。

 

「ポケモントレーナーの皆々様。本日はお集まり頂き誠にありがとうございます」

「アストン、もしかしてこれで全員なのか?」

 

 話を遮るようで申し訳なかったけれど聞かずにはいられなかった。ステージの上に立つアストンを除けば、ここにいるメンバーは十六人。少数精鋭チームといえば聞こえは良いけど、最初に聞いてた通りジムリーダーの管理するチームに入ることを考えると一人頭二人、ジムリーダー込みでもスリーマンセル。とても組織としては不十分感が否めない。

 

「えぇ、ひとまずここにいる十六人の選ばれしトレーナーの皆さんにVGが本当に実用的か、モニターを務めていただきます」

「なるほど……つまり、俺たちの活躍如何によっては人員補充を検討するってことね」

「その通りです」

 

 そういう意味では、ここのメンバーは厳しい試験を乗り越えてここにいる強力な仲間だ。一人ずつ、観察するように見ていく。

 俺よりも若そうなトレーナーもたくさんいる。それらがみんな、バラル団と戦うという意思の下、ここに集っている。

 

「おい、そこに立たれていると邪魔だ」

 

 ふんわりと考え事をしていたからか、後ろから少しトゲのある言葉を掛けられた。声の主に覚えがあるため、振り返るとそれは当たりだった。

 ヨレヨレの白衣にメガネ、少しボサボサした黒髪。白衣と同じでくたびれた表情。見間違うはずもない。リザイナシティのジムリーダー、超常的頭脳(パーフェクトプラン)のカイドウがそこにいた。

 

「カイドウ! 久しぶりだな」

「……いいから退け、()()()はステージに上がらなければならない」

 

 見ればカイドウの後ろにもぞろぞろとこのラフエル地方のジムリーダーが並んでいた。と、その後ろから二名PGらしき警官が二人続いてきた。

 らしき、というのはアストンやアシュリーさんが着ているのとは別の制服だったからだ。見れば、ジムリーダーの一人も同じ制服を着用している。

 

「あれ、ネイヴュ支部の制服だよ。あそこ、寒いからね」

「なるほどね、だからか……」

 

 っていうと、カイドウの六人ほど後ろを歩いていたあの人がネイヴュシティのジムリーダーってことか。制服を着てる、ってことは警官でもあるってことだよな。

 ステージに上っていくジムリーダーたちを眺めていると、その後ろを歩いていたそのネイヴュ支部から来た二人の警官と目があった。

 

 一人は女性、背はそれほど高くない。リエンと同じくらいかそれよりちょっと高い。目を引くのは綺麗な銀髪だけど、白すぎる。というのも、顔色が悪そうだ。そして何より目つき、まだ俺に厳しかった時のアシュリーさんを思い出すそんな目つき。そんなのと目が合ったものだから、俺は少し息が詰まる思いだった。

 

 慌ててもう一人の男性に視線を移した。ところが彼は俺が視線を送ったことに気づくと、俺の全身をくまなく観察し他のトレーナーも観察した後、有ろう事か鼻を鳴らした。

 まるでここにいるトレーナーを、これからバラル団と戦う仲間とは思っていないような態度だ。

 

「ではこれより、VGの概要を説明させていただきます」

 

 そう言ってアストンは先日アシュリーさんから聞いたことを今一度この場にいる人間に説明し始める。

 俺たち、VANGUARDに参加するトレーナーはVGバッジを授与される。このバッジはある意味、トレーナーパスよりも高位の身分証明証になる。さらに、このバッジはポケモン協会から正式な認可が下りているため、ジムバッジの一つとしてカウント出来る。つまり、ポケモンリーグが開催される前に集めなければならないジムバッジは最低七つ、ということになる。

 

 もちろん、それ目当てで加入できるような組織じゃないのはアルバやリエン、合格した他の志願者が物語っている。

 ジム戦を一つパス出来る権利を求めて参加するような軟弱者は端から相手にしない、そこから選別するための試験前面接なのだろう。

 

 言外になかなか辛辣な組織体制だな、なんて思った。

 

「──あの、一つよろしいでしょうか?」

 

「なんでしょう、シスター・ステラ」

 

 俺が考え事をしていると、壇上でおずおずとステラさんが手を上げた。アストンが柔和な笑みで発言を促す、あの野郎やっぱ顔がいいな。

 

「ここにいらっしゃる何人かのトレーナーさんは、(わたくし)が管理するチームの一員になるということですよね」

「えぇ、この中から好きな人員を指名していただいて構いません。他のジムリーダーの方と被った際は話し合いという形になると思われますが」

 

 ガチガチの組織の割にそこはトレーナーズスクールの席替えみたいだな。

 なんて冗談を考えていたら、ステラさんは変わらない微笑みを浮かべたまま言い放った。

 

「では私のチームは『バラル団である、ないに関わらず戦闘で壊れてしまった施設や、怪我をした人に変わる人員の派遣』を主な活動方針とさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

 それはその場にいる人間に少なからず衝撃を与えた。なにせ、VANGUARDはバラル団を撲滅する組織。主な活動方針、というだけあってもちろん本業もこなすだろうがメインは修繕活動のボランティアだ。

 さすがのアストンも苦笑を禁じ得ないようだったが、やがて首を縦に振った。

 

「管理するチームの活動内容はジムリーダーに一任する、と規約にも書かれています。なのでシスター・ステラの主張は正当なものと言えます」

「ありがとうございます、警視正さん」

 

 ステラさんはアストンに微笑みかける。あの辺り、顔の良さがメーターを振り切っている。

 

「確かに、バラル団の活動も活発になり被害を被る方も多いと思います。ですが、それでも私が大事だと思うのは"赦す"という心ではないかと考えています」

 

 信心深い彼女ならでは、という理由だった。思えば、彼女は先日の戦闘でグランブルが放った【いわなだれ】で下敷きになったケイカを助け出そうとした。

 敵味方関わらず、機会は与えられるべきとでも言うのか。彼女の考えの細部はわからないけど、シスターらしいと言えばそうだ。

 

 

「赦すって、あの悪逆非道のバラル団を、スか? 話には聞いてたけど、アンタとんだ『善い人』だな」

 

 

 だがそれを、揶揄するようにさっきのPGが横槍を入れる。まさかこのタイミングで何か言われるとは思っていなかったのだろう、ステラさんは面食らっていた。

 隣にいた銀髪の女警官が睨みを利かせた、が彼は止まらない。

 

「フライツ、落ち着いて」

「いいや、言わなきゃ気がすまねぇですよ。集まってるこっちの連中がそんなこと宣うのなら「まぁ所詮民間人か」って思いますけどね、それを纏めるジムリーダー様にそういうこと言われちゃ、示しがつかんと思わねぇですか」

 

 男性警官──フライツは恐らく上司の女警官の静止を振り切り壇上にズカズカ登るとステラさんの目の前まで近づいた。

 ステラさんは意見を曲げるつもりの無さそうな、そういう強い目をしていた。

 

 

「あんな奴らは殲滅すべきだ。そのための人員募集っていうから、俺はネイヴュからユキナリさんの補佐を買って出たんだ。だが集まったのはこれだけ、内一人のジムリーダーは討伐戦には興味がない? あまつさえ、連中を赦す必要がある? ふざけるなよ」

 

「フライツ、()すんだ」

 

「嫌です、やめません」

 

 会話の流れからして、あのネイヴュ支部制服を着ているジムリーダーの人が"ユキナリ"さん。そして、あの男が"フライツ"というらしい。

 

「アンタが奴らを赦せるのは、奴らがやった所業(こと)を遠い雪国で起きた事件としか思ってないからだ! テレビの中でしか知らないからだ! だから赦すなんて甘っちょろいことが言えるんだ!」

「……それでも、です。それでも、赦すところから認めない限り人は前に進めないんです」

「いいや、進める。俺は進む。この憎悪で必ず奴らを焼き滅ぼすまで、止まらない。止まるわけにはいかないんだ……ッ!」

 

 会場のボルテージが上がっていく。フライツの拳は見ているこっちが痛みを覚えるくらいに握り締められていた。

 

「私を、何も知らないただの修道女だとお思いですか?」

「少なくともあんな綺麗事を言えるうちはな。俺はアンタみたいな、『頭のてっぺんにキマワリでも咲いてるんじゃねえか』ってぐらいおめでたい人間が、虫酸が走るほど嫌いだ」

「あの事件の後、私は慰問にあの街を訪れました。救護テントにいた人はみな疲弊していました。中には、私の目の前で命を落とした被災者もいました。悲しくないはずが無いじゃないですか」

 

 ステラさんの目尻にも涙が浮かぶ。激情がそうさせるのか、フライツの目も段々と赤みを増していく。

 

「じゃあ、尚の事、なんで赦すなんて言えるんだよ。父さんも母さんも弟も、バラル団に奪ったんだ……! 父さんは、降ってきたゴルーグから母さんを守って死んだ! 母さんは、俺と弟を優先させるために避難所には入らなかった! 母さんの遺体は見つかってない……あったのは、()だけだ……弟は、まともな支援もないまま、ただただ衰弱しながら、死んだ……ッ! だから俺は復讐する! 俺の家族を殺した悪党をブッ潰す! そのためになら、俺は地獄に落ちたっていい。もう優しさなんか、なんの意味もないんだ!!」

 

 フライツが放った言葉がスタジアムに響く。虚しく反響するそれをただ聞いていた。

 俺も、彼の立場ならきっと同じになっていたかもしれない。

 

「確かに、そういうことならアンタの言い分は尤も、だと思うよ」

 

 だからか、気づけばそういうことを呟いて、一言前に出ていた。アルバも、リエンも、イリスさんも止めはしなかった。他の志願者もお手並み拝見とばかりに俺を見送る。

 フライツは先程観察して、鼻で笑う程度の戦力としか見てなかった俺が口を挟んだからか露骨に不機嫌を顕にする。

 

「だけどステラさんの言い分は、戦いたくないって言ったんじゃない。俺たちが戦うことで、被害を被る人を助けたいって言ったんだ」

「同じだろ、それは!」

「いいや同じじゃない! アンタが意味ないって吐き捨てた優しさを持ち続けてるだけだ。献身だって、戦いだ」

 

 壇上のフライツと視線をぶつけ合う。だけど直感で分かる。この人との話し合い、多分今は平行線のままだ。

 彼はVGをバラル団と戦う組織に仕立て上げたい。そして、それに沿わないステラさんを不真面目だと唾棄する。

 

「いい加減にして」

 

 その時だった。フライツが暴走を始めた時から睨みを利かせていた女性警官が今度こそ介入した。底冷えするあの目で覗き込まれたフライツの顔が強ばる。

 

「ユキナリさんの補佐を命じられたのは私。貴方はその私の補佐、でしょう。なら指示には従って」

「わか、りました……アルマさん」

 

 不服そうではあったが、彼女には頭が上がらないのかフライツは矛を収める。いや、俺に向かって講義の視線を送り続けているから正確には口を噤んだだけ。

 それでも停滞していた説明会が進む。今は、それだけで良かったとしよう。

 

「かっこよかったぞ」

「茶化さないでくださいよ」

 

 元いた位置に戻るとイリスさんが横腹を突いてくる。アストンが視線で「助かりました」って言ってくる、俺はさっさと進めろとジェスチャーで返す。

 しかしステラさんの意思表明は、良くも悪くもジムリーダーにとって意見が散らばる結果になりそうだった。

 

 バラル団と戦うために積極的な姿勢を取る者。

 

 どちらかと言えば保守、有事の際以外は慈善に従事する者。

 

 スタンスだけでも割れてしまえば、あとは俺たちがどういう方向に身を振るのか試される。

 しかしこの場でそれを表明しないのは、きっと誰もがフライツの琴線に触れたくないからだろう。

 

 それから一旦休憩、ということで各々に自由時間が訪れた。フライツは面白く無さそうにスタジアムから姿を消した。

 と、それを確認していたら二人の人物が俺の目の前に立っていた。ユキナリさんと、確か"アルマ"さんと呼ばれていた女性警官。

 

「先程はすまなかった、だが彼の言い分を理解してくれて感謝している」

「いえ、俺も衝動的に言ってしまったわけだし」

 

 年の頃は三十代半ば、くらいだろうか。ただし言葉の端々や表情の疲れから、普段尋常じゃない苦労をしている人、と見た。

 

「私からも、ありがとう。彼には私からキツく言っておく」

「ほ、程々に……?」

 

 女性警官──アルマさんは正面に立つと分かる、不思議なプレッシャーを放っている。今の一瞬のアイコンタクトで俺の人間性を把握して、敵対した際の対処法などを一瞬で割り出してそうな、冷静な狂戦士(バーサーカー)、かなり手強いタイプだ。それが他を寄せ付けない美人も相まってか、最初に覚えたのは苦手意識だった。

 

 しかしアルバはそうじゃなかった、アイツだけが持つもふもふセンサーが反応したのか、彼女の腰のモンスターボールにジッと視線を合わせる。

 

「やっぱり、ルカリオの匂いがすると思ったんだ」

「お前、前より変人みが増してるぞ」

「へへ~、ポケモンを嗅ぎ分ける嗅覚と言ってほしいな!」

「まず褒めてねえ!」

 

 その漫才に呼応してか、アルバのルカリオがボールから飛び出す。それに倣って、アルマさんのボールからもルカリオが出てくる。

 ひとえにルカリオ、と言ってもその差に思わず唸った。まず肉の付き方からして違う。アルマさんのルカリオは、筋肉の形成に全く無駄がない。一方アルバのルカリオはがむしゃらに鍛えた身体付きなのがひと目で分かる。もちろんアルバのルカリオの育成法が間違ってるというわけではない、がアルマさんのルカリオは驚くほどに必要十分な筋肉しかつけてないのが分かる。

 

 そして性格だ。アルバのルカリオはトレーナーに似て"ゆうかんな性格"だ。ところがアルマさんのルカリオは、

 

「"れいせいな性格"か……ほい、お近づきの印に」

 

 そう言って渋い味のお菓子(ポロック)を差し出す。ルカリオはアルマに指示を仰ぐ。なるほど、勝手にお手つきしない辺りも利口だ。

 アルマさんは俺が差し出したお菓子を一口かじる、まさかのトレーナーが毒味。残った分をルカリオに与える。それをシャクシャクと咀嚼するルカリオ、仄かに雰囲気が和らいだ。どうやらお気に召したらしい。

 

「美味しい」

「どうも。でも多分、アルマさんの好みはこっち」

 

 そして俺が差し出したのはオボンとナナシの実で作った黄色いポロックだ。今度は警戒なしで口に放り込んだアルマさん、唇に筋肉が寄ってる。酸っぱいものを食べた人の顔だ。

 

「あなた、トレーナーよりもパティシエの方が向いてるんじゃない」

「それ言えてるかも」

 

 有ろう事かアルマさんが軽口を言うわ、アルバがそれに同調するわでシッチャカメッチャカになる。この二人名前の響きも手持ちも似通ってる、魂の姉弟か。

 ユキナリさんとアルマさんが一礼してフライツが出ていった方へ去っていく。その時こっそりユキナリさんが緑色のポロックを持っていくのを俺は見逃さなかった、しかし俺に背を向けた瞬間それを口に含んで「うっ」と一瞬固まっていた。まさに"うっかりやな性格"って感じだ。

 

「そんなに? どれお姉さんも一口」

「イリスさんはこっち」

「う……色からして苦い味なのが分かる……」

 

 赤いポロックを取ろうとしたイリスさんに緑のポロックを笑顔で渡す。やんちゃな性格は苦い味がダメだからな。しかしそれでも口に放り込む辺りチャレンジャー基質だな、と思う。

 

「あ、意外とイケるね。確かにこれはパティシエ向きかも」

 

 そう言ってすべての味を試していくイリスさん。ポケモン向けのお菓子のはずがどういうわけか人間に集られている、どういうことだ。

 と、そろそろケースをしまおうかと言ったところで後ろから伸びてきた白い手がピンク色のポロックを掴み取った。

 

「ふむ、これはモモンとマゴの実で作られているな。産地は恐らくサンビエか、あそこの農作物は味が良いと評判だ」

「おい、つまみ食いするな」

「こっちはナナとキーの実か。産地は恐らく一緒だが、さっきのに比べ幾らか甘みが抑えられている。糖分補給にはあまり向かないが間食にはちょうどいいか」

「おいったら」

「ん、パイルとゴスの実を合わせたヤツか。極限的な甘さと、その中で自己主張するパイルの実の酸味が程よく口に溶ける。疲労回復に最適。おい、これと同じものをもう幾つかくれ」

「聞けよこの糖分ソムリエ!」

 

 俺の叫びも虚しく、ケースの中にある黄色いチップの混ざったピンク色のポロックを軒並みかっさらっていく糖分ソムリエ──カイドウ。

 というか、こいつは一度食った木の実の味はしっかり覚えてて、今口の中でそれを分析してたのか。相変わらず頭の中身が高次元な奴だ。

 

「カイドウさん、お久しぶりです!」

「……知らん顔だ」

「ひどい! ちゃんとジム認定トレーナーに加えてくれたじゃないですかぁ!」

 

 なんとなく想像がつく。現地妻ならぬ現地師匠を作りたがるアルバのことだ、きっと最初のジムで一度ボコボコにされて師匠になってくれ弟子にしてくれってせがんだに違いない。

 しかしアルバはというと、やけに上から目線な態度でカイドウに言った。

 

「友達、ちゃんと出来たじゃないですか」

「これのことを言ってるのなら見当違いだぞ」

 

 アルバとカイドウが同時に指を指す、俺を。しかも「これ」とか言ってくれちゃって。というか人のことを指さすな、無礼者め。

 

「良いのかな~そういうこと言っちゃって。ユンゲラーがフーディンに進化したのは誰のおかげなのかなぁ」

「さぁ、誰だったかな」

 

 とぼけるカイドウだったが、それを聞いたアルバがぐいっと食いついた。

 

「進化したんですか、あのユンゲラー! じゃあ、バトルしましょう!」

「おい、図ったな」

「さぁ、なんのことかな~?」

 

 アルバに引きずられるままスタジアムの外に消えていくカイドウを笑顔で手を振って見送る。すると今度やってきたのは見覚えのある武道着姿の男性。

 

「サザンカさんも、お久しぶりです」

「えぇ、もうすぐ三ヶ月ちょっとになりますか。って、そういうとなんだか久しぶりという感覚ではありませんね」

 

 そう言って苦笑するサザンカさん。

 

「そういえばコジョンド師匠、元気ですか?」

「もちろん、あれから一日も修行を欠かしてはいません。僕も、もっと強くならないといけませんから」

 

 盗られた物を取り返す、それだけでなく奪われた巻物を悪用するバラル団を止めねばならない。そういう意味では、サザンカさんもどちらかと言えば撲滅戦には積極的なんだろう。

 

「そう言えば、ダイくん。そちらに身に着けているのは"キーストーン"ではありませんか?」

 

 サザンカさんが俺の左手首を見る。グローブのリストに装飾としてあしらわれているそれはキーストーンと呼べるもの。

 これを手に入れたのは二週間前のことだった。VG設立の前夜、ケイカとの戦いが終わった後に。

 

 

『これ、アンタの分のキーストーン。いつかいるかも、ってシャラシティのメガシンカマスターに頼んでもらっておいたの。感謝しなさいよね』

 

 

 ってアイから押し付けられたものだ。理論上、これで対応するポケモンとそのメガストーンさえあれば俺もメガシンカを使うことが出来る。

 しかも聞いた話じゃ、アイも人にメガシンカを人に継承出来る資格をもらったらしい。癪だけど、アイツ人に物を教えるのは上手い。ただ異様に高圧的だったり物言いに含みやトゲがあるだけで。

 

「もしよろしければ、僕がメガシンカの習得をお手伝いしましょうか」

「それは助かります! ぜひお────」

 

 お願いします、そう言おうとしたところで首根っこを掴まれた、思わず首を締められたハトーボーみたいな声が出た。

 振り返るとそこにはさっきからチラチラこっちを伺ってただけのアイが突っ立っていた。

 

「いってえな! なにすんだ」

「サザンカさん、お気持ちは嬉しいんですけどこの馬鹿、物覚えが悪いからアタシが教えます。この通り資格も持ってますし、馬鹿な幼馴染のためにジムリーダーの手を煩わせるわけにはいかないし」

 

 急に出しゃばってきて、なに言ってんだこいつ? 

 するとリエンがサザンカに何かを耳打ちする。隣でアイがピーピー騒がしいのでその内容は聞こえなかった。

 

 が、サザンカさんは手を打ちなにかに納得したように微笑んだ。

 

「なるほど、そういうことでしたらお任せします。ではダイくん、お互い頑張りましょう。アタックの強い女性は手強いですよ」

 

 なんだか意味深なことを言ってサザンカさんはその場を後にする。アタックの強い女性、ってなんのことだろう。サザンカさんひょっとしてやばい人にでも目をつけられてるんだろうか。

 ようやく周りが一段落したかな、という辺りでちらっとステラさんに視線を送る。ステージの端に腰を下ろして物憂げに佇む姿は絵になる、なまじスタジアムの中が荒れたままなのが余計に。

 

 彼女は俺に気づくとニッコリ笑って手を振ってくる。ちょっと心臓を撃ち抜かれた気がする。

 

「何よアンタ、もしかしてああいうのが好みなわけ?」

「男はみんなそうだ」

「主語がデッカイわねぇ、男は」

 

 背中を叩かれる。なんだってこいつは不機嫌なんだよ、俺なんかしたか。

 そういえば、とアイが話を区切ってくる。

 

「アンタ、あれから手持ち増えたんじゃない?」

「おう、今や六匹のフルメンバーだぜ」

「へぇ、ちょっと見せなさいよ」

 

 アイがそう言うので、仕方なーく俺の手持ちをボールから出すことにした。ジュプトル、ゾロア、ペリッパー、メタモンはクシェルシティの頃から変わらない。

 そして出てくるなり俺の頭に乗っかるゴーストと、やや距離を取っているゼラオラ。

 

「アンタがまさかゴーストタイプのポケモンを持つなんてねぇ」

「俺だって驚いてるよ。ただ、こいつが懐いちゃって」

 

 思えば二週間経つわけだ、なんだか実感がないな。そしてそれはゼラオラも一緒だ、アイはゼラオラと視線を交わそうと正面に立つ。

 そしてゼラオラの目を覗き込んだ瞬間、アイにもわかったらしい。

 

「ダイ、この子」

「そうだ、ダークポケモンだよ。だから今はこいつの心を開くために、試行錯誤頑張ってるところだ」

 

 二週間経った、その間ゼラオラと心を通わせるべく色んなことを試した。効果が無いわけではないが、やっぱりポケモンバトルを通して互いを理解するのが一番みたいだ。

 そして、ダークポケモンを完全に元の状態に戻すために必要なのはバトルやコミュニケーションだけじゃない。

 

 俺の故郷、オーレ地方に存在する"アゲトビレッジ"という村がある。そこに存在する"聖なる祠"を訪れることで、ダークポケモンを、改造される前の心に戻す事ができる。

 だけどオーレはラフエルから連絡船を二つぐらい乗らなくてはいけない。VGとして活動する以上、この地方を出るわけにはいかない。

 

「まぁその辺はおいおい考えるさ」

「楽観的ねぇ、まぁアンタらしいっちゃらしいし、それがポケモンにとって一番良いのは今に始まったことじゃないけどさ」

 

 そんなことより、とアイは俺の頭上のゴーストを指さす。

 

「アンタのことだからゴーストタイプの使い方、実はわかってないんじゃないの」

「バレてるか、確かに立ち回りなんかはからっきしだ。どうも苦手意識が消えなくてな」

「そんなことだと思った。だから、アタシのジュペッタを貸してあげる。代わりにアンタのゴーストを貸して。その状態でバトルするの、最初はジュペッタに任せてみて。コツが掴めたら指示を出してみること、良い?」

 

 なるほど、それは面白そうだ。アイのジュペッタは、何度か戦ったところを見たことがある。少し戦ってみればコツが掴めるかもしれない。

 了承して、俺たちもバトルするべく外に出ようとしたときだった。壇上から駆け足の音が聞こえてきてそれは俺の近くで止まった。

 

「なー、これみんな、にーちゃんのポケモン?」

「ん? そうだけど、君は……」

「おれ、カエン! レニアシティのジムリーダーやってる!」

 

 そう言ってキマワリみたいにニッコリと笑う少年──カエン。その名前に聞き覚えがある、というかシンジョウさんから聞いていた。

 本来、俺がレニアシティでバトルするはずだった少年。俺が訪ねたときは街の下にあるテルス山の密林でイリスさんとバトル修行をしていたらしい。

 

「いいな、兄ちゃんのポケモンたちみんな兄ちゃんのこと大好きみたいだ! でも、お前……」

 

 カエンはそこまで言ってから、ゼラオラに視線を向けた。

 

「なにも感じないぞ、もっと教えてほしいのにな」

「分かるのか、ゼラオラのこと」

「分かる、いや分かんないけど、分かんないのが分かる。あれ、どういうことだ?」

「ややこしいな」

 

 一緒になって頭を抱える。つまり、カエンはゼラオラが心を閉ざしていることを感覚で理解した、俺やアイがそうしたみたいに。

 ダークポケモンの波長を捉えるのはそう難しくない。ただ出来ない人も、いるにはいる。普通のポケモンとしか思わずに酷使したりバトルさせたりする人も、いっぱい見てきた。

 

「今はこんなだけど、バトルしてるときは教えてくれるんだ。どういうことが好きだったのか、その片鱗が見えてくるっつーか……あぁ、難しかったか」

「ううん、平気! にーちゃんの匂いはゴチャゴチャしてるけどキライじゃない! キライじゃないから分かる、にーちゃん良い人だって」

 

 鼻をすんすんと鳴らして、俺の匂いを嗅ぎ分けるカエン。そんなにゴチャゴチャするほど匂うか、俺? 

 やがて俺の匂いを嗅ぐのをやめたカエンは「決めた!」と叫んで俺の手を取った。

 

 

「にーちゃん、おれのチームな! にーちゃんは今日からチーム()()()の仲間!」

 

 

 こうして、早くも俺は少年ジムリーダーに目をつけられ、その傘下に加わることになったんだ。

 

 




今回お借りしたキャラクター

裏腹さんより、ジムリーダー各位とフライツくん、イリスさん

蝶丸メイさんより、アルマ(好き)

新谷鈴さんより、ユキナリさん

個人的ツボなのがアルマ(17歳警部補)とフライツ(20歳巡査)の年の差と関係のギャップ。相手は年下なのに強く出れないフライツくんの鉄血ハッシュみが好きです。

既に色んな絡みが存在するアルマ刑事、今作ではフラアルを推していきたいと思います。

カイドウさん、友達出来て良かったねぇ……本当に。


余談ですが、本作は公式作品「ポケットモンスター虹 ~Raphel Octet~」から情報を引用することが多々あります。

読んでなくても大丈夫なよう補完は文章で行っておりますが、こちらを読んでいれば二倍楽しめると思います、ぜひどうぞ。


補足

本来VANGUARDのチーム名はジムバッジを元に命名されているので、正しくはカエンくんのチーム名は「Team Brave」です。でもカエンくんは自分の名前をチーム名にしそうなイメージがあったので、チームカエン=Team Braveと補完してくださると助かります。


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VSムウマージ VANGUARD②

 ラジエススタジアムの外、かつてダイとケイカが大立ち回りを繰り広げた広場で二匹のポケモンがぶつかり合っていた。

 一匹はルカリオ、アスファルトの地を縦横無尽に駆け巡り相対するポケモンに向かって距離を詰める。

 

「フーディン、【みらいよち】!」

 

 そしてもう一方はフーディン。迫るルカリオの攻撃コースを予め予測し、それに対する先手を打つ。スプーンを持った手にそのまま稲妻を纏わせ、一気に繰り出す【かみなりパンチ】。

 ルカリオは放たれた拳を両手を交差させダメージを最低限に抑えるとそのまま宙返りで衝撃を殺す。ルカリオのトレーナーのアルバはそのチャンスを見逃さない。

 

「踏み込め【バレットパンチ】!」

「防御を取れ、攻撃終了と同時に打って出る」

 

 そのまま地を蹴り、弾丸のように飛び出したルカリオが機関銃の如く、鋼鉄の拳を乱打する。フーディンは【みらいよち】により【バレットパンチ】で急所に当たるコースのみを持っていたスプーンでガードする。

 数発、ボディに攻撃を加えたルカリオが再び距離を取ろうとしたときだった。ガクン、と膝を突き信じられないような顔をする。

 

「体力が奪われてる! これは……っ」

 

「反撃で【ドレインパンチ】を打たせてもらった。殴られた分、キッチリとな」

 

 膝を突いたルカリオ目掛けてフーディンが今度は炎を纏った拳を叩きつける。ルカリオにとって【ほのおのパンチ】は手痛いダメージを残す。

 

「すごいな、前よりずっと強い」

「お前も、どうやらそれなりに場数を踏んだようだ」

「えぇ! 僕とルカリオもようやく手に入れたんです、この力を!」

 

 アルバはルカリオをアイコンタクトを行い、左手の甲にあしらわれたキーストーンに触れる。後は簡単だ、勝ちたいとただ願えば石は応えてくれる。

 

「闘志よ、我が拳に宿りて立ちはだかる壁を穿け──!」

 

「ルォォォォォォォォオ!!」

 

 二人が拳を空へと突き上げた。放たれた光がルカリオを包み────ピタリと止まった。

 メガシンカが止まったのだ。二人の精神同調は完璧であるにも関わらず、だ。

 

「な、なんで? もう一回だルカリオ!」

 

 慌ててルカリオが頷く。そして再び揃えて拳を天へと伸ばすものの、今度は光さえ起きない。

 そしてその隙を見逃すほど、フーディンとカイドウはお人好しではない。

 

「【サイコキネシス】だ」

 

 ぐにゃり、とフーディンの持つスプーンが曲がる。直後、身体をねじ切られそうなほど強い念力で締め上げられたルカリオがそのままアスファルトに叩きつけられる。

 軽い破砕音が響き、砂煙が晴れたその場所にはルカリオが目を回していた。

 

「ま、参りました……でもなんで、メガシンカ出来なかったんだろ。前は上手く行ったのに」

 

地べたに座り込んでルカリオと首を傾げ合うアルバ。そんなアルバの隣までやってくるとカイドウは指を一つ立てて淡々と言った。

 

「確かにメガシンカは強力だ。だが、精神同調が上手く行かなければ失敗もする。お前はせっかちすぎるきらいがある。もう少しルカリオに歩調を合わせてやれ」

「う、わかりました……」

「そろそろ休憩も終わる。中に戻るぞ」

 

 カイドウはそれだけ言うとフーディンをボールに戻し、白衣の裾を翻してスタジアムへと戻っていった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「あちゃあ、負けちまったか」

 

 少年ジムリーダー、カエンのチームメンバーに認定されて暫く、俺とアイは外に出て遠くで行われていたアルバの戦いを観察していた。

 

「カイドウさん、前よりずっと強くなってるね~」

「ん? アイも戦ったことあるのか?」

 

 俺がそう尋ねるとアイは自慢げに自分のスマートバッジを見せつけてきた。

 

「お前もか……」

「アンタがいなくなってからはジム巡りはしてなかったからね~、久々だから張り切っちゃった」

 

 微妙にトゲのある言い回しだな……まぁ確かに勝手にいなくなったわけだし、言い逃れは出来ないけどさ。

 

「しかしアンタもずいぶんキャラが変わったわね。昔はオドオド、キョロキョロ~って感じのヘタレだったのにね~」

「う、うっさいな……新地方デビューだよ」

「まぁ、確かに今のアンタの方が百倍イケてるし、良いんじゃない? アタシは好きよ」

 

 褒められて悪い気はしない。アイと旅をしていた頃から俺を知ってるゾロアが笑う。メタモンとジュプトルとゴーストはその頃の俺を知らないため、首を傾げていた。メタモンは首っていうか胴を傾げていた。

 ちなみに今リエンはイリスさんと俺がいない間にやっていたトレーニングを行っているみたいだった。本当はそっちの見学をしようとしていたんだけど、イリスさん曰く「乙女の秘密」らしいので突っぱねられてしまた。

 

「さて、じゃあアタシたちもトレーニングしましょうか。ほら、ゴーストをこっちに」

「おう、ゴースト。今からアイの指示に従って試しにバトルしてみてくれ」

 

 ゴーストを一度ボールに戻しアイに手渡す。そしてアイからボールに入ったジュペッタが差し出されたその時だった。

 スタジアムから出てきた、どこか物憂げな女の子が出てきた。見た目こそパンキッシュだが、雰囲気は暗めの子だ。

 

「そういえば、さっき説明会で端っこの方にいた……」

 

 基本的に白と黒、モノクロツートンの中で一際目を引く薄紫色の髪と首に掛けられているモンスターボールのデザインがあしらわれた紅白のヘッドホン。

 彼女はゆらゆらと俺とアイに近づいてきたかと思えば、アイの手からゴーストの入ったモンスターボールを取り上げるとゴーストを呼び出した。

 

「な、何を?」

 

「────緊張してる」

 

 突然現れたかと思えばそんなことを言い出す女の子。ゴーストは困ったようにふわふわ漂っていたが、やがて彼女の言葉を肯定するように頷いた。

 

「突然他のトレーナーの指示を受けてみろって言われても、困っちゃうよね」

 

 そう言ってゴーストの頭を一撫ですると、そのままどこかへ行こうとする。俺は慌てて彼女の後を追いかける。

 

「待って、君はゴーストの言いたいことがわかったのか?」

「……音楽があるの」

「はい?」

「生き物はみんな、心で音楽を奏でているの。その子の音楽が急にアップテンポになったから緊張してるんだなって思った」

 

 心の音楽、彼女はそう言った。心臓の音、ではないよな。ゴーストに心臓があるかはさておき、だとしたら彼女相当耳が良い。そう言えばさっき、カエンもポケモンの心象に対して具体的な返事をしていたけど……

 

「ひょっとして、不思議ちゃん?」

「……むぅ、私不思議ちゃんじゃないもん」

 

 横槍を入れてきたアイの言葉にムスッと頬を膨らませる暫定不思議ちゃん。やはりパンキッシュな見た目に反して、雰囲気はどこかぽわぽわとフワンテのように軽やかだ。

 

VG(ヴァンガード)のメンバーだよな? 俺はダイ、よろしくな」

「アイラよ」

「……ソラ。ソラ・コングラツィアだよ、よろしくね」

 

 不思議ちゃん改めソラは俺たちが差し出した手を弱々しく握り返す。おお、俺たちちゃんと挨拶できたぞ。

 しかしソラは俺から手を離すこと無く、「ねぇ」と逆に問い掛けてきた。

 

「さっき、あの怖いお巡りさんに突っかかったのは、なんで」

「あのシスターが好みだったからでしょ、男ってこれだから」

 

 おいこら幼馴染、初対面の心象が悪くなるようなこと言うんじゃないよ。

 俺の心配を他所に、ソラはアイの言葉を信じてないみたいだった。良かった良かった。

 

「私は、あのお巡りさんが間違っていたとは思ってない。でも貴方の音は嘘を吐いてなかった」

「……大した理由じゃないよ。あの人、フライツと俺とでは、ステラさんっていう人を知ってるか知らないかっていう差があった。彼女がどういう人間か知らずに貶すのは、フェアじゃないだろ」

 

 言うて、そんなに俺も彼女のことを知ってるわけじゃない。一緒に一度戦ったくらいだし、それ以外の接点もこの二週間二回くらい街の中を案内してもらったくらいだ。

 だけどそれでも彼女が心根から優しいということは分かる。だから、ついあの場に野次を飛ばしてしまった。

 

「ただ矢面に立ってPGと一緒になって戦うだけが、VGの在り方じゃ無いんじゃないかとは思う。だってそれじゃあまりにもシンプル過ぎるだろ、存在理由が」

「それはいけないこと?」

「単調な組織ってすぐ痛いところ突かれて、修復不可能な傷を負ったりするんだよ」

 

 知ったような口を利いてみる。だけど実際、目的が一緒のチームってすぐに解れが出る。

 

「みんなが別々の方を向いていても、気づけば同じ方向を目指してる。そういう組織の方が居心地もいいし長続きする」

「なんか妙な説得力があるわね、もしかして実体験?」

「さぁ、どうですかねぇ」

 

 アイが横から突いてくるが無視、俺の解答が気に入ったのかはわからないがようやくソラは俺の手を離してくれた。

 

「今のダイの音、澄んでた」

「お、おう」

 

 ソラには悪いけどやっぱこの子不思議ちゃんだ。俺がよくやるように、ポケモンの性格をひと目で見抜くのは、やろうと思えば誰でも出来る。

 ただ、心の音を聴くっていうのはきっと彼女くらいしか出来ない。いやそもそも、心の音っていう表現がざっくりしすぎている気もする。

 

「ところで、ソラはどうしてVANGUARDに志願したんだ?」

 

 俺がその話題を出した瞬間、空気が凍りつくような気まずさを覚えた。アイが俺を張り倒すが口に出した言葉は元には戻らない。

 でもソラは指先を唇に当てるようにして考えると、やがて顔色一つ変えずに言った。

 

「バラル団をやっつけるためー」

 

 ひどい棒読みだった、心の音が聞こえなくても嘘だと分かる。でもそこまでするってことはきっと聞かれたくない事情なのかもしれない。それこそ、会って数分の人間に言えるような事情ばかりじゃないだろう。

 そしてさっきからアイが執拗に俺の背中を殴打し続けてる、いてーよ。

 

「アンタねぇ、さすがに今のはデリカシーなさすぎ!」

「うっせぇなわかってるよ反省してますよだから叩くのやめろよいてーんだよ!」

 

 流石に背中の骨がへし折れそうな気がしてきたのでアイの手を止める。するとその時、ソラが耳に手を宛てて目を瞑った。

 

「どうした、ソラ」

「静かにして……音楽だ」

「またなんか聴こえたのね、今度は何かしら」

 

 アイが呆れて方を竦めた瞬間だった。背後の茂みから二匹のポケモンが飛び出してくる。反応が遅れたアイに向かって襲いかかるのは"ブーバー"と"ヘラクロス"だった。

 

「まずい! ゴースト、アイを護れ!」

「おいで"ムウマージ"、【こごえるかぜ】!」

 

 ヘラクロスが放った【かわらわり】の前にゴーストが割って入る。当然、ゴーストタイプのためヘラクロスの攻撃は不発に終わる。そしてソラが呼び出したポケモンはマジカルポケモンの"ムウマージ"だった。

 生み出した冷気を念力で放出し、ヘラクロスとブーバーの両方を襲う。ブーバーはほのおタイプだから、効果は今ひとつだけど素早さが下がり次の攻撃まで猶予が出来る。

 

「あ、危なかった。もしかしてソラが聴いた音楽って……この野生のポケモン!」

「いや、違う」

「野生のポケモンじゃないよ、この子たち。いっぱい褒めてもらいたいって奏でてる、だから誰かの指示でここにいる」

 

 そう、俺の考えもソラと同じだ。そもそも街路樹に止まっていることが稀にあるヘラクロスはともかく、火山などに生息しているブーバーがこんな街中にいるのはおかしい。

 加えて、どことなく動きを指示されたポケモンのそれだった。だとすれば、アイを狙ったのは……

 

「ダイ、後ろ!!」

 

 考え事をしていたからか、俺は後ろから来る別のポケモンの襲撃に対処が遅れた。

 

「"ノクタス"! 【ニードルガード】!」

 

 降りかかるツメと尾をアイが繰り出したカカシぐさポケモン"ノクタス"が防いでくれる。襲撃者はノクタスの防御に使われたトゲが攻撃部位に刺さり、短い悲鳴を上げる。

 

 俺に狙いを定めて襲いかかってきたポケモンは"エイパム"と"ニャオニクス"、こちらは別段街中にいてもおかしくない。

 だが一度ブーバーという、説得力の綻びが生まれてしまった以上、これを野生のポケモンの襲撃と見せつけるのは難しいだろう。

 

「うわぁぁぁっ!?」

 

 その時だ、スタジアムの中からアルバの悲鳴が聞こえてきた。スコープを取り出し、中をズームで覗くと空いている天井からひこうタイプのポケモンが襲撃してきたらしく中で、アルバやリエン、他の志願者たちも応戦していた。

 

「アハハハハー!! こっちだぞ~!!!」

 

 ただその中で一人、カエンだけがスタジアムの中を駆けずり回っていた、しかも笑顔で。追いかけている"マッスグマ"や"メグロコ"、"ヒヒダルマ"たちも心なしか楽しそうにしている。

 どう見ても鬼ごっこ、遊んでいるようにしか見えない。実際、カエンは遊んでいるのかもしれない。それがあのポケモンたちにも伝播している。

 

「ちょっとダイ、どうするの!? なんかやばいわよ!」

「心の音、ゴチャゴチャ」

 

 三人で円陣を組み、隣の背中を守ることを意識する。ブーバー、ヘラクロス、エイパム、ニャオニクスの四体に対しこちらはゴースト、ノクタス、ムウマージの三体。

 そして敵対するポケモンと対峙するうち、俺はある可能性に気がついた。というのも、相手の四匹のうち一匹に見覚えがあったからだ。俺がジッと目を合わせると、ビクリと跳ね上がる()()()()()()

 

「それ、ポケモン図鑑?」

「その通り、ヒヒノキ博士にもらったんだ」

 

 ソラが俺のポケモン図鑑をジーッと見つめる。俺は図鑑を起動させると、ある一匹──エイパムに向かって図鑑の先端を向け、トリガーを引いた。

 放たれた金属片がエイパムの頭頂部にピッタリとくっつく。

 

「アイラ、そのノクタスの特性は"ちょすい"?」

「そうだけど、それこの状況を打開するのに役立つ?」

「役立つ」

 

 するとソラはムウマージをボールに戻し、もう一つのモンスターボールを投げる。

 

「"アシレーヌ"、【ほろびのうた】」

 

 出てきたのはソリストポケモンのアシレーヌ。出てくるなり彼女は底冷えするような、水底を彷彿とさせる歌を放った。

【ほろびのうた】はノーマルタイプ、俺のゴーストには効果はなく確かにこの場で相手のみを戦闘不能にするなら打って付け────

 

「ちょ、ゴースト! どうしたんだよ!」

「このアシレーヌが歌えば、それはみずタイプの技になるの。だからゴーストを早く引っ込めた方が良いよ」

 

 起動していたポケモン図鑑でアシレーヌを読み取ると、その特性が理解できた。"うるおいボイス"だ、だから【ほろびのうた】はみずタイプの技になりゴーストはその効果圏内に入ってしまったってことか。

 さらに、アイのノクタスは"ちょすい"。みずタイプの技を受ければそれを無効化し体力を回復する。

 

 だからソラはノクタスの特性を気にしていたんだ。マルチバトルをする以上、隣に立つポケモンの状態を把握するのに越したことはない。

 不思議ちゃんと甘く見ていたけど、この女侮れない。味方でつくづく良かったと思う。

 

「ゴースト! 戻る前に一仕事頼むぞ! 出てこいペリッパー!」

 

 俺はボールをリリースし、ペリッパーを喚び出す。そしてゴーストに一つのアイテムを持たせると続いて指示を出す。

 

「【トリック】だ! ゴーストとペリッパーはお互いのアイテムを入れ替えろ!」

 

 ゴーストの手品により、ゴーストにもたせたアイテムがペリッパーの足の中に収まる。それを確認すると俺はボールにゴーストを戻した。こうすれば【ほろびのうた】の影響は無くなる。

 そう、つまり敵対しているこいつらも戦闘不能を避けたければトレーナーのボールに戻るしかない。

 

 エイパムを筆頭に、素早くこの場を離脱するポケモンたち。

 

「逃げた! 追っかけるわよ!」

「いいや、それはペリッパーに任せておけばいいよ。頼めるか?」

 

 尋ねるとペリッパーは頷き、俺が持たせたアイテムをそのままに空へと飛び上がった。

 エイパムたちが逃げた方向にペリッパーが向かうのを確かめて、俺たちはスタジアムの中へと戻った。

 

 ところがスタジアムの中のポケモンたちは粗方戦闘不能になっていた。それもそうか、イリスさんがいるわけだし。

 

「ジムリーダーたち、いないわね」

「アストンやアルマさんたちもいないな」

 

 休憩中でちょうど全員が席を外していたのか、不幸中の幸いだったな。尤も、アストンやカイドウたちがここにいればもっと早く鎮圧できた気も……。

 そこまで考えて、俺は自分の中に何か引っかかる部分を感じた。なんだ、何が引っかかる? 何が違和感を発しているんだ。

 

 俺は襲撃直前の状況を思い出す。そして把握する。人物の動きに奇妙な点がある。

 そう、あの人物がああ動いていたのなら、この状況はおかしい。あまりにも出来すぎている。

 

「みんな、大丈夫だった?」

「平気です、あっという間に追っ払ってやったわ!」

「お前が威張ってどうすんだよ、ソラのお手柄だろうが」

 

 アイの頭を小突くと舌を出して茶目っ気を出すアイ。幼馴染補正だからだろうか、全然可愛くない。むしろ小憎たらしい、なんだこの女は。

 

「──これは何事ですか?」

 

 と、その時だ。どこかに言っていたアストンとカイドウたちが戻ってくる。ご丁寧に、ぞろぞろとカエン以外のジムリーダー全員に加えフライツとアルマさんまで。

 

「野生のポケモンが襲いかかってきたんです、幸いみんな撃退出来たんですけど」

 

 アルバが立ち上がりながら言う。どうやらアルバは空から襲ってきた鳥ポケモンに襲われたのだろう、全身羽毛まみれになっていた。

 物理攻撃を得意とするアルバに【フェザーダンス】を使ったんだろう、俺の中にある違和感は確信に変わる。

 

「いや、あれは野生のポケモンじゃない。そうだよな、ソラ」

 

 俺がそう言うとソラはコクリと頷いた。会場の中身がざわめく。

 

「まずあのポケモンたちは報酬系を刺激されている動きをしていた。それはソラが確認してくれた、その~……心の音で」

 

 ソラ以外の人間が疑問符を大量に頭に浮かべた。ソラに至っては「なんでみんなには聴こえないのか」と不思議がっている。どうか自分が特別不思議であることに早い段階で気づいてほしい。

 それはさておき、つまりあのポケモンたちはあの行動が成功すれば褒められるなり、ご褒美があるなりと行動の対価が存在していたってことになる。

 

「加えて、俺たちを襲ってきたポケモンの中に生息地がそぐわないポケモンがいた。こんな街中で、山奥に住んでるポケモンがいるとは思えない」

「確かに、ブーバーはあの中でも一際浮いてたわね」

 

 他のポケモンは街中にいてもそれほどおかしくはない。であるならば確実にバックボーン、つまりトレーナーが存在することが分かる。

 そして、みんなは思うだろう。バラル団と戦うための組織の説明会に襲いかかってくるのだから、きっとバラル団の妨害に違いない、と。

 

 でもそれだと、アルバが羽まみれなだけで無傷なのと、カエンが明らかにポケモンと追いかけっこで遊んでいた辺りで辻褄が合わなくなる。

 

「極めつけは、エイパムだ」

 

 俺、アイ、ソラの三人が戦ったポケモンの中にいたおながポケモンのエイパム。あのエイパムを俺は一度見たことがある、ちょうど二週間ほど前に。

 

「ソラが【ほろびのうた】で撃退する前に、俺はそのエイパムにアタリをつけた。今ペリッパーがちょうど捉えた頃じゃないかな」

 

 そう言ってライブキャスターの通話状態をオンにする。俺がゴーストに預け【トリック】でペリッパーに持たせたのは俺が持ってる二個目のライブキャスター。

 つまりペリッパーが見ている景色が、俺の手元に映像として送られてくる。

 

 そこにはビルの屋上で数人が俺たちを襲ったポケモンのケアをしているシーンが写っていた。そしてエイパムを操っていたトレーナーは、

 

「"Try×Twice"のレン、アイツのエイパムだってひと目見てわかったよ。アストン、お前が言った「ここにいる十六人がVANGUARDの現状でのフルメンバー」っていうの、あれは嘘だな。ここにはアシュリーさんとシンジョウさんが映ってる。ここに映ってるメンバーもきっとVGのメンバーだろ、俺たちと区別するなら二期組って言おうか」

 

 大方、危機に対処する能力を確認するための抜き打ちテストだったんだろう。それにしてはちょっと(タチ)が悪い気がするけど

 

「ちなみにエイパムをどうやって追いかけたかというと、これだ」

「ポケモン図鑑?」

「そう、ヒヒノキ博士はフィールドワークを主に研究してる学者で、ポケモンの分布調査なんかを行うときにこうやって発振器をつける、それをエイパムにつけておいた」

 

 提示した図鑑のマップの中に、つけた発振器が点滅状態で表示されている。万が一ペリッパーがエイパムを見失っても、これでトレーナーの位置は特定できる。

 ジムリーダーの中で唯一カエンにだけこの抜き打ちテストの説明がされていなかったのは情報漏洩のリスクを避けるため、これが妥当だろう。

 

 俺が今回の事象のタネを明かすと、アストンはやがてゆっくりと拍手で応えた。

 

「お見事です、さすがの洞察力ですね」

「いいや、最初から俺たちの内誰かが気づくように仕向けてただろ、じゃなきゃブーバーは使わない」

「と、言いますと?」

「襲撃してきたポケモンの殆どは、リザイナシティのトレーナーズスクールで使われているレンタルポケモンだろ。ポケモン同士での連携が取れすぎてた気がしてね。普段から一緒にいるポケモンじゃなきゃ、ああはいかない。で、わざわざレンタルポケモンを使ったにも関わらずブーバーを紛れ込ませたのは、誰かが違和感に気づくため……つまりヒントだったってことだ」

 

 ちょうど、リザイナシティの頭脳とも言えるヤツがここにいるからな。レンタルポケモンの調達は簡単だろう。

 それにアルバとの戦いでスタジアムに戻ったはずのカイドウが襲撃直後スタジアムの中にいなかったのが違和感の始まりだった。

 思えば、二週間前のライブからスタジアムの中が当時のまま片付けられていないのはこの抜き打ちテストでどのみち汚れる可能性を考慮してだったんだろう。

 

「そこまで読めてましたか、正解です」

「俺だけじゃ多分どこかで正解を拾い損ねてたぞ」

「それでも、状況証拠でそれだけの推論を立てられるのは評価に値します。どうでしょうか、皆さん」

 

 アストンは振り返るとジムリーダーやフライツたちにそう言った。渋い顔をしていたジムリーダーたちが、次々に頷き始めた。

 

「実は、推薦組のお二方の実力が未知数だということで、試すような形になってしまいましたが」

「他のメンバーってよりは、俺とアイが対象のテストだったのか」

「えぇ、ですが他の方々の能力をジムリーダーの方々が直々に判断し、チームの編成を立てる上で必要なテストと判断しました」

 

 ああ、そういう観点もあったのか。俺はもう半ばチームカエンの内定が決まってるから、意味があったかというと謎だが。

 

「それでは、二期組の方々もこちらに合流して頂き、チームの編成をお願い致します」

 

 その一言を機に、ジムリーダーたちが散開し他のトレーナーたちの元へ向かう。ステラさんがそうしたように、VGは活動方針がバラバラになるだろう。

 だから、よりチームの活動方針に適している人材をチームに加えた方が効率は良くなる。

 

「それで、リエンはどうする?」

「あ、私に振る?」

「気になるからなぁ」

 

 やっぱり俺たちのパーティ全員がチームカエンというわけにも行かないだろう。するとリエンは決めあぐねているようだった。

 イリスさんとのトレーニングで凄まじい勢いで戦う能力を身につけてきているとは言え、戦いは彼女の本分ではないんだろう。

 

「うーん……うーん」

 

 相当悩んでる。ジムリーダーが編成をするとは言え、自分から立候補することも出来るシステムゆえの弊害。

 リエンの手持ちはみずタイプが多いから、やっぱりサザンカさんのチームが良い気がするけど……

 

「にーちゃん!」

 

 と、その時だった。火の玉小僧(カエン)が俺の元に突っ走ってきた。

 

「にーちゃん、頭いいんだな! おれ、にーちゃんが言ってることちっともわかんなかった!」

「そうは言うけど、お前の追いかけっこもヒントになってたんだぜ」

「そうなの!?」

 

 俺がそう言うと歯を見せて笑うカエン。そのまま屈託のない笑顔のまま、鼻の頭を指でかく。

 

「あいつらな、いつも夜はボールの中に入ってて窮屈だから、思いっきり遊びたい! って言ってたんだ! だから、鬼ごっこして遊んでた!」

 

 まただ、カエンもソラと同じようなことを言う。気になったから、俺はそれについて聞いてみることにした。

 

「カエン、もしかしてマジでポケモンと話が出来るのか?」

「出来るよ。そうかー、にーちゃんくらい頭が良くても、それは出来ないんだ」

 

 そう言ってガクリと肩を落とすカエン。あれ、ひょっとして俺、自分で自分の評価下げた? 

 

「おれな、"英雄の民"なんだ」

「それって、確かラフエルの血を引く末裔、の総称だったな」

 

 ふと、思い出す。俺が逮捕されるきっかけになった、あのレニアシティでのジンのチームが請け負ってた任務(ミッション)を。

 それは英雄の民の拉致。あの日、俺はジム戦が出来なかったが、仮にジム戦を行えていたらカエンは奴らに連れ去られていたかもしれなかったんだ。

 

 なんでバラル団がカエンを拉致する必要があったんだ? クシェルシティで盗んだ巻物に、何か書かれていたんだろうか。この辺は考えてもわからない。

 

「にーちゃん? どうした?」

「ああいや、ちょっとな」

「それでな、"英雄の民"の中でもポケモンと話せるのはおれしかいなくて。みんなから"ラフエルの生まれ変わり"って呼ばれたりするんだ」

 

 ポケモンと話せる、カエンが言ってるのは比喩表現でも冗談でもないみたいだ。ポケモンと、明確に、言葉を以てコミュニケーションが取れる人間ってことだ。

 すべての人間がそうであったなら、どれだけ良かっただろう。きっと、もっとポケモンと人間が寄り添い合いながら生きていられるのかもしれない。

 

「ラフエルはおれの憧れなんだ! だから、おれはいつかラフエルみたいになりたいんだ! すごいこといっぱいやって、それでいつかカエン地方って、おれの名前が入ったところで王様になったり! えへへ」

「ハハハ、王様か。王様ね……」

「どうした?」

 

 失敬、知人にある意味王様と呼べる人間がいるもんでつい。そろそろ山の頂上から降りてこないものか、あの人は。

 話が逸れた、俺はカエンに再び向き直る。

 

「そうだな……あのな、カエン」

「なに?」

「ラフエルみたいになりたいヤツが、ラフエルを目指してちゃダメだ」

「そうなのか? じゃあ、どうすればいいんだ?」

 

 それは奇しくも、俺がその"頂上に立ってる人間"に言われ続けてきたことだ。これを俺の口から誰かに言う日が来るとは。その人の受け売りになるけども。

 

「もっと上を目指せ、ラフエルよりすげーヤツになってやるって自分を信じ続けろ」

 

 その言葉は幼心にどう響くだろうか、指針として機能してくれるだろうか。

 もし、未来でこいつがとんでもない偉業を成し遂げた時、俺の言葉がこいつの中で生きていたら、嬉しいな。

 

「にーちゃん、かっこいいな!」

「そうか?」

「誰かにそうやってすぐに言えるってことは、自分もずっとそう思ってるってことだから! 上手く言えないけど、すごくかっこいい!」

 

 淀みの無い瞳に見上げられながらそう言われて、少しだけ照れる。俺がそう思ったように、()()()も自分の言葉が俺の中で生きていればいいと思ったのかな。

 だとするなら、喜んでくれ。

 

 俺もいつか、バトル山マスターを超えてやる。子供の頃抱いた夢に再び出会った気がして、俺はカエンの頭を少しだけ乱暴に撫で回した。

 

 




名探偵ダイ。

個人的にカエンくんの大人を見上げる瞬間が好きなので、ダイくんが彼に対して幾つかの影響を与えて、逆にカエンくんからも影響が帰ってくるような関係になってくれたらなぁって思います


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VSニンフィア 奇跡起こす聖者

 

 VANGUARDの二期組が合流し、ジムリーダーたちによる自チームの編成が完了した。

 

 ダイはTeam Brave(カエン)、アルバはTeam Smart(カイドウ)、リエンはTeam Prison(ユキナリ)アイラはTeam Purify(サザンカ)、ソラはTeam Sieg(コスモス)へと組み込まれた。

 その他のメンバーも順当に割り振られていき、多少の人数差はあれど無事チームと呼べる人数にはなっていた。

 

「しかしまさか、お前らがVANGUARDのメンバーになるとはなぁ」

「ふふん、まぁ俺たちも正義に目覚めたわけよ」

「そうそう、それにファンのみんなも応援してくれるからね」

 

 現在、ラジエスシティにある大きなレストランを貸し切ってのVANGUARDメンバーによる結成式が行われていた。皆それぞれの飲み物を片手にはしゃぎ倒していた。

 そんな中、ダイが飲み物を傾けながらそんなことを言った。それに対して気の良い返事をしたのは"Try×Twice"のレンとサツキだった。

 

 彼らもまた、VANGUARDに志願していたのだ。元々ポケモンバトルはさほど得意ではなかったが、ダブルバトルならば話は別である。

 バラル団に所属していた頃、さらに言えばそれよりも前から二人はずっと一緒だったため、息を合わせることならば他の追随を許さないほどだ。それがアイドルとしてもパフォーマンスに生きている。

 

「まぁ、プロパガンダ的な役割もあるんだろうな、俺たちは」

 

 レンが少しだけ自嘲的に呟いてから飲み物を呷る。話題性のある人物を登用することで世間を味方につける、という意図は確かにあるかもしれない。

 心無い一般民衆に、PGだけではバラル団に対抗できないと思われてもおかしくないのだ。世間体は気にしたくもなるだろう。

 

「それでもいいんだ、ちょっととは言え悪事を働いた俺たちにこうして挽回の機会が与えられたんだからな」

「あー、そのことなんだけどお前ら、それ誰かに言ったか?」

 

 ダイが尋ねるとレンが少し気まずそうな顔をして、ちらりとサツキを見る。サツキはというと、少し赤い顔で飲み物に口をつけた。

 

「近い内に、ステラさんに告解しようかと思ってる」

「確かに、お前らのチームリーダーだしな。でもいいのか? 俺とかアルバ、リエンは黙ってることにしようとしたんだが」

「気持ちは嬉しいけど、まずは認めなくちゃいけないから」

 

 律儀だな、とダイはグラスに口をつけながら思った。最近はやや正義の味方に傾倒している彼だが、もし自分が彼らと同じ立場でも必要なら黙っているだろう。

 彼にとって秘密の暴露とは、人間関係という歯車に酸を撒くような行為に等しいからだ。もちろん明け透けなく物を言える関係というのも悪くないと、アルバとリエンとの冒険を通して感じてはいるのだが。

 

「まぁその辺はお前らに任せるぜ。俺はちょっと外の空気でも吸ってこようかな」

 

 視界に入るのはバイキング形式の食べ物を片っ端から口に放り込んでいくアルバとルカリオの姿。見てるだけで胃もたれを起こしそうなのだ。

 会食にも用いられるこのレストランには二階に続く階段があり、そこからベランダに出られる。

 

「あれ?」

 

 ベランダに出ようとした時、全身赤のコーディネートが施された女性──イリスの後ろ姿を見かけた。しかも見たところ誰かと通話中らしい。

 邪魔したらいけない、とダイは柱の陰に隠れた。しかしイリスが連絡を取るような相手が気になり、ダイはその場から離れることはしなかった。

 

「はぁ~、これでいよいよ私も組織の仲間入りか~、ずっと風来坊でいたかったな~」

『VANGUARDはPG(ポケット・ガーディアンズ)と違って特定の拠点を持ってるわけじゃないだろ? 風来坊には変わりないじゃないか』

「そうじゃなくて、規則に縛られるっていうのがなんかこう……そう、歯痒いんだよ!」

 

 どうやら相手はVANGUARDのことを知っているようだった。が、そもそも全国的に人員募集を掛けているため今ラフエル地方では知らない人の方が珍しいだろう。

 イリスは電話の向こう側にいる相手でも構わず身振り手振り交えて話を続ける。

 

『なんにせ、君がいてくれて助かる。正直、共に戦う仲間を、となった時君や四天王以外思いつかなかったからね』

「ほほう、買われてますなぁ私。そんなに嬉しい?」

『もちろん。ボクがラフエル地方を預けられるとしたら、君以外にはいない』

「もー、そういうのはやめろっていつも言ってんじゃんか~」

 

 さすがのダイでも、イリスの話し相手がこのラフエル地方の頂点に立つ者(チャンピオン)であることはわかった。アルバの話を頭の中で反芻させ情報を整理するならば、相手とイリスの付き合いはかれこれ十五年も続いていることになる。その会話に水を差すわけにはいかない、いかないのだがどうしても気になるというところがダイであった。

 

「それで、そっちは変わりない?」

『あぁ、最近はずっと調子がいい。だから近々、ペガスやラジエスに行こうかと思ってるんだ』

「また甘味食べ歩き?」

『まるで僕がそれ以外しないみたいな言い草だな』

 

 イリスのことを、出会ってからずっとどこか一歩引いた大人だと思っていたダイだが、今目の前にいるイリスは気兼ねなく笑いあう誰かといる少女に見えた。

 

「じゃあちょうどいいか、チームメンバーなわけだし顔合わせしておくか~」

『そうだな、君さえよければ予定を合わせようか』

 

 その時ダイはピンと来た。思えばどのジムリーダーもイリスをチームメンバーにしようとはしなかった。正直あれほどの実力者ならば誰かが手を伸ばしてもいいはずだ。

 だというのに誰も手を出さなかったのは、逆説的に既に手がついていたからだ。イリスは最初から、チャンピオンが指揮するチームに加わっていた。ジムリーダーたちはそれを知っていたんだろう。

 

「……そうか、チャンピオンもVANGUARDのリーダーだったのか」

 

 さっきの話からして、メンバーは四天王に加えてイリス。戦闘ともなればまず負けなしのチーム、これほど心強いことは無いだろう。

 

「そうそう、久しぶりにコスモスちゃんとも話したよ」

『……なんで彼女の話になるんだ?』

「だって従姉妹でしょ? それにルシエの実家にいるなら顔を合わせたりするんじゃないの?」

『そうでもないさ、僕は所謂分家筋の人間で、彼女は本家の子だから。尤も、だから僕は"門番の一族"に縛られず、こうしてチャンピオンになれたわけだけどね』

 

 門番の一族、それはこのラフエル地方において"ポケモンリーグの玄関口"として有名なルシエシティジムを代々守ってきた者たちのことだ。

 ジムリーダーとは通常、ポケモン協会から認定されたトレーナーがなるものである。ジムリーダーは四回連続で挑戦者に敗れると資格を剥奪されてしまう。その度ジムには空きが出るため新たなジムリーダーを公募したり、ジムトレーナーが跡を継いだりするのだ。中には、後継者が決まるまで四天王が一部兼任するところもある。

 

 だが、当然世襲も認められているジムも存在し、それがラフエル地方においてはルシエシティジムなのだ。

 

「世襲制ジムリーダーの家に生まれるっていうのも大変なのね」

『あぁ、その点に関して彼女に対して負い目に思ってるところはある』

「そうだろうね、アンタそういう責任感はすごいから。チャンピオンだって、あのキラッキラのマント着けなくちゃいけなくて、でも死ぬほど似合わないから着たくないのに律儀に着ちゃう辺りがさ」

『言わないでくれ、毎年リーグが開催される時の開会式が憂鬱なのはそれのせいなんだ。ああいう華やかなのは、きっと君に似合うと思う』

 

 笑っていたイリスの肩がピタリと止まった。空気で、ダイはイリスが何かを言い倦ねていることに気づいた。

 

「いやぁ、私にも似合わないでしょ。だってマントだよ」

『それもそうかな、今度から赤い帽子にするよう、協会に頼んでみるかな』

「ハハハ、そっちもたぶんアンタには似合わないって」

 

 どこか空気が重い。無理して笑っているような、そんな雰囲気。さすがにこれ以上の盗み聞きは避けたい。ダイはこっそりとその場を後にしてイリスがいた方とは反対のベランダに出た。

 しかしそっちにも先客がいた。その人物はヘッドホンを耳に当て、掠れるような小さなソプラノで歌っていた。

 

「ソラ、もうパーティはいいのか?」

「……ダイ」

 

 隣に立ってようやくダイを認識した少女、ソラ。ヘッドホンを外すと、胸ポケットに引っ掛けられているミュージックプレイヤーを止める。

 ヘッドホンから聞こえてきたのは、パンキッシュな彼女の見た目からは想像もできない、クラシック。

 

「意外と音楽の趣味がいいんだな、ソラは」

「うん、なんでも聴く。ロックも、嫌いじゃないし」

「クラシカルな人間はロック苦手ってよく聞くけどな、さすが音の申し子」

 

 ソラが首を傾げるがダイは手を振って誤魔化した。相変わらず彼女に対する不思議ちゃんという評価は覆らないようだった。

 

「飲み物、いるか?」

「……いる、歌ってたから喉乾いた」

「じゃあ取りに行こうぜ」

 

 そう言ってベランダから中に戻る二人。とソラが室内に戻ったタイミングで柱の陰からイリスが顔を覗かせた。チャンピオンとの通話は終わったらしい、彼女はニヤニヤしながらダイに向かって言った。

 

「いやぁ、ダイくんもなかなか隅に置けないねぇ~。三人も女の子侍らせちゃって」

「そういうのじゃないですって。っていうか、侍らすなんて人聞きの悪い!」

「にゃは、まぁわかるよ。ツンデレ幼馴染に、クーデレお姉さん、さらにはぽわぽわ不思議ちゃん、夢は尽きないねぇ」

「は・な・し・を・き・け!」

 

 強めの語気になると、イリスが今度こそ謝った。尤も顔は笑ったままだったが。

 

「でもそういうのもいいと思うよ。気取って交流しないよりかは、ずっと楽しいよ」

「そう、ですね。それは思います」

「うんうん、それにほら。あの子、ソラちゃんみたいにさ。周囲に溶け込めない温度差って必ずあると思うんだけど、そういう子に対してダイくんの方から温度寄せて歩み寄ってあげれば、いつかみんなの熱は一緒になるはずだからさ。こういう大人数の組織に、君みたいな子って貴重なんだよ」

 

 組織の中でのワンマンプレーはいずれ問題になる。昼間の共闘からして、ソラは決して集団行動が苦手だとか協調性が無いとかそういうことはないとダイは思っていた。

 だがそれでも、仲間である以上は必要以上に知っておきたい。そういう気持ちがダイにあった。

 

「じゃあ、お姉さんもそろそろご飯食べに戻ろうかな。アルバくんに食べ尽くされちゃう前にね」

「もうデザートだけになってないといいですね」

「そうなってたら、そこからは女の子の時間だから」

 

 それだけ言い残してイリスも階下に戻る。途中、背中を向けながら親指と小指を伸ばして耳の横に当てる仕草をして振り返ると微笑むイリス。

 ダイはそのジェスチャーだけで、さっきの盗み聞きがバレてると悟る。飄々としているようで、やはり気抜けない相手だとダイは思うのだった。

 

「はい、オレンジュース」

「おっありがとう」

 

 先に来ていたソラと合流すると、予めドリンクバーから注いでおいてくれたであろうオレンジュースが差し出された。ストローに口をつけるダイがふと会場を見渡した。

 やはりと言うべきか、同じチームになった者同士で話しているのが分かる。もちろん、それは良いことだ。

 

「そういえばソラは、確かTeam Siegだったよな」

「うん、顔合わせはしたけど、覚えてない」

「はっきり言うなぁ」

 

 逆に言えば、それでもダイのことは覚えていた。尤も、昼に背中を合わせて戦ったのだからある程度他のメンバーよりも記憶に残りやすいとは言えるが。

 なんだかイリスに言われたことを意識してしまうダイだった。ストローではなくグラスに口を付けてジュースを一気飲みするダイ。

 

「俺は旅をしながらVGの活動をする感じだけど、ソラは普段何してるんだ?」

 

 ダイが尋ねると、ソラはトレーナーパスの裏を見せてきた。そこにはリザイナトレーナーズアカデミーの高等部学生証があり、それだけで身分証明が済んだ。

 

「学生だったのか、しかも……年上」

 

 生年月日を確認するとダイと学年は一緒だが、ソラの方が誕生日が早い。思春期において一つの年の差が異様に大きく感じるのだ。

 学生証を見てみるとやはり音楽を選考しているようだった。しかしよく見ると編入歴があり、今の学校には途中から入ったことになっている。

 

 そしてその前には、ネイヴュシティに住んでいたことがわかった。朝、スタジアムへ向かう途中のリエンのセリフをダイは思い出していた。

 

 

『ダイが戦ったっていう幹部のイズロードが脱獄した時。その日、ネイヴュシティは人が住む土地じゃなくなったんだ』

 

 

 昼間、ソラに「なぜVANGUARDに志願したのか」とダイは尋ねてしまった。アイラの言う通り、ダイはデリカシーが欠如しているようだった。

 少なくとも、彼女がネイヴュシティ出身ならば、それだけでバラル団と戦う理由にはなる。それは昼間相対したフライツとも共通する。

 

「それにしても、学生との両立は大変じゃないか? いざとなったら本当に戦うことになるんだぞ?」

「平気、学校では授業以外することないし」

「なんて模範的な学生……いや、そうだとしてもさ」

 

 確かにVANGUARDの採用試験をクリアしている時点で実力は折り紙付きだ。なんなら熨斗までついてくるだろう。

 それに戦うところも一度目にしている。下っ端クラスなら相手にならないだろう、が。

 

「連絡先教えてくれ、何かあったら遠慮なく頼ってくれていいからさ」

「わかった」

 

 イリスのニヤニヤした顔が頭から離れないがこれは親切と仲間としての情で動いてると自分に言い聞かせてダイはソラのライブキャスターと連絡先を交換し合った。

 現実問題、これからも冒険を続けるダイがリザイナシティに在住のソラの救援に行くのは些か無理がある。それでも、かつてバラル団の幹部ともやりあった経験からしても、心配になってしまうのだった。

 

「友達の連絡先登録したの初めて」

「なら、少なくとも同じチームの連中とは交換しておいた方がいいな、ってそうか覚えてないんだったか……」

 

 ダイは頭を抱えると、ジムリーダー"コスモス"のチームメンバーを探し出し、見つけるたびソラと連絡先の交換をするように促した。ソラもなんとか同じチームの仲間を覚えられたようでダイはひとまず安心した。

 連絡先を聞いて回るのは想像以上に疲れる。十数分後、ダイは再びドリンクバー前でオレンジュースを啜っていた。

 

「ダイ~! 探しちゃったよ、ソラも一緒?」

 

 その時だ。皿にたくさん料理を乗せたアルバとルカリオがリエンと一緒にやってきた。ダイの旅の同行者ということで、ソラも二人のことは覚えていた。

 

「ちゃんと食べてる? 明日に備えなくていいの?」

「お前は食いすぎだろ、ちゃんと消化出来るか? 明日までに」

 

 なおも口を動かしているアルバにダイは苦笑いを向ける。と、二人が連続して「明日」という言葉を使ったからか、ソラが首を傾げた。

 

「明日、なにかあるの」

「ジム戦だよ、ダイもアルバも明日ステラさんのジムに挑戦するんだって」

「ジム戦かー」

 

 リエンが説明するとソラはコクコクと頷くようにして納得する。そう、ラジエスシティに滞在してかれこれ二週間、ようやくジムに挑戦出来るようになったのだ。

 というのも、VANGUARD設立、説明会に伴ってステラは通常の業務に加え、各街からジムリーダーを招待するという仕事もあった。

 

 それゆえ、この二週間は特に出来ることもなくダイたちは自主練習もしくは街巡りしかすることがなかったのだ。

 もちろんラジエスシティはラフエル随一の広さを誇る街ゆえ、二週間あっても細部まで周り切ることは出来なかったのだが。

 

「でもやっと挑戦できる! それに、今の僕には新しいチームメンバーもいるしね!」

「ブースターだな、確かステラさんは"フェアリータイプ"の使い手だしほのおタイプがいるのは心強いな」

「うん、ステラさんは二体選出入れ替え有りのダブルノックダウンルールを採用してるからね。ブースターは心強いよ」

 

 この二週間、アルバはブースターと共に色んな技を身につけるためのトレーニングを行っていた。リエンのグレイシアが既に彼女のエースとして頭角を表しているため、兄弟に対抗意識を燃やすようなものだろう。

 さらにフェアリータイプはルカリオの持つ"はがねタイプ"を苦手としているため、アタックに関しては半ば問題は無い。

 

 それに合わせて、ダイもまた新顔であるゴーストにどくタイプの技を覚えさせていた。二週間前のサイクリングレースで手に入れたわざマシンや、アイラが持っていたものを一部借りることが出来たのは幸いだった。

 しかしフェアリータイプは基本的にエスパータイプの技をサブウェポンとして控えている可能性があるため、ゴーストもまた弱点を抱えているため決定的とは言えなかった。

 

「ジュプトルに【アイアンテール】を覚えさせておきたかったんだけどな」

 

 問題は、ダイ、アルバ、リエンの手持ちの誰も【アイアンテール】を覚えていないため、教えることすら出来なかったのだ。イリスのピカチュウが覚えているものの、イリスはリエンのトレーニングにかかりっきりだったため、結局それを見て技術を盗むしか出来なかった。成功率はせいぜいが40%と言ったところだ、実戦で使うにはあまりに心細い。

 

「でも、ゼラオラは【バレットパンチ】が使えるんでしょ?」

「ゼラオラは、公式戦で使うわけにはいかないよ。少なくとも今は」

 

 スラムの大会ならまだしも、ジム戦などで使うわけにはいかない。しかしアルバはダークポケモンにそこまで詳しいわけではなく、首を傾げるのみだった。

 

「とにかく明日、成るように成るさ。お互い、頑張ろうぜ」

 

 そう言ってダイがグラスを差し出す。アルバは皿をルカリオに預けると急いでグラスに水を注いでそれにカツンと合わせる。

 互いの健闘を祈りながら、二人は飲み物を飲み干した。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「────で、なんでお前らまでいるわけ」

「何よ、アタシがいたら悪い?」

「私は応援」

「俺とサツキはステラさんの応援な!」

「そうそう、やっぱチームリーダーは担いでおかないとね!」

 

 翌朝、意気揚々とラジエスシティジムにやってきたダイとアルバとリエンの三人を待ち受けていたのは、アイラ、ソラ、レンとサツキだった。

 ソラと相手方の応援をする気の男二人はともかくとして、アイラに見られているとクシェルシティジムに挑戦したときのことや、そもそも自分のコンプレックスである最初のジム戦を思い出して気が重くなるのだった。

 

「あ! そういえばお前のフライゴン! 【アイアンテール】覚えてたな!」

「そうだけど、それがどうかした?」

「うわ……最悪、もっとこいつのこと意識に入れておくんだった」

「ひょっとして喧嘩売ってる? 売ってるよね?」

 

 ジムの前で早速頭を抱えて項垂れているダイとその眼の前で手のひらと拳を打ち合わせゴキゴキと鳴らすアイラ。それを横目に、アルバがジムに足を踏み入れた。

 都会の中にありながら、石造りのその建物はまるで神殿。もしくは円形闘技場のそれを思わせる。

 

「ようこそいらっしゃいました、どうぞお上がりください」

 

 外観と同じく、石造りの階段の先に聖女はいた。アルバに続くようにしてダイもその階段を登っていき、それ以外のメンバーは横の観覧席へと移動する。

 百何段とある階段を登り切ると、そこがそのままチャレンジャースペースとなる。対峙するジムリーダーの座にステラが立っている。

 

「どちらから挑戦しますか?」

 

 ステラがにこやかにそう尋ねると、ダイとアルバは顔を見合わせる。当然だ、公式戦である以上チャレンジャーが二人以上など考えられない。

 やがて、長いこと見つめ合ったダイとアルバが頷きあい、口を開いた。

 

「アルバからで」

「ダイからで」

 

 観覧席にいるメンバーが前のめりに転ぶ。ステラも笑みは崩していないが、口元に困惑が見られた。

 

「え、俺からでいいのか?」

「え、僕からでいいの?」

 

 全く同じ意味の言葉が両方の口から飛び出してくる。さすがのステラもそろそろ笑顔が困り顔に侵食されてきた。

 

「アンタたち漫才やってるんじゃないんだからさー!」

「面白い」

「そんな真顔で面白いって言っても……」

 

 二人に野次を飛ばしたのはアイラ。それを見て無表情で口に手を添えるソラと、それに対し苦笑を禁じ得ないリエン。ちなみにレンとサツキは腹を抱えて笑っている。

 だが真面目な話、確かにどっちかが降りなければ話は進まない。ダイはアルバを先鋒に据えることでより対策を立てようと考えていたのだ。アルバはただの親切心だが。

 

「よし、じゃあ僕から行かせてもらうよ! ルカリオ!」

 

 ダイの思惑通りに、アルバがルカリオをステージ内に出す。が、ルカリオの様子がどこかおかしい。動きが鈍いというか、どこか辛そうだった。

 

「どうした、ルカリオ?」

「あれはどう見ても胃もたれだろ」

「え、嘘!?」

 

 思えば、普段スラリとしているルカリオのシルエットだが、今日は腹の部分がうっすらと弧を描いているような気がする。今戦うのはきっとルカリオにとって良くないだろう。

 アルバは慌てて手をアルファベットのTの字に組むとタイムを掛けた。

 

「ルカリオは本調子じゃないみたいだから、僕は後回しでいいよ」

「まぁ、そういうことなら俺から先にバッジをもらっちゃうぜ」

 

 だから言わんこっちゃないとダイは呆れていたが、アルバよりも先にジムバッジに手を伸ばせるとあっては遠慮することはしない。

 

「では挑戦者、ダイくん。手持ちの中から二匹、ポケモンを選出してください。私も二匹を選び、戦います。挑戦者は入れ替え自由、先に相手の手持ちをすべて戦闘不能にした方の勝利です」

「わかりました」

 

 予め聞いていたルール。ダイは昨夜から今朝に掛けて、ステラの手持ちを可能な限り分析した。

 アルバと違い、ダイは一度彼女が戦うところを生で目にしている。アブリボン、グランブル、ミミッキュの三体を目にしている。それらが使ってくる技もすべて記憶し、対策を立てた。

 

 

「あ、そうでした。ちょっと待っていただけますか?」

 

 

 ハッとした顔で口に手を当てるステラ、次いでジムリーダースペースの端にある柱に設えられたジムリーダー用の通信用デバイスを手に取ると、ジムバッジの形をしたボタンを押した。対応しているジムリーダーに向けて発信される仕組みになっている。

 

「昨夜、約束をしてしまったので」

「約束?」

「えぇ、ダイくんとジム戦をすることを話したら見に来たいと言ってまして」

 

 昨夜、VANGUARDのメンバーで結成式をやっていた時間帯。ジムリーダーたちも集まって会食を行っていたらしい、その場で発生した約束というのならダイは心当たりは一つしかなかった。

 

「あ、もしもし。ステラです……え?」

 

 受話器を耳に宛てたままステラが疑問符を浮かべ、ジムの天井を見やった。比喩抜きに穴の空いているその天井から太陽を遮る影が出来たかと思えば、()()は落下を開始した。

 炎の翼竜、リザードンだ。シンジョウが連れているのと同じ種族でありながら、やはりぜんぜん違う。少年ジムリーダー、カエンが狩るリザードンはスタジアムの中心に勢いよく降り立つと雄叫びをあげ、火を噴いた。

 

「到着ー!! おはよ、ステラねーちゃん!」

「おはようございます、カエンくん。昨日はよく眠れましたか?」

「うん! いっぱい食べたから!」

「それは良かったです。ほら、向こうにもご挨拶しないと」

 

 そうだった、とリザードンをボールに戻しダイの方に駆け寄ってくるカエン。太陽もかくや、という眩しい笑顔で手を上げてくる。

 

「ダイにーちゃんもおはよ!!」

「おう、おはよう。わざわざ見に来てくれたのか」

「どんなバトルするのか、楽しみだから! ダイにーちゃんもステラねーちゃんも頑張れー!」

 

 アルバと共に観覧席の方へ移るカエン。二人の健闘を祈る声援に両者はそれぞれ拳と、手のひらで応える。

 そしてステラは四つのモンスターボールのうち、二つを選んで手元に寄せた。どうやら選出は終わったらしい。

 

「私は、この二匹で貴方を迎え撃ちます」

 

 

 

 現れたのはばけのかわポケモン"ミミッキュ"と、むすびつきポケモンの"ニンフィア"だった。ここに来て、ダイが一度も遭遇したことのないポケモンだった。

 図鑑によるスキャンを終えたとき、ニンフィアは身体のリボンをステラの手に巻き付けて頬を手のひらに擦り付けていた。それを見て観覧席のレンとサツキが黄色い声を上げた。

 

「俺の先鋒はこいつだ! ゴースト! ジム戦初陣、期待してるぜ!」

 

 ダイがボールからゴーストを喚び出す。相変わらずダイの頭の上が好きなようで、ステージより先ず先にそっちに移動する。それを見てステラが微笑んだ。

 

「そちらも甘えん坊なんですね」

「えぇ、でもやるときはやりますよ」

「期待しております。それで、二体目はどうしますか?」

「そうなんだよな……」

 

 実は未だに悩んでいたダイ。別段、悩む必要は無いのだが、やはり対策を立てた以上それに対してセオリーを守っていきたい。

 ステラが既に二匹選出している以上、それに合わせてポケモンを選ぶのがベストだ。特に【いわなだれ】を使うグランブルが出てこない以上、【はがねのつばさ】を扱えるペリッパーを出すのが最善策だと考えた。

 

 そうしてダイがペリッパーの入ったボールをリリースしようとしたその時だ。ダイの腰のボールからポケモンが勝手に飛び出した。

 

「ゼラオラ!?」

 

 勝手にボールから出てきたゼラオラがステージに入る。ステラは珍しいポケモンを見たからか、関心を寄せる。

 観覧席で、ソラとカエンだけがゼラオラをやや不安げに見つめていた。ダイが慌ててステージに入ってゼラオラの手を引く。

 

「ゼラオラ、ダメだ。お前を公式戦に出すわけにはいかないんだ、下がってくれ」

 

 しかし引っ張られた腕を「嫌だ」とばかりに振り払うゼラオラ。無理やりボールに戻したところで、また勝手に出てきてしまうだけだろう。ダイが頭を抱えて困っていたときだった。

 

「構いませんよ。どんな事情があっても、私はチャレンジャーとそのポケモンの気持ちを尊重します」

「天使か」

 

 観覧席から男の声が聞こえた。視線がレンとサツキの両方に向かう。二人が互いを指さして逃れようとするがそれはどうでもよかった。

 ステラがくすくす笑いながら「そんなに大した者じゃありませんよ」と小さく呟いた。

 

「ゼラオラ、戦ってみたいんだな?」

 

 返事こそしないが、勝手にステージに上がった以上もう引っ込めるわけにはいかない。何よりステラが尊重してくれるというのだから、それに甘えさせてもらうことにした。

 かくして、ステラはミミッキュとニンフィアを。ダイはゴーストとゼラオラをそれぞれフィールドに残した。

 

 

「先鋒はミミッキュです、お願いします!」

 

「よし、ゴースト頼むぞ!」

 

 

 ステラの肩から飛び出すミミッキュ。それに倣い、名残惜しそうにダイの頭の上から飛び出すゴースト。

 互いにゴーストタイプを有するポケモンであり、どちらが勝つにせよ決着は早いだろう。

 

 そして先鋒でミミッキュが出てくるのはダイの読み通りであった。そしてミミッキュにゴーストを当てるのは、今回のジム戦に挑む上で必須の作戦であった。

 

「先手必勝! 【シャドーボール】!」

 

「避けてください」

 

 ゴーストが闇の魔球を練りだし、それを撃ち出す。それをミミッキュが回避し不発に終わる。スタジアムの地面を抉り、破砕音と砂煙が舞う。

 それで終わりではなかった。ダイはスタジアム全体を覆うような、奇妙な空間に気づいた。恐らく今ミミッキュが張り巡らせた【トリックルーム】だ。

 

「読んでましたよ、早々に【トリックルーム】を使ってくるのを! 【シャドーパンチ】!」

「応戦してください、【シャドークロー】!」

 

 張り巡らされた不思議な空間の中、ゴーストが地面を舐めるように接近し、胴体から離れている両の手を握り込んで打ち出す。それに合わせて放たれたミミッキュの影から伸びるツメがぶつかる。

 しかし一つの拳が影のツメを回避し、ミミッキュ本体に直撃した。ポキッ、と小気味の良い音を立ててミミッキュの被っているピカチュウを模した頭部が垂れる。

 

「まずは確実に当たる技で"ばけのかわ"を除去! そして!」

 

 ゴーストが飛ばした手でミミッキュの横、即ち死角から【シャドーボール】を発射する。ミミッキュは慌てて回避するが、その先にもう一つの手が回り込む。

 

「もう一度【シャドーパンチ】!」

 

「ッ、速い!」

 

 高速で繰り出される闇の拳。【シャドーボール】の回避に専念していたミミッキュは避けきれずに再度直撃を許す。

 ステラが【トリックルーム】を用いて状況を創り出すのには理由がある。それは手持ちのフェアリータイプのポケモンが軒並み、素早さに難を抱えるポケモンだからである。

 

 つまり安全に【トリックルーム】を使うには、先鋒にミミッキュを出す必要がある。それを読んでいたからこそのゴーストだ。

 なぜなら、ゴーストとミミッキュの素早さに殆ど数値の差はない。即ち【トリックルーム】を安全にやり過ごすことが出来るのだ。

 

「ですが、手はあります! ミミッキュ、【ものまね】してください!」

 

 ステラの指示が通った瞬間、ミミッキュが化けの皮の下にある目を光らせた。直後、目にも留まらぬスピードで放たれた、回避不能の闇の拳。

 奇しくも、ステラもまたダイが先鋒でゴーストを出してくることを読んでいた。だからこその切り札、【ものまね】だ。

 

「ここまで来たなら、どちらが先にノックアウトを取れるかって勝負だ!」

 

 観覧席でアルバが叫んだ。一同が手に汗握り、戦いを見守る。ゴーストは手を再び撃ち出し、離れたところから【シャドーパンチ】を乱打する。

 そしてミミッキュもまた、ゴーストの雨のような攻撃を避けながら一発、また一発と確実にゴースト目掛けて【シャドーパンチ】を繰り出す。

 

「今だ! 【ワンダールーム】!」

「なっ!」

 

 ゴーストが接近してきたミミッキュを掴み上げ、そのまま【トリックルーム】の中にもう一つの不思議な空間を創り出した。

 それにより、ミミッキュとゴーストがそれぞれ防御と特防の数値を入れ替えた。つまり、今のミミッキュは特殊攻撃に非常に弱いということになる。

 

 

「そのまま、【ヘドロばくだん】!」

「【シャドークロー】! 間に合って!」

 

 

 掴み上げたミミッキュ目掛けてゴーストが口から毒素の塊を吐き出した。それがミミッキュに直撃したのと、ミミッキュの繰り出した【シャドークロー】がゴーストの口内、即ち急所にあたったのはほぼ同時であった。

 ミミッキュを取りこぼし、ゴーストがダウンする。しかし防御値をひっくり返されていたため、高い特殊攻撃で放たれた弱点攻撃でミミッキュも共に戦闘不能になった。

 

「そこまで! ミミッキュ、ゴースト共に戦闘不能! 両者、次のポケモンをフィールドに出してください!」

 

 審判のジムトレーナーが先鋒同士の戦いの終わりを告げる。ステラとダイは互いにフィールドのゴーストとミミッキュをボールに戻して労うと、傍らに立つ相棒に向かって頷いた。

 

 

「お願いします、ニンフィア!」

 

「勝ちに行くぞ、ゼラオラ!!」

 

 

 丁寧にリボンで装飾された可愛らしい妖精と、猛る閃光の稲妻がステージに飛び込んだ。

 

 両者が睨み合い、トレーナーの指示を待つ。シンと静まり返るジム内、先鋒の戦いで高鳴っていた心臓が徐々に落ち着きを取り戻した直後。

 

 

「【ハイパーボイス】!」

 

「【バレットパンチ】!」

 

 

 再び審判員が吹いたホイッスルの音で戦いの火蓋が切って落とされる。

 その時、ゼラオラに走った赤黒いオーラには、まだ誰も気づいていなかった。

 

 




ジム戦前編。

ステラさんに名前くん付けで読んでもらえるとか我が子ながら許せんなダイ。
俺ですら呼んでもらったことないのに。



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VSゼラオラ 虹の奇跡

 

 開戦直後、ニンフィアは息を吸い込むと衝撃波を発生させるほどの大音量で叫んだ。

 その音波にも屈せず弾丸のように飛び出したゼラオラが鋼鉄の拳をニンフィアに叩きつけた。

 

「なるほど、【トリックルーム】の弱点を突いてきましたね」

「結果的に、ですけどね。本当にゼラオラを出す気はなかったんで」

 

 しかし思った以上に攻撃が通用していないようだった。それもそのはずだ、ダイがミミッキュに大ダメージを与えるために使った【ワンダールーム】が今度は逆に作用してしまったのだ。

 ニンフィアの高い特防の値が防御の値に置き換わってしまったため、ゼラオラの攻撃を受け止めることが出来てしまったのだ。

 

「大丈夫か、ゼラオラ」

 

 一合目の攻撃を終え、バックステップで大きく距離を取ったゼラオラにダイが言葉を掛け、ゼラオラは短い鳴き声で返す。

【バレットパンチ】はフェアリータイプと戦う上で切り札にはなるだろうが、少なくとも【ワンダールーム】の効果が切れるまでは控えるべきだとダイは考えた。

 

 いざ【ワンダールーム】が切れた時、今度は見切られても困るからだ。だが【トリックルーム】がまだ効力を持つ中、素早さにより有利に立つのはニンフィアの方だ。

 

「ニンフィア、【サイコショック】です!」

 

「このタイミングで!? 防げ、ゼラオラ!」

 

 遠吠えにより実体化する念力が一斉にゼラオラへと殺到する。ゼラオラは鈍くなる動きでそれらを弾き飛ばし、ダメージを最小に抑える。

 でんきタイプのポケモンは基本的に高い素早さを誇る一方で防御方面に難を持つ。つまりは【トリックルーム】に影響されやすいタイプなのである。

 

「よし、今のニンフィアは特防がそれほど高くない! 【10まんボルト】!」

 

 ダイの指示を受け、ゼラオラが拳を打ち合わせ蒼い雷撃を地面に奔らせる。雷撃自体は素早いが、やはり撃ち出すゼラオラの方が動きを制限されているためニンフィアには簡単に見切られてしまう。

 念には念を入れ、ステラはニンフィアをゼラオラへと向かわせる。

 

「懐に飛び込んでくるぞ!? 気をつけろ!」

「いただきます、【ドレインキッス】!」

 

 逃げようとするゼラオラだったが、ニンフィアは身体のリボンで素早くゼラオラを雁字搦めにして身体の自由を奪うとそのまま軽く口付けをする。その瞬間ニンフィアの身体が淡く輝く。

 回復吸収系の技。しかも身動きが取れない状態で受けてしまったために為す術なく体力を奪われてしまう。

 

「抜け出せ! そのままじゃまずい!」

「そのまま拘束をキープしてください」

 

 ゼラオラが脱出を試みるが巧みに全身を覆うリボンを解けず、再度【ドレインキッス】を受けてしまう。せっかく【バレットパンチ】で与えたダメージを無かったことにされてしまう。

 ダイが歯噛みする。彼が発するその気持ちを、音としてキャッチする人物がいた。観覧席にいたソラだ。

 

「勝ちたい……強く(フォルテ)強く(フォルテ)火のように(コンフォーコ)

 

 そして今度はゼラオラが発する気持ちを感じ取った人物がいる。同じく観覧席にいたカエンだ。

 

「ダイにーちゃんの勝ちたいって気持ちが、ゼラオラに伝わってる……」

 

 そこまで呟いたカエンが目を凝らした。さっきからゼラオラが纏わせている雷撃自体は蒼い色を放っている。だが、その中に一点の染みのように存在していた赤黒いオーラが火災現場の煙のようにモクモクと立ち上がるのを見てしまったのだ。

 

 昨日、カエンは言った。ゼラオラは何も言ってくれない、と。

 今は真逆だった。かつて無いほど、鮮烈に、自分の感情を発露していた。

 

「違う、()()()()()()!!!」

「カエンくん……?」

 

 突然叫んだカエンにステラがキョトンとした顔をした。それはダイも同じで、二人してうっかり戦闘中の二匹から目を離してしまった。

 

「ステラねーちゃん! ニンフィアを引っ込めて!」

 

 続いてカエンが叫んだが、遅かった。ゼラオラは【ほうでん】で自分諸共ニンフィアへと強い電撃を放ち拘束を逃れると後退するニンフィア目掛けてそのまま突っ込んだ。

 

 ──ダイの指示も無しに、だ。

 

「ゼラオラ!? 待て、ゼラオラ!」

 

 慌てて静止を呼びかけるダイだったが、ゼラオラは止まらない。ニンフィア目掛けて【バレットパンチ】を高速で繰り出す。しかも、狂気的なまでの勝利への渇望がすべての拳を急所に叩き込ませた。【ワンダールーム】が効力を切らしていたなら、今の一撃で終わっていただろう。

 

「【トリックルーム】が!」

 

 ステラの言葉通り、【ワンダールーム】上に張り巡らされた不思議な空間が儚げに終わりを告げていた。これにより、ポケモンの速度関係は元に戻る。

 しかし今の勝つために最善手を自分で選ぶゼラオラは【バレットパンチ】を放つ。つまり、ニンフィアはどうあろうと先手を取れない。

 

「ニンフィア! 離れてください!」

 

「止まれ! ゼラオラ、頼む! 言うことを聞いてくれ!」

 

 後退を指示するステラ、それに従って下がろうとしたニンフィアだったが身体が痺れて思うように回避行動が取れないでいた。

 

「麻痺してる!? さっきの【ほうでん】で!?」

 

 身体中のリボンでゼラオラを拘束していたため、ゼラオラの【ほうでん】に触れる面積が多くなったことが仇となった。

 逃げられないニンフィア目掛けてゼラオラが再び鋼鉄の拳を叩き込む。そして、遂に【ワンダールーム】もその効力を失った。

 

「一か八か、もう一度【ハイパーボイス】で!」

 

「ダメだ、間に合わない!」

 

 ニンフィアが痺れる身体で再び大きく息を吸い込み肺を膨らませた。ニンフィアの特性は"フェアリースキン"、ノーマルタイプの技をフェアリータイプとして撃ち出すことが出来る。

 その状態で相手全体を攻撃できる【ハイパーボイス】はまさに切り札になるだろう。

 

 尤も、それが撃ち出せれば、の話である。

 

 地面を這うような姿勢で飛び出したゼラオラが、息を吐き出すまさに直前のニンフィア目掛けて【かみなりパンチ】を放つ。稲妻の拳が突き刺さり、吹き飛んだニンフィアはステラの眼前で力尽きる。

 選出した二体は既に戦闘不能、このジム戦はダイの勝利だ。

 

 だがそれで終わらなかったのだ。ゼラオラの目には、まだ()()()()()()()()()()()ように映っているのだから。

 

「これはもう、ジム戦じゃない……!」

 

 歯噛みするダイが拳を握り締める。ゼラオラが一歩、また一歩とステラとの距離を縮めていく。

 

「ステラねーちゃん! グランブルとアブリボンを出して! このままじゃやられる!」

 

 カエンが叫ぶとそれに従い、ステラが二匹のポケモンを喚び出す。新たな敵が現れたと認識したゼラオラが再び、勝利への渇望を湧き上がらせ絶叫に近い遠吠えを行う。

 グランブルが大手を振るってゼラオラを威嚇する。しかしそれは悪手であった、ゼラオラの敵対心を強く煽ってしまったのだ。

 

「グランブル、攻めてきますよ! 【インファイト】!」

 

 再び飛び出したゼラオラがグランブル目掛けて拳を撃ち出す。それを受け止めたグランブルがゼラオラに決死の白兵戦を挑み、強烈なパンチの雨を食らわせる。

 しかし勝利しか見えていないゼラオラはたとえ体力が尽きようと、グランブルに食らいついた。【インファイト】により防御が低下した瞬間に【バレットパンチ】が突き刺さった。

 

「アブリボン、【めざめるパワー】です!」

 

 直後、石造りのフィールドが隆起してゼラオラを飲み込んだ。ステラのアブリボンが有する【めざめるパワー】はじめんタイプ、本来はほのおタイプやいわタイプやはがねタイプに対する迎撃技として覚えさせていたものだが、奇跡的にゼラオラの弱点を突く攻撃となった。

 

 が、それでもゼラオラは止まらない。隆起した地面による拘束を先ほどと同じく【ほうでん】で散らしてしまうと、逆に飛び散った破片を足場にしてアブリボンへと迫った。

 

「グランブル、アブリボンのフォローを!」

 

 でんきタイプが持つ数少ない弱点を突けるアブリボンは言わば切り札。それを守ることをグランブルは了承し、迫るゼラオラの前に再び立ちはだかる。

 

「【ほのおのキバ】!」

 

 突き出された拳を再び、自分の胴を盾に受け止めるとグランブルは体内で生成した炎をキバに宿らせ、そのままゼラオラへと噛み付いた。

 肉が焼けるような耳障りな音と、ゼラオラの絶叫が響く。その痛々しさに、その場の誰もが目を逸らしかけた。

 

「まだ、勝ちたいのか……?」

 

 ゼラオラの咆哮の意味を知るカエンだけは、呆然とその意味を問うた。

 先程から、ゼラオラはただただ「勝ちたい」と叫んでいた。普段何も喋らない彼がそこまで勝利に固執する理由はなんなのか。

 

「ダイにーちゃんが、勝ちたがってたから、おまえは、一緒に勝ちたかったのか」

 

 そう、ゼラオラが望むのはダイの完全なる勝利。普段は口にしないが、主と見定めた者へ勝利を献上するための、狂気的なまでの忠心。

 カエンが言葉にできない感情を覚える中、ゼラオラは再びグランブル目掛けて拳を振るう。だがグランブルもゼラオラの肩口に噛み付いたまま離さない。

 

 しかし長くは保たなかった。やがてグランブルはゼラオラから口を離すとそのまま前のめりに倒れ込んだ。アブリボンを死守するべく、ゼラオラの攻撃能力を削ぐ"やけど状態"に持ち込んだのだ。

 肩口に火傷を負ったゼラオラだったが、それでもまだアブリボンが残っていると見るなり闘争心を湧き上がらせた。

 

 それに伴い、先程はカエンしか認識できていなかった赤黒いオーラがその場の誰もが可視化出来るような状態になる。

 ダイは聞いたことがあった。故郷オーレ地方で蔓延したダークポケモンは、感情が昂ぶると"ハイパー状態"と呼ばれる一種の錯乱状態に陥る。

 

 感情を出さない普段と違い、一つの感情に狂気的に傾倒させ特化させる。今回の場合は勝利に対して強い感情を抱いたゼラオラはあっという間にステラのエースを続けて戦闘不能にした。話に聞くのと、実際に目にするのではまるで違う。これはもはやポケモンバトルと呼べるものではない。

 

 ただの蹂躙だ。暴虐の嵐が小さな村々を悪戯に破壊するように、一方的な破壊行動だった。

 

「もう一度、【めざめるパワー】!」

 

 アブリボンが今度はゼラオラが散らした破片を操り、それを弾丸のようにゼラオラへぶつける。ニンフィア戦から喰らい続けたダメージは既に限界を超えており、さらには火傷のダメージ。通常のポケモンなら戦うことを放棄するほどだ。

 

 地面の弾丸がぶつかろうと、ゼラオラは止まらない。一歩ずつ、確実に歩を進め、アブリボンへと接近する。

 そしてグランブルから受けた炎技への意趣返しのように炎を纏わせた拳、【ほのおのパンチ】をアブリボンへと叩き込んだ。

 

 小さな妖精はその炎をまともに食らっただけで飛行不可能なほど追い詰められてしまった。これ以上追撃を喰らえばまずい、本能で察したステラはすべてのポケモンをボールに戻した。

 

「ダメだ、ステラねーちゃん!」

「逃げて!!」

 

 カエンとサツキが叫んだ。ゼラオラの目は未だ血走っている。

 否、ようやく敵将への障害を蹴散らしきったのだ。むしろ、これからが彼にとって本番と言えた。

 

 

「────ゼェェェェェッッルァァァアアアアアアアアア!!!」

 

 

 極大の稲妻を纏った拳を掲げ、絶叫と共にステラ目掛けてその拳を振り下ろす。誰もが目を背けた、耳を塞いだ。

 しかし衝撃はいつまでも訪れなかった。ゼラオラの拳は()()()()()。だがステラの姿をした何かを、ゼラオラの拳は確実に貫いていた。

 

「な、にが」

 

 ステラは呟くと自分がポケモンの背に乗って空を飛んでいることに気づいた、自分の下にいたのはペリッパーだ。

 バトルフィールドの上に目を向けると、ゼラオラが貫いたステラの姿をした何かがボヤけた。その足元にいたのはゾロアだ、今のステラは"イリュージョン"で本物に見せかけた幻影だったのだ。

 

 なんにせよ、本物を討ち損ねたことに気づいたゼラオラが再び【かみなりパンチ】を放とうとして突進し、ぶつかった。

 電撃が周囲に弾け飛び、地面を焼く。ゼラオラの拳を受け止めた緑色の腕がそのままゼラオラを放り投げ、挑戦者側のスペースへ投げ飛ばす。

 

「そこまでだ、ゼラオラ」

 

 ゼラオラの新手──ジュプトルの後ろに立ったダイが、ステラを守るようにゼラオラへと立ちはだかった。

 

「お前の相手は、俺だ」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 こんな状況で有りながら、俺が思い出していたのはイズロードの言葉だった。

 

『せいぜい寝首を掻かれないようにすることだ』

 

 その言葉通り、ゼラオラは今目の前に立つすべてを障害と捉えて攻撃する。

 だけど同時にさっき、カエンが呟いた言葉もまた俺の頭の中で繰り返されていた。

 

『ダイにーちゃんが、勝ちたがってたから、おまえは、一緒に勝ちたかったのか』

 

 普段無口なクセして、こんな時ばっか饒舌になりやがる。

 

「お前が俺と一緒に勝ちたいって思ってくれたのは、嬉しい。だけどな、こんなのはダメだ」

 

 だから俺が、俺たちがお前を止める。

 

「行くぞゼラオラ! ジュプトル、【タネマシンガン】!」

 

 ゼラオラは俺が立ちはだかってることよりも、目の前に敵対するポケモンが現れたことの方が重要だったらしい。即座にジュプトル目掛けて突進する。ジュプトルは種の弾丸を雨のように発射すると弾幕を張る。しかし石畳のフィールドを縦横無尽に駆け巡るゼラオラには当たらない。

 

「だったら、【マジカルリーフ】だ!」

 

 即座に種の弾丸を撃つのをやめ、次いで不思議な光を放つ葉の手裏剣を放つジュプトル。葉っぱは摩訶不思議な軌道を描いてゼラオラの後を追いかける。如何にゼラオラが素早くても、当たるまで追いかけてくる葉っぱの手裏剣を無視することは出来ない。立ち止まり、【ほのおのパンチ】で手裏剣を迎撃するゼラオラ。

 

「動きが止まった! ジュプトル!」

 

 ジュプトルが飛び出し、ジグザグと不規則な軌道でゼラオラへ距離を詰めると【リーフブレード】で攻撃する。それに対して【かみなりパンチ】で応戦するゼラオラ。

 直後、衝撃で両者が弾かれるように吹き飛ぶが、ゼラオラは空中で電撃を使うことで体勢を空中で整え、さらにはその電撃で足場に散らばる石の飛礫を放つ。それはゼラオラを中心に放たれてしまった。

 

「ゾロア! メタモン! 皆を護れ!」

 

 ゾロアの背に飛び乗ったメタモンが観覧席の前へ移動し、過去にメタモンが変身した中で一番大きな"ボスゴドラ"へと変身すると、飛んできた飛礫をすべて受け切る。ゾロアもまた【バークアウト】で迫る飛礫を散らして回避する。

 

「ステラさん、みんなを連れて外へ! 正直、守りながらアイツと戦える気しないです!」

 

 ゼラオラの方を向きながら叫ぶ。けれど、ステラさんから返事が返ってこなかった。

 

「いいえ、私は残ります。ここで見守ります、この闘いの行方を」

「話聞いてましたか? 難しいんですよ、護りながら戦うの!」

 

 俺が目を離している間も、ジュプトルがゼラオラの攻撃を防ぐ。返すようにジュプトルもまたゼラオラを攻撃する。

 もう体力が限界のはずなのに、ゼラオラは一向に止まる気配を見せない。長期戦になることも覚悟しなければいけない。だから、ここで他の皆を護りながら戦うのは俺の集中力の限界を超えている。

 

「────それでも、私は貴方を信じます!」

 

 というのに、ステラさんはそう言って芯の強い瞳で俺の目を射抜くように見つめてきた。ステラさんの強い語気を受けて、俺は一瞬そのまま硬直してしまう。

 

「防御は俺とイワークに任せろ!」

 

 その時だ、観覧席に座ってたレンが立ち上がりボールからイワークを呼び出してそう言った。さらには他の皆も、自分のポケモンを出して自衛の準備を始めた。

 まるで、ステラさんと一緒に俺の闘いを見守ろうとしているみたいだった。というよりは、まさにその通りで。

 

「負けらんねぇな、クソ……」

 

 毒づくけど、頬は緩む。だけど気持ちまで緩めないように、頬を手で張る。そしてゼラオラへと向きなおる。

 ゼラオラは目を血走らせて、俺以外のすべてを蹴散らそうと躍起になっていた。

 

「ゼラオラ、聞いてくれ!」

 

 みんなのポケモンが標的にならないように、ジュプトルが【エナジーボール】で注意を自分に向けさせる。俺はジュプトルの攻撃の合間に語りかけた。

 

「正直、カエンから聞いて嬉しかったよ。お前が、俺を勝たせようとしてくれてたこと。お前がここまで感情を見せるなんて思ってなかったからさ」

 

 牙を剥き、ジュプトルへ接近戦を挑むゼラオラ。ジュプトルもまた【リーフブレード】で攻撃をいなす。

 

「だけどな、俺はお前がそんなになってまで……お前をそんなに追いやってまで勝ちたいとは思わねぇ!!」

 

 ゼラオラが俺の叫びに耳を傾けた。後少しだ、ジュプトルが踏み込んだ。だがゼラオラはまるで雑念を振り払うようにして頭を振ると、【ほのおのパンチ】でカウンターを放った。

 殴られ、吹き飛ばされたジュプトルが俺の眼前に転がってくる。火傷は負っていないようだったが、ほのおタイプの技を直接食らってしまったために体力が大幅に減ってしまった。

 

「いいや、嘘吐いた。やっぱ勝ちてえわ、俺」

 

 俺が本音を漏らすと、ジュプトルが「ふっ」とまるで人が納得したときにするような笑い方をした。見れば、ゾロアもメタモンも、ペリッパーも一緒だった。今は戦闘不能で休んでるけど、きっとゴーストも笑ってくれるだろう。

 

「だからさ、俺は勝ちたいんだよ。お前らと一緒にさ……()()()()()()勝ちたいんだ、ゼラオラ!!」

 

 ゼラオラの動きが止まる。ジュプトルがその隙に合わせて跳躍し、再び懐に飛び込むと【ギガドレイン】でゼラオラの体力を急激に奪う。

 遂にゼラオラが膝を突いた。正気が戻りだし、痛覚を認識し始めたんだ。

 

 声を掛け続けろ、頭の中でそんな声が響いた気がした。

 

「お前もそう思ってくれてるんだろ、ゼラオラ。なら一緒に戦おうぜ、これはそのための第一歩だ」

 

 それでも、ゼラオラは膝を曲げ続けたままにはしなかった。立ち上がり、俺の声がする方へ歩みを進めた。その方向にはジュプトルがいる。

 仲間か、それとも敵としてジュプトルを認識しているのかはまだわからない。だけどそれでもゼラオラは極めてゆっくり俺たちの方へ向かってきた。

 

「前にも言ったな、俺はもっとお前のことを知りたいんだ。どんな性格で、どんなことが好きで、どんな味の食べ物が好きなのか」

 

 しかし歩き続けていたゼラオラが再び苦しみだす。可視化出来るドス黒いオーラが、ゼラオラの正気を再び奪う。

 

「俺を! 俺たちを見失うな! お前のピンチに手を差し伸べるヤツらがここにいる! お前が手を伸ばせば届くんだ!! でもそれは拳じゃダメだ! 手のひらで、俺たちの手を掴め!!」  

 

 ドス黒いオーラの中にいながら、自分の拳を解き手のひらを見つめるゼラオラ。しかしもう片方の手が拳を握りそれが稲妻を纏い始める。

 敢えて自分を攻撃対象にさせるためにジュプトルがゼラオラの目の前に躍り出た。一瞬正気を失ってしまえば、弾かれるようにゼラオラの身体は拳を突き出した。

 

「ぐあっ!!」

 

 ゼラオラが拳に纏わせた電撃、それが飛礫を撃ち出し俺の腹部へと突き刺さるように直撃する。鈍い痛みが走り、思わず膝を突く。

 

「かまうな……!」

 

 シャツとインナーを捲りあげると、ささくれ立った石の端が幾つか実際に突き刺さっていた。ぬるりと生暖かい血が垂れて石畳の上に赤黒い染みを作る。

 ジュプトルが俺の目の前に戻ってくると、ゼラオラが放つ飛礫攻撃を防御する。しかしそれはゼラオラが放つジャブ、であるならストレートを防ぐ手立てが無くなる。

 

「ジュプトル……ッ!」

 

【ほのおのパンチ】で急所を突かれたジュプトルが吹き飛んでくる。このままではジュプトルは石舞台から叩き落とされてしまう。俺は痛む腹部を無視して吹き飛んでくるジュプトルの身体を受け止めるが、衝撃を抑えきれずに石階段に体勢を崩した状態で転がり込んでしまった。

 

「ダイくん!」

 

「ダイ!」

 

 ステラさんとリエンの声がグルグルと回る。アルバやカエンの声もする。それらがまるで、ドラム式の洗濯機に入った俺に向かって順番に放たれたような錯覚を覚える。

 ジュプトルごと階段の半ばまで転がり落ちる。俺は荷物から"いいキズぐすり"を取り出してジュプトルに吹き付けた。今しがた受けたダメージは回復させたものの、ハイパー状態のゼラオラの攻撃なら一撃で仕留められるだろう。

 

 変な汗が出る。滝のように吹き出る。腹からも、生暖かい血が溢れてるのがわかる。打撲で全身が痛む。

 だけどそれでも、この闘いに誰かを巻き込むわけにはいかなかった。それは、ゼラオラに誰も傷つけさせないためだ。もちろん、ステラさんのポケモンに既に怪我をさせてしまったけど、それでもこれ以上は誰も傷つけさせない。

 

「あっ、やべぇ……」

 

 ついふらっと体勢を崩した、後ろ側に。ジュプトルが俺の手を掴もうとするが、届かない。

 

「おっと!」

「危機一髪だね……」

 

 その時後ろからやんわりと支えられて、俺はなんとか階段を後ろ向きに転がっていくことなくその場に留まった。

 アルバとリエンだった。二人が俺を支える腕に力を込めて俺をもう一度階段に立たせてくれた。

 

「傷、見せて」

 

 リエンが俺のシャツを捲りあげて傷口を見る。尖った石が幾つか刺さってる上、大きな飛礫に当たった衝撃で内出血も見られた。大した怪我じゃないように見えるけど、放っておくのは危険な怪我みたいだ。

 

「手当はあとでいいから」

「良くないよ、だって辛いんでしょ」

「それでも、今はダメなんだ」

 

 一歩ずつ、階段を登る。アルバが力を貸してくれたおかげで足を踏み外さないで済んでいるが、正直歩くたびに腹の傷が痛む。

 と、どうやら後ろにいたのはアルバとリエンだけじゃないみたいで。アイがバシャーモを引っさげてフィールドに上がろうとした。

 

「アイ、手ェ出すなよ……」

「馬鹿言ってる場合じゃないでしょ、アンタはもう限界だしゼラオラはまだ健在よ」

「言っただろ、それでも俺が、俺たちがやらなきゃダメなんだ」

 

 苦痛で顔が歪む。笑顔を見せてる余裕はない。

 俺の意固地に、遂にアイが堪忍袋の緒を切ってしまう。

 

「なんでそこまで頑張るの!?」

 

 

 

「────信じてるからだ!!!」

 

 

 

 ビリビリと空気が震える。アイはジッと俺を見つめていたけど、やがてバシャーモをボールに戻すとアルバの反対側に立って階段を上がる俺のアシストをしてくれる。こういうときは素直で、良い幼馴染なんだけどなぁ……こいつ、物言いで損するから。

 

「大丈夫だよ、二人共。ダイを信じよう」

「アルバ……」

 

 なおも食い下がる二人をアルバが説得した。アルバは石舞台に俺を連れて行きながら言った。

 

「ダイ、言ったよね。信じてるんだって。それでいいんだ」

「ははっ、気休めか?」

「違うよ、経験だ。ポケモンを信じて。ただそれだけでいいんだ。それだけ出来れば、きっと"虹の奇跡"は起きるはずだから」

 

 アルバの言う"虹の奇跡"が何を指しているのかはいまいち分からなかった。だけど、その時のアルバの目は嘘なんかついていなくて。

 俺はつい、ポツリと心情を零した。

 

お前(ゼラオラ)なら、きっと俺の声を聞き入れてくれる、って。そう信じてるんだ」

 

 もう一度石舞台に立ち、俺はゼラオラに向かっていった。さっきに比べれば絞り出すような小声だ、だけど届くと信じる。

 ゼラオラが絶叫し、特大の電撃を拳に纏わせる。あれはただの【かみなりパンチ】じゃない、俺には分かる。

 

「そして、俺はもう一個信じてることがある……」

 

 光が、ジムの真上から差し込んだ。太陽の光だ、それを見上げた瞬間心地よさで思わず眠りそうになった。

 だけど、寝るならこの騒動を収めないといけない。ゼラオラと一緒に、陽のあたる場所で。

 

「お前なら、きっとアイツを止められる。アイツの目を覚まさせることが出来るって、信じてる……」

 

 ゼラオラが飛び出す。それに合わせて、ジュプトルもまた飛び出す。

 飛び出す瞬間に、ジュプトルが俺の方に視線を送りコクリと頷いた。

 

 そう、お前にもわかっているんだな、この瞬間が。

 

 

 俺の左手のグローブリストに埋め込まれたキーストーンが一際強い虹色の光を放つ。

 眩しくて、けれど目が痛くなるような光じゃなくて、陽の光のように暖かい、虹。

 

 

「だから────────」

 

 

 左手を握り締め、拳に変えて、突き出し、叫ぶ──! 

 

 

 仲間(ゼラオラ)を縛る、闇の呪縛を切り裂け────!! 

 

 

 

「────"ジュカイン"!! 【リーフブレード】ォォォ!!」

 

 

「────ジャァァァアアアアッッッ!!」

 

 

 

 太陽の光にも負けない強い光を放ち、その姿を変えたジュプトル改めジュカインがより巨大になった腕の新緑刃を、より素早くなった速度を以て繰り出した。

 ゼラオラの拳は空を切る。なぜなら既にジュカインはゼラオラの後ろにいたから。しかしジュカインが放った【リーフブレード】はゼラオラを傷つけることはなかった。

 

 フッと、ゼラオラの身体から溢れ出ていたドス黒いオーラは跡形も消えてなくなってしまう。それに伴い、ダメージを認識したゼラオラが前のめりに意識を失うが、それを後ろから抱きかかえるようにしてジュカインが支えた。ジュカインはゼラオラを包む闇の瘴気だけを、【リーフブレード】で作り出した真空波で切り裂いたんだ。

 

「それがお前の、新しい姿か。かっこいいじゃん」

 

 そう言うと、ジュカインがニッと笑って応える。震える手でポケモン図鑑を取り出すと、ジュカインをスキャンする。ジュプトルだった時とは比べ物にならないほどのステータス。

 グローブリストのキーストーンは小さな輝きを放っていたが、やがてふわりと消えた。

 

「あー、やべぇ……ちょっと限界かも」

 

 俺の身体も、叫んだり無茶したり血を流したりでボロボロだ。膝から力が抜けてしまう。汗まみれの顔に、砂がついて泥に変わる。けどそれを煩わしいと思う余裕もなくて。

 

 ステラさんがペリッパーの背から石舞台の上に降り立って俺の傍に腰を下ろした。長い髪が俺の顔を擽る、淡い石鹸の匂いが心地よくて陽の光も合わせて眠ってしまいそうになる。

 

「すみませんでした、残念だけど……今回のジム戦、バッジは……」

 

 いらないからゼラオラを恨まないでください、まで言葉が続かなかった。目の前が霞んできたからだ。

 その時、俺の手のひらに何かが掴まされた気がする。それが何かはわからないけど、ひんやりとした小物なのはわかった。

 

「いいえ、貴方は私に示しました。どちらのポケモンも信じる心を。このバッジを授与するのに、十分値します。挑戦者(チャレンジャー)、今はゆっくりとおやすみなさい」

 

 ステラさんが俺の頭を抱えて、ハンカチで泥を拭ってくれたような気がした。

 けれど、心地いい匂いと暖かさに満足して、俺は欠伸を漏らして眠り始めた。

 

 

 

 

 

 




エースが進化しました、バンザイ!


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VSグランブル 再出発

 ダイとステラのジム戦からかれこれ三日が経過した。ダイはそれから短期の入院を迫られ、腹の傷が良くなるまでベッドから動けずにいた。

 また、ゼラオラも受けていたダメージが相当身体に影響を及ぼしたらしく、ラジエスシティの病院一階に設置されているポケモンセンターで安静を強いられていた。

 

 診た医者曰く、十回は戦闘不能になってるほどのダメージ。それを受けてなお戦い続けたのだから静養は必須と言えた。

 

 そしてダイの退院当日、アルバとリエン、ソラとアイラの四人は再びラジエスシティジムを訪れていた。理由は単純明快。

 

「そこだ、ルカリオ! 飛び込め!」

「来ますよグランブル!」

 

 修復された石舞台の上、ルカリオが地を蹴り加速する。グランブルは大顎に炎を宿らせ、ルカリオを迎え撃たんとする。

 放たれたのは【バレットパンチ】、高速で撃ち出される鋼鉄の拳がグランブルの顎下部に直撃する。脳を揺さぶる位置に殴打がクリーンヒットする。

 

 が、

 

「ガァァウウッ!」

 

 刹那、肉の焼ける音。ルカリオの拳がグランブルの口の中に収まってしまう。しかしルカリオはそのダメージを覚悟の上で突っ込んだのだ。

 アルバとルカリオの狙いは、グランブルを確実に逃さないこと。そして、

 

「捕まえた! そのまま【ラスターカノン】だ!」

「【ほのおのキバ】を敢えて受けたのは、それが狙い……っ!?」

 

 グランブルはルカリオから逃げられず、ルカリオは足を開いて地面を踏みしめるともう片方の腕に鈍色の光を集束させる。

 そして拳全体を覆ったその光を以て、グランブルを殴打する。グランブルの身体を貫通する鋼のエネルギー。発勁の要領で撃ち込まれたそれがグランブルの体力を削り切った。

 

 空気が破裂するような音から石造りのジム内に静寂が訪れる。やがて、グランブルはあんぐりと口を開けルカリオを解放すると後ろに大の字で倒れ、目を回していた。

 

「グランブル、戦闘不能! よってこの勝負、挑戦者(チャレンジャー)の勝利!!」

 

 ジムトレーナーが赤い旗、即ちアルバの勝利を告げた。アルバはぐぐぐと全身に力を込め、

 

「いよっし!!!!!」

 

 思い切り飛び跳ねた。ルカリオも火傷を気にもせずアルバとハイタッチを交わす。先鋒でミミッキュの相手を務めたブースターも喜び辺りを跳ね回っていた。

 その様子を見て、微笑みながらステラがアルバに歩み寄った。

 

「お見事でした、挑戦者。この戦いを制した貴方に、このオールドバッジを授与します」

「はい、ありがとうございます!」

 

 受け取ったバッジをポーチにつけるアルバ。並べて三つ目のバッジが夕日を受けてキラリと輝く。

 

「貴方とルカリオ、とても信じあっていますね」

「物心ついた時から一緒にいる相棒なんです。でも……」

「でも?」

「この間、()()()()見せつけられたから、こっちも負けてらんないなって!」

 

 アルバが石舞台の一部に視線を送る。そこには未だに修復しきれてない傷跡が残っていた。ダイとゼラオラの戦いを物語るその傷を、ステラは敢えて残していた。バトルフィールドの外側にある傷なのでジム戦に支障は出ない。彼女が認めた『ポケモンを信じる心』を証明するその傷を埋めるわけにはいかなかったのだ。

 

「やったね、アルバ」

「いい調子ね!」

「ありがとう二人共」

 

 観覧席から移動してきたリエン、アイラとハイタッチを交わすアルバ。しかし二人には続かず、観覧席と石舞台の中間でソラがボーッと立ち尽くしていた。

 

「どうしたのよ、ソラ」

「ダイの音楽が聞こえる、近づいてきてる」

「はぁ?」

 

 そう言ったまま、ソラがジムの入り口を指差す。アイラとリエンが石舞台からドアをジッと見つめると、自動ドアが機械音を立てながら開く。

 

「はい到着~! タイムは?」

「本当に来た、エスパー!?」

 

 そのまま横滑りするように自転車で突っ込んできたダイが肩に乗っているゾロアに尋ねる。ゾロアは口に咥えたライブキャスターのタイムを止める。

 あまりにも大袈裟な登場に思わずその場の全員が硬直した。アイラが階段を飛び降りるようにしてダイの目の前に降り立つとその腹部を思い切り殴った。

 

「いってぇ! なにすんだ!」

「アンタ馬鹿ァ!? 怪我してんのに何遊んでんのよ!」

「いや怪我は治ったよ!? っていうか怪我してる箇所を重点的に殴るとかお前あれだな! ド畜生だな!」

 

 殴られた箇所を摩りながら言うダイ。するとアイラはいきなり怒りを収めたかと思うとしおらしくなる。

 

「いや、治ったならいいのよ……ちょっとは、心配したし」

「え、聞こえないんですけど。もっと大きな声でプリーズ」

「ッ~~~~~~! うっさいバーカ! キテルグマにハグされて死ね!」

 

 その場の全員が「それはマジで死ぬ」と思ったが口には出さない。微笑ましい口論を見てステラがクスクスと笑う。

 

「元気になったみたいで良かったです、ゼラオラはもう大丈夫ですか?」

「えぇ、今日の夕方には退院しても大丈夫だろうって。改めてご迷惑をおかけしました……それと、バッジありがとうございます。俺、大事にします」

 

 ダイも三つ目のバッジを見ながらステラに言う。その時だ、ステラがハッとしたように顔を上げた。

 

「ダイくん、確かご出身はオーレ地方だと伺いましたが……」

「はい? そうですけど、どうかしたんですか?」

「"ときのふえ"というのは、ご存知ですか?」

 

 その単語を耳にした瞬間、ダイはアイラと目を見合わせコクリと頷いた。

 

「俺たちの故郷にあるって言われてる、伝説の笛です。でも、どうしてそれをステラさんが?」

「私はジムリーダーの他に大神殿や図書館の管理を任されています。それはご存知ですね? ジム戦の後、古い文献を調べてみたのですが……こういうものを見つけたんです」

 

 ステラが差し出したのは古い蔵書だった。恐らく彼女が見つけ出すまで埃を被っていたのだろう、ページの端々が微妙に白んでいた。

 

『"つながりの唄"』

 

 その唄についてのページは古めかしい言葉で飾られていて、現代人に読解は難しかった。ダイが首を傾げながらページを読んでいくと、いつの間にか隣に来て同じ本を眺めていたソラが「あ」と短い声を上げた。

 

「知ってる、英雄の民の歌」

「英雄の民、ってーとカエンの家系?」

 

 ダイが聞きなおすとソラが頷いた。そしてステラが慣れない手付きで携帯端末を操作しダイに見せてくる。

 

「少し前のことですが、ここラジエスシティで"リングマ"が暴れるという、妙な事件が起きたんです」

「事件? バラル団絡みのですか?」

「いいえ、カエンくんによるとバラル団は関与していない、どころか犯人の一味をバラル団と協力して撃退したと聞いています」

 

 それはダイにとって、少しばかり大きな衝撃だった。当然といえば当然だ、バラル団を除く別の悪党も存在する。ダイは今までバラル団としか相対してこなかっただけだ。

 

「その犯行グループは"暗躍街(アンダーグラウンド)"と呼ばれ、ポケモンを暴走させる薬品を作ったんです……と、脱線してしまいましたね。とにかく、この薬品でテルス山の守り神と名高い一匹のリングマが暴走しました。ちょうど、貴方のゼラオラのように」

 

「それを解決したのがこの"つながりの唄"ってことですか?」

「えぇ、"英雄の民"がその場に居合わせたことでリングマは沈静化、元に戻ったと聞いています。私が思うに、この"つながりの唄"には"ときのふえ"と同じ効力があると思うのです」

「そうか……! それなら、ゼラオラを元のポケモンに戻してやれるかもしれない……!」

 

 ダイが目を輝かせた。そしてズイと身を乗り出した。

 

「そ、その英雄の民はどこにいるんですか!? 教えてください!」

 

 捲し立てるように頼み込むと、ステラはやや困った顔をして頬をかいた。見かねたアイラがダイの襟首を掴んで引っ込ませた。

 

「それがですね、()()はややスケジュールが厳しい人物でして、アポイントメントは難しいと思うのです」

「……そんな」

「ですが、彼女とコンタクトを取れそうな人に、心当たりがあるのです。もし、この後旅の行先が決まっていないのであれば"ユオンシティ"に向かってください。その街のジムリーダーならきっと、彼女への道標になるはずです。協力してくれるよう私からも頼んでみます」

 

 そうと決まれば、話は早い。ダイとアルバとリエンはタウンマップを取り出し、顔を見合った。

 

「二人共悪い、一緒にレニアシティに行くって約束もう少し後回しになりそうだ」

「ううん、いいよ! まずはゼラオラを元に戻してあげないと!」

「ダイとアルバが良いなら、私は反対なんてしないよ」

 

 次の目的地が決まる。三人は軽く拳をぶつけ合う。旅の最中、「一緒に頑張ろう」を表現するジェスチャーだ。

 

「それじゃ、明日……いや明後日だな。明日は挨拶回りと準備をしてから出発だ」

「オッケー!」

「わかった」

 

 ダイはステラに向き直った。そして自転車から降りて腰で深く折ってお辞儀をする。

 

「ステラさん、本当お世話になりました」

「いいえ、二週間前この街が大きな被害を受けなかったのは貴方の尽力あってこそ。感謝するのは私の方です。またラジエスに来ることがあればぜひ会いに来てください。元気になったゼラオラに会えるのを楽しみにしています」

 

 差し出された手をダイはおっかなびっくり取る。グッと力を込め合い別れを済ますと、ダイたち五人はジムを後にした。

 

「アイはどうする? お前も一緒に来るか?」

「なによ、三人旅しながらまだアタシが恋しいのかしら?」

「ちげーよそんなんじゃねーよ。ただ、もうお前と一緒に胸張って冒険出来るって思っただけだ」

 

 それはダイがずっと思っていたことだ。リザイナシティ、クシェルシティ、両方のジムを制覇したダイだったが、戦ってる最中は常に「勝たなくちゃ」というある種、強迫観念に囚われていた。

 だが、ステラとのジムはゼラオラの暴走であんなことになってしまったとは言え、心の枷が外れたように、気楽に挑むことが出来るようになっていた。

 

 もう置いてけぼりを食うことはない。強い幼馴染(アイラ)と一緒に、世界を回れたなら。今度こそやり直せる気がすると、ダイはずっと思っていたのだ。

 

「……ううん、やめとく。VANGUARDは設立出来たと言っても、やっぱり活動方針の違いで戦力として動かせるのはせいぜい半分って感じだし、アタシはこのままサザンカさんのところで修行しようかと思ってる」

「じゃあ。また一旦お別れだな」

「そうなるわね、アンタたちが冒険だけ出来るようアタシは最善を尽くすからさ。アルバ、ダイ、ちゃんと勝ち進みなさいよ」

「もちろん。だけど、アイラとポケモンリーグで戦うって約束、僕は覚えてるからね」

 

 アルバがアイラとハイタッチを交わす。続いてダイとは握った拳を打ち付ける。リエンとは固い握手でそれぞれの健闘を祈ると、アイラは"フライゴン"をボールから呼び出しその背に飛び乗った。

 

「それじゃあアルバ、リエン、馬鹿を任せたわよ」

「「馬鹿を任されました」」

「おい、このくだり前もやったよな? なぁ」

 

 ダイが抗議の声を上げるがアイラは止まらず、フライゴンを上昇させた。サザンカがいるクシェルシティの方向へ向かい、段々と小さくなるアイラを見届けてダイは小さく、誰にも聞こえないように鼻を啜った。

 

「さて、と。ソラはこのまま、リザイナシティに戻るのか?」

「……うん」

「今の間はなんだ……?」

 

 さっきからポケーっと突っ立っているだけだったソラがいきなりダイに話題を振られ、少し考える間を開けてから答えた。

 

「タクシー、使うから、今日()ここでお別れ。バイバイ、みんな」

「お、おう……元気でな、前も言ったけど何かあったら連絡していいんだからな」

 

 ダイが手首に付けられているライブキャスターを軽く掲げる。するとソラはいつもの無表情から少しだけ笑みに見える無表情で応えると捕まえたタクシーに乗って去っていった。

 そのタクシーが街角に消えたタイミングで、ダイはさっきの言葉の不可解な点に首を傾げた。

 

「今日は、ってなんだ?」

「さぁ……」

「ソラのことは考えてもわからないよ」

 

 いい子だけど、とリエンは付け足して苦笑する。違いない、と二人して頷く男二人組。夕日がビル街に消えていく、三人は取っていたホテルへ向かう最中病院のポケモンセンターでゼラオラを迎えに行った。

 それぞれの部屋に戻る。トレーナー割引があるとは言え、それなりに根の張るホテルゆえにダイとアルバは相部屋だ。ベッドにダイブしたアルバがポーチのバッジを眺める。

 

「ぐふふ、オールドバッジもゲット~!」

「笑い方がイヤらしいぞ」

「だってだって、嬉しいからね! ブースターも頑張ったし!」

 

 アルバがそう言うと、名前を呼ばれたと思ったのかボールからブースターが飛び出してくる。褒めろ、とばかりに頭頂部をアルバに差し出すブースター。尻尾に頭を埋めながらブースターの頭を撫で始めるアルバ。

 

「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~癒やされるわ……」

「声が気持ち悪いぞ」

「いや、ダイもやってみなよ! ゾロアに! 超気持ちいいから!」

「訂正、超気持ち悪いぞ」

「ひどい!」

 

 何気ない漫才のようなやり取りをしながら時間を潰す二人。夕食までは時間がある、かと言って荷造りも殆ど済んでいる。時間を持て余したからと言って、ホテルの室内でポケモンバトルなどしようものなら問答無用で出入り禁止を食らってしまう。どうしたものか、と思っているとダイのライブキャスターが震えた。

 

「ソラ? どうした」

 

 端末の画面を起こし、通話をオンにする。すると未だタクシーの車内にいたソラが、ダイと同じように画面を起こしてカメラに向き直る。

 

『帰宅中』

 

「おう」

 

『またね』

 

「それだけか!?」

 

 通話が切れる。これにはさすがのダイとアルバも苦笑いを禁じ得なかった、が。

 

「ぷっ」

 

「ハハハハ」

 

 やがて堰を切ったように笑いだしてしまった。まるで箸が転んでもおかしい子供のようにケラケラと楽しく笑った。

 笑い転げていると、再びダイのライブキャスターが震えた。もしかしてまたソラかもしれない、と思って通話を繋げた。

 

『……何を笑い転げている。アホ面をカメラに近づけるな』

 

「なんだカイドウか、ぷっ、ひひ」

 

『なんだとはなんだ、俺は未だかつて通話初めに笑われたことなどない』

 

「悪い悪い、ちょっとお前との通話の前にいろいろあってな。それで、どうしたよ。お前から掛けてくるなんて、明日は雨が降るかもな」

 

『……あの修道女(ステラ)に、明後日ラジエスを発つと聞いたのでな。確認に掛けた』

 

「あぁ、ユオンシティに行く」

 

『なら、出発の朝空けておけ。渡すものがある』

 

 それだけ一方的に言うとカイドウは通話を切った。ダイとアルバは顔を見合わせて、首を傾げた。

 

「なんだったんだ、カイドウのやつ」

「あのカイドウさんがダイに渡すものって、なんだろう?」

 

 二人で散々考えたが分からなかった。天才の考えることはわからない。ダイの知らないカイドウをアルバは知っている。それと同時にアルバの知らないカイドウを知っているダイ。

 しかし両者の共通のカイドウは、人に贈り物などしない人間に思えた。ひょっとしてどこかで頭でも打ったのではないか、などと失礼なことを思ったものだが。

 

 ダイはベッドに腰掛けながらモンスターボールの中で眠るぜラオラに視線を送る。そしてステラが特別に貸し出してくれた"つながりの唄"について記された古文書を捲る。

 なんとか解読しながら読んでいくと、"つながりの唄"の起源やそれによって解決した問題、効果や古の言葉による歌詞などが記されていた。

 

「俺が歌っても、ダメなんだろうなぁ」

「ダイ、歌は得意なの?」

「それほどでも。音痴じゃないとは思うけど」

 

 なんて取り留めのない話をしているうち、夕食の時間になってリエンが迎えに来た。ホテルのバイキングでアルバがドカドカと食べるのをダイとリエンは呆れ半分笑顔半分で眺めていた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 それからは、あっという間に朝が来て、旅の準備を完璧に済ませたり挨拶回りで一日が終わり、出発の朝を迎えた。

 ホテルを引き払った三人はラジエスシティの北区(ノース)へ向かっていた。ダイはこの通りを歩くのは初めてだが、アルバとリエンはそもそもレニアシティからこの道を通ってラジエスシティへやってきたため、ゲートへの道は完璧だった。

 

 もうすぐカイドウとの待ち合わせ場所、"ノースゲート"に到着する。大きな黄色の建物が見えてくると、その入口付近に人の山が出来ていた。

 

「あれ、みんな」

 

 そこにいたのはカイドウ、ヒヒノキ博士、イリス、シンジョウ、レンとサツキ、ステラ、そしてソラだった。予想外の人物がいたせいで、ダイたち三人は面食らってしまった。

 

「もう出発?」

「はい、ユオンシティに」

「そっかそっか、ダイくん。もう二人から離れちゃダメだからね」

 

 イリスがダイの額を小突く。正直痛いほどわかっているので、触れてほしくない部分ではあったのだが。ダイは晴れ晴れとした顔でイリスに向き直る。

 

「もちろん。今度は俺とも、バトルしてくださいね」

「うんうん、お姉さん今の君なら大歓迎だよ。きっと楽しいと思う! アルバくんも、今度会う時まで強くなっててよ?」

 

 話を振られたアルバが手のひらに拳を打ち合わせ、力強く「はい!」と返した。

 

「いつか、イリスさんのライバルだって認めてもらえるように、頑張ります。その時はまた、バトルお願いします!」

 

 ダイとアルバは、イリスとこの街で何度目かの握手を交わす。するとシンジョウがリザードンを呼び出し、イリスがその背に飛び乗った。続いて、シンジョウがダイの目の前にやってきた。

 

「これからはVANGUARDの仲間として、よろしく頼む」

「こちらこそ、シンジョウさんは結局誰のチームになったの?」

「コスモスのチームだ。彼女とは昔から顔見知りで、スカウトを受けたんだ。お前はカエンのチームだったな、そそっかしいヤツだが面倒を頼むぞ」

 

 イリスと交わしたようにシンジョウとも握手を、そして拳をぶつけ健闘を祈り合う。そしてリザードンの背に飛び乗り、去ろうとしたシンジョウに向かってダイが待ったを掛けた。

 

「シンジョウさん、ジムバッジ集めてる?」

「ん? あぁ、幾つか集まっているが、どうしてだ?」

「だったらさ……今度リベンジさせてよ、レニアシティの。次は────ポケモンリーグでさ!」

 

 突き出されたダイの拳をシンジョウは一瞬面食らったようにしながらも、「フッ」と不敵に笑むと返すように拳を上げ、

 

「待ってるぞ、這い上がってこい挑戦者(チャレンジャー)!」

 

 遠い異国の地のジムリーダーは挑もうとする挑戦者にそう言い、翼竜を羽撃かせた。晴れた空に飛び上がる翼竜は少しばかり乱暴な飛行を行いながらレニアシティの方面──テルス山へと飛び去っていく。

 次に前に出たのはステラとレンとサツキの三人だった。

 

「改めて、ありがとうなダイ。お前がいなかったらあのライブの日、俺たちポッキリ折れてたよ」

「いいや、気にすんなよ。そこにいるヒヒノキ博士の姪っ子に感謝しとけ?」

「あぁ、とびっきりのサイン持たせるよ」

 

 ダイがレンとハイタッチを交わす。一歩下がると今度はサツキがダイの前に立つ。小さな、ともすれば中等部の学生と見間違うほど童顔の男は照れくさそうに頬をかきながら言った。

 

「俺たち、頑張るからさ。もっともっと、みんなを笑顔にしたいって本気で思ってるから」

「自身持てよサツキ、お前らの歌の良さは俺が保証してやる。昔のことなんか水に流して、これからを生きてけよ」

「うん、今度こないだのリベンジライブやるんだ。都合よかったら、みんなで見に来てよ。一番良い席取っとくよ!」

「おう、楽しみにしてるからな」

 

 サツキともハイタッチを交わす。するとリエンが前に出てサツキと向き直った。少し意外な組み合わせにダイとアルバは顔を見合わせ首を傾げた。

 鞄を弄るリエンが取り出したのは、かつて旅立ちの日に父親がお守り代わりにくれた石だった。それはポケモンを進化させる"みずのいし"だ。

 

「これ、あなたに上げる」

「いいのかリエン? それお父さんがくれたお守りだろ?」

「うん、私には今お父さんがくれたヌマクローがいるから。この石は必要としてる人に渡すのが一番だと思う。だから受け取って」

 

 確かにサツキはハスブレロを連れている。"みずのいし"があれば"ルンパッパ"へと進化が可能になるのだ。これからVANGUARDとして活動することもある手前、戦力増強は望ましいだろう。

 差し出された石をおずおずと受け取ったサツキがリエンの方へ向き直った。

 

「ありがとう、神隠しの洞窟では迷惑掛けちゃったのにな」

「気にしてない。二人が脱出を手伝ってくれたから、今こうして皆生きてるんだよ」

「……本当にありがとう、俺たちもっともっと頑張るから。テレビ出るから、見ててくれよ」

 

 サツキが下がるとステラが前に出る。今さらりと二人が元バラル団であることを匂わせてしまったが、恐らくステラはもうその相談を受けているのだろう、気にした様子は無かった。

 

「ユオンシティのジムリーダーに話は付けておきました、後は直接会ってみてください」

「何から何までありがとうございます、全部終わったらこれは返しに来ますから」

「えぇ、貴重な蔵書ですから失くさないでくださいね」

 

 ニッコリと微笑むステラにダイが強く頷く。するとダイの腰からゼラオラが勝手に飛び出した。ゼラオラは一歩前に出るとステラに向き直り、ジッと見つめた。

 

「あなたはとても良いトレーナーを持ちましたね。ゼラオラ、あなたは今幸せですか?」

 

 ステラがゼラオラの頭を撫でながら尋ねた。祈るような間を置いて、ゼラオラはコクリと頷いた。それがトレーナー冥利に尽きるのだろう、ダイは少し気恥ずかしくなった。

 あの戦いを経て、ゼラオラの心の鎖はまた一つ解き放たれた。二週間前、怒ることを思い出したゼラオラは、ステラとのジム戦を通して、喜ぶことを思い出したのだ。

 

「それでは、皆さんの旅路に幸あらんことを祈っております。どうかお元気で」

「ステラさんもね」

 

 それを最後に、一礼を済ませたステラがレンとサツキに目配せをして、その場を去る。朝の街の喧騒に消えていく三人を見送り、今度はヒヒノキ博士が前に出た。

 

「たまげたなぁ、ダイくん。君がラフエル地方に来た頃からだいぶ見違えたよ」

「それ、二週間前も聞いた気がするよ博士」

「何度でも言うさ、僕が図鑑を預けたトレーナーがこんなに立派になったんだ。このままポケモンリーグまで進んでくれたなら、僕としても鼻が高いよ」

 

 そこまで言うと、ヒヒノキ博士は鞄を漁るとそこから三つのアイテムを差し出した。それはダイが使っているのと同型のポケモン図鑑だった。三つのうち、二つはダイのものと違い色が淡いピンク色になっていた。

 

「アルバくんとリエンさん、だね。ダイくんから話を聞いたよ。彼と旅をするお友達にも、これを渡そうと思って、この二週間で用意したんだ」

「ありがとうございます、ヒヒノキ博士!」

「大事にします」

 

 アルバとリエンがそれぞれ図鑑を受け取り、起動し持ち主を登録する。これでこのポケモン図鑑はそれぞれアルバとリエンのものになった。しかしダイはもう一つ博士の手の中にある図鑑が気がかりだった。

 

「博士、それは?」

「これは、彼女の分だ」

 

 そう言いながらヒヒノキ博士は後ろを指さした。そこには先程から人々の会話を眺めていたソラがいた。ダイは一瞬間を置いてから「はぁ?」と素っ頓狂な声を出した。ようやく自分の番か、とソラがトコトコ小さな歩幅で博士の隣にやってきた。

 

「ソラ・コングラツィアです。どうぞよろしく」

「いや知ってるけど! どういう意味!?」

「私、考えたんだ。ダイと、アルバと、リエンの、みんなの三重奏(アンサンブル)が好きだから、一緒に行きたいなって」

 

 これにはさすがのアルバとリエンも驚いて声が出ないようだった。

 

「私のところに突然やってきて、余ってるポケモン図鑑は無いかって尋ねてきてね。事情を聞いたら、君と知り合いだって言うじゃないか」

「いや、だからって……えぇ、マジか?」

「マジ」

「真顔で言えば良いってもんじゃないぞ」

 

 幾分かやる気に満ち溢れた無表情を見せられダイは頬が引きつるのを感じた。

 

「いいじゃない! 前にも言ったよねダイ、旅は道連れ!」

 

 最初に賛成したのはアルバだった。それにつられるようにして、リエンが微笑んだ。

 

「一昨日も言ったけど、ダイとアルバが賛成なら私は反対しないよ」

 

 残るはダイの答えとなった。ジム戦前夜にイリスが言ったたわごとを思い出して葛藤するダイだったがやがて唸った末に、

 

「……よろしく、ソラ」

「うん、よろしくねダイ」

 

 ダイは折れた、それはもうポッキリと。差し出した手をソラが取り、その二つの手にアルバとリエンが手を重ねて、三重奏(トリオ)四重奏(カルテット)へと変わった。

 新たなチームの結成を見守ったヒヒノキ博士がわざとらしい咳払いで話を戻した。

 

「それでね、前にダイくんに会ったときは伝えきれなかったんだけど、有名なポケモン博士は、図鑑を託したトレーナーの優れた技能を代名詞にするっていう習わしがあるんだ」

 

 ヒヒノキ博士が鞄から取り出した和紙を開く。それをアルバに渡す。

 

「アルバくん、君の功績はダイくんや他のジムリーダーから聞いてるよ。そんな君はまさしく"立ち上がる者"!」

「立ち上がる者……そうですね、そういられるようにこれからも頑張ります!」

 

 博士から受け取った和紙を胸に抱いて、アルバは深い息を吐く。続いてリエンに向き直ったヒヒノキ博士。

 

「リエンさん、以前はマリンレスキューの手伝いをしていたようだね。そんな中、ダイくんが川から流されてきて、それを助け出したと」

「はい、ペリッパーがダイを生かそうとしてたので、まだ生きてるんだと思って助けました」

「冷静だね、そしてモタナタウンで起きたバラル団とダイくんの戦いを見て、どう思ったかな」

「……何が正しいのか、そのときはわかってなかったと思います。ただ、世間ではPGと敵対するバラル団は悪、って評価が根付いていたから少しそっちの意見に寄っていたかな、とは」

 

 リエンの自己分析を聞き、博士は首を縦に振る。そして筆ペンを取り出し、サッと和紙に文字を奔らせた。

 

「わかった、君はまるで水晶、もしくは鏡のような人だ。前に立った人によって姿や移し方を変える、ね。それでありながら、大局を見据えようとする君は"見定める者"と呼ぶのが相応しいだろう!」

「ありがとうございます、ヒヒノキ博士。今まで、自分の生き方はそんな立派なものだとは思ってませんでした。でも、博士やダイたちがそう後押ししてくれるなら、私もそうあれるように、私で居続けようと思います」

 

 受け取った図鑑を一瞥し、リエンが薄く微笑んだ。次にヒヒノキ博士が向いたのはソラの方だが、一気に博士の顔が苦笑いに変わる。

 

「ソラさん、君は本当に変わった子だね。いきなり現れたかと言えば、人の心を音楽に例えて的確に言い当てる、不思議な子だと思ったよ」

「……不思議じゃないもん」

「はは、気に障ったのなら謝るよ。ただ、ね。君のその特技はきっと意味があって君に与えられたんだと思う。そしてポケモンの音楽をも聞き取る君は"聴き届ける者"だ。これからもどうか声なき声を聞き逃さないよう、僕からお願いするよ」

「……わかった、ありがとう博士」

 

 相変わらずの無表情だったが、ソラはヒヒノキ博士の手を取ってそう言った。そして最後に、博士はダイに向き直った。

 

「さっきも言ったからね、ダイくんはどうしよっか」

「勿体ぶらずに言ってくれって博士。俺は、どんな人間だと思う?」

「あぁ、君は非常に難しいね。私と初めて会ったときは本心を隠していただろう? 本心っていうか、本当の自分を。だけどね、PGから君の都合なんかを聞いたりして思ったよ。あぁ、(ダイくん)にとって壁なんてものは有って無いようなものなんだ、って。どんな壁だろうと、壊すなりよじ登るなり、もしくは穴を掘るなりして絶対に超えていく」

 

 目を閉じ、思いを馳せるように告げる博士。今までのように和紙に書くのではなく、ダイの胸に手のひらをそっと宛てて博士はニッと破顔した。

 

「そんな君は、紛うことなき"突き進む者"だ!」

 

 与えられた称号を咀嚼し、ダイは照れくさそうに笑った。だけどやがて、ヒヒノキ博士と視線を交わし大きく頷いた。

 

「ありがとう博士、俺……博士から図鑑をもらえて本当に良かった。ラフエル地方での旅は、ちょっと厳しいことだらけだったけど。博士にそう言ってもらえたから、もう多分迷わないよ。一直線に、最速で"突き進む"からさ。応援しててくれよ!」

 

「あぁ、期待してるぞ。図鑑所有者たち!」

 

 言うべきことは言い終わった、とばかりにヒヒノキ博士は自前の自転車に跨ってラジエスシティの中央(セントラル)へと向かっていく。

 残ったのはカイドウだけ。元はと言えば、彼がここへダイたちを呼び寄せたのだった。

 

「やっと俺の番か、待たせすぎだぞ」

「いや、しょうがねえじゃん。思いの外見送りが多くてな」

「全くだ、手早く済ませるぞ……ゴーストを出せ」

 

 カイドウがそう言って手をクイと引き寄せた。ダイは言われるままにゴーストをボールから呼び出した。出てきたゴーストは早速ダイの頭の上へと移動する。もはや定位置となっているそこに辿り着くとゴーストは目の前のカイドウに呼ばれたのだと悟った。

 

「同じゴーストでも、こうも違うものか」

「ん、何か言ったか?」

「なんでもない、聞き逃がせ」

 

 手をひらひらと振り、ダイではなくゴーストに用があるとカイドウは言い、ダイの頭上にいるゴーストを見上げた。

 

「そのゴーストは、バトルがあまり得意ではないらしいな」

「あー、うん。結構、怖がりっていうかな……バトルしてても相手に遠慮しちゃうところはあるみたいだ。それでも、ステラさんとのジム戦ではあのミミッキュと一合やりあって、相打ちに持ってったんだぜ」

「そうか、見込みはあるようだな。さてゴースト、戦うのは好きか」

 

 尋ねる。ゴーストは困ったように首を傾げる。しかしそれでも横に振ることはしなかった。

 

「なら、この馬鹿のことは好きか」

「おい」

 

 さらに尋ねる。ダイが半眼で抗議の視線を送るがカイドウは意に介さない。するとゴーストはその質問には大袈裟なほど大きく、首を縦に振った。

 それを見届け、背を向け、白衣に手を突っ込むカイドウ。二歩、三歩離れて空を見上げるカイドウがポツリと、小さく零した。

 

「一度しか言わないぞ、しっかり頭に入れておけ」

 

 振り返ったカイドウがゴーストとダイ、双方の目を見た。

 

「水は生物にとってマストであるべきだし、チャンピオンはポケモンリーグ最強であるべきだし、羊羹は甘くあるべきだし、雨が降れば傘を差すべきだ」

 

「は?」

 

「そして、ポケモンは……いや、ポケモンに限った話ではないな、この世のありとあらゆる生物は進化すべきだ」

 

 疑問符を浮かべるダイとゴースト。もしかしてこの場で講義が始まるのか、と二人して顔を見合わせる。カイドウは続ける。

 

「だが、それを否定することが許されている。在り方は義務でなく"権利"で選ぶべきだ」

「権利?」

「あぁ、水で死んでしまう生き物がいたっていい、弱くとも優しいチャンピオンがいたっていい。辛い羊羹を作る人がいてもいい、個人的に羊羹は甘くあるべきだと今でも思うがな。そして、雨の中で傘をささずに踊り続けるヤツがいたっていい。そういう自由が、あらゆるものに許されている」

 

 ますます疑問符が増えるダイとゴースト。しかし肝心なのはここからだ、とカイドウはメガネの位置を正した。

 

「進化しないポケモンがいたっていい、たとえ進化することが出来る種だとしても」

 

 再びゴーストに向き直り、口を開く。

 

「お前のトレーナーは馬鹿だが、お前の気持ちを汲んでくれるはずだ。お前が戦うことを拒んでもきっと何も言わん。そこにお前の自由はある。まずはその自由に甘えろ、そしてじっくりと考え、本気でこいつの力になりたいと思ったのなら、こいつのために進化してやれ。その時、これはきっとお前の力になるはずだ」

 

 そう言ってカイドウはゴーストに向かって手を差し出した。おずおず、と差し出された"カイドウの贈り物"を受け取るゴースト。その中には暗色に光る宝玉があった。

 特定のポケモンをメガシンカに導くメガストーン、その名も"ゲンガナイト"。ゴーストが進化した"ゲンガー"をメガシンカさせるアイテムだった。

 

「良いのか、こんな貴重なもの」

「……元より、俺のものではないからな。成り行きで預かっていたが、そこの女がそうしたように必要としてる者が持っているべきだと考えた」

 

 らしくないことをしていると、カイドウは自分でも思っていた。そも、誰かのことを思って贈り物などその最たるもの、骨頂だ。

 

 

「預かってた、って……じゃあこれは、元は誰かのモノってことだろ? 誰のなんだよ」

 

 

 だからか、ダイのその質問はカイドウの胸に不意に突き刺さった。背を向けていてよかった、顔を見せていたなら恐らく動揺を悟られただろう。

 

 カイドウは脳裏に蘇る、ある男の顔を思い浮かべていた。

 長い金髪を揺らす、柔和な笑みの男を。

 かつて志を同じくした、今はどこかの、違う空を見に行った男の顔を。

 

 その男は、カイドウの脳裏で言う。

 

 

「そうだな────お前たちに程度を合わせた言い方をするなら」

 

 

 

 

 ────君はどこまでいっても、そういう言い方しかできないんだからな。

 

 

 

 

「友達、と言うんだろう」

 

 

 

 そう呼ぶことはきっと、間違いではないと今は断言できる。

 なぜなら、リザイナシティのジムリーダー。超常的頭脳(パーフェクトプラン)の称号を持つカイドウは、

 

 

 天才なのだから。

 

 

 ――――あぁ、やはり俺はこういう物言いしか出来ないらしいぞ。

 

 

 今は脳裏にしかいない(トモダチ)に、そう返事をしながら。

 

 カイドウは静かに笑った。




あとがきで言っちゃうんですけど、本当ポケダイは身内ネタが強いと思う。
ラストのカイドウさんのくだりとかマジで企画者の公式小説通称ラフオク読んでないと疑問符の嵐だと思うんですよ。

ただそれでも読んでほしい、むしろこのポケダイを読む前にラフオクを読んでくれ(露骨なダイレクトステマ)(矛盾)

そして新メンバー、ソラちゃんです。

こちらビジュアルとなっております。この不思議ちゃん可愛すぎる。


【挿絵表示】


いきなり四人旅になっていきますが、どうか見守ってくださると嬉しいです。
感想評価とか、全然お待ちしているので、何卒。



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VSコジョンド 戦う理由

 新たにソラという旅の仲間を加えたダイたちがユオンシティを目指してラジエスシティを出発しておよそ一週間ほどが過ぎた。

 ユオンシティの南に位置する、湖畔の都"クシェルシティ"ではダイの幼馴染"アイラ"がサザンカの元で修行を積んでいた。

 

 ジムの裏手にあるサザンカが私有する"修行の岩戸"では四匹のポケモンが対峙していた。

 

「【ばくれつパンチ】仕掛けてくるよ! ジュペッタはノクタスとチェンジ! 受け止めて!」

 

 修行の岩戸、その門番を務めているニョロボンとニョロトノがコンビネーションを以てアイラに迫る。

 そのうちの一匹、"ニョロボン"が拳から闘気を迸らせ跳躍する。ぐるぐると腕を回し、遠心力を拳へと集束させる。ノクタスはニョロボンに対してくさタイプで有利を取れるが、同時に複合タイプゆえのあくタイプを、かくとうタイプで打ち消されてしまう。

 

 ニョロボンの渾身の拳がノクタスへぶつかる瞬間、【サイドチェンジ】を用いてノクタスと自分の位置を入れ替えたジュペッタが【ばくれつパンチ】を受け止める。

 ゴーストタイプのポケモンにかくとうタイプの技は効かない。だが、そんなことはニョロボンも承知の上。ジュペッタに投げ飛ばされた後受け身を取ると、拳を解き手刀に切り替え再度ジュペッタへ迫る。

 

「もう一度【サイドチェンジ】! ノクタス、【ニードルガード】スタンバイ!」

 

 テレポートによってジュペッタとノクタスの位置が再び入れ替わり、ノクタスは両腕を身体の前面に展開し針を伸ばす。ニョロボンの【じごくづき】がノクタスの身体へと突き刺さるが、同時にニョロボンの手にノクタスの針が刺さる。あまりの痛みにニョロボンは目を腹の模様よろしくグルグル回して倒れる。

 

「よし、ダウン取った! 残るはニョロトノ!」

 

 アイラが宣言するとニョロトノはギクリ、と顔を引きつらせて思い切り息を吸い込む。恐らく放ってくるのは【ハイパーボイス】、しかし対策は出来ている。

 ジュペッタだ、既に攻撃姿勢に入ってるニョロトノに突進し、ニョロボンがしたのと同じように手刀を作り、ニョロトノの顎目掛けてそれを突き出す。

 

「【じごくづき】返し!」

 

 そもそもジュペッタに【ハイパーボイス】は効果がない。ではなぜニョロトノの攻撃を封じたのか。

 当然、その後の攻撃に繋げるためである。ジュペッタの後ろから飛び出したノクタスが両手の針にエネルギーを宿してニョロトノをアッパースタイルで殴りぬく。

 

「【ニードルアーム】!」

 

 打ち上げられたニョロトノが吹っ飛び、修行の岩戸内の滝壺に飛び込み派手な水柱を上げる。水に飛び込んだことでわずかに回復したが、どちらも健在なアイラの手持ちを倒せるかは怪しいと判断したらしく、両手を上げて降参の意を示した。

 

「はーい、お疲れ様でした」

 

 降参を了承したアイラが武道礼をし、ノクタスとジュペッタがそれに続く。アイラがニョロトノを滝壺から引っ張り上げると先にダウンしたニョロボンと一緒に回復させる。

 

「おや、ちょうど終わったところのようですね」

「サザンカさん! はい、それはもうベストタイミングに」

「それは良かった、お茶を入れたのでどうぞ。休憩にいたしましょう」

 

 その時、ちょうど岩戸の入り口に盆を持ったサザンカと、その師"コジョンド"が現れた。ニョロボンとニョロトノが礼をするとコジョンドは静かに頷いた。

 サザンカが冷たいお茶の入った湯呑を渡すとそれを一息に呷るアイラ。コジョンドもまたノクタス、ジュペッタに羊羹を差し出す。それを嬉々として口に放り込む二匹、続いてニョロボンたちにも羊羹が配られる。

 

「どうです、そろそろ一週間になりますが調子のほどは」

「ぼちぼちですね。ノクタスとジュペッタのコンビネーションも洗練されてきたとは思います」

 

 お茶を口に流し込みながら頷くアイラ。なおもサザンカは続ける。

 

「それは良かった。ではそろそろ座学にしましょうか」

 

 ニッコリと笑んだサザンカにアイラはお茶を飲み干して向き直った。

 

「数ヶ月前、バラル団に奪われた"秘伝の巻物"の上巻、そこには"虹仙脈"について記されていました」

「虹仙脈……?」

「えぇ、カイドウくんの論文により、今では"Reオーラ"と呼ばれるようになりましたね。お聞きになったことは?」

 

 アイラは首を横に振った。するとコジョンドが残った巻物のもう一つをアイラの元に持ってきた。確認を取ると、サザンカが首を縦に振った。

 どうやらコジョンドもアイラの実力をそれなりに認めているらしい。それを見せることに抵抗は無いようだった。

 

「なになに……えっと」

「ハハハ、"ラフェログリフ"ほどではありませんがそれなりに古い言葉が使われていますからね、まずは解読から入らねばなりません」

 

 そう言うとサザンカはアイラの手から巻物を借り受けると一説一説指さしながら説明を始める。

 

「虹仙脈……即ち"Reオーラ"とはこのラフエル地方全土に流れる力のことを指します。我々がこうしている、今この真下にも流れているとされていますね」

「それが、ポケモンに及ぼす作用は?」

「──メガシンカ、アイラさんもご存知ですね? そのメカニズムは?」

 

 いざという時の切り札として重宝しているメガシンカ。アイラはカロス地方のシャラシティにて、メガシンカを継承する資格も手に入れてきたため、メガシンカに対する造詣は深い。

 

「メガシンカは、トレーナー側にキーストーンを持たせポケモン側に対応するメガストーンを持たせることで、双方の絆をトリガーにストーンを介してシンカエネルギーがポケモンに作用し姿かたちを変える、ですよね?」

「そうです。そして、Reオーラがポケモンとトレーナーに及ぼす作用はメガシンカのそれに限りなく近いとされています、しかもキーストーンのような特別な道具は一切介さず、意識のみをトリガーに発動が可能なのです」

 

 サザンカはなんとなしに言ったが、それはアイラにとって衝撃的だった。シャラシティでの修行を経験しているからこそ、その修業なくしてメガシンカと同等、もしくはそれ以上の力を手に入れることができるとなれば驚きもする。

 

「じゃあ二ヶ月前のあの時、そのReオーラについて記された巻物がバラル団に盗まれたってことですよね!? それ、やばいんじゃ……」

「えぇ、やばやばです」

「やばやば……?」

 

 あまりにサザンカらしくない言葉が彼の口から飛び出してきたせいでアイラは思わずオウム返しをする。サザンカ曰く「武術教室の子供たちが教えてくれた言葉」らしい。若者言葉に毒され気味のサザンカにアイラは少し頬を引きつらせたが、咳払いで話を戻す。

 

「ですが、幸いなことにこの"秘伝の巻物”下巻に記されている情報が無ければ、Reオーラを媒介にした"キセキシンカ”は利用できないでしょう。いかにバラル団がメガシンカを扱えるほどポケモンたちと絆で結ばれていようと、ね」

 

「そう言えば、名称がついているってことは、キセキシンカの発現にはもう成功しているんですか?」

 

「えぇ、かの"雪解けの日”に隊員の一人、説明会の日にもいらっしゃったアルマ警部補、それに彼のことはよくご存知でしょう。アルバくんとルカリオもキセキシンカを一度発動させているとカイドウくんから聞いたことがあります」

「アルバとルカリオが……」

「状況を整理すると、両者とも命の危機に陥っていたそうです。それがトリガーになったのかどうか、今もカイドウくんが検証を重ねてくれています。ので、我々は別のアプローチでキセキシンカを会得しようと考えています。幸い、明日はもうひとりの経験者が訪ねてくる予定になっています」

「経験者?」

「えぇ、ジムリーダーの中でも最年少。英雄の民とお馴染みのカエンくんです」

 

 あの子もキセキシンカの経験者、とアイラは感嘆を口にする。サザンカは自分の湯呑にお茶を追加する。

 

「彼はまだまだ子供ですが、ポケモンと共にあろうとする姿勢、ポケモンに対する歩み寄り、心の通わせ方はジムリーダー随一です。きっと学べるところは多いはずですよ」

「なら、もてなしの準備をしないとですね! 明日はフルで修行修行修行、ですよ!」

 

 アイラが気合十分、とばかりに立ち上がったときだった。湯呑みを片付けながら、サザンカがかねてより抱いていた疑問を開放する。

 

「疑問なのですが、なぜアイラさんはバラル団と戦うのでしょうか?」

「アタシ、首突っ込まないと気がすまないタチで。今まで旅してきたところでも何度か悪党とは戦ってきたし、今回もそんな感じですよ」

 

 戯けて言ってみせるが、サザンカはそれだけでないことを見抜いていた。そして見抜かれていることもアイラは肌で感じ取った。

 白状してアイラが星を数えるように、過去を振り返り始める。

 

「……あの日、サザンカさんとダイのジム戦を見て思ったんです。あぁ、あいつ私が目を離した隙にどんどん強くなっていたんだなって。きっと、ダイはもっと勝ち進んで、きっとポケモンリーグに出場できる。だからアタシは、ポケモンリーグの開催が危ぶまれるような危険要素を排除するために戦うんだって、あの日決めたんです」

 

「一緒に戦う、という選択肢は無かったのですか? 彼もVANGUARDの一員ですし、その道も選べたはずでは?」

 

「アタシがVANGUARDの設立をPGに促したのは、あくまで民間のトレーナーに逮捕権を与えることですから。ダイには、本当はバラル団と正面切って戦ってほしくはないんです。だからアタシが一番に、ダイが頑張る暇もないくらい頑張って、バラル団を倒して、揃ってポケモンリーグに出場するって約束を叶える。それがアタシにとって一番大事な目標です」

 

「なるほど、大事に想われてますね彼は」

 

 サザンカがニッコリと微笑むと、アイラの顔はまるで爆発するように真っ赤に燃え上がる。

 

「そそそ、そんなんじゃないです! ただの幼馴染だし! いつもいっつも手のかかるヤツで、アタシがいないとダメダメだな〜とか! そもそもダイのくせに勝手にアタシの前からいなくなって生意気だし!」

「おやおや、わかりやすいですね」

「だから違うって言ってるじゃないですかー!!」

「良いことですよ、()()もあなたくらい明け透けな方が好感が持てるのですが」

 

 蒸気機関でも積んでいるのか、という程に顔を赤く上気させて湯気を噴き出しそうなアイラを横目にサザンカが一人ごちる。アイラも気恥ずかしさを隠すために湯呑に口をつけるが、既に中身は空。

 それを見てコジョンドが口元を隠すようにして小さく笑った。恥ずかしさが倍増してしまい、アイラはそのまま背中から滝壺に突っ込んだ。

 

「おや、大丈夫ですか?」

「っっっっぷはっ! 大丈夫です! さっぱりしました! ニョロボン、ニョロトノ! もう一本!」

「やる気十分なのは良いのですが、暗くなってから夕餉の支度をしていては遅くなってしまいますよ。先に済ませてからにしましょう、今度は僕も付き合いますよ」

 

 アイラに乾いたタオルを差し出しながら立ち上がり、着物の裾についた砂を叩く。火を起こすための巻をコジョンドがせっせと集め、ニョロボンとニョロトノは水を汲みに行く。

 ここ、クシェルシティジムのサザンカといえば自然の中で生きる者として有名だ。ジムには電気が引かれておらず、すべてが彼の自給自足によって成り立っている。

 

 その生活の歯車に組み込まれて一週間、アイラも旅慣れしていたため気苦労は無かったが、やはり思う。

 今頃ユオンシティに向かっているダイはどうしているだろうか、と。一緒に着いて行っても良かったのではないか、と。

 

「ううん、決めたことだもんね。やり遂げよう、アタシが」

 

 半分以上空が茜色に染まり、星たちが顔を出す中アイラは一人決意を胸に抱いて、コジョンドが集めた薪を火に焚べた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 同時刻、大陸のどこかで。

 

 怪しげな機械が定期的に音を奏で、黄緑色の光を点滅させる。ひと目見て、科学者のラボラトリーだと分かるような配線まみれの部屋。

 そんな部屋の中で一人の白衣を着た男が灰色の多目的デスクをひたすらに蹴り飛ばしていた。

 

「くそっ、くそっ!! ボクに、ボクにィ、またこんな結果を見せつけやがってェ……!」

 

 頭を掻きむしり、デスクの上の書類をひっくり返しながら男は喚くようにして言った。彼を見守る灰色の装束の団員たちは気まずそうにその背中を眺めている。

 

「二ヶ月、二ヶ月だぞ。ボクにこんな、こんな曖昧で不確定的な資料を読ませ、あまつさえ解読しろなどとッ!! くそっ!!」

 

 彼が散らかしたデスクの上には二ヶ月前、バラル団によりダッシュされたクシェルシティの"秘伝の巻物"その上巻が開かれていた。

 古いラフエル地方独特の言葉が使われており、専門家無くして読解は困難。故に研究は難航している、だというのに求められるのは成果のみ。

 

 男の怒りはある種真っ当と言えた。

 

「なにをォ、なにをジッと、ボーッと、ヤドランみたいに突っ立っているんださっさと片付けろ!! ボクは、ボクは忙しいんだぞ! 一刻も早く解析せねば!! いやぁだがしかし、こんな研究を続けていてはいずれ精神崩壊を引き起こしかねない!! 今にも具合が悪くなりそうだ、くそっ!!!」

 

 明らかな情緒不安定、近づくべきか放っておくべきか灰色の装束──バラル団員たちが決め倦ねていると自動ドアが入ってくる人間を感知、まるで左右に退くように扉が開いた。

 その扉のスライド音すら、男を苛立たせる。白衣の裾を乱雑に翻しながら振り返る。

 

「なんだァ!! 騒々しい!! ボクっ、ボクがこんなにも頭を悩ませているというのに君君君君君たちはァ!!」

「……うわ、鏡見てから言ってほしいんですけどー」

「まぁそういうなや"ソマリ"。おい"ザイク"、研究は進んでるか?」

 

 自動ドアが招き入れたのはバラル団強襲班長の"ジン"と、スカウト班長"ソマリ"。どちらも幹部イズロードの元で下っ端を導く責任を与えられたメンバーだ。

 白衣の男──ザイクは入り際にジンが投げかけた言葉を聞いてこめかみをヒクつかせた。

 

「進んでるわけないだろうがァ!! さっさと古文書解読の専門家でも連れてこいよォ!! ボクに丸投げしてェ!! 作業が捗るわけ無いだろうがァ!! こんなっ、こんな確証の取れない空論を読まされあまつさえ実証しろなどと言われるボクの気持ちになってみろォ!!」

「アンタ科学者でしょ~? なんで自分で実証したいと思わないわけ?」

「良い質問だ!! ボクに、ボクが知らない未知を認めるつもりがないからだ!!」

「でも他の誰かに先取られるのも嫌なんでしょ?」

「当たり前だ!! ボクは科学者だぞソマリィ!! ボクをっ、ボクを馬鹿にしているのか!!!」

 

 論理破綻もここまでくれば正論に見えなくもない。ソマリは露骨に嫌悪感を隠さずにザイクとのやり取りを終えた。仕方がないのでジンが引き継いだ。

 

「幹部会から研究と、それとポケモンに利用できる追加兵装はどうなってるかってさ」

「…………ん? そっちなら順調も順調、むしろ良いのが出来上がっている。飛行可能なポケモンに牽引させるコンテナ。しかも空襲可能なようにウェポンラックも装備してある。尤もこのコンテナのメインは軽く、かつ丈夫であることだ。ドラゴンタイプのポケモンの攻撃にも耐えられるよう設計してる。さらにエスパータイプのポケモンから抽出した力学的パワーを使って、中の重力を半分以上に軽減できる。ひこうタイプのポケモン、そうさな……例えるなら"ピジョット"。コンテナに搭乗可能な人員は十人。普通ならドラゴンタイプのポケモン数匹掛かりでもない限りはそんな重さのコンテナの運搬不可能だ。だがこのコンテナなら最大数の乗員数であってもピジョット一匹でも運搬が可能。これから生産数を増やせば大規模な投入作戦も可能となるだろう。いいか、ここからが大事だぞ。このコンテナの原案こそ幹部会だが実用に耐えうるスペックを実現したのはこのザイクだ!!」

 

 先程までのヒステリックはどこかへ消え去り、まるで科学者のように饒舌に語りだすザイク。それを耳にしてさらにソマリが鬱陶しそうな顔をしだしたが、ジンは歯を見せて笑った。

 

「流石だなぁ、俺の煙玉を発射するグローブも元はと言えばお前が作ったもんだしな。使う薬剤の調合はこっち任せだけど」

「当たり前だ!! 勝手に補充される道具などあるものか!!」

「いや、出来れば装填するシリンダーのカートリッジくらいは大量生産が可能になってくれないと困るんだよなぁ、いざっていう時」

「ぐぬぬぬぬ……まぁいい、今のボクは気分がいい。生産ライン確立に助言くらいは出してやっても良い。今のボクは、気分がいいのだ!!」

「二回言わなくてもわかってるっての……」

 

 これ以上この場にいるとソマリの方が機嫌を損ねかねないので、ジンは気分の良くなったザイクを適当にあしらうことにした。

 

「とりあえず、そのコンテナ今夜中に使えるようにしておいてくれ。三つもあればいいってさ」

「任せておけぇい!!」

「それと、秘伝の巻物の解読もな」

「貴様ァァァァァ!! 最後に、最後にそれを思い出させるなァ!! おい待て!! 待てと言ってるだろジン!! 待て!! 戻ってこい!! このっ、クソっ!! クソっ!!」

 

 ジンとソマリがここに来た理由は一つ。彼が開発した運搬コンテナを使うためだ。

 明朝、太陽よりも先に打って出る。前回奪い損ねたもう一つの巻物を奪うために。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 翌朝、アタシは風が頬を撫でる感覚で目を覚ました。それと同時に、サザンカさんもスッと起き上がると妙な風を感じたのか、立ち上がると寝間着からサッと動きやすいいつもの民族衣装に着替える。アタシも上着とズボンだけ履き替え、お守りのゴーグルを装着して外に出た。

 

「まだ夜も明けていないんですが」

 

 クシェルシティを囲む、山の向こう側に太陽の光が微かに見えるほどの暗闇。しかしその中であってもはっきりと分かる、敵意。

 自分たちをぐるりと取り囲む圧倒的な数の敵意。

 

「ずいぶんな数のお客さんですね」

「サザンカさん二ヶ月もジムを空けてたから、挑戦者じゃないですか?」

「そういえば、他の地方の友人と遠征修行を行っていたので、そうかもしれないですね」

 

 アイラとサザンカが軽口を叩き合う。挑戦者のはずがない。挑戦者はこんな無遠慮な時間を選ばない。そして殺意に近い敵意など発するはずがない。

 であるなら、彼らは誰なのか。

 

 答えは簡単だ。

 

「"コマタナ"! 【メタルクロー】!」

 

 闇の中で閃く銀光。それがサザンカの首筋を綺麗に狙っていく。が、途中で何かがその刃を防いだ。それはサザンカの手持ち、クラブだ。

 ただ【はさむ】攻撃だけでコマタナの刃を防ぎ、そのまま勢いを利用して投げ飛ばす。

 

「やっぱバラル団ね、ってことはきっと秘伝の巻物狙いでしょうけど」

 

「その通り! 前回貰い損ねた方、きっちりと奪いに来たぜ」

 

 アイラの言葉に快活に応えるのは金髪のウルフカット、サザンカは彼に見覚えがあった。それこそ二ヶ月、不意をついて秘伝の巻物を奪った三人組の一人、バラル団三頭犬のジン。

 

「今回は三十人で押しかけさせてもらったぜ、サザンカさん」

「アポイントメント無しは困りますね、今日のところはお引取りいただけますでしょうか」

 

 そう言うとサザンカはモンスターボールからギャラドスを喚び出すとそのままクシェルシティの湖上へと崖から飛び降りた。ギャラドスの上に着地し、崖に立っているバラル団員に向けて懐から巻物を取り出してみせた。

 

「巻物はここです。これが欲しいのなら、僕から奪い取ってください」

 

 ジンはその時、微かな違和感を覚えた。二ヶ月前のサザンカはこのような男だっただろうか、言葉尻から自信に満ちた感情が見えるような男だったろうか、否だ。

 口で自らを未熟と言いつつも実力者の片鱗を見せるような男ではあった。だが、ここまで変化するものだろうか、怖気に近いものをジンは感じ取った。

 

「お前ら、行くぞ!」

「ジュペッタ! 【ふいうち】!」

「あぶねぇっ!?」

 

 下っ端を引き連れて湖上に向かおうとしたジン目掛けてアイラがジュペッタをけしかける。続々と湖上へ向かうバラル団員たちを尻目に、ジンがアイラと対峙する。

 

「なるほど、オレは行かせてくれなさそうだな」

「アンタはここでアタシと遊んでればいいよ」

「ふぅん、おもしれぇ女」

 

 ジンはそう言うとスピアーを喚び出す。速さを信条とする彼のエースだ。アイラはスコープを取り出し、暗視モードを起動する。少なくとも太陽が出てくるまではこれでやり過ごす。

 

「しかし、サザンカさんは大丈夫かな? オレの部下は三十人、とても一人で相手できるとは思えねえけど?」

「部下の心配より自分の心配をしなさい。アンタたちはね、とっても悪いタイミングで喧嘩吹っ掛けてきたってこと、教えてあげるわ」

 

 

 

 

 

「ゴルバット! 【エアカッター】!」

「そっちへ行ったぞ! 回り込め!」

 

 湖上へ降り立ったギャラドスとサザンカ目掛けてバラル団員たちが殺到する。多数のゴルバット隊が真空の刃を撃ち、サザンカを狙い撃つ。サザンカはギャラドスのヒレに掴まりながら状況を把握する。

 バラル団員たちは空を飛べるもの以外は【なみのり】を使えるポケモンと、ボートとその上で陸上ポケモンによる援護を行うチームに分かれているようだった。

 

「まずは、頭上のを落としますか。ギャラドス、【はかいこうせん】です」

 

 口腔に溜め込んだ蹂躙を思わせる色の光線が夜明け前の湖上を彩る。空に浮かぶバラル団員たちを薙ぎ払うように放たれた【はかいこうせん】、点攻撃ではなく線上に放たれる攻撃が多数のゴルバットを戦闘不能にし、バタバタと湖へと突き落とす。

 

「臆するな! ボート隊! 電撃を浴びせてやれ!」

「エレブー! 【10まんボルト】!」

「【ほうでん】だ!」

 

 恐らくジンがいない際に下っ端の統括を任されているであろう団員が指揮を取る。するとボートに乗ったでんきタイプのポケモンたちが軒並みギャラドス目掛けて電撃を行う。

 さすがのギャラドスも電撃を食らうのはまずい。サザンカはギャラドスの頭部からジャンプすると向かってくる電撃の手前の水面目掛けて踵落としを繰り出した。

 

 直後、吹き上がった水柱が電撃を防ぐ盾となる。それだけでなく、巻き上がった水柱が電撃を吸収したまま空へと登っていく。

 

「こちらも【10まんボルト】です! あれを利用してください」

 

 サザンカの指示を受け、ギャラドスが巻き上げられた電撃を自らの電撃へ加算、そのまま【なみのり】による水上攻撃を行い分隊目掛けて撃ち放つ。

 

「アビビビビビビッ!?」

「ごばごばっ! おれっ、泳げねえんだ! 助けてくれっ!」

 

【なみのり】を行えるポケモンは往々にしてみずタイプであることが殆どだ。【10まんボルト】を受けて無事で済むはずがない。トレーナーを乗せたまま水中でもがくポケモン。

 サザンカは一瞬逡巡したが次の瞬間、

 

「なっ、あの男! 水面を走っているぞぉぉぉぉぉぉー!?」

 

 驚くべきスピードで水上を走り、溺れているバラル団員のフードを掴むとボートの一つ目掛けて放り投げたではないか。

 投げ飛ばされた隊員がボートの上に乗っていた隊員に激突、当たりどころが悪かったのかそのまま昏倒した。それを見届けるとサザンカは自分に向かう攻撃に気づいた。

 

「はっ!」

 

 再び水面に踵落としを繰り出すと、今度は水柱ではなく巨大な大波が立ち、向かってくるポケモンたちを軒並み流してしまう。

 

「ば、化物かよ……!?」

「よく言われます」

 

 都合よく流れてきた流木に飛び乗ったサザンカは自らが起こした波に乗る。これまでの攻防でおおよそ半分ほどに戦力を削いだが、まだまだ敵意は健在だ。

 

「こちらも手数を増やしましょう、"ゲッコウガ"!」

 

 喚び出された蛙忍が印を結び、【れいとうビーム】を放射する。しかしそれはバラル団のポケモン目掛けてではない。サザンカ目掛けて、だ。

 サザンカは再び震脚で水柱を立て、氷の光線を受ける。たちまち湖上に立ち上がった氷柱こそがサザンカの狙いだったのだ。

 

「すぅ────」

 

 サザンカは深い息を吸い込み、次の瞬間目にも留まらぬ乱打を氷柱へ打ち込んだ。みるみるうちに飛礫と化す氷柱の破片が雨のようにバラル団員たちを襲う。

 まるで機関銃だ、サザンカの動きがだんだんブレ始める。視認すら出来ないほどの速度で氷柱を殴打し、飛礫へ変え撃ち出す。

 

「くそっ、動けるやつは陸に上がれ……ってこの街には陸がない!!」

 

 空を飛んでいる六人がサザンカに背中を向けたが、それらを纏めてギャラドスが焼き払う。たった数分の間に、三十人もいたはずの下っ端たちは全滅した。ゲッコウガとクラブが気を失っている団員たちを纏めてジムのフィールドへ引っ張り上げ、拘束する。

 

「さて、上は大丈夫でしょうか」

 

 

 

 

 

「"バシャーモ"! 【ニトロチャージ】! もっとよ、もっと速く!」

 

「スピアー! 【こうそくいどう】して【ドリルライナー】だ!」

 

 炎を纏い、徐々にスピードを上げていくバシャーモと、闇の中で羽音を響かせるスピアーの両者がぶつかる。アイラにはこの夜闇でも相手の姿が視えているが、バシャーモはそうではない。

 しかしジンとスピアーは特殊装備により、夜闇を完全に攻略している。この勝負、分があるのはジンの方だ。

 

 そのはずだった。

 

「(このバシャーモ、速すぎんぞ!? オレのスピアーがついていけないなんて、馬鹿なことが……!)」

 

 実際に速度の差は無いように見える。が、それは速度を極限まで高めたスピアーに対して追従、もしくは凌駕しているこのバシャーモ。

 

「その程度? 喧嘩を売る相手まで間違えたんじゃない?」

「るせぇ! もう一度【ドリルライナー】だ!」

「十二時の方向! 【ブレイズキック】!」

 

【ドリルライナー】はじめんタイプの技、さらにスピアーの特性は【スナイパー】。急所に当てることさえ出来ればバシャーモはひとたまりもない。

 だが、バシャーモは防御姿勢を見せないにも関わらず急所を見せない。自身に匹敵する速度で動き回る相手の弱点を突くのは困難だからだ。

 

 バシャーモが脚部に炎を纏わせ、一気に正面を蹴りぬいた。が、スピアーは素早くバシャーモの左側へ回り込み、その腕の針を一気に突き出した。

 

 

 刹那、鈍い音が響いた。

 

 

 そこには炎に焼かれながら地面に蹴り伏せられるスピアーの姿があった。バシャーモは未だ健在、凛とした立ち姿で倒したスピアーを睥睨する。

 一瞬何が起きたのか、ジンの認識すら速度が超えてしまった。

 

「今、正面に向かって繰り出された【ブレイズキック】は見えた。が、その次だ……なにがあった」

「アンタとスピアーがセコい手を使ってくるっていうのは前から知ってるの。だったらこっちの攻撃の間隙を突こうとしてくるだろうし、バシャーモは敢えて隙だらけの単調な攻撃で、カウンターするための攻撃を誘発したのよ」

 

 情報量の差。アイラはダイやカイドウなど、一度ジンと対峙した者やその関係者からその手口を聞いていた。だからこそこの戦いに置いてアドバンテージを有していたのだ。

 しかしジンの方は、アイラをただの子供と侮った。手早く片付けて、部下の手伝いに行こうとふんわりと考えていた。甘かったのだ。

 

「アタシの勝ちよ。VANGUARDのメンバーとして、バラル団のアンタを逮捕するわ」

 

「どうやらこちらも片付いたようですね」

 

 その時、階段を上がってきたサザンカが合流する。しかしアイラが一瞬目を逸らした隙を突き、手袋からシリンダーに詰め込まれた特殊煙玉を発射し、煙幕を起こした。

 

「ヘルガー! 【だいもんじ】!」

「ッ、いけない、アイラさん!」

 

 サザンカが地面を蹴り穿ち、そのまま岩盤を捲りあげ盾にする。そのままアイラを抱きかかえて岩盤の影から跳躍し、岩戸の入り口の鳥居まで飛び退く。

 その時、煙幕の中からゴルバットに掴まったジンが飛び出してきた。

 

「今回は預けるぜ、ゴーグル女!」

「あっ、待て!」

「いえ、深追いは禁物です。どの道他の団員は僕のポケモンたちが抑えています。奪取は不可能でしょう、彼は身一つで帰るしかない」

 

 サザンカの言う通り、クシェルシティジムに一度立ち寄ったジンがそのまま離脱するのが遠目に確認できた。

 後少しのところで逃してしまった。エースを倒したことで油断してしまったのだ、アイラは歯噛みする。

 

「それより、大事がなくて良かったです。()()()()()はアイラさんが持っていましたからね」

「突然預けられたからびっくりしましたよ」

 

 そう言ってアイラが上着の内側から巻物を取り出す。サザンカが取り出した巻物を開くと、そこには「ハズレ、もう少し頑張りましょう」と書かれていた。

 ギャラドスを呼び出し、バラル団員の目がそちらに向いた瞬間にアイラの手に握らせていたのだ。

 

「ああすれば、班長か団員たちのどちらかは一網打尽に出来ましたからね」

「逮捕した後、クシェルシティのPGに引き渡します」

「わかりました、では僕は湖の片付けに向かいます。だいぶ散らかしてしまいましたからね」

 

 指笛でギャラドスを喚び出すと、サザンカは再びその背に乗って砕けたボートの破片を集めていく。

 と、ちょうど朝日が山の向こうに顔を出した瞬間だった。空を翔ける翼竜の姿が目に映る。

 

「せんせー!!!! サザンカせんせー!!! たのもー!!」

 

 修行の岩戸に直接殴り込みを掛けてきたかのように、火の玉小僧カエンがやってきたのだった。

 

 



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VSペリッパー 小さきもの

 君と出逢ってから、もう随分経つね。

 

『──おとうさん、このポケモン怪我してるみたい。キャモメ、っていうのかお前』

 

 意地悪な"オニドリル"に襲われて怪我をした僕を見つけて、手当してくれたんだったね。ヒビ割れたクチバシが元に戻るまで君の部屋にいさせてくれた。

 怪我が治っても、ショックで上手く飛べない僕を君は馬鹿にしたりはしなかったね。

 

『──なら、飛べるようになるまでおれと一緒にいればいいよ! おれはタイヨウ! みんなはダイって呼ぶんだ!』

 

 君は子供の頃からすごいヤンチャで、お父さんの手伝いだって港を走り回った。僕もそれに着いていくようになるうち、空を飛べるようになって。

 やがて君は近所の郵便屋の手伝いをするようになった。手紙や小包を抱えて走る君を僕は追いかけた。そのうち、アイオポートではダイとペリッパーなんてお馴染みの二人になったね。

 

『──父さん、母さん。俺、アイラと旅に出る! ペリッパーも一緒だ!』

 

 ずっとポケモントレーナーに憧れていた君と一緒に旅出った。そして、僕は長いこと忘れていた他のポケモンと戦う恐怖を思い出してしまった。

 騙し騙し戦っていたけど、決定打が出てしまったのは君が最初にジムに挑んだ時。

 

『ポケモンを見る目はあるのに、センス無いよな』

『本当、惜しいよな』

 

 トレーナーズスクールも兼ねてるそのジムで、生徒たちの心無い一言が君の心に深い傷を作ってしまった。

 僕がもう少し頑張ってさえいれば、君を傷つけずに済んだ。

 

 それが僕にとって、一番の心残り。

 

 僕はまだ、本当の意味で飛べるようになっていなかった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「お、もてぇ……」

「女の子に向かって、重いは無いんじゃない?」

「寝てる人間をかれこれ二時間背負って歩いてるんで愚痴くらいは勘弁してくれませんかねぇ……!」

 

 現在、テルス山のトンネルを超えた俺たちはユオンシティに向かう途中地点のサンビエタウンを目指していた。のだが、かれこれ一週間俺は朝の苦行を強いられていた。

 というのも、新しい俺たちの仲間のソラだ。まず、こいつは低血圧が原因なのか朝が決定的に弱い。

 

 目を覚まし、簡単な朝食を済ませるまでは良い。だがそこでまた意識が途切れ始めるため、とてもじゃないが歩けない。

 だからこうして本当に意識が目覚めるまで俺が背中に乗せて運んでいる。そもそも、ソラの手持ちには俺よりも乗り心地良さそうなポケモンだっている、なんなら空だって飛べる。

 

 だと言うのに、なぜか俺が背中を化すハメになっている。

 

「まぁまぁ、サンビエタウンまで後少しだよ。頑張れダイ!」

「お前ー! 頑張れって言うけどねぇ!」

「ほらほら、騒いだらソラが起きちゃうよ」

「むしろ起きてほしいんだよ、自分で歩いてほしいんだよ俺は!」

 

 リエンとアルバは俺をからかって遊んでいる。まぁ、俺の荷物はアルバが持ってくれてるし、リエンがタウンマップで逐一残りの距離なんかを教えてくれるからまだやれてるけど。

 と、その時だ。騒いでいたからか背中のソラが身体を揺する。

 

「ん……ふわぁ……」

「お、起きたか?」

「……寝てます」

「起きてくれぇ!」

 

 俺の祈りが(そらに)に届いたのか、ソラは俺から降りると伸びをして眠そうな顔から徐々にいつもの無表情へと変わると俺たちの顔を見渡して頭を下げた。

 

「……おはようございます」

「おはよう、ソラ!」

「ぐっすりだったねぇ」

「俺の背中でな!」

 

 ようやくソラが自分で歩いてくれるようになり、アルバからそれぞれ自分の荷物を受け取る俺たち。この流れが、ここ一週間の朝の流れだ。

 ソラはボールからポケモンたちを出す。マラカッチ、ムウマージ、アシレーヌ、そして彼女のエース"チルタリス"。本当、二度寝するならチルタリスに乗ってほしい。切実にそう思う。

 

「おはよう、みんな」

 

 ソラがそれぞれの頭を撫でたり、お辞儀を交わしたり朝の挨拶を済ませる。これもまた一週間で見慣れた光景。実はかなり良いとこのお嬢様なのではないか、という仮説を立てた。が、ソラはあまり自分の話をしたがらない。アイラにも過去のことを聞くのはデリカシーに欠けると釘を差されたばかりなので、聞き出せないのもあるが。

 

「尤も、お前のテントを片付けたのはマラカッチだし、お前の髪をセットしたのはアシレーヌだし、お前を再び快眠状態にしたのはムウマージとチルタリスなんだけどな」

「え、そうなの……? 知らなかった」

「ここ一週間毎朝だったんですけどね!」

 

 やっぱり朝は頭が働いてないみたいだ。これからもずっとこうなのかな、って思いつつなんだかんだ楽しんでいる自分に気づいた。

 ソラが自分で歩いてくれるようになってからは進行ペースもだいぶ上がり、太陽が真上に上がる昼頃にはサンビエタウンの入り口が見えた。

 

「着いた、ほぼ一月ぶりのサンビエタウン!」

「ダイは途中で離脱しちゃったもんね」

「言うな、あの事件はアシュリーさんの誤解100%で出来てるんだ」

 

 今となっちゃ笑い話だけど、確かに俺一度マジで逮捕されてるし手錠もつけられたし脱獄までしちゃったんだよなぁ……今思ったけど俺、アグレッシブすぎやしないか。

 ポケモンセンターで部屋を取って、荷物を預けようとした時リエンが手を差し出してきた。

 

「なに?」

「ダイの部屋は私とアルバで取っておくから、シーヴさんに顔見せてきたら?」

「ああ、そうだね。きっと心配してると思うよ。言ってきなよ、ダイ」

 

 確かに、あれっきりだしな。俺はアルバとリエンに荷物を預けるとシーヴさんの育て屋の方へ向かって走る。昼のサンビエタウンは農家のみんなが畑で精を出している。

 すると育て屋前に止まったトラックから少年が出てきた。その少年はトラックの荷台に乗っている木の実がどっさり詰まった箱をシーヴさんの育て屋に持ち込んだ。

 

「シーヴさん、お届けに上がりました!」

「あぁ、ミッチ。今日もご苦労さま、重いでしょ。私も手伝うよ」

 

 ミッチと呼ばれた少年とシーヴさんが店の中から出てくる。俺は少し離れたところから、ミッチの働きぶりを見て、少し感慨にふけった。

 

「なんだか、昔の俺を見てるみたいだ……あれ、ペリッパー?」

 

 ボールからペリッパーが飛び出してくる。ペリッパーはトラックの上に乗ってる木箱を翼と頭で器用に抱えるとそのままシーヴさんたちの前に出ていった。

 

「あれ、このペリッパーは……あ」

「ど、どうもシーヴさん。その節はご心配をおかけしました」

 

 小走りで俺のところへ駆け寄ってくるシーヴさん。今まで木の実を運んでいたからか、ふわりといい匂いがした。

 

「良かった、イリスから電話で聞いていたけど、ちゃんと釈放してもらえたんだね」

「はは、釈放と言うか、脱獄と言うか」

「はい?」

「ああいえ、今は大丈夫ですよ!? ほら、この通り! 俺、VANGUARDのメンバーになったんだ! ちゃんと推薦で!」

 

 ジャージの襟につけられている金色のバッジを見せると、シーヴさんはホッと胸を撫で下ろした。もしかしてヒヒノキ博士の時もそうだったんだけど、脱獄ジョークってそこまでウケが良くない? 

 と、その時だ。シーヴさんと俺のやり取りを見ていたミッチが渋々と言った風に口を挟んだ。

 

「あの、お知り合いですか?」

「彼がダイくんだよ。以前にも話したことがあったね」

「あぁ! じゃあ、あなたが変わり者のダイさんですね!」

「変わり者!?」

 

 なんか、不本意な話の広がり方してる! ミッチは木箱を地面に置いて俺の手を取った。ブンブンと、それは強く上下に振って握手してきた。

 

「僕、"ミツハル"って言います! この町で配達員見習いをしてます!」

 

 なるほど、ミツハルだからミッチね。そして配達員見習い、その響きもなんだか懐かしい。今でこそ俺の肩書はポケモントレーナーだけど、アイオポートにいたときはミッチと同じように配達員見習いをして旅に出るための準備をしたりしていた。その頃から壁やら雨樋みたいなパイプを足場にしたパルクールでスピード配達を心掛けていたら、"エイパムから生まれた子"なんてあだ名が着いたわけだが。

 

「またサンビエに遊びに来たのかい?」

「はい、と言ってもユオンシティに向かう途中なんです。こいつ、ちょっと訳ありで」

 

 そう言ってボールからゼラオラを出す。ミツハルは「かっこいい!」って言いながらゼラオラを見上げていた。シーヴさんは周囲からゼラオラを見渡して「ふむ」と唸った。

 

「なるほどね、それにしてもなんだか毛並みが荒れてるね。バトル続き?」

「やっぱりわかりますか?」

「もちろん。おいで、せっかく来たんだから毛づくろいしてあげるよ。っと、その前に荷物を運んでしまわないとね」

 

 ミツハルの乗っていたトラックから木の実の箱を下ろす。預かってるポケモンたちのお菓子を作るのに使うんだろうか、シーヴさんお菓子作りが出来るって前回来たときに聞いたことがある。

 俺とペリッパーも荷物の搬入を手伝う。すると木箱はあっという間にトラックから姿を消した。仕事が終わったこともあり、ミツハルはシーヴさんの膝の上でジッとしているゼラオラを眺めていた。

 

 シュッシュッ、とブラシがゼラオラを撫でる音だけが建物の中に響く。ゼラオラも気持ちいいのか、抵抗せずにブラッシングを受けていた。

 不揃いになっていた長い毛をハサミでカットしたり、コロンをつけたりしてゼラオラがどんどん小奇麗になっていく。

 

「はい、おしまい。どうだった?」

 

 シーヴさんが手をパン、と叩くとゼラオラが渋々シーヴさんから離れた、相当気持ちよかったんだろうなぁ。

 とその時だ。ゼラオラのブラッシングを見て興味を持ったのだろう、俺の手持ちのポケモンたちが一気にボールから飛び出してきた。ゾロアが無遠慮にシーヴさんの膝の上へ飛び乗った。

 

「おいおい、ゾロアもか? ってまさか、ジュカインとゴーストも? メタモン! お前はツルッツルでブラッシングの必要無いだろうが!」

「別にいいよ、今日は預かっているポケモンもいないからね。ただ、ミッチはいいのかい? 次の配達があるんじゃないの?」

「ああっ!? 郵便配達の方をすっかり忘れてた! 失礼します! それじゃダイさん! また!」

 

 ミツハルは慌てて帽子を取って一礼すると、トラックに乗り込んだ。しかしトラックはキーを差し入れて回しても反応がない。ミツハルが何度もキーを回すがエンジンはうんともすんとも言わない。

 

「まさか、故障か?」

「かもしれないです……だいぶ昔から使ってるらしいので」

「らしい、ってことは譲り受けたもんか?」

 

 コクリ、と頷いたミツハル。トラックの中には小さい頃のミツハルと、今の彼と同じ格好の男が写っていた。きっとミツハルの父親だろう。

 家族経営なのかなとか、どれくらい長い間走ったトラックなのかな、とか色々思うところはあった。けど、一番は彼が仕事をきっちりと完遂することだ。

 

「シーヴさん! 少し俺のポケモンたちを見ててもらってもいいですか?」

「構わないよ。けどどうするの?」

「ミツハル、俺が自転車で送ってやる! 乗れ!」

「けど、荷物は?」

「郵便物だろ? それくらいなら、ペリッパーがなんとかするさ!」

 

 ミツハルの郵便物を入れた肩掛け鞄をペリッパーが自分の胴体に掛ける。随分と久しぶりに見るその姿に感慨深さを懐きながら、俺は自転車を鞄から引っ張り出す。

 本来は荷物をくくりつけるようのリアキャリアにシートを敷いてそこにミツハルを乗せる。

 

「何件ある?」

「結構多いですよ! ダイさん、この町の地理は?」

「ポケモンセンター周辺くらいしか詳しくはないな!」

「じゃあ僕がナビしますから、それに従ってください!」

「オッケー、ちょっと荒っぽい運転になるから、お巡りさんには内緒だぞ」

 

 町中の走行に適した重さにギアチェンジすると俺はペダルを踏んだ。幸いにも今日は無風、自転車は軽々と俺とミツハルを目的地に連れていく。

 ポケモンスタンプが押されたはがきをポストに投函するミツハルを乗せて次の目的地へ。

 

 するとポケモンセンターの前に到着するのと同時にリエン、アルバ、ソラが表に出てきた。

 

「あれ、ダイ?」

「なにしてるの?」

「ちょっとな、人助けだ」

 

 三人にミツハルの車が壊れたからこうして車代わりになっていることを説明する。三人はどうやらシーヴさんのところに行ったままPCに来ない俺を心配して今からシーヴさんのところに行くらしい。

 育て屋方面に向かう三人を見送ると、もう一度ペダルに力を込める。空を飛ぶペリッパーも、久々に郵便配達の手伝いが出来て嬉しいみたいだった。

 

 そもそも、ペリッパーがあまりポケモンバトルに積極的じゃないことに気づいたのはいつ頃だったか。

 アイツは俺が子供の頃、父さんの仕事場に顔を出した時ひどい怪我をしていたのを発見したのが始まりだった。その頃はまだキャモメだったなぁ。

 

 父さんの話では、近くに暴れん坊のオニドリルが生息しているって話で、きっと海で餌を探しているところを横取りされたのかもしれないって父さんは言っていた。

 折れた翼や、割れたクチバシの手当をしてやったら俺のことが気に入ったのか、群れには戻らず家で預かる形になった。

 

 けど、翼の怪我が治ってもなかなか飛ぶことが出来なくって。アイラがアチャモを育て始めたのもこの頃で、相性では勝るはずのアチャモに良いようにされていた。

 ああそうだ、たぶんこの時、ひょっとするとこのペリッパーは戦うのが好きじゃないんだって思い始めたんだ。

 

 それでも、野生のポケモンを捕まえる度胸なんかもなくて、俺は無理やり旅に出る口実にペリッパーを使った。けど最初のジム戦で敗けてから、ポケモンバトルとは疎遠になっていた。

 次にゾロアに出会うまで、俺たちはバトルをしなかった。ペリッパーはそれで満足だったんだろう、きっと傷つかず、傷つけずいられるから。

 

 そんなペリッパーも、このラフエル地方に来てからは戦いを強いられる機会が増えた。言うまでもない、バラル団との戦いだ。

 身を護るための戦いだから、ペリッパーも俺の指示には従ってくれた。クシェルシティのジムでは、サザンカさんのポケモンとも勇敢に戦った。

 

 だけどこれから激化する戦い、ペリッパーはどう思うんだろうか。

 一番付き合いが長いからこそ、俺はそんなことを思ってしまった。

 

「ダイさんは、いつからペリッパーと一緒なんですか?」

「ちょうどその時のことを考えてたよ。モンスターボールの携行が許可されるよりもずっと前だ。そう考えると八年とか、それくらいになるな。トレーナーになる前は、俺もミツハルみたいに配達の手伝いをしていたんだ。だから、随分久しぶりにこういうことをするんだ」

「そうなんですね、ダイさんと一緒にこうして配達するの、すごく楽しそうに見えます」

 

 ミツハルの言葉を受けて、俺は空を見る。風に乗り羽ばたくペリッパーは確かに心から楽しげに飛んでいるのがわかった。

 ふつふつ、と俺の中である感情が大きくなるまで、そう時間は掛からなかった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「ダイさん、今日は本当にありがとうございました!」

「いや、気にするなって。俺も久々にいい汗かいたしな」

 

 それから日が暮れ、サンビエタウンは夜の顔を見せる。ダイがシーヴの育て屋に屯していた仲間を迎えに行くと今度はルカリオがブラッシングをされていた。どうやらシーヴは今日一日中毛づくろいをしていたらしい。見れば、アルバとリエンがもらったタマゴから生まれたグレイシアやブースターも綺麗な毛並みになって、丸くなって眠っていた。

 

「それで、車の方はどうだ?」

「はい、やっぱりエンジンがダメになってて。父さんもそれを話したら買い替え時だなってことになりました」

「ってーと、新しいのが来るまで時間がかかるよな」

「はい……」

 

 肩を落とすミツハル。ダイはミツハルの前に一歩踏み出すと、モンスターボールと自転車を渡す。

 

「俺は暫くこの町にいる。その間、ペリッパーと自転車をお前に貸してやるよ」

「えっ、いいんですか!?」

「あぁ、ペリッパーも久しぶりに人のための仕事が出来て、楽しかったみたいだからな」

 

 ペリッパーが未だにミツハルの肩がけ鞄をぶら下げて嬉しそうに目を細めた。ダイの申し出がよほど嬉しかったのだろう、ミツハルもまた目を輝かせていた。

 

「ありがとうございます! それじゃ、僕父さんを呼んで車を回収する手はずを整えますね!」

 

 郵便局の方に走っていくミツハルを見送る。その背中が見えなくなったところで、ダイはシーヴさんの育て屋の中にいるリエンたちに声を掛けた。

 

「悪い、ちょっと暑いから散歩してくるわ」

「行ってらっしゃい~」

 

 呑気にダイを見送るアルバ、苦笑するリエン。しかしそんな中、ソラだけは一人席を立った。

 急に席を立つソラを訝しんで、ポケモン用のお菓子の作り方が載った雑誌に目を落としていたリエンが顔を上げる。

 

悲しそう(エレジアーコ)……ダイは、嘘を吐いてる」

「わかるの?」

「うん、私ちょっと見てくる。二人はここにいて」

 

 とてとて、と小さい歩幅でダイの後を追いかけるソラが彼の姿を見たのはレニアシティに向かうロープウェイの目の前だった。テルス山を眺めながら、ダイはしみじみと呟いた。

 

「良いやつだったな、ミツハル」

「クワッ!」

 

 勢いよく返事をするペリッパーの頭を撫でるダイ。

 やがて、その頭から手を離しダイはペリッパーに背を向けて、胸から空気を絞り出すように小さな声で言った。

 

 

「────なぁ、ペリッパー。お前、ここに残る気は無いか?」

 

 

 流石にその言葉はペリッパーも予想してなかったのだろう。今までの浮かれようが嘘のように悲しそうな顔をした。

 背中を向けるダイの手に翼でそっと触れるペリッパー。

 

「正直、お前と戦うの、もう嫌なんだよ」

 

 しかしペリッパーの翼から手を退ける。納得がいかない、という風に鳴き始めるペリッパー。

 

「今日一日、ミツハルの手伝いをしてわかったんだ。お前はやっぱり、戦うより誰かのために飛ぶ方が良い顔してる」

 

 ペリッパーと顔を合わせずに、ダイは淡々と続けた。月を見上げながら、ダイはゆっくりと空気を吐き出す。

 

「それに、ミツハルもお前がいれば嬉しいだろ。途中から見てたけど、お前らいいコンビに見えたけどな」

 

 遠目から見ていても、ソラにはわかった。ダイは嘘を吐き続けている。乾いた笑いに返されたのは【みずでっぽう】だった。

 ダイの頭目掛けて放たれたそれが、ダイの上半身を水浸しにする。

 

「……なんだよ」

 

 ポタポタと雫が頬を伝って流れ落ちる。ダイはようやくペリッパーの方を向いた。そして彼を見下ろしながら、口を開いた。

 

「これから激化するバラル団との戦いに──お前みたいに弱いポケモン、連れて行きたくないんだよ」

 

 それが決定打だった。ペリッパーは一歩、二歩と後退る。その時だ、シーヴの育て屋の前にミツハルが戻ってきた。

 父親らしき男が業者と共にトラックを牽引する準備をする中、ミツハルはダイを探していた。

 

「ダイさーん! ペリッパー! どこですかー!?」

 

 そちらに視線を向けると、ダイはペリッパーに目線を合わせて言った。その時、ペリッパーはようやくダイが今まで顔を合わせなかった理由に気づいた。

 

「ほら、お前を呼んでる」

 

 ──声が聞こえる。

 

 ダイはペリッパーに、往くべき道を指差した。

 夜風が二人の間を吹き抜ける。水浸しになったダイの身体を優しく乾かす風。

 

 ペリッパーはやがて、コクリと確かに頷いてダイに背を向けた。

 そして小走りでミツハルの元へ戻ると、ペリッパーが彼に飛びついた。

 

「うわぁ、ペリッパー! どうしたんだい?」

「明日からよろしくってことだろ。あんまり無理はさせないでやってくれよな」

 

 ダイは後ろからペリッパーを追いかけ、ミツハルに言った。夜の闇が、彼の嘘を上手く隠した。

 ミツハルは飛びついたペリッパーの頭を撫でると、自転車のスタンドを上げながら言った。

 

「はい! 重ね重ね、ありがとうございます! それじゃあ今日は失礼しますね!」

「おう、明日からも頑張れよ」

 

 自転車とペリッパーを連れ、ミツハルがその場を後にしようとする。ダイはペリッパーを呼び止めた。

 

「ほら、忘れ物だ。郵便屋さん」

 

 ペリッパーが下げている鞄に一つの小包と、一枚の便箋を入れるとダイはそっとペリッパーの背を押した。ペリッパーも、もう迷わない。

 ミツハルの後を追いかけるペリッパーの背中を見送りながら、ダイは満足げに口角を持ち上げる。

 

「良かったの?」

 

 後ろからずっと見守っていたソラが尋ねる。ソラにはきっと嘘を吐けないだろうと、ダイはこの一週間で思っていた。

 だから、嘘はもう吐かない。

 

 

「────良かったさ。アイツは、やっと……飛べるようになったんだよ」

 

 

 今までずっと隠し続けた嗚咽が溢れる。ペリッパーの【みずでっぽう】で隠せると思っていた。けれどダメだった。

 振り返ったダイの顔は涙と鼻水でグズグズになっていた。ソラは黙って、パンキッシュな見た目にそぐわないレースをあしらったハンカチを差し出した。

 

「また会えるお別れは、笑顔でしようよ。笑顔のお別れは『また会おうね』ってメッセージだから」

 

「そうだな……そう、だよな……笑っていなきゃ、アイツも心配するよな……わかってる」

 

 ハンカチは使わず、袖口で乱雑に顔を拭うとダイは無理やり笑った。目尻は赤く、鼻も時々啜り上げるが、それでも笑った。

 ずっと一緒だった家族の門出を笑顔で祝うために。

 

 

 

 

 

「えぇっ!? 今日サンビエを出る!?」

「どうしたの、ダイ。別に明日でも良いんじゃないの?」

 

 ポケモンセンターに戻ったアルバとリエンが声を上げた。するとダイは頷きながらも、口を開いた。

 

「明日になったら、決断が鈍っちまう気がする。今夜しか無いんだ。もし無理なら俺だけでも今夜中にサンビエタウンを出発する」

「決断……?」

 

 リエンが尋ねると、ダイは首を縦に振った。しかし説明しかねていると、ソラがアルバとリエンに耳打ちする。二人も当然驚いた。

 だが、ダイが今しがた口にした決断という言葉の重さを尊重したのか、なぜとは聞かなかった。

 

「こんな事もあろうかと、出発の準備自体は出来てるよ。っていうか、荷解きすらしなかったからね!」

 

 アルバが明るく振る舞う。リエンも小さく笑いながら言った。

 

「少し食料の買い足しをしたら、私も出られるよ。ソラも準備出来てる?」

「出来てる」

 

 小さく頷いたソラを見て、三人が了承する。ダイは小さく「ありがとう」と礼を言うと、自分の荷物が置かれた部屋に入る。

 荷物を纏めていると、ジム戦の証であるジムバッジが出てきた。その一つ、ピュリファイバッジを眺めてダイは一筋の涙を零す。

 

 三人が待っているポケモンセンターの前に出る。シーヴにも今夜中に出発することを告げると、彼女は何も言わなかった。ただ微笑んで「またいらっしゃい」と言ってくれた。

 四人が十番道路への入口を目指している最中、目に入る郵便局。

 

「悪い、ちょっとだけ待っててくれ」

 

 ダイはそう言って荷物を地面に下ろすと、まるでエイパムのように身軽に郵便局の二階ベランダまでよじ登る。わずかにカーテンの隙間から中が伺えた。

 中では、ペリッパーとミツハルが寄り添うようにして眠っている。それを見て、ダイは満足げに笑むとベランダから飛び降りる。

 

「本当に良いの?」

「……あぁ、行こう」

 

 リエンが最後の確認を行うが、ダイは迷わない。荷物を拾い上げ、早足でサンビエタウン東区のゲートを目指した。

 今夜の月は僅かに欠けていた。まるで大切なものと分たれた彼の心を表してるようにも思えた。

 

 せめて彼の旅路を照らそうと、煌々と優しい光で夜の道を彩っていた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 ミツハルへ

 

 ペリッパーのこと、よろしくお願いします。

 バトルは好きじゃないみたいだから、無理やり戦わせないでやってほしい。

 

 でも、お前が困ったときはきっと力を貸してくれるはずだ。

 そういうときは遠慮なく頼っていいと思う。

 

 おっとりしたヤツだから、酸っぱいものが好きだ。

 まぁなんでも食べるヤツだから、食べ物の好みは別にいいよな、割愛する。

 

 一人だけシーヴさんのブラッシングを受けられなかったから、気にしてると思う。

 お前が暇な時でいいから、預けてやってほしい。シーヴさんには俺から伝えておく。

 

 自転車、多分少しサドルが高いと思うから好きに調節してくれ。

 アレはペガスシティの遊園地でもらった良い自転車なんだ。

 

 貸すだけだぞ、いつか返してくれよな。

 

 

 

 

 

 ペリッパーへ

 

 ミツハルに迷惑をかけないようにな。仲良くすること。

 今までありがとう。ありきたりだけど、これが一番大事だと思ったから。

 

 

 本当にありがとう、相棒。またいつか会おうな。

 

 



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VSチャオブー 職人の街ユオンシティ

 十番道路、サンビエタウンからユオンシティを繋ぐ唯一の国道。

 その整備された道を打つ、蹄の音のオーケストラ。その音の出処はポケモンだった。車を除けば、ラフエル地方で唯一の交通手段"バンバドロ・キャリッジ”だ。

 

「ポケモン、"バンバドロ”が引っ張っている馬車」と説明は簡単だ。しかし馬力と快適さ、何より風情からタクシーよりも利用する客は多い。

 その荷車の中で哀愁漂う表情で流れる景色を眺めているのは昨夜サンビエタウンを旅立ったダイだ。

 

 夜中の間、歩き続けていたダイたち一行。朝になったら休憩しようと思っていた矢先、偶然ユオンシティに戻る最中だったバンバドロ・キャリッジに遭遇したのだ。話すと、老齢の運転手は快くダイたちを乗せてくれた。しかも代金は距離分、ラジエスから乗ったのと十番道路から乗るのではだいぶ違う。運転手の気持ちに甘えながら、ダイたちは荷車に乗り込んだ。

 

 アルバたちは夜中の間は言葉にしなかったが、元々サンビエタウンに到着してその夜には出発していたため、恐らく想像以上に疲労していたはずである。荷車に乗り込むなり、背もたれを枕にして寝息を立て始めた。ダイはまだまだ眠る気分ではなかった、だから一人で景色を眺めている。

 

「お兄ちゃん、珍しいね。ユオンシティに行こうってことはポケモントレーナーかい?」

「はい、ジムリーダーに会いに行くんです」

「そうかい、かくとうタイプの使い手じゃから、ひこうタイプやエスパータイプのポケモンを連れてたら有利じゃなぁ」

 

 ひこうタイプ、その言葉はダイから乾いた笑いを引き出した。つい数時間前そのひこうタイプの、それも一番付き合いの長い家族と別れたのだ。思い出すなという方が無理である。

 

「にしても、男二人、女二人。いいねぇ、楽しかろう」

「そうですね……賑やかなので。それに、みんな俺の気持ちを汲んでくれるし」

「そうかそうか。じゃあ、いざってときは兄ちゃんも力を貸してやらんとな。それが友達っちゅーもんや」

 

 カラカラと笑いながら、バンバドロを巧みに操る運転手。それからはダイも高速で流れる景色をただボーッと眺めていると、鼻が煙や油の臭いを捉えた。荷車から半身を乗り出すと、巨大な煙突がいくつも天に向かって手を伸ばしているのが見えた。

 

「見えてきた、あれがユオンシティじゃ!」

「職人の街……」

 

 そのキャッチフレーズに違わず、早朝にも関わらず煙突は既にもくもくと煙を吐き出している。職人の朝は早いと聞く、さっそくポケモンジムを訪ねよう、とダイは考えを固めた。

 

 ゲートを潜り、名実共にユオンシティへやってきたダイたち。運転手が徐々に速度を落とす。

 

「ジムはすぐそこじゃあ。ここからは歩きの方が近かろうて」

「本当にありがとうございました!」

 

 寝ぼけ眼を擦りながら荷車から降りたアルバたち共々頭を下げて礼を言う。運転手は片手を上げ、なにも言わず笑顔で応えた。

 蹄の音が遠のく中、徐々に意識が覚醒するアルバとリエン。特にアルバはジムのある街ということで既にテンションが上り始めていた。

 

「ソラ、まだ眠いだろ」

「平気」

 

 いつものようにソラを背負うべく、しゃがもうとしたダイだがソラは確かにいつもの朝に比べてきっちりと目を覚ましていた。

 

「それより、すぐジムに行くつもり?」

「そうだよ」

「なら、ダメ。少しは寝た方がいい」

 

 いつになく強い口調で言い切るソラ。アルバとリエンもそれに同調した。というのも、ダイは気づいてないが明らかに目元に泣き腫らしたあともある上、顔も浮腫んでいる。自分たちが寝てる間も起き続けていたのがバレている。

 

「そうか……わかった、ひとまずポケモンセンターに行こう」

「荷物持つよ」

「じゃあダイは僕がおんぶしてあげるよ!」

「いいよ、ソラじゃあるまいし!」

 

 ダイから半ばひったくるようにして荷物を取るリエンと、先程ダイがしようとしたようにアルバがダイに背を向けてしゃがむ。

 思わず大声でツッコんでしまうダイ、フラッと身体がグラついてしまいソラの言う通り睡眠の重要性について気付かされた。

 

 レンガ敷の道沿いに歩けば、ポケモンセンターはすぐ辿り着けた。それぞれが部屋を取り、アルバはベッドにダイを寝かしつけるとライブキャスターで今クシェルシティにいるアイラにコールをかけた。

 

「あ、もしもし。アイラ? 僕だよ、アルバだよ」

『おはよう、どうかしたの? アルバからアタシにかけてくるなんて珍しいじゃない?』

「うん、ダイのことでちょっと相談があってね」

 

 アルバはダイがペリッパーを手放したことを簡単に説明した。電話の向こう側のアイラはというとやはり驚いていた。ダイとペリッパーの馴れ初めから知っている人間であるなら、尚更だろう。

 

『それじゃあ、今ダイはひこうタイプのポケモンを持ってないのね?』

「うん、そうなるね」

『いざという時、それは致命的ね。わかった、ダイのことを知ってるアタシのポケモンを一匹ユオンシティに向かわせるわ。きっとダイもそのポケモンのことは覚えてると思うから』

「そうなの? いったいどういうこと?」

 

 アルバが端末越しに尋ねると、アイラはカメラの奥で少し気まずそうな顔をしていった。

 

『本来なら、ダイの三匹目のポケモンになるはずだったポケモンなの。ちょっと訳ありで、今アタシのところにいるんだけどね』

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「仮眠は取ったけど、やっぱりまだ眠いね」

「あんまり遠出とかは出来そうにないかも、ジムリーダーには明日会おうか」

「賛成~」

 

 頭をふらふらさせながら言うソラにアルバとリエンが苦笑する。三人はポケモンセンターで軽く朝食を済ませることにした。サンビエタウンの豪華な野菜サラダに比べると少し質素だが、やはり職人や工場の人間が多く利用することもあるからか、肉料理など精のつくメニューが多かった。ユオンハンバーガーセットを三人で注文し、テーブルについてモソモソと食べ始める。

 

「シティマップを見てみると、ポケモンセンターから暫く歩いたところに市街があるみたい。色々役立つ道具とかもあるかな」

「面白そうだね、ソラ行ってみない?」

「行く、夕方」

「決まりだね」

 

 ユオンシティは、かつてラフエル地方で最も東にある街として切り立った崖の上に作られた。外の世界からの侵略を防ぐべく、軍事的な要塞としての役割が大きかった。

 そのため、今でもところどころでは戦闘機の発着場や、要塞跡地、他国との戦の爪痕が残されている。

 

 それでも今はその上に、新たな一般工業施設が立ち並ぶようになりアルバが言ったように新市街も確立、他の街と変わらないラフエル地方の街の一つとして成り立ったという歴史がある。

 

「それにしても、こんなにたくさんの工場があって、電気はどうしているのかな」

「シティガイドに載ってたよ。ユオンシティは地熱発電と海からの風力を利用して発電、電力をユオンシティだけで賄ってるみたいだ」

「地熱か~、そういえば工場の熱気かと思ったけどこの街は全体的にどこか暖かいかもね」

 

 リエンが納得すると、ソラが床に触れる。小さく「暖かい」と呟くがここは屋内、ただ床暖房が効いているだけだ。尤も、その床暖房を地熱を変換している可能性は十分にあり得るが。

 そうこうして、全員が胃袋に朝食を詰め終わった頃には日も高くなり、街の到るところから金属特有の甲高い音が響くようになった。

 

 三人がそれぞれ自由時間ということになり、アルバはシティマップを眺める。

 

「そういえば、モンスターボール工場もユオンにあるみたいだね。補充しておこうかな」

 

 地図に従って歩くと大きな柱の先端に巨大なモンスターボールのレプリカが飾られている豪華なオブジェクトが見えた。如何にも、と言った工場の隣には生産直後のモンスターボールの販売を行っているような工場と違い綺麗なショップが立てられていた。アルバはその自動ドアをくぐると、ショーケースに飾られているモンスターボールを眺める。

 

「へぇ、色んな種類があるんだなぁ……でも、ここから先のボール見たことがないや」

 

 モンスターボール、スーパーボール、ハイパーボールなど他の街のフレンドリィショップで並んでるおなじみのボールや、ネストボールやダークボール等一部の街やデパートでしか見たことのないボールもある。

 だがアルバの目を引いたのは、それでもないボール。

 

「"レベルボール"、"ヘビーボール"……なんだろう、このボール。"ラブラブボール"なんていうのもある」

 

 アルバがジッとショーケースを眺めていたときだった。

 

 

「──そいつはジョウト地方の名工が"ぼんぐり"っつー木の実を加工して作ったボールだ。ラフエル地方にも伝わったそれを、この街の職人たちが量産まで可能にしちまったってんだから大したもんだ」

 

 

 突然後ろから男性が声を掛けてきた。アルバが振り返ると、多少整えられているヒゲとよれよれのシャツが目につく男性が立っていた。まるで仕事を放棄して公園で暇を潰しているサラリーマンのような風体だが、どこか油断できないプレッシャーのようなものを放っていた。

 

「この"ヘビーボール"、あるだけくれ。ああ金額は気にしなくていい、財布とはキッチリ相談してきた」

「かしこまりました、包装致しますか?」

「いやいい、多分すぐ使うことになるからな」

 

 受付の女性が奥に引っ込むのを見て、男性は隣のアルバを眺める。顎に指を添えて、「ふんふん」と観察しているようだった。アルバは身じろぎすると尋ねた。

 

「な、なんですか?」

「お前さんポケモントレーナーだな。それも結構冒険してきたっつー面構えだ。気に入った、ちょっとポケモンを見せてくれよ」

「いいですけど、変なことはしないでくださいね!」

「しねえよ。俺は上等な値打ちモンには慎重に接するタチだからよ」

 

 ひらひらと手を振って答える男性に、アルバは訝しみながらボールからルカリオとブースターを出した。すると男性は一瞬目つきを鋭くするような仕草をしてから、もう一度ルカリオとブースターに視線をやった。

 

「坊主、リザイナシティに行ったことは」

「あります、ジムバッジも持ってます」

「なるほど……じゃ次の質問だ。クシェルシティに行ったことは?」

「そっちもあります、ほら」

 

 アルバはそう言ってピュリファイバッジを見せる。すると男性はなぜか納得したように含みのある顔で笑いながら頷いた。

 

「ってことは、ユオンシティにはラジエスシティから来た。当たりか?」

「なんでわかったんですか!?」

「っと、ちいっと喋りすぎたな。気にすんな坊主、ただの勘だ。それ以上でもなんでもねえよ」

 

 大量のヘビーボールが店奥から運ばれてくる。表に止めてあったトラックにそれを詰め込むとその男性は肩に担いだ上着を翻しながらその場を後にした。

 

「じゃあ俺はこの辺で。時は金なり、ってな。お互い大事に使おうぜ」

「おじさん、名前は?」

 

 去りゆく背中へと問いかけるアルバ。すると男性は振り返らず、トラックの扉を開けながら言った。

 

 

 

「────ワース。ただのしがない会計係だ、またどこかで会おうぜ坊主」

 

 

 

 走り去るトラックを見送りながらアルバは肩を竦めた。不思議な男であった、と。しかし隣にいたルカリオは違った。

 

「どうした、ルカリオ」

「くわんぬ……」

 

 小さくなるトラックを見ながらルカリオが渋い顔をしていた。今のワースという男からなにかを感じ取ったのだろうか、それを確かめる術はもう遠のいてしまったのだが。

 とにかく気にしても仕方がない。アルバは再び店内に戻ると、ヘビーボールの欄に『SOLD OUT』の札を立てている受付にモンスターボールを頼んだ。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「あっちはキズぐすりのスペースみたい。幾つか買っておこうか」

「うん、買う」

 

 一方その頃、市街の小さなデパートの中でリエンとソラがトレーナー雑貨のコーナーを眺めていた。財布に余裕を持ちつつ、万が一に備えてのキズぐすりを購入する二人。

 思えば、たまにポケモンセンターで二部屋しか取れなかった時以外はソラと二人きりというのは初めてだということに気づいたリエンはソラの横顔をジッと見つめる。

 

 どういうわけかパンク風な格好に身を包み、それでいて性格は不思議ちゃんそのもの。人の感情を音で捉える女の子、リエンはソラのことを嫌いではないがいまいち踏み込み辛いところがあると思っていた。

 

「ねぇ、あの日さ。私達の音楽が好きだ、って言ってたけど私達のはどんな音楽に聴こえてるの?」

「うーん、グチャグチャだよ」

「ぐ、グチャグチャ?」

 

 また要領を得ない答えが返ってきたなと思ったリエンだが、ソラは首を傾げながら例えるように言った。

 

「そう、ダイがロック、アルバがポップ、リエンはバラード。なのに、調和(ハーモニー)が生まれていた。あんなの初めてだった、だから興味があった」

「やっぱり、人柄が音楽に出るの」

「出る。粗雑な人は音楽も粗雑。繊細な人は音楽も繊細、リエンはね……」

 

 そう言いながらリエンの目をジッと見つめるソラ。そして目を瞑り、軽くハミングをするとソラは答を得たように頷いた。

 

「中に空洞がある、ガラスの玉」

「ガラスの玉?」

「弾く人、弾き方、それぞれのやり方で違う音を出せる。リエンは一緒にいる人で音楽が変わる、不思議な子」

「まさかソラに不思議って言われるとは……」

 

 リエンが苦笑する。しかし確かに的を射ていると、自分でも思った。話す人で態度を変えている、ではないがどこか人で在り方を変えて生きてきた気はする。

 マリンレスキューの手伝いをしていた頃は、そういう振る舞いを求められれば鏡のようにそう振る舞っていた。

 

 一人で納得して頷いていると、不思議というワードに反応したソラが頬を膨らませている、無表情で。適当に謝ってあしらうリエンが会計を済ませる。

 他にもわざマシンや戦闘中に使う道具、サンビエタウンから直送されてきた木の実など色々見てから外に出ると、日は既に傾きつつあった。

 

「ダイ、そろそろ起きたかな」

「起きてる、と思うよ」

「ペリッパーのこと、どうしたんだろうね」

 

 リエンがぽつり、と疑問を口にする。それは今の今までダイを気遣ってアルバも聞かなかったことだ。

 そして人の感情の機微に敏く、ダイとペリッパーのやり取りを聞いていたソラが答える。

 

「ダイは、本当はペリッパーと離れたくなんてなかったよ。あの時も、ずっと泣いてたから」

「やっぱりそうだったんだ」

 

 納得がいく。手放したくて手放したなんてことは絶対に無い。なら何故だろう、リエンはずっとそれが引っかかっていた。

 これから激化するバラル団との戦い、傷つくのも傷つけるのも嫌がるペリッパーを連れて行くわけにはいかない。だからラフエル地方で一番長閑なサンビエタウンの心優しい少年に託したのだ。

 

「気遣い上手なのに、下手だよね」

「うん、下手っぴ。とっても」

 

 二人で言い合って笑う。要は不器用なのだ、人の気持ちを汲み取るのは得意なくせに、自分の気持ちを伝えるのはとてつもなく下手だ。

 デパートを出て暫く歩くと、工場からぞろぞろと作業員が汗を拭いながら出てくる。

 

「いやぁ、近頃はあちぃなぁ!」

「ほんとほんと! もうサウナかってね! おかげで冷えたビールがうめぇのよ!」

「ちげぇねえ!! ガハハ! 今日も一杯やってくか!」

「いいねぇ!」

 

 中年の作業員が笑い合いながら路地の先に消えていく。リエンとソラも確かにサンビエタウンでは感じなかった暑さを感じている。

 だが「近頃」というワードが気になる。ユオンシティの人間にとっても違和感を覚える暑さだというのだろうか。

 

 なんてことを頭の隅に思いながらもリエンは「考えすぎかな」と脳裏に消えたそれを一蹴する。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 パチリ、と一瞬で意識が覚醒する。ベッドから上体を起こすと、部屋の中でポケモンたちがまるで塔のように積み上がっていた。

 ゴーストの頭の上にジュカインが寄っかかり、その上にゾロアとメタモンが乗っていた。ゼラオラはゴーストに背中を預けるようにして寝ていた。

 

 俺が起きたのを感じ取ったのか、ゾロアがまっさきに目覚めジュカインの上から降りる。その小さな衝撃でジュカインもゴーストも目を覚ます。ゴーストがふわりと浮き上がると、背中を預けていたゼラオラがごろんと転がってようやく起きる。

 

「おはよう、んー……よく寝たわ」

 

 肩に乗ってくるゾロアの顎を撫でてやると気持ちよさげに身体を揺する。個室から出ると、隣の三つの部屋は全部外出中になっていた。多分自由行動時間なんだろう、俺も外に出ることにした。

 ポケモンセンターのドアを潜ると、ユオンシティの東側に位置する海上の空はもう星が見え始めていた。テルス山に後少しすれば夕日が隠れてしまう、と言った時間帯だ。

 

「ジムの方、行ってみるか。たぶんアルバはいるだろ」

 

 なんて予想をしながら歩く。街灯がパチパチと音を立てて道を照らし出す。するとバンバドロ乗りのおじさんが言ってた通り、すぐユオンシティジムが目に入った。

 しかしなんだか見覚えのある景色が目の前に広がってる。というのも、ジムの扉が開かない。レニアシティの時のように誰かが出てくるか、そんなうまい話は────

 

「ん? ジムの前に怪しい人影を発見!」

「チャレンジャーかもしれない!」

「やっつけよう! 行け、"チャオブー"!」

 

 ──あった。あったんだけど、なんだか妙な感じに転がってきた。

 

 ひぶたポケモンの"チャオブー"が俺目掛けて突進してくる。俺は近くのブロック塀をよじ登ってさらに跳躍すると電柱に掴まる。

 ゾロアが俺の肩から降り、チャオブーと対峙する。するとトレーナーが明かりの下に現れる。見たところ、この街のヤンチャなガキどもみたいだ。

 

「すばしっこいヤツだ! "ダゲキ"!」

「"ナゲキ"!」

 

 三匹のポケモンが出揃う。ポケモン図鑑を起動すると、どれもかくとうタイプのポケモンだった。そして俺がいる場所はユオンシティジム前。

 なるほど、ジムトレーナーってことだ。

 

「相手がかくとうタイプならこっちはひこう────」

 

 そこまで呟いてから、腰のモンスターボールが五つしかないことを思い出す。俺はその中から二つを選択すると放り投げ、電柱から手を離した。

 

「マルチバトル形式だな、受けて立つぜ。ゴースト! メタモン! レッツ変身!」

 

 俺が呼び出したポケモンはゴーストとメタモン、メタモンとゾロアはゴーストに姿を変え俺のフィールドはゴースト一色になる。

 だけど内一匹はゾロア、かくとうタイプのポケモンに殴られれば大ダメージは避けられない。

 

 そこで、

 

「ゴースト、メタモン【サイドチェンジ】!」

 

 フィールドの三体の場所がテレポートで入れ替わる。先程までゾロアがいた場所を分かりにくくさせる。それでも一匹は確実にゾロアだから、油断は出来ない。

 しかし相手はかくとうタイプが二匹、チャオブーはほのおタイプも併せ持っている。だから本当はひこうタイプで、かつみずタイプのポケモンが欲しかったところなんだけど、言ったところでしょうがない。

 

「よーし! ダゲキ! 左のゴーストに【ローキック】だ!」

 

 突っ込んできた道着姿のポケモン"ダゲキ"が鋭い蹴りを打ち込んでくる、がハズレ。それは本物のゴーストだ。

 

「【シャドーパンチ】!」

 

 空振って体勢を崩したダゲキ目掛けてゴーストが腕を発射、そのままワンツーパンチでノックアウトする。

 

「じゃあナゲキ! 真ん中のゴーストに【やまあらし】だ!」

 

 勘がいいな、確かに真ん中のゴーストはゾロアが化けてるポケモンだ。だけど、ゾロアが化けてるポケモンだからこそその攻撃は失策だ。

 

「【イカサマ】!」

 

 "イリュージョン"を解除し、ナゲキの手の中に敢えて収まるゾロア。そのまま身を翻しゾロアを地面に叩きつけようとするナゲキだが、そこを利用する。

 身体の小さなゾロアを背負い投げようとすれば当然叩きつける位置は低くなる。つまり、ナゲキは前のめりにならざるを得ない。そこで自身を拘束するナゲキの手を取り、ゾロアがさらに背負投する。地面に自身の勢いを加算した状態でぶつかったナゲキは当たりどころが悪かったのだろう、そもそも【やまあらし】は急所を確実に狙う技だからだ。

 

「でも、偽物は見つけた! チャオブー! 【ヒートスタンプ】!」

 

 小さなゾロア目掛けて、巨体のチャオブーが跳躍。ヒップドロップの要領で踏み潰そうとする。が、ゾロアは動じない。

 なぜなら、落ちる寸前でチャオブーの身体が浮いているからだ。

 

「メタモン、ゴースト【サイコキネシス】! ぶん回してやれ!」 

 

 グルングルンと空中で大回転させられるチャオブー。そのまま念力で吹っ飛ばし、壁に激突させる。するとチャオブーは起き上がる事はできたものの、前後不覚でトレーナーの男の子に突進、あえなく戦闘不能となった。どうやらもう戦えるポケモンはいないらしく、なんとか俺は勝利を収めた。

 

「負けちゃった……」

「しかも一撃……」

「つえー……なんだアイツ」

 

 まぁ、ジムトレーナーならもう少しやるだろ。せいぜいがジムリーダーに憧れてる近所の少年たちってところか、ジムに挑戦するように見えた俺に辻バトルを挑んできたってことは、きっと強くなりたかったんだろう。気持ちはわからないでもない、だからか少しだけ微笑ましい気持ちになった。

 

 と、俺が少年たちに声を掛けるか迷っていると、彼らの後ろから手を叩きながら一人の女の子が現れた。

 

「うんうん、良かったよ! ただやっぱ相手が悪かったね、次勝てるよう頑張ろう!」

 

 街灯の下に現れたその女の子に俺は見覚えがあった。赤毛のツーサイドアップ、青系のジャケットとクリーム色のシャツ。そして襟元で光る、俺のと同じ金色のバッジ。

 

「お前、確か……」

「ん? なんだ、相手ってアナタだったんだ! 覚えてるかな、"シイカ"だよ! VANGUARDのメンバーの。説明会と結成式で一度顔合わせしたよね?」

 

 そうそう、シイカ。確か所属チームはGuild……つまりここユオンシティのジムリーダー"アサツキ"さんのチームだ。

 

「なんだ、シイカはこっちに来てたのか」

「うん、旅人でも関係なくチームに入れるけど、暫くはチームリーダーの街で過ごしてみようかなって思って。いざ戦う時、チームワークが取れなかったら大変でしょ?」

「一理ある」

 

 そう言えば俺、カエンが戦ってるところみたことないぞ……そんなんで一緒に戦えるのか、と聞かれたらちょっと不安だ。

 俺が苦笑しつつ頬をかいてると、さっきの少年たちがシイカの傍にやってきた。

 

「シイカ姉ちゃんの知り合い?」

「うん、チームは違えど目標は同じ仲間! ってところかな?」

「なにそれー」

 

 シイカの物言いに声を出して笑う少年たち。随分と懐かれてるな、人柄の良さがそうさせるんだろう。

 

「この子達はね、アサツキさんに憧れてるこの街の子だよ。ただアサツキさん今日は用事があるってジムを開けられないから、私が預かってたの」

「保母さんか」

「アハハ、でも言えてる。私も一応、ジムトレーナーとして手伝いはしてるんだ、かくとうタイプ連れてるからね。だからアサツキさんに頼まれれば子守もするよ」

 

 困ったように笑うシイカ。だけど俺が気になったのはアサツキさんの用事だ、ジムを開けられない都合ってなんなんだろう。

 俺の疑問に気づいたらしいシイカが首を傾げながら言った。

 

「一応、アサツキさんは"カヤバ鉄工"っていう、実家の手伝いをしながらジムリーダーをしてるからそれじゃないかな」

「なるほど、家の手伝いか」

 

 記憶の中のアサツキさんはこじんまりとした人で、鉄工場の手伝いをしている姿なんて想像もつかないな。それに無口な印象を受ける。

 

「でも、俺の用事はジム戦じゃないんだ。良ければ会えないかな」

「そうなの? それならこの道を真っ直ぐ行ったところにカヤバ鉄工があるから」

「シイカは来ないのか?」

「もうじき暗くなるし、行くとしてもこの子達を家に送ってからね」

 

 そう言うとシイカは少年たちを連れて反対側の方へ歩いていった。俺はシイカの証言とシティマップをすり合わせ、地図通りに歩いていく。

 すると内側から光るタイプの看板で「カヤバ鉄工」とデカデカと書かれた巨大な工場を発見した。ちょっとしたドーム球場くらい広いんじゃないのか、この工場。

 

「すいませ────」

 

 

 チュイイイイイイイイイイイン!!! 

 

 ガガガガ!! ダン!! ダン!! 

 

 トンテン、トンテン、カンカン!! 

 

 

 扉を開いた瞬間、耳を劈くような音に目眩を起こしそうになった。なるほど、外で聴こえなかったのは防音仕様だったからか、ご近所に配慮がされてるってわけだ。にしてもうるさい! 

 

「すいませーん!!! ジムリーダーのアサツキさんを探してるんですけどー!!」

 

 叫んでみるが返事はない。これはとてもじゃないが伝わらない。人を探そうにも稼働している工場の中を素人が歩き回るわけにも行かない。

 もうすぐ日が暮れる。作業ももうじき終わりそうな気もするが、いつになるかわからないものをただ待ってるというのも性に合わない。

 

「出直すか」

 

 ゾロアに言うとコクリと頷いて俺たちはドアを空けて外に出た。とその時、ガサガサとビニールの袋が揺れるような音が右から聴こえた。

 見れば、鼻歌混じりに重そうなビニール袋を持って歩く女性がいた。そして、その姿に微かに見覚えがある。

 

 肩口までの赤茶色ミディアムショート。間違いない、アサツキさんだ。

 しかし彼女は俺を素通りしてそのままカヤバ鉄工の中に入っていこうとした。俺は慌ててその人の肩に触れた。

 

「あの、アサツキさん!」

「はい?」

 

 振り返った彼女を見て、さっきの微かに見覚えがあった自分を疑いたくなった。

 というのも、アサツキさんは()()()()()()()()()。もっとちっちゃい人だ。それにどことなく雰囲気が柔らかい。

 

「ひょっとして、ジム挑戦者の方ですか? それならごめんなさい、私アサツキじゃないです」

「や、やっぱり?」

 

 微かにあったはずの見覚えが崩れ去る。そして別の何かが俺の中に出来上がってくる。

 それで納得する。手をポンと打って彼女の正体を言い当てる。

 

 

「あー、なるほど! アサツキさんのお姉さん!」

 

「妹です! 妹のヨルガオと申します!」

 

 

 妹さんだった。



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VSウォーグル ユオンシティの謎

 

 日が暮れ、すっかり夜の顔を見せたユオンシティ。俺は肩を落としながらポケモンセンターに戻ってきた。隣には少年たちを送り届けてきたシイカの姿が。

 

「それで、アサツキさんとヨルガオさんを間違えてきたの? あっはは、何度見ても面白いわね」

「こっちは面白くないよー……」

 

 結局俺が声を掛けた女性はアサツキさんではなく、その妹のヨルガオさんだった。しかもどうやら間違われるのに慣れてるらしく、恐ろしく論理的に間違いを正された。

 しかし聞いた話によるとアサツキさんは今日家すら空けていたらしい。ジムを開けられない用事っていうのはカヤバ鉄工の手伝いではなかったみたいだ。

 

「っていうと、アレかしらね……ジムの裏に山があるでしょ?」

「そういえば、切り立った崖の上に成り立ってる街にしては結構不自然な山があるな」

「あそこにはユオンシティの地熱を管理する何かがあるみたい。この街を預かるジムリーダーとして、様子を見に行ってたのかもね」

 

 もっともそれが何かはわからないけどね、と肩を竦めるシイカ。部屋を取ってる方角が別らしく、シイカとは入り口でお別れだ。

 自分の部屋に戻ると、アルバたちが集まっていた。どうやらリエンたちが色々役立つアイテムを買ってきてくれたらしい。キズぐすりの類を分けてもらい、代わりに代金を支払う。この辺りリエンはきっちりしてる。

 

「あ、木の実もあるよ」

「おっ、じゃあアレやろうぜ。"きのみブレンダー"! せっかく四人いるしよ」

 

 俺が鞄から取り出した正方形の機械に木の実を放り込む。四人でそれを囲み、メーターに合わせてポチポチとボタンを押す。

 出来上がったポロックをケースに入れて保存する。入り切らなかった分は俺たちのポケモンがシェアしあっておやつにする。

 

「これでよし」

「そういえば、ダイはどこかに行ってたの?」

「ジムを見に行ってた。そしたらVANGUARDのシイカに会ったぞ、こっちの街に来てたらしい」

 

 アルバはメーシャ出身だから、ひょっとすると顔見知りかもしれないな。リエンも彼女の事は覚えていたらしい、結構インパクトあるビジュアルだからな。ちなみにソラは当然覚えていなかった。

 その代りアサツキさんに会うことは出来なかったことを話す。するとアルバが「そうだ」と身を乗り出した。

 

「あのね、ダイ。悪いかな、って思ったんだけどアイラにダイとペリッパーのことを話したよ」

「……そうか、ありがとな」

 

 俺は礼を言った。アルバなりに俺を気遣ってのことだろう、それを責めるなんてしない。俺が気にしてないことを伝えるとアルバは少しホッとしたような顔を見せた。

 

「それでね、アイラが「いざという時空を飛べるポケモンがいないのはマズいから」って、手持ちのポケモンを一匹ユオンシティに寄越すって言ってたよ」

 

 続けて発されたその言葉は少しだけ、いやかなり驚いた。あのアイが俺にポケモンを渡してくるなんて思わなかったからだ。

 そしてアルバが口にした情報と俺の頭の中の推論が組み合わさリ、俺はスッと立ち上がると鞄の奥底に眠っていた空のモンスターボールを手にとった。

 

「ダイ?」

「少し、外に行ってくる。たぶん、()()()が待ってるはずなんだ」

 

 それだけ言い残して、俺は部屋を出た。ポケモンセンターを出て、広場に出る。後ろからアルバたち三人が追いかけてくる。

 すると星空と俺たちの間に影が差す。それは俺を見つけると、凄まじい勢いで急降下を始めレンガ敷の道路に力強く降り立った。

 

「やっぱり、お前だったか」

 

 そう言うと、そのポケモンは目を細めて笑った。手を伸ばすと、頭頂部を俺の手のひらに擦りつけてくる。

 

「それが、アイラの言ってたポケモン……?」

「でっかい……」

「大きいー」

 

 アルバたちが口々に感想を言う。赤茶げた羽に包まれたその巨躯は、通常の個体よりもやや大きい。頭頂部の白い立派な鶏冠が街灯の光を受けてキラリと輝く。

 ゆうもうポケモンの"ウォーグル"だ。かつて、アイと一緒にイッシュ地方を旅していた俺が見つけたポケモン。

 

「背中の傷はもう良いのか?」

 

 尋ねるとコクリと頷くウォーグル。あの時はポケモン図鑑を持っていなかったから知らなかったけど、ウォーグルというポケモンは向かい傷が多ければ群れの中で英雄視され、逆に背中に傷があれば群れの中で鼻つまみものにされてしまう習性がある。俺が見つけた時、このウォーグルは背中に大きな三つの引っかき傷を作っていた。ポケモンバトルを避けるようになっていた俺は必然的にキズぐすりの類を持て余していたため、ウォーグルの治療に惜しみなく使った。

 

「それから暫く俺を追いかけてきてくれたんだよな」

 

 背中の傷が原因で群れで相手にされなくなったウォーグルは俺の後を着いてくるようになった。ただ、さっきも言っていた通りバトルを避けるようになっていた俺はゲットするか最後まで迷っていた。

 そうしてる内に、アイがウォーグルとバトルしてゲットしてしまったというわけだ。再会した時はフライゴンに乗っていたから、アイもきっと持て余してはいたのだろう。

 

「お前、また俺と来てくれるか?」

 

 その質問に、ウォーグルは沈黙で返した。そして俺から少し距離を取ると、羽撃き上空に上がるとそこに留まった。

 

「その子、ダイとバトルがしたいって」

「……そうなのか、ウォーグル?」

 

 ソラが教えてくれる。聞き返すと今度は強く頷く鷹。確かに、そういうのはウォーグルらしい。

 俺もある程度ウォーグルから距離を取る。ちょうどポケモンバトルのフィールドと同じくらいに離れると、俺はモンスターボールを取り出し開閉スイッチを押し込んだ。

 

「よし、ジュカイン頼んだ!」

 

 ボールをリリース、中からジュカインが勢いよく飛び出してくる。大鷹と森蜥蜴が睨み合う、過去に出会った時にはいなかった新しい仲間。

 確かにタイプ相性は不利だ。だけどそれを覆しての勝利じゃなきゃ、ウォーグルは俺を認めてくれないはずだ。なんせこいつは"いじっぱり"、一度決めたらやり抜くヤツだ。

 

 だからこそ、ヒヒノキ博士が認めてくれた"突き進む者"として、こいつを仲間にする価値がある。

 

「ジュカイン、【リーフブレード】!」

 

 まずは小手先を調べる。ジュカインは以前より大きさの増した腕の新緑刃を輝かせ、地面を蹴り跳躍する。ウォーグル目掛けて一瞬で距離を詰めると、独楽のように空中で高速回転。ウォーグルの胴体を薙ぎ払おうとする。

 

 しかしウォーグルも相手が素早いことはわかっていたのだろう。だからこそ、敢えてジュカインの一撃を腹で受け止める。ウォーグルにとって、前面の傷は名誉の負傷。端から受けること前提だ。

 そしてお互いの攻防が終了した瞬間、ウォーグルは翼を大きく羽撃かせた。俺たちに対して強い向かい風の流れを作る、即ちウォーグルの【おいかぜ】だ。

 

「スピードを上げてくるぞ、【ドラゴンクロー】!」

 

 ジュカインは今度はツメにエネルギーを灯し地面スレスレを滑走するようにウォーグルへ接近、再び跳躍する。だが空中に上がった瞬間、相手の【おいかぜ】の影響を強く受ける。

 ウォーグルは空中で身を翻し、空気の流れを切り裂き真空の刃を作り出した。【エアスラッシュ】だ、それがジュカインの胴へ炸裂する。

 

 迎撃され、地面に叩きつけられたジュカインが腕で受け身を取って体勢を立て直す。着地した隙を見逃すまいとウォーグルが攻めてくる。

 急降下からの滑空、勢いを加算しての体当たり。即ち、

 

「【ブレイブバード】が来る! もう一度【ドラゴンクロー】!」

 

 燐光を帯びながら突進してくるウォーグルの翼を、エネルギーを灯したツメで掴みながらジュカインが受け止める。地面を抉りながら踏みとどまるジュカイン、しかしウォーグルもまだまだ止まらない。

 ウォーグルが吠え、さらに速度が上がる。【おいかぜ】を受け、さらに勢いが増す。だがジュカインもその翼を握り潰さんとツメに力を込めた。

 

 互いが苦悶の声を零す。押し負けた方がそのまま敗北する図式、軍配は文字通り追い風に吹かれているウォーグルにあると言えた。

 

「ウォーグルの【おいかぜ】を利用してやれ! 反転だ、ジュカイン!」

 

 ジュカインが頷き、ウォーグルの突進の勢いを利用してぐるんと体勢を入れ替えた。するとウォーグルは風の流れに逆らう形で突進し続けることになり、徐々に速度と力が衰え始めていく。

 だが逃げ出そうにもジュカインの拘束から逃れられない。翼を使えなければ【エアスラッシュ】も撃てない。

 

 それでもウォーグルは敗けてたまるかとばかりに身体を大きく動かし、その巨躯に相応しい巨大な両腕でジュカインの肩口を思い切り掴む。

 

「【ブレイククロー】だ! 負けるな!」

 

 ギリギリとウォーグルがジュカインを腕で締め付ける。が、ジュカインは勝負に出る。あれだけ強く掴んでいた翼から手をパッと離したのだ。そもそもウォーグルは既に突進(ブレイブバード)を中断している。

 つまりジュカインという木に立ち止まっている状態とも言えた。まさかこの状態で反撃してくるとは思わなかったのだろう、ウォーグルは離れる隙もなくジュカインの【ドラゴンクロー】を急所に受けてしまう。

 

 急いで飛び退り、降り立ったウォーグルが【はねやすめ】をする。しかしこの瞬間、ウォーグルは一番の弱点を晒すことになる。

 

「【マジカルリーフ】! そして────」

 

 ジュカインが尻尾から葉の手裏剣を撃ち出す。不思議な光を放つそれがウォーグルにすべて命中、動きを止めさせる。仰け反った隙に近接距離(クロスレンジ)に持ち込んだジュカインが手刀を振り上げる。

 

「────【かわらわり】だ!」

 

 目にも留まらぬスピードで振り下ろされた手刀がウォーグルの頭頂部に突き刺さり、ウォーグルは倒れ伏す。【はねやすめ】をしている間、すべてのポケモンはひこうタイプとしての優位を失う。その瞬間をジュカインは狙い撃ったんだ。

 

 レンガの上に大きく倒れたウォーグルは戦闘不能になっていたが、すべての攻撃を腹や頭など前面で受けきったことから清々しい顔をしていた。

 俺は右手に持ったモンスターボールを振りかぶる。思えば、こうするのは初めてだな。振り上げた足を地面へ叩きつけ、

 

 

「いけっ、モンスターボールッ!!」

 

 

 放たれた豪速球がウォーグルの腹部へ命中、開閉スイッチを事前に押し込んでいたことにより衝撃でボールがオープン。中から"キャプチャーネット"と呼ばれる不思議な繊維質がウォーグルを確保して逃さない。

 ボールに閉じ込められた野生のポケモンは当然抵抗するが、ウォーグルはそうせず地面に落ちたモンスターボールはすぐにカチリと捕獲完了の合図を鳴らした。

 

「やった、ウォーグルゲットだ!」

「おめでとう、ダイ」

「すごかったー」

 

 外野で見ていたアルバたちが口々に言う。俺は転がっているモンスターボールを持ち上げ、開閉スイッチを押し込んでウォーグルを再度ボールから出す。

 ひとまず戦闘で出来た傷を癒やさないとな、取り出したキズぐすりを【リーフブレード】が直撃した腹や【ドラゴンクロー】で掴まれた翼に吹き付ける。

 

「改めて今度こそよろしくな、ウォーグル」

「ウォン!」

 

 翼と手で握手を交わすと、俺の腰から勝手に飛び出してくるポケモンたち。ペリッパーがいなくなって寂しかったのはきっと俺だけじゃなかったんだろう、ウォーグルの参加を快く認めてくれた。

 特にゾロアは過去に一度会ったことがあるため、特に仲良くやれてるみたいだった。

 

「にしても、本当大きいねぇ……図鑑の平均表記よりもずっと大きいよ」

 

 アルバの言う通りだった。通常1.5mほどがウォーグルの平均身長だが、このウォーグルは2mはくだらないだろう。俺とアルバなら二人同時に背に乗っても大丈夫なくらいだ。

 早速持っているわざマシンでウォーグルに最適な技を幾つか覚えてもらうことにした。ウォーグルは特に嫌がる仕草も見せずにわざマシンパッチを受け入れる。

 

「そうだ! ダイがウォーグルをゲットした記念に、良いものがあるよ!」

 

 そう言うなり、アルバが自室に俺たちを招き入れると冷蔵庫を空けた。そこにはラフエル地方でも大人気の"仲良しバイバニラバー"が入っていた。

 ポケモン"バイバニラ"をモチーフにした、二匹が寄り添うようにしてくっついているシェア用アイスクリームだ。若者からお年寄りまで大人気、イッシュ地方では夏場のベストセラーとまで言われる。仲良く笑顔で寄り添うバイバニラが二つに分たれる姿は涙を禁じ得ない。

 

「本当はダイを元気づけようと思って買ってきたんだけど、この際だからウォーグルいらっしゃい記念に変更! みんなで食べようよ!」

 

 アルバは二つ取り出したそれを俺とソラに渡そうとして、何か思い出したのかパキッと音を立ててその片方をリエンに差し出した。もう一つのバイバニラバーをソラに渡すアルバ。

 

「ちょっと、なんか古い傷が疼くんだ」

「なんだそりゃ」

 

 ともかく、アルバとリエンが分け合ったのなら俺とソラが分け合うことになる。そう言ってアルバに手渡されたアイスを持ってるソラの方に向き直ると、

 

「……なんで二つとも咥えてるんだ?」

「……ダメなの?」

「ダメだろ! 二つあるんだからシェア!! えっ、常識でしょ!?」

 

 しかしソラは首を傾げて「なんでダメなんだろう」って顔を崩さない。アルバの言う古い傷ってもしかしてこれか、アルバの方を見ると力なく頷いていた。

 

「じゃあ、はい」

「いや、はいって……出来れば咥える前にそうして欲しかった」

 

 幸い俺はそういうの気にしないので冷たいそれを口の中に放り込む。笑顔で口の中に消えていくバイバニラの姿には、やはり涙が出てくる。ごめんよバイバニラたち、めっちゃ美味しい。

 

「確かに今日、恐ろしく暑いよな……アイスを買ってきたのは名采配と言わざるを得ない」

 

 俺がそう言うと、リエンが思い出したように「あっ」と声を上げて指を一本立てていた。

 

「今日、ソラとデパートに行ってきた帰りにこの街の工場で働いてる作業員の人たちとすれ違ったんだけど、やっぱりユオンシティに住んでる人でもここのところ暑すぎって思うみたい」

「そう言えば、シイカも言ってたな。アサツキさん、どうやらジムの裏山に行ってたみたいなんだ。そこで地熱の管理をしてるとかなんとか……まぁ詳しい話は分からなかったんだけど」

 

 ユオンシティの人ですら暑さを感じるほどの地熱、これって異常気象に当たるんだろうか。きっとそうだろう、だからこそアサツキさんはその確認に行ったに違いない。

 だけど街全体の地熱を管理する、っていうのはどういうことだ? まさか街の下に巨大なホットプレートでもあるわけじゃあるまいし。

 

「まぁ考えても仕方ないか、俺たち余所者だしな」

「言えてる」

 

 そんな他愛もない話をしながら口の中のアイスを溶かしては飲み込んでいく。程よく身体がスッキリしたところで今夜は解散という流れになった。それぞれの部屋に戻ったあと、俺はベッドに寝転がって天井を見る。

 ついさっきまで寝ていたのもあって、眠気はそこまで無い。かと言って誰かの部屋に遊びに行くのは、解散後ということもあってなかなかに気まずい。アルバ辺りなら気にせず部屋に入れてくれそうでもあるが。

 

「そういえば、ステラさんが言ってた英雄の民、アサツキさんの知り合いなんだよな。ちゃんと紹介してもらえるかな」

 

 VANGUARDの説明会でひと目見たアサツキさんの印象はなんというか、取っつき辛そうという感じだった。初対面の時のカイドウに通ずる、人と極力接するのを避けてきた人特有の雰囲気とも言うんだろうか、そういう感じ。

 

 ボールの中で鎮座しているゼラオラを見る。出会ってそろそろ一ヶ月以上になる、だいぶリライブが進んでるのかゼラオラは感情表現をするようになった気がする。

 初めて感情を発露させたのは、ラジエスシティでケイカと戦った時に見せた"怒り"。そしてステラさんとのジム戦を経て、"喜び"も見せるようになった。現に、サンビエタウンでシーヴさんに毛繕いをしてもらったときは嬉しそうにしていた。

 

「だけどまだ足りないんだよな」

 

 後もう一息、後少しで元のポケモンに戻してやれる。そしたら色んな話をしようと思う。どんなことが好きなのか、どんな性格なのか、お互いを知るために。

 

 それが出来たら、本当の意味で俺はゼラオラのトレーナーとして胸を張れる、そんな気がしているんだ。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 翌朝、頭の中の泥が全部抜け落ちたみたいにスッキリ目が覚めた。シャワーを浴びて寝汗を流すといつもどおりの俺が鏡の前に立っていた。

 今日はヨルガオさんが繋いでくれたおかげでアサツキさんに会うことが出来る。今日はジムを開けているらしいから、そっちに顔を出すのが良いだろう。

 

「おはよう、みんな」

 

 どうやら俺が最後だったみたいで、全員がポケモンセンターのロビーで待っていてくれた。ソラに関しては完全に意識が覚醒していた、珍しいこともあるもんだなぁ。

 それじゃあ行くか、とポケモンセンターの扉を潜った時だった。遠くのレンガから陽炎が発生するほどに異常な暑さを感じた。

 

「昨日より暑くないか……?」

「本当だね、昨日がむしろ涼しかったんじゃないかってくらいだ」

 

 しかしそんな暑さも作業員たちはなんのその、豪快に笑い飛ばして汗を流しながら業務に勤しんでいる。俺たちはなるべく日陰を選びながらユオンシティジムを目指した。

 ジムの目の前に来ると、シイカと昨日の三人組が立っているのが見えた。

 

「あっ! 昨日のオレンジ色の兄ちゃん!!」

「ジム戦に来たのか!?」

「今日こそやっつけてやる!」

 

 再び放たれる"ダゲキ"、"ナゲキ"、"チャオブー"。突然の()()()に後ろの三人が困惑していると、シイカが手刀を軽く真ん中の少年へ下ろした。

 

「いてっ!」

「ボルト、ネジ、ナット。これからダイはアサツキさんに話があるんだから、邪魔しないの」

 

 どうやら三人の名前はボルト、ネジ、ナットというらしい。チャオブーのトレーナーがボルト、ダゲキがネジ、ナゲキがナットのようだ。

 

「お前ら、ユオンシティジムのトレーナーになりたいのか?」

「そうだよ! みんなで毎日修行してるんだから!」

 

 俺が尋ねると、ボルトが二の腕を叩いて言った。見ればネジもナットも頷いていた。

 

「なぁ、シイカはこいつらの面倒見てたよな」

「そうだけど、なんで?」

「アサツキさんとの話が済んだら、俺も見てやろうかと思って」

 

 そう言うとボルトが「本当!?」と食いついた。

 

「約束だよ、オレンジ色の兄ちゃん!」

「俺の名前はダイ、覚えとけ」

「うん、ダイ兄ちゃん! よしお前ら、ジムの裏山で特訓だ!」

 

 忙しなく走り去るボルトたちを見送る俺たち。シイカが首を傾げながら俺に尋ねた。

 

「ねぇ、どうして面倒を見てあげる気になったの?」

「そうだな、強いて言うなら……うちのチームリーダーを思い出したんだよ。もっと強くなりたいってがむしゃらなところとか、そっくりでな」

 

 ソラ以外の三人が「あぁ~」と頷いて手を打った。今頃きっとテルス山を駆け巡ってるんだろうか、きっとライブキャスターで電話しても繋がらないだろうし確認のしようはないんだけどな。

 とにかく俺はそういうボルトたち三人の姿勢が気に入った。だから少し面倒を見てやろうという気持ちになったんだ。

 

「それじゃあ私は行くね、()()()ダイ!」

 

 遅れてボルトたちを追いかけるシイカを見送り、俺たちは再びユオンシティジムの門扉を開く。

 昨日と違い、ジムの電気が通っているのを確認してスライドドアを潜る。

 

 巨大な階段状に段々と高くなっていくバトルフィールドの奥に積み上がった鉄骨。その上に鎮座し恐らく朝食であるパワーバーを齧っている女大工。

 昨日は見間違えたが、間違いない。彼女がアサツキさんだ、だってちゃんと小さいし。

 

「来たな」

 

 だいぶ離れているというのにその呟きははっきりと聞こえた。指先に着いたチョコをぺろりと舐め取り、彼女は鉄骨の城から降りる。

 

「今日は時間空けてもらっちゃってすいません。話はステラさんから聞いてると思うんですけど」

「あぁ、英雄の民を紹介してほしいんだろ。それも、"唄"を歌えるヤツを」

 

 俺は頷いた。直接英雄の民であるカエンでなく、アサツキさんに繋いだステラさんの考えを信じる。

 するとアサツキさんは安全用に常に被ってるヘルメットを二度三度、コンコンと叩いた。

 

「このゼラオラを元に戻してやりたいんです」

 

 ボールから呼び出したゼラオラがアサツキさんと対峙する。リライブが進んでいるおかげか、穏便にアサツキさんをジッと見つめるゼラオラ。

 するとやはりアサツキさんにも通じたのか、加工品の良否を見極める職人の目がゼラオラを射抜く。

 

「そうだな……教えてやってもいいぜ。たぶん"アイツ"も、そういうことなら協力は惜しまない、と思う」

「そ、それじゃあ!」

「ただし、一つ条件がある」

 

 アサツキさんはピンと立てた人差し指を俺に突きつけた。彼女は続ける。

 

「お前のことは前の説明会で肝の据わったヤツだと思った。それに今、底知れねえくらい良いヤツだってのも肌で感じてる。だけどな、仮にもオレは友達を紹介することになる。しかもアイツは結構デリケートな人種だ、そう安々と会わせるっつーわけにもいかねえ」

 

 だからよ、と人差し指を引っ込め代わりに取り出したのはモンスターボール。

 

「オレと戦え。お前が本気も本気の大本気(マジ)だってんなら、オレの心にそれは響く。お前の言葉は熱い鉄を撃つような強い響きを持ってるはずだ」

 

 思わぬ形で戦うことになった。恐らくジム戦という体ではない、だけど俺の心意気をアサツキさんに認めさせるという意味ではこれは立派なジム戦だ。

 

「ルールはどうする、お前に決めさせてやる」

「シングル、二匹選出入れ替え有りでお願いします」

「わかった」

 

 俺は挑戦者の間へ、そしてアサツキさんはジムリーダーの間へ。互いに睨み合い、アサツキさんはツナギの胸元のファスナーを軽く開け深呼吸をする。

 アルバ、リエン、ソラが見守ってくれる中俺は手持ちから二匹を選ぶ。アサツキさんはかくとうタイプの使い手、なら順当に考えてゴーストを出すのがセオリーだ。

 

 だけど、これは俺の覚悟を示す戦い。有利な戦いで勝つのが目的じゃない。

 だったら、ここで俺が出す二匹は決まっている。

 

「ジュカイン! ウォーグル! お前たちに決めた!」

 

 俺の手持ちのエースと、新たなメンバー。先鋒をウォーグルに任せると、アサツキさんもまたボールからポケモンを出す。

 

「"キテルグマ"、"ローブシン"!」

 

 出てきたのはアサツキさんの身長の二倍はあろうかという桃色のもふもふと、コンクリート製の柱を杖のようにして立つ筋骨隆々。

 どちらもかくとうタイプとしてポピュラーな類。先鋒で出てきたのはキテルグマだった。俺もウォーグルをステージに入れる。

 

「先手必勝! 【つばめがえし】!」

 

 羽撃き、キテルグマへ接近すると身体を翻し回避不能の斬撃を繰り出すウォーグル。キテルグマの土手っ腹にそれは命中する。

 

 が、

 

「効いてないのか!? 身動ぎ一つしないなんて……!」

「こっちの番だな、【すてみタックル】!」

 

 キテルグマが地面を叩き、その勢いを利用して跳躍する。弾丸ライナーの如く放物線を描いてウォーグルに突進するキテルグマ、避けようにもあまりの勢いに回避行動が間に合わない。

 しかしウォーグルは空中で体勢を立て直す。昨夜、ジュカインとの戦いで分かっている通り、【はねやすめ】はウォーグルにとって切り札だが同時にかくとうタイプに弱点を見せることになる。ここぞという場面で使うわけにはいかない。

 

「もう一度【つばめがえし】だ!」

 

 ジムの中を旋回し、キテルグマの死角へ回り込む。そのままもう一度身を翻しての斬撃を浴びせる。だが、それでもキテルグマは一向に動じない。

 

「どうした、そんなもんか?」

「ただデカいだけじゃない。闇雲に突っ込んでもやられる!」

 

 俺の指示が停滞するとウォーグルは攻めあぐね、時折こちらに視線を送るようになった。

 やっぱり昨日捕まえたばかりで、息の合ったコンビネーションが出来てない。俺は歯噛みする。

 

「──もしかして、と思ったけどまさか本当に昨日捕まえたポケモンか」

「な、なんでそれを」

「昨日帰りに歩いていたら、ポケモンセンター前でポケモンバトルしてる集団を見たんだよ。戦ってるうちの一匹がまさにウォーグルだったからな」

「見られてたのか……」

 

 思わぬ状況に汗がツーっと頬を伝う。アサツキさんはヘルメットを目深にかぶり、大きなため息を吐いた。

 

「本気で来いって言ったはずだぞ。お前その程度の気持ちでここまで来たのか?」

 

 キテルグマが再び【すてみタックル】でウォーグルに体当たりを行う。吹き飛ばされたウォーグルが地面に叩きつけられてしまう。

 ウォーグルはまだキテルグマを睨んでいるが、かなり手酷いダメージを受けたらしい。アタックは後数回が限界と見えた。

 

「捕まえたばかりのポケモンでオレを認めさせるなんて本当に出来ると思ってたのか? 肝が据わってるとは言ったが無謀の間違いだったか?」

 

 アサツキさんの目が俺を射抜く。その目に見えたのは、明らかな失望。

 だけどそれは間違ってる。誰が本気じゃないなんて言った。

 

 

「ウォーグル()()やれるって思ったんじゃない。ウォーグル()()やれるって思ったんだ」

 

 

 俺の言葉にウォーグルがこちらを振り向く。その目に映るのは紛れもない、俺。

 目と目を合わせる。そうだ、捕まえたばかりだからと言って出会ったばかりじゃない。俺たちには微かに、共に過ごした時間が確かにある。

 

 立ち上がり、ウォーグルと共にもう一度アサツキさんとキテルグマに対峙する。

 

「失望するには、まだ早いんじゃないですか!! なぁ、ウォーグル!!」

 

「ウォォォォォォォオオオオオオオオオッ!!!」

 

 雄叫びを上げ、勇猛は空中へ再び舞い上がるとダメージ覚悟でキテルグマへ突っ込んだ。腕に闘気を迸らせ振り回す【アームハンマー】で迎撃しようとするキテルグマ。

 だけどウォーグルはそれをひらりと躱し、もふもふの土手っ腹に潜り込んだ。

 

「【やつあたり】!」

 

「なに……?」

 

 ウォーグルはキテルグマへ乱雑な、怒り任せの攻撃を行う。それは【つばめがえし】よりも威力を持っていたんだろう。初めてキテルグマが打撃痕を抑えて後退した。

 

「俺が持ってるこの"オールドバッジ"! ステラさんからもらったものだ!」

 

 再度【やつあたり】を行うウォーグル。キテルグマがウォーグルを振り払おうと拳に稲妻を纏わせた。やっぱり撃ってくる、【かみなりパンチ】! 

 空気を切り裂くほどの勢いを以て突き出された拳。しかしウォーグルはその腕を止まり木にするように着地、【はねやすめ】を行った。今ならでんきタイプの技は通らない、ウォーグルはさらに【やつあたり】でキテルグマの腕に止まったまま渾身の頭突きを叩き込む。キテルグマが明らかにふらついた。

 

「このバッジを手に入れた時、お前(ウォーグル)はいなかった。でもな、俺がお前たちを信じてるってことはあの時となんら変わりはねえ!!」

 

【つばめがえし】を直撃させ、ウォーグルが反転する。そして円を描くようにして再度キテルグマへ突進する。

 そう、徐々に威力が下がり続けている【やつあたり】はこれまでだ。

 

「だからお前も、俺を信じてくれ!! ウォーグル、【おんがえし】だ!!」

 

 これまでと変わって、俺の指示が的確に通った一撃がキテルグマを遂に押し倒させた。まだ起き上がれるようだが、それでも最初に比べれば大きな進歩だ。

 ウォーグルは再び咆える。これでもまだ自分が本気じゃないと思うかアサツキさんに問い掛けているみたいだった。

 

「……今、ビリビリ来たぜ、お前のガッツ。でもまだだ、もっと響かせてみろ」

 

 キテルグマが立ち上がり、ウォーグルに対峙する。どちらも満身創痍、あと一撃で決着がつくだろうと言う風体だ。

 どちらともなく、相手目掛けて突進する。キテルグマが繰り出すのは【アームハンマー】、遠心力を溜め込み敢えて素早さを落とすことで確実にカウンターを狙う作戦だと分かった。

 

「試されてるぞ、ウォーグルッ!!! 【ブレイブバード】!! 突っ込めェェー!!」

 

 身を捻り、錐揉み回転を加えることで突進力を底上げするウォーグルがキテルグマへ突き刺さる。ドンッ、と身体の奥底に響くような衝撃がジム内に広がった。

 だけどその一撃を受けてもなお、キテルグマは最後のあがきとばかりに拳槌をウォーグルへ叩き込んだ。慣性力のまま墜落するウォーグルとキテルグマがフィールドに倒れ伏したのは同時だった。

 

「ダブルノックアウト、引き分けか」

 

 アサツキさんがキテルグマをボールへと戻す。俺もウォーグルを戻すと労いの言葉を掛ける。傍らに立つジュカインに視線をやると、コクリと強く頷いてくれた。

 ローブシンもまたフィールドに入ってくる。二匹のポケモンが睨み合う中、俺は心臓の鼓動が速く、強くなるのを感じた。

 

 ドッ。

 

 

 

 ドッ。

 

 

 

 ドッ、ドッ。

 

 

 

 

 ────ドドドドドドドドドドド──────ッ!!! 

 

 

 

 

 

 心臓の音だと思っていたその響きは、そうではなかった。地面を揺らし、建物を揺らし、大地がまるで身震いするかのように。

 

「地震ッ!? うわっ!」

 

 俺は思わず尻もちを突いてしまった。アサツキさんは身を屈めてヘルメットで頭を守る。観客席の方ではソラがチルタリスを呼び出し【コットンガード】でアルバとリエンを守る。

 その時だ、ジムリーダーの間。即ちジムの奥に位置する壁が土砂によって突き破られた。バトルフィールドまで土砂が流れてくることは無かったが、突然の衝撃に俺たちは唖然とした。

 

「お前ら、無事か!」

 

 もくもくと立ち込める煙幕の中、アサツキさんが叫ぶ。俺たちはそれぞれ無事な旨を伝える。ジュカインが腕の刃を振るい、真空波で視界を晴らす。

 

「今の、地震じゃなくて裏山が崩れた音だったのか」

「違うよダイ、多分両方。地震の影響で山が崩れたんだよ」

 

 リエンが言う。俺たちの視線の先には壁を突き破って入ってきた土石流がある。

 その時、ふわりと臭い立つ嫌な予感が脳裏をよぎった。何かが警鐘を鳴らしている、なんだ。何が気がかりになっている。

 

 アルバもいる、リエンもいる、ソラもいる。アサツキさんだっている。手持ちのポケモンも無事。

 

 

「シイカは……? そうか、アイツらは……!?」

 

 

 ────約束だよ、オレンジ色の兄ちゃん! 

 

 

 ────よしお前ら、ジムの裏山で特訓だ! 

 

 

 俺の脳裏をよぎる、ボルトの言葉。俺はウォーグルに高価な"かいふくのくすり"を吹き付け、体力を全快させるとその背に飛び乗った。

 

「ウォーグル、頼む!」

 

 頷き、壁の空いた穴から屋外へ飛び出すウォーグル。その視界に広がった光景は信じがたいものがあった。

 遥か先の、山の中腹付近。そこからオレンジ色の血液が吹き出しているように見えた。それはマグマ、大地が内包する最強の熱エネルギー。

 

 

 今の地震は、間違いなくあの中途半端な場所での噴火によるものだとわかった。

 

 

「シイカ、ボルト! みんな、無事でいろよ!」

 

 半ば祈るようにして、俺はウォーグルに先を急がせた。

 

 



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VSヒードラン 価値あるもの

 ダイとアサツキの戦いが始まったのと同時刻、ユオンシティジム裏にある山"ユオン炭鉱山"では不審な人影が辺り一面を彷徨いていた。

 灰色の装束、胸元に大きく描かれた"B"のエンブレム。世間を騒がすポケモンマフィア、バラル団だ。その下っ端団員たちが皆一様に巨大なリュックをパンパンにして登山をしていた。

 

 山の中腹、臨時拠点として張られているテントの中で椅子を倒し、組んだ腕を頭の下に入れて横になっている男がいた。

 その男に向かって、フードを被った部下が言った。フードの奥では鋭い目つきが無表情の上に乗っていた。

 

「物資搬入、完了したってよ」

「そうか、んで()()()の様子は?」

「相当ピリピリ来てるな」

 

 起き上がり、部下の顔を覗き込み不敵に笑むのは幹部──ワース。他の団員たちと違い、くたびれたワイシャツにツータックのスラックスといった"だらしないサラリーマン"風の格好をこれでもかと着こなしている。

 一方、フードを脱いだ赤毛の部下の名はロア。ワースの直轄部隊の班長を務めており、今まさに山を登ってくる者、テントの外で準備を進める者たちを統括する存在だ。

 

 テーブルの上のモニターには山の内部の映像が映されていた。事前に山の中に向かわせたポケモンが持っているカメラがその内層を捉える。

 一面のオレンジ色のマグマがコポコポと音を立てている。その中心、四足でただジッと鎮座しているポケモンがいた。

 

「ロア班長! 先行隊のポケモンによる攻撃準備、完了致しました!」

「うい、だってよおっさん」

「ん……じゃあそろそろおっぱじめるか」

 

 立ち上がり、身体を慣らすワース。インカムを手に取り、スイッチを入れる。

 

「あーあー、聞こえるか?」

 

 視界内に映る部下が全員右耳のヘッドセットに手をやり、頷く。感度良好、声は全員に行き届いている。

 

「これより、伝説のポケモン……"ヒードラン"捕獲作戦を開始する。お前ら、準備はいいな? そんじゃ、各自やってくれ」

 

 そう言い、ワースが再びモニターを確認する。マグマの中心でジッと動かないヒードラン目掛けて、先行させたポケモン"ボスゴドラ"や"ドサイドン"の群れが一斉に攻撃を始めた。

 ヒードランは"ほのお・はがね"タイプのポケモン、ゆえにいわタイプの技ならそれなりに耐えることが出来る。だが総勢数十体のポケモンから【ロックブラスト】や【いわなだれ】を喰らえば当然ダメージは受ける。

 

「抵抗、確認しました」

「わぁってるよ。ロア、どう見る」

「そうだな、まだ余裕そうに見える。崩せる内に崩しちまった方が良いんじゃねえか?」

 

 ロアが言うと、ワースが顎髭をなぞって思案する。そして、インカム目掛けて言い放った。

 

 

「【じしん】を指示しろ、ヒードランを表に引っ張り出す。ロア、念のため衝撃に備えさせろ」

 

「お前ら! でけぇのが来るぞ! 踏ん張れよ! おいテア! チョロチョロしてんじゃねえ!」

 

「す、すみませ~ん~! けどボールが転がってちゃって~!」

 

 ロアの視界の先には斜面をコロコロと転がるヘビーボールを追いかける下っ端の少女"テア"の姿があった。ワースが特別目をつけている少女ゆえ、ロアも時折面倒を見ているがどうも緊張感に掛けている気がしないでもない。ロアは舌打ちしながら転がっていくボールを回収する。

 

「たかだか一個だろ、放っとけよ」

「にひ、そう言いながら拾ってくれるんですよね~班長」

「うっせぇ。っと、始まったか?」

 

 足元にビリビリと来る感覚。ロアはまるでニャルマーを持つみたいにテアの首根っこを掴み、体勢を低くする。それを見た他の下っ端たちも地面に手をついたりして揺れに備えた。

 直後、山が崩れるのではないかというほどの衝撃がその場の全員を襲った。テントから少し先の斜面が崩れ落ち、音を立ててユオンシティジムになだれ込んだ。

 

「おいでなすった、まずは足を止めるぞ」

 

 ワースがパイプ椅子から立ち上がり、吹き上がったマグマの根本を見た。そこには鋭い鉤爪を地面に食い込ませ、ギロリとワースを睨むかこうポケモン"ヒードラン"の姿があった。

 ヒードランは咆哮と共に【かえんほうしゃ】を放つが、先遣隊のドサイドンが地上に復帰。炎を土手っ腹で受け止める。

 

「……っつーわけだ、テア。お前の腕の見せ所だな」

「ガッテンでーす! おいで、ビビヨン!」

 

 ロアとテアの二人がそれぞれネコイタチポケモン"ザングース"とりんぷんポケモン"ビビヨン"を喚び出す。ザングースは山の斜面を凄まじい勢いで駆け上がり、持ち前の鋭いツメを振りかぶる。

 ザングース必殺の【ブレイククロー】だ。しかしヒードランの纏う装甲はかなり頑丈で、容易く弾かれてしまう。

 

「見たところ、斬撃は効かなそうだな。ザングース、そのままヤツの意識を引きつけろ!」

 

 コクリ、と視線をやらずに頷いたザングースが【でんこうせっか】でヒードランの周囲を駆け回る。そしてヒードランの視線がザングースに釘付けになった瞬間、頭上を取ったビビヨンが羽から鱗粉を降らす。

 しんしんと降り注ぐ黄色の粉がヒードランの身体に付着、ザングース目掛けて再び【かえんほうしゃ】を放とうと息を吸った瞬間、ヒードランの身体が麻痺した。

 

「【しびれごな】、通りました!」

 

「よし、後は体力を減らすぞ。ロア、徹底的にやれ」

「あいよ、ザングース! 【インファイト】だ!」

 

 続々と復帰する先遣隊のボスゴドラやドサイドンたちが地上に戻り、ヒードランが上昇するのに合わせて崩れた山の瓦礫を利用し【いわなだれ】で援護をする中、ザングースが目にも留まらぬスピードでヒードランを殴打する。如何に硬かろうとも、内部に衝撃を届かせれば無意味。むしろ衝撃が外殻の中で反射し、ダメージは倍増する。

 

 伝説のポケモンと言えど動きを止めて包囲網を完成させれば恐れることはない。包囲するポケモンはすべてほのおタイプに有利ないわタイプで固めてある。強力な攻撃であっても受け止めることができ、さらに反撃で消耗させることが出来る。

 

 あっという間にヒードランを追い詰めたワースがコンテナに積んである大量のヘビーボールから一つを手に取った。

 

「そんじゃ、お仕事しますかね。ところでロアよぉ」

「あん?」

 

 突然話かけられたロアが鼻で返事をする。ボールを振りかぶりながら、ワースは言った。

 

「いったい幾らかかるだろうな、(やっこ)さんは」

「知らねえよ。ただ言えるのは」

「言えるのは?」

 

 綺麗な投球フォームでヘビーボールを投擲するワース。ボールがヒードランにぶつかり、キャプチャーネットがヒードランを確保する。

 ロアはその光景を見守りながら、淡々と呟いた。

 

「破産はまず()えだろうなってことくらいだ」

 

 しかしロアの言葉の最中にヒードランはヘビーボールの拘束を破り、外に脱出する。さすがに一発で捕まえられるほど伝説のポケモンは聞き分けが良くない。

 ヒードランが威嚇する。ワースはダメになったヘビーボールを蹴飛ばし、新たにコンテナからヘビーボールを取り出す。

 

「じゃあもう一発、今度は頭部を狙う……ッ!」

 

 そうして振りかぶり、ボールを投げた。豪速球とまではいかないが一般成人男性を大きく上回る速度でヒードランへ向かうヘビーボール。

 

 

「────"シュバルゴ"、【メガホーン】!」

 

 

 突如後ろから飛来した角を象ったエネルギーの塊がヘビーボールを貫き、破壊する。粉々に砕け散ったヘビーボールを一瞥、嘆息。

 振り返りながら闖入者へとワースが言った。

 

「あー、あー……高かったんだぜ、お嬢ちゃん」

 

「お生憎様、弁償は出来ないわ」

 

 ワースの目の前にいたのは火車。

 

 否、ひのうまポケモン"ギャロップ"に跨った騎兵だった。両手に槍を持つポケモン"シュバルゴ"を伴い、ギャロップから降り立ったのは少女。

 しかし胸元に輝くその金色のバッジが、この悪行を止めろと強く輝いていた。

 

 

「VANGUARDのシイカよ。わたしの持ちうる権限において、あなた達を逮捕するわ」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 ウォーグルを急がせた先に空き地と呼べそうなスペースがぽつんと空いていた。そして、ウォーグルが視界の先で何かを捉えたらしく俺に合図を送ってきた。

 デボンスコープで拡張すると、ウォーグルが見つけたのはチャオブーだった。土砂崩れで流れてきた木々や瓦礫を必死に退かそうとしていた。

 

「チャオブー! どうした!」

 

 降下するウォーグルから飛び降り、チャオブーに駆け寄る。チャオブーは困ったように瓦礫と木々の下を指さし続けていた。

 

「ダイ兄ちゃん! そこにいるの!?」

「ボルトか!? お前ら、どこにいるんだ!」

「土砂の下! でも、シイカ姉ちゃんの"エルレイド"が【リフレクター】と【ひかりのかべ】でドームを作って、みんな無事だよ!」

 

 ボルトの後にネジやナットの声が聞こえてきた。俺はひとまず安堵の息を零すと、手持ちのポケモンを総動員する。

 

「瓦礫を退かす────あっちぃ!!」

 

 チャオブーの手伝いをしようと瓦礫に触った瞬間、熱さに思わず脊髄反射で手を離してしまう。さっそく瓦礫を掴もうとしていたジュカインにストップを掛ける。こんなの大抵のポケモンじゃ無理だ。

 ひぶたポケモンのチャオブーだからこそ、熱さをものにせず瓦礫の撤去が出来ている状況だ。

 

 しかしいつ次の崩落が起きるかわからない現状、手を拱いているわけにもいかない。これだけ暑いんだ、エルレイドが張ったドーム状のバリアーの中は凄まじい熱気のはずだ。そんなの、ボルトたちが耐えられるとは思えない。

 

「せめて木の方を退かすぞ、そっちなら大丈夫のはずだ」

 

 ジュカインとウォーグルが協力し、倒れている樹木を持ち上げ遠くへ投げ捨てる。チャオブーは一人瓦礫の撤去を続けている。

 

「ダイ! みんなは!」

 

 その時だ、ソラのチルタリスに乗ってアルバたち三人とアサツキさんがやってきた。俺はこの下にボルトたち三人が閉じ込められていることを簡潔に教えた。

 

「お前の話がマジなら、あと十分も保たないぞ。"ローブシン"!」

 

 アサツキさんがローブシンを呼び出し、瓦礫の撤去に回させる。が、やはりローブシンと言えども瓦礫が放つ熱に耐えきれず火傷してしまう。リエンが持っていた"やけどなおし"でローブシンを治療する。

 

「ひとまず、瓦礫の熱をなんとかしないと! リエン、出来るか?」

「やってみる。グレイシア! 【こごえるかぜ】!」

 

 リエンが呼び出したグレイシアが自分を中心に外気を凍らせ始める。そしてマイナスの域に達した吐息で瓦礫を一気に冷やし始める。

 

「そ、そうだダイ兄ちゃん! シイカ姉ちゃんそこにいる!?」

「いや、いない……もしかして埋まってるのか!?」

「ううん、それはないと思う! ただ、ただシイカ姉ちゃんが言ってたんだ! 山の上にバラル団がいるって! 姉ちゃん、もしかしたらあいつらを捕まえに行ったのかもしれない!」

 

 その言葉に俺たちが一斉に山の中腹を見上げた。言われてみれば、先程からチカチカと小さな光が見える。

 

「リエンとソラ、二人はボルトたちを頼む。ヌマクローなら、瓦礫を冷やせばチャオブーと同じくらいの力を発揮できるはずだ。ソラもムウマージと念力で瓦礫の撤去を手伝ってくれ」

「ダイはどうするの?」

「俺はシイカを助けに行く。バラル団がいるなら、俺たちVANGUARDの出番だ」

「なら僕も行く、戦力は多いほうがいいよね」

 

 アルバと頷き合い、ウォーグルの背に飛び乗った時だ。もうひとりウォーグルの背に飛び乗った人がいる。

 

「アサツキさん?」

「オレも行く。あいつらがしようとしてることは、ユオンシティの命に関わる件だ。この街を預かるジムリーダーとして見過ごすわけにはいかねえ」

 

 ウォーグルが上昇する。さすが、自動車を持ったまま飛べる力持ちなだけある。俺たち三人が乗っても速度を落とさずに飛んでいく。

 ヘルメットを抑えながらアサツキさんがぽつりと語り始めた。

 

「この際だから言っておく。この街は"ヒードラン"ってポケモンと共生してるんだ」

「ヒードラン……?」

「あぁ、アイツがいてくれるからこの街は地熱発電で動けるんだ。もちろん、海からの潮風を利用した風力発電もあるにはあるが、地熱の発電量に比べりゃ微々たるもんだ」

 

 なるほど、工業の街を動かす電気はクリーンな方法で生み出されていたのか。ポケモン図鑑を起動すると、ヒードランのページは無かった。

 名前の横にある"L"のマーク。即ち、伝説のポケモンを意味する。

 

「だから、もしバラル団がアイツを捕獲しようとしてるなら全力で止める。じゃないと、ユオンシティは死ぬ。そしてそれだけじゃない、ヒードランがいるおかげでユオンシティは護られているんだ」

「護られている……?」

「あぁ、ユオンシティの北部にある"ネイヴュシティ"、その横にある魔窟"アイスエイジホール"からな」

 

 タウンマップを覗き見ると、アルバが「ダイは知らないよね」と前置きする。

 

「ずっと昔のことだけど、元々温暖だったラフエル地方に隕石が落ちてね、それが原因で出来たのがアイスエイジホール。その洞窟から漏れる冷気で、ネイヴュシティが氷の街になったって言われてるんだよ」

「そしてその冷気は年を重ねるごとに強くなっていき、その範囲を広げている。だけどヒードランがいるからこの街は冷気に侵されずにいられるんだ」

 

 アサツキさんとアルバの話に頷いていると、山の中腹付近に差し掛かった。眼下ではシイカが下っ端に囲まれているのが見えた。

 

「行くぞアルバ! アサツキさんはそのままヒードランの保護に向かって! ウォーグル、俺たちを下ろした後は下に戻って瓦礫の撤去だ!」

「うん!」

 

 俺とアルバはウォーグルの背中から飛び降り、シイカの横へ着地する。バラル団の下っ端たちがざわめく中、アルバのルカリオが先に動く。

 

「【しんそく】!」

「ゴースト! 【シャドーパンチ】!」

 

 ルカリオが目にも留まらぬスピードで敵陣を蹂躙する嵐のように駆け巡る。動揺の隙を突き、ゴーストが【シャドーパンチ】でドサイドンを撃破する。

 

「ダイ、アルバ! 来てくれたんだ!」

「おう、初仕事だ!」

「お互い頑張ろう!」

 

 敵陣の包囲網は崩せたが、どの道ここを抜けても追いかけてくるようなら変わらない。

 

「ゼラオラ! 出来る範囲でいい、蹴散らせるか?」

 

 呼び出したゼラオラに尋ねる。彼は俺の方を一瞥、それからニッと笑って頷いた。

 

「オーケー、じゃあ暴れろ」

 

 その言葉が合図だった。ゼラオラは自身の身体にプラズマを纏い、それを利用して跳躍する。弾丸のように飛び出したゼラオラが"マリルリ"や"キバニア"を撃破していく。

 やっぱりみずタイプのポケモンが多い。アサツキさんの言う通り、バラル団の狙いはヒードランを捕獲すること。

 

「もしかして……」

 

 アルバがぽつりと呟いた。アルバはヒードランに向かってポケモン図鑑を向け、そのデータを読み取った。

 

「やっぱり……体重430kg! 超重量タイプのポケモンだ! だとしたら、あの人は……!」

「どうした、アルバ?」

「昨日、街でモンスターボール工場に寄ったんだ。その時、ヘビーボールを大人買いしてるおじさんに会った。もしヒードランを捕まえるつもりなら、ヘビーボールほど適したボールはない……」

「じゃあなにか、バラル団の人間が街で堂々とボール買ってたっていうのか!?」

 

 視界の先、ボロボロのテントに阻まれてよく見えないがヒードランの近くに、恐らく今回の事件の主格がいる。

 

「シイカ、なんとかここを突破したい」

「わかった。なら、ならどこが一番突破しやすいかしらね」

 

 俺は視界に広がる包囲網を観察する。後ろは駄目だ、突破する意味がない。だとすれば前方、立ちはだかるドサイドン二匹。堅牢だが、一番手薄な場所だ。

 

「あのドサイドン二匹を倒して、その隙にルカリオの【しんそく】で駆け抜けよう!」

 

 アルバの作戦に二人で頷く。しかしアルバもわかっているんだろう、あのドサイドンは二匹とも特性が"ハードロック"、効果抜群技であっても容易に通るのは難しい。

 だけど俺たちなら抜ける、そう信じて突き進むだけだ。

 

「アルバ、お前に合わせる! ゼラオラ!」

「わかった、行くよルカリオ!」

 

 

「「【バレットパンチ】!!」」

 

 

 飛び出した青と黄の閃光がドサイドンの頭部目掛けて神速の乱打を行う。如何に堅牢だろうと、頭部への攻撃は隙を生む。

 そしてその隙こそが、本命のアタックチャンス! 

 

「ジュカイン! フルパワーだ!」

「"ジャローダ"、こっちも行くよ!」

 

 

「「【リーフストーム】!!」」

 

 

 ゼラオラとルカリオが突入した瞬間、ボールから放たれそのまま突進するジュカインと、シイカが繰り出したロイヤルポケモン"ジャローダ"。

 二匹がコンビネーションで生み出した葉の手裏剣の竜巻がドサイドンを無数に切り刻む。だが、後少しが削りきれない。

 

 

「「【リーフブレード】!!」」

 

 

 だが続けて二匹がそれぞれ腕の刃と尻尾の穂先を振るい、今度こそ地に伏させる。ズシンと音を立てて道を開けるドサイドン。

 その間目掛けて、ルカリオが【しんそく】で突っ走る。俺たちはその後ろに引っ付き一直線に駆け上がる。

 

「ジュカイン! ゼラオラ! シイカの援護を頼む!」

 

 視界を阻むテントを超えると三人のバラル団がアサツキさんと対峙しているのが見えた。

 

「やっぱり、あの時のおじさん……えっと、名前は……ワー、なんとかさん」

「ワースだ、人の名前くらい覚えとけクソガキ」

 

 そう言いながらも飄々とした笑いを浮かべている、真ん中の男──ワース。彼の隣には男女のバラル団員が控えている、そのうち一人はジンやイグナと同じ班長服に身を包んでいた。

 

「おやまぁ、ジムリーダー様にルカリオのガキ。そして……」

 

 その時だ、唐突にワースの視線が俺の方へ向けられた。頭の天辺から爪先まで観察するようなその視線に、思わず背筋にゾクリと来た。

 前に遊園地でイズロードに睨まれたときと同じプレッシャー。だとするなら、こいつもまた──

 

「バラル団の、幹部……!」

「ほー、お前さんもなかなか目が利くようじゃねえか。まさかイズロードに頼まれてた査定待ちのガキの方からやってくるとは思ってなかったぜ」

 

 口角を小さく持ち上げて笑うワース。邪悪さは感じないが、底知れなさ故に不気味とすら思う。

 

「ただまぁ、こっちは大事な作戦中だ。悪いが今日のところはお引取り願えるかね」

「そう言われて、帰るわけねえだろッ!!」

 

 アサツキさんがボールをリリース、中から現れた"サワムラー"が【とびひざげり】をワース目掛けて行う。素早い、このままなら直撃する。

 が、それは紫紺の肉壁に阻まれる。膝をそのまま握り潰さん勢いで受け止めるのはドリルポケモン"ニドキング"。

 

 サワムラーの攻撃は初速も相まって、まず確実に決まる勢いだった。だというのに、あまりにも早いボールリリース。防御の指示。それらを完璧に行い、ニドキングはサワムラーの攻撃を防いでみせた。

 ニドキングはサワムラーを投げ飛ばす。投げ飛ばされたサワムラーはその足を用いて器用に受け身を取った。

 

「やれやれ、寡黙な職人と聞いてたんだが、意外とお転婆だ」

「口よりも先に手が出る性分でな。怪我する前に、下山するのを勧めるぜ!」

 

 さらにローブシンを呼び出し、二匹が戦う構えを見せた。それに対し、深い溜め息を吐いたワースがさらにポケモンを喚び出す。それはニドキングに比べれば小柄だったが、明らかに一番手が込んだ育成を施されていたのがわかった。

 

「"ヤミラミ"か……それにどくタイプのニドキング……!」

 

 アサツキさんが歯噛みする。ヤミラミはゴーストタイプ、ニドキングはどくタイプ。それぞれかくとうタイプに対し強く出られるポケモンだった。

 明らかに彼女を警戒しての選出だ。アルバのルカリオもまたかくとうタイプ、さらにブースターもニドキングが併せ持つじめんタイプに弱い、なら答えは簡単だ。

 

「アイツは俺が────」

 

「やらせるかよ!」

 

 前に出ようとした時だった。ワースの脇に控えていた班長格がポケモン、ザングースと共に俺に向かって突っ込んできた。ゼラオラもジュカインもいない、俺は慌ててゾロアとゴーストを呼び出しザングースの攻撃を防御する。

 

「ぐあっ!」

 

 だが班長の男が繰り出した膝が俺の腹部へと突き刺さる。勢いのまま山の斜面を転がり落ちるが、途中で踏みとどまる。

 

「おっさんの手を煩わせるまでもねぇよ、お前は俺が相手してやる」

 

「邪魔すんな! 【バークアウト】!」

 

 ゾロアが咆え、その勢いでザングースを攻撃する。そのままグルグルと威嚇を続けるゾロアとザングースが睨み合いを続ける。

 体格的に圧倒的不利だが、こっちにはゴーストがいる。ザングースの切り札の大半を無効化出来るのはアドバンテージだ。それはゴーストも同じだが、ゴーストにはどくタイプの技がある。

 

 ザングースを警戒しつつ、アルバとアサツキさんの方を一瞥する。アルバはあの下っ端の少女と対峙していた、ケイカが連れていたのと同じ"アブソル"がいた。

 直後、ニドキングとローブシンが腕と腕で取っ組み合いを始めた。ニドキングが暴れるたびに大地が揺れる。

 

「ワース様!」

 

「ご無事ですか!」

 

 その時だ、上空に突然影が指したかと思えばそこには飛空艇があった。今の今まで空には青空が広がっていたはずなのに。

 ロープでそこからバラル団員が補充されていく。下では未だにシイカが下っ端と大立ち回りを続けている最中だと言うのに、だ。

 

「お前らか、ちょうどいい。そこのコンテナにヘビーボールが積んである。誰でもいい、投げまくれ」

 

『了解!』

 

 新たに現れたバラル団員たちがボールをヒードランへ投げ続ける。

 

「これで、俺の仕事はヒードランの捕獲からお前の足止めに変わった」

 

「くっ……」

 

 ワースが厭味ったらしく笑い、アサツキさんが歯噛みする。後少しで手が届くのに肝心のあと一歩が絶望的なまでに高い壁に阻まれれば、当然だろう。

 

「ふんわりよそ見たぁ、随分と平和な脳みそだなぁ!」

「しまったッ! ぐっ!」

 

 その時だ、班長の男が斜面を滑る勢いで俺に殴りかかってきた。直撃は避けたが俺は再び尻もちを突いてしまう。だがこのまま追撃を許すわけにはいかない。俺は足を真横に振るい、足払いで相手を転ばせようとする。

 

 しかしその攻撃もバックステップで器用に回避されてしまう。その時、ポロリと男の胸元から何かが落ちた。バラル団のメンバーが持っている団員証のようだった。

 写真の中でも目付きの悪い男の名は、

 

「あーあ、見られちまった。じゃあバラしちまうか、俺の名はロア。お前のことは知ってるよオレンジ色、行く先々で俺たちの邪魔をしてんだろ」

「そうだよ、悪党の邪魔が趣味でね」

「文字通り、趣味が悪いことで!」

 

 班長の男──ロアがザングースをけしかけてくる。懐に飛び込んでの【インファイト】! だけど白兵戦ならゾロアに来るのが読めている分、俺にアドバンテージがある。

 

「【イカサマ】だ!」

 

 ザングースがツメを突き出す。それに対してゾロアは足元の瓦礫を撃ち出す。すると熱い瓦礫にツメが突き刺さり、ザングースにダメージを与える。

 抜こうにも、ザングースの腕力が強いために深く突き刺さり、抜くことが出来ない。

 

「戻れ、ザングース!」

「逃がすかよ、【おいうち】!」

 

 ボールに引っ込もうとするザングース目掛けてゾロアが突進する。次の瞬間、空気が弾けるような音がした。

 瞬きの瞬間だった、見ていなかった。だがその空気が弾けるような音は()()()がゾロアを弾き飛ばした音だった。

 

「ズルズキンの【とびひざげり】、結構()くぞこいつのは」

 

 いつの間にすり替えたのか、ザングースが引っ込んだボールの代わりに今繰り出したあくとうポケモン"ズルズキン"がロアの手の中にいた。

 蹴り飛ばされてきたゾロアは一撃で戦闘不能に追いやられていた。どうやら完全に意識外からの攻撃のせいで防御も出来ず、急所に当たってしまったらしい。

 

「こいつ……!」

 

「ワンダウン、さらにこれで終わりじゃねえ」

 

 ロアの言う通り、ズルズキンは「ふんす!」とばかりに鼻を鳴らしていい気になっている。特性"じしんかじょう"だ、ズルズキンの攻撃力が上がる。

 そして、今の俺の手持ちはメタモンとゴーストのみ。相手はあく・かくとうタイプのポケモンだ、このままでは間違いなくジリ貧になる。

 

 メタモンをどのポケモンに化けさせるかが勝負の決め手になる。

 

「さぁ、どうする? 俺としちゃ、黙って見学しててほしいところなんだが」

「誰が!」

 

 迷った末に俺はゾロアとゴーストを一気にボールから出させる。メタモンは隣に並ぶゴーストへ変身する。

 ボルトたちにもやった【サイドチェンジ】戦法は、そもそもゾロアがいないから成り立たない。

 

 せめてズルズキンをどうにかしたいが、ヤツにはゴーストの【サイコキネシス】が効果を及ぼさない。念力をあの皮で防がれてしまうからだ。

 

「何を迷ってんだ? ゴーストには【みちづれ】って技があるだろう? そうすれば少なくとも、お前はゴーストと引き換えに俺の戦力を削ぐことが出来るんだぜ」

 

 ロアが口を挟んでくるが、無視。

 

 

 ────出来なかった。

 

 

「ふざけんな、【みちづれ】なんかさせるかよ。それこそ、俺が死んだってさせねえよ」

 

 

 今なら分かる、暑さのせいじゃない。俺の頭は確実にヒートアップしていた、怒りで全身が煮えたぎっている。

 

「俺たちは勝つ。お前を倒して、ヒードランも守る……!」

 

「咆えてるだけじゃ負け犬となんら変わらねえんだよ、オレンジ色」

 

 ゴーストとメタモンに並ぶ。二匹が俺の方を向く、特にゴーストはロアの言う通り自分が【みちづれ】を行えば相手を倒せると思っていたらしい。

 

「大丈夫だ、お前らに【みちづれ】なんかさせない。俺たちは勝つんだ!」

 

 そう言って二匹を送り出す。あのズルズキンさえ倒してしまえば勝機はある。

 だから頼む、勝ってくれ。勝たせてくれ。

 

 俺は汗を拭いながら、登りゆく太陽に静かに祈っていた。




なんとユオンシティにはヒードランが住んでいたのである、まる
この辺はポケダイオンリーのオリジナル設定です、輸入逆輸入はご自由にお願いします!


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VSザングース 突き進む者

 小さな火山が噴火する。その度に大地が大なり小なり揺れ、その場に立つ人間は体勢の維持を強いられる。

 ゴポゴポと音を立てて、身体に空いた穴から血が流れ出すみたいにマグマが吹き出る。

 

 そのマグマはヒードランの怒りと連動していた。かれこれ百八回目の脱出だった。彼の周囲に転がる、無残にも捕獲しきれなかったヘビーボールの山がその失敗の数々を物語っていた。

 

「ワース様! 捕獲、難攻しています!」

「わぁってるよ見てりゃあな、焦らずじっくりやれ。時間はたっぷりある」

「はっ!」

 

 ヒードラン捕獲作戦の首魁、ワースが部下に言う。彼はとにかく先を見ることの出来る人間だ、ゆえに彼が笑いかければ部下から不安は取り除かれる。

 しかしワースはすぐさま笑みを引っ込め、眼前の敵と対峙する。

 

「サワムラー、【ブレイズキック】!」

 

 対峙するジムリーダー、アサツキが咆える。その声に従い、サワムラーが足を地面に擦りつけ摩擦でほのおを起こし、足に纏わせる。それを構え、左足で跳躍しようとしたその時だ。

 

「【じしん】だ、揺すってやれ」

 

 ワースのニドキングが地団駄を踏むようにして、大地を揺らす。当然片足立ち、しかも跳躍しようとしていたサワムラーに振動が加わり、跳躍は不発に終わる。

 しかしサワムラーの足はバネのように伸びる。倒れた状態から足を真横に大きく振るうことで伸びた右足がニドキングの頭部に炸裂する。

 

「ルカリオ! 【ラスターカノン】!」

「撃ってくるよ、気をつけて"サーナイト"!」

 

 一方、隣で行われているのはワースの部下、テアとVANGUARDのアルバの戦いだ。アブソルで一合やり合い、それだけでルカリオの攻撃を数度見切ったテアは"サーナイト"を呼び出した。

 ルカリオが拳に鈍色の光を纏わせ、懐へ飛び込んでいく。このままなら完全にルカリオの【ラスターカノン】を用いた打撃がサーナイトに直撃する。

 

「もらった!」

 

 アルバが手応えを感じた。ルカリオが拳のエネルギーを流し込むべくサーナイトに触れる、というまさに一瞬。

 ルカリオの背後から突然光が照射され、ルカリオの背中を焼いた。その隙にサーナイトはさらりと攻撃を躱した。

 

「なんだ、今の技は……!?」

「ふふーん、なんでしょうね」

 

 ヒヒノキ博士に託されたポケモン図鑑を起動し、サーナイトを読み取るアルバ。そして今降り注いだ光の出処に気づく。

 

「そうか、真昼の月! 今の技は【ムーンフォース】! つまり、今僕たちは見えない衛星兵器と戦っているようなもの!」

 

 頭上には太陽が輝いているため、月を探すことは難しい。ルカリオはこれより、前方だけではなく全方位360度の集中を以て攻撃に備えなければならないのだ。

 

「サーナイト、今のうちに【めいそう】だよ」

 

 ルカリオが攻めあぐねている隙にサーナイトが呼吸法を変え、神秘的な光を帯び始める。一段階、二段階と特殊能力を高めていく。

 

「そして【チャージビーム】!」

「【しんそく】だ!」

 

 放たれたのはエネルギーを蓄えつつ放つ電撃【チャージビーム】。しかしルカリオが縦横無尽に駆け回り、それを回避する。

 

「いかに特殊攻撃のステータスを上げても、当たらなければ!」

 

 ルカリオが再度、死角からサーナイトの懐へ飛び込んだ。喰らわせるのは当然、フェアリータイプが苦手とする【ラスターカノン】だった。

 

「……確かに、純粋な戦闘力なら私はあなたに敵わないと思います。でも──」

 

 とその時、不意にテアが呟いた。それはアルバとルカリオの戦闘能力の賛辞。しかし、次の瞬間光が弾けた。

 サーナイトを中心に、ドーム状に拡がるサイコパワー。ルカリオはその余波に巻き込まれ、吹き飛ばされていく。

 

「駆け引きならきっと、私の方に分がある」

 

「今のは……【アシストパワー】! そうか、【めいそう】も【チャージビーム】も全部このための布石……!」

 

 能力値を上げただけ威力の上がる【アシストパワー】。それを悟らせずに直撃させる、勝負の駆け引き。それにおいては、アルバを大きく上回っていた。

 

「自分で言うのもなんですけどハンデ背負って生きてますから、私。ちょっと考えて生きなきゃ、生きていけなかったですから」

 

 トントン、と右足で地面を小突くテア。その自嘲的とも取れる笑みはアルバのちょっとした好奇心をくすぐった。

 

「考えた末に、バラル団やってるの……?」

 

 アルバは尋ねた。彼にはわからない、人を傷つけ誰かに犠牲を強いてでも何かを成し遂げようとするその純度の高い悪に身を寄せる意味が。

 だがそれはテアにとってはまるで意味のない問答だった。彼女にとっては悪と正義に違いなどないのだから。

 

「本当に困ってる時に助けてくれるのが正義の味方だって言うのなら、私にとってはバラル団がそうだった。心を救ってくれた、()()居場所をくれた」

「違う! そんなの本物じゃない!」

「なら本物ってなんですか? 助けてほしい時に助けてくれなかった正義に媚び諂って生きることが本物なんですか?」

 

 テアの口調は緩やかではあったが、棘を含んでいた。これ以上の問答に意味はない、と彼女の意思が込められていた。

 

「喋り過ぎだ、情報は高価な値で売りつけろ。タダ売りはすんじゃねえ、っていつも言ってるだろうが」

「にひ、ごめんなさ~い」

 

 一言釘を刺すワースにテアは童女のような笑みで返す。

 歯噛みし、アルバはグローブの甲を眺める。手の甲の半分を覆うほどの大きさのキーストーンが埋め込まれている。

 

 ルカリオが「やるのか?」と視線を送る。同時に脳裏に浮かぶのはラジエスシティでの、カイドウの助言。

 

「僕は問い続けなくちゃいけない気がする。何が正しいのか、決着をつけなくちゃいけない気がする!」

「それでいいんじゃないですか? 平行線になる議論よりは、ずっと」

 

 アルバの左手が眩い光を放つ。それがルカリオのガントレットにも伝播し、より強い輝きを放つ。その時ちらりと、ワースがアルバの方へと視線を向けた。

 させてはいけない、サーナイトが自発的に【ムーンフォース】でルカリオを狙う。頭上の衛星から放たれる不可視の一撃がルカリオへ降り注ぐ。

 

 だがアルバは左手の甲のキーストーンに触れ、天高く拳を突き上げた。

 

 

 

「────"立ち上がれ(スタンドアップ)、ルカリオ"!!! メガシンカッ!!」

 

 

 

 しかしその月の光は、虹の光によって霧散させられる。光の繭から咆哮と共に現れた、メガルカリオ。闘気を漲らせ、サーナイトへと対峙する。

 そんなアルバとルカリオを見て、ワースは一人呟く。

 

「なるほど、"虹の奇跡"を扱うと聞いていたがメガシンカで安定した強化も行えるか……」

「よそ見してる場合か!」

「おっと、危ない危ない」

 

 薄ら笑いを浮かべてアサツキの攻撃をいなすワース。僅かに出来た隙さえ、アサツキに有効打を与えさせてはくれない。

 完全にアサツキが()()()()()の戦い方を強いられてしまっている。だからこそ、アルバとダイに求められるのは対峙する者の打倒及びアサツキの助勢。

 

「行け、ルカリオ! もう一度【ラスターカノン】だ!」

 

 サーナイトが再度【ムーンフォース】で不可視の照射攻撃を行うがメガルカリオは瞬間移動と見紛う速度でそれを回避、一気にサーナイトの眼前へ滑り込む。

 静止するべく地面を抉り、慣性力によって生まれる突風の衝撃がサーナイトの頬を撫でる。鈍色の光がメガルカリオの拳から放たれ、その掌底がサーナイトの腹部へと突き刺さる。

 

 バンッ、と破裂する空気。吹き飛ばされたサーナイトが念力の力で滞空中に体勢を立て直すが、メガルカリオはその隙に再度地面を蹴った。

 

「もう一度【アシストパワー】!」

 

 サーナイトを中心に再度サイコパワーが放出される。【めいそう】と【チャージビーム】によって高められた攻撃は、如何にルカリオがメガシンカで強化されようと危険な攻撃だった。

 だがルカリオは落ち着き払っている。このまま突っ込めば間違いなく返り討ちに遭うとわかっていても。

 

 背中を見守る(アルバ)を信じているから。メガルカリオは身体を静かに直立させ、瞑想の構えを見せる。それによって、より高純度の波動が練り上げられる。

 そのすべてを拳に一点集中させる。やがて波動はセルリアンブルーの輝きを帯びる。

 

「跳べ! ルカリオ!」

 

 目を見開き、(そら)を指差すアルバ。メガルカリオは跳躍すると、波動エネルギーを空気中に配置し足場としながら自由落下の速度も加算して急降下を行う。

 

「もっと速く! 彗星のように!!」

 

 一段、二段、さらに加速するメガルカリオ。速度の限界を超え、燐光が彼の身体を包み込む。全身を包む波動に防御を任せ、サーナイトを中心に拡がるサイコパワーの中へと突っ込む。

 不思議な力が身を焼く感覚、だがそれでは止まらない。拳に纏ったこの彗星の光を今、全身全霊で撃ち込むために。

 

 

 

「────全力、全開!! 【コメットパンチ】だァァァア──ッ!!」

 

 

 

 淡色のエネルギーで構成されたドームを突き破り、彗星はサーナイトの胴を的確に貫いた。【アシストパワー】もまたメガルカリオには直撃していたが、こうして勝利を収めたのはアルバだ。

 

「どうする、まだ続けるかい!」

「当然」

 

 後続として喚び出されるアブソルとムウマージ。後者は奇しくも同行者のソラが連れているのと同種のポケモン。

 アルバはさらにブースターをリリースし、ダブルバトルの格好へ持ち込んだ。

 

(ムウマージはゴーストタイプ。ルカリオでは分が悪い、でもアブソルに対しては有利を取れる。気になるのは彼女の背後に控えているビビヨン、ずっと飛び回ったままだ)

 

 焦りを生む状況だからこそ、的確に周囲を観察する。アルバはビビヨンもまたテアの手持ちであると当たりをつけた、実際それは当たっている。

 

(状態異常を起こすビビヨンを残しておくのは危険だ、場に引きずり出して戦闘不能に────)

 

 熟考を重ねるアルバ、その耳が突如爆発音のような大きい音を捉えた。音のした方に視線を向けると、ダイが瓦礫の下から這い出てくるのが見えた。

 

「ダイ!?」

 

 なんとか瓦礫の下から脱出するも、今ので負傷したのか右肩を抑えていた。アルバが急いでダイのフォローに向かおうとした時だった。

 

「いかせませんよ」

 

「なにを……ぐッ!?」

 

 テアが冷ややかに言い放つ。アルバは振り向くと、自身を襲うとてつもないプレッシャーに気づいた。その原因はムウマージだとすぐに分かった。

 ムウマージの頭上に黒い空間が広がっていた。それが()()()()()()()()。そのせいで身体が重く、とてもじゃないが動ける気がしない。

 

【くろいまなざし】だった。それがアルバを地面に縛り付けていた。見ればルカリオもブースターもジリジリと後退を余儀なくされるほど強いプレッシャーに圧されている。

 

「よそ見すんなよアルバァ! 自分の戦いに集中してろ!」

 

 ダイが瓦礫の下から抜け出しながら叫んだ。どうやらズルズキンが【ストーンエッジ】を行い、メタモンとゴーストに回避を優先させ、直撃コースの先にいたダイを瓦礫が襲ったようだった。

 

「助けを求めないのは、まぁ好感度高いな」

「嬉しくねぇなー! 悪党に褒められてもよ!」

 

 メタモンが【シャドーボール】を放つ。ゴーストもそれに合わせて攻撃を行う。しかしズルズキンは身体を包皮で覆うと途端に堅牢な防御力を手に入れる。元々ズルズキンにゴーストタイプの攻撃が効かないこともあり、ダイは攻めあぐねていた。

 

「さっきから聞いていればよ、悪党悪党とこっちを詰ってくるけどな」

 

 ロアが手をサッと上げる。ズルズキンは防御姿勢を解除、そのままゴーストへ接近する。薄紫色の光を手刀に纏わせ、一気に突き出す。

【じごくづき】だ、それがゴーストの口の中へ一直線に奔る。

 

「オレに言わせりゃ、いつまでもつまんねぇことウダウダ言ってんじゃねえよ。正義だ悪だなんていうのはな、所詮ヌルい世界で生きてるヤツが惰性で吐く言葉なんだよ」

「小難しいな、何が言いてぇ!」

「だからよぉ、()()()()()()()ってんだよ!」

 

 ゴーストが突き飛ばされる。あくタイプの攻撃は非常に高い攻撃力を持ち、さらにゴーストにとっての弱点だ。直撃してしまった以上、無理はさせられない。

 

「何が悪い、だと! 人を傷つけて、平気な顔をしていいっていうのか! たくさんの人の居場所を奪って、それが悪じゃないって開き直るつもりか!」

 

 ロアの言葉にダイが咆える。ゴーストに追撃を仕掛けようとするズルズキン目掛けて、メタモンが腕を撃ち出しフォローに入る。

 

「そうじゃねえんだよオレンジ色、オレが言いたいことの本質はな」

 

 メタモンが【シャドーパンチ】を撃ち出し、右手で拘束したままのズルズキンを攻撃する。如何に効果が今ひとつであっても連続で浴びせ続ければダメージに繋がる。さらにズルズキンは攻撃に使う腕も抑えつけられているため、反撃はおろか包皮を持ち上げ防御もままならない。

 

「このまま押しきれるか……!」

「させねえよ、ザングース!」

 

 その時だ、ロアの背後に控えていたザングースが【でんこうせっか】でメタモンに詰め寄り、【はたきおとす】攻撃でズルズキンを開放させる。

 不意打ちを食らったメタモンがそのままザングースに吹き飛ばされる。ゴーストが慌ててフォローに回ろうとするが、メタモンはふよふよと漂っている左手でをそれを制した。

 

 来るな、と言っていた。メタモンには作戦があった。

 

「【じごくづき】!」

 

 薄紫色に光る手刀がメタモンの口内に突き刺さる。だが次の瞬間、ズルズキンの腕を噛み千切らん勢いで口を閉じたメタモンが言葉ではない()()を唱え始めた。

 それは呪いだ、呪詛の類を放ちそれがズルズキンの細腕に取り付いた。

 

 メタモンがゴーストの姿から元の姿に戻り、戦闘不能になったことを告げる。開放されたズルズキンの腕はまるで焼け爛れたように真っ黒になっていた。

 

「【おんねん】……!」

 

 ダイが初めてそこでメタモンの作戦に気づいた。自分の体力の限界を悟っていたメタモンは敢えてズルズキンに【じごくづき】を誘発させ、【おんねん】を発動しそれを使えなくしたのだ。

 独断でそれを行ったのは、ダイが反対することに気づいていたからだ。だがメタモンは、自分がやらねばならないと思っていた。

 

 全てはゴーストに繋げるための、決意と覚悟だった。

 

「ッ、【ヘドロばくだん】!」

 

 呆然と腕を眺めていたズルズキンを捕まえ、ゼロ距離でヘドロの塊をぶつけるゴースト。防御姿勢を取れずに攻撃を直撃させられたズルズキンが地に倒れ伏す。

 これで残るはザングースのみ。ダイとロアが再び睨み合う。

 

「オレンジ色。お前さぁ、泥啜ったことはあるか? 飯を食うためにゴミを漁ったことはあるか? 寝床を奪われたことはあるか? ねぇだろ」

 

 ザングースをけしかけながら、ロアがぽつりと漏らした。それは少し離れた位置にいるワースには聞き取れないほどのボリュームであったが、対面するダイには聞こえていた。

 

「オレはあるぜ、全部な。泥を啜りたくねぇ、少しでもマシなもん食いてぇと思ったら、盗むしかなかったさ。暖けぇところで寝たかったら奪うしかなかったさ。それは()()()の世界では悪だろうよ。だけどな、綺麗事が通じない世界はいつ、どこにだって存在する。生まれが偶然まともだったからって高いところから見下ろして「悪いことはいけません」なんて綺麗事言うようなヤツがオレは大ッ嫌いだ!」

 

 その時だ、ザングースはゴーストから狙いを逸しダイに向かって突進してきた。体当たりを直接食らってしまい、ダイは再び斜面を転がった。

 思わぬラフプレーにダイが驚いているとロアが目の前まで降りてきていた。ダイの胸ぐらを凄まじい勢いで掴むロア。

 

「驚いたか? ポケモンがトレーナーを狙うし、トレーナー同士でも戦いだす。それがオレが生きてきた世界だ、オレが強いられてきた現実だ!」

「ぐっ、離せよ!」

「ほらよ」

 

 離せと言われたから離した、ロアはそう訴える目でダイを睥睨する。胸ぐらを離されてしまったせいで再び体勢を崩す。その隙を見逃さず、ロアはダイの腹部目掛けて足裏を思い切りぶつけた。

 

「がッ!?」

 

 転がり続け、戦闘不能になって倒れているバラル団のドサイドンにぶつかってようやく停止したダイの身体。既に打撲数カ所、切れてる部分もあるのか血が流れ出していた。そうでなくとも噴き出すマグマのせいで汗と泥で全身が煤けているようにすら見える。

 

「オレンジ色、確かにてめぇはすげぇよ。今までイグナ、ジン、両方のケイカと戦いながらもこれを退け、幹部のイズロードさんが認めたっていうのも頷ける話だ。実際問題、オレは実働部隊の班長じゃあねえ。イグナほど強くもないし、ジンほど脚が速いわけでも、ケイカほど器用でもねえ。だけどな、アイツらにないものをオレは持ってる。そして、てめぇはそれに敗けるんだ」

 

「お前が、持ってるもの……?」

 

 ダイが立ち上がると同時、再びザングースがダイへ襲いかかる。しかしゴーストが間に割って入り、それを防御する。

 

「"生き汚さ"だよ。絶対に生き延びるためならどんな汚いことでもやってのける。相手の首を取るためにあらゆる手を、手が吹っ飛ばされたなら脚で、脚も失くなったなら牙で首根っこに喰らいついて、噛み殺すっていう生きることへの執着こそがオレの武器。今までおままごとみてぇなポケモンバトルしてきたてめぇには、絶対に覆せやしないんだよ!」

 

 ザングースは標的をダイに定めたまま依然として周囲を駆け回っている。そして闇討ちのように繰り出されるツメをゴーストが決まって左手で弾いて防御する。

 それに対して、ダイは微かに違和感を覚えていた。というのもこの戦闘が始まってから今まで、ゴーストは手の中にある()()を庇いながら戦っていた。

 

 当然、それはロアも気づいていた。

 

「てめぇのゴースト、さっきから頑なに右手を開けようとしねえな。何を隠し持ってやがる。ザングース!」

 

 先程メタモンに向かって放った【はたきおとす】でゴーストの右手を狙うザングース。しかしゴーストはその攻撃を左手で防ぐ。それを見て、ロアとダイの中で違和感は確信へと変わる。

 

「もう一度【はたきおとす】!」

「どうしたゴースト! なにやってんだ!」

 

 ダイも困惑を隠せない。敗けられないこの戦いで、ゴーストは本気を出せていない。両手をフルに使っていた分、メタモンの方がまだ戦えていたと言える。

【ヘドロばくだん】でザングースを牽制するが、【でんこうせっか】で回避するザングースには当たらない。

 

 そして回避後、右から襲いかかるザングース。この攻撃を防御するには左手では間に合わない。右手で防がなければ直撃してしまう速さだ。

 次の瞬間、鈍い音が響いた。

 

「なっ!?」

 

 驚くダイ。ゴーストは硬く握った右手の上に左手を被せ、さらにその上に身体を覆い被せることで右手を守り抜いた。当然ザングースの【はたきおとす】攻撃は大きな身体に直撃する。

 叩きつけられ、瓦礫に顔を埋めながらゴーストは戦闘不能になる。ダイは実質、戦える手持ちを全損して敗北したことになる。

 

「ゴースト、なにやってんだよ……大丈夫か!?」

 

 ゴーストに駆け寄るダイ。ゴーストは弱々しく笑い、その頑なに開かなかった右手を開いて中を見せた。その中にあったのは闇色の宝玉。

 

「"ゲンガナイト"だとぉ……!? そもそもゲンガーでもねぇくせに、後生大事にそんなモン抱えて、守って、それで敗けましたってか?」

 

 ロアが不機嫌を顕にする。彼はわからないことが何より嫌いだ、だからこのゴーストの不可解な行動は彼を苛立たせる。

 だがその行動の意味を悟ったダイだけは、驚き瞳を震わせた。

 

「お前、それを守ってたのか? ザングースが【はたきおとす】を使ってくることを知ってから……」

 

 ゴーストは頷く。だからずっとそれを落とさないように、失くさないように守り続けていた。

 

「意味がわかんねぇ、使えない道具を守り続ける意味はなんだよ……!」

 

「お前には、分かんねぇだろうな。だけどな、人には、ポケモンには、そして道具にはそれぞれ歴史(エピソード)があるんだよ」

 

 ダイがゴーストの頭を撫でて立ち上がる。ザングースが今にもダイを襲おうとフットワークを軽くして待っている。

 

「このゲンガナイトはな、俺が……俺たちがダチ(カイドウ)からもらった大切なモンだ。あのムッツリ野郎が臆面もなく友達って言えるヤツの持ち物だ、相当大切なモンだって嫌でもわかる。だけどカイドウはそれを俺たちに渡した。だから、こいつはそれを守ったんだよ。落とさないように、大事に持ってたんだ」

 

 ゴーストがダイを見上げる。ダイの声音には棘が感じられなかった。とても優しい声音で、しかしロアを睨みつけながら言ってみせた。

 

 

「俺は、たとえ敗けてしまうとしても、それでも、大切なものを守ったゴーストの行動を、尊いとさえ思うよ」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、ゴーストは思った。

 

 嗚呼、(カイドウ)の言うとおりだった、と。

 

 

 ────お前のトレーナーは馬鹿だが、お前の気持ちを汲んでくれるはずだ。

 

 

 ゴーストは頭の中でカイドウの言葉を思い出していた。この重要な局面、敗けることは許されないはずだ。

 だと言うのに、ダイは自分がしたワガママを許してくれた。自分(ゴースト)の気持ちを汲み取ってくれた。

 

 嬉しくて、ともすれば涙が出てしまいそうになる。それを必死に堪え、ゴーストはゆっくりと身体を持ち上げた。

 脳裏に奔るのはカイドウの言葉、その続き。

 

 

 ────本気でこいつの力になりたいと思ったのなら、こいつのために進化してやれ。

 

 

 強くならなきゃ。強くなろう、大好きな(ダイ)のために。

 

 

 ────その時、これはきっとお前の力になるはずだ

 

 

 ゴーストは右手でゲンガナイトを強く握り締めた。その右手に左手を重ね、祈るように静かに、けれど嵐のように苛烈に。

 

 ただひたすら、思った。

 

 

 強くなりたい。

 

 

 強くなりたい。

 

 

 強くなりたい! 

 

 

 強く、なるんだ!! 

 

 

 地に塗れても、立ち上がろう。そして、何度でも突き進もう。

 

 

 

 自分は、

 

 

 突き進む者(ダイ)の、

 

 

 家族(ポケモン)なのだから────!! 

 

 

 

 刹那、ユオン鉄鉱山が再びマグマを吐いた。ヒードランが出現したときよりも過激に、火を噴くように。

 それと同時に、地表面から虹色の光が溢れそれがゴーストを包み込んだ。それはまるで、進化するための繭のようであった。

 

 同じようにダイの左腕、グローブリストに埋め込まれたキーストーンが虹色の光を放った。

 かつてラジエスシティでジュプトルがジュカインに進化したときと、全く同じ光だ。

 

「なんだ、この光は……!?」

 

 ロアとザングースはあまりの眩さに目を覆った。しかしダイはその光を暖かいと感じた。痛いほど眩しいはずなのに、直視できる優しさを感じた。

 虹の光を放つ繭はやがて一本一本の糸になるように解かれていく。

 

 

 

「ゲェェェェェェェエエエエエエンガァァァァァァァァ──────────!!!」

 

 

 

 光の繭から飛び出したのはゴースト改め、シャドーポケモン"ゲンガー"。本来ならば人為的に進化させるには通信交換で発生する特殊なエネルギーを必要とする。

 だがそれを用いず、尚且戦闘中に進化させた。それは上で戦っていたワースを驚かせた。

 

「あのガキ、虹の奇跡を起こしやがった……!」

 

 紛れもなくラフエル地方に伝わる"虹仙脈"、今では"Reオーラ"と呼ばれる力を用いて行うラフエル地方特有の現象"キセキシンカ"。

 さらに、戦闘不能になるほど痛めつけられていた身体の傷が癒えている。見れば、トレーナーであるダイの身体の傷もまたみるみる内に塞がってしまう。

 

「お前……」

 

 呆然とするダイの手を取り、自分の進化を飛び跳ねて喜ぶゲンガー。その姿に一瞬毒気を抜かれたが、ロアはすぐさま正気に戻る。

 

「虚仮威しだ、ザングース!」

 

 再びダイとゲンガー目掛けて飛び込むザングース。ゲンガーはダイの方を一瞥し、頷く。ダイはそれだけで十分だった。

 

「【ドレインパンチ】!」

 

 突き出されたツメを回避、そのままザングースの横腹へとフックパンチを撃ち込むゲンガー。鈍い音と破裂音が響いて、ザングースが吹き飛ばされる。

 キセキシンカの影響と、【ドレインパンチ】で生気を奪いゲンガーは完全に体力を回復させた。

 

「ロア、一度下がれ。そんな位置じゃフォローもしてやれねえぞ」

「うるせぇ! オッサンの手助けなんかいるかよ、こいつはオレが!」

「俺が、下がれと、言ったんだ」

 

 冷ややかな声音だった。ロアは心底悔しそうにしながら、ダイに背を向けた。その撤退をフォローしようとザングースが殿を務める。

 だが、逃がすつもりはない。決着をここでつける。

 

「行けるか、ゲンガー」

 

「ゲンゲラゲーン!!」

 

 

 再び目配せしあい、頷き合う。ダイもまた、確信を持っていた。左手のグローブリストが熱く燃えている感覚。

 構えた左腕のキーストーンを叩き、前へ拳を突き出す。

 

「借りるぜ、カイドウ。力を貸してくれ!」

 

 それは自分たちが、突き進む者としての証を示すかのように。

 

 

 

「────"突き進め(ゴーフォアード)! ゲンガー!! " メガシンカッ!!」

 

 

 

 再び、進化の繭がゲンガーの身体を包み込む。突風が吹き荒れ、積み上げられた瓦礫の山が一気にダイとゲンガーを中心に吹き飛ばされる。

 繭の中から現れたのは、全身をより鋭利に、より攻撃的に変化させ額に第三の眼を生み出したゲンガーのさらなる姿。

 

 

「"メガゲンガー"!!」

 

 

 まるで影から飛び出してきているかのようにメガゲンガーの下の空間は淀んでおり、その下を伺い見ることは出来ない。

 しかし次の瞬間、メガゲンガーの影が素早く手をのばすようにして、ロアの影を()()()()()

 

「う、ごけねぇ……!?」

 

「特性"かげふみ"。お前とは、ここで決着をつける!」

 

「こ、のぉ……! ザングースゥ!!」

 

 ロアがなんとか影の拘束を振り切ろうとしながらザングースに指示を出す。ザングースはツメを伸ばし、メガゲンガーに襲いかかろうとしたが動きがピタリと止まってしまう。

 相手が使った技を使えなくしてしまう【かなしばり】だ。そして、その硬直の隙を無駄にはしない。

 

 

「ぶっ放せ、【きあいパンチ】!!」

 

 

 ルカリオの【しんそく】と見紛う速度で地を駆け、跳躍したメガゲンガーが身体を捻り裂帛の気合と共に暗色の拳を叩きつける。

 拳が肉を穿つ鈍い音と衝撃波がザングースに襲いかかり、その身体を砲弾のように吹き飛ばす。瓦礫の山を抉り、ロアのところへ辿り着く頃にはザングースも意識を手放していた。

 

「俺たちの勝ちだ! 先へ行かせてもらう!」

 

 ゲンガーがロアを牽制しながら、ダイが山の斜面を駆け上がる。急いでアサツキのフォローに向かわねばならない。

 後少しでアサツキとワースの戦いに介入できる、そう思った矢先だった。

 

 

「報告致しまァ──────す!!」

 

 

 ワースよりもさらに高い位置、ヒードランと戦っていたバラル団下っ端が声を張り上げた。

 誰もがその声の主に向かって振り向いた。ある者は笑みを、ある者は絶望を顔に浮かべていた。

 

 

 

「ヒードランの捕獲に成功いたしました!!」

 

 

 

 そして、残酷にもその真実は放たれる。

 それを聞き届け、ワースはニッと笑ってアサツキを睥睨する。

 

「ご苦労さん、っつーことで撤収」

 

 マグマの中心、中洲のように出来上がっていた岩場の中心で、物言わぬヘビーボールがぽつんと佇んでいた。

 

 




隙あらばカイドウさんを持ち出す男。

自分のいないところで株の上がる男、カイドウ。



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VSヤミラミ オレのポリシー

 ヒードランの捕獲に成功した、バラル団員の下っ端がそう告げた瞬間。覆そうと思った不利がそのまま覆らなかったことを悟った。

 アサツキさんが歯噛みし、アルバが呆然とし、目の前のバラル団幹部──ワースはご機嫌そうに笑っていた。

 

 だからこそ、この状況を覆すには今しかないと思った。

 

「ッ、ゲンガー!!」

 

 まだ戦闘と呼べる状況が続いているせいか、ゲンガーはメガシンカを維持している。ゲンガーが両手を地面に突っ込むように突き立てた。瞬間、物凄いスピードで奔るゲンガーの影。

 それがアサツキさんやアルバも巻き込んで全員を拘束する。この際敵味方区別している場合じゃない。"かげふみ"の効果でゲンガー以外が動けないこの状況で勝負に出るしか無い。

 

「ゲンガー! 今のうちにあのヘビーボールを!」

 

 コクリと頷き、一直線にヘビーボール目掛けて突進するゲンガー。ボールさえ破壊してしまえばヒードランは開放できる。

 ゲンガーが腕に闇色の波動を集め、撃ち出す。今までとは比べ物にならない威力の【シャドーボール】だ、当たりさえすればヒードランを拘束するヘビーボールを破壊できるはずだ。

 

 いや、()()()。ヘビーボールを狙ったはずの闇の砲弾は間に割って入った何者かによって軌道を上空に逸らされた。

 

「なんだ!? 何かが【シャドーボール】を防ぎやがった……!」

 

 ポケモン図鑑を取り出す。如何に素早くとも、ポケモン図鑑がその動きを一瞬でも捉えれば正体がわかる。ピッ、と軽快な音と共に図鑑がスキャンモードから詳細モードへと切り替わった。

 

「"ヤミラミ"……! そうか、"かげふみ"はゴーストタイプのポケモンには効果を及ぼさない!」

 

 アサツキさんのポケモンと戦っていたワースのポケモン、ヤミラミ。ゴーストタイプとあくタイプを持つ、特殊なポケモン。

 どちらのタイプもゲンガーに対して有利を取れる、俺にとっても厄介なポケモンだった。

 

「そういうことだ、オレンジ色のガキ。せっかくだ、ちょっと査定()させてもらうぜ」

 

 恐らく、【シャドーボール】を弾いた攻撃は【かげうち】だ。いかなる場合も相手の影を渡って先制攻撃が出来る。でもそれはゲンガーも一緒だ、こういうこともあろうかと練習し続けてきた【ふいうち】は相手の攻撃に対してカウンターを決めることが出来る。

 

 さらに、ゲンガーの素早さはヤミラミのそれを大きく上回る。普通に戦って、遅れを取ることはほぼ無いはずだ。

 

「もう一度【シャドーボール】!」

 

「こっちも【シャドーボール】だ」

 

 ゲンガーとヤミラミ、双方から放たれる闇の砲弾がぶつかり合い、四方に散る。ふわりと漂う闇の残滓がまるで雪のように消える中、次の手を打つ。

 再びヘビーボール目掛けて突進するゲンガー。その進行上に割り込みキシシと不気味な笑いを上げるヤミラミ。

 

「【ヘドロばくだん】!」

 

「【あくのはどう】」

 

 ゴーストの時には口から吐き出していた毒素を、メガゲンガーは足元の影から引っ張り出し撃ち出す。その毒素の塊の(コア)をヤミラミを中心にして放射される黒いオーラが切り裂いた。

 威力はこちらが勝っているはずなのに、最低限の攻撃でこちらの攻撃を散らしてしまう。

 

 こいつ、やっぱり見た目以上に頭がいい。かなり狡猾な搦手の使い手だというのがこの二回の攻防でわかってしまった。

 そして俺もどちらかと言えば正面からの戦い方は積極的に行わない、搦手の使い手。搦手同士の戦いは個人の技量が如実に現れる、だからたった数度の駆け引きで実力差を突きつけられてしまう。

 

 尤も、今の状況でそれを理由に退くなんてことは絶対にしない。

 こっちは勝つよりもヘビーボールの確保、ヒードランの開放が目的だ。だったら、端から真っ向勝負なんかしなければいい。

 

「ゲンガー! 【かげぶんしん】から【シャドーボール】! 全方位からヤミラミ目掛けて、撃ち尽くせ!」

 

 直後、十数体に及ぶ分身が一斉に【シャドーボール】を練り出し、撃ち込む。しかしワースは動こうとしない、ヤミラミも同じだ。

 次の瞬間ヤミラミがいた地点に【シャドーボール】の雨が着弾、破砕音と共に瓦礫が弾け飛ぶ。

 

「やったか……!?」

 

 アサツキさんが呟いた。アルバもまた固唾を呑んで状況を見守っている。そんな中、煙幕の外にいたワースだけが無表情を貫いていた。

 

「お前知ってるか? 【かげぶんしん】は確かに有用な技だけどな、欠点もあるんだよ」

「なに……?」

「本物以外には()()()()んだよ。影から出てくるメガゲンガーはすぐに本物が分かる」

「なっ!?」

 

 俺は思わず本物のゲンガーに向かって視線を送ってしまった。が、それこそがワースの張り巡らせた狡猾な罠だと思い知らされる。

 

「嘘だよ、だが本物はそいつだな。ヤミラミ、【シャドーボール】だ」

「しまった!」

 

 失敗を呪った時には既に遅かった。煙幕の中からゲンガーの弱点である額にある第三の目を、ヤミラミが撃ち出した【シャドーボール】が的確に撃ち貫いた。

 

「そんな……そもそも、こっちの【シャドーボール】は命中していたはず。なのに、まだ動けるなんて……」

 

 呆然としていると、後ろでアサツキさんが「あっ」と声を上げた。

 

「オレと戦ってる間、あのヤミラミは後方支援に徹してた。もしその間に【めいそう】を積んでいたなら……」

「そう、たとえメガゲンガーの【シャドーボール】であろうと受け止められる」

「先を見越してたっていうのか? オレと戦いながら」

 

 アサツキさんが叫ぶ。するとワースはニンマリといやらしい笑みを浮かべて頷いた。

 

「まぁ、この戦場で俺が一番警戒していたのはそこのハチマキのガキだ。ヤミラミには物理攻撃が効かない以上、攻撃手段は限られる。まぁ要は、先行投資ってことだ。それが運悪く、オレンジ色のガキのポケモンに刺さった、残念だったな」

「ッ、野郎……ナメやがって」

「そうカッカするなよ嬢ちゃん。もちろんこの街でドンパチやるとなったら最初に警戒したのはお前だ。ところが偶然、モンスターボール工場で俺たちの邪魔をしようっつー組織(VANGUARD)の人間と出くわした」

 

 胸ポケットからタバコを取り出し、足元のマグマで火をつけるワース。見れば、最初はオレンジ色で液体のようだったマグマがいつの間にか水飴のように粘性を帯びてきた。

 それだけじゃない、色もどんどん黒ずんでいる。まるでヒードランの不在を知った大地が冷え切っていくかのように。

 

「だからあの時、僕に手持ちを見せろって……」

「そういうことだ。だからお前のポケモンに対する対策も立ててきた。ただ、今回その必要は無さそうだからな」

 

 タバコを咥えながらニンマリと笑うワース。そのままヤミラミにヒードランの入ったヘビーボールを回収させようとする。

 だけど、まだ終わってない。そのタバコを口に咥えたこと、後悔させてやる。

 

「アルバ!」

 

 俺はアルバを呼び事前に決めておいたハンドサイン、即ちルカリオに【はどうだん】を撃たせるサインを送った。それはアルバとルカリオに伝わる。

 ヤミラミがキシシ、と笑いながらヘビーボールを大事そうに抱え上げた。

 

 やるなら、今だ! 

 

「────Go!」

 

 瞬間、アルバのルカリオが動けるようになる。しかしそれはルカリオに限った話じゃない。アサツキさんのサワムラーやローブシン、さらにワースのニドキングも同じだ。

 即ちゲンガーの"かげふみ"が解除された。そしてその瞬間に【はどうだん】でルカリオが狙うのは、俺のゲンガー! 

 

「ルカリオ! 【はどうだん】だ!」

 

「ゲンガー! 【トリック】!」

 

 倒れていたフリをしていたゲンガーがスッと起き上がり、両手を抱えあげてエスパータイプのポケモンが放つ特殊な光を放つ。それはヤミラミの手中にあるヘビーボールを自らの手に瞬間移動させる光。

 ゲンガーは【なりきり】を使い、メガルカリオの"てきおうりょく"を手に入れたことにより"かげふみ"が消失。ルカリオを始めとするこの場のゴーストタイプ以外が動けるようになり、かつゲンガーは最速で【トリック】を撃ち出せるから、瞬く間にヘビーボールを手中に収めることに成功する。

 

 同時に、ルカリオが【はどうだん】でセルリアンブルーの弾丸を撃ち出す。それがゲンガーが抱え上げたヘビーボールを直撃、ヘビーボールは粉々に砕け散った。

 

「よし!」

「──それはどうかな」

 

 ワースが呟いた。その言葉は、ボールが破壊されても一向に解放されないヒードランという現実を突きつけた。

 ゲンガーが自分の手の中にあるヘビーボールの破片を見て戸惑い、周囲をキョロキョロと見渡す。

 

「探しモンはここだ」

 

 そう言ってワースが手の中にあるヘビーボールを見せつけた。それと同時にヤミラミがさっきまでワースが持っていた火の着いたタバコを口に咥え次の瞬間煙に咽せた。

 すべての状況を見渡した瞬間、やられたと思った。あの野郎、この手すら読んでやがった。

 

「ヘビーボールのすり替え……!」

「その通り、お前のゲンガーがまだ動けるのはメガシンカが解除されてない時点でわかってた。となれば、ヤミラミがボールを手にした時点で【トリック】を狙ってくるのは読めてた」

 

 ゲンガーがヤミラミからヒードラン入りのヘビーボールを奪う直前、ヤミラミはそこに向かう途中で使い終わった不発のヘビーボールを隠し持ち、それを抱え上げた。それをヒードラン入りのボールだと思い込んだ俺たちは見事にそれを奪い取ってしまい、ルカリオの手で破壊してしまった。

 

 そもそも、ヤミラミは"いたずらごころ"を持つポケモンだ。悟られないように【トリック】で、触れたヒードラン入りのヘビーボールをワースのタバコと入れ替えてしまうことが出来た、だというのに俺はそれを失念していた。

 

「大人を出し抜くには少し浅知恵すぎたな、クソガキ」

 

 言いながらワースはボールからヒードランを喚び出す。先程までの戦闘のダメージはそのままだ、まひ状態は残り体力も残り少ない。

 だけど、伝説のポケモンが持つ相応のプレッシャーが対峙して初めて分かる。

 

「お手並み拝見といったところか、【マグマストーム】」

 

「まずい、ゲンガー! 【シャドーボール】!」

 

 ヒードランが口を開け、高らかに咆える。次の瞬間、畝るように噴き上がってきたマグマが渦を作り、そのままゲンガーへと迫る。

 ゲンガーは闇色の砲弾を練り上げ、それを撃ち出す。灼熱溶岩の渦(マグマストーム)闇色の砲弾(シャドーボール)がぶつかり合う、が物量が違いすぎる。

 

「押し切られる……!」

 

 飛び散るマグマ、そのオレンジ色の光が【シャドーボール】すら焼き尽くしゲンガーを飲み込もうとした、その時。

 

 

「──アシレーヌ、【ハイパーボイス】」

 

 

 涼やかな声。直後、この空間がまるで水中と錯覚するような水色の旋律が【シャドーボール】を後押しする。【マグマストーム】を相殺した声の主が後ろから現れる。

 

「おまたせ」

「大丈夫? ダイ、アルバ」

 

 振り返るとチルタリスに乗り、泥だらけの姿でリエンとソラの二人が駆けつけてくれた。見ればその後ろからギャロップに跨がり、シイカも駆け上がってきた。

 

「ボルトたちは?」

「ちょっとの火傷と脱水。念のため、今ポケモンセンターに放り込んできた」

「そうか……」

 

 ホッと一息つく。リエンは俺にウォーグルの入ったボールを渡すと柔和な笑みから一点、凍りつくような冷ややかな顔で下からバラル団を睥睨する。隣では相変わらずソラが眠そうな顔をしてい──

 

「バラル団」

 

 ──なかった。いつもより緊張感を増した、ちょっと険しい顔をしている気がした。見れば、アシレーヌもチルタリスも相手を威嚇するように睨みつけていた。

 

 俺がソラの雰囲気に圧されていると、後ろからやってきたシイカがギャロップから降り俺の隣へやってくる。

 

「お待たせ、はい二匹無事に連れてきたよ」

 

 そういう彼女の手にある二つのモンスターボール、その中からジュカインとゼラオラが飛び出してくる。シイカの言う通り二匹ともまだ動けそうだった。

 ヘロヘロになっていたゲンガーとバトンタッチするようにジュカインとゼラオラが前に出る。援軍の到着にゲンガーが無邪気に笑う。

 

 俺、アルバ、リエン、ソラ、シイカ、アサツキさん。今この街で動ける全員が揃い、それぞれのエースも健在。

 まだ敗けてない、戦える。

 

「さすがにこの数を相手にするのは面倒だな」

 

 ワースはそう言い、新しくタバコに火をつけるとハンドサインでロアへ指示を送る。するとロアは舌打ちしながらこの場を離れ、ワースにテアと呼ばれていた女の子もそれに着いていく。

 すると次の瞬間、ワースはヒードランをボールに戻した。

 

「お前らの目的はこのボールの奪還、俺たちの目的は捕まえたこのヒードランを本部へ移送すること、見事に食い違うな」

 

 そう話している間にもマグマは冷え切り、岩石へと姿を変える。ユオンシティがゆっくりと、しかし確実に死んでいってるのが肌でわかる。

 

「出来る限り手持ちを見せたくは無いんだけどな」

「ああ、せいぜい出し惜しんどけ!」

 

 言って飛び出したのはアサツキさんとローブシンだった。繰り出された技は【マッハパンチ】、ずんぐりとした身体からは想像もつかないスピードで放たれる拳がワースの手の中、ヘビーボールを狙う。

 アサツキさんのポケモンはかくとうタイプ、それを見越してワースはニドキングとヤミラミを出していた。だとするなら、あの二匹さえどうにかしてしまえば勝機はある。

 ところが、そのニドキングが想像以上に厄介だ。なぜなら、どくタイプはこの場において俺のジュカイン、シイカのジャローダ、ソラのアシレーヌに対して有利を取れる。アルバのルカリオは毒を無効化出来るものの、ニドキングの武器は他にも、その巨体から繰り出されるじめんタイプの技がある。

 

「ヌマクロー! 【だくりゅう】!」

「アシレーヌ、【チャームボイス】」

 

 アサツキさんのアタックをフォローするようにリエンとソラが動いた。【マッハパンチ】を受け止めたニドキングの隙を突いてみずタイプの強力な技を放つ。

 ヌマクローが地面を叩き、呼び出した泥水の波がニドキングに迫る。さらにソラのアシレーヌが【チャームボイス】の音波で泥水の波を操作、確実に着弾させる。

 

「チッ、"ドレディア"!」

 

 舌打ちついでにワースが呼び出したのはくさタイプのポケモン、はなかざりポケモンの"ドレディア"だった。まるで見越していたかのように、くさタイプのポケモンだった。

 違う、全部見越しているんだ。ニドキングに有利相性を取れるポケモンへのカウンターとして。さらにドレディアの弱点であるほのおタイプやこおりタイプは、逆にニドキングが抑えとして現れることで対処する。

 

 つまり、総力戦になればなるほどピンチに陥る可能性が高いのはこちらだった。

 

「【はなびらのまい】」

 

「させないわ! 【リーフストーム】よ、ジャローダ!」

 

 ヌマクローとアシレーヌを狙って放たれた花弁の嵐と、それを相殺するようにシイカのジャローダによって撃ち出される葉刃の嵐。それらがぶつかり合い、入り乱れ、咲き誇り、舞い散る。

 威力は僅かに【リーフストーム】が勝っていたが、より正確に撃ち出されたのは【はなびらのまい】だった。ドレディアは自分に当たる葉の刃を物ともせず、すり抜けた花弁で確実にヌマクローを撃破する。

 

「ッ、グレイシア!」

 

 リエンが後続としてグレイシアを喚び出す。が、彼女は明らかに疲れが見えていた。そもそもここに来る前、熱い瓦礫を冷やし続けていたのだから無理もない。

 大きく息を吸い、肺を膨らませるグレイシア。それは彼女の必殺技【ふぶき】の前兆。狙いはドレディアとニドキング、満を持してそれが放たれる。

 

 

「──【ふぶき】!」

 

「【アクアジェット】」

 

 

 グレイシアが息も凍るような(ブレス)を吐き出すのと同時、ワースの懐から飛び出てきたこうていポケモン"エンペルト"が斜面を滑るようにして、【ふぶき】を物ともせずグレイシアへ突進する。

 しかし直撃は許さない。俺はジュカインに目配せし、頷いたジュカインが【リーフブレード】を伴ってエンペルトを正面から迎え撃つ。

 

 エンペルトは突進中に体勢を起こし、翼の縁を硬質化させてジュカインの攻撃を受け止める。【はがねのつばさ】と【リーフブレード】による剣戟が行われ、ジュカインが一進一退の攻防を繰り広げる。

 

 これでワースの手持ちの内四体を明らかにさせた。多くてもあと二匹、内一匹はヒードランだと考えれば残るは一匹。

 ワースは未だにヘビーボールを手で持っている。後ろポケットなりどこかへ隠せばいいだけだが、流石にこの布陣を相手にその隙を与えたらマズいと考えているのかもしれない。

 

 だとするなら、逆に今しかない。

 

「行くぞアルバ!」

 

「うん!」

 

 俺とアルバが駆け出す。傍にはルカリオとゼラオラ。撃ち出すのは、神速の乱打撃(バレットパンチ)! 

 直後、ワースの前に飛び出し防御を行うヤミラミ。小さいながらに宝石を埋め込んだポケモンはそれなりに堅い、がゼラオラとルカリオの二匹がヤミラミを抑えてくれるならそれでいい! 

 

「喰らえ、お前んとこのヤツにやられたラフプレーだ!!」

 

 そう叫び、俺はワース目掛けてストレートパンチを繰り出す。が狙いは単調、簡単に受け止められる。

 

「残念」

「いいや、これでいいのさ。本命はこっちなんだなぁ!」

 

 ズズズ、俺の影からニヤリと顔を覗かせるのはメガゲンガー。ボールに収めたフリをして影に潜んでもらっていた。

 ゴーストの時からある浮いている影の手を握り拳に変え、素早く撃ち出す。高い素早さから放たれる【シャドーパンチ】がワースの手を狙う。片腕は俺の腕を掴んでいる、つまり防ぐことは出来ないし【シャドーパンチ】は避けられない! 

 

 パキンッ! 

 

 儚い音を立ててワースの手の中にあるヘビーボールが砕け散る。その場の全員が顔を綻ばせたが、ワースだけはため息を吐いていた。

 

「──惜しかったな」

 

 それはヒードラン奪還を許したから、というわけではなかった。

 ゲンガーが破壊したヘビーボールはまたしても空。ヤミラミによる【トリック】を警戒し、ゼラオラとルカリオでヤツの気を逸してもいた。だと言うのに、またしても俺は偽物を壊させられた。

 

「俺が今持っていたヘビーボールはな、お前たちが来る前に持ってたもんだ。本物は今、あそこにある」

 

 そう言って空を指差すワース。全員がそこに目を向けると、光学迷彩を解除して現れるバラル団の飛行船があった。その入り口付近で丸くなって寝ているポケモンが傍らにヘビーボールを置いていた。

 

「"ペルシアン"……!」

「手癖が悪いヤツでなぁ、尤も俺はその手癖の悪さを買ってるわけだ」

 

 飛行船が縄梯子を下ろし、ワースが右手でそれを掴んだ。俺は左手で腰の後ろに手を回し、モンスターボールを取ると開閉スイッチを押し後ろへ落とす。

 

「ウォーグル!」

 

「【スピードスター】」

 

 落としたモンスターボールを踵で蹴り上げ、頭の上で開閉。中から出てきたウォーグルが俺の肩を掴んで勢いよく飛翔する。

 しかし上空から俺たちを撃ち落とすべく、流星の雨が降り注ぐ。ウォーグルが一瞬動きを止めてたじろいだ、だけどまだ止まらない。

 

「誰でもいい! 飛行船の動きを止めてくれ!」

 

 直後、地上から援護射撃が飛んでくる。ルカリオの【はどうだん】、グレイシアの【こおりのつぶて】、チルタリスの【りゅうのいぶき】が飛行船のペルシアンを攻撃するが遠すぎて当たる前に威力が減退してしまう。

 

「待てこの野郎! 【エアスラッシュ】!」

 

 羽撃きながらウォーグルが空気の刃を撃ち出し、飛行船そのものを攻撃する。このまま、後少しでいい、近づくことが出来れば────! 

 

 

「【れいとうビーム】だ」

 

 

 その声が聞こえた瞬間、俺とワースの位置が逆転する。上昇する飛行船、それに伴い上がってくるワースが俺を見下ろしている。

 見ると、ジュカインが腕を凍らされて膝を突いていた。エンペルトを抑えきれなかったんだ、そしてそのエンペルトがウォーグルの翼を凍らせた。

 

「逃がさない」

 

 だけど俺と入れ替わるように、チルタリスに乗ったソラが飛び上がる。その首にしがみつくようにしてソラがペルシアンを目指す。

 その顔はやっぱり焦ってる、ともすれば冷静さを欠いているように見えた。

 

 当然、ウォーグルを落とした一撃(れいとうビーム)がさらにソラのチルタリスを氷漬けにする。飛行能力を失ったチルタリスごとソラが真っ逆さまに落ちる。

 

「ッ、ウォーグル! 俺を投げ飛ばせ!」

 

 空中でバランスの取れないウォーグルが振り子の原理で俺を放り投げる。正直物凄い勢いで飛ぶ身体に思わず悲鳴を上げそうになったが、これからの衝撃に備えて口を噤んだ。

 ソラを空中で掴まえるとそのまま抱き寄せ、背中から地面に落ちる。

 

 刹那、ボヨンと柔らかい衝撃が背中に。どころか、柔らかすぎてその物体が俺を反射した。

 

「うおおおおおおおおおおおおおっ!?」

 

「きゃ────ー」

 

 叫んだ俺に合わせてソラが棒読みで悲鳴を上げる。飛行船の高さから落ちるよりかはマシだが、柔らかいなにかに反射させられた俺たちが岩肌に叩きつけられた。

 身体を起こすと、柔らかいそれの正体がわかった。ソラのアシレーヌが作り出したバルーンだ、それが俺たちを落下の衝撃から守ってくれたみたいだ。守りきってはくれなかったけど。

 

 周囲を見渡す。シイカが退けた下っ端たちもみんな消えていた。俺たちが戦ってる間に、きっとロアとテアの二人が撤収準備を進めさせていたんだ。倒したポケモンすらいない、残ったのはボロボロのテントと使われなかった幾つかのヘビーボールくらいだ。

 

「クソ……逃した……!」

 

 安全のため被っていたヘルメットを地面へ投げつけるアサツキさん。直後、我に返り投げ捨てたヘルメットを拾って被り直す彼女に合わせる顔は、正直無かった。

 後少しのところで、取り返せなかった。それはもう、このユオン鉄鉱山の岩肌に触れることですぐに分かった。

 

 いずれこの街は冷え切る。地熱発電がライフラインに直結しているユオンシティは間もなく死ぬ。

 

「バラル団、ヒードランを使って一体何をする気なんだ……」

 

 アルバが呟くが、それに答えられる人はいない。今回の相手は情報という情報をとことんまで出し惜しむ、まるで守銭奴のようなヤツだった。

 だから組織の目的なんかそう安々と口にはしなかったし、俺たちはヒードランが何に利用されるかなんてまったくわからない。

 

「とにかく、オレは戻る。このこと、街のみんなに知らせなくちゃならねえからな……」

 

 消沈気味の肩を隠しもせず、アサツキさんが下山を始めた。シイカが何も言わずに、それに着いていく。

 俺はその背中になんとか声を掛けたくて、でも素人が口に出来ることなんか何もない気がしていつものように口が勝手に動いてはくれなかった。

 

 そりゃ、ユオンシティに詳しくないどころかそもそもラフエル地方の人間ですらない俺に、ヒードランを使わないクリーンな発電方法なんて言われても簡単に答えなんか出ない。

 じゃあヒードランを取り戻すか、正直なところこの案が一番現実的なのが頭を抱えるポイントだ。

 

 だけどどうする、バラル団の飛行船は既に光学迷彩で姿を消している。どの方向に飛び去ったのかなんて当然分からない……唯一分かるのが、ユオンシティがラフエル最東の街だからまず西の方向ということくらいだ。

 

「せめて、ヤツらの行き先さえわかれば……」

「行き先ならわかるよー」

 

 俺のなんとはなしの呟きを拾ったのは、まさかのソラだった。さっきまでの険しさはどこかへ消え、いつもの眠そうな顔でソラが取り出したのはポケモン図鑑だった。

 

「逃がさない、って言った」

 

 その画面には以前俺が使ったポケモンの分布調査に使用される発信機の場所が浮かび上がっていた。あの瞬間、ソラがチルタリスで飛行船に喰らいついたのはこれを設置するためだったのか。

 しかも、発信機が飛行船に付着したのならそれはいずれヤツらのアジトに向かうはず。少なくとも今発信機はレニアシティの方向へ飛んでいるのが分かった。

 

「で、でかした……いや、お手柄すぎ」

「えへん」

 

 無表情で胸を張るソラ。それを聞いていたのか、アサツキさんの猫背が少しずつ伸びやがて元の姿勢に戻る。ゆっくりと振り返ると、その顔は真剣そのものだった。

 

「ヒードランを取り返す手立てはある、ってことで良いんだよな」

「えぇ、まだ敗けてないみたいです、俺たち」

「……じゃあ、胸張って伝えてくるわ。ヒードランは奪われちまったけど、ぜってぇ取り返すってな」

 

 そう言いながら、シイカのギャロップに跨るアサツキさん。シイカがギャロップを走らせようとしたその時だった。アサツキさんがシイカに急制動を掛けさせ、ポケットから何かを取り出すとそれを俺とアルバ目掛けて放り投げる。ギラリと鈍色の光を放つそれを俺とアルバは両手でキャッチする。

 

「ほらよ、ギルドバッジだ」

「へ……?」

「でも、ダイはともかく僕は戦ってもいないのに……」

 

 二人して投げ渡されたバッジにちょっとの困惑を抱く。アサツキさんとの戦いは、元はと言えば英雄の民を紹介してもらうかどうかっていう話だったはずだし。

 

「アイツらと戦ってる最中でもオレはちゃんと見たし、聞いた。オレはジムリーダーとして大事にしているポリシーがある。それは『何度でも立ち上がり、ぶつかっていくこと』だ。職人っていうのは基本的にトライアルアンドエラーが原則だ。だからジムリーダーとしても『負けても勝つまで粘る』っていうチャレンジャーが好きだし、そういうのを見せてくれた以上オレはお前たちを認める。お前たちのゲンガーとルカリオを見てたら、渡さないわけにはいかねえだろ」

 

 ジムリーダーに託されたバッジには意味がある。それは彼、彼女が認めてくれたその精神を体現し、肯定し続ける義務が発生するということだ。

 だから、俺たちはこのギルドバッジに宣誓する必要がある。

 

 何度でも立ち上がり、ぶつかっていくことを。

 

「それでもまだ公式のジム戦をしなきゃ納得できないってんなら、ヒードランを取り戻した後できちんと戦ってやるよ」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 アルバが腰を折ってお辞儀をする。アサツキさんはヘルメットのツバを触り、しっかりと被り直すと首から下げているホイッスルを短くピッと吹く。

 ギャロップはそれを受けて山の斜面を静かに降り始める。去っていくアサツキさんの背中を見ながら、俺は手の中にあるギルドバッジをずっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 ユオンシティから飛び去るバラル団の飛行船の中、ワースは追撃を振り切ったことを確認しタバコに火をつけた。それを見てロアが顔を顰める。

 

「おいオッサン、こんなとこで吸うんじゃねえよ」

「悪い悪い、なんなら窓でも開けるか?」

「チッ……」

 

 飛行船で窓など開けようものなら大惨事だ、それをワースはわかって言ってるのだからタチが悪い。ロアは舌打ちと頬杖で不快感を顕にする。

 

「なんだ、やけに苛立ってんな」

「当たり前だ! ヒードランを捕まえるまでは良い! だが、俺は敗けるしオッサンは手持ちを全部見せちまった! こんなの、実質的な負けと同じじゃねえか」

「……まぁ、確かにちょっと大安売りしちまったわな」

 

 タバコがどんどん小さくなる、ワースは窓の下から小さくなっていくユオン鉄鉱山を見やる。

 

「でもまぁ、大事なカードはもう幾つか取ってあるからな」

 

 そう言って、ワースは手首のバングルを撫でる。もう一度口に咥えたタバコを吸い込み、ロアから顔を逸して煙を吐き出すと、ワースは「そういや」と切り出した。

 

「お前あのオレンジ色のガキをどう思った?」

「あん? ンなもん、ムカつく野郎だとしか」

「あーあー、お前何年俺の部下やってんだ。いい加減ちったぁ目を利かせらんねぇものかねー」

「うっせぇ! 数を数えんのは苦手なんだよ!」

「そういう話じゃねえだろ、ったく。良いか、今回俺が手持ちを全部曝さざるを得なかったのはひとえにあのオレンジ色のガキの奮闘有りきだ。ジムリーダーにルカリオのガキだけなら、ニドキングとヤミラミだけで十分だったんだよ」

 

 根本まで灰になったタバコを灰皿で潰す。そしてもう一本に火をつけようとしたところで今のが最後の一本だったことを思い出す。手のひらの中でぐしゃりと箱が形を変える。

 

「お前も見ただろ。あのガキ、虹の奇跡を起こしやがった。イズロードの野郎が気に入ったってのも頷ける話だ」

「呑気なこと言ってる場合かよ、このままじゃまた邪魔されちまうぞ」

 

 ロアがテーブルを叩き、ワースに詰め寄った。するとワースは小さく笑い、あっけらかんと言い放つ。

 

「結構じゃあねえか、邪魔妨害大いに結構」

「はぁ?」

 

 訳がわからない、とばかりにロアが首を捻るがワースは構わず続ける。

 

「このままバラル団の目的が順当に進めば、間違いなく()()()()()()()()()()()()()。ただバラル団に全部都合のいい世界っていうのも気持ちが悪くてかなわねぇ」

「だから、なんだよ?」

「だァから、あのオレンジ色がかき回してくれりゃあ、()()()()()()()()()()()()ぶっ壊してくれるんじゃねえか、って俺は密かに期待してんだよ」

 

 あまりにも、軽く言ってのけるものだからロアは一瞬ぽかんとしてしまった。ワースは口が寂しいのか、適当に機内に積んであった乾物を口に放り込んだ。

 

「それで、いいのかよ?」

「……まぁ、組織の幹部としてはダメダメだわな。だがよぉ、ロア」

 

 口の中の乾物を喉に流し込み、ワースはロアの頭をクシャクシャに撫で散らすとその目を覗き込んで言った。

 

 

 

「お前はバラル団のロアか、それとも俺が拾ってやったロアか、どっちだよ」

 

 

 

 その目はまるで、蛇のようだった。身体が麻痺したみたいに、感覚を置き去りにする。一秒が三十秒に感じるような、ねっとりとした時の流れ。

 

「……言わせてえのかよ」

「いいや、聞きたかねーなぁ」

 

 次の瞬間ケロっとしているワースに毒気を抜かれてしまったロアは「なんなんだよ……」と呟いてぐしゃぐしゃになった髪を整えた。

 窓に映る半透明の自分が、どっちの顔をしているのかひと目でわかってしまい、ロアはなんとなく悔しくなってワースが使った後の灰皿をテーブルから突き落とした。

 

「吸い殻掃除しとけよ~」

 

「だーもう、うっせぇ!」

 

 



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VSチルタリス 晴天に穿つ黒

 ユオン鉄鉱山でのヒードラン争奪戦の後、飛行船で逃げたワースの一味はテルス山の一角に飛行船を下ろす。タラップを下ろすと、その先にあるテントから人影が現れた。

 

「ご苦労」

 

 言葉だけで心の伴わない労いを掛けるのはバラル団のNo.2、グライド。タラップから降りたワースは適当にそれをあしらうと、熱を帯びたヘビーボールをグライドの手に渡した。

 

「これで計画は第三段階に移行できる」

「そのためにわざわざ俺を動かしやがって、高くつくぞ」

 

 グライドに不満げな視線を送るワース。そもそも彼は幹部でありながら会計を任されている身である。その役職を好とするのは、ひとえに現場に出る実働を好まないためだ。

 ただし、逆に彼を実働させることによる実益は大きい。良くも悪くも組織で動いているという自覚が薄いワースは人の目を欺くのに長けている。従ってPGであってもバラル団の幹部会の中でワースの顔だけ知らないのだ。

 

 尤もそれも終わりを告げた。多くの目撃者を作った、恐らく戦闘記録から顔の特定もされることだろう。

 

「それにしても、本当にあるもんかね。この山のどこかに」

「ある」

 

 断言するグライド。バラル団の目的、その第三段階とはこのテルス山の内部、天然の迷路が続くどこかにあるとされる()()の発見だ。

 

 それはラフエル英雄譚にも記されている伝説の()。白と黒、二つの珠からなる時間の流れが違う生きた空間。

 ただ穴が掘れるポケモンではなく、ヒードランで無くてはならない理由がそこにある。存在するだけで大地の力を操るヒードランの力を以てテルス山全体を暖め続け、熱の変わらない空間を探し出すこと。

 

「"対極の寝床"か」

「そうだ、かの英雄ラフエルが終わった後、伝説に名を連ねるポケモンが眠りについた場所。そこが我々の到達すべき肉体的な到達点だ」

「眉唾モンだと思うがな……そう目だけでカッカするな」

 

 無言で睨みつけるグライドにワースは降参の意を示しながらタバコに火をつける。

 

「ところで、ヒードランの奪還は首尾よく行ったのか」

「それがな、お前がご執心のオレンジ色のガキに出くわしたぜ」

 

 その言葉が引き金だった。グライドが眉根を寄せ、ゆっくりとワースの方に振り向いた。

 

「それで、どうした?」

「逃げるのが精一杯だったつったらお前怒るだろ」

「当たり前だ!」

 

 否、それはもはや激昂と呼べるものだった。グライドがワースの胸ぐらを掴む。

 

「なぜ処分しなかった……? よもや貴様ほどの男が、逃げるだけで精一杯など……手を抜いたな」

「いいや。なんせ俺は手持ちを全部見せちまった。だがヒードランの確保には成功していたわけだし、これ以上手の内を見せたら俺としちゃあ破産もいいとこよ。その上、万が一捕まってたらそれこそ、お前の大事な大事な計画が()()()ってね」

 

 胸ぐらを掴まれながらも飄々とグライドをからかうワース。破産と破算を掛けたジョークのつもりだったが、グライドはさらに機嫌を損ねた。そもそも彼はワースのこういう肝心な時に限って冗談で誤魔化す姿勢が好きではなかった。

 

「……よい、確かに計画のためにもヒードランは必須だった。それを死守したのであれば、不問とする」

「グライド様はご寛容ですねぇ、ありがたやっと」

「ふざけている場合ではない。早速ヒードランを山に突入させる、今彼のトレーナーはお前だ。指揮もお前に任せる」

「へぇ? それじゃあお前は?」

 

 ワースの胸元から手を離し、グライドがテルス山を見上げた。

 

「このまま山を熱し続ければ、レニアシティは住民に避難指示を出すだろう。ゴーストタウンになったところに、ヤツは現れるはずだ」

 

「……ほぉ、そんじゃあまさか」

 

 タバコの先端が灰となってはらりと落ちる。そして橙の光を放っていた灰はやがて命を全て燃やしきったかのようにふと、消える。

 

 

「あぁ、私自ら出る。そして我々の、あの御方の邪魔をする無粋な小僧をこの手で捻り潰す」

 

 

 感情を捨てた男がそう呟く。曇天は今にも哭き出しそうであった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 ヒードラン争奪戦から数日後、ユオンシティにいたダイたち一行はカヤバ鉄工に顔を出していた。

 アサツキたち作業員は出来ることを出来る内に作業を進めようとピッチを上げていた。

 

 それもそのはず、ヒードランが奪われてからユオンシティははっきりと分かるほど気候を変えた。

 四人組の存在に気づくとアサツキは手を軽く挙げて、一度だけ長く笛を吹いた。作業員たちはその笛に応じた行動を取る、今のは作業中断、休憩の合図だった。

 

「チビっ子たちは、どうだった」

「元気そうでしたよ、ボルトが二の腕、ネジが脚に火傷を負って、ナットは脱水症状。けど暫く様子見したら退院出来るそうです」

「そうか……悪いな、アイツらの親もここの従業員でな、まとまった時間取らせてやれなくてよ」

 

 バツが悪そうにしているアサツキ。どちらかと言うと子供が入院しているにも関わらず見舞いにも行かせられない方を気にしているみたいだった。

 

「それにしても、やっぱり暗いですね」

「あぁ、出来るだけ今ある電気を節約しておかないといけねぇからな……」

 

 アサツキの言う通り、ユオンシティの地熱による発電力は以前よりも大幅に低下した。東の街ということもあり、次点で効果が見込めそうな太陽光による発電システムの増築が急がれているが、やはりそれでも地熱発電に勝ることはないだろうと業者は語っていた。

 

「そういや、そろそろ時間だったな」

 

 そう言うとアサツキは遠くで従業員と話をしている工場長、即ち父親に話をつけ少しだけ現場を離れることを伝えた。

 そして普段は会議室として使われている長机のある二階の部屋へと移動する。そこには大きなモニターがあり、その画面は六つに分割された窓があった。それらに全てジムリーダーが映されていた。レニアシティジム、カエンの窓だけは繋がっていなかったが、どうやら今はクシェルシティにいるらしくサザンカの後ろにその姿が確認できた。

 

『やっほー! ダイにーちゃん! ウォーグルは元気!?』

「あれ、お前ウォーグルのこと知ってるのか」

『アイラねーちゃんがユオンシティに向かわせるの見てたからね! ダイにーちゃんに久しぶりに会えるって、喜んで飛んでった!』

 

 どうやらアイラとも仲良くやってるらしい。ダイはボールの中で笑うウォーグルに目配せし、少し顔を綻ばせた。

 

「んんっ、話進めていいか?」

『そうだった、ごめんアサツキねーちゃん』

「前に言った通り、ユオンシティのヒードランがバラル団に奪われちまった。だけど奴らの逃げた先が分かったから、共有するぞ」

 

 アサツキが議題を提示すると、ジムリーダーたちが頷く。慣れない手付きでパソコンを操作するアサツキ。ケーブルで繋がったソラのポケモン図鑑の分布図がそれぞれの画面に転送される。

 赤く点滅する光、即ち発信機の位置は四日ほど前からテルス山の中腹から動いていない。

 

「動かないところを見ると、やっぱり発信機はあの飛行船にくっついたっぽいな」

「人物やポケモンならこうは行かないしね」

 

 ダイとアルバが顔を見合わせる。本来ならポケモンのことを調べるために使うべきだが、こういった機能ばかりが有効活用されてしまい遠くのヒヒノキ博士に少し申し訳ない気持ちになる二人であった。

 

『それで、ユオンシティは大丈夫なのか。地熱発電がストップしたと聞いている』

「あぁ、今太陽光発電に切り替えられるかどうかってところだ」

 

 横槍を入れたのはカイドウだった。彼がそういう安否の確認を取るというのが少々意外で、会話しながらもアサツキは彼という人間を見直した。

 

『ならいい。次の議題に移るぞ。バラル団の目的、その考察。各自知ってることを話せ』

 

 それを皮切りに、サザンカからバラル団との戦闘記録を話す。困ったことに、バラル団と戦ったジムリーダーの近くにダイたちはいたため、その情報を補足することが出来た。

 さらにダイもバラル団と一緒に拘置所に入れられていた時の話や、そのきっかけになったレニアシティで知った情報を教えた。バラル団の強襲班がカエンの拉致を目的に動いていたことを話すとカエンは心底驚いていた。

 

『なるほど、思いの外情報が集まるな。次に奴らがヒードランを奪った理由だが……』

「……オレには見当もつかねえ」

『だろうな、頭脳労働は相変わらず苦手なようだ』

「うっせぇな! やっぱお前イヤミなヤツ!」

 

 一瞬カイドウのことを見直したアサツキであったがやはりカイドウはカイドウであった。声を荒らげてそっぽを向くアサツキ。

 

『やることは変わらん。要は奴らの目的が"初めからヒードランが目的だった"のか、"ヒードランを使って何かをすること"なのか突き止めればいい。まぁ俺は後者の確率が高いと睨んでいる』

「それって違うのか?」

『大きく違うぞ、前者の場合ヒードランである意味が薄い。強力なポケモンを手に入れるだけならヒードランなどという、わざわざ街一つをまるごと敵に回すような危険な相手に挑むメリットはない』

 

 確かにそうだ、とダイが頷いた。一度伝説のポケモンを従えるイズロードと交戦したことがあるため、先入観に囚われてしまっていたのだ。

 

『では、ヒードランがいなくなってしまったことで起きる事柄が、バラル団の人たちにとって都合がいいということでしょうか?』

『その線で一度考察を進めるぞ』

 

 ステラの発言を肯定し、カイドウが議論を進める。となればやはりアサツキやダイたち、ユオンシティにいる人物の発言が肝となる。

 

「やっぱり、ヒードランがいなくなってだいぶ涼しくなった気がするな。俺たちが来た時は、真夏みたいな暑さだった」

『即ち、最初の通りユオンシティの地熱発電がストップする。当然、電気がなければ工場は稼働しない、か』

「ユオンシティの工業を止めるのがバラル団の目的なのか? それにしてはちょっと回りくどすぎやしないか?」

 

 大袈裟な話になってしまうが、変電所を破壊するテロでもそれは十分可能だ。しかも、バラル団には隠密部隊もあるためそういった工作活動には事欠かないはずなのだ。

 ダイとカイドウが唸っているとモニターの一つ、ネイヴュシティジムリーダーのユキナリが「一ついいかな」と口を挟んだ。

 

『ユオンシティには現状、ネイヴュ復興のための資材を都合してもらっている。ユオンシティの工業がストップすれば当然ネイヴュシティの復興は先送りになる』

「悪いな、ユキナリさん。やれるだけやってはいるんだけどよ……」

『ああいやすまない、話し方が悪かったかな。僕が言いたいのは、つまり本命はネイヴュシティの復興阻止にあるんじゃないか、ってことだ』

 

 その線も有り得る、とカイドウが言うとリエンとソラがホワイトボードに箇条書きで書き連ねていく。

 

「けど、もしネイヴュシティの復興を遅らせるのが目的で、そのためにユオンシティを落としたっていうなら、それをする()()()()()は?」

『それに関してはなんとも言えないが、ただネイヴュシティ近郊には、"アイスエイジ・ホール"がある。もし彼らの目的がそこなら……』

 

 モニターの奥で、ユキナリは後ろに控えていた補佐のアルマに二つ三つ言伝を頼む。すると彼女は顔色一つ変えずに頷き、傍らの仏頂面(フライツ)を引っ掴んで退出する。

 

「うーん……うーん……」

『どうした、ダイにーちゃん。顔が悪いよ』

「それを言うなら顔色だ。それに気分は悪くないっつの。いや、なんつーか……とにかく回りくどいんだよな、やってることがさ。いつものバラル団らしくないっつーか……」

 

 何度もバラル団と交戦した経験のあるダイだからこその意見だった。まるで()()()()()()()()()()()()()があるかのような、そんな違和感が強く残る。

 

『例えばだが、"ヒードランを確保すること"と"ユオンシティの工業をストップさせ、ネイヴュシティの復興を遅延もしくは阻止すること"が最終目標ではなく、あくまで目的は別にありそのために上記二つが必要だった、とするならどうだ』

「そうすると、いつものバラル団っぽい気がするな。計画に対して入念な準備をしてる、っつー感じだ」

『なら、今奴らが潜伏していると思われるテルス山及びレニアシティで、奴らを叩く。そこで奴らの計画を挫き、ヒードランを奪い返す』

 

 カイドウが議論を総括する。ジムリーダーたちも全員が異議なし、と頷く。

 

 

『──悪いのだけど、私は少しだけ別行動をさせてほしいわ』

 

 

 ──ことはなかった。今まで相槌を打ったりメモを取る仕草はしていたものの会議に参加してるとは言いがたかったルシエシティジムリーダーのコスモスが言った。

 

 

『理由を聞かせてもらっても』

『少し気になることがあるのよ。"アイスエイジ・ホール"に"テルス山"、ラフエル英雄譚に名を連ねる場所ばかり話題に上がったでしょう。だから、"メティオの塔"を見てこようと思って』

 

 メティオの塔、ラフエル地方に馴染みの無いダイには分からなかったが他の面子には分かったようだった。それはラフエル地方の南東に位置する場所に存在する遺跡だ。

 かつて英雄の民が星を詠むために用いていた塔なのだが、詳しいことは謎に包まれた場所である。それが気になるとコスモスは言った。するとサザンカのモニターの奥からズイッとカエンが身を乗り出した。

 

『コスモスねーちゃんがメティオの塔に行くならおれも行くよ!』

『……子守は苦手なのだけれど』

『なんでそうなるの! ちがくて、メティオの塔は管理されてて英雄の民の許可がないと中を調べられないんだよ。だから、おれもいく!』

 

 そういうことなら、とコスモスも了承した。話が纏まったところでアサツキがモニター上のカメラに向かって顔を寄せた。

 

「悪い、こんなこと言うのも気がひけるけど……みんなの力を貸してほしい」

 

 真摯に頭を下げて頼み込むアサツキに、他のジムリーダーたちの反応は様々だった。

 

 カイドウは変わらずムスッとしたまま。

 

 サザンカとカエンは力強く、頷く。

 

 ステラもまた困っている人たちがいるなら助けないわけにはいかない、と微笑んだ。

 

 ランタナは終始コスモスと同じように話をメモしたりしたままだったが、力を貸すのはやぶさかではないといったようである。

 

 ユキナリは何か決意を秘めたような、強い瞳で応えた。

 

『私はさっきも言った通りメティオの塔を調べに行くから。代わりにそちらには私のチームのメンバーが一人いるでしょう?』

『おれはコスモスねーちゃんの付き添いが終わったらすぐに向かうから!』

 

 コスモスの言う人物はソラのことだ。名指しされたことに気づいたソラが首を傾げて見せた。それぞれが言いたいことを言って確認を取ると、会議は終了。続々と画面から姿を消すジムリーダーたち。

 

「さてと、オレも準備しないとな……」

 

 席を立ったアサツキが傍らに置いていたヘルメットを被り直し意思の伴った音で呟く。それを受けて、ダイたち四人も頷き合う。

 

「当然、俺たちも行きますよ」

「いいのか? オレたちは近々ポケモン協会から指示が出てバラル団と戦うことになるけど、VANGUARDにはまだ正式な辞令は降りてないだろ」

「それでも、乗りかかった船! な、アルバ」

「もちろんですよ! ヒードランを取り返して、正式にジム戦して改めてギルドバッジを手に入れないと気分悪いし!」

 

 息巻くアルバに対し、リエンも舵取りをするように「まぁ、見過ごせないのは本当ですから」と頷く。未だにぽけぽけとしているソラも三人がそうするなら、と同調の姿勢を見せた。

 四人のやる気を見てアサツキが逡巡するような仕草を見せた。

 

「分かった、けどお前たちは四人で一纏まりになって行動しろ。全員でカバーしあえ、そうすれば少なくとも怪我はしないで済むはずだ」

「怪我が怖くてアイツらとドンパチ出来るか、って話ですけどね」

「茶化すな、安全には常に意識を向けておけ。オレだってファッションでヘルメット(こいつ)を被ってるわけじゃねえんだ」

 

 コンコン、と頭の上の相棒を叩くアサツキ。小さいながら凄みのある視線を向けられ、ダイもアルバも少したじろいだ。

 しかしそこまで念入りされては従う他無い。尤も最初から反抗するつもりなど無いのだが。

 

「分かりました、覚えておきます」

「よし、そっちでも準備しておけ。今日の夕方には"バンバドロ"でレニアシティに向かう」

 

 それだけ言い残すとアサツキは再び作業場に戻った。残った四人も顔を見合わせ、カヤバ鉄工を後にする。

 外に出ると、周りが騒がしいことにソラが気づいた。そして耳を済ませ、聞こえてきた言葉に従ってテルス山を見た。そしてダイたちは目を見開いた。

 

「あの煙、って……」

「山の中腹付近だ、山火事……?」

 

 黒い煙がまるで青空に楯突くように伸びていた。そしてその煙は数日前にも目撃したものに、非常によく似ていて。

 ダイはゾワリと背筋が凍るような、強烈な不安感を抱いた。

 

「ソラ、ポケモン図鑑」

「……ん」

 

 恐る恐るソラにポケモン図鑑を出させたダイ。全員でその画面を確認すると、やはり発信機の位置は変わっていない。

 だとするなら、あの煙はやはりヒードランがテルス山に働きかけて発生しているもので。

 

 その時だった、ダイのライブキャスターが緊急速報のアラートを鳴らした。画面を開き、そのニュースを凝視する。

 

『只今入りました速報です。テルス山中腹からサンビエタウン方面に向かい山火事が発生している模様です。消防やポケモンレンジャーのヘリにより消火活動が行われておりますが、依然燃え続けております。それによりレニアシティ、サンビエタウンでは避難勧告が出されました。該当地区の方はPGやポケモンレンジャーの指示に従い速やかに避難してください。繰り返します……』

 

 それにより、ダイたちは一歩遅かったことを思い知った。既にバラル団の作戦は始まっている。

 アサツキとの待ち合わせは夕方だが、それを待っている時間は無い。かと言って、ダイたちだけで先行したところで出来ることは限られている。

 

 ダイは震える手でライブキャスターを操作、二人の人間にコールを行った。それはVANGUARD設立に伴い、PG側の責任者であるアストンとアシュリーだった。

 幸い二人は同じ場所にいたのか、アストンが通話に応答した。

 

「アストン! 今話せるか? いや話せなくても聞いてくれ!」

『……その様子ですと、テルス山の火災について、でしょうか』

 

 神妙な面持ちで告げるアストン。どうやらアシュリー含め、二人はその件に追われているようであった。

 ダイは先程行われたジムリーダーの会議の内容を出来るだけ簡潔に、急いで説明した。

 

「それで、今日の夕方にはレニアシティに向かうことになってたんだ。だけどそれを待ってたら間違いなく手遅れになる!」

『分かりました、レニアシティのPG支部に掛け合ってみます。ですが、先程も話した通り消火活動と避難指示に人員を割かれています。増員を送るにしても、少しばかり時間がかかってしまうと思われます』

「じゃあそれまでは、俺たちがなんとかする!」

 

 ほぼ勢いで叫んだ。見ればアルバもリエンも驚いた顔をしていた。ソラに関してはいつもどおり無表情であった、むしろダイならそう言いだすだろうと思っていた顔だった。

 するとアシュリーが自身の端末で通話に応じた。

 

『わかっているのか? 下手をすれば総力戦に巻き込まれるぞ』

「そのためのVANGUARDだろ! 少なくともPGやジムリーダーが駆けつけるまでの時間どうにかしてみる!」

『……本来なら、私も一般市民に協力を仰ぐことは不本意だ。だが、今はそれに頼る他ない。私とアストンも救援に向かう、それまでの間、頼んだぞ』

 

 その言葉に全員で頷き、通話を終了する。アルバは素早くカヤバ鉄工に戻り、事情が変わったことをアサツキに通達する。残った三人はポケモンセンターに戻り、荷物を回収するとすぐさま表に戻った。

 アルバに荷物を手渡してダイはウォーグルを、ソラはチルタリスを呼び出しその背中に二人ずつで乗り込んだ。

 

「どうする? ロープウェイはきっと止まってるよ」

「だったらそのままレニアシティに向かうしかないな! 飛べ、ウォーグル!」

 

 ダイの言葉にウォーグルは力強く雄叫びを上げるとその大きな翼を羽撃かせ、空へと舞い上がった。遅れてチルタリスもふわりと上昇を始め、ウォーグルの後を追う。

 風を切り裂きながら小さくなっていくユオンシティと、反対に大きくなっていくテルス山。

 

 不安に駆られながらも、ダイたちは空を翔ける。太陽はもう間もなく、テルス山の頂点を満遍なく照らし出す。

 そして暫く飛ぶと、サンビエタウンの上空に差し掛かる。視界の片隅にある朱い屋根の郵便屋を一瞥して、ダイがウォーグルを急かす。リエンの予想通り、ロープウェイは運行を止めていた。

 

 眼前で未だに立ち上る黒い煙、木々を焼き尽くす火は勢いを増し続けている。消火活動は難航しているのがひと目で分かった。

 

「レニアシティの人たちはラジエスシティ方面のロープウェイで避難したのか。あっちには見たところ、火の手が上がってない」

「だね、バラル団はどうしてると思う?」

 

 ウォーグルの上でダイとアルバが状況を観察する。すると寄せてきたチルタリスの上からリエンが言った。

 

「今回の火事が偶発的に起きたものなのか、それとも意図的に起こした火事なのかでまた変わってくるよね」

「……たぶんわざとだと思うよ」

 

 リエンの言葉に注釈を付け加えたのはソラだった。疑問に思ったダイが「どうして?」と尋ねると、ソラは耳の後ろに手を当てるようにして言った。

 

「火事なら当然、野生のポケモンにも被害が出る。だけど、火事に巻き込まれたポケモンの数が、少ない。事故で起きた火事ならもっといっぱい巻き込まれて音楽が騒々しくなるはず」

 

 それはソラならではの観点だった。もちろん火の手が拡がり続ければその限りではないが、今現在確かにそういった野生のポケモンたちの悲鳴などは聞こえてこない。

 

「なるほど、バラル団はポケモンには危害を加えないってことで有名な組織だからな……先に追い払っていたってことか」

「そうなるかもー」

 

 とするならばこの火事はひとえに人払いが目的となる。レニアシティやその近郊から人を追い払うことでバラル団は何かをしようとしている。

 つまりそれは逆に、レニアシティにこそ今敵の拠点があることの証明になる。

 

「見て、発信機の位置が変わってるよ」

 

 ソラがポケモン図鑑の画面を見せる。すると出発前はまさに今視界に拡がる火災現場の中にあったはずの飛行船が、レニアシティの一角に降り立っているのが分かった。

 ここまでくればバラル団の目的がだいぶ明らかになった。

 

「火事を起こすことでレニアシティのPGを避難指示と誘導に宛てさせた。ってことは何かをやろうとしてる。それを食い止めなきゃな!」

 

 ダイの言葉にアルバが頷いた。それにリエンとソラも同調し、改めてウォーグルとチルタリスはスピードを上げて山の斜面を滑るようにして上昇した。

 そして山頂に近づくほど、ユオンシティと同じようにレニアシティの温度が上がっていることにダイは気づいた。

 

「到着!」

 

 ロープウェイ乗り場に降り立ったウォーグルとチルタリス。二匹がボールに戻ると、ダイ以外の初めてレニアシティに降り立った三人は山から望める絶景に感嘆の声を零す。その景色の中に墨を塗るように立ち上る煙に悪態でも吐きたくなるのを必死に堪え、アルバたち三人はレニアシティ市内に向き直る。

 

 三人と違い、ダイは初めて来たときとまるで違うレニアシティの姿に戸惑いを隠せなかった。ユオンシティでも感じたような蒸し暑さと、反面道路に放置された車両の数々。子供の声すら聞こえない、完全な無音。

 

「どこから襲いかかってくるか分からない。気を引き締めていこう」

「うん、アサツキさんの言った通り四人で行動すること、いいね?」

 

 リエンが念を押すとダイ、アルバ、ソラの三人は深く頷いて腰のモンスターボールに手を伸ばし、ゴーストタウンと化したレニアシティへ脚を踏み入れた。

 

 



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VSシルヴァディ 班長VSアルバ、班長VSリエン

 

「前にレニアシティに来た時、バラル団が拠点に使ってたビルがあるんだ。たぶん今回もそこが使われてるはずだ」

「そっか、今はPGも軒並み出払ってるから別の拠点を用意する必要はないんだね」

 

 こっそりと建物の陰を利用しながらダイが以前行ったことのある廃ビルを目指す。

 と、その時だった。曲がり角を曲がった瞬間、廃ビルの前に数人のPG警官と思しき制服姿の女性を発見した。

 

「ちょっと、君たち! 今は避難指示が出てるのよ! 早くロープウェイ乗り場に……あら?」

 

 警官の女性はダイたちの姿を見るなり近づいて避難させようとしたが、ダイがジャージの襟につけられているVGバッジを提示すると大人しくなった。

 アルバが一歩前に出て、同じようにバッジを見せて説明を始めた。

 

「僕たちVANGUARDです。避難誘導でPGが出払ってると聞いて、応援に来たんです。この先にバラル団が潜伏してるかもしれない廃ビルがあるらしくて」

「そうだったの、私は今避難出来てない人がいないか確認していたんだけれど、そういうことならあなた達に協力するわ。そこまで連れて行ってちょうだい」

 

 現地で味方が出来るのはありがたい、ダイたち四人は警官の女性を引き連れて廃ビルへと訪れた。前回も訪れた時とは違い、正面玄関は空いていた。

 警官の女性を先頭に建物へ突入しようとした時だった。ソラが前三人の上着の裾を引っ張った。

 

「どうした、ソラ?」

「一つ、聞いてもいい」

 

 そう言うとソラは振り返り、後ろの誰もいない空間目掛けて突然話しかけた。

 

「あなたはいつまでそうしてるの」

 

 ソラがピッ、となにもない空間を指さしていた。否、何も無くはなかった。そこにはW(ダブリュー)の文字にも似た赤い色のギザギザがふよふよと浮いていた。

 そのギザギザはソラに指さされると、まるで「ギクッ」といった風にビクリと跳ねた。加えてソラは振り返り、玄関の戸に手を掛けた警官の女性にも指を向けた。

 

「あと、さっきから音楽がさわさわして、心が楽しそう。それはどうして」

 

 追求の視線を向けるソラ。警官の女性はその問いには答えなかった。返答の代わりとして、背後から細長い何かがギザギザの上から襲いかかってくる。

 それからソラを庇うようにアルバが飛び出し、モンスターボールからエースを喚び出す。

 

「ルカリオ! 引きずり出せ!」

 

 現れたルカリオが地面を穿ち、その飛礫をギザギザ目掛けて撃ち出す。連続で飛礫の雨に曝されたギザギザは遂にその正体を現した。

 全身が顕になると、その正体をポケモン図鑑が認識する。

 

「"カクレオン"! まさか……」

 

 潜伏者の正体に気づいたアルバが振り向いた。すると先程までドアノブに手を掛けていた警官の女性はいなくなっており、代わりにそこには灰色の装束を纏った女性が立っていた。

 フーセンガムを膨らまし、パチンとそれを割る。舌舐めずりをするように唇の周りに纏わりつくガムを咥え直すその仕草は妖艶そのものであった。

 

「あーあ、バレちゃった。やぁハチマキくん、"ハルザイナの森"以来だね? 私のこと、覚えてる?」

「忘れるもんか!」

「そっかそっか、ちゃんと覚えててくれたか! やぁうれしーなぁ、私だけきっちり覚えてるってのも、なんかムカつくからさぁ~」

 

 音を立ててガムを噛むその女性はアルバを知っているようだった。アルバもまた、彼女を忘れるわけがないと牙を剥いた。

 

「知ってるヤツか……?」

「ダイと会う前、リザイナシティで戦ったヤツなんだ……! 名前は──」

 

 アルバがダイに彼女の名を言おうとした時だった。再びカクレオンが姿を消し、ルカリオを撹乱するとアルバ目掛けて襲いかかった。

 

「ダメダメ、マリーちゃんは自分で自己紹介する派なんだから。あ、言っちゃった。まぁいいか、バラル団のソマリちゃんでーす! よろしくね、オレンジ色の君! 呼び方は好きにしていいよ」

 

 まるで覇気が無い振る舞いだったが、それが返ってプレッシャーを生み出していた。仮にも四人相手にしながら、なぜああも楽観的でいられるのか。

 それにしても、と警官の女性改めバラル団の女性──ソマリはソラに視線を向ける。

 

「なぁんで分かったのかなぁ。参考までに教えてもらってもいい? 音楽とかなんとか言ってたけど」

 

 ソマリが笑顔で問いかけるが、ソラは歯牙に掛けない。すぐさま"マラカッチ"を呼び出し【ミサイルばり】でソマリに狙いを付けた。その場から飛び退き回避するソマリ、代わりに彼女が手をかけていたガラス張りの扉が粉々に砕かれた。

 

「まぁおっかない子。見た目は良いのに。もっと笑顔でお話しよーよ」

「興味ない」

「あっそ、そりゃあ残念」

 

 マラカッチの攻撃を避けながら大仰なジェスチャーで肩を竦めてみせるソマリ。しかし次の瞬間、カクレオンとは別のポケモンを呼び出した。

 

「ハチマキくんは知ってるよね? 私の相棒」

「"メタモン"……!」

 

 奇しくもダイが連れているのと同じ種のポケモン、メタモンだった。場に出てくるなりメタモンはうねうねと身体を次々に変化させる。

 

「さぁ問題でーす! このメタモンは今から何に化けるでしょーか?」

 

 歯を見せて笑うソマリ。その時、直感でそれをさせてはいけないと悟ったダイがモンスターボールを投げる。

 

「ゾロア! 【バークアウト】!」

「うおっと、良い勘してるじゃん。正解は"ユンゲラー"でしたぁ、以前リザイナシティのメガネが使ってたのを覚えてたんだよね」

 

 ユンゲラーに化けるメタモン、それはダイにとってデジャヴを呼び出した。以前、自分も全く同じ手を使ったことがあるからだ。

 まだ姿が変わりきっていないメタモン目掛け、ゾロアが咆哮をぶつけた。ゾワゾワとメタモンの身体が震え、後退する。

 

「じゃあ続いての問題です、ジャジャン! このユンゲラーに化けたメタモンは一体どんな技を使うでしょーか?」

 

 ソマリの言葉通り、メタモンは手のひらにサイコパワーを練り上げる。どんな攻撃が来ても大丈夫なように、全員がそれに備えた。

 

「ブッブー、時間切れ~!」

 

 顔だけで見ればキマワリのように屈託の無い笑みのまま、腕を交差させて☓を作るソマリ。

 

 

「じゃあ答え合わせの時間だよ」

 

 

 その声音は今までの陽気さからは考えられないほど低く、メタモンのサイコパワーと共に放たれた。

 目を眩ませるほどの閃光の後、ダイは周囲を見渡す。

 

 

 ────()()()()()()()

 

 アルバも、リエンも、ソラも、ソマリさえもいなくなっていた。ゴーストタウンのレニアシティにぽつんと一人取り残されたのだ。

 まるで世界に自分一人しか人間がいなくなってしまったかのような、不安と虚無感が押し寄せる。

 

「っ、アルバ! リエン! ソラ! どこだ!?」

 

『心配しなくても大丈夫だよ、メタモンの【テレポート】で一人ずつこの街のどこかに飛ばしただけだから~』

 

 ダイが叫んだ直後、どこからかソマリの声が響いてくる。ダイが周囲を見渡しているのを確認できるところにいるのか、ソマリの高笑いがビルの街に反響する。

 

『ハハハハハ! お友達はねぇ、私含め三人の班長が一人ずつ相手して徹底的に潰していくんでぇ、それを止めたかったら必死に探し回るのもいいと思うよ!』

 

 反響する下卑た笑い声にダイが歯噛みする。ライブキャスターで全員にコールを掛けるも、当然のように繋がらない。ダイは手持ちのポケモンの中で一番鼻の利くゾロアを肩に乗せ走り出した。

 三人が【テレポート】で飛ばされたのは屋外なのか、それとも屋内なのか。それさえも分からない。

 

『──出来るもんならね』

 

 その不穏な言葉を最後に、ぶつりと音を立てて不快な音は聞こえなくなった。どうやらソマリの方でマイクかなにかを切断したらしい。

 ダイは一度来たことがあるという経験を活かし、レニアシティの地図を頭の中に浮上させる。山頂に拓かれた街、それほど広くはないこの街でバトルをするのに向いている場所といえば数少ない。

 

「まずは、レニアシティジムに……」

 

 行こう、そう言ってゾロアと走り出そうとした時だった。やけに空が明るい気がした、というのも見下ろす影が()()()()()のだ。

 

「【りゅうせいぐん】」

 

 振り返り、空を仰ぐとそこには無数の星が極大の光を放ちながら、徐々に落下を始めていた。ゆっくりに見えたそれは近づくほど速度を上げていき、

 

 

「────ッ、やばい!!」

 

 

 やがて、隕石のように降り注ぎダイの隣に立つビルを次々に破壊していく。一発の星がビルに当たる度、凄まじい衝撃がダイの身体を襲う。

 まるで風に吹かれたちり紙か何かのように空中に投げ出されるダイの身体。ぐるぐると回る視界の中でダイが目にしたのは、翼竜の背に乗った男。

 

 星を数えるように、その男は言った。

 

「──喜べ、これは栄えある名誉である」

 

 だが星を数えるには些か、声音が冷たすぎた。男は地面に転がるダイを睥睨し、さらに言った。

 

「バラル団の仇敵と認め、私──バラル団幹部の席を預かるこのグライド手ずから引導を渡してやる」

 

 吹き荒れる爆風の中、金髪の髪を揺らし、灰色に濁った瞳にダイを捉えながら男──バラル団のグライドは言い切った。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 メタモンが放ったサイコパワーの眩しさに目を瞑り、目を開けた次の瞬間にはアルバの目の前に広がる景色は全く違うものだった。

 昼間だと言うのに薄暗い空間、足場は岩場のように露出しておりそこだけ屋外のような雰囲気を醸し出している。

 

「レニアシティの、ポケモンジム!」

 

「大正解」

 

 突如闇の中から響く声、アルバが周囲を警戒するとスポットライトが二十メートル先の空間を照らしあげる。そこにはまたしてもバラル団の班長服を身に纏った女性が立っていた。

 フードを捲りあげたそのバラル団員の女班長はニッと笑うと自身の対角線上向けて指を指し、アルバを促した。

 

「さぁ、立ちなよ挑戦者(チャレンジャー)。なんてね」

「悪党がジムリーダーの真似事か!」

「好きでしょう、ポケモンバトル。そういう匂いがプンプンしてるよ」

 

 アルバはドアノブを捻るが、どういうわけか内側からも扉が開かない。ここを脱出するには、このバトルを制するしか無いと直感で悟った。

 チャレンジャーサークルに入り、バラル団の女班長と対峙する。姿勢を低く維持し、ルカリオとブースターを喚び出す。

 

「オーケー"ダブルバトル"だね、受けて立つよ。アタシの名前はハートン。よろしく、ハチマキの君」

 

 バラル団の女班長──ハートンはアルバに合わせて二つ持ったモンスターボールをリリースする。

 一匹は二頭の頭を持つくびながポケモンの"キリンリキ"、そしてもう一方はアルバの見たことの無いポケモンだった。素早くポケモン図鑑を取り出し、そのポケモンを読み取る。

 

 四足歩行、鶏冠のようにも見える独特の鬣が鮮やかな色を放つ四足歩行のポケモン。その名は、

 

「──"シルヴァディ"! 不思議な特性で、タイプが変わるポケモン!」

「初見でそれを見抜かれるとは少々厄介だね! でも、今のタイプが分かるかな! 【いわなだれ】!」

 

 先に動いたのはハートンだった。シルヴァディが咆哮するとジムの足場が何かで切り抜かれたように浮かび上がり、粉々に砕けて飛散する。さらにキリンリキが【サイコキネシス】で瓦礫を思いのままに操り、ブースターを狙い撃つように放つ。しかしブースターはひとまず【でんこうせっか】で回避に専念し、避けきれないような瓦礫はルカリオが対処する。

 

「いわタイプの技……! それなら【ラスターカノン】だ!」

 

 素早くルカリオが動く。ジグザグの軌道でキリンリキが操る瓦礫を回避し、シルヴァディの懐へと飛び込んだ。そのまま鈍色のエネルギーを拳に纏わせ、発勁と共に繰り出した。

 鋼鉄の波動が照射され、シルヴァディを襲う。しかしシルヴァディの身体を貫通してなお、ダメージを負った様子はない。効果は今ひとつのようであった。

 

「続けて【ほのおのキバ】!」

 

 ルカリオの背後を着いて走っていたブースターがルカリオと入れ替わるようにシルヴァディに食らいつく。燃え盛る牙がシルヴァディの肉体を焼く、がこれすらも効果が今ひとつの様子。

 

「はがねタイプとほのおタイプの技が効かないなら、そのタイプは一つ!」

「賢いね! まずは【ラスターカノン】でおおよそのタイプに見切りをつけたってところか! 【マルチアタック】!」

 

 シルヴァディが淡い水色の光を帯びてブースター目掛けて突進する。攻撃直後ということもあり、回避出来ずに直撃する。今までのアルバ側の攻撃とは打って変わり、その攻撃はブースターにとって効果抜群だった。

 これで確信する。今のシルヴァディのタイプはみずタイプである、と。思えば、先に手持ちを見せたのはアルバだ、後から"ウォーターメモリ"を持たせてブースター対策を取ることも十分可能だ。

 

「畳み掛けな、キリンリキ【しねんのずつき】!」

「反撃だ、【ニトロチャージ】!」

 

 サポートに徹していたキリンリキをも前衛に出させるハートン。キリンリキはサイコパワーを頭と尻尾、即ち両方の頭に纏わせてブースター目掛けて突っ込む。

 一方、ブースターも自身で吐いた炎を纏いながら【でんこうせっか】と見紛う速度でキリンリキへと体当りする。キリンリキが衝突のダメージを回転することで受け流し、尻尾の先の頭を再び叩きつけることで二度ブースターを攻撃する。

 

 が、

 

「そっちは通さない! 【バレットパンチ】!」

 

 素早く間に割って入ったルカリオが尻尾での頭突きを防御、そのまま背中を向けているキリンリキ目掛けて神速の乱打を行う。

 当然防御などする暇も無く、キリンリキに攻撃が全てヒットする。

 

「そのままもう一度【ほのおのキバ】だ!」

 

 ルカリオが作った絶好のチャンスを逃すまいとブースターがキリンリキの尻尾に噛み付いた。そのまま炎を噴き、キリンリキを攻撃する。

 キリンリキはエスパータイプ、即ち防御値が平均を下回っていることをアルバはトレーナー向け通信講座と、カイドウとの戦いを経て知っている。

 

 二匹による攻撃が終了し、ルカリオとブースターは一度距離を取った。キリンリキは顔を顰めながら膝を突いていた。

 と、その時だった。今まで対峙してきたバラル団の中では比較的明るく、快活に思えていたハートンの表情が一変していたのだ。

 

 

「──"やけど"程度でヘバッてんじゃねえよ! 立て!」

 

 

 怒号とも呼べる叱咤、もはや叱責の域に達したそれを耳にして、アルバは驚愕した。しかしそれを受けてキリンリキは立ち上がったのだ。

 

「シルヴァディ! 【マルチアタック】!」

「ルカリオ! 前に出て、ブースターを護るんだ!」

 

 再度エネルギーを纏った突進を放ってくるシルヴァディ、アルバの指示通りブースターを護るため前に出て腕を交差させるルカリオ。

 次の瞬間、ハートンは獰猛に牙を剥いて笑んだ。

 

「──それを待っていたッ!」

 

「なっ!?」

 

 瞬間、シルヴァディの鬣と目の色が変わる。今まで群青色だったそれが、まさにレニアシティジムの足場と同じ土色に変わったのだ。

 当然【マルチアタック】でシルヴァディが纏うオーラの色も変わる。それはルカリオが防御するにはあまりにも強烈過ぎた。

 

「じめんタイプの【マルチアタック】! でも、なんで!」

 

 言ってから気づく。視界端で再度サポートに徹していたキリンリキが口に何かを咥えている。それが先程までシルヴァディが持っていた"ウォーターメモリ"だということに。

 今まで何度も目にしてきた技【トリック】で、キリンリキは予め持っていた"グラウンドメモリ"をシルヴァディのものとすり替えたのだ。

 

 しかも、じめんタイプは現状アルバの手持ち全てに有効打を与えることが出来るタイプだ。

 

 みずタイプになることでルカリオのはがねタイプ、ブースターのほのおタイプによる攻撃のダメージを最小限に抑え、攻撃時に再びメモリを入れ替えることでじめんタイプになり、一気に攻め立てる。

 さらに攻守のたびに【トリック】でメモリを入れ替えられてしまったら、アルバはいつまで立っても有効打を与えられないことになる。

 

「強い……!」

 

「ダブルバトルを選んだのが運の尽きだったねェ! シングルなら、まだマトモにやれただろうさ!」

 

「まだ、まだわからないよ!」

 

 拳を握り締めて、アルバがハートンを睨みつける。その瞳の闘志はまだ燃え尽きていなかった。

 このサイクルを崩す手段が確実に存在する。そしてそれは目の前にある、それを見落とさなければまだ負けていない。

 

 アルバは極めて集中して状況を見極めた。最善の手を見つけ、その道を進むことで勝機を手繰り寄せる。

 

「ルカリオ! 【バレットパンチ】!」

「性懲りもなく! シルヴァディ、受け止めな!」

 

 再びキリンリキが【トリック】でシルヴァディのメモリを入れ替える。鬣の色が再び群青に染まった瞬間、ルカリオの鋼鉄の拳がシルヴァディのボディを直撃する。当然、ダメージは極小だ。

 

「もう一度!」

 

 ルカリオは下がらない。再度シルヴァディ目掛けて神速の乱打を繰り出す。しかし何度やっても、ダメージは蓄積されるが大したことはない。

 ハートンが露骨に不快感を顕にする。彼女の精神性が垣間見えた瞬間だった。

 

「ヤケになって勝負を投げたか、思ったよりもつまんねぇヤツだったな……これならオレンジ色の方がまだマシだったか?」

 

 アルバは応えない。ただひたすらに【バレットパンチ】でシルヴァディを攻撃させている。しかし相手の出方を封じるほどの速度で攻撃を続けていれば、いずれスタミナが切れ動きが鈍重になりだす。

 

「まずはそのルカリオから潰してやる! キリンリキ!」

 

 来た、アルバは全神経を集中させた。ハートンの指示通り、キリンリキが再度サイコパワーで咥えているメモリをシルヴァディに受け渡した、この瞬間。

 

「今だ! ブースター! 【フレアドライブ】!」

 

 キリンリキが動作を終了したこの隙を利用して、ブースターが極大の炎を纏って突進を繰り出す。その小さな足が地を蹴るたびに速度を増していき、キリンリキに接敵する瞬間などはもはや弾頭のそれに匹敵する勢いだった。凄まじい爆音を鳴らしながらキリンリキを吹き飛ばすブースター。自分もダメージは受けるが、キリンリキはそのまま昏倒し戦闘不能になる。

 

「攻めてくる瞬間! シルヴァディがじめんタイプになるとき、キリンリキは【トリック】に意識を集中させる。そこに特大の一撃を喰らわせるのが僕の狙い!」

「だが、シルヴァディをじめんタイプにしたのは間違いだったね! みずタイプなら少なくとも攻めあぐねるだけでルカリオが弱点攻撃を食らうことはなかった」

 

 ハートンの言うことは尤もだ。ルカリオとブースター、どちらに対しても有利を取れるじめんタイプであるシルヴァディを残してしまった。が、それもまたアルバの狙い通りだった。

 アルバは弱点攻撃を食らうリスクよりも、攻めあぐねてジリ貧になる方がハイリスクだと判断したのだ。

 

 故に、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「行こう、みんなが待ってる」

 

 コクリ、ルカリオが頷いた。ブースターは今、ルカリオに時間が必要であることを察しシルヴァディを牽制する。

 アルバの左手の甲、キーストーンが眩い光を放った。それがルカリオの持つメガストーンに伝播し、二人の間に虹色のパスが生まれる。

 

 

立ち上がれ(スタンドアップ)、ルカリオ!! メガシンカ!」

 

 

 キーストーンを強く叩き、握り締めた拳を天高く突き上げた。ルカリオが凄まじい突風の中、光の繭に包まれる。

 そして突風ごと繭を散らし、中からメガルカリオの姿を以て再誕する。光が止んだ瞬間、ハートンは自らの頬を伝う汗を無視できなかった。

 

「──懐に!」

「──飛び込ませるか! シルヴァディ!」

 

 シルヴァディが地を蹴った。繰り出される土色のオーラを纏った突進が道を塞ぐブースターを薙ぎ払い、そのままルカリオを襲う。

 

 

「【マルチアタック】!」

 

「【インファイト】だァァァァ──ーッ!!」

 

 

 頭部に力を込め、渾身の頭突きを放とうとするシルヴァディ。インパクトの瞬間、最も大きなダメージを与えるためグッと足に力を込めた。

 だが踏み込んだ瞬間、懐に飛び込んだルカリオが同じく渾身の一撃をシルヴァディの胴体へ叩き込む。地面を踏みしめる、そのたった一瞬でリズムを崩されたシルヴァディはレニアシティジムの足場を抉りながらハートンの足元まで吹き飛ばされた。

 

「一撃、だとッ……!? いや、違う!」

 

 ハートンが疑ったのは最初にシルヴァディが跳ね飛ばしたブースターだ。幾度となく弱点タイプの【マルチアタック】を喰らってしまい、既に満身創痍だったがそれこそがブースターが自ら下した判断。

 

「【てだすけ】で、ルカリオの一撃を確実なものにした、のか……!」

 

 どの攻撃にも、一番効率的にダメージを与えるためのリズムがある。突進なら接触の瞬間に強く地を踏みしめるタイミングが必ず存在する。そのリズムをブースターは自らを防壁とすることで崩し、さらに【てだすけ】でルカリオの【インファイト】をさらに強化したのだ。

 

「これで2対0、僕の勝ちだ! ここを通してもらうよ!」

 

 大きくアルバが咆える。ハートンは戦闘不能になった二匹をボールに戻し、ジッとアルバの目を見据える。

 

「確かに、()()ダブルバトルはアンタが勝った。でも次はそうはいかないよ!」

 

 そう言うとハートンはさらに二つのモンスターボールを投げた。飛び出してくるなり、ジムの中に不可思議な砂塵が舞い散る。

 防塵ゴーグルを持たないアルバが目を開けていられないほどの勢いで吹き荒れる砂嵐に思わず顔を顰めた。

 

「なにを!」

 

「ふふ、アタシはアンタが指定したダブルバトルのルールに則っただけで()()()()()()()()()()()()()()なんて一言も言ってないよ。さぁ、"バンギラス"! "ベトベトン"!」

 

 そう、ハートンの手持ちポケモンは六体、つまりフルメンバーである。対するアルバの手持ちポケモンは今フィールドに出ている二匹のみ。

 使うポケモンに制限などないこの戦い、アルバは最初から不利を強いられていたのだ。

 

 

「卑怯とでも、なんとでも言うがいいよ、アタシたちは悪党だからさぁ」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 ダイがグライド、アルバがハートンと戦闘を始めたのと同じ頃、リエンはレニアシティの数少ない遊興施設に移動させられていた。

 見れば周りはコースに沿った水が張られている、市民プールのエリアだった。リエンは即座にモンスターボールからヌマクローを呼び出した。なんにせ、このエリアは水が多い、自分にとって有利に戦える場所だ。

 

 ビビビっとヌマクローのヒレが動く。振動を感知したのだ、そしてそれはリエンの背後。流れるプールの中からであった。

 次の瞬間、ざざんと音を立ててリエンの背後の水が噴き上がった。否、その中にいたポケモンが自ら飛び出た音だったのだ。それは紅のきょうあくポケモン"ギャラドス"。

 

 ギャラドスは身体を振り回し、弧を描いた尻尾でリエンごとヌマクローを薙ぎ払おうとした。

 

「【カウンター】!」

 

 が、事前に頭のヒレ(レーダー)でどこから襲い来るのかわかっていたリエンとヌマクローがその尻尾攻撃を受け止め、逆に投げ飛ばしてしまう。

 プールサイドの上をのたくるう大蛇のようにギャラドスが暴れまわり、やがて体勢を立て直す。

 

 その頭の上にいたのは、小柄な少女。ギャラドスと一緒にプールに隠れていたせいでそのフードも前髪もぼたぼたと水滴を零していた。

 

「──お姉さん、久しぶり」

 

 薄っすらと笑いを浮かべるその口元にリエンは見覚えがあった。そもそも、あの赤いギャラドスを見るのもこれで三度目になる。そしてその上の少女とは四度目の邂逅を果たしてしまった。

 バラル団暗部班長のケイカだ。ラジエスシティでわずかに相見えたきり、およそ一ヶ月後の早い再会であった。

 

「服、濡れてるよ」

「心配してくれるの? お姉さん、優しいな」

 

 刹那、ギャラドスが【だいもんじ】を放つ。が、ヌマクローはそれを【マッドショット】で散らしてしまう。焼かれた泥が砂となり、プールサイドに撒かれる。

 

「心配じゃないよ。正しくは忠告、かな」

 

 静かにリエンが言い放った。雫を滴らせながら、ケイカが首を横に捻った。

 

「……へぇ?」

「風邪、引いちゃうかもしれないからね」

 

 異変はその直後に起きた。ビキビキと音を立てて、流れるプールが固形へと変わっていった。ケイカが周囲を見渡していると、フードの先端から溢れた水滴が空中で氷になって地面へぽとりと落下し、地熱でジワリと溶け出した。

 

 見れば、リエンの足元にはグレイシアがいた。全身から冷気を迸らせ、このプール全域を凍らせてしまったのだ。

 寒さにケイカが震え上がりながら、歯を見せてキシシと不気味に笑った。

 

「──じゃあ、アタシがやっちまってもいいんだな! ケイカ!」

 

 瞬間、凍りかけていたフードを捲りあげ前髪をかきあげたケイカ。彼女の中でマインドセットが完了し、獰猛な方の人格のケイカが顔を見せる。

 しかしリエンはそれを知っている。さらに一度敗北を喫した相手、ただあの時はまだ旅立ったばかり。戦い方のいろはも知らないような状態だった。

 

 今は違う、プルリル(ミズ)、ヌマクロー、グレイシアの三匹がいる。イリスとの特訓で戦うための力を身につけた、カーディガンにつけられている金色のバッジがその証明になる。

 

 

「【だいもんじ】ィ!」

 

「【れいとうビーム】!」

 

 

 再び豪火を放つギャラドスに、グレイシアとミズが揃って凍結光線を撃ち出す。二つのエネルギーが衝突した瞬間、炎はかき消され氷は蒸気となって周囲へと拡がる。

 いける、今なら一対一でケイカと渡り合えると、リエンは確信した。

 

「マルチバトルが好みなのかい?」

「別にそういうわけじゃないけど」

「じゃあアタシも作法に則らねえとな! "サメハダー"!」

 

 モンスターボールから現れるサメハダー。これもクシェルシティでは苦労させられた記憶が蘇る。

 しかしリエンは物怖じしない、冷え冷えとした眼で冷静に状況を把握する。ポケモンたちもリエンの観察眼を信じている。

 

 

 ポケモン図鑑を託され、"見定める者"として認められた彼女のその眼を、だ。

 

 

「【アクアジェット】!」

 

「ヌマクロー、受け止めてから【どろばくだん】!」

 

 発射された水に乗り、サメハダーが素早くヌマクローへ迫る。リエンの指示通り、ヌマクローが両手でサメハダーの突進を受け止めた。ざらつく鮫肌で多少傷つくが、ヌマクローはその程度の怪我を気にしたりなどしない。そのままサメハダーの顔目掛けて【どろばくだん】を発射する。視界を覆うほどの泥を喰らい、後退するサメハダー。

 

「追撃だよ、【いわくだき】!」

 

 下がろうとするサメハダー目掛けてヌマクローがその腕を振り下ろした。繰り出された手刀は回避され、ヌマクローの手はプールサイドのアスファルトを砕く。

 

「ギャラドス! 【りゅうのまい】だ!」

「ならグレイシアは【こおりのつぶて】を、ミズは【あやしいかぜ】!」

 

 その場をジャンプしたヌマクローが凍らせた流れるプールの氷を砕き、氷の瓦礫を作り出す。それをグレイシアが研ぎ澄まし、鋭い氷の氷柱に仕立て上げるとミズの放つ【あやしいかぜ】に乗せて全弾発射する。

【りゅうのまい】で自身の能力を高めようとしていたギャラドスを【こおりのつぶて】と【あやしいかぜ】が集中的に狙う。

 

 全てが炸裂し、たまらず地に倒れ伏すギャラドス。戦えないことはないだろうが、リエンがポケモン図鑑でスキャンしたギャラドスの体力はゲージで見れば中域を下回った。

 

「行かせてくれると嬉しいんだけど」

 

「つれねえこと言うなよな、アタシはまだ────」

 

 ギャラドスを一度ボールに戻し、もう一つのモンスターボールを取り出すケイカ。ギャラドスでの大暴れを好む彼女がギャラドスを戻すのが意外で、リエンは眉をピクリと動かした。

 

「──遊びたりねぇ! "ミカルゲ"!」

 

 それは見たことのないポケモンだった。モンスターボールから出てきた石のようなものがゴトリ、と音を立ててプールサイドに降り立った。

 かと思えば、そこから吹き出る何かがそのままポケモンとして生を受けたかのようにリエンを睨みつけた。

 

「サメハダー! 撹乱しろ!」

 

 言われた通りにサメハダーが【アクアジェット】で誰彼構わず攻撃を行う。ヌマクローが対処しようとするが、そのときには既にグレイシアへと標的を変えその場を飛び去った。

 次にリエン、ミズ、ヌマクロー、グレイシアを取り囲むように高速で移動し後退を封じたサメハダー。リエンがなんとかサメハダーの動きを見極めようとしたその時だった。

 

 不意に身体が動かなくなった。それはどうやら他のポケモンたちも同じようで、表情に焦りが見えた。

 なんとかリエンが顔を正面に向けた時だ。目の前、それも手を伸ばせば届くほどの距離に、ケイカのミカルゲが迫っていた。

 

 ミカルゲの【かなしばり】だ、と悟った時にはもう遅かった。

 

「しまっ────」

 

「【さいみんじゅつ】」

 

 ミカルゲの身体を構成するオーラのようなものが渦を作り、リエンはそれを直視してしまった。抗おうにも、既に瞼は重く焦点も定まらなくなっていた。

 ふ、と足から力が抜け、リエンはまるでベッドに吸い込まれるようにアスファルトに倒れ込んでしまった。

 

 

「作戦、成功」

 

 

 眠ってしまったリエンの頬を指でなぞりながら、前髪を垂らしたケイカが薄気味悪く笑った。

 

 



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VSカクレオン 幸せな悪夢(ユメ)

 ダイ、アルバ、リエンと分断された後、ソラは真っ暗い空間にいた。窓の無い空間、ソラは爪先で地面を蹴ってみた。硬質のブーツの先が奏でる音の響きからそれなりに広い場所だと言うことが分かった。

 慌てずにライブキャスターのライトを起動し、周囲を照らす。すると目の前にタキシード姿の男が立っていて、ソラはそれをボーッと見上げた。

 

 別段、驚くことはない。なぜならそれは()()()()()()とこの空間を認識した瞬間に分かっていたから。

 紳士服の男はよく見ればマネキンで、その隣にはドレス姿のマネキンが並んでいた。他にも周囲を見渡せば、そこが所謂礼服売り場だと分かる。

 

「ひひ、ソ~ラちゃん、あーそびーましょ?」

「イヤ」

「やーんツレない~!」

 

 その時だ、ぼうっと奥の空間が照らし出され先程まで対峙していたバラル団の女班長──ソマリが立っていた。

 なぜ自分の名前を知っているのか、そういえばダイが叫んでいた気がする。なら知っていてもおかしくないか、閑話休題。

 

「【ミサイルばり】」

「あっぶね~! ソラちゃんってば見た目通りロックだねぇ?」

 

 ソラの手持ち"マラカッチ"が僅かに照らし出されているソマリ目掛けて【ミサイルばり】を数発撃ち出す。が、元より視界状況は最悪。停電でも起きているのか、そもそも電気系統を最初からショートさせているのか電気が点かない。だが悪視界は相手も同じこと、だがソラは先程からパレードのように騒いでいる()()()()()()()()を感じ取ることが出来る。

 

「マラカッチ、あっち」

「なぜバレたし!? やーん、守ってカクレオーン!」

 

 指先でソマリの回避先を示すソラ、マラカッチは頷き再度【ミサイルばり】を放つ。ソマリはたまらずカクレオンを呼び出し、迫る巨大な針の弾頭を弾き飛ばす。

 

「くっそーなんで私の場所がわかんのかな~」

「もう、パレードなんてレベルじゃない。ただの騒音、近所迷惑、聞くに堪えない、静かにして」

「なんのこっちゃ」

 

 ソラがジッとソマリの場所を睨みつける。マラカッチは相変わらず()()()()()()()()()()()()を狙って【ミサイルばり】を発射する。ソマリが避ければ避けるほど、周囲のマネキンたちが破壊されていく。

 服の影に隠れてもソラは必ずソマリを見つけ出し、マラカッチに攻撃させる。

 

「あーもー、ソラちゃんはロックどころじゃないよ! もうメタルだよメタル~!」

「私はそんなに煩くない」

「そりゃご尤もで……ってそうじゃなくてさぁ」

 

 追い詰められながらも、ソマリは軽口を崩さない。そろそろソラが的確に自分を狙ってくることを予見し、カクレオンがソマリに向く攻撃を全て防御出来るようになっていた。

 

「じゃあそろそろ! 【わるだくみ】かーらーの」

 

 カクレオンが歯を見せて意地悪く笑う。次の瞬間、口腔に炎を溜め込むカクレオン。暗闇の中でも透明になっていたカクレオンの身体がオレンジ色に変わる。

 

「【かえんほうしゃ】、いってみよー!」

 

 特性"へんげんじざい"によりほのおタイプへと変わったカクレオンが【かえんほうしゃ】で広範囲に渡り、マラカッチを攻撃する。

 炎攻撃が直撃し、マラカッチが手酷いダメージを受けてしまう。さらには火傷状態に陥ってしまい、さっそくピンチに追い込まれてしまうソラ。

 

 しかしソラはオレンジ色の炎に照らされながら、涼しい顔でモンスターボールをリリースする。

 

「"アシレーヌ"、【うたかたのアリア】」

 

 現れたのはソラの手持ちで二番目に付き合いの長いポケモン、アシレーヌだ。このアシレーヌが歌えば、それは全てみずタイプの技となる。そうでなくとも【うたかたのアリア】は元よりみずタイプの技。今、カクレオンはほのおタイプのポケモンであり、一気に大ダメージを与えることが出来る。

 

 さらに、それだけではない。アシレーヌの水の滴るような歌声を隣で浴びたマラカッチが途端に癒やされだした、マラカッチの特性"よびみず"である。

【うたかたのアリア】を受けることで、ダメージは受けずに特殊攻撃のステータスを上昇させる効果を持つ。

 

「うわー! 【くさむすび】! 【くさむすび】だよ!」

「遅い」

 

 慌ててソマリがカクレオンにくさタイプになるよう指示をするが、ソラの言う通りもう間に合わない。水気滴る歌声を浴びてカクレオンがずぶ濡れになる。

 戦闘不能こそ回避出来たものの、ソマリの攻め手は完全に潰されていた。残る二匹のポケモンもどちらかと言えば搦手を扱うタイプだ。今までの攻防でわかった通り、ソラにはそういった攻撃が一切通用しない。

 

「ぐぬぬ、意外と強情だなぁ……」

「バラル団と話すことなんてない、私は貴方達を絶対に許さない」

 

 勝負を投げたのか、あぐらをかいてその場に座るソマリ。バラル団班長服から覗く生足をチラつかせるがソラは女の子、色仕掛けなど通用しない。唇を尖らせるソマリに対し、ソラは冷え冷えとするような声で言い放った。

 

「へぇ……じゃあ()()()()ソラちゃんと私達って、それなりに因縁があるんだぁ?」

「話すことは無いって言った」

「聞いたよ、これは私の独り言だもーん」

 

 ソマリがちらりと含みのある視線でソラを見つめる。が、それすらもソラは受け流す。

 

「ところでさぁ、この部屋ちょっと寒くない? 陽の光が入って来ないからかなぁ?」

「それが、どうかしたの」

「いやぁ、私でも寒いからさぁ? ソラちゃんのそんな肩出しのエッチな服装で寒くないのかな~って心配してるのさ」

「余計なお世話」

「さいで」

 

 徐々に苛立ちを募らせるソラ、それを見てソマリは満足そうに笑む。笑顔だけなら屈託のない、ご機嫌なものなのだがこのソマリという女性が放つそれはご機嫌を通り越して不気味でさえある。

 

「もしかして~、ひょっとして~、ソラちゃんはどこか寒いところ出身だから寒さ慣れしてて、そんなエッチな格好でも平気なんだぁ?」

「……ッ」

「あ、今動揺したね? マリーちゃんそういうのに敏感だからさぁ、わかっちゃうんだ」

 

 もちろんエッチな格好って言葉に反応したわけじゃないよね、とソマリが追撃する。ソラは頬を伝う汗を認識した、明らかに自分は焦っている。

 何が寒いくらいだ、この部屋はもはやジメジメとした嫌な湿気に温められている。

 

「仮にソラちゃんが寒いところ出身だとしようか、それで私らバラル団に因縁があるって言ったらさぁ……君がネイヴュシティ出身なんて答えに簡単に繋がっちゃうんだなぁ」

「もう黙って」

「図星かなぁ? じゃあネイヴュシティ出身のソラちゃんは、どうしてバラル団を恨むのかな? 住むところを追われたから?」

「黙って、って言ってる」

 

 ソラが語気を強める。が、ソマリの饒舌は止まらない。口角が三日月状に持ち上がる、それは捕食者の唇だった。

 

「違うよねぇ、もっと違う理由が君にはある。それがなんなのか、教えてほしいなぁ」

「私が、教えるわけない」

「そっかぁ、じゃあ質問……じゃねーや独り言の内容を変えるね」

 

 またしてもニコリと笑ってソマリが言う。これ以上付き合うのは危険だ、とソラの本能(おんがく)がフォルテで訴えている。

 

「ソラちゃんおしゃれだよねぇ、そのパンキッシュな見た目もそうだけど特にワンポイントのヘッドフォンがさぁ」

 

 ソマリがソラの首元、モンスターボールのマークがあしらわれたヘッドフォンを指差す。指摘されたソラはヘッドフォンを腕で隠すようにしてソマリの視界から逃した。

 

「やっぱ音楽とか聞いちゃったりするんだよね、どんな音楽なのかな。やっぱりロックとか」

「知らない……!」

「うんうんそれでいいよ~、これはマリーちゃんの独り言だもん。ソラちゃんに答える義務はないよぉ」

 

 ニタニタと、ソマリの口元目元がこれ以上無いほどに歪む。ソラは自身の心が放つ警鐘の音を落ち着かせるのに精一杯で、もはやソラの心の音を聞く余裕がなくなっていた。

 

「でも人は見た目で判断出来ないからねぇ、意外と"クラシック"とか聴いちゃったりするんじゃないかな~」

「……っ、う」

「おほぉ、いい反応! ビンゴってところだね? わかるよ、わかるとも、わかっちゃうんだよぉ」

 

 もう駄目だ、ここから逃げ出せ、暴かれてしまう前に、悟られてしまう前に。

 ソラの心がガンガンと音を立てて、逃げろと急かす。しかし(ソマリ)はそんな逃げ腰のソラを搦め捕るように這い寄る。

 

「意外とねぇ、私物知りだからさ。ネイヴュシティ出身で、クラシック音楽に傾倒してるって条件を満たす人を知ってるんだよねぇ」

「もう、黙って……っ」

「"コングラツィア"っていうさぁ、ラフエル地方で音楽を嗜んでいるなら知らない人はいない音楽家系があってさぁ」

「やめて!」

 

 狼狽え、後退しマネキンに衝突するソラ。尻もちを突いてしまい、ソラが怯えた声を出す。攻守が逆転した、ソラの動揺を目にしマラカッチもアシレーヌもどうすればいいのか、決め倦ねていた。

 それでもソマリを近づけてはいけない。アシレーヌは【チャームボイス】を、マラカッチは【ミサイルばり】でソマリを狙う。

 

 しかしそれは当たらない。【チャームボイス】はカクレオンが受け流してしまう。

 

「そのコングラツィア家の一人娘が、ソラって名前だったと思うんだよねぇ?」

「知らない! 知らない!」

「ヒハハハハッ!! それは肯定だよォ! 知ってます、私です、って言ってるようなものだよソラちゃぁん!」

 

 ケタケタケタ、ソマリがおかしくてたまらないと腹を抱えて笑い出す。頭を抱えて、イヤイヤをするようにソラが暴れる。ソマリがゆっくりとソラに手をかける。

 この距離に近づけてしまっては、もうアシレーヌもマラカッチも迂闊に攻撃は出来ない。

 

 汗と涙、蒼白になったソラの顔にソマリが妖しい指を奔らせる。それは蛇の舌、ちろりと撫でられれば神経が硬直する、魔の毒。

 

「じゃあ、私らバラル団が起こした"雪解けの日"。その日に、ソラ・コングラツィアさんに何があったのかなぁ。もっと言うならソラ・コングラツィアさんの関係者に、何があったのかなぁ?」

「知らない……知らない……っ!」

「そっかぁ、知らないかぁ。じゃあ私、親切だから教えてあげるねェ?」

 

 蠱惑的な声音でソラの耳元でささやくソマリ。ソラの目にはもうソマリは人として映っていなかった。

 悪魔か、それに類する何か。自分の心を読み透かしてしまう、そんな何かだった。

 

「お父さんの"ハンク・コングラツィア"さんとお母さんの"チェルシー・コングラツィア"さんが死んじゃったんだよねぇ」

 

「────ひ」

 

「あぁ、死んじゃったんじゃなくて、殺されちゃったんだっけェ」

 

「────やだ」

 

 涙を流し首を振るソラ、懇願するように目を瞑りソマリの接触を拒否する。しかしソマリはソラの手首を掴み、耳元で再度囁いた。

 

 

 

 

「ねぇ、そうでしょう? ソラ・コングラツィアさん。あの日、君はだ~いじなパパとママを殺されちゃったんだよね?」

 

 

 

 

 崩れた、瓦解した。

 それはソラの涙腺だったのか、心の均衡だったのか、定かではない。あるいはどちらでもあったのかもしれない。

 

 ソラの目が涙を溢れさせる。とめどなく溢れて、ポタポタとカーペットに染みを作る。仕掛け時だ、ソマリは舌舐めずりをして、モンスターボールを取り出した。

 そこから現れたのは、先程までユンゲラーだったメタモン。ぐにゃりと姿を変え、このメタモンがかつて変わったことのある姿。

 

 奇しくもダイが連れているゲンガーが前身の、ゴーストの姿だった。裂けそうな口元は愉悦を表す歪み方をしていた。

 

 

 

「メタモン、【ナイトヘッド】だ。とびっきりのを見せてやってよ」

 

 

 

 ゴーストに化けたメタモンが呆然とするソラの視界に手を翳す。闇が彼女の視界を覆い、意識を侵食する。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 気がつくとソラはレニアシティの礼服売り場ではなく、薄暗い廊下にいた。

 知らない場所だったが、その寒さをソラは知っていた。故郷であるネイヴュシティが持つ、人を拒絶する寒さだった。

 ソマリが言った通り、ソラは肩を露出させた挑発的な格好をしている。途端に寒さに耐えられなくなり、少し大きいパンクジャケットをきちんと着込んだ。

 

 

「────ソラ」

 

 

 その声は、もう二度と聞こえないはずのものだった。ゆっくりと振り返る、ソラの目がゆっくりと見開かれる。

 振り返った先にいたのは、ドレス姿の女性。メイクもきっちりと済んだ、ステージに上る直前のチェルシー・コングラツィアそのものだった。

 

 

「────ソラ」

 

 

 さらに背後から声がする。もう一度振り返ると、ヴァイオリンを持った美丈夫が立っている。

 整髪料で整えられた髪、首元で丁寧に締められたタイ。こちらもまた、ステージに上る直前のハンク・コングラツィアだった。

 

 そう、ソラの目の前に父と母がいたのだ。

 

「パパ、ママ……どうして、死んじゃったのに」

 

 ソラが呆然と呟いた。まだ喉は震えて、音を発してくれる。

 その疑問にチェルシーはニッコリと微笑んだ。陽だまりのような暖かい笑みで、見ているだけでソラは安心できる────

 

 

「えぇ、()()()()()()()んですものね」

 

 

 できる、はずだった。見えないなにかに首を締められたように、「ひゅ」と吐息が漏れる。

 まるで呼吸の仕方を忘れたかのように、息が出来ない。ソラが狼狽え、チェルシーの形をした何かから遠ざかる。

 

 

「あの日、ソラが()()()()()を言わなければ、私たちは死ななくて済んだのに」

 

 

 背後からハンクが言った。振り向くと、ハンクもまた笑みを浮かべている。笑みだけは本物だ、見間違えるはずがない。

 しかし発せられる言葉は糾弾のそれ。ソラの記憶の中で一番忌まわしいものがフラッシュバックする。

 

「違う、違うの……そんな、つもりじゃなくて……わ、わたしはただ……」

 

 言い訳をしたかった、ソラが震える声で言う。徐々に声が掠れて、思わずソラは咳き込んだ。

 再びチェルシーの方へ振り向く。母はもう笑っていなかった、無表情でソラを見つめている。

 

 

「いいえ、あなたが私達を殺したのよ」

 

 

 白魚のような指がソラを指差す。ソラはチェルシーから逃げようとした、だが背後にはハンクがいる。

 二人の糾弾は、ソラを逃がさないとばかりにソラを狭い廊下で挟み込んでいる。

 

「違う、わたしじゃない……! わた、しのせいじ……あ、あ────」

 

 その言葉を最後にソラの喉からは空気の音しか出なくなった。震える手で喉に触れる、咳払いをする、しかし声は出てこない。

 ぶわ、と全身の汗腺が開いたかと思うほど冷や汗が止まらなくなる。彼女の中の忌まわしい記憶、その一番手と二番手が容赦なくソラを追い詰める。

 

 

 廊下の電気が消える。真っ暗闇の中で、ソラはもう泣くことしか出来なかった。

 

 

「あなたが殺したのよ」

「ソラのせいだよ」

 

 

 パッと、灯りがつく。目の前にチェルシーとハンクが立っていた。しかし姿はまるで違っていた。

 チェルシーのドレスは見るも無残なほどボロボロに破れ、ハンクのタキシードも同様だった。そして何より二人の身体が血染めになり、肌は生気を失くしていた。

 

 死人となった姿でチェルシーとハンクがソラを責める。壁に追い詰められたソラがへたりこんだ。

 その時、手の中になにかの感触を得た。縋るようにそれを手に取った。

 

 

 ナイフだった。ほんのちいさな、果物ナイフ。

 その刃、柄、それを持つ手、腕がチェルシーとハンクの血でみるみる内に汚れていく。

 

 

「──っ! ──っ!!」

 

 

 ソラが何かを叫ぶ、呼気しか漏れない。

 

 両脇からチェルシーとハンクがゆっくり迫ってくる。自分を糾弾しにくる、ソラに出来るのは赦しを乞うことと言い訳くらいだった。

 

 

「あなたが──」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「────いやああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 

 幻覚を見せられたソラが声の限りで叫んだ。身体を丸めて抱え込み、耳を塞いで目を瞑りながらの慟哭が真っ暗闇の礼服売り場へと響き渡る。

 

「おほぉ~! やはり美少女の悲鳴は良いものですなぁ……!」

 

 暴れるソラを睥睨しながらソマリがこれ以上無いほどに愉悦を含んだ笑みを浮かべる。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……っ!」

 

「あ~あ~! 可愛い~! どんな悪夢(ゆめ)見たんだろう~、知りたいな~……あ、そうだ」

 

 ソマリは傍らに浮かぶゴーストの姿をしたメタモンに提案をする。次の瞬間、メタモンの姿はゆめうつつポケモン"ムシャーナ"へと変わった。

 メタモンはそのまま暴れるソラの頭に組みつくと、ソラの頭の中の夢を食べだした。

 

 メタモンが食べたソラの"夢"がメタモンを取り囲む煙にスクリーンのように投影される。それを見たソマリは舌舐めずりをして身震いした。

 

「さいっこうじゃん……まだ遊べそうじゃんね、この子! うっひひ、ひひひひ、ヒハハハハハハッ!!」

 

 元に戻ったメタモンとソマリが顔を見合わせ、やがて堪えきれないとばかりにけたたましい笑い声を上げ始めた。

 悲鳴と笑い声が入り混じり、デパートは地獄の顔を覗かせていた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 一方その頃、外に取り残されたダイはランニングシューズをフル活用して逃げ回っていた。メインストリート全体を襲う【りゅうせいぐん】からなんとか逃げるも、このままでは確実に体力が尽きてしまう。

 逃げの一手だけ取ってはいられない。そんなことはダイも分かっている。だが、逃げざるを得なかった。

 

 恐怖だ。今、追いかけてきているバラル団の幹部を自称するグライドに対しダイは明確に恐怖を抱いていた。

 

 戦ったらまずい。

 

 一人では絶対に勝ち目がない。

 

 逃げなくては。

 

 その思いだけで、ただひたすらに逃げ回っていた。だがダイが逃げれば逃げるほど、【りゅうせいぐん】はレニアシティを壊滅させていく。

 

「流石に鬱陶しいな、こうも逃げ続けられるというのは」

 

 グライドが言った。飛行する翼竜──ボーマンダの背から一度降り、曲がり角に身を潜めたダイに向かって言い放つ。

 肩を喘がせながらダイが角から様子を伺い見る。次の瞬間、ボーマンダが放つ【だいもんじ】が曲がり角を豪火で焼き尽くす。後もう少し身体を引っ込めるのが遅ければ丸焼きになっていたところだ。

 

「どうする、考えろ……正攻法じゃまず勝てないって、本能がそう言ってる」

 

 持ってる道具、場、手持ちのポケモンと相手の相性、それら全てを鑑みダイは頭をフル回転させる。

 

「なら、本来の戦い方で行くしかない……!」

 

 並べたモンスターボールの中から仲間たちが頷いた。覚悟は十分、後は前に出るだけだ。

 ダイは深呼吸を済ませ、曲がり角から一気に飛び出す。ボーマンダは飛び出してきたダイ目掛けて再度【だいもんじ】を放つ。

 

「ウォーグル!」

 

 予めボールから出しておいた大鷲が曲がり角から遅れて現れ、ダイの肩を掴んでそのまま上昇。なんとか【だいもんじ】を回避するとウォーグルがダイを投げ飛ばすようにしてボーマンダに急接近させる。

 

「まさか特攻とは」

 

「そいつはどうかな……!」

 

 ボーマンダが口に炎を溜め込み、それを発射しようとする。ダイはその隙を見逃さず、ボーマンダの口目掛けてモンスターボールを投擲する。ボーマンダが炎を吐こうとした瞬間、その口にモンスターボールが収まり開閉スイッチが押され、中からポケモンが飛び出してくる。

 

「ゼラオラ! ゼロ距離で【10まんボルト】!」

 

 ボーマンダの口から現れた迅雷は、離脱しざまに練り上げた電撃を放出しボーマンダを急襲する。さすがにボーマンダもでんきタイプの攻撃は堪えるのか、攻撃が中断される。

 

「ほう、そのゼラオラ。イズロードから譲り受けたポケモンだな」

 

 グライドが無表情で呟いた。以前見た時よりもゼラオラの態度が柔らかくなっているのを見て、グライドは唸る。

 ほれ見たことか、こうしてゼラオラは以前よりもトレーナーを信頼し脅威として立ちはだかっているではないか、とグライドは頭の中でイズロードを責めた。

 

「【りゅうのいぶき】、蹴散らせ」

「【ボルトチェンジ】!」

 

 ボーマンダが噴き出したのは炎ではなく、細長い龍の姿をしたエネルギーの塊だった。それが意思を持ってゼラオラに襲いかかるが、ゼラオラはそれに対し雷撃を二度行いボールごとダイの元へと戻ってくる。

 ゼラオラを引っ込めるのと同時、ダイはモンスターボールを二つ投擲する。

 

「ゲンガー! ゾロア!」

 

 飛び出してきた二匹、ゾロアはゲンガーに化け揃って【シャドーボール】を撃ち出す。二つの内、一つは本物のゲンガーが放った強力な【シャドーボール】である。それに対しグライドが取った選択は、

 

 

「"グソクムシャ"、"ジュナイパー"、撃ち落とせ」

 

 

 ボーマンダを控えさせ、新たに呼び出したポケモンが的確にゲンガーとゾロアの【シャドーボール】を弾き飛ばす。

 ダイは歯噛みする。なぜなら、出てきた二匹はどちらもゲンガーとゾロアに対し有利なタイプを持っているからだ。特に"グソクムシャ"が出てきたとなれば次の技は決まっている。

 

「【であいがしら】!」

 

 天運はグライドの味方をした。グソクムシャが飛びかかった方のゲンガーはゾロアが化けた偽物だ。グソクムシャがその硬質な甲殻に生えた二つのツメでゾロアへと斬りかかる。

 だが自分に攻撃が向かってきているとわかっているのなら、ゾロアも対処することは出来る。ゾロアはイリュージョンを解除し、グソクムシャの攻撃を正面から受け止めた。

 

 そのまま突進の勢いを利用して【イカサマ】をする。グソクムシャは勢い余って地面に叩きつけられるが、やはり全身の甲殻は堅牢で転んだ程度では大したダメージにはならない。

 ゾロアとグソクムシャが睨み合う最中、ゲンガーはジュナイパーと対峙していた。お互いに【シャドーボール】を撃ち合っては避け、周囲を破壊していく。

 

「ゲンガー! タイミング合わせていくぞ!」

「ジュナイパー、仕掛けてくるぞ」

 

 刹那、両者が同時に飛び出す。ゲンガーは両手で練り上げた【シャドーボール】を腰溜めに構え、

 

 

「────【シャドーパンチ】!」

 

「────【シャドークロー】」

 

 

 ゲンガーが練り上げた闇色の魔球はブラフだった。即座にゴーストの時から持っている浮遊している腕を呼び出し、それをジュナイパーの死角からフックパンチを放つ。

 しかしジュナイパーもそれを読んでいたのか、左右から襲い来る拳を翼の振りによって生まれた闇色の軌跡で弾き飛ばす。

 

「イリュージョンが解けてる今、無理は出来ねえ! ゾロア、下がれ!」

 

 ダイがそう言ってモンスターボールを掲げた。ゾロアが頷き、ダイの方へ戻ろうとした時だった。ゾロアは前のめりになって、そのまま地面に突っ伏してしまった。

 ゾロアの両足が地面に縫い付けられたように動けなくなっていたのだ、それを見てダイはようやく異変に気づいた。

 

 ゾロアの足元、一本の木葉矢が突き刺さっていた。それは地面に()()()()()を縫い付けていた。ダイがポケモン図鑑でその木葉矢を分析した。

 

「しまった、【かげぬい】が!」

 

 ジュナイパーがゲンガーと【シャドーボール】を撃ち合ってる間、密かにゾロアの影を木葉矢で撃ち抜いていたのだ。

 むしろ、それを隠すためにわざと【シャドーボール】を乱打させていたのだと思い知る。

 

「その特性は厄介だ、先に始末させてもらう。【アクアジェット】、【とんぼがえり】!」

 

 そこからはまるで電撃のようだった。グソクムシャが水に乗り、動けないゾロアの背中に体当たりを行う。そしてその間隙を縫うようにジュナイパーも滑空し体当たり、反転しグライドの持つボールの中へと戻っていく。二匹の猛攻に曝され、ゾロアは地に倒れ伏す。

 

 歯噛みしながらダイがゾロアをボールに戻す。幸い、ゲンガーはゴーストタイプで【かげぬい】の効果を受けないがそれも影響を受けないと言うだけであって、正面から掛かってこられては元の子もない。

 

「グソクムシャは"むし・みずタイプ"のポケモン、ならこのままウォーグルで────」

 

 ダイがポケモン図鑑と相談するようにグライドの対策を立てている時だった。

 

 

「レディースエーンジェントルメーン!! あ、レディースはいないのか。まぁいいや」

 

 

 グライドとダイの両者を睥睨する位置にあるビルの屋上から聞き覚えのある声が響く。ダイがそちらに目を向けると、そこにソマリが立っていた。その両脇にはバラル団の女班長と、見知ったケイカが立っているのが見えた。

 

「おっすおっす、オレンジ色くんさっきぶりだね~!」

 

「お前ら……おい、みんなをどこへやった! 答えやがれ!!」

 

 煽るソマリにダイが叫んだ。それを受けてソマリがニッと歯を見せて笑った次の瞬間、ケイカとその隣のハートンがずい、と何かを持ち上げる所作をした。

 二人が持ち上げたものを見て、ダイは絶句した。

 

 ハートンが掲げているのはアルバだった。全身ボロボロの泥まみれで、意識を失っているようだ。

 

 その隣でケイカが掴んでいたのはリエンだった。彼女は傷こそ見受けられなかったが、アルバと同じように意識を失った状態でケイカに拘束されている、危険に代わりはない。

 

 だがソマリは勿体ぶってそのまま話を進めようとした。だがダイはまだソラの姿を見ていない。

 

「ソラはどうした!」

 

「気になる? 気になっちゃう? 気になるよねぇ、男の子だもんねぇ?」

 

 からかうように笑うソマリ。犬歯を剥いて威嚇するダイを見下ろし満を持して、という風にソラを引きずってビルの縁に連れてきた。

 遠目、しかも逆光では詳しいことは分からない。だがソラの目は開かれており、意識はあるように見えた。だがその目は虚ろ、唇は何かを常に呟いているようにぱくぱくと動いており、目からは涙が流れ続けている。

 

「何を、した……?」

 

 ダイが呆然と呟く。常に無表情だったソラ、一緒に旅していても表情豊かとはとても言えなかったソラの変わり果てた姿を見て、ダイは狼狽えた。

 その反応を待ってました、とばかりにソマリが饒舌に説明を始めた。

 

「彼女にはねぇ、とっておきの悪夢(ゆめ)を見てもらったんだぁ」

「ゆめ……?」

 

 ゆっくりと、拳が握り締められる。ふつふつと心が茹でられているように、熱を帯びていくのを感じる。

 

「そう! 悪夢! ソラちゃんはねぇ、過去に大事な大事なお父さんとお母さんを殺されちゃったんだよぉ! 皆さんご存知"雪解けの日"にねェ!」

 

 それは初耳だった。当然だ、好き好んで人に話す内容ではない。

 

「だけどねぇ、寝言ですごい興味深いことを言ってたんだよ彼女、なんて言ったと思う?」

 

 ダイは応えない。ソマリは両手でバツを作り「ぶっぶー、時間切れ~」とおちゃらけてみせる。

 

「『パパとママを殺したのは私』って言ったんだよ、ソラちゃん! だからねぇ、【ナイトヘッド】でソラちゃん()パパとママをその手で延々と殺し続ける幻覚を見せてあげたんだ! みんなにも聴かせてあげたかったよ、ソラちゃんの甘美な悲鳴! 許しを請う絶叫! もう最っ高だったんだから! ひひ、ヒハハハハッ!!」

 

 腹を抱えて笑うソマリ、グライドは部下の下品さに辟易していたのかため息を吐いた。他人の趣味にどうこう言うつもりはないが、些かバラル団の品位を疑われると考えている顔だった。ハートンもケイカはソマリの趣味は理解していたため何も言わない、むしろケイカに至っては興味津々と言った風に聞いていた。

 

 

「────ぇ」

 

 

 その時だ、ダイが俯き加減に呟いた。呟くというよりは、吐き捨てた。

 

「ん? なんて? 聞こえないよー、もっと大きな声で言っておくれ~」

 

 ソマリが眉を寄せ、わざとらしく耳の横に手を広げてみせる。そして、あろうことか涙を流し続けるソラの頬から目尻に掛けて舌を奔らせた。

 舐め取った涙の雫を吟味するその仕草に、ぶつりとダイの中で何かが音を立てて、切れた。

 

 

 

「────ぜってぇ、許さねえええええええええええええええええええッッ!!」

 

 

 

 ダイの中に残っていた理性の一滴が、怒りという炎に焼かれて蒸発した。ウォーグルの背に飛び乗り、ビルの壁面を滑るように翔け上がる。

 ウォーグルの高度がビルの屋上を抜き去る。今度は見上げる側と見下ろす側が逆転する。見上げる側は、自分を見下ろす顔に修羅が宿っているのを垣間見た。

 

「【リーフブレード】ッ!」

 

 大鷲の背から飛び降りたダイがジュカインを呼び出し、ソマリを攻撃させる。ジュカインが放った新緑刃の斬撃をソマリは後転で回避する。

 

「ひゅーっ! あっぶね!」

「お前だけは、絶対に! 絶対、絶対、絶対!! ここで倒すッ!!」

 

 ソマリが軽口を挟もうとする、がそれを許さないほどのジュカインの苛烈な攻め。ハートンとケイカが助力しようとするが、それをウォーグルと、ウォーグルに化けたダイのメタモンが邪魔をする。

 

「やだなぁ、ちょっとイジメただけじゃん! 大マジになってかっこ悪いぞ、男の子」

「黙れ!! 【リーフストーム】ッ!」

 

 カクレオンを喚び出すソマリ、ソラとの戦いでもそうしたようにカクレオンが口腔に炎を溜め込み、一気に放出。木葉の旋風と火炎放射が正面からぶつかり合う。

 タイプ相性で考えれば、当然ほのおタイプであるカクレオンが勝る。だが、木葉の旋風は勢いを増し、横向きの竜巻となると炎を飲み込み逆にかき消してしまう。そのままカクレオンを飲み込み、葉の刃がカクレオンを無数に切り裂く。

 

 だが、

 

 

「【だいもんじ】」

 

 

 無常にも背後から現れた大の字の豪火がジュカインを飲み込み、焼き尽くす。振り返ると、ボーマンダの背からダイを見下ろしているグライドの姿があった。

 さらにハートンがバンギラスを、ケイカが赤いギャラドスを呼び出しダイを包囲している。

 

「っ、くそ……!」

 

 ダイは戦えるゾロア以外のポケモンを自身の周囲に呼び出し、円陣を組ませる。包囲されてる以上、どうにかして脱出する他ない。

 だが、撤退する前に一度ソマリのニヤついた顔に一泡吹かせなければ気が済まないとダイは燃えていた。

 

「【ストーンエッジ】!」

「【ハイドロポンプ】」

「【りゅうのはどう】」

 

 バンギラスが瓦礫を石刃へと研ぎ澄まし、一斉に発射する。その反対側からギャラドスが岩をも砕く水圧のブレスを放つ。

 そしてそれを確実にヒットさせるべく、逃げ場を奪うボーマンダの追撃。

 

 対処しきれず、全てのエネルギーがダイとその手持ちのポケモンを巻き込んで爆発する。吹き飛ばされたダイの身体がビルの谷間に投げ出される。

 

「うわあああああああああああああああああああっっ!」

 

 ビルとビルの壁面がダイの絶叫を反射する。ウォーグルとメタモンがなんとかしてダイを助けようと急降下するが明らかに間に合わない。

 字面にぶつかる、逆さまになった状態でダイが目を瞑った。

 

 

 次の瞬間、何かが自分の足首を掴んでいることに気づいた。頭に来ると思った衝撃はいつまで経っても訪れなかった。

 恐る恐る目を開けるダイ、そして自分の足を掴んでいる者の正体に気づいた。橙色の体躯、尻尾に火を灯した翼竜──リザードン。

 

 

「──し、シンジョウさん!」

 

 

 そのリザードンを駆る者の名を呼ぶ。低空まで高度を下げるとダイを地面に落とすついでにリザードンの背に乗っていたもうひとりの人物も降ろす。

 ポニータの尾のように彼女の挙動に合わせて跳ねる長い髪を赤いキャップが束ねている。背中に担いだ大型のリュックサックに詰まったのは夢か、それとも希望か。

 

「間一髪だったね、ダイくん」

「イリスさん……! 二人共、来てくれたんだ!」

 

 今のダイにとっては、希望そのものだった。イリスはニッと笑ってダイに向かって親指を立てる。リザードンの背に乗ったまま、シンジョウが笑った。

 

「俺たちだけじゃないぞ」

「……え?」

 

 そう言ってシンジョウが後ろを指差す。ダイがその指に従って振り返ると、もうすぐ茜色に変わりそうな空の下、幾つかの影が降りてくる。

 ひこうタイプのポケモン、"ムクホーク"、"ドデカバシ"、"ファイアロー"、"エアームド"に牽引され、その人物たちがダイの周りへと集まった。

 

「悪い、遅くなった」

 

 真っ先にドデカバシから降りたのはアサツキだった。ヘルメットを被り直し、ダイの隣へと並び立つ。その身に纏う作業服は彼女にとって最高の一張羅。

 

「お怪我はありませんか?」

 

 続いてファイアローから降りたのはステラだ。駆け寄るなり、ダイの顔に付着した泥をハンカチで拭い取る。心配そうに揺れる瞳は彼女を聖女たらしめる慈愛に満ちていた。

 

「や、既に派手にやられたみてーだぞ」

 

 最後に、ムクホークに乗ったまま言ったのはシャルムシティジムリーダー、ランタナ。飛行手段のないアサツキとステラをここへ連れてくるため、シャルムシティから急いで飛ばしてきたのだと言う。

 VANGUARDの説明回や、ユオンシティの会議で顔を見知っていたが話したことはない。それでもダイたちのピンチに駆けつけてくれたランタナに、ダイは頭が下がる思いだった。

 

 さらにエアームドがその背から二人の人間を投下し、その二人は高度を物ともせずに着地するとすぐさま立ち上がり、ダイの傍へと駆け寄った。

 

「よくやってくれた」

「あとはボクたちに任せてください」

 

「アストン、アシュリーさん!」

 

 二人もまた、レニアシティとサンビエタウンの避難誘導を迅速に済ませこの場に馳せ参じた。

 全ては先行したダイたちを救うために。柔和な笑みでダイに笑いかけるアストンはこの場において安心感の塊のような存在であった。

 

「他のジムリーダーは山の中腹で別働隊を叩いている」

「た、たぶんヒードランはそっちにいるはずだ! アサツキさんは、そっちに行った方がいいんじゃ……」

「そうしてぇのは山々だけどよ、そうも言ってられねえだろ」

 

 ヘルメットを目深に被りながらアサツキが言った。その視線の先にはボーマンダの背でポーカーフェイスを貫いているグライドを捉えていた。

 

「また貴様か、つくづく邪魔をしてくれる」

 

「いい加減終わりにしたい縁だがな」

 

 グライドがシンジョウへ投げかけた。シンジョウもまた、自嘲を含んで言い返した。

 それが合図だった。ジムリーダーが、イリスが、アストンとアシュリーがダイの一歩前に出た。

 

 極めつけの、シンジョウの一言。それは短い一言だった。

 

 しかし、今この場においてそれ以上の言葉は必要ない。

 

 

 

「────行くぞ」

 

 

『おう!』

 

『はい!』

 

 

 もう間もなく夜の帳が降りるレニアシティで正義と悪の戦い、その第二幕が始まろうとしていた。




うちの子強度実験×ア○ンジャーズ的なノリを組み合わせてごった煮にするスタイル。

今明かされる衝撃の真実、ソラちゃんのご両親はソラちゃんに殺されたらしい。


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VSバンギラス 報復せよ

 

 空が夕の橙から夜の紺へと移り変わる、茜色の空。テルス山中腹ではバラル団の幹部、ワースが率いる"ワース組"がヒードランを利用してテルス山内部の掘削並びに捜索活動が続けられていた。

 しかし流石に視界が悪くなってきたため、ワースは部下に指示しスタンドライトを設置させる。

 

「サウナになってきたな」

 

 だらしなく(はだ)けたワイシャツの胸元を扇ぐ。隣で仏頂面を下げながらもフードを外さず大汗を流しているロアの変なところでの真面目さにワースが鼻を鳴らして笑う。その隣では既にテアがフードの首元にあるボタンとファスナーを下ろしワースに倣うように胸元を仰いでいた。そもそも団員服は隠密性を高めるべく露出が少なく、このような熱帯的環境ではやや活動し辛い。それもあって、ワースは自身に割り当てられている幹部の服を着用することを拒んでいる。曰く「上司がキッチリ着込んでたら部下もそうしなければならないから」らしい。

 

「ヒードランの調子はどうだ?」

「どうもこうもねえよ、山に入れてから()()()()()()()()()()()()。きっと、ヤツには分かるんだろうぜ。珠の在り処がよ」

 

 そう言ってロアがモニターを覗き込む。そこにはテルス山の断面図のようなグラフが表示されており、そのグラフの中腹付近から一直線に伸びるラインがヒードランの進行した通路のようだった。

 まるで定規を使ったかのように、一切の歪み無く掘り進めていくヒードラン。ロアの言う通り、ヒードランにはこの山のどこかにあると言われている物の場所がわかっているようだった。

 

「報告します!」

 

 と、ロアがモニターから顔を上げた直後だった。夜営準備を整え終わった下っ端が駆け寄り、バラル団式の敬礼をしてロアに取り次いだ。

 

「現在、レニアシティでグライド様が交戦状態に入ったと入電有り! 同行していた班長たちも同様です!」

「上はおっぱじまったか、野郎の予想通りだな」

 

 ワースがそっと顎髭を撫でる。するとロアがずいっとワースに詰め寄った。

 

「オッサン、まさかグライドさんがドンパチやってんのは……」

「あぁ、恐らくはあのオレンジ色のガキだ」

「だったらオレも上に行かせてくれよ。どうせ後はヒードランの経過観察くらいしかすることはねぇし、それならテアでも出来んだろ」

 

 ロアはユオンシティでの負けを引き摺っているようだった。だからリベンジに燃えている、拳を手のひらに打ち合わせるロアを見てワースは言った。

 

「駄目だ」

「なんでだよ!」

あの野郎(グライド)が戦ってる現場にお前を行かせたくねえからだ。なんなら俺だって行きたくねぇ。あいつは同じ戦場の部下に気ィ使って戦ったりはしねぇ、お前が上に行ってオレンジ色の足止めをしたとする。仕留められるなら間違いなくお前諸共やる、加えて今ここからお前がいなくなるっつーのは俺にとって手痛い出費なわけ」

 

 ワースの物言いにロアが首を傾げた。なぜこの場から自分がいなくなることがワースにとって痛手になるのか、ピンとこなかったからだ。

 困惑するロアにワースはため息を吐きながらもう片方のモニターを見せる。そこには山のあちこちに仕掛けられた監視カメラの一部が映されていた。

 

「これは……!」

「そうだ。リザイナシティ、クシェルシティのジムリーダーとVANGUARDの面々がここに向かってきてる。別にここをどうこうされようがヒードランの活動に支障は出ねえが、お前っつー一端の戦力がいなくなるのはまずいってこった、分かるな?」

 

 

 ワースの説明に「そういうことなら」と渋々了承する。リベンジできないのは悔しいが、どの道グライドの手に掛かれば誰も助からない。昔から貫いてきた我が身大事を今回も貫こうとロアは思い直した。

 頬をバシンと打つと、ロアはテントの外に出る。近くをウロウロしている下っ端たちに集合を掛ける。

 

「たった今、この拠点に数人のジムリーダーが向かってきてることが分かった。総数はわかんねぇ、そこで人員を三班に分ける。オッサン、オレ、んー……テア、はちょっと不安だな。よし、マニ。お前が三班目のリーダーだ。お前の扱いやすいメンツを優先してチームに入れろ、残りはオレがオッサンと上手く分け合う」

「了解しました!」

 

 マニと呼ばれた女団員が気の合う仲間、その他手持ちのシナジーが合う仲間に声を掛けて小隊を作り上げる。

 それを眺めているロアに向かって、唇を尖らせて抗議の視線を送る者がいた、テアだ。

 

「ぶーぶー、班長ってば少しは私のこと信用してくれてもいいじゃないですか~」

「お前は誰かを纏めるよりオレかオッサンのチームで動いてる方が動きがいい。天性の使われ気質ってやつだ」

「なんですかぁそれ、まぁいいですけどー!」

 

 ニンマリ笑ってワースとロアに「どちらにしようかな」と一文字ごと、交互に指差し入るチームを選び出すテア。やれやれ、と肩を竦め残ったメンバーを効率的に動かす編成を考えていた時だった。

 ふと、先程までサウナだったテント周辺の拠点が常温に戻っているような気がしたのだ。言い方を変えれば、過ごしやすくなっていた。

 

「妙だぞ……なんで、こんなに」

 

 次の瞬間、ロアが感じ取ったのは「寒さ」だった。数分前まで灼熱のようだったというのに、寒さを感じた。

 それを感じた瞬間、しまったと己の勘の鈍さを呪った。

 

「やべぇ! 罠だ、総員戦闘配備!! つーかその前に伏せろ!」

 

 ロアが叫ぶ、テントの中のワースが何事かと様子見に出る。ロアはすぐさまワースに飛びつき、体勢を低くさせる。

 直後、拠点をまるごと凍らせるかのような【ふぶき】と【ぜったいれいど】がワース隊の面々を襲った。ロアの指示が通ったメンバーとロアが押し倒したワースはその氷雪攻撃から難を逃れたが、一部の団員は身体をまるごと凍らされ行動が不能になる。

 

「クソ、()()か!」

 

 立ち上がり、ズルズキンを呼び出しながらロアが悪態をつく。ワースも立ち上がり砂埃を払うとこおりタイプの技に耐性のあるエンペルトを喚び出す。

 すると斜面の下、森の暗がりからスッと人影とそれに付き従う従者の姿が目に入る。それはこちらに近づいてくるたび、一人、二人と増えていく。

 

「少し、離れすぎていたかな」

 

 そう呟くのは氷獄の中にある熱血、警部という役職を与えられながらネイヴュシティのジムリーダーをも務める男、ユキナリ。

 その隣では同じく氷雪系の技を駆使するのりものポケモン"ラプラス"の背に乗ったアルマが少し高い位置からバラル団を睥睨していた。どうやら今の【ふぶき】と【ぜったいれいど】はこのラプラスが放ったようだった。

 

「関係ありません、立ちはだかるのなら倒すのみですから」

 

 冷ややかな眼で対峙する敵を見定めながらアルマは言った。ユキナリはこういう時、少しだけ彼女を危なっかしく感じる。尤もその危なっかしさは自分も持っているらしく、彼女から釘を差されることも多々ある。

 問題は、アルマの後ろから遅れてやってきた仲間の方だ。既に目が血走っている。

 

「イズロードはどこだ!」

 

 遅れてきたにも関わらず、一番槍とばかりに飛び出したのはフライツだった。呼び出したポケモン"パルシェン"の【とげキャノン】が先頭に立っていたロアに突き進む。ズルズキンがそれを蹴り飛ばし第一撃は終了、両者の睨み合いが続く。

 

「いるなら連れてこい、ヤツを! イズロードを!!」

 

 声が嗄れてしまうほどに苛烈に叫ぶフライツ。見かねたアルマがラプラスの背から降りてフライツの肩を叩く。血走った眼でアルマを見たフライツは次の瞬間、借りてきたニャルマーのように大人しくなる。

 何を見たのか、ユキナリが知りたいような知りたくないような複雑な気持ちでいると、アルマがフライツに問い掛けた。

 

「頭は冷えた?」

「は、はい……すいません」

 

 仮にも年下のアルマに頭が上がらないフライツだったが、この時ばかりは仕方がない。なんせ仇敵を目前にしているのだ、アルマとてフライツの気持ちがわからないではない。

 だが、だからこそ冷静に立ち回らなければならない。相手は班長並びに幹部級なのだから。

 

「テア、大丈夫か」

「すみません、不覚を取りました……」

「気にすんな。これから動けんなら働きで返せ」

 

 運悪く回避し遅れ、下半身を氷漬けにされたテアだったがロアがズルズキンとザングースに氷を剥がさせ、なんとか脱出する。しかし残った冷気は依然脚を蝕むもので、テアはアブソルを喚び出すとその背に跨るようにしてワースとロアの隣に並び立った。

 

「二人共、僕たちの役割は他のジムリーダーが到着するまでの先駆けだ、無茶はしないように」

「わかりました」

「了解……」

 

 です、までフライツが言い切るのを待ってはくれなかった。先陣を改めて切るロアのザングース、放たれた【ブレイククロー】がパルシェンを狙う。急いで【からにこもる】ことで防御を堅牢なものにする。

 殻に籠もって攻撃をやり過ごしたあとは当然、

 

「【からをやぶる】!」

 

 取り付くザングースを吹き飛ばすかのように、アーマーパージ。数枚の甲殻を散弾のように撃ち飛ばし攻撃に転用する。さらにそれだけではない、防御面の低下は免れないが素早さがぐーんと、

 

「上がらない……!?」

 

 フライツも、殻を破ったパルシェン自身も驚いていた。いつものように力が漲ってこないのだ、その答えは簡単だった。対峙する、テアのアブソルだ。

【よこどり】を使うことでパルシェンのステータスアップを無効に自らの力に変えてしまったのだ。さらにパルシェンに向かって、アブソルは紫色の炎の連弾を発射する。

 

「【おにび】だ、避けろ!!」

 

【からをやぶる】で素早ささえ上がっていたのなら回避は出来たかもしれない。しかし今のパルシェンにそれは出来なかった。炎の連弾がパルシェンを飲み込む。

 形だけ殻を破ったことでいつもの堅牢さは無くなり、柔らかい殻のみが残っている。普段ならば耐性のあるほのおタイプの技で"やけど"状態にされてしまう。

 

「アブソル、【たたりめ】!」

 

「まずい……!」

 

 テアを乗せたままだというのに凄まじいスピードでパルシェンを撹乱し、その死角から頭部の角を用いて闇色の斬撃波を飛ばすアブソル。

 そのまま斬撃波がパルシェンの方へと進み、

 

「──サンドパン!」

 

 直撃の瞬間、横から割って入ってきた氷針鼠が斬撃を【ブレイククロー】でかき消してしまう。さらにそのままパルシェンの背中を踏み台に、離脱しようとするアブソル目掛けて追撃を行う。

 だがそれを許すほど相手も甘くはなかった、エンペルトだ。【アクアジェット】で割り込み、その翼を鋼鉄のように堅くし斬撃を繰り出す。

 

「【はがねのつばさ】」

 

「【アイアンヘッド】!」

 

 硬さ比べなら負けない、と氷針鼠──"RFサンドパン"は標的をアブソルからエンペルトに変更、繰り出された翼による斬撃に対し頭突きでやり返す。

 

 衝突。

 

 衝撃。

 

 二匹のポケモンが互いに弾かれ合い、主の傍へと舞い戻る。そして睨み合いに戻った瞬間、溜め込んでいた一撃が今まさに撃ち出される。

 

「【ぜったいれいど】!」

 

 動きは鈍重でもその巨体から繰り出される冷気は極限のそれ。ラプラスが照射する冷気の波動がフィールド全体を飲み込む。

 木々に降り積もる氷雪、土から熱気を奪う極寒、ワースたちはエンペルト、ザングースに防御指示を出し、自身も攻撃を回避しなければならなかった。

 

 そしてラプラスが放った一撃はザングースよりも前に出て防御していたエンペルトを飲み込み、やがて完全に凍結させてしまった。

 一撃必殺、その技が誇る最高の戦果を上げたラプラスが「どうだ」とばかりに首を擡げた。ワースはエンペルトを下がらせ、改めて手持ちを確認する。

 

 というのも、エンペルトを除きワースの手持ちでこおりタイプに耐性のあるポケモンはいないのだ。

 そして混戦状態である中、弱点を突けることを優先し弱点を曝すのは避けたい彼は選択を迫られた。だが決まって、大一番で彼が頼る相手は決まっている。

 

「ヤミラミ、勘定だ」

 

 ユオンシティでも立ちはだかる強敵を退けたエース、ヤミラミ。闇夜の中でその鉱物の瞳だけがギラついていた。

 ワースが手首にある金のバングルに触れた。それがヤミラミの胸部に埋め込まれていた石と呼応し、闇夜を吹き飛ばす光を放つ。

 

「ったく、とんでもねー大損害出してくれやがって……」

 

 小さくなったタバコを吐き捨てるようにワースは呟き、その唇が五文字の音を放つ。

 瞬間、ヤミラミが光の繭に閉じこもりその中から身の丈以上の巨大な鉱石の大盾を持って現れた。

 

「出した分の損害はキッチリ払ってもらうぜ、手前らの自腹でな」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 一方その頃、レニアシティでもジムリーダーとバラル団の苛烈な戦いが始まっていた。

 シンジョウ、アストン、ランタナの三人が空へ上がり、ボーマンダを駆るグライドと対峙する。そして地上に残ったアサツキ、ステラ、イリス、アシュリー、ダイの五人が残る班長格三人、ハートン、ソマリ、ケイカと睨み合いを繰り広げていた。

 

「相手は五人か、少々分が悪いな」

「そうだそうだー、フェアプレイの精神で戦えー」

 

 状況を鑑みてハートンが零すと、ソマリが囃し立てるように野次を飛ばした。思ってもないことを口にして、ジムリーダーたちを煽っている。

 しかしソマリが巫山戯れば巫山戯るほど、感情を顕にするダイ。彼の視線は依然として彼女たちが抱えている自分の仲間に囚われていた。

 

「ダイくんは三人を助けに行きなよ、フォローは私達に任せて」

 

 そう言って背中を軽く叩くイリス。言われなくてもそうさせてもらうとばかりにダイがジュカインを伴い、地面を強く蹴った。

 だが動いてくるダイを見越して、最初に動いたのはケイカだった。リエンを抱えたままギャラドスの上に飛び乗り、空いた片手で前髪をかき上げる。

 

「【だいもんじ】!」

 

 顔を覗かせたのは獰猛な人格の方のケイカだった。

 巨躯から吐き出される豪火もまた、巨大。どんどんと巨大になり、身体を覆い尽くさんばかりの大きさへと変わった大の字の炎がダイに直撃する瞬間。

 

「"ヌメルゴン"! 【だくりゅう】!」

 

 背後からイリスとその手持ち、ヌメルゴンが泥を含んだ水流を呼び寄せ、【だいもんじ】にぶつける。水気を切られた泥が飛散する中、ダイはそのまま直進する。

 ギャラドスに乗ったケイカに拘束されている以上、リエンの救出は一度見送らざるを得ない。ダイは歯噛みしながらギャラドスの横を通過、ハートンとソマリ目掛けて加速する。

 

「ジュカイン!」

 

「チッ、バンギラス!」

 

 接敵の瞬間、二匹のポケモンが交錯する。ジュカインが腕の新緑刃を二つに増やして力を込める。淡い燐光を帯びたそれが空中に軌跡を残しながらバンギラスへと奔る。返すようにバンギラスも研ぎ澄ませた石刃を用いてジュカインを返り討ちにしようとする。

 

「【リーフブレード】ッ!」

 

「【ストーンエッジ】!」

 

 まるで弾丸を居合斬りで両断する達人の如くジュカインは放たれた【ストーンエッジ】を切り裂き、勢いを殺さぬままバンギラスを二度、三度と斬りつける。ハートンを護る壁が瓦解した、ダイは今しかないとモンスターボールを前方に掲げながら尚走る。

 

「ウォーグル! 飛べ!」

 

「させるかよ、好き勝手!」

 

 呼び出したウォーグルの背に飛び乗ってそのままハートンへと【ブレイブバード】で突進する。たまらずハートンが回避し、アルバの拘束が解かれる。ウォーグルは速度を殺し、アルバの肩を鷲掴みにすると一度上昇し追撃をやり過ごす。しかしジュカインと対峙しているはずのバンギラスがアスファルトに手を差し込み、それを砕く。

 

「【いわなだれ】!」

「ッ、まずい!」

 

 いくら自動車を軽々と持ち上げて空を飛べるウォーグルとて、背中に主を乗せ手に荷物を持っていたなら飛行には気を使う。従っていつもより自由を奪われた状態で、バンギラスが放った巨大な岩石の雨は回避のしようが無い。

 

 だが、

 

「【とびひざげり】!」

 

 バンギラスの背後から飛び出した影が跳躍し、岩石に渾身の膝を叩き込んだ。粉々に砕かれた岩石が飛散し、ウォーグルは間一髪攻撃を避けることが出来た。

 そうしてバンギラスと対峙するのはサワムラー、即ちアサツキであった。

 

「アサツキさん!」

「そのまま突っ込め! 振り返るな!」

 

 ダイは頷き、ウォーグルの背に指を奔らせる。するとウォーグルが急降下からの反転を行い、猛スピードで滑空しながらソマリへと突撃する。

 

「【つばめがえし】!」

「そう簡単に渡してたまるかよ!」

 

 ソマリはソラの脇腹へ腕を差し込み抱えるようにしてダイを迎え撃つ。瞬間、ウォーグルの三つの分身が別方向から同時攻撃を放つ。

 迎え撃つのはソマリのドーブルだ。迫るウォーグル目掛けて尻尾を手で振り回し、粘度が高いインクの爆弾を投げつける。

 

 視界にインクを投げつけられ、ウォーグルの飛行進路がブレる。間一髪のところでウォーグルの突進を回避したソマリがニッと意地悪い笑みを浮かべたその時。

 ダイがウォーグルの背中から飛び降り、ソマリへ一直線へ走る。予想外の行動にソマリが一瞬気遅れる。

 

「くそっ、せめてさっきの録画しておけばよかった……!」

 

「この性悪女が!」

 

 あいつだけは許せないと、ダイの怒りに燃えた瞳が告げている。

 流石に腹立たしくなったか、ソマリが態度を崩して舌打ちをしながらメタモンを喚び出す。変身させるポケモンは当然ゴースト。

 

「【シャドーパンチ】!」

 

 ゴーストに化けたメタモンの腕が二度、ダイ目掛けて飛来する。俗に言う、ロケットパンチのように凄まじい勢いだ。意思を持っているからブレたり、曲がったりもする。

 だがそれで臆することはしない。地を蹴るスピードを、落としてたまるか。ダイの加速が雄弁に語る。

 

「クソ、止まれよ!」

 

「いいか覚えとけ、俺は女だからって────!」

 

 ダイの右腕が唸る。振りかぶった拳が助走のスピードを受けてさらに素早く、風を切る。加速と同時の攻撃に脚がもたついてつんのめっても、腕を優先させるように。

 握り締められた拳がソマリの顔に直撃する、

 

 

「容赦しねえぞ!!」

 

 

 ──寸前で止まった。なんだ口だけか、とソマリが嘲笑おうとした、その瞬間。

 ダイの影から現れたゲンガーが珍しく憤怒に顔を歪めて、返すように【シャドーパンチ】を繰り出す。一つの拳がソマリに、もう一つがメタモンに直撃する。

 

 それで終わらない。もう一度、【シャドーパンチ】が放たれる。さらにもう一度、もう一度。幾度となく、ゲンガーの拳が様々な角度から襲いかかる。

 遂には不可視の速度で繰り出される乱打撃。ソマリは腕を盾にして攻撃を防御しながらメタモンを見やる。だがメタモンにはソマリの命令をアイコンタクトで受け取る余裕など無かった。

 

「お前に言うことは、なにもねぇ!!」

 

 それは一種の諦観だった。ダイが誰かを叱咤するのはその人間にわずかでも人間性が残っていることを期待しているからである。

 だがソマリにはそれを感じなかった。生まれた場所が違う、それは土地の話ではなく次元の話。最初から言葉が届かないような場所に生きている人間には言葉を掛ける理由が、価値が、必要が無い。

 

 だから、言葉よりも手が出る。そしてそれはダイの言う通り、相手が女性だろうと関係ない。

 

「さっさと、地獄に帰れェェェー!!」

 

 勝負は決まった(フィニッシュブロー)。吹き飛ばされたソマリの腕からソラが零れ落ちる。ぺたり、と地面にへたりこんだソラがそのまま後ろに倒れそうになるのを、ダイが背中に腕を回して支える。

 そしてダイは、ソラが先程から呟いている譫言の意味を知った。

 

「ごめんなさい」

 

 それは謝罪の言葉だった。誰に届くともしれない、そもそも届かせる相手がいない謝罪だった。虚ろな目で、真っ青な顔色で、ただひたすらに誰かに謝り続けるソラは見ていて心が抉られるようだった。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

「ソラ、もういいよ」

 

 彼女が誰に、どう言葉をかけてほしいのか、ダイには正解が分からなかった。それでも見ていられないから、目を逸らすようにソラの身体をゆっくり抱きしめ背中を擦って宥めた。

 するとソラのモンスターボールからチルタリスが現れる。主の変わり果てた姿を見て、彼女も心が傷んでいるようだった。そしてチルタリスは【うたう】ことでソラの意識を夢の世界へと送った。

 

 やがて心音は穏やかになり、耳元でソラの寝息が聞こえ始めた。ダイはソラからゆっくりと身体を離し、チルタリスの柔らかい身体に預けるようにしてソラを寝かせた。

 立ち上がると、ダイは再度ソマリに向かって一歩踏み出した。頬を腫らせたソマリがゆっくり向かってくるダイに得体の知れない感情を察知し後退る。

 

 しかしそんなダイの肩にそっと手を置いて、引き止める姿があった。ダイがゆっくりと振り返るとそこにいたのはステラだった。

 その傍らには眠り続けているリエンの姿があり、ダイの大立ち回りの隙にケイカから奪い返してくれたようだった。傍らではアシュリーとイリスがステラの行動を見守っていた。

 

「怒りに、呑まれてはいけません。あなたにもその虚しさは分かっているのでしょう?」

「でも……俺は」

 

 顔を上げたダイの表情は修羅のそれ。続く言葉は誰にも、容易に想像が出来た。でもだからこそ、ステラはダイの肩から手を離すことはせず言の葉を紡いだ。

 

(わたくし)とのジム戦を覚えてますか? あなたは感情を制御出来ないゼラオラに、ずっと言葉を投げかけていたではありませんか。だから私も今、あなたに声を掛け続けます」

 

 ここに来てダイはVANGUARDの説明会でフライツの言葉が理解出来た気がした。到底許せない悪に対峙した時、怒りに身を任せることがどれだけ簡単かを思い知った。

 だからこそ、諭すようなステラの言葉が返って突き刺さる。赦せ、とステラの口からその三文字の音が出てくるのを本能で恐れてしまう。

 

「あなたがゼラオラの暴走を見ていられなかったように、きっとあなたのポケモンたちもそれを望んではいないはずですよ。彼らはあなたの怒りを肯定し寄り添ってくれるでしょう、だけどそれでも、心は痛いのです」

 

 ハッとする。そこに来て、ようやくダイにはステラの言葉が心の芯に届いた気がした。触られても痛くない、暖かい優しさが包み込んでくれるような、そんな感覚。

 ダイの影の中に隠れていたゲンガーが、おずおずと顔を覗かせた。その眉、というか瞼のラインはハの字に曲がっているような気がした。ダイは無邪気な彼に暴力の片棒を担がせてしまった罪悪感に襲われた。

 

「そこまでにしておけ、戦えなくなられても困る」

 

 ステラの肩に手を置いてそう言ったのはアシュリーだった。ステラも睫毛を揺らして悲しげな顔を見せるが、ダイはステラの手をそっと振り切り言った。

 

「いや、もう大丈夫だから。いい具合に、頭冷えたから、大丈夫」

 

 こういった説教にポケモンを持ち出されると弱い。誰に恥を晒しても、彼らにだけは格好悪いところを見せられないダイのちっぽけな矜持が頭に冷水をかけた。

 蒸発していた理性の雫が、掛けられた冷水の分だけ溜まっていく。頭が冴え、クレバーな気分になる。

 

 そうしていると、ハートンの牽制を終えたアサツキが合流する。ダイは改めて集った戦士たちに頭を下げた。

 

「ありがとうございました、俺だけじゃきっと取り返せなかったと思うから」

 

 怒りに囚われたまま奪還を試みた結果ビルから突き落とされたのだから、それは推論ではなく事実だった。故にダイは四人への感謝の念が尽きなかった。

 だがそれで終わりではない。ダイたちはまだ人質を救出しただけに過ぎない。まだ相手には戦うための手札が揃っているのだから。

 

「ハートン、そろそろじゃない?」

 

 いつの間にか元に戻っていたケイカが告げる。するとハートンはフードの襟元にある機械を二度叩く。そこに何かを語りかけ、数度頷くとケイカとソマリにハンドサインを送る。

 動けなくなっていたソマリをギャラドスに回収させるケイカ。ハートンの隣に並び立つと、ケイカが再びフードを被った。

 

「グライド様、始めますよ。いいですね」

 

 数秒してから『構わん』と通信機の向こうから無機質な声が返ってくる。それを合図に、ハートンがパチンと指を鳴らした。

 しかし何も起きない。が、ダイの耳朶が何かの音を捉えた。規則的に響くその音、それは靴底が地面を叩く音だ。それも軍隊行進のように規則正しい、整然とした足音。

 

 ダイは未だに意識のない三人をビルの陰へと潜ませ、メタモンとウォーグルに三人の護衛を任せた。そして再び大通りへ出た瞬間、目を疑った。

 人、人、人、人、人。灰色の装束を身に纏った集団がビルの屋上から、飛行船から、飛行可能なポケモンから次々と降りてくる。

 

「あたしはこう見えて、下っ端の総括を任されててね。あたしの一声で部下が全員動くのさ」

 

 ハートンが言う。やがて、視界にバラル団の団員服が映らない空間がなくなった。360度、全てを包囲される。路上だけでも数十人はくだらない。ビルの屋上や未だ空を飛んでいる部隊を含めれば二百人は確実にいると見ていい。それだけの数の下っ端がダイたち五人を取り囲んでいた。

 

「なんて数だよ……」

 

 思わずダイが呟いた。視界に入る、圧倒的な数の暴力。その全ての目に敵意が宿り、自身を射抜いている。

 

「五人いるから、一人四十人くらい倒せばいけるんじゃない?」

 

 だから、そんなことをあっけらかんと言い放つイリスに、ダイは耳を疑った。ついでに目も疑った。

 だがそれを真に受けたのだろうか、アシュリーがエースであるこうていポケモン"エンペルト"を呼び出して一歩前に出た。

 

「なるほど、理に適っている。なんなら、誰が一番か競うか」

「PGにも骨のあるヤツがちゃんといるんだな、見直したぜ」

 

 アサツキもまたローブシンを呼び出し、自身を取り囲む敵意に対して強気に出た。恐る恐るダイは背中を預けたステラの方へ視線を送る。

 するとダイの期待通り、ステラは他三人の女戦士の言葉に苦笑いを隠せていなかった。

 

 が、

 

「四十人で済めば良いのですが……」

 

 彼女もまた別格だった。"出来ない"と否定するのではなく、"やれるか"という次元の話をしている。

 五人中唯一の男ながら、ダイは情けない話味方にすら気圧されていた。だがピシャリと頬を打つと再度ジュカインと前に出た。

 

「戦いは数じゃない、ですよね?」

「いいや数で決まる」

「そこは肯定してくださいよ!」

 

 ピシャリとアシュリーに言われてダイが抗議の視線を送る。だがアシュリーは自信に満ちた横顔を見せながら言った。

 

「だが今回は別だ」

 

 それが合図だった。第一陣、アシュリーの方向から一斉にポケモンが雪崩込んでくる。でんき、じめん、いわ、くさ、ほのお、ありとあらゆるタイプの攻撃が迫っていた。

 だがエンペルトはそれを【ふぶき】で一蹴し、あまつさえ技を放ったポケモンを一瞬で凍結させる。

 

「イリス、好きにやれ」

「ふふん、好きにやっていいの?」

 

 肯定を意味する沈黙が訪れ、イリスはキャップの位置を整えるとここ一番を任せられる小さな雷神(あいぼう)を呼び出した。

 そしてアシュリーが凍らせ今一番陣形が崩れた場所目掛けて指差し、声を発する。

 

「ピカチュウ! 【10まんボルト】!」

 

 それは一種の嵐だった。イリスを足場にして空高くジャンプしたピカチュウが空中から電撃を放ち、イリスが指差した方角を文字通り()()()()()

 バラル団員が、そのポケモンがまるで塵のように吹き飛ぶのを目にしてダイは目を剥いた。思えば、彼女が戦っているところを間近で見るのは初めてだった気がするからだ。

 

 しかしダイは別のことが気になっていた。

 

「あの、ステラさんたちって知り合いなんですか?」

「どうして、そう思うのです?」

 

 ダイが感じていたのは、妙な空気だ。アサツキ以外の三人が「やはりこうなったか」と苦笑いのような空気を醸し出していたからかもしれない。

 するとステラは小さく微笑んで、「えぇ」とダイの疑問を肯定した。

 

 

 

「────少し昔、"古い御伽噺(エピソード)"があるだけですよ」

 

 

 




めちゃくちゃ長くなったので分割します


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VSボーマンダⅠ 日没

 その少し後、空の色の割合を紺が占める頃。レニアシティの上空は炎が舞っていた。追われる炎と追う炎、その両方がぶつかりあった瞬間だけテルス山は昼間のように明るくなる。

 追う炎──グライドとボーマンダが【だいもんじ】を放つ。それを追われる炎──シンジョウのリザードンが上下を反転させることで大の字の股下を潜るようにして回避する。

 

 リザードンの背にしがみついているシンジョウが冷静に後方を見やる。攻撃が外れたのなら次撃を、グライドはボーマンダにそう指示する。さらにボーマンダは【だいもんじ】よりも比較的に放ちやすい【りゅうのいぶき】に切り替え、リザードンを攻撃する。シンジョウはリザードンの背中を二度、三度合図を送る。

 

【りゅうのいぶき】を月面宙返りでやり過ごすと反転、そのままボーマンダへと正面から突っ込んでいく。

 

 

「【ドラゴンテール】!」

 

「【ドラゴンダイブ】」

 

 

 翼竜同士がかち合う。リザードンが衝突寸前に急制動を掛け、尻尾を横薙ぎに繰り出した。それをひらりと回避したボーマンダが急上昇したかと思えばそのまま地面に向けて急降下、上からリザードンを急襲する。

 

「ッ!」

 

 シンジョウは逡巡するとリザードンの背から飛び降り、自分の分だけ軽くなったリザードンを加速させる。その後、間一髪でボーマンダの【ドラゴンダイブ】を回避したリザードンが落としたシンジョウの真下に潜り込んできっちりと回収する。

 

「芸達者が」

「褒め言葉には聞こえないな」

 

 シンジョウが乾いた笑いを漏らす。そう言ったグライドもまた、ボーマンダの空中パフォーマンスを上げるために自ら飛び降り、控えのジュナイパーに飛行手段を変えていたのだ。

 空中に立つように、ポケットに手を突っ込んだままのグライドが自身よりも下を飛んでいるシンジョウを見下ろす。ジュナイパーはボーマンダが戻ってきたのを確認し、その背にグライドを置くようにして着地させた。

 

 その隙を逃すまいと、グライドの上空から銀光が舞い降りる。既に顔を覗かせている月明かりを受け、煌々と輝く飛翔する剣。

 エアームドとアストンだ。急降下からの滑空による体当たり、素早さを伴った【はがねのつばさ】がボーマンダへと直撃する。

 

「ぐっ……」

「ミスター!!」

 

 衝撃を屈むことで最低限に抑えるグライド。アストンが背後に呼びかけた、シンジョウが頷きリザードンを進行させる。そしてその呼びかけはもう一人にも行われていた。

 アストンが上から迫ることで、グライドの眼下への注意を逸らす。そして、そのもう一人とその従者は力を溜め込んでいたのだ。

 

「邪魔だ」

「ッ、【ラスターカノン】!」

 

 組み付いているエアームドへ、ボーマンダが【ほのおのキバ】で翼へと噛み付いた。エアームドが痛みに苦痛の声を零すが、即座に口腔から鋼鉄の波動を放ってそれを自身とボーマンダの間で炸裂させ、その爆風を利用し強引に距離を取る。そしてエアームドが離脱したのを確認し、それは翔け上がってくる。

 

 力を溜め込む時間を要するその一撃は、鳥ポケモンにとって最大の一撃。先程のアストンとエアームドを降り注ぐ流星とするなら、それは彗星であった。

 風を切り裂き、次第に黄金の燐光を帯びるもうきんポケモン"ムクホーク"がボーマンダの無防備な腹部目掛けて【ゴッドバード】をかけ、突進する。

 

「もらった!」

 

 叫ぶのはムクホークの背に乗るランタナ、確かに直撃コース。ムクホークのスピードを鑑みれば、ボーマンダが主を乗せたまま回避するのは不可能だ。

 だから、グライドは先程シンジョウがそうしたように自らボーマンダの背から身を投げた。翔け上がるランタナとすれ違うように落下するグライド、ランタナの驚愕した表情にグライドはほくそ笑んだ。

 

 それだけではない、確かに【ゴッドバード】は強力な攻撃である。だが、グライドはそれを読んでいた。攻撃方法の差異はあれど確実にアタックを仕掛けてくるならばここだろうと踏んでいた。

 落下しながら、グライドが取り出したキーストーンから光を放つ。

 

「──暴虐よ、我が信念果てるまで破壊し尽くせ」

 

 ムクホークがボーマンダに衝突する、まさにその瞬間。ボーマンダを光の繭が包み込み、それがムクホークの攻撃を和らげる。さらには衝突したそのショックを以て繭が弾け飛び、中のボーマンダがさらなる姿を伴って再誕した。"メガボーマンダ"、より飛行に適した姿へ変貌を遂げた彼は、自身にぶつかって反射したムクホークとランタナに獰猛な視線を向ける。

 

「まずいっ!」

「【たつまき】だ」

 

 ボーマンダが高速飛行に物を言わせて風の流れを作り出し、巨大な竜巻を発生させる。【たつまき】の威力は本来そこまで高くはない。

 だが、メガボーマンダというドラゴンタイプを持つポケモンが、【そらをとぶ】を行っているポケモンを攻撃するのであれば話は別である。

 

 竜巻に乗り、ジュナイパー等の補助飛行無しにグライドの身体が上昇を始める。反面、ボーマンダの直下にいたランタナとムクホーク、接近していたシンジョウとリザードンが巻き込まれる。

 今まさにランタナのフォローに回ろうとしていたシンジョウのリザードンが竜巻に巻き込まれ、怯んでしまう。

 

「エアームド、渦の中心へ突っ込むんだ!」

 

 だが唯一動けたアストンはそのままエアームドを竜巻の中心へと突っ込ませた。そして内側から【エアカッター】と【エアスラッシュ】で空気の流れを文字通り断ち切ってしまう。

 当然【そらをとぶ】を使っているのはエアームドも同じ。だがドラゴンタイプの技を半減できるエアームドだからこそ出来た芸当だった。

 

「ご無事ですか、二人共!」

「あぁ、なんとかな……」

「久々にヒヤッとしたぜ」

 

 エアームドを寄せ、アストンが二人に確認を取る。飛んできた瓦礫やガラスの破片等で怪我はしていないようなのは不幸中の幸いと言えた。

 だが無事を喜んでいる暇は無かった。というのも、ボーマンダがグライドを回収し、そのまま【りゅうのまい】を行っていたからだ。

 

「まずは各個撃破だ、【りゅうせいぐん】」

 

 グライドがパチンと指を鳴らす。ボーマンダの雄叫びと共に、大量の星を茜色の空に出現させた。それを見て、シンジョウたちは三者三様の顔を見せる。

 

「散開しろ! そんで誰でもいい、あいつをぶん殴れ!」

 

 ランタナが大手を振り、シンジョウとアストンを離脱させ、自身もまた別の方向へと飛翔する。直後、地上を巻き込むような形で星の雨が降り注ぐ。

 あまり派手に動けばレニアシティの被害は更に増えるぞ、とグライドが三人に精神的な脅迫を仕掛けていた。レニアシティではないが、仮にも街を預かる立場のランタナや人やその領域を守る立場にいるアストンは動きが緩慢になる。

 

 だが、そんな中で唯一シンジョウだけは回避ではなく突撃を選んだ。後方のポケットから取り出したキーストーンの埋め込まれたカードを取り出し、それを前方へと掲げた。

 

 

「──劫火よ、我が決意を糧にさらなる高みへ至れ」

 

 

 グライドとボーマンダがメガシンカしたのなら、自分も手を出し惜しんでいる場合ではない。

 だがリザードンのメガシンカはメリットとデメリットを併せ持つ。おいそれと、簡単に出来る決断ではない。

 

 それでも、やるなら今しかないとシンジョウの本能が告げていた。そしてそれを、リザードンは好とする。

 

「──メガシンカ!!」

 

 ボーマンダが纏ったのと同じ進化の繭がリザードンを包み込み、次の瞬間蒼い炎で繭を内側から焼き払った黒いリザードン──メガリザードンXが姿を現す。

 迫る【りゅうせいぐん】をひらり、ひらりと連続で回避し、そのツメに凄まじい龍気を纏わせる。

 

 

「ボーマンダ」

 

「リザードン!」

 

 

 グライドとシンジョウ、両者が叫ぶ。互いが、こいつだけには負けられないと、全く同じことを考えていた。

 何度もぶつかり合う、この地での因縁。それに決着をつけるべく、その決意を力へと変える。

 

 

「「【ドラゴンクロー】!」」

 

 

 繰り出される、竜の激爪(ドラゴンクロー)。事前に【りゅうのまい】を行っていただけあり、ボーマンダの方が技の振りが素早かった。

 リザードンの翼を打つボーマンダのツメ。だがリザードンは蒼い炎を吐き自らを鼓舞するとメガボーマンダの発達した鎧を切り裂き、破壊する。

 

「まだだ!」

「ここで下がれるものか!」

 

 衝突のインパクトで両者がノックバック、僅かに後退するがシンジョウとグライドが同時に咆える。その通りだ、とポケモンもそれを肯定する。

 ツメが届かないのなら、燃え盛る(ブレス)がある。

 

 

「「【りゅうのはどう】ッ!!」」

 

 

 肺を限界まで膨らませて放つ、極限の龍波。互いの吐き出したそれが龍の形を型取り、リザードンとボーマンダ両者の間で炸裂し強烈な爆風を巻き起こす。

 今の攻撃もまた互角、爆風に含まれた竜撃がリザードンとボーマンダを蝕む。

 

「ランタナ! アストン!」

 

 吹き飛ばされるリザードンの背中にしがみつきながら、シンジョウが叫んだ。準備は整っているとばかりに、二人はシンジョウと入れ替わりでボーマンダへ迫る。

 ランタナはムクホークの背からもう一匹の鳥ポケモン"ドデカバシ"を呼び出した。ドデカバシは【りゅうせいぐん】で破壊されたビルの上階へ立ち寄るとその瓦礫を【ロックブラスト】として撃ち出す。

 

「騎士さん!」

「はい!」

 

 そのドデカバシが撃ち出した岩塊をエアームドが研ぎ澄ませた翼で切り裂き、石刃へ変貌させ発射する。即ち、コンビネーションで放つ【ストーンエッジ】。

 エアームドもドデカバシも本来ならば覚えない技だ。しかし両者が協力することで、それを可能にした。放たれた石刃はボーマンダの砕かれた鎧を通過し、その肉体を傷つける。

 

「小癪!! "ゼブライカ"! ドデカバシを止めろ、そいつの器用さは邪魔だ!」

 

 ドデカバシがいるビルの屋上へモンスターボールを投げ、らいでんポケモン"ゼブライカ"を召喚する。ゼブライカはボールから飛び出た勢いを乗せ【ワイルドボルト】を放つ。

 飛び立つ前にゼブライカの突進が直撃し、ドデカバシが壁面へと叩きつけられ昏倒する。元々防御値の高くないドデカバシではひとたまりもなかった。

 

「くっ!」

「【10まんボルト】!」

 

 ゼブライカはそのまま雷撃を鬣から撃ち出し、ランタナを攻撃する。ドデカバシへ指示を通すため、近くを飛行していたのが仇になった。間一髪のところで回避するが、ゼブライカの攻撃範囲が広く、ボーマンダにすら迂闊に近づくことが出来なくなった。

 

「ここはボクが! "ロズレイド"!」

 

 ビルの屋上から放たれるゼブライカの対空雷撃を物ともせずアストンが接近し、エアームドから飛び降り手持ちの一匹、ロズレイドを喚び出す。着地しざまに【はなびらのまい】で苛烈な攻撃を行い、ゼブライカを牽制する。後退し、蹄で地面を叩くゼブライカ。間違いなく突進の前兆であった。

 

「先手を取る! 【リーフストーム】!」

 

【はなびらのまい】から継続して花弁と葉の刃を織り交ぜた前方向へと放つ竜巻、高速回転をしながら華麗に舞うその姿はまさにプリマのそれ。

 だがゼブライカが放ったのは突進攻撃(ワイルドボルト)ではなかった。全身にプラズマを纏い、赤熱させる。それが【オーバーヒート】であると悟った時、既に両者の技がぶつかりあった。

 

 迫る花弁と葉刃を全て焼き尽くす勢いで放たれた【オーバーヒート】はそのままゼブライカを中心にドーム状へ熱波を広げる。【リーフストーム】では押し留めることが出来ず、競り負けたロズレイドとアストンがそのまま熱風に煽られて吹き飛ばされた。フェンスに激突したアストンがロズレイドを受け止めたが、ロズレイドは今の一撃が攻撃後の隙に直撃してしまい戦闘不能になっていた。

 

 だがゼブライカもまた【はなびらのまい】と【リーフストーム】が急所に当たっていたのか、放熱後前膝を尽きそのまま横向きになって倒れた。

 

「ありがとう、休んでくれ」

 

 ロズレイドをボールに戻して労うアストン。手持ちの一体を失ったのは痛手だったが、この場で放置するのはあまりに危険なゼブライカを倒すことが出来たのだ。

 それを眺めていたグライドが舌打ちをしながら、再び手を上げた。

 

「【りゅうせいぐん】だ、撃て!」

 

「騎士さん! 早くそこから離脱しろ!」

 

 今度は最初からアストン一人に狙いを絞った隕石の雨が既に半壊したビル目掛けて降り注ぐ。アストンはすぐさま立ち上がり、数十メートル先の破壊されたフェンス目掛けて屋上を駆け抜ける。

 

「来い、エアームド!」

 

 そう叫ぶのと同時、アストンは地上数十回の高さから躊躇いもなく飛び降りた。瞬間、半壊していたビルが音を立てて崩落を始める。

 飛び込んだアストンの真下にタイミングを合わせて滑り込み、主を回収するエアームド。しかし今度はエアームド目掛けて隕石が落下してくる。

 

「後ろだ!」

 

 シンジョウが叫んだ。振り返ったアストンに砕けた隕石の破片が熱を持って迫っていた。このままならば直撃は免れない。

 しかしアストンはそのまま正面に向き直り、メガボーマンダ目掛けてエアームドを直進させる。

 

「ダメージ覚悟の突貫とは、血迷ったか!」

 

「それはどうかな! エアームド、【ボディパージ】!」

 

 それはアストンとエアームドの切り札であった。迫る【りゅうせいぐん】の破片に対し、エアームドが鎧装と金属で出来た羽を放出し、対隕石用のフレアにすることで自身の背後で炸裂させたのだ。

 さらに背後で隕石が爆発し、その爆風と鎧装を脱ぎ捨てたことによりエアームドはさらに加速する。オレンジ色の光を跳ね返し、流星のようにメガボーマンダへ迫る。

 

 

「──【ブレイブバード】ォ!!」

 

「速い! だが、やらせるものか! 【だいもんじ】!!」

 

 

 刹那、茜色の空の下、橙色の光が弾けた。それは見るものによっては流れ星であったかもしれないし、花火だったのかもしれない。

 しかし違わないのは、どちらも燃え尽きて、落ちるだけの運命であるということだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 その頃、地上では二百人近いバラル団員とジムリーダープラスアルファの戦いが苛烈を極めていた。

 嵐が舞い、水が迸り、草木が跳ね、電撃がそこかしこを走り回り、炎が渦を巻く激戦区。

 

 まさに戦闘区域の真っ只中で、アシュリーが口元を上機嫌に歪めながら言った。彼女の視界の先で、エンペルトが【アクアジェット】を繰り出しみずタイプが弱点のポケモンを軒並み撥ね飛ばした。

 

「全く、どうして私達はこうも物騒な中でなければ再会出来んのかな!」

「それ、私もずっと思ってた!」

 

 答えたのはイリスだった。直後、稲光がアスファルトを砕く勢いで降り注ぐ。この場において電撃は全て彼女の"ピカチュウ"が放つものだった。凄まじい威力の【10まんボルト】や【かみなり】が時限的にバラル団員とそのポケモンへと襲いかかる。

 

「今度こそ、ゆっくりお茶でもって考えてたんですが……」

 

 とほほ、と肩を落としながらも向かってくる攻撃を全ていなしきるステラ。彼女の肩にはいつものようにミミッキュが止まっており、時折イリスの方へと手を振っていた。手を振り返すイリスを見て、アシュリーもこっそりミミッキュへ視線を送るがこちらに返ってくる会釈は無かった。

 

「だったら祝勝会で、それ叶えるっつーのはどうだ?」

「そうですね、アサツキさんもぜひ」

「ぉ、オレもいいのか? 邪魔じゃねえか?」

 

 アサツキの顔が一瞬朱に染まる。が、次の瞬間彼女の背後から迫るグラエナをローブシンが【アームハンマー】で殴り倒す。慌てて抑えに出てきたエスパータイプや、それに加えひこうタイプを有している"ネイティオ"の群れが襲来する。

 

「ド派手に【ぶんまわす】!」

 

 ローブシンは両手でコンクリートの柱を掴むと、そのまま一気にハイスピードラリアットを放つ。そのまま地面やビルの壁面へと次々叩きつけられていくネイティオやエスパータイプの群れ。それを見ながらダイは密かに焦りを感じていた。自分一人だけ異様にプレッシャーに負けそうになっている。当然だ、彼はつい最近までただのトレーナーだったのだから。VANGUARDという肩書を持っていても、意識まで簡単に変わるわけではない。

 

「あいつだ、まずはあいつを狙え!」

 

 そんなときだ、一人の団員が声を荒らげダイを指さした。次の瞬間、一斉にダイとジュカインめがけて我先にとポケモンたちが迫ってくる。

 

「ッ、ハピナス! 彼を護れ!」

「グランブル、お願いします!」

 

 しかしアシュリーとステラが手持ちの一体をダイの方へと回した。殺到するポケモンたちをハピナスとグランブルが受け持ってくれたおかげで、そこから溢れたポケモンだけをジュカインが対処する。

 対峙するのはあやつりポケモンの"ゴチミル"、接近戦を仕掛けてくることはせずジュカインから一定の距離を保ったまま【シグナルビーム】を放ってきた。

 

 だがジュカインは素早さの高さが全ポケモンの中でも秀でている部類だ。一直線に進む【シグナルビーム】、さらには混戦状態という障害物や足場に出来る物が多いこの場所では避けるのは容易かった。

 

「振り切って、【シザークロス】!」

 

 身体の大きなアシュリーのハピナスを利用してゴチミルの視界から脱出したジュカインがそのままバラル団のポケモンを蹴飛ばし足場にすることで反転、ゴチミルの意識外から両腕の刃を交差させて切り裂く。

 そう、決してダイが誰より劣っているわけではない。むしろこのような注意力が散漫になりやすいフィールドにおいて、彼の本来持つゲリラ的戦闘力は馬鹿にできないものがある。

 

「俺たちだけナメられてちゃ、たまんねぇよな!」

 

『ジャアアアアッ!!』

 

 自らを鼓舞するべく、ダイとジュカインが咆える。二人の闘争本能が同調し、ダイの左手首のキーストーンとジュカインの持つメガストーンが激しい光を放つ。

 出来る、やれる、俺たちなら。二人が視線を交わし、大きく頷いた。握り締めた左手を前方へ突き出し、再びダイが叫んだ。

 

 

「────突き進め(ゴーフォアード)、ジュカイン!! メガシンカ!!」

 

 

 ダイの左腕から放たれた虹色の光の束がキーストーンを通してジュカインへと流れ込む。それは間もなく日が暮れる夕方の街を激しく照らしあげた後、一際大きな爆発を伴って再誕する。

 腕部の新緑刃は先端が赤くなり、よりエッジの利いたVの字に成長する。同じように身体の赤いラインが縞模様のようになり、尻尾の先へ行くごとに赤く鋭く尖っていた。

 

 さらにはXの字に編まれた葉の装甲が胸部を覆っていた。それこそがジュカインというポケモンの究極系、"メガジュカイン"──! 

 すぐさまダイはポケモン図鑑を取り出し、メガジュカインをスキャンする。

 

「ドラゴンタイプが追加されてる……! しかも素早さがジュカインの時とはダンチだぜ!」

 

 さらにページを更新し特性や現状使える技を把握すると、ダイはハピナスの陰から飛び出した。ジュカインが待ってましたとばかりに彼の前へと舞い戻る。

 

「ゼラオラ、出てきてくれ!」

 

 ダイはゼラオラを呼び出し、周囲のポケモンを牽制させる。誰も自分に近づいてこないことを確認すると、ダイは大声でイリスを呼んだ。

 

「イリスさん! ちょっと電気分けてください! ゼラオラ!」

「うん!? あぁ、オーケー! ピカチュウ!」

 

 

「「【10まんボルト】!!」」

 

 

 敵陣に突っ込んでいたピカチュウが相手のツンベアーの背を駆け上がりジャンプする。それと同時にゼラオラがバラル団のポケモン目掛けて【10まんボルト】を放つ。

 しかしそれらの電撃は行き先を変え、全てがメガジュカインの元へと殺到する。避けること無く電撃を背中の種に受けたジュカインの姿が、ゼラオラの放つ雷撃と同じ青白い光を帯びた。

 

「メガジュカインの特性は"ひらいしん"! 場の電気を全て吸い寄せる効果がある! そして!」

 

 でんきタイプの攻撃を全て無効化してしまう"ひらいしん"、さらに引き寄せた電撃を全て自分の力へと変換してしまうという能力も持つメガジュカインは、今のピカチュウとゼラオラの合わせ技により特殊攻撃のステータスが凄まじい勢いで上昇していた。

 

 

「その状態で放つ、超弩級【リーフストーム】だ!!」

 

 

 ジュカインが敵陣に背を向けた。次の瞬間、首の後ろの種が弾ける。尻尾に行くにつれて赤みを増していくその種が次々に破裂し、最後には尻尾を巨大なドリルミサイルとして発射する。

 種が破裂した際に生まれる爆風を利用し、さらにピカチュウとゼラオラから受け取った電気エネルギーを蓄積した尻尾は回転と共にさらなるエネルギーを発生させ、黄金の光を纏ったまま敵陣を纏めて蹂躙し尽くす。

 

 敵陣を薙ぎ払った後地面に突き刺さった尻尾が大爆発を起こし、その爆風に含まれる電気がバラル団のポケモンにとどめを刺す。尻尾を切り離したジュカインだったが、瞬きをする間に背中の種共々何事も無かったかのように復活していた。

 

「畳み掛けるぞ!」

 

 アシュリーが音頭を取り、全員が大きく頷いた。

 

 ステラがニンフィアを、

 

 イリスがピカチュウを、

 

 アサツキがローブシンを、

 

 そしてダイがメガジュカインをそれぞれ自らの元へ呼び戻し、同時に喉を震わせた。

 

 

「【ハイドロポンプ】!」

 

「【ハイパーボイス】!」

 

「【ボルテッカー】ッ!」

 

「【ばかぢから】ッ!!」

 

「【リーフストーム】!」

 

 

 刹那、その場に収まりきらない力が爆散するようにして拡がる。

 

 コンクリートすら抉ってしまう水圧の奔流が、

 

 街全体を震わせてしまうほどの妖声が、

 

 音を超えて地走る極大の雷光が、

 

 大地震わす怪力の波動が、

 

 稲光を放ちながら翔ける螺旋の渦が、バラル団のポケモンの尽くを飲み込み主ごと吹き飛ばす。

 二百人を超えるであろう団員の半数以上を壊滅させ、随分と道路が広くなったように感じる。それでもまだ五十人近くは健在であるし、離れたところで様子を伺っているハートン、ソマリ、ケイカもまだ余力を残しているため、油断は出来ない。

 

 改めて五人が気を引き締めた直後のことだった。空が閃き、無数の隕石が降り注いでいた。遠くの路地でビルが倒壊し轟音と地響きがダイたちにも聞き取れた。

 そんな中、複数の隕石が流れ弾のようにこちら側の路地まで飛来していた。

 

「ニンフィア! 【ミストフィールド】を!!」

「【ひかりのかべ】だ、ハピナス! 急げ!」

 

 ステラとアシュリーが素早く指示を回す。ハピナスがドーム状に張り巡らせた【ひかりのかべ】の内部にニンフィアが拡散させた桃色の霧が充満する。

 刹那、大爆発を伴う隕石の衝撃が【ひかりのかべ】をも揺るがし、道路の中心地点で炸裂する。

 

「全員伏せろ!! 怪我したくなかったらな!!」

 

 そう言うなりアサツキはダイの頭を地面に叩きつけんばかりの勢いで伏せさせ、自身も体勢を低くしヘルメットで頭を防護する。

【ひかりのかべ】と【ミストフィールド】で半減に次ぐ半減を行っているにも関わらず、その爆風は凄まじく先の戦闘で発生した瓦礫や放置された自動車、割れたガラスの破片などが熱を持って吹き飛んでくる。

 

 アサツキの指示はバラル団員にも及んだ。フードを深く被り体勢を低くした団員は無事だったが、間に合わなかった団員たちは軽々と吹き飛ばされ、瓦礫の下敷きになり、大小問わず被害を被ることとなった。

 これこそが、グライドが組織の中で畏怖を集める理由の一つとなっていた。仇敵を倒すためならば、同じ戦場の味方に配慮などしない。必要とあらば切り捨てる非情さが彼にはある。

 

 しかし今の一撃で動けたはずのバラル団員五十人の半数以上が戦闘不能になり、結果的にはダイたちを助けることとなった。

 状況を打開できる、そう思った矢先だった。二度、何かがダイたちの目の前のビルに直撃した。【りゅうせいぐん】の一部かとも思ったがそれにしては爆発が小規模であった。

 

「ッ、シンジョウさん!」

「アストン……!?」

 

 それはグライドと空中戦を行っていたはずのシンジョウたちであった。ビルの壁面にクレーターを作った二人がそのまま落下してくる。ダイはウォーグルを向かわせ、シンジョウとリザードンを受け止めさせる。アストンとエアームドはアシュリーとハピナスが抱きとめた。

 

「っ、アシュリー……すまない、後少し届かなかった……」

「無理をするな……! ハピナス、【いやしのはどう】!」

 

 アストンの身体はほぼ全身が高熱に焼かれたかのように火傷を負っていた。PGの制服もところどころが焼け落ち、ボロボロになっていた。慌てて駆け寄ったステラとニンフィアが【いやしのすず】の音を奏でてアストンの火傷を治癒していく。

 

「シンジョウさん、大丈夫か!?」

「俺は大丈夫だ、だがリザードンが翼をやられた……だが、まだランタナがヤツと戦ってる……!」

 

 そう言ってシンジョウが空を仰いだ。それに続いてダイが空を見上げた時だった、何かが目の前にどさりと音を立てて落下してきた。

 

「違うな、()()()()()が正しい。だいぶ手こずらされたが、それもこれまでだ」

 

 ダイとシンジョウ、二人の目の前に落ちてきたのはランタナだった。意識はあるようだったが、高所から叩き落とされた衝撃で手酷いダメージを負っていた。

 加えて、彼のムクホークはひどい裂傷を刻まれていた。間違いなく、ボーマンダによる【ドラゴンクロー】が急所に当たった痕だった。

 

 グライドとボーマンダが目の前に静かに降り立った。見れば、ボーマンダの高速飛行のため腕を格納する鎧はボロボロになっており、こちらも無傷とは言えない状態だった。

 だがそれでもシンジョウ、アストン、ランタナの三人を相手取り、これを仕留めてみせた。

 

「終わりにしよう」

 

 サッと腕を上げるグライド、次いでボーマンダが口腔に炎を溜め込んだ。その狙いはシンジョウ、そしてそれを支えるダイだった。シンジョウがダイを突き飛ばそうとしたが、それより一瞬早くダイがシンジョウの前に飛び出した。

 

「【だいもんじ】」

 

「ッ、ジュカイン! 【りゅうのはどう】!」

 

 刹那、放たれた豪火と龍を模したオーラがぶつかり合う。ピカチュウとゼラオラからもらった電気によるエネルギーの貯金は既に【リーフストーム】で使い切ってしまった。

 そのため、メガジュカインの純粋な火力でメガボーマンダと根力の勝負となる。

 

 だが、

 

「クソッ! あっちも【りゅうせいぐん】バカスカ撃って疲弊してるはずなのに……!」

 

 ボーマンダの放つ豪火の勢いが衰えることなく、逆にジュカインの【りゅうのはどう】が炎に蝕まれ始めた。

 そして、均衡していたかに見えていた戦いが一瞬にして覆る。

 

『グガァァァアーンッ!!』

 

「ぐああっ!」

 

 そのまま押し切られ【だいもんじ】によってジュカインが吹き飛ばされ、熱波でダイがビルに叩きつけられた。障害を取り除き、再度グライドがしんじょうへと狙いを定めた。

 

「──ミミッキュ、グランブル! 【じゃれつく】!」

 

 だがそれを好としない者がいた、ステラだ。グランブルの肩に飛び乗ったミミッキュが二匹掛かりでボーマンダに組み付いた。首や翼の根本を抑えつけられ、ボーマンダが激しくのたうつ。

 ドラゴンタイプのポケモンに対して優勢でいられるフェアリータイプのポケモンが二体。だがやはり身体の大きさが違いすぎる、それは単に両者の間で膂力の違いを現していると言って良かった。

 

 翼に絡みついたミミッキュを跳ね飛ばし、遠心力を伴った【アイアンテール】で蹴散らすボーマンダ。ボキッ、と妙に小気味良い音を立ててミミッキュの本体上部のダミーがへし折れる。

 さらに首を振り回し、グランブルの拘束を無理やり逃れると【すてみタックル】を繰り出しグランブルを撥ね飛ばす。

 

「"ドリュウズ"、()()せよ」

 

 グライドが横目にステラを睥睨しながら、ちていポケモン"ドリュウズ"を喚び出す。螺旋土竜はその頭部と両腕の金属破片を連結させ、巨大なドリルの形を象ったモードへ変形を遂げるとそのままミミッキュ、グランブル諸共にステラへと襲いかかる。

 

「ッ、キテルグマ! ローブシン! 受け止めろ!」

 

 迫る螺旋の蹂躙はステラに直撃する手前で阻まれた。回転力により強化された【アイアンヘッド】をアサツキのキテルグマの"もふもふ"とローブシンのコンクリートの柱が受け止めた。

 ローブシンの持つ柱が凄まじい勢いで抉られていくが、外から打撃攻撃を半減するキテルグマが受け止めることでキッチリとドリュウズの動きを止めることに成功する。

 

「サワムラー! 【とびひざげり】!」

 

 アサツキが残る最後の手持ち(サワムラー)に、仲間の二匹が抑え込んでいるドリュウズ目掛けて渾身の一撃を繰り出させる。

 バネのような脚部を活かし、驚異的な跳躍力を以て繰り出された一撃が動きを止めている土竜へ叩き込まれる──

 

 

「【ハイパーボイス】!」

 

 

 はずだった。だがそのビジョンをグライドは読んでいた。場にかくとうタイプのポケモンが出揃う瞬間を、虎視眈々と狙っていたのだ。

 これまでグライドがひた隠しにしてきた汎用切り札【ハイパーボイス】はメガボーマンダの特性"スカイスキン"により、アサツキの手持ちに深く突き刺さる。

 

 大空をひっくり返すような爆音の衝撃波にアサツキが手持ちの三体諸共軽々と吹き飛ばされる。小さな身体は嵐に手折られた小枝のようにくるくると宙を舞い、戦いの爪痕が大きく残るアスファルトに頭から叩きつけられる。

 

 二度、三度。爆音の衝撃、その名残が彼女の頭からヘルメットを弾き飛ばす。

 

 フィールド全体を吹き飛ばすような咆哮はアサツキだけでなく、グライド以外の全てを蹂躙した。戦闘不能になって倒れた部下であろうとお構いなしに全てだ。

 さすがにこの暴虐は本気を以て対処しなければやられる、ポケモントレーナーとしての本能がイリスを突き動かした。

 

 攻撃後、どの生物にも訪れる絶対的な隙を彼女は見逃さなかった。

 

 

「【ボルテッカー】!」

 

『ピッカァ! ビィーカビカビカビカビカビカビカビカ────!!』

 

 ひとまず、かのボーマンダをどうにかしなければならない。イリスの考えを汲んだ雷神が地を蹴り、音を置き去りにしながら全ての物体を足場にしながら突き進む。

 先鋒、ドリュウズが地面を強く叩き揺るがす。【じしん】だ、軽い部類のポケモンであるピカチュウは足場を揺るがされるだけで、速度が著しく減退する。

 だがそれでも、並のポケモンよりはずっと速い。稲妻の砲弾と化したピカチュウがドリュウズを抜き去り、そのまま無防備なボーマンダへと迫る。

 

「もらった……!」

 

 揺らぐ大地ではピカチュウを止めることは出来なかった。地を強く蹴り、大空へ跳び上がったピカチュウが、放物線を描いて目が潰れそうなほどの雷光を纏って、頭上からボーマンダへ襲いかかる。

 イリスが、イケると確信した。死角を突いてやったぞ、と得意げにグライドの焦った顔を拝んでやろうと思った。

 

 

 機械がそこに立っていた。二つの無機質な瞳がピカチュウを捉えていた。だらりと垂れ下がった手に握られたモンスターボールは大口を空けて、その中身を吐き出していた。

 

 

「【カウンター】だ」

 

 

 砲弾が対象に炸裂する轟音。ピカチュウの【ボルテッカー】は、確かに直撃していた。しかしそれはボーマンダに、ではなかった。

 衝突の瞬間、【いわなだれ】で放たれた岩塊占めて十五個がピカチュウの突進の威力を殺した。この場合十五の岩塊を全て粉砕して尚突き進んだピカチュウの突進力が驚異的なのだが、ドリュウズの【じしん】で勢いを削がれ、それから逃れるために空中へ飛び出したことが失策であった。

 

 ピカチュウの額に手のひらの肉球を突きつけるのはおおかみポケモン、"ルガルガン"。グライドが隠し持っていた、最後の一匹。

 そのままオーバスローで地面へ叩きつけられたピカチュウへ、ルガルガンの脚が叩きつけられる。ルガルガンは血走った眼を奔らせ、【じだんだ】で直接ピカチュウの小さな身体を踏み抜いた。

 

「ピカチュウ……ッ!!」

 

 今まで幾度となく、負けたことはあった。それはイリスが続けてきた旅の歴史の長さを物語っている。

 だから、別段初めてというわけではない。だが、ここまで蹂躙されたことなど一度も無かった。小さな相棒が、暴力に屈しただただ虐げられている光景がイリスに突き刺さる。

 

 カッと、頭に血が上る。

 

「ッ、バシャーモ! エンペルト! ジャローダ! ヌメルゴン! エーフィ!!」

 

 それは恐らく、現状における最大戦力であっただろう。イリスが手持ちを、出し惜しむことなく全て召喚する。

 五匹のポケモンに同時に指示を出すなど長いトレーナー歴の中でなかなか無い。彼女は本来、ルールに則って戦う人間だからだ。

 

 だからこそ、ルール無用のアウトローとの相性は悪い。だが個々が鍛え上げられた、高水準のポケモンたち。

 たかが悪党に遅れを取ることなど、そういった考えが一度頭を過り、目の前で蹂躙されるエースの姿を見て考えを改める。

 

 目の前の暴虐は、()()()()()のそれではない。

 

 イリスの選択に対し、グライドは右手を横に薙ぐだけだった。

 

 ピカチュウを救出するべく、一番に飛び出したのはバシャーモだった。脚部から炎を噴き出しながら放つ【とびひざげり】がルガルガンへと迫る。

 

 ──バキンッ! 

 

 その強靭な膝は、グソクムシャが受け止めた。堅牢な甲殻に包まれたその手甲で軌道を逸らされたバシャーモ目掛けて【アクアブレイク】で襲いかかる。

 ならば、とグソクムシャ目掛けてジャローダが【つばめがえし】を放つ。不可視、かつ同時に襲いかかる三つの斬撃の軌跡、避けられるはずがない。

 

 結論から言えば、グソクムシャは避けなかった。なぜなら、その一撃は頭部を鋼鉄に包んだドリュウズが受け止めたからだ。

 そしてドリュウズがジャローダ目掛けて、狙ったように【つばめがえし】を撃ち返す。頭部、両腕に別れた三つの金属は本来ドリルになって地面を掘削する。つまりは先端含め側面が鋭利に研ぎ澄まされている。その三つが放つ三連撃がジャローダに直撃する。

 

 だとしても、と三番手のエンペルトとヌメルゴンがドリュウズとルガルガン目掛けて【なみのり】と【だくりゅう】を放つ。巨大な大波が手持ちのポケモン諸共にグライドへと襲いかかる。

 が、ルガルガンとドリュウズを飲み込むかと思われた大波が突然、海割の如く両断される。

 

 ジュナイパーだ。両の翼で放たれた二連【リーフブレード】がルガルガンとドリュウズを守り抜き、グソクムシャはそもそも水攻撃が効かない。

 お返しだとばかりにジュナイパーが翼から木葉矢を撃ち出し、それが不可思議な軌道を描いてエーフィの影を的確に射抜いた。

 

 だがエーフィは動けなくなったとしてもピカチュウだけは救い出すと【サイコキネシス】でルガルガンの足元からピカチュウを念力で手繰り寄せる。

 それ自体は成功した。だが、イリスのポケモンが放つ渾身の一撃その全てが尽く無力化されてしまい、グライドにはまだ攻撃出来るポケモンが一匹だけ残っている。

 

 そもそもピカチュウが最初に退けようとした、メガボーマンダの一撃が残っている。遠吠えのように唸るボーマンダ、もはや夜空と違いない上空に煌めく星々。

 

 

「【りゅうせいぐん】、消え失せろ赤帽子」

 

 

 何度も撃ち放ったはずのそれはまだ尽きること無く、レニアシティへと降り注いだ。

 

 爆音が、熱波が、余すこと無く人々を、ポケモンを蹂躙する。

 

 その場の全員は、自分自身の身を守るのに精一杯だった。

 もはやバラル団も、ハートンが「もうグライド様だけで十分」と判断したのか意識があるメンツを統率して撤退していた。

 

 それほどまでに、たった一人で状況が覆されてしまった。舞い上がる砂煙が収まった頃、グライドは妙に甘ったるい匂いに気づいた。

 匂いの原因はすぐにわかった。ステラのニンフィアが放った【ミストフィールド】だった。それが今の【りゅうせいぐん】の威力をわずかながらに減退させたのだ。

 

 しかし、減退させた程度ではどうにもならなかった。既に彼女の修道服はガラスや石片に切り裂かれ、覗く柔肌には赤い一文字が引かれている。頭部を守っていたシスターヴェールもいつの間にか殆どが焼け落ちてしまっていた。

 

「う……」

 

 その時だ、微かに誰かが呻いた。それが戦いの始まる前に昏倒させられていたアルバとリエンだと気づいたのは彼が起き上がった直後のことだった。

 アルバは目の前に拡がる光景を数秒呆然と見つめ、寝ぼけた頭が即座に覚醒させられる。鈍器で殴られたように頭がひどく痛む中、周囲を見渡す。

 

 誰もが地に倒れ伏している。むしろ、視界の中でまだ上体を起こしているのがステラだけだった。そんな彼女も膝を突き、肩を喘がせていた。

 

「だ、誰もいない……戦える人は、誰も……!」

 

 二人は頭痛と身体の鈍痛を無視してステラの側で意識を失っているイリスに駆け寄った。近づけば近づくほど、アルバは自分の憧れが穢されてしまった事実を突きつけられた。

 

「い、イリスさんが……」

 

 思わず、リエンは彼女の傍らでへたりこんでしまった。彼女が負けるはずがない、どこかでそう揺るがない事実のように思っていたことが儚く崩れ去る。

 グライドはそんなアルバたちを見て、脳裏にしまい込んでいた情報を引っ張り出す。

 

「あぁ、そうだ。虹の奇跡を扱うルカリオのトレーナー。であれば、処分しておくに越したことはない」

 

 パチン、手短に伝えられる指でのサイン。ボーマンダがズシン、ズシンと足音を威圧的に鳴らしながらアルバとリエンに近づいてくる。

 

 戦わなければ。

 

 どうやって? 既に手持ちは全損、戦えるポケモンはいない。

 

 逃げなければ。

 

 どうやって? 相手はボーマンダ、メガシンカまでしている。どうあっても逃げられない。勝負の最中に敵に背中を見せられない。

 

 

 

 

 いや、そもそも勝負にすらなっていない。アルバが目を覚ましたのは全て状況が終わった直後だ。

 今更介入など出来るはずがない。全てが遅すぎた。

 

「ぁ……」

 

 

 翼竜が首を擡げてアルバとリエンを見下ろした。その獰猛な(まなこ)に自分が映り込んでいることを認識した瞬間、アルバもリエンも動けなくなってしまった。

 龍気がボーマンダの爪へと蓄積される。【ドラゴンクロー】、グライドが小さく呟きボーマンダが振り上げた右手を振り下ろした。

 

 迫る衝撃に、アルバとリエンが目を瞑った。だがどれだけ待っても、痛みが自分たちの身体を襲うことは無かった。

 薄く、目を開ける。すると二人の眼前、緑色の体躯が翼竜に立ちはだかり振り下ろされた激爪を受け止めていた。

 

 

「──やら、せるかよ……これ以上」

 

 

 その声は背後から聞こえてきた。アルバとリエンが振り向くと、今の今まで這いつくばっていた地面に靴の裏を勢いよく叩きつけた男が立っていた。

 白いジャージは泥で汚れ、左腕には酷い火傷の痕を見せながら男──ダイは立ち上がった。

 

「ジュカイン、まだ戦えるだろ……!」

 

『ジャアッ!』

 

 掠れた声でダイが叫んだ。それに呼応するように、ボーマンダの攻撃を受け止めたジュカインが咆える。裂帛の気合いと共に、ジュカインがボーマンダを撥ね飛ばし一度距離を取る。

 ボーマンダは翼で空気を掴み、後退を最小限に抑えるとそのまま健在な仇敵ジュカインへと狙いを定めた【ドラゴンクロー】を繰り出す。

 

「【ドラゴンクロー】……!」

 

 ジュカインもまた応戦するように龍気を纏わせた両腕の爪で飛翔するボーマンダと攻撃を打ち合う。まるで鋼鉄同士をぶつけ合っているかのように激しい火花と、二匹の手を覆う龍気エネルギーが飛散する。

 二匹とも既に蓄積しあったダメージは五分五分(イーブン)、だが素早さにおいてはジュカインが勝る。

 

 即ち、ジュカインがヒットアンドアウェイを成立させるか、ボーマンダが攻撃をクリーンヒットさせるかで勝負が決まる。

 

 ボーマンダが一度空高く舞い上がる。ジュカインは逃がすものか、と倒壊したビルの壁面を足場にして跳躍、素早さに物を言わせた追撃を行った。

 だがボーマンダが空へ上がったのは決して逃げるためではなかった。むしろ、空中という袋小路へジュカインを誘い込むための罠だった。

 

 

「【ハイパーボイス】!」

 

 

 アサツキの手持ちを全損させたのと同じ、大空の覇気を咆哮で撃ち出す【ハイパーボイス】。空中では踏ん張りの効かないジュカインを容赦なく衝撃波が襲う。その余波が地上にいるダイを再び吹き飛ばす。

 跳ね返され地面へ突き落とされたジュカインが腕を杖のようにしてなんとか立ち上がる。が、ジュカインが顔を上げた時既にボーマンダは視界から消えていた。

 

 ボーマンダが狙ったのはアルバだった。未だに動けずにいたアルバ目掛けてボーマンダが滑空。

 今度こそ万事休すか、そう思ったアルバを横から衝撃が襲った。

 

 

 

「──う、おお、おおおおおおおおおおおッッッ!!」

 

 

 

 痛む身体を無視して、

 動かない脚を無理矢理にも動かして、

 最後の力を振り絞って、ダイがアルバを突き飛ばしたのだ。

 揺らぐ視界の中でアルバがダイを、驚いたように見る。ダイの顔は晴れやかに見えた。

 

 そして──

 

 暴虐なる翼竜の激爪がダイの肩口から脇腹にかけてを、袈裟斬りにするように切り裂いた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 ズシャア、衣服と肉を同時に切り裂く嫌な音が夜のレニアシティに木霊する。

 ボーマンダに突き飛ばされたダイの身体がゴムボールのようにアスファルトの上を二度、三度とバウンドする。

 

「ダイ……!?」

「ダイくん!!」

 

 アルバとリエン、ステラの三人が撥ね飛ばされたダイの元へ駆け寄った。今の悲鳴で倒れていた面々が意識を覚醒させ、目の前の惨状を目撃する。アストンの傍にいたアシュリーが脚を縺れさせながら遅れてダイの元へやってくる。

 

「しっかりしろ!」

 

 アシュリーが叫ぶ。ダイの真っ白なジャージは彼の身体から噴き出した鮮血で真っ赤に染まり、今尚その領土を拡げていた。

 その様を見て、無表情を貫いていたグライドがほんの少しだけ口角を持ち上げた。

 

「状況終了、バラル団に仇なす者を排除した」

 

 ボーマンダが鬨の咆哮を上げた。それは高らかなる勝利宣言、しかしそんな独りよがりの独白を無視してジュカインはダイの元へと一目散に走った。

 

「は、はは……アルバ、大丈夫か……」

「馬鹿! 何言ってるんだよ、大丈夫なわけないだろ!」

 

 アルバがダイを叱責する。手厳しいな、とダイが笑いながら血を吐いた。ビシャビシャと耳障りな音を立ててダイから赤黒い命の証が溢れる。

 

「ジュカイン、いるか……?」

 

 ダイがジュカインに呼びかけた。その言葉は既に彼の目が眼前の光景を捉えていないことを指し示して。

 

「もう喋るな! ハピナス! おい、ハピナスッ!」

 

 アシュリーがダイを黙らせ、ハピナスを呼ぶが瓦礫の下敷きになっているハピナスはもうダイを回復させるだけの体力を残していなくて。

 自分の手が汚れることも構わずステラがダイの胸部を抑え、出血を止めようとする。だが巨大な爪で大きく切り裂かれた傷を塞ぐには聖女の手はあまりに小さかった。

 

「止まって、止まってください……!」

 

 暖かい赤がステラの手を染め上げる。鉄臭いそれが水たまりを作っていく。ジュカインがそっと、ダイの手に自分の手を重ねた。

 その独特の肌触りは、ダイにジュカインの存在を認識させるのに十分だった。

 

「俺たち……最強だったよな」

 

 ジュカインはしきりに頷いた。彼は笑顔だった、せめて主を満足させようと強く何度も首を縦に振った。

 それを受けて、ダイもまた頷く。そして震える手でグライドの方を、ボーマンダを指さした。

 

「じゃあ、行け……! みんなを、護れ……!」

 

 強く、ジュカインに命じるダイ。ジュカインは逡巡し、迷いに迷った末に立ち上がると再びボーマンダ目掛けて突進する。

 メガシンカは解けていない、だから(ダイ)は大丈夫だと自分に言い聞かせ、【ドラゴンクロー】を繰り出す。

 

 

「おれ……うれし、かったんだ……アシュリーさんが、VANGUARDに推薦、してくれ、て……」

 

 

 大丈夫、大丈夫。まだ戦える、ジュカインはボーマンダの背後へ回り込み、【りゅうのはどう】を放つ。

 苛烈なまでの、スピードに物を言わせた戦い方。それは皮肉なことに、ジュカインの動きがボーマンダの知覚を凌駕していることの証明だった。

 

 

「あしゅ、りーさんが……みとめて、くれたか、ら……つよくなれ、たんだ……って……むね、はれ……ゴホッ! はぁ……はぁ……っ」

 

「そうだ……お前は十分強いんだ……だから、生きろ! 死んだら、本当に強いとは言えないぞ……!」

 

「そうなんだよ、ね……こまった、こまったよ……」

 

 

 ボーマンダを切り裂く、ジュカインの激爪。既にシンジョウのリザードンとの戦いで破損していた鎧の奥へと食い込んだ爪がボーマンダの肉体を切り裂く。

 あまりの痛みに、ボーマンダが思わず退いた。今度こそ逃がさない、ジュカインが腕の新緑刃へと龍気を纏わせた。

 

 

「ああ、シンジョウさんにリベンジ、したかった……な。ポケモンリーグ、でたか……った……」

 

 

 あと一撃、【ドラゴンクロー】を直撃させればボーマンダを倒せる。

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」

 

 

 ジュカインが咆える。強く、強く、咆える。

 そして、地面を踏みしめた瞬間だった。ふ、と身体から力が抜けてしまい、勢い余って前のめりにつんのめって倒れてしまう。

 

 起き上がったジュカインがもう一度新緑刃に力を込めようとして、気づく。メガシンカが解除されていることに。

 何より、メガストーンを通じて感じていた()を感じない。

 

 振り向いた。涙を流してうつむくステラと、悔しげに何度も地面を叩くアシュリーと、慟哭するアルバとリエンの姿が現実を。

 

 認めたくない事実を確実なものにして突きつけてきた。

 ダイの胸はもう規則的な上下運動をしていなかった。

 

 顔だけはただ眠っているように静かだった。

 

 その時、完全に地平線の彼方に太陽(タイヨウ)が没した。

 

 常闇が廃墟と化したレニアシティを支配する。

 そんな中アルバとリエン、二人の慟哭だけがただただ夜のラフエル地方に響く。

 



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VSサザンドラ 宵闇の静寂

 テルス山中腹から見える太陽が地平線へ消える頃、サザンカとカイドウは先遣隊として突入したユキナリのチームの援護へと向かっていた。

 しかし、どういうわけか登れど登れど戦闘が行われている現場に辿り着かない。それどころか、そういった音すら聞こえない。

 

「妙だな……」

「カイドウくんもそう思いますか、ええ妙です」

 

 先頭のジムリーダー二人が揃ってそう言うものだから、後ろを歩いていたアイラは周囲の状況が"妙な状態"であることを前提に注視し始めた。

 焼け落ちてしまった後の木々、既に日没と言って差し支えない状況でそれがハッキリと分かる。

 

師匠(センセ)、ちょい待てプリーズ~……」

「おや、すみません。置いてきてしまったみたいですね」

 

 そう言って柔和に謝罪をするサザンカ。アイラが振り返るともたもた、と聞こえてきそうなくらいふらふらの千鳥足で一人の少女が上がってきていた。

 彼女の名はプラム。サザンカが営んでいる武術教室に通う一人の門下生で、VANGUARDではアイラと同じサザンカのチームメンバーだ。

 

「大丈夫? プラム」

「あーダメTBS(テンションばり下がる)、あーし湖ガールだから山は専門外なんですけど~……」

「普段はあんなにバイタリティあるのに……でも普段、カエンと一緒に修行場の裏山を駆けずり回ってるじゃん」

 

 アイラから差し出されたペットボトルの水を一呷りするプラム。「ぷはー」と景気よくおいしいみずを嚥下し、残り数ミリリットル残した状態で口を離したプラムが残りの水を寄りかかっている木々へと思い切りぶちまけた。

 

「ちょっと!? アタシの水!」

「あ、そうだった! ごめんごめんご! でもほら、見てみーよアイラ」

 

 そう言ってプラムが指し示すのは水を掛けられた木だ。アイラが凝視すると、妙なことに気づいた。この辺一体の木々は燃やされた後のはずだが、水をかけられた木は水を弾いたのだ。普通の炭と化した木ならば水が染み込むはずなのに、である。

 

「たぶんあーしがグロッキーなのは、この辺一体に()()()張られてるからだよ。っていうかやばすぎてちょっとマジでリバりそう」

 

 お腹を抑えて気分悪そうにするプラムの介抱をするアイラ。近くの木々に触れながら、カイドウが横目でサザンカを見て言った。

 

「最初連れてきた時はなぜこのギャルを、と思ったが随分と鼻が利くようだな」

「えぇ、彼女の観察眼は目を見張るものがありますよ。特に"AIもーど"、でしたか。一度その状態に入るとすごいんです」

「AIモード? まさかとは思うが"インプラント"か? 脳科学がそこまで進歩していたなんて記憶は無いが」

 

 プラム、という人間について情報共有を図る二人。カイドウが誤解しているAIモードというのは俗に言う『頭良いモード』のことであり、ラフエル地方でも蔓延している若者言葉だ。

 サザンカは俗世に疎く、カイドウは人付き合いに疎いので当然知る由もない。

 

「つまりここは人為的に作られた空間で、アタシたちはそこに閉じ込められたってこと?」

「そうなるな、問題は『誰がどんな目的でそんなことをしたか』だが、答え合わせにもならんだろ」

 

 なんせ、答えが最初から提示されているのだから。

 

 カイドウのレンズ越しの視線を受けて、いつの間にか眼前に立っていた女性は薄く笑んだ。だがその笑いに、意味が含まれているとは思えなかった。

 アイラとプラムの二人は持ち合わせた嗅覚で、この女だけは絶対に理解出来ない人物だと感じた。

 

「さすが、超常的頭脳(パーフェクトプラン)と謳われるだけありますね。プロフェッサーカイドウ」

「その出で立ち、幹部級か」

「お察しの通り、バラル団幹部。担当は参謀と実働補助を担当しております、ハリアーと申します。以後お見知りお──」

 

 言葉を言い切る前に女性──バラル団幹部、ハリアーの背後から二匹のポケモンが飛び出してくる。それは"ジュペッタ"と"オーベム"であった。

 ゴーストタイプにエスパータイプ、この特殊な空間がポケモンの技によるものだとするなら、間違いなくこの二匹の仕業だとカイドウは当たりをつけた。

 

 飛び出しざまに放たれる【シャドーボール】と【サイコショック】を各々が散開することで回避する。当たるはずだった物に当たらず、遠方まで飛んだ闇の魔球と幾何学の念力が木々を粉砕する。

 

「"シンボラー"!」

「"ゲッコウガ"!」

「"ノクタス"!」

「"チャーレム"!」

 

 カイドウたちも応戦するように手持ちのポケモンを召喚し、ハリアーに対峙する。

 現状ハリアーが見せているポケモンは二匹、対してカイドウたちは計四匹。数の上では有利だが、相手はバラル団の幹部席を任されている女。当然数の有利など些細なアドバンテージだ。

 

「状況整理は任せろ、【ミラクルアイ】」

 

 早速カイドウがシンボラーと【ミラクルアイ】を使ったシンクロ状態に入る。挨拶代わりに、とジュペッタが再度【シャドーボール】を放つ。

 それをサザンカのゲッコウガが割って入り、【つじぎり】で散らしてしまう。蓄積されたエネルギーが臨界を超え爆散する中、ノクタスが突っ込む。

 

「視界状態光度上昇、移動する物体の自動追従開始、敵味方識別開始、敵オーベム迎撃体制に移行、行動順から特性は"アナライズ"と判断、以後オーベムの攻撃を最優先で対処」

「噂通り、独り言が激しいですね」

「あー、メガネ一度こうなるとたぶんもう聞こえないから意味ないと思うよ」

「聴覚情報取得、聞こえてるぞギャル娘」

「聞こえてるってさ!」

 

 戦闘中の軽口を咎めるカイドウと苦笑いのプラム。ノクタスが右腕と見せかけて左腕で放つ【だましうち】でオーベムを殴打する。しかし返すように、オーベムが頭頂部を輝かせた。

 それは赤、青、緑と目まぐるしく変化する色を放った。だがそれを分析したカイドウが素早く指示を出す。

 

「攻撃技特定、発射体勢から【シグナルビーム】と推測。発射までおおよそ三秒、ゲッコウガとノクタスを下がらせ対処しろ」

 

 直後、撃ち放たれる極彩色の光線。間近にいたノクタスを飲み込んだ後、ゲッコウガとチャーレムへ直進するそれをシンボラーが【シンクロノイズ】でかき消す。

 タイプ相性で言えば、絶妙にカイドウたちの苦手なタイプを司るポケモンたちだった。自分たちが来ることが分かっていて前線に出てきた、実働補助を担当するだけのことはあるとカイドウは彼女をそう評した。

 

「チャーレム、【バレットパンチ】!」

 

「【シャドークロー】で応戦なさい」

 

 キラキラと舞い散る【シグナルビーム】の残滓の中、チャーレムが敵の懐に飛び込んで神速の乱打撃を行う。オーベムを守るように飛び出したジュペッタが繰り出す影の裂爪とぶつかり合い、衝撃で二匹が弾かれるがチャーレムの方が復帰は早かった。常日頃、ヨガで高めた体幹力が功を奏したのだ。

 

「もっかい【バレットパンチ】!」

「ならオーベム、もう一度【シグナルビーム】です」

 

 ジュペッタの復帰を待っている暇は無い。ハリアーはオーベム自身に迎撃を任せる。再度極彩色の光線が放たれるものの、チャーレムには当たらない。

 予め【こころのめ】と【みきり】を併用し、攻撃射角を把握してからの攻撃だった。オーベムの頭部にチャーレムのマシンガンパンチが叩き込まれ、大きな隙が出来る。

 

「今でしょ!」

「そのようです、【かげうち】!」

 

 ゲッコウガが勢いよく地面を叩く。そのままピタリと動かなくなったかと思うと、サッと地面の上を影が走りオーベムの背後を取った。

 次の瞬間、ゲッコウガの姿がドロンと消滅し、オーベムの背後へ伸ばした影から本体が出現する。水で作り出したクナイでオーベムを切り裂き、一撃離脱するゲッコウガ。

 

「なるほど……さすがはジムリーダー、お見事です。それに、あなた方二人も。一般のトレーナーでありながらジムリーダーに追随し、さらに相性不利であろうともそれを覆す手腕は称賛に値します」

 

 手に持った古めかしい蔵書を小脇に挟みゆっくりと拍手を送るハリアー。口調そのものは相手を褒め称えているが、この場においては返って気味が悪い。

 

「こういうの、"慇懃無礼"って言うんでしょ」

「なにそれ、食べられんの? あーし知らない」

「"厚顔無恥"って言うのと一緒に食べると美味しいらしいよ」

 

 アイラが挑発する。ハリアーは顔色こそ変えなかったが、今のやり取りでアイラに一瞬興味を抱いたかのような素振りを見せる。

 くい、と顎でジュペッタに指示を送るハリアー。頷いたジュペッタが再び【シャドーボール】を放つ。だがジュペッタはゴーストタイプでありながら、ステータス上は物理攻撃値の方が高い。

 そのため、【シャドーボール】もそれほどの威力は出せない。それは奇しくも、手持ちに同じジュペッタを持つアイラだからこそ分かっていた。

 

「ノクタス、【エナジーボール】!」

 

 その時、オーベムの【シグナルビーム】を直撃して以降地面に潜っていたノクタスがアイラの正面へ現れ、両腕から抽出した新緑の砲弾を【シャドーボール】目掛けて撃ち出す。

 当たれば相殺、上手く行けばそのままジュペッタに直進する。

 

 はずだった。

 

「な、曲がった!?」

 

 その時、ジュペッタの放った【シャドーボール】がまるで意思を持っているかのように【エナジーボール】を回避したのだ。ぐりん、と不可思議な軌道を描いて飛ぶそれはノクタスの直前で再び軌道を変えその後ろにいたアイラを狙う。鎌首をもたげるように、闇色の魔球がアイラを睥睨した。

 

「っらぁ!!」

 

 だがそれを好とせず、アイラを小脇に抱えたまま踵を地面へと打ち込んだ者がいる。

 それはプラムだった。彼女が地面へと衝撃を送ると岩塊が捲れ上がるようにして眼前へ出現する。そしてそれを足場にサザンカが跳躍、破裂寸前の【シャドーボール】をなんとそのまま蹴飛ばした。

 軟質球のように形を変えたまま蹴り返された【シャドーボール】がオーベムの元で盛大に爆ぜる。ジュペッタはそれを見て「なぜ?」という疑問を隠せていなかった。

 

「ごめん、油断した」

「気にしなくていーよ! あーしらもうマブやし!」

「オーベムが念力で操っていたようです、ですがそれだけではありませんね」

 

 ズボンの裾についた砂埃を払い落としながらサザンカが悠々と言った。その言葉の続きを紡いだのはカイドウだった。

 

「あぁ、恐らく()()()()()()()()()()()使()()()()()。おおよそ射角の精度がポケモンに任せたそれではない。つまりはノクタスとゲッコウガもまたオーベムの攻撃に注意する必要がある」

 

 カイドウが一時的にシンボラーとのシンクロを解除し、ボールへと戻した。次いでフーディンを喚び出すとポケットから小さな指輪を取り出し、それを左手の中指へと取り付ける。

 アクセサリーを身につける場所に気を使うなど、少し前の自分ならば想像出来なかった。だが、元はユンゲラーだったフーディン諸共、ある一個人(ダイ)に変えられてしまったのだろう。全く迷惑な話だ、とカイドウは一人独白する。

 

「向こうが【ミラクルアイ】を使ってくる以上、こちらの動きは全て観察、認識されてるものと思え。だが、だからこそこちらに勝機はある」

「おや、あなたならばこそ、【ミラクルアイ】の厄介さはご存知だと思ったのですが」

「当然だ、つまり致命的な弱点も心得ているということだ。俺にそれを教えてくれたのはあの馬鹿だがな」

 

 不敵に笑むカイドウ。ハリアーは前髪をかき分け、額にサイコパワーで第三の目を出現させると改めて一歩前へ出て、カイドウと対峙する。

 

 

「──超常よ、我が叡智によりさらなる飛躍を遂げよ」

 

 

 目の前に掲げた左手を握り締め、指輪の頂点にあるキーストーンから放った光が戦場のフーディンと結びつき、薄気味悪い闇に包まれた森を照らしあげる。

 その光は、道を指し示す。それは言うなれば、勝利の方程式。道標として、四人の前へと顕現する。

 

 

「フーディン、メガシンカ!!」

 

 

 それは決して、ユンゲラーでは成し得なかった力。半ば事故のように進化したようなものだが、それでも。

 カイドウが口にこそしないが、友達と呼べる少年との絆を示すメガシンカだった。

 

 光の中より出現する仙人はサイコパワーに乗る形で空中に座す。"メガフーディン"はそのまま地面へとスプーンを突き立て、特殊な力場を生み出す。

 

「【サイコフィールド】」

 

 それはエスパータイプが場に居座る上で強力なアドバンテージとなる力場だ。カイドウはバラル団と戦う姿勢を見せた時から名有のメンバーの情報をPGや他に対峙したジムリーダーから聞き及んでいた。

 ハリアーのジュペッタがこちらと同じく、メガシンカを扱う個体であると知っていたからこその【サイコフィールド】だ。

 

「確かに強力ですが、私のオーベムも強化対象でありそちらのゲッコウガやチャーレムは【かげうち】と【バレットパンチ】を封じられました」

「それはどうかな」

 

 ハリアーがピクリと眉を寄せた。次の瞬間、再びゲッコウガがジュペッタの背後を取った。間違いなく【かげうち】だった、さらにそのまま離脱しざまに【つじぎり】を行い、ジュペッタへ大ダメージを与える。

 さらにチャーレムまでもが【バレットパンチ】を放ち、オーベムを攻撃する。【かげうち】を許してしまった分こちらは通さない、とハリアーはオーベムに後退を命じる。

 

「なぜ、なぜです」

「ご自慢の【ミラクルアイ】で分析してみろ、案外簡単な問題(クエスション)だぞ」

 

 尤も、そんな隙は与えないとばかりにフーディンが【シャドーボール】を放ち、オーベムを攻撃する。

 ジュペッタが前に出張り、【シャドークロー】で弾き飛ばそうとする。しかし、フーディンの放った【シャドーボール】は通常のそれと違いジュペッタは正面から跳ね飛ばされた。

 

「メガシンカしてるとは言え、その火力は」

「疑問ばかりで答えが出ないようならば──」

 

 ならば、と【ゴーストダイブ】を行うジュペッタへフーディンが【イカサマ】で返す。まるで老師が弟子をあしらうように脚を掛け、ジュペッタが顔面から地面に叩きつけられる。

 見慣れた光景にプラムがちょっとジュペッタに親近感を覚えたところで、カイドウがメガネのブリッジを指で押し上げて言った。

 

「お勉強が足りないな」

 

 今の一言でハリアーが露骨に顔を歪めた。垣間見えた彼女の本性に思わずアイラとプラムがたじろいだが、サザンカが「心配いりません」と声をかける。

 言われた通り、ハリアーが【ミラクルアイ】で周囲を異常なまでに観測する。そして推論を立て、推古を行う。そして出来上がった仮説はこの状況と一致、ほぼ確定する。

 

「【テレキネシス】と、"トレース"による"へんげんじざい"の模倣……!」

 

「正解だ、参謀担当は考える頭をきちんと持っていたようだな」

 

「……クソガキが」

 

「発言は挙手し、指名を受けてからと教わらなかったのか?」

 

 オーベム、ジュペッタ双方の攻撃がカイドウへ集中する。フーディンが当然迎撃を行うが、先ほどと同じようにジュペッタの【シャドーボール】がオーベムの念力により自在に動きを変える。

 だがカイドウは避けることはしない。避けずとも、仲間が対処してくれる。サザンカを味方に持つということは精神的にも大きなアドバンテージを生む。

 

 カイドウへ迫る魔球をサザンカが回転蹴りで撃ち返す。迫るそれをハリアーは首を少し横に傾けて回避する。後ろで爆ぜた風が彼女の艷やかな髪を乱暴に煽った。

 ハリアーは柄にもなく、多少憤っていた。相手が自分を研究し尽くすということに不快感を覚えたのだ。

 

 実際、ジュペッタはメガシンカによる【いたずらごころ】を封じられ、カクレオンやコジョンドと言った他の手持ちもそもそも相性が悪い。

 この四人の相手は自分が戦うべきではなかったと、今更ながらに思っていた。だがそれは実働補助を買って出た自分を自ら貶めていることにもなる。

 

 ハリアーが一番我慢ならない点はそこであった。プライド、という彼女を形成する大きなファクターが大きく侵されている気がしたからだ。

 

 だからこそ、否定しなければならない。踏みにじらなければならない。

 彼女にとって戦いとは蹂躙なのだから。命を冒涜することは美学なのだから。

 

 

「────"サザンドラ"」

 

 

 ジュペッタとオーベムを下がらせ、彼女が呼び出したのはジュペッタをも凌ぐ切り札。

 三首の黒竜は顕現と同時に咆哮を放ち、対峙するポケモンを強く威嚇した。ビリビリと空気を揺るがすプレッシャーが四匹と四人を襲う。

 

「いいでしょう、小細工はここまでで終わりに致しましょう。えぇ、えぇ、()()()()に」

 

 黒竜が翔ける。対象はフーディン、ではなくカイドウ。凄まじい勢いでカイドウへ食らいつこうとその三つの大顎が開いた瞬間だった。

 ゴパァ、空気が弾ける音を以てサザンドラの口内に穿たれる拳。しかもそれすら、ポケモンではなく人間のもので。

 

 一つ間違えば腕を食いちぎられかねないところであったが、彼女──プラムは気にしない。拳に次いで放たれた発勁、空気との摩擦で手のひらから微量の煙が発生するほどに洗練された一撃がたまらずサザンドラを後退させる。

 

「マトモなポケモンバトルじゃ勝ち目無いからトレーナー狙いまぁす、ってとこ?」

「おかしなこと、ポケモンバトルである前に命のやり取りをしているのでしょう? 我々は」

「アンタさぁ、矯正不可能なくらい性格ブスだよ。あーしが一番キライなタイプ」

「小娘に好かれようと、端から思ってませんので」

 

 怯みこそしたが、サザンドラはまだ動ける。今度は両の腕の(アギト)でプラムの両腕を食いちぎろうとする。だがそれを好とするほど、仲間も師も甘くはない。

 フーディンが【きあいだま】を放ち、それをサザンカが再度蹴り飛ばすことで加速させる。"へんげんじざい"によりかくとうタイプと化したフーディンが放ったそれが剛速球となってサザンドラの腕を横から飲み込もうとする。

 

「ノクタス、ありがとう。あとは任せて」

 

 そして今まで出遅れていたアイラもこれ以上は黙っていられない、とノクタスを控えさせ一番付き合いの長い相棒"バシャーモ"を呼びだす。

 相手がジュペッタとオーベムだったからこそ、先鋒をノクタスに任せたが相手が変わった今、バシャーモを出し惜しむ理由など一つもない。

 

「さぁ行こうバシャーモ! 今日のは活きの良いサンドバッグだよ」

「戯れろ小娘、その細首食いちぎってあげましょう」

「じゃあこっちはそのやたら高い鼻をへし折ってあげるわ」

 

 瞬間、カイドウが放ったのと同じ輝くがアイラの手首から溢れる。それは彼女曰く"とっておき"。

 バシャーモが光と豪火に包まれて、フーディンと同じくメガシンカを遂げる。鶏冠は大きく威圧的になり、身体中から炎が緒となってゆらゆらと漂う。

 それは歴戦の勇士が纏う羽織装束に似ていた。メガバシャーモがメガフーディンと並び立ち、サザンドラと対峙する。

 

 

「さぁ」

「死合いましょう」

 

 

 それが合図となりバシャーモとサザンドラ、両者が飛び出す。繰り出されるのは【とびひざげり】、迎え撃つは【りゅうのはどう】。

 暗黒の龍気が烈火を纏う膝蹴りと衝突し、大爆発を引き起こす。

 

 テルス山中腹のどこかに張られた結界の中、ここでもまた正義と悪の命をかけた戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 一方、本物の夜空が見えるテルス山中腹では今もなおワース組とユキナリ隊の戦闘が行われていた。

 

「【アイスボール】!」

 

「三度目か。そろそろ厄介だな、受け止めろ!」

 

 ユキナリの相棒"RFサンドパン"が全身を丸めて氷の砲弾へと相成り、対峙するワースの"メガヤミラミ"に向かって突進する。宝石がメガシンカにより堅牢な大盾へと変化したヤミラミはその陰に隠れてサンドパンの突進を受け止める。反動で弾き返されたサンドパンがユキナリの足元へ着地する。

 

「そろそろか、アルマ! 頼む!」

「了解。ラプラス、【あられ】!」

 

 少し離れたところで戦闘を行っているアルマが隣のラプラスへ指示を出す。ラプラスはそのまま上空目掛けて冷気を吐き出す。それが空気を冷やし、やがて戦場には雪や霙が降り出す。

 他の団員たちと違い薄着のワースが舌打ちしながらワイシャツの襟を立てる。

 

「"ゆきかき"たぁ、面倒な特性だ。この戦場じゃ死に特性だと思ってたのによおぉ」

「生憎、職場(ホーム)は氷雪地帯でね。そういう時、彼は頼りになるのさ」

「なるほど、つまりそいつぁお前さんの稼ぎ頭(エース)ってわけだ。それなら教えてやるよ、うちの稼ぎ頭もこのヤミラミだ。どっちかが倒れたら、戦況は様変わりするよなぁ」

 

 ワースの言葉が終わらない内にサンドパンが再び地面を蹴った。ヤミラミ目掛けて【メタルクロー】を繰り出し、ヤミラミもまた宝石の盾で防御する。鋼鉄の爪に引っかかれてなお傷一つつかない防御力はやはり大したもので、ユキナリも対峙しながらその手腕を称賛せざるを得なかった。

 

「だったら、さらに攻撃力を高めて一点突破だ!」

「まぁそうするわな、俺だってそうする」

 

 白む息を隠すようにワースがタバコを咥え、火をつける。その時、サンドパンの周囲に複数の剣が現れ、互いに打ち鳴らしあいさながら製鉄工場のような甲高い音が響く。

 

「【つるぎのまい】!」

「【おだてる】」

 

 サンドパンが【つるぎのまい】で自らを高めた瞬間、ヤミラミもまた【わるだくみ】で特殊攻撃のステータスを上げる。

 一点突破、ユキナリが発したこのワードでワースはユキナリの行動をある程度読んでいた。間違いなく攻撃力を底上げしてくるだろうと当たりをつけ、それは的中する。

 

「さらに【つるぎのまい】!」

「【じこあんじ】」

 

 サンドパンの攻撃が限りなく高められ、サンドパンが【アイスボール】を放つ。単調な攻撃、だがそれでも今までと変わりなく受け止められたかというとそうではない。今まで以上に盾に強い衝撃が加えられ、ヤミラミが思わず大盾から手を離してしまう。

 

「もらった! 【れいとうパンチ】!」

 

 防御力の要を失ったヤミラミ目掛けてサンドパンが特攻を仕掛ける。頭上から弾丸ライナーで迫るサンドパンの拳がヤミラミの宝石の眼に反射する。

 直後、サンドパンの拳が炸裂する。飛び散るのは純白の砂塵、だがそれはヤミラミの宝石が砕かれたのではなく、サンドパンが攻撃を外してしまったことを意味する。

 

「どうした、サンドパン! 君が攻撃を外すなんて」

「……まぁ、"ポカブもおだてりゃ木に登る"し、"エイパムも木から落ちる"っつーだろ」

「ッ……そうか、こんらんしているんだな……!」

 

 攻撃の直前、ヤミラミの【おだてる】で気を良くしたサンドパンが勢い余って攻撃を外してしまったのだ。そして鋭利な爪は雪原の下の地面に食い込んでしまい、即座に離脱は出来ない。

 

 

「仕留められる時に仕留めとかねえと、手痛い【しっぺがえし】が返ってくるぜ」

 

 

 その通りに、ヤミラミが【じこあんじ】で高めた攻撃力を以てサンドパンへ【しっぺがえし】を行う。逃げられないまま、悪戯をするようにサンドパンを痛めつけるヤミラミ。

 最後に無邪気な蹴撃がサンドパンを蹴り抜き、サンドパンは突き刺さった地面ごと引っこ抜かれるようにして吹き飛ばされた。

 

 タバコを短くしながらワースが戦場を俯瞰し、一息吐いた。

 

「まずここへ来た時、手前は「少し離れすぎていたかな」と言った。こっちは全く気づいてないのに距離を空けたまま攻撃するってことはよほどせっかちなヤツだと睨んだ。だからヤミラミの防御力を突破するために攻撃力の増強を図るっていうのも、まぁ読めていた。だから手前のサンドパンに好き勝手攻撃力を上げさせたのさ。【じこあんじ】でタダ乗りするためにな」

 

「後は【おだてる】で、サンドパンの攻撃の精度を甘くさせ、攻撃力を高めた状態での【しっぺがえし】で逆襲……大したヤツだな。さすがは幹部ってところか」

 

「ま、手前のことは予めイズロードやグライドから聞き及んでんだ。自決覚悟の心中特攻すら躊躇わない奴ってな。会計職っていうのも案外暇でねぇ、金勘定以外は飯食って映画見るか、シミュレーションくらいしかすることがねぇのよ」

 

 すっかり小さくなったタバコを捨てるワース。その小さくなったタバコをキャッチし、一息だけ吸い込むヤミラミ。

 ユキナリという人間の、たった一言から人間の出来方を予測し、即座に対策を立てる。今まで対峙したバラル団の幹部にはいないタイプだと、ユキナリは歯噛みした。

 

「だけど、僕にも負けられない理由がある。それはジムリーダーとして、PGの警部を任ぜられた者として! 君たちを逮捕する!」

 

「──ほぉ、どうやって?」

 

「こうやってさ!」

 

 直後、積もった雪の中からサンドパンが出現する。ワースは這い上がったサンドパンを見てひと目で変化に気づいた。地面に突き刺さった右手の爪がさらに鋭利になっている。

【つめとぎ】でもう一段階攻撃力を、そして攻撃の命中精度を上げて、より確実なものにしたのだ。

 

 そして、

 

「ユキナリさん!」

 

 背後から送られてくる氷柱の支援。それをサンドパンが一瞬で円錐状に研ぎ澄まし、ヤミラミ目掛けて発射する。慌ててタバコを捨て、大盾の背後に隠れるヤミラミ。

 大盾の強度は氷柱以上だ、当然儚い音を立てて氷柱は砕け散る。だがそれでいいと、ユキナリが笑んだ。

 

「ありがとう、フライツ! サンドパン、【つららおとし】だ!」

 

 砕けてしまった氷柱をさらに研ぎ出し、出来上がった細槍をヤミラミ目掛けて投擲する。その威力は凄まじく、大盾を抱えたままのヤミラミが積もった雪に後退の跡を刻むほどだった。

 さらに防御態勢を解いた瞬間に連撃されるため、ヤミラミは怯んで攻勢に移ることが出来なくなっていた。

 

「【はたきおとす】だ、見えてりゃ大したことはねぇ!」

 

 迫る氷柱をようやっと迎撃したヤミラミ、大盾による弾き攻撃(パリィ)で氷柱を破壊し徐々にサンドパンへと距離を詰める。

 

「【あくのはどう】!」

 

「【こおりのつぶて】!」

 

 接近したヤミラミが自身を中心に悪意のオーラを放射し、それに対してサンドパンは大盾に防がれ粉々になった氷柱の残骸を素早く蹴り出して【あくのはどう】にぶつけて相殺する。

 互いの遠隔技が相殺、消滅しあうとサンドパンが再び突進する。跳躍し、頭上を取ったサンドパンが思い切り上体を逸らす。

 

 

「──【アイアンヘッド】!」

 

「【メタルバースト】!」

 

 

 大盾へ鋼鉄化させた頭部を叩きつけ、遂にひび割れさせるサンドパン。その大盾が砕ける瞬間、発生するエネルギーを倍増させて破裂させるヤミラミ。

 暴発するエネルギーで両者が吹き飛ぶ。だがヤミラミが再度地面に身体を埋もれさせた時、ワースはメガシンカが解除されていることに気づいた。即ち、引き分け(ドロー)

 

 

「"ニドキング"!」

 

「"ユキノオー"!」

 

 

 エース同士の対決は互角に終わった。だが二人にはまだポケモンが残っている。ここで戦いが終わることはない。

 新たに呼び出されたニドキングとユキノオーが熾烈な戦いを繰り広げる。その爆風はまるで吹雪のように、その場の全員を強く煽る。

 

 

 

 

 

「【はどうだん】」

「【サイコカッター】」

 

 一方その頃、少し離れたところではアルマとテア、フライツとロアの戦いが行われていた。僅かな攻撃の隙を突いてフライツがユキナリを支援したのも束の間、再度フライツとパルシェンへ凶刃が降り注ぐ。

 

「【ブレイククロー】だオラァ!」

「【からにこもる】ってんだよぉ!」

 

 両者とも苛烈に、その勢いが伝播したポケモンまでもが大仰に咆える。迫るザングースの凶爪をパルシェンは【からにこもる】ことで回避する。ここで【からをやぶる】ことで敵を引き剥がし、攻撃に転じるのがいつもの戦術なのだが、如何せんアブソルに【よこどり】された先程の光景を忘れたわけではない。

 

「くそっ、ズルズキンさえやられてなきゃよぉ!」

 

 ロアが毒づく。この攻防の直前、ラプラスを下がらせルカリオを呼び出したアルマがズルズキンを可及的速やかに処理したのだ。それはもう、鮮やかな手捌きで。

 それ故、パルシェンの防御を突破出来ないのだ。それがザングースとロアの二人をイライラさせる。

 

「なら、【でんげきは】!」

 

 その時だ、アルマのルカリオを戦いかながらテアのアブソルが角から放射状の電撃を撃ち放つ。パルシェンの防御を突破する特殊攻撃、さらには弱点のでんきタイプ。パルシェンが殻に籠もったまま電撃に曝される。

 だが僅かに出来た隙を見逃すほどアルマもその尖兵も甘くはない。

 

「【とびひざげり】!」

 

 短く地面を蹴り、テアが乗ったままのアブソルへ蹴撃を繰り出すルカリオ。しかしその攻撃はアブソルがテアの持つモンスターボールへ戻ることで不発に終わった。

 予想外の回避方法にルカリオの膝はそのまま空を切り、地面を穿った。

 

「ここのところ、ルカリオと戦う機会が多いので研究し尽くしたんです。個体の差異はあれど、初速は見切りました」

「そう」

 

 アルマの脳裏に浮かぶのはVANGUARDの説明会で顔を合わせたハチマキのルカリオ使い。仮にスピードホリックであるあのルカリオと戦っているのなら、自分のルカリオの動きは容易く見切れるだろうとも思った。

 だがだからとてそれが退く理由にはならない、虚仮にされたまま引き下がるほど彼女もルカリオも聞き分けが良くない。

 

「【バトンタッチ】、ムウマージ!」

 

 アブソルの【バトンタッチ】により現れるのは【よこどり】でパルシェンから奪った素早さランクを引き継いだムウマージだ。素でルカリオよりも速い上、ゴーストタイプであるムウマージはアルマとルカリオに対するピンポイントに刺さる。

 

「だったらパートナーチェンジだ、"バルジーナ"!」

 

 やられたパルシェンを下げ、フライツが新たにほねわしポケモン"バルジーナ"を喚び出す。特性"ぼうじん"を持ち、アルマのラプラスが行った【あられ】状況下でも動けるあくタイプを併せ持つポケモンだ。

 アルマが頷き、互いの相手を変更する。ムウマージにバルジーナを、ザングースにルカリオを宛てて戦闘を再開する。

 

「ムウマージ! 【10まんボルト】!」

「ッ~、こっちも電気技か! バルジーナ! 【おいかぜ】!」

 

 迫る雷撃を風で吹き飛ばすバルジーナ、さらにはそのまま空気の流れを取りルカリオに風上を取らせる。ルカリオが風に乗った加速でザングースへと突進、【グロウパンチ】を繰り出す。

 向かい風の状況ではザングースも前に出ることは出来ない。だがそれを見越してロアは敢えて先手をアルマに取らせた。

 

「やられたやり返す! 【リベンジ】ってなぁ!!」

「……ッ」

 

 ルカリオの拳がザングースの頬へ炸裂するが、敢えて殴らせルカリオを離脱出来なくさせると、そのまま渾身のボディブローで【リベンジ】するザングース。

 弱点を突かれ、ダメージこそ許したがルカリオにも尋常ではないダメージを与える。肉を切らせて骨を断つ、アウトロー出身らしいやり口だった。

 

 再度アルマの元へ舞い戻り、敵の出方を警戒するルカリオ。バルジーナもまた、上手くムウマージの雷撃を躱して状況を見下ろす。

 

「アルマさん、いくらなんでも救援遅くないスか」

「私も思ってた。きっと、何かあったに違いない」

 

 そしてその直感は当たっていた。救援に来るはずのカイドウたちは今まさに幹部ハリアーとの死闘を繰り広げている最中なのだ。

 

「だとしても、私達の独力でどうにか切り抜けるだけ」

「ですよね。まぁ、端から他人なんて当てにしてないんですけど!」

「その割には、さっきから心が後方に向いてる。嘘は良くない」

 

 図星を突かれ、思わず吃るフライツ。視線をよこさずにアルマが言うものだから完全に見透かされていると思った。

 再び攻撃を仕掛けるか、そう思っていた矢先だった。ラプラスの【ふぶき】を受けて行動不能になっていたはずのバラル団員たちが徐々に立て直し始めた。

 

 

 そして、

 

 

「ほ、報告致します!」

 

 先程までワースが眺めていたヒードランの進行記録を現すグラフを見たバラル団員の下っ端が震える声で叫んだ。

 

 

「現在、テルス山の遥か下層より熱源が二つ、物凄いスピードで上昇してきています!! これはポケモンの素早さじゃありませんよ」

 

 

 それを聞いたワースが、心底楽しげに口角を持ち上げた。その報告を耳に挟んだユキナリが疑問を口にする。

 

「熱源が、二つ……? だがテルス山は火山ではない、だったら何が……?」

「テルス山に座す、二つの伝説が目を覚ましたのさ」

「なに……!?」

 

 ワースがモニターへと近づき、それを確認する。追撃しようとするユキノオーをニドキングが【ばかぢから】で抑え込む。モニターを覗いたワースはさらにクツクツと笑みを漏らした。

 

 

 

「今、ラフエル英雄譚に名を連ねる"ライトストーン"と"ダークストーン"が、レニアシティ目指して上昇を続けてるのさ」

 

 

 

 あっけらかんと言うものだから、嘘かと思った。だがワースの目が嘘を吐いていないことをユキナリは確信した。嘘を吐く、人を騙す人間の目ではない。

 それは真実だった。ヒードランが到達するよりも先に、自力で目を覚ました二つの宝玉が今、レニアシティを目指している。

 

「さて、ここまで教えてやったんだ。手前らはどうする?」

「バラル団がその二つをせしめようとしているのなら、止める!」

「じゃあ戦闘続行だな」

 

 放たれる【どくづき】。受け止めるユキノオーの腕から毒素が流れ込み、ユキノオーが苦悶の声を漏らす。

 二つの宝玉が地面を突き破り、上へ上へと進む度山が震え、野生のポケモンたちが王の凱旋を遠吠えで祝福していた。

 

 

 




サザンカさんはもうポケモン使わないほうが強いところまで来てしまったかもしれない、102歳だし、化物だし。



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VSボーマンダⅡ 暁

 

 激戦の影響で夜が訪れても街灯が点かないレニアシティで、その嗚咽は静かに響き渡っていた。

 少年少女の涙は、動かぬ骸と化した友人の頬を濡らす。眠ったように息を引き取った友人の傍でただただ、しゃくりあげた。

 

「ぐっ、ああ……ああッ!!」

 

 瓦礫の下から這い出る者が現れた、シンジョウだ。肩を抑えながらもモンスターボールを二つ、放り投げる。

 

「"ゴウカザル"! "バクフーン"!」

 

 現れた二匹のポケモンはいずれもシンジョウがリザードンに次いで信頼を寄せる二匹。それらがグライド目掛けて突進を行う。間に割って入るボーマンダが【ドラゴンクロー】で二匹を薙ぎ払う。

 だが妨害は既に読んでいた。ゴウカザルとバクフーンは互いの炎を身に纏い、車輪のように回転し加速する。

 

「【かえんぐるま】!!」

 

 ボーマンダの攻撃が直撃するが、二匹は回転することで【ドラゴンクロー】を受け流し威力を減退させ、そのまま炎を纏って体当たりを行う。

 だがやはり、ほのおタイプの技では二匹がかりでもボーマンダには傷一つ点かない。

 

「【げきりん】だ」

 

 見苦しい抵抗と、力の伴わない反逆。それが暴虐の王は気に食わない、故に【げきりん】は鍛え上げられたシンジョウのパートナー二匹をいとも簡単に退けた。

 だがまだシンジョウにはマフォクシーが残っている。それを再び場に呼び出そうとして、肩の痛みに思わずモンスターボールを取りこぼしてしまう。

 

「どうした、怒ったか」

「当たり前だ、ああ……俺は今、これ以上無いくらい怒りでどうにかなってしまいそうだ」

「だとしたら、見損なったぞ」

 

 グライドが底冷えするような瞳をシンジョウへ向ける。自分が執着した男はこんなつまらない男だったのか、と辟易としたからだ。

 こんな姿を見るくらいならば先に彼から仕留めるべきだったと、グライドは思った。

 

「まぁ良い、今はとにかくそこのガキを始末させてもら────」

 

 そこで一度、グライドは自分の言葉を紡ぐのを停止した。耳朶が何かを捉えた、呻くような、吐き出すような、そんな声を聞いたからだ。

 それはダイの亡骸の傍で膝を突いているアルバだ。見れば、ステラも、アシュリーも、リエンすらもアルバを驚く視線で見上げていた。

 

「…………くも」

 

 それは、盆から水が溢れ出るように。

 

「よ…………くも。よくも、よくも……」

 

 裂いた皮膚から、血が流れ出すように。

 

「よくも、よくも、よくもよくもよくもよくもよくもよくも……よくもッ!」

 

 バキン!! 

 

 音を立てて、手の中の"げんきのかたまり"を握り潰す。粉塵と化したそれがモンスターボールの中、眠れる闘士を目覚めさせた。

 開眼するルカリオ、即座にモンスターボールから自発的に飛び出しアルバに並び立つ。見下ろすダイの亡骸はルカリオに何を思わせたのか。

 

 

「よくも、やったな…………ッッッ!!」

 

 

 アルバが振り返る。グライドはそこに修羅を見た。アルバの強い感情が、キーストーンを媒介にせずともルカリオへ伝播する。

 ルカリオが飛び出す。狙うは、グライド自身。ポケットに手を突っ込んだままのグライドでは対処できない怒りの【しんそく】が放たれる。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」

 

 そこからルカリオは目にも留まらぬ乱打撃【バレットパンチ】を放つが、驚くべきことにグライドはそれらを全て目視で躱す。

 即座にグソクムシャが割って入り、ルカリオへ対峙する。短い対応ながら、グライドは"はがね・かくとう"タイプであるルカリオに対しグソクムシャという天敵を割らせた。

 

 だがアルバにとって、ルカリオにとって相性などは瑣末事だった。拳でも、脚でも、牙でも、なんでもいい。

 どれか一つを届かせろ、そのために命を懸けろと心が叫んでいる。

 

「そこを────」

 

 ルカリオがグソクムシャを突き飛ばし、距離を取らせる。怒りのまま行われる、三回の【つるぎのまい】がルカリオの攻撃力を底上げする。

 さらに練り上げた波動を全神経に渡らせ、【とぎすます】とそのまま再度地面を抉りながら突進する。

 

 

「──退けぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええッッッ!!!!」

 

 

 放たれた【コメットパンチ】、みずタイプを持つグソクムシャには通用しない攻撃。誰もがそう思った、だが事実は認識を超えた。

 めきゃり、と嫌な音を立ててグソクムシャの甲殻がひび割れる。驚愕に目を剥くグソクムシャだが、もう遅い。

 

 インパクトの瞬間に高められた攻撃力と研ぎ澄まされた波動がヒビからグソクムシャの体内をボロボロに破壊する。

 高い防御力も、耐性も意味を為さない。グソクムシャを一撃の元に殴り飛ばしたルカリオは倒した獲物を一瞥することもなく、再度グライドへ突き進む。

 

「【バレットパンチ】ッ!」

 

「ルガルガン、受け止めろ」

 

 グソクムシャに代わりルガルガンが再度ルカリオの前に立ちはだかる。だがいわタイプのルガルガンでは三回の【つるぎのまい】で攻撃力を極限まで高め、【とぎすます】ことで相手の急所が見えているルカリオの攻撃を受け止めきれるとは到底思えなかった。ルカリオが放った攻撃に対し【カウンター】を仕掛けるも、ルガルガンもまた身体中の急所へ弾丸のような拳が叩き込まれる。

 

 だがルガルガンの【カウンター】も決まらなかったわけではない。自身を殴らせながら、ルカリオの顎を掬い上げる拳が撃ち抜いた。頭部を揺らされ一度ルカリオの意識が飛ぶ。

 しかしメガストーンを通じて送られてくるアルバの怒りが再度ルカリオに目を覚まさせた。殴られた体勢そのままに足払いで繰り出す【ローキック】がルガルガンの膝を砕く。

 

 鈍痛に膝を突いたルガルガン目掛けて、着地で屈めた脚を伸ばし繰り出す【とびひざげり】がクリーンヒットする。初手の【バレットパンチ】も含め、【とびひざげり】までもが急所に炸裂しルガルガンは為す術無く昏倒する。

 

 そんなルカリオの動きと攻撃を一通り観察したグライドが眉根を寄せた。というのも、眼前に対峙するアルバが紅い闘気を纏っているように見えたからだ。自分の目がおかしくなったかと思ったがどうやらそうではない。レニアシティの、その下にあるテルス山という大地から滲み出たオーラがアルバを包み込んでいた。

 

 間違いなく、虹の奇跡。"Reオーラ"が彼の周囲に集まっているのが見えたのだ。グライド自身、虹の奇跡を目にするのはこれで二度目だが、紅単色という現象は初めてだった。

 もう少し、アルバを観察してみたくなったグライドは呼び戻したグソクムシャへ回復を施して再びルカリオの前に立たせた。

 

「ッ、何度だって! ルカリオ、【しんそく】だッ!!」

「グソクムシャ、こちらも【つるぎのまい】だ」

 

 次の瞬間、グライドの視界からルカリオが消え、鈍い音が響く。ルカリオは視界から消えたのではなく、グライドから見てグソクムシャの懐にいたのだ。だが先の攻防でルカリオのトップスピードを見切ったグソクムシャは両腕を交差させ、打撃攻撃をしっかりと受け止めていた。返すように周囲に舞う剣たちがルカリオを弾き飛ばす。高められたエネルギーがグソクムシャに充填され、攻撃力が上昇する。

 

「それでも!!」

 

 アルバが叫んだ。ルカリオが飛ぶ。上空から強襲する形で放たれる【バレットパンチ】、しかし今度はグソクムシャも防御ではなく攻撃の姿勢を見せた。

 

「【アクアブレイク】」

 

 まるで滝登りのように、グソクムシャの爪が水流を纏って駆け上がる。振り下ろされる拳と、掬い上げる爪が激突する。しかし、如何にはがねタイプの技に耐性があったとしても衝撃だけはグソクムシャも無視できない。拳と爪を撃ち合ったせいで、グソクムシャの体勢が大きくぐらついた。

 

『ルゥゥゥウウウアアアアアッッッ!!』

 

 まるでアルバの精神がルカリオに乗り移ったかのように、怨嗟のような咆哮を上げルカリオが手刀をグソクムシャに叩き込んだ。しかし今の一撃は、今までとは手応えが違った。今まで確実に甲殻の内側まで浸透していた打撃の衝撃が、全て甲殻に散らされてしまった感覚に変わっていた。つまり、今の一撃はまるでダメージになっていない。

 

「【インファイト】ッ!」

 

 偶然だと決めつけ、ルカリオは再度極限まで高めた波動を拳に乗せてグソクムシャへ撃ち込み続ける。だが、やはり手応えが無い。全て防御されきってしまったように、グソクムシャもピクリとも動かない。

 

「もう一度!!」

 

 歯噛みするアルバ。拳を撃ち込むルカリオの動きがだんだん精度を欠き始め、尚の事ダメージが入らなくなってくる。

 しかし対峙するルカリオにはこの急激な防御力上昇のトリック、そのタネが分かっていた。【てっぺき】だ、複数回重ねた鉄壁の守りがグソクムシャの甲殻をさらに堅牢なものにしたのだ。

 

 もとよりタイプ相性が悪い上、こちらの攻撃力上昇と同等に防御力を上げられてしまっては攻撃が通用しないのは当然だった。だが今のアルバは頭に血が登って、ポケモン図鑑でグソクムシャの強化ランク状況を把握することも忘れただひたすらに突破を考え続けている。

 

「だとしてもォッ!!」

 

 だが、ルカリオをアルバの強い感情が突き動かした。放つ拳が纏う波動は、淡いセルリアンブルーから紅い色へと変化を遂げていた。

 それに従い、グソクムシャの防御をまたわずかに上回り、一発拳を撃ち込むごとにグソクムシャの足の裏がアスファルトを削る。ズン、ズンと身体中に響く打突の衝撃がビリビリと全身を震わせる。

 

「頃合いか」

 

 その時、グライドが呟いた。それを合図に、グソクムシャは淡い光に乗ってモンスターボールに戻る。それはグソクムシャの持つ特性"ききかいひ"によるものだった。

 放たれたルカリオの拳は空を切るが、目標のグライドまでを阻む障害はいなくなった。ルカリオは今一度拳に極大の波動を纏わせて地を蹴った。

 

 グライドの手持ちの内、ゼブライカとルガルガンが戦闘不能。グソクムシャも体力の半分を使い切り、健在のドリュウズはかくとうタイプに弱い。恐らく場に出しても今のルカリオ相手には五分も保たないだろう。

 だが、ボーマンダは違った。これまでの戦闘ダメージは決して小さくないはずだった。だが、彼は再度グライドの隣へ並び立つと、迫るルカリオ目掛けて火球を吐き出す。

 

「そんなもの、当たるもんかッ!!」

 

【しんそく】を以てボーマンダの放つ【かえんほうしゃ】を躱しきり、その懐へと飛び込む。拳に纏うのは紅の波動と鈍色の光。ボーマンダの破壊された右側の鎧目掛けて【ラスターカノン】を叩き込むルカリオ。

 衝撃がボーマンダの身体を貫通し、グライドの髪を激しく煽った。だが、ボーマンダは動じない。

 

 逆に拳を打ち込んだままのルカリオの腕へ喰らいつき、そのまま炎を吐き出す。灼熱に腕を焼かれたルカリオが苦悶の声を漏らし、そのままボーマンダが首を振り回してルカリオを投げ飛ばす。

 ルカリオはそのままアルバに激突し、二人がアスファルトの上を転がった。さらに追撃するようにボーマンダが【だいもんじ】を放つ。

 

「ッ、ルカリオ……!」

 

 灼熱が二人に迫る。ルカリオは背後のアルバを見やった。そのさらに後ろ、もう息をしていないダイを見て、最悪の状況を想像する。

 それは駄目だ、アルバを護らなければならないと、弾かれるように立ち上がったルカリオが【だいもんじ】を受け止める。だがほのおタイプを弱点とし、かつ特防のステータスが低いルカリオでは限界があった。

 絶叫、なんとか身体を動かし大の字の炎を手刀で勢いよく切り裂いた後、膝を突くルカリオ。"げんきのかたまり"を使って全快したにも関わらず、もう体力が尽きかけていた。

 

「くそっ……だったら」

 

【だいもんじ】の余波に焼かれたアルバがゆっくりと立ち上がり、左手のグローブリストに手を伸ばす。同様に、ルカリオもまた腕輪に填められたメガストーンに触れる。

 アルバの纏う紅のReオーラが一層強く噴き上がり、それがルカリオに流れ込む。

 

 

「────だ、め……アルバ、くん……今、メガシンカを使ったら、だめ……」

 

 

 その時だった。背後で呻くような声が聞こえた。アルバが振り返ると、意識を取り戻したイリスが這うようにしてアルバの元へ向かっていた。

 イリスの声を聞いたアルバがキーストーンから手を離した。だがそれを好としない者がいた、グライドだ。

 

「やれ」

 

 それに従い、ボーマンダが地面を強く踏み抜いた。脆くなっていたアスファルトが瓦礫となって浮かび上がり、それを翼で煽って【いわなだれ】として撃ち飛ばす。

 その瓦礫は地を這うイリスを狙っていた。素早くルカリオが動き、それを粉砕する。

 

 なんの躊躇いもなく人を狙ったこと。それがアルバにとって大事な人であったこと。

 二つが重なって、再びアルバが歯噛みしながらグライドを鋭い視線で睨みつけた。

 

「なんで、そんな簡単に、人を……殺せるんだ……ッ!」

 

 血を吐くようなアルバの問いにグライドは顔色一つ変えずに答えた。

 

「違うな、間違っている。俺が殺そうと思ったから死んだのではない。ただ弱かったから死んだのだ」

「ダイは弱くなんかない! お前が、ダイを馬鹿にするな!!」

 

 尚も吐き続けるアルバに、グライドはため息を吐いて続けた。

 

「いいや、奴ではない。貴様だ、貴様が弱いから奴は死んだのだ。貴様が強ければ奴は死なずに済んだ」

 

 恐れていたその言葉が、紡がれてしまった。アルバは言葉を失ってしまった。

 フラッシュバックする。自分を突き飛ばし、安堵の顔を浮かべたダイがボーマンダの激爪に切り裂かれる瞬間が。

 

 離れていた右手が、再びキーストーンに触れる。いつもと同じ虹色の光は起きなかった。代わりに、アルバが纏い続けている血のように紅いReオーラが螺旋を描き、アルバとルカリオの二人を包み込んだ。

 

「そこなオレンジ色の小僧は、貴様の代わりに死んだのだ」

 

「アルバくん……ダメだ……!」

 

 グライドとイリスの声が交互に耳に入り、脳を侵し、支配する。アルバが歯を食いしばり、牙を剥き出しにする。

 涙が溢れる。それは悲しいからではなかった。ただひたすらに、悔しかったからだ。

 

「許せない……」

 

 アルバが呪詛のように呟いた。グライドが目論見通りと、口角を持ち上げる。そしてアルバは背後にいるイリスに視線もくれずに言い放った。

 

「すみません、イリスさん。僕は生まれて初めて、人の善意を無視します」

 

「アルバくん……ッ!!」

 

 ズドン!!! 

 

 テルス山が震える。

 

 地表から噴き出したReオーラが全て赤に染まり、アルバとルカリオに雪崩れ込む。

 

 

「許せないんだ。お前も、僕も、僕たちの弱さも……ッ!!」

 

 

 ダメだ、最後まで叫び続けていたその声が誰のものか、もうアルバには分からなかった。

 ただひたすらに、たった一つの感情を爆発させる。

 

 

「だから、ルカリオ────ッ!!」

 

 

『クォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!』

 

 

 純粋な怒りに身を任せて、アルバは絶叫する。呼応するように叫ぶルカリオが紅のオーラで形成された進化の繭に閉じ籠もり内側から勢いよく突き破る。

 その時になって、アルバは初めてイリスが止めた理由が分かった。自分の感情を自分で制御出来ないことに気づいたのだ。

 

 かつて身に纏ったReオーラは暖かい光だった。だと言うのに、今のこれは熱い。血のように熱く、肌に刺すような痛みを感じる。

 紅のReオーラから出現したメガルカリオはいつもより毛を逆立たせ、瞳孔は開き切り、犬歯を剥き出しにして敵意を顕にする。

 

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおッッッ!!!! 【バレットパンチ】ッ!!」

 

 

 宵闇の中、メガルカリオの纏う波動が紅い軌跡を引きながらボーマンダへと肉薄する。たった一発、弾丸のような速度で撃ち放たれた拳が空気を切り裂き、熱を帯びながらボーマンダへ直撃。その巨体をたった一発のパンチで十数メートル後方まで吹き飛ばした。

 

「逃がすなァッ!!」

 

 空へ舞い上がるボーマンダ。ルカリオは脚から流れ出した波動をそのまま推進力にし、逃げるボーマンダを追い詰める。しかしその動きは先程、既に一度見た。

 ボーマンダが深く息を吸い込んだ。瞬間、ルカリオは再度脚に波動を溜め込みそれを空中に固定する。波動で出来た足場を蹴り飛ばし、今まさに【ハイパーボイス】を放とうとするボーマンダの首根っこを鷲掴みにする。咆哮を妨害されたボーマンダが思わず目を剥いた。火を吐こうにもそもそも息が出来ない。

 

 ルカリオはそのまま再度空中の波動を蹴り、ボーマンダをアスファルトへと叩きつけた。既に粉々に砕かれたアスファルトへ何度もボーマンダの頭部を打ち付け、大きなダメージを与えていく。

 仰向けの状態ではボーマンダもろくに反撃出来ず、頭部をひたすら揺すられ昏倒の兆しを現す。

 

『クルルルルルルルル……ッッ!!』

 

 それはもはやルカリオと呼べるポケモンでは無いように思えた。それを見る誰もが恐怖した、ルカリオは牙を剥き出しにし敵意を超えた殺意でボーマンダを攻撃していたのだ。

 次の瞬間、【ドラゴンクロー】でなんとかルカリオを引き剥がしたボーマンダが立ち上がる。頭にこびりついた石片を左右に振って払うと口腔へ極大の炎を溜め込む。

 

 撃たせるものか、とルカリオが再度地を蹴る。血走った眼が、紅の緒を引いて夜闇を駆け抜ける。

 紅い彗星となって放つ【コメットパンチ】が闇を切り裂いた。ボーマンダが勢いよく首を擡げて今まさに火を噴く、という瞬間。

 

 

「──ドリュウズ」

 

 

 ルカリオの正面に地面から這い出たドリュウズが立ちはだかる。そして【コメットパンチ】を両腕と頭部の金属片を合体させたドリルで受け止める。

 だが、Reオーラで攻撃力が無限に上昇し続けているルカリオの膂力に為す術無く、ドリュウズのドリルが大きく歪みそのまま弾き飛ばされた。壁に叩きつけられたドリュウズは目を回して昏倒する。それを確認したルカリオが再び飛び出そうとした時だった。

 

 対峙するボーマンダの口腔には炎が溜まり切っていた。わずか一瞬、ドリュウズに気を割いたせいでボーマンダが【だいもんじ】を放つ隙を与えてしまったのだ。

 大の字の豪火に正面から突っ込んだルカリオが咆える。だが紅い彗星は炎に焼かれ続け、徐々にスピードを落としていく。

 

 

 最終的に勝負を制したのは紅い彗星だった。大の字の炎を爆散させ、突き進み、暴虐の王へ怒りの鉄槌を下す────

 

 

「なるほど、十分に観察した。ボーマンダ、もう良い」

 

 

 ──かに思われた。飛翔するルカリオの身体が突如、何かに弾かれた。それはボーマンダが予め仕込んでおいた【ストーンエッジ】の石刃であった。

 既に壊滅状態のレニアシティ、操れる石刃となる瓦礫はそこかしこに転がっている。それらが全てルカリオへと殺到する。

 

 迫る石刃を【はどうだん】や【ラスターカノン】で散らすも、とても数が多すぎる故に処理が追いつかない。そのままルカリオの身体は石に押しつぶされるように生き埋めになってしまう。

 その隙をボーマンダは逃さない。滑空し、ルカリオの身体を両腕で抱え込むと先程の意趣返しをするように地面へ叩きつけ、その細い胸部に腕を叩きつけ強く抑えつけた。

 

「【かえんほうしゃ】」

 

 ギリギリとルカリオを踏み潰しながらボーマンダが口から高熱の息吹を放つ。【だいもんじ】に比べれば火力は下がるが、その分長時間の放射が可能であり拘束され逃げ場の無いルカリオを痛めつけるにはこれ以上無いほど有効だった。全身を圧迫されながら焼かれ、ルカリオが絶叫する。

 

「ルカ──ッ!?」

 

 その時、アルバが正気に戻った。が次の瞬間。

 

 

「ぐっ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!? がぁ、っ!? うああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 アルバが全身を抱えて蹲った。そのまま身体中に走る痛みにのたうち回る。慌ててリエンが駆け寄り、アルバの身体に触れた時だった。

 そっと触れたはずの前腕部分の皮膚が焼け爛れたのだ。まるで大火傷を負っていたかのようにアルバの全身が赤く腫れ上がる。

 

「やはりな。"紅の奇跡"は攻撃力を無限に上昇し続けるが、トレーナーにポケモンの受けたダメージがフィードバックされるというわけだ」

 

 尚もボーマンダは火を噴くことをやめない。彼の言うことが事実ならば、ルカリオが焼かれ続けるだけそのダメージがアルバを襲うということだ。

 これを危惧して、イリスはアルバを止めたのだ。リエンは瀕死寸前のグレイシアを呼び出し、アルバの身体を急速に冷やさせグライドに視線を向ける。

 

「ヌマクロー! 【がむしゃら】!!」

 

 ルカリオを救出すべく、グレイシアと同じく瀕死寸前のヌマクローを喚び出す。そして渾身の一撃をボーマンダへ叩き込もうとヌマクローが飛び込んだ。

 だが、グライドの「返してやれ」の一言で、ルカリオが突き飛ばされそれがヌマクローへ直撃する。

 

「【ストーンエッジ】」

 

 ルカリオとヌマクローが戦えなくなった瞬間、ボーマンダの意識は立っているリエンへと向けられた。足元には大火傷で動けないアルバがいる以上退くことは出来ない。

 リエン目掛けて、ボーマンダが石刃を撃ち放つ。その時、リエンはダイが最期に抱いた感情に思いを馳せた。諦観からか、目を逸らすためかリエンが目を瞑りその瞬間を待った。

 

 だが、その瞬間はやってこない。

 

「ほう、まだ立ちはだかるか」

 

 グライドが言った。リエンが恐る恐る目を開くと、さっきと同じようにダイのジュカインが立っていた。

 ずっとついていた主の亡骸を離れ、リエンを守るように立ちグライドと対峙している。

 

「ジュカイン……」

 

 小さく、リエンが呟いた。彼は振り向くと、顎でしゃくるようにダイを指し示す。「近くにいてあげてほしい」という意味に捉えて、リエンはアルバを介助しながらその場を離脱した。

 再度、ジュカインはグライドとボーマンダに向き直る。

 

 

 

 

 

 戦う理由なら、ある。彼は最期に「みんなを護れ」と命じた。ならば、ジュカインがここで戦うことは主への忠義の証明。

 否、忠義とは少し違うかもしれない。

 

『ジャアアアアアアアアアアッッ!!』

 

 咆え、猛り、地面を蹴った。既にメガシンカは解除され、ジュカインからはドラゴンタイプが除かれている。

 ただのくさタイプでは、とても"ドラゴン・ひこう"タイプのボーマンダには対抗できないだろう。だが、それは引き下がる理由にはならない。

 

 腕の新緑刃が光を帯びる。裂帛の気合いと共に放たれたその一撃がボーマンダの胴を切り裂いた。だが、やはり傷は浅い。

 返すようにボーマンダは爪に特大の龍気を纏わせ横薙ぎに、乱雑に振るう。

 

『シャアアッ!!』

 

 一撃目を屈んで回避、迫る二撃目の激爪には遠心力で勢いを増した尻尾を叩きつける。【アイアンテール】と【ドラゴンクロー】が炸裂しあい、二匹が大きくよろめいた。

 距離を取り、ジュカインは足元の瓦礫を砕いて尻尾で撃ち出す。放たれた【いわなだれ】に対し、ボーマンダは返すように【ストーンエッジ】を放つ。

 

 瓦礫と石刃がぶつかり合い木端微塵に砕け散る中、舞い散る砂埃の中ジュカインが地面を舐めるように極限の前傾姿勢で突進する。

 

 下から掬い上げる【リーフブレード】がボーマンダの顎を撃ち抜き切り裂く。だが既のところで頭を持ち上げたボーマンダ、新緑刃はまたも浅い位置を斬りつけるに終わった。

 腕を振り上げ、がら空きの胴を曝すジュカイン目掛け、ボーマンダが【すてみタックル】を放つ。

 

 特性"スカイスキン"によりひこうタイプと化したその一撃は強力で、撥ね飛ばされたジュカインがアスファルトの上を転がる。

 

「そこまで、トレーナーが大事か」

 

 その時だ、グライドがボーマンダの前に立ちジュカインに問いかけた。ジュカインは地面を尻尾で叩いて跳躍すると小型の竜巻になったように高速回転しながら【リーフブレード】を放つ。

 が、その一撃は【ドラゴンクロー】で相殺される。ボーマンダと取っ組み合う中、ジュカインはグライドを睨んでいた。

 

「我々はポケモンのために在らねばならない。それが我々の存在意義だ」

 

 知ったことか、ジュカインは咆える。それに対し、ボーマンダが【ほのおのキバ】でジュカインの首筋に勢いよく噛み付いた。

 

「なぜお前たちを縛るポケモントレーナーの、それも死んだ者の言葉に付き従う。全ては終わったことのはずだ」

 

 グライドは尚も問う。純粋なる疑問を、ジュカインへと。

 だがジュカインは首筋を炎で焼かれようとも、グライドとボーマンダへの敵意を消さなかった。

 

 それは彼との約束を守るため。なんとしても、このボーマンダだけは倒すと心が叫んでいるからだ。

 

「それとも、形も無くなれば気が変わるか」

 

 手を真横に薙ぐグライド。ジュカインに喰らいついたままのボーマンダが首を振り回し、ジュカインを倒壊したビル目掛けて放り投げる。壁面に叩きつけられ、さらに瓦礫に押しつぶされたジュカインが苦悶の声を上げる。だがジュカインが次に見たのは、ボーマンダが再び炎を口腔に溜め込んでいるところだ。しかも、その視線はダイの亡骸へと向いている。

 

 やめろ、と叫んだ。だが無常にも【だいもんじ】は放たれる。

 ダイを囲むリエンや、ステラやアシュリーに向かう大の字の豪火。その横顔がオレンジ色に照らしあげられた瞬間だった。

 

『ゲェェェエエエエエエエエエン!!』

 

『ウォォォォォォオオオオオオオオッッ!!』

 

 モンスターボールから現れる、ダイの仲間たち。ゲンガー、ウォーグル、ゼラオラ、メタモンが立ちはだかり、その身で【だいもんじ】を受け止めた。

 見れば、戦闘不能になったはずのゾロアすら、これ以上ダイの死を穢させないと無理をおして立ちあがっていた。

 

「なぜだ、なぜそこまでする。理解に、苦しむ」

 

 ボーマンダが次の【だいもんじ】を放つが、それもまた一番前に立つゲンガーとウォーグルが身体を目一杯に開いて防いだ。

 だが、一発、もう一発と放たれる度にウォーグルに限界が訪れ、そのまま地に倒れ伏した。

 

「愚かだ、お前たちは、あまりに」

 

 石刃【ストーンエッジ】が放たれ、ゲンガーがそれを受け止める。だが、ウォーグルと同じように【だいもんじ】を受け続けていた彼もまた限界が近づいていた。

 だがせめて、とゲンガーはある一つの覚悟を決めた。頬をピシャリと打ち、ボーマンダをにらみつける。

 

 ボーマンダが大口を開ける。放たれるのはやはり【だいもんじ】、するとゲンガーは放たれる【だいもんじ】目掛けて突進する。当然、小さな身体を極大の豪火が激しく焼く。

 炎が止んだ瞬間、ゲンガーはウォーグルと同じように倒れた。その瞬間、ゲンガーの身体から蒼いオーラが走り、それがボーマンダを蝕んだ。

 

 同じようにボーマンダが口を開くが、そこから炎は出てこなかった。ボーマンダが放つ中で一番強力なほのおタイプの技【だいもんじ】を、ゲンガーは我が身を犠牲にすることで【おんねん】をかけ、撃てなくしたのだ。痺れを切らしたグライドが荒々しく指示を飛ばす。

 

「ならば【りゅうせいぐん】だ、もはや諸共に散るがいい」

 

 指示を受け、ボーマンダが夜空に向かって咆えた。次の瞬間、極大の隕石が一つダイ目掛けて落ちてくる。

 その時、夜闇を照らし出す青白い雷光が空を駆け上がった。ゼラオラだ、落ちてくる隕石目掛けて自ら特攻を仕掛けたのだ。

 

「あの、ゼラオラまでもが……!」

 

 グライドは驚愕を隠せない。イズロードの元にいた時のゼラオラと、とても同一のポケモンだとは思えなかったからだ。

 ゼラオラはダイの死を通して、また一つ感情を取り戻した。そして皮肉なことに、それがゼラオラが忘れていた最後の感情だった。

 

 

 それは悲しみだ。ダイを失った悲しみにより、ゼラオラは全てを思い出した。そしてその深い悲しみが赤黒いオーラとなってゼラオラを纏う。

 かつてステラとの戦いで暴走に陥る原因となった"ハイパー状態"を、ゼラオラは完全に制御していた。そして、思い出した極大の雷撃を今、撃ち放つ。

 

 

『ラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ────!!』

 

 

 雷光の閃拳(プラズマフィスト)、ゼラオラだけが使えるその技が降り注ぐ隕石の中心に炸裂する。

 刹那、隕石表面を抉り取るように走る稲妻。隕石の勢いはゼラオラによって受け止められ、中心点を穿たれた巨岩は為す術無く砕け散る。

 

 だが、仲間たちと同じようにゼラオラもまた隕石が破裂する衝撃を諸に受けてしまい、アスファルトへ叩きつけられるとそのまま動かなくなった。

 降り注ぐ隕石の破片は、メタモンが自身の身体を目一杯に拡げバリアーのように変化させて受け止めた。だが、運悪く大きな破片がメタモンを踏み潰した。

 

【りゅうせいぐん】の回数制限の都合、一つに絞ったとは言えそれを防がれるとまでは思っていなかったのだろう、グライドが眉根を寄せた。

 それほどまでに、ゼラオラが抱いた悲しみは大きかったのだ。そうなるほど、ダイというトレーナーが彼を変えたのだ。

 

 何者なのか、突き止める前に死んだ男をグライドは睨んだ。一周回って不気味とさえ思った。

 弱肉強食の世界、死んだということは弱かったということに他ならない。だのに、彼が残した尽くが自分の邪魔をする。

 

「なんだというのだ」

 

 その問いに答える者はもういない。誰も彼もを打倒した。だから雑念を払うように、後背の憂いを断とうとする。

【だいもんじ】が使えなくなったボーマンダが代わりに【かえんほうしゃ】を放つ。その時、視界端の瓦礫の山が弾け飛んだ。

 

 ジュカインだ。ボーマンダを攻撃するためではなく、ダイの尊厳を護るためにゲンガーたちがそうしたように、灼熱の前に身を曝した。

 身体を大の字に拡げ、腹で【かえんほうしゃ】を受け止める。アルバが絶叫するほどの熱、当然ジュカインが耐えきれるはずもない。

 

 だが、それでもジュカインは膝を突かなかった。ただ身体を拡げて、炎からダイやリエンたちを守り抜く。

 一撃、二撃。ボーマンダが肺活量の限界まで炎を吐き切ること、三回。時間にして、十分。

 

 その間、ジュカインは自分を焼く炎から逃げなかった。前のめりに倒れたジュカインが呻いた。

 ボーマンダが一歩ずつ歩を進める。炎では埒が明かないのなら、もはや踏み潰して破壊してしまおうと考えたのだ。

 

『ジ、ジァ……』

 

 ガシ、ボーマンダの脚が地面に縫い付けられる。ジュカインだ、両腕でボーマンダの前足を押さえ込み、侵攻を阻害する。

 振りほどこうとするがジュカインは離れない。やがて痺れを切らしたボーマンダが【かえんほうしゃ】でジュカインの背中を焼き払う。

 

 既に体力は限界のはずだった。立ち上がるのすら困難のはずだった。

 それでもジュカインはボーマンダを止めた。未だに叫んでいるのだ、ボーマンダだけは絶対に止めると。

 

『ア……アァ……ッ!!!』

 

 ゆっくりと脚に力を込めながらジュカインが立ち上がり、ボーマンダを突き飛ばした。空気を翼で掴み、そのまま着地したボーマンダ目掛けて、ジュカインが腕の新緑刃を繰り出す。

 

「もうやめて、このままじゃジュカインまで死んじゃうよ……」

 

 背後でリエンが言った。腕に抱えたダイの頬に涙の雫が落ちる。だがジュカインは聞く耳を持たない。

 弱々しく繰り出された【リーフブレード】、それはボーマンダからしてみれば欠伸が出るかと思うほどだった。身体を軽く反らせば避けられる。

 

 結果、空を切りジュカインの身体がよろけて再び派手に倒れ込んだ。地に倒れ伏すジュカインを暴虐の王が睥睨する。

 しかし次の瞬間にはもうジュカインは立ち上がり、再度攻撃を仕掛けようとする。

 

「もう──」

「終わらせろ」

 

 ズシャア、ボーマンダの放つ竜の激爪がジュカインの胴を、ダイと同じように切り裂いた。それが決め手となった。

 スローモーションのように意識が遠のく。倒れたジュカインはもう一度立ち上がろうとするが、今度こそ身体が動かなかった。

 

 だが最期に、せめてダイの元へとジュカインが地面を這った。

 一歩ずつ、手で地面を手繰り寄せるようにしてダイの元へ向かうジュカインは、昔のユメを見ていた。

 

 

 人間の言う、"ソウマトウ"というやつだろう。自分も死ぬのか、とひどく冷めた意識でジュカインは思った。

 

 最初に思い出したのは、ステラとのジム戦だった。

暴走したゼラオラを止めるために力を合わせた。

 

 その時、彼は言ってくれた。

 

『お前なら、きっとアイツを止められる。アイツの目を覚まさせることが出来るって、信じてる』

 

 信じている。彼がそう言ってくれるたび、力が湧いてきた。

 どんな困難にも立ち向かえる気がした。

 あれからまだそんなに経っていないのに、もうすごく昔のことのように思えた。

 

 次に思い出したのは、神隠しの洞窟での出来事だ。

 脱出作戦の折、落盤に巻き込まれた僕を身を挺して助けに来てくれたのがダイだった。

 

 彼も、水かさが増す洞窟の中命懸けだった。彼を助けたいと思った時、キモリからジュプトルへと進化を遂げた。

 それからクシェルシティで、一世一代の大勝負を行うダイが選んでくれたのも自分だった。

 

 任せてくれた。それが嬉しくて、絶対に勝つんだと強く思った。

 勝って、「お手柄だったぞ」って言ってくれた時の彼の笑顔は今でもハッキリと覚えている。

 

 そうして幾つも彼との思い出を遡ること、最後の、最初の思い出に辿り着いた。

 

 

 ハルザイナの森、襲いかかってきたアリアドスを前に彼がカバンの中にいた僕たち三匹を見て、中から僕を選んで言った。

 

 

『キミにきめた!』と、そう言ってくれた。

 

 

 その時、誰かに頼ってもらえることの喜びを知った。期待に答えようと、初めて戦うアリアドスと死闘を繰り広げた。

 タイプ相性で言えば天敵、だけど彼は僕を選んだことを後悔などしなかったばかりか、またも言った。

 

『あいつは助ける必要ないよ、十分つえーからな!』

 

 会ったばかり、まだ技も知らないようなポケモンに、彼はそう言った。

 だけどそこから、彼は僕を理解するためにずっと見守ってくれた。彼が【ソーラービーム】と叫んだその時、彼についていこうと決めたのだった。

 

 

 嗚呼、だけどその冒険もここで終わりを迎えるのか。

 身体が冷えてくるのを感じる。後少し、後少しで彼に手が届く。置いて行かないでほしい、一緒に連れて行ってほしい。

 

 きっと次があるのなら、また一緒にいたいと心から思えるから。

 

 そっ、と手が彼の腕に触れた。ポロポロと涙が溢れた。悔しいから、悲しいから、それもある。

 だけど一番は、やっぱり君と一緒にいられて嬉しかったから。すごくすごく、楽しかったから。

 

 

 ありがとう。

 

 

 それで最後にしようと思った。もう眠っても大丈夫だろう、そう考えていた。

 だけどまだ浮かんでくることがあった。

 

 

 あれは、そう。まだヒヒノキ博士の研究所にいた時だった。

 

 

『みんな、見てごらん。今年のポケモンリーグが開催されるんだよ』

 

 

 そう言ってヒヒノキ博士がモニターを見せてきた。そこでは世界の中心とも思えるような闘技場で、強そうなポケモンたちがどちらが強いかを競い合っていた。

 ひと目で、その光景に憧れを抱いたのを覚えている。

 

 

『君たちもいずれ、誰かと旅に出る時が来る』

 

『もしかしたら君たちの誰かがあの舞台で戦うかもしれないね』

 

 

 ああ、ぜひともあの舞台に立ちたいとタマゴから孵ったばかりでも、強く思った。

 

 

 

 

 ────そうだ。(ダイ)とあの舞台に立ちたい。

 

 

 

 

 僕の中にあるのは、それだ。その心残りが、この涙を流させている。

 もうそれを叶えるには奇跡でも起きない限りは無理だろう。だけど、もしも奇跡が起きるなら。

 

 その奇跡が、許されるのなら。

 

 

 

 ──もう一度、君と。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 その光景を見たラフエル地方に住む人々は「テルス山が噴火した」と口々に語った。

 山頂の街、山で言えば火口に位置する街レニアシティをまるごと覆うような虹の光が立ち上ったのだ。

 

 足元から噴き上がる、無限の虹。グライドが思わずたじろいだ。

 

「なんだ、これは……?」

 

 口にするも、分かっている。この光はReオーラが起こす虹の奇跡だ。だがこれほどまでに濃い濃度の光は見たことが無い。

 さらに今まで微かに感じていた振動が、どんどん強くなっていることにグライドは気づいた。

 

 その時だ、通信機に連絡が入りグライドは即座に通信を繋げた。

 

「私だ、ワースか! これはどういうことだ!」

『あー、こっちも撤収準備中でな。簡単に、一度しか言わねえぞ。今、お前ンとこに熱源が一つ、ものすげぇスピードで向かってる』

 

 この大地震と見紛う揺れはそれが原因か、とグライドは納得する。だがそうなら、この空を穿つ街全体を覆う虹の光はなんだ。

 周囲を見渡したグライドはある異変に気づいた、ボーマンダだ。身体を包み込む彼の傷が次々に癒えていくのだ。シンジョウのリザードンに破壊された右肩の鎧は復活し、激戦など無かったかのように全快する。

 

「これは……ラフエルの奇跡は俺を選んだか」

 

 憶測を口にするが、それを否定する要素が現れた。それは目の前で死に体だったアルバだ。全身を大火傷していた彼の身体もまた、何もなかったかのように綺麗な身体へと戻っていた。

 それはアルバだけではない、この場の全員の身体の傷が消失していた。それは実質、仕切り直しを意味していて。

 

「これは……?」

 

 起き上がったアルバが自身の身体に手を宛てがい、訪れた変化に戸惑いを隠せないようだった。

 不味い、このままでは。グライドは本能的にそれを感じ取った。取り急ぎ、ボーマンダを呼んだ。

 

 回復しているのなら撃てるはずだ、それが実証出来るはずだ。

 

「ボーマンダ、【だいもんじ】だ! 焼き尽くせ!」

 

 頷いたボーマンダが再び鎌首を擡げて肺を目いっぱいに膨らませる。いける、そう思ったボーマンダが勢いよく今まで以上に巨大な大の字の豪火を撃ち放つ。

 それが驚愕を浮かべるアルバたちの横顔を照らした。直撃する、そう思った瞬間だった。

 

 突然、数メートル先の地面が隆起し一際濃い虹色の光が立ち上った。

 そして迫る【だいもんじ】を、地面から飛び出してきた白い球体が受け止めたのだ。対象物に触れ、大の字は極限まで拡がる。

 

 だが、白い球体は物ともせず炎を受け止めただけではなく、一瞬強い光を放つ。

 直後【だいもんじ】は蒼い炎と化してボーマンダへと放ち返される。ほのおタイプの技なら避けるまでもない、グライドはそう思った。しかし蒼い炎に飲み込まれたボーマンダが思わず苦悶に叫んだ。

 

「なに……!? あ、れは……そうか、"ライトストーン"が目覚めたか」

 

 納得する。これほどのReオーラを伴って現れたのならば首を縦に振って認めざるを得ない。

 かのラフエルと並び立つ英雄が目を覚ましたのだ。グライドの口調はどこか舞い上がっているように、有り体に言えば興奮していた。

 

「さぁ、ライトストーンを我が主中に。そして、"あのお方"の悲願へまた一歩近づくのだ……!」

 

 一歩前に出る。そしてグライドがふわふわと浮かぶライトストーンに手を伸ばした時だった。それを避けるように、ライトストーンはグライドから遠ざかっていく。

 そして、ダイとジュカインの元へとやってくると明滅を繰り返しながら、言った。

 

『ジュカイン、起きるんだ』

 

 その声は誰もが認識した。ヒトの言葉をライトストーンが発している。その時、パチリとジュカインが開眼する。

 身体の傷が癒えきっていることに気づくと、目の前のライトストーンを拝んだ。

 

『君の真実を証明するんだ、ジュカイン』

 

 言っている言葉の意味は分からない。だがジュカインは身体が動くのなら、と立ち上がって再度ボーマンダの元へ向かおうとしていた。

 だがこの白い宝玉──ライトストーンを無視することも出来ず、本能的に"瞳"と認識した場所へ視線を送る。

 

『少し難しいかな。じゃあ君が諦めきれない現実は?』

 

 そう言われれば、答えは簡単だった。

 未だに冷え切ったダイの手にそっと手を重ねた。

 

 

 ────彼と一緒にあの舞台(ポケモンリーグ)に立ちたい。

 

 

 ジュカインが諦めきれない現実、真実はそれだ。それを強く意識する。

 ライトストーンがふわりと漂ってジュカインの手中へと収まった。手が焼けて解けてしまうと錯覚する高熱だったが、なぜか放そうと言う気にはならない。

 

『なるほど、純粋で混じり気のない強い思いだ。それじゃあ奇跡を起こそう』

 

 その時ジュカインは頭の中に語りかけられた気がした。言われるままライトストーンをダイの亡骸に抱えさせた。

 

 

『──喜べジュカイン、君の真実は英雄のお墨付きだぞ』

 

 

 奇跡を起こすに値すると、ライトストーンは言った。

 言った後、眩い閃光を放ちテルス山全域に拡がる虹の光を自身へと集めて一極化させた。

 

 虹の光がダイの身体を包み込む。それはもはや燃えているかのようだった。

 いや、違う。ジュカインが目を凝らす、実際にダイの身体は燃えていた。肩口から奔る大きな裂傷が虹色の炎に包まれているのが見えた。

 

 慌てて火を消そうとダイの身体に覆いかぶさった瞬間だった。

 

 

 

 

 

「────うあああああ!? あーっちぃ!! あちちちちち!! あちっ! あっちぃ!!」

 

 

 

 

 

 誰もが、目を疑った。

 

 それはあり得ない。彼の心臓は数十分前に動くのをやめたのだから。

 

 彼の身体はもう流れ出る血すら無かったはずなのだから。

 

 だが彼は現にこうして、身悶えるようにして、暴れている。身体を覆う炎を熱いと感じて、消そうと飛び跳ねている。

 

「だ、ダイ……?」

 

「ん? おう、どうしたアルバ。なんだお前、死人でも見た、って顔してんな」

 

 恐る恐るアルバが名前を呼ぶと、ダイは振り返りいつもの笑顔でつまらない冗談を言った。

 やっぱり信じられなくて、アルバとリエンがダイの身体のあちこちに触れる。身体の傷は完全に塞がっていた。

 

「っていうか、みんなも。どうした、幽霊にでも会った顔してるぞ」

「だって……君は」

「も、もしかしてマジの幽霊が出たのか? 俺そういうのダメなんだよな~」

 

 いや、お前がそうなんだよと誰もが思った。不安そうに眉を寄せるダイの姿はなんだか何事も無かったようで。

 思わず、笑いが漏れた。最初にシンジョウが、次いでアシュリーが、口々に笑いが溢れてきた。

 

 ──なんだ、これは。

 ──なんだっていい、彼が帰ってきたのならそれでいい。

 

「よう、ジュカイン。ただいま」

 

 同じく背後で信じられないという顔をしているジュカインへ向き直り、ダイは言った。

 

「脱獄ジョークの時もそうだけど、俺のこういう冗談はウケないらしいな」

 

 そう言ってニッと歯を見せて笑うダイは、別人とは思えなくて。本人だと、突きつけられて。

 夢じゃないんだ、ってジュカインは自分の頬を引っ張ってみた。当然、痛い。目は覚めない、これが唯一無二の現実だと痛みが教えてくれる。

 

「俺たち、やっぱ最強だぜ」

 

 拳を突き出すダイに、ジュカインは涙を流しながら自身の拳を打ち付けた。

 その時ようやっと、ダイの腕の中にいたライトストーンが光を発して言った。

 

『やぁ、タイヨウ。僕のことを覚えているかな』

「そう言えばペガスシティの刑務所にいた時に見た饅頭に似てる気がするなぁ」

『ハハハ、そうか。まぁそうだよ、僕があの時の饅頭だ』

 

 その白い宝玉に、ダイは見覚えがあった。かつて無実の罪で投獄された際、夢に見た宝玉だ。それがこうして、今自分の手中へ収まっている。

 

『あの時と同じことをもう一度聞くよ、君が求めるものはなに?』

 

 かつては釈放なんて答えたかな、と思いながらダイの心はもう決まっていた。

 

「俺はジュカインと、みんなと一番(チャンピオン)になる。強くなるとか漠然な答えじゃない。一番が欲しい」

『答えが出たんだね。その思いは君だけのものじゃない、君のポケモンたちも同じことを強く思っていた。それが奇跡を生んだんだ』

 

 信じ、強く思えば、虹の奇跡は起きる。いつしかアルバがダイに言ってくれたことだ。

 まさにその通りだった。それを諦められないジュカインの想いがReオーラを引っ張り上げ、それを道標にライトストーンは現れた。

 

 

「認める、ものか!!」

 

 

 眼前で奇跡を否定する男が一人、声を荒らげていた。

 グライドだ、額に青筋を浮かべて、驚愕・怒り・焦燥全てが綯い交ぜになったような顔をしてダイを睨んでいた。

 

「なぜ貴様は生きている!! 貴様はさっき、完全に息の根を止めたはずだ! なぜ貴様が、王のポケモンと心を通わせる! なぜライトストーンが貴様を認めた!!」

 

 疑問は尽きないようだった。放っておけば思いつく限りの疑問をぶつけてくるだろう。

 だからダイは言ってやることにした。

 

「顔見知りなんだよ、こいつと」

 

 それは効果覿面だった。グライドの顔が憤怒に歪む。そして、

 

 

「ボーマンダァ!!」

 

『ガアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 

 

 我慢ならんとボーマンダをけしかけた。暴虐の王はもう一度その生命を刈りとってやろうと激爪を奔らせた。

 だが、ライトストーンが放つ【りゅうのはどう】がそれを正面から弾き飛ばした。

 

「奇跡などと、認めてたまるか……!」

 

「いいや、奇跡は真実だ! それをお前に教えてやる、見せつけてやる!!」

 

 ダイはライトストーンは自分の少し後ろに放る。お手並み拝見、とばかりにライトストーンはダイを見守っていた。

 起きてから。正確には生き返ってから、ずっと燻ってる感覚を覚えていた。そしてそれはジュカインも同じようだった。

 

 

「巫山戯るな、小僧ォォォォォォォォオオオオオオオ────ッッ!!!」

 

 

 グライドが遂に咆える。吹き飛ばされたボーマンダが空を翔け、ダイとジュカイン目掛けて突進する。

 二人は顔を見合わせた。そしてダイは右手を左手のひらに打ち付けて、眼前へと突き出した。

 

「────もう一度突き進め(ゴーフォアード・アゲイン)、ジュカイン!!」

 

 足元から溢れ出る虹の光が旋風を巻き起こす。それがダイと、ジュカインの身体を包み込む。

 ボーマンダがその旋風の中へと飛び込む。眩しくて、それでもずっと眺めていられるような優しい光がその横顔を照らす。

 

 

 そしてダイは叫んだ。虹の奇跡を象徴するその言葉を、強く、轟かせる。

 

 

 

 

「──────"キセキシンカ"ッッッ!!」

 

 

 

 

 刹那、虹の中から現れたのはジュカイン。しかしその姿はただのジュカインではない。

 

「なんだ……!? そんな形状のジュカインは、見たことがない……!」

 

「当たり前だ! これは、俺たちだけの奇跡!!!」

 

 通常のジュカインよりも長く伸びた頭部のヒレ、それはまるで角のように鋭利で背後へ向けて反り返っていた。

 メガジュカインのときにはX字のアーマーだった葉の装甲はまるで襟巻きのように首元を覆っており、腕の新緑刃は葉が三つに増えさらに大きく伸びている。

 

 一番目を引くのは背中だ。ジュカインの背にある栄養の詰まった種がそのまま発芽したかのように、鋭い枝が伸びている。

 それは一見すると翼のようで、左右合わせて六本の枝がジュカインの背から空を目指している。

 

 これこそがダイとジュカインだけの、唯一無二の力。

 

 

 虹の光を散らしながら、新たなる姿を以て"キセキジュカイン"は爆現する。

 長きに渡る死闘に決着をつけるべく、その腕の刃に力を込めて今、前進する。

 

 前へ、前へと、突き進む。

 

 




伝説のポケモンを饅頭呼ばわりする男爆誕。




そしてなんと、あの伝説のキモリマスターと名高いKarasora様よりキセキジュカインの設定画を頂きました、さすがキモリ系列を愛してやまないKarasora様。ジュカインをよりシャープに、かつパワーアップしてるという感じを全面に押し出してきてます。

重ねて、Karasora様に感謝を。
ありがとうございました!

キセキジュカイン


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VSボーマンダⅢ キセキシンカ!

 虹の柱が立ち上るレニアシティで、キセキジュカインとメガボーマンダがぶつかり合う。

 二匹の衝突に応じて、虹の光が強く飛散する。ジュカインがビルの壁を蹴り、ボーマンダの背後を取った。

 

「【ドラゴンクロー】!」

「【げきりん】だ!」

 

 ジュカインが腕の三つの新緑刃を覆うほどの巨大な龍気の篭手を顕現させ、それを振るう。

 返すように、ボーマンダが龍気を発散させ暴れ散らす。両者の一撃がぶつかり合い、激しい閃光が舞い散る。

 

 だが、明らかに速いのはジュカインの方であった。 ボーマンダからすれば対峙し睨み合っているのにも関わらず気づけば背後を取られている。元より素早かったが、キセキシンカを経てさらに素早さが上がったのがわかる。

 

 ダイはポケモン図鑑でキセキジュカインをスキャンする。だが、画面はエラー表示のままだった。完全に未知、図鑑でさえもキセキシンカしたポケモンの詳細なステータスを測るのは難しいようだった。

 

 特性も分からずじまい、一見使い方の分からない武器のようでさえあった。

 だが身体中を覆うReオーラを通じて、ダイはジュカインの心がわかる。ジュカインもまた自分を見守るダイの心を認識していた。

 

 だから、今は分からなくたっていい。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「くっ、全快のボーマンダとここまでやりあえるとは……ッ!!」

 

「どうした、もうヘバッたか!」

 

「ほざけェ!」

 

 グライドが激高し、それに合わせてボーマンダが飛び出してくる。"スカイスキン"の効果で勢いを増した【すてみタックル】を行うつもりだろう。

 ダイとジュカインは顔を見合わせ頷き合う。そしてジュカインが再び地面を蹴り、這うようなギリギリの前傾姿勢で突進する。

 

 接敵の瞬間、ジュカインの攻撃は一瞬の間に三度行われた。第一手は【アクロバット】でボーマンダのタックルを回避し即座に素早く殴打、さらにボーマンダの下を潜り抜けながらの【ドラゴンクロー】、そして離脱しざまに背中の枝の根本から小さな種子を飛ばした。それを一瞬の間にやってのけるスピードとテクニック、今までのジュカインではとても考えられない正確さであった。

 

 遅れてやってくる痛みと衝撃にボーマンダがグラついた。振り向きざまに放たれる【ドラゴンクロー】は背中を向けているジュカインでは回避が間に合わない。

 それが普通である。だが、起こした奇跡は普通を超越する。ジュカインはボーマンダを一瞥せずに身を屈め、ボーマンダの横薙ぎに繰り出された激爪を回避。返すように【アイアンテール】でボーマンダを打ち飛ばした。

 

「な、にっ!?」

「ジュカインに見えてなくても、俺に見えてれば避けられる。そして!」

 

 刹那、ダイが身体に纏ったReオーラを収束させジュカインへ譲渡する。虹色の波動を受け取り、自身のそれをさらに巨大化させたジュカインが腕に再び龍気の篭手を作り出し、Reオーラを纏わせる。

 

「【ドラゴンクロー】!」

「チィッ!! ボーマンダ、躱せ!」

 

 グライドの指示を受けてボーマンダが勢いよく翼を羽撃かせ、空へ回避行動を取る。

 だがジュカインの掬い上げるような激爪はReオーラのブーストを受けて巨大化、ビル一つを飲み込むほどの大きさになった龍気の篭手は空中へ回避したボーマンダを切り裂いた。

 

「俺の力がジュカインの力になる! 俺はまだまだ戦えるぞ!」

 

 ジュカインに譲渡し、小さくなっていたダイのReオーラがその一言で再度爆発するように復活する。

 そもそも死者蘇生からして出鱈目だというのに、そこからメガシンカ以上に強化されたジュカインとそれをさらに手強くするダイの存在がグライドは心底厄介だと感じた。

 

 もはや冷徹な機械と自分を称している余裕など一つもない。たかだか十代の子供に自分の本質を引きずり出されているという事実がグライドを苛立たせる。

 それでもグライドは努めた。茹だる自分の頭を強制的に冷却し、物事の一つ一つ細分のディテールに至るまでを観察する。

 

「いいだろう……貴様がそう来るのならば、もはや一片の容赦も無しだ」

「一回殺しておいて容赦があったのかよ、相当ブラックな組織だな」

 

 すぐにその軽口を塞いでやるとグライドが目の色を変え、神経を研ぎ澄ませ、次いで手持ちの全てを召喚する。

 グソクムシャ、ゼブライカ、ジュナイパー、ドリュウズ、ルガルガンがボーマンダの隣に並び立つ。フルメンバーで正面からダイを迎え撃つつもりだ。

 

 如何にキセキジュカインであっても、それだけではとても突破出来る状況ではない。

 だがダイもまた、虹の奇跡によって全快した手持ちを呼び出した。

 

 ゲンガー、ウォーグル、ゾロア、メタモン、ゼラオラがジュカインに並ぶ。メタモンは振り返り、ダイの指示を仰いでいる。どのポケモンに変身するか、それが重要になるとメタモンも分かっているのだ。

 逡巡、フィールドを見渡す。なにも手持ちや敵である必要はない。背後で見守る仲間たちのポケモンから一体を選ぶ事もできる。

 

 しかしメタモンの変身はあくまで姿や能力をトレースするだけで、そのポケモンが培ってきた経験までトレース出来るわけではない。

 つまり強力なイリスのピカチュウやシンジョウのリザードン、アシュリーのエンペルトをトレースしても状況打開には至らないとダイはそう考えた。

 

 加えて、ダイのメタモンが変身できるのは一度戦ったことか、見たことのあるポケモンだけ。要は今までダイが戦ってきたポケモンの中から選ぶ必要がある。

 グライドと睨み合いながら、ダイはラフエル地方の旅を思い出す。走馬灯なら先程死んだ時に見飽きた。哀愁よりも今は素早く記憶を巡れと頭を回す。

 

 今まで戦ってきた相手の中でも特に記憶に残っているのはやはりジムリーダーだった。

 

 カイドウのユンゲラーとシンボラーとの戦い。

 

 サザンカのクラブとゲコガシラ、およびゲッコウガとの戦い。

 

 ステラのミミッキュ、ニンフィア、アブリボン、グランブルとの戦い。

 

 アサツキのキテルグマ、ローブシンとの戦い。

 

 今までのジム戦全てを遡り終えた時だった。ダイの頭の中にたった一つ、天啓とも呼べる作戦が思いついた。

 それもグライドの手持ちで最強を誇るボーマンダを打ち倒すための作戦が、だ。

 

「よし、メタモン【へんしん】だ!」

 

 コクリと頷き、メタモンが自身の身体を変化させる。Reオーラを通して、ダイの作戦がメタモンやその他のポケモンの頭に流れ込む。

 そして満を持して変身を終えたメタモンの姿は、クシェルシティジムで戦ったサザンカのゲッコウガへと変わっていた。

 

「ほう、散々頭を絞って出した答えがそれか」

「容赦しないって割には、律儀に待っててくれたのかよ」

「十全の状態の貴様を倒し、英雄のポケモンに我々を認めさせるためだ。やむをえん」

 

 グライドの言葉に、ダイは「だってさ」と言いながら後ろのライトストーンに語りかける。宝玉はただ漂っているだけで何も答えなかった。

 彼もまた、ダイの可能性がどれほどのものかきちんと見極めるつもりらしい。静かながらに威圧的な空気を、ダイは背中越しに感じた。

 

 深呼吸を一度、ダイは行った。そして全ての息を吐ききり、肺に最低限の空気を取り入れ、叫んだ。

 

「ゲンガー! 【なりきり】!」

 

 ダイの言葉を受け、ゲンガーがその場のポケモンのどれかの特性を真似する。ひとまずダイは【のろわれボディ】より優先する特性にゲンガーを変化させた。

 だがグライドにはゲンガーがどのポケモンの特性をトレースしたのかは思いつかない。可能性があるとすれば未知数のキセキジュカインか、ゼブライカの"ひらいしん"とグライドは考えた。

 メガジュカインであれば特性は"ひらいしん"であったが今はそうではない。ゲンガーが"ひらいしん"の特性をトレースすれば少なくともゼブライカの電撃からウォーグルを護ることが出来る上、味方のゼラオラから電気の供給を受け、特殊攻撃のステータスを上昇させることだって出来る。

 

 故にグライドは、ゲンガーがトレースした特性は"ひらいしん"であると当たりをつけ、ゼブライカを半歩下がらせた。

 電気攻撃でウォーグルを潰すにはゲンガーとゼラオラを倒す必要がある。ゼブライカにはこおりタイプの"めざめるパワー"もあるがそれはあくまで切り札だ、どちらかと言えばジュカインを倒すために取っておきたいとグライドは考えていた。

 

 並び立つポケモンたちが一斉に飛び出す。ゲンガーにはジュナイパーが、ゼラオラにはドリュウズが対面する。

 

「ゲンガー! 【シャドーボール】だ!」

「ジュナイパー、迎撃せよ!」

 

 夕刻と同じように、ゲンガーとジュナイパーが闇色の魔球をお互いに放ち合い、ぶつかりあった魔球が闇の粒子をばら撒きながら消滅する。

 戦いの火蓋は再び切って落とされた。初撃は相殺、次手で出遅れた方が防戦を強いられる。

 

「ルガルガンとボーマンダは【ストーンエッジ】を放て。まずはゾロアを集中的に狙う」

「──【リーフブレード】!」

 

 だから、ダイはここで最速の手に出る。ジュカインの姿が消え、ルガルガンを切り裂く。物理攻撃に対し有利な【カウンター】を持つルガルガンも、認識できない攻撃に【カウンター】を決めることは出来ない。

 もう一方、ボーマンダが地面を踏み抜くことで放たれた石刃はゾロアへと一直線に向かっていく。

 

 しかしゾロアは避けない。覚悟を決めた瞳で迫る石刃を睨んでいる。心ではダイの言葉を待っている。

 

「ぶっ放せ、【ナイトバースト】!」

 

 宵闇を凝縮させたような暗黒をゾロアが撃ち出す。【ストーンエッジ】を飲み込む暗黒は石刃をぎりぎりとすり潰す。ゾロアのところへ届く頃には既に小粒の砂利に変わってしまっていた。

 さらに拡がった暗黒がそのままグライドのポケモンの視界を奪う。これにより攻撃の命中率がダウンする。

 

「ちっ、やはりReオーラがヤツの手持ち全てに作用しているか……!」

 

「続けていくぞ! 【ほのおのパンチ】だ、ゼラオラ!」

 

 視界を塞がれれば、防御のタイミングも崩れる。ゼラオラが腕にプラズマを纏わせ、それを元に発火させ炎を纏うと青白い軌跡を描きながら跳躍し、ドリュウズを正面から殴り抜く。さらに振り向きざまにジュナイパーを牽制する。ゼラオラの天敵はドリュウズ、だがドリュウズにとってもゼラオラは無視できない存在であった。

 

「【エアスラッシュ】! 狙いはグソクムシャ!」

 

「先手を取らせるな、【アクアジェット】!」

 

 ウォーグルが飛翔し、空中から空ごとグソクムシャを空気の刃で切り裂くがグソクムシャは上手く水に乗って滑走することでダメージを抑え、そのままウォーグルへと体当たりを行う。

 体勢を崩し、よろけたウォーグル。そのまま【アクアブレイク】で追撃しようとしたグソクムシャが見たのは、不敵に笑むウォーグルの姿だった。

 

「【フリーフォール】!」

 

「拘束技か……ッ! 抜け出せ!」

 

 グソクムシャの突進攻撃を敢えて誘発し、ウォーグルはその巨大な手でグソクムシャの身体をガッチリと拘束すると翼を羽撃かせて飛翔する。

 

「ならばジュナイパー、グソクムシャを援護せよ!」

 

「来ると思ったぜ! 【シャドーパンチ】!」

 

 上昇するウォーグル目掛けて闇色の魔球を木葉矢に乗せて撃ち放つジュナイパー。だが飛ぶ木葉矢を全てゲンガーが見えざる手による連続攻撃で打ち落とす。

 妨害を妨害、そのまま上昇し空中で反転したウォーグルが真っ逆さまに急降下を始める。

 

「落ちてくるぞ! ゼラオラ、任せた!」

 

 ダイの言葉にゼラオラは静かに頷いた。今のダイにはゼラオラの心が分かる。彼の死によって思い出した"哀"で、ゼラオラは全ての感情を取り戻した。

 リライブ直前まで来た彼らの心を、(Reオーラ)が架け橋となって繋いでくれた。だから、ダイの求める攻撃タイミングでゼラオラは飛び出すことが出来る。

 

 

「──【プラズマフィスト】ォ!」

 

『ゼララララララララララァァーッッッ!!』

 

 

 地面にぶつかる寸前、ウォーグルがグソクムシャを地面へ叩きつけ再度上昇。起き上がったグソクムシャへ、ゼラオラが特大の雷光を纏った拳をそのがら空きの腹部へ叩き込む。

 総力戦、故に"ききかいひ"は発動できない。そのまま散乱するプラズマが地面を抉りながら、迅雷は駆け抜ける。

 

 バァン、空気が爆ぜる音と共にゼラオラがグソクムシャを殴り抜いた。ゴロゴロとアスファルトを転がったグソクムシャはもう立ち上がれない。

 

「よし、メタモンは【ダストシュート】だ! ゲンガー、合わせて【ベノムショック】!」

 

 ゲッコウガへと変身しているメタモンが印を結び、現れたゴミの山を一気に投擲する。狙われたのはジュナイパー、それを飛翔することで回避すると迫るゲンガーの毒素の波状攻撃を【シャドーボール】で相殺する。

 そのまま滑空し、ゲンガーへ狙いをつけるジュナイパー。だがその間にメタモンが割って入り、ジュナイパーの突進の盾となる。

 

「そのまま【リーフストーム】で切り刻め」

 

 脚でメタモンを拘束したまま翼から放つ木葉の刃、その奔流がメタモンを飲み込む。だが、メタモンはその攻撃を耐えきった。

 別段、根性で耐えきったというわけではない。もちろんそれもあるが、今のメタモンはゲッコウガでありながら、"どくタイプ"だから耐えきることが出来た。

 

「お返しだ、【しっぺがえし】!」

 

 ゲンガーを庇い、敢えて後手に回ることで攻撃力を上昇させる【しっぺがえし】を行うメタモン。脚で拘束しているばかりに回避できず、メタモンの放つ殴打がクリーンヒットする。

 たまらずジュナイパーが殴られることでその場を離脱するが、体力はもう限界。ゲンガーが【シャドーパンチ】で追撃を行おうとした、その時。

 

 

「【りゅうせいぐん】!」

 

 

 静観していたボーマンダが大口を開け、夜空から大量の隕石を落下させる。Reオーラによって回復したのは味方だけではなく、グライドのボーマンダもそうだったことをダイは失念していた。

 だからこそ、手加減抜きに放たれたそれはダイの手持ちのポケモン全てに降り注ぐ。

 

「メタモン、ウォーグル、ゲンガーを護れ! アイツが要だ!」

 

 頷き、二匹のポケモンがゲンガーの前に立ち、ゲンガーに迫る隕石目掛けて【ブレイブバード】と【ハイドロポンプ】を放つ。凄まじい水の奔流を受けて減速した隕石に対し、ウォーグルが特攻を行い正面から砕く。

 中心点を穿たれ破砕した隕石。しかし破壊できたのは一つだけで、その他の隕石が形を保ったまま地面へと落ち、その衝撃波が軒並みダイとポケモンたちを襲った。

 

「くっ……!」

 

 ダイに迫る隕石の破片を全てジュカインが切り裂いて対処する。しかし、その一撃はやはりとても受けきれるものではなくて。

 ゲンガーを護るために前に出たメタモン、ウォーグル、そして身体の小さなゾロアは恐らくもうまともに戦うのは難しい体力だった。

 

 迷った末にダイはその三匹を場に残したまま下がらせた。戦えるポケモンはジュカイン、ゼラオラ、ゲンガーの三匹だけ。

 対してグライドの手持ちはグソクムシャとルガルガンが戦闘不能、数で言えば負け越している状態だった。

 

 しかしダイはこの状況に置いても、まだ諦めていなかった。しかしボーマンダを倒すための秘策に必要な内の一体、ウォーグルをやられてしまったのが痛打となっていた。

 もちろん、まだゼラオラが残っているため手の打ちようはある。だから、まだ諦めない。

 

「そろそろ、仕掛けるぞ! ゲンガー!」

 

 わざわざウォーグルとメタモンに護らせたゲンガーが動くとなれば、当然グライドも警戒する。どんな手を出してくるのか、ダイの一挙手一投足を注視する。

 そしてダイは一本指を立てて、それを空に向けて言い放つ。

 

 

「──【スキルスワップ】!」

 

 

 ダイの秘策、それは場のポケモンの特性をごちゃ混ぜにしてしまうこと。ゲンガーが物凄い勢いで場のポケモンと自身の特性を入れ替え続け、特性を分からなくしてしまう。

 確かにそれはグライドに取って痛手であった。例えば、まだゾロアがフィールドに残っている。実質総力戦の場で"イリュージョン"は死に特性と化す。それを押し付けられたなら、戦闘能力は激減する。

 

 反面、ルガルガンの"ノーガード"やジュナイパーの"えんかく"、ドリュウズの"かたやぶり"などの強力な特性を奪われた場合現状の戦力差など無いに等しくなる。

 

「ゲンガーを止めろ、好き勝手にさせるな!」

「いいや、もう遅い! 全部入れ替えてやったさ! さぁ、誰がどの特性になったか、当ててみな!!」

 

 そう言いながら、ダイはグライドに考える隙を与えさせない。ジュカインが【ドラゴンクロー】をボーマンダの胴体へ叩きつける。

 

「猪口才な!! 【ハイパーボイス】!」

「ッ、下がれジュカイン!!」

 

 如何にキセキシンカを遂げていようと、その大空をもひっくり返す爆音は耐え難い衝撃をもたらす。吹き飛ばされたジュカインは空中で身体を反転させ、なんとか着地する。

 だが"ひこうタイプ"になった【ハイパーボイス】はゲンガーにも通用する。幸いゼラオラには効果が薄く、衝撃波の中吹き飛ばされたゲンガーを尻目にゼラオラが突進。

 

「ゼブライカ、ゼラオラを止めろ!」

 

 グライドの指示に従い、ゼブライカが前に出る。グライドの見立てではゼラオラは特性を入れ替えられている。だがどの特性かまでは特定が出来ない。だからこそ弱点の少ないゼブライカを押し当てた。

 ────それこそがダイの狙いだった。

 

 ゼブライカが牽制で放った雷撃がゼラオラに直撃する。本来なら"ちくでん"を持つゼラオラがでんきタイプの攻撃でダメージを受けているのを見て、グライドは自身の推測が正しい確信する。

 

「今だ! もう一度【スキルスワップ】! そしてゼラオラは【かみなり】だ!」

 

 その時、ダイが叫ぶ。再度ゲンガーが指を閃かせ、二匹のポケモンの特性を入れ替えてしまう。それはゼブライカとボーマンダの特性だった。

 そしてゼラオラが受けた雷撃ごと空を稲妻で穿ち、自然の力で極大化した【かみなり】はコースを変えてボーマンダへと落ち、直撃する。

 

 ようやくグライドはダイの思惑に気づいた。そしてそれを成し得る特性がこのフィールドには存在している。否、させてしまっていた。

 

「ゼラオラの特性はドリュウズの持っていた"かたやぶり"! そしてボーマンダを"ひらいしん"に変えてしまうことで確実にでんきタイプの技をぶち当てるのさ!」

 

 "かたやぶり"は"ひらいしん"の電気吸収能力を無視して攻撃が出来る。つまりでんきタイプが弱点のボーマンダは永遠に電気を引き寄せ続けることになる。

 

「ッ、ドリュウズ!」

 

 すぐさまドリュウズが【あなをほる】で地中に潜伏する。これでゼラオラを確実に死角から攻撃するという算段だ。

 直後、ゼラオラの左斜め後ろからドリュウズが出現する。死角であれば恐らく背後だろうと、ゲンガーが当たりをつけていた。

 

「バカめ、わざわざゲンガーにじめんタイプの技を防がせるなど」

 

 グライドが言った。だが、ダイも負けじと言い返した。

 

「"ノーガード"っつーのは、そういう意味だろ? 【きあいだま】!」

 

 とびきりの笑顔を見せつけながら。ゲンガーはガッチリと拘束したドリュウズ目掛けて極大の闘気を練り上げた。

 本来なら特殊攻撃の【ラスターカノン】で相手を殴るルカリオの姿を何度も見てきた。だからこそ、ゲンガーはこの一撃を外さない。

 

 ドリュウズが腹部に闘気の砲弾を叩き込まれ、鈍い音を響かせながら吹き飛ばされる。だがゲンガーもまた正面からドリュウズを受け止めたためにダメージは大きい。

 攻撃はあと二回、三回が限度だろうとダイも判断し、グライドと戦場のポケモンを見る。

 

「ゲンガー、また【スキルスワップ】だ」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 それは一種の賭けだった。ゼラオラの"かたやぶり"と"ひらいしん"を組み合わせたコンボもまたボーマンダを追い詰めるための秘策の一つだった。

 だが、それでも何度も通用するほどヤツは甘くない。だけど、むしろこのコンボを警戒させることが()()()()()()()を確実にするための布石となる。

 

 ゲンガーは頷き、【なりきり】でトレースした後他のポケモンに預けていた特性を再び受け取り、それをさらに別のポケモンへと流した。

 

「ジュカイン! もう一度突っ込め!」

 

 俺はもう一度ジュカインを突進させる。ボーマンダはさっきのように【ハイパーボイス】を撃ってこない。

 それもそうだろう、ボーマンダは"スカイスキン"を奪われたから、【すてみタックル】や【ハイパーボイス】をひこうタイプの技に出来ない。

 

 それでいい、そのまま誤解し続けてくれれば。

 

「「【ドラゴンクロー】!」」

 

 ジュカインが龍気の篭手を、ボーマンダが激爪を纏って互いにそれらをぶつけ合う。キセキジュカインのスピードはやはりメガシンカした時よりも格段に上昇してる。

 だけどボーマンダもまた、咆哮を上げながら空中で反転し遠心力を伴った一撃をぶつけてきた。

 

「今度は【ドラゴンテール】か……!」

 

「特性を弄られようがやることは変わらん! フルパワーで【りゅうせいぐん】だ!」

 

 あの野郎、まだ余力を残してバカスカ撃ってやがったのか! 

 心の中で毒づくも、空には既に大量の隕石の雨。しかもその一撃はボーマンダが思う以上に()()()()()()()。それはゲンガーが押し付けた特性のせいでもある。

 

 

「小細工など通用せんことを、教えてやる!!!」

 

 

 その一言を皮切りに、隕石が凄まじい速度で落下を開始する。どうする、考えろ。考えることをやめるな、直撃までまだ時間はある。

 だけど焦りが思考を鈍らせる。頭がオーバーヒートした瞬間、隕石の纏う燐光が俺の顔を照らしあげる。

 

 

「────リザードン、【だいもんじ】!」

 

「────ピカチュウ、【10まんボルト】!」

 

「────ルカリオ、【インファイト】だッッ!!」

 

 

 まずい、と思った時だった。背後から飛び出してきた三匹のポケモンたちがジュカインへ降り注ぐ隕石を全て押し留めてくれた。

 ジュカインがその隙に俺を連れてその場を離脱、直後に隕石の数々が再度レニアシティを襲う。爆風に煽られながらも直撃は避けられた。

 

 俺が顔を上げるとシンジョウさんとイリスさん、そしてアルバが立っていた。

 

「みんな……」

「作戦があるんでしょ? 教えてくれ、ダイ」

 

 アルバがそう言った。横を見れば、シンジョウさんもイリスさんも頷いた。俺は少し迷った後、三人の力を借りることにした。

 

「アルバとイリスさんにはジュナイパーとゼブライカの相手を任せたいんだ。それで、シンジョウさんのリザードンにはやってもらいたいことがある」

「なんだ?」

 

 シンジョウさんに耳打ちをして、可能かどうかの確認を取る。それに対してシンジョウさんは首を縦に振って応えてくれた。

 やっぱり頼りになる大人だ。いつかこの人と、あの舞台(ポケモンリーグ)で決着つけるまでは誰にだって負けたくない。

 

 たとえそれが、バラル団最強の幹部だったとしても。

 

「負けられないんだ……!」

 

 煙が晴れ、俺は叫んだ。尚もグライドはそこにいる。俺たちに濁った瞳を向け、睨みつけている。

 その瞬間アルバのルカリオとイリスさんのピカチュウが同時に【しんそく】で敵陣へと突っ込んだ。

 

「ダイくん、ゼブライカの今の特性は?」

「ぶっちゃけますと、"ちくでん"です!」

「たはー、よりによってそれかぁ!」

 

 イリスさんが頭を抱えて言った。そもそもゼラオラの電撃を全てボーマンダに届かせる都合上、ゼブライカは"ひらいしん"さえ取り除いたなら後はほぼ無視するつもりだったせいだ。

 アルバがジュナイパーの相手を変わるか、そう打診しようとした時。キャップの下の艷やかな黒髪をワシャワシャと荒立て、イリスさんは不敵に笑んだ。

 

「いいや、不利上等!! ピカチュウ、抑えだとしてもこの戦い負けらんないよ!」

「ピカピッカァ!!」

 

 目にも留まらぬスピードで駆け抜け、跳躍。ピカチュウがゼブライカの頭上を取って尻尾を閃かせる。

 同じタイミングでルカリオもまた【ラスターカノン】でジュナイパーを殴打する。メタモンの奮闘もあって、ジュナイパー自体は既に瀕死寸前まで追い詰めることが出来ている。

 ゼラオラも合流し、タッグでジュナイパーを追い詰める。

 

「ジュカイン、ゲンガー! ボーマンダを牽制しろ!」 

「ジャッ!!」

「ゲンゲラゲーン!」

 

 了解、その意思が俺の中に流れ込んでくる。再度ジュカインはボーマンダへ接近戦を挑む。その補佐をしにゲンガーも飛び込んだ。

 

「リザードン! 先にゼブライカを仕留める!」

 

 リザードンにとってもでんきタイプは天敵、ゆえに先に不安要素を取り除きたいと思うのはセオリーだ。

 状況は全て揃う。後一つ、最後のピースが揃った瞬間が勝負だ。

 

 ピカチュウ、ルカリオ、ゼラオラ、リザードン、ゲンガー。彼らが自陣の周りをウロチョロしてたなら、どうする。

 さぞ鬱陶しいだろう。さぁどれでもいい、撃ってこいボーマンダ! 

 

 俺は心の中でただただ唱えて、その時を待つ。

 

「ボーマンダ、【げきりん】だ!」

 

 違う、そうじゃない。それじゃないんだ。

 ジュカインが一度距離を取る。ゲンガーがボーマンダへ肉薄し、【シャドーパンチ】を腹部へと叩き込んだ。合わせるように、ジュナイパーの傍を離脱しルカリオとゼラオラが【バレットパンチ】をお見舞いする。

 極めつけは、ピカチュウの【10まんボルト】だ。ピカチュウの身体全体を電気が迸り、チャージが完了する。

 

 

「させるものか、【じしん】!」

 

 

 ────来た! それを待ってたんだ! 

 

 乾坤一擲、俺はこの一撃に全てを乗せるためにジュカインを呼び出し、腹の底から声を上げた。

 

 

「今だ! シンジョウさん頼んだ!」

 

「任せろ!」

 

 

 シンジョウさんがリザードンを飛翔させる。レニアシティの遥か上空へリザードンが上がるのを確認し、ジュカインがその場で光を集め始める。周囲を漂うReオーラがジュカインの背中の枝に集まっていき、巨大な光の大樹を形成する。

 それを見て、グライドは訝しんだ。当然だ、この局面でボーマンダを攻撃するための技にしては不適切すぎる。

 

「【ソーラービーム】だと!? バカめ日和ったか! 避けるまでもない! チャージまでの間に叩き潰してくれる!」

 

「チャージの時間は必要ない!」

 

 その瞬間、俺達の上空で光が弾ける。シンジョウさんが天を指差し、グライドがそれをゆっくりと見上げた。

 シンジョウさんの手にはキーストーンの埋め込まれたカードが握られてる、上空の光がメガシンカ由来のものだと気づいたようだ。

 

「ッ、そうか! "メガリザードンY"!」

 

「──日輪よ、阻む闇を暴き、進むべき勝利の道を照らしだせ!」

 

 以前聞いたのとは違うキーワードを唱え、シンジョウさんがリザードンを"メガリザードンY"へとメガシンカさせる。

 その特性は"ひでり"、既に日没を終えた後のレニアシティに再び朝がやってくる。そしてその光はジュカインへ即座に力を注ぎ込んだ。

 

 

「だが、たとえチャージタイムを減らそうが、ボーマンダにくさタイプの攻撃は────」

 

 

「まだ気づかないのか? なんで俺がメタモンをゲッコウガに変化させたのか。なんでスキルスワップで特性を入れ替える戦法を取ったのか、なんでこの局面で【ソーラービーム】なのか!」

 

 

 そう言うと、グライドの顔が怪訝一色に変わる。だが、やがて一気に驚愕の色を見せた。そういう顔を見てやりたかったぜ。

 ゲンガーが【なりきり】でトレースしたのはメタモン、即ちサザンカさんのゲッコウガの特性。そして最後の【スキルスワップ】でそれを押し付けられたのは、

 

 

「まさか、貴様……ッ!」

 

「そう、ボーマンダの特性は"へんげんじざい"! 技を放つ直前、その技と同じタイプになる! 直前に使った技がなんだったか、覚えてるか?」

 

 

 だから、ボーマンダの周囲をでんきタイプ、はがねタイプ、どくタイプで囲んだんだ。そうすれば必ず範囲攻撃の【じしん】を撃ってくると思ったからだ。

 当然シンジョウさんのリザードンを【いわなだれ】や【ストーンエッジ】で狙ってくることも想定に入れていた。

 

「下がれボーマンダ! 下がれェ!」

 

「決めるぞジュカイン!」

 

 日光の輝きが、流れるReオーラが、全てジュカインの背中へ集まっていき、それは臨界点を超える。

 グライドがボーマンダを下がらせようとする。ゼブライカとジュナイパーが前方に立ち塞がり、盾になろうとする。

 

 

「俺たちが最初に勝った、あの技で!」

 

 

 それで防げるもんなら、防いでみやがれ。

 

 俺と、ジュカインの、必殺技を!! 

 

 

 

「ソォォォォラァァァアアア!!! ビィィィィイイイイイイイムッッッ!!」

 

 

 

 それは俺の名前と同じ、太陽(タイヨウ)を冠する技。俺の身体を包む全てのReオーラがジュカインへ流れ込み、ジュカインが裂帛の気合いと共に、背中に集束させた光を発射する。

 リザードンの"ひでり"で明るくなったレニアシティを一際輝かせる橙色の光線がジュナイパーとゼブライカを飲み込んだ。

 

 そしてそのまま、背を向けたボーマンダへと直撃する。Reオーラによるブーストがかかり、さらに範囲を広げる太陽光の輝き(ソーラービーム)

 

 

「いっけええええええええええええええええええええええ──ッッッ!!!」

 

 

 一つ、二つ、三つ、四つと光線に押し飛ばされるボーマンダが数々のビルを突き抜けていく。やがて光線全てがジュナイパーたちと同じようにボーマンダを飲み込み、空の彼方で臨界を超えたエネルギーが大規模な爆発を起こす。

 日光の力とReオーラの輝きがその爆発で四散する。きっとメーシャタウンくらい遠い場所なら、それは花火に見えたかもしれない。

 

 やがてジュカインが【ソーラービーム】を撃ち終え、肩を喘がせる。そして全てのReオーラが尽き、ジュカインのキセキシンカが解除される。

 それに伴って俺の身体を覆っていたオーラも消滅する。空の日差しを受けても尚、少し肌寒さを感じるくらいにはあの光は暖かかった。

 

「バカな……バカな……ッ、貴様ごときに……ぃっ」

 

 それは正面から聞こえてきた。ジュカインの【ソーラービーム】が吹き飛ばしたのはグライドもだったんだろう。肩を抑えながら、鋭い視線を俺に投げつけていた。

 

「俺たちの勝ちだ。もうお前に戦えるポケモンはいない」

 

 シンジョウさんが言った。グライドは口を噤んで、必死に噛み締めた歯を隠していた。

 そしてアストンやアサツキさん、意識を失っていた仲間の介抱をしながら戦況を見守っていたアシュリーさんが手錠を持ってグライドの方へ歩を進める。

 

 

「──間に合った、というべきかな」

 

 

 その時、俺はReオーラの消滅だけが肌寒さの理由ではないことに気づいた。青く、透明な翼を羽撃かせながらそれは舞い降りた。

 

「イズロード……!」

「随分と派手にやられたな、グライド」

 

 伝説のポケモン──フリーザーを従えながら、イズロードが俺たちの前に降り立った。

 イズロードは俺たちを警戒するように周囲を見渡し、最後に俺に視線を送った。

 

「見事だ、まさかこうも短時間でゼラオラをリライブ寸前に至らせるとは」

 

 惜しみない拍手をイズロードが俺へ送ってきた。だが次の瞬間、フリーザーが低く囁くような音を発した。

 瞬間、俺たちとイズロード、グライドの間に氷の障壁が張り巡らされる。ゼラオラが飛び出し【バレットパンチ】を叩き込む。ヒビが入ったものの、破壊するには至らなかった。

 

「撤収するぞ、ハリアーの(ふね)が来ている」

「待てイズロード。俺はヤツに言っておかねばならんことがある……ッ!」

 

 氷の障壁の向こう、グライドが俺を正面から睨んだ。俺も負けじと奴を睨み返す。

 

「ライトストーンは貴様に預けておく。だがな、我々はそれを諦めない。次に会った時が貴様の、再びの最後となるのだからな……!」

 

 捨て台詞を吐くようにして、グライドはフリーザーの脚に捕まった。上昇するフリーザーを追いかけるほどの体力は、俺達の誰にも残っていなかった。

 半ば見送るようにして、小さくなるフリーザーを見ていた俺たち。やがて俺はその場に大の字になって寝転がった。

 

「ダイ!?」

「平気だっつーの、デカい声出すなって」

 

 尤も、みんな心配してくれてるんだろうけど。"ひでり"の効果が尽き、もう一度レニアシティに夜が訪れる。

 

「けど俺たち、勝ったよな」

 

「あぁ」

 

 呟くと、シンジョウさんが頷いてくれた。だから、逃してしまったけれど心は非常に穏やかな気分だった。

 見ればステラさんとグランブルがせっせと戦闘不能になったり、負傷しているバラル団の下っ端を一箇所に集めていた。怪我をしているヤツには手当すら行っていた。

 

 VANGUARDの説明会で、ステラさんが言っていたことを思い出す。彼女にとっては、きっとこれからが本当の戦いなんだろう。

 俺は立ち上がるとみんなと顔を合わせて頷き合い、ステラさんの方へ駆け寄っていった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 飛行船の中、グライドは傷の手当を下っ端にさせていた。だが下っ端も粗相があっては逆鱗に触れるだろうと、ビクビクしながら手当を行っていた。

 見かねたワースが「行っていいぞ」と声を掛けると、失礼しますと足早に下っ端が去っていった。

 

「んじゃ、手早く報告するぞ。結果から言うとライトストーンとダークストーンの二つは覚醒、ライトストーンはオレンジ色のガキに。ダークストーンは俺の持つヒードランを繋ぎ止めるヘビーボールを破壊してどっか行っちまった」

 

 ワースの軽口に、グライドは応えない。面白くねぇな、とワースはタバコに火をつけた。

 その時、くつくつと抑え込まれた笑いの声が耳に届いた。それはグライドを驚愕させるに値する、グライドの笑顔だった。

 

 尤も快活な笑顔には程遠い、邪悪な含みのある笑顔だったのだが。

 

「何がおもしれぇ?」

「ワース、お前は気づかないか?」

 

 首をかしげるワースにグライドは続けて言った。

 

「虹の奇跡が起きる直前、レニアシティは荒野だった。もはやビルなど無事な形で残っているものなど何一つなかったほどにな」

 

 そう言われ、ワースが飛行船の窓からレニアシティを眺める。すると、グライドの発言との矛盾に気づいた。

 

「ビル、残ってるじゃねえか」

「そうだ。Reオーラが流れ出した後もボーマンダが【りゅうせいぐん】を放ち、幾つかのビルは倒壊したが今のレニアシティ、()()()()()()()だろう?」

 

 グライドの言わんとすることが大体わかり、ワースはタバコで口を塞いだ。

 

「そもそも、死者蘇生など奇跡だとしてもあまりに荒唐無稽すぎる。だが、()()()()の仮説は正しかったのだ」

 

 そこで一度グライドは笑いを収め、窓の外を眺めながらぽつりと漏らした。

 

 

「Reオーラによるポケモンやそのトレーナーの回復効果はな、正確には回復ではない。Reオーラが対象の『時間を巻き戻している』のだ」

 

 

 だからダイは一度死んだにも関わらず、Reオーラが彼を包み込んだことにより"タイヨウ"という存在の時間が巻き戻り、死者蘇生とも呼べる奇跡が起きたのだ。

 広義的に言えばそれも回復であり、今まで対して気にしてこなかったがReオーラに時間を遡る能力があると確証が取れれば話は別である。

 

「"虹"が"風"を伴って奇跡を起こす時、"時"は一方通行のそれでは無くなる」

 

 一人呟きながらグライドが立ち上がり、部屋を後にしようとする。その背中に向けて、ワースが言った。

 

「俺のお咎めは?」

「不問とする、ただし行方をくらましたというダークストーンの捜索を最優先にせよ」

「あいよ」

 

 それを最後にグライドはワースの部屋を後にする。小さくなったタバコをワースは灰皿で潰し、ため息のように深く吐いた。

 入れ替わるようにして、ロアとテアが入室してくる。グライドが入ってきた際、席を外すようにワースが言ってあったのだ。

 

「グライドさんはなんて?」

「ヒードランの件はお咎め無しだ。その代り、ダークストーンを必死こいて探せとよ」

 

 もう一本タバコを取り出そうとして、テアがおずおずと挙手しながら言った。

 

「あの、ワースさん? 黙っていていいんでしょうか?」

 

 その視線は部屋の隅、目立たない場所に配置されたスーツケースに向けられていた。ワースはタバコを加えたままそのスーツケースのロックを爪先で開ける。

 開かれるスーツケースの中では、暗黒の宝玉が青黒い色の光を明滅させながら佇んでいた。

 

「ダークストーンは既に確保した、って報告しなくていいんでしょうか?」

「あぁ、いいぜ」

「なぜですか?」

 

 首を傾げるテアにワースは視線を向ける。指に挟んだタバコを宝玉、ダークストーンに近づけるとバチッと音を立ててプラズマが奔る。それがタバコの先端に火をつけ、ワースはそれを咥えた。

 

 

「言わば、()()()の切り札になりうるからだよ、こいつは」

 

 

 ワースが触れてもダークストーンは拒絶反応を示さなかった。それは即ち、ダークストーンが彼に触れられるを好としたからに他ならない。

 金勘定だけしていられればそれで良いとも思った。だがもし、そういられなくなった場合。

 

 

 手中の宝玉を眺めワースはただただ、煙を蒸すだけであった。

 

 ワースの言う『俺たち』が、誰を指すのか。それは彼のみぞ知る解答(こたえ)であった。

 




・キセキジュカイン

ぶんるい:もりトカゲポケモン

タイプ:くさ/ドラゴン

HP:100
こうげき:165
ぼうぎょ:110
とくこう:155
とくぼう:110
すばやさ:155

とくせい:虹のオーラ時/てきおうりょく

◇ ◆ ◇ ◆ ◇


今回、Reオーラの効能について説明がありましたが本作オリジナルです。
Reオーラには時間を行き来する能力が備わっており、人でなくともReオーラの範囲圏内に入れば損傷前に戻ったり出来ます。

ぜひ皆様の創作に取り入れてくだされば、と思います。



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VSフシギバナ ココロノート

 ざざん、ざざん。

 

 船が波をかき分け進んでいく。

 デッキでは一人の女性が髪を撫でる風に目を細めていた。船乗りはそんな彼女の姿を絵画かなにかと勘違いするほどだった。

 

「お姉さん、随分ラフエル地方が待ち遠しいんだな。今朝からずっとそこにいるだろう?」

「うん? まぁ久々の観光でねぇ。テンション上がってるっていうのはあるよ」

 

 赤毛を超えた、紅色の長髪が風に揺られるたびまるで炎が暴れているかのような苛烈な印象を覚える。女性は振り返り、船乗りに向かって微笑んだ。

 口角を持ち上げる笑い、まるで少年のような笑みに船乗りは思わず見惚れてしまう。

 

「バカ息子と、可愛い可愛い義娘(ムスメ)に会いに行くのよ」

 

 きっとその義娘と呼ばれた方は「気が早い」なんてぷりぷり怒り出すだろうが、などと女性は考える。

 彼女が船の先に立っていた理由を垣間見、船乗りは「なるほど」と納得する。

 

「なるほど、そらぁ待ち遠しいわけだわ。しかしそこは揺れるべ? 船酔いは平気か?」

「平気よ、アタシのダーリンは船乗りだからね。それに地元の海はもっと揺れるのよ、ここの海はまるで揺り籠みたい」

「ほー、強いお人だなぁ。ご職業は何を──」

 

 船乗りが尋ねた瞬間、ガンと何かが船にぶつかった音がする。巨大な船だ、仮に海洋のポケモンがぶつかろうと壊れたりはしない。

 だがそれが何度も起きれば、さすがに不安になる。船乗りがデッキから下を覗いた瞬間だった。

 

「下がってないと、頭食べられちゃうわよ」

「あん?」

 

 女性が言う。船乗りが振り向いた瞬間だった。今まで船乗りの頭が会った位置に、鋭い歯が並ぶ口があった。ガチンと噛み合う歯の音が耳元で唸り船乗りはたまらず転がった。

 

「ひゃあ、サメハダー!」

 

 理由はわからないが腹を立てたサメハダーが船乗りを、ひいてはこの船を攻撃した。女性はかつかつ、とパンプスの底を鳴らしながらサメハダーへ近づいていく。

 血走った目のサメハダーは船乗りから女性へと標的を変え、【アクアジェット】で突進する。

 

「お姉さん危ねえ!」

 

 船乗りは叫んだ。だがサメハダーの突進は女性には当たらなかった。というのも、いつの間にか女性の隣に出現していたたねポケモン、"フシギバナ"が背負っていた巨大な花の根本から伸ばした蔓でサメハダーを拘束していたからだ。「主を攻撃するなど百年早い」とばかりに、伸ばした蔓でペシペシサメハダーの頭を叩くフシギバナ。

 

「勢いは良かったね~! 次はもう少しフェイントを織り交ぜながらやってみな!」

 

 女性がそう言うとフシギバナはサメハダーを離す。完全に頭にきた様子のサメハダーは再び女性目掛けて【アクアジェット】を放つ。女性のアドバイス通り、直撃の瞬間に急制動をかけぶつかるタイミングをズラすフェイント。だが女性はそれでも動じずぶつかってくるサメハダーに手を伸ばして軽く横から小突いてコースを逸らす。彼女の手を包む黒い手袋が"さめはだ"でズタズタになる。

 

「うんうん、そうそう! やれば出来るね! にしても元気がいいなぁ、君」

「な、何を遊んでるんだ!? 相手はサメハダーだぞ! わざと怒らせたりしない!」

「退屈凌ぎにちょっとくらい遊びたいじゃない。だけどそうね、あんまり船を壊されたら運航に関わるもんねぇ」

 

 再び女性を狙うサメハダーだったが、やはりフシギバナのガードが堅く崩せない。本体が巨体故鈍足だとしても、その身体から放たれる【つるのムチ】は凄まじい速度とテクニックで放たれるため、サメハダーは簡単に追い詰められてしまう。再び身体全体を拘束するように蔓を奔らせるフシギバナ。

 

「ありがとう、楽しかったよ! 【ソーラービーム】!」

 

 本日は晴天なり、空に輝く太陽の光を受けてフシギバナが凝縮した光線を撃ち放つ。拘束されたサメハダーでは避けることも出来ず、また吹き飛ぶ事も出来ないために照射された光線がサメハダーを容赦なく焼く。

 やがてフシギバナが光線の照射をやめると、サメハダーをデッキに下ろした。目を回して昏倒するサメハダーに女性は手持ちのキズぐすりを吹き付けた。僅かに体力が回復すると不思議そうに女性を見上げるサメハダー。

 

「なるほどね~、戦ってる最中から気になってたけど身体に締め付けられた後があるね。"ドククラゲ"辺りにイジメられたのかな、それで腹が立ってたのかも」

「や、八つ当たりだったのか……? なんて迷惑な……」

「まぁまぁそう言わない。今度は喧嘩しても勝てるもんね」

 

 手袋を付けた手でサメハダーの頭をポンポンと撫でる女性。先程までの剣幕はどこへ行ったのか、サメハダーはすっかり気を良くして海へ戻っていった。

 それを見送ると女性は手袋を外して船乗りに渡した。突然ずたずたの手袋たちを渡されて船乗りは困惑する。

 

「それ、あげるよ。アタシの激闘の証、なんつって」

 

 ニッと歯を見せて笑う女性。正直いらないが、船乗りは手の中の手袋を見る。そこに刺繍された名前を口に出す。

 

「"コウヨウ"……ん? コウヨウ!?」

 

 この船はイッシュ地方とラフエル地方を結ぶ数少ない定期船だ。そしてイッシュ地方の隣に存在するオーレ地方ではその"コウヨウ"という名前は知れ渡っている。

 むしろ、オーレやイッシュで彼女を知らない者はいないだろう。なぜならば、

 

「バトル山の頂点(トップ)、"真紅髪の女頭領(クリムゾンヘッド)"のコウヨウさん!?」

 

 オーレ地方でのチャンピオンを意味するその称号は、イッシュ出身の彼も当然知っていたから。

 女性──コウヨウは振り返り、頷いた。

 

 

 

「いかにも! アタシが今のバトル山マスター、"コウヨウ・アルコヴァレーノ"! その手袋は迷惑のお詫びとサイン代わりってことで一つ!」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 レニアシティでの激闘から二日、俺たちはラジエスシティにいた。というのもレニアシティでの戦いや、テルス山中腹でも起きていたバラル団との戦いで怪我をした人たちがそれなりの数いたからだそうだ。

 ちなみにレニアシティで戦っていた人たちとの取り決めで、俺が一旦死んだということは秘密にしておくことにした。もちろん、言わなきゃいけない相手もいる。それが、

 

「というわけで一度死にました」

「前々から思っていたがお前は本当にバカだな。一度死んでもバカは治らんか、よくわかった」

「散々だなお前……」

 

 はい、カイドウです。元々アストンに頼まれてReオーラの存在証明からキセキシンカのロジック解明なんかを頼まれていたらしく、Reオーラの効果で蘇生した俺の身体のデータや血液サンプルが欲しいらしい。まぁ研究が進むならいいか、と俺も快く応じたんだけど。上手く行けばReオーラの回復効果が医療に役立つかもしれない。

 

「まぁ、しばらく入院してもらうぞ。本当ならリザイナの病院にしてほしいところだがな」

「仕方ねえだろ、レニアから一番近いのがラジエスだったんだからよ」

 

 ホテルに向かうカイドウをゲートまで見送る。身体の調子は絶好調なんだけど、確かにある日ころっとなにもないのに死んでしまう可能性もゼロとは言えない。

 まだReオーラが俺に作用してるから生きてられるだけで、それが切れたら死ぬんじゃないかっていう不安はそれなりにある。

 いつまでもロビーでボーッとしてても仕方がない。俺はエレベーターに乗って自分の病室へ戻った。しかしレニアシティからの避難民の中でパニックを起こして怪我をした人も大勢いたらしく、病院の中は非常にごった返している。

 

 だから俺の病室、というよりは相部屋なのだ。それが、

 

「おう、戻ってきたかハリキリボーイ」

「……ん、おかえり」

 

 アサツキさんと、同じくジムリーダーのランタナさんの部屋だ。男女混合でいいのか、とも思ったけれどアサツキさんが気にしてないようだから俺もわざわざ口には出さない。

 ちなみに二人もあの時、Reオーラに包まれたおかげで致命傷は治ってるけどアサツキさんもランタナさんもボーマンダにやられて頭から地面に落下した。傷が残ってはいけないとステラさんに大事を取るよう言われたらしい。

 

「しかし、だるいよな。実質無傷だってのに病院に縛りつけられちゃ、よ」

 

 ランタナさんが枕に頭を勢いよく預ける。その頭にはガーゼと包帯が巻きつけられているから、まだ怪我人っぽく見える。アサツキさんも被っていたヘルメットのおかげで頭の傷はゼロだ。ただ彼女は身体が華奢だから、地面に叩きつけられたらどちらかと言えば四肢が心配だな。病衣の陰に見える包帯が怪我の場所を教えてくれる。

 

「まぁ、オレは早いとこ退院してユオンに戻らねえとな。ハチマキとの約束もあるし」

 

 アルバのことだ。というのも、昨日俺たちがこの病室にぶっ込まれてからユオンにいるヨルガオさんから電話が掛かってきて、ヒードランがふらっと帰ってきたらしい。

 テルス山中腹では、ネイヴュ警察の人たちがワースの一味と戦ってたらしい。その戦いの最中、捕獲に使われたヘビーボールが破壊されて野生に戻ったからだろう。

 

 結果、またユオンシティは温暖な地域に戻り地熱発電は復活。今日も忙しくトンチンカンと男たちは鉄と戦っているみたいだ。

 俺もちゃんとアサツキさんと正式なジム戦をやりたい、さっさと退院してユオンシティに戻りたいところではある。ボルト、ネジ、ナットの三人が元気にやってるかも気になるしな。

 

「しかしまぁ、レニアシティもそれなりの大打撃を受けたからな……ある程度の復興支援は必要になるだろうな」

 

 アサツキさんが窓の外を眺めながら言った。レニアシティのビルがいくつか壊れたのは俺が主犯だったりするから頭が上がらない。

 ただ、Reオーラの奔流が無かったらレニアシティは文字通り壊滅していたはずだから、今の状態はまだマシの部類に入るくらいだ。

 

「テルス山、標高はそんな高くねえけど物資を持って登るにはちょっと不親切だからよ」

 

 確かに、ロープウェイを除けばレニアシティに向かう方法は空路しかない。サンビエタウンからラジエスシティまでを繋ぐトンネルなんかはあるものの、それ以上の工事での発展は行ってないらしい。大型のエレベーターでもあれば物資搬入も楽だろうけど。

 

「でもまぁ、ユオンで復興物資を作れるようになったってだけでも、今はありがたいことなのかもしんねぇな」

 

 そう言うとアサツキさんはボコボコになったヘルメットをそっと撫でて、「あっ」と声を出して自身のポケギアを取り出す。

 

「どうしたんだよ? カレシ?」

「ちげーよ。すっかり忘れてたぜ、約束だったよな。お前に"アイツ"を紹介してやるっていう、よ」

 

 アサツキさんに言われて、俺もようやく思い出す。そう、元はと言えば俺がユオンシティに行った理由の一つはゼラオラのリライブを行えそうなアサツキさんの知人を紹介してもらうためだ。

 彼女はポケギアでコールを行うと数回の呼び出し音の後、通話が繋がったらしい。するとアサツキさんはいつもの仏頂面が嘘のように笑顔を交えて話を始めた。

 

「すげぇ変わり身だよな、本当にカレシじゃねーの?」

「本人がそう言うんだから、嘘じゃないと思いますよ」

 

 ヒソヒソ、とアサツキさんにバレないようにランタナさんと耳打ちし合う。するとアサツキさんの笑顔が一瞬で驚愕に変わった。

 

「レニアに凱旋公演? チャリティって、マジか? だってお前、レニアシティの実家と大喧嘩して出てきたんだろ?」

 

 なんか、英雄の民って仰々しい異名だからストイックな人かと思ったけど、全然真逆な雰囲気みたいだ。っていうか凱旋公演って言ったか? それってライブってことだよな、超大物じゃねえか。

 

「……わかった、お前が決めたことに反対なんかしねーって。うん、ありがとな。それじゃあ日取りは後日改めてってことで、うん」

 

 それだけ言うとアサツキさんは通話を終えた。やっぱり相手が超大物アーティストだったりするから、今の電話もかなり切り詰めたスケジュールの中にあったんだろうな。

 

「アポが取れたぞ。近々ラフエル中のアーティストを集めて、レニアシティで復興を盛り上げるためのチャリティライブを行うらしい。その時に時間が取れそうだからお前と会う時間を作ってくれるってさ」

「ありがとうございます、アサツキさん!」

「こっちもお前らには世話になってる、おあいこだ」

 

 ボールの中のゼラオラに視線を送ると、笑顔が帰ってきた。もう少しで元のポケモンに戻してやれるんだと思うとやっぱりワクワクする。

 ただレニアシティに戻るなら、その前にやっておかなきゃいけないことがある。俺は一度病室を出ると上のフロアへと向かった。

 

 上のフロアは俺たちのフロアと違って、完全に個室オンリーのフロアだ。エレベーター脇三つのところに、その部屋はある。

 

 

『ソラ・コングラツィア』

 

 

 そう書かれたプレートの部屋をノックする、返事がない。

 

「ソラ、俺だ。入ってもいいか?」

 

 声をかけてみるが、やっぱり返事がない。戸を引いてみると微かに水の流れる音が聞こえた。有料の個室だとそれなりに広く、シャワールームまであるみたいだった。

 部屋の中に歩を進めるたび、水の流れる音は強くなってくる。そして溢れた水がタイルに落ちる音が新たに加わってくる。

 

 嫌な予感がして、シャワールームの扉を開けた。結論から言って俺の嫌な予感は的中した。

 ソラはシャワーなんか浴びてなかった。洗面器いっぱいに張った水の中に顔を突っ込んでいたんだ。

 

「おい、ソラ! おい!」

 

 慌てて引っ張ろうとすると全然力が入っていないソラの身体は簡単に洗面器から引き剥がせたどころか、勢い余って俺がシャワー室の壁にぶつかってしまった。

 うなだれながら、前髪から雫を滴らせるソラの目は虚ろで、顔はやつれていて、普段から無表情だったけれど今はその倍増で空虚に見えた。

 

「なにやってんだよ、水飲むならウォーターサーバーでいいだろ……」

 

 口に出してから、そうであってほしいと思っていた。それくらいはソラにだってわかってる。

 ソラは口を開いて、数度唇を動かして、噛み締めた。そして喉に触れると再度口を開く、音は出ない。

 

 するとソラは俺の手のひらを取って、指先で俺の手のひらに文字を書いていった。

 その言葉は一文字ずつ、ソラの心情を俺に伝えてきた。だから、一文字ずつ胸が締め付けられるような気がした。

 

 俺はソラの人差し指を止めた。これ以上彼女の意思で紡がれたら、なんて言葉を掛けていいか分からなくなりそうだったから。

 

「とりあえず、風邪引くぞ」

 

 結われていないぐしゃぐしゃになった髪は、濡れてぺったりとソラの肌にくっついていた。シャワールームに設置された棚の中にあるバスタオルでソラの頭をゆっくりと拭いていく。

 旅をしている最中もこうやって、朝の弱いソラの世話をしていた。だから今更恥ずかしさは無い。だけど着替えは別だ。

 

「病衣、借りてくるか……? や、でもなぁ……」

 

 上から下までずぶ濡れの病衣のままベッドに寝かせるわけにはいかない。かと言って、今のソラから目を離すのはなんだかダメな気がした。

 迷った末に、俺は持っていた俺の着替えをソラに渡した。サイズ合わないだろうけど濡れたままでいるよりはずっといいはずだ。

 

「着替えられるか?」

 

 尋ねるとソラは頷かなかったが、病衣のボタンに指を掛けた。慌てて背中を向けると次いで衣擦れの音。

 数分くらいして、ソラがトントンと背中を突いた。振り返ると、案の定ダボダボだった。ジャージは捲らないと袖から指先すら出てない。

 

「ベッドに戻ろう。片付けはやっておくから」

 

 ソラは返事はしなかったけど、俺が動かないと知ると渋々シャワールームから出ていく。ベッドに座ってそのまま俯いてしまった。

 濡れた病衣と溢れた水を片付けてソラの部屋に戻ると、ソラはベッドの脇にある小さなホワイトボードに水性ペンを走らせる。キュッキュ、とペンが擦れる音だけが静かに響く。

 

『なんであんなことしたか、知りたい?』

 

 ボードにはそう書かれていた。俺は頷いた。そしてソラの対面に椅子を動かして座る。ソラはもう一度ボードをまっさらにしてまたペンを走らせた。

 たぶん、レニアシティの戦いでソマリに見せられた幻覚が原因なんだとは思う。

 

『わたしがパパとママを死なせた』

 

 そう、ソラはソマリにそう言ったらしい。それが具体的にどういう意味なのかは分からない。

 だけどもしその言葉通りの意味なら……

 

「それって、ソラが直接手を出したわけじゃないだろ?」

 

 だから聞いてみた。ソラは答えに迷ったみたいだけど、やがて首を縦に振った。

 なおのこと謎は深まる。ソラが直接両親を殺したわけじゃないのに、ソラは自分が殺したと言い張る。この矛盾はなんだ。

 

「なぁ、辛かったら別にいいんだ。だけど、ソラのお父さんとお母さんのこと俺に教えてくれないか? なんだかんだ、今まで聞いたこと無かったからさ」

 

 言ってから、俺はたぶん答えは帰ってこないだろうと思っていた。ソラとは一緒に旅に出てから随分喋る時間も機会もあった。

 だけどやっぱり、言いたくないことだってある。だから黙っていたんだろうし、それでも聞き出したのは今ソラを助けるのにその情報が必要だと思ったからだ。

 

 ソラはやっぱり一度迷ってから、ホワイトボードに箇条書きで書き記していく。

 

 ハンク・コングラツィア、ソラのお父さん。ラフエル地方ではかなり有名なヴァイオリニストでオーケストラでもコンサートマスターを任されたり、ソリストとしても何度も海外の有名なコンクールで優勝するほどの実力者だったそうだ。ラフエル地方に留まらず、ここまで凄ければクラシック音楽に明るい人間なら知らない人はいないだろうな。

 

 チェルシー・コングラツィア、ソラのお母さん。こちらは声楽家として活躍する歌姫で、やっぱりこっちも舞台に立つ機会は多かっただろう。

 舞台で一番目立つ女性をヒロインと呼ぶらしい。端末で調べてみると、ソラの表情をもう少し大人にして豊かにした綺麗な女の人の写真が出てきた。

 

 なるほど、ソラの独特のセンスは彼らから遺伝したのかな。端末の画面をスクロールすると、ハンクさんとチェルシーさんの間にゴシックなドレスに身を包んだ、それでいて今も身につけているヘッドフォンを首に下げた笑顔の少女が写っていた。恐らく数年前のソラだった。俺はソラの笑顔を見たことがない、それくらいに表情が乏しい彼女がこうも笑顔で笑っていた。

 

 ハンクさんとチェルシーさんの死はきっと、それほどまでにソラにとって大きなダメージになったんだ。

 

『雪解けの日、パパとママはネイヴュの刑務所に慰問ライブに行った』

 

 俺が端末から顔を上げるとソラはホワイトボードにそう書いて待っていた。許可も取らずに昔の写真を見ていたのはちょっと悪かったかな。

 雪解けの日、ラフエル地方にいなかった俺だけどもうその日のことはアストンやアシュリーさんから警察としての情報を、アルバやリエンに一般に出回っている情報をそれぞれ聞いて知っている。イズロードが脱獄した際の未曾有の人災をそう呼んでいる。

 

 さらにイズロードはバラル団の介入までの時間を稼ぐために同じく収監されていた数々の凶悪な犯罪者を解き放ったらしい。

 それら全てはネイヴュ支部のPGや当時本部から支援人員として送られたアストンたちの手によって全て鎮圧されたって話だ。もしかしたらそいつらの誰かがソラの両親を殺したのかもしれない。

 

 だけどわからない、だったらなぜソラが殺したなんてことになるんだ。なんでソラは頑なにそう言い続けるんだ。

 

『私が、パパとママに言ったから』

 

「何を、言ったんだ? 教えてくれ、ソラ」

 

 尋ねた。ソラはボードをまっさらにして、ペン先をボードに押し付ける。そのまま、手が止まってしまった。見れば呼吸が荒くなって、手が震えていた。俯いていても、泣いているのが分かった。

 これ以上はもうソラを傷つけるだけかもしれない。だけど、このまま引き下がってソラを泣かせ続けるのはもっとダメだと思ったから。

 

「……っ」

 

 ソラの頭に手を置いた。まだ乾ききってない頭は俺の手のひらが滑るのを許した。ボードの上に滴り落ちる水滴はきっと、ただの水じゃなかった。

 やがてゆっくり、ゆっくりとソラは一文字ずつボードに文字を記していく。そしてやっとそれを書き終わった後、満を持して俺にそれを提示する。

 

『全ての人は、心に音楽を持っている。パパとママが教えてくれた。そう信じてた、だからどんなに悪い人でもパパとママの音楽に触れれば善い人に戻れるって、そう言った』

「そしたら、二人はネイヴュの刑務所で慰問ライブを行うことにしたのか……」

 

 きっと二人はソラの言葉を信じた。だってソラが感じたその心は、二人がずっと育ててきたものだから。

 だけど最悪な形で裏切られたせいで、ソラは今こうして信じるモノと信じられないモノが同じという、グチャグチャな精神状態になってしまった。

 

『私がそんなこと言わなければ、パパとママは刑務所になんか行かなかった。今も生きてて、もっとたくさんの人を笑顔に出来た。私がパパとママの音楽を殺した』

 

 

 ──だから私も責任を取らなくちゃいけない。

 

 

 ソラはそう締めくくった。余白いっぱいのホワイトボードがやけに淀んで見えた。

 

 結果論だと、言うのは簡単だろう。だけどソラはそんな言葉待ち望んじゃいない。いや、何を言ってもソラは救われないだろう。

 そもそも救われてほしいと、俺たちが思うのは身勝手なんだろう。何も言わず「大変だったね」って慰めるのが正解なんだろう。

 

 

「ソラはなにも悪くないじゃないか」

 

 

 ──尤も、俺はバカだからそういう気遣いなんかしない。言いたいことは言う、聞きたくない言葉は言わせない。

 ソラの肩を掴んで上を向かせた。目を覗き込む、サファイアの瞳は俺を写し返す。正直なところ、憤っていた。

 

 世界にも、ソラにも。

 

「ただ、ソラは信じただけだ。裏切った奴が悪い、俺だって許せねえ。ああ、そうだ、超ムカつくぜ。俺の友達をこんな風に傷つけた野郎が許せねえ」

 

 ひゅ、と彼女の喉から息が漏れる。そして、ホワイトボードをまっさらにしようとするその手を止めた。言わせない、これ以上。

 

「死んでも死のうとするな!! 義務感で死ぬなんて、俺が絶対に許さないからな……!!」

 

 ああダメだ、もう少し冷静になれ。これじゃただの恫喝に変わらない。人生をどう生きるかはそいつ次第だ、俺の言葉は我儘に過ぎないんだ。

 だけどそれでも、俺は言わないと気が済まない。それは、奇しくも一度死んでしまった俺だからこそ、言えることなんだ。

 

「何より、ソラが死んだら二人の音楽は本当の意味で死んじまうんだぞ! 二人が生きてきた意味の全てが今、お前の中に音楽として生きてるんだろ!」

 

 血を流している心があるのなら、止めてやりたい。

 

「お前が歌い続けてきたのを俺たちは知ってる。二人のことがあっても音楽を捨てなかったのは、お前の中で二人の音楽が根付いてるからだろ!」

 

 泣き続けている魂があるのなら、涙を拭いてやりたい。

 

「ソラだって本当は分かってるんだろ? ソラは口下手だけど音楽に対してはいつも愚直なくらい真っ直ぐだったじゃねーかよ!」

 

 言いたいことが纏まらない。考えが氾濫するのがこうももどかしいと思ったのは初めてだった。

 ソラの瞳に映る俺の顔は馬鹿みたいに焦ってて、こんなんじゃ伝わるもんも伝わらないなって自分で思った。だけど、言葉を掛け続けなきゃいけない。

 

 分かってることがある。数年前の笑顔のソラはゴシックなドレスを好む、クラシックを嗜む子供だった。それは今のパンキッシュな見た目とヘッドフォンから流れるロックやポップミュージックからは想像もつかない。

 きっと二人のことを死なせてしまった自責から、一度は音楽を捨ててしまったのかもしれない。だけど、それでもソラは戻ってきた。

 自分なりに大丈夫なように、自分なりに音楽に向き合い続けてきた。だから、言いたい。

 

 

「生きて、歌い続けろ! 二人にもらった音楽を奏で続けるんだよ! 罪滅ぼしなんかじゃない。それが、ソラが二人に出来るこれ以上無い恩返しになるから!」

 

 

 自分の口下手を呪う。遂に語彙は尽きて、ソラはホワイトボードに向き直ってしまった。きっと言いたいことがあるんだろう、散々言ったからな。

 そしてソラは自分の喉を指差しながら、ホワイトボードを掲げた。

 

『だけど、声出ない。もう歌えるか分からない』

 

 そんな弱音は吹き飛ばせ、吹き飛ばしてやれ。

 

 

「──だったらお前が歌えるようになるまで俺が傍にいてやるよ! 絶対離れたりしない!」

 

 

 それが友達として、俺がソラにかけてやれる精一杯の言葉だった。俺だけじゃない、アルバもリエンもソラのためなら支えてくれヤツらだ。

 もう一度ソラの歌を聴くまでは諦めない。出来ることはなんだってやってやる。

 

「今更お前の歌が無い冒険なんて味気無いんだよ、ソラ。もっと聴かせてくれよ、お前の歌」

 

 俺の本心だった。毎朝、寝ぼけたソラの世話をするのは大変だった。頭が起きるまで背負って歩くのも一苦労だ。

 それでもソラの歌があったから、ソラが来てからの旅はずっと楽しかった。意識が華やいだ、疲れが吹っ飛んだ。なんだかんだ明日も頑張ろうって最後には思えた。

 

 とすん、と軽い音を立ててソラが頭を俺の胸に預けてくる。恐る恐る、彼女の背中をそっと抱きしめた。やがて静かな嗚咽だけが胸に響く。

 精一杯の言葉だけど、ソラの心に届いたかは分からない。届いたとしてソラが考え改めるかは彼女の都合だ。

 最後には彼女が出した結論を尊重したい。けど、だけど、それでも、我儘が許されるなら

 

「だから生きてくれよ、お願いだから」

 

 死なないでくれ、ではなく『生きてくれ』と言った。同じようで全然違う。

 ソラには意思を持って、心を動かして、生きていてほしい。死なないだけの命は、ただ心臓を動かしたまま死んでいるのと変わらない。

 

 俺の胸に擦りつけるようにして、ソラは頷いた。良かった、ちゃんと届いてくれたんだな。

 言いたいことがゴチャゴチャして、最終的に少し説教くさくなってしまったのは俺の悪いところかもしれない。

 

「あの時、ソラが言った『また会えるお別れは笑顔でしよう』の意味が、やっと分かったよ」

 

 ずっと一緒だったペリッパーと別れた俺にソラはそう言ってくれた。自分がそれを言うことで少なからずハンクさんとチェルシーさんのことを思い出すかもしれなかったのに、ソラは俺の心を救ってくれた。

 その気遣いに気づいて、そういう優しい人が俺の傍にいてくれたことが無性に嬉しくなった。

 

 しばらくソラの頭を撫で続けていると、嗚咽は寝息に変わっていた。泣き疲れたのかもしれない。それにやつれ方からしてきっとこの二日間何も食べていないんだ。

 ソラの頭をそっと枕に預けると布団を掛ける。俺の服はしばらくソラに預けておこう。寝てる間に脱がすわけにいかないし、しょうがない。着替えや身体を拭くのはリエンに任せた方が良いかもしれない。

 

 アルバとリエンは俺とソラに合わせてまたこの街のホテルを取ってるらしい。連絡しておいた方が良いかもしれないな。

 

 病室から静かに出る。だけどここは個室棟のフロアだから、ここでライブキャスターを繋ぐわけにはいかない。エレベーターに向かおうとした時だった、ちょうど下からエレベーターが上がってきてその扉が開く。

 カツ、と小気味の良い音を立ててその人物は俺の前に現れた。

 

「──あら」

 

 鈴の音、って言うんだったか。そう表現できそうな涼しい声音だった。アメジストの瞳は俺の目を見抜いていた。俺は彼女を知っている、話したことは無いけれど。

 VANGUARDの説明会で、ジムリーダーたちの端に立っていた人だ。さっき見た、数年前のソラが好んでいたようなゴシック調の黒いブラウスに瞳と同じ、アメジストパープルのアクセサリーが目を引く。

 

 だが何より、真っ白の肌とその肌に負けない煌めく銀髪が視界の中で異質さを放っていて、近づきがたい存在感を放っている。彼女が身につけているモンスターボールからも、凄まじいプレッシャーが放たれているのが分かる。

 

「確か──コスモス、さん」

「えぇ、そういう貴方はタイヨウくん、だったかしら」

 

 頷く。俺をそう呼ぶのは、両親ぐらいだ。尤も両親がダイって愛称で呼び始めて、それがいろんな人に伝わってるんだけど。

 特別親しいとは呼べないコスモスさんが俺をそう呼ぶのは彼女の人柄だろう。

 

「貴方は、ドラゴンに選ばれた」

 

 コスモスさんはその白魚のような人差し指を俺に向ける。カバンの中にあるライトストーンがそれに呼応して熱を放ったのがわかった。

 

「故に、貴方は知らなければならない。ドラゴンポケモンが如何なる生物なのか」

 

 だから、コスモスさんの言葉に反応するのが少し遅れた。ヒリヒリとするようなプレッシャーが俺を襲った。俺を指す指先からは、どこまでも逃げられないような気さえして。

 

 

「──私と、貴方。戦いましょうか」

 

 

 ニッコリと静かに微笑みながら、コスモスさんはそう言った。それは最強のジムリーダーに突きつけられた、課題だったのかもしれない。

 

 



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VSジャラランガ ココロノート②

 テルス山の中腹、バラル団の活動によりヒードランが火を放った方がサンビエタウン側。そして、今ダイとコスモスがいるのはラジエスシティ側であった。

 火の手はここまで届かなかったらしく、木々は青々と茂っている。そんな中、一際存在感を放つ天を穿つほど高く聳える木を背にコスモスは対峙するダイを見つめていた。

 

 対するダイは既に息も絶え絶え、全力で肩の呼吸を行っていた。髪の毛は湿気で尽く垂れ、額からは滝のような汗が伝っている。

 

「もうおしまいですか?」

 

「はぁ……はぁ……ま、まだまだ……!」

 

 ダイの近くでは、彼と同じように手持ちのポケモンたち全てが膝を突くなり項垂れるなりして、同じように肩を喘がせている。

 だが誰もまだ戦意を喪失してはいなかった。ダイが頬を打つと、それに感化されたジュカインが、ゲンガーが、ゼラオラが、ウォーグルが、ゾロアが、メタモンが起き上がる。

 

 対峙するのは全身を硬質の鱗に包んだうろこポケモン"ジャラランガ"だった。それも二匹のジャラランガが今ダイたちの目の前に立っている。

 驚くべきことに、ダイは手持ち六匹全てで掛かってもこの二匹のジャラランガに軽々とあしらわれてしまったのだ。

 

「ジュカイン! ゲンガー!」

 

 呼ばれた二匹が突進する。ゲンガーが【シャドーボール】と【ヘドロばくだん】を放ち、先攻するジュカインを援護する。

 

「"パシバル"」

 

 そう呼ばれたのは、コスモスの左に立つジャラランガだった。ジャラランガ──パシバルは地面を勢いよく蹴り、前に出る。

 パシバルは正面から遅い来る闇色の魔球と毒素の塊を正面から受ける。どちらもゲンガーのタイプと一致する技、高い特殊攻撃のステータスも相まって直撃したなら大ダメージは避けられない。

 

 ──本来なら。

 

「【ドラゴンクロー】!」

 

「【どくづき】」

 

 ジュカインが龍気を腕に纏わせてそれを振り下ろす。それに対し、パシバルはなんともなかったかのように突っ込んできた。特性"ぼうだん"の効果により、ゲンガーの二つの攻撃はパシバルには効果を及ぼさない。

 それだけではない、ゲンガーが放った【ヘドロばくだん】をそのまま受け止め、手に毒素を纏わせるとそれをそのままジュプトルの急所へと叩き込んだ。突然の鋭い痛みにジュカインが目を白黒させる。

 

 全く防御せずに、鋭い攻撃を放つことで相手の攻撃を中断させるなど並の鍛え方では出来ない。だがジュカインもそのままやられているわけではない、ノックバックを利用し遠心力を乗せた【アイアンテール】をパシバルの側面へと叩きつける。ぐらり、とパシバルの身体がよろめいた。

 

「【りゅうのまい】」

 

「ッ、やらせるなゲンガー!」

 

 ゲンガーが【シャドーパンチ】でワンツーラッシュを行うが、パシバルは的確に攻撃を防ぎつつ自身の攻撃と素早さのステータスを高めた。

 そのままジュカインを抜き去り、ゲンガーの懐に飛び込んだパシバルはゲンガーの腕を掴み、大きく頭の上で振り回した。【ぶんまわす】攻撃でそのまま地面に叩きつけられ、ゲンガーが戦闘不能に陥る。

 

「くっ、ジュカイン!」

 

 倒したゲンガーを睥睨するパシバル目掛けてジュカインが飛び込んだ。一発だけ攻撃を当てるとジュカインは地面を蹴り、周囲を取り囲む木々に身を隠した。

 如何に【りゅうのまい】で素早さを上げていようとも、森林というフィールドでジュカインを上回る速度を出せるポケモンなどそういない。

 木々を使って姿を隠しながらジュカインがパシバルを翻弄する。だが、このフィールドにはもう一匹のジャラランガ"エストル"がいる。

 

「【スケイルノイズ】」

 

 コスモスの右手に控えるジャラランガ──エストルは全身を揺すりながら身体中の鱗をすり合わせ、その音を乗せて咆哮する。フィールド全体を揺るがす嫌な音は木のてっぺん付近に隠れていたジュカインをあぶり出した。

 

「ウォーグル! ジュカインを援護だ!」

 

 ダイはウォーグルをジュカインの元へと急がせた。飛翔したウォーグルが空中に放り出されたジュカインをエストル、パシバルの両方からカバーするように翼を拡げた。

 

「パシバル、【スカイアッパー】」

 

 だがパシバルはそれを見越して、エストルを足場にして跳躍。身体を捻りながら渾身の【スカイアッパー】でウォーグルとジュカインを同時に打ち抜いた。

 空中で受ける【スカイアッパー】は二匹に大ダメージを与え、ジュカインは先程撃ち込まれた【どくづき】のダメージも相まって戦闘不能になる。

 

 ウォーグルはまだ動けそうだったが、二匹のジャラランガを相手に一匹で立ち回るのは不可能に近かった。それでも、ただやられるのは性に合わない。

 

「【ブレイブバード】! 滑空して突っ込め!」

 

「エストルはもう一度【スケイルノイズ】、パシバルは【ドラゴンクロー】です」

 

 正面から突き進むウォーグルに襲いかかる鱗をすり合わせる音を増幅させる咆哮、衝撃波で勢いが弱まったところにパシバルが突っ込み、正面から龍気を纏った拳でウォーグルにラッシュを繰り出した。

 連戦のダメージもあり、ウォーグルは打ちのめされるとそのまま昏倒した。残るゼラオラ、ゾロア、メタモンも順当に叩き伏せられてしまった。

 

 結果、ダイはコスモスに連戦負け越していた。大の字に寝転がってもうすぐ夕焼けに染まる空を見上げた。サッと差すコスモスの影にダイがそちらに視線を向ける。

 

「お疲れ様、よかったらどうぞ」

 

 俗に言う、差し入れ。病院にいた時から持っていたその飲み物をダイは受け取って、逡巡した後乾いた喉に一気に流し込んだ。

 起き上がると、木々の葉を揺らす風が吹く。火照った身体に風が染み渡るようでダイは一息ついた。

 

「全然勝てねぇ……」

「以前にラジエスシティで会った時よりはずっと強くなったと思いますけれど、まだまだですね」

「バッサリっすね……」

 

 これが最強のジムリーダーの力か、とダイはもう一口ドリンクで喉を潤すと隣に腰掛けるコスモスに目を向けた。ゴシック調のドレスにキャンバスのような白い肌、アメジストの瞳は水晶のようで全てを透かして見てくるような存在感を放っていた。だけど、かれこれ彼女と邂逅してから数時間、ダイはずっと思っていることがあった。

 

「怒らないで聞いてほしいんですけど」

「なにかしら?」

「コスモスさんって意外と優しいんだな、と思って」

 

 ダイがそう言うとコスモスは不思議そうにダイの顔を覗き込んだ。なぜそのような結論に至ったのか、言葉の意図を読みかねた。

 

「これ、本当はソラに差し入れるつもりだったでしょ。袋の中もよく見たらパワーバーとか木の実の缶詰とか、色々入ってるし」

「……よく見てるんですね。彼女、目が覚めてから今日まで何も食べてないみたいだったから」

 

 ソラはコスモスが管理するVANGUARDのチームメンバーだ。コスモスもチームの仲間が入院してると聞いては流石に様子見くらいは行く。ところが昨日は面会謝絶、念のため担当医や看護師から話も聞いた。ソラが何も食べていないことはその時知り、故に差し入れの中に簡単な栄養食などが入っていたのだ。

 

「けど、貴方が病室から出てきたということはもう大丈夫なのでしょう」

「だと良いんですけど……」

 

 不意にダイの顔に影が差す。手の中の空のペットボトルを弄びながら、ダイはぽつりと零した。

 

「ソラ、もう気にしてないといいんだけど」

「難しいでしょうね、彼女の都合はかなり重たいものですし」

「知ってるんですか? ソラの抱えてること」

「えぇ、彼女がチームに入った時に念のためプロフィールは確認させていただきましたよ。ご両親のことも、その時に。もちろん深い事情までは知り得てませんが」

 

 少し迷ったが、ダイはソラが抱えている苦悩をコスモスと共有した。あまり言い触らして回る内容では無かったが、ダイはソラをきちんと励ます事ができたのか今も不安だった。

 もし病院にいるソラが目を覚まして、また()()()()()をしでかさないか不安で仕方がない。ここに来るまでの間にリエンに頼んで見守るよう頼んではいるが、やはり完全に不安は拭いきれない。

 

「これは、私の感じたままなのですが」

 

 そう言って、コスモスはダイから一度視線を外しそびえ立つ巨大樹を見上げながら言った。

 

「貴方は思っていたよりも、ずっと色んなことを考えて、周りをちゃんと見ているんですね」

「はは、直情的で視野の狭いヤツだと思ってました?」

「えぇ、少なくともVANGUARDの説明会の時はよく吠える人だな、と思っていました」

 

 説明会の時にステラへ心無い言葉を投げたフライツに食って掛かったことはまだ記憶に新しい。初対面ならそう思われても仕方がないだろう。

 ですが、とコスモスは言葉を続けた。

 

「たとえ直情的だったとしても、貴方のあの啖呵は善意によるもの。自分の信じるものに真っ直ぐでいられるところは素直に、素晴らしいと思いますよ」

 

 コスモスも一息、ドリンクに口をつける。ダイとは違い、喉を鳴らさずにほんの一口呷るだけ。そういうところを見て、ダイは先程の苛烈な戦いを指示していた人物とはまるで違う印象を覚えた。

 お互いにようやく打ち解けあったところで、ダイはずっと抱いていた疑問を投げかけることにした。

 

「コスモスさんは、なんで俺が選ばれたって思うんですか?」

 

 それはずっと気になっていたことだった。ダイのカバンの中にはラフエル地方の伝説に名を連ねる宝玉、ライトストーンが収まっている。

 さらにはその中に存在する巨大な意思がダイの死という運命を覆した。

 

「少し、長くなりますが」

 

 ダイは頷いた。コスモスは膝を抱えながら星を数えるようにぽつぽつと少しずつ言葉を紡ぎ出す。

 

「ラフエル地方に伝わる"ラフエル英雄譚"、これに関しては恐らく私よりもカエンくんの方が詳しいでしょう。ですが、英雄ラフエルと運命を共にした伝説のドラゴンポケモンのことならば話は別です」

「あの、出来ればそのラフエル英雄譚の辺りから詳しく教えてもらっていいですかね、多分名前からしてこの地方の御伽噺だと思うんですけど」

 

 おずおず挙手しながら言うと、コスモスが目を丸くする。そうして数秒後に「あー」と納得が言ったように一人で頷く。

 

「タイヨウくんは他所の地方の人でしたね。ラフエル英雄譚というのは、上中下からなる英雄ラフエルの冒険と生涯を描いたものです。ラフエル地方に生きるものなら誰もが知っているのですが、タイヨウくんは他所の地方の人でしたね」

 

 わざわざ同じ言葉を二回繰り返すコスモス。ダイは言外にちょっと責められてるな、と悟った。

 嘆息、コスモスは「いいですか」と指を一つ立てて壮大な物語を語り始める。

 

「ある時、荒れ狂う海を往く希望の舟から一人の男が投げ出されました、男の名はラフエル」

 

 始まる壮大な冒険譚に、ダイは少なからずワクワクした。子供の頃、夜寝る前に読み聞かせてもらった御伽噺、毎晩心を躍らせていたあの頃を思い出したからだ。

 

「希望を冠する舟はラフエルが落ちたことに気づかなかった。もしくは気付いていたのかもしれません。ですが真実は一つ、ラフエルは希望から見捨てられたのです。只の人の子は問いました、「なぜ、どうして」と。当然応える者などありません。周りは生者を飲み込む暗黒の大海原」

 

 光景を思い浮かべるだけでダイはゾッとした。死が身体を支配する感覚を生きながらに知っているダイは、違う形で訪れるそれを本能的に恐怖した。

 

「ラフエルの前に、暗黒の海が姿を変え"絶望の魔物"として立ち塞がりました。ラフエルの何故、に魔物は答えます。『平凡な人の子が、思い上がるな』と。只の人の子は絶望に飲み込まれ、ただただ涙を流しました。悔しかったのです、絶望の魔物が言うことは正しい。自分は只の人の子で、覆しようのない運命を受け入れるしかなかったからです」

 

 ダイが想像以上に物語にのめり込んでいるのを確認したコスモスは「こうです、こう」と波が襲いかかるのを再現しているつもりなのか、両腕を持ち上げてダイに向かって雪崩れ込む仕草をした。無表情で行われるそれに、ダイは思わず拍子抜けしてしまった。

 

「ですがラフエルは運命を受け入れましたが、諦めませんでした。そして水を飲み、飲まれながらも叫んだのです」

 

 コスモスは再度、茜色に染まる空を眺めながら力強く紡いだ。

 

「『希望が私を救えぬのなら、私が全ての希望になろう』と。噛み締めた唇から流れる血は星の盟約となり、かの声は絶望の魔物を焼き払い、一縷の望みを彼に与えました。そして天より降り注いだ一筋の光が、希望の舟とは真逆の方角を指し示した。ラフエルはそれから力尽き果てようとも、三日三晩ただひたすらに、前が見えなくなっても泳ぎ続けました。そうして辿り着いた場所が、獣の大陸です。遥か昔、この地はポケモンだけの島でした」

 

 ダイが息を呑むと、コスモスはまたも「がおー」とばかりに両手を拡げてダイに向かってポーズを見せる。ダイが苦笑しながら「続けて」のジェスチャーをするとコスモスは一度咳払いをして、

 

「獣の王はラフエルに問いました、貴──」

 

 

「『貴様は何者か。何者でもなくば、私は貴様を焼かねばならない』」

 

 

 その言葉はまるで台本を渡されていたかのように、スムーズにダイの口から溢れた。コスモスが驚いたようにぽかんと口を開けている。

 

「知っているんじゃないですか」

「いや、なんか今のは……自然と口から……でも俺、初めて聞くのにどうして……」

 

 信じられないように、ダイが自分の喉元を抑える。忘れているだけでどこかで聞いたことがあったのだろうか、ダイは記憶を掘り返す。

 正直な話、ラフエル地方に来てからバラル団との戦いに巻き込まれて地方特有の名物など巡っている時間は十分に無かった。

 

「あ……」

 

 思い当たるフシが一つだけあった。それはモタナタウンを出発し、リエンとアルバの二人と冒険を共にするようになった最初の事件。

 "神隠しの洞窟"、そこでダイはラフエル地方の遺跡や洞窟を調査する考古学者の男と一度顔を合わせている。

 

 ディーノ・プラハと名乗る考古学者の男、彼もまたラフエル英雄譚に明るい男だったとダイは思い返した。覚えていないだけで恐らく彼から聞いていたのだろう、とダイは結論づけた。それでも、ディーノを思い出すよりも先に獣の王の言葉が出てくる方が遥かにスムーズであったことに違和感は覚えた。

 

「まぁ、その先はご存知ですね。ラフエルは獣の王が与える数多もの試練を乗り越えることで自身が希望そのものであると証明し、そこで初めてラフエルと獣──ポケモンたちは手を取り合い、共存するようになった。ここまでがラフエル英雄譚の上巻に当たります」

 

「その獣の王が、このライトストーンの中にいるポケモン……?」

 

「いいえ、獣の王はやがてラフエルを二つの側面で支えるべく二匹のポケモンへと分離したのです。そのポケモンこそ、貴方の持つライトストーンに眠るはくようポケモン"レシラム"と、未だに居場所の分からないダークストーンに眠るこくいんポケモン"ゼクロム"。ラフエルの掲げた"真実"と"理想"を象徴する二対のドラゴンが今再びラフエル地方に蘇ろうとしている」

 

 コスモスはダイの目を真っ直ぐ射抜くように見つめながら言った。

 

「ここで話を最初に戻します。以前と違い、今の貴方はその双眸の奥に蒼い炎を宿している。それは紛れもなく、ライトストーン──レシラムが貴方を選んだなによりの証拠」

 

 そう言われてダイはライブキャスターのインカメラを使って自分の瞳を確認するが、もちろんなにも映らない。それを見てコスモスがクスクスと笑い出す。

 彼女の言う『蒼い炎』とは所謂龍脈と呼ばれる、ドラゴンタイプのエキスパートが最初に教わる気の流れを指すようで、鏡や写真など物質的なもので確認は出来ないという。

 

「だから、貴方はもう少しドラゴンタイプのポケモンを理解する必要があるのです。このままではライトストーンからレシラムを召喚することも、よしんば召喚出来たとしてもその背に乗り共に戦うことは出来ないでしょう。背に乗っていながら、レシラムの放つプレッシャーに押し潰されて廃人になるのが見えています」

「……もうレシラムやゼクロムを開放しなきゃいけない戦いが迫ってる、みたいな言い方ですけど」

「えぇ、貴方がライトストーンを手に入れた先日の戦い。私はその時、"メティオの塔"へ行き、英雄の民に占ってもらったのです」

 

 ダイが言った瞬間、コスモスは立ち上がりスカートの砂埃を落として風に吹かれながらなんとはなしに言った。

 

 

「バラル団と我々ラフエルに住まう全ての人間の戦い、その行く末は二対のドラゴンポケモンを従えた方が勝利すると、そうなっていました」

 

 

 故にダイは理解した。自分に課せられた使命と、これから先待ち受ける宿命を。

 手渡されたドリンクを一気に飲み干し、口から溢れた分を袖でやや強引に拭うとダイは立ち上がり言った。

 

「もう一本、お願いします!」

「その言葉を待っていました」

 

 現れるパシバル、それに対しジュカインを対峙させると、ダイは左腕のキーストーンに触れた。

 コスモスは言った。ドラゴンポケモンに対する理解が必要であると。だったら、ドラゴンタイプのポケモンを動かさねば始まらない。

 

 ジュカインと視線を交わし、頷き合う。そして勢いよくキーストーンを叩き、握った左腕を前へと突き出した。

 

 

突き進め(ゴーフォアード)、ジュカイン!」

 

 

 夕闇を吹き飛ばす光が突風を伴って弾ける。コスモスの銀髪が、吹き荒れる風に撫でられ、進化の光を受けてキラキラと儚げに輝いた。薄暗い森の中、流れるその輝きはまるで星空のようで。

 

「──メガジュカイン!!」

 

「パシバル、さっきよりも出来そうですよ。油断しないように」

 

 光の嵐を巻き起こしながら顕現するメガジュカインがパシバル目掛けて突進する。そのスピードは先程のジュカインを遥かに上回る。コスモスに念押しされていなければ、パシバルでさえも一度見失ってしまうところであった。繰り出される龍気の篭手(ドラゴンクロー)による斬撃に、パシバルが拳をぶつける。

 

 拳圧が放つ衝撃波が破裂音となって夜のテルス山へとただただ木霊した。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 あかい。

 

 あかい。

 

 ──紅い。

 

 ただひたすらに、紅い空間にいた。鉄の臭いが問答無用でずけずけと鼻腔に入り込む。

 

 それは眼の前にずらりと整列した錆びた鉄格子が発する臭いではない。それこそ、視界を覆うほどの紅が発する臭いだ。

 

 紅の池の中に沈む二つの肉の塊はまるで中身の注がれたグラスにヒビが入ったかのように、紅を吐き出し続ける。

 

 夢だ、夢を見ている。それがわかる。

 

 肉の塊がこちらを見上げている。その目に光は無い。命の存在を証明する息吹すらない。

 

 何より、心の音がぶつりと途切れている。弦の切れた弦楽器が、皮を裂かれた膜鳴楽器が、音を鳴らせないように。

 

 その肉の塊は音楽を奏でることをやめてしまった。

 

 手の中を覗き込む。なんということはない、果物ナイフ。だがそれが容易く眼の前の二人をただの肉の塊に変えてしまったのがわかる。

 

 

 

 ────ソラ。

 

 

 

 ────ソラ。

 

 

 

 ────ソ~ラちゃん、あ~そびましょ~キヒヒ。

 

 

 

 肉の塊が微笑んだ。

 

 肉の塊が笑った。

 

 肉の塊が嘲笑った。

 

 肉の塊が────

 

 

 

 

 

「────ぁっ!」

 

 飛び起きる。勢いよく持ち上がった上体に伴って、頭をぐっしょりと濡らす汗の雫が我先にと下方へ進行を始める。

 胸に触る。テンポの早いビートを刻む心臓は悪い夢にうなされていたことを如実に語っている。気分が悪いと、がむしゃらに歌っている。

 

「ぅ」

 

 次いで込み上げる強烈な吐き気。何もない胃の中の物を吐き出そうと体内器官が踊り狂っている。それが胸のあたりまで登ってきた次点で、ソラはそれを堪えきれないと悟った。

 ベッドの隅に設置されている、三角コーナーにビニール袋を被せただけの簡易的なゴミ箱を一心不乱に手繰り寄せ、口元へとあてがう。直後、喉を焼き口の中を蹂躙する強烈な酸味にたまらず喘ぐ。

 

 目を閉じれば、瞼に焼き付いたあの紅い光景が蘇る。それが、ありもしない血と脂の臭いを想起させて、一層吐き気が強くなる。

 もう吐き出すものなど最初から残っていないのに、無尽蔵に体内を駆け上がってくる胃液。

 

 ようやく打ち止めだぞ、とばかりに収まった嘔吐(えず)き。続いてソラを襲ったのは恐怖だった。

 あの日、レニアシティでの戦いでソマリに見せられた幻覚が頭から離れない。両親の胸に何度もナイフを突き立てる光景、手には肉に刃が沈む感覚すら残っている。

 

 ソラの発した抽象的な『両親を殺したのは自分』を最悪な形で歪めたソマリの悪意が心に巣食う。

 ベッドの前に設置された姿鏡に映る自分の姿が血に塗れていたらどうしよう、ソラは顔を上げるのが怖くなった。

 

 

「────大丈夫か?」

 

 

 パッと、部屋の明かりが灯る。ソラが顔を上げると、部屋の中には客がいた。数時間前に比べて泥だらけの汗まみれになったダイだった。

 ソラが突然の来客に驚いていると、ダイは手早くソラの手から三角コーナーを奪い取ると手慣れた手付きでビニールを処理して新たな袋を被せた。

 

「まずは口濯ぎたいよな、水持ってくる」

 

 ダイは病室の中にある流し台で一度手を洗うと、ウォーターサーバーから冷たい水をペットボトルに補充するとそれとは別に洗面器に水を貯め、濡らしたタオルと水の入ったコップをソラに手渡した。

 渡されたそれで口元を拭い、水で口の中を軽く洗浄するとだいぶ気分が楽になったようだった。

 

「水分補給だけでもしておこうぜ、ただでさえ食ってないんだろ」

 

 差し出されたペットボトルの水を一口呷るソラ。そしてペットボトルを見ると、ラベルはスポーツドリンクのものだった。

 

「あとでリエンにもお礼言っとけよ、さっきまでずっと見ててくれたんだ」

 

 コクリ、とソラが頷く。ソラが患った心因性の失声症のせいか、ダイは一方的に話をしている気になって自然と言葉数が少なくなっていく。

 やがて間が持たなくなり、ソラはホワイトボードに水性ペンを走らせた。

 

『その服、どうしたの?』

「これか、ちょっとコスモスさんとスパーリングをな。ソラんとこのチームはあれだな、えげつないわ」

 

 ダイは苦笑いしながら頬をかく。チームリーダーのコスモスにソラ、シンジョウを始めとする数人の実力者で構成されてる『Team Sieg』は他のVANGUARDチームに比べて戦闘能力が突出している。

 しかしそれを聞いたソラは目を伏せ、睫毛を揺らす。

 

「私は役立たず、みたいな自虐ならノーサンキューだからな?」

 

 ホワイトボードに充てがったペンが止まる。直後、ダイのデコピンがソラの額を打つ。キョトンとした顔で額を抑えるソラにダイが顔を寄せていった。

 

「ソラは今、風邪を引いてるようなもんだ。風邪引いてる時に仕事出来るなんて誰も思ってないから、そんなこと言わずにとにかく休んどけ」

 

 やや乱暴にダイがソラの頭を撫で散らす。昼間もそうだった、ソラはダイの優しさがこれ以上無いほどありがたかった。ただその優しさにただ甘えることが歯がゆくて、頑張ろうと藻掻けば藻掻くほど襲いかかる悪夢に勝てなくなる。

 

 そして最終的には弱さに心が折れそうになる。

 

「昼間も言ったよな、俺たちはお前が一人でちゃんと歩き出せるまで絶対に一緒にいるから。無理せずに立ち上がる練習からしようぜ」

 

 だけどそれすら彼は許してくれるから。弱いことが罪じゃなくなってしまうから、彼の隣は陽だまりのようで。名は体を表すとはまさにこういうことだろう。

 ソラは今になって自分がダイ、アルバ、リエンの三人組に惹かれた理由に気付いた。ダイは指揮者で有りながら、出鱈目な作曲家で、一人の調律師だったのだ。アルバとリエンという特殊な演奏者を纏め上げるだけでなく、その音を最大限に魅せるような調律で人々の心に溶ける音楽を奏でていたからだ。

 

「ぁ……ぅ」

 

 掠れながらでも伝えたい、この感謝を。ソラは錆びついた喉を必死に震わせた。何度咳き込んでも、『ありがとう』と口にするまで諦めたくはなかった。

 

「どういたしまして、ソラ」

 

 音は届かなくても、心は届いた。それはソラ風に言い換えれば、「心の音が聴こえたから」だった。ソラは頷いて、自分の心に湧き上がる暖かな感情に気付いた。

 

 君の傍はまるで春の草原だ。

 

 君の声は吹き抜ける風だ。

 

 君の心は太陽だ。

 

 だから君の隣は、こんなにも暖かい。

 

「おふっ、どうした?」

 

 ダイの腹に顔を押し付けるようにしてソラはダイにしがみつく。ダイの心臓の鼓動は自分の鼓動と同じくらい速く、まるで裏打ちのリズムのように互いにトクントクンと響く。

 あれだけ消えなかった鉄と脂の臭いは、もうすっかり消え去った。目の前の本人と、自身が身に纏う彼の匂いが染み付いた服の匂いが上書きしてくれたからだ。

 

『すごく楽になった。

 きっとダイのおかげだよ』

 

 ホワイトボードいっぱいに書かれた感謝の言葉と、初めて見たソラの笑顔はダイに衝撃をもたらす。

 彼女の微笑みすら記憶になかった、だからこそ目の前の向日葵のようなソラの笑みはダイの心臓をさらに急かす。

 

「お、おう。じゃあ俺、今日はもう戻るから。また明日な……っ!」

 

 真っ赤な顔にダラダラという音が聴こえてきそうな大量の汗を流しながらダイはソラから離れ、足早に病室を後にする。

 彼がいなくなるだけで病室は幾らか涼しくなってしまった気さえする。ソラはホワイトボードに書いた、ダイへの感謝の気持ちをまじまじと見つめる。

 

 そして、意味深に並んだ縦読みの文字に気付いて、慌ててボードの上をクリーナーで擦って消した。

 きっと自分の顔も真っ赤に違いない。正面にある姿鏡を見るのが、起きた時とは別の意味で恐ろしいとソラは思うのだった。

 

 

 




うちうちの波動を感じてしまった、どうしてこんなことに。
どうせなら他所の子とくっつけたかったな、と思う相模原であった。


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VSヒヒダルマ 愚直

 病院特有の浄化された匂い、視界いっぱいに拡がる白がステラは好きだった。窓から入る陽の光を受けて、病める者への完治の祈りを想起させる白の中を聖女は進む。

 というのも、昨夜コスモスと共に現れたダイが「暫くの間ソラの様子を見ていてほしい」と頼んできたからだ。

 

 先日のレニアシティでの決戦後、ステラは暇があれば警察病院の方にも訪れていた。というのも、あの戦いで負傷し逮捕されたバラル団員たちの様子を見に行っているのだ。

 もちろんジムリーダーとの面会は、尋問の一種だろうと突っぱねる団員も多い中、面会に応じた者へ怪我の具合は良いか等些細なことを聞いて回っている。

 

 中にはステラの思いやりに触れ、積極的に話に応じてくる者もいる。その団員はグライドのボーマンダが放つ【りゅうせいぐん】や【ハイパーボイス】に巻き込まれてしまい、大怪我を負ってしまったらしい。

 もちろん上司であるグライドが戦いやすいように戦うべきだと彼も思ってはいるが、味方の攻撃で死に直面仕掛けたことで考えを改めつつあるようだった。

 

「改心……出来ると良いっすね、あの人」

「出来ますよ、彼は。本来優しい人なのだと、今日確信致しました」

 

 後ろを歩くのはステラが管理するVANGUARDチームのメンバーにして、大人気アイドルユニット"Try×Twice"のレン、隣にはサツキもいる。

 バラル団員との面会にステラが赴くと知り、彼らも説得に協力できるのではないかと考え同行しているのだ。彼らは先日、ユオンシティへ向かうダイたちを見送った後、タイミングを見計らって自分たちが元バラル団員だったことをステラへ告解した。それもあり、道を踏み外した者でもやり直すことは出来ると証明してくれるレンとサツキを、ステラは改めて快く仲間に迎え入れた。

 

「ステラさんの説得なら、誰だって足洗いますよ」

「ふふ、(わたくし)そんなに凄い人じゃありませんよ?」

「いやいや、凄い人ですって。そう言えば、この間保護したポケモンの様子はどうですか?」

 

 サツキはとにかくステラを褒めるのだが、悲しいかな不勉強ゆえの語彙力の無さが話題の継続を不可能にさせていた。苦し紛れにレンのフォローで話題をすり替えることに成功、拳のタッチを静かに行うレンとサツキ。

 そう言われ、ステラは思い出したように一つのモンスターボールを取り出した。中に入っているポケモンは"ラルトス"、人の心を感じ取れるきもちポケモンとして有名なポケモンだ。

 

 実はレニアシティでの戦いの前に保護していたポケモンで、ステラのミミッキュが「連れて帰る」と言い出して聞かず、ステラとしても断る理由は無いのでそのまま預かる形となっていた。

 あまり人に慣れていないところを見ると、恐らくは野生。あまり考えたくはないが、捨てられた可能性も考えられる。だがミミッキュが彼女を連れて帰ると言い出したのは、自身の生まれの境遇が重なったからなのかもしれない。

 

 もう三年以上前の話になるがミミッキュもまた、とある事件でラジエスシティを騒がせてしまった言わばお尋ね者だった。ところが行く当ての無くなった彼女を引き取ったのがステラだったのだ。

 だからか、まだまだ慣れないながらもミミッキュはこのラルトスを妹のように可愛がっていた。里親が見つかった時の彼女の反応は、想像に難くない。

 

「ミミッキュがめちゃくちゃ可愛がってますもんね、このままステラさんが引き取っていいんじゃないですか? お似合いですよ」

「ですが、里親探しは出来るだけ続けてみようと思います。もしかしたら本当に、ただはぐれてしまっただけの可能性もありますから」

 

 そうこうしている間に、ステラはソラの病室の前に来ていた。ノックするが、反応はない。「失礼します」と一声掛けてステラがドアを開けた時だった。

 

「あっステラさん! おはようございます! それじゃ俺はこれで!」

「えっ、あっ、はい! 行ってらっしゃい?」

 

 ぶつかりそうな勢いで飛び出してきたダイを見送ると部屋の中には既にアルバとリエンもいて、ソラもベッドの上で血色の良い顔を見せていた。

 しかしステラは三人の微妙な空気に気付いて、尋ねてみることにした。

 

「なにかありましたか?」

「ダイ、コスモスさんと連日、朝から夜までずっとポケモンバトルしてるみたいで。少し根を詰め過ぎじゃないかって言ったんですけど」

 

 リエンが心配そうに目を伏せる。恐らく部屋を飛び出してきたダイのことだ、「大丈夫」と無理に突っ張って出てきたのだろうとステラは考えた。思えばちゃんと眠れているのかも怪しい顔色だった気がする。

 するとアルバもまた、ライブキャスターを起動すると病室を出ていった。どこへ行くのか聞く前に、アルバはそそくさといなくなってしまった。

 

「なんだ、あいつ?」

「なんか元気無いな、みんなして」

 

 レンとサツキが部屋から顔を出し、アルバが消えていった方へ視線をやった。すると、エレベーターから見覚えにある赤キャップが現れると、レンとサツキがいる方へやってきた。

 

「おはよう! リエンちゃん、待ったかな!?」

「いえ、ちょうど私も出るところでしたから。それより、今日からまたよろしくお願いします」

 

 現れたのはイリスだった。というのも、リエンは前日の内にラジエスに滞在中の彼女を呼び出していたのだった。

 ステラがどういうことか、視線で問いかけるとそれに気付いたイリスがこっそりと耳打ちをする。

 

 

「強くなりたいんだってさ」

 

 

 それは、ダイたち四人組の誰しもが抱えていた思いだった。そして、それぞれが強くなるために別々の方向へと進み出したのである。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 アルバは取っているホテルの部屋へ戻り、荷物を纏めると隣の部屋の戸を叩いた。その部屋には女性が二人滞在しているはずで、この時間ならば部屋でゆっくりしていると言っていた。

 数秒ほどして、扉が開くと中からアイラが顔を出した。

 

「来たね、だけど待ってね。今プラムとサザンカさん、街に出てるんだ」

「そうなの? じゃあ探しに行こうかな」

 

 病院でアルバが連絡を取っていたのはアイラだった。というのもアルバが強くなるうえで師事しようと決めたのがサザンカだったからである。

 アイラはそれから数分ほど部屋の中で外出用の準備を整えると、部屋に鍵を掛けてアルバと共にホテルを後にした。

 

「それで、二人はどの辺にいるんだろう?」

「んー、多分西区(ウエストサイド)じゃないかな。サザンカさんがタピオカ巡りしたいって言ってたし」

「タピ……え?」

 

 アルバが素で変な声を出す。聞き間違いかとも思った、今はアルバの知っているタピオカとは別のタピオカを指している言葉かと思っている。

 だが悲しいかな、アルバとアイラがタクシーで西区にやってきた時、オープンテラスのあるカフェで端末を弄りながら弟子(プラム)と自撮り写真の角度を探している師匠(サザンカ)を見てしまっては唖然とする他無かった。

 

 しかしアルバは動じている暇など無い。テーブルで端末と睨めっこをしているサザンカとプラムに歩み寄る。

 

「サザンカさん、お時間良いですか?」

「なんでしょう、僕でお力になれればよいのですが」

 

 太めのストローから口を話して居住まいを正したサザンカに、アルバは勢いよく頭を下げた。その勢いや、剣幕。それらはアイラやプラムは元より通行人すら圧倒するほどであった。

 

「僕に稽古をつけてください! もっともっと、強くなりたいんです……!」

 

 ありきたりだ、しかも掲げてきた文面はいつもと変わらない。変わるとすれば、どれだけ熱心かということだった。アルバは頭を下げながら唇を噛みしめるような思いだった。

 そんな彼を見て、サザンカはアルバを通して遠くを見るような目をした。それに気付いたプラムがサザンカの頬を突いた。

 

「センセ、なんか訳ありぽいし、ひとまず話を聞いてみん?」

「いえ、その必要は無さそうです」

 

 プラムの言葉をやんわりと一蹴したサザンカは立ち上がり、アルバの肩に手を置くと言った。

 

「では場所を変えましょう、少し試してみたいことがあります」

 

 サザンカが提案したのは、山火事が起きたサンビエタウン側のテルス山中腹での出張稽古だった。アルバは病院でソラから一時的にチルタリスを預かり、アイラのフライゴンと共に四人でテルス山へと向かった。

 ラジエスシティから一度レニアシティ上空を通過し、緑の無くなり山肌の露出する空間へと降り立った。

 

 アルバがチルタリスを休ませると、周囲を見渡した。一面開けた焦土と化しており、空の青が返って意地悪く見えるようなみすぼらしい大地だった。

 

「それではアルバくん」

「っ、はい! よろしくお願いします!」

 

「────鬼ごっこをしましょう」

 

「…………は?」

 

 アルバは素っ頓狂な声を上げていた。それも仕方ないだろう、なにせサザンカの口から飛び出したのは鬼ごっこだ。

 古今東西、様々なルールこそあれオーソドックスなのは、鬼と呼ばれる人物が他の人間を追いかけ、タッチすると鬼が入れ替わるというルールだ。

 

 子供の屋外遊びとして代表格のそれを、サザンカはやろうと提案していた。

 

「じゃあセンセが鬼ね! アイラ、逃げよ!」

「オッケー!」

 

 サザンカが指折り数える。その間はどうやら一歩も動かないらしい。そこでアルバは異変に気づく。そういうルールがあるのかもしれないが、そもそも最初に数えてその間に逃げるというのは、鬼ごっこに並ぶ代表的な遊び"かくれんぼ"のルールだ。しかしどんどん小さくなっていくプラムとアイラは隠れる様子がない。おおよそ百メートルかそれ以上離れていた。

 

「では、始めますね」

 

 そう、サザンカが口にした瞬間だった。アルバはこの場に降り立った時、サザンカとの距離はおよそ二○メートルはあると思っていた。

 そして数えている間もサザンカが動いている様子は無かった。

 

 ではなぜ、今目の前でサザンカの声がしているのか。考える暇も無く、サザンカの手がアルバの肩に触れていた。

 

「タッチです、アルバくん」

「えっと」

「タッチ返しは無しで、アイラさんかプラムさんを捕まえてください」

 

 アルバが瞬きをした、一秒も無いほんの一瞬でサザンカはアルバまでの二〇メートルという距離を縮めたのだ。タッチされ、鬼が交代する。

 サザンカに見送られながら未だ困惑する頭でもう視界の中で米粒ほどの大きさになっているアイラとプラムを追いかける。バイタリティには自信があるアルバだったが、如何せん相手が悪すぎた。

 

 木々の間を縫うようにしてアルバがプラムへ距離を詰める。そして右手を一気に突き出して、プラムの肩へと手を伸ばし。

 

「はい、ハズレ~!」

 

 半身引くことでアルバのタッチを回避するプラム。アルバは目を剥き、次いで左手でフックパンチのようにプラムを捕まえようとする。

 

「またハズレ!」

 

 プラムはブリッジの要領で上体を逸し、アルバのフックタッチを躱すとそのまま後転しアルバから一定の距離を保った。負けず嫌いの発動したアルバが乱打を行うようにプラムへ一気に手を突き出す。突いては引き、突いては引き、その姿はさながらルカリオの【バレットパンチ】そのものだった。

 

 だが、

 

「それじゃ当たらんて! ぜーんぶ、ハズレ!」

 

 突き出される手のひら、もとい掌底を全て目測で回避するプラム。最小限の動きでアルバの手を避け、息の上がってきたアルバが両手で掴みかかろうとすると軽く地面を蹴った。

 プラムの身体は打ち上げられたかのように高く舞い上がり、焼けた木々の枝の上へとゆったり着地した。

 

「頑張れ男の子!」

「む、無茶苦茶だ~!」

 

 ここまで来るとアルバはもうプラムに触るのは不可能だと思った。こうなったらアイラしかない、と思ったのだがプラムとの一方的な攻防で体力を大きく消耗したアルバはさらに距離を伸ばして逃げるアイラを追いかけるところから既に動きが鈍くなっていた。

 

 だがここで諦められない。この鬼ごっこはきっとサザンカに考えがあってのことだ。

 ならば、教えを請う身のアルバが意味を考えても仕方がない。そう思い、ただひたすらに、愚直なまでにアイラとプラムを追いかけた。

 

 

 

 

 それからおおよそ四時間掛けて鬼ごっこは続いたが、結論から言うとアルバは最後まで鬼のままであった。サザンカはそもそも論外だし、プラムには指一本触れることも出来ず、アイラは持ち前の健脚でアルバからとことん逃げ切ったからだ。アルバは大の字に寝転がって大急ぎで肺に酸素を取り入れていた。彼が着ているスポーツパーカーはもはや乾いた場所など一箇所たりとも無いというほど汗が染み込んでいた。

 

「お疲れ様ですアルバくん、気持ちの良い追いかけっぷりでした」

「ひぃ、ひぃ、はぁ、はぁ、ひぃ……これが、稽古になるんですか……?」

「結論から言えばならないでしょう。持久力は多少つくでしょうがそれも継続有りきです」

 

 バッサリと切り捨てるサザンカにアルバはぐったりと起き上がりながらへなへなの抗議の視線を送った。サザンカは満足したように頷き、

 

「では次はそうですね、"ヒヒダルマさんが転んだ"でもやりましょうか」

 

 否、まだ満足していなかった。少なくとも、鬼ごっこは十分堪能したという意味だったのだろう。アルバは幼少の頃の記憶を無理やり引っ張り出した。

 

「ヒヒダルマさんが転んだ……ってあの、ヒヒダルマ役が後ろを向いている時に近づいていってタッチするっていう、あの?」

 

 アルバが尋ねると「概ね合っています」とサザンカが肯定する。さすがにサザンカがヒヒダルマ役ではプラムが逃げ切れるかどうかのほぼタイマンゲームと化してしまうため、サザンカ以外でジャンケンを行うことになった。結論から言ってヒヒダルマ役はプラムがやることになった。アルバは少し嫌な予感がしつつも、そのゲームに乗ることにした。

 

「じゃ、始めるぽよ~! ヒーヒーダ────」

「……よしっ!」

 

 プラムが目を瞑り、木に額を預けてアルバたちに背を向けたタイミングでアルバが一気に駆け出す。それに続いてサザンカとプラムも少しずつ歩を進める。

 

「──ルマさんが転んだ!」

 

 サッとプラムが振り返る。その瞬間、ヒヒダルマ役以外は一ミリたりとも動いては行けない。そしてプラムが決めたルールとして、止まってる最中にポケモンのモノマネをしながら止まらなければならない。

 アルバは即座に決めていた"ナマケロ"のポーズ、即ちうつ伏せ大の字で寝転がった。それに対し、サザンカは"ゲコガシラ"、アイラはプラムの連れている"チャーレム"のモノマネをする。ヒヒダルマ役のプラムは振り返った時に明らかにポケモンではない動きをしている人間を攻撃することが出来る。が、今回は全員ポケモンに成り切っていたため再度カウントが始まる。

 

「ヒヒダルマさんがぁ──転んだ!」

 

 今度のカウントは素早かった。アルバは起き上がるだけで精一杯だったが、ゴーリキーのように力こぶを作るポーズでやり過ごす。それに対し、隣に並び立つサザンカはというと、

 

「センセ~それなに~?」

「ジョウト地方に伝わる伝説の鳥ポケモン、ホウオウのマネです」

「そっか~! 見えるわ、オッケー判定」

 

 そもそも並び立っていなかった。サザンカは宙に浮かび、両手を翼に見立てていた。というより、本当に飛んでいた。滞空すらしている、アルバはうっかりゴーリキーのポーズを途切れさせそうになった。アイラはむしろ見慣れたように、ノクタスのポーズを続けていた。

 

「ヒヒダルマさんが転んだー!」

 

 再び早いカウントでプラムが振り返った。アルバはある程度プラムの背後まで接近するとドータクンのポーズで静止する。既にプラムと睨み合っているため、振り返ることは出来ない。だが恐らく後ろでサザンカがおよそ人間業ではない再現度のポーズをしていることだろう、正直気になった。

 

「はーい、アイラ動いた~! こっちにおいで~」

「ちぇ~っ、バレたか」

 

 そうやって一歩一歩確実にヒヒダルマであるプラムへ距離を詰めていく遊びだ。アルバも子供の頃よくやっていた覚えがある。もちろん当時は子供なりに楽しんでいたが、今の精神状態で楽しめるとは思えなかった。

 それから何度かヒヒダルマ役を変えながら数時間は遊んで時間を潰してしまった後、アルバはサザンカに問いかける。

 

「教えてくれませんか、今までの遊びにどういう意味があるんですか?」

 

 サザンカは鬼ごっこの後も「稽古にはならない」と切り捨てた。であるならばヒヒダルマさんが転んだにもさして意味はないのだろうとアルバは思っていた。

 そしてそれはどうやら推測通りであったらしい。

 

「意味、ですか。難しいですね、あると言えばありますが……それを言って()()()()()()()が納得出来るとは思えません」

「それって、納得できないような理由ってことですか……?」

 

 アルバが語気を強めて詰め寄った。サザンカは観念したように、近くに転がっていた巨大な岩石に視線をやった。

 

「君は、この大岩が最初から丸かったと思いますか? 違います、この岩は数えきれない時間を雨や風が削りようやく丸くなった、そういう岩です。人もそうです、長い年月を経て技術や力は身につきます。一朝一夕とはいかないでしょう」

 

 サザンカが岩を撫でながらアルバを見やる。精一杯、アルバなりにサザンカの言葉を噛み砕いているようだった。

 

「ですのでせめて僕は、今までの遊びを通してアルバくんに()()()()()()()()()()()()()()()()()のです」

「いい加減になれ、ってことですか?」

「えぇ、そうです」

「えっ、あーしいい加減認定? マジやみ……」

 

 視界の端で肩を落とすプラムだったが、アルバには理解が出来なかった。確かに鬼ごっこやヒヒダルマさんが転んだを通してプラムが尋常ならざる女子高生であるのは分かった。だが、だとしてもアルバが彼女のようになる必要がまるで分からなかった。

 

「いい加減になんて、そんな……遊んでる時間無いんです! それよりもっと、ポケモンバトルに強くなれそうな稽古をつけてほしいんです!」

「では僕もアルバくんに問いましょう。アルバくんがそんなにも性急に、強さを求める理由とはなんですか? ぜひ、君の言葉で聞かせてほしい」

 

 それは今までのような、柔らかい波のような声音ではなかった。鏡面のような、波紋一つ無い水面の冷たさがあった。

 気圧されながらもアルバは、睨み返すようにサザンカに向かって吠える。

 

「僕は、"立ち上がる者"なのに、立ち上がるべき時に立ち上がれなかった。そのせいで…………怪我した人が出たんです」

 

 ダイの死は公にはされていない。アルバはそれとなく言葉を濁して、そのまま続けた。

 

「今までは、ただ何度でも立ち上がれることが僕の強みだ、アイデンティティだって思ってたんです。ヒヒノキ博士が認めてくれたから、自信だってあったのにそれは驕りだった」

 

 気付いてしまったのだ、アルバは自分自身の決定的な弱点に。

 それは何よりも、打たれ弱いこと。肉体も、精神も。まだ十五という齢の少年なら順当だとサザンカは思うも、アルバはそれで満足などしないだろう。

 

「僕が立ち上がれなかったせいで誰かが傷つく、自分の弱さが許せないんです。だから、立ち上がる必要が無いくらい強くなりたいんです! 誰にも負けない力を手に入れて、僕はその力でバラル団を倒す!」

 

 拳を握りしめるアルバ。サザンカはそんなアルバに、微かだが"紅"の色を感じた。

 それは百余年という時間を生きている彼が、まだ年若い頃に見た惨劇の色と同じだった。もはや悠長なことを言っている暇は無いのだと、ようやく悟った。

 

「やはり、僕では今のアルバくんの力にはなれません」

「ッ、そんな!」

「ですが、代わりに紹介したい人物がいます。その人物ならば、きっとアルバくんの力になってくれるはずです」

 

 くるり、とサザンカは踵を返した。アイラがフライゴンを呼び出し、プラムと共にその背に乗り込んだ。フライゴンに捕まりながら、サザンカはアルバに視線を送る。

 

「僕が言った言葉の意味を二日、よく考えてみてください。考えが変わろうと、変わらなかろうと僕たちはクシェルシティの修行の岩戸にて待っています、それでは」

 

 それだけ言い残して、サザンカたちはクシェルシティの方面へと飛び去ってしまう。アルバは小さくなりゆくその背中を見送りながら、ぽつんと一人残された寂しさを感じていた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 約束の二日後、アルバは再びソラのチルタリスを借りて数ヶ月ぶりのクシェルシティを訪れた。

 待っていたサザンカ、アイラ、プラムの三人が武道礼でアルバを迎え入れた。荷物を見るに、アルバは暫くここを離れるつもりが無いことが分かった。

 

 だがそれでいい、アルバに必要なのは考える時間だ。移動する時間などに使っている暇はない。

 

「来ましたね、アルバくん」

「はい、やっぱり僕は強くなりたい。誰よりも、強いポケモントレーナーに」

「今はそれでいいでしょう、その思いの丈を彼にぶつけてください」

 

 彼、とは一体誰を指すのか、アルバが周囲を見渡すがそれはアイラとプラムも一緒のこと。

 するとサザンカは玄関の方へと視線をやる。

 

「今日、来ることになっていたのですが……まだ姿を見せませんね」

「そういえば聞き忘れてたけど、今日来る人っていったい誰なんセンセ」

 

 尋ねながらプラムが玄関の戸を開いた時だった。自分より上背の人間が目の前に立っており、プラムは顔を見ようと視線を上げた。瞬間、目の前から発されるプレッシャーに思わず飛び退いた。先日、自分がいない間にバラル団の強襲があったことも手伝って、プラムは即座に臨戦態勢を取った。

 

「待っていたよ」

「随分と賑やかだな、今日は」

 

 しかしその男がサザンカと柔和な笑みを交わし合うのを見て、プラムは警戒を解いた。サザンカに視線で確認を取ると、プラムは静かにうなずいて居住まいを正した。そうしてようやっとその男の顔を見上げて、プラムは一気に()()()()

 

「えっ! ちょっ、誰このイケメン! めーっちゃあーし好みなんですケド!! 好きみがやばい! え、誰なんセンセ!」

 

 まるで贔屓にしているスターが突然目の前に現れたかのようにプラムが大はしゃぎする。アイラが「また始まったか」と頭を抱え、サザンカは変わらずニコニコと笑っており、当の男性はというと、

 

「……本当に賑やかだな」

「おかげで退屈しないよ」

 

 サザンカがその男性の元へ近づき、手を差し出した。再会の握手かと誰もが思った。

 だが、違った。瞬間、跳ね上げられた拳同士がぶつかり凄まじい拳圧が突風となってその場の全員を襲う。

 

 さらに男性は背負っていた荷物を下ろすと跳躍、サザンカ目掛けて目視出来ない連続の蹴撃を繰り出す。普段ならば全て避けるサザンカだが、この時ばかりは全ての足に対して全ての手のひらで反撃を行い、その攻防が再び風を呼び、岩を穿ち、水を散らす。

 吹き飛ばされないように、アルバは必死に踏みとどまった。目の前で行われる人外じみた格闘を見せつけられ、とても自分がジムバッジを過去に獲得するに至ったジムリーダーだとは思えなかった。ジム戦とプライベートは別ということなのだろうが、それにしたって差が明らかすぎる。

 

 

「「覇ッ!」」

 

 

 互いに全力を以て打ち付け合う掌底と拳、踏み込んだ二人の足が地面を抉り互いの身体を貫通する衝撃が二人の背後を強く煽った。

 アルバたちは、構えを解いて抱擁を交わす二人を見てようやく今の激戦が演武であったことを悟った。

 

「紹介しましょう。こちらは本家"心道塾"における僕の兄弟子」

 

「────レンギョウだ」

 

 男性──レンギョウは武道礼を行う。それに対してアイラとプラムも武道礼で返す。アルバだけはただただ唖然とレンギョウを見つめていた。

 彼こそ、サザンカがアルバに紹介したいと言っていた人物で、レンギョウは離れたところにいるアルバを鋭い眼光で射抜いていた。

 

「話は聞いている。ただひたすら、強さを求めるヤツの面倒を見てほしいとな」

 

 言葉の端々から、強者のオーラが滲み出ていた。それはアルバにもわかったし、少なくとも"力になれない"とさじを投げたサザンカに比べれば、まだ幾らか有益な修行になるだろうと考えた。

 そんなアルバを見て、レンギョウはどこか苦虫を噛み潰したような渋い顔をしていた。

 

「お前も人が悪いな……」

「自覚はあるよ」

 

 その小さな呟きは、交わされた当人同士にしか聞こえなかった。

 

 




またしてもラフオクネタを突っ張ったなお前。

というわけでサザンカさんの兄弟子レンギョウさんです。修行ネタやるなら引っ張ってくるかと前々から思ってました。


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VSガルーラ 心の道

 アルバがクシェルシティの修行の岩戸を訪れて、今日で三日程が経過した。その間、アルバの修行に付き合うのは決まってサザンカではなくレンギョウだった。

 朝、早くに水の匂いで目を覚ます。この街は全ての建物が水の上に成っている、故に目を覚ませば水に囲まれているというのは珍しい光景ではない。

 手っ取り早く湖の澄んだ水を手で掬ってアルバは顔を洗うと使った寝具を片付けた。チルタリスは暫くここに留まる都合上、ソラに返してしまった。帰る時は陸路を使うしかないだろう。

 

 クシェルシティジムの裏手にある階段を駆け上り、玄関を潜り抜ける。廊下の清掃を行っているニョロボンとニョロトノに挨拶をして先を行かせてもらう。

 その先の引き戸を開けると、既にサザンカとアイラ、プラムの三人は組手を始めている。時折ちょろっとレニアシティのジムリーダー、カエンもやってきて参加しているのをこの数日でアルバは知った。

 

「おはようアルバ」

「うん、アイラおはよう。二人共早いんだね」

 

 まだ登りきってない朝日の僅かな光を受けてキラキラと輝く二人の汗が目を引く。アルバはサザンカにも軽く挨拶をすると、岩戸に流れる滝の上を目指した。

 急斜面の階段を尚も駆け上がる。ここ数日の修行でこのコースはもう慣れたもので、ルカリオを引き連れてのランニングアップも素早くこなす。

 

 滝の上、森林が拡がる空間へやってくるとそこで瞑想に耽るレンギョウが待っていた。アルバの呼吸音を捉え、薄目を開けるレンギョウ。

 

「おはようございます、師匠(せんせい)

「昨日はよく眠れたか?」

「はい、クタクタでしたからご飯の後すぐに」

 

 アルバが言うとレンギョウは少しだけ渋い顔をした。

 

「飯の後はすぐに横になるな、ミルタンクになる」

「生憎、僕はオスなので……」

 

 その返しにレンギョウがふっと小さな笑みを零した。冗談を言うくらいにはまだまだ体力が有り余ってるというわけだ。

 では今日も始めようと、レンギョウが立ち上がるとモンスターボールを地面目掛けてスッと翳し、その中のポケモンを召喚する。

 

「"ボスゴドラ"、頼むぞ」

 

『オォォォォォォォ──────────ン…………!』

 

 鋼鉄の鎧を纏ったポケモン"ボスゴドラ"は遠吠えのような遠くまで響く咆哮を静かに、けれど確かに遥か彼方まで轟かせた。

 これはこの数日間で当たり前となった光景。ボスゴドラが行っているのは「挑戦者求む」という意思表示だ。それを遠くまで響かせる。

 

 遠くの木々からポッポやピジョンたちが飛び立つ。森が静かにさざめき始める。アルバはルカリオとブースターを呼び出し、深く呼吸をして精神を落ち着かせる。

 来る、そう思った瞬間岩戸の奥から飛び出してくる影。

 

「"ドクロッグ"! また来たのか!」

 

 岩戸に生息する野生のドクロッグがその手刀の先に毒液を滴らせて現れた。即座に前に出るルカリオ、互いの拳と手刀が交差しルカリオの拳の圧がドクロッグの頬を強く撫でる。

 このドクロッグは相当喧嘩っ早い性格らしく、ボスゴドラが野生のポケモンを呼び寄せれば必ず一番手は自分がいただくとばかりにやってくるのだ。

 

 どくタイプを持つドクロッグにはかくとうタイプの技は半減される。さらには相手が放つ【リベンジ】はルカリオの弱点だ、大事なのは戦いをよく見ること。

 ルカリオが拳圧による【しんくうは】でドクロッグを攻撃し、それに対しドクロッグが【リベンジ】を放ってくる。その時、レンギョウが叫ぶ。

 

「来るぞ、備えろ!」

「はい!」

 

 狙うはルカリオの鳩尾、駆け上がってくるドクロッグの毒手が淡い燐光を放つ。

 しかしそれを後転で回避すると、ルカリオは波動を練り上げて骨状の棍棒を作り出し、振り回したその先端でドクロッグの顎を撃ち抜いた。

 

「【ボーンラッシュ】!」

 

 頭部を思い切り揺すられたドクロッグは攻勢を維持できずによろめいた。ルカリオはそのまま棍棒を器用に振り回すと途中で二つへ分裂、目にも留まらぬスピードでドクロッグの四肢と体の中央目掛けて五連撃を繰り出す。【カウンター】を決めようにも、手数を増やされては対応出来ない。さらにドクロッグの弱点を突くじめんタイプの攻撃。ドクロッグはたまらず降参の意を示す。

 

「次!」

 

 アルバが叫んだ。ドクロッグの次に現れたポケモンはいつつぼしポケモン"レディアン"、むし・ひこうタイプを持つレディバの進化系だ。

 高速でアルバとルカリオの元へ現れたレディアンが拳を振りかぶる。恐らく放ってくる技は【れんぞくパンチ】か、そこまで考えてアルバはレディアンの素早さに気づく。

 

「違う、【マッハパンチ】だ! 【ファストガード】!」

 

 ルカリオが腕を交差させ、レディアンが放つ神速の一撃を防御する。殴られた衝撃を逃がすべくあえて吹き飛ばされたルカリオが空中で器用に体勢を立て直しアルバの隣へと着地する。

 むし・ひこうタイプのポケモンにはかくとうタイプの技が通らない。無理にルカリオで攻めるのは得策ではない。アルバがモンスターボールをサイドスローで投擲する。

 

「ブースター! 【ほのおのうず】!」

 

 ボールより飛び出したブースターが思い切り膨らませた肺から吐き出す空気に体内で燻る爆炎を乗せる。それは巨大な渦巻きとなってレディアンを正面から飲み込んだ。

 威力自体は大したことはないが、レディアンの空中を自在に動ける機動力は放っておけば厄介だ。故にブースターの技で拘束、仕上げはルカリオだ。ルカリオは拳を地面へ叩き込み、地面をそのまま破砕させる。

 

「【ストーンエッジ】!」

 

 地面の破片が浮き上がり、ルカリオがそれをレディアン目掛けて撃ち出す。波動によって撃ち出された破片はみるみるうちに研ぎ澄まされ、小さな石刃となってレディアンに襲いかかる。

 ほのおといわ、どちらもレディアンが苦手とする攻撃だ。もう動くだけの体力は残っていないだろう。アルバはさらに次の刺客を呼び出す。

 

「今度は、"ヨーギラス"!」

 

 新たに現れたポケモンを、アルバのポケモン図鑑が認識する。厄介なことに、いわはだポケモン"ヨーギラス"が持つ二つのタイプはアルバの手持ちポケモンに強く出られる。しかし、

 

「先手を取るよ、【バレットパンチ】だ!」

 

 ルカリオが地面を蹴り、身体を纏う波動の軌跡がアーチを描きながらヨーギラスへ迫る。雪崩込みながら神速の乱打撃を繰り出すルカリオ。しかしヨーギラスもただやられるだけではない。ルカリオが着地した瞬間、その両足で地面を踏み鳴らし【じならし】を起こす。着地の隙を突いた範囲攻撃にルカリオが思わず体勢を崩した。

 

 ヨーギラスの顔がニヤリと不敵に変わる。攻撃を誘発することでカウンターを確実なものとするテクニック、さすがは修行の岩戸で日々研鑽を重ねる野生のポケモンだ、とアルバは感心した。

 だが、それでもやらせない。アルバはルカリオの背中向けて声を張った。

 

「"マーシャルアーツ"だ、ルカリオ! 上限反転して【ローキック】!」

 

 体勢を崩したのなら、それを利用するまで。ルカリオは地面を転がるようにし、両腕で地面に突っ張るとそのまま逆立ちからの回転蹴りをヨーギラスの頭部目掛けて繰り出した。

 上下反転することで【ローキック】を頭部へ炸裂させたのだ。当然ヨーギラスもこの攻撃は読んでいなかったのだろう。急所にあたった攻撃はそのまま彼を昏倒させた。

 

「よし────ッ!?」

 

 ヨーギラスを退けた瞬間、アルバは思わずガッツポーズをした。が、次の瞬間、ルカリオと自分を襲う【はっぱカッター】に気づき顔を再び引き締めた。

 ガサガサと、アルバたちを取り囲む木々がざわめき出す。アルバが警戒を強めると、それは一斉に飛びかかってきた。

 

「ダーテングと、コノハナの群れ!」

 

 時折襲いかかってくる、群れバトルだ。しかも今回は頭領まで先頭にいる。だがアルバは臆さない。

 なぜなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

「ブースター! 【ふんえん】だッ!」

 

 叫ぶ、次いで起こるのは周囲を巻き込むほどの大規模な爆発。飛びかかってくるコノハナの群れを一撃で仕留め、残ったダーテング目掛けてルカリオが飛び込んだ。

 

「【しんくうは】で牽制! そしてそのまま──」

 

 ルカリオが波動を手刀に乗せて撃ち出す。それをダーテングが回避するなり、防御するなりで隙を見せた瞬間。ダーテングの懐へ滑り込み、ルカリオがダーテングを見上げた。ダーテングもルカリオを見下ろす。

 打突の瞬間、世界が止まったかのような静寂が訪れる。アルバは胸いっぱいに吸い込んで、喉を震わせた。

 

「──【インファイト】ッ!!」

 

 渾身の一撃がダーテングの胸を穿った。弾ける波動が花弁のように散華する。インパクトが突風となって再び木々をざわつかせる。

 目を回して倒れたダーテングを見て、周囲のコノハナ共々撃破を確認する。新手に備えてアルバが周囲を見回した瞬間だった。ブースターの放った【ふんえん】でコノハナの群れに留まらず、周囲を取り囲んでいた野次馬のポケモンたちまで巻き込んでしまったことに気付いた。

 

「しまった、やりすぎた……!」

 

 幸い木々には引火せずに済んだようだ。しかしアルバが見たのは視界の端、そこで二匹のポケモンが蹲っていた。わたげポケモン"モココ"とくさばねポケモン"モクロー"だった。この二匹にアルバは見覚えがあった。ここで修行を開始して三日、こうして野生ポケモンを呼び寄せての対集団戦闘を学んでいる最中いつもこの二匹はアルバの戦闘を見学しに来ていたのだ。

 

 見ればモココもモクローも【ふんえん】により、火傷を負っているようだった。アルバはポケットの中から買い溜めておいた"なんでもなおし"と"いいキズぐすり"を二匹の傷口に吹き付けた。あっという間に火傷が治った二匹は意識を取り戻し、次いでアルバを見上げた。

 

「ごめんね、巻き込んじゃって」

 

 申し訳なさげに言うアルバに対して、モココとモクローは気にしてないように笑った。それどころか、攻撃したブースターを持て囃すように周囲で飛び跳ねていた。ブースターも褒められて悪い気はしないのか、嬉しそうに尻尾を振っている。

 

「すみません、師匠(せんせい)。途中で中断してしまって」

「いい、続けるぞ。それと、そこの二匹はボスゴドラのところまで来い」

 

 呼びつけられたモココとモクローが恐る恐るボスゴドラの元までやってくる。ボスゴドラは身を屈めると両手を拡げてモココを迎え入れた。意図に気づいたモクローがボスゴドラの頭部の角へと移動する。角に乗られるのは困るのか、ボスゴドラがションボリとした声を出す。

 

「あまり近くで見ていては怪我をするぞ」

 

 それはレンギョウなりの気遣いだった。ボスゴドラの上は居心地が良いのか、モココもモクローもさっきより安心してアルバの戦いぶりを見られそうだった。

 アルバが再び森の奥に意識を向け、ルカリオとブースターもそれに倣う。再びボスゴドラが挑戦者を呼び寄せる咆哮を行った。

 

「来た! ブースター、前へ出るんだ!」

 

 飛び出してきたのはヤナップ、バオップ、ヒヤップの三匹だった。ヒヤップの技は警戒が必要だが、残り二匹はブースターでどうにかするのが課題だろう。

 そうして、今日もまた午前中から昼を挟んで、アルバの対集団戦闘は続いたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 すっかり日も落ちかけた頃、レンギョウとアルバは階段を降りてサザンカ組の修行場へと戻った。三人は今日の鍛錬に区切りをつけて、クールダウンを行っている最中だった。

 しかし三人がテーブルを囲んで、さらにはプラムが目隠しをしながらテーブルの上の飲み物のカップを一口ずつ飲んでいる。変わった光景にレンギョウが首を傾げた。

 

「なにをやってんだ?」

「利きタピオカです」

「タピ、は……?」

 

 義弟から飛び出した言葉が突飛すぎてレンギョウが思わず変な声を出した。アルバはまたか、と困り眉を作った。全てのカップに口をつけたプラムが数秒唸ると、

 

「じゃあ最初からね。一口目のはクシェルのポケモンセンターで売ってるタピオカ。二口目が街の西側にある商店河川のタピオカ、で三つ目が多分センセが作ったタピオカ、どうよ」

「正解、すごいねプラム」

「まぁあーしもタピ巡礼しまくったかんね~! 混ぜても分かると思うわ」

 

 それを聞いてアルバはとてもじゃないが自分には出来ない芸当だと思った。サザンカは急須からお茶を注いでレンギョウとアルバに手渡す。

 

「あっ、アルバくんもタピオカが良かったですか?」

「お、お構いなく! あちちっ……」

 

 笑顔で漆黒の物体が沈むミルクティーを差し出してくるサザンカにアルバが困り眉のまま遠慮する。もらったお茶に口をつけるが、さすがにまだ熱かった。

 舌を冷ましていると、サザンカがアルバに問う。

 

「どうですか、彼の元で学んでみて」

「まだ俺は何も教えちゃいない。動きを見ているだけだ」

 

 横槍を入れるレンギョウ。しかしサザンカはまるでレンギョウならそうするだろうと思っていたかのように、薄目を開けながらレンギョウの方をちらりと見やる。

 

「まぁ三日間、詰めに詰めたからな。多少はマシになっただろう。だがまだ下準備だ」

 

 その言葉にアルバは少し表情を曇らせた。レンギョウはサザンカと違い、実戦経験を積ませてくれるもののやはりそれでも急激に強くなる術を教えるつもりは無いらしい。

 アルバの中に、焦りだけが募る。それを見越して、レンギョウはアルバに向かって言った。

 

「その顔、ここに来たときから気になっていたんだ。大方、こいつが勿体ぶって戦う術を教えてくれないから腐ってるってところか?」

 

 図星だった。アルバは否定せず、頷いた。するとレンギョウはため息を吐いて呆れるでもなく、ただ無表情で言い放った。

 

「俺から言わせればお前の方が問題だ。こいつは何も意地悪をしようとしてるんじゃない、お前の中に芯が定まっていないから教えかねているんだ。それは俺も同じだ、お前の戦いは強くなりたいという思いだけが先走って肝心の中身が着いてきていない」

 

「芯……?」

 

 アルバはただ疑問を浮かべるしか無かった。自分が掲げた「強くなりたい」では足りないのか、それではダメなのかと考えが巡りだす。

 

「そこにいる二人がこいつの元で学べるのは、芯があるからだ。行動に中身が伴っているからだ」

「じゃあどうすればいいんですか、教えてください!」

 

 声を少し荒らげて、アルバが言った。するとレンギョウは頷いた。アルバが一瞬顔を綻ばせると、レンギョウは言った。

 

「今から、俺がお前の芯を引っ張り出す。それまで折れるなよ」

 

 次の瞬間、滝の上から巨体が降り注ぐ。アルバが飛び退き、サザンカたち三人が身構えたところへ爆弾のように落下してきたそれが大地を揺らした。

 レンギョウの手持ち、ボスゴドラだ。両の手に乗せていたモココとモクローを降ろすとそのままボスゴドラはアルバ目掛けて突進する。

 

「お前が戦う相手は、この地を脅かす巨悪なんだろう。なら自分が狙われる心配と覚悟をしておけ」

「ッ、はい! 行けっ、ルカリオ! ブースター!」

 

 アルバが飛び退りながらモンスターボールを二つリリースする。中より現れた闘志と猛火の化身はすぐさま陣形を立ててボスゴドラへと突っ込んでいく。

 

「【グロウパンチ】!」

 

 ルカリオが波動を纏った拳をボスゴドラの土手腹へと叩き込む。飛散する波動がルカリオの拳を一段階強化する。それだけではない、そもそもかくとうタイプはボスゴドラにとても有利な攻撃だ。だが当のボスゴドラはビクともしない。

 

「な、効かない!?」

「言っただろう、芯が伴ってないんだと。拳に乗せるものが無いから、軽いんだ」

 

 ボスゴドラはルカリオの腕を掴むとそのまま滝目掛けて放り投げてしまう。水柱を立てて滝壺に飲み込まれたルカリオから視線を外し、ブースターを探すボスゴドラ。

 しかし視界のどこにも見当たらないブースターを見て、ボスゴドラは攻めあぐねた。チャンスだ、とアルバは思った。

 

「なるほど、ルカリオはアルバくんのエース。故に先手を取ることで彼とボスゴドラの気を引いたというわけですね。ですが──」

 

 サザンカがアルバの思惑に気づく。次いでアイラも、プラムも。当然それはレンギョウにも伝播する。アルバが悟られる前に動こうと、喉を震わせた瞬間だった。

 

「下だ、ボスゴドラ」

 

 レンギョウが地面へ踵を穿つ。次の瞬間、ビキビキと音を立てて地面に亀裂が走り、大地が割れだす。ボスゴドラがその亀裂目掛けて拳を叩き込んだ。

 ぐらぐらと、立っていられないほどの振動がアルバを襲った。大規模範囲攻撃の【じしん】だ。アルバのルカリオとブースター二匹の弱点であり、さらには【あなをほる】で地面の中にいたブースターには二倍のダメージが入る。

 

「今の戦い方……もしかして」

 

 今の攻防を見たアイラが小さく呟いた。今の一連の攻撃はアイラにも分かった、全く()()()()()()()()

 地面から這い出たブースターが戦闘不能になった直後、再び滝壺から現れたルカリオが【はどうだん】でボスゴドラを攻撃するが【まもる】ことで攻撃を無力化するボスゴドラ。

 

「ボスゴドラは全身が鋼鉄の鎧に包まれている、なら!」

 

 ルカリオが縦横無尽に駆け巡り、【しんそく】でボスゴドラへと迫る。そして背後からスライディングし、足元へと滑り込んだルカリオが横からボスゴドラの脚を攻撃しようとする。

 

「重いほどダメージが大きくなる、【けたぐり】で!」

 

「なら脱ぎ捨ててしまえばいい」

 

 瞬間、ボスゴドラが纏う鎧が勢いよく弾けた。当然真下にいたルカリオはその影響を多大に受けた。重い鎧は砲弾となってルカリオを襲う。

 自身の装甲を削いで素早さを上げる【ボディパージ】を迎撃に転用したのだ。それだけではない、重い装甲を脱ぎ捨てることでボスゴドラは軽くなる、後二度ほど繰り返せば【けたぐり】の威力は減退してしまうだろう。

 

「でも、まだボスゴドラの重さは260kg以上ある……!」

 

 アルバが再び【けたぐり】による状況打開を検討した瞬間だった。ボスゴドラは突進でルカリオへの距離をあっという間に詰めると脚を掴み、空中へと投げ飛ばしてしまう。

 地を蹴り、ルカリオよりも上空を取ったボスゴドラがその巨体と重さを乗せた伸し掛かりでルカリオを攻撃する。地面とボスゴドラに挟まれ叩きつけられたルカリオが戦闘不能になる。

 

「へ、【ヘビーボンバー】……!」

「便利だな、その箱は」

 

 レンギョウがアルバの手の中にあるポケモン図鑑を指して言った。レンギョウは今まで【ボディパージ】を使ったボスゴドラの重さを自分で持ち上げた感覚で捉えていたのだが、ポケモン図鑑はそれをデータとして即座に算出した。

 

 歯を食いしばり、アルバが悔しげに俯いた。次の瞬間、悔しいという感情がトリガーになったのかアルバの身体から紅が一気に噴き出した。まるで全身に切り傷が生まれたかのようなヒリヒリする痛みと共に"紅の奇跡"が発現してしまったのだ。

 

「まだだ、立てルカリオ! 僕たちはまだやれる!」

 

 その声に、ルカリオは開眼で応えた。【ヘビーボンバー】をまともに食らったはずだというのに、ルカリオはスッと立ち上がり再び突進の構えを見せる。

 

「センセ、あれって……!」

「間違いありません、"Reオーラ"です。それもとびきり危険な、"紅の奇跡"……!」

 

 プラムとサザンカが顔を顰める。修行の岩戸に祀られている秘伝の巻物に記された、数ある虹仙脈(Reオーラ)の中で最もハイリスクな"紅の奇跡"をアルバは纏ってしまった。

 それを見て、レンギョウは一度眉を寄せた。似たような紅に、見覚えがあったからだ。

 

「レンギョウ、これ以上の攻撃は──」

「見れば分かる。だが、そうだな。お前が俺を呼んだ理由がようやっと分かった」

 

 そうしてレンギョウは一つ深い溜め息を吐くと、自身の手首に触れた。そこには何もない。なにもないが、目の前の紅はこの手首をジワリと苦しめる。

()()()()()を見せつけられているかのような痛みを、心が発する。

 

「まだ、動ける!!」

 

「クァッ!!」

 

 空間というキャンバスに血のように紅い軌跡を引かれる。目にも留まらぬスピードでルカリオはボスゴドラへと迫る。

 拳に乗せるのは「強くなりたい」という想い。ただ一心に、その心を届かせるように【ドレインパンチ】がドスゴドラの脇腹へと突き刺さる。今までよろけもしなかったボスゴドラがその一撃を受けて大きくグラついた。

 

「そのまま! 【きあいだま】だーッ!!」

 

 突き立てた拳から練り上げた波動を球状にして体外へ放出し、そのまま防御の薄いボスゴドラの脇腹へと練気した闘気を撃ち放つ。

 吹き飛ばされたボスゴドラが、先程のルカリオのように滝壺へと叩き込まれる。アルバは狙ったわけではないが、堅牢を誇るボスゴドラの弱点が特殊防御にあったのだ。故にゼロ距離からReオーラを乗せた【きあいだま】はボスゴドラの急所を抉ったのだ。

 

 ボスゴドラが起こした水しぶきがレンギョウの身体を頭からずぶ濡れにする。だが視線はアルバとルカリオから一度も離さない。

 

 

「僕は、そうだ。自分の弱さが嫌で、嫌で嫌で嫌で、だから強くなりたいんだ!!」

 

 

 自身に対する怨嗟は止まらない。決壊したダムのように、明けない嵐が訪れたように、ただひたすらに滂沱の感情が溢れ出す。

 

 

「アイツが言った、僕が弱いせいだって!!」

 

 

 瞼の裏に蘇るダイの亡骸とグライドの言葉。だからアルバは強く願った。

 強くなりたいと、ただ我武者羅に願った。

 

 

「ダイも、リエンも! みんな強くなろうとしてるんだ。僕だけ、こんなところで……ッ!」

 

 

 一筋、溢れるのは汗ではなく涙。食いしばった歯を解き、思いの丈を吐き出す。

 

 

「こんなところで、立ち止まってるわけにはいかないんだ……ッッ!!」

 

 

 その慟哭にも似たアルバの吐露はレンギョウに一種の感慨を湧き起こさせた。

 出来の悪い、古い鏡を見ているようだった。いや、まだアルバのほうがマシだろうか。

 

「弱さが嫌で、か。お前は本当にそっくりだ」

 

 ──昔の自分に。

 

 心の内に秘めたレンギョウの独白は誰にも届かない。届くとすれば、サザンカぐらいだろう。

 レンギョウはボスゴドラをボールに戻すと、もう一つのモンスターボールを取り出す。中のポケモンを召喚する前に、瞑目し祈るように額へと近づけた。

 

「……ネリネ先生、俺に──」

 

 ──こいつを導く力を貸してください。

 

 呟き、レンギョウはモンスターボールを投げる。中から現れたのは一匹と、腹袋に収まった小さな一匹。おやこポケモン"ガルーラ"がアルバとルカリオの前に立ちはだかる。

 髪留めにあしらわれたキーストーンが眩い光を放つ。その光がガルーラをも包み込み、進化の繭を形成する。光の中で、レンギョウは今尚追いかける師の背中を見た気がした。

 

 

 ────あぁ、いいともさ。しっかりやんなよ、レンギョウ。

 

 

「取り合う手と手で、道行き照らせ──ガルーラ、メガシンカ!」

 

 

 静かに唱えられた文言、含まれた言霊が力となってガルーラの姿を変化させる。正確には、ガルーラの腹袋の中にいる子供を変化させた。

 急速に進化を遂げ、もはや母親の腹に入り切らなくなった子ガルーラが勢いよく飛び出し、咆哮する。

 

「お前が強くなりたい理由はよくわかった。だが、敢えて言うぞ」

 

 親と子がルカリオ目掛けて突進する。自分よりも巨大な相手だがルカリオが両手で組み付いて、一歩も引かない。

 

「憎しみや悔しさ。そんなものはな、積み上げたところで──脆い」

 

 それは言葉通りの意味だった。証明するように紅いReオーラによって膂力が凄まじく強化されているはずのルカリオの身体がズズ、と僅かに後退させられた。

 脚が地面を抉る。やがてどんどん圧されていき、ルカリオは親ガルーラの突進を受けて吹き飛んだ。

 

「親は【ほのおのパンチ】、子は【きあいパンチ】だ」

 

 壁を足場に着地したルカリオ目掛けて親ガルーラの炎を纏った拳が横からフックパンチの要領で襲いかかる。さらに親が襲いかかるタイミングで力を溜めていた子ガルーラが闘気を迸らせた拳をルカリオの腹部へ突き立てた。殴られたルカリオの痛みがフィードバックされ、アルバが腹を抑えて膝を折った。

 

こいつ(サザンカ)がお前の力になれないと言ったのはな、お前の心が昔の俺にそっくりだったからだ」

 

「昔の、師匠(せんせい)に……?」

 

「あぁ、随分と昔の話だがな。当時の俺は世界の全てが憎かった。理不尽に何度も屈した、なんで俺ばっかりがって何もかもを恨んだ。その果てに、力を求めた。愚直なまでに、全てを圧倒するだけの力を欲した。その結果、大切なものを失った……()()()()

 

 目尻に浮かぶのは後悔。無意識に食いしばる奥歯が、今も悔しさでキツく結ばれている。

 

「だから、俺がお前に"道"を渡してやる」

 

 だがそれも昔の話。大きくなったのは肉体だけにとどまらない。何よりも大切な"心と魂"を徹底的に鍛え上げた。

 

「何も難しい話じゃないんだよ。家を建てるのにまず土壌を作るのと一緒だ。お前が強くなるために最初に作らなくちゃいけないのは、心なんだ」

 

 修行中の厳格な父親のような張り詰めた厳しさから一点、母親を思わせる優しい声音でレンギョウはアルバを諭した。

 その言葉は、スッとアルバの中に入り込んできた。彼が纏う紅いReオーラが一気に霧散し、ルカリオもまた膝を突いた。

 

「強くなりたいって願うばっかりで心がいっぱいになるといずれ破裂する。張り詰めた弦がすぐ切れるようにな。適度に緩めてやらないといけないんだ」

「あっ……」

 

 アルバは気づく。そしてサザンカの方へと視線を向ける。

 

「お前が意味を知りたがった鬼ごっこや"ヒヒダルマさんが転んだ"は、あいつなりの"緩み"なんだよ」

「それと、タピオカ巡りもですね」

「水を差すなバカタレが」

 

 レンギョウがスパン、とサザンカの頭をすっぱ抜いた。クスクスとアイラとプラムが笑うのを見て、自然とアルバも笑みを取り戻した。

 次いで泥だらけになったアルバへアイラがタオルを差し出した。

 

「あとね、サザンカさんが言った「プラムのようになってほしい」ってアレ」

「いい加減になれ、ってヤツ?」

「そう、あれはね「いい加減」って言うよりは「()()()()」って意味なんだよ。緩みすぎず、張りすぎず。自然体で、教えを乾いたスポンジみたいに吸収出来るようになってほしい、ってこと」

 

 噛み砕き、納得する。今の心には、あれほど難解に思えたサザンカの思いやりがすぐ馴染む気がした。

 

「センセ、あーしのことそんな風に思ってくれてたんだ! あーし感激! センセマジ惚れるわ~! あと百歳若かったら抱いてた……」

「いえいえ、僕もプラムさんのように頭空っぽならどれだけよかったか、と常に考えていますからね」

「あ、あれ? あーし褒められてる? めっちゃディスられてね? 頭空っぽは褒めてるっていうかもうバリDisじゃね?」

 

 三日前まであれほど悠長だと思っていた彼らのやり取りが、今は楽しい。どれだけ自分に余裕が無かったのか、アルバはただただ噛み締めた。

 そうしていると、レンギョウの言葉も必然的に胸を打つ。

 

「まぁ、言っておくべきことは言った。今日はもう飯食って寝ろ、明日の朝スッキリした頭で今一度答えを出せばいい」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 その日の夜、アルバは寝袋の中で眠れずにいた。心地よい夜風が吹き抜ける夜の道場は涼しくて目を瞑っていればいつもなら疲れも相まってすぐ眠くなってしまうのに。

 そうして星空を眺めていると、頭の上の方で物音がした。そちらに視線を向けるとアイラが寝袋を持って現れた。

 

「隣、いいかな? 眠れなくて」

「アイラも? いいよ」

 

 アルバが少しスペースを空けると、アイラがその隣に腰を下ろした。そうして夜空を見上げると自然と言葉が湧いて出てきた。

 

「聞いてもいいかな、アイラが強くなりたい理由」

「……アタシはね、ダイのために強くなりたいんだ」

 

 正直予想は出来ていた。少しでも一緒にいれば、アイラがダイを大切に思っていることなどすぐに分かるからだ。

 ならなおのこと、どうして一緒に旅に同行しないのかアルバは尋ねてみることにした。すると、アイラは夜闇でも分かるほど苦笑いの雰囲気を醸していた。

 

「今のダイを作ったのは、アルバとかリエンとか、最近はソラも……三人がいるからあいつすごい楽しそうでしょ。アタシはそれを守りたい。こういうことを言うと怒られるかもだけど、VANGUARDを発足するようアストンさんに言ったのも全部はそのため。バラル団と戦う力を持った人たちが増えれば、きっとダイが戦わなくても済む状況が出来るって、思ってたんだけど」

 

 アイラは既に知っている。ダイがライトストーン、伝説のポケモン"レシラム"に選ばれてしまったことを。それは即ち、戦いの運命に身を委ねなければならないということ。

 

「実を言うとね、昨日までのアルバ。すごく似てたんだ」

「誰に?」

「アタシとまだ一緒にいる時の、ダイに。あいつも、顔には出さなかったけど強くならなきゃってずっと藻掻いてた。そうしたら、アルバまでダイに戦い方が似てきた。いよいよ放っておけないなって思ったんだよ」

 

 その言葉を受けて、アルバは親友の顔が脳裏に浮かぶ。レンギョウとの戦い、エースのルカリオを敢えて囮にしブースターで奇襲するという戦い方はまさしくダイのそれで。

 隣にいるようで思えば随分と先を歩かれているような錯覚を覚える。真似をしているということは即ち、無意識の内に追いかけていたということ。

 今なら偽り無く、自分でも見えていなかった"本当"を言葉に出来る気がした。

 

「僕は、そうか……ダイの力になりたかったんだ。ううん、ダイだけじゃない。

 リエンも、ソラも守れる力が欲しかったんだ。みんなの隣で胸を張れるように」

 

 それはアルバが掲げる"理想"でもあった。その言葉は自然と自分に溶けていった。

 

「そうだよ、たぶんサザンカさんが言ってほしかったのはそれなんだと思うな」

 

 傷つけるためではなく、守るために力を欲する。そのためならば、きっとサザンカは応えてくれる。

 夜の闇が、夜明けとともに消滅するかのように"道"が開けた気がした。

 

 そんな二人の会話を吹き抜けの先で立ち聞きしている人物がいた、レンギョウだ。それを聞いて満足気に口元を綻ばせると、レンギョウはその場を後にしようとする。

 ところが振り返った瞬間、目の前にいたのは同じように立ち聞きしていたサザンカ。思わず声を出しそうになったがサザンカが口元に指を立てて「静かに」というジェスチャーで制する。

 

 二人は部屋に戻ると小さな卓について、小さなグラスに少々の酒を注いだ。それを酌み交わしながら少しだけ耽る。

 

「しかし()()も、先生が板についたものだね」

「昔の名前を呼ぶな。名前とも呼べんものだろうに」

 

 尤もレンギョウの顔は嫌とは言っていなかった。ひどく懐かしさに打ちひしがれているような複雑な顔だった。

 

「そうだったね、歳を取ると無性に昔が懐かしくなってしょうがない」

「あれからもう一世紀は経ったって言うのにな……俺もお前もバリバリ現役、まるで先生がまだこっちに来るんじゃないって言ってるみたいだ」

 

 口にして、グラスを傾ける。少し酔いが回り始めた気がする。見ればサザンカのグラスも注いだ酒が底をついていた。

 

「それで、いいのかもしれないよ」

 

 空いた窓から覗く月、吹き抜ける夜風が解いたサザンカの髪を撫でる。

 嗚呼、そうだ。今も昔も変わらない。世界は変わらずに美しい。こんなにも彩りに溢れている。彼女と最後に交わした約束は今もなお色褪せない。

 

 だからこそ、

 

「──まだまだ修行中の身だからさ」

「あぁ、そうだな」

 

 サザンカは、ここにいる。




ラフオクまだ見れてないよって人のために簡単に説明すると、サザンカさんとレンギョウさんは昔ネリネ先生っていう師匠の下でメガシンカについて学ぶ子供だったんだよってお話です。

さすがにこの五十云々話まで読んでくれたコアなポケ虹読者ならラフオクも履修済みと信じてこの話を送り出します。


2019/10/04 劇中のポケモンを一部変更しました


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VSヌメルゴン リエンという少女

 ダイとアルバがそれぞれの師の元で修行を行ってる間、リエンもまた同じようにイリスと集中的にトレーニングを行っていた。

 実戦形式のポケモンバトルにもだいぶ慣れてきたのもあり、イリス曰く「ジムバッジ複数個に相当する実力」と呼べるほどの力をつけていた。

 

 そして今日もまた、イリスとリエンはかつて来たことのあるテルス山の一角、崩落現場の真下にあるテルス山地底湖までやってくると、その岸でポケモンバトルを行っていた。

 リエンの手持ちポケモンがみず・こおりタイプを主軸としたテーマパーティであるため、水場での周囲を最大限に活かした戦い方を極めることが出来るからだ。

 

「ヌマクロー! 【だくりゅう】!」

「じゃあこっちも【だくりゅう】だ、ヌメルゴン!」

 

 リエンが指示を飛ばすと、ヌマクローが浅瀬を叩きつけ大きな波を発生させる。それに対抗するようにイリスの"ヌメルゴン"が咆哮で波を起こし、互いに相殺する。

 一際大きな飛沫が二人に降りかかるが今更だ、ヌマクローが起こした波はそれなりに大きい。それを相殺するだけの波を起こしたのならヌメルゴンもすぐには動けない、リエンはそう読んだ。

 

「だったら、【こおりのつぶて】!」

「後隙を狙ってきたか、上出来!」

 

 ヌマクローの隣で咆えるグレイシアが水しぶきをそのまま凍らせて小さな氷柱の群れを一斉に発射する。慌ててヌメルゴンが防御態勢を取ろうとするが、リエンの読み通り技を放った後のヌメルゴンでは対処が出来ない。これが【れいとうビーム】ならば防御されていただろうが、それを見越しての【こおりのつぶて】だった。

 

「でも、相手の相方も意識しないとダメだよ!」

 

 直後、放たれた氷柱の群れが空中に張られた透明なバリアー状の障壁に激突し、殆どが砕けてしまいヌメルゴンに直撃したもののダメージは大したものにはならなかった。

 それはイリスの足元で、額の核を輝かせるエスパーポケモン"エーフィ"がいた。恐らく今の障壁は物理攻撃の威力を半減する【リフレクター】だろう。

 

 後隙の大きくなる技を放つなら、当然それのカウンターに対する防衛策も用意している。【リフレクター】によりヌメルゴンを守ることは勿論、エーフィにとっても無視できない物理防御力の低さを補うことに成功しているのだ。一手で複数の問題をクリアするのがダブルバトルでの強みだと、リエンも分かっている。

 

 おちゃらけているようで、その実イリスには全く隙がない。

 幾度となくバトルを行っているリエンだからこそ、分かる。VANGUARD加入前よりは少し前進したつもりだったが、その短期間でイリスはさらに前へと進んでいる。ずっと強くなっている。

 

 追いつきたいわけではない。だが、その進み方は模倣したい。リエンは考えた、現状を打開するにはやはり数の利を得ること。

 

「ヌマクロー、前へ! グレイシアは【こごえるかぜ】!」

 

 リエンの策、その第一手はヌマクローにかかっている。指示通り前へ出たヌマクローがヌメルゴンと接敵する。正面からの取っ組み合い。

 だがこれも、物理攻撃力の高さが物を言う。ヌメルゴンは特防に秀でるポケモンだが、最優と謳われるドラゴンタイプのポケモン故に他のステータスも高水準だ。

 

 ヌマクローでは、まだヌメルゴンに届かない。だがそれでいい、分かり切っていることだ。

 

「【すてみタックル】!」

「思ったよりも攻めてきたな! ヌメルゴン、受け止めて!」

 

 依然として残っている【リフレクター】に阻まれながらも、ヌマクローは凄まじい勢いでヌメルゴンの土手っ腹へ自身の体を叩きつけた。さすがのヌメルゴンも、自身もダメージを負う覚悟を以て放たれるタックルを連続で喰らっては体勢を崩してしまう。だが何度も【すてみタックル】を放ち、反動でヌマクローも限界が見え始めていた。

 

 しかしその、疲弊しきったヌマクローの状態こそがリエンの狙い。またしても【すてみタックル】を放つと見せかけての、大一番。

 

 

「────【がむしゃら】!」

 

「うぉ!? それが狙いかー! エーフィ! ヌメルゴンのフォローに……!」

 

 イリスがエーフィに指示するが、エーフィは動けなかった。というのも、イリスとリエンは地底湖の岸、即ち浅瀬でバトルを行っている。

 当然浮いているわけではないエーフィは水に一部身体が浸っていた。故にグレイシアがヌマクローのフォローとして放っていた【こごえるかぜ】がここに来て、エーフィをその場に縛りつけたのだ。

 

 ヌマクローの全てを乗せた乱打撃を受け、ヌメルゴンが限界を迎える。もはや立っているのもやっとという状態。

 

「もう一度、【こおりのつぶて】!」

 

 そんな時、弱点であるこおりタイプの技を受ければどうなるか。【リフレクター】の防御ももはや役には立たない。

 氷柱の雨に曝されたヌメルゴンはゆっくりと水の上にその巨体を横たえさせ、小さくない波紋を生んだ。

 

「や、やった……!」

 

「ま、さかヌメルゴンをやられるとは……強くなったなぁ、リエンちゃん。いや、強くしちゃったのか?」

 

 残るはエーフィのみ、対するリエンはヌマクローもグレイシアも健在。数の利を取られたイリスだったが、余裕の表情は崩さない。

 

「だけど、まだ勝ち星は譲らないよ! エーフィ! 【ひかりのかべ】を張ってから【めいそう】だ!」

 

 即座に周囲にドーム状の障壁を張り巡らせ、エーフィが堅牢な防御陣形を完成させるとその中で額の核に念力を集中させ、特攻と特防のステータスを上昇させる。

 これ以上特殊防御力を上げられては敵わない、リエンはヌマクローを動かそうとするが【がむしゃら】戦法の弊害で、既に体力が尽きかけていたために動きが鈍重になってしまっていた。ヌマクローがエーフィに接敵出来るまでにあと二回は【めいそう】を行うことが出来るだろう。

 

「だったら、少しでも行動を阻害しないと……! 【れいとうビーム】!」

 

 グレイシアが鈴の音のような咆哮を放ち、冷気の光線を撃ち放つ。しかしそれは事前にエーフィが張ったドーム状の【ひかりのかべ】により威力が減退、さらに【めいそう】で高めた特殊防御力に物を言わせ、光線を浴びせられながら欠伸が出来るほどであった。

 

「【サイコキネシス】!」

 

 しかし戯れもそれまで、エーフィは再度額の核を輝かせ念力で巨大な大波を作り出すと一気にヌマクローとグレイシアを飲み込んでしまう。水や泥の中でも動けるヌマクローだが、それは体力が有り余っている時の話であり、限界の状態で凄まじい渦に飲み込まれては身動きが取れない。グレイシアもまた渦に揉まれて体力が大幅に減少してしまう。

 

 波は渦へ、渦は竜巻へと変化し天井を穿つまで成長すると、念力が解かれ水は一気に洞窟内へと降り注いだ。エーフィが張り巡らせた念力の障壁によってイリスには水が掛からなかったが、対するリエンはというと頭から盛大に水を被ってしまっていた。

 

 

「あ……やっべ」

 

 

 ペッタリと額に張り付く前髪や、カーディガンやトップスから水を滴らせリエンが小さなくしゃみをする。

 ヌマクローは戦闘不能、グレイシアも限界であり、リエンは両手を小さく挙げて降参の意を示す。

 

「とりあえず、火起こそっか」

 

 イリスの提案にリエンは苦笑しながら頷いて、浅瀬を後にする。

 それと同じタイミングで、イリスの腹の虫がカロリーをよこせと鳴いたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「いやぁ、ごめんね! つい熱が入り過ぎちゃって」

「本気でやってくれる方がありがたいですから、気にしないでください」

 

 イリスとバシャーモが起こした焚き火に当たりながら、リエンは軽い昼食を取っていた。トレーニングに熱心になっているうちにどうやら時間は昼を少し過ぎた辺りであった。

 

「しかし、リエンちゃんに遂に一匹落とされるとは……成長が早いのは、若さの特権だねぇ」

「イリスさんだって二五歳じゃないですか、まだまだですよ」

 

 リエンが気を使って言ったつもりだったのだが、少し離れたところにいたイリスは勢いよく振り返った。

 

「そんなことないよ! 二五っていったらもういい歳だよ! 遊んでばっかいられないんだよ! 親とか知り合いに電話で「そろそろ帰ってこないのか」とか「いい相手いないのか」とか言われるんだよ! 私はまだまだ現役のトレーナーでいたいんだってばよぅ!!」

 

「す、すみません。なんか地雷踏みました」

 

 柄にもなくぷりぷりと怒り出すイリスに、火に当たりながらリエンは苦笑いを隠せなかった。アルバから聞いて、実際に手解きを受けて、イリスが凄いトレーナーだという認識はもう揺るがない。

 だけど、こういうところは歳不相応に少女性を持っている。もしかすると自分以上かも、とリエンは少し考えてしまった。

 

「それで、どうですか?」

「釣れないなぁ……これだけ綺麗な湖なら、珍しいみずタイプのポケモンがいると思ったんだけど」

 

 言いながらイリスはもう一度釣り竿を振るう。そう、イリスは今浅瀬に組み立て式の椅子を立ててそこから釣り糸を垂らしているのである。

 昼食を手早く取り、リエンの服を乾かしている間することのないイリスが時間を潰すために取った苦肉の策だが、本当にこの湖にはポケモンが済んでいるのか疑問に思うほど反応がない。

 

「ねーねー、そういえば前から思ってたんだけどさ」

 

 背中越しにイリスが陽気に尋ねてきた。リエンはなんだろうと思い、イリスに意識を向ける。

 

 

「どうしてリエンちゃんは、ミズってニックネームをつけてるのにプルリルを手持ちに加えないの?」

 

 

 正直予想外だった。そこを突っ込まれるとは微塵も思っていなかったからだ。リエンが隣を見上げると、火に当たるリエンをニコニコしながら見守っているミズがいる。

 リエンはこのプルリルにニックネームをつけているが、モンスターボールで捕獲したわけではない。厳密に言えば野生のポケモンである。

 

 だが、リエンの指示には従ってくれる上目を離したらどこかへ行くということもないため、実質手持ちのポケモンと呼べる状況だ。

 

「答えたくないことなら、無理強いはしないけどね?」

「……この子は特別なんです、なんというか……出会いが」

「ほう、出会いの話! いいね、私旅先のトレーナーとバトルして、そのポケモンとの出会いの話とか聞くの結構大好きなんだ! よかったら聞かせてくれる?」

 

 釣り糸を垂らしながらそういうイリス。対してリエンはというと迷っていた。

 なぜなら、ミズが野生のポケモンであると見抜いてきたのは旅に出てからイリスが初めて。

 

 つまりはダイにもアルバにもソラにも話したことのない話だからだ。

 

 しかしイリスはウキウキでリエンの話を待っている。それを受けてリエンは観念したように口を開く。

 だがその口が放つのは夢や希望、愛嬌に溢れた美談などではなかった。

 

 

 

「────私がミズに会った日、それは同時に母が死んだ日なんです」

 

 

 

 空気が凍りつく音がした。リエンの傍でグレイシアがくしゃみするほどには、凍てついた空間に早変わりした。

 ギギギと、まるで錆びついてしまったギギギアルが駆動するみたいにぎこちなくイリスがリエンの方へ振り返った。

 

「あの、なんか、その……ごめん」

「気にしないでください、()()()()()()()()()()()()()

 

 そうは言うがイリス基準で気軽に踏み込んでいい領域を軽々と超えている。イリスは非常にいたたまれない気持ちになりながら、釣り糸に向かって「頼むから掛かってくれ」と念じる他無かった。

 しかし無情なことに、やはり釣り糸はピクリとも動かない。湖自体、波紋すら無いほどに静謐を湛えている。

 

「謝らなくていいですよ、さっきも言いましたけど()()()()()()()()()()()()

「いや、だとしてもなんか……うん」

 

 歯切れの悪くなるイリス、しかしリエンが二度も繰り返した言葉に引っかかりを覚えて、振り返らずにはいられなかった。

 彼女が言った「なんとも思っていない」は何を指しているのか、それが気になった。

 

「……なんとも思ってない、ってそれ私のことじゃないよね」

 

 申し訳無さは鳴りを潜め、返って真剣味を帯びるイリスの表情。やはり隙が無い、リエンはそう感じて、返答の意として頷いた。

 

「お母さん、好きじゃなかったの?」

「いいえ、世間一般で言う良いお母さんでしたし。私も父も、母のことは大好きだったと思います」

「なら、どうしてなんとも思ってないの?」

 

 それは質問というよりは追求に近かった。イリスは一度釣り竿を専用のホルダーに固定しておくと椅子から腰を上げてリエンに向き直った。

 ここまで話しておいて、これ以上は秘密などとはリエンも言い出さないだろうと判断したのだ。

 

「私が小さい頃、っていうのもありますけど……()()()()()()()んです、私には」

「分からなかった?」

「はい、母の死だけじゃないです。マリンレスキューの手伝いをしていた頃も、事故で亡くなった人を何度も見てきました。実際に、私が救護に応った人もいます。だけど、人の命が失われることに対して()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んです」

 

 リエンは今でも覚えている。眼下で動かぬ肉塊と化した、人間だったモノを見て何も思わなかったことを。泣き叫ぶ周囲の中、自分だけが異質だったことを。

 

「人が死んだら悲しい、そういう感情になるんだってことを知ってからは、いつもの私です。ただ周りの人間を映す鏡のように、()()()()()()になっていたんです。ただやっぱり、ポーズだけで心は動かないので、悲しむ人を内に取り込めば取り込むほど、私には人が死ぬっていうことの悲しさが分からなくなっていって」

 

 人の死がもたらす悲しみが、リエンにはずっと分からなかった。

 そんな彼女にも転機が訪れた。今は少し離れたところにいる、名の通り陽だまりのような少年が現れたのだ。

 

「初めてだったんです、ダイが「一緒に行かないか」って言ってくれたあの日、初めて私は誰かを映す"鏡のリエン"じゃなく、"一人のリエン"として考えることが出来るようになって」

 

 リエンの顔が徐々に綻ぶ。ダイと出会ってから早くも、もう三ヶ月以上が経つ。その間に起きた自分の変化に、最初は戸惑いを隠せなかった。

 まだ完全に"一人のリエン"になりきれず、ダイやアルバといった周囲の人間を映す鏡としてのリエンになってしまう時も多々あった。

 

「……だけど、この前の戦いで、ダイが死んじゃった時。すごく、怖かったんです」

 

 手のひらを見る、思い出すだけで震えが止まらなくなる。イリスはそんなリエンのことを黙って見つめていた。

 

「ダイが息をしてなくて、それでも私の頭は「明日は何を話そうか」とか「今度は一緒にどこへ行こうか」なんて思いついては「でもダイはもう死んじゃったから、そんなことは出来ない」って自分で否定するしか無くて。だけど、その否定がとても痛くて、冷たくて、怖かったんです」

 

 何より恐ろしいのは、その未知だった。知らない感情に支配されるという感覚が、リエンの震えを増長させるのだ。

 リエンは腕で膝を抱え込みながら、イリスに問うた。

 

「イリスさん、まだ私には分からないんです。どうするのが正解なんですか?」

 

 未知に曝された少女は正解を求める。それに対してイリスはあっけらかんと言い放った。

 

 

「どうするのが正解って、リエンちゃんにはもう分かってるじゃんか」

 

 

 あまりにも呆気なく言うものだから、リエンは思わず呆けてしまった。リエンにはもうわかっている、というイリスの言葉の真意を問おうと口を開いた。

 だが先んじて続けたのはイリスの方だった。

 

「こういう言い方はあれかもしれないけど、ダイくんが死んじゃったおかげでリエンちゃんは、ちゃんと人間になれたんだよ。ちゃんと悲しい、ちゃんと怖い、分かるじゃん」

 

 そう言いながら、イリスが取り出したのは旧型のラフエル図鑑だった。リエンが持っているのとは、カラーとアンテナの収納機能の有無や画面の大きさなどが一部異なるものだ。

 ずっと昔、まだ駆け出しだった頃のイリスがピカチュウと共に授かった図鑑だった。

 

「私もね、代名詞を持っているんだ。ズバリ"戦い続ける者"なんだけど、さ」

 

 図鑑を開き、今まで見てきたポケモンたちのデータを流し見しながら言うイリス。その多くのページが埋まった図鑑を見て、リエンはイリスが今まで見てきたものを想像した。

 

「でもね、さっきも言った通り私も二五歳のどこにでもいるようなポケモントレーナーなのさ」

 

 自分で歳を言って苦笑いを浮かべるイリスであったが、その笑みには気遣いが見えた。

 

 

「──だからリエンちゃんも"見定める者"の前に一人の女の子で、人間。

 隣の人を映す鏡じゃなくて、隣の人の光を受け入れて輝く水晶、それで君はいいんだよ」

 

 

 その言葉は、今まで聞いたどれよりもすっと心に入り込んできた。リエンが分からなかっただけで、自分は既にれっきとした人間だったんだと教えてもらった。

 だからか、顔に自然と浮き上がる笑みからは自嘲が消えていた。

 

「……ありがとうございます、イリスさんが私の先生で良かったって思います」

「いやいや、良いって。お礼ならダイくんにでも言っておきなよ、リエンちゃんの成長にだいぶ噛んでるみたいだからさ」

 

 聞いたところ、と倒置法で締めるイリス。コクリと頷くリエン。そうしているうちに服はもう乾いていて。

 

「それにしても、だいぶ話が逸れましたね」

「最初はリエンちゃんとミズの話だったのにねぇ、しかしそっか。じゃあリエンちゃんの手持ち、厳密には二匹なんだ」

 

 ふぅむ、と顎に手を添えて唸るイリス。そして次の瞬間、豆電球が灯るみたいにパァっと顔を明るくするイリス。

 即座に立ち上がり、浅瀬へ戻るとホルダーに立てておいた釣り竿を持ち上げる。

 

「あの、イリスさん?」

「絶対釣り上げるから見てて! ピカチュウ、ちょっとふっかけてやってよ!」

 

 そう言い、イリスはテントの傍で食休みを取っていた小さな相棒を呼ぶ。電気鼠は食後の運動にはもってこい、とばかりに全身を伸ばすと、

 

「ピ? ピカピカ、ヂュゥゥゥゥゥ──ー!!」

 

 湖目掛けて電撃を撃ち込んだ。真水ではあるが、純水ではない。従ってこの水は電気を通す。それも湖全体、広範囲に。

 ピカチュウが電撃を撃ち込んで数秒後、波紋一つ無かった水面が微かに揺らいだ。かと思えば、イリスの釣り竿の先端がほんの少し撓った。

 

「────来た!」

 

 直後、釣り竿が物凄いカーブを描く。ピンと糸は張り詰め、抑えていなければリールが凄まじい勢いで回転するほどだ。

 よほど巨体か、力の強いみずポケモンだと直感でわかる。それほどの相手を、イリスは釣り上げようというのだ。

 

「リエンちゃんの手持ちさ、アタッカーとしては申し分無いけど、どうしてもディフェンスに難があるじゃない。一度崩されると立て直せないのは、持久戦する上では致命的」

 

 だから、と続けるイリスとその肩に飛び乗るピカチュウ。二人が頷き合い、ピカチュウが再度電撃を放つ。今度は湖ではなく、釣り竿の先端から湖に吸い込まれている糸目掛けてだ。

 糸を通し、湖の中でイリスと格闘しているポケモンに直接攻撃を行うのだ。みずタイプである以上無視は出来ない。イリスの挑発に必ず乗ってくる。

 

「私の読みが正しければ、このポケモンは────ッ!!」

 

 リールを限界まで回し、釣り竿ごと一気に引っ張り上げる。澄んだ湖にその影が浮かび上がり、そして────

 

 

「ロォォォォォォォォォォ──────ーン!!」

 

 

 そのポケモンはまるで歌姫のような咆哮と共に姿を現す。全長、少なくとも六メートルはくだらないだろうという大きく細長い身体と艶のある鱗。まるで女性の髪の毛のような頭部のヒレは水を滴らせキラキラと輝いている。

 見るもの全てを魅了するような、美しさの化身であった。リエンは思わず溜め息を零してしまいそうだった。

 

「読み通り! いつくしみポケモン、"ミロカロス"! しかも──」

 

 本来ならば、ミロカロスの頭のヒレはピンク色をしている。だが目の前のミロカロスのヒレは青混じりの薄紫色。さらに青主体の七色に輝くはずの尾は黄金の輝きを放っている。

 イリスとリエンは同時にポケモン図鑑を取り出し、ミロカロスをスキャンする。旅先でミロカロスと戦ったことのあるイリスのポケモン図鑑に新たな一頁が刻まれる。

 

 

「──変異種(いろちがい)だ!!」

 

 

 かかった獲物、ミロカロスは咆哮と共に【れいとうビーム】を撃ち出すが、それと同時にイリスの肩から飛び出したピカチュウが【10まんボルト】をぶつけて相殺した。

 弾けた冷気がまるで淡雪のように洞窟内に降り注ぐ中、リエンはヌマクローを呼び出した。

 

「イリスさん、もしかして……」

「うん、捕まえよう!」

 

 やっぱり、とリエンは突如襲ってくる緊張感に包まれながら、ミロカロスと対峙する。イリスの釣り竿の糸が切れなければ、逃げられることはない。

 しかもどうやらピカチュウが放った電撃が聞いているのか、"まひ状態"のようだ。抵抗力の低い今なら捕獲率はぐーんと上がる。

 

「【アクアテール】が来る!」

「ヌマクロー、【がまん】!」

 

 水流を迸らせながら放たれる尻尾の攻撃をヌマクローは敢えて受ける。じめんタイプを併せ持つ故にダメージは隠せないが、リエンのヌマクローはタフネスが自慢のポケモン。二度放たれた【アクアテール】をきっちりと受けきり、全身に力を漲らせている。

 

 今まさに、逆襲しようというヌマクローの身体がビクンと跳ね、次いでリエンの方を見る。その感覚はリエンにも伝わった。

 肉体に溜め込まれたエネルギーが今、弾けようとしている。

 

 

「行くよ────」

 

 

 ヌマクローが浅瀬を飛び出し、湖上のミロカロスへと迫る。渾身の一撃がその腕によって放たれる直前、ヌマクローの身体が眩い光を放つ。

 イリスとのトレーニング、実戦経験を幾度となく積み、高まったエネルギーが【がまん】によって解き放たれる。

 

 体躯が二倍以上に成長し、それに伴い体重も数倍に跳ね上がる。その重さの乗った腕の一撃が今、ミロカロスの胴へと叩きつけられる。

 

 

「────"ラグラージ"、【アームハンマー】!」

 

 

 鈍い音が洞窟内に響き渡る。ヌマクローを包んでいたのは進化の光、その中から姿を変え飛び出したぬまうおポケモン"ラグラージ"が【がまん】によって蓄えた力を【アームハンマー】でミロカロスを攻撃した。

 水面に叩きつけられたミロカロスだが、未だ健在だった。リエンがポケモン図鑑をミロカロスへ向けると防御の数値が上昇していることに気付いた。

 

「特性"ふしぎなうろこ"……そっか、麻痺してるから返って堅いんだ」

「けどあのミロカロス、私のピカチュウの【10まんボルト】を何度も受けられるなんて、特殊防御も相当だよ」

 

 釣り竿と格闘しながらイリスが呟く。まさに、リエンの手持ちが必要としているディフェンスポジションに相応しい。

 リエンは隣に戻ってきたラグラージに視線を送り、アイコンタクトする。ラグラージは力強く頷き、水中に飛び込むとヒレと腕力に物を言わせ、素早くミロカロスへ接敵する。

 

「掴んだまま、【じしん】!」

 

 ラグラージはミロカロスの身体を両腕でガッチリホールドするとそのまま浅瀬へ引きずり出して叩きつけた。揺れを起こす技をそのまま打撃に転用したのだ。

 如何に堅牢であろうとピカチュウの電撃による補助、戦闘のダメージ、それら全てが蓄積しミロカロスにも消耗の色が見え始めた。

 

「今だよ!」

「モンスターボール、行って!」

 

 サイドスローで投擲されたモンスターボールが放物線を描きながらミロカロスに直撃、衝撃によりボールがオープン。中に仕込まれたキャプチャーネットがミロカロスを捕縛しボールへと閉じ込める。

 浅瀬へポチャリと落下したボールは開閉スイッチを明滅させながら中での抵抗を示すように右へ左へ、と揺れる。

 

「どうだ……?」

 

 イリスが緊張感を口に出す。リエンもじっとモンスターボールを見つめている。その永遠とも思える時間は、モンスターボールの沈黙によって終わりを迎えた。

 再び静寂が洞窟内に訪れ、二人は水に足を取られながら浅瀬に浮かぶモンスターボールに歩み寄った。

 

「ミロカロス、ゲットだね!」

「はい。初ゲット、です……」

 

 モタナタウンにいたままでは決して得られなかった、ポケモントレーナーとしての充足感。それが今のリエンを満たしていた。

 ボールの中のミロカロスは、先程までの激闘が嘘であるかのように穏やかな面持ちでリエンを見上げていた。むしろ今の戦いを経て、リエンを認めているかのようであった。

 

 ボールから呼び出すと、改めてその大きな身体に圧倒される。図鑑によれば全長6.2mという大きさであった。リエンの他にもう一人乗せて【なみのり】しても大丈夫そうなほどだ。

 ユオンシティで買い溜めておいた"かいふくのくすり"をミロカロスに使用し、麻痺と体力を回復させる。すると心地良さそうに目を細めて、ミロカロスがリエンに感謝の意を込めて頭を下げる。

 

 次いでリエンは功労者であるヌマクロー改めラグラージに視線をやる。ラグラージの頭を撫でるとこちらも嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

「かっこよくなったね」

 

 それが一番嬉しかったのだろう、ラグラージは飛び跳ねて喜びを表現した。グレイシアも新しいメンバーのミロカロスに早速気を許しているようだった。

 その姿を焚き火の近くで優しげに見守っていたミズ、その傍にやってきたイリスが腰を下ろしながら言う。

 

「君も行っておいでよ。手持ちのポケモンじゃなくても、君はリエンちゃんの友達でパートナーなんだから」

 

 そっと背中を押すイリス。するとミズは頷いてリエンの傍にふわふわと漂うとミロカロスやラグラージの傍を行ったり来たりする。その様を遠目に見つめて、イリスは手首で光るポケギアのランプに気がついた。

 話や釣りに夢中になって全く気づかなかったがかれこれ十五分間隔で律儀に掛けられている呼び出し履歴は、あの男からの連絡であると証明している。

 

「いっけね、そういえばそろそろ待ち合わせの時間だったっけ」

「待ち合わせ?」

 

 立ち上がりポケギアを起こすイリスにリエンが尋ね返した。イリスが頷くのと、通話が繋がったのは同時のことだった。

 

「リエンちゃんの先生を一人増やそうと思ってね、私だけっていうのもつまらないでしょ?」

「そんなことはないですけど……それって誰なんですか?」

 

 疑問を口にするリエン。そもそもイリスほどの実力者に教導してもらった今、並のトレーナーでは教導にはならないだろう。

 ではいったいどんな人物なのか、その疑問に対しイリスはニッと笑いながら言った。

 

 

「私をラフエル地方に、強引に呼び戻した張本人だよ」

 

 

「──強引に、とは酷い言い草だ。呼んでくれたらすぐ戻ると言ってくれたのは君だろうに。

 それに今日は君が強引に僕を呼んだんじゃないか、イリス」

 

 

 それは天井の大穴から現れた。リエンもこの旅の中、幾度も見てきた炎の翼竜"リザードン"。

しかしそのリザードンは太陽のような橙色ではなく、むしろ燃え尽きた灰を思わせる黒色で。

 通常のリザードンを太陽とするのなら、目の前のリザードンは日食のような輝きを放っている。

 

 その背に乗った、まるで女性のように白い肌。

 目にかかる少し長めの髪も淡雪の如く白銀の光を放っていて。

 身に付けている灰色のシャツと白のチノパンが身体の細さを浮き彫りにしている。

黒色のリザードンを従えていなければ、とてもか弱そうにすら見える。

 

 その青年はイリスの隣に降り立つと、イリスと固い握手を交わす。一見無表情そうに見えたが、その青年はイリスの正面に立つと穏やかな笑みを見せた。

 反面イリスもまた、まるで十五年前に戻ったかのようにキマワリのような笑みを浮かべた。二人の間には再会のムードが漂う。

 

「あなたは……」

 

「さすがにリエンちゃんも知ってるよね、ラフエル地方のポケモンリーグ。

その頂点に立つ者……」

 

 十歳という若さで、同じく十歳だったイリスを退けてチャンピオンの座を手に入れた、名に灰色を持つ男。

 リエンへと向き直り、その灰の眼を向ける青年。

 

 

「──ラフエルリーグチャンピオンの、"グレイ"」

 

 

 傍らに控えるリザードンが低く咆えた。それを受けてもなお、リエンはまだ信じられないという顔をする。

 だがイリスの話が嘘でないのなら、これからイリスと共に教導に当たるトレーナーはチャンピオンということになる。

 

「話はイリスから聞いているよ、リエンさん。バラル団と戦うために、貴女の力を貸してほしい。

そのためなら、僕も協力は惜しまないよ」

 

 すっと差し出された手、それを取ったのなら後戻りは出来ない。

 いいや、する必要など無い。初めから覚悟は決めてきた。リエンはそっと、カーディガンの襟元にVGバッジに触れた。

 

 

 もっと、強くなろう。ようやく見つけた自分を手放さないように。

 見つけさせてくれた友達を、今度こそ守れるように。

 

 リエンは差し出されたグレイの手を、ゆっくりと取って力を込めた。

 




リエンちゃんがどんどんやばい人たちに強くされていくんですけど。



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VSオンバーン チャンピオン

 

 ラフエルリーグのチャンピオン、グレイ。

 十五年前のポケモンリーグ決勝でイリスを退け、以降チャンピオンの座を死守し続けている男。それが今、リエンの目の前に立っている。

 しかしながら、ラフエル地方出身でありながらリエンはグレイのことを全く知らない。

 

 ポケモンバトルに精通しているのであれば、知っていて然るべきなのだろうが生憎リエンは冒険に出るまでバトルはからっきしの素人だったのだ。

 逆に仲間内で唯一幼少の頃よりポケモンバトル一筋だったアルバも、口を開けばイリスイリスなので、グレイの情報は全くというほど入ってこなかった。

 

「ただ、それでもイリスさんより強いんだ、この人は……」

 

 ソラから借り受けたチルタリスの背に乗って、前を飛ぶ漆黒のリザードンを追いかける。イリスはそのポリシー故に【そらをとぶ】を使えるポケモンを手持ちに入れていない。今日もテルス山へ向かう際はソラのチルタリスにリエンと二人で乗っていたのだが、今はグレイが使役する巨大な有翼ポケモン"プテラ"の背中に乗ってリザードンの隣を飛んでいる。

 

「相変わらずおっきいねぇ、プテラは」

 

 プテラの背中でイリスが言った。プテラは褒め言葉に気を良くしたのか、上昇して大空でターンを行った。目には見えない気流がイリスの長い黒髪を大きくなびかせる。

 まるで遊園地の絶叫マシンに乗っているようにはしゃぐイリスを見て、グレイが苦笑しながらリエンの隣まで後退してきた。

 

「彼女にバトルを教わってみて、どう思ったかな」

 

 やけにふわりとした質問だ、と思いながらリエンは考える。イリスの教導は彼女の人柄に反して丁寧だ。一度決めたテーマがあれば、それをきちんと身につけるまでそれ以外のテーマを無視してみっちりと詰め込ませてくれる。

 

「色んな引き出しを持っていると思います」

「そうだね、彼女はこれまで色んなものを見てきただろうから」

 

 子供のように空を楽しむイリスの背中を見てグレイが薄く笑みながら言った。リエンがグレイの顔をそっと覗き込む、その瞳には期待と憧れが見て取れた。

 リエンは一度、似たような目を見たことがある。最初、イリスと共にラジエスシティを目指すまでの道のりでイリスが一度グレイの話をした時の目だった。

 

「ん、どうかしたかな」

「いえ、ただ思ったよりチャンピオンって接しやすい人だなって」

「気を使ってるんだよ。初めて会う女の子だからいつもの顔は見せられないもんね、グレイ」

 

 すると話を聞いていたのか、イリスが割って入ってきた。グレイはこめかみを抑えて溜息を付いた。

 

「ち、違う。気を使ってなんかない、デタラメを言うなよイリス」

「え~? 普段なら初対面の女の子に自分から話しかけたりしないじゃん」

「それは……た、ただこれからバトルの教導をする上で、コミュニケーションが取れないと不都合があるからで」

 

 どこか()()()()()()になりながらなんとか返答するグレイだったが、それが余計に面白いのかイリスはニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべている。

 地底湖で邂逅した時も、二人は独特の距離感を持っていてリエンにはそれが見えていた。グレイはどこか、イリスに対して下手にしか出られないような、絶妙なパワーバランスだった。

 

 二人の付き合いは、自分の年齢と同じ時間を経ているのだと思うと、途方も無いなという感想をリエンは抱いた。

 

「さぁ、もうラジエスシティだ。降下するぞ、プテラ」

 

 これ以上イジられてはたまらないとばかりにグレイが強引にプテラに高度を下げさせる。その背中でまだなにか喋っている最中のイリスを見て、思わずリエンは笑ってしまった。

 

「本当に、気を使ってるなんてことは」

「そういうことにしておきます、それじゃあお先に」

「あっ、おい!」

 

 イリスを見ていると、ほんの少しだけ悪戯をしてみたくなった。リエンはチルタリスの背をとんとんと叩いてプテラの後を追わせる。上の方でグレイが深い溜め息を吐いているのが分かった。

 

「……人間ってやっぱり面白いなぁ」

 

 旅に出なければ、きっとこんな気持ちは抱かなかっただろう。改めてリエンはこの冒険で得たものが多いと思うのだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「で、なぜラジエスジム(うち)なのですか……」

 

 開口一番、溜め息を吐くステラ。リエンたち三人がいるのは天窓から夕焼けのオレンジが入り込むラジエスシティジムだった。

 そもそも地底湖でバトルの訓練を行わなかったのは、あの場所でグレイのポケモンが戦うとさらに崩落する危険があったためだ。故に頑強な場所で実戦を、と思ったのだが生憎ラジエスシティで人目につかずポケモンバトルに際した場所と言えばクローズドのジムしか無かったのである。

 

「ごめんね、ステラちゃん。無理言って開けてもらって。ほらアンタも頭下げる」

「な、なんで僕が……むぅ」

 

 無理やりグレイの頭を下げさせるイリスが苦笑いでお茶を濁そうとする。さらに深い溜め息を吐くステラだったが、各々の事情を察すると頷いた。

 

「ですが確かに、チャンピオンが公衆の目に触れる場所で一個人に教導を行っていては、目立ってしまいますからね」

「そういうことなんだ、理解してくれて助かるよシスター」

「それでも、今度からは事前にアポイントメントをお願い致しますね」

 

 肝に銘じる、と律儀に返事をするグレイ。するとステラは天使のような笑みを浮かべて一歩下がる。即ち、バトルフィールドの開場を意味する。

 ジムリーダーサイドへグレイが、チャレンジャーサイドへリエンが立つ。トレーナーサークルの中へ入ると、リエンは今までの認識が間違っていたと知る。

 

「……ッ」

 

「始めようか、イリスはダブルバトルの教導をしていたから僕はシングルバトルを教えるよ」

 

 よろしくお願いします、リエンはそう口にしようとしたが出来なかった。というのも、トレーナーサークルに入った瞬間からリエンは対面するグレイのプレッシャーに膝を折りそうになったからだ。

 チャンピオンとしての威厳、それを今まで感じさせないようにしていたとするならイリスの言う通り、グレイは本当に()()使()()()()()のだ。

 

「ダブルバトルと違って、片方のポケモンでもう一方をフォローするという立ち回りが出来ない。だから一匹一匹の地力が物を言う」

 

 言いながら、グレイはモンスターボールをリリースし中からポケモンを呼び出す。それは巨大な翼を広げながら風圧さえ伴いそうな咆哮を放つと、リエンの目の前に降り立った。

 ポケモン図鑑を開いたリエン、図鑑はすぐさまそのポケモンをスキャンしページを表示する。

 

「オンバーン、初めて見るポケモン……」

 

「初めに言っておくと、こいつは非常に素速い。攻撃は常に後手に回ると考えて、戦い方を工夫してみると良い」

 

 グレイのアドバイスに頷き、リエンが三つのモンスターボールを手のひらに乗せる。オンバーンはひこう・ドラゴンタイプのポケモン、じめんタイプを主力技とするラグラージでは力不足が否めない。

 というより、オンバーンを相手取るならグレイシアが最適なのだ。オンバーンの最も苦手とするこおりタイプの技を高威力で放つことが出来る上、素早さを意に介さない先制攻撃の手段もある。

 

 しかしそれでは訓練にならない。よってリエンはパーティに加わったばかりのポケモン、ミロカロスを繰り出すことにした。

 現れたミロカロスの青紫のヒレが夕日の光を受けてキラキラと輝く。オンバーンとミロカロスの両者が睨み合い、ステラとイリスが両者が動き出すのをジッと見つめていた。

 

「行きます。ミロカロス、【アクアリング】」

 

 真っ先に動いたのはリエンだった。ミロカロスは歌うように滑らかな鳴き声で円状のウォーターベールを周囲に展開する。

 リエンはテルス山からラジエスシティへ戻る間、ポケモン図鑑でミロカロスが現状使える技とイリスの言う通り耐久に秀でるミロカロスの戦い方を自分なりに考えていたのだ。

 

(ミロカロスはイリスさんのピカチュウが撃った電撃に匹敵する威力の【れいとうビーム】を撃てる。持久戦に持ち込めればチャンスは増えるはず)

 

 それを見てグレイは小さく頷いた。リエンの動き方を見て、どう指南するべきかを考えていたのだが想像以上に理に適った動きをするので、口を噤んでしまう。

 ちらりと審判席にいるイリスに視線を送る。イリスはリエンの方を見ているため、グレイの視線には気付いていない。とんでもない逸材を見つけたな、と言ってやりたい気持ちだったがそのまま言葉にするとまた意地悪をされるので、グレイは視線に込めるだけに留めた。

 

「【アクロバット】だ」

 

 それは一瞬のことだった。リエンが瞬きをしたたった一瞬で、オンバーンはミロカロスに足を叩きつけていた。突然の打撃攻撃にミロカロスが驚き、【チャームボイス】で反撃する。

 音が届く範囲ならば、【チャームボイス】は確実にドラゴンタイプを追い詰める。だがオンバーンは即座にミロカロスから距離を取り、音が届くまでタイムラグがある距離まで離れると、

 

 

「────グラァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!!!」

 

 

 同じく音の技【ハイパーボイス】で無理矢理にかき消してしまう。それだけでなく、突風を伴う咆哮でミロカロスを攻撃する。ビリビリとした衝撃がミロカロスの全身に襲いかかる。

 顔を顰めるミロカロス、対して未だ涼しい顔をしているオンバーンが再度睨み合う。

 

「ッ、本当に速い……」

 

 恐らくは最初から【こうそくいどう】を行っているのだろう、オンバーンはこのラジエスシティジムという限定されたフィールド内ならそれこそ一瞬で間合いを詰めることが出来る。距離など有って無いようなものだ。それも一方的に、相手にとっては距離が離れれば攻撃が当たりにくくなり、逆にオンバーンは音波を司るポケモン、距離を開けていても攻撃する手段が豊富に存在する。

 

 グレイの言う通り、攻め方を工夫する必要がある。そしてリエンには今までイリスが仕込んできた引き出しが多く存在する。後はそれをミロカロスに出来る方法で発揮するだけだ。

 再度リエンはポケモン図鑑に視線を落とす。次にミロカロスとアイコンタクトを行う。ミロカロスはリエンの指示を待っていた。

 

「よし、【あやしいひかり】!」

 

 ミロカロスは七色に光る黄金の尾ヒレを妖しくしならせる。夕日を受けて輝く尾ヒレが放つ光がオンバーンを魅了し飛行にブレを起こさせる。

 リエンの狙いは、オンバーンの攻め手を僅かでも潰してしまうことだった。図鑑が表示したオンバーンの特性は"すりぬけ"、早い話が障壁を作り出す技を無効にしてしまう。故に行動阻害が最大の防御となる。

 

「次に【とぐろをまく】!」

 

 オンバーンが接近戦を仕掛けてくることを警戒し、ミロカロスが防御態勢を取る。それは次の攻撃に備える意味もあり、同時に次の攻撃の精度を確かなものにするという意味合いもある。

 

「もう一度【アクロバット】」

 

 混乱しているオンバーンが微かにフラフラしながらも縦横無尽に屋内を動き回り、とぐろを巻いた状態のミロカロスの死角を探す。

 そして次の瞬間、オンバーンが回転を行いながら神速の突進を行う。

 

「来た! 【しめつける】攻撃!」

 

 だがリエンはオンバーンが攻めてくるコースを予想していた。故にミロカロスは敢えてその攻撃を受けるとその長い身体でオンバーンを締め上げる。

 如何に素速く動けるポケモンであっても、拘束されては動けない。

 

「【さいみんじゅつ】!」

 

「"ねむり"を狙っていたのか……」

 

 妖艶の眼でオンバーンに働きかけ、それを直視したオンバーンが意識を手放してしまう。これこそが初動の【とぐろをまく】から狙っていたリエンの攻め手だった。

 拘束、並びにねむり状態。もはやミロカロスにはオンバーンをどのように攻撃するか熟慮する隙すらあった。

 

「確かに良い攻撃だった。組み立て方も丁寧だ」

 

 グレイはリエンの動き方を首肯も交えて称賛する。

 その時、ミロカロスは異変に気付いた。オンバーンを拘束している自身の体が徐々に毒に侵されているのだ。

 

 眠っているはずなのに、オンバーンが繰り出した攻撃で状態異常に陥ってしまった。それもただの毒ではない、"もうどく"状態だ。

 たまらずミロカロスがオンバーンの拘束を解いてしまう。それでも眠っているのなら、まだ攻撃は当たる。

 

「ッ、【ふぶき】!」

 

 口から咆哮と共に特大の冷気を撃ち出してオンバーンを攻撃する。眠ったままのオンバーンにミロカロスの【ふぶき】がそのまま直撃する。

 ひこう・ドラゴンタイプのポケモンに対し、一番強力なこおりタイプの技。加えてオンバーンの特殊防御力のステータスはそこまで高くない、故に耐えられないとリエンは睨んでいた。

 

 ただしそれは、相手が()()()()()()()だったならば、だが。

 

 グレイのオンバーンは【ふぶき】が命中して尚、健在だった。自身を襲う寒さできっちりと目を覚まし、かつ欠伸までしてみせた。とても弱点攻撃が直撃した後とは思えない所作だった。

 対面しながらリエンはポケモン図鑑でオンバーンの現状態をスキャンする。戦闘中、相手の能力ランクまで把握できる機能でオンバーンを見てみるとすぐに分かった。

 

「【はねやすめ】で回復を……」

「地上で休んでいる間はひこうタイプじゃ無くなるからね……昔もこれでピカチュウの電撃に耐性をつけられたっけな……」

 

 審判席でイリスが苦い顔をする。イリスのピカチュウが【でんこうせっか】を極め【しんそく】を会得するに至った理由の一つに、このオンバーンの素速さを如何に抜いてダメージを与えられるかというのがあった。

 さらに恐ろしいのはオンバーンは【ねごと】で【どくどく】を放ってミロカロスをもうどく状態にし、次いで【はねやすめ】を行い回復と防御を成立させたのだ。

 

(もうどく状態にされたのは痛手だけど、ミロカロスには"ふしぎなうろこ"があるからこれで【アクロバット】を今まで以上に受けられるはず)

 

思考を続けるリエン。ミロカロスは一度【じこさいせい】と【アクアリング】で体力を全快にする。

 

「"ふしぎなうろこ"で防御を高めて、特防のステータスは元より突出しているのがミロカロスという種族だったね」

 

呟くグレイ。それを聞いてリエンは思考の一端が読まれていると悟った。さすがにチャンピオン、相手の手を読むなど造作もなかった。

さらに今行ったようにミロカロスには【じこさいせい】がある。上がった防御を活かし、生半可な攻撃では攻めきる前に回復することが出来る。唯一、懸念があるとすればオンバーンに仕込まれた【どくどく】だ、もうどく状態は通常の毒と違い、時間が経つほど毒によるダメージが大きくなる。持久戦をする上では当然無視できない。

 

「【れいとうビーム】!」

 

「一撃が強力な代わりに当てにくい【ふぶき】じゃなく、堅実に【れいとうビーム】でダメージを与える作戦だね」

 

イリスがリエンの攻め手を分析する。ミロカロスは氷の槍と化した光線を一直線に撃ち出し、オンバーンを攻撃する。一発二発ならば避けられてしまうだろうが、ミロカロスが放った冷気の光線はまるで房のように一斉に放射状に放たれ、オンバーンの逃げ場をなくしてしまう。

 

「たとえどれほど素早くても、動く場所さえ制限してしまえば……!」

 

ステラがリエンの狙いに気づく。オンバーンは徐々に壁際に追い詰められ、その周囲にはミロカロスの【れいとうビーム】によって作られた氷柱が突き刺さっており迂闊には動けない。

 

「もう一度、【ふぶき】!」

 

逃げ場を無くしたオンバーン目掛けてミロカロスが極大の猛吹雪を撃ち出す。その細身を極寒が包み込む――――

 

「跳ね返せ」

 

寸前、グレイが短く指示を飛ばす。オンバーンはその口腔から灼熱を吐き出し、それを羽撃きによって風に乗せて撃ち出す。【ぼうふう】と【かえんほうしゃ】のコンビネーションで放たれる【ねっぷう】だ。

灼熱の風が正面から猛吹雪とぶつかり合う。互いを打ち消し合う属性がぶつかった場合、地力の強さが物を言う。

 

均衡していた炎と氷は、やがて炎が全てを焼き尽くしてミロカロスを飲み込んだ。ほのおタイプの技を食らったところで大したダメージにはならないが、攻撃の後隙が生まれてしまう。その大きな隙をオンバーンが見逃すはずもなく、

 

「確かにミロカロスの高い防御能力は厄介だ、けれど崩す手立てはあるよ」

 

迎撃で撃ち出される【れいとうビーム】をひらりと回避しながら懐に飛び込んだオンバーンが大口を開け、ミロカロスの首元へと喰らいついた。

鋭い痛みに思わず悲鳴を上げるミロカロス。オンバーンはそのまま飛翔し、上空からミロカロスを地面目掛けて叩きつけた。落ちてきたミロカロスは痛みに思わず石舞台の上をのたうち回った。

 

「じ、【じこさいせい】! 急いで!」

 

「【ワイルドボルト】」

 

リエンの指示も虚しく、落雷の如く稲妻を纏った急降下突進を繰り出すオンバーン。衝撃が突風となってリエンのカーディガンを激しく煽った。

石舞台が砕け、砂煙が晴れるとミロカロスは目を回して昏倒していた。凄まじい攻撃を放ち、オンバーン自身も消耗していたがまだまだ余力は残している、という風だった。

 

「……参りました」

 

両手を上げて降参の意を示す。ステラとイリスもこれには苦笑いだった。実際途中まではいい勝負に見えた、オンバーンがこれで本気を出していたならば、だが。

しかしグレイはというと、今のバトルでリエンの中に光るものを見出したようで笑いもしなければ惜しみのない拍手を送りそうになった、嫌味っぽくなるのを避けるために控えたが。

 

「【さいみんじゅつ】でオンバーンを眠らされて、【ふぶき】を撃たれた時はヒヤリとしたよ」

「二重の意味で?」

「二重の意味で」

 

饒舌なイリスの軽口にも慣れたもので、リエンは悔しさなどはどこかに(ほう)ってしまった。チャンピオンが自分の立てた戦術を称賛してくれたのだ、これ以上嬉しいことはない。

目を回しているミロカロスをボールに戻し、ジムに設置されている回復マシーンでミロカロスを回復させるとリエンは再び石舞台に戻った。

 

「次、お願いします」

 

戻ってきたリエンがそういうと、グレイはふと思い出したようにリエンに手持ちのポケモンを見せるよう言った。ボールからラグラージとグレイシアを呼び出すと、グレイが注目したのはラグラージだった。

首筋に巻かれたストールに似た布とそれに括られた群青色の輝く石が目に入ったのだ。

 

「リエンさん、これをどこで?」

「以前"神隠しの洞窟"で人に貰ったんです。これって、やっぱりメガストーンなんですよね。それも、ラグラージに対応した」

 

頷くグレイ。ラグラージが身に着けているのは正真正銘、ラグラージをメガシンカさせる"ラグラージナイト"だった。

神隠しの洞窟で出会った男性、ディーノはこうなることを見越していたのだろうか。少なくともあの時のリエンは好き好んでポケモンバトルをするような人間には見えなかったはずだ。彼の先見の明るさに、リエンは思わず不気味にさえ思った。

 

だが、更に強くなる手段があるのならそれでいい。手を伸ばそう、友達が今まさにそうしているように。

リエンが決心した時、グレイは自身の中指に嵌められていた指輪を外してリエンへと差し出した。受け取った指輪はリエンの指には少しサイズが合わなかった。

 

「その指輪にはキーストーンが埋め込まれてるんだ。だから、これで理論上ラグラージはメガシンカが出来る」

「じゃあ後は、また私の出番ってわけだね」

 

帽子のツバを持ち上げながらイリスが得意げに言った。すると彼女は背負った大きめのリュックサックからレポート用のノートを取り出した。

そこに刻まれているのは今までのイリスの旅路、パラパラと捲られるページは"カロス地方"のシャラシティを訪れた時のレポートだった。

 

「シャラシティのメガシンカマスターに暫くひっついてた時期があってね、私もメガシンカをある程度人に教えられる資格みたいなのを持ってるんだ」

 

レポートと一緒に挟まれていた教導の手引に目を通していくイリス。指の根本まではめ込んでもまだぐらぐらと落ち着かない指輪を撫でるリエン。

 

「メガシンカはトレーナーとポケモンの間に絆が無ければ使えない。ミズゴロウからラグラージになるまで一緒にいたリエンちゃんならきっとそこは大丈夫だと思う」

「後は、お互いの精神同調が問題か」

 

グレイの言葉にイリスが頷く。リエンはラグラージと目を合わせるが、気持ちが完全に繋がっているかと言われればノーと答えるしかなかった。

であるなら、リエンとラグラージの課題は互いをより理解し、心を通わせる必要がある。

 

「ダイくんとアルバくんは、それぞれジュカインとルカリオに性格が近いからね。例えば感情の矛先が揃えばそれだけでもメガシンカ出来る」

 

テルス山の迷路でアルバがメガシンカを成功させた時は、ダイを助けたいというアルバの心にルカリオが同調した。

レニアシティの戦いではダイとジュカインの負けたくないという想いが重なりシンクロすることでメガシンカを成功させた。

 

「私と、ラグラージが……」

 

再び視線を合わせる。"ゆうかんな性格"のラグラージとリエンでは、ラグラージの感情が勇み足になってしまいリエンとの足並みが揃わないのだ。

かと言ってラグラージの方がリエンに合わせようとすると、戦い方に支障が出てしまいかねない。

 

「もう一度、実戦させてもらえませんか?」

 

だからこそ、リエンとラグラージはそう打診する。元よりそのつもりだ、とイリスもグレイも強く頷いた。

それを見守っていたステラだったが、ふと修道服にしまっていたポケギアが微弱な振動を放っていることに気付いた。三人に一度断りを入れて着信を受ける。

 

「もしもし?」

『あ、オレオレ』

「電話の時は出来れば名乗ってくださいね、アサツキさん」

 

電話の相手はラジエスの病院に入院していたアサツキだった。話によれば怪我もほぼ完治し、退院の許可が降りたらしい。

 

『明日朝、一度ユオンに帰る。ランタナもシャルムに戻るらしいしな』

「そうですか、大事無く良かったです」

『でよ、退院際にアイツらの友達……ソラの様子を見てきたんだけど、もう少しってところかな』

 

もう少し、アサツキは柄にもなく言い方を濁した。いつも明快な物言いをする彼女が珍しいとステラは思っていたが、ソラの様子を思い出して察する。

 

「分かりました、では明日もまたお見舞いに行ってみます。ダイくんにも頼まれていますし」

『頼んだ。それと、レニアの復興祭ンとき顔を出す予定だからそう伝えといてくれ』

「かしこまりました」

 

要件だけ伝え終わるとアサツキは通話を切る。ポケギアをしまうと再び石舞台の上では戦いが繰り広げられている。

そうしてふとステラはジムの中を見渡す。ダイのゼラオラが暴走した時の損傷はほぼ直っている。が、今日行われた戦いの跡がそこかしこに刻まれていた。

 

「これまた、お掃除が大変そうです」

 

溜め息を吐くステラの心境を、ボールから飛び出したラルトスが察する。

ラルトスと言えば、とステラは一つのアイディアを思いついた。

 

それはソラの精神療養に対する、名案であった。

 

 



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VSアシレーヌ たった一つのメッセージ

 登りかけの朝日が窓から謙虚に病室へと入り込む。パチリ、とソラは目を覚ました。目を覚ましながらに、全く頭が寝ぼけていないことに自分で気づく。

 ここ最近はいつもそうだ、基本的に魘されるか()()()()かの違いしか無いが、意識外で意識を脅かされる起き方しかしていない。

 

 今朝はどちらかというと、後者だった。病室に放り込まれている身故、眠ることが仕事のようなもの。

 当然一日の中で睡眠時間は多く取ってしまうのだが、寝る機会が多ければ多いほど悪夢に脅かされる回数は増える。

 

 鏡を見る。数日前まで生ける屍のようだった生気の無い顔からすればかなり人間的な顔に戻っている。

 寝直すことは出来るが、やはり頭が冴えてしまっている。そこでソラは丁寧に畳まれた自分の服と、その隣に畳まれているダイの服を見やった。

 

「~~っ」

 

 うっかり彼のジャージに手を伸ばしそうになって慌てて手を引っ込める。あの時は余裕こそなかったが、あの匂いに一日包まれていたのかと思うと言いようのない恥ずかしさが溢れ出してくる。

 ソラは病衣を脱ぐと自分の服に袖を通し、壁際のテーブル上に置かれた三つのモンスターボールを手に取る。

 

『おはよう』

 

 まだ声は出てきてくれない。ソラは唇だけそう動かし、アシレーヌ・ムウマージ・マラカッチに朝の挨拶をする。

 ずっとボールの中からソラが魘される様を見てきた三匹は心配そうだったが、幾らか血色の良くなったソラを見て安堵したようだった。

 

 そしてソラはチルタリスがまだ帰ってきていないことに気づく。最初はアルバ、次はリエンに貸し出したので今はリエンが連れているはずだ。

 ということは飛行手段が無いので、あまり遠出は出来ない。行けるとすればラジエス市内に限定されるだろう。

 

 ソラは鞄の紐を肩に下げると病室の扉を開け、

 

「あら」

 

 自身の病室の前に立っていたシスター、ステラと目が合った。聖女はソラにニッコリと微笑んだ。

 

「おはようございます、お出かけですか?」

 

 小さくソラは頷いた。ひょっとして不味かっただろうか、ソラはほんの少しだけ不安になった。ダイから「ステラさんは怒るとめちゃくちゃ怖い」と聞かされているのだ。ダイ本人がどこでステラを怒らせたのかはソラの知るところではない。

 

「それなら良かった、よろしければ今日一日お付き合いいただけませんか?」

 

 だから、ステラの提案にソラは面食らった。首を傾げて、ホワイトボードに「どこへ」と綴る。

 それに対してステラは茶目っ気を見せ、片目を瞑りながら言った。

 

「勿論、外へです」

 

 ステラのシスターヴェールがもぞもぞと蠢き、中からミミッキュとラルトスが顔を見せた。

 どこへ連れ出されるのだろう、楽しげに笑うステラの姿にソラは若干の不安を覚えたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「最初はここです」

 

 そう言われてソラは建物を見上げた。そこはラジエスシティの中でも比較的大きなダンスレッスン場"スターダム"だった。ラジエスシティ特有の高層ビルに負けない高さの建物であり、その中は幾つものレッスン場がありヨガ教室やエアロビクス等一般開放もされている。

 

 そんな建物の前に、ソラとステラは中くらいのビニール袋を持って立っていた。中を見るとミネラルウォーターやスイーツの類が入っている。

 エレベーターに乗った二人、ここに来るまでソラが声を失っているせいもあり正面に向かって立っていなければ会話が成立しないためかステラも口数を減らしていた。

 

「今日は、会ってほしい人たちが何人かいるのです」

 

 そういうステラの言葉に首を傾げていると、エレベーターは七階で止まった。左右に開くドアのすぐ先にスタジオが有り壁一面の大きな鏡が目に入る。その前で軽快な音楽の中で二人の男がステップを踏んでいる。

 傍らにはやたらゴツい姿のトレーナーがいる。彼が手を叩くたび、空気が破裂しているかのような音がレッスンスタジオ内に響いていた。

 

「ワン、ツー、スリー、フォー! ワン、ツー、スリー、フォー! はいそこでターン! ポーズ!」

 

「「ポーズ!」」

 

「はいオッケー! キレが良くなってきたわ、サツキも体幹が出来てきたようね。レンもステップがトチらなくなってきたわ!」

 

 ご機嫌で二人を褒めるゴツいトレーナー。汗の玉を浮かべながら成長を実感しているのは"Try×Twice"の二人。

 肩で呼吸をしていた二人だが姿鏡でステラの姿を確認すると即座に振り返った。サツキに至ってはタオルで汗を拭って制汗剤の染みたウェットティッシュで体表面を一瞬でコーティングした。

 

「お疲れさまです、お二人とも。朝からハードですね」

「これくらい屁のダックですよ」

「そうそう、まだ全然余裕って感じ!」

 

 レンとサツキがそう言って力こぶを見せる仕草をする。しかしそんな二人の言葉を受けてゴツいトレーナーがそれぞれの肩に手を置いた。

 

「そうなの、二人共()()()()のシゴキじゃ満足出来ないみたいね。メニューを追加しましょうか」

「「げっ、それは勘弁」」

「屁のダックで全然余裕なんでしょう? ウフフ」

 

 二人の肩に置かれた手から二の腕までが目に入る。レンとサツキの力こぶなど彼の腕に比べれば白いアスパラガスのようであった。

 そもそもこのゴツいトレーナー、肉体こそは完全な男だが精神(こころ)は割と乙女で出来ている。故に話し方が女性らしいのだ。

 

「程々にしてあげてくださいね、オーバーワークは不調を生みやすいので」

「心得ておりますわ、シスターステラ。身体が壊れない程度に痛めつけるだけですわ」

「痛めつけるって言った! 今痛めつけるって言ったよね先生!」

「それなら良かったです、二人をよろしくお願い致します」

「いいんだ!? 痛めつける発言容認しちゃうんだステラさん!?」

 

 和気藹々とした和やかな雰囲気で繰り広げられる会話を少し離れたところで見守っていたソラ。そこでソラはようやくここに来るまでに買ったものが差し入れだと気付いた。

 ススス、と静かに歩み寄って先生と呼ばれていた乙女トレーナーにビニール袋を差し出す。

 

「あら、良かったじゃないアンタたち。美女二人に差し入れもらうだなんて、ファンには黙っておかないとね」

「「ありがとうございます!」」

 

 受け取ったミネラルウォーターを流し込み、再び溢れた汗を拭った二人がもう一度鏡に向き合う。流れ出す音楽に合わせて、再び先生が手拍子で空気を弾けさせる。

 その様をステラとソラはエレベーターを待っている間にずっと眺めていた。ステラはソラに言うべきか最後まで迷ったが、言うことにした。

 

「ソラさん、あの二人は……元バラル団でした」

 

 なんとなく、そんな気はしていた。今でこそ同じVANGUARDのメンバーであるものの、今や世間を湧かす人気アイドルと異邦の旅人であるダイや一介のトレーナーに過ぎないアルバやリエンが知り合いである理由などそれくらいしか思いつかない。

 それを聞いて、ソラは無意識に拳を握りしめてしまった。今、目の前で真剣にレッスンに取り組んでいる二人の姿がソラには淀んで見えただろう、()()()()()()()()()

 

「ですが今は、バラル団によって傷ついた人々のために一生懸命頑張ろうとしています。それだけは認めてあげてくださいませんか?」

 

 ステラのその言葉が言い終わる前に、ソラは握り拳を解いてホワイトボードにペンを走らせた。

 

『みんなが信じるなら、私も信じる』

 

「……ありがとうございます」

 

 静かに微笑んだステラ、本気の安堵を垣間見た気がしてソラはステラの人間性を改めて思い知る。

 ちょうど上がってきたエレベーターに乗り込み、鏡越しに二人へ小さく手をふるステラ。それに応えたのは先生の連れている"ソーナノ"だった、耳を振ってソラとステラを見送った。

 

 差し入れも渡し、改めて手持ち無沙汰になったソラはステラの方を伺う。まだどこかへ行くところがあるのだろうか、場所くらいは事前に教えておいてほしいと思うのだった。

 するとステラは腕時計で時間を確認し、少しだけ早足気味に歩を進める。とりあえず一人でいるのもなんなので、ステラの後を追いかけるソラ。

 

 数分後、幾つかの信号を超えて何度かの丁字路を曲がった先にあったのは、ビルに挟まれた小さな教会。ここに来てようやくソラはステラが聖職者であることに意識が向かった。

 しかし扉の先には数人の子供たちが祈りを捧げていて、外の車や人々の喧騒から遮断された静謐な空間にソラは惹き込まれた。

 

「ここは、孤児院も兼ねているのです。親を失った子供やポケモンたちが、ここで生活しています」

 

 それはソラにとっても他人事とは思えなかった。リザイナの学生寮に入らなければソラもこういった施設の世話になっていたことは想像に難くない。

 ポケモンたちは人間よりもずっと感受性が豊かで、すぐさまソラの元へとやってきた。ソラが自分たちと()()であると感じ取ったのだろう。

 

 蛇の祖を持つポケモン"アーボ"がソラの隣へやってきて、ソラを見上げた。ソラが手のひらを差し出すとアーボはそこへ自分の頭をスッと重ねた。ひんやりとした手触りが心地良い、それを見た他のポケモンたちもソラの元へとやってくる。

 

「あっ、ステラお姉ちゃんだ!」

 

 一人の男子がステラの存在に気づき、ぞろぞろと挙ってステラを取り囲んでしまう。一人一人と目線を合わせながら笑みを浮かべて挨拶を交わすステラ。

 

「こちらはソラさん。みんな、お姉さんにご挨拶してください」

『おはよーございます!』

 

 子供たちの笑顔を添えられた挨拶にソラは少したじろぎながら、ホワイトボードにペンを走らせた。

 

『こんにちは、ソラです』

「……お姉ちゃん、喋れないの?」

 

 一人の少女が尋ねた。ソラは小さく頷くと、その少女は「そっか」と自分のことのように寂しそうに呟いた。

 するとそれを見た男子の一人が言った。

 

「じゃあ、おれがお姉ちゃんの代わりに喋る! 任せてよ!」

 

 彼女に良いところを見せたかったのだろうか、そう言って屈託なく笑う男の子。ソラは思わず「ありがとう」と口を動かして、ハッとする。

 まだ不意に口を動かして喋ろうとする癖が出てきてしまう。だがその唇は子供たちにも伝わったようだった。

 

「今日はお歌の練習をするんですよね? みんな」

 

 ステラが尋ねると子供たちはなんだか困惑したような仕草を見せた。やがて一人の女の子が寂しそうに言う。

 

「それが、先生今日は具合が悪いって言ってて……お祈りは、私達だけでも出来るけど」

「そうでしたか、演奏者がいないとなるとお歌の練習は難しいですね……私もある程度は弾けますがつっかえつっかえになってしまいますし……」

 

 どうやら訳ありらしい。ソラはホワイトボードに素早くペンを走らせるとステラの服を引っ張る。

 

『楽譜があるなら見せてほしい』

 

 ソラがそう言い出したのを見て、ステラは目を丸くする。ソラはボードをまっさらにせず、追加で書き記してステラへ見せる。

 

『私が弾く』

 

 その文字はステラの顔を綻ばせた。やがてコクリと頷くと、ステラは子供たちを連れて聖堂の奥。普段聖歌隊が使うであろう舞台の上へとソラを案内した。

 

 舞台脇にあるオルガンにソラは腰掛ける。鍵盤に触れるのは実に数ヶ月ぶり、それこそ最近は冒険の旅に出ていて、楽器に触れる時間などなかった。

 楽譜に目を通す。ソラも歌ったことのあるメジャーな合唱曲だった。なんなら幼少の頃コンクールで演奏したこともある、二度三度指を奔らせれば音を思い出すだろう。

 

「わぁ……!」

「お姉ちゃん、すっげー!」

 

 ソラの思い通りに指が動く。今はの代わりに、オルガンが歌ってくれる。

 弾けることが確認できると、ソラはステラに向かってグッと親指を立ててみせる。ニッコリと微笑むステラが頷いて、静かに手を挙げる。子どもたちが指揮者であるステラに注目、ステラが「さん、はい」と手を振り出すとソラもそれに合わせて伴奏を行う。

 

 鍵盤と歌いながら、ソラは子供たちに目を向けた。誰もが楽しそうに歌っている、ところどころ跳ねたり音を外したりするがそれすらも楽しむファクターとして取り入れているような一体感。

 テクニック、技術が大事なのではない。本当に"楽しむための音”を発していると、それが分かる。

 

 ソラは思い出す。人の心に宿る人それぞれの音楽。一つ一つ、音色の違う音たちが奏でるオーケストラ。

 それこそが人間の合唱だと、遠い昔母チェルシーに聞かされて育ったことを。

 

 バラル団の班長ソマリとの戦いで傷つき、人の心の音を聞くことが出来なくなったソラ。

 だがこの合唱を通して、ようやく思い出すことが出来た。

 

 自分が心から愛していたものがなんであるかを。

 

 

「────楽しい音楽の時間だ」

 

 

 その声は、確かにソラの喉を震わせて出た音だった。だけどソラは驚かない。

 簡単なことだ。大切な人たちが癒やして前を向かせてくれた、そして心から大切だと思える音楽(もの)に触れることが出来た、それでどうして心が折れたままでいられるだろうか。

 

 気づけばソラの顔には笑顔があった。それはステラも、ひょっとするとダイたちですら見たことのない微笑み。

 鍵盤の上を白魚の指が跳ねる。今だけは指揮をそっちのけでフォルテを、クレッシェンドを連発することを許してほしいと思いながら、ソラは唄った。

 

だがそのソラの"楽しい"が文字通り音を通して、子供たちへ伝わる。彼らの声はさらに大きく跳ね上がり、講堂の反響も相まって聖歌隊さながらの迫力を放っていた。

気づけば子供たちだけではない、孤児院に預けられているポケモンたちも一丸となって歌唱に参加している。ソラの持つモンスターボールからアシレーヌが、ムウマージが、マラカッチが飛び出し他のポケモンたちをリードしながら歌う。

 

そうして僅か数分という歌唱時間が終わり、ステラが綺麗に指揮を終える。最後にソラが鍵盤を叩いた瞬間、指は高く跳ね上がった。

歌いきった、弾ききった、それぞれがそういった感慨を浮かべる中子供たちが取った行動は至ってシンプルだった。

 

「ソラおねえちゃん、おうたもすっごいじょうずだね!」

「どうやったらそんなに弾けるようになるの? おれにも教えて!」

 

わあわあと一斉にソラの元へと集まって大はしゃぎをする。普段は子供たちに囲まれているステラも、今ばかりは閑古鳥が鳴いている。

 

「そんなに一斉に質問されては、ソラお姉さんも困ってしまいますよ」

 

ステラがそういうも子供たちの興奮は冷めやらない。ソラは困惑しながらも微笑を浮かべ、一つ一つの質問に丁寧に答える。

数時間前まで余裕のなかった、冷めきった心が今では嘘のように暖かく、豊かだ。

 

そんな中、一人の男の子が言った。

 

「ねーねー! 他にはどんな曲が弾けるの!? おれ、聖歌も好きだけどロックポップっていうのにもあこがれててさ!」 

 

それは突飛な質問だった。オルガンでロック、出来ないことはないだろうがミスマッチ感は否めない。誰もが苦笑いを浮かべたが、当の男子はエアギターをかき鳴らす仕草を見せている。

するとそれまではおずおず、と言った風の態度だった女の子が一人手を上げた。

 

「わ、わたしも、ポップミュージックっていうの、歌ってみたいです……!」

 

一度波が出来るとそれは大きくなる。ぼくも、わたしも、と次々と一斉に声が上がる。

だが当然、音楽にはジャンルがありどれかである以上、どれかではない。そういうものである。

 

全ての要望を飲むことなど、到底出来ない。どうしたものか、ソラが悩んでいるときだった。

ハッとアイディアが浮かび、ソラはムウマージに頼んで荷物を持ってきてもらう。鞄の中から取り出されたのは五線譜が引かれたノートだった。

 

「ソラさん? それは?」

「みんなが歌いたい曲を、()()()()()()()()()

「そ、そんなことが出来るんですか!?」

「曲作りは、初めて。だけどみんなに貰ったものを、私も返したい」

 

ソラは講堂の床に一枚一枚切り取ったノートのページを並べてまずはコードを決めることにした。

最初のロックポップというのがやはり厄介だった。やはりロップポップを重視してしまうと他の曲のコードにそぐわないのだ。

 

「じゃあバラードベースで、そこから明るい曲調に仕上げていく……まずこれで。アシレーヌ、デモをお願い」

 

簡単に書き上げたものをソラがアシレーヌに見せ、アシレーヌがそれに合わせてハミングを行う。たった数分もしない内に出来上がったとは思えないほど曲として出来上がっていた。ステラは思わず感嘆の吐息を零してしまった。

 

「これに、明るさを……スネアとか、パーカッション……アシレーヌ、今度はこっち。マラカッチがそれに合わせてリズム、やって」

 

先程までの数枚をAメロとするなら、今アシレーヌが口ずさみマラカッチが身体を揺らして音を発している部分はBメロに当たる。バラード調だったはずの曲がパーカッションを加えることで雰囲気が明るく華やぐ。子供たちは音楽の骨組みが出来上がる瞬間を目の当たりにし、色めき立つ。

 

「サビ……シンセとか、ストリングス……ムウマージ、出来る?」

 

かなりの無茶振りであったが、ムウマージは二つ返事でやってみせた。アシレーヌが主旋律を、ムウマージが対旋律を、マラカッチが拍子をそれぞれ担当し、最後にソラがハミングで歌詞が入る部分のメロディを歌い上げる。子供たちがワクワクしながらその光景を眺めていると、不意にソラが歌うのを止めてしまった。

 

「どうしたの、ソラお姉ちゃん」

「……詰まった」

「それって、ここの部分?」

 

ロックポップの男の子だった。言いながら楽譜の一小節を指差す、驚くことに正解だった。ソラが詰まったのは二番のサビ終わりからの繋ぎ部分だった。

 

「じゃあ、男子合唱を挟むのはどうでしょう」

「……有り、採用」

 

ステラが提案すると、ソラは頷いて楽譜の一部を書き直し再度ポケモンたちとメロディを練り直す。そこでソラは思いつく。

せっかく男子に歌ってもらうのだ、どうせなら女子と歌い方を分離させた方が音が輝く。ソラも自分で大胆なアレンジだと思った。

 

「マラカッチ、ここもう少しリズム増やして……そう、ラップ」

「ラップ!? バラードで、ですか?」

「そう」

 

そうして編曲されたメロディはバラード主体でありながら刻まれるパーカッションによって明るさを表現していた。ただ、これではまだ曲が出来ただけだ。

一番大事なもの、詞が存在しない。ソラはペンを取ったまま固まっていた。そうして一度、周りの子供たちとステラの顔を見やった。

 

「なにか、アイディア、ある」

 

そういうソラに子供たちもステラも頭を抱えて悩ませた。歌詞は当然、曲に込められたものを聴くものに伝えやすい。伝えやすいということは綻びも分かりやすいということだ。

長い間手が止まっていると、ステラがふと指を立てて言った。

 

「なら、感謝を伝えるのはどうでしょうか」

「感謝……」

「えぇ、私は音楽に関してソラさんほどの知識はありませんが、この曲はソラさんが人の優しさを受けて作りあげたものだというのは分かります。だからこそ、ソラさんの想いを詩にすることが一番であると、そう考えます。この子達も」

 

ステラは微笑み、ソラは再び白紙の紙へと向き合った。そして、ソラなりの『ありがとう』を思い浮かべる。

自身を取り囲む子供たち、それを見守るステラ、そして脳裏に浮かぶ大切な仲間たち。

 

 

「あり、がとう」

 

 

――お日様のような笑顔を浮かべる、君。

 

その時、そっと誰かが背中を押した。ソラが振り返ると、それはリエンに貸し出していたはずのチルタリスだった。チルタリスだけではない、アシレーヌもムウマージもマラカッチもソラに寄り添って温もりを伝える。一瞬だけその後ろに、チェルシーとハンクの笑顔が見えた気がした。

 

持ち上がった腕がペンを握り、紙面の上を滑るように走っていく。そのスピードから、ソラが伝えたい感謝の程が見て取れる。

書いては消し、推古してから、また書く。有限のメロディの中で、伝えたいありったけをぶつける。

 

手が止まっていたときからは想像もできないほど言葉が溢れてくる。こんなにも伝えたいことがあると、ペンは雄弁に語っている。

 

楽しげな君の声が好き。

 

嘘を吐くのが下手なのが好き。

 

怒っても怒りきれない不器用なところが好き。

 

見るよりもずっと大きな背中が好き。

 

ちゃんと目を合わせてくれるのが好き。

 

手のひらの暖かさが好き。

 

不安を取り除いてくれる腕が好き。

 

思いつけば止まらない。むしろいっぱいに溢れてしまうほど、ありがとうに「好き」が着いてくる。

そうして、それらを歌詞としてメロディに刻み込む。歌詞が勝手に浮き上がらないように、音として更にメロディへと落とし込んだ。

 

 

ソラが身体を起こして時計を見て驚いた、集中している間に短い時計の針が四つは動いていたのだ。

 

「出来た」

 

気づけば、額から汗の雫が溢れていた。ハンカチを取り出したアシレーヌがそれをペタペタと拭う。同時にひんやりとした()()が火照った身体を心地よく冷やしてくれる。

出来上がった歌に名前をつける。しかし歌詞とは違って、一概には決まらない。

 

ひとまず保留にしておきソラは鞄から小型のノートパソコンを取り出して、DTM(デスクトップミュージック)を起動すると出来上がった曲を打ち込んでいく。ムウマージの声では限界のあったシンセサイザーもこれならば問題ない。

昼食の準備が完了した旨を伝えにステラが呼びに来た時にはノートパソコンと格闘していたソラ。

 

「出来たよ、わたしたちの『ありがとう』が」

 

四時間もの間、どこへも行かずにソラの作業を見守っていた子供たちは手放しで喜んだ。そして次に子供たちが取ったアクションは、講堂の長椅子に腰掛けることであった。ソラがキョトンとしていると、ロックポップの少年が興奮を隠しきれないように言った。

 

「歌ってみてよ、ソラおねえちゃん!」

「私も聴きたいよ!」

 

素人の、たった四時間で作り上げた曲をここまで楽しみにしてくれることに、ソラは困惑を隠せなかった。ステラに助けを求めると、ステラもニッコリと微笑んで長椅子の方へと移動してしまう。

教会奥の小さな舞台が、まるでコンクールのステージのように緊迫した雰囲気に包まれる。

 

声は出るようになった。だが果たして歌えるだろうか、ソラは十数枚の楽譜をジッと見つめた。そして、手首のライブキャスターに入った数少ない連絡先にコールを送る。

心臓の音に対して静かなコール音が講堂に微かに反響する。そして、数回の呼び出しの後相手は通話に応じた。

 

 

「……もしもし、ダイ」

 

『おお、喋れるようになったんだな! 良かったよ! ッと、あんま長話は出来そうにないんだ! 悪いな!』

 

 

電話の奥では爆発音や風が唸る音が絶え間なく響き続けていた。きっと今日もコスモスとポケモンバトルを行っているのだろう。目を閉じれば彼が頑張っている姿が目に浮かんでくる。

ソラは胸に手を当てて、深く息を吸って静かに吐くと弱々しく切り出した。

 

「あのっ、あのね……ダイにありがとうを伝えたくて」

 

『俺、なんかしたか? 全部ソラが頑張ったんじゃんか』

 

そんなことはない。君に貰ったものがたくさんある。ソラは思うも口に出せずにいた。

逸る心の音がソラに言えと急かす。

 

「それでね、ラジエスにある教会の子供たちと歌を作ったの。今度でいいから、聴いてほしい……いい?」

 

急かされた声は上ずって発されてしまう。

 

『マジか! 聴く聴く! それじゃあアルバとリエンも引っ張ってこなきゃだな! 楽しみにしてるからさ! って、うおわっ!! コスモスさんちょっとタンマ! 悪いソラ! そろそろ集中しないと避けきれねえ! それじゃあな!』

 

「あっ……うん」

 

それだけ言い残してダイとの通話は途切れてしまった。まだ言いたいことはあった、でも時間が無いのに待ってもらうのは忍びないとソラは自分に言い聞かせて無理やり納得させた。

気を取り直して、もう一度深呼吸を行う。子供たちとステラは待ちわびている。ソラは小型のスピーカーをノートパソコンに繋ぎ、ボリュームを上げる。

 

覚悟を決めてエンターキーを押し込むと、イントロが流れ始める。すると打ち込まれている音に合わせて、マラカッチがリズムを取り始める。どうやら彼なりにこのステージを盛り上げる腹積もりらしい。それに乗ったアシレーヌとムウマージがハミングを行う。そして歌い出し、

 

 

「――――――」

 

 

ソラは自分でメロディに刻んだ詞に想いを載せて、風が彼の元へ届けてくれるように祈りながら全力で唄った。

傷つき、絶望に打ちのめされ、悲しみにくれていた自分を掬い上げてくれた君へ送る、最大限最上級の感謝。

 

せっかくみんなで作った曲を私物化するようで気が引けたが、歌に含まれる想いは人それぞれのもの。ソラがこう思って唄うことを、歌が許してくれる。

涼やかな彼女の歌声だけが講堂に響く。少年少女と聖女の心を魅了し、惹き込むほどの力があった。

 

髄まで、芯まで、最後の一滴を絞り出すように声を出す。そして音楽が徐々にフェードアウトしていく中、ソラは天を仰いだ。

真昼の太陽は天窓から降り注いで、ソラの快復を祝福しているようだった。

 

 

小さな観客たちは、ただ呑まれていた。目の前にいる少女の放つ音の魔力にただただ魅せられ、圧倒されていた。

だから、その歌唱に対するリアクションが一番早かったのは思わぬ人物だった。

 

 

「うんうんうん!! すっごい、良かったよ!!」

 

 

惜しみない拍手と共に送られる賛辞の言葉。突然の闖入者に、今度はソラが面食らう番だった。

ソラの周囲をポケモンたちが取り囲む。教会に押し入る不審者など考えたくもないが、万が一ということもあり得る。

 

そんなソラの懸念を払拭したのは、ステラだった。どうやら彼女は闖入者の女性に見覚えがあるようだった。否、なんならソラですらその女性には見覚えがある。

どころか、彼女の声は彼女の首に置かれているヘッドホンから時折その歌を響かせることすらある。

 

「どうして、貴女がここに?」

「今日はラジエスで来月のイベントの打ち合わせがあったんだけど、ちょっと()()と揉めてね、あはは」

 

頭の後ろで腕を組んで歯を見せて彼女は快活に笑った。ソラはまだまだ人の心の音を聴くリハビリが必要だと思った。

彼女の顔を認識してからでないと音が聴こえないだなんて、音の申し子の名折れだ。

 

それだけ、ソラにとって彼女はそれなりに大きな存在だったのだ。

 

「来月のイベント、出演者全員で歌う曲を探してたんだけどイマイチピンとくるのが出演者の持ち歌に無くてさぁ。アタシはロック専、みたいなところがあるし? 」

 

バラードもそれなりに自信あるのに、と零しながらステージに繋がる階段をブーツが跳ねる。アシレーヌを始めとするソラのポケモンたちも唖然としていた。

 

「ところが、どうしたもんかって歩いてたところで貴女に出会った!」

 

燃えるような赤髪を揺らし、女性はソラに詰め寄った。ニッと歯を見せて笑う彼女の名は――フレイヤ。

今、ラフエル地方で"Try×Twice"と双璧を成すほどの大物アーティスト『Freyj@』その人だった。ソラも度々、彼女の音楽に励まされたことがある。

 

 何より彼女こそが、ダイがはるばるユオンシティまで足を運び、アサツキに紹介してもらおうとしていた"英雄の民"なのだ。

 

 思わぬところで出会った偶然に、ソラの身体がだんだんと石化してくる。

 

「ここで提案があるんですけど、貴女の今の歌。来月のレニア復興祭で歌わせてくれないかな」

 

 

だから、憧れの人物にそんな提案をされるなんて思いも寄らなくて。

ソラは言葉を咀嚼して、内容を理解して、静かにしかし思い切り、その場にぶっ倒れた。

 

 



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VSカイリュー 真紅髪の女頭領

 英雄の民、カエンの朝は早い。この頃は特に、先の戦いで住んでいたビルが倒壊してしまった人々の仮設住宅の設営を手伝ったりもしていたためだ。

 そうでなくとも、カエンは朝早くに家を飛びだし曜日ごとに決められたテルス山のコースを駆けずり回っている。

 

 そしてそれは今日も変わらない。山頂から少しだけ下った岬にある古民家の扉が勢いよく開かれた。

 

「母ちゃん! いってきまーす! よし来いみんな!」

 

「ガウガウ!」

 

「キキーッ!」

 

 彼のモンスターボールから勝手に飛び出してきたウインディとゴウカザルが先頭を行くカエンの後ろにピッタリとついて走る。ここ最近のカエンの朝はまず街に戻ってきた一部の住人に不安がないかを聞いて回ることだ。戦闘終盤で湧き出した膨大な量のReオーラの力で壊滅状態を逃れたレニアシティだが、それでも傷跡は小さくない。

 

 幸いにも、カエンという小さな子供が次々様子を見て回ってる姿が住民たちに元気を分け与えており、同じく復興を必要とするネイヴュシティに比べればだいぶマシと言えた。

 そんな中カエンの鼻が慣れない匂いを感じ取った。そしてカエンは風を読み、匂いが流れてきた方へとフラフラ引き寄せられていった。

 

 辿り着いた先はロープウェイ乗り場。比較的損傷は少ないがまだサンビエタウン方面のロープウェイは止まったままだ。

 だというのに、景色が望めるフェンスの傍に一人の女性が立っているのが見えた。カエンは直感で、その女性が匂いの元だと分かった。

 

「おねーさん、誰だ?」

 

 カエンは疑問を口にする。それを受けて女性は振り返る。カエンの髪の毛を赤髪とするなら、その女性の髪は()()()()()。似て非なる、"あか"を持つ女性はカエンを見てニコリと微笑んだ。

 

「突然、誰だって言う君もどなた?」

「おれはカエン! この街のジムリーダー! 見かけない人がいたから、話しかけた。おねーさん、この街の人じゃない……」

 

 カエンは少しだけ女性を警戒しているようだった。当然だろう、今のレニアシティは観光で来れるような場所ではない。

 とするなら、この女性はそれも知らない余所者か、あるいは戦後の状況監査に来た敵の一味かの二択だからだ。

 

「そっか。じゃあ"レニアの赤獅子"って君のことかぁ! 見たところ、元気いっぱいって感じだね!」

「もー、質問に答えてよ!」

 

 グルグルとカエンが牙を剥き出しにして威嚇する。カエンの腰のモンスターボールからリザードンが飛び出し、助長するように咆えた。

 すると女性は目を細めて、舌舐めずりをするような仕草と共にカエンを見つめた。

 

「おっ、やる? 言っておくけどおねーさん、それなりに自信あるよ!」

 

 そう言って女性が呼び出したのはポケモン、フシギバナ。カメックスを含めれば、著名なポケモン博士に認められて冒険する少年少女が最初に手に入れる一匹の最終進化形態。

 カエンはその時、相性では勝っているはずなのに一瞬たりとも目を離せないような凄まじいプレッシャーに圧された。

 

「リザードン、この人……超強い!」

「良い嗅覚してる! じゃあいつでもおいで!」

 

 女性が大手を広げる。誘われてると分かっていても、カエンとリザードンは前に出るしかなかった。

 火竜は口から灼熱を撃ち出す。挨拶代わりのそれを、フシギバナは身体から伸ばした()()を振るった風圧で散らしてしまう。

 

「リザードンの【かえんほうしゃ】を!?」

 

 驚愕するカエン、女性はニヤリと笑ってから歯を見せる。どんどん撃ってこいという挑発だった。

 

「んっふふ、個人的に山の上では負ける気がしないんだよね、わたし」

 

 紅髪の女性は山頂特有の薄い酸素で肺を満たし、フシギバナへの指示と共にそれを吐き出した。

 フシギバナが繰り出したのは進化前のフシギダネの頃から使える【はっぱカッター】だ。ほのお・ひこうタイプであるリザードンなら躱さずとも大したダメージにはならない。そのはずだ、それがわかっているのに、カエンはリザードンを上空へと退避させた。

 

 それを見た女性が「へぇ」と呟き、ぺろりと唇を舐めて軽く湿らせる。

 

「本当に良い嗅覚してるね、今のは普通の人なら攻めるタイミングだから、キミも避けないと思ってたよ」

「葉っぱに、【やどりぎのタネ】が乗ってた。躱さなかったらリザードンはどんどん体力を吸われちゃうから」

 

 本能的にカエンは察した。この女性は非常に頭の良い戦い方をする、と。親しい人で言えば、イリスに近いものがある。

 隙だらけに見えて、その実全く隙がないタイプのトレーナーだ。そういうタイプが、カエンは一番苦手だった。

 

 下手に突っ張って【やどりぎのタネ】を植え付けられてしまったなら、後は【どくどく】や【ヘドロばくだん】で毒状態にされてジリ貧に追い込まれていただろう。

 

 カエンがどうしたものか、と攻めあぐねていると不意に強い風が山頂に吹く。それが目の前に対峙する女性の長い髪を後ろから撫で、カエンの元へ女性の香りを届ける。そのふわりとした匂いの中に、カエンは一つの懐かしい匂いを思い出した。

 

「ダイ、にーちゃんの匂いだ……なんで、おねーさんからダイにーちゃんの匂いがするんだ?」

 

 間違いない、かれこれ数週間会っていないが間違いなくダイと同じ匂いを発していた。

 すると女性は次の手を繰り出そうとしていたフシギバナの前に手を出し、静止させた。

 

「カエンくん、あれと知り合いなんだ。どこにいるか知らないかな?」

「じゃあ、おれに勝てたら教えるって、どう!」

 

 少年の提案に紅髪の女性──コウヨウはニンマリと笑った。それは大人の悪戯っぽい笑みにも、子供っぽい無垢な笑いにも見えた。

 

「いいじゃんそういうの、負けないからね」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 ダイたち四人組がそれぞれ別の場所で修行を始めてから、早二週間が経過していた。

 今日もまた、テルス山の中腹。巨大樹の元でダイとコスモスは一対一でのポケモンバトルを行っている。

 

「カイリュー」

 

 この二週間の間にダイはコスモスのエースポケモンである"カイリュー"を引き摺り出すまでになった。切り札と言って差し支えないポケモンを呼び出し、そのアメジストが目の前の橙色を捉える。

 ダイとメガジュカインが山吹色の翼竜と対峙する。見てくれは可愛らしいが、その実海の街で育ったダイはカイリューというポケモンの凄まじさを知っている。

 

 主な生息地は存在せずどこでも生きていける順応性を持ち、一度暴れれば海は必ず荒れ狂うため船乗りの間では海の竜王と恐れられているほどだ。

 

「【しんそく】」

 

「【でんこうせっか】!」

 

 直後、二匹のポケモンの姿が消える。ずんぐりとした体躯からは想像もできないほどのスピードでカイリューがジュカインと接敵、その豪腕を振るう。ジュカインもまたメガシンカで強化された敏捷力に物を言わせ、遠心力の乗った尻尾の一撃で対抗する。

 

 カイリューも【しんそく】を扱える数少ないポケモンだが、例えばアルバのルカリオが扱う【しんそく】とは同じ技のようで一部差異がある。

 同じ素早さと一口に言ってもルカリオの場合は瞬発的な素早さを、そしてカイリューの場合はマッハ2で空を飛ぶことが出来る継続的な素早さを指す。

 

 つまり、初動で言えばルカリオの【しんそく】の方が遥かに素早いのだ。それを見てきたダイとジュカインならば対処は可能だった。

 山吹が視界の中で動いた瞬間、それは必ずカイリューが攻撃を行うという前兆。それに合わせて【みきり】を行い、攻撃コースの予測。後は同じ素早さに関係のない【でんこうせっか】で攻撃をぶつけて相殺してしまうのだ。

 

 事実、カイリューの先制攻撃は全てジュカインに防がれてしまう。いくら自分で鍛えたとはいえ、こうも巧く立ち回られるとそれはそれでコスモスも面白くない。

 

「次は【りゅうせいぐん】です」

 

「来たぞジュカイン!」

 

 だからこうして、時折ぶち壊しにするのだ。戦略も、戦術も、何もかもを。

 ダイも記憶に新しい、輝く隕石の雨を降らせるドラゴンタイプの奥義。【みきり】で躱せるのも最初の数発が限度、見切り続けていればいずれ精度が甘くなって直撃、それで終わりだ。

 

 そしてこの二週間の間でダイが見つけた【りゅうせいぐん】の対処法は至ってシンプルだった。

 

「懐に、突っ込め! もう一度【でんこうせっか】!」

 

 この手のフィールド全体を攻撃するような技は使用者であるポケモンとその主が自身の技で傷つかないように絶対に攻撃が侵入してこないラインが存在する。

 そして大抵、そういう場所は使用者の周囲である場合が多い。ジュカインは降り注ぐ隕石を数度躱すと地面を蹴り、カイリューの背中を取った。

 

「そのまま【ドラゴンクロー】!」

 

 カイリューの背でジュカインが龍気の篭手を出現させ、それを振り下ろそうと腕を上げた。

 瞬間、カイリューは上昇してから即座に急降下。ほぼ地面目掛けて真っ逆さまに落下を始めた。振り落とされまいとジュカインがカイリューの尻尾へとしがみつく。

 

 

「狙いは良かったですよ、ただパワー不足です」

 

 

 が、カイリューはそのまま落下しながら錐揉み回転し、地面にぶつかる寸前で再び上昇。尻尾ごと掴まっているジュカインを地面へと叩きつけた。

 土の上をゴム毬のように跳ねるジュカインだが、さすがに一撃で伸されることはない。伊達に二週間も戦い続けていないからだ。

 

 素早く体勢を立て直すと、迫る隕石群を跳躍で回避。さらにはドラゴンタイプの技に耐性のあるはがね技【アイアンテール】で隕石の一つをカイリュー目掛けて打ち返す。さすがにその反撃は予想外だったか、コスモスが目を大きく開いた。

 

 避けるか、防ぐかの二択。カイリューが取った行動は回避だった。だがその回避先にジュカインが割り込んだ。ダイが拳を突き出しながら叫んだ。

 

「下から掻っ捌け!」

 

 ジュカインが弾丸のように上昇しながらカイリューの腹部を【ドラゴンクロー】で切り裂き、それが直撃する。カイリューは僅かに顔を顰めるが、まだまだ余裕という顔を見せている。

 ポケモン図鑑で数値化されたカイリューの残存体力を確認し、ダイが歯噛みする。

 

「やっぱ(かって)ぇな、"マルチスケイル"!」

 

 カイリューが誇る防御力の高さは、彼の種が持つ稀少な特性"マルチスケイル"によるものだ。初撃のみ、攻撃のダメージを半減してしまうというもの。

 素で打たれ強いドラゴンタイプであるカイリューにこの特性が合わさり、どれだけ強力な攻撃であろうと一撃で落とすのはほぼ不可能になる。

 

 加えてカイリューもまた【はねやすめ】という回復技を持っている。体力が完全に回復してしまうと、再び"マルチスケイル"が効果を及ぼすのだ。

 

「でも、攻略法はある!!」

「……なら、見せてください」

「言われなくても! ジュカイン、【ダブルチョップ】だ!」

 

 龍気の篭手(ドラゴンクロー)を繰り出した後、滞空しているジュカインがそのまま自由落下に任せて再度カイリューに襲いかかる。両腕の新緑刃に今度は龍気を宿らせ、一撃。それは"マルチスケイル"によって微々たるダメージに抑えられてしまうが、技名は【ダブルチョップ】。即ち、()()()()()()()()

 

 一撃目がつけた鱗への亀裂。そこ目掛けてジュカインが放つ二度目の斬撃が炸裂した。鱗を突き破り、その下の肉へとダメージを与えることに成功した。

 さらに腹部という急所に当たり、カイリューの体力が中域を突破する。

 

 ここでコスモスに与えられる選択もまた二つ。カイリューを【はねやすめ】で回復させるか、そのまま突っ張るかだ。

 だがメガジュカインの敏捷力は、カイリューのおおよそ二倍。【しんそく】で振り切らない限りは完封さえ狙える状況ではある。

 

 全てはコスモスの選択に委ねられている。ダイは額からジットリとした汗が垂れ落ちるのを感じた。

 

「【しんそく】です」

 

 来た、とダイは思った。そしてその選択はダイの予想通りであった。この二週間の修行を経て、コスモスという人間をダイなりに分析した結果とも言える。

 カイリューの姿が一瞬にして消える。ジュカインの正面から背後へと周り、彼の死角を狙ったのだ。それもまた、ダイの狙い通り。

 

 

「今だ! 【リーフストーム】!」

「……ッ、背後に来るのを」

「はい、読んでました! いけ、ジュカインッ!!」

 

 

 背後から豪腕を振るうカイリュー目掛けて、ジュカインが背中の種を爆発させると、その爆風を利用してドリルのような尻尾を刃のような鋭さの葉っぱ諸共巻き上げる。ドラゴン・ひこうタイプのカイリューにはくさタイプの攻撃は今ひとつ通らない。だがそれでも、ジュカインが放つ【リーフストーム】はその半減に次ぐ半減を補って余りある火力がある。

 

 攻撃を中断し、カイリューが回転するジュカインの尻尾を両手で受け止めた。ドリルを包む葉刃がカイリューの手をズタズタに切り裂くが、離してしまえば最後直撃は免れない。

 押しきれるか、それとも防がれるか。二匹の攻防が数秒の間、継続して行われた。

 

「いけるか……!」

 

 ダイが額の汗を拭いながらも、二匹の攻防から目を離さない。だがそうしているうち、ダイは異変に気付いた。

 カイリューを襲っていた葉の竜巻がいつの間にか、カイリューを避けていたのだ。ドリルを受け止めながらカイリューが不敵に笑った。

 

 不味い、本能的に悟ってジュカインを離脱させようとしたがもう遅かった。

 

「しまった、【たつまき】だ!!」

 

 今度はコスモスが微笑みを携えた。カイリューは【リーフストーム】を受けながら、その突風を利用して【たつまき】を発生させ、自らの技に変換してしまったのだ。

 それを操作し、ジュカインを襲わせる。大技直後の後隙で動けないジュカインは軽々と巻き上げられてしまう。そして空中なら、有翼ポケモンであるカイリューに分があった。

 

 

「【げきりん】、よく頑張りました」

 

 

 渾身のボディーブローが空中のジュカインの腹部へ炸裂し、地面へ思い切り叩きつけられる。爆弾が炸裂したかと錯覚するほどの砂埃が舞い、風が空間を洗い出すとジュカインが目を回して昏倒していた。メガシンカも解除され、戦闘不能であることが伺えた。ダイは鞄から"げんきのかけら"を取り出してジュカインの口の中へと放り込んだ。直後、酸っぱさに目覚めたジュカインがムクリと起き上がる。

 

「お疲れ」

 

 そう言って軽く拳を突き出すダイに、ジュカインが自身の拳をコツンとぶつけた。そんな二人をよそに、コスモスはカイリューの手のひらと腹部の傷に"すごいキズぐすり"を吹き付けながらダイの方へ視線を投げかける。

 

「さすが、抜け目ないですね。正直、まだカイリューの相手は早いと思っていました」

「あ、ありがとうございます……褒められるとは」

「抜け目ない、は褒め言葉になるんですね。覚えておきます」

 

 言いながら、カイリューをボールへ戻すコスモス。ダイも同じようにジュカインをボールで休ませると、修行中に倒してしまった木々をジュカインと加工して作った簡易ベンチに二人で腰掛けた。

 ダイがライブキャスターを確認すると、昼休憩の時から四つほど着信があったようだ。履歴を見ると全部ソラからだった。

 

「ここ数日、引っ切り無しね」

「ですね、元気になって良かったよ」

 

 数日前、ダイとコスモスが今日と同じように実戦を行っていた時、ソラから着信があった。なんでも声が出るようになった上、ステラの下で作曲に励んでいたという。

 ところがその翌日から恐ろしいほどのぺースで着信があり、当初とは別の意味で心配になるダイであった。

 

「そういえば、コスモスさん今日は午前中どこに?」

「その、彼女のところです。どうやら、すごいことになってしまったみたいですし」

 

 そう言いながらコスモスはダイのライブキャスターの画面を指す。ともかく、ダイは一度ソラと連絡を取ってみることにした。

 呼び出しコールが一度だけ鳴るとすぐさまソラが通話に応じた。

 

「あ、ソラか? 今時間良いか?」

 

『よくない』

 

 ぶつり、それだけ言われてなんとダイは電話を切られてしまった。一瞬の出来事に思わずショックを受けることすら出来ないダイ。

 数秒後、ソラから折り返しの電話が掛かってきた。混乱しているダイに変わってコスモスが通話ボタンを押し込んだ。

 

『もしもし。ダイ、どうかしたの』

 

「あ、いや……忙しいなら、後でもいいんだぞ」

 

『平気、なにか用』

 

 ボイスオンリーの通話も相まって、ダイはなんとなくソラと距離を感じてしまった。しかしそれもつかの間、紙面上にペンを走らせるような音と書いたものをグチャグチャと塗りつぶして消してしまうような音を聞き取って、ダイが問う。

 

「今も、曲を書いてるのか?」

 

『……よく分かったね。あのね────』

 

 それからダイは、ソラが英雄の民の歌い手でありながらアーティストとして活動している"フレイヤ"と知り合い、同時に彼女たちラフエルを代表するアイドルやアーティストが来月ステージで唄う楽曲として、ソラが作り上げた最初の曲を使わせてほしいと打診があったことを聞かされた。

 

『それで、どうしたらいいか、迷ってて』

 

「すげぇな……」

 

『え……?』

 

 ぽつり、とダイは零した。向こう側でソラが首を傾げているのが分かった。ダイはコスモスが見ているのも気にせず続けた。

 

「俺、音楽のことは全くわからない。ソラが旅の途中通信で受けてた授業内容もちんぷんかんぷんだったし。だからさ、そうやってソラがやってることの一つ一つがすげぇことだなって思うんだよ。受けろよ、その話。絶対チャンスだって、ソラが作った曲がプロの耳に止まったんだぜ?」

 

 自分のことのようにダイは嬉しかった。かねてよりコネクションを求めていた英雄の民であるフレイヤとソラに接点が出来たことなど忘れるくらいに、ダイはソラの躍進が嬉しかったのだ。

 電話の向こう側でソラが何かを言い倦ねているような間があったが、やがてソラは喉を震わせ、声を発した。

 

『私の音楽、みんなを笑顔に出来るかな』

 

「絶対出来るって!」

 

『うん……ありがとう、ダイならそう言ってくれると思ってた』

 

 相変わらず感情表現の乏しい声音だったが、ダイの受け答えに満足したのか今度は「それじゃあ切るね」と前置いてから通話を終わらせた。

 深呼吸して、ひとまず自分を落ち着けようとするダイ。だが、どうにも浮足立ってしまうようだ。

 

「よっぽど大切なんですね、彼女のこと」

「ソラが前を向けるようになったってだけで、とても」

 

 一度は自分の命すら投げ捨てそうになっていたソラが、彼女なりの早さで前を向いて、立ち上がろうとしていることがたまらなく嬉しかった。

 そして、さらにダイは思う。そんなソラが、歩いていくための明日を守ってあげられるだけの強さが欲しい、と。

 

 ソラだけではない。

 

 この冒険で得た、アルバやリエン。

 

 アストンやアシュリー。

 

 カイドウを始めとするジムリーダーたち。

 

 超えていくべき目標のシンジョウやイリスたちの力になりたいと、前以上に思う。

 

「早いところ、元の姿に戻してやれればな」

 

 鞄の中から熱を放つライトストーンを取り出し、両手で抱えあげる。あの夜以来声は聞いていない。だけど、ダイが手にした時に放つ暖かさは日に日に強くなっている。

 それは目覚めの時が近づいていることを意味し、それは同時に決戦の刻が迫っているということでもある。

 

「もうそろそろ日も暮れます、後一本で今日はお終いにしましょう」

「お願いします!」

 

 そうしてダイとコスモスが立ち上がってそれぞれズボンとスカートについた埃を払った瞬間だった。

 

 

 

「────見つけたー!!!!」

 

 

 

 大声で叫びながら斜面を爆速で下ってくる人影、カエンだった。

 カエンはウインディとゴウカザル、リザードンの三匹を置き去りにするほど素早くやってくるとダイの前で盛大にブレーキを掛けた。

 

「ダイにーちゃん! おはよう!」

「もう夕方だぞ火の玉小僧」

「そっか、こんにちはだ! こんにちは!」

 

 相変わらず元気がいい。ダイに続いてコスモスにも挨拶を交わすカエン。遅れてきたポケモンたちがカエンに追いつき一息入れる。

 しかしカエンはというと、振り返って背後を伺い見る。まるで他にも誰か後ろにいるかのような反応だ。

 

「あれ、置いてきちゃった? おかしいなー」

「他に誰かいるんですか、カエンくん」

「えっとねー、ダイにーちゃんの────」

 

 カエンがそう続けようとした時だった。妖しい風が吹き、それがダイとコスモスの肌に突き刺さるようなプレッシャーを放った。

 二人は即座にゼラオラとパシバルを呼び出し、飛来した闇色の魔球(シャドーボール)と手裏剣の如く迫る【はっぱカッター】を防御させる。

 

 敵対する意思を感じ取ったゼラオラが茂みに飛び込み、襲撃者に飛びかかる。【シャドーボール】を放ったのはどうやら"フワライド"のようで、ゼラオラが地面を強く踏みつけて跳躍する。

 腕に稲妻を纏わせて放つ【かみなりパンチ】が直撃する瞬間、フワライドはボールに戻ることでゼラオラの拳を回避する。

 

 入れ替わるように現れたポケモンはゼラオラに対して、両腕にある鋼鉄の鋏を正面から打ち付ける。真紅の鎧を纏うはさみポケモン"ハッサム"は、そのまま【ダブルアタック】でゼラオラを二度襲撃する。

 

 鋏を閉め、逆に鋼鉄の塊にすることで殴打によるダメージを増加させる。さらにハッサムは一瞬の間に、ゼラオラが怯むであろう箇所へ的確に二度の攻撃を行って効率的にダメージを与えてきた。

 これこそがハッサムというポケモンの持つ特性、超絶技巧家(テクニシャン)。低い威力の技であろうと、的確に相手の弱点に叩き込み威力を増すというもの。

 

 更に厄介なのは、ハッサムというポケモンの防御性能の高さだ。むし・はがねタイプという変わったタイプを持つハッサムはほのおタイプ以外の技をほとんど受け付けないため、攻め手を持っていなければそのままパワープレイで押し切られてしまうことすらある。

 

 だが、そのほのおタイプの技をダイのポケモンは使うことが出来る。ゼラオラがプラズマを拳に集中させ、それを振動で発火させる。

 

「【ほのおのパンチ】だ!」

 

 ゼラオラの蒼い炎を纏った拳に対し、ハッサムもまた一瞬で神速の乱打撃(バレットパンチ)をぶつけて相殺する。これもまた、"テクニシャン"によってゼラオラの拳の勢いが確実に止まる部分へと殴打を行っていた。

 

「フワライドに、ハッサム……そして【はっぱカッター】……まさか!」

 

 ダイが立て続けに現れたポケモンと、技の出処を推理しハッと顔を上げる。

 そんな馬鹿な話があるはずない。だが、そんなダイの否定をさらに否定するように状況証拠は揃っていく。

 

「最初の魔球(シャドボ)を避けられなかった時のために、ギリギリ外れるように撃たせたんだけど──」

 

 その人物は茂みの奥から現れる。燃えるような紅髪を揺らしながら、トレードマークである漆黒の手袋に包まれた手で軽く拍手を行う女性の顔を見て、ダイはサッと青ざめた。

 

「なかなかやるようになったじゃない、それに良いポケモンも連れてるようね……タイヨウ?」

 

 それはここにいるはずのない人物。故郷であるオーレ地方の闘技施設"バトル山"にて、九十九人抜きを達成した猛者の前にのみ姿を現す最強のトレーナ──―通称バトル山マスターと呼ばれ、さらに就任してから挑戦者を退け続け未だに破った者のいない存在として"真紅髪の女頭領(クリムゾンヘッド)"という大層な異名まで持っている女性は、

 

 

 

「──母さん! なんでラフエル地方にいるんだよ!?」

 

 

 

 ダイこと"タイヨウ・アルコヴァレーノ"の、実の母親なのだ。女性──コウヨウはおよそ再会した息子に向けるとは思えない嗜虐的な笑みを浮かべていた。

 例えるならば、目の前に無防備な獲物が寝ている時の捕食者のそれだ。

 

 今にも丸呑みにされそうなプレッシャーに曝されながら、ダイはコウヨウとの再会を果たすのであった。

 

 



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VSガブリアス 憧れ

「なんで、って可愛い義娘に会うのに理由とかいらないでしょ?」

「俺はオマケかっつの……アイなら一緒にはいないよ、クシェルシティにいるはずだ」

 

 再会するなり、母さんが冗談めかして言った。だけど母さんがアイを、アイの両親以上に溺愛しているのは事実だ。

 実際、俺とアイが旅に出るって言った時も最初は猛反対された、アイだけが。何かあったら大変だと心配されたんだ、アイだけが。

 

 最終的に俺とアイは母さんの許可を経て旅に出たからこそ、今こうしているわけなのだが。

 

「知ってるわよ、なんならラフエル地方(ここ)に来てから真っ先に行ったわ」

「さいで、じゃあなんで俺のところにまで来たんだよ」

「そりゃあ決まってるじゃない。他所様に迷惑かけてないか確認に来るためよ」

 

 信頼されてなさすぎじゃない、俺? これじゃあ溜め息も出てこない。

 母さんはカエンを抱えたまま俺の隣にいるコスモスさんに歩み寄った。抱き心地でもいいんだろうか、カエンを離そうとしない。

 

「愚息がお世話になってます、母のコウヨウと申します」

 

 カエンを抱えたまま深々と頭を下げる母さん、絵面がシュールだな。対してコスモスさんは映画で見たことのあるスカートの端を摘み上げる礼を行う。すげぇ、初めて見た。

 しかし次の瞬間、母さんはようやくカエンから手を離したかと思うとコスモスさんをジロジロと全身くまなく見渡す。

 

「見るほどお母さんにそっくりね、"ヒメ"は元気?」

「母をご存知なのですか?」

「えぇ、彼女がまだジムリーダーになりたての頃からの付き合いよ」

 

 確か、コスモスさんの家は代々ルシエシティのジムリーダーを任されているんだったか。先代はコスモスさんのお母さんで、母さんはその人と知り合い……って! 

 

「母さん、今回が初めてのラフエル地方じゃないのか!?」

「言ったことなかったっけ? まだバトル山のエリアリーダーだった頃に何度か来たことがあったのよ」

「エリアリーダーって……つまり仕事サボって来てたのかよ!」

「失礼ね、息抜きと言ってほしいんだけど!」

 

 いやサボりだろ……というか昔からサボり魔だったのかよ。今はバトル山マスターなんて一番トップ任されてるんだからそれなりの対応はしてほしいんだけど、きっと言っても母さんは聞かないよな。

 この通り俺の母親、"コウヨウ・アルコヴァレーノ"は破天荒という言葉が服を着てポケモンバトルを仕掛けてくるような人だ。

 

 だけど同時に、密かに俺の目標でもあるんだ。だって、曲がりなりにも彼女は故郷オーレ地方の最強だから。

 だからこそ、真紅髪の女頭領(クリムゾンヘッド)の一人息子だからって過剰に期待されていた時期も、あったりしたけど。

 

「それで? 少しはやるようになったのかな? アタシのバカ息子は」

「見て腰抜かすなよ。これでもジムバッジ、四つは持ってるんだぜ!」

 

 俺は母さんにスマートバッジ、ピュリファイバッジ、オールドバッジ、ギルドバッジを見せる。ギルドバッジだけは、まだ正式なジム戦をしたわけじゃないんだけども。

 しかし母さんはというと、訝しげに俺のバッジをまじまじと眺めるときっぱり言った。

 

「アンタ、盗みはダメって子供の頃から教えてきたわよね」

「盗んでねーよ! もう少し息子を信用しろっつーの!」

「あのねぇ、"ヒオウギジム"でコテンパンにされたアンタがバッジ四個なんてゲットできるわけが無いでしょうに」

 

 こ、このバカ親言わせておけば……! 

 完全に頭にきてしまった俺は売り言葉に買い言葉、気づけばモンスターボールを母さんに突きつけていた。

 

「バトル、しようぜ。嘘じゃねえってことを証明してやる!」

「アタシとバトルするなら、九十九人抜き達成してから……けどまぁ、身内特権ってことで特別にボコボコにしてやるわ」

 

 決まりだ、今までの俺じゃあ勝負にならなかっただろうが今は違う。ラフエル地方に来てから、何度も退けない戦いを強いられてきた。そしてコスモスさんと毎日過酷な特訓を行ってんだ、ただでは絶対にやられない……! 

 

 その時だった。ポケーっと今まで話を見守っていたカエンが勢いよく手を上げながら言ってきた。

 

「はいはい! おれもダイにーちゃんとバトルしたい!」

「では私も」

「よし、じゃあ三人でボコボコにするわよ!」

「ちょっと待てや」

 

 まさかコスモスさんが乗ってくるとは思わなかった。流れが完全に三対一で俺をリンチする方向に向かっている。

 ただ冗談のつもりだったんだろう、コスモスさんは小さく上げていた手を下ろしながら提案した。

 

「それなら、"マルチバトル"は如何でしょうか。カエンくんとコウヨウさんが彼と戦うというのなら、私は彼と組みます」

「それでいーよ! うー燃えてきた! 頑張ろうねおかーさん!」

「うっ、おかーさん呼びで持病が……! 子供は可愛いなぁ!」

 

 はいはい、可愛げのない子供で悪うござんしたね。

 俺たちは二手に分かれて睨み合う。睨み合うというと語弊があるかも知れない、約一名とてもニコニコしている。母さんじゃないが確かに無邪気な子供(カエン)は可愛い。

 

 ちらりと俺は隣に視線を送る。コスモスさんはいつものように涼しい表情でトレーナーズサークルに立っていた、マルチバトルは自分一人にポケモン二匹のダブルバトルと違ってパートナーのポケモンとの相性はもちろん、互いのコンビネーションが物を言う。コスモスさんとはほぼ毎日朝から晩まで顔を見合わせて戦い合ってる、クセはある程度把握しあってるはずだ。

 

 対して、母さんとカエンのチームは見たところ即席も良いところのチーム、隙を突けば恐らく簡単に瓦解するに違いない。

 

「では、それぞれ一匹を手持ちから選出、先に戦えるポケモンがいなくなった方が負けの短期決戦(ブリッツ)ルールで」

「「「乗った!」」」

 

 コスモスさんの提案に俺たち三人が同調する。選出は一匹だけ、なら当然俺たちが呼ぶのはエースポケモンってことになる。ボールの中の相棒たちは誰を送り出すか、既に意思が決まっているようだった。俺は頷いて、カエン、母さん、コスモスさんと同時にボールをフィールドへリリースした。

 

 

「いっけー、リザードン!」

「行ってみよー、フシギバナ!」

 

「ガブリアス」

「ゴー、ジュカイン!」

 

 

 それぞれのポケモンが出揃う。カエンのポケモンは、シンジョウさんが使うのと同じリザードン。ただし、シンジョウさんのリザードンと違って、カエンのリザードンは"ようきな性格"。バトル好きというのが見ているだけで伝わってくる。フィールドインしたリザードンは雄叫びを上げて、対峙する二匹のポケモンと睨み合う。

 

 そして母さんのポケモンは手持ちの中で一番の切り札、フシギバナ。実際、母さんが数多くの挑戦者を退け続けてきたのは、彼女あってこそというところが大きい。

 生半可な攻撃を通さない防御力を持つ。加えて、俺のジュカインに対して有利のどくタイプを持つ。なんならカエンのリザードンと合わせて、この中で一番相性不利を背負っているのは俺たちと言えた。

 

 横目にコスモスさんの様子を伺う。ガブリアス、二週間の特訓中何度か戦ったことがある。俺たちが勝つには、ガブリアスをどうにか残して逆転の機会を狙うしか……

 

「いいや、それじゃダメだ」

 

 頬を打つ。最初から負け前提、足を引っ張る前提の思考はやめろ。実のところ、カエンがどれだけやれるかはわからない。十歳でジムリーダーを任されているくらいだ、相当の天才肌なのかもしれない。ふと思い出す、あれはラジエスシティで初めてカエンと会ったときのこと。

 

()()()()()()()()()()()()()()。レンタルポケモンたちと明確な意思疎通を行っていたのを覚えている。

 

 勿論俺たちだって自分のポケモンがやりたいことを、ニュアンスで捉えることは出来る。だけど、百まで伝わるわけではない。

 だけどカエンは、俺たち人間と話すのと同じようにポケモンと話が出来る。ポケモンがどう動きたいかを汲んで、作戦を立ててやれる。ポケモンバトルにおいて、そのアドバンテージは大きい。

 

「フシギバナ!」

 

「ッ、ジュカイン!」

 

 ふんわりと考え事をしている場合じゃなかった。先に動いたのは母さんだった。母さんの狙いはコスモスさんのガブリアス。だとするなら、恐らく初手は。

 

「【はっぱカッター】!」

「【マジカルリーフ】だ! 撃ち落とせ!」

 

 来た、母さんの常套手段。フシギバナが背中に背負った花の根本から出ている葉を撃ち出す。返すように、ジュカインが尻尾の葉を手裏剣のようにして撃ち出す。不思議な力の宿ったジュカインの葉が、ガブリアスに迫るフシギバナの葉を迎撃する。

 

「ま、そうよね。アンタは当然、そうすると思ってたわ!」

 

「ガブリアスはこっちの要だからな、やらせねぇっての!」

 

 葉っぱに【やどりぎのタネ】を乗せ、敢えて防御させることで体力を奪い続ける作戦だ。くさタイプに耐性のあるポケモンほどハマりやすいこの技は母さんが最初に繰り出してくることが多い。

 だけど貴重な攻撃のチャンスを迎撃に使ってしまった。だからこそ、カエンのリザードンは最初からジュカインを狙ってくる。

 

「【ほのおのパンチ】!」

 

「割ってください、ガブリアス」

 

 しかしこれはダブルバトルだ。ほのおタイプの技に耐性があるガブリアスが飛翔の勢いをプラスしたリザードンのパンチを受け止める。多少グラつくが、やっぱりそこはコスモスさんのポケモン。なんともないようだった。それだけじゃない、殴った側のリザードンが苦悶の表情を見せる。

 

「"さめはだ"! リザードン、いったん下がって!」

「【がんせきふうじ】で追撃」

 

 下がろうと再び翼を羽撃かせるリザードン目掛けて、ガブリアスが地面を切り裂いて作り上げた瓦礫を砲弾の如く撃ち出す。

 風を切る轟音を伴って迫る岩塊、リザードンは【かえんほうしゃ】で防ごうとするが岩塊の勢いは炎では止められない。

 

 だがリザードンに降り注ぎ、直撃する寸前の岩塊がスッパリと断ち切られてしまった。それはフシギバナが放った【つるのムチ】だった。凄まじい勢いで振るわれた蔓は岩塊をまるでバターを切り裂くように容易く両断した。真っ二つになった岩塊がリザードンを避けて落下する。

 

「【アイアンテール】!」

 

 ガブリアスに救われ、手の空いていたジュカインが飛び上がり残っていた岩塊をフシギバナに両断されるより先に尻尾で撃ち出し、それがリザードンの腹部へと直撃する。

 

「リザードン、大丈夫か!」

「【りゅうのはどう】だ、ジュカイン!」

「負けるか~! もう一度【かえんほうしゃ】!!」

 

 咆哮と共に、細長い龍の姿を模したエネルギーがジュカインの口から放たれる。それは意思を持っているようにジュカインの意のままに突き進みリザードンが放った灼熱と正面からぶつかった。

 エネルギーの塊同士がぶつかり合い、均衡する。だけど微かにジュカインの方が圧されているように見えたのはきっと間違いじゃない。

 

 だったら、攻め時だ! 

 

「【アクロバット】!」

 

 ジュカインはいち早く、波動攻撃を中断。当然押し止められていたリザードンの炎攻撃がジュカインへと迫る。しかしジュカインはそれを体勢を低くしたまま身体を捻って直撃コースを避けると一気に地面を蹴ってリザードンの懐へと飛び込む! 

 

「ドラゴン──」

 

 クロー、そう続けようとした瞬間ジュカインの身体が不自然な浮き方をする。見れば、コスモスさんのガブリアスと取っ組み合いを行っていたはずのフシギバナが()()()()()()()()()()()【つるのムチ】でジュカインの脚を拘束、そのまま持ち上げていたんだ。

 

「【パワーウィップ】」

 

 勢いよく振るわれたツル、そのまま持ち上げられていたジュカインが地面へと叩きつけられる。

 

「ジュカイン、平気か!」

「シャ……!?」

 

 立ち上がろうとしたジュカインが不意にツルで拘束されていた部分を抑えて膝を屈した。よく見ると、脚から紫色の斑点のようなものが全身に走っているのが見えた。

 間違いない、拘束の折にフシギバナが【どくどく】を使ったんだ。相変わらず一つの技に二つも三つも合わせ技を絡めてくる母さんらしい手だ。

 

「アンタから先にやっつけちゃおうかな! 【ベノムショック】!」

 

「ッ、まずい!」

 

 この技は、毒状態の時威力が倍になるという効果がある! 今のジュカインが喰らえば、ノックアウトは免れない! 

 毒素の波動がフシギバナの口から一気に放たれる。ジュカインは顔を顰めながらもギリギリのところで【かげぶんしん】を使って攻撃を回避した。

 

 だけど、ジュカインはどく状態などの状態異常を回復するための【リフレッシュ】のような技を持たない。

 一か八か、【ねむる】ことで毒をかき消すことは出来る。だけど、ジュカインが目覚めるまでの間ガブリアスは孤立する。いくら炎と草両方に耐性があって、コスモスさんのポケモンだからといって過信は出来ない。

 

 だけど、このまま毒を放置してもう一度【ベノムショック】を放たれたらどのみち終わりだ。

 

「ジュカイン! 眠って回復を────!?」

 

 身体を丸めて、ジュカインが眠ろうとする。が、ジュカインは目が冴えてしまっているのか、全く眠れる気配がなかった。

 

「なんで……まさか!」

 

「そのまさか、ジュカインには【なやみのタネ】を植え付けさせてもらったよ! 眠るに眠れないでしょ!」

 

 ポケモン図鑑でジュカインを見ると、確かに母さんの言う通り特性が"ふみん"に変えられている。このままでは眠ることは出来ない。

 だが、母さんは知らない。俺とジュカインには()()()()がある。

 

「コスモスさん、()()を使います! いいですね!」

「ダメです」

「いくぞ──ってえぇ!? ダメなんスか!?」

 

 コスモスさんに抗議の視線を送ると、彼女は腕で(バッテン)を作っていた、どうやらダメらしい。

 仕方がない、ダメならダメでまた別の策を試すだけだ! 俺は左手を前に突き出して意識を研ぎ澄ます。

 

 

「──突き進め(ゴーフォアード)、ジュカイン!」

 

 

 叫び、左腕のグローブリストのキーストーンが強い光を放つ。それがジュカインの持つメガストーンにも伝播し、より強い光を放つ。

 もうすぐ夜が訪れる、茜色の空に向かって伸びる巨大な一本の光の柱。コスモスさんとのトレーニングで、発動のコツは完全に掴んだ! 

 

 ただジュカインと、共に戦うポケモンと想いを同じくすれば"道"が俺たちの間に出来上がる。

 

「ッ、匂いが変わった……!」

 

 カエンと、それと母さんも感じ取ったらしい。そうだ、見て驚け。

 これが俺たちの、全力全開フルパワー!! 

 

 

「メガシンカ────メガジュカイン!!」

 

「ジャアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

 進化の光、その中から飛び出したジュカイン改めメガジュカインが雄叫びを上げ、再誕する。そしてジュカインは今にも突っ込むという前傾姿勢を見せ、

 

 

「メガシンカして、【ねむる】!!」

 

「メガシンカして眠る!? アンタどんだけトンチキなのよ!!」

 

「こちとら大真面目だっつーの! ジュカイン、さっさと寝ろ!!」

 

 そう言うとジュカインはメガシンカしてすぐさま身体を丸め、今度こそ眠る。身体を蝕んでいた毒の斑点模様が消え去り、体力が回復する。

 メガシンカしたことで特性が"ふみん"から"ひらいしん"へと変わる。そうすれば、少なくとももう一度【なやみのタネ】を使われない限りは眠ることが出来るってことだ。

 

「コスモスさん! 少しの間、頼みます!」

「承りました。ガブリアス、【いわなだれ】です」

 

 さっき撃った【がんせきふうじ】よろしく、作り上げた巨大な岩の塊をガブリアスが敵陣目掛けて放り投げる。フシギバナはそれを【パワーウィップ】で、リザードンは飛翔してなんとか躱していた。

 フシギバナとリザードンが防戦一方になるだけ、ジュカインは安全に回復に専念できる。

 

「迂闊だったわ、まさかアンタがメガシンカまで出来るようになってるなんてね」

 

 母さんが頭を抑えてボヤく。溜め息まで吐かれる始末だ、見返してやろうと思ったけどまさかここまで露骨に見下げられていたとなると流石にショックがデカい。

 アーボックかハブネークか、頭から爪先まで吐き切るような長い溜め息の後、母さんはようやっと顔を上げた。

 

「フシギバナ、六分目くらいまで行くわよ」

 

「バナァ!」

 

 その光は唐突に爆発した。母さんの身体の一部、胸ポケットの部分が強い光を放つ。あれはもしかして、キーストーン!? 

 シンジョウさんが持っていたのと同じ、キーストーンが埋め込まれたカードだった。初めて見る、そもそも俺はラフエル地方に来るまでメガシンカの存在を知らなかった。

 

 だから、母さんがメガシンカを扱うなんて知りもしなかった……! 

 

 

「母は強し、いい言葉よね。尤も、アタシは最強なわけだけど!」

 

 

 ジュカインが放ったのと同じ進化の光から出てくるのはメガフシギバナ、背中に背負う花や葉っぱはさらに巨大化し、頭頂部にも大きな花が咲いた。

 身体も一回り巨大化し、防御数値が著しく上がっているのが見た目でわかる。事実、ポケモン図鑑が算出したデータはそう教えてくれた。

 

「う~! やっぱりかっこいいな、メガフシギバナ!」

 

 隣にいながら、カエンが跳ねながら言った。それに対し、ツルでカエンの頭を撫でるという器用さを撫でるフシギバナ。母さんのフシギバナ、確かメスだったよな……おばあちゃんみたいだ。

 

「どっちがいいかな、リザードン!」

 

「バァン!」

 

 それを受けて、カエンがリザードンと意思疎通を測る。アルバから聞いたが、カエンはサザンカさんの元でメガシンカを会得するための修業を行っているらしい。

 だとするなら当然このタイミングでメガシンカしてくるはずだ。メリット、デメリットが"XとY"どちらにも存在するが、この場で最適なメガリザードンは、恐らくY。

 

 特性"ひでり"でフシギバナをサポートしつつ、炎技の威力を上げてくる。メガシンカしたジュカインはほのおタイプにある程度の耐性を得たが、付け焼き刃と言ってもいい。

 

 

「──よぉし、こっちだ! 行くぞリザードン!」

 

 

 カエンは紐で繋がれた、そのままのキーストーンを指で摘んで空へ捧げるように掲げた。三度目の進化の光が、リザードンを包み込む。

 その光はやがて白から蒼炎となってリザードンの周りに纏わりついて、固形化する。

 

 かつて、一度破れたあの姿。黒翼と蒼炎の竜、"メガリザードンX"! 

 

「このタイミングで、メガリザードンX……なんでか、聞いてもいいか?」

 

 メガリザードンXになるということは即ち、こちら側二匹が得意とするドラゴンタイプを弱点に持つということ。それは当然俺たちも同じだけど、数の利がある以上リザードンの不利は免れない。

 だけどカエンは俺の問いに対し、なんの淀みもなく言ってのけた。

 

「ダイにーちゃんと本気でバトルしたいからだよ! 負けないからな!」

 

 主の闘志に呼応して、メガリザードンXが咆える。その雄叫びに、思わず空気だけじゃなく身体の芯まで揺さぶられた。

 それを受けて、ジュカインがバチリと開眼する。

 

「良いタイミングで目が覚めたな、相手は違うけど──リベンジだ」

 

 かつての敗北を覚えさせた一匹と、性格は違えど姿かたちは同じ。ジュカインは起き上がると前傾姿勢を保ち、いつでも飛び出せるように構えた。

 ちらりと横目にコスモスさんを伺う。聞いたことがある、ガブリアスもまたメガシンカを扱える種だって。だったら、コスモスさんも──

 

「私はこのままで構いません」

 

 らしい。相変わらず俺の意図を察して的確に言葉を投げてくる。そんなに読みやすいのか、俺の思考。

 互いにメガシンカを経て、流れが一度リセットされた。だけどやっぱり、対面のプレッシャーは半端ない。

 

 地元最強と、英雄の民。どっちも、なにかに選ばれた存在ってことだ。

 だけどそれは俺だって同じだ。足元に下げた鞄に視線を落とす。この中にいるヤツが、俺を選んだ。

 

 だったら、負けてられない。選ばれた理由が、俺にあるなら……! 

 

 

「ジュカイン、【ドラゴンクロー】!」

 

「【ドラゴンダイブ】だ、リザードン!」

 

「小手小手調べに【エナジーボール】!」

 

「躱して、【ダブルチョップ】です」

 

 

 それぞれの技が交差する。ジュカインは龍気の篭手を作り上げ、地面スレスレの低空ジャンプでリザードンへ突進する。それに対しリザードンは炎を身に纏いながら上から降り注ぐ形でぶつかり合う。

 隣ではフシギバナが放つ新緑の波動球、その連打が迫るも、それを俊敏に動いて回避し両腕の鰭鎌を振り上げるガブリアス。

 

 ジュカインの腕に宿った龍気が下からリザードンを切り裂く。だがそれを物ともせずにリザードンの突進がジュカインを撥ね飛ばす。

 やっぱり素の膂力なら、リザードンに分がある。さらに特性"かたいツメ"で物理攻撃力をさらに高めてくる以上、正面からのぶつかり合いは不利になるだけ……! 

 

 だけどそれは理屈だ、あいつらが本気でぶつかり合おうとしてるのにそれを受けないのは、ちょっと気が引ける! 

 

「もう一度【いわなだれ】です」

 

 その時だ、コスモスさんが起点を作ってくれた。ガブリアスが投げる大岩の数々が敵陣を襲う。その隙にジュカインを突進させる。

 リザードンが降り注ぐ大岩目掛けて【ドラゴンクロー】を放ち、真っ二つに両断する。

 

「いただき! 【ダブルチョップ】!」

 

 その後ろから、ジュカインが飛び出す。大岩から大岩へ飛び移り、リザードンを翻弄。そして、背後から奇襲の二撃(ダブルチョップ)を行う。

 二連撃が流石に応えたのか、リザードンが顔を顰めるが戦意は健在。

 

「捕まえて、【ちきゅうなげ】だー!」

 

 敢えて攻撃に喰らいつき、ジュカインを捕まえたリザードンがそのまま上昇し、諸共に地面へぶつかる大技。

 俺たちが奇襲で与えた二連撃よりも大きな固定ダメージがジュカインに叩きつけられる。だが只では転ばねえ! 

 

 リザードンは今、ジュカインを羽交い締めするようにして拘束している。だったら気づかれないはずだ、石を通じて俺の意思がジュカインへと伝わる。

 

 

「「【ギガドレイン】!!」」

 

 

 奇しくもそれは母さんと同じタイミングだった。ほのお・ドラゴンタイプになっている今のリザードンに通りは悪いが、拘束されている間はどのみち相手も逃げられない。

 フシギバナは器用に操ったツルをガブリアスに巻きつけ、そこから体力を奪っていた。今まで与えた微々たるダメージが即座に回復されてしまう。

 

「こちらも捕まえました、【つばめがえし】」

「っと、そういう狙いね!」

 

 しかしガブリアスもまた、敢えて相手のツルを受けることで確実にフシギバナが逃げられない状況を作り出し必殺の同時三連撃を繰り出した。

 図鑑によればメガフシギバナの特性は"あついしぼう"、花の子房と脂肪を掛けているのかはわからないがとにかく炎と氷、フシギバナの弱点をカバーする特性だ。

 

 だけどそれに遮られないのが、ひこうタイプの技。ガブリアスの高い攻撃力から放たれる三連撃がフシギバナに明確なダメージを与える。

 

「吸い付くすか、切り伏せるか。どっちが早いか!」

 

「えぇ、勝負です……!」

 

 ツルで拘束しながらの【ギガドレイン】、ガブリアスの【つばめがえし】に応戦するように放たれる【パワーウィップ】。

 どっちが先に決定打を与えるかという勝負、コスモスさんとガブリアスを信じる以外にない。

 

 そして俺たちは俺たちの戦いに決着をつけるだけだ。

 

 

「【きあい────」

 

「────パンチ】!!」

 

 

 リザードンとジュカイン、両者が裂帛の気合と共に、相手の腹目掛けて拳を突き出す。鈍い音が響き衝撃がこちらまで伝わってくる。

 ノックバックで互いによろけるが、復帰はジュカインの方が早かった。さっきの吸収攻撃(ギガドレイン)に合わせて撃たせておいた秘策が芽を出したらしい。

 

「そこだ、【りゅうのいぶき】!」

 

「負けるな、【りゅうのはどう】だー!」

 

 特殊攻撃なら、メガジュカインに分がある。正面から来る龍状のエネルギーを掻い潜り、紫色のブレスがリザードンの身体を焼き焦がす。

 その時、ジュカインを今にも呑もうとしていた龍状のエネルギーが一瞬で消滅する。これもまた、狙い通り。【りゅうのいぶき】が持つ、麻痺の追加効果が効いてきたんだ。

 

 これで素早さの差は明確、上からのしかかるだけだ! 

 

「【ドラゴンクロー】だ、決めろ!」

 

 再び龍気の篭手を召喚し、ジュカインがリザードンへと迫る。リザードンは身体が痺れて動けない。

 その一瞬が勝負の決め手になる。この勝負は貰った、とそう思ったときだった。

 

 目の前で、虹の光が弾けた。それは一瞬だったが、リザードンを包んでいた。

 リザードンはまるで最初から麻痺など負っていなかったように機敏な動きで同じように【ドラゴンクロー】を繰り出した。

 

 

 斬。

 

 

 二つの龍気の爪がぶつかり合い、両者が倒れる。間違いない、Reオーラだ。

 一瞬だけ、Reオーラがリザードンに作用して麻痺を回復させたんだ。

 

 カエンが意図してReオーラを呼び起こしたのかはわからない。だけど、やろうと思えば回復を継続させて体力を全快にすることも出来たはずだ。

 だから実質、この勝負は引き分けじゃなく俺の負けだ。悔しいけど、俺たちはまたリザードンに負けた。

 

 隣ではコスモスさんと母さんの戦いがまだ行われていた。ガブリアスは以前、凄まじい勢いでフシギバナへ猛攻を続けている。

 だがその一撃一撃を、フシギバナは器用にツルで受け止め、いなし、反撃している。

 

「思い出すなぁ、この木」

 

 母さんが懐かしげに呟く。それを受けて、フシギバナも「そうだね」と言わんばかりに頷いた。

 話では、母さんはずっと前にラフエル地方を訪れていたらしい。だからか、俺たちの後ろに聳え立つ巨大樹を見上げて呟いた。

 

フシギバナ(この子)とはね、このテルスの森林で出会ったんだ。当時はとてもやんちゃなフシギダネだったけれど」

 

 トレーナーとポケモン、必ず存在するその馴れ初め。母さんとそのエース、フシギバナの出会いはここにあったんだ。

 なんだかんだ、俺は母さんのことを知らなかったんだな、と思い知らされる。目標だなんだと見上げておきながら、その実どこかで目を逸らしていたのか。

 

「さすが、ヒメの子だね。当代の竜姫(デュメイ)は静謐にして苛烈。ポケモンも相当鍛えられている」

 

「真紅髪の女頭領にお褒めいただき、恐悦です」

 

「だけどね、息子が──愛すべきfanaticが見ている前で負けられないのが、アタシなんだな!」

 

 母さんがそう言った瞬間、その周りで黄色の光が弾けた。その光はフシギバナへ伝播し、その瞳を虹色に染め上げた。

 巨大な黄色い光の柱が空を穿つ。そしてフシギバナがその前足で地面を叩く。それは、目を覚ませという命令。

 

 何に対しての命令か、と問われればそれは自然に、と答えるほかない。

 大地を揺るがすのは()()()()。それがフシギバナを中心に地面から現れ、一気にガブリアスへと殺到する。

 

「ッ、【ドラゴンクロー】です」

 

「簡単だよ、この技を凌げればコスモスちゃんの勝ち。だけど押し通せば私の勝ち!」

 

 まるで目の前の巨大樹から根を借り受けているかのような光景だった。それほどまでに大きな木の根が幾本もガブリアスを襲う。

 

 一本目、ガブリアスの身体を正面から叩き潰そうと振り下ろされる。ガブリアスはそれを正面から切り裂く。

 

 二本目、それは横薙ぎに振るわれる。一本目の対処に追われていたガブリアスの横腹にそれが勢いよく叩きつけられる。ガブリアスが短い悲鳴を上げる。

 

 三本目、再び正面から、しかし今度は縦ではなく正面から定点攻撃として放たれる。ガブリアスがなんとか受け止めるが地面を抉りながら遥か後方へ後退させられる。

 

「凌いだ……!」

 

「いや、まだだ!!」

 

 これまでの三本は全てフェイク、本命はこの後にある。だが俺がそれを口にする前に、王手(チェック)が掛けられた。

 追加の三本がガブリアスの背後から現れ、それが獲物を上空へと突き上げた。計六本の巨大な根が矢の如く、逃げ場のないガブリアスへ襲いかかる。

 

 

 

「【草の究極技-ハードプラント-】!!」

 

 

 

それは母さんとフシギバナの切り札。これを真紅髪の女頭領に撃たせて、凌いだ相手を俺は他に知らない。

ましてや、それはメガシンカ無しですらそうだ。メガシンカ込みでこの技を放って、無事なポケモンが果たしているか。

 

世界広しと言えども、たとえ身内贔屓と取られようとも、ノーと答えるだろう。

 

巨大な根による蹂躙攻撃を空中で受け、落下するガブリアス。その身体が地面へとぶつかる前にコスモスさんはガブリアスをボールへと戻した。

これ以上はやるだけポケモンを傷つけるだけだと思ったんだろう。彼女なりのポケモンへの誠意が見えた気がした。

 

今までの爆音が嘘のように、静寂がフィールドを支配した。誰がどう声を掛けたものか、誰もが悩んでいたのだろう。

 

「くぅ~! 楽しかった! 世界にはまだまだ強い人がいっぱいいるんだなー!」

 

その中で、カエンだけが心底嬉しそうに飛び跳ねて喜びを顕にしていた。そうだな、確かに楽しかった。

母さんとポケモンバトルをするのはこれが初めてだ。直接戦ったわけじゃないし、負けはしたけど……楽しかったのは事実だ。

 

それに、また一つ目標が出来た。母さんとフシギバナの草の究極技(ハードプラント)、その技術を盗みたい。

きっと俺とジュカインにも出来るはずだ。あの技を目にした時、本能でわかった。ジュカインもそれを感じ取ったのだろう、戦いのダメージも忘れてただただフシギバナを観察していた。

 

「ナイスファイト! さっきも言ったけど、当代の竜姫は強豪だわ。こりゃ今年のポケモンリーグ進出は鬼門だね」

 

母さんがコスモスさんと握手を交わしながら言う。そうだ、ポケモンリーグに出場するにはいずれ、コスモスさんと戦って勝利しなくちゃならない。

数多の旅人の夢を打ち破る者として立ちはだかる。故に彼女の家系を、門番の一族と呼ぶらしい。

 

いずれ来る未来を想像して、俺の身体がブルっと震えた。恐怖か、武者震いかは判別出来そうになかった。出来れば後者であってほしいが。

 

「さて、じゃあそろそろ遅いし、アタシはカエンくんを送っていこうかしらね」

「あっ、そうだいっけねー! もうよるごはんの時間じゃん!」

 

カエンが頭を抱えだす。母さんは手っ取り早くリザードンを回復させると、カエンをその背中に乗せると自分もフワライドを呼び出して掴まった。

 

「タイヨウ、アンタもコスモスちゃんを送ってあげなさい。アンタより強いと言っても、夜中に女の子を一人で飛ばせるもんじゃないよ」

「わぁーってるよ、ウォーグル」

 

ボールからウォーグルを呼び出すと、母さんが首を傾げた。そして、そのもっともな疑問を口にした。

 

「アンタ、ペリッパーは?」

「アイツは……今、人に預けてる。サンビエタウンにある郵便屋のミツハルってやつに」

 

先にアイに会ってきたって言ってたけど、アイは言ってなかったんだな。母さんの疑問は当然だ。俺の旅立ちの一匹が、アイツなんだから。

俺が渋い顔をしてると、カエンとコスモスさんが「ペリッパー」と呟いて顔を上げた。

 

「もしかして、()()ペリッパーかな!」

「恐らくそうでしょう、確証はありませんが」

 

どうやら二人には思い当たる節があるのか、顔を見合わせている。どういうことか尋ねてみると、カエンがサンビエタウン方面を指差して言った。

 

「前の戦い、サンビエの方で起きてた山火事。その消火活動に協力してくれたポケモンの中にペリッパーがいたらしいんだ」

「有志のみずポケモンを率いて、素早く鎮火に貢献したそうですよ」

 

それを聞いて俺はと言うと、とてつもなく嬉しい気持ちになった。アイツはアイツの、優しいなりの戦いをしていたんだ。

だから置いてきたことは、あの夜流した涙は決して間違いじゃないと思ったから。

 

「なんか、額かゆいな。かくけど気にするなよみんな、別に泣いてねーからな」

 

見え見えの嘘だけど誰も咎めたり、冷やかしたりしない。心底ありがたいなって思った。

鼻を啜るのは一回に留めて、気持ちを切り替える。

 

「母さん、まだラフエルにいるならまたバトル教えて――」

 

「もう行ってしまいましたよ。ダイくんが背中を向けてる間に」

 

「はえーよ! 最後まで聞いとけバカ母さんー!!」

 

小さくなるリザードンとフワライドに向かって声を張り上げる。クソ、本当最後まで聞いてけよな……

テルス山に木霊する自分の叫び声を聞きながら、深い深い溜め息を吐く。

 

「ではルシエまで送っていただけますか」

 

そう言ってコスモスさんはカイリューの背に跨る。俺もウォーグルの背に乗って夜の空へと上がった。

最中で、母さんが口にしていたデュメイという言葉の意味や、コスモスさんのお母さんについて聞いてみることにした。

 

竜姫(デュメイ)というのは、ルシエシティジムを守る"エイレム家"の現当主を指す言葉らしい。

コスモスさんがそれを先代から引き継いだのはほんの数年前のことらしい。コスモスさんの年齢を考えると、今の俺よりも若い時にジムリーダーを引き継いだってことになる。

 

改めて、天才肌っていうのは怖いと思った。

 

「初めてあなたを見た時は、色を掴みかねていました」

 

ふと、夜風に混じりながらコスモスさんが言った。視線をよこさず、独り言のように。

 

「二度目に会った時は、あなたの中に強烈な蒼を見ました」

 

二週間のあの日、病院でソラのお見舞いに来たコスモスさんと出くわした時のことを思い出す。

色、というのがイマイチ掴めないが、身近に人を音で表現する不思議ちゃんと過ごしていたからか、ニュアンスは伝わってくる。

 

「だけど、今は違います」

 

その横顔は優しい笑みを携えていて、夜空と月明かりに照らされてひどく幻想的な絵画にすら見えた。

彼女の横顔を眺めていると、届かない月に手を伸ばしたくなるような、そんな無謀が頭をよぎる。

 

「その色をどうか、忘れないでほしいですね」

 

それだけ言い切ると、コスモスさんはカイリューを急かせた。彼女の長い銀髪が風に揺られて、淡い匂いを残していった。

 

 




よその子とうちの子を戦わせるのバリックソ難しいですね(今更)
コスモスさんのお母さん"ヒメヨ"さんとコウヨウさんに接点を作ってママ友にしてしまうって寸法よ。

公私ともに仲良くしてほしい。


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VSサーナイト 白陽と黒陰

 夜空を翔け、テルス山から17番道路に沿って飛んでいると見えてくる街がある。

 それはルシエシティと呼ばれる、ラフエル地方でポケモントレーナーが訪れる最後の街だった。

 

 ラジエスシティが首都と呼ばれ、ビル街が立ち並ぶ都会とするならばルシエシティは街そのものが遺跡のような風情がある。

 面白いくらいにコンクリート造りの建物と、石造りの建物で街が二分化されるほどだ。伝統の趣がある、古の都と呼ぶのが正しいだろうか。

 

 コスモスさんと彼女を乗せたカイリューが降下を始めたのに合わせ、俺とウォーグルもまた高度を下げた。

 石畳の上に着陸した二匹の背から降りてボールに戻すと、コスモスさんは振り返って小さく礼をする。

 

「ありがとうございました、ここまでで結構です」

「いや、最後まで送りますよ。じゃないと俺、ただ着いてきただけになっちゃいますからね」

 

 肩を竦めて言った、コスモスさんはというと少し夜空を見上げてから「それもそうですね」と思い直して歩き出した。

 そもそもテルス山からルシエシティまでポケモンでひとっ飛びとは言え、軽く一時間以上は掛かった。どうせならもう少し街を見てみたい。

 

 同時に、毎日ルシエからテルス山へと通い修業に付き合ってくれたコスモスさんに、俺は頭が下がる思いだった。

 ふと、空の旅から続く沈黙に耐えかね口を開こうとしたときだった。

 

「大事にされているんですね」

「はい?」

 

 唐突のことで、思わず呆けた声を出してしまった。コスモスさんは俺に視線を向けながら言った。

 

「コウヨウさんのことです、オーレからとなるとイッシュを経由しないとここには来れないですからね」

「あ、あー……いや、母さんは俺じゃなくて俺の幼馴染の様子を見に来たんですよ。俺はたぶんオマケです」

「そうでしょうか、私ならオマケのために大陸中飛び回ったりはしませんよ」

 

 そういうものだろうか、些か大事にされているという自覚がない。本当に大事にされているんだろうか、俺。

 ただ少なくともコスモスさんにはそう見えたらしい。母さんの話で思い出したことがある、俺はそれを聞いてみることにした。

 

「コスモスさんのお母さんはどういう人なんですか?」

 

 ちょっと不躾だったかな、と思わなくもなかった。だけどコスモスさんは指先を唇に当てて思案していた。

 

「そうですね、母は……母は……説明が難しいですね」

 

 コスモスさんが歩きながら頭を回転させる。それほど説明に困るような人間なのかと首を傾げているうちに、俺たちの目の前には大きな屋敷の門があった。

 その門扉をコスモスさんがなんの躊躇いもなく開けるのを見て、門扉の奥にある屋敷を見上げて俺は溜まりに溜まった息を吐いた。

 

「豪邸、じゃん……コスモスさんってもしかしなくてもお嬢様……?」

 

 その呟きが拾われることはなかった。思えば門番の一族なんて異名がついているくらいだ。ラフエル地方においてそれなりに名前の通った家のはずだよな。

 一応、これでコスモスさんを送り届けるという目的は達した。このままお暇して少しルシエシティを見て回るのも良さそうだけど……

 

「もしかしたらメイドさんとか、執事とかいたりすんのかな……」

 

 ちょっとした好奇心が湧いてきた俺はコスモスさんの後を追った。舗装された道を横断している最中、左右に配置された大きな噴水や、ずらりと並んだ植木なんかが目に入ってそもそも庭の広さに圧倒される。芝も誰かが丁寧に同じ高さで切り揃えられているのが分かる。

 

 豪華な明かりに照らされた玄関口に辿り着いた時、恐らく門扉を潜る前からずっと考えていたんだろうコスモスさんが口を開いた。

 その時、玄関がひとりでに開いた。シックな扉に似合わず自動扉なのかと思ったが違った。なぜなら向こう側に人がいて、その人がドアノブを握っていたからだ。

 

「すぅぅぅぅぅぅ……」

 

 その人に抱いた最初の印象は、白と金。所謂プラチナって言われるような優雅さだった。

 コスモスさんと同じ輝く銀髪を一つに纏めて身体の前に下げている。瞳の色もコスモスさんと同じアメジストで、ひと目で親子だと分かる。

 

 大人になったコスモスさんはこんな風になるのかな、って思わせるくらいにはそっくりだった。ただ一つだけ似ても似つかない部分があるとすれば……ボンッ、ってところか。口にしたら多分殺されるから言わないが、ボンッ。

 

「おかえりいいいいいいいいいコスモスちゃぁぁぁぁあああああん!! 会いたかった! 会いたくて会いたくて帰ってきちゃった!!!」

 

 そのお姉さんは深い息を吸い込んだかと思うと怒涛の勢いで捲し立てながらコスモスさんに向かって飛びかかった。抱きつく瞬間、ボンッがボボンッってなるのを俺は見逃さなかった、デカい。

 コスモスちゃんコスモスちゃんとうわ言のように呟きながら匂いを堪能しているお姉さんにコスモスさんはやや困ったように眉を寄せた。

 

「……説明の手間が省けました、こういう人です」

「なるほど、大変よく分かりました……って、えぇ!? これがお母さん!? てっきりお姉さんかと……」

 

 マジかよ……門番の一族すごいな、親子揃って美少女とは。

 どれだけコスモスさんのお母さんがコスモスさんの胸に顔を埋めていたか、見かねたのか屋敷の中から長身の男性が現れコスモスさんのお母さんを諌める。

 

「奥様、それほどになさっては」

「んもう、ブロンソったら。もう少しくらいコスモスちゃん成分を摂取させてほしいわ、ぷんぷん」

「ですが、お客人の前でございます。お嬢様も困惑しております故、ご自制なさってください」

 

 ブロンソ、そう呼ばれた初老の執事がそう言うとコスモスさんのお母さんは渋々コスモスさんから離れると、首だけを動かして俺の方へ視線を向けた。

 すると彼女は顔をパアッと明るくしてこっちに詰め寄ってきた。

 

「まぁ! まぁまぁ! コスモスちゃんのお友達かし……ら……?」

 

 手を合わせてウキウキだったのは最初のうちだけだった。コスモスさんのお母さんはジッと俺を見上げている。ずっと目を合わせていると、その深い紫紺の瞳に吸い込まれそうな錯覚に陥った。

 

「貴方の目、友達にそっくり……」

「みんなダイって呼びますけど……コウヨウの息子です」

「あらー! コウちゃんの子供! えっ、それがどうしてコスモスちゃんと一緒に? どうしてどうして?」

 

 さらにグイグイ来るコスモスさんのお母さん。たまらず後ろに後退すると見かねたコスモスさんが助け舟を出してくれた。

 

「訳あって彼にポケモンバトルの手解きをしてるんです、弟子です」

「で、弟子です……?」

 

 弟子らしい。まぁ確かにここまで毎日付き合ってもらったらコスモスさんも師匠みたいなものだけど……

 その説明で納得してくれたらしく、コスモスさんのお母さんは頬に手を当てて微笑んだ。

 

「偶然って怖いわね~! 友達の子供が、私の子供と知り合いだったなんて!」

「俺たちは俺たちで、知らないところで母さん同士が友達だったことに驚きましたけどね」

 

 コスモスさんと頷き合う。本当つくづく、偶然って怖い。苦笑いしているとコスモスさんのお母さんが改めて正面に入ってくる。

 

「改めまして、ヒメヨです。こう見えてもルシエジムの先代ジムリーダーなんだから!」

 

 お母さん──ヒメヨさんが「むんっ」と聞こえてきそうな可愛らしいポーズを取る。本当、コスモスさんのお姉さんにしか見えない。

 せっかく自己紹介してもらったしもう一度名乗るか、と俺が考えていた時だった。ヒメヨさんがニコニコしたまま一歩前に出てくる。

 

「ダイくん」

「はい?」

「うふふ~」

 

 撫で撫で。

 

「あの……」

「ふふ」

 

 撫で撫で。

 

「ちょっと……これは」

 

 なんで俺、初対面の人に頭を撫でられているんだろう。だけどヒメヨさんの手、ひんやりしててちょっと気持ち良いから困る。

 だけどさすがに恥ずかしいのでコスモスさんに視線で助けを求めた。

 

「こういう人なので、諦めてください」

 

 いや助けてくださいよ、アンタ娘でしょ。

 だけど、コスモスさんが抱きつかれて困っていた理由がなんとなくわかった。

 

 逃げられないんだ。ヒメヨさんの可愛がりからは、誰も。

 

 

 

 

 

「眠れねぇ……」

 

 目がギンギンに冴えてしまっている。というのも、なぜか俺は豪邸の空いている客室の俺が四人は寝れそうなほど巨大なベッドに横になっていた。

 あれからヒメヨさんとコスモスさんが厚意で夕飯を食べさせてくれた。長テーブルに着いて食う高級ホテルばりの夕食は俺の貧困な語彙では言い表せないほど美味かった。

 

 さて帰るか、とウォーグルを呼び出したのも束の間。もう遅いから今日は泊まっていけとヒメヨさんに言われてしまい、今に至る。

 断れば良かったかな、と思いながらもクタクタで満腹な中空を飛んで帰って事故に遭ったら面白くない。俺はヒメヨさんのご厚意に甘えることにした、決して屈したわけではない。

 

 ここ最近は毎日寝る前に手持ちのポケモンたちとコンビネーションや立ち回りの確認なんかをしていたけど、今俺の手持ちはメタモンを除いてメイドさんたちに毛繕いをしてもらっていて手元にいない。

 手持ち無沙汰なのと、緊張で喉が渇いたのもあって俺は水を貰いに行くことにした。しかしここで問題が発生する。

 

「キッチンってどこだ……?」

 

 あんまりウロウロしまわるのも悪いかな、とは思うもののメイドさんとかブロンソさんに発見してもらうのを待つのもアホらしい。

 とりあえずロビーまで戻ってくるもやはり誰もいない。水回りがだいたい一階にあるという常識が果たしてこの豪邸に通用するかも怪しくなってきた。

 

 廊下を彷徨って、十分くらい経ったところで少しだけ開いた扉から明かりが漏れているのがわかった。誰かいるのか、そう思って少し覗いてみた。

 部屋の中はアトリエみたいになっていて、たくさんのイーゼルがキャンバスを置かれる時を待っているようだった。そしてその画架たちの真ん中に彼女はいた。

 

「コスモスさん」

 

 普段の黒いゴシック調のブラウスとは代わり、一般的な動きやすい普段着の上にエプロンを掛けた格好だった。しかしそれでも、普段の優雅さは変わらない。

 彼女は唯一キャンバスを抱えるイーゼルの前に立ち、パレットにぶちまけた色を筆に乗せて白地に走らせていた。

 

 絵を描く人なのか。そう言えばルシエに来る前にコスモスさんが言っていた気がする、俺の"色"がどうこうって。

 芸術ごとに明るい人だからこその表現なんだろうな。ソラとはまた違うベクトルで、不思議ちゃんなんだろう。

 

 呟いたのが聞こえたのか、コスモスさんが振り返った。顔を拭った際に付着したらしい絵の具が、頬や鼻の頭を汚していた。

 

「どうしたんですか? こんな夜更けに」

「ちょっと喉が渇いて、水を貰おうとしたんですけど……」

「なるほど、迷子ですか」

 

 迷子て、まぁその通りではあるんだけど。コスモスさんはパレットを置いてエプロンを外すと部屋の外へ出てくる。

 

「案内します。下手に動かれて捜索隊を出すことになってもお互い困りますし」

「どんだけ広いんだこの屋敷……」

「冗談です。三十分も迷えば大体のところへは辿り着けますよ」

 

 いや三十分歩き回るだけでも十分凄いよ。改めて次元の違う人だな、と思い知る。

 コスモスさんの案内もあってキッチンには簡単に辿り着けた。コップ一杯の水を流し込むと、隣でコスモスさんも手と顔を軽く洗っていた。

 

 アトリエに戻る最中に少し気になったから聞いてみた。

 

「毎晩ああして絵を描いてるんですか?」

「いえ、さすがにそこまで頻繁ではないですよ。予てより描いていた物の仕上げをしていたんです」

 

 そりゃそうか。毎日長距離を飛んでから一日中ポケモンバトルで神経使って、帰ってから絵に没頭。流石にコスモスさんでも毎日こなすほどタフじゃない。

 アトリエの扉を開いたところでコスモスさんが小さく「あっ」と声を上げた。

 

「せっかくです。貴方に見てもらいたい絵があります」

「俺に……?」

 

 そう言われてアトリエの中に足を踏み入れた瞬間。油絵の具や水彩絵の具のあらゆる匂いが漂ってきて、少し別の世界に迷い込んだ感覚に陥る。

 ここにある絵は全部コスモスさんが描いたのだろうか、とか、少しくらいヒメヨさんの絵があるんだろうか、とか考えを巡らせているうちにアトリエ奥のギャラリーに通される。

 

 そこから先はさらに別の世界だった。ずらりと等間隔で置かれた額縁とそれに飾られた絵たちが俺たちを出迎える。

 ありとあらゆる絵たちの中で、ひときわ大きな二つの絵画が目に入る。一つは白く、もう一つは黒を主に揃えられた絵だった。

 

 二つの内、俺は白い方の絵から目を離せなくなった。直感した、この絵は()()()の絵だと。

 

「"白陽と黒陰"。代々私の一族、"エイレム"家が守ってきたものです……伝説に名を連ねる二匹はこのような姿をしていたということなのでしょう」

 

 血が騒ぐ。胸が熱くなる。息が乱れる。絵画ですら、俺に相当なプレッシャーを与えてくる。

 いずれ、近いうち俺はあのドラゴンと肩を並べ、その背に乗って戦う時が来るんだと思うと、膝が笑ってしまう。

 

「……大丈夫ですか? さっきから汗が止まってませんが」

「へへ、ちょっとプレッシャーがすごくて……そんなにやばい顔してますか、俺」

 

 コスモスさんは無言で頷いた。確かに、額に冷や汗が浮かんでいる。今更ながらに、俺がバッグの中に入れている物(ライトストーン)がとんでもない代物であることを思い知らされる。

 俺が汗を拭っていると、コスモスさんが一歩前に出て絵画の額縁をなぞりながら言った。

 

「本当なら、龍を司る者として私や母が矢面に立ち、戦わねばならないのでしょう。事実、代われるのなら代わって差し上げたいです。かの龍と肩を並べるということは栄誉であると同時にとてつもない重圧であると、今の貴方を見れば分かります。一介のトレーナーである……ましてや異邦の生まれである貴方に、こんな責任を押し付けたくはなかった」

 

 クールな人だと思っていた。けれど、当然人並みに人を気遣い思いやる心を持っていて。

 憂いを秘めたその横顔から、なぜか目が離せなくて。

 

 彼女の思いやりに対して感謝を浮かべても、それを置き去りにするような感慨が自己主張をする。

 

「俺は平気ですよ、多分。そりゃ確かに、俺はそこまで強いヤツじゃないし、ちょっとしたことで戸惑うけど」

 

 コスモスさんが振り返る。二つのアメジストに俺が映って、揺れている。

 

「……やっぱり、私は貴方に謝らなければならないことがあります」

「そんな、謝ってもらう必要なんて」

「いいえ……この際なので言ってしまうと、私は貴方に隠し事をしている。これを話さずに、貴方から今の言葉を引き出してしまった」

 

 握り締めた手を彼女は胸の前に抱えて、同じくらいの強さで唇をキュッと噛み締めた。

 それからアトリエを出て、俺の借りている客室の前で別れる時にコスモスさんは言った。

 

「あと、二週間……二週間、私に時間をください。十四日間、今度はドラゴンタイプ等括り無しに、貴方の全てをぶつけてもらいます」

 

 それだけ言い残して、コスモスさんは再びアトリエへと戻っていった。

 レニアシティの復興祭。その日が来れば、俺たちは再びレニアシティへ戻ってそこからまた旅が始まる。

 

 その時までに、コスモスさんは俺に何かをさせようとしている。隠し事という言い方をしていたけど、恐らくは言えない事情があるに違いない。

 ひとまずは彼女を、一月ばかりの師を信じようと思う。それが今の俺に出来る最大だろう。

 

 難しいことを考えていたら、瞼が重くなってきた。相変わらず大きなベッドに飛び込んで、瞼を閉じると柔らかい闇の感触に埋もれていくように意識を手放した。

 しかしふわふわとした浮遊感を感じて、思わず意識を手繰り寄せると真っ暗闇の空間に俺とライトストーンだけが浮かんでいた。

 

「二週間、だんまり決め込んでどうしたよ」

 

『そう言われると痛いな。だけどまぁ、あまりにも頑張っているから水を差すのも悪いと思ってね』

 

 暗黒の空間の中にポツリと浮かぶライトストーンが淡い明滅を繰り返して発生する。中性的なその声は雄とも雌とも取れない不思議な声音で、話をする度なんだかモヤモヤする。

 

『最初に君の意識にアクセスした時、もう一つその場にいた宝玉を覚えているかい?』

 

 最初に会った時、ペガスシティの拘置所でのことか。やっぱりあれは夢でもなんでもなく、ライトストーンの方から俺の頭に入ってきたらしい。

 ハッキリとは覚えていないけど、もちろん存在自体は感じていた。真っ白の空間に浮かぶ一つの黒宝玉。

 

「ダークストーン、ゼクロムって言ったよな」

『そう、気をつけた方が良いよ。()()()はもう、目覚めてもおかしくない状況にいる』

 

 その言葉に俺は微かな引っかかりを覚えた。というのも、ゼクロムが目覚めることは警戒しなければならないことだ、という含みを感じたからだ。

 俺の疑問を察知したのか、ライトストーンは惜しげもなく言った。

 

『ダークストーンは今、バラル団の手にある』

「それ、なんでもっと早く言わなかったんだ。少なくとも二週間前に言ってくれりゃあ、アストンやアシュリーさんに伝えることだって……」

『だから悪いと思ってるさ。だけど君、相手に先んじて手を打たれたと知れば、当然焦るだろう? その焦りは、僕と共に戦う上では命取りになる』

 

 逆を返せば、今の俺になら教えても大丈夫だと思ったってことか。そういうことなら、悪い気はしないけど……それでもやっぱり早く知りたい情報だった。

 

「俺はどうしたらいいんだ? どうすればお前と一緒に戦える?」

『必要なのは、"真実"を知った上でそれを受け入れる覚悟だけだよ。そしてその真実とは、"メティオの塔"にある』

「メティオの塔……?」

 

 それはこの短期間で何度か名を聞いた場所だった。確か、最初に聞いたのはユオンシティでのジムリーダー会議に同席した時だ。コスモスさんはレニアシティでの戦いの時、ここで予言を聞いてきたと言っていたけど……そこまで考えて、一つの可能性が浮上した。

 

「コスモスさんが言っていた隠し事って、その予言のことか……?」

『恐らくはそうだろうね。まだ君に語っていない部分がある、という意味じゃないかな』

 

 俺が一人で納得していると、ライトストーンが俺に近づいて言った。

 

『隠し事をされていたのに、君は怒らないのかい?』

「彼女の気遣いに気付いているからかな。じゃなきゃ、隠し事をしているなんて堂々と言わない」

『なるほどね。僕もそうすればよかったのか、ヒトから学ぶことはまだまだ多いね』

 

 そういう言い方をするライトストーンを見て、そう言えば人語を話しているけどポケモンなんだな、ということを思い出した。

 ラフエル英雄譚に名を連ねる、伝説のポケモン"レシラム"。それがこいつの本当の姿で、あの絵画に描かれた白く美しいドラゴンポケモン。

 

「どんなヤツだったんだ、ラフエルって?」

『彼かい? どんなヤツかと聞かれると答えに困るけど……強いて言うなら、後世の君たちが英雄と呼ぶに相応しい男だったよ。それでいて、王であるにも関わらず驕らないところも美徳だった』

 

 伝説のポケモンが語る英雄の長所は、やっぱり相応の説得力があって。俺が流れでしか聞いてこなかった御伽噺はこれ以上ない真実であると突きつけられる。

 ふとカエンがラフエルに憧れているって言っていたことを思い出す。あいつにとっても、自慢のご先祖様だろう。

 

 正直、言ってしまえばまだ現実味が無いというのが本音だ。俺みたいなヤツに伝説のポケモンが目をかけてくれる理由がわからないというのも大きい。だけどこいつ──レシラムは、俺を生き返らせてまでさせたい何かが待っていて、それが俺の避けられない真実なんだとしたら。

 

「覚悟決めなくちゃあいけないってことだよな」

 

 一人ごちて、精神を落ち着ける。まるで微睡みに溶けるように、意識が酩酊していく。ライトストーンの輪郭が暈けて闇に消えていく。

 そうして海中から顔を出すように意識が引っ張られ、目が覚めた時にはもう窓の外は白い太陽が顔を出していた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 ペガスシティとは、守護の化身たるPGの本部があると同時に遊興の街である。

 昼間は遊園地などのアミューズメント施設が人を集め、夜はネオンに照らされたカジノが大人たちを魅了する。

 

 今宵もまた街一番のカジノ『Raphel’s Ark』では、勝負師たちが集い手持ちのチップを賭けた極限の戦いに挑んでいた。

 四人がテーブルに付き、ディーラーによって全員にカードが配られる。五枚のカードがいわゆる最初の手。

 

「ベット」

 

 ディーラーの左手に位置する男がチップを提示、ゲームを宣言する。それに対し親から見て二人目が「コール」を宣言、ゲームへ参加を表明する。

 このテーブルについた四人はかなり強気らしく、全員が手札を見て即座にコールないしレイズを行った。

 

 既にラウンドは十ゲーム目、お互いに勝負勘が研ぎ澄まされ相手のことも分析し終えているラストゲーム。

 そんな中、親の右隣に位置する柔和な笑みを浮かべた男はカードの上縁をそっと撫で、来たるべき自分の番を待つ。彼の後ろにはこの街ひいては地方すべてを守護するPGの職員がプレイヤーと同じく、無表情でゲームを眺めている。正義の象徴の前では誰もイカサマなど出来るはずもない。

 

 各々がより強い役を手札に呼び込むべく、カードを伏せて出し同じ枚数だけドローする。

 それに対し、柔和な笑みの男はトントンとカードでテーブルを叩いてどうしようか悩んでいるという旨を顔に出す。

 

 どう見ても、それは歴戦の勝負師相手にとっては悪手と言わざるを得なかった。最終ゲームで出したうっかりは高くつくと相場が決まっているもの。まずワンペアからツーペアは持っていると見て間違いない。しかし数字が心もとない場合、ゲームを続行するリスクが高すぎる。

 

 今までポーカーフェイスを崩さす、堅実な手でチップを抱えてきた柔和な笑みの男がここに来て迷いを出した。

 他の三人は自身の手札を確認し、ほくそ笑む。ゲーム開始時点で結構なチップを投入したが、リターンは見込めると自身があるからだろう。

 

 結局、柔和な笑みの男は一枚だけ捨て、同じ枚数をドローするだけに終わった。

 

「市長、そろそろお時間ですので」

 

 後ろに立つPGの一人が声をかける。彼とその隣に立つ女性は、それぞれがタイプの違うブロンドの髪を靡かせカジノ特有の綺羅びやかなライトを受けて、黄金の光を周囲に振りまいている。他卓のディーラーであるバニーガールや勝負師たちはその二人の見目麗しさに好奇の視線を送っている。

 

「ふむ、では……ベットかな」

 

 それは他の勝負師たちが目を向いた。自分の手に自身がないのならこの時点でフォールドを選ぶこともできる。焼け石に水レベルだが掛け金が釣り上がるのを阻止することも可能ではある。もちろん最終ゲームゆえ、欲が出て突っ張ったとも取れる。だから勝負師たちは長年の勘に賭けて、市長と呼ばれた柔和な笑みの男の行動を後者のものであるとした。

 

 他の三人がコールを宣言。しかし三人目の男は意地の悪い笑みを浮かべて言った。

 

「レイズだ、どうするよ市長さんとやら」

 

 掛け金に対し、追加でチップを出して後手のプレイヤーである、"市長"に対し揺さぶりをかけてきたのだ。

 だが、それを待っていたとばかりに市長は微笑み、言い放った。

 

「こちらもレイズを、この場合リレイズと宣言するのが正しかったかな?」

 

 まるで初心者のような立ち振舞に、逆に勝負師たちが揺さぶりをかけられてしまう。彼の手が弱い役ならば、ここで掛け金をさらにレイズしてくるなど普通ありえない。だが、既にコールないしレイズを宣言してしまった勝負師たちは降りることが出来ない。

 

 出来るのは、市長のリレイズをただのハッタリと取って自滅覚悟でさらにコールするか、このままショーダウンを待つかだ。

 勝負師たちは存外利口だった。というのも彼ら自身、手札に絶対と呼べる自信が無かったというところも大きい。

 

 ショーダウン、それぞれが手札を開示する。

 

 ツーペア、スリーカード、スリーカード。さすがはペガスで名を馳せる勝負師、きちんと最後にそれなりのポーカーハンドを用意していた。

 対する市長は勝負に興味を無くしたようにカードをテーブルの上へと落とした。パラパラと舞い落ちるカードは全てがその役を証明するように、表向きで落ちた。

 

 否、それは彼がいつの間にか従えていたほうようポケモン"サーナイト"が念力でそう落としただけだった。とどのつまり、共に鎬を削りあった猛者への最後の気遣いだったと言える。

 

 

「フラッシュ……」

 

 

 スートが同じカードが五枚。数字まで揃える必要は無いため、比較的揃えやすい手ではあると言える。

 だが勝負師たちは気づく。市長と呼ばれた男が交換したカードはたった一枚。それが違うスートだった場合、役無しが決定する。

 

 たった一枚、だがそのたった一枚のために勝負に出たのだ。並大抵の勝負度胸ではない。自分がその立ち位置だったらポーカーフェイスを崩さずいられるだろうか、考えるだけで冷や汗が出た。

 

「ありがとう、非常に緊張感のある勝負だった。アストンくん、私が手に入れたチップは六人計算で分けてくれたまえ」

「では、残り三人分のチップはどう致しますか?」

「ネイヴュシティの被災者とポケモンたちの援助に充ててくれ」

「了解いたしました」

 

 市長と呼ばれた男は近くに立たせていたPGの青年──アストンにそう言うと気障な中折ハットを胸の前で掲げて一礼、側にいた女性PG──アシュリーを従えてカジノを後にした。勝負師たちに言いつけどおりの配分でチップを渡すと、アストンが残りのチップをアタッシュケースに積めキャッシャーへ向かおうとしたところ、勝負師の一人がアストンを引き止めた。

 

「あんたのこと知ってるぜ。旭日の騎士さんだろう? 雪解けの日に活躍したっていう」

「そう呼ばれることもあります。どうぞアストンとお呼びください、ミスター」

「噂によればマスターボール勲章だって持ってると来た。勲章つきのハイパーボールクラスが、なんだって市長のお守りなんかしてるんだ?」

 

 マスターボール勲章とは、優れた実績を上げたPG職員に送られる勲章のようなものでそれは階級章とは別に送られるものだ。

 雪解けの日、決起したバラル団と脱獄し暴れまわる犯罪者の集団を相手に一夜戦い続け、朝を迎えてもなお手持ちを保った状態で終戦を迎えた彼の背を見た者が口々に彼を"旭日の騎士"と呼ぶようになったのだ。

 

 問われるとアストンは少し困ったように眉を寄せ、苦笑いを浮かべながら言った。

 

「市長はああ見えて、遊び好きの祭り好きです。今日も遊びたくなったから、と供を頼まれただけですよ」

 

 尤も、その祭り好きが転じてこの遊興の街を作り出し、夜にも消えない光を生み出しているのだ。

 アストンは勝負師たちに一礼し、キャッシャーで手早く換金を済ませると外で待つ車に駆け寄った。

 

「アストンくん、今日は楽しめたかな?」

「はい、お心遣いに感謝致します市長」

「ハハッ、お硬いなキミたちは。いつもそうでは肩が凝るだろう、私の前でくらいリラックスしたまえよ」

 

 笑顔で言われるとそうせざるを得ない。アストンとアシュリーは顔を見合わせ、深く呼吸をして車の窓を再度覗き込んだ。

 

「アシュリー嬢、今宵は供をありがとう。勝負の女神が傍らにいては、イカサマと言われてしまわないかヒヤヒヤしたものさ」

「御冗談を、市長」

「冗談ではないさ。また次も頼むとしようかな」

 

 ハハハ、と快活に笑う市長に対しアシュリーは苦笑いを隠せていなかった。アストンがフォローに入ろうと話題をすり替えた。

 

「そういえば、数週間後にレニアで行われる復興祭。市長は顔を出すおつもりで?」

「もちろん、支援金もペガスシティ(うちの街)から出ているからね。物見程度に見物に行くつもりさ」

「さすがは祭り好きのフリック市長、では当日はより多くのSPを手配いたしましょう」

「もう、仕事の話はよさないか。だがそうだな……当日はよろしく頼むよ、おまわりさん」

 

 最後にもう一度今夜の礼を言ってフリック市長は車を走らせた。敬礼で見送るアストンとアシュリー、やがて車が曲がり角の先に消えるとアシュリーは深い溜め息を吐いた。

 

「疲れたかい?」

「あぁ、どうも賭け事は好かん。私の顔色で市長の手が読まれたらと思うと、気が気でなかった。次の機会など冗談じゃない」

 

 なるほど、勝利の女神は思いの外努力家であったらしい、とアストンは一人頭に思い浮かべるに留めた。口にすれば茶化すな、と怒られるとわかっていたからだ。

 

「次は遊園地くらいにしてほしいものだね」

「ふっ、確かにな」

 

 などと言いながら、アストンとアシュリーも警邏がてらに夜の街を歩いていく。

 カジノ『Raphel's Ark』からは少し歩かなければPGの本部には辿り着かない。アストンとアシュリーも今では本部の中に自身のオフィスを持っているため、最近は家に戻るよりはオフィスでの寝泊まりが通例となっていた。

 

「それよりも、どう思うアストン。バラル団の動向についてだ」

「……先日の戦いの後で、ユキナリ特務が極秘裏に接触してきたときは驚いたね」

 

 レニアシティでの戦いの後、警察病院に入院を余儀なくされたアストンの元のやってきたユキナリが本部ではなくアストン自身を信じて報告してきた情報が一つだけあるのだ。

 

「伝説の名を連ねる、ダークストーンがバラル団の手にある……」

「特務はなぜ、本部に直接報告をしなかったんだ? なぜ私達だけに極秘裏で接触してきた?」

「わからない。ただ雪解けの日を堺に、ネイヴュ支部と本部の間に溝のような距離感を感じるよ。恐らくは、それが原因かもしれないね」

 

 それはアストンが幼少より磨き上げてきた、正義を代弁する者としての直感だった。

 だからこそユキナリは同じ戦場を駆け、かつ近日中に場所こそ違えど肩を並べて戦った同士にこの秘密を打ち明けたのだろう。

 

「そして、黒宝玉と対をなす白宝玉は……」

「今、ダイくんの手の中にある。とすれば、ボクたちがするべきことは一つだ」

 

 アストンの言葉に、アシュリーは静かに頷いた。

 彼ら二人を見守っていた夜空の星たちは、朝になるにつれ姿を消していく。

 

 そして、一日。また一日と時間は、確実に過ぎていく。

 

 確実に、訪れるその時を、待っている。

 

 




取説前にヒメヨママをお借りしました、なんか違うところあったらすまんち。



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VSゾロア まだ名もなき唄

 ダイがコスモス宅に泊まってから、レニア復興祭までの二週間。即ちこの限られた修行期間の折り返し地点を過ぎた。

 この日よりコスモスによるポケモンバトルはさらに苛烈を極めていた。

 

 彼女の宣言通り、今まではジュカインのみに絞っていた使用ポケモンも今では手持ち全てを駆使してのフルバトルトレーニング。

 ゲンガー、ゼラオラ、ウォーグル、メタモンはそれぞれの強みを見つけ、それらを発揮出来るように最適な力の引き出し方を戦いの中で見つけていた。

 

 しかし、そんな中一匹だけが遅れていた。

 

「ゾロア、【あくのはどう】!」

 

 それはゾロアだった。今、ダイの手持ちの中で最古参となるゾロアが強化の波に乗り遅れていたのだ。

 これまで数々の激闘を乗り越え、先日のレニアシティの戦いでは遂に【ナイトバースト】を習得した。

 

 だのに、ゾロアには来るべき進化のタイミングが一向に現れなかった。ゾロアは"ゾロアーク"と呼ばれるポケモンに進化が可能なはずなのだ。

 ポケモン図鑑によれば【ナイトバースト】を扱えるゾロアは全て近いうちに進化したという報告まで上がっている。

 

 それに従い、強化の方向性を定めた他のポケモンたちよりも重点的にトレーニングを行っているのだが、やはり兆しは現れない。

 ゾロアは咆哮と共に闇色のオーラを自身を中心に放出。それが対面するポケモン目掛けて殺到する。

 

「躱せ、シンボラー」

 

 メガネの奥、眠たげな眼を向けながら対戦者──カイドウが呟く。シンボラーは【かげぶんしん】を多用して闇色の波動攻撃を不発に終わらせる。

 そして攻撃を避けたシンボラーが分身含め、同じように闇色の魔球を発生させる。

 

「【シャドーボール】、二匹ずつ同じ射角で放て」

 

 分身したシンボラーが逃げ場を無くす闇色の魔球(シャドーボール)の弾幕を張る。それを見てダイはゾロアを一度下がらせた。

 

「【こうそくいどう】! そしてこっちも【かげぶんしん】だ!」

 

 素早い動きを繰り返し、魔球の尽くを回避。そして返すように【かげぶんしん】を行い、一匹のシンボラーに対し一匹のゾロアがマークするように展開する。

 分身同士が衝突し対消滅。徐々に数を減らした瞬間にカイドウは第三の目を開眼させる。

 

「本物はそこだ、【シグナルビーム】!」

「まずい! なんとか躱してくれ!」

 

 第三の目、即ち超常的頭脳の本領である【ミラクルアイ】を発動させた状態のシンボラーとカイドウは圧倒的な分析能力を発揮し、相手のポケモンに技を必中させられるようになる。それだけではなく、本来効果のないエスパータイプの技がゾロアを捉えるようになる。

 

「シンボラー、三六秒後にエリアF-Rに攻撃だ」

「動きが止まった! 【ナイトバースト】!」

 

 一瞬の隙を突き、ゾロアが暗黒が凝縮した光をシンボラー目掛けて撃ち出す。しかしその攻撃は僅かにシンボラーの翼を掠めただけにとどまる。

 元より命中精度に不安の残る技ゆえにシンボラーには当たらなかった。せっかくの隙を潰してしまったゾロアが焦って【あくのはどう】を撃ち出すが、それをシンボラーは【サイコキネシス】で無理やり軌道を捻じ曲げゾロアに返してしまう。

 

「【テレキネシス】で浮かせて【エアスラッシュ】」

 

 ノックバックで後退したゾロアの身体がふわりと浮き上がる。有翼ポケモンではないゾロアは空中に上げられると途端に機動力を無くしてしまう。動きの止まったゾロア目掛けてシンボラーが空気の刃を閃かせてゾロアを攻撃する。吹き飛ばされたゾロアが起き上がろうとした瞬間、先程カイドウが宣言した三六秒後が訪れた。

 

「ジャスト三六秒、指定座標狂いなし」

 

 シンボラーの瞳が輝き、次の瞬間降り注いだ光がそのままゾロアを狙い撃った。吹き飛ばされたゾロアが戦闘不能になり、ダイの眼前で倒れる。

 

「【みらいよち】か、予知っつーか……納期決めてそこまでに無理やり原稿仕上げるみたいだな」

「それでも結果は変わらん。予め定めた場所に予てより待機させていた攻撃が当たるだけだからな」

 

 メガネの位置を直しながらカイドウが涼しげに言い、手を差し出した。ダイがゾロアをボールに戻し、カイドウの手に預けるとカイドウは部屋に設えられた回復マシンでゾロアを回復させる。するとカイドウはリモコンを操作し、ジムを教室モードへ変形させた。

 

 すると最前席で淑やかに座って二人の戦いを眺めていたコスモスがようやく口を開いた。

 

「どうですか、カイドウくん」

「このゾロアとやりあったのは二度目だ。以前のデータと合わせて分析する必要があるな」

 

 ため息交じりの言葉には、コスモスも「そうですか」と返すほかない。

 コスモスとダイは進化の兆しが一向に現れないゾロアを不審に思い、ちょうどダイのメディカルチェックも兼ねてリザイナシティに訪れた際にカイドウに調べてもらおうとアポを取ったのであった。

 

「もう半年か」

「そんなになるか、俺とお前」

「気色の悪い表現をするな。それにそれほど長い期間でもあるまい」

 

 隣に並んだダイを肘で軽く突き飛ばすカイドウ。しかしダイからすればその半年の間に色々なことがありすぎた、あまりにも濃密すぎて一瞬で過ぎ去っていく。

 腕を組んで唸っていると、カイドウの手首のポケギアが震える。それを見てダイが感心したように呟く。

 

「お前、俺とかアルバ以外に連絡先交換してるやついるのな! なんか安心したわ」

「っ、黙れ! バトル前にゾロアの血液検査を頼んでおいたんだ!」

 

 まったく、とぼやきながらポケギアを起動したカイドウがイヤホンに繋いで先方と話し始めてしまったため、手持ち無沙汰になったダイはコスモスが座っている席の隣へ腰を落ち着けた。

 

「先程のバトル、動き方は良かったですよ。あの子(ゾロア)の長所が掴めていたと思います」

「あ、ありがとうございます。負けちゃいましたけどね」

「貴方とあの子は野試合の方が向いていそうですからね」

 

 言外に公式戦ではポンコツだぞ、と言われているような気がしてダイは苦笑いを隠せなかった。もちろんコスモスにそんな意図は無いとわかっていてもだ。

 回復マシンに設置されたボールを見て、ダイはふと思い出す。

 

「あいつと出会ったの、もう一年以上前になるのか」

「ラフエル地方に来る前からの付き合いと仰ってましたね」

「そうなんですよ、イッシュ地方を旅している時に立ち入った森で会ったのが始まりだったかな」

 

 イッシュ地方をアイラと共に旅していた時、ダイは"迷いの森"と呼ばれる森林に立ち入ったことがあるのだ。

 

「その時、俺はアイラに付き合わされる形で森に入ったんですけど、途中ではぐれたんですよね。で、当時の俺って手持ちがペリッパーだけで、積極的にバトルもしなかったから今よりずっと弱くて。雨も降り始めて困っていた時、誰も使ってないキャンピングカーがあって雨宿りに使わせてもらってたんです。そうしたらその中で遊んでたあいつに出会って、森を出る手伝いをしてくれたんです」

「でも、そこでお別れとはならなかったんですね」

「はい、結局森には何も無かったから戻ってホドモエシティに向かおうって時、必ず通るライモンシティ入のゲートで俺を待っていたんです」

 

 そこから意気投合し、ダイはゾロアを連れて旅を再開することとなった。相変わらずジム戦は眺めているだけの退屈な旅だったと、今になってダイは思っていた。

 しかしゾロアはラフエル地方に来るまではダイに自分をぶつけることもせず、ただ楽しげに後ろを着いて歩いているだけだった。

 

「最初はなんであいつが俺に着いてくることを選んだのか分からなかったんですよね。別に強いわけでもないし、キャンピングカーの中でちょっと遊んだり一緒に少ない携帯食料分け合ったりしたくらいで。でも一緒にいるうち、楽しいことに目がないんだなって分かってそれからはボールの中より外に出して一緒に歩き回ってる時間の方が多いくらいで、今もそうしてます」

 

 昔を思い出しながらダイがそう言うと、コスモスは薄く微笑みながら天窓越しの空を仰いだ。

 

「どこか、貴方たちの雰囲気は似たところがあります。あの子が人間だったら、兄弟のような感じでしょうか」

「兄弟、か……そうかもしれません」

 

 今でこそ、アルバのように一緒にはしゃげる同年代の男友達がいるが、それ以前のダイにとっての気の置けない存在がゾロアだったのだ。

 しっくりと来る表現にダイが頷いた。その時、カイドウが通話を切って戻ってきた。

 

「おかえり。それで、なんだって?」

「ふむ、そうだな。そろそろ回復も済んだ頃だろう、揃って話を聞け」

 

 カイドウがそう言い、ボールからゾロアを呼び出す。ゾロアはそのままダイの膝の上にやってくると、座してカイドウの言葉を待った。

 

「ゾロアの血液を調べてみた結果、体内の細胞組織にちょっとした以上が見られた。通常、ポケモンというのは体内に存在する進化因子が活性化することによって進化する。活性化の方法は様々で、例えば人為的なものなら"交換進化"。俺のフーディンのようにポケモン交換によって発生するエネルギーがこの進化因子を活性化させることで起きる」

 

 突如始まった講義にダイの頭が一瞬ついていくのを放棄した。今晩の夕食はどのメニューにしようかなどと考え出そうとしたところでカイドウに頭頂を叩かれた、完全に気づかれていると悟り断念するダイ。

 

「ところが、そのゾロアの血中には進化因子が全く見られなかった」

「ってことは、つまり──」

 

 ダイが膝の上のゾロアと目を合わせた。ゾロアはというと眉を下げてこれから告げられる真実が嘘であってほしいという顔をしていた。

 だが、それは無情にも叶わない。カイドウは淡々と告げた。

 

「ああ、()()()()()()()()()()()()()()()()()。ゾロアという種から見れば規格外(エラー)ということになる」

 

 その言葉を受けて、ゾロアは衝撃を受け思わずその場から飛び出してしまった。ドアを突き破るように乱暴に突進で開け、外の街へと消えていった。

 立ち上がったダイが追いかけようとしたが、それをカイドウは引き止めた。

 

「なんで止めんだよ! 追っかけねえと!」

「落ち着け、まだ話は終わっていない」

「だとしても話は後だろうが!」

 

 熱くなったダイを制するようにコスモスが諌めた。そして外にカイリューを呼び出しながら言った。

 

「私が追いかけます。きちんと連れ戻しますから」

「……お願いします」

 

 ダイがコスモスに頭を下げて頼み込むと、コスモスはカイリューの背に乗って合図を出す。直後翼を羽撃かせて飛翔する翼竜。

 しかし空から探すと言っても、ゾロアは小柄なポケモンでこの街はそういった小さいポケモンが入りやすく、コスモスの連れているポケモンでは入り込めないような路地がたくさんある。しかしコスモス自身の運動性で追いかければ、ゾロアが逃げ続けたと仮定して、オタチごっこが始まってしまう。

 

「ですが、そうですね……」

 

 コスモスはそう呟くと、カイリューを降下させてその背から降りた。ボールに戻すことなく、そのまま上空へカイリューを向かわせ地上と空から探すことにしたのだ。そのままコスモスは道沿いに歩き、ビルとビルの間の僅かな裏路地を進んだ。

 

 するとその先に、チョロネコとニャルマーの群れがいた。どちらがこの場所を縄張りとするか、まさにリーダー同士の一騎打ちが始まろうかという空気の中、一匹だけ姿の違うポケモンがいる、ゾロアだった。

 

 早いうちに追いかけ始めた甲斐あって、行方がわからなくなる前に見つけることが出来た。安堵したコスモスがゾロアに歩み寄ろうとしたときだった。

 威嚇するチョロネコとニャルマーの両方目掛けてゾロアが突進していった。小さなポケモンの小競り合いとたかを括っていては怪我をしかねない。コスモスは物陰から伺うことにした。

 

 二匹のポケモンが放つ【みだれひっかき】を受けながらゾロアが【バークアウト】を放ち、両方を撃退する。しかし群れのリーダーが攻撃されたとあっては、子分たちも黙っていない。敵の敵は味方ということなのか、自然の中で育ったポケモンたちが手を取りゾロアに一斉に襲いかかった。

 

 それはコスモスから見て、あまりにゾロアの分が悪いように見えた。決してゾロアが劣っているわけではないが、数の利は個の強さを凌駕することがある。

 事実、ゾロアが一匹一匹を撃退する間に数体のチョロネコがゾロアに飛びかかり、【あくのはどう】を直に浴びせた。

 

「エストル」

 

 コスモスは見かね、手持ちのジャラランガのうち一匹を召喚した。そして攻撃を指示しようとしたところで、ゾロアが彼女に気づいた。

 その時ゾロアが取った行動は、威嚇だった。エストルに、というよりはコスモスに。

 

 それはまるで「手を出すな」と言っているようで、意を汲んだコスモスはエストルの前に手を出して制止させた。

 ゾロアはそれからどれだけ傷つけられようとも絶対に助けを求めることはせず、チョロネコとニャルマー両方の群れを全て退けた。

 

 やがて視界に映る全てのポケモンを戦闘不能にした後、ゾロアもぐったりと倒れた。回復マシンで回復したにも関わらずものの数分でボロボロになってしまったゾロアをコスモスは優しく抱え上げた。

 

「よく頑張りましたね」

 

 頭をスッと撫で、ゾロアの乱れた毛並みを手櫛で軽く整えるコスモス。ゾロアはすぐさまコスモスから離れてエストルをも相手取ろうとしたが、回復もなしに立ち上がることは出来そうになかった。

 

「……焦っているんですね」

 

 それは図星だった。再度抱えあげるコスモスに抵抗もせず、ゾロアは頷いた。

 トレーニングの期間も折り返し地点を迎え、自分もまた強くなろうとしていた。だのに、自分は進化することが出来ない、出来損ないであると突きつけられてしまった。

 

「これから始まる戦い……彼の力になりたいんですよね」

 

 やがてゾロアは泣き始めた。自分だけ足を引っ張るのはイヤだ、と悔しさが声を上げさせる。

 

「彼には、貴方の力が必要です。誰が欠けてもダメなんですよ、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは、コスモスだけが知っているバラル団との戦いを左右する予言に関することだった。

 

「貴方に差し上げます。今の私には必要ありませんので、遠慮なく」

 

 そう言ってコスモスが取り出したのは磨かれた淡いローズピンクの石を加工したペンダントだった。その石の名は"しんかのきせき"、かつてコスモスが修行中の身であった時にポケモンに持たせていたことがある道具だったが、言葉通り今は使う必要のない道具だった。

 

 それをゾロアの首にぶら下げると、ゾロアはその石から身体に凄まじいエネルギーが流れてくるのを感じた。

 

「これがあれば……いえ、きっと無くとも貴方は彼と並んで立つことが出来ます。彼が貴方と共に歩むことをあれだけ楽しげに語るのですから、間違いありません」

 

 コスモスはそう言って微笑むと、ゾロアを連れてリザイナシティジムへと戻った。すると入り口の前でちょうど飛び出してきたダイとコスモスが鉢合わせし、腕の中のゾロアを見てダイは顔を明るくする。

 

「ゾロア! お前すげぇな!」

 

 開口一番、叱られると思っていたゾロアは面食らってしまう。コスモスもまたダイの言葉の意味を掴みかねて首を傾げた。

 その意味は、後ろから現れたカイドウが眠たげな顔で告げた。

 

「全く、話の途中で飛び出すな。進化因子が足りない代わりに、お前の身体は他の個体に比べて遥かに優れた数値を持っていることも同時に分かった。恐らくは身体が進化出来ない状態を受けて、通常よりも成長の効果が強く出るようになったと見るべきか」

 

「つまりな、お前はお前のままでいいんだ。一匹くらい、姿が変わらないヤツがいたって良いさ」

 

 そう言ってゾロアの頭を撫でるダイ。途端にゾロアは顔を綻ばせ、コスモスの胸の中からダイの肩に飛び移る。

 

「では、今日も始めましょうか」

「よろしくお願いします!」

 

 戻ってきたカイリューをそのまま場に繰り出し、それに応えるようにゾロアがダイの肩から飛び出した。

 カイドウは深い溜め息を吐くと、計測器を持ち出してダイのデータを取り始めた。ダイの身体はもはや生きた検体とまで呼べるほど貴重な体験をしたものだ、研究者として調べないわけにはいかないのだろう。

 

「ゾロア、頑張ろうぜ!」

「クォン!」

「行きますよ、カイリュー」

 

 無言で頷いたカイリューが羽ばたき、空へと舞い上がる。対するゾロアは首から下げたペンダントの輝きを纏い、防御力を大幅に上昇させた。

 上空からの【しんそく】を、ゾロアが【カウンター】で返す。両者の攻撃がぶつかり合い、カイリューの音をも置き去りにする特攻は周囲に凄まじい衝撃を呼んだ。

 

「すげぇ、あのカイリューの攻撃に正面からぶつかっていくなんて、気合十分って感じだ!」

 

 突風に煽られながらも、ダイはゾロアの健闘に声を弾ませた。ゾロアがそれに対して不敵な表情で返した。

 それを見ながら、コスモスはやはり二人は似たもの同士だと口元を綻ばせるのであった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 同じ頃、ラジエスシティではシンガーソングライター『Freyj@』として活動中のアーティスト、フレイヤは鼻歌を奏でながらホテルの廊下をスキップで歩いていた。彼女が見初めたソラの音楽をレニア復興祭のプロデューサーにゴリ押した結果、二つ返事で快諾となったのだ。

 

 その上、いつもはフレイヤに小言を零しがちなマネージャーも先んじて論破しておいたおかげで話はスムーズに決まり、ストレスも溜まらないという良い事尽くめだった。

 

 しかし等のソラから一つだけ提案があった。というのも「曲を使うのは構わないが、もう少し時間を掛けて練らせてほしい」というものだった。

 その気持ちはフレイヤにも分かる。シンガーソングライターというからには、曲と詞を自分で書くのが常だ。稀にタイアップということで著名な作曲家に楽曲を提供してもらうこともあるが、基本は自給自足だ。

 

 だからこそ、もっとこの曲は良くなる。良くなれる。良くしてみせるというソラの気持ちを尊重した。

 のだが、彼女がそう言い出してそろそろ一週間になる。作曲など一朝一夕には出来ない。ソラが作った『まだ名もなき唄』は一日で作り上げた半ば即興に近いもの、デモ音源は出来ているとは言え細部まで練ろうとすればそれこそ一週間二週間などあってないようなものだ。

 

 今日、フレイヤがこのホテルにやってきたのは退院し滞在先をホテルに変えたソラの様子を見に来たのだ。

 作曲部屋として使う以上防音のしっかりしたホテルを取っているようで、ロビーに足を踏み入れただけでフレイヤは自分のパンクな衣装に少しだけ場違い感を感じずにはいられなかった。尤もパンクファッションはソラもお揃いなので今更とも思ったが。

 

 インターホンを押し込むが、応答がない。もう一度、今度は深く押し込んでみる。

 が、やはり反応がない。フレイヤが部屋を間違えたか、と事前にもらったメモを確認するが部屋番号は合っている。

 

 その時だった。内側からドアが開いたと思えば、そこにいたのはソラではなかった。

 彼女の手持ちであるソリストポケモンのアシレーヌだった。しかしその姿は見るからにぶっ続けで作業しているのが分かるほど、見窄らしいものとなっていた。

 

 毛並みはボサボサ、表情など優雅さが欠片もなく疲れ切っている。そしてフレイヤは部屋の異常さに気づく。

 テーブルの上には今まで食べ終えた食器の数々が溜め込まれており、ちょっとした塔のようになっていた。

 そして足元には丸まった五線譜入のルーズリーフの塊、全てがくしゃくしゃに丸まっていた。

 

 電気は点いておらず、ノートパソコンと借りてきたのか電子鍵盤(キーボード)だけが光を放っていた。そしてそれに照らし出されたソラの顔はまさに亡霊のそれ。ゴーストタイプに耐性のあるフレイヤですら一瞬喉から空気が漏れそうになった。

 

 ソラは虚ろな顔で、頭上で手をゆらゆらと動かしていた。それはさながら指揮のように見えたが、ソラの状態があまりにも不気味すぎてともすれば悪霊でも操ろうとしているかのようだった。

 

「ちょ、ちょっと! 大丈夫!? 明らかに正気じゃないけど!」

「平気」

 

 フレイヤが電気を点け、カーテンと窓を開けて外気と陽の光を取り入れる。溜め込まれた食器から放たれる数多もの匂いが混ざり合って悪臭と化し部屋中に充満していた。

 

 これでは良い曲になるはずもない。フレイヤは改めて明るい中ソラを見やった。

 椅子の上に丸くなって毛布を被っている上、覗く髪はボサボサ。顔色は最悪で、目の下には真っ黒い隈まで出来ている。

 

 フレイヤは自分が医者なら光よりも早くソラをベッドに叩き込むだろうと思った。

 

「……何日そのままなの」

「……ん、たぶん、五日……? 覚えてない」

「やっぱり……とりあえずお風呂入ってきなって、掃除はしておくから」

 

 ソラの頭から毛布を剥ぎ取るフレイヤ。ソラはというと頭の上の荷物が奪われ、頭のバランスが取れなくなって頭がフラフラと揺れだした、そのせいでさらに重症に見える。

 

「お風呂……ヤ」

「ヤ、じゃなーい! 音楽は気から! こんな環境じゃせっかくの歌にキノコが生えちゃうよ!」

「それは、もっとヤ……」

 

 かなり渋々といった様子だが、ソラはバスタブに湯を張り出した。さすがは高級ホテル、ユーザーの求めるサービスが分かっている。

 服を脱ぎだすソラを他所に、フレイヤはフロントコールで従業員を数人連れてきてもらうよう頼んだ。まずはなんと言っても悪臭の元である食器を片付けない限りこのもやもやと漂う臭いは消えない。

 

 それから床に散らばった今までの努力を証明するルーズリーフの塊も拾ってはゴミ箱へ放り投げていくが、当然ホテルの個室に設えられているような小さなゴミ箱では収まりきるはずもなく、フレイヤは仕方無しに追加でゴミ袋も持ってくるよう頼んだ。

 

 やがてソラがバスルームに消えていったのを確認し、掃除を再開するフレイヤ。ふと気になったのか、丸まったルーズリーフをいくつか手にとって広げてみることにした。

 

 すると偶然か、彼女が手にとったルーズリーフはどれも同じ小節のページであり、ありとあらゆるアイディアを試してはそうじゃないとソラの眼鏡に適わず却下されたものだと分かった。

 

 走り書きされた乱雑な文字、フレイヤは解読できる限りそれらに目を通した。

 

『もっとありがとうを』

 

『これでは気持ちは伝わらない』

 

『自己満足で終わらせない』

 

『これはありがとうじゃなくてごめんなさい、やる気あるのか』

 

 ソラらしからぬ手厳しい言葉の数々が書き殴られていた。それだけ、ソラがこの曲に込める思いは強いのだと悟った。

 他のボツ案を見てみようとフレイヤが身を屈めた瞬間、バスルームの方からハミングが聞こえてくる。それはまさに打ち捨てられている小節のメロディであった。

 

「なるほど、ここで詰まってるのか……」

 

 ページから推測するに大サビやラスサビと呼ばれる、所謂曲が一番盛り上がるタイミングだった。それは存分に悩むべきだ、フレイヤですらこの場所は一番頭を使って書く。それにしたって五日間寝ずに考えていたのはやりすぎだとはフレイヤも思う。

 

 しばらくして現れた従業員に皿の山とゴミ袋の山を託す。ようやく部屋の中がスッキリし、換気のおかげで部屋の空気も入れ替わり始めた頃。恐らくソラに合わせて五日間ぶっ続けで歌ったりリズムを取っていたのだろう、手持ちの四匹が遂に疲労困憊で力尽きた。

 

 フレイヤはソラの手持ちを全員ボールに戻して部屋に設えられている回復マシンにセットする。戦闘のダメージでは無いため、回復マシンで癒える傷は無いがそれでもただボールの中で休ませるよりはずっと効果的だ。

 

 ふと、バスルームでシャワーの音と共にソラのハミングが止んでいることに気づいたフレイヤ。恐る恐るバスルームの扉を開けて中を覗き込むと、

 

「ぶくぶくぶく……」

 

「わー! 大変だ! 目を離すんじゃなかった!!」

 

 案の定バスタブに顔が半分埋まって眠りかけていた。フレイヤは慌ててソラをバスタブから引っ張り上げると安否を確認する。もう少し発見が遅れていたら危なかったかもしれないと思うと冷や汗が止まらなかった。

 

 もう意識を失う寸前のソラの身体を吹いて適当に荷物に紛れていたジャージを着せるとひとまずベッドに放り込んでしまった。少なくとも今日の作業は難しいだろうと、フレイヤは思った。しかし、これでもフレイヤは多忙の身である。復興祭で発表する自分の新曲、そのレコーディングを行わないといけないため、これからの二週間でソラに合わせて時間を割けるのは二回が限度だろう。だからこそ今日という一日はかなり貴重だったのだが、ソラがこの調子では無理をさせるわけにはいかない。退院したとは言え、彼女は深刻な心の傷を癒やしている最中の病人のようなものなのだから。

 

 しかしソラはというとたったの十分ほどで目を覚ますとすぐさまノートパソコンの前に戻っては隣の鍵盤に指を置き始めた。

 

「無理しない方がいいって。さっきも言ったけど、音楽は気から。気疲れしてたら良いものも出てこないよ」

「ううん、やる。この辺まで来てる」

 

 ソラはそう言って喉の部分を指差す。それは確かにアウトプットしないと気分が悪い、フレイヤにも覚えがある。

 言っても聞かないソラに対し、フレイヤは深い溜め息を吐くと観念したように隣に腰を下ろした。

 

「じゃあチャチャッとやろう! そんで今日はもう爆睡しちゃおう!」

「おー」

 

 それから、『まだ名もなき唄』の大サビ作成が始まった。ソラが今までボツにした部分からいくつかサンプルを用意して聴かせると、フレイヤがそれに対してアイディアを出していく。創作はブレインストーミングが基本だ、人数が多いほど質の良いものが出来上がってくる確率が高い。

 

 実際、フレイヤの今まで培ってきた引き出しは素人のソラの作った粗雑な骨子に確実な肉付けを施していく。

 正直歌うことをやめたとしてもこっちで食べていけるほどの才能をソラは感じていた。そして同時にフレイヤもまたソラのセンスに感心していた。

 

「(荒削りだけど、やっぱり良いものを持ってる。通信で音楽は続けてるって言ってたけど……)」

 

 この冒険はきっと彼女が未来作っていくものに華を添えるだろう。今は安定した歌手として引っ切り無しに活動しているフレイヤには少し羨ましいものがあった。

 過酷なことが待っているだろう、それでもたまにはのびのびと、歌を口ずさめるような旅路を歩んでほしいと言外にフレイヤは思った。

 

「やっぱ転調は外せない感じか」

「盛り上がるから。でも……」

 

 結局ソラが詰まっているのはそこだった。この曲は本来ならバラードに属する曲であり、盛り上がってしまっていいのかという葛藤があったのだ。

 フレイヤも専門はロックミュージックであり、ロックならば転調は王道。切っても切れない縁だが、それをバラードに持ち込むかは決め倦ねていた。

 

「今までのデモ音源にいろいろ試してみたのがあるんじゃない?」

「……これ」

 

 ソラはフレイヤにヘッドホンを渡してひとまず一通り聴かせる。さまざまなバリエーションを聴き比べてみて、フレイヤはというと首を傾げていた。

 

「これは悩むわ……明るめのバラードだし入れてもいいんじゃない? と思わせてくる……」

「そう、困った」

 

 二人で頭を悩ませていた時だった。ほんの少し強い風が吹き込み、カーテンを揺らして部屋の中に心地の良い風が入り込んでくる。

 まだ微妙に湿っているソラの長い髪を自然風が乾かしてくれる。その優しい風はかつて母のチェルシーに髪を乾かしてもらった子供の頃を思い出させた。

 

 メロディがどうこう考えるよりも、大事なことがある。ソラは目の前が見えなくなっていることに気づいた。

 復興祭のステージで披露される曲だから、誰もが愛してくれるような曲を、と息巻いていた。

 

 だがそうではないと、この歌の起源を思い出した。

 

 ソラは次の瞬間、大サビを少し前の部分から一気に削除した。今までは芯となる中心部分は残していたが、それすらも全部消し去った。

 もっと大きくするために、今と同じではダメだということに気づいたのだ。

 

 それを見て、フレイヤは何も言わなかった。むしろここからソラがどういった音を作るのか、口出しせずに見てみたくなったのだ。

 キーボードと格闘を始めるソラを見て、フレイヤはそろりと席を立った。そして窓際に寄って外の光を浴びながら『まだ名もなき唄』の冒頭部分を口ずさんだ。

 

 これは感謝を伝える歌だ、とびきりのありがとうを届けるための歌。

 思えば二週間前、マネージャーといつもの口喧嘩をして飛び出してきたところにこの歌が聞こえてきたのだった。

 

 これを運命と呼ばず、なんと呼ぶのだろうか。

 

 

 

『────♪』

 

 

 

 そんなことをふわりと考えていたから、フレイヤは窓枠から部屋の中の様子を伺いながらまさに今フレイヤと同じ歌を口ずさんでいるポケモンに気づくのが遅れた。

 

 そのポケモンはカーテンに隠れながら歌っている。ポケモンが歌うなど別段珍しくもない、なんならフレイヤも子供の頃から一緒に歌ってきた。

 

 だが、そのポケモンはフレイヤも見たことのないポケモンだったのだ。

 女性のように長く艷やかなエメラルドの髪は、五線譜のような筋が見え、至るところに斑点で音階が描かれているようだった。

 

「キミもこの歌が好きなの?」

 

 フレイヤが話しかけた。次の瞬間、そのポケモンは慌てて飛び去ってしまった。ものすごいスピードで視界から消えたポケモンに、フレイヤは目を点にしてしまう。

 しかしそのポケモンが消えた方向から、独特なメロディが風に乗ってきた。それは再びカーテンを揺らし、部屋の中のソラの耳へ届いた。

 

 直後、ソラの頭がノートパソコンのキーボードの上に落下する。フレイヤが寝不足が祟ったかと頭を抱えたがそうではないようだった。

 

「なんか降ってきた」

 

 瞬きの間に復活したソラはより作業にのめり込んだ。フレイヤには、今のポケモンがもたらした旋律がソラにインスピレーションを与えたように見えた。

 

「なんだったんだろう、あのポケモン」

 

 かのポケモンが飛び去った方角の空を仰ぎながら、フレイヤは呟いた。

 それに対する返答は、もちろん無かった。

 

 



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VSローブシン 立ち上がる者

 

 レニア復興祭まであと二週間。

 ダイとソラがそれぞれの戦いをしている間、リエンとアルバはというと合流し一足先にレニアシティへ来ていた。

 

「ハチマキ! 三番の荷物をこっちに頼む!」

「こっちは六番だ! 重てぇから怪我しねえようにな!」

「は、はい!」

 

 右から左、上から下へと人が運べる程度の資材をせっせと運ぶアルバの姿。少し離れたところではリエンもラグラージと共に瓦礫撤去や飲み物を配ったりして作業員を労っていた。

 ユオンシティで作られた復興支援の素材が届けられ、現地の職人や工事員によって既に作業が始まっていた。流石に倒壊したマンション全てを一ヶ月で直すのは不可能だが、それ以外の直せるところは復興祭までに直してしまおうという魂胆らしい。

 

 そして現場監督も兼ねてわざわざユオンシティから陣頭指揮を取りに来たアサツキのオーダーで、クシェルシティからアルバが呼ばれたのだ。

 アルバからそれを聞いたリエンが手隙だったため、手伝いに来たというわけである。イリスとグレイによる実戦教導は続いていたが、アルバの手伝いをしに行きたいと打診したところ快く送り出してくれた。

 

 そもそも、放っておけばどちらともなく戦い出すであろう因縁のある二人だ。たまには年下に気を使わずに会う機会があっても良いとリエンは考えた。

 

「お疲れ様、アルバ」

「ありがとう! これくらいへっちゃらだよ……本当()()()に比べれば」

 

 リエンから受け取った濡れたタオルで汗を拭いながらアルバが言った。視線の先には大きな鉄骨を数匹がかりで支える"ドテッコツ"、ではなくその鉄骨を一人で数本持ったままスタスタ歩くサザンカとレンギョウの姿だった。それを「こちらでよろしいですか?」と涼しい顔で作業員に尋ねるため、初見の作業員は必ず二度見する。

 

 さらに後ろでは数こそ少ないが同じものを持って歩いているプラムの姿があり、アルバは自分が持っている荷物の小ささが途端に情けなくなった。

 

「あれと比べちゃダメよ」

 

 そう言って現れたのはバシャーモを伴に、アルバと同じくらいの荷物を抱えているアイラだった。額には玉の汗が浮かんでおり、こちらは涼しい顔でとはいかないようだった。

 仲間がいて嬉しく思う反面、自分が持っている荷物がついに女の子でも持てる重さだということに気づいてアルバがさらに肩を落とす。

 

「でもアルバ、二週間前より顔が引き締まって見えるかも」

「え、本当? 特訓の効果かなぁ。リエンの方はあまり変化が……いや」

 

 あるにはあった、だがそれはアルバが感じ取った()()()であり外見的なものではない、だから口にするのをやめた。

 それを懸命だと評するのはアイラ、そして首を傾げるリエン。

 

「揃ってるな」

 

 リエンの追求が始まるか、というタイミングで作業着にヘルメットといういつもの出で立ちでアサツキが現れた。

 

「アサツキさん、搬入はもういいんですか?」

「ひとまずは滞りなく、な」

 

 元よりドテッコツやゴーリキーなどの力仕事が出来るポケモンはカヤバ鉄工からアサツキと一緒に来た作業員の手持ちで、彼らが荷物を運べば後は現地の大工たちの出番である。

 今アルバが運んでいる荷物も、ゴーリキーに掛かれば三倍四倍は抱えて歩ける。少し駄弁っている間に物資の搬入は殆ど終わっているのが見えた。

 

「まぁ、あいつらまで手伝いに来てくれるとは思わなかったけどな」

「そういえば、どうして僕に手伝いを?」

「なんでって、そりゃお前……」

 

 嘆息しながらアサツキが取り出したのは、モンスターボール。それを見てアルバはハッとする。

 

「約束、しただろ」

 

 ユオンシティでのヒードラン争奪戦の折、バラル団との戦いに尽力したダイとアルバに送ったギルドバッジを真の意味で賭けての戦いをすると誓った。

 その約束を、今果たそうと言うのだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「悪いな、ジム借りちまって」

「全然いいよ! アサツキねーちゃんのジム、まだ直ってないんでしょ?」

 

 アルバたちはレニアシティジムにいた。ユオンシティジムはヒードラン争奪戦の折、バラル団が人為的に起こした雪崩で半分以上が倒壊したままだった。

 それこそユオンシティの職人力があれば修繕も大したことは無さそうだが、アサツキは自分の持ち場よりも他の街を優先したのだ。

 

「レニアシティジム」

 

 神妙な面持ちで呟くのはアルバだ、かつてここでバラル団班長のハートンと死闘を繰り広げ惜敗した苦い思い出がある。

 あの時、もっと自分に力があればと思うと自然と拳に力が入る。だがそれは邪念だ、アルバは頭を振ってそれを追い出す。

 

「手伝いのおかげでもう時間は余りに余ってるからな。ルールは2VS2、選出した二匹が先に戦闘不能になったら負けだ、いいな」

「はい、よろしくお願いします!」

 

 アルバとアサツキがそれぞれトレーナーズサークルに入り、静かに睨み合う。既に鍔迫り合いが始まっていると、その場の全員が察知した。

 観客席ではカエン、サザンカ、レンギョウ、プラム、アイラ、リエンの六人が見守っている。

 

「仕事だ、キテルグマ!」

 

 繰り出されたのは全身がふかふかの毛に覆われた巨熊、かつてダイとバトルした時も先鋒として姿を現した。

 同じタイミングでアルバもモンスターボールをリリースする。燐光と共に現れ出るは新たな仲間────

 

「行こう! "ジュナイパー"!」

 

 アルバと同じ背丈の鳥ポケモン、ジュナイパーがボールから飛び出し羽撃きながら静かにフィールドへと降り立った。

 それを見て、リエンはポケモン図鑑を取り出してジュナイパーをスキャンする。サザンカたちは知っていたため、黙して見守っていた。

 

「ゴーストタイプか、ちっと分が悪いが……」

 

 ヘルメットの位置を直し、アサツキが呟く。その時、アルバの肌が一瞬でピリッとした空気を感じ取った。

 それは、「来る」という直感。対峙する者の戦意に対して無意識に身体が反応したのだ。

 

 

「──ちょうどいいハンデだ!!」

 

「ッ、飛んで!!」

 

 

 直後、キテルグマがその巨体からは想像もつかない速度で突進する。事前に察知していたアルバとジュナイパーはそれを飛ぶことで回避する。

 飛び退りジュナイパーが翼に隠し持った木の葉矢を装填し、身体に巻き付けた蔓弦を引き絞った。

 

「飛び道具か」

「と、思うじゃないですか! 【つつく】攻撃!」

 

 アルバが言った。ジュナイパーは次の瞬間、引き絞った蔓弦から木の葉矢に手を移し替え、急降下と共にそれを槍のように突き出した。

 木の葉矢の鋭利な先端がキテルグマの胴へ吸い込まれるように直撃した。不意を突かれ、キテルグマが目を白黒させる。

 

「フェイントが決まった!」

「いや、まだだ。あのキテルグマ、相当鍛えられているぞ」

「それに、あの厄介な特性がありますから」

 

 外野が口々に言う。その通り、キテルグマには特性"もふもふ"があり物理攻撃のダメージを軽減する効果がある。どちらかといえば物理型であるジュナイパーでは押し切れない場面がいつか出てくる。

 キテルグマは逆に木の葉矢ごとジュナイパーの翼をガッチリと掴み、そのまま軽々と持ち上げた。

 

「しまった、捕まった!」

「【ぶんまわす】攻撃!」

 

 豪腕は狙撃者を勢いよく振り回し、地面へ叩きつけ一気に放り投げた。壁に激突する瞬間、体勢を整えたジュナイパーが壁を足場に着陸しそのまま蹴り飛ばしすぐさま攻撃を終えたキテルグマ目掛けて突進する。

 不意打ちの【つつく】攻撃は恐らくもう通用しない。だとするなら、後は真っ向勝負あるのみ。

 

「【ブレイブバード】!」

 

 壁を蹴った勢いも加算し、加速したジュナイパーが燐光を帯びながら凄まじい突風を巻き起こす体当たりを行う。それを腹で受け止めるキテルグマ、勢いに圧され巨体が大きく十メートルほど後退させられる。

 だがやはり特性により物理攻撃では受け止められてしまう。このままでは確実にカウンターを決められて、先にジュナイパーを落とされてしまう。

 

「どうするのアルバ、このままジュナイパーで続けるの……?」

「交換も視野に入れとかないとマジでやばばなんちゃう! それこそ、もふもふにはブースターとかさ!」

「二人共、それ以上は助言と取られます。我々はただ見守るだけですよ」

 

 アイラとプラムの発言をジムリーダーとして諌めるサザンカもまた、ジッと戦況を見極めていた。

 現状、どちらかといえばアルバが押されている。ジュナイパーとキテルグマは互いが持つタイプが相手の持っているタイプ一つを互いに無効化しあっているため、決定打を与え兼ねている。

 

 ただそれでもキテルグマの攻撃をジュナイパーはそう何度も往なせない。既に【ぶんまわす】攻撃がクリーンヒットしている以上、無理は禁物だ。

 だがプラムの言う通りここでブースターを投入するのはあまりにも安直すぎる。それはアルバが選出した二匹が固定されることとなり、この後繰り出されてくるアサツキのポケモンに上から抑え込まれてしまう可能性がある。

 

 故に、アルバとジュナイパーはこのまま突っ張らねばならない。

 

「だったら【はっぱカッター】だ!」

 

 ジュナイパーはアルバの指示に従い、バックステップでキテルグマから距離を取りながら翼に蓄えた葉刃を一気に放出する。それが意思を持っているかのように様々な軌道でキテルグマへと襲いかかった。

 斬撃が直撃した鋭い音が響く。だが結局は【はっぱカッター】もまた物理型の技、"もふもふ"の前には威力が減退してしまう。

 

「捕まえて、もう一度【ぶんまわす】!」

 

「なんとか防いで!」

 

 苦し紛れの言葉、だがジュナイパーはそれに応え空中へ退避しキテルグマから距離を取るともう一度葉刃を繰り出す。何度やっても木の葉はキテルグマのふさふさの毛に遮られてしまう。

 アサツキはアルバのその攻撃を、もう後が無くなったと判断した。

 

「跳べ!」

 

 キテルグマが両足に力を込め跳躍、滞空しているジュナイパーの頭上を取った。キテルグマはその豪腕から闇色の爪を出現させると、目を爛々と輝かせた。

 

「逃げて!」

「遅い! 【シャドークロー】!」

 

 アイラが叫んだが、ジュナイパーの回避が間に合うはずもない。暗黒の軌跡を残しながら激爪はジュナイパーに上から襲いかかった。

 ズシャア、と鋭利な音が建物内に響く。瞬間、誰もが息を飲んだ。

 

 ジュナイパーは片翼でキテルグマの闇色の激爪(シャドークロー)を防御したのだ。当然翼が手折られ、飛行能力は失われる。

 だが、ジュナイパーの眼光は未だに死んでいなかった。その狩人の瞳は、この時を待っていたとばかりに強くキテルグマを睨めつけた。

 

 

 

「────今だ!! 【リーフブレード】ォ!!」

 

 

 

 瞬間、居合斬りのように通り抜けざまにキテルグマの胴を一閃するジュナイパー。刹那の残心、静寂が場を支配する。

 だが誰もが思った。何度も言われているように"もふもふ"には物理攻撃が通用しない。キテルグマは返す爪で後ろからジュナイパーを襲撃できる。

 

 

 ────尤も、体力が残っていればの話だが。

 

 

 巨体が音を立てて地に塗れた。アサツキが驚愕に目を見開く、一方アルバとジュナイパーは賭けに勝ったことでガッツポーズを浮かべる。

 

「急所に当たった、のか……や、ちげーな」

 

 アサツキには今の攻防のカラクリが分かった。始まりは先程から乱打された【はっぱカッター】だ、キテルグマはそれを避けなかった。だから()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 物理攻撃の威力を減退する毛束が無くなってしまえば、それは急所足りうる。急所に当たったというよりは、アルバとジュナイパーは()()()()()()()()のだ。

 

「前に会ったときよりずっと小狡い手ェ使うようンなったじゃねえか」

 

「ずっと隣を走ってきた彼なら、きっとこうするだろうなって思ったんです」

 

 今は少し先を進む背中に追いつけ追い越せで、走っている。アルバはこの二週間の修行を経て、自分らしさとは別に人の良さを取り入れるための特訓も行った。

 サザンカは言っていた、「心を通わせたい、知りたいと思うのなら相手の真似をしてみるのが一番だ」と。

 

 ダイがアルバの不屈を見てきたように、アルバもまたダイの勇気を見てきた。互いに作用しあい、高め合うからこそ彼らは一緒にいる。

 

 キテルグマをボールに戻しながら、アサツキが小さな笑みを零した。彼らと最初に会ったのはたった二週間前だ。だのに、もう前より大きくなった。

 だがそれでも、彼らが超えるべき高い壁であろうと彼女は再び眼に意地を灯して立ちはだかった。

 

 

「"ローブシン"!」

 

 

 そうして満を持して放たれるは最強の眷属。コンクリートの柱を杖に見立て、大地を踏みしめる老武神。

 奇策を以てキテルグマとの戦いを制したジュナイパーだったが、さすがに体力の限界が見えていた。ローブシンの体力を少しでも削っておきたいが、無理はさせたくなかったアルバはジュナイパーをボールに戻した。

 

「さぁ、どう行く」

 

 神妙にレンギョウが呟いた。アルバの手持ちはジュナイパーと共に加わったポケモンを含め、あと三匹。

 だがその場の誰もが、なんならレンギョウでさえここでアルバが出すポケモンの予想がついた。

 

 

「ルカリオ、行こう!」

 

 

 切り札には、切り札を。セルリアンブルーの波動を纏った闘士が戦場へと降り立った。

 アルバの手持ちで最強のポケモン、恐らくあのローブシンを正面から撃破出来るのは彼しか考えられない。

 

 だが同時に、ローブシンが得意とするタイプで弱点を突けるのもまた、ルカリオだった。

 どちらがどう動くにせよ、この戦いは短期決戦(ブリッツ)で決着がつく。

 

 一度高ぶった心を落ち着けるべく、アルバが目を閉じる。すると合わせるようにルカリオもまた静かに瞑目する。

 ジムの中に再び静寂が訪れる。期待に胸を膨らませたカエンが足をぶらぶらと動かす際の関節の軋む音が届くほどに、静謐が場を満たす。

 

 不意に、アサツキが感じ取ったのは風だった。肩口までのミディアムショートを撫でるそよ風がジムの中に吹いていた。

 見れば対面の少年が身につけているトレードマークであるハチマキが棚引いている。

 

 アルバとルカリオが立ち尽くしたまま、風を起こしていた。この光景は以前見たことがある。

 だからこそ、アサツキは手を出さない。彼女がジムリーダーとして求めるモノを、目の前のトレーナーが披露しようと言うのだから。

 

 

「──立ち上がれ《スタンドアップ》、ルカリオ!!」

 

 

 開眼、左手の甲のキーストーンを勢いよく叩き拳を天高く突き上げる。

 そよ風は突風となり、巻き起こる風が光を伴ってルカリオを包み込んだ。もはや発動にラグはない、ルカリオとアルバの心は一つに重なる。

 

師匠(せんせい)、どうか見届けてください」

 

 胸に手を当ててアルバが言った。それに対して、レンギョウは首肯で応える。

 これはアルバというポケモントレーナーのジムバッジを賭けた戦いであり、同時に心道塾一門の末席に名を連ねる者として最初で最後の試練と言えた。

 

 

「──メガシンカ!!」

 

『アォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!』

 

 

 真白い光は虹色へと昇華し、花開くように霧散する。ポケモンの進化を象徴する紋章が浮かび上がり、中から現れ出るはメガルカリオ。

 静かに立ち上がったルカリオが静かに波動を両手に漲らせる。しかし、そのルカリオの放つ波動の輝きは今までとは違った。

 

 先程までセルリアンブルーだった波動は、以前の毒々しい紅ではなく輝くような朱色へと変化していた。

 普通のルカリオならばありえない色の波動。だが、アルバのルカリオは違った。

 

「よし、"朱のキセキ"を安定させているな」

 

 レンギョウが呟く。かつて暴走状態とも言える"紅のキセキ"を発動させていたアルバだが、心身を鍛え上げルカリオがアルバ自身の波動を調整することでより安定して力を発揮できる"朱のキセキ"へと昇華させたのだ。

 

「行くぞ、【マッハパンチ】!」

 

「【バレットパンチ】!!」

 

 次の瞬間、地面を蹴ったルカリオの姿が消えローブシンが繰り出した柱の先端目掛けて神速の一撃を叩き込んだ。中心点を穿たれたコンクリート柱を通して、ビリビリとした衝撃を感じ取ったローブシンが驚愕する。

 直後コンクリート柱全体に亀裂が走り、細切れに粉砕されてしまう。どんな物体にも、構造上脆い箇所が存在する。ルカリオはその一点に打撃を加え、波動を流し込むとそれを発散させてコンクリートを破壊したのだ。

 

「な、にぃ!」

 

 驚いたのはアサツキもだった。ローブシンのコンクリートが破壊されたのはこれが初めてのことだった。今までどんな攻撃であろうと防ぎ敵を薙ぎ倒してきたこのコンクリート柱が一撃で粉砕された。

 それを直撃させられたなら、結果は見えている。だがそれが退く理由にはならない。

 

「再構築しろ!」

 

 ローブシンが空いた片腕を地面に突き立て、引っ張り上げるようにして地面を引き抜くとそれが一瞬でコンクリート柱に再構築される。

 如何に攻撃力が高かろうと、攻略の糸口はある。アサツキは既に活路に見当がついていた。

 

 ルカリオが再び地面を蹴り、それに合わせてローブシンは再び柱を突き出して【マッハパンチ】を繰り出す。

 再び拳とコンクリート柱がぶつかり合い、ルカリオはコンクリート柱の上に飛び乗るとそのままそれを道として一気にローブシンに接近した。

 

 得物は手に持っている。即ちそれを伝って来られてしまうと対処にわずかばかり遅れてしまう。

 思い切り振りかぶられたルカリオの拳がローブシンの顎目掛けて突き出される。

 

「────ピッ!」

 

 だがその時、アサツキが短くホイッスルを吹いた。指示に従い、ルカリオの拳が触れる既のところでローブシンはコンクリートを手放し、素手でルカリオのパンチを受け止めた。足場が無くなったことでルカリオは踏ん張りが効かなくなり、放たれた拳の威力はがくっと減退する。だがルカリオも退かずもう片方の拳でローブシンの頭を狙うが、それももう片方の腕で受け止められてしまう。

 

 刹那、ルカリオの両手がバキバキと音を立てて凍りついてしまった。完全に身体を凍らされる前にアルバはルカリオを下がらせた。

 恐らく今ローブシンが放った技は【れいとうパンチ】だ。見かけによらず芸達者なポケモンなのだ、ローブシンという種は。

 

「くっ……」

 

 如何に"紅のキセキ"を昇華させた"朱のキセキ"とはいえ、デメリットは健在である。紅のキセキはポケモンが受けたダメージをトレーナーがそのまま負うのに対し、朱のキセキは感覚の共有で済ませる程度に収まっている。つまり今、両腕を凍らされたルカリオの感覚()()()アルバに伝わっている。紅のキセキならば、今頃アルバの腕も実際に氷に包まれているところだった。

 

「負けるもんか、【インファイト】!」

 

 ルカリオが手を凍らされたままローブシンに迫る。今ならローブシンの手の中にコンクリート柱はない、即ち間合いに入りやすい。

 裂帛の気合いと共に繰り出されたルカリオの拳。だがそれをローブシンは自身の拳をこつんとぶつけて勢いを相殺してしまう。

 

「そんな! 力を込めたようには、見えないのに!」

 

 アルバが戦慄した時、ローブシンはそのままルカリオを捕まえるとそのままヘッドバットで頭部を揺らしに来た。

 脳を揺さぶられる感覚がアルバを襲う。頭を抑え膝を突きそうになるアルバだったが、膝を殴って無理やり堪えた。

 

「この気だるさ……そうか、【ドレインパンチ】で力を奪われているんだ!」

「気づいたか、だけど十分蓄えさせてもらった」

 

 ローブシンはルカリオを掴みながら、ルカリオの体力を手を通して吸収していたのだ。それに加えて、ルカリオの拳は先程の【れいとうパンチ】で凍らされている。

 即ち、ルカリオの身体を流れ時に殴った対象に流し込んでダメージを与える波動の伝導が絶たれてしまっている。波動が攻撃手段の一つであるルカリオにとって、波動を流せないというのは大きな攻撃力の減退に伝わる。

 アサツキはそれがわかっていたからこそ、ルカリオの両腕を氷で封じたのだ。

 

「職人は手に力が入んなきゃ仕事になんねえからな、格闘家も同じだ」

 

 腕を凍らせ、かつ動きを封じることで【ドレインパンチ】を比較的安全に繰り出すアサツキの手腕に、アルバは打開策を考えていた。

 だがこうしている間にも手の動きがどんどんと鈍くなっていく。実際に腕が氷漬けになっているルカリオにとってはもはや打撃攻撃を繰り出せるかすら怪しいレベルに陥っている。

 

「考えろ! 僕はトレーナーなんだぞ、ポケモンが僕を信じている! それに応えろ!」

 

 アルバは叫んだ。レンギョウたちが見守る中、アルバは自身の手を見た。既に青白く、血の巡りが悪くなっているのを感じた。

 それを見て、ピンと来た。天啓とも言える、作戦だった。だがそれの実行には危険が伴う、アルバにもルカリオにも。

 

 だが、

 

「覚悟が必要なんだ! この戦いを制すには、覚悟が!!」

 

 もう一度声を張り上げアルバはルカリオに念じた、波動の制御を停止せよ、と。ローブシンに拘束されながら、ルカリオは自身の波動の制御をストップさせる。

 するとルカリオによって調整されていたアルバの身体を流れるReオーラもまた吹き出す量を変え、再び"紅のキセキ"を纏った。

 

 直後、ルカリオと同じようにアルバの指先から凍り始めた。だが、アルバは氷が手を包み込む前にモンスターボールから手持ちの一体をリリースする。

 

「ブースター! 僕の手目掛けて【かえんほうしゃ】だ!!」

 

「バッ!? 正気か!!」

 

 レンギョウが慌てて立ち上がるが、ブースターは構わずアルバの両手目掛けて灼熱を噴き出した。

 アルバが顔を顰めるが、次の瞬間。ポタポタと音を立ててルカリオの手に纏わりつく氷が溶けて消滅する。

 

「感覚を共有しているから、僕の手についた炎がルカリオの手に引火する! そうすれば、氷は溶ける! そして!」

 

 ルカリオは両腕から朱色の波動を放ちながら炎がついたままの両腕で逆にローブシンを捉えた。

 

 

「【インファイト】だァァァーッ!!!」

 

 

 さながら【ほのおのパンチ】のように繰り出される灼熱の乱打撃がローブシンを襲う。朱のキセキを纏っての一撃は確実にローブシンの胴や顎へと直撃した。

 だがフィニッシュブローの一瞬、再びローブシンはルカリオの腹部目掛けて鋭いパンチを繰り出した。これもねじ込まれた拳がルカリオの体力を奪う。戦闘不能寸前に打ち込まれた【ドレインパンチ】がローブシンに耐え凌がせたのだ。

 

 互いが、互いの攻撃によって仰け反らされる。トレーナーの前まで後退させられた二匹、息も絶え絶えという風に肩を喘がせた。

 恐らく両方とも、あと一撃で戦闘不能のデッドゾーンに入っている。

 

「大した度胸だ、手前の腕に火ぃつけて氷を溶かすなんてな。さすがに今まで同じことやったやつはいねえよ」

 

 アサツキがアルバの大胆さを褒めた。一歩間違えば大火傷の危険を負う作戦だったが、アルバが言った通り覚悟が道を切り開いた。

 二人と二匹の睨み合いを見守る中、サザンカはいち早く状況を整理、認識した。

 

「今の攻防でローブシンは火傷を負いましたね。あれでは遅かれ早かれノックダウンは免れないと思います」

「つまり、時間を稼げばアルバの勝ちってことだよね、センセ」

「そうなりますね、ですが……」

 

 ちらりと、サザンカはアルバとアサツキを見る。確かにこのまま火傷で体力を奪われれば、それだけでローブシンは倒れてしまうだろう。

 だがアルバがそれを許すだろうか、そんな勝利を求めるだろうか。

 

 

 答えは、否だ。

 

 

「最後の最後まで!」

「出し切るだけだ!」

 

 刹那、ローブシンが放つ高速の拳とルカリオによる神速の乱打撃が衝突する。お互いが拳に伝わる衝撃で歯を食いしばる。

 先に復帰したのはルカリオだ。素早く体勢を立て直し、再び地面を蹴った。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉお────ッ!!」

 

 アルバが咆哮する。トップスピードで飛び出したルカリオの拳がローブシンの顎を撃ち抜いたが、ローブシンは意識を手放さずゆらゆらとふらつきながらも後退、足元へ転がる二つのコンクリート柱を掴んだ。かくとうタイプのポケモンには総じて、体力が少ないときほど威力を増す逆襲策がある。

 

「【きしかいせい】ッ!」

「ルカリオッ!? ぐああっ!」

 

 抱くように振るわれたコンクリート柱が左右からルカリオの胴を挟み込み、衝撃がルカリオの身体を押し潰す。ルカリオを徹してアルバの身体が左右から挟まれる感覚を受け取ってしまい、思わず膝を突く。

 この一撃を最初から狙っていたのだ、体力が風前の灯である今最大火力を発揮する【きしかいせい】を。

 

「まだだ! この程度で終わンのか! 違ぇだろ!」

 

 だがアルバが倒れることを、アサツキは好としなかった。アルバは瞳の中で消えかけた火を再び、命のガソリンを注いで爆発させる。

 それに応じてルカリオの両腕から放たれる朱色の波動が一層膨れ上がる。それから目にも留まらぬスピードでローブシン目掛けて【バレットパンチ】を撃ち放つ。

 

 ガンッッッッ!! 

 

 破砕音が鳴り響く。ローブシンはルカリオの放った機関銃のような拳をコンクリート柱を防壁にすることで防いだのだ。当然ルカリオの破壊力によってコンクリート柱は簡単に砕けてしまう。それでも、ルカリオが一息で放てるラッシュを全て防ぎきってから石柱は砕け散った。

 

「もう一発【ドレインパンチ】だ!」

 

 コークスクリューパンチの要領で打ち出されたローブシンの拳がルカリオの胴へ直撃、そのままねじ切るような回転を加えて打撃に重さを与える。

 拳を通してルカリオの体力を大きく奪う。火傷のダメージによる戦闘不能を先延ばしに出来るだけでなく、ルカリオに対し確実にダメージを与えていけるのだ。

 

 

「────諦めるもんか……!! 何度だって、立ち上がれ!!」

 

 

 身体の芯を殴られ、ルカリオが手放しかけた意識をその言葉が繋ぎ止めた。瞳の中に強い意志を再度宿らせ、自身の腹部へ埋まってるローブシンの腕を両腕で掴むとそれを軸に回し蹴りを繰り出し、ローブシンの腰へ【ローキック】を叩き込んだ。

 

「ローブシン! 再構築だ!」

「ルカリオ! 【ボーンラッシュ】!!」

 

 距離を取ったローブシンが再び二つのコンクリート柱を手中に作り上げ、それを上段からルカリオ目掛けて振り下ろす。対するルカリオは波動で練り上げた骨の棍棒を二つへ圧し折り、二刀流で挑む。

 ガツン、石柱と骨棍棒がぶつかり合い火花を散らす。ルカリオは腕に掛かる体重を地面へ逸らすと再び石柱を足場に飛び上がり、両腕の骨棍棒を自在に操り目にも留まらぬ連撃をローブシンへとぶつけた。

 

 あと一撃で両者は倒れる、そんな予測は二匹の限界を超えた攻防により有耶無耶にされた。

 両者とも既に体力は尽きているはずだ。

 だのに、絶対に相手より先に倒れることを自分で許さない。その気迫が二匹を前に押し出させた。

 

 

「──【マッハパンチ】ッ!」

 

「──【インファイト】ォォォォォ────ッッ!!」

 

 

 もはや得物での攻防は無粋、最後には手と手。拳と拳のぶつかり合いで決着を。

 二人と二匹がそう望んだ時、ローブシンは石柱を放り捨て神速の一撃を繰り出す。

 

 ルカリオもまた、地を蹴り常人では目視できない速度でローブシンの懐へ潜り込む。

 

 刹那、衝撃が周囲のトレーナーを襲うほどの素早く、鋭いパンチが突き刺さった。

 ドクン、ドクン、と早打つ心臓の鼓動が静寂の中で聞こえる。

 

 二匹のポケモンは互いに拳を相手に繰り出した姿勢のまま動かなくなっていた。

 

 素早さ故に空気との摩擦で熱を放っていたローブシンの拳は、ルカリオの耳の後ろを通過。

 対して、ルカリオが放った拳はローブシンの腋の下を潜り抜けて、

 

『ブ、シン……』

 

 ──ローブシンの顎へ鋭く突き刺さっていた。

 

 相手を称える一言を添え、ローブシンが地に塗れた。それは紛れもなくルカリオとアルバの勝利を意味する。

 勝者は無言で突き出した手を頭の上へと掲げた。だが敗者もどこか清々しそうに、ヘルメットの下で群れた艷やかな髪を解放した。

 

「勝った!! アルアル勝った!!」

 

 プラムが飛び跳ねて喜びを表現する。それでようやく、アルバに勝ったという自覚が湧いてくる。

 ぞろぞろと見守っていた全員が立ち上がり拍手でアルバとアサツキ両方を称えた。

 

「お疲れ、おめでとう」

「ありがとうリエン! バッチリ勝ったよ!」

「うん、すごい」

 

 そう言って先程と同じように濡れタオルを手渡すリエン。アルバは満面の笑みを浮かべてそれを受け取って汗を拭った。

 タオルから顔を上げると、アルバの前にはズンとレンギョウが立ちはだかっていた。その顔はどこか険しく、

 

「コラ」

 

 ゴツン、とアルバの頭の上に拳骨が落ちてきた。たまらず素っ頓狂な声を上げるアルバ。

 

「まさか"紅のキセキ"を無理やり発動させ、ルカリオの凍傷を治すとはな。だが、今後あんな危険な真似はするな」

「すみません、でもやれました! 朱のキセキにもちゃんと戻せました!」

「そうだな、その点は褒めてやる。よくやったな、アルバ」

 

 汗でグシャグシャの頭を、レンギョウがさらに荒々しく撫で散らした。それを他所に、サザンカとアイラはアサツキの方へ歩み寄った。

 

「お疲れさまです、アサツキさん」

「サンキュ、最後に押し負けちまったけどな」

「でもすごかったです、今度はあたしともジム戦してくださいね」

 

 拳を突き出すアイラにアサツキは「バトル馬鹿ばっか」と言いながらも笑みを浮かべ、コツンと拳を合わせた。

 アサツキも受け取ったタオルで汗を拭うと未だお祭り騒ぎの真っ只中にいるアルバに歩み寄った。

 

「これで、ギルドバッジは本当にお前のもんだ」

「ありがとうございます! だけど、なんだかご褒美感が薄れちゃうな……あ、そうだ!」

 

 アルバが手をポン、と打って提案した。心なしか、キラキラと煌く目にはどこか正気が薄れていた気がしたアサツキだった。

 

 

 

 

 

「あぁ~めっちゃ癒やされるんですケド~~~~~~~!!」

「もふっ!! もふっ!! キテルグマ!! さっきはごめんね! やっぱりもふもふはっ、最高だ~~~!!」

 

 数分後、ジムに設えられた回復マシンで回復させられたキテルグマに抱きついてそのもふもふを堪能しているプラムとアルバの姿があった。

 キテルグマに後ろから抱きつくアルバと、正面から抱きつき顔を擦り付けるプラムを他の面子はやや冷かな視線で見つめていた。

 

「キテルグマ! ぎゅーってして! ぎゅー!」

「お、おい。危ないぞ……」

「へーきへーき! あはは! くすぐったい! あーしキテルグマ大好きうへへへ! もっとぎゅーっとするよし!」

 

 キテルグマに抱きしめられたら人間如きはその腕力で背骨を砕かれるのが常なのだが、プラムはどういうわけか燥いでいる。

 そもそもサザンカの弟子であるプラムがキテルグマに抱きしめられた程度で怪我などするわけなかったのだ。

 

「もふっもふっもふっ! あぁ~癒やしだ……疲れた身体にもふもふが染み渡る……」

「アルバはなんていうか、ちょっと気持ち悪いね」

「そう? 旅の途中いつもあんなんだよ」

 

 ドン引きしながら告げるアイラに、リエンはあっけらかんと言い放つ。なんとも思わないというよりは、もはや慣れたのである。

 

「あ、あ、あーしも、ヌイコグマ買ってこようかな……お小遣い足りっかな、ふへへ……」

「プラムももふもふを愛する者なら僕も支援しちゃうよ、もふもふは世界に必要だからね」

「マジか、無限に愛した……」

 

 結局、二人のキテルグマ摂取はそれから日暮れまで続いた。

 しかしサザンカやレンギョウたちの手伝いもあり長引くと思われた物資搬入は済んだ、レニアシティの夜明けは確実に近づいている。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 コン、コン。

 盤上に並んだ駒が進み、阻む駒を跳ね除ける。

 

「──そいで、進捗はどうよ」

「芳しくない」

 

 言いながら、騎兵(ナイト)戦車(ルーク)を討ち取った。まいったな、などと毛ほども思っていないだろうに頭を掻いてみせる。

 進ませた騎兵を盤上に落ち着けながら、グライドはやや浅くだがため息を吐く。

 

「どこに行っちまったんだろうな、ダークストーン」

「最後に見たのは貴様ではないのか、ワース」

 

 コツン、返すようにワースは女王(クイーン)僧正(ビショップ)を刈り取った。これはチェスと呼ばれるボードゲームの一種だ。

 ただの盤上の遊戯と侮るなかれ、このゲームに求められるのはひとえに与えられた軍を如何に駆使して相手を打ち破るか。

 

 故にワースは、暇さえあれば一人でチェスを打っていた。今日は偶然、相手が見つかっただけで。

 

「だなぁ、だが同時にネイヴュの()()共も、ダークストーンが去るのを見てんだよなぁ」

「尚の事急がねばならんな、奴らに先を越されるのは避けたい。既にライトストーンが、あの煩わしいガキの元にあるのだからな」

 

 駒を進める手に、苛立ちが見える。乱暴に叩きつけられた黒の女王がワースの持ち駒である白の女王を倒す。

 

「ほほぉ、あのガキがねェ……ならちょいと、英雄に相応しいか俺が査定(みて)やっか」

「今度は仕留めろ、ライトストーンの保護も同時に命じる」

「はいはい、グライド様は人使いが荒くてたまらんねぇ」

 

 冗談めかして言いつつ、ワースが動かしたのは白の兵士。最奥へ進んだ兵士(ポーン)が女王へと昇格(プロモーション)する。

 それから何手か差し合い、形成は逆転する。最初にクイーンを取られたワースが不利だったが、プロモーションで再度クイーンを得て盛り返したのだ。

 

「ほい、チェックメイト」

「……くだらん」

「物の扱いは、俺の方が上手ぇってわけだ」

 

 カカカ、と陽気に笑うワース。それに対して仏頂面で心底面白くないといった顔のグライド。

 実際のところ、部下を畏怖で操るのがグライドだとするなら、ワースは能力で操っている。極端な話、人望と言ってしまってもいい。

 

 ミスを犯せば自分たちの命がない、それに比べワースの下でならきちんと挽回するチャンスが巡ってくる。

 故に部下の行動意欲は僅かにワース班が勝っている。しかしグライド班はその与えられた一度のチャンスをものにするという覚悟と気迫がある。それはワース班の人員には足りない意識である。

 

「ああ、そう言や今度あるレニアシティの復興祭。そこでアイツはゼラオラのリライブを企んでるらしいな」

 

 タバコに火をつけながらワースが呟いた。グライドが煙たがり、不快感を顕にする。しかし構わず吸い続けるワース。

 

「丁度いい、隠密班を動かせ。あのガキからライトストーンを奪還するのだ」

「焦んなよグライド、まずは査定からだ。あのガキにはまだ利用価値がある。"キセキシンカ"を起こせる貴重な人材だ、違うか?」

「我らの仇敵である以上、貴重であろうと処分が妥当だ。少なくとも私はそう考えている」

 

 

「──だが、()()はそう考えてないぜ?」

 

 

 瞬間、突き出された拳をワースは顔の目の前で受け止めた。グライドは顔色一つ変えずにワースを攻撃したのだ。

 

「口を慎め、ワース。あの御方のご意向など貴様に言われずとも分かっている」

「だが手を出すってことは、お前は、お前の言う、あの御方の、ご意向に背いてでも、あのオレンジ色のガキを始末した方が良いと思ってんだろ? それは背信じゃあねえのか?」

「ほざけ、もはや議論の余地はない。早々に去れ、二度はない」

 

 はいはい、とひらひら手を降って退室しようとするワース。しかしそれを見てグライドがワースを呼び止めた。

 

「去れっつったり、待てっつったり、俺ぁお前のイヌじゃねえぞ」

「この戦いは、盤上のものと変わらん。貴様の得意な、チェスとな」

 

 その含みのある物言いに、ワースは手をひらひらと振って部屋を後にする。

 殆ど吸い終わり、小さくなったタバコを道端に捨てていく。頭の中にはグライドが放った言葉が反復していた。

 

「……ロアでも弄って憂さァ晴らすか」

 

 呟きながら、ワースはペガスシティ庁舎『ソムニウム・ライン』を背に歩き出した。

 

 



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VSゲンガー メティオの塔

 レニアシティ復興祭を間近に控えた今日、修行の名目で各地にバラけていたダイたち四人組はそれぞれの特訓を修了しようとしていた。

 ダイはテルス山からルシエシティへ場所を変え、エイレムの屋敷とポケモンセンターを行き来する日々を送っていた。

 

「あ~~~~~~~~~~ん寂しいわコスモスちゃん! そうだわ、ママと一緒に来ない? ね、ね? そうしましょ?」

「奥様、そろそろご出立のお時間でございます。このままでは飛行機に乗り遅れてしまいますゆえ、程々に──」

「ダイくんからも何か言ってよ~! コスモスちゃんと一緒じゃなきゃヤ~~~~!!」

「奥様」

 

 結局、執事のブロンソによって車に放り込まれるまで延々とコスモスに泣きついていた。走り去る車に対して小さく手を振るコスモスを見て、ダイは苦笑いを隠さずに言った。

 

「ヒメヨさんの子離れ、いつになるんですかね」

「さぁ……私がお婆さんになるまで、でしょうか」

 

 つまりは生涯現役か、と呟きながらダイはなんだかんだあり得る未来のような気がしてならなかった。

 隣を見るとコスモスの横顔がある。遂に一ヶ月の間、毎日見続けた横顔だ。一緒に冒険していたアルバたちの横顔の輪郭が頭の中でボヤケている気がした。

 この二週間、ダイはジュカイン以外のポケモンもフルで用いての特訓をコスモスと行った。時折ヒメヨも教導に混ざったりしてくれて、ダイはポケモンリーグの入り口がどれだけ高いところにあるかを再認識させられた。

 

「今日は、行かなければならないところがあります」

「それって、"メティオの塔"ですか?」

 

 コスモスが行き先を告げる前にダイが言い当てると、コスモスは少し驚いたように目を見開いた。

 

「驚きました、どうしてそう思うのですか?」

「この間、コスモスさんが俺に隠し事をしてるって話をした日。レシラムと話をしたんです。そうしたら俺がレシラムと一緒に戦うために必要な真実はメティオの塔にある、って」

 

 だからダイはそろそろラジエスシティに戻らなければいけない今日、コスモスが切り出してくると予想していたのだ。

 ライトストーン、もといレシラムと話をしたとダイが言うと、コスモスは長い睫毛を少しだけ揺らした。

 

「では準備が出来次第、向かうとしましょう」

「俺はいつでも」

「そうですか、それでは少しだけ時間をいただきますね」

 

 コスモスはそれだけ言うと屋敷の中に戻っていった。それを見送ったダイは手持ち全てを一度ボールから出した。

 ジュカイン、ゼラオラ、ゲンガー、ウォーグル、ゾロア、メタモン。彼らはこの一ヶ月で、かなりパワーアップした。

 一時は進化出来ない個体だとされたゾロアも、コスモスから譲渡された"しんかのきせき"によって耐久力に磨きをかけた。

 

 さらにゼラオラも、積極的にバトルを行ったことで既にリライブ寸前まで心を開いていた。レニアシティでの戦いで取り戻した【プラズマフィスト】の練度も上がってきている。

 手持ちたちが大幅に強化されたことで、ダイも少しずつ自信をつけていった。だがそれでもまだコスモスから勝ちをもぎ取るところまでいかない。

 

 このままではポケモンリーグ出場が危ぶまれるが、最悪VANGUARDのメンバー証である"VGバッジ"をジークバッジの代わりにする事はできる。その場合、今度はレニアシティが誇る英雄の民カエンとのジム戦は避けて通れなくなるのだが。

 

 なんにせよ、まずはバラル団との決着である。そうでなければポケモンリーグは開催すら出来ないかもしれないのだ。

 

「お待たせしました」

 

 ちょうど全員のコンディションを確認し終えた頃、コスモスが肩掛けの小さな鞄を提げて現れた。黒いゴシックドレスに合うマホガニーカラーの鞄だった。

 コスモスはカイリューを呼び出し、ダイはウォーグル以外の手持ちをボールに戻してその背に飛び乗った。

 

 どちらともなく飛び立ち、朝の清々しい空を翔ける。ダイはタウンマップを取り出して場所を確認する。今はルシエシティを出て暫くの場所にある"17番道路"上空だった。そしてメティオの塔はラフエル地方南東の位置に存在している。つまりはこれからラフエル地方を縦断する必要があるのだ。現在は早朝だが、ゆっくり飛んでいれば到着する頃には昼を過ぎているだろう。

 

 ダイはちらりと、カイリューの背で淑やかに座すコスモスを見た。出発前と同じ憂いを秘めた横顔がどうにも気になったのだ。

 彼女の言う「隠し事」がそこまでコスモス自身に気負わせているのかもしれない。だがダイは、人が人に隠し事をしていると正直に打ち明ける場合、それがどういう意味を持つのか理解していた。

 

 そもそも、メティオの塔に行かなければ始まらないのだ。今はコスモスを信じて飛ぶしか無い、とダイも腹を括った。

 しばらく飛んでいると、テルス山を追い越し、かつてアルバとリエンとパーティを組んで冒険に出始めた14番道路と、モタナタウンの真上に辿り着いた。

 

「そんなに長い時間経ったわけじゃないのに、なんか懐かしいな」

 

 一人、ダイは呟いた。視界の端、浜辺の最果てにポツンと立っている小さな物置小屋が見えた気がした。そのまま海上を飛び続けているうち、ぼんやりと水平線に浮かぶ島が見えてきた。

 タウンマップを開くとその島が地続きではないことが分かった。今では巨大な橋が掛かっているため、陸路でもアクセスは可能そうであるが。

 

「見えてきました、あそこです」

 

 数時間ぶりに口を開いたコスモスが指差す先には黄緑色の短い草原にそびえ立つ一本の石造り。近づけば近づくほどわかる、天を穿つラジエスタワーに匹敵するその巨大な塔こそラフエル最古の遺跡。

 

「あれが……メティオの、塔」

 

 草原に降り立ったカイリューとウォーグルをボールに戻し、コスモスが先を行く形で塔への一本道を歩く。海が近いからか、強い潮風が横殴りに吹き続けている。コスモスの髪やフリルのスカートが強風に煽られているのを見て、ダイは小走りで彼女の隣、コスモスから見て風上の方へ並び立った。

 

「大した風除けには、ならないと思いますけど」

「……いえ、助かります」

 

 耳の脇で流れる髪を抑えながらコスモスが言った。ダイはいつだったか、コウヨウが潮風は女性の天敵だと言っていたことを思い出していた。せっかく彼女よりも背丈だけは大きいのだから、とダイは極めてぎこちなくコスモスをエスコートする。

 

 互いにそれ以上の会話の無いまま石造りの塔へと向かい、遂に古びた門扉を見上げるところまでやってきた二人。

 きい、と音を立ててコスモスが扉を開けた瞬間だった。

 

「この扉の向こうへ進むには英雄の民か、彼らの随伴が必須です」

「え……ここまで来たのに!?」

 

 振り返りながらコスモスが言った。それに対しダイは素っ頓狂な声を上げざるを得なかった。なにが悲しくて何時間も掛けて空を飛んできたのにも関わらず入り口で出入りを制限されなければならないのか。

 だがコスモスはそのまま敷居を跨いで荘厳の中へと脚を踏みれた。そしてダイに向かって、手を伸ばしたのだ。

 

「──これから先に立ち入るということは、()()()()()()ですので口外しないようお願いします」

 

「っ……マジか」

 

 ダイは思わず固唾を呑んだ。コスモスは決して、バレないよう不法侵入しようと提案しているわけではない。なぜなら、今日アポイントは取ってあると彼女が既に公言しているからだ。

 であるなら、答えは一つ。

 

 コスモスが、この扉を身一つで潜ることを許された人間──即ち、英雄の民であること。

 

「他に、知っている人いるんスか」

「エイレムの血を引く者と、ブロンソのような上級使用人だけです。ひと月前に一度カエンくんと訪れましたが、彼にも話していません。それ以外となると、この先に待つ人物だけでしょう」

「なるほど、そりゃ話のタネにはできそうに無いですね」

「ご理解いただけたようで何よりです」

 

 塔の中は外の風の喧しさが嘘のように静まり返っていた。脚を踏み出す時の、靴底が微かに石畳を擦る音が爆音に聞こえるほどには無音の空間だった。そんな中、コスモスのブーツがカツカツと石畳とセッションし、小気味好い音を奏でながら階段を登っていく。ボロボロの壁に空いた穴からは外の日差しがピンポイントで降り注ぎ、それに照らされながら手ぐしで簡単に荒れた髪の毛を整えるコスモスの姿はさながら絵画の中の世界そのもので、思わずダイはため息を吐いてしまう。

 

 やがて上層階にやってきた時だった。ダイは肌に、突き刺すようなプレッシャーを感じた。そして数歩先を歩くコスモスの影が自分の影に比べて濃いことに気づいたのだ。

 そこからは、半ば反射で飛び出したように後ろからコスモスを突き飛ばした。

 

「コスモスさんッ!」

 

 突き飛ばされたコスモスが日差しに照らされた場所へ踏み込む。従って、コスモスの影が壁の影から独立することになる。そしてダイが繰り出したゲンガーが浮遊する腕を鋭く、コスモスの影へと叩き込んだ。

 だがその拳は、影の中から飛び出してきた()()()()()()()()()()()()()が受け止めた。ヌッと影から現れ出るは、同じくゲンガーだった。

 

「野生のポケモン……いや、違う!」

 

 少なくとも野生のゲンガーならば、このひと月で鍛え上げられたゲンガーの【シャドーパンチ】を受け止められるはずがない。

 そして何より、ダイが息を詰まらせるほどに濃いプレッシャーを放つとは考えられない。何者かが、このゲンガーをけしかけてきたと考えるのが妥当だった。

 

 返すように、相手のゲンガーが【シャドーパンチ】を放ってきた。それも両手が、凄まじい速度で迫る。もう一度浮遊腕を繰り出し、応戦するダイのゲンガー。

 目にも留まらぬ高速の乱打が二匹の間で繰り出される。スピードはダイのゲンガーの方が僅かに勝っているようだった。

 

「……ッ」

 

 だが、攻撃の精密さと精神力で勝っているのは相手のゲンガーのようであった。見れば、ダイのゲンガーが二撃繰り出すのに対し相手のゲンガーは一発。だが、その一発で拳の中心点を叩き最小限の力で跳ね返している。

 スタミナは有限なのだから、このラッシュの応戦が長引けば長引くほどピンチに陥るのはダイのゲンガーの方だ。

 

 

「──突き進め(ゴーフォアード)、ゲンガー!」

 

 

 だからダイは、深呼吸の後に声を張り上げた。ゲンガーの目つきが変わり、覚悟を灯す。凄まじい光が塔の中を照らし出し、ゲンガーが姿を変えようと光を纏う。

 左腕を突き出すダイから虹色の光が放たれ、ゲンガーは進化の繭を突き破って再度相手のゲンガーへと突進する。

 

「メガシンカ!」

 

 宵闇をその身に携えた、メガシンカしたダイのゲンガーが先程を上回る速度で【シャドーパンチ】を繰り出す。たった一発に拳を跳ね返されるのなら、さらにもう一発相手が反応できない速度で繰り出すだけのこと。

 距離を詰められたままでは不味いと悟ったのだろう、相手のゲンガーがコスモスの影から完全に飛び出すと闇色の魔球をその手に出現させる。

 

 ダイは逡巡の末、コスモスに視線を送った。コスモスは嘆息の後、ジャラランガ──パシバルを呼び出しその影に控えた。

 直後、メガゲンガーとゲンガーが同時に【シャドーボール】の雨を放ち合う。流れ弾が塔の壁にぶち当たっては石塵を散らす。

 

「ゲンガー、ストップだ」

 

 最上級の一撃を放とうとするダイのゲンガー、だがそれをダイが抑えた。それを見て、相手のゲンガーもまた魔球を消滅させた。

 

「どうしたのですか?」

 

 コスモスが尋ねるが、ダイは周囲に目を向けたまま答えない。戦闘の終了に伴い、ゲンガーのメガシンカが解除される。さらに、相手のゲンガーが攻撃方法を近接(クロス)の【シャドーパンチ】から中距離(ミドル)の【シャドーボール】に変えた瞬間、【みちづれ】を自分に掛けたことにダイは気づいていた。運良く相手に魔球を直撃させたとしてもゲンガーは瀕死に持ち込まれていた。

 

 決定的だったのは相手の攻撃に敵意を感じなかったこと、明らかにダイのゲンガーを()()()()()と感じたのだ、だからダイは戦闘を中止した。

 

 

「──なかなか、良い洞察力をしている」

 

 

 その時だ、相手のゲンガーの影から逆に人影が現れた。その人物はフード付きのローブで素性を隠していたが、背丈と声音で辛うじて女性だと分かった。

 ダイはゲンガーをボールに戻すと、ローブ姿の女性もまたゲンガーを下がらせる。直感で、ダイはこの人物に会うためにコスモスは自分を連れてきたのだと悟った。

 

 そうして、それが分かったために彼女へ近づこうとした時だった。

 

「あぁ、三歩先に気をつけたほうがいい」

 

「え────?」

 

 ダイが突然投げかけられた言葉を咀嚼して、意味を理解するまでに三秒を要した。その間、進んだ歩数は三歩。つまり宣言された歩数を歩いたのだ。

 次の瞬間、ダイの体勢ががくんと崩れる。経年劣化で脆くなっていたのだろう、ダイが踏み出した三歩目によって踏み抜かれた床が音を立てて抜け落ちたのだ。思わず落ちかけたダイの腕をコスモスが引っ掴み、事なきを得た。

 

「あっぶねー……」

 

 コスモスの補助を経てなんとか持ち直したダイが一汗拭う。そして、改めて目の前の人物に視線を送った。

 ローブ姿の女性が立ち上がると、目の前に漂う水晶もまた彼女の胸の高さまで浮かび上がる。

 

「改めて。よく来たな、エイレムの末裔。そして──」

 

 フードの奥、微かに光を放つ眼がダイを射抜いた。見られている、と察知したダイが思わず硬直する。女性は徐にフードを捲りあげ、艶やかな褐色を晒した。

 緩やかなウェーブラインを描くその薄紫の髪は、厳密に色味は違えど今は遠くで頑張っている友達(ソラ)を思い出させる。

 

「直に顔を見るのは初めてだが……視たのはこれで()()()だな、白陽の勇士よ」

 

 薄く微笑みながらそういう褐色の女性にダイは訝しみを隠せなかった。どういう意味だ、と尋ねようとした瞬間バッグの中が熱くなるのを感じた。

 慌ててバッグからライトストーンを取り出すと女性は一度目を見開き、そして再び微笑みを携えた。

 

「見事だな、このひと月でここまで仕上げてくるとは。エイレムの末裔はよほど仕込んだようだ」

「貴女の予言を聞いてしまえば、そうもします」

 

 嘆息を隠しながらコスモスが言う。ようやく話が見えてきたダイが口を挟もうと一歩、今度は足元に注意しながら踏み出した。

 

「まずは名乗ろうか、白陽の勇士よ。私の名はサーシス、ポケモン協会の命によりここメティオの塔の管理を任されている。そして──」

「彼女は、ラフエル地方におけるポケモンリーグの四天王の一人でもあります」

「四天王……!? 最強の一角が俺のこと知ってるって、なんか照れるな」

 

 高揚を隠せずにダイが呟く。だが、自己紹介も終わりいよいよ本当の目的を果たすこととなる。

 

「ひと月前、レニアシティでの決戦時。私とカエンくんは彼女に会い、未来を()()もらいました」

「未来を……?」

「如何にも。四天王という任の傍ら、私は占い師を生業としている。故に私は人の未来を見通すことが出来る」

 

 その言葉を、ダイは疑わなかった。むしろそのためにサーシスはダイに向かって「足元に先に気をつけろ」と言ったのだ、ダイがそこで躓く未来が見えていたからだろう。

 加えて彼女は「その顔を見るのは三度目」と言った。つまりは、サーシスが視たという未来の中にダイの顔があったということになる。

 

「彼女の占いは、必ず当たると言われています。殆どが予言の域、とも」

「なるほどね……それじゃあ、今日俺が来たのは、もう一度直に占ってもらうため?」

「そうなります。お願いできますか」

 

 コスモスが尋ねると、サーシスは静かに頷いて水晶玉越しにダイの目を覗き込んだ。すると水晶玉が燐光を帯び始め、塔の中に淡い光が満ちる。

 するとサーシスの意識が水晶玉に入り込み、ダイはそれに引きずり込まれるように彼女と同じものを()()

 

 自分の肉体が消滅し、まるで体感型の映画を見ているかのような感覚。

 

 黒い雲に覆われた空の下、復活した白陽(レシラム)黒陰(ゼクロム)が無数の影と戦っている。ダイはレシラムの背に乗っている人物に目を向けたが、まるでそこだけモザイクが掛かっているかのように姿がハッキリとしない。そして二匹が戦っている相手である、無数の影。それは紫と青の体色をした見たこともないポケモンだった。というよりは()()()()()()()()()()()()生物感であった。

 

 場面が切り替わり同じく黒い空の下、荒れ狂う海の上で一際目立つ()()()()。海の上には難破寸前の大きな船が大波という暴力に襲われている。

 

「これは……これが、未来……?」

 

 ダイが呟くが、返事は返ってこない。さらにもう一度場面が切り替わると、そこはメティオの塔の中だった。現実に戻ってきたんだと理解したダイだったが、突然戻ってきた肉体の感覚に思わず尻もちを突いてしまう。

 すかさずコスモスが手を差し出し、ダイがそれに掴まって立ち上がる。すると先程と違い、顔を険しく顰めているサーシスの姿があった。

 

「どうしたのですか」

「以前、エイレムの末裔と共に視た未来ではそこな少年が、白陽と黒陰を引き連れ巨悪に立ち向かう姿があった」

 

 だが、そう続けるサーシスの意図が二人にも分かった。その先の言葉は、エスパーでなくとも予測ができた。

 

 

「──端的に言えば、未来が姿を変えた」

 

 

 その言葉に、ダイは言葉を失った。絶句した、とも。手の中で光を放つ白い宝玉の暖かさが途端に嘘くさくなった。

 しかしコスモスはというとそれを望んでいたのだろうか、至ってフラットな姿勢を保っている。

 

「『白と黒を従えし孤高なる勇士、その生命尽きても破を滅ぼす』……以前の予言では、そうなっていましたね」

「あぁ、そうだ。白陽の勇士が生命と引き換えにこの世界を救う、それが前回の予言だ。だが先程も言った通り、未来が姿を変えた」

 

 ボソボソと話し合う声にダイがハッとさせられる。全てが繋がった、コスモスがダイにしていた"隠し事"の内容が分かったのだ。

 

「つまり、俺がその、レシラムとゼクロムを従える孤高の勇士になって、人身御供にならなきゃラフエル地方は救えなかったのか……?」

「包み隠さず言えば、そういうことになります。黙っていたことは謝罪します、ですが──」

 

 

「──ふざけんな!!」

 

 

 コスモスが頭を下げるが、それを中断させるのは怒号だった。

 それでも彼が怒るのも無理はないと、コスモスは思っていた。甘んじてその怒りを受け入れようと目を瞑った。

 

 だが、ダイの怒りはコスモスに向いていたのではなかった。

 

「さっき俺が視た未来では、レシラムとゼクロムを引き連れいる人間が誰かわからなかった! つまり、()()()()()()()()()()()()()かもしれないってことだ!」

 

 思わずコスモスは顔を上げてしまった。歯噛みするダイの目尻には悔しげに揺れる涙があった。そうして、気づいてしまった。

 彼の怒りは、自分以外の誰かが生命を懸けなければいけないことに向いていたのだ。

 

「あなたは……自分ならその役を引き受けてもいいと思っているのですか……?」

「そうだよ!! むしろ合点が行ったよ! なんであの日、レシラムが俺を生き返らせたのか! 全部、その時のためだろ!!」

 

 たった十五歳にして、自分が生贄になることに対しなんの恐れも抱かず、あまつさえ自分以外がその役を引き受けるかもしれないという事実に酷く憤っている。

 この少年は、ダイは、異常だ。狂っているとさえコスモスは思った。それはサーシスも同様で。

 

 そんな悲しい覚悟があってたまるか、と思った。だが覆そうにも、揺らがないエメラルドの瞳。

 

「おいレシラム。お前確か言ったよな、お前と一緒に戦うのに必要なのは覚悟だって。見ての通り覚悟ならとっくに出来てんだよ」

 

 白宝玉を掲げて、ダイが強めの語気で語りかけた。コスモスもサーシスも、ただ見守るのみ。

 明滅を繰り返すのみの宝玉目掛けて、遂にダイが怒鳴りかけた。

 

「だからお前も、俺と戦うって腹ァ括れよ、今ここで!! じゃなきゃ、マジで叩き割るぞ!!」

 

 石畳に置かれた白宝玉を睥睨するダイ、その姿は死に急いでいる愚者そのものでコスモスは思わず眉を寄せた。

 

「頼むよ……ダメなんだよ、誰にも死んでほしくない……あんな痛くて、寒くて、寂しいのは」

 

 一月前に経験した今際の際を、思い出す。身体を襲う酷い虚脱感と、生命という熱が身体から抜け落ちていくあの感覚は忘れることなど出来ない。

 言葉を一度でも交わした誰かが、あの痛みを味わうことを想像するだけで歯の根が震える。

 

「俺だけでいいんだ……慣れてるヤツの、仕事だろうが……ッ」

 

 悲痛な懇願に、白宝玉は応えない。ただ淡い明滅を繰り返すのみだ。

 静寂が場を支配する。それを打ち破ったのは、ブーツの底が石畳を少し乱雑に叩く音。そして、

 

 パァン! 

 

「……ッ」

 

 ──頬を打つ、乾いた音だ。

 というのもコスモスが歩調を強めてやってきた後、ダイに思い切り平手打ちを見舞ったのだ。

 

「いい加減にしてください。貴方が思っている()()は、私達も同じです」

 

 この一ヶ月間、コスモスが表情を歪めるシーンを見たことがない。それだけにダイは目の前の、悲しい激情を顕にするコスモスをまじまじと見つめてしまった。

 

「貴方が自分ひとりで上がりを決めるのは、貴方のお友達に対する卑劣な裏切りです。

 それに貴方だけじゃない、誰もがみんな、自分に出来ることをするために強くなろうとしているんです。どうして一人で背負うんですか?」

 

 ダイはハッとする。このひと月、死にものぐるいだったのは自分だけじゃない。

 アルバも、リエンも、ソラも、それぞれの戦いをしてきた。もう以前の自分たちではない。

 

 しかしダイはどこかでまだ三人のことを「守るべき存在」として、庇護するつもりでいた。

 彼らは許すだろう。だがそれは、人からすれば今している努力を無視されるようなものだ。

 

「何より、貴方はまた彼女(ソラ)を一人にするつもりですか? 彼女には貴方が必要なんです」

 

 決定打だった。それを言われてしまったら、ダイはもう無闇に生命を散らす選択が出来ない。

 だが、それならどうすればいいのか。示された未来によって、未来が閉ざされている気がした。

 

「少し、いいか」

 

 その時だ、未来の暗示をもたらしたサーシスがタイミングを図ったかのように割ってきた。

 

「そもそもな、占いとは本来未来の暗示に一喜一憂するいわば、娯楽だ。それに全てを託しきって、後はなにもしないということはあってはならない」

「何が言いたいんだよ、サーシスさん」

「つまり噛み砕いて言ってしまえば私は、私の視た未来を否定してほしいのさ。後は分かるな?」

 

 白陽と黒陰を従えし勇士は死ななくてもいいかもしれない。

 

 その勇士とはダイじゃなくても良いのかもしれない。

 

 そもそも、この地方を救うのにレシラムとゼクロムの力は必要ないかもしれない。

 

「未来は人の解釈次第でどうとでも姿を変えるんだ。大事なのは向き合い続けること。

 たとえ未来が暗い、荒れ狂う海であろうとも前へ突き進む強い意思。それこそが」

 

 

 彼女の視なかったたった一つの未来を引き寄せる、同じくたった一つの奇跡、

 

 

「私は『運命(あした)を切り拓くヒトの力』だと思っている」

 

 

 出会ったときから変わらない微笑みを向けられて、ダイは次第に頭が冷えていくのを感じた。

 それこそ決まった未来だと決めつけて、足掻くことを最初から諦めていたように思う。

 

『落ち着いたかい?』

「ようやく喋りやがって……だけど、そうだな。目は覚めたよ」

 

 ピシャリと頬を打つダイ。隙間から入り込んできた微かな風がすっと胸を通り抜けていく。

 まるで、透明になったみたいだと髪を揺らす風を受けてダイは思った。

 

 バラル団との戦いである以上、相手方が所有しているダークストーンをどうにかして入手する必要がある。誰が持っているのかすらわからない今、バラル団に接触しなければ始まらない。

 幸い、VANGUARDとして戦う機会はいくらでもあると、ダイは考えていた。

 

「ありがとう、コスモスさん。知らないままだったらきっと、未来で直面した時もっと狼狽えたかもしれない。サーシスさんも、アレが本当に来る未来だとしても……」

 

 手のひらの上のライトストーンと、モンスターボールに収まった六匹の仲間、そして今はいないもう一匹の顔を思い浮かべてダイは自然と笑みを浮かべた。

 

 

「──俺は運命と戦ってやる」

 

 

 そして勝ってやる、とは言わなかった。その意気込みと覚悟は、十分伝わっただろうから。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 場所は変わり、ある地下の街では灰色がそこかしこを跋扈していた。それぞれが思い思いに、仄暗い笑みを浮かべているのが分かる。

 そんな中、パンパンと手を打つような音が響いた。

 

「注目ゥー!! 整列!!」

 

 赤毛を逆立たせながら怒号に近い声音で下っ端たちに整列を掛けるのは、バラル団の通称"ワース組"と呼ばれる人員の中で班長を務めるロアだった。

 班長クラスの号令により、下っ端と彼より下のランクの班長たちが軍隊のように綺麗な隊列を作る。

 

「これでいいか?」

「堅いねェ、俺たちゃ軍隊や警察じゃねぇんだぞ。お前ら、楽にしていいぞ」

「だったら最初からテメーが号令かけりゃいいじゃねえか!! なんだったんだよさっきの!」

「だってデケー声出したら疲れるだろうが、反面お前はハナっから声がデケーし適任だろ」

「ふざけんな! おいオッサン! ゴラ!!」

 

 ギャンギャン喚き散らすロアを横目に、整列した下っ端たち総勢三十人ほどの顔を順繰りにワースが見ていく。

 顎髭を撫でるのは、査定の一貫。自身の勘を最大まで高めるゲン担ぎのようなものだ。

 

「ワースさん、指示通り指定されたメンバーを集めたが、これで良かったのか?」

「おう、今回の任務は隠密班が主力になる。となればお前さんが選んだ人員が一番信用できる」

 

 未だに騒いでいるロアを無視して、ワースはフードを深めに被った隠密班長イグナの肩に手を置いた。

 そのイグナの後ろに並んでいるのは、彼が選りすぐった隠密班の人員だ。そんな中、ワースはイグナの数人後ろで青い顔をしている一人の下っ端に気づいた。

 

「お前さん、名前は?」

「は、はい……"エス"といいます」

「新人だな、前に査定()た覚えがねぇ」

 

 くすんだ金髪の少女は震えながら頷く。するとイグナがワースに提言した。

 

「少し前に、ソマリが連れてきた追加人員……After thawing(雪解け水)です」

 

 雪解け水、それはバラル団が決起したあの"雪解けの日"以降にメンバー入りした新人を揶揄する言葉だ。

 彼らがバラル団に加入するに至った経緯は様々だ。真実に気づいた者、バラル団の理想に興ずる者。

 

 だがエスは違う、彼らの仲間入りを果たした理由はひとえに、恐怖があったからだ。

 

「使えるのか?」

「少し動かしてみましたが、実働補助から人払い、電気系統の破壊工作に役立つかと。特に今度のミッションは、祭りの最中を狙うわけですし」

「ふぅん……」

 

 ちらり、とワースはエスを見る。かたかたと小さく震える尖兵は些か頼りなく思えたが、イグナがこの場に連れてきたということは彼が彼女の手腕を買っているという何よりの証左。これ以上の口出しは野暮というものだ。

 

「そうだよワースさぁん、マリちゃんの人を見る目も信用してほしいなぁ~」

 

 その時だった。エスの肩を後ろから抱くようにして現れるのは、バラル団のスカウト班長ソマリだった。イグナの言う通り、エスを見つけた張本人だ。

 まるでアーボの祖である"蛇"と呼ばれる生き物のように、鋭くも粘ついた視線をエスに向けているソマリ。

 

「あン? なんだよ、お前らも来るのかよ」

「そうでーす! ハリアー様からの直々のお達しでーす! ほら、ハリアー組(うち)がそもそも実働補助の本元だし~? ちなみにケイカたんも一緒で~す!」

 

 ソマリがそう言うと、どこからともなく暗部班長のケイカがスッと現れた。あまりの気配のなさにイグナの部下がざわめき出す。裏切り者や大物の()()が主な任務のケイカの噂を知っている者なら当然の反応だろう。

 

「……ま、人手が多いに越したことはねェか」

「ぶーぶー! 信用してないな~? まぁいいですケド~」

 

 文句を垂れるソマリをも無視してワースは再度前に出る。ソマリと入れ替わりで落ち着き払っていたロアに指示を出し、大型のトランクケースを用意させた。

 それはこの集会が始まる前からロアが持ち運んでいた荷物だ。それを開ける準備をロアが始めると、イグナが尋ねた。

 

「ワースさん、これは?」

「おう、うちの研究班が遂にやってくれてな。完成したんだよ」

 

 ガチャリ、重々しい音を立ててトランクが開くとそこには漆黒の宝玉と、黒いバングルが複数個収まっていた。

 イグナがその黒い手のひらサイズの宝玉とバングルを手渡され、光に透かしてみる。すると見辛いが中にはDNAの螺旋を模した"進化の紋章"が刻まれていた。

 

「"キーストーン・I(イミテーション)"、研究班が開発した、いわば量産型キーストーンとメガストーンだ」

 

 あまねく奇跡を、人の力とした。祝福の虹は冒涜の黒へと塗り替わった。これは、そういう類の黒だとイグナは思った。

 

「問題なく動くようだがな、グライドの野郎は今回のミッションでこいつの実戦データを取ろうとしてるらしい。つーわけで、一つ頼まれてくれねえかイグナ」

「良いのかワースさん、俺たちの本領は隠密行動だぞ」

「そう言うと思ったぜ。だがな、相手はあのオレンジ色だ。それもこの一ヶ月、ライトストーンを目覚めさせるために特訓漬けらしいじゃねえか」

 

 つまりは、こちらも擬似的な奇跡を身に纏わなければならない。イグナは瞑目し、首を縦に振った。

 

「わかった、任せてくれ」

 

 イグナは自分のポケモンに対応した《メガストーン・I》をロアから受け取るとそれを手持ちのヘルガーへと持たせた。

 さらにイグナの手持ちにはコドラがいる。進化後のボスゴドラもまた、メガシンカが可能とされる種のポケモンだ。

 

「そっか~、オレンジ色……ダイきゅん、って言ったっけねぇ彼。今もまだ頬がヒリヒリしてるよ」

 

 ひと月前の戦いで、思い切り殴られたことを思い出すソマリ。お礼参りももちろんだが、ソマリの目的は別にある。

 

「もち一緒にいるっしょ、ソラちゃん。また遊べそうだなぁ……!」

 

 それはソラだ。悪意が再び芽吹き、立ち直った少女へと迫ろうとしていた。

 

 

「ヒヒッ、キヒヒヒ、ヒハハハハハハッ!! ヒャーハハハハハハッ!!!」

 

 

 だから悪魔は、愉悦に笑い狂う。一度味わった甘露を、再び舐めしゃぶるように。

 

 



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VSオクタン 序曲

剣盾が楽しすぎて一ヶ月経っちゃったぜ


 ダンダン、パチパチ。

 

 快晴の空を彩る火薬の山。それは即ち、開催の合図。

 今日、レニアシティは完全に復活し、それを祝しての祭りが行われるのだ。

 

 ストリートには至るところに出店が見られ、食べ物の屋台からトサキント掬いなど多種に渡っている。

 話によればここは"シャルムシティ"から出張してきた店舗が殆どで、シャルムシティが"小さなイッシュ"と呼ばれているのなら、さしずめこの露店と屋台の街は"小さなシャルム"足りうるだろう。

 

 極めつけはかつてリエンが戦場として利用した市民プールエリア。巨大なステージが設けられ、ここで"Try×Twice"や"Frey@"を始めとするラフエル地方が誇るアーティストたちのライブパフォーマンスが行われる。

 

 完成した祭りの様相を見て、街の小さな長たるカエンは感嘆に言葉を無くした。

 誰もが笑って前を向こうとしている。笑顔一つ一つに輝きが見える。そのキラキラした光は、空に輝く太陽にだって負けない希望の光に見えたからだ。

 

「たのしみだなぁ、リザードン!」

『ガァ!』

 

 ひとまずは開催を知らせる花火ですら楽しもうと、カエンはリザードンの背中に飛び乗って空へと上がった。

 上空からだとさらに分かる、ラフエル地方中からバスや遠征車がテルス山に集まってきているのだ。

 

 

 比喩抜きに、今日テルス山がラフエル地方の中心となっているのだ。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 一方その頃、ラジエスシティ庁舎『ケレブルム・ライン』前ではステラが困ったように周囲を見渡しては、手首の内側の時計を覗き見る。

 

「ごめんなさい、もう少しだけ待っていただけますか?」

「もちろんシスターステラのお願いでしたら。だけど、このままだと道が混むかも」

 

 答えたのはラジエスシティからレニアシティへ赴くための大型バスの運転手だ。今日のためにステラが貸し切っておいた一台のため、出発時間という概念は正確には無い。

 ではなぜ出発しないのか、という質問に対し答えは簡単だった。

 

「皆さん、大丈夫でしょうか……?」

「今まではあんまり時間にルーズということは無かったんですけど……」

 

 ステラの心配そうなセリフに対し、リエンが苦笑気味に応えた。というのも今日、リエンたちはこのバスでレニアシティに揃って向かおうという話になっていたのだ。

 しかし時間になってもダイとアルバが一向に現れないではないか。このままでは運転手の言う通り渋滞に巻き込まれて到着時間が大幅に遅れてしまう。

 

「今からでも現地集合に変えて、先に出発しますか? 子供たちも待ちきれないみたいですし」

「それは助かりますが、せっかくの移動ですから」

 

 リエンの言う通り、バスの殆どは教会で暮らしている子供たちだ。ステラは彼らの引率も兼ねて、このバスを手配したのだから。

 周囲を見渡して、やはり彼らの姿が見えないのを確認してステラとリエンがバスに乗り込んだ。運転手が「すみませんね」と言いながら扉を閉めようとした時だった。

 

 

「ストォォォォォォーップ!!! ちょっと待った!!」

「セーフ! セーフだよね!! 扉が開いてる! これはセーフ!!」

 

 

 一気に騒がしくなった。リエンとステラが窓から身を乗り出すと、バスの目の前に影が差す。見上げると空から落下してくる、ダイとアルバが。

 二人はバスの前で着地、受け身を取って衝撃を殺すと上空にモンスターボールを向ける。すると上空で滞空しているウォーグルとジュナイパーが光に乗ってモンスターボールへ吸い込まれた。

 

「もう、遅いよ二人共」

「ごめん! 最後まできっちりやっておきたくて……」

 

 そう言うアルバがファイティングポーズを取る。この一ヶ月、サザンカの元で彼の一門や兄弟子との修行に明け暮れ、トレーナー自身も逞しくなったようだった。

 見ればひと月前よりも顔が引き締まっているように見えた。よほど過酷な修行だったと見える。

 

「すみません、遅れました」

 

 突然の三人目が遅れて空から現れる。比較的動きやすいノースリーブのゴシックドレスにカーディガンを纏ったコスモスだった。カイリューをボールに戻すと運転手に一礼してからバスへと乗り込んだ。

 それに続いて、ダイがバスへと乗り込む。アルバとリエンの近くの空き席を探す最中、キョロキョロと周りを見渡す。

 

「あれ、ソラは?」

「今日の復興祭の音楽プロデューサーとして、昨日の夜に"Try×Twice"の二人と現地入りしたよ。現地集合だから、ダイとアルバによろしくって」

「なるほど、じゃあこれで全員?」

「ダイとアルバ待ちだったんだよ」

 

 苦笑いを浮かべながら言うリエンの視線はステラの隣に腰を下ろしたコスモスに向いていた。彼女が来るとは聞いていなかったからだ。ジムリーダーの二人はなにかを小声で話し合っていたが内容までは聞き取れなかった。

 

「なんでもカエンの計らいでジムリーダー全員招待されてるっぽいな。で、俺がステラさんの手配したバスに乗ってレニアに行くって言ったらせっかくだから、ってな」

「そうだったんだ、それならあの眼鏡の……」

「あぁ、カイドウね」

 

 リエンが尋ねると、ダイとアルバは頬を引き攣らせた。というのも声は掛けたのだが「研究が佳境だからパス」と突っぱねられてしまったのだ。

 元よりこのひと月の間、ダイのメディカルを担当していただけありReオーラについてそれなりに纏まるところがあったのだろう。"キセキシンカ"のロジカルが解明できればバラル団との戦いも比較的早期に終わると見て、ダイも無理強いはしなかったのだ。

 

「ま、アイツ人混みとか苦手そうだからな」

「確かに。数分後に迷子になってたりして」

 

 ダイとアルバが声を殺しながら笑い合う。それを見ながら、リエンは随分と懐かしい感覚を思い出していた。

 自分なりのペースではあったものの、この一ヶ月チャンピオンとそれに匹敵するイリスの指導を受け続けてきたのだ。

 

 仮に、再びバラル団と対峙した時以前のような失態は犯すまい。

 何よりリエンは掴んだのだ。自分が「誰かの写し身ではない、一人のリエンである」という強い芯を。

 

「それでは出発しますよ、皆さんシートベルトを」

 

 ガイドのように告げるステラ。子供たちがカチャカチャと装着するのを見て、ダイたちもそれに倣う。

 走り出したバス、移り変わる景色をぼんやりと眺めながらダイはふと気になったことをアルバに尋ねてみた。

 

「そういえばお前のジュナイパーさ、結構力持ちだよな。人を掴んだまま飛べるなんて」

 

 ポケモン図鑑を取り出しながらダイがアルバのモンスターボールの中にいるジュナイパーを指す。

 実際、ジュナイパーは【そらをとぶ】を覚えない。かつて人を掴んだまま自在に飛び回るジュナイパーを彼らは見たことがあるが、話題に出すと気分が下がりそうだったため誰も口にはしない。

 

「そうだね、【そらをとぶ】というよりはアローラ地方の"ポケモンライド"っていう文化に近いのかな。ちなみにこれも通信で勉強したんだ!」

 

 目を輝かせるアルバ、一度旅の途中見せてもらったことがあるがその通信授業も、講師は四天王の一人だったとダイは思い出した。

 四天王、そのワードが頭に浮かんだ瞬間思い出すのはメティオの塔での出来事だ。しかし頭を振って、ダイは余計な雑念を振り払った。

 

 今日は楽しむためにレニアシティへ赴くのだ。せめて、今日だけでもそういうことを忘れられたらと思うのだった。

 

「リエン、ソラの様子はどうだった?」

「私も詳しくは知らないよ。ステラさんの話では『Frey@』と一緒にホテル籠もりだったって話だけど」

「逆に心配になるな、主にホテルの部屋が」

 

 ダイたち三人はソラの生活態度を知っている。ソラは誰かが世話を焼かねばとことんまで自堕落に近い生活を送りかねないのだ。ただでさえ精神的なショックを受けた後に、友達が殆ど出払っている。これほど心細いことも無いだろう。定期的にダイは連絡を入れていたため、声音から精神状態の把握は出来たが最後に顔を見たのもずっと前のことだった。

 

「でも、言ってたよ。今日のライブ、ゼラオラの件を抜きにしても絶対に楽しませてみせるって」

「あのソラが言い切ったんだから、相当だよな」

「楽しみだよね、何もかもがさ!」

 

 陽気に言うアルバにダイとリエンも頷く。そうこう話している内に、バスはラジエスシティを出て6番道路上に掛かった高速道路へと乗り出す。アルバとリエンは以前、ダイが逮捕された事件の折この道路の脇の遊歩道を通ってラジエスシティに入ったことをぼんやりと思い出していた。その時と違い、やはりレニアシティ方面へ向かう車が圧倒的に多い。

 

 一ヶ月の武勇伝を語らうダイたち三人を横目に、コスモスはステラに耳を寄せた。

 

「それで、今日私達がレニアに招かれたのは……」

「はい、カエンくんの招待半分、もう半分は警備の補強も兼ねてです。万が一ということはありますから」

 

 そう言うステラの視線はダイに向いていた。ステラもまた、ダイがレシラムに選ばれた勇士であることを理解している。彼が今日レニアシティに来るという情報をもしバラル団が掴んでいたとすれば、止めねばならない。

 理解しながらも今日の同行を拒否したカイドウに、ほんの少しだけ恨めしい気持ちになるステラだった、見れば頬が少しだけ膨らんでいる。

 

「その万が一のために、民間の方々から希望を奪うわけにもいきませんから」

 

 今日行われる祭りは言わば、レニアシティの再起を願ってのことだ。「バラル団が来るかもしれない」という憶測で、中止には出来ない。

 そこでレニア市議会はジムリーダーとPGに警備協力を依頼したのだ。ジムリーダーはカイドウ以外の全員が快諾、また彼らがそれぞれ有するVANGUARDチームもまた招集が掛けられた。

 

 ここまで来るとカイドウも過剰戦力を加味して辞退したのでは、と思えるほどの面子がレニアシティに揃っている。

 ジムリーダーとPGが歩き回っている中、悪さをしようとするほど悪党も愚かではない、と思いたい各々だった。

 

「それでも、もし動くというのでしたら」

 

 通路とは反対に窓の外に目を向けて、コスモスは続けた。

 

 

「容赦いたしません」

 

 

 竜姫は水平線を睨むようにして静かに言った。仕留めると言ったら確実に仕留める、そんな凄みがそこにはあった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 そわそわ、今の自分を表現するならそういった音だろうとソラは思った。

 

 プールエリアに特設されたステージの前で忙しなく動くスタッフたちに視線を送りながら、ソラは手持ち無沙汰を隠せない。

 ステージの下では今日ここでパフォーマンスを行うアーティストがプログラムの確認を行っている。ダンスチームもそれぞれがアップを始めたりと忙しない。

 

「ソラ~」

 

 その時だ、ステージの上で一層ロックミュージシャンを全開にしたフレイヤが手を振っている。

 近くに寄ろうとしたときだった。鞄の中、何かがバイブレーションを作動させた。微かな振動が革越しに伝わってくる。

 

 しかしフレイヤの周りには今日の主役たちが勢揃いしていた。恐らく待たせているのだろうと考え至ったソラは一旦鞄の中身を無視してフレイヤに駆け寄った。

 

「みんな、この子が今日の大トリ!」

 

 フレイヤがソラを半歩前に出させた。おおよそ二十に及ぼうかという眼が一斉にソラへ向く。そのどれもがソラの知る、まさに天上人とも呼ぶべきアーティストたち。

 何を言うか迷った挙げ句、ソラが口にしたのはちょっとした謝罪だった。

 

「その、曲作るの、遅れちゃってごめんなさい」

 

 頭を下げるソラだが、文句を言う人は誰もいない。誰もがその曲の仕上がりを知っている。ソラが作り上げた曲が文句の出しようがないほど、今日という日に合わせて作られたのがわかっているからだ。

 

「言い訳みたいに聞こえるかもしれない、でも本気で頑張ったから、みんなで成功させてほしい、です」

「その辺は任せて! 今日のアタシらは全力で歌うのが仕事! 中には踊るのが仕事のヤツもいるけど」

「俺たちとかな」

 

 そう言うのは"Try×Twice"のレンだった、隣で頷くサツキもそのつもりだと頷いている。

 新進気鋭のアイドルユニット故に、注目の集まりやすいオープニングを担当する彼らは既にステージ衣装を着込んでいる。

 

 アーティストたちへの顔合わせも済み、それぞれがプログラムの確認を行ったりパフォーマンスの最終調整を行おうとしている中、フレイヤだけは持ち場へ戻ろうとはしなかった。

 

「んー、んー」

 

 それどころか、ステージを眺めては不満そうに頬を膨らませている。ソラが首を傾げていると、フレイヤは「よし」と頬を打つようにして踵を返し、ソラの腕を引っ掴んだ。

 

「よし! 開演時間までまだある! デートしよう!」

「えー」

 

 拒否権無し、とばかりに無理やり腕を引っ張るフレイヤに連れ出される形でソラは街中へやってきた。申し訳程度にサングラスで変装するフレイヤ、しかしサングラス一つで有名人のオーラは結構消えるものだとわかった。

 出店は様々で飴で木の実をコーティングしたお菓子や、ポケモンを模した綿あめ、トサキント掬いなど様々で目移りが止まらない。

 

「あー見て! あそこの屋台! オクタンがたこ焼き作ってる! 職人技だー!」

 

 複数の腕を巧みに動かしてクルクルとたこ焼きをひっくり返していくオクタン、その瞳が放つ光はどこか覚悟の決まったものだった。

 ソラはというとそのオクタンと目を合わせた。物言わぬ職人は「ただ美味しく食べてほしい」と思ってるようだった。見ればフレイヤは既に財布を開いて列に並んでいる。

 

「おまたせ~! はい、ソラにもお裾分け~」 

「私は……はふ」

 

 いい、と言う前に既に口に突っ込まれた丸く熱い物体を食す。火傷しそうなほど熱い、というか実際に舌が火傷してしまうソラ。

 

「あふい、あひれーぬ」

 

 ソラはきちんと食べ終わってからアシレーヌを呼び出す。ボールから出てきたアシレーヌが【うたかたのアリア】を控えめに放ち、ソラの火傷を治した。

 アシレーヌの頭を一撫でするとソラはボールにアシレーヌを戻す。それを見ていたフレイヤがたこ焼きと格闘しながら言った。

 

「ソラのポケモンはみんな歌が上手だね~、うちの"ニョニョさん"とは違った趣があるっていうのかな」

 

 フレイヤが可愛らしくデコレーションされたボールから呼び出すのは"ゴニョニョ"だ。フレイヤから受け取ったたこ焼きを舌が火傷しないように注意ながら食べ始めた。ソラもこのゴニョニョを知っている、時折フレイヤのステージの上にいることがあるからだ。ニョニョさんのいるステージはファンに人気があるのだ。

 

「ずっと歌ってきたから」

「うんうん、分かるよ。ただ歌い続けてきた努力っていうのとはちょっと違う。アレはね、才能の音だよ」

 

 最後のたこ焼きを頬張り、パックを手近なゴミ箱に捨てて手を合わせるフレイヤ。最後の一個をしっかり味わって嚥下するとフレイヤは続けた。

 

「初めてソラに会った日、あなたの作った曲を聴いた時、なんて良い曲だろうって思った。だけどひと月、付きっきりで歌を聴いていてわかったんだ」

 

 そっとフレイヤはソラの手を取った。ぐっと込められた手から強い意志を感じた。

 

「曲も良かった。だけどソラの歌に心を揺さぶられたんだ、アタシ。ううん、アタシだけじゃないよ。あの時ホテルで、名前も知らないポケモンだったけどソラの歌を聴きに来てた」

 

 ソラのポケモン図鑑が反応すれば名前もわかったのだろうが、それは叶わなかった。それでも、人が、ポケモンが、全ての生命が楽しめる音楽を彼女は作った。

 彼女なりの愛とありがとうが込められたそれは、それほどまでに人を惹き付ける。

 

「アタシの目標なんだ、それ。みんなにハートを届けられるように、歌っていきたい」

 

 言うならば、生き様そのものがロック。ソラはそういう風にフレイヤを再認識した。

 ただ騒ぐだけがロックだと思っている全ての人に、彼女の歌を聴かせたい。彼女こそがロックだと、叩きつけてやりたくなった。

 

 思いの外、自分はワガママかもしれないと思うソラだった。

 

 

「ねぇ、今からでもプログラム曲げてさ? ソラも一緒に歌わない? 作曲者特権ってことで!」

 

 

 意識の外から急に言われて、ソラは戸惑った。しかしフレイヤは口調こそ明るいが、本気の視線だった。

 フレイヤの手を取れば、どうなるだろう。きっと目も眩むような音の祭典が待っていることだろう。白魚のような右手がゆっくりと持ち上がっていく。

 

 

 ブー! 

 

 

 その時だ、先程と同じようにソラの鞄の中が振動する。確認を先送りにしていた、とソラが鞄の中身を確認した。

 振動していたのはポケモン図鑑だった。しかしなぜ振動しているのか、ソラは分かりかねて画面に触れた。

 

「……え?」

 

 ポケモン図鑑が知らせようとしていたのは、マーキングを付けたポケモンが近くにいるという情報だった。

 ヒヒノキ博士が取り寄せたこの"ラフエル図鑑"は分布調査用に野生のポケモンに小型の発振器(マーキング)を取り付けることが出来る。

 

 そしてソラがこの機能を使ったのは、ちょうどひと月前。

 

 ──ユオンシティで逃走を図るバラル団幹部"ワース"の飛行船に使ったことをソラは思い出す。

 

 心臓が早鐘を打つ。地図を見る限り、飛行船はテルス山南西の中腹で止まっている。そこから登山して、レニアシティを目指してくるとすれば猶予はあまりない。

 ソラは周囲を見渡した。今から一般の人々を避難させるのは難しいだろう。

 

 一筋、冷や汗が溢れるのをソラは感じた。心臓が破裂しそうなほどに主張を繰り返すが、それをグッと押し込めた。

 

「ソラ、どうした?」

 

 急に顔色の変わったソラを心配してフレイヤが彼女の顔を覗き込んだ。そしてフレイヤは怪訝そうに眉を寄せた。

 当然だろう、ソラが急に真っ青な顔をしていれば心配もする。

 

 どうしよう、どうしようとソラが思考を巡らせる。そもそもなぜ、バラル団が今レニアシティを目指しているのか考えざるを得なかった。

 今日、民間人が溢れ返る中バラル団がここを目指すメリットなど無い。それこそ発見されて大事になるだけだ。

 

「何が、目的なの」

 

 だから考えた。逆説的に、()()()()()()()()()()()()()がバラル団には存在する。

 しかし理由など幾らでもある。そして以前、Try×Twiceの二人が裏切り者として粛清されそうになったという話を思い出した。ステラが二人の許可を経て話してくれたのだ。

 

 それでも、バラル団がわざわざステージ上の二人を狙うなどという、一度ダイによって阻止されてる暗殺を再び敢行するだろうか? 答えはノーである。

 

「もし、もしも……」

 

 

 もしも、ダイが今日レニアシティに来ることがバレていて、彼がバラル団の標的だとしたら。

 

 

 荒唐無稽だが、ソラが立てた仮説は否定しきれない。ソラは些細な情報から自分の身の上を探ってきたソマリ、もといバラル団の情報網を敢えて信用することにした。

 だとするならどうするか、ソラはひたすら考えた。考えた末に、決意を固めた。

 

「ごめん、フレイヤ。一緒に舞台には上がれない」

「そ、そっか。大丈夫? 顔色悪いけど……」

 

 フレイヤの伸ばした手を下げさせるソラ。反対に、ソラの様子が変わったことに目敏く気付いたフレイヤが気にかける。

 

 

「平気、それより頼みたいことがある」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 バスに揺られて数時間、ステラが手配したバスは滞りなくレニアシティへ到着することが出来た。ステラの号令でバスの前で点呼を取る子供たちを傍目にダイとアルバは今にも街中へ繰り出しそうになっていた。しかしそんな二人をきっちりと繋ぎ止めるリエンであった。

 

「それでは私は一足先にカエンくんと合流します」

 

 そう言ってコスモスは一礼し、カイリューを呼び出した。そのまま乗ろうとした背中に、ダイが待ったを掛けた。

 

「コスモスさん、一ヶ月ありがとうございました!」

「いえ、私に出来ることをすべて出来たか、それは貴方次第ですから」

 

 深々と頭を下げるダイ、思いの外礼儀正しいと内心思いながらコスモスはダイのライブキャスターに連絡先を送った。

 このひと月、ずっと一緒にいたため逆に連絡先を交換する必要が無かったからだ。今度こそカイリューの背に乗りながら、コスモスは微笑んだ。

 

「────戦うと言ったからには、勝ってください」

「……! もちろん、言ったからには勝ちますよ」

「約束ですよ、破ったらつららばり千本ですから」

 

 それを最後に飛び去る翼竜を見送る。ぼそりと「千本は嫌だな」と呟くダイだったが、その呟きはリエンとアルバに届くことはなかった。

 

「いつか、あの人からバッジを貰わなきゃいけないんだよね」

「言っておくけど鬼強いぞ。なんなら、ヒメヨさんも悪魔強いからな」

 

 ダイはもう遠い昔の事のように思い返す。時折バトルに混ざってきたヒメヨの、可愛い見た目から想像もつかないほど桁外れの力を発揮するポケモンたちにダイは手も足も出なかった。

 アルバの言う通り、いずれジムバッジをかけて戦う未来が酷く億劫に思えるほどの強豪だと一ヶ月身を持って思い知った。

 

「え!? ダイ、あの"ルシエの白雷"に会ったの?」

「おう、なんつーかな……うん、すげぇ人だった」

 

 頭によぎるのは、とにかく撫でる、可愛がる、撫でるを繰り返すヒメヨの姿。時折ダイも標的にされたため、思い返すと気恥ずかしさが湧き上がってくる。

 

「リエンは、チャンピオンに会ったんだろ?」

「うん、実際にバトルもしたよ」

「「どうだった!?」」

 

 目を輝かせて食いつくバトルバカ二人に、リエンが苦笑いを隠せなくなる。そうして思い返すチャンピオン"グレイ"との特訓の日々。

 何かと気を使われていたような気がするリエンだった。恐らく異性慣れしていないのだろうな、と思うとチャンピオンという称号が霞んで微笑ましくなる。

 

「とっても強かったよ、おかげで私もちょっとは強くなれたし」

 

 そう言ってリエンが呼び出すのは特訓中に進化したラグラージと、テルス山の地底湖で捕まえた色違いのミロカロスだ。

 全長六メートルはあろうかという巨体に、ダイとアルバは顎が外れるかと思ったほどだ。リエンの手の高さまで頭を下げるミロカロス、どうやらもうかなり懐いているらしい。

 

 それを見て、ダイは認識を改めなければならないと思った。

 もう既に、彼らは庇護する対象ではない。肩を並べて戦う、頼れる仲間なのだ。

 

「みんな……!」

 

 その時だ、ダイが振り返ると小走りでやってくるソラの姿があった。ひと月前と少しも変わらない彼女の姿に、ダイもアルバもリエンも、ホッと安堵を覚えた。

 走ってきたからか息が上がっているソラが、呼吸も二の次にしてダイに言った。

 

「今日のライブ、ちょっとトラブルがあって……プログラムが変わってライブがあとちょっとで始まっちゃうから、ゼラオラを連れて急いだ方がいい」

「えぇ、マジか!」

「それでね、ダイにお願いがあるんだけどゾロアを貸してほしい、ダメ?」

「ゾロアを? 別に構わないけど、ステージに関わることか?」

 

 コクリと頷くソラに、ダイはゾロアをボールから呼び出して預けた。ゾロアを抱き上げたソラが静かに微笑んだ。

 

「ありがとう、みんなは楽しんで」

「おう、楽しみにしてるからな! ソラの曲!」

 

 ステラに別行動を告げて、ダイたち三人が走り去っていくのを見て、ソラは微笑みを解いた。そして決意を秘めた瞳を燃やした。

 

 

 

 

 

 かつてダイとバラル団が二度戦いを繰り広げた、バラル団がレニアシティでの作戦時に使用していた廃ビルに今日もまた怪しい人影が蠢く。

 イグナ率いる隠密部隊が装備の最終調整を行っていた。ポケモン"カクレオン"や"ヒトデマン"の保護色を解析して作り上げられた試作光学迷彩スーツを着用している団員たち。

 

「ザイクの奴、口煩いがこういったモノを作らせたら一級だな」

 

 バラル団に協力している科学者の中で一番扱い辛い変人だが、その捻くれた性格から飛び出す開発の数々は馬鹿には出来ない。

 加えて、更に気難しい研究者が完成させた擬似的な奇跡を纏う魔具"キーストーン・I(イミテーション)"。これが今日のミッションに参加する構成員全員へと支給されている。

 

「よし、準備出来たな。それじゃあ作戦概要を洗い直すぞ」

 

 そう言ってイグナは部下を集めると先程も名前が上がったザイクが作った携帯型ホログラムマシンでレニアシティの立体地図を出現させる。

 

「俺たち隠密班はこれから、あのオレンジ色からライトストーンを奪取する。抵抗は必至、だから班を三つに分ける」

 

 イグナがホログラムを指で動かしながら投入人員を三つに分けるとそれを街の至るところへ分配する。

 

「まず"スニーカー"は会場の通信設備を幾つか破壊してトラブルを発生させる。その隙に"アタッカー"がオレンジ色に接敵、残りはトラブル発生時に備えここで待機。待機組はロア、お前に任せる」

「チッ、俺もアタッカーに混ぜろってんだクソったれ」

「ワースさんの指示だ、お前も従ってもらう」

「わかってんだよんなこたぁ! イチイチ言うんじゃね―よ!」

 

 ずっと黙って聞いていたロアが文句たらたらで、部屋の隅でタバコを吹かしているワースに恨めしい視線を送る。

 しかしワースはというとタバコを持った指をちょいちょいと動かした。ロアにだけ伝わる「灰皿を持って来い」の合図だ。それに対し「いつか覚えとけよ!」と騒ぎながら荷物の中から灰皿を探しに行くロアを横目に、イグナが口を開いた。

 

「ワースさんはどうするんです、わざわざ着いてきたのには理由があるんでしょう」

「俺か? ふー、そうだな……俺ぁ所謂遊撃隊だ。多分だが、アタッカーの方にトラブルが起きるだろうからな、そういう時補助で出るからよ」

「了解です。俺も後でアタッカーへ合流します」

「そうしてくれや」

 

 再びタバコを口に咥えたワース。イグナは部下が作戦を理解したことを確認すると連絡を待った。

 既に街に変装して潜り込ませ配置した斥候部隊から連絡が来る手はずになっている。

 

 

『隊長、ヤツを発見しました』

「そうか、周囲はどうだ」

『それが……ヤツ一人です! 周囲を見渡しているので、恐らく逸れたのかと』

 

 それを聞いて、イグナは好機だと思った。それを察知した部下が全員行動出来るように立ち上がった。

 

「スニーカーは通信設備を落としに向かえ! アタッカー、移動開始だ。そのままヤツを監視しろ、逃がすんじゃないぞ」

 

『了解!』

 

 ぞろぞろとビルから飛び出す透明の部隊。イグナは手持ちのクロバットを呼び出し、それに肩を掴ませると一度空に上がった。

 スニーカーが通信設備を破壊(ショート)させるのに時間はそう掛からないはずだ。当然街にはPGも配備されているだろうが、応援を呼ぶことが出来なければ多勢に無勢。

 

『目標、出店ストリートを外れてレニアジム方面へ向かいました、裏路地を経由中です』

「好都合だな、アタッカーは民間人との接触に気をつけてそのままヤツを追え」

 

 イグナもまた自分の仕事を急いだ。イグナもまたポジションはスニーカー、電気設備の破壊が任務ではあるがそれだけではない。

 レニアジムからそう遠くない場所に存在する、レニアシティのポケモンセンターだ。祭りに人が引き寄せられ、周囲に人気が無かった。

 

「クロバット、【エアスラッシュ】!」

 

 翼を羽撃かせ、クロバットがポケモンセンターの配電盤に繋がる電線を空気の刃で切断する。局地的な停電を引き起こし、ポケモンセンターが沈黙する。

 最悪、有志のポケモントレーナーすら相手にすることを考えると、無尽蔵にポケモンを回復させられる施設を止めておくのは必須である。

 

 停電が起きると、ポケモンセンターは扉すら開かなくなる。中から外へ助けを求めるのに、時間が掛かるだろう。

 それまでの短時間でミッションを終える必要があった。イグナはアタッカーへ合流すべく、再びクロバットを飛翔させる。

 

「坊主、こっちだ」

 

 そう言ってイグナを呼ぶのはイグナ率いる隠密班でアタッカーを担当する白髪交じりの男性、名前を"ガンダ"。

 かつてポケモンバトルでイグナが下した裏の顔役だったが、力を示したイグナを気に入り当時彼に付き従っていた部下含めバラル団に入団したという経歴を持つ。

 

「ガンダさん、ヤツは」

「この裏路地に入っていくのを確認した。この先のジム方面には出店が無い、そこまで待つか?」

「いいや、その先で誰かに合流されても厄介だ。このまま一気に行く」

 

 イグナがハンドサインで部下を先行させ、自身もガンダと共に裏路地へと足を踏み入れた。そうして目に入るのはかれこれ何度も邪魔された男の無防備な背中だった。

 しかしイグナとガンダが腰のモンスターボールに手を伸ばし、急襲しようとしたその時だった。ふとオレンジ色──ダイの姿が消えた。

 

「なにっ!?」

「総員! 防げ!」

 

 

「────コォォォォォー!!」

 

 

 イグナが"コドラ"を呼び出し、【だいちのちから】で相殺。隣のガンダもまた"バンギラス"に防がせたが、それ以外の団員は間に合わず放たれた【ナイトバースト】で昏倒させられた。

 

「逃がさないから」

 

 冷ややかに、その声は背後から投げられた。イグナが振り返ると、ポケモン"ムウマージ"を控えさせたソラが睨みを効かせていた。

 傍らのムウマージが【くろいまなざし】でイグナとガンダ、昏倒するバラル団員を射抜いた。

 

 さらにはゾロアと挟み撃ちで、退路すら無い。袋小路に追い詰められたのは、イグナたちの方だった。

 

 

「みんなは、私が守る。あなた達はここで、私と歌っていればいい」

 

 

 それは禁じ手。だが覚悟の決まったソラはそれを断行した。

 聴いてしまったコドラとバンギラスがたじろいだ。

 

 ムウマージが聴くも恐ろしい声音で歌い出したからだ。

 

 

「【哀歌(ほろびのうた)】」

 

 

 静かに、しかく燃え盛るようにソラは歌い出す。

 合わせてムウマージの闇色の魔球(シャドーボール)がイグナたちへと襲いかかった。

 

 薄暗い路地裏で、序曲は奏でられた。もはや誰にも歌女(うため)を止めることは出来ない。

 



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VSナットレイ 友達のために

ちょっと今回暴力表現が過剰です、ご注意ください


 音が弾ける、音が唸る、音が轟く。

 ありとあらゆる音の祭典が今目の前で繰り広げられている。ダイ、アルバ、リエンは騒々しいという表現に片足を突っ込んだ空間にいた。

 

「すっげぇ盛り上がってんな……!」

「なにー? 聞こえないー!」

「盛り上がってんな―!!!」

「そうだねー!!!」

 

 隣にいる人の声すら半端に届かない。それほどまでにステージから放たれる音は凄まじい。現在Try×Twiceのオープニングの最中だが、ダイは彼らのパフォーマンスが以前見たライブのそれとまるで違うことに気付いた。

 ダイやステラとの交流を経て過去を振り切った清々しい笑顔がそこにはあった。もしミエルがこの場に来ていたなら同じことを思っただろうか、とダイは考えた。

 

「レン~! こっち向いて~!」

「サツキきゅん! お姉ちゃんって呼んで~!!」

「二人とも~! いいわよ~!! 輝いてる~!!」

 

 周囲のボルテージも凄まじい。なぜか最後だけやけにオネエ風な喋り方の声援があった気がしないでもないが、ファンの性癖に壁など無いのだ。

 ステージからレンのエイパムとサツキのペラップがセットで飛び出し、観客とハイタッチを交わす。

 

「あいつらも人気なんだな……」

 

 レンとサツキだけでなくエイパムやペラップ、さらにはイワークやアイアントにルンパッパもファンから声援を送られている。

 ルンパッパに進化しているということはラジエスシティでリエンがサツキにプレゼントした"みずのいし"をきっちり使ったのだろう、リエンがルンパッパに手を振ると軽快なブレイクダンスが返ってきた。

 

 あっという間にTry×Twiceのオープニングメドレーが終了、MCを挟んで次のアーティストの準備が始まる。背後で忙しなく楽器類の調整を行っているスタッフの汗が光る。

 着々と出来上がる楽器のセッティング、それを見てアルバがダイの肩を小突いた。

 

「そろそろじゃない?」

「そうだな、準備しておくか」

 

 二人が話している内に設営は終わり、重厚なギターソロから現れるは稲妻の歌姫"Frey@"。

 ダイたちが会場であるプールエリアに来た時、彼らを出迎えたのが他でもないフレイヤ自身だったのだ。

 

 ソラの言っていた通り、プログラムの変更がありフレイヤが自身の持ち歌の前に"つながりの唄"をゼラオラに試してみようという提案があった。

 だからダイはフレイヤが登壇するタイミングでゼラオラを彼女に預ける必要があった。ステージ上のフレイヤがダイに視線を送り、コクリと頷いた。

 

 ダイがボールの中のゼラオラとアイコンタクトを取る。ゼラオラとも頷き合い、いざダイがステージにゼラオラを投げ入れようとしたときだった。

 今からロックミュージックが流れるだろうと誰もが思っていた最中、どこからか艷やかなソプラノが鳴り響いた。それに合わせるように空気を震わせる大音量のポケモンの歌唱。

 

 ピタリと、ダイの身体が止まった。アルバとリエンが顔を見合わせた。理由は簡単だ、微かに聞こえてきたその歌声が聞き覚えのあるものだったからだ。

 加えてその直後に聞こえてきたポケモンの歌声、恐らくソラのポケモンが放った【ハイパーボイス】だろう。

 

 ソラのチルタリスやアシレーヌは音技を歌に乗せて放つ。その癖を知り尽くしているダイたちだからこそ気付いた。

 

 なぜソラの歌声が聴こえてきたのか、ダイは考えを巡らせる。今朝、ソラと話した内容を全て思い出す。

 そして不気味なまでにカチリと全てが嵌まり込んだ。自分の推理力を今日ほど恨む日がこれから未来あるのだろうかとさえ、思った。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 荒れ狂う音の波動が放たれ、対峙するコドラとバンギラスを吹き飛ばす。

 イグナは自身の身体をも襲う音波を受けて歯噛みした。隣のガンダは体躯がしっかりしているため、暴虐とも思える音波に曝されても立ち構えているが線の細いイグナは身を屈めなければ吹き飛ばされてしまいそうだった。

 

 対峙するのは、標的であるダイに化けていたソラだ。"イリュージョン"を備えたゾロアを使っての陽動にまんまと乗せられたのだ。

 バンギラスがなんとか耐え凌ぎ、ソラのアシレーヌへ近づこうとするが隣のマラカッチがそれを許さない。

 

 ソラが半音上げた状態で歌唱を続行、マラカッチは【おさきにどうぞ】でアシレーヌを補助、再びバンギラスやコドラよりも先に動き【ハイパーボイス】による音波をぶつける。

 さらに特性"うるおいボイス"がアシレーヌの放つ音の技を水タイプに変えてしまうことで対峙する二匹の岩タイプポケモンへ抜群の破壊力を得る。

 

「ガンダさん、ヤツから仕留めたほうが良さそうだ……!」

「わかっとる、【ほのおのパンチ】だッ!」

 

 イグナのコドラが全身をコンクリートへと擦りつけ、【いやなおと】を放つ。あまりの嫌悪感に思わずソラも顔を顰め、マラカッチが震え上がる。

 その隙を突き、バンギラスの放った炎拳がマラカッチの胴体へ直撃する。しかしそれでも、ソラは歌をやめない。

 

 主に合わせるようにアシレーヌは【うたかたのアリア】を放つ。それはマラカッチをも巻き込む形でこの場のポケモン全てを洗い流す旋律だったが、マラカッチだけはその攻撃でダメージを受けない。こちらも特性"よびみず"で水を吸収することで自身の特殊攻撃力を高める作用がある。そしてバンギラスの腕をマラカッチはきっちりと抑え込んだままだ。

 

 歌唱に合わせて【はなびらのまい】をバンギラスにゼロ距離で叩きつける。度重なる水タイプの技と威力を高めた草タイプの技を受け、バンギラスも手痛いダメージを負う。

 舞っている最中は攻撃する相手を選べない、無差別な技だが相手を逃げられない状態に追い込めば的は絞られる。

 

 つまり、バンギラスはもう逃げられない。だがそれで終わるほど、彼らは甘くなかった。

 

「もうすぐタイムリミットだ。コドラ、【ステルスロック】!」

 

 ソラのムウマージが放った【ほろびのうた】のカウントダウン。それが間もなくコドラとバンギラスに襲いかかってくる。

 しかし怯まずにコドラは不可視の先鋭岩(ステルスロック)を周囲にバラ撒いた。飛び散った破片がソラの頬を切り裂き、一筋の血が流れ出す。

 

 そして最後の瞬間、コドラが【ほえる】攻撃でアシレーヌを吹き飛ばした。強制的にボールへ戻されたアシレーヌと、再び戦場へ引きずり出されたムウマージ。

 この流れは非常に良くなかった。ソラが得意とするダブルバトルは、主にアシレーヌとマラカッチのコンビネーションで成り立っている。ムウマージはどちらかと言えばシングルで立ち回るタイプであり、マラカッチとの相性はそこまで良くない。

 

「ッ、【マジカルフレイム】」

 

 ここに来て、初めてソラが口頭でポケモンに指示を出した。ムウマージの妖しい光から放たれる紫色の炎が力尽きたコドラとバンギラスを通り抜けてイグナとガンダへ襲いかかる。

 

「"オニシズクモ"」

「ギャラドスゥ!!」

 

 ──が、直前で現れた暴力の化身がその尾を激しく打ちならし、炎を吹き飛ばしてしまう。さらにもう片方の水泡ポケモン"オニシズクモ"は炎タイプの技を軽減する特性を持つ。

 ムウマージが放った炎技を見事にケアする形で新手が現れた。

 

「やれ」

 

 イグナが短く指示を出す。オニシズクモはギャラドスの攻撃の合間に糸を放ち、周囲にクモの巣を張り巡らせた。触れればくっつき離れない粘着性の糸は素早さの高いムウマージの動きを阻害する。

 ソラたちの動きが鈍った隙を突き、ガンダのギャラドスが凍てつく牙でマラカッチを噛み砕いた。コドラの【いやなおと】がここで響き、マラカッチが力尽きる。

 

「……っ」

 

 ジリ、と初めてソラが後退(あとずさ)った。実戦はうまく行かない、連携がズタズタにされてしまう。

 さらにバラル団のユニフォームを見ているだけで、心臓はエイトビートを刻み続ける。今にも視界に鮮血の幻が浮かび上がりそうだった。鏡を見たなら恐らく最悪の顔色をしているだろうと、ソラは思った。

 

「ガンダさん、気付いてるか?」

「……うむ。もしや、とは思ったがな」

 

 その時だ、イグナとガンダが神妙な面持ちで呟いた。オニシズクモとギャラドスが一度後退する。

 

「あの女が唄っている最中、ヤツの手持ちの攻撃が苛烈過ぎる」

「さらには歌が言葉の代わりに手持ちへの指示になっている。もちろん芸を仕込むことは出来るだろうが、その割に実戦経験の浅さが見える」

 

 言葉にすると異質さが分かる。ソラが唄っているだけで攻撃や防御の指示となり、また攻撃の際はまるで不思議な力場にいるかのようにポケモンの勢いが増す。

 そしてイグナは、ある仮説を立てた。

 

「あいつ、まさか()()()()()()()()()()……」

「ううむ……眉唾だと思っていたが、否定する根拠もないわな」

 

 身動きの取れないソラと、ソラの能力を警戒しだしたイグナとガンダが睨み合いを続ける。しかし緊張の中、弾むような足音が響く。

 キュッ、キュッとブーツの底がアスファルトに擦れる悲鳴が路地裏に木霊する。

 

 

「状況開始からおおよそ三十分、手こずってると思って来ちゃった。そ、し、た、ら~?」

 

 

 ソラは一度、心臓が止まったかと思った。内蔵が全て口から出てくるんじゃないか、という極度の緊張も覚えた。

 それもそのはずだ、バラル団の中で一番聞きたくない音を放つ存在が今目の前に現れたのだから。

 

「ソラちゃんじゃないですか~! ソマリだよ~、元気だった?」

 

 バラル団スカウト班長ソマリ、悪意が人の形をしていると評される女が再びソラを睥睨した。

 まるで【へびにらみ】に遭ったが如く、ソラの喉が麻痺する。思わず咳き込むソラ、その時ムウマージの動きが格段に悪くなった。

 

 それによってイグナの仮説はどんどんと真実味を帯び始める。それを知ってか知らずか、ソマリは楽しげに一歩を踏み出す。

 マラカッチの【はなびらのまい】で舞い散った花弁を踏み潰しながら距離を詰めてくるソマリ。ソラはムウマージに迎撃を指示しようとして、出来なかった。声の代わりに出てくるのは咳だけ。

 

「あれれ? 声が出ないのかな? ほら、頑張れ頑張れ。歌わないと死んじゃうよ」

 

 そう言ってソマリが呼び出したのはドーブルだ。本来、人懐こい顔をしているドーブルだがトレーナーの影響か、いたぶれる相手を前に歯を見せて笑っている。

 尻尾を手で掴み、クルクルと振り回して遠心力を集め繰り出す技は──

 

 

「【じごくづき】~」

 

「か……ッ!」

 

 

 どこかで【スケッチ】を用いて覚えさせたのであろう、ソラにとって一番脅威となる技だった。インクが硬化し鋭く尖った尻尾の先がムウマージの横を通過しソラの鳩尾へと炸裂した。

 腹部へかかる強い圧力にソラが呻く。鳩尾への強い打撃がソラに呼吸困難を引き起こさせ、突き飛ばされた先でソラが蹲る。

 

 最初からソマリはソラに歌わせるつもりがなかった。それは一度ソラと戦っているソマリだからこそ取れるスタンスでもあったが、あまりにも趣味が悪かった。

 起き上がれずにいる獲物目掛けてソマリが近づき、無理やり上体を起こさせる。覗き込む目から伝わってくる恐怖の感情は悪魔にとって最高の甘美だ。

 

「またイジメてあげるよ、今日はどういうのが良い?」

「ぁ……」

 

 三日月の形に歪んだ口角を見ているだけで、視界が今にも紅く染まっていく気さえした。もはやソラに平静を保つ術は無かった。

 手に覚え込まされた、肉に刃が突き刺さる重さ。幻だとわかっているはずなのに酷く心を引き裂く。

 

「うーん、だけど同じことするのもちょっと芸がないよね。そもそも死んじゃってる人をもう一回殺すのはソマリちゃん的にちょっと可哀想だったりするんだよね」

 

 心にもないことを。そんなこと微塵も思っていないくせに。言ってやりたいところだったが、やはりソラの喉は音を発さない。

 もはやソラ一人に任せておけばいい。本来の任務を優先しようと、イグナとガンダはソラが昏倒させた他の団員を揺すり起こしていた。

 

 

「──やっぱさ、死ぬって生きてる人の特権だと、そう思わない?」

 

 

 その言葉は目を瞑りかけていたソラの頭を強く殴るような衝撃を残した。脳裏に浮かぶ、大切な三人の顔。

 それだけはさせるものか、絶対に。瞑りかけていた目を見開いて、ソマリを正面から睨んだ。

 

「おっ──」

 

 

『La――――!』

 

 

 無理矢理に精神状態を調えて、ソラが音を発する。直後、ソラを掴んでいたソマリの真横にムウマージが現れ闇色の魔球(シャドーボール)を放とうとする。

 突然の乱入にソマリが思わず驚愕し、ドーブルに再度【じごくづき】を放たせた。しかし尻尾の先はムウマージを突き刺すこと無く、壁へ突き刺さった。

 

幻影(イリュージョン)!? ハッ……!」

 

 ドーブルが攻撃したのは状況を見守っていたゾロアが作り出した幻影だった。そして本物は真逆の方向からソマリへと迫っていた。

 溜め込んだ岩石の力を秘めたエネルギー波、【パワージェム】がソマリの身体を吹き飛ばす。吹き飛んできた小柄な体躯をガンダが受け止める。

 

「遊び過ぎだぞ」

「オッサンの説教とか聞きたくないんですけど~、ってぇな……」

 

 ガンダの支えを振り払うとソマリが【パワージェム】によってところどころを焼かれたキテルグマのパーカーを払う。お気に入りのアップリケが焦げてしまい、舌打ちが漏れる。

 そうして噛んでいた風船ガムを吐き捨てて、新たにモンスターボールを二つ取り出す。

 

「そんなに遊びたいなら遊んでやるよ、玩具はソラちゃんだけどねェ~」

 

 現れるのはソマリのエース、メタモン。ダイが連れているのとはやはり違い、相手を苦しめることに愉悦を覚える悪魔の眷属は主が求める最悪へと姿を変える。

 リエンが連れているプルリル、その進化系である"ブルンゲル"。この場におけるソラのムウマージやゾロアの特殊攻撃を受けることが出来る壁にして、悪夢の帳だ。

 

 ムウマージが【シャドーボール】を、ゾロアが【あくのはどう】を放つがブルンゲルと化したメタモンには効果抜群でさえ届かない。

 そして、ぐつぐつと煮えたぎる水をメタモンが口腔へと溜め込んでいた。

 

「【ねっとう】~!」

 

 ムウマージでも、ゾロアでもなくソラ目掛けて放たれたその灼熱湯を、ムウマージが割って入り自らを盾に受け止めた。

 なんとか踏みとどまったムウマージだったが、目の前のメタモンが放つ闇色の波状攻撃。それらも全てムウマージの後ろに立つソラ目掛けて放たれていた。

 

 避けるわけにはいかない。だが自分に出来る最大限を、と強い意志でメタモンを睨みながらその場に不思議な空間を発生させた。

 それは【ワンダールーム】、この場における全てのポケモンの防御能力を逆転させる力がある。即ち、特殊防御は高いがもう片方はそうでもないブルンゲルを模したメタモンには効果がある。

 反面味方のゾロアの防御能力を特殊防御と入れ替えることで、さらなる堅牢さを与えることが出来る。ムウマージが自分なりに結論を出した、ダブルバトルでの自身の活かし方だった。

 

 しかしメタモンが放った【たたりめ】を受けたムウマージは今まで蓄積されたダメージと火傷のダメージで遂にアスファルトへと墜ちてしまう。

 

 ムウマージと入れ替わりで再びアシレーヌをフィールドへ呼び出そうとしたソラだったが、次の瞬間意識外からの攻撃がソラの左腕に直撃しアシレーヌの入ったモンスターボールが弾き飛ばされてしまう。

 遥か後方に弾かれたモンスターボールを回収しようとしたソラを襲ったのは首に纏わりつく()()()()()だった。しかしソラにはそれに覚えがあった。

 

 首に巻き付いたそれがギリギリと締め上げてくる。それにより呼吸が阻まれる中ソラが見たのはふよふよと浮かぶ赤いギザギザ模様、カクレオンの模様だった。

 普段のソラならば、それこそひと月前のレニアシティの戦いのように隠れているカクレオンの場所すら"心の音"を聞き分けて特定していただろうが、精神状態を無理矢理闘争心で奮い立たせているソラにその芸当は酷だった。

 

「か、は……っ! うぐ……」

 

 前方をドーブルとメタモンに、後方をカクレオンに挟まれ、戦えるポケモンもゾロアを含めてチルタリスの二匹しかいなくなってしまった。

 なんとかカクレオンの舌を緩めて気道の確保を、と躍起になるソラ。しかしそれ故にソマリの接近を許してしまった。

 

「つーかまーえた」

 

 ソラの瞼を無理矢理開かせたソマリ。そして主の後ろからソラの目を覗き込むメタモン、その時ソラは悟った。

 自分にはどこまでも相性の悪いポケモンがいて、そのうちの一匹がこのブルンゲルというポケモンだったということを。

 

 

「【ナイトヘッド】」

 

 

 ブルンゲルと化したメタモンの目が妖しく光り、ソラの意識に割り込んだ。

 

 

 

 

 

 ハッと気がついたソラが見たのは、誰もいないレニアシティだ。今まで戦っていたバラル団もいなくなっていた。

 痛いほどの静寂、不安に駆られたソラが走り出し出店のストリートへ出るが誰もいない。そんなはずはない、さっきまで人と人の間に空気があると言えるほどに人がごった返していたのだから。

 

 ひょっとするとライブステージに人が集まってるのかもしれない。ダイも、アルバも、リエンも、フレイヤもそこへいるかもしれないと、希望を抱いて脚を向けるがやはりプールエリアも誰もいない。

 張られたプールの水は波を作っていない、まるで鏡面のように沈黙している。

 

「誰か」

 

 自分の喉を震わせて出たはずの声が、空間そのものを酷く揺さぶった。

 

 

「ソラ」

 

 

 その時だ、ステージの上から求めていた人の声がした。太陽のような色の髪を揺らして、ソラに向かって微笑んでいた。

 隣には瞳に豊かな色を宿した少年も、水面のように柔らかな佇まいの少女も立っている。三人がソラを呼んでいる。

 

 安心感から走り出したソラがステージ上に上がった瞬間。晴れていた空は真っ赤に染まっていた。赤黒い空に気を取られていたソラは足元に転がる異物に気づかなかった。

 

 全身が焼けただれた、見知った少年の死体。開いた瞳孔はもうピントを合わせようとはしない。

 

 溺れ死んだように青白く横たわる少女の死体。中途半端に開かれた手は死の硬直を現していた。

 

 息を呑んだ、こんなはずではと思った。目の前に立つ少年がゆっくりとソラに向かって倒れ込んだ。慌てて抱きとめた瞬間、ソラの身体を汚したのは鮮血だった。

 少年の肩から脇腹に掛けて走る、竜の爪痕から湧き出す血がソラの身体を染め上げ鼻腔をぐちゃぐちゃに犯す。

 

 

「また一人ぼっちになってしまったわね、ソラ」

 

 

 振り返ると、血染めのドレスの女性がいた。(ハイライト)の無い瞳がソラを捉えている。

 

 

「私達はもうそこにいないよ」

 

 

 女性の隣に現れた、白のタキシードを同じく血の河川で汚した男性がソラの胸を指差して言う。

 虚ろな瞳でソラを優しく射抜く二人。ソラが指された胸に手を当てる、心臓の音はしなかった。

 

 

「だから、ソラもおいで。こちらはネイヴュのように寒くないし、悲しくない」

 

 

 この男と女は、父と母。ソラに血と肉を分け与えた存在だ。

 それが子供を諭すように、こちらへ来いと誘っている。ソラは虚ろな瞳で振り返った、足元に横たわる三人の友達の亡骸が笑っていた。

 

 

「そう、彼らも待っているわ」

 

 

 ゆっくりと手招きする。それは死の手招きだ。

 だけどソラはそれに従ってしまう。一人は嫌だ、みんなが待っているなら、そこに行けるのなら。

 

 考えるのを放棄して、ソラはチェルシーの手を取────

 

 

 

 

 

「はい、一丁上がり~」

 

 ガクン、と意識を手放したように脚から力が抜けたソラを見て、ソマリが舌舐めずりをする。

 味方の戦い方を見て、イグナは初めて嫌悪感を覚えた。やり方にケチはつけないが、あまりにも悪趣味が過ぎる。

 

「さて、じゃあせっかくだからこれ持ってダイくんのところ行こっか。うまく行けば物々交換でライトストーンが手に入るよ」

 

 胸ぐらを掴んで強引にソラを引きずろうとしたソマリ、しかし進もうとするとグッと後ろに引っ張られる感覚。

 振り返るとソラがふるふると首を振っていた。意識は刈り取ったはずなのに、なぜかソラは意思を持って抵抗していた。

 

「あれ、おかしいな。メタモン、手ェ抜いた?」

 

 ソマリが不思議と不機嫌の中間の顔でメタモンを問い詰めるが、メタモンは首を横に振って否定する。

 ムウマージが張り巡らせた【ワンダールーム】のせいかとも思ったが、そうではないらしい。既に不思議な力場の効力は失われていたからだ。

 

「そうだよねぇ、アタシ監修のとびっきりの悪夢が効かないはずが……」

 

 唸るソマリに対してソラの耳と、心はどこからか聴こえてくる不思議な音色を捉えていた。それはやがて近づいてきて、ソマリやイグナの耳にも聞こえるようになった。

 ソマリが空を見上げた時だ。ビルの壁面を走るパイプの上に見たこともない不思議なポケモンが降り立った。

 

 その瞬間、ソラのポケットから零れ落ちたポケモン図鑑がそのポケモンを認識し、画面に詳細なデータを表示した。

 

 

『メロエッタ せんりつポケモン 特殊な発声法で歌うメロディは聞いた者の感情を自在に操る』

 

 

 それはユオンシティで出会った伝説に名を連ねるポケモン"ヒードラン"や、ダイの"ゼラオラ"と同格のポケモンだった。

 しかしヒードランと違い伝説を表す"Legendry"と違い、"Mystical"──即ち幻のポケモンを意味するマークが表示されている。

 

 ソラは直感した。自分の精神汚染が軽度で済んでいるのは、あのポケモンの歌のおかげだと。

 幻のポケモン"メロエッタ"もまた、歌いながらソラを見ていた。メロエッタも唄っていたソラの声に惹き寄せられてきたのだ。

 

「アレは……()()()()の……!?」

 

 ソマリと共に、イグナやガンダも驚いていた。当然だ、幻のポケモンは滅多に人前に姿を現さないポケモンなのだから。

 だからつい、保護対象という言葉を使ってしまった。敵対するトレーナーの前で、だ。

 

 ソラはその言葉の意味を噛み砕こうと思ったが、後に回すことを選んだ。メロエッタに向かって手を伸ばすが、それをソマリに悟られた。

 

「──ちっ、小賢しいってんだよ!」

 

「うあ……っ!!」

 

 逆上したソマリが胸ぐらを掴んだまま、ソラをビルの壁面へと叩きつける。背中にかかる冷たい圧力がソラの肺から空気を吐き出させた。

 

「別に悪夢が効かないってんならいいよ、ちょっと痛い目見てもらうだけだからさぁ──!」

 

 叫び、ソマリがドーブルをけしかける。再び尻尾を鋭角化させてソラに襲いかかる。

 しかしパイプから飛び立ったメロエッタがドーブルの前に立ちはだかり、歌唱で念力を起こし【サイコキネシス】でドーブルを吹き飛ばす。

 

「一緒に、戦ってくれるの……?」

 

『La!』

 

 振り返ったメロエッタが鈴の音のような声で答えた。ソラも頷いて、ポケモン図鑑をメロエッタに向けた。

 瞬間、彼女のタイプ、特性や使える技が表示されソラが戦術を組み立てる。

 

「やらせるか、グラエナ!」

 

 その時だ、昏倒した仲間を起こそうとしていたイグナがエースであるグラエナを投入してきた。グラエナが遠吠えを放った瞬間、倒れているバラル団の手持ちである同種のグラエナや進化前のポチエナが自分でボールから飛び出しして群れを成す。元より野生のグラエナは群れでの行動を基本とし、そういった狩りを得意とする。

 

 さらにメロエッタは"ノーマル・エスパー"タイプのポケモンで悪タイプを苦手とするポケモンだ。集団でかかれば、如何に幻のポケモンと言えどひとたまりも無いだろう。

 

 ──と、イグナはそう考えていた。だがそれはあまりにも、幻のポケモンのポテンシャルを甘く見ていた。

 

 イグナのグラエナが先陣を切り、その強靭な顎で噛み付いて攻撃しようとした時だった。

 

 メロエッタの周囲を取り囲む空気が変わった。そして放たれるのは、やはり歌。

 しかしその歌自体が既に曲として完成しているメロディを持っていた。そしてそれは()()()()()()()()()()()()()()

 

 迫るグラエナの首筋を狙って、メロエッタの後ろ回し蹴りが炸裂する。そのまま回転の勢いでメロエッタは姿を変えた。

 今までの姿が歌女(うため)だとするなら、今の姿はさながら踊り手(バイラオーラ)だった。翠の五線譜のような髪は燃え盛る橙色へと変化を遂げた。

 

 

「【いにしえのうた】……!」

 

 

 メロエッタが放った技はグラエナ、ポチエナの群れ全体に降り注ぎその音色に当てられた数匹のポチエナがそのまま眠ってしまう。

 相手全てに攻撃出来る歌技でありながら、子守唄のように聞いた相手を眠らせてしまう効果がある。さらに、メロエッタの特性はそれを加速させる。

 

「【ローキック】」

 

 唯一寝なかった、統率者であるグラエナ目掛けてメロエッタが飛びかかる。素早く潜り込んだ先で振るわれる下段の蹴りがグラエナの四足を薙ぎ払う。

 足払いされたグラエナがアスファルトに倒れ込むが、戦意は健在。ここからどうすれば良いか、メロエッタはソラの方を振り返った。指示を待っているのだ。

 

「次は──」

 

 ソラがポケモン図鑑の画面をスクロールする。フォルムチェンジし、"ボイスフォルム"から"ステップフォルム"に変わったメロエッタはエスパータイプの部分が格闘タイプへと変わっていた。

 さらにステータスの数値も変化していて、ソラは初めて連携を取るタイプのポケモンに戸惑い指示が遅れた。

 

 その隙を、突かれてしまった。

 

 

「【パワーウィップ】!」

 

 

 横殴りの鋭い草鞭が棒立ちのメロエッタを襲う。その草鞭の正体はガンダが繰り出したとげだまポケモン"ナットレイ"だ。

 叩かれたメロエッタだったが、器用に壁を足場としてそのままナットレイへと素早く接近し、【インファイト】を繰り出した。

 

 しかし次の瞬間、顔を顰めていたのはメロエッタの方だった。

 その理由はナットレイが棘玉ポケモンに分類される所以、"てつのトゲ"。接触する攻撃を行ったメロエッタの方が逆に傷ついてしまったのだ。

 

「如何に幻のポケモンと言っても、所詮出会ったばかりの付け焼き刃の連携!」

 

 ガンダが吠える。合わせるようにナットレイが再び【パワーウィップ】の連続攻撃でメロエッタを襲う。ナットレイの先端が鋼になっている蔓の触手は触れたコンクリートを粉砕するほどの破壊力を秘めていた。

 なんとか避けようとするも振るわれる触手の数が増え、さらにソラとの連携が疎らになっているタイミングでグラエナのフォローが入る。

 

 先程攻撃された怒りを牙に乗せてグラエナがメロエッタの胴に食らいつく。【いかりのまえば】が、食らいついたメロエッタの体力を大きく奪う。

 そのままメロエッタを投げ飛ばし、後ろ足による【ダメおし】で追撃を行う。蹴り飛ばされたメロエッタをなんとかソラが受け止めた。

 

「捕獲のために、少しのダメージはやむを得まいて! 悪く思うな!」

 

 メロエッタを抱きとめるために前に出たソラを、ナットレイの【タネばくだん】の爆風が煽る。踏ん張りが効かず、大きく吹き飛ばされたソラが裏路地から人気のない通りに弾き出される。

 ソラの腕から零れ落ちてしまい、アスファルトを転がるメロエッタがステップフォルムから再びボイスフォルムへと戻ってしまう。

 

「おっさんもなかなかド鬼畜ですなぁ、ウヒヒヒ」

 

 下卑た嗤いを浮かべるソマリに無表情で返すガンダ。無反応に頬を膨らませたソマリがポケットから取り出した風船ガムを噛みだして膨らませる。

 

「ん~、そうだなぁ。マリちゃんの趣味じゃないけど、捕まえた後の扱いやすさを考えて"フレンドボール"かなぁ」

 

 手で弄ぶは空のモンスターボールの一種。以前、ワース組がユオンシティでヒードラン捕獲作戦の折、モンスターボール工場の売店で入手していたものだ。

 指先でクルクルとフレンドボールを回しながら、風船ガムを膨らませるソマリ。限界まで膨れ上がった風船が限界を向かえ、パチンという音を立ててソマリの口の周りにくっつく。

 

 纏わりついたそれを舌でぺろりと妖艶に舐め取ると、ソマリの目は蛇のそれになった。

 

「それじゃあ早速、お友達になりましょう?」

 

 倒れているメロエッタへフレンドボールを近づけていくソマリ。このままでは、抵抗力を失ったメロエッタは簡単に捕獲されてしまうだろう。

 それはダメだ、させてはいけないとソラは()()()()()()()のを感じた。痛む身体に鞭を打ちソラは立ち上がると倒れ込むようにソマリに突進して彼女を突き飛ばした。

 

「いった! ソラちゃんさぁ、なんか今日頑張りすぎだよ!」

 

 尻もちを突いたソマリが抗議の声を上げる。対して、ソラはメロエッタを抱くようにして庇う。絶対にメロエッタは渡さないという強い意思の宿った瞳でソマリを睨む。

 その視線が、ソマリは気に入らなかった。立ち上がるなり、ソマリはソラを足蹴にする。

 

「ざっけんなよ! 玩具の分際でさァ!! 遊ばれて壊れてりゃいいのにさァ!」

 

 紫紺の髪を乱雑に掴みアスファルトに押し倒す。ギリギリとソマリがソラの首を締め始めた。

 カクレオンの舌に首を絞められている時よりも激しい力で首を抑えられソラは、脚をバタバタと動かして抵抗するがソマリが上に乗っているせいで抵抗も意味がなかった。

 

「ガンダのおっさんさぁ、ナットレイ貸してよ! 良いこと思いついちゃった!」

 

 ガンダは拒否しようとしたが、ソマリの有無を言わさぬ迫力に圧されたナットレイが渋々ソマリに従う。

 

「その鋼触手でこの子の身体ボッコボコのボコにしてやってよ、遠慮なくさァ! やっちゃえよナットレイ!!」

 

 ナットレイは身体を支える触手の一本を振り上げた。

 首を締め付けられ、だんだん呼吸が出来なくなってきたソラ。もはや脚を動かして抵抗するのも難しくなり始める。

 玩具がその生命が終わりを悟り始めた瞬間、それがソマリの求める最大の甘美だった。

 

 苦しげに顔を顰めていたソラはやがて、来るであろう悲劇を前に目を瞑った。

 そして静かに祈り始めた。否、それは祈りと呼べるものだろうか。

 

 もっと相応しい表現を探すならば、些細なお願いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もしも、もしも願いが叶うのなら。

 

 

次に目を開けた時、最初に目にするのは愛しい友達がいい。

 

 

それから──叶うなら大好きな貴方にもう一度会いたい。

 

 

目を開けた時、貴方がいてくれたら────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────【リーフブレード】ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、ソラが目を見開いた瞬間。

 駆け抜ける新緑の化身がソラのマウントを取るソマリとナットレイを弾き飛ばした。

 

 咳き込みながら、ソラが身体を起こして振り返った。そして視線の先に、彼女は橙色を見た。

 白を基調に、燃え盛る太陽の色だった。携える翡翠の色をした瞳が、自分を見ていると気づく。

 

「……間に合った、んだな」

 

 その声音は、怒っているようにも思えた。呆れているようにも思えた。

 だけどソラの心は、その音を、何よりも強い安堵の音だと認識した。

 

「生きてるよな、ソラ」

 

 その声音は間違いなく彼のものだ。それは分かっている、視覚的にもだ。

 それでもソラは目の前の光景が自分の脳が見せている幻なのではないかと、疑ってしまう。

 

「な、んで……どうして、ここが……?」

 

「んー、理由は色々あるけど……とりあえず、おら」

 

 パチン、とソラの額を指で弾いた。ソラが小さな痛みに額を抑えて、彼を見上げた。

 彼──ダイは微笑みを携えて、至ってフラットに告げた。

 

 

「お前が歌えるようになるまで傍にいてやる、って約束しただろ。まったく、忘れんじゃね―よ」

 

 

 その言葉は、闇の中をひたすら迷っていたソラに差した太陽の光のようだった。

 じわりと目尻に涙が溢れ出した。止めどなく湧き出し、やがて頬を伝った嬉し涙。

 

 

「お前の歌、ちゃんと聴こえたからな。だから、ちゃんとここに来れた」

 

 

 わしわしと乱雑にソラの頭を撫でる。ソマリに乱雑に掴まれて乱れた髪が整えられていく。

 その時、ソラは心からの笑みを浮かべた。今まで一度も見せたことのない、屈託のない笑顔だ。

 ようやく今のソラの笑顔を見ることが出来て、ダイはスーッとした気持ちで立ち上がった。

 

 

「──おい、俺の友達に、俺に黙って、何してんだこの野郎」

 

 

 笑顔は消え失せ、静かな怒りが顔を出す。友達のために、この男は怒るのだ。

 今この場にいない彼の母がこの場を見たならば言うだろう。バラル団は間違えた、と。

 

 

 誰よりも、彼──ダイは、タイヨウ・アルコヴァレーノは大切な者のために怒りを燃やすのだ。

 それこそ常に燃え盛っている、(そら)高くいる太陽のように────

 

 




ソマリさんめっちゃ過激なキャラになっちゃったな、と書いてから反省中。


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VSニドキング 強くなったから

 走る、ただひたすらに。

 俺は人混みの中を、ぶつかることも厭わずに流れに反逆しながらひた走った。

 

 そもそも、嫌な予感はここに来た時からあった。

 街の中の至るところにPGの警官たちが立っていた。ランクもモンスターボール級から本来捜査にしか現場に出てこないようなスーパーボール級まで。

 

 もちろん警備といえばそれまでだ。だけど、それがあまりにも警戒が厳重過ぎる。それが俺に違和感を教えてくれた。

 俺は、誰でもいいから出ろと思いながらライブキャスターで同じ街中にいるジムリーダー及びVANGUARDのメンバーに一斉通信を掛けた。

 

 その時だ、一人とビデオ通信が繋がった。相手はステラさんだった。

 

『もしもし、ダイくんですか? いきなりどうし──』

「ステラさん、あんま大声じゃ言えないけど……もしかすると、街の中にバラル団がいる!」

『それでは……さっきの歌声は……』

「そのまさか、ソラの声だ! たぶん、もう戦ってる……!」

 

 走りながら、ステラさんと話していると前方に見知ったシスターヴェールが見えた。案外近くにいたらしく、通話しながらステラさんに合流できてしまった。

 そして思い出す。ステラさんは今日、施設の子供たちの引率を兼ねてここに来ている。だから彼女の後ろにはズラリと、揃って祭りを楽しんでいる子供たちがいた。

 

「ひとまず、子供たちをどこかに避難させないと」

「──ならおれにまかせて!」

 

 俺がステラさんに言ったまさにその瞬間、空からリザードンの背に乗ったカエンが現れた。突然のジムリーダーの出現に、街の人達から歓声が飛んでくる。

 カエンが簡単に挨拶して俺達に向き直った。

 

「カエン、なんでお前」

「なんでって、電話掛かってきたから出たらダイにーちゃんがずっとステラねーちゃんとだけお話してたから! 後は匂いを辿って来た!」

「なるほど、ステラさん良い匂いするからな」

「えぇ……はい!?」

 

 話が逸れた、冗談を言ってる場合じゃない。ともかく、カエンが来てくれたなら話は早い。十歳だが、それでもこの街の実質責任者だ。警備の人への口利きは簡単なはずだ。

 気づかなかったがライブキャスターの画面を確かめてみると、ステラさんと話している内に全てのジムリーダーが俺達の通話に参加して、状況を把握してくれていた。

 

「ともかくみんなはおれがレニアジムに連れていくよ! あそこなら外でポケモンが暴れても簡単に崩れることはないはずだから!」

「頼めますか、カエンくん」

 

 ステラさんが子供たちに、カエンに続いて移動するように言伝する。相手はカエンと同年代か少し下、ちょっぴりだけお兄さんのカエンの先導に従ってジムの方向へと走っていく。

 

「ステラさんは、えっと……ネイヴュの、そうユキナリさん! 彼に連絡つけて、PGに警戒を強めるよう言って!」

『大丈夫、聞こえてるよ。その辺は僕に任せてくれ、今ちょうどアストンくんと合流したところだ』

 

 あいつも現場入りしてるのか、そりゃ助かる。後はこの街の人々をどうにかしないといけないところだ、戦闘になったら巻き込む可能性がある。

 タウンマップでレニアシティの間取りを改めて確認して、俺はちょっとだけ過激なアイディアを思いついた。

 

「ちょっと失礼!」

 

 俺は近くでたこ焼き作りのオクタンとその店主に一言謝って、その屋台からオクタンを退かすとゲンガーを呼び出した。

 

「ゲンガー、【おにび】だ。派手にやってくれ」

 

 コクリ、と頷いてゲンガーは俺が指差した──未だ熱を放つ鉄板に繋がったガス管目掛けて青白い炎を発射する。外から熱されたガスが出口を求め、やがて────

 

 

 バァァァァーン!! 

 

 

 破裂したガス管とそれに引火して大きく立ち上がる火の柱。隣の"ペロッパフ綿あめ"や"マーイーカ焼き"の屋台には悪いけど、たぶんこれが手っ取り早い。

 俺は一気に息を吸い込むと、祭りの喧騒に負けないデカい声を張り上げた。

 

 

「火事だァァァ────!!! みんな──!! プールの方に逃げろ────ー!!!」

 

 

 プールエリアは馬鹿みたいに広いし、今日ならライブがあるから戦闘の音を音楽がかき消してくれるはずだ。

 後はジムリーダーのみんなが、迅速な避難誘導をしてくれれば……! 

 

「おっちゃん悪い! 代わりに俺がいたライブの席のチケット! 超特等席だぜ!」

 

 唖然とするオクタンと主人のおっちゃんに走ってる最中にクシャッと丸くなったチケットを押し付けると俺はもう一度耳を済ませた。

 俺はゲンガーに続いてメタモンを呼び出すと、ポケモン図鑑で"グラエナ"のページを見せて変身を促す。【かぎわける】でソラの居場所を探すためだ。

 

 グニャリ、とメタモンが姿を変えた瞬間のことだった。ふと俺の真上に影が差したような気がした。

 

「──ミミッキュ!」

 

 次の瞬間、俺は腹に巻き付いた何かに引っ張られて後退した。メタモンも変身を中断し、俺の手首に巻き付いてくる。直後俺がさっきまで立っていた場所に"トサキント掬い"の水槽が投げ込まれてコンクリートにぶち当たった。

 

「危ないところでしたね」

 

 そう言ってステラさんが苦笑いを浮かべる。どうやら俺を助けてくれたのはミミッキュらしい、俺の腹に巻き付いてた何かはひょっとするとこいつの本体……? 

 立ち上がって水槽が飛んできた方向を見返すと見知った灰色の装束がゴロゴロしていた。

 

「ここは引き受けます。ダイくんは彼女のところへ行ってあげてください。それとソラさんと無事に帰ってきたらさっきの件、お説教ですからね」

 

 そう言ってステラさんとミミッキュは微笑む。迷わず、俺は頷いてその場を後にした。背後から聞こえる戦闘音に振り向かず、走った。

 走りながら考えた。ソラが人を巻き込まないようにして戦うならどういう場所を選ぶか。

 

 当然、今日に限って人気が無い場所だ。被害は最小限に出来るし、事が終わった時誰にも気づかれないということも可能だろう。

 だけどそれは最悪の場合に対しても言える。ソラが戦っていることを、誰も気付けなかった可能性だってある。

 

 人気がどんどん少なくなってくる路地で右往左往していたその時、鈴の音のような清らかな歌声が響いてきた。

 綺麗な声だし、上手いけどソラの声じゃない。そう思って無視しようと思ったがポケモン図鑑がそれを許さなかった。

 

 

 ポケモン図鑑が示す方向を見ると、見たこともないポケモンが風に乗りながら唄っている。その姿をポケモン図鑑が捉えた。

 

 

『メロエッタ せんりつポケモン 特殊な発声法で歌うメロディは聞いた者の感情を自在に操る』

 

 

 図鑑が彼女を"Mystical" 、即ち幻のポケモンと認定した。するとモンスターボールからゼラオラが飛び出してきた。そしてどこかへと飛んでいくメロエッタを見て、指差した。

 

「あいつを追えってことか?」

 

 俺の言葉にゼラオラは頷いた。リライブ出来るかもしれない機会を放って来てしまった俺に抗議の視線を送るでもなし、ゼラオラは先導するようにメロエッタを追いかける。

 そして、進めば進むほど路地は薄暗くなっていく。メロエッタの歌声はどんどん近くなって、同時に獣のような唸り声も聞こえてきた。

 

 そして極めつけは、コンクリートの破砕音。不安と焦りを押し込めて、路地裏を飛び出して再び表路地へ飛び出した時だった。

 視界に現れろと願い続けた紫色が、灰色に組み敷かれていた。見つかってよかった、と思う暇は無かった。

 

 

「ジュカイン!!」

 

 

 そして俺は、考えるよりも先に脚がトップスピードを叩き出していた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「各員、目標を視認した。ポイント23、アタッカーへ合流しろ」

 

 そうインカムに向かって話しかけるイグナ。彼の視線は依然、標的であるダイに向けられている。

 一方ダイからイグナへ向けられる視線は、今まで浴びせられたことも無いような怒り。かつてクシェルシティやペガスシティで出会った時ですらここまでの怒りは感じなかった程だ。

 恐ろしいのは、表面上それは伺えないことだ。まるで無表情のようにも見えるが、目を向けられて初めて分かる純度の高い怒りが向いている。

 

「まさかお前の方から来てくれるとは、探しに行く手間が省けた」

「やっぱり俺がターゲットか。ったく、会いに来るなら来るって言えよな」

「闇討ちしますと、わざわざ宣言するやつがいると思うか?」

「いねーよな、そりゃ」

 

 軽口にも応じてみせるが、やはり怒りの矛先は逸れない。しかしイグナには勝算があった。

 今しがた状況を観測していた部下から連絡が入り、街にいた人々の殆どがプールエリアに向かって大移動を行っているという報告があった。

 

 つまりはターゲットが大袈裟に暴れようとも目撃される可能性がグッと低くなるということだ。

 手首に巻き付けられた黒いメガバングルを見やる。いざとなればこれを開放することで戦力増強だって図れる。

 

 さらに、ソラに昏倒させられた部下も徐々に一人、また一人と意識を取り戻しはじめた。ジリジリと包囲網が完成しつつある。さらに待機部隊に混ざっていたケイカ、ロア含め十数人の援軍が現れた。

 

「お兄さん、見ぃーっけ」

 

 ケイカがクツクツと笑いながらスキップ混じりに前に出た。それ以上に、ロアが今か今かと出動を心待ちにしていたようだった。

 拳を鳴らしながらケイカと共に前へ出たロアが言った。

 

「よぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉやく! お前にリベンジ出来るぜ。いくらお前でも、この数を相手出来るかよ」

 

 狩りをする者の目でダイを睨みつけるロア。

 さらにはソラにマウントを取って、後少しで取り返しのつかない悲劇をもたらすはずだったソマリが立ち上がる。

 頬に付着した泥を乱雑に拭い、今の攻撃で切れた口の中の血を唾と共に吐き捨てた。

 

「やってくれるじゃん……前回と言いさぁ、キミ女の子に容赦しなさすぎ」

 

 ブルンゲルに変化させたメタモンとドーブルを呼び戻し、恨みの籠もった視線でダイを見る。

 幾つもの悪意に曝されながら、ダイは顔色一つ変えずにロアの言葉に返答した。

 

「お前、俺が一人で来てると思ってんのか?」

「いいや? あのハチマキが来るのも想定済み。だがな、今こうして路地裏は満員状態で一種の封鎖状態だ。仮にヤツが来ても合流する術がねえだろ」

 

 ロアの言う通りだった。現在、ソラが主戦場に選んだ路地裏並びにジム前通路は駆けつけたバラル団員によって完全に包囲されている。

 隣を見ればソマリとガンダを始めとする精鋭が逃すまいとダイとソラを取り囲み、正面はロアとケイカ、イグナたち三人が抑えていた。

 

 確かに、通路の状態を見れば突破は不可能だ。

 

「──それはどうだろうな」

「なに……?」

「案外、穴掘って来たりするかもしれねえぞ」

 

 その時初めてダイが表情を緩ませた。次の瞬間、ロアとケイカの中間付近のコンクリートがひび割れ始めた。

 まずい、と直感が訴えた。ロアとケイカはそれぞれズルズキンとギャラドスを呼び出してその場から飛び退いた。

 

 

「【ほのおのうず】!」

 

 

 次の瞬間、穴から現れたポケモン"ブースター"が【あなをほる】攻撃から【ほのおのうず】へ繋げて牽制する。

 迫りくる炎の波状攻撃を外套で防ぐロアだったが、その時まるで風が吹き抜けるように何かがロアの左に位置する()()()()()()()()()()()()()

 

 闖入者は路地裏を抜ける瞬間に壁を蹴って跳躍、ダイとソラの隣へ着地することで合流した。

 

「お待たせ!」

「俺はてっきり空飛んで来ると思ったんだけど? いつの間に人間やめちゃったのお前?」

「まだやめてないよ!」

「まだってなんだよ、卒業する気満々じゃねえか」

 

 当然アルバだ、しかし登場の仕方はダイですら予想がつかなかったらしい。壁を足場にして駆け抜けるなどまるで映画の世界だ。

 しかしアルバから言わせればこれを涼しい顔でやる連中とひと月一緒にいたのだ。多少のモノマネくらいは造作もなかった。

 

「さぁ、どこからでも掛かってこい!」

 

 手のひらに拳を打ち合わせ、ファイティングポーズを取るアルバ。その横顔を見て、ダイはひと目で違いに気づいた。

 最後に顔を見たのはいつだったか、その頃に比べて全然活き活きとしていると思った。厳しい修行でところどころ擦れたり、解れたりしているパーカーが彼のひと月を想起させた。

 

「野郎、一人増えたところで──」

「実は助っ人、僕一人でも無いんだな!」

「ロア! ケイカ! 伏せろ!」

 

 アルバがそう言った瞬間だった。背後からイグナがロアとケイカを庇うようにして路地裏に倒れ込んだ。

 刹那、路地裏に氷雪地帯と見まごうほどの猛吹雪が吹き荒れた。わずかに出来た隙間をするりと滑るように通り抜ける巨大な水竜"ミロカロス"。

 

「ソラ、大丈夫?」

 

 その背に乗ったリエンが倒れているソラに駆け寄り、ハンカチで泥だらけのソラの顔を拭った。

 ソラがコクリと頷くとホッと安堵の息を零すリエン。ミロカロスが四人を守るようにとぐろを巻いて周囲を威嚇する。

 

 ダイ、アルバ、リエンの三人が駆けつけ、それぞれがゲンガー、ブースター、ミロカロスを呼び戻す。

 だが四人になったところでイグナの陣営は下っ端十人以上、班長クラスが四人いる。単純計算、ダイたちは班長クラスを一人ずつ相手しながら下っ端の猛攻を往なさなければならない。

 

 それでもダイは怯まなかった。アルバの肩を叩いて小さな声で語りかけた。

 

「こういう時、イリスさんがなんて言うか知ってるか? アルバ」

「「四人いるから、一人何人倒せばいけるんじゃない?」でしょ」

「正解!」

 

 そしてそれは開戦の合図だった。バラル団の下っ端たちが一気にポケモンを投入する。

 

 

 ダイとゲンガーには、チャーレムやネイティオ、そしてイグナのグラエナが。

 

 アルバとブースターには、イノムーやドリュウズ、ガンダが新たに繰り出した"ニドクイン"が。

 

 リエンとミロカロスには、ウツボットやワタッコ、ケイカのギャラドスが。

 

 

 暴虐の意思を灯した獣たちが一斉に殺到する。攻撃のタイミングは殆ど同じ、連携がしっかり取れた厄介な攻撃。

 一気に相手しなければならない。しかし、三人は臆することなく隣に立つ相棒目掛けて声を発した。

 

「ゲンガー、【ふいうち】!」

 

 チャーレムが繰り出した【しねんのずつき】は虚空を切る。ギョッとするチャーレムの頭部を足場にしてゲンガーは迫りくるネイティオへ瞬時に接近、浮遊する二つの影手によるワンツーパンチを繰り出す。

 残るグラエナが牽制に【あくのはどう】を放つが、それらは全てコンクリートを切り裂くに留まった。薄暗い路地裏には影が満ちている、それはつまりゲンガーにとってのホームグラウンドということだ。

 

「【ドレインパンチ】!」

 

 そのままゲンガーは地面を舐めるような超前傾姿勢からグラエナへ突撃した。影の中からグラエナの死角へ潜り込み、捩じ込むような拳でグラエナの体力を奪う。

 しかしグラエナは食らいついた。今まさに目の前にいる獲物を食い千切らんと【かみくだく】攻撃を放つ。

 

 ザシュ、という鈍い音が路地裏に響いた。間違いなく、肉にキバが吸い込まれた音だ。

 

「そうそう、返すぜ」

 

 ──尤もそれはゲンガーの身体ではなかった。グラエナが噛み付いたのは先程ゲンガーが踏み台にしたチャーレムだった。

 驚いているチャーレムとグラエナ。ゲンガーは即座に【サイドチェンジ】で自分とチャーレムの位置を入れ替えたのだ。本来味方と場所を入れ替える技だが、この混戦では決まりごとなど意味を成さない。

 

「ブースター、【ニトロチャージ】!」

 

 一方、アルバのブースターは自らの身体に炎を吹き付けそのままイノムーに正面から体当たりを放つ。牙に阻まれるが、それで良い。それこそがアルバの狙いだった。

 フォローに回ったドリュウズが【がんせきふうじ】を放つが、ブースターは再び炎を纏って迫る岩塊そのものを足場にして高く跳躍した。

 

「この狭い場所なら、避けられない! 【ふんえん】!」

 

 空中に上がったブースターが一気に灼熱を辺り一面に放出する。しかしビルとビルの壁面が吹き出す炎の行方をコントロールし、イノムーとドリュウズに上から襲いかかる。

 戦闘不能になった二匹のポケモンをそのまま抜き去り、ブースターが目指すはニドクイン。

 

「行くよ、【フレアドライブ】!」

「ぬっ! 正面からの真っ向勝負! 気に入ったァ! 【ドリルライナー】!」

 

 自身の身体を回転させながら突進するニドクインと、より高温になりオレンジから蒼く変化した炎を纏ったブースター同士がぶつかり合う。

 回転していただけあり、ニドクインはブースターの攻撃によるインパクトを最小限に減らすが、そもそもブースターにはニドクインの攻撃がヒットしなかった。

 

「なんたるスピードか! だが面白い! 【だいちのちから】!」

 

 続き、ニドクインが地面を叩きつけ地中からエネルギーを噴出させる。鳴動する大地そのものがブースターを真下から攻撃し、上空へと突き上げた。

 獲った、とガンダは思った。しかしその予測を上回る出来事が起きる。

 

「頭上を取った! 【ギガインパクト】!」

 

 ダメージは覚悟の上、ブースターがニドクインよりも高位から攻撃するための受け身だったのだ。

 ブースターが全身に受けた攻撃のエネルギーを迸らせたままニドクインの頭部へ突進する。ガツンと脳を揺さぶる衝撃にニドクインがたまらず地面に倒れ伏す。

 

「ミロカロス、【アクアリング】」

 

 隣ではリエンとミロカロスが草タイプのポケモンを相手に立ち回っていた。ウツボットとワタッコが放つ【タネばくだん】の爆風に曝されるが涼しい顔でそれを受けていた。強い風に煽られてリエンの髪やカーディガンの裾が揺れる。他の二人と違い、リエンはソラを庇いながら戦っている。だからこそ、防戦一方を強いられている。

 

 ──と、ケイカは思っていた。ギャラドスの頭に乗ったまま状況を静観していたが、気まぐれに悪戯をしたくなった。

 

「ギャラドス、焼いちゃえ」

「来るよミロカロス、受け止めて」

 

 赤暴竜(ギャラドス)から放たれる大文字、蒼銀竜(ミロカロス)が【みずのはどう】で炎の威力を殺す。

 しかし技自体の威力は【だいもんじ】が勝っていたために、炎の余波でミロカロスの身体が焼かれる。じわりと、火傷の痕が残ってしまった。

 

「ふふ、お姉さん。守ってるだけじゃ勝てないよ」

「そうかな、まだわからないよ」

「じきに分かるよ。みんな、やっちゃって」

 

 ケイカの号令がかかる。それによってワタッコが【エナジーボール】を、ウツボットが【グラスミキサー】を放つ。

 吹き荒れる木の葉刃による斬撃と、新緑のエネルギーをまるごとぶつけられるミロカロス。上体がぐらりとよろめくが、それでもなお鎌首は健在。

 

 そこからさらにウツボットとワタッコの猛攻は続き、ミロカロスはその都度大ダメージを負う。

 だがようやくケイカが気づく。おかしい、あまりにも()()()()()()()。並のポケモンなら既に三回は戦闘不能になっている物量だというのに。

 

「──てめぇ、何をしている!」

 

「【ふぶき】」

 

「ッ、ギャラドス!! 防げ!」

 

 意地を焼き、思わず裏のケイカが顔を出した瞬間だった。底冷えする声音と共に放たれた命令によって放たれた氷雪の息吹がワタッコとウツボットを瞬時に凍結、戦闘不能に陥らせた。

 コンクリートの上にゴトリ、と音を立てて落下する二匹のポケモンの氷像。真っ白い呼気を放ちながらミロカロスがギャラドスを睨みつけた。

 

「効かない、って理解してほしかったんだけど、分からなかったかな」

 

 かつてリエンを苦しめた赤いギャラドスがミロカロスに威圧され、ジリと後退った。ケイカは、四人の中で一番相手にしてはいけない人物を相手取ったと、今になって悟った。

 だが自分は一度、彼女を完封している。その思いが、ケイカを踏みとどまらせた。

 

 下っ端の操るポケモンたちを次々制圧し、ダイたちは再び背中を預け合う。十数人いた援軍はあっという間に三人、即ち駆けつけた班長たちだけになってしまった。

 それでもまだ、総数なら未だ健在のガンダを含めイグナたちバラル団が勝る。

 

「なるほどな、確かに前とは比べ物にならないようだ」

 

 イグナが前へ出ながら言う。彼の動きをダイが警戒する。メロエッタやゲンガーとの戦いでダメージを負ったグラエナを下がらせ、イグナは新たにヘルガーを呼び出した。

 ダイにとっては一度ペガスシティで見たことのあるポケモンだ。アシュリーのエンペルトと互角でやり合うほどの火力を持つのは既に分かっている。

 

 リーダーのやろうとしていることを察知したガンダも戦闘不能寸前のニドクインをボールへ戻し、青い暴竜ギャラドスを再度呼び出した。

 ソラとの戦いで、ギャラドスは殆どダメージを受けていない故にほぼ全快状態である。

 

 さらにケイカもギャラドスの他にサメハダーを呼び出して腕を捲くりあげた。

 それぞれが腕に身につける黒いメガバングルを見て、ダイたちは表情を引き締めた。

 

「ヘルガー」「ギャラドス!」「サメハダー」

 

 

「────メガシンカ!」

 

 

 黒曜を思わせる艶のある闇色が一斉に禍々しい光を放った。その光は繭というよりは、まるで拘束具のようにポケモンたちを縛り上げ、肉体を蝕むように変体させていった。

 

 地獄の番犬(ヘルガー)はその身の骨のような外殻をさらに成長させ、装甲のように纏う。頭部の角は空を穿つかのように鋭く研ぎ澄まされる。

 

 荒れ狂う暴竜(ギャラドス)は更に身体を隆々と発達させ、ヒレはまるで大翼の如く左右に突き抜けた。

 

 海魔界の狩人(サメハダー)は全体的なシルエットをそのままに、しかし鼻先に刃が生えその姿は大鋸を思わせる。

 

 黒い光を立ち上らせ、三匹の尖兵がメガシンカを遂げた。そこから放たれるプレッシャーは凄まじく、思わずダイたちはたじろいだ。

 しかし三人が思い出すのはこのひと月の出来事だった。泥に塗れ、何度も挫けそうになったことだってあった。

 

 それでも、今こうしてこの場に立っている。さらなる力を身に着けて、立ち向かっている。

 

「やれるよな、俺達なら」

 

 ダイが静かに呟くと、右隣の二人が揃って頷いた。それを見て、座して守られるだけだったソラがようやく立ち上がった。

 この中で誰よりも満身創痍だが、それでもなお戦う姿勢を見せた。ソラはそっと差し出した右手で、ダイの左手を掴む。ギュッと力強く握り返された手から、まるで生きる力が流れ込んでくるようだった。

 

「大丈夫、貴方は私が守ってみせる」

 

 ソラはダメージを受けたメロエッタに向かって言った。メロエッタはコクリと頷いて、ソラの左肩へと移動する。

 どういうわけかこのメロエッタはソラに味方してくれる。だとしても、今は戦わせることは出来ない。

 

 

「──ジュカイン!」

 

「──ルカリオ!」

 

「──ラグラージ」

 

「──チルタリス」

 

 

 ダイ、アルバ、リエン、ソラはそれぞれのエースポケモンを投入する。四匹ともに、迫りくる脅威に対する戦意は十分だった。

 そしてダイとジュカインが一番槍として飛び出そうと口を開いた瞬間だった。ダイは自身の足場に微かな違和感を覚えた。何もないところから、突然縦に揺れる振動を感じ取ったのだ。

 

 次の瞬間コンクリートがひび割れ、地中から現れたのは紫色の棘暴君(ニドキング)。地上に上がるなり周囲のソラとアルバを突き飛ばし、体勢を崩したダイをそのまま抱え始めた。

 ニドキングが誰の差し金か分かったのはその場で状況を見守っていたロアだけだった。

 

「うおっ、わああああああぁっ!!」

 

 凄まじい勢いで繰り出される【ロッククライム】、それによってビルの壁面を駆け上がっていくニドキング。

 一瞬反応が遅れたが、アルバとルカリオがニドキングを追いかけようとした瞬間。まるでダンプカーそのものにぶつかったような衝撃がアルバとルカリオを襲った。

 それがメガシンカを遂げたガンダのギャラドスが放った【アクアテール】だと気付いたのはルカリオがビルの壁面を突き破った後だった。

 

「メタモン、【へんしん】して【テレポート】!」

 

 アルバの身体で空いた穴にリエンとソラが気を取られた瞬間だった。ソマリがブルンゲルだったメタモンを再度変身させ、ユンゲラーの姿を模った。

 その動きはひと月前にソマリが取った行動と全く一緒だった。リエンが強くソラの手を取り、瞬きを済ませた後二人は全く違う場所に移動させられていた。

 

「ここは、レニアのポケモンセンターの中……!」

 

 ソラの手を掴んだまま、リエンが呟いた。どういうわけか停電しており、ドアの付近には閉じ込められて救出を待っていたジョーイや数人のトレーナーが屯していた。

 薄暗い屋内で、不意に明かりが灯った。だがそれは明かりと呼ぶにはあまりにもおどろおどろしい雰囲気をしていた。

 

 恐らくはメタモンかドーブルが放った【おにび】だろう。幾つかの怨嗟の炎が空中に漂い、暗いポケモンセンターの中を照らしていた。

 

「こっちは二対二で遊ぼうよ、そっちの子も美味しそうだしね~。つーわけでケイカたん先生、よーろしくぅ!」

「フフ、任されたぁ……」

 

 鬼の篝火が照らし出すは二匹のメガサメハダー。恐らく片方はソマリのメタモンが変身したものだが、それでもメガシンカした個体が二匹いることに変わりはない。

 メタモンはそのメタモン自身の体力以外を完璧にコピーするポケモン故に、こうした変身による戦力増強を可能とする。

 

「ソラ、まだ戦える?」

 

 問うリエンに対して、ソラは握られた手を強く握り返すことで応えた。一緒に飛ばされてきた相棒(チルタリス)もまた、喉の調子を確かめるように吠えた。

 挨拶代わりに放たれる【アクアジェット】、それをラグラージが受け止めることで戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

 

 

 

 一方、ビルの壁面を駆け上がったニドキングはフェンスを引きちぎって屋上へ侵入し、ダイとジュカインを乱雑に放り投げた。

 受け身を取って衝撃を和らげ、ニドキングに相対するダイとジュカイン。ニドキングを正面から見据え、ダイもまたこのニドキングが誰の差し金かを理解した。

 

 二度目だった、このニドキングと相見えるのは。ニドキングはダイとジュカインの攻撃を警戒しながら、ゆっくりと主の元へと舞い戻った。

 そしてダイは予想通りの顔と睨み合うこととなった。

 

 クタクタのワイシャツにツータックスラックス、誰も彼がバラル団の幹部とは思わないだろう。

 

 しかしてその実力は幹部に相応しい、まさに強敵。

 

 

「よう、また会ったなオレンジ色のガキ。ちったぁ、マシな値になったかよ」

 

 

 ──バラル団幹部、ワース。

 

 ユオンシティ以来の邂逅に、ダイは身構えた。低姿勢のまま、ジュカインと一緒に相手との距離を保った。

 そうして睨み合いを続けていた時。ダイはワースの背後に大きなプレッシャーを感じ取った。目を擦るが何かがいるわけではない。

 

()()()()()()()()()()()()()()。漠然とそう感じ取ったのだ。

 

 

『思ったより、早く出会ってしまったね』

 

 

 その時だ、ダイの鞄の中から飛び出したライトストーンが言葉を発した。ダイはワースの切り札であるヤミラミを警戒してライトストーンをカバンに戻そうとして触れた時、プレッシャーの正体を知った。

 ワースの背後に、雷神の影が見えたのだ。黒く、聳え立つような巨躯。触れるもの全てを粉砕しそうな頑強な腕が目を引いた。

 

 そして同時に自分の後ろにも、炎神の影があることに気付いた。それはまるで白昼の陽炎のように揺らめきながら、雷神の影と睨めつけあう。

 

「まさか、アンタが……!」

 

 最悪の状況に、ダイは戦慄する。その反応を見て、ワースは満足そうに笑う。

 そうして胸ポケットから取り出した一本のタバコを火も着けずに口へ咥えた。

 

 

「──そう、そのまさかよ」

 

 

 勘定屋の男は、そう言って口角を持ち上げた。

 刹那、小さなプラズマが発生してワースの顔付近で弾け、タバコに火が灯った。

 

「で、だったらどうするよ? 白陽の勇士殿?」

 

「──当然、戦うね!」

 

 瞬間、ジュカインの姿が消える。次に森蜥蜴が姿を見せたのはワースの目の前だった。裂帛の気合いと共に、腕の新緑刃を振るう。

 ガキン、と攻撃が弾かれる音がレニアの空に木霊する。攻撃を防いだのは銀翼の皇帝(エンペルト)、ワースの懐刀とも呼べる強力な一匹だった。

 

「抜いたな、じゃあもう返品効かねえから、覚悟するこったな」

 

 はらりと舞い落ちるはタバコの先端の灰。開戦の狼煙は、脂臭(やにくさ)い吐息によって立ち上げられた。

 

 



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VSヘルガー 黒曜のメガシンカ

 

『おい! おっさん!! オレもそっちに行かせろ!! おい!』

「……あー、この無線は現在使われておりません」

『ふざけてる場合か! おっさん! おい! コラ──』

 

 ぶつり、と喧しかったロアからの通信を切り、ワースは再びタバコを口に咥える。

 

「イグナ、お前がこっちに来い。ロアにはハチマキの相手でもさせとけ」

『了解、聞いての通りだロア。ガンダさんに合流してくれ』

『ざっけんな! なんでオレがそっちじゃねえんだよ! おっさ──』

 

 無線の向こう側で騒ぐロアを無視してワースは正面を見据える。繰り出したエンペルトとジュカインが競り合っている。

 ひと月前なら恐らくエンペルトが圧倒していただろうが、見ればジュカインの方が攻勢でありエンペルトは次第に後退を余儀なくされていた。

 

「なかなか、やるようになったわけだ」

「こちとら何度かエンペルト相手にエグい修羅場潜ってんだ! 対策だって──」

 

 新緑刃(リーフブレード)による連撃が炸裂、皇帝が大きく体勢を崩した。

 その隙を見逃さず、ジュカインが渾身の【きあいパンチ】をエンペルトの胴へ叩き込んだ。

 

「──出来てんだよ!!」

「へっ、可愛くねーヤツ」

 

 吹き飛ばされてきたエンペルトをボールに戻し、ワースは思い通りに状況が進んでいることを確信し僅かにほくそ笑んだ。

 そうしてもう一匹、"ドレディア"を戦場へ投入した。それに対し、ダイはズボンの後ろポケットからポケモン図鑑を取り出し、ドレディアをスキャンする。

 表示されたデータを凝視し、瞬時に作戦を立てる。

 

「このまま突っ張るぞ、ジュカイン!」

「おっ、正解だ。カンニングすりゃ当然か」

「言ってろ!」

 

 ドレディアというポケモンは詰めても草タイプ、エスパータイプ、ノーマルタイプの攻撃技しか覚えない。

 さらに厄介な状態異常を引き起こす技もジュカインならば無効にできる。下手にウォーグルなどに入れ替えた方が不利を強いられる可能性が高い。

 

 だからこそダイはジュカインを続投させた。()()()()()、その選択は正しい。

 しかしこの場においては、観察不足と言わざるを得なかった。

 

「【つばめがえし】ッ!」

「──【しぜんのちから】だ」

 

 ジュカインの同時三連撃を巧みにすり抜け、ドレディアが後退する。追撃しようとしたジュカインが見たのは氷上にて力を溜めるドレディアだった。

 見ればドレディアの周囲はコンクリートが完全に凍りつき、スケート場のようになっていた。滑らないようにジュカインが急制動を掛けた瞬間と、ドレディアが【しぜんのちから】を【れいとうビーム】に変化させたのは同時だった。

 

「ッ、ジュカイン!!」

 

 一直線の氷槍で穿たれたジュカインがコンクリートに氷で縫い付けられた。迂闊であった、エンペルトはジュカインの力量を把握するだけでなく後に続くポケモンのための切り札すら用意していたのだ。

 屋上の半分以上が氷上と化したこの場ではドレディアには氷タイプの技があるも同然だ。出すポケモンは慎重に選ばなければならないが、そんな悠長を許さない事態が発生する。

 

「ヘルガー! 【かえんほうしゃ】!」

「そうだった! メタモン、受け止めろ!」

 

 ダイの背後、クロバットと共に上昇してきたイグナがヘルガーを投入、メガシンカにより高まった炎技を放った。

 すかさずダイはメタモンを背後にリリース。メタモンも即座にアルバのブースターへと姿を変えることで特性を"もらいび"に変化させ、受けた炎技で自身を強化する。

 

「そのまま【フレアドライブ】!」

 

 メタモンはヘルガーから奪った炎を自身に纏わせ、ジュカインを縛る氷を一瞬で蒸発させるとそのままドレディア目掛けて捨て身の突進を繰り出した。

 ドレディアは避けきれずにメタモンの直撃を許してしまう。さらにメタモンはありったけの炎を撒き散らしてエンペルトが張り巡らせた氷のステージを焼き尽くした。

 

 しかし【フレアドライブ】の反動ダメージが大きく、ダイはメタモンをボールに戻し下がらせた。

 

「ウォーグル! ヘルガーを寄せ付けるな!」

 

 迫る地獄の番犬に大鷲をぶつけて対処する。メタモンの炎によって復帰したジュカインがウォーグルの援護に向かおうとするが、ダイが片手でそれを制する。

 特攻が高まっているメガヘルガー相手にジュカインは荷が重すぎると判断したのだ。反面、ウォーグルにはヘルガーに対する強みがある。

 

「もう一度【かえんほうしゃ】!」

「ならこっちは【いわなだれ】だ!」

 

 僅かにヘルガーが素早く、赤黒い炎を口から吐き出す。ウォーグルはまるでペラリと紙でも捲るように屋上のコンクリートを持ち上げ炎に対する防壁にすると、そのままそれを上から突き落とす。

 しかしイグナがヘルガーをボールに戻すことで岩塊の下敷きになるのを防ぐと、返すようにオニシズクモを投入する。

 

「【ねっとう】!」

 

「早い……ッ! 【ブレイブバード】!」

 

 どうやらボールの中で既に溜め込んでいたのだろう。ボールから飛び出るのと同時にイグナのオニシズクモが煮えたぎる湯を解き放つ。

 真っ向からそれを浴びながらも、ウォーグルが燐光をその身に携えながら体当たりを行いオニシズクモを沈黙させる。それでも強行の代償は存在する。

 

 オニシズクモを戦闘不能にしたウォーグルがダイの元へ戻ってくるが、苦しそうに顔を歪めた。見れば翼の付け根部分が赤く変色していた。

 

「火傷したのか、悪い……下がってくれ!」

 

 ウォーグルが見せたガッツを労い、ダイがウォーグルをボールに戻す。これでダイに出来るのはゲンガーとジュカインの二匹を前に出すことだけ。

 メガヘルガーを前にゲンガーとジュカインを呼び出すダイを見て、ワースは意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「お前、ゼラオラはどうした?」

「今頃ステージを楽しんでるよ、邪魔すんなよな」

 

 そう、ダイはここへ来る寸前にゼラオラだけをステージに置いてきた。暴れることは無いだろうが、万が一をTry×Twiceの二人に任せてある。

 それもバラル団が彼を刺激しなければの話である。ダイの心配を他所に、ワースは手をひらひらと振って言った。

 

「んな余計なことしねぇよ、俺たちが用あるのはお前だからな」

「そうかよ、あんまコソコソ会いに来る真似してほしくねえんだけど。噂になっちまうだろ」

「確かに、こっちもそういう趣味は持ち合わせてねえな。さて、ニドキング」

 

 ワースはダイをここに連れてきたニドキングを再度ボールから出現させる。イグナもまたメガヘルガーを呼び出すと腕の黒いメガバングルを構える。

 瞑目し、強く念じることでイグナの身体から溢れる紫色の瘴気とも呼べるオーラがヘルガーに流れ込み、力を増強させる。

 

 ダイはというとジュカインとゲンガー、両方と視線を交わし合う。そして左のグローブリストのキーストーンを前へ突き出した。

 

 

「──突き進め(ゴーフォアード)、ゲンガー!」

 

 

 迷った末に選択したのはゲンガーをメガシンカさせることだった。本来ならば、ヘルガーの炎技によるダメージを軽減する意味でもジュカインのメガシンカが妥当なはずだ。

 しかしダイはジュカインではなく、ゲンガーをメガシンカさせることを選んだ。その選択に、ジュカインも異論はない。

 

「メガシンカ!!」

 

 立ち昇る虹色の光が生み出した影より、メガゲンガーが這い上がるようにして再臨する。

 瞬間、ゲンガーから走る影がヘルガーとニドキングの背後を取った。特性"かげふみ"によって、ヘルガーとニドキングはもう引き下がることは出来なくなった。

 

 ポケモンの数だけ手数が存在する。一対二である現状、相手の交換を封じて今場に出ている二匹だけを的確に処理することにおいて、メガゲンガーの特性は有利に働く。だからこそダイはエースのジュカインではなくゲンガーをメガシンカさせたのだ。

 

「陽が出てるな、だったら【マジカルシャイン】だ!」

 

 メガゲンガーが深淵から強力な光を打ち放つ。その光は分裂して相手のフィールドに降り注いだ。ヘルガーはそれを炎をぶつけて、ニドキングは豪腕で薙ぎ払うことでそれぞれ相殺する。

 しかし流石にメガゲンガーの状態で放たれる技の直撃は避けたかったのだろう。おおよそ、ダイの想定通りだった。

 

「突っ込め、ジュカイン!」

 

 降り注ぐ光に合わせてヘルガーが上を向いた瞬間だった。地面すれすれの低姿勢で突進したジュカインがヘルガー目掛けて【ローキック】を繰り出した。

 脚部に伝わる鋭い痛撃、しかしそのまま逃すまいとヘルガーが灼熱で溶ける寸前の牙を以て【ほのおのキバ】を繰り出した。

 しかしジュカインは尻尾を強く地面に叩きつけその勢いで跳躍して攻撃を回避、灼熱の牙は空気を噛み砕いた。

 

「【メガホーン】だ」

「ゲンガー! 【サイドチェンジ】!」

 

 滞空中のジュカインでは回避行動を取れない。その隙を狙ったニドキングの角がジュカインへと迫るが、ゲンガーは自身とジュカインの位置を入れ替え、ニドキングの角が帯びるオーラをその身で受け止めた。虫タイプの技ならゲンガーは痛くも痒くもない、そして先程ヘルガーがしようとしたようにゲンガーもまたニドキングに用があったのだ。

 

「ゲェェェ────ンッ! ガッ!!」

 

 拳の体温を徐々に下げ、マイナスの域に達した拳をそのままニドキングの胴体へ連続で叩き込む。【れいとうパンチ】による殴打の雨だ。その数、およそ一秒間に十四発。

 最後に極限の一発をニドキングの顎付近目掛けて繰り出し、そのまま殴り抜ける。吹き飛ばされてきたニドキングをそのままボールに戻すことで衝突を避けるワース。

 

「なるほど、相変わらず速えな」

 

 冷静にメガゲンガーの力量を測るワース、人差し指と親指で摘むタバコはもうその身を極限まですり減らしている。最後の数ミリまで堪能し、後は一瞥もせずに踏み潰す。

 そうしてワースが取り出すのは新しいタバコ、ではなく一際磨かれたモンスターボール。

 

 手のひらでキープしたままボールから中身を繰り出す。成人男性の中でも類を見ないほどの長身であるワースに比べれば小人そのもの。

 しかしてギザギザの歯とギラつく鉱物の瞳が放つ存在感は身の丈を凌駕する。ワースの切り札であり、ダイが一番警戒していた"ヤミラミ"が満を持して戦線に投入された。

 

「イグナ、調子はどうだ」

「今のところは問題なく扱えてる。見た目以外は」

 

 ワースが気にかけるのはイグナの身につけている"キーストーン・I"だ。グライドが見つけてきた優秀な科学者によって生み出されたそれは普通のキーストーンが放つのとはまるで違う黒紫の光を放っている。

 見た目は仰々しいが、ヘルガーに至ってもメガシンカによる身体の不調も見受けられないようだった。

 

「ゲンガー! 【マジカルシャイン】だ!」

「ヘルガー! 【あくのはどう】!」

 

 ヘルガーを中心に放射状に放たれる黒いオーラに対し、ゲンガーは影から同じく黒い光を放って撃ち合わせる。ダイがヤミラミを警戒し、速やかに撃破を狙ってくることはイグナも分かっていた。

 事実、ヘルガーの攻撃によりゲンガーの【マジカルシャイン】は相殺された。ヤミラミは呑気にあくびをしているほどだ。

 

 逆にこのままヘルガーの悪タイプ技をゲンガーがいつまで凌げるか、という話になってくる。ダイは歯噛みし、次の一手を選んだ。

 

「なら、【ミラータイプ】!」

 

 ダイの作戦は、この場の攻防において有利なヤミラミのタイプを手に入れることだった。

 しかしゲンガーはというと、ダイの指示を無視した。訝しんだダイがゲンガーの顔を覗き込んで、理解した。

 

「悪いな、先に【ちょうはつ】させてもらったぜ」

 

 ゲンガーはヤミラミに意識が向かっていた。ヤミラミもゲラゲラ笑いながらゲンガーを指差し、次いで指先で「かかってこい」と言うように挑発を繰り返す。

 次の瞬間、ゲンガーは飛び出しヤミラミに向かって突進していた。しかし怒りに流されながらも素早い。瞬きの暇など無かった。

 

「お~速い速い」

 

 煽てるように呟くワース。ゲンガーの【シャドーパンチ】、【シャドーボール】の雨がヤミラミに降り注ぐがヤミラミはそれを最小の動きで回避し、さらに煽る。

 ダイはゲンガーの攻撃がだんだんと躍起になっているように見えた。そうしてゲンガーの攻撃速度が低下してきたとき、その理由に気付いた。

 

「混乱してる! いったいいつの間に……【あやしいひかり】か? いや、でもそんな素振りは……いやそれよりもジュカイン、フォローに回れ!」

 

 頷き、ゲンガーを連れ戻そうとするジュカインだったがその進行方向を塞ぐようにして【かえんほうしゃ】が放たれる。

 ジュカインはブレーキと共に遠心力の乗った尻尾攻撃で炎の軌道を逸らし、ダメージを最小限に抑える。

 

「本末転倒、ってやつだよなァ」

「なんだと!」

「俺が、お前がゲンガーを選んでメガシンカさせた本当の理由に気付いてないとでも思ったか?」

 

 ズバリと言い当てられ、ダイがたじろいだ。ゲンガーをメガシンカさせたのには、"かげふみ"で戦いを有利に進める以外にももう一つあったのだ。

 それこそヘルガーの炎技を抑えるためだ。ゲンガーがこの戦場において厄介な存在となれば当然イグナとヘルガーが真っ先に潰そうとしてくる、ダイはそう読んだ。

 

 であれば、ヘルガーは炎タイプの技よりも悪タイプの技を優先して使ってくる。その間、ジュカインはマークを外れフリーに動くことが出来る。

 

「ところがお前は、俺のヤミラミを見ただけで焦りだした。当然だよなぁ、相手の場のポケモンは二匹ともゲンガーに有利なタイプを持ってる」

 

 見透かされている、尽くを。

 まるで頭の中を覗き込まれているとさえ思った。それほどに、ワースはダイの手の内を読み尽くしている。

 

「だから【ミラータイプ】だったんだろうが……まぁこんなもんか」

 

 その時だ。一際強い光がフラッシュのように発生し、ダイが思わず顔を背けた一瞬だった。

 ヤミラミはその身よりも大きなルビーの大盾でゲンガーの攻撃を受け止めていた。

 

 

 ヤミラミの進化形態、"メガヤミラミ"だ。相手の攻撃の一瞬に割り込んでメガシンカなど、並のトレーナーが出来る芸当ではない。

 

 

 ガツンとインパクトが発生、ヤミラミが僅かに後退するが体勢は崩れない。

 

「【おしおき】だ」

 

 ヤミラミがルビーの盾から身を乗り出し、振りかぶったツメでゲンガーを切り裂いた。その技を受けて、ダイはゲンガーが混乱していた理由に納得がいった。

 恐らく【ちょうはつ】の前か後、少なくともゲンガーが攻撃に出る前にヤミラミが【おだてる】ことでゲンガーは混乱させられていたのだ。

 

 弱点の攻撃を食らったことで頭が冷えたゲンガーが状況を理解し、影を伝ってダイの元へと戻ってくる。【おしおき】の効果も相まって相当消耗したが、まだやれると言う面持ちだった。

 そうしてダイは頭を必死に働かせる。状況を打開するのに必要なピースはなにかを、必死に頭の中から掘り起こす。

 

 グライド相手にやった【スキルスワップ】を使っての攻撃は、先程ヤミラミに【ちょうはつ】された前例からも不可能だ。

 ゲンガーが策を講じても、それより先にヤミラミに潰されてしまう。

 

 かと言って、正面からの突破。難しくはないが、かなりリスキーである。しかしダイも分かっていた。

 

 この状況を覆せるのは、もはや自分たちの地力しか無いのだと。

 

「ぐ……が……」

 

 だがその時、全く予想外の方向から呻き声が聞こえ、ダイとワースはそちらに視線をやった。

 イグナだ。胸元を抑え、大量の冷や汗が額から顔中を伝っている。見るからに異常だとすぐさま分かった。

 

「どうした、イグナ」

 

 ワースが尋ねた瞬間、切ったはずの無線が再び通信を求めて鳴動する。ワースは煩わしそうにしながらも通信を繋いだ。

 

「なんだ、こっちは今取り込み──」

『おいおっさん!! ガンダのおっさんが暴れ始めやがった!! ありゃ敵味方の区別がついてねえぞ!!』

 

 無線の向こう側から響き渡る破砕音、微かにビル自体が揺れるほどの衝撃が階下から伝わってきているのが肌で分かった。

 ロアからの通信を受けたワースがイグナの方を見やった瞬間だった。イグナの目はまるで泣いているかのような赤に染まり、虹彩は赤紫色の光を放っていた。

 

 

「お、おぉ……【オーバーヒート】ォ!!」

 

 

 瞬間、メガヘルガーが最大火力を以て辺り一面を煉獄に変える地獄の炎を撒き散らした。

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ッ、ゲンガー! 【こごえるかぜ】だ! 早く!」

 

 幸いにも、ヤミラミがゲンガー【おだてる】ことで上がっていた特攻により炎の余波はゲンガーが放つ極寒の冷気によって多少和らいだ。

 しかし元の威力が違いすぎる。ビルの屋上、紫色の炎が忽ち周囲を燃やし尽くし初めた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 一方、ビルの階下。ひと月前のレニア決戦の折に廃棄されたビルの一階をアルバとルカリオは縦横無尽に駆け巡っていた。

 二人が通った後をメガギャラドスの放つ【りゅうのいかり】が炸裂し、投棄されたテーブルや椅子を木っ端に変える。

 

「ッ、【はどうだん】!」

 

 ルカリオは壁を駆け回り、再度自分を狙う【りゅうのいかり】を回避しながら手のひらのソフトボール大に練り上げた波動の塊をギャラドスの頭部目掛けて撃ち出した。

 それは的確にコースを変え、ギャラドスの頭部に当たっては弾ける。だが、びくともしない。

 

「かー……」

 

 アルバの視線はギャラドスの奥、猫背に丸まった巨躯の男ガンダに向いていた。目からは妖しい光が放たれ続け、彼から漏れ出るようにして溢れる光がギャラドスに絶えず流れ込んでいた。

 攻撃が一度止み、アルバは前傾姿勢を維持したまま小休止を挟もうとする。が、それを許さない影が一つ。

 

「【ブレイククロー】!」

 

「くっ、【みきり】!」

 

 物陰から飛び出し、鋭利なツメで上下左右からルカリオを襲うのは"ザングース"。そして同じく、アルバに向かって飛び膝蹴りを放つロア。

 アルバは飛び込んでくる膝を両腕を交差させることで受け止めた。

 

「なんでぇ、オレがお前の相手をしなきゃなんねンだよォ!! 超ムカつくぜ!!」

「だったら放っといてくれればいいのに!!」

「そりゃいい案だ! ……なんて言うかよ、オッサンになんて言い訳すんだボケェ!」

 

 飛び膝蹴りから繋いでアルバの胸ぐらを掴み、ヘッドバッドを繰り出そうとするロア。

 しかしその時だ。アルバは咄嗟にロアの脚を崩し、彼を押し倒すようにして攻撃を避ける。刹那、一瞬前まで二人の頭があった場所をギャラドスが放った水圧カッターのような【ハイドロポンプ】が突き抜けた。

 

「ってぇ! てめーよくも……!」

「ぶつくさ言ってないで、立って!」

「あん? ……うおわっ!!」

 

 押し倒したかと思えば、アルバはロアを無理矢理起こして突き飛ばす。今度は二人が倒れ込んでいた場所にギャラドスの【アクアテール】が叩きつけられ、コンクリートが大きくヒビ割れる。

 

「おいガンダのおっさん! ちったぁ加減しろ! 殺す気────」

 

 か、と言い切る前にギャラドスの攻撃はロアに向かっていた。ザングースが既のところで割って入り、攻撃を受け止めた。

 そこでロアもようやく、ガンダの様子がおかしいことに気付いた。

 

「ッ、【リベンジ】!」

 

 ザングースがギャラドスを控えめに投げ飛ばす。ロアは一息吐こうとするが、ギャラドスは手当たり次第に暴れだし、周囲をめちゃくちゃに破壊する。

 コンクリートや机の残骸が吹き飛び、まるで戦争の最中にいると錯覚しそうなほどだ。

 

「防げザングース!」

「【ラスターカノン】!」

 

 迫るコンクリートの塊を【インファイト】で粉砕するザングースと、鋼鉄の輝きを流し込んで内部で破砕させるルカリオ。

 だがやはりギャラドスは攻撃の狙いがついていない。むしろ視界の中の動くもの全てを破壊しようとしている。

 

 ロアは舌打ちすると無線機を取り出し、屋上で戦っているワースに連絡を入れた。

 

「おいおっさん!! ガンダのおっさんが暴れ始めやがった!! ありゃ敵味方の区別がついてねえぞ!!」

 

 指示を仰ごうとしたロアだったが、飛んできた破片が無線機に運悪く炸裂してしまう。拾い上げるがうんともすんとも言わない無線機をロアは放り捨てる。

 

 

「ぐがが……【はかいこうせん】!!」

 

 

 ガンダが強く発すると、ギャラドスの口腔に溜め込まれた破壊という二文字を象徴するかのような光が奔流となって放たれた。

 ルカリオとザングースが備えるが、光線があっという間に二匹とその後ろの二人を飲み込む。

 

 

「ぐあああっ!!」

 

「うぐ……ッ!!」

 

 

 光に圧され、アルバがこのビルに突っ込んだのと同じようにコンクリートを突き破って隣の部屋へと吐き出される。

 壁にぶつかる寸前、ルカリオが壁に【コメットパンチ】を撃ち込むことで壁が崩れやすくなっていたおかげで助かったものの、間に合っていなければ光線に押し潰されミンチになっていただろう。

 

 それでも人の身体がコンクリートを突き破るほどの衝撃だ、アルバも満身創痍と言った風に立ち上がった。

 

「くっ……あの、光は」

 

 アルバはガンダを包む光に見覚えがあった。旅を初めて間もない頃、リザイナシティで遭遇したバラル団絡みの事件で。

 ジムリーダーのカイドウをして友と呼べるだけの人物が、自らの手持ちである"ゴースト"を"メガゲンガー"まで進化させた光によく似ていた。

 

 眩いはずなのに、目を開けていられる。そして刺すように、暖かみのない冷たい光だ。

 

「ま、待てや……コラ……」

「酷い怪我だ、暫くはそこでジッとしていて」

「ざけんな……なんでテメーに怪我の具合なんざ、心配されなきゃなんねぇんだよ……!!」

 

 ロアがうつ伏せのまま、アルバの足首を掴んだ。正気ではないガンダとギャラドスに標的とされている以上、このままでは共倒れは免れない。

 もちろんロアに覚悟があれば、アルバを道連れにすることだって出来るだろう。だがそれを許さなかったのは、

 

 

「仕方ない、"デンリュウ"! ジュナイパー!」

 

 

 他でもないアルバだった。ジュナイパーと共に、新たな手持ちの一匹であるライトポケモン"デンリュウ"を呼び出す。

 デンリュウとジュナイパーが手早くロアを部屋の隅に移動させ、【かげうち】によってその場にロアを強引に固定してしまう。

 

「出来れば、そのまま大人しくしてて」

「ざっけんなこの野郎! 離せッ!」

 

 念の為ジュナイパーにロアのガードを任せ、アルバは再び壁に空いた穴を通ってギャラドスへと対峙する。荒れ狂うギャラドスの動きはまさに【りゅうのまい】、一筋縄ではいかなくなった。

 アルバは隣のルカリオとデンリュウに交互に視線を合わせ、頷き合う。一歩下がったルカリオに対し、一歩前へ進むデンリュウ。

 

「いくよ、【10まんボルト】!」

 

 デンリュウが拳を打ち合わせ、練り上げた電気を地面へ奔らせる。電気の柱が二つに分かれ、ギャラドスに左右から襲いかかる。

 ギャラドスは特殊防御の値も高く、メガシンカで飛行タイプが悪タイプに変わってしまったことで弱点の電気タイプに多少強くなった。

 

 だがアルバにはこの一ヶ月で、何度かメガギャラドスと戦う機会があった。

 だからこそ、戦い方は心得ているつもりだ。近づかれると厄介ならば、近づかなければいいのだ。

 

「【はかいこうせん】が来る! ルカリオ、【きあいだま】だ!」

 

 距離をとってくるデンリュウたちに痺れを切らしたギャラドスが再び放つ破壊の奔流。それに対して、ルカリオが練り上げた波動で闘気を包み込んで発射する。

 闘気の球体を穿つように、破壊光線が炸裂する。【きあいだま】が破裂するが、破壊光線もまた威力を大幅に減らしコンクリートを砕くに留まった。

 

「デンリュウ、【じゅうでん】で力を蓄えて! ルカリオ、充電の間デンリュウをフォローだ!」

 

 二匹が頷き合い、デンリュウがひたすら起こした電気を自身の体に蓄えて特殊防御の能力を高めていく。ルカリオは飛び出し、【かげぶんしん】で数体に分身するとギャラドスを包囲するように動き回った。

 長い尾を鞭のように振るう【アクアテール】がルカリオの胴を薙ぐ。しかしギャラドスが手応えを感じないまま分身が消滅する。

 

 続いて二匹のルカリオを纏めて【こおりのキバ】で噛み砕くが、やはりこれも分身。新たにギャラドスの目の前に現れた二匹のルカリオが左右へ分かれる。どちらか一方に目を向けた瞬間、もう片方のルカリオがギャラドスへ組み付くという作戦だ。

 

 しかしギャラドスはというと自身の身体をどんどん回転させ、空気の渦を作り上げ分身のルカリオを纏めて巻き上げると【たきのぼり】で撃破していった。それでも全てのルカリオは分身で、本体が現れない。

 

「今しかない、【インファイト】!」

 

 次の瞬間、破壊され無残に散らばっていたテーブルの残骸からルカリオが飛び出す。最初から分身の中に本体はいなかったのだ。

 弾丸のようなスピードで放たれた拳がギャラドスの顎を強く撃ち抜いた。激しく脳を揺らされ、ぐらりとギャラドスの体勢が崩れた。

 

 

 だが、

 

 

「ッ、下がってルカリオ!」

 

 ギロリと反転しかかっていたギャラドスの瞳が再び強い光を放ち、離脱寸前のルカリオを【こおりのキバ】で咥え、脇腹からどんどん凍らせていく。

 そのままコンクリートに頭突きするようにルカリオを叩きつけ、続いてゼロ距離から煮えたぎる【ねっとう】を放って水圧でルカリオをアルバの方向目掛けて撃ち出した。

 

 水圧カッターそのものの水圧に押し出されたルカリオがぶつかり、アルバも体勢を崩す。腹部が凍っていなければ最悪胴体が真っ二つになっていた可能性すらある。

 しかし氷が溶けた反面、ルカリオは苦痛に表情を歪めた。見れば胴に近い腕の部分が赤く腫れ上がっていた。熱湯を浴びせられたことで火傷してしまったのだ。利き腕でないのが不幸中の幸いだったが、このままでは長く戦えないだろう。

 

 立ち上がろうとするアルバとルカリオの前に、ギャラドスが迫る。水の流れに乗った【たきのぼり】だ。このまま衝突すれば壁に挟まれ醜悪な肉の塊に変えられるだろう。

 それを許さない影が一つ、デンリュウだ。【じゅうでん】を済ませ、急いでギャラドスとアルバの間に割って入るとその身を以てギャラドスの突進を受け止めた。

 

「ッ……いけるんだね、デンリュウ!」

「リュウ!!」

 

 コクリ、と頷くデンリュウ。ギャラドスがさらに加速し、デンリュウもろとも押し潰そうと勢いを増す。

 だがデンリュウは自身の身体に蓄えた電力を一気に放出すると、前方にそれを集束させた。

 

「命中に不安があったけれど……この距離なら関係ない!!」

 

 かつてダイのゲンガーが【きあいだま】を命中させるために、敢えて"ノーガード"で相手の攻撃を受け止めたことがあったように。

 アルバとデンリュウもまた、この技を直接相手に叩きつけるのだ。

 

 

「【でんじほう】ッ! いっけぇぇぇえええええ!!!」

 

 

 バチバチと音を立てる雷の矢がデンリュウの前方、ギャラドスの口の中で大きく爆ぜた。その衝撃はまるで爆弾が炸裂したかのような勢いでアルバ、ルカリオ、デンリュウ、ギャラドスが纏めて吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされたアルバが身体の痛みを押して立ち上がる。満身創痍ではあるが、さすがのギャラドスもあの距離でデンリュウが全力で放った【でんじほう】を喰らえば無事では済まない。

 

 そう思っていた。しかし目の前に広がる光景は、異彩を放っていた。

 膝立ちのガンダから紫色の光が流れ出し、それがギャラドスへ繋がっている。

 黒曜の光が、ギャラドスの身体を縛り上げる。光が晴れれば、ギャラドスの身体の傷が忽ち治ってしまったのだ。

 

 

 

 

 



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★VSジュカイン 鎬を削る者たち(ライバルズ)

2019年、ありがとうございました!
来年もポケットモンスター虹をよろしくお願いします!


 ガシャン、と音を立ててフェンスがひしゃげる。叩きつけられたダイとワースは歯噛みする。

 目の前に立ちはだかる悪鬼と尖兵の番犬は未だ健在。否、立っているだけならまだ良かった。

 

「ったく、敵に回すと厄介極まりねえな」

 

 ワースが小休止とばかりにタバコを取り出すが、それがヘルガーの放っている熱で火がつく前に消し炭と化す。

 どんどん屋上の温度が上がり、このままでは人間が溶ける極熱に届くのも時間の問題だ。ワースもダイも、シャツの中は汗でだくだくになっていた。

 

 一方ダイはというと、イグナとヘルガーの状況に見覚えがあった。

 見覚えがあったどころではない、なんせ自分はそれで蘇生したのだから。

 

「あいつの超回復能力、Reオーラの作用と一緒だ……」

「やっぱりな。どんだけ殴られようと、ダメージを受ける前に時間が遡ってるってわけか」

「でも妙だぞ、イグナの傷は癒えてない。それどころか、どんどん苦しそうに見える」

 

 戦闘中、幾度もコンクリート片が飛び交いそれで顔を切ったイグナの頬からは今も血が流れ続けている。しかしダイがReオーラを身に纏った時は小さな擦り傷切り傷なら一瞬で完治するくらいに素早く傷が治った。

 この違いがなんなのか気になった。ぼんやりと仮説が立ちそうになっているが暑さのせいで考えも纏まらない。

 

 その蜃気楼のような仮説を代弁したのはワースだった。

 

「……なるほど、厄介で最悪の代物ってわけだ」

「どういうことだよ」

「メガシンカは本来トレーナーとポケモンの間を、(いし)を通じエネルギーを循環させるシステムだ。でなきゃ、メガシンカしたポケモンが力を持て余して逆に身体を傷つけちまうからな」

 

 ダイも、アルバやリエンとポケモン図鑑のレコードを交換した際に何匹かのメガシンカポケモンの特徴を知った。

 プテラやボーマンダ、今戦っているヘルガーやギャラドスはまさに、メガシンカのエネルギーが安定しないと身体に強い負担が掛かるのだ。

 

「ところがあれは、トレーナーからポケモンに一方的に力が流れ込んでいる。余分なエネルギーはポケモンの外側に流れ出し、身体の傷を治癒させたり圧倒的な攻撃力に変えていたりと効果は様々だがな」

「メガシンカであって、メガシンカとは違う特性……それって!」

 

「あぁ、道具(アイテム)がメガシンカと謳ってこそいるが、起きてる現象は()()()()()()()()()()だ」

 

 疑似的なキセキシンカ、そのワードにダイは戦慄する。圧倒的な力を得る真の奇跡を自身で体感しているからこそ、対峙する脅威の想像は容易い。

 

「まるでトレーナーが電池だな」

「電池って、それじゃあ中身が無くなったら……どうなるってんだよ」

 

 三本目のタバコもあえなく灰になったところで、ワースは意地悪く笑った。

 そんなこと、分かりきっているだろうに。そう思っているような顔であった。

 

 

 

「そりゃあ電池が切れたら動かなくなるに決まってるじゃねえか、おかしなこと聞くな」

 

 

 

 笑ってこそいるが、ワース自身にもあまり余裕が無いようだった。現に誰彼構わず攻撃を加えるヘルガーによって、ヤミラミも相当のダメージを負っている。

 さらにゲンガーもダイを守って戦闘不能、今はもう既にボールの中。ダイの手持ちで戦えるのは既にジュカインだけとなっていた。

 

 さて、と呟いて立ち上がったワースは無線機を取り出す。

 

 

「ロアには繋がんねぇか。こちらワース、全員よく聞け。撤収だ、動けるやつから速やかに下山を開始しろ。そろそろ飛空艇が迎えに来る手はずになってる」

 

 

 それだけ言い残し、無線を切ったワースを見上げるダイ。慌ててワースのスラックスを掴んだ。

 

「ち、ちょっと待てよ! あいつはどうするんだよ! あのメガシンカを使ったヤツは、アイツの他にもいるんだぞ!」

「放っとけば、そのうち燃料切れで止まるだろ」

「だからその燃料切れってのは、あいつの生命が燃え尽きちまうってことだろ! アンタの部下じゃねえのかよ! 助けてやろうとか、思わねえのかよ!!」

 

 叫ぶダイ。ワースは無理やり脚を振り払い、スラックスのシワを叩いて直す。

 

「そりゃ思うさ。あいつだって一応俺の部下だ。けどな、トレーナーが生きてる限り回復し続けるような半永久機関のバケモン相手に現状の戦力でどれだけのことが出来る? この場で突っ張る(デメリット)(メリット)が上回れるか? そいつは無理な話だ」

 

 二人、揃って焼き殺されそうになっている現状が。

 何も出来っこない、現実はそう訴えている。

 

「ここは撤退が一番合理的な判断なんだよ。俺は、俺の値段(かち)を見誤らない。

 残酷だろうがな、これが俺の戦い方でよ。もう一度言ってやろうか、俺はリスクを負わない」

 

 言い放ってやった、そういう顔でワースがぐしゃぐしゃに濡れた襟を正した。

 そしてどうやって屋上から離脱したものか、決めあぐねていた時だった。

 

 立ち上がったダイが、ジュカインを伴ってワースの前に出た。

 だからワースは、その背中に問うてみることにした。

 

「おい、どういうつもりだ?」

「うっせぇ。アンタがやらねえなら、俺がやる」

「……はぁ? なに馬鹿げたこと──」

 

「うるせぇって言ってんだ!! 俺がそのリスクを負うってんだよ!!」

 

 振り返るダイ、目が合った。エメラルドの水晶が燃えていた。蒼く、燃え盛っていた。

 

 

「──アンタの代わりに、俺があいつを止める!!」

 

 

 それだけ言い放ち、ダイはジュカインと共にイグナとヘルガーに向かって突進する。ジュカインは【かげぶんしん】からの【ローキック】を多用し、ヘルガーの脚を重点的に狙った。

 しかしどんなにダメージを受けても、イグナの生命力を糧にヘルガーは傷を癒やしてしまう。

 

「【かわらわり】!」

「ジャアアアアアアッ!!」

 

 頭部へ強い打撃を与えようとも、ヘルガーが気を失うことは絶対にない。返すように放たれる【かえんほうしゃ】がダイとジュカインを一気に焼く。

 コンクリートを転がることで沈下するが、ジュカインは弱点の炎技をもろに食らってしまった。これ以上、無理はさせられない。

 

「敵のはずのイグナを、てめーが生命張ってまで助けようとする、理由が分からねえ」

 

 それは今まで損得を選んで生きてきたワースにとって、まるで理解できない行動原理であった。

 当然だ。むしろワースでなくとも理解できないだろう。ともすれば、生命を懸けて目前の仇敵を助けようなどという行動は。

 

「確かに、今日ソラが苦しめられてるのを見て、頭に来た。ぶっ飛ばしてやるとも思った……!」

 

 コンクリートに拳を叩きつけ、ダイは立ち上がる。倣って、ジュカインもまた立ち上がった。

 

「だけどな、あいつがいなかったら……俺はきっと、強くなりたいとは思わなかった。ラフエル地方でも冴えない腑抜け野郎のままだった! だからある意味でイグナは、あいつは俺の恩人だ。好敵手(ライバル)って言ってもいいぜ、だから助けたい……!」

 

「それにな」そう続けてダイはもう一度ワースの方へ振り返る。

 ワースの方は、自分が今どんな顔をしているのか分からなかった。

 

 ただダイから見たワースの顔は、驚愕のそれ。

 

 

「死ぬのなんて、人生の最後に一回だけでいいんだよ。たとえそれが悪党でもな……!」

 

 

 ダイはそれを、笑って言った。そして再び、ジュカインと共にヘルガーへと向かっていく。

 しかしながらどうすればこの状況を打開出来るのか、アイディアらしいアイディアは無い。

 

 メガシンカは既にゲンガーに使ってしまった。そのゲンガーも戦闘不能、仮にもしジュカインがメガシンカしていたとしてもあの無尽蔵の体力を持つヘルガーを止められるか怪しい、というのが現状の見立てだ。

 

 ジュカインが再び【かわらわり】で少しでも多くのダメージを与えようとする。しかしヘルガーもまた抵抗する。

 それを見てダイは確信した。ヘルガーにもまた、止められないのだ。恐らくはメガストーンにリミッターが仕掛けられ、ヘルガー自身は暴走せずにいられる。しかし始まったが最後、イグナの生命を食い潰してしまうまで、力の吸収が止められなくなっている。

 

「止めてくれ」ヘルガーの目はそう言っていた。

 誰を止めろと言っているのかは、悲しげな瞳を見るだけで瞭然だ。

 

「ぐ、ぎぎ……【オーバーヒート】……」

 

「ッ、ジュカイン! 防げ!」

 

 傀儡と化したイグナが口を開けば、放たれるのはヘルガーの最大火力。ダイの指示でジュカインは身体を丸め、灼熱に備えた。

 次の瞬間、ヘルガーを爆心地として煉獄が広がった。熱の勢いでダイはジュカインもろとも再び吹き飛ばされる。叩きつけられたフェンスは既に溶解寸前まで熱されていた。

 

 さらに、今の一撃がダイとジュカインにクリーンヒットし大きな傷になる。立ち上がろうと力を込めれば、激痛が走る。

 

「それでも」口を開けば、諦めを知らない言葉が出てくる。

 

 

 

 

 

 同じように、下の階でもルカリオがギャラドスに食らいつき行動を阻害していた。

 しかし積み重ねた【りゅうのまい】で高められた膂力で、ルカリオによる拘束は容易く振り払われてしまう。

 

「なんでだよ、なんでそこまでして立つんだよ、てめーが……」

 

 既にジュナイパーも戦闘不能。ロアを縛りつけていた【かげぬい】は効力を失っていた。うつ伏せに倒れピクリとも動かないアルバを見て、ロアは呟いた。

 しかしその言葉がトリガーになったか、アルバは再び立ち上がると服の泥と顔の擦り傷から溢れた血を拭った。

 

「こんなところで、負けてられないから……」

 

 それは挑戦者(チャレンジャー)、追いつく側の人間としての意地だった。

 ギャラドスに立ち向かうアルバが見ていたのはギャラドスではない。

 

 その先の、なびく黒髪の幻であった。

 

 

 

 

 

「あの人に、勝つまでは……」

 

 フェンスに焼かれる痛みを無視して尚前へ進み続ける。呟いたのは、ダイの本能。

 ダイが見ているのはヘルガーであり、その先。

 

 輝く黒を携えた男の幻だ。

 

 

 

 

 

「絶対に────」

 

 

 

 

 

 

「────負けたくないから……ッ!!」

 

 

 

 

 

 ダイと、アルバ。

 

 二人の瞳が強い光を湛える。不意に、廃墟の中と屋上を同じ風が吹き抜けた。

 その風は虹色に輝き、二人の身体を包み込むとやがて空を穿つ七色の柱となった。

 

 その日、レニアシティにいた人々は虹の柱を見たと口々に語った。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「あ」

 

 最初に音を発したのはダイだった。というのも、そこは自分以外が真っ白い空間だった。

 見覚えがあるとすれば、ペガスシティの刑務所でライトストーンが接触してきた時の、あの夢に出てきた空間のようだった。

 

「ここは、どこ……?」

 

 その声に振り返れば、同じ空間にアルバがいた。ダイとアルバはどこが足場かもわからない光の中を互いに歩み寄った。

 二人で周囲を見渡すが、やはり出口のようなものは無い。

 

「レシラム、お前の仕業か?」

『違うよ、強いて言うならタイヨウ。君がここに連れてきたんだ』

 

 ぼんやりとした白い空間の中でなお、くっきりと存在感を放つ圧倒的な白宝玉に問いかけるも、返ってくるのはそんな言葉。

 

 

『随分と久しぶりに、ここへ来た。この──"対極の寝床"に』

 

 

 そういうレシラムの声音には、実家へ返ってきたような柔らかさがあった。そしてそれを聞いたアルバが慌ててキョロキョロと辺りを見渡す。

 

「ここが、ラフエル伝説終わりの地……!?」

「随分と殺風景な実家だな、レシラム」

 

 

 

「────まぁそう言うな、白陽の勇士よ」

 

 

 

 突然の、第三者の声。驚いてダイとアルバが振り返った。

 そこには男が立っていた。

 

 炎のように鮮やかな赤髪と、太陽のように輝く黄金の眼を持つ男。

 

 ダイはその人物を知っていた。というより、ここまでそっくりならば疑う余地が無いと思った。

 

 目の前に立っている屈強な男こそが、この地の名たるラフエル本人なのだと直感できた。

 どうやらそれはアルバも同じようで、信じられないようなものを見るように視線をダイと男の間を言ったり来たりさせた。

 

「ら、ら、ラフエルが目の前にいるってことは、ぼ、僕もしかして死んじゃったのかな……!?」

「いいや、生きている。虹の道が繋がり、私がそなた達をここ"対極の寝床"へ招き入れた、つもりであったが……半ば強引に訪問された形になっているな」

 

 英雄も苦笑いをするのか、ダイとアルバは無神経にも同じことを思った。

 しかしラフエルの言葉を受けて、先程のレシラムの言葉を思い出す。

 

「俺、なのか?」

「そうだ。そなたは一度、死んでいる。だが如何にレシラムであろうと死者の傷を無かったことに出来ても魂までは戻せない。ではなぜ、今もなおそなたの魂は現世に留まっていると思う?」

「虹の道……Reオーラ?」

 

 コクリ、と英雄は肯定する。その続きを紡いだのはレシラムだった。

 

『僕がReオーラで君の魂を繋ぎ止め、再び蘇生した肉体に宿した。今の時代に合わせて言うなら、インストールという言葉が相応しいかな』

「伝説のポケモンもインストールとか知ってるんだ……」

「茶化すなって」

 

 おかしなテンションになっているアルバの脇腹を小突いてダイが諌める。

 彼が求めた続きをラフエルが言葉にする。

 

「故に、そなたの魂には"虹"が深く絡みついている。だから、対極の寝床(ここ)へ来ることが出来た」

 

 そう言ってラフエルは両手を左右に掲げた。虹がスクリーンとなって、そこに映像が現れる。

 ダイの目の前にはイグナが、アルバの目の前にはガンダがそれぞれ映っている。

 

 それぞれが戦っている姿が、ありありと映っていた。この数十分間の死闘が全て記録されているようだった。

 

「彼らを取り巻くこの闇の光も、元を辿れば私の身体から流れ落ちた虹なのだ……」

 

 悲しげに呟くラフエル。衝撃の真実に、ダイとアルバはスクリーンを食い入るように見つめた。

 

「今なお現世に縋る亡霊と謗ってくれて構わない。だが、身勝手を承知でそなたらに頼みたい。

 彼らも、私が愛した遠い未来の子らに違いはない。虹のせいで彼らが傷ついているのなら……

 

 彼らを──」

 

 

「救ってやるよ、俺が。俺たちが」

「うん、僕たちが彼らを止める、止めてみせる」

 

 

 あまりにもあっけらかんと言い放つものだから、ラフエルは思わず面を食らった。

 しかしダイとアルバの顔は大真面目のそれ。だからレシラムは再度尋ねることにした。

 

『良いのかい? 彼らは敵対者、助ける意味なんて』

 

「くどいぜレシラム、俺はさっきお前にも決意表明したつもりだ」

「それに、君があの日ダイを救ったのは、()()()()()()()()だろ? なら僕たちも一緒だ」

 

 拳を打ち合わせるアルバにダイが頷く。それを見てラフエルは、

 

 

「…………ふ、はっはっは! はははははっ!」

 

 

 ──心底面白そうに、腹を抱えて笑った。だがダイもアルバもそれを怪訝に思ったりはしない。

 我ながら酔狂をしていると、自覚があるからだ。

 

「……そなたらのような者が生まれてきたというのなら、我が命を懸けた甲斐があるというもの」

 

 アルバは首を傾げたが、ダイには分かった。コスモスが語った、ラフエル英雄譚の真の原典。

 一般的なラフエル英雄譚は、ラフエルがレシラム、ゼクロムと共に破滅の光に立ち向かう話だ。

 

 しかし原典では、話が違った。

 ラフエルが争える民草の心を束ねるために、敢えて破滅の光となりて絶対悪として討ち取られたというのが真のラフエル英雄譚の最終章であった。

 

 誰かのために生命を懸けられる、レシラムがいつかに語った「英雄と呼ぶに相応しい男」というラフエルの評価に心から納得する。

 

 

「そなたらに、託す。虹はいつでも、そなたらを見守っている故、使うが良い」

 

 

 ラフエルがダイとアルバ、二人の胸にそっと触れた。

 その大きくごつごつとした手から暖かな虹の光が流れ込み、心臓が一際強い脈動を打つ。

 

「また、会えるかな」

「そなたが虹の輝きを忘れなければ、必ず私はそなた達と共にあろう。約束だ」

 

 ラフエルがすっと右手を差し出した。アルバはズボンで手を拭うと、ゆっくりとその手を取って力強く握り返した。

 

 次いでラフエルはダイの方を見やると、白宝玉(ライトストーン)を手渡した。

 

「こう見えて熱いヤツである。へそを曲げないでやってくれ──我が友を、よろしく頼む」

「あぁ、必ずやり遂げるから。全部終わった時は……ここに俺の部屋でも作ってくれよ」

「ははは……そうだな、考えておこう」

 

 笑い合うダイとラフエル。互いに手のひらをぶつけ合い、対極の寝床にハイタッチの音が響く。

 そこからダイとアルバは頬をピシャリと打ち、互いに視線を交わし、大きく頷き合うとラフエルから距離を取った。

 

 元の場所へ戻ろうと、意識を研ぎ澄ます中ダイはふとあることを思い出しラフエルに問うた。

 

「そうだ、ラフエル。アンタの子孫、アンタを超えるって頑張ってるんだ。なんか、一言でも良いからアドバイスとかないか? カエンのやつ、喜ぶぜ」

 

 そう尋ねられたラフエルはしばし考えるように瞑目して、やがて口元を綻ばせた。

 胸に手を当てながら、ラフエルは言った。

 

「これは、私が英雄(きぼう)となると決めたあの日。私を絶望から救ってくれた、まさに希望の光が放った言葉(うけうり)なのだがな」

 

 ラフエル英雄譚最初の一幕、ラフエルに希望を見せた光の言葉。

 

 

 

 

 

「──"挫けたとしても何度だって立ち上がれ。迷ったとしても前だと信じる方へ突き進め。

 それがお前の道を切り拓く"と伝えてやってくれ」

 

 

 

 

 祝福の言葉が二人の胸に届く。これは今、まさに絶望へ立ち向かう二人への激励(エール)でもあった。

 虹の橋が二人を元の時間へ転送する瞬間、涙を零しながら英雄は呟いた。

 

 

「頼んだぞ、勇者たち」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 次の瞬間、ダイは身を焦がす灼熱の中に戻ってきた。

 

 次の瞬間、アルバは荒れ狂う暴力の前に戻ってきた。

 

 

「──ジュカイン!」

 

「──ルカリオ!」

 

 

 再び二人が、一番信頼できる相棒を呼び、前へ出す。

 ヘルガーが、ギャラドスが、止めてほしいと懇願する。

 

 それぞれが相対するポケモンを牽制しながら、ダイは一人呟いた。

 

 

「俺としたことが、うっかりしてたな……!」

 

 

 ジュカインが新緑刃でヘルガーの角を切り裂いた。ちょっとした衝撃で千切れるほど、角が高熱を携えていた。

 

 

「僕も、まだまだだな……!」

 

 

 アルバが呟きながら、ギャラドスの攻撃を躱す。

 ルカリオが波動を練り上げ、ギャラドスの頭部目掛けて発射する。決定打には当然なりえない。

 

 

「シンジョウさんシンジョウさんってそればっかりでな。隣にいた奴のこと、すっかり忘れてた」

 

 

 ヘルガーが再度【オーバーヒート】を放つ。全力を撃ち尽くしたとしても、イグナという生命の供給源がある限り、熱量が変わることはない。

 再び熱波に煽られて、ダイの身体が吹き飛ぶ。アスファルトの上を転がるが、関係ない。

 

 

「イリスさんイリスさんって、追いかけるばっかり。一緒に走ってる奴のこと、忘れてたなんて」

 

 

 ギャラドスが放つ【たきのぼり】がルカリオに炸裂。暴力の化身は止まることを知らない。

 吹き飛ばされてきたルカリオ共々、壁に叩きつけられる。背中が酷く痛むが、それだけだ。

 

 

「だけど」

 

「そうだ」

 

 

 二人は立ち上がる。ジュカインも、ルカリオも膝を屈しない。

 

 

「──あいつがいたから」

 

 

 二人が前に出る。ジュカインも、ルカリオも歩を絶やさない。

 

 

 その時、吹き荒れる風が虹の光を伴う。そして二人と二匹の身体を取り囲んだ。

 二人の負った火傷や擦り傷が徐々に怪我を負う前に戻っていく。

 

 

 

「俺は"突き進む者"だから、突き進むためにまず"立ち上がれ"……!」

 

 

「僕は"立ち上がる者"だから、立ち上がったら後は"突き進め"……!」

 

 

 互いが、互いを思っている。友達だから、それもあるだろう。

 

 だが何よりも好敵手(ライバル)だから、影響され合う。背中を、押し合う。

 

 

 

「──それを!!」

 

 

 虹が、爆発する。再び立ち上がる虹の柱が、質量を以て二人の髪を、服の裾を、激しく煽る。

 ダイとアルバが左腕のグローブリストへ手を伸ばし、拳を打ちつける。

 

 

「────俺は」     「────僕は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──アイツに教わったんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 風がワースの、ロアの頬を撫でる。二人の体の傷さえもたちまち癒えていく。

 これが、本当の虹の光なんだと二人は理解した。そしてそれを己が力に変える少年を目にする。

 

 冷たい黒曜の光と対を成す、暖かな虹色の光がぶつかり合う。

 

 ダイとアルバはそれぞれ左腕を前へ、上へと突き出す。その手に宿した虹の輝きを掴むために。

 

 

 

 

 

「──信じて前に、突き進め(ゴーフォアード・ビリーヴァー)! ジュカイン!!」

 

 

「──何度でも、立ち上がれ(スタンドアップ・フォーエバー)! ルカリオ!!」

 

 

 

 

 

 ジュカインの身体が、ルカリオの身体が、虹色の繭に包まれる。

 やがてそれは冷たい冬が終わり暖かな春がやってきたように、覚醒の開花を見せる。

 

 そしてダイは、アルバは、その現象の名を告げる。

 確固たる救済の意志を以て、力を振るうために。今、万感の思いを込めて────

 

 

 

 

 

「──────"キセキシンカ"ッ!!!」

 

 

 

 

 

 その言葉に、虹が応えた。虹色の蕾が、花開くように飛散する。

 

 中から現れた、新たなる姿のパートナーが己の存在を証明するように強く叫んだ。

「今、助けに行く」と強く、強く空に向かって吼えた。

 

 

 




初挿絵、なので気合い入れて書きました。
楽しんでくれたら嬉しいです。感想もお待ちしております。

どうか僕に書き続ける力をくださいませ。


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VSラグラージ 見定める者、聴き届ける者

あけましておめでとうございます()


 暗闇を走る、鬼の灯火。吹き上げられる濁流によって掻き消されては恨みを燃やして再度灯る。

 紫の炎がリエンの横顔を照らし出す。緊張感からか、それとも上がり続ける室温のせいか額から汗が一滴流れ落ちる。

 

「ソラ、平気?」

「うん……」

 

 その隣では、同じように疲弊しているソラが立っていた。腕の中に抱えた幻のポケモン"メロエッタ"は静かに戦闘を見守っていた。

 どういうわけかバラル団はこのメロエッタを捕獲しようとしている。ソラを認め、共に戦ったと言っても未だ野生のポケモンに分類されている以上、相手が捕獲に用いるボールには最大の注意を払わなければならない。

 

 だがそれ以上に気をつけなければいけないのは、今目の前でおどろおどろしいオーラを放つケイカとメガサメハダーだ。ソマリとメガサメハダーに変身したメタモンは至って正常だが、ケイカの方は違った。

 時を同じくして、暴走したイグナやガンダと同じようにケイカもまた"キーストーン・I"の影響で一方的にサメハダーに生命力を吸い上げられている。

 

「ッ、受け止めてラグラージ」

 

 勢いを増すサメハダーの【アクアジェット】を正面から受け止めるラグラージ。背後には閉じ込められたままのジョーイや恐らくは今日の復興祭に合わせて宿を取ろうとしていたトレーナーや一般人がいるため、見過ごすわけにはいかなかった。

 だがサメハダーはラグラージに押さえつけられたままでも水を噴き出し、加速を試みようとする。ラグラージの膂力を上回る勢いに達しつつあるサメハダー。

 

「だったら、【がむしゃら】!」

 

 ラグラージが更に腕力をブースト、サメハダーの進路を無理やり天井に変更させそのまま投げ飛ばす。その時、天井のスプリンクラーがサメハダーのぶつかった衝撃で破損し、水が大雨のように降り注いだ。

 このシャワーが降り注いでいる間はこの場の水タイプのポケモンは水技の威力が増す。即ちサメハダーの【アクアジェット】は推進力を増すということでもある。

 

 永遠に水を噴き出し続け、出鱈目な軌道で障害物全てを粉砕し突き進む海の魔物は味方ですらお構いなしだ。軌道上にいたソマリは舌打ちをし、受付のテーブルを足場に跳躍してサメハダーの突進を避ける。

 

「ケイカた~ん、もしもーし?」

 

 壁の縁に掴まったままソマリがケイカに呼びかけるが反応はない。背中を丸めて、ただ立っているだけだ。彼女から溢れるオーラがサメハダーと繋がっており、光の緒が薄暗いポケモンセンターの中を飛び回っている。

 ソマリは自分のスマホを取り出す。そのスマホはふよふよと浮き上がって、ソマリの周囲をひとりでに飛んでいる。

 

「ワース様に連絡、繋がらなかったらイグナっちでも可」

『ロ!』

 

 スマホに宿った"ロトム"が自分で通信を開始するが、両者とも繋がらない。当然だ、方やケイカと同じように暴走し方やそれに焼き殺されかけているのだから。

 画面に赤いバツ印が表示され、再びソマリが舌打ちをする。

 

「どうなってんだよこれ~……ま、いっか。ポジティブに考えれば」

 

 そう言ってソマリは意地の悪い笑みを浮かべ、階下のリエンとソラを見やる。メガサメハダーの姿から、再びメタモンが形状を変化させた。

 やがて見知ったずんぐりとしたフォルムにメタモンが変化する。ダイも連れているゴーストポケモン、ゲンガーだ。

 

「ちょっとお手伝いしてもらおうかな、そこのギャラリーにね!」

 

 ソマリがそう言うなり、ゲンガーが姿を消した。リエンとソラが警戒するが、ゲンガーが出現したのは固まっているトレーナーの目前。そして、

 

 

「【さいみんじゅつ】!」

 

 

 ゲンガーに化けたメタモンが不思議な音波と光を用いてトレーナーたちの意識を掌握、虚ろな瞳を浮かべたトレーナーたちがこぞって自分のポケモンたちを呼び出す。戸惑いを見せるポケモンたちにゲンガーが再び催眠術を用いて洗脳を始める。

 

「ソラ、こっちへ!」

 

 リエンがソラの手を取って引っ張った。逃がしはしないと、メタモンが闇色の魔球(シャドーボール)を放つ。すかさずフォローに入ったラグラージが魔球を弾き飛ばし、軌道を逸らされた魔球が観葉植物の鉢を粉々に粉砕する。

 まるでホラー映画のゾンビさながらにゆったりとした動きでリエンとソラに迫るトレーナーたち。それを見て、ソラは頭の隅に植え付けられた悪夢がフラッシュバックする。

 

「はは~ん! このタイミングで効いてきましたねェ!」

 

 それはひと月前のレニア決戦の際、ソマリが延々とソラに見せ続けた悪夢のバリエーションの一つだ。死人が自分に襲いかかってくるという、単純かつ効果のある悪夢だ。

 尤もソラにとって、襲いかかってくる死人が父や母の姿をしていたら普通の人に比べて精神的ダメージは大きい。その様が、今目の前のトレーナーたちに重なる。

 

 ソラはチルタリスを一度下げ、先程の戦いで唯一軽傷のまま戦闘を離脱したアシレーヌを呼び出すと【うたう】攻撃で洗脳されたポケモンとトレーナーを一気に眠らせてしまう。

 しかしそれでも止まらないポケモンがいた。"バクオング"と"ドゴーム"だ、ステージに立っているはずのDJがポケモンセンターに残っていたのだ。特性が"ぼうおん"の彼らはアシレーヌの唄では眠らない。

 

 歌を攻撃に転用するソラの相手として、これほど厄介な相手もそういない。

 

「ッ、【バブルこうせん】」

 

 アシレーヌがフェイクバルーンと本命の泡の奔流をぶつけて攻撃する。周りに水が溢れているため威力は通常よりも高く、攻撃されたドゴームが吹き飛びトレーナーもろとも昏倒する。

 だがバクオングは上手く泡の攻撃を避け、そのままアシレーヌ目掛けて突進してくる。飛び上がり、巨大な足での【ふみつけ】を行ってくる。

 

「音が通用しないなら……」

 

 鳴り響くデュエット。アシレーヌが歌い、【リフレクター】の効果を持つバルーンを展開しバクオングの攻撃を受け止める。

 そして破裂したバルーンから飛び出るのは果敢な踊り子(バイラオーラ)、メロエッタだ。【いにしえのうた】によってステップフォルムに変化し、そのままバクオング目掛けて【インファイト】を繰り出す。

 

 昏倒するバクオングを尻目に、ソラがリエンに合流する。ソラが洗脳されたポケモンたちの相手に戸惑っている間に、リエンはサメハダーとゲンガー両方の相手を強いられていた。

 ラグラージも奮闘していたがやはり二対一は荷が重かった。アシレーヌを前線へ出し、リエンに並び立つ。

 

「メタモン、ドーブル! ラグラージに【おにび】撃っとこう!」

「アシレーヌ、【ミストフィールド】」

 

 薄暗い空間に再び大量に現れる鬼の灯火、しかしアシレーヌが周囲に振りまく妖精の波動が周囲に霧を出現させる。怨恨の灯火はラグラージを焼くことなく消滅し、ソマリは舌打ちする。

 

「助かった、ありがとうソラ」

 

 頷きながら、ソラがソマリに向き直る。ソマリの戦い方は、もうイヤというほど熟知した。状態異常を用いての心理戦術を多用してくるのならまずはそれを封じるしかない。

 実際【ミストフィールド】の効果によって、この場では【おにび】と【でんじは】、さらには【さいみんじゅつ】を封じられてしまった。ソマリはさぞやり辛いことだろう。

 

 

「────ウ……ウアアアアアアアアアアアーッッ!!」

 

 

 しかし、搦め手の相方はそんな小細工を全て吹き消そうとする。吹き上がる紫色のオーラがサメハダーを覆い、幾度の衝突による自傷ダメージを無理やり治癒すると再度リエンたち目掛けて突進を繰り出してくる。

 鼻先の鋸が地面を抉りながらの突進は凄まじく、リエンとソラが左右に分かれて避ける。構造的に脆い扉にサメハダーが激突し、鋸によってまるで紙でも切っているかのように幾つもの傷が刻まれた。

 

 鋸が引っかかり、上手く動けなくなっているサメハダー。それを見てリエンとソラは攻め時を確信した。

 即座にラグラージとアシレーヌがソマリとメタモンへと飛びかかる。しかしゲンガーの姿をしているメタモンは、自身の影の中に身を隠してアシレーヌの【うたかたのアリア】を躱すとラグラージの背後から【ふいうち】を行う。

 

「【ヘドロウェーブ】!」

「アシレーヌ、避けて……!」

「無駄無駄無駄、逃がさないよ~ん!」

 

 放射状に放たれる毒素の波がラグラージとアシレーヌ両方へと雪崩込む。さらに、毒タイプはアシレーヌに対して効果抜群であり先の戦闘のダメージも考えればこれ以上の戦闘は危険である。

 

「ぐ……ぎ、ぎ……」

「なんだってんだよ……これはァ……!」

 

 その時だ、今まで亡者のように意識無く立ち尽くしていたケイカが呻きながら、人格を入れ替えた。自分から生命力がサメハダーに向け勝手に流れ込んでいる現象にやはり眉を寄せるケイカ。

 サメハダーは放っておいても【アクアジェット】でそこかしこへぶつかっては身体に傷を作る。だがそれをケイカから流れてくる黒曜のReオーラによって無理矢理に治療し続けているのだ。

 

「力が、抜ける……!」

「クソッタレが……ぁっ! 止まりやがれ……!」

 

 もはや立っていることすら困難なのか、ケイカが手すりにもたれ掛かる。肩を喘がせ、荒い呼吸を繰り返す。

 その様を見て、リエンはもうケイカが戦闘不能に近い状態だと悟った。厳しい視線でソマリを睨むリエン。

 

「退く気は無いかな、彼女はもう戦えない」

「そうかな、サメハダーはまだ元気みたいですけど?」

 

 ネイルを気にしながら、ソマリはあっけらかんと言い放った。誰が見ても、このメガシンカが異常だとわかる。

 どこから見ても、これ以上の戦闘はケイカの生命を燃やし尽くすと理解できる。

 

 だがソマリにとっては些細な問題なのだ、仲間の生命も。重要なのはそこに快楽を見出だせるかどうかだけ。

 

「情報のフィードバックは必要だからね~、ケイカたんにはなんて言ったっけ……大黒柱じゃなくてさ……」

 

 頭に指を当ててうんうんと唸るソマリが、電球に光が灯ったように顔を明るくして言った。答えを得たのだ、邪悪にも。

 

 

「────人柱、だよ」

 

「この、人でなし……!」

 

 

 だから、憤った。眉を止せて、リエンがラグラージをけしかける。裂帛の勢いを以て放たれるは【アームハンマー】。

 空気を押しつぶすような音の後、しなる物体が空気を切り裂く音が響いた。

 

 信じられないようなものを見る目でラグラージが腹部を見やる。横一文字につけられた、打撃の痕。

 それはソマリのドーブルが尻尾を使って繰り出した【パワーウィップ】による傷だった。思わぬ一撃、急所へ叩き込まれた一撃がラグラージを吹き飛ばす。

 

「しちゃったねぇ、よそ見!!」

「っ……!」

 

 吹き飛ばされたラグラージがリエンに衝突し後方に倒れ込む。駆け寄ろうとしたソラの腕を何かが強く引っ張った。ヌメ、という粘着質の音が示すのはソマリの伏兵カクレオンの舌で。

 リエンと分断されたまま、ソラがソマリに目をつけられた。まずい、あの攻撃が来るとソラが直感した。

 

「そっちのお姉さんにも出血大サービス、とびきりの悲鳴を聞かせてちょうだいね!!」

 

 ソラが強く目を瞑った。見なければ平気、そんな道理を悪魔が許すはずもない。

 強引に瞼が開かされる。メタモンが【サイコキネシス】でソラの瞼を無理矢理開かせたのだ。

 

 

「マリちゃん監修の地獄フルコース、【ナイトヘッド】!」

 

 

 ソマリが考えうる中で最高級の悪夢をリエンとソラにぶつけた。ソラの方は即座に反応が出た。

 瞳は虚ろに濁り、呼吸が荒くなり始める。幾度となく見た光景ではあるが、飽きは一向に来ない。

 それほどまでにこの少女の苦しみは甘美だからだ。人が生きながらも心が死んでいく様は実に見目好い最期を彩る。

 

 だがソラの苦しみを良しとしないものがいた。それは彼女が保護していたメロエッタだ。

 思えば先程の路地裏の戦闘でも、メロエッタの歌声がソラの精神汚染を和らげていた。今度もそうやってソラを回復させようとするが、それをソマリは許さない。

 

「ドーブル、【じごくづき】!」

 

 ボイスフォルムに戻ったメロエッタが歌声を響かせようとする。しかしドーブルが一足先に、インクが固まり鋭利となった尻尾の先端でメロエッタの喉を的確に突いた。

 今のメロエッタに悪タイプの技は効果抜群、さらには喉を攻められたことでメロエッタの歌が封じられる。

 

「ごめんね~、もうちょっとだけ静かにしててね~」

 

 あやすような言い方でメロエッタに放つソマリ。手すりを滑り、立ち尽くすソラを突き飛ばす。

 顔を顰め、頭を抱えるソラに顔を近づけるソマリ。メタモンをゲンガーから"ムシャーナ"に変化させ、再びソラが見ている悪夢を煙のスクリーンに映し出す。

 

「うっわぁ、エッグい。さすがはマリちゃん監修、効果てきめ~ん」

 

 ソラが見ているのは、過去。雪解けの日の追体験だ。

 あの日を後悔し続けているソラにとって、執拗な追い打ちを与える悪夢と言えるだろう。

 

 意識を持って再びあの日を体験しながら、何も出来ないのだから。

 雪獄へ赴く両親を止めることは出来ない。自分の言葉で送り出してしまったという悔恨が実体化した刃になって胸を、喉を突き刺す。

 

「そのまま壊れちゃえ」

 

 見下しながら、ソマリが放った。路傍のゴミを見るように、そしてそれから目を逸らすようにソマリは次のターゲットに目をつけた。

 リエンにもまた【ナイトヘッド】を掛けた。彼女なりの地獄を見ているはずだと、そう思っていた。

 

 しかしソマリは次に信じられないものを見る。

 

「確かに……こういうのを見せられるのは、最悪だね」

 

 リエンが意識を保って、そう発した。ありえない、ソラの様子を見れば間違いなくナイトヘッドは成功している。

 だのになぜリエンがこうも涼しい顔で立っているのか、分からなかった。

 

「な、なんで……マリちゃんの悪夢が効かないわけ」

「効いたよ。嫌なものも、もちろん見た」

 

 リエンが見せられたのは、もしもの可能性。

 幼少の時、プルリル──ミズが母親を海に引きずり込んで殺したかもしれないという、()()()

 

 

「────だけどね、敢えて言うよ。()()()()()()()

 

 

 だが、「もしも」は所詮可能性の一つ。リエンはそれに囚われない。

 ふわりと彼女の隣に並ぶミズ。それを見て、ソマリは悟った。

 

「予め自分に【ナイトヘッド】を掛けていた……ッ!? そんなの、精神が耐えられるはず……」

「それはどうかな」

 

 今こうして立っている自分がその証明だと言わんばかりに、リエンはソマリの目を睨み返した。

 悔しげに歯噛みしたソマリがドーブルとカクレオンを向かわせるが、それを復活したラグラージが受け止め、【アームハンマー】で一蹴する。

 

「チッ……!」

 

 ソマリがバックステップで距離を取る。それはリエンから離れたかったのもあるが、暴れるサメハダーが直進してきていたからだ。

 音をも置き去りにする突進、しかしリエンは避けない。鋸の一刃が頬を掠め、暖かな血が一筋滴り落ちる。

 

 ぽちゃん、雫が発する微かな音がリエンの心の水面を落ち着かせた。

 

 

「──私、実はあなた達に感謝してるんだ」

 

 

 それは謝辞。リエンとラグラージが身体から力を抜き、リラックスした状態で襲いくるサメハダーをいなす。

 いきなり礼を言われて、ソマリが戸惑う。当然だ、そんな道理など存在しないと思っていた。

 

 

「今まで誰かの鏡写しみたいに生きてきた。本当の私は、どこにもいなかった」

 

 

 脳裏に浮かぶのは、親友が生命を散らしたあの惨状。

 あの時、友の死に慟哭した自分(リエン)は、確実に存在する。

 

 

「だけど私は、あなた達のおかげで本当の(リエン)を見つけた」

 

 

 刹那、淡い虹色の光がリエンを中心に弾けた。中でも一際強く光を放っているのは右手の小指に輝く"メガリング"だ。

 七色の光が薄暗かったポケモンセンターの中を照らし、リエンはふとガラスに映った自分の顔をまじまじと見つめた。

 

 

────ほんの少し、横顔が君に似てきたかもね

 

 

 同じ空の下で戦う、橙色の髪をした友を想う。そのはずだ、リエンの旅は彼から始まった。

 彼無くして、今この境地に辿り着くことは無かっただろう。

 

 リエンから吹き出す虹色の光が突風となってラグラージを包み込む。眩い光を疎ましく思ったか、サメハダーがトップスピードでラグラージへと突進する。

 しかし光が形成する進化の繭に阻まれサメハダーが明後日の方向へと弾き飛ばされていく。

 

 瞑目、精神統一を済ませたリエンが決断を下す。

 蒼き瞳が輝かせる光は、冷たく対峙する相手を射抜いた。

 

 

 

「ラグラージ、さぁ見定めて(ジャッジメント)────メガシンカ!」

 

 

 

 最初に進化の繭を突き破ったのは、腕だ。その太さは通常のラグラージの腕を二倍にしたかのような豪腕。

 そして頭部だ、ヒレが大きく突出しそこから伸びる首や体躯は巨岩のそれ。

 

 全身にあるオレンジ色の器官が空気を射出し、繭を突風で吹き飛ばす。

 風に解かれた繭が光になって散らばり、"メガラグラージ"はここに爆誕する。

 

「メガシンカだとぉ……!?」

 

 ソマリが歯噛みする。倒れていたドーブルとカクレオンが立ち上がり、二匹揃って再びラグラージに向かって突進していく。

 ドーブルは再び尻尾を使った【パワーウィップ】で襲いかかる。あの巨体だ、パワーを得るために素早さを犠牲にしているはずだ、とソマリは睨んだ。

 

 ふおん、としなる物体が空気を切り裂く音。それは即ち、メガラグラージが攻撃を回避したことを意味する。

 次いでその場の全員の耳朶を打つのは、ジェットエンジンの駆動音のような天を穿つ音。ラグラージだ、既にドーブルの背後を取っている。

 

「私は、あなた達みたいな人たちに、大事な友達をこれ以上傷つけられたくないの」

 

 物凄い音を立ててドーブルがカウンターの奥へと吹き飛んでいく。空気を噴出しながら加速するラグラージの豪腕はともすれば大木で殴られるようなもの。

 身体自体は小さく非力なドーブルでは到底耐えられない。ソマリの手札の中で、もっとも器用万能なポケモンが退場する。

 

「ッ、なんで……なんであんなに速いんだよッ!! あの図体でっ!」

 

 ドーブルが伸されるのを見て、カクレオンは戦慄する。しかし考え事をしている暇などないのだ。

 ソマリの言う通り、メガラグラージはその巨体からは信じられないほどの超スピードで眼下を駆け回っている。ともすれば「飛び回っている」という表現の方が正しいとさえ思える速度で。

 

「【くさむすび】ッ!」

 

 カクレオンがラグラージに対して唯一かつ絶対の有効打を放つ。巨体ゆえに重量は重く、更には水と地面タイプを併せ持つラグラージでは到底受けられない。

 だがラグラージは止まらない。ガコン、と音を立てて右手の空気噴射口が開くとそこから放出される空気が拳を緊急冷却し始める。

 

「【れいとうパンチ】!」

「しまっ──」

 

 た、ソマリが言い切るまでには既にカクレオンは効果抜群の氷技を受けて突き飛ばされていた。

 自分は今何を目にしているか、ソマリは目を疑った。そして、たった一撃であらゆるものを粉砕する暴力の化身が冷ややかな目でこちらを見ていることに気づいた。

 

「……メタモン、ケイカたんのミカルゲに変身!!」

 

 ゲンガーの姿をしていたメタモンがぐにゃりと再び姿を変化させ、小さな要石へと変身する。そこからぞわりと吹き出す本体がリエンを見つめた。

 リエンはかつてミカルゲに不意を突かれて敗北した経験がある。故に目を凝らして動きを慎重に見張っていた。

 

「鬱陶しい霧の効果が切れたねェ! 【さいみんじゅつ】!」

 

 ミカルゲと化したメタモンが放つ不思議な念波をリエンは微かに視線を逸らすことで回避。最初からラグラージではなく、リエンを狙った攻撃。

 リエンは即座にミロカロスを投入、返すように【さいみんじゅつ】を放つ。メタモンは避けたが、まさか催眠術を返されるとは思ってなかったかソマリは襲いくる眠気に歯を食いしばって耐えた。

 

 眠気と戦っているソマリを確認して、リエンはソラの側に近寄る。ソラの側ではドーブルの【じごくづき】を受けたメロエッタが心配そうに彼女を見つめていた。

 リエンは取り出したキズぐすりをメロエッタに使い、受けたダメージを回復させた。

 

「あなたの歌ならソラを起こせる?」

 

 メロエッタはコクリと頷き、喉を震わせて歌い出す。しかし喉を攻撃された後遺症か、声はか細い。

 それでも柔らかなメロディがソラを苦しめる悪夢を和らげ始めた。ソラの荒い呼吸がだんだんと穏やかになっていく。

 

 

「────ダアアアアアアアアアアアアアアアアーッ!!」

 

 その時だ。長らく壁に突き刺さっていたサメハダーが抜け出し、リエンとソラ目掛けて突っ込んでくる。

 リエンが呼ぶまでもなく、ラグラージが間に立ちふさがり迫るサメハダーを受け止めた。だがサメハダーもそのまま直進を続ける。

 

「もう一度【アームハンマー】!」

 

 片腕でサメハダーの進行を阻止しながら、もう片腕を振り下ろしてサメハダーを叩き潰すように攻撃する。

 上から押さえつけるような打撃に、サメハダーが床に大きなクレーターを作り出した。さらには効果抜群と思われたが、あと一歩戦闘不能には届かない。

 

 トレーナーのケイカから奪い取るように生命エネルギーを吸収、自身の体力へと変換してしまう。しかしケイカから溢れる黒曜の光がだんだんと細くなっていることに、リエンは気付いた。

 もはや猶予はない。サメハダーを倒さねば、自分たちもケイカも危ない。

 

 今この場において、サメハダーを一撃で倒すにはソラの力が必要だとリエンは再確認する。

 それにはソラが自力で悪夢を跳ね除けるしか無い。それしか、現状を打開する術はない。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 刺すような、極寒の空気。ずしん、ずしんと何かが連続で地面を揺るがす。

 あの日だ、ぼうっとした視界で走りながらソラはあの日──"雪解けの日"を再び駆け抜けていた。

 

「お嬢様、お急ぎください!」

 

 自分の手を引くのは、当時コングラツィアの家のメイド長を務めていた女性、シャーリーだ。メイド長と言っても、メイドは彼女一人だからといった理由で長なのだが。

 ソラは口うるさい彼女が苦手だったな、とうっすら思いながら足を動かした。

 

 自身を俯瞰するように考えているうち、やがて「雪解けの日なら」と雷に打たれたように意識が覚醒した。

 

「っ、お嬢様!?」

 

 ソラはシャーリーの手を振りほどき、逆の方向へと走った。ネイヴュの刑務所ならそう遠い位置にはない。

 今ならば、凶刃に倒れる父と母を救えるかもしれない。これがソマリの見せている幻覚だと認識できないまま、ソラは走る。

 

 トンネルを潜った瞬間、視界が暗転したかと思えばソラは冷たい格子戸の目の前に立っていた。

 格子戸の先にはハンクが手入れを欠かさなかった楽器が無残に踏み潰された形で放置されていた。そして、血の着いた端切れのようなものが続いて落ちていた。

 

「パパ、ママ……!」

 

 この先にいる、そう確信したソラは近くで息絶えている看守から鍵束を引き剥がし、震える手で格子戸を戒める錠に合う鍵を探した。

 しかし鍵がひとりでに解錠し、まるでソラを招き入れるように格子戸が開く。開ききるのを待てないソラはそのまま奥へと進む。

 

 ソラは思い知る。この悪夢はソラを傷つけるためなら、どんな悪性すら用意する。

 ハンクとチェルシーが互いの胸に凶器を突き立て、支え合うように絶命する様が視界に映る。

 

 仲の良かった二人が殺し合うなど、ありえない。

 しかし結局の所、ソラはなぜ二人が生命を落としたか直接的な理由は知らないのだ。

 刑務所に赴いて、ただ殺された。それならまだ説明がつく、所詮は凶悪犯の巣窟だからだ。彼らにとっては人命など路傍の石のように軽いものだろう。

 

 だがもし、目の前の悪夢が真実だとしたら。

 そう思うと全てが虚構に思えた。信じていた全てが嘘に変わり、嘘が真実だとにじり寄ってくるかのようだ。

 

「また私達を殺すのね」

 

 目の前の悪趣味な骸のオブジェクトが塵となって消え去り、ソラはいつの間にか格子戸に囲まれていた。

 出口のない牢獄の中で、遺骸と化したチェルシーがそう言った。何度見せられたとしても、慣れることなど一向に無い。

 

「もう疲れたんだソラ」

 

 呆れたような声音でハンクが言う。彼はソラに対して、嫌悪を浮かべた顔を見せたことがなかった。

 だからこそ、そんな目で見つめられてソラは身動きが取れなくなってしまう。未経験は、何よりも強い衝撃を生む。

 

 もはやソラは二人の顔を見ることができなくなっていた。大好きだった父と母が、精神的ダメージの要因となっていたのだ。

 大好きな二人の顔を思い出せない。ソラは頭を抱え、冷たいコンクリートの上にへたり込んだ。耳を塞いで、何もかもを拒絶しようとした。

 

「もう、やめて……パパ、ママも……」

 

 こんなに苦しめるのなら、もういなくなってほしいと願った。

 いっそ大嫌いになれてしまえば、とさえ思った。

 

 諦めて、しまいたかった。

 

 

 

 

 

『本当にそれでいいの?』

 

 

 

 

 

 だから、その声が届いたときは思わず顔を上げてしまった。以前、視界は冷たい牢獄の中だ。

 その時だ、強い光が一気に視界の中のありとあらゆるものを吹き飛ばした。ハンクとチェルシー、ソラ自身もだ。

 

 虹の洗礼を受けながら、ソラは真っ白い空間に立っていた。先程までの寒さは感じない。むしろ逆で、空間そのものが光のようで時折熱さすら感じる暖かさだ。

 やがて光は晴れ、青空の中にある庭園のような空間へと辿り着いた。

 

「ソラ」

 

 チェルシーがソラの名前を呼ぶ。ただ名前を呼ぶだけの行為だが、チェルシーの"心の音"が伝わってきた。

 それは紛れもなく、あの日に失われた母の本当の音だ。

 

「ママ……なの……?」

 

 尋ねるも、ソラが一番分かっている。煩いほどに、チェルシーの音が流れ込んでくる。

 隣で暖かな視線を向けていたハンクが追いかけるように喉を震わせた。

 

「彼女のおかげだ」

 

 ハンクはそう言って、遠くを見つめる。ソラがその視界を追いかける、舞い降りるのは歌姫(メロエッタ)

 メロエッタは歌いながら、チェルシーの肩へ降り立った。その頬をチェルシーが指先で撫でる、そうやって人の頬をくすぐる様は間違いなくチェルシーだ。

 

「この子の歌が、あなたをここに連れてきてくれたの」

「ここは、どこなの?」

「そうね、言ってしまえばあの世かしら」

 

 チェルシーの言葉に、ソラはサッと青褪める。それを見てチェルシーは舌を見せて少女のように笑う。

 

「なーんてね、ここは……"余所の楽園"よ」

「余所の楽園……?」

「ソラも聞いたことがあるだろう? ラフエル神話の"対極の寝床"を。ここはそれに連なる、ラフエル地方にある異界さ」

 

 ハンクは嘘を吐いていない。さらに言えば、チェルシーも。

 ここはまさしくあの世で、()()()()()()辿()()()()()()()()()。しかし不思議と不安感は薄れていった。

 

「あの……わたし……」

「大丈夫よ、全部分かっているから」

 

 言葉に詰まるソラを、チェルシーが抱きしめる。その温もりこそ、もう無い母のもので。ソラは自然と涙が溢れるのを感じた。

 

「話してちょうだい。あなたの今を」

 

 ソラは一人になってからのことを話した。チェルシーもハンクもただ静かに頷きながら、娘の話を聞いていた。

 ひとしきり話し終えたところで、楽園に掛かる虹がスクリーンを作り出す。

 

 倒れている自分(ソラ)を守りながら、止まることを知らない海の魔物と戦うリエン。

 

 そして別の、同じ空の下で虹を纏いながら、立ち上がり突き進むアルバとダイ。

 キセキルカリオとキセキジュカインも倒すためでなく、助けるために拳を握っている。

 

 それが分かった。だけどソラはこの暖かさが手放せなかった。ここで手放してしまえば、もう会えないと思ってしまったから。

 

「いきなさい、ソラ」

 

 ハンクが言った。それは行けという意味であり、生きろというメッセージだ。

 顔を上げる。チェルシーは優しく微笑んでソラの目尻の涙を拭った。それでも止めどなく溢れてくる生命の川。

 

「パパとママは、一緒には来れないの……?」

「えぇ、私達はここであなたを見ているから」

「そんなのやだよ……一緒にいてよ、もう離れたくないよ」

 

 駄々をこねるソラを困ったという風に見つめるチェルシー。強く出れないのは、やはり愛しい娘の願いだからだろう。

 しかしそれは出来ないと、ソラをゆっくりと突き放した。そうして肩に乗っているメロエッタに向かって頷く。メロエッタは旋律を変え、ソラの肩へと飛び移る。

 

 ソラの身体がふわりと浮き上がり、楽園を離れていく。

 

「パパ……! ママ……っ!」

 

「忘れないで。あなたが唄っている限り、それは私達に届くから」

 

「ソラ。僕たちが最後に送ったプレゼントは、まだ持っているよね?」

 

 ハンクが言った。二人が最後にくれたプレゼントは、今もしっかり身につけている。ソラが喉元のチョーカーに触れる。

 宝石のような感触があるが、それを覆い隠す布がすっと消滅する。そうしてソラは気づく、宝石の正体に。

 

「まだ、伝えたいことがあるの……! 私、友達が出来たの……!」

「とても良い子たちみたいね。仲良くするのよ? ずっと、ずっとね」

 

 どんどん小さくなるハンクとチェルシー。届けなければ、とソラは声を張り上げた。

 

 

「好きな人も、出来たの……! 

 一緒にいると暖かい、パパみたいな人! 

 私の歌を褒めてくれる、ママみたいな人……! 

 

 何があっても、駆けつけてくれる人……!! 私も彼の力になりたい……! だから……」

 

 

 ハンクは少し寂しそうな顔をし、やがて笑顔でソラを見送った。

 チェルシーは最後まで笑顔を絶やさずに小さく手を振った。

 

 

「ちゃんと見てて────」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 それは突然だった。薄暗いポケモンセンターの中を照らし出す、極大の虹。

 リエンがラグラージにサメハダーの相手をさせながら振り返り、口元を僅かに綻ばせた。

 

 

「大事なことを、忘れてた」

 

 

 ぽつりとソラが零した。それは自責であり、悔恨。

 頬を伝う涙が虹の光を受けて七色に輝き、雫としてスプリンクラーの水溜りへと滴る。

 

 虹色の光はソラの喉元、チョーカーに嵌め込まれたキーストーンが放っていたのだ。

 ソラはゆっくりと立ち上がり、チルタリスを呼び出す。綿竜の首に、ポーチの底で眠っていたネックレスを掛けるとソラは一歩前へ出る。

 

 

「パパとママはずっと、ここにいてくれたんだ」

 

 

 喉に。

 

 胸に。

 

 ソラはそっと触れる。音を楽しむ心をゆっくりと思い出す。

 これを武器にしてしまうことは、とても悲しいことだ。本当ならば、避けたい。

 

 だがソラは言った。彼の、みんなの力になりたいと。

 ならばもう迷わない。この力を誰かのために振るおう。雪が解ける音はもう、響かせない。

 

 

「心があるから、まだ立てる。前を向ける」

 

 

 ソラの瞳に強い光が宿る。涙はそこで流れ切り、決意の光が溢れ出す。

 同じようにチルタリスが身につけたネックレスからも強い光が放たれる。埋め込まれたメガストーン"チルタリスナイト"が最高の輝きを放つ瞬間を待っていた。

 

 

「────まだ、(たたか)える……!」

 

 

 リエンが放ったのと同種のエネルギーがソラを中心に広がり、チルタリスへと流れ込む。

 進化の光が繭を作り出し、それに合わせてソラが歌声でさらなる力を送り出す。それを見てソマリは眉を寄せた。

 

「この期に及んで歌……! 歌が、何をするってんだよ……!?」

 

 投げつけられた疑問に答えるように、ソラはボリュームを上げた。

 メロエッタが歌声で束ねるは、この地に流れるReオーラ。

 

 

「チルタリス、聴き届けて(リッスントゥマイハート)────! メガシンカ!!」

 

 

 

 歌声は光を呼び、風を巻き起こす。悲しみは決意へと変わる。

 虹色の奇跡が爆発し、ソラとハミングしながらメガシンカを経てメガチルタリスは再臨した。

 

「助けよう」

 

 力強く、ソラは言った。それは少し意外で、リエンは尋ねた。

 

「本当にいいの、ソラ?」

「ホントは今も許せない。でも、みんなはきっとそうする。ダイも、アルバも、リエンも」

 

 だからいい、とソラは言った。変わったのだ、ソラもまた。

 それを聞いてリエンは頷いた、答えは得た。だからまた、リエンもまた自分(リエン)の心に従う。

 

 

「行こう……!」

 

「うん……!」

 

 

 並び立つ、二匹のエースを従え少女たちは立ち上がる。その身に、虹の輝きを抱きながら。

 

 



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VSメタモン On Your Mark

注意:今回、使用する技にほんの少しオリジナル要素が含まれます。



 

 交差する虹と黒曜の輝き。戦闘が長期化してなお推力の衰えないメガサメハダーの突進を正面から受け止めるメガラグラージ。

 鼻先の鋸を使った【つじぎり】、対してラグラージは【カウンター】で返す。

 

 弾き飛ばされたサメハダーだが、壁にぶつかる直前に再び推進にものを言わせ反転。再度ポケモンセンターを蹂躙する。

 一方で、メガチルタリスとミカルゲへ変身したメタモンの戦いは静かに行われていた。

 

 チルタリスが放つ【エコーボイス】がメタモンへと響く。さらには壁に反響した音さえ、攻撃に転用する。

 重ねて放つことで威力が増していく技だが、それだけではない勢いがチルタリスの歌にはあった。

 

「チッ……! 煩いっての……!」

 

 反響する音に耳を抑えながらソマリが毒づく。メタモンも応戦してこそいるが、チルタリスが放つ歌声が効果を及ぼしているのか防戦を強いられ始めていた。

 それもそのはず、メガシンカしたチルタリスは特性が"フェアリースキン"へと変化する。ノーマルタイプの技をフェアリータイプへ変化させ放つ事ができる。即ち自身に一番適した攻撃を行うことが出来るようになるということだ。

 

「だったらこれでどうだ、【どくどく】!」

 

 本体を要石に収め、暗闇を瓦礫に混じって移動したメタモンがチルタリスに接近し、猛毒を流し込む。身体が紫色の斑点に犯され、苦しげに顔を顰めるチルタリス。

 猛毒は時間が経過するほど毒が身体を蝕む危険な状態だ、耐久に秀でるメガチルタリスを持久戦に持ち込ませないという意味でかなり有効な策だ。

 

 ただし、ソラの味方を度外視した場合の話だ。

 

 暗黒の中であっても鳴り響く、美しい鈴音のような歌声。それはメロエッタが放った【いやしのすず】だ。メロエッタの歌によってチルタリスの身体から毒が消え失せる。

 歌い終え、メロエッタはソラに向かって強く頷いた。ソラも頷き返すと、メロエッタが違う旋律を(とな)え始めた。

 

 メロエッタの身体が輝き、特性が変化する。【なりきり】によって、メロエッタも"フェアリースキン"を手に入れたのだ。

 そうすることで、ゴーストタイプを持つミカルゲに化けたメタモンへ多くの攻撃を徹すことが出来る。

 

「【いにしえのうた】!」

 

 したがって、フェアリータイプへと変わった【いにしえのうた】がメタモンを吹き飛ばす。さらにメロエッタが歌姫(ボイス)から踊り手(ステップ)へとフォルムチェンジを果たす。

 メロエッタがメタモンへ追撃を行おうとした時、横やりを入れるようにサメハダーが突進してくる。ただの【アクアジェット】ではない、対象へぶつかった時、反撃を喰らった時のダメージを度外視した全力の突進だ。恐らく【こうそくいどう】で素早さを極限まで高めているとリエンは分析した。

 

 あそこまで加速されてしまうと、特性が"すいすい"のメガラグラージでも追いつくことは難しいだろう。

 リエンとソラが背中を合わせ、互いの敵から相手の背を守る形に陣形を組む。

 

「どうしようか」

「どれだけダメージを与えても、すぐに回復されちゃう」

 

 やはり一番の障害はサメハダーだ。戦闘が始まってからというもの、一度として止まっていない。継続的な【アクアジェット】、さらには特性を活かした噛み付く系統の技、鼻先の鋸を使った【つじぎり】と一度不意に弱点を突かれればこちらが戦闘不能になりかねない危険な技を多用してくる。その上、中途半端なダメージなら即座に回復して再び動き出してしまう。

 

「やっぱり、アレしかないかな……」

「アレ……?」

「うん」

 

 ソラが尋ねるとリエンは神妙な顔で頷いた。そうして向かってくるサメハダーを、再びラグラージに止めさせた。サメハダーが【こうそくいどう】で素早さを上げるならば、ラグラージは【グロウパンチ】でひたすらに拳を鍛え上げていたのだ。もはや片手ですらサメハダーの動きを阻害するのは容易い。

 

「私とソラで同時攻撃」

 

 

『──要は一撃で仕留める』

 

 

 二人の声がハーモニーを生む。黒曜のReオーラによって回復を行う前に、戦闘不能にするという作戦だ。

 なんともダイナミックな作戦だ、以前のリエンならもう少しは淑やかな策を考えていただろうと、ソラはうっすら思っていた。

 

 しかし今はそれしかない、一撃でサメハダーを仕留めなければサメハダーと繋がっているケイカは助からない。

 そしてリエンは、ソラの力が無ければそれを成し得ないと考えていた。如何にラグラージが強力になろうと、だ。

 

 それを聞いて、歯ぎしりをする音が響く。ソマリだ、心底うんざりしたという表情でリエンとソラを見下ろしている。

 メタモンを再びメガサメハダーへと変身させ、ケイカのメガサメハダーと織り交ぜるように突進を繰り出させる。

 

「心だとかさぁ、歌だとかさぁ! いちいちサムいんだよ!」

 

 ケイカのサメハダーと違い、メタモンは飼い主に似て非常に狡猾だ。故にただの【アクアジェット】では止まらない。

 複雑な軌道を最速で駆け抜け、メガチルタリス目掛けて毒素を含んだ鋭利な牙で噛み付く。特性"がんじょうあご"を活かした【どくどくのキバ】だ。

 

 (ドラゴン)でありながらドラゴンを倒せる(フェアリー)を併せ持つことになったチルタリスだが、それはつまり別の弱点をも孕むということだ。

 その一つが、毒。首筋に噛みつかれたチルタリスに猛毒が流し込まれる。状態異常は大した問題ではない、治癒能力がチルタリスには備わっている。しかしダメージだけは確実に蓄積される。

 

 フォローに入ったラグラージだがメタモンは素早く離脱する。"へんしん"は元となったポケモンのステータスをそのまま真似る。素早さの上がりきったメガサメハダーをトレースしたメタモンはこの上なく素早い。

 

「あのハチマキ(アルバ)も、オレンジ(ダイ)もそうだよ! そんなに少年漫画したいなら勝手にしろよ!」

 

 噛み付いたままチルタリスごと壁に突撃するメタモン。主が放つ憎悪をそのまま体現するが如き苛烈な攻撃に建物全体が揺れる。

 遠心力を以て、ラグラージ目掛けてチルタリスを吹き飛ばす。

 

「だけどねぇ! それでマリちゃんの愉悦タイムを邪魔すんなよ! ムカつくんだよ!!」

 

 続いて【こおりのキバ】をラグラージに繰り出す。こちらはダメージ自体はさしも問題ではないが、バキバキと音を立てラグラージの腕にある空気噴射口が凍りついてしまう。ここから空気を吐き出すことで拳を加速させ攻撃力を増す戦術はしばらく通用しない。

 

「玩具は玩具らしく、壊れていいタイミングでぶっ壊れちゃえよ!」

 

 駄々っ子のように、邪悪なワガママをぶちまけるソマリ。

 しかしそれを引き受けたメタモンは今まで以上に厄介な攻撃を繰り出すようになった。なんといっても素早さだ、リエンたちは後手に回らざるを得ない。

 

 そして放たれる、水圧カッターに匹敵する水圧の【ハイドロポンプ】。避けることは簡単だったが、あいにくリエン達は背後に意識を失ったジョーイやトレーナーを抱えている。

 

 

 ──避ければ彼らの生命に関わる。

 

 

「メロエッタ……!」

 

 ソラの願いに、歌で応じるメロエッタ。不思議な音色が光の障壁を生み出し、水圧カッターの威力を減退させる。

 それでも削ぎきれなかった水の奔流はチルタリスが身を以て受け止めた。元より水には強いタイプ故、軽度の負傷で済んだ。

 

「私の友達を、バカにしないで」

 

 その時だ、静かにリエンが怒った。微かに眉がつり上がっているのを見れば、彼女にしては本気で怒っているのが伺える。

 スプリンクラーから依然降り注ぐシャワー、即ち雨天においては通常の倍の速度で動けるラグラージが、弾丸のようにメタモン目掛けて飛びかかる。

 

「みんな生きてる、誰もあなたの玩具じゃない……!」

 

 繰り出される【がむしゃら】、激しくメタモンを殴打するラグラージ。吹き飛ばされてきたメタモンを飛び退り回避するソマリ。

 しかし攻撃を行ったラグラージにノーマークだった本物のサメハダーが襲いかかる。横っ腹に突進し、【こおりのキバ】で噛み付いてくる。

 

「説教かよ! 相容れないって分かってるくせにさァ! 何様なんだよ!!」

 

 しかしその怒りはさらにソマリを燃え上がらせた。投入されるのは"プラスパワー"の束、メタモンの攻撃力が素早さに倣って最大まで高められる。

 ここまで攻撃を高められてしまうと、チルタリスであっても【アクアジェット】を受け止めきれるかわからない。

 

「お前らが玩具かどうかは私が決める、それが私に許された特権だ!!」

 

 立て続けに放たれる【アクアジェット】、【ハイドロポンプ】、【かみくだく】攻撃。もはや対象など関係なく、全てを破壊し尽くすための暴力の嵐。

 トレーナーを守らねば、とリエンとソラの盾になる二匹はそれだけ連続のダメージを受け、体力はそろそろ限界を迎えるだろう。

 

「壊すことも、可愛がって壊すことも、壊して丁寧に直してぶっ壊すことも、等しくマリちゃんの愉悦なんだから!」

 

 それは彼女が実践してきた()()()。それ以外を知らないかはともかくそれが最上の、彼女にとっての法悦(エクスタシー)なのだろう。

 それを受けて、今度はソラが口を開いた。

 

 

「──哀しいね」

 

 

 その一言は、下手をするとリエンの言葉以上にソマリを逆上させる恐れがあった。

 予想は正しく、ソマリはもはや言葉を紡ぐことすらやめソラに狙いを定めて攻撃を行った。

 

 

「あなたにたくさん傷つけられて、いっぱい嫌な思いをした。死んでしまいたいとも、思った」

 

 

 だがソラが一番唾棄すべきは、ハンクとチェルシーのことを一度でも忘れてしまいたいと思ってしまったことだ。

 "余所の楽園"での出来事はもしかするとソラの頭の中だけで起きた妄想の出来事かもしれない。

 

 それでも、ソラは父と母が見守っていてくれることを知った。

 

 

「人は、心があるから嫌な思いもする。悲しい思いもする。怒ったりだって、当然する」

 

 

 リエンが続ける。旅の途中で芽生えた自我が、叫べと訴えている。

 

 

「だけど心があるから、嬉しいし、楽しいし、誰かに寄り添えるんだよ」

 

 

 ソマリは怖気が走る思いだった。なるほど確かに、心があるから綺麗なものを醜悪と捉えることが出来るのだ、皮肉にも。

 しかしどうだ、相手は高説ばかりでメタモンにろくに追いつけていないではないか、実際【アームハンマー】の酷使でラグラージは"すいすい"で得た速力を失っていた。

 

「サムい……サッムいサッムい!! アンタたちの綺麗事には、うんざりだ! ぶっ壊れろ!!」

 

 メタモンがその場の水を全て【ハイドロポンプ】に変換して撃ち出す。展開されていたメロエッタの【ひかりのかべ】が水流を受け止めるが、やはり防ぎきれない。

 障壁を突き破って水流がリエンを飲み込もうとする。それでもリエンは目を逸らさない。

 

 水流は微かに逸れ、リエンの頭の横を通過する。見れば、プルリル(ミズ)が【サイコキネシス】で無理矢理水流を捻じ曲げていた。

 そして反撃、ミズとグレイシアが放つ【れいとうビーム】が水圧カッターをそのまま凍らせ、水流を辿ってメタモンごと氷漬けにする。

 

「なっ……!?」

 

 身動きの取れなくなったメタモンが目を白黒させる中、本家のサメハダーがリエンとソラ目掛けて【アクアジェット】を放つ。

 突っ込んできた弾頭を、ラグラージが両手で受け止める。降り注ぐ水と、黒曜のReオーラを受けて加速するサメハダー。受け止めた上体が僅かにグラつくが、全身全霊を以てラグラージが踏ん張った。

 

 

 全ては、お膳立てだ。

 

 

「──あなたからすれば綺麗事で、薄ら寒い言葉かもしれない」

 

 ぽつり、とソラが口にする。そうして発した言葉の音が解けて、光になる。その光をメロエッタが歌声にて束ね、集束させる。

 

「だけど綺麗事でいいんだと、思う。心が満ちていれば、世界はこんなにも暖かいから」

 

 ずっと晴れの日が続かないとしても。

 

 どれだけ寒い冬だろうと絶対に春がやってくるように。

 

 やまない雨が決してないように。

 

 その時、彼女の心を凍てつかせていた氷が半年ぶりに音を立てて溶け去った。

 

 メロエッタの束ねた光はメガチルタリスに降り注ぎ、メガサメハダーの黒曜の光とは対象的な虹色のReオーラとなる。

 ソラが、メロエッタが、チルタリスが深く息を吸い込む。そうして放つのは、唄。

 

 決意と宣誓に満ちた、強い唄だ。

 

「私には、パパとママがくれた音楽がある」

 

 

 ──それに気づけたから、もう後ろは見ない。前を向いて、一歩を踏み出そう。

 

 

 

 

「──【ハイパーボイス・カンタービレ】!!」

 

 

 

 

 ソラが合図をする。それを受けたリエンがラグラージに渾身の【アームハンマー】を放たせる。遠心力の乗った拳で殴打されたサメハダーとメタモンが同射線上に重なった瞬間。

 メロエッタが放つ【ハイパーボイス】と、その後に放ったメガチルタリスの【ハイパーボイス】がユニゾンを起こし、メガサメハダーとメタモンをそのまま飲み込んだ。

 

「なんだ……これは!! ただの【ハイパーボイス】じゃあ、無い……!?」

 

 耳を抑えながら、ソマリが分析する。ただの【ハイパーボイス】なら、ここまでの振動は生まれない。

 あまりの声量と振動に、眠らせていたジョーイや他のトレーナーも目を覚ますほどだ。

 

 そして気づく、メロエッタが歌いながらチルタリスに虹の光を流し込み続けている。そしてチルタリスもまた歌いながらメロエッタへ光を返還する。

 黒曜のReオーラでは成し得ない、対象同士による力の循環。それが二匹の唄の力をさらに増幅させているのだ。

 

 だがそれでも説明がつかないほどの馬鹿力が発生している。まだ謎があるとソマリは睨んだ。

 その時、うっすらと脳裏によぎった可能性に、震えた。

 

 ソラの得意とする音の技に【りんしょう】という技があることに、だ。

 

 

 ──Reオーラの循環によって、二匹のポケモンがメガシンカ級の強化を受けているとしたら。

 

 ──互いの【ハイパーボイス】に【りんしょう】の効果が加わっているとしたら。

 

 ──それを連続で放ち続けているのだとしたら。

 

 

 それは、【音の究極技】と呼ぶに相応しいものだろう。

 

 

「音、いや唄でポケモンの力を増幅……!! イズロード様の言ってた、()()()────」

 

 

 ソマリの言葉はそれ以上続かなかった。【ハイパーボイス・カンタービレ】によって、ポケモンセンターの上階がまるごと吹き飛んだからだ。

 外から見れば、ポケモンセンターの上がまるで巨大な球体にえぐられたかのようになっていた。

 

 チルタリスとメロエッタの唄が持つ虹色の光がサメハダーを包んでいた黒曜の光を吹き飛ばし、ようやっと戦闘不能へ持ち込んだ。

 ふ、と糸が切れるように倒れ込むケイカの身体をリエンが受け止めた。ちょうど、ひと月前には逆の立場だったと思うリエン。

 

 弱々しくリエンを見上げるケイカが小さく問うた。

 

「なんで、助けた……の」

「強いて言うなら、溺れた人を助けるのが私の仕事だったから、かな」

 

 今は()()溺れたかを問わなくなっただけ、と付け足して。

 周囲を見渡すソラ。そこにもう悪夢の使者の姿は無かった。ソマリはどうやら吹き飛ばされたまま逃走したようだ。

 

「空、青いね」

 

 ふとリエンが呟く。ずっと続いていたスプリンクラーの雨は天井ごと吹き飛んでしまったから、覗く青空が一際眩しかった。

 言われてソラが見上げるとそこには、ハッキリと目視できる二筋の虹の光が流れていた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「────うおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!」

 

 廃ビルの最下でアルバが吼えた。それに応えたルカリオ改め、"キセキルカリオ"が姿を消した。

 否、纏う虹色のReオーラを微かに軌跡として残しながら高速移動でメガギャラドスの周囲を跳び回っているのだ。

 

 アルバの裂帛を引き受けるかのように、ルカリオもまた吠える。そして渾身の一撃をギャラドスへと撃ち込んだ。

 おおよそ拳を撃ち込んだとは思えないほどの轟音が響き渡るが、ギャラドスは辛うじて耐え切り望まぬ内に主であるガンダの生命力を吸い上げて一気に回復を済ませてしまう。

 

 生命の滴をまるでポンプで吸い上げられているように、根こそぎガンダから光が漏れ出す。大男は膝を突き、胸を抑えて荒い呼吸を繰り返している。

 如何にタフネスだろうと長くは保たない。虹の加護か、アルバにはそれが分かった。

 

 "対極の寝床"にて英雄(ラフエル)が語った通り、自身を媒介にReオーラが渦巻いているのが分かる。

 このひと月、ひたすらにReオーラを制御する修行を行ってきたのもあり光が身体に馴染むのを感じる、"紅"や"朱"よりも暖かく優しい熱だ。

 

 身体の熱が訴える、彼を救えと叫んでいる。

 心の道がそう言うのならば、それに従うのみ。そこに疑う余地は一切無い。

 

 しかし今のルカリオを包み込む光はあまりにも強く、輪郭が辛うじて分かるくらいだ。おまけに、イレギュラーな進化はポケモン図鑑の認識をも超える。かつてダイがレニアシティでジュカインをキセキシンカさせた時と同じく、画面はエラーを吐き出している。

 

 つまり今のルカリオの状態の精細なステータスは分からない。無闇に強力な力を使うことは目の前の救うと決めた相手をさらに深く傷つけかねない。

 

 ──それでも。

 

師匠(せんせい)師匠の師匠(だいせんせい)……! 僕に道を……!」

 

 その時だ、凛としつつも優しい声音が聞こえた気がした。アルバの知らない女性の声だった。「行きな」と、背中を強く後押ししてくれた気がした。

 この選択に間違いはない。正しいと思ったのならば、立ち上がったのならば────

 

 

「────前に、出るんだッ!!」

 

 

 突き進め、と拳を突き出した。シンクロするようにルカリオは右腕を突き出しギャラドスを殴打する。

 一撃が物凄い衝撃を生み出しギャラドスがノックバック。いくら回復するとはいえ、ダメージは誤魔化しきれない。あまりの痛撃にギャラドスが蛇のように辺りをのたうつ。

 そして、前までならばここでガンダから生命力を吸い取って回復を始めるはずだった。否、実際に回復は始まっている。

 

 

『クォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!!』

 

 

 キセキルカリオの拳が、音を置き去りにする。一発殴られた、とギャラドスが認識するまでにおおよそ六発の拳が襲いかかっているのだ。

 彼が持つ【バレットパンチ】をも超える、神速を超える神速の乱打撃。

 

 威力は【インファイト】のそれだが、スピードが段違いだった。その身に纏ったReオーラを全て波動に変換して拳の衝撃と共にギャラドスの体内へと撃ち込む。

 アルバとルカリオには、このひと月の修業によってR()e()()()()()()()()()を掴んでいた。

 

 それを参照し、より効率的にギャラドスを攻め立てていた。

 

「いくらでも回復するっていうなら────!」

 

 アルバの右ストレート、合わせて放つルカリオの右ストレート六連撃、間にローキック五発。

 

「素早く、元に戻るっていうなら────!」

 

 アルバの左ストレート、続いて放つはルカリオの左ストレート六発、同じくローキックが五発。

 

 

()()()()()()()()()で攻撃し続ければ、僕らが勝つ!! 絶対助けるんだッ!!」

 

 

 極限を超えたその先のスピードで拳を繰り出すルカリオとアルバ。

 殴っただけ拳は傷つくとしても、その先にある生命に手を伸ばすのだ。何度でも、握った拳の先にある光を絶やさないために。

 

「なんつー馬鹿力……それに、攻撃が見えねェ……」

 

 後ろから光が弾けるラッシュを見せられていたロアがうわ言のように呟く。ルカリオの拳がギャラドスに打ち付けられるたび周囲に放たれる虹色の波動が空間を修復しだす。Reオーラの時間遡行能力だ、虹の光の残滓がロアの頬を撫でれば、コンクリートの破片に切り裂かれた肌がたちまち戦闘開始前に戻っていく。

 

「オレ達が相手しようとしてた奴らはこんな化け物だってのかよ……」

 

 思う、こんな相手と何度も衝突していたら身が持たない。生まれ持っての反骨精神も震え上がるほどのプレッシャーだった。

 ロアが戦況をじっくり観察する。ルカリオの文字通り目にも留まらぬ猛攻がギャラドスに大ダメージを与え続けている。だが、やはりまだギャラドスが回復する方のスピードが勝っているように見えた。

 

「────チッ!」

 

 特大の舌打ちを放ってから、手の中のモンスターボールを見やる。相棒もまた、心底気に入らないといった風だが仕方がない。

 

「【インファイト】!」

 

 飛び出した猫鼬がギャラドスに肉弾戦を仕掛ける。端から見れば、ルカリオを補助するような動き。

 

「勘違いすんじゃねーぞ。オレはてめーのケツを他人に拭かせるのが気持ち悪くてよぉ!!」

 

 吼え散らかしながら、それでもザングースはヒットアンドアウェイを繰り返し続ける。攻撃ダメージが増加し、僅かばかりにルカリオのダメージを与える速度がギャラドスの回復速度に並び始めた。

 しかしこのままではジリ貧だ、キセキシンカしているとはいえルカリオのスタミナとて無尽蔵というわけではない。

 

 このまま闇雲に攻撃を続けていては、返ってギャラドスが回復するためにガンダの生命力を奪い続けることになる。

 ロアはそれが気になった。しかしアルバが放った「絶対に助ける」という言葉、それに含まれた本気を信じることにした、心底癪ではあるが。

 

 

「おいハチマキィ! なんか策は──」

「────ある!! 信じて!!」

 

 

 言い切りやがった、とロアは度肝を抜かれる。その背中は口と全く同じことを語っていた。

 ルカリオの猛攻が更にスピードを増す。やがて、拳が空気摩擦によって燐光を帯び始め、一発の威力が更に倍増する。

 

 殴打され続けたギャラドスが吠える。しかし彼を回復する黒曜の光が、一気に霧散した。

 その光景にロアが目を点にする。真っ先にガンダの体力が遂に尽きたか、と疑ったがそうでもない。

 

 ガンダの身体から出る光は依然ギャラドスに纏わりつこうとしている。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 じっとりとした汗を一滴零したアルバ、しかしその口角はわずかに持ち上がっていた。

 

 アルバとルカリオはギャラドスにひたすら波動を練り上げた拳を撃ち込むことで、ギャラドスの体組織に訴え続けていた。

 そうして効果が出た。ギャラドスの身体は波動を含め、全てのエネルギーを受け付けないように一時的に作り変えられた。

 

 だから、もうギャラドスに黒曜の光は纏えない。回復の手立ては、絶たれた。

 

「今だ、ルカリオ!!」

 

 今一度、極大の虹を両手に宿し裂帛の気合いと共にギャラドス目掛けて繰り出す。二発のフィニッシュブローがギャラドスの身体を吹き飛ばし、コンクリートの壁に再び大きな穴を開ける。

 戦闘不能、ギャラドスを戒めていた黒曜のメガシンカが解除され、瓦礫の上で水竜は目を回していた。

 

「ルカリオ、【いやしのはどう】だ。急いで!」

 

 身体に残った虹色の光を集束させ、ガンダ目掛けて撃ち出す。暖かな光がガンダの身体に染み渡り、彼の身体の傷と体力を元に戻す。

 意識を失ったガンダだが、やがて胸を規則的に上下させ呼吸が安定する。

 

 ルカリオの身体を包み込む虹が飛散し、キセキシンカが解除される。Reオーラの効果で、ギャラドス以外のこの場の全てのポケモンが回復した。

 それは即ち、仕切り直しを意味するがロアはというともう一匹の手持ち"ポチエナ"の逃げ足を利用してこの場を離脱した。

 

 逃げるロアを追いかけようとも思ったが、アルバはそれよりも先に倒れているガンダに駆け寄った。

 

「う……まさか、敵の坊主に、助けられるとは……」

「生命が掛かってるんだ、敵味方に拘ってる場合じゃないでしょ」

「ふ、甘い坊主だ……だが、俺はそれに、その甘さに敗けたのだな……」

 

 力なく笑うガンダの手を取り、アルバはVANGUARDで支給されている手錠"ゴーイングワッパー"を掛ける。

 ラフエル地方における警察機関PGでも正式採用されている万能手錠で、元は国際警察の技術部発祥だとか。尤もアルバはそこまで道具の出自に興味がないが。

 

「闇に囚われて、なお……坊主の光が、手を伸ばしているのがわかった。暖かな光だった……あれは、いったい……」

 

 ゆったりと起き上がるガンダの身体を支えながら、アルバは強い瞳で応えた。

 

「託された、(きせき)です」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 一方、屋上では灼熱と虹がぶつかり合っていた。ただ睨み合っているだけだというのに、フェンスが溶けては修復を繰り返す異様な空間と化していた。

 ヘルガーには抵抗の意思が無い。下手にダメージを受けたり、攻撃するたびにイグナの生命力を吸い取ってしまうからだろう。

 

「……おい、イグナ」

 

 その時、ダイがポツリと問いかけた。小さな声だった、当然イグナには届かない。

 しかしまるで返事するようにイグナが吼え、それに合わせてヘルガーが【かえんほうしゃ】を放つ。ジュカインはその場を飛び退いて炎の奔流を躱す。

 

 焼かれたコンクリートとフェンスが焦げた臭いを数秒発してから、即座に元に戻る。

 

「ったく、返事くらい普通にしろっつーの……!」

 

 ぼやくダイだが、その顔には余裕があった。それは端から見ていたワースがいち早く気付いた。

 まるで策あり、と語っているようだった。そうしてダイは右手首のライブキャスターを操作する。

 

 長いコール音の後、画面先の男は心底不機嫌そうな顔で通話に応じた。

 

『なんだ、こんな時間から』

「ようカイドウ! 多分寝起きで悪いけど知恵を貸してくれ!」

『知らん、俺の頭脳が必要な場面が早々やってくるわけがないだろう。くだらない用事ならこれ以上は──』

 

 通話を切ろうとしたカイドウをダイが静止する。その声に反応して、再びイグナがヘルガーをけしかけて来るがジュカインがそれを阻止する。

 

 

「──頼む、どうしてもお前の助けが必要だ」

『……お前がそこまで言うのなら、大した用事なのだろうな、良いだろう』

 

 

 並々ならぬ状況だと、音を聞いて判断したのかカイドウは顔色を変えた。ダイはインカメラからフロントカメラに変更し、イグナとヘルガーに向けた。

 映像と合わせて、ダイが簡潔に状況を説明する。カイドウは既に、眼鏡の奥を光らせていた。

 

『なるほどな、擬似的なキセキシンカを……バラル団、()()()()()()()()()()()か』

 

 カイドウのやや含みのある物言いに、ダイは引っかかりを覚えた。まるでいずれバラル団がこうしてくると分かっていたかのような発言だ。

 

「お前、なんか知ってたのか?」

『……かつて、バラル団は"ヒース・ハーシュバルト"という科学者を利用して……いや、手を組みメガシンカのプロセスを簡略化させる研究を行っていた』

 

 ダイが振り返ってワースに確認を取る。ワースは曖昧そうに頷く、即ち「部分的にそう」という肯定の意思。もしくはワース自身は深く関わっていない事柄なのだろう。

 

『まだ確証は取れないが……実際、研究の末にヒースは手持ちのゴーストを強制的にゲンガーに、そのままメガゲンガーへとメガシンカさせた。メガシンカに必要なデバイスを用いずに、な』

 

 その言葉を聞いて、ダイはボールの中で休んでいるゲンガーと視線を交わした。ゲンガーが身につけているバンダナに括り付けられたゲンガナイトがキラリと閃いた気がした。

 

『しかしヒースが行った研究はそこで終わった。だが奴が独自研究を行うための資材はバラル団が提供したものだ。データのバックアップが取られていたとしても不思議ではない』

「……んで、今いるバラル団の精鋭研究者たちが研究を引き継いだのか」

『尤も、トレーナーの暴走も生命力の奪取も、奴の想定には入っていなかったがな』

 

 その時だ、ヘルガーが一際大きな炎を放った。火炎放射を超える、【れんごく】の炎だった。

 範囲はそう広くはない。だが、ダイとジュカイン目掛けて放たれた炎が通過した後のコンクリートがいとも簡単にどろりと溶け落ちた。如何にReオーラと言えども、溶けたコンクリートの修復には時間が掛かるようだった。

 

「長話はあんま許してくれなさそうだな……! かといって、どうすりゃいいんだ!?」

『落ち着け、お前にはメディカルチェックの際Reオーラの特徴について説明したはずだぞ』

 

 それはこのひと月、コスモスとのトレーニングと並行して行われたダイの身体検査でのことだ。

 ダイはヘルガーの炎撃を避けながら、頭の中の引き出しを必死に開け始めた。

 

「えっと、確か……Reオーラっていうのは、厳密には……」

『"波導"だ。人やポケモンに等しく流れる生命を源とする()だ』

 

 ため息交じりにカイドウが言う。これからはもう少し友達の話を理解するよう努めようと思うダイだった。

 

「じゃあ、あれもReオーラなら……」

『あぁ、お前とジュカインのReオーラをぶつけて、波導と波導の振幅を同調させれば相殺することが出来るだろう』

「そうか! その手があったんだな! やっぱお前の知恵を頼って正解だった!」

 

 ジュカインと視線を交わし、頷き合う。俺たちなら出来る、と心で通じ合った。

 

「ありがとな、カイドウ。やっぱお前の知恵、頼ってよかった!」

『礼を言うのなら、やり遂げてからにしろ』

「──カイドウ」

『……なんだ?』

 

 電話の向こう側で微かに、ほんの少しの小さな笑みを浮かべるカイドウ。

 彼が通話を切ろうとした瞬間、

 

 

親友(ダチ)親友(ダチ)の研究で、絶対に誰も死なせないからな」

『──頼んだぞ』

 

 

 今度こそ切れる通信。頬を打ち、ダイが瞳に覚悟を宿す。

 約束したのなら、貫き通すという覚悟を。

 

「よし……行くぞ、ジュカイン!!」

 

「ジャアアアアアアッ!!」

 

 より一層強い攻撃の意思を感知したか、イグナがヘルガーをけしかけてくる。

 ジュカインが【アクロバット】でヘルガーを翻弄する。炎を向けられたら流石に分が悪いが、そもそも照準を定めさせなければいい。

 

「Reオーラが波導だ、っつうなら……! 【りゅうのはどう】!」

 

 キセキジュカインの背に翼のように生えた六本の枝。それが自身の纏うReオーラを初め、物体の修復を終え空気に溶けたReオーラを再集結させる。

 溜め込んだReオーラをジュカインが龍気へと変換、一気に撃ち出した。七色の光を放つ七つの龍のエネルギーがヘルガーへ殺到する。

 

 返すように、ヘルガーは黒曜の光を乗せた【だいもんじ】を放つ。紫色に変色した炎が龍を模ったエネルギーに衝突し、弾ける。

 波導を同調させる、言葉にするのは簡単だが実際にはそうはいかない。技同士の威力が違ければ当然優劣が出てくる。

 

「くっ、ヘルガーの火力がまだ上か……!」

 

 ダイが歯噛みしながらポケモン図鑑を展開する。そしてメガヘルガーをスキャンすることで現在のステータスを図り始める。

 

「そうか、"サンパワー"か……!」

 

 メガシンカしたヘルガーが身につける特性、サンパワー。ダイは空を見上げて歯噛みする。

 今日は怖いくらいの晴天で、日差しが強い。故にヘルガーは太陽の力で炎の技を強化し、さらに自身の特殊攻撃力をも高めているのだ。

 

「だったら、こっちも全力全開(フルパワー)だ!!」

 

 虹の奇跡が膨れ上がる。ダイが操るReオーラがジュカインになだれ込み、キセキジュカインの特攻を著しく上昇させる。

 だがそれでようやくイーブンと言ったところか、まだ完全に波長が合わない。

 

 相殺、だけでは完璧ではない。相殺出来ても、一度流れが途切れるだけだ。

 そこから再度ヘルガーに黒曜の光が流れ込まないようにする必要がある。

 

 ジュカインのスピードならばその一瞬のスキを突いてヘルガーを戦闘不能にすることは出来るだろう。

 だがやはり、なんと言っても攻撃を同調させるのが至難の業だった。

 

 見ればジュカインが放つ七色の波導は包み込むような動きを見せているものの、ヘルガーの紫の炎は触れるもの全てを拒絶するかのように周囲へと撒き散らされている。

 波長を合わせるには、周囲に散らされる黒曜の光をまるごと包み込む必要がある。それには、やはりまだジュカインの火力が足りない。

 

「だけど、これ以上どうやってジュカインのパワーを上げる……?」

 

 虹のReオーラでキセキシンカしたジュカインの特性は"てきおうりょく"。既にジュカインに放てる【りゅうのはどう】は最大火力に近い。

 ずっと【りゅうのはどう】を撃ち続けるのにも限界はある。Reオーラは傷を癒やしてもスタミナまでは回復しきれないのだから。

 

 

「────【あくのはどう】だ」

 

 

 その時、七色の龍を補助するように闇色の波動が放たれた。ダイが横を向けば、静観していたはずのワースとヤミラミが攻撃に加わっていた。

 

「リスクは負わないんじゃなかったのかよ、おっさん!」

「あぁ、勝てねえ勝負はしねぇよ。だから、お前に乗っかるんだよ。そうすりゃ勝てるんだろ?」

 

 灰になっては復活するタバコを吹かしながら、ワースはニッと笑った。

 それを受けて、ダイは強気の笑みで応えた。そしてワースのヤミラミが戦闘に加わったことで、一つの道筋が出来た。

 

 閃き、ダイはモンスターボールを一つリリースする。現れたのは回復の済んだゲンガーだ。一度戦闘不能になっているため、メガシンカは解除されているが今メガゲンガーである必要はない。

 そして、やはりゲンガーこそが攻略の鍵だった。グライド戦で用いたのと同じ、あの作戦で。

 

「【スキルスワップ】!」

 

 ゲンガーが指先を光らせ、この場のポケモンの特性を入れ替える。

 

 次の瞬間、キセキジュカインの七色の龍の波動がさらに光り輝く。ジュカインが"サンパワー"を手に入れたことで、太陽を味方にしたからだ。

 

 そしてヤミラミもまた、キセキジュカインが持っていた"てきおうりょく"を身に着けたことで【あくのはどう】がさらなる力を発揮する。

 

 

「うぉぉぉぉおおおおおおおおお!! 撃てェェ──ーッ!!」

 

 

 七色の龍は太陽の光を受けて極限まで白い光へと昇華する。全ての色の終点が、白であるように。

 白龍と獄炎、それらがぶつかりあい強い力場がビル周辺に発生する。それは同じビルの階下にいたアルバにも、少し離れたポケモンセンターにいたリエンとソラにも、プールエリアにいた一般の人々にも感じ取ることが出来るほどの力で。

 

 キセキジュカインが咆える。もはや一切の余力など無い、全身全霊の全力。

 しかしこの力は自分たちだけでは成し得なかった。全ての仲間と、相手(ヘルガー)の力を借りて成し得た奇跡そのものだ。

 

 

 

「踏ん張れよ、相棒(ジュカイン)!! ここには仲間と、太陽──そんでもって、俺がいる!!」

 

 

 

 危険を顧みず、ジュカインの肩へ手を添える。空気を伝わせるのではなく、直に自身の纏うReオーラをジュカインへと送り込む。

 そしてヘルガーの放つ紫紺の【だいもんじ】を、遂にジュカインの【りゅうのはどう】が包み込んだ。

 

 ここからがより一層のコントロールを必要とした。ひたすらに爆弾が炸裂し続けているような騒音の中で、ダイとジュカインは精神を研ぎ澄ませる。

 水面へ穿たれた小石が小さな波を起こし、やがてそれが完全な静止状態になるイメージを抱き続ける。

 

 暴れる炎を上から押さえつけ、自身の波導の振幅に無理矢理合わせていく。

 そうして、幾ばくかの浅い呼吸の末。ジュカインとヘルガーの間、波導同士が淡い光となって空へと還っていく。

 

 撃ち尽くした、ジュカインもヘルガーも一瞬気の抜けた顔をしてしまう。だが、ジュカインにはダイがついている。

 今一度、自身の内から湧き上がる虹の光でジュカインを強化。前傾姿勢で突撃の構えを見せたジュカインが腕の新緑刃に力を宿し──

 

 

「──【リーフブレード】ッ!」

 

 

 裂帛の気合いと共に、ヘルガーに再び降りかかろうとする黒曜を、虹の軌跡を以て斬り裂いた。

 かつてハイパー状態に陥ったゼラオラの闇の瘴気だけを斬り裂いたように。

 キーストーン・Iとの繋がりを絶たれ、ヘルガーのメガシンカが解除される。糸の切れた操り人形の如く膝から倒れ込むイグナをジュカインが身体で受け止めた。

 

「おい、大丈夫か?」

「ぅ……くっ、まさか……お前に、助けられるとはな……っ」

 

 そう言いながらも、イグナの顔は諦めを含んだ顔で静かに笑った。

 

「刑務所の礼だよ。あのときは……そりゃもう、脱獄させられてありがた迷惑だったけどな」

 

 ダイはため息交じりに笑って返す。そしてポケットを取り出し、VG支給のゴーイングワッパーを取り出す。

 その前に後ろを振り返り、ワースやヤミラミの動向を確認する。念の為、ゲンガーが彼らを警戒しているがワースはダイの視線に気づくと「お好きにどうぞ」と言わんばかりのジェスチャーで返す。

 

「お巡りさんの好きにしろよ」

「悪いけど、俺はPGの人間じゃない」

 

 イグナの無抵抗の手首に手錠を掛けながらダイは言う。イグナが見上げると、空に輝く陽の光が彼の表情を逆光で隠した。

 だがイグナには分かった。きっと嫌味なくらい、明るい笑顔で笑っていると。

 

 

「俺はただのポケモントレーナー、タイヨウ。みんなは、ダイって呼ぶぜ」

 

 

 まるで不器用な催促に、イグナは項垂れながら静かに口角を持ち上げた。やがて心地の良い疲労感から、眠りにつくように意識を手放した。

 イグナに寄り添うようにして大人しく丸まったヘルガーを尻目に、ダイはワースの方へと振り返った。

 

「どうする? 続けるなら、望むとこだぜ」

 

 拳を握り、それに合わせてジュカインも再び臨戦態勢になる。

 だが次の瞬間、ワースの取ったあまりの挙動にダイもジュカインも思わず面を喰らった。

 

「やめだ、降参」

「は……?」

 

 ワースはヤミラミをボールに戻すと、そのまま両手を上げたのだ。ダイはイグナが暴走する前の戦闘を忘れたわけではない。

 ダイ本人をして、一対一で未だに食らいつけるかどうかという基準の相手だ。それが今、戦わずして白旗を挙げている。

 

「言っとくが不意打ちを狙ってるとかじゃねえぞ。言ったろ、リスクは負わねぇって」

 

 そう言われても、はいそうですかと肩の力が抜けるわけではない。

 ダイの様子を見て、ワースは嘆息混じりに新たなタバコを吹かした。燻らせた煙の奥からダイを静かに射抜いていた。

 

「金勘定ばっかやってると、そいつ自身の価値ってのがうっすらと見えてくるんだよ。

 それはポケモンバトルの強さに限らず、情報戦が強かったり、フィジカルに秀でたりと様々だ。

 まぁ、一口に言っちまえば金と一緒だよ、必ずそいつにはそいつ自身の値がある、ってな」

 

 独特の語り口調で話を進めるワース。イマイチ彼の意図が読めず、ワース自身が交戦の意思無しと宣言したにも関わらずダイは警戒を解けずにいた。

 

「初めてユオンシティでお前を見たとき……まぁ、包み隠さず言えば捨て値野郎では無いと思った、だがそれだけだ」

「それじゃあ、今じゃあちょっとは評価が覆ったって思っていいのか?」

「あぁ、むしろ期待以上だったよ、お前は」

「だったら、何が言いたいんだよ?」

 

 刹那、口に咥えたタバコから吸殻が舞い落ちる。零れ落ちた灰が元に戻ることはもうない。

 

 

「じゃあ単刀直入に言うぜ、坊主」

 

 

 そしてワースは、まるで煙を吐くルーティンと共にその言葉を言い放った。

 

 

 

 

 

「────俺と、手を組まねえか?」

 

 

 

 

 

 怖いくらいの晴天だと思っていた空に雲が出て、僅かばかり影が差したような気がした。

 

 






【ハイパーボイス・カンタービレ】

タイプ:ノーマル
分類:特殊
威力:90
命中率:100

範囲:相手全体

効果:同じターン中に別のポケモンが続けて出すと、後で使った方の威力が2倍になる。


簡潔に言ってしまうと「りんしょう」の効果を持った「ハイパーボイス」です。



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VSメロエッタ かけがえのない(うた)

 ドタバタと階段を駆け上がるアルバとリエンとソラの三人。ジムリーダーに確保したバラル団員を預けると全員揃ってダイのいる屋上へ向かったのだった。

 しかしそもそもが廃ビルだったために、戦闘とは関係なくあちこちが老朽化しており階段が抜け落ちていたりしたがアルバは跳躍、ソラはチルタリスで飛翔、そしてリエンはミロカロスの【れいとうビーム】で即席の階段を作り上げて昇っていく。

 

 屋上へと繋がる扉は錆び切って押しても引いてもビクともしなかった。アルバが蹴破ろうとした瞬間、一足先に飛び出したリエンのラグラージが【アームハンマー】で扉を弾き飛ばした。

 爆音と共に空が視界に広がる。微かな焼け焦げた臭いと、広大な屋上に彼はいた。

 

「……ふん、もう時間か」

 

 同時に対峙しているバラル団の幹部ワースは短く吐き捨てると、摘んだ燃えカス同然であるタバコの吸殻を踏み潰す。

 駆け寄りざま、アルバとルカリオが【はどうだん】を放つも、現れたニドキングが受け止める。そのままニドキングはフェンスの一つをねじ切って隙間を作る。

 

「じゃあなオレンジ色、せいぜい考えといてくれや」

 

 そう言いながらワースはニドキングがねじ切ったフェンスの隙間から飛び降りた。慌てて四人がフェンス際に駆け寄った時、下から舞い上がったのは人一人が掴まるくらいならば難なく飛行が出来る程の大型ドローンだった。

 再度ルカリオが【はどうだん】を放とうとするが、それは不発に終わる。去り際に現れたワースの切り札ヤミラミに【いちゃもん】をつけられていたからだ。

 

 あっという間に街の外へと消えていくドローンを見送りながら、アルバが悔しさから膝を叩く。

 

「……なんとか、終わったな」

「うん、下っ端もジムリーダーやVANGUARDの仲間が抑えてくれたみたいだよ」

 

 リエンの言葉にダイがライブキャスターを確認、メッセージの欄を見れば"T×T"の二人から一般人に目立った負傷者は出ていないとのことだった。

 あれだけ激しい戦闘だったのに人的被害が出なかったのは僥倖と言えた。

 

「ダイ、何かあの幹部と話してたみたいだけど、何を話してたの?」

「くだらない勧誘(スカウト)だったよ、何考えてるんだかな……」

 

 肩を竦めて見せるダイにアルバもホッとする。側でずっとワースを警戒していたジュカインを労ってボールへ戻すと、ダイは伸びをしてソラの手を取った。

 

「戻ろうぜ、会場に。大トリが待ってんだろ?」

「……うん、楽しみにしてて」

 

 微笑みを浮かべて答えるソラ。ひとまずそこで一度別れ、ソラはチルタリスに乗って一足先に会場へ戻っていった。ダイは意識を失っているイグナを抱えるとウォーグルに掴まり地上へと降りた。

 すると下にはステラを始め、この戦いに参加していたジムリーダーやVANGUARDメンバーが揃っていた。ダイは手始めに戦闘中はぐれてしまっていたゾロアを手招き寄せると肩に乗せて労う。

 

「お久しぶりです、ダイくん。お怪我はありませんか?」

 

 人混みの中、前へ踏み出したのはPGのアストンだった。現場入りしていたとは聞いていたものの、祭りの最中は出会えなかったのだ。

 それこそ一ヶ月、前回のレニア決戦の時ぶりに再会したのもあってアストンはダイの身体の心配をしていた。

 

「あぁ、これ。逮捕したバラル団員。かなり消耗してるから、乱雑には扱わないでやってくれ」

「君がそういうのなら、徹底しましょう。アシュリー、車を回すよう手配してくれ」

 

 頷いたアシュリーが無線で配備されているPCへと指示を出す。絶氷鬼姫の命令とあらば数分でPCは現れるだろう。

 イグナを引き渡しようやく手持ち無沙汰になったダイはとんとん、とつま先で地面を叩くと続いて降り立ったアルバとリエンを顔を見合わせて頷き合う。

 

「じゃあ俺たち、特設ステージの方に戻るから! みんなも後で来てくれよ!」

 

 細やかな宣伝だけ済ますと三人はその場を後にしてプールエリアに向かって走り出した。

 三人とも楽しみにしていたのだ、再起したソラが作ったという自信作を。だから会場へ戻るその足取りは弾んでいた。

 

 

 

 

「街の人が殆ど来てるから、立ち見含めてパンパンだね……」

「加えて、俺は見知らぬおっちゃんにチケット譲っちまったし……」

 

 会場に戻った三人を出迎えていたのは、人の海。元からびっしり客席が埋まっていた上、ダイが火事をでっち上げて避難先にここを指定してからは立ち見客も倍増してこれ以上進みようが無いくらいに人口密度が高い。

 この場所からでもステージが見えないことはないが、それでも最全席を手放したのはそれなりに痛手だったと思うダイだった。アルバとリエンも、今から元いた客席に戻る頃にはライブは終わっているだろうなと悟った。

 

 さらに戦闘の最中、曲目は手順通りに進んでいたためもう間もなくエンディングが始まる。このライブの主催者たるフレイヤが再び壇上へ上がってくる。先程のステージでは傍らに置いていたエレキギターを肩から下げ、それが陽光を客席目掛けて跳ね返す。

 

「みんな、今日はありがとう! ちょっと街の方でもボヤがあったみたいだけど、怪我人がいなくてよかったよ!」

 

 フレイヤがMCで繋ぐ間、それまで登場していたアーティストたちが次々壇上へ現れる。それぞれのファンが黄色い歓声を送る中、最後にTry×Twiceの二人が現れた時、歓声は最高潮になる。

 ダイたちは改めてレンとサツキの人気を再認識した。始めからバラル団に手を染めずにアイドルを始めていれば変に思い悩むことも無かったはずだ。

 

 しかし逆にその経験が、バネのように彼らをここまで押し上げたのだと考えると決して悪いことだけではなかったようにも思うのだった。

 

「さて、名残惜しいけど……もう少しでお別れだよ」

 

 客席から漏れる「えー」という声、それにはフレイヤも、レンとサツキも苦笑いを隠せなかった。

 そうこう話している内、ステージ上の設営が終わったようだ。壇上のアーティストたちは頷き合い、上着を取り払った。

 

 その下に着込んでいた、今日だけの特別なTシャツが日の下に現れた。観客たちが今一度大歓声を浴びせる。

 

「それで、今から歌う曲は……一人の女の子が今日のために一生懸命書き上げてくれた、新曲です」

 

 ざわめきが伝播する。ダイは、アルバは、リエンは、その一人の女の子と知り合いなんだぞという密かな優越感に胸を膨らませた。

 ステージの中に現れる、キャストのポケモンたち。その中に入り交じる、一際目を引く迅雷──ゼラオラは遠く離れたその位置から、ダイの目を真っ直ぐ射抜いていた。

 

 その瞳に宿る光を見て、ダイが確信した。今から秘密裏に行われる、"リライブセレモニー"は成功すると。

 レンとサツキが手始めに音頭を取り、手拍子を始める。それが会場にいるファンに伝播していき、巨大な音の渦が生まれる。

 

「それでね、考えたんだ。このステージはアタシたちだけじゃなくて、みんなで作り上げてやっと成功するんだって」

 

 フレイヤが言った。そうして舞台袖に視線を向ける。そして勢いよくその場から飛び出すと舞台袖から、成功を見守っていたソラを引っ張り出してきた。

 等のソラはというとまさかステージ上に引っ張り出されるとは思ってなかったのだろう、顔が完全に強張っていた。

 

「ソラ、ステージには立てないって言ってたけど、やっぱアタシは一緒に歌いたい」

 

「フレイヤ……でも」

 

「賛成の人────────────ッッ!!!」

 

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 

 

 会場を煽るフレイヤ、祭りを前にして誰も野暮はしない。ダイたち三人も周囲に敗けないよう声を張り上げた。

 

 

「この曲も詞も、誰よりソラが一番理解してるんだよ。だから、歌ってあげて。この場所で」

 

 マイクを介さず、耳朶に直接訴えかけるフレイヤの音。それがソラの心を穿つ。

 瞳が放つ最大音量のフレイヤの心。それはスピーカーのボリュームを徐々に開けていくように、ソラの内側へ響いていく。

 

 サツキが駆け寄り、自分のマイクをソラに手渡す。そのマイクは既に電源が入っている。震える喉にそれを近づける。

 

 

「……この歌は、私がどうしようもなく哀しい気持ちになった時、支えてくれた人たちを想った歌です……」

 

 

 込めた想いを吐露するソラ。会場のボルテージは静かに、だか確実に上がっていく。

 ここにいる観客の大半はレニアシティ出身だ、そしてラジエスやペガス、リザイナから遠征してきている者も多い。

 そしてそのラフエル三大都市は、かつて悲しみの渦となったネイヴュシティからの移転民も多い。

 

 だからこそ、ソラの言う「どうしようもなく哀しい気持ち」というのがすぐさま思い浮かぶのだ。

 

 

「私は"雪解けの日"に大事な人を失くしました。ここにいる人の中にもそういう悲しみを背負った人が、いると思う」

 

 

 ぽろり、小さな涙がソラの頬を伝う。今までの自分ならここで言葉を紡ぐのをやめてしまったとソラは思った。

 しかし今日、白昼夢のようだが、確かに見たのだ。以前と同じように笑う(ハンク)(チェルシー)を。

 

 空に掛かる虹が、自分を見守っている。そう思った時、ソラの喉を凍らせていた氷は春の訪れのように溶けてなくなってしまった。

 

 

「思い出させたなら、ごめんなさい。でもこれだけは言える。人は必ず前を向いて歩いていける」

 

 

 どんなに苦しくても。どんなに膝を折っても。

 ソラは思い出す。彼の笑顔を。彼らの暖かさを。引っ張ってくれる手の力強さを。

 

 

「だからこの歌を届けたい。みんなが辛い時、この歌を思い出して笑ってほしい。泣いてもいい、それでも最後には笑っていて」

 

 

 ぎゅっと隣にいるフレイヤの手を握りしめる。まるでオウム返しのように、力強く返ってくる。

 

 

「────"かけがえのない(うた)"」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

もしも暗闇が君を包んでも 私が君の瞳になる

もしも哀しみで言葉なくしても 私が詩にして伝えるから

 

 

 それは衝撃だった。ソラが歌ってるところは何度だって見たことがあった。

 だけどソラが自分の思いを込めた曲は初めてだ。

 

「なんていうか、真っ直ぐだ」

 

 率直な感想はそれだった。良い意味で、歌詞に捻りがなくて。

 ただまっすぐに、思いの丈をこの歌に込めたのが分かる。

 

「ステージのポケモンたちも、気持ちよさそうだよ」

 

 アルバが言う。その通りだった、サツキのルンパッパや、レンのエイパム。その他ステージに上がっているポケモンたちが心から楽しそうなのが分かる。

 そしてそれはゼラオラに伝わる。隣のポケモンの身振り手振りを真似していたゼラオラの動きが、だんだんと大きくなっていく。

 

 

気がつけばいつも 無邪気な笑顔で

辛い時に そっと支えてくれたのは君で

 

 

 ちょうど曲がサビに入ろうか、というタイミングだった。全身鳥肌が立つみたいな、そんな感覚。

 ステージの上に掛かる、虹の橋。照明器具の演出かと思ったけど違った。アルバと顔を見合わせて、確信した。

 

 あれは間違いなくReオーラだ。そしてそれはソラと、その傍らにいるフレイヤさん。

 そしていつの間にかソラの肩の上に座っていた幻のポケモン、"メロエッタ"の歌声が合わさって起きている現象だった。

 

 

そばにいて そばにいて そばにいて

たった一人の君

代わりなんていないから

 

 

 虹の奔流は客席にも届いて、キラキラと空間そのものを輝かせる。

 スピーカーを通さなくてもステージの上の、メインボーカル二人の声が届いてくる。

 

 いや、声だけじゃない。強く、ソラがこの歌に込めた感情が身体の芯に響いた。

 

 

信じて 信じて 信じて

たった一つのメッセージ

どんなに離れても 届ける I'll be there for you────

 

 

 聴いてるこっちが照れくさくなるほどの、ありったけのありがとうが込められてて。

 その感情の渦は、虹の中にいるゼラオラの心の扉を遂に開いた。

 

 微かに見えたゼラオラの瘴気。その残り滓がゼラオラの身体から放たれ、虹の中に消えていく。

 今のでリライブが完全に成功したことを感じた。虹を通してゼラオラの、今まで封じられていた感情のようなものが伝わってきたからだ。

 

 興奮も束の間、ソラが魂を込めた一曲もそろそろ終わってしまう。

 昼間の戦闘はあれだけ長引いて感じたのに、楽しい時間はあっという間だった。

 

「アタシ、今日のライブを絶対に忘れないよ。今日より激しかったり、楽しいライブは今までもあったけれど……こんなに暖かい気持ちに、優しくて、嬉しいライブはきっとこれから出会えるか分からないから」

 

 フレイヤさんが言う。激しいパフォーマンスでも無かったけれど、彼女の額には達成感を示すような玉の汗が浮かんでいた。それはT×Tの二人も同じだ。

 誰もが笑顔で、ステージを見上げている。アンコール代わりに観客が送る、ペンライトの波。それに合わせて、ゼラオラが手を振っている。

 

「私も……今日、ここで歌えてよかった。フレイヤのおかげ」

 

 ソラが言う。フレイヤさんほどじゃないけれど、ソラも顔がやや赤い。夕日のせい、というわけじゃなさそうだ。

 一足先にソラがステージを降りる。俺たちは人混みを縫うようにして、舞台裏の方に向かうことにした。

 

「おつかれ、ソラ」

 

 舞台裏、ステージの裏の階段でソラは座り込んでいた。駆けつけざまに一言労うと、ソラは小さく頷いた。

 立ち上がろうとするソラだったけど、俺たちが先周りして階段や機材が入っていた箱に腰を下ろす。

 

「どう、だった……?」

「すっげー良かった! アルバもリエンも、そう思うだろ?」

 

 言葉にすると思いの外興奮してる自分に気づいた。二人もそう思っていたらしく、しきりに首を縦に振っていた。

 それを聞けて安心したのか、ソラはホッと胸を撫で下ろした。

 

「良かった……みんな、待っててくれて、助けてくれて、ありがとう」

 

 歌に込められていたのと同じ、様々なものが重なって出来上がった大きなありがとう。

 それをソラから受け取って、俺は胸が熱くなるのを感じた。

 

「どういたしまして! こちらこそ着いてきてくれてありがとう!」

「どういうお礼なの、それは」

 

 歯を見せて笑うアルバに、苦笑いで突っ込むリエン。

 久しぶりに四人で、何気ないことで笑った。あまりに濃すぎる一ヶ月、ずっとコスモスさんと一緒にいて気を張り詰めていたからか。

 

 このメンバーで集まっているのが、とても落ち着く。下手すれば大欠伸しそうなほどには。

 

「しかし、忙しい一日だったなぁ……なんか、疲れた」

 

 呟いてごろん、と大の字に寝転がるのを咎める奴はいない。アルバもリエンもソラも各々が疲労の色を見せていた。

 思えば今まではやばいところで誰かの助けを経て、ギリギリで戦ってきた。だけど今日は俺たちだけで窮地を乗り越えたんだ、そりゃ疲れもするか。

 

「La──」

 

 その時だ、小さくソラが喉を震わせた。声なのにまるで楽器みたいな歌声が、やがてユニゾンする。

 顔を上げるとステージの方向からふわりとやってくるのは昼間もこうやって見上げた幻のポケモン、メロエッタ。

 メロエッタはさっきのステージと同じようにソラの肩へやってくると楽しそうに微笑んだ。

 

「……うん、分かった」

 

 歌声を聴いたソラが頷いた。どうやら、ソラ特有の不思議ちゃんも健在みたいだ。

 ソラは鞄を弄り、中から空のモンスターボールを取り出すと開閉スイッチを押し込んで手のひらにボールを乗せた。

 ハイタッチを交わすように、メロエッタが開閉スイッチに触れる。瞬間、光となってモンスターボールへと吸い込まれていったメロエッタ、モンスターボールは揺れること無く捕獲完了のカチリ、という音を響かせた。

 

「これからもよろしくね」

 

 いつかに見た、子供の頃のソラの笑顔。それと全く同じ屈託のない笑みをメロエッタと交わすソラを見て、心が跳ねるのを感じた。不整脈かな……キセキシンカを使った影響かもしれないし、カイドウに連絡するか。

 メロエッタが再びボールの外に現れるタイミングで、ステージの骨組みからゼラオラが降りてきた。エンディングまでしっかりステージを楽しんできたみたいだ。

 

「ゼラッ!」

 

 俺の目の前にやってくると、ゼラオラが俺を僅かに見上げる。瞳の輝きは、闇の呪縛から完全に解放された証。

 ポケモン図鑑を取り出すとゼラオラが思い出した技の一覧が表示される。今までは使える技を出してもらって、それを記憶することで対処していたけれど、これで詳細な作戦を立てることが出来るようになった。

 

 と、そう決めつける前にやるべきことがあったな。

 

「ゼラオラ、お前は俺と来るか?」

 

 ダークポケモンにされる時、きっとこいつは人間に嫌な目に遭わされたはずだ。

 心の扉を完全に開いて、感情を取り戻したゼラオラには選ぶ権利がある。人間の側にいるのが嫌だ、というなら野生に戻ればいい。こいつがそう選んだなら俺は引き止めたりはしない。

 

 ゼラオラと俺を繋いでいるモンスターボールを取り出し、こいつの前に差し出そうとした瞬間。

 バチバチとスパーク音を放つ拳が俺の胸を小突いた。小突く、と言ってもポケモンが放つ【かみなりパンチ】だ。

 

 俺はというと全く予期していないこともあってゴロゴロ転がって機材の箱に空と地面が逆さまになった状態でぶつかった。

 それなりに痛てぇ……

 

「今のは僕でも分かった」

「私がゼラオラでも、殴るかな~」

 

 リエンに殴るなんて言われちゃ、こっちが十、あっちが零で俺が悪いのが分かる。俺なりに、ゼラオラに配慮したつもりだけどそれがまずかったのか。

 身体を起こしてゼラオラと対峙する。今度は俺がこいつを見上げる番だった。

 

「…………ゼラ」

「ダイと一緒に行きたい、そう言ってるよ」

 

 ソラの補足と共に、ゼラオラの手が差し出された。見ればどこか気恥ずかしげに目を逸している。

 あぁ、そういえば知らなかったな。お前、"さみしがり"な性格だったんだ。だから「一緒に行きたい」なんだな。

 

「一緒に行こうぜ、お前も」

「ゼラ!」

 

 差し出された手を掴んで立ち上がる。その返事はきっとこいつの望んだもので、ゼラオラは屈託無く笑顔を浮かべる。

 正直、俺なんかが幻のポケモンと絆を結んでもいいものか、とは思う。だけど俺はトレーナーで、こいつはポケモン。そしてポケモンが望んだなら、トレーナーは応えるだけだ。

 

 

「──こちらでしたか」

 

 

 その時だ、俺たちに向かって放たれた男の声。見ればアストンとアシュリーさんだった。どうやらイグナたちの押送は無事他のPGに引き継ぎ出来たらしい。

 

「ある方が皆さんとどうしてもお話がしたい、とのことでして。少々、お時間頂けますでしょうか」

「構わないけど、いったい誰なんだ?」

 

 俺たち四人と話がしたい、と言う人物はアストンの後ろからアシュリーさんにエスコートされてきた。天下のハイパーボールクラスがまるでSPだ。

 だけどそれもそのはずだった。というのも、その人物が胸元に付けているバッジは以前見たことがある、ペガスシティのエンブレムだった。

 

「やぁ、君たちがバラル団を撃退したというVANGUARDの若き精鋭たちですね?」

 

 やや興奮気味にその男は言った。アストンに似た、地毛特有の輝きを放つ金髪。

 歳は三十代半ば、って感じの若さと大人の魅力を半々にした壮年という言葉が似合いそうな、それでいてどこかで冷たさをも感じさせるミステリアスガイ。

 

 初対面で、そういった印象を受けた。

 

「初めまして、私の名前はフリック。ペガスシティの代表をさせてもらっている者だ」

 

 彼──フリックさんが名乗ると、俺以外の全員が目を見開いた。普段は他人には全くと言ってもいいほど興味を抱かないソラでさえもだ。俺だけアウェーだった、久しぶりだこの感じ。

 俺が首を傾げていると、アルバが小さく補足してくれる。

 

「彼はペガスシティの市長さん。雪解けの日で住む家が無くなった人たちの殆どはペガスシティに移り住んだんだけど、フリックさんが移民受け入れ体制を真っ先に整えてくれたからなんだ。住むところの他にも、新しい仕事先や精神療養まで手厚くやってくれてるから、人気も高いんだ」

 

 なるほど、だからソラもフリックさんのことを知ってたんだな。リザイナシティに移り住んだソラでさえ知ってる、ってことはフリックさんの善意はラフエル中に届いてるんだろう。

 

「ひとまずは市民を代表してお礼を言わせてほしい。バラル団の襲撃があったのにも関わらず人的被害がなかったのはひとえにジムリーダーや君たちのおかげだ、ありがとう!」

 

「俺たちはやるべきことをやっただけですって」

 

「それでもだ。その若さで、巨悪と立ち向かうには勇気がいることだろう。私はそれを讃えたい」

 

 改めて言われると、なんだかむず痒くなってしまう。照れ隠しに頬を指で撫でるしかできない。

 見ればアルバも同じくらいデレデレした顔をしていた。リエンとソラは俺たちほど顔に出ていないけど、そわそわした感じからして少し浮足立っている気がする。

 

「さらに、先程の唄。人々は命だけ助かったら良いというものではない。もちろん私も福祉に力を注いでいるが、やはり人の心を救うにはああいった、魂の篭もった何かが必要なんだ」

 

 フリックさんはソラを真っ直ぐ見つめてそう言った。魂の篭もった、俺たちみたいな友達贔屓を抜きにしても、ソラの歌がそう思ってもらえる。それがなんだか無性に嬉しい。

 

「私はこれからも君には人々の前に立って歌っていてほしいと思う。そのための支援は惜しまないよ、どうだろうかミス・コングラツィア」

 

 これはつまり、引き抜きか? 

 フリックさんは傷ついた人たちの心を救うために、ソラに歌ってほしいと思ってる。ソラは人の痛みが分かるから、それに寄り添った歌が唄える。

 だからこれはソラにとっても、悪くない話なんじゃないか? 

 

「──それはアタシも思うな」

 

 その時だ、ようやくステージが幕を下ろしたのかフレイヤさんやTry×Twiceの二人が現れた。三人ともやり切った、という顔をしている。

 フレイヤさんはソラに向き直った。この一ヶ月、俺がコスモスさんとずっと一緒にいたように。ソラの側にい続けてくれたのはこの人だ、きっとソラのことを俺たちと同じくらい知ってくれている。

 

「祭の前にも言ったよね、ソラには才能がある。それは努力しても手に入れられない人がいる類の、そういう才能」

 

 SNS上で見る陽気なフレイヤさんとはまるで別人の、アーティストとしての顔だった。いつでも全力でストイックな顔を覗かせる『Frey@』としての言葉のように思えた。

 ソラの実力は、レンやサツキも認めるところのようで、二人もまた神妙な顔でソラを見つめていた。

 

「ソラの才能の音を、響かせたくはない?」

 

 差し出される手、ソラはフレイヤさんとフリックさんの顔を交互に見つめ、差し出された白い手をジッと見る。

 なんだかんだ言って、俺もソラの不思議ちゃんが伝染ったかもしれない。だって今、ソラが悩みに悩んでるのが分かるから。

 

 こういう時、どうしたらいいんだろう。背中を押すのが、正解なんだろうか。アルバとリエンに視線を向けると、首を横に振られた。二人にもお見通しみたいだった。

 数分にも思えるソラの逡巡、やがてソラはフレイヤさんの手から俺の方へ視線を移し、近づいてきた。

 

「ダイ」

「……おう」

 

 静かに名前を呼ばれた。プレッシャーのようなものを感じて、思わず返事が遅れる。

 

「ちょっとだけ、手握ってもいい?」

「手を? いいけど……」

 

 ソラの手を取った。その時、触れたソラの手は細くて、柔らかくて、同じ人間でもこんなに違うんだってことが伝わる。

 きゅっと小さく力が込められた。俺も同じくらいの力で握り返す。静かな空気だけが俺たちの間に流れた。

 

 閉幕に従って、祭に戻る観客たちの遠い声だけが聞こえてくる。ただただ心地良い静かな音だけが満ちていた。

 いつまで続くのか、なんて思った瞬間だった。ソラがリズミカルに、きゅっきゅっと力を込めてきた。顔を見ると、ソラは何か返事を待ってるように思えて、同じリズムで力を込める。

 

「楽しいのか、これ」

「うん、とても楽しいよ」

「そっか、じゃあ続けるか……」

 

 周囲の目があるからか、たかだか握手なのにとても恥ずかしい気がしてきた。

 手を繋いだまま、ソラが深呼吸する。そして息を吐ききると、ソラは手を離した。最後は弱々しく、まるで別れを惜しむかのような手だったと思う。

 

「アルバとリエンも、良い?」

「もちろん!」

「いいよ」

 

 次にソラはアルバとリエンにも同じことをしに行く。右手でリエンの、左手でアルバの手をそれぞれとってまた同じように、三人の中で独特の空気が生まれる。

 先に一人で握手を済ませたせいか、若干俺だけ仲間外れ感が出てしまっている。

 

 同じくらいの時間が経って、ソラが二人の手を離した。どうやら決心はついたらしい。

 俺の手には、離れていくソラの手の感覚が未だに残っていた。それを振り払うように右手を強く握り締めた。

 

 

「──フレイヤ、ありがとう。市長も、とても嬉しい。だけど、私はみんなと行く」

 

 

 握り締めた手に、熱が篭もった。思わず、素っ頓狂な声を上げそうになった。見れば、アルバとリエンの二人も、ソラのこの決断は予想外だったらしい。

 

「私が今唄えるのは、みんながいてくれるから。

 だから、旅をしながら傷ついた人に寄り添う歌を唄っていきたい」

 

 それを聞いてフレイヤさんは微笑んだ。フリックさんも小さく肩を竦め「敗けたな」と呟いた。

 

「それに、私がいないとみんな寂しがる。特に、ダイとか」

「特に俺かよ」

「ちゃんと伝わってきたから」

 

 今の握手は心理テストかなんかだったのか、ソラの奴意外と小狡いぞ。

 でも確かに、今更三人の旅に戻れって言われてもなんだか物足りないかもしれないな。

 

「みんなと一緒なら出来る気がするから。歌で、音で、誰かを元気に」

 

 そうソラが締め括る。それに対し、これ以上議論の余地もなくて。

 

「……フラれちゃったなー! うん、残念!」

 

 全然そうは見えないけれど、フレイヤさんが両手をあげて降参のポーズを取った。

 それにしても、ソラがこうもハッキリ物を言う時が来るなんて思ってなかった。

 

 誰かを元気にしたい、目標をしっかりと言葉にしたソラがなんだか少し、ほんの少しだけかっこよく見えた。

 さっぱりと諦めたのか、フレイヤさんは手を下ろすとソラから俺に向き直った。明るめの瞳が俺の目を真っ直ぐ射抜いてきて、思わず吃りそうになってしまう。

 

「さてと、改めまして。フレイヤです、よろしく!」

 

 開演前に一度挨拶をしたというのにフレイヤさんはそう言って俺に手を差し出してくる。同じように挨拶し返し、手を取る。

 

「ありがとう、フレイヤさんたちのおかげでゼラオラを元に戻してやれた」

「ううん、困ってるのが人でもポケモンでも、放っておけないもんね。それに他でもない、アサツキからのお願いだったし」

 

 彼女に取り次いでくれたアサツキさんの顔を思い出す。俺のような一般人が彼女みたいな一流アーティストにアポが取れたのも、ひとえにアサツキさんの助力があってこそだ。

 俺の隣に立っていたゼラオラを見て、フレイヤさんは目線を合わせた。

 

「これからは、いろんなものに触れて、いろんなことを考えて、楽しく生きていくんだよ。そうしていつか君が大事な宝物でいっぱいになった時、最初に感動したのが今日のステージだったなら、アタシは嬉しいな!」

 

 ワシャワシャと力強くゼラオラの頭を撫でる。以前のゼラオラなら警戒していただろうけど、今はもう違う。暖かい手のひらの感触に心地良さそうに目を細めている。

 その時、ブーと短くバイブレーションの音がする。見れば、レンの端末だった。

 

「フレイヤ、そろそろ打ち上げ始まるってよ。俺たちも急がないと」

「もうそんな時間!? それじゃボーイズ、並びにガールズ! またどこかで会おうね! バイバーイ!」

 

 サインを貰う暇も無く、フレイヤさんとレン、サツキが走り去る。T×Tはともかく、フレイヤさんのサインは何が何でも貰っておくべきだった……

 なんてくだらないことで肩を落としているとフリックさんが腕時計を確認する。

 

「私もそろそろお暇しなければならないのだが、待ち合わせをしている連れがなかなかやってこなくてね。ハイパーボールクラスを二人も無駄に侍らせてしまってすまないね」

「お気になさらず、市長」

 

 困り眉で言うフリックさんに柔和な笑みでアストンが返す。一方隣にいるアシュリーさんからは「早く帰りたい」という感情が見て取れた、口には出さないけれど。

 バラル団との戦闘があった後だし、当然事後処理や関係する書類のチェックなど、発生した仕事は山積みのはずだ。そうでなくても、VANGUARDの構成員が動いたということで監督責任が生まれるんだから大変だ。

 

 フリックさんが腕時計を眺めているとその時、不意にコツコツとコンクリートの上を革靴が跳ねる音がした。

 その人物を見てフリックさんが顔を綻ばせる。「ようやく来たな」と呟く彼の声音には、待ちかねたという色が見えた。

 

「すまない、道行く人の波に逆らっていたものだからね」

 

 ただ、その声を俺は聞いたことがある。それはアルバもリエンもだ。

 なぜなら、俺とアルバとリエンが持っている"ジュカインナイト"を始めとするメガストーンは、この人から受け取ったんだから。

 

 

「──随分と久しぶりだね、ダイくん。以前よりも、見違えるようだよ」

 

 

 モタナタウンを北上してすぐ、地元民が滅多なことでは近づかない意味深な"神隠しの洞窟"。

 そこで出会った、ディーノさんが俺の目の前に立っていた。

 

 



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VSデンリュウ 大事な落とし物

「ディーノさん……!」

 

 ずっと前に、モタナタウン近くの"神隠しの洞窟"で出会った石の収集人(ストーンゲッター)、ディーノ・プラハさん。

 まさかここで再会するとは思わなくて、俺もリエンも思わず言葉を失った。アルバに関しては絡みが薄かったからか「誰だったっけ」という顔をしている。"ルカリオナイト"を貰っておいてなかなかふてぶてしい奴だ。

 

「市長さんの知り合いって、ディーノさんだったんだ」

「旧知の仲でね、彼を知っているとはこちらも驚いた。珍しい石を求めて東奔西走の賜物、ということかな」

 

 フリックさんも苦笑を浮かべるくらい、ディーノさんの放浪癖はすごいらしい。まぁ確かに、石を探して曰く付きの洞窟に攻め入るくらいだからな……生粋の石マニアだろう。

 

「だが、彼をそこらの"石の収集人"と一緒にしてはいけないよ。なんていっても、彼はリザイナシティに居を構える"ラフエル考古博物館"の館長だからね」

「館長!? そんなフットワークが軽いのに……!?」

「驚きだろう? 彼も私と同じ三五歳だと言うのにまるでいつまでも少年のよう……おっと、歳がバレてしまったね」

 

 そんなこと一言も聞かされてなかったから、オーバーリアクションを取ってしまった。俺の中で化石博物館の館長といったら来館者に展示物の説明を延々早口で行ってる人、というイメージがあったからだ。

 茶目っ気を出すフリックさん、なるほど言われてみれば三五歳と言った風に見える。まだまだ二十代でも通じそうだけど……似たタイプの金髪もあってかアストンと並ばれるとギリギリ兄弟に見えなくもない。

 

 ディーノさんについての新しい情報に目を回しそうになっていると、彼の方から口を開いた。

 

「驚いたな、以前よりも顔つきが精悍になったかな。あれからまだそんなに経っていないのに」

「へへ、どうも。ディーノさんはあれから石、集まりましたか?」

「あぁそうなんだ! 聞いてくれたまえ! この大陸とネイヴュシティとを繋ぐ大海"フローゼス・オーシャン"、そこの流氷からほら!」

 

 石の話になると途端に饒舌になるな、この人! 子供みたいな目で鞄の中身を見せてくれる。

 ディーノさんの手のひらには、透き通った水色の石。リエンがお父さんから貰っていた"みずのいし"よりも淡い色だ。差し出されたそれに触れてみると、手が凍ってしまうかもと思うほどに冷たい。

 

「"こおりのいし"……」

「すごいだろう? これがそこら中にゴロゴロ転がっていたし、極めつけはこれだよ!」

 

 そう言ってディーノさんが取り出したのは、半透明の溶けない氷と岩に包まれた"なにかの破片"。

 じっくり見てもいまいちピンとこなかったけれど、リエンはすかさずポケモン図鑑を取り出すとそれを読み取る。暫くのスキャニングの後、ポケモン図鑑が答えを吐き出した。

 

「"ヒレのカセキ"……?」

「およそ1億年前にこの地球上に生息したというポケモンの化石が見つかってね! 他にもいろんなものも見つけたんだが……」

 

 一息に語り尽くしてからディーノさんはリエンにそのヒレのカセキを差し出した。当のリエンはというと、ぽかんとしてしまっていた。

 

「い、いやいや……受け取れないです」

「気にしないでくれ、ヒレのカセキ自体ならば既に当館に展示済みでね。このままでは僕のコレクション行きなんだ。どうせならば今を生きるトレーナーの元へ渡った方が有意義かと思ってね」

 

 そう言われて尚、リエンの表情はどこか困っているように見えた。まぁ確かに化石を貰ってもしょうがない、ような気がする。

 ところがその考えは簡単にひっくり返された。

 

「安心してくれ、当館では化石の復元についても研究を重ねている。きっとこの化石から、かのツンドラポケモンを復元することも出来るはずだ」

「ツンドラポケモン……」

 

 リエンは何か考え込む仕草をしてから「あっ」と小さく声をあげた。何か思い出したんだろうか? 

 

「グレイさん……チャンピオンが使っていたポケモン、それと対を成すポケモンが確か"ツンドラポケモン"に分類されてた気がする」

「"ガチゴラス"か……その通り、アゴのカセキから復元出来る暴君ポケモンだね」

「……やっぱり貰ってもいいですか、その化石」

 

 素直か。すっかり考えを改めたリエンにディーノさんは快く化石を手渡した。化石の復元にはリザイナシティにある博物館を尋ねる必要があるけど、どの道近い内またカイドウに診てもらう機会があるからその時並行して行えばいいはずだ。ついでにアルバも診てもらおう、アルバも今日の戦いでキセキシンカを発現させたのは俺にも分かっている。

 

「それにしても……やはり、見違えるようだよ。特にダイくん」

「俺、ですか……?」

「以前の君は、降りかかる火の粉を振り払うだけで精一杯という印象を受けた。ところが今は違う、立ち向かう意思を強く感じる」

「そんなに、分かるもんですか?」

「分かるとも。なにせ私は()()を見るのが得意なのだからね」

 

 駄洒落だと気づくのにだいぶ時間を要してしまった。ディーノさんがそういうことを言うなんて思ってなかったからだ。

 

「だからこれは、私から君への餞別だ。どうか受け取ってくれないだろうか」

 

 どうやら俺も何かを貰えるみたいだった。しかしそれはディーノさんが持ってそうな石や化石とは違うものだった。

 長方形の箱に入った何か、包装されていて中身は分からないけどディーノさんがくれるってことはやっぱり珍しい石か何かかな。

 

「以前はあまり喋ったことが無かったね、アルバくん。だが君も随分と手持ちが潤沢になってきたようだ」

「はい! みんな、出ておいで」

 

 アルバが今のメンバーをディーノさんに披露する。あの時はルカリオ一匹だったアルバの手持ちも今はブースター、ジュナイパー、デンリュウを加えてタイプバランスも良くなっていた。

 特にディーノさんが興味を示したのはデンリュウだった、じっくりと観察している。デンリュウはというと"おとなしい性格"だからか、若干気が引けてしまっていた。

 

「……良いデンリュウだ、君と出会ってそう日は経っていないが既に君を信頼していると見える。ダイくんの影響かな、私も旅先でいろんなポケモンを見続けてきたからね」

 

 褒められたことが嬉しかったからか、デンリュウは顔を綻ばせている。確かにゼロ距離で敵の攻撃を受け止めての【でんじほう】なんて無鉄砲、トレーナーを信頼してなければ出来ない芸当だ。

 ディーノさんは鞄のミニポケットを探り、目的の物を見つけるとそれをアルバに手渡した。小さな正方形のショーケースに入ったそれはまたしてもメガストーンだった。

 

「"デンリュウナイト"、最近発見されたデンリュウをメガシンカさせることの出来るアイテムだ。君とデンリュウの絆であればきっと可能なはずだ」

「わぁ、ありがとうございます! 大事にします!」

「それとダイくんに渡したのとほぼ同じもので恐縮だが、これを」

 

 アルバもまた俺と同じ長方形の小箱をディーノさんから受け取った。中身が気になるけど、今ここで包装を解くのはなんだかがめつい印象を与えてしまいそうだから気が引ける。

 後で宿に戻ってから開封……って、あぁそうだ。

 

「そういえば今晩どうしようか、ホテルは多分もういっぱいいっぱいだぜ」

「……ポケモンセンターの屋根、吹っ飛ばしちゃった」

 

 そう、トレーナーの生命線であるポケモンセンターの屋根はソラが文字通り吹き飛ばしちゃったんだ。

 部屋が残ってても屋根が無いのではほぼ野宿みたいなものだ。どうしたものか、今からラジエスに戻る頃にはとっくに日が暮れてないだろうか、戻ってもホテルが取れるかは怪しい。

 

「それならさ、サンビエタウンの方ならどうかな」

「サンビエもサンビエで、混んでるとは思うけどな……」

「そこは、ほら」

 

 そう言ってリエンはエプロンの裾を直す仕草をする。その顔はなんとも悪戯っぽくて、良い意味で彼女らしくなかった。

 サンビエタウンの数少ない知人、シーヴさんのことだろう。厄介になるのは気が引けるけど、どのみちこのままでは野宿まっしぐらだ。

 ラジエスシティに向かうよりかは、このまま下山すれば済むサンビエタウンの方が気楽ではあるが……

 

 

「──そういうことなら、おれんちに来ればいいよ!」

 

 

 突然後ろから声を掛けられた。見ると、ちょっと服の煤けたカエンが立っていた。目立った外傷は無いみたいだけどバラル団との壮絶な戦いがあった後だ。俺たちだって服に綻びの一つ二つは出来ている。

 

「カエン、大丈夫か?」

「あ、これ? みんなを助けようと飛び出しそうになって、リザードンに止められた時についちゃったんだ。このままだとかーちゃんに怒られるから、内緒だぞ!」

「リザードンにかよ、でも確かカエンはステラさんが連れてきていた子供たちをジムで守ってくれたんだったな」

「そーそー! 誰も怪我してないよ、今はもうステラねーちゃんがついてるから安心だよね」

 

 ニカッと破顔するカエン、確かに英雄の民ともなればデカい家を持ってて、俺たち四人を一晩泊めるくらいならわけないだろう。

 

「集合、どうする?」

「せっかくこう言ってくれてるし、いいんじゃないかな?」

「私もみんながいいなら構わないよ。シーヴさんには、また別の機会に会いに行けばいいし」

「クタクタ、もう歩けない」

 

 ソラは特に疲れてるだろうな。俺たちよりも1ラウンド多く戦った上、多人数を相手にしていた。その後にはあんだけ大きなステージで歌まで唄ったわけだから。

 彼女の体力も考えれば、カエンの家に厄介になるのが一番だろう。

 

「自分で言うのもなんだけど、今日の俺たち四人MVPだろ。ちょっとくらい厚かましいくらいがちょうどいいんじゃないか?」

「本当に自分で言うことじゃないね……でもまぁ、そう思うけど」

 

 思うんかい。ひと月会わないうちに、なんだかリエンの雰囲気が変わったのを感じる。イリスさんと、チャンピオンの影響なんだろうか。

 ともかく満場一致、俺たちはカエンの家に向かうことに決めた。

 

「それじゃディーノさん、市長さん。俺たちはこれで」

「あぁ、リザイナに立ち寄った際はぜひとも化石を見に来てくれたまえよ」

「そうします!」

 

 リエンの化石復元も兼ねて、と付け加えて俺たちはディーノさん、フリックさんと手袋越しの短い握手を交わす。

 無言で会釈するアストンに連れられてVIP二人は俺たちと反対の方向へと歩き出した。

 

「あー、お腹空いた」

「私も。今日は朝しか食べてないからかな」

 

 言われてみれば祭に出ていた美味そうな出し物にも手を付けられていない。そう思うとレニア復興祭の一日目を棒に振った気がして滅入る。

 するとカエンが破顔しながら言った。

 

「だいじょーぶ! かーちゃんが飯いっぱい作ってるはずだから、ダイにーちゃんたちが来てもきっと食べきれないよ!」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「よぉ、おかえりカエン……あぐあぐ」

「お邪魔しています……ずず」

「遅かったですね……おやアルバくんたちも一緒でしたか」

「すみません、子供たちまでご厄介になってしまって……あ、おかわりですね!」

「ママさん、オレも手伝います」

 

 レニアジムの後ろ、山の斜面を少し下ったところにその屋敷はあった。以前行ったコスモスさんの家をカロス式の豪邸や館と呼ぶなら、カエンの家はカントーやジョウト、東の方のお屋敷という言葉がぴったりだった。

 夕食時の食卓スペースに人の姿はなく、普段はあまり使われないという畳敷きの巨大な居間ではざっと数えても十人近くの人間がおおよそ一晩で食べ切れるのか心配になる食べ物と戦っていた。

 

 ガツガツと食の作法など知るか、とばかりに肉を頬張るランタナさん。目の前には茶色の揚げ物ばかりが並んでいる、男の人って感じだ。

 

 対照的に、姿勢から食べ方までエレガントなコスモスさん。ただし目の前の皿には、この一ヶ月で覚えた彼女の食事量を遥かに超える量の肉、野菜、スープ。

 

 既に食べる分は食べたのか、縁側でお茶を片手に暮れゆく空を眺めているのはサザンカさん。

 

 ゲストのはずなのに、カエンのお母さんの手伝いから連れてきた子供たちの世話まで忙しないのはステラさん。自分が食べる暇も無いが彼女らしいというか。

 

 その時、テーブルに追加の料理が現れる。カエンのお母さんとアサツキさんが料理を運んできたのだ。今でさえテーブルの上には食べ物がズラッとしているんだが……

 

 他のジムリーダーは見当たらなかった。カイドウはそもそもレニアシティに入っていないし、ユキナリさんは多分今日の事件の事後処理で今頃走り回ってるはずだ。

 俺たちはとりあえず奥の空いてるテーブルにつくことにした。見れば俺たちはみんな、餌を前にお預けを食らったポケモンみたいな顔していた。普段感情の起伏に乏しいソラでさえ密かに目を輝かせていた。

 

「それじゃあ……」

「「「いただきます!」」」

 

 手を合わせてから料理に手を付ける。一口目で口に飛び込んできた刺激的な味が今日一日という激闘を讃えてくれているかのようで、なんだか涙が出そうだった。

 

「美味い! 美味すぎる……!」

「こんな美味しいもの、僕食べたことないよ……!」

 

 手が止まらない……空腹も相まって、今の俺は誰にも止められない……! 

 その時、目の前に置かれたのはお刺身。その肉の照り、ツヤに見覚えがあった。微かに潮風に似た匂いを感じた。それはリエンも同じみたいで。

 

「……モタナのコイキングだ」

 

 リエンが久々に郷土料理に触れて、懐かしそうに目を細めた。リエンのそういう反応が珍しいからか、アルバとソラが刺し身に箸を伸ばす。

 だが、俺がそれを止めた。二人が俺の方に視線を向ける。

 

「駄目だ二人とも」

「え、どうして?」

「俺の分が無くなっちゃうからに決まってるだろ」

「「じゃあ食べる」」

 

 くそっ、いやしんぼ共め! 俺の分まで食うんじゃない、おいソラどさくさに紛れて俺の取皿の唐揚げ持っていくな。

 そんなこんなで四人でテーブルのありとあらゆる食べ物をシェアしたり奪い合ったりすること一時間。あれだけ空腹を訴えていた俺達の腹の虫は大満足、逆に悲鳴を上げていた。

 

「あと三日くらい何もいらないくらい食ったな……」

「もう動けない……ルカリオお腹擦って……あれ、どっか行っちゃった」

「ごちそうさまでした」

「……美味しかった」

 

 コスモスさんの家ほど整えられているわけじゃないけど、代わりに裏山いっぱいに広がった庭には今日の功労者たるポケモンたちが俺たちと同じようにご飯を食べ、食休みを取っていた。

 こうしてみるとポケモンと人には実際差なんかないんだな、って思い知る。

 

 辺りを見渡す。アルバは大の字で大満足って感じ、リエンとソラは食べ終わった食器を片付けに行ったまま、ステラさんの手伝いをしている。

 ジムリーダーの方はというと、ランタナさんは爪楊枝を咥えて歯の間に詰まった食べかすと格闘しているしコスモスさんはステラさんが連れてきた子供たちとなにかを話している。

 カエンはサザンカさんと食後の運動がてら軽いスパーリング、元気すぎる。

 

 だけど、バラル団の襲撃があった後だから気が抜けないっていう感じなのかな。

 昼間のことを思い出して、俺は少しだけ夜風に当たりたい気分になった。靴を履いて庭に出ると、ウォーグルを手招きする。

 

「悪いな、ちょっとレニアの展望台まで飛んでくれ」

「ウォン」

 

 快く俺を背に乗せてくれたウォーグルが力強く羽ばたいた。前にもコスモスさんと一緒に夜のテルス山上を飛んだことがあったけど、その時と同じ少しだけ肌寒い夜風を感じた。

 見れば夜のレニア復興祭は普段よく見る祭りの色が強く出ていた。活気に溢れ、人々が出店に笑うそんな光景が広がっている。

 

 一方、戦場となったポケモンセンター付近は静まり返っていた。街の陰と陽が明確に別れている。

 ロープウェイ乗り場の隣にある展望台に降りる。ウォーグルは手摺に停まって夜景を睨むようにして眺めていた。きっとこいつには俺には見えない数多くのものが見えているんだろうな。

 このロープウェイ乗り場もまた、強烈に記憶に刻まれている。まだ怖かった頃のアシュリーさんに追っかけられたのは未だにトラウマだ、凍らされた方の脚がひやりと冷える感じがした。

 

 振り返れば、レニアシティで一番高い廃ビルが目に入る。その屋上を見やれば、ボロボロだが壊れていないフェンスが目に入る。

 今日の戦闘で破れたり、溶けたりしたそのフェンスはReオーラの効果で元に戻っている。そしてバラル団の幹部、ワースに言われた言葉が頭の中を支配する。

 

 

 ────俺と、手を組まねえか? 

 

 

 まさかだった。バラル団の幹部からこういう申し出があるとは思わなかったからだ。

 そしてアルバたちが合流するちょっと前、ワースは俺に言った。

 

 バラル団の次の目標は、"アイスエイジ・ホール"での伝説のポケモンの捕獲らしい。

 その場所の名前は以前聞いたことがある。ユオンシティで、ヒードラン捕獲作戦を阻止しようとした時にアサツキさんから。

 

 大昔、隕石が落ちて出来た穴がそうだって話だ。そこから出る冷気がネイヴュシティを一年中冬の国へと変えている他、ヒードランがいなければユオンシティを始めラフエル全土を凍てつかせかねないらしい。

 そしてそれは、レシラムやゼクロムのようにラフエル神話に名を連ねることのない、影の存在である伝説のポケモンのせい。

 

 そのポケモンを捕獲することが、バラル団の次の目標にして真の狙い、というのがワースの話だ。

 信用していいものか、大いに悩んだ。だけど、あれだけ情報の値打ちに口煩いあの男が手を組もうとしている俺に与えた情報だ、逆に真実味がある。

 

 それだけじゃない、あの男が去り際に俺に渡してきたものを考えれば、これは挑戦状と取るべきだ。

 手を組もうと言いつつ、さらにこちらを値踏みしてくる周到さは相当なもんだ。

 

「どうしたら良いんだろうな、俺は」

 

 手摺に体重を預け、一人言のように呟く。ウォーグルが顔を寄せてグルグルと唸る。

 ウジウジと悩んでる俺はこいつ的には無しのようだった、嘴で軽く頭を小突かれた。

 

 

「────祭のおセンチに浸ってる、ってわけじゃなさそうだな」

 

 

 その時だ、突然後ろ上空から声を掛けられ咄嗟にウォーグルをけしかけそうになったけれど、俺がそうするより先に相手はこっちの領域に踏み込んできた。

 街灯の光がそのやたらと軽薄そうに見える顔を照らし出す。

 

「ランタナさん、なんで」

「若人が飯食ったらすぐにどっか飛び出すもんでよ、ちょっと気になってな。悪いと思いながらつけてきた」

 

 見られてたのか、俺はバツが悪くなって頬をかいて誤魔化す。

 ランタナさんは軽い足取りでロープウェイ乗り場に設えられた自販機に近寄ってポケットを弄る。

 

「あ、やべ……財布置いてきたわ」

「……貸しましょうか」

「いやいや。こういうのはな、自販機の下探ればあるんだよ……ほら、100ポケドル。サイコソーダは買えねえけど、おいしいみずくらいなら買えるだろ」

 

 ガコン、出てきたペットボトルの水を美味そうに呷るランタナさん。たくましいと思うべきか、ダメな大人と謗るべきかちょっと揺れたのは内緒にしておきたい。

 

「それで? 勝戦側の人間がしてる顔じゃあねえな、なんかあったのか?」

「目敏いっすね、ランタナさんは。やっぱ、わかりますか」

 

 俺はワースが俺と手を組もうと持ちかけてきたことをぼかしながら、バラル団の次の目標がアイスエイジ・ホールに潜む伝説のポケモンであることを伝えた。

 そして、昨日四天王の一人サーシスさんが見せてくれた未来の光景についても話すことにした。

 

 一ヶ月前に彼女が視た未来とは既に別の未来が視えたこと、以前の未来では半ば信じられないが俺がレシラムとゼクロムと共に戦って、命と引き換えに世界を救うはずだった。

 だけど今は、俺じゃない誰かがレシラムたちを率いて戦うことになる。恐らくは、こっちも命と引換えに。

 

「……なんつーか、スケールのでけぇ話だ」

「バラル団の目的が、まさか世界規模だとは思ってなかったですね」

「まぁ、スケール感から理解しえないから、こうして争ってるんだけどな」

 

 もう一口、ランタナさんは水を呷る。俺までのどが渇いた気がして、サイコソーダを一つ買った。

 物欲しげな目をしていたから、ランタナさんと一口だけ交換する。炭酸が喉を流れる感覚に、大人が唸る。

 

「それで、ライトストーンに選ばれた白陽の勇士殿は、いずれ訪れる未来に自己犠牲の使命感を燃やしていた、と」

「……ある人に、引っ叩かれましたけどね。勝手に上がりを決め込むな、って」

 

 あの場所にコスモスさんがいたことは伏せておいた、彼女との約束だからだ。

 中身の無くなったペットボトルをランタナさんがオーバースローでゴミ箱へ放るが、縁へ当たったそれがからんと音を立ててアスファルトの上へと落ちた。

 

 そして、彼はなんとはなしに言った。

 

 

「──ガキが命懸けることに肯定的になってんじゃねーよ」

 

 

 否定は出来なかった。実際、コスモスさんに叱責されてサーシスさんにあんな啖呵を切ってみせた今でも俺は、どこかで人身御供の役割を受け入れようとしていた。

 いや、受け入れようとしていたなんてもんじゃない。俺だったらいいのに、と思ってしまっている。

 

「俺はいい加減だからよ、大人の責任とか死んでも取りたくねえって思うが、目の前でガキが張り切って命捨てようとしてるのは見過ごせねえな」

 

言いたいことは言うが、説教臭くならないような配慮を感じた。ちょっと強めに背中を叩かれながら言われた台詞はやたらと胸に染みた。

ランタナさんはゴミ箱からこぼれたペットボトルを拾って、ゴミ箱へと確実に捨てる。

 

「それにな、このひと月でお前とお前のポケモンはかなーり強くなったかもしんねえけど、代わりに大事なことを忘れちまってる」

 

見当もつかないでいると、ランタナさんの側に舞い降りたのは彼の切り札"ファイアロー"。

刺すように鋭い瞳で俺を睨んでいた。トレーナーの軟派な雰囲気をかき消すほどに、圧倒的なプレッシャーを放っている。

 

「明日、レニア復興祭の二日目があるよな。そこで、デカい祭を起こしてやるよ。そんで、お前にその"大事なこと"を思い出させてやる」

 

そう言ってランタナさんは踵を返し、手をひらひらさせながら夜の街へと消えていった。

ファイアローの視線が外れてふっと気の抜けた俺の隣にウォーグルが降り立ち、ランタナさんたちの背中を睨んでいた。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

翌朝、シャルムシティジムリーダーランタナによる、"スカイバトルロワイヤル"がレニアシティにて開催されることとなった。

ダイたちがそれを知ったのは、早朝の花火とそれに合わせて放送されたランタナ自身の宣言によってだった。




三ヶ月も空いてしまった……次は早めにあげられるようがんばります!


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VSファイアロー スカイバトルロワイヤル

 ダン、ダンと晴天時の祭開催を知らせる花火が二日連続で鳴り渡る。

 俺たちはカエンの家を出て、再びレニアシティの門を潜る。

 

「ポケモンセンター、流石に一日じゃ直ってないか」

「ごめん……」

 

 屋根の吹き飛んだ無残なPCを横目に、ソラが気不味そうな顔をする。

 まぁ実際命懸けの戦闘だったし、仕方のないことだったと思う。リエンに関してはあまり気にしてないという風だった、そのメンタルを見習いたい。

 

「それでランタナさんが中央広場に来るよう言ってたんだよね?」

「あぁ、なんかドデカいことするらしいんだけど、詳しくは……」

 

 俺たちが広場に脚を踏み入れた瞬間だった。空高く火柱が上がったかと思えば、それが弾けて火の鳥"ファイアロー"が現れた。

 彼が広場に集まった人々の視線を順繰りに奪い、やがて降り立ったのは中心に聳える伝説のポケモンの像の前で仁王立ちするランタナさんの腕だった。

 

「あー、あー。ただいまマイクのチェック中、大丈夫か? 聞こえてるか? 大丈夫そうだな」

 

 メガホンの調子を確認し、ランタナさんが喋りだす。その瞳は常に俺を捉えていて、彼は俺が来たのを確認してファイアローをけしかけたんだというのが分かった。

 

「おはようお集まりの諸君、俺が誰か分かるかい? シャルムシティのジムリーダー、ランタナだ。今日はこのレニア復興祭を盛り上げるべく、レニアの市長さんに許可をもらってこうして話をしてるぜ」

「この演説、メガホンだけじゃなくて街中で放送されてる」

 

 袖を引っ張りながら、ソラがそう告げた。さすが、耳が良いんだな。言われて耳を澄ましてみれば、確かにプールエリアの方から音の反響が聞こえてきた。

 だからか、街中の至るところから人がなんだなんだと集まってきた。

 

「あ、ランタナさんだ!」

「おーい! 俺だー! ジム戦してくれ~!」

「こっち向いて~! 一発殴らせろ~!」

 

 広場の中心にランタナさんがいると見るや、ポケモントレーナーと思しき連中があっという間に駆け寄ってきた。

 その異様な光景に、アルバが俺たちに耳打ちする。

 

「ランタナさん、しょっちゅうジムを留守にすることで有名なジムリーダーなんだ。だから、挑戦を受けてくれる日もすごい限られてて」

「なるほど、それならなんで人前で注目を集める真似なんてするんだ……?」

「目立ちたがりなんじゃない? ダイもアルバもそうでしょ?」

「「え、そーなの?」」

「自覚ないんだ、男の子」

 

 リエンに苦笑いされてしまった、アルバと顔を見合わせて首を傾げる。話が逸れたな、ランタナさんのことだ。

 トレーナーが殺到すると、ランタナさんは飛び上がり今度はムクホークを呼び出して背に乗ると、さらに高いところから広場を見下ろしてメガホンに向かって叫んだ。

 

「そう急くなよ、日頃待たせてるみんなのためを思って、このイベントを開くんだからな!」

 

 そう言って、ランタナさんは手持ちのポケモンを一斉にリリースする。

 先陣を切るはファイアロー、続いて現れたのはグライオン、ドデカバシ。

 それらのポケモンがまるでランタナさんを守るように陣を組み、俺達に立ちはだかった。

 

 

「──今から三時間後、シャルムジムの公式戦として"スカイバトルロワイヤル"を開催するぜ! 俺に挑戦したいっつーヤツはこの放送を聞いたらさっさと飛んできな!」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「なんだか、すごいことになっちゃったな」

「後一時間で開催だけど、あっという間に人だかりだよ」

 

 ランタナさんのジム戦開催宣言の二時間後、俺たちはレニアシティジムの前で屯しながら着々と増えていく人を見て若干辟易としてきた。

 ルールの説明があったが、これがまた厄介そうだった。

 

「カロス地方の文化、"スカイバトル"を使ったバトルロワイヤル形式のジム戦か……」

「うー、こんなのデータに無いよ~! どうしよう」

 

 予めポケモンリーグに挑戦するために旅に出たアルバは、リーグトレーナーのメインタイプや戦法なんかを予習している。

 ただのジム戦、つまり選出するポケモンの制限が無いならば俺たちには勝機があった。というのも、

 

「ゼラオラ、今回は出られないんだ」

「デンリュウもお休みだよ、せっかく頑張ってくれたのにゴメンね」

 

 二匹のでんきタイプのポケモンががくりと肩を落とす。ゼラオラのそういうアクションは未だに見慣れなくて、若干微笑ましいが。

 さておき、スカイバトルに参加出来るのは空を飛べるポケモンのみ。俺の手持ちでいえば、ウォーグルのみ。聞くところによるとゴース、ゴーストは参加出来るらしいがゲンガーはダメみたいだ。

 

「そう落ち込むなってゲンガー。次は任せるからさ」

 

 隅っこで蹲ってメソメソしているゲンガーに声を掛ける。アルバもまたジュナイパーしか参戦出来ない上、ジュナイパーは草タイプのポケモン。必然的に飛行タイプが多いこのスカイバトルロワイヤルは劣勢を強いられやすいだろうな。

 

「チルタリス、貸す?」

「「いや、それはいい」」

 

 気を使ってか、ソラがモンスターボールを取り出しながら言ったが俺たちはそれを制する。特殊なルールとはいえジム戦なんだ、自分のポケモンで切り抜けたい。

 

「まぁ、上手いこと頭を使って立ち回るさ」

「僕はそういうの、苦手なんだけど……」

 

 確かにアルバは良い意味で小細工が出来ない。でも話ではアサツキさんとのジム戦は機転を利かせて勝った、って聞いてる。ひょっとして俺と一緒にいて少しは頭が柔らかくなったとか、考えすぎか。

 

 

「──ここにいたか」

 

 

 その時だ、俺たちの前に現れたのは全身黒の男。忘れもしない、俺の目標。

 

「シンジョウさん! 来てたんですね」

「昨日からいたがな……」

 

 昨日は警備の一環でジムリーダーがほぼ全員投入されたし、それらが統括するVANGUARDチームが総動員されてる。コスモスさんのチームジークだって例外じゃない。

 しかしシンジョウさんが俺たちに何か用事だろうか、そう思ってるとその後ろからヌッと件の男が現れた。

 

「おっす、やってるなボーイズアンドガールズ?」

 

 ランタナさんだ。シンジョウさんの肩に肘を置いたりして、やけに馴れ馴れしい。シンジョウさんも普段の無表情を崩して若干苦笑い気味だ。

 聞けば二人は結構前から知り合いらしい、ランタナさんはシンジョウさんのことを"トップガン"って呼んでいる、意味は今度調べるとして。

 

「せっかくだからな、こいつにも手伝ってもらうことにしたんだよ」

「まだ良いとは言ってないぞ」

「硬いこと言うなって、お前にしか頼めねえんだって」

 

 そう言うとランタナさんは振り返ってシンジョウさんの耳にこっそりとゴニョゴニョ耳打ちする。何を言っているかは分からなかったけど、

 

「そういうことなら構わない」

「返事が早くて助かるぜ、トップガン」

 

 何かを聞かされたシンジョウさんは二つ返事だった。いったい何を言ったのか、気になるな……

 ともかく、いきなり舞い込んできたリベンジのチャンス。ちょっと早いがこのひと月、コスモスさんとの猛特訓で強くなった俺をシンジョウさんに見せるんだ。

 

「おー、やる気満々って感じだな。それじゃあ後一時間、準備は欠かすなよ~」

 

 シンジョウさんの肩を抱いたままランタナさんが手をひらひらさせながら去っていく。

 その背中を見送りながら、俺はライブキャスターのウェブ画面を開いてスカイバトルについてもう少し調べてみることにした。

 

「エントリー出来るのは空を飛べるポケモンのみ、他はエントリー出来ないってことは……」

「手持ちに入れられないってことだよね。ダイとアルバの他のポケモンは私たちが預かるよ」

「あぁ、助か────」

 

 待てよ? 手持ちに入れられない……? 

 俺はふと思いつくことがあって、さっそく手持ちのモンスターボールをリエンに半ば押し付けるように預けるとウォーグルを呼び出した。

 

「ちょっと急用! 一時間で戻ってくるから!」

 

 

 

 

 

「行っちゃった……なんだろう、急用って」

「さぁ、ダイはいつも突飛だから」

「「違いない」」

 

 また面倒事に巻き込まれて、逮捕なんてことにならなければいいけれど。

 預けられたポケモンたちがモンスターボールの中から私を見上げてくる。いつもはあんなに勇猛なジュカインが不安そうな顔をしているのはレアな光景だと思ったけど。

 

「遊んでおいで」

 

 預かったモンスターボールからダイのポケモンたちが飛び出す。続けて、私の手持ちも一旦ボールから解放する。

 ラグラージはジュカインと、お互いキモリとミズゴロウだった頃からの付き合いだ。この一ヶ月での互いの成長具合を軽いスパーリングで確かめあってるみたいだった。

 

 姿かたちが近いゾロアはグレイシアとじゃれ合っているけど、時折グレイシアが体温を超低音にしてゾロアをからかっている。

 

 極めつけはミロカロスとメタモンだ。メタモンがミロカロスの姿に変身すると、そんなに広くない路地は一気に過密空間になった。それに、かなり視界の美が喧しい。

 

 しかし気になるのは、ゲンガーとゼラオラの二匹。ゲンガーはゴーストの頃から控えめで人見知りしがちなポケモンで、未だに私たちのポケモンとの付き合い方がぎこちない。

 それは分かっていたけれどゼラオラは他のポケモンたちとは違い、私のところへやってくると私の目の前でゴロンと寝転んだ。

 

「……撫でろと」

 

 以前シーヴさんからもらったブラシで教えてもらった通りにゼラオラの毛を撫でる。パチパチという軽い放電の音とゴロゴロと鳴る喉の音。

 

「なんだかチョロネコみたい」

 

 ゼラオラの戦いぶりも記憶に残っている。あのときのゼラオラはダイのいう"ダークポケモン"だったからか、かなり強烈な印象があったけれど。

 昨日のリライブを経て普通のポケモンに戻ったからか、彼の求めるものが今はよく分かる。

 

「ゲンガー、ひんやりしてて気持ちいいね」

 

 暑さに弱いソラがゲンガーにピッタリくっついている。ゲンガーは突然のスキンシップにあたふたしている。

 だけどゲンガーもなにかあるとダイにくっつきたがったからか、くっつく側の気持ちが分かったのかソラの好きにさせていた、大人の対応だ。

 

 ゼラオラのブラッシングを続けながら、ふと思い出したことを聞いてみることにした。

 

「そういえば、昨日ディーノさんから何をもらったの?」

 

 私はヒレのカセキをもらったけれど、アルバとダイは綺麗に包装された長方形の小箱をもらっていた。

 言われて思い出したように、アルバはバッグからそれを取り出して丁寧に包装紙を外した。

 

「そ、それじゃあ開けるね……」

 

 ドキドキしながら蓋を開けると、そこに入っていたのは羽根ペンだった。

 しかしどんなポケモンの羽根で作られたのかは分からない。ただ一つ、わかるのは────

 

 

「"ぎんいろのはね"……?」

 

 

 太陽の光を吸収するように輝く、白銀の羽根だったということ。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 それからの六〇分はあっという間で、レニアシティ中央広場はポケモントレーナーで埋め尽くされた。

 中継を見て、文字通り"飛んできた"トレーナーが多かった。スカイバトルということもあり、参加を泣く泣く見送ったトレーナーも多く存在しているのだろう。

 ランタナが飛行タイプのエキスパートであることも手伝って、彼対策に電気や氷タイプを育てているトレーナーも少なくない。しかしそういったポケモンは"エモンガ"や"フリージオ"を除いて参加が困難だ。

 

 シンジョウは隣に並び立ちながら、上手く考えたなとランタナのジムリーダーならではの下準備を感じた。彼もまた炎タイプのエキスパートとして、ダイとのジム戦でリザードンが使った【かみなりパンチ】のような「炎タイプが苦手とするいくつかのタイプへのカウンター」を各ポケモンに覚えさせているからだ。

 

「それじゃあサリーナ、改めてルールの説明よろしくぅ!」

 

 言いながらランタナがメガホンを渡したのはランタナが統括する"チームフリーダム"の副リーダー、サリーナ。

 VANGUARDの登用試験をクリアして以降、ジムトレーナーとしても活躍──主にランタナの不在時に挑戦者をバトルで追い返すこと──している。

 

「……ゴホン、それでは僭越ながら。今回のスカイバトルロワイヤルでは"空を飛べるポケモンのみ参加が可能"であり、トレーナーはポケモンに騎乗するか、この広場から指示を出すか選ぶことが出来ます」

 

 それを聞いたトレーナーたちが隣にいる鳥ポケモンと顔を見合わせた。ダイやシンジョウのように騎乗できるほど大きなポケモンではなく、トレーナーを掴んだままの戦闘が困難な小柄なポケモンでエントリーするための制度である。実際、アルバのジュナイパーもアルバを掴んで飛行は出来るが、そのまま戦闘が出来るかと言われると難しいためこのシステムはありがたい。

 

「それに伴うハンディキャップは存在しません。なので大型の鳥ポケモンであっても機動力のために騎乗しない、という選択も可能です。また、騎乗しているポケモンが撃破されてしまったとしても落下による事故防止のためこの広場を中心とするレニアシティの広範囲に【テレキネシス】による浮遊力場を展開します、ご安心ください」

 

 何人か、ホッと胸を撫で下ろし安堵の息を漏らす声が聞こえた。当然だ、復興祭の催しで死人が出てはあまりにも後味が悪い。

 見れば有志のトレーナーとポケモンたちが共同で【テレキネシス】を展開するようで、その中にはステラとアブリボン、ミミッキュの姿があった。

 

「それではカウントダウンです、各自エントリーしたポケモンを空に放ってください」

 

 モンスターボールからポケモンが飛び出す独特の音があちらこちらで発生する。ダイもウォーグルを呼び出すとその背に騎乗し、対面するシンジョウとランタナと共に空へと上がった。

 アルバのジュナイパーが少し高めの位置へ上がるのを確認すると、周囲を見渡した。その時、偶然見知った顔を見つけ相手もまたダイを見つけてポケモンを寄せてきた。

 

 せいれいポケモン"フライゴン"の背に騎乗し、サンバイザーと同じブランドのゴーグルが光る女の子、アイラだ。

 

「アイ、お前も参加するのか?」

「とーぜん! ランタナさんの持つフリーダムバッジ、希少なんだから。VGバッジがあるとは言え、手に入れられるチャンスがあるなら逃す手は無いわ!」

 

 よっぽどなんだな、とダイは目の前で余裕の表情を浮かべるランタナを見やった。であるなら、自分も気合いを入れなければならない、とウォーグルの首の付根辺りを強めに撫でた。

 するとアイラはダイの腕を肘で小突いた。ダイが顔を向けると、やや小声で尻すぼみするようにアイラは呟いた。

 

「約束、あるんだからね」

「分かってるよ、お前も下手やるんじゃねーぞ!」

 

 いつかポケモンリーグで戦おう、子供の頃の約束をもう違えるつもりはない。ダイはクシェルシティで今一度この約束を胸に焼き付けたのだ。

 空に浮かび上がったカウントダウンホログラムが時を刻む。

 

 5……4……3……

 

 

「2…………」

 

 あと二秒後には、全てのポケモンが爆発したように動き出す。誰もが息を飲んだ。

 空の上に上がったトレーナーたちは風の音を耳にしながら、その時を待った。

 

 

「ウォーグル──」

 

「リザードン──」

 

 

 ただそんな中、ダイとシンジョウだけは相棒へ、示し合わせるようにその名を呼んだ。

 互いに、見えているのは相手のみ。他のポケモンは眼中に無い、そう思わせる眼光だった。

 

 

『1…………GO FIGHT!』

 

 

「「──【エアスラッシュ】!」」

 

 直後、両者が放った空気の刃がぶつかり合い、盛大に爆ぜるのと開戦の合図である花火が弾けたのは同時だった。

 空気が破裂することで両者が距離を取り合った。先に距離を取ったのはダイとウォーグルだった。それを追いかけるようにシンジョウはリザードンを急がせた。

 

「【はじけるほのお】だ」

 

 リザードンはバスケットボール大の火球を前方に放つと、それを追撃の火球で破壊し飛散させる。

 散らばった炎が前方のウォーグルはもちろん、周囲を飛ぶポケモンにも被害を及ぼす。

 

「いきなり範囲攻撃で、ライバルを減らす戦法か……!」

「こういうゴチャゴチャした戦いは苦手でな」

「どの口が言うんだって感じだよ、シンジョウさん……!」

 

 現に、今の一撃に巻き込まれた虫タイプや草タイプを含んだポケモンたちは既に戦闘不能になってしまった。

 リザードンというポケモンは力でのぶつかり合いよりも、炎を吐くなどの距離を取った戦いがポケモンだ。

 

 さらに言えばシンジョウほどのトレーナーが鍛え上げたリザードンはスピードも一級品であり、ウォーグルが追われる立場になったのは初手から手痛い要素だった。

 しかしそれでもダイは逃げるのをやめない、()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

「ウォーグル、今から言うポケモンを探せ! "アメモース"、"ムクバード"、"ギャラドス"だ!」

 

 コクリ、と頷くとウォーグルは【こうそくいどう】で自身の速度を跳ね上げると、ダイの指定したポケモンを探した。

 "ムクホークの目"ということわざがある。ムクホークでは無いが、ウォーグルはそれに匹敵する眼力で空を飛ぶポケモンたちの中からこれらのポケモンを素早く見つけた。

 特にギャラドスは何度も戦ったことがあり、その身体もかなり大きいことから見つけるのは容易だった。

 

「【にらみつける】攻撃だ! ガンつけてやれ!」

 

 ギャラドスの目の前に突然現れ、鋭い目で睨みつけるウォーグル。すると当然、ギャラドスはある行動に出る。

 

「なるほど、特性の"いかく"を誘発させたか……」

 

 ダイがちょっかいを出したギャラドスは低く唸って周囲のポケモンを一気に威嚇する。ウォーグルを追いかけてきたシンジョウのリザードンもまたその対象に入ってしまう。

 リザードンにとってもギャラドスは苦手なタイプを持つポケモン、倒すための【かみなりパンチ(リーサルウェポン)】は控えてあるとはいえ、水技は可能な限り喰らいたくないため対峙も避けたい相手だった。

 

「それだけじゃないぜ、シンジョウさん!」

 

 さらにダイは周囲を飛んでいた"ムクバード"数匹にもウォーグルをけしかけた。これらのポケモンもまた、特性"いかく"を持つものたち。

 それらのポケモンを周囲に集めたダイを見て、シンジョウの口元に笑みが浮かんだ。

 

「なるほどな……読めたぞお前の目的が」

「ウォーグル、こんだけの相手に威圧されてビビったか? 違うよな!」

 

「ウォォォォォォォオオオオオオオオオン!!」

 

 "いかく"によってウォーグルは逆に奮い立った。それこそが、彼が持つ特性"まけんき"だ。

 今最高潮に昂ぶっているウォーグルならば、シンジョウのリザードンと対等にぶつかり合うことが出来る。

 

 否、攻撃の適正距離──近距離(クロスレンジ)での戦いを考慮するならば、数多くのポケモンに"いかく"されたリザードンの方が不利を強いられる。

 

「良いところに来たな、"ルナトーン"! ちょっとその身体借りるぜ!」

 

 ふよふよと漁夫の利を狙ってやってきた隕石ポケモン"ルナトーン"へ襲いかかったウォーグルがその硬質の身体に爪を引っ掛けるとガリガリと引っかき始めた。

 爪を鋭くすることで攻撃力と命中精度を高める技、【つめとぎ】を行ったのだ。ダイは待機時間にポケモン図鑑と睨み合い、戦略を立てていたのだ。これにて、ダイの仕込みは完了する。

 

「戦う準備は出来た、ぶつかり合おうぜシンジョウさん!」

「あぁ、全力で来い! それこそランタナがお前に求めることだからな」

 

 弾丸のようにウォーグルが空を翔ける。迎え撃つリザードンが火球を放った。

 それをひらりと回避し、ウォーグルが研ぎ澄ませた爪でリザードンを強く切り裂いた。ウォーグルの得意技、【ブレイククロー】だ。

 

 外殻を破壊するようなその一撃がリザードンの防御力をも奪い取る。リザードンにとってもはや近接戦闘は悪手でしか無かった。

 

 ウォーグルは高めた攻撃力を以てダメージを与えるため近づきたい。

 逆にリザードンは炎で攻撃するために離れたい。

 

 両者の要求で相反が発生する。即ち、追うものと追われるものが逆転する。

 

 

「逃さないぜ、もう一度【ブレイク──」

 

「【アクロバット】だ、ファイアロー!」

 

 

 ウォーグルがリザードンの背を捉えた瞬間だった。ウォーグルの目の前に躍り出てきた

 隼──"ファイアロー"が目にも留まらぬスピードでウォーグルを殴打して離脱する。

 あまりの早業に反応できなかったウォーグルが闖入者の方を睨んだ。炎の軌跡を描きながら、ファイアローは主の元へと舞い戻る。

 

「油断大敵、相手はトップガンだけじゃ──無いんだぜ!」

「上等だ、迎え撃つぞウォーグル!」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 上空を多くの鳥ポケモンが埋める中、リエンとソラはアルバの背を見ていた。ジュナイパーは他のポケモンが仕掛けてくる攻撃を上手く回避し、被弾を極力減らしていた。

 この戦いはバトルロワイヤル、そしてジムバッジを獲得できるのはランタナの数少ない手持ちポケモンを撃破したものだけ。

 

 まずはライバルの数が減るのをなるべく体力を消費させずに待ち、終盤で一気に畳み掛けるのが定石なのだ。

 猪突猛進を体現していたアルバがここまで理性的に戦えているのは、一ヶ月クシェルシティでサザンカやレンギョウを師として修行した成果が出ている。

 

「それにしても、ランタナさんがダイに伝えたいことってなんだろうね」

 

 ふとリエンが呟いた。戦いに集中しているアルバには届かなかったが、一緒に観戦しているソラには伝わった。

 するとソラは上空を見上げて、耳を研ぎ澄ませた。そして雑多に響く声の中からランタナとシンジョウの声を捉えて、その心の音を探った。

 

 するとあまりにも単純な、正直な声音が聞こえてきた。ソラの口元には自然と笑みが浮かんでいた。

 ちょっと前なら、こんなことで微笑むことなど無かっただろう。自分はここ数ヶ月でこんなにも変化したのだと、思い知る。

 

 その変化は恐ろしく、おぞましいものではない。ポケモンに例えて言うのなら、進化したのだろうと思う。

 

「そんなに難しいことじゃないよ、あの人が言いたいことは」

 

 ウォーグルを駆り、戦場を行ったり来たりするダイを見ながらソラは呟いた。そして聞き届けたランタナの心とシンクロする。

 とどのつまり、全く同じ気持ちになったのだ。ソラもまた、ダイに"それ"を思い出してほしいと思っていた。

 

 

「──やってるようだね」

「リエンちゃ~~~~~~~ん!」

 

 

 その時だ、リエンの後ろから声が掛けられた。二人が振り返ると、やや懐かしい顔がそこにはあった。

 黒髪がポニータの尾のように束ねられ、赤い帽子を王冠のように讃えていた。リエンのここひと月の師、イリスだ。そして隣にいたのはサンビエタウンの育て屋シーヴ。

 

 ソラはシーヴのことをあまり覚えていなかったが、チルタリスたちがブラッシングを覚えていたからか警戒せずにリエンの後ろで彼女と相対した。

 

「イリスさんは参加しないんですね」

「うん、私空飛べるポケモンいないからね!」

 

 リエンはイリスにチャンピオン"グレイ"を紹介された時も、ラジエスシティまでの移動はグレイのドラゴンポケモンを頼っていたことを思い出していた。

 かつて彼女が語った「旅は自分の足で」というモットーが手持ちのポケモンにも反映されているのだと悟った。

 

「それに、フリーダムバッジはラフエルに戻ってきた時、最初に獲得(ゲット)したからね」

 

 言いながらイリスがバッジケースを取り出す。そこには既にジークバッジ以外の全てのバッジが揃っていた。ラフエルに戻ってからそう経っていない上、全て陸路での冒険であるにも関わらず既にここまで集めきっていたのだ。

 

「まぁバラル団絡みでジムリーダーがたくさん集まってる機会があった、っていうのも要因の一つかな」

 

 確かにジムリーダーがラジエスシティに集まるタイミングが数多くあったのも事実だ。であれば、各人の余暇を見つけてバトルを仕掛けてバッジを獲得するのはイリスの実力であれば難しくはない。

 

「ただ、コスモスちゃんだけはここひと月ダイくんに付きっきりだったからね。私もリエンちゃんとずっと一緒にいたし~」

 

 まるで愛玩するようにリエンに後ろから抱きつくイリス。リエンのひんやりした体温が、イリスの密かなお気に入りなのだ。

 と、井戸端会議を繰り広げていると四人の目の前に戦闘不能になったトレーナーと鳥ポケモンが降りてきた。バトルロワイヤルが始まってからかれこれ数十分、空は先程よりもずっと広くなっていた。

 

「だいぶ数が減ってきたね」

「うん……ダイもアルバもまだ頑張ってる」

 

 ソラが指差した先にはリザードンを追いかけるウォーグルと、ランタナのグライオンと接戦を繰り広げるアルバのジュナイパーがいた。

 見ればドデカバシを追い詰めるアイラとフライゴンの姿もある。このまま順調に行けば二人はジムバッジを獲得できるだろう。

 

 だがダイは、このままシンジョウとの戦いに固執しているとジムバッジの獲得が難しくなってしまう。ただでさえ、今回はウォーグル一匹で挑まなければならないからだ。

 今からバッジを獲得するには、ランタナが騎乗するムクホークもしくはファイアローを撃破しなければならない。

 

「そういえば、まだ見つからないね」

「誰か探しているんですか、シーヴさん」

 

 周囲を見渡すシーヴにリエンが尋ねた。するとイリスが補足する。

 

「実はシーヴ姉ちゃんとはそこで偶然会って、サンビエから一緒に来たわけじゃないんだ」

「そう、サンビエから一緒に来た子がいたんだけどこの人混みだろう? 逸れてしまってね……」

「その子とシーヴ姉ちゃんはダイくんに誘われたんだっけ?」

「ダイが……?」

 

 どうやらダイの急用はシーヴと彼女の言うもう一人をこのイベントに招待するためだったらしい。

 その一人とはいったい誰なのか、リエンとソラは顔を見合わせた。するとシーヴは少し苦笑い気味に答えた。

 

「二人は覚えがないかもね。ひと月前、みんながサンビエに訪れた時ダイくんが助けてくれた子なんだ」

 

 そう言われてリエンとソラは記憶を辿り、一人の人物に行き当たった。ダイが自転車の後ろに乗せていた少年がいたことを思い出したのだ。

 

 

「──いた! シーヴさ~~~~ん!」

 

 

「あぁ、見つかったね」

 

 まさにそのタイミングだった。その少年が現れたのは。

 肩を喘がせるその姿に、リエンはあるポケモンを。ソラはダイの見せた涙を思い出した。

 

 

後半戦、空は依然として輝く太陽の下にあった。

 

 



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VSファイアローⅡ ワクワクを思い出せ

ワクワクを思い出すんDA


 燦々と照りつける太陽の下、俺はまたしても追われる側として空を飛び回っていた。

 相手はランタナさんのファイアローと、その後ろにシンジョウさんとリザードンが同時に迫っている。バトルロワイヤルよろしく、終盤までチーミング──つまり、協定を結んで一緒に戦うことだって出来る。

 だけど────

 

「ジムリーダー二人で手ェ組んで汚えぞー!! ちくしょうめ!」

「ハハハハッ! なんとでも言え~! さぁ逃げろ逃げろ!」

 

 くそっ、ランタナさんめ……絶対泣かす、絶対ひと泡吹かせてやる……

 だけどあのファイアロー、追跡者(チェイサー)として強敵すぎる。こっちのウォーグルは【こうそくいどう】で素早さを上げているっていうのに、ビルや塔なんかの障害物を利用しないとすぐに追いつかれる。

 

「【ニトロチャージ】、上げてくぜ!」

「まずい……っ!」

 

 瞬間、ファイアローが炎を翼に纏わせて加速する。正面には昨日の主戦場になった廃ビル、このままだとぶつかる! 

 ウォーグルに指示を出しビルの壁面に一瞬着陸し、同時に蹴飛ばして加速し滑るように急降下する。加速していたファイアローは廃ビルに激突し、砕けたコンクリートが幾つか下にいる俺の元へ降り掛かってきた。

 

「よし、躱した!」

「──だが、捉えたぞ」

 

 ファイアローを避けきったかと思えば、回避先にはシンジョウさんとリザードンが待ち受けていた。リザードンが口に炎を溜め込んでいる、来るのは多分【かえんほうしゃ】か! 

 

「うぉぉぉぉぉおおッ! 上がれ!」

 

 炎が吐き出された直後、ウォーグルはリザードンへ体当たりしその反動を利用して再び上昇する。咄嗟の【とんぼがえり】が効いて助かったけど……! 

 このままじゃ不味い、そう何度もファイアローの攻撃を避けきれるとも思えないし晴れてる以上シンジョウさんとリザードンの炎技も無視できない。

 

 周りの挑戦者たちがどんどん争い合って勝手に消えていく。つまり利用出来る戦力が減ってくるってことだ。

 

「なんだ考え事かぁ? 隙だらけだぜ、【アクロバット】!」

「ッ、しまった!」

 

 ランタナさんがファイアローを再度けしかけてくる。その時だ、ファイアローの翼が橙色の光を帯びて瞬間移動のような素早さで突っ込んでくる。

 避けきれずウォーグルが直撃を食らう。三度の予測不能な連撃にたまらずウォーグルが速度を落としてしまう。

 

「──ダイ、前だ!」

 

 その時、下からアルバの声がした。顔を上げると、"いかく"を誘発するために煽ったギャラドスが口に水の塊を蓄えていた。恐らく放たれるのは【ハイドロポンプ】、しかもウォーグルはこのままの速度で進めば、間違いなく直撃してしまう。

 

 ────()()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ……おい!?」

「……やれやれだ」

 

 後ろからそんな声が聞こえた気がしたが、もしかすると今俺の耳元でごうごう言ってる風の音のせいで生まれた空耳かもしれない。

 あのままのスピードで飛べばウォーグルはギャラドスの【ハイドロポンプ】に当たってしまう。なら俺が飛び降りて、ウォーグルが俺に気を使わずに飛べるようになれば回避は容易い。

 

「俺のウォーグルはコスモスさんのカイリューの【はかいこうせん】だって避けんだよ! 考えなしに撃って当てられると思うなよ!」

 

 それに俺だって考えなしに飛び降りたわけじゃない。視界の端で捉えていたポケモンが俺の方向へ向かってきていたのを確認していたから、飛び降りた。

 身体の姿勢を変えてダイブの軌道を変えてそのポケモンの背へと無理やり着地する。

 

「ちょっ! ダイ!? アンタなにしてんのよ!」

「ナイスタイミング! ちょっと乗せてくれ! ってフライゴン大丈夫か、スピード落ちてるぞ?」

「アンタのせいでしょうが! さっさと降りなさいよ!」

 

 アイとフライゴンがいてくれてよかった。フライゴンもドラゴンタイプよろしく、馬力が凄まじい。俺が急に乗っかったくらいじゃ飛行能力を失ったりしない、速度は落ちてたけど。

 確かにこのままアイの邪魔をするのは忍びない。指笛を吹くと、ギャラドスを翻弄したウォーグルがすぐさまこっちへと戻ってくる。

 

「じゃ、アイも頑張れよ!」

「ちょっと!?」

 

 そう言ってフライゴンの背からもう一度飛ぶ。上手いこと俺を回収したウォーグルの背にもう一回上がると、上空のファイアローとリザードンを見やる。

 両者の障害として認識されたのか、ギャラドスはファイアローに振り回された挙げ句、シンジョウさんのリザードンが放った【かみなりパンチ】で沈められていた。

 

 貴重な空飛ぶみずタイプ、利用できると思ったんだけど……やっぱあの二人を相手にするのは荷が重かったかな。

 

「おいトップガン、さっきのアレ完璧にお前の飛び方だぞ! 教育に悪い飛び方はすんなよな!」

「どうしてこう、似るんだかな……」

 

 ランタナさんのガミガミ言う声が上空から聞こえてくる。どうやらさっきの芸当はシンジョウさんもやってたらしい。意識していたつもりはないけど……

 とにかく二人が深い溜め息を吐いている、急襲するならチャンスだ。

 

「ウォーグル、【がんせきふうじ】だ!」

 

 ウォーグルが廃ビルのコンクリートを抉り取って、ファイアローとリザードン目掛けて放り込む。当然投げ飛ばされた岩石は避けられたり正面から【かわらわり】で砕かれるが、回避に気を使った今がチャンスだ。

 

「すかさず【ブレイククロー】!」

 

 跳ね返ってくる砕けた石を幾つか受け止めながら直進し、ファイアローに一撃を叩き込む。ウォーグルの高まった攻撃とそれによって放たれる防御を奪う裂爪がファイアローにクリーンヒットした。

 素早さこそトップクラスのファイアローだけど、防御はそこまでじゃない。コスモスさんのエストルとパシバル(ジャラランガ)に比べれば、スポンジみたいなもんだ! 

 

「っとやべぇ、まだこいつをやらせるわけにはいかねえな! 【はねやすめ】だ、ファイアロー」

 

 ファイアローはランタナさんの元へ戻るとそのまま右手を止り木にして回復に専念する。翼を休めているわけだから、ひこうタイプとしての能力は失われるけれど代わりにムクホークがランタナさんごとファイアローを遠ざけることでこの戦闘はここで一端打ち切られる。

 

「トップガン、しばらく任せたぜ!」

 

 ファイアローを連れたままランタナさんが離脱する。少しドタバタしたけれど、戦況が降り出しに戻る。周囲のポケモンの技があちこちで炸裂する音の中、俺とシンジョウさんは視線を交わした。

 呆れているような、怒っているような、それでいて口元は少し綻んでいるような、複雑な表情で俺を見るシンジョウさん。

 

「少し、飛ぶか。付き合え」

 

 それはシンジョウさんからの、いわばツーリングの誘いだった。リザードンを寄せてくるが、攻撃する意思を感じなかった。シンジョウさんは不意打ちをするような人間じゃない、その点を信用しているから俺もウォーグルもシンジョウさんを拒むマネはしなかった。

 

「どうかな、俺。このひと月、コスモスさんと修行してだいぶ強くなったと思うんだ」

 

 聞いてみることにした。するとシンジョウさんは少しだけ考え込むような仕草を見せてから、ため息交じりに口を開いた。

 

「そうだな、確かにポケモンたちの練度は高くなった。昨日の戦闘もお前達四人が力をつけたから解決出来たと言っても良い」

 

 なんだろう、褒められているのに少しだけトゲを感じるのは。

 気のせいかもしれない、だけど俺の勘はシンジョウさんの言いたいことはこれじゃないと告げていた。

 

 ソラ風に言うなら、()()()()

 

「ランタナが言っていたはずだぞ。お前は強くなったが──」

 

 

 

────大事な何かを、落とした。

 

 

 

「それは、ポケモンバトルを楽しむ心だ」

 

 

 言われて、ハッとした。コスモスさんとの修行は成長の実感が、心に沸き立つ何かがあった。

 だけど、楽しかったかと言われると違う気がする。

 

 ポケモンバトルが楽しい、ってラフエル地方が俺に思い出させてくれたはずなのに。

 俺はそれをまた、忘れてしまっていたんだ。

 

 どうすれば勝てるか、どうすれば負けないかよりも。

 どうすれば()()()()()()という、命のやり取りの中でしか覚えないような覚悟ばかりが大きくなっていた。

 

「俺たちジムリーダーはお前たちのような子供がポケモンバトルを競技として楽しむためにいる。お前達の成長を後押しするために、壁として立ちはだかっている」

 

 だからな、とシンジョウさんは続けた。そして、その言葉を継ぐ人がいた。

 

「笑って戦え。そんで負けたら、思いっきり悔しがれ。次があるって、相当幸せな悩みだぜ」

 

 ランタナさんだ。ファイアローに与えた傷はすっかり癒えていた。本当のジム戦はここからってことだな。

 その時だ、ふと気を抜いたら口元が緩んでしまった。まるで思い出し笑いを堪えてる時みたいに、口がふわふわする。

 

 

 あぁ、この感覚。ずっと前に、味わった気がする。

 

 カイドウが俺に思い出させてくれて。

 

 サザンカさんが俺に続けさせてくれて。

 

 ステラさんが俺を認めてくれて。

 

 あの頃、使命感とか抜きにしてジム戦を純粋に楽しんでいた頃の、ワクワクを思い出した。

 

 

「もう俺の手助けは必要なさそうだな。露を払う」

 

 満足気に言い残し、シンジョウさんはリザードンを引き連れて他のポケモンとの乱戦に向かう。それはひとえに、これから俺たちが本気(ガチ)でぶつかり合うための、お膳立て。

 ウォーグルとファイアローが鋭い視線を交わし合う。互いの力量はある程度把握出来てる。

 

 ポケモンの足りない部分は、俺たちが補う。

 それが、ポケモンバトルの醍醐味────

 

「さぁ飛ぼうぜ、"ヒーロー"!」

「望むところ! 俺たちのやり方で、バッジを勝ち取るぜ!」

 

 翼を一気に広げ、ファイアローへと突進するウォーグル。対してファイアローは、翼を燃やしてそのまま風を煽る。ファイアローによって煽られた風は翼の熱を受け取って、灼熱と化す。

 ほのおタイプを併せ持つからこそ放つことが出来る【ねっぷう】だ。広範囲を焼き尽くすような熱波がそのままウォーグルを正面から襲う。

 

「あちぃ! が、そのまま最短を突っ切れ!」

「ッ、怯まねえのか!」

「生憎、炎の中から復活したもんで熱さには慣れっこなんだ!」

「そういう理屈かよ!」

 

 レシラムの炎で傷口が再生した人間からすれば、熱いだけの風。ウォーグルが火傷するリスクを負っても、ここは最短ルートでファイアローに突っ込むだけだ。

 凄まじい勢いで空気を切り裂く突進が、ウォーグルに燐光を纏わせる。

 

「【ブレイブバード】だ!」

 

 渾身の体当たりがファイアローに直撃。しかしどういうわけか、ファイアローにダメージが通っているようには思えなかった。

 そして気づく。ファイアローの翼が赤よりも高い温度の色、オレンジ色に輝いていた。それはつまり、ファイアローが全力の炎を纏っていたということ。

 

 ヤツが覚える中で最も苛烈な炎を操る技は一つしか無い。

 

「【フレアドライブ】をぶつけて、相殺したのか……!」

「それだけじゃあ、無いんだな!」

 

 ランタナさんが指を振りながら不敵に言った。それの指す意味は、ウォーグルが腹部に抱える大きな火傷の跡が物語っていた。

 最初の【ねっぷう】とその後の【フレアドライブ】、特に後者は意識外から放たれた予想外のカウンター。だからウォーグルは火傷を回避する術が無かったんだ。

 

「自慢の攻撃力も、これならそう怖いもんじゃないぜ」

「……ランタナさん、意外と策士なんだな」

「意外とは余計だっつの! さぁ、掛かってこい!」

 

 安い挑発、だけど今は乗るしか無い。ウォーグルが【ブレイククロー】を繰り出すが、痛みから顔を顰める。

 その僅かの、攻撃のリズムのズレ。それを見透かされ、ファイアローは軽々と避けるどころか【アクロバット】を再び繰り出しウォーグルにダメージを与える。

 

「持ち物が無い時、攻撃力を増す【アクロバット】……! トレーナーを乗せたり持ったりしてないから、今の状況にマッチしてる……! しかもそれだけじゃない!」

 

 ファイアローは翼を畳んで弾丸のように急降下することで風圧の中に身を置く。地上よりも数十メートル以上高いこの位置で感じる風圧はまるで冷風のように感じる。

 つまり【はねやすめ】になるんだ、加熱しすぎた翼の冷却を行うことで次の攻勢でオーバーヒートを起こすことなく戦える。

 

「【はやてのつばさ】……! 体力が十全の時、ひこうタイプの技を素早く繰り出せる! こいつが一番厄介だ……!」

 

【はねやすめ】と【はやてのつばさ】のコンビネーション、これを攻略しない限りファイアローを突破出来ない。

 コスモスさんのジャラランガたちよりマシって言ったけれど、"やけど"を負わされたウォーグルではファイアローを一撃で倒すことが出来ない。

 

 それはつまり【はねやすめ】の隙を与えることになる。急所を突くか、【ブレイククロー】でひたすら防御を奪うかしかない。

 だけどそれは持久戦を強いられる。だけど"やけど"のダメージがある以上、ウォーグルに持久戦は無理だ。今の時点でも割とギリギリ飛んでるのが分かる。

 

「さぁ、どうするヒーロー?」

 

 選択を迫られる。ファイアローもまた、俺たちを試すような視線を向けてくる。それに対し、俺とウォーグルが顔を見合わせた。

 たった一つだけ、勝つ方法がある。ウォーグルが()()を実行しろと目で訴えてくる。それはウォーグルの覚悟の現れだ。

 

 なんせ、この方法はウォーグルの捨て身が前提だからだ。

 だけど、死なないためのじゃなく、勝つための覚悟なら────

 

 

「お前の意を汲むぜ! 一緒に勝ちに行くぞ!」

 

 

「ウォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!」

 

 

 咆哮を、対戦相手に全力でぶつける。そしてその先は、俺らしく戦うだけだ。

 

「よし、逃げるぞウォーグル!」

「は、はぁっ!? そこまで啖呵切って逃げんのかよ!?」

 

 ウォーグルはファイアローに背を向け、一目散にその場から離脱した。俺たちが最後に選んだのは持久戦。ファイアロー相手に時間を稼ぐという戦法だった。

 ふと見渡せば、既に空は随分と静かになっていた。シンジョウさんのリザードンやアイのフライゴンが大暴れした結果だろう、全てのポケモンが蹴散らされていた。

 

 アルバのジュナイパーはちゃんとランタナさんのポケモンを倒せたかな、もしダメでも今度はシャルムシティでリベンジしよう。俺たちには次があるんだから。

 

 だけどそれは、次があるから負けてもいいやという言い訳にはならない。

 俺は、俺たちはまだ勝負を捨てたわけじゃないからだ。

 

「【エアスラッシュ】だ!」

 

 ウォーグルは追撃を仕掛けてくるファイアロー目掛けて空気の刃を飛ばすが、それらは簡単に避けられてしまい明後日の方向へ飛んでいった空気の刃がビルの一角を破壊する。

 しかし落下した瓦礫は下のポケモンたちの【テレキネシス】による浮遊力場の影響で観客の頭上でふわふわと浮かんでいる。

 

「やけど状態の効果を受けない特殊技を選んだんだろうが、ちゃんと狙わなきゃファイアローには当てられないぜ!」

「やっぱりか、そりゃそうだよな……!」

 

 追撃の【ブレイブバード】を辛うじて回避するが、無理をするとウォーグルのやけどが悪化してダメージが深刻化する。真面目に避けてもあと二回くらいが限界そうだ。

 ウォーグルに首元でハンドサインを送る。これはコスモスさんとの修行中に練習した、口が使えない時の指示の一つだ。他にも口頭の指示で相手に作戦を悟られたくない時にも役に立つ。

 

 直後、ウォーグルの姿が一気に分裂する。再び賑やかになった空の上で、ファイアローが混乱する。唯一だけ欠点を上げるとするならば、本物のウォーグルにしか俺が乗っていないからすぐにバレてしまうところだ。

 さすがに俺はサザンカさんたちと違って【かげぶんしん】出来ないからな。

 

 でもここまで空を埋め尽くしてさえいれば、バレないはずだ。俺のウォーグルは通常よりもちょっぴり身体が大きい。身体を起こしていれば、ウォーグルの身体が死角になって俺の身体は隠れるからだ。

 

 ────そう思っていた。

 

「甘いぜ、ヒーロー。回避率を上げればファイアローを撒けると思ったんだろうがな!」

「まさか、【ねっぷう】を……?」

「いいや違うね。もちろんそれも手の一つだけどよ、お前は今全力(ゼンリョク)でこの勝負を楽しんでる。この催しを開いた甲斐があるってもんだぜ」

 

 ランタナさんは指を立て、チチチと振って否定する。ウォーグルが遠巻きに旋回を繰り返しているから、本物と俺の場所は未だにバレていないはずだ。

 だけどランタナさんは()()()。ムクホークの上で、不思議な踊りを舞った。

 

 まるで大翼を広げ羽撃くかのような動き。

 

 空を穿つ一撃を示唆する、突き上げられた拳。

 

 その時不意に、ランタナさんの手首にあるリストバンドが輝きを放った気がした。

 

 

「──そこで、お前にとびきりの、俺たちの()()()()()を叩き込んでやるぜ!!」

 

 

 それは気のせいじゃなかった。虹色の光がテルス山から放たれ、ファイアローを包み込んだ。

 その時俺の心臓、レシラム風に言えば魂に何かが響いた。キセキシンカとはまた違う、Reオーラの収束を感じ取ったんだ。

 

 まるでポケモンのパワーアップではなく、一撃に全てを。

 

 ──全力(ゼンリョク)を注ぎ込むような輝きだった。

 

「俺の故郷に伝わる伝説の技、受けてみなヒーロー! 飛翔せよ、ファイアロー!」

 

 虹色のオーラに包まれ、黄金の輝きを放つファイアローがさらに上空を目指す。その勢いは成層圏を超えて、宇宙まで届いてしまうんじゃないかと思うほどだった。

 見ればわかる、あの一撃はやばい。当たったら、無事では済まない。

 

「ウォーグ────」

 

 回避を指示しようとした。だけど、この勇猛な大鷲はそれを良しとしない、頑と譲らない瞳で俺を見つめていた。

 あんな超ド級の必殺技を目の当たりにして、ウォーグルは正面から挑んでみたいと思っているようだった。

 

 火傷を負って、体力は残りわずか。対して相手は【はねやすめ】で体力は十全、勝ち目は殆ど無いに等しい。

 だけど戦ってみたいんだ、こいつは。そしてこいつの性格を思い出した時、思わず変な笑みが溢れてしまった。

 

「分かったよ、いじっぱりだもんなお前。()()()()()()()()

 

 頷き合い、天空から急降下してくるファイアローを睨んだ。それはまさに流星と呼べるものだった。

 遥か上空から急降下することで空気摩擦が極限の炎を生み出す。オレンジ色さえ超越する温度の、白炎。

 

 その炎を身に纏い、螺旋を描きながらファイアローがウォーグル目掛けて音さえ置き去りにするような体当たりを行う。

 

 

「喰らえっ、ファイナルダイブ────ッッ」

 

 

 炎そのものとなったファイアローはさらに加速し、砲弾のように勢いを増しながら迫ってくる。

 ウォーグルはそれから逃げない。真っ向からぶつかり合うために真正面から向かっていく。

 

 

「クラァァ──────────────ッシュ!!!」

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 それは地上から見れば、まるで隕石が降ってくるかのようなイメージだった。

 白炎を身に纏い、急降下してくるファイアロー。加速すればするほど、身体の炎が巨大化していくからだ。

 

 ランタナの故郷、アローラ地方には『Zワザ』なる伝統の技が存在する。

 メガシンカ同様に、トレーナーとポケモンにそれぞれ特殊なクリスタルを所持させ、風土に纏わる舞を奉納することでポケモンに力を注ぎ込むという必殺技。

 

 本来なら、アローラの風土が必要となるそれを、ランタナはReオーラを代用して発動させているのだ。

 

 誰もが思った、勝負ありだと。アレを正面から受けたなら、誰だって耐えきれないと悟った。

 アルバも、リエンも、ソラも、残念そうに目を伏せた。しかしダイならきっと、少しだけ凹んで笑ってリベンジを受け入れるはずだ。

 

 天空で大爆発が起きた後、そこから吐き出されるようにして落下するダイの姿を誰もが見た。しかしそのコースを見た瞬間、テレキネシスで浮遊力場を作っていたステラが青ざめた。

 慌ててポケギアを取り出し、ランタナへ繋いだステラが叫んだ。急いでいたあまり、個人通話ではなくオープンチャンネルで繋がってしまったがそれはこの際関係ない。

 

「ランタナさん! 今すぐダイくんを回収してください! 彼はこのままではテレキネシスの力場より外に落下します!」

『なんだとっ!? おい、ファイアロー! 急げ!!』

 

 ランタナがすぐさまファイアローを向かわせる。幸いダイが落下を始めてそこまで距離は離れていない。ファイアローの速度なら十分追いつける距離だった。

 それでも心配が勝ったか、アルバは疲弊しているジュナイパーを、ソラはチルタリスを空へ向かわせようとしたときだった。

 

 しかし、

 

「ま、待ってくださいっ!!」

 

 それをせき止める人物がいた。それはシーヴと逸れ、後から合流した少年。

 サンビエタウン郵便屋のミツハルだった。彼はアルバとソラを止めると、振り返って上空を仰いだ。

 

 

『そうだぜ、ランタナさん!』

 

 

 通話に参加している全員の端末から、ダイの声が聞こえてきた。全員が端末と、上空の豆粒ほどのダイを交互に見つめた。

 そして誰もが悟った。ウォーグルを戦闘不能にされたにも関わらず、ダイはまだ勝負を諦めていない、と。

 

 

『まだ、勝負は終わってねぇ! 俺たちは絶対に勝つ!』

『何馬鹿言ってんだ! お前にはもう空を飛べるポケモンがいねえだろ! さっさとファイアローに掴まりやがれ!!』

 

 

 ランタナが必死に叫ぶ。飄々としていた彼があまりにも必死に叫ぶものだから、ダイは思わず余裕が生まれていた。

 先程の(ランタナ)がそうしていたように、指を立ててチチチと舌を鳴らした。

 

 

「いや、ダイさんにはまだ、戦えるポケモンがいます!!」

 

 

 ミツハルが声高に叫ぶ。彼のこんな姿を見たことがない、とシーヴは目を丸くしていた。

 その場のギャラリー全員が空を仰いだ。そして気付いたのだ、可能性に。

 

 

 アルバは、

 

 

 リエンは、

 

 

 ソラは、

 

 

 アイラは、

 

 

 シーヴは、

 

 

 イリスは、

 

 

 まさか、と息を飲んだ。その、まさかだ。

 

 

 

 

 

『そう、俺にはまだ────』

 

 

 

 

 

 ガシリ、とダイがファイアローを()()()()。自分を助けに来た焔隼を逃すまいと捕捉した。

 ミツハルとダイは叫んだ。

 

 互いによく知る、その名を。その技を。声高に、身体の芯を震わせるように。

 

 

 

 

 

「『翼がある──ッ!! 【ハイドロポンプ】ッ!』」

 

 

 

 

 

 瞬間、ダイとファイアローの隣に聳えるビルの一角から一筋の水流が解き放たれた。それはまるでスナイパーの如く、ダイが捕まえたファイアローを横から穿った。

 ファイアローから手を離し、再び落下を始めたダイをそのビルから飛び出した影が、その大きなクチバシですっぽりと受け止めた。

 

「ナーイスキャーッチ! やっぱお前は最高だぜ! "ペリッパー"!!」

 

「クワワッ!!!」

 

 "みずどりポケモン"、ペリッパー。ダイの最初のポケモンにして、今はミツハルが預かっているはずのポケモン。

 それが今、ダイを助け、勝利に導こうとしている。

 

「このスカイバトルロワイヤルは、空を飛べるポケモンしか手持ちに入れられない。だから、六匹手持ちが揃ってる俺でも新しく手持ちに、空を飛べるポケモンを追加することが出来る!」

 

 戦闘に参加出来ないのではなく、そもそもエントリーが出来ない。これを利用して、ダイはペリッパーを呼び戻し、戦闘の間それを隠し通したのだ。

 

「おまっ、まさかテレキネシスの力場範囲外に落ちたのは……」

「ご名答、わざとさ! だから俺は戦闘中に、こっそり石の破片や小石を落として回ってたんだ! テレキネシスの浮遊力場の範囲がどこまでかを調べるためにね!」

 

 ランタナはシンジョウのリザードンと共にダイを追いかけていた時と、さきほどの逃走中にビルの一角を削った【エアスラッシュ】など自分が思い返すだけでも結構ある。

 最初から、このバトルロワイヤルが始まった時からダイはこの展開を読んでいたのだ。そして自分が落下する位置を決めそこへペリッパーを潜ませていた。

 

「力場の外に落ちれば、飛行手段を失って落ちていく俺を助けるためにファイアローを動かすことも読めてた! 後はご覧の通りさ!」

 

 ファイアローは苦手とするみずタイプの技、それも最上級の技である【ハイドロポンプ】を意識の外からぶつけられた。

 

「もちろんジムリーダーが鍛え上げたポケモン。あの不意打ちでも多分一発じゃ倒せないはずだ。けど、自慢の翼は封じた!」

 

 ランタナがファイアローを見やる。そこには翼がグズグズに濡れそぼった相棒の姿があり、まだ飛ぶ意思は感じたものの【はやてのつばさ】を封じられたことを悟った。

 体力が十全でなければ、【はやてのつばさ】は効力を発揮しない。

 

「勝負はここからだ、行くぞペリッパー! 【おいかぜ】!」

 

 力強く羽ばたき、ペリッパーがその場に空気の流れを生み出す。風が背を押してくれることでペリッパーの素早さが倍近く上昇する。

 ファイアローが追いかけるが、翼が濡れその分重くなったことで素早さが伴わない。追い風を味方につけたペリッパーがぐんぐん距離を離す。

 

「どこへ向かうつもりだ!」

「ランタナさんが全力(ゼンリョク)見せてくれたんだ、俺だって見せつけなくっちゃな!」

 

 ダイを乗せたままペリッパーは高度をぐんぐん下げ、やがてレニアシティ外れにあるプールエリアへと思い切り飛び込んだ。

 水柱を上げて再度飛翔したペリッパー、背中に乗っているダイがずぶ濡れになることも厭わない。

 

「ハハハッ! 頭から行ったな!」

「クワ~!」

 

 服が、髪がずぶ濡れになろうと、ダイは笑顔を崩さなかった。

 久々にペリッパーと翔ける空が、楽しくてしょうがなかったから。

 

「くそっ、近づけるな!」

 

 ファイアローが炎を撃ち出し、ペリッパーを牽制する。しかしその中であっても、ペリッパーは炎を避けなかった。

 仮にも、トレーナーを乗せているのなら回避行動を取るはずだ、と思い込んでいた。

 

「ッ、プールに飛び込んで【みずあそび】したってことか!?」

「そう! 元々炎に強いみずタイプのこいつがわざわざ【みずあそび】したのは俺のためだ!」

 

 炎の中突っ込むダイが火傷をしないように、ペリッパーなりの気遣いだ。

 しかしそれだけではない、ペリッパーがプールに飛び込んだ理由は他にもある。

 

「あっついの、返すぜ! 【ねっとう】!」

 

 食らった炎技でグツグツに温まった湯を発射し、ファイアローを攻撃する。ほのおタイプ故に火傷することこそ無いが、直撃によるダメージは相当だ。

 そしてペリッパーが水を滴らせるファイアローにクチバシを叩きつける。ただの体当たり、ではもちろんない。

 

 

「プールの水を【たくわえる】!?」

「そしてゼロ距離で放つ、【超弩級ハイドロポンプ】だァ──ーッ!!」

 

 

 プールには【みずあそび】の他に、吐き出すための水を蓄える意図があった。

 そして極限まで溜め込んだ水を、ゼロ距離で撃ち放つ。コンクリートすら穴を空ける水圧の奔流がファイアローを空の彼方まで跳ね飛ばした。

 

 水が飛散しキラキラと雫が溢れる中、空には大きな虹が掛かっていた。

 くるくると落下したファイアローが浮遊力場によって受け止められたのを確認して、ランタナはため息まじりモンスターボールを取り出し、激闘を終えたファイアローを労いボールへと戻した。

 

「ったくこの野郎、どっちが策士だっつーの! お前の方が数倍小賢しいぜ!」

 

 肩を抱き、だる絡みするランタナ。濡れたダイの頭をワシャワシャと乱雑にかき乱すと、ゴホンと軽い咳払いと共に離れた。

 そして上着のポケットを弄ると、彼は渋々光り輝く()()をダイへと差し出した。

 

「お前たちの勝ちだ。俺が伝えたいことも、全力も、全部受け取った上で俺のファイアローを見事倒したお前に、この"フリーダムバッジ"を授けよう!」

「サンキューランタナさん! それじゃ!」

「あっ、おい!!」

 

 着陸したかと思えば、バッジを受け取るなりダイはすぐさま走り出してしまう。

 

「ダイ、どこに!?」

「ちょっと、飛びたい気分なんだ! こいつと、まだ!」

 

 アイラが尋ねるが、ダイは振り返ることもせずペリッパーの背に飛び乗るとそのまま飛び立ってしまう。

 その背中を見て、彼を知る全員がやれやれと笑みを零した。

 

 遂に相対する相手もいなくなり、自分たちだけになった空を仰いでダイは深呼吸を繰り返した。

 この空は誰のものでもない、誰にも縛られない、究極の自由のもとにある。

 

「ペリッパー、あの日お前に言ったこと、訂正するよ」

「クワ?」

 

 羽ばたきながら後ろを振り返って首を傾げるペリッパーの頭をポンポンと撫でながらダイは照れ隠しするように言った。

 

 

「お前は弱いポケモンなんかじゃない。誰よりも優しくて、優しいからめっちゃ強いんだ。お前はずっと、優しさって強さで戦ってきたんだ」

 

 

 ダイはペリッパーが、ひと月前ヒードランの影響で燃えた森の消火活動に野生のみずポケモンを引き連れて当たったとカエンから聞いていた。

 あの夜、ペリッパーを遠ざけるために敢えてひどい言葉を浴びせたが、それをずっと気にしていた。

 

「お前を置いていったこと、間違いじゃなかった。お前はやっぱり、誰かのために力を使う方が生き生きしてるもんな」

「クワ……」

 

 その時だ、ペリッパーはまた寂しそうな顔を見せた。

 また一緒に飛ぶことが出来たのに、またお別れしてしまうのか、と。

 

 

「そんな顔すんなよ、今度は約束するよ。絶対お前を迎えに来る。

 知ってるか? また会える時のお別れは、笑顔でするもんなんだぜ」

 

 

 笑顔の別れは、また会おうのメッセージだから。

 

 

 それを受けてペリッパーは、力いっぱい笑った。ダイも大口を開けて、笑顔を浮かべた。

 約束を結びつける小指が、空に架かる虹と絡み合った。

 

 

 

 

 

 それから暫く空を漂って、満足した二人はゆっくりとレニアシティに降り立った。その頃にはとっくに表彰式も終わって、無事アルバもアイラもフリーダムバッジを手に入れたことを知り、ダイもホッと一安心と息を吐いた。

 

 

「──ダイくん」

 

 

 瞬間、ダイはぶるると身震いし、底知れない寒気を感じた。もしかして身体を冷やしすぎたかと思ったがそうではない。

 ゆっくり振り返るとそこにはステラが立っていた。ただのステラが立っていればそれで良かったのだが、()()()ではなかった。

 

「どうしてあんな危ない真似したんですか? 一歩間違えば大事故になるところでしたよね」

 

 ゆらり、とまるで幽霊のような動きでゆったりと迫ってくる。顔には笑顔が張り付いているのだが、それが返って恐怖を誘った。

 後退った時、ちらりと視界の端に捉えたのは正座をさせられているランタナの姿だった。

 

「な、なんでランタナさんは正座を……?」

「ランタナさんは連日自分の元へ挑戦者が来ることを面倒がって、今日のバトルロワイヤルに参加した人全員にバッジを配るつもりだったんです」

 

『私はジムリーダーとしての責任を全うできていませんでした。

 今後は心を入れ替え、真面目に勤務致します』

 

 そう書かれたプレートを胸から下げ、シワシワの顔で正座させられているランタナを見てダイは悟った。

 あれはステラに捕まった後の自分の姿だと。

 

「まずいっ! 逃げるぞペリッパー! 飛べ!!」

 

「あっ、こら! 待ちなさい! 降りてきなさーい!!」

 

 もう十分に空を堪能したはずだったのに、ダイとペリッパーは頷きあってステラから逃げるように空へと飛び去った。

 十分後、有志──シンジョウとリザードンだ──の協力もあり、無事ダイとペリッパーは捉えられ、ランタナの隣で正座させられることとなった。

 

 



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VSシュバルゴ 後夜祭

三ヶ月も空いてしまった。


 

 

 レニアシティ復興祭二日目も佳境、空の色はオレンジ色から紺色へと移り変わりつつあった。

 ダイはというと、ランタナと揃って正座させられ反省させられていた。そろそろ足の感覚が無くなってきて足裏に触られると身悶えるレベルだ。

 

「ランタナさん、生きてますか」

「死んでる」

「そうですか……」

 

 他愛ない雑談など行えるわけもなく、かと言って無言を貫いていると足の痺れが容赦なく襲いかかってくるのだからたちが悪い。

 他の三人はどうしているかな、などと考えながら街行く人々を寂しく見送るダイ。そんな時だ、人混みの中から見知った顔が現れたのは。

 

「ダイさん!」

「お~、ミツハル。サンキューな、ペリッパーのこと」

「いえいえ、しばらくサンビエに滞在するって話だったのに次の日にはいなくなってるんですもん、びっくりしましたよ」

 

 そういえばそういう話だったな、と既に懐かしさを感じる。ダイは傍らに転がっているモンスターボールの中からペリッパーの入ったボールを手繰り寄せ、ミツハルに差し出す。

 

「それじゃあまた頼むな、ペリッパー」

「……いいんですか?」

「今度はお互い合意の上だ、全部終わったら迎えにも行く。だからお前が預かっててくれ。そんでペリッパー、お前はミツハルのことしっかり手伝ってやれ」

 

 ボールの中から「クワ!」と元気よく返事したペリッパーに頷き、ダイは改めてボールをミツハルに手渡した。

 

「はい、大切にお預かりします! それでは、僕はこれで!」

 

 早速ボールからペリッパーを出し、じゃれ合いながら走り去るミツハルを見送ってダイは少しだけノスタルジーに浸った。

 小声で小さく、「またな」と呟くと胸中に溜め込んだ空気を一気に吐き出す。

 それを真横で見ていたランタナが腕を組み、なにやら頷いていた。

 

「泣けるねぇ、うん……歳取ると涙脆くっていけねえや」

「ランタナさんまだ二十八じゃないですか、まだ若いでしょ」

「そうは言うけどよ、カエンやコスモスを見てみろよ。あんなに若ぇ連中がしっかりしてっと、十個以上離れてるのにちゃらんぽらんだとどうしてもな」

 

 コスモスはともかく、カエンに関してはダイも同じことを思わざるを得なかった。まだ十歳にも関わらず既にジムリーダーとして立派に活動している。

 英雄の民という肩書に物怖じせずに日々切磋琢磨している。転んでも何事も無かったかのように立ち上がる姿は周囲に希望を齎すだろう。

 

「さて、と……そろそろ反省はいいだろ。ずっとここに座ってちゃカビが生えちまう」

「ステラさんのお許しはまだ出てないですよ」

「知ったことか、せっかくの祭りだぜ? 最後まで楽しまにゃ損! それに、お前はあのヘッドフォンガールと約束があるだろ?」

 

 ランタナが茶目っ気たっぷりにウィンクしてみせると、ダイは「あー」と思い出したかのような声を出した。

 というのもアルバたち三人は最初ダイの謹慎が解けるまで一緒にいようとしたのだが、それこそ今のランタナのように時間が勿体ないと送り出したのだ。

 

 そしてソラが「今夜花火があるから、みんなで見に行こう」と持ちかけたのだ。

 

「花火まで時間はあるが、俺たちゃまず足の麻痺をどうにかしなくちゃならんからな」

「そう、ですね……じゃあ抜け出しますか」

 

 一気に立ち上がると、ぷるぷるとまるで生まれたてのメブキジカのような足取りになる二人であった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「ソラ、はいあ~ん」

「あー」

 

 かぷり、と口の前に差し出された棒付き木の実飴にかじりつくソラ。しかしなかなか筋がしつこく、リエンが棒を引っ張ってもソラがついてくる始末だった。

 それを苦笑して見守るのは、三人だけで催しを楽しんでいたところに現れたアイラだった。先程のジム戦でフリーダムバッジを手に入れたからか、いつもより三割増しで機嫌が良さそうだった。

 

「お待たせ、アイラ!」

「ん、サンキュー。これお代ね」

 

 代金を渡してアルバがたった今仕入れてきた縁日焼きそばに手を付ける。手作りの、また出来たてというジャンキーさが空腹にとにかく刺さる。

 アイラは今日のMVPであるフライゴンを呼び出すと、箸でつまんだ焼きそばをフライゴンにお裾分けする。

 

「あいつも乗っけたりして、疲れたでしょ。いっぱい食べて、ゆっくり休んでね」

 

 そう言ってフライゴンを労う様を見て、アルバはガサツな少女だと聞いていた彼女の評価を訝しんだ。

 しかしここ一ヶ月、サザンカやレンギョウの元で一緒に修行する中で彼女がリエンやソラと変わらない至って普通の女の子だと理解を改めることが出来た。

 

「そういえば、アイラはこれからどうするの? まだサザンカさんのところで修行を?」

「んー、どうしようか迷ってるっていうのが本音かな。もちろんプラムもサザンカさんも歓迎してくれるとは思うけれど……」

 

 アイラは箸を落ち着けると、広場の方を見やった。恐らくまだ反省中のダイに思うところがあったのだろう。

 それを見てアルバは、修行中ですら尋ねなかったことを聞いてみることにした。

 

「子供の頃のダイって、どんな感じだったの?」

 

 その言葉はリエンとソラの注意を引くには十分だった。なんだかんだ、ダイは自分の過去について話したがらない。

 クシェルシティでのアイラとの再開の際にその場に居合わせたアルバとリエンはなんとなく察することが出来るものの、ソラにとっては初めて触れる内容だった。

 

「そうねー、あんま言い触らしたりは良くないと思うしー」

 

 しかしアイラはちょっと意地悪そうな笑みを浮かべて渋った。アルバとリエンがそこまで必死に聞き出そうとしていたわけではないので、引き下がろうとしたときだった。

 

「お願いアイラ。私、気になる」

 

 意外にも、ソラはアイラに詰め寄って聞き出そうと身を乗り出していた。まさかソラがここまで興味を示すとは思わず、アイラのみならず二人も目を見開いた。

 ぐいぐいと押されるとアイラも弱く、「しょうがないなぁ」と話し始めた。

 

「あたしたちはオーレ地方のアイオポート出身で、そこは海がとても綺麗な港町なんだ。家族同士の仲がとっても良くて物心ついた時から一緒にいたかな。もう本当、姉弟みたいなものだよ」

 

 説明しながらアイラは新調したスマホロトムを取り出してアイオポートの写真を見せる。そこに輝く海はキラキラと輝いており、浜辺の有無はあれど海の町育ちであるリエンは感嘆の声を零した。

 

「それで、あたし達のパパは豪華客船の乗組員で世界中を旅して帰ってくるの。あたしのバシャーモやフライゴンは、アチャモとナックラーだった頃にパパがプレゼントしてくれたポケモンでね」

 

 その時、ボールから勝手に出てきたバシャーモがフライゴンと共にアイラに擦り寄って戯れる。あれだけ普段苛烈な二匹も、こうしてアイラには甘えたがるのだ。

 二匹を存分に可愛がってから、アイラは思い出したように再び言葉を紡ぎ出す。

 

「ちょうどその頃だったかな、ダイが港で怪我しているキャモメを保護したのは」

 

 一同が「あぁ」と納得する。そこで以前ダイから聞いていたペリッパーとの出会いの話に繋がるのだ、と。

 バトルこそ苦手だったがダイとペリッパーのコンビネーションは進化する前から卓越しており、アイオポートでは彼の母親のこともあり、知らない存在はいなかったほどだ。

 

「あいつ、小さい頃はとにかく元気って言葉が走り回ってるような子供でさぁ」

「うん、なんとなく想像できるよ」

 

 アルバも、リエンも、ソラも半袖短パンでそこら中を駆け回っているダイの姿がありありと想像できた、傍らで楽しそうなペリッパーまでおまけでついてくるほどに。

 

「大きくなったら、お母さんみたいに強くなるー! って口癖だったなぁ」

 

 その時だ、その一言がアルバの強者センサーに反応した。というのもダイは身内の話を全くしてこないからだ。

 

「ダイのお母さんってどんな────」

 

 

「ハァイ、ボーイズアンガールズ。楽しんでる?」

 

 

 一瞬、アイラの上に影が差したかと思った時だった。勢いよくアイラの身体が怪力でホールドされた。

 突然の闖入者にアイラ以外の三人が硬直、祭りで浮かれていたのもあり判断が鈍ったのだ。

 

 襲撃者、にしては敵意がない。その点に関してはアルバも自身の直感と同意見だった。

 

「ちなみに────おばさんはチョー楽しんでまーす!!」

 

 脳が現状を理解した瞬間、次に襲いかかってきたのは強烈な酒気だった。ひと目で既に泥酔寸前まで酔っ払っているのがわかった。

 しかしその酒の臭いに惑わされなかったのがソラだ。アイラに絡みつく女性の心が放つ大音量のビートが、彼にとても似通っていたことに気づく。

 

「この人が、ダイのお母さん」

「……よくわかったわね、ソラ。その通り、この人がコウヨウさんって言って正真正銘、ダイのお母さんよ」

「はーい、お母さんでーす! 不出来な息子が普段からお世話になってまーす!」

 

 酒のせいか普段より七割増しで上機嫌な紅髪の闖入者──コウヨウは腕の中のアイラを猫可愛がりする。既に慣れたアイラはコウヨウのさせたいようにさせている。

 しかし女性同士の絡み合いというやたらと刺激の強い光景のせいか、はたまた彼女らに気を使ったのか、アルバは視線を反らしていた。

 

「すんすん、おやおや……そこの青いボウヤ」

「ぼ、僕ですか……!?」

「そう、君。君さぁ、美味しそうな匂いがするねェ」

 

 獰猛な肉食獣の視線が自分を射抜いている、そう思った瞬間アルバは恥じらいよりも先に警戒心が出た。

 その対応が彼女にとって満点だったのか、アイラから離れてツカツカとヒールを鳴らしながら、アルバを睥睨する。

 

「匂いでわかるよ、ポケモンバトルが好きで好きでしょうがない。勝ち負けなんかよりも、強い人と戦いたいっていう純粋な狂気」

 

 見抜かれているな、とアルバは気づいた。実際、昼間のスカイバトルロワイヤルはジュナイパーに頑張ってもらった部分があり、アルバ自身が不完全燃焼気味だったのは否めない。

 そんなところに近くにいるだけで強者とわかるオーラを放つ存在がいる。

 

「でもダメ~、今日はアタシもオフなのだ!」

「え、え~!? これだけ引っ張っておいてですか!?」

「女は男を振り回すくらいじゃないとモテないぞ、女子諸君」

「「「参考になります」」」

「しないで!!」

 

 真剣にメモを取り出す三人組にツッコミを入れるアルバ。普段からダイとの漫才でこういったやり取りはだいぶ手慣れたものだが、自分以外が全員ボケるとどうしても体力に限界を感じてしまう。

 

「まぁアタシは暫くテルス山にいるからさ。時間の許す日があれば、バトルしにおいでよ」

「そこまで言うなら今日お願いしたいんですけど……」

「しつこい男は嫌われるよ。一方、諦めの悪い男はモテるぞボウヤ」

「参考に──いやしないですよ」

 

 アルバを手球にクツクツと笑うコウヨウ。どうやら年頃の男をからかって遊ぶのが大好きなようだと、ここにきてアルバはようやく気づいた。

 それこそダイもいじられて、しかして愛されてきたに違いない。そういう暖かさもやり取りの中で伝わってきた。

 

 大きなため息をアルバが吐いた瞬間、夜空で大きく花火が爆ぜた。キマワリのような花火が幾つも空へと打ち上がる中、三人は気づく。

 

「ダイ、まだ反省中なのかな」

「さすがにもういいんじゃないかな、迎えに行こうよ」

「……そーいえば、あいつさっき一人でプールエリアの方にフラフラ歩いていくのを見かけたよ」

 

 それを聞いて、三人は訝しんだ。予め、ソラが花火の時間は告げてある。それ以前に開放されたのなら合流を急ぐはずである。

 であるにも関わらず、ダイはなぜかプールエリアへ向かったらしい。自分との約束を忘れられたと思ったか、ソラがきゅっと唇を噛み締めた。

 

「きっと、穴場スポットを探しに行ったんだよ。きっと大丈夫」

「うん……」

 

 リエンが不安げなソラのことを気遣い、手を引いて走り出す。向かうのはプールエリア、そんな彼らが気になったのかアイラもまたコウヨウに一礼して三人を追いかけた。

 若い衆の背中を見送りながら、片手に持った未開封の酒缶を開け一気に呷る。

 

「ぷはーっ! どれ、もう一本……あっ」

「飲みすぎよ、コウちゃん」

 

 勢いよくもう一本の缶を開けたところで、それは後ろから現れた人間によって没収されてしまう。

 そこにはコスモスと、彼女の母にしてコウヨウの親友──ヒメヨが立っていた。没収された缶の中身はヒメヨが一気に飲み干してしまう。

 

「ふぃー! 一気飲みは効くわね~! コスモスちゃんは飲んじゃダメよ、まだ早いからね~」

「分かってます、というか母様の酒気だけで酔いそうなので」

「それで、コウちゃんはどうしたの? こんなところで一人ぽつんと。いつもみたいに馬鹿騒ぎしないの?」

 

 まるでいつも自分が馬鹿騒ぎしている変人みたいではないか、とコウヨウはムスッとするが次にはもう「まぁその通りか」とケロっと笑う。

 手の中にあるモンスターボール、その中にいるフシギバナが大きな欠伸をする。

 

「実はさぁ、アタシがラフエル地方に来たのには観光の他にもう一つ理由があんだよね」

「そうなの? ダイくんの様子を見に来たんじゃなく?」

「それはおまけのおまけ、んでこれは()()()()()()()()からのお達しでさぁ」

 

 コウヨウがそう言うと、コスモスとヒメヨの纏う空気がピリッと切り替わる。

 ポケモン協会本部、それはつまり全国に散らばるポケモン協会を総括する部署のことを指す。言わばコウヨウは、その本部直轄のエージェントということになる。

 

「これ、なんだか分かる?」

 

 そう言ってコウヨウが取り出した小瓶には極小の石が収まっていた。しかしただの石ではなく、まるで意思があるかのように碧く明滅している。

 

「力のある石……ポケモンの進化に用いるものと同じオーラを感じますが……」

「────"隕石"だよ、これはその一部。アタシは半年くらい前にラフエル地方に降り注いだ隕石を探してたんだ」

 

 小瓶を揺らしてみせると、隕石は光り方を変えた。

 すると、今まで何かを思い出そうと思案顔だったヒメヨが「あっ」と顔を上げた。

 

「そういえば、ここ最近はやたらと流星群の頻度が高くなってるって聞いたことがあるけれど……まさか」

「恐らく()()。半年前に落ちたこの隕石に、まるで引き寄せられるみたいに大小様々な隕石が、ラフエル地方(ここ)に降り注いでいる」

 

 誰かが意図的に落としている、そうとも考えられる。だからポケモン協会はわざわざコウヨウを調査に駆り出したのだ。

 

「最強の一角を使い走り、協会本部は何か知ってるんでしょうか?」

「だろうね、アタシはこのままこれをリザイナシティの研究所で調べてもらうつもり。偶然にも、バカ息子がコネ持ってるみたいだからさ」

 

 そう言ってコウヨウは意地悪く笑い、隠し持っていたもう一本の酒缶を開けたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 足の痺れも無くなって、確かな足取りで俺は撤収作業を待つだけとなったプールエリアのステージへ向かっていた。

 街の方で大々的な祭りが行われているからか、プールの近くは人っ子一人いなかった。

 

 空で弾ける七色の火が俺の影をアスファルトに焼き付ける。ソラとの約束を破ってしまうことに心苦しさはある。

 だけど、俺には先約があった。俺をこの先のステージで待っている奴がいる。俺はソラたちとの約束よりそいつを取った。

 

 もしかしたら、ソラたちに嫌われるかもしれないな。そう思うと、この選択が正しかったのか答えを求めて足が止まりそうになる。

 それでも足を止めるわけにはいかない。プールエリアの中へ足を踏み入れた瞬間だった。

 

 

 ぐにゃり、と空間が歪曲するのを感じた。そして俺はそれを経験したことがある。

 それこそ俺が初めてのジムバッジを獲得するに至った、ポケモンの技【トリックルーム】だとすぐに気がついた。

 

 俺と約束をした相手なら、こんなことをするはずがない。

 であるなら。

 

 

「こんばんは、今宵は良い月ですね。些か、騒がしい空ですが」

 

 

 ぬるりと、暖かい風が肌を撫でる。建物の陰から現れたのは、絶世の美女。

 それこそ見た目()()で言えばコスモスさんやステラさんに勝るとも劣らない。じゃあなぜ、俺がこの女性に魅力を感じないのか。

 

 それは彼女が放つ、まるで毒のような雰囲気だ。

 アルバ風に言えばニオイ、ソラ風に言えば無音だった。何も感じないのに、これ以上無いほどに伝わってくる。

 

 純粋な、殺意とも取れる敵意。

 

「っ……ナンパなら他を当たってくれよ。これからちょろっと用事を済ませて、女の子と花火を見る約束なんだよね」

 

「それは失礼しました。それではご要望に沿って手早く済ませると致しましょう」

 

 美女は手を真横に薙いだ。瞬間、俺の直感が「避けろ」と告げた。

 僅かに屈むと、俺のゴーグルを()()()()()が弾き飛ばした。もう少し反応が遅れていたら、その何かは俺の首を捉えていた。

 

 

「──ゾロア! メタモン!」

 

 

 即座に俺は二匹のポケモンを呼び出し、襲撃者の正体を暴く。ゾロアの【ちょうはつ】によってその正体が"カクレオン"だと分かった。

 幾度となくこのポケモンとは戦ってきた。それも、こいつの保護色能力を悪事に使う連中と。

 

 すぐさまメタモンはその姿を変える。変身する対象はむし・はがねタイプを持つきへいポケモン"シュバルゴ"。

 優秀な防御性能を持ち、今展開されている【トリックルーム】下においてカクレオンよりも素早く動けるポケモンだ。

 俺はポケモン図鑑を取り出してシュバルゴが使える技に一通り目を通し、二匹と視線を交わして頷きあう。

 

「聞こえなかったか? 俺は忙しいんだよ、名前も名乗れない女と夜明かすつもりは毛頭無いね!」

「随分と些細なことを気にするのですね。私の名前などあなたにとってどうでも良いでしょうに」

 

 変わりなく、美女はカクレオンを俺に向かってけしかける。しかし俺を狙ってくるのは返って好都合だ。

 二匹と一人が攻撃対象の中、俺を執拗に狙うということは二匹のマークが外れるということ。

 

「あなたの言う通り迅速に事を終えたいのは私も同じこと。この夜空を彩る花火が撃ち終える頃には私はこの場を去り、あなたは────」

 

 ゾロアがカクレオンを突き飛ばし、シュバルゴ(メタモン)がその腕の槍を突きつけて制圧した瞬間。

 しゅるりと何かが俺の首元へ巻き付き、直後一気に呼吸が制限された。ふかふかの何かが俺の首を締め上げていた。

 

「──死んでいるでしょうが」

 

「がっ……! これは、"コジョンド"の毛……!!」

 

 クシェルシティの修行の岩戸で戦ったことのあるポケモン"コジョンド"、その長い腕の体毛がムチのように唸り、俺の首を絡め取った。

 ぎりぎりと音を立てて締め上げられる首。このままじゃ、呼吸困難以前に首の骨をへし折られてマジで死ぬ。

 

「冥土の土産、という言葉をご存知でしょうか。それに則り特別にお教えしましょう、私の名を」

 

 その時、空に打ち上がった真紅の花火が美女の顔を鮮血色で照らし出す。まるで透き通るように白い肌に切れ長の目。

 常に三日月の弧を描く唇は妖しく彩られていて、まさに毒のある花といった容貌。

 

 

「バラル団幹部、参謀及び実働補助を任されているハリアーと申します。

 白陽の勇士よ、以後お見知りおきを。そしてさようなら」

 

 

 コジョンドが俺の首をさらに締め上げる。ゾロアもメタモンも間に合わない。他のポケモンを呼び出そうにも、既に意識を持っていかれそうだ。

 万事休すか、そう思われた瞬間、業火がコジョンドの腕の毛を根こそぎ焼き払った。

 

「ちょっと、無事!? 生きてる?」

「ゲホッゲホッ、なんとかな……サンキュー、アイ」

 

 "バシャーモ"の【ブレイズキック】だ、さらに【にどげり】の要領で放たれた炎の蹴撃がコジョンドを蹴り飛ばす。

 膝を突く俺の元に、アイが手を差し出した。それを掴んで立ち上がると美女──もとい、ハリアーに視線を戻す。

 

「ところで、なんでここに? ってあだっ!」

「アンタねぇ! ソラと花火見る約束してんのになんでこんなとこフラフラしてんのよ! おかげで手分けして探すハメになったじゃない!」

 

 首を締められていた俺に対してアイが容赦の無いヘッドロック! まずい、このままじゃこいつに殺される! 

 腕をタップしてアイの手を逃れると美女改め、バラル団の幹部ハリアーへと向き直った。しかしハリアーは今までの余裕が嘘みたいに、顔に無表情を貼り付けていた。

 ただ人数有利を取られたからといって、あの顔はしないはずだ。俺の疑問を他所に、アイは鼻を鳴らして笑った。

 

「こんばんは、ハリアー。ちょうど一ヶ月ぶりくらいかしら?」

「おや、誰かと思えば……覚えていませんね。あなただけ、私の記憶から消えているようです」

「だったら思い出させてやるわよ、"ジュペッタ"!」

 

 アイは新たに繰り出したぬいぐるみポケモン"ジュペッタ"に【シャドーボール】を放たせる。しかしそれはハリアーめがけてではなく、真上へと。

 それを確認し、アイは掌底部分が分厚くなっているタクティカルグローブを身に着けた。

 まるで重力に従って落下してくる魔球はさながら、バレーのトスで打ち上げられたボールで。

 

 トスされたボールがどうなるのか、当然本命(アタック)がある。

 アイはタイミングを合わせて跳躍し、落ちてきた【シャドーボール】を腕でスパイクする。

 ぎゅん、という音を立てて豪速球がハリアー目掛けて飛んでいく。

 

「──コジョンド、弾きなさい」

 

 即座にハリアーの元へ帰還したコジョンドが腕の毛を扇風機のように回転させ、防御する。

 あらぬ方向へ飛んでいき四散する魔球を見て俺はというと、

 

「お前も人間やめちゃった感じ?」

「まだ人間よ」

「だから卒業内定済みみたいな返事やめろよ! お前もアルバも!」

 

 改めてサザンカさんの元で修行すると誰も彼もが人外になると悟った。たとえ友達が人間やめてしまっても、俺だけは人間でいたいと思った。

 まぁ、死者蘇生を果たしているのでただの人間とは言い難いんだけれど……話が逸れた、戦いに集中しよう。

 

「ジュペッタがそのままシャドーボール撃つよりも、あたしが加速させた方が強いのよ」

「聞きたくなかったよ、それ」

 

 さておき、今こっちの場にはアイが新たに呼び出したジュペッタがいる。こいつは、ハリアーが張り巡らせた【トリックルーム】を有効活用出来る低速帯のポケモンでもある。

 

 

「──さぁ、反撃開始よ」

「あぁ、花火が終わんないうちにな!」

 

 

 こいつと、アイと肩を並べて戦うなんていつぶりだろうか。

 いつにない安心感を覚えながら、俺はハリアーを睨みつけた。

 

 

 



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VSサザンドラⅡ BElieVE

 既に夜空を大輪の花が彩る中アルバ、リエン、ソラの三人は自然と集まって人気のないレニアシティ方面を走っていた。

 最初こそ歩きながらダイを探していた三人だが、いつまで経っても彼が見つからず自然と足は急ぎ始めていた。

 

「アイラがプールの方を先に見に行ったから、ダイのお母さんの言葉通りならそろそろ見つけたって連絡があってもいいはずなのに」

 

 アルバが呟きながら、リエンと共にソラの方を見やった。出来るだけ気を使って発言したいところではあったが、時間も押しているため言葉を選ぶため頭の引き出しをゆっくり漁っている暇はなかった。

 

「連絡してみようか、僕はアイラに呼びかけてみるからリエンはダイにお願い出来る?」

 

 頷き、ライブキャスターを起動するリエン。コールしてみるが、ダイもアイラもやはり呼びかけには応答しなかった。

 いよいよもって雲行きが怪しくなってきた、と三人が悟り始めた時だ。

 

 ソラのベルトに収まっているモンスターボールの一つからメロエッタが飛び出してきた。出てくるなり、彼女は何かを必死に訴えようとしていた。

 瞬間、アルバは自身に向かう敵意を察知しリエンを下がらせ前方を威嚇した。剣呑な雰囲気に、リエンとソラもすぐさまモンスターボールへ手を伸ばした。

 

 しかし何も起こらない。確かに今、自分たち三人に対し明確な意思を感じたはずだったのに、今は何も感じない。

 

 

 ────感じるとすれば、足元。微かな振動が、一瞬のうちに大きな揺れへと変化した。

 

 

「下だ! みんな飛んで!」

 

 

 アルバはその場で跳躍し、街灯を掴むとその上へと飛び乗った。飛行集団を唯一持たないリエンはアルバのジュナイパーに掴まることで、ソラはムウマージの浮遊に助けられそれぞれが空中へと逃げた。

 直後、鋼鉄の兜が地面を突き破って高々と雄叫びをあげた。その甲冑のような外殻の中から強い敵意の眼差しを携えて。

 

「──野生の"ボスゴドラ"!? なんだって、こんな時に!」

「ううん、違うよアルバ。この子は()()()()()()!」

 

 ソラが言った、ということはほぼ間違いではない。今、コンクリートを突き破ってきたこのボスゴドラは明確な指示を受け、アルバたちの前に立ち塞がったのだ。

 

「通してはくれなさそうだね、どうする? 私が残って、二人が先に進む?」

「行かせてくれそうなら、それが一番だけど……」

 

 三人が顔を見合わせていると、ボスゴドラは豪脚を活かして突進を開始した。鋼鉄の頭を利用した【アイアンヘッド】は、アルバが立っている街灯目掛けて放たれた。

 そのままそこにいては、地面に叩きつけられてしまう。アルバは再び街灯の上から飛び退り、ビルの壁面に走るパイプを掴んで事なきを得た。

 

「ラグラージ、【アームハンマー】!」

 

 ジュナイパーの手を離し着地したリエンがそのままラグラージをリリースする。ボールから出た勢いを乗せてボスゴドラ目掛けて力んだ腕を叩きつける。

 対するボスゴドラもまた、自身の腕を交差させて受け止める。リエンの手持ちで最も力のあるラグラージの攻撃を受けてなお怯まない絶対的な防御は【てっぺき】によるもの。

 

 

「グラアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 

 吠え、自身が掘り進めてきた穴から岩石を飛ばして攻撃するボスゴドラ。人間など一瞬で潰れてしまいそうな巨石を前に、三人は立ち止まるしかなかった。

 どうやら本気で三人を足止めするつもりらしい。先に行ったアイラが足止めを食らわなかった理由は謎だが、ダイと合流出来ていることを祈るばかりだ。

 

「でも、残念だったね。僕の師匠(せんせい)もボスゴドラを連れていて、このひと月ひたすら戦い尽くしてきたからこそ、弱点も知り尽くしてるんだ」

 

 ボスゴドラはいわタイプとはがねタイプの複合である以上、アルバが最も得意とするかくとうタイプにとても弱いという弱点を持つ。

 出し惜しみは出来ないと満を持して現れたエース、ルカリオが練気し波動を漲らせる。それに従い、ソラとメロエッタも顔を見合わせた。

 

「──【いにしえのうた】」

 

 古来より伝わるメロエッタのもう一つの姿を開放するメロディ、それによってメロエッタは歌姫から踊り子へと姿を変化させる。

 この状態のメロエッタはかくとうタイプを得て接近戦で強いポテンシャルを発揮する。

 

「時間がない、一気に決めるよ二人共!!」

 

 アルバの号令に二人が頷き、三匹がボスゴドラへと殺到する。対するボスゴドラは咆哮で自身を鼓舞することで対峙する意思を明確にした。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「ジュペッタ、【ゴーストダイブ】!」

「来ますよ、備えなさいコジョンド」

 

 アイラのジュペッタが闇夜に消える。笑い声と口のチャックがチャラチャラと揺れる音だけが四方八方から鳴り響き、コジョンドを撹乱する。

 背後は絶好の死角、それ故に読まれやすい。現にコジョンドは耳を使って後ろを警戒している。

 

「────今よ!」

 

 指示を出した次の瞬間、空で大きく花火が爆ぜた。その爆音が、ジュペッタのチャックの音を掻き消す。

 コジョンドが背後に向かって再生した腕の毛をムチのように振るうが、背後にいたのはジュペッタではなくゾロアだった。ゾロアは腕の毛に噛み付いてコジョンドの腕を拘束すると不敵に笑った。

 

「掴んだな、【あなをほる】!」

 

 驚異的な脚力でゾロアが穴を掘り、コジョンドを引きずり込もうとする。踏ん張るが、当然コジョンドは動きが止まってしまう。

 即ち、周囲の警戒が甘くなる。その隙を突いてジュペッタが渾身の一撃を叩き込んだ。

 

「ナイス! まずは一匹よ!」

 

 アイラとダイが短くハイタッチを交わし合う。しかしダイはすぐさま周囲の警戒に戻った。というのも、シュバルゴに変身したメタモンがカクレオンを見失ってしまったのだ。

 カクレオンというポケモンはお腹の模様だけは透明に出来ないため、完全なハイディングは出来ないものの夜であることも手伝って、物陰に隠れられたら見つけるのは困難である。

 

 しかも、ダイは妙な気配を感じていた。それは自分たちを覆う【トリックルーム】に対してだ。

 遅いポケモンほど素早く動ける空間、この場ではカクレオンやジュペッタといった鈍足のポケモンを活かす戦術として重宝される。

 事実、今挙げた二匹はこの技を覚えることができ、ダイは迅速に闇討ちすべくカクレオン自身がトリックルームを展開したものと考えていた。

 

 ダイが疑っているのは、あまりにも()()()()()()()()()()()()()()()ということ。特性の"へんげんじざい"を用いて、エスパータイプになったからエスパー技を巧みに操れるようになったと言われればそれまでだ。

 だが思い返せば、ダイがカクレオンへの応戦を命じたのはシュバルゴに変身したメタモン。エスパータイプとなっているカクレオン相手なら、効果抜群を叩き込むことが出来る。

 

 それが出来なかった理由は、ただひとつ。

 理解した瞬間と、強烈な頭痛が襲いかかってきたのは同時だった。アイラも頭の中をそのままかき混ぜられたかのような頭痛に目を白黒させた。

 

「【サイコキネシス】」

 

「"オーベム"……ッ! トリックルームを張ったのもあいつだ!」

「いたわね、そういえば……! ジュペッタ!」

 

 どこからともなく姿を表した不気味なフォルムのポケモン"オーベム"が念力を高出力で操り、二人の脳を激しく揺さぶった。

 指示を受けたジュペッタがオーベムに飛びかかるが、闇を固めて作ったツメがオーベムを切り裂くかに見えた刹那、オーベムが自分の位置をダイのメタモンと【テレポート】で入れ替えた。

 

「メタモン!」

「しまった……!」

 

 意識外からの攻撃は意図せず急所に命中しメタモンが昏倒する。戦闘不能になったメタモンをダイがモンスターボールに避難させると、ハリアーが妖しく指を一本立てて見せた。

 

「──まずは一匹です」

 

 薄く笑む様は見る者が見れば魅了されようが、ダイとアイラは寒気しか覚えなかった。

 そう、ダイにとってメタモンというポケモンはいざという時の打開策なのだ。それを先に倒されてしまうということは、これから取れる戦術が縛られることを意味する。

 

 歯噛みし、ダイが次の手を講じているとオーベムが念力を電撃に変換して矢のように打ち出す。ダイが電撃の受け手(ゼラオラ)が入ったボールを掴むが、明らかに電撃の到達が先だ。

 念力によって意思を持つように畝る稲妻がそのままダイへ直進する。

 

「ジュペッタ、お願い!!」

「ペッ!!」

 

 アイラの懇願にジュペッタはすぐさま応じた。本来、相手の不意を突き先制攻撃するための技【かげうち】を応用し、ジュペッタが影の中を高速移動しダイの前へと躍り出た。

 直後、電撃はダイではなく盾となったジュペッタに襲いかかる。短い間だが高火力の電撃をその身に受けた呪いのぬいぐるみは地面へぼとりと落下した。

 

「さらに、もう一匹撃破(テイク)

 

「んの野郎……ッ!」

 

 指を二つ立て、ハリアーが口角を三日月のように持ち上げた。それを見てダイが怒りを見せる。

 それはハリアーと自分自身に対してだ。少なくとも、今の場面はゼラオラを素早く呼び出せば対処が出来た。

 

 だがアイラがいるという安心感で気が緩んでいたせいで、防御意識が甘くなっていたのだ。

 ピシャリと頬を打ち、ダイは新たにゲンガーを呼び出した。アイラはジュペッタの代わりに、控えさせていたエースのバシャーモを再度前に立たせた。

 

「同じポケモンが二匹いては、ややこしいですから」

 

 オーベムを引っ込め、新たにハリアーが繰り出したのはアイラが繰り出したのと同じポケモン、ジュペッタ。

 だがダイはすぐさま分かった。同じジュペッタでも目つきが違う、と。

 

 ハリアーの繰り出したジュペッタはまさに呪いを蓄えた闇のぬいぐるみといった風に、どす黒いオーラと悪意を滲ませていた。

 人を襲うことを全く悪いと感じていない、純粋なポケモンバトルなど端からする気が無いと自己表明するかのような歪んだ口元。

 

 ダイとゲンガー、アイラとバシャーモはそれぞれ視線を交わし頷き合うとダイとアイラは左手のグローブリストのキーストーンに意識を集中させた。

 空を彩る虹の光が、夜のプールサイドにも吹き荒れる。

 

 

「────突き進め(ゴーフォアード)、ゲンガー!」

 

「──劫火よ、我が決意を糧にさらなる高みへ至れ!」

 

 

 虹光の繭がゲンガーとバシャーモを包み込む。しかしそれを見て、ハリアーは冷笑し前方の二人とは対称的な右腕に巻き付いたブレスレットのキーストーンを輝かせた。

 三匹のポケモンが同時に虹の光を撒き散らして、その姿を変える。

 

 

「「「メガシンカ!!」」」

 

 

 メガゲンガー、メガバシャーモの前にメガジュペッタが降り立つ。三匹が睨み合う、動かなくとも交わし合う視線が彼らの中では既に鍔迫り合いが始まっていることを示していた。

 ゲンガーとバシャーモはジュペッタより素早さの勝るポケモンではあるが、今なお残る【トリックルーム】は厄介であった。

 

「【シャドークロー】です」

 

「【シャドーパンチ】! 相殺しろ!」

 

 特殊空間内で地面を滑るように突進するジュペッタがメガシンカによって得た大きな腕から飛び出した舌のような器官に闇色の爪を纏わせ横に薙いだ。

 ゲンガーは出遅れるものの自身の影から、影の腕を引っ張り出しそれがワンツーパンチをジュペッタ目掛け繰り出される。

 

 バチン、と音を立てて闇同士の衝突が起きる。弾けた闇が夜間街灯の中に消える。

 間隙を縫うように、バシャーモは自身に爆炎を纏わせながら灼熱の蹴撃(ブレイズキック)を放つ。

 

 それに対しジュペッタは片腕でバシャーモの蹴撃を正面から受け止めた。燃え盛るバシャーモの足を真正面から掴んだのだ、やけどは免れないだろうと誰もが思った。

 否、それは正確な表現ではない。正しく言うなら、()()()()()()はみんな思っていた。

 

 だがジュペッタは何事もなかったかのように、バシャーモの足を掴んだまま力強く振り回す。そのまま、腕を極限まで引き伸ばして壁に激突させた。

 バシャーモが苦悶に表情を顰めた。意識外の攻撃、間違いなく【ふいうち】だ。幸いバシャーモにとっては致命打になり得ないが、迂闊に攻められなくなったこともまた事実だ。

 

 それこそ、ゲンガーはあくタイプの技に弱い。ダイとゲンガーにとって【ふいうち】は出来ることなら避けたい技であった。

 ゲンガーには【ミラータイプ】という技がある。それを使い、バシャーモと同じかくとうタイプを自身のタイプに出来たなら、【ふいうち】を恐れる必要はない。

 だがそれは同時に、ゲンガーが主力とするゴースト技を十全に扱えなくなることを意味している。そしてこの場において、長期戦になり得る攻撃力の低下は望ましくない。

 

「くそ、迂闊に近づけねえぞ……!」

 

「考え事ですか。では少し、趣向を変えてみましょうか」

 

 直後、ダイの目の前のコンクリートが抉り取られるように浮かび上がりまるで自身を研磨するかのように鋭利な突起の群れを成した。

 それがくるりと方向をダイに定め、高速で迫ってきた。しかし先程自分が狙われたばかりだ、今度のダイはアイラのポケモンに守ってもらうほど、考えが浮ついていなかった。

 

「──ゼラオラ!」

 

「ゼェェェララララララッ!!!」

 

 迅雷が現れ、ダイの周囲をプラズマで囲って放たれた円錐の弾丸の尽くを粉砕する。

 そればかりか、その超常現象の犯人目掛けて【プラズマフィスト】を放ち牽制を行う。【サイコキネシス】でコンクリートを研いでいたオーベムが直撃に堪らず吹き飛ぶ。

 

「あいつも厄介だな、ゼラオラ頼めるか!」

「ノクタスとヤドキングをつけるわ! フォローをお願い!」

 

 空中を素早く浮遊し、【テレポート】を多用して距離を取るオーベムをゼラオラ、ノクタス、ヤドキングが追いかける。

 いかにゼラオラが素早くとも、瞬間移動には到底敵わない。それを早急に理解したゼラオラは初めて協力するはずの二匹の仲間にアイコンタクトを取った。

 

 ノクタスとヤドキングは即座に頷き、それぞれが散開してノクタスは【ニードルガード】で、ヤドキングは【みらいよち】を行いオーベムが退避するためのルートを探った。

 そしてヤドキングが未来を見通した瞬間、ゼラオラは雷光を迸らせ逃げる出現したオーベムへと拳を叩きつけた。

 

 元より防御の値が平均以下のエスパータイプ、ゼラオラの【プラズマフィスト】が決まればただでは済まない。

 

 

 ──はずだった。

 

 

 オーベムだと思っていたポケモンは、稲妻の拳をやすやすと受け止め嘲るかのようにその三つ首をゆっくりと擡げた。

 それを見たアイラは舌打ちをして傍のバシャーモを走らせた。しかし既に組み付いているゼラオラを守るには離れすぎていた。

 

 

「【ふくろだたき】です」

 

 

 三つの頭を持つドラゴンポケモン"サザンドラ"だ。それが全ての頭でゼラオラへ連続で噛みついて大ダメージを与える。

 苦悶の表情を浮かべながら、カウンターとばかりに電撃を浴びせるゼラオラだったが相手はドラゴンタイプ、びくともしなかった。

 

「っ、だったら【インファイト】で!!」

「無駄です、既に両腕はこちらの手の中……いえ、口の中でしょうか」

 

 ハリアーの言う通り、ゼラオラの腕は既にサザンドラの首二つが完全にロックしており攻勢に回ることはおろか、退くことすら出来ないでいた。

 

「ダイ! 今はゼラオラをボールに戻すしかない!」

 

 歯噛みし、ダイがゼラオラをボールに戻そうと手を伸ばした時だった。ポケモンを回収するためのガイド光線がボールから放たれた時、サザンドラの残った一つの口が灼熱を吐き出したのだ。

 それはまるで意思を持ったかのようにうねり、渦となってゼラオラを飲み込んだ。炎自体は大したダメージではないが、ボールによる離脱を許さない拘束を意味する技だった。

 

「【ほのおのうず】! あれをどうにかしないと、ゼラオラをボールに戻すことが出来ない……!」

「だったらどうにかしてやるわよ! バシャーモ、気合入れなさい!」

 

 アイラは痺れを切らし、バシャーモをサザンドラへと向かわせた。爆炎を推進力に、バシャーモの【とびひざげり】がサザンドラへと向かう。

 拘束用の炎を吐き出し続ける頭一つを除き、さっきまでゼラオラを拘束していた二つの頭が龍気を吐き出した。それは波となって広範囲でバシャーモへと襲いかかる。

 

「ちっ、猪口才……!」

 

 龍頭を模したオーラが次々にバシャーモへ襲いくる。バシャーモはそれを、手首の炎を操って巧みに打ち払う。しかしそれ故にサザンドラへ近づけなくなっていた。

 ダイにとって、アイラのバシャーモと言えば快進撃の象徴。止まることを知らない、爆進の化身。それがこうも、状況の突破に手を拱いている事実が否が応でもハリアーが強敵という事実を突きつけてくる。

 

「こうなったらダメージ覚悟で、【スカイアッパー】!」

 

 手首の炎をまるでバーニアのように吹かし、バシャーモが飛び出す。サザンドラは相変わらず【りゅうのはどう】を連続で放ち牽制するが、特性"かそく"によって素早さが高まっているメガバシャーモには命中すらさせられない。

 さらにバシャーモは一度、炎に拘束されているゼラオラを使ってサザンドラの視野に出来る死角を利用し、一気に距離を詰めた。

 

 

「獲った────!」

 

 

「────ふ」

 

 

 地面スレスレの突進から、地面を抉りこむような角度から放たれた昇龍を思わせる灼熱の拳。それがサザンドラを統率する真ん中の(あぎと)へ叩き込まれる。

 ────と思われたまさにその瞬間、空からまるでスナイパーのような精密さで放たれた()()()がバシャーモを撃ち貫いた。あまりの衝撃、さらには意識外の攻撃にバシャーモは致命打をもらってしまった。

 

「な、に……っ!?」

「こちらもまた【みらいよち】です、貴女の攻撃パターンは前回の逢瀬(ころしあい)で、全てここに入っているんですよ」

 

 ハリアーはそう言って、自分の頭を指差した。見れば、ハリアーの後ろからこっそりと顔を出すオーベムがいた。さらにはオーベムを抑えていたはずのノクタスとヤドキングはハリアーのジュペッタと見失っていたカクレオンによって制圧されていた。

 

 オーベムは二人を見て、不気味な音を発していた。だがここまでくればダイもアイラも分かる、オーベムが出しているあの音は嘲りの声だ。

 サザンドラの目の前で倒れ伏すバシャーモの身体が急に持ち上がり、それがオーベムによる【サイコキネシス】だと分かった瞬間、ダイは腰のモンスターボールに手を伸ばした。

 

「ウォーグル、受け止めろ!」

 

 念力で地面へと叩きつけられそうになっていたバシャーモは、なんとか疾翔するウォーグルが受け止めた。伊達に自動車を軽々と持ち上げる膂力は持っていない。

 しかしウォーグルが今度はサザンドラの標的にされてしまう。ダイのウォーグルは主人を乗せたままでも高速戦闘が可能なほどこのひと月で鍛え上げられている。だが腕で誰かを抱えている場合は別だった。

 

「バシャーモはこっちで引き受けるから、アンタは自由に飛びなさい!!」

 

 アイラがボールにバシャーモを収めると、ウォーグルは目の色を変えてさらに加速する。頭上を飛び回るウォーグル目掛けてサザンドラが【りゅうのいぶき】を三つの口から発射する。どうやら、今度は高威力ではなくそれを叩き込むための麻痺状態を狙っているようだった。しかしウォーグルには当たらず、プールのスライダーへと激突しその破片ががらがらと音を立てて落ちる。

 

「あいつ、無駄に被害を増やしやがって……! ウォーグル、見せてやれお前の!」

 

 空中で空戦機動(スプリットSマニューバ)を決めウォーグルが回転しながらサザンドラへ迫る。翼が切る風が圧力を生み出し、ウォーグルの身体が空気摩擦によって光を帯びる。

 今から放たれるそれは、サザンドラに対し最も効果的な、かくとうタイプの一撃。

 

 

「【ばかぢから】ッ!」

 

 

 炸裂音と共にウォーグルとサザンドラが反発し合う。オーベムによる二度目の【みらいよち】も警戒したが、さすがにそう何度も撃てるわけではないようだ。

 しかしやられたままでは終わらないと、サザンドラは全ての口腔から【だいもんじ】を放ち同じくノックバック中のウォーグルの身体を業炎が飲み込んだ。

 

「まだだ! 【シャドーボール】!」

 

 刹那、吹き飛ばされるウォーグルの影から飛び出したダイのゲンガーがその腕から闇色の魔球を生み出し、オーベム目掛けてダンクシュートを放った。

 直撃を受けてプールの中に吹き飛ばされたオーベム。完全死角からの急襲、さらにゲンガーの高い特攻から放たれた弱点タイプの技。全てが噛み合わさって厄介なオーベムを戦闘不能に持ち込めたはずだった。

 

 だというのに、ハリアーはなぜか薄い笑みを絶やさない。あまりに不気味で、ダイは優勢のはずなのに後退りしてしまいそうだった。

 

「固まってるのかしら、アンタの要は潰したわよ。さっさとその薄ら笑いを引っ込めて、ぐぬぬって顔見せたらどうなの?」

「ぐぬぬ、ですか。それは────」

 

 ハリアーはそう言って、コンパクトミラーを取り出した。そしてその鏡面をダイたちに向ける。そして、その直後攻撃を終えたはずのゲンガーが何も言わずに倒れ戦闘不能になった。

 信じられない、そう言ったダイの顔がハリアーの鏡に映っていた。

 

「こういう顔でしょうか? それならご期待に沿うことは出来ませんね」

 

 鏡を閉じるハリアー。ダイは必死で状況と、見たもののリプレイを頭の中で繰り返したがゲンガーが戦闘不能になる要素が一つしか思いつかなかった。

 そしてそれが真実ならば、ハリアーはダイが出会ってきたトレーナーの中でも最悪の部類に入るタイプだった。

 

「お前、ここまで読んでいて、【みちづれ】を使わせたな……!」

「ご明察です。さすが、伊達に白陽の勇士に選ばれてはいませんね」

「ッ、てめぇ……!」

「おや、憤っていらっしゃるのですか? 我々は今殺し合いの最中で、貴方は敵のポケモンを一匹減らしたのですよ。貴方のポケモンと等価ではありますが」

 

 かつて、レニアシティでダイは班長の一人、ロアとの戦闘中に【みちづれ】を使うよう煽られたことがある。

 その時も、同じように憤った。それはポケモンバトルを手段としか見ていない、結果主義者のような気がしたからだ。

 

「お前らって、みんなそうなのかよ」

 

「ほう、禅問答でしょうか? 出来ればご遠慮願いたいところですね。初めに申した通り時間が無いのですよ、我々には」

 

「ちげーよ。昨日、黒いメガシンカを使う班長たちと戦った。あれは欠陥のあるシステムで、使ったら最後助けるのは難しい。だけどお前らはそれでも、部下にそれを使わせんのかよ」

 

 脳裏に浮かぶのは、漆黒の炎と見紛うオーラに飲み込まれるイグナとヘルガー。苦しみ、助けを求めるヘルガーの声はまだ耳にこびり着いている。

 そして無理やりメガシンカさせたポケモンの強化には、トレーナーの生命力が使われる。そんな悪魔のシステムを今や、バラル団の人員は身に着けていることになる。

 

 それを使わせることに、なんの痛みも感じないのか。ダイはそれが気になった。

 答えはあっさりと返ってきた。

 

 

「知れたこと。我らが悲願の前に、部下の命など些細なものです」

 

 

 ギリ、ダイの歯が軋む音がした。震える手でゲンガーと負傷したウォーグル、サザンドラから解放されたゼラオラをボールに戻す。この戦闘で既に四匹のポケモンを戦闘不能に陥らせてしまった事実に力不足を噛み締めながら、ダイは葛藤した。

 

 しかしもう一つの、腰に残ったモンスターボールが震えた。それはダイにとって、まだ諦めてはならない理由だった。

 もう既にアイラ共々メガシンカは使ってしまっている。その上、相手にはまだメガシンカしたジュペッタが残っている。

 

 それでも、喰らいつけ。()()()()()()()()()()()()()

 

「行け、ジュカイン──!」

 

 ボールから飛び出した相棒は振り返りダイの指示を仰いだ。ダイもまた、それに頷いて応えた。

 アイラもまた残ったフライゴンを呼び出そうとしたが、ダイはアイラの前に手を出してそれを制止した。

 

「アイ、フライゴンを出すのはもう少し待ってくれ」

「何言ってんのよ、アンタとジュカインがもう一端に戦えることくらいは知ってるわよ。でも流石に無謀すぎる」

「違うんだよ」

 

 要領を得なかった。アイラもハリアーも、怪訝に顔を顰めた。

 しかしダイは大真面目に、フライゴンを出すなと意見を変えなかった。

 

「じゃあなに? アンタとジュカインには一人と一匹でメガジュペッタを止める手立てがあるっていうの? 相手は卑怯な手だって使う悪党なんだから、こっちがタイマン張ってやる必要なんて無いのよ!?」

 

 痺れを切らしたアイラがダイの胸ぐらを掴む勢いで詰め寄った。アイラの言うことは尤もだったし、ダイもそう思っている。

 恐らくジュペッタを倒したところで次の手が来る。一対一に拘らずに倒すことこそ念頭に置くべきだ

 

 

「そろそろ、俺を信じてくれよ」

 

 

 だけど、それでもダイは自分を曲げなかった。幼馴染の久しぶりに見る神妙な面持ちに、アイラは思わず怯んだ。

 気圧されたまま、動かなくなったアイラを横目にダイはジュカインと共にハリアーに向き直る。

 

「正気とは思えませんね、それとも私を甘く見ているのですか? だとすれば、楽観的な頭をしていますが」

「言ってろ」

 

 ダイはそう啖呵を切って、目を瞑って意識を集中させた。ジュカインもまたダイの息遣いを心臓で捉えて、それを同調させる。

 ジュカインと、大地越しに全てが繋がってるイメージを絶やさない。心臓の鼓動、その波全てがピッタリと合うような()()()()()()()

 

 その時だ、「ポゥ」という音を立ててダイの持つキーストーンが淡い虹色を放ち、次いで激しいオレンジ色の奔流を吐き出した。

 螺旋状に空へと突き立てられたその光が今度はメガストーンを介してジュカインの身体を包み込んだ。

 

「まさかそれは……その光はッ」

 

 ハリアーがようやく薄ら笑いを消して、驚愕を顕にする。その顔が見てやりたかったと、ダイはほくそ笑んだ。

 正直こんなところで明かす手の内ではない。だけど、考えなしに切り札を切るほど馬鹿でもない。

 

 

「──────信じて前に、突き進め(ゴーフォアード・ビリーヴァー)! ジュカイン!! "キセキシンカ"!!」

 

 

 突き出した拳が勝利を手繰り寄せる。ダイが放った特大の橙のReオーラがジュカインを包み込み、その光を四散させ現れるのはジュカインのキセキ形態。

 しかし従来のキセキジュカインと違うとすれば、身に纏うReオーラの色だ。今までが虹色の光を常時放出するタイプとするなら、今のジュカインは身体の輪郭に橙一色の光を纏わせていた。

 

「こんなにも容易くキセキシンカを起こすなど、どんな理屈で……!」

 

「ダイ……っ、アンタいつの間にそこまで……!?」

 

 アイラも、ハリアーでさえもやはり驚きを隠せないみたいだった。しかしダイはすぐさまジュカインと共に飛び出した。

 キセキシンカしたジュカインのスピードはメガジュカインすら遥かに凌駕する。当然、初見のハリアーとそのポケモンが食らいつけるはずもない。

 

「悪いけど──」

 

 繰り出されるのはスピードと遠心力の乗った【アイアンテール】。ごう、と暴風のような音とともに振り回される尻尾が油断していたカクレオンの胴体に直撃、遥か後方まで吹き飛ばしスタッフルームの壁に激突、大きな穴を開けた。が、それをハリアーが認識し、振り返った瞬間にはもうジュカインの姿は無くReオーラの軌跡だけが夜に残されていた。

 

 

「説明してる時間は()ぇんだ」

 

 

 

 




危うく一年間更新なしになるところだった(割と手遅れ)


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VSトリデプス 石と宝珠

 

「【グロウパンチ】!」

「【10まんばりき】!」

 

 一方、街の中でボスゴドラと対峙を強いられていた三人であったが予想以上の抵抗に手を拱いてた。

 というのも戦闘を初めて間もなく、ボスゴドラがメガシンカを行ったのだ。ということは近くにトレーナーがいる、とソラが進言し彼女は今周囲の索敵にあたり耳を澄ませている。

 

 アルバとリエンの二人が攻勢に出ているが、メガボスゴドラの圧倒的な防御を崩せずにいた。

 厄介なのはその特性にあった。"フィルター"と呼ばれる防御層だ、これによってルカリオとラグラージが得意とし、ボスゴドラが弱点とする攻撃のダメージを大幅に減らす。

 

「くっ、まだ抜けないのか……!」

 

 焦燥の原因は今しがた空に見えた流星の群れ。間違いなく、ダイとアイラが窮地に陥っているという証拠に他ならない。

 一刻も早くここを抜けたいところだがボスゴドラを放置するわけにもいかない。バラル団にしろ、そうでなかったにしろ暴れる可能性のあるポケモンを野放しには出来ない。

 

 加えて、誰か一人を残していくというのも難しい。メガシンカしたこととソラが近くにトレーナーがいると進言した以上誰か一人を殿にした途端に増援を呼ばれる可能性も否定は出来ない。

 こうなってくると焦燥がアルバの判断を急かせる。アルバとルカリオが視線を交わし、頷きあったその時だった。

 

 

「ルォォォォォォォォオオオオオオオオオオン────」

 

 

 ボスゴドラが高く、鋭く、吠えた。彼が猛々しく咆哮する姿を見知ってるアルバからすると、やや異様な光景であった。

 なにかの合図だ、そう直感した瞬間ソラの方を見る。彼女はというと新たにモンスターボールからアシレーヌをリリース、手早くボスゴドラの方へと向かわせた。

 

「【うたかたのアリア】!」

 

 アシレーヌがボスゴドラの懐へと飛び込んで水気を帯びた歌で攻撃した。ボスゴドラにとって防ぎようのない音、かつ弱点のみずタイプ技。

 如何にフィルターという特性があっても怯むはずだ。そう思って状況を見守っていたアルバとリエンが目撃したのは、()()()()()()()()()

 

 そのポケモンは表面積の広い頭蓋でアシレーヌの放った音波を完全に防ぎきり、ボスゴドラを守り抜いた。音が破裂し霧散する様を見て確信する。

 

「特性"ぼうおん"! ソラの音技を完全に警戒してるみたいだ!」

「やっぱり、偶然じゃないよね」

 

 この三人が同時に行動すると、先の先まで読み尽くしての増援投入であった。

 さらに言えば闖入してきた増援"トリデプス"は特防に秀でたポケモンだ。弱点こそボスゴドラと共通するが、【てっぺき】とフィルターを以て物理的な攻撃を物ともしないボスゴドラが敵のインファイトを受け切り、トリデプスが遠距離からの特殊攻撃やソラの音技を封じる完璧なコンビネーションだった。

 

 しかしボスゴドラとトリデプスは頷き合うとまさに今トリデプスが現れ、最初にボスゴドラが掘り開けた穴へと潜っていった。

 最初は【あなをほる】攻撃かとも思ったが、どうやら違うらしい。アルバは彼らからの敵意を、ソラは遠のきゆく音をそれぞれ感じ取って離脱だと判断した。

 

「さっきのボスゴドラの咆哮は撤退の合図だったんだ……ソラ、近くにトレーナーは?」

「ダメ、もう聞き取れない。でも一つ分かったのは、トレーナーが男だってこと」

「二分の一の確率でそうだと思うよ」

 

 オカマを性別に入れるなら別だけど、とリエンが冗談めかして言うが重要な情報だ。少なくともこれから捜査する上で男性に捜査対象を絞れるのは大きな収穫と言える。

 とにかく、【とおせんぼう】していたポケモンがいなくなったことにより道がひらけた。あのボスゴドラの咆哮が撤退の合図だとして、ダイやアイラが相対している相手にも適応されるかはまだわからないのだ。

 

 先を急ごうとして駆け出した時、ソラのブーツが何かを蹴り上げそれがアルバの頭に当たった。あまりの硬度にアルバは一度目を白黒させる。

 

「痛いよソラ……」

「ごめん、でもわざとならちゃんとアルバが避けられるところに蹴る」

「そもそも蹴らないでよ……これか、僕の頭に当たったのは」

 

 そう言ってアルバが拾い上げた石は不思議な光を放っていた。色は飴色というべきか、黄色系統の透明な宝石のようであった。アルバはそれを光に透かして動かしてみる。

 

「アルバ、それを貸してもらえる?」

「いいけど、リエン石に詳しかったっけ」

「前にグレイさ……チャンピオンが同じものを持ってた気がする。これは確か"コハク"だよ。でも、こんな街中に転がってるなんておかしいね」

 

 考えられるのは、あのボスゴドラかトリデプスが持っていたものである可能性だ。ボスゴドラはココドラの頃から鉱物を食べ、トリデプスは化石から復元されたポケモンである。

 彼らの身近にあったコハクが戦闘の衝撃で零れ落ち、今こうしてアルバの手の中にある。

 

「念の為、今度リザイナの研究所に調べてもらおう。今は先を急がなくっちゃ」

 

 コハクをポケットに突っ込み、ポケモンたちを先導させながら三人は先を急ぐ。そんな中、花火が照らすビルの屋上に一人の男が双眼鏡を片手に三人を見守っていた。

 彼こそボスゴドラとトリデプスのトレーナーであり、ソラが耳で探していた襲撃者その人であった。

 

「そろそろ、向こうも潮時だな」

 

 そう言いながら彼は先程【りゅうせいぐん】が落ちたプールエリアを一瞥し、踵を返した。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「悪いけど、説明してる時間は無ぇんだ」

 

 そうして放たれる新緑刃(リーフブレード)三連がメガジュペッタの両腕と胴を一気に切り裂く。吹き飛びながらもジュペッタは両腕から【ダストシュート】の連弾を放つ。

 しかし元より命中率に難のある大技、さらには攻撃を食らった直後という不安定な状態から放ったこともあり大半は明後日の方へ飛んでいってしまう。

 

 避けるまでもなく、ジュカインはそのままジュペッタに肉薄し再度【リーフブレード】を叩き込む。防御態勢すらままならないまま、ジュペッタの体力は目に見えて激減した。

 ポケモン図鑑で観測できるステータスで数値化すれば、もう中域を超えて危険域(レッドゾーン)である。

 

「くっ、【みちづれ】!」

「ダメよジュカイン! このまま攻撃したらアンタまで戦闘不能になる!」

「無駄です、あのスピードで攻撃に移れば自力で止まるなど不可能。貴方にも落ちていただきます」

 

 ジュペッタが怨念の籠もった声で吠える。身体が紫色の光に包まれ、ジュカインの攻撃を待ち受けようとする。ジュカインの腕の新緑刃は振りかぶられ、ハリアーの言う通り罠に突っ込んだ。

 しかし、ジュカインの刃がジュペッタの身体を切り裂くそのまさに瞬間、慣性などこの世に存在しないかのようにピタリと新緑刃はジュペッタの肌すれすれで静止した。

 

「あんなトップスピードから、攻撃をやめられるなんて……!」

 

 アイラが驚愕に目を見開く。ジュペッタはどの道虫の息、既に一匹しか手持ちの残ってないハリアーは抵抗する手段がない。

 両手を上げ、投降の意思を見せるハリアー。

 

 しかしそれは、あくまでポーズだ。

 

 

「────ですが脚を止めましたね、【りゅうせいぐん】」

 

 

 その時、ハリアーの背後のプールから水柱を立てながら現れたサザンドラが嘶く。瞬間、夜空を彩る花火に紛れて大量の隕石が降り注ぐ。

 ジュペッタの目の前で止まっていたジュカインは空を見上げて目を見開き、飛び退るために脚を屈めたタイミングで隕石が直撃した。

 

 防ぐものがいない暴力は市民プールを焦土へと変えた。数多もの人間が力を合わせて復興した街の一角が、あまりにも容易く破壊される。

 人を思う力と、踏みにじる力は対局でありながらイコールではない。癒やすよりも傷つけることの方が百倍容易いように。

 

 優しさの塊はかくも脆い。瓦礫の山に立つハリアーが埃を払いながら傷だらけのアイラとダイを睥睨する。

 

「驚かされましたよ白陽の勇士。まさかキセキシンカを意図して発動できるようになっているとは。ただ────」

 

 ハリアーの口角が意地悪く三日月を描く。視線の先のダイは既に橙のReオーラを纏えておらず、【りゅうせいぐん】によるダメージをモロに受けていた。

 それだけでなく、肩を全力で喘がせていた。目だけは闘志を失っておらずハリアーを睨み返しているものの、触れれば折れてしまいそうなほどに満身創痍であった。

 

「時限式の奇跡、もって十秒……いえ、八秒ほどでしたか? 説明してる暇が無いわけです、私が貴方でもそう言ったでしょう」

 

 そう、ダイがこの橙色のキセキシンカを起こせる時間はあまりに短い。だがコスモスとの特訓でこの能力を発現させられた当初は二秒すら保たなかったのだから成長した方ではある。

 しかしそれでも、この場においては付け焼き刃でしか無かった。現に今、ハリアーの前に膝を突きそうなほど体力を消耗し戦えるポケモンがいないのだから。

 

「手品はもうお終いですか? それでは──」

「ッ、フライゴン! 受け止めなさい!」

 

 満身創痍のジュペッタを下がらせ、サザンドラをけしかけるハリアー。アイラはこのためにフライゴンを残させたのだと悟り、サザンドラに対面させる。

 フライゴンは昼間のスカイバトルロワイヤルで若干疲弊しているものの、ウォーグルの【ばかぢから】が直撃したサザンドラ相手なら凡そイーブンに戦えそうではあった。

 

「【トライアタック】です」

 

「【ドラゴンテール】よ、打ち払いなさい!」

 

 三つ首の竜はそれぞれの口から炎、氷、雷の属性を備えた波動を一気に照射する。射線の先で合体し一つのエネルギーとなった光弾をフライゴンは尻尾でそれを弾き飛ばす。

 それを見たサザンドラが今度はそれぞれの波動をバラバラに打ち出す。元より纏めて放つ【トライアタック】を違うタイミングで同じ敵に目掛けて発射することでタイムラグを作り防御の隙を崩すつもりなのだ。

 

「【りゅうのまい】で躱して!」

「出来ますか? 主を守りながらでも」

「なっ!」

 

 サザンドラの右腕の頭が吐き出す小さな雷の光弾はフライゴンの翼を掠め、後ろにいたアイラに直撃する。サザンカとの一ヶ月の訓練のおかげで直撃に至っても致命打にこそならないが、人の身にはかなりの電流だ。

 思わずアイラが膝を突く、さらにはフライゴンが主の苦悶に思わずサザンドラから目を逸してしまうという最悪の連鎖。

 

「【りゅうのいぶき】」

「くぅ、っ……! 【むしのさざめき】!」

 

 放たれた紫紺の息吹、対してフライゴンはその特徴的な羽を高速で揺らし独特の音波を放つ。両者の攻撃は一瞬均衡したが、音波による息吹の拡散は失敗に終わりそのままジュウ、と音を立てて精霊の肉体を炙る。

 弱点の攻撃を食らってしまったフライゴンを見てアイラは歯を噛みしめる。自分がもう少し気をつけてさえいれば、今の一瞬の隙は生まれなかった。まだ痺れが抜けない身体と痛みを無視するように立ち上がり拳を手のひらに打ち付ける。

 

「もう一度、【りゅうのまい】!」

 

 集中が途切れたために半端に終わった一度目、二度目は龍気を漲らせフライゴンの素早さが上昇する。

 それを見てハリアーはサザンドラを一瞥し、暴虐の化身は頭を垂れた。それは主の指示を賜った忠臣のそれか、それとも。

 

「もう一回よ!」

 

 三度目、高められた素早さと攻撃をフライゴンの周りに漂うオーラが証明する。そのままフライゴンは遥か上空まで上昇し、羽を畳んで空気を切り裂きながら急降下を開始する。

 サザンドラが降ってくるフライゴンを三つの首を擡げて見上げる。迎え撃つは口腔に溜め込まれた高濃度の【りゅうのはどう】。

 

 音を置き去りにする最高速の【ドラゴンダイブ】、先んじて当てることが出来ればその威力から相手を怯ませることすら可能。

 いや、今のサザンドラ相手ならば直撃で戦闘不能に持ち込めるはずだった。

 

 

 ──だった、という表現はそれが叶わなかったことを意味する。

 

 

「【あてみなげ】」

 

 振り下ろされた尻尾と体当たりは、現れた芦毛の達人によって軽々とあしらわれた。それは既に戦闘不能になって早々にこのフィールドを去ったはずのポケモン。

 

「なんで、()()()()()が戦えるわけ……!? 真っ先に、戦闘不能にしてやったのに……?」

「おや……クシェルシティの"修行の岩戸"でひと月籠もっていたのは無駄だったようですね」

「ッ……"さいせいりょく"!」

 

 御名答、言外に小さな拍手がそう嗤う。それはハリアーのコジョンドが持つ特性だった。ボールに入れば忽ち、体力を回復してしまうというもの。コジョンドは正確には戦闘不能になったわけではなかった、わずかに残った体力をボールの中で回復させていたのだ。

 無論全快とはならないはずだが、それでも倒したと思っていた敵が急に現れれば誰であろうと混乱する。そして混乱とは、ハリアーそのものを指すと言っても過言ではない。

 

 投げ飛ばされ、地面を転がったフライゴンに対し迎撃として放たれると予想していた【りゅうのはどう】が三つ、襲いかかる。

 龍の奔流は瞬く間に精霊を飲み込み、焼き尽くす。如何に優れた竜種のポケモンと言えど、戦えない粋まで持ち込むにはあまりに十分すぎた。

 

 それはサザンドラが行った【わるだくみ】に依るもの。

 アイラは迂闊すぎたのだ、ハリアーともあろうものが相手が自身を強化する暇を只笑って眺めているはずがないのに。

 

「さて、これで全てでしょうか?」

 

 ふぅ、と一息入れながらハリアーは呟く。その双眸は冷たく、俎上の魚たちを()めつける。

 アイラは首の裏が焼け付くようなプレッシャーを感じた。普通のポケモントレーナーが相手なら、賞金を渡して終わりだ。

 

 だがこの女(ハリアー)は違う。

 この続きがある、相手の生命を終わらせるまで、彼女のポケモンバトルは終わらない。

 

「白陽の勇士、あなたもここまでですね。輝かしい英雄譚は序章で終わりを迎えます」

 

 ピリオドを打つのは自分だと、信じて疑っていない瞳、口元。

 サザンドラがゆっくりと前へ出る。両腕の小さな頭が少女の肉を喰わせろと、甲高い声で鳴く。

 

「逃げないのですね、我々の手から世界を救いたくばその娘を贄に貴方は生き残るべきだと私は考えますが」

 

 ダイは依然肩で呼吸をしている。先程よりはだいぶ落ち着いてきたものの、それでもまだ走って逃げるほどの体力は無いようだった。

 しかしハリアーの言うことも真っ当であるとアイラは考えていた。今ここでダイを死なせるわけにはいかない、この場における命の価値は自分よりも彼の方が重いと考えたから。

 

「ダイ、あんたは──」

 

 意を決してアイラはダイの手を掴み、そして言葉を失った。

 そしてその変化を対面するハリアーも感じ取ったようだった。進行するサザンドラを一度止めさせて周囲を睨んだ。

 

 

「【ドラゴンクロー】!」

 

 

 刹那、破裂音と共に瓦礫の下から飛び出してきたのはジュカイン。既にキセキシンカは解かれているが、身体に傷らしい傷は見受けられなかった。

 ハリアーが絶句した瞬間、【かげぶんしん】によって分身したジュカインが一斉にサザンドラへ殺到し、その三つの首を竜爪で屠った。

 

 怪獣のような悲鳴を上げて、サザンドラが地へ倒れ伏す。残心を解いたジュカインが後方を見る。

 すると遥か後方、キセキシンカしたジュカインがカクレオンを弾き飛ばした先のスタッフルームからダイが現れた。

 

 その手に、目を回し蔦でぐるぐる巻きにされたカクレオンを抱えながら。

 

「引っかかってくれて助かったぜ。もう流石に戦えるポケモンいないだろ」

 

 ダイの言う通り、ハリアーにはもう戦えそうなほど体力の残ったポケモンがいない。うち一匹は敵を道連れにするためにわざわざ戦闘不能にしたポケモンなのだ。

 自分がしてやられた、という事実にハリアーは静かに視線を鋭くする。

 

「どういう、ことでしょう」

「カクレオンに放った【アイアンテール】はカクレオンを攻撃するためじゃなくて、カクレオンをアンタから遠ざけるために放ったもんだ」

 

 それだけ聞き、ハリアーは即座に答えを導き出した。今まさにカクレオンを縛っている蔦は【やどりぎのタネ】によって生えたものだ。

 サザンドラの【りゅうせいぐん】は確かにジュカインを瀕死寸前まで追い詰めることが出来たが、とどめを刺すには至らなかった。直撃を受けたのがキセキシンカが解除される直前だったからだ。

 

 受けたダメージを最後にギリギリ()()()()()()()()、瓦礫の山を作り上げその中に身を隠しカクレオンから徐々に体力を奪い回復を続けていた。

 化かしあいは、最後に窮地に陥った方こそ牙を研いでいるもの。ハリアーはそれを失念していたのだ、圧倒的優位が彼女の目を眩ませていた。

 

「言っておくが動くなよ、こっちにはまだ二匹動けるポケモンがいて、どっちもアンタに狙いを定めてる」

 

 ダイの言う通り、ジュカインと元々ダイがいた場所で低く唸るゾロアがハリアーを同時に睨んでいた。ゾロアに至っては【シャドーボール】を空中に待機させている。

 

「ほう、正義の味方はそんな残酷なことをポケモンに強いるのですか」

「慈悲を与える相手くらい選ぶさ、神様と一緒だよ」

「傲慢ですこと」

 

 違いない、とダイは自嘲する。そんな駆け引きの一幕をアイラは呆然と見つめていた。

 まるで自分の知らない幼馴染の姿に、大きく認識がズレる気がしたからだ。

 

「アンタを逮捕する。俺たちVANGUARDには、対バラル団に対してはPGと同じ逮捕権があるのは知ってるよな」

 

 そう言ってダイが取り出すのはPGが現行で使用しているのと特殊手錠。普通の手錠と違い、三つ穴が空いている。それは自身の腕と被疑者を繋げて逃亡を阻止するためだ。

 冷たい不自由の象徴がかの者によってもたらされそうになった時、ハリアーは笑んだ。

 

 それは観念したという自らを嗤うものではない。訝しんだダイが歩みを止め、訪ねようとしたときだった。

 

「白陽の勇士、あなたはどこまで知っているのでしょう?」

 

 何のことか、幾つか思い当たるフシがあった。ダイがどれだけバラル団の情報に通じているか、試しているのだ。

 確かに先日ワースから次の目的地について情報を貰いはした。しかしそれをわざわざ教えてしまえばVANGUARDやPGが「バラル団の次の目的地はアイスエイジ・ホールである」という情報を知っている、という情報を教えることになる。そうなれば警戒されてしまい、先手を打つことが出来なくなるかもしれない。

 

「アンタのスリーサイズ以外のことは大体知ってると思うけど、教えてくれるなら覚えておくよ」

「おや、案外ませたところがあるのですね。英雄色を好む、ということでしょうか」

「冗談だよ、別に興味無いから忘れてくれ」

「構いませんよ、上から────」

「別にいいって言ってるよね!?」

 

 残念、心にも思ってないことをハリアーが言って茶目っ気を見せるが、全く慣れていないのだろう。はっきり言って下手くそという評価以外下せそうになかった。

 さておき今ので誤魔化せただろうか、ダイは内心冷や汗をかきながらハリアーへの距離を縮めていく。

 

 そして気づく、圧倒的優位なはずなのにどうしてかプレッシャーを感じる。不安がかき消せない、一歩近づくたびに致命的な罠に脚を踏み入れていく感覚が拭えない。

 

「そうそう、大事なことを伝え忘れておりました」

「……なんだよ」

「私、結構拘りが強い方なのです。水はレニアかサンビエの天然水でなければ受け付けない。食物は基本的に菜食主義で肉類は好みません」

「要領を得ないな、何が言いたいんだよ」

 

 苛立ちを乗せて、ダイが訪ねた。その時だ、ハリアーの口元が大きくニッと歪んだのは。それはまるで、化けの皮だった。

 ハリアーという人の革を被っている、化け物が見せる笑顔だ。

 

「私が安々と捕まってさしあげるなど、あり得ないという話をしているのです、白陽の勇士」

 

 

 

「────無駄話に気を割きすぎじゃねえか? その女にそれは致命的だぞ、坊主」

 

 

 

 ゆっくりと振り返る。そこには、今まで影もなかった第三者がいた。その小脇に幼馴染を拘束しながら、だ。

 くたびれたシャツと、口元のタバコ。ニオイが独特で、銘柄も記憶に新しい。

 

「ワース……ッ! アイを離せ!」

「そいつは出来ねぇ相談だ。だが、世の中には物々交換っていう、この世に金が生まれる前の由緒正しき取引がある」

 

 勘定屋らしい、厭味ったらしい言い方にダイは歯噛みする。要は、アイラを救いたければ要求する物を寄越せというのだ。

 しかもどうやらワースだけじゃないらしく、背後からやってくる顔には見覚えがある。ワースの側付きである班長のロアとテアの二人だ。二人共それぞれザングースとアブソルをけしかける準備は完了していた。

 

 一気に四面楚歌に陥ったダイ、もはやジュカインとゾロアだけで突破できる状況ではない。

 

「おやおや、形勢逆転ですね」

「粋がんなよハリアー、実際オメェはこのガキに負けたんだ。今から無事逃げ果せることが出来んのは俺達のおかげってこと、忘れんなよ」

「……ふん、借り一つというわけですか。貴方らしいですね、ワース」

 

 密かな牽制のしあいがダイを挟んで行われる。ハリアーはというと、ワースに諌められ薄ら笑いを引っ込め如何にも不愉快だという顔を隠さなかった。

 思うところはあるのだろうが、ロアとテアにとってはハリアーも上司に変わりはないため、言うに言えないのだろう。ダイはバラル団内部の小さな確執を知ってしまった。

 

「ぐっ……この、ダイっ! 何を要求されても渡しちゃダメよ!」

「ピーヒャラ喋んな女、細クビ掻っ切んぞ」

「バーカかオメェは。人質が死んだら意味がねえだろうが、てんで取引が上手くなりやがらねえのはそれが理由か? しまいにゃ飛ばすぞお前、広報に」

「ねーだろウチの組織に広報は!! 律儀に街中にチラシ張ってろってか!」

「お前こそギャーピー騒ぐんじゃねえ、お忍びで来てんの忘れんなよ」

 

 もう一度声を荒げそうになったが、一理あると不服そうに頷くロアを尻目にワースは器用に片手で新しいタバコに火をつけた。

 

「さて、それじゃあ白陽の勇士殿からその称号を頂こうか。この嬢ちゃんを無事に返してほしけりゃ、お前の持ってるライトストーンを渡しな」

「渡しちゃダメ! ダイ、それを渡したら取り返しがつかなくなる!」

 

 再度ザングースの爪がアイラの首へと向けられる。実際、切っ先が柔肌を僅かに切り裂き赤い糸がつーっと線を引く。

 それを見てダイは迷うこと無くカバンを弄り、夜でもなお強く光る白の宝玉を取り出した。

 

 ハリアーに掛けるつもりだった手錠を放り捨て、反対の方向にいるワースたちの方へと迷いなく歩を進めていくダイ。

 

「こんなことなら昨日、俺の手を取っておくんだったって後悔してねェか?」

「するかよ、そんな後悔」

 

 対面のハリアーには聞こえないようにワースが誂うが、ダイはそれを一蹴する。

 そしてダイがライトストーンを乗せた手を挙げるのとワースがアイラをダイに預けるのはほぼ同時だった。横に控えていたテアが特殊なジュラルミンケースでライトストーンを保護し、厳重にロックを掛ける。

 

 ダイはアイラの手を強く引っ張り、後ろ手に庇う。万が一、用済みになった人質を攻撃してこないとも限らないからだ。

 

「さて、そろそろ時間だな。ロア、テアはハリアーの護衛をしながら撤退しろ。迎えが来る手はずになってる」

「あいよ」「了解です」

 

 ロアがテアからジュラルミンケースを受け取り、それを抱えながらハリアーの両脇へと移動する。

 すると、ずっと控えていたかのようにコンクリートが盛り上がり、大穴を穿ってボスゴドラとタテトプスが現れる。その二匹に連れられ、ハリアーたちが離脱する。

 ダイは追いかけようとジュカインとゾロアを向かわせようとするが、ワースがそれを許すとは思えなかった。そのための殿、というわけだ。

 

「残念だったなァ、あとちょっとのところだったのによ」

 

 ダイはやるせない気持ちになったが、拳を解く。

 ワースから距離を取るアイラとダイ。それを見て嘆息しながらワースは小さくなったタバコを吐き捨て、無遠慮に踏み潰す。

 

「けどまぁ、二人がかりとは言えあの女に一泡吹かせたのは上出来だ。あの女は組織の中でも評判悪くてな、かく言う俺も気に食わねえのよ」

 

 肩をわざとらしく竦めるワースに、訝しいといった目を向けるダイとアイラ。ワースは腕時計を確認し、ポケットから一つの塊を取り出してそれをアイラに投げ渡した。

 アイラがライトで照らしながら見ると、それは黒い石のようであったが四角い鉱物が集まった鉱石のようであった。

 

「それはな、隕石の一部だ。俺がまだレニアシティに潜伏していたのも、実はそれを回収するためでよ」

「なんでバラル団が隕石なんか集めてんのよ、アンタにそういう趣味があったってわけ?」

 

 アイラが証拠物件とばかりに隕石をポーチにしまうが、ワースはそれを咎めない。

 

「その隕石はな、()()()()()()()()()()()()()()。その中に刻まれた特殊な遺伝子を活性化させてやると、新たなポケモンを生み出す事が出来る。うちの技術部はそう信じて疑ってねぇし、なんならもう実験を始めてる」

「これがポケモンのタマゴ……!? 信じられない、宇宙にもポケモンがいるなんて……」

 

 アイラが驚愕する。あまりに壮大な規模の話ゆえ、ダイはもうそもそも考えるのをやめてしまった。

 

 

「そのポケモンは、遺伝子を意味する"DNAs"から"デオキシス"と名付けられた。こう言った具合に、世界にはポケモンに関わる石や白宝玉(ライトストーン)みたいな珠はまだまだゴロゴロしてる。俺たちの当面の目的はこれらを集めることさ」

 

 ハリアーを追い詰めた褒美とばかりに情報を口走るワース。彼の意図を読めないアイラからしたら不自然以外の何物でもなかった。

 彼が今やっているのは情報のタダ売りに等しい、金勘定に煩いワースならまずしないだろう。

 

 

 

「────ダイ! アイラ!」

 

 

 その時だ、プールエリアの正門を飛び越えてアルバとルカリオが一番槍と駆けてくる。ワースを見るなり険しい顔で突っ込んでくるアルバ。

 放たれた【グロウパンチ】を防ぐのはワースの従える"ニドキング"、かくとうタイプとはがねタイプを持つルカリオに対してこれ以上無いほど有利なポケモンだ。

 

「思ったより早い到着だな、ハチマキのガキ。それじゃあ俺もそろそろ退くとするか」

「逃さないよ、ジュナイパー! 【かげぬい】!」

 

 ボールリリースのスピードを乗せて飛び出してきたアルバのジュナイパーが木の葉で作られた矢を撃ち放つ。空に花火が弾けた瞬間、僅かに影が出来るタイミングを狙っての的確な攻撃だった。

 しかしダイに匹敵するか、それ以上の搦手の使い手を相手にするには少しばかり付け焼き刃が過ぎた。

 

「【みがわり】だ」

 

 ワース目掛けて飛来する木の葉矢はカクンと角度を変えて歯を見せて笑う餓鬼の偽物に防がれた。ワースの懐刀とも言うべき、ヤミラミによって。

 特性"いたずらごころ"は、如何なる場合であろうと相手を出し抜くというもので、特にアルバのようなストレートタイプには搦手を挟み込み安い。

 

「あーあ、卸したてなのによ。結構高かったんだぜ」

 

 独りごちながら、先導するニドキングによって先程ボスゴドラが掘りハリアーが逃走に利用した穴へと飛び込んだワース。

 本当なら空路を使っての離脱がベストだったのだが、今宵は空を見上げている民衆が大勢いるため許可が降りなかったようだ。

 

 追いかけようにも、ここにいるポケモンでは硬い岩盤を掘って進むことなど不可能であり、追跡はほぼ絶望的という結論に至った。

 遅れてやってきたソラとリエンに咎められ、ダイは少し申し訳ない気持ちになりながらたじろいだ。あまりに二人の様子がおかしいので、アルバが代表して尋ねる。

 

 アイラは事の顛末を説明した。バラル団幹部のハリアーを追い詰めたものの、自分が足を引っ張ったせいでダイがライトストーンを奪われたことを。

 しかしアイラが気がかりなのは、先程からやたらと落ち着いてるダイのことだ。普通なら焦るところだろう、対バラル団において切り札になりえる伝説のポケモンが宿るアイテムを奪われたのだ。さらには、先程ワース自身が言っていたようにバラル団は今ポケモンに関係する遺物を集めている、ライトストーンもまた彼らの蒐集対象には違いない。

 

 それについて尋ねると、ダイは鼻を鳴らして言った。

 

「俺ですらレシラムが対話してくれるようになるまでひと月は掛かったんだ。だから、まだ全然猶予はある」

 

 ダイはもう既にバラル団の次の目的地を知っている。だから、先手を打てさえすれば奪還も可能なはずだ。

 あとはそれを、仲間に話さなくてはならない。ダイは次の目的地をネイヴュシティに定めたことを四人に説明した。

 

 それに対し、ソラは少し苦い顔をした。当然だ、"雪解けの日"の記憶はまだ風化していないのだから。するわけが、ない。

 加えてアルバとリエン、ラフエル地方の現状に明るい二人が補足する。

 

「今、ネイヴュシティは交通規制が敷かれててそもそも入れないんだ。尤もトレーナー特例制度があるにはあるんだけど……」

「『二五歳未満で、且つジムバッジを六つ所有していること』が条件、私とソラはそもそもバッジを集めていないし」

「俺とアルバはVANGUARDバッジを数に入れていいならようやく六個……でも、俺たち二人で行くっつーわけにもいかないしな……」

 

 四人が頭を悩ませていると、アイラが挙手して話題に混ざる。「それなら」と聞くものが期待するような語りだしだった。

 

「ユキナリさんに打診してみるべきね。アタシ達は全員がVANGUARDメンバーなわけだし、PGとそれに類する組織の一員ってことで、特例の特例が認められる可能性はあるわ」

「確かに、ユキナリさんはそのトレーナー特例制度の担当者だから話をしてみる価値はあるね。そもそも私は"チームプリズン"の一員なわけだし」

 

 リエンが手をポン、と打つ。確かに彼女の言う通り、リエンはユキナリが管理するVANGUARDチームのメンバーであるため、その街へついていくのは容易いはずだ。

 

「だけど、ネイヴュに行くならまだ問題がある」

 

 珍しくソラが言い切った。他の四人がソラの顔を覗き込むと、ソラはジャケットの襟を掴んで言った。

 

「服、寒さ対策は絶対いる」

「お前が言うのか、それを」

 

 ノースリーブシャツに、上着のジャケットをやや開けて肩出しのファッションのソラにそれを言われてはお終いだと、全員が溜息をついた。

 かくして、近いうちにネイヴュシティへ赴くための本格的な準備が必要になるな、と誰もが確信したのであった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「戻ったぞ」

 

 まるで陽気な親父が帰宅したかのような言い草だが、ワースのそれに「おかえり」と返すものはいない。

 そんな空気が存在したならば、一瞬で凍りつかされそうなほど冷酷な空間だったからだ。

 

「改めて助かりました、少し彼を侮っていたようです」

「二日連続で襲撃を受けたにも関わらずタフな野郎共だ。それともハリアー様はわざと手を抜いていらっしゃったのかな?」

 

 離脱方法が方法だっただけに、未だ泥だらけのハリアーを見て意地悪くワースが言う。ハリアーはニコニコと笑顔を崩さないが、その絶対零度の微笑みに遠慮も優しさも存在しなかった。

 そんな二人を見て、沈黙を保っていた男が口を開いた。

 

「それで、首尾よく行ったんだね? ワース」

「あぁ、おかげでライトストーンを確保できた。これでこっち側にレシラムとゼクロムがついた、っつっても覚醒はしてねえが」

 

 ケースに厳重に保管されたライトストーンを指しワースが言う。それを見て男は満足げに頷き、小さく柏手を打つ。

 その時だ、部屋に設えられた巨大なモニターに通信が入り、男が卓上のボタンを押すとモニターに金髪の男が現れる。男──グライドは向こう側にあるであろうカメラに対して仰々しい礼を行う。

 

「やぁグライド、君から連絡があったということは無事に済んだということでいいね?」

『はい、イズロードからの情報通り、"カントーナナシマ"にて保管されておりました。技術班によれば、ほぼ同一の物で間違いないそうです』

「そうか、それは上出来だ。早速復元に取り掛かろう、きちんと持って帰ってきてくれたまえ」

『はっ!』

 

 男はそれだけ言うとグライドとの通信を切断する。彼にとって、必要以上のやり取りは一切無駄ということだ。

 グライドとのやり取りを聞いていたワースとハリアーは自分が知らされていない情報に疑問を懐き、ワースが口を開いた。

 

「どういうことだ? グライドの一ヶ月出張はそんなに重要な内容だったのか?」

 

 

「──それについては私が説明しよう」

 

 

 物々しい扉を押し開けて入ってくるのはつい先程話題に上がった男、幹部のイズロードだ。

 通信越しではあったが、バラル団の全てがこの小さな部屋に集結していた。

 

「かつて、"ホウエン地方"を襲った未曾有の大災害を覚えているな? 当時相当話題になったはずだ」

「覚えております、日照りと豪雨を巻き起こす伝説のポケモンによる一騎打ちで、一時はホウエン地方消滅の危機に陥った、とか」

「そう、自らが纏う炎熱と太陽の力を操り大陸を作るポケモン"グラードン"と、大海原を支配し雨雲を自在に出来る海底ポケモン"カイオーガ"の激突だ。これらのポケモンは古来より伝わる宝珠によって人間との交信が可能だったとされていた。首領はグライドにホウエン地方への遠征を命じていたんだ」

 

 その宝珠を探して手に入れるために。しかし一度、その捜索は空振りに終わった。

 本来それらが保管されていた場所には既に無く、徒労に終わったかに思えたその時だ。

 

「以前、私がフリーザーと出会った時カントーナナシマにおいて盛んだった通信ネットワーク環境を思い出したのさ。それはネットワークマシンに、ある石を嵌め込むことで完成した、とね。そしてその石は、なんの因果かグラードンとカイオーガと交信するための宝珠にひどく色彩が似通っていたらしい」

 

「そこでグライドをナナシマに向かわせたところ、ビンゴだった。その石は、かの激突で砕け散った宝珠その破片だったのだ」

 

 男が席を立ち、地球儀を回しながらそれを手に包み込むようにして言った。ワースは息を呑み、ハリアーは口角を持ち上げた。

 

「つまり、首領のお考えは……」

「再生の前には、破壊が必要だろう? だから、力を貸してもらおうと思ったのだ。その古代のポケモンたちに」

 

 二つの石、"ルビー"と"サファイア"を元に"べにいろのたま"と"あいいろのたま"を再び再現し、その力でラフエル地方に混沌(バラル)を呼び込む。

 それがバラル団首領にして全ての元凶、"ルキフ"なる人物の目的その一つであった。

 

 ワースがちらりとライトストーンを見やった。すると、その光は微かにだが明らかに弱々しいものになっていると気づけた。

 そうしてワースは確信する。

 

 

 文字通り、嵐がやってくると。

 

 

 




第3世代大暴れ


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VSプテラ お金持ちと考古学

 レニア復興祭からおおよそ一週間と二日が経過したある日。

 各々がこの一ヶ月の強化合宿の集大成を済ませラジエスシティに再集合することになった。

 

 と言っても今日、アルバとリエンはリザイナシティに向かっている。リエンはディーノからもらったヒレのカセキの復元に、アルバは同じく博物館にコハクについて聞きに行くと言っていた。

 だからとて残ったダイ、ソラ、アイラの三人にやることが無いかと言われれば否である。むしろ、ソラがいなければ始まらないことがある。

 

 三人はタクシーを乗り継いで、西区にある商業エリアへ来ていた。というのも今日はネイヴュシティという一年中雪に覆われた街へ行くに辺り、今の装備では凍死しかねないとの出身者(ソラ)の言により、服を選びに来たのだ。

 心無しかウキウキしているアイラを尻目にダイは大きな溜息を吐いた。

 

「しかしまぁ、ネイヴュまでお前も着いてくるとは……」

「なによ、何か文句でも?」

「一つある、リエンもソラも静かな方だけどお前一人で三人分煩い。姦しいって文字を一人で体現すんなよな。それに女子が三人、意見が割れた時の決定権がそっちに寄りがちになる。次に保護者属性が被ってんだよな、もちろん俺の仕事が減るのはまぁ良いとしてお前にオカン気質があって仕切られ安くなると俺の背骨があり得ない方向に曲がり始めていでででででで!?」

「一つって言っておきながらアンタ三つ言ったわよねェ! 恨みでもあんの!?」

「そっくりそのままお返しすんぞ! 街中でキャメルクラッチ決めるやつがあるか!!」

 

 うつ伏せの相手に馬乗りになって首を掴み思い切り逸らさせる必殺技をサザンカの元で一ヶ月修行を行ったアイラが手加減抜きで行えばダイの身体は本来曲がらない方向に二つ折りになるだろう。

 嫌な状況証拠から手加減してくれていることを悟り、なお深い溜息を吐くダイ。

 

 そんな二人の様子をソラが近場で買ったドリンクをストローで吸い上げながら見守っていた。

 

「二人共、仲良いね」

「「長いこと一緒にいるだけだよ」」

「そういうところ」

 

 ダイとアイラがやや頬を赤くしながら「ふん!」とそっぽを向き合う。それを見てソラは少しだけ口元を緩めた。

 そうこうしているうちにラジエス一大きなデパート、それもアパレルに明るいブティックメインのデパートへ到着した。

 

「そういや、季節外れの冬服って置いてあるもんなのか?」

 

 ふと気になってダイが尋ねてみた。するとソラとアイラは顔を見合わせて、今度はアイラが大きな溜息を吐くようになった。

 

「アンタねぇ、夏服のセールってなんでやってるかわかる?」

「夏の間に着てほしいからだろ?」

「ハズレ、夏が終わるまでに在庫を捌いちゃいたいからに決まってるでしょ。そうすればもう秋服、早いところは冬服だって並べるものよ。ファッションは先を読む業界なのよ、全く男はこれだから」

「男はこれだからー」

 

 今からでもリザイナにあるカイドウのラボに向かおうかな、と考え出すダイを置き去りにソラとアイラは服の山の中に飛び込んでいった。

 ダイはそう言いながらライブキャスターに変わり新調したスマホロトムからカイドウへと連絡を飛ばした。

 

「あ、もしもし? 俺だけど」

『俺、という知人はいない。人違いだ、切るぞ』

「だーそういうのいいから! ダイだよ! というか画面に連絡先出てるだろ分かってるだろ!」

 

 捲し立てると向こう側から溜息が聞こえてくる。今日は溜息の多い日だな、と思いながらも口には出さない。幸せが逃げていくような気がしたからだ。

 

『それで、調子はどうだ。二日連続でキセキシンカで肉体を酷使した、と聞いたが』

「耳が早ぇな、そうだよ。それもあって連絡したんだ。データはいるだろ?」

 

 それからダイは服を手にとってはお互いに重ねてはしゃぐソラとアイラをベンチで見守りながら、スマホロトムにバイタルを測ってもらっていた。

 ライブキャスターも十分高性能だったが、逐一ダイのデータを取るためにリザイナシティに行き来するのは時間的消費が激しいということで急遽用意してもらったのがこの最新型のスマホロトムなのだ。

 スマートフォンの中にいるロトムがダイをスキャンすることで心拍から血圧までありとあらゆる測定が可能という今まさに欲しかった機能が搭載されている。

 

『特に異常はないな、強いて言うなら知能が少し足りなくなってる、どこに落としてきた』

「お前は俺に対する優しさを落としてるぞ」

『あると思っていたのか? 悪いが品切れだな』

「買ってこいよぉ! どこにも売ってねえけど!」

 

 電話に向かってダイが叫ぶと自分が怒られたと勘違いしたロトムのアンテナがションボリと萎れてしまった。

 特にそれ以外要件も無かったのでダイはスマホロトムの画面に手を伸ばし通話を切ろうとする。

 

『聞いたぞ、ネイヴュへ向かいたいとユキナリ警部に掛け合ったらしいな』

「あぁ、でも────()()()()

 

 そう、ダイたちは次のバラル団の()()()()()()としてネイヴュシティを挙げ、増援を買って出る形で進言したのだが、ユキナリ含む彼の部下たちに断られてしまったのだ。

 

 

『君たちの申し出は嬉しいけど、ネイヴュは今関係者以外の通行を制限しているところがあるから歓迎は難しいかもしれないんだ』

『仮にバラル団が来るとしてもPGネイヴュ支部(ウチ)のシマで好き勝手はやらせないから』

『ガキに現場をウロウロされたらたまったもんじゃないからな、お断りだ』

 

 ちなみに上からユキナリ、アルマ、フライツの順番だ。フライツに至ってはもう最初から喧嘩腰だ。VANGUARD結成式のいざこざ以来ダイに対して並々ならぬ敵意、とまでは言わないがとにかく関わり合いを避けたがっているような節がある。ダイとしてもあの時切った啖呵に嘘偽りは無いしあれからいろんな出来事があった、気持ちに変化がないと言えば嘘になるがそれでもまだ両者が分かり合うには時間が必要だった。

 

 尤も、その時間を共にすることを両者が良しとしていないのがこの問題の複雑なところだが。

 

『そろそろいいか、昼食を摂り損ねる。フーディンに使いを任せるわけにもいかん』

「いつものパシリはどうしたよ」

『ドルクのことか、今日はいない。それとパシリじゃない、都合の良い小間使というんだ』

「お前にパシリを辞書で引いてみんのを勧めるよ」

『問題ない、全て頭に入っている。切るぞ』

 

 可哀想なドルク氏に黙祷。最初にパシリ呼ばわりしたのはダイだが、ダイがカイドウの研究所を訪ねる時決まって玄関で迎えに来てくれるのも検査に必要な機材の準備を手伝ってくれるのも彼だ。なんだかんだ言いながらもカイドウの手伝いをしているところが甲斐甲斐しいというか。

 

 通話を終えるとスマホロトムを労う。すると特性"ふゆう"を活かした動きで自動でダイの胸ポケットへと収まる。

 

「さて、どうしたもんかな……」

 

 服選びのことではない。ファッションリーダーが二人もいるのだ、自分など口を挟む間もなく自分に合う服を選んでくれるだろうと信頼していたからだ。

 ダイが呟いたのはどうやってネイヴュに入り込むかだった。一番現実的なのはアストンやアシュリーなどの、自分の腕を買ってくれているPGの上層部の人間の推薦をもらうことだ。

 

 しかし彼らは二人共ハイパーボールクラスで、どういうわけか現場に出てくることが多い。裏を返せばPG本部があるペガスシティに行っても会えるかどうかは運次第だった。

 今のうちにアポイントメントの電話を入れておくべきか迷った。それはそれで、ネイヴュ組に拒否されたから本部組の手を借りたという、なんだか屁理屈を感じてしまうからだ。

 

「っていうか、あれ……? アイ、ソラ?」

 

 気がつくと、目の前で服を選び合っていた二人がいなくなっていることに気付いた。ここ最近、目を離すとろくなことが起こらないというジンクスがあるため湧き上がってきた嫌な予感を押し込めながら、ダイはベンチから腰を上げて二人を探してデパート内を駆け回るのだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 一方その頃、アルバとリエンはリザイナシティにある化石博物館兼研究所を訪れていた。

 アルバとしてもこのハイテクな街に来るのは久しぶりで、リエンにとっては初めての研究都市、ワクワクしないわけがなかった。

 

 しかしながら観光ではないのが寂しいところ、目的を済ませたら比較的速やかにラジエスシティへ戻る必要がある。

 玄関の自動ドアを潜り抜けると、自動で動くボックス状のロボットが液晶に笑顔を浮かべながら言った。

 

『ようこそいらっしゃいました、ラフエル考古学研究機関"MUSEUM"へようこそ! さぁ、共に太古の記憶へと思いを馳せましょう!』

 

 受け取った名刺を確認し、二人が頷き合う。住所と名刺の裏にあるマップと研究所の外観がぴったり合致していたからだ。

 

「所長のディーノさんをお願いできる?」

『……考古学に興味があるわけではないんですね、ションボリです』

 

 緑色だった液晶画面が青色に、笑顔が涙を浮かべた顔に変わりボックスロボットがガックリと肩を落とす。もちろん肩に該当する部分などは無いので、表現だが。

 

「そうじゃないよ、私達カセキの復元に来たんだ。つまりこれって、考古学に興味があるって言えないかな?」

 

 リエンが身を屈めて、子供を諭すように言う。すると今度はオレンジ色になったロボットが上機嫌に『こちらへどうぞ!』とスキップでもするかのように軽快に二人を案内していく。

 博物館を抜け、奥にある別棟へ入ると今度は白衣姿の人間が一気に溢れかえった。

 

『館長! いや所長? とにかく、お客様がいらっしゃいました!』

 

 認証型のスライドドアを開けてロボットがそういうと、不思議なゴーグルをつけていた男がそれを持ち上げて入り口を見やり二人の存在を確認すると破顔して手を振った。

 

「やぁ、早速来たね! 要件は言わなくても分かってるよ、既にワクワクしているって顔だ」

 

 研究所の所長──ディーノは二人を部屋に招き入れ、他のスタッフに合図する。リエンが白衣の人間にヒレのカセキを預けるとそれをマシンにセット。

 機械が特殊な光を照射し、照準をカセキに合わせる。

 

「あれはね、生命エネルギーだよ。植物が太陽の光を必要とするように、カセキは生物として再生するための命のガソリンが必要なんだ。あのエネルギーの主成分がどこから来ているかは、企業秘密だがね」

 

 茶目っ気を出し、ウィンクしてみせるディーノ。リエンはカセキに光が集まっていくのを近寄って眺め始めた。アルバはちょうどいいとばかりにポケットからコハクを取り出した。

 

「ディーノさん、これなんですが……」

「電話で話してくれた件だね? どれどれ……確かにこれはリエンくんが言っていた通りに、太古のコハクだ。そしてね、これが重要なんだが……」

 

 ずいっとディーノはアルバに顔を寄せて神妙な顔をして言う。アルバは緊張から思わず生唾を飲み込んでしまう。

 

「このコハクもまた、ポケモンの遺伝子を宿している可能性が非常に高いッ! 一週間前、君たちが先んじて送ってくれた隕石の欠片のようにね!」

 

 そう、アイラがワースから渡されたDNAポケモン"デオキシス"の遺伝子が宿っているはずの隕石は復興祭翌日にリザイナに戻る予定だったVANGUARDメンバーを通して検査と研究を依頼してあったのだ。

 今日アルバとリエンがここに来たのにはそれの確認も含まれている。

 

 しかしディーノはカセキ復元マシンの奥、さらに奥の研究室でエネルギー照射を受けている隕石の欠片を確認する。

 その反応だけでデオキシスの方は芳しくないということが伝わってきた。

 

「バラル団も隕石を探していたってことは、宇宙からきたポケモンにも目をつけてるんですね……」

「そうなるな……だが、この通りカセキを復元するのとは訳が違う。デオキシスはカセキポケモンではないからね、必要としてるエネルギーがきっと違うんだろう」

 

 もちろん研究は続けるが、と言葉尻が重たいディーノにアルバはお願いしますと頭を下げる。

 ディーノもまた落ち込んでばかりではいられない、アルバの持つコハクをもう一つの復元機に入れて作業を開始した。

 

「さぁ、このコハクを元に戻してみよう、きっと面白いことになるよ!」

 

 心機一転、ワクワクが隠せないとばかりにディーノがコハクにエネルギーを照射した瞬間だった。

 

 

 ──コハクがひび割れ、中にあった塵ほどの物体がみるみるうちに大きくなり、やがてコハクを上回る大きさになり、そして。

 

 

「クゥェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」

 

 

 復元機を破壊しながら、中から灰色の翼を持った太古のポケモンが飛び出したのだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「富は良い。おおよそ時間以外、全ての物が手に入る。いや、私から言わせれば時間すら金で買える」

 

 そう語る男は、時代が時代ならば惚れ惚れする恰幅の良さに、人間の肌の色はいつの間に金色という概念に塗り潰されたのか、と錯覚してしまうほどにゴールドリングが嵌められた両の手の指。

 着ているジャケットも艷やかな輝きが上物であることを周囲に知らしめている。極めつけは鼻と唇の間にある整えられた厭らしいヒゲだ。

 

「あっ……"ハロルド"オーナー! ご苦労さまです!」

「うむ、良い挨拶だ。私が誰なのか弁えているところも好印象。だが……」

 

 金色の男──ハロルドは薄めで声を掛けてきたスタッフの男を値踏みするように見つめ、腕を組み慇懃とは程遠い言葉を吐く。

 

「制服を着崩しているところ、髪色が派手なところ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()は好ましくない。胡麻を擂るのは得意なようだな、キミ」

 

 絶句した。注意を受けたスタッフも周囲の客もだ。彼を視界に入れた全ての人間がそうしただろう。

 あまりにも独裁的だ、一番権力を持つオーナーだからとて言葉で人を嬲るのが許されているわけではない。

 

「だが、私は懐が深い。今朝、テレビでコスモスさんの特集をやっていてな、特別気分が良い。だが次はないぞ、精進したまえ」

「は、はい! 申し訳有りませんでしたっ!」

 

 そう言いながらハロルドは胸ポケットから取り出した数万ポケドル──彼にとっては小遣いにもならない額だが──をスタッフの胸ポケットにぐしゃぐしゃに押し込めて肩を叩く。

 ホッと胸を撫で下ろすスタッフを尻目に、ハロルドは小さく呟いた。

 

「そう、誰もが金の魔力には抗えない。金こそ全てだ、人の好意すら買える時代だ、あぁ素晴らしい金バンザイ……」

 

 クカカ、と成金丸出しの笑いを浮かべながら、自らの城の一つであるデパートを練り歩いていく。

 自分を知るものには報奨と小言を、知らぬものには侮蔑とやっぱり小言を垂らしていた時だった。

 

 

「防寒対策ったってスカートは外せないわ、特にソラはショーパンスタイルだしここらでスタイルチェンジよ」

「そうなのかな、よくわからない」

 

 

 女の子が二人、ブティックで両手いっぱいに服を抱えているではないか。片方の女の子は活発そうなイメージを覚え、ハロルドの好みかと言われるとそうではない。

 しかし問題はもう一人の方だ。服装自体はパンキッシュでハロルドが忌避するタイプの女だが、雰囲気がもろに好みだった。

 

 それこそ彼が周囲に好きだと公言してやまないコスモスと同じ波長を感じた。

 ここらで一発遊んでいこうか、そう思って近寄った時だ。ハロルドはどこかで見たことある少女だな、と歩を止めた。

 

「あっ、レニアのライブの……!」

 

 そして思い出す、実は出資していたレニア復興祭のライブステージで飛び入り参加した、あの少女だと気づく。

 ハロルドは我ながら持っていると自負した。それはそうだろう、テレビで見かけて以来ほんのちょっぴり気になっていた娘がこうして目の前に、さらに言うなら()()()距離にいるのだから。

 

「ウォッホン、お嬢さんたち。楽しんでおられますかな?」

 

 陽気な親父を全面に出し、茶目っ気とばかりにヒゲをピンと跳ねさせてハロルドが声を掛ける。

 それに対し二人、アイラとソラは突然現れた中年の男を訝しみながら首肯する。

 

「結構! 私はハロルド、このデパートのオーナーだ。今日は査察に来ていてね、こんな可憐なお嬢さんたちに会えるとは私は神に愛されているようだ、ホホホ」

「はぁ、どうも……」

「こんにちは」

「会えて光栄だ、ソラ・コングラツィアさん。先日のコンサート、素晴らしかったよ。今まで数々のコンサートに投資してきたが、あれほど心が洗われるような歌は初めてだった」

 

 もちろん方便だ。このハロルドという男、出費は惜しまないがそれはそれとして減額出来そうなものなら値切るスタンスである。

 そんな心の音を聞き取ったのだろう、ソラは少し怯えたようにアイラの後ろに隠れた。しかしハロルドはそれを照れ隠しと受け取ってしまった。

 

「見たところ、お洋服を買いに来たのだね? よろしい、会計は私が持とう! 遠慮することはない、ソラさんの可憐さに免じるとしよう!」

 

 免じるという言葉の使い所が違う、と突っ込みたいところであったがアイラも世渡り上手でこの男を乗せておけば大幅な出費削減になると口を噤んだ。

 ソラとアイラが抱えていた服をすぐさまカウンターに持っていき、煌々と輝くカードによって一括で支払いを済ませてしまうハロルド。

 

「さて、これで支払いは済んだ。それで代わりと言ってはなんだがね、これから一緒に昼食などどうだろう。一流のリストランテを知っていてね。移動が面倒とあらばリムジンを用意しよう、如何かね?」

 

 早速恩を着せに来た。こればっかりは断らなければならないだろうとアイラが一歩前に出た時だった。

 

「なんだよ、姿が見えないと思ったらもう会計済ませてたのか。店ん中一周しちゃったぞ」

 

 二人を探して走ってきたダイが二人の肩越しにハロルドと対面する。ハロルドはというと、眉をひくつかせて露骨に不機嫌を顔に出した。

 

「キミは何者だね。ああもちろん私は名乗らないよ、私のことを知っていない方がこの街では異常なのだからね」

「……なんかすごいキツめのおじさんだな、俺はダイ。一応、VANGUARDのメンバーだ。ほら、バッジもある」

 

 ただならぬ雰囲気を感じ取ったのだろう、ダイは襟元にあるVANGUARDのバッジを見せる。こうすることで一応公的機関にパイプがある人間であるという牽制をしたのだ。

 ハロルドの不機嫌メーターがさらに跳ね上がった。例えるなら今既に法定速度の車などぶっちぎってしまうだろう。それくらいに怒り心頭だ。

 

「ふん、国家の犬のさらに使い走りか。どうせ入試でギリギリ受かって、そのバッジを見せびらかし威張っているだけだろう」

「それはどうかな。俺はこう見えてもあのアシュリーさんから推薦を貰って所属させてもらってる身だぜ」

 

 煽りにも負けじとダイはさらにアシュリーとのパイプを見せびらかす。するとどうだ、ハロルドの額から一筋の汗が流れ落ちたではないか。

 

「あ、アシュリーさん……あの、アシュリー・ホプキンス警視正のことか……!? 貴様のようなガキが彼女とどうやって知り合ったというのだ……クッ!」

「……あー、それは言えない。なかなか情熱的な夜だったもんで」

 

 出会いは誤解からの逮捕だったなんて言ったら相手につけあがる隙を与えるだけだ。対人との立ち回りが上手いダイは自分の弱点を曝さない。

 

「アーマルドさん、レストランじゃなくていい。このデパートで何か食べられる場所があればそこでいい」

「ハロルドです、覚えて帰ってほしいなソラさん」

「あ、飯? なんだ、ご馳走になっていいのかポラロイドさん」

「ハロルドだ! 貴様を招待したつもりはない! 私はソラさんをご飯に誘っているのであって──」

「ふーん、じゃあ私はソラのおまけなんだ。優しい人だと思ってたんだけどな~、ハロ……ゴロンダさん」

「貴様わざとか! わざとだろう、誰があくタイプだ! かくとうタイプはまぁ合ってるとして、誰が悪だ!」

 

 ツッコミながら、ハロルドは慣れないファイティングポーズを取る。しかし反射的にアイラが取った戦闘態勢から並々ならぬ殺意に似た何かを感じ取ったのか、すぐさま緩んだネクタイを正して仕切り直す。サザンカのところで身につけた身のこなしが実際に役に立つ日が来るとは、人生とはわからないものである。知らず識らず、命拾いしたハロルドであった。

 

「ここの一階に、ファストフード店がある……! 私はファストフード店などという低俗なものは利用しないが、そこのスタッフに伝えておこう! ソラさんの注文だけ! 彼女の注文だけ私が持つと!」

「「ちぇ~、ケチ~」」

「ええい黙れぃ小童共が! ……オホン、それではソラさん。今度はキミを一流のシェフが集う店に招待させてもらうよ。それでは失敬……あばよ小僧!」

 

 それだけ言い残して、ハロルドは去っていってしまった。今度会ったらただじゃおかん、など小言をぶつぶつ呟きながら大股で去っていく。

 なんだかんだ言いながら、服代も全部払ってもらったしソラに関してはこの後のご飯の料金も浮いた。

 するとダイは意地悪く大きな電球を頭の上に浮かべた。まさに彼こそあくタイプ、さしずめ【わるだくみ】であった。

 

「なぁ、ソラ。お前、結構腹減ってるよな?」

「……? そこまで減ってるわけじゃないけど、どうして」

「いや、もうお腹ペコペコで今なら幾らでもハンバーガーが食べられるはずだ。例えば、ソラ一人で()()()()()()()()()()食べられるくらいにはお腹空いてるだろ」

 

 ソラが首を傾げる中、ダイの思惑が理解できたアイラだけは同じく悪い顔をしていた。

 昼食代まで浮いた、と上機嫌のダイとアイラの背を置いながらソラはハロルドが去った方を静かに見つめていた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「クエ──────ッ!」

 

 ドカン、ボコン。翼竜が暴れ、機材が壊れ、その音がまるで重奏するかのように鳴り響く。

 MUSEUMと隣接する研究所の天井をぶち破って外へ飛び出した翼竜──"プテラ"を追いかけアルバとリエン、ディーノの三人が同じく屋外へ出る。

 

「まだ飛び方が覚束ないようだ」

 

 ディーノが言う、それを肯定するのはリエンだ。ここ一ヶ月、チャンピオンの駆るプテラを相手取って戦闘経験を積んでいたのだからその動きの差は図鑑を見るまでもなく分かった。

 リエンの腕にはぷるぷると震えながらプテラを見上げるアマルスがいた。復元したてだからか、図鑑で登録されている平均的な重さよりも幾らか軽い。

 

「カセキポケモンは、あれが本当の姿ではないんだ。我々が幾ら技術的に進歩しようと、"こういう姿をしていたはずだ"という予測を元に、ポケモンの姿を決めつけている。彼は、プテラは太古の自分とは違う自身の姿にきっと混乱しているに違いない」

 

 バタバタと必死に翼を動かし、空へと足掻く姿を見てディーノもリエンも口を噤んだ。しかしアルバだけは違った。

 彼の目は生き生きと輝きを増していた。プテラは毛を持つポケモンではない、従って彼の愛する"もふもふ"を持つポケモンでないどころか岩肌のようにゴツゴツした外皮を持つ。

 

 であるにも関わらず、アルバの好奇心は抑えられそうになかった。ベルトからモンスターボールを取り出し、中からジュナイパーを呼び出す。

 

「アルバ?」

「僕、行ってくる! あの子と戦ってみたいんだ!」

 

 言うが早いか、ジュナイパーはアルバの肩を掴んで一気に飛翔しプテラを追いかけた。それを見てリエンは呆れたような、それでこそアルバだと安堵したかのような、両方が混じった溜息を吐いた。

 飛び出す背中を見て、ディーノもまたモンスターボールを取り出す。しかし好奇心をエンジンに空を翔る姿にすぐさまそれを収めた。

 

「キミすごいな! 目覚めたてなのに、もうそんなに速く飛べるんだ!」

 

 感心したかのようにアルバが発話した瞬間、プテラの甲高い叫びが大地から古の力を呼び起こした。この地球という器に太古から刻まれたエネルギーが今、プテラによって引っ張り出されそれが明確な形と敵意を以てアルバとジュナイパーへ襲いかかる。

 

「【げんしのちから】か! ジュナイパー、距離を取って!」

 

 太古の力が岩石や炎、水、自然を司る形でそれぞれ襲いかかってくる。ジュナイパーはアルバを掴んだままでもそれらをひらりと躱すことが出来た、しかし当たりどころを失ったエネルギーがMUSEUMの建物に降りかかる。

 

「【ミラーコート】」

 

 瞬間、建物自体が不思議な光に包まれ太古の力をそのまま跳ね返す。リエンが呼び出したミロカロスだ、MUSEUM全体が特殊技に対する障壁と同じ効果を得たのだ。

 

「こっちは任せていいから、落ちないようにしなよ」

「これほど大きな建物を一瞬で保護障壁で包み込むとは……大したものだ」

「結構、練習したので」

 

 感嘆するディーノにリエンが薄く笑んだ。大したもの、と言われるだけありその効果には眼を見張るものがあった。

 建物をドーム状の障壁で包んで防御することは簡単だ。しかしそれは余りにもポケモンの負担が大きい、守らなければならない部分が多くなるからだ。

 

 リエンが行ったのは建物の面の部分に【ミラーコート】を()()()()()ようにして建物の壁そのものを防御壁とする手法だ。これならば防御に特化したリエンのミロカロスならば一瞬で構築するのは造作もない。

 跳ね返ったエネルギーは指向性を持ってプテラへと返っていく。アルバが褒めたスピードで回避するにも限度があり、幾つかの【げんしのちから】がプテラを直撃する。

 

「動きが止まった、【リーフブレード】!」

 

 翼から連なる木の葉を連結した新緑の蛇腹剣(えんかく型リーフブレード)が撓り、プテラの身体を切り裂く。ひこうタイプを併せ持つため、効果抜群とはならないがプテラはいわタイプポケモンの中では防御値が平均を下回るほど。鍛えられたアルバのジュナイパーの攻撃は決定打を与えるのに十分だった。

 

「アルバくん、そのまま落下した先で暴れる可能性がある! ゆえに──」

「ですよね! ポケモンセンターに落ちたりしたら大変だ! だから──」

 

 

 

捕獲(ゲット)したまえ!」  「捕獲(ゲット)します!」

 

 

 

 アルバはユオンシティで購入していたモンスターボールに稲妻のマークが描かれたボールを取り出す。

 ボール職人がぼんぐりから作り出す特別なボール、その名もスピードボール。素早さの高いポケモンに対し強いキャプチャー性を誇るボールだ。

 

「ジュナイパー、頼んだよ!」

 

 狩人は寡黙に、しかし確実な首肯を以て承る。構えた矢の先に取り付けたスピードボールが自由落下中のプテラに狙いを定める。

 引き絞られた弦は、絶対に獲物を逃さない。

 

「スピードボール、射出(シュート)!」

 

 ピュッ、小さな風切り音を置き去りにして放たれたスピードボールはキャプチャーネットを放出し、プテラを逃さない。

 地面へと落下したボールは僅かに揺れ、捕獲完了のクリック音を小さく響かせた。

 

「よし!」

 

 アルバはジュナイパーからリリースされ、そのままコンクリートの上で受け身を取る。見る人が見ればちょっとした悲鳴が上がる光景であったが、リエンもディーノも特に何も思わない。

 サザンカ塾とはそういう場所であったから。

 

「今手当するからね」

 

 早速ボールから出されたプテラにキズぐすりを吹き付けるアルバ。腹部と翼に刻まれた切り傷がみるみるうちに回復していく。

 リエンがポケットから取り出した木の実をアルバへ投げつける。受け取ったオボンの実をアルバがプテラへと差し出す。最初こそジッとアルバを睨むようにしていたプテラだったが、アルバがひとかじりすると倣うようにシャクシャク音を立てて咀嚼する。

 

「見事な捕獲劇だった。良いジュナイパーだ」

「空中だとボールのコントロールが効かないので、信じました。彼ならきっと当ててくれるって」

 

 アルバがスピードボールをディーノへと手渡す。が、それをディーノはアルバへと返した。

 

「当館はカセキ以外の寄贈は原則出来ないことになっていてね。そのプテラはキミが連れて行くといい。鍛えればきっと良いスピーダーに育つはずだ」

 

 ディーノの提案を受け、アルバはスピードボールを改めてプテラの前に差し出す。青い燐光は一度ボールから解放され野生に戻った証。

 つまり今のプテラに、トレーナーはおらず命令に強制力は発動しない。リエンのくれたオボンの実によって幾らか気性が大人しくなったとはいえ、相手は古代から蘇った大きなポケモンだ。

 

「僕と一緒に、最強を目指さない?」

 

「ジュナイパーとデンリュウもそうやってスカウトしたんだ……」

 

 言葉少なに、プテラへ要求するアルバを見てリエンは苦笑いを浮かべた。だけどこれ以上ないくらいアルバらしくて納得だった。

 そして幸いプテラもそれを断ることなく、鼻先で再びスピードボールのボタンをカチリと押し込んでボールの中へと収まった。

 

「改めて、プテラゲットだ!」

 

 スピードボールを掲げるアルバにリエンとディーノ、二人のオーディエンスが拍手を送る。

 アルバが改めて手持ちのポケモンと顔合わせをさせようとボールからルカリオたちを呼び出した瞬間だった。勝手にプテラがボールから飛び出したかと思うとその両足でアルバの肩を掴み、

 

 

「うおわああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 ──そのまま一気に飛翔した。まるでさっきまでジュナイパーがそうしていたように、アルバを連れて空へ上がるプテラ。

 

「ハハッ、あのプテラ相当負けず嫌いのようだな。ジュナイパーに対して、負けてないぞと言っているようだ」

 

 ディーノの言葉を聞いたジュナイパーは「くだらない」と言った風にそっぽを向いているが、その実チラチラとプテラの方を眺めていた。どうやら新入りに露骨に挑発されたのが気に食わないらしい。

 やがてリエンに背中を押されたジュナイパーがアルバを奪還するべく空へ上がった。

 

「速い~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」

 

 だがプテラは復元したてとは思えない膂力でアルバを掴んだまま力いっぱい翼を動かし縦横無尽に空を翔け回る。

 ダイのウォーグルに匹敵するほどのパワーと、それを凌駕するスピードは凄まじくアルバは開いた口が風圧で物理的に閉じないという体験を初めてすることとなった。

 

「さて、あちらはあちらとして……アマルスは大丈夫そうかい?」

「プテラが暴れた時にちょっとガラスで怪我したみたいですけど、キズぐすりは常備してあるのでもうすっかり元気です、ね」

 

 リエンがアマルスを地面へと下ろし、長い首を指先で擽るとアマルスは気持ちよさそうに目を細める。

 

「きゅーん」

 

 小さく、嘶くようにアマルスが鳴いた時だ。小さな雲がリエンの上に出来たと思えば、それから雪がこんこんと降り出す。

 当然周囲の気温が高いため、すぐに溶けてしまうもののそれが特性であると見抜いたリエンはポケモン図鑑を取り出してアマルスをスキャンする。

 

「"ゆきふらし"か、珍しいこともあるものだ。当館で復元したアマルスはみな、天候を操る力を持っていなかったからね。これも"フローゼス・オーシャン"から見つかった個体だから、ということなのかな」

「そんなに珍しいなら──」

「寄贈、は無しだよ。まったく、キミたちはどうしてそう遠慮がちなんだい? もう少し子供のようにがめつくったって私は気にしないよ」

 

 苦笑いしながらディーノはアマルスを見やる。リエンが先程呼び出したミロカロスとも既に話をしているようであった。

 言語こそ理解できないが、二匹の温和な表情は「これからよろしく」という意思を感じ取るには十分だ。

 

「もう既にキミに懐いているようだ。どう育てるかはキミ次第だが、成長した彼女に会えることを楽しみにしているよ」

「……じゃあ、一緒に行こうかアマルス」

「きゅん!」

 

 プテラと同じように、アマルスも空のモンスターボールに自分から収まり、リエンの手持ちに加わることとなった。

 新たな仲間が手持ちに加わる瞬間は、いつでもワクワクする。自分の知らない未知に出会ったのなら、尚の事。

 

 出会いというものは、往々にしてそういうものだろう。

 

 




ラフオク式ハロルドさんイジり

イジられてこそいるけど成金で女の子好きでそれなりに嫌なおじさん。
いよいよポケダイでも彼を扱うときが来たな、料理しがいがあるなぁと今からワクワク。


カセキポケモンの、「大昔とは違う姿をしている」という描写はカセキメラから着想。




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VSゾロアーク JOKER 

「うーん、どうしたもんか」

 

 ダイは頭を悩ませていた。ここ数日口を開けば、この言葉が飛び出るのが慣習となっていた。

 悩みのタネは単純で、ネイヴュシティへ行きたいがユキナリを始めとするネイヴュ支部のPGが帰る飛行機には乗せてもらえそうにないということだ。

 

 次のバラル団の目的がアイスエイジ・ホールであるという行動予測を進言したものの、そうだとしてもネイヴュ支部の人間で対応するの一点張りだった。

 暗に歓迎されていないということを悟ってしまい少しだけナイーブな気持ちに陥っていたのだ。

 

「でもバラル団がアイスエイジ・ホールを目指してるのは確定事項だし、逆に言えばそこにいるって噂の伝説のポケモンを捕まえるところまであとちょっとってことだよね?」

 

 隣のベッドで寝転がりながらアルバが言った。

 彼の言う通り、既にバラル団はリーチを掛けていると言っても過言ではない。そんな中手を拱いているわけにはいかないのだが、そうするとどういった言い訳でネイヴュシティに入るかという堂々巡りが続くのだ。

 

「やっぱアストンかなぁ」

「如何にネイヴュ支部って言っても、PG本部の意向なら無視できない……よね?」

 

 アルバが不安げに言う。問題はそこだ、ネイヴュ支部はラフエル地方中で逮捕された凶悪犯を収容するための巨大な監獄施設を管理する役割柄、本部の手が入らない独立の指揮系統を持っている。

 だから警視正クラスのアストンやアシュリーの推薦状を以てしても、支部長に「知らん」と返されたらそれでお終いだ。

 

「かくなる上は不法入国か」

「僕らがお尋ね者になっちゃうよ」

 

 しかも五人組のうち一人しか土地勘が無い場所で大規模作戦を敢行するであろうバラル団をPGや他のジムリーダー、彼らが要するVANGUARDメンバーの手助けも無く戦えるかと言えばほぼノーだ、不可能に近い。

 幹部クラスが複数人投入されていればそれだけでアウトだ、そこで彼らの冒険は幕を閉ざすだろう。

 

 ダイは枕に頭を預けながら頭上の壁を見た。この壁一枚隔てた隣の部屋では女子三人が何を話し合っているのか気になった。

 しかし今はアイラがいる、経験上どうせくだらない話でもしているはずだとすぐさま興味対象から外れた。

 

「あっ!」

 

 その時だ、アルバが上体を起こしながら妙案を思いついたと言わんばかりの顔をしていた。

 伸るか反るか、ダイもアルバの方へ向き直って彼の天啓に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「えぇ、いない!?」

 

 翌朝、ダイたち五人はラジエスシティを南下した場所にある遊興の街、"ペガスシティ"へとやってきていた。

 庁舎、"ソムニウム・ライン"受付にてダイの声が響く。後ろのアルバも「名案だと思ったのに」と額に手をやっている。

 

「フリック市長は本日、出張しております。ご用事であれば私共が伝言致しますが」

 

 受付の冷ややかな女性はそう告げる。大体の場合、ここで情報は止まる。自分たちが警察機構の末端に属しているとは言え、市長相手にアポイントメントが取れる人間では無い、というのが彼らの自身の評価だ。

 どうしたものか、ダイは受付に背を向けて考え出す。そこで目に入ったのは、リザイナシティでも使われているボックスロボットだった。

 

 さすがラフエル全土を支える頭脳の街、その技術は他の街でも遺憾なく発揮されている。

 ふと思いついたことがあり、ダイはそのロボットに近づいた。

 

「やぁ、こんちは。ちょっといいか」

『ペガスシティ庁舎、ソムニウム・ラインへようこそ。ご用件はなんでしょう?』

 

 思ったとおり、案内ロボットのようだった。ダイはこっそりとモンスターボールを取り出し、その中のポケモンに図鑑を確認させた。

 ボックスロボットが緑から返事待ちの黄色へ変化するのを見てダイは慌てて取り直す。

 

「フリック市長に会いたいんだけど、行き先を知らないかな」

 

 案内ロボットにそんな情報が入っているわけがない、ダイ以外の四人は「ダメ元すぎるだろ」とダイの後頭部に総じてチョップを繰り出す。

 

 が、

 

『ギャピッ!? ……検索結果、本日のフリック市長の予定は午前十時よりPGペガス本部にて本部長デンゼル氏との会合、十三時から先日リニューアルした遊園地のセレモニーに出席することになっております』

 

 短い悲鳴の後、案内ロボットは五人にしか聞こえないボリュームでぺらぺらと今日のフリック市長の予定を話し始めた。

 ダイ以外の全員が驚いているとロボットの中から一匹のポケモンが飛び出してきた。バーチャルポケモンの"ポリゴン2"だった。データ状になっていたポリゴン2はダイの手のひらの上に戻るとくにゃっと姿をもとに戻した。

 

 当然、メタモンだ。

 

「メタモンをポリゴン2に【へんしん】させて、ちょっと喋ってもらった」

「ばっ、アンタそれってハッキングなんじゃないの!?」

「声がデケーよバカ! それより、行き先がわかった。ただ候補が多いからちょっと絞れるかどうか」

 

 ダイがスマホロトムで時間を確認すると今は既に正午を過ぎたかどうか、という時間。ソラが寝坊し朝ご飯が昼ご飯になったという会話をした覚えがあるので時間的にそれくらいだろうと見切りはつけていた。

 

「微妙だな、会合が長引いてればまだPG本部。けどあと一時間もしないうちに遊園地か……」

「せっかく五人いるから、手分けする?」

「そうだな……じゃあ、PGの本部に二人、遊園地に二人、そんで万が一の連絡要因にここ一人、って感じでどうだ?」

 

 提案に異議なしと声が上がり、五人は徐に拳を突き出し合図でそれをパーに開いたり、開かなかったりする。今回ハサミのチョキは仲間外れだ。

 ジャンケンの結果、パーを出していたのがアルバ、ソラ。手をグーのままにしていたのはダイ、アイラ、リエン。なかなか珍しい組み合わせと言えた。

 

「で、後は俺たちの中から一人ここに残る人を選ぶわけだけど、残りたいやついる?」

 

 アイラとリエンが目を合わせる。次いで二人揃ってダイを見る。それが意味するのは「言い出しっぺが残るべきでは?」というメッセージ。

 正直なところ、ダイは遊園地に行きたかったのだ。理由は元々の目的七割、残りの三割はもしかしてと思うところがあるからである。

 

「はぁ、分かったよ。俺が残るよ、お前らだけで行ってきてくれ」

「はーい」

 

 それぞれ警視庁本部の方向と、遊園地方面に分かれていく仲間を見送ってダイは一人挙動のおかしなボックスロボットに寄りかかってため息を吐く。

 一人でいるとどうしても考える時間が出来てしまう。ダイが今考えるのは手放したライトストーンのことだ。

 

 アイラに言ったことは嘘ではない、レシラムとようやく対話が出来るようになったのはつい最近のことでバラル団がレシラムと交信するには恐らく時間がかかるはずだという推測も恐らくは正しい。

 しかし規格外の、伝説と呼ばれるようなポケモンの力を甘く見ているのではないか、そういう不安が拭えない。

 

「もし、アイスエイジ・ホールにいるっていう伝説のポケモンが()()()()()()()()()()()()()()()()……?」

 

 そうなれば話は変わってくる。もはやバラル団に障害など無くなり、今すぐにでも伝説のポケモンを解き放つことが出来るのだから。

 スマホロトムの連絡先を見る、知人の中で唯一浮いている「四天王 サーシス」の文字。彼女と共に視た未来ではレシラムとゼクロムを駆る者の姿には靄が掛かるように不明瞭だった。

 

「あの時、二匹のポケモンと戦ってた大量の影はなんだ……? あれはバラル団のポケモンなのか?」

 

 青と紫の体色をしたポケモン()()()大群を思い出す。そちらもまた、姿かたちが不明瞭だったためポケモン図鑑から正解を導き出せない。

 仮にあれがバラル団のポケモンならば、レシラムとゼクロムと共に戦うトレーナーはこちら側の人間ということになる。

 

「逆なら……?」

 

 口にして頭を振るダイ。少なくともレシラムは一緒に戦うつもりだと宣言もした。

 だが心変わりが無いと、どうして断言できるだろう。ダイたちよりもバラル団の思想を正しいと思って彼が向こうに手を貸すことになったら。

 

 ゾッとした。時間があると悠長に構えている場合ではない。

 しかし焦ってどうにもならないことも事実だ。むしろ最大限急ごうとしている、だから深呼吸と共に溜め込んだ焦りは全て吐き出してしまおう。

 

「それにしても、みんな遅いな……ってなに!? まだ二十分も経ってないじゃんか!!」

 

 時計の針は四分の一をようやく渡り終えたところ、特別我慢強いはずのダイだが一人で待つとなると流石に焦れったかった。

 次第に貧乏揺すりが増えていき、ポケモン図鑑を眺めてメタモンに変身させたりを繰り返すこと、さらに十五分。

 

「あーもう、待ってらんねぇ」

 

 そう言うなり、ダイは先程とは違う受付に市長が戻ってきたら連絡をもらえるよう伝えに言った。見せびらかすようにVGバッジにチラつかせると気の弱そうな受付はコクリと首を縦に振った。

 もっとも今の時間的に遊園地へ迎えばリニューアルセレモニーに出席している市長を見つけることは出来るはずなので、保険ではあるのだが。

 

「よし、行くぞウォーグル!」

 

 庁舎を飛び出すなり呼び出したウォーグルに飛び乗ってダイはペガスシティ上空へとあがっていき、そこから街を一望する。

 ラジエスシティに匹敵するほど巨大な建物が並ぶこの街で唯一目立っていたのが巨大な観覧車のある遊園地、その前の広場にある噴水には見覚えがある。

 

 かつてPGに逮捕され、バラル団によって脱獄させられた後出会った幹部イズロードとの戦いを思い出す。

 あの時は今よりもずっと弱かった、イズロードを退かせることが出来たのはアシュリーがイグナを始めとする部下を先に離脱させイズロードもある程度消耗させたからに他ならない。

 

 何よりダイはあの時からずっとイズロードの中にある、掴めないが確実な意図を感じていた。

 取り出したモンスターボールの中には微睡みのゼラオラがいた。まさかラフエル地方でも、地元を騒がせたダークポケモンが流行っているとは思わなかったからだ。

 

「あいつは、救ってみせろって言った。バラル団はポケモンを救うために行動している……」

 

 最初に出会った時はメーシャタウンの王城前。そこで何を探していたかは分からないが、ゼラオラとソラが連れているメロエッタの件から鑑みて、恐らく何かしらのポケモンが目当てだった可能性は十分ある。

 それもまだ世界に数匹いるかどうかの、幻のポケモンと呼ばれる存在であるかもしれない。

 

「リザイナシティでレンタルポケモンを強奪したのは、人間に無理矢理使役されてるポケモンだったから……?」

 

 その件に関してアストンは最初から育成済みのポケモンに言うことを聞かせられれば、戦力増強として申し分ないとは言っていたものの単に人に囚えられたポケモンの開放が目当てだったのかもしれない。

 

「レンとサツキはなんで"神隠しの洞窟"にいたんだ? 聞きそびれてたな、そう言えば」

 

 ダイがディーノと初めて会ったのもそこだった。彼がいたことから見ても、恐らくはポケモンの進化に必要な石を探しに来ていた可能性はある。

 この辺は本人たちが既に改心してこちら側についているため、タイミングが合えば聞き出すことは出来るだろうとダイは頭に留めておく。

 

 と、ダイがこれまでのバラル団の行いを振り返っているだけであっという間にウォーグルは遊園地の真上に到着する。

 当然遊園地には入園料という物が必要であり、券売機も改札機も基本的には園の外にある。

 

 のだが、

 

「今日は非常時ってことで、VGの経費で落ちるだろ」

 

 全く落ちないのだが、ダイはそのままウォーグルから降下し広場の噴水前に着地する。

 しかし思ったより高く、衝撃を殺し切るのに足のバネだけでは足りずダイの身体が思わずよろけた。

 

「おっと」

「あっ」

 

 その時だ、運悪くダイが倒れかかった方には人がいたのだ。そうして後ろの人間にぶつかった際、ダイの頬にべちゃりと冷たい感触が奔る。それはモーモーミルクを原料に作られたアイスクリームで、ダイの頬とそれの持ち主のTシャツに挟まれ溶けてしまった。

 

「すいません、ちょっとうっかり……」

「いや、いいよ。君が降ってくるのは見えていたけど、倒れてくるのを読めなかった僕の落ち度だ」

 

 そんなことはない、十割ダイの過失によるものだ。ダイは代わりのアイス代をと、財布を取り出す。持ち合わせはあまり多い方ではないが、先日ハロルドが冬服代を全部持ってくれたというのもありアイス代くらいは難なく払えそうな額は入っていた。

 

「君は……」

 

 とダイが財布からワンコイン取り出した時、相手の男性はダイの顔をまじまじと見て驚きに満ちた表情を見せた。

 男の顔を見た時、ダイが一番最初に覚えたのは既視感だった。()()()()()()()()()()()()ような、そんな錯覚。

 

 銀の髪と対を成すような黒衣、そしてアメジストに近い暗い紫色を湛えた瞳。そこまで観察できてから、コスモスやヒメヨに似ていると思い至った。

 男はそのまま右手を差し出してくる。間違いなく、握手の構え。

 

「初めましてだね、白陽の勇士。会えて嬉しいよ」

 

 ダイのことをそう呼ぶのは今の所バラル団が主だ。一瞬警戒するも、敵意を感じなかったため握手に応じようとした。

 そして男の手を一瞥して、一言。

 

「あの、ティッシュとか持ってます?」

「生憎後ろのポケットに入ってるかな」

 

 

 

 

 

 

「本っっっっっっっっっっ当にすいません、まさかチャンピオンだとは思ってなくて」

「いいよ、僕に覇気が無いのも問題だから」

 

 数分後、俺は遊園地内の屋外カフェで首が壊れるかと思うほど頭を下げていた。男──グレイさんは苦笑いを浮かべてそう言うが、諸々の遠慮がちな反応が返って俺に傷を残す。

 にしてもここにアルバがいたら大変だった。きっと「バトルしてください」の一点張りだったかもしれない、脳内再生可能な辺りあいつの現地師匠作りを間近で見続けてきたんだなとちょっと感慨深くなった。

 

 グレイさんはというと俺がなんとしてでも弁償させてもらった当園限定の"モーモーバニリッチ"を無心に舐め続けている。

 確かにこれがチャンピオンのオフの姿なんて言われても、レベル高いコスプレだなーぐらいにしか思わないだろうな。

 

「今日は遊園地に一人で? もしそうなら、変わってるね」

「グレイさんにそれ言われちゃな……」

「……それもそうだね、すまない」

 

 甘いものに目がないのか、わざわざ休日に一人で遊園地に来てはアイス食べてる姿はとてもチャンピオンには見えない。

 少なくともアルバに見せられた、ドラゴン軍団を従える強者には。

 

「そういえば、リエンがお世話になったとか」

「あぁ、彼女ね。うん、すごく筋が良かったから僕が教えられることはあまりなかったけれど」

 

 懐かしむようにグレイさんは言う。確かにリエンはあまりにも飲み込みが早い。俺と出会う前にはポケモンバトルなど専門外だった子とは思えないほど、今は戦術の組み立てが上手い。

 スピードでゴリ押すアルバや、小細工でなんとか相手を出し抜く俺には出来ない戦術眼がリエンの武器と言ってもいい。

 

 例えば俺が戦う前に策を練って対策を立てる戦略家タイプとするなら、リエンは戦闘中の即興で瞬時に戦場に合う選択が出来る戦術家タイプという違いだ。

 要はリエンはアドリブに強いということだ。俺も弱いとまでは言わないけれど、競い合えば確実に遅れを取るのは俺だろう。

 

 そう、俺はみんなを引っ張ってるようで実は引っ張れてなんかいない。俺より潜在的にすごい奴らが、偶然俺の周りに集まっている。

 

「君は、コスモスに指導を受けたんだってね。実は彼女に後進育成のアドバイスを求められてね。とはいえ、僕もそれほどノウハウがあるわけじゃないから返事に困ったよ」

 

 グレイさんが言うには、四天王の一人"ハルシャ"さんに二人して色々教わったらしい。

 彼女の名前は聞いたことがある。というのもアルバが旅の途中で時折端末で確認している通信教育の講師がそんな名前だったはずだ。

 

 曰く、就任当時チャンピオンであるグレイさんを除けば歴代最年少四天王であり同時にあのカイドウの才能を見抜いた一人だという。

 食べ終え微かに指先に残ったアイスを、ぺろりと行儀悪くも茶目っ気と言わんばかりに指先を舐めるグレイさん。こうして見れば本当にチャンピオンとは思えない。

 

 だけどコスモスさんがそうだったように、きっと彼はスイッチの切替が出来るタイプの人なんだ。

 話している分には静謐そのものだけど、戦うとなった瞬間手持ちのポケモンが持つオーラが肌で感じ取れるようになる。

 

 俺の感覚ではまだ掴みかねてるけど、きっとソラならもう既にグレイさんの手持ちや彼の心境なんかが彼女独特の感覚で伝わってくるんだろうな。

 

 そうして休暇を満喫しているチャンピオンを観察していると、やや遠くの観覧車付近の特設ステージで何かが始まった。

 見ればいつぞやの園長がステージの上でマイクを前に語っていた。近くにはそんな父親の姿を眺めている娘さんの姿もあった。

 

 腰のボールが揺れる。見れば、ゲンガーが外に行きたがっているように見えた。こいつがゴーストだった時に、ここのホラーアトラクションで出会ったのも随分昔のように思える。

 

「行ってこいよ、でもはしゃぎすぎるなよ? あとアルバとソラには見つかるな」

「ゲーン!」

 

 ゲンガーが二人に見つかったら一瞬で俺がここにいることがバレる、特にソラに見られれば一瞬だ。俺は一応お忍びで来ているわけで。

 近くを通りかかった親子連れの、子供が持つ風船の影に沈んでゲンガーは移動を始めた。我がポケモンながらなかなか器用なことをする。

 

「聞きそこねていたけれど、どうして今日は一人なんだい?」

「あー、話すと長いんですけど」

 

 俺は逡巡の末、グレイさんに顛末を話す。主にネイヴュシティに行きたいがユキナリさんの帰還時に同行できそうにない旨をだ。

 

「なるほど、それでフリック市長か。確かに、今ネイヴュに駐留しているPGの支援の一翼を担っていたはずだよ」

 

 つまりアルバのアイディアは間違ってはいなかったということだ。誤算があるとすれば市長の圧倒的アポイントメントの取れなさだけ。

 

「ユキナリ特務はPGであるが、同時にポケモンリーグの一員だ。僕からポケモン協会の方に口を利いてみるよ」

「本当ですか!? それはすっげぇありがたい!」

 

 同時に二つの立場の板挟みになるユキナリさんに手を合わせた。あの人に苦労人の気を感じていたけど、多分間違いない。

 

「その代わりといってはなんだけど、条件があるよ」

「うぐ……な、なんでしょうか」

「あの噴水の前に"ローブシンの柱チュロス"の屋台があるだろ? お代は出すからちょっといいかな」

「まさかのパシリ」

 

 しかしこんなことでネイヴュ行きのチケットが五人分手に入るなら安いもんだ。俺はグレイさんから代金を受け取ってカフェの日陰から日の当たる広場へと進み出た。

 屋台の目の前に到着、みんなこぞってステージの方へ向かっているから広場の方はガランとしている。

 

 その時だ、俺の視界にふと飛び込んできたのは風船を配っているピエロ。しかし戯けた様子は無くて、ただぼっ立ちのまま風船片手に──

 

 

「俺を、見てる……?」

 

 

 派手な化粧の下、陽光を微かに跳ね返す夜色の瞳が俺を捉えているような気がした。今、この広場には俺たち以外周辺に誰もいない。ただ近づいてきたやつに風船を渡す算段でもつけている、と考えたが違う。

 ぞわり、と身体がただならぬ気配を感じ取った。あのピエロは只者ではない、そして確固たる意思があって今俺を見つめている……! 

 

 瞬間、ピエロの口周りが歪む。元々笑っているような口元の化粧が大きく歪んだことから、無表情から明確な笑みに変わったことを意味する。

 そして意外なことに、即座に現れた敵意は背後からだった。グレイさんだ、彼が今俺に向かって歩いてくるのが見えた。

 

 見えた瞬間、

 

 

「【はいよるいちげき】」

「────【かみなりパンチ】!」

 

 

 迅雷(ゼラオラ)が俺のポケットから出現し、()()()()()()姿()()()()()()を稲妻を纏った拳で襲撃する。

 ゆらりと姿が霞むグレイさんの幻から、化け狐が顔を出す。ポケモン図鑑で調べるまでもない、俺は()()()のルーツを手持ちにしているんだから。

 

「"ゾロアーク"、こんなとこでけしかけて来て何のつもりだ」

 

 俺がピエロに問う。するとピエロは心底意外、という顔でようやく戯けた調子で拍手する。

 するとそのピエロは男とも女とも取れないような声で喋りだす。

 

「質問に質問で返すようだけど念の為聞いてもいいかな、どこで気づいたの? もし本人だったら怪我では済まないけれど」

「お使いを出したボスがパシリに着いてくるってことはまずねぇんだ。つまりグレイさんがここまで歩いてくる理由がない」

 

 見れば後ろの方、カフェのテーブルで彼は未だに俺がローブシンの柱チュロスを持ってくるのを待っている。だが、グレイさんはハッキリと俺の方を見ている。

 この攻防を見てなお焦りも協力の姿勢も見せない、ということは少なくともこのピエロは敵対者ではない。

 

 どころか、俺はある程度当たりをつけていた。

 

「さてはアンタ、四天王だな?」

「フフ、どうやら()()隠し事出来なさそうだね。そうだよ、ボクは"ジニア"。四天王のナンバースリー、彼の頼みでキミを試しに来たんだ」

 

 ピエロ──改めジニアはくるりと回るとその手に持った風船の山が空へと飛んでいく。俺が一瞬その光景に目をやった次の瞬間には、道化はおらず黒基調のミステリアスな細身の人物がいた。

 彼、ジニアが指したのは当然俺の後ろにいるグレイさん。彼は手を小さくあげると、ジニアがそれに応える。

 

「ひとまず、ローブシンの柱チュロス一本追加で」

「アンタも俺にたかるのか!?」

 

 催促されるまま、俺は三人分のチュロス代を払ってテーブルへ戻った。するとジニアは既にテーブルに着いており、俺が戻ってくるなり手を差し出してくる。

 もちろん握手なんて高尚なものじゃなくて、はよ寄越せという意味だろう。

 

「さて、まずは謝っておこう。実は僕たちは今日、君がここに来ることが最初からわかっていたんだ」

 

 小さく頭を下げるグレイさんの横でジニアが両手のひらで何かを包み込むような動かし方をする。何をしてるのか分からなかったが、その手の中にモンスターボールという球体が置かれた瞬間ピンときた。

 チャンピオンと四天王だ、当然サーシスさんにコネクションがあるわけで。彼らはサーシスさんの予言通りにここへ来たみたいだ。

 

「俺を調べるために、わざわざ?」

「あくまでおまけだよ、僕は本当に休日はここに入り浸るし話が出来るなら一度しておきたいと思ってね」

「ボクも、サーシスからキミによろしくと言われてるよ。すごいね、四天王とチャンピオンから一目置かれてるんだよ、キミ」

 

 ジニアが薄い笑みを浮かべながら言った。俺はというと、それが期待しているという意味にも聞こえたし失敗は許さないと言われてるような気もした。

 見えない重圧に俺が耐えていると思ったのか、グレイさんはテーブルにやや身を乗り出すようにして「それにしても」と話題を変えようとした。

 

「ようやく得心がいったよ。会った時からまるでプレッシャーを放ってるかのように、君からでんきタイプのオーラを感じていたけどゼラオラだったんだね」

「ゼラオラとはここで出会ったんですよ。思い出の場所だから、きっとこいつも嬉しかったのかな」

 

 ボールからもう一度出してやるとゼラオラは一度ジニアを警戒するように睨む。しかしジニアにローブシンの柱チュロスを差し出されるとおずおずとそれを受け取ってしまう。

 幻のポケモンがお菓子で懐柔されるところを目撃してしまい、なんとも言えない気持ちになる俺。

 

「話を戻しますけど、今の俺はみんなが期待するようなトレーナーじゃないんだ。ライトストーンだって、取られちまったし……」

「だから、それを取り返しに行こうとしているんだろう? 君は」

 

 頷く。俺の気持ちが伝わったか、グレイさんは一度頷くと席を立ち腕に巻き付いているポケギアでどこかへ電話を掛け始めた。

 テーブルに二人残された俺とジニア、初対面なのもあってなにを話せばいいのか分からず無言の時間が続く。

 

「──上手く誤魔化せたね」

「えっ?」

 

 その時だ、組んだ指の上に顎を乗せたままのジニアがそう言った。俺が聞き返してもジニアは悪戯な笑みを浮かべたまま返事をしない。

 

「あぁいや、ゼラオラさ。キミに不意打ちしたことを根に持ってたみたいだから。お菓子で機嫌が取れるなら安いものさ」

 

 そういうことか。ゼラオラはというと、視線が気になるのか齧っていたチュロスを半分に折ってもう半分をジニアに返した。幻のポケモンも気を使うんだな……

 

「気をつけなよ、ネイヴュシティは生半可な気持ちで足を踏み入れられるような地じゃない。今は特にね」

 

 ジニアが会ってから一番の真剣味を帯びた声音で言う。その手にはいつ取り出したのか分からないトランプのエースがあり、角を指で抑えクルクルと回す。

 しかし瞬きの合間に、スペードのエースはモノクロのピエロに姿を変えた。手品の一種なのか、俺には分からないが含みのある言い方に思えた。

 

「キミというエースが使い物にならなくなることは、こっちの陣営としても望んじゃいない。自分の価値を見誤らないようにしなよ」

 

 その一言は気遣いというよりも、釘を差すようで。

 俺はただただ無言で頷く他無かった。

 

 



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VSカイロス 永遠なる凍土

あぶねー、あとちょっとで一年更新が無かったらしいです。
さておき今回からいよいよネイヴュシティ編です。




 

 ごうごうと風の音が強引に耳元を掠める。ダイとアルバはペガスシティにあるPG本部屋上にあるヘリポートへ来ていた。

 高所であるためか、ビルの間を吹き荒れる強風は彼らに対して高圧的だった。少し気を緩めれば転倒してしまう恐れもあった。

 

 しかし、厳しい修行を乗り越えてきた二人にとって体幹の維持などもはや、やろうと思ってするものではなく自然と出来る身体に出来上がっていた。

「ふぅ」ダイの吐息が風に乗っていく。それを受け止めたのは対峙する男──フライツだった。

 

「おい、お前のとこの女共はまだ来ねえのかよ」

「連絡はしてるんだけどな」

「ふん……準備に時間がかかるから、女の相手は嫌なんだ」

 

 そんな言い方ないだろ、とは言い返せなかった。正直、ダイも同じことを思ったことがないわけではないからである。

 無用な喧嘩は避けたかったのか、ダイが言わないなら自分が言ってやるとはアルバもしなかった。

 

「でもほら、別にお前んとこのヘリに乗ってくわけじゃないんだし、あのオッサンは女の子待つくらい苦じゃ無さそうだぜ」

 

 そう言ってダイとフライツは視線を少し離れた場所に仁王立ちしている男へ向けられていた。

 十本の指にこれでもかと嵌め込まれた輝く指輪や厭らしいまでに存在感を放つカフスなどが彼の存在感の放出に一役買っていた。

 

「ハロルド氏、突然の要請にも関わらずご協力感謝します」

「なぁに、フリック市長とは公私共に支え合う友人同士だからな、彼の頼みとあらば断らん。尤も、貴様のようなジャリンコがいるとは些か心外論外予想外だがなッ!!」

 

 突然爆発したハロルドがダイを指差して喚く。ダイは少し居心地が悪くなって目を逸らした。

 

「ダイ、何したの?」

「ちょっと、たかった」

「たかった!?」

 

 事実である。ハロルドのソラへの厚意を利用して冬服代を、綺麗な言い方をすれば建て替えてもらったのだ。

 まぁ相手が忘れてくれればそのままにするつもりであったことは否めないが。

 

「しかし~、ネイヴュ支部の諸君らもご愁傷さまであるな。まさか出立当日にヘリが故障とは!」

「えぇ、全くです。ダイくんたちが市長殿と面識があったおかげで助かった」

「ジムリーダー殿はこう言ってるが貴様のおかげなどではないからなクソガキッ! 覚えておけッ! 私が寛大だから自家用ジェットを動かしてやったんだぞッ!」

「はいはい、分かってますよ。感謝してますよハロハロさん」

「貴様わぁざとか!」

 

 これ以上なにか言われるたびに目くじらを立てられてはかなわないと思ったか、ダイはアルバに「この場は任せる」と言ってヘリポートの階段を下って風を避けに行くことにした。

 重い金属製の扉を閉じると、大きな溜息を吐いた。

 

「本当、今日に限ってツイてないな」

 

 先日、手分けして交渉した甲斐もありグレイがポケモン協会に呼びかけることでネイヴュに戻るユキナリたちのヘリに同乗させてもらえることになったのだが、出立当日である今日ヘリの故障でプロペラが回らないという事態に。

 その時、フリック市長に交渉を頼んだのがソラだったことが功を奏し、彼の個人的な友人である資産家から自家用機を借りられないか頼んでみる、となったところ現れたのがハロルドだったのである。

 

 渡りに船、だが運賃があまりにも高く付きそうだと、ダイの溜息は重たくなるばかりである。蓄えて吐き出すというペリッパーもビックリな大げさな溜息が出続けている。

 

「あっ」

 

 その時だ、ダイは下から上がってくる人物と目が合った。その人物とは一度会ったことも、話したこともある。

 ただそれは周りに人がいたからであり、二人きりとなると話は別だった。

 

「どうも」

 

 軽く会釈するダイだが、相手はそれ以下の会釈で短く返した。少し青みがかった銀髪に切れそうな鋭い目つき。

 フライツのお目付け役という印象が強いネイヴュ支部のPG、アルマだ。

 

「そろそろ出発の時間でしょ、ここで何を」

「あの金ピカおじさんとはウマが合わなさそうで、逃げてきたんです」

「そう」

 

 心底興味が無さそうだった、やり辛いとダイは鼻白んだ。

 すれ違いざま、ドアノブを捻りながらアルマはダイの方を見た。

 

「ちょうどいい、あなたを呼びに来た」

「俺を? いったいどうして」

「来客、エントランスにいるから会ってくるといい」

 

 短く言い残してアルマは扉を開いた。

 来客の存在に首を傾げながら、ダイは階段を下っていく。その背中を振り返りながらアルマは見た。

 

 初めて会ったのは、VANGUARDの開設式。その時はよくいる正義感を持ったトレーナー、とだけアルマは思っていた。

 正直名前も覚えていなかっただろう。

 

 だがしばらく見ないうちに、反バラル団の旗印のような存在になっていた。

 少年の背中はアルマにとって、ある人物に重なって見えた。自己を顧みない、愚かなまでに実直な人物の姿と。

 

 その人物は、今もヘリポートで時間が来るのを待っているだろう。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「あれ、ヒヒノキ博士! と、サーシスさん! 珍しい組み合わせだな?」

 

 エントランスに戻ったダイを待っていたのは、思わぬ組み合わせだった。

 ラフエル地方におけるポケモン研究者の代表とも言える男と、四天王の一角。サーシスは腕を組んだまま小さく手を上げて会釈する。

 

「そこで会ってな、博士もキミを待っていたようだからご一緒させてもらったのさ。ついでに、占いを少々ね」

「ミエルが彼女のファンでね、せっかくだからと思って」

「なるほど、ミエルのね。結構ミーハーだな、あいつ」

 

 苦笑いするダイ、少し前にTry×Twiceの二人に熱を上げていたのがもうずっと昔のことのようだ。

 しかしサーシスはというと薄く笑んでヒヒノキ博士に向き直った。

 

「構わないさ、私にそのような好意的な感情を向けてくる子は他にも大勢いる。今に始まったことではないさ、悪い気もしないしね」

「それで何かあったのか? 博士がわざわざ来るなんて、珍しいだろ」

 

 ダイがそう言うと、博士は「あぁそうだった!」と思い出したように鞄の中から小さなケースを取り出した。

 それをダイに手渡すと、博士はメガネをつけて語りだした。

 

「少し前にね、ソラさんから連絡が来てポケモン図鑑の全国アップデートを頼まれたんだよ。そのケースには他の地方の図鑑所有者、つまりキミの先輩に当たる人たちが作ったポケモン図鑑のデータが入ってる。ただ、どうしても伝承が残ってるだけで実際に捕まえたことのない、伝説のポケモンや幻のポケモンのデータはない。だけど、それぞれ口伝なんかが残ってるポケモンはそれらのデータを詰め込んであるから多少は役に立つと思う」

 

 博士が寄越したケースを空けてみると、図鑑のスロットに差し込めるメモリーカードが五つ収まっていた。

 しかしそれを見てダイは首を傾げた。そう、カードが一枚分多いのだ。

 

「俺、リエン、アルバ、ソラ……もう一つは?」

「これかい? これもキミから渡しておいてくれるかな、アイラさんのポケモン図鑑だ。ただ、用意できたのは外枠だけだから行きの途中でキミたちの図鑑とレコードの交換をしておいてくれないか」

「博士、アイのこと知ってるのか」

「うん。もうずっと前だけど、ダイくんのことを知らないかって研究所に乗り込んできたことがあるんだよ。リザイナに向かったよ、と答えたらすぐに飛び出していってしまったけどね」

 

 ダイは思い当たるフシがあった。というのもアイラはわざわざアストンを捕まえてまでダイのことを探していたのだ。

 この地方におけるポケモン研究の権威ともなれば、声掛けされるのも無理はない。どうやらダイがリザイナシティを出るのと、アイラが辿り着いたのは本当にタッチの差だったらしい。

 

「それで、この一ヶ月の間に今度はアルバくんの紹介で知り合ってね。それで彼女の実力とポケモン捕獲の才能を買って、図鑑を渡すことにしたんだ」

 

 そう言って、ダイは博士から図鑑を受け取った。その上には小さな封筒もあり、それは博士からアイラに向けた手紙だというのがわかった。

 開けるのは無粋かと思い、そのままポケットにしまう。すると博士は満足げに頷き、自動ドアの方へ向かっていった。

 

「急ぎ足ですまないね、これからミエルと出かける予定でね! 私はこれで失礼するよ」

「ありがとう博士! 全部終わったらまた会いに行くよ」

 

 ダイとサーシスが博士を見送る。最後、サーシスが「自転車で道中気をつけるように」と言うと「それは占いに関係しますか?」と青い顔をしていた。サーシスとしては恐らく、ただ気遣っただけなのだろうが。

 

「さて、私もあまり時間は掛けられないから、手短に話すよ」

 

 一気に空気が引き締まる感じがした。これが四天王のプレッシャー、一度対峙したことがあるダイでさえ思わず身構える。

 サーシスはどこからか水晶玉を取り出し、手のひらに丁寧に布を敷いてから水晶玉を乗せダイに差し出してくる。

 

 一瞬なんのことかわからなかったが、ダイは差し出された水晶に手を翳す。

 すると以前メティオの塔で起きたのと同じ幻覚現象(ヴィジョン)に突入した。

 

 まるで体感型の映画を見ているような、そんな感覚。

 

「前と同じ……? いや、違う……」

 

 頭上、大海原の上に輝く虹色の輪っか。以前ダイがカイドウに話したところ、Reオーラを媒介にしているワームホールなのではないか、と仮説を立てていた。

 あまりに非現実的だが、ここに非現実の塊のような男がいることで眉唾ものの話も信憑性を増してくる。

 

「そうだ、以前視たヴィジョンに比べ海の荒れ方が凄まじい。そして、見てみたまえ。北西の方角にテルス山が見えているだろう。距離からして我々がいる現在地は、()()()()()()()()()()

「は……? いや、だって真下は海ですよ!? それって──」

「そうだ。少なくともこの未来のヴィジョンでは、モタナタウンと恐らくクシェルシティもだが、この町々は海底に沈む」

 

 ダイはゾッとした。あの南国のような、静かな楽園のような海が轟々と荒れ街一つを飲み込んでしまいかねないという事実に。

 

「そしてあちらを見ろ、さらに北西の空を。不自然だとは思わないか、今ラフエル南に位置するこの場所は豪雨と嵐で海難が起きている。だが──」

「あれは……ルシエシティの方角だ! 晴れてる、それも不自然なくらい光の力が強い!」

 

 ダイの言葉にサーシスが頷く。それこそ、北西の空は大干魃が起きそうなほど陽の光が強く、海がみるみるうちに干上がっていく。

 まさに天変地異、世界の終わりが近づいているようでさえある。

 

「私はこの現象に覚えがある。私がゴーストタイプのエキスパートであることは知っているな?」

 

 問いかけにダイは頷く。

 

「かつて、まだ四天王になる前ゴーストタイプのポケモン縁の地を巡礼していたとき、ホウエン地方の"送り火山"という墓地の管理を任されている老夫婦との話に、このような嵐と日照りの天変地異が登場したことがある」

 

 思い出すようにサーシスが遠方の空を見ながら言う。ホウエン地方はダイにとっても少しだけ縁のある地、送り火山の存在も確かに知ってはいた。

 

「曰く、片方の海を司るポケモンは姿を表すだけで都市一つをまるごと海で飲み込んでしまうほど強力で獰猛、もう片方の大地を司るポケモンは存在するだけで海を干上がらせ森を焼き陸地獄を広げ続ける力があると」

 

「その名を、"カイオーガ"と"グラードン"。伝説に名を連ねる超古代ポケモンだ。バラル団は雪解けの日など、比べ物にならない災厄を呼び起こそうとしているのだ」

「この話、他の誰かには……?」

「グレイと他の四天王には話した。ジムリーダーたちにも追って話をするつもりだ。というのも、私が送り火山で聞いたのはこの二匹のことだけではない」

 

 サーシスはダイに向き直って指を二つ、立ててみせた。

 

「本来この二匹を思うがままに操ろうとするならば、二つの宝珠を必要とするのだ。だがかつて、ホウエン地方でかのポケモンが目覚めた時、二つの珠は粉々に砕け散ったという。ではバラル団はどうやってこの二体を呼び起こし、災厄を起こすつもりだと思う?」

「その、砕け散った珠を復元する、とか……?」

「そうだ、彼らを制御しようと思うなら間違いなくそれだけのことが必要だ。故に、この災厄を未然に防ぐためにはバラル団の戦力を大幅に削ぎ、早急に雌雄を決してしまう必要がある」

 

 ダイは頭が痛くなった。つまり、レシラムとゼクロムの覚醒はほぼ必須事項になりそれと同時にバラル団によるカイオーガとグラードンの復活も阻止しなくてはならない。

 これ以上破壊されていくラフエル地方の光景を見るに絶えず、ダイは無理やり遮断するように未来視を解除した。

 

 瞬きするとPG本部のエントランスに戻っていた。全身に汗が纏わりついて、もうすぐ雪国に向けて出発だというのにダイは無性に水が浴びたくなった。

 呼吸を整えると、サーシスは重苦しい雰囲気を解いて極めて普通に言った。

 

「以前も言ったがな、あまり私の占いを過信しすぎるな。未来とは常に変化していく、今のヴィジョンをキミに見せただけで、未来が形を変える可能性もあるんだ」

「そうは言いますけど、不安にはなりますよ。一ヶ月、確かに死にものぐるいで鍛え上げてきたけれど、それでもたった一ヶ月なんです。どこまでやれるのか……」

 

 ダイが目を伏せると、サーシスは「ふむ」と呟いてからシックなポーチを弄った。

 その中から五つの包みを取り出すと、ダイに差し出した。

 

「これは、"ふしぎなアメ"?」

「あぁ、キミがあまりにも思い詰めているようだからな。いうなればラッキーアイテムだ。占いとは、それぐらい良い加減に付き合っていくのがいいんだ」

 

 誰に使うかは慎重に決めたまえ、とそれだけ言い残すとサーシスはどこからか呼び出した"ケーシィ"のテレポートで去っていった。

 手のひらの中に残る飴玉の包みを見つめて、ダイは今日一番の重たい溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「やっと戻ってきやがったか、遅ぇぞ」

 

 戻るなり、フライツにどやされダイは鼻白む。まさかラフエル地方崩壊の、リアルな悪夢を見せられていたなどと言っても誰も信じないだろう。

 するとダイは異変に気づく。屋上に人が増えているのだ、ハロルドの自家用機を操縦するパイロットが外に出ており金ピカのジェット機の扉の前でアルマが仁王立ちしている。

 

 まるで「誰も通るべからず」と言った雰囲気だ。気持ちいつもより数割増しで視線が厳しいような気さえする。

 

「どうしたんだ、あれ」

「アイラたちがやっと来たんだよ、なんかやたらと泥まみれだったから中で着替えてるんだ」

「なるほど、おっさん避けね」

「聞こえてるぞガキ」

 

 スマホロトムを取り出して時間を確認すると、出発予定の時間をかなりオーバーしている。

 ヘリの故障が無かったらどれだけキツくどやされるかを考えるとダイは不運にちょっとだけ感謝した。

 

「お待たせしました~!」

 

 と、数分もしないうちにアイラがタラップの上に顔を出した。その装いは赤いダウンコートを身に纏っていて、ネイヴュに行くのであればこれ以上無いほど暖かそうだが今から着ていては暑くてたまらないのではないか。

 しかしダイもアルバも既に装い自体はネイヴュ用に着替えているため、アイラほどではないが既に暖かい。

 

「随分派手だな」

「むしろアンタが地味すぎんのよ、雪山で遭難しても見つけ難いじゃない」

 

 ダイは自分の装いを見る。普段のジャージと同系統のジャンパー、色も同じ白基調にオレンジの差し色が入ったものだ、確かに猛吹雪の中では見つかりづらいかもしれない。

 裏を返せば、奇襲性が高いとも言える。しかし自分以外の四人を見てみる。

 

 アルバは普段の青と黒が逆転したウィンドブレーカー、リエンは濃い色のダッフルコートにカラータイツ、ソラはいつも通りのファー付きの黒いレザージャケット、アイラは前述の通り赤のダウンコート。

 見事にダイ以外が濃い色で纏まっていた、若干仲間外れ感が否めなかった。

 

「それじゃ出発しましょうか」

「うむ、私とフリック市長に感謝したまえよ諸君」

 

 ちょび髭を厭らしく撫でるハロルドを適当にやり過ごし、全員がハロルド自慢の自家用ジェットに乗り込む。

 中に入るなり、ダイは思わず「うわ」と声を出さずにはいられなかった。

 

 バーカウンターありの、ちょっとしたホストクラブのような内装にプラスして足首くらいまでくすぐってくるフカフカの絨毯に足を取られそうになる。

 ハロルドが恐らく自分専用と思しき特等席に腰を落ち着けると各々が適当な席に座りシートベルトをつける。

 

 まもなく、身体から重力が引き剥がされていく離陸の感覚。窓の外を見ると既にペガスシティの遊園地が小さなものになっていた。

 手が届きそうな高さにテルス山の頂上が有り、鳥ポケモンで空を飛ぶのとはまた別の感覚だった。

 

 ハロルドがワイン片手に自身が如何にして不動産王として上り詰めたかの武勇伝を語り、ユキナリが接待で相槌を打つ中ダイたち五人組は椅子を回転させて五人で膝を突き合わせていた。

 

「そういやアイ、渡しそびれるところだったぜ。これ、ヒヒノキ博士から」

 

 ポケットから取り出されるのはリエンとソラのと同カラーのポケモン図鑑。博士からの手紙も忘れずに手渡すとアイラはいつになく恭しい手付きでそれを受け取った。

 手のひらに図鑑の重さが乗った瞬間、アイラは身体の芯にビリっと奔る電気のような感覚を味わった。

 

 図鑑所有者、その肩書が今彼女のアイデンティティに加わった瞬間だ。

 次いで受け取った封筒を開き、中に収められていた手紙を開く。するとアイラは首を傾げていた。

 

「なにが書いてあったんだ?」

「いや、手紙だと思ったんだけど……」

 

 そう言ってアイラは便箋をみんなに見せる。そこには楷書体で「束ねる者」と書かれていた。それを見てアイラ以外の四人は苦笑した。

 図鑑所有者は皆一様に、その地方の権威である博士によってその秀でた才能を認められる。

 

「確かに、元はと言えばVANGUARDはアイラの発案だったもんね」

「っていうか、VANGUARDが無かったらソラにも会ってなかったわけだし」

「私達全員、アイラのおかげでここにいるんだね」

 

 仲間から向けられる視線がむず痒くて、アイラは「参ったな」と言いながら頬をかいた。

 長い付き合いのダイだからこそ分かることがある。アイラがこういう表情をすることは非常に稀だ。

 

 

 

 それから取止めもない話をしているうち、だんだんと窓の外が薄暗くなったことに気づいた。

 窓の外を見ると白い大粒の雪がまるで回遊してるかのように吹き荒れているではないか。ジェットの中は空調がしっかりしているため寒さを感じないが、だからこそもう既に"シャルムシティ"を抜け、流氷が道を作る氷山大河"不ローゼス・オーシャン"の真上だとわかった。

 

 窓の外を見るソラの横顔がどんどんと険しくなっていくのが分かって、ダイはそっと握られている拳の上に手を重ねた。

 ハッとしたようにソラは拳の力を緩めて、そのままもう片方の手をダイの手のひらに重ねた。

 

『もうすぐフローゼス・オーシャンを抜けます』

「見覚え、ある?」

「きゅーん?」

 

 その時、機長の声が内線で機内に響く。リエンがボールからアマルスを出して抱え、窓の外を見せる。しかし小さなアマルスは長い首をかしげ、リエンは苦笑した。

 それはそうだ、化石から復元したポケモンは太古の昔に生きていたもの。今とは似ても似つかない地形になっているに違いない。

 

 氷山大河のその先はネイヴュにつくまで雪原の荒野が広がっているという。そしてネイヴュシティからアイスエイジ・ホールに向かうにはその雪原を突っ切る必要が出てくる。

 ダイの手持ちにはこういった雪原に強いポケモンがいない。メタモンにこおりタイプのポケモンに化けてもらうことも出来るが、それは実質メタモンを主戦力に据えるという意味にほかならない。

 

「アイラ、お前の連れてるポケモンにこういう環境に強いのいないか?」

「よく聞いてくれたわね! むしろそれこそが今日遅刻した理由よ!」

「胸を張る理由ではないよな」

 

 鳩尾をどつかれ膝を突くダイ。

 

「アイラは、一ヶ月前の修行期間の頃からいろんなポケモンを修行の岩戸で戦わせてたんだよね」

「えぇ、あらゆる場面に対応出来るようにね。そしてレニア復興祭の夜、実感したわ。()()()()()()って」

 

 ダイの脳裏に思い浮かぶのはハリアーとの戦い。2v1だったにも関わらず、後少しで手痛いしっぺ返しを食らうこととなった。

 戦う覚悟があるとはいえ、アイラはダイよりもずっとスポーツとしてのポケモンバトルに興じてきた。

 

 だからこそどこかで油断があった。そしてその油断が手持ちの全損という事実上の敗北を喫した原因となった。

 

「だから、メンバーを入れ替えてきたわ。この氷雪地帯に最低限対応出来、この戦いを勝利に繋げられる子に」

 

 そう言ってアイラが取り出したのは、特殊なモンスターボール。

 ニ色の色を繋ぐように刻まれた赤いVの字が特徴的な"レベルボール"にその新人は収まっているという。

 

「大変だったんだよ、その子が。一度ボールから出るととにかくすばしっこくてやんちゃなの」

「もう一度捕まえるのにとっても苦労した」

 

 リエンとソラがうんうんと頷き合いながら言う。どうやら二人はそのポケモンを知ってるらしい。

 アルバに振ってみると、アルバは知らなさそうな態度だ。

 

「なんか感じ悪いぞ、秘密の共有は女子だけか」

「そうだそうだ!」

「アルバもこう言ってる、教えてくれよ」

 

 男二人の主張に、アイラは笑いながら「しょうがないなぁ」と言ってレベルボールからそのポケモンを出そうとした時だった。

 微かに、飛行機が揺れた気がした。

 

「ん?」

 

 その異変はユキナリたちも感じていたらしい。驚くほど静かに飛ぶジェット故に、ちょっとした振動でも分かりやすい。

 振動は不定期に、けれど確実に段階を踏んで徐々に大きくなっていく。

 

 ユキナリは思わず席を立ち、窓の外を見た。瞬間、彼は大きく飛び退った。

 答えは簡単だ、窓の外飛行機に並ぶように飛ぶ数多くの鳥ポケモンとそれに乗った灰色の装束の集団が、ユキナリが外を見た窓を一斉に攻撃してきたからだ。窓に幾つかの礫が突き刺さり、ガラスに薄くヒビが奔る。

 

「ハロルド、この窓は!」

「と、特殊な防弾ガラスでできている! ポケモンの技で言えば【リフレクター】とか【ひかりのかべ】みたいな、外敵からの攻撃を守る加工もしてある!」

 

 早口で捲し立てたハロルド。それを聞いて、一同が青ざめアルマとフライツが舌打ちをする。そしてシートベルトを外すといかにも高級そうな絨毯を勢いよく引っ剥がす。

 

「きゃああああああああああ!! なにをしてるんだキミィ! これがどれだけ高級な絨毯かわか──もがぁ!?」

「うるさい静かに! フライツ、パルシェンは!」

「いけます! パルシェン、絨毯を壁に縫い付けろ! 【つららばり】!」

 

 パルシェンが一気に氷の棘を発射し絨毯を壁に貼り付けたのと同時、窓が叩き割られる。飛行機の外と中の気圧差から生まれた突風が一瞬で機内を地獄に変えた。

 幸い間に合ったおかげもあり絨毯が吸引の阻害をし、誰も外に弾き出されなかったのは不幸中の幸いだった。

 

「バラル団の攻撃だ! 飛行機に取り付いてる!」

「この下からズンズン来る感じは、地上からも攻撃されてるってことか!」

 

 言ってからダイが窓から地上を確認しようとした時だった。まさに丁度、その窓が蹴破られ侵入してきた()がダイの腹部へ突き刺さった。

 

「ぐあっ……!?」

「この足は、"サワムラー"!」

 

 壁に激突したダイが激しく咳き込む。バネのように伸縮自在な足を持つ格闘ポケモンだ。

 それを見てハロルドがさらに甲高い悲鳴をあげる。

 

「馬鹿な! 【リフレクター】に【ひかりのかべ】、加えて【バリアー】だぞ! 一撃で叩き割れるわけが……はっ!?」

「【かわらわり】だ! あの野郎踵で防御障壁を全部叩き割りやがったんだ!」

 

 フライツが叫ぶ。既に気圧差で飛行機の中ではカウンターから落ちた高級そうな酒瓶が割れ、散らばり芳醇な香りが絶望に味付けをする。

 

「どうにか脱出しないと!」

「へっ、ドアでも開けるか? それこそ気圧差で全員外に放り出されるぜ!」

「じゃあこのまま飛行機と一緒に落とされるか!?」

 

 ダイとフライツが顔を突き合わせて口論している、まさに真っ只中。天井をなにかが突き破った。それは歯のついた巨大なハサミ。

 とてつもなく太いそれが淡い燐光を帯だし、フライツは舌打ちざまにダイを突き飛ばした。

 

 

 ガチンッ!! 

 

 

 派手な音を立ててハサミが両断したのは天井ではなく、機体そのもの。フライツとダイ、まさに二人が立っていた中間のラインをくわがたポケモンの"カイロス"が【ハサミギロチン】で難なく切断した。

 こうなればもう気圧差だの喚いている場合ではない。機体後方に取り残されたダイたち五人組は各々の手持ちをボールから開放する。

 

「脱出するぞ!」

 

 アルバがプテラを出し、その背に飛び乗る。リエンはひこうポケモンを持たないがアルバのジュナイパーは彼を掴んだままスカイバトルが出来るほどの膂力を持つ。

 アイラもフライゴンを呼び出すと一足先に飛行機を後にする。だがソラだけはまだ座席から立ち上がれずにいた。シートベルトが外れないのだ。

 

「ジュカイン、断ち切れ!」

 

 多少乱暴になろうと致し方ない。高級そうな座席ごとシートベルトを切断する。しかしチルタリスを呼び出している暇はない。

 ダイはソラを抱えあげて肩に担ぐとそのままシートを足場にして跳躍、猛吹雪の空へと躍り出た。

 

「捕まってろよソラ! ウォーグル、来い!」

「う、うん!」

 

 呼び出したウォーグルの背に飛び乗るとダイはふらつく足元の中、飛行機の先端部分目掛けてウォーグルを急がせた。

 しかし背後から迫ってくる灰色の集団とそれの駆るポケモンたちの追撃がウォーグルを襲う。炎から氷、ありとあらゆる攻撃を掻い潜りながら飛行するウォーグル。

 

「ソラ、迎撃頼めるか!」

「チルタリス、ムウマージ!」

 

 二匹のポケモンを呼び出すと同時、ソラのチョーカーに嵌っているキーストーンとチルタリスの持つメガストーンが激しい光を放つ。

 瞬間、メガシンカを遂げたメガチルタリスが勢いよく冷気を吸い込み、ムウマージは合わせるように【あやしいかぜ】を放つ。

 

 

「────吹き荒れて、【ハイパーボイス・テンペストーソ】!!」

 

 

 特性"フェアリースキン"によって放たれたメガチルタリスの【ハイパーボイス】に、ムウマージが【あやしいかぜ】の力を加える。

 かつてレニア復興祭で放った【音の究極技】、その派生型だ。【りんしょう】の効果は無いが、それでもメガチルタリスが放つ音の技が一介の下っ端が連れているポケモンならば一撃でノックアウトする。

 

「助かった! 突っ切れウォーグル!」

 

 前半分が不時着するまで、あと数秒もない。ダイは前半分の裂け目に向かってメタモンの入ったモンスターボールを放り投げる。

 ホールインワン、吸い込まれたモンスターボールからメタモンが飛び出しそのまま"プリン"に変身、急激に膨れ上がり浮力を上げる。不時着を防げなくともせめて着陸時の衝撃を減らすことが出来る。

 

「話が違ぁう!! 助けてくれぇぇぇ!」

「静かに……ッ! 口を開けていると舌を噛む!!」

 

 その時だ、パイロットを連れたユキナリがユキノオーと共に離脱。続くようにバルジーナに捕まったフライツが出てくる。

 だが喚きながら暴れるハロルドを連れてアルマが顔を出す。

 

 彼女の手持ちにはガブリアスがいる。こういった氷雪地帯が苦手なポケモンではあるが、四の五の言ってる場合ではない。

 とダイが思った瞬間、アルマはハロルドの首根っこを掴んだまま飛行機の壁を蹴っ飛ばしてそのまま離脱。雪原の上に身体を転がして無理やり衝撃を殺して一足先に着陸した。

 

 

「んな馬鹿な……!」

 

 

 ダイが空いた口が塞がらないというように言うが、アルマは慣れてるとでも言いたげに特に外傷もなさそうに制服についた雪を払うとナイフのような視線を足元に向ける。

 あれだけ無理矢理付き合わされたというのにハロルドは奇跡的に無傷だった。おんおん声を上げて泣きながらアルマを拝み倒してるが、アルマはそれを軽く無視。

 

「散らばっていてはやられる! まずは集まって!」

「は、はい!」

 

 アルマを旗印として全員が彼女の元へと集まる。近くで見ればみるほど怪我一つ無く、ダイはまたしても身近に人外を見つけた気分になった。

 全員が背中を預け合うように集まるが、空の部隊と地上からの砲撃部隊が一気に集まる。

 

「相変わらず手厚い歓迎だぜ」

 

 ダイがぼそりと呟く。バラル団も氷雪地帯に対応した装備ではあるものの、その顔には見覚えがあった。

 

「よぉオレンジ色! こないだはオレたちの仲間が世話ンなったなァ!」

「刑務所、まだ空きがあるらしいぜ。それこそネイヴュはお前ら悪党にとっちゃ聖地みたいなもんだろ」

「言いやがる、ジョークもイケるな!」

 

 バラル団、イズロード隊強襲部隊班長。

 素早さを心情とするスピードホリック、"猛追のジン"が獰猛な笑みを浮かべてそこにいた。

 

「散開ィ!!」

 

 瞬間、まるでニンジャのように素早い動きでバラル団の構成員が周囲を高速で動き回りながらポケモンを開放する。

 それに従い、ダイたちも手持ちのポケモンを呼び出す。

 

 しかし密集して、かつ周囲を取り囲まれてる以上は大柄なポケモンを出すわけにはいかない。

 ダイはゾロアを呼び出し、アルバとアルマはブースターを。それ以外は防御を固めるためのポケモンを呼び出す。リエンのミロカロスがドーム状に【しんぴのまもり】を展開する。

 

「【かえんほうしゃ】!」「【ニトロチャージ】!」

「【バークアウト】!」

 

 敵陣に向かって火炎やそれを纏った突進を放つブースターコンビと、相手を恐慌させる雄叫びを上げるゾロア。

 しかしバラル団のしたっぱが繰り出したポケモンにはどうやら効いていないようだった。

 

「くそっ、視界が悪すぎて攻撃が当たらない!」

「どうやら僕たちが今日ネイヴュに戻るという情報がどこからか漏れていたらしい。でなければここまで完璧な待ち伏せは出来ないだろう」

Exactly(その通りィ)! バレバレだったぜ、ワースのおっさんのタレコミ通りな!」

 

 ジンの声が前後左右から響く。前で喋ってると思えばいつの間にか後ろに回られている。

 

「ツチニン! 【きゅうけつ】の術!」

「【こおりのつぶて】連弾!」

 

 直後、吹雪の中から飛び出してきたツチニンがゾロアに噛みつき、吸血攻撃を行う。ゾロアが悲鳴を上げた頃には既にツチニンは吹雪の中へ消えていった。

 さらに雪のベールの奥から硬い【こおりのつぶて】が飛散し、全員が身を屈めた。

 

「こっ、降参するっ! これ以上攻撃するのはやめろぉ! 私を誰だと思ってふぎゃあ!!」

「勝手に降参しない!!」

 

 アイラが弱腰のハロルドを叱咤し、立ち上がる。周囲を取り囲む吹雪と正体不明のポケモンによるヒットアンドアウェイ。

 確かに、ここで自分たちを迎撃するつもりだったならこれ以上無い奇襲だ。

 

「だけど敢えて言うわ、()()()()!」

 

「なにっ!?」

 

 アイラが不敵に笑み、取り出したのは二つのレベルボール。

 それは正体が最後まで分からなかった、アイラの新しい手持ちのポケモン。

 

「アイ、そのニ匹でこの状況を切り抜けられるのか!?」

「無論よ、この子たちがあたしの────」

 

 二匹のポケモンがボールから解き放たれる。それはアイラの頭上で激しい光となって周囲を優しく、見るものによっては棘々しい光を放った。

 

 

「新たな勝利の一番星! ツボツボ、"ビクティニ"!!」

 

 

 空に突き出したVサイン、背中にツボツボを背負った幻のしょうりポケモンのビクティニが降臨する。

 

「──さぁ、反撃開始よ!!」

 

 

 






技紹介


ハイパーボイス・テンペストーソ


威力120

フェアリーとゴーストタイプを併せ持つハイパーボイス。
使用ポケモンがフェアリースキンとフェアリータイプ、ゴーストタイプであるので実際は数値以上の破壊力がある。



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VSビクティニ ネイヴュシティ

 

「ビクティニ……だとぉ!? なんで超弩級幻ポケモンをお前が……!」

 

 ジンが驚愕を顕にするが、それは俺も一緒だった。

 ポケモン図鑑を翳し、ビクティニをスキャンする。すると俺の存在に気づいたビクティニが目の前に降り立ち、Vサインを投げてよこした。

 

「かつてイッシュの地で心無いトレーナーに虐められていた子を、あたしが保護したのよ」

 

 イッシュ地方、ということは俺とアイが別れた……というか、俺が逃げ出した後に出会ったポケモンってことか。

 しかもどうやら背中にツボツボを背負ってる、あの状態でダブルバトルってことか? 実質こちらはシングルだから、不利になるんじゃ……

 

「見せてあげるわ、この子の力を!」

 

 アイがそう言うとビクティニは彼女と手を勢いよく撃ち合わせ、ハイタッチすると空に向かって強く跳躍した。

 直後、ビクティニを中心に眩い太陽のような光が広がりそれが吹雪のスクリーンを弱くする。

 

「そこよ! 【かえんだん】!」

 

 ビクティニが手のひらに呼び出した炎の塊、それを以前アイがやっていたようにバレーボールのスパイクの要領で撃ち出す。

 それが猛吹雪を貫いて、その先にいたいのししポケモンの"イノムー"を一撃で吹き飛ばす。

 

「なぁるほど、"ゆきがくれ"。確かにこのフィールドではかなり優位に立てるでしょうね。でも、この子の"しょうりのほし"に照らされた相手はよく見えるのよ!」

 

 自信満々にアイが指を向けた場所に続けてビクティニが【かえんだん】を放つ。そこにいたのは"クマシュン"や"ツンベアー"、図鑑を向けてみるとやはり特性は"ゆきがくれ"。

 アイが言ったことは事実で、やはり"しょうりのほし"に照らされた相手ポケモンが今まで以上にはっきりと見え、姿が確認出来るようになった。

 

「確かにな、だがゆきがくれ戦法自体は二の次よ。オレの戦い方は、相手の視界を振り切るほどのスピードで駆け抜け、撹乱し、翻弄する!」

「スピード勝負? 受けて立つわよ、この子だってすばしっこさなら並じゃないのよ!」

「ハンッ! 並じゃない? オレとオレのポケモンのスピードは、イナズマ級だぜ!」

 

 ジンはそう言うと、吹雪の中に姿を消した。"しょうりのほし"は確かに強力だけど、悪視界の中で高速で動き続ける相手には効き目が薄いみたいだった。

 コスモスさんとの特訓で超スピードには慣れたつもりだったけど、専門家はそれを極限の域に持っていくことで武器にしている。悔しいが俺の目ではこれ以上ジンとそのポケモンを追いかけられない。

 

「どうしようかしら、素早さに自信があるのなら【トリックルーム】を使って強引に足を遅くしてやってもいいんだけど……」

「ティニ~!」

「そうね、ああいうのは()()()()()()()()()()!」

 

 そう言って指を鳴らすアイ、瞬間ビクティニが背負うツボツボが眩い光を放っている。ひょこっと甲羅から顔を出したツボツボがドヤ顔をしていた。

 瞬間、ビクティニの頭部が紅いVの字の閃光を放つ。ツボツボの光と相まって俺さえも目を開けておくのが難しい。

 

 だけどそれはアイも一緒だったみたいで、トレードマークのゴーグルを装着していた。俺もゴーグルを付け光量を抑えた状態で戦況を俯瞰した。

 

「いくわよ、【Vジェネレート】ッ!」

 

 特大のVの字炎を身に纏ったまま、ビクティニが周囲のツンベアーやキュウコンに突進する。凄まじい勢いで弾けた炎が一撃で相手のポケモンを沈める。

 そのまま倒したポケモンを足場に跳躍し、ビクティニは尚も加速する。炎の軌跡が無ければ、目で追うのは非常に難しかった。

 

「そんなスピードでは、オレのポケモンを捉えることは出来ねぇぜ!」

「ふぅん、それはどうかしらね。【Vジェネレート】!」

 

 再びVの字の炎弾となったビクティニが周囲のこおりポケモンを軒並み蹴散らす。既に下っ端戦闘員は手持ちを全損したようで撤退こそしないもののジンの攻防を見守っているだけだった。

 

「ユキナリさん、今ならあいつらを逮捕出来るはず!」

「確かにその通りだ。よし、任されたよ!」

 

 ユキナリさんが相手の抵抗を危惧して手持ちのポケモンを出し惜しみせずにバラル団の下っ端へ詰め寄る。俺たちも続き、包囲網を崩して逮捕に乗り出した。

 下っ端たちは大人しく捕まった者、抵抗したが抑えつけられた者、それらを犠牲にしてまんまと逃げた者、様々だ。

 

「そんな大技、撃ってるうちに疲労で動けなくなっちまうぜ!」

 

 振り返りながらジンが言った。先程まで飛び回り続けていたビクティニをぶっちぎったとばかりに勝利宣言する。

 いや、そうじゃない。ジンはビクティニをぶっちぎってなんかいなかった。

 

「兄貴! 前だ、()()()()()()()()()!!」

「な、にぃ……!?」

 

 恐らくジンの弟分がそう言った。そう、ビクティニはまるでおちょくってるみたいに、ジンより少し先を飛び回っていた。

 一周遅れというわけではない、明らかに今追う者はジンの方になっていた。

 

 以前、ヤツとはリザイナシティやクシェルシティで戦ったことがある。

 その時凄まじいヤツのスピードについていけなかった。今なら多少は食らいつけるかと思っていたけど……

 

 ビクティニはそれ以上だ。

 

「撃てば撃つほど、加速してやがる! 【ニトロチャージ】みてぇな技なのか!?」

「違うわよ、アンタの読み通り繰り出せば繰り出すほど、素早さも耐久もどんどん下がっていく。そういう技よ」

「だったらなんで、こいつはオレの先を行きやがる!!」

「だって、この子(ビクティニ)は"あまのじゃく"だもの。疲れれば疲れるほど、真価を発揮出来るのよ」

 

 唖然としたジンの顔がやけにはっきり見えた。ビクティニは確かに疲労している、そういう顔をしている。

 だけどまるで強がってるみたいに、そのステータスはより研ぎ澄まされていく。

 

 そこでピンときた俺はアイの方を見やった。そしてアイは、俺なら気づくだろうと思っていたかのように不敵な顔で俺を見ていた。

 

「【スキルスワップ】……俺の十八番じゃん!!」

「違うわよ、アンタもあたしもコウヨウさんの背中を追いかけてるんだから!」

 

 そうだった。俺もアイも、母さんのポケモンバトルをこの目に焼き付けてきた。ケッキングの厄介な特性を【スキルスワップ】で取り払う戦法だ。

 俺以上に母さんを目標にしているアイだからこそ、辿り着いた戦法なのだろう。

 

 これで分かった。なぜビクティニの背負うツボツボが輝いているのか、それは今ツボツボが"しょうりのほし"を持っているからだ。

 味方の命中率を底上げするしょうりのほし、つまり別にビクティニがこの特性を有している必要はない。

 

「一気に畳み掛けるわよ! ツボツボ、【パワートリック&パワーシェア】! そしてトドメの【Vジェネレート】ッ!」

 

 ツボツボの輝きが更に増す。【パワートリック】で自身の防御能力と攻撃能力を入れ替え、【パワーシェア】はビクティニとツボツボの攻撃能力を平均的にする。

 つまり今、超攻撃的なツボツボの攻撃能力がそのままビクティニに加算されると考えて良い。

 

 その状態から放たれる、弾丸のようなスピードで放たれる【Vジェネレート】。

 誰もが勝敗は決したと確信した。しかし────

 

「兄貴! ここは俺たちに任せて退いてくれ!」

「そうだ! 兄貴はここで捕まるわけにはいかないんだ!」

 

 突如、雪原の中から生えるように現れたのは"ガメノデス"、"アバゴーラ"、"オムスター"の三匹とそのトレーナーだった。

 これらのポケモンはゆきがくれの特性を持ってるわけじゃない。だけどアイのビクティニの力を見て、出し惜しんでる場合じゃないと出張ってきたんだ。

 

 正面からぶつかった三匹とビクティニ。しかし辺りは猛吹雪でただでさえ熱が奪われ、加えてあの三匹はどれもがみずタイプといわタイプの複合。ほのおタイプの通りが悪く、超強化されたビクティニの突進でさえ打ち崩せずにいた。

 

「ジュカイン! ビクティニの活路を切り開くんだ!」

 

 裏を返せば、ジュカインの攻撃は奴らにとって特大の弱点。アルバも合わせてジュナイパーを前に出してくれる。

 

「「【リーフストーム】!」」

 

 木の葉の二重旋風が三匹の障壁を飲み込み、大打撃を与える。あの三匹にさらに共通して言えるのは防御が秀でる代わりに特殊防御はそれを下回っているということ。

 この場でアイのビクティニに対する防御壁として呼び出したのは確かに効果的だろう、だけどジュカインとジュナイパーの敵じゃない。

 

 そう思っていた。だが二匹の【リーフストーム】を受けてなお、真ん中のアバゴーラは健在だった。

 

「硬い!?」

「オムスターとガメノデスが前に立ってアバゴーラへのダメージを減らしたんだ……! もう一発【リーフストーム】を────」

 

 

 ズン……! 

 

 

 その時だ、心臓を揺するような強い振動を感じ俺はジュカインへの指示を中断した。どうした、と言わんばかりにアルバもジュカインも俺を見た。

 今の揺れを感じたのは、俺だけなのか? そんなバカな、今も激しく地面の下から突き上げるような衝動が俺に奔っている。

 

 

 

『────感ジル……ソコニイル、オマエ』

 

 

 

「ぁ、がっ……!?」

 

 一瞬、()()()()()()()()()。薄暗がりの中から、妖しく輝く黄金色の双眸がこっちを真っ直ぐ射抜いていた。

 瞬きするとそれは消えていたが、心臓が破裂しそうなプレッシャーに思わず俺は膝を突いてえずいた。

 

「ダイ!?」

「しっかりするんだ!」

 

 戦闘で暖まった身体が、一瞬で凍えきった。まるで骨が冷気を発してるみたいだ。震えが止まらない。

 思わず身体を抱きしめても、腕に伝わってくるのは身体の震え。収まれと命令しても身体は言うことを聞かない。

 

 まるで何かに、恐れることを強いられているみたいだった。

 

「ちっ、なんだか知らねえが……逃げるが勝ちだッ!」

 

 特製の煙幕弾をバラ撒くとジンとまだ拘束されていなかった何人かの部下がその場を離脱してしまった。

 ジンは逃げ足においても超一流、ろくに身体を動かせない今の俺を連れたまま追いつけるとは到底思えなかった。

 

「くっ────もしもし、僕だ! 今雪原の荒野でバラル団と戦闘を……え?」

 

 ユキナリさんがポケギアを取り出して連絡をしたかと思えば、珍しく素っ頓狂な声を出していた。

 すると数秒後、アクセルを吹かすような豪快な音が鳴り響いたかと思えば──

 

「──わぶっ!」

 

 突如現れたスノーモービルとスノーバイクの群れが急停止した衝撃で跳ね上げられた雪が顔面に直撃した。ゴーグルを下ろしてなかったら目に入っていたかもしれない。

 立ち上がってゴーグルを外すと、そこにいたのは青と銀の装束に身を包んだ精鋭だった。

 

「お努めご苦労さまです。こんな雪原のど真ん中に置き去りたぁ、安モンの飛行機掴まされたか」

 

 雪避けのゴーグルを外しながら、先頭のバイクに乗っていた男が言った。ゴーグル越しでもなお分かる、野獣のような鋭い目つき。

 俺にその視線が向いてないだけ平静を保ってられるが、あれに睨まれたらと思うとまた心臓が跳ね上がりそうな気がする。

 

「そんなところだ、もっとも飛行機自体は上等なものだったがね」

「あぁ、成金達磨が一緒で積載過多か、あれじゃスカイダイビングもできそうにねぇやな」

 

 未だに雪の上で震えているおっさん(ハロルド)を指して男が言う。積載過多という言葉に俺たちに対する棘もやや感じる。

 そしてその目がゆっくりと俺に向き、アルバを通ってアイたちへ順繰りに向かう。

 

「さて、ようこそクソッタレな俺らの職場(テリトリー)に。尤も、歓迎はしかねるがよ」

 

 振り返るユキナリさん、アルマさん、フライツ。その視線から感情を推し量ること、数秒。

 この時俺たちはようやくここがどういう場所かを思い知ることになった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 スノーモービルに牽引されて、雪原を超えた先の森林地帯さえも超えるとまるごと鏡になったかのような巨大な湖に辿り着く。

 その(きわ)の部分は辛うじて整地されて道と分かる程に雪が降り積もっていた。そして湖の縁をなぞるように機械を走らせて見えてくる、巨大な壁。

 

「あの中が、ネイヴュシティだよ。私が、生まれて、育った街」

 

 傍でぽつりとソラが呟いた。巨大な塞壁を見つめるその顔は物憂げで、俺たちは「良いところだな」とは口に出せなかった。

 だけどそれ以上に俺が気になったのは、その壁を取り囲むような巨大な山脈と、そこに穿たれた巨大な穴。

 

 あの穴を見つめているだけで、心がざわつく。身体の芯から凍りついてしまうような焦燥が拭えない。

 だけどそれを感じているのは俺だけみたいで、他のみんなは周囲を見渡すばかりで顔色に変化はなかった。

 

「俺だ、西門を開けろ」

『了解しました』

 

 俺たちを迎えに来たネイヴュ支部の職員は半分は逃げたバラル団の追撃に、残りは俺たちをひとまず街の中に引き入れるつもりらしかった。

 程なくして巨大な壁の門が中腹付近から下のみ開門した。

 

 そしてその中の、幻想的で荒廃した光景に俺は息を呑んだ。

 目に映る家屋の殆どは、どこかが壊れていた。屋根であったり、壁であったり、窓であったり。見れば、雪解けの日から半年以上が経っているのにドアが開きっぱなしの家すらある。

 少し目を瞑れば、あの扉は仕事に行く家主を見送り、帰ってきたその人を迎え入れる仕事をしている姿が浮かぶ。

 

「この街は……」

「死んでる。まぁそう思うだろうな、余所者は」

 

 俺のうわ言を繋いだのは、リーダーの男。余所者、その言葉にも漏れなく棘を感じるのは間違いなくそういう含意があるからだろう。

 最低限、人や重機が通れる道しか雪が片付けられていない。大門の近くにあるスノーバイクのガレージに乗ってきた全ての機械を預けるとユキナリさんが努めて明るくしようと笑顔を見せてくれた。

 

「さぁ案内するよ。まずはなんにせよ、自己紹介から入らないとね」

 

 全方位、針の筵のような状態だったから彼の気遣いはありがたかった。

 だけど俺は、俺だけは門の外にある大穴がいつまでもこっちを見ているような、後ろ髪を引かれる思いだった。

 

 いつもなら新しい街に来た後、あちこちを見渡して歓声が飛び出るアルバやリエンも、今回ばっかりははしゃぐ気分にならないのか黙々と歩いている。

 それともそもそも観光と思っていないんだろうな。これに関しては、来るタイミングを早まらせた俺の責任もある。

 

 もう少し復興が賑わえば、街が生き返る様を見れば声の一つも出るだろうけれど。

 

「ここが僕たち、PGネイヴュ支部の本部だよ、ややこしいよね」

 

 と、俯きながら歩いていたら急にユキナリさんが立ち止まって振り返り右手で建物を指す。

 その建物は全体が黒鉄色のレンガで覆われており、何もかもが白いこの白銀世界ではひと目で異色であると分かった。

 

 俺たちは服に着いた雪を払い落としてから通されるまま建物の中を進んでいく。今、このネイヴュにはPGの人間しかいない都合もあってか、この拒絶的な冷たさを持つ建物が唯一熱を帯びているという現状に皮肉を感じずにはいられない。

 

「入れ」

 

 ぶっきらぼうに言われ、ひときわ重たそうな扉に通される。俺はふと、一度バラル団の一員として逮捕されアシュリーさんに取り調べを受けたあの時を思い出していた。

 尤も今日は手錠をされていないし、一応客としての一定の立場が確約しているところだけれど。

 

 部屋の中は会議室になってるようで、楕円状のテーブルを数多くの椅子が取り囲んでいる部屋だ。窓からはネイヴュの街が一望できるようになっていて曇天の中でさえも光を取り入れられるようになってるようだ。

 そして入り口をジッと見つめ指を組んでいる銀髪の女性が一人、一番奥の椅子に座って待っていた。

 

「ただいま、帰ったよ」

「戻りました」

「同じく」

 

 ユキナリさん、アルマさん、フライツが軽く言ってから彼女の近くの席に腰を落ち着けた。その後、俺たちを引っ張ってきたリーダーの男がもう一度俺たちを値踏みするように一瞥してから同じく席につく。

 アルバが緊張で吐きそうな顔をしているのを横目に俺は確信の元、銀髪の女性に声を掛けた。

 

「掛けても?」

「えぇどうぞご自由に、椅子でも引かせましょうか。フライツに」

「俺!?」

「結構です、それじゃ失礼します」

 

 俺はそう言って部屋に一歩足を踏み入れると振り返った。

 

「自信がないなら、話は俺だけで済ませておく。別室で待っててくれ」

 

 本意だった。一歩部屋に入っただけで分かった。この空間は完全にアウェーで、俺たちは言わば歓迎されてない客人。

 恐らく俺たちが全く好意的に捉えないだろう言葉も飛び出してくるはずだ。

 

 しかし俺がそう言うと「はぁ?」といの一番にアイが眉を吊り上げた。

 

「冗談でしょ、なんのために来たと思ってんのよ」

 

 俺の肩を強く小突いてアイはズカズカと部屋の中に入って椅子にドカッと腰を下ろした。

 その神経の図太さは正直、見習いたいところではある。

 

「ダイもなかなかだよ」

 

 そう言ってアイに続いたのは意外にもリエンだった。同じように俺の肩を小突いて、アイと違ってさすがに一礼してから丁寧に椅子に座る。

 さりげに心の中を読まれていたらしい。ずっと彼女について回るミズも俺の肩をつんつんとつついて彼女の後ろに回った。

 

「そうだよ、僕だって覚悟しないで来たわけじゃないんだ……!」

 

 さらに続いてアルバが言った。頬をニ回叩いて気を入れ直すと、恒例のように俺の肩を裏拳で小突いていく。

 大声で「失礼します!」と言ってから椅子に腰掛ける。だけどやっぱり片肘張って、緊張しているのが伝わってくる。

 

「みんな一緒だよ」

 

 最後にソラだ。やっぱりと言うか、俺の肩を叩いて部屋の中に入っていく。

 アイほど傍若無人じゃないが、ソラもお構いなしに椅子に座る。

 

 そして室内の全員が俺を見る。見れば、もう入り口に立っているのは俺だけだった。

 小さく息を吐き、アイの隣。そして銀髪の女性に一番近い席に座る。

 

 全員が話し合いにつく準備ができると、指を組んでいた銀髪の女性が姿勢を正した。

 

「まずは各人、長旅ご苦労。加えてバラル団との戦闘と確保。暖かいお茶でも入れましょう、フライツとレイドが」

「俺!?」

「手前で入れろや、そこに給湯器と諸々があっからよ」

 

 銀髪の女性が言うと彼女の隣、従って俺の対面に座っているリーダーの男──レイドさんがテーブルに足を乗せたまま言う。動かねえぞ、っていう鉄の意思を感じる姿勢だった。

 アルバはお構いなくカップにお湯を注いで口に運ぶ。するとリエンも給湯器の方へ向かい、荷物の中から取り出した茶葉を取り出してお茶を入れるとそれを人数分用意して配って回った。

 

「気が利くわね、うちの男共と来たら使えなくてごめんなさいねぇ」

「どうも」

 

 短く答えるリエン。このお茶は旅の道中でいつも飲んでいたから、喉に流し込むとようやっとアルバも落ち着いたみたいだった。

 

「自己紹介が遅れました、私がこのPGネイヴュ支部長をしているカミーラよ。少年少女たち、どうぞよろしく」

「副支部長のレイド。気が利かねぇ部下で悪かったな、育ちが悪くてよ」

 

 銀髪の女性──カミーラさんはそう言ってカップに口をつける。それに続いてレイドさんが同じようにカップに口をつける。

 それを見て俺は、見かけの上では友好的に見えるもののやはり信用されていないことを確信した。

 

「彼らを連れてきた理由に関しては、僕が話そう」

 

 起立してユキナリさんが身振り手振りを交えてカミーラさんやレイドさんに俺たちのことを話す。

 初めはVANGUARD設立から、なぜ復興前のネイヴュシティに来たのか。果てはアイスエイジ・ホールにいる伝説から除外されたドラゴンポケモンのこと。

 

 最初は退屈そうに話を聞いていたカミーラさんの目が、最後になって微かにギラついた気がした。

 

「だいそれた話だろうが、これは真実だカミーラ。僕は彼らと協力すべきだと思う」

「そうねぇ……()()()()()()()()()()()()()()

 

 カミーラさんは腕を組み、椅子を回転させて俺たちの方を見やった。その表情は、今までの柔和な顔は作り物だぞ、と丁寧に教えてくれた。

 

「まず一つ、私たちは本部の人間を信用していない。VANGUARDを設立した立役者のお坊ちゃんも小娘も例外じゃない」

 

 アストンとアシュリーさんのことだとすぐに分かった。彼女の言う"私たち"がどこまでを指すのか、ユキナリさんが非常にバツの悪い顔をする。

 

「二つ、今の私たちに余所者に力を貸すだけの余裕がない。アンタたちがアイスエイジ・ホールのバラル団とやりあおうというのに、部下を貸し出すつもりは毛頭ない」

 

 意外、という顔は誰もしなかった。化粧が剥がれ落ちるように、気の良いお嬢様はその仮面を自ら剥ぎ取る。

 

「三つ、適当な理由が思いつかないのでレイドにパス」

「じゃあアルマにパス」

「パスで」

「俺!?」

 

 いよいよ無茶振りが振られすぎたフライツが立ち上がる。ヤツはジッと俺たちを見つめて、それこそVANGUARD設立式のやり取りを思い出しているんだろう。顔には嫌悪感というものがありありと浮かべられている。

 しかし──

 

「俺は、力を貸してやってもいいと思いますけどね」

 

 今度ばかりは意外という顔をせざるを得なかった。それもフライツ以外の全員がだ。

 しかしフライツはネクタイの位置をずらしながらこっちを見下すように言ってきた。

 

「勘違いすんな、言い方を改めるならお前らが俺に力を貸すんだ。今、このネイヴュの地にバラル団がいる。またとない機会だ、俺がアイツらをぶちのめす手伝いをお前らがするんだ」

「相互利害、ってことか」

「そうだ。お前らにとって、今の俺の発言は渡りに船だと思うがな」

 

 確かにそうだ、ここに来てフライツの援護というのはこれ以上無いくらいの助け舟だ。

 俺は立ち上がってフライツの方を向き直り、仲間たちが俺を見やる中、俺は頷いて口を開いた。

 

 

「バカにすんな。そんな提案乗るわけねーだろ」

 

 

 空気が凍りつくのが分かった。

 ユキナリさんが大口を開けて驚き、アルマさんとレイドさんがピクリと眉を寄せ、カミーラさんは「へぇ」と薄い笑みを浮かべていた。

 

「はぁ!? お前、状況分かってんのか? お前らはたった五人で、伝説級のポケモンの捕獲作戦に乗り出そうとしてる大量のバラル団とやりあえると思ってんのか!」

「思ってないよ、でもお前の手を取る気は無い」

 

 俺は立ち上がると荷物に手を掛けた。するとアルバとアイが引き留めようとしてくる。いかにも「なに考えてんだ」と言いたげな顔をしてる。

 確かに軽率だったかもしれない。もう少しやりようはあるかもしれない。

 

「でも伝えはした。なにがあろうと俺はアイスエイジ・ホールに行くし、その結果がどうなるかはこれから次第だ」

 

 俺がそう言って部屋を出ようとすると、クツクツと笑い声が忍び漏れた。振り返るとカミーラさんだった。

 心から可笑しくてしょうがないというような笑い方だった。

 

「アンタ死ぬつもりだったの? こんなクソ寒い僻地に来たのは前向きな自殺衝動?」

「違いますよ、俺が大事を成せなかったらそれで終わり、言い換えるなら前向きな心中です」

「クソ迷惑ねぇ。そう言えば、私がイエスって答えると思ってるのかしら」

「思ってないですよ。でも大事を成す前の小事がアンタたちの説得だって言うなら、時間の無駄だとは思いました」

 

 一触即発、だけどカミーラさんはいよいよ堪えきれないとばかりに声を出し腹を抱えて笑う。

 そうして見た、眼鏡の奥の瞳はレイドさんなど比べ物にならないような切れ味の目をしていた。

 

 

「もう少しあの美人ときっちり話しておくんだったって、あの世で後悔しないことね」

 

 

「しませんよ」

 

 

 俺はそれだけ言い残すと、足早にネイヴュ支部を後にした。

 見上げた空は曇天で、今にも哭き出しそうだ。

 

 いや、既に哭いている。ずっと哭き続けてる。しとしとと降り積もる雪がその証だ。

 

 その時、頬から流れ出る熱い液体がぽつりと顎を伝って、新雪の山に真っ赤な滲みを残した。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「すみません!!」

 

 ダイが退室した後、場の空気に耐えられず矢継ぎ早に部屋を出ていく面々が謝罪を口にする。

 それを見送ってから、テーブルをダンと勢いよく叩くフライツ。

 

「カミーラ! もう少し考え直すのは君の方だろう! 今のは明らかに恣意的だ!」

「支部長に口答え? 特務もえらくなったのね、本部の方針かしら?」

「違う! 今は本部だのネイヴュ支部だの立場にこだわってる場合じゃないと言っているんだ!」

 

 世界の危機が迫っている。そんなことを急に言われて、はいそうですかでしたら協力しますなどと朗らかに言ってられない。

 カミーラという女性はそういう立場にいる。無論彼らを捲る際に意地悪をしたのは否めないし、謝意などもないが。

 

「そんなことより、彼なんて言ったっけ? タイヨウ、ねェ」

 

 彼女が思い出す、最後の彼の顔。

 ちょっとしたプレッシャーを発したつもりだった。並の十五歳なら、少しは動揺する素振りも見せよう。

 それだけ自分の覇気に自信もあった。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 気づかないのであれば良し、気づいて考え直すも良し。

 だがどうだ、彼は。彼のとった対応は。

 

「なぁにが太陽よ。真っ暗じゃない、腹の(うち)になに詰めたらああなんのかしらね」

 

 放ったものをそれ以上の圧で押し返すなど、カミーラの知る十五歳がやることではない。

 自らがクソガキと呼ぶ有象無象が持つものではない。

 

 ビリビリと身体の芯が痺れるような、強烈な返しを食らった。

 

「あぁ、美味しー」

 

 カップの中の冷めきったお茶を飲み干し、興味も失せたとばかりにカップを放り捨てる。

 儚い音を立てて割れるカップ。

 

 その破片を睥睨する。

 

 カップの底に描かれたお日様のマークが、雷を思わせるようなジグザグの亀裂によって砕けていた。

 

 




今回の登場人物、全員態度悪くない???
どうしちゃったんだよ主人公


さておき、カミーラさんやレイドさんや本家もかくやという顔ぶれですがほんま性格悪くしてしまってすまないと思ってます。これでも初期稿よりはマイルドになってますんで、勘弁してくださぁい。



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VSガオガエン 冷徹

 

「ダイ! ねぇったら!」

 

 アルバがいつになく語気を強めて、足早に歩くダイの肩を掴んだ。

 振り返ったダイと目が合う。ダイの目はいつになく冷ややかでアルバは吐き出しかけた言葉が喉に詰まってしまった。

 

 しかしそんなアルバを見て、萎縮させたという自覚があるのだろう。ダイはハッとしたように態度を改めた。

 

「悪い、ちょっと気を張ってた」

「それは良いけど……いや良くないって! いくらなんでも結論を出すのが早すぎるんじゃないかな!」

 

 もっともだ、こればかりはダイ以外の全員が共通意見のようだった。

 それこそダイが真っ先にネイヴュ支部との協力関係を持ちかけ、相手が渋るようなら粘り強く交渉すると誰もが思っていた。

 

 だからこの突然の事態に驚きを隠せないでいる。

 

「せっかくフライツ巡査が同調してくれる雰囲気だったのに」

 

 アイラが腕を組みながら言う。口にこそ出していないが「あーあ」という文字が見えるようだった。

 他のメンツも程度の差こそあれどそう思っているようだった。けれどダイの意見は変わらない。

 

「俺はあの人達を説得するのは無理だと思う。自信があるのなら任せるけど、悪いけど期待は出来ない」

 

 突き放すような言い方に、アルバたちは眉を顰めた。これは本当にダイなのか、偽物の巧みな変装なんじゃないのかと思ってしまうほどの温度差だった。

 

「なにか理由があるの?」

 

 すると沈黙を保っていたソラがおずおずといった風にダイに尋ねた。わざわざ小さく手を上げてから質問する辺り今のダイの態度を好く思っていないようでもあった。

 ダイはというとバツが悪そうに目を逸しながら「まぁな」とだけ答えた。

 

「ひとまずさ、ダイの怪我を手当しようよ。ほら、ここ」

 

 話題を変える意味合いも強かったのだろう、リエンがハンカチをダイの頬へ押し当てた。するとハンカチに赤黒い液体が付着して汚れる。

 それでようやくダイは自分の頬が切れていることに気づいたらしい。

 

「かといってこんなに寒いところじゃゆっくり手当は出来ないよね」

「それにもうすぐ夕方よ、ネイヴュは東の山間だしすぐ暗くなるわ。でも今、宿になりそうな場所はネイヴュ支部しか思いつかないし……」

「……入りづれーな」

「アンタのせいでしょーが」

 

 

「────ぶえーーーーーーっくしょい!!」

 

 

 どうやって夜を明かすか考えようとしたところに盛大なくしゃみが割り込み、話が中断させられる。

 見ればまるで露頭に迷うかのように両腕で身体を支え擦りながら寒さを堪えるハロルドと彼の自家用機のパイロットがいた。

 

「ざぶい……鼻水まで凍ってしまいそうだ」

 

 不時着してすぐバラル団との戦闘になったこともあり彼らの存在をすっかり忘れていた。

 すると珍しくソラが自発的に動き、ハロルドに声を掛けた。

 

「ハロルド、さん……どうかしたの」

「ん……? おぉソラさんか。聞いてください、全く酷い話だ! ネイヴュ支部の連中め、送り届けてやった恩も忘れ「一般人の支部庁への立ち入りは認められない」と抜かしおって! ふん、誰がこんな寒々しい街に長居などするものか、すぐにでも別の自家用機を迎えに来させたわ。だが、準備も含めると少なくとも今夜はどこかで明かさねばならない! 実に、不愉快だ!」

 

 ソラが相手だというのも関係するのだろう、ハロルドは捲し立てるように不満を口に出した。

 どうやらダイたちが出ていった後、入れ違いのようにネイヴュ支部を尋ね門前払いを食らったのだろう。

 

「ハルロドさんも大変ですね」

「逆だ逆。元はと言えばお前たちのせいではないか、本来なら今頃熱い風呂に入って日々の疲れを癒やしているところだぞ!」

 

 ハロルドが大げさに肩を竦めて半眼でダイたちを睨む。バツが悪そうな顔をするアルバたちだが、ダイはハロルドの発言の()()()が引っかかっていた。

 だが何が気になっているのか自分でも分からないという不明瞭さが、彼をイライラさせた。

 

「提案があるんだけど」

 

 またしてもソラだ。挙手制でも無いのにわざわざ手を上げてから口を開いた。

 ひとまず考えを脇に置いておき、ダイはソラに「発言どうぞ」の意味を込めて促した。

 

「私の家、使えないかな。屋敷自体はそこまで酷い破損じゃなかったから」

「ほう、ソラさんのお家があるのかね! この街もまだまだ捨てたもんじゃないなぁ!」

 

 先程までの不機嫌顔が嘘のようにハロルドの顔が明るくなる。

 誰もがその発想は無かった、とばかりに顔を見合わせた。今度はダイが手を挙げる番だった。

 

「今、ネイヴュはガスや水道が通ってるのか?」

「それは、わからない」

「この街には今、PGと収監されてる囚人、それに各地から復興作業に集められた職人さん達の拠点があるわけじゃない? だったら少なくともそのライフラインは通ってる可能性は高いと思うよ」

 

 ネイヴュ支部へ向かう道すがら、土木作業を行ってると思しき人間を数人見かけたことを思い出したアルバ。

 それに万一その二つのライフラインが止まっている場所であっても、ここには五人を超える人間と凡そ六倍近いポケモンがいるのだ。

 

 少なくとも一晩明かすくらいなら可能だと思えた。

 

「それじゃあソラのアイディアで行こうよ。なにをするにしても立ち話してたら風邪引くよ」

「違いないわね。ソラ、案内してちょうだい」

 

 そうして一行は導かれるようにコングラツィア邸を目指すことにした。

 彼らの後ろ姿をネイヴュ支部の二階から窓越しに眺める者がいることに、ソラだけが気づいていた。

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

「でっ────」

「か」

 

 あんぐり、誰もがそう思った。いや、ダイ以外はだろう。

 ダイは師であるコスモスの生家、エイレム邸を知っているが屋敷の大きさで言えば恐らくエイレム邸に軍配が上がる。

 

 だが、周囲を壁に囲まれ使える土地に限りがあるネイヴュシティの中で広々とした庭があり、門扉から家の大扉までそれなりの距離があるような屋敷は一般人で構成されたダイたちにとっては見慣れない大きさの建物であった。

 

「鍵はあるか?」

「持ってるよ」

 

 ソラは言いながらペンダントのように紐で繋がれた鍵を取り出し、鍵穴へと差し込んだ。

 ガチャリ、という音を立ててロックが外れる。しかし鍵を開けただけで、ソラはドアノブを捻りはしなかった。

 

 そのドアノブを見つめるソラの睫毛が微かに揺れていることにダイは気づいた。

 実は無理をしているのではないか、本当はこの家に帰ってくる覚悟が定まってないのではないかと思った。

 

「大丈夫だよ」

 

 それはダイたちに言ったというよりも自分に言い聞かせるようでもあった。ソラは首元のチョーカーに触れ、意を決してドアノブを捻った。

 長い間冷やされ続け、金属疲労を感じさせる蝶番の音がホールに響く。

 

「この家が生きてるなら、玄関が開いたから電気がつくはず」

「そこまで都合良くはいかないんじゃ……」

 

 アイラの言葉を遮るように、天井から吊るされたシャンデリアはソラの帰りを歓迎するようにパッと点灯する。

 その瞬間、アルバやリエンがホッと胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。

 

 予め備えて持ち込んだ食料は有限ではあるが、少なくとも衣と住は確保出来たと言っても過言では無いからだ。

 

「よし、それじゃどこかゆっくり出来る部屋は無いか?」

「……パパとママが使ってた、応接間とか」

 

 応接間と聞けば、ソファなどの長椅子が思いつく。腰を落ち着けてゆっくりと話が出来る。

 今この状況においてはベストな選択と言えるだろう。

 

 ソラの案内で、舞踏会でも開けそうな玄関ホールを抜けると長い廊下に差し掛かり彼女を先頭に歩いていく。

 しかしダイは進めば進むほど新たな違和感に気づくことになった。それは廊下の窓枠や階段の手摺を見てのことだった。

 

 埃一つ積もっていない。半年も家を空けていたのなら、少なくとも拠点にする部屋の掃除くらいはせねばならないと思っていただけに不可解であった。

 

「おほぉ~! 素晴らしい、暖炉があるではないか! ほれガオガエン、火をつけるのだ今すぐに!」

「おっさん、ちょっと待ってくれ」

 

 派手に装飾されたモンスターボールからハロルドが"ガオガエン"を呼び出し、火を起こそうとするがダイはそれを制して暖炉の傍に寄った。

 そして暖炉の中のレンガを指先で擦り、確信する。

 

「たぶんだけど、誰かがこの家を使ってる。もしくは、管理して手入れしてる人がいるな」

「薄々感づいてたわ、電気の件もそうだけどあまりにも綺麗でとても雪解けの日から今日まで放置された屋敷とは思えないもの」

 

 アイラの同調にダイは頷く。ハロルドはというと「だからどうした」とばかりに地団駄を踏み、ダイたちを押しのけるようにして暖炉に火をつける。

 そもそも部屋の隅に蓄えられている薪もそうだ。放置されていたにしては燃料として適しすぎている。仕入れてからそこまで時間が経っていない薪だ。

 

「建材として使えそうなくらい丈夫だ……もしかすると復興に来てる職人から端材を分けてもらったのか」

 

 

「────その通りでございます」

 

 

 突如として響く部外者の声、振り返るより先にダイはジュカインをけしかけようとしたところで、ボールに触れたダイの手をソラが制した。

 入り口に立っているのは水色の髪を一つに束ねた切れ目の女性。その身にはPGネイヴュ支部の制服と、支給されている防寒用の外套を纏っていた。

 

 女性の視線は全ての人間を値踏むように移動し、最後にソラに向かうと口元を柔和に綻ばせた。

 

「お嬢様、お久しゅうございます」

「ただいま、シャーリー」

 

 目元を潤ませる女性──シャーリーの元へ歩み寄るソラ。二人の関係は他の人間にとっては奇異に映ることだろう。

 しかしながら衆人環視ともなれば、シャーリーはすぐさま表情を入れ替えた。鼻を啜り、目元を拭うとすぐさま数秒前のクールな姿へと戻る。

 

「皆様、お初にお目にかかります。前当主ハンク・コングラツィア様に雇われたメイドの"シャーリー・ブルーデ"と申します。皆様、お嬢様が大変お世話になったことと存じます」

 

 シャーリーは目に見えないメイド服のスカートの裾を持ち上げるように一礼(カーテシー)し、空気を一瞬で優雅なものへと変えた。

 

「ソラん家のメイドさんが、ネイヴュ支部の人間だったのか」

「というより、いずれお嬢様がお戻りになる時のため、お屋敷の管理をと思い厄災の日以降に追加人員として志願した次第でございます」

 

 そう言ってシャーリーが見せるのは"ダイブボール"と二個の"ほしのかけら"、即ち本部基準で考えれば巡査長クラスとなる。

 この短期間で一階級昇進してみせる辺り、潜在能力は高いということが伺える。

 

「というか、ソラはネイヴュにツテがあることが分かってたのか。言ってくれって」

「聞かれなかったから……」

「そりゃ聞かないわよ、みんな気を使うもの」

 

 肩を落とすソラ、アイラが苦笑いを浮かべながらその肩を抱く。

 

「シャーリーさんの話も聞いてみた方が良いんじゃない? ネイヴュ支部の人たちを説得する取っ掛かりになるかもよ」

「言えてる。それじゃ改めて話し合いましょ。ダイも今更渋ってないで建設的な意見出しなさい」

「……わかったよ」

 

 リエンとアイラに諭され、ダイもようやく根負けしたというように肩を竦めてみせた。

 それからダイたちは荷物から用意していた簡易食料をこれまた簡単に調理して腹に詰め込んだ。ポケモンたちにも満足な食事を取らせることが出来たのは偏に墜落に耐えきった自家用機の備蓄庫から持ち出されたハロルドの保存食もあったからだ。

 

 デザートの木の実の缶詰を摘みながら、全員はソファや絨毯の上で考え込む。

 

「──そんなわけで、これからバラル団との全面的な戦いは避けられないと思うんですがシャーリーさんはどう考えますか?」

 

 まだネイヴュ支部の力を借りることに気乗りしていないダイを差し置き、前向きな意見代表のアルバが尋ねた。

 

「無論、お力添えさせていただく所存であります。元より、いずれ来る復讐の機会を待つために私はここに残ったので」

「これでまた貴重な戦力が増えたね」

「また、っていうと?」

「みんなフライツ巡査の同調が意外すぎて忘れてると思うけど、ユキナリさんも賛成寄りの意見を持ってたでしょ」

 

 指を立ててリエンが言うと、みんなが「あー」と頷く。

 それだけあの面子の中で唯一フライツが同調してくれたという事実が衝撃だった、ということもある。

 

「確かにユキナリ特務を味方に出来れば心強いですね。私からも助力を願い出てみようと思います」

「ぜひお願いします。それじゃ明日はユキナリさんに会いに行くってことでどうかな。それで、可能であればフライツ巡査にも声を掛けてみる、とか」

 

 リエンが意見を纏める。異論なし、となるかと思いきやダイは同意もせずに火を見つめて何かを考えていた。

 

「その件なんだけど、俺は明日別行動でもいいか。少し気になることがあって」

「気になることって?」

「悪い、言語化出来るほど頭の中で纏まってるわけじゃないんだ」

 

 歯切れの悪いダイはやはりいつもとは違う様子で、リエンたちは顔を見合わせた。

 沈黙の後、アルバが「それじゃあ」と明るく言って切り出した。

 

「僕はダイの調査を手伝うよ。多分僕は話し合いになると萎縮しちゃうから、席を外しておいた方が話が纏まりやすいと思うんだ」

 

 昼間の緊張もあり、アルバは自分を客観的に評価する。

 女子チームの中でもその評価だったらしく、反対意見は出なかった。

 

「明日は男女で分かれて調査と説得、で良いかな」

「異議なし」

 

 今度こそダイも頷いて話し合いは終了となった。各々が腹を満たし、暖かい部屋というのもあってすぐさま眠気がやってきた。

 そこでシャーリーは兼ねてより掃除と整頓を行っていたソラの部屋に女子を移し、男性陣はこのまま応接間で夜を明かすことになった。

 

 長旅の疲れか、パイロットやアルバはすぐさま寝息を立て始めた。ちなみにハロルドはダイの寝袋を使っており、ダイはベッドが使えるソラから寝袋を借りた。

 キャタピーのように寝袋に包まれているハロルドはいつもの威厳もなく、ふとダイは話しかけてみることにした。

 

「おっさんは寝袋で寝ろって言われたら怒るかと思ってたぜ」

「私をただの成金だと思わない方がいいぞ小僧。私の地位は、血の滲むような努力で積み上げられたものだ。この程度、ほんのちょっぴり屈辱程度で済ませられるわ」

 

 ちょっぴりは屈辱なのか、思ったがダイは口にしなかった。

 

「聞いてもいいか、おっさん」

「なんだ騒々しい、その上馴れ馴れしい」

「おっさんが飛行機を出してくれ、ってフリック市長に頼まれたのは確か今朝方だよな」

「そうだが? 元はと言えばネイヴュ行きのヘリが故障していたという話ではないか、おかげでとんだ大迷惑だ」

 

 何かにつけて難癖をつけてくるハロルドに鼻白むことも無くなってきたダイ。

「しかし」ハロルドが寝袋ごと寝返りを打つようにダイの方へと向き直った。全身が包まれたままのハロルドの動きがやたらとシュールだった。

 

「貴様ら、一介のポケモントレーナーとは思えんコネだな。ただのVANGUARDでは無いな」

「そうでもないよ、俺自身は至って平々凡々なトレーナーだぜ、状況がそうさせてくれないだけでね」

「それは"選ばれた"ということだ。貴様らは生まれながらにして『いずれ非凡な存在となる』ことを運命づけられていたに過ぎん、この私のようにな」

 

 ハロルドは口元をニィっと歪めて笑んだ。心底厭らしい笑い方ではあったが、ハロルドの気取らない笑みとはこういうものかと、ダイは彼を少し知った気分になった。

 

「考えてもみろ。貴様らのうち三人は幻のポケモンを連れ、そうでない二人も化石ポケモンを所有している」

「化石ポケモンを持ってることって、そんなにすごいことか?」

 

 尋ねると、ハロルドは「はぁ~これだから無知なガキは」と言わんばかりの溜息を零して講説を始めた。

 

「当然だ、今でこそ復元技術の確立によって化石ポケモンの珍しさは減っているが、どの道復元に至るにはそれ相応のコネクションが無ければ成り立たん。特に貴様らは"MUSEUM"のディーノ氏と知己であり復元を依頼したそうではないか、彼が自身の掘り出した化石を譲渡するなど本来有りえんことだ、コレクターがコレクションを放棄するに等しい行為なのだからな」

「そういうもんか、思えば今まで知り合った人がそこまですごい人だった、なんてあまり考えたことはないな」

 

 ダイが天井を眺めながら言うと、ハロルドはクツクツと笑みを零した。

 

「ほら、そういうところだ。貴様如きが実に腹立たしい限りだが! それこそ非凡たる由縁だろうよ。貴様は私は生まれもこのようにリッチだったと思うか? 違うね、幼き私こそ唾棄すべき本物の凡愚であったよ」

 

 ぽつぽつ、まるで雨が降り出すみたいにハロルドは語った。

 

「明日の食料に困窮し、草を食み泥を啜った日さえある。汚い大人に体の良い小間使をさせられたことなど数えるのをやめたほどある」

 

 やがてそれは幼き自分、ひいてはその生まれへと向ける憎悪を含むようになっていった。

 生まれを呪ったことがダイにもある。それこそ弱かったかつての日々、母の名に泥を塗る自分の才能の無さを呪ったことも少なくない。

 

 変な話、ダイは彼に共感を覚えてさえいた。

 

「だが、私にはチャンスをモノにする才があった。手を掴むべき時に掴む人間を誤らなかったのだ。それが今の私を造ったと言って良い」

 

 ハロルドの瞳が暖炉の火を映す。その中で身を焼かれ続け、熱を供給するため燃え滓になっていく薪を見つめていた。

 

「故にな、人とは生まれながらに非凡であっても周りの凡愚によって拘泥するのだ。貴様もその口であろう」

「それは違うんじゃないか」

「ほう、何が違う?」

 

 ダイはハロルドと同じように火を囲みながら、ここまでの旅路を振り返る。

 

「俺はその逆だよ、みんなが俺をここまで掬い上げてくれたんだ。担がれるのは正直プレッシャーだけどな。だからまぁ、ハロルドさんみたいに自分で泥から上がれる原石はすげぇよ」

「なんだ藪から棒に、気持ち悪い。男に褒められても全く全然これっぽっちも嬉しくない!」

 

 ほんの少しでもハロルドに共感した自分を今すぐ無かったことにしたくなったダイ。

 ハロルドは「ふん!」と顔を背けて、吐き捨てるように言った。

 

「貴様とてそうだろう。認められるのならば美女に、それもとびきりの相手を所望するだろう! 例えばそうさな、ジムリーダーのコスモスさんとか」

 

 常々上から目線ではあるものの、話せば返してくれる程度にはハロルドと打ち解けたダイ。

 天井を眺めながら、ポツリとハロルドは切り出した。

 

「コスモスさん、良いよな」

「良いッスね」

「強さもさることながら、あの儚き美貌が良い。長めの睫毛に、眩い宝石のような双眸。あのアメジストに値がつけられんのが歯痒いくらいだ」

 

 酒が入ってるわけでもないのに、ハロルドは饒舌に語った。

 酔ってはいるのだろう、コスモスに。

 ダイが目を閉じれば思い出すのは修業の日々。良い思い出ばかりではない、血と汗の一ヶ月だったが総合的に見れば楽しかった。

 

「寝起きのコスモスさん、結構我儘なんだぜ。俺は一人っ子だからわかんないけど、手のかかる姉ってああいう感じなんだろうな」

「なんだと貴様! 寝起きのコスモスさん!? 聞き捨てならんぞ!」

「静かに、二人が起きちゃうだろ」

「だが寝起きだぞ! 羨ましい! 写真は無いのか、今なら貴様に豪邸の一つや二つ買ってやらんこともない!」

「ねーよ写真なんか! あるとすれば俺の脳内フォルダの中だな……ってなにしてんの」

「知り合いの外科医に連絡する。貴様の脳髄を摘出し映像を抽出できないか聞いてみる」

「殺す気か!!」

 

 次第にはダイまでヒートアップしてしまい、てんやわんやに。

 そんな彼らの大騒ぎは幾つかの部屋を跨いだ女子たちに筒抜けで。

 

「男子ってやーね、いつまでも子供でさ」

「本当だね」

 

 川の字になって巨大なベッドで横になっているアイラ、リエン、ソラ。

 ソラはというと久しぶりの自分のベッドの感触に包まれたからか、もう既に夢の世界に船を漕いでいた。

 

「けど、ダイが元に戻ってよかった」

「全くよ、今日のあいつどうにかしてたわね」

 

 思い出す。朝、フライトを始める前まではいつも通りだったのだ。

 それがネイヴュに到着するなり、人が変わったように悲観的になってしまったではないか。

 

「ねぇ、なんであいつはネイヴュ支部の力を借りない、って言ったのかしら」

「アイラでも分からないんだ」

「悔しいけどね。あいつのことはなんでも分かってると思ってた。だけど、前にあいつがいなくなった時何も見えてなかったんだな、って思い知らされた」

 

 今回はその延長線なんだ、アイラは眼前に手を伸ばして何を掴むでもなく拳を握った。

 

「気づいてた? シャーリーさんがユキナリさんたちの説得を手伝うって言ったときダイは嫌そうな顔をしてたよ」

「……やっぱりリエンの方が良く見てるよ」

「これでも"見定める者"ですのでー」

 

 両手を上げて枕に頭を投げ出す、五体投地、お手上げその他諸々。

 瞼を閉じる、どちらにせよ明日が正念場となるだろう。

 

 そうして各々が夢の世界へ旅立った後、壁の外の大穴"アイスエイジ・ホール"で。

 何かが胎動を始めるように、強く脈打った。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 夢とは、人間が記憶を整理する際に起きるフラッシュバックのような現象だと、カイドウが言っていた。

 人間の脳にあるタンスのような入れ物に、ジャンルごとに経験した出来事を記憶としてしまっておくような感じらしい。

 

 難しい話は分からないが、ともかく俺は今夢を見ていた。夢を見ていると認識できる夢を、明晰夢と言うんだとか。

 ここ数日の出来事と今日の出来事を、久しぶりにゆっくりと眠れたからか纏めて整理していた。

 

 

 レニアシティ復興祭の夜、バラル団幹部のハリアーと戦ったこと。

 初めて実戦でキセキシンカを意図的に発動させた。でももう少し特訓が必要だ、せめてあと五秒時間を長く発動できるようにしないと。

 

 そういえばアルバたちは俺やアイと合流する際に敵のポケモンと思しきボスゴドラと戦闘を行ったと言っていた。

 犯人のボスゴドラは戦闘が佳境に入ると、シールドポケモンの"トリデプス"の援護で離脱。

 

 アルバのプテラはこの時偶然発見された"ひみつのコハク"を復元することで仲間になったんだよな。

 その際に居合わせたリエンもディーノさんから譲られた"ヒレのカセキ"を復元して、アマルスを手持ちに加えた。

 

 このアマルスがどうやら特殊な個体で"ゆきふらし"の特性を持っていたらしい。

 フローゼスオーシャン、俺たちがネイヴュへ来る途中超えた氷河地帯で見つかった化石だからかもしれない、なんて話を聞いた。

 

 

 ――貴様らのうち三人は幻のポケモンを連れ、そうでない二人も化石ポケモンを所有している。

 

 

 ――コレクターがコレクションを放棄するに等しい行為なのだからな。

 

 

 ――なんていっても、彼はリザイナシティに居を構える"ラフエル考古博物館"の館長だからね。

 

 

 その時だ、バチンと電流が奔るような感覚。

 強制的に夢から目覚めた俺は窓の外を見た。夜が明け、灰色の空がそこにはあった。

 

 眠気は一切ない、跳ね起きるように意識が覚醒していた。

 まるで最初から眠っていなかったかのように、鮮明だった。

 

 周りを見ると、ハロルドのおっさんは大いびきをかいて、アルバも寝苦しそうにしているもののきちんと眠っていた。

 俺は物音を立てないように屋敷の外へ出る。

 

 やっぱり一年を通して雪が降っている地域というのは嘘や伊達なんかじゃなく俺たちが昨日つけた足跡はすっかり新雪に埋もれていた。

 

「おはよ、ダイ」

「リエンか。早いな」

 

 門扉の外、屋敷からちょっと離れようとするとリエンがいつの間にか後ろに立ってた。

 

「ミズが教えてくれたんだ、ダイが屋敷から出るのが見えたって」

「そっか、ちょっとな。せっかくだから一緒にいてくれ」

 

 リエンが首を傾げながらも頷く。スマホロトムを呼び出し、連絡先の中からアストンを選んで発信する。

 しかし早朝ということもあってか、繋がらない。仕方無いので、連絡先を交換してから初めてアシュリーさんに電話をかけることにした。リエンがいるからスピーカーモードにすることも忘れない。

 

「もしもし、俺です」

『私だ。随分と早いな、そちらで何か進捗があったか』

 

 アシュリーさんに繋いだのは正解だったかもしれない、こちらの事情を察してくれているので話が早く済みそうだ。

 俺は深呼吸して、迷いを吹っ切った。

 

「ネイヴュ支部との連携が難しくなりそうなので、そちらの方から増援をお願いできませんか」

 

 そう言うと画面の向こうのアシュリーさんは「やはりか」とまるで分かっていたかのように腕を組んだ。

 

『事情は分かった。こちらで手配しよう。それで、人員はどれほど必要だ?』

「動けそうなVANGUARDのメンバー、いや……そうだな、ジムリーダーを可能な限り寄越してほしいんです。急を要するのでペガスのフリック市長と連携して交渉を進めてください」

『……ふむ、了解した。他にもあれば随時連絡してくれて構わない』

 

 頷いて礼を言うと俺は一旦通話を切った。

 

「思い切ったね、もしかしてネイヴュ支部の人は信用できない?」

「いや、そういうわけじゃないんだ。昨日言ったよな、なにか引っかかってるって」

 

 ネイヴュに来てから引っかかってる何かが、靄の向こうにいる何かが。

 俺はその姿の一端を見た気がして、それは一つの答えを示していて。

 

「バラル団は、ワースが俺に情報を与えたことを逆手に取って先回りしてた。()()()()()()()()

「そう、思ってた?」

「あぁ……もしかすると、考えたくないんだけど……」

 

 

 俺が到達した仮説をリエンに話す。するとリエンはいつもの彼女らしくなく、目を見開いて驚いていた。

 声も出ないみたいだった。当然だ、誰だって信じたくないだろう。

 

 

 もしかしたら、俺たちが今まで出会ってきた人の中に。

 

 絆を結んできた人の中に。

 

 バラル団の内通者がいるかもしれないなんて、信じたくはない。

 

 

 

 

 



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