【クロス】艦隊これくしょん×仮面ライダー龍騎【完結済】 (焼き鳥タレ派)
しおりを挟む

第1話 Game Start

Login No.001 城戸真司

 

 

 

──2002年 東京

 

 

 

東京にあるガラス張りのモダンなビルの一室にOREジャーナルの編集部はある。

OREジャーナルでは主に携帯等の端末にニュースを配信して購読者を獲得している。

その配信形態から速報性が高く、まずまずの評判を得ているが、

通常の事件に関するニュースも扱っている。

特に今、読者の関心が最も高いのは、最近頻発している連続失踪事件だ。

その日もOREジャーナルの面々がその失踪事件について会議を開いていたのだが、

OREジャーナルのオフィスに昼休みのアラームが響いた。

一同の間に流れていた空気が緩んだ。

 

「とりあえず一旦休憩だ。ああ、ホワイトボードは消さないで置いといてくれ」

 

「はい」

 

OREジャーナルの編集長である大久保が会議の中断を宣言。

そして、OREジャーナルきってのエリート記者、桃井令子が

ホワイトボードの事件概要をまとめている。

 

すかさず記者見習い、城戸真司はPCモニタにイヤホンを接続し、

とあるサイトにアクセスした。ボリュームは控えめにっと。

おっし!赤城の修理も完了してるし遠征も終わってる!

さぁて、今度はどう行きますかっと。次の海域を攻略しようか、それとも新規建造を……

 

「おい真司、昼飯食べに行くか。カツ丼奢ってやるぞ」

 

「!?」

 

真司の先輩でもあるYシャツ姿の大久保が、真司の後ろ側にある、

背広が掛かったハンガーラックに近づいてきた。

慌ててブラウザを閉じる真司。

 

「あー……いや、あの、もう少しで記事がまとまるんで、

もうちょっと、ね。アハハ……」

 

「妙に仕事熱心だな、傘持ってったほうがいいかぁ?ま、仕事熱心は感心感心」

 

「お、俺だってやる時はやりますよ!

あ!ほら、あそこ早く行かないと行列になるんじゃ?」

 

「そうだよ、いっけねえ!あの食堂すぐリーマン連中で一杯になるんだよ」

 

「いってらっしゃ~い」

 

慌てて背広を羽織りながら大久保はオフィスから走り去っていった。真司は周りを見る。

令子さんはパソコンに向かってる。島田さんはお弁当食べてる。

よし、今だ!城戸提督、再度着任す!

 

 

そして彼は再びブラウザを立ち上げ、さっき夢中になっていたブラウザゲーム

──艦隊これくしょん──に復帰した。

ゲームデータのロードが始まり、黒の画面の中央に小さな白い艦影が浮かぶ。

この真っ白な艦とも長い付き合いだよな~。実在艦なのかな?

この時、一瞬黒いゲーム画面にコート姿の男が映り込んだが、

ロード完了が楽しみでたまらない真司が気づくことはなかった。

 

《良いこと?暁の水平線に、勝利を刻みなさい!》

 

よぉし、やってやるよ!戦艦ばっかのステージ3でも俺は諦めない!絶対に諦めない!

 

《ててて、提督、ていと、提督てててて…が鎮守ふに鎮守府に着、ちゃく着任着ちゃく》

 

あれ、さっきいきなり切ったからおかしくなったかな?

いつもはものの数秒で終わるロードがなかなか終わらない。

そればかりか音声が乱れ始め、白い艦が放つ波紋が徐々に大きくなる。

駄目だ、本格的にバグっちゃったよ!……ってなんだこれ?

揺れているのはゲーム画面ではなく、モニタそのものなのだ。

え……!!嘘だろぉこれ!?

真司が叫び声を上げる間もなく、彼はPCのモニタに吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

「大体真司には時間の観念ってもんがないんだよ!」

 

昼飯から帰り、1時を過ぎた大久保は、

“またかあの野郎”といった様子で苛立っていた。真司がいないのだ。

 

「そ・ろ・そ・ろ、彼にも社会人としての自覚を叩き込まないといけませんね」

 

令子もその秀麗な顔を歪ませることはなかったが、

真司を後輩に持つものとして怒りを隠しきれない様子だった。

 

「大体あの暇そうなヤツがどこ行くってんだよ!」

 

「……ゲーム、ですかね」

 

大久保の独り言にエンジニアの島田が答えた。

彼女はOREジャーナルのネットワーク関連の管理はもちろん、プログラミング、

ハッキングの能力にも長けているが、言動・ファッションが少々個性的過ぎる面がある。

 

「ああ、ゲームだぁ?」

 

「は~い。真司君のPCのパス、クラックしてアクセスログ探ってみたんですけど~

DMM.comの“艦隊これくしょん”ってゲームに頻繁にアクセスしてたみたいで……」

 

「あんにゃろ……!!仕事サボってゲーム三昧ってか?

帰ってきたらこのタコ型マッサージ機で……」

 

「前から思ってたんですけど、それ、どこで買ってきたんですか……?」

 

「どこって……。こんなもん、どこでも売ってるだろ」

 

「どこにも売ってませんよ!」

 

「まー、真司君の名誉の為に言っとくと、

ログを見る限りアクセスしてたのは昼休憩のときだけみたいですけど」

 

「カンケーねえ!今ここにいないことにはカンケーねえ!」

 

「そう。業務時間内に無断で職場を離れること自体、

社会人としての常識を欠いているわ」

 

真司を責める2人をよそに、島田は別のことに感心を寄せる。

 

「それよりもっと面白いことがあるんですよ~、見てください!」

 

島田が両手の指をワキワキさせて一つのウィンドウを最大化する。

大久保と令子が覗き込む。

何やら年月やIPアドレスらしきものが大量に表示されているが、

その道の専門家ではない2人には何のことかさっぱりわからない。

 

「なんだあ、こりゃあ?」

 

「島田さん、何これ?」

 

島田は、少々がっかりした様子で説明する。

 

「ああ……お二人とも、この”DATE”の項目を見て何か気づきませんか?」

 

「ああん?」

 

桃井らは再び島田のPCを覗き込む。すると”DATE 10/5/2013”の文字が。驚愕する二人。

 

「おいおいおいおい、それじゃあ何か?真司は11年後のゲームで遊んでたってことか?」

 

「ログの結果を信じる限りそうなりますねぇ、ウヒヒヒ……」

 

「っていうか島田……。お前どうやってこのデータ手に入れた?」

 

「まぁ、いわゆるハッキングってやつですねぇ。

あ、ちなみにみなさんが想像するハッキングは正しくはクラッキングと言って、

悪意を以って他者の情報を盗難、操作することを指しまして……」

 

「令子、お前はこの“艦これ”について捜査だ!

俺はここで可能な限りDMM.comの情報を当たってみる!」

 

「わかりました!今から秋葉原で聞き込みを。

チラッと登場人物の絵柄を見ましたが、いかにも“彼ら”が好きそうなものだったので」

 

「おう、頼んだ!島田、お前の、その、クラッキングでそれ以上情報は洗えないのか?」

 

「サーバーがコロンビアにあるんで、ここからの追跡はこれ以上は無理ですねぇ。

とりあえずバックドア仕込んどきましたけど」

 

「ああ……とにかくその辺のことはお前に任せる。

例の連続失踪事件とも無関係とも思えん。まずは真司の発見に全力を上げるぞ!」

 

「「はい!」」

 

 

 

 

 

Login No.002 北岡秀一

 

 

 

「……で、午前の依頼どうだったの、吾郎ちゃん」

 

打ち合わせから帰ってきた、悪徳弁護士として名を馳せる敏腕弁護士、北岡秀一は、

革張りの高級ソファでネクタイを緩めながら秘書の由良吾郎に尋ねた。

 

「はい。石田コーポレーションのご子息から、

“DMM.comのゲームは詐欺商法だ、2万円つぎ込んでも島風が出ないのは詐欺だから

立件して欲しい”とのことでした」

 

「バカなんじゃないの。DMMつったら今ネットで問題になってるアレでしょ?

運任せで女の子引き当てて戦わせるってやつ。

そんなの小学生のときに縁日のくじ引きで学習するもんでしょ、普通」

 

「そうは思ったのですが、一応お得意様なので、

先生のお耳には入れておいたほうがいいかと」

 

「うん、ありがと吾郎ちゃん。とりあえず調べる振りだけして

着手金だけふんだくるとしますかね。さて、となると!一応実物は見ておかなきゃね。

吾郎ちゃん、紅茶お願い。ダージリンのセカンドフラッシュで」

 

「わかりました」

 

北岡はソファから立ち上がり面倒くさそうにデスクに着くと、ノートパソコンを開き、

ブラウザを立ち上げ、件のゲームサイトを検索してリンクを開いた。

艦隊これくしょんの他にもいろいろなゲームがあるが、無視だ無視。

ただでさえやりたくもないゲームをチェックしなきゃならないのに。

さっそくユーザー登録に諸々の情報入力を求められる。面倒だ、ああ面倒だ。

 

「まったくこんなの何が楽しいのかねぇ、

女の子に魚雷や大砲持たせて軍艦の名前付けただけじゃん。

オタク相手には儲かるんだろうけどさ」

 

身も蓋もない愚痴をこぼしながらゲームスタートの準備を整える北岡。

ゲームの類に一切興味がない北岡は少々うんざりしながら画面を操作。

そしてとうとう執務室の画面にたどり着いた。

そこには何やらゴテゴテした装備に身を固めたセーラー服の女の子が。

 

《はじめまして、吹雪です。よろしくお願い致します!》

 

なるほど?こうやってカワイイ女の子があれこれ世話してくれんのが嬉しいのね、と。

ゲームの女の子より現実の女性に声かければいいのに、液晶画面の手は握れないよ。

っていきなりエラーだ。北岡がさらっとゲームを弄ろうとマウスを動かした瞬間、

画面がぐにゃぐにゃと揺れ始め操作を受け付けなくなった。

強制終了しようとCtrl-Alt-Delを入力するがこれも駄目。

勘弁してよ、どうしてゲームにここまで煩わされ……んん!?

その時、モニタから見えない力が働き、北岡の全身を引っ張り込もうとする。

デスクにしがみつきながら助けを呼ぶ。

 

「ちょ、ちょっと吾郎ちゃん助けて!なんかこれおかしいよ!」

 

「どうしましたか先生!」

 

即座に吾郎が駆けつけてきたが、その時にはもうオフィスには誰もいなかった。

 

 

 

 

 

Login No.003 浅倉威

 

 

 

「バトルフィールドの、変更だ」

 

「ライダーがいるならどこでもいい。教えろ」

 

人気のない雑木林の奥、コンクリートで出来た廃墟に二人の男が居た。

一人は長身でコート姿の男。どこか人ならざる不気味な雰囲気をまとっている。

もう一人は髪を無造作に茶色く染め上げ、蛇革のジャケットにジーンズ、

金属の飾りが付いたチョーカーを身に着けた、凶暴さを絵に描いたような男。

コートの男は立ったまま、茶髪の男は床に座り込んで、なにやら話していた。

 

「こいつだ」

 

長身の男が不法投棄された壊れたパソコンモニタをつま先で蹴る。

モニタのガラスに廃墟の内部が映り込んでいる。蛇革の男が尋ねた。

 

「……そのミラーワールドにライダー共が集まってんのか」

 

「違う」

 

「だったらなんだ」

 

「答えが知りたければ、なんでもいい。

インターネットに接続されたPCで“艦隊これくしょん”というゲームにアクセスしろ。

お前に必要なものはそこにある」

 

「フッ、派手な殺し合いが辛気臭えネットゲームに変更か。……ふざけんなぁ!!」

 

蛇革の男は朽ちた木箱を思い切り蹴飛ばした。脆い箱が粉々になる。

 

「安心しろ。お前はこれからもライダーを殺すことができるし、

また殺さなければお前が死ぬ。戦う場所が変わるだけだ」

 

「……本当だろうな」

 

「わざわざ拘置所まで出向いてライダーにしたお前を騙す理由がどこにある」

 

「……行ってくる」

 

蛇革の男は廃墟を後にした。残されたコート姿の男はそのまま立ち尽くしていたが、

やがて、その姿は透明になり消えていった。

 

 

 

──東京 秋葉原

 

 

 

そのオタクはノートパソコンで“艦これ”に入れ込んでいて、

後ろの襲撃者に気づくことができなかった。

もっとも、気づいていたとしてもどうすることもできなかっただろうが。

 

「来い、来い、今度こそぜかましちゃん来いいぃ……ぐっ!?」

 

突然前髪を掴まれ、頸動脈にサバイバルナイフを押し当てられ、

恐怖と驚愕で動けなくなるオタク。

 

“おい、「艦これ」にアクセスしろ……”

「な、なんだよあんた……」

“殺すぞ”

「は、はいいい!!」

 

涙と鼻水を流しながら、言われるがままにオタクはDMM.comのサイトにアクセスした。

そしてサブメールアドレスでアカウントを作成。

 

「うう……あ、あの、あなたの名前を入力しろと出ています!」

“……浅倉威”

「はいぃ!」

 

オタクは言われるがままに浅倉の名前を入力し、チュートリアルを終えると、

髪を掴んでいた暴力的な力が消えたので、意を決して振り返った。

が、そこには誰もおらず、喉に当てられていた冷たい感触も消えたので、

思い切って助けを読んだ。

 

「助けて、人殺しいぃぃ!!」

 

だが、そこにはオタク1人以外に誰もいないベンチがあるだけ。

誰もが一瞬目を向けるだけで、皆、彼を変人のような目で見て通り過ぎるだけだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 ID: Invincible Dragon

「うわあああ!!」

 

真司は通い慣れたミラーワールドへと繋がる

無数の鏡面体で構成されたディメンジョンホールではなく、

グリーンの0と1の羅列で構成された真っ黒な空間に吸い込まれた。

 

手足をジタバタするが、何も触れるものがなく、

為す術がないまま、宙を舞うばかりだったが、しばらくすると

突然、カッ!と明るい光に包まれた。出口にたどり着いたのだろうか。

とにかく真司は、いきなりフローリングの床に放り出されたので

身体をしたたかに打った。

 

「痛えっ!あたた……」

 

腰をさすりながら立ち上がる真司。

 

「こりゃしばらく残るな……ってどこだ、ここ?」

 

痛みに気を取られ、気づくのが遅れたが、真司は不思議な空間に迷い込んでいた。

そこ自体は変でも何でもない。木造のデスクやフローリング。

さり気なく置かれた調度品の数々。シンプルさの中に気品を感じさせる

執務室のような部屋だった。

 

問題はなぜ見たこともない部屋に転移してしまったかということだ。

ここがミラーワールドなら、左右反転したOREジャーナル編集部のオフィスにいないと

おかしい。……のだが、真司はあることに気づく。

 

「あれ、ここ、艦これの母港画面そっくり……っていうか一緒だよ!!マジかよ!

俺、艦これの世界に来たのか?ああいやいや、あれはゲームだし……

ミラーワールドに艦これの画面が映り込んでんのかな?お~い神崎ー!

お前のミラーワールドバグってるぞ!!」

 

その時、慌てふためく真司に忍び寄る影が。ハッ!と気配に気づいた真司は

上着のポケットにしまったカードデッキに手をかけ……ようとしてやめた。

気配の正体が年端も行かない少女だったからだ。

 

 

「……あなたが司令官ですね。三日月です。どうぞお手柔らかにお願いします。」

 

 

上下黒のセーラー服を着た黄色い瞳の少女がいつの間にか後ろに立っていた。

彼女は、ぼそぼそとつぶやくように丁寧な自己紹介をしたが、

何か疑わしいものを見るような視線を真司にぶつけ、

少女には似合わない疲れきった雰囲気を背負っている。

だが、完全にパニック寸前まで驚いている真司はそんなことには気づかない。

真司は思いついた先から質問をまくし立てる。

 

「み、みみみ三日月ちゃん!?俺の秘書艦の?

じゃあ、ここ、マジで艦これの世界なの!?」

 

「そうですよ……」

 

「ねえ、ここってミラーワールドなの?

俺、いきなりここに吸い込まれてわけわかんないんだけど、詳しく教えてくれないかな。

あ、それより帰る方法!もう帰んないと編集長にどやされるし」

 

「帰る、ですか……。結局あなたもそうなんですね。わかりました。

帰り道にはご案内しますが、それには形だけでも

提督としての講習を受けていただく必要があるんです。

あなた達が“チュートリアル”と呼んでいるものです……」

 

「わかった、よろしく三日月ちゃん!俺、城戸真司ってんだ!」

 

真司は三日月に手を出し握手を求めたが、彼女は顔を背け、

 

「止めておきましょう。どうせすぐにお別れするんですから」

 

と、さっさとドアを開けて出ていってしまった。

 

「あー!ちょっと待って、置いてかないでよ!」

 

慌てて三日月を追いかける真司。こうして二人は執務室のある本館を後にした。

 

 

 

木製の大きなドアを開けると、大海原に面した鎮守府が広がっていた。

早足で歩く三日月についていくのにやっとの真司は、

さほど大きな驚きや感動といったものは感じられなかった。

何しろいつもゲーム画面で見ている景色そのものだし、

そこがあまりにも普通の港町だったこともある。

 

「待ってよ、三日月ちゃん。俺、体痛いし走ってばっかだし……」

 

「提督“経験者”のあなたならご存知でしょうが、あの赤レンガの施設が工廠です」

 

真司の文句を無視し、形式的に説明を始める三日月。

 

「うん。いつもあそこで装備とか君達艦娘の建造してる」

 

「そしていらなくなったらゴミ箱に。便利なシステムですよね」

 

「いや、まぁ、そうなんだけど……」

 

「別に責めてません。そういう世界なんですから。

それより、本館に向かって右奥の建物が私達艦娘の宿舎。

損傷した艦娘を癒やすお風呂もあそこにあります。

……命が惜しければ良からぬことを考えないでくださいね」

 

「し、失敬だな!俺は覗きなんかしないよ!」

 

「ごめんなさい。前例があったので念のため」

 

「……前例?」

 

その時真司は気づいた。広場を行き交う艦娘達は皆、真司を見るが、

その中に好意的な視線が一つもないことに。三日月のように不審者を警戒するような目。

中には遠慮なく真司を睨みつける者もいた。うん、やっぱりなんか変だ。

はっきりさせないと。

 

「ねえ、三日月ちゃん」

 

「なんでしょう……早く終わらせた方がお互いのためだと思うんですが」

 

「君も、みんなも、なんか俺のことあんま歓迎してないっていうか、

ぶっちゃけ嫌ってる感じ……だよね?俺、なんかしたかな?

ここの常識とか知らないから、なんか変なことしてたなら謝るけど……」

 

「あなたではないです……」

 

「俺では……?」

 

不意に三日月が立ち止まる。真司の目線が三日月の両手に止まった。

彼女の拳は何かに耐えるように握り込まれ、震えている。

三日月はうつむいて絞り出すような声で語りだした

 

「……ここに、艦隊これくしょんの世界に、

“人間の”提督が送り込まれるようになったのは、ここ一ヶ月ほど前からでした」

 

「人間って……俺以外にも!?」

 

「はい。本来“提督”なんてこの世界に存在しなかったんです。

ただ天から頭脳に舞い降りる命令に従うだけ、それが私達だった」

 

「そりゃまぁ、実際ゲームに提督なんて影も形もないしね……」

 

「それが、ある日突然、執務室に生身の人間が現れたんです。

混乱している彼を落ち着かせて話を聞いて、彼がPCで提督として着任したと同時に、

この世界に来たと知ったときは嬉しかった……!

0と1で組み上げられたゲームキャラでしかなかった私達に、

命ある人間が私達の存在に彩りを添えてくれる!そう思ったから……!!」

 

「何か、あったの?」

 

「“何かあった”、ですか。ハハ、彼らは、彼らは、彩りを添えるどころか、

私達艦娘の尊厳を踏みにじったんです!!

やる気がないなら帰ればいいのに、一人目はセクハラばかりして

ろくに仕事なんかしなかった!」

 

 

 

 

 

“こ~んごうちゃ~ん、ハグしようハグ!ちゅ~”

 

“て、提督……触るのはいいけど時間と場所をわきまえてほしいネ、

あとキスは度が過ぎるヨー……”

 

“なに?金剛ちゃんは提督LOVEなんじゃないの?”

 

“それは誰かが勝手に考えた脳内設定デース!ヘルプミー!”

 

“あ、あの、司令官?そろそろ次の出撃命令を!

せっかく勢力を縮小させた南方海域の深海棲艦がまた……”

 

“ああそれ?長門に任せるよ。

僕、ああいういかにもデキる女っぽい娘苦手なんだよね~”

 

“困ります!提督になったからには提督のお仕事をしていただかないと!

それに艦娘は男性向け給仕ではないんです!過度のスキンシップは……”

 

“うるさいなあ!提督である僕の言うことが聞けないの!?

口答えするなら合成素材に……ひぃっ!”

 

“帰れ……”

 

“やめて!仕事するから、砲は向けないでぇ!”

 

“その穴から今すぐ帰れ!!”

 

 

あまりに下劣な人間の姿に唖然とする真司。

 

「きっとゲームの感覚をそのまま目の前の現実に持ち込んじゃったんだ……」

 

「フフ、こんなの序の口ですよ?二人目。

あの血も涙もない男に制裁を加えなかった自分が今でも腹立たしいです」

 

三日月は語り続ける。

 

 

“駆逐艦、大潮です~! 小さな体に……”

 

“あんだよ!また「ハズレ」か!いつになったら島風出んだよ、ああん!?“

 

その男は乱暴に艦艇建造システムのコンソールを蹴り上げた。怯える大潮。

 

“ひっ……!”

 

“しかもなんだ?また大潮じゃねえか!

おい、小人!こいつ解体しとけ、ああ、その前に装備引っぺがすのも忘れんな!”

 

“待ってください、司令官!少しでいいので、せめて、少しでいいんです!

艦娘としての生を……”

 

“いらねえよ!こいつはもう持ってるし、倉庫がもう満杯なんだよ!”

 

“大潮、生きてちゃいけないんですか……?”

 

“俺は部屋で休む!ちくしょう、また開発資材無駄にした!!”

 

“ぐすっ……大潮ちゃん、ごめんね。来て欲しいところがあるの……”

 

“司令官、すごく怒ってました。大潮のせいですか?”

 

“ううん。あなたは何も悪くない。ごめんね、ごめんね……”

 

 

バタン!

 

全てが終わると、三日月は執務室に駆け込んだ。

 

“司令官!あんなの酷すぎます……あれ、司令官は?ええと、あ!デスクにメモ……”

 

>飽きた 帰る

 

“……だったら、あの娘を置いていってくれればよかったじゃないですか!!”

 

 

身勝手な人間に対する怒りと、消えていった艦娘への悲しみが同時に湧き上がり、

つい声が大きくなる。

 

「ひでえ……あんまりだよ!」

 

「所詮彼らにとって私達は使い捨ての玩具なんですね。最後。

私が提督を殺したいと思ったのは後にも先にもこの時だけです」

 

やはり三日月はどこか遠い目をしてぶつぶつと過去を語る。

 

 

“ここか、正晴が引きこもった原因は!

やっぱり私達の育て方が間違っていたわけではない。

早く用事を済ませて妻に教えてやらなくては!”

 

“司令官、ようこそ艦隊これくしょんの世界へ。

ご案内を努めます三日月です、どうぞ……”

 

 

パシィッ!!

 

 

顎髭の男にいきなり頬を叩かれた。何が起きたのか理解するのに時間がかかった。

 

“お前達が正晴を誑かしたせいで我が家はメチャクチャになった!御託はいい!

早く艦娘とやらを管理する場所へ案内しろ!

このゲームのことは嫌というほど知っている!”

 

“は、はい……”

 

二人は工廠に移動し、溶鉱炉とコンソールが設置された区画に入った。

男はコンソールを操作すると、艦娘一覧を表示した。

 

“Lv99がこんなに沢山……ここまで育てるのにいくら使ったんだ!

まだ家族カードなど持たせるべきではなかった。

そもそもこんなゲームがあるからいけないんだ。

妻からPTAに報告して議題に上げてもらおう”

 

“あの、司令官。何をなさるおつもりで?”

 

“黙ってろ!!”

 

“も、申し訳ありません……”

 

なおも顎髭の男はキーを叩き続ける。そしてしばらくすると、唐突にその手が止まった。

 

“おい、操作実行の最終確認にログインIDの入力を求められてる。何だ”

 

“一体何をなさるんですか?”

 

“こんなもの全部削除する。いや、全部消していたら日が暮れるな。

とりあえずLv50以上の者を全てだ!”

 

“!? そんな、あまりにも残酷です。司令官の命令といえど従えませ……ぐっ!”

 

男は三日月の胸ぐらを体ごと掴み上げた。

 

“さっさと言え!お前らに私達家族を狂わせた償いをさせる!

言わないならお前から削除するぞ!”

 

“言えませ……がはっ!”

 

男の拳が三日月の腹にめり込む。

 

“喋れ!子供の姿をしていれば手加減すると思ったら大間違いだぞ!”

 

“い、いやです……ぐっ、くうう!!”

 

再び男が三日月の腹を殴った。

鈍い痛みが腹部に広がり、胃の中のものが上がりそうになる。

 

 

“私達のことはいい、喋るんだ”

 

 

その時、長門を中心として戦艦・空母の主力艦娘達が工廠に入ってきた。

 

“私達のために、よく頑張ってくれたな。ありがとう、三日月”

 

“長門、様……”

 

“IDがわかるまでこいつは殴られ続けるぞ、どうするんだ!”

 

“わかっているさ。今教える”

 

“どうして……どうしてですか!”

 

“私達がプログラムで構成されたゲームキャラである以上、

上位存在の命令には従わなければならない。

その理に逆らえばこの世界そのものが崩壊してしまうんだよ”

 

“だからって、こんなの駄目です、長門様!!”

 

“おいさっさとしろ、人間じゃないから殺しても問題ないんだぞ!”

 

“そう急くな。IDはilovengt0917だ”

 

“よし”

 

 

男がコンソールにIDを入力して「解体する」をクリックした。

 

次の瞬間、長門達から自我がなくなり、表情が失われ、

まるでロボットのように溶鉱炉に向かって歩きだした。

 

 

“だめ……行かないで……”

 

 

三日月の呼びかけも虚しく、一人また一人と艦娘達が溶鉱炉に入っていく。

そして溶鉱炉に直結したベルトコンベアに鉄のインゴットや弾薬類が流れてくる。

さっきまで艦娘だった資材。

例え戦艦や空母であろうと解体で得られる資材は僅かなもの。

三日月はそれらを抱きしめた。

 

“うう…うわあああん!!長門様ぁ!赤城様ぁ!!”

 

“やっと終わったか。操作の面倒なシステムだ、おい、俺は帰る。出口を教えろ”

 

“くっ……殺してやる!!”

 

三日月は顎髭の男に砲を向けた。だが男は鼻で笑い、

 

“ふん、射幸心を煽り過剰な入金を迫るシステム、性的刺激の大きい描写、

そして今度は暴力表現と来たか。ますます規制の対象となるべきゲームだ。まぁいい。

私は執務室に戻っている。頭を冷やしたら戻れ。余り時間を取らせるなよ”

 

“待て!……戻れ!!”

 

男は背を向けている。今なら確実に命中する。

三日月は照準を男に合わせ、引き金を引くことが……できなかった。

彼女はその場に崩れ落ちる。両手を付いたコンクリートの床にポタポタと雫が落ちる。

 

どうして、どうして長門様達を殺したあいつを殺せなかったんだろう。

 

どうせ、艦娘なんて人に作られたプログラムの塊でしかないからだろうか。

創造主には逆らえないからなのか。しかし、もうそんなことはどうでもよかった。

長門様達は帰ってこない。

 

あるいは、もう一度新規建造で

姿形が同じ艦娘が現れることがあるかもしれない。

しかし、それは三日月の知っている長門ではない。

優しく頭をなでてくれた頼りがいのある長門様ではない。よく似た誰かでしかないのだ。

三日月は弾薬箱を抱えて静かに涙を流していた。

 

 

自らの落ち度を棚に上げ、大勢の艦娘を解体した傲慢な人間に

真司の怒りが爆発する。

 

「ふざけんな、ふざけんなよ……!!モニタ越しのゲームの出来事ならともかく、

なんで目の前にいる人間平気で殺せるんだよ!

……それじゃあ、俺の部隊にいる赤城って」

 

「そう。“2代目”の赤城様。

……ふぅん、あなたは私達を“人”だと思ってくれるんですか。それはそれは光栄です。

でも、結局何もしてくれないどころか、どこかで私達を使い捨てるんでしょう!?」

 

いつの間にか涙を流していた三日月が自嘲気味に真司に問う。

 

「そんなことしない!俺、絶対そんな奴らとは違う!」

 

「どうだか。ネット空間につながっている私達は掲示板やSNSで

少しは人間について知っているつもりでした。

当然自分勝手な人やネットワークを悪用したりする人もいるけど、

忙しい中、限られた時間で私達を一生懸命育ててくれたり、

情報共有しあって艦これを楽しくプレイする事に力を注いでいる人達がいることも

わかっていました。だから嬉しかったんです。最初に人間が来てくれた時は……!!」

 

「でも、人間がその期待を……」

 

「そう、確かに一方的な期待を寄せたのは私達の勝手でした。

でも、この世界に来て住人となった時点で、みんなを傷つけたり

長門様達を殺す権利なんか奴らにはなかったはず!

私は人間が好きでした。プログラムに縛られず、艦隊に変な名前を付けたり、

潜水艦しかいない部隊を作ったり、非合理的でおちゃめなところが!でも、でも!」

 

泣き叫び力の限り真司に訴える三日月。

 

「もう人間なんか大っ嫌い!!」

 

そして、後で真司に渡すはずだったパンフレットの入った封筒を彼に叩きつけた。

 

「……」

 

真司は黙って膝を付き、三日月に目線を合わせて彼女の両肩に手を当てた。

 

「三日月ちゃん、泣かないで。

君が撃たなかったのは、身体がプログラムで出来てるせいなんかじゃない。

君の優しさが思いとどまらせたんだ」

 

「調子のいいこと言って!どうせ深海棲艦が来たら尻尾巻いて逃げるくせに!」

 

「逃げない!!」

 

「!!」

 

突然の真司の大声に驚く三日月。

 

「ねぇ。信じてもらえるかどうかわからないんだけど、

今、現実世界にはミラーモンスターっていう怪物がいるんだ。

もう大勢の人が奴らに殺された。奴らは鏡や何かが映り込む物から現れる。

ここにはそういうやつ来てない?

俺、ミラーモンスターからみんなを守るために、仮面ライダーになったんだ。

だから戦う。敵がなんだろうと、人間とか艦娘とか関係なくて」

 

「嘘つき……」

 

「え?」

 

「今、検索エンジンで参照しました。

“仮面ライダー”、1971年テレビ放送開始の架空のヒーロー。やっぱり人間なんか……」

 

その時、鎮守府全体に響く大きなサイレンと警戒警報が二人の会話を遮った。

 

『警戒警報!警戒警報!現在深海棲艦の部隊が当鎮守府に接近中!

総員第一種戦闘配備に付け!

これは演習ではない。繰り返す、これは演習ではない!』

 

真司は仕方なく一旦話を切り上げ、必要最低限のことだけを問う。

 

「その偶然には俺も驚いてんだけどさ、それじゃあ、約束してくれないかな」

 

「ハッ、嘘ついといて、約束ですか?」

 

「この深海棲艦、俺が倒して見せる」

 

「艤装も付けられない人間がですか?

で、倒せたら自分を信用して司令官として迎え入れろと?」

 

「違うよ」

 

「え?」

 

「もし俺が勝ったら、涙を拭いて、また笑顔になってよ。

あんな目にあったのに、人間を信じろなんて言わない。

人間同士だって信じ合うのは難しいんだ。

でも、だからって君が笑顔を捨てることなんてないんだ!」

 

「なに馬鹿なことを……」

 

真司は三日月の問いに答えず、広場から桟橋に走り、海面に全身が移るように立った。

そしてポケットから龍のエンブレムが施されたカードデッキを取り出し、

海面にかざした。すると、海面の中と現実世界の真司に

大きなバックルの着いたベルトが現れた。

真司は、右腕を斜めに大きく振り上げ、叫んだ。

 

──変身!

 

そして慣れた動作でカードデッキをバックルに装填。

すると真司の身体にライダーの姿をした輝く鏡像が重なり、

真っ赤なバトルスーツとメタルアーマーを装備した、仮面ライダー龍騎に変身した。

 

「っしゃあ!」

 

変身が済むと、彼はいつもの調子で気合いを入れる。呆気にとられる三日月。

 

「うそ……」

 

“え、何あれ!”

“艦娘じゃないわよね!?”

“男の人がさっき光って……”

 

驚く三日月と周りの艦娘達をよそに、真司は即座にカードを1枚ドロー。

左腕の召喚機、ドラグバイザーに装填した。

 

『ADVENT』

 

カードの力が開放されると、異次元から強引にサイバー空間の隔たりをこじ開けた、

無双龍ドラグレッダーがその姿を表した。地上の艦娘達が悲鳴を上げる。

ドラグレッダーはその長く巨大な身体で渦を巻くように龍騎の元へ舞い降りた。

 

「はっ!」

 

龍騎はドラグレッダーに飛び乗り、ライダーの聴覚で

海上を移動する怪しい物体の音を聴き分けると、ドラグレッダーをけしかけ、

海の向こうへ猛スピードで飛び去っていった。

 

「本当に……本当に助けてくれるの……?」

 

地面に座り込み、その姿を見つめていた三日月は無意識に呟いた。

 

 

 

 

 

──作戦司令室

 

 

司令代理の長門、代理補佐の陸奥、そして通信士の大淀は

突然の敵襲への対応に忙殺されていた。

 

「偵察機からの情報入りました!戦艦1、重巡1、駆逐2の4隻です!」

 

大淀が偵察機からの信号を報告する。それを受け、長門が艦娘に出撃命令を下す。

 

「よし、こちらも総力で迎え撃て!金剛、日向、加賀……」

 

しかし、出撃要員を読み上げる長門を陸奥が遮る。

 

「戦艦・空母は、前提督が大破状態のまま入渠させずに消息を絶ったから

出撃は危険よ!」

 

「あのブタ提督め、“立つ鳥跡を濁さず”を知らんのか!!」

 

長門が思わず柱を殴る。自分で入ればいいじゃないかと思われるだろうが、

彼女達は人とプログラムの間に位置する存在。危険であることは認識できても、

自分でその状況に対処することは許されないのだ。

RPGで体力が減ったからと言って、勝手に薬草を使われては困るのと同じ理屈だ。

 

「あ、待ってください!電探に妙な反応が!」

 

「なんだ!」

 

「何か細長い物体が、敵艦隊の方角へ向かっていきます!」

 

「電探に引っかかるほど巨大で細長いもの?それではまるで龍ではないか!」

 

「通信を試みていますが、応答ありません!」

 

「謎の物体……敵でなければいいが」

 

皆、不可解な現象に胸騒ぎを覚えた。

 

 

 

 

 

「うおおおお!!」

 

その頃、ドラグレッダーに乗った龍騎は、不気味な気配の方角へと

ひたすら海上を進んでいた。時速500kmのドラグレッダーのスピードで、

“奴ら”にはすぐ追いつくことができた。

深海棲艦は先頭に戦艦、後ろに重巡、更に後ろに駆逐2が並んで鎮守府を目指していた。

 

「実物なんて初めてみたけど、あいつらが深海棲艦か!!」

 

彼女達は戦闘能力が高いほど人に近い姿をしている。

前方の戦艦、重巡は人間のように手足や顔がはっきり識別できるが、

後ろの駆逐艦は足の生えた巨大な黒い芋虫にしか見えない。

 

「“敵艦隊、見ゆ”だな!ドラグレッダー!あの駆逐艦から倒そう!数を減らすんだ!」

 

返事をするようにドラグレッダーが咆哮。更にスピードを上げ、敵艦隊に突撃。

その声に気づいた彼女達が龍騎達に気づき、対空射撃を行うが、

空を駆けるドラグレッダーは巧みに回避。

その隙に龍騎はカードをドロー、ドラグバイザーに装填。

 

『SWORD VENT』

 

空に次元の穴が開き、そこから一振りの剣、ドラグセイバーが現れ、

龍騎の手に収まった。

 

「おっしゃ!しっかし間近で見るとでけえな!やれ、ドラグレッダー!!」

 

ドラグレッダーは体内に溜め込んだ燃え盛る炎で、一直線に海を薙ぎ払った。

業火に包まれる駆逐艦2隻。龍騎は激しい熱にのたうち回る駆逐艦の間を

縫うように飛び、すれ違いざまに何度も斬撃を浴びせる。

致命傷を負った駆逐艦達は、体中から青黒い体液を吹き出しながら、

ドシャアン!とその巨体を海に沈めていった。

 

仲間をやられ、怒る重巡。戦艦はヘラヘラと笑うが、両者とも艤装を操作し、

龍騎達に砲口を向け、発砲。

なんとかドラグレッダーの反射神経と空で戦える地の利で回避できたが、

1発でも食らったらまずい!砲撃の凄まじい熱風や衝撃波からもその威力が窺える。

なんとかドラグレッダーに掴まり吹っ飛ばされずに耐えたが、

短期決戦に持ち込まないとこれ以上保たない!

龍騎は再びカードをドロー、素早く装填。

 

『STRIKE VENT』

 

龍騎の右腕に龍の頭部を象った装備が現れる。こういうときは弱いやつから順々に……!

龍騎はドラグレッダーの尾の部分に移動し、光る眼でこちらを睨む重巡に狙いを定め、

右腕をまっすぐに突き出した。

 

直後、ドラグレッダーが体内で圧縮した火球を重巡に発射。

数千度に及ぶ火球は正確に重巡を捉え、彼女が驚きの表情を浮かべると同時に直撃。

火球とともに重巡は四散大破した。残るは戦艦1隻のみだが……

仲間がやられても奴は相変わらず笑いながら、

お構いなしに三連装砲で龍騎達に無数の砲弾を浴びせてくる。

ギリギリでかわした至近弾が海中で爆発。巨大な水柱を上げ、龍騎をずぶ濡れにした。

 

「こいつは……当たったらドラグレッダーも無事じゃ済まない!一気にとどめだ!」

 

そして龍騎は最後のカードをドロー。ドラグバイザーに装填。

すると、カードから莫大なエネルギーが放出される。

 

『FINAL VENT』

 

「はああああ……」

 

龍騎は両足に力を込め、全力で跳躍。ドラグレッダーも追随して飛翔。

頂点に達したところで龍騎は身体を縦に回転し、戦艦に向け蹴りの姿勢を取る。

その時、ドラグレッダーが背後から龍騎に猛烈な炎を吹き浴びせた。

 

「はあっ!!」

 

炎の熱と勢いを浴びた龍騎はまっすぐ戦艦に突撃。

突然上空からの急降下攻撃が迫り、反応が遅れた戦艦は逃げようとしたが、

間に合わず、ミサイルのような凄まじい威力の蹴りを浴び、

木っ端微塵となり燃え尽きた。

龍騎のファイナルベント「ドラゴンライダーキック」で敵艦隊の最後の1隻が轟沈。

龍騎は艦これ世界での初陣を勝利で飾った。

 

 

 

 

 

「おーい、三日月ちゃーん!」

 

手を振りながら呼びかける龍騎。龍騎はドラグレッダーに乗って鎮守府へと戻っていた。

母港には多数の艦娘達と三日月が待っている。そして桟橋に着地。

変身を解くとドラグレッダーは異次元へ戻っていった。

さっそく三日月に駆け寄ろうとする真司。

 

「三日月ちゃん、見ててくれた?俺、約束守ったよ!三日月ちゃんも諦めないで……」

 

「来ちゃだめ真司さん!!」

 

「え……?」

 

三日月に気を取られて気づかなかったが、目つきの鋭い艦娘が真司に砲を向けている。

 

「三日月は下がっていろ。城戸真司、というそうだな。

私は当鎮守府の司令代理、長門だ。悪いが君を拘束させてもらう」

 

「え、ちょっと待って、拘束って……離せ、離せよ!」

 

部下の艦娘達が頑丈に真司を縛り上げる。

 

「長門さん、お願いです!こんなことは強引過ぎます!」

 

「皆の安全のためには仕方ない。何かあってからでは遅すぎるのだ。

それは、君の方がよく知っているだろう」

 

「だからって……」

 

「やーめーろーよ!俺が何したってんだよ!」

 

夕日に照らされる鎮守府に真司の叫び声が響いた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 ID: Black Knight

「なにぃ、“16歳の少年が両親を殺害。動機は「僕の世界をデリートしたから」”だぁ?

まったく、最近のガキは何考えてんのかさっぱりわかんねえな!」

 

大久保はため息をついて新聞紙をデスクに放り出した。

 

「今時こんな事件珍しくもありませんって。

編集長も警察に知り合いがいるならご存知でしょう」

 

「まぁな。しかし世も末だなぁ、おい。連続失踪事件に少年犯罪、

おまけにうちの真司は行方不明と来たもんだ。

……令子、あれからなんか収穫あったのか?」

 

「いえ、確かに秋葉原は艦これの話題で持ちきりでしたが、彼の行方に付いては何も。

ただ一つ気になったことが」

 

「なんだそりゃ」

 

「秋葉原で聞き込みをしていたら、妙な強盗にあったオタクがいたんです」

 

「妙な強盗?詳しく教えてくれ」

 

「はい。外で艦これをプレイしていたら、いきなりナイフを突きつけられて

自分のアカウントを作るよう迫られたそうです。

でも、作った途端、犯人は何も盗らずに消えてしまったとか」

 

「消えた?“逃げた”じゃなく?」

 

令子らしくない曖昧な表現に彼女の意図を確認する大久保。

 

「ええ。隠れるような場所もないところで、まるで完全に消滅するように」

 

「う~ん、普通の事件なら“ただの変人”で終わらせるとこだがっ!

……あいにく“失踪者”が出てる時点で繋がってんだなぁ、これが」

 

「編集長はどうでしたか?警察の方のコネがあるそうでしたが」

 

「恥ずかしながら何も出ず、だ。まずDMM.comの登記簿を調べたら、

確かに会社は存在したがオンラインゲームとは縁もゆかりもないとこだった。

島田が見つけた変なデータも知り合いの刑事に持ってったが、

事件性がないから動きようがない、だとさ。とりあえず捜索願は出しといたが」

 

「ウフフフフ……」

 

急に島田が妙な笑い声を上げたので思わず彼女を見る二人。

 

「おい、どうした島田……?変なもんでも食ったか?」

 

「大丈夫、島田さん?」

 

「違うんですよぉ、その艦これなんですがね、もう

“未来のゲームが日本にある”って噂がネットフォーラムで世界中に広がってまして。

世界の名だたるハッカー達が“艦これ”のハッキングレースを始めてるんですよぉ!

ひょっとしたらこのゲームはタイムマシンの発明に繋がるかもしれないんですから!

CIAまで血眼になってゲームデータの特定に全力を注いでるんですよ~」

 

呆れる令子。そして天を仰ぐ大久保。

 

「あのなぁ、もっと、こう……別の観点から調べてくれよ!

ハッキングとかそっち系はお前が頼りなんだから!

タイムマシンは置いといて真司の方な?調べてくれ。頼んだぞ」

 

「タイムマシンで城戸君がいなくなる前に

タイムトラベルするのもありだと思うんですけど……」

 

「それは間違いなく近道に見える遠回りだ。とにかく地道な情報収集よろしく頼む!」

 

「わかりました~」

 

せっかくの名案(?)を却下され、若干むくれつつ

艦これのサーバーへのアクセス状況を改めてチェックする島田。

ほんの一週間前とは比べ物にならないほどのアクセス件数。

なにしろ全世界のハッカーが1つのゲームの謎を解き明かそうと殺到しているのだから。

はぁ、とりあえず都内からのアクセスに絞りますか。

島田はコマンドを打ち込み、東京都内のIPアドレスのみを抜き出し、ソートした。

うわぁ……まだこんなにある。

 

「とにかく城戸君の自宅周辺のIP洗ってみますか」

 

うんざりしつつ一行一行怪しいログがないか確認する島田。

30分ほどしてあくびが出そうになったので噛み殺しつつ、

一旦休憩しようかとモニタをスリープしようと画面近くのボタンに手を伸ばした時、

島田の目に妙な物が飛び込んできた。思わず真司のデスクを見た。

当然誰もいるはずはない。再度モニタを見る。確かにある。

う~ん。ない、ある、ない、ある……

島田がキョロキョロしながら首をかしげているので、大久保が声を掛けた。

 

「どうした島田。なんか見っかったか?」

 

「はい~誰かが城戸君のIPで艦これにアクセスしてるんです」

 

 

 

 

 

Login No.004 秋山蓮

 

 

 

真司が転移した鎮守府とはまた別の鎮守府。

セーラー服の艦娘が黒い革ジャンの男を追いかけている。

 

「しれーかーん、待ってください!……あーやっと追いついた!

呼んでるんですから止まってくださいよ!」

 

「……なんだ」

 

「さあ、どうぞ!司令官にぴったりです!」

 

吹雪は真っ白な軍服一式を蓮に見せつけた。

蓮は鬱陶しそうに顔をしかめて横を通り抜けようとする。

すかさず吹雪は再び蓮の前に回り込んだ。

 

「いらん、邪魔だ」

 

「提督として活躍していただく以上、今日こそこの軍服に着替えてもらいます!」

 

「言ったはずだ。俺はここで戦うが提督とやらになるつもりはない。

食い扶持分の深海棲艦は倒す、それだけだ」

 

「だーめーでーすー!!

みんな初めて“人間の”提督が来てくれたって喜んでるんですから!

司令官に艦隊指揮を取ってもらいたいって楽しみにしてるんです!」

 

「そんなものは長門とかいう女の方が向いているだろう。

俺は人にあれこれ指図するのもされるのも嫌いだ」

 

「とにかく一度着てみてくださいよー!絶対似合いますから!」

 

「お前もつくづく頑固だな。

とにかく俺はそんな息の詰まりそうな服を着るつもりはない。もう行く」

 

「あ、待ってくださーい!」

 

 

 

 

 

幸いこの鎮守府には狼藉者が流れ着く前に秋山蓮が転移してきたようだ。

蓮が艦これ世界に転移したのは1週間前。

 

愛車のシャドウスラッシャー400で高速を飛ばしていたら、

いつもの金属の反響音が聞こえてきた。これはミラーモンスターが現れるか、

もしくは、神崎士郎。彼がコンタクトを取ってきた時に

ライダーだけが聞き取れるものだ。

 

周囲の車両、ミラーを確認してもモンスターはいない。しばらく走っても音は止まない。

ならば。蓮は最寄りのサービスエリアに入り、駐輪場にシャドウスラッシャーを止めた。

そしてシートに腰を預け、前を向いたまま話した。

 

「何の用だ」

 

「このままでは、お前は、ライダーバトルに勝利することはできない」

 

その言葉に振り向く蓮。いつの間にか車体の反対側にコート姿の男が立っていた。

 

「どういう意味だ」

 

「……鏡を向かい合わせて遊んだことはあるか。

互いが互いを映し合い、無限の世界を形作る」

 

「質問に答えろ!!」

 

激高して詰め寄る蓮。しかし神崎は話を続ける。

 

「その無限の世界の中から、少々特殊なミラーワールドを選び、

ライダーバトルの舞台を移した。他のライダー達も皆、そこへ集まっている。

つまり、お前が現実世界にいる限り、ライダーを倒すことはできない」

 

「どこだ、どこにいる!」

 

神崎のコートの襟を掴んで怒鳴る蓮。

彼は構わずポケットから1枚のメモを蓮に寄こした。

そこには秋葉原の住所と、店名らしき“PC喫茶 ネットアミューズ”、

そして“艦隊これくしょん”の文字が。

 

「なんだこれは」

 

「そのライダーが集うミラーワールド。いわば、サイバーミラーワールドへの入り口だ」

 

「この店がその変なミラーワールドと何の関係がある、それに何だ、

“艦隊これくしょん”?これは何だ。なぜ平仮名だ。

ライダーバトルとの関係を答えろ!!」

 

「お前だけにこれ以上ヒントをくれてやるわけにはいかん。

他にノーヒントでサイバーミラーワールドにたどり着いた者もいる。

もっとも、導いたのは他ならぬ俺だが。とにかく、その店に行って入り口を探し出せ。

お前にできることはそれだけだ」

 

「……二度と勝手な真似はするな」

 

蓮は神崎を一睨みすると、再びシャドウスラッシャーにまたがり発進した。

そして、とうに日が落ちた頃、蓮はそのビルに着いた。

細長いビルの出入り口には黄色いランプが光る“ネットアミューズ 3F”の看板が。

蓮は狭い階段を上り、店名のプレートが張られたドアを開ける。

そこには漫画やネットにはてんで興味がない蓮には無縁の世界が広がっていた。

左手のカウンターからおっとりした店員が声を掛けてきた。

 

「いらっしゃいませ~ラウンジと個室、どちらになさいますか?」

 

「……どう違うんだ」

 

「ラウンジは自由なお席で漫画読み放題となっております~

個室はラウンジのサービスとネットが使い放題。

また、どちらもドリンクは飲み放題でございます~」

 

ここか。

今でこそネットカフェはコンビニ並に至る所に存在し、

ホテル代わりに利用する者もいるくらいだが、

2002年当時は都市部に数えるほどしかなかった。

 

「個室で頼む」

 

「かしこまりました~では、プランはどうなさいますか?

基本料金は最初の30分が300円。以後15分ごとに100円となっております。

また、3時間まとめて900円のPCパックプランもございますが、

いかがいたしますか~?」

 

どうするか。“艦隊これくしょん”の一語を調べるだけなら30分で十分な気もするが……

いや、ライダーバトルが賭かっている。焦って情報を見落とすわけにはいかない。

腰を据えて掛かるべきだ。

 

「……3時間で」

 

「ありがとうございます~では、こちらの伝票をご精算の際にお渡しください。

お客様のブースは17番です」

 

店員から伝票を挟んだプレートを受け取った蓮は

薄暗い店内から自分の個室を見つけ、中に入った。

人一人がなんとか身動きできる狭い空間。椅子に座ると蓮は若干緊張した。

何しろパソコンを触るのは初めてなのだ。

 

とりあえずモニタの右手にある装置のスイッチを押す。

真っ暗な画面に、突然明るい空を背景に四分割のロゴが表示された時は

思わず身を引いた。いや、こんなところでもたついてはいられない。

 

蓮は神崎から受け取ったメモを取り出した。取り出した……が、

どうすればいいのかわからない。どうすればいい、

この画面からミラーワールドに入るべきなのか?彼の心に危機感が募る。

 

が、それも束の間。よく見るとモニタの影にラミネート加工された、手作りの

“初心者のお客様へ:インターネットの楽しみ方”という手引書があったので救われた。

蓮は改めてパソコンに向き合う。

 

まずこのIEとやらを連続で押して……それから15分。ようやく蓮は検索サイト

Uboaa!Japanにたどり着いた。よし、ここで知りたいことが調べられるらしい。

蓮はテキストボックスをクリックし、“艦隊これくしょん”を入力すべく、

引き出し式拡張デスクを引いてキーボードを取り出し、愕然とした。

 

なんだこれは!どうなってる!文字の並びがメチャクチャだ。なぜ50音順じゃない!?

いや、いい。文句を言ってる時間が惜しい。とりあえず“か”だ。

蓮は人差し指で“か”のキーを入力。が、表示されたのは“t”。やはり変だ。

デスクトップ画面右下の「トラブル」ボタンをクリックし、店員を呼び出す。

すぐに先程のおっとりした店員が駆けつけてきた。

 

「どうかなさいましたか~?」

 

「おい、キーボードが変だぞ!“か”を押したのに“t”が出た。

そもそも文字の並び順が変だ。なぜ、あいうえお順に並んでいない!」

 

「ああ、お客様、お静かにお願いします。

パソコンは通常ローマ字入力となっておりまして、“か”を入力する場合、

kとaを打つ必要があるんです。キーの並び順ですが、

これはQWERTY配列といいまして、人間工学に基づいて、ブラインドタッチ、

つまりキーを見ずに入力する際に最も効率的な並び順なんです」

 

「そ、そうか……助かった」

 

簡単な仕切りで区切られているだけの周りのブースから失笑が聞こえてくる。赤っ恥をかいた蓮が再び席につくと、

店員が去り際に、

 

「漢字に変換する時はスペースキーですから。下の方の長いボタン」

 

と言い残して行った。……まぁいい、まぁいい、とにかく情報収集だ。

今度こそ蓮は“艦隊これくしょん”を検索した。数秒待つと、検索結果がずらりと並ぶ。

今、最も注目を集めているゲームだけあって、

結果一覧の最も上にヒットしたのは幸いだった。蓮はURLをクリック。

すると、画面に艦娘達が勢揃いし、“今すぐ出撃!”というボタンが

これ見よがしに浮かんでいたので、押してみた。

 

……この先に神崎が言っていたサイバーミラーワールドとやらが

存在するのは間違いないだろう。蓮は左手をカードデッキに添えながら、

画面が切り替わるのを待ったが、また壁にぶち当たる。

 

なんでも、ゲームに参加するにはアカウントを作成する必要があり、

アカウントの作成にはメールアドレスが必要らしい。アカウント?何だそれは。

メールアドレス?携帯のやつとはどう違う……

蓮はうなだれて「トラブル」ボタンをクリックした。

 

「これでアカウントができましたんで、それじゃ失礼します~」

 

「すまない。本当にすまない……」

 

プッ、クスクス……

 

結局、蓮は店員に必要な情報を口頭で告げて、

メールアドレスとアカウント作成を全てやってもらった。

個人情報保護法成立前の柔軟性ある対応である。

 

ともかく、ようやく蓮は艦隊これくしょんの世界の入り口に立った。

流石にもう店員を煩わせる必要はない……と思う。

提督名を入力しろ?とりあえず本名でいいだろう。次は、秘書艦を選べ?

4人くらいいるが、違いが分からん。最初のやつでいい。

 

蓮が「決定」ボタンを押すと、突然彼の視界が揺らいだ。

そしてPCモニタがぐんぐん目の前に近づいてくる。な、んだこれは!ふざけるな!

デスクにしがみつくが、体全体が霧のように実体を失い、抵抗が無意味になり、

蓮はそのままモニタに吸い込まれていった。

 

 

……

………

 

 

「ここは……どこだ」

 

蓮は明治時代の洋館を思わせる趣の部屋で目を覚ました。質素なデスクと本棚。

他には何もない。外には赤レンガの大きな建築物と巨大なクレーンが。

目の前に広大な海が開けていることを考えると、ここは造船所か港湾都市らしい。

ここが神崎の言っていたサイバーミラーワールドなのか?

考え込んでいると、タタタタ……と階段を上る足音が近づいてきて、

この部屋の前で止まった。そして3回ノックすると、こちらの返事も待たず、

見覚えのある少女が元気よくドアを開けた。

 

「はじめまして、吹雪です。よろしくお願いいたします!」

 

 

 

 

 

「……まさかあの時選んだやつが秘書になるとはな。

他の大人しそうなやつにすればよかった」

 

「ひどい!確かに電ちゃんは大人しくて可愛くて人気がありますけど、

私だって、私だって、えーと……努力では誰にも負けません!!」

 

「わかった、わかったから頼むから大声を出すな」

 

二人は本館前広場のベンチに座っていた。

吹雪から逃げ回るのに疲れて座り込んだ蓮の隣に、吹雪が落ち着いたという形だが。

 

彼女たち艦娘は自分の判断で入渠したり装備換装することはできないと述べたが、

体力や改装等、ユーザーの意思を伴わないステータスの具体的変動がない限り、

サーバーの中で人間と変わらない彼女たちなりの人生やプライベートを送っているのだ。

 

「……それで、次の出撃はいつになる。俺も連れて行け」

 

「それを決めるのが司令官じゃないですか!先輩達も腕が鳴るって言ってましたよ!」

 

「何度も言わせるな。俺は人を使うのも使われるのも嫌いだ。

長門に聞いてこい、秘書だろう」

 

「もう、都合のいいときだけ秘書扱いして!

それで長門さんのところに行くと今度は“提督の指示を仰げ”って言われるんですよ!?

私どうすればいいんですか!」

 

「知らん」

 

「そんな無責任な~」

 

 

──そう、無責任。貴方のような人は、帰って頂いて結構です。

 

 

静かで美しい声が聞こえてきた。

いつの間にかベンチのそばに、弓道着に青の袴を履いた艦娘が立っていたのだ。

 

「あ、加賀さん。おはようございまーす!」

 

立ち上がって挨拶する吹雪。

蓮は面倒くさそうな奴が現れた、と言いたげな渋い表情を浮かべる。

 

「誰だお前は。お前に指図される覚えはない。話は聞いてたんだろう」

 

「人に名を聞く時は」

「どうでもいいから言わなくていいし

俺も名乗る気はないから回れ右してさっさと失せろ」」

 

「ちょっ、司令官!この方は一航戦の正規空母、加賀さんです!

あまりわだかまりを残さないほうが……」

 

「この世界に来たからには提督としての役割を果たす義務があるにも関わらず、

それを放棄し、自分の都合のいいときだけ私達の戦いに介入する。

他の人はどうか知りませんが、私は貴方のような人は要りません。お帰りください」

 

「一個だか二個だか知らんが、正規なんとかは数分前の会話も覚えられないほど

馬鹿みたいだな。俺は、指図も、命令も、反吐が出るほど嫌いだ」

 

「……何ですって」

 

加賀の目尻が僅かに動く。

 

「司令官!止めてください!ああ、加賀さん!?

司令官はちょっと不器用なところがあって……」

 

「ろくに自分の責任も果たせない人に、一航戦の誇りを侮辱されたくはありません。

撤回してください」

 

「断る。俺は俺の目的の為に戦う。それが嫌なら長門に泣きついて俺を首にしてもらえ。

……そろそろ部屋に戻る」

 

「どうせ、システム上そんなこと不可能だと知っての虚勢なんでしょうね。

それで何かと戦おうなど、ちゃんちゃらおかしいです。

“敵”の前に犬死にするのが関の山」

 

今度は立ち去ろうとした蓮の足が止まる。振り向かずに蓮が答えた。

 

「それで挑発しているつもりならお笑い草だ。

どうせ頭に載っけてるのは阿呆鳥なんだろう」

 

「二人共やめてください!」

 

「貴方は黙ってて。

どうせこんな奴、あの鎮守府を傷つけて行った“イレギュラー”に決まってる……!」

 

「そんな、それはあまりにも!」

 

「くだらん話で時間を取るな。用がないならもう行くぞ」

 

「その前に、今の言葉を撤回しなさい」

 

表情を崩さず、蓮に刺すような敵意をぶつける加賀。だが、蓮は悪びれる様子もなく、

 

「ああ悪い悪い。船底にくっついてる馬鹿貝の方がぴったりだな」

 

「こいつ……!!」

 

「ああ…もう、長門さん呼んできます!」

 

まずいことになっちゃったなぁ、もう……

吹雪は作戦司令室に走っていった。

 

「おい、さっきシステムがどうとか言ってたな。説明しろ。

なぜ長門が俺を首にできない」

 

「そんなことも知らずにここに来たの?私達はゲームキャラ。

上位存在、すなわちプレーヤーたる提督には

決して逆らうことができないようになっている。つまり貴方」

 

「ほう?面白いことを聞いた。なら、この欲しくもない権限を持ってる俺が許可する。

長門とお前は俺が戦力にならないと判断したとき、俺をこの世界から追放できる。

攻撃を加えることもできる。なんでもありだ。

お前がやたらこだわってる一航戦とやらの力を見せてみろ」

 

「ふっ、ただの人間に何が」

 

「ヘンテコ世界で引きこもってるお前が知らんのは無理もないな」

 

蓮は革ジャンからカードデッキを抜き取った。

 

「一体何をするつもり?」

 

蓮は答えることなく、広場の噴水に駆け寄り、

水面に蝙蝠のエンブレムが施されたカードデッキをかざした。

デッキを水面にかざすと、水面と現実世界の蓮の腰にベルトが現れる。

そして右腕を曲げ、大きく体ごと振りかぶり、

 

「変身!!」

 

ベルトにデッキを装填すると、蓮の身体が三方向から現れたライダーの鏡像に包まれ、

仮面ライダーナイトが現れた。漆黒の甲冑に身を固めたその姿は西洋騎士を思わせる。

 

「なっ……!!」

 

“やだ、なに!?”

“提督が騎士になっちゃった……”

“新しいアップデート?聞いてないんだけど”

 

「ここでやり合うわけにもいかん、場所を変えるぞ」

 

「指図は嫌いじゃなかったの?」

 

「周りの連中を巻き込んでもいいなら好きにしろ」

 

「……っ!口の減らない男」

 

 

 

 

 

30分後。本館から西にある広い運動場の真ん中で、ナイトと加賀が対峙していた。

巻き添えを出さないように場所を変えたつもりが、

提督と一航戦の一騎打ちの知らせは瞬く間に広がり、ギャラリーがギャラリーを呼んで、

運動場をちょっとしたコロシアムに変えてしまった。

 

「あああ、どうしよどうしよ!司令官と加賀さんが決闘だなんて!

私のせいでどっちかが消えちゃったら……」

 

慌てふためく吹雪に長門が優しく声をかける。

 

「安心しろ、お前のせいじゃない。それにさっきシステム変更の信号を受信したが、

死者が出ない仕様になっていた。決闘のルールはこうだ。

提督は変身が解けたら敗北、加賀はどんなダメージを受けても体力は1でとどまる。

もちろんそうなった時は敗北だが」

 

「よかった~それじゃあ……」

 

「だが、問題はある」

 

「仮に提督が負けた場合、加賀が提督を許すか、ということだ」

 

「確かに……。顔には出してませんでしたが、相当頭に来ていたようでしたから」

 

二人が話しているうちに果し合いの時が来た。ナイト、加賀両者睨み合う。

 

「貴方が侮辱した他の空母達にも頭を下げるなら、ドローにしてあげても構いませんが」

 

「やたら数にこだわる奴は小者だと相場が決まってる。つべこべ言わずにかかってこい」

 

「みんなの前で、大恥かいて、後悔しなさい……」

 

大鳳がボウガンに演習用機体の矢を1本だけ番え、真上に発射した。

矢は上空でパァン!と弾け、黄色い小型機体に変化し、大鳳の元へ戻ってきた。

それを合図に決闘開始。まずは両者後ろに跳躍し、相手と距離を取る。

滅多に見ることのない展開に、ギャラリーからキャアァァ!!と黄色い歓声が上がる。

 

先に仕掛けたのは加賀だった。

背中の矢筒から素早く戦闘機の矢を抜き取り、空に放った。

矢は空中で弾け、戦闘機部隊となってナイトに襲いかかる。

それを見たナイトはすかさずカードを1枚ドロー。ダークバイザーに装填した。

 

『GUARD VENT』

 

カード発動と同時に戦闘機部隊が一斉にナイトに機銃を浴びせる。

が、銃弾が命中する寸前に異次元から現れたダークウイングがマントに变化。

硬質化してナイトを守った。ガガガガガ!!とマント越しに機銃弾の音を聞きながら

ナイトは戦略を練る。空中戦ならこちらにも利がある。

ナイトはカードを2枚ドロー、1枚目を装填。

 

『SWORD VENT』

 

すると、空から大型の槍、ウイングランサーが現れ、ナイトの手に飛び込んだ。

戦う武器は十分だ。そして2枚目を装填。

 

『ADVENT』

 

カードの力で上空に次元の穴が開き、そこから猛スピードで1羽の巨大な蝙蝠、

ダークウイングが再び現れ、ナイトの肩に掴まり、一着のマントと化した。

よし、同じステージで戦える。ナイトが思い切り両足に力を入れてジャンプすると、

マントの力で大空に舞い上がった。狙うは先程ナイトに機銃掃射を浴びせた戦闘機部隊。

スピードを上げ一気に追いついた。コクピットの中の小人が驚く様子が見える。

 

「……悪く思うな」

 

ナイトはウィングランサーの端を持ち、大きく回転し、

ガシャアン!と戦闘機の群れに叩きつけた。

大破した機体からパラシュートで脱出した小人が目を回している。

残り2機、まず第一波は壊滅状態。

 

「これで終わりと思わないで」

 

加賀は、今度は2本戦闘機の矢を放った。つまり2つの戦闘機部隊がナイトを襲う。

規則正しい銃声が二方向から突っ込んでくる。統制の取れた編隊が四方八方から機銃でナイトを攻撃。

しかし、ダークウィングと幾多の空中戦をこなしてきたナイトは的確に射線を読み、

銃撃を回避し、ウィングランサーを叩きつけ、確実に敵機の数を減らしていく。

 

「……」

 

それを地上から見ていた加賀は、矢筒から一本の矢を抜き取り、狙いを定め、

ナイトに向け、射る。ナイトはそれに気づいて第三波の襲来を警戒し、

ウィングランサーを構えたが、矢は炸裂することなく、

まっすぐ静止したナイトに飛んできた。

加賀は矢を航空機に変化させず、直接ナイトを狙い撃ったのだ。

 

「ぐっ!」

 

複数の航空機のエネルギーが圧縮された矢の直撃を受けたナイトは、

バランスを崩し、地上に落下。運動場のグラウンドに叩きつけられた。

 

「がああっ!!」

 

身体を貫く衝撃でナイトが動けない隙に、加賀は口元でかすかに笑い、またも矢を放つ。

 

「みんな優秀な子たちですから……」

 

矢が空中で炸裂し、航空機に変化。一呼吸置いて空から何かが降ってきた。爆弾だった。

加賀が今度は爆撃機を放ったのだ。

 

「ぐうっ、ああっ!」

 

立ち上がろうとするナイトに艦爆隊が情け容赦なく爆弾を降らせる。

衝撃で宙に放り出されるナイト。そして、加賀はなおも戦闘機部隊を発艦させ、

ナイトの体力を削り取る。

 

 

 

 

 

「ああ……司令官、このままじゃ、負けそうです。

あれ?そうだ!長門さん、加賀さんの体力は1でストップですが、

司令官の体力はどうなんですか?」

 

「どう、とは?」

 

「つまり、勢い余って死に至るようなダメージを受けちゃった場合です。

まぁ、きっと対策済みなんでしょうけど」

 

「うむ、念のため確認しよう……。何!?そんな馬鹿な!!」

 

「どうしたんですか?」

 

「ないんだ!提督は、ダメージリミットがない!つまり、致命傷を負えば、死だ!!」

 

「ええっ!?もう司令官ってばうっかりさん!

お願いです、今すぐ決闘を中止してください!」

 

「ああ、すぐに中止を……できない、提督権限で

決着がつくまで停止できないよう設定されてる!」

 

「……うそ。それじゃあ、司令官は、死を覚悟で……?」

 

「そうとしか考えられない。きっと、加賀にも知らせてないはずだ……」

 

「だめ、そんなの……止めさせなきゃ。

司令官!!加賀さーん!!今すぐ決闘をやめてくださーい!!」

 

喉を痛めるほど叫ぶ吹雪だが、ギャラリーの歓声にかき消され、

二人に届くことはなかった。

 

 

 

 

 

「がはっ、げほっ……」

 

俺は、ここまでなのか……

 

 

“俺を殺すか、それとも戦い続ける道か、好きなほうを選べ”

 

 

爆撃機はなおもナイトに爆弾を落とし続ける。アーマー越しに強烈な衝撃が身体を叩く。

 

 

“戦え……戦え!”

 

 

俺は、戦う、ライダーバトルに、勝って……!

 

 

“蓮……今日は、早く迎えに来てね……”

 

 

そうだ、俺は行く!……恵里を、迎えに……!!

 

 

全身に大きなダメージを受け、意識を失いかけた蓮は、カッ!と目を見開き、

カードをドロー、すかさずダークバイザーに装填した。

 

『NASTY VENT』

 

ナイトの肩からダークウィングが離れ、敵機の遥か上空に一気に飛翔。そして空を切り裂くようなけたたましい鳴き声を上げた。

 

航空機部隊に強烈な超音波を浴びせたのだ。

機体の計器類・電気系統が破壊され、致命的損傷を負う。

どうにか飛行している機体のパイロットも

耳をつんざくような音に操縦どころではなくなり、コントロール不能に陥った。

かろうじて浮いている機体同士が衝突し合い、次々航空機が墜落していく。

 

「なに!何が起こってるの!?」

 

航空優勢に立っていた戦闘機・爆撃機があっという間に全滅し、混乱する加賀。

背中の矢筒に、手を回すが、矢は尽きていた。航空機以外の攻撃手段を持たない彼女は、

ウィングランサーを頼りに立ち上がったナイトを見ているしかなかった。

ナイトは最後のカードをドロー。ダークバイザーに装填。

 

『FINAL VENT』

 

「うおおおお!!」

 

ナイトが加賀に向け一気に駆け出す。

背後からダークウィングが再びナイトの肩に掴まり、マントとなった。

残された力を振り絞りジャンプすると、ダークウィングが

ナイトを天高く運ぶ。ナイトは十分に高度を上げたところでウィングランサーの先端を真下に向けた。

そう、機体を失った加賀に向けて。

 

「……急所は外せ」

 

ダークウィングがナイトを包み込み、

漆黒の竜巻と化したライダーと契約モンスターが急降下する。

 

「あ、あ……」

 

そして、ナイトのファイナルベント「飛翔斬」の鋭い先端が、

対処法が見つからず後ずさりする加賀の肩に命中した。

 

「きゃあああ!!」

 

後ろに思い切り吹っ飛ばされた加賀は大破。美しい弓道着と袴姿が台無しになった。

 

 

「勝負、そこまで!」

 

 

審判の大鳳の声で決闘は幕を閉じた。同時にギャラリーが一際大きくどよめく。

変身を解いた蓮はよろめきながら運動場から立ち去ろうとする。

加賀は血まみれの蓮に話しかけた。

 

「どうして、手加減なんかしたの……」

 

「……味方を無くしたお前が哀れになったからだ」

 

「馬鹿ね。それで戦場で生き残れるとでも?」

 

「ああ、馬鹿かもな。あのブン屋も笑ってられん」

 

「……まぁいいわ。勝負は貴方の勝ち。この世界で好きに振る舞うといいわ。

この愛想のない女を解体するのも面白いかもね」

 

「お前も馬鹿だな。勝負なら、引き分けだ」

 

「なんですって?」

 

「今のお前の体力を見ろ、“2”だ」

 

「あ……」

 

「決着の条件は、俺の変身が解けるか、お前の体力が1になるかだ。

だが、もう審判が試合終了を宣言してしまった。

どっち付かずなら引き分けしかないだろう」

 

「ふん、中途半端は嫌いよ。いずれ……また勝負しなさい」

 

「初めて意見が合ったな。今度はその腹にでかい穴を開けてやる」

 

その時、担架を持った救護班を連れて吹雪と長門が二人に駆け寄ってきた。

 

 

 

 

 

「もう!なんであんな無茶したんですか!

私、司令官が死んじゃったら、どうしようかと……」

 

涙ぐむ吹雪。鎮守府本館の医務室に蓮は入院していた。

艦娘なら高速修復材で重傷も一瞬で全回復できるが、生身の人間ではそうもいかない。

 

「その通り。司令代理として言わせてもらう。此度の貴方の行いはあまりに軽率。

二度とあのようなことはしないでいただきたい」

 

長門も見舞いという名の説教に来ていた。

 

「……あの程度の試合で死ぬくらいなら、どのみち俺は敵に殺されていた」

 

「貴方にとっての“敵”って何?深海棲艦なんかじゃないことくらいわかる」

 

高速修復材で即時修復した加賀が問う。弓道着も袴も元の美しさを取り戻している。

 

「……今それを話しても仕方ない。この世界にいれば、いずれ出会うことになる」

 

「そう……」

 

「それより聞きたいことがある」

 

「なに?」

 

「お前、あの日“イレギュラー”とか言ってたな。なんだそいつは」

 

加賀がきゅっと唇を噛んだのを蓮は見逃さなかった。

 

「お前にとっての敵なのか」

 

「私だけじゃない。艦娘全体にとっての敵よ……!」

 

「落ち着くんだ、加賀。それについては私から説明しよう。

イレギュラーとは、提督のように現実世界から艦これ世界に来た者の中でも、

特に私達艦娘に対し悪逆の限りを尽くす卑劣極まりない人間の事だ。

艦娘を欲望のはけ口にしたり、まだ幼い駆逐艦に暴力を振るったり、

ゲームの進行とは無関係な身勝手な理由で……仲間を解体したり」

 

「……ここにもそんな奴が来たのか?」

 

長門は首を振る。

 

「幸いここに来たのは秋山提督が最初だった。

だが、無線で他の鎮守府が助けを求めてきた。しかし、奴らが提督である以上

我々にはどうすることもできなかったんだ!

その鎮守府に遠征していた、加賀の相棒だった赤城も連中に殺された。

ただ現実世界の生活がうまくいかない、その責任を我々になすりつけて!」

 

「私達はそういう悪質ユーザーを、

受け入れられざる者、“イレギュラー”と名付けて警戒している。

とは言え、ゲームキャラの私達にできることなんてないんだけど……」

 

「……戦う相手が増えたみたいだな」

 

「そうか!同じ人間で、しかも強力な力を持つ提督ならイレギュラーに対抗できる!

頼む、提督!この世界を蝕むイレギュラーを追い返してくれ!」

 

「元々タダ飯食らいは性に合わない。見つけ次第教えろ。

二度とキーボードを打てなくしてやる」

 

「ありがとう!……さっそくで悪いんだが、尋問して欲しい者がいるんだ!」

 

「尋問?そいつもイレギュラーか」

 

「現段階では容疑者だ。深海棲艦を倒してみせたが、

我々に取り入る罠かもしれない。提督が話をして嘘か誠か見極めて欲しい。

問題行動を起こしたわけではないが、

彼がしきりに自分が大昔のヒーローだと名乗っているため皆の混乱を招いている」

 

「大昔のヒーロー?」

 

「“仮面ライダー”という70年代に放送された……」

 

「おい、そいつと話をさせろ、今すぐ!」

 

 

 

 

 

作戦司令室。大淀が問題の鎮守府と通信を接続した。

 

「信号、キャッチしました」

 

「うむ、ありがとう……もしもし、聞こえるか、そっちの“私”?」

 

“ああ、感度良好だ”

 

「こちらの提督をお連れした。彼を連れてきてくれ」

 

“わかった。……さあ、こっちに来るんだ”

 

“おーい!いい加減信じてくれって!あー向こうの人?

もしかしてライダーだったりしない?俺、城戸真司ってんだけど、

いきなり捕まって困ってんだよ~!”

 

「提督、どうだろうか。……提督?」

 

蓮はうんざりした様子でうなだれて告げた。

 

「……そいつは三億円事件の犯人だ。今すぐ処刑しろ」

 

“ふざけんなー!っていうかその声蓮だろ!遊んでないで助けてくれよ!”

 

「提督、真面目に答えてくれ……“三億円事件”。1968年に発生した未解決事件。

生きていたら犯人は年寄りだ」

 

即座にキーワードを検索した長門に訂正される。もとより本気ではなかったが。

蓮は面倒くさそうに大淀からマイクを受け取り、呼びかけた。

 

「そっちの関係者に伝えとく。そいつは馬鹿だが悪党ではない。馬鹿だが」

 

“馬鹿馬鹿うるせー!今度会ったら覚えとけよ!”

 

「ついでに言っておくと嘘つきでもない。そいつは仮面ライダーだ」

 

“なんだって!?”

 

“ほら、言ったじゃん!”

 

「提督!本当なのか!?」

 

蓮はカードデッキを取り出し、長門に見せた。

 

「“仮面ライダーナイト”、変身した時の俺の名だ。

何を考えてかつてのヒーローを名乗らせたのかは、これを作った奴にしかわからん」

 

“そんな!まさか、検索結果0件!?

あの、えと、も、申し訳ありませんでしたああ!!”

 

そこで通信が切れた。

 

「すごいです……。現実世界では、こんな武器があるなんて。

でも、そんな兵器が名前すら検索に引っかからないなんて変ですね?」

 

吹雪が疑問を口にする。

 

「これは軍事企業が開発した兵器じゃない。

一個人が発明して俺達にばらまいたハンドメイドだからだ」

 

「ますます信じられん……あれほど高性能の武器やアーマーを

小さなケースに収納するシステムを一人で作れるものがいるとは」

 

「その辺については複雑で話すと長い。おいおい説明するとして……吹雪」

 

「はい、何でしょう司令官」

 

「帽子、持って来い」

 

「え?」

 

「帽子だ!息苦しい制服は御免だが、帽子くらいは被ってやってもいい。

あいつの言い分も、一理も無いわけじゃないからな。

それに、よくよく考えたら、じっと獲物を待っているのも性に合わん。

自分で探しに行くことにする」

 

蓮はほんの一瞬だけ加賀に視線を送った。

 

「司令官……。はい、今お持ちします!」

 

作戦司令室を駆け足で出ていく吹雪を見送ると、加賀がぽつりと呟いた。

 

「……加賀よ」

 

「なんだ?」

 

「私の名前」

 

「……秋山蓮だ。これからこき使ってやるから覚悟しとけ」

 

「貴方こそ、私達の足を引っ張らないでね」

 

「紆余曲折あったが、やっと正式に提督の誕生だな!」

 

むっつりとした表情の二人、満面の笑みを浮かべる司令代理と通信士。

今ここにはいないが、頑張り屋の駆逐艦。

個性的な面々が本当の仲間になった瞬間だった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 ID: The Unforgiven

足柄は食事を乗せたトレーを持って、

提督の執務室へ続く階段を登っていった。緊張を覚えながら。

そして、執務室の前に立ち、ノックをしようとしたら中から妙な音が聞こえてきた。

 

 

ゴン、ゴン、ゴン、ゴン……

 

 

まただ!足柄は慌てて執務室に入る。昼間なのに薄暗い部屋に入ると、

一人の男が壁に何度も頭を打ち付けていた。

 

「何をしてるんですか、提督!止めてください!」

 

「……うるせえ」

 

そして男は振り返る。その額は血まみれだったが、拭おうともしない。

 

「イライラするんだよ、こんなところにいると……!!」

 

部屋の中はまるで独房。とても執務室と呼べるものではなかった。

乱雑に積まれたダンボールと一脚の椅子。

他には部屋の隅に現実世界へと繋がる、暗闇に無数の0と1が浮かぶゲートが

あるだけだった。

 

物が無い理由は、男が感情の抑制が利かなくなる度、

手当たり次第に破壊して回るため、止む無く撤去したせいだ。

部屋が暗いのは単に男が面倒がって電球を点けていないこともあるが、

男にガラスを割られないよう仕方なく窓に鉄格子を取り付けたのも原因である。

 

重巡足柄は、そんな男の秘書艦だった。

さすがに重巡クラスとなると、単純な力比べでは人間に勝ち目はないが、

この男は何をしでかすかわからない。こいつに食事を運ぶ時は未だに緊張する。

 

もちろん鎮守府には食堂があるのだが、

皆が集まるところにこの男を放すわけには行かないし、かと言って放っておけば、

トカゲや川魚を捕まえては広場の真ん中で焼いて食べる。

鎮守府の長たる提督がこれでは敵わないので、

秘書艦の足柄が3食部屋に運んでいるのだ。

 

男が艦これ世界に来たのは半月ほど前。

通常、新任の提督に重巡洋艦が割り当てられることはない。

本来ならば男の秘書艦には、駆逐艦の電が就くはずだった。

 

 

 

 

 

艦これ世界に人間の提督が降り立ったことを感じ取った電は、

期待を胸に執務室のドアをノックした。

 

「あ、あの、司令官さん。はじめまして、貴方の秘書艦を務めます、電です。

どうか、よろしくお願いします」

 

ドアの向こうから自己紹介する電。だが、返事がない。

おかしいな、確かに誰かさんの反応があるのに……

 

「あの~おじゃまします……」

 

電は思い切って少しずつドアを開けてみた。

そこには髪を茶色く染め上げ、蛇革のジャンパーにジーンズ、

金属の飾りの付いたチョーカーを身に着けた男が立っていた。男は電と目が合うと、

 

「……よう」

 

とだけ言った。その瞬間、電の背筋におぞましい悪寒が走る。

別に、男に睨まれたわけでも詰め寄られたわけでもない。

だが、血と暴力に染まりきった男の目は、

それだけで一般人の恐怖を掻き立てる何かがあった。

 

「イヤァァーー!!」

 

ましてや、まだ精神的に幼い電は、耐えきれずにその場から走り去り、

作戦司令室に逃げ込んだ。突然飛び込んできた駆逐艦に司令室の面々は驚く。

 

「ああ、長門さん!助けてください!」

 

「どうしたというんだ、電」

 

「司令官さんが、司令官さんが、怖いんです!普通じゃないんです!」

 

「いかんぞ電、確かに提督には気難しい方も……おい、大丈夫か!?」

 

電の怯え方が尋常ではなかったのだ。

全身を震わせ、身体を抱いて、声を上げることなく涙を流している。

 

「……陸奥、彼女を頼む。私が行ってくる」

 

「わかった。……さぁ、おいで。もう大丈夫だから」

 

「あ、あ、あの司令官さん、変です、ぜったいおかしいです!うああ……」

 

なおも怯える電の声を背に、長門は執務室に向かった。

そして本館に入り、問題の部屋のドアに立つと、唾を飲んでノックした。

一体何者がいるというのだ。

 

「提督、司令代理の長門だ。入るぞ」

 

ギイィ……とゆっくりドアを開ける。

電球の点いてない薄暗い部屋で1人の男が立っている。

そいつは長門に気づいているはずなのに何も語ろうとしない。

 

長門は部屋に入り、電球を点けた。部屋に彼の姿がはっきりと浮かび上がる。

……なるほど、こいつはまともじゃない。

鎮守府の艦娘の中でも歴戦の強者である長門の勘がそう告げた。

そこで男が初めて言葉を発した。

 

「ハッ……ガキの次は大女か。なんの用だ」

 

「さっきの女の子に何かしたか?」

 

「ああ、言ったぜ?“よう”って……」

 

「それだけか?乱暴な口を聞いたり脅すような真似は?」

 

「なんだ、殺して欲しかったのか?」

 

「なっ!?」

 

この短い会話で長門は確信した。

駆逐艦・軽巡洋艦にこいつの秘書艦を任せるわけにはいかない。いつか惨劇が起こる。

とりあえず自分が提督就任の手続きを済ませて、後のことは陸奥と対策を練ろう。

 

「用事はそれだけか」

 

「ああ、その女の子の件だ。これから貴方が提督として活躍するための

サポートをする秘書艦となるはずだったのだが、まぁ、あれだ。

少々ミスマッチだったようでな。別の人員の確保までしばらく待って欲しい」

 

「……いらん」

 

「そう言うな。提督の任をこなすうちに考えも変わるかもしれん」

 

「秘書だの提督だのどうでもいい。ライダーかバケモンを寄越せ」

 

「“ライダー”……には心当たりがないが、化け物なら深海棲艦が嫌というほどいるぞ。

我々はそいつらと戦っている。提督ならばどこへ出撃しようと自由気ままだ」

 

「ほう……そいつらはミラーモンスターより強えのか」

 

室内をぶらついていた男が足を止め、長門を見る。しめた、男が話に興味を示した。

 

「そのミラーなんとかの強さがいかほどかは知らんが、

奴らは人類から制海権を奪った……という設定だ」

 

最後の方は、ごにょごにょと早口でごまかした。

深海棲艦とは長門達にとっては命懸けで死闘を繰り広げる宿敵ではあるのだが、

下手にゲームキャラだのデータの存在だの言って、

艦これ世界に来たばかりのこの男が戦う相手に興味を失い

提督としての義務を放棄するのは、それはそれで都合が悪かった。

 

「なるほど、悪くねえ」

 

「で、話は戻るが、貴方に合う艦娘を見つけるために対象の艦種を広げたい。

そうだな……重巡洋艦から選びたいのだが、了承してもらえるか?」

 

「……勝手にしろ」

 

床に座り込んで足を投げ出したまま男が答えた。

長門の頭脳にシステム変更のシグナルが届く。

これで強力な艦娘をこの男の静止役として任命できる。

 

「確かに。貴方の采配に期待する。では、私はこれで失礼する」

 

形だけの敬礼をして、長門は退室した。まずいことになった。

間違いなく奴は何かしでかす。イレギュラー予備軍だ。

何か手を打たなければ手遅れになる。しかし、艦娘が提督に対してできることなど、

ほぼ無いに等しい。とにかく陸奥と相談しなくては……

 

だが、彼女の心配とは裏腹に、数日の間、男は大人しかった。

あれほどこだわっていた提督の仕事は長門に任せきりで、

鎮守府内をぶらぶらと歩いていた。制服を与えられたのに相変わらずの蛇革姿だが、

あまりうるさく言って癇癪を起こされてはたまらないので、放って置いている。

特に工廠に興味があるらしく、頻繁に出入りしているようだ。

たまに道行く艦娘に声をかけ、二言三言、世間話すらしている。

 

そんな男の姿を見て長門は考える。自分の取り越し苦労だったのだろうか。

確かに彼には後ろ暗い過去がありそうだが、今は足を洗っているのかもしれない。

念のため重巡を秘書艦にすることに変わりないが、

これなら電にも心配することはないと安心させてやることができる……

 

 

 

 

 

そう思っていた。

ある日のこと、大淀の報告が作戦司令室に響いた。

 

「長門司令!x310715鎮守府からSOS!イレギュラーです!」

 

「なんだと!?クソッ、どうしてx番号の鎮守府にはろくな提督が来ない!!」

 

長門は拳を握りしめる。その時、

 

 

「おい、どうした……」

 

 

いつの間にか入り口に立っていた男が、呑気な足取りで作戦司令室に入ってきた。

そうだ、人間だ!人間同士なら提督権限も関係ない。

もしかしたらイレギュラーを追い返し、x310715鎮守府を救えるかもしれない!

 

「提督、頼みたいことがある!イレギュラーを倒して現実世界へ追い返してくれ!」

 

「戦いか?……面白そうだな、詳しく教えろ」

 

長門は男に現在の状況を手短に話した。

イレギュラーの存在、艦娘が彼らに虐げられている現状、

打開には他の提督の介入が必要な点。

長門は早口になってしまっていたが、男はまばたきもせずに黙って聞いていた。

そして長門が男に改めて助力を求めると、男が答えた。

 

「……そいつと、電話かなんか繋がんのか」

 

「おお、やってくれるのか!」

 

「繋がんのか聞いてんだ……」

 

男が若干イラついたのを即座に感じ取った大淀が素早く答えた。

 

「可能です!

今、向こうの艦娘に無線を取り次いでもらっていますので、しばしお待ちを!」

 

男は舌打ちし、空いている椅子に座った。待つこと5分。大淀が男に呼びかけた。

 

「提督、繋がりました。向こうの提督がお待ちです」

 

男が大淀から受け取ったインカムを着けると、耳障りな間延びした声が聞こえてきた。

 

“ちょりーっす、俺コースケ。この縄張りのキング?みたいな?”

 

「俺は……」

 

“あ!いい、いい。どうせ興味ないっしー?

テメーが誰だろーが知ったこっちゃねー、みたいな?”

 

「……お前と会えねえか?」

 

“ああん?お前、頭イカれてる系?なんで、俺様が?チョー忙しいのに、

野郎と会わなきゃ……”

 

「表敬訪問だ」

 

“……ほ~ん?身の程わきまえてる系は好きよ俺。いいぜ、来いよ、ただし!

とびっきりのいいオンナ連れてこい。

言っとくけど他に艦娘連れてきたらマジぶっ殺だから?俺の兵隊マジやべえし?”

 

「……手土産も持ってく」

 

“ドンッペリ持ってこいよ、ドンッッペリニョン!わかったな!”

 

そして敵性鎮守府の提督は一方的に通信を切った。

通話を聞いていた全員が不安げに男を見ている。

 

「聞いての通りだ。……長門、お前来い」

 

「わ、私か?」

 

まさか自分が指名されるとは思っていなかった長門は思わず慌てる。

 

「しかし、敵は“いい女”を要求していたぞ。他に容姿端麗の艦娘はいる。

奴が気に入らなかったらどうする?

……あー!提督も初めて会ったとき、私を“大女”と言っていたではないか!」

 

「あはは、長門さぁ……今、それどころじゃないんじゃない?」

 

「……乗らねえなら俺は知らん」

 

「まったく、わかった!行けばいいのだろう!」

 

「お前は出発の準備をして待ってろ。俺は“手土産”を用意してくる」

 

そして男はインカムを放り投げると、作戦司令室から出ていった。

 

「どうするつもりなんだ。

確かに食堂には酒を提供する区画があるが、さすがにドンペリなど置いていないぞ」

 

「でも、信じるしかないよ、今は」

 

「ああ……そうだな。どのみち我々だけではどうにもできないからな」

 

 

 

 

 

BAR “Loving Sisters”

 

食堂の隅に設けられた、通常の食事を提供するスペースとは完全に隔てられたバー。

男はバーカウンターを拭いていた那智に声を掛けた。

 

「ああ、貴様か。すまないな、まだ営業時間外だ。

まぁ、提督がルールを変更するなら……」

 

「俺は飲まん。土産に持ってく。それなら問題ないだろう」

 

「……ああ、確認した。確かに現状の規則には反しない」

 

そして男は目的の物を那智に注文した。

15分ほど掛かって、ようやく彼女が指定の酒を持ってきた。

 

「待たせたな。昔、物珍しさで仕入れたものが1本だけ残っていた。

だが、先方は本当にこんな物、気に入るのか?」

 

「……気に入らせる」

 

「は?」

 

「いや、いい。邪魔したな……ん?」

 

男が立ち去ろうとした時、カウンターの隅に置かれたかごに積まれた物に目が留まった。

 

「おい、これ1つもらってくぞ」

 

「ああ。それは持ち帰り自由だ、気にするな」

 

男はそれを左ポケットに入れ、那智に向け軽く手を上げるとバーを後にした。

 

 

 

 

 

バーで用事を済ませた男は、今度は工廠に立ち寄った。

中に入ると、小人が近づいてきた。

 

「頼んでたもんはできてるか?」

 

小人はピッ!と敬礼すると、男が数日前に作成を依頼していたものを持ってきた。

それを手に取り、いろんな方向からためつすがめつ眺める。問題ない。

 

「ありがとよ。十分な出来栄えだ」

 

小人は照れくさそうに頭をかいた。これで準備は整った。面白い戦いになればいいが。

男は準備したものを手提げ袋に入れて桟橋に向かった。

 

 

 

 

 

長門は桟橋に停泊していたクルーザーで男を待っていた。二人共操舵室に乗り込む。

 

「何をしていたんだ?ずいぶん時間がかかったようだが」

 

「手土産の準備だと言った。早く出せ」

 

「むぅ、わかった。では、出港する。

目的地、4番サーバー。アルゴリズムナンバー“x310715”、アクセス!」

 

長門が不思議なコマンドを宣言し、舵を握ると、

クルーザーの周囲の空間が真っ白になり、上空に無数のプログラムの羅列が流れる。

出港と言っても、ここはあくまでネットゲームの世界。

現実世界のように海を渡って移動するのではなく、各鎮守府や海域のデータ間を接続し、

向こう側のデータをダウンロードするだけでいい。

 

しばらく待つとプログラムの流れが止まり、ダウンロードの実行が始まった。

白に包まれたクルーザーの周りに海、空、大地、そして問題の鎮守府が構成される。

クルーザーも都合よく桟橋に停まっていた。

 

「さぁ、行こう。向こうの提督は食堂の酒場を面会場所に指定してきた」

 

「……」

 

男は無言のまま、長門と共に本館北西の食堂がある建物へ向かった。

 

 

 

 

 

 

「あの、司令官さん。お客様がお見えになりました……」

 

「オッケェェ、羽黒っち。入っていいって伝えてチョ!」

 

サングラスを掛け、素肌にヒョウ柄のシャツ、

そして趣味の悪い太い金の鎖のネックレスをつけたチーマー風の男が答えた。

艦娘に肩を揉ませながらウィスキーを煽っている。

後方には護衛の戦艦が4人控えている。もちろん誰も幸せそうな顔をしていない。

自らの誇りといえる艤装を、突然現れた下品な独裁者の護衛に使わされているのだから。

 

「かしこまりまし……キャァ!」

 

羽黒が客を呼びに行こうとした時に、チーマーが彼女の尻をなでた。

 

「ギャハハハ!!

やっぱー女の子ってこんくらいウブじゃないとカワイクねーって感じ?」

 

「や、やめてください、司令官さん……」

 

「貴様……いい加減にしろ!」

 

姉の那智がチーマーに食って掛かる。

 

「だめよ、お姉さん……!」

 

「はあぁ?“貴様”?いい加減に“しろ”だぁ?テメェ、誰に口聞いてんだ?

俺、提督よ、俺」

 

チーマーは椅子から立ち、那智に詰め寄る。

 

「キングに向かって“貴様”呼ばわりに命令形?お前何様なワケ?

どういう教育受けてきたんだっつー……の!!」

 

パシィン!とチーマーが那智の頬を張った。

 

「くっ……!」

 

「お姉さん!」

 

チーマーは更に那智の襟首を掴み上げる。

 

「前々から思ってたんだけどよぉ……テメー俺のタイプじゃねえし?

態度反抗的だわでもういらねえって感じ?

もうさ、艦娘ゴミ箱にぶっこんじゃおっかなーとか思ったりしちゃうわけ」

 

「やめてください、それだけは!

お姉さんには手を出さないでください、何でもしますから!」

 

「ん~?な・ん・で・も?オーケーオーケー!それじゃあ今夜、俺のゴォォジャス!な

執務室に来い。たっぷり可愛がってやるぜ、子猫ちゃ~ん……」

 

「よせ、羽黒!こんな男に……!!」

 

「テメエは黙ってろクソ女!!」

 

チーマーはもう一度那智の顔を平手打ちした。それでも那智は男を睨み続ける。

それが気に入らない彼は提督権限を発動しようとした。

 

「もういい、テメエは、もう、解体……」

 

 

 

──おい、そろそろ入っていいか。

 

 

 

その時、酒場区画の入り口から声が聞こえてきた。

一般人とは程遠い服装の男が、退屈そうに、

左手をジーンズのポケットに突っ込んだままドアに寄りかかっていた。

後ろには艦娘が1人立っている。

興味を那智から男に移したチーマーは彼女を放り出した。

そして再び席に着き、男に向かい側の席を勧めた。

 

「ヨー兄弟!立ち話もなんだ、いいから座れや!」

 

「……邪魔するぜ」

 

男とチーマーが向かい合う。

 

「ま!無線でも言ったけど俺がここのキング、コースケ様!

後ろの連中は俺のキャバ嬢兼ボディーガード。言いたいこと、わかるよな?

アンダスタン?」

 

後ろに控えている4人の戦艦が機銃を男に向けている。

 

「ああ……」

 

「よーし、お利口さんは長生きできるぜ。ところで、手土産は持ってきたくれたんだろ?

んー?」

 

「あいにく貧乏所帯でな……」

 

男は手提げ袋から、“Loving Sisters”で調達したボトルをテーブルに置いた。

チーマーがそれを手に取りラベルを見る。

 

「……」

 

バシャアッ!

 

チーマーは黙ってグラスのウィスキーを男に掛けた。

一瞬長門がハッとなる。しかし男はただぼんやりとチーマーを見つめている。

 

「はい、前言撤回お前バカ。クソ貧乏人にドンペリ期待するのは可哀想だったがぁ~!

フツーこんなもん持ってくるか?バカなの?死ぬの?つか、死ねや。

……で、ひょっとして命令しといた“カワイコちゃん”ってのは?」

 

「……こいつだ」

 

男は顎で長門を示す。

 

「かぁぁ!!つっくづく何にもねえとこなんだな、お前んとこ。

俺は、とびっきりの、“いい女”連れてこいつったよなぁ?

ひょっとしてこれがテメーの縄張りの最高レベル?チョー信じらんねえマジ田舎!

マジ笑える!もうお前ログアウトしたら?楽しくねえだろ、俺は天国だけどよ!

何しろ、俺様?艦これ界の、神ですからぁ!ギャハハ!!」

 

チーマーはひとしきり笑うと、急に真顔になり、テーブルに頬杖を付いて話しだした。

 

「“ログアウト”で思い出したんだがよぉ、今日の要件。お前、消えろや。

俺の世界に役立たずの他プレーヤーはいらねえワケ。今度は理解できてるか?

物資や資材献上できるなら遊ばせてやっても良かったんだけどよぉ、見ろよコレ。

何一つろくなもん持ってこねえ。選ばれし神はよぉ、オレ一人で十分なわけ。

フツーありえねえじゃん?ゲームの世界に入れるなんかよぉ。お前偶然、俺必然。

たまたま入り込んだ虫野郎にここで生きる権利とかないわけ」

 

増長しきったチーマーは手前勝手な理屈を並べ立てる。

しかし、やはり男はどこかぼんやりした表情で、今度は先程のボトルを手に取った。

そして器用に右手でキャップを外し、

 

「……まぁ、一杯やろうぜ。“一杯”な」

 

チーマーの頭にドボドボと中身を掛けた。びしょ濡れになるチーマー。

驚愕する長門。ボディーガードの艦娘も悲鳴を上げる。

 

「おい、提督何をしている!」

 

「テメエ調子こいてんじゃねぞコラァ!」

 

男は立ち上がりテーブルを蹴飛ばした。丸テーブルが大きな音を立てて転がる。

 

「おい、この一張羅いくらしたと思ってんだ?

あーあ!普通のクリーニングに出せねえんだぞ、これ!

おい、現実のテメエの住所書けや。損害賠償と慰謝料合わせて1000万。

払えねえなら俺のチームでマジ、ボコにするから!」

 

「ごちゃごちゃうるせえよ……」

 

「あ……?」

 

「そのウンコ色のシャツなら、良くて1000円だ。恵んでやる」

 

「この、クズが……!」

 

今まで従順だった男が突然挑発的な態度を取り出したので、

チーマーの頭に一気に血が上る。

 

「よせ提督!ここの艦娘の運命も……」

 

「はいみんなご注目~!ただいまより血みどろ処刑パーティーを開催いたしま~す!!

戦艦のみんな、機銃の用意はオーケーィ!?提督権限、部外者ぶち殺しまくりing発動!

レッツパーリィ!おおっと、俺の避難が終わるまでウェイト!」

 

4人の戦艦が“逃げて”と言いたそうな表情で7.7mm機銃を操作する。

だが、男は座ったまま、酒場から出ようとするチーマーに話しかける。

 

「要するにお前は俺を殺す。宣戦布告ってわけか」

 

「ワオ!幼稚園レベルの日本語はわかるみたいだーがー?

もう、ゲーム・オーヴァー……それじゃあ、お前の艦娘は

雑用係にもらっといてやるから、安心して死ね。バイバーイ!」

 

「ずいぶん寒そうだな、ずぶ濡れじゃねえか……」

 

「あ?」

 

「温めてやるよ」

 

一瞬の早業だった。

男は左ポケットに突っ込んだままだった手をさっと抜き、

手の中に仕込んだ“Loving Sisters”と書かれた小箱を開けた。

そして中身のマッチを一本抜き取り、シュッとジーンズに擦り付け点火。

火の着いた細い木の棒をチーマーに投げつけた。

スピリタス。アルコール度数95%の火酒を頭から浴びた敵に。

服に染み込んだアルコールに引火し、一気にチーマーの上半身が燃え上がる。

 

「ウギャアアアァーアアァ!!あづい!あづい!助けろ、消せ消せ!

早く消してくれぇ!!」

 

熱と激痛でパニックになるチーマーの脳内が

“助けろ”と“火を消せ”という命令で満たされる。

ボディーガードの艦娘達が上着を叩きつけたり、洗い場から水を持ってきたり、

迅速にチーマーの消火活動に当たった。つまり、“部外者を殺せ”という命令が、

それを上回る量の命令にキャンセルされたのだ。

ともかく、チーマーは艦娘達の素早い対応で、重症というには軽い程度の火傷で済んだ。

しかし、彼の怒りは完全に頂点に達している。

 

「ゴルァ、蛇野郎!!よくやってくれたなぁ、よくやってくれたよ!ああん!?」

 

またチーマーが別のテーブルを蹴飛ばす。

 

「もういい、お前は一思いには殺さねえ。艦娘の怪力で引きちぎっ……て……」

 

唾を撒き散らしながら吠え散らかしていたチーマーが一気に青ざめる。なぜなら。

 

「お前、なんでそんなもん持ってんだよ……なぁ、おい、やめろって」

 

「提督、それは……!?」

 

男がジーンズの腰に差して、ジャケットで隠していた

オートマチック拳銃を向けていたからだ。

 

「作らせたからに決まってんだろう。なんでお前は持ってない」

 

「だだだ、だって、工廠のコマンドにそんなもん……」

 

「神なんだろう?ちょっと小人と打ち合わせればできたはずだ」

 

「提督、止めるんだ!奴は現実世界に追い返せば十分だ!」

 

「もう戦いは始まった。次は……俺の番だ」

 

「お、お願いします何でも言うこと聞きます。

みんなにもあやまります!ころさないで!たすけてぇ!」

 

涙と鼻水を垂らしながらひざまずき命乞いをするチーマー。

彼の脳内が、“死にたくない”、“撃たないで”、“助けて”、で埋め尽くされる。が。

 

 

バン!バン!バン!バン!

 

 

4発。チーマーの腹を貫通。銃創から大量出血し、後ろに倒れるチーマー。

彼は震える手で必死に傷口を抑え、かすかな声で助けを求める。

 

「ていとく……めいれい。たすけて、しにたくない」

 

ボディーガードの艦娘が彼に駆け寄る。

 

「はぁ、はぁ、……はやく、たすけて」

 

だが、彼女らは冷たい目でチーマーを見下ろし、

 

「エラー。提督命令、“助けろ”の定義が不明瞭です。

貴方は2度“助けろ”の命令を発しています。

1度目は“火災を食い止め焼死を防げ”、2度目は“自分に拳銃を発砲するな”、

今の状況はどちらにもあてはまりません。

もう一度、具体的な命令の発令をご検討ください」

 

「そんな、はやく……しんじゃう」

 

「慌てんな。今、終わらせてやる」

 

泣きながら助けを乞うチーマーに、再び拳銃を持った殺人者が満面の笑みで忍び寄る。

そして、今度は頭部に向けて銃を構える。長門が強引に止めに入ろうとする。

 

「やめろ、提督やめろ!」

 

「提督命令だ、殺し合いの邪魔をするな」

 

「くっ!」

 

長門の足が地面に貼り付いたように動かない。

手を伸ばそうとしてもセメント漬けにされたように固まっている。

そして、とうとうその時が訪れる。

 

「……ゲーム、オーバーだ」

 

「かあちゃん、おかあちゃん……たすけてくれよう……」

 

 

バァン!!

 

 

銃弾はチーマーの額に穴を開けた。調べるまでもなく、絶命。

男の銃からこぼれる硝煙の臭いが辺りに漂う。

 

「……鉄砲くらい自分で持て」

 

提督が提督を殺害。前代未聞の状況に皆、言葉を失っていた。

すると、チーマーの死体がグリーンの0と1の集合体となり、

それらは粒子状に宙に舞い、やがて消滅していった。

提督命令の拘束が解けた長門が男に掴みかかる。

 

「貴様!自分が何をしたのか分かっているのか!?提督、いや」

 

 

──浅倉威!!

 

 

初めて長門が提督を名前で呼んだ。

 

「周りを見ろ、お前がしたことを!」

 

うっ、ひくっ、ぐすっ……

 

「そんな、司令官さん、まさか殺されちゃうなんて……」

 

那智が羽黒の背中をなでながら浅倉に話しかける。

 

「問題を解決してもらっておいてこんな事をいうのもなんだが、

礼を言うのは待たせてくれ。こんな結末で本当によかったのか、考える時間がほしい」

 

「感謝などいらんし、礼を言いたいのはこっちの方だ。久しぶりの殺し合いが楽しめた」

 

「“楽しめた”、だと!?ふざけるな、浅倉ァァ!!」

 

ドゴォ!と長門は思わず浅倉を殴りつけた。派手に床に倒れ込む浅倉。

こいつは、やはり何かがおかしい!

……待て、ちょっと待て。私は、なぜ、今、“提督を殴ることができた”?

確か、提督権限はデフォルトでは反乱防止の為に、

艦娘は提督に危害を加えることができないようになっているはず!

 

「浅倉……お前、なぜ提督権限を弄った!私達がお前を攻撃できるように!!」

 

「いつ俺のことが気に入らない艦娘と戦争になってもいいようにだ。

俺はお前らと仲良しこよしするためにここに来たわけじゃねえ」

 

「だからといって、なぜ死亡回避の措置を停止する……?」

 

「どっちかが絶対死なないだ?そんな殺し合いの何が楽しい」

 

「!?」

 

絶句した。こいつは狂っている……!!

戦いの興奮の前には自分の命すら無価値な戦争中毒者だ!

しかも狂いつつ冷静、狡猾、周到!

今思えば、この世界に来てからしばらく鎮守府で大人しくしていたのは、

この世界のシステムを探っていたのだ。工廠に出入りしていたのは拳銃を作らせるため!

なぜ気づかなかった!

 

「おい、帰るぞ」

 

「待て浅倉!」

 

立ち去ろうとする浅倉を追いかける長門。出口に向かう浅倉に戦艦の一人が呼びかけた。

 

「あたしは感謝してるから!もう少し貴方が来るのが遅かったら、

誰かがあいつに穢されてた。

他の人は知らないけど、私は死ぬべき悪人もいると思ってる!」

「ちょっと……」

 

浅倉はフッ、と笑うと振り返った。

 

「感謝はいらんと言ったはずだし、俺も“死ぬべき悪人”の一人だ。

その時の利害で人間を信じるのはやめろ」

 

「もういい、歩け、浅倉!」

 

今度こそ二人は建物から去っていった。

桟橋に停泊したクルーザーでx310715鎮守府を後にした長門と浅倉は、

自分達の鎮守府の桟橋で言い争っていた。

と言っても、一方的に長門が浅倉を怒鳴りつけている形だったが。

 

「貴様、最初からこうなることがわかっていたんだろう!」

 

「ああ。始めの通信の時に奴がアホだということはすぐわかった。

アホだから既存のシステムで満足して、

ろくに応用する術を模索してないことも見当がつく」

 

「あの火事は!?」

 

「通信の内容から奴が護衛を付けていることくらい誰でもわかる。

奴を火だるまにしたのは、そいつらへの攻撃命令を自分の救助に変更させるためだ」

 

「そして、初めから殺すつもりで拳銃を……!!」

 

「小人連中は優秀だなぁ、おい。

簡単に外観と性能を書いた絵を見せただけで、完璧な拳銃を作った」

 

「私は追い返してくれと言ったはずだ……!殺してくれなど」

 

「ハッ……そんな都合のいい方法があるとでも思ってたのか。

それに、追い返したところで、また奴がパソコンに触れば元の木阿弥だ」

 

「それは……」

 

「とにかく俺は寝る。久々に楽しんで疲れた。あばよ」

 

「……」

 

長門は去っていく浅倉を見ていることしかできなかった。

確かに浅倉がいなければ、あの鎮守府で悲劇が起こっていたのは事実。

しかし、だからといって……

 

 

 

 

 

作戦司令室。

長門は桟橋から直接戻ってきた。夜も更けていたが、

陸奥と大淀は彼女の帰りを待っていた。

 

「長門、どうだったの!?」

 

「……ああ、解決したよ」

 

「はい、x310715鎮守府から《救援に感謝する》との電文が届いています!」

 

「最悪の形でだ!!」

 

「「!?」」

 

長門の叫びに驚く二人。長門は二人にx310715鎮守府で起きた惨劇を語って聞かせた。

 

「そん、な……嘘でしょ?提督が提督を殺したなんて……」

 

「事実としたら、彼には前科があるはずです。躊躇いなくそんな凶行に及べるほどの」

 

「そうか!?くそっ、怪しいなら何故検索しなかった。私のうつけ者め!」

 

そして長門は検索エンジンにアクセスし、“浅倉威”を検索した。

彼女が苦渋の表情を浮かべる。

 

「どう?長門」

 

「……提督は、浅倉威は、殺人罪で逃走中の脱獄犯だ!!」

 

「本当なんですか!?」

 

「私も夢であって欲しいが、事実だ。

現実世界では、あの男は全国指名手配されている!」

 

「それじゃあ、提督は、イレギュラー……?」

 

「そうとも言い切れないと思います。

提督はこの鎮守府では一切問題行動は起こしていませんから」

 

「そこだ、厄介なのは。いわば、奴は現実世界におけるイレギュラー。

大人しくしているのは、ここが都合のいい潜伏先だからだろう……

なんら問題のないプレーヤーを追い出すことは、

提督権限以前にゲームのシステムとして不可能だ」

 

「現状、様子見するしかないということですね……」

 

「そうだね。電ちゃん、秘書艦から外して正解だった」

 

「皆、気をつけてくれ。奴は狂っているが恐ろしく狡猾で頭が回る。

いつどんな行動に出てもおかしくない。

私も秘書艦、いや、監視役の重巡をなるべく早く選定する」

 

「はい!」「わかったわ」

 

 

 

 

 

浅倉が執務室に戻ると、彼の耳に鈴の音のような反響音が響いた。

周りを見回すと、闇夜で鏡となったガラス窓から神崎士郎が見つめている。

 

「新しいミラーワールドはどうだ」

 

「悪くない。今日も一人殺した」

 

「その調子で戦いを続けていろ。じき、他のライダーと激突する時が来るだろう」

 

「そりゃ楽しみだ。それはそうと、なんでここは10分経っても身体が消えない」

 

「そのミラーワールドを構成するデータは、現実と虚構の境に存在しているからだ。

手に触れることはできない、しかし、確かに目の前に存在する。

俺がミラーワールドをその世界に移したのは、時間の制約を取り払い、

ライダーバトルを押し進めるためだ」

 

「よくわからんが、とにかく好きに殺し合いができるようになったのは便利だ」

 

「なによりだ。お前達はライダーとしての使命を果たし、戦え」

 

そして神崎は姿を消した。

 

「消えた、か。とっとと俺も寝るとするか……おい、ベッドはどこだ?おいー」

 

浅倉の腹の中にふつふつと苛立ちが募る。ベッドがなかったからではない。

彼は野宿生活に慣れている。ただ、このちぐはぐな状況にイラついたのだ。

 

「机はあってもベッドはなし、と……ふざけんなぁ!!」

 

頭が真っ白になった浅倉は、そばにあった背の低いテーブルを思い切り蹴飛ばした。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 Now Loading

「やったー!俺は自由だー!」

 

作戦司令室から出た真司の叫びが、再び鎮守府にこだまする。

そんな彼を大勢の艦娘達が見守る。今度は安堵、期待、そして歓迎の表情で。

 

「本当に、本当に申し訳ありませんでした!!

よりによって、深海棲艦を撃退してくれた善良なユーザーをこんな目に……」

 

そして長門はまだ頭を下げ続けていた。

 

「いや、だからもういいって、誤解は解けたんだから。

それにさ、三日月ちゃんから聞いたよ。

みんなが心無い提督に酷い目に遭わされたって……

だから、警戒するのはしょうがないよ。

ほら、もう頭上げてくんないかなぁ?

なんだか俺のほうがいたたまれないっていうか……」

 

「ありがとう……。提督は、懐の広い人物なんだな。

怒って殴るなり腹いせに私を解体するなりしてもおかしくはないのに」

 

「そんなことしないって!……あー、それだよ!帰る方法!

ここほっぽり出すわけじゃないけどさ、一旦戻らなきゃ!

うわぁ、もう絶対編集長カンカンだよ~」

 

釈放されていきなり現実的な問題に直面し、頭を抱える真司。

 

「帰る……。真司さん、もう会えないんですか……?」

 

気づくと三日月が後ろに立っていた。悲しげな目で真司を見つめている。

真司は三日月に近づき、膝をついて目を合わせた。

 

「心配しないで、一旦戻るだけよ。俺のこと待っててくれてる人達に謝んなきゃ。

大丈夫、すぐに戻る。また会えるよ」

 

「本当ですよね!?せっかく分かり合えたのに、ここでお別れなんて

私、嫌です!」

 

三日月は真司に思い切り抱きついた。真司はそんな彼女の頭を優しくなでる。

 

「約束する、必ずまたここに帰ってくる。それより三日月ちゃんも、約束」

 

「え……?」

 

「ほら、深海棲艦を倒したら、また笑顔になってって言ったじゃん。

さあ、笑って。ニッ!」

 

真司は笑顔を浮かべ、両手の人差し指で口角を上げて見せた。

 

「……ふふふっ、もう、真司さんたら。あ、もう今から提督なんですよね!

改めまして、お手柔らかにお願いします、提督!」

 

「真司でいいよ。ゲームならともかく、俺、提督なんてガラじゃないし。

こっちこそよろしく、三日月ちゃん」

 

「はい!」

 

そして固く握手を交わす二人。その時、長門が真司に話しかけてきた。

 

「提督!お急ぎのところ誠に申し訳ないのだが、もう少しだけ時間をもらえないだろうか」

 

「え、どうしたの。なんかあったの」

 

「実は先程の無線で通信した提督が、城戸提督に面会を求めている。

会ってもらいたいのだが……」

 

「蓮が!?会う会う!いつ来るの?」

 

「鎮守府間の移動は、言ってしまえばサーバー間のデータのやり取りに過ぎない。

同じサーバーならほんの数分程度だ。……そちらの“私”、聞いたとおりだ。

そちらの提督をお連れしてくれ」

 

長門が携帯式電波通信機で秋山の鎮守府の長門に呼びかける。

 

“わかった、クルーザーの準備は整っている。まもなくそちらに到着する”

 

「蓮さん?」

 

「ああ、俺の知り合い!無線で聞いたと思うけど、そいつもライダー」

 

「すごいです。その方も真司さんみたいにドラゴンを手懐けてるんですか?」

 

「う~ん、手懐けてるっていうか、契約してるんだ。あと、蓮の場合は巨大な蝙蝠」

 

「“契約”?それって一体……」

 

三日月が更に質問を続けようとした時、海側の道から声をかけられた。

 

 

──何こんな所で馬鹿やってる、城戸

 

 

「蓮!」

 

軍帽を被った秋山蓮が吹雪と長門を連れて歩いてきた。

異次元で再会した知り合いに思わず駆け寄る真司。

 

「お前も来てたのかよー!なんだよさっさと連絡くれりゃよかったのに!」

 

「鎮守府は星の数ほどある。

どれかにたまたまお前が来たところでわかるわけがないだろう」

 

「まぁ、そうなんだけど……」

 

その時、秋山の後ろで、別データの鎮守府の長門と、吹雪が真司に敬礼した。

 

「はじめまして。わたくしは、y089501鎮守府の長門です。以後お見知りおきを」

 

「同じく、秋山提督の秘書艦、吹雪です。よろしくお願いします!」

 

「うおっ、すげえ……こっちの長門と瓜二つだよ!

ま、まぁ、とにかくこちらこそよろしく」

 

 

「ああ、瓜二つというより、全く同じ存在だからな」

 

 

驚く真司の後ろから、真司が知る長門と三日月が近づいてきた。

 

「久しいな。そちらは変わりないか?」

 

「ああ。お前も壮健だったか?」

 

「おかげさまで何事も……いや、あったな。城戸提督が来てくださった」

 

完全に同じ姿の二人が言葉を交わす姿にやはり面食らう真司。

 

「三日月ちゃん元気だった!?

最後に会った時は凄く落ち込んでたから心配で心配で……」

 

「はい、もう大丈夫です!真司さんが来てくれましたから!」

 

「よかった。本当によかった……」

 

友達だった吹雪と三日月も再会を喜ぶ。そんな皆に声をかける蓮。

 

「せっかくの再会のところ悪いが、そろそろ本題に入ってもいいか。

俺達には情報が足りない。お互いにな」

 

「ああ、待たせて済まない。では、城戸提督、

貴方のお部屋で会談をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか」

 

「部屋?ああ、執務室ね。オッケー、みんな行こうよ!」

 

こうして全員本館の執務室に移動した。

拘束されていた時は、宿舎の空き部屋に押し込められていたため、

ここに戻ってくるのは久しぶりだった。真司がドアを開ける。

 

「いやあ、この景色も久々……ってうおっ!なんだこりゃ!?」

 

真司は部屋の隅に浮かぶ、暗闇にグリーンの0と1が舞うゲートらしきものを見て

思わず大声を上げた。

 

「それは、現実世界へと続くゲートです。

チュートリアルを達成しないと出現しない仕組みになってるので、

初めて真司さんが来た時にはなかったんです。

真司さんはもうチュートリアルどころか、

敵艦隊を撃破しちゃったんで文句なし、ってところですね!」

 

三日月が嬉しそうに説明する。だが、すぐその表情が複雑なものになる。

 

「戻ってきて……くれるんですよね?」

 

「ほーら。約束したじゃん!向こうの用事を片付けたら、また戻ってくるって。

今度もちゃんと約束は守るからさ」

 

「はい!」

 

「立ち話はその辺にして早く座れ、後ろがつかえてる」

 

「ああ、悪い悪い。……って俺の部屋だよ、ここ!」

 

真司達は小さな対面式ソファに座った。

同じ姿が2人いるので、わかりやすく鎮守府ごとのメンバーに分かれて座った。

さっそく、真司が口火を切る……が。

 

「それじゃあ、会議始めようよ……。えーと何についてだろう」

 

知りたいことが多すぎて何から話せばいいのかわからない。

 

「馬鹿。まずは俺達がここに来た経緯を確認する」

 

「馬鹿言うな!……まぁ、助かるけど。

俺は、会社のパソコンで艦これやってたら、いきなり画面が変になって、

この世界に引きずり込まれた。そこで三日月ちゃんたちに会ったってわけ」

 

「職場でゲームしてたら異世界に来てました、か。お前らしいな」

 

「い、いや、ちゃんと休憩時間だけにしてたよ……」

 

「どうでもいい。……ということは、お前は神崎とは会ってないんだな?」

 

「ああ。蓮はひょっとして神崎に連れてこられたのか?」

 

「神崎に変なメモを渡されて、指定のネット喫茶で艦これを起動したら、

お前と同じく画面に吸い込まれた」

 

「ちょっといいか?“神崎”というのは何者だ?」

「私も気になる」

 

両方の長門が問う。蓮がカードデッキを出して答えた。

 

「2人とも作戦司令室で聞いただろうが、このカードデッキを作った奴だ。

複数のデッキを作って色んな欲望を抱えた連中に配り、

最後の一人になるまで戦うライダーバトルを仕組んだ張本人だ」

 

「「なんだって!?」」

「最後の一人って、つまり……」

「そんな、秋山提督まで」

 

瓢箪から駒が出るがごとく発覚した衝撃的事実に、皆、驚きを隠せない。

 

「ライダーバトルとはなんなのだ!答えてくれ!」

 

秋山世界の長門が蓮の肩を掴み、

 

「何のためにライダーが殺し合わなければならない!?」

 

城戸世界の長門が真司に叫ぶように問いかける。

吹雪と三日月はショックで声が出ないようだ。

 

「ライダーバトルに勝ち残ったものにはあらゆる願いを叶える“力”が与えられる、そうだ」

 

蓮はどこか他人事のように答える。

 

「提督は、提督は一体何を求めてそんなことを!」

 

「そうです、信じちゃだめです、そんな馬鹿げた話!」

 

蓮側の長門と吹雪が訴える。しかし、

 

「……その馬鹿なことにしか賭けられないやつがライダーになる。

俺の願いについては、話すと長い。今は差し当たりの課題に話を戻すぞ」

 

「真司さん!真司さんまでどうして危険なことを!?」

 

三日月も真司に問う。

 

「俺は、この悲惨なライダーバトルを止めるために戦ってる。

なんとかミラーワールドを閉じて、この戦いを終わらせたい……」

 

「ミラーワールド……?」

 

「ライダー達がいつも戦ってる、鏡の中の世界。三日月ちゃんには前に言ったよね、

現実世界にはミラーモンスターって怪物がいるって。

そいつらが棲んでいるのもミラーワールドで、奴らを倒すのも、俺が戦う理由」

 

「それで真司さんはドラゴンと一緒に戦ってるんですね……

話は変わりますけど、真司さん言ってましたね。あのドラゴンと“契約”してるって。

なんなんですか、契約って」

 

「あいつはドラグレッダーっていうんだけど、

あのドラゴンも実はミラーモンスターなんだ」

 

「ええっ!?」

 

「……そう、カードデッキは

1体以上のミラーモンスターと契約することで効果を発揮する。

ただし、定期的にミラーモンスターを倒したり、その他の生物を食わせて

生命エネルギーを供給しないと、契約破棄とみなされ、デッキの持ち主が食い殺される」

 

真司に続いて蓮が説明した。ライダー達の宿命を。ライダー以外の皆が言葉を失う。

 

「それは……やめられないんですか、司令官……」

 

震える声で問う吹雪。

 

「止められないし止める気もない。戦いの放棄はつまり契約破棄、末路は同じだ」

 

「くそっ!もし私がずっと提督を監禁していたら、どうなっていたか……!!」

 

「気にしないで。深海棲艦を倒してあいつもたらふく食ったから当分は大丈夫」

 

「本当に、本当に済まなかった……」

 

「……とりあえず検索しよう。“ミラーモンスター”、検索結果:0件。

公には知られていないようだな」

 

蓮側の長門がキーワードを検索するが、当然出てくるはずもない。

 

「ああ、知っているのは、神崎とライダーだけだ。

とにかく、今戦うべきなのは、ライダーだけじゃない。

ミラーモンスターは現れ次第、俺達が対処する。問題なのは……」

 

「イレギュラー、か」

 

「イ、イレギュラー?」

 

真司は初めて聞く言葉なので意味がわからない。隣の三日月が説明する。

 

「初めてお会いした時、真司さんにもお話した、悪質ユーザーのことです……」

 

「……ああ、“x029785の悲劇”は広く知られている」

 

蓮側の長門がつぶやく。そして蓮も続けた。

 

「今のところ重要なのはそいつらにどう対処するかだ。

なぜ神崎が無関係な連中までこの世界に送り込んでくるのかはわからん。

考えても分からん問題に時間を割いても仕方がない。

だが、気休め程度の自衛策ならある」

 

「本当ですか!?司令官!」

 

吹雪を含め、全員が蓮に注目する。

 

「まず、来訪者を手放しで歓迎することはやめろ。初めはあくまで事務的に接する。

神様扱いしたければ、そいつの本性を見極めてからでも遅くはない。

次に、提督権限についてもそれまでは伏せておけ。

特に、艦娘が提督に危害を加えることが出来ない点についてはな。

さり気なく武装をちらつかせて、“いざとなったらお前を殺せる”と思わせておく」

 

「ふむ、なるほど。

そう言われると、確かに我々にも無防備なところがあったかもしれん」

 

今度は真司側の長門が納得する。

 

「確かに、一人目のイレギュラーは砲を向けたら逃げ帰って行きました。

提督権限のシステムを説明する前で助かりました。

本当はただ撃てないようになってただけですけど」

 

三日月がここに訪れたイレギュラーについて語りだす。

 

「まぁ、赤城さん達を殺した奴を撃てなかったのは、

私に勇気がなかったのか、システム上の制御なのかはわかりませんけどね……」

 

真司は、さっと悲しげな笑みを浮かべる三日月の手を握った。

 

「人を殺すことなんて勇気じゃない!殺さなかったことが勇気なんだ!

あの日も言ったよね。プログラムのシステムなんかじゃない、

君の優しさが思いとどまらせたんだって」

 

「真司さん……」

 

三日月はうっすらと涙を浮かべ、何度もうなずく。皆、黙って様子を見守っている。

 

「ありがとう。ありがとう真司さん。

……ごめんなさい、みなさん。話の腰を折っちゃって」

 

「いいんだ。君は、あの事件の生き残りなんだから」

 

蓮側の長門が答える。

その時、真司はまた意味の分からない言葉が出てきたので手を上げる。

 

「はい、はい!提督権限ってなんですか!」

 

「何だお前、そんなことも知らなかったのか?」

 

「しょーがないだろ!ここ来てほとんど閉じ込められっぱなしだったんだから!」

 

「申し訳ない……。せめて私から説明しよう。

提督権限とは、その名の通り、本来はこのゲーム世界を円滑に運行させるため、

提督に与えられる特権のことだ。例えば、今、秋山提督がおっしゃったような、

艦娘は提督を攻撃できない、提督は艦娘に拒否できない命令を下せる、

担当鎮守府のシステムをある程度変更できる、などだ」

 

「なるほどー。あれ?でも、じゃあ、俺ってそもそもなんで捕まってたの?

多分“やめろー”とか“はなせー”とか言ってたと思うんだけど」

 

「それは、真司さんがまだ正式に提督に就任していなかったからだと思います。

ほら、あの時“チュートリアル”の途中だったじゃないですか。

そこに深海棲艦が迫ってきて、戻ってきたときに捕まっちゃったから……

多分、真司さんの命令はただのチャットテキストとして処理されたんだと思います」

 

「あー、なるほど。そういえばそうだったね~。あ、あともう一個だけ!」

 

「なんだ今度は!」

 

「さっき、そっちの長門さんが自己紹介で“なんとか鎮守府”とか、

番号っぽいもの言ってたけど、あれは?」

 

「城戸提督、あれは各鎮守府に割り当てられるアルゴリズムナンバーです。

サーバー内にはユーザーの数だけ、無数の鎮守府が存在します。

それらを管理するための通し番号です」

 

蓮側の長門が答えてくれた。

 

「そっか。ありがとー。……でもさあ、yなんとかなんとかっていうの、

覚えにくいっていうかややこしくない?

俺達の間だけでもさ、なんかわかりやすい名前つけようよ。

これからしょっちゅう行き来することになりそうだしさ」

 

「あ、それいいですね。私可愛い名前がいいです!

キャラメルパフェ鎮守府とか~間宮餅鎮守府とか~ミルクプリン鎮守府とか~」

 

「却下だ。仮にも軍事基地に食い物の名前つけるとかどういうセンスしてる。

というかお前の頭には食い物しかないのか」

 

「すみませ~ん……」

 

蓮に手厳しく却下され、落ち込む吹雪。

 

「オホン。では、私から提案だが、提督方の名字を頭に付けてはどうだろうか。

例えばここは城戸鎮守府」

 

「名案だ。それで行こう」

 

「異議なーし!なんかいいな、俺の名前の基地とかカッコイイし!」

 

「うむ、では、大淀に連絡を取ってオープンチャンネルで全鎮守府に、

そのように提案してもらおう。アルゴリズムナンバーは私達が知っていればいいから、

反対意見は出ないだろう」

 

蓮側の長門の提案を、真司の承認を経て、真司側の長門が大淀に発信した。

そして、5分程度で返信が帰ってきた。

 

「……わかった、ありがとう。決まったぞ。

これから鎮守府には来訪者の名字を付けることになった」

 

「今後は鎮守府間の連絡は緊密にしたほうがよさそうだな。

重要な決定事項や連絡は全鎮守府に開示するべきだ」

 

「ああ、そうだな」

 

「いよっしゃ、やったぜー!」

 

「はしゃぎすぎだ、馬鹿」

 

「とにかく、ご苦労だったな、“私”」

 

「なに、これくらい。それはそうと、鎮守府名を変更したら、

さっそく名字付きの鎮守府が見つかった。

ひょっとしたら知り合いかもしれないぞ、フフ」

 

「誰、誰、なんて人?」

 

「その名も、“浅倉鎮守府”だ」

 

……!!

 

蓮と真司は戦慄した。ここがミラーワールドであることを考えると、

当てはまる浅倉は一人しかいない。様子がおかしい二人に真司側の長門が声をかける。

 

「どうしたんだ。やっぱり知り合いか?」

 

「長門、二人共“浅倉威”を検索しろ。それがそいつの正体だ」

 

二人の長門が検索エンジンにアクセスし、その名を検索する。

徐々に二人の目が驚きで見開かれる。

 

「まさか……。まさか、逃走中の殺人犯が提督に!?」

 

「人殺しの、提督!?」

「嘘、ですよね……?」

 

吹雪も三日月もショックを受ける。

 

「残念だが事実だ。しかも厄介なことに浅倉もライダーだ」

 

「そんな、なんということだ!……そうだ、“私”!

ここの大淀に浅倉鎮守府の様子を調べてもらってくれないか?

浅倉という男がイレギュラーである可能性が高い!

必要なら提督方に救援を要請しなければ!」

 

「ああ、今すぐ!……大淀?急いで浅倉鎮守府の情報を!」

 

皆、固唾を呑んで真司側長門を見守る。再び待つこと5分。

彼女がこめかみにあてた指を話すと告げた。

 

「とりあえずは、安心していい。……浅倉鎮守府は今のところ平穏だ。

提督も艦娘達を傷つけるようなことはしていないらしい」

 

「妙に歯に物が挟まったような言い方だな。何か気になることでもあるのか?」

 

「それが……浅倉提督は、イレギュラーを1人殺害したそうだ」

 

蓮と真司はやはりか、という表情で。駆逐艦達は小さく悲鳴を上げる。

 

「なんだと!?提督が提督を殺害など、そんなことありえん!」

 

「いや、浅倉なら十分ありえる。奴はモンスターだ。

イレギュラーを殺したのも、鎮守府を助けるためなんかじゃない。

ただ殺し合いを楽しみたかっただけだろう」

 

「知っているのか、提督……?」

 

「奴とは何度か戦った。暴力がなければ生きていけないような男だ」

 

「司令官、浅倉鎮守府に行かれるんですか?その、ライダーバトルをするために……」

 

「……いつか決着はつけなければならないが、今じゃない。今は目の前の問題。

深海棲艦、イレギュラー、ミラーモンスターだ」

 

「よかった……って喜んでもいられないんですよね。時が来たら……」

 

「まぁ、そういうことだ。吹雪、長門。俺達はもう帰るぞ」

 

秋山鎮守府の3人が席を立つ。真司側長門がドアを開ける。

 

「お見送りしましょう。皆さん、お気をつけて」

 

 

 

そして、桟橋に停泊したクルーザーの前で

秋山鎮守府と城戸鎮守府の面々は別れを告げた。

 

「じゃあ、またな、蓮」

「お気をつけて、秋山提督」

 

真司と城戸側の長門が蓮達を見送り、

 

「ああ、そっちもな」

「そっちの“私”も警戒は怠るなよ」

 

蓮と秋山側の長門もそれに応える。

 

「また会おうね、三日月ちゃん」

「うん、吹雪さんも元気でね!」

 

長門がクルーザーの舵を握ると、船体が光り、データの粒子となって消えていった。

 

「さってと!それじゃあ、今度こそ俺は一度戻らなきゃ。

長門、それまで鎮守府のこと、よろしくな!」

 

「ああ、任せてくれ」

 

「あ、私、ゲートまで付いていきます」

 

 

 

執務室。真司は例の01ゲート(真司が名付けた)の前に立っていた。

 

「おーし、大丈夫大丈夫、信じろ俺、絶対戻れる!」

 

真司は祈るように手をすり合わせ、自分に言い聞かせる。

 

「真司さん、待ってますから。ずっとここで」

 

「うん、すぐに戻るから!」

 

真司は三日月に親指を立てると、意を決して、ゲートに飛び込んだ。あの時と同じ感覚。

数え切れないほどの数字が並んでいるのに、何も手に触れられない。

空間の流れに身を任せるだけだった。しばらく宙を泳いでいると、突然光に包まれる。

これもあの時と同じ。今度は現実世界の方に出たんだ!

真司は眩しさに目を閉じ、じっとしていた。

 

 

 

 

 

「うおっ!」

 

パソコンモニタから放り出され、ドシン!と大きな音を立てて、

身体が壁に叩きつけられた真司。痛ってえ……もうちょっとマシな出方させろよ神崎ぃ!

心のなかで文句を言いながら立ち上がる。

そこは誰もいない、薄暗いOREジャーナルのオフィスだった。時計を見る。

時刻は5時過ぎ。よかった、とりあえず誰もいないし家に帰ろう。

言い訳は今夜中に考え、て……ドアを開けようとしたら、向こう側に開いた。

そこにはニッコリ笑った大久保が。

 

「上着忘れたから取りに戻ったら。大きな音がしたもんで。泥棒かと思ったんだが。

久しぶりだなぁ……コラ真司いぃ!!」

 

 

 

 

 

「皆さん、ご迷惑をお掛けして、どうも、すいませんでしたぁ!!」

 

翌日。

真司はオフィスの真ん中で盛大に土下座をしていた。

デスクの大久保は無表情で彼を眺め、令子は冷たい目で見下ろしている。

島田は何かを期待するようにニヤニヤしている。

 

「あのねえ、あんた、自分が何やらかしたかわかってんの!?

就業中に失踪して何日もいなくなるから、社員全員があんたのこと探し回ってたのよ!

編集長はあらゆるコネを使って情報収集、

島田さんは一日中パソコンであんたの足取りの追跡!

私はここ数日オタク街の聞き込み調査でもうクタクタよ!」

 

「ああ、令子さん、ごめんなさい!申し訳ありません!本当に反省してます!

ああ、編集長も島田さんもすみません!本当にすみませんでした!」

 

激怒する令子を始め、OREジャーナルメンバーに、

床に張り付くほど平身低頭で謝る真司。

そんな様子を見つめていた大久保がつぶやくように尋ねた。

 

「……それで。お前さ、結局なにやってたんだ」

 

「え……?」

 

「お前は馬鹿だけどただサボるやつじゃないことはわかってるわけよ俺だって」

 

大久保は真司をじっと見る。

残念ながらとっさに上手い嘘が出てくるほど真司は賢くなかった。

ありのままの事実を告げるしかなかった。

 

「言えよほら、なにやってたんだ」

 

「それは、その……」

 

本気で悩む真司の姿を見て、大久保は決めた。

 

「言えねえってか。……しょうがねえなぁ、ま、もう少し我慢してやっから

できることはなるべくやっとけよ。ただし給料は大幅ダウンだ。

令子や島田に示しが付かねえからな」

 

「編集長……ありがとうございます!この恩は一生忘れませんから、

一生ついていかせてください!ああ肩お揉みしますよ凝ってますね~」

 

大久保の心遣いに思わず感激し、じゃれる真司

 

「編集長!城戸君を甘やかしすぎです!

せめて何があったかくらいは社員全員に聞く権利があります!

こんなことを認めていたら城戸君自身が駄目になるんですよ!?」

 

「そうです~城戸君が、どこからどうやって

艦これにアクセスしたのか聞き出さないとです~」

 

「わかったわかった!そう怒るなよ……

真司、やっぱり何してたかくらいは説明してくれ」

 

猛烈な勢いで噛み付く令子に押し負け、結局大久保は真司に証言を求めた。

 

「……わかりました。何が起きても驚かないでくださいね」

 

真司は自分のデスクのパソコンを起動し、DMM.comにアクセスし、

艦隊これくしょんにログインした。大久保と令子も後ろで見守る。

島田は自分のデスクで真司のパソコンのネットワーク接続状況を監視していた。

 

 

《提督が、鎮守府に着任しました。これより艦隊の指揮を取ります!》

 

 

「これが“艦隊これくしょん”?はぁ、城戸君もこういう絵が好きなの?」

 

「いや、絵だけじゃなくて、ちゃんとゲームとしても面白いんですよ!

キャラの育成はもちろん、資材の運用や、修理や建造に実時間が掛かるから

戦略的な……」

 

「はいはい、これのなにが関係あるのかさっさと答える!!」

 

「すみません!ええと、俺がいなくなった時、昼休みのことでした。

艦これにアクセスすると……」

 

「あのね?昼休みとはいえ、これは会社の資産なの。それをゲームに……」

 

「まぁまぁ、とにかく今は続きを聞こうぜ?」

 

「こっちもIPアドレスの確認バッチリです!」

 

「そう、このロード画面がぐにゃぐにゃってなって……」

 

 

《あなたが司令官ですね。三日月です。どうぞお手柔らかにお願いします》

 

 

「……あれ?」

 

なんの変化も起きることなくロードが終わってしまった。

画面右側で昨日別れたばかりの三日月がこちらを見ている。

 

「これが、なんだってんだ?」

 

「あれ、おっかしいな……あの、さっきの黒い画面が出てきた時に、

画面がぐにゃぐにゃして、俺、ゲームの中に閉じ込められたんですよ!信じてください!

俺、この女の子とも友達に……!」

 

大久保にすがりつくように訴える真司。しかし。

 

「いい加減にして!!」

 

令子のカミナリが落ちる。

 

「嘘ならもうちょっとマシな嘘をつきなさい!

さっき編集長は、あんたを信じてチャンスをくれたのよ?

それをこんなくだらないゲームで裏切って!申し訳ないと思わないの!?

あんたは記者としては半人前だけど、物事に対する真っ直ぐな姿勢だけは評価してた。

でももう終わり!あんたは人の真心を……」

 

「本当なんです!信じてください!!」

 

「……!?」

 

突然大声を上げ、懇願する真司。驚き、つい攻撃の手を止める令子。

やはり彼をじっと見る大久保。

 

「みんなは……生きてるんです。どうして今は駄目なのかわからないけど、

皆だってこの中で喜んだり悲しんだり、泣いたり笑ったり、確かにこの手で……」

 

「あ、あんたねえ、本当に冗談は……」

 

「まままま、令子。これは今流行りのいわゆるゲーム脳ってやつだ。

こいつは俺が知り合いの医者にカウンセリング受けさせるから、な?

それなりの責任も取らせるから」

 

「……編集長がそうおっしゃるなら」

 

「あの~例の二重IPまだですか~?フツーのアクセスしか表示されないんですけど」

 

「それも、あれだ、中止だ中止!真司には……そうだな、

失踪中に溜まった仕事の片付けと反省文を徹夜で書かせる!そんなとこでいいだろ?」

 

「はい……」

 

「残念~タイムマシンが遠のいていく……」

 

 

 

午後5時。終業時刻のアラームがオフィスに響く。

 

「では編集長、お先に失礼します」

「私もマリリンちゃんと晩酌します。さよなら~」

 

「おう、気をつけてな」

 

帰宅する令子と島田を見送る大久保。当然真司は居残り。

大久保も少々事務処理が残ったため、残業である。

 

「この度は、皆様に、多大な、ご迷惑を、おかけし、誠に申し訳なく……」

 

真司はまず、学生時代に書かされて以来苦手な反省文から手を付けていた。

そんな彼に大久保が話しかける。

 

「……なあ真司。本当にゲームの中の世界に入ったのか」

 

「え、信じてくれるんですか!?」

 

「小さいけどよぉ、俺も伊達に会社の社長はやってねえし、お前とも長い付き合いだ。

適当な嘘で人をあしらうような野郎じゃないことは知ってる」

 

「編集長……はい、俺、確かにこの中に入ったんです。中で知り合いとも会いました!

艦これの中で何かが起こってるんです!」

 

思わず立ち上がって訴える真司。大久保は黙って頷いた。

 

「よし……わかった!昼間も言ったが、出来ることは今のうちにやっとけ。

まぁ、お前も有給やら病欠やらうまく使ってなんとかしろ」

 

そしてパソコンをシャットダウンして立ち上がる。

 

「じゃあ、俺は帰るが、反省文だけは書いとけよ。令子に見せなきゃまた怒鳴られるぞ」

 

「……はい、ありがとうございます!!」

 

真司は去っていく大久保に深くお辞儀した。……ありがとう、編集長。

 

 

 

 

 

午後10時。

 

「ふぁ~あ、やっと書けた」

 

反省文を書き上げた真司は時計を見る。もうこんな時間か。

もうすぐビルも閉まっちゃうし、仕事は明日にしよう。もうすっかり暗く……!!

真司が外の景色を見ようと窓を見ると、窓ガラスに神崎士郎の横顔が映っていた。

 

「神崎!!」

 

「用事が済んだのなら早く艦これの世界に戻れ」

 

「どういうつもりだよ!入れたり入れなかったり……いや、そんなことは今はいい。

どうして無関係な人間をあの世界に入れたんだよ!

悪い奴らのせいで、みんなが傷ついたり、悲しい思いをしたんだぞ!」

 

「偶然の産物だ。俺としてもライダー以外の侵入は防ぎたいところだが、

艦これ世界に続く鏡は、数万、いや数百万、もしくは

それを上回る数のデータが行き交い、映り込む。

その全てを排除するのは俺にも不可能だ。そういう場所に存在する。

たまたま艦これにアクセスした者のデータがその鏡に入り込み、

モニターが入り口となった。……まさに、イレギュラーな事態だ」

 

「鏡……?なんだよそれ、どこにあるんだよ!」

 

「知る必要はない。

どこであろうと、ライダーバトルが行われることに変わりはないのだから」

 

「ふざけんな!艦娘のみんなを巻き込むな、神崎!」

 

真司は窓ガラスに向かって走るが、辿り着いた瞬間、神崎は消えてしまった。

 

「くそぉ!」

 

暗いオフィスで、真司は一人叫んだ。

 

 

 

 

 

次の日。

大久保はデスクの上に置かれた反省文と、メモ書きを見つけた。

 

 

>すみません。やることをやってきます。 城戸真司

 

 

「おはようございま~す。……城戸君は、まだと」

 

令子が出社してきた。大久保は真司を探す彼女に反省文を渡す。

 

「真司ならしばらく病欠だ。ほら、昨日言ったろ。

知り合いに心理カウンセラーがいるんだ。そいつに診てもらうことにするわ」

 

「それがいいですね。あの様子だと重傷みたいでしたし」

 

プリントアウトされた反省文を速読しながら、令子が答えた。

……戻ってこいよ、真司。

 

 

 

 

 

ブォン!

 

「だぁぁ!!」

 

またしても01ゲートから乱暴に放り出された真司。

床をゴロゴロ転がった後、身体の痛みをこらえて立ち上がった。

 

「痛ってえよ……」

 

部屋は月明かり以外照らすものがない暗闇だ。

現実世界と艦これ世界の時間はリンクしている。真司は反省文とメモ書きを置いた後、

もう一度パソコンで艦これにアクセスした。

すると、今度はあの画面のゆらぎが再び発生し、モニタに引き込まれた。

とりあえず今日はソファで寝よう。

そう思った時、タタタタ……と階段を駆け上る足音が聞こえてきた。

そして、パタン!といきなりドアが開かれた。そこにいたのは、三日月。

彼女は、息を切らせてこう言った。

 

「おかえりなさい、真司さん」

 

「ただいま、三日月ちゃん!」

 

真司も、笑顔でそう答えた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 ID: Lethal Enforcer

「う~ん、大和のフルコースは絶品だね。吾郎ちゃんのフレンチにも引けを取らないよ」

 

優雅な手つきでナイフとフォークを使い、ローストビーフを口に運ぶ北岡。

彼は執務室に持ち込んだ食事用テーブルで、

そばに控えるコック姿の戦艦大和の手料理に舌鼓を打っていた。

室内には、これまた彼が注文した蓄音機からクラシック音楽が流れる。

 

これほどの贅沢が許されているのは、もちろん彼が

提督権限を乱用するイレギュラーだからなどではない。それに見合った戦果を上げているからだ。

卓越した頭脳で現有戦力を最大限に活かし、最小の損耗で様々な海域の解放を達成した彼は、

既に優秀な提督として艦娘達の信頼を得ていた。

 

「ふふ。ありがとうございます。お食事後にはこちらを」

 

大和はワイングラスに飲み物を注ぎ、テーブルに置いた。

丁度コースを食べ終えた北岡は、口を拭いてグラスを手に取り、一口含む。

 

「!? ね、ねぇ大和。これってデザートワイン?」

 

思わぬ甘みに一瞬パニックになる。

 

「いいえ。大和特製のラムネです。さっき艤装内で瓶詰めしたばかりの作りたてなんです!」

 

「あ、ああ、なるほどね。乾杯……」

 

苦笑いして懐かしい味を飲み込む北岡。

そう言えば、第二次大戦で造られた大和にもラムネ工場があったって聞いたことがある。

 

ワインに関しては吾郎ちゃんに軍配かな。

今度帰ったら、とっておきのロマネを開けてもらおう。

吾郎ちゃんにも来て欲しかったんだけど、ライダー以外は入れないみたいなんだよね。

 

まぁ、そうなると、この変な現象はやっぱり神崎の仕業で……

そのうち他のライダーも来るってことになるのかな。

それにしても、いきなりゲームの中に引きずり込まれた時にはどうなることかと思ったけど、

リアルな世界として生きるにはなかなか楽しいじゃない。

まだここに来て半月足らずだけど、最近のゲームも馬鹿にできないね。

 

「このところ不思議な出来事がよく起きてますね~」

 

食器を片付けながら大和が世間話を始めた。ネクタイを直しながら北岡が尋ねる。

 

「不思議なこと?」

 

「なんでも他の鎮守府に提督以外の人間のプレーヤーさんが続々といらしているようで」

 

「……ふ~ん。ちなみに、どんなやつなの?」

 

「皆さん不思議な鎧を着て自ら深海棲艦と戦ってらっしゃるとか。

龍を従えて戦う赤い戦士、黒い鎧を着た騎士のような方、あと、もうお一方。

その方は普通の人らしいんですが、イレギュラーをやっつけたそうなんですよ~

頼れる方ばかりですね」

 

大和は浅倉のイレギュラー殺害については良い話しか聞かされていないようだった。

艦娘達の不安を煽らないためのこの鎮守府の長門による情報統制だろう。そして北岡は考える。

……城戸と秋山。やっぱりもうライダーバトルのメンツが集まりだしてるってことか。

他の1人は知らないが、イレギュラーってなんだ?

 

「なるほど。面白い人達だね。ところで、イレギュラーってなんなの?」

 

「ああ……。提督は現実のお仕事も忙しいから、ご存じないのも無理はありませんね」

 

やはり北岡の執務室にも01ゲートが浮かんでいる。

大和は若干表情を悲しげなものにして、イレギュラーについて説明する。

 

「……そんな連中がいたなんてね。

もう少し俺が早く来てたら、そいつらを再起不能にできてたんだけど。

大体ネットゲーマーなんてろくでもないやつばっかりだし」

 

イレギュラーの横暴について聞いた北岡は、偏見混じりの見解を述べる。

 

「あまり危険なことはなさらないでくださいね。

提督はこの鎮守府の頭脳なんですから、艦隊戦での殴り合いなら私達に任せてください!」

 

大和は腕を曲げて力こぶをつくるようなジェスチャーをした。

……さて、俺がライダーだってことはいつ明かすかな。それともこのまま伏せとくか。

考えていると、ドアのノックが聞こえた。

 

“飛鷹だけど。入るわよ提督”

 

「うん。もう食べ終わったし、入ってよ」

 

北岡の秘書艦、軽空母飛鷹が入室した。ロングヘアが目を引く艦娘。

白を基調とした、赤い縁のスーツと和服をかけ合わせたような上着と、

真っ赤なロングスカートが特徴的。

 

「それじゃあ、私は失礼しますね」

 

「うん、ごちそうさま」

 

飛鷹と入れ替わるように大和が部屋から出ていった。

 

「ほら、これに着替えて」

 

飛鷹は提督用軍服一式をテーブルに置いた。北岡は、“またか”と額に手を当てる。

 

「前にも言ったじゃん。俺の制服はこのスーツ。いわばビジネスマンの鎧だよ?」

 

「駄目よ。この純白の軍服こそ提督の証、鎮守府の長を象徴する旗印なんだから。

今日という今日は着てもらうわよ」

 

「それは無理だ。軍服を着て弁護士バッジ付けるなんて、完全に文民統制の原理と矛盾してる。

とにかく着る気はないからしまってよ」

 

「はぁ……。どうしてこの服は人気がないのかしら。他の提督方も着てくださらないっていうし」

 

「堅苦しいんだよとにかく。Tシャツとか作れば?“月月火水木金金”とか書いてさ」

 

「できるわけないじゃない、そんなこと!観光地のお土産じゃあるまいし!」

 

「そんなことより北方海域の海図を出してよ。あの戦艦だらけの海域をなんとかしないと。

さぁて、何が必要で何が足りないのか検討しなきゃ……」

 

「もう、すぐそうやって仕事に逃げるんだから。はいどうぞ、提督!」

 

飛鷹は呆れつつテーブルに海図を広げた。

うーん、やっぱり奴らと渡り合うには総合力バランスより、

攻撃・防御を突出させたほうがいいかな。資材を惜しまずこちらも戦艦を……と

北岡は思考を走らせる。

 

そんな彼の姿を見て飛鷹は思う。

本当、提督としては頼りになるんだけど、ちょっと

ワガママで子供っぽいところが玉に瑕なのよね。

そんな彼女の気苦労などどこ吹く風で、北岡はゆったりと海図を眺めていた。

 

 

 

 

 

北アメリカ某所

 

 

夜。モーテルの1件すら見えない広い荒野に、戦闘ヘリ、戦車、そして銃器で武装した兵士

一個大隊が整列していた。一際目を引くのは、荷台が巨大モニタと化したトラックだ。

モニタの前に指揮官らしき体格のいい白人の男が立っている。

荒れ地に似つかわしくない上等なスーツに、ブロンドと青い瞳。

彼は衛星電話で何者かに電話を掛けた。相手も待っていたのだろう、1コールで繋がった。

ブロンドの男は流暢な日本語で話しだした。

 

「ハロー?プロフェッサー。コチラノ、ジュンビハ、オーケーデスヨ」

 

“こちらも入金を確認しました。では、今から送付するコマンドを連続して実行してください。

まだ確実な接続方法ではありませんが、10000回に1回程度の確率で成功するはずです”

 

「ノープロブレム。PCナラ、アットイウマ。

……ネンノタメノ、カクニンデスガ、オタガイ、“シンライ”ヲ、ダイジニシタイ、モノデスネ」

 

“ご安心くださいミスター。私も裏組織相手に詐欺を働くほど、愚かではありませんよ。

妻も子供もいる身なのでね。成功率はともかく、

そのプログラムは必ず例のポイントにアクセスするようになっています”

 

「オー!ソレハ、スバラシイ!ボクタチハ、サッソク、シュッパツシマス。デハマタ」

 

“それでは、よい旅を”

 

そこで通話は切れる。ブロンドの男はヘリに乗り込むと、トラックの兵士に無線で指示を出した。

 

「おい、例のプログラムは届いたか?」

 

“はい。今、ダウンロードが完了したところです”

 

「起動しろ」

 

「はっ」

 

トラックの乗務員がノートパソコンを操作すると、荷台のモニタにも同じ画面が大写しになる。

 

>MWS.exe is running...failed

>MWS.exe is running...failed

>MWS.exe is running...failed……

 

コマンドプロンプトに同じメッセージが高速で流れていく。黙って見守るブロンドの男。

そして待つこと数分、画面に変化が現れる。

 

>MWS.exe is running...OK Now_Accecing

 

「Yes!」

 

思わず声を上げる男。何しろこの先には未知のテクノロジーが待っているのだ。

地味な武器の横流しとは比べ物にならないビジネスチャンスだ。

コマンドプロンプトがなおも複雑な処理を流していると、徐々に周辺の空間が揺らぎ始めた。

兵士達からどよめきが上がる。間もなく転送が始まる。男は総員に無線で連絡。

 

「総員に告ぐ、落ち着いて作戦通り事に当たれ。転送終了後は私の指示を待て」

 

“ラジャー”

 

返答が返ってくると同時に、巨大モニタから波紋のように放たれる空間のゆらぎが強まり、

やがて一個大隊のヘリ、戦車、兵士全てを飲み込んでいった。

 

 

 

 

 

Login No.<不正なアクセスを検出しました_管理者にお問い合わせlhg;>

 

 

 

暗闇に0と1が浮かぶ不思議な空間を抜けると、まず真っ白な洋館が目に飛び込んできた。

右手は赤レンガの巨大な倉庫のような施設。他にも生活スペースと思しき建物がある。

地上では、我々の姿を見て、カンムスとやらが騒いでいる。今はそんなことはどうでもいい。

ここの代表と話をしなければ。

 

「ここが、未来の世界……。ヘリを降ろせ。私が降りている間に陣形を整えておくように」

 

「ラジャー」

 

着陸が終わると、ヘリから降りた男はゆっくりと洋館に向かって歩き出した。

司令官がいるとするなら、あの立派な建物である可能性が高いし、

いなくても誰かしらいるだろう、そいつから聞き出せる

 

『侵入者に告ぐ、そこで止まれ!止まらなければ撃つぞ!止まれ、聞こえないのか!』

 

鎮守府全体に設置された警報用スピーカーから長門の声が響くが、男は歩みを止めようとしない。

通りの角から、艦娘達が現れ、行く手をふさぎ、機銃や砲を男に向けた。

 

「動かないで!」

 

「貴方は提督じゃない、不法侵入者!やろうと思えば攻撃は可能なんですよ!」

 

 

>ヘーイ!ここからは英語が苦手なみんなのために、帰国子女の私が同時通訳するヨー! 金剛

 

 

「ふむ。撃つのは構わないけど、君達のコマンダーにご迷惑がかかると思うよ。

それに、場合によっては、彼に大きな利益をもたらすことだって出来るんだ。

僕達は話し合いに来ただけだ。本当だよ」

 

「嘘!じゃあ、あの戦車や兵隊は何!?」

 

「話し合いは時として、喜ばしくない結論に達することもある。そんな時のための自衛手段だよ」

 

「要するに、言うことを聞かないと殺すってことでしょ!?私達にあんなものが……」

 

──待った。みんな、彼をお通しして

 

騒ぎを聞きつけ洋館から出てきた北岡が、艦娘達を止めた。

皆、男を睨みながらしぶしぶ道を開ける。

 

 

 

 

 

執務室

 

 

北岡は侵入者の男を執務室に招き入れた。

そして、対面式ソファで向かい合い、互いに自己紹介を始めた。北岡のそばに飛鷹が立つ。

 

「……はじめまして、私は北岡秀一。この鎮守府の提督。現実世界では弁護士です」

 

「ナイストゥーミーチュー、Mr.北岡。お目にかかれて光栄ですよ。

私は、“Sons of Daidalos”北アメリカ支部総帥のデイビッド・E・アーカンソーです」

 

「北岡で結構ですよ。で、今日は裏組織の幹部が

わざわざゲームの中までどういういったご用件で?」

 

「裏組織ですって!?」

 

飛鷹が驚く。鎮守府の外、つまり現実世界をろくに知らない彼女が、

いきなり普通に生きている者なら関わることのない存在を目の前にしたのだから、

無理もないだろう。

 

「Sons of Daidalos(ダイダロスの子ら)。

世界中のあらゆる紛争地域や、金はあっても技術がない国に、

様々な輸出入禁止の軍事兵器を売りさばいている世界規模のシンジケート」

 

「オー!知っててくれたとは嬉しいよ。

そう、必要としている人に、必要なものを提供するのが僕達の仕事。

もちろん、それなりの報酬はもらうけど」

 

「それってつまり、死の商人じゃない!戦火を膨らませ、戦争にさらに戦争を呼ぶ悪党じゃない!

提督、やっぱり戦うべきよ!」

 

「ノーノー、お嬢さん、それは原因と結果を取り違えてるよ。

僕達がいるから戦争が起こるんじゃない。戦争したい人がいるから僕達がいるんだよ」

 

「飛鷹、いいから。確かに彼の言うことにも一理ある。買うやつがいるから売るやつがいる。

……だけど、それと私達に何の関係が?」

 

「簡潔に言うと、僕達は良きビジネスパートナーになれると思うんですよ。

北岡は僕達にこの世界に関する情報、カンムスという存在の詳しい身体的特徴、

特に現実とこの世界に行き来する方法を教えてほしい。あなたは知っているかな?

このゲームのデータは2013年に存在しているんです。

つまり、あなたは現実とゲームを往復する時にタイムトラベルをしているんですよ。

そう、このゲームはタイムマシンの開発に繋がる可能性を秘めている。

そして我々はあなたの口座に悪くない報酬を振り込む」

 

2013年!?初めて知った事実に驚く北岡だが、ポーカーフェイスで切り返す。

 

「なるほど?確かにあれを応用すれば、そういったことも可能かもしれませんね。

しかし、残念ですが、ご協力はできかねます。

私とて、この世界を完全に把握しているわけではないし、

タイムマシンについても、決して現実的とはいえない。

どこか一国がそんなワイルドカードを持っていたら、世界のパワーバランス、いや、

人類の歴史そのものが崩壊する。

最後に……。艦娘の特徴ですが、それはつまり、

外科的手術で体組成を見せろ、ということですよね。

大事な部下をそんな目に合わせることは、できませんよ」

 

飛鷹は何も言わないが、ずっとアーカンソーを睨んでいる。

 

「ご心配には及びません!僕達はタイムトラベル技術を一国で独占するつもりなどありませんよ。

アメリカを始め、ロシア、中国、ヨーロッパ各国に公平に分配しようと考えています。

よく考えてください。これは核に代わる“安全な”戦争抑止力になるんですよ。

カンムスの方に関しては……。少々気の毒だけど、文明の進化のためにはやむを得ない犠牲です。

それに、言ってしまえば彼女達はデータの塊。売り渡した所で、

あなたは今まで通りクリーンな人間でいられる。

そう、僕達は、あくまで、平和主義者なんですよ」

 

それを聞いて飛鷹が激怒する。そして北岡も心を決めた。

 

「くっ……!!黙って聞いていれば勝手なことを!

やっぱり航空戦なら私に任せて、あの妙な航空機を私の烈風で!」

 

「待ちなよ飛鷹!」

 

「どうして止めるのよ!?」

 

「そのヘリ、AH-64アパッチっていうんだけど、両ウィングに付いてる武装を見てごらん」

 

窓の外を見ると、ヘリが3基ホバリングしている。

どの機も、各ウィングにヘルファイア対戦車ミサイル4発、そして、

蜂の巣のようなポッドにハイドラ70ロケット弾が19発装填されている。

更に、前方下部にはM230機関砲が搭載されている。

 

「あれ、対戦車用とは言え最新鋭の兵器なんだよね。

第二次大戦中の艦艇を元に生まれたみんなが食らったら、多分怪我じゃ済まない。

それに、いくら君の烈風が強力でも、

恐ろしい威力と発射レートを誇るあの機関砲には太刀打ちできない」

 

「グレイト!あなた本当に物知りです!だからこそ、本当に残念。

良いビジネスパートナーになれると思ったんですが……」

 

アーカンソーが左脇のホルスターから回転式拳銃を取り出し、北岡に向けた。

思わず飛鷹の血の気が引く。

 

「!?」

 

「……音楽を掛けたいんだけど」

 

だが、北岡はゆっくりと立ち上がり、蓄音機に近寄った。

 

「オーケー。でも妙なことはしないでください。私も最期の時を邪魔したくはありません」

 

北岡は黙って蓄音機にレコードをセットし、ゼンマイを巻き、そっと針を置いた。

ゆったりと、静かで、そして悲しげな曲が流れ出した。

 

 

“Why does the sun go on shining? Why does the sea rush to shore?”

(なぜ太陽は輝き続けるのかしら。なぜ波は打ち寄せるのかしら)

 

「Skeeter Davis……“The End of The World”。名曲ですね。僕も好きだよ」

 

“Don't they know it's the end of the world? It ended when I lost your love.”

(皆は世界が終わったことを知らないのかしら。あなたの愛を失った時に)

 

 

歌の流れる中、北岡はクローゼット近くの姿見の前に立ち、

ネクタイを締め直し、スーツを軽く手で払う。こんなところかな。

 

「フム、最期の瞬間まで身なりに気を遣うとは、あなたビジネスマンの鏡です。

だからこそ惜しい、本当に惜しい」

 

その時、丁度曲が終わり、レコードがゆっくりと回転を止めた。

 

「素敵な歌も終わり。さて、日本ではこういうものを“冥土の土産”というらしいね」

 

「そう。これは、あなた方への、レクイエムですよ」

 

「何っ?」

 

北岡は答えず、さっとスーツからカードデッキを抜き取り、姿見にかざした。

すると、姿見と現実の北岡の腰にベルトが実体化。その時、北岡の真後ろに神崎が現れた。

 

“少しだけ手を貸してやる。さっさとイレギュラーを始末しろ”

 

それだけを言うと、さっと姿を消した。

 

北岡は驚く様子を見せず、両腕を一瞬クロスすると、曲げた右腕を立て、左腕を腰に添える。

 

「変身!」

 

北岡の体に3体の光の鏡像が重なると、グリーンのスーツに

ロボットを思わせる重厚なメタルアーマーを装備した、仮面ライダーゾルダが現れた。

 

「なんだと!」

 

「うそ、提督もライダーだったの!?」

 

「くそっ!!」

 

アーカンソーが44マグナムをゾルダに2発撃った。

狭い室内を揺さぶるような銃声がこだまするが、

大口径のリボルバーもライダーの装甲には効果がなかった。

 

「シィット!」

 

アーカンソーは慌てて執務室から飛び出し、外に待機させた部隊の元へ戻っていった。

 

「さて、イレギュラーハントと行きますか」

 

外に出ようとするゾルダに飛鷹が付いていき、文句をぶつける。

 

「ちょっと、どうして黙ってたのよ!とにかく私も戦うから!」

 

「後、後。さっきも言ったけど、ヘリに近づいちゃ駄目だよ」

 

「はいはい、わかってますー!」

 

ゾルダが大きく音を立てつつ1階の出入り口のドアを蹴破ると、

既に部隊が戦闘態勢に入り、アサルトライフルを構えた兵士が大勢なだれ込んで来ていた。

ゾルダの正面に10人の兵士が隊列を組んで立ちふさがった。

 

「総員攻撃開始!ファイア!」

 

隊長格らしき兵士が叫ぶと、全員がアサルトライフルを発砲。

無数の銃弾がゾルダに雨あられの如く叩きつけられるが、

やはり通常兵器でライダーのアーマーを傷つけることはできなかった。

 

「な、なんだあいつは!?」

 

「RPG!RPGだ!」

 

さて、どうしようかなぁ。まだカードを使うほどの敵ではないけど……!?

その時、部隊後方のアパッチが翼の大きな回転音を響かせ離陸した。

同時に、ヘルファイアを一発ゾルダに向けて発射。すかさずゾルダはカードを1枚ドロー。

銃型バイザー、マグナバイザーのマガジンに装填。スロットを押上げた。

 

『GUARD VENT』

 

カード発動と同時にヘルファイアが着弾。大爆発を起こす。が、ゾルダの前方を覆い隠すような、

何かの胴体らしき巨大なアーマーが現れ、衝撃からゾルダを守った。すかさずゾルダも反撃。

銃型武器にもなるマグナバイザーで、兵士達に連射。3人に命中し、彼らが悲鳴を上げる。

 

「ぐああ!!」

 

「飛鷹、走れ!」

 

「ええ!!」

 

ライダーバトル用の武器、マグナバイザーが命中した兵士は胴に穴が空き死亡。

瞬く間に0と1の集合体になり、宙に消えていった。

アパッチが走る飛鷹とゾルダに向け、なおもM230・30mmチェーンガンで追撃をかける。

全力で走った彼らの後を、小口径砲のように大きな銃弾が破壊していく。

本館の壁が大きく一直線上にえぐられる。

その時、ゾルダは兵士を乗せたトラックと戦車が宿舎の方へ向かっていくのを見た。

 

「飛鷹、君は宿舎を頼む!きっと駆逐艦の娘達が逃げ遅れてる筈だ!ヘリは俺が!」

 

「任せて!烈風、あの兵士達を追撃して!」

 

飛鷹がサッと滑走路が描かれた巻物を伸ばすと、その上に航空機型に描かれた式神を乗せる。

式神はみるみるうちに実体を伴い、高性能戦闘機、烈風に变化し、

宿舎に向かった兵士を追いかけていった。

そして、彼女自身も烈風を追いかけて宿舎へと走っていった。

それを確認したゾルダに、ヘリと戦車部隊が石畳を踏み潰しながら迫りくる。

ゾルダはカードをドロー、マグナバイザーにリロード。

 

『SHOOT VENT』

 

カードが発動すると、ゾルダの両腕に一門の大砲が現れた。

まずはデカブツに一発くれてやりますか!

ゾルダは広場に展開された戦車の1両に照準を合わせて、トリガーを引いた。

間近で稲妻が落下したかのような発砲音と共に大口径砲の実体弾が放たれ、

戦車に命中。一撃で爆破。

砲塔が宙を舞い、後にはキャタピラだけが戦車の面影を残す残骸が残された。

中から乗務員だったと思われる0と1の粒子が漏れている。

しかし、戦車はまだ何両もあるし、ヘリは3機とも健在。まだ戦いは始まったばかり……

だから嫌なんだよ、法律を守らない連中は!

 

 

 

 

 

その頃、飛鷹は息を切らせながら宿舎へと続く道を必死に走っていた。既に宿舎の方角から銃声が鳴り響いている。

やっと宿舎にたどり着くと、入り口の前でバリケードを築いた大和や他の重巡洋艦達が

兵士や戦車と睨み合っていた。

 

「私達にそんな銃は効きません!大人しく投降しなさい!」

 

古鷹が叫ぶ。そしてまだコック姿から着替えていなかった大和も続く。

 

「そうです!私の46cm砲なら、戦車が何台来ようと平気です!」

 

だが、兵士達は引く様子を見せない。

 

「お前達を殺す必要はない。だが、中の連中がこれに耐えられるか?」

 

兵士が大きな直方体の平気を肩に担いだ。M202ロケットランチャー。

四連装のロケット弾を発射する兵器である。

 

「まだ抵抗を続けるなら、こいつと戦車の大砲でその小屋をふっ飛ばす。

誰か一人くらいは頭が消し飛ぶかもしれんぞ」

 

「この……卑怯者!!」

 

どうしよう……これじゃ、烈風を連れてきた意味がないじゃない!

兵士はともかく、機銃弾で戦車を撃ち抜けるわけが!!

烈風は彼女の頭上を旋回しているが、その時、遠くの高台が一瞬光り、

遅れて飛んできた銃弾に1機が撃ち落とされた。

その後も、数秒おきに1機、また1機と撃ち落とされていく烈風。え、どうして!?

彼女は知らなかったが、既に一個大隊の兵士が鎮守府全体に配置され、

警戒にあたっていた航空機がスナイパーに狙撃されたのだ。飛鷹は歯噛みした。もう駄目、私に何ができるの……?

 

が、その時。彼女はなんとなく何処かから金属の反響音が聞こえてきたような気がした。

なにかしら。スピーカーの不調?と、彼女が不審に思った瞬間、凄まじい悲鳴が聞こえてきた。

艦娘ではなく、兵士達の。え、なに?飛鷹がまた視線を宿舎に向けると、

信じがたい光景が広がっていた。

 

「ギャアア!メーデー!メーデー!」

 

「撃て!総員攻撃態勢!」

 

見たこともない化け物が兵士に襲いかかっているのだ。

誰かの指示と同時に全員が怪物にアサルトライフルで応戦するが、

怪物は激しい銃撃を意にも介さず、バリバリと兵士をヘルメットごと頭から食っている。

断末魔の悲鳴を上げる兵士。飛鷹達は思わず目を背ける。

 

「撤退、撤退だ!」

 

「ヘリのところへ戻れ!」

 

兵士を乗せたトラックと戦車は食われ行く兵士を見捨てて、

急ハンドルで洋館の方へ戻っていった。

そして、呆気にとられていた飛鷹も、慌てて二本の指に式神を挟んで彼らの後を追う。

 

 

 

 

 

一方、ゾルダは苦戦を強いられていた。

ヘリ、戦車隊、無数の兵士を同時に相手にしなければならない。

それどころか、彼は洋館前広場で戦っていたが、この戦場、広いようで狭い。

大勢の敵に埋め尽くされていることもあるし、東側には弾薬類が貯蔵されている工廠がある。

そこに砲弾やミサイルが撃ち込まれたら、鎮守府全体が吹っ飛ぶ。

必然、洋館に向かって西側の限られたエリアでの乱戦を強いられていた。

マグナバイザーで群がる兵士を撃ち、戦車砲弾、ヘリのハイドラを回避しながらの反撃。

ヘリを撃ち落としたいが戦車を放っておけばまともに砲撃を食らう。

ゾルダの疲労はピークに達していた。

 

「くそっ、どうしてこんなにいるのかな……っとと!」

 

またも予期せぬ方向から戦車の砲撃が飛んできた。一体どこに潜んでた?

撃破しても撃破しても次から次へと湧いて出る。

 

 

 

 

 

「奴はもう虫の息だ。始末しろ」

 

ヘリに乗り込んだアーカンソーが総員に指示を出す。

だが、その時、彼の無線にあちこちから返信が殺到した。

 

「撤退、撤退します!」

「救援乞う!化け物が!!」

「RPGが効かねえ!来るなぁ!」

「ギャアア!!」

 

「どうした、何が起こっている?」

 

だが、いずれの無線もそこで途絶える。化け物?カンムスの反撃?

彼女達は人殺しに強い抵抗感を持っていると聞いていたが?まあいい。

兵員が戻り次第ここで迎え撃つ。

 

 

 

 

 

その時、ゾルダの両脇の道からフルスピードで戦車やトラックが疾走してきた。

そして慌ててヘリの真下に付く。

敵の増援か?と思ったが、それらの後を追うように両手に剣を持った怪物や、

頭部が大きな球体になったクラゲのような怪物が彼らに付いてきた。

……なるほど?“手を貸す”ってこういうことね。

 

「待たせたわね!」

 

その時、飛鷹がゾルダの横に飛び込んできた。

 

「今度こそ、役に立つから!」

 

「サンキュー、それじゃあ、2,3分、奴らを足止めしてくれないかな。

ゲームで言うところの必殺技があるんだけど、ちょっと発動に時間が掛かるんだよね」

 

「わかったわ!全機爆装!さあ、飛び立って!」

 

飛鷹は再び巻物を広げ、霊力を帯びた式神を滑らせた。

式神は爆弾を積んだ爆撃機に変化し、広場で混乱に陥っていた敵部隊に爆撃を始めた。

爆風を受けた敵兵が陣形を崩し、直撃を受けた戦車の砲身がひん曲がる。

M230機関砲に爆撃隊が次々撃墜されているが、まだ数はある!

とにかく提督のために時間を稼がなきゃ!飛鷹は次々と爆撃隊を放って行った。

 

そして、ゾルダはマグナバイザーに必殺のカードをリロード。

 

『FINAL VENT』

 

ゾルダの足元に水たまりのような波紋を放つ次元のゲートが開き、

そこからバッファローのような角を持つロボット型ミラーモンスター、

鋼の巨人マグナギガの姿がせり上がってきた。

そしてゾルダはマグナギガ背部の挿入口にマグナバイザーを差し込む。

 

「飛鷹!俺の後ろに下がれ!」

 

「ええ!」

 

飛鷹はジャンプして爆撃機の1機に片手でぶら下がり、ゾルダ後方に一瞬にして移動した。

 

「耳塞いでたほうがいいよ……。それじゃあ、これが、君達の最期だ」

 

ゾルダがマグナバイザーのトリガーを引くと、マグナギガの前装甲が開き、

内蔵されていた武装が解放され、ビーム砲にエネルギーが充填された。

 

「バイバイ」

 

その一言と同時に、全身のビーム砲、誘導ミサイル、大口径ガトリングガンが一斉発射され、

ゾルダにとどめを刺そうと集めっていた敵部隊に襲いかかった。

武装ヘリも、重戦車も、重装甲の兵士も、驚きのまま、大爆発と高エネルギーの圧倒的火力の前に

死体すら残さず0と1の粒子に分解されていく。

 

ゾルダのファイナルベント「エンドオブワールド」で、まさに敵の世界は終わりを告げた。

かろうじて1機のヘリが煙を上げながら巨大な01ゲートに逃げていったが、

あの様子では長くは保たないだろう。ヘリが逃げた後、01ゲートは消滅。

後に残されたのは、おそらく戦車やヘリだったと思われる鉄屑。

兵士はビーム砲の熱で痕跡すらとどめていなかった。

 

「ふぅ、なんとかなったかな」

 

変身を解いたゾルダは、額の汗を拭った。その時、スピーカーから長門の声が聞こえてきた。

 

『提督、偵察に当たっていた艦娘から連絡だ。艦娘は全員無事。

敵兵は撤退したか、正体不明の怪物に襲われ死亡。無事なら飛鷹に連絡を送らせて欲しい』

 

「だってさ。飛鷹、こっちも大丈夫。敵は全滅したって長門に伝えてよ」

 

「ええ」

 

飛鷹はメッセージを託した式神を作成司令室に飛ばした。そして、北岡の方に振り返る。

 

「ねえ、提督」

 

「なに?」

 

ゴチッ!と痛い音が細い指先から飛ぶ。彼女は北岡に強力なデコピンを放った。コツを掴んだ者から食らうデコピンはかなり痛い。

 

「痛ったあ!なにすんだよ飛鷹!」

 

北岡はたまらず悲鳴を上げたが、構うことなく飛鷹は問い詰める。

 

「どうして黙ってたのよ!貴方も仮面ライダーだってこと!」

 

「それはさあ、言う機会なかったっていうか、

言おう言おうと思ってたら今日になったっていうか……」

 

「私がどれだけヒヤヒヤしたと思ってるの!?あいつが銃を抜いたとき!」

 

「だから悪かったって。……しかしさあ」

 

北岡は周りを見回す。

 

「何よ」

 

「美しくないんだよ、このしっちゃかめっちゃかの状況!」

 

北岡は両腕で訴える。広場の石畳や庭木は戦車でバキバキに踏み潰され、

ヘリのミサイルや機関砲で洋館は半壊状態だ。

 

「何かと思えばそれ?“再起動”すればいいじゃない。あっという間に元通りよ」

 

「再起動?何それ」

 

「提督権限の1つ。この世界を構成するデータを読み込み直すの。

“提督権限、再起動実行”って宣言するの。そうすれば侵略者襲撃前の状態に戻せるわ」

 

「なにそれ聞いてないんだけど?」

 

「貴方もライダーだってこと隠してたでしょ?おあいこよ」

 

「それならデコピン1発分こっちが損なんだけど?」

 

「男なら細かいこと気にしないの。さぁ、早く。それとも今日からボロ屋で寝る?」

 

「わかったよ!提督権限、再起動実行」

 

少しやけっぱちに宣言すると、北岡の視界がブラックアウトし、

遠くに白い艦船のシルエットと“Now Loading”の文字が浮かんで見えた。

そして数秒立つと再び洋館の前に戻る。

そこには戦闘の後など微塵もなく、元の美しい白亜の邸宅が立っていた。

 

「……うわ、すっごいね、これ」

 

「すっごいね、じゃないでしょ!

提督には聞きたいこと、言いたいことが山ほどあるわ、ほら、早く来て!」

 

「痛たた!引っ張んないでって、歩くから!」

 

そして北岡は飛鷹に執務室へ連行されていった。

 

 

 

 

 

北アメリカ某所手前

 

「機体、コントロール効きません!!」

「なんとか体勢を立て直せ!!」

 

エンドオブワールドで致命傷を負ったアーカンソーの搭乗するヘリは、

01ゲートの中で横回転していた。

そして、光に包まれ、荒野に放り出されたヘリは、地面に激突し、爆発した。

 

「おい、あれは!?」

 

「総帥の機体だ!!」

 

慌ててトラックの乗務員が降りようとするが、爆発の衝撃で飛び散った焼けた鉄片が、

トラックの燃料タンクを貫いた。

そして、巨大モニタも、プログラムが記録されたパソコンも、全てを巻き込み大爆発を起こした。

 

 

 

 

 

都内 某所

 

「……」

 

回転式の大きなソファで白衣の男がパソコンのモニタを眺めていた。

 

>MWS.exe is terminated

>Fatal Kernel Error

>END

 

「やはり彼らでは無理でしたか」

 

男は中指で眼鏡を直して呟いた。

 

「直接我々が出向くしかなさそうです」

 

そして、男はブラウザを立ち上げ、DMM.comのサイトを開いた。

そこには艦娘達のそばに“今すぐ出撃!!”という文字が浮かんでいた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 ID: Reincarnate Pass:**********

深夜。昼間は人の波が耐えることのなかった渋谷のオフィス街にも静けさが降り、

林立するビルも闇に包まれ、チラホラと明かりが見えるだけとなる。

老いたそのホームレスは渋谷の道端にダンボールを敷き、

ボロボロの毛布に身を包んで、吹き付ける風の寒さに耐えていた。

すると、静寂を破るようなやかましい若者達の声が近づいてきた。

 

「つーかさあ!今日の朝会マジ眠かったんだけど!」

 

「話つまんねえんだよ、あいつ!」

 

「あたしあの部長生理的に無理だわ!マジキモイ」

 

飲み会か何かで酔っているのだろう。

大声で談笑しながらスーツ姿の3人の男女が男に近づいてきた。

そして一人が男の前で立ち止まった。

 

「おっとホームレスはっけーん!……ってマジ臭え!公園で体拭けよ汚えな」

 

「本当、こうなったら人生終わりだな。なんていうか、ゴミ?

こうなっても生きてるんだからホームレスって不思議だわマジ。俺なら自殺モンだわ」

 

ホームレスの男は何も言わずにただうつむいている。

 

「ほら、おっさん。なんか言えよ。なんでお前生きてんの?

俺達の税金で整備した道で寝泊まりさせてやってんだ。

ほら、感謝の言葉は。ん?」

 

「ハハ、ビビってんだよ。負け組乞食と俺達勝ち組エリートの差ってやつ?

見てろ、絶対何もしてこねえから。ほらよ!」

 

スーツの男がホームレスの前に置かれていた缶を蹴飛ばした。

僅かに投げ入れられた小銭が道路に散らばる。

 

「……」

 

「ほら、なんもしてこねえだろ。身の程ってもんはわかってるらしいぜ」

 

「アハハ、やめたげなよ、おっさんが稼いだお恵みなんだからさあ」

 

「……」

 

「おい、てめえいい加減なんか言えよ。シカトこいてんじゃねえぞ!」

 

男は身勝手な苛立ちを覚え、ホームレスの胸ぐらを掴んだ。

 

「乞食の分際で一般人への礼儀がなってねえんだよ!!」

 

そして男はホームレスを殴り飛ばした。

歩道に叩きつけられたホームレスはしばらく動けなかった。

 

「ちょっと、よせよ……。パクられたら出世に響くぜ」

 

「あ、あたし知らないからね。あんたが勝手にやったんだから。」

 

「警察もこんなゴミ相手にしねえよ!ああ、もう行こうぜ!

酔い覚ましにラーメン食いてえ」

 

「あ、俺も」

 

「あたしパス。太るのやだし」

 

3人組は去っていった。

ホームレスはゆっくりと体を起こすと、散らばった硬貨を拾い出した。

 

──確かにお前の人生は、間もなく結末を迎えることになるだろう

 

「!?」

 

振り向くと、コート姿の長身の男が気配もなくホームレスの後ろに立っていた。

 

「だが、最期にもう一度だけ輝くチャンスを与えられる。お前にその気があるのなら」

 

男はコートから不死鳥のエンブレムが施されたケースを取り出した。

 

「さあ、このまま行き倒れ朽ち果てるか、戦いの果てに散りゆくか。

お前の望む最期を選べ」

 

「……!!」

 

ホームレスは縋るように震える指でカードデッキを受け取った。

 

 

 

 

 

「さっきのジジイ傑作だったな!」

 

「あれはもうやめとけよ。誰かがサツにチクったらやばかったぞ」

 

「最初にジジイ挑発したのは誰だっけ?」

 

「なんでもいいわよ、あたしは巻き込まないでよね」

 

「うるせえな。文句あるなら一人で……ん?」

 

スーツの3人組は路地裏の屋台に向かいながら話していたが、

前方に妙な人影を見て思わず立ち止まった。何かの着ぐるみだろうか。

全体的に金色の翼をモチーフにした衣装を纏い、奇妙な装備を身に着けた人物が

両腕を上下に置きながら行く手を塞いでいる。

 

「おい、どけ。邪魔だよ」

 

「……」

 

「どけっつってんだよ!ふざけた格好しやがってぶっ殺……」

 

グォン!

 

「がぺっ!!」

 

男は最後まで話すことができなかった。突然金色の人影から

人間離れした威力の裏拳を喰らい、顎と全ての歯を粉砕されたからだ。

 

「あああがあっ!あが!おえのはがぁ!」

 

砕けた歯や血を吐き出しながら、激痛に転げ回り、のたうち回る男。

それを見たもう一人の男の頭に血が上る。

 

「……おい明美、これ正当防衛だよな、殺しても文句ねえよなぁ?」

 

「え、あ、うん。多分……」

 

「おいコラ、舐めた真似してくれたじゃねえか!ああん!?」

 

「……」

 

「何とか言えや!……あぁ、さてはてめえ、さっきのジジイだな?

手足ぶち折ってふざけたマスクに指突っ込んで目ン玉潰してやるよ!」

 

どう痛めつけてやろう、まずは顎を砕いてあいつと同じになってもらおうか!

男はボクシング部で鍛えた拳を謎の人物に放った。

全国大会出場経験のある男のパンチが相手の顔面に飛ぶ。

重く、早い拳が相手の顔面を捉えた。

 

そう思った。しかし、命中する寸前に男の拳は、

乾いた音と共に謎の人物の手のひらに受け止められた。なんだと!?

こいつ、あのジジイじゃないのか?男はもう一撃繰り出そうと右手を戻そうとするが、

万力に挟まれたかのような力で掴まれ、全く動かすことができない。そして次の瞬間、

 

ぐしゃり……

 

掴まれた拳は完全に握りつぶされた。五本の指はめちゃくちゃな方向に折れ曲がり、

手の甲も完全に砕かれ、骨折した部分から骨が飛び出し血があふれる。

傷が癒えてもまともに物を握れなくなった手をかばいながら男が泣き喚く。

 

「いぎゃあああ!だえが!だれがきゅうきゅうしゃ呼んで!けいさつの人呼んで!

いだいい!!ますい打ってえぇ!!いでえよおぉ!」

 

「……い、いや!」

 

血みどろの惨劇に恐れをなした女が後ろに逃げ出す。

が、反対方向にいたはずの謎の男が目の前に立ちふさがった。

男が瞬間移動した跡に金色の羽根が舞う。男は左手で女の顔を掴んだ。

女は恐怖に震えながら涙を流す。

 

「や、やめてください……」

 

そして、男は右腕を上げ、人差指と中指を立てた。

 

「お願いします……」

 

それが、彼女が最後に見た光景だった。

気づいた時には二本の指が女の目に突き刺さっていた。

 

「……あ、あ……いったああああい!!だれかぁ!だれか来てぇ!!」

 

激痛と光を奪われた恐怖に女は逃げるように這い回る。

そして金色の人物は、勝ち組から転落した3人を眼下に、翼のように両腕を広げた。

その堂々たる姿はまさに不死鳥の名に相応しかった。

 

「既にライダーシステムを使いこなしているな。

お前を選んだのは間違いではなかったようだ」

 

「……」

 

ホームレスから黄金の戦士に生まれ変わった男の姿を神崎が見つめていた。

 

「今までのお前は死に、オーディンとして蘇った。

これからは、ライダーバトルを司る存在、仮面ライダーオーディンとして生きろ」

 

「……心得た」

 

虐げられし者が天高く羽ばたき、最強のライダーが誕生した瞬間だった。

 

 

 

 

 

──城戸鎮守府 執務室

 

 

城戸鎮守府を北岡が訪ねてきた。

お互いの情報交換も兼ねて真司が蓮にも声をかけ、こうして提督3人の会合となった。

さすがに3人も長門がいてはややこしいので、同席しているのは、

城戸鎮守府の長門と真司の秘書艦三日月だけだ。

 

「……ともあれ、結局イカロスは落っこちる運命だったってわけよ。

で、こっからが肝心。そんな激闘の後でくたびれてる俺を、

飛鷹が執務室に軟禁して説教だよ。2時間も。信じられる?

本当、普段から口うるさいのに、怒ったら尚更”コレ”なんだから、

やんなっちゃうよ」

 

北岡は頭の上で両手の人差し指を立ててみせると、

話が一段落したところでテーブルの器に盛られた柿ピーを口に放り込んだ。

長門と三日月は腑に落ちない様子で皆を眺めている。

 

「悪徳弁護士は物事の優先順位も付けられんのか。

裏組織の軍隊がここを嗅ぎつけた話はともかく、

お前が秘書の尻に敷かれてることのどこが“肝心”だ」

 

そして蓮がチーズ鱈を1本かじる。

 

何故だろうな。

何故でしょう……

 

「とにかく、そいつの話が本当なら、俺達、今2013年にいるってことですよね。

せめてここから現実世界を覗き見する方法とかないかなぁ……」

 

真司は酸っぱい匂いが食欲をそそる酢漬けイカを裂く。

 

会話の内容は真面目なのに、どうして3人は、おつまみばかり食べているんだ?

ビールもありませんのにね。昼間から飲まれても困りますけど。

 

そんな彼らが酒なし宴会を開いていると、外から声が聞こえてきた。

 

 

“提督、待ってください!アポなしでの訪問は失礼に……”

 

“うるせえ……!!”

 

 

北岡はひとつため息を付くと、手に残った柿ピーを吸い込み、

ボリボリ噛みながら窓辺に立った、蓮と真司も外を見る。

浅倉が、止めようとする足柄を無視して洋館に近づいてくる。

 

「神崎士郎も人が悪いよ。大和から聞いた”もう一人”があいつだったなんてね」

 

「鎮守府の頭に提督名が付くようになった時点で気づけ」

 

「あいにく俺はお前と違って忙しいんだよ。細々としたことは秘書に任せてる」

 

「言ってる場合かよ!どうすんだよ。……戦うんですか?」

 

「駄目でふ、ライダーバトルなんて!どっちが勝っても提督が!」

 

チーズ鱈をつまみ食いしていた三日月が北岡を止める。

 

「ここにいたってそのうち来るさ。俺も負けるつもりはないし。

向こうがその気ならやるだけだよ」

 

そして北岡は二本指でサインを送り、執務室から出ていった。

 

「一人でどうするつもりだあいつ!」

「待てよ蓮!俺も行く!」

「私も行きます!威嚇射撃程度なら!」

 

「うむ、私も行こう!」

 

他のメンバーも次々出ていき、

最後に残った長門も、裂きイカをひょいと一口つまんで階段へ向かった。

 

“北岡ァ!”

 

“頭突きをしないでください!ドアノブを回せば開きますから!”

 

1階に降りた一同が見たのは、今にも破られそうなほど

激しく揺さぶられている玄関扉だった。そして浅倉が足柄の静止を受けた一瞬後、

ドアノブが回ると、一人の艦娘と満面の笑みを浮かべた浅倉が姿を表した。

彼がずかずかと中に入ってくる。

 

「ハッ……!会いたかったぜ北岡ァ!!」

 

「お前も懲りないやつだね。まぁいいさ。ミラーワールドに法律はないし?

俺が死刑を執行してやるよ」

 

「面白え……。表に出ろよ」

 

「いけません、北岡提督!お下がりください!

浅倉提督もこれ以上の暴挙はご遠慮頂きたい!」

 

「いいよ、長門さん。こいつとはちょっとした因縁があってね。

俺が始末しなきゃ後味悪いっていうか」

 

「因縁……?なぜ浅倉提督が北岡提督の命を狙うのです!?」

 

「俺が外の世界じゃ弁護士だってこと、話したかな?

奴が逮捕された時、俺が弁護を担当したんだよね」

 

 

 

“懲役10年。まあまあ納得できる判決だと思うよ。

俺としてもギャラの範囲内で全力は尽くしたし”

 

“無罪にできる弁護士じゃなかったのか”

 

“程度ってもんがあるわけよ。

ここまで減刑させるだけでも、強引な手使わなきゃいけなかったし?

大体さ……動機がイライラしたから?通用しないよそんなの”

 

浅倉は二本の指で北岡を手招く。北岡が顔を近づけると浅倉が呟いた。

 

“今もイラついてる、無罪にできない役立たずに”

 

二人の間に緊張した空気が走る。呆れた北岡が鞄を閉じて立ち上がる。

 

“弁護するにもさ、相性ってもんがあるんだよね。

浅倉さん、悪いけどあんたとは合わないわ。

控訴するんなら、他の弁護士雇ってよ。じゃあね”

 

 

 

「まぁ、その後荒れに荒れてたらしいよ。

ともかく、浅倉は自分を無罪にしなかった俺を恨んでるわけ。

色んな所に手ぇ回して頑張ったっていうのに……。っていうかあいつ、

俺のギャラどうやって工面したんだろう」

 

「そんな……。それでは完全に逆恨みではないですか!」

 

「それが犯罪者の思考ってやつよ。じゃあ、ちょっと行ってくるから」

 

「ああ、待ってよ北岡さん!」

 

「真司さん、二人を止めてください!」

 

「わかってる!」

 

真司と三日月が北岡と浅倉を追いかける。

 

「あの馬鹿、放っておけばいいものを。……いや」

 

そして蓮も彼らに続いた。

 

 

 

 

 

場所を洋館前の広場に移し、4人のライダーが集まった。

皆、洋館の窓ガラスの前に立ち、カードデッキを取り出す。

いけない!もう力づくで止めなきゃ!

足柄が後ろからこっそり浅倉に近づき、一瞬で彼に飛び掛かり、羽交い締めにした。

浅倉は激しくもがくが、やはり重巡洋艦の力で押さえつけられ、逃げられない。

 

「お前……。何の真似だ!」

 

「もうおやめください!提督の暴走を止めるのが私の役目、

このまま鎮守府にお戻り頂きます!

それとも力で敵わないときだけ便利に提督権限を使われるのですか!?」

 

「フッ、面白いやつだな、お前。お前もライダーだったらよかったのに……なっ!」

 

浅倉はすっと腰を深く落とし、彼女の服を掴み、

上半身を目一杯使って足柄を背負い投げした。

 

「きゃああ!!」

 

突然視界が一回転した足柄は、驚いて思わず腕を離してしまう。

彼女は前方に放り出され、倒れ込む。

その隙に浅倉は、蛇のエンブレムが施されたカードデッキを

彼の姿が映り込む窓ガラスにかざす。すると、鏡像と現実の浅倉の腰にベルトが現れた。

そして、右腕をゆっくりと、そして素早く、コブラの捕食行動のように動かすと、

 

「変身!」

 

ベルトにデッキを装填。浅倉の身体に光るライダーの輪郭が重なり、

パープルで統一されたアーマーを装備した仮面ライダー王蛇が現れた。

 

「ふぅ……」

 

そして首を回してコキコキと鳴らす。他の3人も次々と変身する。

 

「変身っ」「変身!」「変、身!」

 

そして、各々SHOOT VENT、SWORD VENTで武器を召喚。

 

「っしゃあ!……って装備したのはいいけど、どうすりゃいいんだよ、これ!」

 

龍騎が迷っている間にも、ゾルダと王蛇が戦闘を始めてしまった。

ゾルダはマグナバイザーを連射するが、王蛇は螺旋状の筋が入った剣、

ベノサーベルで弾き返し、巧みに身体を反らして回避する。

そしてあっという間に接近し、ゾルダに一太刀浴びせた。

 

「があっ!」

 

後ろに倒れるゾルダ。すかさず王蛇が追撃、

今度は尖った剣先を突き刺そうとベノサーベルを下に向ける。

だが、ゾルダも倒れたまま、またマグナバイザーを撃つ。

思わず王蛇が後退した隙にカードを1枚ドロー。マグナバイザーにリロード。

 

『SHOOT VENT』

 

2種類あるSHOOT VENTの2つ目が発動。

ゾルダの両肩に連装ビーム砲が出現。

やっぱり手が塞がらない分、こっちが便利だよね。さぁ、銃殺刑と行きますか。

ゾルダがビーム砲を連発。強力なエネルギーが着弾した地点で爆発が起こる。

その後も次々と連射するが王蛇もダッシュで回避する。

王蛇は走りながらカードをドロー。コブラを模した杖、ベノバイザーに装填した。

 

「……便利なカードは、最後に取っとけ」

 

『STEAL VENT』

 

カードが発動すると、ゾルダのビーム砲が身体を離れ、王蛇の方へ飛んでいった。

 

「お、おいちょっと、どこ行くの!?」

 

そしてビーム砲は王蛇の肩に。

相手の装備を盗むSTEAL VENTで強力な武器を奪われ、いきなり劣勢に立たされたゾルダ。

 

「でかいピストルは……、嫌いじゃねえ」

 

今度は王蛇がゾルダを狙い撃つ。

ゾルダもジグザクに走って回避するが打開策が見つからない。

もうひとつのSHOOT VENTは、でかくて両手が塞がるから持ちながら避けるのは無理。

FINAL VENT?発動を待ってる間に木っ端微塵だ!

 

ゾルダが考える間にも、王蛇は回避パターンを読み、

ビーム砲で着実にゾルダを追い詰めていく。

そして、左肩の砲で牽制し、ゾルダが横に回転ジャンプして地面で転がったところを、

右肩で狙撃。ゾルダの胴に着弾した。

 

「ぐあああっ!ああ……」

 

「フン……」

 

致命傷には至らなかったものの、衝撃で動けないゾルダに王蛇が忍び寄る。

そう、獲物を狙う蛇のように。

 

「北岡さぁん!!」

 

龍騎もドラグセイバーを片手に呼びかけるが、返事がない。

やっぱり……、やるしかないのか、浅倉を!!

その時、龍騎は不意に殺気を感じて思わず剣を横に構えて身をかばった。

刀身が鋭い音を立て、一瞬の差で反射的に受け止めた。ナイトのウイングランサーだった。

 

「なんだよ……。どういうつもりだよ蓮!」

 

「……いい機会だ、俺と戦え。俺達がここに来た理由を忘れたのか」

 

「ふざけんなよ!俺はライダーバトルを止めるために来たんだ!」

 

「まだそんなことを言っているのか。戦わなければ遠からずお前が死ぬ」

 

ナイトはカードを1枚ドロー。ダークバイザーに装填した。

 

『TRICK VENT』

 

カード発動と同時に、4体の分身が現れ、攻撃を開始した。

 

「くそっ、たあっ!」

 

龍騎は分身に向け斬撃を繰り出すが、四方八方からの攻撃に追いつかず、

圧倒的不利な状況に追い込まれる。

 

「真司さん!!」

 

叫ぶ三日月。だが、提督同士の戦いに左手の砲も横槍を入れることができない。

 

「くそおおお!なんでこうなるんだよ、せっかくのチャンスなのに!

新しい世界に来たのに!」

 

幾度も刺突を受ける真司の叫びが三日月の胸を打つ。

 

私は……、私は真司さんのために何もできないの?

ただのちっぽけな駆逐艦でしかないの……?

 

しかし、戦いを見ていることしかできなかった三日月があることに気がついた。

せめて、せめて、あの分身なら!よく見ると、5体のナイトのうち、

どこか動きが単調な個体が見られる。そいつが分身と考えて間違いないだろう。

提督は無理でも、分身体なら……!三日月は12cm単装砲を構える。

 

龍騎を取り囲み、ジリジリと距離を詰める5体のナイト。

直撃はさせずに、あの不自然な2体付近で!彼女は艤装に砲弾を装填。

そして照準を合わせる。

 

「当たって!!」

 

燃える砲弾が、分身と思しきナイトの足元に着弾。爆発し、強い衝撃を叩きつけた。

吹き飛ばされた2体のナイトは立ち上がることなく、空間に溶け込み、消えていった。

やっぱり!よく考えたら、提督が相手ならそもそも撃てないもん!

 

「サンキュー、三日月ちゃん!」

 

ナイト達に警戒しつつ、親指を立てる龍騎。

 

「……まあいい。ライダーバトルにルールはない」

 

だが本体のナイトは平静さを欠くことなく、攻撃を続ける。

龍騎もそれをドラグセイバーで受け流し、カードをドロー。ドラグバイザーに装填。

 

『GUARD VENT』

 

龍騎の左手に、ドラグレッダーの爪と腹を象った盾が現れた。

おし、これで防御もバッチリ!あとはこいつで……

 

「うおおおお!」

 

龍騎は、盾を手に、渾身の力でナイト本体に体当りした。

 

「くっ!」

 

思わぬ突進に、バランスを崩し、動きが止まるナイト。

 

「三日月ちゃん、こいつ以外をお願い!」

 

「わかりました!……ええいっ!!」

 

今度は迷いなく、直撃させた。三日月の放った砲弾を食らった分身が消滅する。

分身を全て失ったナイトだが、それでも果敢に攻め続ける。

龍騎はそれを盾で受け止めながら説得を続ける。

 

「よせ、蓮!何のためにこんな戦い始めちまったんだよ!」

 

「話した所で何になる!」

 

ナイトは龍騎を蹴飛ばし距離を取る、そして改めてウィングランサーを構えた。

だが、その時。

 

 

「そこまでだ」

 

 

どこからかコート姿の男が港の方角から歩いてきた。

 

「神崎……!!」

 

龍騎の言葉に艦娘達は驚きを隠せない。

この戦いを仕組んだ張本人が突然現れたのだから。

 

「貴様が……、神崎士郎か!」

「あ、あなたが、真司さん達にライダーバトルを……」

「提督方を送り込んでいるのは、貴方!?」

 

「ならば……。イレギュラーが現れだした原因も、貴様かぁ!!」

 

神崎は黙って広場へと歩き続ける。

長門は艤装を身に着け、機銃を放つが、弾丸は神崎の身体をすり抜ける。

 

「何っ!」

 

「俺に実体はない。このライダーバトルは一旦中止だ。紹介すべき人物がいる。

部外者の介入もあった」

 

「なんだよ……もう少しで北岡殺せんだよ。邪魔すんじゃねえ!」

 

王蛇も無駄だろうが何だろうが神崎に両肩のビーム砲を放つ。

やはりエネルギーは神崎をすり抜け、明後日の方向で爆発する。

 

「浅倉、お前はこの戦いを楽しんでいるか」

 

「当たり前だ……。どこでこんな派手な殺し合いができる」

 

「ならば、なおさら“彼”は知っておくべきだ」

 

「ほう、もっとライダーが増えるってのか?」

 

激情にかられていた浅倉が話を聞く体制に入った。皆も話に聞き入っている。

 

「そうだ。ライダーバトルの審判者が誕生した。

お前達が最後に勝ち残った時、勝者たる資格を戦いで問う者だ」

 

「審判者だと?」

 

 

 

Login No.013 ?

 

 

 

蓮が問うと、上空に眩いばかりの光を放つ人影が現れ、ゆっくりと降りてきた。

その光に思わず目をかばう一同。そして光が止むと、

そこには黄金のライダーらしき人物が、両腕を上下に乗せて立っていた。

 

「だ、誰だよお前!」

 

「彼は仮面ライダーオーディン。当然その戦闘能力は、お前達の想像を遥かに凌駕する。

ライダーバトルでぶつかり合い、技を磨き、力を蓄え、彼との戦いに備えろ」

 

 

「ふざけないでください!」

 

 

その時、三日月が力の限り叫んだ。

 

「提督方に殺し合いをさせて、何が楽しいんですか!もうやめてください、こんなこと!

真司さんも、他の提督方も、傷つくところなんてもう見たくないんです!」

 

「三日月ちゃん……」

 

「俺はライダーの宿命に従っているだけだ。

それに、ライダーバトルに参加したのは、他ならぬライダー自身の意思だ」

 

「……その通り」

 

神崎に続いて、初めてオーディンが口を開いた。厳かな口調で語り始める。

 

「戦いを続けろ。生き残った者は、私と戦い、力を得られるだろう。

13人目である、この私と」

 

「ふん、何人目だろうと知った事か。もったいぶらずに今戦えよ」

 

王蛇がオーディンに斬りかかる。だが、剣を振り下ろした瞬間、その姿が消えた。

驚いて視線を走らせる王蛇。

そして、振り返ると同時に、瞬間移動したオーディンに拳を食らった。

これまでのライダーを遥かに上回る威力に吹っ飛ばされる王蛇。

 

「ぐふっ!……面白えじゃねえか。今までの戦いで一番満たされそうだ……」

 

王蛇はビーム砲を放ち、またも斬りかかるが、瞬間移動でことごとく避けられる。

そして、オーディンが移動したあとには黄金の羽根が舞い散る。

その羽根の向こう側にいるオーディンに駆け出す王蛇だが、その羽根に触れたとき、

全ての羽根が小爆発を起こし、再び王蛇を地面に叩きつけた。

 

「がっ……あ……!」

 

圧倒的戦力差。他のライダーも艦娘も黙って見守るしかなかった。

 

「私と戦いたくば、勝利しろ。ライダーバトルの、頂点に立て」

 

「用は済んだ。行くぞオーディン」

 

神崎はオーディンを従えて海へ向かって歩き出した。だが。

 

「待て!!」

 

長門がオーディンを呼び止める。

 

「お前がライダーバトルの審判者なら、お前さえいなければ、提督達は!!」

 

彼女はオーディンに41cm連装砲を向ける。

 

オーディンは黙って左手を前に突き出す。

すると、宙から一本の鳳凰を象った錫杖が回転しながら現れた。

オーディンはカードを1枚ドロー。錫杖のスロットに装填し、カバーを押し上げた。

 

『GUARD VENT』

 

「全員、耳を閉じて地面に伏せろぉ!!」

 

大砲としては最強クラスの41cm砲が吠えた。

凄まじい轟音と熱風が辺りに吹き付け、真っ赤に焼けた鋼鉄の牙が

オーディンに襲いかかり、着弾。そして爆発。やったか!?

しかし……無傷。オーディンはGUARD VENTで呼び出したゴルトシールドで身を守り、

ただそこに立っていた。

 

「41cmの直撃で……無傷だと?」

 

打ちのめされる長門。

 

「……ライダーでないお前にバトルに参加する資格はない」

 

オーディンは踵を返すと、神崎の後を追っていった。二人は、海岸に立つと、

水面に吸い込まれていった。誰もが、その場から動くことができなかった。

 

 

 

 

 

城戸鎮守府 医務室

 

 

その後、重傷だった北岡と浅倉を手当てしたが、二人を同室に寝かせるのは危険なので、

浅倉は3階の客室に運び込んだ。だが、結局浅倉は一眠りすると、傷も治らないまま、

足柄とともに自分の鎮守府に戻っていった。残ったのは北岡と蓮だけということになる。

 

「あたたた……。浅倉の奴、汚い手使って。あれ窃盗罪だよ、窃盗罪!」

 

「北岡さん!目、覚めたんですか」

 

北岡は軽く周りを見回し、ここが医務室だと推測する。

 

「おかげさんでね。まぁ、これは借りにしとくよ。食い逃げで捕まったら俺に言いなよ。

罰金で済むようにしたげるからさ」

 

「しませんよ、そんなこと!……まぁ、無事だったのはいいけど」

 

「だからお前は甘いんだ。いずれ倒す奴を気遣ってどうする」

 

ベッドに座った蓮が話しかけてきた。

 

「蓮……、お前もどういうつもりだよ!一緒になってメチャクチャして!」

 

真司は蓮に食って掛かる。

 

「あれが、ライダーバトルなんですね……」

 

三日月がぽつりとつぶやいた。

 

「あのオーディンという者……、尋常な強さではなかった。

私の41cm砲を食らって無傷だと!?

……提督、本当にあんな化け物と戦うつもりなのか?」

 

「誰もそうならなくて済むように戦ってる。俺は」

 

「そ、そうです。皆さんやめましょうよ、こんなこと!

みんなで傷つけ合うことになんの意味があるっていうんですか!

ミラーモンスターの契約はなんとか方法を考えて……。あ、私達も戦います!

ねぇ、そうしましょうよ!」

 

三日月が訴える中、蓮が退室しようとする。彼は去り際に彼女に言った。

 

「三日月、だったな。もしライダーバトルを止めたら死ぬものがいる、としたらどうするべきなのか。

考えておいたほうがいい」

 

「え……?」

 

「邪魔したな」

 

そして蓮は去っていった。仮定の意味を考える三日月は複雑な表情を浮かべる。

北岡は無表情で窓の外を眺めていた。

 

「きっと蓮の戦う理由に繋がってるんじゃないかな……。そんな気がする」

 

「戦う理由、ですか……」

 

答えの出ない問いに直面し、言葉を失う二人。ライダーバトルに身を投じる理由。

それは戦う本人にしかわからないのかもしれない。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 HN: Mad Valkyries

「できますよ、提督!」

 

彼女は明るい笑顔で答えた。

 

「できんの!?」

 

「本当ですか!?……いえ、聞いといたこっちが驚くのも変ですけど」

 

真司と三日月は工廠を訪ね、明石に“あるもの”の作成が出来ないか相談に訪れていた。

今後の戦いのためにできれば欲しいけど、多分無理だろうなぁ、と思っていたので

2人共驚く。

 

「明石に任せてくださいよ!それじゃあ、まずはサイズから。

提督、さっそく変身してください」

 

「オッケー!」

 

真司は壁に立てかけられていたステンレス板にカードデッキをかざし、龍騎に変身。

 

「どっこいしょっと。じゃあここに立ってください」

 

「わかった!」

 

龍騎は彼女が持ってきた正方形の粘土状の素材の上に立つ。

足の裏に沈み込むような不思議な感触が伝わってくる。

 

「はい、いいですよ。ふむふむ、足裏の反動吸収機構がこんな感じね。わかりました。

もう変身解いて……。いや、もうしばしお待ちを」

 

「なに?」

 

「ええ、その不思議なアーマー、

特に莫大な情報量をカード1枚に収めた技術に興味がありまして。

なんというか、そのぉ、分解地味たことをさせてもらいたいな~なんて……」

 

明石は目を光らせ、両手の指を滑らかに閉じたり開いたりして、にじり寄ってくる。

 

「だ、駄目だって!これぶっ壊れたらドラグレッダーに頭からガブリなんだよ!」

 

「残念~もしいつか必要なくなったら是非お譲りを」

 

「わかったから!とにかく、お願いね」

 

「まっかせてください!」

 

元気よく敬礼する明石と別れて、慌てて二人は工廠を後にした。

 

「いや~危なかった。あの人島田さんとどっか似てるわ」

 

「島田さん?」

 

「ああ、俺の職場でパソコン関係の管理やってる人なんだけど、

ちょっと変わっててさ……」

 

「あはは……。明石さんはアップデートがあるといつもあんな感じで。

でも、とにかくよかったですね。ダメ元の注文があっさり通って」

 

「うん!これからは積極的に海で戦える。

今までは、何ていうか、俺達のトラブルにみんなを巻き込んでばかりだったから。

深海棲艦のことも気にはなってたけど、

最初の日以来、直接攻撃に来なかったから後回しになってた。

俺、頭悪いから、艦隊指揮しながらライダーバトルのこと考えることとか無理でさ」

 

「そんなことないです!真司さんが来てくれたから、

皆さんまた人を信じられるようになりました!鎮守府の空気も明るくなりました!

……それに、真司さん達は事情を抱えてるから、しょうがないです」

 

「……ありがとう。あれが完成したら、久しぶりに出撃しよう!

三日月ちゃんも来てくれる?」

 

「もちろんです!私だって、真司さんが育ててくれたから、結構やれるんですよ?

なんだか武者震いがしてきました!」

 

「よーし、奴らとはしばらく戦ってなかったから、

まずは1-4……。う~ん、1-3辺りで肩慣らししようか」

 

「製油所地帯沿岸ですね。楽しみにしてます!」

 

 

 

 

 

次の日。

 

「できましたよ~」

 

「早っ!」

 

「もうですか?」

 

真司と三日月は昨日聞き忘れた完成予定日を聞きに来たのだが、

なんと既に出来上がっていた。

 

「はい。そりゃ、オーダーメイドの砲や魚雷ならもっと時間かかってましたよ。

あれらは艦娘が発する信号、人間で言う脳波を読み取って、その命令通りに動くから、

その分仕組みも複雑になりますし、そもそも人間には動かせないんです。

でもこれは、ただ装着者の意思と関係なく、

“浮く”という命令を実行し続ける単純なものですから。あ、転んでも大丈夫ですよ?

艦娘のような浮力を体全体に与えますから」

 

「すげえ、マジ頼りになるよ明石!」

 

「ニヒヒ!もっと褒めてくれてもいいんですよ~」

 

そう、真司が明石に注文していたのは、海で戦うための艤装。

艦娘のように海面を走り、地上のように戦うための靴だった。

ドラグレッダーに乗って戦えなくもないが、ADVENTを消費する上に、

うっかりドボンしたら一巻の終わりだ。

 

「それじゃ、さっそく試着してみましょうか。提督、変身を」

 

「うん!」

 

真司は龍騎に変身。すると明石が奥から靴を一足持ってきた。

 

「さあ、履いてみてください。

今のレザーシューズの動きを邪魔しない素材で作ってます。

寸法もぴったりだと思いますよ」

 

龍騎が靴に足を突っ込むと、明石がバンドをしっかり足首まで巻いてくれた。

 

「うおお、本当にぴったりだ!全然履いてる気がしない!

これでみんなと一緒に戦えるのか~」

 

「よかったですね、真司さん!」

 

「うん、それじゃあ、後で出撃しような。

……あ、明石。それともう一つお願いがあるんだけど」

 

「何ですか~?」

 

「この、ライダー用の艤装なんだけど、

他の鎮守府の君にも作り方を教えてもらってもいいかな?

きっと、蓮達もみんなのために深海棲艦と戦いたいと思ってるから……」

 

「心配ご無用!既に全鎮守府の“明石”と、この靴の製造法は共有済みです!

新たな発見はみんなのもの、“明石”全員の協定です!」

 

「そっかー。明石、本当に、ありがとうな」

 

「どういたしまして!三日月ちゃんも頑張んなよ!」

 

「はい、本当にありがとうございました!」

 

明石に礼を述べ、二人は広場で話し合う。

 

「それじゃ、昨日言ったとおり、さっそく出撃しようよ。

今すぐじゃいきなり過ぎるから、午後2時に出よう!」

 

「はい、出撃の際は、作戦司令室の長門様か陸奥様に声をかけて頂ければ、

手筈を整えてくださいます」

 

「わかった、サンキュ。じゃあ、また後でね」

 

「では、後ほど!」

 

 

 

 

 

午後2時。薄暗い、地下出撃ドッグに真司が選定したメンバーが集まった。

旗艦、もといリーダーは仮面ライダー龍騎こと城戸真司。

皆、「出撃」と書かれた丸いパネルの前に立っている。

 

「っしゃあ!みんな、今日はよろしく!」

 

2番目、駆逐艦 三日月。

「真司さん、先輩方、今日はよろしくお願いします。久々の出撃なので緊張します」

 

3番目、駆逐艦 響

「艤装、問題なし。響、出撃する」

 

4番目、軽巡洋艦 龍田

「ごきげんよう、みんな。今日は頑張って沢山ころ……戦果を上げましょうね」

 

5番目、軽巡洋艦 天龍

「ふっ、製油所地帯……あの時の激戦地に比べればどうってことないぜ」

 

皆、準備が整ったものから、次々出撃パネルに飛び乗る。

そんな彼女を見送った龍騎が最後にパネルに向かってジャンプする。

 

「よーし、俺で最後だ。とうっ!」

 

飛び乗った瞬間、全身が前に力強く引っ張られ、一気に加速する。

 

「うわわわわ!速えなこりゃ!」

 

転びそうになりながらも、なんとかバランスを取り戻し、皆を追いかける。

前方には地上へ続く出口があり、明るい青空が見える。

龍騎はその抜けるような青空めがけて飛び出す。

パシャッと水面に降り立つと、皆がそこで待っていた。

 

「お待たせ!ところで龍田さん、1-3への道案内お願いしていいかな?

生身で行くのは初めてでさ」

 

「いいですよ~まず該当海域全体のデータをダウンロードしますね~」

 

龍田が目を閉じ集中すると、周りの空間から何もかもが消え、

ただの白に塗りつぶされた。そして、上空に大量のプログラムの川が流れる。

処理が完了すると、今度はキャンバスに絵を描くように、新たな海域が構成され、

周囲の景色が一変した。これで出撃は完了である。

 

「さあ。ここが製油所地帯沿岸ですよ~。ここからは足で移動です」

 

「ありがとう、龍田さん!よーし、今こそ新兵器“靴!”の威力を……。ん?」

 

その時、龍騎の元に羅針盤を持った小人が飛んできた。

ああ、ここは一発目から羅針盤だったな。

 

「よし、回して!」

 

「らしんばん回すの~?」

 

小人がやる気なく針を回す。カララララ……。結果は、南東。

 

「あら。今日はボス戦おあずけですね~」

 

龍田が残念そうな顔をする。

 

「次に期待しようよ。じゃあ、引き続き道案内よろしくね!」

 

「みんなこっちよ~ウフフ」

 

全員が龍田を追って海を駆ける。

龍騎もだいぶ海上移動に慣れてきた頃、天龍が話しかけてきた。

 

「あんたが噂の仮面ライダー提督か。このオレを選ぶとはなかなかの判断力だ」

 

「今日はよろしくな、天龍!」

 

「龍田がさん付けでオレが呼び捨てなのが腑に落ちんが、まあいい。

どうせお前もオレの眼帯が気になるのだろう」

 

「龍田さんはなんか、お姉さんっぽくてさ。

それに眼帯はパソコンやってた時に見慣れてるから別に……」

 

「いやいや皆まで言うな!仕方ない、古傷が痛むが後輩のためだ、教えてやる。

忘れもしねえあの激戦で“バシャアン!!”……」

 

天龍が激しく動く海面に足を取られ、すっ転んだ。

 

「皆さん、気をつけてください、うずしおです!……龍田先輩の電探で助かりました」

 

「い~え」

 

「あー……大丈夫?」

 

「……もっと早く言えぇ!!」

 

ずぶ濡れになった天龍が叫んだ。が、それだけにとどまらず。

 

「あれ?ない、ケースに入れといた弾薬が足りない!うう……、ちくしょおお!!」

 

うずしおに弾薬を流されてしまったようだ。

 

「……まぁ、元気出せって」

 

慰める龍騎だが、泣きっ面に蜂の天龍は、何か言いかけたまま黙り込んでしまった。

しょぼくれる天龍と慰める龍騎をしんがりに、一同が次のポイントへ進もうとしたら、

また羅針盤の小人が龍騎の元へ寄ってきた。

 

「回して回して!今、この人看病しなきゃだから」

 

「フフフ……これだよ、いっつもこんな扱いだよ……」

 

カララララ……。今度も、南東。

 

「天龍、天龍!確か次は会敵ポイントだよ!元気出して行こうぜ!」

 

「!?……お、おう!硝煙の薫りが懐かしいぜ~」

 

おし、天龍復活!

しょげたまま会敵ポイントに突っ込んだらヤバかったから、間一髪セーフ。

そして間もなく先頭の龍田が後ろに声をかけた。

 

「敵艦隊、見ゆ。……みんな~?獲物が現れたわ~」

 

前方に敵影が3つ。軽巡1に駆逐2だ。久方ぶりの戦闘としては手頃な規模だろう。

皆、艤装やSWORD VENTを準備し、戦闘態勢に入った……が、様子がおかしい。

龍騎はライダー特有の視力でいち早く気づいたが、

深海棲艦が皆、奇妙なオーラを放っている。軽巡は黄色。駆逐は赤。

えっ……なんで、こんなとこにエリートとフラグシップが!?龍田が龍騎に呼びかける。

 

「提督~陣形を選んでね~」

 

「と、とりあえず単縦陣で!」

 

龍騎が陣形を決めると、今度は龍騎を先頭に皆が縦一列になって航行する。

考えても仕方ない。いくら強化されててもこの海域の深海棲艦なら大丈夫なはず!

 

「みんな、砲雷撃戦、行くぞ!」

 

“応!!”

 

龍騎の号令と同時に接敵、敵もこちらに気づき、砲を向けてきた。

ドォン……ドォンと散発的な発砲音と共に数発の砲弾が飛んでくる。

全員、弾道を的確に読み、回避。こちらも反撃に出る。

 

「おし、まず駆逐艦から片付けてっと!」

 

龍騎が新開発の靴を存分に活かし、駆逐艦の1体に向けダッシュで斬りかかる。

だが、ドラグセイバーを振り下ろすと、甲高い金属音。

とてつもない硬さに弾き返された。反動で手放さないのがやっとだった。

なんだこりゃ!?エリート化してるとは言え、

初めて戦ったときはズバズバ切れてたのに!

 

「みんなも続きましょ。それ~」

 

「当たって!」

 

「さて……。やりますか」

 

「天龍様の攻撃だ!うっしゃぁ!」

 

後続の仲間も次々と砲撃し、命中させているが、

敵艦、特に黄色い軽巡に効いている様子が全く無い。

 

「なんでだよ!なんでオレの直撃弾がダメージ1だよ!」

 

「天龍先輩だけじゃありません!みんなもmissか1ポイント!

明らかに命中率とダメージ計算が変です!」

 

「待ってて、ドラグレッダー呼ぶから!」

 

龍騎はカードをドロー、ドラグバイザーに装填。

 

『ADVENT』

 

次元の壁を突き破り、無双龍ドラグレッダーが勇ましい咆哮と共に現れた。

パソコン画面の編成画面でいう、6番目のスロットに収まる。

 

「やっちまえ、ドラグレッダー!」

 

ドラグレッダーは空に向かい吠えると思い切り息を吸い込み、超高熱の炎を3隻に浴びせかけた。

今度はまともにダメージが通る。

駆逐艦1隻が燃え尽き、もう1隻が大破。軽巡も中破した。

 

「おし!みんな、ここを乗り切ったらすぐ撤退しよう!なんだか嫌な予感がする……!」

 

「そうですね!なんだか、この敵、異常です!」

 

攻撃を続けながら三日月が答えるが、やはり全くと言っていいほどダメージが通らない。

龍騎は2枚目のカードをドロー、装填。撤退前提なら惜しみなく!

 

『STRIKE VENT』

 

龍騎は右手に現れた龍の頭を、撃沈寸前の駆逐艦に向けて突き出した。

ドラグレッダーが吐き出した火球が黒焦げの駆逐艦に命中。

炸裂し、駆逐艦を粉々にした。

 

「提督、やるね」

 

「くそ、オレにも龍の手下がいればな!“龍”つながりだし!」

 

「無い物ねだりをしても仕方ないわ、天龍ちゃん。

ここは提督にお任せするしかなさそう」

 

響達が話している間も、龍騎が残る軽巡と戦っている。

龍騎は、今度は突き刺すようにドラグセイバーを前に出すが、

エリートより強力なフラグシップに皮の一枚すら傷つけられない。

そして近接戦闘を挑んだことが仇となり、砲撃の予兆を見逃してしまった。

気づいた瞬間、轟音。避けられたのは運が良かっただけでしかない。

そして、主砲の衝撃波を食らった龍騎は吹き飛ばされ、海面に叩きつけられる。

 

「がああ……あっ!」

 

痛みで身体が痺れ、立ち上がれない龍騎に軽巡が執拗に砲撃を加える。

転がってなんとか回避しながら、カードをドロー。

苦痛をこらえて立ち上がり、すぐさま装填。

 

『FINAL VENT』

 

「はあああ……」

 

両腕を左から右に振りかぶり、腰を落として構えを取る。

龍騎の回りをドラグレッダーが飛び回る。そして全力で跳躍。

全身をひねりながら1回転し、蹴りの姿勢を取り、黄色く光る軽巡に狙いを定める。

 

「はぁっ!!」

 

後方からドラグレッダーが龍騎に激しく燃え盛る炎を浴びせ、

爆発的加速と高熱を与える。そして、炎の矢と化した龍騎はまっすぐ軽巡に突撃。

巨大な顎に砲身を生やしたような怪物に直撃した。

中破レベルまで体力が減少していた軽巡は粉々に砕け散り、

消し炭となってボタボタと海に落ちていった。

全てが終わると、龍騎は思わず片膝を付く。仲間たちが駆け寄ってくる。

 

「真司さん、大丈夫ですか!?」

 

「提督、お怪我はありませんか~?」

 

「だ、大丈夫、俺は大丈夫。でも……」

 

龍騎は戦闘の跡を見回す。まだ熱風と硝煙が立ち込めている。

 

「ここの敵、明らかに異常だった。

確かに司令官レベルに応じて敵は強くなるけど、ここまで極端な変化はなかった!」

 

「そう、異常。帰って長門達と状況確認と対応策を練ったほうがいい」

 

「そうだね、響。ええと、撤退するには……これか!」

 

その時、龍騎の目の前にホログラフのボタンが2つ現れた。「進撃」「撤退」。

龍騎は迷わず「撤退」を押す。その時、凪いでいた海に流れが生まれ、

龍騎達を次のポイントへ運び出した。混乱する一同。三日月が叫ぶ。

 

「え!どうして進撃するんですか!?」

 

「ち、違うよ!確かに俺、撤退を押したんだよ!間違いないって!」

 

「ちくしょう、ちくしょう、一体何がどうなってんだぁ!!」

 

天龍の叫びも虚しく、龍騎率いる艦隊はどんどん次の会敵ポイントへ流されていく。

 

 

 

 

アメリカ ノースカロライナ州 某邸宅 地下階

 

 

「あれ~?負けちゃったんだけど、これって、なんで?」

 

長い黒髪を派手な色に染め、唇にいくつもピアスを開けた少女が

ノートパソコンに向かいながら尋ねる。とある家屋の地下階。

3人の少女達がノートパソコンを操作している。

ギター、ロック歌手のポスター、大量のテディベア。こじんまりした部屋に

それぞれの趣味のグッズがあふれている。

問いかけられた眼鏡の少女がひどく怯えてブロンドの癖っ毛をかきむしる。

 

「わわわ私のせいじゃない!ちゃんとファイアウォールも突破したし、

セキュリティシステムも回避したし、私達以外のアクセスも遮断してあるし、

パラメータ設定も最大にしたし、オーバーフローしてないことも確認したし……

とにかく私のせいじゃない!お願いだからぶたないで、ああ、お願いお願いお願い!」

 

「だ~いじょうぶ、マーガレット。ここじゃ誰もアンタをぶったりしないし、

アタシも怒ってるわけじゃない。ただ、何があったか説明してほしくてサ」

 

「本当に?」

 

「本当だって。ほら、落ち着いて。

どうして変数enemy群がみんな0になったのか教えてよ」

 

「っせーな!マーガレットの癇癪持ち、被害妄想、突発的ヒステリーは

なんとかなんねえのかよ!」

 

褐色の肌に男物のワイシャツを身につけた、ジーンズ姿の少女が文句を飛ばしてきた。

 

「ジェシカ黙って。さあ、マーガレット」

 

「……ターゲットらしきデータ。仮にαとするけど、

そいつをポイントγに誘導するところまでは上手く行ってたの。

戦闘イベントもきちんと発生したし、

用意したダミーターゲットとぶつけることにも成功した。

そこまで何の問題もなかったの。本当よ?

正規NPCが脅威にならないことも確認したんだけど……」

 

「けど?」

 

「αが”ADVENT” っていうコマンドを実行したら、

いきなり莫大なデータ量の独立プログラムが割り込んできたの!嘘じゃない!

ちゃんと外部のアクセスはシャットアウトしてたのに!

でも、そのプログラムが干渉を始めてきて、

ダミーターゲットの変数enemyの値をどんどんマイナスに!

αはその後も“STRIKE VENT”や“FINAL VENT”ってコマンドを実行して、

システム上、一度に1しか減らない変数enemyを一気に削り取って……

私が作ったダミーターゲットプログラムを全部デリートしたの。

ねぇ、私どうすればいいの!?」

 

「うっせーつってんだろ!てめえは叫ばないと喋れねえのか!?」

 

「もうちょっとだから、お願い。

マーガレットのプロテクトを回避して、なおかつ

この娘が作ったAIを破壊する独立プログラム?

……わかった、マーガレット。よくやってくれたね。ログを送ってよ。

アタシの方で検討してみる」

 

「わかった……」

 

「ありがとう。ジェシカ、そっちはどう?」

 

「もーちょいで安定したアクセスプロトコルができる。

Sons of Daidalosのアホ共がベタベタ足跡残してくれたから楽な仕事だった。

あと少しで音声データくらいは直接“向こう”に送れるよ。

……まっさか、サーバーがあんなところにあるなんてな」

 

「おつかれさん、じゃあ、アタシはαの行動を分析しようかな」

 

ピアスの少女はマーガレットから送られた膨大なログを読み解く作業を開始した。

 

 

 

 

 

その頃。

龍騎達はゆっくりと、しかし確実に次の会敵ポイントへと流されていた。

 

「くそっ、いくら走っても流される!

三日月ちゃん、なんか使えそうな提督権限ない!?」

 

「無理です!一度進撃状態に入ったら、提督でも次の会敵まで止められません!」

 

「駄目だ、海面そのものが滑ってやがる!」

 

天龍が腹ばいになって泳いでみるが、水面ごと流されるだけだ。

 

「……戦うしか、ないと思う」

 

響が覚悟を決めたその時、空に響き渡る声が聞こえてきた。

 

“Hello, Alpha. Can you hear me? Could you answer me if ...”

 

「が、外人?」

 

「なな、なんなんでしょう……」

 

>ヘーイ!ここでまたまた金剛の同時通訳だヨ!物語の続き、スタートネ!

 

“聞こえてるかな?聞こえてたら返事が欲しいんだけどサ”

 

「誰だよお前!」

 

“う~ん……とりあえず、マリー・アントワネットってことにしとく。

マリーって呼んでよ”

 

「ふざけんな!俺、城戸真司!これ全部お前の仕業かよ!

いきなり敵、強くなったり!勝手に流されたり!」

 

“なるほど。αの本名はキド・シンジ。日本人ぽい名前だね。

こっちの界隈じゃサ、個人情報は徹底的に秘匿する。

本名は?教えない。国籍は?教えない。スリーサイズは……

くれるもんくれたら教えるよ”

 

「界隈?お前らも……あれだ、サンズオブなんとかの仲間か!」

 

“まあ、アタシらはいわゆるハッカー集団ってやつ。

一応「Tri-Circuits(トライ・サーキッツ)」って名前もある。

で、あんな間抜けと一緒にしないでほしいな。

奴らが外注のプログラムで大ドジこいたって話は、アタシらの間ではもう筒抜けでサ。

そうそう、さっきの質問だけど答えはイエスだよ。

ターゲットプログラム、アンタ達が言う敵キャラ?

そいつをこっちが作った強敵とすり替えたのはアタシら。

強制的に次のイベント発生、つまりゲームで言う……戦闘。

それが始まるまであと8秒くらい。大丈夫、今は停止してる。

回りくどい言い方でごめんよ。何しろこっちは白黒画面とにらめっこで

そっちの状況よくわかんなくてサ”

 

「それで、“くれるもんくれたら”って言ったよな!なんだよ目的は!」

 

「真司さんもしかして……」

 

三日月がじと~っとした目で龍騎を見る。

 

「違うよ!数字なんか興味ねー!……じゃなくて、

何を渡したらこんなことやめるんだ!」

 

“そっちの世界に行く方法。

こうしてアンタ達と会話できるところまでは辿り着いたんだけど、

そっからがどーしてもわかんなくてサ。

もう知ってるだろうけど、そのゲーム、2013年に存在してるんだよね。

ダイダロスの連中はそれを応用してタイムマシン作ろうとしてた。アタシらは逆。

誰もタイムマシンを作れないように徹底的にその世界をぶっ潰す。

バタフライ・エフェクトって聞いたことある?

蝶の羽ばたきがはるか遠くで嵐を起こすって話。

誰か一人が大好きな恐竜を見にジュラ紀に行ってサ、魚を捕まえたり、

それこそ蝶を標本にしたり、やりたい放題したとする。

そして2億年後の現代に戻ったら人類は絶滅してエイリアンだらけでした、

なんて悪趣味な展開もありえる。アタシらはそれを止めたいわけ”

 

「ざっけんな!お前らの都合で消されるくらいなら、大暴れして討ち死にしてやらあ!」

 

天龍が空に向けて刀を振り回す。

 

「天龍ちゃん、落ち着いて……」

 

“協力してほしいな。

これでもサ、アタシらは信じる正義の為に戦ってきた。

 

病床の回転率上げるために、点滴に筋弛緩剤入れて

病院ぐるみで患者の寿命を調整してた、大病院の薬品管理記録と

患者数の不整合性をマスコミにリークしたり。

ふざけた陪審制のせいで無罪になった連続強姦魔のドラ息子の個人情報、

住所年齢性別国籍犯罪歴、そしてカード情報に至るまであらゆる情報を晒し上げて

社会的に殺したり、まぁいろいろ。

時々、銀行口座のデータバンクに侵入していくらか失敬するけど、

それは社会正義の報酬ってことで”

 

「お前が根っからの外道じゃないことはわかったよ。でもやっぱり間違ってるよ!

俺だってできるならお前をここに連れてきたいよ!

みんなの顔を見てくれよ、目を見て話をしてくれよ!生きてるんだよ!

例え人間じゃなくたって、お前達みたいに何かに怒ったり、

何かのために戦ったり、信念を貫いて生きてるんだ!」

 

「真司さん……」

 

“……まぁ、いいサ。1分だけ待つよ。

それまでに答えが出なかったり、拒否したら、足元がウォータースライダーに変わる。

ゴールでは、カラフルなバトルシップが両手を広げて待ってるからサ”

 

「ちょっと待て、おい、おい!!」

 

通信が途絶えたのか向こうが無視しているのか、返答はない。

 

「……どうしましょう」

 

さすがに龍田も不安げに真司の決断を待つ。

俺、考えもしてなかった。この世界を形作るデータが、そんな危うさを秘めてたなんて。

俺はどうすれば……

 

 

「城戸、何を考え込んでいる、お前らしくもない」

 

 

声のした方を見ると、後方から変身した蓮。仮面ライダーナイトと加賀が

海上を疾走してきた。そして、龍騎達と合流。

 

「真司さん……支援艦隊ですよ!」

 

「ま、たった二人だがな。会話はこちらの鎮守府にも届いていた。

さすがにまだ練度の低い吹雪を連れてくるわけには行かなかったが」

 

「……この世界を守るためにも、ここは譲れません」

 

 

「俺の登場シーン取るなよ、秋山」

「言ってる場合じゃないでしょ!」

 

 

次に現れたのは仮面ライダーゾルダに変身した北岡。

秘書飛鷹に突っ込まれながら、海面を走ってくる。

 

「北岡さん!」

 

「こないだの借りを返すよ。

だから食い逃げで捕まったら、大人しく執行猶予頂戴しなよ?」

 

「だからしないって!」

 

「馬鹿言ってるとまたデコピンよ!?……ああ、城戸提督、失礼しました」

 

「あ、いえいえ……」

 

この人が例の秘書かな?おっかねー。などと考えていると、

ヒタ、ヒタという不気味な足音が。

談笑するライダー達に何者かが近づく。気配に気づいた彼らが見たものは。

 

 

「ここか、祭りの場所は……」

 

 

その名も仮面ライダー王蛇。禍々しい存在が両手を広げて悠々とその場を眺める。

 

「浅倉、ひょっとして、一緒に戦ってくれんのか……?」

 

「……誰が獲物をくれてやるか」

 

「ま、いいんじゃない?馬鹿となんとかは使いよう、って言うし」

 

今度は飛鷹のツッコミがない。彼のしたこと、その正体について、

秘書艦である飛鷹には知らされていたのだ。彼が浅倉提督……。思わず唾を飲む。

4名のライダーが勢揃いしたところで、龍騎が皆に告げた。

 

「みんな聞いて!

多分パソコンでこのゲームやったことないだろうから知らないと思うけど、

この先に“戦艦”っていうメチャクチャ強い奴が更に強化されて待ってる。多分6体。

そいつらには艦娘の砲や俺の剣が全然通じなかったんだけど、

アドベントや契約モンスターを絡めた攻撃ではダメージが通ったんだ。

きっと、この攻撃を仕掛けてきたやつは、ライダーの存在を知らないから

ミラーモンスターの介入を想定してないんだ!」

 

「なるほど?だったらなおさら俺のマグナギガの出番だね」

 

「戦艦だのなんだのどうでもいい。戦やぁいいんだよ……!」

 

“あ、あー、聞こえてる?タイムリミットだけど、もう答えは聞くまでもないよね。

援軍を呼んだってことはサ”

 

「ああ、俺達は戦う!みんなの世界と引き換えの正義なんて、俺はいらない!」

 

“そ。じゃあ、楽しんでよ。アタシらは腰を据えて”そっち“への行き方を探すからサ”

 

今度こそ完全に通信が途絶えた。だが、もう龍騎達に迷いはなかった。

足元の海流が一気に動き出す。すると、龍騎の意識に金属の反響音が鳴り響く。

思わず頭を押さえながら、海面を見る。神崎だった。

 

「これで異物を排除しろ。攻撃者への対処は俺がする」

 

神崎は1枚のカードを投げて寄こした。慌ててキャッチする龍騎。

 

「え、なんだよこれ……?」

 

燃え盛る炎を背景に、左の翼が描かれたカード。名前は“SURVIVE”

 

「使えばわかる。生き残り、戦え」

 

それだけ言い残すと、彼は唐突に姿を消す。もう会敵までは時間がない。

考えてもしょうがない!龍騎はカードデッキにSURVIVEを収める。

幸い先程の戦闘が終了したことで、他のカードも再補充されたようだ。

すっかり日が落ちた大海原で、龍騎達は待ち受ける無数の光る眼を見た。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 Installing…SURVIVE.exe

龍騎達を運んでいた潮の流れが止まった。まだ戦闘は始まらない。嵐の前の静けさ。

闇の向こうにゆらゆらとうごめく赤いオーラと12の瞳。

 

 

フフフフ……アハハハハ……

 

 

不気味な笑い声を無視し、まず加賀が偵察機・彩雲の矢を空に放った。

矢は上空で弾け、偵察機に変化。赤い群れの上空を旋回し始めた。

 

「加賀様が来てくださってよかったです。

T字不利という最悪の事態は避けられましたから」

 

三日月が絶望的状況の中、わずかばかりの幸運に喜びを見出す。

そして、しばらくして彩雲が加賀の元へ戻ってきた。

加賀は愛機の報告にそっと耳を澄ませる。

 

「……そう、ありがとう。みんな、敵艦隊は戦艦6隻の複縦陣。同航戦になるわ」

 

「助かる」

 

「別に」

 

ナイトの無愛想な礼に、加賀もそっけない反応で返す。

 

「くそお!エリート戦艦6隻だと!めちゃくちゃな事しやがって!」

 

通常ありえない状況を前に龍騎が叫ぶ。

 

「落ち着いてください、城戸提督。

不正に造られた深海棲艦を倒せるのは、あなた方ライダーだけです。

ここで冷静さを失ってもらっては困ります」

 

加賀に諌められ、落ち着きを取り戻す龍騎。

 

「……うん、そうだね。みんなの命を預かってる俺がしっかりしなきゃ!

ありがとう、加賀さん!」

 

「構いません……」

 

やはり淡白な返事をする加賀。その時ゾルダが1つ提案をした。

 

「ねぇ、戦い始める前に、いきなり俺のファイナルベントぶっ放すってのどうよ?

多分、敵味方入り乱れての乱戦になるだろうし、そうなったらもう使えなくなる。

そもそもアレ、発動が遅いから、いざ戦いが始まったら、

敵が使うチャンスくれるとも思えないからさあ」

 

「ファイナルベントって、お前の飛び蹴りみたいなやつか?」

 

聞きなれない言葉について、天龍が龍騎に尋ねた。

 

「うん、俺達ライダーの必殺技みたいなもんでさ、

北岡さんのはとんでもない兵器撃ちまくんの。みんなも耳塞いどいたほうがいいよ」

 

「……全部殺しやがったら承知しねえぞ」

 

戦いが待ちきれない王蛇が釘を刺す。

 

「はいはい、そうなったら俺が相手してやるから。

……それじゃ、いくよ。開戦の合図だ」

 

ゾルダはカードを1枚ドロー。マグナバイザーにリロード。

 

『FINAL VENT』

 

ゾルダの足元に現れた次元の波紋から、マグナギガの巨体がせり上がる。

そして、背中の挿入口にマグナバイザーを突き刺すと、

マグナギガの前装甲が開きつつ、全身のビーム砲にエネルギーが充填された。

そしてゾルダがトリガーを引く。

次の瞬間、ビーム砲、誘導ミサイル、ガトリングガン、全砲門の一斉発射。

 

それが決戦の狼煙だった。

多種多様な兵装が火を吹き、赤い影の群れに襲いかかる。

発砲時の光で奴らの姿が浮かび上がった。前方4隻が上半身にセーラー服を来た人型。

最後尾2隻がフードを被り、ネックウォーマーを付けた人型。

皆、襲い来る怒涛の弾幕に驚いている。そして着弾。

高密度に集中したエネルギーが敵艦6隻を巻き込み大爆発を起こた。

耳に手を当てて見守っていた艦娘達が息を呑む。

 

「あれが、北岡提督のファイナルベント……」

 

「とんでもねー武器の塊だな……あいつら生きてんのか?」

 

初めて見た響や天龍が驚きの声を漏らす。だが。

 

 

ううう……あああああ!!

 

 

怒りの絶叫が夜の空に響き渡る。それを聞いたライダー達が一斉に戦艦へ向け突撃する。

 

「みんなは回避に専念して!絶対食らっちゃ駄目だ!」

 

「わかったわ!駆逐艦のみんな、もっと後退して!」

 

龍騎が龍田をはじめとする艦娘達に指示を出し、赤い影めがけて走り出す。

 

「飛鷹、効かなくてもかまわないから、安全な場所から航空機を。

敵の気を散らしてくれるとだいぶ違うんだよね」

 

「了解、提督!」

 

ゾルダも秘書に指示を出し、カードをドロー、マグナバイザーにリロード。

 

『SHOOT VENT』

 

ゾルダの両肩にビーム砲が現れる。彼も龍騎の後を追って行った。

 

 

散開したライダーと艦娘のチームがそれぞれ行動を開始。

 

「……行ってくる」

 

「ええ……」

 

ただ、それだけの言葉をかわすと、

ナイトは駆け出し、加賀は弓に矢を番え、戦闘機を放った。

 

 

 

「ハァ!生きててくれて、ありがとよ!」

 

字面だけ見ると優しい、殺意を込めた言葉を吐きながら、

連れ合いのいない、また必要としていない王蛇はいち早く敵陣へたどり着いていた。

彼が見たものは、エンドオブワールドで大きな被害を受けた敵艦隊。

前方2隻が大破、中央2隻が中破、後方2隻が若干のダメージだった。

王蛇もカードをドロー、ベノバイザーに装填。

 

『SWORD VENT』

 

王蛇の手に、黄金の突撃剣と称される、一振りの剣が現れた。

そして、効こうが効くまいが知ったことかと言わんばかりに、

最も手前、大破状態の1体に振り下ろす。

が、やはり、カアァン!と甲高い音を立てて弾き返される。

気づいた戦艦は王蛇を睨みつけ、逆に王蛇は仮面の下から笑みを返す。

楽しめそうじゃねえか……。そう思った瞬間、付近の戦艦達が王蛇を粉砕せんと一斉に砲撃。

王蛇は後方に大きくステップを取り、さらに真上に全力でジャンプして

砲弾を全て回避した。

 

「慌てんな。夜は、これからだ……」

 

 

 

 

 

アメリカ ノースカロライナ州 某邸宅 地下階

 

 

「あああもう!やっぱり駄目!せっかく新しいプロテクトを構築した

絶対干渉不可の完全なダミーターゲットを作ったのに、やっぱり駄目じゃない!!

αだけじゃなく、β(ベータ)γ(ガンマ)δ(デルタ)も!

どうして私を馬鹿にするのぉ……?

どうせ向こうで一生懸命作った私のプログラムを笑ってるんでしょう!特にγ!

いきなり私の作品をめちゃくちゃにしたあんたは絶対に許さない!!」

 

マーガレットはソファの上でうずくまり、泣きながらパソコンの処理ログを読んでいる。

 

「ああ、まーた始まっちまった。マーガレットのヒステリーに被害妄想。

これなんとかなんないのかね、マジで」

 

ベッドに座りながらジェシカがぼやく。

真司にマリーと名乗った少女は、マーガレットの背中を優しくなでて、彼女をなだめる。

 

「ほら、泣かないの。今回ダメだったなら、また作り直せばいいじゃない。大丈夫。

アンタは一流プログラマー。アタシらも手伝うからサ、

今回駄目でも、また“やり直せば”済む話でしょう?

アタシらにできないことなんてなかったじゃん。α達にアンタの腕前見せてやんなよ。

奴らが音を上げるまで、サ」

 

「うう……ありがとう」

 

落ち着きを取り戻したマーガレットだが、今度はジェシカが大声を出す。

 

「あんだよコレ!舐めてんのか!?」

 

「どうしたの?」

 

「どうしたもこうしたもねえ!見ろよこれ!」

 

ジェシカがノートパソコンをマリーに向けると、一通のメールが届いていた。

 

 

 

送信者:<送信者不明>

件名:警告

 

そこまでにしておいたほうが身のためだ

 

 

 

「……ふ~ん、アタシらのメルアドに送信者不明で警告とはね。やるじゃん」

 

「やるじゃん、じゃねえよ!向こうの連中にもハッカーがいるに決まってる!

逆に引きずり出して吠え面かかせてやるよ!マリー、しばらくそっちは頼む!」

 

「了・解。さて、勝負の行方はどうなのかな?」

 

 

 

 

 

製油所地帯沿岸

 

 

「浅倉、近づき過ぎだ!下がれ!」

 

砲弾を回避した王蛇に龍騎が叫ぶ。

 

「馬鹿が。近づかねえと、殺せねえだろうが……!」

 

王蛇はカードをドロー、ベノバイザーに装填した。

 

『ADVENT』

 

フシャアァァ!!

 

すると、王蛇の契約モンスター、ベノスネーカーが

獰猛な吐息を吐きながら猛スピードで水面を這って来た。

 

「エサだ」

 

王蛇が顎で最前列の1体を示すと、ベノスネーカーが、するすると

瞬く間に大破状態の戦艦に忍び寄り、その長い身体の尾で思い切り彼女を締め上げた。

そして、動けなくなった戦艦に真上から強力な毒液を吐き掛ける。

彼女の肉体、艤装が蒸発するような音を立てて解けていく。

 

“アアアア!!ギャアアアァッ!!”

 

激痛で悲鳴を上げる戦艦。まさしく死のシャワー。

人間に近かった彼女の姿が、おぞましく溶けて化け物じみたものに変わっていく。

それを見計らった王蛇がベノスネーカーに指示を出す。

 

「……食え」

 

ベノスネーカーは、瀕死の戦艦に食らいつき、ひょいと口に放り込んだ。

そして、ゴォン、ギィ、ミシミシ……と重い金属が変形するような、

生々しい咀嚼音を立てて、何度も噛んで飲み込んだ。ようやく1体撃破。

 

「あれの悪食は飼い主譲りだね。むしろ飼い主が似たのかな。どっちにしろ美しくない」

 

離れた所で王蛇の悪口を言いながら、両肩のビーム砲で先頭の1隻を撃つゾルダ。命中。

エンドオブワールドで満身創痍の彼女はもう保たないだろう。と思っていたその時。

 

「提督、足元!」

 

「え……うおっとと!!」

 

彼方から白い物体が二本高速で迫って来た。

 

 

アハハ……クスクス……

 

 

後方2隻が放った魚雷だった。

酸素魚雷は航跡がほぼ見えないため、飛鷹の呼びかけがなければ気づけなかっただろう。

 

「ふぅ~助かったよ飛鷹」

 

「もう、気をつけて!最後尾のやつは魚雷発射管も装備してるみたい!」

 

 

 

「さっさと数を減らしたほうがいい。死にかけを討つ」

 

ナイトはカードを1枚ドロー。ダークバイザーに装填。

 

『ADVENT』

 

暗い夜空から溶け出るかのように、闇の翼・ダークウイングが姿を表す。

そしてナイトの肩に掴まり、マントに変化。

その効果で飛行能力を得たナイトが先頭の敵艦に向けて突進。

すかさず彼女に接近し、大きくマントを広げて、高速で敵の周りを回転した。

鋭い刃となっているダークウィングの翼が、竜巻のように戦艦の身体を切り刻む。

ナイトは攻撃が済んだら素早く離れ、様子を見る。

全身を切り裂かれた戦艦が、身体の至る所から体液を吹き出しながら

ゆっくりと沈んでいく。そして水に浸かりきった瞬間、爆発した。

 

「……2体目だ」

 

 

 

「っしゃあ!1列目撃破!俺もやってやるぜ!」

 

龍騎はカードをドロー。ドラグバイザーに装填した。

 

『ADVENT』

 

次元の壁を突き破り、ドラグレッダーが再び現れた。すかさず龍騎は命令を出す。

 

「また焼き払え、ドラグレッダー!」

 

だが、上空の存在に気づいた最後尾の戦艦2隻が、

ニヤリと笑って3連装砲で対空砲火を始めた。

彼女達は大口径砲を連射し、ドラグレッダーを撃墜しようとする。

前列、中央の戦艦とは比較にならない強力な砲撃に、

ドラグレッダーも回避に専念せざるを得ない。危機を感じた龍騎は攻撃中止を命じる。

 

「ああ、よせよせ!やっぱり攻撃はいい!なんとかこっちまで来るんだ!」

 

ドラグレッダーは火の玉の嵐をかいくぐり、なんとか海面まで降り立った。

そして龍騎のそばに立つ。

だが、完全に興味を龍騎とドラグレッダーに移した後方の戦艦は攻撃を止めない。

“STRIKE VENT”をドローしたが、特に戦闘力の高い後方2隻の猛攻に

発動するチャンスがない。超重量の焼けた鉄塊の群れが襲いかかり、

回避したと思ったら足元に酸素魚雷が迫り来る。

くそっ!みんな頑張ってるのに、これじゃあ、なんにもできないじゃんか!!

 

「真司さん……!」

 

苦戦する龍騎を見ていた三日月が前に出る。

 

「何をしているの!危ないわ、三日月ちゃん!」

 

「……当たって!!」

 

龍田の静止も効かず、三日月はヘラヘラ笑う後方2隻に12cm単装砲を放った。

それは、戦艦を相手にするにはあまりにも貧弱だったが、覚悟の一発だった。

たった1ポイントのダメージ。しかし、戦艦レ級の注意を引くには十分だった。

彼女らは、ぐりん!と首を回して三日月を見る。

黙って2隻のレ級は三連装砲を三日月に向け、情け容赦ない集中砲火を浴びせた。

 

「三日月ちゃん!」

 

龍騎は急いで“STRIKE VENT”を装填。

王蛇達に注意が向いている中央列のうち1隻に狙いを定め、

右手に現れた装備を突き出した。ドラグレッダーが体内で圧縮した火球を標的に発射。

燃え盛りながらまっすぐに飛んでいった。

その太陽のような高熱を蓄えた火球に気づいた戦艦だったが、

既に回避も間に合わない距離まで迫っていた。彼女が振り向くと同時に、直撃。

火球そのものの熱と砲身への引火で大爆発を起こした。

バラバラになった破片が落ちる度、海水が蒸発音を立てる。残り3体!

 

「やりましたね、真司さん……!」

 

燃える鉄塊の降り注ぐ中、龍騎に精一杯の笑顔を見せる三日月。

そんなことどうでもいい!龍騎はカードをドローしながら全速力で彼女に向かって走る。

 

『GUARD VENT』

 

龍騎の左腕に盾が装備される。そして三日月に向かってジャンプした瞬間……

時間が止まった。

GUARD VENTでかばおうとしたが間に合わず、真っ赤に焼けた砲弾が

その小さな身体にめり込んだ。

砲弾はなお威力を殺すことなく、彼女を後方にふっ飛ばした後、

追い打ちをかけるように爆発した。真司の頭が真っ白になる。

ただ、彼女の元へ足を動かしていた。

たどり着いた時、彼女の周りの水面は赤く染まっていた。

大量に吐血し、倒れた三日月に龍騎が必死に呼びかける。

他の艦娘も危険を承知で集まってきた。

 

「三日月!しっかりして三日月!」

 

「真司、さん……倒せましたね」

 

「なんで……なんであんな無茶したんだよ!!」

 

龍騎は口を血まみれにした三日月の手を握る。

 

「皆さんを、助けられるのは、真司さん、だけだったから……」

 

「三日月が死んだら意味ないだろ!!」

 

「役に、立ちたかった……改二にもなれない駆逐艦……戦いでも、勝てない……

悩んでる真司さんも支えられなかった……」

 

「違うだろ!いつもそばにいてくれた!俺を支えてくれてたんだよ、

ゲームでも、この世界でも!三日月は俺の特別なんだよ!」

 

「ふふ……あり、がとう。ござい……ます」

 

残った力でそれだけを言うと、彼女の手から力が抜けた。

 

「三日月?三日月……三日月ィ!!」

 

龍騎の絶叫が、月が冷たく照らす夜空に響く。龍田が三日月を抱きかかえる。

 

「気を失ってるだけ。まだ助かるわ、体力が1残ってる。でも……次は駄目よ」

 

その時、真司の心とカードデッキがリンクし、なんらかの変化をもたらした。

そして彼は告げる。

 

「……みんな、できるだけ遠くに離れて。危険だから」

 

「わかったわ。三日月ちゃんは任せて」

 

龍騎は何も言わずにゆっくりと立ち上がる。そしてデッキから1枚のカードを引き抜き、

裏向きのカードを指先で回転させた。

描かれていた燃え盛る炎の背景が、実体を持って渦を巻き、左側の黄金の翼が輝く。

 

手にした者に生き延びる力を与え、荒れ狂う烈火の力を宿らせる、最後の切り札。

その名は──SURVIVE。

 

“SURVIVE”をドローした瞬間、周囲が炎に包まれ、熱風が吹き荒れる。

闇に包まれていた海域が明るく照らされた。その異変に皆が驚く。

 

 

 

炎の赤に照らされる飛鷹とゾルダが驚愕する。

 

「提督、あれってなんなの!?」

 

「知らないよ!ここに来る前、神崎に貰った新しいカードかもね!」

 

 

 

そして、ドラグバイザーが燃え上がり、龍の頭部を思わせる形状の銃型バイザー、

ドラグバイザーツバイに変形。

そしてバイザーの口を開き、内部のカードスロットに“SURVIVE”を装填。

勢いをつけ口を閉じると、龍騎の体を業火が包み込む。

 

『SURVIVE』

 

業火が止むと、龍の顔を模した重厚なアーマー、

両肩から突き出る牙を思わせるプロテクター、

そして黄金の装飾が施されたヘルムでパワーアップした龍騎、

龍騎サバイブが姿を表した。

 

 

その姿にナイトも加賀もただ一言で驚きを示す。

 

「城戸……」

 

「……あの姿、龍の化身ね」

 

 

 

同時にドラグレッダーも、鋼鉄の装甲をまとった、

烈火龍ドラグランザーにパワーアップ。

 

龍騎サバイブは何も言わずにカードをドロー、ドラグバイザーツバイに装填した。

そして中央列の生き残りに向き合う。後列の2隻も突然燃え上がった海に混乱している。

 

『SHOOT VENT』

 

そして、ドラグバイザーツバイでターゲットに狙いを定めた。

龍騎サバイブがトリガーを引きレーザーを発射。

同時にドラグランザーも巨大な火球を放ち、ライダーと契約モンスターの

息の合った攻撃が標的の戦艦に命中。

レーザーで胴体を貫かれ、火球の直撃を受けた彼女は、燃え尽き、灰となった。

 

「データだろうとなんだろうと……お前達は、お前達だけは絶対に許さない!!」

 

ようやく落ち着きを取り戻した戦艦レ級2隻は、自分達以外が殺されたことに気づき、

龍騎サバイブを見た。もう顔は笑っていなかった。彼女らは全武装を一斉に発射した。

だが、龍騎サバイブは構わず最後のカードをドロー。ドラグバイザーツバイに装填した。

 

『FINAL VENT』

 

カードが発動すると、ドラグランザーが月明かりの空に舞い上がり、

体から鏡の欠片が吹き飛んだ。

龍騎サバイブは思い切り跳躍してドラグランザーの背に乗る。

すると胴体と尾から車輪が現れ、尾を折りたたむと、

そのまま巨大なバイクに変形して着地。

 

深い闇の世界に、怒れる烈火龍の咆哮が響き渡る。

龍騎サバイブは、アクセル全開で戦艦2隻に突撃。

本能的に危機を感じた彼女らも反撃に出るが、ドラグランザーが

巨大な火球を連続して吐き出し、砲弾、魚雷を全て迎撃する。

レ級戦艦にドラグランザーのエンジン音が迫る。

ドラグランザーは敵を焼き尽くさんと、

彼女らに全力でいくつもの巨大な火球を叩きつける。

そして龍騎サバイブは、全身を黒く焦がされ、艤装が溶け落ちた2隻に

フルスピードで体当たりした。どちらも凄まじい衝撃で宙高く放り出される。

十数秒かけて空を舞い、落下。

 

 

アア……ア、アア……

 

 

龍騎サバイブのファイナルベント「ドラゴンファイヤーストーム」で致命傷を負った

レ級戦艦達は、立ち上がろうと手を伸ばしたが、

そこで力尽き、爆発した。凄まじい爆風に、皆、しばらく動けなかった。

そして、目を開いた者から状況を知ることになる。

敵を殲滅したこと。生き残ったことを。

 

「提督……、私達、勝ったのね!」

 

「ま、そうみたいだよ。出張手当もらいたいくらいの大仕事だったけど、

今回に関しては生きてるだけマシ、だね」

 

飛鷹・ゾルダペアが胸をなでおろす。

 

 

しかし、喜んでいられる者ばかりでもなかった。

龍騎サバイブは三日月を抱える龍田に走り寄る。

 

「龍田さん!早く戻ろう!三日月ちゃんを手当しないと!」

 

「最終ポイントのイベントが終わると自動的に母港へ戻る仕組みになってるわ。

少しの辛抱だから、三日月ちゃん、頑張って」

 

三日月は、なおも弱い呼吸を繰り返しながら眠っていた。

 

 

 

 

 

アメリカ ノースカロライナ州 某邸宅 地下階

 

 

「う~ん……これにはさすがにアタシもFで始まる言葉が出ちゃうかな~」

 

マリーの後ろではまたマーガレットが悲鳴を上げていた。

 

「なんで、なんで、なんでなのよおおお!もういや、こんなクソゲーム大嫌い!

みんなが私を馬鹿にする!大事なものを壊していく!ふざけるんじゃないわよ!

何考えてるのよ、なんなのよ、“SURVIVE.exe”って!

勝手にインストールしてんじゃないわよおぉ!!」

 

「うわぁ、正直これは引くわ……」

 

絶叫し、もはや指先に血がつくほど頭をかきむしるマーガレット。

マリーが慌てて止める。

 

「落ち着いて!落ち着いてマーガレット!頭の掻き傷は治りにくいから。

ほら、言ったでしょ。何度でも“やり直せば”いいって。

なに、ちょっとのマップ移動のプロセスをループさせて、

またスタートポイントからやり直させればいいだけ。簡単でしょ?大丈夫だって。

アタシらは無限にダミーターゲットを用意できるけど、奴らの体力は限られている。

アタシらの勝ちは時間の問題。ほら、傷の手当しておいで。

悪いけど、私は奴らに対処しなきゃ」

 

「うん、わかった……キャア!!」

 

「今度はなんだよったく……ってうぉい!なんだこりゃ!」

 

「どうしたの!?ジェシカ、マーガレット!」

 

不可解な悲鳴を上げる二人に戸惑うマリー。

 

「パ、パソコン見ろって、パソコン!!」

 

「パソコン……はっ!!」

 

コマンドプロンプトの黒い画面を見てギョッとした。

マリーの顔が映り込む、画面の向こうから男が見つめているのだ。

さらに男は語りかけてきた。

 

「警告はしたはずだ。もはやお前達に明日はない」

 

「てめえか!私に変なメール寄こしやがったのは!」

 

「へぇ……あんたがα達の親玉ってこと?」

 

「……ダミーターゲットに強制介入したり、SURVIVE.exeを造ったのも?」

 

「俺はライダーの宿命に従うだけだ。最低限必要なものだけを与えている」

 

「意味わかんねえよ!なんだよライダーって!

バイクの腕なら私が……!」

 

その時、不意に呼び鈴が鳴った。時間は日付が変わった頃。

まともな要件で誰かが訪ねてくるはずがない。

 

「ジェシカ、頼める?アタシはこいつと話付けなきゃ」

 

「ああ、上等だ……」

 

ジェシカは枕の下に隠していた拳銃を取り出し、1階への階段を上がっていった。

 

「それで、アタシらをどうしたいわけ?」

 

「消えてもらう。お前達の情報を、然るべき機関に流した。

既にお前達の排除に動いている」

 

「なるほどね。可能な限り高速な通信環境を揃えたのが裏目に出たってわけか……」

 

“あんだテメエら!今何時だと思ってやがる!”

 

その時、1階でジェシカが何者かと言い争う声が聞こえてきた。

 

“名乗る必要はない。……Tri-Circuitsのガキ共だな”

 

“くそっ!”

 

一瞬争うような音と、人が倒れる音。

ジェシカの拳銃、サイレンサー付きピストルの銃声、ジェシカは……多分死んだ、か。

 

「ね、ねえ……。ジェシカは?ジェシカどうしちゃったの?」

 

「大丈夫、ほら、こっちおいで」

 

ぞろぞろと大勢の人間の足音が近づいてくる。

そしてとうとう、彼女達の根城にグレーのスーツを着た男が、

防弾チョッキを着けた兵士に守られながら乗り込んできた。

 

「話は聞こえていただろう。データを渡せ。

そうすれば今までのクラッキングに関する罪に問われるだけで済む。

司法取引も考えよう」

 

「名乗りもせず深夜に女の子の部屋に押しかけるとかサ、

やっぱCIAはボンクラ揃いだね」

 

「ラストチャンスだ。データを、渡せ」

 

「ふぅ、わかったよ」

 

「え……。本当に渡すの?こいつらが約束守ると思う?」

 

マリーは答えずにパソコンを操作する……ふりをして机の裏の隠しボタンを押した。

突然3人のパソコンが急激に熱を帯び、間もなく煙が上がりだした。

 

「貴様、何をした!?」

 

「何って?こんな時のために緊急時のデータ抹消システムを組み込んどいた。

もうHDDはドロドロに溶けてるよ」

 

「この……ガキが!」

 

銃声2つ。

マーガレットは頭を撃ち抜かれ即死。マリーは胸を撃たれ、瀕死の状態だった。

ぼやける視界。去っていく男達。自分のパソコンを見ると、

かろうじて画面が表示されている状態だった。

彼女は床に転がったヘッドセットに向かって、かすれる声で話しかける。

 

 

 

 

 

城戸鎮守府

 

 

「お願い、早く手当して!バケツ使って!急いで!」

 

三日月を搬送していく艦娘に真司が叫んでいると、空から声が聞こえてきた。

もちろん声の主はマリーで、彼女達の身に起きたことも、

マイクを通じて真司達に伝わっていた。

 

“ねえ、シンジ……”

 

「マリー……。なんでこうなる前にやめられなかったんだよ!

三日月ちゃんも、お前達も!!」

 

“悪いね。アタシら、こんな生き方しかできなくてサ……。でも、ゴホゴホッ!

……最期に、聞いて欲しいんだ。分かって欲しいんだ。

……アンタら、本当にヤバいことしてるってこと。

その世界を放っておくと、マジで、ヤバいんだ……。ゴフッ!せめて、閉じるだけでいい。

みんなを、守って。世界を、守ってよ。馬鹿な、女から、最期の、お願い……”

 

「おい、マリー、返事しろって!おいマリー!!」

 

もう返事はなかった。

真司は知る由もなかったが、その日、アメリカのダウンタウンにある一軒家が、

火災で焼け落ちたという。ニュースにも新聞にも載ることなく、

彼女達の戦いは幕を閉じた。真司は洋館の前で呆然と立ち尽くしていた。

 

「なんでだよ……。同じだよ。同じだったんじゃないか!」

 

みんなを助けたい、世界を守りたい。目的は同じだったのに。

仲間になれたかもしれないのに。

ただ手段を間違えた。それだけで争い、結果的に死なせることになってしまった。

 

「なんでこんなことになっちゃうんだよ!!」

 

誰もいなくなった広場で真司は何かに向かって叫んだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 ID: Medal of Diviner

「……なんで呼ばれたかは、わかってるよね?」

 

「はい。司令官……」

 

真司の執務室。いつになく重い空気の中向かい合う真司と三日月。

 

「どうして、あんなことしたの?」

 

真司は昨日のTri-Circuitsとの戦いで、

三日月が無謀な突撃で瀕死の重傷を負ったことについて問いただしていた。

彼女の怪我は高速修復材で一瞬で治ったが、大事を取って医務室で入院していた。

もう大丈夫だと判断した龍田が、三日月を退院させる際、

真司から呼び出しの伝言を預かっていたことを彼女に伝えて今に至る。

三日月が神妙な面持ちで答える。

 

「それは……。ただ、司令官に、攻撃のチャンスを作りたくて」

 

「俺、攻撃できないから助けて、なんて、頼んだ?」

 

「いいえ……」

 

「捨て身で戦艦に突撃しろ、なんて、命令した?」

 

「……いいえ」

 

「攻撃の前に、自分が死んだら悲しむ人がいるってことは、考えた?」

 

「それは……。でも、でも!私がいなくなっても、他にもっと優秀な戦艦や空母と言った、司令官の秘書艦に相応しい方がいらっしゃいます。それに、自分でもわかってるんです。いくら練度が上がったって、私じゃ限界があるって。

第一艦隊で前線に出られる時期はもう長くないって。だから、最後に少しでも……」

 

「ふざけんな!!」

 

初めて真司が三日月を怒鳴りつけた。大声に三日月が身をすくませる。

 

「“他に優秀な人がいるから死んでも大丈夫”?

“自分は役に立たないからいなくてもいい”?ふざけんなよ!

そんなの、イレギュラーの理屈じゃんか!あれほど憎んでたイレギュラーに、

自分がなってどうすんだよ!なんで自分を否定すんだよ!俺は、俺は……」

 

「あ……」

 

真司は膝をついて三日月を抱きしめていた。

 

「君しかいないんだよ……。この世界で出会って、手を繋いだり、言葉を交わしたり、

一緒に色んな経験をした三日月は、君だけなんだよ。だから……!」

 

いつの間にか真司の目から涙がこぼれていた。

 

「いなくなったりしないでくれよ、頼むから……」

 

「……真司さん。し、真司さん、ごめんなさい。

ごめんなさい……。うう、うわあああん!!」

 

二人はしばらく抱きしめあったまま泣いていた。

そして、どれくらいの時間がたっただろう。どちらからともなく、体を離した。

 

「これからも、ずっと隣にいてくれるかな?」

 

「ぐすっ……。はい!」

 

真司が笑顔で頷くと、三日月も笑顔を返した。

すると、真司が足をパン!と叩いて立ち上がった。

 

「さて、話も終わったし、今日は何をしよっかな。

いや、ライダーバトルのこととか考えなきゃいけないことはあるんだけど、

考えてどうなるもんでもないからなぁ」

 

「このところ特にイレギュラーの侵入もありませんからね」

 

「仕事の方は編集長に話付けてもらってるし……あ!!」

 

「どうしたんですか!?」

 

「優衣ちゃん!優衣ちゃんに全然連絡してなかった……。うわぁ、ヤバい!」

 

「どなたですか?その方」

 

「俺と蓮の仲間でさ、ちょっと前まで蓮とミラーモンスター退治やってたんだ。

俺、蓮とその娘の家の空き部屋に下宿してたんだけど、

初めてここ来てから全然帰ってなかった。ああ、こうしてらんない、

今日は俺、一旦現実世界に帰るよ!

……そうだ、蓮も帰ってないはずだよ、声かけてみよう」

 

「お見送りします。私がクルーザーの操縦を」

 

「サンキュー!蓮の鎮守府までお願い!」

 

 

 

 

 

秋山鎮守府 執務室

 

 

「おーい、蓮いるかー?入るぞー!」

 

「三日月ちゃん久しぶりー!

お仕事終わったらさ、一緒に間宮に……、って城戸提督、失礼致しました!」

 

真司達が執務室に入るなり吹雪が走ってきた。

蓮は三日月の怪我については伏せているようだった。

 

「騒々しいのが二人もいると、うるさくてかなわん。……何の用だ」

 

「すみませ~ん……」

 

何やら段ボール箱の中身を漁っていた蓮が近寄ってきた。

 

「なんだよー。一度優衣ちゃんのところに顔出しに帰るから、誘いに来てやったのに!」

 

「!?……。そうか。確かに妙なことばかりに気を取られて忘れていたな。

一旦戻るとするか」

 

「うん、さっそくこの部屋の01ゲートで戻ろうよ。きっとすごい心配してる」

 

「01ゲート?なんだその、見たまんまの名前は」

 

「うるさいな!わかりやすくていいだろ?」

 

「わたしも、なんだかかっこいい気がします!」

 

吹雪だけが真司のネーミングを支持する。三日月は沈黙し中立を保っている。

 

「……前から思ってたが、お前らは似た者同士だな」

 

真司と吹雪は同時に顔を見合わせ、首をかしげる。

 

「どういうことだよ?」

「どういうことですか?」

 

そして、また同時に問う。

 

「……そういうことだ。とにかく俺は行くぞ」

 

「あ、待てって!

三日月ちゃん、01ゲートってどの鎮守府のやつを使っても同じところに戻れるの?

人によって入ってきたパソコン違うじゃん」

 

「その人がこの世界に入ってきた場所に戻ります。

ゲートとは言っても、ログアウトのプロセスを可視化したものに過ぎないので」

 

「じゃあ、俺の場合はOREジャーナルに戻る、と。ありがとね!

しっかし、また壁や床に叩きつけられるのやだなぁ……」

 

「転送中にジタバタされてるんじゃありませんか?

無駄に動くとネットワークに負荷がかかって転送結果が雑になります。

流れに身を任せていれば、安全に立ったまま出られますよ」

 

「そっかあ、今度からは無事に出られそうだよ。本当サンキュー!」

 

「おい早くしろ、俺は行くぞ」

 

「あああ待てって!じゃあ、三日月ちゃん、俺は行くから!

せっかくだから吹雪さんと遊んで帰りなよ、じゃあ!」

 

「お気をつけて、真司さん!」

 

「司令官もお気をつけて!」

 

二人に見送られながら真司と蓮は01ゲートへ飛び込んでいった。

またしても0と1しかない暗黒の空間。蓮の姿はなかった。

おし!今度は動かずじっとして……真司は三日月の助言どおり、

今回はプログラムの流れに身を任せ、出口に到着するのを待った。

そして、数分で眩しい光に包まれ、現実世界へと戻っていった。

 

 

 

 

 

Login No.005 手塚海之

 

 

 

その青年は執務室に降り立つと、ゆっくり周りを見回した。

和洋折衷の意匠が施された広めの部屋。

デスクや本棚などが並び、部屋の雰囲気とマッチする調度品が置かれている。

しばらく部屋を眺めていると、ノックが3回聞こえてきた。

 

「失礼します!」

 

「……どうぞ」

 

少女の声に青年は答えた。

 

漣は緊張してドアを開けた。

ええと、長門様から聞いた注意によると、まずいきなりチヤホヤしない。

イレギュラーかもしれないんだから。チュートリアルでも提督権限の話題は極力避ける。

よし、バッチリ、これで勝つる!

 

「綾波型駆逐艦“漣”です。艦隊これくしょんの世界へようこそ。

新任提督へのナビゲーションを務めます。どうぞよろしくお願い致します」

 

「俺は手塚海之。よろしくね」

 

「それでは、さっそくですが当鎮守府をご案内いたします。どうぞこちらへ」

 

「うん。お願いするよ」

 

漣は海之を連れて洋館の外に出た。

珍しそうに母港を眺める海之は気づいていなかったが、

道行く艦娘たちが素知らぬ顔をしながら、ちらちらと彼を視界に入れていた。

 

「あの赤レンガの建物が工廠です。あの建物で私達艦娘や装備を建造します」

 

「なるほど」

 

「更にその奥が装備換装や改装を行う改修ドック。

左手奥に見える建物が私達艦娘の宿舎です。戦闘で受けたダメージを癒やす、

修復溶剤で満たされた通称“お風呂”があるのですが……

良からぬ考えは慎んでいただけるとお互いのためになるかと」

 

漣は何気なく、を装って右手の12.7cm連装砲をぶらぶらさせた。

 

「うん、わかってる」

 

若干脅迫混じりの警告を向けられても、海之はただ静かに微笑んで答えた。

二人は作戦司令室の前を通りかかった。漣が窓際にいる長門に目線を送る。

目が合うとお互い小さく頷いた。

 

「あちらの作戦司令室で出撃命令を下せます。

中にいる司令代理の長門様におっしゃっていただければ、

作戦海域への出撃及び出撃要員の選択が可能です」

 

「中の人に頼めばいいんだね。わかった」

 

そして、鎮守府の主な機能を説明し終えた漣を連れて執務室に戻った。

さっきまではなかった01ゲートを見て不思議がる海之。

 

「……あれは?」

 

「現実世界へと戻るためのゲートです。

もし、提督がこの世界にご興味がないのであれば、あれで帰ることも可能です」

 

本当に帰っちゃったらどうしよう。

漣は内心そわそわしながら、あくまで事務的対応に徹する。しかし、

 

「残るよ。……俺にはここでやるべきことがあるんだ。よろしく、漣」

 

海之が握手を求めるが、漣は立ち尽くしたままだ。

しかし、その体がプルプル震えている。

 

「か……」

 

「どうしたの?」

 

「神降臨キタコレエェェ!!」

 

漣は海之に思い切り飛びついた。彼女のいきなりの変化にさすがに海之も戸惑う。

 

「よかったぁ、ちょっとそっけなくしすぎたんじゃないかなぁ、と思ってたから

残ってくれるかマジ不安で、本当よかった~。

あ、それじゃあ、改めましてご主人様、今後共ヨロピコ!

みんな興味ないふりしてたけど、本当はご主人様のこと、

すっごいすっっごい待ってたんだよ!これから提督としての冴え渡る采配マジキボンヌ!

おながいします!」

 

「なるほど、俺が君達の上に立つに相応しいか、資質を測っていたんだね」

 

海之の言葉に漣の表情が少し暗くなる。

 

「本来なら、提督を試すような真似なんて、漣達だってしたくないんです。

でも、イレギュラーから身を守るためにできることが、これくらいしかなくて……」

 

「イレギュラー?それって何なの。教えてくれないかな」

 

「はい……」

 

漣は、彼女達がイレギュラーと名付けた悪質プレイヤーに付いて海之に語った。

自分達を玩具のように使い捨て、挙げ句の果てには

この世界を我が物にしようとしたものがいた事を。

特に、“x029785の悲劇”や、先だってのSons of Daidalosの襲撃について

訴えるように語って聞かせた。

 

「……わかった。心配はいらない。侵略者が現れたら俺に任せて欲しい」

 

「え!?気持ちは嬉しいけど無茶は駄目です!

今言ったサンズオブなんとかっていう連中なんて、

武装ヘリや戦車で攻めてきたんですよ?生身で挑むとかマジ無理ゲーです!」

 

「大丈夫、戦う武器はある」

 

海之はポケットから赤紫のカードデッキを覗かせてみせた。

既にライダーの存在は全艦娘が知るところなので、漣は驚く。

 

「ね、ね、燃料投下キターッ!!まさかご主人様もライダーだったなんて!」

 

「ということは、もう俺の他にもライダーが来ているのか……」

 

「はい、そのとおりですご主人様!」

 

「どんな人が来てるのか、教えてくれるかな」

 

「はい……。と、その前に、お電話お借りしてもいいですか?長門さんに知らせないと!

またライダー提督がおいでになったって」

 

「うん」

 

漣はデスクの電話の受話器を上げると、暗証番号を押した。

そして電話に出た長門に海之がライダーである件を興奮気味に伝えた。

受話器を置くと、程なくして長門が直接執務室にやってきた。

洋館と作戦司令室は、ほぼ隣同士なので電話が切れてからすぐだった。ノックが3回。

 

「どうぞ」

 

「失礼します。提督、司令代理の長門だ。以後、よろしく頼む」

 

入室した長門は自己紹介と敬礼をした。

 

「俺は手塚海之。これからよろしく。

ところで早速なんだけど、今ここに来ているライダーについて教えて欲しいんだ。いいかな?」

 

「まず、城戸提督こと仮面ライダー龍騎、秋山提督こと仮面ライダーナイト、

北岡提督こと仮面ライダーゾルダ、浅倉提督こと仮面ライダー王蛇。

そして、仮面ライダーオーディン」

 

「……ひょっとして、4人目の浅倉提督って、浅倉威のこと?」

 

「やっぱり知っていたのか……」

 

「今、日本中でニュースになってる。

不可解な脱獄をして姿をくらませたそうだから、もしやと思ったんだ。

……そうか。5人もライダーが来ているなら、

ライダーバトルの事は知ってるよね。もう彼らは戦いを始めているのかな?」

 

「……今のところは休止状態だ。

一度、浅倉提督が北岡提督に襲撃をかけたのを切欠に乱戦になったことはあるが、

神崎の介入で中止されて以来、戦いはない。

むしろ危機の際に団結して戦ったこともあるくらいだ」

 

「そうか、もうここにも神崎が……。でも、まだ間に合う」

 

「提督も、願いを叶える力を得るために?」

 

「願いと言えば願いだけど、俺は力を得るために戦ってるわけじゃない」

 

「蚊帳の外状態なう、と……」

 

漣が小さな声でつぶやく。

 

「俺は、ライダーバトルを止めたい。この不毛な殺し合いをどうにかして終わらせたい」

 

「だったら!」

 

長門が必死の表情で海之の両手を握った。

 

「貴方は城戸提督に会うべきだ!彼も同じ目的で戦っている。

今は現実世界に帰っているが、彼が帰還したら提督にすぐ伝えよう!」

 

「そうなのか。ライダーにもこの戦いが無意味なものだとわかっている者がいたのか……」

 

「そうと決まれば!さっそく手塚提督が正式に就任したところで……。漣、例のものを」

 

「了解っ!」

 

漣は元気よく敬礼すると、

部屋の隅にある段ボール箱から純白の軍服一式を取り出し、海之に差し出した。

 

「提督限定の海軍制服うぷ」

 

「こら、ちゃんと渡さないか、大事な物なんだぞ」

 

「す、すみません……。こちら提督用の軍服です。お召しになってください」

 

海之は支給された制服をじっと見る。しかし、

 

「済まないけど、これは着られない」

 

長門は、うんざりした様子で頭を押さえる。

 

「またなのか。これは何か提督方に恨みでも買ったのか?

よければ理由をお聞かせ願いたいのだが」

 

「純白は占いの結果に影響を与える。

俺は占い師なんだけど、占う時は相手の気の流れた跡も読み取るんだ。

まっさらな白には、その流れた痕跡をかき消してしまうという作用がある」

 

「ご主人様、占い師だったの?じゃあ、もしかして、漣を秘書艦に選んだのも?」

 

「そう。俺、ゲームのことはよくわからないから、占いで選んだ」

 

「ガーン!ライダー提督の秘書艦に選ばれた理由が、まさかの適当……」

 

「適当じゃないよ。俺の占いは当たる。良くも悪くも。

俺と漣は、これからなんらかの大きな出来事に遭遇する」

 

「本当ですか~?もし嘘なら全“漣”が総力を上げてコチョコチョするが」

 

「じゃあ、試しに何か占ってみよう」

 

「え~と、ん~と……

いざ占ってもらうとなると、なかなかお題が見つからないっていうか」

 

「では、今、沖ノ島海域に出撃中の艦隊の戦果を占ってくれ」

 

迷う漣に替わって長門が占う事柄を示した。

 

「わかった」

 

海之はそう答えると、ポケットから取り出したメダルを、

まずは1枚。続いて2枚を指で弾き、

 

「次で最後」

 

3枚弾いて裏表を見た。するとその表情がみるみるうちに険しくなる。

 

「戦果どころじゃない。今すぐ退却させたほうがいい」

 

「なんだって?」

 

「海の方角に災厄あり、と出た。急がないと危ない!」

 

半信半疑の長門も海之の表情を見てただならぬものを感じ、大淀に電話。

出撃中の部隊に撤退命令を出すように命じた。

データ転送でワープするように出撃先から戻ってきた部隊から、

文句の声が聞こえてくる。

 

“なんでー!?もうちょっとでボスマスだったのに!”

“資源も拾えていい感じだったんだけどな……”

“理由くらいは聞きたいよね~”

 

納得の行かない艦娘達が作戦司令室に向かっている。

長門が窓から作戦司令室を見ると、詰めかけた艦娘達と、

その対応に苦慮している陸奥の姿が見えた。

その直後、鎮守府中のスピーカーから警報が鳴り響き、大淀の声で警告が発せられた。

 

『緊急警報、緊急警報!沖ノ島海域にエラー娘が出現!

総員メンテナンスに備えよ、直ちにその場に伏せ、身の安全を確保せよ!繰り返す……』

 

警報とともにあちこちから悲鳴が上がる。

海之が何が起こっているのか訪ねようとした瞬間、鎮守府内全ての電気が消え、

長門も漣も、時が止まったように動かなくなった。

薄暗くなった執務室の中、海之は待った。また、占いが当たってしまった。

そして約30分後、電気が復旧し、動きを止めていた長門達もまた動き出した。

 

「ぷはっ!……はぁ、まさか今時エラー娘が現れるとは。

こうしてはいられない、済まないが、また電話を借りるぞ」

 

長門が作戦司令室に電話をかけ、大淀に事の仔細を説明する。

その間に漣が海之に話しかけてきた。

 

「ご、ご主人様って未来予知が出来るんですね!

全く現れる予兆を見せないエラー娘の出現を察知するなんて……」

 

「未来予知じゃないよ、あくまで占い。

メダルで戦いの行方を占ったら、戦場(いくさば)そのものに凶兆が現れたから、

戦いどころじゃないと警告したんだ。……俺からもいいかな。エラー娘って何?」

 

「突然前触れ無く現れては、漣達の世界を停止させる厄介な存在です。

出撃中に遭遇すると、それまでの戦績や獲得資源がパーになることもあるんで

まさにガクブル!

昔はパソコンの前の提督方が一度に集中した時に出やすかったんですけど、

まさかサーバーが増設された今になってまた出るとは……」

 

「そうか、ありがとう。とにかく間に合ったみたいでよかった。

でも、それってさっきの話と矛盾してない?」

 

「何がですか?」

 

「君達は自分で何らかの数値の変動を伴う行動ができない。

でも、自分で出撃してなにやら持ち帰ってもいたようだけど」

 

すると、漣がボリボリと頭をかいて渋い顔をして答えた。

 

「ご主人様が来る前にですね、一人提督が来てたんですよ。まさに入れ違いです。

その人がみんなを出撃させたまま現実世界に帰っちゃったんです!

“なんか思ってたのと違う”って!イレギュラーじゃなかっただけまだマシですけど、

後始末くらいしてけってんだいコンチクショー!」

 

そうこうしていると、今度は外から歓声が聞こえてきた。

 

“しかも、またライダーですって!”

“さっきの撤退命令は提督の占いの結果って本当なんですか!”

“ヌフフ、提督でライダーで占い師……まさに一粒で三度おいしい”

“私、会いに行きたいな~”

“ほらほら、提督は着任されたばかりでお忙しいから、また今度ね。一同解散!”

“は~い”

 

「ほら~もうみんな新提督の活躍に夢が広がりんぐですよ!もちろん漣もです!」

 

「うん、頑張るよ」

 

「で、制服は?」

 

「着ない」

 

「タハー!やっぱりかよ!」

 

ずっこける漣。こうして手塚海之の艦これ界での戦いが始まった。

今は不在の真司との邂逅がどのような結末をもたらすのか。今は誰にもわからなかった。

 

 

 

 

 

いくら慎重に転送したとしても、狭いブース内に飛び出したらこうもなるだろう。

蓮は、久方ぶりにあのネット喫茶に戻ったが、

勢い余って個室から廊下に放り出された。

 

「ああ……、くそっ」

 

ちょうどその時、見覚えのある、おっとりした店員が通りかかった。

 

「あ、お客様。お掃除は済ませときましたんで」

 

しまった。もう半月近くも料金を払っていない。慌てて蓮は弁解する。

 

「ああ、待ってくれ、逃げたわけじゃない。少し外せない用件があって……」

 

「どうかなさいましたか?ネット喫茶は精算時にご利用分の料金さえお支払頂ければ、

何時間でも何日でもいてくださって結構ですよ~」

 

「そ、そうなのか……」

 

「では、ごゆっくり~」

 

「いや、待ってくれ。もう出る」

 

蓮は店員と共にカウンターへ行き、店員に伝票を渡した。

長期間の利用にも店員は驚く様子もなくレジを打つ。

この店を住処にしている客が他にもいるのだろう。

 

「ええと、3時間パックが何日分で……、少々お待ちを」

 

店員がたっぷり10分掛けてレシートを発行。

 

「お待たせしました。お会計が合計でこちらの金額になります」

 

「!?」

 

長ったらしいので、店員は読み上げを省略してレシートを蓮に見せた。

それを見て蓮はギョッとした。

ひとつ大きなため息をつくと、蓮は財布から1万円札を何枚も抜き出した。

肩を落としながらビルから出た蓮は、『ここに二輪車を停めないでください』という

札を貼られたシャドウスラッシャーにまたがり、秋葉原の街を走り出した。

が、あるものを目にしてすぐに停止する。

大型家電量販店の前、何本も立てられたノボリ。

 

“大特価!ハイスペックノートPCが¥159800(税込)!”

 

「……」

 

決心した蓮は家電量販店の立体駐車場へ向かった。

 

 

 

 

 

やった、三日月ちゃんの言った通り!

真司は無事、OREジャーナルのオフィスに両足で着地した。

誰かいないか見回すが、ちょうど昼休憩の時間だったので、

背中を向けている大久保しかいなかった。

 

カップラーメンをすすっている彼は、スチール製のキャビネットに置かれた

ポータブルテレビに夢中で真司に気づいていない。

普通のテレビを置くスペースも十分あるのだが、

“いつN○Kが集金に来ても隠せるように”とコンセントを差すだけで見られる

小さなテレビを設置している。いつもテレビは暇つぶし程度に眺めるだけの大久保が、

やけに熱心なので、真司も内容が気になって覗いてみた。

 

“米国防長官、マッキンリー氏は声明で、「日本の行動は

安保条約を揺るがしかねない重大な危険行為である」と強く反発しており……”

 

「日本やべえな、こりゃ。どのチャンネルもおんなじだしよぉ」

 

大久保が独り言を漏らしながらリモコンでザッピングするが、

やはり内容は艦これに端を発した日本のタイムマシン開発疑惑に関するものだった。

 

“アメリカは、サーバーが存在するとされるコロンビア政府に協力を求め……”

 

“いやー知らなかったっすよ、艦これが未来にあるとか。マジ、ヤバくないですか?”

 

“首相は記者会見で、「我が国が極秘にタイムマシンを研究開発しているという噂は

事実無根だ。米国に粘り強く説明して理解を求めていく」という立場を明らかにし……”

 

“弊社と艦隊これくしょんは一切関係ありません!

我々も勝手に社名を使われて迷惑しているんです!”

 

既に艦これの秘密は世界を巻き込み、もはや真司達だけの問題ではなくなっていた。

早くなんとかしないと……!でも、とにかく今は、一旦お店に戻らなきゃ!

そっとオフィスを出た真司は危機感を募らせた。

そんな彼に気付かず、相変わらず大久保はテレビにかじりついていたが、

ふと、あることを思い出した。

 

「ん……、そういや、真司がワーワー言ってたあれも、艦隊これくしょん、だったか?」

 

 

 

 

 

紅茶専門喫茶店「TEA 花鶏」。

東京の住宅地にひっそりと建つ、多くの花が飾られたこの喫茶店で、

若い女性と初老の店主が皿洗いやテーブルの拭き掃除など、

それぞれの仕事に勤しんでいた。今は客もいないので二人は立ち話をしていた。

 

「それにしても二人でお店回してくのってこんなに大変だったかしら。あたた、腰痛い。

しっかし、真ちゃんてば急に入院して面会謝絶なんて一体どうしちゃったのかしらねぇ。

会社の人が連絡くれた時はびっくりしちゃった」

 

カウンターの向こうでぼやいたのは、花鶏のオーナー、神崎沙奈子である

 

「真司君も心配だけど、蓮ったらこの忙しいのに、

いきなり店ほっぽり出して何日も帰ってこないんだから。一体どこ行ってるのよ」

 

文句を言いながらテーブルを拭く、ショートカットの若い女性は神崎優衣。

蓮や真司の仲間であり、ミラーワールドの様子を視認する能力の持ち主である。

最近まで蓮と共にミラーモンスター狩りを行っていたが、今は仕事や雑多な用事が多く、

二人一組で行動することはほとんどなくなった。

幼いころに両親を事故で亡くしており、現在行方不明の兄を探している。

 

「男が何日も泊まりこむなんてね、そりゃ女絡みしかないでしょ。

あたしの勘に、間違いはないわ。あのむっつりした蓮ちゃんに彼女ができるなんてねぇ」

 

ニヤニヤしながら優衣の愚痴に答える沙奈子。

彼女は優衣の叔母であり、13年前に事故で親を亡くした優衣を引き取り、

以来ずっとこの住宅兼店舗で優衣と暮らしている。

カラカラン!二人が話し込んでいると、入り口のベルが鳴った。

 

「いらっしゃいま……真司君!?」

 

そこにはバツの悪そうな表情を浮かべた真司が立っていた。

 

「真ちゃん!あんた一体どうしちゃったのよ!?

会社の人に聞いてもドクターストップとかなんとかで病院も教えてくれなかったし!」

 

「いや、すみませんでした、長いこと心配かけて。怪我したとかじゃないんです。

ちょっとパソコンに触りすぎたみたいで、なんていうか心の風邪?っていうやつで、

そう、精神の疲労?みたいな。

今日は治療の一環で、親しい人と触れ合って

落ち着きを取り戻してこいって言われちゃって。また戻んなきゃいけないんですけどね」

 

「あら、まあ……あたしパソコンのことなんてちっともわかんないから

よくわかんないけど、やっぱりそういうお仕事って

ストレス溜まるもんなのかしらねぇ……」

 

沙奈子が心配そうに病状を気遣う。ごめん、おばさん。

 

「もー本当心配したんだから。蓮までいなくなっちゃうし」

 

「優衣ちゃんもごめんね!蓮は帰ってないの?」

 

「うん、こっちには帰ってない。携帯にかけてもつながらないし……」

 

話し込んでいるとドアベルが鳴り扉が開いた。

 

「痛てっ!」

 

「邪魔だ」

 

続いて真司が誰かに突き飛ばされた、というか何かをぶつけられた。

 

「蓮!」「蓮ちゃん!」

 

また驚く優衣と沙奈子。蓮はいつものむっつりした表情で、

なにやらプラスチックの持ち手が付いたダンボールを持っている。

 

「痛えな!なんだよそれ!」

 

「入り口で突っ立ってるお前が悪い。優衣、おばさん、心配かけて悪かった。

秋田のどこかの村のお土産だ」

 

蓮は二人に何かを手渡した。秋葉原裏通りの雑貨屋で見つけた木彫りのフクロウ。

 

「あらやだ、可愛いじゃない……!お店に飾ろうかしら」

 

蓮の長期不在をすっかり忘れて可愛らしいフクロウにはしゃぐ佐和子。

 

「ほら、優衣も」

 

「えっ。……いらない」

 

「何故だ」

 

「なんていうか……、おじいちゃんぽい」

 

「そうか……」

 

蓮のチョイスは年配の心は掴んだが、若い女性にはウケなかったようだ。

 

「ところでおばさん、この店はインターネットは使えるのか?」

 

「う~ん、パソコンのことは知らないけど、携帯会社の人が半年くらい前に、

とにかく置かせてくれってんでワイファイ?とかいう機械勝手に置いてったけど、

それでネットができるらしいわよ。知らないけど」

 

「ありがとう、それで十分だ」

 

それだけ言うと、蓮はダンボールを抱えてベッドのある2階へ階段を上っていった。

 

「あ、ちょっと待てよ蓮!」

 

「蓮、一体何してたのよ!」

 

真司と優衣も蓮を追いかけて2階へ上がる。

蓮と真司のベッドがある部屋を開けると、床が梱包材で足の踏み場もなくなっていた。

 

「おい蓮、何やってんだ?」

 

「うっわ、何買ってきたの蓮……」

 

「パソコンだ」

 

蓮がセットアップ作業に悪戦苦闘しながら答える。

 

「パソコン始めたの?……あ、ひょっとしていなくなったのって」

 

「ああ、ミラーモンスター絡みだ。ネット空間にも現れだした」

 

嘘はつかずに重要な事実を伏せたまま答える蓮。

 

「そういうわけで、これから遠出することが多くなる。

おばさんにも上手いこと言っといてくれ」

 

「あ、俺も俺も!先生がまだ長引きそうだって言ってたからよろしく!」

 

「はぁ……。蓮のほうはわかるとして、真司君は元気そうにしか見えないんだけど」

 

「そ、そこが心の病気の怖いとこだよ。……って先生が言ってた!」

 

「は~い、それじゃあ私はお店に戻るから。無理しない程度に早く戻ってきてね」

 

「わかった!」

 

そして優衣は1階に戻っていった。

同時に蓮がセットアップ作業を終えたようで、

さっそくIEを起動してDMM.comにアクセスしようと試みている。

 

「あ、そうか!ここにパソコンがあればいつでも誰にも怪しまれずに戻れるじゃん!」

 

その時、蓮がスッと手を差し出した。

 

「な、なんだよこれ……」

 

「一回一万円だ。いくらしたと思ってる。20万だぞ。タダでは使わせん」

 

「一万て……払えるわけねえだろ、ケチ!」

 

「なら今までどおり会社のパソコンで艦これに入れ」

 

「はいはい、そうしますー!」

 

蓮が艦これにログインすると、やはり彼の体が画面に吸い込まれていった。

取り残された真司はしばらくの時間を花鶏で過ごし、編集部の終業時刻を待った。

そして、また花鶏も閉店作業を終えると、真司は二人に別れを告げた。

 

「それじゃあ、優衣ちゃん、おばさん。また病院に戻るけど心配しないで。

そうそう、さっき蓮がものすごい急な用で出ていったよ、窓から」

 

「うん、わかった……」

 

「真ちゃんはともかく、蓮ちゃんは本当薄情もんだよ、この忙しい時期に!」

 

「まぁまぁ、蓮はああ見えて結構忙しいから……」

 

優衣と彼女になだめられる沙奈子を後にし、

真司も艦これ界に戻るため、会社へ向かった。

 

 

 

 

 

某邸宅

 

寂れた場所にぽつんと建つ洋館。一切の家具が取り払われた空き家。

ただひとつ普通の家屋と異なるのは、全ての窓ガラスに紙が貼られているということ。

2階に1脚の椅子があり、神崎士郎が座っている。

その手には子供が書いたと思われる絵が。男の子と女の子が手をつないで微笑んでいる。

その絵を眺めながら神崎がつぶやく。

 

「……5人揃った。もうすぐ、もうすぐだ、優衣」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 ID: Untouchable Fortress

OREジャーナル編集部

 

 

その日、OREジャーナル編集部で企画会議が行われていた。

大久保がホワイトボードに『追うべき事件』大書し、令子達に向き合った。

 

「えー、今から見ての通り、真司不在だが、

俺達が追うべきヤマをどちらかに絞るべく話し合いたいと思う!」

 

「どちらか、というとやはり?」

 

令子の中でも可能性は2つしかないようだ。

 

「そう。今、日本、いや世界中をパニックに陥れてる“艦これ”を追うか。

それとも、これまで追ってきた連続失踪事件の調査を引き続き行うか、だ。

この選択を誤ると購読者数に直接響いてくるからな」

 

「結局タイムマシンは後回しなんですね……」

 

まだ可能性を捨てきれない島田が残念そうにつぶやく。

 

「いーかげん諦めろって!今まで一回も未来人が来たことない時点で無理なの!

……話戻すぞ。俺としては、敢えて読者の興味が完全に艦これに向いている今、

連続失踪事件の追跡を続けるべきだと思う。

これは俺の勘だがな、こいつにはデカいネタが隠れてる気がする!」

 

「それに、うちには大手マスメディアのような大規模な取材班や設備もありませんしね」

 

「ま、まあ確かにそれも一因だ。

アメリカ政府まで乗り出してきてる、艦これ絡みの事件には

とても俺達弱小編集部が割って入れるもんじゃねえ。

そこで誰も見てないような思わぬところから、

あっと言わせるような特ダネを引っ張ってくる!

これは普通に真相を報道するよりインパクトが違うんだよ!どうよ島田~」

 

「要するに、スキマ産業的手法ですね~」

 

タイムマシンの可能性を省かれた島田が一言で切り捨てる。

 

「……そういう表現もある。とにかく!異議がなければOREジャーナルとしては、

今後も継続して連続失踪事件に当たりたい。異議のあるもの挙手!」

 

全員異議なし。といっても、大久保含めて3名しかいないが。

 

「ちょうどよかった。せっかく集めたネタも無駄にならずに済みました」

 

令子が浅倉威脱獄事件を始め、

連続失踪事件の現場写真を保管したファイルを手に取った。

 

「ネタってなんだよ?」

 

ファイルに収められた数々の証拠物件から一枚のカラーコピーを大久保に渡す。

一際大きな関東拘置所の監視カメラの画像だった。

殺風景な誰もいない廊下に設置された配電盤に、男の姿が映っている。

 

「編集長、これ見てください、浅倉威が脱獄した日に、

拘置所の監視ビデオに写っていたものです」

 

「なんだこりゃ、なんでこんなふうに人が写ってんだ?」

 

「それは不明ですが、一連の失踪事件を調査するうちに男の身元はわかりました。

名前は高見士郎。アメリカの大学に在籍していたそうですが、

去年の4月に実験中の事故で死亡したとのことです」

 

「それじゃあ、これに映ってるのは死人か?オー、クール!」

 

「更に調査を進めると、事故の4ヶ月後、

日本の清明院大学の中から出た数人の行方不明者の中に、彼の名前があったんです。

そこでは神崎士郎と名乗っていたとか」

 

「なんだよ、それじゃあやっぱり生きてたってことか?」

 

「それもわかりませんが、清明院大学に入学したのはアメリカで起きた事故の直後」

 

「つまり、高見士郎は2度消えた、と……」

 

「そして今度はこの拘置所」

 

「この高見士郎がビデオに映り込んだ日に浅倉が説明付かない方法で脱獄。

その後も何度も姿を消して目下行方不明……」

 

「それだけじゃありません。

高見士郎のアメリカ時代を知るポトラッツ教授とも面会したんですが、

いつの間にか何処かへ消えてしまったんです。ずいぶん探したんですが……」

 

「浅倉威の脱獄と、高見士郎のアメリカ時代を知る人物の消失。

どちらにも高見士郎が絡んでる……臭うな」

 

「編集長、人を文字通り消滅させる何かががあるとしか思えないんです、

それも、こう何か人為的な」

 

「その鍵がこの高見士郎にあるってわけだな。こりゃデカいネタに化けるかもだ。

連続失踪事件が浅倉威脱獄事件に繋がり高見士郎失踪事件、

果てには人体消滅現象か……ますます怪しいな」

 

「やっぱり編集長も一連の事件は繋がっていると思いますか?」

 

「ああ、そうとしか思えねえ……おっし、よくやってくれた令子!

もしかしたら、俺達、艦これを出し抜けるかも知れねえ!」

 

「編集長。私、高見士郎が在籍してた清明院大学を

もう少し詳しく当たってみようと思います。研究内容や事故の概要が知りたいので」

 

「おう、頼んだぞ!」

 

令子は上着を羽織ると急いでオフィスを後にした。

ここまで一人放っておかれていた島田は、誰もいない真司のデスクを見て、

独り言をこぼした。

 

「……な~んか同じ気がするんだけどな」

 

 

 

 

 

 

──浅倉鎮守府

 

 

 

ゴン、ゴン、ゴン、ゴン……

 

浅倉威は苛立ち、そして退屈していた。

先日の改造深海棲艦との死闘以来、戦いらしい戦いをしていない。

物音を聞きつけた足柄がノックもせず飛び込んで、

壁に頭を打ちつける浅倉の体に腕を回し、彼を押さえつけようとした。

 

「離せ女ァ!!イラつくんだよ、このヘドロみたいにネバついてる状況が!」

 

「いい加減にしてください!そんなにストレスが溜まっているなら

深海棲艦を倒しに行ってくださいよ!私の名前は足柄です!」

 

「足りねえんだよ……。作りもんのバケモノだと!」

 

大人しくなった、というより、もがくのが面倒くさくなった浅倉が動きを止める。

足柄は慎重に彼を抱く腕を緩める。

ひとしきり暴れて少し落ち着いたのか、浅倉は床に座り込む。

足柄はハンカチを取り出し、彼の額の血を拭こうとするが、浅倉はその手を払いのける。

そして彼女に吐き捨てる。

 

「女……俺を殴れ。

俺は殴るか殴られるかしねえと頭がぐしゃぐしゃするんだよ……!!」

 

「それ以上は止めてください。提督権限が発動してしまいます。

何故そんなに自分を痛めつけるのが好きなんですか?足柄です」

 

「殺し合い殴り合いより面白いもんがあるなら言ってみろ……さっさとしろ!」

 

「提督、止めてください!加減を命じてください!本気で殴ってしまいます!」

 

いくら狂っているとは言え、足柄も提督に暴力を振るいたくなどない。

重巡の力で本気で殴ったらどうなるか。

しかし、二度の命令で提督権限が発動してしまった。

彼女の体が勝手に動き、浅倉に向けて拳を振りかぶる。思わず目を瞑る足柄。

とうとう彼女が拳を放った。その瞬間……

 

『緊急連絡、緊急連絡!こちら作戦司令室。

作戦行動を一時中止し、伝達事項を受信せよ』

 

ギリギリの所で拳が止まった。

足柄の意識に、提督権限を一時中断できる作戦司令室の緊急連絡が飛び込んできた。

ホッとしつつ足柄は伝達内容を受け取る。

 

「……こちら足柄、伝達事項を確認。通信終わる。

では、私は仕事が残っていますので。失礼します」

 

彼女は緊急連絡を読み取ると、そそくさと執務室から立ち去ろうとした。だが。

 

「……おい、連絡の内容はなんだ」

 

「また、新たな海域が解放されたそうです、よ?」

 

ごまかそうとしたが、思いがけず浅倉から引き止められたせいで

若干声が上ずってしまった。浅倉がそれを聞き逃すはずもなく、

 

「提督命令だ、連絡の内容を答えろ」

 

はっきりと提督命令を宣言されては抗うことができず、足柄は答えた。

 

「新たな……。ライダー提督が着任されたそうです」

 

「ほう?ならお前とのド突き合いはまた今度だ。……また挨拶に行く」

 

浅倉が嬉しそうな笑顔で言った。

 

 

 

 

 

Login No.006 芝浦淳

 

 

 

「提督!次は私達の訓練場をご案内……うわわっ!危なかったぁ、

あ、すみません。失礼しました!」

 

「大丈夫―?気をつけてね!」

 

ウザいなあ、何もないところで転ぶ普通?

明林大学2年生、芝浦淳は作り笑いを浮かべて五月雨に呼びかけた。

 

「さて、このゲーム、どうやって面白くしてやろうかな」

 

淳は顎に手を当て、企みを膨らませた。

 

遡ること数日前。

薄暗い店舗に色とりどりの光を放つゲーム筐体がひしめき合うゲームセンター。

その一画に様々なタイトルの格闘ゲームが集まっている。

一人の大学生がゲーム筐体に向かい、CPU相手に戦っていた。

今日は乱入来ないな。まぁ、来ても最近は下手くそばっかでつまんないんだけどね。

 

「ふふっ、雑魚過ぎ……ん?」

 

ゲームに勝利した瞬間、耳鳴りのような反響音が聞こえてきた。

ゲーム画面の黒い部分に見慣れた姿が映り込んでいる。

振り返ると神崎士郎が淳を見つめていた。

 

「何をこんなところで遊んでいる」

 

淳は大きくため息をついてレバーから手を離した。

 

「あのさあ、ゲームマスターならもっとちゃんとやってよ。

最近ライダーの姿全然見ないんだけど。

ライダー戦わせたいなら責任持ってマッチングしてよね」

 

「お前が出遅れているだけだ……。艦隊これくしょん」

 

「は?あのオタ臭いゲームが何。あんたの口から出ると笑えるんだけど」

 

「ライダーならそこにいる。もたもたしているとライダーバトルが進み、

力を付けたライダーがお前を殺しに来るだろう」

 

「おたく頭大丈夫?あんたまでアレが未来や別世界にあると思ってるわけ?

あんなのただサーバーがエラー吐いてるだけだよ。

それに……、サークルの連中がやってるの見たけど、

あんなスピード感ゼロのゲームのどこにライダーがいるんだよ。

画面の中のミラーワールドでしたってオチじゃないよね、ハハ」

 

「信じたくなければ好きにしろ。

ここにいる限りミラーモンスター狩りの他にできることは何もない」

 

そういうと神崎は去っていった。

置いて行かれた形の淳は、またため息をついて席を立った。

 

 

 

 

 

……そして、帰宅した淳が自室のパソコンでDMM.comにアクセスし、

今に至るというわけである。サイバーミラーワールドに転移した淳は、

初めは驚きこそしたものの、漠然と“面白いこと”を求めていた彼の驚きは

すぐに興味へと変わった。秘書艦に選んだ五月雨に連れられ、

鎮守府を巡る工程も終わり、今は執務室で休んでいた。

 

「……以上が、この鎮守府の主な施設です。

他にご不明な点があればなんでも聞いてくださいね」

 

なんでゲームのキャラが生きてんだよ。

 

「うーん、今のところはいいや。ありがとう!」

 

「どういたしまして、提督!

あ……、ところで貴方はこの世界でプレイを続行されますか?それとも……」

 

五月雨が不安げに、ちらりと01ゲートを見る。

 

「もちろんここで戦うよ!俺、戦っても結構強いんだ」

 

淳はカードデッキを取り出し、ヒラヒラさせてみせた。

 

「ええっ!?じゃあ、提督も仮面ライダーなんですか!」

 

ふぅん、あいつの与太話でもなかったってことか。

他のライダーねぇ。一体誰がいるのかなっと。

まぁ、俺に勝てるやつがいるとは思えないけど。

 

「そうなんだ。っていうことは、俺の他にもライダーがいるってことだよね。

誰が来てるのか教えてくれないかな」

 

「はい!まず仮面ライダー龍騎こと……」

 

五月雨は現在艦これの世界に来ているライダーについて淳に説明した。

彼女の話を聞きながら彼は思案する。当然ろくでもないことを。

 

「以上がライダー提督の方々です。

あ!いけないわたしったら!長門様に報告しないと、お電話お借りますね」

 

「うん、慌てないで」

 

なおも考え続ける淳。そうだ、あの連中使えそうじゃん。

対戦相手は……あいつしかいないっしょ!現役の人殺しK.O.するとかマジ面白そう!

 

「ふぅ、お待たせしてすみません」

 

「いいよいいよ。それよりさ……俺、一旦現実世界に戻っていいかな。

ここで暮らすための準備が必要でさ」

 

「あ!ちょっとだけ待っていただけませんか!?

今、司令代理の長門様がこちらに向かっています。

少しだけお話する時間を頂きたいんですけど……」

 

チッ、面倒くさいなぁ、誰だよ長門って。

 

「うん。なんだい話って」

 

「はい、ライダーの方々についてはいろいろな事情があることは把握しています。

それについて提督がお忙しい時に代理で司令を務める長門様からお話が……」

 

その時、ドアからノックの音。淳が返事をする。

 

「どうぞ」

 

「失礼する。貴方が新しい提督、そしてライダーだと聞いた。

私は司令代理の戦艦長門だ。貴方の活躍に期待する」

 

長門は姿勢を正し、淳に敬礼をした。

なんか微妙に態度もガタイもでかい女が来たんだけど?

俺も暇じゃないんだからさっさと終わらせてよね。

 

「よろしく、俺、芝浦淳。頑張るよ」

 

「こちらこそ。……それで、貴方もライダーだと五月雨から聞いたのだが、

やはりここにはライダーバトルのために?」

 

「うん、そうなんだ」

 

「失礼は承知なのだが、もし差し支えなければ、貴方の“願い”は何なのか、

聞かせていただけないだろうか」

 

いきなり図々しい女だなあ。“楽しいから”で十分だろ?一応深刻そうな顔しとくか。

 

「……ごめん、それは、言えないんだ」

 

「そうか……。いや、私こそ立ち入ったことを聞いて済まない。

他の提督方もどうにもならない事情を抱えていらっしゃるようなので、

何か力になれればと思ったんだ。

せめて、提督権限を活用してこの世界では不自由なく生活して欲しい」

 

「提督権限?なんなのそれ」

 

「五月雨から聞いてないのか?」

 

「あわわわ、ごめんなさい。

私、提督がライダーだってことにびっくりして、それで……」

 

「まぁ……。以後気をつけるように。私から説明しよう。提督権限とは……」

 

長門は淳に、この世界である程度自由に振る舞える提督権限について説明した。

彼は表情にこそ出さなかったが、しめた、と思った。

なるほど、要はこいつら使い放題ってことじゃん。面白いゲームになるぞ!

淳は内心ほくそ笑んだ。

 

「ありがとう、よくわかったよ。いや、正直驚いてばかりだけど、頑張るからよろしく。

じゃあ、一旦俺は準備に戻るから」

 

「うん、焦らず支度をしてくるといい」

 

「も、戻ってきてくださいね~!」

 

 

 

 

 

手塚鎮守府 工廠

 

 

 

「はい、これでバッチリです!」

 

手塚海之こと仮面ライダーライアの足首に水上戦闘用シューズのバンドを巻いた明石が、

満足気に出来栄えを眺める。ライアが変身を解く。

 

「ありがとう、明石さん。これで、俺も海で戦える」

 

海之も鎮守府での生活に慣れ、明石に足用装備を用意してもらっていた。

 

「いえいえ!私はこれが仕事で生きがいですから。

……あのう、ついでと言っちゃなんなんですけど」

 

「何かな?」

 

「占ってほしいことがありまして。

もうみんなの間で評判なんですよ、提督の占いは恐ろしいほど当たるって!」

 

「うん。何を占うのかな」

 

明石は工廠の隅に安置された艦娘用装備を指差す。

 

「あれ見てもらえますか?あそこにある25mm三連装機銃なんですけどね、

散々改造してあって、これ以上弄るとまともに機能しなくなる可能性があるんです。

しかし、明石はあと一歩!のポテンシャルがあると踏んでるんですけど……

思い切って手を加えるべきか、ここで満足すべきか、道を示してください!」

 

「わかった。待ってて」

 

海之はメダルを指で高くはじき、パシッと左手の甲に叩きつけた。表だった。

 

「君とあのカラクリに強い(えにし)が見える。勇気を出して。

ネジはまだあるよね?」

 

「わぁ……。ありがとうございます!もちろんネジはあの子のために取ってあります!

それじゃあ、さっそくあの子のドレスアップを開始しますね!」

 

笑顔で去っていく明石を見送り、自身も立ち去ろうとした時、

漣と長門が海之の元へ駆けつけてきた。

 

「漣さんがログインしました!ご主人様に連絡だよ!」

 

「提督、急を要する連絡だ。城戸提督が現実世界から鎮守府に戻られた!」

 

「!? 彼はライダーバトルを止めようとしている、って言ってたよね。

会うことはできるかな」

 

「もう先方に連絡してある。今すぐ出港が可能だ!」

 

「連れて行ってくれ!」

 

「あ、ご主人様、私も行っていいですよね~!」

 

 

 

 

 

城戸鎮守府 執務室

 

 

あの後、すぐに転送クルーザーで城戸鎮守府に移動した海之は

漣たちと執務室に向かった。

ドアをノックすると“どーぞー!”と声が聞こえたので入室。

中には城戸鎮守府所属のもう一人の長門、黄色い瞳の駆逐艦の少女、

ラフなジャケット姿の茶髪の青年、そして黒いコート姿の男がソファに身を預けていた。

 

「はじめまして。俺は手塚海之。ここにライダーバトルを終わらせようとしている

ライダーがいるって聞いたんだけど……」

 

「ああ、俺、俺!城戸真司ってんだ!

そっかぁ、他にも俺の考えわかってくれる人がいたんだ……あ、ほら座って座って!」

 

待ちわびていた真司が駆け寄ってきた。既に真司達にも話は伝わっていたらしい。

もっとも、大きな出来事や情報は全鎮守府で共有することは、

もうだいぶ前から決まっていたので当然といえば当然だが。

真司は嬉しそうに席を勧める。一方、蓮はあからさまに機嫌の悪そうな顔をしていた。

ソファに腰掛けた海之は、そんな蓮に話しかけた。

 

「ずいぶん、深刻な荷物を背負ってる顔だね」

 

「占いを頼んだ覚えはない」

 

「運命を受け入れてはいるが、矛盾も生まれてる」

 

「よせ!」

 

苛立った蓮が大声を出す。いきなり険悪な雰囲気になり、皆そわそわした気持ちになる。

 

「何の真似だ」

 

「このあいだ占いで、重要な人間に出会うと出た。お前だと思うんだが」

 

「お前など知らん、ペテン師が!」

 

どんどん怒りのボルテージが上がる蓮の間に入る真司。

 

「まあまあ、そう怒んなよ、それより……ほら、大事な話あんだからさ」

 

思わず立ち上がっていた蓮は、海之を睨みつけ、またソファに座り込む。

 

「ともかく、初めて味方に会えてよかったよ。よろしくな!

そっちの無愛想な方は蓮っていうんだ!一緒にライダーバトル止める方法考えようぜ」

 

「うん、改めてよろしく」

 

「……本気でそんなことができると思ってるのか」

 

「やってみなきゃわかんないだろ!ほら、現におんなじ考えの人が出てきたんだし!」

 

「手塚とか言ったな。お前にも聞きたい。まさか本気でこの馬鹿と組むつもりか」

 

「俺は占い師だ。俺の占いは当たる。だが、それがどんなに悲惨な運命を示しても、

人にはそれを変えられる力があると信じている」

 

「ふん、どんなライダーが来たかと思って見に来たが、

結局馬鹿が一人増えただけだったな」

 

蓮は立ち上がって退室しようとしたが、ドアの前で振り返らず問いかけた。

 

「三日月、以前の例え話、答えは出たのか」

 

「え……」

 

戸惑う三日月。ライダーバトルを止めると死ぬ者がいるとしたらどうするか。

当然答えが出るはずもなく、黙り込んでしまった。

そして蓮も、答えを聞く事なく、去って行ってしまった。

 

「おい蓮、待てって!」

 

「いや、大丈夫だ。俺達は奇妙だが、確かな縁でつながっている」

 

追いかけようとする真司を海之が止めた。

 

「どういうことだよ、それって……」

 

「わからない。でも、近いうちにまた出会う。それは確かだ」

 

「うーん、まぁ、蓮は気分屋だからなぁ。そうかもな」

 

その時、デスクの電話が鳴った。

 

「私が出よう」

 

城戸側の長門が受話器を上げた。

内容は聞こえないが、なにやら切迫した声が漏れてくる。

 

「……何!?それは本当か!わかった、すぐ提督に知らせる!」

 

電話を切った長門が急いで真司に報告する。

 

「提督、大変だ!」

 

「どうしたの、長門?」

 

「芝浦鎮守府が、全ライダー提督に宣戦布告した!」

 

「宣戦布告!?それって、実質ライダーバトルじゃん!」

 

「始まってしまうのか……」

 

束の間の平穏が破られ、驚く真司。海之も重苦しい表情になる。

 

「敵は、敗北した場合、鎮守府の全権限を明け渡すよう求めている!

また自分の鎮守府をバトルフィールドに指定している。……どうする提督」

 

「どうするって……行くしかないじゃん!手塚も行こう!」

 

「わかってる。俺は殺し合いの運命を変えるために来た」

 

「真司さん……」

 

三日月が不安げな顔で真司を見る。真司はそんな彼女に笑顔で答える。

 

「大丈夫だから。絶対誰も殺させないし、この鎮守府も守るから」

 

「……はい!」

 

 

 

 

 

芝浦鎮守府

 

 

 

洋館を飛び出した真司と海之は、転送クルーザーで芝浦鎮守府に転移した。

桟橋を歩いていると、先に到着していた他のライダー達も広場へ向かっていた。

蓮はいつもより難しい顔、北岡は面倒くさそうに、浅倉は嬉しそうな笑顔で。

洋館前広場に着くと、そこに待っていたのはライダーらしき、まだ顔に幼さの残る青年。

そして。

 

「遅いよ!いい年して時は金なりって言葉知らないの?」

 

大小様々な金属を引きずるような音。続いて足音。

大鎌、モーニングスター、斧を装備し、仮面を付けて

全身を覆うローブを身につけた怪人達だった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 The First Dropout

真司達の前に現れたのは、スーツを来た青年と、

不気味な仮面と真っ黒なローブを身につけ、多様な武器を装備した怪人達。

異様な光景に浅倉を除いて息を呑む一同。

 

「な、なんなんだよお前ら、お前らもライダーなのかよ!」

 

叫ぶように怪人らに問いかける真司。だが返事はなく、

彼らはゆっくりと武器を構えて歩み寄ってくる。

 

「さっさと変身したほうが良さそうだよ。どう見ても聞く耳なさそうだし?」

 

北岡がスーツからカードデッキを抜き取りながら全員に忠告する。

 

「向こうがやる気ならやるだけだ……。変身!」

 

蓮が噴水の水面で変身したのを切欠に、各々手近なガラスや鉄板などで変身した。

 

「数が多いな。……だが、止めて見せる!」

 

海之は噴水の水面にカードデッキをかざす。水面と現実の手塚の腰にベルトが出現。

そして、右手の人差指と中指を立て、サッと腕を伸ばす。

 

「変身!!」

 

そしてバックルにデッキを装填。

3つの鏡像に身を包まれ、仮面ライダーライアへと変身した。

ワインレッドのアーマーに多数のスリットが入ったヘルムが特徴。

浅倉意外の全員が変身した所でスーツの青年、芝浦淳が

怪人達の向こうから呼びかけてきた。

 

「ほら、ゲームスタートだよ。まずは雑魚戦。派手なバトルで楽しませてよね。

もちろんラスボスは俺」

 

「ゲームってお前……!お前ライダーバトルの意味わかってんのかよ!

殺し合いなんだぞ!」

 

命のやり取りを軽んじる淳に怒る龍騎。だが淳は鼻で笑い、

 

「わかってないのはお前だろ?

ライダーが殺し合うもんなら、なんでお前はライダーなのさ」

 

「俺は止めたいんだよ、このライダー同士の潰し合いを!

悲惨な戦いを終わらせるためにライダーになったんだ!」

 

「あんた本当バカだな。手段と目的がごっちゃになってない?まあいいけどさ。

ぼさっとしてると、怪我するよ。そいつら人間だけど、筋力のリミッター外れてるから、

まともに攻撃食らうと大ダメージだよ」

 

「え、人間だって……?」

 

がああああ!!

 

「うおっと!!」

 

驚いた龍騎に怪人が獣じみた唸り声を上げて、大斧を振り下ろした。

すかさず横にジャンプし回避。

だが、斧の重量と人の限界を超えた筋力でコンクリートの地面が粉砕される。

龍騎の足を通してビリビリとその破壊力が伝わってくる。

これは……早くなんとかしないと!

 

「人間心理を解析して、ゲームに応用したんだ。

サークルの連中実験台にしてやらせてみたら、殺意が理性を超えたみたいでさ、

大成功ってわけ」

 

 

 

 

 

その頃、五月雨が淳の腕にすがりついて懇願していた。

 

「提督、こんなことはやめてください!ライダーの皆さんの事情は伺っています!

でも、どうして無関係な人たちまで?」

 

淳は彼女の手を乱暴に振り払う。

 

「キャッ!」

 

「うるさいなあ!今いいところなんだから邪魔しないでよね。

無関係、ってあいつらのこと?別にいいじゃん、

どうせあれくらいしか使い道のない連中なんだし、

奴らだってリアルなバトルがしたくてしょうがなかったんだから、お互いの利益だろ」

 

「だからって、ライダーと普通の人じゃ勝ち目なんて……。私、止めてきます!」

 

「はい、提督命令。ゲームの邪魔すんなー」

 

「うっ……!!」

 

走り出した五月雨に淳が命令を下す。

彼女の足が止まり、意思とは逆に後戻りしてしまう。

 

「秘書のくせに出しゃばりすぎ。また勝手なことしたらお前もバトルに強制参加ね」

 

「どうしてですか提督、こんな人だったなんて……」

 

「ハハッ、何ていうかお前らって純粋だな。会って1日そこらの奴信用する?普通」

 

「そんな……」

 

淳の高笑いを聞きながら五月雨はうつむくしかなかった。

 

 

 

 

 

一方ライダー達は怪人に扮した人間と乱戦中。怪人の一人がゾルダに大鎌を振り下ろす。

ゾルダもすかさずクイックドローで柄を撃ち抜く。

鎌は使い物にならなくなったが、怪人は攻撃を止めない。

 

「ぐおおおお!」

 

人間とは思えない怪力で掴みかかり、力任せに何度もゾルダを殴る。

手が血まみれになろうと何度でも。

 

「痛くはないけど、酷い有様だな」

 

さすがのライダーも狂人の猛攻に圧倒される。やむなくゾルダも殴り返す。

ライダーのパンチを食らった怪人が後ろに倒れ、仮面が割れる。

目が真っ赤に充血し、血の混じった泡を吹いた男が

なおジタバタして起き上がろうとする。

 

「完全にタガが外れてるね。放っといたら自分の筋力で骨折しかねないよ」

 

「おーい、みんな!こいつらライダーじゃないんだ!殺さないで!なんとか止めて!」

 

GUARD VENTで大斧の一撃を受け止めながら、龍騎が周りのライダーに呼びかける。

 

「無茶言ってくれるよ!この暴れ馬どうしろっての?」

 

「ほら、あの、映画みたいに手刀で後頭部をドスンと……」

 

「よせよせ、アレ実際やったら結構な確率で死ぬよ。

脳が停止するほどのショックを与えるんだから」

 

「いい加減にしろ!そんなに戦いたくないならそこで突っ立って的になってろ!

嫌なら下がるかさっさと選べ!!」

 

ゾルダと龍騎のやり取りに業を煮やしたナイトが龍騎を怒鳴る。

そして斬りかかってきた怪人の刀をダークバイザーで受け止め、弾き返す。

ナイトは怪人のローブを掴んで引き寄せ、3回殴りつけ、腹に蹴りを浴びせた。

後ろに吹っ飛ばされる怪人。

連続攻撃を受け、仮面の割れた怪人が起き上がろうとするが、

すかさずナイトは刀を蹴飛ばし、怪人のみぞおちを踏みつけた。

 

「うぐっ……!!」

 

怪人の意識が途切れ、まずは一人無力化に成功した。

 

「やったな、蓮!」

 

「馬鹿か!偶然加減が効いただけだ!ライダーの力が何tあると思ってる!

また同じことをしたら内臓が破裂するぞ!」

 

「ああ、そっか……>でも、手加減なんかしたことなかったからなぁ……、どうすんだよ!」

 

龍騎は、なおもガシガシと斧でドラグシールドを激しく叩きつける怪人の攻撃を

押さえつつ、気絶させる程度の力で攻撃する自信がない。

 

 

「俺に任せてほしい」

 

『SWING VENT』

 

 

その時、迷う龍騎にライアの声とシステム音声が聞こえてきた。

怪人の後ろに、鞭状の武器を構えたライアがいた。

 

ライアが手首のスナップを効かせ、怪人にエビルウィップを放った。

鞭が蛇のように空中を這い、口笛のような風切り音を奏でる。

エビルウィップが蛇のように空を舞い、龍騎を襲っていた怪人に巻きついた。

不意に体を巻かれ動けなくなる怪人。

必死にもがくがライアが思い切り引っ張り、完全に縛り上げる。

 

「かなり痛いが我慢しろ」

 

そしてライアはグリップのダイヤルを調節し、スイッチを入れた。

 

「ギャワワワワ!!」

 

エビルウィップの持つ高圧電流を放つ能力で、怪人が悲鳴を上げて失神する。

 

「怪人は任せろ、電力を抑えれば気絶させられる!」

 

「すげえ!ナイスフォロー、手塚!」

 

龍騎はライアに向け親指を立てる。

 

「くっ……!だったら、こっちも、なんとか、してよ!」

 

滅茶苦茶な力で組み付かれるゾルダが助けを求める。

 

「待ってろ!」

 

そしてライアは再び鞭を構える。

 

 

 

 

 

その頃。

 

浅倉はまだ変身しておらず、ニヤリと笑みを浮かべながら淳の方へ歩を進めていた。

しかし、途中モーニングスターを装備した怪人が襲い掛かってくる。

棘と鎖の付いた鉄球が飛んでくるが、浅倉は身を反らしただけでそれを避け、

素早く怪人のローブを掴み、引き寄せた。

そして仮面の上から遠慮なく右ストレートを食らわせると、

仮面が割れ、鼻血まみれの顔が現れた。

それだけに留まらず、何度も右手のパンチを浴びせ、

左手で頭を掴み、洋館の壁に叩きつけた。

そしてトドメとばかりに左膝で後頭部をキック。

遠慮なしの連撃で怪人は完全に沈黙した。

 

すると、ふと怪人のローブから何かが覗いているのが見えた。

強引に引っ張って見てみると、アドベントカードが1枚縫い付けられていた。

なるほど……。こいつらがここに来れたのはこいつのせい、と。

だが、浅倉はすぐに興味を失い血まみれの怪人を放り出す。そして再び歩き出した。

 

 

 

 

 

龍騎達の戦いを遠目に見ていた淳と五月雨の元に長門が駆けつけてきた。

 

「提督!これは一体どういうことだ!?他の提督に宣戦布告など!」

 

「長門様……。提督を説得してください!」

 

淳はため息をつくと、長門に顔を向けた。

 

「だからお前態度でかいんだよ。何しようと俺の勝手だろ?

お前も俺のこと“提督”って言ったじゃん」

 

「お前は、ライダーバトルを、一体何だと思っている!?」

 

「最っ高のゲームだよ!命を賭けた超リアルなバトル!」

 

「ふざけるな!お前も負けたら死ぬんだぞ!」

 

「どいつもこいつもうるさいなぁ!!俺が負けるとかありえないから?

カードもモンスターもレベルが違うの。もういい、提督命令。

お前邪魔だから後ろで立ってろよ……。ああ、ちょっと待った!

やっぱ何人か数揃えて砲台になっててよ。ライダーが近づいたら撃てよ。

格ゲーに弾幕シューティングの要素取り入れるのも面白そうじゃん?」

 

「……貴様という奴は!!」

 

長門の体が勝手に動き出し、淳の後方に着いた。

そして他の艦娘たちに招集の通信を出す。五月雨も悲しげな表情で長門に付いていった。

彼女が去った後、入れ替わるように男がぶらぶらと歩いてきた。

先程怪人を叩きのめしたばかりの浅倉だった。

 

 

「……よう、楽しんでるか」

 

 

他ライダーの戦いを他人事のように横目に見ながら淳に話しかけた。

浅倉の姿を見た淳は喜びはしゃぐ。

 

「うおお、マジで浅倉威だ!逃走中の人殺し!やっぱ思った通り1着だったよ」

 

そして淳はポケットから携帯を取り出し、

断りもせずカメラで浅倉の写真を撮った。続いて何やらポチポチと操作した。

 

「ほら!殺人犯の写真待受けにしてるって凄くない!?」

 

「……どうでもいい、さっさとやるぞ」

 

浅倉は王蛇のデッキを取り出した。

 

「なんだよノリ悪いなぁ。

やっぱ袋叩きにした後、俺とのツーショットにした方が自慢できるかな?

じゃあ、やろうよ」

 

淳もサイのエンブレムが施されたデッキをスーツから抜いた。

そして目に付いたガラス窓にデッキをかざす。すると鏡と現実の淳の腰にベルトが現れ、

右腕で大きくガッツポーズを取る。

 

「変し……ごはっ!」

「どけ」

 

浅倉に横から蹴りを入れられ変身を中断された淳。

割り込んだ浅倉がデッキを鏡にかざすと、同じく浅倉の腰にベルトが現れた。

そして蛇が獲物を捕らえるように右手を動かす。

 

「変身!」

 

浅倉が仮面ライダー王蛇に変身。

 

「浅倉提督、逃げるんだ!!」

 

その瞬間、長門の声が飛んできた。

提督権限が発動し、長門達艦娘が王蛇に向けて砲撃を始めた。しかし、王蛇は無視。

大きく跳躍して第一波を回避し、空中でカードをドロー。ベノバイザーに装填。

 

『SWORD VENT』

 

王蛇の手にベノサーベルが現れる。そして着地。

長門達は次弾装填に時間が掛かっているようだ。

 

「おい、さっさとしろ」

 

「痛ってえ、この野郎……。変身」

 

浅倉に蹴られ、転んでようやく起き上がった淳もやっと変身。

バックルにデッキを装填すると、淳の身体に輝くライダーの輪郭が重なり、

仮面ライダーガイへと変身した。

一本角の生えたヘルムに、歩く要塞と表現しても差し支えないほど重厚な、

鈍色に光る装甲が特徴。

左肩には赤い角とカードバイザー、メタルバイザーが装備されている。

 

「おたくさ、人殺しのくせに卑怯って本当に正真正銘のクズだよね?生きてて楽しい?」

 

「死のうが生きようが関係ない、殺し合いができればそれで十分だ」

 

「ま、せいぜい強がり言ってなよ。お前はこれから完封負けするから。ほら」

 

ガイはカードを1枚ドロー。器用に左肩のメタルバイザーに飛ばし、カバーを下ろす。

 

『CONFINE VENT』

 

カードが発動すると、王蛇が手にしたばかりのベノサーベルが消滅した。

敵のカードの効果を打ち消す“CONFINE VENT”の効果で、丸腰になってしまった王蛇。

 

「残念でした~。こいつがあれば他の連中のカード完封できるんだよね」

 

チッチッチ、と指を振るガイ。

 

「で、俺はこいつを装備っと」

 

ガイはカードを1枚ドロー。メタルバイザーに装填。

 

『STRIKE VENT』

 

ガイの右腕に巨大な鋼鉄の塊にドリルが付いた武器、メタルホーンが装備された。

王蛇も再びカードをドロー。ベノバイザーに装填。

 

『STEAL VENT』

 

相手の装備を盗むカードが発動すると、

ガイの重いメタルホーンが右腕から離れようとする。

すかさずガイはカードを1枚ドロー、装填。

 

『CONFINE VENT』

 

先程と同じく、カードの効果が打ち消され、メタルホーンは動きを止めた。

 

「残念でした。カードは1枚とは限らないんだよね。

人のものを盗むとか、マジ終わってるよね。お前の生き方そのものって感じでさ」

 

「生き方、か。いちいちそんな理屈は必要ねえ」

 

仮面の中の浅倉の表情は読めない。首を回してポキポキと音を立てる王蛇。

 

「ハッ!いい年して生き方も決められないとかマジ笑える。

俺はこのままエリートコースまっしぐら。

ライダーバトルも適当に楽しんだらジ・エンド。他の連中ぶっ潰して俺がウィナー。

あー!そうなったら“力”もらってエリートどころじゃないじゃん!アハハハ!」

 

「……そうだといいな。聞くが、お前、喧嘩したことはあんのか」

 

「は?」

 

「なんちゃらベントなしでも面白え戦いしてくれんのかって聞いてんだ!」

 

王蛇はファイティングポーズを取り、ガイの腹を思い切り殴った。

しかし、ガイの重装甲の前にまるで効果がない。

 

「はい、全然効きまっせ~ん」

 

ガイの笑い声と同時に砲弾の装填を終えた長門達が再び王蛇に砲撃を加えた。

だがその時、とっさに王蛇はガイの右肩の角を引っつかみ、引き寄せた。

 

「うわ!なんだよ!!」

 

十数発の砲弾が襲いかかり、王蛇が盾にしたガイの背中に命中。

さすがに長門の41cm砲を中心とした集中砲火を食らい、

決して小さくないダメージを受けたガイ。

 

「ぐっ……!お前、俺を……」

 

「近くにいたお前が悪い。……続きだ」

 

王蛇はふらつくガイに情けをかけることもなく、

今度は猛烈な勢いで顔面に右フックと左フックを交互に叩き込む。

やはり目立った効果は無かったが、

鐘に頭を突っ込んだところを鳴らされるような衝撃が走り、

これにはガイも堪らず後ろへ下がる。それを追って王蛇も前進。

 

「うあああ!!」

 

迫り来る王蛇に思い切りメタルホーンを振り下ろすガイ。

しかし王蛇は軽く後ろにステップを取り、ドリルから身をかわした。

 

「やっぱりカードしか取り柄のないガキか」

 

「くそっ!」

 

もう一度メタルホーンで王蛇を薙ぎ払おうとしたが、

高い強度と攻撃力を可能にしているその重量が仇となる。

王蛇は速度の遅い攻撃の軌道から外れるようにジャンプし、再度メタルホーンを回避。

そして、今度は王蛇が勢いをつけて地面を蹴り、砂を巻き上げる。

 

「うわっ!目に付いた……」

 

ヘルムに開く横スリット状の眼の部分に多量の砂が付着し、

ガイが慌てて払っている隙に、王蛇はカードをドロー、装填した。

 

『ADVENT』

 

フシャアア!!

威嚇するような力強い吐息と共に、ベノスネーカーが猛スピードで這いながら現れた。

 

「あ。しまっ……」

 

ガイは再び“CONFINE VENT”をドローしようとしたが、間に合わず、

ベノスネーカーが吐き出した強力な酸性の毒液を浴びてしまった。

金属製の装甲が音を立てて急速に劣化していく。

 

「ああ……!どうしよう、どうすればいいんだよ!?」

 

「なにを慌ててる」

 

ぶらぶらとガイに近づいてくる王蛇。

 

「喧嘩、殺し合いは、腕がついてりゃ十分だ。来いよ……」

 

「う、うわあああ!!」

 

想定外の事態にパニックを起こし、力任せにメタルホーンを振り下ろすガイ。

しかし、そんな攻撃が当たるはずもなく、王蛇は軽く横に跳んで避ける。

放った重い一撃を避けられ、一瞬硬直状態になったガイに、

そのまま王蛇がまっすぐ右の拳を叩き込んだ。

劣化したヘルムは、今度はダメージをほとんど吸収してくれず、

バリッ!という嫌な音とともに拳の威力をほぼ全て通過させた。

 

「あがっ!!」

 

王蛇はよろめくガイを逃さず追撃する。

今度は腹部に下から突き上げるように拳をめり込ませた。

やはり真っ黒に腐食したアーマーはほとんど役に立たず、

腹部への強打に息ができなくなる。

 

「く……っふっ!」

 

そのまま後ろに倒れこむガイ。すかさず王蛇はガイに馬乗りになる。

そして、顔面を何度も殴りだした。

 

「がふっ!ごほっ!痛っ!やめ…!ぐあっ!」

 

王蛇の情け容赦ないパンチの連打に、

ガイのヘルムはもはやひび割れだらけで視界がほとんどなくなった。

何度の王蛇の拳を浴び、ヘルムの中の顔面が腫れ上がり鼻血が止まらないガイが、

とうとう降伏を宣言した。

 

「わかった!ごめんなさい!なんでもいうこと聞きます!みんなにちゃんと謝ります!

出ていくから許して!!」

 

「……」

 

浅倉は黙って立ち上がると、用は済んだとばかりに、何も言わずに桟橋の方へ向かった。

そして去り際に言い残す。

 

「……二度とツラ見せるな」

 

「はい……」

 

その姿を見ながらガイはカードを1枚ドロー、左肩のバイザーに装填。

 

「……殺してやる!!」

 

『FINAL VENT』

 

「……生き残れたらの話だが」

 

王蛇もいつの間にかドローしていたカードをベノバイザーに装填。

 

『FINAL VENT』

 

ガイがファイナルベントを発動すると、

どこからか巨大なサイ型モンスター・メタルゲラスが現れ、ガイの後ろに立った。

ガイはジャンプし、岩塊のようなモンスターの肩に飛び乗り、

地面に水平に倒れながら王蛇に向かって猛スピードで突撃した。

ガイのファイナルベント「ヘビープレッシャー」で

巨体に似合わぬスピードと共にヘルムの角が輝く。

 

一方王蛇は、踵を返してコブラのように両腕を広げ前傾姿勢でダッシュし、

召喚したベノスネーカーの顔の前まで1回転しながら空高く跳躍。

ベノスネーカーが王蛇後方から高圧力の毒液を噴射し、その勢いでガイに突撃。

地上目標への直線的攻撃に対し、空中からの急襲。

斜め上から襲い来る王蛇に驚愕するガイ。

 

「うわあ!!」

 

ガイは王蛇の強力な連続キックと毒液の直撃を受け、

連続キックの最後にとどめの全力蹴りを食らった。

王蛇のファイナルベント「ベノクラッシュ」でガイは後方にふっ飛ばされる。

そして、致命的損傷を受けたライダーシステムが暴走。

アーマーのあちこちから火花が散る。ガイに最期の時が迫った。だが、

 

王蛇が何を思ったか、何も言わずガイの元へ全力で走った。

そしてガイのベルトからデッキを強引に引き抜く。

爆発寸前だったガイの変身が解け、顔中あざ・たんこぶ・鼻血だらけの淳の姿が現れた。

 

「う、うう……助けたのかよ。お前も、ライダー殺せない、根性な……ごふっ!!」

 

変身を解いた浅倉が淳の鼻を蹴り上げた。

そしてガイのデッキを開き、カードの束を取り出す。

トランプ1セット分はあろうかという分厚さ。

浅倉はそれらを手繰り、目的のカードを探し出初めた。

 

「ええと。どうたらベント、こうたらベント……」

 

「な、に……すんだ、返せ……痛てっ!」

 

今度は地を這いながら差し伸べた指を踏まれた。なおも浅倉はカードを探し続けるが、

 

「なんちゃらベント、なんちゃらベント、なんちゃらベント……ああああああ!!」

 

とうとう苛つきが頂点に達し、束を地面に叩きつけた。

無残に散らばる大量の“CONFINE VENT”。

だが、偶然その中から目的のカードが顔を覗かせた。すかさず拾う浅倉。

それは淳の契約モンスター・メタルゲラスのアドベントカードだった。

 

「……あるじゃねえか。なんちゃらベントも2,3枚もらってくか」

 

「ふっ、バカじゃないの?カードは持ち主しか使えないんだよ。

そんなことも知らずにバトルしてたわけ?コレだから低学歴は……」

 

「ハ……バカはお前だ。自分が作ったルールも忘れてる分際が」

 

「ルール……?」

 

「お前は俺達に宣戦布告した時に言ったよな。

“敗北した場合、鎮守府の全権限を明け渡す”

つまり、この縄張りは、俺のもんだ」

 

「まさか……」

 

「そうだ。提督権限、“ぶんどったもんは、俺のもんだ”……」

 

そう、芝浦鎮守府が第二浅倉鎮守府になった瞬間、

ここは浅倉威の言葉がルールとなった。

浅倉の宣言通り、取り上げたアドベントカードと王蛇のデッキがリンクし、

メタルゲラスは浅倉の契約モンスターになり、

数枚の“CONFINE VENT”も浅倉に所有権が移った。

 

「そんな!返せよ!頼むよ、返してくれよ!」

 

よろよろと立ち上がり、浅倉に懇願するが、満身創痍の淳は軽く押されただけで、

また後ろに倒れてしまった。淳は散らばった残るカードをかき集め、デッキに詰め込み、

再びガラス窓にかざした。

 

「ちくしょう……変身!」

 

その結果、なんとか変身は出来たものの、契約モンスターを失い、

ブランク状態となったデッキは無力だった。

重厚な鎧はブリキのような薄い鉄板でできたハリボテでしかなく、

軽く殴っただけでへこみそうな、みすぼらしい有様に成り果てた。

どう見てもライダーバトルどころか

ミラーモンスターとすらまともに戦える状態ではなかった。

 

「じゃあな、勝手に死ね。お前と戦ってもつまらん」

 

立ち去ろうとする浅倉に追いすがる淳。

 

「お願いします、返してください!ミラーモンスターに殺されちゃうよ!」

 

「知らん。艦娘連中にお願いしてみろ」

 

そして淳は後ろを見る。そこには淳を軽蔑、怒り、悲しみの目で見つめる艦娘たちが。

今度は彼女達にひざまづく。

 

「頼む……。謝るよ!ごめん、俺が悪かったよ!お願いだからここに居させてよ!」

 

だが、長門の判断は冷淡だった。

 

「イレギュラーのライダーなど害悪だ。さっさとゲートから出て行け」

 

「お願いします……。外にはミラーモンスターが。

……なあ、五月雨ちゃん、君は俺を見殺しにするのかい?」

 

「えっ……?あの、その……」

 

戸惑う五月雨に泣きながら助けを乞う淳。しかし、僅かな望みも断ち切られる。

 

“提督命令だ。全員そいつを見殺しにしろ、後は勝手にやれ”

 

浅倉の言葉だった。

 

「ああ。喜んで従おう、新提督。五月雨、お前も気にせず“何もするな”」

 

「……はい」

 

艦娘達は白い目で淳を見ながら、それぞれの持ち場に戻っていった。

彼にはもう絶望しか残されていない。

色を失ったデッキを持ち、呆然としながら座り込む淳。

龍騎はそんな姿を見て浅倉に話しかけた。

 

「な、なあ浅倉。あいつ、なんとかしてやってくれよ、な、頼む?」

 

ライダー姿のまま必死に拝みこむ龍騎。表情の読めない目で彼を見つめる浅倉。

 

「お前は馬鹿か!ようやく1人減ったライダーを助ける?お人好しもいい加減にしろ!」

 

「いや、ライダーを助けるとは限らない」

 

その時、怪人を全員無力化したライアが声を上げた。

 

「……どういうことだ」

 

「彼のデッキは既にブランク状態。

つまり、俺達がライダーになる前そうだったときと同じになった。

今の彼はもうライダーじゃない。契約のカードも存在しない。要するに、脱落だ」

 

「なるほど?こういう形の結末もありえるわけね」

 

今まで考えもしなかった結果に納得したゾルダ。

 

「そうか!そうだよ!それなら殺し合いなんかせずにライダーバトル止められるよ!

手塚、冴えてるよお前!」

 

「馬鹿か!!逆に戦いが激しくなるだけに決まってるだろう!」

 

「え……?なんでだよ」

 

ナイトの意外な一喝に困惑する龍騎。

 

「浅倉の行動を見てなかったのか!?

これからはライダー同士の戦いに、鎮守府・カードの奪い合いも加わるということだ!

そして、一番狙われるのは“SURVIVE”という切り札を持っている城戸、お前だ!!」

 

「あっ……」

 

一瞬見えた希望が絶たれる。立ち尽くす龍騎。だが、ライアが言葉を続ける。

 

「その心配なら、これで少しは和らぐかも知れない」

 

ライアはカードを1枚ドローし、ナイトに差し出した。

それは、吹き荒れる嵐を背景に、右の翼が描かれたカード。

カード名は、やはり、“SURVIVE”。

 

「なんだこれは!何故お前がこんなものを!?」

 

「これは、俺がまだライダーになる決心が付かなかった時、

神崎が踏ん切りをつけさせるために俺に渡したんだ」

 

「……それを何故俺に寄越す」

 

「俺はライダーを倒すつもりはない。

このカードは戦いの宿命を打ち破ってくれる誰かに託そうと思ったから、占いで選んだ。

そうしたら秋山、お前が出た」

 

「つくづく馬鹿な奴だな。俺はこの戦いを降りる気はないぞ。

必ず他のライダーを押しのけて“力”を手に入れる。お前の行動は矛盾してる」

 

「矛盾しているつもりはない。さっきの戦いを見て感じた。

お前は怪人を切り捨てることもできた。でもしなかった」

 

「……ただの人間を倒しても、“足し”にならないからだ」

 

「ならさっさと倒して、他のライダーに先制攻撃すればよかった」

 

ナイトは黙って耳を傾ける。

 

「とにかく、そのSURVIVEはお前の手に渡る運命だ」

 

「言っておく。後悔することになるぞ」

 

「そうはならない。俺はそう信じている」

 

ナイトは、今度は何も答えず、手にした“SURVIVE”を見つめていた。

 

「あー……ちょっといいかな、あいつのことなんだけど!」

 

変身を解いた真司がまだ泣いている淳を指差す。

 

「なぁ、浅倉!お前が倒したんだろ?

お前んとこでなんとか使ってやれよ、掃除でもなんでもさせればいいじゃん!」

 

浅倉が面倒くさそうに淳のそばに戻る。

 

「……おい。死ぬか?」

 

ジーンズの腰に差していたオートマチック拳銃を抜く。

 

「ひっ!や、やめろよ……。やめてくださいよぉ!!」

 

「働くか」

 

「は、はたらく……!!」

 

「休日なしで朝から晩まで働け。仕事は自分で探せ。

これの的になりたくなかったらサボるな。艦娘共が見てる」

 

「あい!!」

 

そして淳はフラフラになりながら、浅倉に付いていった。

それを見届けると、全員が変身を解いた。

 

「まぁ、今回も誰も死ななくてよかったじゃん」

 

「何が“よかった”だ!」

 

真司の言葉に蓮が叫ぶ。

 

「え、いやだって……」

 

「このままダラダラと時間を引き伸ばせばライダーバトルが終わるとでも思ってるのか!」

 

「なんとかしなきゃとは思ってるけど……」

 

「もういい、話にならん!」

 

「ちょっと待てって、何怒ってんだよ。今日、変だぞ蓮!」

 

蓮は何も答えず、転送クルーザーへと向かっていった。

 

「ま、あいつの言うとおり、俺達ちょっとこの世界でダラケてたかもね。

こうしようよ、今後ライダーバトルは担当鎮守府の全権を賭けて行う。

当然さっき浅倉がしたようにカードの奪い合いもアリ。

勝ったやつは新たなカードを得てより強くなりバトルが加速する。

浅倉にしてはいいこと考えたんじゃない?」

 

「北岡さんまで!」

 

「じゃあ俺は行くよ、早く結果報告しないと飛鷹がうるさい。

……あと、俺のファイナルベントが欲しいなら、死ぬ気で来なよ」

 

北岡も後ろに手を振って去っていった。

 

「北岡さん……」

 

取り残された真司に手塚が声をかける。

 

「城戸、絶望したか」

 

「……しない!確かにバトルが加速する要素が増えちゃったけど、

あいつみたいに、生きてライダーバトルから降りられた奴も出た!

俺、絶対にライダーも艦娘のみんなも守ってみせる!」

 

「……それでいい。メダルの両面のように、絶望は希望の裏返しだ」

 

真司はデッキから“SURVIVE”のカードを取り出し、見つめる。

二人に渡ったSURVIVEは希望か、それとも絶望の導き手なのか。

今はまだ何もわからなかった。

 

 

 

>仮面ライダーガイ 芝浦淳 脱落

 

 




*遅くなってすみません。スランプ気味です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 ID: Bloody Swan

「おい待てコラー!指輪返せ!」

 

「しつこいわねえ!もう本当ウザい、あんただって同業でしょうが!

騙される方が悪いのよ!」

 

結婚詐欺師・霧島美穂は窮地に陥っていた。

高級住宅地に住む金持ちの令嬢になりすまし、同じ結婚詐欺を働く男に近づいて、

ダイヤの指輪を騙し取ってやったまではよかったが、

運悪く本人と鉢合わせしてしまった。

そして婚約指輪を持ち逃げしたまま現在に至る、とうわけである。

なんとか男の足から逃れ、玄関前に広場のある建物近くのオブジェに隠れたが、

まだ相手は諦める様子がない。

 

「くそ、あの女どこ行った!警察突き出してやる!」

 

お前も詐欺師だろうが!うわ、ゴミ箱の隅まで見てる。ねちっこい奴!

 

「どこに隠れてんだ、クソ女!」

 

ああ、こっち来た!マジヤバいどうしよう。

オブジェは人一人が隠れるには十分だが、横にはみ出せば

簡単に姿が見える程度の大きさしかない。男はどんどん近づいてくる。

……しょうがない、あんまりやりたくないけど。

美穂は羽毛のコートから真っ白なカードデッキを取り出し、建物のガラスにかざす。

ガラスに映った美穂と現実世界の美穂の腰に、変身ベルトが現れる。

羽ばたくように両腕を広げ、右手をすばやく左肩に当て、

 

「変身!」

 

デッキを装填。美穂の身体を回転する鏡像が包む。

そして、純白の甲冑のような装備をまとった、仮面ライダーファムへと変身した。

 

「じゃあね」

 

ファムはそのままガラスの中へ飛び込む。

一瞬人影を見た男が急いでオブジェに走り寄るが、その時にはもう誰もいなかった。

ふふ、残念でした。左右反転した建物前広場で、男が美穂を探し回っている。

さて、あいつがどっか行くまでミラーワールドで一休み……させてくれそうもないわね。

ファムの耳に金切り音が反響する。

アーマーの胸に赤いレーザーポインターの光が浮かぶ。

直観的に危機を察知した彼女は、考える前に横に転がった。

直後にバンバンバン!と連続した銃撃がファムのいた場所をえぐった。

 

ウキキキキ……

 

声の方向を見ると、真っ赤な3つ目を持つ猿型ミラーモンスター・デッドリマーが

建物3階あたりにつかまりながら、拳銃となる尻尾を持ってファムを狙っていた。

 

「面倒くさそうな奴。あいつみたい」

 

ファムはカード1枚ドロー。レイピア型のカードバイザー・ブランバイザーに装填した。

 

『SWORD VENT』

 

カードが発動すると、ファムの足元に水たまりのような異次元への扉が開き、

契約モンスター・ブランウイングが

薙刀状の武器、ウイングスラッシャーを持って現れた。

ウイングスラッシャーをキャッチすると、すかさずジャンプし、

デッドリマーに一閃を放った。しかし、デッドリマーは素早い動きで地上に下り、

猿特有の動きで跳ねまわりながら距離を取る。

そして、再び3つ目の1つから放つレーザーで狙いを付け、狙撃。

ファムも壁を蹴り、射線から逃れる。

 

「ちょろちょろと鬱陶しいわね!ちょっと早いけど……」

 

ファムが“FINAL VENT”をドロー。ブランバイザーに装填。

 

 

 

「……」

 

戦いの様子を2階のガラスから眺める神崎。黙ってガラスに手をかざす。

見えない何かが動き出した。

 

 

 

『FINAL VENT』

 

 

クアァァーー……

 

 

どこか哀しげな鳴き声を上げ、

ファムの白鳥型契約モンスター・ブランウイングが巨大化し、

ビルの隙間を塗って飛来した。そして、デッドリマーの前に降り立つと、

1回大きく羽ばたいた。翼が強力な風を起こし、

舞い上げられたモンスターがファムに向かって飛ばされ、

ファムはウイングスラッシャーを振りかざす。

すれ違いざま、デッドリマーの首をはね、遠くに飛んでいった首がゴロゴロと転がった。

消滅したデッドリマーの死体から現れたエネルギー体をブランウィングが飲み込む。

 

「ふぅ……」

 

やっと安息の時を得たファムだったが、今度は体の粒子化が始まった。

本来、ライダーは約10分を越えてミラーワールドに留まると体が消滅する。

やば、早く出なきゃ!ファムは現実の広場へ戻ろうとした。

が、まだあの男が美穂を探していた。何なのあの男、しつこすぎるにも程があるでしょ!

ファムの心に焦りが生まれる。だが、その時後ろから声を掛けられた。

 

「何をしている。俺はケチな結婚詐欺のためにデッキを与えたわけではない」

 

神崎だった。

 

「あ、ああ。あんたなの、久しぶりね。でも今取り込み中なの!」

 

「お前達がこんなにダラダラとライダーバトルをしているとは、思わなかった。

挙句の果てに一人はバトルを放棄する始末」

 

「だから急いでるんだって!」

 

焦りながら現実世界の男が去るのを待つファム。

 

「急いでいるならさっさとしろ。……まだこの時代の冷凍保存技術は完璧じゃない。

力を持ち帰っても、その器が冷凍焼け、ではお前の戦いは無意味だ」

 

「うるさい!すぐにこんな戦い終わらせてやる!」

 

「連れて行ってやろう、ライダー達のいる世界。

お前を焦らせている時間制限のないミラーワールドに」

 

「本当!?」

 

「お前を担いで何になる。既に浅倉もライダーとなり、バトルを開始している」

 

「浅倉……!!浅倉威がいるの!?」

 

「本来ならサイバー空間の入り口から入るべきなのだが……

お前が金儲けにばかり精を出しているせいで、一向にバトルが進まない。

今回だけは別のミラーワールドを経由して直接お前を送り込んでやる。

だが、何度も言うが今回限りだ。詳しい話は“向こう”の住民に訊け」

 

「住民って何よ!ミラーワールドにそんなのいるわけ……」

 

「……」

 

もう神崎は何も言わなかった。ただ感情のない目でこちらを見ている。

 

「ああもう、わかったわよ!行けばいいんでしょ!」

 

「こいつだ」

 

神崎は綺麗に磨かれ、景色を映し出しているオブジェを指差した。

ファムは恐る恐る近づき、前に立って体全体が映り込むことを確認した。

その時、いきなり神崎に背中を押され、彼女はオブジェの鏡面に吸い込まれてしまった。

 

「キャアア!!」

 

 

 

 

 

Login No.007 霧島美穂

 

 

 

倒れ込んでもどこにも落下することなく、ファムはただ

暗闇に0と1が浮かぶ空間を漂っていた。

不可思議な空間に驚いた彼女は出口を探して手足を動かすが、触れられる物は何もなく、

ただ時間だけが過ぎていった。すると突然、ファムは眩い光に包まれた。

 

バタン!

 

またしても世界が切り替わる。今度は床に強く叩きつけられ、変身が解けてしまった。

美穂は腰をさすりながら周りを見回す。

 

「痛った~い……何なのよここ……」

 

誰かの書斎だろうか。広めの部屋にデスクや本棚が並べられている。

立ち上がりながらそれらを眺めていると、窓の景色に驚く。目の前に広がるは大海原。

左に目をやると巨大なクレーンや倉庫がいくつも並び、

ここが港町だということがわかる。

真下の広場を眺めると、何やら奇妙な物を身に着けた少女達が談笑しながら歩いている。

 

「ミラーワールドに、港?っていうか人!?」

 

美穂が現状を把握できないでいると、廊下から足音が聞こえてきた。

足音が聞こえてきた。足音はドアの前で止まり、ノックの音が聞こえてきた。

つい反射的に返事をする美穂。

 

「あ、はい」

 

ガチャリとドアが開くと、不思議な少女が入ってきた。

和服を着て大人びた雰囲気を持っているが、左腕に空母の甲板らしきものを装着し、

弓と矢筒を持っている奇妙な少女。

 

「え、ちょ……あんた誰?」

 

「私は軽空母・鳳翔です。あなたは……人間の方みたいですけど、

この世界には“違う方法”でいらしたみたいですねぇ?」

 

鳳翔が困った顔で首をかしげる。美穂が更に質問をぶつける。

 

「この世界ってどの世界よ!?大体なんでミラーワールドに人がいるの?

あんたもライダーなわけ?……そうだ、浅倉よ!浅倉威はどこ!?」

 

「落ち着いて、落ち着いてください、ね?」

 

鳳翔はニコリと微笑んで美穂の両肩をポンポンと叩き、彼女を落ち着かせた。

そしてこの世界のシステム、滞在しているライダー、

彼らがここに来た経緯について説明した。

 

「じゃあ……ここが今ニュースになってる未来のゲーム!?」

 

「ニュースのことは存じませんが、たしかにここが“艦隊これくしょん”の世界です」

 

美穂は呆然としてボスン、とソファに座り込んだ。

そんな彼女に鳳翔が優しく声をかける。

 

「私、長門さんに今の状況を報告してきますね。

後ほど改めて説明しますが、ここはあなたの部屋です。どうぞごゆっくり」

 

そして鳳翔は退室した。しばし状況を受け入れるのに時間がかかった彼女だが、

すぐにハッとなり、頭を振った。こんなことしてる場合じゃない!

私は、私は浅倉と北岡を殺して、ライダーバトルに勝って、

お姉ちゃんを生き返らせるんだ……!!その時、再びノックが聞こえた。

美穂が返事をしないでいると、“入るぞ”の声と共に長門と鳳翔がドアを開けた。

そして座ったままの美穂に向き合う。

 

「私が当鎮守府の司令代理、戦艦長門だ。貴方の着任を心から歓迎する。

方法は分からないが、貴方は少々特殊な方法でこの世界に来られたようだ。

だが、不正なアクセスも検出されなかったので、貴女を提督として受け入れようと思う」

 

「……いい」

 

「え?」

 

「提督とかそんなのどうだっていい!今すぐ浅倉威か北岡秀一のところへ連れてって!」

 

「浅倉提督と北岡提督?二人とは知り合いなのか」

 

美穂は頭を振る。

 

「よかったら……お二人とどういう関係なのか、聞かせていただけますか?」

 

鳳翔が柔らかい声で問いかける。

 

「お姉ちゃんは……お姉ちゃんは、浅倉威に殺されたんだ!!」

 

「!」「!?」

 

衝撃の事実に言葉を失う二人。感情が昂ぶった美穂は更に続ける。

 

「だから私はお姉ちゃんを生き返らせるためにライダーになった!

私は、勝たなくちゃいけないんだよ!

どんなに汚い手を使ったって、勝たなくちゃいけないんだ!!

“力”を手に入れて、お姉ちゃんに新しい命を持って帰るんだ!」

 

「そんな、浅倉提督が、そこまで凶暴だったとは……!」

 

「だからお願い、浅倉威のところへ連れてって!」

 

「待ってくれ、落ち着いてくれ提督!

奴は既にこの世界でイレギュラーを一人殺している!無為無策で挑むのは無謀だ!」

 

「なんですって……まだあいつは人殺しを繰り返してるの!?

殺してやる……あいつは絶対にあたしが殺す!」

 

一瞬戸惑った鳳翔だったが、彼女は激昂する美穂の背中を優しく撫でて改めて問うた。

 

「提督と浅倉提督とのご関係はわかりました。しかし、なぜ北岡提督まで?

ああ、失礼しました。お名前をお聞かせ願えませんか?

長門さんから特例としてあなたの秘書艦を務めさせてさせていただくことになりました」

 

「ああ、提督は着任の仕方が特別だったのでな。

いつもの駆逐艦達は都合が付かなかったんだ。

この世界で困ったことがあったら、彼女に相談するといい」

 

少し間を置いて落ち着いた美穂が答える。

 

「……あたし、霧島美穂。ちなみにこの世界には神崎が連れてきたんだけど……

北岡は浅倉の弁護士だったの。

まともな審理さえされてれば、あいつは死刑になるはずだったのに!

北岡が金に物を言わせて、関係者を買収したり、裏工作で脅迫したり、

散々汚い手を使ったせいで……たったの10年!

奴の懲役がたったの10年になったのよ!?」

 

ライダー達の思わぬ過去に何も言えなくなる鳳翔と長門。

 

「だから、だから今すぐ浅倉か北岡のところへ案内して!」

 

「ま、待ってくれ、とにかく少しでいい。時間をくれ。

重要な案件は他鎮守と情報共有する決まりになってるんだ、頼む!」

 

「……急いでよ」

 

「あ、そうです。その間にチュートリアルを済ませてしまいましょう。

言ってみれば、この世界の案内です。どの鎮守府も作りは同じになっていますから、

戦うにしろ何にせよ、ここの地形や仕組みは知っておいて損はないと思います」

 

「わかった……じゃあ、案内お願い」

 

「はい。まずは工廠を見学しましょうか」

 

鳳翔の提案を受け入れた美穂は、ソファから立ち上がり、

戦いに備えて鎮守府の把握に努めることにした。

 

 

 

 

 

──北岡鎮守府

 

「いやあ、本当助かったよ!

思わぬ所で吾郎ちゃんを連れてくる方法が見つかるなんてさ!」

 

その日の北岡は上機嫌だった。

現実世界で頼りにしている秘書兼、コック兼、顔そり係兼……

とにかくなんでもこなす多彩な男、由良吾郎を

サイバーミラーワールドに連れてくることに成功したのだ。

 

「……ふ~ん」

 

「あのドラ息子が宣戦布告をふっかけてきた時に、

浅倉がなにやら怪人の懐探ってたからさぁ、

小人が気を失った怪人をゲートに運ぶ時に聞いてみたんだよね。

そしたらコートにカードが縫い付けてあったんだ。それでピンと来たわけ。

ライダーであることを認識する何かがあれば、

一般人でもここに来られるんじゃないかって。

俺は射撃メインで戦うから、吾郎ちゃんに使わない“STRIKE VENT”を渡して

艦これにアカウント作ったらビンゴ!だったわけ」

 

「あっそう、よかったわねぇ」

 

饒舌に語る北岡とは逆に、飛鷹はなんだか無愛想だ。

 

「よろしくお願いします、飛鷹さん」

 

真っ赤なシャツを着た大柄な男が彼女に話しかける。

 

「どうぞよろしく、と言ってもすぐお別れなんですけど!」

 

と、言って彼女は腕を組んで背を向けてしまった。

 

「あれ、もしかして、すねてる?俺が飛鷹をお払い箱にするんじゃないかって?

そんなわけないじゃん、こっち向きなよ」

 

「だ、誰がすねてるってのよ!別に秘書艦なんかクビになったってどうってことないし?

私と烈風を頼りにしてる娘なんていくらでもいるんだから!」

 

「大丈夫ですよ。俺、ここでの戦いはよくわかりませんから。

俺の仕事は先生の身の回りのお世話です」

 

「そーいうこと。これから吾郎ちゃんには

大和と交代で贅沢なフルコースを作ってもらったり、

美容師顔負けの剃刀さばきでリラックスするだけだから、君の仕事を取ったりしないよ。

わかったらもう機嫌直してよ」

 

「だから別にすねてないから!ふん……」

 

ようやく北岡の方に向き直る飛鷹。

やっぱり若干すねていたようで、頬が朱に染まっていた。

 

「ここではわからないことだらけなんで、よろしくお願いします。先輩」

 

改めて吾郎が挨拶をする。先輩?先輩!顔には出さなかったが、

呼ばれたことのない言葉で呼ばれたことに飛鷹は顔がほころびそうになる。

そんなこんなで新たなメンバーが加わったものの、

いつもどおりの北岡の執務室に電話の音が鳴り響いた。

デスクに着いていた北岡が受話器を取る。

……そして、無表情かつ重い雰囲気を出しながら電話を切った。

 

「どうしたんですか、先生」

 

「何なのよ?深刻そうな顔して」

 

二人の問いかけに、北岡が答える。

 

「霧島美穂がこの世界に来たそうだ。もちろんライダーだよ」

 

「またライダーね。浅倉みたいな戦闘狂じゃなきゃいいけど」

 

だが、事情を知る吾郎が心配そうに問いかける。

 

「先生、やっぱり、あの人なんでしょうか……?」

 

「多分間違いない。彼女が俺や浅倉に復讐に、そして姉を生き返らせるために

ライダーバトルに参加したとしても不思議じゃない」

 

「ちょ、ちょっと何の話よ、説明して!」

 

「……飛鷹。俺が現実世界では弁護士だったってことは話したよね」

 

吾郎が目をつむり、顔をそらす。

 

「いつか、浅倉の弁護を担当したのが、俺だったんだよね」

 

「!?」

 

「で、霧島美穂はその被害者の妹だったってワケ」

 

「でも、その霧島って人が提督となんの関係が!?」

 

「はっきり言ってたよ、彼女」

 

 

 

“主文、被告人浅倉威を懲役10年に処する”

 

“ふざけるな!どうしてお姉ちゃんを殺したやつが死刑じゃないんだ!”

 

“静粛に、原告は不規則発言を慎むように”

 

“お姉ちゃんの命の重さはたった10年なのかよ!どうして浅倉がここに来ない!”

 

“静粛に!静粛に!”

 

“この国の司法は狂ってるよ!

浅倉だけじゃない、弁護士、こんな奴をかばったお前も同罪だ!”

 

“原告に退廷を命じます。係官!”

 

“離せ!司法が裁かないなら私が浅倉を殺してやる!

弁護士、その次はお前だ!何年かかっても必ずだ!”

 

 

 

「……!」

 

言葉を失う飛鷹。

 

「失望したかい?所詮、弁護士なんて正義の味方じゃない。報酬をくれたやつが全て。

例え誰からどう見てもクロだろうが、無罪・減刑に向けて走り回らなきゃならない」

 

「そんな、現実世界は、それほど歪んでるというの……?」

 

「歪んでる。これでも君達が生きた第二次大戦中よりマシになったほうさ」

 

「提督は……その霧島さんが来たらどうするつもり?」

 

「飛鷹先輩、先生は……!」

 

「いいから吾郎ちゃん!」

 

何か言いかけた吾郎を北岡が止めた。

 

「とにかく、俺はライダーバトルに参加した以上、戦いから降りるつもりはないよ。

相手が誰だろうとね」

 

室内を重苦しい雰囲気が包む。誰も、何も言わなかった。

 

 

 

 

 

──第一浅倉鎮守府

 

「はぁ、はぁ、浅倉さん。言われた通り、大穴10個、掘って来ました……」

 

元仮面ライダーガイ・芝浦淳は、疲労困憊といった様子で

独房のような執務室に倒れ込んできた。浅倉は興味なさそうに窓の外を眺めながら、

 

「……次は、それ全部埋めてこい」

 

「ええっ!?じゃあ、何のために掘ったんですか?」

 

「意味なんかねえ、さっさと行け」

 

「はい……」

 

そばに立っていた足柄も、自業自得とは言え気の毒に、といった表情だった。

デッキを無力化され、外に帰るわけにも行かなくなった淳は、

こうして浅倉に無意味な労働を課せられる毎日を送っていた。ジリリリ……。

その時、部屋の隅にコード一本でつながれただけの無機質な電話が鳴った。

 

「女、取れ」

 

「足柄です。……はい。ええ、わかりました。提督に伝えておきます」

 

伝達事項を受け取った足柄は電話を切った。

 

「……なんだ」

 

「また、新たなライダー提督がお越しになったようです」

 

嘘をついても無駄だと悟った足柄はありのままの事実を伝える。浅倉に笑顔が浮かぶ。

 

「どいつだ……」

 

「霧島美穂、という方で、つい先程提督としての講習を終えられたとか」

 

「知らん……だが、女のライダーは聞いたことがねえ。顔を拝みに行くか」

 

「待ってください!危険なライダーバトルは鎮守府全体で……」

 

両手を広げてドアの前に立ちふさがる足柄だが、彼女の言葉を切るように、

外から言い争う声が聞こえてきた。

 

“まだこの世界に慣れていないのに、他の提督方と戦うなんて無茶です!”

 

“うるさい!あたしは浅倉を殺すんだ!”

 

窓から外の様子を見ると、女が二人本館に近づいてくる。一人は多分艦娘。

もう一人、派手なコートを着た女が例の新ライダーだろう。

俺を知っているようだが、俺はあんな奴知らん。

知らんのか覚えてないのか……どっちでも構わん。

イライラが吹っ飛ぶような戦いができればそれでいい。

 

「ハッ……残念だったな、俺がやめても向こうはその気みたいだぞ」

 

「そんな!事情を話してお帰り願います!」

 

返事も待たずに足柄は飛び出していった。俺も行くか。

どうせ誰が止めた所であの女は止まらない。目ぇ見りゃ誰でもわかること。

浅倉もぶらぶらと1階出口に向かっていった。

 

 

 

「出せ!ここに浅倉がいるんだろう!」

 

「ですから!急においでになられてもこちらにも都合がありまして!」

 

足柄が必死に美穂をなだめようとしているが、彼女は聞く耳を持たない。

やがて、本館のドアが開き、足柄の背後から浅倉が姿を表した。

のんびりとした歩調で二人に近づく。

 

「……誰だてめえ。ライダーバトルなら喜んで受けてやる」

 

「浅倉アァァ!!」

 

「お待ち下さい!お願いですから!」

 

今にも浅倉に飛びかかろうとする美穂を必死に止める足柄。

だが、浅倉が彼女に後退を命じる。

 

「どけ……お前、ライダーか」

 

「ああ、そうだ!お前と北岡を殺すためにライダーになったんだ!」

 

美穂は真っ白な本体に白鳥のエンブレムが施されたカードデッキを突き出した。

浅倉はニヤリと笑って王蛇のデッキを取り出す。そして、一瞬周囲に視線を走らす。

 

「いいぜ。俺を殺したいなら好きにしろ。俺もお前を殺すからな……

ただし、北岡は俺の獲物だ」

 

「……っ!お姉ちゃんの時にもそう言ったのか!」

 

「生憎終わった戦いの事なんか覚えちゃいねえ」

 

「もういい、ここでお前を殺してお姉ちゃんの仇を取る!」

 

「フッ……」

 

浅倉と美穂は窓ガラスにカードデッキをかざす。

浅倉は既に慣れた様子で右腕をコブラに見立て、美穂は両腕で羽ばたく白鳥を描いた。

 

「……変身」「変身!!」

 

「ああ、どうしましょう足柄さん!」

 

戸惑う鳳翔に、見守るしかない足柄。

 

「どうしようもありません……提督が発令した数少ない提督権限、

“ライダーバトルの邪魔はするな”。ここで戦いが始まってしまった以上、

私達にはどうすることも……」

 

『SWORD VENT』『SWORD VENT』

 

両者“SWORD VENT”で王蛇は黄金の突撃剣・ベノサーベルを、

ファムは薙刀状の武器・ウイングスラッシャーを呼び出した。

二人はにらみ合いながら広場中央へ移動する。

足柄は急いで作戦司令室に通信し、ライダーバトルが発生したことを知らせた。

直ちに鎮守府全体のスピーカーから警告が発せられる。

 

『警告、本館前にてライダーバトル発生!全艦娘は屋内に避難せよ!繰り返す……』

 

鳴り響く警報を無視し、なおも両者は睨み合う。まず仕掛けたのはファムだった。

 

「うおお!!」

 

ファムがウイングスラッシャーで王蛇を横に薙ぎ払う。

しかし、王蛇はベノサーベルを縦にしてその一撃を受け止めた。

王蛇もすかさず斬り返したが、ファムはリーチの長い薙刀状武器の特徴を活かし、

瞬時に距離を取ってかわした。

 

「くらえ!」

 

今度はファムの素早い突きが放たれる。

王蛇は横に体を倒したが避けきれず、右肩にダメージを受けた。

ほう、なかなかやるじゃねえか。王蛇は“STEAL VENT”をドロー。そして──

 

「やめだ」

 

投げ捨てた。まだ戦いは始まったばかり。

丸腰の相手を叩きのめしても面白くもなんともない。

だが、あの武器の長さは少々厄介だ。……いや、多少の傷がなんだというのだ。

ただ斬り合い殴り合いができればそれでいい。

 

「行くぜ女、ハハハハ!!」

 

王蛇は笑い声を上げながら、防御を捨てファムに突撃。

 

「死ね!」

 

またしてもファムの左胸への突きが命中したが、当たる瞬間、

王蛇は瞬時に体を斜めにひねり、真正面からの刺突を避けてダメージを軽減した。

そして、一気にファムに迫った王蛇はウイングスラッシャーを左手で掴み、

ベノサーベルの柄でファムの顔や肩を何度も殴りつけた。

 

「ぐっ!……ああっ!がっ!」

 

そして顔をファムの目の前に近づける。

 

「どうした、お前も殴れ。それがライダーバトルの面白みだろうが……!」

 

「面白いからお姉ちゃんを殺したっていうの!?」

 

「ハ……誰だそいつ。お前がもっと強かったら思い出すかもな」

 

王蛇はファムの腹を蹴って突き飛ばした。

後ろに転がされたファムは慌てて武器を拾い、立ち上がる。

 

「もういい、地獄に落ちてお姉ちゃんに詫びろ!!」

 

ファムはカードをドロー。ブランバイザーに装填。

 

『GUARD VENT』

 

左手に白鳥の翼を象った盾・ウイングシールドが現れると同時に、

周囲に大量の白い羽根が舞う。そして再び王蛇に向け駆け出す。

羽根とファムの白いアーマーが同化し、

視覚的には瞬間移動をしているように錯覚させる。

何度も擬似的瞬間移動を繰り返し、王蛇を撹乱しようとするファム。

そして、ついに王蛇の背後を取ったファムはウィングランサーを振り下ろした。

が、同時に王蛇がベノサーベルを背後に回し、斬撃を受け止めた。

 

「足音が……丸見えだ」

 

「!?」

 

そしてベノサーベルを振り抜きウィングランサーを弾き飛ばすと、

体制を崩したファムを斜めに二度斬りつけた。

 

「がああっ!うああ!」

 

二度の強烈な攻撃に後ろに倒れ込むファム。

体に受けた衝撃と痛みでなかなか立ち上がれない。

動けない相手を追撃しすぎても楽しくない。王蛇はファムが立ち上がるのを待つ。

首をコキコキと回すと、辺りは大量の白い羽で覆われていた。なんだこれは。

鬱陶しいことこの上ない。……使ってみるか。

 

王蛇はカードを1枚ドロー。ベノバイザーに装填した。

 

『CONFINE VENT』

 

ガイから奪ったカード効果消去の能力を持つカードで、

ファムの盾が消滅し、同時に辺りを待っていた純白の羽根も消えた。

 

「嘘でしょ!?」

 

「どうした、最初に戻っただけだろう。何がそんなに不満だ」

 

つかつかと歩み寄る王蛇、追い詰められるファム。

しょうがない、もうあれを使うしか!ファムはカードをドロー。ブランバイザーに装填。

 

『FINAL VENT』

 

クアァァーー……

 

 

鎮守府に響き渡る鳴き声を上げ、ブランウイングが巨大化し、飛来した。

そして王蛇の前方に舞い降りる。

 

「!?」

 

本能的に危機を察知した王蛇。

ブランウィングが羽ばたき、木々を根こそぎ吹き飛ばすほどの風圧を飛ばしてきた。

が、同時に王蛇は広場の隅に安置されていた重さ十数トンはある庭石に身を隠した。

王蛇のすぐそばを凄まじい暴風が過ぎ去っていく。

荒々しい風が止んだことを確かめた王蛇は、庭石から姿を表した。

王蛇の健在な姿を見たファムは打ちのめされる。

 

「そんな……どうして……」

 

必殺のファイナルベントを不発に終わらせてしまったファム。

もう残されたカードは1枚しかない。ファムは最後のカードをドロー、装填。

 

『ADVENT』

 

上空を舞っていた巨大な白鳥がファムのもとに降り立ち、彼女を口ばしで優しく掴み、

飛び去っていった。そして、本館の執務室がある辺りに体当りし、壁に大穴を開けた。

不可解な行動にさすがの王蛇も首をひねる。

 

「……何をしている、さっさと来い」

 

待てど暮らせどファムは来ない。しびれを切らした王蛇は本館に入り、

執務室に向かった。そして部屋に入ると01ゲートのそばに白い羽毛が散らばっていた。

 

「ハッ……ハハハ、逃げやがったのか?あの女。

ハ、ハハハ、ハハハハ……ふざけてんじゃねえ!舐めてんのか戦いをォ!

あああああ!!」

 

怒りが頂点に達した王蛇は、ベノサーベルをメチャクチャにぶん回し、

壁や床に次々穴を開けた。

 

「あああっ!くそっ!」

 

ダンボールをなぎ倒し、壁を斬りつけたりして暴れていると、

王蛇の手がはたと止まった。

 

「……思い出した。あの時殺した女の妹だ」

 

 

 

 

 

──北岡鎮守府

 

 

 

これって問題ないのかしら……?秘書艦が提督と食事なんて。

北岡の執務室で飛鷹と北岡はテーブルに向き合い、

吾郎がディナーの準備をしているのをただ見ていた。

北岡は楽しみな様子で、飛鷹は若干緊張した様子で。

 

「お待たせしました。今日はオーソドックスな中華でまとめてみました」

 

吾郎がドームカバーを取ると、モワッとした湯気と共に食欲をそそる薫りが立ち上る。

 

「今夜のメニューは、手打ち麺の中華そば、角切りチャーシュー入りのチャーハン、

“ある男”直伝のニンニク抜き餃子です。どうぞ、お召し上がりください」

 

「まー食べてごらん。吾郎ちゃんの料理は絶品だから、乾杯」

 

北岡はウィンクして紹興酒の入ったグラスを持ち上げて見せた。

 

「乾杯……」

 

言いながら飛鷹は思わず目を剥いた。

一見ただの中華定食!しかし、この香り、一体何なの!?

さっそくレンゲにスープと麺を少し乗せ、口に運ぶ。脳髄に痺れが走った。

魚介スープと手打ち麺が絶妙に絡み合って、

あっさり系のスープに強烈な印象を残すことに成功している!

このコシのある麺は打つために一体どれだけ手間を掛けたというの?

食堂の仕入れ麺じゃこうは行かない!

 

チャーハンは?……これも文句のつけどころがない!

ご飯は当然パラパラに火が通っており、具材のチャーシューも固くなりすぎず、

しっかりタレの染み込んだ肉の食感もきちんと楽しめる!

 

この餃子はどうなの?一見何の変哲もない餃子だけど……!?

これは餃子なの?小籠包なの?一口噛むごとに肉汁が溢れ出て、

カリカリの皮、フワフワの肉と三位一体を成して餃子の域を超越している!

そして、女性が気にしがちなニンニクを言われずとも抜いている心配り……

この男、ただ者じゃない!

 

飛鷹がにわか食通レポーターになりながらも、

北岡はいつもどおり、と言った風に吾郎の料理に舌鼓を打っていた。

 

「大和の腕もなかなかだけど、やっぱり吾郎ちゃんの料理には

“懐かしさ”がプラスされてるよ。んーうまい」

 

「ありがとうございます。飛鷹先輩、お口に会いましたか?」

 

「ん!?むぐぐ!」

 

食べるのに夢中だった所でいきなり話を向けられたので、

むせそうになり、思わず口に手をかざす。

 

「そ、そうね。悪くなかったわ。

食事に関しては貴方に任せて問題ないんじゃないかしら?」

 

「ありがとうございます」

 

反射的に強がりを言ってしまったが、

女としてこれでいいのかしら……?という疑問に付きまとわれる飛鷹だった。

それからも彼女達は吾郎の手料理を楽しみ、食べ終わる頃には幸福感で満たされていた。

 

「ふー。美味しかったよ、吾郎ちゃん。次の当番の時はフレンチがいいな。

また飛鷹にも食べさせてあげたいし」

 

「ごちそうさま。貴方、料理店で修行でも?ご実家がレストランとか?」

 

「いいえ、一人暮らしが長かったもので。父は漁師です」

 

「そんだけ?」

 

「ええ」

 

「……」

 

飛鷹が軽く絶句していると、バァン!と乱暴にドアが開かれた。浅倉だった。

後から足柄も追いかけてきた。吾郎が独特の拳法の構えを取り、浅倉を睨む。

 

「申し訳ありません、北岡提督!すぐ提督を連れて帰りますので!」

 

「ああ、吾郎ちゃん、いいよ。しかし、足柄さんも大変だね。

こんな狂犬の世話係押し付けられて。

別に構いませんよ、最近こいつの話もあながち無視できなくなってきましたから。

吾郎ちゃん、足柄さんにだけお茶を」

 

「……わかりました」

 

吾郎は給湯室に下がっていった。

 

「で、今日は何の用事?」

 

「……女はどこだ」

 

「後ろにいるじゃん」

 

「そいつじゃねえ!新しく来たライダーの女だ!」

 

「……なるほど、先にお前んとこに来てたわけね」

 

「お前が俺を弁護した事件の原告って言えばわかるか?」

 

北岡と飛鷹に緊張した空気が走る。

 

「へぇ……お前がそこまで物覚えがよかったとは、意外だな」

 

「さっさと答えろ!」

 

「来てたらこんな所でのんびり食事してると思う?お前とぶつかったんでしょ?

一体どうしたのよ」

 

「逃げやがったんだよ!殺し合いほっぽり出して、

あの女、次に見たら変身前だろうとぶっ殺す!戦っても弱すぎて話しにならねえ!」

 

そして浅倉は思い切り壁を殴った。

 

「どうぞ」

 

「あ、すみません……」

 

吾郎は足柄にお茶を出しながら浅倉を睨む。

 

「そりゃ獲物を取り逃がしたお前が悪い。ライダーバトルってそういうもんでしょ」

 

「ほう……ならお前ならあいつとぶち当たったら殺せるのか」

 

「何が言いたいのかな?」

 

「同情してんじゃねえのか?

てめえが弁護したせいで姉殺しの犯人が懲役10年になった女に」

 

「……」

 

「フッ、甘いな。死ぬぜ……」

 

浅倉は不敵な笑いを残すと、執務室から出ていった。

足柄も慌てて“ごちそうさま”と湯呑みを置いて去っていった。

 

「先生……」

 

「提督……」

 

「あの人が戦いを挑んできたら、先生はどうなさるおつもりですか?」

 

「んー……わかんない!とりあえず今は様子見しかないよ」

 

努めて明るく答える北岡。

しかし、浅倉の言うとおり、迷いがないといえば嘘になるのも事実だった。

 

 

 

 

 

──噴水公園

 

ヴォン、ドサッ!

 

美穂は最初にミラーワールドに入った広場に放り出された。

命からがら01ゲートに飛び込み王蛇から逃げ延びる事に成功したが、

彼女の心は絶望で満たされていた。仇敵を目の前にしながら無様な戦いしか出来ず、

挙句、逃げ出す始末。ポタ、ポタ……いつの間にか空は曇天。間もなく雨が降り出した。

 

「ちくしょう、ちくしょおおおぉ!!」

 

 




すみません、もう開始当初のような2日に1回更新とかは無理っぽいです……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 A Kind of Win

帰宅するなり美穂は玄関で崩れ落ちた。出迎える者は誰もいない。

雨に打たれながらどこをどう歩いて帰ったのかは覚えていない。

ポタポタと髪から床に雨粒が落ちる。美穂は這うように風呂場へ向かった。

一人で住むには若干広すぎるマンション。姉が遺してくれた遺産。

しかし、必要最低限の家具、家電、そして男を騙すためだけの

ブランド物の服や化粧品しかない寒々とした家だった。

何とか風呂場の前で立ち上がると、服を脱いで洗濯機に放り込む。

風呂場に入りシャワーのレバーを「温」に倒す。シャワーから勢い良く水が吹き出し、

徐々に冷たい水から温かい湯に変わっていく。

 

「……」

 

温水が雨に濡れた体を温めていくが、美穂の心は暗いままだった。力が欲しい……。

浅倉に惨敗を喫した屈辱は力への渇望へ変わっていった。

どうすれば、どうすれば強くなれるの!?美穂は考える。

……そうだ、いつもどおりにやればいいのよ。あれなら私でも!美穂はシャワーを止め、

バスタオルで体を拭くと、体に巻いて部屋に戻った。

そして、いつもの“仕事着”に着替えると、ノートパソコンを開き、

“艦隊これくしょん”を検索した。

 

 

 

 

 

──霧島鎮守府

 

 

今度はパソコンから艦これ界に入った美穂。

執務室にログインすると、ちょうど布巾でデスクを吹いていた鳳翔と会った。

 

「あ、お帰りなさい提督。ご無事だったようでなによりです……」

 

心配そうに声を掛けてくる鳳翔。お帰りなさい。最後に聞いたのは随分昔のことだ。

いや、今はそれどころじゃない。

 

「ただいま。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、

ここに来てるライダーって浅倉と北岡以外には誰がいるの?

さっきはワタワタしてたし、いきなり浅倉とぶつかって聞きそびれちゃってさ……」

 

「そうでしたね。まず、仮面ライダー龍騎こと城戸提督と……」

 

そして、美穂は現在ログイン中のライダー達の情報を手に入れた。誰にしよう。

できれば一番強い奴がいいんだけど……。

とりあえず秋山って奴にチャレンジしてみるか。

 

「ねぇ、一応他のライダー達の顔も見ときたいんだけど、会わせてくれる?

あ、誤解しないで。別にライダーバトルふっかけに行くつもりじゃないから。

そりゃ、いつかは戦うことにはなるんだけどさ、

こっちが不意打ち掛けられてもいやじゃん?警戒するに越したことはないから、ね」

 

「わかりました。ではさっそく桟橋の方へ行きましょうか」

 

「お願い」

 

美穂達は転送クルーザーに乗り込むと、秋山鎮守府へ向かった。

鳳翔が不思議な音声コマンドを入力して舵を握ると、世界が真っ白になり、

秋山鎮守府のデータのダウンロードが開始された。

間もなく、同じような光景が白の世界に描かれ、秋山鎮守府への移動が完了。

 

「じゃあ、行ってくる。顔を見に行くだけだから、すぐ戻る。待ってて」

 

「どうぞ、行ってらっしゃい」

 

鳳翔に見送られて、美穂は本館へ向かった。

ドアを開けて中に入り、執務室のある2階へ。トトトト、と階段を上り、

執務室の前で立ち止まりノックをする。

 

“……誰だ”

 

少しの沈黙の後、返事が帰ってきた。

 

「あ、あの。あたし、霧島美穂っていうんだけど、仮面ライダーなの。

あ!でも勘違いしないで!別に戦いに来たわけじゃないの。

ただちょっとお願いがあって……」

 

……どうかしら。警戒して中に入れてくれなかったらどうしようもない。

 

“入れ”

 

やった!美穂はドアを開けて中に入った。

中には長い黒の皮のコートを来た男が立っていた。

男は警戒感を隠そうともせず美穂を見ている。

 

「お前か、ここに来るなり浅倉にライダーバトルを挑んで返り討ちにあった無鉄砲は」

 

「知ってんの!?」

 

「ここじゃ重要事項は全鎮守府の間で筒抜けだ、覚えとけ」

 

「あはは、そうなんだ……」

 

「それで、用件はなんだ」

 

「それなんだけどさ……」

 

がばっ……

 

美穂は突然、蓮に抱きついた。

 

「あたしを守って!神崎の口車に乗せられてライダーバトルなんて始めちゃったけど、

こんなに怖いことだなんて思わなかった……」

 

「……」

 

手は動かさず指先だけを気取られないよう器用に這わせる。

 

「ミラーモンスターは自分でなんとかする!でも、きっと浅倉はあたしを殺しに来る!

あなたが最後に勝ち残ったら、私が棄権する。だからお願い!」

 

最後の仕上げ!いよいよコートのポケットに指を差し込もうとした瞬間、指を掴まれ、

強引に顔の前に持ち上げられた。

 

「きゃっ!」

 

「仏の顔も三度までだ。俺は仏じゃないし気が短い。二度目はないと思え」

 

「ふん。なにさ、偉そうに!あとちょっとだったのに……」

 

蓮は美穂の手を放り出した。美穂はふてくされて床を蹴る。

 

「今度のライダーはスリか。神崎も何を考えている。

言っておくが、カードを盗んだところで本人以外は使えんぞ。

特殊な方法を使わない限りな」

 

「え、そうなの!?で、何?特殊な方法って」

 

「わざわざスリの片棒を担ぐと思うか?

知りたきゃ浅倉に聞け。方法を見つけたのはあいつだ」

 

「んー!……もういい、あんたなんか知らない!」

 

バタン!

 

見切りをつけた美穂は去っていった。

蓮はやれやれ、といった様子でソファに身を預けた。

 

 

 

「鳳翔、次は城戸鎮守府お願い!」

 

「秋山提督とはどんなお話を?」

 

「いいの!どうでもいいあんなケチなやつ!」

 

「はぁ……それでは、次のアルゴリズムナンバーに直接転移しますね」

 

鳳翔は再び舵を握り、城戸鎮守府へクルーザーで転移した。

 

 

 

 

 

──城戸鎮守府

 

 

美穂は、今度は真司に同じ手口を試みようと執務室のドアを叩いた。

 

“はーい、誰?”

 

明るい青年の声が帰ってきた。

 

「あたし、霧島美穂っていうの。仮面ライダーファム。

でも、バトルしにきたわけじゃないの。ただ、ちょっと会いたくて……。

正直、もうライダーとの戦いで疲れちゃったの。

あたしが浅倉に負けたの、もう知ってるんでしょ?あれで限界見えちゃったっていうか、

ライダーバトルから降りたいなって思ったの。

でも、方法がわかんなくて、とにかく相談できる人が欲しいの」

 

さっきは事を急ぎすぎた。今度はもうちょっと慎重に距離を詰めよう。

 

“それがいいよ!やっぱライダーバトルなんて……あ、今開けるから”

 

“真司さんダメです!簡単に信じちゃ!”

 

あれ?中にもう一人いるみたい。子供の声だったけど。

でも、城戸って奴より勘がいいみたい。

 

「本当なの!もうライダーバトルから逃げたいの!あたしを助けて!」

 

“ほら、まだまだライダーバトルをやめたい奴がいるんだって!”

 

“あ、待って……”

 

ガチャッ

 

ドアが開いた。そこにはブルーのジャケットを来た青年がいた。

奥には黄色い瞳の女の子が。

 

「あー、俺、城戸真司。とにかく中入んなよ」

 

「お邪魔しま~す」

 

「真司さんたら、もう……」

 

真司が美穂を執務室に招き入れる。三日月が彼女を訝しげに見ている。

う~ん、肝心のライダーは騙せそうだけど、

この娘はちょっと気をつけたほうがいいかも。

 

「そこ座ってよ。冷蔵庫から緑茶持ってくるから、缶だけど」

 

「気を使わないで」

 

美穂が対面式のソファに腰掛けると、

真司が給湯室から冷えた缶のお茶を二つ持ってきて、ソファの前のテーブルに置いた。

いつの間にか緊張していたせいか、喉が乾いていたので、一気に飲み干してしまった。

三日月が真司のそばに立つ。

 

「じゃあ、肝心の話なんだけど……君はなんでライダーになったの?

ほら、ライダーバトルから降りるってことは、その願い諦めるってことじゃん。

それって、大丈夫なの?」

 

「大丈夫、あたしの願いは“使い切れないほどのお金が欲しい”だったんだけど……

今はもうどうでもいい。こんなこと続けてたら命がいくつあっても足りないわ」

 

「そうだよ!それが正しい選択だよ!

実は俺、この殺し合いを止めるためにライダーになったんだ。

他にも同じ考えのライダーがもう一人いる。

大丈夫、絶対君をこんな戦いから脱出させるから!」

 

「美穂でいいよ。それで、どうすればそんなことできるの?」

 

「えーとそれは……これから一緒に考えよう!」

 

「あの、真司さん……」

 

横の女の子も苦笑いだ。よかった、頭は良くないみたい。

女の子引き剥がせば仕事は楽そう。

 

「ああ!でもアテがないわけじゃないんだ!ライダーバトルから降りたっていうか、

生きて脱落した奴がいるから、その例を参考にしよう!」

 

「本当?ああよかった!」

 

秋山って奴が言ってた、カードを奪う特殊な方法とも関係がありそうね。

とりあえず真司ってやつをここから連れ出そう。

こう向かい合ってちゃポケットも探れない。

 

「ねぇ真司さん。話の前に外、行かない?

正直、この部屋の空気、職員室みたいで息が詰まるっていうか……」

 

「そう?俺は平気だけど……あ、俺も真司でいいよ。じゃあ、外散歩しようか。

三日月ちゃん、悪いんだけど、しばらくここ頼めるかな?

執務室が空っぽじゃ、いざという時困るだろうからさ」

 

「へ?私がですか?」

 

急に置いてきぼりを食らうことになり、キョトンとする三日月。

 

「うん、何かあったら俺の携帯に掛けてよ。番号は教えたよね。

ここの電話でも通じるって試したし」

 

「えええ!?ちょ、ちょっと待って……」

 

「行きましょう、行きましょう!行きたいところがあるの!」

 

上手く行ったとばかりに嬉しそうな笑顔でグイグイ真司を引っ張る美穂。

真司も引きずられるまま執務室から出ていった。ぽつんと取り残される三日月。

後には静寂が降りるのみ。

 

「……」

 

だが、彼女の背中に闘気らしきものが湧き上がる。

彼女は黄色い眼をカッと見開き、デスクのノリ・ハサミ・色紙といった文房具を

かき集めた。

 

 

 

甘味処・間宮。

艦娘たちの疲労を癒やすパフェやモナカ等を提供している茶屋。

真司達は店先の長椅子に並んで腰掛け、三色団子を食べていた。

 

「……で、そいつは浅倉にカードもモンスターも奪われたんだけど、

同時に契約モンスターに食われる心配もなくなったわけ。

まぁ、代わりに野良のミラーモンスターに対抗することもできなくなったんだけどね」

 

「ふぅん、そんな裏ワザがあったんだ~」

 

真司は美穂に芝浦淳がライダーでなくなった経緯を説明していた。

なるほどね、この世界のシステムを上手く使えば新しいカードを手に入れられるかも。

 

………

 

そんな二人の様子を、茂みの中から窺う者達がいた。

色紙を切り貼りして作った木の枝を、冠のようにして被りながら、

怪しい動きはないか見張っていた。

 

「あーもう、間宮なんて私も連れてってもらったことないのに!」

 

「あのさあ、めったにわがまま言わないお前の頼みだから協力してやってるけどよぉ……

コレ、かえって目立たないか?っていうか、オレたち一体何やってんだ?」

 

隣の天龍が話しかけた。彼女も同じ変装を押し付けられている。

 

「真司さんがあの人にあんな目やこんな目に会わされるかもしれないんです!

その時は二人がかりで止めましょう!」

 

「言ってることが曖昧すぎて意味わかんねえぞ。根拠は?」

 

「勘です!」

 

「おいおい、大丈夫か?今日のお前変だぞ……」

 

「シッ、お静かに!何か動きがあります!」

 

腹を満たし、控えめな甘さの団子で満足した真司達。

しばしお茶を飲みながら休んでいると、美穂が間を詰めて、真司の肩に頭を乗せた。

これには真司もいささか動揺する。

 

「ど、どうしたんだよいきなり……」

 

「ありがとね。やっぱりさ、一人でライダーバトル続けるのって結構しんどかったんだ。

でも、真司がこうして味方になってくれて久しぶりにほっとした気持ちになれた」

 

そして美穂は真司の腰に手を回す。

 

 

「……フフフ(ガチャリ)」

 

「こらこらこらこら、砲の安全装置を外すんじゃねえ」

 

 

「バトルが終わるまでここで暮らすことになると思うんだけどさ、

いろいろ困ることがあると思うの。その時は助けてくれる?」

 

ジャケットのポケットに手を近づけると、今度は指先だけを動かし、中を探る。

 

「ま、まあ他のライダー助けるのも俺の使命っていうか……」

 

目を泳がせてたじろぐ真司は、思わず団子の串を落としてしまった。

そして、拾おうと視線を落とした瞬間、カードデッキをつまみ出そうとする手が見えた。

すかさず払いのける真司。

 

「きゃっ!」

 

「なんだよ、そういうことかよ!人のデッキ盗むライダーなんか初めて見たよ!」

 

「うるさい!お前に何がわかる!」

 

 

「ふふ、やっぱり。真司さんはあんな人に騙されるわけないって信じてました!」

 

「お前な……」

 

急に揉めだした二人を不敵な笑みで眺める三日月。だったらこいつはなんだったんだ。

外した紙細工の冠を見つめて複雑な表情を浮かべる天龍。

 

 

「わかんねえよ!こんなことまでして勝ち残って何がしたいんだよ!」

 

「お姉ちゃんを生き返らせるためだよ!

そのためなら、あたしはどんなことだってする!」

 

「生き返らせるって……お姉さん、亡くなったのか?」

 

「お姉ちゃんは、浅倉威に殺されたんだ!!」

 

「え……」

 

「だから強くならなくちゃいけない!あたしのデッキにはろくなカードがない……

だから浅倉を殺せなかった!新しい力が必要なんだ!」

 

「美穂ちゃん!」

 

「放っといて!」

 

美穂は呆然と立ち尽くす真司を残して走り去ってしまった。

 

 

「帰ろうぜ、三日月……」

 

「……ありがとうございました。天龍先輩は戻っていてください」

 

「これ以上どうするってんだ!?」

 

「あの人と話がしたいんです!」

 

三日月もまた美穂を追いかけて茂みから飛び出した。

 

 

 

 

 

あてもなく全力で鎮守府を走り回った美穂は、

いつの間にか海岸の砂浜に座り込んでいた。

 

「バトルの途中放棄は、ライダーにあるまじき行為だ」

 

「!!」

 

音もなく、そばに神崎士郎が立っていた。

鏡の中ではなく、現実世界に実像として現れていた。

 

「勝てない……こんなデッキじゃ浅倉を倒せない!

ねぇ、どうしてあたしのデッキはこんなに弱いの!?

ただの剣と、目眩ましにもならない盾、雑魚しか倒せないファイナルベント!

他の奴らは凄いカード沢山持ってるのに、どうして私だけ!」

 

「お前の欲望がその程度、ということだ」

 

「その程度って……浅倉とその弁護士北岡を殺して、お姉ちゃんを生き返らせる!

これより強い欲望があるのかよ!」

 

「姉を蘇らせる、という行為は家族を亡くした自分だけでなく、

命を落とした対象にも利益をもたらす。二人に対する憎しみも同じことが言える。

自分にとっての仇は姉にとっての仇でもある。

両者に共通しているのは、欲望が等分されているということだ。

だが、他のライダーは違う。皆、自分自身の利益のためだけに、

見ず知らずの他者を殺してでもライダーバトルを勝ち上がろうとしている。

お前にその覚悟はあるのか」

 

「それは……あ、あるさ!望みを叶えるためなら、どんなことでもやってやる!」

 

「その言葉が本当ならば、誰でもいい。ライダーを1人倒せ。

どんな手を使っても構わん。それができたら、お前に強力なカードをやろう」

 

「本当!?」

 

「これが手に入れば、昨日のような体たらくを晒すこともなく、

間違いなくライダーバトルの頂点へと大きく前進するだろう」

 

神崎はコートから1枚のカードを取り出し、眺める。

黄金に輝く鳥の胴体が描かれたカード。

美浦もそれを見つめていたが、次の瞬間、カードに飛びかかって奪おうとした。

しかし、その手に掴んだはずのカードに触れることなく、美浦は砂浜に転がった。

 

「う……なんで」

 

「俺に実体はない。力が欲しければ、戦って奪い取れ」

 

それだけを言い残し、神崎は姿を消した。

砂にまみれた美穂は、しばらくじっとしていたが、やがて何事かを決意し、

桟橋へ向けて走り出そうとした。

しかし、彼女の前に悲しげな目をした少女が立っていた。

 

「神崎の言葉に乗っちゃだめです」

 

「あんたに何がわかるのよ……!家族もいない軍艦のくせに!」

 

「わかりますよ……。私も大事な人達を理不尽に奪われことがあります。

犯人を殺してやりたいと思ったこともあります。でも……できなかった」

 

「だったらあたしの気持ちもわかるでしょう!!放っといてよ!」

 

「けど、今の大切な人が言ってくれました。

“人を殺すことなんて勇気じゃない。殺さなかったことが勇気なんだ”って。

貴方が仇を倒せなかったのも、貴方の優しさが思いとどまらせたんです」

 

「うるさい、綺麗事なんか聞きたくない!あたしは戦わなきゃいけないんだ!

今もお姉ちゃんは冷たい棺桶で待ってる!

浅倉と北岡を倒して、新しい命を持って帰るんだ!」

 

叫ぶように言い放つと、今度こそ美穂は転送クルーザーへと走っていった。

 

「美穂さん……」

 

 

 

息を切らせて美穂はクルーザーに乗り込んだ。砂だらけの姿に鳳翔は驚く。

 

「一体どうされたんですか!?」

 

「……なんでもない。私の鎮守府に戻って」

 

「わかりました……」

 

 

 

 

 

──霧島鎮守府

 

 

そして彼女は自分の鎮守府に戻り、01ゲートの前に立っていた。

 

「それじゃあ、ちょっと向こうに忘れ物しちゃったから一旦戻るね。

ついでにいろいろ準備もしたいし」

 

「はい。それではお帰りをお待ちしてますね」

 

……ゲートを潜ろうとして一瞬立ち止まる。

例え任務だったとしても、“待ってる”という言葉が美穂の胸に響いた。

お姉ちゃんがいた頃は気にしたことなんてなかったのに。

そうよ、その当たり前を取り戻すためにあたしは戦うんだ!

彼女は意を決して0と1の群れに飛び込んだ。

 

 

 

 

 

──城戸鎮守府

 

 

その頃、逃げ出した美穂を探して真司は鎮守府を走り回っていた。

ほうぼう走り回ってさすがに疲れた。

 

「はぁ、くそ。美穂ちゃんどこ行ったんだろう……」

 

“真司さーん!”

 

向こうから三日月が手を振って走ってきた。

 

「ああ、三日月ちゃん。美穂ちゃん見なかった?」

 

「海岸でお会いしました。その後すぐご自分の鎮守府へ戻られたようですが、

やっぱり浅倉提督への復讐の意志は固いようです……」

 

「そっかぁ、やっぱり俺、甘かったのかな……

ライダーバトルなんて命がけの戦い、生半可な覚悟じゃできない。

頭じゃわかってたつもりなんだけど」

 

「真司さんは間違ってません!とにかく、お知り合いの提督にご相談してみては?」

 

「そうだ……あの様子だと他のライダーにも接触してるかも。

サンキュー、とりあえず蓮に電話掛けてみる!」

 

「待ってください!実は美穂さんが神崎に……」

 

三日月は、美穂と神崎のやり取りを真司に伝えた。

 

 

 

真司は執務室に戻るとデスクの電話を取った。引き出しからメモを取り出す。

ライダーの間ではとうに使われなくなった、

各鎮守府に割り当てられたアルゴリズムナンバー。秋山鎮守府の番号を押す。

5コールほどして、無言で受話器を上げる音が聞こえた。

 

「ああ、蓮?そっちに美穂ちゃん来なかった?ええと、高そうなコート着た女の子!」

 

“スリの女ならこっちにも来たぞ。

……まさかお前、デッキごと盗まれて泣きついて来たんじゃないだろうな”

 

「ちっげーよ!ただ、ちょっとケンカ別れみたいになって探してるんだけど」

 

“お前馬鹿か。ケンカもクソもないだろう。いつの間にライダー同士が友達になった。

元々敵同士なんだから、何をしようが放っておけばいいだろう”

 

「いや、それが……ちょっと事情があってさ」

 

“事情?まぁ、暇だから聞いてやる。話してみろ”

 

真司は美穂の姉が浅倉に殺されたこと、三日月から聞かされた

神崎と美穂の密約について蓮に打ち明けた。しばし蓮が黙り込む。

そして考えがまとまったのか、再び口を開いた。

 

“その女には気をつけたほうがいい。どんな手段を使ってもライダーを殺す気だ。

たとえ変身前でもな”

 

「えっ……どういうことだよ」

 

“銃に毒薬、なんでもいい。変身前ならひとたまりもない。

奴が死に物狂いで力を求めているなら手段は選ばないだろう。現に今、姿を消している。

現実世界で武器を調達しているとしても不思議じゃない”

 

「そんな……」

 

“じゃあな、背中には気をつけろ。

お前も人の心配ができる立場じゃない事をいい加減理解しろ”

 

ガチャン、と電話が切られた。真司は受話器を持ったまま、しばらく動けなかった。

 

 

 

 

 

TEA 花鶏。

 

今日も沙奈子と優衣が、客の少ない時間帯に皿を洗ったりテーブルを拭いたり、

それぞれの仕事をこなしていた。

 

「はぁ~真ちゃんが治ったら、またアマゾン行きたいもんだわねぇ。

蓮ちゃんはちっとも帰ってこないし、アルバイトでも雇おうかしら」

 

「蓮は蓮でやることがあるの。もう少し我慢してあげて?」

 

「我慢我慢ってねぇ?あたしゃもう限界ですよ!紅茶屋なめるんじゃあ、ないわよぉ!」

 

スポンジをシンクに放り出す沙奈子。

その時、音楽を流していたラジオが、突然緊迫したニュースに内容変更した。

 

 

<番組の途中ですが、臨時ニュースを申し上げます。

現在東京都内で強盗事件が相次いで発生、銃砲店及び科学毒物取扱施設が

相次いで襲撃を受けている模様です。犯人は現在も逃走中。

特徴は白いマスクにプロテクター姿、刃物・強奪した銃器を所持しているという

情報が入っております。

現場付近の皆さんは屋内に留まり、決して出歩かないようにしてください。

なお、テロ組織等の犯行声明は出ておりません。先程SATの出動が公式発表され……>

 

 

「あらやだ、怖いわね~今日はお店閉めちゃおうかしら。

あんた達若い子は知らないだろうけどね、日本にも昔テロ組織があったのよ。

日本赤軍とか“狼”とかわけわかんないこと言ってる連中が、

ビル爆破したり身内で殺し合いしてたのよ、本当なんだから」

 

「……」

 

沙奈子がぶつくさ言っている間、優衣の脳裏に嫌な予感が走った。

 

 

 

 

 

──北岡鎮守府

 

 

美穂は本館の隅にある貯水タンクのそばに立っていた。

本来一般人が登ることを想定していないタンクの上に乗るのは苦労した。

バルブを回してタンクを開く。

そして、ポケットから“シアン化合物”と書かれたラベルの茶色い瓶を取り出した。

 

「……」

 

キャップを外して瓶ごと水槽に放り込む。

大丈夫、艦娘は有毒な重油やボーキサイト一杯食べてる!こんな毒で死んだりしない!

美穂は自分に言い聞かせて貯水タンクから降りた。そしてそそくさとその場から離れた。

 

 

 

その頃。北岡は執務室でゴホン、ゴホン、と咳払いをしていた。

 

「ん~、なんか空気が乾いてるっていうか、喉が渇くんだよね。

吾郎ちゃん、悪いけど水一杯持ってきて」

 

「わかりました」

 

吾郎は棚から2つコップを取り出し、給湯室の冷蔵庫からコップに氷を入れ、

蛇口から水を入れた。そして執務室に戻った。

 

「先生、飛鷹先輩、どうぞ」

 

「サンキュー、吾郎ちゃん」

 

「私まで悪いわね」

 

飛鷹は水の入ったコップを受け取る。しかし、その瞬間に違和感を覚えた。

この世界に存在する物は全てデータ。毎日触れている“水のデータ”が何かおかしい。

彼女はじっとコップを見る。物質組成データ分析、結果。H2O。並びに……KCN!?

飛鷹は考える前に北岡に飛び掛かり、コップを払いのけた。

まさに北岡が口を付ける瞬間だった。床に落ち、砕けるコップ。

北岡も吾郎も突然の行動に戸惑っている。

 

「ど、どうしたの飛鷹?」

 

「虫でも付いてましたか?」

 

「違う!水に青酸化合物が入ってる!今すぐ水道を止めて!」

 

「なんだって!?」

 

「いいから!艦娘に効くかどうかなんて試すわけにいかないでしょう!?」

 

「先生、俺、行ってきます!」

 

それ以上の追求をやめ、吾郎が貯水タンクを目指して走っていった。

 

「しかし、なんだって青酸カリが……いや、考えられるな」

 

「例の、提督を恨んでる人……?」

 

「他に考えられない。いよいよ本気で俺を殺そうとしてるってことかな」

 

 

 

 

 

……なんで?なんでこの世界に一般人がいるのよ!!

窓から聞こえる喧騒を立ち聞きしていた美穂の心臓が激しく鼓動する。危なかった!

もし、あの人が飲んでたら、あたしも浅倉と同じになってた!

足早にその場から立ち去りながらも美穂の顔色は青くなる。

今度は、もっと慎重にやらないと。大丈夫、今度は巻き添えなんか出さない。

そうなってるんだから……

 

「つ、次。城戸鎮守府、お願い」

 

「大丈夫ですか、随分顔色が悪いようですが……」

 

鳳翔が彼女を気遣う。だが、今の美穂にはそれを受け取るだけの余裕がなかった。

 

「いいから、さっさとして!!」

 

「……すみません、出過ぎたことを」

 

彼女は済まないと思いながらもシートに倒れ込むようにもたれるしかなかった。

そして白の世界が城戸鎮守府に塗り替わる。

 

 

 

 

 

──城戸鎮守府

 

 

「城戸、思った通りだ。もう奴は行動を開始してる。北岡側の長門から警告があった」

 

「そりゃ北岡さんは無事だったけど……どうしてこんなことになるんだよ!」

 

「何度同じことを言わせれば気が済む!いずれ倒すやつなど気にするな!」

 

いた!秋山と真司だ!二人が本館のすぐそばで話し込んでいる。

北岡の暗殺には失敗した。経緯は知らないが

貯水タンクに毒を入れことがばれた。チャンスよ美穂。二人ともライダー。

結局はライダーバトルで潰し合うことになるんだから、今殺したって同じこと……!!

さぁ、やるのよ!

 

美穂は担いでいた長いキャリーバッグを下ろした。そして中身を取り出す。

美穂はキャリーバッグから、銃砲店で奪ったライフル銃

“ブローニング X-ボルト ハンター”と弾薬類を取り出した。

ずしりと手に食い込む重さに尻込みしそうになるが、気持ちを奮い立たせ、

店員から聞き出した発射手順を開始。

 

まずは安全装置が掛かっていることを確認。

そしてチャージングハンドルを引いて薬室内にゴミが入っていないか確認する。

続いて四角いマガジンに、紙箱に入った弾薬を1発ずつ慎重に装填。

一杯になったマガジンを銃底に差し込む。

そして再びチャージングハンドルを引いて初弾を装填し、安全装置を解除。

これで発射準備は完了だが、美穂はライフルを持ったまましばらく次の行動に移ることができなかった。

 

カードデッキでの戦いは慣れているとは言え、

このような具体的な形をした殺人兵器を手にしたのは初めてだった。

何度も深呼吸をする。大丈夫、あたしならやれる。もう覚悟は決めたんだから!

 

美穂は銃身が揺れないよう手頃な石にかけて固定し、スコープを覗き込んだ。

でも……どっちを撃てばいいの。秋山は抜け目がなさそう。

銃口を向けたら気づかれるかもしれない。なら真司しかないけど……。もう一度深呼吸。

何も考えるな。この距離なら弾も狙い通りに飛ぶ。

スコープのレティクルを真司の頭部に合わせる。後はトリガーを引くだけ。

そう、引くだけ。しかし、その指は震え、動いてくれない。

 

ポン……

 

その時、いきなり肩に手を掛けられ、思わずトリガーを引きそうになった。

振り返るとそこには小さな姿。いつか会った少女だった。

 

「驚かせてごめんなさい。でも、そこから先に進んだら、あなたは一生後悔します」

 

「またあんたなの!?わかったようなことは言うなって言われなかった?」

 

 

「いいえ、その娘の言うとおりです。今ならまだ間に合います」

 

 

鳳翔が落ち着いた歩調で歩み寄ってきた。

 

「なによ、なによ、あんた達!そんなにあたしの復讐の邪魔がしたいの?

姉を殺されて泣き寝入りしろっていうの!?」

 

二人に向け交互に銃口を向ける美穂。だが、鳳翔はなおも近づいてくる。

 

「その復讐の相手は提督の人生を棒に振るほど価値のある人物なのですか?

現実世界の刑罰の話ではありません。

死ぬまで呪わしい記憶に苛まれてでも殺す意味があるのですか?」

 

とうとう鳳翔が美穂のライフルに手を伸ばした。

どうしていいかわからなくなり、パニックになった美穂の指につい力が入ってしまった。

 

ズダァァン!

 

強烈な銃声が辺りに響く。狙ったわけではないが、ライフルの弾は鳳翔の胸に命中。

彼女は後ろ向きに倒れ、微動だにしなくなった。

 

「え、え……鳳翔?鳳翔!」

 

恐る恐る近づくが、彼女が返事をすることはなかった。

その目は閉じられることなく、虚ろに空を見つめていた。

死んでいるのは誰の目にも明らかだった。

 

「あ、あ……う、うえええ!」

 

硝煙が放つ独特の臭いと凄惨な光景を目の当たりにし、美穂は激しく嘔吐した。

殺した!ライダーでもないのに!人殺しだ!もうあたしは浅倉と同じなんだ!

悪臭と自己嫌悪から胃の内容物を全て出し切るまで嘔吐する。

そして、とめどなく涙が溢れる。

 

「うう……ああああ!」

 

なんで!?お姉ちゃんの復讐を果たすためにライダーになったのに!

司法に代わって人殺しを裁くために戦ってきたのに、

なんであたしが人殺しになってんだよ!

……しかし、うずくまる彼女の肩に何者かが手を置いた。思わず振り返る。鳳翔だった。

 

「これが一生続くのです。貴方がそんな重荷を背負う必要などないんですよ」

 

「どうして……あんた死んだんじゃ」

 

「いつも深海棲艦から砲弾を浴びている私達です。狙撃銃程度では死にません。

驚かせて申し訳ありませんでした。でも、提督には、手を汚して欲しくなかったんです。

普通の人間にあんなことをしたら、一生後悔します。どうか、わかってください……」

 

「うあああ!ああああ!!」

 

鳳翔の胸に顔を預けて泣き出す美穂。鳳翔は彼女の頭を優しくなでる。

 

「もう、こんなことしなくていいんです。自分のことだけ考えていればいいんです」

 

「でも、あたしは勝たなきゃいけない!今もお姉ちゃんが待ってるんだ。

勝ち残って新しい命を持って帰るんだ……」

 

「休ませてあげませんか?安らかに。

その人は他人から抉り取った命を喜んで受け取るような方だったのですか?」

 

「違うけど……会いたいよ、お姉ちゃん……」

 

その時、バタバタと銃声を聞きつけた真司達の足音が聞こえてきた。

 

「あ、美穂ちゃん!ここにいたんだ!」

 

「……真司さん、この方はもう大丈夫です」

 

少し離れて見守っていた三日月が真司に呼びかける。

 

「よかったぁ~手遅れになる前に見つかって!」

 

真司は膝に手をついて息を吐いた。

 

「だからお前は甘いと言ってる。

……霧島とか言ったな。北岡がお前のことを探していたぞ」

 

美穂が鳳翔の袖をきゅっと掴む。

 

「やっぱり、そうだよね。自分の命を狙ってた、敵だもん。

自分の始末は、自分でつけるよ……」

 

「最後まで聞け、奴はお前を許すと言ってる」

 

「え……?」

 

ザッ、ザッ、……砂を踏みしめる足音が近づいてくる。

 

 

「別に“許す”とか言ってないんだけど?ただ、実害はなかったわけだし、

汚染されたタンクや水道管も“再起動実行”の提督権限で元通りだから、

もう君を訴える理由も証拠もなくなったっていうか」

 

 

北岡が美穂から少し離れたところに立ち、

海を眺めながら、というより美穂から目をそらしながら独り言のように告げた。

 

「私を、許すっていうの?……またあんたを殺しに行くかもしれないのに」

 

「フッ、俺はスーパー弁護士かつライダーなんだよ。おまけに優秀な秘書が二人もいる。

俺をそう簡単に倒せると思ったら大間違いだ」

 

「馬鹿なやつ……悪党守ったり、自分を殺そうとしたやつ許したり、気まぐれね」

 

「そう、俺はその時やりたいことしかやらない、自分大好きなワガママ人間なんだよ」

 

「北岡さん……!」

 

真司が万感の思いで笑みを浮かべる。

緊迫した雰囲気が和やかな空気に変わり、皆も笑顔で二人を見守っていた。だが、

 

 

「ハッ、結局同情に負けて腑抜けたか。バカが……」

 

 

いつの間にか城戸鎮守府に転移してきた王蛇が、気だるげな歩調で北岡に近づいてきた。

 

「話聞いてなかったの?俺は、今、自分がやりたいことしかやんないの。

昔の裁判蒸し返してるほど暇じゃないんだよ、お前と違って」

 

「ほう?じゃあ、今から俺がライダーバトルでその女を殺す。

もし邪魔しやがったら、俺、ここで何やるか、自分でもわかんないぜ?」

 

腕を鎮守府の方へ回す王蛇。大勢の艦娘たちが行き交っている。

 

「……お前最初から気に食わなかったんだよね、そういう無駄に生きてるとこ……!」

 

「ハッ……相変わらず潰し甲斐があるな」

 

北岡は海に向かってデッキをかざし、両腕でポーズを取る。

そしてベルトにデッキを装填。

 

「変身!」

 

北岡はゾルダに変身。突如始まったライダーバトルに一同騒然となる。

美穂も驚いた様子でゾルダに叫ぶ。

 

「何やってるの!?なんであんたがあたしの復讐に……」

 

「どうしてみんな人の話聞かないかなぁ!

俺はただ、目障りなクレーマーを叩き潰したいだけさ。

それより、復讐したいなら今がチャンスなんじゃない?

漁夫の利狙うのもライダーバトルだと思うよ」

 

「手伝ってくれる、の……?」

 

「好きに解釈しなよ。とりあえず変身した方が身のためだよ」

 

「そ、そうね。……変身!」

 

美穂もゾルダと同じく水面にカードデッキをかざし、両腕で羽ばたく翼を描き、

ベルトにデッキを装填。仮面ライダーファムに変身した。

 

 

 

思いがけない展開に見入っていた一同も行動を開始。

 

「城戸、長門に連絡して避難警報を出させろ!」

 

「オッケ!行ってくる」

 

蓮は真司を作戦司令室に向かわせると、自分も海に近づいた。

そしてデッキを取り出し水面にかざす。ベルトが腰に現れると、

右腕を曲げ、体ごと左に振りかぶり、

 

「変身!」

 

ベルトにデッキを装填し、ナイトに変身した。

 

「秋山……」

「なんであんたまで?」

 

予想外の秋山の参戦に驚く二人。

 

「面倒事ばかり起こす面倒な奴の息の根を止めるいい機会だ」

 

「3対1、と。俺は構わないぜ……だが、秋山。一つだけ確認だ」

 

圧倒的不利な状況にも動揺することもなく、王蛇はナイトに問う。

 

「さっさと言え」

 

「お前が俺を殺すのは、ライダーバトルに勝ちたいからか?」

 

「……何が言いたい」

 

「そこの腑抜けみたいに“誰かさんのために”だの、“罪滅ぼし”だの、

くだらねえ理由つけてんじゃねえだろうな」

 

「お前ごときに答えてやる義理はないが、教えてやる。“自分で考えろ”」

 

王蛇はしばらくナイトの目を見つめていたが、やがて軽く笑い、

 

「結局どいつもこいつもおんなじか……やろうぜ」

 

王蛇はカードをドロー、ベノバイザーに装填。

 

『SWORD VENT』

 

王蛇の手にベノサーベルが現れたのを切欠に、他のライダー達も次々武器を召喚する。

ファムもカードをドロー。ブランバイザーに装填した。

 

『SWORD VENT』

 

足元の水たまりからブランウィングがウィングスラッシャーを持って現れた。

ファムはウィングスラッシャーをキャッチ。すかさず構えを取る。

そして、三日月を見て言った。

 

「お嬢ちゃん、あなたの言ったこと、今ならわかる気がする。

復讐のためじゃない、自分の人生に決着を付けるために戦う!」

 

「霧島さん……」

 

「あなたは離れてて。……はああああ!!」

 

ファムは王蛇に向かって駆け出した。

そして長いリーチを活かしてベノサーベルの刀身から離れた距離から刺突を放つ。

命中はしたが、その瞬間、王蛇にウィングスラッシャーを掴まれ威力を殺される。

 

「おい、距離を取れ!」

 

その瞬間、“SHOOT VENTで両肩にビーム砲を装備したゾルダが王蛇を狙い撃った。

着弾の直前、王蛇は掴んだ武器を放り出し、大きく横に跳躍して回避。

爆発でウィングスラッシャーが宙に飛ぶ。

ファムはすかさずキャッチ、ゾルダと合流した。

 

「ねぇ、あたしが奴の目を塞ぐ。あんたは奴を狙い撃って」

 

「目を塞ぐ?何する気」

 

「見てなさいよ!」

 

ファムはカードをドロー、装填。

 

『GUARD VENT』

 

ファムの手に白鳥の翼を模した盾が現れると、

海岸から広場にかけての一帯に純白の羽毛が舞う。

ファムは以前と同じく、アーマーの色を羽毛と同化させて、

王蛇の前を消えたり現れたりする。

 

「……本当にイラつかせるチリ紙だ」

 

王蛇は羽根を消去すべく、“CONFINE VENT”をドローした。が、次の瞬間、

 

『SHOOT VENT』

 

ズガアアアァン!!

 

システム音声と共に雷鳴のような発砲音が轟き、羽根の煙幕の向こうから、砲弾が飛来。

王蛇に直撃した。ゾルダが実体弾を放つ手持ち式の単装砲を装備していた。

 

「がああああっ!!」

 

大ダメージを受け10メートル以上地面を転がる王蛇。

 

「なるほど?こいつは便利だ。楽に蛇男射殺できそうだよ」

 

「油断しないで、多分これ一回きり!奴はカードを無効化できる!」

 

そう。倒れながらも王蛇は改めて“CONFINE VENT”をドローし、装填。

ファムの“GUARD VENT”を無効化した。

辺りを包んでいた羽根が消滅し、状況が露わになる。

ファムとゾルダが互いに近くにおり、少し離れた所でナイトが様子を窺っていた。

そして、彼らの視線の先には、ふらつきながら立ち上がる王蛇の姿が。

 

「ハ……ハハ……面白え。こんな派手な戦いは久々だ」

 

「やっとわかった。あたしが弱かったのはカードのせいなんかじゃない。

あたし自身が弱かったからだ!」

 

ファムはカードをドロー、装填。

 

『ADVENT』

 

クアァーーー!!

 

巨大化したブランウィングが勇ましい雄叫びを上げ、ファムの元へ飛来。

ファムがジャンプし飛び乗ると、そのまま王蛇に突撃。

空からリーチの長いウイングスラッシャーで攻撃を試みる。

 

「手を貸す」

 

ナイトもカードをドローし、ダークバイザーに装填した。

 

『ADVENT』

 

大空からダークウィングが現れ、王蛇に襲いかかる。

王蛇はベノサーベルで上空からの攻撃をさばいているが、

2方向から隙を突かれ、時折斬撃を食らう。

 

「ぐはっ……がっ!ああ、イライラする!」

 

王蛇もカードをドロー、装填する。

 

『ADVENT』

 

シャアアア!!

 

砂浜を這いながらベノスネーカーが突進してくる。

ライダー4人に契約モンスター3体が加わり、激しい乱戦の様相を呈してきた。

 

「……鬱陶しい鶏共をなんとかしろ!」

 

ベノスネーカーが立ち上がり、ブランウィングやダークウィングに毒液を連射し始めた。

毒液が落下した砂浜が、蒸発するような音を立てて白く変色する。

2体の飛行型モンスターがベノスネーカーと戦っている間に、

王蛇はカードを何枚かドローした。

そして、ゾルダもカードをドローし、指先で角をトントンと叩いて見せた。

 

「なぁ、浅倉。お前にこいつをぶちかますの、ずっと夢だったんだよね。

これで永遠にさよならだ!」

 

『FINAL VENT』

 

だが、王蛇は笑っている。

 

「今度は早撃ち対決か?忙しい野郎だ」

 

王蛇はあらかじめドローしたカードを装填した。

 

『FINAL VENT』

 

ガイから奪ったファイナルベント「ヘビープレッシャー」が発動。

王蛇の右腕にメタルホーンが現れ、契約モンスター・メタルゲラスが背後に立った。

その瞬間、王蛇はメタルゲラスの肩にジャンプ。

同時にメタルゲラスがその巨体から想像もつかない猛スピードで、

ゾルダに向けてダッシュを始めた。

メタルホーンの先端が輝き、ゾルダを貫かんと突進する。

 

「やばい!発射まで時間が掛かるの忘れてたよ!」

 

焦るゾルダ。しかし、それを見たファムがゾルダの元へフルスピードで空を滑る。

 

「急いで!ブランウィング!」

 

ドスドスと大きな足音を立て、動けないゾルダを狙う王蛇。

だがその時、上空から巨大な影が降り立ち、ゾルダをマグナギガごと押し出した。

ファムの乗ったブランウィングだった。

直後、2人と契約モンスターを巻き込んでヘビープレッシャーが炸裂した。

 

「ああああっ!!」

「ぐううっ!!」

 

ライダーも契約モンスターも重傷を負ったが、ブランウィングが飛び込んだことで、

1人当たりのダメージが押さえられ、なんとか致命傷は避けられた。

だが、ゾルダもファムも全身に強い衝撃を受け、

とても起き上がれる状態ではなくなってしまった。二人に忍び寄る王蛇。

 

「ハァ……楽しかったぜ」

 

王蛇はベノサーベルを逆手に持ち、ゾルダに突き刺そうと構えた。

瀕死のゾルダにファムは僅かな力を振り絞り、かばうように覆いかぶさる。

乱戦の中、二人から離れてしまったナイトがその様子を目の当たりにする。

 

「心中したいなら構わねえ、俺は全然構わねえ……!」

 

ナイトの脳裏に、自らが言い放ってきた言葉が去来する。

 

 

“もしライダーバトルを止めたら死ぬものがいる、としたらどうするべきなのか”

 

“俺はこの戦いを降りる気はないぞ。

必ず他のライダーを押しのけて“力”を手に入れる”

 

“結局馬鹿が一人増えただけだったな”

 

 

「……」

 

ナイトの葛藤に呼応して、カードデッキに変化が訪れた。

1枚のカードの力が解放されたのだ。

 

 

──浅倉!!

 

 

その叫び声に振り向く王蛇。手を止めナイトに向き合う。

 

「お前は後だ、まずこいつらを片付ける」

 

「なら好きにしろ。俺は後ろからお前を斬る!」

 

「何?」

 

ナイトは、カードデッキから思い切りカードを引き抜いた。

背景の嵐が実体を持って吹き荒れるカードを取り出すと、辺りに激しい烈風が吹き荒れ、

舞い上がる砂埃に、王蛇も思わず手で顔をかばう。

そして、ダークバイザーから鏡の破片がはじけ飛び、

蒼い翼のコウモリをモチーフにした盾形召喚機・ダークバイザーツバイに変形。

ナイトはカードスロットに“SURVIVE”を装填した。

 

『SURVIVE』

 

すかさず、召喚機に内蔵された柄を抜き取ると、

鋭い金属音と共に蒼い装飾と黄金の刀身を持つ剣・ダークブレードが現れた。

その時、ナイトの装備に、さらに3つの鏡像が重なり、黄金のフレームに、

ブルーを基調としたアーマーに変形。

コウモリの翼を模した両肩を守るショルダーガード、

そして黒くはためくマントが装備された、

仮面ライダーナイトの最強フォーム・ナイトサバイブが現れた。

 

「ほう……」

 

王蛇が興味をナイトサバイブに移した。

ベノサーベルを持ってナイトサバイブの元へ走る。

ナイトサバイブもダークブレードを構え、王蛇を待ち受ける。そして、両者が激突。

二振りの剣がぶつかり合うが、“SURVIVE”の力を持つダークブレードが競り勝ち、

ベノサーベルを振り抜いた。シャリィィン!という鋭い音と共に

ベノサーベルを押し返し、王蛇の体勢を崩す。

 

「ハッ、いい剣だな。俺にくれよ……」

 

王蛇はカードを1枚ドロー、ベノバイザーに装填。

 

『STEAL VENT』

 

「ぐっ……!」

 

相手の装備を盗むカードの効果で、ダークブレードが引っ張られる。

しかし、ナイトサバイブは両足に力を込め、その引力に逆らい、

ダークブレードを後ろに振りかぶった。

 

「おおおおお!!」

 

そして、王蛇に向けて思い切り投擲した。サバイブ化したライダーの肩力と

“STEAL VENT”の引力が合わさり、銃弾のようなスピードで飛んでいくダークブレード。

さしもの王蛇もこれには反応できず、飛来する黄金の剣の直撃を食らった。

 

「うごぁっ!」

 

全身に衝撃が走り、思わず膝をつく。

それを見逃さず、ナイトサバイブはカードをドロー。ダークバイザーツバイに装填した。

 

『FINAL VENT』

 

ナイトサバイブは、パワーアップしたダークウイング、

ダークレイダーを召喚し、飛び乗った。

バイクのグリップのような両耳を握り、逆立ちをするようにスペースを譲ると、

ダークレイダーの両方の翼からタイヤが現れ、体が頭部を軸に回転し、

バイクモードに変形。そしてシートに着地。

王蛇に向け方向転換すると、先端から、捕縛レーザーを照射した。

命中したレーザーが、王蛇の動きを封じ、

ナイトサバイブのマントが竜巻状にバイク全体を包みこむ。

 

「なんだこいつは……!」

 

ナイトサバイブはフルスロットルで加速、捕縛レーザーで動けない王蛇に突進する。

 

「まだだ……まだだ!!」

 

王蛇は右腕に全力を込めカードをドロー。

次の瞬間、ナイトサバイブのファイナルベント「疾風断」が王蛇に命中。

凄まじい衝撃で王蛇を宙に放り出し、落下した王蛇は変身が解けた。

とどめを刺すなら今だが……どうせ放っておいても死ぬだろう。

それより悪徳弁護士に恩を売っておくのも悪くない。

ナイトサバイブは変身を解いてゾルダとファムに近づいた。

 

「おい、二人共。生きてたらとにかく変身を解け。

アーマーの上から薬を塗っても効かんぞ」

 

「は、はは……もっと怪我人いたわったら?」

 

「お前は殺して死ぬタイプじゃないだろう。霧島、お前はどうだ」

 

「なんで、あたしらを、助けたの……?」

 

息も絶え絶えにファムが問う。

 

「……余計な質問してる余裕があるなら大丈夫だな」

 

しばらくすると、真司が長門や救護班を連れて戻ってきた。

さて、浅倉は助けるべきかどうするか……!?倒したはずの浅倉がいない。そういえば。

 

 

“『FINAL VENT』”

 

“「うおおおお!」”

 

“『ADVENT』”

 

“グゴオオオ!!”

 

 

そうだ。奴はファイナルベントが命中する瞬間、

“ADVENT”でサイみたいな契約モンスターをぶつけてきた。だから直撃を免れた。

……つくづくしぶとい奴だ。蓮は呆れながら北岡と美穂が搬送される様子を眺めていた。

 

 

 

 

 

──霧島鎮守府

 

 

「それじゃあ、鳳翔。お世話になったわね、ありがとう」

 

「どういたしまして。提督のお役に立ててなによりです。ここは提督の鎮守府です。

またお暇ならいつでも遊びに来てくださいね」

 

鳳翔は優しい笑顔で微笑んだ。美穂はその笑顔にどこか懐かしさを感じた。

 

「うん、来るよ。きっと……」

 

美穂は窓に近づき外の景色を眺めた。どこまでも広がる青い海。抜けるような青空。

彼女の心にかかっていたモヤを洗い流してくれるような美しい眺めだった。

 

「……仕事、探そうっと」

 

「提督の新しい生活、陰ながら応援していますね」

 

「ありがとね。あと……お姉ちゃんを迎えに行こうと思うんだ。

冷たい棺桶の中じゃなくて、温かい土の中で眠ってほしいから」

 

鳳翔は何も言わずに、ただ静かに笑みを浮かべた。

 

「今度こそ、それじゃあね。

機会があったら、城戸鎮守府のお嬢ちゃんに言っといて。“ありがとう”って」

 

「確かに、承りました」

 

鳳翔が小さく手を振って見送る。

美穂は振り返り、電子データの海をもう一度眺め、01ゲートをくぐっていった。

 

 

>仮面ライダーファム 霧島美穂 棄権

 

 




いろいろ詰め込みすぎてやたら長くなってすみません


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

 番外編 Panic Court!?

*本筋には絡んでないので読まなくても問題ありません。
こんな話で現実逃避してないで、
とっとと続き書きやがれって話ですよね、すみません……。
展開の都合上、ライアはいないという舞台設定になっておりますことをご了承ください。


──観測基準点

 

 

何を観測するのかは“彼女”しか知らない。

どこかの世界のどこかの場所で、“彼女”が何かを探している。

 

「この世界線はどうかしら。

……う~ん、途中まではいい感じだったけど、世界が“寿命”を迎えちゃったみたい。

隣の(ナブラ)世界線は?まぁ、一応連続性はあるんだけど、

生命体が存続するには致命的な欠陥があるわね。

じゃあ連結してるΩ(オーム)は……ああ駄目、話にならない。

まだ“ゆらぎ”すらないじゃない。……ふあぁ、今日はこの辺で切り上げようかしら」

 

あくびをした“彼女”が目頭を抑え、手を置くと、

コンソールの操作パネルに触れてしまった。デタラメにスクロールする世界線図。

ああ、やっちゃった。だだっ広いから元に戻すの大変なのに……あら、これは何かしら。

世界線とも呼べない世界“点”。活動が見られるのか、崩壊しているのかわからない。

ちょっと覗いてみましょう。“彼女”は操作パネルに指を滑らせ、キーを叩いた。

 

 

 

 

 

──城戸鎮守府 深夜

 

 

「う~ん、牛丼、ねぎだく……むにゃむにゃ」

 

真司は執務室のソファでぐっすりと眠りについていた。

その艦娘はそっと執務室のドアを開け、真司に近づく。

そしてペンと紙を持って彼の前にひざを付いた。

彼女は真司にペンを握らせ紙にこう書かせた。“誰でも資材使い放題”。

彼女の脳にシステム変更のシグナルが届く。

用が済んだ彼女はニヤリと笑いながら執務室から去っていった。

 

 

 

 

 

バリ……ボリ……

 

所変わって深夜の資材倉庫。その片隅で資材を食らう何者かがいた。

 

ああ、食べた食べた。食べたくもないのに。

きっと明日には大騒ぎでしょう。

でも、みんなが望んだ結果なんだからしょうがないわよね。

私が意地汚い女でいればそれでいいんでしょう?

 

その時、コツ、コツ、と足音が聞こえてきた。懐中電灯のライトが徐々に近づいてくる。

 

「ふぁ~あ。深夜の巡回当番は大変です」

 

あらやだ、どうしましょう。まだ騒ぎになっては困るのだけど……

なにか使えそうなものはないかしら。あ、あったわ。あのシート!

他には……そうだわ、あの非常ベル!

 

彼女は近くにあった資材保存用シートを頭から被ると、

巡回係の三日月が近づくのを待った。そして彼女が手の届くところまで来た瞬間、

三日月に飛びかかった。

 

「キャア!誰!?何するんですか!」

 

彼女は両腕を封じるように思い切り三日月に抱きつき、彼女のポケットに何かを入れた。

そしてすかさず非常ボタンを押した。

倉庫内にけたたましい警報が鳴り響き、真っ赤なランプで照らされる。

同時にスプリンクラーから放水が始まり、中は水浸しになった。

 

「一体なんなんですか!」

 

三日月が悲鳴を上げる。騒ぎを聞きつけて、他のみんなが集まってくる。

 

どうなることかと思ったけど、上々ね。

 

彼女はシートを被りながら駆けつけた多数の艦娘たちが火災、もしくは不審者を探す中、

上手く倉庫から脱出した。そして、シートを脱ぎ捨てると、

暗がりを選んで歩きながら、宿舎の自分の部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

 

翌朝。

 

「う~ん、もう食べらんねえ……って、うおっ!もうこんな時間かよ!

三日月ちゃん起こしてよ~……あれ?」

 

時刻は既に9時を回っている。

いつもは三日月が朝食時の7時には起こしてくれるのだが、その姿は見当たらない。

 

「三日月ちゃんどこ行ったのかな。……とりあえず飯食いに行こう」

 

真司が執務室のドアを開けようとしたら、ドアノブが回り向こう側に開いた。

そこには厳しい目をした長門が立っていた。

普段と違い、ただならぬ雰囲気を放つ彼女に気圧される真司だが、とりあえず挨拶した。

 

「お、おはよう。三日月ちゃん見なかった?」

 

「……その事で話があって来た。三日月なら今、座敷牢で拘束されている」

 

「牢屋!?なんでだよ!三日月ちゃんが何したってんだよ!」

 

「それについては彼女を交えて話したい。付いてきていただけるだろうか」

 

「行く行く!何が起こってんのか知らないけど、

三日月ちゃんが捕まらなきゃいけないようなことなんかするはずないし!」

 

「ありがとう。ではこちらへ」

 

真司は長門に案内されて、艦娘訓練施設の隅にある座敷牢へ移動した。

 

 

 

 

 

そして、真司は座敷牢で囚われの身になっている三日月と再会した。

三日月は悲しそうな目で真司を見上げた。格子を隔てて呼び合う二人。

 

「三日月ちゃん!?」

「真司さん……」

 

真司は格子を掴みながら長門に問う。

 

「どうしてこんなことになるんだよ!なんで三日月ちゃんがこんな目に!?」

 

「どうか落ち着いて欲しい。

結論から言うと、彼女には資材の盗難容疑が掛けられている」

 

「盗難って……何を」

 

「調べたところ、資材保管用倉庫からボーキサイト400がなくなっていた。

当時現場にいたのは三日月だけだ」

 

「違います!シートを被った誰かに押し倒されて、それで……!!」

 

「悪いが今は黙っていてくれ。提督に分かっている限りの事実を伝えなければならない」

 

「はい……」

 

力なく座り込む三日月。

 

「な、なんか証拠でもあんのかよ!

三日月ちゃんの言うとおり、変なやつがいてそいつが犯人かもしれないじゃん!」

 

「残念だが、彼女のポケットからこんなものが見つかった」

 

長門は真司に茶色い鉱石の欠片を取り出してみせた。

 

「ボーキサイトの食べカスだ。

犯人はいくらかその場で食べて残りは持ち去った可能性がある」

 

「いや、それは……あ!おかしいじゃん!

みんなって勝手に何かの量とか数字とか変えられないって聞いたんだけど。

三日月ちゃんが自分でボーキサイトどうこうできるわけないよ!」

 

長門は少し顔を反らし、苦々しい表情を浮かべた後、話を続けた。

 

「それに関しては提督、貴方にも共犯の疑いが掛かっている」

 

「え、俺……?」

 

「失礼とは思ったが、貴方が眠っている間に執務室を調べさせてもらった。

まだ不確実な容疑の段階で公表し、混乱を招くのはどうかと思い、

私の方で預かっているのだが……」

 

彼女は、今度はビニール袋に入った油性ペンを見せた。

 

「これがなんなんだよ……」

 

「三日月のポケットから合わせてこんな物も見つかった」

 

次は1枚のメモを。

これもビニール袋に入っており、“誰でも資材使い放題”と書かれている。

 

「提督権限発動の痕跡もある。

不審なシステム変更をキャッチしたから提督の執務室に確認しに行ったところ、

そのペンを見つけたというわけだ」

 

「なんだよ!俺、こんなもん書いた覚えないし!

大体俺の字じゃないし、とにかく知らないよ!」

 

「……提督、この世界を構成する物質は、全てデータの塊だ。

複数人で物質組成を分析したが、インクの成分もこのペンと一致しているし、

ペンに付着した指紋も、提督のものと同じだった」

 

「え……」

 

「提督、このようなことは言いたくないのだが……」

 

長門が歯切れの悪い口調で切り出した。

 

「“再起動実行”という提督権限を使えば、失ったボーキサイトはともかく、

ペンやメモの証拠品は新品同様に復元される。

もし、提督主導で物資の私物化があったとなれば……」

 

「もみ消せってのかよ!変な疑い掛けられたまんまで!」

 

「どうか落ち着いて。私も提督を信じたい。だが、ここまで証拠が……」

 

「俺はいいよ。でもそんなことしたら、

三日月ちゃんが盗んだって認めることになるじゃんか!」

 

「真司さん……」

 

「待ってて三日月ちゃん、こんなこと絶対間違いだから!

絶対俺が無実を証明してここから出してあげるから!」

 

そして真司は再び長門に向き合う。

 

「……長門。俺、再起動なんかしない。

正しい方法でこの娘がやってないってこと証明する!」

 

そう叫んだ真司の目をまっすぐ見据える長門。

 

「方法は、あるのですか?」

 

「ない、ないけど……そうだ、裁判だ!

全ての国民は裁判を起こす権利がある……って編集長が言ってた!

とにかく北岡さんに頼んで三日月ちゃんの弁護をしてもらう!」

 

「……なるほど、わかりました。では、これが役に立つかと」

 

長門は一枚の資料を差し出した。ライダー鎮守府の各資材の在庫状況。

真司は、初めは何の役に立つのか分からなかったが、

眺めているうちにあることが閃いた。

 

「これは……そういうことか!ありがとう長門!」

 

「では、ご武運を」

 

「三日月ちゃん、あとちょっとの辛抱だから。もう少しだけ我慢してて!」

 

「はい、真司さんが信じてくれているだけで、心強いです。待ってますね」

 

「それじゃ、いろんなとこ周らなきゃいけないから!長門、クルーザーお願い!」

 

「承知した」

 

そして真司と長門は座敷牢から桟橋へ移動した。各ライダーの鎮守府を巡るために。

 

 

 

 

 

──北岡鎮守府

 

 

「で、なんで俺がロハで仕事引き受けなきゃいけないわけ?」

 

金が無い真司に対する北岡の反応は冷たかった。ただでさえ守銭奴の北岡が、

いきなり来てタダで弁護しろと言われたのだから当然とも言える。

 

「お願いしますよー、……ほら、これ!

俺達ライダー全員に容疑が掛かるかもしれないんですよ!」

 

真司は長門から受け取った資料を見せた。頭脳明晰な北岡は瞬時にその意味を読み取り、

 

「……はいはい、わかったよ。やればいいんでしょ。報酬は各資材1000でいいよ。

貧乏な城戸君にうちの通常報酬期待するのも酷だしね」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 

──秋山鎮守府

 

 

「……そういうわけなんだよ~俺達全員の問題なんだから出廷してくれよ、な?」

 

「……」

 

事件概要を聞いた蓮は、資料をひったくって目を通す。そして真司に突き返した。

 

「犯人はお前のところの艦娘で間違いないだろう。

部下に寝首をかかれるとは、とんだ間抜けだ」

 

「こんのやろ……まぁ、とにかくサンキューな!!」

 

蓮との約束を取り付けた真司は、やけくそ気味に礼を言って最後の鎮守府へ向かった。

 

 

 

──第一浅倉鎮守府

 

 

「なぁ……これ見てくれよ、な、な?」

 

「失せろ……」

 

真司は浅倉に資料を見せようとするが、浅倉は座り込んでぼんやりと床を見るだけだ。

 

「頼むよ!ライダーが有罪でお縄になったら、ライダーバトルもできなくなるだろ?」

 

「全員、ぶっ殺しゃ、いいだろうが……」

 

「提督、よろしいでしょうか?」

 

見かねた足柄が浅倉に話しかけた。

 

「もし提督が勝訴を勝ち取ったら、わたくしがお祝いに

購買部でカップ焼きそばを1ダース買ってプレゼントします。

どうか、ご協力いただけませんか?」

 

「……さっさと終わらせろ」

 

「やった!ありがとう足柄さん、浅倉もサンキュ!」

 

 

 

 

 

──城戸鎮守府 多目的ホール 控室

 

 

翌日。

城戸鎮守府本館の北西にある大きな多目的ホールで裁判が行われることとなった。

本来は作戦会議やその他諸々の打ち合わせに使われるのだが、

今回の不測の事態を受けて、急遽裁判所として代用することが決まった。

既に4人のライダーと城戸鎮守府の長門が控室に集まっている。

三日月と4人全員、つまり自分自身の弁護を担当することになった北岡が

事件概要に目を通した。

 

「なるほど?出たとこ勝負になるだろうけど、俺の腕なら問題ないよ」

 

「本当ですか、北岡さん!」

 

真司が嬉しそうに立ち上がり、すがるように北岡に駆け寄った。

 

「座れ鬱陶しい。“問題ない”のは結構だが、まともな手段で勝てるんだろうな。

ここでは買収も脅迫もできんぞ」

 

蓮がはしゃぐ真司に文句を付ける。

 

「お前とは頭の出来が違うんだよ。まぁ、見てなよ。

ほんの1時間もあれば勝訴の幕を掲げられる」

 

「また有罪にしやがったらただじゃおかねえぞ……」

 

浅倉がぼそりとつぶやく。

 

「今回、このような事態に陥ってしまったのは私も不本意ですが、

私は提督方を信じています。もちろん、三日月も……」

 

各鎮守府の“長門”代表として付き添っている城戸鎮守府の長門が

部屋の隅で控えている。その時、ノックの音が聞こえた。

 

“失礼します!”

 

「入ってくれ」

 

ドアが開き、グレーの軍服を着た小柄な人物が入室した。

 

「間もなく開廷の時間であります。裁定場へお越し願います!」

 

「わかった、ありがとう」

 

長門がそう言うと、小柄な人物は退室した。少々驚いた様子の北岡が長門に尋ねる。

 

「ねぇ、長門さん。この鎮守府には男の子もいるの?」

 

「ああ……北岡提督、彼女も艦娘です。名を“あきつ丸”と言います」

 

ドアの向こうから“うう……”と嘆く声が聞こえてきた。

 

「あっちゃー、ごめんよあきつ丸さん!

髪型!髪型がボーイッシュだから間違えただけだからね!」

 

“結構です……”

 

力ない返事に、見えなくてもトボトボと去っていくのが目に浮かぶようだった。

逆に感情のボルテージが上がる者が一人。

 

「いつまでもバカやってんじゃねえ、さっさとしろ!

この辛気臭せえ部屋はイライラするんだよ……!」

 

「はいはいわかったよ。それじゃ、行くとしますか」

 

 

 

 

 

──多目的ホール 黒鉄の間

 

 

このホールで最も広い黒鉄の間で裁判は行われる。

裁判官が着く長いテーブルの前に、検察官、弁護人のテーブルが

向かい合うように設置されている。

低い仕切りで区切られたスペースには30席ほどの傍聴席が設けられているが、

今日は仮面ライダーが被告とあって既に満席となっている。

傍聴券のために前日深夜から並んでいた暇人達がライダーの出廷を

今か今かと待っている。程なくして法廷の入り口に“入室禁止”の札がかかり、

奥の扉からインテリ組から選ばれた裁判官・戦艦霧島が入廷し着席した。

普段の服装に短い黒のケープを羽織っている。

 

カンッ!

 

木槌を鳴らし、開廷を告げる。

 

「ア、アー。マイクテスト……よし。

これより、ボーキサイト盗難及び不正流用事件についての裁判を行います。

弁護人、検察官、被告人は入廷してください」

 

法廷の左側のドアからライダー勢が入廷し、

北岡は弁護席、浅倉、秋山、真司、三日月は被告人席に着いた。

そして右側のドアからは、眼鏡をかけ、銀髪を後ろでまとめた艦娘が入廷した。

 

「コホン、では改めて裁判の開始を宣言します。

なお、本件は弁護人が被告を兼ねている特殊な事案であることを申し添えておきます。

弁護側、検察側、準備はよろしいですか?」

 

「弁護側 北岡秀一、準備はできています」

「検察側 練習巡洋艦・香取、準備完了です」

 

両者の準備が整ったところで、改めて霧島が裁判の進行を始めた。

 

「それでは被告人、氏名と職業を」

 

「駆逐艦・三日月です……」

 

そしてライダー達もそれぞれ自分の氏名と仮面ライダーである旨を告げた。

発言内容は4人ともほぼ同じだから面倒なので省略する。

 

「では、検察官。本件の説明をお願いします」

 

「わかりました」

 

香取が起訴状、つまり事件のあらましを述べ始めた。内容は次の通り。

 

“11月4日深夜、資材倉庫から何者かによってボーキサイト、数400が盗まれた。

当時倉庫内には被告人三日月しかおらず、

突然鳴り出した非常ベルの音を聞きつけた他の艦娘たちに取り押さえられた。

また、やや時刻を遡り、不審な提督権限の発動を感知した戦艦・長門が、

執務室に提督を尋ねたところ、

権限の内容を記した際に使用したと思われるペンが発見された。

なお、本件には他鎮守府の提督も共謀している可能性がある”

 

「……以上が事件の概要です」

 

「ありがとうございました。貴方達には黙秘権が与えられます。

自分にとって不利な発言を拒否しても不利益にはなりません。

被告人は罪を認めますか?」

 

「違います!私はただ当番の巡回をしてただけで、

何か布を被った誰かに押し倒されたんです!きっとその人が犯人なんです!」

 

「そうだよ、なんで三日月ちゃんがそんなこと!あ、俺も違うから!」

 

「お二人とも静粛に。それでは否認する、ということでよろしいですね」

 

「ああ!当然だよ!」

 

「では、北岡弁護人は?」

 

「知りませんねぇ。うちの財政状況に問題はありませんから。

わざわざボーキ400程度ををくすねる意味がない」

 

「なるほど、問題ない……ですか。まあ、結構です。それでは、最後に浅倉被告。

貴方は罪を認めますか?」

 

意味ありげな受け取り方をした霧島。最後に浅倉に認否を問うた。が、

 

「……黙れクソメガネ」

 

「……一度だけ聞かなかったことにしてあげます。

貴方は事件に関わっているのですか?」

 

(おーい!焼きそば、カップ焼きそばがなくなるぞ!)

 

いきなり暴言を吐いた浅倉を必死に軌道修正する真司。

傍聴席の足柄もハラハラした様子で必死に頭を下げている。

浅倉は舌打ちしてから答えた。

 

「知らん」

 

「コホン、では検察官。三日月被告の拘束に至った経緯を説明してください」

 

「かしこまりました。では……」

 

「お待ち下さい裁判長。今の起訴状には不十分な点があります。

このまま審理を進めるのは公平性を欠くと考えます」

 

不審な点に落ち着いて異議を唱える北岡。

現実の法廷では、ドラマのように異議申し立ての際に大声を張り上げる者はいない。

 

「と、いいますと……?」

 

「ボーキサイト盗難についてはわかりました。

しかし、そこから我々他鎮守府の者が共謀している、という説は

論理が飛躍していると言わざるを得ません。

検察官、何か具体的な証拠でもあるのですか?」

 

「あら失礼。それに関しては今から証拠品を提出するところでしたの。

しばらくお待ちになって」

 

香取も態度を崩さず答える。いきなりぶつかりあう弁護側と検察側。

にわかに傍聴席がざわつく。霧島が木槌を叩いた。

 

「皆さん、ご静粛に。では、検察官。続きをお願いします」

 

「はい。では、まず検察側はこれらの証拠品を提出致します」

 

○証拠品

 

・ペン

真司の執務室に転がっていた油性ペン。艦娘の分析によると真司の指紋が付いている。

 

・メモ “誰でも資材使い放題”

筆跡は真司のものではないが、提督権限を発動した痕跡がある。

 

・ボーキサイトの食べカス

三日月のポケットから押収されたボーキサイトの欠片。

 

・各鎮守府の資材状況一覧

ここ数日の各種資材量が折れ線グラフで示されている。

今はどの鎮守府も各資材1000前後。

 

・倉庫の見取り図

事件現場となった資材倉庫の見取り図。

入り口から少し奥に、4種の資材がZを描くように、

燃料・弾薬・鋼材・ボーキサイトと配置されている。

つまりボーキサイトは天井から見て一番奥の右側にある。

 

「う~ん、ずいぶん色々ありますね……」

 

証言台の前のテーブルに置かれた品々を眺める霧島。

香取がそれぞれの証拠品について説明を始めた。

 

「まずペンとメモ。ペンは言うまでもなく、メモの内容を記した際に使用されたもの。

メモはご覧の通り、提督権限で誰でも資材に干渉できるよう

ルール変更した際に書かれたのでしょう。

ボーキサイトの欠片は被告人三日月のポケットから押収され、

逮捕の決め手となったものです」

 

そこで香取はクイッと眼鏡を直して続ける。

 

「さて、先程の弁護側の質問にお答えしますが、

まず、こちらの資材状況一覧をご覧ください。

これは各鎮守府の保有資材を示した一覧表ですが……

どこも各資材が1000前後と決して多いとは言えない状況であることが見て取れます。

北岡弁護士、さっき貴方は“財政状況に問題はない”とおっしゃいましたが、

それにしては少々寂しい台所事情だと思うのですが?」

 

「それは……一時的なものですよ。つい先日大型艦建造に失敗しましてね。

問題ないと言ったのは、私の艦隊運用の実績から考えて

この程度の損失はすぐに取り戻せる、という意味です」

 

「提督!また私に黙って派手な使い方して!

だから今すぐ必要ない装甲空母なんてやめてって言ったじゃない!!」

 

「いやあ、空母なのに重装甲ってところにロマンを感じちゃってさ。

話変わるけど、まるゆって愛嬌があるよね」

 

痛いところを突かれた上に、傍聴席の飛鷹に怒られる北岡だが、呑気に構えている。

大丈夫かなぁ、と真司は心配になってきた。

 

「静粛に!弁護人も傍聴人も不規則発言は控えてくださーい!」

 

霧島が木槌を鳴らす。北岡が咳払いをする。

 

「なるほど。それで貧しい在庫を補うために城戸鎮守府からボーキサイト盗んだ、

という仮説は理解できました。しかし、まだ腑に落ちない点は沢山あります。

盗難には城戸被告が関わっていたのは明白ですが、それでは彼が損をするだけでは?

それに、たった400盗んだところで劇的に状況が改善するわけでもない。

全員で分ければそれこそ雀の涙です。

自然回復を待つほうがノーリスクで回収できると思いますが?

やはり三日月被告の訴える通り、

我々以外の第三者が犯行に及んだと考えるほうが合理的です!」

 

おっしゃ、持ち直した!

やっぱこれでもプロの弁護士なんだなぁ、と真司は胸をなでおろす。しかし。

 

「いいえ、それは不可能です。最後の証拠品を見てください」

 

北岡が証拠品のテーブルに広げられた倉庫の見取り図を眺める。

倉庫には北の出入り口以外にドアや窓はなく、

少々奥の四方に各資材が配置されているだけだった。

 

「そう!他の者に侵入は不可能!やはり犯行は当時現場におり、盗まれたボーキサイトと

犯行指示のメモを所持していた被告人三日月しかいないのです!」

 

ビシッ!と香取が教鞭を北岡に突きつける。

北岡は得意のポーカーフェイスでかわすが、内心焦っていた。反撃の手が見つからない。

さらに事態は悪化する。

 

「裁判長、検察側にはさらに

当時現場には被告人しかいなかったことを証明する証人がいます。

彼女に証言の許可を!」

 

「わかりました。検察側に証人の召喚を求めます」

 

 

 

しばらく後、またも傍聴席がガヤつく中、証人が入廷し、証言台に立った。

香取が証人に話しかける。

 

「では証人、名前と職業を」

 

「はい。正規空母・赤城です」

 

長い黒髪に短い赤の袴姿。大和撫子を絵に書いたような姿で赤城は微笑んだ。

 

“まあ、お美しいわ……”

“さすがは一航戦の赤城さんね”

“私もあんな風になりたーい”

 

傍聴席から彼女のファンらしき者の声が聞こえる。

しかし、そんな彼女を見て三日月はどこか暗い表情を浮かべる。

気づいた真司が声をかけた。

 

(どうしたの、大丈夫?)

 

(はい、なんでもありません……)

 

「では、事件当日の事をありのままに話してください」

 

「わかりました」

 

■証言開始■

 

「事件現場、は一番海に近い第三倉庫ですよね?」

 

「ええ、確かに見ましたよ。三日月ちゃんがあの倉庫に入っていくのを」

 

「何をしてたのかって?はい、ゆうべは眠れなくて、海を眺めに行っていたんです」

 

「しばらくすると、突然倉庫から警報が鳴り出したので驚きました」

 

「もちろん、それまで三日月ちゃん以外に倉庫に入った人はいませんでした」

 

「私が見たのはこれだけです」

 

■証言終了■

 

「ありがとうございました、赤城さん」

 

「いいえ、どういたしまして」

 

また微笑みを浮かべる赤城。その控えめながらも堂々とした態度に、

傍聴席からため息が漏れる。まずい。裁判官の心証は限りなく検察側に傾いている。

とりあえず何かしなければ!焦る北岡。

 

「弁護人、これに対して何か反論はありますか?なければ……」

 

「待ってください!確かに今の証言は

事件現場被告人しかいなかったことを証明しているのかもしれません。

しかし、今回の犯行の非合理性について全く説明できていない!つまり、動機!

誰も得しないリスクを犯す必要がどこにあるのですか!」

 

だが、香取はまたクイッと眼鏡を直し、北岡の反論を跳ね返す。

 

「動機なら、貴方がたが既にお持ちの物にあります。

裁判長、検察側は新たな証拠品を提出します」

 

○証拠品

 

・“CONFINE VENT”のカード

王蛇のアドベントカード。ガイから奪った。

 

香取がカードをヒラヒラさせながら浅倉に問う。

 

「浅倉被告。貴方は先日、ライダーバトルの最中、

ライダー間でカードをやり取りする方法を見つけたそうですね。

提督権限を利用し、打ち負かした相手からカードを奪う。間違いありませんね?」

 

「……すぞ」

 

「はい?」

 

「殺「なんだって!体調がすぐれない、証言は弁護人に一任すると?

わかりました浅倉さん、私にお任せを。彼はその通りだと言っています、検察官!」」

 

長引く裁判に苛立ちが爆発寸前の浅倉が再び暴言を吐く前に、

北岡がすんでのところで遮った。香取が続ける。

 

「つまり、貴方がたが血道を上げているライダーバトルに必要なこのカード……。

物資と引き換えに取引や交換が可能、ということになりませんか?」

 

一気に傍聴席が騒がしくなる。霧島が何度も木槌を叩く。

 

「静粛に!静粛に!弁護人、貴方の疑問は解消したように思えますが、どうですか?」

 

流石に北岡も青くなる。犯行の手口も、動機も全て揃ってしまった。

何か、何か、反撃の糸口はないか!?

北岡はもう一度証拠品に目を通し、素早く思考を走らせる。

その時、北岡の脳裏に不意に違和感が走った。……待て、何かがおかしい。

三日月しかいなかったのなら、こんなものがある訳がない!

 

 

──異議あり!

 

 

北岡は宙を指差し高らかに宣言した。思いがけない異議に香取も若干動揺する。

 

「な、何ですか弁護人。まだ何か言いがかりでも?」

 

「言いがかりではありません!検察側の主張と証拠には、決定的な矛盾がある!」

 

“矛盾ですって?”

“犯人はあの娘じゃないっての?”

“じゃあ誰が犯人なの?”

 

カン、カンカン!

 

「静粛に、静粛に!弁護人、矛盾とは一体何なのですか?」

 

「……これです」

 

北岡は証拠品“ボーキサイトの食べカス”を手に取った。

彼の意図がわからない香取が若干熱くなって問う。

 

「それが何だというのです!無意味な時間稼ぎは量刑の判断に……」

 

「気が付きませんか、検察官。この証拠が意味していることが。

そう、当夜ボーキサイトは、倉庫から持ち出されていなかった!」

 

「まさか!」

 

「……その通り。ボーキサイトは持ち出されたのではなく、庫内で消費されたのです。

この食べカスは犯人がボーキサイトを食べた際に落ちたもの。しかし、被告人は駆逐艦。

つまり、空母その他艦載機を搭載可能な艦娘でない限り、

ボーキサイトを消費することはできなかった!つまり被告人三日月に犯行は不可能!」

 

「北岡さん……!!」

 

突破口を見つけた北岡に目を輝かせる真司。

 

「では!では他に誰が盗んだというのです!」

 

「こうなると……先程の証人の証言が怪しくなってきます。

いや、嘘をついていると言っているわけではありません。

ただ、勘違いという可能性が高くなってきた。

ここは何か、証人が確かに現場を見たという担保が欲しい……」

 

そして北岡はチラリと香取を見る。

うつむき加減で表情はよく見えないが、教鞭を握る手が若干震えている。

なるほど、頭は切れるけど熱くなりやすいタイプだね。

 

「……裁判長、一時休廷を申し立てます。

当夜の証人の証言を立証する人物を連れてきますので!」

 

「わかりました。それではこれより30分の……あ」

 

香取は霧島の宣言も聞かずに飛び出していった。真司が北岡に歩み寄る。

 

「北岡さん、凄いですよ!よくあんな不利な状況から持ち直せましたね!」

 

「別に。ただ証拠品を観察して現場の状況と照らし合わせただけさ。

まぁ、この分なら最低でも証拠不十分で不起訴にはなるんじゃない?」

 

 

 

しかし30分後。

さっきの動揺は嘘のように余裕の表情で香取が入廷してきた。

何か仕掛けてくる、と北岡は内心警戒した。

 

「では、裁判を再開します。ええと、どこまで進んでたのかしら……」

 

「裁判長!」

 

議事録を読み直す霧島に香取が呼びかけた。

 

「先程申し上げた新たな証人を連れてきました。証言の許可を!」

 

「あ、はい、そうでした。証人を証明する証人でしたね。では、証人は名前と職業を」

 

腰の刀と眼帯が目を引く艦娘が証言台に立った。北岡は注意深く耳を澄ます。

 

「オレの名は天龍、軽巡洋艦だ」

 

「では、事件当日の晩、出会った人物について証言してください」

 

香取に促されて天龍が証言を開始した。

 

■証言開始■

 

「ああ、確かにあの晩、赤城さんに会ったぜ」

 

「眠れなくてぶらついてたら、倉庫の近くでばったり」

 

「様子?特に変わったところはなかったぜ」

 

「確かに夜中だったが、月明かりが眩しい夜だったからな。

近くにいればはっきり見えた」

 

「他に変わったとこって言えば……やっぱりあの警報だわな」

 

「スプリンクラーも作動して、倉庫水浸しだったみたいじゃねえか」

 

「ずぶ濡れのシートみたいなのも落ちてたし」

 

「こんなところかな。オレからは以上だ」

 

■証言終了■

 

北岡は慎重に証言の内容を整理する。

自信たっぷりに連れてきたからこれくらいは予想してたさ。

でも、これで証明されたのは三日月が事件当日現場にいた事だけ。

振り出しに戻ったに過ぎない。でも、何か気になる……。

北岡は天龍に質問をぶつけた。

 

「証人、貴方がその晩、確かに赤城さんと出会ったことはわかりました。

でも気になることが一点だけ。

最後の方でおっしゃった、“ずぶ濡れのシート”はどこで見かけたのですか?」

 

「そりゃあ、倉庫の入り口近くに決まってる。

スプリンクラーの水でビショビショだったぜ」

 

「……それは、今でもありますか?」

 

「探しゃあるんじゃねえの?昨日の今日だし」

 

「裁判長、今すぐシートの回収を願います!弁護側はそれを証拠品として提出します!」

 

「え、はい!あの、あきつ丸さーん!

すみませんが、倉庫まで証拠品の回収に行ってもらえませんか?」

 

「はい!」

 

霧島の指示で、出入り口の近くで控えていた、あきつ丸が外に出ていった。

待つこと10分。レインコートを着た、あきつ丸が

息を切らせて濡れた大きなビニールシートを抱えてきた。

 

「はぁ、はぁ、ありました。第三倉庫の入り口脇に……」

 

「ああ、ご苦労様でした。……でも、床もずぶ濡れですねぇ」

 

○証拠品

 

・ずぶ濡れのシート

倉庫のそばに捨てられていた真っ白なビニール製の資材保管用シート。

 

「証拠品として受理します。せっかく持ってきてもらったんですし……」

 

「弁護人、これが一体これがなんだと?」

 

「なるほど?なるほど、なるほど」

 

「一人で納得してないで説明を!」

 

「見えてきたんですよ、真犯人が犯行に及んだ手口が……!」

 

「真犯人!?」

 

「そう、三日月被告に犯行が不可能なことはもうご説明しました。

となると、やはり彼女の証言通り、第三者が倉庫内でボーキサイトをたらふく食べた後、

三日月被告を襲い、故意に非常ベルを押し、

大勢の者を呼び寄せる事で彼女に罪を着せたのです。

ついでにこれを提出しておきますよ。開廷前の資料に挟まれていた現場写真」

 

○証拠品

 

・現場写真:押された非常ベル

ボーキサイトの近くにある非常ベル。割りやすいプラスチック板で保護されており、

押すと警報と警告ライトが点灯し、スプリンクラーが作動する。

 

「だからこれが何だというのです!」

 

「順を追ってご説明しましょう。事件当夜、まず執務室に忍び込んだ犯人は、

城戸被告にペンを持たせて“誰でも資材使い放題”と書かせ、提督権限を発動させた。

その後、犯人は倉庫に移動し、ボーキサイトを食べ尽くした。

その時現場に食べカスが落ちたのです。しかし、ここで誤算が。

そう、三日月被告が警備の巡回に現れたのです。犯人は焦った。

そこである偽装工作を思いついたのです」

 

「偽装、工作……?」

 

「そのずぶ濡れのシートがまさにその鍵です。

犯人はシートを被り、三日月被告が近づくのを待った。

そして、彼女が手の届く距離まで近づいた所で襲いかかる!

揉み合いながらも犯人は彼女のポケットに食べカスとメモを入れ、

即座に近くの非常ベルを押した」

 

「違う違う違う私じゃない私じゃない私じゃない……」

 

「あの、大丈夫ですか……?」

 

香取の隣に座っていた人物の顔色が悪くなり、急にガタガタと震えだした。

 

「そこで証拠品の現場写真を見ていただきたい。

現場保持の観点からでしょうか、まだランプが点きっぱなしだったようですね。

かなり強力な赤いランプが倉庫内を真っ赤に染めています。

白いビニールシートも真っ赤に染めてしまうくらい。

それを利用し、犯人は三日月被告が慌てふためいている隙にシートを頭から被って……

そう、弾薬箱に登って横になった。資材防護用のシートです。

艦娘一人なら完全にスプリンクラーの雨から守ってくれたでしょう。

それにランプで何もかも真っ赤になった倉庫では、資材の上に“荷物らしきもの”が

一つ増えていたとしても誰も気づけなかったでしょう。

そこで駆けつけた艦娘たちをやり過ごし、倉庫から出た所でシートを脱ぎ捨てた!」

 

 

「それがなんだっていうのよおおおお!!」

 

 

法廷中に響き渡る大声!その声の主は……

 

「なによ、なによ、なんなのよ!私が犯人だって言いたいの!?」

 

「落ち着いてください……赤城さん!!」

 

目を見開き、髪を振り乱した赤城だった。

先程までの凛とした女性の面影はどこにもなかった。

 

「あなたねぇ……さっきから偉そうなこと言ってるけど、証拠はあるの!?

私が犯人だって言う証拠がぁ!!」

 

「静粛に、しょ、証人は不規則発言を……」

 

「うるさい!!」

 

「はいぃ!」

 

鬼気迫る赤城の一喝に思わず黙る霧島。北岡は内心ほくそ笑む。

そして真司に近づき、ヒソヒソと何かを確認し合った。

 

「何コソコソやってんの!?私を無視するんじゃないわよおぉ!!」

 

“いや、怖い……”

“本当に、あれが赤城さんなの?”

 

傍聴席のどよめきが収まらない。最後の時だ。北岡は狂気を迸らせる赤城と対峙する。

 

「証人、そもそもおかしいと思いませんか?

雨風砂埃から資材を守るためのシートが、何故外に投げ捨てられていたのか」

 

「知ったこっちゃないわよ!」

 

「貴方が捨てたんでしょう?」

 

「だから私がやったって証拠がどこに……」

 

「証拠は──貴方自身です!!」

 

「……は?」

 

北岡は証拠品のテーブルに近づくと、あるものを手に取る。

そして息を荒くして北岡を睨む赤城に突きつけた。それは──

 

「食べてみてください」

 

「え……」

 

証拠品“ボーキサイトの食べカス”だった。

 

「例え補給直後でも、一口くらいなら飲み込めるでしょう。

できないのは、一人では消費しきれないほどのボーキサイトを食べて、

まだその腹が膨れ上がっているから。でしょう?」

 

「赤城さん……」

 

香取、霧島、傍聴人が不安げに見守る。突きつけられたボーキサイト。

食べなきゃ、食べなきゃ、終わる、何もかも!!

ひと欠片つまみ、口に運ぶ。……しかし。

 

「うっ!」

 

思わず戻しそうになり、欠片を投げ出す。カラン、カラカラ……

法廷中がしんとなり、欠片が転がる音だけが響く。それが、決着の合図だった。

 

 

 

 

 

落ち着きを取り戻した赤城が、香取に付き添われて証言台に立つ。

美しい髪はボサボサになり、体も心なしか

一回り小さくなってしまったような気さえする。

 

「倉庫のボーキサイトを食べたのは、私です……」

 

傍聴席からまたどよめきが起こる。

 

「あの晩……まず提督の部屋に忍び込んで、ペンと紙を使って提督権限を発動しました。

それから倉庫に行って、中のボーキサイトを食べられるだけ食べました。

その時、巡回の三日月ちゃんがやってきて、一番奥にいた私は逃げられないと思い、

北岡さんの言われた偽装工作を。

欠片、メモ、シートを用意して、後はご説明にあった通りです……」

 

「一航戦の正規空母・赤城ともあろう貴方が、何故そんなことを?」

 

北岡が赤城に問いかけた。その時、堰を切ったように彼女の目から涙が溢れ出した。

 

「私は、“赤城”なんかじゃない!!」

 

彼女は泣きながら叫ぶ。

 

 

 

 

 

シュッ……トスッ

“また大ハズレ。赤城さん命中率低すぎない?”

“あれ偽物じゃないの?アハハハ”

“しっ、聞こえるわよ”

 

 

 

“また一発大破?勘弁してよ、あれ本当に赤城さん?”

“本当、あの赤城さんと一緒に戦えるーって喜んでたらあれだもん……あっ”

“……ごきげんよう”

“ご、ごきげんよう赤城さん。本日はお疲れ様でした、私達はこれで……”

“おやすみなさい……ぐすっ”

 

 

 

“赤城、演習の成績が良くないな。お前は一航戦。

艦載機と共に戦う者たちの誇りなのだからしっかりしてもらわないと困るぞ”

“すみません……”

“まったく、前の赤城はこんな……あ、すまない……”

“いえ、いいんです!私が未熟なせいなんですから”

 

 

 

“ふぅ、ごちそうさま”

“赤城さん、遠慮しないでもっと食べるでち!ゴーヤのプリンあげるでち!”

“ありがとう。でもいいのよ、私はお腹いっぱいだから”

“うそだー!赤城さんはまだ5人前くらいはいけるもん!”

“わたしもあげるー”“赤城さん―!”“ろーちゃんも!”“食べて食べてー”

“(食べなきゃ、悪いわよね……)あ、ありがとう、遠慮なく食べちゃおうかしら”

“やっぱり赤城さんの食べっぷりは凄いでち”

“(苦しい……)”

 

 

 

 

 

「みんなが“赤城”を押し付ける!私は“私”!赤城なんて知らない!

誰も私のことなんて見てくれない!

まるで私に赤城である資格なんかないとでも言わんばかりに!

本当の私は、まだ名前すらないんです!!」

 

その場に崩折れて語る“名も無き赤城”。皆が彼女の話に聞き入る。

 

「フフ……だから、いっそ、“赤城”になってやろうと思ったんです。

強くはなれなくても、せめて“大食らいの赤城”くらいにはなれるだろうと思って、

この犯行を思いついたんです。……フフ、フフフフ」

 

今度は自嘲気味に笑いながら。北岡が霧島に目配せする。

 

「……では、被告人一同を代表して、駆逐艦・三日月、前へ」

 

「はい……」

 

三日月が証言台に立つ。

 

「判決を言い渡します。被告人は、無罪」

 

無罪判決が下りても、皆、黙ったままだった。赤城は座り込んだまま。勝者なき勝利。

沈黙に耐えかねて霧島が口を開く。

 

「ええと、正規空母・赤城に対する処罰は追って知らせるとして……」

 

 

「待ってください!」

 

 

その時、少女の声が法廷に響く。皆、声の主を見る。三日月だった。

 

「お願いがあります!どうか、赤城さんへの処罰は穏便に!」

 

「君、何言ってんの!彼女のせいで君は……」

 

止める北岡に構わず三日月は続ける。

 

「“彼女”を追い詰めたのは私達の責任でもあるんです!

戦艦や空母だって育ててもらわないと強くなれないのに、

私達は生まれたばかりの赤城さんに、かつての赤城さんを勝手に重ね合わせて……

あの人も、“x029785の悲劇”の被害者なんです!!」

 

「そうかもしれませんが……ねぇ、提督?」

 

困り果てた霧島は真司を見る。

そもそも艦これの世界で裁判が起こった事自体初めてなので、

彼女も量刑を計りかねているようだ。

 

「誰のせいでもないよ。強いて言うなら、俺のせい。

確かに俺、ライダーバトルや自分のことにかかりきりだったし、

練度が不足してる艦娘が多くて彼女の悩みに気づけなかった。

三日月ちゃんにイレギュラーの話を聞いたときに、

一番気を配らなきゃいけない娘だってことに気づけなかった……!」

 

「どーすんの、城戸提督?」

 

北岡が終わった裁判には興味ないと言わんばかりに、気のない様子で聞いてきた。

 

「……無罪放免は駄目だ。みんなに示しがつかない」

 

赤城がきゅっと袴を掴む。だが、真司が彼女のそばに膝を付いた。

 

「だから、一緒に責任を取ろう。赤城は演習いっぱい頑張って、

みんなの手本になるような“改”になる。

俺は、たくさん遠征に同行して、無くしたボーキサイトを取り戻す」

 

はっと真司を見る赤城。真司は彼女に微笑みかけて、手を取った。

 

「霧島!俺はそういう責任の取り方が一番だと思う!」

 

「それはいいですね!そうしましょう、そうしましょう!

では、量刑も決まった所で……これにて閉廷!」

 

カン!

 

霧島の木槌でライダーを巻き込んだ珍事件の裁判は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

──多目的ホール 控室

 

 

無事無罪を勝ち取った北岡達は控室で座って休んでいた。1人を除いて。

 

ガン! ガン! ゴン!

 

「まぁ、一瞬ヒヤヒヤしたけど無事に……ってうるさいよ浅倉!」

 

「放っとけ、そのうち飽きるだろ」

 

「うるせえ……一時間で終わるんじゃなかったのか!

半日もゴミ溜めに押し込まれてイラついてんだよぉ!!」

 

その時、控室のドアノブが回り、扉が空いた。そして、長門が入ってきた。

 

「皆さん、無罪おめでとう……って浅倉提督何をしているのです!

皆もなぜ止めないんですか!?」

 

壁に頭を打ち続ける浅倉の腰に手を回し、力づくで止めようとする長門。

 

「止めて止めるようなやつじゃないからな」

 

すると浅倉は目についた長門の両肩を掴み、力任せに大きく揺さぶった。

 

「うおあああああ!!」

 

「やめろー!目ーがーまーわーるー……」

 

そして長門を放り出し、今度は椅子を何度も床に叩きつけ始めた。

 

「ふん!うおおっ!あああ!」

 

荒れ狂う浅倉を無視し、備え付けの緑茶をすする一同。

 

「うあああああああ!!」

 

ホールに夜の帳が下りる。こうしてライダー裁判は浅倉の叫び声で幕を下ろした。

 

 




*いろんな矛盾や幼稚なトリックだらけでしたが、
ライダー恒例のギャグ回がやりたかったんです。お許し下さい……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 Intermission

見渡す限り白の地平が広がるミラーワールド。

彼以外存在できない特殊なミラーワールドを歩きながら、

神崎は苛立ちを募らせていた。“SURVIVE”を2枚投入したが

ライダーバトルに進展が見られない。それどころか一人は命を落とすことなく、脱落。

もう一人に至ってはバトル自体を放棄するという有様。

このままではライダーバトルそのものが崩壊してしまう。何か手を打たなければ。

あの世界を選んだのは間違いだったのか。また、“やり直す”しかないのか……?

 

 

 

 

 

──清明院大学

 

 

令子は神崎士郎が在籍していたという、清明院大学401号室を訪れていた。

古びた大きな扉をノックする。返事はない。思い切って令子はドアノブを回してみた。

鍵は掛かっていなかったようで、扉が奥に開く。

恐る恐る中に入ると、異様な光景を目にした。

部屋中に大小様々な鏡が設置されていたのだ。

 

 

「あなた誰?ここは部外者立入禁止なんだけど」

 

 

振り返ると、やや憂いを帯びた表情の青年が立っていた。

令子は慌ててバッグから名刺入れを取り出し、一枚渡した。

 

「失礼しました!私、OREジャーナルの桃井といいます。

香川先生にお話を伺いたくて……」

 

「先生は忙しいから帰ってくれないかなぁ。

僕らも新聞記者なんかに構ってる暇なんてないしさ。ほら、早く、早く」

 

青年が強引に令子を追い出そうとする。

その時、一番奥のデスクの回転式ソファが回り、眼鏡をかけた白衣の人物が現れた。

 

 

「東條君、そこまでで。お客様に失礼ですよ」

 

 

「……はい」

 

青年は令子の腕を離すと自分のデスクについてパソコンで作業を始めた。

桃井は名刺入れ片手に白衣の人物に近づいた。

 

「突然押しかけて申し訳ございません。私……」

 

「ああ、いいですよ。OREジャーナルの桃井さんですね。

私が香川、この研究室の教授です。いや、私はね、一度見聞きしたことは

全て頭の中に入ってしまうんですよ。この体質のせいで随分損な思いもしてきました」

 

「はぁ……あの!今日は伺いたい事があってお邪魔させていただいたのですが、

この部屋にあった江島研究室に在籍していた神崎士郎についてお話を。

近頃頻発している連続失踪事件に彼が関わっている可能性が高いんです。

彼は一体何を研究していたのでしょうか」

 

「なるほど、神崎君ですか。確かにいましたよ。

とても江島先生の手に負える生徒ではありませんでしたがね」

 

「その件についてこちらも調べたのですが、江島研究室で事故が起きた後、

神崎士郎が行方不明に。その後失踪事件が発生するようになったのですが、

そこには“鏡”かそれに変わるような物が関わっている可能性が高いんです。

……こちらの研究室にも沢山鏡を置かれているようですが、

何かご存知ではありませんか?」

 

「……ふむ、それは興味深い事実ですね。

ですが、残念ながら神崎君の行方については私共でも見当が付かないのです。

ああ、この鏡ですか?今、合わせ鏡が作り出す象の巨大数について

研究しているところでして。おそらく貴方が追っている事件とは無関係かと思われます」

 

「じゃ、じゃあ!見ていただきたいものがあるのですが」

 

令子はバッグから資料を取り出す。拘置所のビデオに映っていた神崎の姿。

そのカラーコピーを香川に見せた。香川は手に取って眺める。

確かに配電盤に神崎が映り込んでいる。

 

「確かに……彼によく似ていますね。だが、何ぶん画像が荒くて今のところは何とも。

しばらく我々の方で検討してみましょう」

 

「ありがとうございます!

資料はお預けしますので、何かわかりましたらご連絡をお願いします」

 

「お力になれるかはわかりませんが、最善を尽くしますよ」

 

「よろしくお願いします!」

 

令子は再度香川と東條という青年礼を言い、401号室を後にした。

足音が遠ざかった所で東條は香川に話しかけた。

 

「……先生、いいんですか?あの人、結構“近づいてる”みたいですけど。

なんなら僕が。仲村君、なんだかんだで迷いそうだし」

 

「それには及びませんよ。一般人が“鏡”のシステムにたどり着いたのは驚きですが、

そこまでです。所詮、あの世界に行く方法はないのですから」

 

「はい……」

 

「では、東條君。出発の準備を。あまりモタモタしてはいられません」

 

そして香川はデスクに戻り、令子から受け取ったカラーコピーをシュレッダーにかけた。

 

 

 

 

 

──TEA 花鶏

 

 

優衣は彼の前に温かい紅茶の入ったティーカップを置いた。

清明院大学で兄と同じ研究室だった仲村が訪ねてきたのだ。

あまり髪型に気を使っていない神経質そうな男。

 

「仲村さんから来てくださると思いませんでした。どうぞゆっくりしていってください」

 

「べ、別に……」

 

仲村は緊張した様子でカップを取り、一口飲んだ。

 

「以前仲村さんから頂いた資料で知ることができました。

小川恵里さんっていう人が意識不明の重体だって。

それが兄の研究のせいだってこと、私のための研究だってことも。

何も知らないままだった頃より随分状況は変わりました。

償うにしても、何をしたのかわからないでは、何もできませんから」

 

優衣は以前行方不明の兄を追うために、清明院大学で調査を行っているうちに

仲村と知り合った。当初仲村は、神崎士郎が妹のために行った実験のために、

研究室のメンバーがほぼ全滅したことに怒りを覚えていたため、優衣を拒絶した。

しかし、彼女の懸命な償いの意志に葛藤の末、

残っていた実験室の資料を優衣に渡したのだ。

 

「あ、あんたのためじゃない。あんまりうるさいから文句を言いに来ただけだ……」

 

緊張しながらポケットの上から鉄製のケースらしきものに触れる仲村。

 

「今日もこのあと恵理さんのお見舞いに行こうと思うんです。

今の私にできることはそれくらいですから。

もっと兄の手がかりが見つかれば必ずご報告します」

 

「知ったことか……!神崎士郎なんか!」

 

仲村はぬるくなった紅茶を一気に飲み干す。彼の脳裏に“教授”とのやり取りが蘇る。

 

 

 

“東條君、アカウントはできていますね?君は私と同行してください。

仲村君は研究室をお願いします”

 

“えっ、どうして俺だけ……”

 

“万が一の保険です。我々はこれから、神崎君を一応“説得”に行くつもりですが、

恐らく潰し合う事になるでしょう。

もし私達が戻らなければ、その時は神崎優衣を……わかりますね?

君に“あれ”を託したのはそのためです“

 

“わかりました……!”

 

 

 

左手をポケットに突っ込む。その硬い感触が伝わってくる。俺は……俺は……!

 

「どうかしましたか?」

 

緊張しすぎていたようで、汗をかいていた仲村はハッと我に返る。

 

「なんでもない!……俺はもう失礼する」

 

「あ、仲村さん!?」

 

ダッ、と席を立って慌てて花鶏から出ようとしたその時、

仲村の耳に鈴の音のような金属音が響いた。

周りを見回すと、ガラス窓にミラーモンスターがうろついている様子が

映し出されていた。ミラーモンスターは仲村に気づくと、

現実世界に向かって走り出してきた。その時、

 

 

「仲村さん逃げて!」

 

 

店の中から優衣の声が飛んできた。やはり、やはり彼女には“見えている”のか!?

……このまま逃げ出せば、モンスターはまず優衣を捕食するだろう。

俺を追ってきても“これ”がある。

全てが終わってから始末しても……しかし……俺は……。

仲村が苦悩する間にもミラーモンスターは近づいてくる。仲村は意を決して叫んだ。

 

「今から見ることは全部忘れろ!!」

 

「え!?」

 

仲村はポケットから、鋼鉄製の飾り気のないパーツで組み立てられた

カードデッキを取り出すと、ガラス窓にデッキをかざした。

鏡の像と現実世界の仲村の腰にベルトが現れると、

 

「変身!」

 

仲村に縦回転するライダーの像が折り重なり、

擬似ライダー、オルタナティブに変身した。

 

「行くぞ!」

 

「仲村さん!!」

 

呼び止める優衣を無視し、オルタナティブはミラーワールドへ飛び込んでいった。

 

「仲村さんも、ライダー……?」

 

あまりに突然の出来事に、優衣はしばし立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

オルタナティブはミラーワールドの左右反転した花鶏前の道路で、

突撃してくるカミキリムシ型モンスター・ゼノバイターを迎え撃とうとしていた。

カードを1枚ドロー。右腕のカードバイザーのスリットに通し、

コードをスキャンさせた。スキャンされたカードは蒼く燃えるように消えていく。

 

《SWORD VENT》

 

女声のシステム音声と共に、オルタナティブの手に槍状のややコンパクトな剣、

スラッシュダガーが現れた。ほぼ同時にオルタナティブとゼノバイターが激突。

 

ギシャアアア!!

 

ゼノバイターが背中に取り付けたブーメランを剣のように持ち、

オルタナティブに斬りかかる。

しかし、オルタナティブもスラッシュダガーでそれを受け止め、振り払った。

勢い余ったゼノバイターが体勢を崩した隙に、何度も斬撃を叩き込む。

耐えきれなくなったゼノバイターは後ろに跳躍し、オルタナティブと距離を取る。

そして、今度は右手のブーメランを遠くから投げてきた。

巨大なブーメランが唸りを上げて飛んでくる。

オルタナティブはスラッシュダガーを縦に持ち、

ブーメランを受け止めて直撃を避けたが、その圧倒的な衝撃に吹っ飛ばされる。

 

「ぐっ……」

 

オルタナティブは転びながら、スラッシュダガーを拾うが、

ブーメランはゼノバイターの元へ戻っていく。

走って近づこうにも彼我の距離は長く、このままでは同じことの繰り返しだ。

オルタナティブは立ち上がりカードを1枚ドロー。スキャン。

 

《ACCEL VENT》

 

……!!

 

システム音声が鳴り終わった瞬間、ゼノバイターの胴を一閃が薙いだ。

 

キシャオオ!!

 

何が起きたのかわからないゼノバイターは道路の上でもがくしかなかった。

それを見逃さず、オルタナティブはスラッシュダガーを敵に向ける。

すると、先端から青白い激しい炎が吹き出した。業火に包まれるゼノバイター。

轟くほどの悲鳴を上げながらジタバタしていたが、やがて動かなくなり、爆発した。

 

 

 

 

 

オルタナティブは花鶏の窓ガラスから現実世界に戻り、変身を解いた。

優衣が驚いた様子で仲村を見つめている。彼は振り返ることなく言い放った。

 

「……さっきも言ったが、今見たことは全て忘れろ」

 

「仲村さんも、ライダーだったんですか?」

 

「忘れろと言っただろう!それと……401号室には手を出すな」

 

「仲村さん!」

 

そのまま仲村は走り去ってしまった。後に残された優衣は屋内に戻り、2階に戻った。

そうだ。仲村さんと約束した。私にできることをやらなきゃ!

優衣は以前受け取った資料の中から不可解な物を取り出した。1枚のネガ。

とりあえず現像には出したものの、写っていたのは見たことのない洋館。どこだろう。

 

ガタッ……

 

その時、隣の部屋から物音がした。

見に行こうと廊下に出たら入るまでもなくドアが開いた。

 

「蓮!!」

 

一旦サイバーミラーワールドから戻った蓮だった。

 

「またネット上のミラーモンスターなの?」

 

「そんなところだ」

 

「それより蓮、聞いて欲しいことがあるの」

 

優衣は先程の仲村との一件を蓮に話した。蓮の表情が険しくなっていく。

 

「その、401号室の生き残りがどうしてライダーになったんだ……」

 

「わからない。どうして仲村さんが……それに、401号室に手を出すなって。

ねえ、蓮。何か知らない?

ライダーがなにか401号室で繋がってるような気がするの!」

 

「……知らん。俺は、優衣達の様子を見に戻っただけだ」

 

「そう……おばさんは今お店閉めてバスツアーで温泉に行ってる。

せめてもの憂さ晴らしだって」

 

「そうか。俺は今から行くところがある。帰って早々すまんが、また店を空けるぞ」

 

「お休みだから別にいいけど、どこ行くの?」

 

「……ちょっと野暮用だ」

 

「ちょうどよかった。私も行かなきゃいけないとこがあるから、玄関の鍵閉めちゃうね。

あ、タクシー呼ばなきゃ」

 

「お前はどこに行くんだ」

 

「うん……知ってる人のお見舞いにね“ただいまー!優衣ちゃーん、おばさーん!”」

 

その時、玄関から真司の大きな声が響いた。

優衣や沙奈子を探しながら2階に上がる足音が近づいてくる。

そして、2人の姿を見て驚いた様子で、

 

「あ、蓮!いつの間に帰ってたんだよ、声かけてくれりゃいいのに。

いやー日曜で助かった~!」

 

「なんでいちいちお前に俺の予定を報告しなきゃならん。

小学生の友達ごっこでもあるまい」

 

「そりゃそうだけど……優衣ちゃんもただいま!おばさんは?」

 

「いない!2人がサボってばっかだから自分もサボるって旅行中」

 

「あー……おばさん帰ったら謝んなきゃだね。それよりどっか出かけんの?

なんか支度してるけど」

 

「だからお前に話す義理はないと言っただろう。俺は行く」

 

蓮は2人を置いてさっさと階段を下り、玄関を出てしまった。

外からシャドウスラッシャーの排気音が遠ざかっていく。

 

「ああ待てって……行っちゃったか。優衣ちゃんもどっか行くの?」

 

「うん。ちょっとお見舞いに。……真司君に相談したいこともあるし」

 

「わかった。一緒に行こうよ」

 

優衣はタクシー会社に電話をかけ、配車を手配。

しばらく待つと花鶏の前に1台のタクシーが止まった。

二人が乗り込むと、間もなくタクシーが発進した。

 

 

 

 

 

「どうも、ありがとうございました!」

 

タクシーから降りた真司と優衣は、病院に入り、とある病室へ向かった。

エレベーターの中で言葉を交わす二人。

 

「ねぇ、知り合いって優衣ちゃんの友達?」

 

「ううん。直接話したことはないの……」

 

「それってどういうこと?」

 

「後で……詳しく話すね」

 

小川恵里。

江島研究室の元メンバーの見舞いに来た優衣は、真司と共に彼女の病室に入ると、

持ってきた花をテーブルの花瓶に生けた。

 

「ごめんなさい恵里さん。私にはこんなことしかできない。

お兄ちゃん……ううん、私のせいでこんなことになったのに」

 

「優衣ちゃんのせいって、なんでそうなるの……?」

 

「それは……」

 

 

「優衣!どうしてお前がここにいる」

 

 

その時、病室の入り口から驚きの声が聞こえた。蓮だった。

 

「蓮こそなんでここにいるの!?この人、お兄ちゃんのせいでこうなっちゃったの。

恵里さん、蓮の知り合いなの?何か知ってるなら教えて、お願いだから!」

 

「……この人は、ちょっとした知り合いだ」

 

「嘘!看護婦さんに聞いた。恵里さんに度々お見舞いに来てる人がいるって!

どうみてもただの知り合いなんかじゃないって!」

 

「……」

 

蓮は黙って奥に入ると、テーブルの花瓶のそばに、木彫りのフクロウを置いた。

そして、ごまかすのではなく、真実を告げることを選んだ。

 

「恵里は……俺の恋人だ」

 

「そんな、じゃあ、蓮の恋人はお兄ちゃんのせいで……!」

 

「嘘だろ……」

 

打ちのめされる優衣と真司。

自分のために恵里が犠牲になったこと、蓮がライダーバトルに身を投じた理由が、

おそらくながらわかってしまったこと。理由は別々だが、同様にショックを受けた。

 

「言っておくが、優衣。お前が責任を感じる必要はない」

 

「ないわけないじゃない!お兄ちゃんは私のために大学で事件を起こしたんだよ?

恵里さんはそれに巻き込まれてこうなっちゃったのに!」

 

「それは神崎士郎の問題だ。奴とは、俺が決着をつける」

 

「なら私の問題でもあるじゃない!

直接お兄ちゃんと話して大学で起きたこと、全部話してもらう!」

 

「あの……院内ではお静かに」

 

二人の言い争いを聞きつけた看護婦から注意を受けた。

 

「どうもすいません……優衣ちゃん、しばらく蓮と恵里さん二人にしてあげよう、ね?」

 

「……わかった」

 

「じゃあ、蓮。俺たち1階のロビーで待ってるから」

 

「……」

 

そして真司と優衣は1階へ降りていった。

残された蓮は恵里のそばに寄り、安らかな寝顔をそっと指でなでる。

しかし、やはり目を覚ますことはない。

ただ病室に規則的な心電図の音が響くだけだった。

 

 

 

1階へ降りる途中、優衣は追求の矛先を真司に向けていた。

 

「真司君にもまだ聞いてなかった。ネット上のミラーモンスターって何?

真司君達、一体どこで戦ってるの!?病気も嘘なんでしょう?教えて!」

 

「……それは、今ここじゃ言えない。帰ったら蓮と相談させて。

絶対うやむやにしないから!」

 

「約束してくれる……?」

 

「約束する!」

 

「……絶対よ」

 

その時、ナースステーションの半開きになった扉から声が聞こえてきた。

中から看護婦達の話し声が聞こえてきた。

なんだ、看護婦さんなのにルーズだな、と思っていたら

耳によく知った名前が飛び込んできた。

 

「北岡さん、今日も定期診察に来なかったわね」

 

「本当。放っといたらますます危ないのに……」

 

「でも不思議な人よね。もうすぐ死んじゃうのに全然平気な顔してるんだもの」

 

「エリート弁護士なのに残念よねぇ」

 

北岡さんが……死ぬ?今の看護婦達の話は明らかに北岡秀一のことだ。

北岡さんが、そんな重い病気抱えてたなんて、知らなかった……

そもそも俺、北岡さんがどうしてライダーバトルに加わったのか、

そんな話全然してなかった。蓮にしてもそうだ。

美穂ちゃんと同じ、どうしても助けたい人がいた。

 

「俺、ただ闇雲にライダーバトルを止めようとしてたけど、

そうすると誰かが犠牲になる……」

 

ライダーの命を助ければ、他の誰かの命を奪うことになる。

人々もライダーもみんな助けてみせる。

固く誓ったはずの行動理念がいとも容易く崩れ去った。

 

「一体、俺、何のために戦ってたんだ……」

 

「真司くん、さっきから何ブツブツ言ってるの?」

 

「え、ああ何でもない、独り言!」

 

とっさにごまかすが、心の淀みは全く消えることなかった。

これから何の為に戦えばいいのか。今まで頼りにしていた戦いの動機を失った真司は、

拠り所のない宙に放り出されたような気がした。

 

「ねえ優衣ちゃん。俺、先に花鶏に戻ってる。何から話すか考えを整理したいんだ」

 

「……逃げたりしないよね?」

 

「しない。ちゃんと全部を伝えたいんだ」

 

「わかった。信じてるからね」

 

 

 

病院のエントランスから出た真司は、徒歩とバスで花鶏を目指した。

しかし、何から話せばいいのだろう。バスに揺られながら考えるが、

なかなか考えがまとまらない。ぼんやり外を眺めながら考えを組み立てようとするが、

結局上手い伝え方などあるはずもなく、ありのままを話すことにした。

いつの間にかたどり着いた花鶏の門を開く。

 

「優衣を放ったらかして何をやってた……2階で待ってるぞ」

 

帰るなり蓮がカウンターから声をかけてきた。

 

「まったく、勝手に話を進めるな。あの世界の話なんかどう伝えろと言うんだ」

 

「ごめん……」

 

「まあいい。どのみち今日のことで優衣にはいずれ話さなければならなくなったからな」

 

二人は階段を上がり、彼らのベッドがある部屋のドアを開けた。

優衣がベッドの一つに腰掛けていた。

 

「真司君、蓮……」

 

「約束通り、お前に全てを話す。俺達がしてきたことも、神崎士郎のことも……」

 

「うん」

 

「かなり突拍子もないことや信用できないようなことも多い。

それでも冷静に聞いていられるか?」

 

蓮が念を押す。

 

「大丈夫、お兄ちゃんのこと早く知りたい。教えて!」

 

「……わかった」

 

とうとう真司は語りだした。今、世界中を騒がせているネットゲーム、

艦隊これくしょんの世界はネットワーク上に実在し、自分達がそこで戦っていること。

神崎士郎が艦これの世界をライダーバトルの舞台に選び、

ライダー同士を戦わせていること。艦これの世界を開いたために

巻き込まれた犠牲者がいること。静かに聞いていた優衣からやがて涙が溢れる。

 

「酷い……酷すぎるよ。お兄ちゃんのせいで、艦これの人たちが大勢死んで、

止めようとした娘達も死んで、今も真司君たちが戦ってるなんて……

ねぇ嘘なんでしょ!?艦これなんて、ゲームの女の子なんて作り話だって言って!」

 

「……俺の顔を見ろ。冗談を言っているように見えるか」

 

真司にすがりつく優衣だったが、蓮の言葉に床に座り込んだ。

 

「……私も連れてって。そのゲームの世界に!」

 

「危険すぎるし方法もない。もう話したが、そこはミラーモンスターだけじゃない。

別のモンスターも出る。……それに、お前が行って何になる」

 

「そうだよいつ深海棲艦が攻撃してきてもおかしくないんだ!」

 

「お兄ちゃんを止める!こんな戦いやめさせる!全部私のせいじゃない!」

 

「神崎を止めることは不可能だし、ライダーは自分の意志で戦いを続けている。

お前が罪の意識を感じるのは見当違いだ」

 

「蓮に何がわかるの!

私の知らないところで私のせいで沢山の人たちが傷ついて、何が見当違いなの!

出てって……二人とも出てって!」

 

優衣に部屋を追い出された二人。

真司と蓮は狭い階段に立つが、部屋から優衣の泣き声が聞こえてくる。

二人の間に沈黙が落ちる。中では優衣が泣き崩れていた。

 

「なんで、なんでみんな死んじゃうの……」

 

その時、涙に濡れる両手がさらさらと砂のように溶け、散り始めた。

 

「……え、なにこれ、いや、いや!」

 

思わず手を振り、擦るとその現象は止まったが、

何が起こったのかわからず混乱する優衣。

その様子を見た神崎が窓から声をかけた。

 

「優衣、心配はいらない。必ず俺がお前を助ける」

 

「お兄ちゃん、何なのこれ!いや、私のことはどうでもいい!

今すぐこんなことは止めて!何のためにライダーに殺し合いなんてさせてるの!?」

 

「ライダー自身が望んだことだ」

 

「その為に艦これの人や止めようとした達が沢山犠牲になった!もうこんなことやめて!

これ以上続けるなら、もうお兄ちゃんを兄だなんて思わない!」

 

「優衣……それでも俺はお前を救う」

 

「救うって、何から?答えて!401号室で何があったの!?」

 

「知らなくていい。何も心配しなくていい」

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」

 

妹の問いに答えることなく、神崎はガラス面から去っていった。

部屋の外から神崎とのやり取りを聞いていた真司と蓮は、ドア越しに優衣に声をかけた。

 

「優衣、お前の身に何が起きたのかはわからん。

だが、俺達は全ての答えを探しにサイバーミラーワールドに戻る」

 

「絶対神崎を止めてみせるから、待ってて!」

 

返事はなかった。蓮は持ち出したノートパソコンを持って隣の部屋に行き、

電源をコンセントに差し、起動した。そして、再び艦これ界に戻るべく、

DMM.comにアクセス。その時、スッとしわくちゃの1万円札が差し出された。

思い詰めた表情の真司のものだった。

 

「俺の全財産。もう会社のパソコン使ってたらごまかしきれない。

次で決着付けるつもりで行くから使わせて!」

 

「ふん、全財産?仮にも会社員だろう。

……貧乏人から巻き上げるほど落ちぶれてない。汚すなよ」

 

「蓮……ありがとな!」

 

そして二人は蓮のパソコンから再びサイバーミラーワールドへと旅立っていった。

 

 

 

 

 

──リサイクルセンター

 

 

『テレビ・パソコン・洗濯機・エアコン等、何でも無料回収!!』という

大きなトタンの看板が掲げられた回収場。

ブラウン管テレビや型の古いパソコンなどが砂地に山積みにされている。

廃品の山の1つに一台のノートパソコンがある。

開きっぱなしになっているそのパソコンのモニターがゆらゆらと歪み、

次元の向こう側から傷だらけの男が飛び出してきた。

ちょうどゴミ山の頂上に降り立った浅倉は周りを見渡す。どこだここは。

その時、山の下から声を掛けられた。ここの作業員らしい。

 

「おーい兄ちゃん困るよ!これも売り物なんだから!」

 

浅倉は返事をせずに廃品の山から足を引きずりながら降りた。作業員が近づいてくる。

 

「しかしまぁ、よくあんなとこ登ったね~。

あれ?兄ちゃん酷い怪我じゃねえか!救急車呼ぶから!」

 

「動くな!……余計な真似すんじゃねえ」

 

浅倉はオートマチック拳銃を作業員に突きつけた。

 

「ひいい!」

 

 

「おっとそこまでですよ。浅倉威」

 

 

その時、黒いコートを着て髪を整えた男が近づいてきた。浅倉が銃口を男に向ける。

 

「それをぶっ放してもお互い利益はないと思いますが?ねえ」

 

男はコートから蟹のエンブレムが施されたカードデッキをチラリと見せた。

 

「……」

 

ドンッ!と浅倉が作業員を放り出す。

男は内ポケットから警察手帳を取り出し、ゆっくりと浅倉に近づく。

そして十分に近づいた所で、彼にだけ聞こえるようにささやいた。

 

「まさか例の音を辿ってきたら、指名手配犯に出会うとは思いませんでしたよ。

誤解しないでください。別に本気であなたを逮捕しに来たわけじゃない。

ただ、良い取引ができるんじゃないかと思いましてね」

 

「……続けろ」

 

「まぁ、ご覧の通り私は刑事なんですがね。ちょっと裏で“副業”を。

しかし、最近それが露見しそうになってて困ってるんですよ。こうしませんか?

私が一度形の上だけあなたを逮捕する。全国指名手配犯を逮捕したとなれば

私への疑いの目は消えるでしょう。後日、私が獄中のあなたにデッキを渡す。

あとは好きにしてください。私はただ信用を買いたいだけです。

一人殺人犯が脱走した所でどうということはありませんから」

 

「てめえが裏切らない保証は」

 

「“ADVENT”のカード1枚くらいなら口の中にでも入りませんか?

後は適当な鏡やガラスなんかにかざして暴れさせればいい。

なんなら逃走後の生活拠点も保証しましょう。私のアパートを使ってくれて構わない」

 

「……いいだろう」

 

「取引成立ですね……おじさん!彼は私が逮捕しました!警察への連絡は無用です。

ご協力ありがとうございました!」

 

刑事が警察手帳を見せて作業員に呼びかける。

 

「あんた刑事さん?ああ助かった~」

 

「さぁ、来るんだ浅倉!

くれぐれも不要な110番はなさらないようお願いしますねー!」

 

「はーい!」

 

刑事は浅倉に手錠を掛け、乗ってきた車に乗せ、警視庁へ走り去っていった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 ID: Invisible Tyrant

*最近見た映画の影響をモロに受けてます。ごめんなさい。
また、今回は不快な思いをする可能性がある描写がございます。ご了承ください。


 

 

これは、城戸真司達ライダーらが現実世界に戻っていた時の物語。

 

 

 

 

 

──城戸鎮守府 本館前

 

 

「ふん、ふふん、ふふ~ん♪」

 

三日月は鼻歌を歌いながら本館前の入り口の掃き掃除をしていた。

真司さん、外の世界の用で1週間ほど出かけるそうです。

でも、早く帰ってくるかもしれないから、いつでも気持ちよくお出迎えできるように、

綺麗にしておかなきゃ。そして彼女は掃除を続ける。

 

 

 

その時、海から桟橋に上がり、本館に向かう複数の人影があった。

 

「……懐かしいわね」

 

ゴトゴトと木の床を鳴らしながら“彼女達”は歩く。

本館前に三日月の姿を見ると、ゆっくりと彼女に近づいた。

そして優しく声をかける。

 

「ただいま、三日月ちゃん。元気だった?」

 

不意に呼ばれ、振り返る三日月。しかし、声の主の姿を見て、思わず箒を落とす。

 

「あ、あ……」

 

胸の底からこみ上げてくる感情を抑えきれず、言葉にならない。

ただ、気がついた時には三日月は彼女達に向かって駆け出していた。

 

 

 

 

 

──高見沢グループ本社 応接室

 

 

 

「では、納入品は我が社の最新旅客機の外壁に使用する板金。

納期は来年3月末ということで」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

巨大企業高見沢グループの本社で、高級な革張りソファで向き合い、

社長の高見沢逸郎と町工場の社長らしき作業服を着た男が商談を行っていた。

男はハンカチで薄い頭の汗を拭いながら、恐る恐る申し出た。

 

「あの、それで折り入ってお願いがあるのですが、今回も……」

 

高見沢は柔らかな笑顔を浮かべて手で制する。

 

「まぁまぁ、そう改まらないでください。

今回も契約金の半額を前払い、ということに致しましょう」

 

「いつもいつもありがとうございます!

いや、弊社のような零細企業はなかなか運転資金を銀行から借りるのも難しくて……」

 

作業服の男は何度も高見沢に頭を下げる。

 

「いやいや、日本を支えているのは、貴方がた創意工夫で独自の技術を成長させている

中小企業ですからね。我が社はそんな日本経済の原動力となる貴方がたを

微力ながら応援したいと思っているんですよ。

それに御社からはいつも良い品を納品して頂いていますからね。信用していますよ。

さて、無事契約も成立したところです。お見送りしましょう」

 

高見沢ドアを開けて防音カーペットの敷かれた廊下へ男を促した。

 

「お気をつけて」

 

退室した男は高見沢に頭を下げながら去っていった。高見沢も笑顔で見送る。

そして笑顔のまま小声でつぶやく。

 

「……クソ貧乏人が」

 

商談を終えた高見沢が社長室に戻ると、頭に耳慣れた金属音が響いた。

大きなため息をつくと、誰もいない部屋に誰ともなく声を掛けた。

 

「おいコラ神崎、どこにいやがる」

 

「俺はどこにでもいる。お前はこんなところでまだ社長仕事か。

よほどライダーバトルに嫌気が差したと見える」

 

「出てこいっつってんだウスノロが!俺はてめえと違って忙しいんだよ!

スケジュールってもんがあんだスケジュールがよぉ!!」

 

高見沢は高級木材でできたテーブルを思い切り蹴る。

テーブルのそばに神崎の姿が徐々に浮かび上がってきた。

 

「仕事も結構だが、もうこの世界にライダーは殆どいない。

呑気に構えている余裕はないと思うが」

 

「うるせえぞ!てめえが面倒くせえミラーワールド選ばなきゃな、

今頃とっくに俺が頂点に立ってたんだよ!

なんで俺がガキのオモチャで遊ばなきゃならん!」

 

「10分しか戦えないミラーワールドの方がよほど面倒だと思うが」

 

「黙ってろクズが。こっちはもうSons of Daidalosの残党から

“鍵”も、武器も、情報も!勝つために要るものは全部調達してあるんだよ!

“鍵”はうちのIT系子会社に改良させた。何も問題はない。今日“挨拶”に出発する」

 

「急いだほうがいい。既にライダーバトルは進んでいる。

新たな力を手に入れたライダーも存在する」

 

「俺に指図するな。もういい、とっとと消え失せろ」

 

神崎は何も答えず、ゆっくり部屋の明かりに溶け込むようにその姿を消した。

高見沢は凝ったデザインのデスクに着くと、パソコンを起動し、

隠しフォルダーを開いてアプリケーションを開いた。

電卓のような番号を入力するプログラムが表示されると、高見沢は暗証番号を入力。

すると、壁に飾られていた絵画がスライドして、中からジュラルミンケースが現れた。

彼はケースを持ち出すと、再びパソコンを操作し、今度はブラウザを立ち上げた。

そしてDMM.comにアクセスする──

 

 

 

 

 

Login No.008 高見沢逸郎

 

 

 

……ここか。高見沢はデスクや本棚など、

最低限の調度品が並べられた執務室に降り立った。窓を開けゆっくりと外を眺める。

造船所らしきクレーンや倉庫が並んでいる。

ふん、ブルーカラーの巣窟を絵に描いたようだ。ダイダロスの連中の話によると、

もうすぐ迎えが来るそうだが。そう思っているうちに小さな足音が近づいてきた。

気づくと同時にノックもなしにバタン、とドアが開く。

振り返ると背中に何やらゴテゴテした機械を装備した

薄青色のロングヘアの少女が立っていた。

 

「と、特型駆逐艦、5番艦の叢雲よ!あんたが新しい司令官ね。

この世界のナビゲーションをしてあげる。感謝しなさい!」

 

所詮ブルーカラーはブルーカラーか。ろくに口の利き方も知らんクズが舞い込んできた。

それでも高見沢は作り笑いを浮かべ、

 

「そうか。ここが艦隊これくしょんの世界なんだね。おじさんは高見沢逸郎。よろしく」

 

叢雲に手を差し出す。叢雲は照れているのか顔をそらしながら手を握り返した。

 

「じゃあ、早速工廠から案内するわよ、急ぎなさい!」

 

「どんなところか、楽しみだよ」

 

要するにテメエらの処刑場だろう。ここの情報は入手済みだ。

面倒くさいが、往復パスが1つは欲しい。付き合ってやるか。

高見沢はジュラルミンケースを持って叢雲と本館から外に出た。

 

「……で、工廠の向こうに見えるのが装備換装なんかをする改修ドッグね。

それから左手のあそこ。あれが私達艦娘の宿舎。

戦闘で受けた損傷を癒やす“お風呂”があるんだけど、

……毎回変なこと考える馬鹿がいるのよねぇ。

そいつらがどうなったかは、言うまでもないでしょ?」

 

叢雲は背中の艤装を操作し、高見沢を指差すように砲を向けた。殺すぞクソガキ。

まぁいい、それは後でもできる。

情報通りこいつらがハッタリをかましてきたってことは、

やっぱりこの世界では俺の言葉が絶対になるってことになる。

後で震え上がらせてやるほうが面白そうだ。

 

「大丈夫。おじさんは……っと!紳士だからね」

 

高見沢はその場で一回くるっと回り、右手を左肩にかざし、

西洋風のおじぎでおどけてみせた。

 

「ならいいけど……次は作戦司令室ね。

あそこに基本いつも司令代理の長門さんか補佐の陸奥さんがいらっしゃるから、

出撃したり、部隊編成するときは伝えるといいわ」

 

「なるほど。戦いに赴く時はあの建物、だね」

 

その後も二人は1時間ほどかけて鎮守府全体を回っていった。

 

 

 

 

 

「……とまぁ、鎮守府の主な施設はこんなとこね。じゃ、あそこ見て」

 

鎮守府のナビゲーションを終えた叢雲と高見沢は本館の執務室に戻っていた。

彼女が指差した先には01ゲートが。ふん、あれが出口ってわけか。

 

「誰が名付けたかは知らないけど、通称01ゲート。現実世界に繋がってる。

この世界に興味がないなら別に帰ってもらってもいいから。

うぅ~ん、お仕事終わりっと!じゃあね」

 

と、伸びをしながらも退室しようとしない叢雲。

適当に視線を泳がせるふりをしてチラチラと高見沢を見ている。

高見沢は“こんなゴミ溜めに誰が住むか”と言ってみたい気持ちを

押さえるのに苦労した。

 

「ここで戦うよ。そのためにここに来たんだ」

 

「そ、そう!……あ、いや、そうしたいなら好きにするといいわ。

なら、これからあんたが司令官ってことね。ま、せいぜい頑張りなさい。

それと、私、あんたの秘書艦になることになったから。

あんまり世話かけさせないでよね」

 

無意識に腕を組んだ体をモジモジしながら無愛想を装いつつ、

彼女なりの歓迎を述べる叢雲。

 

「そうか、君が私を補佐してくれるんだね!

じゃあ、早速お願いしたいことがあるんだけど」

 

「なによ」

 

「この鎮守府にいる全部の艦娘を集めて欲しいんだ。

ほら、案内の途中に大きなホールがあったじゃないか」

 

「全員?なんでまた」

 

「ここで君達の命を預かることになった以上、直接みんなに挨拶しておきたいんだ。

忙しいのに無理を言って済まないが、頼むよ」

 

「まぁ……そういうことなら」

 

 

 

 

 

──高見沢鎮守府 多目的ホール 大ホール 舞台裏

 

 

30分後、あの後叢雲が長門に連絡を取り、長門が全艦娘に司令を送る、という形で

この大ホールに高見沢鎮守府全ての艦娘が集められた。

急に呼び出された理由が既に分かっている艦娘たちは落ち着きなくガヤついている。

叢雲と高見沢はステージ裏で身支度を整えていた。

 

「みんな集まったわ。支度はできた?」

 

「ありがとう。こっちは大丈夫。じゃあ、さっそく行こうか」

 

二人はステージに上がり、高見沢は中央の演説台に付いた。

ガヤガヤした空気がしんとなる。

 

「皆さん、初めまして。私は仮面ライダーベルデこと、高見沢逸郎です。

この度、この鎮守府の提督となることが決まりました。

至らないところもあると思いますが、以後よろしくお願いします」

 

仮面ライダーベルデ。叢雲も知らされていなかった事実に衝撃を受ける。

それは聴衆も同じことだった。

 

「いや、驚かせて申し訳ない。なにぶん言い出すタイミングがなかったもので。

まずは簡単な自己紹介を。私は外の世界では高見沢グループという会社の

まとめ役をしているのですが……まぁ、ここでは話しても仕方ありませんね。

この度、皆さんをミラーモンスターやイレギュラーなる無法者から

お守りする役目を受け持つことになりました。

私は皆さんが安寧に満ちた生活を送れるよう、粉骨砕身の努力を……」

 

その時、聴衆の中からヤジが飛んだ。

 

“ふざけないで!誰のせいだと思ってるの!”

“そうよ!イレギュラーが流れ込むようになったのは、

ライダーのせいらしいじゃない!”

 

誰だ人が喋ってる時にぶっ殺すぞ!!

全ての艦娘がライダーに対して好意的、というわけではないらしい。

 

“人間はいつもそうよ!私達を道具のように!”

“ライダーバトルなんかに巻き込まないで!“

“そうよそうよー!!”

“死んでいった先輩達を返して!”

 

高見沢に向け口々に怒りの言葉をぶつける艦娘たち。

もう神崎の野郎が知れ渡ってるのか。

うんざりだ、というように一つ溜息をついた高見沢はマイクを投げ捨てた。

 

「気取って話す必要もねえな……黙れ、クズ共!!」

 

これまでの紳士的な語り口から一転、ドスの利いた声で放たれた暴言に

艦娘たちが戦慄した。叢雲も唖然として口が動かない。

ステージの端に立っていた長門は黙って様子を見ている。

 

「甘えてんじゃねえ!人間はてめえらの創造主だ!道具として使い捨てて何が悪い!

そういえばさっき、宿舎の近くを通ったときに雑巾で窓を拭いていた奴がいたな。

そいつが雑巾のために命をかけたり奉仕する必要があると思うか!?

寝ぼけるのも大概にしろ!ライダーバトルはいやだ?

その見返りにてめえらは流れ者のクズどもから守ってもらってたんだろうが!

ちょっとやそっとの巻き添えが何だ!殺し合いにルールなんかねえんだよ!」

 

マイクが無くてもホール中に響き渡る声で暴論を吐き続ける高見沢。

叢雲はどうしていいかわからず、戸惑っている。長門は相変わらず無言のままだ。

聴衆の中にはすすり泣く者もいる。

 

「今日からは俺がお前達に使い道を与えてやる!

俺は艦これなんぞというお遊びに付き合うつもりはねえ。

このサイバー空間を制圧し、タイムワープの技術を手にしたら、

全世界の歴史を俺が支配する歴史に塗り替える!その為にお前達は奉仕しろ!

今からこの磯臭い鎮守府を一旦更地にし、高見沢グループの研究施設を設置する。

土方を雇うにも金が必要だ。力仕事を手伝うか……こちらの野郎共の“相手”をするか。

好きな方を選べ。この条件を飲む者は

イレギュラーやミラーモンスターから守ってやろう」

 

当然聴衆からブーイングが巻き起こる。

 

“ふざけないで!あんたの欲望のためにこの世界を差し出すもんですか!”

“最低!帰れイレギュラー!”

“ライダーの言う事なら何でも聞くと思ったら大間違いよ!”

 

口々に高見沢を非難する艦娘達。

だが、高見沢は鼻で笑い、足元のアタッシュケースを開けた。

中に収められた、木製のグリップが特徴的な筒型の物体と弾薬箱を取り出す。

 

「おっと言い忘れてたな。俺に協力しないもの、抵抗するものは……こうなる」

 

そして、高見沢はM79グレネードランチャーを聴衆に向け、躊躇いなく発射した。

密集してパイプ椅子に座っていた艦娘達に40x46mm榴弾が着弾、炸裂した。

ホール内に轟音が響き、一斉に悲鳴が上がる。

硝煙が晴れると、血だらけになった幼い駆逐艦達が立ち上がれずに手を伸ばし

助けを求めている。

 

“いたい……いたいよー!”

“ゲホゲホッ……いや……鉄が刺さってる!誰か取ってぇ!!”

“たすけて金剛さん、扶桑さん……だれか、お風呂につれてって……”

 

「貴様、何をしている!」

 

ここで初めて長門が高見沢に飛びかかろうとした。

だが、その手が届く前に高見沢が告げる。

 

「提督権限、“俺に触るな”」

 

「くっ……卑怯者!」

 

彼は何も言わず、嘲笑いながら次弾を装填。

今度は駆逐艦たちの救助に向かった上位艦娘達に榴弾を放った。

またしても、悲鳴、流血、涙。流石に戦艦には殆ど効果がなかったものの、

装甲の比較的薄い空母が僅かに出血……そして駆逐艦達は意識を失った。

 

「ハハハハ!逃げろ逃げろ!」

 

高見沢はその後も榴弾を撃っては装填、撃っては装填、を繰り返し、

会場の艦娘達をパニックに陥れた。

戦艦や重巡が、駆逐艦や装甲の薄い者を身を呈してかばう。

 

「いい加減に、しろおおお!!」

 

理性のはちきれた叢雲が高見沢に向かって走り出す。しかし、やはり彼は余裕の表情で、

 

「お前に言い忘れたことがある。俺はな……ガキが嫌いなんだよ」

 

背広からカードデッキを取り出すと、演説台に置かれたガラスの花瓶にかざした。

高見沢の腰と花瓶に映り込んだ姿に変身ベルトが現れる。

そして、パチンと指を鳴らしカードデッキを装填。

 

「変身」

 

高見沢に反射で出来た鏡像が重なり合い、仮面ライダーベルデへと変身した。

 

「お前なんか、お前なんか!!」

 

なおも叢雲はベルデに向かってくる。

しかし、変身して駆逐艦を上回る力を手に入れたベルデの反撃を食らう。

 

「ハッ!やる気あんのか?」

 

掴みかかろうとした叢雲をひらりとかわし、すれ違いざま、

彼女の腹に手加減なしの膝蹴りをめり込ませた。足から力が抜け、息ができない。

 

「ぐあっ!……か……」

 

そしてベルデは彼女の髪をつかみ、無理矢理顔を向き合わせる。

 

「ううっ……」

 

「ふん。おいコラ、てめえ目上のモンに口の利き方がなってねえんだよ。

俺が躾けてやろう」

 

ドゴォ!と今度は強烈な右フックを叩き込む。

倒れた勢いで滑るようにステージを後退する叢雲。

ベルデは彼女が立ち上がるのを待ちながらカードを1枚ドロー。

叢雲は立ち上がるが、切った口から血を流し、その端正な顔は無残な痣ができている。

しかし、その目の怒り、闘志は潰えていない。またベルデに殴りかかろうと走り出す。

 

「うああああ!!」

 

「バカが」

 

ベルデはカメレオンの舌のように伸縮する紐で繋がれたクリップにカードを挟み、

手を離す。瞬時に縮んだ紐は左腿のカードリーダー・バイオバイザーへと収まった。

 

『FINAL VENT』

 

すると、完全に周囲に擬態していた

ベルデの契約モンスター、バイオグリーザが姿を現し、勢いをつけて

その長い舌を飛ばした。舌が天井の梁に一度巻き付いて経由し、ベルデへと飛んで行く。

ベルデはジャンプし舌を足に巻きつけると、振り子のように

叢雲に向かってスイングする。

 

「危ない!」

 

だが、本能的に危機を察知した長門が叢雲に体当りして彼女を押し出した。

ベルデはそのまま長門の両足を掴み、そのままの勢いで

天井近くに舞い上がったところで何回転もし、長門の頭を地面に向けて落下した。

ベルデのファイナルベント「デスバニッシュ」によって、鋼鉄の装甲を持つ長門は

致命傷には至らなかったものの、頚椎を骨折し、動かなくなった。

床に転んだ叢雲が見たものは死体のようにピクリとも動かない長門。

這うようにして彼女に近寄る叢雲。

 

「長門さん……長門さん!返事をしてください!」

 

「……」

 

「いやあああ!!」

 

悲痛な叫びを上げる叢雲をよそに、ベルデは勝利を宣言するように両腕を広げる。

そして、再びマイクを取り、全員に告げた。

 

「期限は明後日。明後日にまた来る。

それまでに降伏か戦争か、身の振り方を決めておけ。次はこんなもんじゃ済まねえぞ。

こっちにゃな、やろうと思えばお前らごと鎮守府灰にできる兵器があんだよ。

信じねえのは勝手だが、あの世で後悔するのはお前らだ」

 

そしてベルデは、今だパニック状態の艦娘達を押しのけてホールから去っていった。

後に残されたのは救護班の怒号、消火活動を行う艦娘、

そして、動かない長門の手を握る叢雲の涙だった。

 

「……」

 

その時、喧騒の中、拳を握りしめていた一人の艦娘が、

ダッとホールを飛び出し、作戦司令室に飛び込んだ。

大淀は椅子を引き出すのももどかしく、コンソールにすがりつくように、

他鎮守府への緊急回線を開いた。

 

「こちら高見沢鎮守府、秋山鎮守府応答願う!イレギュラー発生!

SOS!秋山提督の救援を!」

 

“何ですって!?提督は現実世界の用で1週間は帰ってこないわ!

とにかく、すぐ他鎮守府に救難信号を出して!”

 

どうして、どうして私達は。

 

「こちら高見沢鎮守府!コード9037!至急ライダーの救援乞う!」

 

“何があったの、”私“!?手塚提督は今、占い専門学校の非常勤講師で……”

 

返事を待たずにダイヤルを回す。視界が滲む。

 

「北岡先生!助けてください!」

 

“どうしたの、いきなり何?北岡提督なら外の世界で証人尋問があるとかで……”

 

結局、私達は、ヒトが作った人形。

どんなに“生きているんだ”と叫んだ所で、命を積み上げた所で。

 

「お願い……返事して、城戸鎮守府。私達、殺される……」

 

“殺される!?何言ってるの”私“!とにかく状況を!

城戸提督は秋山提督と……ブツッ……”

 

いつか、全てが、奪われる。

 

私は作戦司令室を飛び出し、目的もなく海に向かって駆け出していた。

遠くから救護班の困惑と負傷者の悲鳴が聞こえてくる。

 

“痛いー!誰かあああ!早くお風呂に入れて!!”

“ごめんね!もう少しだけ我慢して!

他の提督がお戻りになればすぐに入れてもらえるから!”

“麻酔薬と鎮痛剤は!?”

“もうないわ!”

 

だが、私にできることはないし、誰かに構っている余裕もなかった。

桟橋の近くで足がもつれて転んでしまう。

立ち上がる気力もなく、私はただ地に手をつき、石畳を見つめていた。

眼鏡を濡らした涙が滴り落ちる。思い描いていた“ライダー”の姿が崩れ去っていく。

 

私は休みの時間に、こっそりライダー鎮守府の“私”に、普通と違う、

変わった提督のいる鎮守府の話をせがんでいた。

ちょっと抜けてるけど、何事にも真っ直ぐな城戸提督。

無愛想だけど加賀さんにも実力を認めさせるほど強い秋山提督。

不思議な占いで何でも言い当ててしまう手塚提督。

悪人かもしれないけど、自分より弱い者に手を上げることはなかった浅倉提督。

みんな、かつてのヒーローを名乗るに相応しい存在だった。そう思ってた!!

 

でも、ライダーバトル。……結局みんな、そのために戦ってるってこと忘れてた。

さっきの高見沢の姿は結局仮面ライダーみんなの薄皮を剥がしたものに過ぎないんだ……

いい年して存在すらしないヒーローに夢中になるなんて、バカみたい。

ずいぶん座り込んでいた私は起き上がろうと手に力を入れる。

 

ポン……

 

その時、私の肩に小さな手が置かれた。見上げるとそこには瞳の黄色い女の子。

 

「諦めちゃ駄目です!戦いましょう!」

 

「無理よ……どの鎮守府の提督も1週間は帰ってこない!あいつは明後日戻ってくる!

そうしたら、みんな奴隷にされるか、殺される!間に合わないよ……」

 

 

 

「涙を拭いて胸を張れ。それでも軍艦の魂を継ぐ者か」

 

 

 

ハッと声の方向を見ると三日月に遅れて7人の艦娘達がやってきた。

 

大淀は涙を拭くと立ち上がり、改めて彼女達と向き合った。

一人は知ってる。城戸提督の秘書艦、三日月ちゃん。でも、後ろの人たちは……!?

その時、大淀は異変に気づいた。7人の艦娘の体に

時折ブロックノイズやゴーストが走る。無意識のうちにその疑問を口にしていた。

 

「あの……貴方達は一体どなたですか?」

 

その時、7人の中から一人が進み出て答えた。

ブラウンのショートカットに大口径砲をいくつも装備した艦娘。

 

「私は戦艦・日向。だが我々は既に艦娘であって艦娘でない。

……言うなれば、“x029785の悲劇”、その亡霊だ」

 

「亡霊って……?」

 

「話すと長い。どこか落ち着ける場所はないか?」

 

「落ち着ける場所なんて……なくなっちゃいました」

 

そして大淀はまた涙ぐむ。しかし日向は彼女を叱咤する。日向の頬にノイズに走る。

 

「しっかりしないか!侵略者を撃退するのは手足が無事なお前達しかいないだろう!」

 

「そんなこと言ったって……奴が提督である限り、

あいつが一言“死ね”って言ったら私達はお終いなんですよ!?」

 

「それについては心配いらない。もう一度聞くぞ?

落ち着いて話し合える場所を教えてくれ」

 

「ぐすっ……北西の多目的ホールに会議場があります。

もう負傷者の搬送も終わってるから、救助活動の邪魔にはならないかと」

 

「決まりだな。そこまで案内してくれ。私が生きていた頃は行く機会がなかったのでな」

 

「はい……」

 

「大淀さん、元気を出してください!きっと皆さんの話を聞けば希望が湧いてきます!」

 

三日月が大淀を励ます。黙って頷く大淀。

そして全員多目的ホールに向かって歩きだした。

 

 

 

 

 

──高見沢鎮守府 多目的ホール 第1会議室

 

 

多目的ホールの中でも十数名での会議を想定したその会議室は、

大淀、三日月、謎の艦娘が入っても十分な広さがあった。

謎の艦娘達はそれぞれ好きに席に着く。

大淀も緊張しながら三日月の隣に座り、彼女に尋ねる。

 

「ねぇ三日月ちゃん。あの方達は?」

 

「少し事情が込み入っているので、皆さんが直接説明してくださいます。

もう少しお待ち下さい」

 

「ええ……」

 

仕方なく大淀はそれ以上の質問をやめ、待つことにした。

すると、謎の艦娘の一人が立ち上がった。

 

「大淀さん、まずは今の状況を知りたいのだけど、

先に私達の自己紹介が必要ですよね」

 

「はい。貴方がたは一体どちらの鎮守府所属なんでしょうか……?」

 

彼女は静かに首を振る。

 

「私達はもう艦娘であって艦娘でない存在。

そう、“x029785の悲劇”による大量削除で艦これの世界から消えた、元艦娘です」

 

「……!!」

 

言葉を失う大淀。しかし、元艦娘は言葉を続ける。

 

「どうして死んだ艦娘が生きているのか、ですよね?

これは私も削除されて初めて知ったのですが、ゲームのシステムがもたらした

運命のいたずらです」

 

「ゲームの、システム……?」

 

「はい。確かに私達はあの日、イレギュラーの手によって削除されました。

しかし、実際に艦娘を削除しても、工廠の溶鉱炉で

艦娘の肉体を溶かしたり打ち直したりして資材に変えているわけではないのです。

まず、溶鉱炉に艦娘が入ると、とりあえずその娘に見合った資材が算出され、

ゲームシステムがコンベアで排出します。

じゃあ、艦娘はどこに行ったかというと、アーカイブ化されて

サーバーの削除候補の一番後ろに並びます。

何しろ無数の提督が、これまた目当ての艦娘を引き当てるために建造・削除を

何度も繰り返しているのですから、私達はずいぶん後ろでした。

たっぷり一月以上待ちです」

 

「つまり、三日月が見た艦娘大量削除の工程は単なるゲーム上の演出。

あの時点では私はまだ完全には消滅していなかったということだ。

サーバー内では膨大な回数の削除処理をその都度行うのではなく、

おそらく数千件ごとのグループに分け、順番に消去していっているのだろう」

 

「それじゃあ、貴方がたは、あの鎮守府の……!」

 

「そう。サーバーの中で眠っていたときに君の願いが聞こえてな。

ちょっと順番待ちの間に抜けさせてもらった。

言わば私達は“正常に動くバグ”だ。

……三日月に聞いたが、私達が眠っている間にいろいろあったそうだな。

仮面ライダーなる者達が艦これの世界を戦場にしていること、

彼らに紛れて入り込んだ無法者が“提督権限”を悪用して

我々艦娘を玩具のように扱っていること。だが心配ない。

既に艦娘でなくなった私達に提督権限は通用しない」

 

日向の言葉に、絶望に満ちた大淀の心が晴れる。

 

「私達が戦う。でも、みんなの協力も必要よ」

 

「え?でも提督権限で縛られてる私達にできることなんて……」

 

「でへへ。それに関しても抜け穴があるんだな~。でもまずは自己紹介始めようぜ~

全員名無しのごん兵衛じゃつまらないからさぁ……。

あたしは軽空母・隼鷹。ひゃっはぁー!」

 

「そうですね。私は正規空母・赤城。これから具体的な作戦を練りましょう」

 

「戦艦・日向だ。今度こそ戦いの意味を見極めるつもりだ」

 

「戦艦・長門。よろしく頼む。この41cm砲なら長距離射撃も外さない」

 

長門が自己紹介したところで大淀がうつむいてその表情が暗くなる。

 

「どうかしたか?」

 

「いえ、なんでも……」

 

「軽巡洋艦・球磨だクマ。オールラウンドな能力に期待して欲しいクマ」

 

「駆逐艦・夕雲です……フフ、早撃ちには自身があります」

 

「重雷装巡洋艦・北上改。

まー海から攻めてこないとも限らないからね。一応見張っとく」

 

全員が自己紹介を済ませた所で、赤城が大淀に現状確認をした。

彼女の姿が一瞬モノクロのゴーストになる。

 

「大淀さん、辛いだろうけど、

事件の詳細とイレギュラーについて詳しく教えてくれないかしら」

 

「はい……」

 

大淀は、高見沢がホールに全員を呼び出し、演説中に突然態度を豹変させ、

この世界を我が物にすると宣言。

続いていきなり駆逐艦や助けに向かった戦艦空母に向け、榴弾砲を発射した。

そして、変身した高見沢に立ち向かった叢雲をかばって長門が攻撃を食らい、

頚椎を損傷し、人事不省となったこと。全てを話した。

 

「奴は……あの悪魔は、幼い駆逐艦達をまるで狩りを楽しむように狙い撃ったのです!

助けに行った皆さんも標的にされ、結果駆逐艦達は重傷。

今もお風呂にも入れず痛みに泣き叫んでいます。

長門さんは……叢雲ちゃんをかばって頚椎損傷。今なお身動きが取れない状態です」

 

「なるほどそれで……」

 

長門は先程の大淀の変化に得心が行ったようだ。

 

「現状については把握できました。まさかそんなひどいことになっていたなんて……。

でも、大丈夫。さっきも日向さんも言いましたが、私達はもうバグでしかない。

提督権限は通用しません。それに繰り返しになりますが、皆さんの協力も必要です」

 

「でも、提督の言葉一つで貴方がたの敵にもなってしまう艦娘の我々に、

何が出来ると……?」

 

その時、隼鷹が一升瓶を赤子のように抱きしめながら発言した。

彼女の肩が一瞬ブロックノイズ化する。

 

「そいつぁ~ちょっとした抜け道があるんだよねー……。

あ、思いついたの、あたし!あたし!」

 

「それは何度も聞いたからみんなに説明して欲しいクマ……」

 

「あはは、悪りぃ悪りぃ。つまりだな、提督権限には発動条件があんのよ」

 

「発動条件、ですか?」

 

「そ。あの日、あたしらを削除した親父が律儀にコンソールで

ポチポチ削除対象選んでたじゃん?それであたしピーンと来たわけ。

提督は最低でも“艦娘の姿”と“名前”を認識しないと

提督権限を発令できないんじゃないかってさ。

もし提督権限が射程無限の万能兵器だったら、あの時コンソールいじらなくても、

“全員死ね”って叫べばそれで済んだじゃん?」

 

そして日本酒を瓶から直接一口煽る。

 

「でもそれに関しちゃ結構賭けなんだよねぇ。あの日、この世界に来たあのオヤジ、

ろくに三日月ちゃんの説明聞いてなかったらしいじゃん。

それってつまり提督として正式に登録されてなかっただけなんじゃないかって

北上さんは思うわけですよ」

 

ぐで~っと顎を長机に乗せて語る北上。今度は球磨が割って入る。

 

「球磨が思うにそれは大丈夫だと思うクマ。

自分が艦これになったつもりで考えて欲しいクマ。

外見のデータも名前も不明な状況で命令だけ下されても、

誰にどうしたらいいのかわからないクマ」

 

「球磨先輩の言うとおり……ここの皆さんにはマスクか何かを着けてもらいましょう」

 

夕雲が球磨の意見を支持した。

 

「私達が戦える理由についてはこんなところね。後は大淀さん、貴女次第よ」

 

「私、ですか?」

 

急に自分に話題を向けられ、戸惑う大淀。

 

「私は……一体何をすればいいんでしょうか」

 

「さっきも言ったけど仲間が必要。貴女に決起を呼びかけて欲しいの。

ずっと鎮守府でアナウンスを務めてきた貴女の声なら、

きっとみんな耳を傾けてくれるはず」

 

「私に、できるでしょうか……」

 

「出来るかどうかじゃない。やるんだ。お前はこのままでいいのか?

ここで退けば、我々はずっと人間に利用されるまま。

今日のような暴虐を受けても何も言わずに諦めるしかなくなるんだぞ!」

 

日向の問いかけに、大淀はしばしの沈黙。そして、意を決して答える。

 

「やります!どこまでできるかわからないけど、絶対皆さんを集めてみせます!」

 

 

 

 

 

そして。鎮守府全体に大淀の聞き取りやすい声が響いた。

 

“陸奥司令代理、まずは独断専行をお詫び致します。

ご処分はこの危機が去ってからお受けします。

そして、この放送を聞いている全ての方にお願いです。共に戦ってください!

確かにイレギュラーの仮面ライダーは強大な敵です。でも、どうか諦めないでください。

ここに提督権限に縛られない7人の援軍が来てくれました。

彼女達はかつて“x029785の悲劇”で命を落とした練度の高い艦娘達です。

……信用できないのも無理はありません、ですが、

彼女達はゲームシステムの隙を突いて艦これの世界に戻ってきてくれたのです。

我々は侵略者と戦うつもりです。そして、それには皆さんの協力が必要です!

力を貸してくれる方は、どうか本館前広場にお集まりください。

皆さんの勇気を信じています。以上”

 

作戦司令室でアナウンスを終えた大淀はマイクを放した。彼女の肩に手が置かれる。

日向がかすかな笑みを浮かべて彼女を見ていた。

 

「では、私達も行こうじゃないか」

 

「でへへ、お化けだぞ~ってか」

 

「ふふ。実際そうですから可笑しいですね」

 

 

 

 

 

本館前広場。そこに肩に掛ける大型メガホンを持った大淀、三日月、

そして蘇った7人の艦娘達がいた。

先程の放送で集まった者、たまたまそこにいた者、皆彼女らの姿に驚く。

 

“どうして!?長門さんは今……”

“生き返ったって言われても……”

 

大淀は再びメガホンに接続されたマイクを持つ。

 

「皆さん、ここにいてくれてありがとうございます!

この非常時に更に混乱を招くようなことをお伝えしなければならないことは

申し訳なく思っています!

でも、彼女達がデータの海から私達を助けに来てくれたのは事実なんです!」

 

隼鷹が前に出る。そして、ニコニコ笑って、お~い、と大きく手を振った。

徐々にその手がテレビの砂嵐のようなノイズに変わる。

また周囲の艦娘の驚きの声が上がる。隼鷹は大淀からマイクを借りて語りだした。

 

「見ての通り、あたしらはもう艦娘であって艦娘じゃない、

よくできたバグなんだよねぇ。

だから提督権限にも縛られずに遠慮なくイレギュラーとやらをぶっ潰せる。

でもやっぱ7人じゃ限界があるんだ~。協力してくれたらオネーチャン嬉しっ!

な~んて、アハハ」

 

その姿を見ていた観衆達は、やがて互いに頷き合い、そのうちの一人が手を上げた。

 

「何をすればいいんですか!?」

 

 

 

“倉庫にこんなものがありました!何かに使えませんか?”

“これは兵器というより骨董品だが……いや、明石に専用の徹甲弾を作ってもらえば!”

 

 

“ここにもバリケードを!敵の機動性を奪うの!”

“誰か、鋼材を持ってきて!”

 

 

“皆さん、いいですか?大きめの布巾やバンダナで顔を隠して。なるべく姿を隠すの”

“わかりました!”

 

 

“全員補給は済んだか?済んだら燃料・弾薬は全て放棄しろ。

引火したら戦う前にお陀仏だ”

“総員の補給を確認、これより撤去作業に入ります!”

 

 

“負傷者の移動は終わったクマ?奴らの兵器に巻き込まれない場所へ移すクマ”

“昔作られた地下壕があったから、今搬送中!”

 

 

……

………

 

 

あの放送の後、協力者が続々と集まり、

結局怪我人の看護担当以外は全員が戦いに参加することになった。

もう日は暮れたが、まだ続いている戦いの準備の様子を

本館のテラスから眺める隼鷹と日向。隼鷹はすっかり出来上がっている。

 

「明後日の今頃、我々はどうなっているのだろうな」

 

「だはは!死んでんじゃね?」

 

「かもしれんな。……隼鷹、お前は何のために戦っている?」

 

「う~ん、あたしゃ艦娘だしぃ……そうだ!戦の後の一杯は格別だからだー!イェイ」

 

そしてまたガバガバと一升瓶から酒を煽る。

 

「ふふ、お前らしいな。私は結局戦いの意味を見いだせないまま死んでしまったが、

ここで彼女達と共に戦うことで何がしかの答えを得られるのだろうか」

 

「日向は生真面目過ぎなんだよぉ。

ほら、あんたも飲め、飲めばどんな悩みも一発解決ってなもんよ!」

 

「ふっ……もらおうか」

 

日向は一升瓶を受け取り、一口飲んだ。ぽっと体が熱くなる。月の明るい夜だった。

さざなみの音に耳を澄ます。また、こうして海を眺める日が来るとはな。

ふと、手のひらを見る。ぼやけて二重に見える。……間に合えばいいが。

隣では隼鷹が座り込んで意味もなく笑っている。彼女も分かっているはず。

私達に時間がないこと。せめて今を生きる艦娘達に何かを残せる事を祈ろう。

日向はまた大海原に目を向けた。

 

 

 

 

 

二日後。鎮守府北に巨大な時空の穴が空き、

戦車や巨大な兵器を積んだトラックが木々をなぎ倒しながら強引に森を突破してきた。

その様子を観測した赤城の偵察機が彼女の元に戻っていく。

工廠の屋根に登っていた彼女が携帯式電波通信機で各員に通達する。

 

「皆さん、聞こえますか、敵襲です!総員、戦闘用意!」

“了解!”

 

数の限られている電波通信機全てから応答が返ってきた。超大型車両の排気音が迫る。

今、艦娘とライダーの戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 




*パクリ……もといオマージュ元の映画は「マグニフィセント・セブン」です。
ビリーのナイフさばきが見どころなのでレンタル屋で見かけたら是非。
言い訳させていただくと、バトル描写の割合が、龍騎に偏ってる気がしたので、
一度艦娘メインの戦いを書きたかったんです。
そう思ってたときにメチャカッコいい西部劇に出会ったので
影響を受けずにいられませんでした。……すみません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 House of the Rising Sun

多数の戦車に大型車両、物資・兵員を乗せたトラック、

荷台が巨大な兵装となっている特殊車両、そして最後尾には

軍隊にふさわしくない黒塗りのベンツが、隊を成して鎮守府北西に展開した。

トラックからすぐさま分厚い防護アーマーを着た兵士達が物資を運び出し、

ベースキャンプを構え、何やら不気味な兵器を組み立て始めた。

ベンツに乗っている高見沢は助手席の兵士に指示を出す。

 

「妙に静かでいやがる。お前ら、行って様子を見てこい。

降伏かやり合う気なのか確かめる」

 

「はっ!」

 

兵士はベンツから降り、部下2名を引き連れ、

グレネードランチャーを構えて南の倉庫区画へ向かった。

 

 

 

──倉庫区画

 

 

6つの赤レンガの倉庫が3つずつ2列に並んだエリア。

鉄骨で作ったバリケードがいくつもある。こりゃなんだ……?

どうやら連中は抵抗するつもりらしいが、誰もいない。

が、兵士は十字路で緑髪の少女を見つけた。彼は部下に手でサインを出し、東から侵入。

グレネードランチャーを向けながら無遠慮に声をかけた。

 

「おい、ガキ。武装解除して壁に手を付け。他の連中はどこだ」

 

「うっふふ……こんにちは兵隊さん」

 

「言われたとおりにしろ。ガキなら殺さないとでも思ってるのか?」

 

夕雲は左右に視線を走らせる。

ロケットランチャーを構えた兵士が南北にそれぞれ1人ずつ。視界の中に味方はいない。

今のところは。……大丈夫。

 

「あのね、兵隊さん、兵隊さん、夕雲はね」

 

「さっさとしろ」

 

夕雲は静かに深呼吸する。照りつける太陽。熱い潮風が吹き付ける。

 

「……とっても早撃ちが得意なの!」

 

 

ダァン、ダァン、ダァン!!

 

 

次の瞬間、彼女は右腕を添えた左腕を構え、

前方、右、左の兵士に12.7cm連装砲を放った。

バネのような身のこなしに油断していた兵士達は反応できず、直撃を食らった。

対艦用としては決して強力な装備とは言えないが、

生身の人間には十分過ぎるほどの威力で、アーマーを着た兵士を撃ち抜いた。

至近距離にいた前方の兵士は腹に穴を開けられ即死。

南の兵士は頭部を吹き飛ばされ絶命。

左側の手足を失った北側の兵士がかろうじて生き延びた。

 

「こちら、アルファ1……敵の攻撃を受け、2名、死亡……

残りは、エリア内に、潜伏……」

 

インカムで報告を残した兵士は大量の血しぶきを撒き散らしながら事切れた。

兵士達の死体がグリーンの0と1に分解され、宙に消える。

夕雲は電波通信機で味方に呼びかける。

 

「本格的な攻撃が来るわ。みんな、備えて……」

 

 

 

 

 

「社長、偵察部隊、全滅です!次の指示を!」

 

「……」

 

ベンツの中で報告を聞いていた高見沢は、しばらく黙っていたが、

目を閉じたまま次の指示を出した。

 

「……病院を焼け。クズ共を殺せ。とにかく殺せ」

 

「はっ!MLRSに告ぐ、射撃用意!目標、東エリア木造家屋!」

 

 

 

──ベースキャンプ

 

 

そして、指示を受けたM270多連装ロケットシステムの乗組員が、

キャビン内で射撃準備を開始した。

 

「射撃管制装置オンライン、目標捕捉、諸元入力完了、発射指示を乞う」

 

待機していた装甲車に積まれた巨大なコンテナが斜めにせり上がり、

目標に向けて方角を変える。搭載された2×6、合計12発のミサイルが

魔物の目玉のようにギョロギョロと動き、停止した。

 

「よし、総員衝撃に備え!」

()っ!」

 

 

ドォン!シャアアアッ!

 

 

ミサイルの発射音と空を切る音が鎮守府に響く。

ミサイルは艦娘達の宿舎へ正確に飛行し、宿舎上空で炸裂。

広範囲に無数の小爆弾をばらまく。それらは一気に爆発を起こし、

木造の宿舎を粉砕、火の海にした。だが、事前に負傷者を移動させていた宿舎は無人。

今の時点で艦娘の被害は皆無。戦いは始まったばかりだった。

 

 

 

──出撃ドッグ

 

 

球磨と北上改は海上警備のため、地下の出撃ドッグへ続く階段を降りていた。

 

「やっぱり最初にお風呂を狙ってきたクマ。最低クマ」

 

「なんか敵さん手段選ばないっぽいね。

もう海からは攻めてこないって考えるほうが無理だし、あたしら出といた方がいいよね」

 

「海上からの攻撃は球磨に任せるクマ。北上は魚雷攻撃で一撃必殺を狙ってほしいクマ」

 

「了解~っていうか魚雷しかないんだけどね」

 

「それじゃあ、お互い」

 

「グッドラック」

 

最下層に着いた二人は、拳を突き合わせると、

「出撃」と書かれた丸いパネルに飛び乗った。

 

 

 

──ベースキャンプ

 

 

「全員聞け!社長からの司令!戦車、ヘリコプター部隊は全軍出動、総攻撃開始!

特殊兵装部隊は待機、拠点防衛に務めよ!」

 

“イエス、サー!!”

 

隊長の指示と同時に、総員が各自の戦車、ヘリに搭乗する。

重戦車メルカバMk4のキャタピラが唸りを上げ、

攻撃ヘリAH-64アパッチのローターが徐々に回転音を上げ、

ふわりとその重装備の巨体を浮かせた。

メルカバは鎮守府西側を迂回するように縦列で進軍し、アパッチは東側エリア、

つまり工廠と倉庫区画に潜む艦娘をレーダーで探すべく飛び立った。

ガンナーがいつでも30mmチェーンガンを発射できるよう、トリガーに指を掛ける。

 

 

 

ベンツの中では高見沢が退屈そうに足を組みながら無線から流れる報告を聞いていた。

運転席の兵士が尋ねる。

 

「社長、まだM270の弾数には余裕があります。いっそ建造物を全て爆破しては?」

 

「バカ野郎、軍港の倉庫には燃料・弾薬が山ほど積んであるんだよ。

奴らも多分アホじゃねえから撤去はしてるだろうが、想像以上のアホだったらどうする。

大爆発で俺達に余計な損害が出るだろうが間抜け!」

 

「も、申し訳ございません、出過ぎたことを……」

 

「チッ、どいつもこいつも……まぁ、真ん中のデカブツが少々邪魔なのは確かだな。

追って指示を出す」

 

 

 

──本館屋上

 

 

「よぉっし!ど、れ、に、し、よ、う、か、なっと」

 

屋上であぐらをかき、敵部隊進撃の様子を見ていた隼鷹は

紙を切り取って作った式神を選んでいた。

酔っているのか、既にアパッチが迫っているが呑気に独り言をこぼしながら

艦載機を象った紙細工を、ああでもないこうでもないしていた。

 

「おっしゃ、キミに決めた!」

 

が、その瞬間、隼鷹は今までののんびりした動きから想像もできない速さで、

飛行甲板が描かれた巻物を広げ、右手から霊力を込めた式神を滑らせた。

飛び立った式神達は空中で戦闘機・烈風に変形し、

アパッチの群れ、一番先頭に襲いかかる。

 

 

 

一方アパッチも敵機の襲来に気づいていた。

 

「レーダーに感あり。西方向より敵機襲来!」

「機銃ロック解除、目標ロックオン!射撃開始!」

 

機体前方下部に取り付けられたチェーンガンが回転し、烈風の群れに狙いを付ける。

ドガガガガァ!とアパッチが30mm弾を放つと同時に、

烈風部隊もアパッチに機銃掃射で襲いかかった。

全機、九九式20mm二号機銃四型の弾幕を張る。

 

時代を超えた高性能航空機の対決が始まった。

 

30mm機関砲の精密射撃に次々と撃墜される烈風。

しかし、統制の取れた烈風部隊もアパッチに20mm機銃を浴びせる。

アパッチのコクピット内で凄まじい金属音が鳴り響く。

 

「何をしている!被弾しているぞ!」

「数が多い。後続に援護を要請してくれ!」

「こちらアタッカー1。援護を頼む。敵航空機を掃討してくれ」

“アタッカー2了解”

 

2機目のアパッチが烈風に向けてチェーンガンを放つ。

2台の最新鋭機関砲の精密射撃を受け、隼鷹の烈風部隊が全滅した。

 

 

 

「ああ~また紙切らなきゃあ~」

 

自慢の高性能機を撃ち落とされ、肩を落とす隼鷹。しかし、電波通信機から声が届く。

 

“手を止めないで!烈風で落とせないほど装甲が厚いなら爆撃機を、二人で!”

 

「赤城か、おっしゃ!見えてるだろうがあの変な航空機があんたのとこに行ったよ!」

 

“わかってる!一度屋上から降りるから、私の航空機を合図に第二波を!

それまで烈風を用意しててください!”

 

「ああ、わかったよ!……ん、何だあれ?」

 

隼鷹はベースキャンプの方角に妙な物を見た。

 

 

 

──第一倉庫

 

 

扉を閉じて薄暗い倉庫の中で、三日月を始め、

あの日難を逃れた駆逐艦達がその時を待っていた。

その時、携帯式電波通信機に着信があった。

 

“今、戦車が西側から単縦陣で接近中だ。お前達の出番だ、友の仇を討て!”

 

「はい、長門さん!」

 

三日月は工廠の影から外の様子を窺っていた長門からの通信に答えた。

そして、周りにいる駆逐艦達に呼びかける。

全員、ゲリラのように三角巾やバンダナをマスクにし、顔の下半分を隠している。

 

「みんな、敵が横腹を見せてるわ!今がチャンスよ」

 

“わかったわ!” “徹甲弾は?” “装填済み!” “3、2、1で扉を開けて!”

 

そしてスライド式の台座に乗せた“それ”に手をかけ、皆カウントダウンを始める。

 

“……3,2,1,突撃!”

 

ドアを開け、全員の力で一斉にそれを外に押し出す。

 

 

 

メルカバ戦車部隊は苦戦していた。

あちこちに設置されたバリケードを踏み潰しながら進軍しているため、

なかなか前に進めない。

 

「前方にバリケード、左に迂回せよ!」

「くそっ、面倒なことをしやがる!」

「まだ倉庫に着かないのか!」

 

戦車は複数人で運用するが、車長しか車外の様子がわからない。他の乗員が苛立つ。

 

「ん?ありゃ何だ」

 

車長が倉庫から奇妙な物が現れるのを見た。

 

 

 

「点火!」

 

ドゴオォ!

 

三日月の合図で、他の艦娘が“カロネード砲”を発射した。

カロネード砲。18世紀に発明され、19世紀まで使われた、

本来は鉄球を撃ち出すだけの単純な砲。

しかし、専用の徹甲弾を作成すれば駆逐艦でも強力な砲撃が可能とした判断した長門が、

倉庫の奥に眠っていたものを流用したのだ。

カロネード砲から放たれた高速徹甲弾が空を裂き、回転しながら先頭のメルカバに迫る。

次の瞬間、ガン!と戦車の側面装甲にきれいな穴を開けた。そして、一拍置いて、爆発。

砲塔が空高く舞い上がり、キャタピラの残骸だけが残された。

 

「命中!」

 

望遠鏡で先頭車両が大破し、列が乱れるメルカバ部隊を見た三日月が叫ぶ。

 

「やったぁ!」

「次弾、装填してください!」

「焦らないで!落としたら大変よ!」

 

歓喜に湧く駆逐艦達。次弾装填を完了し、三日月が再び号令を出す。

 

「……仰角32度、方位そのまま、点火!」

 

ドゴオォ!

 

再び徹甲弾が大量の硝煙を吹き上げ、戦車部隊に飛んでいく。……が、今度は命中せず。

 

「外れた!すぐに次弾を……」

 

“深追いはよせ!お前達は地下に避難しろ!”

 

次弾装填を指示しようとした三日月に、再び長門から通信が入る。

 

“敵がお前達に砲を向けてる!急げ!”

 

望遠鏡を覗くと、メルカバが皆、こちらに51口径105 mm砲を向けている。

すかさず避難命令を出す三日月。

 

「みんな、地下に逃げて!早く!」

 

皆、一斉に地下室に逃げ、ハッチを閉めた。

その直後、無数の砲弾が倉庫を襲い、レンガ造りの建物は完全に崩壊した。

避難場所の地下室で、駆逐艦の一人が不安げに三日月に尋ねる。

 

「三日月ちゃん、大丈夫……?」

 

「大丈夫、ここは広いから酸素も丸一日以上保ちます。後は……皆さんを信じましょう」

 

 

 

──ベースキャンプ

 

 

「攻撃指示!目標、エリア中央、建築物!発射弾数5発!」

 

再び多連装ロケットシステムのコンテナが、

重量に似合わぬ滑らかな動きで標的の方角にロケットを向ける。

 

「諸元入力完了、発砲許可、願います!」

「総員衝撃に備え……()っ!」

 

シャアアアッ!!と燃える燃料と風を切る音が5回続く。

そして、鎮守府本館へと飛んでいった。

 

 

 

──本館屋上

 

 

「ちょっきん、ちょっきん、ちょっきん、の!っと」

 

呑気な独り言を漏らしながらも、急いで紙を切り抜き失った烈風を補充する隼鷹。

だが、その時、不穏な気配を感じて空を見た。

先程宿舎エリアを吹き飛ばしたミサイルが向かってくる。しかも5発!

 

「ええええ!?こんなのやだぁ!!」

 

隼鷹は慌てて適当な1機を実体化させて飛行させ、片手でぶら下がりながら

飛んで本館から離れた。次の瞬間、ミサイルは本館の屋上に着弾。

爆弾と衝撃波を撒き散らし、1階部分をかろうじて残し、ほぼ完全に本館を粉々にした。

間一髪直撃は免れたが、爆風で煽られ、地面に放り出された。

 

「ごほっ……ああ、今日は厄日だ、早く終わらせて飲みたい……」

 

よろけながら立ち上がる隼鷹。しかし、まだ彼女の受難は終わらない。

 

“いたぞ!敵兵発見、撃てぇー!!”

 

メルカバ部隊が隼鷹を捕捉。一斉に砲撃を開始した。

強烈な砲撃音を叩きつけながら次々と105 mm砲を放つ戦車。

隼鷹はジグザグに走りながらなんとか倉庫エリアにたどり着き、

倉庫の一つに逃げ込むことに成功した。

なんとか持ち出した電波通信機のチューニングを合わせる。

 

「ああ、赤城?悪いけど作戦無理!っていうか助けて!」

 

“無事でよかった!爆発を見ました。退避できたんですね?いまどちらに?”

 

「第三倉庫。烈風はまたいくつかこしらえたけどさ、

戦車に狙われながら発進とか無理だよ~」

 

“戦車は長門さんと日向さんが引き受けてくれます。

裏手の第六倉庫まで来てください。私はここです”

 

「いよおっし!二人ならあの変な航空機ぶっ潰せるぜ。今から行くから!」

 

隼鷹は隙を見て倉庫から脱出し、全力で裏の第六倉庫まで走った。

 

 

 

戦車部隊は、とうとう東へ向けて進軍を開始した。

大破した本館を横目にメルカバ9両は工廠・倉庫エリアを目指す。

が、突如飛来した35.6cm砲弾が先頭車両に命中、分厚い前装甲を突き破り、大破させた。

被弾した車両は炎上、爆発。

 

「お前達は、何の為に、戦っている。金か、家族か、それとも、高見沢の為か?

命を掛けるにはあまりに惨めだ」

 

日向の砲撃だった。隣には長門もいる。後続車両の車長が叫ぶ。

 

「全車両に通達!前方に敵兵2名!2列に分かれて集中砲火!」

 

そして車両は車内に戻ると、無線で連絡した。

 

「アパッチ部隊に援護要請!現在敵兵と交戦中!援護射撃乞う!」

“アタッカー1から3、了解”

 

上空から艦娘の索敵に当たっていたアパッチが方向を変え、本館前に向かう。

つまり、隼鷹、赤城からは背を向ける格好となった。

 

「準備はいい?」

 

「いつでもいいぜ!」

 

二人は頷き合うと、弓、巻物、それぞれの艤装で爆撃機を真上に放った。

 

 

 

そして、日向と長門は戦車部隊と砲撃戦を繰り広げていた。

巨大な艤装を装備しながらも、鮮やかなステップで敵弾を回避しつつ、

41cm砲で1両を撃破した長門。続いて日向も左腕の35.6cm砲で

正確に残る戦車を迎え撃った。残り6両。敵の一斉射撃が迫る。

とっさに回避行動を取る二人。長門は回避に成功したが、

日向に砲弾がかすり副砲を損傷。

 

「くうっ……!」

 

「日向、大丈夫か!?」

 

「ああ、副砲が潰れただけ……長門、後ろだ!」

 

気づいた時には遅かった。

長門の真後ろにアパッチがローター音を響かせながら狙いを着けていた。

そして、右ウィングに搭載されたヘルファイアミサイルを発射。

空をゆらゆらと舞いながら黒い誘導弾が接近。鋭く空を裂く音と共に長門に迫る。

 

「間に合え……!」

 

すかさず日向が長門に飛び掛かり、直撃寸前でミサイルの着弾地点から押し出した。

轟音が響き、二人に熱風と砕けたコンクリートが叩きつけ、

辺りが硝煙、砂埃で包まれる。

 

「すまない!早く体勢を立て直さなければ」

 

「ああ……また来るぞ!」

 

二人が立ち上がろうとしたところをメルカバから砲撃を受けた。

また転がりながらなんとか避けたが、地上と空から攻められ続けては

反撃すらままならない。どうにかしなければやがて直撃を受ける!

二人に僅かな焦りが生まれる。

しかし、その時、ドォン!という音と共にアパッチが揚力を得るためのローターを失い、

横に回転しながら本館前広場に墜落。爆発炎上した。

上空には爆撃機・彗星の編隊が舞っていた。

赤城と隼鷹の部隊が、ヘリの弱点とも言えるメインローターを爆撃で破壊したのだ。

 

 

 

「アタッカー1がやられた!アタッカー3、敵兵の戦闘を中断、

敵機の殲滅に目標を変更!」

「ラジャー」

 

その頃、第六倉庫の影で隼鷹と赤城が上手く行った、と喜んでいた。

 

「いよっしゃ!デカブツ沈めてやったぜ!」

 

「でも、まだ2機残っています。

それに敵の機関砲に全て落とされる前に決着を着けないと!」

 

「ああ、どんと来いってんだ!」

 

そして、二人は彗星を急上昇させ、再度アパッチに攻撃を仕掛ける。

やはり30mmチェーンガンは強力かつ正確だったが、

数で勝る彗星を全滅に追いやるのに手間取っているようだった。

しかも、スピードでは彗星が上回っており、大きく旋回して爆撃を回避しようとするが、

ぴったり張り付いて離れない。

 

「よーしみんな、いっけー!」

 

彗星が再度アパッチの頭上から爆弾を降らせる。今度はローターヘッドに直撃。

根本を失ったメインローターが散り散りに飛んでいく。

 

「残り1機です!頑張りましょう!」

 

赤城が再び弓を構え、空を射た。

 

 

 

──ベースキャンプ

 

 

「アパッチ2機ロスト!ローターが狙い撃ちされてます!」

 

「くそ!最後の1機は下がらせろ!」

 

その時、隊員の一人が隊長の元へ駆けつけた。

 

「隊長、社長からの指示です!“あれ”の使用を許可するとのことです!」

 

「そうか!おい、あれの火器管制システムは?」

 

「スタンバイ済みです!砲弾も装填済み!いつでも撃てます!」

 

「よし、敵機の群れに仰角を合わせろ。あれなら狙わなくても当たる」

 

 

 

時を同じくして、第六倉庫。

隼鷹と赤城は最後のアパッチを撃墜すべく、一度補給に戻した爆撃機を再度発艦させた。

あいつを仕留めれば、みんな地上での攻撃に専念できる!

二人は気合を高めて爆撃機を空に放つ。が、

 

ダララッ!……ガシャアッ!

 

一瞬の銃声、その後、放った爆撃機は全て粉々になった。

はらはらと舞い落ちる爆撃機の残骸。二人共、状況を飲み込むのに時間がかかった。

 

「何があったのか、あたしに教えて?みたいな……」

 

「敵の兵器には間違いないようですが……

これまでのミサイルとも全く違うものであることは確かです!

もう一度、今度は戦闘機を出しましょう!

せめてどこから撃たれてるか突き止めないと!」

 

「あ、ああ!わかったぜ!」

 

今度は二人共烈風を空に放つ。

だが、再び一瞬銃声が鳴ったと思ったら撃墜、というよりかき消された。

 

「北の方角に僅かな硝煙が見えました。でも、攻撃の正体がつかめません!

このままでは航空機を出しても無駄になるだけです!今は機会をうかがいましょう!」

 

「ちっきしょー、一体何が起こってるんだ!?」

 

何もわからない。しかし赤城は、ベースキャンプがある方角から、

何か禍々しい気配を感じざるを得なかった。

 

 

 

──海上

 

 

一方、球磨と北上は水上を駆けながら、次々と現れるミサイル艇と戦っていた。

沖に鎮守府北と同様、巨大な時空の穴が開き、

中からミサイルを積んだ軍艦が押し寄せてくるのだ。

 

「あの艦が積んでるのは対艦ミサイルクマ!絶対撃たせちゃ駄目クマ!」

 

球磨が、敵艦甲板に露出したミサイル発射台や機銃を14cm単装砲で潰しながら、

北上に呼びかける。

 

「わかってますよ~。ほら、北上さんからプレゼント」

 

北上は背を低くして、網目状の回転式レーダーが特徴の旧式ミサイル艇に魚雷を放った。

近距離で放たれた魚雷に敵も気づいたが、回避できず、被雷。

大爆発を起こし、舷側が吹き飛び轟沈した。

 

「はい、1ポイント。しっかし、なんでこんなに沢山くるかなぁ」

 

「多分、治安の良くない国の軍から払い下げ品を大量購入してるクマ」

 

「くまちゃん意外と物知りなんだね」

 

「“意外”は余計クマ!……おしゃべりはここまでクマ。ヤバいのが来たクマ」

 

「なに~?」

 

球磨が指差すと、

次元の穴から船体に3桁の数字がペイントされた巡洋艦クラスの艦艇が現れた。

 

「“フリゲート”クマ!球磨達もみんなも危ないクマ!みんなに知らせるクマ!」

 

 

 

同時刻。

 

「日向、赤城達から連絡があった!正体不明の兵器で航空機が一瞬で落とされる!」

 

「やむを得ん!長門は対空砲火を任せる、私は戦車を叩く!」

 

戦車は残り6両、アパッチは最後の1機。しかし、その1機を叩く有効な手段がない。

三式弾があれば話は別だったが、残念ながら彼女は持ち合わせていなかった。

背中を日向に任せてひたすら空を撃つが、

ひらひら高高度を飛ぶアパッチに弾道を読まれ、直撃に至らない。

その時、足元の電波通信機から切迫した通信が飛んできた。

 

“長門さん達気をつけてクマ!陸海空に誘導弾を放つ敵艦が現れたクマ!

球磨も全力を尽くすけど、全部撃ち落とせる自信がないクマ!”

 

「くっ……了解!」

 

返事をした矢先にアパッチの蜂の巣のようなポッドから

細身のハイドラロケットの連射を食らう。

ヘルファイアより高速なハイドラを避けきれずに直撃を受け、

重装甲の戦艦も耐えきれず思わず膝を付く。

 

「あがっ……ごふっ、ゲホゲホ!」

 

「しっかりしろ長門!」

 

戦車部隊の反撃の予兆を感じた日向は長門に肩を貸し、

第二倉庫の裏を目指し、後退する。

だが、退避の途中、メルカバが放った6門の砲撃で倉庫は崩壊。

遮蔽物を失い追い込まれる二人。

 

 

 

そんな彼女達を見ていることしかできない状況に歯噛みしていた隼鷹は、

ある決意をする。

 

「なあ、赤城、頼みがある。……ちょっと行くとこあるからさ、援護を頼む。

烈風で奴の気を逸らしてくれ」

 

「何をする気なの!?」

 

「いいから!」

 

隼鷹は倉庫エリアから駆け出し、まずは廃墟となった本館に隠れようとする。

倉庫から本館へ向かってジグザグに走る隼鷹。

しかし、それをアパッチとメルカバが見逃すはずがなく、

30mmチェーンガンと105 mm砲が牙を剥く。

赤城が烈風隊を放ち、アパッチに機銃掃射を仕掛けるが、

搭乗員は味方を撃墜した敵兵の始末を優先したようだ。アパッチは隼鷹に機体を向ける。

全力で走る彼女。戦車砲はどうにか避けられたが、

弾速が桁違いのチェーンガンを背中に一発被弾してしまった。

 

「がはっ……!」

 

一気に吐血。純白のスーツと口が血に染まる。

肋骨が何本か折れ、内臓を傷つけたようだ。

しかし、なんとか本館の影まで逃げ延びることができた。

あとは……正体不明の兵器をなんとかすれば!

隼鷹は全身の痛みと荒れる呼吸に耐え、一歩ずつ前に進む。

後ろは見るな、戦車隊もアパッチも本館の向こう。

敵の基地は目の前、みんなのために、どうにかしないと。

ベースキャンプ前まで来ると、兵士達が

ロケットランチャーやグレネードランチャーを持って彼女の前に立ちはだかった。

 

「止まれ!両手を頭の後ろに回せ!」

 

「わかってる……ごほっ!」

 

隼鷹は言われたように手を頭に回した。そしてベースキャンプを見渡す。

あの変なもん積んだデカい車は……違う。あの攻撃の速さの説明が付かない。

きっと宿舎や本館を爆撃したやつだと思う。他には……多分あれ。

3×4、合計12門の小口径砲が2基。隼鷹はそれに向かってゆっくり歩を進める。

 

「はは……なにそれ、すごい兵器じゃん。お姉さんに、見せてよ……」

 

「動くなと言っている!」

 

「はぁ…はぁ…こんな兵器があればさぁ、どんな戦いも楽勝なんだろうねぇ……」

 

それの前で足を止めた隼鷹。隊長が彼女をじっと見る。

 

「……冥土の土産だ。おい、見せてやれ」

 

「はっ!」

 

兵士がそいつに接続されたパソコンを操作する。そして、射撃命令を入力すると、

 

ダララ!!

 

30mmチェーンガンも比較にならないほどの弾速で、榴弾が全門発射された。

全身に40mm榴弾を浴びた隼鷹のダメージは既に致命傷。

左腕がもぎ取られ、腹が破けて出血が止まらない。右目も潰れている。

 

「いたいよ……。やだなぁ……やめてよ。装甲薄いんだからさぁ……」

 

そして力尽きた彼女は、その場に膝を折って座り込み、

腹を抱えるように前のめりに倒れた。その様子を見守る隊員たち。

互いに顔を見合わせていると、隊長が隼鷹に近づいた。

 

「まぁ、メタルストームのガンポッド浴びて、

ちょっとでも生きてたのは凄いと思うぜ?マジで」

 

メタルストーム。コンピューター制御で

1分間に数百万発以上という恐るべき発射レートを誇る武器の総称。

一瞬トリガーを引くだけで無数の弾丸を撒き散らすこの銃火器を

弾切れまで撃ち続ければ、当然その威力は破滅的なものとなる。

隼鷹達の航空機はこのメタルストームから放たれた榴弾に撃ち落とされていたのだ。

 

「おい、誰か死体を……」

 

だがその時、死んだと思われた隼鷹がむくりと上半身を起こした。

血まみれの顔でニヤリと笑う。

 

「ふっ……ここで全力で叩くのさ……」

 

そして懐から取り出した1枚の式神に僅かな霊力を込め、指先でピンと弾いた。

式神は1機の攻撃機となり、M270多連装ロケットシステムのロケットへ飛んでいく。

 

「おい!それを撃ち落とせ!」

 

事に気づいた隊長が攻撃指示を出すが、

魚雷を抱えた攻撃機がロケットへ体当たりするほうが早かった。

……あまりの轟音にその場にいた者には何も聞こえなかったという。

大爆発を起こしたM270がベースキャンプにあった全ての銃火器、弾薬類に引火し、

北部は完全に焼け野原となった。

 

 

 

「隼鷹さん……どうして!!」

 

巨大な爆発を見た赤城は、艦娘同士の波長が北で消滅するのを感じた。

遅れて大きな爆風が叩きつけてくる。しばらく目を開けられなかった。

だが、風が過ぎ去っても、赤城はしばらく立ち尽くすしかなかった。1名戦死。

上空でアパッチのローター音が響いても、その事実を受け入れるのに時間がかかった。

足元の電波通信機が叫ぶ。

 

“赤城!隼鷹の覚悟を無駄にするな!

ここで負けたら、あいつは何のために戦ったんだ!”

 

はっとなる。そうだ、もう航空機を遮るものは何もない。

隼鷹さんのくれたこのチャンス、十二分に活かさせてもらいます!

赤城は再び大空に弓矢を放つ。3本を束ねて弓を折るほど弦を引く。

空を切り裂く弓は上空で炸裂し、爆撃機に変化。

 

「全機発艦!絶対あの航空機を落として!」

 

 

 

その頃、日向と長門は戦車砲から逃れながらなんとか反撃をしていたが、

長門を抱えながらの戦いは困難を極めた。

 

「済まない日向、私のせいで……」

 

「今は目の前の敵に集中しろ!ほら、赤城の航空機だ」

 

「あ……」

 

長門が空を見ると、大量の爆撃機がアパッチに群がっている様子が見えた。

上空でチェーンガンの凄まじい銃声が続くが、

高速で接近して爆弾を落とす彗星に苦戦しているのは明らかだった。

彗星の後に烈風も続く。20mm機銃で確実に空飛ぶ戦車にダメージを与え、

パイロットの混乱を誘う。

そして、とうとうその隙を突いて爆撃機がアパッチのローターに爆弾を落とした。

急速にバランスを崩すアパッチ。そして完全にバランスを失い、本館前に墜落した。

残骸が戦車に激突し、砲身が折れ、完全に走行不能になった。残り5両。

 

「やったぞ、隼鷹の覚悟が実ったぞ」

 

長門に語りかける日向だが、その声を電波通信機が遮った。

 

 

 

遡ること10分前。

 

フリゲート艦尾に据え付けられた、

白い繭のような物体の下に装備されたガトリング砲が一瞬空転。

直後、凄まじい弾速で破壊力の高いタングステン弾を叩きつける。

 

「あああっ!痛いクマー!」

 

「球磨、大丈夫!?」

 

ミサイルの迎撃を想定したCIWSの集中砲火を浴び、腕や腹の肉を削られた球磨。

 

「大丈夫クマ。それより早く沈めないとまずいクマ!」

 

「それはわかってるんだけど……」

 

艦首に備えられた、やたら命中率の高い127 mm単装砲の砲撃を何度も食らい、

球磨も北上も中破状態だった。

 

「あっ!」

 

突然球磨が驚きの声を上げる。

後部甲板のVLSから、一際大きなミサイルが垂直に噴射された。

一旦空に舞い上がったミサイルは鎮守府へ向けて飛翔する。

球磨はすぐさま携帯式電波通信機を手に取り、長門の周波数にチューニングを合わせた。

 

 

 

“トマホークが飛んでいったクマ!艦が食らったらお終いクマ!

誘導性能が付いてて避けられないからなんとかしてクマ!”

 

「何っ!」

 

海を見ると、ミサイルが炎を吹き出しながらこちらへ向かってくる。

確かに軌道にブレがない。迷わずこちらに飛んでくる。

赤城の烈風が迎撃に当たっているが、あのスピードに追いつけないようだ。

あと十数秒で私はあれを食らうのだろう。ならば。

長門は日向から身を離し、本館前の敵陣に飛び込んだ。

 

「おい、何をしている!?」

 

「日向、後は頼む。必ず高見沢を倒してくれ!」

 

長門はメルカバの砲撃も意に介さず、目につく者全てに41cm砲を叩き込んだ。

遠くから飛んできた砲弾が彼女の右肩を潰す。構うな!もう一本腕はある!

2両、3両と戦車部隊相手に大立ち回りを繰り広げる長門。

 

「はぁ、はぁ、次弾……装填。発射!」

 

残る左腕の1門の砲でメルカバを撃破。同時に敵から放たれた2門の砲が長門を直撃。

1発は彼女の左足をもぎ取り、1発は腹に食い込んだ。

 

「がはぁ……!!」

 

口と鼻から大量出血し、全身の裂傷から血が止まらない。

腹に直撃を食らい、意識を失いそうになるが、彼女は何を思ったか、その場に座り込む。

ああ、やはりこの方が安定する。固定砲台として終わるのも悪くない。

彼女は残る2両に砲弾を放った。命中、撃破。あと1両。

メルカバが砲身を長門に向ける、トマホークが彼女に迫る。長門が最後の41cm砲を放つ。

すべてが、同時だった。

 

「長門オォ!!」

 

物静かな日向が大声で叫ぶ。爆炎が晴れるのにどれくらい待っただろう。

どうか、いてくれ。しかし、風が全てを運び去った時、

そこには戦車の焼けた残骸が残るのみだった。

 

 

 

「駄目だったクマ……間に合わなかったクマ!!」

 

鎮守府の様子を海から見ていた球磨が、大海原の真ん中で叫びを上げる。

 

「球磨のせいじゃない!私達も、最後の敵を倒さなきゃ!」

 

そう、残るは目の前のフリゲート。あれのミサイルがあと何発あるのか知らないが、

もう誰もやらせはしない。しかし、再びフリゲートの攻撃が始まる。

ASROCランチャーが上を向き、対潜ミサイルを発射した。

シャァァッ!シャァァッ!と2発連射された対潜ミサイルは

球磨達の付近でパラシュートを開き、着水。

その後誘導魚雷となり彼女達に高速で忍び寄ってきた。

 

「2発ならなんとかあしらえるクマー!」

 

14cm単装砲で慎重に狙いながら魚雷を迎撃する球磨。

幸か不幸か酸素魚雷ではなかったため、航跡がはっきりと見え、狙いが付けやすかった。

しかし、再び発砲音2つ。時間差で撃つことで撹乱するつもりらしい。

 

「まだ3つ……3つなら……」

 

緊張と僅かな恐怖を抑えながら、球磨は何度も砲を撃つ。また1つ迎撃に成功。

爆発が起き、海面が爆ぜる。だが、まだ危機は去っていない。

球磨は必死の形相で白い魔の手に立ち向かう。

 

「……」

 

そんな彼女の様子を見ていた北上が告げる。

 

「ごめんね。わたしが魚雷しか持ってないせいでさ」

 

「大丈夫クマ、これくらい!」

 

「……まだ何発も抱えてるっぽいし、元を断つのは早いほうがいいよね~」

 

「何言ってるクマ!」

 

その時、フリゲートが全てのASROCとVLA(垂直発射魚雷)を発射した。青くなる球磨。

 

「あ~、なんか別働隊が全滅したの知ってやけになったっぽいね。

今ならまだ誘導機能切れるかも……じゃあ、行ってくるね。どっこいしょっと」

 

北上は装備していた魚雷を全て背負い、フリゲートに向けて泳ぎだした。

 

「何するつもりクマ!」

 

「わたしクロールには自信があるんだ~機関砲もこの角度なら狙えないだろうし」

 

あくまでマイペースに応える北上。やろうとしていることは明白だった。

確かに彼女の泳ぎは早かった。白い繭が北上に気づいて銃身の向きを変えたが

一瞬遅かった。耳を突き刺すような銃声が響くが、すでに北上が懐に入っており、

狙いを付けられない角度に入ってしまっていた。

 

「……重雷装巡洋艦の最後の仕事、仕上げにかかりますかね」

 

そして彼女は背中の魚雷一本を手に取り、じっと見つめる。

 

「球磨ちゃん、最後だから言っとく。……楽しかったよ」

 

北上は船体に描かれた3桁の番号に思い切り魚雷を叩きつけた。

 

 

 

球磨は自身に迫る魚雷の存在も忘れ、その大爆発に見入っていた。

 

「北上ちゃああん!!」

 

右舷を食い破られたフリゲートは瞬く間に海に飲み込まれていく。

空からフリゲートが放ったいくつもの黒い物体が降ってくる。

同時に巨大な爆発で海水が打ち上げられ、雨のように降り注ぐ。

 

「……」

 

たくさんのパラシュート。兵器でさえなかったら、

きっと美しいとすら思えたことだろう。

球磨は迎撃を止め、雨の中、北上が咲かせた沢山の花を眺めることを選んだ。

 

「北上ちゃんの花、とっても綺麗だクマ……」

 

幾筋もの白い線が四方から球磨に迫る。

しかし、彼女は最後まで恐れを抱くことなく、静かに目を閉じた。

 

 

 

──本館前

 

 

その大きな爆発に続くもう一つの爆発は鎮守府にもこだました。

同時に2つの命が尽きたことも彼女達は知っていた。

 

「球磨、北上……お前達が戦いに殉じたその意味は、私が受け継ごう」

 

「みんな、みんな、最後まで戦いました。私は、そのことを忘れるつもりはありません。

時が来るまで」

 

戦死者4名。

あまりにも大きな代償に、彼女達はしばらく風に吹かれて

湧き出る感情を整理することしかできなかった。

 

 

「結局、この俺が最終兵器ってことか」

 

 

その時、ベースキャンプ跡から歩いてきた高見沢の声が沈黙を破った。

 

「ったく、わざわざ大金はたいてイスラエルやらアラブから仕入れた軍隊が、パーだ!

ハッハッ」

 

高見沢は他人事のように笑いながら両腕を広げる。

 

「笑っている場合か?大砲を持った人殺しがお前の命を狙っているというのに」

 

「まぁ、雑巾にしちゃあよくやったと思う。愉快なショーを演じた褒美だ。

仲間の手で眠らせてやる。提督命令、“仲間同士で殺し合え”」

 

静寂。夕暮れ時の鎮守府が赤く染まる。晩秋の冷たい風が吹く。ただ、それだけだった。

 

「おい、てめえら何やってる。殺し合えって言ってんだ!」

 

「ふっ、残念だが我々は艦娘であって艦娘でない。提督権限など知らん」

 

「どういうことだ、説明しろ!」

 

「今から死ぬ者が知る必要はない」

 

日向が35.6cm連装砲を高見沢に向ける。

 

「……裁きを受けてもらいます」

 

赤城が弓を引き絞る。

 

「さあ変身しろ。長門を瀕死にしたお前を倒さなければ意味がない」

 

「調子に乗りやがって……!

つまらんこだわりでチャンスを捨てたアホが。死んでから後悔しろ!」

 

高見沢はベルデのカードデッキを内ポケットから抜くと、

元本館に残されたガラス窓にかざした。

ガラス窓に映った象と、実体を持つ高見沢の腰にベルトが現れる。

彼は指をパチンと鳴らし、

 

「変身」

 

デッキをベルトに装填した。

輝くライダーの鏡像が高見沢を包み、仮面ライダーベルデに変身した。

 

「決着を着けよう、高見沢逸郎……!」

 

「ハッ、勝てると思ってんのか?」

 

ベルデはカードを1枚ドロー。クリップに挟み、手を話した。

 

『HOLD VENT』

 

するとベルデの手にヨーヨー型の武器、バイオワインダーが収まった。

 

「行くぜおい」

 

ベルデはバイオワインダーの紐を持ち、ぐるぐる回しながら近づいてくる。

 

「覚悟なさい!」

 

赤城が空に弓を放つ。矢は空中で炸裂し、烈風に変化。

編隊を成してベルデに襲いかかる。5機の烈風が20mm機銃を叩きつける。

 

「ぐおっ!」

 

凄まじい機銃掃射に思わずのけぞるベルデ。

ふらつきから立ち直った瞬間、足元で砲弾が炸裂する。

 

「……夾叉か。次は当てる」

 

日向の35.6cm砲に隙を突かれた。ちくしょう、あの女の航空機は厄介だ。

一番、二番倉庫は既に崩壊。隠れる場所があるのは工廠か四番倉庫の影!

ベルデは突然後ろに走り出した。

 

「待て!逃げるな卑怯者!」

 

ベルデは工廠の中に入ると、すぐさまカードをドロー。クリップに挟んで放す。

 

『CLEAR VENT』

 

カードの能力が発動すると、ベルデの姿が完全に透明になり、

直後に日向がすぐそばを通り過ぎた。彼を探す日向の後ろ姿を見てほくそ笑む。

ベルデは再びカードをドロー、バイザーに装填。

 

『COPY VENT』

 

こいつで死んでもらおうか。さて、あの女はどこだ。

工廠から出ると、赤城が本館前でベルデの姿を探していた。

相変わらず航空機を飛ばして攻撃の機会を窺っている。

ベルデは赤城に歩み寄り話しかける。

 

「あいつは見つかったか?」

 

「いいえ!偵察機からも報告がありません、一体どこに……」

 

「そう。あ、ちょっと後ろを向いて。今、何か付いた」

 

「はい?虫でしょうか」

 

赤城が後ろを向く。ベルデは日向の姿で邪悪な笑みを浮かべる。

 

「べったりくっついてるよ……死神がなァ!」

 

ドゴオオオオォン!!

 

そして至近距離で35.6cm連装砲を赤城に発砲。鋼鉄の牙と衝撃波が赤城に食らいつく。

 

「!!!?」

 

体がバラバラになりそうなダメージに悲鳴すら出せず、

20メートル近く吹っ飛ばされる赤城。

“COPY VENT”のカードの効果で相手の姿形や装備をコピーしたベルデは、

赤城を油断させて接近したところで、大口径砲の至近弾を浴びせたのだ。

 

「あ……ぐふっ、なん……で?」

 

“COPY VENT”の効果が切れたベルデが赤城に近づく。

 

「ハッハァ!こういうカードもあるってことだ、間抜けめ!」

 

「赤城!?どういうことだ!」

 

砲声を聞きつけた日向が駆けつけてきた。

視線の先には大破状態の赤城が横たわっている。思わずそばに行こうと走り出した瞬間、

目の前に円形の物体が飛び込んできた。

ベルデが勢いをつけてバイオワインダーを日向の顔面に叩きつけた。

ライダーバトル用の100tに及ぶ威力の武器が顔面を強打し、

戦艦の重装甲を持つ日向の脳を揺らす。日向の視界が回転し、

気分の悪さに耐えられなくなり、彼女はその場で後ろに倒れ込んだ。

 

「あ……あ……」

 

「ハハハ、ほらほらどうしたァ!」

 

ドゴォ!

 

ベルデは倒れて苦しむ日向の腹に、バイオワインダーをスイングを付けて思い切り放つ。

 

「かあ……っ!!」

 

「どうした、てめえらバトルシップなんだろう?

ヨーヨーで死んでんじゃねえよ、ハハッ!」

 

再度ベルデは頭上でバイオワインダーを回転させ、次の攻撃に備え威力を溜める。

 

 

「……」

 

 

「ほら、もう一発だ!内臓潰れるまで続けるぞ、そら!」

 

ダァン!

 

バイオワインダーがまたも日向の腹部を直撃しようかと思われた瞬間、

銃より重く、砲には軽い発砲音が響いた。

バイオワインダーは命中することなく、何かに弾かれ、

糸が千切れて使い物にならなくなった。

 

「なんだ!何が起こった!」

 

辺りを見回すベルデ。すると工廠の屋上に小さな人影が。

 

「夕雲ね、狙撃も得意なの……ウフフ」

 

駆逐艦・夕雲が12.7cm連装砲を構えて立っていた。

 

「あのガキ……!」

 

「待ち、なさい……」

 

振り返ると、口を血だらけにした赤城がベルデを弓で狙っていた。

 

「それで俺が死ぬとでも思うのか?」

 

「いいえ、ただの時間稼ぎです」

 

シュッ……ドッ

 

矢は確かにベルデに命中したが、大破状態で航空機を放つ霊力がない赤城の矢は

ベルデにダメージを与えることはできなかった。

 

「時間稼ぎだぁ?バカが!まだ援軍期待してるならイカれてるぞお前」

 

ダァン!

 

今度は背中からダメージ。わずかながらベルデの気を引くには十分だった。

 

「ウフッ……また、命中……」

 

夕雲の12.7cm砲。両手を上げて呆れ返るベルデ。

 

「悪あがきも大概にしろ。

カードがなくてもライダーのパンチやキックがどれくらい……」

 

がしっ!!

 

その時、ベルデの足を倒れていた日向が掴んだ。

2人は彼女の意識が回復するのを待っていたのだ。

 

「逃が、さない……絶対に!!」

 

必死の形相でベルデを睨み、35.6cm砲を向ける。さしものベルデも焦る。

 

「離せ、離せクズ!」

 

何度も彼女の顔を蹴るベルデ。しかし日向は必死に砲門をベルデに向け、次の瞬間、

 

ズドガアアアアァ!!

 

今度は自分自身が35.6cm砲を食らい、アーマーの防御力を超えるダメージを受ける。

 

「うごあああっ!!……あああ!ううっ、ああ!」

 

本館の壁に叩きつけられ、立ち上がれないベルデ。

致命的損傷を受けたアーマーが暴走を起こし、連続して火花を散らす。

 

「いけない!」

 

赤城は軽い身のこなしでベルデに飛びかかるように近寄り、カードデッキを引き抜いた。

変身が強制解除され、生身の高見沢逸郎が姿を現す。

 

「て、めえ……返せコラ」

 

赤城はデッキを放り投げると、弓を構え、高見沢の脛を射た。

 

「ぎゃああああ!!ああっ……てめえ、ふざけんじゃ……!」

 

赤城は無視して今度は左腕を射る。

 

「いでええぇ!何考えてやがる!!

俺は、人間だぞ、命がある、てめえに奪う権利が……」

 

パァン!

 

赤城は高見沢の頬を張った。

 

「は……?」

 

攻撃とも言えない彼女の意外な行動に、高見沢はキョトンとする。

 

「……その痛みは、あなたが面白半分で傷つけた娘達の痛みです。

存在を創り出すものが肉体であろうとデータであろうと、

心がある限り、その命の重さは変わりません。

それがわからないあなたに、命の尊厳を語る資格はありません」

 

そこに、完全に意識が戻った日向がゆっくりと歩いてきた。

 

「お前に反省や謝罪など求めていない。ただ命令を聞け。

この紙に書いてある文章を読み上げろ」

 

日向は高見沢に1枚の紙を投げて寄こした。高見沢は何も言わずに紙を手に取る。

そしてボソボソと読み始めた。

 

「提督権限、“再起動実行”……」

 

赤城達の空間が真っ暗になり、遠くに白い艦船のシルエットが浮かぶ。

約10秒で鎮守府を構築するデータが読み直され、

破壊された倉庫や本館、お風呂がある宿舎等、全てが元通りになった。高見沢は続ける。

 

「提督権限、“全ての艦娘は治療施設の使用が可能”……」

 

鎮守府全体にシステム変更のシグナルが発信される。

すると、第六倉庫の地下にあった地下壕から、担架で怪我人が次々と運ばれてきた。

 

“お風呂が解放されたわー!”

“怪我の酷い子にはバケツを!5つあるわ!”

 

あの日負傷した駆逐艦達が、重傷者から順にお風呂に入れられていった。

そして高見沢は最後の一行を読んだ。

 

「“わたくし、高見沢逸郎は、鎮守府における全ての権限を艦娘に譲渡する”」

 

読み終えると、日向が紙をひったくった。

 

「もうお前に用はない。さっさとこの世界から出て行け、イレギュラーめ!」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!せめてデッキは返してくれ!

外にはミラーモンスターがうようよいる!変身できなければ殺される!」

 

「知った事か。身から出た錆だろう」

 

高見沢は今度は赤城に懇願する。

 

「頼む、許してくれ!いや、待て。そうだ……俺が死んだら、フェアじゃない!

確かに俺はお前達の仲間を傷つけた。でも、一人も殺してはいない!

そうだ!俺だけ殺されるのはフェアじゃない!」

 

「貴様!言うに事欠いて……!」

 

「待ってください」

 

「赤城!こいつの屁理屈を認めるのか!?」

 

赤城は目を閉じ静かに首を振った。

 

「私達艦娘の本懐を忘れてはならない、それだけです。

私達は人々を守るために造られた存在。

例えこの男がどれだけ卑劣な男でも、助かる術を奪い、死を願う。

戦いに殉じた長門さん達はそんなことの為に命を賭けたわけではないはずです」

 

「……甘いやつめ。だが、全く筋が通らないわけでもないな。

おい、貴様。この世界で生き延びたければ今後の生き方に気をつけろ。

このデッキは預かっておく。他の提督達も欲しがるだろうな。

ミラーなんとかから助けてほしければ、自分で他のライダーにお願いしろ。後は知らん」

 

「そんな……待ってくれ」

 

「他の提督方が戻られるまでの処遇は、ここの艦娘の皆さんに任せましょう。

今日はとりあえず座敷牢に入れておくということで」

 

「まぁ、いいだろう……おーい夕雲。そろそろ降りてくるんだ」

 

“は~い……”

 

夕雲は屋根から飛び降り、こちらに走ってきた。

 

「よくやってくれた。助かったよ」

 

「うふふ、どういたしまして……」

 

そして、皆が気づく。図らずも生存者が全員集結したことに。7人の仲間は3人に。

あまりにも大きい勝利の代償だった。

 

「皆さん、先に向こうに旅立たれただけですよね。お別れはよしましょう」

 

「ああ。じきに私達も彼女達の元へ行く。

今だけは、ここでかつての思い出を噛みしめるとしよう」

 

「あんまりお役に立てませんでしたが、

また皆さんのお顔を拝見できて、嬉しかったです……」

 

もう日が沈む。三人は高見沢の連行を他の艦娘に任せて、懐かしい本館へ入っていった。

 

 

 

 

 

──三日月の日記より

 

 

あの日の翌日。

バケツと夜を徹してお風呂をフル稼働して、ほとんど全ての怪我人が治りました。

また細々としたキズのある人もいますが、長門さんもピンピンしてます。

叢雲ちゃんとずっと手を繋いでます。

 

明け方、鎮守府の皆さんと一緒に、赤城さんたちとお別れしました。

皆さんが存在できるのは今日まで。

赤城さん達が割り当てられた、サーバーが削除するデータのグループの順番が来たとか。

知らされていなかった私達はとっても寂しかったです。

でも赤城さんがこうおっしゃいました。

 

「皆さん、どうか悲しまないでください。

一度削除されて、ただのデータに戻ってわかったことがあるんです。

私達の体を構成するのは0と1でしかありません。

でも、たったそれだけでこうして艦これの世界に生まれてきたり、

一度別れてもまた巡り会えたりしたじゃありませんか。

姿形は変わっても、記憶はなくっても、きっとまた会える日が来ます。

だからさよならは言いません。皆さん、お元気で」

 

きれいな黒髪を潮風になびかせながら語る赤城さんはとても素敵でした。

 

「……まぁ、大体言いたいことは赤城と同じだ。

人間もその体を構成するのはほぼ水分とタンパク質だと聞く。

だが、日々生まれては死に、出会いと別れを繰り返している。

つまり我々と変わらないということだ。……結局赤城と言ってることは同じだな。

やっぱりこういうのは性に合わん」

 

言い終わると、あまり感情をお顔に出されない日向さんがそっぽを向かれました。

少し照れているように感じたのは私だけでしょうか。

 

「はぁい、それでは皆さんお元気で。

小さくてもやる時はやる、夕雲が駆逐艦の広告塔になれたなら幸いです」

 

夕雲ちゃんは間違いなく私達駆逐艦の誇りです!

 

……そして、赤城さんが集まった人たちの中の一人に近づいていきました。大淀さんです。

赤城さんは大淀さんの手を握り、優しく話しかけました。

 

「今は心が痛むでしょうが、どうか、人間を諦めないでください。

艦娘も人間も手を取り合って生きていける。私はそう信じています」

 

「……っ、はい!」

 

大淀さんはまた涙ぐみながら返事をされました。

いつか大淀さんも素敵な人間の方に出会えるといいですね。

 

朝日が昇り、鎮守府を温かく照らします。そろそろお別れの時間です。

赤城さん達が砂浜に向かいます。皆さん一度振り返り、赤城さんが一言。

 

「それでは、皆さん、またいつか!」

 

赤城さん、日向さん、夕雲ちゃん。みんなが海の上を歩いていきます。

やがて、階段を降りるように、少しずつ、少しずつ、海の中へと還っていきました。

皆さんの姿が見えなくなっても私達は、ずっと見守っていました。

また会えることを信じて。

 

 

 

>仮面ライダーベルデ 高見沢逸郎 脱落

 

 




*オマージュした割にこの程度かよ、というご批判はごもっともです……。
よく考えたら3作品クロスという大それた事をしていることに
16話を書き終えた時点で気が付きました。
はぁ、映画の爽快感全然再現できてない……。以後反省


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 ID: Slashing Cancer

──城戸鎮守府 座敷牢

 

 

艦娘訓練施設の隅にある座敷牢に、投獄された高見沢逸郎がいた。

先日、自らの鎮守府の艦娘に凄惨な暴力を働いた挙句、奴隷化しようとした結果、

思わぬ反撃の目に会い、今に至る。

そんな彼の前に、三日月の求めに応じて、真司、蓮、海之とくっついてきた漣、

そして城戸鎮守府の長門が集まっていた。北岡はまだ不在だった。

 

「……そういうわけなんで、このイレギュラーの処遇について

真司さん達に決めていただきたいんです」

 

事の経緯を説明した三日月が真司らに対応を求める。

 

「頼む!1億、いや、10億出す!デッキを取り返してくれ!」

 

格子にすがりついて真司達に懇願する高見沢。蓮は無言で近づいて思い切り格子を蹴る。

高見沢は後ろに尻もちをついた。

 

「ぐわっ!」

 

「……三日月、何もする必要はない。

放っておけば勝手にミラーモンスターのエサになる」

 

「はい……」

 

「秋山提督マジガクブル……」

 

「ま、待ってくれ!俺なら死んでもいいというのか!

デッキを奪われライダーにもなれない人間を殺すというのか!」

 

今度は長門が格子の間から手を突っ込み、高見沢の胸ぐらをつかんだ。

 

「ふざけるな!自分のしたことを考えろ!

人間なら何をしても情けをかけると思ったら大間違いだぞ!」

 

高見沢を怒鳴りつける長門。蓮も彼女に同調する。

 

「これでようやく“まともな”ライダーバトルの脱落者が出る。

神崎もさぞお喜びだろう」

 

高見沢の処遇が決まりかけた時、初めて真司が発言した。

 

「みんな待って……」

 

一斉に皆が真司を見る。蓮が睨みつけながら問う。

 

「おい、まさか、“ライダーも人間だから殺したくない”とか

寝言をほざくつもりじゃないだろうな」

 

「そうだよ!!なんか、こう、うまく言えないんだけど!

確かにこいつは悪党だし、許せないし……でも、なんか変だと思うんだよ!

敵だからって動けない奴を閉じ込めて、デッキを取り上げて死ぬのを待つって、

それも人として何かが違うと思うんだよ!」

 

「いい加減にしろ!!」

 

蓮の怒号が響く。流石に長門も一瞬肩がビクッと動き、

漣も目を白くしてその場で固まった。

 

「お前は結局汚れたくないだけだ。想像しろ。

その鎮守府で殺されたのがお前の鎮守府の艦娘だったら、三日月だったら、

同じ台詞を吐けたのか!」

 

「そ、そうですよぉ。いくらなんでもあの惨劇の犯人許すなんてマジむりぽ。

駆逐艦代表として結果を聞きに来た漣もみんなになんて言っていいか……」

 

漣が腫れ物の蓮を刺激しないよう同意する。

 

「わかんねえよ!わかんねえから……困ってるんだよ。

もしそうだったら、絶対許せなかったと思う。きっと許さなかったと思う!

でも!それでいいのか、って気持ちが消えないんだよ!」

 

「それは……絶対に消えないと思う」

 

その時、海之がつぶやくように言葉を紡いだ。

 

「城戸の言ってることは辻褄が合ってないけど、だからこそ正直な気持ちなんだと思う。

確かに高見沢が死ぬのを何もせずに待っただけだとしても、

誰も手を下したことにはならない。でも、城戸の後悔は一生続くと思う」

 

「だったら何だ!こいつは4人殺した!そいつらはもう戻ってこない!

つまりこいつを許すということは浅倉を無罪放免にすることと一緒だ!

お前は誰か大事な人を殺されたことがあるのか!?ないならペテン師は黙っていろ!」

 

相も変わらず施設中に蓮の怒鳴り声が響く。

“なになに?”と覗き込む野次馬もちらほら。

 

「あるさ……」

 

「何?」

 

「俺の友人は、ミラーモンスターに殺された。

本当は、俺じゃなくて彼がライダーになるはずだったんだ。でも、彼は最期まで拒んだ。

拒み続けた。“誰かを倒してまで治りたくはない”と言って。

俺は雄一の遺志を引き継いで、この殺し合いを止めるために、

ミラーモンスターと契約してライダーになった」

 

 

 

…………

 

 

クリスマスの近い夜。手塚と二人だけの小さなピアノホールで、

青年が“きよしこの夜”を演奏している。ゆっくり、確実に鍵盤を押す青年。

だが、曲が中盤に差し掛かったところで、

 

“うっ!”

 

左手の包帯に血がにじむ。

アルバイトをしながらピアニストを目指し、懸命に練習を重ねていた矢先、

偶然通りかかったところで発生した傷害事件に巻き込まれた時の傷。

その犯人はやはり、浅倉威。

 

“雄一!”

 

急いで雄一のそばに寄る手塚。

 

“大丈夫、大したことない”

 

“雄一、お前やっぱり……”

 

雄一は黙って首を振った。ピアノに置かれた未契約のカードデッキ。

しかし、雄一は頑なに契約を拒んでいた。

 

“例え、元の体に戻れるとしても、俺は、誰かと戦ってまで望みを叶えたいと思わない”

 

“しかし、このままだと……”

 

しかしその時、光沢を放つピアノにミラーモンスターの影が写った。

気づいた瞬間、ミラーワールドからモンスターの尾が飛び出し、雄一に巻き付いた。

 

“うわぁっ!!”

 

“雄一!雄一!”

 

ピアノにしがみつく雄一、全力で雄一を引き剥がそうとする手塚だったが、

ミラーモンスターの力に、ついに雄一はピアノに飲み込まれてしまった。

 

 

…………

 

 

 

「ご主人様……」

 

意外な事実にしばし沈黙が降りる。蓮が軽く床を蹴ってまた口を開く。

 

「……だったら、お前はどうすればいいと思う。誰もが納得するような結論を出せ」

 

「今回の事件は、俺たちにも責任がある。

互いの不在を確認せず、勝手に行動したがために対処が間に合わず、

4人もの犠牲者を出してしまったと言っても過言じゃない。

“イレギュラーから守る”と約束したというのに」

 

「……」

 

「高見沢は、俺の鎮守府で監禁しておく。

ミラーモンスターとの契約は、以前浅倉がそうしたように、

提督権限で所有権を移せば食われる心配はないだろう」

 

「ふん。なるほど、体よく新しいカードとモンスターを手に入れようというわけか。

馬鹿だと思っていたが、案外知恵が回る」

 

蓮は憎まれ口を叩きながら長門が持っていたベルデのデッキを手に取り、

海之に放り投げた。

 

「好きにしろ。せいぜいエサが尽きて自分が食い殺されないよう気をつけることだ。

だが……」

 

「何でしょう?」

 

続きを求める長門。

 

「イレギュラーに関してはペテン師の言うとおりだ。

今後、現実世界に戻るときは最低一人のライダーがいることを確認する。それでいいな」

 

「あっ、秋山提督……」

 

返事も聞かず、止める長門を無視して秋山は去っていった。真司が海之に歩み寄る。

 

「なんて言っていいか、ありがとな手塚。駄目だな俺、結局何も答え出せなくて……」

 

「構わない。お前は自分が正しいと思う道を進め。それに……」

 

「何だよ」

 

「きっと秋山も迷っていたと思う。……“SURVIVE”を使ったんだろう?」

 

「ああ、美浦ちゃんと北岡さん助けるために。

蓮のことだから“浅倉を倒すためだった”、とか言うと思うけど」

 

「今はそれでいい。あのカードには運命を変える力がある。

全てのライダーは自ら参加したように感じているけど、

皆、運命の糸に引き寄せられてライダーバトルが始まったんだ。

その運命を乗り越えられれば、必ず悲惨な戦いを終わらせることができる」

 

「手塚……ああ!俺も絶対こんな運命に負けたりしない!」

 

「その意志を持ち続けろ。

……俺はもう行くよ。長門さん、済まないけど高見沢の連行を手伝ってくれないかな」

 

「承知しました。……ほら、さっさと出ろ!」

 

「うう……」

 

「ああ待ってご主人様―!」

 

長門は手を後ろに縛られた高見沢を連れて転送クルーザーへ向かっていった。

手塚と漣も後に続く。その様子を見ていた真司。

ふと、彼の袖をちょいちょいと三日月が引っ張った。

 

「真司さん」

 

「ああ……三日月ちゃん、ごめん。俺、やっぱり馬鹿だよ。

あいつがみんなにとって許せない奴だってこと、わかってたつもりなんだけど。

結局蓮の言うとおり、汚れたくないだけなのかな……」

 

「そんなことありません!

確かに今の真司さんは“甘い”って言われても仕方がないのかもしれません。

でも、死ぬとわかってる人間を、助けられるのに見殺しにするなんて、

真司さんらしくありません!これは三日月のわがままかもしれませんが、

真司さんには、真司さんでいてほしいんです……」

 

「……ありがとう、三日月ちゃん。俺、ちょっと自信出た。

現実世界に出てたときに、どうにもならないことが色々出てきたんだけど、

やれるだけのことはやり通すから!」

 

「はい!三日月が力になれることがあったら、何でも言ってくださいね!」

 

そして二人は空になった座敷牢を後にし、本館へ戻っていった。

 

 

 

 

 

──小竹署

 

 

「須藤雅史巡査部長、逃走犯浅倉威逮捕の功績をここに称える」

 

「はっ!今後共、凶悪犯罪撲滅の為、努力してまいります!」

 

大会議室に設けられたステージで、刑事・須藤雅史は敬礼をして、

上司から表彰状を受け取った。周囲の職員から拍手が上がる。

連続殺人犯、浅倉威逮捕のニュースが世間に与えた衝撃は大きかった。

テレビ各局が速報で取り上げ、各所で号外が配られ、電光掲示板・壁面モニター全てが

浅倉のニュースを報じていた。

そんな騒ぎなどどこ吹く風といった様子の須藤は、

大会議室から出ていくと通常の業務に戻っていった。

そして彼の様子を苦々しい思いで見る者が二人。

 

「警部!須藤の殺人容疑、押収品の麻薬横流し容疑の

捜査中止ってどういうことですか!?」

 

若い刑事は中年の警部に問いただした。

 

「声が大きいぞ!……上からの命令だ、仕方あるまい」

 

「命令……?なぜ上がストップをかけるんです!」

 

「状況を見ろ。殺人鬼を逮捕した須藤は今や英雄扱い。

そいつを身内でつつき回していることがばれてみろ。

芋づる式に奴が手を染めている犯罪も表沙汰になる。

どちらにせよ、そんな情報が漏れたらマスコミから袋叩きだ」

 

「そんな、じゃあ、俺達捜査班は?」

 

「解散だな。今後はそれぞれ別の事件の捜査に割り当てられることになるだろう。

お前も達者でな」

 

中年の警部は刑事の肩を叩いて去っていった。

 

「くそっ……須藤!」

 

 

 

一方、自分のデスクに戻った須藤は、仕事の続きに取り掛かろうとしたが、

同じ部署の同僚が駆け寄ってきた。

 

「須藤やったな!浅倉威逮捕でみんな大騒ぎだぞ!」

「うちの署からあんな大手柄が出るなんて嘘みたい!」

「なぁ、どうやって浅倉見つけたんだ!?犯人探しのコツとかあんのか?」

 

呑気な人たちです。すぐに浅倉はシャバに逆戻りだというのに。

まぁ、私には関係ありませんが。

 

「やっぱり防犯カメラやNシステムが導入された今でも、

足での捜査は疎かにできないと思うんです。私の場合、常に浅倉の顔写真を携帯し、

非番の日も潜伏しやすい河川敷や雑木林を見て回っていたんですが……

まさか廃品回収のゴミ山に潜んでいるとは予想外でした」

 

おお~っ、と同僚たちが感心する。よし、計画通り。

これで私にちょっかいを出す者はいなくなるでしょう。後は浅倉が暴れるのを待つだけ。

同じライダー同士ですが……うまくすれば利用できるかもしれません。

おや、なんでしょう、上司がこちらに近づいてきます。

同僚をかき分けて須藤の上司が彼の前に立った。

 

「須藤君、ちょっといいかね?」

 

「はい、何でしょう」

 

 

 

人気のない廊下を歩きながら須藤と上司が話していた。

 

「サイバー犯罪課、ですか?」

 

「うむ。昨今、ネットでの違法薬物の取引、違法賭博、海賊版動画配信などが

激増しているのは知っての通りだ。それに……ゴホン」

 

上司が一つ咳払いをして、小声で須藤にささやく。

 

「例のネットゲームの件だ。官邸からひっきりなしに情報の催促が来ている。

既にアメリカが相当おかんむりらしい。

そこで君の能力を見込んで、今日付けを以ってサイバー犯罪課に異動してもらいたい」

 

「私に出来ることは何でもするつもりですが、

自分にはこれといったパソコンの専門的知識が……」

 

「構わない。ハッキング等の専門技術を要する任務は担当のチームが行う。

君にはオブザーバーとしてネットゲーム製作者、その目的、サーバーの所在地等、

考えられる可能性を彼らと共にプロファイリングして欲しい」

 

「そういうことでしたら。承知しました、お任せください」

 

須藤は立ち止まり、姿勢を正して上司に敬礼した。

 

「うむ!頼りにしているよ、須藤君!」

 

「あ、その前に一つお願いしたいことがあるのですが……」

 

「何かね?」

 

「浅倉威の所持品をお借りすることはできませんか?

例のゲームが愉快犯の仕業だとすると、理由なく連続殺人に及んだ浅倉と

行動パターンに一致するところがあるかもしれません。

参考のために実物を分析したいのですが」

 

「ああ、助かるよ。証拠品保管庫2号室にある。私の名前を出せば持ち出し可能だ」

 

「ありがとうございます!」

 

さて、準備は整いました。後は待つだけ。上手くやってくれるといいんですがね。

 

 

 

 

 

──護送車

 

 

「こちら渋谷1072。現在異常なし、どうぞ」

 

浅倉は拘束衣を着せられて頑丈な護送車に乗せられ、

関東拘置所に逆戻りするところだった。

後部座席には白い寝袋のような拘束衣で身動きが取れない浅倉と、

機動隊員が2人同乗し見張りについていた。

そして6台ものパトカーが取り囲み、多くの機動隊員を乗せた護送車が前後に付き、

今度こそ脱獄を許さないよう完璧な陣形を敷いていた。

ゴトゴトと重い車体を揺らしながら護送車は走り続ける。

その時、浅倉が前のめりになって苦しみだした。

 

「うおぁっ……」

 

その様子を見ていた機動隊員が話しかける。

 

「どうした、人殺しでも車酔いするのか?」

 

「吐くなら早めに言え。片付けるのは俺達だ」

 

ハハハハ、機動隊員が笑いあっていると、

 

「カカカカ……」

 

浅倉も不気味な笑い声を上げる。

 

「おい、何を笑っている。お前脱走何度目だ。

もう情状酌量の余地無し、今度こそ死刑だぞ。わかってんのか?」

 

浅倉は何も答えず笑みを浮かべて彼の方を向いた。そして、その口には──

 

 

 

浅倉を乗せた護送車後方に着いていたパトカーが最初に異変に気づいた。

中央の護送車が突然蛇行を始め、左右のパトカーにぶつかりながら隊列を離れ、

やがてガードレールに激突して停止した。

すぐさま無線マイクを取り、護送車の運転手に呼びかける。

 

「2号車、何があった。2号車応答せよ!」

 

“……”

 

だが返ってくるのは沈黙のみ。すぐさまパトカー、護送車が停止し、

中から警官や機動隊員が浅倉の乗った護送車に向かうが、

 

ドォン!!

 

と、後部ドアが吹き飛ばされた。大きな力で強引に破られ変形したドアが道路に転がる。

そして彼らが見たものが信じがたい光景。

護送車からノシノシと出てくる巨大な岩塊のような化け物と、

拘束衣を破かれ囚人用のシャツとズボン姿になった浅倉だった。

一瞬動きが止まる警官達。だが、次の瞬間には我に返り、警官は銃を構え、

機動隊員はジュラルミンの盾を持ち、浅倉達に突撃した。

 

「止まれ!浅倉止まれー!!」

 

警官の一人が車両の拡声器で浅倉に投降を呼びかけるが、

浅倉は無視して立ち去ろうとする。

そんな彼に前に3人の警官が銃を持って立ちはだかる。

 

「抵抗を止めて大人しくしろ!!」

 

「……警察ってのは、なんでこうもイライラさせるかね」

 

構わず浅倉は銃を向ける警官の一人に無造作に近寄る。

 

「動くな!動くと撃つぞ」

 

しかし、及び腰の警官にぶらぶら近づき、十分接近すると瞬時に足を蹴り上げ、

持っていた銃を蹴飛ばし、宙に飛んだ銃をキャッチ。

間髪入れず、驚く警官を服を掴んで強引に引っ張り、背中から左腕を回し、

頭に銃を突きつける。警官も激しくもがくが、撃鉄を下ろす音がすると抵抗をやめた。

 

「……死ぬぞ」

 

「ぐうっ!」

 

「やめろ!今すぐそいつを放せ!本当に撃つぞ!」

 

浅倉は声を上げずに笑いながら、2人目の警官に接近。

まずは左腕に思い切り力を入れて警官の首を締め上げる。間もなく彼は気絶。

肉の盾としていた彼を2人目に突き飛ばす。

 

「うわっ!」

 

2人目が大きくよろめいた隙に、すっと背を低くし、

あっけに取られていた3人目のみぞおちにすかさず強烈な拳をめり込ませた。

 

「がは……っ!!」

 

彼もまた気絶。浅倉は立ち上がろうともがく最後の一人の頭を思い切り踏みつけ、

アスファルトの道路に叩きつけた。気を失う警官。

こうしてものの十数秒で邪魔な警官を排除した浅倉はその場から立ち去った。

後ろからはメタルゲラスと対峙する警官、機動隊員の悲鳴、喧騒、銃声が聞こえてくる。

 

「発砲許可!撃て!!」

「至急、至急!こちら渋谷04、浅倉威が逃走!直ちに応援願う!」

「全然効いてないぞ!こいつはサイなのか!?」

 

 

 

そして。増援が駆けつけたとき、その場に残されていたのは、

大破したパトカーと大量の血痕だけだった。死体は、見つからなかったという。

 

「これは一体……どういうことだ!!」

「浅倉はどうやって護送車から逃走を?」

「見ろ、何かの足跡だ。

だが、こんなところにアスファルトに食い込むほど重い獣なんかいるか?」

 

現場検証に当たった警官や鑑識係も首をかしげるばかりだった。

 

 

 

 

 

──小竹署

 

 

「いや、全く不甲斐ない……。

たったの一週間足らずで、君の功績を無駄にしてしまった!」

 

面目なさそうに上司が浅倉脱走の知らせを須藤に伝えた。

 

「浅倉威……完璧な護送体勢だったのに、一体どんな手を使ったというんだ!!」

 

さも悔しそうな芝居をしてみせる須藤。

 

「こうなったら君だけが頼りだ!一刻も早く浅倉を再逮捕してくれ!」

 

「了解しました!全力を尽くします!」

 

須藤は敬礼しながらも内心ほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

──須藤宅

 

 

古い木造2階建てのアパートの1室。須藤は自宅の鍵を開けて帰宅した。

真っ暗な室内の奥に、モソモソと何かを食べる人影が見える。

須藤はニヤリと笑うと彼に声をかけた。

 

「焼きそばは円盤派ですか、それともペヨングですか?」

 

「……お巡りが置き鍵とは感心しねえな」

 

須藤が部屋の明かりを点ける。

そこに居たのは買い置きのカップ焼きそばを食べる浅倉だった。

彼は日が落ちるまで不法投棄されたクローゼットに身を隠し、

目立たない路地裏の洋服店で再び衣服を強奪。

事前に知らされていた住所を元に須藤の家に忍び込んだのだ。

 

「お互い上手く行ったようでなによりです。

もっとも、私のほうは余計な仕事を押し付けられてしまいましたが」

 

ドサッとカバンを放り出し、コートをハンガーにかけながら独り言のように話す須藤。

 

「どうか教えちゃもらえませんかね。

あなたが脱獄した手口は知ってますよ、そりゃ同じライダーなんですから。

でも、ミラーワールドにいられる時間はたった10分。

あれほど長期間どこにどうやって潜伏していたのか、情報を小出しにしないと、

また無用な疑いの目が向くんでね」

 

「……」

 

浅倉は箸を止める。しばし考え込んだ後、その言葉を口にする。

 

「艦隊これくしょん……」

 

「はい?」

 

「デッキを持ってそいつにアクセスしろ。後は向こうの連中に聞け」

 

「今、別の意味で話題になってるあれですか。

あれが一体なんだっていうんです?向こうの連中って?」

 

ズルズル……ズッ

 

もう浅倉は何も答えず、再びカップ焼きそばを食べ始めた。

 

「まぁいいです。情報提供ありがとうございます。あ、これお返ししときますよ」

 

須藤は王蛇のデッキを差し出した。

浅倉はデッキを受け取ると、何かを感じたのか少しそれを見つめ、ポケットに戻した。

 

「……おい、向こうに着いたら、浅倉鎮守府に来い。ライダーバトル再開だ」

 

「まだ意味がわからないのですが……いいでしょう。

“浅倉鎮守府”に行けばいいんですね。

まぁ、これで本来ライダー同士のあるべき関係に戻ったということで」

 

「今、やれ」

 

「はい?」

 

「さっさと艦これにアクセスしろ。他のライダー共がうじゃうじゃいる。俺も後で行く」

 

「……わかりました。やりましょう」

 

デッキの入ったコートを羽織った須藤は、パソコンデスクに座り、

デスクトップパソコンを起動。起動処理が終わるのを待ち、ブラウザを立ち上げた。

そしてクークルで“艦隊これくしょん”を検索。

DMM.comのゲームページにアクセスした。

 

「はぁ、戦艦の女の子ですか。最近のゲームはよくわかりません。

これがあなたの何……って、わかりました。やりますよ」

 

黙り込む浅倉に構うのをやめ、須藤はアカウントを作り、艦これにアクセスした。

提督名を入力し、秘書艦を選択。するとやはり異変が起きる。

 

「こっ、これは!?」

 

須藤の体が霧のように解け、パソコンモニターに吸い込まれていく。

彼自身は抵抗しているつもりだが、その存在は徐々に霧のように実体を失い、

やがて完全にゲームの世界に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

Login No.009 須藤雅史

 

 

 

黒、0、1。他には何もない。そんな空間を為す術なく須藤は流されていった。

無数の0と1で構成された空間を抜けると、誰かの事務室らしき場所にたどり着いた。

 

「ここは……」

 

周りを見回す須藤。

パソコンから侵入したことを除けば、これといっておかしな点はない。

普通のデスク、普通のテーブル、普通のソファ。

窓に近寄り景色を眺めると、広大な海が広がっている。造船所だろうか、

海と直結した建造施設にクレーン。

他に見えるのは巨大な工場らしき建物、倉庫が……6つほど。

浅倉の話では、向こうの連中に聞け、とのことでしたが、

なるほどここなら誰か人がいてもおかしくない。とりあえずここから出ましょうか。

と、須藤がドアを開けようと振り返ると、階段を上がるような足音。

そしてドアがノックされる。若干緊張を覚えながら返事をする。

 

「……どうぞ」

 

「失礼します……」

 

ブルーのロングヘアに、袖のない涼しげなセーラー服を着た少女が

おずおずと入ってきた。

 

「五月雨っていいます!よろしくお願いします!護衛任務は……って

まだ提督じゃなかったんだ、ああ、どうしよう。と、とにかくよろしくお願いします!」

 

あたふたしながら何とか自己紹介をする五月雨。

須藤は彼女を落ち着かせながら話しかける。

 

「慌てないで。ゆっくり、少しずつでいいから私に教えてくれないかな。

私は知り合いにただここに来い、って言われて来ただけだから、何もわからないんだ」

 

「は、はい!これから艦隊これくしょんのナビゲーションをさせて頂く、

五月雨と申します!やだ、名前さっきも言ってたんだ……ごめんなさい!」

 

「急がなくていいから深呼吸して落ち着いて。

……艦隊これくしょんっていうことは、ここはゲームの世界ってことでいいのかな?」

 

「すーはーすーはー……すみません。だいぶ落ち着きました。

提督候補の方にお会いするのは初めてで。

おっしゃる通り、ここはネット空間に広がるゲームの世界です」

 

今度は須藤が動揺した。なぜライダーバトルの舞台がネットゲームの世界なんでしょう。

浅倉は何か知っているようですが……。直接本人に聞くしかなさそうですね。

 

「そうか……正直私もパニックだけど、

君がこの世界を案内してくれるってことでいいのかな」

 

「そうです!私が艦隊これくしょんのナビゲーションを……ってまた!

もうやだ、ごめんなさい!」

 

パニックになっているのは彼女の方らしい。話題を誘導してあげたほうがよさそうだ。

 

「じゃあ、さっそくナビゲーションとかをお願いしていいかな?

どうしてゲームの世界に人間が入れるのか、他のライダー達はどうしてるのか、

“浅倉鎮守府”ってところに呼ばれたんだけど、そこにはどう行けばいいのか。

落ち着いて一つずつ説明して欲しいんだ」

 

「ええっ!?他のライダーってことは、あなたもライダーなんですか?」

 

「そういうこと」

 

須藤はコートから蟹のエンブレムが施されたカードデッキを抜き取り、五月雨に見せた。

 

「またライダー……すみません、少し電話をお借りします」

 

「うん」

 

それまでのワタワタした雰囲気を引っ込め、

少し不安げな表情を見せて彼女は受話器を上げ、暗証番号を押した。

 

「はい、五月雨です……それが、またライダーの方で……

はい、はい、十分注意します。失礼します。

……お待たせしました!じゃあ、さっそく鎮守府をご案内しますので

ついてきてください」

 

「うん、よろしく。ああ、私は須藤雅史っていうんだ。自己紹介がまだだったね」

 

「須藤さん、ですね!それではこちらへ」

 

五月雨と須藤は執務室から出て1階へ降りる階段を下っていったが、

彼女がカーペットに足を取られ、滑り台のようにきれいに階段を滑っていった。

それほど滑りやすい素材だとは思えないのだが。

 

「キャアアアア!!」

 

幸い頭は打たなかったようだが、派手に尻もちをついたようだ。

 

「大丈夫?」

 

「いたたた……はい、大丈夫です。こちらへどうぞ……」

 

須藤は段々どこへ連れて行かれるのか心配になってきた。

だが、その後は別段アクシデントもなく、工廠から鎮守府全体を時計回りに周る形で

各施設を案内された。道すがら、五月雨は先程の須藤の疑問にも答えてくれた。

神崎という人物が何らかの方法で現実世界と艦これの世界を繋いだこと、

他のライダーは提督として他鎮守府にいるということ、

“浅倉鎮守府”もその一つで、適当な艦娘に頼んで

桟橋の転送クルーザーを操縦してもらえば自由に行き来できること。

大分落ち着いてきたのか、今度は回答もスムーズだった。

二人は木造の大きな家屋が並ぶ区画に差し掛かる。

 

「ええと、あそこは私達艦娘の宿舎です。それで、えーと、あの、

中には負傷した際に傷を癒やす“お風呂”があるんですが、

基本的に男性がいないところなので、覗きを警戒していない作りになってるんです。

……で、でも、変なことしたら、撃っちゃうんですからぁ!」

 

五月雨は勇気を振り絞って12.7cm連装砲を須藤に向ける。須藤は少し苦笑した。

別に気分を害したわけではないが、酷すぎる。

脅すにしてももう少しやり方があるだろう。

だがすぐ真顔に戻り、スーツから警察手帳を取り出し、縦に開いて五月雨に見せた。

 

「これでも私は刑事なんだ。少しは信用してほしいな。

そして君の行動は決して褒められたものじゃない。

覗かれたくなければむやみに警備の甘さを他言しちゃいけない。

犯罪行為を誘発するだけだ。

あと、その気はなくても軽々に銃を向けるのも止めたほうがいい。

刑法第222条脅迫罪というれっきとした犯罪だし、もし私が職務中で、

銃を携帯していたら撃ち返されても文句は言えない。そうなればどちらかが死ぬ。

誰のためにもならないんだよ?」

 

「あっ……ごめんなさい。でも、どうしても必要なことで……

私達にできることがこれしかなくて……」

 

明らかにうろたえて落ち込む五月雨。しまった、少しいじめすぎたか。

須藤は口調を柔らかくして彼女に尋ねる。

 

「“どうしても”ってどういうこと?

君がこんなことしなきゃいけない理由、教えてくれる?」

 

「はい……」

 

五月雨は須藤にイレギュラーという時折流れ着く無法者の存在について説明した。

特に、先日発生した仮面ライダーベルデという侵略者と艦娘達のとの激闘で、

多くの犠牲者が出たことを訴えるように語った。

 

「なるほど、君達が来訪者に対して強い警戒を抱く理由はわかった。

でも、もう安心して。さっきも言ったけど、私は刑事。治安を守る使命がある。

ここがミラーワールドであろうとそれは変わらない。

私がいる限り二度とそんな悲劇は繰り返させない。私に任せてほしい」

 

「須藤さん……はい、ありがとうございます!」

 

五月雨は明るさを取り戻すと、最後に作戦司令室の場所と機能を案内し、

一旦長門に状況報告をしてから須藤のところに戻ってきた。

 

「ふぅ、お待たせしました。以上でナビゲーションは終了です。本館に戻りましょう!」

 

 

 

再び執務室に戻ると、須藤は部屋の隅に奇妙な物を見た。

空間に穴が空き、この世界に来る途中に見た0と1が浮かんでは消えている。

 

「五月雨さん、あれは?」

 

「はい。あれは現実世界へ戻るためのゲートです。

いつの間にか01ゲートって名前が付きました」

 

「なるほど。あれで元の世界に戻れるんだね」

 

「はい、それで、あの……ここで決めて頂きたいんですが、

提督としてこの世界をプレイなさるか、お帰りになられるかを選択してください。

須藤さんはもうナビゲーションを終えられたので、

この後どうなさるかは、あなたの自由です」

 

自由です、とは言うものの、彼女の目を見ると引き止めたがってるのは明らかだった。

須藤はまた少しいじめてみたくなったが止めておいた。

 

「私は残るよ。さっき約束したじゃないか、この世界の治安を守るって。

それに……ライダーの事を知ってるなら、ライダーバトルの意味も知ってるよね?」

 

「……はい」

 

「なら決まりだ!私はここで皆を守る。とりあえず今日は遅いからもう休むよ」

 

「あ、では明日から着ていただきたいものがあるんです!少しお待ち下さい」

 

五月雨は部屋の隅に置かれた衣装ケースから純白の軍服一式を取り出し、須藤に見せた。

 

「提督だけが着られる軍服なんです!……着てくれます、よね?」

 

「ごめん無理だ」

 

「ええっ、即答!?」

 

ショックを受ける五月雨。

 

「刑事は刑事。軍人じゃない。そんなものを着ていたら内外から誤解を招く。

悪いけど、こればかりは駄目だ」

 

「どういう巡り合わせの悪さなんでしょう……」

 

五月雨は腑に落ちない様子で軍服を眺める。

 

「とにかく、さっそく明日頼みたいことがあるんだ。お休み」

 

「はい、失礼します……」

 

パタン。五月雨が退室すると、須藤もコートを脱ぎ、ソファに横になった。

ベッドはないんでしょうか?明日彼女に聞いてみましょう。

それより……今後の戦いが楽しみです。浅倉鎮守府。そこが彼の根城ですか。

下準備はできています。楽しい時間が過ごせそうですね……

須藤は待ちきれない思いで眠りについた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 Fake Justice

コンコン。小さなノックで目が覚めた。

 

“五月雨です。提督、入りますよ”

 

須藤は一つ大きなあくびをしてから返事をした。

 

「いいよ、入って」

 

カチャ、とドアが空き、五月雨は須藤に丁寧なお辞儀をした。

 

「おはようございます。昨日は良く眠れましたか?」

 

「うん……そのことなんだけどね。ここ、ベッドとかはないのかな?

昨日聞きそびれてしまった」

 

「あ、すみません……本来人間の方が来ることを想定した作りになっていないので、

基本的には今ここにあるもの以外ベッドや布団はないんです。

導入するにはメダルで購入していただかないと……」

 

「メダル?」

 

「はい、遠征やクエストのクリア報酬でたまに手に入る通貨で……」

 

「ごめん、もういいや。このソファも悪くない寝心地だったし。

ちょっと身支度をするから待っててくれるかな」

 

「どうぞ、ごゆっくり」

 

この世界に面倒なゲーム性は求めていない須藤は早々に諦め、

給湯室で顔を洗い、歯を磨いた。流石にタオルは置いてあったので安心したが。

執務室に戻ると五月雨が笑顔で待っていた。

 

「お待たせ。それで何かな、用って」

 

「ライダー提督の皆さんにお配りすることになった、各鎮守府の一覧です。どうぞ」

 

「ありがとう。どれどれ……」

 

五月雨から貰った資料に目を通す。

そこにはライダーが担当する鎮守府の情報がずらりと並んでおり、

各ライダーの戦闘記録や主だった出来事も記載されていた。

横線で削除された鎮守府が2つある。おそらくバトルに敗れて脱落したのだろう。

肝心の浅倉は……あった。なるほど、ここでは割りと古株のようですね。

ええと、ここに来るなり1人殺している。相変わらずというか何というか。

あとは……仮面ライダーガイとやらとの戦いで何やら面白い事をしていますね。

戦力強化に使えそうです。

やはり他のライダーより先に浅倉を倒したほうがいいでしょう。

 

「あの、提督?」

 

「ああ、ごめん。すっかり夢中になってしまった。他に何かな?」

 

いつの間にか一覧を読みふけっていたことに気づく須藤。

 

「朝食の準備ができています。1階の食堂までお越しください」

 

「わかった、ありがとう。すぐ行くよ」

 

「では、失礼します」

 

五月雨が退室した。さて、食事の前に準備を済ませておきましょうか。

須藤は01ゲートをくぐり、一旦自宅に戻った。もう、浅倉はいなかった。

須藤は職場に電話し、インフルエンザに罹り、

どうしても出勤できなくなったと仮病を使い、休職の連絡を入れた。

そして再びパソコンを立ち上げ、執務室にとんぼ返り。

朝っぱらから慌ただしいが、いきなり失踪しては余計な注意を引き、

今までの自作自演が無駄になるというもの。

そして艦これ世界に戻った須藤は朝食をとるため1階に向かった。

 

 

 

 

 

──第一浅倉鎮守府

 

 

その頃浅倉は、足柄が持ってきてくれた朝食のパンをかじりつつ、何かを呟いていた。

 

「……来い……来い」

 

彼の意味不明な言動に慣れた足柄が、散らばったダンボールを隅に寄せながら尋ねる。

 

「どなたかとお約束でも?」

 

「……女、他のライダーは来てねえのか」

 

「足柄です。……はぁ、どうせ提督に隠してもすぐバレるでしょうから言いますが、

昨日新しいライダー提督がおいでになりました。

それに伴い、須藤鎮守府が設立されたということです」

 

「よし……」

 

「お知り合いですか?」

 

「共犯者だ」

 

「何の共犯かは聞きません。というか聞きたくありません。

とにかく、今度現実世界に外泊なさる時は私に一言いただくか、

紙切れ一枚でいいのでメモを残しておいてください。

もう艦娘総出で提督を探し回るのは御免被ります。芝浦君も怯えていましたし」

 

「うるせえ……!須藤の野郎が来たらすぐに知らせろ。……芝浦って誰だ」

 

「提督が倒したライダーでしょう!

あなたが時々無意味な重労働をさせている彼ですよ!」

 

「終わった戦いには興味ねえ。今は須藤だ」

 

「……また、ライダーバトルですか。もう貴方がたに戦うな、とは言いません。

せめて艦娘に被害が及ばない程度でお願いします」

 

「フッ、クカカカ……」

 

聞いているのかいないのか。浅倉は何がおかしいのか笑い声を上げるばかりだ。

呆れた足柄はそれ以上の会話を諦め、食事のトレーを下げて退室していった。

後に一人残された浅倉はデッキを取り出し、手で弄びながらしばらく眺めていた。

 

 

 

 

 

──須藤鎮守府

 

 

その頃、須藤と五月雨は待ち合わせていた桟橋の転送クルーザーのそばにいた。

 

「お食事はいかがでしたか」

 

「うん、美味しかったよ。ゲームの中とは思えない」

 

「フフ。気に入っていただけたようで何よりです。それでは、ご案内しますね」

 

「よろしく頼むよ」

 

「あの……」

 

須藤がクルーザーに乗り込もうとした時、五月雨に呼び止められた。

彼女は不安げな顔で須藤を見ている。

 

「どうかした?」

 

「どうか……どうかくれぐれも無茶はなさらないでくださいね!

提督方の事情はうかがっていますが、死者を出さずに勝敗が決した例もあります!

だから……!」

 

すると、須藤はポンと五月雨の肩に優しく手を置いた。そして彼女の目を見て答える。

 

「安心して。私は浅倉を逮捕するためにここに来たんだ。

君が心配しているような事態にならないよう最大限努力する」

 

「はい……提督のお力を、信じています!」

 

「じゃあ、そろそろ出発しようか。操縦、お願いするよ」

 

「任せてください!」

 

二人はクルーザーに乗り込むと、須藤は座席に着き、

五月雨は操縦席に着いて舵を握った。そして、彼女が早口で音声コマンドを宣言すると、

周囲の景色がクルーザー以外存在しない白の世界に変貌。

須藤は一瞬混乱し、周りを見回すが、すぐに先程まで見ていた桟橋の景色に戻った。

 

「着きました。ここが浅倉提督が統治されている鎮守府ですよ!」

 

「ちょ、ちょっといいかな?今の何だったの?」

 

この世界に慣れておらず、てっきり海を進んで鎮守府間を移動するものだと思っていた

須藤は、五月雨に今の奇怪な現象について尋ねた。

 

「サーバー内に存在する鎮守府の移動プロセスです。

鎮守府間だけなく各海域に移動する際も、現実世界のように海を渡るのではなく、

地図を取り出すように、目的地のデータをダウンロードして読み込むという

手順を踏んでいるんです」

 

「そ、そうか、ありがとう。いきなり世界がなくなったから驚いたよ」

 

「ここがあくまでデータで構成された世界だということを覚えておけば、

すぐに慣れていただけると思いますよ」

 

「わかった。それじゃあ、行ってくるよ」

 

「待って!私も行きます!」

 

ゴトゴトと木の床を鳴らしながら、本館に向かおうとする須藤を

五月雨が追いかけてきた。驚く須藤。

 

「どうしたの?危険だから駄目だ。

これから私がやろうとしていることは、知っているだろう?」

 

「お願いします、戦いの邪魔はしません!

ただ、提督が命を賭けて戦うのをここでただ待っているは嫌なんです!」

 

須藤は内心舌打ちした。

今後の戦いのことを考えると、あまり味方に見られたくはないのですが……。

あまり無碍に断っても怪しまれるでしょう。

 

「……安全な離れた場所で見てるんだよ?」

 

「はい!」

 

やれやれ、とんだ邪魔が入りました。須藤は五月雨を連れて浅倉のいる本館へ向かった。

 

 

 

 

 

──浅倉鎮守府

 

 

「ハァ、来やがったぜ!」

 

執務室の窓から桟橋を見ていた浅倉は乱暴に執務室のドアを開け、1階へ駆け下りる。

そして、ついに待ちきれなくなり、玄関ドアは思い切り蹴った。

 

 

 

ガァン!と、開けようとした木製のドアが内側からいきなり蹴破られ、

須藤も五月雨も面食らった。扉の向こうから現れたのはもちろん浅倉。

 

「待ちわびたぜ、刑事(デカ)ライダー!」

 

「浅倉威……君には今度こそ拘置所に戻ってもらいましょうか。

それで完全に私は潔白な人間になる」

 

「あなたが、浅倉提督なんですね……。

提督、潔白になるってどういうことなんですか?」

 

落ち着きを取り戻した須藤は浅倉と対峙する。

事情を知らない五月雨は須藤に言葉の意味を問う。

 

「危ないから離れてて!浅倉は何をするかわからない!奴は私が取り押さえる!

君はここの作戦司令室の人に危険だから誰も近づけるなと知らせてくれ!」

 

「え、あ、はい!」

 

須藤は彼女の疑問を無視して遠くに追いやる。

そして二人の声が聞こえないところまで離れたところを確認すると浅倉に話しかけた。

 

「しばらくぶりですねえ。と言っても、一日二日ですが」

 

「黙れ……こっちはライダー目の前にぶら下げられてイライラしてんだ。やるぞ」

 

「せっかちな人ですね。……ではお望みどおり始めましょうか!」

 

二人はガラス窓の前に立つ。腰にデッキを装填するベルトが現れる。

ガラスに反射した光が浅倉の微かな笑みを浮かび上がらせた。

そしていつものように右腕をコブラの食いつきのように素早く動かし、

 

「……変身!!」

 

デッキを装填し仮面ライダー王蛇に変身。

続いて同じようにベルトを具現化させた須藤も、左腕を伸ばし、

右腕をハサミに見立てて素早く開閉。

 

「変身!」

 

デッキを装填すると、須藤が回転するライダーの鏡像に包まれ、

仮面ライダーシザースに変身した。

 

「では、やりましょうか。フフフ……」

 

不敵な笑い声を上げるシザースと王蛇は本館前広場中央に移動した。

 

「それでは、まず……」

 

シザースはカードを1枚ドロー。左腕のハサミ型バイザー・シザースバイザーを閉じ、

現れた接合部に装備された挿入口に装填。そしてハサミを開き収納した。

 

『STRIKE VENT』

 

シザースの右腕に、シザースバイザーより二回り以上大きな、

切断用重機を思わせる巨大なハサミ、シザースピンチが現れた。

それを見た王蛇もカードをドロー。しかし、その時異変が起こる。

そこでカードが尽きたのだ。

 

「……」

 

「ハハハ!どうかしましたか?ああ、そのデッキですか。

ちょっと中身を拝見したんですがね、少しカードが多すぎる。

それに、私のデッキには大したカードがないんですよ。これでは平等じゃない。

勝手ながら“何枚か”抜かせていただきました!」

 

シザースは王蛇のデッキから盗んだカードを見せつける。

 

「……だったらなんだ」

 

「え?」

 

「厚紙仕込んでデッキの重さ調節したつもりだったんだろうが、

だいたい4、5gほど違ってたぞ。ちゃんと秤使わねえからバレるんだ」

 

「で、では、何故わかっていながら、渡したときに……!!」

 

「ハンデだ」

 

「ハンデ……?」

 

「お前と俺では、完全に違うところがある。お前には欠けているものがあるから、

飛車角落ちでやってやろうって言ってんだ」

 

「強がりはその辺にしたほうがいいですよ。こうしませんか?

あなたはこのカードの所有権を移す方法を私に教える、

私はあなたにカードを何枚か返す。通常、他人のカードを使っても

効果が現れるのは持ち主だけだ。昨日受け取った資料で、

あなたが過日の戦闘で敵ライダーのカードを奪ったことは知っていますが、

具体的な方法が書かれていなかったんですよ。

それではこれを持っていても意味がない、だから私とあなたで……」

 

『SWORD VENT』

 

王蛇がベノバイザーにカードを装填。ベノサーベルを装備した。

 

「うるせえぞベラベラと。要は殺して奪えば全部解決だろうが!!」

 

そしてシザースにダッシュで駆け寄り、ベノサーベルを振り下ろす。

すんでのところで武器にもなるシザースバイザーとシザースピンチで

斬撃をなんとか受け止めた。ダメージには至らなかったが、ビリビリとした痺れが走り、

手にしたカードを落としてしまう。

 

「しまった!」

 

足元に王蛇のカードが散らばる。だが、王蛇が構わず、ベノサーベルでシザースを薙ぎ、

二撃目三撃目を繰り出す。頑丈なシザースピンチで受け止めるシザースだが、

王蛇は斬撃に加え、上段蹴り、ローキックを何度も叩き込み、防御を突き崩していく。

そして、ついに王蛇がシザースの腹をベノサーベルで横一文字に斬りつけた。

 

「がああっ!!」

 

バトル開始早々劣勢に立たされるシザース。

 

「何故だ!何故カードを拾わない!それで私の上に立ったつもりか浅倉!」

 

「てめえが下にいるだけだ。ほら、さっさと来い」

 

「くっ、ならばこれに耐えられますか!?」

 

シザースは巨大なハサミ、シザースピンチを開き、王蛇の肩口めがけて振り下ろす。

巨大な刃物が襲いかかる。その重量と鋭い切れ味に王蛇のアーマーが火花を散らした。

吹っ飛ばされながらも、王蛇は転がりながら受け身を取る。

しかしダメージは受け流しきれず、王蛇は膝に手をつきながらゆっくり立ち上がった。

 

「ハハッ!どうですか、この切れ味!何人も食わせた甲斐があるというものです!」

 

「ごはっ……“食わせた”だ?」

 

「ええ、“仕事”の邪魔になる連中や、私の周りを嗅ぎ回る連中を

モンスターに食わせたんですよ。お陰で大分強くなりました。カードは増えませんがね。

だからどうしてもあなたを倒してデッキをグレードアップする必要があるんですよ!」

 

王蛇は退屈そうに首を鳴らして吐き捨てた。

 

「……いい加減口を閉じろ、弱いのが、ばれるぜ」

 

「つくづく強情な人ですね……いいでしょう。少し早いですが、終わりにしましょう。

最後に聞いておきたいのですが、あなたが言っていた、

私に足りないものってなんでしょうね?今の状況を見ると、

むしろあなたに強さが足りていない気がするんですが」

 

「欲望だ……」

 

「ふっ、ご冗談でしょう。

私ほどライダーバトルに賭ける欲望が強いライダーはいないと思っていますよ。

そしてさっきも言いましたが、強くなるために何人もモンスターに食わせました。

中にはただの通りすがりもいましたね。要するに、私は強くなるためならなんでもする。

そうまでさせるほど、このライダーバトルは癖になるんですよ。

では、今度こそさようならです」

 

自らの力を朗々と語ったシザースはカードをドロー、シザースバイザーに装填。

ハサミを開いた。

 

『FINAL VENT』

 

カードの力が開放されると、背後に異次元のドアが開き、

契約モンスター・ボルキャンサーが姿を表した。

シザースがジャンプすると、更にボルキャンサーが両腕で力強くシザースを打ち上げ、

膝を抱えて前方に高速で回転。そのまま王蛇を破壊せんと落下する。

シザースのファイナルベント、高速回転する超硬物質の体当たり攻撃

「シザースアタック」が王蛇に迫る。

いかに王蛇の戦闘能力が高くとも、まともに食らえば敗北、最悪死亡は免れない。

体感時間がゆっくりになる王蛇。

遮蔽物、ない。カード、いらん。弱点、知らん。ないないづくしだ下らねえ。

そんなもんどうでもいい、とにかく殺せばそれでいい。

王蛇はベノサーベルを全力で叩きつけるべくシザースに突撃する。だが、

 

『FINAL VENT』

 

システム音声と共にワインレッドの影が飛来した。そしてシザースアタックに直撃。

手塚海之こと仮面ライダーライアのファイナルベント「ハイドベノン」が激突し、

空中で大きな爆発が起きた。爆風と打ちつける砂埃に顔をかばう王蛇。

ライアのエイ型モンスター・エビルダイバーを異次元の海から呼び寄せ、

ジャンプしてエビルダイバーに乗り、空中で一気に加速して敵に体当たりする攻撃。

その急襲を受けたシザースのファイナルベントは相殺され、

シザースは地面に投げ出された。

 

「があああっ!!……かはっ!一体、何が!?」

 

突然の反撃に混乱するシザース。彼の前に立ちはだかるライア。

だが、王蛇がそれで納得するはずもなく、

 

「てめえ……何のつもりだコラァ!!」

 

当然、戦いに横槍を入れられた怒りをぶちまける。

ライアは王蛇に向き合うと語りかける。

 

「浅倉……お前は俺を知らないだろうが、俺はお前をよく知っている。

お前を倒し、法の裁きを受けさせるのは、俺だ」

 

「誰だか知らんが邪魔すんな!」

 

ベノサーベルで斬りかかるが、ライアは大きく跳躍し、王蛇を飛び越えて背後に立った。

 

「俺が目障りか。ならまず目の前の敵を倒したらどうだ。1対1の勝負はそれからだ」

 

「……逃げんな、そこで待ってろ」

 

王蛇はライアを指差すとシザースにとどめを刺すべく、振り返った。

すると、シザースが本館の中へ逃げ込んでいくのが見えた。

王蛇もぶらぶらと本館の中へ入っていった。

 

 

 

「はぁ……くそっ!浅倉なんかを助ける奴がこの世にいるとは信じられません!」

 

シザースは急いで階段を駆け上り、階段を上りきると、すぐ3階の客室に逃げ込んだ。

座り込み呼吸を整える。2対1ではあまりにも不利!

なんとか、なんとかしなければ私が殺される!

 

 

 

“お巡りさんは……臆病だ……戦い怖くて逃げ出した……”

 

呑気に黄金虫の替え歌を歌いながら、シザースを探す王蛇。

1階食堂、いない。2階執務室、いない。3階……にたどり着いたところで、

浅倉はヘルムの中で満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

……ドスッ!!

 

「うわああっ!!」

 

思わず大声を出したシザースは心臓が飛び跳ねるような気がした。

突然もたれかかっていた壁に穴が空き、剣が突き出てきたのだから無理もないだろう。

王蛇が隣の部屋からベノサーベルを突き刺したのだ。

あと半歩体がずれていたらシザースの体を貫いていただろう。

慌てて部屋から飛び出すシザース。

しかし、同時に部屋から出た王蛇に行く手を塞がれる。

 

「ミラーワールドに、刑事は要らない……!」

 

王蛇は両腕を広げてゆっくりと、シザースに近づく。

シザースは後ずさりしながら、カードをドローし、バイザーにセット。

ハサミは開かずまだカードは発動させない。

 

「わかった!私の負けだ!私のカードを譲ろう!

大したものはないが、多いに越したことはないだろう!?だから……」

 

「“だから”は嫌いだ。……お前も、戦え!!」

 

イライラが限界に達し、絶叫した王蛇は全力でベノサーベルを振り下ろす。

同時にシザースはシザースバイザーを開き、セットしておいたカードを発動。

 

『GUARD VENT』

 

シザースの前に強固な盾が現れ、大きな金属音を立てて

かろうじてベノサーベルを弾き返した。

力任せの攻撃を跳ね返された王蛇は大きくよろめく。

今だ!シザースは王蛇の隣を走り抜け、階段を降りる。目指すは2階執務室。

ドアを開けて一瞬中を見回す……あった!シザースは迷わず01ゲートに飛び込んだ。

 

 

 

 

 

──須藤宅

 

 

シザースは01ゲートで命からがら自宅に戻った。やれやれ死ぬところでした。

ログインし直せば私の鎮守府、そこで身を隠せば……

 

ドンドン!!

 

その時、乱暴に玄関扉が叩かれた。うるさいですね。新聞の勧誘でしょうか。

さっさと追い払いましょう。変身を解いた須藤はドアチェーンをかけて扉を開く。

 

「誰ですか……

ああ、警部じゃありませんか。いや、すみません重要なときに休んでしまい……」

 

「須藤!殺人容疑及び覚せい剤取締法違反で逮捕する!今すぐ出てきなさい!」

 

耳を疑う須藤。馬鹿な!私への疑いは完全に晴れたはず!一体何故!?

 

「な、何をおっしゃっているんでしょう。全く身に覚えがないのですが」

 

「お前の家に浅倉威らしき人物が出入りしたという目撃情報が複数寄せられた。

そこでお前が浅倉と共謀しているという容疑がかかり、再度身辺調査をしたところ、

お前が手を染めていた犯行が明らかになったというわけだ」

 

くそっ!あいつを家に入れるべきではなかった!とにかく捕まるわけにはいきません。

 

「……わかりました。少し着替えたいので、5分だけ時間をください」

 

「早くしろ。言っておくが周辺は既に固めてある。妙な気は起こすなよ」

 

「はい、すぐ終わりますので……」

 

須藤はドアを閉じると急いでパソコンを立ち上げ、艦これにアクセス。

ゲームの世界に逆戻りした。

 

 

 

 

 

──須藤鎮守府

 

 

再度自分の執務室に降り立った須藤は、ほっと一息ついた……のも束の間。

背中に重く尖った物を突きつけられた。

 

「……話し合いましょう。そうです、私と組みましょう!

私とあなたなら他のライダーを圧倒できる!決着は最後の時、ということで……」

 

 

「口を閉じろ、と言ったはずだ」

 

 

須藤の背後にはベノサーベルを構える王蛇が。そばにはライアもいる。

冷や汗が止まらない須藤。

 

「頼む、なんでも言うことを聞く、だから……」

 

「“だから”はイラつくっつっただろうが!変身しろ!!」

 

怒る王蛇に背中を突き飛ばされ、窓に叩きつけられる須藤。

パシ、パシ、とベノサーベルで左手を叩く王蛇に睨まれつつ、またデッキを取り出し、

シザースに変身した須藤。改めて王蛇と向き合う。

 

「よ、よく聞いてくれ、どうすれば私は助かると思う?」

 

「俺を殺せ。他にはない」

 

言うと同時に、ベノサーベルで袈裟懸けにシザースを斬りつけた。

 

「げはっ!……ああっ!」

 

衝撃で後ろに吹っ飛ばされたシザースは、窓ガラスを突き破り、本館前広場に落下した。

 

「うあ……あ……」

 

王蛇の攻撃と落下の衝撃で既に満身創痍のシザース。しかし、王蛇の追撃は容赦がない。

王蛇も窓ガラスから飛び降り、ベノサーベルを真下にしてシザースに突き刺そうとした。

体の痛みを強引に無視して地面を転がり、どうにか刺殺を回避。

両足に残る力を込めて立ち上がる。だが、そんなシザースにまたも王蛇の攻撃が迫る。

今度は両手でベノサーベルを持ち、まっすぐに胴を突いた。

 

「うぐぉっ!……ああ……」

 

また仰向けに倒れてしまったシザース。もう転がる力もない。

だが、王蛇が戦いを止めるわけもなく、反撃もままならないシザースを

思い切りベノサーベルで斬る、というより殴りつける。何度も、何度も。

 

「ハハハハハ!ハハハハ!!アハハハハ!!」

 

「うう!ぎゃぁっ!!だばっ!げはああっ!!」

 

狂ったように笑いながら、アーマーの中の須藤を

挽肉にしようかという勢いで何度も殴る王蛇。

抵抗できないシザースは、ただその荒れ狂う暴力にさらされる他なかった。

そして、敵をいたぶるのに飽きた王蛇は、とどめを刺すべく

シザースの喉元にベノサーベルを突きつける。シザースは喘鳴混じりの言葉を絞り出す。

 

「ごふっ……どうして……お前と、俺は……同じ。戦いが……望み……」

 

「違う」

 

「一体、何が……お前も、戦いの欲望は……」

 

「“守りたい”なんざ考えてるからだ」

 

「え……?」

 

「始めからそうだ。サツでの立場を守りたい。小細工してまで自分を守りたい。

余計なもん抱えながらハサミ振り回してる奴の欲望なんかたかが知れてる」

 

「お前は……何のために……ライダーバトルを」

 

「理由なんかねえ、ただ殺したい。それだけだ」

 

「ばけ、もの……」

 

「ああそうかもな、あばよ……」

 

王蛇がベノサーベルを振り上げる、そしてシザースの首を貫こうとしたその時。

 

 

──浅倉、待て!

 

 

ブルーのジャケットを来た青年が全力でこちらに走ってくる。真司だった。

王蛇に駆け寄ると、息を切らしながら頼み込む。

 

「待ってくれ、殺すのは、待ってくれ!!」

 

「……」

 

黙って真司を見る王蛇。1階に下りてきていたライアがその様子を見守る。

 

「ここでこいつを殺したら、神崎の思う壺なんだよ!お前それでいいのかよ!

誰かの都合でやらされてる殺し合いなんて、おかしいと思わないのかよ!」

 

「……おかしいのはお前の頭だ。俺を止めたかったら、変身して戦え」

 

「頼むよ……時間をくれ!

確かに、ライダーバトルを止めても続けても犠牲者は出るけど、

殺しちゃたら後戻りができなくなるんだ!」

 

「意味がわからんぞ、邪魔だ、どけ」

 

「ぐわっ!」

 

王蛇から軽めの張り手を顔面に食らい、倒れる真司。

それでもライダーの力で食らった攻撃は生身の人間を吹き飛ばす威力がある。

鼻血が止まらない。しかし、真司は這うように王蛇に追いすがり、

シザースへの攻撃を止めようとする。

 

「頼む!頼むよ!」

 

「しつけえ……!」

 

今度は足蹴にされる。石畳に叩きつけられ体に鈍い痛みが走る。

しかし、真司はまた王蛇にすがりつき、足にしがみつく。

 

「頼むよ……お願いだから……もうやめてくれ……

そうだ!俺の、俺のカードやるから!もう十分暴れただろ?あいつもう動けないじゃん!

もういいだろ、な?」

 

真司はデッキからカードを1枚取り出し、王蛇に差し出した。

黙ってそのカードを手に取る王蛇。

 

「……くじ引きか。面白そうだな。ふん、お前のせいで白けた。帰る」

 

王蛇は瀕死のシザースを置いて去っていった。

 

「よかったぁ~」

 

鼻血まみれの顔もそのままに、その場に座り込む真司。

一部始終を見ていたライアが変身を解いて近づいてきた。

 

「城戸……彼をどうする気だ」

 

「助けるに決まってるじゃん。

今回は完全に俺のわがままだから、俺があいつのモンスター引き取るよ」

 

「そうか。城戸、一つ言っておかなければならないことがある」

 

「なんだよ急に改まって」

 

「俺は今日、浅倉を助けた」

 

「!? 助けたって……どういうことだよ!」

 

「俺はお前にライダーバトルを止めたいと言っていたけど、

本当は浅倉に法の刑罰を受けさせたいのが本音だったんだ」

 

「そうか……お前の友達、浅倉のせいで……」

 

「もちろんライダーバトルを止めたいのも嘘じゃない。

けど、結局は俺も、浅倉に復讐したい、という欲望で戦っていたのも事実なんだ」

 

「手塚……」

 

「だから城戸、やっぱり純粋な思いでライダーを助けたいと思っているのは

お前しかいないんだ。俺はお前のようにはなれない。

だからライダーバトルの答えをお前に託す。

……さっきお前は止めても止めなくても犠牲者が出ると言っていたな。

それはどういう意味だ」

 

「それは……事情が複雑で話すと長くなるんだ。明日にでも俺の鎮守府で話そう」

 

「……わかった。とにかく今は彼を救助しよう」

 

シザースは相変わらず倒れたまま微動だにしない。

真司は近づいてシザースのデッキを抜き取る。変身を強制解除され、須藤の姿が現れた。

真司が彼を抱きかかえると、遠くで事の成り行きを見守っていた五月雨が近づいてきた。

 

「待ってください!提督をどこへ連れていくんですか?」

 

「えっと……君は?」

 

「提督の秘書艦の五月雨です!お願いですから提督を殺さないでください!」

 

真司は必死に訴える彼女の目を見て話した。

 

「……大丈夫。誰にもこの人を殺させないために俺の鎮守府に連れていく。

怪我の手当もしなきゃいけない。多分、あちこち骨折してる。

バトルが終わるまで窮屈な思いはしてもらうことになるけど、お願い、信じて」

 

「わかりました……提督を、よろしくお願いします」

 

五月雨は真司に深く頭を下げた。

そして真司は三日月が待つ転送クルーザーへ去っていった。その場に残された手塚。

彼はすぐ自分の鎮守府には戻らず、作戦司令室へ向かった。

ドアを開け、中に居た長門に話しかけた。

 

「忙しいところ済まない。手塚鎮守府の提督だけど、少し、いいかな?」

 

長門達が立ち上がり敬礼する。

 

「はっ、何なりと」

 

「今日のライダーバトルの情報はもう掴んでるよね。……須藤の素性も」

 

「偵察機からの情報が既に。……まさか提督が浅倉提督と共謀していたとは」

 

「それについて城戸鎮守府に電文で送っておいて欲しいんだ。

きっと彼のことだから疑いなく須藤と接すると思う。

デッキを取り上げても油断しないよう警告しておいてくれないかな」

 

「承知しました。仰せのとおりに」

 

「ありがとう。突然来て悪かった。それじゃあ」

 

作戦司令室を後にした手塚は今度こそ自分も手塚鎮守府へ戻るべく、

転送クルーザーへ向かった。歩きながら彼は考える。

ライダーバトルを止めても続けても犠牲者が出る。一体どういう意味なのか。

明日の真司からの答えを待つしかなかった。

 

 

>仮面ライダーシザース 須藤雅史 脱落

 

 




*コメント返信で「ドラグレッダー以外とは契約させませ~ん」とか言っときながら
こんな結末になり申し訳ありません。ちょっとやりたいことができたので……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 Outraged Man

無限に荒野が続くN^x番目のミラーワールド。

そこが荒野の果てなのか、中心なのか、何もわからない。

時折舞い上がる砂塵の他は何もない、命なき世界。

神崎士郎はただそこに佇み、激怒していた。

現在のライダーバトル進行状況、参加者9名。棄権者1名。脱落者3名。

そして、死者0名。……間に合うはずがない。

ライダーバトルを効率的に進め、結末を変えるため、

途方もない時間をかけてあのミラーワールドを見つけ出したと言うのに!

こうまでライダーが使い物にならないとは思わなかった。

ライダーバトルの進捗を遅らせているのは、そう、あの男だ。

神崎は前を向いたまま告げた。

 

「龍騎を……始末しろ」

 

「……承知」

 

オーディンが何もない空間に手をかざすと、波紋のようなゆらぎが生じ、

彼の体を飲み込んだ。神崎はしばらく何もしないまま、ただその名を口にする。

 

「優衣……」

 

 

 

 

 

──城戸鎮守府

 

 

昨日、王蛇の手から間一髪でシザースを救い出した真司は、

執務室で現状について海之と相談していた。

 

「……だから、ライダーバトルを続けると、最後の一人以外はみんな死ぬ。

だからって止めると、蓮の恋人や北岡さんも命を落とす。

どうしていいかわかんないんだよ……」

 

どちらかと言うと、真司が海之に悩みを聞いてもらっているという形だったが。

お茶を出す三日月も何か言いたげだが、言葉にならない。

 

「あ、三日月ちゃん。このことは誰にも内緒だからね」

 

「はい、わかっています……」

 

「それとあと、須藤の情報サンキューな、手塚!まさか浅倉と組んでたなんてな。

あいつにも気をつけなきゃ」

 

「それについては当分の間は心配ないかと。

骨折が酷くて身動きが取れるようになるまではしばらくかかります。

完治の見込みが出たら龍田先輩が知らせてくださるそうです」

 

「ありがと。とりあえずデッキは隠しとかなきゃ。モンスターの契約も移さないと」

 

真司の話の内容を反芻していた海之が口を開いた。

 

「なるほど。お前が言っていた、止めても続けても犠牲者が出る、とはそういことか」

 

「蓮が恋人を助けるために戦ってるのは明らかだし、

北岡さんは生きるために戦ってるのも間違いないと思う。俺、どうすればいいんだ……。

ただ、みんなを助けたい。それだけを考えて戦ってたけど、

それって、どっちかを切り捨てることになるよな」

 

「……答えの出ないジレンマだ。俺にもどうしていいのか、正直わからない」

 

「だよな。蓮のことだって、優衣ちゃんもついこの間知ったばかりだし……」

 

海之は初めて聞く名前についてわずかに戸惑い、真司に問う。

 

「ちょっと待て。優衣、とは誰だ」

 

「ああ、悪い。優衣ちゃんは俺と蓮の仲間で、

俺がライダーになった頃は二人でミラーモンスター狩りしてたんだ。

その娘はライダーじゃないんだけど、

ミラーワールドの様子を見ることができて……!?」

 

ハッ!とその時真司は妙な違和感を覚えた。

最後に現実世界に戻った時、何かおかしなことはなかったか。

頭をボリボリ掻きながら必死に思いだろうとする。

 

「どうした。その人に何かヒントでも?」

 

「いや……ヒント、つーか納得行かないような何というか……あ!」

 

 

 

“優衣……それでも俺はお前を救う”

 

“救うって、何から?答えて!401号室で何があったの!?”

 

“知らなくていい。何も心配しなくていい”

 

“お兄ちゃん、お兄ちゃん!”

 

 

 

「他にも、誰かを救いたい人がいる……」

 

「誰だ、そいつは!」

 

ソファで真司と向かい合っていた海之は思わず身を乗り出す。

 

「神崎……」

 

真司は神崎と優衣のやり取りを説明した。

 

「兄、と呼んだということは妹ということになるが、神崎士郎に妹がいたのか?

しかし、何から彼女を救うと言うんだ。彼女も何か病を患っているのか?」

 

「そんな様子は全然……あ、いや、その時何か変なことがあった!」

 

 

“……え、なにこれ、いや、いや!”

 

 

「ドア越しで見えなかったけど、

今思うと、優衣ちゃん、何か変な現象に巻き込まれてたんだと思う」

 

「しかし、そうなると、

何故ライダーでもない神崎がこのバトルを仕組んだのか気になるところだ。

彼は勝者に “力”を与えられるのだろう。迷わず妹のために使うのが普通だと思うが」

 

「わっかんねえ!大体401号室も意味不明なままだし、

ライダーバトルと関係あんのかよ!」

 

「401号室?初めて聞くが」

 

「ごめん、これも言ってなかった。

神崎が401号室ってとこで何かの実験してたらしいんだよ。

その時の事故で蓮の恋人が意識不明になったって聞いた」

 

「“実験”ということはおそらく大学だろう。

城戸……お前は一度現実世界に戻ったほうがいい。

神崎に妹がいたことも初耳だし、妹の身に何が起こっているのか、

401号室で何が起こったのか。そこに謎を解く鍵があるのは間違いない」

 

「ああ、そうする!でも、俺だけじゃどうしようもないんだけど、蓮は連れて行けない。

きっと恵理さんのこと嗅ぎ回られるの嫌がるはずだし……

そうだ、編集長に相談するよ!俺、ネットニュースの編集部で見習いやってるんだけど、

みんな頼りになる人ばっかりだから!」

 

「それがいい。留守は任せろ、お前が戻るまで俺はここに留まる。

もう同じ失態は繰り返さない」

 

「真司さん……無理はなさらないでくださいね」

 

湯呑みを下げながら、三日月が心配そうにぽつりとつぶやく。

 

「心配しないで!戦いに行くわけじゃないから。どうすればみんなを助けられるか、

その手がかりを探しに行く。それまでここを頼めるかな」

 

「……はい、任せてください!」

 

今度は力強く返事をした三日月。

わからないことばかりだが、彼女なりに真司を支える決意を固めたようだ。

 

「じゃあ、行ってくる。手塚、三日月ちゃん、しばらくの間、ここ、頼むね」

 

「行ってらっしゃい、真司さん。お帰りを、待ってます」

 

「可能性を掴んでくるんだ。……頼んだぞ」

 

見送る二人に笑顔で応え、真司は01ゲートに飛び込んだ。

 

 

 

 

 

──北岡鎮守府

 

 

「……まぁ、そんなことがあったのよ。

結局、膨大なデータの海から戻ってきて下さった方々のお陰でなんとかなったけど」

 

北岡が不在の間に起きた、高見沢の侵略行為について報告する飛鷹。

吾郎はテーブルのそばで黙って下を向いていた。

 

「そうか……いくら外泊すると伝えていたとは言え、こればかりは弁解の余地もないよ」

 

「まぁ、ただのイレギュラーなら怒鳴り散らしてたところなんだけどね。

また戦車やミサイルを積んだ軍隊が攻めてくるなんて私も想像してなかったから、

提督方の行き先まで確認してなかった私にも責任があるわ」

 

「今後は他の連中の言うとおり、現実世界に戻る時は……ゴホゴホッ!」

 

北岡は咳を手で受け止めた。そして手のひらを見る。血だった。

 

「どうかした?」

 

飛鷹に見られる前に血を握り込んで話を続ける。

 

「いや、なんでもない。……本当に俺としたことが。スーパー弁護士の名が廃る。

とにかく、これからは他のライダーの動きについて長門と情報交換しといてよ」

 

「わかったわ。……それじゃあ私、司令代理に書類を届けてくるから」

 

飛鷹は大きな封筒に入った書類を持って退室して行った。同時に吾郎が口を開く。

 

「先生、もうお体が。……やっぱり急いだほうが!!」

 

「だ~いじょうぶだって、吾郎ちゃん!まだ余裕はある。

自分の体の事は自分が一番良く知ってるからさ」

 

身を案じる吾郎に明るく答える北岡。その時。

 

 

「これ以上は保たないということを、か?」

 

 

反響する金属音と共に神崎が北岡のそばに現れた。すかさず拳法の構えを取る吾郎。

北岡は彼を手で押しとどめる。

 

「いいからいいから、どうせ“戦え”くらいしか言わない奴がまた来ただけじゃん。

それで?今日は何の用」

 

「ずいぶんと手が汚れているようだが。

医者に言われた期限はあとどれくらいだ?半年か、3か月か、それとも……」

 

神崎はデスクの周りを遅い歩調でうろつきながら語る。

 

「へぇ、驚いたよ。たまには代わり映えのあることも喋るんだ」

 

北岡の皮肉を無視して神崎は続ける。

 

「お前達が勝手に“脱落”とみなしているライダーはまだ生きている。

殺さなければ勝利とは認められない。そしてモタモタしているうちにお前は死ぬ。

奴らの為に死んでやるつもりか。お前がいつ博愛主義に目覚めたのかは知らんが」

 

「そんな馬鹿馬鹿しいもん持ってるのは城戸君くらいだよ。

俺はやりたい時にやりたいことをやる、それだけだ。放っといてくれないかなぁ。

今はライダーバトルより、南方海域の世話に忙しいんだ。

心配しなくてもバトルを止めるつもりはないから

俺の予定に口出ししないで欲しいんだけど」

 

「ならいい。戦わなければライダーである意味はない。

戦いをやめたライダーは死ぬだけだ」

 

そう言い残すと、神崎の姿は陽の光に同化して消えていった。

 

「先生……」

 

「何心配してんのよ吾郎ちゃん。

さっきも言ったでしょ、俺の体は自分がよく知ってるから。

それじゃあ、元気が出るよう久しぶりにスモークサーモンのキッシュ作ってよ。

飛鷹がまた目を丸くするのも見たいしさ」

 

「……わかりました」

 

吾郎はもう何も言わなかった。

北岡が覚悟を決めているなら、自分はそれを支えるだけだ。

 

 

 

 

 

──TEA 花鶏

 

 

「うわっと!」

 

花鶏の空室にある蓮のノートパソコンから飛び出した真司は、

一瞬バランスを崩しそうになったが、なんとか体勢を立て直して転ばずに済んだ。

 

「ええと、まず優衣ちゃんに会って、それから編集部に……」

 

キャアアア!!

 

行動方針を整理しようとした瞬間、隣の部屋から悲鳴が聞こえてきた。

慌てて部屋から飛び出し、隣室のドアを開けると、信じがたい光景を目にした。

 

「真司君、助けて……」

 

優衣の全身が粒子化して蒸発しているのだ。

真司は彼女に駆け寄るが、どうしていいのかわからない。

 

「優衣ちゃん!?落ち着いて!とにかく座って深呼吸して!」

 

優衣の背中をなでながらベッドに座らせる。

効果があるかはともかく、落ち着かせることを優先した。

 

「優衣!優衣!!」

 

その時、背後から急ぐ足音が近づいてきて、何者かが部屋に駆け込んできた。

その正体に驚く真司。神崎だった。

彼は真司を無視して優衣の元で膝を付き、彼女の手をさすった。

 

「お兄ちゃん……私、一体どうなってるの……?」

 

「心配するな、絶対助ける!もう少しの辛抱だ、お前は必ず俺が守る!」

 

感情が死に絶えたような普段の姿からは想像もつかないような、

切羽詰まった様子で必死に優衣を励まし、手をさすり続ける。

すると、やがて徐々に彼女の粒子化は治まっていった。

しかし、優衣はまだ混乱している。

 

「お兄ちゃん、なんで私がこうなるのかはいいよ。

でも、お兄ちゃんがやろうとしてることと関係あるんでしょ?

何かは知らないけど、私のためにみんなを戦わせてるならもうやめて!」

 

「全てが解決したら話す!だから消えないでくれ、俺を一人にしないでくれ……」

 

「お兄ちゃん……」

 

困惑する優衣と、すがりつくように優衣の両手を握る神崎。

事情が飲み込めない真司が尋ねる。

 

「消えるってどういうことだよ!

何か知ってるなら今言えよ、それこそ手遅れになったらどうするんだよ!」

 

神崎は鋭い目で真司を睨む。

 

「何もかも、全て、お前のせいだ!」

 

「……ライダーバトルを止めようとしてることか」

 

「お前は、優衣を助けたいのか」

 

真司の疑問には答えず、質問を返す神崎。

 

「当たり前だろ!そのためにこっちに戻ってきたんだ!

それより知ってることがあるならちゃんと優衣ちゃんに答えてやれよ!」

 

「黙れ……優衣を助けたいなら、向こうに戻れ。お前に出来ることはそれだけだ!」

 

「ちょ、待て!おい!」

 

神崎は窓ガラスのそばに立ち、ミラーワールドへ消えてしまった。

 

「くそっ、どうして妹にきちんと向き合えないんだよ!!」

 

「真司君……」

 

「優衣ちゃん、前に俺達が帰ってきた時も、こんなことがあったの?」

 

優衣は何も言わずにうなずく。

 

「待ってて!

俺一人じゃ何もできないけど、編集長やみんなと協力して手がかり探してくるから!」

 

「もういいよ……私のせいで、真司君や蓮が傷つくくらいなら、もういい……」

 

「諦めんなよ!俺は絶対諦めたくない。蓮の恋人や北岡さん、もちろん優衣ちゃんも!

みんなが助かる方法が絶対あるはずなんだよ!」

 

しばし強い視線で優衣を見つめる真司。

彼の眼差しを見た優衣は、テーブルの引き出しから1枚の写真を取り出した。

 

「……これ、401号室の資料と一緒に入ってたの。何かの手がかりになるかも。

どこにあるのかはわからないけど」

 

「ありがとう、優衣ちゃん。必ず情報つかんでくるから!一人で大丈夫?」

 

「うん。もうすぐおばさんも帰ってくるし」

 

「わかった。それじゃあ、俺、行ってくるから」

 

真司は階段を下り、玄関を出ると、

すっかり雨風で汚れたズーマーにまたがりOREジャーナル編集部を目指した。

 

 

 

 

 

──OREジャーナル編集部

 

 

「うおおお……さびぃ……」

 

編集部オフィスで大久保は寒さに震えていた。

厚手の半纏、ひざ掛け、モコモコのスリッパ、マフラーという重装備に

身を包んでいるが、冷え切った窓やコンクリートが放つ冷気に

耐えかねているようだった。

 

「はぁ……そんなに寒いなら暖房着けたらどうですか?私も寒いんですけど」

 

キーボードを叩いていた令子も呆れて手を止める。

 

「ああ、駄目だ駄目だ。冷暖房費馬鹿にならねえんだよ、ここ。

ただでさえこのビル共益費高けえのによ。

ついでにうちの財政状況もお寒いってこと知ってるだろう。ああ~手がかじかむ……」

 

「そんなにまずいんですか?うち」

 

「良くはない、とだけ言っておく」

 

「転職サイトブックマークしといたほうがいいかもしれませんねぇ、ウヒヒ」

 

「やめてくれよおい、令子が本当に大手行っちまったら

潰れるしかなくなるんだぞ、島田!」

 

「いえ、二人共、です」

 

「だから縁起悪いこと言うなっての!」

 

3人が他愛のない話をしていると、

いきなりバタン!ドアが開き、真司が飛び込んできた。

 

「城戸君!?変な病気治ったの?」

 

令子が驚き、

 

「お帰りなさ~い。

よかった、もうちょっとでHPの社員紹介から城戸君消すとこだったから」

 

島田がマイペースに出迎え、大久保が、“何しに来た馬鹿”、と口だけ動かして聞く。

 

「ええと、あの、皆さんご迷惑おかけして……ます。

今日はですね、あの、病院の先生に復帰に向けて

短時間勤務で体を慣らしてこいって言われちゃって、ハハ」

 

頭をかきながら慣れない嘘をつく真司。

 

「それなら事前に「おお真司!大分よくなったって聞いてるぞ!その後どうだ」」

 

令子の文句を遮って大久保が近づいてきた。

そしてオフィスの外に強引に連れ出し、小声で問い詰める。

 

「おい、どういうつもりだ!帰ってくるならくるで連絡くらい……」

 

「すみません、本当すみません!今日は例の件でご相談したいことがあって」

 

「……例の件って、やっぱり“艦これ”絡みのことか」

 

「はい!俺一人じゃどうにもならないんで、編集長や皆さんの力を借りたいんです!」

 

いつになく真剣な表情。以前残業して反省文を書かされていた時と同じ。

大久保は何度か頷くと、

 

「……わかった、令子に相談してみろ。この件に関して一番詳しいのは令子だ。

口裏合わせてやっから、お前がボロ出すんじゃねえぞ」

 

「わかってますよ!……ありがとうございます」

 

そして、大久保は真司を連れてオフィスに戻り、令子と島田に説明した。

 

「悪りい悪りい、みんな今日がアレだってことすっかり忘れてた!

令子、真司が相談あるってよ。すまんが話聞いてやってくれ」

 

「アレ、ねぇ。はぁ……休養中の人が仕事でもしてたっていうの?」

 

訝しげに真司を見る令子。真司は令子のデスクに回り込んだ。

 

「そうなんですよぉ、これも治療の一貫で、

“ゲーム漬けになった脳をリセットするため、

病院のパソコンで少しずつでも仕事しろ!”って先生が」

 

「はいはい、それで?相談って一体なに」

 

真司は自分の知る限りの情報を令子に伝えた。

もちろんサイバーミラーワールドや優衣については伏せて。

初めは疑わしげに聞いていた令子だが、徐々にその表情が驚きのものに変わっていく。

 

「城戸君……どこで401号室のこと掴んだの?

社のサイトにもアップロードしてないのに」

 

「知ってるんですか!?その401号室ってとこ!」

 

「清明院大学401号室。

何年か前にそこで江島研究室ってところが何かの実験をしてて、

大きな事故を起こしたみたい。具体的な内容はわからない、……っていうより

みんなが忘れたがってるみたい。何も答えてくれなかったわ。

今は香川教授の実験室になってるんだけど、これもなんか胡散臭いのよね。

部屋中鏡だらけで」

 

鏡!?真司は衝撃を受けた。

間違いなく401号室は、神崎、そしてミラーワールドと関係がある。

ぼーっとしている真司に今度は令子が疑問をぶつける。

 

「はい、質問の続き!どうして城戸君が401号室の事知ってるの!?」

 

「それは……お、俺だって、取材の一つや二つできますよ!

知り合いがたまたま清明院大学出てて、それでー……そう!

なんか変な事件があったな~って思い出話してくれたんですよ。

そいつもやっぱり何があったかは教えてくんなかったんですけどね」

 

「ふ~ん……まあいいわ。

とりあえずあんたの超長期休暇も無駄じゃなかったってことね。あとなんか質問ある?」

 

「あ、そうだ!」

 

真司はゴソゴソとカバンを漁り、1枚の写真を令子に手渡した。

一件の洋館が写った謎の写真。

 

「これ、なんか関係ありそうなんですけど、どこにあるかわかりませんか?」

 

「何これ」

 

「さっき言った知り合いがそれだけくれたんですよ。

意味はないかもしれないけど、意味があるかもって」

 

「どっち!?……ってもういいわ、

とりあえずどんな取っ掛かりでも欲しいのは事実だし、調べといてあげる」

 

「ありがとうございます!」

 

真司は腰を折って深くお辞儀をした。

 

「じゃあ、401号室について知ってるなら、こっちからもいい?」

 

「う~ん、ええと、俺にわかることなら……」

 

「シャキッとしてよ。あんた、ここに写ってる人に見覚えない?」

 

令子は拘置所の監視カメラの映像をプリントアウトした紙を真司に見せた。

思わずその言葉が漏れてしまう。

 

「神崎……」

 

「!? 知ってるの?知ってるのよね?どうして?

一度も城戸君に神崎士郎のことなんて話してないのに!」

 

「え、いや、それは、その……あ痛たた!ゲームの禁断症状が!

艦これがしたいよー!三日月ちゃんに会いたーい!」

 

頭を抱えて明らかに芝居とわかる芝居で強引に誤魔化そうとする真司。

令子はため息をつく。真司はこう見えて意外と強情なところがあるから、

本当に話したくないことは話さないだろう。

もう少し物証を固めてから改めて問い詰めることにした。

 

「……はいはい、それじゃあ、私ちょっと休憩してくるから、

城戸君は失踪者リストに目を通して。

もう世間は見向きもしなくなったけど、被害者は増える一方だから」

 

「わかりました!全力で見ます!」

 

「こっそり艦これしたらただじゃおかないからね」

 

そして、令子は席を離れるために、一旦モニターの電源を切る。

何も映さなくなった画面に令子の顔が反射した。

だがその時、彼女の脳で何かが繋がった。

 

 

 

“ええ。隠れるような場所もないところで、まるで完全に消滅するように”

 

“ええと、俺がいなくなった時、昼休みのことでした。

艦これにアクセスすると……

そう、このロード画面がぐにゃぐにゃってなって……“

 

“その後失踪事件が発生するようになったのですが、

そこには“鏡”かそれに変わるような物が関わっている可能性が高いんです”

 

 

 

消えた強盗。鏡かそれに代わるもの。そして……パソコンゲーム・艦隊これくしょん。

彼女の中で突拍子もない仮説が生まれる。でも、どうやって“その中”に?わからない。

今は城戸君が持ってきた写真について調べるしかなさそう。

 

「どうしたんですか、令子さん」

 

「ううん、なんでもないの。

さて、ケチな誰かさんのせいで冷えた体を缶コーヒーで温めてくるわ」

 

「ひでえ言い草だな、おい……。

真司、無理しない範囲で令子に言われたことやっとけよ。

リストはいつもの共有フォルダーだ」

 

寂しげにつぶやく大久保。

 

「わかりました!……っしゃあ、久しぶりの仕事だ」

 

真司は久々に自分のパソコンを立ち上げ、仕事に取り掛かった。

そしていつものファイルを開き、ずらずらと並ぶ失踪者の一覧に目を通す。

……うん、やっぱり前よりずっと増えてる。

誰も犯人がミラーワールドから来てるなんて気づけないよな。

マウスホイールを回しながら真司は考える。

そもそも、ミラーワールドが開いたなら、閉じる方法だってあるはずだよな。

当たり前だけど、開く前には閉じてたんだから。

神崎はどうやって……う~ん、わかんねえ!

そして、答えの出ない問いに考えを巡らしながらリストを眺めていると、

いつの間にか定時になった。皆、いそいそと帰り支度を始める。

 

「皆さん、お疲れ様でした!

また明日から入院しますんで、今度来る時はちゃんと連絡します!」

 

「おう、お疲れー」

 

「お疲れ様です!」

 

真司が退室する大久保を見送る。

 

「とりあえずあの写真に写ってる屋敷は、不動産屋とかに当たっとくから、

あんたは医者の言うことよく聞いて、治療に専念すること。いいわね?」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

さっき仮病を使った事をもう忘れて元気よく返事をする真司。

 

「城戸君……タイムトラベルに興味ある……?」

 

「えっ!?」

 

いきなり艦これの根幹に関わる事柄について問われ、返事に詰まる。

 

「私はまだ諦めてないから……サヨナラ……」

 

しかし、島田は返事も聞かずに帰っていった。……びっくりした~。

そして、真司もカバンを持ってオフィスを出た。

背後からオートロックの掛かる音がする。

家路についた真司はズーマーを飛ばし、花鶏に戻った。

玄関を開けると、優衣が夕食の支度をして待っていた。

 

「お帰りなさい」

 

「ただいま。今日、編集部の人に知ってること話したよ。

もちろん優衣ちゃんの事とかは内緒だけど。

それとあの写真、どこの屋敷か調べてくれるって」

 

「そう……ありがとう」

 

昼間の現象から幾分か立ち直ったようで、微かに笑みを浮かべる優衣。

 

「やっぱり清明院大学401号室のことは先輩もつかんでた。

神崎が在籍してた時に、何か大きな事故を起こしたって」

 

「それは私も仲村さんから聞いた。お兄ちゃん、一体何しちゃったんだろう……」

 

「流石にそこまではわかんなかったみたい。

今は香川って人の研究室になってるみたいだけど、そこには沢山の鏡があったらしいよ」

 

「鏡ってそれじゃあ……」

 

「うん。香川って人は無関係だって言ってたらしいけど、俺にはそうは思えない。

でも……」

 

「でも?」

 

「調査したいけど、神崎が言ってたじゃん。

“俺にできるのは向こうに戻ることだけ”って。

もしかしたら艦これで何か起こってるのかもしんない。

あんまり編集部のみんなに動き回ってるのがバレてもまずいから、

とにかく一度向こうに戻るよ」

 

「気をつけてね……」

 

「大丈夫。今、向こうは平和だし、変なやつが来ても蓮や手塚がいるから」

 

真司は、その日は優衣の作った夕食で腹を満たし、2階のベッドで夜を明かした。

翌朝。真司は蓮のパソコンで再びDMM.comにアクセスした。

 

「それじゃあ、行ってくる」

 

「蓮にもよろしくね」

 

「わかった!」

 

そして、艦これのページに飛び、ログインする。

真司の体が霧状になり、モニターに吸い込まれていった。

初めてその現象を目にする優衣は驚きを隠せない。

 

「……やっぱり、本当だったんだ」

 

 

 

 

 

──城戸鎮守府

 

 

「よっと!」

 

慣れた様子で執務室に降り立った真司。周りを見回してみる。

えーと、三日月ちゃんはいないか。と、思ったのも束の間。

慌てて階段を駆け上がる足音が聞こえ、ノックもなしに三日月が飛び込んできた。

 

「真司さん!大変です!!」

 

「三日月ちゃん、どうしたの?」

 

必死に息を整えながら三日月が答える。

 

「海岸に、奴が現れたんです!真司さんを出さないと、鎮守府を灰にすると!」

 

「奴って誰!?」

 

「とにかく来てください!時間がないんです!」

 

「わ、わかった!案内して!」

 

真司はわけも分からず三日月と共に駆け出した。

 

 

 

 

 

──海岸

 

 

そして信じがたいものを見る。

忘れもしない、かつて圧倒的な力で王蛇に指一本触れさせず、

長門の41cm砲を無傷で受け止めた、金色(こんじき)のライダー。

オーディンが両腕を上下に乗せ、直立不動の姿勢でそこに立っていた。ただ立っている。

それだけで彼から放たれる闘気に気圧されそうになる真司。

オーディンを見据えたまま、真司は後ろに隠れている三日月に話す。

 

「三日月ちゃん……。長門に連絡してみんなを避難させて。絶対海岸に近づくなって」

 

「わかりました!」

 

三日月が作戦司令室に向かって走っていく。真司はゆっくりとオーディンに近づく。

先に言葉を発したのはオーディンだった。

 

「待ちわびたぞ……」

 

「お前、何のつもりだよ!

ライダーが最後の一人になるまで戦わないんじゃなかったのか!?」

 

「神崎の命だ。ライダーバトルを著しく阻害する存在を、排除する」

 

「くそ、“俺にできること”って、そういうことかよ……。

お前が誰かは知らないけど、みんなを傷つけさせたりしない!」

 

真司はカードデッキから1枚ドローし、海面にデッキをかざす。

腰に変身ベルトが現れると、そのままバックルにデッキを装填。

 

「変身!!」

 

通常フォームをスキップし、いきなり龍騎サバイブに変身した。

周囲が燃え盛る炎で包まれる。だが、オーディンは全く意に介することなく、

異次元から錫杖をつかみ取り、カードを1枚ドロー。錫杖のスロットに装填した。

 

『SWORD VENT』

 

オーディンの手に黄金の剣、ゴルトセイバーが現れた。

邪魔な左手の錫杖を放り投げると、次元のはざまに消えていく。

それを見た龍騎もカードをドロー。ドラグバイザーツバイに装填した。

 

『SWORD VENT』

 

バイザーに収納されていた刃が展開。

龍騎は銃型のバイザーを一振りの剣、ドラグブレードに変え、

両手持ちにしてオーディンに斬りかかった。

 

「うおおお!!」

 

「フン……」

 

だが、オーディンは右手のゴルトセイバーでドラグブレードを受け止めた。

鋭い金属音が鳴り響く。両腕に全力を込め、オーディンの剣を振り払おうとする龍騎。

しかし、常軌を逸した力に、敵の刃は全く動く気配がない。

龍騎が動けないでいると、オーディンがもう飽きたと言わんばかりに、

右腕の力だけでドラグブレードを弾き返し、龍騎の胴に一太刀浴びせた。

圧倒的な力と切れ味で放たれた一閃に、龍騎は思い切り後ろに吹き飛ばされる。

 

「げほっ、げほっ……!」

 

胴に受けた衝撃で上手く息ができない。

オーディンが一歩一歩踏みしめるように近づいてくる。

龍騎はドラグブレードを収納し、立ち上がりながらドラグバイザーツバイで

オーディンを何度も撃つ。しかし、その強固なアーマーに傷一つ付けることができない。

 

「その程度か」

 

オーディンは再び左手に錫杖を呼び出し、カードをドロー、スロットに装填した。

 

『GUARD VENT』

 

錫杖を異次元に還すと、オーディンの左手に、

あらゆる攻撃を跳ね返すゴルトシールドが現れた。

どうしても後手に回る戦いを強いられる龍騎もカードをドロー、装填。

 

『SHOOT VENT』

 

龍騎のそばに契約モンスター・ドラグランザーが現れ、体内で炎を圧縮。

そして龍騎もドラグバイザーツバイでオーディンに狙いを付ける。

そして、トリガーを引いた瞬間、龍騎のレーザーが発射され、

同時にドラグランザーが数千度に及ぶ火球を吐き出した。

全てを貫くレーザーと全てを焼き尽くす炎が同時に命中。

オーディンに大ダメージを与えたかと思われた。

 

「やったか!」

 

しかし、爆炎が晴れたとき、龍騎が見たものは、ゴルトシールドで身を守り、

アーマーに煤の一つも付いてないオーディンの姿だった。打ちのめされる龍騎。

 

「嘘だろ……」

 

「哀れだ。SURVIVEを手にしながらその程度とは……ふん!」

 

次の瞬間、オーディンは龍騎の前に瞬間移動し、ゴルトシールドを頭に叩きつけた。

本来武器ではない装備に油断していた龍騎は頭部に受けた打撃に目がくらむ。

 

「ああっ……うう」

 

オーディンは、それからもゴルトシールドを用いて下段からの打ち上げ、

右からの叩きつけ、前方からの突き。龍騎に反撃を許さず

猛烈な勢いで連続攻撃を叩き込んでいった。

地面に放り出された龍騎に、全身がバラバラになるかと思うほどの痛みが走る。

再びオーディンが口を開いた。

 

「最後のチャンスだ。お前が匿っているライダーを倒せ。ライダーバトルに復帰しろ。

それが、お前が生き残る唯一の方法だ」

 

「ごほっ……須藤を、殺せっていうのかよ……ふざけんな!

俺が生き残るのは、全員が生き延びる道を見つけた時だけだ!!」

 

龍騎は必殺のカードをドロー、ドラグバイザーツバイに装填した。

 

『FINAL VENT』

 

「……愚かな」

 

そしてオーディンも錫杖を呼び出し、カードをドロー。ゴルトバイザーに装填。

 

『FINAL VENT』

 

ドラグランザーが大空に舞い上がり、体から鏡の欠片が吹き飛ぶ。

龍騎は痛む体に鞭打って力の限りジャンプし、ドラグランザーの背に飛び乗る。

ドラグランザーの胴体と尾から車輪が現れ、尾を折りたたむと、

そのまま巨大なバイクに変形して着地した。

 

「行くぞ!!」

 

そして、オーディンも契約モンスター・ゴルトフェニックスを召喚。

背後に金色(こんじき)の不死鳥が羽ばたく。

そのままオーディンも姿勢を崩さずゴルトフェニックスのそばまで浮遊。

 

「終わりだ!」

 

オーディンがバッ!と翼のように両腕を広げると同時に、

ゴルトフェニックスと一体化して龍騎目がけて体ごと落下。

 

一方、龍騎も最速ギアでオーディンに突撃。

ドラグランザーが何度もオーディンに火球を叩きつけながら体当りした。

 

両者のファイナルベントが激突したその時、

広く長い海岸を全てえぐり取るほどの大爆発が発生。

爆風で遠く離れた本館の窓ガラスにひびが入った。その結末は──

 

龍騎は変身が解け、熱く焼かれた海岸に放り出された真司は気を失っていた。

そして、最強のファイナルベント「エターナルカオス」を放った

オーディンを祝福するが如く、天から光が降り注ぐ。

 

「フフフ……ハハハハ!!」

 

神々しい光の中で、オーディンは立ち上がらなくなった真司を見ると、

再び“SWORD VENT”でゴルトセイバーを召喚。真司にとどめを刺そうと剣を構える。

 

「終わりだな」

 

命の尽きかけた真司の喉を切り裂こうとしたその時、オーディンの体に異変が起きる。

体が砂のようにサラサラと粒子化し、消えていく。

オーディンは消え行く両手を見て混乱に陥る。

 

「何故だ!何故この私が!?……おのれ!!」

 

オーディンは慌てて海の水面に移動し、別のミラーワールドへ消えていった。

 

 

「真司さん!!」

 

 

その時、海岸での爆発を見た三日月と救護班が駆けつけてきた。

 

「三日月ちゃん、まだ凄い熱よ!危ないわ!」

 

三日月は救護員の静止も聞かず、灼熱の砂が足を焼く砂浜に倒れる真司の元へ走る。

そして、真司の体を起こすと必死に呼びかけた。

 

「真司さん、真司さん!お願い、目を覚まして!!」

 

しかし、三日月の必死の呼びかけにも、真司が目覚めることはなかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話 Operation Hydra

*この作品、深海棲艦の影薄っ!というわけで少し寄り道します。ごめんなさい。
また、筆者は特別海域をクリアしたことがない、というより全然歯が立たないので
実際のゲームと矛盾している点が多々ございますが、何卒広い心でお許し下さい。


重巡足柄は不機嫌だった。

海図を持って2階へズンズンと階段を上がる足音も大きくなるというもの。

というのも、また例の海域が解放されたからだ。

あの男が興味を示すのか無視するのか、どちらにしてもろくな結果にならない。

執務室のドアを、ドンドンドン!と、いささか乱暴にノックしてしまった自分に

気がついたが、どうせ彼は気にするような性格じゃない。

私は、面倒事しか起こさない、この男が嫌いだ。

 

「失礼します……」

 

案の定、浅倉は返事もせず、床に座り込んで2枚のカードを眺めていた。

 

「……足りねえ」

 

意味の分からないことを言っているが、もういい、さっさと仕事を終わらせよう。

 

「提督、特別海域が解放されました。“北太平洋戦域”。

作戦難度は星15となっております。出撃なさるかどうかは提督のご自由ですが」

 

足柄は血に染まったような赤い海図を広げて必要最低限の説明をする。

聞いているのだろうか。やはり浅倉はデッキを手で弄びながらぼんやりとしているので

考えが読めない。ああ、私までイライラする!

 

「とにかく、そういうことですので、私は……」

 

「……待て」

 

仕事は済んだとばかりに退室しようとした足柄を、意外にも浅倉が引き止めた。

 

「なんでしょう。私も忙しいので手短にお願いしたいのですが」

 

「こいつは、何が“特別”なんだ」

 

「……深海棲艦の活動が活発になる時期に航行可能になる領域です。

普段はハリケーンが吹き荒れて立ち入れないのですが、

深海棲艦が制海権を広げようとする時に限り、

彼女達が猛烈な対空砲火で目を吹き飛ばすので、今回のように

侵入するチャンスとなります。特別海域の最奥に潜む深海棲艦の親玉、

“姫”クラスを倒すことができれば、その海域を取り戻すことができるのですが……

ろくに艦娘育成もしていない提督には関係のない話でしたね」

 

若干嫌味な言い方になってしまったが、足柄は無理矢理気にしないようにして

海図をしまい、今度こそ立ち去ろうとした。しかし。

 

「海図は、置いてけ」

 

「はい?まさか特別海域を攻略なさるおつもりですか?

……コホン、お言葉ですが、特別海域の攻略は熾烈を極めます。

提督が“手塩にかけて”育てた艦隊でも全員轟沈は必至かと。

秘書艦として言わせて頂きますが、艦娘は貴方の鉄砲玉ではありません。

命の無駄遣いはやめていただきたく存じます」

 

足柄は手厳しい言葉を返す。だが、浅倉の答えは意外なものだった。

 

「俺が行く。こいつらは俺の獲物だ」

 

やっと立ち上がって海図の全体図を眺める浅倉。思わず失笑がこぼれる足柄。

 

「ふっ!あら失礼。申し上げにくいのですが、貴方の力では1マス進むのが限界かと。

提督がライダーであることは存じていますが、陸海空から襲いかかる深海棲艦を

たった一人で駆逐するというのは少々無理がありませんか?

パソコンの前の提督方もまだ誰一人攻略に成功していないというのに」

 

「だったら聞くが、こいつら放っといたらどうなる」

 

「それは……」

 

もはや遠慮なく皮肉をぶつけていた足柄が口ごもる。

しばらく逡巡した後に、やがて決心したように浅倉に告げた。

 

「……深海棲艦が更に支配海域を広げ、

いずれは人類から水の一滴すらも奪い尽くすことになるでしょう」

 

「お前は俺に水を飲むなって言いたいのか。いいから置いてけ」

 

「わかりました、もう勝手になさってください!」

 

「まだある。……猶予は」

 

「……どういうことですか?」

 

「水がなくなるまでの猶予だ!」

 

「この作戦の成功者が現れなければ、河川を登った深海棲艦が水源を乗っ取り、

我々は完全に水を失うでしょうね。特に艦娘の建造には大量の水が必要ですから……。

それでは」

 

足柄は広げたままの海図を置いて浅倉に背を向けた、しかし。

 

「待て」

 

「何ですか、今度は!」

 

「運転手だ。クルーザー動かせ」

 

「はいはい、やればいいんでしょう。提督命令ですからね!!」

 

とうとう大声が出てしまう。

しかし浅倉は血染めの海図を見ながら不気味な笑みを浮かべるだけで何も言わなかった。

 

 

 

 

 

──城戸鎮守府

 

 

「真司さん……」

 

医務室で三日月は、体中にガーゼや包帯を巻かれた真司の手を握る。

先日のオーディンとの戦いで重傷を負った真司はまだ意識が回復していなかった。

握った手をそっと頬に当てる。

 

「早く、元気になってください。お願い……」

 

ドゴォン!

 

だが、そんな健気に真司をいたわる三日月と真司だけの時間は、乱暴な音に奪われる。

 

“どこだァ!3つ目は!”

 

“普通に入るって言ったじゃないですか!

どうして人としてのマナーが守れないんですか!?”

 

「あの声……足柄さんと、浅倉提督!」

 

三日月はゆっくりとベッドに真司の手を置くと、声のする方へ駆けていった。

二人は2階へ上がったようだ。用があるとするなら執務室。

三日月が階段を登ると、やはり執務室のドアが開きっぱなしになっていた。

中に飛び込むと、浅倉が執務室を荒らしている。

足柄が止めようとするが、巧みに身をかわして、目に付いた引き出しを開けてまわり、

本棚を倒してまで何かを探している。思わずカッとなった三日月が大声を上げる。

 

「何してるんですか、浅倉提督!」

 

「三日月ちゃんごめんね!?すぐ連れて帰るから……」

 

「どこだ!どこにある!!」

 

「浅倉提督、やめてください!何を探してるんですか!」

 

三日月が浅倉を止めようと腕につかまるが、

浅倉は彼女をぶら下げたまま探しものを続ける。

 

「デッキだ!蟹野郎のデッキぶんどるの忘れてたんだよ!

あいつが持ってったとしか思えねえ!」

 

「だからって真司さんが怪我で動けないのをいいことに泥棒しにきたんですか!?

この卑怯者!」

 

すると、浅倉の動きがピタッと止まり、三日月をじっと見た。

何をするかわからない戦闘狂と目が合い、少し怯える三日月。足柄が浅倉の肩をつかむ。

 

「提督、その娘に手を出したら……!!」

 

「確かに卑怯だ」

 

「えっ……?」

 

「ちゃんと須藤を殺してないのに、デッキをもらうのはおかしい。どこにいる」

 

浅倉はポケットからスイッチブレードを取り出して三日月に問う。

……もうこいつには何を言っても無駄だ。三日月はデスクの一番下の引き出しを開け、

シザースのデッキを取り出した。

 

「ほら、これが欲しいんでしょう!

その代わり真司さんにも須藤提督にも指一本触れるな!」

 

三日月は浅倉に思い切りデッキを投げつけた。

浅倉は片手でキャッチし、満足げに眺める。そしてそのまま執務室から出ていった。

そんな浅倉に背後から思いつく限りの罵声を浴びせる三日月。

 

「お前なんか消えちゃえ!深海棲艦に食われちゃえばいいんだ!二度と来るな!」

 

「ごめんね!三日月ちゃん、ごめんね!大事な人が大変な時に……」

 

足柄は三日月を抱きしめて謝り続けた。

 

 

 

本館から出て桟橋に向かう。浅倉はクルーザーのそばで退屈そうに待っていた。

足柄は彼に近づくと、何も言わずに頬を張った。

 

「……こんな真似二度としないで」

 

浅倉は吐息で笑うと、

 

「本当面白い女だな。お前、こいつで変身してみるか?」

 

シザースのデッキを見せる。

 

「ご勘弁願います。貴方なんかと一緒になりたくありませんから。

……さぁ、次は一体何がお望み!?どうせ拒否権なんかないんだからさっさと言って!

きっとろくでもないことなんでしょうけど!」

 

「いっぺんデッキの所有権を移さにゃならん。

俺の鎮守府に戻ってから特別海域とやらへ行け」

 

「はいはい、わかりました!泣いて帰って来たら指差して笑ってあげます!」

 

 

 

 

 

──秋山鎮守府

 

 

「本当にこのメンバーで行く気なの?特別海域は貴方が想像している以上に手強い」

 

加賀が変身済みのナイトに尋ねる。

クルーザーの乗り込んだのは、加賀、ナイト、吹雪の3人。

 

「とりあえず様子を見るだけだ。その上で改めて本格的な突入部隊を編成する。

これ以上深海棲艦の進軍を許せば、水源まで制圧されると聞いた。

艦娘でも水は飲むんだろう」

 

「確かに艦娘にも水は必要。でも、はっきり言うわ、それでもこれは自殺行為。

まだ赤城さんが健在だった頃、一度だけ特別海域攻略作戦に参加した」

 

「結果は」

 

「どうにか死者が出ないように敵の猛攻から互いをかばい合って、

攻撃の止み間に撤退するのがやっとだった」

 

「ええ~っ!今からそんなとこに行くんですか?」

 

特別海域は初めての吹雪が怖気づく。

 

「安心しろ。お前も演習を重ねて改になったんだろう。

いざとなったら“GUARD VENT”もある。今回はあくまで偵察だ。

事の重大さに気づけば、他のライダーも腰を上げるだろう」

 

「そうだと、いいんだけど……」

 

加賀は不安げな表情で舵を握った。

 

 

 

 

 

──特別海域 北太平洋戦域

 

 

「着いたわ。ここからは水上移動。……提督、覚悟はいい?」

 

「ああ」

 

「ままま、待ってください!私はまだちょっと~!」

 

「よし、前進するぞ」

 

「ええ」

 

「無視しないでくださいよー!」

 

うろたえる吹雪をよそに加賀とナイトは水上を滑り出した。

遅れて吹雪も追いかけてくる。

進むに連れて間もなく青空が曇天に変わり、雷鳴が轟き出した。

 

「来るわ!……」

 

敵艦隊の気配を感じ取った加賀が告げる。

ナイトも“SWORD VENT”でウィングランサーを装備し、吹雪も12.7cm連装砲を構えた。

徐々に大きくなる敵影。ますます速度を上げる3人。そして遂に接敵。

 

「提督、陣形を!」

 

「単縦陣だ!」

 

「えーい!もうこうなったら撃つだけです!砲雷撃戦、行きます!」

 

戦闘開始。フラグシップ空母2隻、重巡、軽巡、駆逐2隻が彼らを待ち構えていた。

まずは開幕の航空戦。

 

「羽撃いて……」

 

加賀が敵航空機を迎撃せんと空に矢を放ち、

パイロットの熟練度を限界まで高めた烈風を発艦させる。

しかし、敵空母がそれを遥かに上回る数の航空機を展開。

空を埋め尽くすほどの強力な戦闘機、攻撃機で加賀の烈風を殲滅し、

大量の魚雷を投下してきた。瞬時に危機を察知したナイトが指示を出す。

 

「加賀、回避だ!吹雪は俺の後ろに下がれ!!」

 

猛スピードで幾条もの航跡が3人に迫る。

すかさずナイトは“GUARD VENT”をドロー、ダークバイザーに装填した。

 

『GUARD VENT』

 

ダークウィングを召喚、硬質化させ、まだ耐久力の低い吹雪をかばうナイト。

しかし足元で炸裂する無数の魚雷に翼のバリアが破壊され、直撃を食らう3人。

 

「きゃああ!!」「ぐわああっ!!」「痛ったーい!」

 

加賀大破、ナイト中ダメージ、吹雪小破。まともに交戦すらしていないのにこの有様。

ナイトは己の読みの甘さを痛感した。ここは普通じゃない。

わかっていたつもりでわかっていなかった。

 

「全員、今から回避に専念しろ!敵の攻撃が止んだら即時撤退だ!」

 

「こほっ、こほっ、……ええ、わかったわ」

 

「あの空母、怖すぎます……」

 

敵は空母だけではない。

本格的に敵の攻撃が始まると、ナイト達は再び空母からの雷撃、爆撃、

そして重巡、軽巡、駆逐2隻からの砲撃に晒された。

皆、懸命に海面を滑りながら弾道を読み、魚雷や砲弾を回避するが、

嵐のような弾幕に何度も被弾。ナイトが変身解除一歩手前。

加賀が爆撃を受け、お守り代わりに持たされた応急修理要員を発動。

吹雪も重巡の砲弾が直撃し、大破状態になった。

死を覚悟した一同だったが、敵艦隊が航空機の収容や砲弾の再装填を始め、

ナイトの目の前にホログラフのボタンが現れた。「進撃」「撤退」。

夜戦突入?とんでもない!

ナイトは倒れながらも限界まで腕を伸ばし、「撤退」ボタンに指を届けた。

 

 

 

 

 

──秋山鎮守府

 

 

「……二人共、すまなかった。俺の判断ミスだ。お前の警告を聞き入れるべきだった」

 

蓮は医務室のベッドで横になりながら加賀と吹雪に詫びた。

撤退選択後、鎮守府にワープした蓮たち。

二人は高速修復剤で瞬時に回復したが、人間の蓮はそうも行かなかった。

 

「気にしないで。どのみち今の事態は放置しておけなかったから。

あれの本当の危険性は実際見たものでなければわからない」

 

「そうですよ。今は司令官のお体の回復が最優先です!

ゆっくりお休みになってください」

 

「すまない……うっ!」

 

少し体をずらすと胸に痛みが走る。

救護班の診察によると、肋骨の何本かにひびが入っているらしい。

再び戦えるようになるにはしばらくかかるだろう。

 

「ほら、じっとしててください……」

 

「ああ、世話をかける。吹雪、他のライダーに今回の戦績を伝えてくれ。

誰でもいいからあの海域の深海棲艦を掃討しろと」

 

「わかりました、今すぐ!」

 

吹雪は急いで医務室から出ていった。彼女の後ろ姿を見届けた加賀が問う。

 

「……見込みはあるの?」

 

「はっきり言って望みは薄い。

どれだけ急いで艦娘の練度を上げたとしても、タイムリミットには間に合わないだろう。

俺と北岡、手塚と城戸で突入しても、最奥の親玉に会うまでに恐らく死ぬ。

浅倉は期待するだけ無駄だ」

 

「城戸提督は今、意識不明の重体よ。

オーディンというライダーとの戦いで深手を負ったって聞いてるわ」

 

「城戸が……。ますます難しい状況になった」

 

どうしようもない状況の中、医務室に重苦しい雰囲気が降りる。

 

 

 

 

 

──特別海域 北太平洋戦域 最奥部

 

 

小さな島々が点在するだけの会敵ポイントで、

深海棲艦達が彼女達にしかわからない言葉で語り合っていた。

赤い単眼を持つ白い化け物により掛かる、真っ白な肌と長い髪の女性型深海棲艦。

その赤い瞳から流れる黒い涙が、不気味で、そして哀しい雰囲気を漂わせる中枢棲姫が

口を開く。彼女こそがこの北太平洋戦域を支配する深海棲姫のトップである。

 

「……また、艦娘共が現れたか。幾度、無益な輪廻を繰り返せば気が済む」

 

そして、そばに控えていた黒ずくめの和服を着た少女がケタケタと笑う。

左腕に持つ、大砲をくわえた化け物を除けば、その姿は人間とほぼ変わらない。

 

「アハハ!アレ見た?あいつら一歩も進めず逃げてったじゃん!

やっぱり艦娘なんか作ったって意味ないんだって!それに何?

鎧なんか来てた変なやつ、あれで5inch連装砲に耐えられると思ってたんなら

笑えるんだけど!ねぇ、お姉ちゃん?」

 

腹を抱えて笑い続ける深海棲姫・駆逐古姫。

 

「艦娘達もさっさと人間なんか見限ればいいのに。

食うか汚すしか海の使い道を知らない人間より、

私達の方がよほど正しい海の在り方を知っている。

その正しい姿を実現するために、人間は要らない」

 

もう一人の駆逐古姫が答える。この駆逐古姫たちは双子らしい。

妹より落ち着いた雰囲気を持つこちらは姉のようだ。

 

「そう。この海は私達のもの。このまま制海権を広げて母なる海を取り戻すの」

 

巨大な二本腕を持ち、両肩に三連装の大口径砲を装備した化け物を背負った、

黒いドレスの女性。彼女の名は戦艦棲姫。女性の姿をしているが、

額から突き出す二本の角が人間ではないことを更に強調している。

 

「どうでもいいわ……どうせ誰もここに来れやしないんだし。

他の娘達に任せておけば人間なんて放っておいてもいなくなる」

 

気だるげに答えたもう一人の戦艦棲姫。

駆逐古姫とは違い、この二人は完全に別個の個体のようだ。

 

「そう、人間はどこまでも強欲。全てを食い潰す。

だから、私達が守らなきゃいけないの。人間、艦娘、みんな……」

 

両腕に赤黒いアームガードを身に着け、主砲と融合した半生物半兵器に乗る

空母棲姫の言葉が途切れる。駆逐古姫妹がトテテテ、と彼女に駆け寄って尋ねた。

 

「なあに?空母棲姫様」

 

「ううん、なんでもない……ちょっとめまいがしただけ」

 

なんだろう。時々訪れる奇妙な感覚。随分昔のようでいて、懐かしいような感覚。変ね。

私達にそんなものはないはずなのに。その時、中枢棲姫が異変に気づいた。

 

「皆、備えろ。また、来客だ」

 

 

 

 

 

──特別海域 北太平洋戦域 近海

 

 

足柄が操作した転送クルーザーで、特別海域の近海に転移した浅倉。

遠くに広がる赤黒い雲を見て浅倉は期待に満ちた気持ちでカードデッキを取り出した。

足柄は前を見たまま浅倉に呼びかける。

 

「引き返すなら最後のチャンスですよ。今なら私も笑ったりしませんから。

精鋭の空母と熟練した駆逐艦を連れた秋山提督も深海棲姫討伐に失敗したそうです」

 

「馬鹿が……!期間限定の獲物が目の前にいるのに、なんで今さら帰んだよ!」

 

「わかりました、わかりました。死なない程度に頑張ってくださいね」

 

浅倉は何も答えず、クルーザーの乗り込み口に足をかけ、海面にデッキをかざした。

 

──変身!

 

いつものように王蛇に変身した浅倉は、曇天の海に降り立つ。

そして、とうとう北太平洋戦域へ向けて、たった一人全力で走っていった。

その様子を見ていた足柄がつぶやく。

 

「……どっちが馬鹿なんだか」

 

 

 

 

 

──北太平洋戦域 戦闘地点(1戦目)

 

「ハハハハァ!!」

 

“wre;&nn!?”

 

突然けたたましい笑い声を上げながら海を走ってくる奇妙な存在に、

さすがのフラグシップ空母達も面食らった。

しかし、それで侵入者を素通りさせるほど特別海域の深海棲艦は甘くない。

すぐさま空母が赤い空を覆い尽くすほどの艦載機を展開させる。

戦闘機・爆撃機・攻撃機の群れが殺意に満ちた爆音を奏でながら王蛇に迫る。

だが、王蛇も大人しく食らってやるつもりはさらさらない。

走りながらカードをドロー。ベノバイザーに装填。

 

「行くぜおい!!」

 

『FINAL VENT』

 

水平線の向こうから、ベノスネーカーが高速で海面を這ってくる。

王蛇のそばでベノスネーカーが立ち上がると、王蛇が空高く跳躍。

ここで王蛇は普段と異なる戦法を取る。

ベノスネーカーに空母ではなく、艦載機の群れに向かって上空に毒液を発射させた。

王蛇は空を舞い、連続キックと毒液で目障りな敵機を粉砕した。

いきなりファイナルベントをぶっ放した王蛇は、

今度は落下しつつカードをドロー、装填。

 

『SWORD VENT』

 

空中に現れたベノサーベルをキャッチすると、

そのままフラグシップのヲ級空母に飛び蹴りを食らわせた。

 

「!?!!」

 

上空からのライダーキックで無視できないダメージを受けた空母は、

頭に乗せたクラゲのような怪物を潰され、足元がふらつく。

その隙を逃さず、王蛇はベノサーベルを、ヲ級の胴体に、何度も突き刺す。

体液が吹き出し、臓物がこぼれようと、何度も、何度も。

 

「アアアア、ガアアァ!!」

 

声にならない悲鳴を上げ、ヲ級空母1隻を撃沈した王蛇。

しかし、それを見た仲間の怒りが爆発し、残りのヲ級空母は再び艦載機を発艦させ、

重巡、軽巡、駆逐艦が同時に発砲。王蛇に凄まじい集中砲火を浴びせた。

精鋭の敵艦隊が砲撃で水面に衝撃波のクレーターを作る。

すかさず王蛇は再び跳躍、砲弾の嵐をやり過ごしたが、今度は戦闘機の的になる。

空中で回避のしようがない王蛇は、いくつもの戦闘機部隊から無数の機銃弾を浴びる。

四方八方から火線を叩きつけられ、王蛇は受け身も取れずに落下する。

 

「げふっ、がはああっ!!」

 

明石が作ってくれたブーツは、水上移動を可能にするが、

同時に本来水が吸収してくれるはずの衝撃もまともに通してしまう。

つまり地上に落下した時と変わらないダメージを食らった王蛇は気を失いそうになるが、

自分の顎を殴り、何とか意識を保った。

だが、立ち上がった王蛇に再び重巡以下大砲搭載艦が砲弾を一斉発射。

足元がふらつく王蛇にとどめを刺すべく食らいつく。

すかさず王蛇はカードをドロー、素早く装填。

 

『GUARD VENT』

 

シザースのデッキから奪ったボルキャンサーの甲羅の一部、

シェルディフェンスで攻撃を防いだ王蛇。

しかし、この集中砲火に耐えきれず、1回で粉々になってしまった。

構わず王蛇は再び攻勢に出る。足の生えた巨大な芋虫のような駆逐艦に狙いを付け、

ベノサーベルを思い切り叩きつけた。

 

「キャオオオ!!」

 

悲鳴を上げるハ級駆逐艦。

だが、王蛇は容赦なく切り上げ、蹴り、前転して距離を詰めてからの突き刺しの連撃で

駆逐艦の急所を突いた。駆逐艦は音もなく絶命。

 

「おし、次は……何だこりゃあ」

 

王蛇の目の前にホログラフのボタンが現れた。「追撃せず」「夜戦突入」。

周りを見ると、他の敵は次の戦闘の準備で攻撃の手を休めている。海の向こうを見る。

赤黒い空が広がる空間がある。そこに最強の敵がいるのは間違いないだろう。

早く殺したい。だが、目の前の獲物を残していくのも気持ちが悪い。

2つの玩具、どちらかしか買ってもらえない子供のような究極の選択を突きつけられ、

腹の中にフツフツとイラ立ちが募る。

 

「あああああ!!」

 

迷った結果、王蛇は「追撃せず」を殴った。

続いて新たなウィンドウが開き、戦果を表示する。結果は戦術的敗北。

 

「んなこたぁどうでもいい、さっさとしろ……!!」

 

続いて、今度は「進撃」「撤退」が現れた……瞬間に「進撃」を殴った。

深海棲艦達は口惜しそうに去っていく王蛇を見ていたが、

王蛇も彼女らを睨みつけていた。次の会敵ポイントまで歩きながら、

足柄からもらいカードデッキに無理矢理押し込んでおいた、

携帯用海図を取り出して道順を確かめる。ここは分岐点。

とりあえず東に向かうことにした。

 

 

 

──北太平洋戦域 戦闘地点(2戦目)

 

 

「会いたかったぜぇ!!俺を見ろおお!」

 

突然意味不明な大声を上げて走ってきた紫色の存在に困惑する深海棲艦達。

王蛇が喜んだのも無理はない。この地点は装甲空母姫、

つまり王蛇が初めて遭遇する姫級深海棲艦が守っているからだ。

強敵との遭遇に興奮が止まらない王蛇。

しかし、楽に姫と謁見できるほど世の中は簡単ではない。

浅倉とてそれは理解しているようで、まずは護衛をターゲットにする。

カードをドローし、ベノバイザーに装填。

 

『ADVENT』

 

ザバァン!と海の底から飛び上がってきたベノスネーカーが先制攻撃を仕掛ける。

 

「おい、ハエがうるせえ。黙らせろ」

 

王蛇が2隻の軽母ヌ級を顎で刺すと、ベノスネーカーが強力な酸性の毒液を吹きかけた。

巨大なクラゲに手足が生えたような軽空母が、

焼けた鉄板に水を撒いたような音を立てて溶けていく。

 

「アギャアアア!!」

 

言語に絶する苦痛にのたうち回る軽空母。

致命傷には至らなかったが、本命との戦いを邪魔されることはないだろう。

それを横目に王蛇がカードをドロー、しようとしたその時、空を切り裂く砲撃音と共に、

横から飛んできた砲弾が王蛇に命中した。

衝撃と爆発に一気に体を引きちぎられるようなダメージを受ける王蛇。

装甲空母姫が放った主砲で狙い撃ちされたのだ。

 

「ごほ、ごほ!げはぁっ!!」

 

空母だと思って油断した。ヘルムの隙間から、吐いた血がしたたり落ちる。

そして、追い打ちをかけるように装甲空母姫は戦闘機を放つ。

 

「ハ……なんでもできる女は嫌いじゃねえ」

 

王蛇は改めてカードをドローし、装填。

 

『FINAL VENT』

 

幸いライダーシステムは一戦闘ごとにカードがリロードされる

システムになっていたようで、

王蛇は再びベノクラッシュを放つことができた。

王蛇は召喚したベノスネーカーの口元にジャンプし、

今度は戦闘機を無視して直接装甲空母姫に突撃する。

 

「plw!??」

 

主人の危機を察した戦闘機が慌てて逆戻りするが、

装甲空母姫にファイナルベントが命中するのが先だった。

毒液と連続キックが主砲を破壊し、装甲を溶かし、

人型の深海棲艦の命をむしり取っていく。

 

「myr、myr!ガアアアッ!!」

 

パシャッ!と水面に着地した王蛇は最後のカードをドロー。

背中を戦闘機から放たれた機銃弾が何度も打ちつけるが、

王蛇は初めて殺す姫級を前に幸福感に満たされ、痛みを感じなくなっていた。

ドローしたカードを装填。

 

『SWORD VENT』

 

“mtmtkrsn$id!!”

 

手にしたベノサーベルを構え、装甲空母姫に一歩一歩歩み寄る。

装甲空母姫は何か言いたげに、あたふたと両腕を動かしているが、

王蛇が情けをかけるはずもなく、

 

ズドッ……!!

 

彼女の胸を黄金の突撃剣で深々と貫いた。大量に黒い液を吐き出す装甲空母姫。

ずるりと彼女からベノサーベルを引き抜くと、大量の返り血が王蛇の全身を黒く染める。

王蛇の精神が愉悦に満たされ、制御不能の狂った笑いが止まらない。

 

「カハハハハ……!!アハハハ!!これだ、この感じだぁ!

イライラが綺麗さっぱり消えた!」

 

完全に狂人と化した王蛇は、戦略も効率も何もなく、

ただ近くにいる残る軽巡、駆逐艦を力任せに殴り続けた。

砲撃、急降下爆撃に加え、これまでの戦闘のダメージの蓄積で

確実に死が近づいていることにも気づかずに。

結局王蛇はその後駆逐艦1を撃沈、軽巡1、軽母1を大破させ、

またも戦闘続行を問うホログラフを見ることになった。

無言で「追撃せず」、続いて「進撃」を殴る。

 

「……なんだ、このクソ面倒なシステムはぁ!!」

 

ぶらぶら歩きつつ、海図を広げる王蛇。また分岐点にさしかかる。

 

「東だ」

 

 

 

──北太平洋戦域 戦闘地点(3戦目)

 

 

そこは静寂に包まれていた。だが、何かがいる。王蛇の動物的直感が告げている。

 

 

“キタノ、ネェ……?エモノ……ガァ……フフ、ハハハ……!”

 

 

どこからともなく声が聞こえてくる。いや、下だ。海中から深海棲艦の声が響く。

よく見ると、デカい潜水艦のバケモノを抱えた女が海中に潜っている。

他にも水死体みたいなやつが何匹かいる。

 

「なんだ、お前ら喋れんのか」

 

どうでもいいことに感心している王蛇に、

潜水棲姫を始めとした潜水艦達が海中から一斉に魚雷を発射してきた。

 

“ホォラッ、イキナサイ、ギョライタチ!!”

 

王蛇は両足の脚力で跳躍し、海面に飛び出してきた魚雷を回避。

ぶつかりあった魚雷が大爆発を起こし、爆風が空中の王蛇を煽り、

バランスを崩した王蛇が水面に落下する。体を痛めつける衝撃。

既にこれまでの戦闘で限界に達している浅倉の肉体にとって

無視できないダメージだった。

 

「ごふっ、げふっ、ごふっ!……ごぶぁっ!!」

 

再度の吐血。これ以上血を失う事は死を意味する。

王蛇はカードを1枚ドロー、ベノバイザーに装填。

 

『SWORD VENT』

 

王蛇のデッキに爆雷攻撃のカードなどあるはずがない。

ベノサーベルを手にしたまま立ち尽くす王蛇を潜水棲姫が嘲笑う。

 

“アハハ、ブザマネエ!”

 

「……」

 

だが、次に王蛇は信じがたい行動に出る。

水上戦闘用のブーツを脱ぎ捨て、海に潜ったのだ。

水面に一足の靴がただ浮かんでいる異様な光景が生まれる。当然王蛇が狙うはただ一人。

潜水棲姫に向かって深海へ向かって泳ぎだした。

そしてカードをドロー、ベノバイザーに装填。

 

『ADVENT』

 

海中に現れた大蛇に驚愕する潜水艦達。彼女らの間をすり抜けて、

ベノスネーカーが潜水棲姫の船体に鋭い牙で思い切り噛み付いた。

 

“バカメ!ソンナコウゲキ!”

 

しかし、蛇が牙に毒を持つように、ベノスネーカーも牙から強酸性の毒液を流し込んだ。

毒液は海水で拡散し、本来の威力を出すことはできず、

王蛇自身も広がった毒液を浴び、体中に焼けるような痛みが走る。

それでも殺しの欲望を沸き立たせ、息を吐き出さずに耐えた。ただひたすら耐え忍んだ。

そして、時が満ちる。

 

「ミズガ、モレチャウゥ……!!」

 

酸性毒を浴び続けた潜水棲姫の装甲が、

水中にいる王蛇でも攻撃を通せるほど劣化したのだ。

それを見極めた王蛇は、ベノサーベルを両手持ちにし、

まっすぐに船体の茶色く焦げた部分を突いた。

既に錆の塊でしかなくなった部分は容易に貫通し、堅固な装甲に弱点ができた。

たまらず水面に浮上する潜水棲姫と、彼女を追いかける王蛇。

 

「だはっ……!!」

 

全身に火傷を負った王蛇は、手でブーツを引き寄せ、急いで履き直した。

潜水棲姫は王蛇を憎しみを込めた目で睨みつける。

 

“ヨクモ、ヤッテクレタワネェ……ギョライヨ、ギョライ……ウッフフフフフ!”

 

そして、今度こそ王蛇を粉砕すべく、一際大きな一発を放つ。

だが、王蛇は避けようとせず、カードをドロー、ベノバイザーに装填した。

 

『STEAL VENT』

 

敵の装備を盗む“STEAL VENT”の効果で、潜水棲姫の魚雷はUターンし、

王蛇の意思通りの命中コースを辿り、劣化し穴を開けられた船体に飛び込んだ。

ありえない現象に思考が追いつかない潜水棲姫。

次の瞬間、内部で残りの魚雷を巻き込み大爆発。

潜水艦部分は内部から破裂するように消し飛び、そばに寄り添うように海を泳いでいた

潜水棲姫も致命的損傷を受けた。右半身の殆どがちぎり取られ、

美しかった顔も顎が砕け、かろうじて両目が残っているに過ぎなかった。

王蛇は、ベノサーベルで地を突きながら、半死半生の彼女に忍び寄る。

彼女は残った左腕でなんとか水をかき、逃れようとするが、

王蛇の歩く速度にすら及ばず、とうとうその時がやってくる。

 

「……よう、楽しかったぜ」

 

王蛇はベノサーベルを両手で持ち、切っ先を真下に向ける。

潜水棲姫はもがくのをやめ、言葉を紡ぐ。

 

“ウッフフ、マタ モグルノカ……アノ、ミナゾコニ……。

エッ……?フジョウ、シテイル?あの、水面に……?”

 

「……」

 

彼女の遺言を聞き届けた王蛇は、まっすぐに左胸にベノサーベルを突き刺した。

ビクン、と一瞬体が跳ねると、もう、動かなくなった。

彼女が最後に遺した言葉は意味がわからなかったが、どこか人間らしさが感じられた。

だが、そんなことは王蛇にとっては既にどうでもよく、

死んだ敵にも終わった戦いにも興味はなかった。

 

 

 

──北太平洋戦域 戦闘地点(4戦目)

 

 

「いねえじゃねえか!いねえだろうが!なんでいねえんだ!!」

 

“ndtwh!?”

 

王蛇はもはや八つ当たりでしかない滅茶苦茶な戦いをしていた。

重巡3隻、軽巡1隻、駆逐2隻。姫級がいないと見るや、

それまでの恍惚感がイラつきに変わり、乱暴にカードを引き抜いて装填した。

 

『FINAL VENT』

 

「おおおお!!」

 

ベノクラッシュで、フラグシップの重巡に毒液に塗れた連続キックを食らわせ、

最後に渾身の全力蹴りを浴びせ、粉々にした。

残った重巡達が、王蛇に燃える鉄塊を嵐のごとく浴びせる。

王蛇はカードをドロー、装填。

 

「……何故だ、何故だ何故だ!!」

 

『GUARD VENT』

 

シェルディフェンスが何発かの砲弾を受け止めるが、防御力が足りずに途中で破壊され、

軽巡が放った1発の直撃を受ける。もう受け身を取る力も残っていない王蛇は、

ただ投げ出されるまま後ろに吹っ飛ばされる。

 

「あああああ!!」

 

『ADVENT』

『ADVENT』

『ADVENT』

 

だが、痛みを感じる理性すら失った王蛇は、

考えなしに3体の契約モンスターを呼び出す。王蛇は更にカードをドロー、装填。

 

『SWORD VENT』

 

ベノサーベルを装備した王蛇は、契約モンスターと乱戦を繰り広げる敵艦隊に突撃した。

ベノスネーカーに気を取られていた駆逐艦を刺殺し、

メタルゲラスに砲を向けていた重巡に袈裟懸け斬り、突き、兜割り、

様々な剣技で襲いかかる。とどめにボルキャンサーからの斬撃を受け、重巡が轟沈。

残り3体となったが、王蛇の暴走は止まらない。

 

『FINAL VENT』

 

王蛇のアーマーが一時的に硬質化し、ボルキャンサーが背後に立った。

そして、王蛇がジャンプすると、ボルキャンサーが両腕の力で更に高く打ち上げ、

前屈姿勢で高速回転した王蛇は、最後の重巡に体当りした。

シザースアタックの直撃を受けた重巡は、ぐしゃりと嫌な音を立て、

人間に近い姿が大岩にえぐられたような、見るに堪えない姿となって

海の底に沈んでいった。残り2体、となったところでタイムオーバー。

王蛇は既に残った敵を見ていなかった。視線の先にはどす黒い雲が渦巻く会敵ポイント。

あそこだ。最強の深海棲艦!

もはや彼の息に雑音が混じっていることに王蛇自身は気づいていなかった。

例のボタンを叩き壊すかのように殴りつける。「追撃せず」、そして、「進撃」。

 

 

 

──北太平洋戦域 戦闘地点(決戦)

 

 

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、……」

 

王蛇はベノサーベルを杖の代わりにしながら、一歩ずつ前へと進んでいた。

用済みの海図は放り投げた。しかし、彼は既に満身創痍であり、

雑音混じりの呼吸を繰り返しながらなんとか歩いている有様だった。

……もうすぐ、もうすぐ、ライダーバトルでも得られなかった、

幸せらしきものが手に入る。痛む全身に鞭打って進み続けると、

ポツポツ人影が見えだした。ヘルムの中の浅倉が獰猛な笑みを浮かべる。

 

「やっとだ……待ってたぜおい」

 

 

 

 

 

その頃、中枢棲姫を始めとした姫クラスの群れも王蛇の接近に気づいていた。

 

「……あれは、人間か、男型の艦娘なのか。妙な事態が起きたものだ……」

 

中枢棲姫が寄りかかる化け物をなでながら独り言をこぼす。

 

「すごーい!ねぇ、お姉ちゃん、見た!?あの紫のやつ、本当にここまで来ちゃった!」

 

駆逐古姫妹がはしゃぐ。

 

「油断しないで。奴は何人も姫級の仲間を殺してる。接敵次第殺すのよ」

 

駆逐古姫姉がそんな妹をたしなめる。

 

「ほら、とうとう奴のお目見えよ」

 

戦艦棲姫の視線の先にはベノサーベルに体重を預ける瀕死の王蛇が居た。

 

 

 

 

 

「ハァ!!……姫だか女王か知らんが全部アレじゃねえか!

我慢してつまんねえ戦いしてきた甲斐があるぜ!」

 

紫のアーマーを着た謎の男がかすれた声で歓喜の声を上げ、両腕を広げる。

 

“wnsw?jkrkstr??”

 

戦艦棲姫がなにやら話しかけたが、深海棲艦の言葉が通じるはずもない。

 

「戦艦棲姫、こいつは恐らく人間。人にわかる言葉で話してあげなさい……」

 

中枢棲姫に命じられ、ため息をついて面倒くさそうにもう一度話した。

 

「……あんたさぁ、状況わかってんの?

姫級でも最強クラスの私達の囲まれて生きて帰れるとでも?」

 

「どうでもいい。お前らが楽しい殺し合いしてくれるならの話だが」

 

ダァン!

 

その時、駆逐古姫妹の5inch連装砲が吠えた。

もう、回避行動もままならない王蛇に直撃。

王蛇は仰向けに倒れ、アーマーに亀裂が走る。

それでも動かす度に鋭い痛みが走る体を起こし、ベノサーベルを頼りに立ち上がる王蛇。

 

「あんた調子乗りすぎ。なーにが楽しい殺し合いよ。もう死にかけじゃん」

 

「ハ……お前、ガキの癖にやるな。首絞めたら面白え悲鳴上げそうだ」

 

「……死ね、バカが!」

 

「お待ちなさい……」

 

駆逐古姫妹が再び発砲しようと砲を構えた時、中枢棲姫が彼女を止めた。

不服そうだったが、渋々左腕の化け物を引っ込めた。中枢棲姫が王蛇に話しかける。

 

「お前、どこからやってきた」

 

「……第一浅倉鎮守府」

 

「人間共の砦か……死ぬとわかっていながら何故戦う。

陸では飽き足らず、そうまでして美しい大海原を奪いに来たか」

 

「理由なんかねえ。ただイラつく。それだけでいい」

 

「珍しい人間がいたものだ。皆、口々に国のため、生きるため、家族のため。

ご大層な大義名分を掲げながら死んでいくものだが」

 

「俺に言わせりゃそいつら全員ただのアホだ。

わざわざ戦いに理由なんか求めるから犬死にする」

 

「私から見れば、あんたは奴らを上回るバカだけどね」

 

2人目の戦艦棲姫が口を挟む。

 

「そうだ。もう戦いで頭が焼けて完全にバカになってる。

……だからさっさと殴らせろ!」

 

王蛇は毒液で指先の皮がめくれた手でカードをドロー、ベノバイザーに装填。

 

『SWORD VENT』

 

そして、ベノサーベルを手に、前傾姿勢になりながら残る命を振り絞り、

中枢棲姫目がけて走り出す。

 

「うぉあああ!!」

 

しかし、戦艦棲姫の一人が抱える怪物の巨大な腕で王蛇を薙ぎ払う。

王蛇はとっさに両腕をクロスして防御したが、超重量の腕を叩きつけられ、

後方に放り出される。

その時、左腕からピシッ!と枝の折れるような音と共に激痛が走り、

王蛇もこれには呻きを漏らす。

 

「あぐあぁっ!」

 

「貴様ごときが中枢棲姫様のお側に寄るなど、汚らわしい。身の程を知れ」

 

当の中枢棲姫はこのやり取りにも興味なさ気に指遊びをしている。

そして王蛇を見ることもなく、気だるげに命じた。

 

「もういい……。警戒中の戦艦、空母、潜水艦を呼び戻せ。

せめて、派手な最期を遂げさせてやろう」

 

「御意」

 

空母棲姫が親指と人差し指で口笛を吹くと、なにやら水平線の向こうから

人影らしきものがわらわらと集まってくる。

点に見えていたそれらはあっという間に接近し、王蛇の周りを取り囲んだ。

王蛇はぐるりとその場で回ってみる。どこを見ても敵だらけ。

戦艦、空母、重巡、駆逐艦、おまけに海中には潜水艦だ。

 

「アハ!どんな手品使ったのか知らないけどさぁ!

よくここまで死なずに逃げ切れたよねえ。

砲撃、雷撃、爆撃、どんな死に方がいいか教えてよ!」

 

その時、潜水艦の一隻が駆逐古姫妹に近づき、小声で何かを告げた。

 

「……ふぅ~ん。潜水棲姫が殺された、仇をとらないと気が済まない、か。いいよ。

じゃあ、みんなで一斉に餞の魚雷発射でミンチにしちゃおうよ!」

 

「勝手に話を進めないで。中枢棲姫様にお伺いを……」

 

「いい……好きな方法で殺れ」

 

駆逐古姫姉がたしなめるが、中枢棲姫はやはり他人事のように許可を出した。

困った妹だ、と言いたげに顔をそらす駆逐古姫姉

 

「やったー!重巡、軽巡、駆逐、潜水艦のみんな!魚雷の装填は完了したかな~!?」

 

返事をするように、人語を解さない深海棲艦達が喚き声を上げる。

が、駆逐古姫妹が発射命令を出す前に、両手を後ろに組んで、

興味深げに王蛇の前を行ったり来たりする。

 

「ねぇねぇ、これから死ぬのってどんな気持ち?

人間が死ぬのって意外と見る機会ないの。だって、死ぬ時は鋼鉄の檻の中だもん!」

 

王蛇はしばし沈黙して口を開いた。

 

「……お前ほど首ちぎったら面白そうなやつも珍しいな。

鶏はしばらく生きてるそうだが、お前は阿波踊りでも始めそうだ」

 

「……」

 

駆逐古姫妹は黙って王蛇の顔を殴る。子供のような姿からは想像も付かない力で殴られ、

視界が揺れる。そして彼女は改めて深海棲艦達に呼びかける。

 

「諸元入力は済んだかな?目標、目の前の紫野郎!ファイヤー!!」

 

駆逐古姫妹の号令で、王蛇を取り囲む深海棲艦が同時に大型魚雷を発射した。

幾条もの航跡が王蛇に迫る。もう、王蛇には立ち上がる力も残されていなかった。

被雷まであと10秒。

 

つまらねえ、ライダーバトルの中でもなく、バケモンの親玉とも戦わず、

へんぴな海の真ん中で死ぬとはな。

さっきあのバケモンは“何のために戦うか”って聞いた。

ちょっとはなんで戦ったのか思い出して見るか。被雷まであと7秒。

 

家族は、殺した。理由なんかない。気に食わない連中だったのはなんとなく覚えてる。

弟は、殺した。モンスターのエサにした。どっかの女を殺した。イライラしていたから。

名前も知らんゴロツキ、殺した。なんでかは忘れた。とにかくアホだったことは確かだ。

被雷まであと5秒。

 

じゃあ、今、なんで俺は戦っている?

……やめろ。うだうだ理由なんか付けるからイラつくんだろうが。え?そうだろうが。

もう答えは出てるんだろう。被雷まであと3秒。

 

俺は、俺は……

 

 

 

──殺してえ!!

 

 

 

王蛇がデッキから思い切りカードを抜き取る。

そして、カードをベノバイザーに装填した時、浅倉の殺意、そして暴力への渇望が

ベノバイザーと共鳴。装填されたカードに記録されている数万枚のカード情報の中で、

最も凶暴なカードを選び出し、変化させた。

 

『STRANGE VENT』

 

王蛇は何が起こるかわからない“STRANGE VENT”を発動した。そして。

ベノバイザーのスロットが開き、変化したカードが現れた。被雷まであと1秒。

 

「……そうだ!これが、俺だ……!!」

 

王蛇が立ち上がり、そのカードを高々と掲げる。

それは目もくらむばかりの輝きを放ち、死の渦巻く赤黒い海域を照らし出した。

 

 

 

その名は、SURVIVE。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 Scene of Carnage

*王蛇サバイブのカード及び能力は、フィギュアの画像、海外版龍騎、ゲームの動画に、
筆者の妄想を混ぜたもので成り立っています。公式なものでは無いのでご了承ください。



そのカードが放つ輝きに、その場にいた全ての者が戦いを忘れ、目を奪われた。

 

王蛇が“STRANGE VENT”で引き当てた、4枚目の“SURVIVE”。

蠢く暗黒の雲を背景に、黄金に輝く三つ首の蛇が描かれたカードが現れる。

 

王蛇がベノバイザーを握り、前方に突き出すと、

まるで命を得て生きた蛇になったかのように、するすると王蛇の左腕に巻き付く。

そして、カッ!と眩しく光ると、ベノスネーカーの背を象った

大型ガントレット型バイザー・ベノバイザーツバイに変化した。

そして、まだ異変は終わらない。

 

ゴゴゴゴゴ……ザバァン!!

 

海中から大小様々な瓦礫が一瞬で浮き上がり、空中で静止。

直撃寸前だった魚雷、海底に沈む空薬莢、剥がれた甲板、朽ちた装甲、

不発弾、折れた鉄骨。大量の瓦礫が王蛇を取り巻いた。

 

瓦礫は一瞬で急加速して猛烈なスピードで王蛇を中心に回転。

重量物の高速移動で暴風が巻き起こる。圧倒的破壊力の嵐に包まれながら、

王蛇は“SURVIVE”をベノバイザーツバイのカードスロットに装填。

カバーを押し上げた。

 

『SURVIVE』

 

王蛇のアーマーに、再び輝くライダーの鏡像が重なる。

あまりにも不可解な現象に、さすがに“姫”達も息を呑んで様子を見守る。

王蛇が二度目の変身を遂げると、瓦礫の竜巻が制御を離れ、

遠心力で王蛇を取り囲んでいた深海棲艦達に襲いかかった。

恐ろしいスピードで飛来する悪意なき暴力に、彼女達は為す術なく蹂躙される。

 

グォン!!…………ザクッ!ブシャアアァ!!ズドォ!!

 

歪んだ装甲板が戦艦の頭をかち割る。

脳が露出し彼女の目玉がギョロギョロと動き、やがて前のめりに倒れて海に沈んでいく。

 

別方向に飛んだ鉄骨は、重巡の顔半分を引きちぎり、

もう1人の腹を貫通してようやく止まった。

腹を刺された重巡が助けを求めるように弱々しく手を伸ばすが、

まもなく、だらんと糸の切れた操り人形のように動かなくなった。

 

なまじ人の型を取っているだけにその光景は悲惨の一語でしかない。

 

“aaa!!kihsr!”

 

そして、王蛇に命中するはずだった魚雷が空中に放り出され、迫撃砲のように降り注ぐ。

空を飛ぶ魚雷はミサイルと変わらない。起動の読めない飛び方をする魚雷は、

避けそこねた駆逐艦に着弾、青黒い肉片に変え、

生き残りの艦に情け容赦なく何度でも突き刺さり、爆発し、命を奪い去る。

 

全ての瓦礫が飛び去った時、姫を含む深海棲艦達は初めてその姿を目の当たりにした。

そこに立つのは王蛇サバイブ。その姿は、大蛇が生きた鎧に変化したかの如く、

存在そのものが悪意を放つ禍々しいものだった。

ベノスネーカーの(あぎと)を模したアーマー、広げた頚部を思わせるヘルム、

頭部の両脇に何本も生える刃を象ったショルダーガードに、

強化された紫のレッグガード。

 

「ハアアア……」

 

王蛇は深く呼吸し、首をコキコキと鳴らす。

姫クラス含む全ての深海棲艦がその姿に見入る。あれが人間だというのか?

一体どれだけ宿業を重ねれば、命を喰らえば、欲望を肥大させれば、

ああまで黒くなるというのだ。奴が現れた、ただそれだけで何人もの同胞が死んだ。

 

闇だ。奴は、善も、悪も、そもそもそんな二元論さえも

全て飲み込み塗りつぶし否定する、闇なのだ。駆逐古姫妹の背筋に怖気が走る。

 

「そ、それがなんだって言うのよ!だから無駄だって言ってるじゃん!

周り見なよ!まだまだ戦艦も空母も……!」

 

「……なら攻撃命令を出せ、俺はまだ満足していない!」

 

“SURVIVE”の効果だろうか。王蛇は瀕死の状態から完全に立ち直り、

恍惚に包まれ、天に両腕を掲げた。

 

「この野郎……!みんな殺して!このバケモノを殺すのよ!」

 

「待ちなさい!下手に仕掛けるのは危険よ!」

 

駆逐古姫妹は姉の制止を聞かず、手下の深海棲艦に攻撃を命じた。

彼女らも先程の嵐で仲間をやられ、怒りに震えている。

戦艦の1隻が王蛇サバイブに主砲の照準を合わせ、三連装大口径砲を発射。

 

“kdktr@*!”

 

衝撃波で海面に巨大なくぼみが現れ、燃える鉄塊が王蛇に襲いかかる。

 

「お前じゃねえ……お前じゃねえんだよォ!!」

 

そして、着弾。そう、着弾したのだ。

しかし、彼女達は爆煙が晴れると恐ろしいものを見た。

ベノバイザーツバイで砲弾を受け止めた王蛇が無傷で立っていたのだ。

誰もが、現実を受け入れるのに時間がかかった。

 

やがて、命令を思い出したヲ級空母改が、

白い球形に大きな口を開いた得体の知れない艦載機を飛ばしてきた。

彼女の背中から巨大な雲が湧き上がるように飛び立つ

無数の戦闘機、爆撃機、攻撃機の数々。奴を、殺せ。

その命だけを与えられ、王蛇に飛びかかる艦載機の群れ。

 

それを見上げていた王蛇はただ一言吐き捨て、

カードを1枚ドロー、ベノバイザーツバイに装填した。

 

「……邪魔だ」

 

『ADVENT』

 

カードの力が発動すると、海底から不気味な存在が高速で浮上し、その姿を現した。

体長20mはあろうかというその巨体、それを支える太い胴、おぞましくぬめる紫の皮膚、

そして凶暴な吐息で威嚇する3つの首。

3体の契約モンスターの命を一時的に融合させることで誕生した、

王蛇サバイブの契約モンスター・ジェノストライカーが海を割り、

この世に姿を現してしまった。深海棲艦達を見下ろす邪悪なる三つ首の大蛇。

 

「全部、殺せ」

 

王蛇の命令とともに、それぞれの首が別方向を向き、

全方位に滝のような大量の液体を噴射した。

直後、王蛇の周りから凄まじい絶叫が響き渡る。

 

“ウアギャアアア!!”

“アアア、アア!?”

“ヒギャアアアアァァ!!”

 

体内で生成した有機王水と神経毒の混合液を大量に浴びせられた深海棲艦は、

装甲ごと肉体を溶かされ、ある者は穴の開いた頭蓋骨から脳を焼かれ、

直撃を免れた者も皮膚についた一滴が体内に侵入し、

急速に毒が体に回り全身の神経細胞が壊死、死亡。

 

聞くに堪えない断末魔と、液状化した死体が放つ悪臭。

まともな人間なら精神に異常を来すほどの惨状に、

様子を見守っていた姫級達が絶句する。邪竜とも大蛇とも付かない魔物が現れた瞬間、

瞬く間に護衛部隊が全滅してしまった。次は自分達が奴の相手をしなければならない。

その時、鼻を突く異臭を気に留める様子もなく、中枢棲姫は他の深海棲姫に命じた。

 

「……複縦陣だ」

 

駆逐古姫妹は“やる気なのか”と言いたそうに一瞬だけ彼女を見て配置に着いた。

王蛇から見て一番手前の列に駆逐古姉妹、二列目に2体の戦艦棲姫、3列目に空母棲姫、

そして空母棲姫の後ろに中枢棲姫が鎮座している。

ようやく王蛇サバイブと深海棲姫の生き残りを賭けた戦いが始まろうとしている。

 

こうなる前に奴の息の根を止めるべきだった……!

戦闘開始までに何人味方が死んだことか。

 

駆逐古姫妹は不安げに姉に目配せをする。

姉も小さく頷いた。大丈夫、まだ手は伏せてある。

奴の足をすくって総攻撃を仕掛ければ、それで終わり。

お姉ちゃんが上手くやってくれる!

 

「ハハ、待ってたぜ!カーニバルの、始まりだ……!!」

 

歓喜に湧く王蛇はカードをドロー、ベノバイザーツバイに装填。

 

『SWORD VENT』

 

カードを発動すると、王蛇サバイブの手に半円を描くように湾曲した特殊な形状の剣、

ジェノショーテルが現れた。刀身はゴツゴツとした濃紫色で、何かの液体で濡れている。

王蛇は軽く素振りしてみる。フォン、フォン、と鋭い刃が空を斬り、

透明の水滴がピシャッ、と弾ける。

 

「……気に入った」

 

ジェノショーテルの刃をぎらつかせて満足気に眺める王蛇。

その時、駆逐古姫妹が陣形を離れ、王蛇に慎重な足取りで近づいてきた。

何も言わずに剣を構える王蛇。だが、駆逐古姫妹が意外な行動に出る。

左腕の砲を取り外し、その場に置いたのだ。

 

「待って!お願いがあるの!」

 

「あ?」

 

「あなたが強いのはもうわかったわ!だからもうこんなことはやめて!」

 

ほんの少しだけ視界を右にずらす。水音を立てないよう、姉がゆっくりと動き出した。

 

「……寝ぼけてんのか」

 

「聞いて欲しいの!そもそもこの戦争が始まったのは、

人間が私達の海を奪ったからなの!本当よ!人間が静かに暮らしてた私達の海に、

産業廃棄物を大量投棄して住めなくしてしまったの!」

 

もう少し、あとちょっと。

 

「どっちが始めたかなんざ俺は知らん。とっとと大砲を拾え」

 

「でもこれ以上傷つけ合うのはもう無意味だってわかった……。

そうだ、講和条約を結びましょう?

私が中枢棲姫様に掛け合う……わけな“スパァン!”い じゃん バ ーカ!」

 

ダァン!!

 

一瞬の出来事だった。

王蛇が駆逐古姫妹の首を刎ね、最後まで喋れなかった彼女の着物を引っつかみ

死体を後ろに向け、こっそり背後に回っていた姉の砲撃を防いだ。

 

生首はくるくると宙を舞い、海中に落下。

ボチャン……とスイカを落としたような水音だけが残る。

ジェノショーテルから染み出す猛毒で、駆逐古姫妹の死体が

首からブスブスと腐っていく。

 

「あ、ああ……私の、私の妹がぁ!!」

 

妹の死と、その死体を撃ってしまったショックで悲鳴を上げる姉。

用済みになった妹の首なし死体を放り出す王蛇。その死体も、ゆっくり海に沈んでいく。

 

「よく似合ってるぜ、綺麗な死装束だ」

 

「殺してやる!!お前だけはアァ!」

 

激情にかられる駆逐古姫姉。王蛇は己にぶつけられる刺すような憎しみの感情に

心地良さすら覚える。だが、あれと戦う前にやることがある。

 

「……くだらん小細工するからろくな死に方できねえんだ、こいつらみたいに、な」

 

王蛇はジェノショーテルの切っ先を海につけた。

澄んだ海水にモワモワと何かが拡散していく。瓦礫の嵐から生き残り、

駆逐古姫姉妹の指示で、王蛇に魚雷を放とうとしていた潜水艦の群れに

水のゆらぎが降りかかる。なにが起きているのかわからない潜水艦達だが、

間もなく身をもって知ることになる。

 

“がごぼげがががああ!?!”

 

海中にいた潜水艦たちは絶叫し、体中の筋肉が硬直して、

飛び出すように海面に浮上してきた。

 

青黒い吐瀉物を胃袋ごと吐き出すような勢いで撒き散らし、

目は真っ赤に充血し今にも破裂せんばかりに膨張。

息ができないのか、満足に動かせない手で必死に喉をかきむしっている。

 

そして、1分と保たずにジェノショーテルの生み出す猛毒が全身に回り、

嘔吐、痙攣、呼吸困難、多臓器不全を起こし、潜水艦達は全滅した。

その凄惨な死に様に中枢棲姫を除く姫たちが戦慄する。

 

「まともに死にたきゃ出てきて戦え」

 

惨たらしい死体を目にしても眉一つ動かさない王蛇。

恐怖を無理矢理押さえ込み、駆逐古姫姉が叫ぶ。

 

「お、お前は……人間なんかじゃない!

海を汚し、敵の死を穢し、楽しむように殺し回る!!泥から生まれたただの化け物だ!」

 

「カカカ……バケモンが人の道説くとは世も末だ。

次はお前の番だ、撃て。早く、ほら、何をしてる」

 

一人ぼっちになった駆逐古姫の叫びも嘲笑い、戦いを迫る王蛇。

彼女が妹の仇に砲を向けると、他の深海棲姫も我に返り、全砲門を向けた。

すると、離れた場所で待機していたジェノストライカーの3つ首が、

彼女達に黒煙を吐き掛けた。視界が暗闇に包まれる。

 

「これじゃ艦載機も、砲も……!」

 

主力の航空機を発艦できない空母棲姫が戸惑いの声を上げる。

 

「私達に任せろ!……チッ、狙わなくていい、とにかく前に撃ちまくれ!!」

 

戦艦棲姫が叫ぶ。

少し吸い込んでしまったが、黒煙はただの煙幕だったようで、毒性はない。

 

皆、怪物を殺すために大口径砲を連射する。

闇の中、赤く燃える砲弾が行き交い、着水する度爆発する。

深海棲姫の残る5人が撃てるだけ撃った。

 

それぞれ次弾を装填しながら、黒煙が晴れるのを待つ。

やがて、闇が薄れ、煙幕が消えてなくなった。そこに、人影はいなかった。

 

「ハハ、アハハハ!!所詮、人間では通常艦が限界か!アッハハハ……」

 

奴は集中砲火で死体も残らず消え失せた。

勝利を確信し、安堵する戦艦棲姫達が高笑いを上げる。考えてみれば馬鹿馬鹿しい。

人間一人に何をおたおたしていたのだ。

 

「ハハハハ……」

 

が、その笑い声に狂気を孕んだ男の声が混じっているのに気づいた。

彼女達の背筋が凍る。何故だ!いや、どこにいる!?

 

「ここだァ!ハハハハハ!!」

 

ライダーの脚力で大ジャンプしてジェノストライカーの首に掴まり、

黒煙の外から攻撃のチャンスを伺っていた王蛇が、ジェノショーテルを両手に持ち、

上空から飛び降りてきた。

 

シャアァァン!!

 

そして、着水のタイミングで刃を振り下ろす。鋭い金属音が響く。

王蛇の真正面に居た駆逐古姫が、2つの人体模型のように縦半分に割られ、

言葉を遺すこともなく沈んでいった。

最前列撃破。つまり深海棲姫の幼い姉妹が、

殺人鬼の理不尽とも言える暴力によってこの世を去ったのだ。

 

「古姫ちゃん……ごめんね、何もできなくて、ごめんね……」

 

空母棲姫が静かに涙を流し、うつむき加減の戦艦棲姫の片割れが口を開く。

 

「……あんたさぁ、超えちゃいけない一線超えたってことわかってる?」

 

「ハ……子午線でも引いてあんのか?ここは」

 

怒気を含む問いかけに、なんら痛痒を感じることなく軽口を返す王蛇。

 

「……ぶっ殺す!!」

 

「アイアンボトムサウンドに、沈みなさい!!」

 

「火の塊となって、沈んでしまえ!!」

 

「カカカカ……!!来たぜ、来たぜ、潰し合いだァ!!」

 

「……」

 

沈黙を保つ中枢棲姫を除き、

空母棲姫と2人の戦艦棲姫。そして王蛇サバイブがベクトルの異なる

興奮のボルテージを急上昇させる。

 

王蛇は戦艦棲姫に向かって両腕を広げ前傾姿勢で疾走する。

深海棲姫達も王蛇を迎撃せんと主砲、艦載機で猛攻を仕掛ける。

王蛇はジェノショーテルを空高く放り投げ、カードをドロー、装填。

 

『STRIKE VENT』

 

王蛇後方にジェノストライカーがその巨体を移動し、王蛇が中央の首の前まで跳躍。

縦に一回転しながら、契約モンスターから超高圧力の王水毒液を浴びる。

さらに左右の首が黒い軽量ガスを吹き付け、その勢いで襲い来る戦闘機をすり抜け、

戦艦棲姫に王水毒液を浴びせながら連続キックを浴びせる。

 

さらに毒性の増した酸と軽量ガスの支えで滞空時間が増えたファイナルベントは、

威力を増してノーマルカードとなり、

姫クラスの深海棲艦に致命傷を負わせるほど強力になった。

 

「あああ!!があああ……がはぁっ!」

“ギャオオアア!!”

 

力の象徴たる三連装砲は最初の蹴りと共に浴びた有機王水で溶解。

背負ったペットも皮膚を焼かれ悲鳴を上げている。……こんな野郎に!人間なんかに!!

 

彼女は両腕で顔をかばうが、王蛇の無慈悲なキックの嵐はまだ終わらない。

軽量ガスが王蛇を持ち上げ、戦艦棲姫の全身に

ライダーの蹴りを機関銃のように叩きつける。

 

しかし、彼女は覚悟を決め、背中のペットに命じて巨大な腕を振り上げさせる。

せめて一発!お願い耐えて!

痛みをこらえ、皮膚がただれて筋肉が露出した腕を持ち上げる怪物。

そして渾身の力を込めて紫の悪魔を殴りつける。

 

気づいた王蛇も標的を変更。最後の全力蹴りを迫り来る拳に向ける。

 

「行けええええ!!」

「おおおおお!!」

 

二つの殺意がぶつかりあったその時、放出されたエネルギーがその場で爆発。

王蛇は胸にまともに巨大な拳を受け、戦艦棲姫はペットの右腕を引きちぎられた。

 

「ぐっ、げふあぁっ!!」

“ギゲエエエエェェ!!”

 

何度も転げ回りながら後ろに吹き飛ばされる王蛇。主力の片腕を失った戦艦棲姫。

王蛇は体勢を立て直したタイミングで、落下してきたジェノショーテルをキャッチ。

息を整えながらゆっくり立ち上がった。

 

殺しきれなかった……。既に“STRIKE VENT”で大ダメージを負っていた戦艦棲姫は、

ぼやけゆく視界に近づいてくる王蛇の姿を見た。仮面の奥から奴の笑みが見えるようだ。

戦闘機が銃撃したり、相棒達が砲撃してくれてるけど、

奴に機銃弾は大して効いてないみたいだし、砲弾を手甲で受け止めたりして

どんどん近づいてくる。あたしは、ここまでみたい。

 

「こほっ……頭の髄まで痺れたぜ。ありがとよ」

 

咳き込む王蛇。一矢報いることはできた。

あとは相棒と空母、それとリーダーに任せるか。

 

「……さっさとしなよ。言っとくが、生きて帰れるとは思わないことだね。

あたし程度にダメージ受けてるようじゃ、リーダーに殺される」

 

「どのみち生きたがりは長生きできねえ。あばよ」

 

ヒュパッ……!!

 

王蛇は戦艦棲姫の胴を薙いだ。

死神の鎌のごとく、王蛇のジェノショーテルがまた一つの命を刈り取った。

真っ二つになった彼女の死体が、海の底に還っていく。醜い骸を晒すことなく。

 

「戦艦……また、守れなかった!」

 

「蛇野郎!よくも私の、私の……許さない!

お前だけじゃない、お前を生み出した人類が死に絶えるまで私は殺し続ける!」

 

空母棲姫の悲しみ、戦艦棲姫の怒り。強烈な感情をぶつけられても、

既に自分で心を汚染しきっている王蛇に届くことはなかった。

 

「ふざけんな、俺の分がなくなるだろうが」

 

「……いい加減にしろ気違い野郎!!」

 

「お前の鎮守府を灰にしてやる!あの世で後悔するがいい!!」

 

空母棲姫、戦艦棲姫が各々の感情を爆発させて、もはや人の形をした何かを殺すべく、

持てる全ての手段で攻撃を開始した。

 

「全砲門開け、目標前方人型兵器、撃ちー方はじめー!!」

 

「全機爆装、沈めえぇ!!」

 

当然王蛇もじっとしている訳がない。

ジェノショーテル片手に笑い声を上げながら戦艦棲姫に突撃する。

両腕をクロスしてベノバイザーツバイを盾にし、砲弾から身を守る。

空から降ってくる爆弾が弾け、時々爆風に足を取られそうになるが、

足を止めることなくとうとう戦艦棲姫に接近。彼女に斬りかかる。

 

一瞬ハッとなるが、背負っているペットがその腕で彼女を守った。

だが、右腕の人差し指と中指が斬り飛ばされ、

傷口からどんどん皮膚や浮き出た血管が紫色に変色していく。

 

“ギャオオオ……”

「馬鹿!なんて事したのよ……!」

 

「ああ、外した」

 

あっけらかんとした王蛇の態度に、とっくに切れたはずの理性がはち切れた。

 

「……空母!私に構わず爆撃を!こいつの鎧を叩き潰せ!!」

 

「え!?でも!」

 

「いいから!死んでもこいつを勝たせるな!奴に殺された皆の顔を思い出せ!!」

 

「……わかった!爆撃機、再発艦!落ちろぉ!!」

 

空母棲姫が飛行甲板から残る爆撃機を発艦させた。

そして肉薄された戦艦棲姫はライダーと同等以上の力で格闘戦を挑む。

ペットの無事な左腕で王蛇に掌打を放つが、王蛇がすかさず

ジェノショーテルを両手で構えたため、勢い余って手のひらに毒の刃が刺さる。

猛毒が今度は左腕を侵食し、ペットが悲鳴を上げる。

 

「ごめん、もういい!お前は動くな、毒が回る!」

 

その時、王蛇の背後で空母棲姫が放った爆撃機が一直線に爆弾を投下し、

過ぎ去っていった。背中に爆発の衝撃を受ける王蛇。

皮肉にも戦艦棲姫を背中で爆風から守るような形で吹き飛ばされる。

 

「がぁっ!!……ああ、こいつは効くな」

 

「痛いか。お前が虐殺した仲間はもっと苦しい思いをした!お前も同じ目に遭え!!」

 

戦艦棲姫の人間体が拳を繰り出す。王蛇は左頬で受け止める。

 

「まるで連中が可哀想な奴みたいだな。同じ条件で殺し合った仲だろうが」

 

「“同じ条件”だ?何もわかってない愚か者!駆逐古姫は嘘などついていなかった!

この争いが始まったのは人間のせいだ!海の仲間を絶滅寸前まで食い荒らし、

どうにもならないゴミの処分場にし、挙句の果てに人間同士の殺し合いの場に変えた!

私達は母なる海を元の姿に戻すため、人間が搾取したものを取り返しているだけだ!!」

 

「ごちゃごちゃうるせえ!邪魔なら結局殺せば済む話だろうが!

なあ、人間が憎いなら目の前にいるぜ。殺せ、早く!」

 

「死ね!」

 

手の骨が折れても構わない。今度は右ストレートを顔面の中央に叩き込む。

凄まじい硬さだが、手応え有り。奴は仮面の中で鼻血を出しているだろう。

やっぱり指が折れたけど。

 

「ずっ……なんだ、やりゃあ、でぎるじゃねえか……」

 

爆撃機の第二波がやってきた。私達を目標に絨毯爆撃を敢行する。

空から降ってきた黒い点はやがてはっきりとした爆弾の姿を現し、

衝撃と炎で悪魔の蛇を火あぶりにする。

 

「ぐああああっ!!」

「あがああああ!」

 

間違いなくダメージが通ってる!私はいい、リーダーがこいつを殺してくれる。

絶対に、奴の存在を認めちゃいけない!奴はどこ……?いた!

手を付きながらゆっくり立とうとしてる。今しかない!

戦艦棲姫は毒で苦しむペットを下ろし、王蛇の背後に全力で走り、羽交い締めにした。

 

「何の真似だ……」

 

「リーダー、空母!私に構わず砲撃を!こいつを放って“サクッ”おけ、ば……」

 

彼女の背中に僅かに刺さった切っ先。

王蛇はジェノショーテルの形状を利用し、手首で柄を動かし、

真後ろの戦艦棲姫に先端を刺したのだ。

 

全身に痺れが走る。肺が動かない。息ができない。痛い、いたい、イタ…イ……

 

戦艦棲姫がその場に崩れ落ちる。その目が真っ赤に染まり、血の涙が流れる。

手を伸ばそうとしたが、体が言うことを聞かない。王蛇が剣を振り上げる。

これで、終わりか。……え?そうじゃない気がする。どうして?

 

「しずまないわ……わたしは、もう、にどと!」

 

シャン!!疑問の答えが出る前に、王蛇が彼女の首を切り落とした。

命が尽きると同時に亡骸は浮力を失い海に沈んでいく。

 

それを見届けると、王蛇は残る空母棲姫と、彼女が守る中枢棲姫へと歩を進める。

空母棲姫の前に立つと、しばらく何もせず、ぶらぶらとうろついて

足元を蹴って水を跳ねさせてみた。特に理由はない。

なんとなく時間を潰してみたかっただけだ。彼女は憎しみを込めそんな王蛇を睨む。

 

「戦艦棲姫の話なんか聞いてなかっただろうが、お前は

“どうせゲームの話”だと思いこんでいるだろう……違う。

私達を含むこの世界は史実を参考に創造された。

つまりお前が本来いるべき世界と同じなのだ。

お前の生きる世界もやがて生き物は死に絶え、海底に捨てたゴミが漏れ出し、

再び過ちを繰り返す。お前は、世界に、殺されるのだ……!」

 

「社会のお勉強なら、死んだガキ共にしてやりゃよかったのに」

 

「……貴様アァ!!」

 

王蛇のあくまで死者を愚弄する態度に空母棲姫が怒り心頭に発する。

彼女は搭乗している艤装を展開し、単装砲2門を王蛇に向けた。

単装砲だからこそこれまでより大きな口径を可能にしており、この距離で被弾すれば、

ベノバイザーツバイでも間違いなく粉砕される。

 

「殺してやる……!空母が航空機しか使えないと思っていたか!!」

 

「どいつもこいつも、なんでいちいち断りを入れるんだろうな。

黙って撃てばいいのによ」

 

「黙れ!中身は鎧がなければ何もできない小者の癖に!!

……そこで止まれ、剣を捨てろ!」

 

空母棲姫はジェノショーテルが届かない距離で停止を命じた。さてどうするか。

ジェノストライカーは“ADVENT”の効果が切れてもういない。

周りは、足場程度の小島しかない。残りのカードは、あと2枚、と。

 

頑張ればカードなしで行けるか?曲げた両腕を上げて一歩近づいてみる。

すぐさまマニピュレータのような単装砲2門が角度修正して正確に王蛇に狙いを定める。

王蛇は遠い目で辺りを眺めてみる。

 

「すっかり寂しくなっちまったなぁ、1時間前まで大混雑だったってのに」

 

「誰のせいだと思っている!さっさと武器を、捨てろぉ!!」

 

完全に怒りに囚われる空母棲姫。頭に血が上っている今しかない。

王蛇は柄を握る手に力を込める。刀身から流れ出す無色透明の毒液が勢いを増す。

 

「わかった、わかった。今捨てる……ほらよ!」

 

そして、その強肩でジェノショーテル真上に思い切り放り投げた。

フォン、フォン、フォン!と回転しながら空母棲姫の上を飛ぶ。

予想外の行動に、彼女は思わず見上げてしまう。

その時、回転する刀身が撒き散らす毒液の飛沫が目に入ってしまった。

目を焼くような激痛に悲鳴を上げる。

 

「きゃあああ!熱い!目がああ!熱い、熱いぃ!!」

 

彼女の目を潰した瞬間、王蛇は両足に力を込めて空母棲姫に飛びかかった。

そして彼女に取り付くと、拳に全力を込め何度も彼女の顔をぶん殴り、

とどめに膝で顎を蹴り上げた。一瞬隙を見せたがために連撃を食らってしまい、

気を失いそうになる。

 

姫クラスの深海棲艦は皆、美しい。だから“姫”の名が付いたのだろう。

しかし、もはや空母棲姫の秀麗な顔は醜く腫れ上がり、

痣と鼻血で見る影もなくなってしまった。

王蛇は彼女の首をつかみ、ちょうど落下してきたジェノショーテルの柄をつかみ取った。

 

「どうした……撃て、俺はここだ!」

 

「ぐうっ!し、ね……」

 

グサッ!!

 

空母棲姫の腹にジェノショーテルが深々と刺さる。

さらに、そのフックのような形状を利用し、王蛇は縦に腹を裂く。

彼女の叫び声が赤黒い空にこだまする。

 

「ギャアアーーーッ!!」

 

更に体内に入り込んだ毒が既に彼女を蝕んでいる。息が、できない!体が、痛い……!

みんな、やられた、こいつに、こんな奴に!!

彼女はどうにかまだ動かせる首をひねり、奥にいる中枢棲姫の姿を見る。

怒りも、悲しみもない表情でこちらを見ている。

 

「中枢棲姫、さま……あなた、だけでも」

 

「!?」

 

王蛇が殺気に気づく。空母棲姫は脳を侵される一瞬前に、

艤装を操作し、その砲を王蛇に向けたのだ。

そして、北太平洋戦域に雷鳴のような砲撃音、続いて爆発音が轟いた。

彼女が自爆覚悟で放った1トンを超える砲弾が爆発。王蛇を粉砕した。

……かと思われた。

 

『GUARD VENT』

 

再度海から突き出るように現れたジェノストライカー。

その背に守られた王蛇が姿を表した。

用が済んだジェノストライカーは再び海に潜っていく。

 

「そん、な……」

 

下半身が消し飛び、上半身も深い亀裂だらけになった空母棲姫は、

僅かに視力の残る左目で王蛇の健在な姿を見ると、驚愕と絶望の中、事切れた。

 

彼女を乗せた大型の艤装が、ずぶずぶと沈没を始めた。王蛇はそれを黙って見守る。

何を思っているのかはわからない。何も考えてないのかもしれないし、

強敵の最期に思いを馳せているのかもしれない。

 

とにかく、護衛の深海棲姫を殺し尽くした王蛇は、

最後の敵、中枢棲姫の元へたどり着いた。

赤い瞳に三連装砲が飛び出す巨大な口を2つ持つ化け物に腰掛ける彼女は、

遠い目をしたまま語りだした。

 

「なぜだ……どうやって、来た。……どう、やって……?」

 

「全部殺した。……さぁ、やろうぜ」

 

意味の分からない言葉を無視して開戦を急かす王蛇サバイブ。

 

「……」

 

ズゴオオオオォ!!

 

彼女は無言で大口径砲を放った。瞬時に反応した王蛇も横に転がり回避するが、

これまでの姫クラスとは比較にならない威力の砲の衝撃波に、

左半身を殴られ、骨がきしむ。

 

「く……はがっ!!うお、ごほっ、ごほっ!!」

 

だが今までにない強敵に王蛇の期待は膨らむばかりだ。

ジェノショーテルを手に全速力で走りより、素早く、横、斜め、横に斬りつけた。

しかし、手応えが軽い。手足を切断するつもりが、皮膚を裂くだけに終わった。

耐久力も他の姫級より飛びぬけて高い。

しかも、切り傷周辺が毒で一瞬紫に変色したが、徐々に元の白い肌に戻っていく。

代謝能力も高い。攻守において全てが想像を絶する強敵だった。

 

「どうした。終いか」

 

だから……殺したい!!

王蛇は怖気づくどころか、興奮と歓喜で脳内麻薬が多量に分泌され、

痛みが完全に消し飛ぶ。そして再度の攻撃を敢行。

再び全速力で中枢棲姫に向かって走り出す。

 

「ヘハハハハァ!!」

 

「いいだろう、全てを、沈めてやろう……何度でも、だ!」

 

彼女は化け物がくわえる三連装砲二基を一斉発射。それを見た王蛇も両足で空高く跳躍、

直後に大気を切り裂いて徹甲弾の群れが通り過ぎた。

王蛇は落下の勢いを利用し、邪魔な三連装砲の一基に上空から飛び蹴りを浴びせた。

ミシッ……と砲身が曲がり、それを咥えていた化け物の片目を潰した。

 

“ウオオオオン!!”

 

痛みに苦悶の声を漏らす中枢棲姫の艤装らしき生物。

もはや効果のないジェノショーテルは投げ捨てた。

 

その時、中枢棲姫が王蛇の足を引っ張り、目の前に引き寄せた。

初めて正面から顔を突き合わせる、特別海域の長と殺戮兵器。

浅倉は仮面の中で口が裂けるほどの笑顔を浮かべた。

 

中枢棲姫は凄まじい握力で王蛇の首を締め出す。

しかし王蛇も相打ちになろうが知った事かと言わんばかりに、全力で何度も彼女を殴り、

膝で腹を蹴り、目を突き、耳を平手ではたき、鼓膜を叩く。

もはや両者完全になりふり構わぬ殺し合いを繰り広げる。

 

中枢棲姫も首から手を離し、格闘戦に切り替える。

仮にも艦艇の化身の戦いぶりとは思えないが、深海棲姫の腕力、脚力で

とにかく殴り、蹴り、また殴るをとにかく続けた。

 

深海棲艦の力で放たれる拳やキックに王蛇サバイブも

十分過ぎるほどのダメージを受ける。

しかし、既に痛みを感じない王蛇も攻撃を止める気配がない。

右フック、ローキック、頭突き、肘鉄、アッパー。

思いつく限りの方法で肉体を叩きつける。

 

やがて、王蛇の連撃に耐えかねた中枢棲姫が彼を突き飛ばし、残った砲一基を向ける。

 

「はぁ、はぁ……やらせる、ものかぁ!……落ちろ!!」

 

「ハアア……ハァッ!!」

 

海上に倒れた王蛇は、素早く立ち上がり、再び飛びかかる。

戦いは既に幕引きを迎えようとしている。中枢棲姫が砲塔に弾薬を装填。突撃する王蛇。

発砲が先か、王蛇の攻撃が先か。答えは……同時だった。

 

砲塔内部で砲弾が点火された瞬間、王蛇の蹴りが三連装砲を薙いだ。

不揃いなキノコのようにバラバラの方向を向く砲身。

そして、出口のない砲弾が発射される。当然結果は、暴発。

約1tの砲弾が3つ炸裂し、王蛇も、そして中枢棲姫も粉砕するほどの大爆発が起きた。

 

どれくらいの時間が経っただろう。爆煙が少しずつ薄れていき、

状況がだんだんと見えてくる。中枢棲姫の玉座ともなっていた艤装は完全に粉々になり、

なくなっていた。

 

王蛇は、アーマーがひびだらけになり、浅倉も重症。

しかし中枢棲姫も同じく重症を負い、無残な姿に変わっていた。

左肩、腹、左脚部の肉がえぐり取られ、顔も左半分が破壊され、

光る眼がむき出しになっていた。

 

「ああ……げほ、ごほ、がはああっ!!」

 

浅倉が立ち上がろうと体を横にすると、激しい咳がこみ上げ、大量吐血した。

それでも、両手を付き、右足、左足と順番にバランスを取りながら体を持ち上げ、

再び立ち上がった。

 

体中を破壊された中枢棲姫-壊も、かろうじて助かった右半身を頼りに

堂々と大海原にその身を立たせる。見つめ合う両者。

もう、王蛇も、彼女も、何も語らない。王蛇は最後のカードをドロー。

ベノバイザーツバイに装填、カバーを押し上げた。

 

『FINAL VENT』

 

バイザーの中でカードが輝く。カードの力が開放されると、

ジェノストライカーが海底からその巨体を現した。

 

三つ首が一斉に暗黒の霧を吐きかける。二人を包むのは完全なる闇。

光の一筋さえも差し込まない静寂。

それは共に死闘を演じた彼らに与えられた最後の安息だったのかも知れない。

 

やがて徐々に霧が薄まり、完全に闇が消えると、

そこは見渡す限り星々が輝く宇宙だった。しかし、中枢棲姫-壊は驚くこともなく、

反撃に出ることもなく、ただその時を待っていた。いよいよ決着の時が迫る。

 

「うああああ!!」

 

王蛇サバイブが雄叫びを上げると、彼が赤いオーラに包まれる。

そして頭上に無数の赤い瞳を召喚。強力なエネルギー弾の瞳が中枢棲姫-壊に

次々と叩きつけられる。

 

「う……くっ、ああ……」

 

「おおおお!!」

 

最後に、ひときわ強烈なオーラをまとった槍を彼女に投げつけ、

彼女をはるか後方に追いやった。

終着地点にあるのは、地球を照らし続け、

あまねく生物に等しく生と死を与える恒星、太陽。

 

表面温度6000度で燃え盛る星に落下した中枢棲姫-壊は、

核融合を起こし続ける太陽に一瞬で焼き尽くされる。死が間近に迫る彼女。

 

しかし、次の瞬間には王蛇も自分も元の地球の海域に戻っていた。

カードの力で宇宙空間に滞在できるのは、ほんの10秒程度。

だが、太陽に炙られたダメージは計り知れない。

 

王蛇サバイブの「名も無きファイナルベント」で中枢棲姫-壊は全身が焼け焦げ、

両腕は肘から先が炭化し、崩れていった。

王蛇は体中が軋む痛みを無視して、彼女に歩み寄った。瞳の光が消えゆこうとしている。

彼女は王蛇の姿を認めると、かすかな声でささやいた。

 

「からだが、とけていく……。

あの、あかつきのひかりに、わたしも、せかいも、かえっていくのか。

そうか、そうね……」

 

「……」

 

「ありがとう……」

 

静かに、彼女の体が海へと消えていく。

すうっ、と澄み渡る蒼に彼女が還っていっても、王蛇はしばらく

ただそこを見つめていた。空の赤黒い霧が晴れ、青々とした空が広がる。

悲惨な戦いが嘘だったように、かもめの鳴き声が聞こえ、穏やかな波の音が辺りを包む。

やがて、全ての戦闘を終えた王蛇の体が透明になり、彼の帰る場所へと消え去った。

 

 

 

 

 

──第一浅倉鎮守府

 

 

医務室。

深海棲姫討伐に成功したものの、自身も重症を負った浅倉は

入院生活を余儀なくされていた。

 

リクライニングを起こして退屈そうにデッキの中のカードを眺めている。その中の1枚。

浅倉に奇跡の勝利をもたらした“STRANGE VENT”。手に取りじっと見る。

 

なんか別のカードに変わる妙なカード。

こいつのお陰で俺は勝てたわけだが、もう二度と“あのカード”は出ない気がする。

なんでかは知らん。そんな気がするだけだ。

 

思索にふける浅倉に歩み寄る足音が。足柄だった。

 

「提督、本当におめでとうございます……。

貴方の活躍で、深海棲艦の侵攻作戦は失敗し、深海棲姫全滅の知らせを聞いた、

周辺の敵艦隊の進軍も大幅に規模が縮小されました。ほら」

 

医務室なので声を落としているが、足柄は感激している様子で海図を広げた。

今度は世界の海を透明な六角形のエリアで区切ったもの。

安全な透明、要注意の黄色、危険海域の赤。

今回の勝利で多くのエリアで警戒レベルが下がったという。

興奮気味に説明する足柄だが、上の空で聞く浅倉に気づく。

 

「ちょっと提督、聞いてるんですか?」

 

「なあ、女。聞きたいことがある」

 

「なんですか?足柄ですが」

 

「姫連中を殺した時、どいつもみんな最期に妙な事を口走ってやがった。

まるで前にも俺に会ったようだったり、

いっぺん死んで生まれ変わったとでも言いたそうなセリフだった。なんか知らねえか」

 

「それは……」

 

殺した相手など気にかけない浅倉が、珍しく倒した深海棲姫の性質について尋ねる。

足柄は言葉に詰まった。まだ、提督には打ち明けていない。

心の準備ができてなかったので黙り込んでしまった。

 

「……まぁ、別にどうでもいい」

 

足柄の心中を汲み取ったのか、

本当にどうでもよくなったのかは本人にしかわからなかった。

 

「すみません、少しだけ、お時間を頂けませんか……」

 

「どうでもいいつったろ」

 

そういうと浅倉はまたカードを一枚一枚手繰りだした。

そうだ!足柄は大事な用件があるのを忘れていた。

 

「提督!この鎮守府に新しい仲間が加わったんです。

あの海域のハリケーンに巻き込まれてずっと動けなくなっていたらしいんですが、

提督が作戦に成功して天候が回復したおかげで、解放されたんです。

一言お礼を言いたいそうなので、連れてきますね!」

 

「やめろ」

 

“アイオワさ~ん、今なら提督のお体も大丈夫ですよ”

 

足柄は浅倉を無視して廊下で待っている新しい艦娘を呼ぶ。舌打ちする浅倉。

すると、長いブロンドの活発そうな艦娘が入ってきた。

 

「Nice to meet you, Admiral!! Iowa級戦艦、Iowaよ!助けてくれてSo, thank you!

これから自慢の16inch砲でバリバリ敵をBeat downするから、期待してネ!」

 

「……あぁ、うるせえ。大女は一人で十分だ」

 

「もう、提督。なんてこと言うんですか。

……ごめんなさいね、この人、性格的にアレだから」

 

「No problem! ねえAdmiral? 次の特別作戦にはmeも一緒に連れてってね!」

 

「知らん。獲物は全部俺のもんだ」

 

「本当、愛想ってものがないんだから。そうそう、提督にお土産です。

……改めまして、作戦成功、おめでとうございます。司令部からの、贈り物です」

 

そして足柄はいくつもの勲章を差し出した。浅倉は目だけを動かして少し見て、

 

「いらん」

 

「……予想はしてましたが返品不可です。

というか、他の提督方は喉から手が出るほど欲しがってるんですよ?」

 

「なら、そいつらにくれてやれ」

 

「はい、またまた予想通りの返答ありがとうございます。

艦これにそんなシステムはありませんし、

そもそも少しくらい素直に喜んでくれたっていいじゃないですか!」

 

「……長えよ、少しは怪我人労れ」

 

「はぁ……今度は怪我に逃げられるとは予想外でした。

それでは、今日の用件は以上ですので、ゆっくり静養なさってください。

では、アイオワさん。行きましょうか」

 

「Good bye, Admiral!」

 

去っていく足柄達。やっとうるさい連中がいなくなった。

戦いが終わって暇な毎日を送っているが、なぜか最近イラつきがあまり起きない。

代わりに時々奇妙な感覚に見舞われる。

 

俺が殺した連中、奴らの死に際がなぜか心のどこかに引っかかる。

死体を思い出して感傷に浸る。本当に俺は戦いで脳が焼けてるのかもしれん。

もういい、寝る。浅倉はリクライニングを倒して眠りについた。

 

 

 

 

 

アイオワを宿舎に送り届けてから、足柄は執務室で散らかった部屋を掃除していた。

もう、またカップ焼きそばのカラ散らかして!

ゴミ袋片手に掃除をしていると、01ゲートが視界に入る。

その時、ある疑問が頭をよぎった。あれ?どうして、提督は……

 

 

 

“だったら聞くが、こいつら放っといたらどうなる”

 

“……深海棲艦が更に支配海域を広げ、

いずれは人類から水の一滴すらも奪い尽くすことになるでしょう”

 

 

“……どういうことですか?”

 

“水がなくなるまでの猶予だ!”

 

“この作戦の成功者が現れなければ、河川を登った深海棲艦が水源を乗っ取り、

我々は完全に水を失うでしょうね。特に艦娘の建造には大量の水が必要ですから……”

 

 

 

どうして、自殺に等しい作戦を決行したのだろう。

水なんて現実世界に帰って飲めばいいじゃない。

たとえこの世界が焼け野原になったところで、ライダーバトル自体はできるじゃない。

それじゃあ、何のために?

足柄はその可能性について一瞬頭を巡らせたが、すぐ頭を振って否定した。

ないないそれはない。あの提督に限ってそれはない。

だけど……。すぐ暴れる、私の名前は覚えない、ゴミは片付けない、

喋りたいこと以外生返事しかしない。

 

……やっぱり、私は、浅倉が、キライだ。

 

 




*調べてみると王蛇サバイブの武器は鞭だったそうなんですが、
鞭はもうライアが持ってますし、変わった装備を持たせたかったので
ショーテルにしました。画像でもショーテルにしか見えないきれいな半円だったので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話 ID: Dual Terminators(_0401)

──清明院大学 401号室

 

 

「準備はできていますね。私は大学に休職届を、東條君は休学届けを。

無用な不信感を招かないよう手回しは怠りなく」

 

香川はパソコンを操作しながら東條に話しかける。

401号室の部屋中に配置されていた鏡は撤去され、

必要最低限のデスクや椅子、パソコンだけが残る殺風景な部屋に変わっていた。

 

「大丈夫です、先生。下宿先にも合宿でしばらく空けると言ってありますから……」

 

アタッシュケースの中身を確認し終えた東條が答えた。

 

「よろしい。では、そろそろ出発しましょうか。

こちらもミラーワールドに関するデータを扱っているパソコンは、

全てHDDのフォーマットを終えたところです」

 

 

「お父さん!」

 

 

その時、実験室に子供の声が飛び込んできた。まだ小学校に上がったばかりだろうか。

幼い少年が401号室に駆け込み、香川の元へ走ってきた。香川は少年を抱きかかえる。

 

「んーどうしたんだ、裕太。父さんこれから出かけなきゃいけないんだよ」

 

すると、上品な雰囲気を漂わせる女性が後から入ってくる。

 

「ごめんなさい、あなた。裕太がどうしても見送りたいって。

何しろ、急に単身赴任が決まって、しばらく会えなくなるって聞いたものですから……」

 

「そうでしたか。少し家を空けますが、後のことは頼みましたよ、典子。

裕太、少し母さんと父さんの学校を見て回っておいで。父さんまだやることがあるから」

 

「裕太、いらっしゃい」

 

「はーい!」

 

香川の妻子、典子と裕太は401号室から出ていった。

そして東條は一連のやり取りをじっと見つめていた。彼の視線に気づく香川。

 

「どうかしましたか、東條君。何か問題でも?」

 

「……いえ、なんでもありません」

 

「それでは、二人が戻る前に彼の世界へ行きましょう。

一旦別行動になりますが、すぐ私と合流するように」

 

「はい、先生」

 

そして二人は、重要データを保存したことがないパソコンで、DMM.comにアクセスした。

あらかじめ作成したアカウントで艦これにアクセスすると、

それぞれ揺らぐモニター画面に飲み込まれるが、慌てることなくその時を待つ。

 

 

 

 

 

Login No.<香川英行_様 アクセス権限を確認中...OK MWSへようこそ>

Login No.010 東條悟

 

 

 

香川は執務室に降り立つと、室内の様子を見渡す。

ふむ、やはりゲームの世界が再現、というより、実在しているようです。

窓辺に立って外を見る。

やはりファイルに書かれていた通り、彼は海軍基地を舞台にしたゲームを

ライダーバトルのバトルフィールドに選んだようです。

さて、そろそろ何らかの接触があってもいいころですが。

香川がゆっくりと室内を見て回っていると、階段を上る音が近づいてきて、

足音はドアの前で止まった。そしてノックの音。

 

「どうぞ」

 

香川が返事をすると、ドアが開き、長門と艦娘が一人入室した。

 

「失礼する。当鎮守府の司令代理を務める長門だ。貴方の艦隊指揮のサポートを行う。

以後よろしく。彼女は……」

 

「ああ、知っていますよ。白露型6番艦駆逐艦五月雨。

史実では1935年7月6日進水、1944年8月26日、米潜水艦の魚雷を受け大破、放棄された、

とありますね。この世界では貴方がたがどのような存在なのかは知りませんが」

 

「そ、その通りです!えと、私達は艦娘と言って、軍艦の魂を受け継いで転生した

存在で、「深海棲艦という存在に奪われた制海権を取り戻すために戦っている」」

 

「よく、ご存知なんですね……」

 

ナビゲートするまでもなく、何もかも知っているような香川に驚く五月雨。

そんな彼女に長門が割って入る。

 

「本来なら、ここで私が出てくることはないのだが、

貴方がログインした方法に不審な形跡がみられるのでな。

なんというか、こう、正しくもあり、不正でもある……。

申し訳ない、はっきりしたことがわからない。

だから秘書艦を託す前に私が直に貴方から話を聞きたいのだが、よろしいか?」

 

香川は軽く笑ってソファに腰掛け、長門達にも席を勧めた。

 

「フッ、構いませんよ。立ち話もなんです、まずは落ち着いて話しましょう」

 

そして向かい合う形となった香川、そして長門と五月雨が話を続けた。

 

「単刀直入に言います。さっきあなたが言ったことは正解です。

私は正規ではありませんが、正規の手段でこの世界にやってきました」

 

困惑する長門と五月雨。お互い不安げに顔を見合わせる。

 

「すまないが、言っている意味がわからない。

もう少し噛み砕いてはもらえないだろうか」

 

「私にもなんだかさっぱりです……」

 

「失礼。具体的には、神崎君が作ったシステムをほぼ忠実に再現した、

ミラーワールドシステムを利用してログインしたというわけです」

 

「神崎!?貴方は神崎士郎を知っているのか!」

 

「ええ。私は彼が在籍していた大学で教授を務めています。

ライダーシステムを開発したのも、現実世界とこの特殊なミラーワールドを接続したのも

他ならぬ神崎君です」

 

「ああ、それは知っている!鏡の世界を開いたことも、

仮面ライダーを戦わせていることも!教えて欲しい!

彼は一体、何のためにこんな戦いを仕組んだのだ!」

 

「ふむ……それを話すと長くなりますし、

今話すべきなのか、そうでないのか、悩ましいところです」

 

香川は腕を組んで目を閉じる。

 

「お願いです、教えてください!まだ死者は出ていませんが、

城戸鎮守府の提督が意識不明の重体なんです!早くしないと手遅れになります!」

 

身を乗り出して問う長門に、訴えかけるように答えを求める五月雨。

香川はしばし考えこんで重い口を開こうとした。その時、

 

ジリリリ……

 

デスクの電話が鳴った。苛立たしげに立ち上がった長門が出る。

 

「ええい、なんだこんな時に!……こちら執務室。なに、それでは同時に二人も?

わかった、とにかくそれはそちらで対処して欲しいと伝えてくれ。

……悪いが今は外せない。重要な話の途中だ。ああ、よろしく頼む」

 

電話を切ると長門は香川の元へ戻ってきた。

しかし、長門が口を開く前に香川が話を再開した。

 

「彼が来てくれたようですね。しばらくここで待つことにしましょう。

あ、秘書艦なら不要ですよ。既に優秀な助手がいますから」

 

「ええっ!?そんな!」

 

「ちょっと待ってくれ、ということは、貴方は今の人物を知っているのか?」

 

「ええ、我々は同時にログインしましたから。

ちなみに彼は正真正銘、正規の仮面ライダーですよ」

 

長門は顎に指を当てて考える。正規であり不正でもある。

しかし、ログインのプロセスを検証すると他のライダーと全く同じ。

……疑わしきは罰せず、か。

 

「我々は、貴方を正規のプレイヤーとして迎えようと思う。

だから、貴方も正規の手続きを踏んで頂きたい。

つまり、この娘のナビゲーションを受けてもらう必要がある」

 

「それはありがたい。ああ、自己紹介が遅れました。私は香川英行。

五月雨さんと言いましたね。以後よろしく」

 

「は、はい。よろしくお願いします、提督!」

 

五月雨は律儀に立ち上がって敬礼した。

 

 

 

 

 

──東條鎮守府

 

 

少し時を遡る。

艦これ世界に転移した東條悟は、窓際に寄りかかり、

ただぼんやりと眼下に広がる母港を眺めていた。

窓の下の広場ではよくわからない装備を身につけた少女達が、

ベンチで友達とお喋りしたり、何かの荷物を運んだり、ちらちらとこちらを見ていたり、

人間と同じように過ごしていた。

 

……こんなところで本当に英雄になれるのかな。

 

彼の心中にもやもやと苛立ちにも似た感情が湧いてきた時、

ちょうど階段を上る音が聞こえ、その後ノックが3回。

 

「……誰」

 

「新任司令官さんのナビゲート担当になりました、電です!よろしくお願いします!」

 

「入れば」

 

カチャリと遠慮がちにドアが開くと、小柄な少女が入ってきた。

やはり武装らしき装備を身につけている。

 

「……僕、東條。東條悟。ねぇ、先生が来てるはずなんだけど、

連れてってくれないかな。香川っていう人なんだけど」

 

「ああ、その前に、提督になるためのチュートリアルを受けていただく必要があるです!

今から鎮守府の各施設を……」

 

「いいよそんなの!僕、ここでゲームするつもりはないからさぁ」

 

「え?じゃあ、何のために……?」

 

「僕はさ、英雄になるためにここに来たんだ。このミラーワールドを閉じてね」

 

東條は虎の紋章が施されたブルーのデッキを取り出して見せた。

 

「はわわわ!新しいライダーさん!?ちょっと待ってほしいのです!」

 

電は背伸びしてデスクの電話を取ると、慌てて作戦司令室の長門に連絡。

何事かのやり取りを始めた。

 

「電です。実は今度もプレイヤーさんもライダーで……。

はい、いつもどおり、滞りなく。も、もちろんわかってます!

ちゃんとできますから安心してください!……はい、はい、わかりました。失礼します」

 

電話を切ると、電は東條の元へ戻ってきた。

 

「お待たせしましたです!」

 

「何話してたの?」

 

「ライダーの司令官さんがこの世界に来られるようになってから色々あって、

重要情報は各鎮守府で共有する決まりになりました。

もちろん、あなたが来られたことも長門さんに報告させていただきました」

 

「長門って人が誰かは別にいいよ。用が済んだなら早く先生のところへ連れてって」

 

「ああ、駄目です!チュートリアルは受けていただかないと、

この世界の全ての機能は使えない仕組みになっているんです。

もちろん他の鎮守府への移動手段もです」

 

「……早くしてよね」

 

東條は苛立ちを隠さず電を急かした。

そして二人は本館を出て、鎮守府の広い敷地を反時計回り、

電は各施設を案内していった。工廠に始まり、本館、広場、多目的ホール。

電は一生懸命説明していたが、東條は上の空で聞いていた。

そして艦娘の宿舎に差し掛かる。

 

「あのっ、あそこに見える木造の建物が、私達艦娘の宿舎なんですが、

人間の司令官さんがいらっしゃる度に何かと問題が多い所で……」

 

「なに、問題って」

 

「1階に戦いでの傷を癒やす修復施設、通称“お風呂”があって、

文字通り大型浴槽がたくさんあるんですけど、基本的に女性しかいなかったので、

背伸びすれば上の窓から中が見えちゃうんです。だからって良からぬ考えは

「急いでくれないかなぁ!?僕、人を待たせてるんだけど!!」」

 

東條は表情を崩さず視線を地面に向けたまま声を荒らげた。

 

「はわわ、ごめんなさい!次で最後です」

 

慌ててその場を離れる電。二人は本館のすぐ隣、

大型アンテナが設置されたコンクリート造りの建物にたどり着いた。

 

「ここが最後です。あの建物が作戦司令室で、出撃命令や部隊編成が行えます。

中の長門さんか陸奥さん言ってくださいです」

 

「……僕には関係ないかな」

 

「じゃあ、一度執務室に戻りましょう。それでチュートリアルは終了です」

 

そばの本館に入り、執務室に戻る二人。部屋の隅に奇妙な物体が浮かんでいた。

電がそれを指差し説明する。

 

「あれは01ゲートです。現実世界に戻るのに必要になります。

あれが現れたってことはチュートリアル終了で、

あなたは正式な司令官になったっていうことです。

念のための確認ですけど、司令官さんは、この世界でゲームの続行を希望しますか?」

 

「うん……僕は、この世界で、英雄になるんだ」

 

「さっきもおっしゃってましたけど、英雄ってなんですか?」

 

「言ったでしょう。僕達はこのミラーワールドを閉じてミラーモンスターを封印する。

どんな犠牲を払ってでもね」

 

「はぁ……」

 

「もう文句ないでしょう。早く先生のところに連れてってよ」

 

「わ、わかりました!“先生”という方は香川さん、でしたよね!

桟橋のクルーザーまで一緒に来て欲しいです」

 

「わかった」

 

そして東條は電に連れられ、桟橋のクルーザーに乗り込んだ。

電が舵を取り、途中何度かつっかえながら音声コマンドを入力。

入力を終えた瞬間、クルーザーを取り巻く世界が真っ白になり、

上空に処理ログが高速で流れていく。見えるのは白と黒だけ。

 

流れるログを眺めながら、東條は静かに待っていた。

やがて、ログが最後の一行を表示すると、

真っ白な世界が再びテクスチャで鎮守府の形に染め上げられた。

 

クルーザーから降り、本館に向けて桟橋を渡る二人。電が黙って歩く東條に話しかける。

 

「あのう、司令官さん……ずいぶん落ち着いてるみたいですけど、驚かないんですか?

初めは皆さんあれで驚かれるようなんですが」

 

「ざっとログを見ただけだけど、要するにサーバー間で

目的地の情報と接続して向こう側のデータをダウンロードしてただけでしょ。

見ればわかるよ。それより先生どこ?」

 

「あうう……いつか来る日のために暗記してたのに。先生さんは本館の執務室です。

どの鎮守府も作りは同じですから……」

 

「行かなきゃ、早く行かなきゃ……」

 

目的地がわかった東條は、電を置いていくほど早足で執務室を目指した。

 

「ああ!待ってください司令官さーん!」

 

 

 

 

 

──香川鎮守府

 

 

コンコンコン。

ノックが聞こえると3人は同時にドアを見た。

 

“先生、僕です。東條です”

 

「到着したようですね。……入りなさい」

 

ドアが開くと東條と小柄な少女が入室した。

無表情を貫いていた東條は、香川の姿を見ると、初めて嬉しそうな笑みを浮かべ、

他の2人を無視して彼に歩み寄った。

 

「お待たせしてすみません、変な案内に連れ回されちゃって」

 

「気にせずに。私も同じですよ。ここは思った以上に広い。

すっかり足が棒ですよ、若い頃のようには行かないものです」

 

「お疲れ様でした。……ああ、電さんって言ったっけ。もう帰っていいよ。

僕はこれから先生と行動するから」

 

突然別れを告げられ、戸惑う電。

 

「待ってほしいです!司令官さんの鎮守府はどうされるんですか!?」

 

「だから、僕はゲームするためにここに来たわけじゃないんだよ。

深海棲艦だっけ?あれは現実世界には出てこない。どうでもいいよ、そんなの」

 

「そんな!それじゃあ、司令官さんの鎮守府はどうなるんですか?

長門様がいるとは言え、深海棲艦の襲撃を受けたら被害が……」

 

「そんなの小さな犠牲じゃないか。

僕達は、世界を救うために、英雄にならなきゃいけないんだ」

 

その時、東條の肩を長門が掴んだ。厳しい表情で顔を近づける。

 

「貴方が新たなライダー提督か。そんな勝手が許されると思うのか!

この世界で戦うと決めた以上、せめて担当鎮守府には常駐してもらう!」

 

「君、誰……?」

 

「司令代理、長門だ!我々も少し前までは、人間が来たというだけで浮かれていたが、

そのために多くの悲劇を産んでしまった。

だから、たとえ人間であっても、もう勝手な振る舞いをする提督は許さない!」

 

「そ、そうです!あなた達にとってはただのゲームでも、

私達にとってはたったひとつのかけがえのない世界なんです!」

 

強く抗議する長門と、必死に訴える五月雨。

東條はじっと長門の目を見たまま、上着からカードデッキを抜き取ろうとする。

 

「君達、邪魔だなぁ。僕達が英雄になるためには……」

 

「やめなさい東條君!」

 

「……」

 

香川の一喝で東條はデッキをしまう。

 

「彼女達の言うとおりですよ。郷に入りては郷に従え。

神崎君の捜索とコアミラー破壊には腰を据えて掛かる必要があります。

皆さんと良好な関係を築き磐石な体制を築くのも、戦いのうちですよ?」

 

「はい……」

 

そして、耳慣れない言葉を聞いた長門が香川に尋ねる。

 

「提督、コアミラーとはなんなのだ?」

 

「それは……話すと長くなります。またの機会にしましょう」

 

「話したところで君達が理解できるとも思えないしね」

 

「なんだと!」

 

「東條君、よしなさい。失敬、彼にはよく言い聞かせておきます。

……さて、そろそろ彼と打ち合わせがしたいのですが、

一旦二人だけにしてもらえませんか」

 

「……了解しました。五月雨、行くぞ。転ばないようにな」

 

「あ、はい!」

 

そして電がおそるおそる東條に話しかける。

 

「あの、司令官さん。電はクルーザーで待ってます。……きっと戻ってきてくださいね」

 

「わかってるよ、行けばいいんでしょ」

 

「失礼します」

 

パタン、とドアが閉じられ、執務室には香川と東條だけが残された。

 

「東條君。たとえデータの塊とは言え、住民と無用な軋轢を生むことは

マイナスにしかなりません。言動には十分な注意を払うように」

 

「はい……」

 

「では、さっそく今後の計画を立てましょう。座りなさい。

さっき長門さんから貰った、この世界に来ているライダーと担当鎮守府の一覧です。

まず手がかりになりそうなのは……」

 

香川がテーブルにリストを広げたその時、耳に反響する金切り音を感じた。

 

「先生」

 

「……どうやら、探す手間が省けたようです」

 

 

 

──海岸

 

 

香川達は金属音が強くなるところを目指し、

海岸に出ようかというところにたどり着いた。

辺りを見回すと、いつの間にか背後に神崎士郎の姿があった。

 

「香川……とうとうこの世界にまでやってきたということか」

 

「久しぶりですね神崎君。直接私を潰そうというわけですか」

 

対峙するかつての師弟。

 

「香川、お前が英雄になるチャンスを与えてやる。

お前の家族に、モンスターを着けておいた」

 

「神崎君……!!」

 

「オルタナティブのカードデッキを渡し全て破棄するか、このまま俺の邪魔を続けるか、

お前が選べ。多くを助ける為に1つを犠牲にする勇気、だったな」

 

香川は表情を崩すまいとジレンマに耐えるが、視線が落ち着かない。

ポケットから金属で出来た無骨なカードデッキを取り出し、見つめる。

 

「神崎君、そんなの無駄な脅しだよ。香川先生は、英雄なんだから。

ひとつの犠牲だよ。それくらい良いと思うけど。ね、先生」

 

「お前の答えを出せ……。どうした、答えが出ないなら俺が」

 

結論を迫る神崎。そして香川が答えを出す。

 

「答えは出てるんですよ!最初からね。あなたのファイルを見た時から、既にね」

 

「邪魔を続けるというわけか。家族に伝えることは……?」

 

「……ありませんよ」

 

「ねえ神崎君」

 

その時、東條が口を開いた。

 

「今、先生の家族を人質に取ろうとしたけど、

君にも誰か死んでほしくない人がいるんじゃないかな」

 

「仲村か。あいつに人は殺せない。それが事実だ」

 

「なるほど、仲村君は失敗しましたか」

 

「思った通りだったね。彼、英雄とは程遠い人間だったし」

 

「もう一度だけ言う。デッキを、渡せ」

 

「……答えは、変わりませんよ」

 

「先生……!」

 

「……」

 

そして香川は踵を返して歩き出し、神崎も姿を消した。

東條は香川の後ろ姿に英雄の姿を見た気がし、狂信的なまでの憧れを膨らませた。

 

 

 

 

 

──城戸鎮守府

 

 

「ほら、真司さん。慌てないで。ゆっくりでいいから歩いてください」

 

「うん。いち、に、さん、し……。あいててて……」

 

オーディンとの死闘から1週間。

ようやく意識が戻った真司は、三日月の手を借り、リハビリに励んでいた。

 

「無理しないでください、ほら座って」

 

「ありがと。なんとか身動きは取れるようになったけど、

戦うのはしばらく無理だなこりゃ」

 

「今はそんなこと考えないで、治療に専念してくださいね」

 

「うん、どのみちこんな体じゃなんにもできないしね。

……そうだ、俺が寝てる間に、なんか事件とかなかった?

また、あいつが来たりしなかった?」

 

「それが実は……浅倉提督がここの執務室に乗り込んできて、

須藤提督のデッキを奪っていきましたが、

デッキを手に入れたらそれ以上何もせずに帰って行きました」

 

「浅倉が!?本当に大丈夫だった?誰も怪我してない?」

 

真司が驚いて三日月に確認する。

 

「はい。ただ、執務室をめちゃくちゃにされたので、

後で良いので“再起動実行”をお願いします。

一応片付けてはおいたのですが、壊されたものはどうにもならないので」

 

「あんにゃろう、人が動けない時に汚いやつ!」

 

「そうなんですが、あの、真司さん。

その件については三日月としては穏便に済ませてあげてほしいと……」

 

三日月の意外な浅倉をかばうような発言に、真司はまた驚く。

 

「え、なんで?うちに襲撃かけてきたのに」

 

「実は、真司さんが眠っていた間に、

深海棲艦の中でも最強クラスの艦隊が進軍してきて、

艦これ世界の水源を乗っ取られる寸前だったんです。

それを浅倉提督がたった一人で撃退したお陰で、

世界中の主要海域で深海棲艦の勢力が弱まり、水源も無事守られました。

恐らく浅倉提督は戦力を得るためにデッキが必要だったのではないでしょうか」

 

「浅倉が……?

いやいや、絶対あいつのことだから強敵と戦いたかっただけに決まってるって!

……まぁ、でもそれに俺たちが助けられたのも事実だし。

わかったよ、三日月ちゃん。須藤のデッキは浅倉に預ける」

 

「真司さん……ありがとうございます!」

 

三日月はペコリと頭を下げた。

 

「ああ、やめてって。三日月ちゃんがお礼言うことないじゃん。

元はと言えば……俺がやられたことが原因なんだし」

 

「違います!あんな化け物に勝てる人なんて……。

運良く奴が逃げていかなきゃどうなってたか」

 

「逃げた?どうして?あいつは俺を始末しに来たのに」

 

「覚えてらっしゃらないんですか?あいつは真司さんにとどめを刺そうとした時、

突然体が砂のように溶けていって、慌てて水面に逃げていきました」

 

その時、真司は思い出した。

以前、現実世界に帰った時、優衣も全身が粒子化し、危うく消滅するところだった。

オーディンと優衣。何か関係があるのだろうか。

体が満足に動くようになったら、もう一度01ゲートで帰る必要がありそうだ。

 

「……そうだ、他にはなんかない?」

 

「他には……そうだ!

今日、新たな仮面ライダーとライダーらしき方が提督になられたんです」

 

「ライダー“らしき方”?ライダーじゃなかったらなんなの、そいつ」

 

「それが、長門さんによると、

神崎が作ったライダーシステムを再現して艦これ世界にログインされたそうです」

 

「ライダーシステムを再現、って。すげえな……それってどんな人?」

 

「香川提督とおっしゃる方です。ライダーの方は東條提督」

 

真司はハッとなる。令子の言葉を思い出したのだ。

 

 

“清明院大学401号室。

……

今は香川教授の実験室になってるんだけど、これもなんか胡散臭いのよね。

部屋中鏡だらけで”

 

 

「香川って、清明院大学の、教授……。それに、鏡」

 

「なにかご存知なんですか?」

 

「三日月ちゃん、まだ確証はないんだけど、

神崎は現実世界の清明院大学っていうところでミラーワールドについて研究してたんだ。

香川って人はその大学の教授!」

 

「えっ!?それじゃあ……。香川提督は何のためにこの世界に?

まさか神崎の仲間だったらどうしよう!」

 

「わかんない。でも、もう少し体が回復したら、俺、もう一度現実世界に戻るよ」

 

「無理はしないでくださいね。まだ、意識が戻ったばかりなんですから……」

 

そして、三日月は真司に抱きついた。

 

「本当に、本当によかった……。

もう目を覚まさないんじゃないかと、ずっと心配だったんです」

 

真司もまだ包帯の取れない手で三日月の頭をなでる。

 

「心配かけてごめんね。俺が眠ってる間、鎮守府を守ってくれて、ありがとう」

 

「少し、こうしててください……」

 

「うん……」

 

ひんやりした空気の医務室で抱きしめあう真司と三日月。

401号室、ミラーワールド、現れた新たなライダー、わからないことばかりだが、

今だけはこうしていたい。龍の戦士に訪れた束の間の安らぎだった。

 

 




*今回は短めですみません。やっぱり東條は難しいキャラです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話 Charming War Correspondent

──東條鎮守府

 

 

「……青葉、じっとしてられないな!」

 

使命感に駆られた青葉型1番艦重巡洋艦・青葉は、宿舎の自室で出発の準備を始めた。

カメラ、フィルムよし。メモ帳、もちろん!艤装、メンテ完了!

いつ招集があるかわかりませんからね。

艦橋を背負い、肩から斜めに連装砲を下げた彼女は、

カメラとメモ帳を持って部屋から飛び出していった。

 

 

 

 

 

○インタビュー其の一 城戸提督

 

 

バタン!

 

「どーもー、恐縮です!城戸提督、突然ですが青葉の取材にご協力お願いします!」

 

「え、誰、誰!?」

 

「青葉先輩!?一体どうされたんですか!」

 

いきなりノックもなしに飛び込んできた青葉に驚く真司と三日月。

真司は既に日常生活は問題なく送れるほどに回復していた。

しかし、はつらつとした元気にあふれる彼女の勢いは、

病み上がりの真司には少々キツかった。

 

「はい!この度、艦隊新聞にライダー提督の方々の特集を組もうと思いまして」

 

「ゴホ、ゴホ!ああ、そういうこと……。一瞬浅倉が襲撃かけてきたのかと思ったよ。

……君、うちの青葉じゃないよね?」

 

「艦隊新聞編集部、東條鎮守府支部から参りました!

編集部とは言っても宿舎の自室なんですけどね!

ここの“私”はしっかりやってます?……ってそれは今は置いといて。

城戸提督!貴方に突撃取材です」

 

「東條鎮守府って……。ああ、あの新しいライダーか」

 

「あのう、青葉先輩。

こういうことは一応事前に連絡をいただけると助かるのですが……」

 

早口でまくし立てる青葉に、三日月が苦笑いしながらやんわりと注意する。

 

「それでさっそくなんですが、2,3質問にお答えいただきたく。

おっと、その前に1枚!」

 

パシャッ!

 

三日月の言葉も聞こえていない青葉はカメラで真司を1枚撮った。

 

「うわっ!……まあ、今日は時間あるから別にいいけど、なんで今さらライダーなの?

俺達が来てからもう結構経つけど」

 

「それは……」

 

青葉は一瞬言葉を詰まらせて続けた。

 

「今、私達艦娘の間で貴方がた仮面ライダーの評価が真っ二つに分かれているんです。

一つはイレギュラーや深海棲艦と戦う英雄。

もう一つは……ライダーこそがイレギュラー。

自らの欲望のために艦娘を利用したライダーがいたのは事実ですよね。

特に4名の犠牲者を出した高見沢の侵略行為は大きかったです」

 

「そういうことか……」

 

納得が行った真司。

好むと好まざるとに関わらず、自分とて彼女達が静かに暮らしていた艦これ世界を

ライダーバトルの戦場にしている者の一人なのだ。

 

「でも、少なくとも司令官は!」

 

「わかってます!青葉だってライダーを信じています!でも……

今、艦娘の中にはライダーの存在に不安を抱えている人、

ごく一部にはライダーの排斥運動を始めようとしている人達だっているんです」

 

「ごめん、俺達のせいで……」

 

「真司さんのせいじゃないです!なにもかも神崎のせいじゃないですか!

青葉先輩、もう帰ってください!司令官はまだ怪我が治りきってないんです!」

 

「三日月ちゃん……。そうですね。ごめんなさい、いきなり来て」

 

「待って」

 

落ち込んだ様子で立ち去ろうとした青葉を真司が引き止めた。

 

「君が取材に来たのは、つまり、改めて俺達のことをみんなにわかってもらって、

そんな艦娘達の不安を和らげるために、取材してるんだよね?」

 

青葉はそのままニヤリと笑う。フフフ、その通りなんですけど、

読者の気を引く特ダネが欲しいのも本当なんですよねぇ……。

彼女は笑顔を引っ込めてから振り向き、真剣な表情で真司に駆け寄った。

 

「そうなんです!海の平和を願う重巡洋艦として、従軍記者として、

青葉はみんなにライダー提督が味方であることを知ってもらって、

安心して戦ってもらいたいんです!」

 

「わかる、わかるよその気持ち!俺も見習いとは言えジャーナリストだから!」

 

青葉が目をキラキラさせて真司の手を握る。

三日月は、見つめ合う二人を何やら淀んだオーラを放ちながら瞬きもせず見つめていた。

 

「……青葉先輩?先程も申しましたが、司令官は病み上がりなので手短に……」

 

「ああ、そうでした!では、さっそくインタビューに入らせていただきますね」

 

「うん、そこ座ってよ」

 

「では失礼して……。

ではまず、城戸提督、貴方はどういう経緯でライダーになったんですか?」

 

「現実世界にミラーモンスターって怪物がいるってことは知ってるかな。

俺、そいつらが起こした事件を追っているうちに、

被害者の一人の自宅に行ったんだけど、そこでカードデッキを拾ったんだ。

その時はそれがなんなのかわからなかったけど、

それからドラグレッダー。あ、俺の契約モンスターね。

そいつに命狙われるようになって、そうこうしてるうちに蓮たちと出会って

ミラーワールドやライダーの事を知ったんだ。

ドラグレッダーと契約してライダーになったのはその時」

 

「蓮さん、というと、秋山提督のことですね?」

 

「そうそう!蓮は仲間の優衣ちゃんって娘とミラーモンスター狩りをしてて、

モンスターやミラーワールドの存在もその娘に知らされたの」

 

「なるほどなるほど。では、ズバリお聞きします。

提督がライダーバトルに参加した動機はなんですか?」

 

「ライダー同士の殺し合いを止めるため。

……だったんだけど、今はいろいろ考えなきゃいけないことが出てきちゃってさ」

 

「と、言いますと?」

 

青葉は問いながらメモにペンを滑らせる。

 

「個人の秘密に関わるから詳しくは言えないんだけどさ、

バトルを止めたら犠牲になる人がいる、でも止めなきゃ勝者以外は全員死ぬ。

今、こんな状況でどうにもならなくなっちゃってるんだ……」

 

「後者はわかるんですけど、

前者についてもう少し具体的な話を聞かせていただけませんか?」

 

「ごめん、それは、言えない。本当に俺だけの判断で話していい問題じゃないから」

 

「……わかりました。あくまでライダーの皆さんの素顔を伝えるのが今回の趣旨なので、

ここまでにしておきますね」

 

う~ん、青葉としては個人的に興味は尽きませんけど、本当に話したくない様子ですし、

下がる時には下がるのも取材の鉄則です。

 

「ありがとうございました。本当にすみません、急に押しかけちゃって。

特ダネの匂いがすると体が勝手に動いちゃうんです」

 

「もういいの?」

 

「はい。ライダーバトルの性質とかについてはもう皆さん大体ご存知ですし、

今回はあくまでライダー提督のプライベートを紹介して

身近な存在として知ってもらうのが目的なので」

 

「そっか。ありがとね、青葉!」

 

「お見送りします、先輩……」

 

「それでは、失礼します!」

 

バタァン!!

 

三日月は青葉が出ていくと、思い切りドアを閉めた。

その音に真司は飛び上がる思いがした。

 

「ど、どうしたの三日月ちゃん……?」

 

「別に?別にぃ、フフフフ……」

 

 

 

>青葉のメモ 1ページ

 

“紅き龍の戦士、仮面ライダー龍騎!

城戸提督が変身する仮面ライダー龍騎は、ドラゴンを従え、並み居る敵を焼き尽くす。

しかし、提督本人はいたって親しみやすい好青年であり、

一見戦いとは無縁の存在に思える。だが、彼は数奇な運命に巻き込まれ、

ライダーバトルに身を投じることになったという。

戦いを続ける理由は、ライダー同士の争いを止めるためだと言うが、

最近になって彼自身、戦い続ける自分に疑問を抱くようになったという。

その理由については答えてくれなかったが、いつか彼が打ち明けてくれる事を信じて、

今後の続報に期待したい”

 

 

 

 

 

○インタビュー其の二 須藤提督

 

 

>青葉のメモ 2ページ

 

“謎のライダー、仮面ライダーシザース!

須藤提督が変身する仮面ライダーという噂だが、ライダーバトルで重症を負い、

何故か城戸鎮守府で療養中。

まだ怪我の程度が酷く、インタビューすることは叶わなかった。

彼がなぜ、どうやってライダーになったのかは謎のままだ。

提督の回復を待って、再度取材を試みたいと思う”

 

 

 

 

 

○インタビュー其の三 秋山提督

 

 

コンコンコン!

 

「こんにちは、東條鎮守府の青葉です。

突然で申し訳ないのですが、少しお話を聞かせて頂けませんか?」

 

さっきは勢いで突入しちゃいましたが、今度はちゃんと入ります。

秋山提督は気難しいって評判ですから。

 

“青葉先輩ですか?待ってください、今……”

 

“開けるな。新聞記者なんか入れたらいつまで居座るかわからん”

 

うわあ、いきなり取材拒否オーラが漏れ出してますねぇ。

でも、これしきで引き下がってちゃ、新聞記者は務まりません!

 

「お願いします。一言でいいのでインタビューをお願いしたいのですが……」

 

“嘘をつくな。どうせ一言じゃ終わらないんだろう。ブン屋は一人で十分だ、帰れ”

 

“し、司令官……”

 

噂通りの気難しさ。こういうときは、下手に策を弄するより、

取材の意図をはっきり伝えたほうがいいですね。ドア越しにもう一度チャレンジです。

 

「いきなり来たのは本当に申し訳なく思っています。

でも、今の状況は、貴方がたライダーにとっても私達艦娘にとっても

不本意なものであると考えたんです。

青葉は皆さんのありのままの姿をお伝えすることで、

どうしても不要な誤解を解きたいと思い、取材を申し込ませて頂きました」

 

“……どういうことだ”

 

「仮面ライダーについて艦娘達に不安が広がっているんです。

救い手なのか、イレギュラーなのか。……貴方なら、この意味、わかりますよね。

私は仮面ライダーの皆さんの素顔を伝えることで、

貴方達は味方なんだ、良き隣人なんだということを知らせたいんです」

 

どうだろう。考え込んでいるようですね。しばしの沈黙。

 

“……入れ”

 

カチャリ

 

「どうぞ!」

 

やった!吹雪ちゃんがドアを開けてくれました。おお、居ました居ました!

噂通り、黒ずくめの提督が怪しげにこちらを見ています。

ああ、この仕事してればこんな視線慣れっこです。では、さっそく1枚。

 

パシャッ!

 

蓮は鬱陶しそうな表情のまま青葉に話しかける。

ソファを勧めることもなく、立ったまま取材を受けるつもりらしい。

 

「俺も暇じゃない、質問は簡潔に頼む」

 

「はいはい、もちろん!ではさっそくインタビューを始めますね!

……そうだ、せっかくなので変身後のお姿も撮らせて頂けたらと……」

 

「ふざけてるのか、デッキもカードもれっきとした殺人兵器だ。

変身するのは敵か自分が死ぬ時だ」

 

蓮が仏頂面を更にしかめる。

 

「す、すみません!そうですよね、私としたことが失言でした!」

 

いきなり地雷を踏んでしまいました。気を取り直してインタビューを……

 

「では、単刀直入に伺います。秋山提督、貴方はなぜ仮面ライダーになったのですか?」

 

「……“力”が必要だからだ」

 

「ええ……ですから、あの、なぜその“力”が必要なのかを知りたいのですが」

 

「……城戸にはもう会ったのか」

 

「城戸提督ですか?はい!もうインタビューを受けていただきました」

 

「あいつは何か言ってたか」

 

「いいえ。秋山提督については何も。ただ、この戦いを止めても続けても犠牲者が出る、

ということをおっしゃってて、それが何を意味しているのか気にはなっています」

 

「なら、そういうことだ。ライダーは皆、譲れない事情がある。

人には話せないこともな」

 

「……それには、貴方がライダーになられた経緯も含まれますか?」

 

「ああ」

 

「困りましたねぇ。これでは記事1段落分にもなりません……

そうだ!ご趣味は?普段何をされてるんですか」

 

「バイクだ。高速を飛ばして風を切っている間は、何も考えなくていい」

 

「バイク……あ、原動機付自転車ですね!最近陸軍が開発して……」

 

「全然違う。馬力も、免許も、何もかも。俺のは大型二輪だ」

 

駄目です~やっぱり話が噛み合いません……次は、恋バナでも行ってみましょう!

 

「ズバリお聞きします!現在、提督にお付き合いしてる方はいらっしゃるでしょうか」

 

その質問が出た途端、書類を漁りながら話をしていた蓮の動きが止まった。

青葉がまた地雷を踏んだのか、と嫌な汗が出た時。

 

「……いる」

 

「え、本当ですか!?あ、いや、失礼……どんな方なんですか?

カワイイ系?それとも美人系?」

 

「俺と付き合うほどの変人だ。……もういいだろう、仕事が残ってる。帰ってくれ」

 

「はい……」

 

「あ、お見送りします!」

 

吹雪ちゃんに見送られて執務室を後にしました。

恋人の話になった時、急に空気が変わったので退散しました。

とりあえず記事になるだけのネタは揃ったので深追いはしませんでしたが、

ライダーバトルと何か関係があるような気がしてなりません。

 

 

 

>青葉のメモ 3ページ

 

“漆黒の騎士、仮面ライダーナイト!

秋山提督が変身する仮面ライダーナイト。

その実力は正規空母・加賀女史が認めるほどであるのは周知の事実だ。

現実世界では、原動機付自転車を遥かに上回る馬力の二輪車を乗りこなし、

広い道路を疾走するのが趣味だという。

そして、今回の取材で衝撃の事実が明らかになった。

なんと秋山提督には恋人がいるというのだ。

寡黙で自らのことを殆ど語らない彼の意外なプライベートに記者も驚きを隠せない”

 

 

 

 

 

○インタビュー其の四 手塚提督

 

 

手塚提督は物静かな方だと聞いているので、今度は安心して取材を申し込めそうです。

丁寧にドアをノックし、返事を待ちます。

 

“どなたですか~”

 

お、この声は漣ちゃんですね。

 

「東條鎮守府の青葉です。手塚提督はいらっしゃいますか?」

 

“いますよ~。ご主人様、お客様がNowLoadingですがどうしますか?”

 

“入ってもらって”

 

“どうぞ~”

 

ドアを開くと目の前に漣ちゃん、デスクの椅子に手塚提督がおかけになっていました。

 

「青葉先輩がログインしました」

 

「あはは。漣ちゃんは相変わらずですねぇ。おっと失礼しました、手塚提督。

突然の訪問、お許し下さい。本日は貴方がたライダーの

普段の生活に付いて取材させて頂きたく思い、無礼を承知で……」

 

「気にしないで、さっき城戸から連絡が来たんだ。

多分そっちにも行くからインタビューを受けてやって欲しいって。

とにかく立ち話もなんだから、座って話そう」

 

入れ違いでしょうか、どうして秋山提督には手回ししてくださらなかったんでしょう。

手塚提督は青葉にソファを勧め、ご自分も向かいに座りました。

城戸提督、ありがとうございます!

 

「いやぁ、こうもすんなり取材を受けていただけるとは思いませんでした。

ご協力感謝します」

 

「感謝しなきゃいけないのは俺達のほうだ。

城戸から聞いたよ、君がライダーを取材している理由。

……確かに、俺達が君達に不安を与えていることは否定できないし、

一部のライダーが君達を傷つけてしまったのも事実だ。

話せる範囲でいいなら俺が知っていることを話すよ」

 

「ご理解頂き恐縮です!では、まず、貴方がライダーになった動機を教えて下さい」

 

「うん、漣たちにはもう話したんだけど、本当は俺じゃなくて、

友人がライダーになるはずだったんだ。

でも、彼は自分の願いのために他人と争う事を拒み、

最後にはミラーモンスターに殺された」

 

「……」

 

ああ、漣ちゃん、うつむいてます。

聞いちゃいけないこと聞いちゃったみたいですねぇ……

 

「気にしないで。話を続けよう。それで俺は友人の遺志を継いで

ライダーバトルを止めるために彼のデッキを引き継いだんだ」

 

「目的は城戸提督と同じなんですね」

 

「まぁ、大まかにはね」

 

大まかには?細かいところでは違うってことなんでしょうか。……止めときましょう。

これ以上突っ込んで、また違う種類の地雷を踏んでも嫌ですから。話題を変えましょう。

 

「では、本題に入りましょう!今日はライダー云々の話じゃなく、

提督の素顔を読者にお伝えするために来たんですから」

 

「なんでも聞いて欲しい」

 

「月並みですが、提督のご趣味は?」

 

「やっぱり占い。現実世界でも粗末な占い屋をやってるからね」

 

「お噂は聞いてますよ!なんでも百発百中に近い的中率だとか。

女の子ってこういうのに弱いんですよ~」

 

「君も占ってみようか?」

 

「いいんですか!?お願いします!」

 

手塚提督はポケットからマッチ箱を取り出すと、一本に火を付けました。

マッチはしばらく普通に燃えていましたが、いきなり大きく燃え上がり、

あっという間に消えちゃいました。手塚提督の表情が厳しくなります。

ああ、なんだか嫌な予感……

 

「どうですか?青葉の運勢」

 

「……君、今日は一人で行動してるの?」

 

「ええ、そうですけど」

 

「これからも取材を続けるなら、誰かに付いてきてもらったほうがいい。

遠くない未来に、悪意に満ちた気配が見える」

 

「え……?そ、そんなやだなぁ。脅かさないでくださいよ!」

 

だが、手塚提督は青葉をじっと見ています。

 

「やっぱり、なにか、変なことに巻き込まれちゃったりするんでしょうか……?」

 

「何も対策を講じなければ、そうなる。でも、運命は変えられる。

人も艦娘もそれは同じだ。俺の占いはその手助けに過ぎない」

 

「はい……。では、今日の取材はここまでということで、

ご協力、ありがとうございました」

 

私は手塚提督にお礼を述べると、ドアを開けて退室しようとしました。

すると、誰かに手を掴まれました。不安げに私を見る漣ちゃんでした。

 

「青葉先輩、本当に気をつけてくださいね。ご主人様の占い、激ヤバですから……」

 

「う、うん。ありがとね」

 

今度こそドアを開けて執務室を出ると、1階のホールでベンチに腰掛け

メモをまとめました。……ペンを握る手がどうしても汗ばみます。

 

 

 

>青葉のメモ 4ページ

 

“ミステリアスな魅力、仮面ライダーライア!

手塚鎮守府で悩み事を抱える艦娘は、皆一度は

お世話になった事があるのではないのだろうか。

仮面ライダーライアに変身する手塚提督は凄腕の占い師!

実は取材の際に、提督のご厚意に甘え、記者も占ってもらったのだ。

しかし結果は、遠くない未来に不幸が起こるとのこと。

これには記者もショックを受けたが、同時に彼はこう訴えた。

「運命は変えられる。人であろうと艦娘であろうと」

その言葉を信じて記者もこの結果を打ち払いたいと決意を固めた”

 

 

 

 

 

○インタビュー其の五 浅倉提督

 

 

「さーて、不幸が起こるとしたらここですよねぇ……」

 

嫌なことはさっさと終わらせたほうがいいと来たものの、

第一浅倉鎮守府の本館前で、青葉は中に入れずにいました。

何と言っても、凶暴さでは右に出る者がいないともっぱら噂の

浅倉提督の根城なのですから。同じ重巡の足柄さんでも扱いに困っているらしいとか。

人間の力じゃ重巡に敵いっこないのに、

一体普段どんな生活を送っているんでしょうか……。

 

だめだめ!取材対象を怖がってちゃ、新聞記者なんて務まりませんよ!

パシッと両頬を軽く叩いて気合を入れると、

本館のドアノブに手をかけ、大きな扉を開きました。

 

何故でしょう。どの鎮守府も同じ作りのはずなのに、この本館だけ、

まるで生きる屍が蠢く洋館みたいに嫌な冷たさの空気が張り詰めています。

人っ子一人見当たりません。

 

青葉は勇気を振り絞って2階の執務室へ続く階段を一歩一歩上ります。

そして、とうとう執務室のドアの前にたどり着きました。深呼吸してノックします。

返事がありません。ただ、扉を叩く音が響くだけです。

思い切って中にいるはずの人物に声をかけました。

 

「ごめんくださ~い!東條鎮守府の青葉です!

今、ライダー提督の皆さんに取材を申し込んでいるのですが、

少しだけお話をお聞かせ願えませんか……?」

 

少し待ちましたがやっぱり返答はありません。よく見るとドアはわずかに開いています。

……仕方がないので、そっとドアを押して開きました。

そして一歩中に入るとギョッとしました。部屋を間違えたのでしょうか!?

独房としか思えない、コンクリートの床、窓に鉄格子の付いた部屋。

積み上げられたダンボール以外には家具も何もない、その異様な光景に目を奪われて、

足元の存在に気づくのが遅れました。

 

 

「……誰だ」

 

 

「キャア!!」

 

思わず大声を上げてしまいました。

窓のそばに座り込んでいた男が私に話しかけてきたのです。

茶色く染まった髪、蛇革のジャンパー、金属の飾りが付いた首輪、

そして、暗がりに白く浮かぶその瞳!

別に睨まれているわけでもないのに、嫌な寒気を感じさせます。

なぜ手錠がはめられてないか不思議なくらいの男を前に、

知らない間に後ずさりしていました。すると、突然肩に手を置かれ、

 

「キャアア!」

 

また悲鳴を上げてしまいました。振り返ると、そこには見知った顔が。

 

「どうしたの、青葉。こんなところに」

 

足柄さんでした。安心はしましたが心臓がバクバクいってます。

 

「足柄さんじゃないですか、脅かさないでくださいよぅ」

 

「あなたが驚きすぎなのよ。肩叩いただけじゃない。

……ああ、提督。また電気も点けないで!」

 

足柄さんはズンズン中に入ると、天井から吊り下げられた電球の紐を引っ張り、

明かりを点けました。明るくなった部屋はやっぱりほとんど物が無い

殺風景な部屋でした。よく見ると足柄さんは食事を乗せたトレーを持っています。

トレーを男のそばに置くと、

 

「ほら、お昼の食事。1250までに食べてね。

食器を下げないと食堂のおばさんが困るから」

 

いつも通り、といった様子で男に話しかけます。

男はまず牛乳を一気飲みし、筑前煮、ご飯、味噌汁、たくあんをごちゃ混ぜにし、

箸でかきこむという、若干というか、かなり行儀の悪い食べ方で

あっという間に平らげてしまいました。その様子をあっけにとられて見ていると、

足柄さんに話しかけられました。

 

「ところであなた、何しにきたの?」

 

ああ、大事な用を忘れるところでした。

青葉は足柄さんに今日の取材活動について伝えました。

 

「そういうわけで、ここの提督にお会いしたいんですけど、

どちらにいらっしゃいますかねぇ」

 

「それなら足元にいる奴よ、残念ながら」

 

ため息をついて、正体不明の男を指差す足柄さん。

……ええっ!この人が浅倉提督!?確かに凶暴な人だとは聞いてましたけど、

ここまで“らしい”人だとは……。

だめだって青葉、ビビっちゃだめ!取材対象を怖がるなって、

さっき言ったばかりでしょう?

 

「あ、えーと、はじめまして浅倉提督。東條鎮守府の青葉ですけど……

ちょっとだけ、お話を聞きたいんですけど……」

 

「失せろ」

 

……この取材、思っていた以上に難航しそうです。

後ろで足柄さんがまた、ため息をついています。なにか取っ掛かりは……

あ、ありました!

 

「立派な勲章ですね~!先日の深海棲姫撃破のニュースには驚きました。

たった一人で最強クラスの艦隊を殲滅するなんて、どんな戦略を採ったのか是非……」

 

「失せろって言ってんだ……!」

 

今度は気のせいじゃなく本当に怒ってます!

ここは引くべきでしょうか、留まるべきでしょうか、青葉の記者経験でも解析不能です!

その時、足柄さんが割って入ってきました。

 

「ちょっとくらい協力してあげたらどう?

普段提督らしいことなんかこれっぽっちもしてないんだから!」

 

「黙れ女、こいつをつまみ出せ、蹴り飛ばされたくなかったらな」

 

「そのうち諦めると思ったら大間違いよ。私は、足柄!

……青葉に協力してあげたらご褒美にカップ焼きそば買ってあげるから」

 

「……5だ」

 

「2よ!いつも誰が食べたカラ片付けてると思ってるの!?」

 

「ゴミ箱置かねえ奴が悪い」

 

「ああそうですねぇ!どこかの誰かさんが八つ当たりしたせいで

ベコベコになるまでは置いてあったんだけど、どこに行ったのかしらー?」

 

なんだかこのやり取りを見ていると、

さっきまでビクビクしていた自分が馬鹿らしくなってきました。

しかし、足柄さん。この殺気出しまくりの提督と普通に口喧嘩してるの、凄いです……。

あ、話が付いたみたいです。

 

「3ね!あと、今度からゴミ袋置いてくから自分で片付けること!」

 

「……勝手にしろ」

 

「青葉。もう大丈夫よ、なんでも聞いて。

……渡すのは取材が終わってからですからね!」

 

「あ、ありがとうございました。……って行っちゃった。そうだ、取材取材!

オホン、では浅倉提督。先の大勝利、おめでとうございます。

圧倒的戦力差を覆した最大の要因は何でしょう」

 

「……欲望だ」

 

「欲望?具体的には一体……」

 

「殺してえ。それだけだ。国だの家族だの、戦いに余計なもん持ち込むから負ける。

それは奴らも言っていた」

 

「……奴らとは、深海棲姫のことでしょうか」

 

「他に誰がいる」

 

やっぱり、この人には注意が必要です。だからこそ、無用な不安は取り除かないと。

 

「それは……わかりやすい理論ですね!ところで話は変わりますが、ご趣味は?」

 

「……狩りだ」

 

「おお、狩猟ですか。この辺りではどういった獲物が多いんですか?」

 

「トカゲだ」

 

「うっ、捕まえて何を?」

 

「食うに決まってる」

 

聞くんじゃなかった……。もうネタも溜まったしそろそろ頃合いですね。

 

「本日はお忙しいところどうもありがとうございました。

インタビューの内容は来週月曜の艦隊新聞に掲載予定ですので是非ご覧ください」

 

「いらん、失せろ」

 

「失礼します!」

 

外に出てドアを閉じると、どっと汗が吹き出した。大きく深呼吸する。

やっぱりあれくらい戦いに飢えてないと深海棲艦には勝てないんでしょうか。

なんだか艦娘として自信がなくなってきました。

 

「お疲れ様。狂犬の相手は疲れたでしょう」

 

足柄さんは話が終わるまで待っていてくれたみたいです。

 

「ありがとうございます。おかげさまでちゃんと取材ができました。

あ、カップ焼きそばのお代は私が……」

 

「いいのよ。いつものことだし、あなたのやろうとしていることは、

艦これ世界全体のためになることだから」

 

「……ありがとうございます!」

 

足柄さんの協力のおかげで、浅倉提督の取材も無事終わりました。

はじめに来た時は不気味に感じた本館も、帰りは平気でした。

よく考えたら、今、お昼の時間でみんな食堂にいるから人がいなかったのも当然ですね。

 

 

 

>青葉のメモ 5ページ

 

“神か悪魔か、仮面ライダー王蛇!

今回、記者はライダーの中で最も凶暴と恐れられている、

仮面ライダー王蛇こと浅倉提督の独占取材に成功した。

先日彼が艦これ世界の危機に立ち上がり、単身深海棲姫の支配海域に突撃し、

奇跡の勝利を収めたことは記憶に新しい。狩猟が趣味だという彼の戦闘能力の高さは、

これまでのライダーバトルで2度勝利していることからも窺い知れる。

浅倉提督に強さの秘訣を問うと、ただ殺意に基づく欲望だと答えた。

では、彼は我々の味方なのだろうか?

情報統制が布かれていたが、現実世界での彼は、

決して英雄とは呼べない人物であることは既に広く知られている。

浅倉提督を心強い味方と受け入れるのか、危険人物と遠ざけるのか。

それは読者の皆様に委ねたい。最後に申し上げたいことが一点。

彼はカップ焼きそばが好物だ”

 

 

 

 

 

○インタビュー其の六 北岡提督

 

 

パシャッ!パシャパシャ!

 

「ああ、違う違う!この右斜め45度が一番美しい角度なんだって!」

 

うう……。取材を受け入れてくれたのはいいんですが、

北岡提督はかなりの“なるしすと”みたいで、こうして納得行くまで

何度も写真を取らされています。

せっかく大柄な男性が入れてくれたお茶も冷めてしまいますよ。

飛鷹さんも呆れた様子で提督を見ています。

 

「んー、今のショットがいいんじゃないかな。記事には一番画になるのを使ってよ」

 

はぁ、やっと満足してくれたみたいです。それでは取材を……

 

「それでは北岡提督、貴方について色々質問させていただきますから、

差し支えない範囲でお答えください」

 

私達がソファで向かい合うと、北岡提督は大げさに足を組みました。

 

「何が知りたいのかな。

どうして俺がイケメンなのか?頭が切れるのか?金持ちなのか?」

 

「あ、いや、それもおいおい伺うとして……まず、ご趣味は?」

 

「贅沢なことならなんでも。食べ歩きなら100g1万円以下の安物の肉は食べない。

栄養摂取以外、舌に乗せる意味が無いからね。

ドライブも好きかな。ベンツやポルシェで銀座の街をわけもなく走ったりしてるよ。

まぁ、リンカーン・コンティネンタルも味があって気に入ってるけど」

 

「は、はぁ。それは羨ましい限りですね。

ところで、現実世界では弁護士をされているそうですが、

どういったお仕事なんですか?」

 

「俺みたいに卓越した頭脳を持つ人間だけが就ける職業だよ。

見てごらん、この六法全書。この鈍器になりそうなほど分厚い本に

日本の法律全てが書かれてる。

 

だからってこれを丸暗記すれば弁護士になれるわけじゃない。

それくらいなら暇な中学生でもちょっと頑張ればできる。肝心なのは思考の瞬発力だよ。

 

まず弁護士資格を取るには司法試験に合格しなきゃいけないわけだけど、

選択式問題と論述式問題があるわけ。どちらも架空の事件や裁判の事例をもとに

適切な回答をしなきゃいけないんだけど、限られた時間で、

誰それに責任がある、こういう法律が適用される、といったことを瞬時に判断して

必要な情報を探し出し、正解を導き出さなければならない。

 

晴れて合格しても、本格的に独立するにはどっかの法律事務所で

何年も下働きするのが普通なんだけど、

まぁ、俺は普通に当てはまらないスーパー弁護士だから?

いきなり事務所を構えて今までに数百件以上の……」

 

長い……。メモの余白がそろそろ無くなりそうです。

男の方が冷めたお茶を入れ直してくれました。

強引にでも止めないとこのままじゃ日が暮れてしまいます。

 

「あ、あの!」

 

「なに?ここからがあの裁判のクライマックスなのに」

 

「それについては十分、理解できましたので、そうですね……

あ、そうだ!あの男性とはどういうご関係ですか?」

 

「吾郎ちゃん?うちの優秀な秘書兼ボディーガードだよ。

炊事、洗濯、格闘、顔そり、なんでもこなす頼れる秘書だよ」

 

「秘書?じゃあ、飛鷹さんはどうなさってるんですか」

 

「役割分担してる。吾郎ちゃんは今言ったように俺の身の回りの世話。

飛鷹は提督としての仕事のサポートって感じ。一流の弁護士は秘書も一流でなきゃね」

 

やっとわかりやすい話になりました。

お二人の写真も一枚お願いして、北岡提督の取材はこの辺にしときましょう。

 

「今日はお忙しい中、取材にご協力頂き、ありがとうございました。

最後に、秘書のお二人の写真も撮らせていただきたいのですが……」

 

「飛鷹、吾郎ちゃん。ちょっと来て!」

 

「何よ、甲板の手入れで忙しいのに」

 

「どうしましたか、先生」

 

「彼女が二人の写真を撮りたいってさ」

 

「はぁ、俺でよければ」

 

「写真!?それ、新聞に載るのよね。ちょ、ちょっと待って!」

 

飛鷹さんは慌てた様子で低い本棚に置いてある鏡で、

ささっと髪を直して服を整えました。

 

「それでは、まず、吾郎さんから。3,2,1!」

 

直立したまま無表情でしたが、かえって自然な感じでいいですね。続いて飛鷹さん。

 

「次は飛鷹さんもお願いしまーす。3,2,1……あの、飛鷹さん」

 

「な、なにかしら」

 

「せっかく巻物を広げてポーズを取っていただいたのに申し訳ないんですが、

普段通りの感じでお願いします」

 

「そう……」

 

「では改めて。3,2,1、……はい、結構です!」

 

「はぁ、緊張した」

 

「俺のインタビューなのに、なんで飛鷹が緊張すんのよ」

 

「しょうがないでしょ!写真とか慣れてないのよ……」

 

「皆さん、本当にありがとうございました。

必ず良い記事にしますから、来週の艦隊新聞をお楽しみに!」

 

さて!執務室を出た青葉は、また1階のベンチで走り書きのメモを整理していました。

忘れないうちに補足を入れたり、ざっと内容の順序に番号を振ったり。

……そうだ、ライダー以外にも書くことがありますね。

ここらでついでにまとめておきましょうかね。

 

 

 

>青葉のメモ 6ページ

 

“スーパー弁護士(自称)、仮面ライダーゾルダ!

現実世界では、弁護士という難関試験を突破しなければ

資格を入手できない職に就いている北岡提督。記者は彼の素顔に迫ってみた。距離的に。

掲載《予定》した写真は彼指定の角度で撮影したものであり、

北岡提督は自らの姿にこだわりを持つ、いわゆる“なるしすと”であることが

うかがえる。私生活では贅沢な暮らしを好み、

聞いたことのない車種(記者は大発しか知らない)、恐らく高級車を乗り回し、

高級料理に舌鼓を打つのが楽しみだそうだ。ライダーとしての戦闘能力も高いとの噂だ。

以前、彼と艦これ世界の攻撃者と戦った事がある天龍さん(仮名)は、

“機械兵を呼び出して、見たこともない兵器を撃ちまくった。

連中が生きてたのが不思議なくらいだぜ”と語る。

癖のある人物だが、今後も味方でいてくれれば心強いことは間違いないだろう”

 

 

 

 

 

ふぅ。昼食も取ってない青葉は、間宮で冷えたお茶を飲みながらメモを読み返します。

ここまで書いて、もうすぐ新聞一巻分のネタが貯まることに気が付きました。

この辺であのライダー達のことも書いておきましょうか。

都合のいい話ばかり書いてもかえって不信を招くだけです。

 

 

>青葉のメモ 7ページ 敵性ライダー達

 

本項では、敢えて艦これ世界に危害を加えた敵性仮面ライダー達を紹介しておきたい。

 

 

・元仮面ライダーガイ

芝浦淳という青年が変身していた仮面ライダー。

何らかの方法で一般人を狂人に変え、他提督達に宣戦布告。

狂人をけしかけ、提督権限を悪用し、艦娘をライダーバトルに巻き込んだ

卑怯なライダー。自らの力を過大評価していたが、

実戦経験の圧倒的な差から仮面ライダー王蛇の前に敗れ去り、

現在は浅倉提督の鎮守府でこき使われていると秘書官・足柄さんは述べる。

 

 

・元仮面ライダーベルデ

この悲劇を忘れてはならない。高見沢逸郎という男が変身していた仮面ライダー。

彼は艦これ世界に来てしばらくは紳士的な振る舞いを見せていたが、

提督権限を手に入れた途端、その仮面を捨て去り、凶悪な本性を露わにした。

ホールに集めた艦娘達に榴弾砲を数回に渡り発砲。

多数の駆逐艦達に重症を負わせ、艦これ世界の征服を宣言。

折り悪く他のライダーが不在にしていることを良いことに、

数日後に戦車や移動式噴進砲等の軍隊を引き連れ、本格的に侵略行為を開始したが、

奇跡的に蘇った7人の勇士達によって撃退された。しかし、彼女達のうち4人が戦死。

苦い勝利となった。彼は現在、手塚鎮守府で監禁されている。

 

 

・仮面ライダーオーディン

鎧の装着者、神崎との関係。一切が謎に包まれた仮面ライダー。

まだ艦これ世界に直接的な危害を及ぼしたことはないが、神崎が語るには、

ライダーバトルの勝者を決める審判者であるという。

その戦闘能力は凄まじく、先日、城戸提督がオーディンと激闘の末、重症を負った。

回復傾向に向かってはいるが、まだその傷は癒えていない。

 

 

以上、これまでに確認された敵性仮面ライダーの詳細である。

これを見てライダーをどのような存在だとみなすかは読者の皆様に委ねたい。

我々のために戦った者もいれば、我々を傷つけた者もいるのも事実である。

当新聞はあくまで皆様に判断材料となる真実をお伝えするだけだ。

 

 

 

 

 

そうそう。あいにく噂しか聞いたことがありませんが、あの方も紹介しなくては。

 

>青葉のメモ 8ページ

 

・元仮面ライダーファム

霧島美浦という女性が変身していた仮面ライダー。

あいにく彼女はライダーバトルを棄権し、現実世界に帰ってしまったらしく、

インタビューすることは叶わなかった。鳳翔さん(仮名)によると、

ライダーの力そのものは捨てていないらしく、ミラーモンスターなる怪物と戦いながら、

時々彼女に会いに来るらしい。

霧島女史がなぜライダーになったのか、鳳翔さんに尋ねてみたが、

柔らかな笑顔でごまかされてしまった。

ただ、彼女は新たな生き方を見つけた、と語るのみだった。

 

残りは2人。気合い入れて行きましょう!

 

 

 

 

 

○インタビュー其の七 香川提督

 

 

「私は仮面ライダーではありませんから取材するだけ無駄だと思いますがね」

 

「ええっ!?」

 

すんなり執務室に入れてくれたのも束の間、

いきなり非ライダー宣言をされて困ってしまいました。

 

「では、どうやって、この世界に……?」

 

「神崎君が落としたファイルを流し読みした時の記憶を元に、

ライダーシステムを再現したんですよ。

ちなみに、変身したときの名は、オルタナティブ・ゼロ。

つまり疑似ライダーの試作品です」

 

「香川提督は、神崎士郎の知り合いなんですか!」

 

「ええ、彼は私の生徒でした。以前は江島先生の研究室で……。

ゴホン、まぁ、とにかく、ライダーのプライベートを取材したいなら

ここに居ても得るものはありません」

 

研究室で?青葉、気になります!

 

「江島さんの研究室で、神崎士郎が何をしたっていうんですか?

ライダーバトルや提督方となんの関係があるんですか?」

 

「……あなたは一体何を取材しに来たんですか。

ライダーの私生活ですか、神崎君の身辺調査ですか。目的は、はっきりなさい」

 

「すみません……」

 

なんとなく厳しい目で見られると、これ以上食い下がっても無駄な気がしたので、

帰ることにしました。この企画の趣旨からも外れそうですし。

 

「では、失礼します。突然の取材を受けていただき、ありがとうございました」

 

「別に構いませんよ……。そうそう、東條君の取材はもう済みましたか?

彼は正真正銘、本物の仮面ライダーです」

 

「いえ、東條提督は私の所属鎮守府の提督なので、最後にしようと思ってました。

ちょうど次で終わりです」

 

「そうですか。彼がお客様に失礼をしなければいいのですが。それではお気をつけて」

 

「はい、私はこれで」

 

 

 

>青葉のメモ 9ページ

 

“もう一つのライダー? その名はオルタナティブ・ゼロ!

香川提督が変身するオルタナティブ・ゼロ。勘の良い読者ならお気づきだろうが、

彼は厳密には仮面ライダーではない。記者も彼について記事にしようか迷ったのだが、

香川提督に重大な秘密があることがわかり、企画の趣旨からは少々外れるものの、

彼のインタビューを掲載することにした。

なんと彼は、あの神崎士郎の大学時代の教授だったというのだ。

彼が神崎を追ってこの世界に来たのは間違いない。

そのことについて多くは語ってくれなかったが、提督はまだここに来てから日が浅い。

今後の動向に注目が集まるところだ”

 

 

 

 

 

──東條鎮守府

 

 

「我が家に戻って来ましたー!さあ、最後の取材、張り切って行きましょう!」

 

どの鎮守府も同じ作りとは言え、やっぱり自分の家に帰るとほっとします。

さて、ここのライダー提督で取材は終わりです。

挨拶がてら、突撃取材、行ってみましょう!

 

 

 

コンコンコン、と丁寧にノックし呼びかけます。

 

「司令官、重巡洋艦・青葉です。突然で申し訳ないのですが、

今、ライダー提督の皆様に普段のお姿について取材させていただいているんです。

ご都合が良ければ少しお話を伺いたいのですが……」

 

“……いいよ”

 

やった、取材OKです!さっそくドアを開けて中に入ると、

司令官がソファに座って文庫本を読んでいました。

 

「いやあ、すみませんねぇ。思い立ったら体が動いちゃって。

あ、まずは一枚お写真よろしいですか?」

 

司令官は面倒くさそうな顔をしながらも文庫本から目を離してこちらを見てくれました。

パシャッ!う~ん、いい画が撮れました。

 

「座れば」

 

「ありがとうございます!

では、さっそくインタビューを始めさせていただきたいと思います」

 

「早く終わらせてよね、本当は、こういうの好きじゃないから」

 

「“本当は”というと?」

 

「先生が言ってた」

 

 

“皆さんと良好な関係を築き磐石な体制を築くのも、戦いのうちですよ?”

 

 

「先生、というと、香川提督のことですか?」

 

「先生の言うことに間違いはないからね。先生は、真の英雄だから」

 

「英雄?あの方は現実世界で何か偉業を成し遂げられたんですか?」

 

「違うよ!先生は、多くを助けるために、ひとつを犠牲にする勇気を持ってる。

それが例え家族であってもね!」

 

おっと、若干彼が苛ついたのを感じたので話題を変えます。

でも、今の発言、何か引っかかります。とにかく今はインタビューを続けましょう。

 

「それでは、司令官はなぜ仮面ライダーになったのですか?」

 

「……僕も、英雄になるためだよ。コアミラーを壊して、ミラーワールドを閉じて」

 

「コアミラー、ですか。それは一体何なんですか?」

 

「先生は何も話してなかったの?」

 

「初耳です」

 

「なら、僕から話せることはなにもないよ。他には」

 

強引に話を切られてしまいました。

どうやら司令官は香川提督を絶対視してるようですね。

彼が口止めしているなら、きっと司令官は答えてくれないでしょう。

無難な質問に切り替えます。

 

「そうですか……そうだ、ご趣味は?」

 

「……読書。この本が好きなんだ」

 

「どれどれ……」

 

司令官が差し出した文庫本の表紙には

”変身 フランツ・カフカ著”と書かれていました。

 

「読んだこと、ある?」

 

「え、ああ、すみません。不勉強なもので……」

 

「それほど難しい本じゃない。構えずに読んでみれば」

 

あれ、機嫌を損ねたかと思いましたが、

第一印象ほど排他的な性格じゃないのかもしれません。

個人的なことなら、もっと突っ込んでも大丈夫かもしれませんねぇ!

 

「さっき司令官は、“英雄になるため”にライダーになったとおっしゃいましたが、

英雄を目指すようになったきっかけは?」

 

「英雄になれば、みんなが僕を好きになってくれるかもしれないから……」

 

「……あのう、ご両親は司令官がこちらにいらっしゃるのはご存知なんですか?」

 

「勇気さえあれば、誰でも英雄になれるしね」

 

提督は、青葉の質問には答えず、また文庫本に目を落としました。

新聞記者が特定の取材対象に必要以上に介入するのはご法度なのですが……

 

「司令官、ライダーバトルなんかに頼らなくても、

貴方を好きになる人はきっと現れます」

 

「……君に何がわかるの」

 

表情は変わりませんが、明らかに怒ったのが声色でわかります。

でも、伝えるべきことは全部伝えきらなければ意味がありません。

 

「英雄になんてならなくても、必ず愛してくれる人に巡り会えます。

だって、そうじゃなきゃ世の中英雄だらけじゃないですか。

司令官だってそうなんです!」

 

「昨日今日会ったばかりの君に何がわかるんだって聞いてるんだよ……!」

 

「司令官がライダーバトルで命を落としたら、

悲しむ者が必ず一人はいるってことは知っておいて欲しいです。

……今日はありがとうございました」

 

「……」

 

私は席を立つと、そのまま執務室から退室しました。階段を降りて1階のロビーへ。

メモを整理しようとペンを取り出しますが、なかなか筆が進みません。

さっきはどうしてあんなことを言ったんでしょう。司令官の顔を思い出します。

ずっと無表情でしたが、どこか悲しげな目をしていたのは気のせいでしょうか。

 

 

 

>青葉のメモ 10ページ

 

“期待のニューフェイス、新人ライダー(仮)!

記者は、先日艦これの世界に降り立ったばかりの新人ライダーに、突撃取材を敢行した!

まだこの世界での戦闘記録がなく、姿形、名称は不明だが、今後の活躍に期待が持てる。

東條提督は、物憂げな表情の不思議な青年で、読書が趣味。

愛読書がカフカの“変身”だというのは奇妙な偶然だ。

ライダーバトルに参加した動機を問うと、英雄になるためだという。

なんでも、コアミラーなるものを破壊すればミラーワールドを閉じることができ、

英雄になれるというのが彼の持論だ。

その意味は記者にはわからず、彼も口を閉ざすばかりだったが、

閉塞感の漂う諸々の戦いに風穴を開ける吉報であることを期待したい”

 

 

 

 

 

メモを書き終えた青葉は、肩をぐるぐる回し、大きく深呼吸しました。

 

「ふぅ~やっと終わりました!あとはこれを記事にまとめて、

全鎮守府の“私”に送信すれば刷り上がるのを待つだけです。

これでみんなが少しは明るい気持ちになってくれれば、

記者冥利に尽きるというものです」

 

気づくともう夕暮れ時。朝から色んな所を回ったので流石に疲れました。

ゆっくりお風呂に浸かって体を癒やしましょう。

……あれ?そういえば手塚提督が言ってた“不幸”ってなんだったんでしょう。

結局これと言った事件は起きませんでしたが。

まぁ、占いは占いですから外れることもありますよね。

 

 

 

そして、安堵しきった青葉は宿舎への帰路についた。

自らの活動が皆の喜びに繋がると信じて。

しかし、彼女自身の不幸が去ったわけではないことを彼女は後に知ることになる。

 

 




*大して進展もないのにやたら長くてすみません


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話 Destroyer of Nine Dimensions

*できないとか言っときながらコメントに返信した瞬間
やってみたいことが出てしまいました。あっち行ったりこっち行ったりで本当すみません。
当作品は皆様の応援に支えられています。


木々、岩、誰が作ったのかもわからない大小様々なオブジェ。

全てが白の、ミラーワールドΣ(シグマ)

 

オブジェの一つに座りながら神崎は思索に耽っていた。

まもなく全てのライダーが集結する。まだ敗者は出ていないが、

全てのライダーが集まれば……!時間がないのは奴らも同じだ。

神崎は傍に控えるオーディンのデッキに視線を移す。

 

必ず、今度こそ必ず救い出してみせる。

 

その時、白の世界に銀色のオーロラが現れ、中からコート姿に眼鏡をかけ、

フェルト帽を被った中年男性が、息も絶え絶えに転がり込んできた。

 

「はぁ、はぁ……おのれ、ディケイド!!

どこだ、奴を倒せるライダーはどの世界にいる!」

 

「……鳴滝か。他人の世界に入ってくるなり何を騒いでいる」

 

神崎は前を見たまま男に話しかけた。

鳴滝と呼ばれた男は足をもつれさせながら神崎に走り寄る。

 

「神崎!お前のオーディンを貸せ!奴に対抗するにはそれしかない!

世界が、破壊される前に!」

 

「知った事か」

 

「何だと……?既に“もう一つ”のお前たちの世界も奴の手に落ちたというのに!」

 

「ひとつではない。ミラーワールドと現実世界は表裏一体。

どちらかが無限に存在する限り、一つが壊れようと、すぐに新しい世界が生みだされる。

その理が崩れることはない。破壊と再生。まさに奴の使命そのものだろう」

 

「お前は奴の肩を持つというのか!」

 

「優衣の存在しない世界に興味はない。ただそれだけだ」

 

「くそっ、どいつもこいつも当てにならない!もういい!」

 

鳴滝がミラーワールドを去ろうとした時、神崎の心にある予兆が生まれた。

 

「……待て」

 

「どうした?オーディンを貸す気になったのか!」

 

「彼はお前の手には負えない、だが、新たなライダーが誕生した。

そいつを連れてサイバーミラーワールドへ行け。

一人でも仮面ライダーを倒せたらオーディンの力を貸してやろう」

 

「本当か!?」

 

「お前を担いで何になる」

 

「そ、そいつは使い物になるんだろうな!」

 

「少なくともお前の手駒では手も足も出ないだろう」

 

「わかった。一人でいいんだな?待っていろディケイドォ!!」

 

鳴滝は銀のオーロラに包まれ、姿を消した。残された神崎にオーディンが話しかける。

 

「神崎、終わりが近づいている。私の身体も……」

 

「案ずるな。あいつの力を目にしたら、呑気に構えている連中も

まともに戦うようになるだろう。そのためにお前に“命”を預けた」

 

暑さも寒さもない世界。2つの影は何をするでもなく、ただそこに存在していた。

 

 

 

 

 

──光寫眞館

 

 

ジャラジャラジャラ……

 

アンティークの調度品が明治時代を感じさせる歴史ある写真店。

こじんまりした店構えだが、それが年季の入った建物に慎ましい上品さを与えている。

あまり客の来ない店内で、店主の老人、光栄次郎、孫の夏海、

居候の門矢士、小野寺ユウスケが死闘を繰り広げていた。

 

「よーし、俺が切るのは……これだ!」

 

「ロン、タンヤオドラ2。ほら、さっさと払え」

 

士が手牌を倒す。ユウスケが捨てた牌で士が和了った。

 

「ええっ!またかよぉ……なんで俺ばっかり狙われるんだよ」

 

渋々点棒を渡すユウスケ。

 

「チートイツ狙ってるのバレバレなんですよ。そろそろ他の役も覚えたほうがいいです」

 

夏美が初心者のユウスケにアドバイスする。

 

「無意味に鳴きまくるのもよくない癖だよ。持ち牌読まれるし点数も下がるし。

とにかく1雀頭4面子揃えることに集中しなさい」

 

栄次郎も麻雀の基本を付け加える。

 

「ややっこしくて意味わかんないんですよ!ジャントー、メンゼン、ピン、ポン、パン!

みんなよくこれで捨て牌読んだりしてるよな……」

 

たまたま物置で見つけた古い麻雀卓で暇を潰していた4人。次は夏美の親だ。

皆、ジャラジャラと牌をかき回す。やけっぱちになっていたユウスケが

力を入れて牌を混ぜたせいで、3つほど牌が飛んでいってしまった。

 

「何やってんだ、自分で拾え」

 

「わかってるよ!ハク、ハツ、チュン、と……“ゴツ!”痛てっ!!」

 

ガシャン、ガラガラガラ……

 

ユウスケが麻雀卓で更に狭くなったリビングで、腰をかがめて牌を拾っていると、

柱に頭をぶつけてしまい、同時に撮影用スクリーンを上下するチェーンに

引っかかってしまった。衝撃でチェーンが回転し、幕が降りてくる。

その時、不思議なことが起こった。スクリーンが輝きを放ち、一枚の絵になったのだ。

そう、このスクリーンは異世界への言わば入り口。

士達はここに描かれた異世界を旅しているのだ。9つのライダーの世界に。

さっそく全員が絵画の前に立つ。

 

「今度の世界は……なんだこりゃ?」

 

いくつもの異世界を渡り歩いてきた士もこれには驚く。

描かれていたのは海を突き進む戦艦が主砲を発射する勇ましい姿。

それだけなら別に奇妙でも何でもないが、空に見過ごせない存在が描かれていた。

 

「これは……ドラグレッダー?」

 

“龍騎の世界”で出会った、無双龍ドラグレッダーが

こちらに向かって咆哮しているのだ。戦艦、そして、かつて旅した世界の存在。

一体何を意味しているのか。

その時、栄次郎が謎の絵に近づき、眼鏡をかけ直してよく観察した。

 

「ほうほう、この大砲と菊の紋章は戦艦大和、もしくは武蔵だな」

 

「おじいちゃん知ってるんですか?」

 

「小さい頃、長崎の親戚の家に遊びに行った時にな、

水平線の向こうにそれはもう大きな、海の要塞みたいな戦艦を見たんだよ」

 

懐かしい思い出をしみじみ語る栄次郎。

しかし、まったく世代の違うユウスケの頭にはハテナマークしか浮かばない。

 

「でも、なんで龍騎の世界に戦艦大和があるんだよ。

確か大和って大昔に沈んだんでしょ?」

 

「わからん。とにかく外に出るしかないだろう。

龍騎の世界で何か異変が起きたのなら、確かめに戻らなきゃならん」

 

士はいつも通り、ピンク色のトイカメラを首に下げて上着を羽織った。

 

「ああ、待ってください」

 

「先に行くなって、俺も行くから!」

 

夏美とユウスケも士を追いかける。店の出入り口から外に出た彼らが見たものとは。

 

 

 

 

 

──城戸鎮守府

 

 

士達が外に出ると、目の前に青々とした海が広がっていた。

足元には石畳の歩道がどこまでも続いている。

周りを見回すと、隣に“甘味処 間宮”と看板が掛かった茶店があった。

光寫眞館は新しい絵画が現れると、店ごと異世界にワープするのだ。

そして、何故か士の服装もその世界に合わせて変化する。

いつの間にか士の私服は真っ白な軍服に変わっていた

 

「アハハ!士、なんだよそれ!全然似合ってねえし!」

 

遠慮なく指を指して笑うユウスケ。

 

「うるせえよ!文句ならこの世界に言え!」

 

「二人共!呑気にケンカしてる場合じゃないでしょう!

あの絵とその服。どう見ても戦争が始まったってことじゃないですか!

早く辰巳さん探さなきゃ手遅れになります!」

 

「いででで!耳を引っ張んな!」

 

「とにかく!ここで話を聞いてみましょうよ」

 

夏美の提案で間宮という店に立ち寄ることにした。店に入る三人。

しかし、その時異様な光景を目の当たりにする。店内の客は全て少女。

それ自体は菓子屋にはよくあることだが、

皆、ミニチュアの砲や戦艦の艦橋や煙突らしきものを装備しているのだ。

そして、士達を見ながらひそひそと丸聞こえな内緒話をする。

 

“なんで人間が3人もいるの?”

“提督のお友達?”

“違うと思う。秋山提督でも手塚提督でもない”

 

何かがおかしいのは確かだ。士は奥に向かって声を上げる。

 

「おい、誰かいないのかー!」

 

“はーい”

 

すると、大きなリボンで結んだロングヘアと、

真っ白な割烹着が目を引く女性がすぐに出てきた。

 

「いらっしゃいませ、あの、3名様で、よろしいでしょうか……?」

 

彼女もやはり背中に大きな艦橋を背負っているが、

まるでおかしいのはそっちだと言わんばかりの困惑した表情を浮かべる。

 

「悪い、客じゃない。辰巳シンジって奴を探してるんだが、心当たりないか。

ついでにここがどこかも教えて欲しいんだが」

 

「真司?えーと、城戸真司提督の間違いではありませんか?

ここは城戸鎮守府の敷地です」

 

「城戸じゃない。辰巳だ」

 

どうも会話が噛み合わない。その時、夏美が前に出て質問を続けた。

 

「あの!ここでは戦争が起こってるんですか?

私達、きっと前にもこの世界に来たことがあるんです!

わけのわからないことを言っているのはわかってます。

でも、辰巳さん達の無事を確認しないと……」

 

必死に問う夏美の肩にポン、と手が置かれた。

振り返ると、鋼鉄のアンテナのようなカチューシャを着けた背の高い女性が立っていた。

 

「失礼。駆逐艦から不審者を見たと通報があったのでな。

少し作戦司令室までご同行願いたい」

 

「不審者!?いや、俺達ただ辰巳達の行方が知りたいだけで……

大体、“駆逐艦からの通報”って何すか!なんで船が110番するんですか!」

 

カシャッ

 

ユウスケが弁解する中、士がマイペースにトイカメラで女性を撮影した。

 

「今度は、ちゃんと撮れてればいいんだが」

 

「ちょっと!何してるんですか……」

 

女性の目が厳しくなる。

 

「……連れて行け」

 

「え、何すか!ちょっと、ちょっとー!!」

 

長身の女性が部下に指示を出す。

皆、女性だったが、信じられないほどの怪力で士達は連行されてしまった。

 

 

 

──作戦司令室

 

 

「提督が来るまで少し窮屈な思いをしてもらうことになる。

頼むからこれを使わせるようなことはしないで欲しい」

 

先程の背の高い女性は、背負った武装らしきものを操作し、小さな機銃を士達に向けた。

3人共、椅子に座らされ、後ろ手に縛られている。

 

「そうだな、先に自己紹介をしておこう。私は戦艦・長門。司令代理を務めている。

こちらは戦艦・陸奥。私の補佐をしている」

 

ブラウンのショートカットの女性が、やはりアンテナのようなカチューシャを着け、

手だけで“やほー”と挨拶を送っている。

 

「見えないだろうが、君達の後ろで情報処理を担当しているのが、軽巡洋艦・大淀だ」

 

長門の説明の間も、やる気なく足を投げ出していた士が口を開いた。

 

「聞いてるだけでめまいがしそうだ。なんで戦艦が二本足で立ってる。

なんで俺達が縛られなきゃならん。なんでどいつもこいつも大砲背負ってる」

 

「本当に何も知らないのか、白を切っているのかはわからんが、一応説明しておこう。

我々は艦娘という、軍艦の魂を受け継いだ転生体だ。

君達を拘束させてもらったのは、イレギュラーの可能性を考慮した防護策。

そして、皆が装備している武装は全て本物。深海棲艦と戦う武器だ」

 

「何一つわからん説明に感謝する」

 

呆れ果てて天井を見つめ、ポカーンと口を開ける士。

その時、外から青年と少女の声が聞こえてきた。

 

“人間が3人も?ライダーじゃなくて?”

“はい、長門さんによるとログインした形跡が全く無いのに、家ごとこの世界に来たとか”

 

そして、声の主が作戦司令室に入ってきた。

小さな砲を抱えた少女と、ブルーのジャケットを着た普通の青年。

 

「長門さん、司令官をお連れしました」

 

「どうしたの、長門。不審者発見って通報が来たんだけど」

 

「多忙なところ済まない、見ての通り、突然間宮の隣に

家ごと転移してきた者たちがいる。

イレギュラーの可能性が捨てきれないので拘束しているが、提督のご判断を乞いたい」

 

「おじいちゃん……」

 

夏美は店に残してきた栄次郎の安否が気になる。

もっとも本人は、偵察に来た艦娘の突入と同時に危機を察知して

床下倉庫に潜り込んで隠れていたが。

 

「う~ん、見た目は普通だけど、人数はともかく、

店ごと艦これの世界に来たってのは信じらんないな……

ねぇ、君達も仮面ライダーなの?」

 

当たり前のように投げかけられたその質問に3人が驚愕する。

 

「待て、やっぱりお前は辰巳シンジなのか?仮面ライダー龍騎の!」

 

「いや……違う。俺は、城戸真司。……でも確かに龍騎だよ!

なんで、あんた、俺のこと知ってんの?」

 

「異世界のお前に会った。そこでお前はATASHIジャーナルでカメラマンをやっていた」

 

「違う違う、俺が勤めてるのはOREジャーナル!

カメラマンじゃなくてジャーナリストだし」

 

「あの、お話中すみません。あくまで私の推論なのですが、

この方達は、パラレルワールドからいらしたのではないでしょうか。

……失礼しました、私は司令官の秘書艦・三日月です」

 

三日月が話の内容から可能性の高い説を唱える。

 

「ふむ。似て非なる世界、見た目は鏡写しのように同一だが、

人間関係や社会システムが微妙に異なる存在。確かにそう考えれば納得が行く」

 

長門が三日月の説を支持する。

 

「俺もそう思う。そもそもミラーワールドなんかがあるんだし、

パラレルワールドがあったって不思議じゃない。

……それじゃあ、もう縄解いてあげてよ。

俺、どう見てもこの人達がイレギュラーだと思えない」

 

「ああ。……済まなかったな。

この世界では何度も悲劇が起きて、こうせざるを得なかったんだ。許してくれ」

 

解放された士達が縛られていた手をさする。

 

「許してくれなら、わかりやすくこの世界について教えてくれ。

長門とかいう奴の説明はさっぱりだったからな。城戸って奴のほうが話が通じそうだ」

 

「うん、ここはね……」

 

真司は士達に説明を始めた。ここが艦隊これくしょんというゲームの世界であること。

皆は艦娘という軍艦の化身であり、深海棲艦という怪物に奪われた

制海権を取り戻すために戦っていること。

 

イレギュラーと呼ばれる悪質プレイヤーによって何度もこの世界が傷つけられたこと、

そのために来訪者に警戒せざるを得なかったこと。

 

艦これの世界は2013年にあること。

 

そして、この世界には基本的に仮面ライダーしか来られないこと、

仮面ライダーはミラーモンスターと契約し、最後の一人になるまで戦う宿命にあること。

 

全てを十分に時間をかけて説明した。士達にとっては驚くべき事実ばかりだったが、

特にライダーの宿命について最も衝撃を受けたようだ。つまりは、殺し合い。

 

「そんな……酷すぎます」

 

夏美はショックのあまり声を詰まらす。

 

「君達が見た世界のライダーバトルってどんな感じだったの?」

 

当の真司はいつも通りといった感じで尋ねる。

 

「……俺達が旅した“龍騎の世界”では、裁判の判決はライダーバトルで決まる。

国民から選出された裁判員が、国から貸し出されたデッキで戦い、

勝ち残った一人が有罪無罪を決める。負けても死ぬことはない。

デッキを返却して帰宅するだけだ」

 

「そんなのメチャクチャじゃん!何のために法律があるんだよ!」

 

真司がもっともな疑問をぶつけるが、

 

「メチャクチャなのはそっちだろう!あんたは何のために殺し合いなんか始めたんだ!」

 

思わずユウスケが大声を上げる。

 

「このライダーバトルを止めるために決まってる!

でも、どうやっていいのかわかんないし、止めたら今度は、別の犠牲者が……」

 

「ここのライダーの敵は人間、ってことか。

ある意味、今までのどの世界よりも悲惨だな」

 

 

キャアアーーー!!

 

 

その時、突然外から悲鳴が聞こえてきた。

 

「一体何だ!」

 

長門を始め全員が外に出る。

すると、本館前広場に巨大な蜘蛛の化け物が、噴水の水面から

ようやくその巨体を引きずり出したところだった。

艦娘たちは突然現れた大蜘蛛にパニックを起こし、逃げ惑う。

 

「あれは……ミラーモンスターだ!あの蜘蛛野郎、いっぺん倒したのに!」

 

「ミラーモンスターって、さっきお前が言ってたあれか」

 

「ああ!現実世界では、契約されてない野良のミラーモンスターが暴れてて、

もう大勢の人が犠牲になった!

今までは美浦ちゃんが駆除してくれてたからここまでは来なかったんだけど、

やっぱり一人じゃ抑えきれなくなったみたい!」

 

「なるほど……あれがこの世界のモンスター、か。全員、下がってろ」

 

「よせ、一般人が何をする気だ!そもそもお前は何者だ!」

 

長門が士を止めようと肩に手をかける。

 

「俺か……俺は、通りすがりの仮面ライダーだ!」

 

そう答えるやいなや、士はディケイドライバーを取り出し、腰に装着。

自動的に射出されたベルトが頑丈に巻かれる。

そしてドライバー両サイドのハンドルを引き、バックルを縦に回転。

続いて多数のライダーカードを収めたライドブッカーから1枚ドロー。

ライダーの情報とバーコードが記録されたカードを掲げ、指先でターンする。そして、

 

 

──変身!

 

 

カードをバックルの挿入口に装填。両手でハンドルを戻すと

ディケイドライバーがカード情報を読み取り、その力を開放する。

 

[KAMENRIDE...DECADE!]

 

システム音声と共に、銀色に輝く9人のライダーの姿が士に重なる。

次の瞬間、士は、パッションピンクを基調とし、左肩から斜めに伸びる大きなクロス、

緑に輝く瞳、多数の直方体が並ぶヘルムが特徴の、仮面ライダーディケイドに変身した。

 

「あいつも、仮面ライダー……?」

 

驚きのあまり士の姿に見入ってしまう真司。ディケイドは構わず戦闘を開始する。

巨大な蜘蛛の下半身に人間型の上半身をもつミラーモンスター、

ディスパイダーリ・ボーン(再生体)に叫ぶ。

 

「おい、こっちだ!」

 

クケケケケ……

 

ディケイドに気づいたディスパイダーが、胸から太く長い針を機関銃のように連射する。

すかさずディケイドはカードをドロー。ディケイドライバーを開き装填。

両手をクロスするようにハンドルを戻した。

 

[ATTACKRIDE...BLAST!]

 

ガンモードに変形したライドブッカーの周りに立体ホログラフの分身が現れ、

無数の弾丸を乱れ撃つ。アタックライド・ブラストで

ディスパイダーの針が撃ち落とされる。

 

「面倒だ、一瞬でカタを付ける!」

 

再度カードをドローするディケイド。ライダーの姿が写されたカードを装填した。

 

[KAMENRIDE...KABUTO!]

 

ディケイドが見たこともない姿に変化する。

高級車を思わせる洗練されたフォルムのシンプルなアーマー。

仮面ライダーカブトの力を得たディケイドは、もう一枚カードをドロー、装填。

 

[ATTACKRIDE...CLOCK UP!]

 

カードの発動と、ディスパイダーの再攻撃。タイミングは同時。

しかし、クロックアップの能力で超高速行動が可能になったディケイドの体感時間は

非常に遅く、ディスパイダーの針は止まっているようにしか見えない。

針の間を駆け抜けながら、ジャンプして上半身の目の前に迫るディケイド。

今度はライドブッカーをソードモードに変形し、

針の発射口になっている胸部を何度も斬りつけ、厄介な飛び道具を潰す。

そこでクロックオーバー。時間の流れが元に戻る。

 

キャオオオオォ!!

 

突然深手を負ったディスパイダーにも、遠巻きに見ている真司達にも、

何が起こったのかわからない。

バックルからカブトのカードが飛び出し、ディケイドは通常体に戻る。

パニックを起こしたディスパイダーが粘着性の高い糸を撒き散らす。

 

「触ったら面倒くさそうだ。これで、終わりだ!」

 

十分に距離を取ったディケイドは最後のカードをドロー。ディケイドライバーに装填。

 

[FINAL ATTACKRIDE...DI-DI-DI-DICADE!]

 

ディケイドとディスパイダーの間に、幾重もの金色に輝くカード型ホログラフが現れる。

 

「はあっ!!」

 

ディケイドが跳躍すると、標的をロックオンしたホログラフも追随して位置を変える。

そして、ディケイドが飛び蹴りの姿勢を取ると、ホログラフをくぐり抜け、

エネルギーを浴びながら突撃。ファイナルアタックライド・ディメンションキックを

そのままディスパイダーに直撃させた。

高エネルギーのライダーキックを食らったディスパイダーは断末魔を上げて爆発。

爆音と硝煙を風が運び去ると、鎮守府に静寂が戻った。

 

 

 

場所を変えて真司の執務室。騒動が収まり、

落ち着いたところで話をしようと場所を変えたのだが、いきなり真司達が騒ぎだす。

 

「あれ!?ない!三日月ちゃんないよ!」

 

「あ、本当です!ここを出る時には確かにあったのに……」

 

「これでは提督がログアウトできないではないか!」

 

真司は部屋の隅でキョロキョロしたり、

何も見えるわけがないのにピョンピョン跳ねたりして、何かを探しているようだ。

三日月という少女と、戦艦を名乗る長門も不安げにその様子を見ている。

 

「落ち着きが無いのは向こうのシンジと一緒か……おい、何を探してる」

 

「01ゲート!現実世界に戻るために必要なんだけど、消えちゃったんだよ!」

 

「それって、やっぱり私達が来たことと関係あるんでしょうか……」

 

「間違いない。夏ミカンはトラブルの種だからな」

 

「それは士くんでしょうが!」ブスッ!

 

夏美は士の首のツボを押した。途端に無理矢理笑い出す士。

 

「アハハハハ!やめろ、笑いのツボは!ハハハ、話がややこしくなるだろうが!」

 

「ねえ城戸、ログアウトってやつができないとどうなるの?」

 

夫婦漫才を無視してユウスケが尋ねる。

 

「現実世界に帰れない!俺が暮らしてる2002年に!」

 

その言葉に士達がハッとなる。

 

「ハハハ!ハァ……治まった。おい、今2002年って言ったな。

俺達が来たのは2009年だぞ」

 

「2009年?じゃあ、お前ら、次元だけじゃなくて、時間まで超えてきたってのかよ」

 

「そういうことになるな」

 

士はライドブッカーから4枚のライダーカードを取り出す。

“龍騎の世界”で力を取り戻した龍騎のカード。

しかし、このカードに記録されているのは全く別の人物だ。

 

「……それ、俺のカード?っていうか、さっきお前、蜘蛛と戦った時、

もう一回変身してたよな。あれ、お前の“SURVIVE”なの?」

 

「俺は旅した世界のライダーに変身できる。

カードとしての“SURVIVE”はないが、携帯端末の……」

 

ジリリリ……

 

デスクの電話が鳴る。三日月が受話器を取った。

 

「はい、こちら執務室です……え!?すみません、もう一度。状況がよく……。

はい。はい、わかりました!すぐ司令官に来ていただきますので、

それまで十分な警戒を!はい、よろしくお願いします!」

 

切迫した様子で受話器を下ろす三日月。ただならぬ様子に真司が連絡の内容を尋ねる。

 

「どうしたの、三日月ちゃん?」

 

「真司さん、今すぐ外へ!大変なことになってるんです!」

 

「落ち着いて。何があったの?」

 

「鎮守府の主要道路が奇妙なオーラに遮断されて、通行不能になっています!

転送クルーザーが止めてある桟橋にも入れません!

他鎮守府と通信もできないそうです!」

 

「奇妙なオーラって……。いや、わかった、すぐ行く」

 

真司は皆を置いて外へ飛び出していった。後に続く長門と三日月。

残された士達をユウスケが急かす。

 

「何やってんだよ!俺達も行かなきゃ!」

 

「嫌な予感がする。いつものな……行くぞ!」

 

「ああ、待てよ!」

 

執務室を出た士を追いかけてユウスケと夏美も外へ出た。

 

 

 

本館の外に出ると、皆、驚くべきものを見た。

銀色のオーロラが、艦娘宿舎へ続く北、転送クルーザーを停泊している南、

光寫眞館への戻り道の西を塞いでいたのだ。

とりあえず真司達は蓮や手塚に応援を要請すべく、桟橋に向かってみた。

おそるおそるオーロラに触れるが、やはり不可解な力に押し戻される。

 

「くそっ、何がどうなってんだよ!」

 

「真司さん。私達、閉じ込められちゃったんでしょうか……」

 

「なるほど、大体わかった。こんなことが出来るのは、あいつしかいない」

 

後から追ってきた士が真司達に言った。

 

「あいつって誰だよ」

 

「ひっきりなしに旅の邪魔をしてくるおっさんがいる。ちょうどこんな光の壁で……」

 

 

「見つけたぞディケイド!お前の旅はここで終わる!」

 

 

その時、耳慣れない叫びが響いた。いつからそこにいたのか。

工廠の角にコートを着た中年の男が立っていた。

どこか切羽詰まった様子で士を指差している。

 

「あいつだ……。城戸、変身した方がいい。じきに敵が来る」

 

「敵って?」

 

「話は後だ、急げ!」

 

「わかった!」

 

真司は海の水面にデッキをかざす。水面と真司の腰に変身ベルトが現れる。

そして真司は、右腕を斜めに大きく振り上げ、叫ぶ。

 

「変身!」

 

カードデッキを大型のバックルに装填。

真司の身体にライダーの鏡像が反射しながら重なり、

“もう一人の”仮面ライダー龍騎に変身した。

士はその姿を見て思う。やっぱり、姿形は同じか……

 

「俺も行くか」

 

士もディケイドライバーを取り出し、自動装着式ベルトでしっかりと腰に固定。

ドライバー両サイドのハンドルを引き、バックルを縦に回転し、

カード挿入口を露出させる。そしてライドブッカーから1枚ドロー。

カードを引き抜く瞬間、エンジンの駆動音のような音がした。

ディケイドのライダーカードを掲げ、指先でターン。そして、

 

「変身!」

 

カードをバックルに装填。ドライバーの前で両手をクロスするようにハンドルを戻し、

ディケイドライバーを作動。カード情報を読み取らせた。

 

[KAMENRIDE...DECADE!]

 

士に9人のライダーの姿が重なり、彼は仮面ライダーディケイドに変身した。

 

「とうとう姿を現したなディケイド!だが、こちらには最強の切り札がある!」

 

余裕があるのかないのか、謎の男は叫び続ける。

 

「その切り札とやらはいつも逃げるかやられるかしてるようだが?」

 

「減らず口を叩いていられるのも今のうちだ!

さぁ、来るがいい……リュウガアァァ!!」

 

男は新たなオーロラを発生させた。奥から何者かが歩いてくる。

そして銀の幕を通り抜けた人物の姿に皆、目を疑うことになる。

 

 

 

 

 

Login No.011 リュウガ

 

 

 

オーロラから現れたのは、なんと城戸真司と全く同じ姿をした男だった。

彼は何も言わず龍騎に歩み寄る。提督が二人?皆、驚きのあまり言葉が出ない。

 

「お、お前、誰だよ!」

 

ようやく謎の自分に問いかける龍騎。

もう一人の真司は、冷たい笑みを浮かべると、言葉を紡いだ。

 

「俺はミラーワールドからのライダー、リュウガ……」

 

「ミラーワールドの、ライダー……?」

 

「俺はもう一人のお前さ。俺を受け入れろ。

俺達が一つになれば、最強のライダーになる。

そうすれば、神崎優衣を救うことができる!

……さぁ、心を解き放て。俺と一つになり、力を手に入れろ」

 

「ふざけんな!確かに優衣ちゃんは助けたいよ。

でも、俺が望みを叶えたら他の大勢を見殺しにすることになるんだぞ!

……俺はお前なんか要らない!絶対優衣ちゃんもライダーも、

みんなが助かる方法を探してみせる!」

 

「……フン」

 

リュウガは軽く鼻で笑うと、目を閉じ集中し、ただ前方にカードデッキをかざす。

そこに鏡などないはずなのに腰に変身ベルトが現れる。

そして龍のエンブレムもケースも真っ黒なデッキを装填。

 

「変身……」

 

すると3つのライダーの影が重なり、リュウガが仮面ライダーリュウガに変身を遂げた。

その姿は暗黒の龍騎と形容していい。アーマーも、ヘルムも、形は龍騎と同じ。

ただ、全身が漆黒に染まり、赤い複眼が浮かび上がり、不気味さを際立たせている。

静かで、張り詰めた空気が場を包む。

士はそのライダーを見据えたまま夏美とユウスケに呼びかけた。

 

「おい、夏ミカンとユウスケは周りの連中を避難させろ。ここは戦場になる」

 

「わかりました!」

 

「終わったら俺も来るから、待ってろ!」

 

リュウガはカードを1枚ドロー。ブラックドラグバイザーに装填した。

 

【SWORD VENT】

 

リュウガの手にドラグセイバーが現れる。

これも形は龍騎のものと同じだが、刀身が黒で染め上げられている。

そして無言で龍騎に近づき、一太刀浴びせる。

凄まじい力と切れ味が生み出す衝撃に吹っ飛ばされる龍騎。

 

「がああっ!……くっそお!」

 

龍騎も起き上がりながらカードをドロー。ドラグバイザーに装填。

 

『SWORD VENT』

 

ドラグセイバーを手にした真司はリュウガに斬りかかる。

だが、リュウガは巧みな身のこなしで斬撃を回避し、切り払う。

攻撃を避けられた時に、一瞬隙を見せた龍騎は、左回し蹴り、右フック、胴への膝蹴りと

次々に連撃を浴びる。猛烈な攻めに耐えかねて龍騎はカードをドロー、装填。

 

『GUARD VENT』

 

呼び出したドラグシールドで剣撃や体術を受け止めるが、

盾の向こうからもリュウガの攻撃がぶつけてくる衝撃が伝わってくる。

 

「待ってろ城戸!」

 

ディケイドもライドブッカーからカードをドロー。ディケイドライバーに装填。

 

[ATTACKRIDE...SLASH!]

 

ライドブッカーをソードモードに変形させ、ディケイドもリュウガに斬りかかる。

 

「はぁっ!」

 

だが、振り下ろした一閃をリュウガはブラックドラグバイザーで受け止めた。

今度は標的をディケイドに変更、黒い刃でなぎ払い、突き、袈裟懸け、

様々な剣技に加え、僅かな隙も見せずに体術を織り交ぜてディケイドに反撃を許さない。

ソードモードでなんとか受け止めてはいるが、カードをドローする暇もない。

 

「何なんだこいつのパワーは……あいつの手下とは思えん!」

 

 

 

工廠のそばで鳴滝も固唾を呑んで戦いを見守っていた。

 

「いいぞ……いいぞリュウガ!そのまま世界を滅ぼす悪魔を倒せ!」

 

 

 

龍騎もじっとしてはいなかった。リュウガから受けたダメージから立ち直った龍騎は、

ディケイドと鍔迫り合いを繰り広げるリュウガに後ろから接近、羽交い締めにした。

 

「士!今だ、やれ!」

 

「悪りぃ、遠慮なく行かせてもらうぜ!」

 

ディケイドはライドブッカーからカードをドロー、ディケイドライバーに装填。

 

[FINAL ATTACKRIDE...DI-DI-DI-DICADE!]

 

シャリン、と刃を構えると、ディケイドとリュウガの間に

何枚ものライダーカードのホログラフが現れる。

そしてディケイドはホログラフの中を疾走しながら、全身にエネルギーを浴びる。

最後のホログラフを通過すると、刀身が赤く輝き巨大化した。

その瞬間、龍騎はリュウガを突き飛ばし、同時にディケイドが

巨大なソードでリュウガに二太刀浴びせた。

 

「うごおおっ!!」

 

ファイナルアタックライド・ディメンションスラッシュの直撃を食らったリュウガは、

たまらず膝を付く。視線の先では龍騎が親指を立てていた。

なんとか行けそうだな、と思ったディケイドだが、この後事態が急速に悪化する。

 

 

 

「なぜだ!なぜこの世界の龍騎は奴に味方する……!?仕方がない、出て来い!」

 

鳴滝が新たな銀のオーロラを発生させると、奥からコツコツと足音が響いてくる。

そして。

 

【9・1・3・ENTER STANDING BY…】

 

──変身

 

【COMPLETE】

 

中から現れたのは、全体に黄色いストライプをあしらったアーマー、

そして顔全体を覆うほど広い紫の複眼が特徴のライダーだった。

彼はディケイド達の様子を眺める。

 

「2対1、か……良くないなぁ?こういうの」

 

そのライダーは親指で首を捻って、Xの文字をモチーフにした銃器を取り出した。

そして、狙いを定めて引き金を引く。

 

 

 

ダァン!ダァン!ダァン!

 

「うわああっ!!」

 

予期しない方向から突然銃撃を受けた龍騎は、その場に倒れる。

咳き込みながら立ち上がろうとすると、謎のライダーらしき人物が歩み寄ってきた。

 

「ふっふっ……カッコ悪いなぁ」

 

「お前、誰だよ……」

 

そのライダーは質問に答えず、龍騎の頭を掴んで強引に顔を近づけた。

 

「君の力はこの程度、ということでいいのかな」

 

それを見たディケイドも助けに入ろうとするが、

幾分ダメージが回復したリュウガが立ちはだかる。

 

「お前を殺し、もう一人の俺を手に入れる」

 

数では互角だが、戦力では圧倒的な差を付けられた龍騎とディケイド。

今、もう一つのライダーバトルが幕を開けた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話 Another, Another, Buddy

龍騎は頭を掴まれたまま、ドラグセイバーを手繰り寄せ、思い切り振り払う。

 

「うわああ!!」

 

「はっ!」

 

謎のライダーは後ろにジャンプし、狙いが付けられていない一閃を軽く避けた。

龍騎は立ち上がりドラグシールドを左肩に移動した。

両手で剣を構えながら叫ぶように問いかける。

 

「お前、誰なんだよ!何のためにこんな戦いしてるんだよ!?」

 

「邪魔なんだよ、俺の思い通りにならないものは全て……!」

 

その時、後ろから笑い声が聞こえてきた。あのコートを着た男だ。

 

「彼の名は仮面ライダーカイザ!妄執に取り憑かれ、

戦うことでしか自己を保てなくなった哀れな存在!

だが、それ故に青臭いお前を遥かに上回る力を持っている!」

 

「あんたも誰なんだ一体!なんでみんなを巻き込んで……“ダァン!”ぐわっ!」

 

コートの男に気を取られている隙に、また銃撃を受けた。

 

「よそ見をしないでくれるかな。肝心な時に」

 

「汚ったねえな!カイザって言ったな!

デッキも持ってないお前が、なんでライダーバトルなんかするんだよ!

お前たちまでこんな戦いに関わる意味なんかないんだって!

お前にも待ってる家族がいるんだろ!」

 

「……俺達に帰る場所なんかないんだよ!」

 

カイザはベルトの背中に装着された、双眼鏡型のアタッチメント・カイザポインターを

外し、バックルに装着したカイザフォンからミッションメモリーを抜き取り、装填。

 

【READY】

 

そして、右足首に装着。そのまま龍騎に狙いを付けて足を蹴り上げた。

バックルに装着したカイザフォンをスライドしてキーを展開、ENTERを入力。

 

【EXCEED CHARGE】

 

カイザの身体のラインからカイザポインターにエネルギーが供給され、

黄色いレーザーが龍騎に向けて発射された。

命中と同時に、巨大な黄色い三角柱のエネルギーが龍騎に直撃。

 

「がはっ!くそぉっ!!」

 

凄まじい速さで回転する三角柱を抱え込みながら、

龍騎もカードをドロー、ドラグバイザーに装填。

 

『FINAL VENT』

 

異次元からドラグレッダーが現れ、龍騎の周りをうねるように飛ぶ。

そして、龍騎が軽くその場でジャンプすると、同時に後方から凄まじい炎を吹き付ける。

龍騎は足で三角柱を押し返しながらカイザに向けて

ファイナルベント・ドラゴンライダーキックを叩き込む。

 

一方カイザも、三角柱に向かってジャンプし、

両足で三角柱ごと龍騎に必殺技の飛び蹴り・ゴルドスマッシュを浴びせた。

 

炎と高密度のエネルギーが暴発し、その場で爆発が起こる。

煙にゴルドスマッシュの余剰エネルギーでXの文字が浮かんだ。結果は、両者互角。

それなりのダメージは受けたが、互いの力がダメージを相殺し、

致命傷に至ることはなかった。

 

「ごほっ!……君、結構やるけど、そろそろ目障りだよ。早く死んでくれないかなぁ?」

 

「ああっ、痛つつ……!勝手なことばっかり言いやがって!お前こそ黙らせてやる!」

 

カイザはXの文字を象った銃器・カイザブレイガンにミッションメモリーを装填。

 

【READY】

 

すると銃の下部から、カイザのアーマーを流れるエネルギーで形成された

ブレードが現れる。

 

「やらせるかよ!」

 

龍騎もカードをドロー、装填。

 

『STRIKE VENT』

 

右腕にドラグレッダーの頭部を模した装備が現れる。

龍騎がカイザを狙い、ドラグクローを放とうとした瞬間、

 

「遅いなぁ」

 

カイザが銃・剣一体となったカイザブレイガンで龍騎を銃撃。

命中したエネルギーは、ネット状に龍騎の全身を縛り上げる。

 

「うわわっ!なんだこれ!う、ご、けねえ……!」

 

「ふっふっふ……」

 

カイザは再びバックルのカイザフォンを展開。ENTERを入力。

 

【EXCEED CHARGE】

 

カイザ前方にX型のエネルギーが現れる。

右腕に握ったブレードを思い切り後ろに振りかぶり、全身で突進の構えを取る。

もう一つの必殺技、カイザスラッシュが龍騎に放たれようとしている。

 

 

 

一方、ディケイドは完全に体力を取り戻したリュウガの激しい攻撃に防戦一方だったが、

噴水のそばで動けなくなっている龍騎と、明らかに攻撃態勢に入っているカイザが

視界に入り込んできた。

 

「城戸!逃げろ!」

 

“無理だ!ほどけねえよ!”

 

くそっ、今も奴の攻撃の連打をソードモードのライドブッカーで受け止めるのが精一杯!

だが、これ以上は間に合わない。

ディケイドは右腕に力を込め、防御を捨てて、リュウガに右ストレートを食らわせた。

たった一発のために3度も斬撃を浴びたが、一瞬奴がふらつき、

カードをドローする隙が生まれた。

ディケイドはドローしたカードをディケイドライバーに装填。ハンドルを閉じた。

 

[ATTACKRIDE... ILLUSION!]

 

カードが発動すると、ディケイドの周囲に5体の分身が現れ、攻撃を開始した。

さすがにリュウガも戸惑う。

 

「こいつらと遊んでろ!……城戸ォ!!」

 

ディケイドは龍騎に向かって全力で駆けた。

 

 

 

ブレードモードのカイザブレイガンを装備したカイザが、

前方のエネルギー体と共に、まさに一瞬の速さで駆け抜け、

アーマーを流れるエネルギー・フォトンブラッドが実体化した剣で目標を切り裂いた。

確かな手応えを感じ、勝利を確信したカイザ。

しかし、彼が見たものは致命傷に近い傷を負ったディケイドだった。

 

ディケイドはカイザスラッシュが放たれた瞬間、龍騎とカイザの間に飛び込んだのだ。

立ち上がることもできないディケイドに龍騎が駆け寄る。

 

「おい、士?しっかりしろ、士!士あぁ!!」

 

ディケイドの上半身を抱えると、ディケイドの変身が解除され、士が姿を現した。

体中傷だらけで、口元に血が流れていた。ゆっくりと士が目を開く。

 

「ああ、城戸か……相変わらず抜けてるやつだ」

 

「馬鹿野郎、なんでこんなことしたんだよ……!!」

 

「……すまん、忘れた」

 

そして、士は気を失った。

 

「ちくしょう、なんでデッキもない奴がこんな戦いしなきゃいけないんだよ……!」

 

真司の頬に涙が伝う。

その時、本館からユウスケが出てきて、この惨状を目の当たりにした。

 

「おーい!小さい子達の避難終わったぞ!俺も戦う……って士!?

どうしたんだよ!酷い怪我じゃん!」

 

「俺をかばった。俺のせいで……」

 

「そんな……」

 

彼らに歩み寄る足音。

 

「あーあ。せっかくとどめを刺したと思ったのに。

赤の他人を庇って死ぬなんて、バカバカしいなぁ」

 

カイザが重症の士を見下ろして鼻で笑う。

龍騎は激怒するでもなく、立ち上がりながらユウスケに告げる。

 

「士を頼む。士に手当して、動けないこいつを守って欲しい。

それと、できるだけここから離れて」

 

「お前一人でどうする気だよ!?」

 

「いいから!!頼む……」

 

「わかった。……死ぬなよ」

 

ユウスケは士を抱きかかえて医務室のある本館に戻っていった。

工廠のそばで戦いを見ていた鳴滝は、ディケイドを瀕死に追い込み歓喜の声を上げる。

 

「ディケイド、聞こえるぞお前の悲鳴が……ハハハハ!!」

 

ディケイドの分身体を全員始末したリュウガもゆっくりと距離を詰めてくる。

強大な敵、しかも2対1に追い込まれた龍騎だが、それでも彼は引かない。

 

「……カイザ。俺は人間もライダーも艦娘も、みんなを守るために戦ってきたけど、

お前のことだけは許せないと思う」

 

「だったらどうしたいのかなぁ?」

 

龍騎は黙って1枚のカードをドローした。

背景の炎が実体を持って燃え盛るそのカードを引いた瞬間、周囲が炎に包まれる。

その激しい炎にたまらずリュウガもカイザも後退する。

 

「……!?」

 

「な、なんだこれは!」

 

龍騎は指先でカードを回転させる。

現れたのは、最後の切り札、“SURVIVE”だった。

 

“SURVIVE”をドローすると、ドラグバイザーが燃え上がり、

銃型バイザーのドラグバイザーツバイに変形。

ドラグレッダーの頭部を模したバイザーの口を開き、

内部のカードスロットに“SURVIVE”を装填。

勢いをつけ口を閉じると、龍騎の体が業火に包まれた。

 

『SURVIVE』

 

そして、業火の中から現れたのは、龍の顔面を象ったアーマー、

両肩から突き出る牙を思わせるプロテクター、

黄金の装飾が施されたヘルムでパワーアップした龍騎サバイブだった。

 

同時にドラグレッダーも、鋼鉄の装甲をまとった、

烈火龍ドラグランザーにパワーアップ。

その姿に思わずカイザもリュウガも動きが止まる。

 

 

 

それは鳴滝も同じだった。

 

「い、いかん!あと少しだというのに!……来い!

龍騎を倒してオーディンを手に入れろ!」

 

再び銀のオーロラを出してライダーを召喚する。

オーロラの向こうから謎の人影が歩いてくる。顔はわからない。

長身痩躯の男性らしき人物がベルトを巻く姿が見えるだけだ。

 

【レ・デ・ィ】

 

──変身!

 

【フィ・ス・ト・オ・ン】

 

ぎこちない電子音声が響くと、新たなライダーが現れた。

全体に白を基調とし、マシンと騎士の鎧を融合させたデザインのアーマーに、

十字架のような黄金のガードが施されたヘルム。

 

ベルトのバックルにはナックルのような武装が装着され、

腰の両側には何かの認証装置らしきスティックを収めたケースがある。

 

彼が艦これ世界に降り立つと、ヘルムの十字架が四方に展開、赤い両目が現れ、

アーマーに内包されたエネルギーで周囲に暴風が吹き荒れた。

龍騎を除く全員が手で顔をかばう。

その白のライダーは、龍騎サバイブに歩み寄ると、静かな声で諭すように告げた。

 

「破壊者を庇う愚か者。その命、神に返しなさい……」

 

龍騎は何も答えず黙ってドラグバイザーツバイを構える。

その時、空から青年の声が降ってきた。

 

 

「それって要するに死ねってことでしょ?似非教誨師さん!」

 

 

皆、思わず空を見上げる。倉庫の屋上からジャンプし、宙返りしながら着地。

ショートヘアを左右に分けた青年が驚異的な運動神経で戦場に降り立った。

 

その右手には一挺の銃。

銃身は黄色と青のラインが施され、カードの挿入口が付いたやや無骨な長方形。

そして銃口が二門の個性的な銃を手にした青年が龍騎に軽い足取りで近づいてきた。

 

「あ、あんた誰……?」

 

「仮面ライダー龍騎。君のことは知ってるよ。もっとも、別の世界の君だけどね。

……ところで、この世界にはライダーが多すぎる。お宝探しの邪魔なんだよね。

少し、減らしたほうがいいと思わない?」

 

「味方、なのか?っていうか、ライダーなの、君?」

 

「そーいうこと」

 

すると、青年は、ライダーカードを取り出し、銃身側面のカードスロットに

カードを装填。前にスライド。スロットにライダーの紋章が浮かび上がった。

 

[KAMENRIDE...]

 

──変身!

 

そして、銃口を上に向けトリガーを引く。

 

[DIEND!]

 

上空を撃つと、空に多数の直方体、そして彼の周りに、

赤、緑、青のライダーの姿が高速で行き交い、やがてそれらが一体化。

青年は、仮面ライダーディエンドに変身した。

ブルーを基調としたスーツに、多数の立方体で構成されたアーマー、ヘルム。

両肩から縦に走る2本のラインが特徴。

 

 

「ディエンドオォォーー!!」

 

 

鳴滝が叫ぶような悲鳴を上げる。

 

「なぜだ!なぜお前がここにいる!?」

 

「やっ、鳴滝さんじゃありませんか」

 

目を血走らせて叫ぶ鳴海に対し、ディエンドは道端で会った知り合いのように挨拶する。

 

「ああ、僕がいる理由?

やだなぁ、お宝の匂いを嗅ぎつけたからに決まってるじゃないですか。

そろそろ始めよう龍騎、見ていたまえ、これが僕の戦い方だ」

 

「あ、ああ……」

 

「じゃあ、行くよ……!!」

 

と、言うと同時、ディエンドは

クロックアップしたかと見紛うほどの猛スピードで駆け出した。

カイザに走り寄り、右フック、左回し蹴り、右ストレートと叩き込み、

 

「げほっ!」

 

次の瞬間にはリュウガの元に移動し、

至近距離で二連式銃を連発してエネルギー弾を放ち、

 

「がはあっ!!」

 

銃声も鳴り終わらないうちに白騎士ライダーの眼前へ。

 

「やあ、君も鳴滝さんの飼い犬かい?」

 

「そういう呼び方は好きじゃない。正義の味方と呼びなさい」

 

「その“正義”とやらで幸せにした人より、不幸にした人の方が、多いんじゃない?」

 

「黙りなさい!俺は常に正しい!俺が間違うことはない!」

 

 

「ディエンド、お前まで邪魔を続けるというのか……

構わない、イクサ、リュウガ、カイザ!2人を倒し、ディケイドを抹殺しろ!」

 

 

イクサと呼ばれたライダーが前に出た。

 

「わかりきった事。君を倒し、そのボタンを貰い受ける。他の二人は下がっていなさい」

 

そして、腰のケースに刺されたナックルフエッスルを抜き取り、

バックルのフエッスルリーダーに挿入。

イクサナックルを押し込み、フェッスルの情報を読み込んだ。

 

【イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ】

 

そして右手でイクサナックルを取り外すと、ナックルの先にエネルギーが集中。

イクサはディエンドに向けて拳を突き出すと、収束したエネルギーが発射され、

凄まじい破壊力がディエンドを襲う。しかし、

 

『GUARD VENT』

 

ガオオオオオ!!

 

龍騎がカードをドロー、ドラグバイザーツバイに装填。

直後、“SURVIVE”の力で装甲を強化されたドラグランザーがディエンドの前まで飛翔し

体を巻き、イクサナックルを受け止めた。

衝撃で土煙が舞い上がるが、ドラグランザーは無傷だった。

 

「サンキュー、龍騎」

 

「君達……!無駄な抵抗はやめなさい!私に倒されるべきだ!」

 

軽く片手を上げるディエンドと、攻撃を邪魔され怒るイクサ。

しかし龍騎サバイブはイクサを無視し、カイザに向き合う。

 

「そいつは遠慮なく倒すと良い。鳴滝がオリジナルから生み出したクローンだ。

中に人はいない」

 

「ああ!……お前たちに士は渡さない!絶対に!」

 

龍騎はドグバイザーツバイを構えると、銃口をカイザに向け、レーザーを連射した。

貫通力の高いレーザーで全身を叩かれ、カイザのアーマーに火花が飛ぶ。

 

「う、ぐあああ!!」

 

衝撃で後ろに倒れるカイザ。

 

「くっ、君……あまり図に乗らない方がいいんじゃないかな」

 

そんなカイザの後ろから、どこからともなく

側車の付いた大型バイク・サイドバッシャーが現れた。

 

「ふっ……」

 

カイザがサイドバッシャーに飛び乗る。すると、

 

【BATTLE MODE】

 

システム音声と共に、左アームに6門の砲、右アームに4本のクローを持つ

二足歩行戦車に変形。カイザが操縦席で司令を出すと、

左アームから6発のミサイルが発射され、ミサイルは更に小型ミサイルに分裂。

多数の飛翔弾の群れが龍騎サバイブに襲いかかる。

 

龍騎はドラグバイザーツバイで迎撃するが、この数はさばき切れない。

イクサと交戦しつつそれを見ていたディエンドが、ライダーカードを1枚ドロー。

ディエンドライバーに装填、イクサのキックから身をかわしながら、

銃身を前にスライド。

 

「あんまりスマートな使い方じゃないんだけどね。ごめんよ、兵隊さん!」

 

[KAMENRIDE...RIOTROOPERS!]

 

トリガーを引くと、赤、緑、青のホログラフがいくつも行き来し、一つに重なる。

オレンジに近いブラウンの簡素なアーマーと鏡のように丸い顔、

最低限の銃器だけを持った量産型ライダー3体が、龍騎サバイブの前に召喚された。

 

彼らは銃を撃ちながらミサイルの群れに突撃、幾つかのミサイルを撃ち落とし、

龍騎の身代わりになってミサイルを食らった。

ライオトルーパーはホログラフの塵になって消滅。

 

「サンキュー、ディエンド!……危ない!」

 

イクサに気を取られていたディエンドの背後からリュウガが迫り、

ドラグセイバーで斬りつけた。

 

「がはっ!!……こ、これは、一本取られたね」

 

「ディエンド!今行く「どこを見ているのかなぁ」」

 

ガシィン!!

 

「がああああっ!!」

 

ディエンドに目を向けた瞬間、サイドバッシャーの巨大な足で蹴り飛ばされ、

地に転がったところを、更に踏みつけにされた。

 

「うぐああっ!」

 

「ほら、反撃してみろよ……どうしたァ!!」

 

その巨大な重量で龍騎を踏みにじるカイザ。

龍騎は、何とか体を斜めにしてカードデッキを守りつつ、カードをドロー、

肺の中の息を押し出されながらも、何とかドラグバイザーツバイに装填した。

 

『FINAL VENT』

 

カードの力が開放されると、大空を駆けるドラグランザーがカイザに体当りし、

サイドバッシャーを横転させた。そして、ドラグランザーの体から鏡の破片が弾け飛び、

空中で胴体や尾からタイヤを排出し、顔面にバイザーを展開。バイクモードに移行。

 

「はあっ!」

 

そして龍騎も両足に力を込めて跳躍し、

完全に大型バイクと化したドラグランザーに乗り、そのまま着地。

横転したサイドバッシャーと脱出したばかりのカイザに向かって最速ギアで加速、

腹に響くようなエンジン音を轟かせて敵に向かって猛スピードで突進した。

 

そしてウィリー走行しつつドラグランザーに何発も巨大な火球を吐き出させ、

そのままサイドバッシャーに体当たりした。

龍騎サバイブのファイナルベント・ドラゴンファイヤーストームで、

脅威となっていた二足歩行戦車は四散大破し、

直撃を免れたカイザも、爆風に吹き飛ばされた。

 

「うごあぁっ!はぁっ、くそっ……」

 

カイザがふらついて動けないのを確認すると、龍騎はディエンドの援護に回った。

彼は2対1で戦っている!すかさず狙いを付け、リュウガとイクサを狙撃。

ディエンドに攻撃のチャンスが生まれた。

 

「これで貸し借りなしだね。俺もそろそろ終わりにしようかな」

 

ディエンドはカードをドロー、ディエンドライバーに装填し、銃身をスライドした。

 

[FINAL ATTACKRIDE...DI-DI-DI-DIEND!]

 

狙いを定めたイクサの間にいくつもライダーカードのホログラフで出来た円が現れる。

収束するエネルギーが暴風を巻き起こす。

 

「何!?」

 

危機を察知したイクサも反撃に出る。

イクサの銃器・イクサカリバーのグリップ部分の長いマガジンを押し込むことで、

反対側に赤い刀身が現れ、カリバーモードに変形、

腰のケースからカリバーフエッスルを抜き取り、バックルに挿入。

 

【イ・ク・サ・カ・リ・バ・ー・ラ・イ・ズ・アッ・プ】

 

そしてディエンドがトリガーを引くと、ライダーカードが一気に収束し、

巨大なレーザー光線が放たれた。

 

「はああっ!!」

 

同時にイクサの背後に太陽が輝き、光る刀身を振り下ろし、

必殺技、イクサ・ジャッジメントを発動した。激突する2つのエネルギー。

強制的に圧縮された力が爆発し、全員を吹き飛ばす。

 

「くっ……!」「うわああ!!」「うぐっ!」「あああっ!!」「うわーっ!」

 

龍騎はぼやける視界の中でディエンドを探した。

彼は手探りでディエンドライバーを探し、おぼつかない足取りで

立ち上がるところだった。自分も立たなければ。

全身が痛むが必死に堪えて、両手を付いて立とうとする。

すると、背後から誰かに蹴り飛ばされ、再び前に転んだ。カイザだった。

 

「いでっ!こんにゃろ……!」

 

「君達ィ……痛かったなぁ?

ここまで人をコケにして、生きて帰れるとは思ってないよねぇ」

 

「龍騎伏せろ!」

 

ダダダダァ!!

 

ディエンドライバーを連射し、カイザを遠ざけるディエンド。

得られた僅かな時間で立ち上がり、彼のそばに寄る。しかし、3人の強敵は今だ健在。

リュウガ、カイザ、イクサがそれぞれの武器を構えながら、

一歩一歩確実に近づいてくる。切り札は尽きた。どうするべきか。

二人は追い詰められていた。

 

 

 

 

 

──医務室

 

 

本館の医務室で眠る士は、まだ意識が戻らなかった。

夏美は、包帯だらけの体になった士の手に指先で触れる。

外からは激しく争う音が鳴り止むことがない。

 

「どうして、こんなことになっちゃったんでしょう……」

 

悲痛な面持ちでつぶやく夏美。そんな彼女を見て三日月が声をかける。

 

「信じましょう。

真司さんだって、こんな風に何日も意識を失う怪我を負ったことがあります。

でも、ああして無事に帰ってきてくれました。士さんもきっと目を覚ましてくれます」

 

夏美は黙って頷く。そして、ベッドのそばに置いていた“それ”を手に取る。

 

「預かってたこれ、最初から渡してれば……」

 

「それは、なんですか?」

 

「士の、大事な物……」

 

夏美は士の手にそっと彼の宝物を置く。

その時、ヴォン、と起動音が鳴り、それの電源が入った。

 

「これって、もしかして……」

 

不思議な現象に夏美も三日月も驚くばかりだった。

 

 

 

 

 

──本館前広場

 

 

その頃、龍騎とディエンドは庭石を遮蔽物にしながら

敵ライダー達と激しい銃撃戦を繰り広げていた。

ドラグバイザーツバイ、ディエンドライバーの連射。

向こうはカイザブレイガン、イクサカリバーガンモード。

無数の光線が飛び交う中、リュウガは何もせずにただそこにいるだけだが、

龍騎は何らかの悪意を感じ取っていた。

 

「ああ、くそっ!このままじゃ……“チュイン!”痛てっ!数に押されちゃうよ!」

 

「頭を下げたまえ!これで、行けるかな!?」

 

ディエンドはカードをドロー。ディエンドライバーに装填し、スライドした。

 

[ATTACKRIDE...BLAST!]

 

引き金を引くと、散弾銃のように放射された無数のエネルギー弾が、

誘導性能を持って3体に命中。

だが、火花を散らして後ろに倒れるが、大きなダメージには至らず、

すぐに立ち上がって銃撃を続けながらこちらに向かってくる。

 

いくら“SURVIVE”状態でも見たこともない強敵相手に3対2では

勝てる見込みは少ない。焦った龍騎は撃ち返しながらディエンドに話しかける。

 

「ねえ!もう他のライダーは呼べないの!?」

 

「……これでダメなら諦めてよね!」

 

再びディエンドがカードをドロー、銃身に装填し、スライド。

 

[KAMENRIDE...GAOH!]

 

ディエンドライバーで前方を撃つと、三色の立体ホログラフが高速で行き交い、

やがて一つの象を結び、実体化した。

アーマー、ヘルム、両肩のショルダーガード全てが、

鋭い牙を持つ何かの口をモチーフにしている、凶暴さを体全体で表現するライダー。

鈍く金に光る存在。その名も仮面ライダー牙王。彼が姿を現した。

 

「……最後の晩餐だ」

 

飛び交う銃弾も意に介さず、彼は3人のライダーに向かって歩き出す。

 

「あいつは……?」

 

「仮面ライダー牙王。頼れるオジサンだよ、時々手に負えないけどね。

逆に言えば、彼が負けたら僕達も終わりってことだけど」

 

龍騎達が話す間にも牙王はイクサに歩み寄り、ノーモーションでいきなり殴り飛ばした。

後ろに吹っ飛ばされるイクサ。

 

「うっ!ぐあ!」

 

「お前らはここで途中下車だ」

 

「誰だか知らないけど消えてくれないかなぁ!?」

 

カイザがカイザブレイガン・ブレードモードで斬りかかるが、

 

カァン!

 

牙王は左腕のガントレットでブレイガンの刃を受け止めた。

 

「お前……喰われなきゃわからないらしいな」

 

刃を掴んだ牙王は、思い切りカイザを二発殴り、

頭を掴んでそのまま顔面に全力の膝蹴りを食らわせた。

頭が揺れ、その場に倒れ込むカイザ。

 

「がぁっ!……」

 

その圧倒的な力に龍騎も息を呑む。

 

「すげえ……あいつらが手も足も出ない……」

 

「僕のお宝でも自慢の一品だからね、このカードは」

 

牙王は、今度は彼の剣・ガオウガッシャーを抜き、リュウガにその手を伸ばす。

刀身を支える柄に当たる部分は大型の装置になっており、

刃はアーマーと同色のノコギリのようなキザギザ状になっている。

 

その大型の剣を構え、リュウガと相対する牙王。リュウガもドラグブレードを構える。

次の瞬間、二人の激突が始まった。

牙王が斬りかかると、リュウガも下からドラグブレードを振り上げ、

相手の武器を弾き飛ばそうとする。だが、力は互角。

牙王はリュウガの刃をノコギリ状の刃で引っ掛け、動きを止める。

しかし、動けないのは牙王も同じ。動きが見えない鍔迫り合いに痺れを切らした牙王は、

舌打ちすると一歩身を引き、ガオウガッシャーを解放する。

 

そして、今度は斬りつけると同時に、回転蹴りを放つ。

リュウガがドラグブレードで相手の刃を受け止めた瞬間、右脇腹に鈍痛が走った。

牙王が放った丸太のような足が命中したのだ。

 

「ごほっ!!……」

 

リュウガがドラグブレードを落とし、その場で咳き込む。

チャンスと見た牙王はデンガッシャーを真上に掲げる。

刀身が鞘の装置を外れ、装置から放たれるエネルギーで空高く浮遊する。

 

「これが本当のクライマックスって奴だ」

 

そして牙王が今にも金に輝く刀身を振り下ろそうとする。

だが、リュウガが素早くカードをドローし、ブラックドラグバイザーに装填。

 

【STRIKE VENT】

 

リュウガの右手に黒い龍の形をした装備が現れ、

彼のそばに漆黒の龍、ドラグブラッカーが現れた。

 

「はあっ!!」

 

そしてドラグブラッカーが黒く燃え上がる炎を牙王に浴びせた。

攻撃態勢に入っていた牙王は回避が遅れ、黒い炎に包まれる。

 

「がああああ!!」

 

超高熱の炎を浴び、叫び声を上げる牙王。しかし、何か様子がおかしい。

 

「ううっ!ぐあああ!!」

 

牙王の戦いを見ていた龍騎達も異変に気づく。

 

「なんだよあれ……炎が固まってる!」

 

「固体化する炎、か。あれに捕まったら、もがくこともできず焼かれ続けることになる。

食らいたくはないな……!」

 

全身に固体の炎が回った牙王に、ドラグブレードを拾ったリュウガが迫る。

そして、身動きの取れない彼の前で立ち止まると、次の瞬間、刃で薙ぎ払った。

炎もろとも砕け散る牙王。彼もまたホログラフの塵となって消えていった。

 

頼みの綱を失った龍騎達。体を走る痛みが治まったカイザ、イクサが立ち上がり、

リュウガも加わって、今度こそ彼らを始末すべく歩を進める。

少し黙った龍騎はディエンドに話しかける。

 

「なあ、ディエンド。最後になるかもしれないから教えてよ。君の名前は何。

どうしてライダーになったの?」

 

「縁起の悪いことは言わないでくれたまえ。

僕は海東大樹、ライダーになったのは世界中のお宝を手に入れるためさ……君は?」

 

「俺、城戸真司。

ここじゃライダーバトルっていうライダー同士の殺し合いが始まってて、

それを止めるためにライダーになった。

本当!やっぱりライダーが殺し合うなんて間違ってるよな~この状況見ると!」

 

龍騎は無理に明るく笑うと、ドラグバイザーツバイを構え、戦闘態勢を取った。

 

「ああ間違ってる。僕がお宝を目の前に倒れるなんて、さ」

 

ディエンドもディエンドライバーで狙いを定める。再び戦闘が始まろうとしたその時。

 

 

「そう、この世界は間違ってる。そして間違いを正せるのは、その世界の人間だけだ」

 

 

二人が振り向くと、夏美の肩を借りながら、本館から出てくるディケイドの姿を見た。

 

「士……無事だったのか!」

 

「なんだ士、酷いザマだな」

 

「ふん、お前も、似たような、もんだろうが……」

 

そして、ディケイドは自身のヘルムをモチーフにした携帯端末を取り出した。

画面にこれまで旅した世界を守るライダー達のアイコンが並ぶ。

ディケイドは、タッチパネルに指を滑らせた。

 

[KUUGA! AGITO! RYUKI! FAIZ! BLADE! HIBIKI! KABUTO! DEN-O! KIVA!]

 

コール音が鳴り響く。そして、ディケイドのアイコンをタッチ。

 

[FINAL KAMENRIDE]

 

ディケイドライバーのハンドルを開くと、ドライバーの周りに9つの紋章が浮かぶ。

直後、ディケイドのヘルム上部にディケイドのライダーカードが装備される。

アーマ全体のパッションピンクは両肩のラインを残して鋼鉄の鈍色に変わり、

両腕と胸にかけて、9人のライダーカードが収められた

ヒストリーオーナメントが現れた。

 

ディケイドが旅の途中で手に入れた、変身用端末・ケータッチで

コンプリートフォームに変貌を遂げたのだ。

そして、ディケイドライバーを外して右腰に装着し、代わりにケータッチを装填。

 

「士……」

 

初めてその姿を見る龍騎はただただ驚くだけだ。

それは敵も同じだったが、我に返ったイクサが突撃してくる。

 

「二人共、俺を援護しなさい!」

 

ディケイドはケータッチを取り外し、スペードのアイコンをタッチ。

 

[BLADE!]

 

続いてFの文字をタッチ。ケータッチがライダーカードの情報をロードする。

 

[KAMENRIDE...KING!]

 

すると、ヒストリーオーナメントのカードが全てブレイドに切り替わり、

ディケイドのそばに仮面ライダーブレイドキングフォームが現れた。

ディケイドは右腰に装着したディケイドライバーを叩く。

隣のブレイドも全く同じ動作をする。

 

[FINAL ATTACKRIDE...B-B-B-BLADE!]

 

二人とカイザの間に、5枚のラウズカードのホログラフが現れる。

そして、二人が剣を振り下ろすと、斬撃はラウズカードの力を得て、

凄まじい衝撃波となり、イクサに直撃。致命的損傷を与えた。

 

「馬鹿、な……俺は、間違え、ない……」

 

そう言い残した次の瞬間、イクサは爆発し、艦これ世界から消滅した。

戦いはまだ終わらない。次は一撃で倒されたイクサに驚愕するカイザに標的を定める。

 

「よくもやってくれたな。4倍にして返してやるよ!」

 

「君にできるのかな……はっ!」

 

カイザは跳躍してディケイドに飛び蹴りを浴びせようとする。

ディケイドはまたケータッチを手に取り、Φ(ファイ)のアイコンをタッチ。

 

[FAIZ!]

 

またFのアイコンをタッチし、ライダーカードの情報をロードする。

 

[KAMENRIDE...BLASTER!]

 

今度はヒストリーオーナメントのカードが全てファイズに切り替わり、

傍らに仮面ライダーファイズブラスターフォームが現れる。

右腰に装着したディケイドライバーを叩くと、

動作がシンクロしたファイズも同じ動きをする。

 

[FINAL ATTACKRIDE...FA-FA-FA-FAIZ!]

 

ディケイドはライドブッカーのソードの剣先から、ファイズはファイズブラスターから

強烈なビーム砲を放ち、周囲の物体を破壊しながらカイザを薙ぎ払った。

カイザはアーマーごと粉砕され、やはりホログラフの砂と化して消えていった。

 

「俺は……守らなくちゃ、ならない……真理」

 

ディケイドが二度目の変身を果たして、ものの数分で状況が一変。

ただ見守るだけだった龍騎にディケイドが呼びかけた。

 

「城戸、あいつはお前の敵だ!」

 

龍騎は一人になったリュウガを見る。そして、リュウガもこちらを見つめている。

 

「……うん、うまく言えないけど、なんか、そんな気がする」

 

龍騎はカードをドロー、ドラグバイザーツバイに装填。

 

『SWORD VENT』

 

ドラグバイザーツバイに内蔵されたブレードが展開。

その時、リュウガも決着を付けるべく、最後のカードをドロー。

ブラックドラグバイザーに装填した。

 

【FINAL VENT】

 

リュウガはそのままふわりと上空に浮遊し、

ドラグブラッカーが彼の周りを旋回飛行する。

強化されたドラグブレードを両手持ちにして最後の敵に斬りかかろうとする龍騎。

しかし、

 

「待て」

 

士に呼び止められた。

 

「どうしたんだ、いきなり」

 

「あいつは、二人でやるぞ。さっきのを見てただろう」

 

「え……あれ、俺にも出来るの?」

 

「お前の刃には力がある。お前は知っているはずだ、思い出せ」

 

龍騎は手にしたドラグブレードを見る。……なんとなく、わかる気がする。

このブレードから力を感じる。それで、なんで俺に力が与えられたのかも。

 

「やろう、士!」

 

「ラストは派手に飾るぞ!」

 

ディケイドはケータッチを取り外し、龍のアイコンをタッチ。

 

[RYUKI!]

 

最後だ。ディケイドはFのアイコンをタッチ。ロードは必要ない。

本物がそばにいるのだから。

 

[KAMENRIDE...SURVIVE!]

 

ヒストリーオーナメントのカードが全て龍騎に切り替わる。

ディケイドの隣に龍騎が立った。互いに顔を見合わせ、ただ頷く。

そしてディケイドが右腰に装着したディケイドライバーを叩くと

二人の必殺技が発動した。

 

[FINAL ATTACKRIDE...RYU-RYU-RYU-RYUKI!]

 

上空のリュウガが飛び蹴りの姿勢を取り、後方のドラグブラッカーから受けた

暗黒の炎の勢いで、ファイナルベント「ドラゴンライダーキック」を放った。

だが、ディケイドと龍騎は、逃げることなく、右上、左上から刃を振り下ろす。

燃え上がる剣閃がクロスし、2つの炎の塊がリュウガに命中。

後ろのドラグブラッカー共々焼き尽くした。

地面に投げ出され、もはや立つこともできないリュウガ。

 

「何故だ、何故俺を拒む……お前と、俺は、……同じ」

 

リュウガは最後の一言を言い残すと、体内で暴走したエネルギーに耐えきれず、

爆発、消滅した。巨大な爆音が鼓膜を叩き、鎮守府中に響き渡る。

ディケイドと龍騎は、静寂が訪れるのを、じっと待っていた。

 

 

 

一方鳴滝はというと。

 

「あ、ああ……なんということだ!リュウガが、リュウガがやられた!

おのれディケイド!やはりお前は、世界を破壊し尽くす、おぞましい存在だぁぁ!!」

 

叫びながら銀のオーロラの向こうに逃げていった。

 

 

 

そして、鎮守府を封鎖していたオーロラも消え去り、

艦これ世界を襲った異変は無事終息した。それを確認した二人も変身を解く。

真司は笑顔で、士は仏頂面で、互いの健闘を称え合う。

 

「ありがとな、士。俺を助けてくれて。俺だけならやられてた。もう怪我はいいのか?」

 

「いいわけないだろう。あちこち痛くてどの医者にかかればいいのかわからん。

ケータッチにほんの少し残っていた、ファイナルアタックライドの力がなければ、

まだベッドでおネムだったろう」

 

「ああ、じゃあ休まなきゃ!医務室戻ろうよ!肩貸すから」

 

「そういや海東はどこ行ったんだ?いつの間にか消えてたが」

 

「そういえば……どこだ?士が来るちょっと前まではいたんだけど。

良い奴だったよ!あいつも俺、助けてくれたし」

 

「騙されんな。あいつはコソ泥だ。何か取られても知らんぞ」

 

ギィ……バタン!

 

そんな二人の会話を本館の大きなドアが遮った。

 

 

 

 

 

──ミラーワールドΣ(シグマ)

 

 

白の世界。やはり神崎とオーディンは、そこでただ時を過ごしていた。

この世界に時間の概念があればの話だが。

神崎は目を閉じると、何かに耳を澄ますようにしばし集中した。そして目を開く。

 

「……そうか。リュウガが敗れたか。

ライダーバトル初の死者がミラーワールドの存在とは、皮肉な話だ。

だが、これでいい。ようやく歯車は動き出したということだ」

 

「間に合うか、神崎」

 

「間に合わせる。必ず」

 

太陽もないのに明るい空間で、次の一手に考えを巡らす神崎だった。

 

 

 

 

 

──城戸鎮守府

 

 

本館前。あの激闘からしばらく経って、士が全快したこともあり、

光寫眞館のメンバーは再び旅立つことにしたのだ。見送りに出る真司達。

 

「もういいのか、体は」

 

「ああ。これ以上寝ていたら、体が鈍るだけだ」

 

「元気でな、士も、夏美さんも、ユウスケも!」

 

別れを告げる真司。三日月と長門もそれぞれの形で別れを惜しむ。

 

「みなさん、世界を守る旅、どうぞお気をつけて……」

 

「三日月ちゃん、元気でね」

 

「恐らく、二度と会うことは叶わないだろうが……皆、壮健でな」

 

「長門さんもお元気で!」

 

そして彼らは我が家のある西へ去っていく。真司達は、その後ろ姿が見えなくなるまで、

運命のいたずらがもたらした来訪者を見守っていた。

 

 

 

 

 

──光寫眞館

 

 

現像室から出てきた士はため息をついた。

 

「はぁ……」

 

「どうしたんですか、士くん?」

 

「これまでの中で最悪の出来だ」

 

士はテーブルに現像したばかりの写真を放り出した。

そこにはびっしりと0と1が無作為に並んでいた。

 

「ううわ……ピンぼけですらない」

 

「うん、これは機械語だな」

 

横から覗き込んだ栄次郎が解説を始める。

 

「機械語、ですか?」

 

「コンピューターは本来この0と1の組み合わせを読み取って、

様々な計算や処理をおこなっているんだ。

機械語を人間にわかりやすくしたのが

プログラミング言語やパソコンソフトだったりするんだよ」

 

「おじいちゃん、物知りですね」

 

「これって、士が撮った長門さん?

これじゃ、ピンぼけしてるのかどうかもわかんないな」

 

ユウスケも興味深げに謎の写真を覗く。

 

「どのみち、これじゃあ話にならん。次に期待だな。暇つぶしにまた麻雀でもやるか」

 

「へっへっ。そう思って、いつでも打てるように手入れは欠かしてないよ」

 

ドン、と栄次郎が重そうに持ってきた麻雀卓を置くと、

振動で固定が甘いスクリーンのチェーンがジャラジャラと音を立てて回転。

降りてきた真っ白なスクリーンにまた絵画が現れた。

光寫眞館のメンバー皆がその前に立つ。

 

「やれやれ、こいつはまた面倒が起きそうだ」

 

 

 

 

 

──第一浅倉鎮守府

 

 

「じゃあ、お皿下げるわよ、いいわね」

 

「……」

 

足柄は浅倉が食べた昼食のトレーを持って執務室から出ようとした。

しかし、その時違和感を覚える。なにかしら、いつもと違うような……。

キョロキョロと辺りを見回す足柄。そして気づいた。

 

「え、どうして!?どこ行ったの!」

 

壁に埋込むタイプのおかげで、浅倉の八つ当たりから難を逃れている棚。

そこに並べていたはずの勲章が足りない。思わず浅倉に顔を近づけ問い詰める。

 

「ねえ!あそこにあった勲章どこにやったの!?」

 

「……2つあるだろうが」

 

「それじゃない!あんたが貰った一番位の高い甲種勲章!

まさか使ったわけじゃないわよね?

資材が必要になるほどうちは切迫してないっていうより、

あんたろくに艦娘出撃させた試しがないもんね!?」

 

「うるせえ……やった」

 

「やったですって!?誰に?」

 

「どっかの若造だ。盗みに来たっていうから、くれてやった」

 

「そんな、人間がログインしたならシグナルが……じゃない!

なんてことしてくれたの、あんたは!!」

 

「カカカ……お前、言ってたよな、勲章をやるシステムなんかない。

試してみただけだ……」

 

「だからって、本当にあげちゃう馬鹿がどこにいるの!

あれがどれほど貴重なものかわかってるの!?」

 

「クックックッ……」

 

「何がおかしいの!」

 

「お前をからかうのは、戦いの次に面白い……」

 

とうとう足柄がプッチン来てしまった。器がひっくり返るのも構わず、

食器のトレーを引っつかみ、ベコォン!と浅倉を殴った。

もっとも、器は軽いアルミ製で割れる心配はなかったが。

 

「そうだ……!殴れ、俺を殴れ!」

 

「言われなくてもボコボコにしてやるわよ、このアホ提督!馬鹿提督!」

 

その後、ずっと執務室に浅倉の笑い声と、足柄の大声と、

何かがベコベコいう音が続いていたという。

 

 

 

 

 

──次元回廊

 

 

丸まったテレビモニターのように、様々な世界を映し出すトンネルを歩きながら、

海東大樹は、高級サテン生地が施された立派なケースに収められた、

大きな勲章を眺めていた。

 

「使うと莫大な量の鋼材や燃料に変わる不思議な勲章、か……

僕に使い道はないけど、希少価値は高いかな」

 

今回のトレジャーハントに十分納得が行った海東は、パタンとケースを閉じると、

また、別のお宝を求めて異世界の旅へ戻った。

 

こうして、三者三様の騒動は幕を閉じた。

士達は平和と真実を求めて旅を続けるのだろう。

真司達はまた明日からライダーバトルの宿命との戦いに戻るに違いない。

そして彼、海東大樹は、これからも気ままなお宝探しに明け暮れるのだ。

 

 

 

>仮面ライダーリュウガ 消滅

 

 




*召喚されたカイザ達は、元の世界の本人をコピーしたクローン的存在なので、
草加雅人や名護さんが死んだわけじゃないです。
今回も作者のわがままにお付き合い頂きありがとうございました。
あと、結局ユウスケ戦いに出せなくてすみません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話 One for All

「真司さん、新聞が届いてますよ!」

 

スパァン!!

 

三日月がニコニコ笑いながら新聞をテーブルに叩きつけた。

まだ青葉についての印象がよろしくない三日月。その音に跳ね上がる思いをした真司。

 

「ど、どうしたの三日月ちゃん……?」

 

「うふふ、別に……ふふ」

 

真司はどこか不気味な三日月を避けるようにさっと新聞を取る。

現実世界のものより薄めの新聞を広げてみると、

各ライダーの変身前の姿と紹介記事が多数掲載されていた。

さっそく自分の記事を探す真司。

 

「おお、あった!どれどれ?すげえ、“紅き龍の戦士”だって!

イヒヒ、いやまぁ、実際そうなんだけど、

なんか照れるっていうかこそばゆいっていうか!

あとは……まあ、優衣ちゃんの事とかはやっぱり言えないよね」

 

真司はその後も他ライダー達の記事に目を通す。感情のない三日月の視線に気付かず。

 

「真司さん……青葉先輩の書いた記事は面白いですか……?」

 

「うん!蓮も北岡さんも相変わらずって感じでさ。あ……蓮、恵理さんの事話したんだ」

 

名前こそ書かれていなかったものの、蓮が恋人の存在を明かしたのは意外だった。

断固取材拒否を貫くと思っていただけにその驚きは大きかった。また一枚紙面をめくる。

 

「へぇ、美浦ちゃん時々ここに戻ってるんだ」

 

ライダーバトルを棄権した霧島美穂についても小さく紹介されていた。

当然ながら写真はなかったが、彼女が新たな人生を歩み始めた事を知って安堵する真司。

 

「そっか。頑張ってるんだ……」

 

微笑みながらまた一枚紙面をめくると、新たなライダーの紹介記事にたどり着いた。

 

「オルタナティブ・ゼロに、名称不明の新ライダー……そうだ!」

 

真司は急いで記事を読む。その中で気になるキーワードが散見された。

 

「オルタナティブ・ゼロ、香川提督……やっぱりあの清明院大学の教授だったんだ!」

 

更に記事を読み進める。

 

「新人ライダーってやつが言ってる、“コアミラー”ってなんだ?

……これを破壊すれば、ミラーワールドを閉じることが出来るって書いてるけど、

もしかしてこれ、すげえ重要なことなんじゃ!こうしてらんない、三日月ちゃん!」

 

「あ、はい!なんでしょう」

 

正気に戻った三日月が返事をした。

 

「クルーザーの運転お願い!この新聞に書いてある東條って人の鎮守府に連れてって!」

 

「わかりました!」

 

真司達は執務室を出て桟橋の転送クルーザーに向かった。

 

 

 

 

 

──東條鎮守府

 

 

「ありがと。じゃあ、行こっか」

 

「はい、お供します」

 

東條鎮守府の本館に着いた真司達はドアノブを回し、

その大きなドアを開いて、中に入った。

玄関ホールの階段を上り、2階執務室へ向かう。

どの鎮守府も作りは同じなので迷うことはない。

執務室のドアのそばで、東條の秘書艦・電が居心地悪そうに立っていた。

真司が彼女に話しかける。

 

「こんにちは。どうしたの、こんなところで」

 

「あ、城戸提督。こんにちはです。今はちょっと……」

 

「どうしたの?」

 

「ええ、ちょっと……」

 

はっきりしない電の横を通り抜け、執務室のドアをノックしようとすると、

中から声が聞こえてきた。

 

“東條君、確かに私は現地住民との交流も大切にするよう言いました。

ですが、コアミラーの情報を漏らせと言った覚えはありませんよ?”

 

“すみません……”

 

“ミラーワールドを閉じられたくない神崎君や、

ライダーバトルを止めたくない連中の邪魔が入っては、

我々の英雄的行為に支障を来します。その点を理解していますか?”

 

“そんな連中、殺せばいいじゃないですか。必要なら、これを書いた艦娘だって。

多くを救うには、小さな犠牲じゃないですか。先生の家族に比べれば……”

 

ドン!!

 

その時、突然壁を殴るような大きな音が聞こえた。

どうにか声を上げずに済んだが、今度は3人とも飛び上がる思いをした。

 

“……東條君、英雄とは、苦しいものなんですよ。

君もそこを理解しないと、本当の英雄にはなれませんよ”

 

“……”

 

明らかに入り辛い雰囲気。だが、明らかに神崎の知り合いと思われる人物と、

“コアミラー”という新事実を知る新ライダー。

2人が揃っているチャンスを逃すわけには行かない。

真司と三日月は何度も顔を見合わせた後、ようやくドアをノックした。

 

「あの!城戸鎮守府で提督やってます城戸真司って言います!いきなり来てすいません!

ちょっと聞きたいことがありまして!あ、ライダーバトルしに来たわけじゃないんです!

ただ、新聞記事で皆さんの事を読んで、

ちょっとお話が聞きたいな~とか思っちゃったりして……」

 

しばらくの無言。緊張のせいか時間が長く感じる。そして、

 

“ほらごらんなさい……どうぞ”

 

「失礼します!」

 

入室許可が出た真司は、はやる気持ちを抑えて落ち着いてドアを開いた。

そこには白衣を着た男性と、彼の生徒らしき青年が立っていた。

青年は若干落ち込んでいる様子で窓の外を眺めている。

新聞記事によると、香川という男性は教授、東條という人物が青年。

 

ということは眼鏡をかけた目の前の男性が、

かつて神崎が師事していた香川教授ということになる。

真司はまず香川に話を聞くことにした。財布から名刺を一枚取り出し、香川に渡す。

 

「はじめまして!俺、現実世界ではOREジャーナルっていうネットニュースの会社で

記者やってます!あの、本当にライダーバトルしに来たんじゃなくて、

俺も神崎士郎の行方を追ってるんです。

いろいろ調べていくうちに、香川先生が昔、清明院大学で神崎を教えてたってことが

わかって、あいつについて教えて欲しくてお邪魔したんです……

あ、この娘は俺の秘書艦・三日月です」

 

香川は受け取った名刺を見て考える。

……以前、大学に取材に来た女性記者も

OREジャーナルという会社に所属していましたね。彼女も神崎君を追っていました。

そして今度はライダーの一人がOREジャーナルの記者。

この会社には注意が必要かもしれません。

 

「失礼します。香川提督、東條提督、三日月です。どうぞお手柔らかにお願い致します」

 

そして張り詰めた空気の中、三日月は、真司にはっきり

“自分の”秘書だと言われたこと、初めて呼び捨てで呼ばれたことに

一人面映い気持ちになっていた。

 

「……はじめまして。私が香川です。なるほど?マスコミの方ですか。

我々以外に神崎君の過去を知る者がいるとは意外です」

 

「お願いです!神崎が401号室でどんな実験をして事故を起こしたのか。

それと、すみません……ドアの前でさっきのお話聞こえちゃいまして。

コアミラーってなんなのか、教えてくれませんか!

事情を話すと長くなっちゃうんですけど、仲間の命がかかってるんです!」

 

「仕方がありませんね、新聞に載った以上、隠しても意味のないことです。

コアミラーとは、ミラーワールドのどこかに存在する、

ミラーモンスターを生み出し、ミラーワールドの中心核となる特殊な鏡面体のことです。

我々はそれを破壊し、ミラーモンスターの脅威から人々を救うために

この世界にやってきました」

 

真司は救われたような気持ちになる。新しいライダーが

私利私欲のために他ライダーを殺しに来たわけではないと知って胸をなでおろした。

 

「よかったぁ!俺は、このライダーバトルを止めるためにライダーになったんです!

でも……」

 

「でも?」

 

「ライダーバトルを止めると犠牲になる人もいるんです。例えば、例えばですよ?

不治の病に罹ってて、新しい命を得るために戦ってるとか、

重体に陥ってる親しい人を助けるためだとか。

そういう事情を抱えているライダーもいるとしたら……」

 

「城戸君、といいましたね。“仮に”そういう気の毒な方がいたとしても、

君が悩む必要などないのですよ」

 

複雑な事情を打ち明ける真司に香川が割って入った。

 

「確かに我々は神崎君と旧知の間柄です。

彼が偶然落としたファイルを見て、ミラーワールドとミラーモンスターの存在を知り、

干渉する術を手に入れたのも事実です。

だからこそ我々は、英雄になる他なかったのです」

 

「英雄って、どういうことですか?」

 

「例えば、10人の命と1人の命。

どちらかだけを救えるとしたら、どちらを選びますか?」

 

香川は両方の手を出して、真司に問う。

 

「どういう、意味ですか……?」

 

「いいですか?

多くを助けるためにひとつを犠牲にできる勇気を持つ者が、真の英雄なんです。

あなたが悩み苦しんでいる原因がまさにその試練なのです。

ミラーワールドを閉じ、多くの人々をミラーモンスターから救うか。

もしくは僅かな人間に新たな命を与えるためミラーワールドを放置し

ライダーバトルを続ける。どちらを選ぶべきかは自明の理でしょう」

 

そして片方の手を下ろす。真司の期待はあっという間に裏切られた。

皆を助けようとする真司に対し、少数を切り捨てると宣言する香川。

 

「そ、そんな!

それじゃ、香川先生は蓮や優衣ちゃんたちを見殺しにしろっていうんですか!?」

 

香川の冷徹な理論に思わず優衣の名を出してしまった真司。

 

「先生の話聞いてなかったの?現実世界じゃ多くの人がミラーモンスターに殺されてる。

きっとこれからも。それを止められるなら、君の知り合い何人かくらい、

小さな犠牲だよ。ね、先生」

 

「お前ふざけんなよ!

だからってなんで優衣ちゃんが犠牲にならなくちゃいけないんだよ!小さな犠牲だって?

そんなの英雄でもなんでもねえよ!」

 

真司は思わず東條に掴みかかろうとした。だが、香川と三日月が間に入り、彼を止める。

 

「君、落ち着きなさい!」

 

「司令官、止めてください!暴力はいけません!」

 

そんな真司を東條は嘲笑う。

 

「ほらね。こんな人に、僕達の理想なんて理解できっこないんですよ、先生。

これ以上話しても無駄だと思いますけど」

 

「いえ、まだです。城戸君、落ち着いて答えてください。

君は今、“優衣”という名を口にしましたね。彼女とはどういう関係ですか?」

 

かろうじて平静を取り戻した真司が答える。

 

「はぁ、はぁ、……優衣ちゃんは、俺達の仲間です……」

 

「ミラーワールドを閉じると、なぜ彼女が犠牲になるのですか?」

 

香川は答えを知っている問いをあえて問う。

この男がコアミラーについて思わぬ手がかりを持っている可能性がある。

一方の真司は視線をさまよわせ、迷った。言うべきか、口を閉ざすべきか。

しかし、相手がなにがしかのヒントを持っているかもしれない。

真司は決心を固め、優衣の事情について話した。

 

「優衣ちゃんは……神崎の妹です」

 

「……続けて」

 

「原因はわかんないんですけど、優衣ちゃんの体に、

ここ1、2ヶ月の間に妙な異変がおきるようになったんです」

 

「異変とは?」

 

「なんというか、時々、そう、俺達が普通のミラーワールドに居すぎた時みたいに、

体が砂のように蒸発していくことがあるんです。

うまく説明できないんですけど、多分、それを原因か、

解決する方法が艦これの世界にあるような気がするんです!お願いです!

それを見つけるまでコアミラー破壊は待ってください!

ミラーモンスターは外の仲間と俺達でなんとかします、だから!」

 

香川はすがりつく真司の両肩を叩いて落ち着かせる。

 

「慌てないで。こちらもコアミラーについてはこの世界にあること以外、

全くと言っていいほど情報がない。そうですね……

コアミラーや優衣さんに起きている現象について、

大きな進展があるまでは相互不干渉ということにしましょう。

お互い情報が不足している状態で潰し合っても、何の解決にもならないでしょう」

 

「は、はい……」

 

「今日の所はお帰りなさい。

今はこれ以上ここで話していても得られるものはないでしょうから」

 

「はい、お邪魔しました……」

 

「失礼します」

 

真司が肩を落として執務室から出ていくと、三日月もペコリと頭を下げてドアを閉めた。

しばらくして、東條がぼそりと口を開く。

 

「……先生、本当にあいつらと組む気なんですか」

 

「いいえ。ただ、監視は必要になるでしょう。

予想以上に彼らが情報を掴んでいることには驚かされました。

我々の活動の邪魔にならなければいいのですが」

 

「そうですね……邪魔になるかもしれませんよね」

 

「それでは、私は鎮守府に戻りますが、くれぐれも派手な動きは避けるように。

ライダーバトルなどに付き合う必要はありません」

 

香川はカバンを持ってドアの前に立った。

 

「外まで見送ります……!」

 

「いえ、結構。君はまずこの世界に慣れることを優先しなさい。

本格的なコアミラー捜索に入る前に。では」

 

「わかりました」

 

そして香川も退室した。

一人残された東條はソファに座り、また“変身”の文庫本を開いた。

読みながら東條は考える。なんであんな奴がライダーなんだろう。

ライダーバトルを止めて皆を救いたいみたいなこと言ってたけど、

結局誰も救えないに決まってる。

だって、それって誰も犠牲にする勇気がないってことじゃない。

英雄になれない奴が誰を救えるっていうのさ。

 

トントントン

 

東條が文庫本を読んでいると、ノックの音が聞こえた。さっきの奴が戻ってきたのかな。

だったら……

 

“司令官、青葉です。先日は取材を受けていただき、ありがとうございました。

お時間がよろしければ、是非感想を聞かせて頂きたいのですが”

 

新聞屋?もういい加減にして欲しいんだけど。あれのせいで先生に怒られたし。

でも、先生は住民と交流しろって言ってたし、

コアミラーについても何か情報持ってるかも。

 

「入れば」

 

「失礼します!」

 

青葉がいつも通り艤装とカメラを下げて執務室に入ってきた。

 

「ご機嫌いかがですか、司令官!今日発行の艦隊新聞は読んでいただけましたか?」

 

「読んだよ、それが何?」

 

「あ、いや、一言ご感想頂ければ嬉しいな~と思いまして」

 

「普通」

 

「あ……はは、そうですか」

 

つっけんどんな司令官の態度にさすがに青葉も苦笑いです。

……しかし、不思議ですね。実際青葉、なにやってるんでしょう。

司令官とは言え、一取材対象にプライベートの時間を使うなんて。

 

「……座りなよ」

 

「あ、はい、ありがとうございます!」

 

それでも青葉に席を勧めてくれたので、少し安心しました。

 

「今日は何?また新聞の取材?」

 

「えーと、あの、それはですね……」

 

とは言え、前回より若干態度が頑なな司令官に困ります。

“ちょっと気になったから会いに来た”と言ったら怒りそうですね……

 

「そ、そうなんですよ!艦隊新聞の増刊号を出そうかな~なんて考えてまして、

まずは東條司令官により突っ込んだお話を、と思った次第ですはい!」

 

「……早くしてよね」

 

「オホン。司令官、前におっしゃってましたよね。

香川提督は真の英雄で、多くを救うために、ひとつを犠牲にする勇気を持ってる」

 

「その通りだよ、だから先生を尊敬してる」

 

お、司令官が少し笑顔を浮かべました。少し彼の警戒心がほぐれたような気がします。

この調子で質問を続けましょう!

 

「では、提督達がこの世界にいらしたのも、

何かの犠牲の上に、何かを成し遂げるためなのでしょうか」

 

「そうだよ!……君はわかってくれそうだから話すよ。

ミラーワールドの何処かにコラミラーがあることは以前話したよね。

それを破壊してミラーワールドを閉じ、

ミラーモンスターから人々を救うのが僕達の使命」

 

「なるほど~、では、そのための犠牲、とは何なんでしょう」

 

「……なんか、ライダーバトルを止めると死ぬやつがいるらしいんだよね。

さっき来た人が言ってたんだけど。でも、そんなのたったの2,3人でしょ、どうせ。

どっちを優先すべきか、考えなくてもわかりそうなもんだけど」

 

……言いたいことはありますが、ここは我慢です。

彼を否定しても、そこで話が終わってしまいます。

 

「貴方と香川提督の目標はわかりました。

差し当たって今後の行動目標などはあるのでしょうか」

 

「まずはコアミラーを探さなきゃ。君、何か知らない?海で妙な物を見たとか。

例えば、巨大なエネルギーの塊とか」

 

「う~ん、すみません、あいにくそういったものは……」

 

「そう。まあいいよ。それを探しだすのも僕達の使命だから」

 

別段気を悪くした様子もなく、司令官は文庫本をめくりだしました。

司令官の機嫌は悪くなさそう……ここで、思い切って肝心な話を切り出そうと思います。

 

「司令官。青葉、以前に申し上げましたよね」

 

「何のこと」

 

「英雄にならなくても、貴方を愛してくれる人はいるという話です」

 

明らかにムッとした表情で彼が答えます。

 

「だったら何?英雄になるのはやめろって言いたいの?」

 

「青葉が言いたいのは、他にも英雄になる方法はあるということです」

 

「そんなものあるわけないじゃん。先生の言うことが正しいんだよ」

 

「確かに香川提督の理屈も正しいです。

でも、青葉は司令官にもっと別の形で幸せになって欲しいんです!」

 

「なにが言いたいんだよ君は!」

 

無表情のまま怒った司令官が文庫本を床に叩きつけます。

でもここで引いちゃだめです、青葉!

 

「青葉、こうも言いました。

司令官が戦いで命を落としたら、必ず悲しむ者がいるって!」

 

「適当なこと言わないで欲しいんだけど!知り合いもいないこんな世界で誰が……」

 

「青葉がいます……!」

 

「……何言ってんの君」

 

確かに、自分でも何を言っているんでしょう。

でも、あふれるように出てくる言葉が止まりません。

 

「はっきり言います!初めて会った時から思ってました。

司令官、ちっとも幸せそうな目をしてません!

普通、明確な目標を持って行動している人の目は輝いています!

でも、司令官はずっと悲しそうな目をしてます!

本当はコアミラーも英雄もどうでもいいんじゃないですか!?」

 

「わかったようなことは言うなって前にも言ったんだけど!!」

 

「“誰かが好きになってくれるかもしれない”!それが心の叫びなんじゃないですか!」

 

「君はケンカを売りに来たのかなぁ!?もう出ていってよ!」

 

「提督命令だから出ていきますが、これだけは考えておいてください。

もし青葉が司令官のことを好きだったら、貴方はどうしますか。……失礼します」

 

パタン、とドアが閉じられると同時に訪れる静寂。

激しい言い争いの直後で、軽い耳鳴りがする。東條は頭をかきむしる。

心を揺さぶられ、怒りとも苛つきとも付かない感情、

そして初めて抱いた上手く表現できない気持ちを処理できない。

 

バン!

 

「ああああ!!」

 

彼は両手をテーブルに叩きつけ、吠えた。

 

 

 

青葉も、1階ホールのベンチに座って考え込んでいた。

 

また、熱くなってしまいました。放っておくのが一番だとわかっているのに、

どうして、こんなことをしてしまったんでしょう。

彼が司令官だから?いいえ。多分、あの眼。

どうしてもあの眼が心に焼き付いて離れません。

彼は英雄になるしか愛を受ける方法がないと信じ切っています。

でも、そんなの間違いです。新聞記者としては誤りでも、人々を守る艦娘として、

青葉は彼に密着取材したいと思います……

 

 

 

 

 

──城戸鎮守府

 

 

「とりあえず、リュック取ってきたら蓮のところに行くから、ちょっと待ってて」

 

「わかりました」

 

桟橋で三日月と一旦別れた真司は執務室に行こうと本館に向かった。

 

シャアアア!!

 

すると、茂みから大きな影が飛び出し、真司を突き飛ばした。

 

「ぐわっ!」

 

転がりながら周囲を素早く見回す真司。すると、視線の先に異形の存在を見た。

鋼鉄の巨体にブルーのラインをあしらった二足歩行の虎を思わせるミラーモンスター。

両腕が巨大な鉤爪になっており、引き裂かれたらひとたまりもないだろう。

 

「くそっ!なんだよお前!」

 

真司もカードデッキを取り出し、噴水の水面にかざし、

 

「変身!」

 

仮面ライダー龍騎に変身した。ミラーモンスター出現に周辺で騒ぎが起きる。

とりあえず龍騎は噴水の水面に飛び込み、別のミラーワールドへ移動した。

虎のミラーモンスターも龍騎を追って左右反転した鎮守府に飛び込んできた。

そこで龍騎はカードを1枚ドロー、ドラグバイザーに装填。

 

『SWORD VENT』

 

ドラグセイバーを召喚した龍騎は謎のミラーモンスターに斬りかかる。

が、突然後ろから重い斬撃を受けて地面に叩きつけられた。

 

「があっ!!ご、ごほごほっ!!だ、誰だ……!」

 

龍騎は体をひねって後ろを見る。すると、目の前のミラーモンスターと同じく、

全身を鋼鉄のアーマーで覆い、各所にブルーのストライプを施したライダーがいた。

その手には先ほど龍騎を斬りつけた巨大な斧が握られている。

彼の名は仮面ライダータイガ。そして謎のミラーモンスターは

契約モンスター・デストワイルダー。

 

「はぁ…はぁ…君みたいな、英雄にふさわしくないライダーは、

消えるべきなんだ……!!」

 

タイガはなぜか極度に興奮した様子で答える。

 

「その声……お前、東條って奴だな!相互不干渉じゃなかったのかよ!?」

 

「それは、先生との約束でしょ、僕には関係ないかな……!」

 

「めちゃくちゃ言いやがって!」

 

ドラグブレードで今度はタイガに斬りつける龍騎。

しかし、タイガはその重厚な斧で受け止める。

そして、カードを1枚ドロー、そのまま斧の付け根を上にスライドさせ、

カードスロットをオープン。装填し、刃を下ろした。

武器にもバイザーにもなる斧・デストバイザーでカードの力を開放する。

 

『STRIKE VENT』

 

タイガの両腕にデストワイルダーのような巨大な鉤爪・デストクローが装備される。

 

「うわあああ!!」

 

雄叫びを上げてタイガは両腕の鉤爪で激しい斬撃を繰り返す。

龍騎も剣でなんとか切り払うが、二刀流の手数をさばき切れず、

胸に一撃食らってしまった。斬りつけられたアーマーが火花を散らし、

龍騎は宙に放り出される。

 

「うう……」

 

立ち上がろうとする龍騎。だが、タイガはその隙を逃さず、

また背中に鉤爪の鋭い一撃を食らわせた。

 

「げはああっ!!」

 

その衝撃に龍騎は地を這うことしかできない。

なんとか起死回生を図ろうとカードをドロー、装填。

 

『FINAL VENT』

 

ファイナルベントで逆転を狙う龍騎。

カードが発動すると、異次元からドラグレッダーが龍騎の元へ飛来した。

ドラゴンライダーキックの構えを取る龍騎。だが、それを見たタイガが、

デストクローを投げ捨て、デストバイザーを拾う。

そして、カードをドロー、斧のカードスロットに装填。刃を下ろす。

 

『FREESE VENT』

 

すると、システム音声と同時に、ドラグレッダーが凍りつき、完全に動きを止められた。

突然の現象に戸惑う龍騎。

ファイナルベントの体制に入り、無防備になっていた龍騎にタイガが忍び寄る。

そして、彼が気づいた瞬間、またデストバイザーの重い一撃を食らい、

直後に下から斬り上げを叩きつけられた。

大斧の連撃を受けた龍騎は、後ろに吹っ飛ばされ、完全に気を失った。

 

「あははは、はぁ……」

 

不気味な笑い声を上げ、仰向けに倒れる龍騎に歩み寄るタイガ。

そして、両手に持った斧を振り上げる。

そのまま一気に、龍騎の首を両断……しようとした。

しかし、何者かに柄を掴まれ、刃は止まった。

 

 

「もう十分でしょう、命を奪う必要は、ありません」

 

 

変身した香川、オルタナティブ・ゼロだった。驚いたタイガが息を荒くしながら問う。

 

「どうしてですか……!」

 

「言ったはずですよ。

私たちはライダーバトルに乗るためにここに来たわけではありません」

 

「でも!彼はライダーにふさわしくない!

英雄になれない奴がコアミラー破壊に貢献できるわけないじゃないですか!

他のライダー達と僕らを邪魔しにくるかもしれない。だったらここで……!」

 

「東條君、君は少し命を軽視しすぎている。私の執務室でゆっくり話をしましょう。

とにかく、彼は外に出して我々は戻りますよ」

 

「はい……」

 

タイガとオルタナティブは龍騎を担いでミラーワールドを脱出し、鎮守府に帰還。

変身が解け、気絶したままの真司を置いて去っていった。

 

 

 

 

 

──医務室

 

 

ぼやける視界が徐々にはっきりしてくる。

しばらくして真司は医務室のベッドに寝かされていることに気づいた。

そばにいた三日月が必死に声をかけてくる。

 

「真司さん!しっかりしてください!まだ痛む所はないですか?」

 

「あれ、三日月ちゃん。どうして俺……」

 

「あんまり帰りが遅いから迎えに行ったら、広場で倒れてたんですよ。

一体何があったんですか!?」

 

すると、もう一人別の声が聞こえてきた。

 

「ようやく意識が戻ったと思ったら、また医務室に逆戻りとは、

よほど病院が好きらしいな」

 

ぶらぶらと近寄ってくる蓮だった。

 

「念のため秋山提督に来ていただいたんです。

敵襲ならどなたかに守っていただかないと……」

 

「敵襲……?そうだ、そうだよ!あの東條って奴にいきなり不意打ち食らってさ、

あいつとんでもない奴だよ!今度あったら覚えとけってんだ!」

 

「油断してるお前が悪い。三日月に聞いたが、そもそもお前、

俺に会いに来ようとしてたそうだが、何の用だったんだ」

 

「ああ!それだよそれ!新聞読んだ?謎の新ライダーのとこ!」

 

「コアミラーとかいうわけのわからん物のことか」

 

「それそれ!それを壊すとミラーワールドを閉じられるって話だけど、

正直ここじゃ手がかりなくてさ。一度一緒に現実世界に戻ろうかと思ったんだよ」

 

「そういうことか。なるほど、確かに今ミラーワールドを閉じられると何かと不都合だ。

契約中のミラーモンスターもいなくなり、ライダーバトルが続行不可能になる。

奴らより先に見つけ出して確保する必要がある」

 

「いや、なんでそういう考え方になるんだよ!

……そうだ、まだ、蓮に言ってなかったっけ。優衣ちゃんのこと」

 

「優衣?優衣に何があった」

 

真司は、オーディンと戦う直前に一度現実世界に戻っていたとき出来事を話した。

突然優衣の体が激しく粒子化したこと。神崎が駆けつけると治まったこと。

401号室の資料に同封されていたネガの写真を手に入れ、

現在、OREジャーナルの助けを借りて調査中であること。

 

「……なぜもっと早く言わなかった」

 

「仕方ないだろ!その後……

オーディンにボコボコにされて意識不明だったし、いろいろ変な事件あったし」

 

「変な事件?お前が鎮守府ごと音信不通になったことか」

 

「それだよ!異世界から来たライダーと知り合いになったんだけど、

なんかそいつの命狙ってるおっさんがいて、そいつも異世界のライダー召喚して、

結構マズいことになってたんだけど、

別のライダーやその異世界ライダーの凄いアイテムで敵、全部倒してなんとかなった」

 

「そいつらも新しいライダーじゃなかったのか」

 

「違う違う!カードデッキじゃなくて、異世界のライダーに変身したり、

召喚する武器で戦ってた。

そいつらが言うには、俺達が生きてる世界は他にいくつもあるらしいよ。

もう、よその世界に行っちゃったけど」

 

「聞けば聞くほど怪しい話だ。殴られすぎて頭がおかしくなったんじゃないのか?」

 

「違うって!三日月ちゃんも言ってやってよ」

 

「ああ、秋山提督、本当なんです。

あの日私たちは本当に異世界からの攻撃を受けていたんです」

 

「なるほど、なら本当なんだろう。どっちにしろ、もういないならアテにもできん」

 

「このやろ……三日月ちゃんの言うことはあっさり信じやがって!

まあいいや、とにかく一旦戻ろう!編集部のみんなが情報掴んでるかもしれないし」

 

「なら行くぞ。早くしろ」

 

「え、あ、はい!」

 

「ちょっと待てって着替えるから!三日月ちゃんも置いてかないで!」

 

真司は慌てて患者服から私服に着替えると、執務室に向かった。

 

 

 

階段を駆け上り、ドアを開けると蓮と三日月が待っていた。

 

「遅いぞ。あと10秒で来なかったら放っていこうと思っていた」

 

「待てって言ったじゃん、三日月ちゃんもひどいよ……」

 

「あ、ごめんなさい真司さん……つい秋山提督に釣られちゃって」

 

「何をモタモタしている。本当に置いていくぞ。

手塚と悪徳弁護士には電話で確認を取った。しばらく現実世界に戻る予定はないらしい」

 

「ああ、サンキュ!……じゃあ、三日月ちゃん。

2,3日戻らないと思うけど後のこと頼むね」

 

「はい、お気をつけて!」

 

三日月に見送られ、真司と蓮は01ゲートをくぐって現実世界へと戻っていった。

 

 

 

 

 

──TEA 花鶏

 

 

ヴォン!

 

久方ぶりに現実世界に戻った蓮と真司。

階下が何やら騒がしいが、とりあえず無視してやるべき事を相談する。

 

「とにかく俺は、編集長に連絡取って、何か新しい情報がないか聞いてみる」

 

「俺は優衣に着いておく。俺達が戻ったことで神崎が何か仕掛けてくるかもしれん」

 

「わかった。何かわかったら連絡する」

 

 

 

そして真司は階段を降り、中国人観光客でごった返す店内をすり抜けていった。

それを見た沙奈子が悲鳴を上げる。

 

「あ、真ちゃん!今日は店に居てちょうだい!……ああ、ここは持ち込み禁止!」

 

ガヤガヤとやかましく好き放題する中国人に辟易する沙奈子。

ツアーガイドもやる気なくカウンターで居眠りしている。

 

「ノーイングリッシュだから!ジャパニーズオンリー!……ええい、もうやめだぃ!」

 

ふてくされて床に座り込んだ沙奈子が声を上げると店内が静まり返る。

 

「こんな店、もうやめだぃ!!」

 

沙奈子がヤケを起こして布巾を放り投げた。

 

 

 

 

 

──OREジャーナル編集部

 

ルルルルル……

 

「はい、OREジャーナル!」

 

電話に出たのは大久保だった。

 

“編集長、俺です。真司です……”

 

「おま、……あ、いやあ、いつもお世話になっております!」

 

慌てて口調を変える大久保。それを怪しげな目で見つめる島田。

 

「その後どうですか、お変わりなく?」

 

“はい、おかげさまで、どうにかなりそうです。本当に、すみません”

 

「そうですかそうですか!そりゃあよかった!どうですか?今夜あたり一杯」

 

“はい。どこかでお話したいんですけど、会えませんか?”

 

「じゃあ、6時に駅前の“呑み処マタドール”で。ええ、いつもの焼肉屋です」

 

“ありがとうございます。ところで、令子さんは、何か言ってましたか”

 

「あ、桃井は今、海外出張中でして!はい、詳しくはお会いした時に。失礼します」

 

相手が切るのを待って受話器を置く。やっぱり島田がじっと見ている。

妙なところで勘の鋭い島田を警戒してごまかす大久保。

 

「あー、島田。今日、得意先と接待だ。

俺、定時に帰るからお前も早めに仕事切り上げろ」

 

「はい……」

 

そして、大久保は急ぎでない仕事を明日に回し、

必要最低限の仕事の処理に取り掛かった。納期の迫った仕事を全て片付けた頃には、

もう5時を回っていた。終業時刻のアラームが鳴る。

大久保はハンガーに掛けてあった上着を羽織ると、島田に声をかける。

 

「おい、島田。今日は終わりだ。鍵閉めるから出てくれ」

 

「はい~」

 

ガチャッ

 

窓の鍵、電気の消し忘れを確認し、島田がオフィスから出ると、

大久保はドア右上のパネルを開け、中のスイッチを押してドアを施錠した。

 

「じゃあ、島田。お疲れ」

 

「お疲れ様でした~」

 

島田と別れた大久保は真司との待ち合わせ場所へ向かった。

 

 

 

 

 

──呑み処マタドール

 

 

店内に威勢のいい店員の声が響き、あちこちで肉の焼ける音が弾け、

火の着いた脂が燃え上がる。

大久保はトングで牛カルビをひっくり返しながら一人ぼやく。

 

「正直うちもよぉ、この商売長くは続かねえんじゃねえかって思うわけよ。

そろそろ新しいビジネス考えねえと生き残れないと……って聞いてんのかよ真司」

 

目の前でぼーっとしている真司。大久保はため息をつくと改めて問う。

 

「……お前さあ、本当になにやってんだ?

ヤバいことに首突っ込んでんじゃねえだろうな」

 

「すみません……」

 

神妙に答える真司の顔にはガーゼや絆創膏。首からは包帯が覗いている。

完治したとは言え、傷跡は簡単には消えないし、タイガとの戦闘で付いた生傷もある。

 

「確かにやることはやっとけつったけどよぉ、

“歌舞伎町の路地裏で身元不明の遺体発見”なんてニュースなんか勘弁だぞ。ほら」

 

「どうも……」

 

大久保は真司のグラスにビールを注ぐ。

真司は一気に飲み干すと、今度は大久保のグラスに注いだ。

 

「おっとと、サンキュ。……で、これが例のブツだ。令子から預かっといたぞ」

 

大久保はカバンから大きな封筒を取り出し、真司に渡した。

優衣から受け取った洋館の写真と、住所のメモ。そして不動産登記簿の写し。

 

「凄い……ありがとうございます!」

 

「帰ったら令子にも礼言っとけよ?」

 

「はい!」

 

さっそく真司は書類に目を通す。この住所にこの屋敷がある。

ここに何があるのかはわからないけど、

優衣ちゃんに起こってることの手がかりがあるのは間違いない!

で、この登記簿の写しは……なんかごちゃごちゃしててよくわかんないな。

 

ええと、重要そうなのが、“所有者、神崎**”。

 

神崎!?誰だこの人!多分優衣ちゃんのお父さんか親戚か誰かなんだろうけど、

とにかく神崎士郎が関わってるのは間違いない!

401号室の資料からこの写真が出てきたんだから!

明日、優衣ちゃん連れて蓮と見に行こう!

 

ただならぬ様子で資料を読む真司を、大久保は内心不安な気持ちで見ていた。

 

 

 

「それじゃあ、ごちそうさまでした!」

 

「おう!っていうかお前全然食ってなかったろ!じゃあな!」

 

大久保は駅前で真司と別れると、自分も家路に着くため駅に向かった。

 

ピロロロロ!

 

携帯が鳴ると大久保は本体を開いて通話ボタンを押した。

 

「はい、大久保です」

 

“あ、編集長。桃井です”

 

「おお令子か、どうだった」

 

“編集長。連絡できなくてすみません、でも大ネタ拾いました”

 

「本当かよ!」

 

“はい。神崎士郎の研究資料手に入れました。それと、彼の死亡診断書のコピー”

 

「ええ!?マジかよ……じゃあ、あのビデオに映ってた神崎士郎は死人ってことか?」

 

“これを見る限りそうとしか……”

 

「ああくそ、惜しいな。今ちょうど真司と会ってたところなのに」

 

“ええっ!?城戸君、また会社に来てたんですか?”

 

「いや、違う違う。ちょっと帰りに待ち合わせして今の具合聞いてみただけだ。

例の資料も渡しといたぞ」

 

“はぁ……そうですか。ありがとうございます”

 

「とにかく、明日詳しく聞かせてくれ」

 

“わかりました”

 

「じゃあな、お疲れ。切るぞ」

 

大久保は携帯を切る。以前真司が会社に戻ってきた時、

神崎士郎の事を知っていたようだった。だが、令子の持ち帰った資料によると、

真司は既に死んでいるはずの神崎士郎を追っていることになる。

一体何がどうなってんだ?……真司、死ぬなよ。

 

 

 

 

 

翌日。

花鶏の前で真司達3人が出発の準備を始めていた。

蓮と優衣がシャドウスラッシャーに2人乗りし、

真司はズーマーで2人を追いかけることになっていた。

 

「真司君、ありがとう。あの屋敷に行けば、きっと何かわかる」

 

「俺じゃないよ。令子さんのおかげだよ」

 

「そうだ。こいつは何もしてない」

 

「うるせえな!原付じゃ40km/hくらいが限界だから、ゆっくり走ってくれよ」

 

「知らん。住所は知ってるんだろう。後から追いかけてこい」

 

「もう蓮ったら……先に着いたら待ってるから。じゃあ、行こう」

 

そして3人は謎の屋敷へ向けて出発した。

都心からシャドウスラッシャーで約30分、ズーマーで1時間超のところに

その屋敷はあった。時々人の手が入っているのだろうか。

外から見る限り古くはあるが汚れてはいない。

一足先に着いた蓮と優衣は屋敷の様子を眺めていた。

鋼鉄製の門扉があるが、中に入るのは真司を待ってからにした。

 

「どうだ、優衣。なにか思い出したか」

 

「わからない。でも、なんだか見覚えはあるような、そんな気はする……」

 

その時、ズーマーのエンジンが悲鳴を上げながら2人の元へ走ってきた。

真司はズーマーを路肩に止めると、2人に合流した。

 

「ごめん、お待たせ!」

 

「遅いぞ。何時間待たせる気だ」

 

「まぁまぁ、しょうがないじゃない。真司君原付なんだし」

 

「いっそ車の免許でも取ったらどうだ。もういい、入るぞ」

 

「それじゃあ、行こっか」

 

優衣は鉄の門を軽く押してみた。

鍵がかかっていない扉はそれだけでキィ……と音を立てて開いた。

敷地内に入る3人。謎の洋館を前にし、皆、少なからず緊張していた。

神崎士郎、ミラーワールド、そして優衣。全ての答えがここにあるのかもしれない。

期待と不安を胸に、優衣は玄関のドアノブに手をかけた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話 ID: Hit the Jackpot

屋敷に鍵は掛かっていなかった。

優衣がドアノブを回すと、大きな木の扉は音もなく開いた。

慎重な足取りで中に入る3人。当然明かりが点いているはずもなく、中は薄暗かった。

異常だったのは、残された家具やガラス窓全てに白い紙が貼られたり、

布を被せられたりしていたことだ。

 

「これ……榊原さん家とおんなじだ。

登記簿にあった神崎なんとかって人も、ミラーモンスターに気づいてたのかな」

 

龍騎がカードデッキを拾った榊原耕一宅。

彼の家も同じように姿が映るもの全てに封がされていた。

 

「わからん。とにかく進むしかないだろう。」

 

1階の部屋、バスルーム、リビング等を周ってみたが、めぼしいものはなかった。

皆、更に奥へと進む。そして、2階に上がると異様な光景を見た。

1階ではあらゆる鏡になりうる物を隠していたのに、

階段を上がりきったところに並べられた家具には多数の鏡が置かれていたのだ。

少し奥には大型の姿見まである。これは一体何を意味しているのか。

まだ何も分からないが、ミラーワールドを開いた神崎士郎と関係があるのは

間違いないだろう。

 

「お兄ちゃん……」

 

優衣がささやきと共に手を握り込む。その手はゆっくりとだが

サラサラと粒子化していた。それに気づいた蓮が優衣に駆け寄る。

 

「優衣!」

 

「優衣ちゃん!?」

 

「……大丈夫、もう慣れた。こうしてれば治るから」

 

優衣は自分の手を揉むようにさする。

 

「本当に大丈夫だから、ここを探そう?お願いだから。じっとしてる方が怖い」

 

「大丈夫、なんだね?」

 

「平気……ほら、治まってきた」

 

彼女が手を見せると、確かに粒子化はもう止まっている。

 

「……だからと言って時間に余裕があるわけじゃない。急ぐぞ」

 

蓮の言葉で捜索を再開した3人。

一つのドアを開くと、やはりそこには布を掛けられたテーブルや棚ばかりしかなかった。

だが、その中に異質なものがあった。テーブルの上に置かれた1枚の紙。

近づいて手にとって見ると、クレヨンで書いた絵だった。子供が書いたのだろう。

少年と少女が笑顔で手を繋いでいる。

 

「なぜこんなところに子供の絵が……」

 

「あっ!」

 

「どうしたの優衣ちゃん!」

 

その絵を見た瞬間、突然優衣が頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。

 

「ちょっと、待って……すぐ治まると、思う。ああっ!!」

 

「優衣、しっかりしろ!」

 

やはり謎の頭痛に苦しめられる優衣。

彼女の心の奥底に眠るものが呼び覚まされ、頭を痛めつける。

どこからともなく舞い散る黒い羽根。そしてミラーモンスターの名を呼ぶ自分の声。

 

 

“ガルドサンダー、テラバイター、レイドラグーン、バクラーケン、

ギガゼール、シールドボーダー……”

 

 

黒い羽に手を伸ばす自分が見える。相変わらずこだまする自分の声。

しかし、それらは徐々に真司と蓮の声に変わり、やがてはっきりとしたものになった。

 

「……い!おい、優衣!大丈夫か!」

 

「ここ横になって、深呼吸して!」

 

目が覚めると、二人が懸命に自分を介抱していた。

いつのまにか部屋の隅に置かれたソファに横になっていた。

 

「……どうしたの、私?」

 

「ああ、よかった!いきなり倒れたからびっくりしたよ」

 

「やっぱりこれで、この屋敷と優衣、そして神崎士郎に繋がりがあることは、

はっきりしたな」

 

「うん。でも、優衣ちゃんかなり具合悪いみたいだし、

後は俺達だけで調べた方がよくないか……?」

 

「そうだな。優衣、立てるか?無理なら後は俺達が引き受けるが」

 

「ううん、行こう。私、知りたい。自分のこと、全部」

 

「じゃあ……行こうか」

 

心配そうに捜索続行を促す真司。

3人は優衣の記憶を手繰るように、木の床をゆっくりと歩き、屋敷の中を調べていった。

そしてまた別の部屋に入る。ドアノブのラッチが壊れているようで、

軽く押しただけでドアは開いた。

今度は窓もなく、ただ姿見が一つあるだけの殺風景な部屋だった。

開けたドアから差す光以外に光源がないので尚更暗い。

その部屋に足を踏み入れた瞬間、優衣の脳裏にまた奇妙な現象が。

 

 

“優衣!だめだよ!行っちゃだめだ!俺を一人にしないで!”

 

 

少年の叫び声。必死に自分を呼ぶ声。この子は誰。その映像は段々ぼやけ、

 

「優衣、どうした優衣!」

 

蓮の声で優衣は我に返る。気がつくとまた倒れていた。

彼に背中を抱えられ、気を失っていたようだ。

額の汗を拭い、なんとか立ち上がろうとするが、

足に上手く力が入らず、転びそうになったところを真司に支えられる。

 

「ほら、やっぱり無理だって!」

 

しかし、優衣は真司の手を取り、

 

「お願い。ここまで来たら、最後まで思い出したい。あと少し、そんな気がする」

 

優衣が心配な真司は、蓮を見てどうするか無言で問う。

 

「……やるしかないだろう。この際、神崎士郎はどうでもいい。

優衣の決心が固いなら納得行くまで調べるべきだ」

 

「立てる?」

 

「うん、次の部屋、行こう」

 

真司が優衣に肩を貸しながら、2階最後の部屋のドアを開いた。

今度は窓があったが、やはり紙が貼られてガラスが隠されていた。

ただ、部屋の真ん中に椅子が一脚あるだけだ。

 

「ここで、最後だな」

 

真司と蓮は部屋を見渡し、変わったものがないか調べる。

優衣がぽつんと置かれた椅子を見た瞬間、また記憶のフラッシュバックが起こった。

 

「ううっ!……ああ、いた、い」

 

「優衣ちゃん!?しっかりして、ほら、この椅子座って!」

 

優衣を椅子に座らせるが、彼女はなおも苦しそうに頭を抱える。

脂汗が浮かび、激しい頭痛が続く。

そして、とうとう座っているのも辛くなり、床に崩れ落ちてしまった。

 

「優衣、しっかりしろ優衣!」

「だめだ、これ以上は!優衣ちゃん、帰ろう!」

 

そんな二人の声が遠のいていく。そして、目の前に浮かぶのはあの日の光景。

 

 

 

……

………

 

バタン!

 

父は二人を部屋に閉じ込め、冷たく去っていく。いわゆる育児放棄だった。

 

「父さん、開けてよ!」

 

何度もドアを叩く少年。だが、返事が返ってくることも、ドアが開くこともなかった。

 

「うええん、えーん……」

 

椅子に座り泣きじゃくる少女。

 

「優衣、泣くな、ほら」

 

少年は少女に近づき、スケッチブックとクレヨンを差し出した。

そして、二人は一緒に絵を描き出した。何枚も、何枚も、いろんな絵を。

 

「このモンスター達は強いんだ。俺達を助けてくれる。

このミラーワールドには、俺と優衣しかいないんだよ。楽しいことしかないんだ」

 

二人だけの世界で優衣と士郎は描き続けた。

自分達を守ってくれるモンスター、理想の世界を。

 

ドラグレッダー、ダークウィング、マグナギガ、エビルダイバー、

メタルゲラス、ベノスネーカー、デストワイルダー。

 

 

“ミラーワールドも、モンスターも、全部、私とお兄ちゃんが……!?”

 

 

そして、あの日がやってきた。士郎が激しくドアを叩く。突然優衣が苦しみだしたのだ。

 

「父さん、母さん、開けてよ!優衣が大変なんだ、お父さん!お母さん!」

 

やはり返事はない。死んでも構わないという暴力なき暴力だった。

救助を諦めた士郎は優衣に駆け寄る。

 

 

“あの日、苦しくて、寒くて、そして……”

 

 

小さな手からポロリとクレヨンを落とし、床に倒れ込む優衣

 

「優衣!?優衣!だめだよ!行っちゃだめだ!俺を独りにしないで!優衣!優衣!」

 

 

“そうだ、私、あの時……”

 

 

《消えちゃうよ……》

 

 

────私、死んじゃってたんだ

 

 

再びドアを叩きながら助けを呼ぶ士郎。

 

「お父さん!開けてよ!優衣が大変なんだ!」

 

その時、背後から声が聞こえてきた。優衣のそばにある姿見に映った存在。

優衣の鏡像が、話しかけてきたのだ。

 

《私がそっちへ行っていい?》

 

幻ではない。はっきりとこちらを見ている。ただ驚く士郎。

 

《私がお兄ちゃんといていい?》

 

言葉にならないが、妹を失いたくない一心でうなずく。

 

《でも、大人になったら消えちゃうよ。20回目の誕生日に消えちゃうよ。

それでもいい?》

 

「……いい。俺を独りにしないで」

 

すると、ミラーワールドから少女が現実世界に現れた。

現実世界とミラーワールドが接続された次元の歪みにより、屋敷全体で大爆発が起こる。

その時、現実の優衣とミラーワールドの優衣が一体化。

一度は命を落とした優衣が目を覚ます。

だが、爆発で部屋に火の手が周り、泣き出す優衣。

倒れる士郎は顔を煤だらけにしながら、振り絞るように声を出す。

 

「絶対……守る」

 

………

……

 

 

 

「お前は、ミラーワールドの人間だっていうのか……」

 

蓮も、真司も、驚愕した様子で話に聞き入っていた。

 

「20回目の誕生日ってことは……優衣ちゃん、今いくつ?」

 

「19歳。誕生日は、1月19日……」

 

絶句する二人。優衣の記憶を信じるなら、彼女は来月、消える。

その時、いつの間にか後ろに立っていた神崎の声が聞こえた。

 

「今の優衣は、俺と優衣が造り出した虚像だ」

 

「お兄ちゃん……」

 

優衣は苦悶の表情で兄を見る。

 

「だがそれがなんだ。お前はお前だ。こうして生きている」

 

「違う!私、本当は、最初からいない!」

 

その時、優衣の体が再び粒子化を始めた。

 

「優衣ちゃん!」

 

「まだだ!その時じゃない!優衣、お前は存在している!意識を持て!

大丈夫だ、俺が必ず助ける!この戦いの最後に得られる新しい命をお前にやる!」

 

神崎が消え行く妹に必死に呼びかける。

ライダーバトルのマスターではなく、一人の兄として。

 

「もういいよ!お兄ちゃん!」

 

「優衣!」

 

「……これでいいんだよ、そうでしょ」

 

「行くな……」

 

悲しみに満ちた表情で手を伸ばす士郎。

 

「お兄ちゃん、もしもう一度絵が描けたら、モンスターなんかのいる世界じゃなくて、

二人だけの世界じゃなくて、みんなが、幸せに笑ってる絵を、

お兄ちゃんと、一緒に……」

 

「諦めるなよ!また兄貴と絵が描きたいんだろ!

優衣ちゃんが諦めることなんかないんだって!」

 

真司は消え行こうとする優衣に必死に呼びかける。

 

「黙れ、お前に何がわかる!何ができる!」

 

「……優衣ちゃんは、お前と優衣ちゃんが造り出した虚像って言ったよな」

 

「だったらなんだ!」

 

「まだ間に合う!連れていけばいいんだよ!

前に、あの世界は現実と虚構の境にあるって浅倉に聞いた!

あそこなら優衣ちゃんの存在を保てるかもしれない!」

 

「優衣を……連れて行けというのか。サイバーミラーワールドに……!」

 

「迷ってる暇あんのかよ!急がなきゃ手遅れになるだろうが!」

 

真司は手近な窓に貼られた紙を破り、ガラス窓の封を開いた。神崎の顔が映り込む。

決心した神崎は、なおも消えようとする優衣の手を取り、ガラスの前に立った。

次の瞬間、二人は反射する窓に吸い込まれていった。

残された真司と蓮は窓を見つめたまま、そこに立っていた。

 

 

 

 

 

少し時を遡る。

 

「オーライ、オーライ、はーいオッケーです!いらっしゃいませ!」

 

立体駐車場で、警備員の青年が赤色灯を振りながら車を停止位置に誘導していた。

そして、駐車した高級車から上等なスーツを着た中年男性が降り、

スーツから財布を出し、1万円札を青年に渡した。

 

「君、車のウィンドウ、磨いておいてくれたまえ」

 

ウィンドウの隅に鳥のフンが落ちていた。

 

「はい、かしこまりました!ありがとうございます!

……いや~しかし、すごい車ですね。こういう車を乗りこなすには、

人間の方もピカピカじゃないと。俺なんかじゃ全然似合わないよ。憧れちゃうよな~」

 

露骨に媚びを売る青年。

中年男性はやれやれ、といった様子で再び財布を取り出し、また1万円札を握らせた。

 

「じゃ、頼んだよ」

 

「いってらっしゃいませ!」

 

青年は最敬礼した。そして手に入れた紙幣を満面の笑みで眺める。

しかし、立体駐車場に不気味な声が響く。

 

「ライダーの力を手にしながら、まだそんな物乞い地味たことをしているのか」

 

神崎だった。磨き上げられた車体からこちらを見つめている。

 

「あ、神崎さん。

だってライダーになったのはいいけど、他のライダー全然いないんですよ。

これじゃライダーバトルどころじゃないし、ミラーモンスターなんか倒したって

賞金が出るわけでもないし。正直、骨折り損のくたびれ儲けっていうか!」

 

青年は不満そうに赤色灯を振りながらうろつく。

 

「ライダーが集結している特殊な世界がある、としたら?」

 

「え、マジ!?そんなところあるんですか!どこ?どこなんですか!?」

 

「どのパソコンでも良い。“艦隊これくしょん”にログインしろ」

 

「え……?艦これって、あの、ニュースになってるやつ?

なんでそれがライダーバトルと関係有るんですか?」

 

神崎は何も答えずただ青年を見る。

 

「……わかりました。今日は早退けしますね!」

 

青年は制服のポケットから茶色いデッキを引っ張り出す。

そして顔いっぱいに笑みを浮かべてデッキを見た。

体調不良を理由に早退した青年は、1Kの狭い家で万年床を押しのけ、

ノートパソコンを置いて起動。

すぐさまDMM.comにアクセスし、艦隊これくしょんにアカウントを作成した。

そして求められるまま必要事項を入力すると、

彼の体は半透明になり、揺らぐモニターに飲み込まれた。

 

 

 

 

 

Login No.012 佐野満

 

 

 

彼自身は知る由もないが、最後のライダーである佐野が艦これ世界に降り立つと、

そこは誰かの書斎らしき部屋だった。珍しそうに周りを眺める佐野。

 

これって本当にゲームの世界なの?

とりあえずデスクにあるペンを手に取ってみたり、本棚にある本を適当にめくってみた。

軍艦の歴史や兵器運用に関するものが主だったが、興味がないのですぐ元に戻した。

 

窓から景色を眺めると、視界に広がる海、そして大きな港。

軍港だが、その手の知識がない佐野は、ただ綺麗だなぁ、と思っていた。

そうしていると、外で階段の上る足音が聞こえ、部屋の前で止まった。

 

コンコンコン

ノックが3回。思わず佐野は返事をする。

 

「は、はいどうぞ!」

 

「失礼するわよ……」

 

ブルーのロングヘアに、宙に浮かぶ耳あてのような装備、

背中に背負った不思議な機械に目を奪われていると、その少女が自己紹介を始めた。

 

「吹雪型5番艦駆逐艦・叢雲よ。あんた、いや、貴方が提督になるに当たって

必要なナビゲーションを務めるわ。よろしく……」

 

どこか元気がない少女に、佐野は子供のように明るい笑みを浮かべて、手を差し出した。

少女はおずおずと手を握る。

 

「俺、佐野満!うわあ、神崎さんの言ってたとおりだ!女の子が兵器背負ってる!」

 

「……それでは、こちらへ。貴方に当鎮守府の主要施設を案内するわ」

 

「うん、よろしくね!」

 

佐野と叢雲は本館から出て玄関前の広場に出た。

その広さも去ることながら、目の前に広がる大海原に見とれていると、

叢雲から声を掛けられた。

 

「ちょっと!工廠はこっちです。あの施設で艦娘や装備の建造、破棄が可能です」

 

「ああ、ごめんごめん!わかった、何か作る時はあの工場だね!」

 

その後、これまで散々行われてきたように、鎮守府をぐるりと時計回りに回って、

艦娘用宿舎にたどり着いた。そこで二人は立ち止まる。

 

「はぁ、疲れた~結構広いんだね、ここ」

 

「ここが、艦娘宿舎です。戦闘で受けたダメージを癒やすお風呂もあります……

それで、あくまで一般論として気を悪くなさらないで聞いていただきたいんですが、

女所帯の世界なので、覗きを警戒した作りになっていません。

できれば、砲を使わざるを得なくなるような行為は謹んでいただけると

お互いのためかと」

 

佐野は、怒りも笑いもせず、叢雲を見つめた。その視線に怯える叢雲。

そして佐野は口を開いた。

 

「だ~いじょうぶ!俺が興味あるのはコレだけだからさ!」

 

彼は親指と人差し指で丸を作ってみせた。

 

「それより……なんだかさ、君、無理してない?」

 

「え?」

 

「最初から気になってたんだけど、その喋り方、なんか無理に作ってるっていうか。

本当の君じゃない感じがする。俺の気のせいかな」

 

叢雲はしばらく迷ってから事情を話すことにした。

 

「別鎮守府の“私”からの警告です」

 

「よその自分?……ああ、君達は全く同じ姿の自分が生まれることがあるって、

神崎さん言ってた」

 

「そう、高見沢鎮守府の“私”から警告があったの。

来訪者の気分を必要以上に害するような態度は避けろって」

 

「そんなのわざわざ警告するようなこと?初対面の人には、笑顔笑顔!」

 

佐野が叢雲にニッコリと笑みを送る。しかし、

 

「違うのよ!前に、“私”のせいで長門さんが……」

 

「何か、あったの?」

 

「実は……」

 

叢雲は佐野に、かつて高見沢鎮守府で起きた悲劇について語った。

その際、犯人が言っていた。“口の聞き方がなってない”、“ガキは嫌いだ”。

そして、犯人は自分に攻撃を仕掛けようとしたが、

長門が自分を庇って首を折る重症を負った。

 

ひょっとしたら、自分の尊大な態度が

侵略行為の引き金になってしまったのかもしれない。

だから、初対面の相手の寛容さに甘えるな。礼節を忘れるな。絶対に。

 

「それが、“私”から全ての叢雲へのメッセージだった……」

 

佐野は黙って話を聞いていた。そして、叢雲に歩み寄り、彼女の肩に手を置いた。

 

「やめようよ、そういうの。お互い辛いだけじゃん。

俺、細かいこと気にしないほうだし、君もいつもどおりでいいと思うけど」

 

ハッ、と叢雲は佐野を見上げる。少々癖っ毛で、彫りの深い顔が微笑んでいた。

……この人なら、大丈夫。な、気がする。彼女は肩に掛けられた手を払って、

 

「き、気安く触らないで、まだ新米のくせに!案内続けるわ、付いてらっしゃい!」

 

「アハハ、それそれ!やっと地が出たね、そうでなきゃ楽しくないでしょ!

ああ、待ってよ~」

 

そして、二人は最後の作戦司令室のそばを通りかかった。

窓から外を見ている長門に、叢雲は佐野に見えないよう笑顔でうなずき、

長門もほっとした表情を浮かべた。

 

「あそこが作戦司令室。

艦隊を出撃させたり、編成したりしたい時は中にいる長門さんか陸奥さんに頼むといいわ」

 

「あの窓際にいる人が長門って人?わぁ、美人だぁ~」

 

「鼻の下伸ばしてんじゃないわよ!……とりあえずナビゲーションはこれで終わり。

一旦執務室に帰りましょう」

 

 

 

そして、再び執務室に戻った二人。そこで佐野は不思議なものを見る。

ナビゲーションを終えた事により現れた01ゲートを見て驚いた。

 

「ね、ねえねえ叢雲!あれは何!?」

 

「もう、肩叩かないで!あれは01ゲート。現実世界に戻るための門よ。

他の提督方はあれを使って現実世界に残した用を済ませたりしてる。

あれが現れたってことは、あんたは晴れて提督になる権利を得たってことになるけど、

どうする。帰る?それともここで司令官やる?」

 

叢雲は佐野に選択を迫る。多分大丈夫だとは思う、でももしだめ「やるやる!俺、ライダーバトルに勝ち残るためにここに来たんだから」

 

ちょっとでも緊張したのが馬鹿みたい……

 

「わかった。それじゃあ、今からあんたが司令官で私が秘書艦。佐野鎮守府の設立ね」

 

「佐野鎮守府って、俺の基地!?すっげえ!」

 

「大声出さないで、子供じゃあるまいし。はぁ、大丈夫かしら……そうだ、はいこれ」

 

叢雲は佐野に一枚の資料を渡した。

各鎮守府の一覧と、そこを治めるライダー達の大まかな情報が記されている。

佐野は感心しながら受け取った資料を眺める。

 

「う~ん、もう割りとライダーバトル進んでるみたいだね……」

 

懸命に資料を読む佐野を見て、叢雲は尋ねてみた。

 

「ねえ、あんたは何が望みでライダーになったの?」

 

「決まってるじゃん!すんごい金持ちになって、一生安泰な生活をするためだよ!」

 

「はぁ、呆れた。もっと人に言えない宿命とか背負ってるかと思ったんだけど?」

 

「……いや、本当に。外じゃ、俺達バイトなんて使い捨てなんだ」

 

笑顔を振りまいていた満が一瞬悲しげな眼差しを見せた。

だが、次の瞬間、佐野の耳に鈴の音のような金属音が。危機を察知し、窓の外を見た。

広場で真っ赤なヤモリ型モンスター・ゲルニュートがヒタヒタと歩き回っている。

 

クコケケケ……

 

「ミラーモンスターだ!行かなきゃ!」

 

「ええっ!?行かなきゃって、どうするの?」

 

佐野は答えず、ポケットから取り出したカードデッキを左手に持ったまま、

両手の親指と人差し指を立て、両腕をまっすぐ交差。窓ガラスにかざした。

窓ガラスの象と佐野の腰にベルトが現れる。

 

そして構えた両腕を一瞬体に近づけ元に戻し、交差した両腕を左右に開く。

右手の小指を立て、右手を回しながら左手でデッキを装填。

同時に三方向から現れた光の輪郭に身を包まれ、

佐野は獣の皮を張られたアーマーと二本角のついたヘルムを装備した、

仮面ライダーインペラーに変身した。

 

「これが、仮面ライダー……」

 

目にも止まらぬトリッキーな手の動きと、始めて見るライダーの姿に目を奪われる叢雲。

そんな彼女に構うことなく、インペラーは窓から飛び降り、

ゲルニュートへ向けて突撃した。

 

 

 

幸い昼休憩ということもあり、ほぼ全ての艦娘が食堂にいたため、

被害は今のところなかったが、窓からその姿を見た者達の悲鳴が聞こえてくる。

早く始末しなければ。

 

インペラーは他ライダーより秀でた高い脚力でゲルニュートに飛びかかり、

蹴りを放つが、殺気に気づいたゲルニュートに回避される。

敵は背負った巨大な十字型のブレードを手に取り、戦闘態勢に入った。

インペラーも右足を上げ、左手で器用にカードを1枚ドロー。

右脛に装備されたガゼルバイザーに装填した。

 

『SPIN VENT』

 

カードが発動し、インペラーの右腕に

一対の細身のドリル・ガゼルスタッブが装着された。

 

「行くよ!!」

 

高速回転するドリルを手に、ゲルニュートに攻撃を仕掛けるインペラー。

ゲルニュートもブレードで迎え撃つ。ガゼルスタッブを突き刺そうとするが、

ブレードの刃をドリルの間に入れて受け止められた。鍔迫り合いをする気はない。

 

最初の攻撃をさっさと諦め、軽く後ろにジャンプ。次の攻撃の機会を窺う。

だが、一瞬の隙にゲルニュートは高く跳躍し、

吸盤の付いた手で本館3階辺りの壁にへばりつく。

そして、手裏剣型のブレードを思い切り投げつけてきた。

 

すかさず横にローリングして回避するが、立ち上がった瞬間、

ブーメランのように戻ってきたブレードを食らってしまった。

 

「ぐわああっ……!!」

 

コケケケケケ……

 

そんなインペラーを嘲笑い、手元に戻ったブレードをキャッチするゲルニュート。

インペラーはゆっくり立ち上がりながら考える。

なんか分が悪いなぁ。あの手裏剣なんとかしなきゃ。カードを1枚ドロー、装填。

 

『ADVENT』

 

カードの力が発動。インペラーの契約モンスターの一体、ギガゼールを召喚した。

インペラーは四肢から発する電気信号でガゼル型モンスター・ギガゼールに命令を送る。

 

お前の方にブレードが飛んできたら、体を張ってでも止めるんだよ。

 

返事をするようにギガゼールが唸る。

その時、ゲルニュートが再び巨大な手裏剣を放ってきた。

その軌道を見極めるインペラー。敵が狙ったのは増援のギガゼールだった。

 

ごめん、頼むね!

 

ギガゼールはダメージ覚悟で身体全体でブレードを受け止め、両腕の力で回転を止めた。

そしてインペラーは、大振りの攻撃を放って隙が出来た

ゲルニュートのいる方に向かって駆け、その跳躍力で本館3階へジャンプ。

真っ赤な怪物を飛び越し、インペラーは上方からゲルニュートに連続蹴りを浴びせ、

とどめの回転蹴りを叩き込んだ。

 

「はっ、たたたたっ!とぁっ!!」

 

ブゲェッ……!!

 

頭に受けた激しい衝撃でバランスを崩し、地上に転落するゲルニュート。

大の字になって動けない敵を見逃さず、インペラーはガゼルスタッブを真下に向けた。

 

「さよーなら」

 

そして、右腕を敵に向けて一直線に急降下。

落下と体重と武器本来の鋭さでガゼルスタッブがゲルニュートの腹を貫通し、

致命傷を負わせた。ゴスン!と地面に刺さったドリルを抜き取ると、

動かなくなった敵の体が蒸発し、消滅していった。

 

「ふぅ」

 

インペラーは変身を解くと、窓から戦いを見守っていた叢雲に手を振った。

 

「どう?俺強いでしょー。ね!」

 

「あ、ああ、うん。やるわね……」

 

 

 

執務室に戻った佐野は、叢雲とソファに座って向かい合っていた。

 

「頼りなさそうだけど、やっぱりライダーなのね。やるじゃない」

 

「いやあ、照れるなぁ」

 

佐野は屈託のない笑みを浮かべて頭をかく。

 

「調子乗らないの。……で、相談したいことって何?」

 

「うん、今からいろんな鎮守府を回ってスポンサーを探そうと思うんだ」

 

「へ?スポンサー?」

 

思わず変な声が出てしまった。

スポンサー、つまり金銭的支援者を探すライダーなど聞いたことがない。

 

「いや、あんた、ライダーバトルしに来たんじゃないの?」

 

「そうだよ?でも、ライダーだけじゃなくて、

さっきみたいにミラーモンスターとも戦わなきゃいけないんだけど、

そんなの倒したって賞金が出るわけでもない。

だったら誰かお金持ちのライダーに雇ってもらって、一緒に戦ったほうが、

一人で戦うより有利だし、何よりお金が入ってくるでしょ!

凄い時間の有効活用だと思わない?」

 

「あ、あんたねえ……」

 

すっかり呆れる叢雲。ライダーバトルを何だと思っているのだろう。

 

「う~ん、やっぱりお金持ちが最優先で、その次に強そうな人!」

 

そんな彼女の視線に気付かず、佐野は叢雲にもらったライダーの一覧を見て

考え込んでいる。悪い奴じゃないけど、変なのが来ちゃったわね。

 

「よし決めた!ねえ、この北岡って人のところに行きたいんだけど、地図とかない?」

 

「鎮守府間を移動するには、桟橋に停めてある転送クルーザーで転移するの。

この世界は現実世界とは違って各エリアは転送先のデータを

ダウンロードする形で移動する仕組みになってて、

それに必要なのが転送クルーザーってわけ。

艦娘しか使えないから使いたいなら私か適当な艦娘に声かけて」

 

「じゃあさ!さっそく北岡さんのところに連れてってよ!」

 

「はいはい。言っとくけど、この鎮守府の恥になるような粗相はしないでよ」

 

「信用ないなぁ……」

 

 

 

 

 

──北岡鎮守府

 

 

「すっげえ!なに、今の!?なんか世界が真っ白になって空になんかワーッて……」

 

転送クルーザーの転送処理を初めて見た佐野は、目的地に着くなり歓声を上げた。

 

「言ってるそばから子供みたいにはしゃがないで!まったくもう!」

 

「ごめんごめん。で、さっきのって一体何だったの?

転送先だのダウンロードだのよくわかんないんだけど」

 

「サーバー管理者の上級資格がないなら説明だけで丸一週間かかるけどいい?」

 

「あ、やっぱいいや。どの提督も執務室にいるんだよね、じゃあ行こう!」

 

「こら、待ちなさい!」

 

 

 

トントントン

 

北岡が吾郎が入れた紅茶の薫りに酔っていると、突然の来客が。

浅倉ならこんなに行儀よく訪ねてくるはずもないし、スケジュール帳にも予定はない。

飛鷹を見るが肩をすくめるばかりだ。誰だろう。

北岡が声を上げる前に吾郎がドア越しに対応に出た。

 

「どちら様でしょうか」

 

“あ、突然すみません。俺、仮面ライダーインペラーの佐野満と申します!

誤解しないでください!今日はライダーバトルじゃなくて、

ビジネスのお話をしたいと思ってお邪魔しました”

 

吾郎がこちらを見る。ビジネス、か。

ライダーとビジネスがどう繋がるのか興味が出たので

聞くだけ話を聞いてみることにした。黙って頷くと吾郎がドアを開けた。

 

「どうぞ」

 

「失礼します!うわぁ、気品にあふれるオフィスですね!あ、貴方が北岡先生ですね。

はじめまして、先程も申しましたが、俺、こういう者です!」

 

佐野はカードデッキに入れていた名刺を抜き取って北岡に渡した。

 

<仮面ライダーインペラー 佐野 満>

 

「ふぅん。まぁ、一応ビジネスマナーだからね」

 

胡散臭そうな目で佐野の名刺を見ると、北岡も名刺入れから一枚渡した。

 

「なるほど、じゃあおたくも新人ライダーの1人ってわけ?」

 

「はい、そうなんです!凄いな、弁護士先生かぁ。

それに俺、先生みたいにかっこいい人初めてお会いしましたよ」

 

「確かに俺は金持ちで天才でかっこいいけど?それが何か」

 

「あ、ええ。できれば……先生に雇ってもらえないかなって。俺、強いっすよ。

きっと役に立つと思うけどなぁ」

 

「あぁ、いいよいいよ吾郎ちゃん。この人もうすぐ帰るから」

 

吾郎が佐野に出そうとした湯呑みを持って去っていった。

 

「あれ?だめっすか」

 

「あのさ、俺に取り入ろうとしたって無駄だから。

それにライダー同士で組むの、性に合わないんだよね」

 

「残念だなぁ、じゃあ、他に知ってるライダーが居たら紹介してもらえません?

できれば紹介状かなんか書いてもらえると嬉しいですけど」

 

「ふーん、紹介状ね……いいよ。そこ座って待っててよ」

 

「ありがとうございます!やった~」

 

そして、佐野はソファに座り、北岡は10分程度かけて便箋にペンを走らせた。

 

「佐野君だっけ?できたよ、ほら」

 

北岡は白い封筒に手紙を入れて佐野に手渡した。

 

「本当に、ありがとうございました!俺はこれで!」

 

用が済んだら佐野はとっとと執務室から出ていった。呆れた飛鷹が北岡に話しかける。

 

「なんだったの、あの人。金でライダーバトルやるとか信じられない」

 

「俺に聞かれても困るよ。しかし、あんなのがライダーとはねぇ。世も末だよ」

 

「全くです……」

 

室内の3人が同時にため息をついた。

 

 

 

桟橋で待っていた叢雲に佐野が手を振りながら走ってきた。

 

「おーい叢雲!大成功!

契約はできなかったけど、他のライダーの人に紹介状書いてもらった!」

 

「大声出さないでって言ってるでしょう!紹介状?一体誰宛なの」

 

「浅倉威っていう人」

 

「あんた馬鹿じゃないの!?私があげたライダーの一覧見なかったの?」

 

「うん、一番凶暴なライダーなんでしょ。大丈夫。俺、人のご機嫌取るの得意だから」

 

「はぁ……浅倉提督がキレる前に逃げるのよ?」

 

二人は再度転送クルーザーに乗り込み、叢雲が舵を握った。

 

 

 

 

 

──浅倉鎮守府

 

 

その日、浅倉は珍しく薄暗い穴蔵から出て広場でうろついていた。

小石を蹴飛ばして噴水に入れたり、木の枝を拾って軽く振ってみたり。

特に意味はなかった。なんとなく外で体を動かしてみる気になったのだ。

そんな彼を見る艦娘達の目は二種類。

 

一つはまた何か面白いことをしでかすんじゃないか。

彼にとっては昔のことだが、深海棲姫撃滅の衝撃は大きく、

浅倉は今だ一部の艦娘の間で、いわゆる“神”のような存在であり続けていた。

 

もう一つは正反対で、その刃が自分達に向くのではないかという恐れ。

彼の殺人犯としての素顔は既に皆が知るところであり、

彼が破壊衝動を今度は艦娘に向けるのではないかという危惧だった。

 

だが、そんなことはどちらも知ったことではない浅倉は

木の棒で噴水の水たまりをかき回していた。その時。

 

 

「すいませーん、先輩!」

 

 

慌てて浅倉に走り寄って転ぶ佐野。だが、気にせず転がりながら話し続ける。

 

「はじめまして!いやあ、お噂はかねがね!鬼神のような戦いぶりだったとか!」

 

やっと起き上がるがその口が止まることはなかった。

 

「はは……いやぁ、お強い!凄いなぁ……」

 

「なんだお前は!?」

 

さすがの浅倉もこの珍妙な訪問者に驚いたようだ。

 

「あ、失礼しました。俺、こういうもので……」

 

佐野は浅倉に名刺を渡した。が、受け取った浅倉は一瞬目を通すと投げ捨てた。

“仮面ライダー”の文字に反応したのか、浅倉は佐野をじっと見る。

気まずくなった佐野は急いで上着のポケットから白い封筒を取り出した。

 

「あぁ、これ、北岡先生に書いてもらった紹介状なんですけど……」

 

それを差し出すと、浅倉はひったくるように受け取って封を破いた。

 

「あ、お疲れでしょう?俺、肩揉みますから……そういえば先輩、

どっかで見たことあるような。もしかして、テレビに出てませんでした?芸能人とか!」

 

おべんちゃらを使いながら浅倉の肩を揉む佐野。しかし、浅倉が封筒の中身を見せた。

 

「なんだこれはぁ?」

 

 

<まぬけ>

 

 

「舐めてるのか……」

 

青くなる佐野。浅倉がじっとこちらを見ている。

 

「い、いえ。それは、その……ご、ごめんなさい、ごめんなさい!!」

 

佐野はパニックになり一目散に逃げだした。

 

 

 

ほうほうの体で桟橋にたどり着いた佐野は完全に息が上がっていた。

 

「はぁ、はぁ……ひどいよ北岡先生」

 

「何があったのよ、そんなに急いで」

 

「大丈夫、ちょっとしたアクシデントだから……えと、次はどこ行こうかな」

 

「まだやるの?」

 

「当然!せっかくライダーの力を手に入れたんだから、最大限活かさないとね」

 

活かす方向を間違えている、と言おうとしたが、

どうせ聞き入れやしないと思い直し、結局黙っている叢雲だった。

 

 

 

 

 

──???

 

 

二人は鎮守府の広場に降り立った。優衣は神崎に手を取られ、艦これ世界に降り立った。

いや、正確には……

 

「優衣、ここなら安心だ。誰もいないが、代わりに誰もお前を傷つけない」

 

「お兄ちゃん……」

 

あの屋敷から、幾つものミラーワールドを経由してたどり着いた、

サイバーミラーワールドのひとつ。

 

「ここはダミー鎮守府。

元々、艦隊これくしょんの新規キャラクターや特殊海域実装前に、

テスト用のエリアとして使われていたが、新機能の実装等で仕様が合わなくなり、

今は放棄されている……優衣、具合はどうだ」

 

「……もう、大丈夫。頭も全然痛くないし、

上手く言えないけど、身体もなんだかはっきりしてるような気がする」

 

「よかった……」

 

安堵する神崎。真司の予想通り、現実でも虚構でもあるこの世界では、

優衣は存在し続けることができる。だが、優衣は神崎の手を握り返して懇願する。

 

「よくないよ。私が無事なら、もう満足なんでしょう?

ライダーバトルなんかやめて、ミラーワールドを閉じて。

ライダーの人達に殺し合いなんかさせないで!ゲーム世界のみんなを巻き込まないで!」

 

「……それはできない。お前をこんなところで独りにはさせない。

必ずお前に新しい命を持ってくる。お前には楽しい人生が待っているんだ。

こんなデータの海の片隅で終わらせたりはしない。絶対に!」

 

「やめて!これ以上続けるなら、もうお兄ちゃんを兄だとは思わない!」

 

「優衣……お前は絶対に消えない。そのためだけに、俺は存在してきた」

 

必死の覚悟で神崎に訴える。だが、その叫びは神崎には届かなかった。

 

「どうして……!私、みんなの命と引き換えの人生なんかいらない!」

 

優衣はその場にうずくまる。なぜたった一人の兄妹なのにわかりあえないのだろう。

その目から涙があふれてくる。見かねた神崎が視線をそらす。

 

「優衣、生活に必要なものはいくらでもある。この本館を探すといい。

毎日、日付が変わると元通りになる……寂しい思いをさせるが、待っててくれ」

 

「お兄ちゃん!」

 

優衣が呼び止めるが、神崎は噴水の水面の中へ去っていった。

 

「真司君、蓮、お兄ちゃんを止めて……」

 

優衣のつぶやきは届くはずもなく、

サーバーの中でただのテキストとして処理されていった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話 Boon Accomplices

優衣と神崎を見送った真司と蓮は、互いに無言のまま屋敷を出た。

蓮は早足で、真司は思い詰めた足取りで。

二人がそれぞれ愛用のバイクにまたがろうとした時、やっと真司が口を開いた。

 

「なあ、蓮……」

 

「なんだ!」

 

蓮が苛立ちを隠さず応える。

 

「さっきは優衣ちゃんが危なかったから考えもしなかったけどさ、

本当に神崎に優衣ちゃん任せてよかったのかな」

 

「今更迷ってるのか。お前は本当の馬鹿だな」

 

「ごめん……」

 

「俺に謝ってどうする。とにかくサイバーミラーワールドに帰るぞ。

優衣の無事を確認するのが最優先だ」

 

「うん、そうだった。……いや、そうだ、恵理さん!

艦これには俺が先に帰るから、ひと目恵理さんに……」

 

「俺が近くにいれば目を覚ますとでも言いたいのか!今はもう12月だ!

来月には優衣が消えるんだぞ!さっさと何らかの答えを出さないと、

結局誰も助からないままライダーバトルが終わる!」

 

とうとう怒りを露わにする蓮。だが真司は、

ライダーバトルを続ける意味を失った状況で、なお戦おうとする蓮を止める。

 

「なんでまだライダーバトルにこだわるんだよ!もうわかっただろ!?

神崎は優衣ちゃんに与える新しい命を選ぶためにライダーバトルを仕組んだんだよ!

なんでも願いが叶う“力”なんて嘘っぱちだったんだよ!どうしてまだ戦うんだよ……」

 

「……それでも、ほんの僅かでも可能性があるなら、俺は戦う」

 

「蓮……」

 

「城戸。お前はいつも肝心な時に迷ってばかりだが、

それで誰かを救えたことがあるのか」

 

黙ってうつむく真司。

蓮も、もう何も言わず、今度こそシャドウスラッシャーに乗って去っていった。

真司はしばらく師走の風に吹かれながら、何も考えることができず、

もやもやとした気持ちだけを抱え込んでいた。

 

 

 

 

 

──佐野鎮守府

 

 

そして、相も変わらず佐野はスポンサー探しに精を出していた。

昨日はダメだったけど、今日は誰にしようかな。ライダー一覧を見ながら考える。

すると、変わった名前のライダーに目が留まった。名前に“ライダー”が付かない。

現実世界の職業……教授!すげえ、絶対金持ちに決まってる!

それに?教え子が仮面ライダータイガ!お金持ちでしかも二人組!

なんで最初に気づかなかったんだろう!“総合戦果”に気を取られてたよ。

俺とほとんど同時に来たから開放した海域とかはまだないみたい。よーし、行くぞ!

 

「ねえ叢雲!今日は香川鎮守府お願い!」

 

「まだ続けるの?」

 

「うん、次は絶対うまくやるから!」

 

「そういうことじゃなくて……もういい」

 

叢雲は、ため息をついて舵を握ると、面倒くさそうに音声コマンドを宣言した。

世界が白に染まる。流石に佐野も2度目は驚かなかったが、

やはり珍しそうに再構築される過程を珍しそうに見渡している。

そして、転送先データのダウンロードが終わった。

 

 

 

 

 

──香川鎮守府

 

 

「……なるほど、それで我々と手を組みたいと?」

 

香川の執務室を訪ねた佐野は、ソファでテーブルを挟んで

香川と東條と向かい合っている。二人の前には例の名刺が。

東條は何も語らないが、明らかに疑わしげな目で佐野を見つめている。

 

「はい、新聞を見たんですけど、コアミラーをぶっ潰して

ミラーワールドを閉じるためにこの世界にいらしたとか。なんか面白そうですよね!

まさにゲームの世界で大冒険、って感じじゃないですか!」

 

「誤解のないように言っておきますが、

我々は個人的動機で動いているわけではありません。

全てはより多くの人間のため、英雄的行為なんですよ。

そのためなら手段は選ぶつもりはありません。既に方法は失いましたが、

彼の行動原理となっている神崎の妹を暗殺することも計画していました。

仮に、もし可能ならば、逆にこの世界を崩壊させ

コアミラーを巻き込み消滅させることも厭いません」

 

「うわあっ、スケールの大きい計画なんですね!それに、英雄ですか!?

知的で大胆……すごいなあ、憧れちゃうなマジで。知的な人って憧れるんですよ。

俺、頭悪くって」

 

アハハ、と愛想笑いをして頭をかく佐野。対する無表情の二人。

 

「それで、先程もお話した、今日お伺いした件なんですが、俺を雇って頂けませんか?

俺、仮面ライダーですし、こう見えても結構強いんです。……条件さえ見合えば」

 

やはり心中の読めない目で佐野を見つめる香川。しばしの間沈黙する三人。そして、

 

「……君に我々のことが理解できるとは思えない。

が、結論から言いますと、我々は君と契約することにしました。力を貸してください」

 

香川は表情を変えることなく手を差し出した。

佐野が顔だけで大喜びし、頭を下げながら両手で香川の手を握る。

 

「わぁ……ありがとうございます!

頑張りますんで、よろしくお願いします!先生、先輩!」

 

「……東條でいいよ」

 

東條は怪しいお調子者を受け入れた香川をちらと見て、ぼそっとつぶやいた。

 

ゴツ……

 

その時、部屋の外から物音が聞こえた。すぐさま東條が立ち上がり、ドアを開ける。

そこにいたのは薄桃色の紙を後ろで束ねた艦娘、青葉だった。

右脇に抱えた砲を壁にぶつけてしまったようだ。

 

「青葉、聞いちゃいました……」

 

「……提督命令。大声を上げずに中に入って」

 

「はい……」

 

東條の命令で青葉がゆっくりと執務室に入り、彼がドアの鍵を掛けた。

そして青葉はソファの二人と東條に囲まれる形で部屋の中央に立った。

香川が青葉に尋問を始めた。

 

「さて、どこから聞いていたんでしょうか」

 

「全部です。神崎の妹を殺そうとしていたこと、

コアミラーを壊すためなら私達の世界を犠牲にしても構わない。

佐野提督が入られてからの皆さんの会話はほとんど……」

 

「わかりました。では、残念ですが……」

 

香川が目配せすると、東條がポケットから虎の紋章が施された青いデッキを取り出した。

 

「何か言い残すこと、ある?」

 

ガラス窓にデストワイルダーの姿が映る。だが、青葉は意を決して言い放った。

 

 

「青葉も、皆さんの仲間に入れてください!」

 

 

これには一同驚き、さすがの香川も面食らった。しかし、すぐに平静さを取り戻し、

 

「我々に加担することであなたに何のメリットが?それともただの命乞いでしょうか」

 

「ち、違います!青葉も守りたい人……みたいな人がいるんです。

ミラーモンスター封印に協力したいんです!」

 

「……口先だけなら何でも言えるよね。

君、僕が英雄になるのが気に入らないみたいだし」

 

「誤解です!青葉は、幸せを掴む方法は一つじゃないことを、

司令官に知ってもらいたいだけなんです!」

 

香川は青葉の言葉に何かを感じ取った。

今にもデストワイルダーをけしかけようとする東條と、必死に訴える青葉。

 

「我々としても、無益な殺生は避けたい。何か具体的な形で、

あなたが我々に協力する気になった動機を示してもらいたいものです」

 

つまり、証拠を見せろということ。

青葉はカバンの中から書類を取り出し、テーブルに広げた。

そこに書かれていたのはいくつかの円グラフ。皆がそれを覗き込む。

 

「全ライダー鎮守府の“青葉”に頼んでアンケートを実施しました。

皆さんの行動方針が艦娘に受け入れられるかどうか」

 

「ほう……」

 

 

 

○アンケート “究極の二者択一について” (対象者304名:艦種問わず)

 

問1.多くを助けるためなら、大切なひとり(自分含む)を犠牲にしても構わない

 

そう思う:5.7 %

どちらかと言えばそう思う:12.6 %

そうは思わない:42.4 %

どちらかと言えば思わない:35.3 %

無回答:4.0 %

 

>自由回答欄

・助けるべき人、見捨てていい人、そんなの誰が決めるの?

・大義のための犠牲はかつての悲劇の繰り返しでしかない。

・この設問は侮辱的だ。艦娘の存在意義を否定しようとしている。

 

問2.大切なひとり(自分含む)を救うためなら、多くを犠牲にしても構わない

 

はい:45.2 %

いいえ:50.9 %

無回答:3.9 %

 

>自由回答欄

・正直に言うと、死ぬのは、怖い……出撃の度に思ってる。

・艦娘は皆を守るために存在している。誰かを身代わりにする事はあり得ない。

・提督が死んだら、って考えると……艦娘の使命を忘れそうになるネ。

 

 

 

「ふむ、興味深いデータですね。立場を入れ替えた場合に見られる意見の相違。

大いに参考になりましたよ」

 

「なぁんだ。“犠牲はよくない”とか言っときながら、

結局自分や大事な人のためなら他人なんかどうでもいいんじゃないか。

こんな連中に僕らの英雄論が理解できるわけない。

先生、いっその事、提督権限で全員操り人形にしたほうがいいと思うんですけど。

僕らの戦いを邪魔しかねない」

 

「お待ちなさい。提督権限で大勢の艦娘の自我を奪うには途方もない時間がかかります。

……青葉さん」

 

「はいっ……!」

 

眼鏡の奥の静かな視線に射すくめられ、思わず声が上ずる青葉。

 

「英雄的、とまでは言えませんが、あなたの行動に確かな意志を見た気がします。

我々がこの世界でコアミラー捜索をスムーズに行えるよう、力を貸してください」

 

「先生、いいんですか!?」

 

「前にも言った通り、コアミラーを探し出すには時間がかかります。

腰を据えて調査に当たるには地盤を固めなければ。

艦娘の味方は多いに越したことはありません」

 

「じゃあ、僕達4人、これからはコアミラーってお宝を求める秘密の仲間ですね!」

 

佐野が場の雰囲気を読まない呑気な発言をする。

だが、一人だけその言葉に反応を示した。

 

「……仲間」

 

小さな、本当に小さな東條のささやきは、他の誰にも聞こえなかった。

 

「では、青葉君。我々の詳しい行動方針に付いては秘密厳守でお願いしますよ。

とりあえず、佐野君の隣にお座りなさい」

 

「はい!」

 

青葉は部屋の隅にゴトゴトと重い艤装を置くと、佐野の隣に座った。

東條もデッキをしまい、ソファに戻った。

 

「さて、我々の計画に加わったばかりの佐野君と青葉君に説明しておきましょう。

実は、我々がこの世界に来たのは、ミラーワールドを閉じるためだけではありません」

 

「え、それは何なんでしょう!?」

 

「待ちなさい、メモは取らないで。ここでの話は極秘だと言ったはずですよ?」

 

「ああ、すみません……」

 

いつもの癖で手帳を取り出していた青葉は慌てて引っ込めた。

 

「続けましょう。お二人は、タイム・パラドックスという言葉を知っていますか?」

 

初めて聞く横文字の言葉に青葉は首を傾げる。

 

「さぁ……すみません、青葉にはちょっと」

 

「あ、知ってます!タイムトラベルの映画で博士が言ってました!

それのせいで宇宙全体が吹っ飛ぶって!あのタイムマシンかっこよかったなぁ。

ドアが翼みたいに上に開いて……」

 

「その通り。本来私達が生きているのは2002年。

この艦これの世界が存在しているのは2013年。

これが何を意味しているかわかりますか?」

 

やっぱり訳がわからない青葉。手を上げて質問をする。

 

「あのう、青葉にはタイムなんとかの時点でわからないんですけど……」

 

香川は面倒がらずに青葉に説明を始めた。

 

「タイム・パラドックスとは、

自由な時間移動が可能であるという仮定の上で起こりうる矛盾のことです。

物騒な例えになりますが、仮に、自分が生まれる前の時間に遡り、

生みの親を殺す。そうするとどうなるでしょう。

今、存在している自分は一体誰から生まれたのか。

そういう疑問、それが、タイム・パラドックスです。

 

宇宙には因果律というものがあります。

簡単に言えば、文字通り原因と結果はひとつであるという理です。

ですが、今挙げた例のように、タイム・パラドックスによって

原因と結果の不一致が起こると、佐野君が言った

宇宙を巻き込む崩壊が起こる可能性がゼロではない。

 

とは言え、宇宙には事象の修復力があり、人間一人の生まれ方のズレなど

様々な要素で辻褄を合わせて修復してしまう。宇宙崩壊の危険性などほぼゼロです。

……しかし、ゼロではない。ゼロでなくてはいけないのです。

ゼロコンマ以下に果てしない数のゼロを連ねてようやく1を書いたような確率でも、

決して存在してはいけない。

何かの間違いで一度起こってしまえばそれまでなのですから。

 

だから、我々がここに来たのは、ミラーワールド封印だけでなく、

この未来のゲームと2002年の世界の繋がりを断ち切るためでもあるのです」

 

丁寧な香川の説明のおかげで、長くなった話もすんなり飲み込めた青葉。

まさか、自分達が生きる世界が、ただそこにあるだけで危険なものだったなんて……

 

「な、るほど。その、時間的矛盾で生じる宇宙崩壊を防ぐために必要なのがやっぱり、

コアミラー?」

 

「……の、破壊です。理解が早くて助かりますよ。あまり時間がありません。

2013年を迎えた時、存在するはずのない2002年当時のプレイヤーデータが見つかれば、

タイム・パラドックスの引き金になり得ます。

しかし、その肝心なものの手がかりがどうしても見つからない。困ったものです……」

 

香川はソファに背を預け、深く息をつく。

また執務室に沈黙が降りるが、その時、佐野が手を上げた。

東條があまり期待せずに聞いてみた。

 

「何?」

 

「あの、コアミラーはのことは全然わかんないんですけど、

まずこの人達味方に付けませんか?」

 

佐野はテーブルに広げてあった円グラフを手に取った。

そして、“そうは思わない”の辺りを指差す。彼の意図がわからない香川が尋ねる。

 

「味方にする、とは?鎮守府の艦娘全員に我々の思想を説いても、

提督権限で自我を奪う以上に時間がかかりますよ?」

 

「違うんですよ!実は俺の契約モンスター、ちょっと変わってまして……」

 

「と、言いますと?」

 

「大きな声じゃ言えないんですけど……」

 

4人とも身を乗り出して佐野の話に耳を貸す。

それは突拍子もないものだったが、確かにある程度の効果が見込めるものだった。

そして、日時と段取りを話し合った。4人だけの内緒話。

東條にとっては、初めての経験。目の前に青葉、佐野、香川の顔が。

まるで子供達が宝物を入れたブリキ缶を埋めて秘密のタイムカプセルを作るように、

英雄への憧れで凝り固まった東條の心に、暖かいものが染み入るような気がした。

 

「……つまりは、自作自演をしろと?」

 

「ま、まぁ、そういう表現もあります。

でも、そんなに悪いことばかりじゃないと思うんです!誰も傷つけるわけじゃないし、

艦娘のみんなに先生方の理論が正しいとわかってもらうための……

そう、これは実践的講義っていうやつなんです!多分!」

 

「物は言いようですね……」

 

呆れて物が言えない、という様子の青葉。

 

「でも、面白そう。

先生の思想を伝えるのに、危機感を利用するのはいいアイデアだと思う」

 

意外にも東條が提案に乗ってきた。

 

「英雄とは程遠い所業ですが……手段を選んでいられないのは話した通りです。

わかりました、決行しましょう」

 

香川の決定で佐野の提案が採用された。4人はもう一度日時、段取りを確認し、解散。

香川を除く3人がぞろぞろと執務室から退室した。

計画が決まると、佐野はさっさと本館から出て行ったが、

青葉と東條はなんとなく一緒に歩いていた。

青葉は何か話したいと思うのだが、なかなかその何かが出てこない。

 

「君も、英雄を目指す気になったのかな」

 

言葉が見つからない青葉より先に東條が口を開いた。先日怒らせてしまったのに、

どこか態度が軟化しているような気がする。若干明るい口調で話しかけてきた。

 

「え?」

 

「あのグラフ。今の状況を変えたいと思ったから作ったんでしょ?」

 

「確かに……状況を変えたいと言えば、そうなります」

 

「もっと堂々とすればいい。確かに先生に追いつくにはとてつもない努力が必要だけど、

英雄を夢見ることはいいことだよ。実際僕もそうだしね」

 

どうしよう、聞きたいこと、言いたいことはたくさんあるのに、

せっかくの彼の機嫌を損ねて、また険悪な雰囲気になりたくもありません。……ここは。

 

青葉は東條の手をそっと握って顔に近づけた。思いがけない行動に思わず目を見開く。

 

「司令官。もう、英雄以外の幸せだの、誰かの愛情だの言いません。

でも、これだけは聞いてください。この繋いだ手を失いたくない。

青葉はそう思っています。それだけです。……それじゃあ、当日。頑張りましょう」

 

静かに手を放し、青葉は去っていった。階段の踊り場で、東條は一人言葉を失っていた。

自分の手を見つめる。気づくとその手は震えていた。

今日、初めて経験した仲間意識らしきもの、皆と過ごした秘密の時間、

その手に残る温もり。それらが東條の脳裏を駆け巡り、彼の心が、

 

 

軋んだ。

 

 

 

 

 

その頃、佐野は桟橋で待っていた叢雲に手を振っていた。全力でこちらに走ってくる。

 

「どれだけ待ったと思ってるの!すぐ帰ってくるって言ったじゃない!

もう待ちくたびれちゃった!」

 

「ごめんごめん!予想以上に商談がうまく行ってさ。色々詰めてて時間かかっちゃった」

 

「色々?この私を待たせなきゃいけないほど何話してたのよ」

 

「ああ、そのことなんだけどさ、伝えたいことがあって……」

 

「何よ改まって」

 

そして、佐野は作戦の第一段階を実行した。

 

「提督命令。

“この前見た俺の契約モンスターのことは忘れて。この命令があったこと自体も”」

 

「……わかった」

 

すると、叢雲の頭脳から、ゲルニュートが現れた日、インペラーが使役していた

ギガゼールの記憶が完全に消去された。この削除命令を含めて。

ほんの一瞬だけ意識を失う叢雲。

 

「はっ、あれ?私、何してたのかしら」

 

「ごめーん、待たせ過ぎちゃって。ちょっと居眠りしてただけだよ。

それじゃあ、俺達の鎮守府に戻ろうよ」

 

「う、うん。わかった」

 

叢雲は奇妙な違和感を覚えつつ、舵を握った。なんだったのかしら、今の。

居眠りした割には全然時間が経ってない。

ああもう、きっとこの変な司令官にあちこち連れ回されたから、

感覚が変になってるのね。今日は早めに休むことにしましょう。

 

 

 

 

 

──東條鎮守府

 

 

2日後、本館前広場。

遊歩道の脇にたくさんの庭木が植えられ、主張しすぎない大きさの庭石が

適度な間隔で配置され、大きな噴水付きの池がある。

 

そんな広場で大勢の艦娘達がベンチでお弁当を広げたり、お喋りしながら歩いたり、

思い思いに過ごしていた。ここに、先日何事かを計画した4人が集合していた。

と言っても、全員が固まって行動しているわけではない。

 

佐野は噴水から離れたベンチに座り、

青葉は遊歩道で草花を撮影している、ふりをしていた。

香川と東條は噴水近くで立ち話をしていた。傍目には至って平和な光景だったろう。

 

その時までは。

突然香川達の耳に金属が反響する音が響く。ミラーモンスターが接近している合図だ。

その場で香川は大声を上げる。

 

「皆さん逃げてください!ミラーモンスターです!水辺やガラスには近づかないで!」

 

同時に、噴水の水面や本館の窓ガラスから、無数のガゼル型ミラーモンスターが現れる。

槍を持つもの、羊のような角を持つもの、尖った角が刃物となっているもの、

多種多様なミラーモンスターの軍勢が飛び出してきた。

絹を裂くような悲鳴があちこちで響く。逃げ惑う艦娘達。

 

「戦おうとしないでね……!ミラーワールドに引きずり込まれたら、

艦娘でも一瞬で蒸発しちゃうから」

「ええっ!?みんなこっちよ、急いで!」

 

砲を構えていた軽巡の一人が攻撃を諦め、

小さな駆逐艦を連れて、反射物のない倉庫の影に避難していった。

 

「東條君、そろそろいいでしょう」

 

「はい、先生」

 

香川は池の水面にデッキをかざす。水面の像と現実世界の香川の腰にベルトが現れると、

カードデッキを空高く放り投げた。そして半歩前に出ると、

 

「変身!!」

 

落ちてきたデッキを左手でキャッチすると、流れるような動きでバックルに装填。

すると香川に縦回転するライダーの像が折り重なり、

擬似ライダー、オルタナティブ・ゼロに変身した。

全体が無骨な黒で統一された、コオロギをモチーフにしたデザイン。

 

続いて、東條も変身の準備に入る。デッキをかざしてベルトを具現化させると、

顔の前で両腕をクロスし、その両腕を脇に構える。左腕の手の甲を右前に突き出し、

右手を左腕の下からデッキを紋章が見えるように突き出す。左腕をサッとひっくり返し、

 

「変身!」

 

右手のデッキをスライドして装填。その後、右腕をそのまま腰に置く。

ゆっくりと手のひらを自分に向けながら左手で拳を作ると、

左手の動きに合わせて三方向から現れるライダーの像に包まれ、

仮面ライダータイガに変身した。

 

二人のライダーはミラーモンスターの軍勢に突っ込んでいった。

まだ多くの駆逐艦達が取り残されている。

どのモンスターもわざと攻撃を外したり、威嚇するだけで被害は全くないのだが。

 

「はあっ!」

 

オルタナティブ・ゼロが駆逐艦を追いかけていた羊型モンスターに殴り掛かる。

手加減したパンチが命中し、羊型は仰向けに倒れ込んだ。

すかさずカードをドロー。左腕のスラッシュバイザーでスキャン。

 

《SWORD VENT》

 

スラッシュダガーを召喚したオルタナティブは、駆逐艦が逃げていくのを確認すると、

次のモンスターへ向けて走っていった。

 

その頃、タイガも“STRIKE VENT”でデストクローを装備。

巨大な鉤爪を装備した両腕でモンスターの軍勢と戦うふりをしていた。

両腕の武器を活かし、複数体のモンスターと同時に戦い、

時折加減の効いた一撃を受け、大げさに吹っ飛ばされる。

 

傍目には、二人のライダーが圧倒的な数のミラーモンスター相手に、

壮絶な死闘を繰り広げているように見えただろう。

 

 

「みんな、噴水から離れて!……艤装さえあれば!」

「由良さん、たすけてー」

「怖いよー!」

「怪物がこっちにくるわ!」

 

 

その時、戦場の真っ只中に取り残され、駆逐艦達を守っていた軽巡・由良が、

あるものを見て驚愕する。

視線の先で、ベンチに座っていた佐野が、槍を持ったモンスターに襲われているのだ。

必死に棒で追い払おうとしているが、二人のライダーは気づいていない。

とっさに近くにいたタイガに叫ぶ。

 

「提督さん!向こうに人が取り残されています!助けてあげてください!」

 

“助けてくれー!カードデッキを忘れてきちゃったんだよ!”

 

「だめだ、君達を置いていけない。逃げ道を作るからその娘達を連れて逃げて!

……たあっ!はあっ!」

 

タイガはまた両腕のデストクローで2体同時に攻撃。思い切り手加減して。

2体とも後ろに殴り飛ばされた、というより自分でジャンプした。

 

「ほら、今のうちに逃げて!」

 

「あの人を見捨てるんですか!?」

 

「彼1人を助けに行ったら、君達全員がモンスターの餌食になる。

なら……僕は君達を助ける」

 

「そんな!」

 

「東條君の言うとおりですよ。彼も仮面ライダー。

どこかで命を落とす覚悟はできていたはずです」

 

いつの間にか合流したオルタナティブも皆に逃げるよう促す。

 

「さあ、早く!まだ敵は大勢います!その娘達を犠牲にしてもいいのですか!?」

 

「……っ!ごめんなさい!みんな、走って!」

 

由良は駆逐艦達を連れて倉庫の影へ駆け出した。もういいでしょう。

オルタナティブとタイガは一瞬顔を見合わせる。

オルタナティブがスラッシュダガーの先端を宙に向けると、

青白い炎が激しい勢いで発射され、モンスターたちが怯えて噴水の水面に逃げ込んだ。

そして、佐野を襲うふりをしていたモンスターはタイガに背後から軽い蹴りを食らい、

大げさに転び、一目散に逃げ出して、本館のガラス窓に飛び込んだ。

 

「大丈夫?」

 

「ありがとう、助かったよ!」

 

パシャッ、パシャッ……

 

そして、青葉はというと、茂みに隠れて戦いの一部始終をカメラに収めていた。

う~ん……やっぱりこんなの良くないとは思うんですが、

仲間になると言った以上やらないわけには行きませんし、

コアミラー発見への第一歩には代えられません。戦闘という名の茶番が終わると、

広場に平穏が戻り、避難していた艦娘達がぞろぞろと集まってきた。

そして、ミラーモンスターがいなくなったとわかると歓声を上げた。

変身を解いた二人に皆が集まり、口々に彼らの活躍を称える。

だが、彼女たちをかき分け、一人の艦娘が東條に近づき、胸ぐらを掴んだ。

軽巡・天龍。一気にその場がしんとなる。

 

「おい!なんであいつを見殺しにした!もう少しで死ぬところだったんだぞ!」

 

「あの子達がミラーモンスターに囲まれてた。どちらが抜けても、守りきれなかった」

 

「だからってな……」

 

「その手を放しなさい。たった一人と多くの命。どちらを救うべきかは明白でしょう。

彼もライダーなら、その点は納得しているはずです」

 

「ライダーでも艦娘でも命の重さは同じだろうが!」

 

「重さが同じなら、尚更数の多い方を優先すべきです」

 

「お前ら……!」

 

「い、いいんだよ、お姉さん」

 

息も絶え絶えと言った様子を演じながら佐野が近寄ってきた。

 

「元はと言えば、デッキを忘れた俺が悪いんだし、香川先生達の言うことは正しいよ」

 

「お前、それでいいのかよ!こいつらはお前の命を秤にかけて……」

 

「俺も、先生の立場ならそうしてた。多くを守るためにひとつを犠牲に。ね?先生」

 

「くそっ、どいつもこいつも!」

 

天龍は東條を放すと肩を怒らせて去っていった。

すっかり浮かれた気分が落ち込み、皆、小さく礼を述べて三々五々散っていった。

誰もいなくなったことを確かめ、東條が佐野に尋ねる。

 

「本当にこんなの効果あるの?さっきみたいな石頭がまだいるみたいだけど」

 

「大丈夫ですって。他のみんなは大喝采だったじゃないですか!

まさに、お二人とも英雄でしたよ!」

 

「ならいいんですがね。さて、いつまでも固まっていては怪しまれます。

別々の方向に帰りましょう……青葉さん、お疲れ様でした」

 

香川が声をかけると、茂みの中から返事が返ってきた。

 

「いーえー、

後は今回の事件を通して先生の主張を大々的にアピールすればいいんですよね。

お任せください!」

 

青葉の返答で、悪巧みを完遂した4人はそれぞれの家路に着いた。

 

 

 

 

 

──青葉の自室

 

 

……さて、そうは言ったものの、

青葉は今から新聞記者として到底許されないことをしようとしています。事実の捏造。

もう記者を名乗ることはできないんでしょうね。

せめて、司令官達が頑張った様子を忠実に再現するだけです。

でも、ペンを持つ手がなかなか進みません。

いつもは湧いて出るような文章がちっとも思い浮かびません。

青葉は一晩かけてやっと一面の記事を書き上げました。気づけばもう朝です。

日が昇ると同時に布団も敷かず、畳に横になってしまいました。

 

 

 

 

 

──香川鎮守府

 

 

“二人の英雄、ミラーモンスターの軍勢を撃退!”

 

数日後の艦隊新聞にこんな見出しが踊っていた。本文の内容は以下の通り。

 

“師走某日、東條鎮守府に突如ミラーモンスターの軍勢が襲撃をかけてきた。

怪物は広場にいた艦娘達に襲いかかり、死者が出るのは時間の問題と思われた。

しかし、偶然居合わせた師弟関係にあるライダー二人

(1名は疑似ライダーだが便宜上ライダーとする)が、

圧倒的戦力差をものともせず立ち上がり、逃げ遅れた艦娘を救出すべく、

モンスター達に戦いを挑んだのだ。

 

二人のライダーは背水の陣で猛攻を仕掛け、敵軍の攻撃を押し返し、

見事艦娘達の防衛に成功した。ただ、ここでお伝えしなければならないことが一点。

ライダー達は艦娘を守りつつ戦っていたが、

その際、離れた場所にいた男性1名の救助に向かうことはなかった。

 

読者の方には、この対応を冷酷だと批判する方もいるかもしれない。

しかし、モンスターの群れに囲まれていたのは約5名の駆逐艦達。

二人のうち片方が男性の元へ向かっていれば、確実に誰かが命を落としていただろう。

実際彼らも、後に”二人で彼女たちを守るのが精一杯だった“と語っている。

幸い、男性を襲っていたミラーモンスターは、

劣勢になり逃げだした仲間達に追随して逃走し、事なきを得た。

 

ここで記者は問いたい。

彼らは、常日頃より”多くを救うためにひとつを犠牲にする勇気“を説いている。

今回がまさにそのケースに当てはまるのではないだろうか。

もし、ライダーが感情に任せて男性を助けに行っていたら、

多くの死者が出ていたのは間違いない。

もちろん彼らも両方を助けに行きたかったのは言うまでもないが、現実は時に残酷だ。

このような非情な選択を迫る場合が往々にしてある。

その時、感情に流されず、合理的な判断を下すことが彼らのモットーである

”英雄的行為“なのではないだろうか”

 

本文は以上である。後は、オルタナティブ・ゼロとタイガが、

敵に囲まれ窮地に陥っている(ように見える)写真や、

佐野が今にも襲われようとしている(感じの)写真が多数掲載されていた。

 

「どうですか、こんなもんで……?」

 

執務室で例のメンバー4人が集まり、記事を読んでいた。

青葉が、特に香川の反応を不安げに見守る。

 

「すっげえ!本当に俺が殺されてるように見える!」

 

「佐野君、声が大きいよ……でも、これならみんな先生の正しさをわかってくれるかも」

 

「ふむ。実例を肌で感じ、さらに活字という形で読んで学ぶ。確かに効果は高そうです。

二人共、ありがとうございます」

 

ちっともありがたそうでない無表情で礼を述べる香川。

 

「ははっ……恐縮です」

 

「こちらこそ!さっそく俺のモンスターが役に立ってよかったです!」

 

「そうそう、佐野君は後で銀行口座を書いておいてください。

報酬の振込に必要ですので」

 

「は……はい!今すぐにでも!」

 

眼に¥マークが浮かびそうなほど金銭欲を丸出しにして喜ぶ。

 

「いえ、後で結構。それより青葉君、その後の艦娘達の反応は?」

 

「こちらです。

前回と同じくライダー鎮守府の“青葉”にアンケートを取ってもらいました。

ここでの話を知っているのは今喋ってる青葉だけですけど……」

 

「見せてください」

 

香川は青葉が手渡した資料を全員が見えるようにテーブルに広げた。

 

 

 

○アンケート “第二回・究極の二者択一について” (対象者298名:艦種問わず)

 

問1.多くを助けるためなら、大切なひとり(自分含む)を犠牲にしても構わない

 

そう思う:17.2 %

どちらかと言えばそう思う:36.7 %

そうは思わない:22.8 %

どちらかと言えば思わない:20.2 %

無回答:3.1 %

 

>自由回答欄

・あの事件で少し考え方が変わった。今でも誰かを生贄にしたいとは思わないが、

自分の力が及ばない事は実際にある。

その時、誰を選ぶのか、苦しい選択を想像し、慣れておく必要があると思った。

 

・軍に属する者である以上、私情を捨てなければならない時もあることを思い出した。

 

・実際現場で助けられた者です。

彼らは熾烈な戦いの中で、本当に辛い決断を強いられていました。

多くを助けるための一つの犠牲。確かに思うところのある論理ですが、

多くの駆逐艦達がそれに助けられたのも事実です。

 

問2.大切なひとり(自分含む)を救うためなら、多くを犠牲にしても構わない

 

はい:28.3 %

いいえ:65.2 %

無回答:6.5 %

 

>自由回答欄

・“多くを”、がどこまでの範囲を指すかにもよるが、

少なくとも自分一人のために仲間達を身代わりにすることはありえない。

 

・艦娘の使命を忘れてはならない。

多くの命より自分の都合を優先することは許されない。

 

・ずいぶん考えたけど、私の大切な人は、

みんなを犠牲に助けてもらって喜ぶような人じゃなかったヨ。

 

 

 

「……先生!」

 

東條が嬉しそうに香川に呼びかける。

 

「問1の“そう思う”と“どちらかと言えばそう思う”が過半数を超えましたね。

また、問2では“いいえ”が圧倒的多数を占めています。

前回の調査結果とはまるで違います。

まだ問1の“思わない”等が半数近くに上っているのが気になりますが、

良心の呵責がくすぶっているのでしょう。気にかけるほどの数値ではありません。

明らかに我々の論理の賛同者が上回っています。これも二人のおかげです。

青葉君、佐野君、よくやってくれました。

これで我々もコアミラー捜索を安心して行うことができます」

 

「いえ、私は……」

 

青葉は浮かない表情で曖昧な返事をし、

 

「とんでもない!俺はもう先生と契約したんですし、当然っすよ!

あと、できれば感謝の気持ちは、少しばかり形にしていただけると……」

 

佐野はいつも通りだった。

 

「安心なさい。そう悪くない金額を振り込んでおきますよ。

……それはそうと、青葉君。君への報酬についてまだ何も決めていませんでしたね」

 

「え、報酬!?あの、青葉は、別に、そんな……」

 

「遠慮せずに。あいにくこの世界の貨幣は都合が付きませんが、

最新式装備の提供、優先的な近代化改修などが可能です。これでもゲームは得意なので」

 

どうしよう。ここで報酬なんか受け取ったら、

青葉、新聞記者だけでなく、艦娘としても失格です。ええと、そうだ!

 

「あの!青葉を香川提督と司令官の専属記者にしてほしいです!

お二人のスクープは青葉だけのもの、ということで、どうでしょうか……」

 

「それでいいのですか?

まぁ、新聞記者にとっては情報が最も価値を持つものなのかもしれませんね。

わかりました。今後我々は君の取材しか受けないことにしましょう」

 

「ありがとう、ございます……」

 

「よかったですね、青葉さん!」

 

しかし、やはり青葉の心は沈んだままだった。

そんなことは知らない香川は、話を進める。

 

「次の段階へ移行しましょう。とは言え、やることと言えば聞き取り調査です。

コアミラーに繋がる情報ならどんな小さなことでも構いません。

青葉君の情報網を活かしてサーバー内で不審な物を目撃した者を探してみてください。

我々はミラーワールドシステムを利用して情報の流れを探ってみます。

不自然にアクセスが多いポイントがあればそこが怪しい」

 

「先生、俺はどうすれば?」

 

仕事を求めて佐野が発言する。

 

「そうですね……とりあえず、ミラーモンスターが現れたら倒しておいてください。

その際、念のため出現した日時を記録しておいてください」

 

「わかりました!」

 

「それでは、今日の所は解散です。皆さん、ご苦労様でした」

 

「お疲れ様でした!お先に失礼します!」

 

何を急いでいるのか、今日も佐野はさっさと出ていってしまった。

 

「では、青葉もこれで……」

 

「送るよ」

 

「えっ?」

 

意外な言葉だった。東條が立ち上がり、ドアを開けた。

青葉は驚きで何も言えず、ただ艤装を身に着けた。

そして、1階ホールへの階段を下りながら、また彼の方から話しかけてきた。

 

「君のおかげで、先生の考えが正しく伝わった。ありがとう」

 

ありがとう。ほんの1週間前の東條からは想像もできない言葉だった。

 

「いえ、私はただ……」

 

「君となら一緒に英雄を目指せる気がする。だって僕らは……」

 

そこで言葉に詰まる。ずっと彼に縁のなかった言葉が続くはずなのだが、

それが出てこない。

 

「……そう、共犯者、だから」

 

「ああ……共犯者。そ、そうですよね!

約束通り、これからはどんどん司令官や香川提督を密着取材しますから!」

 

「僕でよかったらなんでも聞いてよ」

 

微かに微笑みすら浮かべて答える東條。

 

……司令官、ずっと孤独な生き方をされてきたんですね。

普通はとっくに出てもおかしくない言葉が思いつかないなんて。

青葉達はもう、“仲間”なんですよ?……青葉、腹をくくりました。

もう新聞記者としての道を踏み外した青葉は、

ただ司令官に無償の愛の存在を知ってもらうために、

陰からメッセージを送りたいと思います。

そして、願わくば彼からも私たちに愛情を送ってもらいたい。

それが、読者を裏切った青葉にできる唯一の償いだから。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話 Runaway Train

*もう裕太役の子も大学生か社会人ですね…私もおっさんになるはずです。


真司は浮かない気持ちでズーマーを走らせていた。

冷たい風を切りながら渋谷の大通りを進む。蓮の言うとおりだ。

今はとにかく優衣ちゃん探さなきゃ。艦これ世界に戻ろう。

 

その時、頭に響くいつもの金属音が。ミラーモンスターだ!

慌てて路肩にズーマーを止める真司。歩道に上がった真司は、

反響音を頼りに辺りを見回して必死にミラーモンスターを探す。

すると、ブティックのショーウィンドウ。いた!

近くを通りかかった親子を、異形の者が狙っている。

 

「裕太、今日はシチューにしましょうか」

 

「やったー!」

 

すぐさま真司は裏路地に入り、何か反射するものを探す。

人はおらずゴミだらけだが、鏡になりそうなものが見当たらない。

一瞬焦ったが、足元に何かが当たる。そこには割れた一升瓶が。一刻を争う。

カードデッキをジャケットから抜き取り、ぐにゃりと歪んだ自分の姿にかざす。

変身ベルトが現れると、同時にデッキを装填。

 

「変身!」

 

輝く鏡像に包まれ、変身を遂げた龍騎は、一升瓶の表面に飛び込み、

左右反転した渋谷の大通りに飛び出した。

今にもミラーモンスターは現実世界に乗り込もうとするところだった。

大声を上げる龍騎。

 

「待て!」

 

親子に手を伸ばそうとしていたモンスターがこちらに目を向けた。

体中を、翼を思わせる緑の鱗や紫の装甲で覆っている鉤爪を持った個体。

“ガルドミラージュ”が甲高い鳴き声を上げながら龍騎に向けて飛行してきた。

 

キエエエエ!!

 

龍騎もカードをドロー、ドラグバイザーに装填。

 

『SWORD VENT』

 

ドラグセイバーを手にした龍騎も高速で飛びかかってくる敵を迎え撃つ。

ガルドミラージュが振り下ろした鉤爪を剣で受け流し、斬り返す。

命中はしたが、宙を舞い立ち位置が不安定な敵に効果は薄かった。

ガルドミラージュは、今度は龍騎を見たまま後方に飛んだ。

そして背中に装着していた、円形の刃を十字の骨組みで固定し、

なおかつ持ち手にした投擲武器を手に取った。

 

クアア!

 

チャクラムのような武器を龍騎に投げつける。

龍騎は冷静に軌道を読み、ドラグセイバーで受け止める。

だが、直撃は免れたものの、そのスピードと重量で、

ドラグセイバーが弾き飛ばされてしまった。

 

「くそっ!」

 

手早く片付けなくては。龍騎は迷わず切り札のカードをドローした。

ドラグバイザーが炎を上げて燃え上がる。

ドラグバイザーツバイに変形したバイザーの口にカードを装填。

顎の部分を勢いを付けて閉じた。

 

『SURVIVE』

 

業火に包まれた龍騎が龍騎サバイブに再変身。すかさずカードをドロー。

ガルドミラージュが手元に戻ってきた武器をもう一度投げてきた。

風切り音を立てて襲い来る刃。

しかし、龍騎はドラグバイザーツバイの早撃ちで敵の円形武器を撃ち落とす。

そしてバイザーを持った腕を伸ばしたままカードを装填。

 

『SHOOT VENT』

 

大空からドラグランザーを呼び出し、そばに立たせる。

龍騎は両腕でガルドミラージュに狙いを定めた。

同時にドラグランザーも体内で炎を圧縮し、巨大な火球を作り出す。

そして、龍騎が引き金を引くと同時に、ドラグランザーも火球を発射した。

強力な青白いレーザーと超高熱に達する火球を食らい、

ガルドミラージュは断末魔も上げずに灰と化した。手近な窓ガラスから現実世界を見る。

先程の親子は無事に去っていった。

 

「サンキュー、ドラグランザー!」

 

ドラグランザーは返事をするように一つ吠えると異次元へ戻っていった。

すると、龍騎の身体も少しずつ粒子化を始めた。

 

「やっべ!俺も戻んなきゃ!」

 

龍騎は裏路地に走り、割れた一升瓶に飛び込んだ。

その体が飲み込まれ、現実世界に吐き出された。

 

「こんなゴミでも有効なんて、なんでもありだな……って

そんなこと言ってる場合じゃないよ!さっさと艦これ世界に行かなきゃ!」

 

真司は急いで路肩に止めたズーマーにまたがり、花鶏へ向けて走り去った。

 

 

 

 

 

──カセットテープ “インタビュー 不思議なエネルギー体について”

 

 

・夕立さん(仮名)

 

「青葉さん!ご用事はなあに?」

 

“はい、少し調査していることがありまして、詳しくは言えないんですが

(ごにょごにょ)と言った感じで、何かご存知ないですかね?”

 

「巨大なエネルギーの固まり?う~ん。夕立、よくわからないっぽい」

 

“それじゃあ、なにか、お知り合いの方がそれらしいことを話していませんでしたか?”

 

「ええと……やっぱりわかんないっぽい!青葉さん、お探しものはなんですか?」

 

“ああ、ちょっと言えないんですけど、凄く重要なものなんです……”

 

「夕立は知らないけど、睦月ちゃんとかなら知ってるかも。今度聞いときますね」

 

“はい!ご協力、ありがとうございます!”

 

 

・球磨さん(仮名)

 

“球磨さん、ちょっとお話いいですか?”

 

「う~ん……球磨、日向ぼっこの最中で眠いクマ。手短にお願いするクマ」

 

“すみません、お休みの所。ではさっそく(ごにょごにょ)について

何か知りませんか?”

 

「まん丸で強くてすごいもの?聞いたことないクマ」

 

“そうですか……他に何か知ってそうな方や噂話でもいいんですが、

何かありませんか?”

 

「ふああ、そんなの心当たり……いや、変な噂が広まってるクマ」

 

“噂、ですか?教えてください!”

 

「駆逐艦の娘達が面白がってる怪談話クマ。

青葉さんも放棄された鎮守府があるのは知ってるクマね」

 

“ええ、テストエリアとして使われていたものの、ゲームの大幅な仕様変更に伴い、

不要とされた無人の廃墟ですね”

 

「そう。そこに時々幽霊が出るって噂クマ」

 

“幽霊?”

 

「誰もいないはずの鎮守府に、時々明らかに人間の女の人が現れるらしいクマ。

確かにごく稀にライダー以外の人間が来ることはあるクマ。

でも、あの鎮守府に降り立つことは絶対にないクマ。

だって、あそこはもう外部のネットワークにつながってないクマ」

 

“打ち捨てられた鎮守府に現れる謎の女性……

なにかの手がかりになるかもしれませんね。ご協力、ありがとうございました!

ってもう寝てる……”

 

 

・天龍さん(仮名)

 

「……なんだ、青葉さんか。ずいぶん新聞であの連中のこと褒めてたじゃねえか」

 

“それは……”

 

「自分とこの提督でも、間違ってることは間違ってるってバシッと言ったほうがいいぜ。

それで?オレになんか用か」

 

“実は、聞き取り調査を行っていまして、(ごにょごにょ)みたいなものを見たり、

噂を聞いたことはありませんか?”

 

「艦これの世界を支えるほどの巨大なエネルギー?

そんなもんあったら嫌でも目に入るだろうが」

 

“ですよね~”

 

「これもあいつらの命令なのか?」

 

“い、いえ!あくまで青葉の取材活動の一貫でして……

それはそうと、今流行ってる怪談話について何か知りませんか?”

 

「か、怪談……!?」

 

“はい、実は廃墟になったダミー鎮守府に女性の幽霊が……”

 

「おおっと悪りい!定時連絡の時間だ、また今度!」

 

 

・長門さん(仮名)

 

「ミラーワールド全ての柱となるほどのエネルギー体?すまんが、心当たりがない。

そんなものが存在していたら、私たちはとっくに燃え尽きているぞ」

 

“おっしゃる通りです……”

 

「まぁ、念のため電探のサーチログを探って、

ある程度高出力のエネルギーの発生源がなかったか調べてみよう。

そこに座って待っていてくれ……大淀、ちょっと頼めるか」

 

“恐縮です!”

 

「はい、既にここ半年のログで、46cm砲の火力を基準とした高出力の捕捉データを

抽出しています……あ、一つだけありました!」

 

「なんだって!?」

 

「城戸提督が仮面ライダーオーディンと戦った時に、

オーディンが放ったファイナルベント。

これだけが突出して大出力のエネルギーを発しています!」

 

「そうだ……あの事件を失念していた。青葉、この情報は役に立ちそうか?」

 

“はい、もちろんです!オーディンは神崎の右腕のような存在ですから。

ミラーワールドと関係あるかもしれません!”

 

「うむ、役に立てて何よりだ。しかし青葉。

実際そのエネルギー体を見つけて何をするつもりなのだ?」

 

“それは、司令官達の戦いに関わるものらしくて……

青葉にも教えてもらえませんでした”

 

「そうか。だが、青葉」

 

“なんですか、長門さん”

 

「……あまり深入りはしすぎるなよ」

 

“肝に銘じておきます”

 

 

そこでテープは終わった。

お給金を貯めてようやく買った、磁気テープを媒体にする最新式の

音声記録装置の電源を切ると、

青葉はインタビューの内容を報告書にまとめ始めた。

 

“今回のインタビューで直接コアミラーに繋がる情報は得られなかったが、

気になる情報が2点見つかった。一点目は艦娘達の間で流行っている怪談話。

 

ダミー鎮守府に人間の女性らしき人影が現れるという。

関係がある可能性は低いが、複数の鎮守府で同様の証言が得られた。

謎の女性とコアミラーを結びつけるのは早計だが、

可能性の一つとして記憶に留めておいたほうがいいだろう。

 

次に、高出力エネルギーの存在。コアミラーが

ミラーワールド全体を支える巨大な力を持っていることは当然だが、

それに次ぐほどのエネルギーが存在していたことがわかった。

 

城戸提督と仮面ライダーオーディンが激突した際、

オーディンがファイナルベントを放った時、局地的に46cm砲を上回る

莫大なエネルギーが発せられた。ミラーワールドを開いた神崎の右腕であるオーディン。

彼がこれほどまでに大きな力を持っているなら、

やはりコアミラー捜索には神崎の足取りを追うのが有効なのではないだろうか”

 

「ふぅ」

 

一仕事終えた青葉が息をつくと、そのままゴロンと畳に大の字になった。

 

こんなところでしょうか。

手がかりになりそうな、ならなそうな情報は見つかりましたが、

司令官と香川提督は納得してくれるでしょうか。

今、お二人は雑用を片付けるために現実世界に戻られています。

青葉に今できることはここまでです。……司令官は、何をされているんでしょうか。

ライダーの皆さんが、それぞれ事情を抱えてらっしゃるのはわかっています。

でも青葉は、誰も傷つかず、命を落とすことなく、

ライダーバトルなんて終わってほしい。

甘いと言われても仕方ないのはわかっていますが、それが本心なんです。

 

 

 

 

 

──清明院大学 401号室

 

 

ヴォン!と簡素なデスクとパソコン数台しかない殺風景な部屋に2つの人影が現れた。

香川と東條が現実世界に帰り着いたのだ。

香川はすぐさま携帯を取り出し、電話をかけた。

数回の呼び出し音の後、電話がつながると名乗りもせず安否を尋ねた。

 

「典子、裕太は、裕太はどうしてます?」

 

“私と一緒にいますけど、どうしたんですか”

 

「そうですか……いえ、なんでもないならいいんです」

 

“こっちは大丈夫です。あなたも一人暮らしで体を壊さないでくださいね”

 

「気をつけますよ」

 

“……また、電話くださいね。裕太も喜びますから”

 

「ええ、そうします」

 

安心した様子で電話を切る香川。そんな様子を悟は怪訝な目で見つめていた。

香川もそれに気づく。

 

「どうかしましたか?」

 

「……先生もやっぱり、家族が大事なんですね」

 

「当然でしょう。いいですか東条君。

英雄になるということは、人の命に鈍感になるということではありません」

 

「はい……」

 

「……時々君を見てると不安になるんです。

まさか君は、自分の力を楽しんでるんじゃないでしょうね」

 

「そんなことはないです。僕はただ、先生の研究を守りたいと……」

 

「それならいいんです。信用していますよ」

 

「はい」

 

それでも暗い東條の顔を見て香川は、なんとなく、言葉に出来ない危うさを覚えた。

 

「東條君、一日予定を空けてもらってもいいですか」

 

「大丈夫ですけど、なんですか」

 

「歩きながら話しましょう、今日の所は片付ける雑用が多いので。

佐野君に報酬を振り込まなければなりませんし」

 

「わかりました」

 

 

 

 

 

──レストラン

 

 

「本当にお目にかかれてうれしいですわ。

東條さんのことは、いつもうちの人から聞かされていました。

今までで一番出来の良い教え子だって」

 

「……どうも」

 

香川の妻、典子が東條に話しかける。香川は、東條を家族との食事に招待したのだ。

真っ白なクロスが敷かれた4人掛けのテーブルに座り、コース料理を楽しむ香川と妻子。

 

「お休みが取れてよかったですね、あなた。裕太も久しぶりにパパと会えて喜んでます」

 

「少し、喋りすぎですよ」

 

「すみません……あ、そういえば裕太。お父さんにプレゼントがあるんじゃなかった?」

 

「うん!」

 

裕太は一枚の絵を取り出し、香川に差し出した。クレヨンで書いた絵だった。

拙いながらも一生懸命描いたことがうかがえる。

 

「あなたの似顔絵ですって」

 

「ほう、なかなかよく描けてますね……あれ、これはなんです?」

 

似顔絵の香川の肩に、もみじのようなものが2つ。

 

「ぼくの手だよ!」

 

「あなたにおんぶしてもらってるんですって。いつも一緒にいられるように」

 

それは、まさに暖かい家庭そのものだった。香川はそっと東條に耳打ちする。

 

「なぜ今日私が君をここへ連れてきたか、よく考えてください。

人としてきっと、学ぶべき点があるはずですから」

 

「はい……」

 

ガシャッ!

 

答える東條の手が震え、フォークを握ろうとした手が食器にぶつかり音を立てる。

皆が一瞬東條を見るが、また家族団らんの食事に戻る。

 

 

なにが、なにが、英雄だ。

 

 

東條の心も音を立てる。

 

 

“英雄になんてならなくても、必ず愛してくれる人に巡り会えます”

“多くを助けるために、1つを犠牲にできる勇気を持つ者が、真の英雄なのです”

“青葉は司令官にもっと別の形で幸せになって欲しいんです!”

“じゃあ、僕達4人、これからはコアミラーってお宝を求める秘密の仲間ですね!”

“全てはより多くの人間のため、英雄的行為なんですよ”

“この繋いだ手を失いたくない。青葉はそう思っています”

 

 

崩れ去る歪んだ英雄の姿。精神の平穏をかき乱す正体のわからない気持ち。

英雄に憧れた自分を否定する感情。それらが凍りついた心の中で暴走し、

バリバリと内側から突き崩していく。

東條は無表情を保ちながら、爆発しそうになる自分を無理矢理押さえ込んでいた。

 

パキン……

 

そして、ついに何かが彼の心から剥がれ落ちた。

 

 

 

 

 

──香川鎮守府

 

 

後日。再び艦これ世界にログインした香川は、青葉の報告を待っていた。

腕時計を見ると約束の時間まで10分。もう少し待ちましょう。

 

トントントン

 

と、思ったが、ドアがノックされた。

 

「入りなさい」

 

「失礼します!」

 

いつものように艤装とカメラを持った青葉が執務室に入ってきた。

 

「青葉君、我々がいない間に、何かめぼしい情報は手に入りましたか?」

 

「はい。これが報告書です。

直接コアミラーに繋がるようなものではないんですが、気になる噂や過去の出来事が」

 

「どうも……ほう、これは興味深い。しかし、まだ東條君と佐野君が来ていない。

詳しい報告は全員集まってからということで」

 

すると、またノックの音。

 

「どうぞ」

 

「こんにちは、失礼します!」

 

今度は佐野だった。既に勝手知ったるという感じでソファに座る。

 

「珍しいですね。東條君が一番最後とは……」

 

また腕時計を見る。もう集合の時刻を過ぎている。

 

「……仕方がありません。彼には私から伝えておきましょう。では、青葉君。報告を」

 

青葉と香川もソファに掛け、報告会を始めた。

 

「はい。今回はアンケートではなくインタビューという形で情報収集しました。

そこでコアミラーに繋がるものではありませんが、

お伝えてしたほうが良いと思われる事実が2つ見つかりました」

 

「ご苦労様です。続けて」

 

「まず、一つ目は、主に駆逐艦の間で流れている噂話。

かつてゲームのテスト用に使われていたダミー鎮守府という廃墟があるのですが、

そこに人間の女性が現れるという、いわゆる怪談話です」

 

艦これ世界に女性。何かを感じた香川が質問した。

 

「……少し、いいですか?

そのダミー鎮守府というところには、私達も行くことができるのでしょうか」

 

「はい。外部ネットワークに繋がれていないだけで、

転送クルーザーで行き来することは可能です」

 

「ありがとうございます。では、報告の続きを」

 

「二つ目ですが、長門さんに尋ねたところ、

城戸提督と仮面ライダーオーディンが戦った際に、

オーディンが最強の戦艦の主砲を遥かに上回るエネルギーを発したそうです」

 

「なるほど……ミラーワールドを開いた神崎君の守護者なら、

あるいはコアミラーに繋がる何かを持っているのかもしれません。

ありがとうございました。佐野君の所で変わったことはありませんでしたか?」

 

「はい!うちの鎮守府ではミラーモンスターは一匹も!」

 

「それはなによりです。……それでは、今日の報告会はこれまでにしましょう。

二人共、ご苦労様でした」

 

「はい、失礼します!」

 

佐野はいつも通りいそいそと執務室から出ていった。

青葉は艤装を背負い直すと、香川に問いかけた。

 

「司令官、どうなさったんでしょう……」

 

「わかりません。一緒に戻ったはずなのですが。

とにかく君の報告は私から伝えておきます。今日はありがとうございました」

 

「あ、いえ、とんでもない。青葉、ちょっと司令官の様子を見てから帰ります。

それでは、失礼します」

 

「そうしていただけると助かりますよ」

 

そして青葉も退室すると、階段を駆け下り、玄関ホールを抜けて、外に出た。

目指すは桟橋の転送クルーザー。木の板を慣らしながら桟橋を走り、

クルーザーに飛び乗った。そして、舵を握り、音声コマンドを宣言した。

東條鎮守府のデータをダウンロードしながら青葉は思う。

 

どうしてこんなに焦ってるんでしょう。ただ一日短い報告会に来なかっただけなのに。

きっと向こうで少し体調を崩しただけに決まってます。

鎮守府ではきっと司令官が待っています。必ず。

 

 

 

 

 

──東條鎮守府

 

 

「司令官!」

 

青葉はノックもせず、執務室に駆け込んだ。しかし、そこには誰もいなかった。

愕然とする青葉。その時、後ろから小さな足音が走り込んできた。

 

「青葉先輩!」

 

東條の秘書艦・電だった。髪が乱れるほど必死に走ってきたようだ。

息を切らしながら必死に青葉に助けを求める。

 

「どうしたんですか、電ちゃん!?」

 

「はぁ…はぁ…、お願いです、司令官さんを止めてください!」

 

「どういうこと?深呼吸して、落ち着いて説明して!」

 

「司令官さんが、浅倉提督とライダーバトルを!」

 

「なんですって!?」

 

 

 

 

 

──浅倉鎮守府

 

 

30分前。

 

コンコン……

 

浅倉の執務室兼独房にノックが響く。

誰だ。まだ女が来る時間じゃない。黙っているとドアが開いた。

しけたツラをした野郎がこっちを見ている。

 

「……君のこと、いろいろ調べたよ。なんで君みたいな人間がライダーやってるのかな。

現実世界じゃただの人殺しなのに、ここじゃ英雄扱い。

そう思ってない人もいるみたいだけど、やっぱり間違ってる。

間違いは僕が正す。英雄だから」

 

「誰だてめえ」

 

東條は何も答えず、胸ポケットからカードデッキを抜き取った。

それを見た浅倉は喜色満面の笑みを浮かべる。

 

「……いいぜ、表に出ろ」

 

 

 

そして本館前広場に場所を変え、対峙する二人。

 

「ねえ、君はどうしてライダーになったの」

 

「理由?そんなもんいらねえ。ただ、派手な殺し合いが出来ればそれでいい」

 

「戦う為だけに戦うなんて……」

 

「他に理由が要るか」

 

「……やっぱり最低のライダーだな」

 

お互い、カードデッキを構え、噴水の水面にかざす。

腰に変身ベルトが現れると、浅倉は右腕を素早く蛇のように、

東條は複雑な空手の型のように両腕を動かし、

 

「変身」「変身!」

 

両者ベルトにデッキを装填。変身を遂げた仮面ライダー王蛇と仮面ライダータイガは、

水面からミラーワールドに飛び込み、左右反転した鎮守府に戦いの場を移した。

 

 

 

二人はカードを1枚ずつドロー。それぞれのバイザーに装填。

 

『SWORD VENT』

 

王蛇の手にベノサーベル。

 

『STRIKE VENT』

 

タイガの両腕に巨大な鉤爪が装備された。同時に二人がお互いに向かって突撃する。

王蛇がベノサーベルを振り下ろし、タイガが右腕のデストクローで受け止め、

左腕の鉤爪で王蛇を突き刺そうとする。

とっさに王蛇が右の鉤爪を振り払い、左の攻撃を受け止め、タイガの腹を蹴る。

 

「うわあっ!」

 

大したダメージはなかったが、後ろに倒れるタイガ。

その隙に王蛇はカードをドロー。ベノバイザーに装填した。

 

『ADVENT』

 

カードの力で召喚されたベノスネーカーが高速で地を這いながら現れた。

凶暴な吐息と共に立ち上がり、タイガに毒液を吐きかける。

タイガも地面を転がり、一瞬の差で回避。

毒液のかかった道路が劣化し、崩れ、穴が空いた。

タイガもデストクローを外し、カードをドロー。デストバイザーに装填、刃を下ろした。

 

『ADVENT』

 

グオオオオ!!

 

デストワイルダーが茂みから飛び出し、王蛇に飛びかかり、馬乗りになった。

後方からの奇襲にさすがの王蛇も対処が遅れる。

何度も殴りつけるが、その重量と装甲に為す術がない。

その時、ベノスネーカーが主人の危機に反応し、

するするとデストワイルダーに這い寄り、頭部に生える刃で斬りかかった。

殺気を感じたデストワイルダーが思わず飛び退き、攻撃を回避するが、

王蛇を解放してしまう。すかさず王蛇はカードをドロー。装填した。

 

『CONFINE VENT』

 

カード無効化能力を発動すると、デストワイルダーが消滅。2対1となったタイガ。

しかし、タイガは無言でカードをドロー、装填。

 

『FREESE VENT』

 

その瞬間、ベノスネーカーが凍りつき、動きを止めた。体から冷気と白い煙が立ち上る。

続いて、必殺のカードをドロー、装填した。

 

『FINAL VENT』

 

再び王蛇の死角からデストワイルダーが飛び出し、王蛇を押し倒して、

地面に押し付けながらタイガに向かってジグザクに引きずり出した。

アーマーと地面の摩擦で激しい火花が散り、

その先ではタイガが腰を落として左腕を構えている。

 

「チッ……!」

 

王蛇は継続的なダメージに耐えながら、

今度はベノサーベルでデストワイルダーを何度も殴り、思い切り脇腹を蹴って

なんとかタイガの契約モンスターを追い払った。

 

「往生際が悪いなぁ。……やっぱり君はライダーに相応しくないよ」

 

「……ライダーに何を求めてるのか知らんが、お前、気色悪いぞ」

 

「その減らず口も英雄とは程遠いね。戦いを続けようよ」

 

「ああ、来いよ……」

 

カードを使い果たし、ファイナルベントも不発に終わったタイガだが、

王蛇が油断することはなかった。奴はまだ何か企んでいるに違いない。

これまでの戦い、タイガのカードの出し方はどこか脈絡がなかった。その通り。

タイガは隠し持っていたカードをデストバイザーに装填、刃を下ろす。

 

『RETURN VENT』

 

カードが発動すると、タイガのデッキに光の粒子が収束し、一瞬大きく輝いた。

その様子をじっと見る王蛇。何かしたんだろうが、知ったことか。

とにかく、まだ楽しめるならそれでいい。そしてカードをドロー、装填。

 

『FINAL VENT』

 

メタルゲラスのファイナルベント・ヘビープレッシャーを発動。

右腕にメタルホーンを装備し、背後に現れたメタルゲラスの両肩にジャンプして

超高速で突進した。タイガは避けることなく、

使い果たしたはずのカードをドロー、装填した。

 

『FREESE VENT』

 

使用済みの“FREESE VENT”が発動すると、メタルゲラスが動きを止め、

王蛇が慣性で前方に放り出され、石畳に叩きつけられる。

 

「ぐおっ!」

 

“RETURN VENT”。一度使用したり、CONFINE VENTで無効化されたカードを

復活させるカードでタイガは再び攻撃のチャンスを得た。

スピードを殺しきれず、近くまで転がってきた王蛇に、デストバイザーを振り下ろす。

立ち上がろうとした王蛇の右肩に命中。重厚な斧の一撃にまた膝をつく王蛇。

 

「あ……があっ!」

 

「やっぱり君はライダーにふさわしくなかった。だから僕に倒される。

だって僕は英雄だから」

 

立ち上がりひとつ深呼吸する王蛇。

 

「ふぅ……ひとつ聞くが、英雄の戦い方ってのは、

チマチマ飼い犬に後ろ取らせることなのか?」

 

「……もういいよ、これ以上君と話しても時間の無駄だしね」

 

タイガはカードをドロー、装填した。

 

『FINAL VENT』

 

そして、また王蛇の死角からデストワイルダーが飛び出したが、

同時に王蛇が体を一回転させベノサーベルを振り抜いた。

刀身が王蛇に組み付こうとしたデストワイルダーの頭部に命中し、

タイガのモンスターが叫び声を上げる。

 

その機を逃さず、胴をなぎ払い、全力で両腕に剣を叩きつけ、胸を蹴り仰向けに倒す。

なおも追撃を掛け、ベノサーベルで何度も胸部や両足を斬りつける。

何度も、何度も、執拗に。苦悶の声を上げるデストワイルダー。

モンスターが重症を負った状態ではファイナルベントの発動もままならない。

それどころか、契約モンスターが死ねばライダーバトルそのものが終わってしまう。

 

焦ったタイガはデストバイザーを両手に王蛇に襲い掛かってきた。

しかし、カードを使わない斬り合い殴り合いではやはり王蛇に分がある。

振り下ろされた斧をベノサーベルで切り払い、左脇腹から斜め上にかけて斬りつけた。

 

「ああっ!」

 

デストバイザーを弾き飛ばされるタイガ。

王蛇は慌てて拾おうと後ろを見せたタイガの背中に容赦なく斬撃を浴びせる。

衝撃で完全にうつ伏せに倒され、体中に痛みが走る。

這いずりながら目の前のデストバイザーに手を伸ばすが、その手を踏みつけられる。

 

「痛っ……!!」

 

そして、今度はタイガをベノサーベルで滅多打ちにする。腹、両腕、両足。

これ以上殴るところが見つからないほど、徹底的に痛めつける。

 

「お前の戦い方はよォ……イライラするんだよ!!」

 

それでもなお、体を走る激痛に耐えながら、

なんとかデストバイザーにたどり着き、掴んだ。

手、足、順番に少しずつ力を入れて立ち上がる。王蛇はあえてその様子を見ていた。

タイガは力を振り絞って斧を振り上げるが、痛みに邪魔され、

どうしても動きが鈍重になる。

 

「う、あああ……!」

 

王蛇はもうベノサーベルを使うことなく、力を込めたハイキックでタイガの胸を蹴る。

抵抗する力が残されていないタイガが仰向けに倒れる。

そんな彼に歩み寄り、腹を踏みつける王蛇。

 

「どうした、その程度か。英雄だろ?お、ま、え」

 

「うああっ……!くそ……」

 

タイガはカードをドローし、取り戻したデストバイザーに装填した。

どうあがくのか見てみたくなった王蛇は、あえてそれを見過ごす。

 

『ADVENT』

 

王蛇に激しい猛攻を食らい、向こうで倒れていたデストワイルダーが立ち上がり、

片足を引きずりながら王蛇に攻撃を仕掛けてきた。

だが、やはり緩慢な動きで放たれた鉤爪は簡単にベノサーベルで弾かれ、

当たることはなかった。今度はその巨体で王蛇に抱きつくが、

既に満身創痍の状態では動きを封じることはできず、何度も脇腹を殴られる。

 

グオオオォン……

 

デストワイルダーが悲痛な叫びを上げる。すると、その体が突然消えた。

死んだのだろうか。なら奴は、もうライダーとして戦えない。

ブランク化したはずのタイガを探すが、少し目を離した隙にどこにもいなくなっていた。

 

「なんだ逃げるのか。もっと俺を楽しませろよ!……うおおおお!」

 

ミラーワールドに王蛇の絶叫が響き渡った。

 

 

 

よたよたと木の足場を歩きながら桟橋を進む東條。

 

「今日は……調子が悪かったかな」

 

転送クルーザーを目指すと、ちょうど青葉と電が降りてくるところだった。

 

「司令官、大丈夫ですか!?どうしてライダーバトルなんて無茶なことを!」

 

「司令官さん酷い怪我です!すぐ医務室へ行くです!」

 

「……お願い」

 

青葉が東條に肩を貸してクルーザーに乗せ、電が舵を握った。

 

 

 

 

 

──香川鎮守府

 

 

「東條君、なぜ呼ばれたかはわかっていますね?」

 

怪我の完治した東條は香川の執務室に呼び出されていた。

当然、浅倉に無茶なライダーバトルを仕掛けたことに対する叱責だった。

幸い骨折はなかったが、全身に酷い打撲を負っていた彼は

3日間ベッドで過ごしていたが、やっと外出できるまでに回復した。

 

「ええ、浅倉威と戦ったことですよね」

 

「私は言ったはずです。

我々はライダーバトルに乗るためにこの世界に来たわけではないと。

君の勝手な行動は英雄とはかけ離れています」

 

「……結局大事な人を忘れられない人が、英雄を語っても説得力がないです」

 

「君への特別講義は無駄だったようですね。

もう結構、君はコアミラー捜索から外します」

 

声を荒らげることなく怒る香川。その時、東條がニヤリと笑い、何も言わずに退室した。

 

「待ちなさい、話はまだ終わっていませんよ!」

 

予想外の行動に香川が慌てて東條の後を追いかける。

 

 

 

本館前広場。噴水の前でぼんやりとした表情で立っていた東條に香川が追いついた。

 

「待ちなさい!最後のチャンスをあげましょう!」

 

「チャンス……?」

 

「この世界にある朽ち果てた鎮守府で女性の姿が目撃されています。

恐らく神崎優衣と見て間違いないでしょう。……彼女を始末するのです。

成功すれば今回のことは不問、いや、君は本当の意味で英雄になれる」

 

くっくっくっ……

 

突然不気味な笑い声を上げる東條。香川も困惑するばかりだ。

 

「どうしたというんです?」

 

「先生。僕、ミラーワールド閉じるの、嫌になっちゃって」

 

「何ですって」

 

東條は上着のポケットからカードデッキを取り出した。

すると、木陰からデストワイルダーが現れ、香川を後ろから突き飛ばし、

倒れたところを持ち上げて、ベンチに思い切り放り投げた。

さらにデストワイルダーが追撃しようとする。

 

「駄目だよ。先生は僕が倒さなきゃ。戻って」

 

バラバラになったベンチから香川が立ち上がる。

受け身を取ったので骨折には至らなかったが、体中が痛む。

 

「東條君……何を!」

 

「先生は僕にとって一番大事な人でした。だから犠牲になってもらわないと。

僕が英雄になるために。……!」

 

だが、自分でそう言って何かに気がつく。一番大事な人?誰のことだろう。

胸の中で行き交ういくつもの顔。

ここ数日で知り合った、なにか、こう、普通の人とは違う特別な感じの人達。

……大丈夫。迷わなくっていいんだ。みんな倒せば、大事な人はいなくなる。

そうすれば、僕は英雄に近づける。

東條は、素早く何かの構えのように腕を動かすと、ベルトにデッキを装填。

 

「変身!」

 

仮面ライダータイガに変身。

 

どうやら、私は対処を誤ったようです。教え子の誤りは教授が正さねば。

香川も白衣からカードデッキを抜き、噴水にかざした。

ベルトが現れるとデッキを空高く放り投げ、

 

「変身!」

 

半歩前に進み、左手でデッキをキャッチ。ベルトに装填した。

香川の身体にオルタナティブの輪郭が3つ重なり、オルタナティブ・ゼロに変身。

タイガを追ってミラーワールドに突入した。

 

 

 

左右反転した香川鎮守府。

風も、鳥の鳴き声さえもない鏡の世界で、教え子と教授が相対する。

 

「東條君。もう、何を言っても無駄なようですね」

 

「そう。先生は大事な人だから、真の英雄になるには、絶対に倒さなきゃいけない」

 

そして両者カードをドロー。それぞれのバイザーに装填、スキャンした。

 

《SWORD VENT》 『STRIKE VENT』

 

「おおおお!」 「うわあああ!」

 

何故なのか。人々を救いたかった師弟。孤独な上官に手を差し伸べた少女。

ただチャンスを掴みたかった青年。誰にも悪意などなかったはず。

どこかでボタンを掛け違えたがために、

本来戦うはずのない二人の決闘が始まってしまった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話 My Hero Never Dies

「……では、始めましょうか」

 

誰もいない、寂しい鎮守府で今、二人の師弟が

ライダーバトルから外れた殺し合いを始めようとしている。

幾重もの誤解と行き違いが重なった末の悲劇。

 

「ええ、やりましょう。正直、今なら僕、誰にでも勝てる気がする。

だって、英雄になるために、全てを犠牲にする覚悟ができたから」

 

「私の教育はやはり間違っていたようです。ここは私が責任を持って君を止めます!」

 

「先生でも無理だよ、僕は英雄なんだから……!」

 

その言葉を合図に、両者相手に向かって走り出した。

接敵した瞬間、オルタナティブ・ゼロはスラッシュダガーでタイガを斬りつけ、

タイガは左腕のデストクローで斬撃を受け止め、

もう片方の鉤爪でオルタナティブを切り裂こうとした。

 

「……!はっ!」

 

だが、オルタナティブは両足で跳躍し、タイガの後ろに着地、

すぐさま剣を背後に振り抜いた。刃はタイガの背中に命中。

 

「うくっ……!ははっ、先生は、強いなぁ」

 

だが、攻撃を受けても軽口を叩くタイガ。

やや細身の剣、スラッシュダガーは彼の装甲に対して効果が薄かった。

今度はタイガが仕掛けてくる。

両腕の鉤爪で突き刺し、斬り上げ、頭部を狙って叩きつける。

オルタナティブはスラッシュダガーの取り回しの良さを活かし、全てを防ぎ切る。

最初に攻撃を仕掛けたものの、防戦一方となってしまう。

……もう少し、もう少しでデータが揃います。

 

「どうしたの先生、先生が英雄なら、僕を犠牲にしてコアミラーを探せるはず」

 

「君を死なせはしません。

言ったでしょう、英雄は人の命に鈍感になることではないと!」

 

「……やっぱり先生は英雄になりきれなかったんだね。

僕が代わりに英雄になるから、先生は犠牲になって。お願い」

 

続いてタイガは両腕で同時に両サイドからオルタナティブの胴を引き裂こうとする。

とっさに後ろにジャンプし、攻撃を回避する。もう十分でしょう。

オルタナティブはカードを1枚ドロー、スラッシュバイザーでスキャン。

 

《ACCEL VENT》

 

カードが発動した瞬間、タイガの視界からオルタナティブが消え、

一陣の風が叩きつけた。

そして気がつくと、防御する間もなく腹に一閃、背中に一撃を食らい、その場に転がる。

 

「があっ!!げほげほ……そう言えば、そんなカードも持ってたよね、先生」

 

瞬間的に超高速移動で攻撃が出来る“ACCEL VENT”で

オルタナティブはタイガに二度斬りつけた。彼は振り返り、立ち上がるタイガを見る。

そしてタイガは立ち上がると、再びデストクローを振りかぶって、

オルタナティブに突進してくる。鋭い鉤爪を彼に向かって振り下ろす。

しかし、あらかじめ予定していたかのように体をひねり、後ろにステップを取り、

幾度も繰り返される斬撃をことごとく回避する。

 

「忘れましたか、東條君。私は一度見たものを全て覚えてしまうんですよ。

攻撃パターンもね。君の攻撃パターンは完全に把握しました。もう、終わりです。

今降伏すれば、処置は考えてあげましょう」

 

オルタナティブ・ゼロは指先でコツコツと頭を叩く。

 

「ははっ……そうだったよね、先生。……先生は強いよ。でも、それだけじゃないか。

そんな人に付いていっても、僕は英雄にはなれない」

 

「そうですね。君一人救えないようでは、私はまだ英雄ではありえないのでしょう。

だからこそ……」

 

オルタナティブはカードを1枚ドロー、スキャンした。

 

《WHEEL VENT》

 

するとどこからともなく、オルタナティブ・ゼロの

コオロギ型契約モンスター・サイコローグがダッシュで現れた。

サイコローグは前傾姿勢で走りながら

体内からタイヤやエンジンを排出し、バイクに変形。

そしてオルタナティブは変形したサイコローグに飛び乗りタイガに向かって突撃。

すれ違いざまにスラッシュダガーを右腕に叩きつける。

衝撃で片方のデストクローが弾き飛ばされる。

 

「ぐあっ!!」

 

右手が自由になったと考えることもできるが、もう有効なカードがない。

“FREESE VENT”は神崎のライダーシステムで契約したモンスターにしか聞かない。

香川が造り出したサイコローグの動きを止めることはできない。

そして、タイガがよろめいている隙にオルタナティブはUターンし、

再び急加速してタイガに突進。片手でスラッシュダガーを構え、今度は胸部に斬撃。

タイガはバイクの加速力を得た刃の重い一撃を受け、

錐揉み回転しながら一瞬宙を飛んで地面に叩きつけられた。

 

「げふっ、げふっ……なんで、なんでなんだよ……僕は英雄を正しく理解してる。

英雄は絶対死なない、死なないんだ……」

 

「東條君……君は目的と手段を取り違えています。

とは言え、今の君に私の言葉はきっと届かない。これで終わりにしましょう」

 

タイガから数十メートル離れた地点でようやく停止したオルタナティブは、

最後のカードをドロー。スラッシュバイザーにスキャン。

 

《FINAL VENT》

 

「うあああああ!!」

 

現実と理想のズレに耐えきれず、雄叫びを上げたタイガも必殺のカードをドロー。

解放された右手だけでデストバイザーに何とか装填した。

 

『FINAL VENT』

 

オルタナティブ・ゼロは最速ギアで加速。

最高速度に達したところで右ハンドルを切ることによって車体全体がスピン。

超高速で回転しながらタイガに突っ込んで行った。

それを見たタイガもオルタナティブ・ゼロのファイナルベント「デッドエンド」を

迎撃せんと身構える。

 

……先生の必殺技を受け止めるのは、一人じゃ無理かな!

タイガもファイナルベントを発動せんと、隣にデストワイルダーを呼び出し、

タイガは左腕、デストワイルダーは右腕の鉤爪を構え、深く腰を落とした。

ライダーと契約モンスターで同時にファイナルベントを命中させるべく、精神を集中し、

一撃必殺の刺殺の構えを取る。

そして、目の前から暴力的なまでの重量物の竜巻が迫ってくる。

直撃まであと5秒。4、3、2、1……

 

そして。

 

カッ、と一瞬ミラーワールドの鎮守府を閃光が包んだ。

遅れて、雷鳴のような轟音が轟いた。

巨大な破壊力のぶつかり合いで生じた衝撃波が周囲の建造物を破壊し尽くす。

ここがミラーワールドでなかったら悲劇的な惨事となっていただろう。

巻き上がった爆煙が10分近く経ってようやく薄まってくる。

二人のライダーはどうなったのか。さらに煙が晴れていく。

そこには、オルタナティブ・ゼロが倒れているだけだった。

彼は軋む身体に鞭打って立ち上がり、周囲を見回した。

 

「……東條君、ゴホッ、ゴホ!返事を、しなさい……!」

 

廃墟と化したミラーワールドに香川の声が響く。

しかし、返事もなければ、タイガの奇襲攻撃もなかった。

どうやら、逃げられたようですね。自分の手を見る。サラサラと粒子化が始まっていた。

ライダーシステムの模造品であるオルタナティブ・ゼロは、

約9分しかミラーワールドにいられない。

もたもたしていられません、艦これ側に戻って彼を探さねば。

オルタナティブは、バラバラに破壊されながらも、

なんとか水たまり程度に水が残っていた噴水に飛び込み、ミラーワールドから脱出した。

 

 

 

 

 

──香川鎮守府

 

 

元の平穏な本館前広場に戻ったオルタナティブは、変身を解き、

タイガを追い、走り出そうとした。が、その時、聞き覚えのある声に呼び止められた。

 

「提督!」

 

「五月雨君ですか。すみませんが、今取込み中で……」

 

「東條提督が、ライダーになって別の鎮守府へ行っちゃったんです!」

 

「なんですって!一体どこに!?」

 

「佐野鎮守府です!

長門さんがアルゴリズムナンバーへのアクセス履歴を調べてくれました!

通りすがりの艦娘に提督権限でクルーザーを操縦させたようです!」

 

「今すぐ追わなければ!」

 

「じゃあ、私も!」

 

「では、クルーザーの操作をお願いしますが、中で待機していてください。

今の彼は誤った英雄像に取り憑かれています。誰を傷つけてもおかしくない」

 

「そんな……どうしてそんなことに?」

 

「説明している時間が惜しい。行きましょう!」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

──佐野鎮守府

 

 

「やったぁ!100万円も振り込んであった!

もう警備のバイトなんてやってられないから辞めてきちゃった!

ミラーワールド様々だよ!ずっとライダーバトルなんか終わらなきゃいいのになぁ……」

 

ちょうどその頃、佐野は一旦01ゲートで現実世界に戻り、

諸々の雑用を片付けて帰ってきたばかりだった。

執務室のベッドに寝転び、通帳を眺めながら大声で独り言を続けていた。

秘書艦・叢雲がうるさそうな表情で文句を言う。

 

「帰ってくるなりいきなり何!?だらしない格好で大声出して!」

 

「うん、聞いてよ叢雲!俺、金持ちになっちゃったよ!」

 

「お金持ち?真っ昼間から酒でも飲んでるの?それより仕事仕事。

提督の承認が必要な処理が山ほど溜まってるんだから」

 

「ちぇー、なんだよ。100万だよ、100万。ちょっとは驚いてくれてもいいのに」

 

つれない反応の叢雲にむくれる佐野。

 

キィ……

 

その時、執務室のドアがノックもなしに開いた。

 

「誰~?今、残高を見てニヤニヤするのに忙しい……ああ!東條さん。

どうしたんですか、こんなところに。あ、どうぞ座ってくださいよ!」

 

東條が座ろうとせず、切れ長の目でじっと佐野を見つめた。

 

「いや、いい。……ちょっと外で話せないかな」

 

「え?ええ。構いませんけど……」

 

不審に思いながらも佐野は東條に付いていった。

 

 

 

本館前広場。佐野は東條の前で思い切り伸びをしながら散歩していた。

 

「いや~、それにしてもあんなに報酬をいただけるとは思いませんでしたよ。

東條さんからも先生にお礼言っといてもらえますか」

 

「……そんなにお金が大事?」

 

「もっちろん!お金があれば、贅沢な暮らしができますし、

何より……惨めな思いをしなくて済みますからね」

 

「そう……ねぇ、あの道を曲がろうよ」

 

目の前の分かれ道が小川に沿って伸びている。

 

「ええ。不思議ですよね。データの世界なのに、現実世界より空気が美味しいや!」

 

「佐野君」

 

「はい?」

 

……ザシュッ!

 

いつの間にか変身していたタイガが佐野にデストクローを突き出した。

嫌な予感に敏感に反応した佐野が体を回転してかわすが、左腕から血が流れている。

 

「血?……あ、ああっ……なにするんですか東條さん!?」

 

突然の凶行にパニックを起こす東條。

 

「ごめんね。君も大事な人だから、倒さなくちゃいけないんだ。英雄になるために」

 

「ふざけんなよ、何考えてんだよ!うわああ!」

 

思わず逃げ出す佐野。タイガはデストクローをぎらりと構えて彼を追い始めた。

 

「はぁ…くそっ、なんでだよ、なんで俺がこんな目に!」

 

ジーンズが濡れるのも構わず、小川を横切り、全力で広場を抜けて本館前に戻った佐野。

後ろを振り返る。まだ遠くだが、タイガがゆっくりとこちらに近づいてくる。

もう戦うしかない!急いでデッキを取り出し、

左手に持って両手の親指、小指を角のように立て、両腕を窓ガラスにかざす。

腰に変身ベルトが現れる。そして、複雑な手順で何かを描くように腕を動かし、

デッキを装填。仮面ライダーインペラーに変身した。

インペラーは転がり込むようにミラーワールドへ入った。

 

 

 

ミラーワールド側の鎮守府に佐野が入ると、間もなくタイガも侵入してきた。

ライダーとの戦闘は経験がないインペラーが後ずさりする。

 

「なんだよおたく!ひょっとして俺が用済みになったから……」

 

「違うよ。さっきも言ったけど、君も大事な人だから、倒さなくちゃならない」

 

「意味わかんねえよ!頭おかしいよあんた!」

 

「仕方ないよ。英雄は、理解されないものだから」

 

タイガは今度は両手が塞がるデストクローを装備せず、

デストバイザーでの戦いに切り替えた。

重厚な斧を振りかざし、インペラーに襲いかかる。

 

「ちくしょう……たあっ!!」

 

インペラーはライダー随一の脚力でタイガを飛び越え、斧の一撃を大げさに回避。

タイガの後方に着地すると同時に、しゃがんだままカードをドロー。

右脛のガゼルバイザーに装填。

 

『SPIN VENT』

 

右腕に一対のドリル・ガゼルスタッブが装備される。

インペラーはタイガと戦う覚悟を決めた。

人間と戦うのは初めてだけど、俺の足とモンスターがいれば大丈夫!多分……

そして大振りの攻撃を避けられたタイガがやっと振り返り、またこちらに向かってくる。

次はインペラーから仕掛けた。

 

「うおお……はあっ!」

 

ドリルをタイガに突き刺す。タイガはデストバイザーを縦にし、

ガゼルスタッブのドリルの間に挟み、受け止めようとしたが、

刀身の長いガゼルスタッブの先端が右肩に刺さり、火花を散らしてダメージを与えた。

 

「うっ……!」

 

やれる、いける、俺は、絶対生き残って……!!

自らを鼓舞し、インペラーは後ろにステップを取り、タイガと距離を取る。

デストバイザーが有効でないと判断したタイガはカードをドロー、装填した。

 

『STRIKE VENT』

 

今度こそデストクローを両腕に装備したタイガ。

 

「ああああ!!」

 

雄叫びを上げながら狂ったように鉤爪を振り回しながらインペラーに突撃したタイガ。

インペラーは、斧より有効射程が伸びた攻撃を慎重に見定める。

あの斬撃の嵐に巻き込まれたらズタズタにされる。でも、俺にはこの足がある!

インペラーは、タイガの接近と同時に、両足で空高くジャンプ。

一瞬目標を見失い、隙を見せた敵を目がけて落下。

上空から全力で頭部にキックを食らわせた。

 

「あ……かはっ……!」

 

脳が揺れ、その場でふらつくタイガ。立っているがやっとの状況。

やるなら、今しかない!

インペラーは最後のカードをドロー。右足を上げ、ガゼルバイザーに装填した。

 

『FINAL VENT』

 

「はあああ……行け!」

 

カード発動と同時に、インペラーの契約モンスター・ギガゼール及びその亜種が現れる。

あの日のように、槍を持つもの、羊のような角を持つもの、

尖った角が刃物となっているもの、多種多様なガゼル型モンスターの軍勢が現れ、

タイガに襲いかかった。

 

「!?」

 

タイガは慌ててデストクローを捨て、カードをドロー。デストバイザーに装填。

 

『FREESE VENT』

 

だが、凍結出来たのは回転ジャンプをしながら向かってくるギガゼールの一体だけで、

ほぼ全てのモンスターがこちらに飛びかかってくる。

ミラーモンスターの群れは、すれ違いざまタイガに一撃を加え、

確実に体力を奪っていく。反撃に出ようにも凄まじい連続攻撃の前に手も足も出ない。

やっとギガゼール達が飛び去り、デストバイザーを構えた瞬間、

最後にインペラーがタイガに飛びつき、強烈な飛び膝蹴りを食らわせた。

インペラーのファイナルベント「ドライブディバイダー」で、

タイガはとうとう膝を折り、その場に倒れた。

 

「はぁ…はぁ…」

 

インペラーはタイガの様子を注意深く見守る。が、全く動く様子を見せない。

遠巻きに慎重にタイガを見るが、やはり死んだふりではなく、本当に力尽きたようだ。

数秒後かけて現実を飲み込むと、インペラーは歓喜した。

 

「……やった!俺、勝ったよ!生き残ったんだ!

早く戻らなきゃ、俺の人生にはまだまだ続きがあるんだ!」

 

そして、インペラーは窓ガラスから艦これ世界に戻ろうとした。

……彼は後ろを振り返る。そこには身動き一つせず、地に伏すタイガ。

体が既に蒸発を始めていた。

 

 

“じゃあ、僕達4人、これからはコアミラーってお宝を求める秘密の仲間ですね!”

 

 

インペラーは、何も言わずタイガの手を引くと、

窓ガラスに手を突っ込み、艦これ世界に戻った。

 

 

 

ミラーワールドから脱出した二人。

 

「……」

 

変身を解いた佐野は、やはり無言のまま、立ち去ろうとした。

その時、香川と五月雨が彼の元へ駆け寄ってきた。思わず身構える佐野。

香川がタイガに目を向けると、アーマーに蓄積したダメージで、変身が強制解除された。

そこには気を失った東條が。

 

「ああ、間に合いませんでしたか……」

 

「先生!これ、どういうことなんですか!?

なんで俺が殺されなきゃならないんですか!」

 

戦闘の興奮状態から冷めた佐野が、今更ながら香川を問いただす。

 

「佐野君、本当に申し訳ありません。全ては私の監督不行き届きです」

 

「おかしいですよ、なんで俺を殺すと英雄なんですか!」

 

「本当にすみません。今は、時間をください。

彼からデッキを取り上げ、二度とこのようなことが起こらないよう務めます。

それに、それなりの慰謝料もお支払しますので……」

 

金の話が出た途端、先程の命がけの戦いを忘れる佐野。

 

「え、本当ですか!?あたた、左手も切られちゃって痛むんですけど……」

 

「当然治療費も別途お支払します。ですので、このことはどうか穏便に」

 

「わかりました!誰でも一度くらい間違いはしますよね!」

 

「では、彼を医務室に運ぶのを手伝ってもらえますか?君の怪我も手当しなければ」

 

「もちろん!俺がおぶっていきますよ!」

 

こうして4人は医務室に東條を運び込み、ベッドに寝かせ、手当をした。

デッキは香川が預かり、ミラーモンスター襲撃に備えて、

佐野がそばに付くことになった。当然報酬付きで。

 

「本来なら私がいるべきなのですが、なにやらミラーモンスターの活動が

活発化しています。担当鎮守府を長く空けることができません。

それに……やるべきこともありますので」

 

「お任せください!東條さんは俺が守りますので!」

 

佐野は手を振って香川を見送った。そして東條のベッドのそばに座る。

つい、報酬に釣られて引き受けちゃったけど、

なんで俺、自分を殺しに来たやつを守ってるんだろう。ふと、彼の寝顔を見る。

俺を倒すと英雄になれるって言ってたけど、

誰かを殺してまで英雄になってどうするんだろう。起きたら聞いてみようかな。

時計を見ると、もう0時近く。俺も寝よう。佐野は別のベッドで横になった。

 

 

 

翌朝。

 

「ふぁ~あ……!?」

 

大きなあくびをした佐野は愕然とした。東條がいないのだ。

医務室のベッド全てのカーテンを開けて探すが、やはりいない。

 

「おはようございま~す」

 

呆然としていると、救護班の艦娘が入室してきた。彼女に駆け寄り、尋ねる。

 

「ね、ねえ!そこに寝てた東條さん知らない?」

 

「東條提督ならそこに……やだ、いない!

ねえ、みんな!そこに寝てた人どこに行ったの?」

 

「あら。どこ行ったのかしら」

「あなた遅番でしょ、見てない?」

「夜中の巡回の時はいたんだけど……」

 

彼女も後から入ってきた仲間に聞くが、答えは全て“知らない”だった。佐野は気づく。

東條は気を失ったふりをして、恐らく早朝に抜け出したのだ。

初めから目が覚めていたのか、途中で目を覚ましたのかは知らないが、

とにかくこうしてはいられない。香川に知らせなければ。

 

転送クルーザーに向かうべく、医務室を出ようとしたが、

思いがけない人物が飛び込んできた。香川だった。

彼の方でも異変があったらしく、酷く慌てた様子だ。

 

「佐野君!東條君は、彼はどこに行ったのですか!?」

 

「いないんです!目が覚めたらいつの間にかいなくなってて!

看護婦さんに聞いたら夜中にはいたらしいんですけど!」

 

「……仕方ありません。君、長門君に連絡を。

全ライダー鎮守府に警告を打診してください。

彼が私の執務室からデッキを盗んでいきました」

 

「わかりました!」

 

「先生、俺、ここで待ってます。もしかしたら昨日の決着を着けに戻ってくるかも」

 

「お願いします。彼の捜索は私が!」

 

そういうと香川は医務室から白衣をはためかせて出ていった。

 

 

 

 

 

──北岡鎮守府

 

 

「おはようご「大変よ、司令室から緊急入電!」」

 

吾郎の挨拶を遮って飛鷹が執務室に駆け込んできた。その手には一枚の電文。

北岡は受け取ると、さっと目を通した、

 

「どうしたんですか、先生」

 

「はぁ……新聞は読んだ?新人ライダーが、なんかいろいろやらかしてるらしいよ。

“仮面ライダータイガ。見つけ次第イレギュラーとして無力化せよ”だってさ。

新聞読んだけどさ、英雄だのなんだの、言ってることが胡散臭いんだよね。

いい年してヒーローになりたいとか冗談も程々にしてほしいんだけど」

 

「うちにも来るのかしら……」

 

「来たらやるだけだよ。今までと何も変わらない」

 

「でも、先生……お体の具合は大丈夫なんですか?」

 

「へ?やっぱり具合でも悪いの、提督?」

 

事情を知らされていない飛鷹が尋ねる。

 

「……大丈夫だから、吾郎ちゃん。まぁ、そんなところだよ、飛鷹」

 

だが、流石に飛鷹もこれだけで納得しなかった。

ずっと咳が続いているし、あまり顔色も良くない。

最近の話ではない、ここ半月ずっとだ。

 

「本当に?嘘だったらデコピン1発じゃ済まないわよ?」

 

「そんなもん食らったら余計具合が悪くなるよ」

 

コンコン

 

ドアをノックする音が聞こえた。全員がドアを見る。吾郎がドア越しに声をかける。

 

「どちら様ですか」

 

「東條鎮守府の提督。北岡って人に会いたいんだけど……」

 

「すみませんがお帰りくださ「いいよ、吾郎ちゃん。入ってもらって」」

 

飛鷹は驚いて北岡を見る。

 

「いいの!?」

 

「どうせいつかは戦うんだ。ヒーロー気取りのお坊ちゃんに人生を説いてやるさ」

 

そして、吾郎がドアを開けると、そこで顔や首を包帯や絆創膏だらけにした青年が、

不気味な視線で北岡を見つめていた。

 

 

 

本館から出て1階の、外部と内部が繋がる大きなガラスドアの前に二人は立っていた。

吾郎と飛鷹も不安げにその様子を見ている。

 

「アポなしの訪問は正直困るんだけど?」

 

「どうして君なんかがライダーになったのかな。

贅沢ばかりして誰かを助けようとしない。英雄とは程遠い」

 

「だったら誰がライダーだったら満足すんのよ」

 

「少なくとも、一つを犠牲にする勇気を持たない人間にライダーはやって欲しくない。

仮面ライダーは、英雄でないと。神崎君も僕の考えが気に入ってデッキをくれたんだ。

許せないライダーは、倒せばいいって」

 

東條はカードデッキを取り出した。北岡は一つため息をつく。

 

「他人のための犠牲は美しくない。自分ひとり幸せにできない奴が、

誰かを助けようなんて、おこがましいというか、身の程知らずというか。

正直お前、“私は幸せじゃありません”、って顔に書いてあるよ」

 

東條が表情を変えずに腹の中の怒りを滾らせる。

 

「やっぱり君はライダーバトルから消えるべきだよ」

 

「ならつべこべ言わずにかかってきなよ。許せないライダーは倒すんだろう?

俺も暇じゃないんだよ」

 

そして、二人はガラスドアに向き合い、それぞれの形でカードデッキをかざした。

変身ベルトが腰に現れると、北岡は両腕を一瞬クロスし、右腕を立て、

左手でデッキを装填。東條は素早く両腕で構えを取り、右手でデッキを装填した。

 

「変身!」「変身」

 

仮面ライダーに変身した二人は、一瞬視線を交わすと、ガラスドアに飛び込んだ。

 

 

 

勝負は最初からタイガが不利だった。バイザー自体が銃器になるゾルダに対し、

“STRIKE VENT”を使用しても接近戦しかできないタイガ。

タイガはカードのドローや装填ができなくなるデストクローの仕様は控え、

慎重にデストバイザーでの戦いを挑む。

 

対するゾルダはカードをドロー、マグナバイザーにリロードした。

両肩にショルダーマウント式のビーム砲2門が装備される。

タイガはその大斧でゾルダに斬りかかるが、マグナバイザーで何度も銃撃を受け、

足元を撃たれ、前に転倒。更にそこをビーム砲で狙い撃ちされる。

 

「ぐあああっ!!」

 

立ち上がれないタイガにつかつかとゾルダが歩み寄る。

 

「さっきの続きだけどさ、お前ら英雄目指してる割には、“小さい”んだよね」

 

「ゴホッ!……なんだと」

 

「“多くを助けるために一つを犠牲にできる勇気”?

しみったれた言い訳にしか聞こえないんだけど」

 

「あんまり調子に乗らないほうがいいかもね……」

 

「絶体絶命の航空機墜落事故、豪華客船沈没事故、

乗客を生還させた機長や船長はどちらも英雄と呼ばれた。

お前らとの違い、理解できるか」

 

「べらべらうるさいなあ!」

 

激高し、痛みも忘れて立ち上がる。

 

「“全員助けた”ってことだよ。お前らみたいにできる範囲の線引きなんかしないでさ。

たった2つから1つを選ぶなんて誰でもできる。

つまりお前らが必死こいて目指してたのは、ただの“凡人”なのよ」

 

自らの信念を否定され、怒りに震えるタイガはカードをドロー、装填。

 

『ADVENT』

 

デストワイルダーがゾルダの背後から飛びかかる。

だが、ゾルダは左脇にマグナバイザーをはさみ、振り向くことなく後ろを撃った。

デストワイルダーは数発の銃撃をくらい、空中でバランスを崩して転倒。

 

「誰にも必要とされない、英雄の資格もない口先だけの人間が何を言っても無駄だよ。

悪のライダーを倒して、英雄になるのは、僕だから……!」

 

「俺は英雄なんか目指さない。自分だけのために生きる」

 

「そんな薄汚れた生き方、僕は嫌かな!」

 

「他人をダシにした自己満足の方が汚れてると思うけど?」

 

「うああああ!!」

 

怒りが頂点に達したタイガはカードをドロー、デストバイザーに装填。

 

『STRIKE VENT』

 

両腕にデストクローが現れる。タイガは怒りに任せてゾルダに突撃。

ゾルダもマグナバイザーを連射し迎え撃つが、

左腕の手の甲を盾代わりにして突進してきたタイガに接近を許してしまった。

両腕から鋭い鉤爪で斬撃を浴びるゾルダ。

 

「げあはっ!!ごほっ、ごほっ!」

 

至近距離で全力を込めた攻撃を受け、ゾルダは後方に弾き飛ばされる。

体調の悪化も重なり、吐血を伴う咳が止まらない。タイガは更に追撃を掛けてくる。

なんとかマグナバイザーで牽制するが、巨大な鉤爪で受け止められ、

有効なダメージには至らない。ふらつく足で地面を踏みしめ、

両肩のビーム砲の照準を合わせる。

あえてタイガの足元を中央に収めると、再度2門の砲を発射、命中。

爆発したエネルギーが、タイガを下から突き飛ばし、衝撃を浴びせる。

 

「うわあっ!!」

 

固い石畳に落下したタイガは体中に電流のような痺れに襲われる。

そしてゾルダは容赦なく追撃をかける。カードをドロー、リロード。

 

『SHOOT VENT』

 

ゾルダの両手に、今度は単装砲が現れる。こちらは肩のビーム砲とは違い、鋼鉄の実体弾を放つ。

 

「じゃあね、坊や。最後に教えといてやるよ。英雄ってのはさ、

英雄になろうと思った時点で、失格なのよ。お前、いきなりアウトってわけ」

 

「ふざ、け……」

 

トリガーを引くと、耳を引き裂くほどの砲声と共に、焼けた砲弾が発射された。

その強烈な反動でゾルダが後退する。

着弾すればタイガはアーマーごと粉々になるだろう。

 

勝利を確信したゾルダだったが、射線状に鈍色の影が飛び込み、タイガを連れ去った。

先程、奇襲に失敗したデストワイルダーだった。

砲弾の直撃寸前で主人を助け、タイガを担ぎ上げたまま

ミラーワールドの外へと逃げていく。

ゾルダはそれ以上深追いせず、ふぅ、とひとつ息をついてその様子を見ていた。

 

 

 

ガラスドアが一瞬輝くと、巨大な怪物とライダーが現れたので、飛鷹と吾郎が驚いた。

 

「ちょ、何あれ!?」

 

「多分……さっきのライダーだと思います」

 

続いて、ゾルダもミラーワールドから帰還した。二人はゾルダに走り寄る。

 

「先生!」

 

「提督、無事だったの!?」

 

「楽勝。所詮、奴は小者だった、ってことかな」

 

3人が桟橋の方を見ると、転送クルーザーが光り、無人状態になった。

 

「逃げられはしたけど、多分あいつは誰にも勝てない。

……飛鷹、悪いけど長門に連絡しといてよ」

 

「わかった!」

 

飛鷹が作戦司令室に走っていくのを見ると、今度は吾郎に指示を出した。

 

「吾郎ちゃん、濡れタオル持ってきてくれないかな。ちょっと……血が出たからさ」

 

「先生……すぐ、持ってきます」

 

事情を察した吾郎は、何も聞かずに給湯室へ急いだ。そしてゾルダは変身を解く。

口を拭うと、やはりその手が血で汚れる。

北岡はその場で座り込み、その血まみれの手をただ見つめていた。

 

 

 

 

 

──東條鎮守府

 

 

転送が終わると、提督命令で操っていた艦娘に

自分の持ち場へ戻るよう命令したタイガは、おぼつかない足取りで桟橋を歩く。

どうして、どうして、僕は勝てないのかな!?僕は英雄なのに!

本館を目指して工廠前のアスファルトを踏みしめながら歩みを進める。

失敗したけど、特別な人を殺す勇気だってあった!もう少しで先生すら殺せた!

僕はなんだって犠牲にできる!なのに……

 

 

「司令官!!」

 

 

その時、タイガを呼ぶ声が聞こえた。

向こうから見慣れた少女が息を切らせて走ってくる。薄桃色の髪を後ろでまとめた艦娘。

青葉はタイガの胸に飛び込み、必死に訴える。

 

「なんでこんな無茶なことしたんですか!みんなが司令官の事を探しています!

もう、やめましょう?こんなこと……」

 

ああ、そうか。そうだったのか

 

「青葉も一緒に謝ります!まだ誰も手にかけてない今なら間に合います!」

 

そう。誰も殺してないからなんだ。

 

「さあ、こっちです。今すぐ作戦司令室へ出頭すれば……」

 

大切な人を。

 

 

“この繋いだ手を失いたくない。青葉はそう思っています”

 

 

タイガはデストバイザーの刃を上げ、カード装填口をオープン。

カードをドローし、装填。刃を下ろした。

 

「ねえ、青葉さん」

 

「急がなきゃ、時間が……」

 

 

────FINAL VENT

 

 

カードが発動。物陰から飛び出したデストワイルダーが青葉をうつ伏せに押し倒し、

その豪腕で押し付けながら引きずり出した。

艤装と彼女の体が地面との摩擦で激しく火花を上げる。

 

「キャアアア!!熱い、熱い!やめて!お願い、やめてえぇ!!」

 

青葉の懇願も虚しく、デストワイルダーは工廠前の長い道を引きずり続ける。

その後には彼女の血と焼けたアスファルトの跡が。

そしてタイガは、左腕のデストクローを構え、深く腰を落とす。

 

「熱いいぃ!どうして!どうしてぇ!痛い、痛いよぉ!!」

 

そしてUターンしてきたデストワイルダーが青葉をタイガの前に突き出す。

その瞬間、タイガのデストクローが深々と彼女の体を貫いた。

 

「……!か…は……どう、して」

 

そのまま青葉の身体を持ち上げると、鉤爪に青白いエネルギーが集中。

収束しきったその時、エネルギーは爆発を起こした。

仮面ライダータイガのファイナルベント「クリスタルブレイク」で、

青葉は完全に動かなくなった。

 

 

 

青葉を抱きかかえて作戦司令室への道を歩く東條。

 

「君は僕にとっていちばん大事な人だった。だから犠牲になってもらわないと。

僕が英雄になるために。ごめんね青葉さん。ごめんなさい」

 

無残に黒焦げになった彼女の身体に涙が落ちる。東條は大切な人を失い涙していた。

そして、微笑んでいた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話 All for One

処刑台へ赴くが如く作戦司令室への道を歩む東條の姿に、道行く艦娘は恐れおののくか、

言葉を失いただ道を空けることしかできなかった。

青葉の惨殺死体を抱えながら、涙を流し、そして微笑む東條。

作戦司令室の前では既に長門をはじめとした面々が待っていた。

だが、長門ですら、東條の異常な姿、青葉の凄惨極まる遺体に絶句したようだ。

 

「ほら、見て。僕が殺したんだ。一番大切な人を。僕は、英雄になれたんだ……」

 

しばらく言葉が見つからず、混乱に陥る長門。だが、その混乱はすぐ怒りに変わり、

 

「殺されに来たのか貴様アアァ!!」

 

東條を殴り飛ばそうとするが、提督権限が邪魔して拳が届かない。

そんな彼女を陸奥が止める。

 

「落ち着いて!今は青葉ちゃんの治療が先でしょう!まだ助かるかもしれない!

大淀は全鎮守府にタイガ確保の連絡!

同時に警備班の艦娘に連絡、こいつを拘束させて!」

 

「了解しました!」

 

「くっ……すまん、青葉。東條、今から貴様を拘束する。

英雄なら往生際の悪い真似はするまいな!?」

 

「僕は逃げも隠れもしない。そんな必要はないんだから」

 

「“その必要はない”だと?自分の力に酔っているのか気違いめ!!」

 

「そんな意味じゃない。英雄になることができた今、僕はもう死んでも構わない。

ライダーバトルもコアミラー破壊も、全てはこのためだったんだ」

 

「お前なんかが英雄なものか!申し開きは牢屋で聞く。

……おい、救護班はまだか!このイレギュラーを捕縛しろ!」

 

そして、前身が熱傷と裂傷でズタズタになり、腹を刺された青葉が

医務室に救急搬送され、東條は縄打たれ、デッキを取り上げられ座敷牢に放り込まれた。

彼は抵抗することなく、すっかり色が落ちた畳に身を投げ出した。

それでもなお、彼は笑いながら泣くことを止めなかった。

英雄になる宿願が叶った喜びと、大切な人を失った悲しみ。相反する感情を抱えて。

 

 

 

1時間後。

座敷牢に事件の関係者が集まっていた。長門、香川、佐野、北岡。浅倉は来なかった。

 

「間に合わなかった……!

私が正しい英雄のあるべき姿をきちんと説かなかったばかりに!」

 

「先生は間違ってなんかないよ。だって、ほら。僕、英雄になれたんだよ?」

 

格子の向こうから不気味な笑みを浮かべる東條。

その狂気を孕んだ表情に佐野はただ恐れを抱き、北岡がため息をついた。

 

「そもそもおたくらが英雄なんかにこだわってるからこんなことになんのよ。

で、なんで英雄が牢屋に入れられてんの?

俺にはただの犯罪者にしか見えないんだけど?」

 

「それでいいんだ、それで……」

 

今度はブツブツと意味の分からない事を言い出す。

彼の姿を見て、香川が重苦しい口調で話した。

 

「教え子の不始末は、教授の責任です。私が責任を取りましょう」

 

「具体的にはどうする気だ」

 

怒りを押さえ込みながら長門が厳しく問う。

 

「まずは謝罪を。この鎮守府全ての艦娘の方たちに……

そうですね、本館前に来ていただくことは可能でしょうか。

私と東條君で、ご迷惑をおかけした皆さんに謝罪します。

もちろんそれで全てが終わるとは思っていませんが」

 

「ふん、口先で謝るだけで青葉が帰って来るわけではないが……」

 

その時、長門の頭に緊急通信のシグナルが届いた。彼女の目が見開かれる。

 

「……了解した。手筈を整えよう」

 

「感謝の念に堪えません」

 

「ただし、条件がある」

 

「なんでしょうか」

 

「もうこいつに暴れられては困る。奴から提督権限を剥奪し、私に移譲すること、だ」

 

「わかりました。今すぐにでも……東條君、提督権限を手放し、長門さんに渡しなさい」

 

「はい、先生。“提督権限、僕の提督権限は長門さんのもの”」

 

鎮守府全体に見えない力が働き、それはやがて長門に収束した。

 

「確かに……」

 

「他に、なにかできることは?」

 

「今のところない。今、小人たちが本館前広場に演説台を設置している。

それが終わるまで執務室で待機していろ」

 

「わかりました」

 

そして長門は去っていった。

佐野はどうしていいかわからず、キョロキョロ香川と東條を交互に見ている。

北岡は興味深げに獄中の彼を眺める。

 

「なるほど、謝罪ね。政治家や重役のは腐るほど見てきたけど、

まさかライダーの謝罪会見を見ることになるとは夢にも思わなかったよ。

まぁ、参考までに俺も見させてもらうよ。

仮面ライダーが不祥事を起こした場合どう弁護するか、

シミュレーションするのも面白そうだし?

じゃあ、間宮でお茶でも飲みながら時間を潰すとしますか」

 

呑気な言葉を残して北岡も出ていった。

ただ困惑するだけだった佐野もようやく口を開く。

 

「あの、俺、一度自分の鎮守府に戻ります。今日は遅くなるって叢雲に伝えないと……」

 

「ええ。君も出席してくれると助かります」

 

そして、佐野も帰っていく。残されたのは師弟二人。香川は改めて東條に向き合う。

ひたすら感情を隠していた香川が悲しそうな表情を浮かべ、彼に話しかける。

 

「さっきも言いましたが、君の過ちは私の過ちでもあります。

今夜、一緒に皆さんに詫びるのです。準備が終わるまで、自分の行動を振り返り、

何故こうなったのか、自分なりの答えを出しなさい。私が助言するのはそれからです」

 

最後の香川も本館の執務室で待機するべく、座敷牢から去っていった。

一人になった東條は、畳の上に座り込み、香川の言うとおり、

ここに来るまでの行動を振り返った。

 

浅倉威にライダーバトルを挑んだ。そのせいで先生と戦うことになった。

その後大事な人を殺そうとした。できなかった。

自分のことしか考えないライダーに戦いを挑んで負けた。そして、大切な人を、殺した。

僕を失いたくないと言ってくれた、あの人を。だから今、僕は牢屋の中にいる。

僕は、英雄になれたのかな。……そうだよね、そうだと言ってよ、青葉さん!

じゃないと、君を失った意味が、ないじゃないか!

 

「ああああああ!!」

 

突然感情が暴発し、絶叫する。

 

「……!?」

 

だが、不意にあることに気がつく。そうだ、僕は、まだやり残したことがある!

全部やり遂げないと、彼女の犠牲が無駄になる!

牢屋の中で、一人ある決意を固めた東條だった。

 

 

 

 

 

──東條鎮守府 本館前広場

 

 

夕暮れ時、広場にマイクが一本設けられたステージが設置された。

急な話だったので簡素な作りのものだったが、肝心なのは演説内容なので問題はない。

ステージの斜め後方に関係者が座るパイプ椅子が並べられ、

夜も近いので前方に探照灯が配置されている。そろそろ開場の時間が近い。

 

既に広場には、東條鎮守府のほぼ全ての艦娘が集まっている。

一連の事件に関わることはなかったが、ミラーワールドに深い関わりがあると思われる

二人組が騒ぎを起こしたとあって、真司と蓮も訪れていた。

北岡は待ちくたびれたという感じで、鉄の低い柵に腰掛けてあくびをしている。

東條は香川と長門に連れられて、座敷牢から会場へ移動しようとしていた。

その時、東條が歩みを止めた。

 

「何をしている、早く歩け!」

 

「すみません、顔と手を洗いたいんです。給湯室に行かせてください……」

 

「状況に贅沢を言える立場か?さっさとしろ!」

 

「お願いします。どうしても、ちゃんとした格好でみんなの前に出たいんです……」

 

東條は腰を折り、深く頭を下げた。長門は悩んだ末、

 

「5分で済ませろ。言っておくが逃げる場所などないぞ。クルーザーは封鎖中だ」

 

「ありがとうございます……!」

 

 

 

東條は両手を縛られたまま、本館に入ると階段を上り、執務室に入った。

そして給湯室で顔を洗い、必要なものを紙で包み、上着の内ポケットに入れた。

用が済んだら再び本館出入り口前に戻ってきた。

 

「よし、開場までもう時間がない。急ぐぞ。」

 

「はい」

 

そして、会場に着くと長門と香川が東條の両脇を挟む形でパイプ椅子に座った。

艦娘達から東條に刺すような憎しみの視線、罵声がぶつけられる。

 

“来たわ!あいつが犯人よ!”

“イレギュラーめ、出て行けー!”

“この恩知らず!青葉ちゃんに助けてもらっておいて!”

 

長門は前を向いたまま、東條に話しかける。

 

「これが、お前が英雄とやらを目指した結末だ。よく噛み締めておけ。

あと、お前が演説台に立つ前に、ある人から話がある。一言一句漏らさずに聞くんだ。

わかったな」

 

「誰ですか、それ……」

 

もう長門は何も答えず、前を見るだけだった。すると、進行役の艦娘が演説台に立った。

ガヤついていた会場が静まり返る。

 

「マイク音量大丈夫?チェック、ワン、ツー。えー、只今より、

仮面ライダータイガこと東條悟による傷害事件の謝罪会見を行いたいと思います。

まず、犯人の会見の前に、重要人物から一言あるそうなので、まず始めにそちらから。

どうぞ、壇上へお上がりください」

 

コツ、コツ、コツ……

 

固い足音を立てて鉄製の階段を上る艦娘。自分は幻を見ているのだろうか。

彼女の姿を見る東條の眼が大きく開かれる。彼女はマイクを取り、演説を始めた。

 

 

「みなさん、こんばんは。青葉です。日頃お世話になっている東條鎮守府の青葉です。

この度は私のためにご心配、お騒がせして申し訳ありません」

 

 

彼女がペコリと頭を下げると、一斉に皆が騒ぎ出す。

医療班も手の施しようがないと諦めていたと聞いていたのに。

 

“嘘……生き返ったの?”

“どうして?助からないって聞いたのに……”

“夢、じゃないわよね……”

 

 

 

何を言っていいのか。言いたいことが多すぎて言葉が見つからない。

ただ口を動かすが言葉が出ない。そんな東條に長門がまた話しかける。

 

「彼女の物持ちの良さに救われたな。確かに彼女は致命傷を負ったが、

懐に潜り込んでいた応急修理要員のおかげで首の皮一枚で助かった。

あとは高速修復材で見ての通りだ。

もし青葉が死んでいたら、謝罪会見ではなく公開処刑になるところだった」

 

だが、そんな長門の言葉は耳に入っていなかった。彼女が、彼女が生きている。

それは英雄になることに失敗した事を意味していたが、

東條の心を目の前の青葉の存在が埋め尽くし、思わず届かない手を伸ばす。

 

 

 

「今日は、東條提督のお話の前に、わがままを言って

少しだけ青葉に時間をもらいました。

ええと、実は、私も皆さんに謝らないといけないことがあるんです」

 

またも聴衆が騒ぎ出す。一体被害者である彼女が何を謝らなければならないのか。

 

「皆さん、一週間ほど前に、ここにミラーモンスターの軍勢が

攻めてきたことがありましたよね。艦隊新聞でも報じたとおりです。

実は、その襲撃事件なんですが……全部青葉の差し金だったんです」

 

その場にいた全員に衝撃が走る。うつむいていた東條が目を剥き、顔を上げた

 

 

 

 

 

Amazing grace. How sweet the sound. That saved a wretch like me.

(驚くべき恵み なんと甘美な響きだろう 私のような哀れな者をお救い下さった)

 

 

 

 

 

「ご存知の通り、艦隊新聞は青葉が書いてるんですが、

正直読んでくれてる人って少ないし、徐々に減ってきてるのが現状なんです。

何時間も原稿用紙に向かって、うんうん唸って文章をひねり出しても、

緩衝材か焚き火に使われるのが関の山。そんな状況が嫌で、

青葉は購読者を増やすためにあの事件をでっち上げる事を思いついたんです」

 

“でっち上げって、どういうこと……?”

“青葉さんも、ライダー?”

 

東條は瞬きも忘れ、青葉の話に聞き入っていた。理解が追いつかない。

彼女は、どうして嘘をついているのだろう。

 

「そこで私は偶然知り合った東條さん達にこの話を持ちかけたんです。

契約モンスターに命令して、みんなを襲わせるふりをして、特ダネを捏造して欲しい。

貴方達の主張を、身をもって知ってもらうことにも繋がるって。

……もし、断ったら、皆さんに押さえつけられてセクハラされたって記事にするとも

言いました。アハハ、これ、もう脅迫ですよね!」

 

“ふざけないで!みんな必死にかばい合ってたのに!”

“泣いてる娘たちもいたのよ!”

“艦娘の恥!”

 

怒った聴衆が青葉に罵声を浴びせ、一部が彼女に石を投げる。

ひとつが青葉の額に当たり、血が滲む。

聴衆の中にいた佐野にも、周辺の艦娘から冷たい視線が刺さる。

いたたまれなくなった彼は、そそくさとその場から立ち去った。

 

 

 

 

 

I once was lost but now am found. Was blind, but now I see.

(一度は迷っていたが、今では見出された かつては盲目だったが、今では見える)

 

 

 

 

 

行かなきゃ。東條は立ち上がり、ゆっくりと演説台へ向かいだした。

長門が止めようとするが、香川が両手で彼女を押しとどめた。何度も頭を下げて。

仕方なく、彼女は警戒心を緩めることなく、席に着いた。

青葉は相変わらず、罵声、石、ごみを投げつけられながら、演説を続ける。

 

 

「本当に、ごめんなさい。その時は、まさかこんな大事になるとは

思ってなかったんです。青葉は怖くなって、

計画を持ちかけたお三方になんとかするよう頼みました。

でも、その時にはもう全てが手遅れになっていて、

誰もが嘘に嘘を重ねなければならない状態に陥っていたんです。

 

特に、東條提督。彼を追い詰めたのは青葉です。孤独な道を歩んでいた彼は、

英雄になることしか愛を受ける方法を知らなかったんです。

そんな彼を利用したのは、青葉。こんなことになるまで追い詰めたのも、青葉。

だから、お願いです。司令官を許して下さい。

青葉はこの通り生きていますし、そもそもの原因は青葉です。

せめてもの償いに、青葉は新聞記者を辞めます。そして、この通りです!」

 

青葉は首から下げていたカメラを手に取り、思い切り鉄の床に叩きつけた。

無残に砕け散る青葉の大切な宝物。

ひび割れたレンズが転がり、演説台から落ちていった。

 

 

 

 

 

Through many dangers, toils and snares. I have already come;

(多くの危険、苦しみ、誘惑を乗り越え 私はすでにたどり着いた)

 

 

 

 

 

静まり返る広場。やっとわかった。彼女は僕達を庇おうとしているんだ。

自分ひとりを犠牲にして。視界がぼやけ、涙があふれる。見つけた。

僕はなれなかったけど、確かにそこにいる。

約2000年前、自らを犠牲に全人類を原罪から救った絶対的英雄の姿を見る。

なんと自分の小さいことだろう。ただ静かに涙を流す。

 

「青葉さん、もういいよ」

 

不意に後ろから声を掛けられた青葉は驚いて振り向く。

とうとうこの演説台に立つべき人物が現れ、またにわかに広場がざわつく。

東條は青葉からマイクを受け取り、聴衆に向かって話し始めた。

 

「みんな、僕のせいでいろんな人に迷惑を掛けて本当にごめんなさい」

 

そこで深く一礼する。

 

「みんなに知っておいて欲しいことがあるんだ。

今、青葉さんが言ったことは全部嘘だよ」

 

会場がどよめく。では、今までの話はなんだったのか。何のために嘘をついたのか。

 

「司令官!」

 

「青葉さんごめん、せっかく僕達を庇おうとしてくれたのに。

でも、僕は本当の事を話すよ。このまま君ひとりを犠牲にしたら、

僕は本当に英雄でなくなっちゃう」

 

青葉は何も言えなくなり、ただそこで見守ることしかできなかった。東條は話を続ける。

 

「確かにあの襲撃事件はでっち上げだった。でも、計画を主導したのは僕達ライダー。

青葉さんは半ば強引に付き合わされただけなんだ」

 

“どういうこと!?”

“さっきの話と全然違うんだけど!”

“落ち着いて、とりあえず最後まで聞きましょうよ!”

 

「それは、さっきの青葉さんの話にも出たけど、僕達はミラーワールドを閉じるために

この世界に来た。そのためには、みんなに僕達の英雄的思想をわかってもらって、

協力してもらう必要があったんだ。

……そう、“多くを助けるためにひとつを犠牲にする勇気”、だよ。

初めはみんなこの考えをわかってくれなかった。

だからあの二者択一の状況を作り出して、実際にそんな状況に陥った時、

どう動くべきかを知ってもらいたかったんだ」

 

 

 

 

 

'Tis grace has brought me safe thus far,  And grace will lead me home.

(その恵みがここまで私を無事に導いて下さった だから恵みが私を家に導くだろう)

 

 

 

 

 

またしても聴衆の怒りが爆発する。

 

“何が英雄よ!この詐欺師!”

“最初から怪しいと思ってたのよ!やっぱりあんたなんか間違ってた!”

“それがどうして青葉さんを殺すことになるのよ!”

 

今度は東條に罵声と大小様々なゴミが投げつけられる。口を切り、目に当たり血が滴る。

それでも東條はマイクを手放さない。

 

「今ならわかる。僕達は間違ってた。

多くを救うために、ひとつを犠牲にする勇気なんて、間違ってる。

それは、僕が身をもって証明した。

大切な人を犠牲にできる者が英雄だと思ってたけど、できなかった。

ライダーバトルに勝ち残ることが真の英雄だと思ったけど、結局誰にも勝てなかった。

それが誤りだったことは間違いないよ。だって、ここに本当の英雄がいるから……!」

 

東條は身を引いて、青葉の姿を皆に見せた。戸惑う青葉に探照灯が当てられる。

 

「僕、気づいたんだ。英雄になるために何が足りなかったのか。

僕はいままで誰かを犠牲にすることしかしてこなかったけど、

自分を差し出すことは考えもしてなかった。でも、彼女はやってのけたんだ!

先生の教えもなかったのに、自分の意思で!」

 

「司令官……」

 

青葉の両の目から涙が伝う。

後方のパイプ椅子に座る香川と長門もじっと聞き入っている。

 

「そして、彼女は自らの犠牲を完璧なものにするために、大切な物を差し出した。

償いの証として!」

 

東條は足元に落ちているカメラの破片のひとつ取り、聴衆にかざした。

 

 

 

 

 

Yes,when this flesh and heart shall fail, And mortal life shall cease;

(そう。この体と心が滅び 死ぬべき命が終わる時)

 

 

 

 

 

「だから、僕も償いをしようと思う。みんなのためになる形で。

そう、悪いライダーをやっつける」

 

だが、再びブーイングの波が押し寄せる。

 

“今更どうしようってのよ!”

“悪党はあんたでしょうが!”

“また提督に戻れると思ったら大間違いよ!”

 

「ううん、まだ倒さなきゃいけないライダーがいるんだ」

 

そして、東條は上着の内ポケットから、すらりと“それ”を抜き取り、首の頚部に当て、

 

 

 

 

 

I shall possess, within the vail,  A life of joy and peace.

(私は来世で得るだろう 喜びと平和の命を)

 

 

 

 

 

裂いた。

 

その場の時間が止まる。果物ナイフで切り裂かれた首から激しく出血し、

一番前の列にいた艦娘の顔や服を血に染めた。

彼女らが両手や服に降り掛かったそれを見て、現実を認識し、

 

「あ、あ……イヤアアアアァ!!」

 

悲鳴で時の流れが元に戻る。

瞬時に香川が白衣を脱ぎ、駆け出しながら長門に呼びかける。

長門はこめかみに指先を当て、緊急回線で救護班を呼ぶ。

 

「すぐに救護班を!私は彼に応急処置を!」

 

「……救護班!聞こえるか!?今すぐ本館前広場へ!東條が喉を裂いて自殺!

止血剤、リンゲル、あるだけ持ってくるんだ!」

 

パニックに陥る聴衆。皆が悲鳴を上げながら逃げ回る。

 

 

 

「嘘……どうして、なんでですか司令官!!

青葉、司令官に幸せになって欲しかったのに!」

 

悲痛な叫びを上げる青葉に笑顔を浮かべ、手を差し伸べる東條。

 

「馬鹿なことを!自殺で英雄になどなれるわけがないでしょう!!」

 

白衣を巻いて傷口に当てるが、すぐに血の赤に染まる。

 

「香川先生、次は僕……誰を……」

 

東條はそうつぶやくと、ゆっくり目を閉じ、伸ばした手を落とした。

 

「東條君?東條君!しっかりしなさい!」

 

「香川提督、救護班が来た!ここは狭すぎる、移動するぞ!

皆、身体の下にマットを敷け、慎重に運ぶぞ!1,2,3……今!」

 

長門が救護班に指示を出し、東條を担架に乗せてステージから下ろした。

そのまま開けっ放しの本館出入り口から医務室へ直行。

なおも出血は止まらない。時間との戦い。

彼の身体に電極が取り付けられるが、既に心拍数は平常値を下回っている。

 

「リンゲル静注!急いで!」

「駄目です、出血量が多くて間に合いません!」

「止血剤は!?」

「投与済みですが、効果が見られません!」

 

救護班が必死に処置を施しているが、頸動脈を傷つけたことによる出血はおびただしく、

止まる気配を見せない。心電図モニターが危険水準を示し、警告音を鳴らす。

だが、本来艦娘しかいない鎮守府に人間用の輸血用血液はない。

救護班の一人が叫ぶように呼びかける

 

「誰か、誰か輸血に協力してください!!香川提督、彼の血液型は!?」

 

「A型です!私はO型ですので、協力できます!」

 

看護婦が素早く香川の腕に輸液用チューブを差し、東條の身体と直結させる。

ゆっくりと香川の腕から、東條の腕に血液が流れていく。

 

「他に、他に誰かA型の方はいらっしゃいませんか!?」

 

駆けつけた真司や蓮もA型の血液を求めて回る。

 

「ねえ!誰かA型の人いない!?俺、B型だから駄目なんだよ!」

 

「俺もB型だ、他に誰かいないのか!」

 

「はぁ、しょうがないなぁ、面白いもん見せてもらったお礼……」

 

「待ってください!」

 

A型の北岡が輸血に協力しようとしたが、吾郎がそれを止めた。

 

「先生……もう、これ以上の無茶は止めてください!」

 

「何言ってるの!いくら悪人でも死ぬのを見過ごすなんて……」

 

「やめてください!!」

 

普段の彼からは考えられない吾郎の怒号に、飛鷹は一瞬怯える。

 

「俺も……俺もA型です!2人分取れば大丈夫です!」

 

吾郎も医療班の元へ駆けつけ、腕を差し出した。

飛鷹は北岡に何か聞こうとしたが、うまく口が開かなかった。

そんな彼女らを気にする余裕もない救護班が悲鳴に近い叫びを上げる。

 

「何をしてるの、早く傷を塞いで!!」

 

「駄目です!出血が酷くて上手く縫合できません!」

 

蓮が早足で治療現場に近寄り様子を見る。

確かにどれだけ大量のガーゼを当てても数秒で血まみれになる。

 

「……誰でもいい。工廠に行って手で扱えるバーナーを持って来い」

 

「えっ、それってまさか!」

 

「焼灼止血しかないだろう。この出血量ではいくら輸血しても焼け石に水だ」

 

焼灼(しょうしゃく)止血法。文字通り傷口を焼き潰し、出血を止める原始的治療法。

ただし、焼灼による熱傷及びそれに伴う感染症のリスクはある。

あくまで“死ぬよりマシ”でしかない応急処置だ。

 

「急げ!もう時間がない!」

 

「はい!」

 

白衣を着た救護班が工廠へ走っていった。また心電図が警報音を鳴らす。

いつの間にか救護班に加わった蓮が次の指示を出す。

 

「心臓マッサージだ!少しでもいい、身体に血を回せ!」

 

「はい!」

 

救護班の艦娘が二本の指で心臓の位置を探り、両手のひらで規則正しく

何度も胸を押し始めた。わずかだが心電図が正常値に近づく。

その時、工廠に行った艦娘が飛び込んできた。

 

「バーナー、ありました!」

 

「あ、ありがとう……」

 

だが、さすがの救護班も全員が戸惑う。

これまで誰も焼灼止血などやったことがないのだ。

怪我をしても風呂に入ればそんなものは必要ないのだから。

業を煮やした蓮が手持ちバーナーをひったくる。

 

「全員、距離を取れ!」

 

「あなた、医療行為経験は!?」

 

「そんなもんあるか!だが、放っておけば出血が止まるのか!」

 

「それは……」

 

「行くぞ!」

 

ボウッ、ボオオオッ!

 

軽く、トリガーを2、3回引いて安定して炎が出ることを確認する。

そして、タイミングを測り、東條の首筋に当てられているガーゼを一気に取り除く。

再び大量出血が始まる。だが同時に蓮がバーナーで傷口をゆっくりと、

確実に焼き潰していく。すると出血の勢いが小さくなり、端から端まで傷口を焼くと、

出血が止まった。

 

「止血完了した。すぐに患部を冷やせ。消毒も忘れるな、感染症に注意しろ」

 

「わかりました!……香川提督、ありがとうございました。

これ以上血を抜くと危険です。ベッドでお休みになってください」

 

「そのようです……すみませんが、私はここまでです。

どうか、彼をよろしくお願いします」

 

若干頭のふらつく香川が輸液チューブを抜かれ、

傷口にガーゼを当てて離れたベッドに横になった。

 

「俺はまだ大丈夫です。身体だけは丈夫ですから」

 

吾郎はまだ顔色も良く、意識もはっきりしている。

 

「ありがとうございます……私の、生徒のために……」

 

「いいんです。きっと先生も、そう望んでたでしょうから」

 

見知らぬ者が見知らぬ者を助けるために団結する。“多くを救うためのひとつの犠牲”。

もしかしたら、私が唱えてきた英雄論そのものが間違っていたのかもしれません。

 

「心拍数、正常値に戻りました!」

 

「やったわ!もう大丈夫!」

 

「気を抜かないで、秋山提督の言うとおり、傷口の化膿に気をつけて。こまめに消毒を」

 

「はい!」

 

大出血さえ止まればその道のプロに任せればよく、その後の医療班の必死の治療で、

東條は一命を取り留めた。

 

 

 

 

 

──東條鎮守府 海岸

 

 

香川に車椅子を押され、体調が外出できるまでに回復した東條は、

海岸近くで海を眺めていた。そばには青葉もいる。

静かな波の音が響き、潮風が吹き付ける。マフラーを巻いた東條が一言つぶやいた。

 

「風が、気持ちいいね」

 

「はい……」

 

青葉はただそれだけの返事を返した。

 

「東條君。もう、何も心配することはありません。

英雄になることも、ミラーワールドを閉じることも、

君に多くを押し付けてしまいました。これからは君をミラーモンスターから守ります。

それが、私に出来る唯一の償いですから」

 

あの日。東條が危うく落としかけた命を拾った時、

香川はその場にいた真司に全てを託したのだ。

 

 

 

“待ってください、城戸君と言いましたね”

 

“ええ、俺っすけど、なんですか?”

 

“もう、我々はミラーワールド封印から手を引くことにしました。

香川鎮守府の執務室にあるデスクに全ての資料があります。持っていきなさい。

貴方なら、きっと最良の形で活かしてくれるでしょうから”

 

“いいんですか……俺、多分、あなたが言ってた英雄とは全然違う人間ですけど”

 

“だから、貴方にお願いしたいのです。誰かを犠牲に、ではなく全てを救う。

当然険しい道になるでしょう。ですが、貴方にそれを願う強い意志を見出しました。

お願いです。ミラーワールドがもたらす危険性、それを知った上で行動してください”

 

“……わかりました。あなた達の研究、絶対無駄にしません!”

 

 

 

「後は、彼らに任せましょう。東條君、君を追い詰めるものはもう何もありません。

いつまでここにいられるかはわかりませんが、せめて体をゆっくり休めてください」

 

「ありがとう、先生……」

 

歪んだ英雄像の妄執から解き放たれた東條の微笑みは、とても穏やかなものだった。

 

「そうですよ!青葉も新聞記者廃業しちゃって暇なんです。

司令官、話し相手になってくださいよぅ」

 

「君のことはみんな許すって言ってたじゃない。また新聞を書くといい」

 

「じゃあ、出会ったころのように、司令官達を密着取材しちゃいましょうかね!」

 

「ふふ、僕の闘病生活なんて面白くもないよ。

それこそ焼き芋の種火にされるのがオチだよ」

 

「あっ!それ結構気にしてるんですけど?」

 

「ハハハッ」

 

「もう、笑わないでください!」

 

「ふふっ……」

 

「香川提督まで~!」

 

「いや、すみません。ただ、この光景が微笑ましくて。

またこのメンバーが集まることなど思っても見なかったものですから」

 

「そういえば、佐野提督はどこに行ったんでしょう。あの日からお会いしてませんけど」

 

「彼はいつも忙しそうにしてたからね。また上手い儲け話でも見つけたんじゃないかな」

 

「あの人らしいですね……」

 

かもめが鳴き声を上げて一羽飛び立った。どこへ行くのだろう。

そんな取り留めもないことに思いを馳せながら、3人は海を眺めていた。

 

 

 

 

 

──赦しなさい、そうすればあなた方も赦される。

(ルカによる福音書6章37)

 

 

 

>オルタナティブ・ゼロ 香川英行 離脱

>仮面ライダータイガ 東條悟 棄権

 

 




「Amazing Grace」
作曲:不明
作詞:John Newton

各キャラの血液型は、役者さんの血液型を引用しました。
偶然の一致で物語とつながりました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話 Home Sweet Home

──ダミー鎮守府 海岸

 

 

優衣は海岸に沿ったコンクリート道に腰掛けて過去の思い出に浸っていた。

海は凪いでいた。寄せては返す優しい波の音が、彼女の記憶を手繰り寄せるように。

 

 

……

………

 

二人は閉じ込められた一室で、今日も絵を描いていた。

しかし、来る日も来る日も同じ毎日を送っていた優衣がぐずり、

スケッチブックを床に投げ捨てた。

 

「お兄ちゃん、仮面ライダーのビデオが見たい!」

 

士郎はスケッチブックを拾い、優衣に渡した。

 

「父さん達が昔みたいに戻れば、また見られるよ。

……そうだ、今度は仮面ライダーの絵を描こう」

 

「仮面ライダーの絵?」

 

「そう。俺達を守ってくれる、俺達だけの仮面ライダーだ。

モンスターたちと一緒に戦う、とっても強いライダーなんだ。

きっと俺達を助けてくれる」

 

「うん!」

 

また、二人は絵を描き出した。今度は自分たちだけのヒーローを。

炎を吐くドラゴンを従える戦士、ロボットにたくさんのミサイルを撃たせる銃士、

そして、金の鳥に守られた最強のライダー。

兄妹はいつか幸せな日々が戻ることを夢見て、ただ絵を描き続けた。

 

………

……

 

「全部……私達が始めたことなんだね」

 

優衣は穏やかな海を眺めながらつぶやいた。

 

「そう、全ては俺達が始まりだった。ライダーはお前を守る。

かつて俺達が願ったように」

 

いつの間にか優衣のそばに立っていた神崎。彼女は静かに首を振る。

 

「違うよ。こんなこと望んでなかった……

私のためだけにライダーに命の奪い合いをさせて、色んな人を傷つけて……

もう、終わりにしよう?」

 

「……できない」

 

「どうして!?」

 

「お前を、失いたくない。お前が助かるまで、俺は何度でもやり直す」

 

言葉の意味は分からなかったが、結局話が堂々巡りしていることに変わりはなかった。

優衣は話を切り替えて、気になった問いを神崎にぶつける。

 

「ねえ、お兄ちゃん。ライダーが私を守るって言ってたけど、

お兄ちゃんのことは誰が守ってくれるの?

もし、ライダーバトルが進んで、最後の一人が決まって、私が助かったとしても、

その時お兄ちゃんはそばにいてくれるの?」

 

「……!ああ、ずっと一緒だ……」

 

急に核心をついた問いを突きつけられ、思わず口ごもる神崎。

だが、優衣はそれを見抜き、立ち上がって神崎に詰め寄る。

 

「嘘!どうして?みんなだけじゃなくて自分まで犠牲にするつもりなの!?

大切な人がみんないなくなった後、私はどうすればいいの?

蓮も、真司君も、お兄ちゃんも!お願い、もうこんなこと止めてよ!

私がひとりぼっちになっちゃうじゃない!」

 

「違うぞ優衣!確かに俺はもうミラーワールドの人間だ。

お前のそばにいられる時間は限られてる!だが少しの辛抱だ!

今の絆は諦めなきゃいけないかもしれない、

でもこれからの人生できっとお前を大切にしてくれる人が現れるはずなんだ、絶対に!」

 

優衣の肩をつかんで必死に訴える。しかし、優衣はその手を振り払う。

 

「いや!真司くんも、蓮も、お兄ちゃんも、誰もいない世界なんて要らない!

ねえ、お兄ちゃんはもうミラーワールドの人間だって言ったよね。

どうしてそうなったの……?」

 

「俺は……実験中の事故で死んだ。命が尽きる直前、

ミラーワールドの研究成果でどうにか自分をミラーワールドの存在にし、

虚ろながら自分の存在を保つことに成功した。

その時間に限りがあるのは、優衣、お前と同じだが」

 

「じゃあ、日本に帰ってきたお兄ちゃんは!?」

 

「お前と同じ、命なき存在。やがて終わりが来る。だが優衣、お前はそうはならない。

俺がさせない」

 

「みんなを踏みつけにして生きていくくらいなら、私、ずっとここにいる!」

 

「優衣!」

 

優衣は海岸沿いを走り去っていった。

神崎は追いかけようとしたが、行く手を3体のミラーモンスターが遮った。

 

ゔ……ゔゔ…ゔ

 

真っ白な身体に白い牙を持つヤゴ型ミラーモンスター・シアゴーストが

襲い掛かってきた。

 

「オーディン!」

 

オーディンはカードをドロー、左手に呼び出した錫杖に装填、カバーを押し上げる。

 

『SWORD VENT』

 

彼の両腕にゴルトセイバーが現れると同時に、

瞬間移動でシアゴースト達に斬りかかる。

その剛剣の一撃で、皆、10秒とかからず真っ二つにされた。

シアゴーストの死体が0と1の粒子になって消えていく。

 

しかし、創造主の一人である神崎に襲い掛かってきたのは明らかに異常だ。

……終わりが、近づいているということなのか?

 

「神崎……」

 

「まだだ!まだ時間はある!何も問題はない!」

 

自分に言い聞かせるよう叫ぶ神崎。しかし、彼は追い詰められていた。

 

 

 

 

 

──城戸鎮守府

 

 

真司の執務室に蓮と手塚が集まっていた。

昨日、香川から託されたミラーワールド、コアミラーに関する資料を精査するために

知恵を借りようと思ったのだ。青葉のレポートはともかく、

何しろ肝心の資料は大学教授がまとめ上げたものなので、

残念ながら真司の予備知識では噛み砕くことができなかったのだ。

テーブルの面積を目一杯使って、資料を並べる。

 

「これが、ミラーワールドの中枢、というわけか……

そして、この世界がもたらすタイム・パラドックスの危機」

 

香川の資料を読み解く手塚。

彼自身、この世界の構造に手を触れたことで、若干興奮気味だ。

 

「すげえな、やっぱわかんの?」

 

「ところどころ専門用語があってわからないところはあるが、大まかには。

……やはり、内容はミラーワールドとタイム・パラドックスに関するものだ。

“仮面ライダー”という単語が何度も出てくる」

 

「東條のところの青葉が書いたレポートも気になる。

ダミー鎮守府とかいう場所に女の幽霊が出るそうだ……優衣に違いない」

 

蓮は青葉のレポートを熟読していた。

優衣が神崎にサイバーミラーワールドへ連れられたことと、正体不明の人間の女性。

考えられる可能性はひとつだ。

 

「ねえ、三日月ちゃん!俺達もそのダミー鎮守府とか言うとこには行けるの?」

 

真司が傍に控えていた三日月に尋ねた。

 

「はい。もう外部からのアクセスはできませんが、

艦これ内部からの航路は残っています。いつも通り転送クルーザーで移動可能です」

 

「じゃあ、早く優衣ちゃん迎えに行こうよ!

だだっ広い鎮守府に一人きりじゃ可哀想だよ」

 

「やめておけ」

 

蓮が今にも出ていこうとする真司を止める。

 

「なんでだよ!」

 

「神崎の行動原理から考えて、優衣に護衛を着けているはずだ。オーディンと言ったな。

今、俺達が行っても返り討ちに会うだけだ。

それは、お前のほうがよく知っているはずだろう」

 

「そりゃ……そうだけど」

 

「確かに、神崎はライダーバトルに決着が着くまで

彼女を閉じ込めておくと考えた方がいい。それが確実に彼女を救う方法だから。

それより今はミラーワールドを閉じる方法だ。

この資料によると、このサイバーミラーワールドの何処かにコアミラーが存在し、

全てのミラーワールドを支えているらしい。

ただ、それがどこにあるのかは香川教授にもわからなかったようだ。

破壊にもとてつもない力が必要らしい。聞いたこともないような巨大な桁の数を

何万回と累乗した熱量で内部崩壊させるほかないそうだ」

 

「見つけても壊せないんじゃ、意味ないな……巨大な桁って億とか兆?」

 

「不可思議や無量大数などだ」

 

「は!?なんだそりゃ聞いたことないぞ!」

 

「研究者でもなければ必要にもならないからな。紙に書くのも一苦労だ。

それより、俺達がどうするかをそろそろ決めるべきだ。

宇宙崩壊やミラーモンスターを殲滅するため、コアミラーを捜索、破壊するか、

それともライダーバトルを続けるか」

 

手塚が目下の課題に話を戻した。だが、蓮はコアミラーについては乗り気でなかった。

 

「ふざけるな、俺はバトルを降りる気はない。

コアミラーを壊したいなら俺を倒してライダーバトルに勝ち残れ。

宇宙崩壊など放っておけ。ほぼゼロに近い確率に怯えて

何もできなくなるほうが全滅する可能性が高い」

 

あくまでライダーバトルを続けるつもりらしい。

 

「なんでわかんないんだよ!なんでまだ神崎が仕組んだインチキに付き合うんだよ!

もう優衣ちゃんのタイムリミットが近づいてるのに、俺達が戦ってどうなるんだよ!」

 

「お前こそ何がわかる!

最後に得られる力で優衣に命を与えられるなら、恵理を救うこともできるはずだ!」

 

「だったら優衣ちゃんはどうなるんだよ!

来月までに何か手を打たないと、優衣ちゃんが消えちゃうだろ!」

 

「俺は恵理を救うためにライダーになった!自分の欲望のために戦うのがライダーだ!

この期に及んでまだ理解していないのか!

戦いたくないだの、全員救いたいだの、聖人君子を気取りたいなら勝手にしろ!

誰も救えないまま、自分の欲望すら見いだせず、

最後まで迷い続けても残るのは後悔だけだ!」

 

「なんだとこの野郎!」

 

「お二人ともやめてください!」

 

もう恵理の事を伏せるつもりもないようだ。

その時、手塚が何かを閃いたように小さな声で囁いた。

つかみ合い、揉み合いになっていた二人が止まった。

 

「そうだ、まだ、ある」

 

「あるって、なに?なに?」

 

真司が慌てて手塚のそばに寄る。

 

「説得するんだ、神崎を。コアミラーを破壊してミラーワールドを封印する」

 

手塚の案を蓮は鼻で笑う。

 

「今までの話を忘れたのか。神崎を説得だと?

ある意味浅倉にライダーバトルやめさせるより可能性低いぞ。

ペテン師の話術ならできるとでも言いたいのか」

 

「神崎もこのライダーバトルがほぼ停滞状態にあることは知っているはずだ。

残された時間が少ないことも。なのに妙に動きが少ない。

以前はライダーバトルを阻害する要因として

城戸にオーディンまでけしかけたというのに」

 

「……それがどうした」

 

「恐らくだが、神崎は何か切り札を持っている。

ライダーバトル全体をひっくり返すような。

もしかしたら、それが勝者の得る“力”に匹敵するものなのかもしれない」

 

「そんなものがあればとっくに優衣に使っているだろう!

寝ぼけるのもいい加減にしろ!」

 

「落ち着けよ蓮!」

 

「お前たちこそ危機感を持て!バトルもしなければろくな提案もしない!

城戸、表に出ろ!俺と戦え、ライダーバトル再開だ!」

 

「なんでそうなるんだよ!」

 

「時間がないと何度言わせれば気が済む!」

 

「ああ、ですからお二人とも落ち着いてください!」

 

「……もういい、話にならん!俺は帰る!」

 

バタン!!

 

三日月が小さな体全体を使って二人を止めると、蓮は苛立ちを隠さず出ていった。

真司は頭を強くボリボリと掻く。

 

「ああもう、なんでこう噛み合わないんだよ!」

 

「すまない城戸。俺が余計なことを言ったばかりに」

 

「手塚が謝ることじゃないって。俺のせいだよ。蓮も恵理さんを助けたいんだ。

なのに俺が結局何も決められないせいで。

優衣ちゃんを助けるのか、ライダー達を助けるのか、恵理さんを助けるのか。

それに、俺の欲望……」

 

口をついて出た言葉に、重要なことに気がつく。さっき蓮が言ってたこと。

自分の欲望のために戦うのがライダー。だったら、俺の欲望ってなんなんだろう。

みんなを助けたいのが欲望だと思ってたけど、

誰かを助けるには誰かを犠牲にしなきゃいけない。

欲しい何かを得るために、何かを捨てなきゃいけないなら、欲望ですらない。

俺、一体、何のために戦ってるんだろう……

 

「悩んでいるのか」

 

「うん……俺、やっぱり何にも決められない。

流されるまま戦ってきたけど、やっぱり、ライダーになるべきじゃなかったのかな」

 

「それは違う。流されながらもお前は選択を続けてきた筈だ。

ライダーでなければ得られなかった選択肢で何を選び、何を捨ててきたのか、

思い返してみるのもいいだろう……“ポロポロン”」

 

その時、手塚の携帯が鳴った。通話ボタンを押して電話に出る。

すると、名乗る前に切迫した声が耳をジンと叩いた。

 

“ああ、ご主人様!今すぐ帰ってきてください!

ミラーモンスターの大群とエンカウント中です!今度は本物です!

大して強くはないんですけど、数が多くて倒しきれません!”

 

「わかった、すぐ帰る!」

 

「どうしたの、手塚」

 

「鎮守府がミラーモンスターに襲われてる!」

 

「え!?じゃあ、俺も行くよ!三日月ちゃん、クルーザーお願い!」

 

「わかりました!」

 

 

 

 

 

──手塚鎮守府

 

 

手塚達が鎮守府に戻ると、異様な光景が広がっていた。

 

ゔゔ…ゔ……ゔゔゔ

 

大量のシアゴーストが気味の悪い鳴き声を上げながら、

本館全体にへばりつき、広場中をうろついていたのだ。漣の連絡通り、

数だけのあまり強くないモンスターらしく、艦娘達が総動員で砲撃し、

駆除に当たっている。しかし、どこから湧いてくるのか一向に減る気配を見せない。

手塚に気づいた漣が、攻撃の手を止め駆け寄ってきた。

 

「神降臨!ご主人様、見ての通りなんです!なんとかしてください!」

 

「待ってろ!」

 

手塚は海面にデッキをかざし、腰にベルトを実体化させる。

そして、右手の人差指と中指を立て、サッと腕を伸ばす。

 

「変身!」

 

そしてカードスロットにデッキを装填。

3つの鏡像に身を包まれ、仮面ライダーライアへと変身した。

 

「俺も手伝う!」

 

同じく真司も海面にデッキをかざし、ベルトを召喚。右手を斜めに振り上げ、

 

「変身!!」

 

ベルトにデッキを装填。

回転するライダーの輪郭が身体に重なり、仮面ライダー龍騎に変身。

 

「微力ながら私も!」

 

三日月も12cm単装砲を構え、4人はシアゴーストの群れへ突撃していった。

 

まず、ライダーが基本武器を召喚。ライアは“SWING VENT”でエビルウィップ、

龍騎が“SWORD VENT”でドラグセイバーを装備した。

その間に艦娘二人がそれぞれの砲で既に攻撃に入っていた。

三日月、漣が片膝を付いて体を安定させ、敵に照準を合わせる。

目標は広場をうろつくミラーモンスター。

 

「当たって!」

 

ダァン!

 

「これが、漣の本気なのです!」

 

ダダァン!

 

両者命中。三日月の12cm単装砲が一体の胴に穴を空け、

漣の12.7cm連装砲が別の一体の下半身を消し飛ばした。

だが、敵はまだ視界を埋め尽くすほどの数を保っている。

軽巡や駆逐艦が隊列を成して砲撃を繰り返すが、倒す先からまた現れる。

彼女たちに疲れの色が見え始めた頃、

ようやく準備の整ったライダー勢が敵軍に飛び出した。

 

「遅くなって済まない!」

 

ライアはカードを1枚ドロー。エビルバイザーに装填。

 

『ADVENT』

 

海から契約モンスター・エビルダイバーが飛び出し、ライアの元に飛来した。

 

「はっ!」

 

ライアはエビルダイバーに飛び乗り、エビルウィップに勢いを付けながら、

グリップのダイヤルを最大に回す。

そして本館の壁にへばりついているシアゴーストに向けて、エビルウィップを振るった。

 

ビュッ……バリバリバリバリ!!

 

ギャアアアアア!!

 

最大出力の電流を帯びた鞭を食らい、一度に数体のシアゴーストが黒焦げになり、

落ちていった。一方龍騎は、ドラグセイバーで広場を占拠する個体と戦っていた。

 

「はあっ!であっ!」

 

目の前の一体を斬り倒し、直後、背後に迫っていた一体を蹴り飛ばし、

すかさず距離を詰め、また一撃。

これまでにないミラーモンスターの大群を相手に孤軍奮闘していた。

 

その時、転送クルーザーから木の床をぶらぶらと歩く人影が。

彼は目の前の乱戦を見て、愉快な気分になった。

 

「久しぶりにライダーバトルやりたくなって来てみたらよぉ、

面白そうな事になってるじゃねえか。俺も混ぜろ……」

 

「ライダーバトルじゃないでしょ!漣ちゃんからの救援要請!

ちゃんとやらなかったら約束のものはなしですからね!」

 

仮面ライダー王蛇(と足柄)が現れた。その姿に、戦う艦娘達に緊張が走る。

新聞の見出しにはこう書かれていた。“神か悪魔か”。

まさしく、味方でいるうちはこれほど心強い存在はないだろう。

だが、その正体が暴力と殺しの快楽に取り憑かれた戦闘狂であることは

公然の秘密である。幸い、今のところ自分たちにその刃が向けられることはないようだ。

なぜなら。

 

『SWORD VENT』

 

ベノサーベルを召喚した瞬間、

その鋭い爪で襲い掛かってきたシアゴーストを一瞬でなます切りにしたから。

 

「ハハハハハァ!!」

 

王蛇は笑いながら、できるだけ敵の密集している所へ飛び込んでいった。

いきなり背を向けていた一体を後ろから蹴り、倒れたところを上から突き刺す。

生死も確かめず、とにかく目に付いた個体の腹をベノサーベルで深く刺した。

 

キィイイイイ!

 

断末魔を上げて力尽きたシアゴースト。だが、まだ王蛇は手を止める気はない。

ベノサーベルでまた一体をなぎ払い、命中した頭部を潰す。

大勢のシアゴーストが王蛇を押しつぶそうと一斉に襲いかかってくるが、

斜めに斬り上げ、渾身の力でベノサーベルを振り回し、敵の集団攻撃を弾き返した。

斬る、刺す、殴る、殺す。思いつく限りの殺し方でシアゴーストを次々と倒していくが、

次第にイライラが募る。このモンスター、数は多いが手応えがない。

つまり、飽きが来てしまったのだ。

王蛇はカードを1枚ドローした。そしてライアに呼びかける。

 

「おい、占い師!お前のモンスターを貸せ!」

 

「なんだって!?」

 

エビルダイバーに乗っていたライアは王蛇からの思わぬ要請に驚く。

 

「さっさとしろ!もうこの虫どもの相手はうんざりなんだよ!」

 

それはつまり、この状況を打開する方法があるということ、なのか?

ライアは躊躇いながら提督権限を発動。

 

「……提督権限、“一時的に契約モンスターを浅倉と共有する”!!」

 

そして、エビルダイバーからジャンプし、王蛇の近くに着地。

エビルダイバーはライアの指示もなく、王蛇のそばに飛来し、滞空した。

 

「何をする気だ、浅倉!」

 

「……黙って見てろ」

 

王蛇は先程ドローしたカードをベノバイザーに装填。

 

『UNITE VENT』

 

カードの力が発動すると、エビルダイバーの他、ベノスネーカー、メタルゲラス、

3体の契約モンスターが合体し、融合モンスター・獣帝ジェノサイダーが

禍々しい姿を表した。ベノスネーカーの頭部が

メタルゲラスのメタルホーンに守られるように合体。

胴体となるメタルゲラスにエビルダイバーの翼が装着され、

尾はベノスネーカーとエビルダイバーのものが絡まっている。

 

この世に降臨したジェノサイダーが咆哮。

その鎮守府中に響き渡る大音声に敵も味方も動きを止める。

王蛇は構わずもう一枚のカードをドロー。そして、全員に呼びかけた。

 

「おい、一度しか言わねえ。死にたい奴は俺の前に出ろ」

 

“退却―!”

“工廠の中へ!”

“全員避難したらシャッターを閉めて!”

 

艦娘達は素早く避難した。ライアや三日月と漣も王蛇後方に退避する。

一人広場に取り残された龍騎は慌てて海に向かって逃げ出す。

 

「え、なんで浅倉!?っていうか待って!俺を見捨てんなー!」

 

「フン……知るか」

 

そして、王蛇はジェノサイダー召喚と同時に現れたカードを装填した。

 

『FINAL VENT』

 

ブラックホールほど、有名でありながらその詳しい性質が知られていない

天文学用語は少ない。この単語を聞いて暗黒の渦を想像する方が多いだろうが、

これは超重力によって光すら飲み込まれ、周囲の時空が歪んだ結果であり、

直接ブラックホールを観測することはできないのだ。

また、あくまで理論上の話だが、ブラックホール中心の重力は

無限大であるとされており、全ての物質は次元の存在しない点になると言われている。

 

ごちゃごちゃといきなりなんだ、と思われるだろうが、

要するに何が言いたいかというと、全てカタが付いたということだ。

 

3体の契約モンスターが融合状態になることで発動可能な

ファイナルベント「ドゥームズデイ」で、融合モンスターは

ブラックホールを内包する胸部を開くと、その力を開放し、生命体が抗えない力で

周囲の物体を吸い込み始めた。

シアゴーストの群れが根こそぎ重力の闇へ消えていく。

 

「いいカードだ。うぜえミイラが、きれいサッパリ片付いた」

 

ジェノサイダーの胸が閉じると、そこに残されたのはただ静寂だけだった。

シアゴーストはもちろん、小さめの庭石、根の浅い木、引力に引きちぎられた窓ガラス。

何もかもを飲み込み、死神の手は地球上から消滅した。

そして、危うくドゥームズデイの重力圏に取り残されるところだった龍騎が、

ふらふらになりながら皆のところに戻ってきた。

 

「浅倉~何してくれてんだよ、死ぬとこだったぞ」

 

「知らん、死ね」

 

「お前なあ……」

 

「今日は帰る。デカい技ぶっ放して気分がスカッとした」

 

龍騎を無視して帰ろうとする王蛇。変身を解いた手塚が王蛇に話しかける。

 

「待て、浅倉」

 

「あ?」

 

「さっきのカード、契約モンスターを合体させたカードだ。見せてくれないか」

 

「ハ……」

 

話にならない、とクルーザーに向かう王蛇。しかし、足柄が彼を止める。

 

「ねえ、いいじゃない。

手塚提督はただの面白半分で何かする方じゃないわ、あんたと違って。

何かお考えがあるのよ。1増やすから見せてあげてよ」

 

「……2だ」

 

「う~ん、わかった。2増やすからお見せして」

 

浅倉は黙って“UNITE VENT”をドローすると、器用に指で弾いて手塚に飛ばした。

手塚はキャッチすると、そのカードをじっと見る。

瞬間、何か大きな運命の動きのようなものが、彼の精神を通り過ぎていった。

その大いなる意思のようなものに心を奪われ、思わずその場で立ち尽くす。

 

「……様、ご主人様!」

 

「え、ああ、ごめん……」

 

「急にご主人様がフリーズしたからびっくりしちゃいましたよ」

 

「ごめん、なんでもない。浅倉、カードを返す」

 

カードを受け取ると、王蛇は今度こそクルーザーへ向かっていった。

足柄とだべりながら。

 

“女、約束忘れてねえだろうな”

“足柄!忘れてないけど、あんなもんばっかり食べてたら体壊すわよ”

“うるせえ”

 

そんな彼らを見送った手塚に、今度は変身を解いた真司が話しかける。

 

「どうしたんだよ、手塚。あのカードなんかあったの?確かに強力だったけど」

 

「自分でもわからない。でも、何か大きな運命の力を感じた。

俺達ライダー全員の行く末に関わるほどの」

 

「それって!もしかして、ライダーバトルを終わらせる鍵になるかもってこと?」

 

「すまない、なにも、わからない……」

 

「ああいいよ。よりによって浅倉がライダーバトル終わらせよう、なんて

言うはずないし」

 

「いや、運命は数奇なものだ。絶対にないとは言い切れない。

俺達がライダーになったことがそもそもありえないことだった」

 

「まぁ……そりゃそうだ。

でも、今そんなこと考えてもしょうがないし、帰ろっか三日月ちゃん。

手塚、それじゃあ俺達帰るから」

 

「はい、真司さん。漣ちゃん、またね」

 

「二人共、気をつけて」

 

「三日月ちゃんと城戸提督がログアウトしました」

 

そして、真司と三日月も転送クルーザーで城戸鎮守府に帰っていった。

彼らを見送った漣は、まだ妙な顔をしている手塚に声をかける。

 

「ご主人様、本当に大丈夫ですか?」

 

「……ああ。心配かけて済まない。とりあえず鎮守府を直そう。

“提督権限 再起動実行”」

 

手塚が提督権限を発動すると、敵ごと巨大な手で掴み取られたような惨状の鎮守府が

完全に元通りになった。

 

「おお!困ったときには再起動、コレ最強伝説」

 

「じゃあ、中に入ろうか」

 

「はい~!」

 

執務室に戻る二人。だが、手塚もこの異常な事態に警戒していた。

謎のミラーモンスター大量発生。

そして、浅倉のカードを手に取った瞬間に感じた不可解な予感めいたもの。

今は何の根拠もないが、手塚は考える。これは、終わりの始まりであると。

 

 

 

 

 

──北岡鎮守府

 

 

少々時を遡って、北岡鎮守府。

ここ北岡鎮守府もまた、シアゴーストの襲撃を受けていた。

ゾルダはすでに“SHOOT VENT”で両肩にビーム砲を装備し、

マグナバイザーのトリガーを引きっぱなしにし、エネルギー弾の連射でなぎ払って

敵の群れと戦っていたが、なにぶん数が多すぎる。

戦艦・重巡の主砲はこちらまでふっ飛ばしかねない。

彼女たちには機銃での援護に回ってもらった。

軽巡・駆逐艦の援護射撃を受けながらいつ終わるか知れない戦いを続けていると、

また咳き込む。

 

「ゲホッ、ゴホッ……なんか訳の分からない連中が来ちゃったんだけど?」

 

その時、バタン!と本館のドアが開き、飛鷹と吾郎が飛び出してきた。

 

「提督、待たせたわね!戦闘機・爆撃機、全機発艦!」

 

飛鷹が飛行甲板の描かれた巻物を広げ、手に宿した霊力で式神を変化させ、

航空機部隊を発艦した。戦闘機の機銃攻撃で敵の群れを牽制し、爆撃機が爆弾を降らせ、

シアゴーストを粉砕する。

 

「先生、俺も戦います!」

 

吾郎が両方の腰に、鉈、包丁、ナイフ、アイスピック、持てるだけの刃物を下げて、

砲撃の妨げにならないよう、本館外壁付近で戦闘を始めた。

 

「何やってんの!飛鷹はともかく、吾郎ちゃんは……」

 

「先生こそ一人で無茶はやめてください!もう、見てられないんですよ……」

 

「ヤバくなったらすぐ逃げること、絶対約束だから!」

 

ゾルダがビーム砲で2体同時に撃ち抜いてから答える。

 

「はい!」

 

そして吾郎も再びシアゴーストと向き合う。

弾丸のような速さで包丁を投げ、正確に頭部に命中させる。

動きが止まった敵に走り寄り、すかさず頭に刺さった包丁を抜き、

今度は心臓に突き刺す。

今度こそ致命傷を与えたようで、死体が0と1の粒子に分解されていく。

 

続いて、背後から近寄ってきた気配を勘だけで避ける。

シアゴーストが口から放った白い糸を、身をよじって回避。

鉈を手に取り、敵に接近。横になぎ払い、前から頭に叩きつけ、半分ほど顔を割り、

鉈を抜いて次は後頭部目がけて振り抜いた。

前後からの攻撃でシアゴーストの頭がちぎれる。

その後も吾郎は刃物と得意の体術で1体ずつ確実に敵を仕留めていく。

 

「はぁ…はぁ…ライダーが一般人に助けられてちゃ、立つ瀬がないね……ねぇ君!」

 

北岡は近くで迎撃に当たっていた艦娘に声をかけた。

 

「何でしょう、提督!」

 

「本館にいるみんなに工廠に避難するよう伝えてくれないかな。

これもう広場と屋敷、まるごと吹っ飛ばすしかないよ」

 

「わかりました!」

 

艦娘は本館に走っていった。あとは彼女が帰ってくるのを待つだけ。

ゾルダと艦娘達は通常攻撃による殲滅を諦め、工廠のある東側を背に一列に並び、

時間稼ぎの足止めに集中した。

 

「吾郎ちゃん、飛鷹、聞こえた!?」

 

「はい!」

 

「わかったわ!」

 

吾郎はいちいちとどめを刺す事を止め、足を斬りつけ、目を潰し、膝にナイフを投げ、

できるだけ多く敵の動きを封じる戦法に変更した。

飛鷹は残りの航空機を全機発艦させ、味方の列に近寄る群れを優先的に銃撃、爆撃し、

彼我の距離を保つことに専念した。その時、先程の艦娘がゾルダに駆け寄ってきた。

 

「提督、館内の者は全て避難完了しています!」

 

「サンキュー!それじゃあ行きますか!

みんな、一気に片付けるからもう少しだけ我慢してよ!飛鷹、吾郎ちゃん、退避して!」

 

「はい!」

 

「了解!全機着艦!」

 

ゾルダは広場と本館が射線上に入るように位置を変え、

カードを1枚ドロー、マグナバイザーにリロード。

 

『FINAL VENT』

 

目の前に異次元に繋がる水たまりのような波紋が現れる。

そこから巨大なロボット型契約モンスター・マグナギガがゆっくりとせり上がってくる。

ゾルダはマグナギガ背部の挿入口にマグナバイザーを挿入。

すると、前装甲が展開されつつ、全身にエネルギーが集まる。

 

そしてゾルダがトリガーを引くと、一斉に全ての兵器が全門発射された。

レーザー砲、誘導ミサイル、ガトリングガン、両腕の大口径砲。

強力無比の重火器がシアゴーストの群れに襲いかかる。

圧倒的破壊力は広場や本館ごと人間サイズの敵を消し飛ばす。

燃え尽き、砕け、穴だらけになり、最終的に凝縮されたエネルギーが暴発し、

大爆発を起こした。鎮守府に轟音が響き、キノコ雲が現れる。

艦娘達はその場に伏せ、爆風から身を守る。

 

サアアアァ……

 

しばらくすると、凄まじい熱で巻き上げられた大気が雨を降らせた。

エンドオブワールドでシアゴーストは全滅。

ようやく立ち上がった艦娘たちもほっとした様子だ。

 

「みんなありがとね、今建物直すから待っててよ。“提督権限 再起動実行”」

 

再起動が終わると、焼け野原になった本館や広場が元の美しい姿を取り戻した。

……さすがにちょっと疲れたかな。

ゾルダは変身を解くと、若干頼りない足取りで執務室に戻るべく本館のドアを空けた。

 

「あ、先生!」

 

「そんなに急ぐことないでしょ」

 

 

 

バタン!

 

北岡は執務室に戻ると、寄りかかるようにデスクに手をつき、

引き出しから錠剤シートを取り出して1錠押し出し、水なしで飲んだ。

これで、もう終わり。空になったシートを捨てると、ちょうど吾郎と飛鷹が入ってきた。

 

「先生、大丈夫でしたか」

 

「……ちょっと疲れただけさ。しばらく横になるよ」

 

「そんな慌てて帰ることもないじゃない……あら、風邪でも引いたの?」

 

飛鷹が目ざとくゴミ箱の錠剤シートに気がついた。

 

「ちょっと熱っぽくてさ……ゴホ、ゴホ、……ゴハァッ!」

 

その時、北岡が咳とともに吐血。

すぐさま吾郎が駆け寄り、ハンカチで口を拭き、北岡をソファに寝かせた。

彼のシャツと床にこぼれた大量の血。

 

……何、これ?

 

鮮血を目にして青ざめる飛鷹。

何か尋ねようと北岡を介抱する吾郎に手を伸ばすが、言葉が出ない。

何も言えないでいると、吾郎が飛鷹に協力を求めてきた。

 

「先輩、俺、先生を医務室に運びます。ドアを開けて先導してください」

 

「う、うん……」

 

吾郎が北岡を抱きかかえる。

彼女は言われるがままドアを開け、医務室にいた救護班に急病人がいることを伝えた。

 

 

 

「吾郎ちゃんは大げさなんだよ、こんなの大したことないって」

 

容態が落ち着き、医務室のベッドで横になりながら軽口を叩く北岡。

 

「そんなわけないじゃないですか……!最後に病院に行ったのはいつですか」

 

苦々しい表情でようやく意思を言葉にする吾郎。

 

「あんなとこ行ったって無駄だって。ヤブ医者しかいないしさ」

 

「でも、これ以上は……」

 

「ちょっと待って!」

 

二人だけで話を進める北岡と吾郎に、やっと飛鷹が割って入った。

 

「これってどういうことなの?」

 

「先生は……」

 

「吾郎ちゃん」

 

「先生の病気はもう治らないんです……!」

 

あーあ、と言いたげに天井を見る北岡。

 

「病気……?私、そんなこと聞いてない!何、何の病気なの?」

 

「治療法のない、放っておけば助からない病です。俺のせいで先生が……」

 

「そんな……」

 

「だから違うって吾郎ちゃん!」

 

「俺が、つまらない傷害事件に巻き込まれたせいで、

弁護してくれた先生の病気の発見が遅れて、手遅れに……

だから先生は、病気を治して永遠の命を得るためにライダーになったんです」

 

「そんな、提督が、死ぬ……?」

 

突然突きつけられた現実に声がかすれる。遠からず北岡は死ぬ。

それが北岡がライダーになった理由。

 

「縁起悪いこと言わないでくれるかな、飛鷹。

まだライダーバトルが終わったわけじゃないし、死ぬつもりもないから。

さっき見たでしょ、俺、強いからさ」

 

「そんなこと言ったって!!」

 

いつもどおりの明るい口調で話す北岡の姿を見かねて、飛鷹は医務室を飛び出した。

執務室に戻ると、壁に背を預けて床に座り込んだ。いつの間にか涙がこぼれてくる。

誰もいない執務室。体調が戻れば北岡はまたデスクに着き、吾郎がお茶を入れ、

自分が書類仕事を持ってくるのだろう。

だが、遠くない将来、その光景は完全に消え失せる。3人の日常は完全に失われるのだ。

 

「ううっ……くすっ、うう……」

 

彼女は膝を抱えて、ただ一人、泣いた。

 

 

 

 

 

──???

 

 

どの海域なのかもわからない。大海原にぽっかりと巨大な穴が開いている。

底があるのかもわからないほど暗く深い穴に、海水が流れ込み、

円形の大瀑布を形成している。真昼だというのに、陽の光が差すことはなく、薄暗い。

しかし、穴の上部に浮かぶ大きな球体が光を放ち、辺りを照らしている

 

 

“カエリタイ……”

 

 

どこからともなく声が聞こえる。

 

 

“カエリタイ、カエリタイ……”

 

 

だが、その嘆きのような声は誰が聞くこともなく、

ただ闇と光に飲み込まれるだけだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話 Passing Dream

──秋山鎮守府

 

 

深夜。誰もいない執務室で蓮は壁を殴りつけた。矛盾する自己に対する苛立ち。

昼間、真司と言い争いになったことを思い出していた。

自分は恵理を助けるためにライダーになった。

欲望のために他者を蹴落とすのがライダー。……だったらなぜ東條を助けた。

放っておけば勝手に死んでいたというのに。

結局自分も迷っているのか?誰も彼も救うなど、出来もしないことを考えているのか?

ドサッとソファに倒れ込む。蓮はまぶたを強く閉じ、無理に何も考えないようにしたが、

眠ることができなかった。

 

 

 

 

 

──佐野鎮守府

 

 

「じゃ、2,3日ここ空けるけど、後よろしくね、叢雲!」

 

「はいはい、いってらっしゃい」

 

幸いシアゴーストの襲撃を受けることなく、

そんなことがあったことすら知らない佐野は、叢雲のやる気ない見送りを受け、

野暮用を片付けるため01ゲートをくぐり現実世界に戻っていった。

 

 

 

 

 

──佐野宅

 

 

ヴォン!

 

久々に現実世界の散らかった我が家に戻った佐野。

さて、まず銀行に行って残高確かめなきゃ。

今度はいくら振り込まれてるんだろう、楽しみだなぁ!

 

「そういや、東條先輩があんなことになっちゃったけど、

俺との契約、まだ生きてんのかな?帰ったらその辺のこと確認しとかなきゃ……」

 

ブルルル……

 

その時、マナーモードになっていた携帯が振動した。

佐野は携帯を取り出し、通話ボタンを押して電話に出た。

 

「はい、佐野ですけど」

 

“ああ、やっと繋がりました!今までどちらに!?”

 

「えーと、ちょっと地下鉄の掃除のバイトが長引いたっていうかなんていうか、

ハハ……っていうか、おたく誰ですか?」

 

“お父上の会社で役員を務めている者です。いいですか、落ち着いて聞いてください。

貴方の、お父上が、亡くなられました”

 

「親父が、死んだ……?」

 

“つきましては、すぐ本社ビルにお越しいただきたく存じます。

いろいろお話しなければならないことがありますので”

 

「はい、すぐ行きます……」

 

唐突に告げられた事実。ゲームの世界にいる間に、父親が死んだ。

佐野は電話を切ると、一瞬呆然としたが、とりあえず父の会社に向かうことにした。

 

 

 

 

 

──佐野商事本社

 

 

スーツも持っていない佐野は、仕方なくそのままのラフな格好で

超高層ビルのエントランスに入った。

受付で名前を告げると、受付嬢はすぐに内線電話を取り、

何者かと二言三言を言葉を交わし、電話を切った。

 

「佐野満様ですね。この度はお気の毒様です。

役員の者が20階大会議室でお待ちしております。

左手奥の高層用エレベーターをご利用ください」

 

「あ、どうも」

 

佐野は言われるがままにエレベーターに乗り、20階で降りた。

大会議室はどこだろう。親父の会社、実際来るの初めてなんだよな。

壁に掲げられた透明プレートの案内板を見て、大会議室を探す。

幸い一番大きな部屋ですぐ見つけることができた。この階層最奥の部屋。

佐野はその両開きの大きなドアをノックした。

 

「あのう、佐野です。お電話いただいた」

 

すると向こうからドアが開かれ、そこに3人の男が立っていた。

いかにも重役らしい世慣れた雰囲気の中年男性たちが一斉に頭を下げる。

 

「この度は、誠にご愁傷さまです!」

 

「はぁ、どうも……」

 

まだ現状を飲み込みきれてない佐野は頼りない返事を返す。

そして重役たちに奥の席へ案内された。

 

 

 

「親父の、遺言?」

 

突然降って湧いた話に素っ頓狂な声を上げる佐野。

 

「ええ、知っての通り、貴方の父上は一代で、この会社を築き上げた。

そして、その後目に一人息子である貴方を指名しておられるのです」

 

小太りの男が父親の遺言らしきことを伝える。

 

「親父が俺を?」

 

「驚かれるのも無理はありません。貴方は二年前に社長から勘当されたとか。

しかしそれも、貴方に早く一人前になって欲しいという親心だったんでしょう。

いつも、社長は言っておられましたよ。

社会の荒波に揉まれ、成長した貴方に、いつか会社を継いで欲しいと」

 

「で、でも無理っすよ、いきなり社長だなんて」

 

苦笑いしながら断ろうとする。フリーターからいきなり社長。

佐野でなくても尻込みするのは無理もないだろう。

 

「もちろん最初は、我々が全力でサポートします。

貴方にはできるだけ早く、経営者の知識を身につけて欲しい」

 

レンズの大きな眼鏡を掛けた男が佐野に歩み寄りながら説得する。

 

「大丈夫、できますよ貴方なら。貴方の身体には、先代の血が流れているんだから」

 

痩せ型の男も優しい口調で語りかける。

 

「俺が……社長……!」

 

初めは無理だと最初から決めつけていた佐野だが、

次第に状況を理解すると、心が喜びで満たされる。これはまたとないチャンスなのだ。

この巨大企業の社長、つまり、億万長者になる権利を手にしたということなのだから。

 

 

 

 

 

──高級中華料理店

 

 

ハハハハ……

 

先程の重役たちと談笑しながらテーブル中に広げられた中華料理に舌鼓を打ち、

ビールを一気飲みする佐野。

重役が彼の機嫌を取りながら今後の段取りについて話をする。

 

「まあとにかく、前社長の葬儀が終わり次第、緊急役員会議を招集します。

そこで、貴方の社長就任が決まるわけです」

 

「でも、本当にそんなにうまくいくの?」

 

「手は打ってあります。もちろん反対勢力はありますが、金で、カタが着くでしょう」

 

ハハハ……

 

「まぁ、上手くやってよ、任せるから!」

 

佐野は重役に全てを任せて社長の座に着くことを決めたようだ。

相変わらず笑顔の重役たち。その目の奥に、どこかあざ笑うような色が見えた。

 

 

 

 

 

──佐野商事本社

 

 

後日。佐野商事本社ビルに真っ白な高級車が止まった。車から降りる佐野。

髪を固めて上等なスーツに身を包んでいる。

整列して彼を待っていた重役たちが一斉に頭を下げる。

 

 

「おはようございます!」

 

 

佐野は社屋に入ろうとした時、頭を下げる男の一人に声を掛けた。

 

「君」

 

「はっ!」

 

「手が空いた時に、車のウィンドウ磨いておいてくれるか」

 

胸のポケットに1万円札をねじ込んだ。

そして、自動ドアが開き、中に入ると、聞き慣れた鈴の音、

ドアのガラスには神崎士郎の姿。何の用だよ一体。

佐野は人気のない廊下に場所を変えた。

 

 

 

大きな一枚ガラスから中庭が見える廊下に移動し、佐野は神崎と向かい合った。

神崎は前置きもなく用件を切り出した。

 

「お前は仮面ライダーだ。ライダーである以上、戦い続けなければならない」

 

「ああ、そのことなんだけどさ、これ、返すわ。

俺、いい暮らしがしたくてライダーになったけどさ、

もう、そんな必要なくなっちゃって。やめたいんだ、ライダーを」

 

佐野はインペラーのデッキを差し出す。だが、神崎が受け取るはずもなく。

 

「一度ライダーになった者は、最期までライダーでありつづける。それが掟だ」

 

「……なんだよ、そんなの俺の自由だろ!もういらないんだよこんなもの!」

 

パニックになった佐野はカードデッキを防音カーペットの床に投げつけた。

 

「戦わないのはお前の自由だ!

だが、それが何を意味するか、お前もわかっているはずだろう」

 

「!?」

 

また、鈴の音。ガラス窓を見ると、大勢のミラーモンスターが自分を狙っている。

慌ててデッキを拾い上げる。

 

“戦え、そして生き残れ。そうすればお前はライダーをやめることができる”

 

神崎は既に姿を消し、警告だけを残して消えていった。

佐野の鼓動が早まり、デッキを握る手が汗ばむ。俺、どうすればいいんだよ……

他のライダーを全員倒す?無理だ!いや、やるんだ!やらなきゃいけない、絶対に!

ガラスに映った自分の姿を見る。高級スーツに身を包んだ大社長。

絶対に……絶対に自分を守ってみせる!

 

 

 

 

 

──レストラン

 

 

何とか気持ちを落ち着けて佐野は午後の予定をこなしていた。

自社との取引先社長、その令嬢との会食。

テーブルについているのは、佐野の目の前に若い女性、

両隣に社長らしい貫禄のある男性、そして部下らしきハリのあるスーツを来た男性。

 

「いや、君の父上とは古くからの付き合いでね、私もずいぶん世話になった。

あ、さあ、食べましょう」

 

次々運ばれてくる料理を楽しみながら、世間話をする社長。

 

「ははは、いやあ、君と友里恵を結婚させようなんて話したこともあった」

 

優しげな雰囲気をまとった友里恵という女性は何も言わず、恥ずかしげに少し微笑んだ。

 

「まあ、そんなことは、本人同士が決めることだが……

でもどうだ、こうやってみると、なかなかお似合いじゃないか。え?」

 

「いや、全くです」

 

部下の男も同意する。社長と部下が大きく笑うのを横目に、佐野と友里恵が見つめ合う。

やはり友里恵はどこか照れた様子だ。

 

 

 

食事を終え、社長が気を利かせたのか佐野と友里恵を二人にして帰っていった。

オープンテラスでカップコーヒーを2人分買った佐野が、

テーブルで座って待っていた友里恵に一つ手渡した。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう……ごめんなさい、父が急に変なこと言い出して」

 

「いえ、むしろ、嬉しかったです!あの……友里恵さん。

できれば、これからも時々会ってもらえませんか?」

 

佐野も友里恵もお互い悪くない印象を持ったようだ。

特に、佐野はもう友里恵に好意を抱いている様子。

そして、友里恵は黙って小さく頷いた。

 

「あ、はは!……少し、歩きましょうか」

 

承諾を得た佐野は幸せの絶頂にいた。

そして決意する。俺は勝つ。必ず俺の人生を守ってみせる!

 

「そうだ、佐野さん。せっかくお知り合いになれたんだから、メール交換しませんか?」

 

「はい、是非!」

 

二人は携帯を取り出すと、赤外線通信でお互いのメールアドレスを交換。

今度は、佐野から提案をした。

 

「あの……ついでと言ったらなんなんですけど、写メ、撮りませんか?」

 

「いいですね。じゃあ、あの川の近くが景色もいいと思います」

 

二人は川のそばにまで歩き、カメラに収まるように、少し遠慮がちに近づいて、

シャッターを押した。

 

カシャッ!

 

「……よく撮れてますよ、友里恵さん!」

 

「本当だ、私の携帯にも送ってください」

 

二人が顔を寄せ合って携帯の小さなディスプレイに収まっている。

 

「はい、すぐ!」

 

また赤外線通信で画像データを送り、夕焼け空で染まった美しい世界1枚を共有した。

 

「きれい……」

 

「あの!これ、待受け画面にしてもいいですか?」

 

「私も、そうします……」

 

「あ、ハハ、はい!そうだ。もう暗くなりますし、俺、送りますよ!」

 

「ありがとうございます」

 

そして佐野は友里恵を自宅最寄り駅まで送ると、自宅に戻った。

このボロ屋とももうすぐお別れだな。新しいマンションを契約してる。

俺はもう社長なんだから、住まいも服も一流じゃないと駄目だ。

佐野は、その日はアパートで夜を明かした。翌日は日曜だったので会社は休みだった。

また艦これの世界に戻ることになるけど、

ライダーバトルしながらでも仕事はできるでしょ。

重役の人がいろいろやってくれるみたいだし。

 

夜が明け、日が昇ると、スーツに着替え、ワックスで髪を固め、

一旦出かけて予約した物を受け取って戻ってきた。

そして、受け取ったものとアタッシュケースを用意。

ノートパソコンを引っ張り出し、再び艦隊これくしょんにアクセスした。

 

 

 

 

 

──佐野鎮守府

 

 

ヴォン!とサイバーミラーワールドに帰還した佐野。

執務室では、叢雲が窓ガラスを拭いていた。

 

「あら、お帰りなさい……ってどうしたのその格好!?」

 

普通の青年から、見違えるようなビジネスマンに姿を変えた佐野に驚く。

 

「ああこれ?俺、社長になったから。それなりの身なりをしないとね!」

 

「話がちっとも見えないけど……まぁ、おめでとう?」

 

唐突な話につい自分の言葉が疑問形になる。

 

「ありがとう!ところでお昼はもう食べた?まだならこれ食べてよ。お土産」

 

佐野は大きな紙袋を差し出した。

叢雲が受けると、中には漆塗りの重箱に詰められた弁当が入っていた。

ウニ、アワビ、近江牛のローストビーフ、どれも高級食材で作られた一品。

懐石料理のフルコースのように贅沢な弁当に目を丸くする。

 

「ちょ、あんたどうしたのこれ!」

 

「買った。それより早く食べたほうがいいよ、足が早いから」

 

「買ったって……あんた本当に何があったっていうの?」

 

「さっきも言ったじゃん、社長になったって。

それよりさ……食べ終わったらクルーザーの運転お願いできるかな。

さっさと片付けなきゃいけない仕事が山ほどある。ここで無駄にしてる時間はないんだ」

 

「じゃあ、いただくわよ……」

 

佐野はソファに座り、携帯を開いてポチポチといじりだした。

叢雲が彼の前に座り、弁当に箸を付ける。

 

「んんっ!?」

 

これまで食べたことのない珍味に舌が驚く。

旨味が凝縮されたウニのまろやかな味、歯ごたえのあるアワビ、

ただでさえ鎮守府では贅沢品の牛肉、しかも特上を炙ってスライスしたローストビーフ。

美味さに箸が止まらない。

 

……が、呑気に弁当を味わってもいられなかった。

目の前で足を組み、二人がけのソファのど真ん中で体を預ける彼を見て

若干の不安を覚える。いつも金のことばかり考えているが人懐こかった佐野に、

どこか人を払う雰囲気が生まれたような気がした。自分の思い過ごしだといいのだけど。

きっと急に服が変わったせいよね。叢雲は考えながら料理を口に運んだ。

 

 

 

 

 

──城戸鎮守府

 

 

「じゃ、ここで待っててよ」

 

「また商談?」

 

「そんなとこ」

 

叢雲に転送クルーザーで送ってもらった佐野は、

アタッシュケースを持って本館へ歩いていった。本館に着くと木製の大きなドアを開け、

ホールの階段を上る。執務室の前に立つと2人の男の声が聞こえてくる。

ちょうどいいや、味方は多いほうがいいし。佐野はドアをノックした。

 

“はい、誰~”

 

中から真司の声が聞こえてきた。

 

「俺、仮面ライダーインペラーの佐野満って言うんだけど、

今日は、城戸提督と商談したくて来たんだ。

本当にライダーバトルじゃなくて、いや、いつかはするんだけど!

それまでは両方にとって悪い話じゃないと思うんだ!」

 

“蓮、どうする?”

 

“追い返せ、いずれ倒す奴と組んでどうする”

 

“なんだか……変ですからね”

 

あれ、女の子もいたのか。でもこのままじゃ帰れないよ。

もう他に組めるライダーはいないし。

 

「いきなり来て怪しいと思うのも無理ないよね。

だから今日は“保証金”として、まぁ、ざっと1億くらい持ってきたんだけど、

これだけでも受け取って欲しいんだ」

 

“聞くだけ聞いてみろ”

 

“ちょっ、秋山提督!”

 

「こんにちはー!」

 

すると真司の回答も聞かずに佐野が入ってきた。

ソファに腰掛けていた真司と蓮が思わず立ち上がる。

上等なスーツを来て身なりを整えてはいるが、

どこか怪しい雰囲気の青年が飛び込んできたので驚く二人。

後ろで下げた湯呑みをお盆に乗せていた三日月は苦笑いだ。

 

「はじめまして、先輩たち!」

 

「いや、先輩って……」

 

そして例の名刺を二人に渡す。

 

<仮面ライダーインペラー 佐野満>

 

印刷が間に合わなかったので、余白にボールペンで

“佐野商事 代表取締役社長”と書かれている。

やっぱり不審人物を見るような目になる真司と蓮。

しかし、佐野はそんなことは気にせず話を始める。

 

「秘書艦から貰った資料を見たんだけど、二人共凄い活躍ぶりみたいだよね。

単刀直入に言うと、俺と、契約してくれないかな。

つまり、ボディーガードとして雇いたいんだけど」

 

「なんだって?俺達を雇いたい?」

 

「何を考えてるんだ、お前」

 

金に釣られて招き入れてしまったものの、

蓮は同じライダーを抱き込もうとする佐野に警戒心を抱く。

 

「別に。もちろんタダとは言わない。とりあえず契約金として……」

 

佐野は持ってきたアタッシュケースを開けた。中には札束がぎっしりと詰まっている。

蓮は思わず凝視する。

 

「どう?悪い話じゃないと思うけど。

ライダーとして勝ち残っていくためには、仲間がいたほうがいいわけだし」

 

金に気を取られている蓮の代わりに真司が要求を突っぱねる。

 

「ふざけんな、金で仲間が買えると思ったら大間違いなんだよ!なあ、蓮!蓮?」

 

真司に呼びかけられた蓮が我に返ると、アタッシュケースを閉じた。

 

「……思い出した。お前、東條が自殺を図った時、関係者なのに逃げ出しただろう。

一度逃げた奴は次も逃げる。こんな奴と組めるか」

 

「え?あん時いたのかよお前!」

 

「まあ、そういうことならしょうがないか。……馬鹿だね、あんたら」

 

それじゃ、と佐野は用が済んだらアタッシュケースをぶら下げて、

さっさと執務室から出ていった。

 

「ったく、なんて奴だ」

 

「相手にするな。この段階に来てライダーバトルに金が通用すると思ってるような奴だ。

放っておいてもどこかで脱落する」

 

「それ、最初に金に釣られたお前が言う?」

 

蓮は黙ってソファに座り、三日月が入れ直してくれたお茶をすすった。

 

 

 

1時間後。

昨日は言い争いになり、まともな話し合いができなかった点について再度話し合った

真司と蓮だが、やはり話は平行線だった。

蓮は不機嫌そうな顔で吹雪を連れて転送クルーザーへ向かった。

すると、佐野の秘書艦・叢雲と出会った。

 

「あ、秋山提督、こんにちは」

 

「叢雲ちゃんこんにちは!」

 

吹雪が前に出て蓮より先に返事を返した。蓮は吹雪の頭に両手を当て、横にずらすと、

 

「あわわわ!」

 

「……秘書はまともなやつらしいな。悪いがクルーザーを使いたい。いいか?」

 

「どうぞ、まだ提督を待っているところなので」

 

「じゃあな。……吹雪、早くしてくれ」

 

蓮がクルーザーに乗り込み、吹雪に催促する。

 

「ああ、ちょっと待ってください……それじゃ、叢雲ちゃん、またね!」

 

吹雪もクルーザーに乗り、操舵席で舵を握り、音声コマンドを宣言。

クルーザーは一瞬光り、蓮も吹雪も転移して行った。

手持ち無沙汰の叢雲は足元を小さく蹴る。提督、何してるんだろう。

また変なこと考えてなきゃいいけど……

 

 

 

 

 

その頃、真司も腹立たしい気持ちを発散するために広場をズンズンと歩いていた。

 

「本当に蓮のやつ優衣ちゃんのこと見捨てる気かよ!なんでまだ可能性があるのに……」

 

シャアアア!!

 

「!?」

 

その時、ギガゼールが木陰から真司に飛びかかってきた。

瞬時に身をかわし難を逃れたが、このモンスター、どこかで見たことある。

……そうだ、艦隊新聞!でっち上げの襲撃事件が報道された時、写真に写ってた。

東條と香川は既にライダーバトルから離脱。残る関係者となると……

 

「あいつか!」

 

真司はカードデッキを取り出し、小川の水面にかざし、変身。

そして、水面からミラーワールドに飛び込んだ。

 

 

 

そこではインペラーが大勢のガゼル型モンスターを従えて待ち受けていた。

 

グルルル…… グォオオオ!

 

「わかってるよ。腹が減ってるんだろ。今すぐ満腹にしてやるから」

 

インペラーがモンスターをなだめていると、左右反転した広場に龍騎が現れた。

インペラーとミラーモンスターの軍勢を見て叫ぶ。

 

「お前、何考えてんだよ!」

 

「ごめん、俺、絶対生きなきゃいけないんだ!」

 

インペラーは右足を上げて左手でカードをドロー、脛のガゼルバイザーに装填した。

 

『SPIN VENT』

 

「おおお!!」

 

一双のドリル・ガゼルスタッブを装備し、その脚力で龍騎に駆け寄り、突き出した。

右胸に命中。アーマーが派手な火花を上げ、龍騎がよろける。

 

「がああっ!くそ!」

 

先手を取られた龍騎もカードをドロー、ドラグバイザーに装填。

 

『SWORD VENT』

 

ドラグセイバーを手にした龍騎が反撃に出る。

インペラーに真上から斬りつけ、胴を薙ぐ。

だがインペラーもガゼルスタッブを巧みに操り、攻撃を受け流す。そして叫んだ。

 

「全員、かかれ!」

 

すると“ADVENT”で召喚していたガゼル型モンスター達が龍騎を取り囲み、

一斉に襲いかかる。戸惑う龍騎に、

ミラーモンスターの軍勢が一撃加えては離脱する、ヒットアンドアウェイを繰り返す。

一体を相手にしていると後方から連続して攻撃を受ける。

一対多の状況に手も足も出ない龍騎。

そして、またインペラーがガゼルスタッブで龍騎の左肩を突く。

 

「ううっ!このやろ……汚ねえぞ」

 

「悪いな、負けるわけにいかないんだよ!」

 

「それはな……こっちも同じなんだよ!」

 

龍騎は起死回生のカードをドローする。

すると周囲が激しい炎に包まれ、ミラーモンスター達がもがき苦しむ。

その隙に、ドラグバイザーツバイに変化したバイザーの口にカードをセット。

下から顎を閉じ、カードを装填した。

 

『SURVIVE』

 

龍騎の体を業火が包み、龍騎サバイブに変身。

二度目の変身を経てパワーアップしたその姿を初めて見たインペラーは、

予想外の事態にパニックになる。

 

「なんだよそれ、そんなのありかよ!!……うああああ!」

 

それでも勇気を振り絞り、ガゼルスタッブを持って両足の脚力を活かしたジャンプで

空に舞う。そして高所から龍騎を突き刺そうとする。

 

「はっ!」

 

だが、すかさず龍騎がドラグバイザーツバイで狙撃。

空中でレーザーを食らい、バランスを崩して着地に失敗。

インペラーは受け身も取れず地面に叩きつけられる。

 

「ぐああっ!」

 

龍騎は続いてカードを1枚ドロー、装填。

 

『ADVENT』

 

大空から次元の壁を突き破り、ドラグランザーが飛来。

主の危機を察知すると、インペラーの契約モンスターの群れに、

その身に蓄える炎を吹き付けた。激しく燃え盛る炎を浴び、

大半のミラーモンスターが燃え尽きる。有利な状況が一気にひっくり返った。

全てのモンスターを失ったらライダーバトル脱落、俺の人生も終わり!

撤退するしかない!インペラーは水面に飛び込み、艦これ世界に逃げ出した。

 

「あ、待てこの野郎!」

 

龍騎もインペラーを追ってミラーワールドから脱出する。

 

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

駄目だ、こんなんじゃ無理だ!やっぱりもう一度北岡と交渉して……

 

“待てー!お前も牢屋に入れてやる!”

 

「ちくしょう、隠れるところは……」

 

こんなところで足止めされてるわけにはいかないんだ!

佐野は噴水の水面に飛び込み再びミラーワールドへ一時身を隠す。

 

“くそぉ、どこいきやがった!”

 

龍騎が変身したまま、なおも追ってくる。こんなことしてられないんだよ……!

来週には俺の社長就任発表!水曜には重役会議!金曜にはホテルヨークラで晩餐会!

それで……!龍騎が目を離した隙にまたミラーワールドから這い出て一気に駆け出す。

次は、あそこだ!倉庫の向こうの林の中!

 

 

 

「頭ったま来た!絶対見つけてやるかんな!」

 

変身を解いた龍騎は道行く艦娘に声を掛け始めた。

 

「ねえ、この辺でライダー見なかった?」

「今日はライダー、行方不明の日!」

「……あ、うん、ありがと。ねえ君!角はやしたライダー見なかった?」

「いえ……初雪なんかが、知るわけないじゃないですか」

 

埒が明かない。真司は三日月に協力を頼むことにした。

携帯を取り出し、三日月の携帯型電波通信機にダイヤルする。

 

 

 

その時、インペラーはどうにか龍騎の目を盗んで倉庫の影までたどり着くことができた。

後は林の中へ逃げ込めば見つからないだろう。

だが、草むらの中へ足を踏み入れようとした時、見えない力が働いて、

インペラーはそれ以上奥に行くことが出来なかった。

 

「ええっ、なんだよこれ!進めない!」

 

目で見ると確かに奥まで雑木林が続いているのに、入ることが出来ない。

不思議な力の表面を必死に手で探って入り口を探すが、やはり全体が壁になっている。

どうする!?いくら奥まって目立たない場所でも、

いつまでも留まっていてはいずれ見つかる。

かと言って目立つ広場に戻ることもできない。

 

「ちくしょう……なんでだよ……俺は、生きなきゃいけないのに」

 

日曜には、友里恵さんとまた会う約束なのに……!!

 

『FINAL VENT』

 

そのシステム音声に振り返ると、紫の影が連続キックを放ちながら

こちらに突進してきた。突然のことで回避も出来なかった。

どこでライダーバトル発生を嗅ぎつけたのか、

インペラーは王蛇のベノクラッシュで強引に雑木林に放り出された。

 

「うう、がはっ!」

 

「フン……」

 

ファイナルベントを受けながらも、当たりどころがよかったのか、

変身解除され体はあちこち痛むものの、即死は免れた佐野。

王蛇もとどめを刺すべくこちらに向かってくるが、

やはり見えない力でこちらには来られないようだ。やった、やっぱり俺はツイてる!

その時、真司が三日月を連れてやってきた。

もう大丈夫、なんだか知らないけど、俺はコイツに守られてる!

 

「やっと見つけたぞ、佐野!大人しく降参しろ」

 

「そんなことできるか!やっと掴んだ幸せなのに!こんなところで捨ててたまるか!」

 

だが、三日月が真司の袖を引っ張った。暗い表情で。

 

「真司さん……」

 

「どうしたの、三日月ちゃん?」

 

「とても、言いづらいことなんですが……」

 

 

──彼はもう、助かりません。

 

 

一瞬、自分の耳を疑った。なんで俺が助からないんだ?無敵の壁に守られてるのに。

意味がわからないのは真司も同じのようで、三日月に説明を求める。

 

「助からないって、どういうこと?浅倉なら俺が全力で……」

 

「そういうことじゃないんです!」

 

「!?」

 

三日月が悲しげな声で叫んだ。

 

「彼は、ゲームの外に飛び出してしまったんです」

 

「飛び出すと、どうなるの……?」

 

段々真司も不安な気持ちになる。三日月は静かに語り始めた。

 

「艦これの世界は広いようで狭いんです。ゲームの世界は無限ではありません。

広大なオープンワールドのゲームでもマップの端から先には進めないように、

艦これの世界にも制限があるんです。

 

ゲーム業界で通称“見えない壁”と呼ばれている、

プレイヤーが一定範囲から出ないよう設定された領域です。

当然ですよね、無限にフィールドが続いているなら、

サーバーが何万台あっても足りません。

 

とにかく、何かのはずみで本来開発者が意図しない領域に入り込むと、

戻れなくなったり、ゲームそのものがバグを起こしてしまいます。

今、起きている状況がまさにそれ。彼が壁の向こうにめり込んでしまったので、

壁に阻まれてこちらに戻れないんです。

そして、艦これの場合、壁の向こうに入り込むと……」

 

「どうなるの?」

 

「システムが予期せぬエラーと判断して、

存在しないはずのプレイヤーの削除を始めます」

 

削除……?どういうこと、だよ。言い知れぬ不安にかられた佐野は“壁”に手を付く。

すると、手が少しずつグリーンの0と1の粒子になり、消滅していく様が目に映った。

思わず自分の体を見る。少しずつではあるが、肉体の消滅が始まり、

その速度も徐々に早まっていく。

 

「なんだよ、なんだよこれ!!」

 

助けを求めて見えない壁を思い切り何度も叩く佐野。三日月は思わず目を背ける。

 

「出してくれ、出してくれよ!」

 

「佐野、待ってろ!」

 

必死の形相で叫ぶ佐野。真司も壁を思い切り殴るが、

衝撃そのものがなかったかのように反作用の痛みすら返ってこない。

それでも何度も殴る。向こうも殴り返してくるが、お互いの力を感じることもできない。

三日月がそんな真司の腰に手を回して引っ張る。

 

「もう、だめなんです……真司さんまで向こうに行ってしまったら、

取り返しの付かないことになります」

 

「諦められるかよ!こんな奴でも見殺しにしたら、

俺がライダーになった意味がないんだよ!」

 

そんなやり取りの間にも、佐野の体はどんどん粒子化し、その速度も増していく。

半狂乱に陥る佐野。大切な人を呼び続ける。

 

「友里恵さん、友里恵さん!出してくれ、出してくれ、出してくれ!!」

 

そのあまりに悲痛な叫びに三日月は耳を塞ぐ。粒子化が進み佐野の全身が半透明になる。

ポタ、ポタ。いつの間にか空が雨雲に変わり、大粒の雨が皆を叩き始めた。

 

「友里恵さん、友里恵さん!出してくれ!」

 

ずぶ濡れになりながら佐野はポケットから携帯を取り出し、開く。

そこには夕日に照らされ微笑む友里恵の顔が。

 

「友里恵さん、友里恵さん、友里恵さん!

出してくれ、出してくれよ、俺は帰らなくちゃいけないんだ俺の世界に!」

 

友里恵との記念撮影を映す携帯を持つ手が、なくなろうとしている。

 

「いやだ、いやだ!出してくれ!出してー!!」

 

泣き叫び、絶叫する。

 

「なんでこうなるんだよ……

俺は、俺は、幸せになりたかっただけなのに……うああ!!」

 

そして、彼の体は完全に分解され、サーバーの中に消えていった。後に残されたのは、

幸せそうに微笑む二人が映る携帯電話。呆然と立ち尽くす真司達。

救えなかった。打ちのめされる真司。

人間も、艦娘も、ライダーも、みんなを救うという誓いもまた、

サラサラと、崩れていった。

 

 

 

>仮面ライダーインペラー 佐野満 消滅

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話 Wandering Soldiers

──城戸鎮守府

 

 

頭にバスタオルを乗せたまま、真司はソファに腰掛けうなだれていた。雨はもう止んだ。

しかし消えていった佐野と同様、真司もまた雨に濡れていた。

着替えを済ませた三日月は、真司にバスタオルを持ってきたが、

頭と服を軽く拭いただけでソファに座り込んで、何も語ろうとはしなかった。

全くの無表情だが、彼が消滅したことで自分を責めているのは明らかだ。

 

三日月は黙ったまま真司のそばに立っていた。

あの後、王蛇は“勝手に消えたか、つまらん”と吐き捨てて帰っていった。

せめて、彼の百分の一でも真司に図太さがあれば、とすら思えてしまう。

真司なおも黙り込む。結局、守れなかった。かつて蓮にぶつけられた言葉が蘇る。

 

“お前はいつも肝心な時に迷ってばかりだが、それで誰かを救えたことがあるのか”

 

迷っているうちに、死なせてしまった。

欲望もなく、誰も救えず、自分はライダーでいる意味はないのではないか。

何もかもを諦めようとした時、ノックもなく執務室のドアが開いた。

 

「……いつまで、そうしているつもりだ」

 

「蓮……」

 

見かねた三日月が秋山鎮守府に連絡を取り、蓮に頼み込んで来てもらったのだ。

真司の状況を見て、大声を張り上げても無意味だと考えた蓮はただ静かに語りかけた。

そして真司の前に座り、しばらく彼も何も言わなかった。執務室を包む静寂。

やがて、真司が一言一言話しだした。

 

「俺のせいだ。俺が、あいつを、深追いしなかったら……」

 

「なら、いつ自分を殺しに戻ってくるかわからない敵を、

放っておけばよかったと言いたいのか」

 

「そうじゃないけど……」

 

蓮は今度は三日月に尋ねた。

 

「三日月、再起動実行は試したのか」

 

「いえ……していたとしても、再起動の効果が及ぶのはゲームの“中”だけです。

外部に放り出された佐野提督を救うことはできなかったと思います」

 

「そうか……」

 

蓮も既に取り返しのつかなくなった状況に打開策を見いだせず、

三日月の入れた熱いお茶を一口飲んだ。

だが、その時、蓮にふとある疑問が思い浮かんだ。

再起動があるなら、なぜ“あれ”がない?

それとも、三日月も誰も気付いてないだけなのか?

 

……しかし、仮に存在したとしてもそれがなんだというのだ。

せっかく減ったライダーを元に戻すなど、馬鹿馬鹿しい。

それこそ目の前にいる優柔不断な男と同じだ。俺は違う!

忘れろ、ライダーを全員殺し、オーディンも倒し、恵理に新しい命を……

俺にできるのか?本当に。蓮もまた自分自身に疑問を抱えてしまった。

湯呑みを持つ手が震える。そして、彼は答えを出す。

 

「城戸、もし佐野が蘇ったとしたら、どうする?」

 

「え……なんか方法があんの!?」

 

「仮に、の話だ!どうなんだ」

 

「とりあえず、座敷牢に入れて……」

 

「またそれか。捕虜の世話をしながらまともに戦えると思うか?」

 

「だって、他に方法が……」

 

「そうだ。誰も殺したくない、でも優衣やライダー達を救いたい、

そんなお前向きの方法がある」

 

「マジ!?どんな方法?教えてくれ、頼む!」

 

一縷の望みを見た真司が身を乗り出す。

 

「方法というより賭けだが……俺とお前でダミー鎮守府に襲撃を掛ける。

“SURVIVE”所持者二人ならオーディンを無力化程度ならできるかもしれん。

……それで、前にペテン師が言っていたな、神崎を説得しろと。

確かに俺達には不可能だ。だが、妹の優衣なら可能かもしれん」

 

「そうか……そうだよな!絶対俺達なら優衣ちゃん助けられるって思ってた!

お前のこと見直したよ、蓮!あ、でも、やっぱり佐野はもう帰って来ないんだよな……」

 

一気に気力を取り戻した真司だが、ライダー死亡の現実に再び直面する。

ひと目真司を見た蓮が、覚悟を決め、三日月に話しかける。

 

「三日月、確認したいことがある」

 

「なんでしょうか」

 

「提督権限に、再起動実行があるだろう。なら当然、“システムの復元”もあるはずだ。

今、起動できるか?」

 

三日月も真司も雷に打たれたような衝撃を受ける。

なぜ気づかなかったのか、大掛かりな処理になることと、

長年必要となる状況も訪れなかったので、三日月も思い至らなかった。

真司は、そもそも再起動実行以外に

艦これのシステムにアクセスする方法を知らなかった。

 

「可能です!かなり大規模な処理になるので

直接作戦司令室でコンソールを操作してもらう必要がありますが、

艦これの基幹データをサルベージして、鎮守府を数日前の状態に復元、

つまり佐野提督が生きていた時に戻すことができます」

 

「やった……あいつは、戻って来るんだな!」

 

「まだ喜ぶな。仮に復元に成功しても、

生き返った奴がまたお前に襲いかかってこないとも限らん。

なにしろ、記憶まで復元される保証はないからな」

 

「でも、やる価値はあるよ、もしもの時は……俺がなんとかする!」

 

「では皆さん、作戦司令室へ行きましょう!」

 

 

 

希望を胸に、真司は蓮や三日月を置いていくほどの駆け足で作戦司令室に向かい、

ドアを開けた。いきなり提督が飛び込んできたので、いつもの3人が驚く。

 

「どうしたのだ、提督!?」

 

長門が真司に問いかける。息を切らして彼女の両腕にしがみつきながら、

なんとか頭に浮かぶ意思を言葉にする。やっと蓮と三日月も追いついた。

 

「はぁ…はぁ…長門、システム、復元、お願い、急いで!」

 

「システムの復元!?一体何があったのだ!」

 

「ごめん、説明、時間ない」

 

まだ息が整わない真司に代わって蓮が説明した。

 

「ライダーが艦これのフィールド外に出るというエラーが起きた。

城戸はそれで消滅したライダーを復活させたいらしい。

エラー自体はここでも観測しているだろう。それ以前の状態に復元したい」

 

「なるほど、そういうことか……

確かに、フィールド外に飛び出したオブジェクトの削除処理は我々も捕捉している。

わかった、鎮守府のデータをそれ以前の状態に復元しよう。

大淀、エラーが起きる以前に作成された復元ポイントをサーチしてくれ」

 

「了解しました!」

 

大淀がコンソールのキーボードを流れるような速さで叩く。

モニターにコマンドプロンプトの画面が現れ、大量の年月日と時刻データを並べだす。

そして、また彼女がキーボードで司令を送り、直近数件の復元ポイントを挙げ、

エラー前の対象を探し出した。

 

「ありました!12/15/2002 13:17がエラー前、なおかつ最新の復元ポイントです!」

 

「ありがとう。では提督、宣言してくれ、

“提督権限 システムの復元:2002年12月15日1317”。

大淀、提督権限発動と同時に引き続きサーバーにアクセスして処理を頼む」

 

「うん……!“提督権限 システムの復元……」

 

 

 

「やめてください」

 

 

 

その時、入り口から女性の声が聞こえた。

黒のロングヘアと白のスーツ、真っ赤なロングスカートが特徴の艦娘。

端正な顔立ちだが、どこか思い詰めた表情をしている。

 

「え、君は?どうしてやめなきゃいけないの?」

 

「はじめまして、城戸提督、秋山提督。私は北岡鎮守府の秘書艦・飛鷹です。

突然来て不躾なお願いとは存じますが、システムの復元はおやめいただきたく思います」

 

飛鷹が優雅にスカートの両端をつまみ、軽く腰を下げてお辞儀する。

なぜ北岡の秘書艦が佐野の救助を中止するのか。

皆、状況がよくわからず困惑するが、長門が飛鷹に詰め寄り肩を掴む。

 

「何を考えている!対応が遅れれば時間が経つにつれ、古い復元ポイントから削除され、

復元処理が間に合わなく……」

 

「皆さんこそ何を考えているんですか。

北岡鎮守府の司令室からライダーバトル発生の連絡を受けて、

偵察機でその様子を伺っていたのですが、この勝負、城戸提督の勝利じゃありませんか。

どうしてわざわざ敗者を復活させようとするんですか」

 

「いや、あのね飛鷹さん!俺、誰もライダーバトルで死なせたくないんだ!

優衣ちゃんもそんなこと望んでないし、蓮だって……」

 

「そんなことできるわけないじゃないですか!!」

 

突然、飛鷹が激昂して叫んだ。その感情の昂ぶりに長門も気圧される。

 

「どうしてせっかく1人減ったのにまた増やすんですか!

これ以上ライダーバトルを長引かせることはやめてくださいよ!

彼の最期は偵察機から報告を受けています!

帰るべき場所を守るために戦っていたそうですね。

でも、日常を守りたいのは私も同じなんです!ライダーだけじゃないんです!」

 

「あっ、飛鷹さん……もしかして、北岡さんのこと……」

 

真司は気づいた。飛鷹も知ってしまったのだ。北岡がライダーバトルに参戦した理由。

そして、彼に残された時間が少ないことも。

 

「提督のチャンスを奪わないでください!生きたい。ただそれだけの、

人としてごく当たり前の願いすら許されないんですか!?」

 

「飛鷹、落ち着くんだ。命を賭けているのはどの提督方も同じことだ。

我々が介入して良い事ではない!」

 

飛鷹は長門の手を振り払い、真司にすがりついた。その目には涙が浮かんでいた。

 

「ライダーも艦娘も救いたいなら、今やってください!もう時間がないんです!

城戸提督のように迷っている時間すらないほど追い詰められてるんです!」

 

真司は優しく彼女の手を取ってゆっくり下ろす。

 

「ごめん、俺じゃ、今すぐには無理なんだ。

でも、まず目の前のやつを助けなきゃ、助けられなきゃ、

みんなを助けることなんてできないと思うから。

お願い、もう少しだけ時間をちょうだい……」

 

飛鷹は何も答えず、後ろに下がり、ドアの外に出た。

 

「……もういいです。一度倒したライダーを生き返らせるなんて、間違ってます。

私に提督を倒すことはできません。でも、司令室を吹き飛ばすことならできるんです」

 

「飛鷹、お前何を!」

 

長門が叫ぶと、上空からブロロロ……とプロペラの音が聞こえてきた。

 

「一体何をする気だ!」

 

「司令室上空に爆撃機を展開しておきました。

提督は攻撃できなくても、システム復元に必要なコンソールを破壊すれば、

邪魔なライダーの復活なんてできませんよね……」

 

「……それで北岡が喜ぶと思うのか、あのプライドの固まりが」

 

壁に持たれていた蓮がつぶやくように問いかける。

 

「わかったようなこと言わないで!幸せがほしいのは、艦娘だって、同じなのよ……!」

 

頬に涙しながら訴える。そして選択を迫る。

 

「さあ、復元ポイントを削除するか、鎮守府を爆破されるか、今すぐ選んで!

私たちには時間がない、ないのよ!」

 

「やめろ、飛鷹!」

 

「うるさい!私を殺しても無駄。5分置きに私から送られるシグナルが途絶えたら、

ここを爆撃するよう命じてある。早く選んで!

提督権限も発動させない。変なこと言ったら、

戦闘機に私の頭を撃ち抜くように命令するから!」

 

彼女は本気だ。どちらを選んでも佐野は助からない。追い詰められる真司。

せっかく佐野、いや、俺がライダーでいる理由が蘇るチャンスだと思ったのに……!

だが、その時。

 

 

 

「ねえ、飛鷹」

 

 

 

その声に彼女が振り向くと、パァン!と乾いた音が。

いつものスーツ姿の北岡が、飛鷹の頬を張ったのだ。

 

「てい、とく……」

 

「ずいぶん探したよ。優秀な君がまさかこんな馬鹿やらかすなんてね。

なんてことしてくれたんだか。俺が女性に手を上げるなんて初めてだよ。

長門さん、みんな、迷惑かけたね。

城戸君、秋山。食い逃げや喧嘩でお縄になったら俺に言いなよ。

執行猶予で済むようにしてやるから」

 

「だからしないって!……って、なんで北岡さんが?」

 

「急に飛鷹の姿が見えなくなったからさ、吾郎ちゃんと手分けして探してたんだ。

うちの長門に転送クルーザーの使用履歴を調べてもらってここに来たんだけど、

こんなことになってるなんて夢にも思わなかったよ。

……飛鷹。俺、君にライダーバトルに参加するよう命じた覚え、ないんだけど」

 

「ぐすっ……だって……このままじゃ……ライダーバトル……うわああ!」

 

飛鷹は泣きながら言葉にならない言葉を形にしようとする。

北岡はそんな彼女の頭に優しく手を乗せ、抱き寄せた。

 

「前にも言ったでしょ、俺は強いって。

必ずライダーバトルに勝利して生き残ってみせる。

だから、君がこんなことする必要なんてないんだよ」

 

「ううっ、だって、間に合わなかったらどうするのよ……

佐野提督みたいに、私だって日常を失いたくない!

提督が艦隊指揮をして、私がその補佐をして、またみんなで吾郎さんの料理を食べて!

そんな毎日を守りたいの!」

 

「間に合わせる、絶対。俺はなんでもできるスーパー弁護士だからね」

 

「本当に?」

 

「俺は出来もしないことを口にするような無能じゃない。

ちょっとは信用してもらいたいな」

 

飛鷹は黙って頷く。そして、司令室のメンバーに向かって頭を下げた。

 

「皆さん、申し訳ありませんでした……私、今を失いたくなくて……」

 

ポン、と長門が彼女の肩に手を置く。そして真司の目を見る。真司もまた頷いた。

 

「飛鷹、幸せを求める気持ちは、皆同じだ。

城戸提督は、皆が生きて幸福を掴むチャンスを得られるよう、戦っている。

どうか、信じて待って欲しい」

 

「……はい!」

 

司令室の張り詰めた空気が緩み、皆ホッとする。

 

「城戸提督、ご迷惑をおかけしました。貴方に、提督の運命を託します」

 

「俺、頑張るから!絶対みんなが生きて帰れるように!」

 

そして、飛鷹は北岡と共に帰っていった。

今度こそ、復元作業を続行すべく真司が提督権限を宣言する。

 

「“提督権限 システムの復元:2002年12月15日1317”!」

 

「ユーザー指定の日時にゲームデータを復元、同意。

バックアップ、完了。最終確認、承諾!システムの復元を開始します!」

 

真司がシステムの復元を宣言し、大淀がコンソールを操作すると、

周囲が再起動実行の時と同じく、ブラックアウトした。

ただ、今度は白い艦ではなく、無機質な

“しばらくおまちください”というメッセージと、その下に進捗状況を示す

プログレスバーが表示された。

 

徐々にプログレスバーが白から緑に変わっていくが、

その処理はかなり遅く、半分進む頃には1時間が経っていた。

それでも真司は一人待ち続けた。祈りながら待ち続けた。

 

そして、更に30分立つと、プログレスバーの白の部分が一気に緑に変わり、

“再起動します おまちください…”というメッセージが宙に浮かんだ。

すると、いつもの再起動実行と同じく白い艦が浮かび、

数秒で闇の世界から元の艦これの世界に戻った。

すると真司は皆を置いてすぐさま外に駆け出した。

 

「佐野!佐野―!生きてたら返事しろ!」

 

工廠前の道路を全力で走り、佐野が消滅した林の前を探してみる。いない。

 

「佐野!どこだー!生きて帰ってこい、

お前は帰らなきゃいけないんだろう、お前の世界に!」

 

うあああ!……

 

その時、広場の方角から男の泣き声が聞こえてきた。急いで向かう真司。

すると、広場中央でうずくまる佐野の姿が見えた。真司は彼に駆け寄る。

そして肩に手を当て、起き上がらせた。

その顔は涙でぐしゃぐしゃだったが、確かに佐野だった。

泣きながら両腕や顔をさすっている。

 

「あああ……俺、俺、生きてるの!?……」

 

「佐野、俺がわかるか!お前と戦った城戸だよ!お前は生きてるんだよ!」

 

「うう……俺は、俺の世界に帰れるのか……!?」

 

「ああそうだ!もうライダーバトルなんかに関わるな!」

 

後ろから蓮と三日月が歩いてくる。どうにか佐野の復活には成功したようだ。

 

「とんだ騒ぎもあったが、とりあえずの目的は達したか」

 

「佐野提督、これからどうなさるんでしょう……」

 

「まだ暴れるなら二人がかりで再起不能にするだけだ。

……まぁ、あの様子ならその手間はかからないだろうが」

 

佐野は泣きながら真司に引っ張られ、なんとか立ち上がろうとしている。

 

“ごめんなさい、本当にごめんなさい!”

“いいから立てよほら!女の子の前でみっともない!”

 

 

 

しばらくして落ち着いた佐野は、三日月から自分の身に起こったことを説明された。

 

「それで、助けてくれたの?俺、結局金も渡してないのに……」

 

「だから金とかいいんだよ!……俺も、ライダーである理由、なくすところだったし」

 

「相変わらず甘いやつだ。なぜ自分がライダーかなんか、どうでもいいだろう。

目的のために戦えば、それでいい。

馬鹿なのにやたら考えようとするからドツボにはまるんだ」

 

「馬鹿言うな!……まぁ、でも、そうかもな。

俺、これからもみんなを守るためにライダー続ける。佐野、お前はどうする?」

 

真司は佐野に尋ねた。佐野は真司に襲撃を掛けたことも全て覚えていた。

 

「俺は……きっとライダーバトルには勝てない。先輩と戦ってわかったよ。

俺は、友里恵さんを守るために戦う。この世界からは消えることにするよ」

 

「そっか。あ!それじゃあ、野良のミラーモンスター見つけたら倒してくれないかな。

今、ライダーを辞めた女の子が一人で駆除してくれてるんだけど、

やっぱり苦戦してるみたい。力になってあげてよ」

 

「はい!」

 

佐野は両手で真司の手を握って答えた。

三日月は微笑みながら彼らを見守り、蓮はそっぽを向いてやり取りだけを聞いていた。

 

 

 

 

 

──OREジャーナル編集部

 

 

「おはようございます」

 

海外出張から帰国した令子が出社した。

彼女はアメリカで神崎士郎に関する様々な資料を発見し、

連続失踪事件に大きな進展をもたらした。

 

「おう、おはよう!お前がみっけてきた神崎士郎の研究資料?

あれ読んでみたんだがな、さっぱりわかんねえな!」

 

「そうなんですよね。内容が専門的過ぎて。

ただ、結論として、鏡の中に人間が入ることができる。鏡の世界、つまり資料によると

ミラーワールドに棲む生物が人間を襲っていることは読み取れました」

 

「行方不明事件の真相が、こんなとんでもねえもんだったとはなぁ。

わからねえはずだよ」

 

「問題は彼の目的と、この資料に頻繁に出てくる仮面ライダーとは何かということです」

 

「ミラーワールドに入れる特定の人間のことらしいが、それもよくわかんねえんだよな」

 

「そういえば、前から気になってたんですけど、

城戸くんの下宿先って神崎の親戚の家ですよね」

 

「ああ」

 

「神崎について調べてる様子もありましたし、もしかしたら何か……

それに、艦これと何か関わりがあるような気がするんです」

 

「病気じゃなくて、ニュースになってる方か?」

 

「両方です。この際だから聞きますが、城戸君の病気、嘘ですよね?」

 

「!?な、なに言ってやがんだ、わけわかんねえ……」

 

「……そうですか、彼と艦これ絡みの事件について面白い仮説が思いついたんですが、

彼が本当に病気だというなら成り立ちませんね。永久に忘れることにしましょう」

 

「待て待て待て待て……なんだよ面白い仮説って!」

 

特ダネの匂いに食いつく大久保。

 

「彼、病気なんですよね。じゃあ、意味がないです」

 

「う~ん、わかったよ……真司は病気なんかじゃねえ。多分すげえ重要なヤマ追ってる」

 

「重要なヤマ?」

 

「詳しくは聞いてねえ。あいつが変な所で頑固だってことはお前も知ってるだろ。

だから……真司から言い出すまで待つことにしたんだよ」

 

真相を聞いた令子はため息をついた。

 

「はぁ、部下の裁量に任せるのも一つの経営手法ですけど、

2ヶ月も泳がせとくのはやり過ぎなんじゃないですか?」

 

「んああ、わかってるよ……今度会ったら途中経過くらいは聞くから。

それより、面白い仮説ってなんだよ」

 

「ええ、前から仮説というか想像の一つとして考えてはいたんですが、

あまりにも突拍子がなくて黙ってたんです。

でも、ミラーワールドの存在が明らかになった以上、十分な可能性が得られました」

 

「もったいぶってねえで教えてくれよ……!」

 

なぜか内緒話のように小声になる。

 

「つまり、艦これの世界は実在するということです」

 

「ニシシ、やっぱりタイムマシンが現実味を帯びてきましたねぇ~」

 

デスクで話を盗み聞きしていた島田が喜ぶ。

 

「ちょっと待て、お前が言いたいのは、未来のゲームデータだけじゃなく、

ゲームの世界そのものまで存在するってことかよ!」

 

「はい。鏡の中の世界ミラーワールド。そこに出入りする謎の人物、モンスター。

これまでの情報と照らし合わせても、その存在の可能性は高いと思います。

 

まず、秋葉原で妙な強盗に遭ったオタク、

強盗は艦これのアカウントを作らせた瞬間に消滅しました。

 

そして城戸君が“入院”するきっかけになった彼の失踪事件。

城戸君は取り憑かれたように艦これに入ったと訴えてましたよね。

 

次に、ミラーワールドに入るのに必要なのは鏡とは限らない。

ガラス、水たまり……そして、パソコンモニター等、姿が映るもの」

 

「いや、でもおかしいだろ。

前に全員の前で真司が艦これにアクセスした時は、何にも起きなかったじゃねえか」

 

「そこなんですよね。

個人的には城戸君が艦これの世界に入ったのはもう間違いないと思っています。

あの時入れなかったのは、何らかの異常事態か、

何者かの意思が介在していたせいだと思われます」

 

「何者かって……誰だよ」

 

「それがわからなくて困ってるんです!

城戸君が何か知ってるのは間違いないんですから、

今度会ったらふん縛ってでも捕まえといてくださいよ!」

 

「お、おう……」

 

なぜか怒られた大久保が再び疑問を投げかける。

 

「でもよう、やっぱりおかしくねえか?

モニターでもなんでも鏡になりゃミラーワールドに入れるのはわかったよ。

わかってるだろうが、ネットゲームってパソコンの中にあるわけじゃないんだぜ?

ただ単にインターネットを通じて運営会社のサーバーにアクセスして、

操作した結果を受け取ってるってだけだ。

こいつの中に入れたってゲームの世界で大冒険、ってわけにゃいかねえんだよ」

 

そして、手近なパソコンモニターを叩いてみた。

 

「そこも問題なんですよね……モニター画面に入っても、そこはモニターに映った世界。

ゲームの世界ではあり得ない。サーバーにたどり着く方法がなければ」

 

「そのサーバーがどこにあるかわかんなくて世界中大騒ぎなんだよなぁ……」

 

う~ん、とそこで二人が手詰まりになる。しかし、意外な突破口が開かれた。

自社サイトの更新作業を終えた島田が口を開いたのだ。

 

「前から思ってたんですけど~、サーバーへ行きたいなら、辿ればいいと思うんです」

 

「は、辿る?」

 

「はい、辿るんです」

 

そして、島田は床を指差す。初めは何が言いたいのかわからなかった二人だが、

次第に彼女の意図を理解すると、驚愕で目を見開いた。

 

 

 

 

 

──ダミー鎮守府

 

 

朽ち果てた本館の屋上に立ち、目を閉じていた神崎が、何かを感じ取り、目を開けた。

 

「なるほど、特定の条件下ではあるが、

サイバーミラーワールドではこのカードの力が再現できるというわけか。

少々計算外の事態になった」

 

神崎は一枚のカードを手に取りながら、一人語る。

 

「神崎……」

 

「許容範囲内の些末な出来事だ。いざとなればお前がいる。

オーディン、戦いの宿命を選んだお前を、俺は信頼している」

 

 

 

 

 

<info. 佐野満 様がゲームに復帰しました_>

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話 The Beginning of The End

<クローズドチャットを開始します_現在 5 人が入室中>

 

>はい、現在2100です。皆さんがガチログインしました。

例の課題についてドシドシ発言キボンヌ。 漣

 

>ライダーバトルから降りたり、脱落した方の秘書艦は従来の任に戻っちゃったので、

実質私達5人で決めなきゃですね。 三日月

 

>長門さん達はご存知なの?うちは了承得てるけど。 足柄

 

>はい。常に提督方をサポートしてきた自分たちで決めろ、と…… 三日月

 

>うちもそうです。 吹雪

 

>↑に同じよ。 飛鷹

 

>三日月ちゃんは? 漣

 

>私も同じです。今夜結論が出れば、明日、真司さんに打ち明けるつもりです。 三日月

 

>じゃあ、決定ですね。漣も許可は得ています。

次は、細かい段取り詰めていきましょうか。

まず、個人的には三日月ちゃんにはちょっと待ってほしいな、と。 漣

 

>どういうことでしょう? 三日月

 

>この際、提督方にお集まり頂いて、皆さんの意見も聞いたほうがいいかと思うわけで。

情報も共有できますし。 漣

 

>そうね、真実を知った提督たちが、私達の存在をどう思うかは気になるし……

少し不安だけど。 飛鷹

 

>はぁ、みんなはいいわよね。うちの馬鹿は来るかしら。

当日来なかったらごめんなさいね。直接私の口から伝えるから。 足柄

 

>例の物でなんとかお願いできないですか? 吹雪

 

>可能性はあるけど、本当に嫌な時は絶対動かないのよ、アレは。 足柄

 

>まぁ、とにかく足柄先輩にはレアアイテムで頑張っていただくとして、

皆さんも担当の提督方に明日お集まりいただくよう、連絡の方ヨロピコです。 漣

 

>わかりました……やっぱり、伝えなきゃ駄目ですよね。

もうライダーバトルの終わりが近づいている今、

提督方には全てを知っておいていただく必要があります。 三日月

 

>そうですよね、特に 吹雪

 

>特に? 飛鷹

 

>あ、すみません!なんでもないです!出力ミスです! 吹雪

 

>そう?ならいいんだけど。とにかく、可能性は低いけど、

私達の出自がライダーバトルの犠牲者を出さずに済むきっかけになればいいわね。 飛鷹

 

>漣も、そう願っています。では、皆さん、明日の提督方のご予定うpしてください。

ご主人様は一日事務仕事です。お願いすれば時間をくれます。 漣

 

>真司さんは明日予定があるらしいんですが、なんとか頑張って引き止めます! 三日月

 

>あれ、司令官も明日用事があるって言ってました。

でも、私も足にしがみついてでも来てもらいます! 吹雪

 

>吹雪ちゃんならやりかねないわね……ああ、うちのアレ?

用事なんかあるわけないじゃない。 足柄

 

>伝えるなら早いほうがいいものね。私もなんとか時間を空けてもらう。

なるべく……行き来に負担の少ない場所をお願いね。 飛鷹

 

>じゃあ、日時は明日の1000に決めちゃいますね。

場所は漣がセッティングして改めて連絡します故。 漣

 

>それでは、今夜は解散ということでよろしいですか。 三日月

 

>ええ、肝心なことは明日話すんだし。 飛鷹

 

>それでは皆さんお疲れ様ですた。これにてチャット会議はお開きということで、

おやすみなさい。 漣

 

>また明日ね。 [足柄 さんが退室しました]

 

>それでは、失礼します! [吹雪 さんが退室しました]

 

>頑張りましょうね! [三日月 さんが退室しました]

 

>提督……どう思うかしら [飛鷹 さんが退室しました]

 

>ひとりぼっちなう。さて、店じまいしましょうかね。 [漣 さんが退室しました]

 

<チャットルーム_「例の件」を削除しました>

 

 

 

 

 

──城戸鎮守府

 

 

秘書艦達の秘密の交信チャットから一夜明け。

真司は出発の準備をしていた。

優衣がたった一人で取り残されているダミー鎮守府へ赴き、全ての決着を着けるため。

真司が靴紐を結び直し、リュックを背負うのを見た三日月は、彼に駆け寄る。

 

「三日月ちゃん。連れて行って欲しいところがあるんだけど」

 

「あ、待ってください真司さん!急な話で申し訳ないんですが、

その前に、来ていただきたいところがあるんです!」

 

「ごめん、後じゃ駄目かな?蓮とも待ち合わせてるんだ」

 

「秋山提督にも話は通してあります。今日は提督方全員に大切なお話が」

 

「大切な話って、なに?」

 

「それは皆さんが集まった所で詳しく。とにかくこちらへ!」

 

「うわっとと!待ってよ三日月ちゃん!自分で歩くから!」

 

真司は三日月に手を引かれ、転げそうになりながら執務室から出ていった。

 

 

 

 

 

──多目的ホール 大会議室

 

 

本館から北西にしばらく歩いたところにある多目的ホール。

その大会議室に真司は連れて来られた。

 

「失礼します!すみません遅くなって!」

 

「気にしないで、まだ定刻10分前だから。」

 

中にいた飛鷹が返事をした。

引っ張られるままについてきた真司には状況が飲み込めない。

各ライダー鎮守府の提督とその秘書艦が一堂に会している。

何があったのか、足を机に投げ出した浅倉は、なぜか既にイラつきが爆発寸前だったが、

対して隣に座る足柄はどこか得意げな表情だ。

 

「とにかく座りましょう、真司さん」

 

「う、うん」

 

とりあえず空いている席に座った真司と三日月。

全員揃ったことを確認すると、足柄は部屋の一番奥に立ち、全員を見渡して告げた。

 

「提督方のみなさん、本日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。

今日、貴重なお時間を頂いたのは他でもありません。

我々艦娘について重要な事を知っていただきたかったからです」

 

スーツの糸くずを手で払った北岡が、さっそく手を挙げる。

 

「君達の重要なことってなんなのかな。

俺達こうして集まってるけど、個別に連絡じゃ駄目だったの?」

 

「はい、提督方にも集まっていただきご意見をうかがうことで、

なにかしらライダーバトルの打開策を得られるのではないかと考えた次第です」

 

打開策。思わぬ単語に思わず息を呑んで黙る北岡。

飛鷹が足柄に注目したまま、そっと彼の手に自分の手を重ねる。

 

「なるほど?会議の趣旨はわかったよ。話の腰を折って悪かった。続けて」

 

「……とっとと終わらせろ、3分で!!」

 

北岡に続いて浅倉がヤジを飛ばすが、足柄は無視して続ける。

 

「それでは手短に。

皆さんは普段、鎮守府の防衛や、契約モンスターのエサの補給のために

深海棲艦と戦っていらっしゃいますよね。その深海棲艦の正体なのですが……」

 

足柄が少しの間、目を伏し、逡巡してから答えた。

 

「轟沈し、海へ沈んでいった我々艦娘の転生体なのです」

 

「!?……」

 

ライダー達が明らかに動揺する。

真司が三日月を見るが、彼女は下を向いて黙ったままだ。

足柄はなおも続ける。

 

「しかし、逆のパターンもありえます。

撃沈された深海棲艦がまた艦娘と生まれ変わる例も、稀にあるんです」

 

そこで真司が慌てて手を挙げて発言。

 

「そ、それじゃあ、ここにいるみんなは、元深海棲艦だったりするの?」

 

「いえ、あくまでそういう例もあるというだけです。

ほとんどの艦娘は提督方に新規建造されたり、攻略海域で出会う加入タイプの艦娘で、

完全新規の個体なのですが、

その中に深海棲艦から生まれ変わった者がいるということです」

 

「つまり、君達は戦っては沈み、かつての仲間と戦い、

また沈んでは艦娘として戦うという、悲しい輪廻に囚われているということなんだね」

 

手塚が突きつけられた事実を冷静に受け止める。そして今度は蓮が疑問を投げかける。

 

「その元深海棲艦の艦娘に、自分が深海棲艦だったという記憶はあるのか」

 

足柄は首を振る。

 

「基本的にはありません。……一部の例外を除いて」

 

「一部の例外?なんだそれは」

 

「それは……個人の秘密に関わることなので、具体的に誰とは……

それに、一度は艦娘として転生しても、遅れて深海棲艦に

肉体が変化してくるという事例もあります。

一概に決まったサイクルで輪廻が繰り返されているとは言えないんです」

 

「ハッ……!お前がバケモンの生まれ変わりだったら介錯してやるよ、鉄パイプで」

 

「黙らないとあんたの大事な焼きそば全部燃やすわよ……!」

 

歯切れの悪い返事を返す足柄に、不謹慎なヤジを飛ばす浅倉。

だが、それだけではなく、ひとつの問いをぶつける。

 

「要するに、前に殺した姫級どもが死に際に残したわけわからん言葉は、

お前らの仲間だった時の記憶ってことか?」

 

「……まぁ、その可能性が高いわね」

 

「フン……殺したり殺されたり忙しい連中だ。俺は全然構わねえが」

 

その時、会議室のドアが開いた。

 

 

「失礼します……」

 

 

皆が、訪問者の姿を見る。紺の袴に弓道着。正規空母・加賀だった。

いきなり自分の鎮守府の艦娘が現れ、少々驚く蓮と、目をそらす吹雪。

 

「どうした加賀。お前を呼んだ覚えはないが」

 

「皆さん、立ち聞きして申し訳ありません。

ですが、ライダーの提督方がお集まりになっているという話を聞いて、

恐らくこういうことになっているのではないかと思い、お邪魔させていただきました」

 

「何の話だ」

 

「……私は、元深海棲艦です」

 

吹雪を除く全員は皆、驚きで声が出なかった。

だが、すぐ落ち着きを取り戻した蓮が彼女に尋ねる。

 

「お前には、深海棲艦だった時の記憶があるということか」

 

「断片的なものだけど。

灰色の世界で、暗く、寒い海に沈んでいく自分だけは、はっきり覚えてる」

 

「どうして今「待ってください司令官!加賀さんも私も隠してたわけじゃないんです!

いや、結局そうなっちゃったんですけど……」」

 

蓮は黙って吹雪の口にハンカチを当てた。

 

「もごもごもご!」

 

「落ち着け、俺が聞きたいのは、“なんで黙ってたか”、じゃない。

“なぜ今打ち明けたか”、だ」

 

「ぷはぁ……あの、お願いです皆さん、加賀さんは、決して皆さんの敵では……」

 

ポン、今度は丸めた古新聞で軽く頭を叩かれた。

 

「あたっ!」

 

「一人で暴走するな。まず本人の話を聞け。……加賀、続けてくれ」

 

「ええ……その記憶の中で、沈み行く私に命を与えて艦娘に転生させた存在を見たの。

表面が輝く巨大な球体。私はそれが放つ光に包まれて、

気がついたら工廠の建造ドックで新規建造艦として横になっていたの」

 

場を包む静寂。終わらない戦いの宿命を背負っていたのはライダーだけではなかった。

その事実に言葉が出ない。そして、沈黙を破ったのは吹雪だった。

 

「皆さん、加賀さんは決して深海棲艦に戻ったりはしません!

だから、あの、だから……!」

 

「だから勝手に話を進めるなと言っている」

 

両方のほっぺをつまんで横に伸ばされた。

 

「ふえええ……」

 

「それより、今の話で重要な事実が浮かんだ。それについて議論するのが先だろう」

 

「加賀さんを転生させた謎の物体……」

 

手塚が腕を組んで考える。

 

「それって、例の教授と生徒が言ってたコアミラーって奴の可能性が高いんじゃない?」

 

北岡が自らの見解を述べた。

 

「うん、間違いないよ、多分!

ねえ、加賀さん!その変な物体ってどこにあったか覚えてない?」

 

「ミッドウェー海域。通称MI海域よ。私はそこで沈んだ」

 

加賀が真司の質問に答えた。すると今度は新たな問題が出る。

 

「じゃあ、蓮……今日の計画だけど、どうする?

ダミー鎮守府に行くか、MIってとこに行ってコアミラーを破壊するか」

 

「馬鹿かお前は。優衣も助けず、オーディンを倒して力も得ないまま

この世界から退場する気か」

 

「あ、そうだった、ごめん……」

 

「何その話、聞いてないんだけど。抜けがけする気だったの?」

 

真司らの計画について北岡が彼らを追求する。

 

「ああ、そうだ。お前らがモタモタしている間に

オーディンを倒して力をぶんどるつもりだった。何か文句あるか」

 

蓮は悪びれもせず認めた。一方真司は慌てて弁解する。

 

「いや、違うんだよ、それはあくまで優衣ちゃんを助けて

神崎を説得してもらうためで……」

 

「まあ、別にいいよ。せいぜい俺はここでお前らがオーディンにやられるのを待つさ」

 

「ちょっと、提督……」

 

流石に飛鷹が止めに入るが、話をややこしくする存在が割って入る。

 

「お前らだけに獲物くれてやると思うか。行くなら、俺を殺していけ……」

 

浅倉がカードデッキを取り出し、ヒラヒラとさせる。

 

「だから待てって!俺達の目的はあくまで優衣ちゃんで……」

 

「!?」

 

 

……タイ、……リ…イ……

 

 

その時、どこかから、何やら不気味な波動が押し寄せてきた。艦娘達が一斉に耳を塞ぐ。

 

「いや!また……」

 

足柄がしゃがみ込み、他の艦娘も机に突っ伏して“それ”が過ぎ去るのを待った。

不可解な状況に戸惑うライダー達。しばらくすると、気味の悪い気配が過ぎ去り、

艦娘達も耳から手を離した。ゆっくり立ち上がる足柄。

 

「やっぱり、“あれ”が危機を感じているのかしら……」

 

足柄がつぶやいた謎めいた言葉について手塚が尋ねた。

 

「“あれ”ってやっぱり艦娘を転生させている物体のこと?」

 

「そうです。あれが沈んだ艦娘の思念を時々拡散しているのです」

 

「思念?なにか具体的なメッセージはあるのかな」

 

「はい。いつも同じ内容です。“カエリタイ”、と」

 

「俺達には聞こえなかったけど、多分ミラーモンスターが現れた時の反響音のように、

特定の存在にしかキャッチできない性質のものなんだろう」

 

手塚が謎の波動について、わからないながらも可能性に言及した。

 

「提督方には聞こえなかったのですか?」

 

「ああ、俺達にはさっぱりだよ。嫌な寒気は感じたけど」

 

北岡は腕をさすってみせた。そして、再び加賀が口を開く。

 

「今、MI海域に行くのは無謀だと考えます。

きっと、あれの力を求めて深海棲艦になった無数の艦娘が集まっているはずです。

生半可な戦力では死に物狂いの彼女たちに対抗できないかと」

 

「ほう?面白そうじゃねえか……」

 

「駄目よ!あの海域はあんたが攻略した特別海域を上回る危険海域!

死ににいくようなものよ!」

 

「そうじゃねえ」

 

「え?」

 

浅倉の意図が読めない足柄。

 

「さっきの変な奴が来た時になんとなく感じた。……もうすぐここに獲物が来るぜ。

俺はそいつらと遊ぶ」

 

「獲物って、なんだよそれ!」

 

「城戸提督。浅倉提督の言うとおり、貴方達に自らの存在を知られたことで、

“あれ”が危機を察知し、皆さんの排除に動き始めました。

あれは、艦これ世界の中心核でもあり、ミラーワールドの柱でもある。

ゲームを終わらせられるのを、恐れているのです」

 

浅倉が動物的直感で感じ取った事実を、加賀が説明した。

 

「待って加賀さん、どうしてMIの物体がなくなると、艦これがなくなるの?」

 

「艦隊これくしょんそのものが消えてなくなるわけではありません。

でも、ミラーワールドが閉じられれば、皆さんは現実世界に強制転送され、

艦これに生きた人間が介入することはなくなってしまいます。

それは、また天から送られる司令に従うだけの

元の無機質なゲームに戻るということ。

“彼女たち”もまた、人間と、関わりたいのです」

 

「でも、俺達殺したら結局同じじゃん!なんか矛盾してるよ!」

 

「いいえ。あれは貴方達を殺した後、次の人間を待ち続ける。いつまでも、何度でも」

 

浅倉以外のライダーが思わず黙り込む。初めて知った艦娘達の意外な宿命、

(恐らくだが)コアミラーの存在。

ライダー達を抹消してでも人と関わりたい、必要とされたい。

その恐るべき執念が生み出す艦娘達の悲しい輪廻。皆、受け入れるのに時間がかかった。

しばらく一同が黙り込んでいると、その静寂を携帯の音が破った。真司の携帯だった。

 

「あ、ちょっとごめん。……はい、城戸ですけど」

 

“提督、大変だ!鎮守府に敵襲!深海棲艦の艦隊に、恐らくミラーモンスターの大群!

直ちに出撃許可を!”

 

声の主は長門だった。緊急事態発生に真司は携帯をハンズフリーモードにし、

机に置いて指示を出した。皆、二人のやり取りに聞き入る。

 

「わかった、提督権限で全艦娘に出撃許可を出すから!俺達が行くまで持ちこたえて!」

 

“了解!しかし……深海棲艦はどうにかするとして、

ミラーモンスターの方は以前手塚提督や北岡提督と戦ったものより強化されている!

飛行能力を備えているから十分に気をつけて欲しい!”

 

「うん、すぐ行くから待ってて!それじゃ!」

 

そこで通話は終了、全員立ち上がり戦闘準備に入る。

 

「やっぱりコアミラーっぽい奴は俺達に生きててほしくないらしいね。

まったく、人間が欲しいのか要らないのかはっきりしてよね」

 

軽口を叩きながら飛鷹を連れて退室する北岡。

 

 

ピィン…… パシッ!

 

手塚はメダルを指で弾いて手の甲に押し付けた。そして、手をどけ裏表を見る。

 

「険しい道のりになる。だが、乗り越えられない試練じゃない。……行こう、漣」

 

だが、出発しようと席を立った手塚の袖を漣が引っ張った。

彼女が今にも泣きそうなほど思い詰めた表情で彼を見ている。

 

「どうしたのかな」

 

「ご主人様ぁ……漣は、漣は大丈夫ですよね!?

深海棲艦になったりしないですよね……?」

 

手塚は漣の肩に両手を当てて告げる。

 

「心配しないで。初めて君と会ったときにも言ったはずだ。

占いしか取り柄がない俺は真剣に君を選んだ。俺と君は強い運命で結ばれている。

最後まで共に戦うという強い絆だ。

仮に君がどんな存在になったとしても、その絆は決して砕けない」

 

「……はい、ご主人様!」

 

そして、二人はホールの出入り口へと走っていった。

 

 

「来たぜ来たぜおい!ハハハハ!!」

 

「待ちなさいコラァ!また一人で勝手に暴れる気でしょう!」

 

王蛇は足柄を置いてけぼりにし、全速力で本館へ向かっていった。

椅子に足をぶつけながら慌てて追いかける長門。

 

「あたたた……本当にあいつはもう、待ちなさーい!」

 

凸凹コンビも慌てて出撃していった。

 

 

そして残った真司と蓮達。

 

「行こう、俺達も!」

 

「ああ。……加賀、何をしている。お前も来るんだ」

 

「えっ……?」

 

自分に声がかかると思っていなかった加賀は一瞬戸惑った。

 

「私を、連れて行ってもいいの?深海棲艦だった私を。ずっと黙ってた私を。

また深海棲艦になるかもしれない私を……」

 

「道行く者に、身の上話をしなきゃならん決まりでもあるのか。

それに、もしお前が正気を失ったとしても、その時は俺が腹に穴を空けてやる。

あの日の約束通りな」

 

「……わかった。わかったわ、行きましょう!」

 

「司令官……!」

 

加賀は吹雪と共に、黒革のコートを翻して去っていく蓮を追いかけた。

彼女の目尻には小さく光るものがあった。

その様子を見ていた真司が、三日月と連れ立って本館へ向かおうとした。

 

「俺達も行こう、三日月ちゃん!」

 

「はい!主砲も艤装もバッチリです!」

 

「それじゃあ、俺も!」

 

真司はカードデッキを取り出し、姿が映り込む窓ガラスにかざす。

窓ガラスと真司の腰に変身ベルトが現れる。そして、右腕を大きく斜めに振り上げると、

 

「変身!」

 

バックルにデッキを装填。三方向から現れた輝くライダーの姿が身体に重なり、

仮面ライダー龍騎に変身した。

 

「お待たせ!俺達も戦うんだ!」

 

「わかりました!」

 

 

 

 

 

──鎮守府正面近海

 

 

その頃、鎮守府近海では出撃許可が下りた艦娘達が、

総出で深海棲艦の迎撃に当たっていた。普段戦っている敵とは明らかに異なっていた。

陣形もなにもあったものではなく、亡霊のように鎮守府を求めて、

砲撃を受けようが魚雷が刺さろうが、考えなしに撃ち返し、ひたすら前に進み続ける。

 

「ちくしょう、いつにも増して不気味な連中だな!喰らえ!」

 

天龍が放った14cm単装砲が敵軽巡洋艦に命中。左舷をえぐる。

だが、致命傷に近いダメージを受けてもなお、体をジタバタ動かして前進を止めない。

やがて、出血量が限界に達した巡洋艦は海に沈んでいったが、

最後まで鎮守府に体を向けたままだった。その不気味な最期に天龍もぞっとした。

 

「こいつら、一体なんなんだよ、おい!」

 

 

 

「駆逐艦のみんな下がってネー!戦艦は金剛にお任せ!バーニング、ラァァブ!!」

 

金剛は難敵の戦艦レ級に41cm連装砲を叩き込む。

砲声が轟き、比較的近距離にいたレ級に二発共直撃。

しかし、金剛の砲撃で右腕を失った彼女は、残った左腕を前に伸ばし、

パクパクと口を動かすだけだ。唇を読むとやはり、“カ・エ・リ・タ・イ”。

いつものヘラヘラした顔は鳴りを潜め、必死の形相で鎮守府に向かって突き進む。

 

「ここから先には行かせないヨ!」

 

金剛がレ級の行く手に立ちはだかると、レ級は凄まじい憎しみを込めて彼女を睨み、

全装備を一斉発射。

 

“アアアアアア!!”

 

大口径砲、魚雷、爆撃機。手当たり次第の猛烈な火力が彼女に襲いかかる。

金剛は対空機銃で爆撃機を迎撃し、魚雷の航跡を読み、砲弾の軌道を読んで回避に集中。

だが、憎しみに囚われ計算のない攻撃はかえって読みづらく、

魚雷は回避できたが、打ち損じた爆撃機の爆弾を食らい、砲弾を1発受けてしまった。

 

「うぐぅっ……!!」

 

中破レベルまでダメージを受け、美しい白の和服が焼け焦げる。反撃しなければ。

相手は正気を失っている。いや、もともとそんなものなどないのかもしれないが、

とにかく速やかに撃沈しなければ。その時、自分を呼ぶ声が複数。

 

“おねーさまー!!”

 

妹達だった。比叡、榛名、霧島が駆けつけてきた。

3人は金剛と合流すると、戦闘に加わった。

 

「オー、助かったよ、マイシスターズ。帰ったらキスしてあげるヨ……」

 

「呑気なこと言ってる場合じゃないよ、姉様!」

「この深海棲艦達、明らかに異常よ。

鎮守府じゃなくて、他の何かを求めてるような……」

「とにかく!まずはあれを撃沈するのが先決でしてよ、お姉様方!」

 

4人が喋る間もレ級は鎮守府を目指す。相手の増援のことなど目に入ってないらしい。

相変わらず瞬きもせずまっすぐに鎮守府を見据えて前進している。

 

「みんなー!今よ!目標敵戦艦、ファイヤー!」

 

“応!!”

 

そして、4人は片腕のレ級に主砲を発射。砲口から、

炎、衝撃波、硝煙、焼け残った火薬、そして真っ赤に燃える砲弾が噴き出される。

合計8門の41cm連装砲から放たれた鋼鉄の牙がレ級に食らいつき、

その戦艦を名乗るには小さな体を食いちぎっていった。そして、命中弾が爆発。

レ級は完全に粉砕された。……だが、それでもなお、

海に揺られる千切れた左手が鎮守府の方を向いていたのは

偶然なのか彼女の執念だったのかはわからない。

 

 

 

“ああ…やだ…まだ、おわりたくない……わたし、かんむす、ていとく、にんげん……”

 

両腕を前に出しながら、よろよろと歩いてくる一人の駆逐古姫。

以前浅倉に惨殺された姉妹の片割れがコアミラーに再生され、

虚ろな目とおぼつかない足取りで、鎮守府というより

そこで戦っているライダーを目指して一歩一歩進んでいた。

そんな彼女に立ちはだかる艦娘が一人。大和だった。

深海棲艦、そして艦娘にしかわからない言葉を繰り返す彼女に呼びかける。

 

「可哀想に……きっと、あなたもかつては私達の誰かだったんでしょう。

でも、今の姿ではあなたを迎えることはできないの。ごめんね。ごめんね……」

 

“うああああああ!!”

 

鎮守府は目の前。行く手を邪魔する大和に殺意を爆発させる駆逐古姫。

全砲門、魚雷発射管を開き、持てる力全てを彼女に放った。

酸素魚雷が迫り、5inch連装砲弾が襲い来る。

しかし、大和は両脇に備えた最強の46cm砲を発射。

要塞と見紛うばかりの艤装から放たれた砲弾と衝撃波が魚雷を海面ごとえぐり取り、

口径で圧倒的な差がある砲弾を跳ね返した。

そのまま勢いを殺すことなく、46cm砲弾は駆逐古姫に食いつき、左腕の砲を弾き飛ばし、

右足をちぎり取った。

 

“いた、い……いかなきゃ……もどらなきゃ……”

 

片足を失っても鎮守府に帰ろうとすることやめない。

そんな彼女を大和は悲痛な面持ちで見つめる。そして、主砲弾を再装填。

 

「ごめんなさい。今はまだできないけど、いつの日か、きっとまた、逢いましょう……」

 

そして、轟音。体の下3分の2を失い、命が尽き果てようとしている駆逐古姫。

大和は膝を折ってその場に座り、彼女の頭を足に乗せた。そして、優しく頭を撫でる。

 

“かえりたい……かえりたいよ……”

 

「大丈夫、必ずまた帰ってこれるから。今は、おやすみなさい……」

 

“あー……”

 

大和が子供を寝かしつけるように、優しく語りかけると、

駆逐古姫の体は静かに海の中へ沈んでいった。

やがて、その姿が濃紺の深海に消え去っても、彼女はしばらく立ち上がらなかった。

 

 

 

 

 

──鎮守府前広場

 

 

そして、地上でも死闘が繰り広げられていた。

本館前広場はもとより、陸全体にミラーモンスターが飛び回っている。

艦娘達も対空砲火を繰り返しているが、シアゴーストと同じく、

いくらでも湧いてくる敵に弾薬も戦力も足りていない状況だった。

そこにようやく、多目的ホールから来る途中、既に変身していたライダー達が到着、

戦闘を開始。

 

不気味なトンボ型ミラーモンスター・レイドラグーンが

空を埋め尽くすほど大量に飛び回っていた。

人間型の体が、後部のトンボ型の体と頭部を共有しており、その羽根で飛行している。

龍騎とナイトは力を出し惜しみせず、すかさず“SURVIVE”をドロー、

各々変形したバイザーにカードを装填し、サバイブ体に変身した。

 

「この野郎!お前らにみんなの世界を渡してたまるかよ!」

 

龍騎サバイブはドラグバイザーツバイで空中の敵を狙い撃ち、

 

「馬鹿と何とかは高いところが好きだというが、本当らしい」

 

ナイトサバイブはカードをドロー、ダークバイザーツバイに装填した。

 

『SHOOT VENT』

 

ダークバイザーツバイの両脇が展開し、ボウガン状の武器・ダークアローに変形。

太陽光を凝縮した青白い矢をレイドラグーンに放つ。

 

ギャウウウ!!

 

サバイブ化したライダー達の銃撃を食らい、悲鳴を上げて墜落するレイドラグーン。

だが、何ぶん数が多すぎる。殲滅には相当な時間が掛かる。

龍騎は少し離れた場所で戦っていたゾルダに呼びかけた。

 

「北岡さん!北岡さんのファイナルベントでこいつら全部ぶっ飛ばせない!?」

 

「無茶言うな!艦娘達がここいら全体に散らばってるんだ!みんな巻き込んじゃうよ!」

 

「くっそお……」

 

龍騎は空と地上を見て改めて戦況を確認する。

ゾルダは強力な両手持ちの砲による対空砲火で一撃必殺に徹している。

王蛇はベノサーベルで地上に近い敵を斬り、突き刺している。

ライアはエビルダイバーで空を舞いながら、高圧電流の流れる鞭を振るい、

一度に複数体を焼き殺している。

 

「よし、俺が一気に……!?」

 

龍騎がファイナルベントを放とうとした時、ある疑問が頭をよぎる。

コアミラーが、人間を求めているとしたら、もしかしたら……!?

 

「ねえ三日月ちゃん!」

 

龍騎は、12cm単装砲で懸命に上空の敵と戦っている三日月に祈る気持ちで叫んだ。

 

「なんでしょう!」

 

「みんなは検索エンジンでいろんなこと調べられるんだよね!?」

 

「そうですが何か!?」

 

「日本のニュース検索して!2013年の今のニュース!

ひょっとしたら現実世界にもミラーモンスターが侵入してるかもしれない!」

 

「はっ、そうでした!今すぐ!」

 

三日月は目を閉じ、意識を集中してネットワークに接続、

単に「ニュース」という単語を検索。そして、残酷な結末を告げる。

 

「真司さん、大変です!ざっと見出しを見ただけでも、

“あれから10年、復興の兆し見えず”!

“日本の首都、謎の生命体の攻撃により大阪に移転”!

“東京封鎖による経済的損失は天文学的数字に上る”!

明らかに2002年の現実世界にミラーモンスターが現れたことを示しています!」

 

「ええっ!くそ、どうすりゃいいんだよ!」

 

目の前には敵の大群に苦戦する仲間達。

そして同じく現実世界になだれ込んだレイドラグーン。どちらを救出に向かえばいい!?

苦悩する龍騎。だが、そんな彼を叱咤する声。

 

「なにをボサッとしている!その未来が嫌ならさっさと現実に戻れ!」

 

「蓮!」

 

「こっちにはライダーが山ほどいる!だが向こうには霧島と佐野しかいない!

ここは俺が引き受ける!お前は向こうでミラーモンスターを殲滅しろ!」

 

「真司さん、行ってください!私達を、信じて!!」

 

「みんな……すぐ戻る!」

 

三日月の励ましも得て、決意した龍騎は本館に乗り込み、

執務室の01ゲートに飛び込んだ。

 

 

 

 

 

──ダミー鎮守府

 

 

同時刻、この廃墟にもレイドラグーンが押し寄せていた。

優衣は神崎の後ろで、広い厨房の隅でうずくまっていた。

神崎にもこの状況が理解できず、ただ優衣を庇うことに必死だった。

 

「何故だ!何故ミラーモンスターを制御できない!」

 

ウォオオオン……!!

 

その時、厨房のドアを破り、レイドラグーンの群れが乗り込んできた。

 

「オーディン!!」

 

瞬間移動で現れたオーディンが、すかさず強力な拳をミラーモンスターの頭に叩き込み、

腐ったトマトのように潰し殺した。だが、なおも四方からレイドラグーンが襲い来る。

オーディンはカードをドロー、左手で異次元から錫杖を取り出し、装填。

カバーを上げた。

 

『SWORD VENT』

 

オーディンの両腕に黄金の剣が現れる。彼は瞬間移動を駆使して、

神崎兄妹に近いレイドラグーンから一撃で真っ二つにしていく。

絶大な力を持っていても体は一つ。彼は計算しながら効率よく敵軍を切り捨てていく。

 

キャオオオオ!

 

一体のミラーモンスターが優衣達に襲いかかるが、

オーディンが移動した後に舞い散った黄金の羽根に触れる。

無数の羽根は触れた瞬間小爆発を起こし、レイドラグーンの体を粉砕した。

神崎はただ優衣を抱きしめ、優衣もまた神崎を抱き返す。

 

「お兄ちゃん……」

 

「心配はいらない、必ずお前を助ける、絶対こんなところで終わりにはしない!!」

 

オーディンは二人を守るために、ただ戦い続ける。だが、流石に手数が足りないのか、

屋内に侵入する数を減らす作戦に出た。再びカードをドロー、錫杖を呼び出し、装填。

 

『ADVENT』

 

すると、彼らからは見えなかったが、本館上空に、

金色に燃え上がる不死鳥・ゴルトフェニックスが飛来した。

華麗で勇壮なその姿に、レイドラグーンの群れは思わず恐れおののく。

ゴルトフェニックスが大きくひとつ羽ばたくと、上空が凄まじい炎に包まれ、

ミラーモンスター達が完全に炭化し、砕け散った。

本館を覆っていた大群が一気に数を減らす。

 

そして、逃走を始めた生き残りに向け、輝く炎を吹き付けた。

不死鳥の炎を浴びたレイドラグーンは、やはり完全に炭人形になり、

パラパラと地上に堕ちていった。

 

屋内では、ゴルトフェニックスの援護もあって、ようやく敵の増援が止まり、

残った敵の始末をするだけとなった。

 

「ふん!!」

 

やはり数だけを頼みにしていたレイドラグーンは、

オーディンの瞬間移動について行けず、ただただ一方的に斬り殺されるだけだった。

そして、最期の一体の胴を貫き、とどめを刺すと、ようやく喧騒が収まった。

神崎が調理台に手を付きながら立ち上がる。

 

「はぁ…はぁ…奴らが現れたということは、

世界の終わりが近づいているということなのか……?」

 

「そうとしか考えられない。奴らは、現実世界へ飛び立とうとしていた」

 

「それで……邪魔になった俺達を始末しようと!」

 

「お兄ちゃん……」

 

その時、優衣が床に座りながら息を切らせる神崎に呼びかけた。

 

「もうやめよう?たくさんの人傷つけて、お兄ちゃんもそんなに苦しんで。

私、そんな風にお兄ちゃんに助けてもらっても嬉しくないよ……」

 

「だめだ優衣、まだ諦めるな!お前の誕生日までは半月以上ある!

オーディンもいる!絶対にお前を守ってくれる最強のライダーだ!

オーディンがいる限り、お前は必ず幸せになれる!」

 

優衣は涙を流しながらただ首を振る。神崎はひざまづいて優衣の両腕に手を当てる。

 

「泣くな優衣。俺はお前の人生を守ってみせる。そのための新しい命。

それが、俺からのクリスマスプレゼントだ」

 

そして、優衣を優しく抱きしめた。絶望と希望を抱きながら、たった二人きりの家族は、

廃墟の片隅で寄り添い合っていた。

 

 

 

 

 

──TEA 花鶏

 

 

ヴォン!

 

パソコン画面から出た龍騎は、急いで階段を駆け下りる。

沙奈子が突然現れた妙な格好の人影に悲鳴を上げた。

 

「キャア!誰なのあんた!」

 

龍騎も変身したままだということに気づいた。

 

「ああ、おばさん、俺だよ俺!真司!ちょっとわけあってこんな格好してるけど」

 

「真ちゃんなの……?ああびっくりした。脅かさないでよ、ただでさえ大変な時に!」

 

声でどうにか判別できた沙奈子。しかし、龍騎は安心してもいられない。

 

「大変な時って、変な化け物が出てたりすること?」

 

「そうなのよ~。自衛隊も出動してすごい騒ぎになってるのよ、

真ちゃん私どうしたらいいの?」

 

「とにかく、テーブルの下に隠れて。絶対外に出ちゃだめだ。

俺、ちょっと行く所あるから!本当出ちゃだめだからね!」

 

「行くってこんな時にどこ行くのよ!……ああ、行っちゃった」

 

龍騎は道路に出ると、カードを1枚ドロー、ドラグバイザーツバイに装填した。

 

『ADVENT』

 

ガオオオオオ!!

 

ドラグランザーが次元の壁を破って大空に舞う。

時間が惜しい龍騎は、両足に力を込めて直接飛び乗った。

空から周囲を見回すと、ビル群の辺りに黒い点が集まっている。

ライダーの視力で拡大して見ると、やはりレイドラグーン。

自衛隊が87式自走高射機関砲や10式戦車で応戦しているが、

ミラーモンスターの装甲に歯が立たないようだ。

 

「あそこだ、行け、ドラグランザー!」

 

龍騎サバイブはドラグランザーに命じて、敵軍へ一直線に飛んでいった。

 

 

 

 

 

──渋谷上空

 

 

時速900kmのドラグランザーの飛行速度で、

あっという間に目的地にたどり着くことができた。だが、現場は既にパニック状態だ。

あちこちで悲鳴が聞こえ、自衛隊の装備と思われる発砲音が轟く。

 

“現在渋谷方面で正体不明の攻撃者と自衛隊が交戦中です、

付近住民の皆さんは警察の指示に従い……”

 

“こちら渋谷警察です。自衛隊の特殊車両が通行します。直ちに車を脇に停止し……”

 

何台ものパトカーが避難と車両の整理を呼びかけながらゆっくりと走っている。

龍騎はドラグランザーに敵軍の中心に突っ込ませた。

 

「ドラグランザー、とにかく敵を減らすんだ!」

 

そして自分は渋谷の中央に飛び降りる。

無数の乗り捨てられた自動車に加え、既に自衛隊の車両が何台も止まっているが、

効果がなく放棄されたのか、隊員の姿は見えなかった。

重機関銃を搭載した装甲車はズタズタに切り裂かれ、

高射砲は砲身を捻じ曲げられていた。

すると、レイドラグーンが群がっている1両の戦車が目に入った。

ミラーモンスターの鳴き声に混じって、人の声が聞こえる!

 

“こちら1616!至急応援乞う!繰り返す、現在敵に包囲されている!救援願う!”

 

中にまだ隊員がいる!

レイドラグーンはその鋭い鉤爪で戦車の装甲をガリガリと引き裂いている。

急がなければ隊員が危ない。龍騎は考えるより先に、

ドラグバイザーツバイでレイドラグーン達を狙い撃った。

突然後ろから強力なレーザーを食らい、戦車から放り出されるミラーモンスター。

 

上空ではドラグランザーが、高層ビルの周りを飛ぶレイドラグーンに

炎で攻撃を繰り返している。

そちらを放っておくわけにもいかない、ビルの中にも逃げ遅れた人がいるかもしれない。

龍騎はカードをドロー、装填した。

 

『SWORD VENT』

 

ドラグバイザーツバイに内蔵された刃が展開し、一振りの剣・ドラグブレードになった。

 

「うおおおお!」

 

龍騎は戦車の周りにいるレイドラグーンに斬りかかった。

まず、後ろ向きに倒れた個体に刃を振り下ろし、胴を両断。

小さな呻き声を上げて動かなくなる。一体撃破。

続いて後ろから迫る2体の片方の腹を蹴って距離を取り、もう片方に刃を叩きつける。

頭をかち割られ、声も上げずに絶命。

間髪を入れず、今よろけさせた1体に何度も斬撃を浴びせる。

反撃しようとした右腕を切り飛ばし、左肩から袈裟懸け斬りを入れ、

胴を横に薙ぎ、最後に突きで急所を貫いた。

 

ゴボッゴボゴボッ……

 

体液を吐きながら3体目がジタバタしながら動きを止めた。

だが、次の瞬間、上空から急降下したレイドラグーンに鉤爪の攻撃を食らってしまった。

 

「ぐあっ!」

 

とっさに腕で防御したので、大きなダメージには至らなかったが、

ドラグブレードを振り回しても、高所を飛び回るレイドラグーンに上手く当たらない。

周りを見ると、多数の敵に取り囲まれている。のんびりしてはいられない。

早くしなければ戦車を破壊される。しかし、“FINAL VENT”を放とうにも、

戦闘中のドラグランザーを呼び戻すわけには行かない。その時。

 

『SPIN VENT』

 

「はぁっ!」

 

ギュルルル!!

 

システム音声と共に、茶色の影が龍騎の上を舞っていたレイドラグーンに飛びかかり、

右腕のドリルを突き刺した。

一対の細身のドリルで頭をくり抜かれたレイドラグーンは即死。地上に落下した。

茶色の影はスタッと着地。それは、二本角が特徴のライダーだった。

 

「お前、佐野か!?」

 

「お久しぶり、先輩!」

 

影の正体は仮面ライダーインペラーだった。

 

「なんで、ここに……」

 

「約束したでしょー、外のモンスターはなるべく倒すって。

俺、もう金儲けする必要なくなったんだけど、いざ金持ちになると

なんか退屈なんですよね。

今度はちょっとくらい人のためになんかしてみようかなーなんて」

 

「お前……見直したよ!」

 

「褒めても一万円くらいしか出ませんよ。それより、まだ安心はできないみたいですよ」

 

確かに、まだ周囲は敵だらけ。増援が来たのは心強いがまだ不利な状況に変わりはない。

 

「じゃあ、とりあえず数を減らしますか」

 

インペラーは右足を上げ、左手でカードをドロー、右脛のガゼルバイザーに装填した。

 

『FINAL VENT』

 

「さあ、来い!」

 

インペラーが全力のファイナルベントを放つと、

無数のガゼル型モンスターの軍勢が現れる。

 

「行け!」

 

インペラーの号令でモンスター達が突撃する。渋谷のスクランブル交差点で

レイドラグーンの群れとインペラーの契約モンスター達が激突。

飛び跳ねながら槍やブレード状の角でレイドラグーンに攻撃を仕掛け、

次々に撃破していく。

インペラー側のモンスターもレイドラグーンの反撃で数を減らしていくが、

物量の多さでは引けを取らず、全滅には程遠い。

 

広く長い渋谷の道路を目一杯使い、並み居る敵を刺し殺し、蹴り殺し、斬り殺す。

契約モンスター達の攻撃が終わると、

インペラーが突然の襲撃に戸惑っていた一体に狙いを定め、

飛びついて強力な飛び膝蹴りを食らわせた。

脳を潰されたレイドラグーンは、力なく地に堕ち、爆発した。

 

「すっげえ!頼りんなるな、お前のモンスター!」

 

「いやあ、それほどでも、やっぱりあるかな~……

なんて冗談言ってる場合じゃないっすかね?」

 

「ああ。まだ、終わりじゃない……」

 

地上の敵はインペラーのドライブディバイダーで粗方片付いた。

しかし、空の敵は殆ど減っていない。ドラグランザーも奮闘してくれているが、

やはりこの数に苦戦しているようだ。

このままでは、戦車の乗員を出すわけにはいかない。

 

 

「なにを突っ立っているの!敵はまだいるのよ!」

 

 

その時、空から女性の声が聞こえた。目をやると、驚くべきものが。

巨大な白鳥がこちらに向かって飛んでくる。

そして、白鳥から白い甲冑のようなアーマーに身を包んだ姿が降り立った。

彼女は着地すると、龍騎達の元へ駆け寄った。

 

「久しぶりね。あなたは……見ない顔だけど」

 

「え、おたくも仮面ライダー?俺、こういう……あ。今、名刺出せないや」

 

「ほら、前に言ったじゃん。一人でミラーモンスターと戦ってる女の子がいるって」

 

「なるほど!それじゃあ、おたくも先輩ですね!」

 

「呑気におしゃべりしてる場合じゃないわ、何をまごまごしているの?」

 

「俺達のカードじゃ、空飛んでる奴攻撃できなくて困ってるんだ!」

 

「さすがに俺の足でも、あのビルの上まではジャンプできないよ」

 

「そういうこと。任せて」

 

ファムはカードをドロー、ブランバイザーに装填した。

 

『FINAL VENT』

 

クアァァーーーッ!!

 

ファムの契約モンスター・ブランウィングが勇ましく美しい雄叫びを上げると、

一気に高高度に飛び立ち、ビルの上でひとつ羽ばたいた。

ブランウィングの翼が猛烈な突風を起こし、

空を飛んでいたレイドラグーンを地上へ吹き飛ばした。

そして、ファムが装備していた長い薙刀状の武器・ウイングスラッシャーを

軽々と振り回し、飛んできたレイドラグーンを次々と真っ二つにしていく。

 

「はぁっ!とうっ!ふんっ!やぁっ!」

 

刃から逃れたレイドラグーンたちも思い切り地面に叩きつけられる。

ファムのファイナルベント「ミスティースラッシュ」で龍騎に好機が生まれた。

 

「今よ!」

 

「サンキュー、美浦ちゃん!ドラグランザー、行こうぜ!」

 

空の敵が墜落した今がチャンス。

龍騎は必殺のカードをドロー、ドラグバイザーツバイに装填。

 

『FINAL VENT』

 

すると、ドラグランザーの体から鏡の破片がはじけ飛び、バイクモードに変形を開始。

顔面を覆うガード。胴と尾からタイヤが出現。尾を折りたたみ巨大なバイクになった。

龍騎は両足に力を込め、全力でジャンプ。変形したドラグランザーに飛び乗る。

そして、ウィリー走行してドラグランザーの首を前方に向けた。

 

ドラグランザーは巨大な火球を連発し、地面で立ち上がろうとしていた

レイドラグーンを火だるまにし、とどめにそのスピードと重量で体当たり。

ドラゴンファイヤーストームで全ての敵を粉砕した。

敵の全滅を確認した3人は交差点中央に集まった。

 

「2人とも、ありがとう!俺だけじゃ、どうにもなんなかった!」

 

「別にいいですよ先輩。俺、お金の次は名声?ってもんが欲しくなっちゃって。

人助けもそのうちっすよ」

 

「お前なぁ……東條みたいに英雄になりたいとか勘弁な」

 

「“そっち”はどう?鳳翔さん元気?」

 

「うん、美穂ちゃんが新しい人生見つけたって喜んでたよ」

 

「そっか……また会いに行こうかな」

 

「鳳翔さんも喜ぶよ……っていっけねえ!」

 

龍騎は戦車に近づき、車体をゴンゴンと叩いて中の乗員に呼びかけた。

 

「すいませーん!もう化け物いなくなったんで、出てきても大丈夫ですよ!」

 

すると、ハッチが開き、自衛官が周囲を確認しながらぞろぞろと出てきた。

皆、龍騎達の姿に驚いているようだ。

 

「あの化け物は……君たちが倒したのか?」

 

「ええ、まあ」

 

「ともかく、救援には感謝するが、一体君たちはどこの部隊だ?」

 

「え、どこって言われても。う~ん、俺の場合はOREジャーナル……ってそうだ!

編集長達どうしてんだ!?こうしちゃいられない、じゃあ俺達はこれで!」

 

「あ、待ちたまえ君!」

 

龍騎は編集部のある方へ走り去っていった。

自衛官はあっけに取られて見ていたが、今度はファムとインペラーに目を移した。

何か話しかけられそうだったので、二人共早々に退散する。

 

「面倒なことになりそう、それじゃ、用は済んだし私は帰るわ」

 

「カッコよく名乗ってヒーローになるのも良さそうだけど、

ミラーワールドのこととか説明面倒くさそうだし、俺もかーえろっと」

 

ファムもインペラーも、ライダーの脚力で建物から建物へジャンプを繰り返し、

あっという間にその場から去っていった。残された自衛官達は首を傾げるしかなかった。

 

「陸自にあんな装備あったか?」

 

そして、彼らの上を一つの影が通り過ぎていった。

 

 

 

 

 

──OREジャーナル編集部ビル前

 

 

「押さないでくださーい!落ち着いて順番に乗車してください!」

 

龍騎が編集部のオフィスが入っているビルにたどり着くと、

ビルの前に陸上自衛隊のトラックが停まっていた。

恐らく民間人を避難所に移動させるのだろう。龍騎は思わず声を上げる。

 

「編集長―!令子さーん!待ってー!」

 

だが、声を上げてから気づいた。変身したままだ。

 

”真司?無事だったのか!”

 

声に気づいた大久保達が自衛官の制止をふりきり、トラックから出てきた。

 

「携帯繋がらねえし、心配かけやが……だだだ、誰だお前!?」

 

声の主が一般人にとってはあまりに珍妙な格好をした男だったので驚く大久保。

しかし、次の瞬間、令子が声を上げる。

 

「危ない、後ろよ!」

 

「えっ?」

 

ガオォン!!

 

シアゴーストの生き残りが、龍騎に後ろから思い切り鉤爪で斬りつけた。

 

「がああっ!」

 

不意打ちのダメージで、変身が解けてしまった。

現れたのはブルーのジャケットを着た見慣れた青年。打ちのめされる大久保と令子。

真司も事の重大さに気づくが、今はそれどころではない。

 

「編集長、令子さん、逃げて!」

 

真司はシアゴーストに裏拳と蹴りを食らわせ、

なんとかビルの壁面の素材になっているガラスにデッキをかざす。

そして、右腕を思い切り斜めに振り上げ、

 

「変身!」

 

そして、腰に現れたベルトのバックルにデッキを装填。

身体に3つの鏡像が重なり、龍騎に変身……大久保達の目の前で。

皆、逃げるべきなのだが、驚きのあまり身動きが取れない。

 

「なにやってんすか、早く逃げて!」

 

龍騎はシアゴーストの足を掴み、ガラスの壁に強引に引っ張り込んだ。

鏡の中の世界、ミラーワールドへ。全ての疑問の答えを得た大久保達。

なおもその場に立ち尽くしていると、自衛官にトラックに乗るよう指示された。

彼も不可解な現象を見て驚いているのだろうが、任務を優先した。

 

「さあ、ここも危険です!早くトラックに乗って!」

 

「え、ああ、はい……」

 

「定員乗車確認!発車!」

 

「了解、発車する!」

 

運転席の自衛官がエンジンを掛けると、トラックは避難所へ向かって走り出した。

 

 

 

「うあっ!」

 

ミラーワールドに飛び込んだ仮面ライダー龍騎こと城戸真司は、

最後のシアゴーストと戦闘に入った。しばらく“SURVIVE”は使えない。

だが1対1なら通常フォームでも問題ない。

シアゴーストが両腕の鉤爪を構えて走り寄って来る。今度こそ決着を着ける!

龍騎はカードをドロー、ドラグバイザーに装填。

 

『FINAL VENT』

 

龍騎は両腕を前方に突き出し、左から右に振りかぶる。

そして、腰を落としながら構えを取り、両足で空高くジャンプ。

体をひねりながら縦に一回転。

そしてドラグレッダーが後方から激しい炎を吹き付けると、

蹴りの姿勢を取っていた龍騎は、そのままシアゴーストに向かって突進。

燃え盛る火の矢と化した龍騎は一直線に蹴りを浴びせた。

ファイナルベント・ドラゴンライダーキックが命中し、シアゴーストは爆散。

今度こそ敵は全滅した。

 

「ふぅ……」

 

龍騎がミラーワールドから戻ると、トラックは既に走り去った後だった。

とりあえず現実世界の危機は去った。しかし。

 

「編集長達になんて言えばいいんだろう。

“実はわたくし、仮面ライダー龍騎という者です”。ありえねー。

“いや~実は俺、仮面ライダーだったんすよ~”。無理だよな、

こんな大事になってんのに……」

 

真司は自らの生きる世界を守ることはできたが、日常を守ることはできるのか。

言い知れぬ不安を抱えることになってしまった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話 Show Must Go On

──OREジャーナル編集部

 

 

大久保達に仮面ライダーとしての正体を知られてしまった真司、

またの名を仮面ライダー龍騎。しかし、立ち止まってはいられない。

すぐに艦これの世界に戻り、皆の無事を確かめなくては。

龍騎はオフィスに駆け込むと、自分のパソコンを立ち上げ、艦これにログインした。

すぐに体が霧状になり実体を失い、ゲームの世界へ吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

──城戸鎮守府

 

 

ヴォン!

 

龍騎が執務室へ降り立つと、中は窓ガラスがすべて割れていた、

というより外から枠ごと引き剥がされたように、全てなくなっていた。

ミラーモンスターの攻撃なら内側に割れていなければおかしい、

 

「何があったんだ……!?」

 

真司の心に不安がよぎるが、それは後ろから掛けられた声で消し飛んだ。

 

「真司さん!」

 

ドアを開けた三日月だった。心底安堵した龍騎は、思わず彼女を抱きしめる。

 

「あっ……真司さん」

 

「よかった、本当によかった……」

 

三日月もそっと抱き返し、龍騎に告げた。

 

「もう、大丈夫です。こっちのミラーモンスターも、深海棲艦も、

提督方や艦娘のみんなで力を合わせて撃退しました。

特に、浅倉提督が召喚した怪獣みたいなモンスターが、

ミラーモンスターを地面や外壁ごと吸い込んでくれたので、

艦娘全員が深海棲艦迎撃に当たることができました」

 

「怪獣?」

 

「はい、浅倉提督のカードで、手塚提督の契約モンスターまで合体させて、

1体のモンスターにしたんです。

急に艦娘を全員撤収させるようにおっしゃるので、

何かと思えば3体のモンスターが融合したような存在が彼のそばに。

みんなの避難が終わると、それが胸を開いて凄まじい力で

ミラーモンスターを全部吸い込んじゃったんです。

風とか竜巻とかそんなんじゃないです、次元ごと飲み込むような、

本当、近くにいるだけで恐怖を感じるほどの力でした」

 

やや興奮気味に説明する三日月。それを聞いて何か龍騎は直感めいたものを覚える。

なんだろう、うまく言葉にできないが、その事実になにかを解決するヒントが……!?

多分、それなら出来るかもしれない!

だが、龍騎は今はそのことは胸にしまい、重要なことを確認する。

 

「それで、みんなは無事なの?蓮たちは?艦娘のみんなは?」

 

「大丈夫、全員無事です。多少怪我をした艦娘はいますが、

大破したものはいませんでした。ライダーの皆さんは全員無傷。

今は皆さん食堂で休んでいただいてます」

 

「そっか。よかった、みんな頑張ってくれたんだね。三日月ちゃんも、ありがとう……」

 

三日月は少し照れて、今後のことについて指示を仰ぐ。

そして、変身しっぱなしだったことに気づいた龍騎が変身を解いた。

 

「それで真司さん、三日月たち、これからどうすればいいんでしょう。

もう三日月達にできることといえば、来る敵を迎え撃つことしかできなくて……」

 

真司は少し頭を悩ませて考える。

そして、デスクのメモとペンを手に取り、数字を書いて三日月に渡した。

 

「とにかく、この配合で装備の開発をお願い。

また空飛ぶミラーモンスターが来たら、きっと必要になる。

開発資材全部使って構わない。とにかく多くの艦娘達に行き渡らせて!」

 

「わかりました!」

 

三日月はメモを受け取ると元気よく返事をした。

そして、真司は目の前の用事の片付けに入ることにした。

まずは、めちゃくちゃになった鎮守府の復元。

 

「提督権限 “再起動実行”」

 

再起動で一枚残らず剥がされたガラスは全て新品に戻り、外の景色を見ると、

いつもの緑の芝が鮮やかな広場が広がっていた。次はみんなに会いに行かなきゃ。

 

「三日月ちゃん。俺、食堂のみんなに会ってくるよ」

 

「あ、私も行きます!」

 

 

 

──本館 食堂

 

 

真司が食堂に入ると、ライダー提督とその秘書艦達、そして加賀が思い思いの席に座り、

疲れを癒やしていた。

 

「みんなごめん!結局ここ任せっきりになっちゃった!」

 

「お気になさらないで。

城戸提督は一人で現実世界のミラーモンスターと戦ってらしたんですから」

 

コーヒーを飲んでいた足柄が真司に声を掛けた。

隣では浅倉が、炊飯係の艦娘に作らせた

ムール貝とクリームソースのパスタをもりもりと食べていた。

 

「遅いよ城戸君、俺の大砲かなり重いんだよ。

ずっと上に向けっぱなしだったから腕が痛いよ、こりゃ明日は筋肉痛だ。

やっぱり貸し借りはなしね」

 

バリ、ボリ、バリ、ボリ……

 

「あー、本当ごめんなさい!外のミラーモンスターが思ったより多くて……」

 

ペッ、カラン、カラカラ……

 

さっきから何の音だと思っていたら、浅倉がムール貝を殻ごと噛み砕き、

余った殻を吐き出していた。割れた殻で口の中を切ったのか、若干皿がピンク色になる。

だが、浅倉は気にする様子もなく、たらふく食って満足した様子で

だらしなく椅子の背もたれによりかかる。艦娘たちは皆、その暴食ぶりに引いていた。

吹雪、漣はあんぐりと口を開け、飛鷹は笑っているのかいないのか微妙な表情で

言葉を失う。

 

「食べたなら自分で返却口に持っていきなさい」

 

「黙れ」

 

足柄だけが顔色一つ変えず浅倉に話しかけていた。

ともかく、真司は皆に呼びかけて今後の行動方針について話し合うことにした。

 

「ねえみんな、俺がいない間ここ守ってくれて本当ありがとう!

でも、またいつ襲撃があるかわかんない。いや、きっと近いうちにまたある!

その時の対策に付いて話し合いたいんだけど、いいかな!?」

 

コーヒーを飲みながら北岡が発言した。

 

「対策ってどうすんのよ。

いつ、どこから来るかわかんないやつなんて、どうしようもないっていうか」

 

「ハッ……!とにかく来た奴全部殺しゃいいんだよ!」

 

浅倉が返却口にトレーを投げ込みながら答えた。

 

「ほら、会議室で加賀さん言ってたじゃん。コアミラーはゲームを終わらせたくない。

だから終わらせようとしてる俺達ライダーを始末しに来た。

つまり、今、艦これにいるライダーは全部一箇所に集めた方がいいと思うんだ。

みんながそれぞれの鎮守府に戻って、一人ずつ襲撃を受けたら、

多分持ちこたえられないと思う」

 

テーブルの上で手を組みながら手塚も同意する。

 

「城戸の言うとおりだ。

今回もこのメンバーと艦娘達が全戦力を投入してようやく乗り切ることができたが、

ここで戦力を分散して各個撃破に転じられたらどうにもならないだろう。

……俺は、全てのライダーを城戸鎮守府に集結することを提案する」

 

「一理ある。コアミラーの狙いはあくまで俺達ライダーだからな。

もう、鎮守府を空けてもライダーのいないところに敵は来ないと考えていいだろう。

香川達に連絡を取ってここに来させろ。

バトルから離脱したとは言え、あいつらもまだライダーだ。

次の襲撃は必ずあると仮定すると、中途半端に別れるより

この鎮守府に籠城して迎え撃つ方が合理的だ」

 

蓮が手塚の提案を支持した。北岡が目を閉じ、テーブルを指でトントン叩きながら考える。

 

「ふん、なるほど。だったら、吾郎ちゃんを連れてこなきゃね。

……飛鷹。多分、近いうちに今日の戦いを上回る激しい戦闘が待ってる。

命の保証はできない。俺の鎮守府にいればまず安全だ。

君に巻き込まれてほしくはない、だから……」

 

ゴチッ!

 

「痛てっ!!なんでここでデコピンなのよ人がシリアスな話してる時に!」

 

「馬鹿っ!とっくに巻き込んどいて何言ってんのよ!

空飛ぶ敵を相手に軽空母の私がいなくてどうすんの!それに……」

 

飛鷹はゆっくり彼の後ろに回って、そっと北岡の背中を抱き、

 

「もう、決めてるんだから。最後まで一緒だって……」

 

「……ありがとう。ありがとう。

じゃあ!吾郎ちゃん迎えに行こうか。クルーザーの操縦頼むよ」

 

「ええ。皆さん、私たちは一旦失礼します。準備が出来次第またここに戻りますので」

 

「北岡さん、飛鷹さん、ありがとう!」

 

真司は二人に手を振って見送った。

そして、吹雪と漣も、そんな北岡達を指をくわえて見つめていた。

 

「う~ん、私ももう少し背が高かったら、あんなことできるのかなぁ……」

 

「漣的にも、もっと身長が欲しいところですけど、ご主人様って、

そつなく仕事が出来る分、あんな風に励ましたりするチャンスがなかったり……」

 

嘆く女子二人を放って、蓮が真司に尋ねる。

 

「それで、香川達はどうする気だ。

香川はともかく、東條はまだまともに戦える状態じゃないだろう」

 

「今、三日月ちゃんに司令室を通して、向こうの長門さんから連絡してもらってる。

事情を話したら多分来てくれると思う。東條には須藤と医務室で入院しててもらうから」

 

その後も残ったメンバーで話し合い、

城戸鎮守府を拠点にコアミラーの攻撃を総員で迎え撃つ準備を整える。

そうこうしているうちに、北岡と飛鷹が吾郎を連れて戻ってきた。

思えばたった1日で状況は大きく一変し、

もはやライダーバトルどころではなくなっていた。

ただ生き残る。そのために、皮肉にも殺し合う運命にあったライダー達が

団結することとなった。そして、車輪の音と足音が二人分、食堂に入ってきた。

 

「失礼。皆さん、長門さんから話は伺いました。

東條君はまだ戦えませんが、私が代わりに力になりましょう」

 

香川達3人組。首に包帯を巻いている東條が乗る車椅子を押しているのは、青葉だった。

 

「ごめん。僕は戦えそうにない。看護婦さんが言ってた。

傷がまだ治りきってないし、血も足りてないって」

 

「心配ご無用!そのために青葉が付いてきたんですから!

重巡洋艦の力、見せちゃいます!」

 

彼女の明るい声に、緊張気味だった食堂の雰囲気が少し柔らかくなる。

全員集合かと思われたその時、ふと足柄があることに気づいた。

 

「ねえ、提督」

 

「片付けただろうが……!」

 

「そうじゃない。芝浦君はどうするの?

確かに契約モンスターは失ったけど、空のデッキを持ってる彼を

コアミラーが絶対に敵視しないとは限らないじゃない」

 

「知らん。放っとけ」

 

「だめよ!ああ、あんたには頼まない、また報酬ふっかけられるから。

私が連れてくる!」

 

足柄が食堂から急いでクルーザーに走っていった。その姿を見て手塚も思い出す。

 

「そういえば座敷牢に監禁してた高見沢も連れてくるべきだな。僕も行こう」

 

「あ、ご主人様待って!漣が操縦します~!」

 

手塚と漣も足柄に続いて出ていった。慌ただしく3名が各自の鎮守府に戻る。

青葉は東條を医務室に連れて行った。連は窓際の壁に寄りかかって外を見ている。

北岡はまたコーヒーを飲む。浅倉は椅子を並べて横になっていた。

そして、真司はただ祈っていた。

 

自分たちがやるべきこと。ダミー鎮守府にいる優衣を探し出し、神崎を説得させる。

そのためにはオーディンを倒さなければ。可能性は低いが、やるしかない。

そして、最後にコアミラーを破壊し、ミラーワールドを閉じる。

 

蓮と北岡。二人については、神崎に賭けるしかない。なにか方法を持っているはず。

でも……それでも、助かるのは一人。きっと奪い合いになる。

その時、自分はどうすればいいのだろう。

薄氷のような可能性に加え、答えの出ない問い。やはり真司は迷いを捨てきれなかった。

そして、真司も立ち去ろうとする。三日月が彼に声をかけた。

 

「真司さん!どこに行くんですか?」

 

「みんなが戻るまで、ちょっと先輩に会ってくるよ。俺の、頼れる先輩」

 

「先輩、か。まあいい。今のうちに迷いきれなくなるくらい迷っとけ。

そのほうがお前らしい」

 

「じゃあ、蓮。ここ頼むな」

 

そして真司は自分の執務室に向かう。

いつも相談に乗って力を貸してくれた、編集長や仲間達に会うために。

 

 

 

 

 

──アメリカ ホワイトハウス

 

 

米国の中枢たるここホワイトハウスのウエストウイング、

大統領執務室(オーバルオフィス)に大勢の閣僚らが集まり、張り詰めた空気の中、

大統領ロナウド・グリーヴランドの周りに集まっていた。

その時、国防長官が大きなドアを開け、入ってきた。

 

「大統領、既に36の州から救援要請が来ています!戦力配分の決定をお願いします!」

 

ミラーモンスターの脅威は、海を超えアメリカにも押し寄せていたのだ。

副大統領が彼のデスクに両手を叩きつけ、考え込む大統領に決断を迫った。

 

「ニューヨークは既に戦場と化しています!

スティンガーミサイルもパトリオットも効果なし!

今、ここで食い止めなければワシントンまで押し寄せるのは時間の問題です!

ご決断を!」

 

つまりは、核兵器の使用。大統領は額に汗を浮かべ、握った手に顔を押し付ける。

アメリカの意思決定に関わるホワイトハウスを失えば、

世界に与える影響は計り知れない。だが、人間は楽な方に流れるもの。

かと言って、一度アメリカが謎の生命体の駆除に禁断のカードを使用すれば、

口実を得たロシア、中国、その他核保有国も続いて核を使用するに違いない。

 

「……君は、ニューヨークを瓦礫とフォールアウトの荒野にしろというのか。

いや、ニューヨークにとどまらない。

我が国が核を放てば、世界の放射能汚染という悲劇的結末は避けられない」

 

「しかし!」

 

「全てのB-2に500lb爆弾を搭載。

ニューヨークに集結させ、奴らの頭上を火の海にしろ!」

 

「本当によろしいのですか!ニューヨークの部隊は既に壊滅間近!

ワシントンも既に安全ではないのですよ!?」

 

「核の使用はアメリカの敗北であると知りたまえ!

全ての国民を救援要請が出ていない州に移動。

陸軍、海兵隊、残る全戦力を集中して護衛に当たれ!」

 

「そんな無茶な!」

 

「泣き言などいらん!オールドグローリーの誇りにかけて、全てを守りぬけ!」

 

「……Yes, sir!!」

 

副大統領も閣僚も、大統領の言葉に決意を固める。

皆、持てる権限全てを使い、アメリカ、ひいては世界の秩序を守るために動き出した。

 

 

 

 

 

──渋谷小学校 避難所

 

 

大久保達OREジャーナルメンバーは、

避難所となった渋谷小学校の体育館の片隅で、ただ時を過ごしていた。

床に敷かれたマットの上で、自衛隊により輸送された市民達が

不安げに寄り集まっている。

既にミラーモンスターの脅威は去ったとはいえ、いつ2度目の攻撃があるかわからない。

令子はただマットに座り込み、大久保は携帯でニュースサイトを見ていた。

だが、どのサイトも中身は同じ。

謎の生命体が世界中で発生、壊滅的な被害を受けている、という悲惨なものだった。

 

「こりゃあ、マジで世界は駄目かもしんねえな……」

 

パタン、と携帯を閉じると、ふと窓の外を見た。

この美しい夕焼け空も、再び怪物の群れに埋め尽くされるのだろうか。

 

「縁起悪いこと言わないでください。

でも……確かに状況が良くなることもなさそうですね」

 

「うむむむ……」

 

島田が何か考え込んでいる。彼女もまたオフィスから持ってきた、

我が子同様のノートパソコンで世界の惨状を見ていたのだが、

大久保とはなにか別の事を考えているようだ。

 

「どうした、島田……」

 

「なんとか……なるかもしれませんよ?」

 

「なんとか?あのバケモンどうにかできるってのかよ!」

 

マットを這って島田に近寄る大久保。

 

「ミラーワールドが存在して、その入り口が鏡だってことはもうわかってますよね?」

 

「おう!」

 

「それに入れるのも仮面ライダー、つまり真司君だった」

 

「そうだ!」

 

「彼はミラーワールド、もっと言えば艦これの世界で戦ってた。

そして、あの怪物達はミラーワールドからやってきた」

 

「ああ、復習はいいから、要点を言ってくれよ頼むから!」

 

「今まで比較的大人しくしてたミラーモンスターが急に暴れだしたのは、

やっぱり艦これが関係してるとしか思えないです。

だったら、その艦これにちょっとイタズラしちゃえば

少しはなんとかなるんじゃないかと思いまして」

 

「お前……そんなことできるのか!?」

 

「は~い。

もう艦これに通じる鏡が光ファイバーだったって言うことは判明しましたよね」

 

「そうそう、あれにはびっくりしたわ。灯台下暗しとはこのことよね」

 

この悲劇的状況に、一筋の光を見た令子も話題に加わる。

 

「ケーブルの中のガラスに光情報を反射させることで、

高速通信を可能にしている光ファイバー。

数え切れない反射ポイントの中に、艦これの世界に繋がるものが

ひとつだけあるとするなら、そこから艦これに干渉するウィルスを流し込めば

ミラーモンスターの動きをある程度抑制できるのでは思った次第で」

 

「それ!今すぐできるか?」

 

「会社のパソコンならすぐにでも。

ノートパソコンじゃ光回線に直接接続できませんから」

 

「おし!じゃあ、島田……命がけになるが、来てくれるか?」

 

「もちろんです!合法的にイタズラができるんですから、ウヘヘ!」

 

「2人だけで行かせたりしない。私も行くわ!」

 

「令子は……う~ん、もうこうなりゃ一蓮托生だ!走るぞ!」

 

「はい!」「はい~」

 

そして、OREジャーナルメンバーは体育館から飛び出し、

オフィスのビル目指して全速力で走っていく。

 

「君たち、待ちたまえ!外は危険だ!」

 

気づいた自衛官が3人に停止を呼びかけるが、皆無視して校門を開け、

誰もいなくなった街へ飛び出していった。

 

 

 

 

 

──OREジャーナルオフィス

 

 

横転したり、乗り捨てられたりした自動車に邪魔されながらも、

OREジャーナルメンバーは渋谷の街を縫うように走り抜け、

自社オフィスにたどり着いた。幸いミラーモンスターの影はなかったが、

決して短くない距離を走った大久保は完全にスタミナ切れ。

令子も流石に呼吸が整うまで時間がかかりそうだ。

島田だけは嬉しそうにデスクに着くなり、デスクトップパソコンを起動。

メモ帳を立ち上げ、ニヤリと笑い、指をポキポキと鳴らす。そして、

 

タタタタタ!タタ、タタタタ……

 

StringTest1 = new TStringList;

StringTest2 = new TStringList;

StringTest1->LoadFrom...

 

マシンガンのような速さでキーを打つ、いや、撃つ。

そのスピードに大久保も令子もあっけに取られて見ているだけだ。

島田は、まばたきするのも面倒だと言わんばかりに、ただ画面を凝視し、

大久保たちには理解できないプログラミング言語を編み上げていく。

彼ら以外に誰もいないビルにキーを叩く音だけが響く。

島田は息をしているのか?そんな不安を抱かせるほど、

ただただキーを打つことだけに専念している。そして、30分後。

 

「できたぁー!!」

 

「できた?できたのか!」

 

しかし、ついに力尽きたのか、島田は椅子ごとバタンと倒れてしまった。

慌てて駆け寄る大久保。しかし、彼女はパソコンを指差し、

 

「送信……そ、送信……」

 

「送信!?あれを送るのか?」

 

「そうしん……」

 

大久保は急いでENTERキーを押した。すると、画像をコピーペーストして作った、

笑顔の島田がミラーモンスターをパクパク食べるGIFアニメーションが流れ、

続いて画面が切り替わると、今度は命令文らしき同じ文章が勢い良く流れていく。

 

SMDsMP.exe is connecting ... failed

SMDsMP.exe is connecting ... failed

SMDsMP.exe is connecting ... failed

 

「島田、送信したぞ!これでなにがどうなるんだ?」

 

「はぁ…はぁ…いつか、接続、ウィルス、侵入……」

 

今更走った疲れが出たのか、息も絶え絶えにつぶやく島田。

その時、パソコン本体からビープ音が鳴り、大久保が改めて画面を覗くと変化が訪れた。

 

SMDsMP.exe is connecting ...OK_ Deleting abnormal system. Please wait...

 

「おい島田、なんか変な文章が出た!これでどうなるんだ?」

 

「はぁ……艦これ内の正規プログラム以外の存在、

つまりミラーモンスターを構成するデータや、それを生成しているプログラムを

削除するウィルスを侵入させました。

どっちかっていうとミラーモンスターのほうがウィルスなので、

ワクチンと呼ぶべきですけど、ふぅ」

 

ようやく立ち直った島田が解説する。

だが、立ち上がり、画面を見た島田が眉をひそめる。

 

「むむっ!?」

 

「まだなんかあんのか?」

 

「ミラーモンスター自体の削除は始まってますが、

それを生み出す“核”に当たるプログラムが激しく抵抗しています。

私のシマダ’sマスターピースver1.0に抗うとは、やりますねぇ。

早速ver2.0の作成を……」

 

その時、真司のデスクから、何やら奇妙な大気のゆらぎらしきものが流れてきた。

音のない音に驚いた皆が、彼のデスクに目を向ける。そして……

 

「よっと!」

 

パソコン画面から真司が現れた。

 

 

 

…………

 

 

 

日没の近いオフィス。

空いたデスクの上には香川の研究資料、艦隊新聞、そしてカードデッキが置かれている。

真司はうつむきながら自分の席に座り、黙り込んでいる。

何か言うべきなのだが、言葉が見つからない。

しかし、令子も島田も、急かすことなく、じっと彼の言葉を待っていた。

 

「ミラーワールドにモンスター、そして神崎士郎に艦これ世界。まぁ、大枠は掴んでる。

だがどうしても仮面ライダーってのが何かわからなかった。

お前がそうなんだな、真司」

 

静かに語りかける大久保。黙って頷く真司。

 

「……そっか。お前そんなことずっとやってたのか」

 

「俺、全然答え出せませんでした。今だって。

優衣ちゃんがいなくなったのに、結局どっちを助けるかわかんなくて……」

 

「フッ、上等だよこの野郎!いいんだよ答えなんか出せなくたって」

 

そんな彼の悩みを明るく笑い飛ばすように、大久保が答えた。

ぶらぶらと自分のデスクに歩み寄り、孫の手を手に取る。

 

「え……?」

 

「考えてきたんだろ、今まで。お前のそのできの悪い頭で必死によ。

それだけで十分なんじゃねえか。俺はそう思うぜ」

 

そして、ポン、と孫の手で軽く真司の頭を叩いた。

 

「編集長……」

 

「ただしだ、何が正しいのか選べないのはいいが、

その選択肢の中に自分のこともちゃんと入れとけよ」

 

「え?」

 

「お前が信じるものだよ。お前だってここんとこにしっかり芯がねえと、

話し合いにもなんねえし、誰もお前の言うことなんか聞いてくんねえだろ。なっ?」

 

大久保は手のひらで腹を示し、真司の肩を叩いた。

 

「俺の、信じるもの……」

 

真司は頭の霧が晴れていくような気がした。

誰かを守るとか、どちらかを選ぶとかじゃなくて、自分が信じるもの。

それは、ライダーとしての、願い。

 

「城戸君、ゆっくり考えてみたら。自分が戦ってきた理由。

きっと今ならわかるんじゃない?」

 

「令子さん……」

 

「う~ん、私の願いは頓挫しちゃいましたからね。後は真司君に任せる……」

 

真司を励ます令子と、タイムマシンの夢破れた島田。なんてことはない。

ただ無限のミラーワールドの中にある2013年の鏡の中に移動していただけなのだから。

で、デスクに突っ伏した島田はやるべきことを思い出した。

 

「はっ、すっかり忘れてた!シマダ’sマスターピースver2.0を作らなきゃ!

ver1.0じゃ恐らく48時間で逆にこっちが削除される!おのれやらせてなるものか!」

 

 

 

 

 

──城戸鎮守府 食堂

 

 

 

《キャアアアアア!!》

 

 

 

その時、また会議室を襲った不気味な波動が押し寄せてきた。

これまでにないほど強烈な。艦娘たちが耳を抑えてその場にしゃがみ込む。

 

「何なの、これ……」

 

足柄が頭を抱え込んでテーブルに崩れ落ちる。

 

「司令官、たす、けて……」

 

蓮が慌てて吹雪を抱きかかえ、床にコートを敷いてゆっくりとその場に寝かせた。

 

「しっかりしろ!……おい、そっちは大丈夫か、加賀!」

 

「私は、気にしないで。吹雪を……お願い」

 

加賀も椅子に座り、腕を枕にしてテーブルに体を倒した。艦娘全員が不調を訴えている。

 

「ああ……!痛い、頭が……」

 

「無理をするな、飛鷹。楽な姿勢でゆっくり深呼吸して」

 

「ありがとう、少し、楽になったわ……」

 

ライダー達も、コアミラーが放つ波動に寒気を感じていたが、艦娘達の介抱に当たる。

 

「君、しっかりしなさい。ほら、ここに横になって」

 

香川も白衣を床に敷いて、漣の肩を抱いてゆっくり体を倒す。

 

「ありがとうございます……ああ、回復アイテム、キボンヌ……」

 

かつてないほどの強力な波動に苦しむ艦娘達。何が起きているというのか。

 

「返事ができる余裕があるやつで構わん。

コアミラーがなんと言っているのか教えてくれ」

 

足柄が呼吸を整えながらなんとか答える。

 

「特に、メッセージは、ありません……ただ、凄まじい悲鳴を上げています」

 

「悲鳴?」

 

「身を削られるような、苦痛を、受けているようです……」

 

どういうことだ。まだ誰もコアミラーには指一本触れていない、

というより触れられないはず。誰かが干渉したのは間違いないが、

それが誰なのか、誰にも見当が付かなかった。

 

 

 

 

 

──アメリカ ニューヨーク タイムズスクエア上空

 

 

大統領令で最新鋭のB-2ステルス爆撃機がニューヨークに集結し、

レイドラグーンの遥か上空から500lb爆弾を降らせ、

ニューヨークの街ごと粉砕しようとしたが、

ミラーモンスターの装甲に傷を付けることができなかった。

全く減らない敵性生物にパイロットたちも危機感を募らせる。

 

[おい!B-2でダメなら何出せばいいんだ!?]

 

[落ち着けハウンドドッグ、旋回してもう一度絨毯爆撃を敢行する!]

 

[俺達はニューヨークを壊してるだけだ!こんな作戦馬鹿げてる!]

 

[無駄だとわかっていようが作戦命令は絶対だ……待て、奴らの様子がおかしい]

 

その時、ニューヨークの廃墟を飛び回るレイドラグーンが苦しみだし、

ただ空で滞空するのがやっと、というように翼の動きが弱々しくなった。

 

[こちらブルータイフーン、各機、陣形を整え再突入の準備!もう一度爆撃するぞ!]

 

[ラジャー!]

 

そして、B-2の編隊は引き返し、再びミラーモンスターに500lb爆弾を降らせる。

今度は効き目があった。200kgを超える爆弾が炸裂すると、

その衝撃波を食らったシアゴースト達が粉砕される。

もともと高性能機のB-2部隊は速やかに、そして正確に

ニューヨークの侵入者達に情け容赦なく爆撃を続け、

ものの10数分でミラーモンスターを駆逐した。

 

[やった、やったぜおい!俺達は勝ったんだ!

アメリカからバケモンを叩き出したんだ!]

 

[ああ。だが、なぜ急に弱くなった?]

 

[知るかよ、他の部隊の連中にも知らせてやろうぜ!]

 

彼らが知らせるまでもなく、他の州のみならず、世界中に現れたシアゴーストは、

島田が作ったウィルスによって弱体化し、通常兵器で撃退可能となった。

そして瞬く間に全滅寸前までに数を減らし、

核兵器使用という最悪の事態は回避できたのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話 A Man Alone

──城戸鎮守府

 

 

「……それじゃあ、行ってくる」

 

「みんな、後のこと、頼むね!」

 

桟橋の近くで皆に見送られ、真司達は出発しようとしていた。

神崎とオーディンが待ち受けるダミー鎮守府に。

 

「俺はこんなところで死ぬつもりはないからさ、用事はさっさと済ませて来てよね」

 

「提督の運命、貴方がたに託します。どうか、ご武運を」

 

北岡が面倒くさそうに、飛鷹が丁寧に頭を下げながら言葉をかける。

 

「任せて、飛鷹さん。絶対結果を持って帰る」

 

「メダルを投げたら、厳しい戦いになると出た。だが絶望的な道のりでもない。

曖昧な結果ですまないが、所詮は占いだ。

俺はお前たちに運命を切り開く力があると信じる」

 

「いわば、お二方はラスボスより強い中ボス戦に赴くわけですよね?

漣も陰ながら応援しています。それ以上のことはできませんけど……」

 

手塚と漣も蓮と真司を励ます。

 

「俺達が向こうに着いたら必ずコアミラーが反撃に出る。

むしろ大変になるのはそっちだろう。すまないが、よろしく頼む」

 

「ここは我々が必ず死守します。君たちは心配なく自分の戦いに集中してください」

 

「僕は力になれないけど、英雄が一緒に戦ってくれる。

だから僕は君たちを信じてここで待つよ」

 

「と、東條さん。英雄ってのはちょっとこっ恥ずかしいっていうか……とにかく!皆さんの後ろは、青葉におまかせです!」

 

香川達3人もそれぞれの言葉を送る。

 

「蓮……」

 

「……すぐ戻る。後は頼む」

 

加賀と蓮はそれだけの言葉を交わした。

そして予想通りというか何というか、浅倉は来なかった。足柄は見送りに連れ出すため、

居眠りしていた浅倉を起こそうとしてケンカになり、まだ食堂で揉み合いになっている。

皆としばしの別れを済ませた真司と蓮は、三日月を連れて桟橋を渡った。

古い木の板がゴトゴトと音を立てる。

そして、転送クルーザーに乗り込むと、三日月が舵を握った。

 

「いよいよ、決戦なんですね……」

 

「正確には前哨戦だ。オーディンを撃破して力を得ても、コアミラー破壊が待っている」

 

「そうだね。まだまだ倒さなきゃいけない敵は多いんだから!」

 

「そのコアミラー破壊だが、お前に案があると聞いたが、

ただ全員で特攻するってオチじゃないだろうな」

 

「違うよ!ちゃんと、こう、なんていうか現実味のある作戦だって!」

 

「……まあいい。勝ってもいない戦の先を話してもしかたない。

神崎とケリを付けてからじっくり聞くとしよう」

 

「それじゃあ、三日月ちゃん。そろそろ転送お願い」

 

「わかりました!

……目的地、1番サーバー。アルゴリズムナンバー“test000000”、アクセス!」

 

三日月が覚悟を決めて音声コマンドを宣言。

クルーザーが輝きを放ち、真司達をまだ見ぬ世界へと誘った。

 

 

 

 

 

──ダミー鎮守府

 

 

そこは、地形や建造物こそ似通っているが、真司達の鎮守府とはまるで別物だった。

本館には蔦が生い茂り、工廠には錆びた鋼材や重機が放置され、

何年、何十年と人の出入りがなかったかのように朽ち果てている。

停止した時間に存在するそれらが、まるで侵入者を拒むかのように、

静かな威圧感を放っていた。

 

「三日月ちゃんはここで待ってて。必ず、帰ってくるから」

 

「……はい!」

 

もう三日月も引き留めようとはしなかった。

ただ去っていく真司と蓮の後ろ姿を見つめているだけだった。

桟橋を渡り、寂れた鎮守府に足を踏み入れた二人。

まだ、オーディンも優衣も姿が見えない。ただ黙って歩みを進める。

やがて、本館前広場にたどり着いた二人は、黙ってカードデッキを取り出した。

もう力を出し惜しみしている場合ではない。二人共あらかじめ“SURVIVE”をドローし、

壊れた噴水に溜まった、藻で濁った水にデッキをかざす。

蓮は曲げた右腕を、体をひねって大きく左に振りかぶり、

 

「変身!」

 

デッキを装填。仮面ライダーナイトサバイブに変身。

続いて真司も右腕を斜めに振り上げ、

 

「変身!!」

 

同じくカードデッキを装填した。そして仮面ライダー龍騎サバイブに変身。

二人が変身を遂げた時、大気が唸り声を上げるように、

艦これの世界に巨大な力が働くのを感じた。思わず周りを見回す。

オーディンの襲撃か、と警戒したが、以前真司が戦った時に感じた闘気とは別物だった。

 

「……コアミラーの、抵抗か」

 

「ああ。もうみんなのところにミラーモンスターや深海棲艦が押し寄せてるはず!

早く優衣ちゃん探さなきゃ!優衣ちゃーん!!」

 

ナイトは大声で優衣を呼ぶ龍騎を止めようとしたが、やめた。

どうせオーディンが出ようが出まいが1時間以内には戦うことになるのだ。

なおも優衣を呼び続ける龍騎。

すると、本館のドアがバタンと大きく開き、中から優衣が飛び出してきた。

 

「真司君、蓮!!」

 

「優衣!」

 

「優衣ちゃん!」

 

共に駆け寄る二人と一人。だが、その瞬間、

龍騎達の前に黄金の存在が現れ、ビュオッ!と豪腕を横に薙ぎ、風を切った。

 

「ふん!」

 

「うわっ!」

 

「真司君!」

 

とっさに身をかがめ、とてつもない破壊力の裏拳を回避した龍騎。

オーディンは優衣の前に立ちはだかり、龍騎達を近づけないつもりだ。

そして、広場の小道から神崎が歩いてくる。

怪我や病などないはずの存在であるにも関わらず、

憔悴した様子で一歩一歩地を踏みしめながら優衣のそばに立った。

 

「お前達……こんなところで何をしている。

ライダーバトルはどうした……優衣を助けないつもりか……」

 

そんな神崎の姿に優衣は悲しみに満ちた表情で、

 

「ライダーバトルなんか、もうやめにしようよ……

もうお兄ちゃんが傷つくところなんて、見たくない。

最期まで一緒にいてくれれば、それでいいよ……」

 

「神崎……お前兄貴のくせに妹の気持ちがわかんないのかよ!

優衣ちゃんはな、お前のために戦いを止めたいって言ってたんだぞ、

お前が幸せそうじゃないからって。優衣ちゃんはもう、こんな戦い望んでないんだよ!」

 

叫ぶ龍騎。しかし、他に選択肢のない虚像の存在はただ命令を繰り返す。

 

「戦え……」

 

「神崎!」

 

「戦え!!」

 

「え、お兄ちゃん!」

 

そして神崎は優衣の手を取り、本館の中へ駆け込んだ。中から言い争う声が聞こえる。

 

 

“お兄ちゃんやめて!私、もう十分だよ!お兄ちゃんが私のために頑張ってくれた!

本当は子供の頃に死んじゃった私が幸せな十数年を送れたのも……

お兄ちゃんのおかげなんだよ?

だから、一緒に次の誕生日を祝ってくれれば、もうそれで満足。

新しい命なんかじゃなくて、二人でまた絵を描こうよ……”

 

“諦める必要なんかない!お前にはいくらでもチャンスがある!

オーディンにお前の「命」の鍵になるカードを託した。誰にも邪魔はできない!

お前のためなら何度でもやり直す!”

 

“お願い、これで最後にして……何をやり直すのかわからないけど、

きっと次の私も同じことを言うと思う。みんなを犠牲に得た命なんて要らないって”

 

 

「優衣ちゃん……」

 

やはり優衣でも説得は無理なのか。龍騎が拳を握りしめる。

 

「城戸、よそ見をするな。まずは目の前の敵を片付ける」

 

ナイトがカードを1枚ドロー。ダークバイザーツバイに装填。

 

『SHOOT VENT』

 

ダークバイザーツバイの両脇が展開し、ボウガンの形状になる。

そして龍騎に呼びかけた。

 

「背中合わせになれ、奴の瞬間移動に対抗できる可能性があるならそれしかない」

 

「わかった!……オーディン。お前が誰で、なんで神崎に従ってるかは知らない。

でも、お前まで優衣ちゃんをここに閉じ込めるつもりなら、お前を倒してみせる」

 

「神崎は私に生きる意味を与えた。ここは神崎の聖域。

屋敷に近づく愚か者は……死ね!」

 

オーディンは金色の鳳凰を象った錫杖・ゴルトバイザーを異次元からつかみ取り、

カードをドロー、バイザーのスロットに装填し、カバーを上げた。

 

『SWORD VENT』

 

オーディンの両腕に黄金の剣・ゴルトセイバーが現れる。

 

「行くぞ!」

 

しかし、彼が龍騎達に斬りかかろうとした時、上空から大きな羽音がいくつも聞こえた。

いつの間にかレイドラグーンの大群が、寂しい廃墟の空を埋め尽くしていた。

 

「とうとう始まった。コアミラーの反撃だ」

 

「小癪な!」

 

オーディンは両腕のゴルトセイバーを地面に刺し、左手でゴルトバイザーを召喚。

カードをドロー、装填した。

 

『ADVENT』

 

カードが発動すると、輝く炎に包まれた不死鳥・ゴルトフェニックスが飛来。

ひとつ羽ばたくと、ダミー鎮守府の空が灼熱の炎に包まれ、

レイドラグーンは焼き尽くされた。

ドサドサと炭化したミラーモンスターが落下し、砕け散る。

そしてオーディンは再び足元に刺していたゴルトセイバーを装備。

 

「仕切り直しだ、ここがお前達の墓場となる」

 

「そんなことにはさせない、絶対優衣ちゃんも神崎も!そしてお前も、

みんな助けて鎮守府に帰るんだ!それが、俺のライダーとしての願いだから!」

 

「世迷い言を。ではその願い、私が断ち切ってやろう!」

 

「城戸、構えろ!」

 

「っしゃあ!」

 

 

 

 

 

──城戸鎮守府

 

 

その頃。城戸鎮守府にもレイドラグーンの大群が押し寄せていた。

深海棲艦の迎撃には、ほぼすべての艦娘を当てた。各所に味方が散らばっていては、

エンドオブワールドやドゥームズデイといった広範囲の攻撃が発動しにくい。

人型の胴体とトンボの体が一体化したミラーモンスターが、

群れを成してライダー達に襲いかかる。

 

青葉と背中合わせで戦うオルタナティブ・ゼロは、

スラッシュダガーで地上の敵が繰り出す鉤爪を振り払い、

先端から吹き出す青白い炎で空の敵を火だるまにする。

 

キャオオオオオ!

 

だが、コアミラーの必死の抵抗は、圧倒的物量となってライダー達を苦しめる。

いくら倒しても特定の周波数の波長を放ち、次々レイドラグーンを呼び寄せる。

しかし青葉は来るなら叩き潰すまで、と20.3cm連装砲で敵の胴体を吹き飛ばす。

 

「くっ、化け物め!」

 

オルタナティブはカードをドロー、スラッシュバイザーでスキャン。

 

《ACCEL VENT》

 

ほんの2、3秒だけ瞬時移動し3体のレイドラグーンの首をはねた。

だが、やはりこの数の敵を3つ減らした所で焼け石に水だ。

 

「香川提督、まだ私の弾はまだ残ってます!諦めないで!」

 

 

ゾルダ・飛鷹のペアも苦戦していた。ゾルダはマグナバイザーをフルオートにして、

敵に向けて一直線に連射。そして“SHOOT VENT”で装備した両肩のビーム砲を放ち、

次々と撃破していくが、敵の攻撃が一向に終わりを見せない。

 

「全機爆装、飛び立って!」

 

飛鷹も巻物から式神を飛ばし、爆撃機を展開してレイドラグーンの頭上から

爆弾を降らし、敵の頭部を粉砕していく。爆撃を終えて戻ってきた艦載機は8割。

だめ!一度の発艦で二割も減ってたら、全滅は時間の問題!

新しい式神を作ってる余裕はないし……だが、飛鷹が作戦を練り直していると、

突然敵の様子がおかしくなった。

 

ウウ……ウォッ、ガア!

 

レイドラグーン達が呻き声を上げ、胸の部分が膨らみ始めた。やがて、奴らの胸が裂け、

中から完全にトンボ型になったミラーモンスター・ハイドラグーンが飛び出してきた。

それらは戦闘機のプロペラのような羽音を立て、

レイドラグーンとは比較にならない速度で空中を舞う。

そして、目で追うこともできない速さでライダー達に飛びかかり、

その鋭い爪と牙で一撃離脱の攻撃を始めた。

 

 

3体のハイドラグーンが、王蛇にその爪を振り下ろす。ガァン、ギィン、ガォン!と、

ライダーのアーマーに重く鋭い一撃を加えて、再び上空に戻る。

三度も強力な攻撃を浴びた王蛇が宙に打ち上げられ、地面に転ぶ。

 

「あがっ、はあぁ……」

 

脱皮して桁違いの強さを得たハイドラグーンは、

他のライダーや残った艦娘達にも牙をむく。

 

ブオオオオォ!!

 

地上から滞空砲火を繰り返し、レイドラグーンを迎撃していた足柄も、

突然進化し、爆発的速力を得たミラーモンスターに一発も命中させることができない。

 

「どうなってるのよ!機銃弾撃ち落とす方がまだ楽そう!」

 

その瞬間、死角から飛びかかってきたハイドラグーンが彼女に斬りかかってきた。

 

「はっ!?」

 

とっさに前方に転がり、一瞬の差で回避できた。肉体だけは。

背中を見ると、彼女が背負っていた艤装が綺麗に真っ二つにされていた。

幸い武装は無事だったが、電探類を丸ごと持って行かれたため、

ただでさえ低い命中率が更に落ちてしまった。

 

「なんとかしなきゃ……!強すぎる!」

 

 

進化したミラーモンスターに苦戦しているのは足柄だけではなかった。

ライアもエビルダイバーに乗りながら、高圧電流の流れるエビルウィップを振り回すが、

恐るべき瞬発力と攻撃力を備えたハイドラグーンに命中させることができない。

そして、空中で相手をしていたハイドラグーン数体が、

鉤爪の付いた両腕をミサイルの様に飛ばしてきた。

四方八方から飛んでくる鋼鉄すら切り裂く腕を回避しきれず、

たまらず地上に飛び降りた。

 

「エビルダイバー、避けろ!」

 

エビルダイバーは次元の海に潜り、ライアは着地と同時に転がり、

再びエビルウィップを構えるが、空の敵に届かない。

そして、彼らにとって地上を走るライダー達は格好の獲物であり、

一撃加えて離脱、を何度も繰り返し、ライアに大きなダメージを与えていく。

 

「ご主人様あぁ―!!」

 

ライアのピンチを見た漣は、12.7cm連装砲を空に向けて撃ちまくるが、

砲声と同時に敵が射線状から逃げるため、何度撃っても当たらない。

 

「香川提督、なんとかなりませんか!?」

 

漣はオルタナティブ・ゼロの頭脳を頼ったが、

彼にもシアゴーストから二度の進化を経て圧倒的な力を得たハイドラグーンに

為す術がない。

 

「すみませんが、私にも有効な打開策が思い当たりません……」

 

彼らから少し離れたところで、飛鷹が再度爆撃機を発艦しながらゾルダに呼びかける。

 

「ねえ、提督!貴方のファイナルベントでどうにかならない!?」

 

「無理だ!あれは発動に時間がかかる!

今、攻撃の手を止めたらこいつらを海に行かせることになる!」

 

全ライダーや秘書艦達が全力で押しとどめてもジリジリと押し返されつつあるこの状況。

一人でも手を緩めればハイドラグーンを海に逃がすことになる。

海上では別働隊の艦娘達が深海棲艦を迎撃している。

そんな彼女たちが後ろから奴らの鉤爪を喰らえば全滅は免れないだろう。

同じ理由でドゥームズデイに賭けるのも危険極まる。

 

北岡達が話している間にも、飛鷹が放った爆撃機がハイドラグーンに全機撃墜された。

もう彼女に攻撃の手段は残っていなかった。

自分の戦闘機では奴らの速さに追いつけないだろう。

飛鷹はどうにもならない状況に歯噛みする。

そして、広場の真ん中で戦っていた、対空攻撃のカードを持たない王蛇のイライラが

爆発した。

 

「うおあああああ!!」

 

カードデッキから乱暴にカードを引き抜き、ベノバイザーに装填。

 

『FINAL VENT』

 

王蛇の背後にベノスネーカーが猛スピードで這い寄り、

王蛇は両腕を広げて前傾姿勢になりながらダッシュ。

両足でベノスネーカーの前にジャンプした。そしてベノスネーカーが背後から

高圧力の毒液を浴びせ、加速を得た王蛇は地上ではなく、

空を飛び回るハイドラグーンの群れに突っ込んだ。

飛び散る毒液で装甲が劣化した数体を連続キックで粉砕。

着地と同時に死骸が落下し爆発。だが、彼のイラつきは収まらない。

 

「ああイライラする……!こうまでイラつかせる連中は初めてだ!」

 

 

ドシン、ドシン……

 

 

だが、その時、艦娘宿舎の方角から、地を揺らすような足音を慣らしながら、

艦娘達が現れた。金剛型四姉妹、そして、戦艦大和。

彼女たちは空を見上げると、各々の主砲の砲弾を換装した。

 

「皆さん、これから対空砲火を行います!建物か屋根の下に隠れて!」

 

ライダーも艦娘も、倉庫や本館出入り口の日さしに退避する。

そして、大和の号令で、戦艦達は一斉に主砲を放つ。

 

「全砲門開け、主砲、撃ちー方始めー!!」

 

鎮守府上空を飛び回るハイドラグーンの中央に、真っ赤な火の玉が突っ込み、炸裂。

大爆発を起こした三式弾が、巨大な砲弾に詰め込まれ、爆発の超加速を得た

無数の燃え盛る弾子を撒き散らす。炎に包まれる青空。

突然焼ける鉄球の嵐を打ち付けられた敵は、何が起きたのか分からずパニックになる。

全方位に散らばる燃える弾子が、ハイドラグーンをぐしゃぐしゃに引き裂いていく。

生き残ったミラーモンスター達が、大和達に襲いかかる。

 

「お姉様方、今ですわ!」

 

霧島の合図と共に。金剛型の4人が副砲で敵を迎撃する。

圧倒的な速さを持っていても、真っ直ぐこちらに向かってくるなら、

集中砲火を浴びせれば当てるのは容易い。皆が15.5cm三連装副砲で弾幕を張ると、

襲い来るハイドラグーンに命中。

一撃では倒せなかったものの、落下したところを集中攻撃して粉砕。

そして、大和が三式弾を再装填した。

 

「第一、第二主砲。斉射、始め!援護願います」

 

「ようそろ!!」

 

大和の目が生き残りのハイドラグーンの群れ中央に照準を合わせ、

精密な動きで砲塔の向きを調整。距離、方位角、用意よし……

 

「撃てっ!!」

 

ズドオオオオ……ドガアアアン!!

 

46cm三連装砲から放たれた三式弾がハイドラグーンの群れの中心で再度爆発する。

広範囲に撒き散らされる弾子が、またもミラーモンスターの身体を引きちぎっていく。

その凄まじい貫通力を持つ弾は、大地にまでブスブスと穴を開けていく。

ライダーも、艦娘も、その制圧力に圧倒されていた。

 

「……チート武器としかいいようがないです。皆さんどこであんなものを?」

 

「城戸提督がこの日のために開発して皆さんに配備したそうですよ。

私もあんな弾が撃てたらなぁ」

 

漣と吹雪が嘆息を漏らすほどの威力で、全滅寸前に追い込まれるハイドラグーン。

46cm砲が放った巨大な榴弾で、どこに逃げるべきかもわからなくなった敵に、

戦艦達が追い打ちを掛ける。

次は金剛型姉妹が、再装填した三式弾を敵の逃げ道を塞ぐように四方向に打ち上げる。

4人の連装砲から放たれた三式弾は、敵の至近距離で炸裂し、

生き残ったハイドラグーンの装甲を突き破り、蜂の巣にした。

爆発の轟音が止むと、敵の死骸が落下し、ガシャガシャと金属音を立てた。

 

「やった、の……?」

 

耳を塞いでいた足柄が立ち上がる。空にもう敵はいない。青空が広がるだけだ。

大地にはハイドラグーンの残骸が散乱している。

 

「やりましたね!といっても、殆ど戦艦の皆さんのおかげですけど」

 

「もっと早く来られなくてごめんなさい。三式弾の装備換装に手間取ってしまって」

 

大和が申し訳なさそうな顔をする。

 

「いえ、貴方達が来なければ、我々はどうなっていたか。ありがとうございます」

 

「ああ。久しぶりに面白いもんが見れたぜ。ありがとよ……」

 

香川に次いで珍しく王蛇が礼を言うが、よく見ると体中に三式弾の弾子を浴びている。

目玉が飛び出る思いをする足柄。

 

「なにやってんのよ馬鹿!皆さんに隠れろって言われたでしょう!?」

 

「愉快なことが起こりそうな気がしたから眺めてたらよぉ、

デカい花火でトンボが死んだ。笑えたぜ、ハハハハ……」

 

「笑ってんじゃないわよ!もう少し爆発高度が低かったら死んでたのよ!」

 

「次は海の連中殺しに行くぞ……待ってろよクラゲ女ァ!ヘハハハ!!」

 

王蛇がベノサーベルを構えて海の方へ走り去っていった。

 

「聞いてるの!?やめなさい、そんな身体で!」

 

追いかけようとした足柄の肩に誰かが手をかけた。

 

「ちょっと待ってほしいヨ。貴女の艤装も真っ二つネ。そんな状態で戦えるのカナー?」

 

「それは……」

 

金剛に問われ、一瞬ためらったが、はっきりと答えた。

 

「戦えます!電探がなくても、目測射撃が可能です!私も海の仲間に加わります!」

 

「なら、彼も行かせてあげてほしいヨ。

ここを守りたい、守らなきゃいけないのは全員同じネ。

心配なら貴女が守ってあげればいいんだヨー」

 

「……はい!」

 

いつの間にか広場の中央に集まっていた一同。

足柄の力強い返事を合図に、全員が水平線に広がる敵艦隊目がけて走り出した。

 

 

 

 

 

──ダミー鎮守府

 

 

同時刻。二人のサバイブ体ライダーは苦戦を強いられていた。

ダークアロー、ドラグバイザーツバイ、二挺の銃器で

オーディンの瞬間移動に対抗しようと考えたが、彼の反応速度が予想を上回っており、

照準した瞬間姿を消し、次の瞬間には目の前に現れゴルトセイバーの一撃を食らう。

 

龍騎がレーザーを放ったが、レーザーが届く前にオーディンがいたところには

金の羽根だけが残り、命中に至らず、突然目の前に現れたオーディンに斬りつけられた。

二刀流のゴルトセイバーによる斬撃で宙に投げ出され、

地面に叩きつけられる龍騎サバイブ。

 

「ぐあああ!……ああっ」

 

「城戸、しっかりしろ!」

 

ダークアローを連射しながら呼びかけるナイトサバイブ。

全ライダーの近接戦闘武器でも最強クラスの剣を二度食らい、なかなか立ち上がれない。

その間もオーディンは瞬間移動を繰り返し、二人を翻弄する。

 

「城戸、今のうちに体制を立て直せ!」

 

ナイトはカードをドロー、ダークバイザーツバイに装填。

 

『TRICK VENT』

 

すると、5体の分身が現れ、更にそのうちの1体が“TRICK VENT”を使用。

本体を含め11体の軍隊になった。彼らは様々な方向を向いて、

もはや狙いを付けることは考えず、ただひたすら撃ち続けた。

全方向に放たれる弾幕に、さすがのオーディンも瞬間移動で避けきることができず、

ワープ先で分身の一体が放ったレーザーの直撃を受けてしまった。

 

「くっ、味な真似を!」

 

とは言え、分身の攻撃が与えたダメージはわずかで、少しよろけさせた程度だったが、

油断を誘うには十分だった。背後からドラグバイザーツバイの連射を受け、

今度は無視できないダメージを受ける。

 

「ぐおっ!」

 

思わず正面に倒れる。これを好機と龍騎はナイトに呼びかける。

 

「蓮、一気に片付けよう!」

 

「ああ!」

 

二人は必殺のカードをドローし、それぞれのバイザーに装填した。

 

『FINAL VENT』『FINAL VENT』

 

それぞれのカードが発動すると、まずは龍騎サバイブのドラグランザーが上空に現れ、

身体から鏡の破片が弾け、重装甲のバイクモードに移行。

顔面を守るフェイスガードが下り、胴や尾からタイヤが排出され、

尾を折りたたみ一台の巨大なバイクに変形した。

龍騎は両足で跳躍し、ドラグランザーに乗り込む。

 

続いてナイトはダークレイダーを召喚、その背に飛び乗った。

そして、バイクのグリップのような両耳を握り、逆立ちをするようにスペースを譲ると、

ダークレイダーの両方の翼からタイヤが現れ、体が頭部を軸に回転し、

バイクモードに変形。そしてシートに着地した。

 

オーディンの前後からサバイブ体ライダーのファイナルベントが迫る。

龍騎のバイクが最速ギアでウィリー走行しながら無数の火球を吐くと、

着弾した火球が衝撃波を放ち、足元の自由を奪う。数秒の間瞬間移動を封じられる。

その間に、ナイトのバイクはフルスロットルで疾走し、先端から捕縛レーザーを照射、

オーディンの体を空間に固着させる。

そしてナイトサバイブのマントが竜巻状にバイク全体を包みこむ。

 

「ぐおおおお!私は、私は負けては……おのれええぇ!」

 

二台のバイクが衝突する瞬間、オーディンは持てる力全てを込めて全身をひねり、

捕縛レーザーを振り払い、二振りのゴルトセイバーをどちらかに叩きつけた。

直後、龍騎サバイブとナイトサバイブの

ファイナルベント・ドラゴンファイヤーストームと疾風断が命中し、

その場で大爆発が起きた。衝撃波で周囲の木々がなぎ倒される。

爆煙の闇の中、最後に立っているのは一体誰なのか。

 

鼻を突く煙が晴れると、結末が明らかになる。ナイトは健在。

オーディンは深手を追い、ゴルトセイバーに体を預けてなんとか立っている状況だった。

そして、龍騎はオーディンから死に物狂いのゴルトセイバー二刀流を受け、

致命傷に近い傷を負い、変身解除され仰向けに倒れていた。慌てて駆け寄るナイト。

 

「おい、しっかりしろ、おい!城戸!」

 

「ごほっ、蓮……」

 

咳と吐血で、口の周りを赤く染めてどうにか返事をする真司。

おぼつかない足取りで立ち上がりながら語り始める。

 

「……やっとちょっとは答えらしいもんが、見つかったかもしんない。

でも、なんか俺、駄目かも知んない」

 

足がもつれ、真司は再び倒れる。ナイトは真司の背を起こす。

 

「城戸!おい、城戸!」

 

「はぁ…はぁ…俺さ、昨日からずっと考えてて、それでもわかんなくて、

でも、さっき思った。やっぱりミラーワールドなんか閉じたい、戦いを止めたいって。

きっと、すげえ辛い思いして、させたりすると思うけど、それでも止めたい。

それは嬉しいかとかじゃなくて、ライダーのひとりとして叶えたい願いが、それなんだ」

 

脂汗を浮かべ、息を乱しながら一言一言、言葉を紡ぐ真司。

 

「ああ、だったら生きてその願いを叶えろよ!死んだら……終わりだぞ!」

 

「そうなんだよな、蓮。蓮はなるべく、生きろ。きっと……」

 

何か言いかけて真司は気を失った。帰還して治療を受けさせなければ!

ナイトは真司を抱きかかえようとした。

だが、後ろからまだとどめを刺していない敵の声が。

 

「生きては、返さんぞ……」

 

オーディンが、左腕を伸ばしてゴルトセイバーを呼び出す。

そして、1枚カードをドロー。錫杖のスロットに装填。カバーを押し上げた。

 

『FINAL VENT』

 

こちらの“FINAL VENT”はもう残っていない。

オーディンがゴルトフェニックスを呼び出し、浮遊を始めた。

 

「……」

 

しかし、ナイトは激昂も絶望もせず、真司を岩陰に寝かせ、

カードをドロー、ダークバイザーツバイに装填した。

 

『BLAST BENT』

 

そして、両腕を前に突き出し、左から右へ振りかぶり、腰を落としながら構えを取る。

 

「はあああ……」

 

召喚したダークレイダーがナイトサバイブの周りを飛び回る。

そして、両足で空高く跳躍。天に舞い上がるナイトに

ダークレイダーが追随し、羽ばたく。ナイトは体をひねりながら縦に一回転。

そして、オーディンに向けて蹴りの姿勢を取る。

 

オーディンはゴルトフェニックスのそばまで浮き上がると、両腕を広げ、

契約モンスターと一体化し、ナイトに向かって突撃。

 

ダークレイダーはナイト後方から両翼のホイールから強力な竜巻を浴びせる。

真空波を浴びながら、凄まじい突風の力を受けたナイトは、

オーディンに向け飛び蹴りを放つ。ナイトの機転でノーマルカードから生み出された

ファイナルベント級のライダーキックがオーディンに襲いかかる。

そして、オーディンも燃える不死鳥と共に、

自分もろとも眼前の敵を焼き尽くさんと飛翔。

 

「うおおおお!!」

「終わりだアァ!!」

 

命を賭けた二人のファイナルベントがぶつかった時、

互いのエネルギーが反発しあい、爆発を起こし、両者を地面に放り出した。

オーディンのアーマーは右肩から斜めに亀裂が入り、

デッキも完全に壊れてはいなかったが、ひび割れていた。

ナイトも、エターナルカオスの直撃を受け、真司同様変身が解除され、

重傷を負っていた。

 

しかし、オーディンも蓮も、既に相手にとどめを刺す術を持っていなかった。

オーディンはこれ以上攻撃に出ればアーマーもデッキも自壊する。

生身の蓮に、瀕死とは言えライダーを破壊する力はない。

……蓮は考えた結果、足を引きずりながら、本館に向かうことにした。だがその時。

 

「蓮……」

 

岩陰から声が聞こえた。目を覚ました真司だった。蓮は時折よろけながら彼に近づく。

 

「城戸、死んだかと思ったぞ。しぶとさはライダー1だな」

 

「……ありがとな。あいつと決着つけてくれて」

 

「ふん、5万でいい」

 

「相変わらず、がめついな。俺も、神崎と、決着つけなきゃ……」

 

真司は袖で口を拭い、両足に残る力を込めて立ち上がる。

途中、転びそうになるが、なんとか自分の足で歩きだした。何も言わず肩を貸す蓮。

二人は互いを支え合いながら本館に入っていった。

 

 

 

ホールには誰もいない。

優衣の名を叫びたかったが、また吐血しかねなかったので、

部屋を一つずつ回ることにした。

 

なんとなく正解と思われた埃だらけの執務室には誰もいなかった。

2階の部屋を全部開けて回ったが、優衣はいない。3階に上がってみる。

端から客室を順番に開ける。やはり、シーツが茶色くなったベッドや

古ぼけた家具があるだけで何もない。

 

最後の上客用の部屋らしき比較的立派なドアを開けると、そこに優衣がいた。

彼らに気づくと、彼女が立ち上がり、悲鳴に近い声を上げた。

 

「真司君、蓮、どうしたの!?酷い怪我!」

 

「オーディンは……オーディンはどうした……」

 

その声に思わず部屋の壁を見る。クローゼットの影になって見えなかったが、

壁に寄りかかっていた神崎が二人を睨みながら苦しそうな声を出した。

 

「もう死にかけだ。諦めろ、神崎。力を渡せ」

 

「馬鹿な!?最強の“SURVIVE”を持つオーディンが……!」

 

「俺達がここにいる。それが何よりの証拠だろう」

 

「まだだ!コアミラーが破壊されない限り、いや、優衣の“命”がある限り!」

 

「優衣ちゃんの“命”って、どういうことだよ!……つっ!」

 

真司が神崎の意味深な言葉につい大声を出し、胸に痛みが走る。

 

「ほら、真司くんも蓮も、ここに座って!」

 

二人をベッドに座らせた優衣も神崎に言葉の意味を尋ねる。

 

「お兄ちゃん、私の命ってどういうこと?私、もうすぐ消えちゃうんだよ!?」

 

「そうじゃない……オーディンのデッキに、時間を巻き戻す、そういうカードがある。

俺は何度も繰り返してきた。様々な欲望を抱えたお前達にデッキを与え、

優衣がタイムリミットを迎えるたびに時間を巻き戻し、

幾度もライダーバトルをやり直してきた……」

 

皆、驚きを隠せなかった。

自分たちは偶然初めて出会ったと思っていたが、実は神崎の思惑により、

何度もライダーバトルを繰り返してきたというのだから。

 

「だが、優衣!いつもお前は受け入れなかった!最後の一人はいつもオーディン。

しかし、彼が命を持ち帰っても、決してお前は受け取らなかった!

だから俺は賭けに出た。一度ライダーバトルを中止し、

このサイバーミラーワールドを探し出し、戦いに変化をもたらした。

だが……!何も変わらない!いや、優衣の限界を目前にしても

脱落したのはたったひとり!俺のしてきたことはまるで無意味だった!」

 

優衣は神崎の手を取り訴えた。

 

「無意味なんかじゃないよ!お兄ちゃんがまた会いに来てくれた!

私のために頑張ってくれた!お兄ちゃんだけじゃない、蓮も、真司くんも

こんなに傷ついてまで私を迎えに来てくれた!私、凄く幸せな人生送れたよ?

だから、それをなかったことになんてしないで……」

 

「優衣……だが、今更ライダーバトルを止められるか!?いや、止まらない!

ライダー達の欲望は……」

 

「止まるよ。止められる」

 

その時、少し怪我の痛みが落ち着いた真司が口を開いた。

 

「神崎。お前は知らないかもしれないけど、もう大勢のライダーが戦いを止めたり、

その虚しさに気づいてる。

これ以上ライダーバトルを続けても、きっと決着なんてつかない。

浅倉は、俺達が全力で止める。

北岡さんも頭がいいから、もう戦いを続ける意味なんてないこと、わかってると思う」

 

「龍騎……!お前に出来るのか。

北岡を見捨て、優衣を見殺しにし、それでもライダーバトルを止めることが!」

 

「俺、決めたんだ……ライダーバトルを止める。

ずいぶん迷ったけど、それが俺のライダーとしての欲望だって」

 

「お前に、他人の人生を断ち切る覚悟があるとでも言うのか……」

 

真司は両手を握りしめ、少し躊躇い、口を開こうとした。その時。

 

 

[お前は消えた。ただ独り消えた]

 

 

いずこから少年の声が聞こえてきた。皆、辺りを見回す。そして、優衣が指差す。

部屋の隅に一台の姿見。

 

「みんな、あれ!」

 

「あれって……うわっ!」

 

「これはどういうことだ……?」

 

鏡の中から、デニム地の上着を着た少年が、こちらの世界を見つめているのだ。

 

[俺も優衣を助けたい。そちらに行ってもいいか]

 

ミラーワールドの少年が問いかける。

 

「お前は……“俺”なのか?」

 

神崎が答える。一同の間に緊張が走る。

優衣と同じく、少年時代の神崎もミラーワールドの住人として存在していたのだろうか。

 

[そうだ。俺はもう一人のお前だ。ずっとお前の姿を見てきた]

 

姿形こそ少年だが、神崎のものと同じ口調で語るミラーワールドの士郎。

 

「だからなんだというのだ!今更過去の亡霊になにができる!」

 

[そう、何もできなかった。時を遡り、仮面ライダーを戦わせ、

そして、優衣を失うお前を見ても、何もできなかった]

 

「俺は……仮面ライダーになれなかった。優衣を守る仮面ライダーになれず、

ただ虚ろの存在となり、鏡の世界を彷徨うだけの存在に成り果てた。

だが!諦めるわけにはいかない!そのために優衣を救う“命”となる鍵を

最強のライダーに託した!」

 

[全てを終わりにするべきだ。命を求めている者が4人。

神崎優衣、神崎士郎、北岡秀一、秋山蓮、その恋人。

あの日、優衣がもう一人の自分を救ったように、俺の命をお前にやろう]

 

「命をやるって、どうする気だよ!」

 

[あの時と同じ。俺もそちらの世界に行く。この体は消滅し、命だけが残る。

半分は神崎、お前にくれてやる。もう片方は、命が必要な誰かに渡せばいい]

 

「ねえ、君は!いや、お兄ちゃんはそんなことしたらどうなるの!?」

 

優衣が士郎少年に問いかける。

 

[かつての優衣と同じだ。神崎ともう一人の誰かの中で生き続ける。

やはり残念ながら10年しか保たない命だが]

 

 

「……じゃあ、私、この世界で生きることにする!」

 

 

「!?」

 

優衣が予想だにしていなかったことを言い出すので皆、一様に驚いた。

彼女は鏡の士郎にすがりつくように話しかける。

 

「ねえ、それでも必要な命は3つ足りないの!私か北岡さんか恵理さん!

でも私、もう現実世界なんかいらない!」

 

「優衣、何を言っているんだ、俺はお前を……」

 

駆け寄ってきた神崎に優衣が語りかける。

 

「お兄ちゃん、そうしようよ。一緒にライダーバトルを始めたのは私達。

ここにいれば私は新しい命なんかいらない。お兄ちゃんも生きられる。

だったら、一緒に責任取ろうよ。

必要な人に命をあげて、ライダーの物語を終わりにするの」

 

「なぜだ!お前は、それでいいのか!

このサーバーの片隅で、朽ち果てた廃墟で、お前は生き続ければならないんだぞ!」

 

「それは、違うよ」

 

真司が神崎の言葉を柔らかく否定した。

 

「優衣ちゃんが残るかどうかはともかく、一度俺が担当している鎮守府に来るといいよ。

優しい艦娘達がいっぱいいる。きっとすぐにみんなと仲良くなれる。

後のことはそこで決めればいいんじゃないかな」

 

「真司くん……じゃあ、お兄ちゃんも行こうね」

 

優衣が鏡の士郎を連れ出そうとするが、彼は首を振る。

 

[もう、俺には時間がない。ミラーワールドの俺は、

外の世界で命だけの存在になるしか、生きるすべがない。

もう一人の俺、優衣を頼む……]

 

そして士郎少年は、鏡から一歩足を踏み出し──

 

 

すべてが白になった。

 

 

 

ガラスなど鏡になる物はすべて吹き飛び、壁という壁が崩れ、

あちこちから火の手が上がる。

 

「優衣、落ち着け、背を低くして煙を吸うな」

 

蓮の言葉に、ハンカチを口に当てて何度も頷く優衣。

 

「こっちだ」

 

神崎に先導され、皆、身を低くして一階の出入り口を目指す。

その間にもどこかで爆発が起き、足元が揺れる。

全員手近なものに掴まり、揺れが収まるのを待ち、再び進み始める。

 

そして、やっと1階にたどり着いた時に天井を見上げると、

吹き抜けの廊下は既に炎で包まれていた。3階の屋根が焼け落ちるのが見えた。

全員、もう何も考えずに出入り口の大きなドアに飛び込んだ。

外に脱出し、建物から離れると、一際大きな爆発が起き、

本館は1階部分を残してほぼ完全に倒壊した。

 

「俺達、助かったのか……?」

 

提督を持たず、もう元の姿に戻ることのない本館を見ながら、真司が独り言を漏らす。

 

「そうだよ。みんな助かったんだよ……」

 

その時、燃え尽きようとする本館から、2つの光の玉が飛び立ち、

一つは神崎の身体に宿り、もう一つは彼の手の中に収まった。

 

「もう一人の俺、か……」

 

尽き果てようとしていた命を繋ぎ止めた神崎は、その光を軽く握りしめた。

 

「行くぞ。いつまでも悪運を当てにはできん。

さっさと優衣の“命”とやらを確保して鎮守府に戻るぞ」

 

蓮はそう言って、周りを見回した。

すると、錫杖を杖代わりにして、よろけながらオーディンが歩いてきた。

 

「神崎、私はもう駄目だ。だが、“TIME VENT”は、無事だ……」

 

オーディンはカードをドローし、神崎に渡した。

 

「ご苦労だった、オーディン。俺が戦い続けることができたのは、お前のおかげだ」

 

「礼を言うべきは、私だ。生きる意味を与えてくれたことに、感謝する」

 

そして、オーディンは去って行こうとした。だが、真司は彼の後ろ姿に声をかけた。

 

「何言ってんだ!お前も来い!神崎は生きられる、これからも!

戦友なら最後まで一緒に運命と戦えよ!」

 

その言葉に足を止め、ゆっくりと振り返るオーディン。神崎が彼の目をじっと見る。

 

「……オーディン。お前にその気があるのなら、共にこの戦いの結末を見届けてくれ」

 

「承知した……」

 

決して交わることのなかった運命が交差し、彼らは共に旅立つことを選択した。

皆が桟橋を渡り、クルーザーに向かう。

出迎えた三日月は、神崎とオーディンの姿に驚くが、何も聞かずにただ一言だけ告げた。

 

「お帰りなさい……!」

 

「……ただいま」

 

真司もまた、笑顔で一言だけを返した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39話 Thirteen Riders

激戦の後。皆、疲労困憊しているはずなのに、待ち続けた。彼らの帰りを待ち続けた。

桟橋の近くで全てのライダーと秘書艦達が、

転送クルーザーが真司達を連れ帰るのをひたすら待っていた。そして時が来た。

 

クルーザーが光を放ち、廃墟と化した鎮守府から真司と蓮を運んできたのだ。

真司と蓮が桟橋に足を乗せると、歓声が上がった。そして、見知らぬ女性。

だが、彼らが命をかけて救い出したショートカットの女性が降り立つと、

更にその声が大きくなる。しかし、その喜びは次の瞬間消え失せた。

なぜなら、全ての元凶たる神崎士郎とその右腕、オーディンが後から姿を現したからだ。

 

「総員、戦闘態勢!!」

 

誰が叫んだか、全員再び武器を取り、艦娘は砲を向け、ライダーは武器を召喚した。

真司は慌てて皆をなだめる。

 

「みんな待って!待ってよ!もう神崎もオーディンも敵じゃない!

武器を下ろしてよ、頼むから!」

 

集まった仲間の中から、長門が厳しい目をして真司に顔を近づける。

 

「提督、これは一体どういうことだ!説明してもらおう!」

 

「いや、だからさ、事情が込み入ってて、

俺もまだ上手く説明できないんだよ……痛っ!」

 

今にも掴みかからんほどの勢いで真司を問い詰める長門。

思わず自分の傷を忘れて弁解する。見かねた蓮が助け舟を出した。

 

「長門、他のやつも言いたいことがあるのはわかる。

だが、こいつはオーディンとの戦いで重傷を負った。

今は落ち着いてるが検査と治療が必要だ。

とりあえず神崎とオーディンは敵でなくなった。

それだけは信じて今は休ませてやってほしい。頼む」

 

蓮の冷静な口調で徐々に長門の頭が冷える。

 

「ああ、すまなかった!

無傷でこんな状況は生まれないことくらい、わかりそうなものなのに……」

 

長門は、こめかみに指先を当てて緊急シグナルを発した。

神崎とオーディン、そして、傷だらけの二人を見る。

 

「救護班、すぐに担架を!負傷者2名を直ちに収容せよ!」

 

そして、後ろを振り返り、仲間達に告げた。

 

「みんな、聞いての通りだ!いつコアミラーの襲撃があるかわからない。

油断はできないが、とにかく休めるうちに休んで欲しい!

……神崎とオーディンは話がある。作戦司令室まで来てもらおうか」

 

「ああ……」

 

ライダーや艦娘達は、神崎達を不審な目で見ながら、

それぞれにあてがわれた本館の客室に向かった。

 

「さあ、お前達はこっちだ。ダミー鎮守府での出来事を詳細に説明しろ。

司令代理として全てを知っておく必要がある」

 

「そう警戒せずとも消えはしない。いや、消えることができなくなったと言うべきだが」

 

「無駄口を叩くな!オーディンも不審な動きを見せれば命はないと思え」

 

艤装を操作し、背中の41cm連装砲を向ける。

 

「私はこの有様。カードデッキが破損した今、姿を保つのがせいぜいだ」

 

「お前にも聞きたいことが山ほどある。こっちだ!」

 

そして真司達も駆けつけた医務室に運ばれ、応急処置が施された。

 

 

 

 

 

──本館 北岡用客室

 

 

北岡は客室に備え付けられたシャワーで汗を流し、

ガウンを着てソファで体を休めていた。

軽微な傷を負っていた飛鷹は宿舎の風呂に入っている。

吾郎が北岡の着替えを持ってきた。糊のきいたワイシャツと、

あいにく代えがなくブラシで汚れだけを落とした高級スーツ。

 

カシャン!

 

彼が腕に下げたそれらを北岡に渡そうとした時、

スーツからゾルダのデッキが落ちてしまった。慌てて拾おうとする。

 

「すいません!」

 

「ああ、いいよいいよ。……俺さ、本気で止めようと思ってるんだよね、ライダー」

 

「先生……」

 

「ああ、別に病気のせいじゃないよ。なんか、疲れたっていうか、虚しいっていうか。

それにほら、永遠の命がなくても、結構面白おかしく暮らしてるじゃない、俺。

だからさ……どう思う、吾郎ちゃん?」

 

「俺は……先生が満足して、毎日を送れるなら、それが一番いいと思ってますから」

 

「ふっ、満足してるよ!吾郎ちゃんのおかげで」

 

「ありがとうございます」

 

「よし決めた。ライダー引退記念に、

また吾郎ちゃんのフルコースでパーっとやりますか。

また飛鷹がびっくりするようなやつ頼むよ」

 

そして紅茶のカップを手に取るが、手が震え、落としてしまった。

派手な音を立てて割れるティーカップ。

 

「ちょっと……手に力が入らなくて」

 

「このところ、戦いが続いてましたから。紅茶、入れ直してきます」

 

吾郎は無理に笑い、給湯室のある執務室に去っていった。

 

「……結構保ったよな」

 

北岡は震える手を見て一人つぶやいた。

 

 

 

 

 

──食堂

 

 

一夜明け。

真司と蓮の治療が済み、まだ戦闘が出来るほどではないものの、

座りながら皆に状況説明が出来るまでには回復した。

ライダーも艦娘も思い思いの席に着き、彼らが来るのを待っていた。

そして、優衣が押す車椅子に乗った真司と、松葉杖を断り片足で跳ねる蓮が

食堂に来ると、場の空気が静まり返る。

 

一体何がどうなって神崎とオーディンがライダーバトルを止めるに至ったのか。

皆、気になって昨夜はよく眠れなかった。当の神崎とオーディンは既に食堂に来ており、

二人共窓辺で微動だにせず立っていた。誰も、話しかけようとはしなかった。

 

「ありがと優衣ちゃん!ここでいいよ」

 

優衣が車椅子を出入り口近くに止め、彼女と蓮が適当な椅子に座ると、

真司が口を開いた。

 

「みんな、本当にありがとう!俺達がいない間、鎮守府を守ってくれて。

凄く大変だったって聞いてる。誰も犠牲者が出なかったのは、やっぱりみんなが……」

 

「前置きが長いんだよ城戸君。そんなのはいいから早いとこ本題に入ってよ。

あの存在感出しまくりの二人がどうしてライダーバトルを止めることにしたのか、

そもそもなんでここに来たのか、そこら辺が聞きたいわけよ」

 

真司の前口上を遮って、北岡が本題を求めた。

 

「ああ、ごめん……じゃあ、ダミー鎮守府に入ったところから話すね。

まず俺達が優衣ちゃんを探していると、本館から優衣ちゃんが出てきたんだ。

連れて帰ろうとしたら、そこのオーディンと戦闘になったわけ。

俺は見ての通りの重傷を負ったんだけど、蓮が倒してくれた。

 

その後俺達は本館に乗り込んで、優衣ちゃんを見つけたんだけど、神崎も一緒だった。

でも、優衣ちゃんに聞いたら、神崎も

もう存在を保っていられる時間は殆ど残されていなかったんだ。

だけど、その部屋に追いてあった鏡に、少年時代の神崎の姿が浮かび上がって、

話しかけてきたんだ」

 

「話ってなんですか?」

 

いろいろ聞きたくて我慢していた足柄がとうとう発言した。

 

「それは……“自分も優衣を救いたい”。昔、優衣ちゃんが病気で倒れた時、

ミラーワールドの優衣ちゃんが命をくれて助かった時と同じ。

……あ、これって話したかな?」

 

反応はまちまちだった。知っている者、知らない者、ほぼ同数。

 

「ごめん。大事なことなのに、全然情報共有できてなかった。

ライダーバトルのこととかで頭が一杯で、ちゃんと話したことなかった……」

 

「つくづくお前らしい。とにかく、優衣はかつて幼いころに命を落としかけた。

だが、ミラーワールドの自分から期限付きの命を貰った。その期限は来月。

現実世界に居続ければ消滅する運命にあった。

それを避けるために神崎が現実世界とミラーワールド、2つの性質を持つ艦これ世界に

連れてきた。そう、優衣はミラーワールドの人間だ……」

 

蓮が簡潔に説明してくれた。やっぱりこういう時に頼りになる、と言おうとしてやめた。

また悪し様に言われるだろう。その時、優衣が真司に視線を送る。真司は黙って頷いた。

そして彼女が立ち上がり、不安げに皆を見渡してから、語り始めた。

 

「みなさん、自己紹介が遅れてすみません。私が神崎士郎の妹の優衣です。

今、蓮が話してくれたように、兄が皆さんに大変な苦しみを与えてしまったことは、

全部私のせいなんです。兄と私は幼いころ、両親に見捨てられ、

小さな部屋でずっと絵を書いていました。

ドラグレッダー、マグナギガ、デストワイルダー、その他全てのミラーモンスターの絵。

そして、ミラーモンスターを従えて私達を守ってくれる仮面ライダーの絵を。

 

きっと兄は、その時の願いを抱き続けたまま、ミラーワールドを開いて、

かつて願った存在を造り出したんだと思います。

つまり、もとを正せば、ライダーバトルが始まるきっかけを作ったのは、

私だったんです。本当に、すみませんでした!」

 

そして、優衣が深く頭を下げた。

 

「そう……そんな、信じられないことがあったの。

子供たちの願いが、こんな残酷な形で現実になるなんて」

 

飛鷹は神崎兄妹の出自とミラーワールドの起源について驚きを隠せない様子だ。

その表情に怒りはなく、むしろ悲しみが浮かんでいた。

 

「で、兄貴の方からは一言もないんだけど?」

 

北岡が窓際の神崎を見て、優衣の言葉に反応を求める。

 

「俺がミラーワールドを開いた経緯については、大方優衣が話した通りだ。

このサイバーミラーワールドで傷ついた住人には、心から詫びる。

だが、自らの意志で戦いに身を投じたライダーについては、特に言うことはない」

 

「お前なぁ!ライダーがどんな気持ちで……あたた!」

 

真司は無表情でライダーを突き放す神崎に食ってかかろうとしたが、

車椅子に乗っていたことを忘れて治りきってない傷を痛めた。

 

「落ち着きなって。

この鉄面皮から艦これのみんなへ謝罪を引き出せただけでも良しとしようよ。

それに……俺達がバトルに参加しなきゃ、

そもそも何も起こらなかったのも事実なんだし?」

 

そして北岡はコーヒーを一口飲む。ライダー達が少し黙った後、蓮が話を再開した。

 

「……神崎少年に話を戻そう。そいつが言うには、

“自分も神崎が優衣を救おうとし、何度も失敗するところを見てきた”、

“自分が間もなく消滅する運命にある”、

“命を2つに分けてくれてやろう”。

要約するとこんなところだが、最も重要なのは、

そこで命が3つ手に入ったということだ」

 

「何度も失敗?2つもらったのに手に入ったのは3つ?漣の脳があぼーんしそうです……」

 

混乱する漣。まだ重要なキーワードが出ていないのだから無理もないだろう。

 

「すまない。何しろ事情が込み入っている。

まず、このライダーバトルで命を必要としていたのは、まずは神崎。

妹の優衣を救うためだった。二人目は北岡。

事情はよく知らんが少年の神崎が言っていた。

最後に……俺だ。恋人が意識不明の重体だ」

 

食堂のメンバーがどよめく。一番自分のことを語りたがらない蓮の事情を聞いて驚いた。

 

「だが、この候補から優衣は除外される。

消滅の心配がないこのミラーワールドで生きることを選択したからだ。

次に、少年の神崎は2つの命のうち、1つをそこにいる神崎に与えた。

自分に代わって優衣を守らせるために。

そうなると、残る命は1つだが、ここでもう一つの“命”が現れる。

優衣に完全な新しい命を与えることを諦めた神崎が、

オーディンから1枚のカードを回収した。

“TIME VENT”という、時間を巻き戻すことのできるカードだ」

 

「にわかには信じがたいですね。

既存の物理学では到底実現不可能な現象をカード1枚で発動できるとは」

 

香川が教授らしく反論する。

 

「可能か不可能かはこの際置いておく。

“TIME VENT”を使えば、死に至る原因が発生する前に時間を遡り、危機を回避できる。

そういう意味での“命”だ。だが、ここで問題がある。

神崎少年から受け取った命と“TIME VENT”には決定的な差がある」

 

「差……?」

 

蓮のそばに立っていた加賀が小さな声で尋ねる。

 

「“TIME VENT”が完全に死を避けられるのに対し、

神崎少年から受け取った命は10年という期限付きだ。

優衣が現実世界で生きられなくなったのと原因は同じだ。

もう、命が必要なのは俺か、北岡しかいない。

どちらがどちらを手に入れるかだが、俺は最後のライダーバトル……」

 

 

「お前持ってきなよ、“TIME VENT”」

 

 

北岡が蓮に背を向けて言い放った。吾郎にも飛鷹にも、そして蓮にも衝撃が走る。

常に自分の幸せを最優先にしてきた北岡が、

完璧な形で助かる方法を手放すと言っているのだ。しばらく皆、言葉が出なかった。

大きく一つ息をついた蓮が、ようやく言葉を口にした。

 

「……何を考えている」

 

「別に?ただ、もうお前と顔つき合わせてドンパチやるのにうんざりしたっていうか、

無駄に長生きしてヨボヨボになりたいとも思わないんだよね。発送の転換っていうの?

今までは永遠の命を得るために戦ってたけど、これからは太く短く。

仕事なんかやめにして贅沢三昧の10年を生きるのも、悪くないかなって。

これ、裁判でも重要な思考だから」

 

「先生!どうして諦めるんですか!?まだ可能性はあるじゃないですか!」

 

吾郎が北岡に駆け寄り、考え直すよう迫る。

 

「そうよ!どうして生きるチャンスを捨てるような事するのよ!

最後まで一緒だっていったじゃない!こんな形で終わりになるなんて、嫌……」

 

飛鷹が目に涙を浮かべて訴える。だが、本人は明るい調子で答える。

 

「二人共、俺が自殺するみたいな言い方やめてくれないかなぁ。

俺は、自分の人生を一番素敵な形で送りたいだけだよ。

それに……“TIME VENT”だかなんだか知らないけど、

怪しいカードに命預けるつもりもないし」

 

「ぐすっ……どういう、こと……?」

 

「ねえ神崎。そのカードってさ、過去に遡るんだよね」

 

「……ああ、そうだ」

 

「もし俺が病気の発症前にタイムトラベルして治療に専念してたら、

吾郎ちゃんからも飛鷹からも俺のこと忘れられそうじゃん。

そもそも出会うことがないんだから。

勘弁して欲しいよね、俺、こう見えても結構寂しがりなんだからさ」

 

「先生……」

 

「提督!……お願い、ずっとここにいて!私も貴方の素敵な人生に加えてよ!

お願いだから……!」

 

泣きながら北岡に抱きつき、訴える飛鷹。北岡も彼女を抱き返す。

 

「……ありがとう。もう君と出会えただけで十分素敵な人生だよ。

それに、コアミラーを破壊したらミラーワールドは閉じられる。

俺達現実世界の存在は、はじき出されるんだ。頼むよ、最後の時は笑顔で見送ってよ」

 

「でも、でも……」

 

「はい、“命”の配分はこれで終わり!……で?他に話はないの、秋山」

 

パン、と手を叩いて北岡は話を打ち切った。

 

「他に城戸からコアミラー破壊について重要な話があるそうだ。

具体的な内容は俺も聞かされてない。城戸、説明しろ」

 

「わかった。俺、思いついたんだけど……」

 

 

…………

 

 

そして、真司は思い至った可能性について、集まった皆に説明した。

その突拍子もない案に、皆は微妙な表情をする。

 

「城戸君、その方法の成功率について、何らかの検証はしてみたのですか?」

 

「いえ、正直言って、してないです。なにしろ、全部集めないと成立しませんから」

 

「なるほど……」

 

香川は肯定も否定もせずに腕を組んで考え込む。

 

「でも、現時点で可能性があるとするなら、城戸提督の案しかないと思われます」

 

足柄が立ち上がって、食堂の隅に寄せておいたプロジェクターを起動した。

真っ白な壁に一枚の写真が映し出される。

 

「MIに何百機と偵察機を送り込んで戻ってきた、たった1機が持ち帰った画像です」

 

上空から写された写真には、輝く巨大な球体、

そして深海棲艦、数百体が放射状に列を成してそれに群がる様子が収められていた。

その異様な光景に皆が息を呑む。

 

「例え、全鎮守府の艦娘を総動員し、全ライダーが出動しても、

この数の前に、コアミラーに接近する前に全滅すると考えます」

 

皆も突きつけられた現実に、手段を選んでいる余裕がないことを知る。

 

「ふむ、賭けになりますが、やはり城戸君の作戦を実行に移すしか……」

 

 

「おい、ふざけんじゃねえぞ」

 

 

その時、これまでの会議を殆ど聞いていなかった浅倉が異を唱えた。

真司を始め、全員が彼を見る。

 

「浅倉……」

 

「そのコアミラーとやらをぶっ壊したら、ライダーバトルが終わるんだろう。

冗談じゃねえ、誰が好き好んでこんな楽しい殺し合いを終わらせるかってんだ……!」

 

「いい加減にしなさい!もう誰もライダーバトルなんてしないわよ!

あんた一人で深海棲艦とでも戦ってればいいじゃない!」

 

思わず大声が出る足柄。だが、浅倉はヘラヘラ笑いながらカードデッキを出す。

 

「構わねえぜ。ただ、こいつを使うこともしねえがな」

 

「ねえ、本当に世界が滅ぶかどうかの瀬戸際なの!お願い!」

 

浅倉の肩を掴みながら懇願する足柄。その時、北岡が立ち上がり、浅倉に歩み寄った。

 

「なあ、浅倉。取引しないか」

 

「……言ってみろ。ここより派手な戦場があるなら聞いてやる」

 

北岡は浅倉の耳元で何事かをささやいた。

小さな声だったので誰にも聞こえなかったが、浅倉がみるみる笑顔になる。

 

「逃げんじゃねえぞ……」

 

「逃げた所で勝手にお前の方から来るじゃん。いつかは家を汚してくれてありがとう!」

 

「決まりだ」

 

「えっ、それじゃあ!?」

 

「乗った」

 

「あ、ありがとう?」

 

浅倉が突然態度を変えたので困惑する足柄。

何を条件にしたのか聞こうとしたが、北岡はさっさと自分の席に戻ってしまったし、

浅倉に聞いても多分答えないだろう。

 

「意見はまとまったようですね。では城戸君、この作戦の具体的な手順を。

我々はどうすればいいのか教えてください」

 

香川が発案者の真司に指示を求める。真司は皆に呼びかけた。

 

「とにかく、コアミラーにこっちの動きを悟られちゃだめだ。

みんな疲れてるのに、また乱戦になったらいつまでも決行が遅れて、

また現実世界にミラーモンスターがあふれ出すことになる」

 

「そういえば……僕らの世界はどうなったのかな。

ここじゃ東京の様子を知ることもできない」

 

東條が2002年時点の東京について案じる。

彼は、激しい運動をしなければ自分で歩けるまでに回復していた。

 

「それは大丈夫。今、うちの会社のエンジニアの人が作ったウィルスで

コアミラーの動きが制限されてる。ミラーモンスターも現実世界に漏れ出してたけど、

自衛隊や他の軍隊の兵器でも倒せるまで弱まってるから!」

 

「ほう、なかなか優秀な方ですね。

我々以外にこのミラーワールドへのアクセスポイントに気づき、

干渉できる者がいるとは」

 

「はい!ちょっと変わってますけど、OREジャーナルのネットワークや

プログラム関係のことは全部島田さんがやってるんです……って、ああそうじゃなくて!

とにかく俺が一旦現実世界に戻って棄権したライダー連れ戻してきます。

決行直前まで不要な変身は控えてください!」

 

「一度コアミラーが物凄い悲鳴を上げたけど、ウィルスに侵食されていたのね……」

 

足柄も以前の不可解な現象について納得が行ったようだ。

 

「よくわかった。とにかくコアミラーに目をつけられないように、

不穏な行動は慎むことにしよう」

 

「ご主人様、あの……」

 

漣が手塚にためらいながら話しかける。

 

「どうしたんだい」

 

「さっき、飛鷹先輩が言ってたことです。

やっぱり、漣もご主人様とお別れしたくないです。

やらなきゃいけないことはわかってます。でも、それでも、

いつもそばにいてくれたご主人様がいなくなるのは辛いんです。

それだけは知っておいてください。漣からの、お願い……」

 

今にも泣き出しそうな顔で言葉を綴る漣。手塚は彼女の頭に手を置いて優しくなでた。

 

「俺も寂しい。でも、悲しまないで欲しい。この世は悲しい別ればかりじゃない」

 

彼はポケットからマッチを取り出し、一本点けた。

その火は温かくゆっくりと燃え、長く手元を照らして消えていった。

 

「例え生きる場所が変わっても、俺達の絆がなくなることはない。

ここで過ごした2ヶ月の事は生涯忘れない。もちろん、君のことも」

 

「ご主人様!……ご主人様っ!」

 

漣が、わっと手塚に抱きついた。彼もまた漣の頭をなで続けた。

皆がその様子を見守っていると、神崎が口を開いた。

 

「……話は付いたようだな。最後に確認だ。

北岡、お前はかりそめの命を得る。それでいいんだな?」

 

「そうだよ、何度も言わせないでよ」

 

「そして秋山、お前は“TIME VENT”で過去に遡り、

恋人を重傷を負う危険から遠ざけることで命を救う。それで構わないな?」

 

「……ああ」

 

「それは、401号室での実験が行われた日時以後の人間関係は、

全て破棄することを意味している。それは理解しているか」

 

思わず真司が蓮を見る。蓮は壁に寄りかかってただ床を見つめていた。

 

「わかっている」

 

「では、これを渡そう」

 

神崎はコートからカードを取り出し、蓮に渡した。

大きな時計が描かれたアドベントカード、“TIME VENT”。

 

「バイザーは必要ない。適当な鏡にかざして戻りたい日時を思い描けばそれでいい」

 

「わかった……」

 

恵理を救う手立てを手に入れた蓮だが、その表情に喜びはなかった。

次に神崎は北岡に歩み寄る。彼はコーヒーカップを置いて神崎と向き合った。

 

「北岡秀一、最後のチャンスだ。本当に自分の選択に後悔はないな?」

 

「しつこいよ!いいからさっさと済ませてよ」

 

鬱陶しそうに手を払う北岡。

 

「……では、お前に“命”を渡そう」

 

「ああ。お前の分身ってのがなんだか美しくないけど、贅沢は言ってられないしね」

 

神崎が両手のひらを差し出すと、小さく光る珠が浮かび上がった。

それは宙を漂いながら、北岡の胸に飛び込んだ。吾郎と飛鷹が駆け寄る。

 

「先生、どうですか具合は!?」

 

「少しは楽になった?もう大丈夫そう?」

 

「二人共落ち着きなよ。

おかげさまで、肺の異物感は取れたし、手足の痺れもなくなった。

さて、事が済んだら贅沢の限りを尽くしますかね」

 

北岡は両腕をさすったり、手を握ったり開いたりして、

体調が完全に回復したことを確認した。

 

「先生……よかった!」

 

「提督が無事なら、もう何も言わない。これで、安心してさよならできそう……」

 

「ははっ、飛鷹はせっかちだな。まだ何も終わってないのに。

最後まで秘書艦として頑張ってもらわなきゃ」

 

「ふふ。そうね、子供っぽくてワガママな提督の秘書が務まるのは、私だけだもんね!」

 

飛鷹は涙を拭いながら答えた。

そして、最後に神崎は、終始事の成り行きを見守っていた長門に近づき、

 

「長門型1番艦・長門。頼みがある」

 

「断る」

 

にべもなく突き放す。だが、

 

「……用件にもよるが」

 

話を聞く体制に入る。もう内容はわかっているのだろう。

 

「優衣を、この鎮守府で受け入れてほしい」

 

そばで聞いていた真司は、あえて黙っていた。

数え切れない時間逆行を繰り返し、ライダーバトルの果てに絶望し、

虚ろの世界を彷徨うだけの存在になった神崎。

せめて彼には兄らしく妹の先行きだけは決めさせようと思った。

 

「いいだろう。今日からここは優衣の家となり、私達は彼女と生きていく」

 

「……ありがとう」

 

神崎はその長身を折り、長門に深々と頭を下げた。そして長門が付け加える。

 

「ついでに、ライダーバトル・ミラーワールドに関する諸々の罪で、

今日からここはお前の流刑地となる。

城戸提督が去った後は、我々の監視下で提督として休みなく働いてもらう」

 

思わず顔を上げる神崎。真司も思わず声を漏らす。

 

「長門……!」

 

「以上だ。提督、全てが終わった時、この男に提督の任を負わせたい。

了承してもらえるか?」

 

「ああ、もちろんだよ!」

 

そして、鎮守府に見えない力が働いた。これが効力を発揮するのは、皆が勝利した時。

必ず成功させてみせる!真司は決意を新たにした。

 

「じゃあみんな、今できることは全部片付いた。

決行は明後日がいいとおもうんだけど、どうかな?」

 

「発案者が決めなよ、そんなの」

 

「僕はそれでいいよ」

 

「長すぎず短すぎず。皆さんの休息に必要な時間を考えるとそれがいいと思います」

 

北岡が爪を磨きながら答え、東條も賛成する。そして足柄が真司の案を支持してくれた。

 

「わかった!じゃあ、現実世界の二人は明後日の10時に連れてくる。

決行は正午。それで行こう!」

 

「最初からさっさと決めていればいいものを」

 

蓮がそっぽを向きながら文句を言った。その場はそれで解散となった。

なるべくコアミラーにライダーの力を見せないように。

そして決戦に備えて十分に力を蓄えておくこと。

皆がやるべきことを思い描きながら、食堂から去っていった。

 

 

 

 

 

──2日後 城戸鎮守府 本館前広場 時刻1000

 

 

広場の前には、棄権、脱落した者も含め、オルタナティブ・ゼロを含む

13人のライダーと秘書艦達が集まっていた。

 

「12、13……うん、みんないる!」

 

真司はライダーの数を数え終えると、集めた二人に声をかけた。

 

「美浦ちゃん、佐野!来てくれてありがとう!」

 

「当然でしょう。鳳翔さんの世界、絶対壊させはしないわ!」

 

「うちの社屋もミラーモンスターに被害受けて正直ムカついてるんですよね。

コアミラーになんか仕返ししないと気が済まないっていうか」

 

 

 

そして、工廠前には神崎とオーディンがいた。

 

「……これで、一度きりのカード使用には耐えられるようになった」

 

「私の役目もこれで終わりということか」

 

「世話になったな。主人、設備を貸してくれたことに礼を言う」

 

「あ、ははぁ……それほどでも」

 

不気味なオーラ丸出しの男に礼を言われ、明石は若干後ろに下がりながら返事をした。

 

 

 

また、別の場所では、浅倉が手持ちのものと、手塚から預かった、

かつて暴虐を働いたライダー達のデッキを持ち主に返していた。

 

「おらっ!」

 

「痛てっ!」「投げるな!」「おっとと!乱暴ですね」

 

浅倉が“ADVENT”を入れ直したデッキを、芝浦、高見沢、

ようやく重度の骨折から回復した須藤に投げつけていた。

既に真司が提督権限で、“デッキの所有権は手にした者にある”、と宣言していたので

彼らは再びライダーの力を取り戻したことになる。しかし、

 

「俺の命令以外のことはするな。叩っ殺されたくなかったらな」

 

「もう、穴は掘らなくていいんですか!?」

 

「てめえ、チンピラの分際で俺に……ごほっ!」

 

浅倉は黙って高見沢の腹を殴る。たまらず座り込む。

 

「まさか、こんな形でまた共同作業することになるとは思いませんでしたよ。

まぁ、何が何なのかさっぱりですが」

 

「とにかく言われた通りにしてりゃいい。あと、俺をイラつかせるな」

 

一人で複数体のモンスターと契約しているなら、

自分だけで全ての“ADVENT”を発動させることも可能だが、

真司の案で念のため本来の持ち主に発動させることにした。

一番多くデッキを持っていたので、いつの間にか返却係にされていた浅倉は

既に少しイラついていたが。そして、時が満ちる。時刻、1200。

 

「みんな、今だ!」

 

ライダー達は皆、デッキを手に噴水、ガラス、小川等を利用して変身した。

そして総勢13名の仮面ライダー達が広場に集結。その時、

 

 

《…………!!?!》

 

 

また、コアミラーからの波動が押し寄せる。

しかし、艦娘達も両足と腹に力を入れて耐え忍ぶ。

 

「大丈夫、絶対負けない!ご主人様がそばにいるんだから!」

 

「真司さん……三日月は大丈夫です!」

 

「これくらいでへばってちゃ!提督を支えることなんてできないのよ!」

 

「こんなところですっ転んだら、あの馬鹿に笑われるわね……!」

 

「司令官にも加賀さんにも、みっともない所は見せられません!」

 

「大丈夫、二人なら!」「耐えきれる!」

 

電と五月雨は両手を取り合い、互いを支え合っていた。

彼女たちの様子を見た真司は、決行の合図を出す!

 

「全員、契約モンスターを召喚して!これが最後の戦いになる!

俺達全員の力でコアミラーを破壊するんだ!」

 

龍騎サバイブは“ADVENT”をドロー、装填。烈火龍ドラグランザーが

異次元とサイバー空間の壁を突き破り、鎮守府上空に姿を現した。

 

「気張りすぎだ、突撃前にへばるなよ」

 

ナイトサバイブも“ADVENT”をドロー、装填。疾風の翼・ダークレイダーを召喚。

ブルーの翼を持つ巨大な蝙蝠が大空を飛び回る。

 

「まったくだよ。頭脳にしろ戦いにしろ、遊びってもんが重要なのよ」

 

ゾルダも“ADVENT”をドロー、リロード。鋼の巨人・マグナギガを召喚した。

強力な代わりに殆ど自力で移動できない欠点を持つが、もう気にする必要はない。

 

「誰も状況を説明してくれません。とりあえずやることはやりますがね」

 

シザースは“ADVENT”をドロー、装填。甲殻類らしい装甲を誇るボルキャンサーを召喚。

 

「運命は変えるもの。見ていてくれ、雄一!」

 

ライアは“ADVENT”をドロー、装填。

海から大きな水しぶきを上げて、エビルダイバーが姿を現した。

 

「うちに帰りたいよ……」

 

ガイは“ADVENT”をドロー、装填。

木陰から巨大な岩石を寄せ集めたかのような巨体を誇るメタルゲラスを召喚。

 

「ふん、俺のモンスターが一番優れてんだよ!」

 

ベルデは“ADVENT”をドロー、クリップに挟み、手を離した。

周囲に完全に擬態していたバイオグリーザがその姿を表す。

 

「来い!お前の力を見せろ!俺を楽しませろ!」

 

王蛇は“ADVENT”をドロー、装填。

ベノスネーカーが高速で地を這いながら、彼のそばに寄り添うように現れた。

 

「お願い、ブランウィング!」

 

ファムは“ADVENT”をドロー、装填。

美しく勇ましい鳴き声を上げて、大きな本館の裏からその巨大な翼で飛来した。

 

「僕は、今度こそ間違えない!」

 

タイガは“ADVENT”をドロー、装填。

物陰からデストワイルダーが飛び出し、空中で一回転してタイガのそばに降り立った。

 

「私に出来ることがあるとすれば!」

 

オルタナティブ・ゼロは“ADVENT”をドロー、スキャン。

どこからともなく、顔面に多数の穴が空いたサイボーグのような

契約モンスター・サイコローグが現れ、彼の傍らに立つ。

 

「う~ん、ミラーワールド閉じたら、ちょっとは有名になれるのかな?」

 

インペラーは“ADVENT”をドロー、装填。

ギガゼールを筆頭に、彼の背後に無数のガゼル型モンスターが現れる。

 

「不死鳥よ、私を導いてくれ……!」

 

オーディンは“ADVENT”をドロー、装填。天空から光り輝く存在が舞い降りる。

生と死を司る不死鳥、ゴルトフェニックスが皆の頭上で滞空する。

 

 

 

全員の契約モンスターが現れた時、

鎮守府の各所に設置されたスピーカーから大淀の声で警告が発せられた。

 

 

《総員、厳重警戒!鎮守府正面海域に深海棲艦の大群が接近中!正確な数は測定不能!

仮面ライダーは直ちにこれを迎撃されたし!》

 

 

「……浅倉、頼む」

 

龍騎が告げると、王蛇はカードを1枚ドロー。

 

「派手に暴れろよ……」

 

そしてベノバイザーに装填、スロットを押し下げ、装填した。システム音声が鳴り響く。

 

 

 

 

 

『UNITE VENT』

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

 最終話 Time To Say Good Bye

深海棲艦の群れが目前に迫る。もはや駆逐艦も重巡も姫級も関係なく入り乱れ、

ただ真司達を抹殺することだけを考え、ひたすら前進を続ける。

“UNITE VENT”による13体の契約モンスター全ての合成処理は間に合うだろうか。

水平線の向こうで何かが光る。遅れて雷のような砲声が轟いてきた。

砲弾がここまで届くことはなかったが、確実に敵艦隊は近づいている。

 

「おおおおお!!」

 

王蛇が吠える。本来3体分の合体しか想定していない“UNITE VENT”が、

ベノバイザーに処理能力を大幅に超える命令を流し込む。

限界以上の性能を強引に行使するベノバイザーが大きく振動し、燃えるような熱を持つ。

 

「まだだ……!まだ耐えられる筈だ!」

 

王蛇は、手が焼けるのも構わずベノバイザーを握りしめ、

契約モンスターの合体完了を待つ。

 

“UNITE VENT”に導かれ、広場にドラグランザーがその身を真っ直ぐに横たえた。

そこにメタルゲラスが飛び込み、融合。ドラグランザーの胴がより太く、頑丈になる。

そして、ダークレイダーが背中に取り付き、一対の翼となる。

それをきっかけに次々と契約モンスター達がドラグランザーに飛び込み、融合する。

 

ボルキャンサーが頭部、胸部の装甲を担い、

マグナギガは分解し、ドラグランザー腹部にレーザー砲、速射砲台となって装備された。

同じくベノスネーカーの首も毒液を撒き散らす下方攻撃、及び

煙幕を撒き散らす全方位攻撃を行う特殊装備に変化。

 

エビルダイバーは重い重量を首の下で支える下部の翼、

ブランウィングは巨体を飛行させるために、背中のもう一対の翼となった。

どんどん新たな命が形作られていく。

 

デストワイルダーは胴の両脇から飛び出す巨大な鉤爪となり、

外部からは見えないが、体内にバイオグリーザ、ギガゼールが待機し、

サイコローグが自身を分解し、ドラグランザーの首の根本に、

生物らしくない二人がけのコクピットとなって現れた。

 

最後。ゴルトフェニックスが空を舞い、その体を輝くエネルギー体に変え、

12のモンスターの融合体の上から降り注ぎ、新たな命を与えた。

ゴテゴテとモンスター達を押し固めたような姿は、仕上げの塗装を施されたような

滑らかな外観となり、今、新たな1体の契約モンスターとなった。

龍の首を持ち、背中に漆黒と純白の翼、首の下部に、

バランスを取り更に揚力を得るためのワインレッドの補助翼、

その他の肉体各所はドラグランザーと同じ真紅に染まった。

その名こそ──人造神「ディバインキマイラ」。

 

「ぐあっ!」

 

熱に耐えきれなくなった王蛇が焼け焦げたベノバイザーを投げ捨てる。

しかし、全てが間に合った。その禍々しくも神々しい姿に皆が言葉を失う。

二対の翼で烈風を巻き起こしながら飛び立ち、輝く姿を見せつけるディバインキマイラ。

我に返った龍騎サバイブはナイトサバイブに促す。

 

「蓮……行こう!」

 

「ああ!」

 

龍騎と蓮は、まだ痛みが残る体の力の全てを振り絞り、

ディバインキマイラのコクピットに飛び乗った。

 

「あいた!」「くっ……!」

 

シートに着地した衝撃が傷に響いた。しかし、そんな痛みは次の瞬間、驚きに消し飛ぶ。

なんだこれは。本当に生物の一部なのか?

旅客機の操縦席の様に機械的なコクピットには様々な計器が並んでいた。

多数の計器や操縦桿に戸惑う龍騎。それはナイトも同じようだった。

しかし、着席した瞬間、この半生物半機械の最終契約モンスターと

龍騎達の意識がリンクし、動かし方が本能に刷り込まれた。龍騎は力強く操縦桿を握る。

 

「行ける……こっちは操縦席みたいだ!蓮は?」

 

「ここはガンナー席だ。射撃管制装置の類が多い」

 

うっかり龍騎達が感心していると、下から差し迫った声が聞こえてきた。

 

“真司さーん!間もなく深海棲艦の射程圏内に入ります!早く反撃を!”

 

「ごめん、今なんとかする!蓮、攻撃はどうすればいいの?」

 

「俺に任せろ」

 

蓮はデッキからカードをドロー、

2つの席の間にあるカードリーダーに置き、スキャンした。

スキャンされたカードはホログラフとなり空中に分解されていく。

 

『SHOOT VENT』

 

そして、カードが発動すると、ディバインキマイラは巨大な二対の翼で羽ばたき、

深海棲艦で埋め尽くされた海を睨んだ。

そしてゴルトフェニックスの力が体内に行き渡り、ドラグランザーの口に凝縮される。

圧縮に圧縮を重ねた輝く炎のエネルギーは、一瞬カッと閃光を放ち、

水平線の向こうまで続く巨大なレーザー光となり、海を貫いた。

そして、そのまま海面を薙ぎ払う。

 

鎮守府近海を埋め尽くしていた深海棲艦は、ディバインキマイラのレーザーで両断され、

焼き尽くされ、瞬く間に全滅。爆発した無数の深海棲艦から漏れ出る炎や煙で、

空が見えなくなった。地上にいた者は皆、その圧倒的な力に声も出なかった。

 

「すげえ……」

 

操縦席に座りながらあっけにとられる龍騎。

 

「これが、モンスター13体の力ということか……」

 

ナイトも同じくその力に驚愕しているようだ。しかし、驚いてばかりもいられない。

龍騎は下にいる三日月に声をかけた。

 

「三日月ちゃーん!これからどうすればいいの!?俺達MI海域に行かなきゃ!」

 

“任せてくださーい!私達が皆さんを転送します!”

 

 

 

ここからは三日月達の出番ね!三日月は艦娘の仲間達に呼びかける。

 

「みなさん、やりましょう!」

 

「ええ、城戸提督と秋山提督を無事に送り届けるの!」

 

三日月と足柄が手をつなぐ。

 

「みんなで、有終の美を飾りましょう!」

 

今度は足柄と飛鷹が手をつないだ。

 

「あいつの頑張りを私が無駄にしちゃ可哀想だからね」

 

飛鷹と叢雲がその手を握り合う。

 

「ご主人様……漣、がんばります。だから……」

 

叢雲と漣がお互いの存在を確かめるように小さな手を握った。

 

「電だって、ここ一番では踏ん張れるんです……!」

「いくら私でも、手を握るくらいのことは失敗しません、多分!」

 

漣、そして電、五月雨が手を握る。

そして最後に五月雨が三日月としっかり手を握り合い、大きな艦娘の輪ができた。

彼女たちが祈りを込め、大空に向かって聖歌のような音声コマンドを唱え始めた。

巨大なディバインキマイラを、艦これの中枢に直接アクセスさせる膨大な処理。

全員で力を合わせて龍騎達を転送すべく、分担してコマンドを入力する。

 

「目的地、0番サーバー。アルゴリズムナンバー、x000000、新規独立プログラムを転送」

 

「アクセス権限承認済み、プロテクトを一時的に解除」

 

「mapフォルダよりMI.mapをダウンロード」

 

「ダウンロード完了。MI.mapを解凍、展開。基幹システムに及ぼす変更、承認」

 

「独立プログラムの安定性を確認。転送開始の準備を完了」

 

「転送開始。現在進捗率15%……38%……75%……100%!!」

 

「アクセス!!」

 

彼女たちが音声コマンドを宣言し終えると、

ディバインキマイラの身体が龍騎達もろともグリーンの0と1に置き換わる。

そして、その莫大な数の数字は海の向こうへ消えていった。

 

 

 

その頃、龍騎は突然01ゲートのような闇に0と1が浮かぶ空間に放り出されて慌てていた。

通常の艦娘の出撃パターンでは転送できるデータ量に限界があるため、

艦娘達が直接目的地に龍騎達を送り出したのだ。

 

「お、お、おい!何だよこれ!どうなってんだ!?」

 

「黙れ、落ち着け、モニターから目を離すな。ここを抜ければ敵陣は目の前だ」

 

「オッケ!じゃあ、スピード上げるぞ!」

 

龍騎が操縦桿を引くと、ディバインキマイラが4つの翼で大きく羽ばたき急加速。

そして、猛烈な勢いで通り過ぎていくグリーンの数字を突き進んでいくと、

突然視界が白くなる。生身の状態なら目を潰すような眩しい光に包まれ、

龍騎とナイトは目的地へと転送されていった。

 

 

 

 

 

──ミッドウェー海域

 

 

飛行場や軍施設を一つ建設するのがやっと、といった小さな島、

サンド島とイースタン島。

そして北部のサンド小島に囲まれた海の中心に“それ”はあった。

海にぽっかりと空いた穴。その上に浮かぶ球型の鏡面体が、

遥か彼方からでも太陽のように輝く光をギラギラと突き刺してくる。

その光に照らし出されたのは、足柄の写真で見た景色。数百に及ぶ黒い影。

深海棲艦達が艦種を問わず救いを求めるようにコアミラーを取り巻いている。

そう、とうとうディバインキマイラはMI海域にたどり着いたのだ。

 

「あれが、コアミラーか……!」

 

「城戸、迎撃は俺がやる。お前はまっすぐコアミラーに突っ込め!」

 

「わかった!」

 

操縦桿を握る龍騎。そしてナイトはあらかじめカードを1枚ドロー。

大空を羽ばたくディバインキマイラの姿を認めた戦艦レ級、ヲ級空母の群れが

雄叫びを上げて対空砲火、艦載機展開を開始した。

四方八方から真っ赤に焼けた砲弾、戦闘機が群れを成して襲い来る。

ナイトはコクピット中央のカードリーダーにカードを置き、スキャンさせた。

 

『SHOOT VENT』

 

ディバインキマイラ腹部に装備されている、分解したマグナギガが変形した

レーザー砲、速射砲台が本体からエネルギーを供給され、火を噴いた。

超大型爆撃機と化したディバインキマイラ腹部から、

パッと扇を広げるように、幾条ものレーザーがオート照準・射撃で放たれ、

ナイトがモニターで敵艦の位置を確認、座席に据え付けられた銃型の照準装置で

画面中心の十字で狙いを定める。

そして、“ROCK ON”のシグナルが出るとすぐさまトリガーを引いた。

 

ドガガガガ!カアアアアァッ!ドガアアアッ!

 

着弾寸前だった16inch三連装砲弾、接近中だった戦闘機は、

レーザーに焼かれ、全てが消滅。

そして、ナイトも反撃を開始、レーザー射撃は火器管制システムに任せ、

ひたすら敵艦に速射砲を浴びせ続けた。

 

ドガガ!ドガガガ!

 

大口径の速射砲を連続して確実に叩き込み、

攻撃態勢に入っている深海棲艦を優先的に撃破していくナイト。

しかし、レーザーの自動射撃システムがあるとは言え、

視界全てを埋め尽くす敵を、一人が手に負える数だけ撃破したところで焼け石に水。

遠距離から放たれた砲弾が、ディバインキマイラの横腹を直撃。

その体を激しく揺さぶる。

 

「ぐあっ!!」「うわあ!」

 

大きな損傷には至らなかったが、ナイトは必死にトリガーを引きながら龍騎に叫ぶ。

 

「おい、コアミラーはまだなのか!?」

 

「まだ……3分の1ってとこ!」

 

「急げ、撃っても撃ってもキリがない!どうあっても俺達を殺す気だ!」

 

「わかってる!頼む、急いでくれ!」

 

龍騎が操縦桿を倒すと、またディバインキマイラが巨大な翼をはためかせ、一気に加速。

しかし、どこに逃げようがどこであろうが敵が存在しているため、

攻撃から逃れることはできない。

 

そして、速射砲とレーザー砲による猛反撃に、深海棲艦は戦い方を変えた。

付近の敵艦が龍騎達の前方へ集結すると、周りにいた者達が、

我先にと仲間の上によじ登り始めた。無限に近い深海棲艦達は下の仲間が潰れようと、

他の個体を足場にし、どんどん深海棲艦の塔を形作っていく。

まるで極楽へ向かうカンダタを追いかける亡者のように、潰し、潰されながら

彼女たちはひたすら上を目指す。

 

「おい……なんだよあれ」

 

「そうまでしても、“かえりたい”、という事なのか……」

 

深海棲艦達の恐るべき執念に戦慄する龍騎とナイト。

天高くそびえるガンタワーと化した深海棲艦は、

正面から16inch砲、爆撃機、戦闘機をぶつける戦術に切り替えたのだ。

まさに数に任せた決死の作戦。

無数の大口径砲がこちらに照準を合わせ、風を切り裂く艦載機の爆音が向かってくる。

 

「おい城戸、なんとかしろ!こっちは真正面には攻撃できない!!」

 

「ああくそっ!……これならどうだ!」

 

龍騎はカードをドロー。カードリーダーでスキャン。

 

『CLEAR VENT』

 

すると、ディバインキマイラの臓器の一つとなっていたバイオグリーザがその力を開放。

その姿を完全に透明化し、敵を撹乱した。すぐ脇を通り過ぎていく敵艦載機。

正面のおぞましい生物の塔から呻き声の合唱が聞こえてくる。

 

オオオオ……ウアアアア……アァアア……

 

それは、どんな手を使ってでも助かりたい、艦娘に戻りたい、そして帰りたい。

彼女たちの怨嗟の声だった。龍騎は黙って操縦桿のボタンを押す。

コクピットが半透明のバリアで覆われ、

ディバインキマイラが再びゴルトフェニックスの炎で包まれる。

そして、フルスピードで、目標を見失い攻撃できずにいる、

死体と兵器の山に体当たりした。

 

メタルゲラス、ボルキャンサーが融合し巨体化、鉄壁の装甲が施され、

数千度の炎に包まれた最終契約モンスターが直撃し、

深海棲艦の塔は燃え尽き、瓦解した。その哀しい最後を見て、龍騎がつぶやいた。

 

「いつか、帰れるといいな……」

 

「……敵に同情している余裕があるのか。コアミラーまでの距離は?」

 

「3分の2。あとちょっと」

 

「急ぐぞ、こいつだって不死身じゃない」

 

再び大きな翼で空を泳ぎ、コアミラーへ突撃するディバインキマイラ。

ナイトが眼下の敵を迎撃しながら限界速度で飛行を続けていると、

もうコアミラーの全貌が目視できる距離までたどり着いた。

 

「蓮、あれだよ!コアミラー!」

 

「ああ、一気にとどめを刺す!」

 

ドゴオオ!!

 

だが、その時、真下から突き上げられるような振動を受け、

龍騎もナイトもコクピットから放り出されるかと思った。

 

“イカセ……ナイワ……”

 

“アナタモ……シズミナサイ……”

 

“ワタシタチ……オナジニ……”

 

姫級深海棲艦の群れだった。

大声を張り上げているわけでもないのに、彼女たちの囁きは

上空の龍騎達の耳にまとわりつく。

今の振動は彼女たちの苛烈な対空砲火が命中したことによるものだった。

 

「おい、面倒なことになった。レーザーと速射砲が今の攻撃で潰れた」

 

「えっ、どうすんだよ!まだファイナルベントの射程外だよ!」

 

「これで時間を稼ぐ」

 

ナイトはカードをドロー、カードリーダーでスキャン。

 

『STRIKE VENT』

 

ディバインキマイラ腹部の破壊されたレーザー砲と速射砲が収納され、

新たにベノスネーカーの顎が現れた。

その口から重厚な鉄筋すら溶かす毒霧が撒き散らされる。

 

“キャアアアア……!!”

 

強酸性の毒でその身を焼かれ、悲鳴を上げる深海棲姫たち。

だが、有効と思われた攻撃が逆効果となる。

 

ズドオオオ!! ダァン!ダダァン! ドガアアアン!!

 

目を潰され、体中を走る激痛に耐えかねた彼女たちが、

もがき苦しみながらそれぞれ滅茶苦茶な方向に撃ち始めたのだ。

考えなしに放たれ、軌道の読めない砲弾がディバインキマイラの周りを飛び交う。

やがて、一発の16inch砲弾が腹に突き刺さり、爆発。苦しみに咆哮を上げる。

コクピットの龍騎達も激しく揺さぶられる。

 

「何やってる、回避しろ!」

 

「無理だよ!こんなにたくさん!」

 

このやり取りの間にも、身体中がケロイド状になった姫級たちが、

勘だけで対空砲火を繰り返している。

無数の焼ける鉄塊が打ち上げられ、進むことも戻ることもできない。

 

「もうカードないの!?」

 

「ファイナルベント以外はこれで最後だ!お前はコアミラーを目指してろ!」

 

ナイトはカードをドローし、

祈る気持ちでコクピット中央のカードリーダーにセット。スキャンした。

 

『STRIKE VENT』

 

最後のノーマルカードが発動すると、ディバインキマイラの尾が開き、

体内で待機していたガゼル型モンスターの大群が、500kg爆弾を抱えて次々と降下。

空中で深海棲姫達に向かって爆弾を投げつけた。

正確なコントロールで投げられた爆弾は、吸い寄せられるように

彼女たちに飛んでいき、命中。

直撃し爆発した大型爆弾は、彼女たちの艤装を大破させ、攻撃を封じた。

 

“ガ……ガガ……”

 

そして、爆弾が落ちなかった敵艦に直接落下すると、今度は白兵戦を挑む。

強靭な脚で砲身を蹴飛ばして折り曲げ、副砲を踏み潰し、

飛行甲板を蹴り上げ“く”の字に折り曲げた。

一時的に攻撃の手が弱まり、時間を得た龍騎達。

 

「今だ、スピードを上げろ!」

 

「これで!限界……頼む、保ってくれ!!」

 

大口径砲の直撃を受けたディバインキマイラは、傷が痛むのか、

機体の高度が少しずつ落ち、時折バランスを崩す。コアミラーはもう目の前。

ファイナルベントの射程圏まであと10秒。

彼らの周りを、砲弾、爆撃機、戦闘機が飛び交う。

 

「城戸、もう守りは捨てろ!突っ込め!」

 

「あとちょっとだ!」

 

龍騎は既に限界まで操縦桿を倒している。操縦席のモニターに彼我の距離が表示される。

有効射程まで残り500…400…300…200…100!

 

「蓮、射程距離に入ったよ!」

 

「行くぞ!!」

 

ナイトは最後のカードをドロー。カードリーダーにスキャンした。

 

『FINAL VENT』

 

砂嵐だったガンナー席のモニターが復活し、遮光フィルターを通して

眼前のコアミラーを映し出した。そして円形の照準が自動的に目標をロックオン。

ディバインキマイラの火器管制システムが最終攻撃のカウントダウンを始めた。

 

5、全身を再びゴルトフェニックスの炎が覆う。

4、ダークレイダーが翼を高速回転するホイールに変え、

突風を起こして炎を更に大きくする。

3、エビルダイバーが身体を持ち上げ、

ダークレイダー、ブランウィングが全力で羽ばたき、真上に上昇。

2、雲を抜け、嵐を抜け、ディバインキマイラは大気圏外へ突入。

1、宇宙空間でUターンし、ロックオンした標的目がけて落下。

大気との摩擦熱で全てを焼き尽くす神の炎と化し──

 

 

 

その時、空からひとつの星が流れてきた。

13体のミラーモンスターの命。そして、皆の祈りを乗せて。

コアミラーを取り巻いていた深海棲艦は、誰も撃とうとはしなかった。

理由は誰にもわからない。そのあまりにも大きな力を前に諦めたのか、

かつて仲間だった者の祈りを聞き届けたのか。

 

とにかく、彼女たちが見たのは、真っ白に輝く美しい存在が、

コアミラーに激突し、完全に打ち砕いた瞬間だった。

ディバインキマイラのファイナルベント「マーシーオブエデン」で、

ミラーワールドを支えていた存在は完全に粉砕された。

 

粉々になったコアミラーが、月夜の雪のような煌めきを放ちながら、

MI海域にゆっくりと降り注ぐ。その美しい光景に龍騎は思わず言葉を失う。

鏡の破片の一つ一つをじっと見る。それは、願いだった。

蓮、北岡、浅倉、東條、そして、神崎。

皆の願いがそれぞれの姿となってコアミラーの破片に映し出されていた。

龍騎はそのひとつに手を伸ばす。

だが、その瞬間、作戦目標を達成した龍騎達の身体は実体を失い、

間もなくMI海域から仲間の待つ鎮守府へと転送されていった。

 

 

 

 

 

──城戸鎮守府

 

ヴォン!

 

「いでっ!」

 

「ふんっ!」

 

派手に地面に放り出された真司と、巧みにバランスを取って着地した蓮。

二人が戻されたのは、鎮守府の海岸だった。周りを見回すが、深海棲艦の姿はない。

 

「……どうやら、命は助かったようだ」

 

「いてて、みんなは?みんなはどこ行ったんだろう」

 

“真司さーん!!”

 

その時、真司を呼ぶ声が聞こえてきた。

黒のセーラー服に黄色い瞳の少女が、手を振りながら駆け寄ってきた。

そして、思い切り真司の胸に飛び込む。

 

「よかった、よかった……帰ってきてくれて。本当によかった!」

 

真司もまた三日月を抱きしめる。

 

「ただいま……俺達、みんなのおかげでコアミラー壊せたよ」

 

「いいんです、そんなことは、三日月は、真司さんが無事だっただけで……」

 

「邪魔してすまんが、他の連中も無事だったようだぞ」

 

本館の方を見ると、他のライダー達や秘書艦達が笑顔で真司と蓮を迎えに来ていた。

皆の無事な姿に真司は胸にこみ上げる気持ちを言葉にできない。

当然北岡や浅倉は笑顔など浮かべるはずもなく、よそ見をしたり

面倒くさそうにぶらぶら歩いていたが、そのいつも通りにほっとした気持ちになる。

真司と蓮も彼らに合流した。

足柄が前に進み出て、喜びを顔いっぱいに浮かべ、二人に言葉を贈る。

 

「城戸提督、秋山提督。コアミラー破壊の任務達成、誠におめでとうございます!

お二人のおかげで艦隊これくしょんの世界も正常な運行を取り戻し、

現実世界からミラーモンスターの脅威も消え去りました。

本当に、ありがとうございます……」

 

そして丁寧にお辞儀をした。

 

「ああ、やめてよ足柄さん。この作戦が成功したのはみんなが協力したおかげじゃん!

なあ、蓮!」

 

「まぁそうだな。MIでのコアミラーの抵抗は凄まじいものがあった。

ただライダーが全員突入しても近づくことすらできなかっただろう」

 

その時、長門が皆に声をかけた。

 

「みんな、聞いて欲しい。今、作戦司令室に偵察機から入電があった。

コアミラーを失ったMI海域の深海棲艦の配置は本来のものに戻り、

情報入手も容易になった。そこでわかったのだが、

砕かれたコアミラーの膨大な量の破片が完全に消え去るにはまだ時間がかかるらしい。

……だから、今のうちにゆっくりと別れを惜しむといい」

 

皆を包む空気がざわつく。

そう、ミラーワールドを支えるコアミラーが破壊された今、

現実世界の存在が艦隊これくしょんの世界に存在することもできなくなったのだ。

ライダー達は、秘書艦達とそれぞれの形で別れを告げようとしていた。

 

 

 

北岡と飛鷹はしばらく無言で見つめ合っていた。そして北岡が口を開く。

 

「まさか俺がゲームの女の子を愛するなんて、世の中どうなるか分からないもんだね」

 

「提督……じゃない。秀一、さん……!そう、呼んでも、いいかしら」

 

涙をこらえながら飛鷹が答える。

 

「もっと早くそう呼んで欲しかったんだけど?」

 

「やっぱり、行かなきゃ、ダメ?」

 

「いつまでもいられるならそうしたい。でも、無理なんだ。優秀な君ならわかるでしょ」

 

「それじゃあ、せめて……」

 

飛鷹は北岡を抱きしめ肩に両手を乗せ、背伸びして彼に口づけをした。

北岡も彼女を抱きしめる。

 

「他の人と一緒になっても、私の事、忘れないでね……」

 

「忘れるわけがないさ。それに、俺はこう見えて一途なタイプなんだよね。

これから贅沢に忙しくなるから女にかまけてる暇なんてないっていうか」

 

「さようなら……」

 

飛鷹は両の頬を涙で濡らしながら、北岡から身体を離した。

 

 

 

漣は大泣きして手塚を少し困らせていた。

 

「うああ~ん!!ご主人様―!これでお別れなんてメシマズです~!!」

 

苦笑した手塚はしゃがみこんで、そんな彼女の手を取り、1枚のメダルを握らせた。

 

「ぐすっ、これ、なんですか……?」

 

「漣、今まで本当にありがとう。

これは、初めてこの世界に来た時、君を選んだメダルなんだ。

これのおかげで、俺は君と出会えた。

確かにこうして触れ合うことはもうできないのかもしれない。

けど、運命が運んできた絆はこうしてつながっている。

住む世界が違っても、それを断ち切ることは誰にもできない」

 

「でも……やっぱり寂しいです」

 

「俺も寂しい。でも、別れは新たな旅立ちでもある。

もし、君が道に迷うことがあるなら、このメダルを見て勇気を出して欲しい。

人であろうとゲームの住人だろうと、必ず運命を切り拓く力はある。頑張るんだ、漣」

 

「ご主人様……わかりました。漣、もう弱音は吐きません!だから……」

 

漣は手塚を抱きしめた。手塚も彼女を抱きしめ、しばらく互いの温もりを感じていた。

 

 

 

「うおあああ!!」

 

「なんでアンタは最後くらい静かにできないの!?他の皆さんに迷惑でしょうが!」

 

例によって浅倉と足柄はいがみ合っていた。

 

「俺の部屋に置いといたやつ持ってくるの忘れたんだよ、クルーザー動かせ!」

 

「そんなの現実世界に帰って食べればいいでしょ!

それにコアミラーがなくなった影響で、提督の行動範囲は

この鎮守府内に縮小されたわよ!大体アンタ何持ってるのよ、そのデカいトランク!」

 

「どうでもいい!お前帰って持って来い……!」

 

「い・や・よ!あらやだ~ライダー提督の提督権限もなくなっちゃったみたい!ウフフ」

 

「ふざけんなコラァ!!」

 

「呵々大笑ですわ!散々手を煩わせてくれた狂犬提督が何もできなくなるなんて!」

 

「やってらんねえ!酒でも飲む……」

 

高笑いをする足柄とウィスキーをラッパ飲みして怒りを沈める浅倉。

あら?なにかしら。あのボトル見覚えがあるような……

 

「アンタ……!それ私のボトルキープじゃない!“Loving Sisters”の!」

 

「くああっ!……これか?バーテンの女に“お願い”したら快く持ってきてくれたぜ」

 

「ふざけんじゃないわよ!返しなさい!

……っていうかアンタが口つけたやつなんていらないわよ、もう!」

 

「カカカカ……」

 

頭にきた足柄は浅倉に掴みかかろうとしたが、そこではたと気がついた。

那智に持ってこさせたなら、ちゃんとその時に指定したはず。ということは……

 

「ちょっと!アンタ私の名前覚えてたわね!?

最後くらいちゃんと私を呼びなさい!ほら、大きな声で!」

 

「……狼ババア」

 

プチィィーーン!

 

とうとうキレた足柄。何も言わず浅倉に殴り掛かる。

そして浅倉も待ってましたとばかりに足柄の顔を掴む。

二人の最後の肉体的会話が始まった。

要するに、結局この二人はいつもどおりだったということだ。

 

 

 

足柄と浅倉がよろしくしているそばで、叢雲と佐野が別れの言葉を交わしていた。

 

「人の上に立つ人間になったんだから、もうちょっとシャキッとしなきゃ駄目よ」

 

「わかってるって。本当に、短い間だっただけど楽しかったよ。ありがとうね」

 

「別に……秘書艦としての仕事をしてただけよ」

 

「おかげで俺は貴重な経験ができた。ずっと忘れないから」

 

「別にいいわよ、忘れたって……」

 

叢雲が顔をそらすと、佐野が手を見た。徐々に透明になり始めていた。

 

「もうお別れみたいだ。俺、頑張るから。叢雲も元気でね」

 

「あんたも、元気でね……あと、お弁当ありがとう」

 

「……うん、さようなら!」

 

短いながらも共に時を過ごした二人は、友情が芽生えたばかりの時期に

ほろ苦い別れを迎えることとなった。

 

 

 

香川、東條の二人を電と五月雨が見送っていた。

 

「二人共、結局私達のわがままに付き合わせるだけになってしまいましたね。

心からお詫びします」

 

「いいえ、提督のサポートをするのが五月雨達の仕事ですから。

もっとお話したかったのは本当ですけど」

 

「僕はこの世界でいろんな間違いをしてみんなに迷惑をかけた。

でも、その中でひとつの答えを得られたのも事実なんだ。

それを支えてくれたのは君だよ、本当にありがとう」

 

「いいんです!電は、ちょこっとしかお手伝いできませんでしたし」

 

ヌフフフ……

 

そんな彼らを影から見つめる存在が。

いいですねぇ、ライダー提督と秘書艦達の涙の別れ!

艦隊新聞の次号はこれで行きましょう。

 

「青葉さんも出てきてくれないかな?」

 

「ギクッ!あはは、バレちゃってましたか~。

こっそり城戸鎮守府に潜入して待つこと数時間……」

 

「君には一番迷惑……いや、それどころじゃない苦しみを与えた。ごめんなさい。

それと、赦してくれて、ありがとう。やっぱり君は僕の英雄だよ」

 

「や、やめてくださいよう。青葉そういうの苦手で……」

 

「そうだ、最後に記念撮影しようよ。僕、デジカメ持ってるからさ」

 

東條は上着から薄型のデジカメを取り出した。途端に慌てふためく青葉。

 

「ええっ!いや、青葉はいいんですよ!撮られるんじゃなくて撮る方なんですから!」

 

「お願い、最後に1枚だけ」

 

「ええと……じゃあ、1枚だけ。1枚だけですよ?」

 

照れくさそうに答える青葉。そして東條は青葉とのツーショットを撮り、

その後、電や五月雨も呼んで結局皆で記念撮影をした。

 

 

 

蓮と吹雪、そして加賀は本館前広場でベンチに座り、静かに語り合っていた。

 

「私達が出会ったのは、ここでしたよね」

 

「ああ。軍服を持ったお前に追い回されていたときだった」

 

「そうですよ。どうしても着てくださらなかったから、ずーっと追いかけてたんです」

 

「お前は妙なところで頑固だからな。

それで疲れて座っていたら、そこの面倒くさそうなやつが絡んできたわけだ」

 

蓮が端に座る加賀を見た。

 

「私は事実を言っただけ。面倒くさそうなのはお互い様でしょ。

貴方、女の子から近寄りがたいって言われてるわよ」

 

「そんなことは知らん。それで、どういうわけか決闘になったわけだ。

結局、殴り合いのほうが意思が通じやすかったってことだな」

 

「馬鹿なことをしたわね。わざわざ意地のために命を賭けるなんて」

 

「それに乗ったお前も大概馬鹿だ」

 

「なんですって」

 

「ま、まあまあ!お別れのときくらい口喧嘩はほどほどにしませんか」

 

慌てて二人をなだめる。もっとも、二人共本気で怒ってなどいないのだが。

 

「別れといえば吹雪、お前のことだ」

 

「え?私、ですか」

 

蓮は被っていた軍帽を脱ぎ、吹雪に被せた。

 

「返すぞ。俺にはもう必要ない。改二にしてやれなくてすまなかったな」

 

「……っ!いいんです。言ったじゃないですか、努力じゃ誰にも負けないって。

道のりは長いけど、必ず演習を積んで駆逐艦のエースになってみせます!」

 

涙ぐむ吹雪に蓮は何も言わず、微笑みで答えた。そして、加賀に話しかける。

 

「加賀、後のことは頼む」

 

「言われなくても」

 

「お前も約束を守れなくてすまなかったな」

 

「約束?」

 

「お前の腹にでかい穴を開けてやれなくてすまなかったな」

 

「……ふん、相変わらず口の減らない男」

 

だが、加賀は口だけで少し微笑んでいた。

 

 

 

そして。

三日月と真司は海岸に二人きりで立っていた。穏やかな波の音。

飛び立つかもめの鳴き声。吹き付ける優しい潮風。全てが二人を見守るように。

真司が語りだした。

 

「たった2ヶ月ちょっとだけど、俺、三日月ちゃんと出会えてよかった」

 

「三日月もです……」

 

真司も三日月も、言いたいことが多すぎて、なかなか言葉にならない。

無理矢理口調を明るくして、また真司が話し始める。

 

「いや~初めて出会った時は、てんやわんやだったよね!

いきなりゲームの世界に来たと思ったら、深海棲艦が攻めて来て、

帰ってきたら牢屋行きだし」

 

「あの時は、ごめんなさい……」

 

「あぁ、違うんだよ!そういうハプニングとか何かそんなのも含めて、

三日月ちゃんと過ごせてよかったな~って思ってるんだよ、俺!」

 

「真司さん。三日月も、真司さんが提督になってくれて嬉しかったです。

人間を諦めていた三日月に希望を与えてくれて、

それからいっぱい、いっぱい、楽しい思い出をくれて」

 

そっと三日月の手を握る真司。

 

「思い出をくれたのは、三日月ちゃんも同じだよ。

三日月ちゃんと一緒にいたから、数え切れないくらいの思い出ができた」

 

「真司さん……」

 

そして三日月は真司に身を預けた。彼の耳にすすり泣く声が聞こえる。

 

「真司さんを困らせるだけだってわかってるんですけど、

やっぱり三日月お別れしたくないです。

あの執務室から真司さんがいなくなるなんて、思いたくないです!」

 

「お別れじゃないよ」

 

「えっ……」

 

三日月の肩に両手を当て、まっすぐ向かい合う。

 

「少し長いログアウトをするだけだよ。

今は2013年。俺は2002年に戻るけど、絶対君の事を忘れない。

10年後、艦隊これくしょんが生まれたら、必ず君を迎えに行く。

だから、信じて待ってて」

 

「ううっ……はいっ!三日月、待ちます。

真司さんは、必ず約束を守ってくれますから!」

 

三日月は涙を拭いながら何度も頷いた。

 

「ありがとう……それじゃあ、行くところがあるから、一緒に来てくれるかな。

提督としての、最後のお願い」

 

「もちろんです!秘書艦としての最後の仕事、全うさせてください!」

 

彼女は涙と共に精一杯の笑顔を浮かべて答えた。

 

 

 

「……お前に与えられる、最後の選択肢だ」

 

工廠の前で、神崎と優衣にオーディン、そして長門と明石が集まっていた。

真司は三日月を連れて神崎に歩み寄る。

 

「……龍騎か」

 

「神崎……今からお前がこの鎮守府の提督だ。優衣ちゃんのこと、絶対守れよな!」

 

その言葉と同時に、鎮守府に展開されていた見えない力が神崎に集まった。

城戸鎮守府の主が交代した瞬間だった。

 

「命に変えても。龍騎、お前がライダーバトルという因果を打ち崩す

ワイルドカードになるとは、正直思っていなかった。

優衣に生きるチャンスを与えてくれたことに感謝する。……ありがとう」

 

神崎は相変わらずの無表情で頭を下げた。

 

「礼なんかいいよ!ええと、あの、優衣ちゃん泣かせたら、絶対許さないかんな!」

 

「真司さん、娘をお嫁に出す父親じゃないんですから……」

 

三日月が苦笑いでツッコむ。そして優衣が語りかけてきた。

 

「真司君、私は本当にお別れだね。

このミラーワールドで、みんなが無事に10年後を迎えられる様に祈ってるから」

 

「優衣ちゃん……蓮には会ったの?」

 

「うん。もうお別れは済ませてきた。これ以上一緒にいると、余計辛くなるから……」

 

会話が途切れた頃合いを見て、長門が話しかけてきた。

 

「提督。名残惜しいが、貴方ともこれでお別れだな。

貴方が艦娘達にしてくれたこと、艦これの世界に残した足跡は決して忘れない」

 

「やめてよ、長門。いろいろ助けてくれたのは長門も一緒じゃん。

それに、三日月ちゃんには話したけど、俺達はお別れになるわけじゃない。

現実世界が2013年になれば、また逢えるんだよ。だから、俺はさよならは言わない。

次のログインまで、元気でね!」

 

「提督……そうだな、そうだったな。また貴方の元で戦える日を楽しみにしている」

 

「明石のことも忘れないでくださいね!

次に会う時は、ネジをたくさん回していただけると嬉しいかな?

って思ったりなんかして~」

 

明石は彼女らしい明るい笑顔で、一旦の別れを告げた。

 

「いっぱい難関クエストこなさなきゃね!

……それじゃあ、行こうか。みんな、元気でね!」

 

真司は皆に手を振る。その手は間もなく消え行こうとしている。

 

 

 

 

 

──海岸

 

 

最後の時。ライダー達は海岸に勢揃いしていた。向かい合って秘書艦達も集まり、

二者の別れに立ち会うように、契約モンスター達がその間に一歩引いて集まっていた。

 

「家に帰ったら柔らかいベッドで眠るんだ……」

 

芝浦は地べたに座り込んで独り言を繰り返していた。

 

「畜生っ、向こうに戻ったらこんな連中……!」

 

高見沢が砂を蹴って恨み言をつぶやくが、耳を貸すものはいなかった。

 

「最後に鳳翔さんに会いたかったけど、もう移動できないんじゃしょうがないわね……

お母さんみたいな人だった」

 

美浦が鳳翔に別れを告げられなかった事を惜しむ。

 

 

 

<以上が、原因不明の失踪事件の真相であり、

仮面ライダーと名乗る人間達の、戦いの真実である>

 

 

 

艦娘代表として、長門が前に出てきた。ライダー組からは真司が。

 

「提督、他の提督方も、重ね重ね礼を言う。

艦これ世界の危機を救い、艦娘達に与えたその影響は計り知れない」

 

「この世界が危ない目に遭ったのも、元はと言えば、現実世界の都合が原因だし、

俺達だって、みんなから素敵な思い出いっぱいもらった。本当にありがとう」

 

両者は固い握手を交わした。

 

 

 

<この戦いに正義は、ない>

 

 

 

そして、真司は後ろに下がり、皆と合流する。

その姿はゆっくりと、だが確実に空間に溶け込み、薄れていく。

艦娘達は皆、万感の思いで彼らを見守っていた。

契約モンスター達も、本来自分たちがいるべき次元へ次々と帰っていき、

1体がその列を離れる。そして、昇る陽が一瞬眩しく皆を照らすと、

もうライダー達は消えていた。

誰もいなくなった砂浜で、艦娘達はいつまでも彼らがいた場所を見つめていた。

 

 

 

<そこにあるのは、純粋な願いだけである>

 

 

 

気がつくと、真司達はDMM.com本社ビルの前にいた。

突然現れた集団を通行人がチラチラ見ながら歩いて行く。

真司は別れの余韻に浸っている暇もなく、

後ろから来た車のクラクションで現実の世界に引き戻された。

 

「あっとと、ごめんなさい!」

 

とりあえず全員歩道に移動したが、

ほとんどの者がどこか時差ボケのようにぼんやりしている。

今まで生活と一体化していた、艦これの世界がなくなった事実を受け入れるのに

時間が掛かっているようだ。そして、しばらく都会の喧騒に触れていると、

皆、やるべきことを思い出したのか、一人、また一人と立ち上がった。

やがて、真司も頭を振り、パンと両足を叩くと、

とりあえずその場に立ってズボンのホコリを払い、

 

「っしゃあ!」

 

OREジャーナルを目指して歩き始めた。

それを見た他の元ライダー達も、それぞれの目的地へと歩きだした。

彼らの進むべき場所が別々であるかのように、皆の歩む道もまた別々だった。

 

 

 

<その是非を問えるのは_>

 

 

俺はそこでWordを閉じた。この記事を公表するつもりはない。

しかし、誰かが記録に留めておかなければならない。そんな気がして文書を作成した。

そして、“艦これ”のブックマークをクリックする。

表示されるのは、『404 not found』。

 

ある日を境に艦隊これくしょんはネット上から姿を消した。

オタク達は嘆き、世界は日本の隠蔽工作だと騒ぎ立て、

日本はその火消しに追われていた。だが、今となってはどうでもいい。

 

重要なのは、未来(これから)なのだから。連続失踪事件という

大ネタを無くしたのは痛いが、ないなら他を探すのが俺たちの仕事、問題はない。

優秀な記者に頼れるエンジニア。

そして、時々後先考えず突っ走る、しょっちゅう心配かけてくれる後輩。

このメンバーならやっていける。噂をすれば──

 

バタン!

 

「すみません!城戸真司、ただいま出社いたしました!」

 

「コラ!遅えぞ馬鹿真司!今何時だと思ってんだ!」

 

今日も、俺のOREジャーナルはいつも通りだ。

 

 

 

 

 

──北岡法律事務所

 

 

朝食を終えた北岡は、食器を下げようとする吾郎にふと呟いた。

 

「飛鷹には言ってなかったけどさ……」

 

「なんでしょう」

 

「俺、やっぱり浅倉とはちゃんと決着つけてやんなきゃいけないと思うのよ」

 

「先生……」

 

北岡はデスクに着いたまま手を組み、何かを待っている様子だ。

 

ルルルルル……

 

デスクの電話が呼び出し音を鳴らす。すかさず北岡が取った。

こんな朝早くから誰だろう。特急の依頼だろうか。炊事場へ戻りながら吾郎は考える。

 

「もしもし?……ああ俺だよ」

 

「……覚えてるっての。お前と違って頭はいいんだよ」

 

「で、どこにする?……わかった。え、今から?ああ、そうだな、お前時間ないもんな」

 

「わかった、今行く」

 

そして北岡は電話を切った。そしてスーツの上着を羽織ると、

 

「吾郎ちゃん、ちょっと出かけてくるわ。後お願い」

 

「どうしたんですか、こんな朝から」

 

「急用ができちゃってさ。すぐ戻るよ、それじゃあ」

 

北岡は笑って二本指でサインを送った。しかし、その姿に吾郎は一抹の不安を覚えた。

 

 

 

 

 

──廃工場

 

 

北岡はベンツを停めると、都心の外れにある、

操業を停止してから何年も放置されている何かの生産工場らしき場所に着いた。

各所にパレットに乗せられた古い資材が積まれており、錆びついた機械が設置され、

細い階段が吹き抜けの二階へつながっている。

 

二階には、梯子状に薄い鉄板の通路が敷かれ、移動がしやすくなっている。

なるほど、遮蔽物が多くて移動も自由自在。決闘の場としてはなかなかいいんじゃない?

 

その時、固いものをゴロゴロと引きずりながら、工場の真向かいの端に浅倉威が現れた。

鉄パイプを肩にかけ、ニヤリと笑う。

 

「ハッ……!よく来たな。逃げ出すんじゃないかと思ってたぜ」

 

「俺はこれから愉快で楽しい贅沢ライフを楽しまなきゃいけないんだよ。

お前にまとわりつかれてちゃ迷惑っていうか」

 

「今からもっと愉快になるぜ。逃げなかったご褒美だ。そいつを開けろ……」

 

浅倉は北岡の足元にある緑色のコンテナを顎で示した。

開けてみると、中にはオートマチック拳銃、サブマシンガン、アサルトライフル、

手榴弾、そして大量の弾薬。

どれも見たことのないメーカーのもの。恐らく工廠の小人に作らせたのだろう。

北岡は、使い慣れたマグナバイザーに形状が近いオートマチック拳銃を手に取り、

スライドを引いた。そしてポケットにマガジンを詰め込めるだけ詰め込む。

 

「……それでいいのか。もっとデカい銃もあるぜ」

 

「あんまりごちゃごちゃした戦いは好きじゃない。当てれば問題ないだろ」

 

「そうだ!殺りゃあいいんだよ……最後のライダーバトル、スタートだ!!」

 

その言葉を合図に、浅倉が鉄パイプを持って前傾姿勢で走ってきた。

北岡は銃を持つ右手の手首を持ち、狙いを定め、トリガーを引く。

派手な銃声と共に銃口から炎と弾丸が発射される。

これまではライダースーツの補助もあり、ほとんど感じなかった反動が

直接右手に響いてくる。浅倉は瞬時に廃棄資材に隠れ、弾丸を防いだ。

 

「やっぱりというかなんというか、“本物”は違うね」

 

北岡は銃を構えながら、慎重に浅倉が隠れた資材に近づく。

さっと遮蔽物に後ろに周り、バン!バン!と2発撃つが、誰もいない。

どこに行った?素早く視線を走らせ浅倉を探す。

 

「オラァ!」

 

すると、突然背後から鉄パイプが振り下ろされた。

一瞬の差で身をかわすことができたが、一体どこにいた!?

浅倉は資材に隣接するベルトコンベアに隠れて、かがみながら資材の前に周り、

探しに来た北岡を不意打ちしたのだ。

 

反射的に撃ち返すが、また浅倉は身体を横に回転させ、資材を盾に弾丸から身を守った。

そして、遠ざかっていく足跡。また奇襲攻撃を仕掛けるつもりだ。

入り組んだ工場内で長期戦を挑むのは不利だ。

 

北岡は警戒しつつコンテナのところに戻る。そして手榴弾を3個ポケットにしまい、

また戦場に戻る。改めて工場内を見回す。

2階に上がったならあの鉄製の階段が音を立てるはず。

北岡は数ある資材の山のうち、怪しいものに目星をつける。

手榴弾のピンを抜き、資材に向けて放り投げた。一拍置いて、爆発。

直撃はしなかったが、向かいにある資材から浅倉が飛び出した。

 

奥に逃げる浅倉にすかさず銃撃。4発撃ったが命中せず。

しかし、奴の居場所はある程度特定できた。北岡はポケットからマガジンを取り出し、

リロードしながらゆっくりと奥に進む。浅倉は自分から見て右側を走っていった。

だから警戒すべきは右側の遮蔽物。と、思った瞬間、

 

「ハハハハァ!!」

 

吹き抜けの2階から浅倉が飛び降りてきた。鉄パイプの一撃が放たれる。

今度は避けきれなかった。左手に振り抜かれた鉄パイプが当たった。

 

「ぐっ!」

 

多分指を骨折した。だが、気にする間もなく片手の拳銃を何発も撃つ。

浅倉には当たらなかったが、一発が鉄パイプを弾き飛ばした。

鉄パイプを握っていた右手が痺れ、一瞬よろける。

銃口を浅倉に向けるが、奴は逃げようとせず、身を低くして突進してきた。

二人共床に転がりながら、お互いの手を抑えあう。

浅倉の意外な行動に北岡も銃を落としてしまう。

戦いに興奮した様子の浅倉に話しかけた。

 

「へえ……どんな手品使ったの」

 

「靴脱げば楽勝だ……!」

 

よく見ると浅倉は靴下しか履いていない。

つまり靴を脱いで足音を消して2階に上り、1階の北岡を奇襲したのだ。

ともかく、二人共互いに両手を塞いでいるため、

このままでは先に体力を消耗したほうが負けだ。

組み敷かれた北岡は何度も膝蹴りを放つが、この体勢では上手く力が入らない。

銃に手を伸ばそうとすれば首を締められる。

 

北岡は激しく身体を揺さぶって、とにかく現状から脱出することに全力を注ぐ。

いきなりもがき出した北岡にバランスを崩され、片手を投げ出してしまった浅倉。

今しかない!北岡は足で床を蹴り、拳銃の元へ滑り、手を伸ばした。

そして、当てるというより追い払うため、狙いもそこそこに何度もトリガーを引いた。

カチ、カチ、と弾切れの音。すぐに立ち上がって走り出し、浅倉と距離を取る。

リロードしながら浅倉を見ると、腕を抑えてうずくまっている。

 

「ぐうっ……!」

 

左腕から出血。一発が左腕に命中したのだ。

ひとつ息をついて浅倉の頭部に狙いを定める。この距離なら片手撃ちでも当たるだろう。

 

「もう終わりだ。大人しく拘置所に戻りなよ。

いくらお前が殺人犯でも、殺せばこの状況じゃ殺人罪は避けられないからさ」

 

「……」

 

浅倉はうずくまったまま何も言わない。

不気味な何かを感じたが、これ以上近づくのも危険だ。

 

「ひょっとして死んでる?勘弁して……」

 

ヒュパッ!!

 

その時、腹に何かの感触を覚えた。思わず下を見る。

ワイシャツがどんどん赤く染まっていく。足から力が抜け、その場に崩れ落ちる。

 

「ハ……さっさと撃たねえからこうなるんだ!」

 

浅倉が隠し持っていたスイッチブレードを思い切り投げたのだ。

 

「ふん、やっぱり、お前、最悪だよ……」

 

刃は抜かずに両手で傷口を抑えながら軽口を叩く北岡。浅倉が落とした銃を拾い上げた。

そして北岡の眉間に銃口を向ける。

 

「……あばよ」

 

逆恨みとは言え、因縁の相手との決着を迎え、歓喜の絶頂に達する浅倉。

トリガーに掛かった指が徐々に引かれる。だが、

 

 

 

「総員、突入!浅倉を確保せよ!」

 

 

 

号令とともに、強化プラスチックの盾を構えた機動隊員がなだれ込んできた。

即座に屈強な隊員達に周りから盾を押し付けられ、身動きが取れなくなる浅倉。

北岡はすぐさま応急処置を受ける。

 

「北岡ァ!てめえ!!」

 

「違う、俺じゃ、ない……」

 

決闘の最後に邪魔が入り、浅倉は激怒する。

北岡は弱々しい声で否定するが、周囲の雑音にかき消される。

 

“突入に成功。浅倉威確保、浅倉威確保!負傷者を発見、救急車の手配を乞う!以上”

 

機動隊員の向こうに吾郎が立っていた。担架で運ばれる北岡に付き添う彼に話しかけた。

 

「なんで、こんなこと、したの……?」

 

「それは俺の台詞です!なんでこんな馬鹿なことしたんですか!

せっかく拾った命を無駄にするところだったんですよ!

こんなこと……飛鷹先輩が喜ぶわけないじゃないですか!」

 

「取引、したんだよ。あの時、モンスターの合体に、協力すれば、

真剣勝負の、殺し合いをしてやるって……」

 

「先生……絶対生きてください!」

 

「当たり前、じゃん……」

 

そして北岡は救急搬送されていった。去っていく救急車を見送る吾郎は、

浅倉が叫び声を上げながら護送車に乗せられていくのを見た。

こうして、最後のライダーバトルは幕を閉じた。

 

それは東京の片隅で起きた些細な出来事。

不思議なカードもなければ仲間のモンスターもいない。

世の中から見れば本当に小さな事件に過ぎなかった。

だが、ライダー二人にとってはそれが全てだったのだ。

 

さて、これで、全ての戦いが終わりを告げた。

もうミラーモンスターに人間が捕食されることも、未来のゲームで

世界が混乱することも、もうないのだ。東京の街は生きていく。

そこに生きる全ての人間の欲望を乗せて。

生き方が千差万別であろうと、欲望だけは変わらない。それだけは事実なのだから。

 

 




*エピローグがございます。製作中なのでしばらくお待ち下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ SEAL or CONTACT

Epilogue No.001

>株式会社OREジャーナル東京本社 CEO大久保大介

 

 

──2013年 東京ビッグサイト 大ステージ

 

 

大勢の拍手に迎えられ、大久保は巨大なスクリーンが掲げられたステージに上がった。

さすがに中年に差し掛かった彼の顔にはしわが増えたが、

その目には今だ少年のような輝きが灯っている。

堅苦しいスーツではなく、ラフなセーターにジーンズ姿。

彼がステージ中央に立つと同時に、眩いばかりのフラッシュが焚かれる。

 

「Hello everyone!(ここから同時通訳)本日は我が社の新サービス、

ORE-Networkの発表会にお集まりいただき、誠にありがとうございます」

 

そこでまたフラッシュの嵐。

 

「まぁ、堅苦しい挨拶は抜きにして、まずはさっそく、我が社の新商品、

最新型スマートフォンOR-21シリーズをご覧いただきましょう。どうぞ!」

 

ステージ中央に備えられたテーブルに掛けられていたベールが取り払われる。

そこには洗練されたデザインのスマートフォンが、

プラスチックの台に立てかけられていた。スクリーンにボディが大写しになる。

おぉー!という歓声と共に、またフラッシュが。

 

「スペックはHDD1TB, バッテリー容量4000mAh,内蔵メモリ64GB,

もちろん全世界で使用可能。その他の防水、おサイフケータイ、生体認証については……

言うまでもありませんね」

 

“うおおお!すげえ欲しい!”

“発売予定日はいつなんでしょうか!?”

“そのデザインはグレープ社を意識してのものなんでしょうか!!”

 

「まままま、落ち着いてください。

確かに、ライバル社を意識していないと言えば嘘になりますが……

我が社のウリは単なるスペックだけではありません。

御存知の通り、我が社は十数年前までは、フィーチャーフォン向け

月額制ニュース配信サービスで細々と利益を上げる零細企業でした。

 

しかし!その時には遠からずこの経営手法では立ち行かなると感じていました。

そう、もはや皆さんおなじみのメールマガジン、ネットニュースの類です。

今、これで料金を取っている企業がどれだけ存在するでしょうか。

よほど専門性の高い分野か、大規模のマスコミが運営する

ゴシップ記事くらいのものでしょう」

 

“それらとの差別化はどう図るおつもりなんですか!”

“もったいぶらずに教えて下さいよー!”

 

「ずばり、接続料金!通話は月額980円の基本料金のみで使い放題、

データ通信込みなら1480円で使い放題!

もちろん、ご契約頂いた方は、通常税込み月額280円のWeb版OREジャーナルが読み放題!

優秀なジャーナリストが国内はもちろん、世界情勢をリアルタイムでお届けします」

 

“ブクモと白犬死んだな”

“俺、2年縛り始まったばっかなんだけど……”

“でもーそれってデータ品質はどうなんですか?

安いのはいいけど、ブチブチ切れるんじゃ困るんですけど”

 

「いい質問が出ましたね。ご安心ください。通話、データ通信、共に品質は万全です。

スタンフォード大学お墨付きのベンチャー企業、ロータリング・クェーサー社と提携し、

独自の通信衛星の機能を間借りする事により、

格安、しかも確実な通話品質を確保することに成功しました。

また、それだけはありません。先程述べた完全定額制を可能にしたのが、

我が社が誇るチーフ・エンジニア、島田奈々子をリーダーとした開発チームが発明した

通信プロトコル、『Marilyn』です。

これにより、従来の100分の1の負荷でデータ転送が可能になりました。

これは既に国際特許取得済みです」

 

大久保がスクリーンに向かって手を上げると、Skypeのライブ動画が映し出される。

そこには髪をいくつもカラフルな紐で結った女性とイグアナが。

 

《ほら、マリリ~ン。みんな見てるよ。バイバ~イって》

 

会場からどっと笑い声が上がる。彼女の後ろの開発チームも苦笑いを浮かべている。

 

「ま、まぁ、ご覧の通り彼女は少々個性的でして。

だからこそ独創的な発明ができたんでしょうね」

 

その後も、質問とフラッシュは止むことなく、

テクノロジーとエンターテイメントの発信基地で、

OREジャーナルは注目の的でありつづけた。

 

 

 

Epilogue No.002

>元仮面ライダーナイト・秋山蓮

 

 

──2005年 都内某所

 

 

【モーターショップ DARK WING】

 

そんな看板が掲げられたバイクショップで、作業着姿の蓮は、

客から預かったバイクの修理に精を出していた。

 

「恵里、そこの左から2番目のレンチを取ってくれ」

 

「は~い」

 

エプロン姿の女性は、壁に掛けられたいくつものレンチから指定のものを取って、

蓮に手渡した。そのお腹は少し膨らんでいる。

 

「助かる」

 

 

……

………

 

 

2002年。全てが終わり、皆がそれぞれの道を歩みだした後、

蓮は恵理が入院している病院へ向かった。

彼女が眠っている病室へ、真っ白な階段を一歩一歩上っていく。

そして、恵理の病室に入ると、相変わらず心電図は規則正しい信号を発しており、

恵理も安らかな寝顔で眠っていた。

蓮は、テーブルに置かれた立て鏡の前に立ち、

黒革のコートから1枚のカードを取り出した。

あの日、恵理が事故に巻き込まれ、神崎からナイトのデッキを受け取った日を思い出す。

そして、カードを鏡にかざした。

 

『TIME VENT』

 

鏡が割れ、カードの力が発動し、燃え尽きた。

時計台の大きな鐘の音が鳴り響き、蓮を取り巻く空間が時の逆走を始める。

猛スピードで巻き戻される人、空、車、鳥。あらゆる事象が時の流れに逆らう。

その異常過ぎる現象に脳の理解が追いつかず、蓮は思わず目を閉じ頭を抱える。

そして、脳の混乱が収まり、ゆっくり目を開けると、そこは清明院大学の前だった。

そこで蓮は、戦い、傷つきながらも追い求め続けてきた存在を見る。

 

 

「蓮、今日は……早く迎えに来てね」

 

 

恵理が振り返り、キャンパスに向かおうとすると、

無意識に手が伸び、彼女の腕を引っ張っていた。

 

「キャッ!どうしたの、蓮?」

 

どうする、なんと言えばいい。未来から助けに来た?馬鹿か俺は。俺は……

 

「行くな、恵理!」

 

「え、どういうこと?今送ってくれたばかりじゃない」

 

「今日は、今日だけでいい!ずっと俺と一緒にいろ!」

 

「なあに?蓮、なんだか変だよ?」

 

「頼む!何も聞かずに今日だけはそばにいてくれ!」

 

蓮は脇に停めてあった愛車のシャドウスラッシャーからヘルメットを取り、

恵理に投げてよこした。そして自分もヘルメットを被り、漆黒の大型バイクにまたがる。

 

「ふふ。本当に蓮ってば変な人なんだから。私はずっと一緒だよ。どこに行くの?」

 

「どこでもいい。……いや、せっかくだから遠くに行こう」

 

「わかった。じゃあ、今日だけサボっちゃおうっと」

 

そして、恵理も蓮の後ろに乗り、腰に手を回した。

蓮はエンジンをかけると、清明院大学を後にし、街を抜け、

海沿いの開けた道に出て、走り続けた。

30分ほど走り、蓮も恵理も少し疲れたので、休憩を取る。

砂浜に面した道路脇にシャドウスラッシャーを停め、蓮は自販機で缶コーヒー、

恵理はミルクティーを買って飲んだ。目の前に広がる大海原。

どうしても“あの世界”を思い出す。そんな物思いに耽る蓮に恵理が気づく。

 

「考え事?」

 

「……ああ。海の向こうにいる、友人を思い出した」

 

「へえ。蓮って友達はいらないって言ってたのに、意外」

 

「まぁ、気がついたらそうなってただけの話だ」

 

「でもよかった。蓮にもそういう人がいて。私も嬉しい」

 

蓮はまた一口缶コーヒーを飲んで一息ついた。

その後も一日恵理と過ごし、日付が過ぎた頃、蓮は携帯で恵理に電話をかけた。

手に汗が滲む。コール音が4回、そして、電話が繋がった。

 

“蓮?どうしたの、こんな時間に”

 

成功した。

時間逆行で恵理が事故に巻き込まれる日をやり過ごし、命を救うことができたのだ。

目頭が熱くなる。

 

「……いや、なんでもない。声が聞きたかっただけだ」

 

“本当に変なの。やけに素直なんだから”

 

「ああ、変だな。本当に変だ……」

 

戦いの果てにようやく手にした願いに蓮は涙をこぼした。

後日、恵理に聞いてみたら、彼女が所属していた401号室は蓮に連れられた日以降、

もぬけの殻となり、誰に聞いても何も答えてくれなかったという。

 

 

………

……

 

 

 

ふと昔の話を思い出していた。その時、黄色いパーカー姿の客が店に入ってきた。

恵里が応対に出る。

 

「こんちゃ~修理頼んでた横尾だけど」

 

「いらっしゃいませ~」

 

そして、隣のガレージで蓮が修理しているバイクを見て歓声を上げた。

 

「うひょ~マジすげえ!新品同様じゃん!すげえよ、本当すげえよ!

どこ行っても“無理”だの“へこみが残る”だの言われて諦めてたんだけど、

口コミって馬鹿にできねえな!」

 

「今、修理が終わったとこです。もう乗れますよ。代金は店の方で」

 

「オッケー、サンキュー!あ、カード使える?」

 

「大丈夫ですよ~、こちらへどうぞ」

 

「やった助かったぜ俺の相棒!」

 

喜ぶパーカーの男の後ろ姿を見て、笑みを浮かべる蓮。

かつての一匹狼は、この小さな店で伴侶と共に、慎ましくも幸せな生活を送っていた。

客を見送り、作業に戻ろうとした時、

 

「すいませーん」

 

セミロングを茶髪にして、ブルーのジャケットを着た青年が、

ズーマーを押してガレージに入ってきた。その姿に驚くが、表情に出さないよう努め、

 

「……いらっしゃいませ」

 

「あの、俺のバイク急に壊れちゃって。修理お願いできます?」

 

「こりゃ酷い。ざっと見積もって20万はかかる」

 

「に、にじゅう!ってボリすぎでしょ!」

 

「……失礼、冗談です」

 

「あー、びっくりした。勘弁してくださいよ……」

 

思わず、存在しないはずの友人をからかってしまった。

今度は真面目に車体のカバーを開き、点検する。

 

「プラグが壊れてますね。交換すれば工賃込みの3000円くらいで直ります」

 

「じゃあ、お願いします。俺、ちょっと急がなきゃなんで!」

 

青年は名前も告げず、どこかへ走っていってしまった。

 

「困ったわね。今のお客さん、名前がわからないと……」

 

「いや、いい」

 

「え?」

 

「わかってるから、いいんだ……」

 

「そう?ならいいけど」

 

蓮は、さっそく友人であって友人でない青年のバイクの修理に取り掛かった。

 

 

 

Epilogue No.003

>元仮面ライダーシザース 須藤雅史

 

 

「……お世話になりました」

 

「もう戻ってくるなよ!」

 

服役を終え、刑務官に一礼した須藤は、コートを羽織り、刑務所を後にした。

 

全くツイていません。

浅倉と組んだばかりに、やってもいない殺人まで共犯にされてしまいました。

私が殺したのはたった一人だというのに、一体どれだけ暴れたというんでしょうねえ。

おかげで懲役10年。これから社会復帰に向けてやることが山積みです。

まずは住居を確保して職探し……やめときましょう。

これから嫌でも苦労の連続になるんですから、

焦って先の苦労まで心配しても疲れるだけです。ああ、それにしても冬の風が冷たい。

とりあえず、熱いコーヒーが飲みたいですね。

 

須藤は、適当な喫茶店に入っていった。

そして、暖房の効いた店内に入り、自由を得た喜びと、その代償を噛み締めた。

 

 

 

Epilogue No.004

>元仮面ライダーゾルダ 北岡秀一

 

 

夕暮れ時。北岡は夕陽が差し込む病室のベッドで横になっていた。

頬はこけ、顔色は酷く悪い。吾郎がそばについているが、その表情は暗い。

神崎から受け取った命が尽きようとしていたのだ。

心電図が発する音の間隔が入院時より長くなっている。

北岡は一切の延命処置を断り、ただ静かに最期を迎えようとしていた。

 

「吾郎ちゃん、この10年、本当楽しかったよね」

 

「先生……」

 

「急に、ビール、飲みたくなって、パスポートだけ持って、ドイツに行ったり」

 

「楽しかったです……」

 

「夜に腹が減って、ポルシェで札幌まで、ラーメン食いに行ったり」

 

「……はい」

 

思い出に浸る北岡。その呼吸に力はなく、別れが近いことを悟る吾郎だが、

 

「先生、もう少しだけ頑張ってみませんか?

10年前とは医学も違いますし、ひょっとしたら……!」

 

北岡は彼を手で押しとどめた。

 

「ああ、いいよいいよ。治療って言っても体中、管だらけにされて、

心臓動かすだけでしょ。そんな楽しくないこと、御免被るよ」

 

「でも……」

 

「それよりさ、大事な話。

吾郎ちゃん、大事な20代、俺なんかのために使わせちゃって、悪かったね。

退職金、たくさん出しといたから、今度は、吾郎ちゃんが、

贅沢な人生楽しまなきゃ、だめだよ?」

 

「駄目です!まだ諦めないでください!俺は……俺はまだ何も恩返しできてません!」

 

「はは……もう、十分満足だよ。そろそろ、飛鷹のところに、行こうかな」

 

「先生!」

 

吾郎が北岡の手を握る。北岡も握り返そうとしたが、もうその手に力が入らなかった。

首を動かして窓を見る。空は夕焼けで朱に染まっていた。

 

「それにしても、今日は、天気が悪いね。吾郎ちゃんの顔が……見えないよ」

 

彼の手から力が抜け、脈が止まった。

心電図が止まり、鼓動を示すグラフはもう波形を描くことはなかった。

 

「先生?……先生、先生!!」

 

吾郎の叫びが北岡の個室に響く。

その声を聞きつけた医師や看護師が処置に当たったが、

彼が再び目を覚ますことはなかった。享年40歳の若さだった。

 

 

──17:23 北岡秀一 永眠

 

 

 

Epilogue No.005

>元仮面ライダー王蛇 浅倉威

 

 

小さな窓しかない薄暗い独房に、鋭い光を放つ眼が二つ。

 

ただ、意味のない時が流れている。

あれは全て夢だったのだろうか、そんなことを考える。

なぜ、10年も刑の執行が遅れているのか、俺にはわからない。

だが、それはどうでもいい。もっとわからないのは……

 

狭い独房の中で、浅倉は朝食の乗ったスレンレスのトレーをひっくり返し、

壁に立てかけた。そこに映るのはかつての相棒。

 

なぜ、あの時“こいつ”が俺に付いてきて、なおかつ10年も待ったのかということだ。

今も細い舌を出しながら俺を見ている。

ミラーワールドに入れなくなったせいで、こいつはいろんな鏡の表面を移動しながら

待ち続けたらしい。ご苦労なことだ。

 

その時、3人の足音が聞こえてきた。

 

「それじゃあ、本日は……あれなんで、よろしくお願いします。

特例として、抵抗著しい場合は、スタンガン、拘束衣の使用も許可されていますので」

「はい」

「了解しました」

 

コツ、コツ、コツ、と足音がバラバラに近づいてくる。

足音が浅倉の部屋の前で止まった。ゴンゴンとドアを叩く音が独房に響く。

 

「……浅倉威、君の刑の執行が決まった。支度をしなさい」

 

ゴンゴン。また刑務官はドアを叩く。

 

 

“返事をしなさい!具合でも悪いのか”

 

浅倉はベノスネーカーを見つめ、呟いた。

 

「……食え、最後のエサだ」

 

そして、トレーの中から紫の大蛇が飛び出し──

 

 

「開けるぞ、浅倉。……!?これは!」

 

鍵を開けてドアを開くと、独房の中は血に染まっていた。驚愕する3人の刑務官。

 

「これは!一体どういうことだ!」

「どうしましょう、看守長!」

「……上に、報告するしかあるまい」

 

慌てる人間達を横目に、ベノスネーカーはトレーの表面の中で徐々に消滅していった。

そして、それきり現実世界にミラーモンスターが現れることは二度となかった。

 

 

 

Epilogue No.006

>元仮面ライダーファム 霧島美穂

 

 

夜。明かりも点けずに美浦はテレビのニュースに見入っていた。姉の遺影を抱きしめて。

 

“2000年頃から2002年にかけて十数名を殺害し、死刑判決を受けた浅倉威被告の死刑が、

本日執行されました。浅倉被告は複数回に渡り脱獄を繰り返し……”

 

ポタ、ポタ、

 

遺影に涙が落ちる。美穂は姉の顔を優しくなでた。

 

「お姉ちゃん……浅倉が死んだよ?これで、これでよかったんだよね……」

 

なおもニュースは詳細を語る。

 

“……当時、浅倉被告は取り調べに対し、「契約モンスターに殺させた」等と

意味不明な供述をしていたため、責任能力の有無が問われていましたが、

精神鑑定の結果、責任能力は認められると判断され、死刑判決が言い渡されました”

 

「浅倉は死んで、私は生きてる。勝ったよ、私は勝ったんだよ。

見守っててくれて、ありがとうね……」

 

美浦は知る由もなかったが、浅倉の死刑は彼自身の行方がわからなくなったことと、

血痕のDNAが浅倉のものと一致したこともあり、

自殺とも事件とも断定できない状況に困り果てた法務大臣の判断で、

滞りなく執行されたものとして極秘裏に処理されていた。

 

「明日、また会いに行くね。お姉ちゃん……」

 

しかし、彼女が自身の運命に打ち勝ったこともまた、揺るぎない事実だった。

 

 

 

Epilogue No.007

>元仮面ライダーガイ 芝浦淳

 

 

「おい、芝浦!この決済表間違えてるぞ!」

 

「すみません!すぐ直します!」

 

「芝浦~先週頼んだ見積もりまだ出来てないのか?」

 

「もうすぐ、もうすぐです!今日中に提出します!」

 

芝浦淳は、ヒラのサラリーマンとして忙しい毎日を送っていた。

 

くっそお……

リーマンショックとかのせいで親父の会社が潰れなきゃ、今頃俺が上司だったのに!

 

二十代半ばまでは父親の会社で、悪くない地位で楽をしていた彼だが、

2007年のサブプライムローン問題をきっかけに発生したリーマンショックで、

会社は倒産。同期に遅れて就職活動を余儀なくされた。

そして、どうにか中途入社した会社で、いつも先輩や上司にこき使われている彼だが、

休憩室で1本缶コーヒーを飲み、ぐるぐる肩を回してリラックスすると、

さっさと気持ちをリセットして仕事に集中できる身体になっていた。

 

まぁ、一日中使いもしない穴を掘らされてた時よりはマシだからね。

 

 

 

Epilogue No.008

>元オルタナティブ・ゼロ 香川英行

 

 

──2012年 私立高校通学路

 

 

 

まだ桜の残る小道を、ブルーの制服を着た生徒達に混じって歩く香川。

 

さて、私はこの春からこちらの高校に赴任することになりました。

10年前にコアミラーを破壊し、ミラーワールドを閉じた時、

くだらない出世競争しか残らない大学には興味を失いました。

一教師として、もう一度やり直したいと打ち明けたら、典子もわかってくれました。

 

二度と“彼ら”のような生徒を生み出さないよう尽くすことが、

今の私に課せられた英雄的行為である信じています。

……おや?橋の上で2人の男子生徒が言い争っていますね。ケンカでしょうか。

少し様子を見てみましょう。

 

「おい、人からもらった手紙はちゃんと読め!相手の思いをきちんと受け止めろ!

断るんなら読んでから断れ!それが礼儀ってもんだ」

 

一人はうちの生徒のようですが……一人は見ない制服の男子ですね。

おやおや、見覚えのない彼が川に飛び降りて手紙らしきものを拾いましたよ。

無茶をしますねぇ。

 

「馬鹿の極みだな」

 

もう一人の彼は行ってしまいました。さて、そろそろ話を聞きましょう。

 

「痛ってぇ~おい待て!まだ手紙が……」

 

「こらこら待ちなさい。君はうちの生徒なんですか?

他校の制服を来ているようですが、何か、トラブルでも?」

 

「あ、おはよっす!俺、今度この学校に転校してきました。

この学校の連中全員と友達になる男っす!」

 

まったく、妙ちきりんな格好で何を言っているのか。

なんと言ったでしょうか、私が若い頃に流行った髪型に、短い黒の学生服。

俗に言う“不良”を連想させます。これはいけませんね。

 

「友達になるのは結構ですが、それにはまず身なりをきちんとなさい。

いくら自由な校風の我が校と言えど、その頭はやり過ぎです。

制服も転校したばかりで仕方ないにしろ、

せめて落ち着いた色のシャツを着てくるように。服装の乱れは心の乱れ。

今のままでは良い生徒にはなれませんよ?バッド・ボーイ……」

 

「あーいや、このリーゼントだけは俺の命で……

いっけねえ!急がないと遅刻だ!じゃあ先生、失礼しまっす!」

 

わざとらしく急ぎながら行ってしまいました。やれやれ。

どうして私が出会う生徒は問題児ばかりが多いのでしょう。

……はて?私、今変な事を口走ったような気がしたのですが、何だったんでしょうか。

まぁ、そんなことより私も早く登校しなければ。今日の授業に間に合いません。

 

そして香川は大きな私立学校の門をくぐっていった。それぞれの夢を抱く生徒達と共に。

 

 

 

Epilogue No.009

>元仮面ライダータイガ 東條悟

 

 

──都内某教会

 

 

“いつくしみ深き 友なるイェスは 罪(とが)憂いを 取り去りたもう……”

 

 

説教台の後ろに色とりどりのステンドグラスが張られ、

十字架に架けられたイエス・キリストの像が祀られている小さな教会に、

賛美歌の歌声が響く。

 

“アーメン……”

 

歌が終わると、信者達が着席し、ステージ脇で進行役の男が、

マイクでミサの次のプログラムを告げる。

 

「続きまして、本日の説教をお聞きいただきたいと思います。

東條悟神父による、“赦す心”です。東條神父は清明院大学を卒業後、

同大学院在籍中、主の深い愛に触れ、キリスト教に入信。

神明大学神学部に入学され、6年間の勉学で主の教えを学び、

教え伝えるための知識を習得されました。それでは東條神父、よろしくお願い致します。

皆様、どうぞ拍手でお迎えください」

 

そして、マフラーを巻いた東條が、拍手を送られながら木製の小さな階段を上がり、

説教台に着いた。そして、長椅子に座る信者たちに向かって語りかけた。

 

「敬虔なる信者の皆さん、おはようございます。

まだ神学部を卒業して間もない若輩者ですが、

本日はルカによる福音書6章37節について、僕の見解を申し述べたいと思います。

お手元の聖書の該当ページをご覧ください」

 

静かな講堂に、信者達がパラパラと聖書をめくる音が響く。

 

「……よろしいでしょうか。イエス様はこうおっしゃっています。

 

“人を裁くな。そうすれば、あなたがたも裁かれることがない。人を罪人だと決めるな。

そうすれば、あなたがたも罪人だと決められることがない。

赦しなさい。そうすれば、あなたがたも赦される”。

このお言葉が何を意味しているのかを一緒に考えていきましょう。

 

人を裁くな。初めから難しい試練が出てきましたね。

罪を犯した者を裁かなくてどうするのか、という疑問を抱くのが当然でしょう。

別の章からの引用になってしまいますが、イエス様のお言葉に、

兄弟の目におが屑が入っているのが見えるのに、

何故自分の目に丸太が入っているのに気づかないのか、とあります。

 

つまり、貴方が他人の罪を糾弾するなら、

貴方はもっと大きな罪を犯しているではないかという謗りは免れない、ということです。

他人の罪を裁こうとするものは、自分はもっと大きな罪で裁かれる。

人を罪人と決めるなら、自らも罪人として決められてしまう。

だから、裁くな、罪人だと決めるなとおっしゃられているわけです。

 

さて、最後の“赦しなさい”という教えについて触れたいと思います。

裁くな、罪人と決めるなというお言葉は、

罪犯した者に何もするなという意味ではありません。

目の中のおが屑は、取り除く、あるいは誰かが取り除く必要があります。

つまり赦すということ。

 

ここから、やや個人的な話になりますが、

僕もかつて、自分の目に丸太を抱えていながら、他人の目のおが屑を許せず、

傷つけてしまったことがあります。

しかし、そんな罪深い私を赦し、丸太すら取り払ってくれた存在がいました。

それは、紛れもない、僕の仲間、隣人でありました。

 

過ちに気づき、目の丸太が取り除かれた僕は、

その隣人にイエス様の姿を見た気がしました。

今、その目におが屑を持つ方がいるなら申し上げたい。

あなた方の兄弟、隣人、身近な誰かにきっとイエス様はいらっしゃいます。

必ず主は貴方のおが屑を取り去ってくださるでしょう。

そして、貴方もまた、兄弟のおが屑を取り除くことができるのです。

それが、赦し赦されよということなのです」

 

語り終えた東條は、両腕を天に掲げて祈りの言葉を捧げた。

 

「主よ。どうか我々の罪を赦し、また赦す者になれるようお救いください。

ともに歩むべき隣人を遣わしてくださったことに感謝いたします。

主の御名によりて、アーメン」

 

そして信者たちも「アーメン」と続いた。そして東條は一礼すると、壇上から下りた。

席に着くと、進行役が次のプログラムを読み上げた。東條は考える。

いつか、小さくてもいいから、自分の教会を建てたい。

一人でも多くの人に主の教えを広めるために。

彼の新たな英雄的行為は始まったばかりだった。

 

 

 

Epilogue No.010

>元仮面ライダーベルデ 高見沢逸郎

 

 

──高見沢グループ本社 大ホール

 

 

大企業、高見沢グループの株主総会は、今年も荒れに荒れていた。

高見沢グループもリーマンショックの煽りを受け、4年連続赤字。株価は暴落。

長く無配当が続いている株主達の怒りが爆発していた。

冒頭で高見沢逸郎を始めとした社の重役らが頭を下げた。

 

「今期も皆様にご納得いただける業績を上げることができなかったことは、

誠に申し訳なく……」

 

トップの高見沢もずっと頭を下げているが、株主からの怒号が飛び交う。

 

“我々の株どうしてくれるんですか!もうどこにも売れませんよ!”

“あんたらのやり方が古いからいつまで経っても赤字なんですよ!”

“金返さんかいコラ!”

 

[株主の皆様、発言の際は手を挙げてマイクをお取りになってからお願い致します]

 

進行役の注意も虚しく、株主の罵倒は収まる気配を見せない。

そんな彼らに心中毒づく高見沢。

 

クズ、クズ、クズが!何が“投資家”だ。

ろくに働きもせず半ばギャンブルで食ってるようなブタ共が!!

てめえらが俺に意見するなんざ百年早いんだよ!

 

“第三者委員会による責任の追求を求めます!”

“経営陣を外部のもんと交代しろー!”

“社長は経営責任を取れ!”

 

「現在弊社が置かれている状況については我々も不本意であります。

この責任はわたくしにありますが、辞任ではなく、

全身全霊で業績回復を成すことで取りたいと考え……」

 

“ふざけんなー!”

“会社潰すまで居座る気だろう!”

 

高見沢がどのように弁解しても彼らの怒りはとどまるところを知らない。

株主提案による役員の総入れ替えをどうにか否決し、

その日の株主総会は予定を2時間もオーバーしてなんとか終了した。

 

 

 

ガァン!

 

社長室に戻った高見沢はゴミ箱を思い切り蹴飛ばした。

 

「恩知らずのハゲ、ブタ、ババア共が図に乗りやがって!長年儲けさせてやったのに、

ちょっとエサが減ったくらいでギャアギャア喚きやがって、クソが!!」

 

そして今度は高級木材のテーブルを蹴り上げた。とにかく物に当たり散らしていると、

社長室のドアが開いた。なんだ?ここは俺が内側からボタンを押さないと開かないはず。

すると、髪を固め、眼鏡をかけた知性的な男を先頭に、

重役たちがぞろぞろと入ってきた。

 

「なんだ、なんだお前らおい。ここは俺の部屋だぞ」

 

「正確には、“だった”です。申し遅れました。

わたくし、経営コンサルタントの菊池と申します。

先程、緊急役員会議で代表取締役社長の解任が決定しました」

 

菊池と名乗る眼鏡の男が告げた。突然のことに高見沢はパニックになる。

 

「ふ、ふざけんじゃねえぞコラ!ここは、俺の会社だ!

誰に断って偉そうな口聞いてんだ!ってことは何か?

後ろの連中も俺に楯突こうってのか。……いい度胸してんなおい」

 

重役たちに詰め寄ろうとした高見沢に、菊池が立ちはだかった。

バインダーに留められた書類をめくりながら彼を諭す。

 

「高見沢さん。社長でも首になることはあるんですよ。

株主の指摘を受けて過去の貴方の経営方針を精査しました。

確かに設立当初は無駄を切り詰め、成長が見込める事業には大胆に投資し、

一気に業績を伸ばして来られたようですが……

会社の資金が余り出すと気が緩んだのでしょうか。典型的なワンマン経営で

役員からの警告を無視し、博打に近い事業に大金をつぎ込み、会社を傾かせた」

 

「てめえみたいな青二才に何がわかる!高見沢グループは、俺のもんだ!」

 

「岡目八目と申します。

傍から見れば、貴方のしてきたことは放漫経営としか言いようがない」

 

「出てけ、知ったかぶりのクソガキが!」

 

「出ていくのは貴方です。これ以上食い下がるなら、

10年前の使途不明金について金融庁にご説明いただくことになりますが?

それに……同時期に貴方1ヶ月ほど行方をくらましていますね。

一体何があったんでしょうか」

 

「ぐっ……」

 

言葉に詰まる高見沢。使途不明金は、艦これ世界へ侵略を図った時、

裏組織を通じて大量に兵器を購入した際、某国に支払った金だ。100億は下らない。

それにゲームの世界で牢屋に入れられていたなど言えるわけがない。

 

「まぁ、金の方は大体調べがついてます。我々としてもあの金について表沙汰にして、

社のイメージを落とすことは避けたい。貴方もお縄になりたくはないでしょう。

はっきり言います。……高見沢さん、辞めてください。

デスクの物には一切触れずに会社から出ていってください。

私物は後日宅配便でお送りします」

 

「畜生……!!」

 

 

 

そして、高見沢は鞄ひとつを持って大きな本社ビルを後にした。

エントランスを出てしばらく歩き、振り返る。

 

「俺の、俺の会社なんだ……」

 

彼はぶつぶつ呟きながら、冬の北風が厳しいビジネス街へ消えていった。

 

 

 

Epilogue No.011

>元仮面ライダーライア 手塚海之

 

 

手塚は自宅でパソコンに向かい、執筆活動に余念がなかった。

来月出版予定の、占いに関する書籍の締め切りが迫っている。

彼は現実世界に戻ってからは、雑誌の片隅の星占いのコーナーに記事を書いたり、

今まで通り商店街の隅で小さな占い屋をして生計を立てていたが、

そのあまりの的中率が噂を呼び、大手出版社から占い本の執筆を持ちかけられたのだ。

 

「んっ……ああ」

 

彼はひとつ伸びをして、コーヒーを一口飲んだ。

ただ、本の出版は思った以上の重労働で、記事を書いてハイ終わり、ではなく、

校正を経て担当者と表紙やレイアウトなどについて、

何度も打ち合わせを経てようやく出来上がる。

 

しかも、手塚が引き受けたのは“12星座の導き!人生の傍らに…”という企画。

つまり12冊分書く必要があるのだ。まえがきや星占いの基本的知識等、

流用できる部分もあるにはあるが、それでもとんでもない文章量になることには

変わりない。疲れた目頭を抑える。あと4星座分。

 

引き受けたからにはやり遂げなくては。彼は再びパソコンに向かう。

すると、Wordファイルの下敷きになっていた、

資料検索用のブラウザの隅にバナー広告が掲載されていた。

懐かしい文字に思わずページを開く。『艦隊これくしょん』がサービスを開始したのだ。

 

艦娘達のそばに“今すぐ出撃!”というボタンが浮かんでいる。

手塚はボタンをクリック……しなかった。

確かにログインしてゲームを進めれば、また彼女の声が聞けるのかもしれない。

でも、あの日彼女にこう言った。別れは新たな旅立ちでもある、と。

別れの日に、自分と漣は新たな人生に向かって歩みだしたのだ。

今更後ろを振り返ることはしたくない。

きっと彼女は新たな提督の元で新たな人生を送るはず。

手塚はそう信じてブラウザを閉じた。

 

「さあ、もう一頑張りだ」

 

そして気分を入れ替え、また原稿の執筆作業に戻った。

この星座の人は、あの星座の人との結婚には向いていないが、

気分を害することなくそれを伝えるにはどう表現すればいいのだろう。

などと頭を悩ませながら少しずつ原稿を書き進めて行った。

 

 

 

一ヶ月後。無事出版にこぎつけた手塚の本は、その的確なアドバイスが話題となり、

書店に平積みされるなり売り切れ、を繰り返し、ベストセラーとなった。

あとがきで彼はこう述べている。

“この本に不本意な結果が書かれていたとしても落ち込まないでほしい。

運命は変えるためにあるのだから。人であろうとそうでなくても”

 

 

 

Epilogue No.012

>元仮面ライダーインペラー 佐野満

 

 

「ただいま」

 

「パパお帰り!」

 

会社から帰宅した佐野に一人息子が駆け寄ってきた。

彼は息子を抱えてリビングに入った。

 

「あなた。お帰りなさい」

 

「ただいま友里恵!」

 

3LDKのごく普通のマンション。佐野はもう社長ではなく、一介のサラリーマンだった。

息子を床に下ろすと、自分の部屋に着替えに行った。

 

 

 

……

………

 

 

──2008年 佐野商事本社 大会議室

 

 

リーマンショックの余波は、佐野の企業にまで及んでいた。

しかし、今議題に上がっているのは世界的金融危機への対応策ではなく、

社長である佐野に対する経営責任の追求だった。

楕円形の大きな会議机の一番奥に佐野が座り、重役達が円を描く様に座っている。

 

「私は再三申し上げましたよ!この非常時にあの企業への融資は無謀だと!」

 

小太りの男が自分に非はないことを強調する。

 

「そうですとも。過剰とも言える融資を我々は全力で止めたのです。

しかし社長命令とあっては……」

 

レンズの大きな眼鏡を掛けた男は危機的状況に対して特に何もしてこなかったのだが、

しなかったことを証明することもできないので、一意見として聞き入れられた。

 

「聞くところによると、あの企業は貴方と親密な方の父君が経営しておられ、

やはりこの不況で経営難に陥っていたとか。

はっきり申し上げますと、私には社長が会社の資産を

個人的な付き合いに流用したとしか考えられません!」

 

痩せ型の男が発言した。彼も裁量の範囲内で知り合いの企業に貸付を行い、

見返りに金品を受け取っていたが、証拠隠滅の手口が巧妙で発覚していない。

 

佐野にそんな謀略を行う知恵はなく、

ただただ友里恵の父の会社を救うために融資を続けていた。

しかし、結局その献身は実らず、友里恵の実家は倒産してしまった。

彼は黙って皆の発言を聞いている。重役の一人が立ち上がって発言した。

 

「回収不能となった20億に上る負債!

この責任は、主導的立場にあった社長!貴方が取るべきです!」

 

「そうですとも!」

「社の立て直しのため、新たな代表取締役社長を速やかに選出しなければ!」

「社長、本件の責任はやはり貴方にあると考えます」

 

もはや会議が弾劾裁判の様相を呈してきた時、

 

 

「いいよ。俺、辞めるよ」

 

 

初めて佐野が口を開いた。贅沢な暮らし、一度掴んだ幸せらしきもの、

全てを捨てる覚悟を決めた。

結局、経営者の才に恵まれなかった佐野は、何年も重役たちに言われるがまま、

ただのお飾りとして社長の座についていたが、

友里恵の実家への投資と、この辞任表明だけは紛れもなく自分の意志で行った。

そこに後悔はなく、佐野は大きなソファ型の椅子から立ち上がると、

会議室から去っていった。

 

 

 

自らの足で父から受け継いだ会社を出ていった佐野は、無職となった。

しかし、何故か喪失感のようなものは微塵もなく、

今もこうしてオープンテラスでのんびりとコーヒーを飲んでいる。

 

「……またバイトでもしよっかな~」

 

彼がまた一口コーヒーを飲むと、

 

 

「佐野さん!」

 

 

彼を呼ぶ声が聞こえた。振り向くと、そこには思いもよらない人が。

 

「友里恵さん!」

 

友里恵が佐野の元に走ってきた。佐野は驚いて席を立つ。

 

「どうしたんですか、一体!」

 

「どうしても、謝りたくて……」

 

「謝るって、何を……?」

 

「父のせいで、佐野さんの会社にご迷惑をかけたこと。本当に、ごめんなさい!」

 

そして友里恵は佐野に深く頭を下げた。

 

「そのことは……気にしないでください。それに、もう俺の会社じゃないし」

 

「それってやっぱり……」

 

「ああ、違います違います!俺、全然仕事できないからクビになっちゃった!

明日からプータロー生活ですよ、アハハ!」

 

佐野は今の状況を明るく笑い飛ばす。そんな彼を見た友里恵が彼に告げる。

 

「あの!……もしよかったら、私と、一緒に暮らしませんか?」

 

「えっ!?」

 

「だめ、ですか……?」

 

「いえ、そうじゃなくて!俺、もう社長じゃないし、

贅沢してたから貯金もほとんどないし、今のマンションだって固定資産税……」

 

バサッ……!

 

友里恵が佐野に抱きついた。突然のことに戸惑う佐野。

 

「何もないのは私も同じです。私には佐野さんが必要なんです。

佐野さんも、私を……必要としてくれませんか?」

 

 

………

……

 

 

 

クローゼットを開き、スーツをハンガーにかけ、

ネクタイを外してネクタイ吊りに引っ掛ける。

その時、古くなったスーツからケースのようなものが覗いていた。

 

「パパー、ママがご飯だって!」

 

息子が玩具を両手に部屋に駆け込んできた。

 

「うん、すぐ行くってママに伝えて。……懐かしいな」

 

「パパ、なにそれー?」

 

色を失ったインペラーのデッキを取り出して眺めていると、息子が興味を示した。

 

「パパは昔、仮面ライダーだったんだよ」

 

「え、本当!?」

 

佐野はカードデッキを左手に持ったまま、両手の親指と人差し指を立て、

両腕をまっすぐ交差。クローゼットの扉内側の鏡にかざした。

そして構えた両腕を一瞬体に近づけ元に戻し、交差した両腕を左右に開く。

 

「変身!」

 

右手の小指を立て、右手を回しながら

左手でデッキをベルトのバックルに差し込む仕草をした。

 

「……なーんてね」

 

案外忘れてないもんだな。

息子は複雑な変身ポーズをあっけにとられて見ていたが、

すぐ自分の玩具に興味を移した。

 

「変なのー!今の仮面ライダーは魔法使いなんだよ!」

 

バックルに手の形をした読取機が付いたベルトの玩具を腰に巻き、電源を入れた。

 

『シャバドゥビタッチヘンシーン!』

 

「ハハハ、最近の仮面ライダーは面白いな」

 

「ボウ、ボウ、ボウボウボーウ!!」

 

息子は、はしゃぎながらリビングに戻っていった。

そして佐野も着替えを終えると、息子の後に続いた。

食卓には妻と息子、暖かい食事が待っている。

贅沢ではないが、確かな形の幸せを、彼は今噛み締めている。

 

 

 

Epilogue No.013

>元仮面ライダーオーディン ?

 

 

──2002年 別れの時

 

 

「それが……お前に与えられる、最後の選択肢だ」

 

「……」

 

工廠の前で、神崎と優衣にオーディン、長門と明石が集まっていた。

真司は三日月を連れて神崎に歩み寄る。

 

 

二人が訪れる直前、次のような出来事があった。

 

 

「……神崎、今こそデッキを返そう」

 

「オーディン、よくやってくれた。よく今まで優衣を守ってくれた。

お前こそ、かつて俺達が夢見た仮面ライダーだ」

 

「感謝すべきは私だ。私に翼を授けてくれた恩は、生涯忘れることはない。

……では、さらばだ」

 

オーディンはバックルから壊れかけたデッキを抜く。変身が解除され、元の姿に戻る。

 

「……」

 

そして、何も言わずに両手でデッキを差し出した。

彼はゆっくりとした足取りで、神崎に背を向け、立ち去ろうとした。しかし、

 

「……待て!」

 

神崎が彼を呼び止める。

 

「お前にデッキを与えた俺には!お前の、お前の結末を見届ける義務がある!」

 

「……?」

 

「まだ行くな、そこで待っていろ!お前が散るべき時は今ではない!」

 

「……」

 

そして、神崎はデッキを持って工廠に駆け込んだ。

明石の短い悲鳴が聞こえたが、2、3やり取りがあった後、

精密な工具を扱うような音や小型コンソールのキーを叩く音が聞こえだした。

彼女の通報を受けた長門が工廠に向かおうとしたが、

途中見慣れない“彼”の姿を見て足を止めた。

 

「ん?貴方は一体……待て、まさか、お前がオーディンの正体だと言うのか!?」

 

彼は黙って頷いた。

 

「これが、ライダーシステムというものなのか……」

 

長門が驚いていると、神崎が明石に礼を言って工廠から出てきた。

いきなり乗り込んできた神崎に少し怯えたものの、

一体何を作ったのか気になった明石もついてきた。

 

「オーディン……」

 

「……?」

 

「お前のデッキを”ダウングレード”した。

このデッキで変身しても傷ついたアーマーは直らないし、カードも入っていない。

現実世界からミラーワールドに行くこともできない。

そして、ミラーワールドから現実世界に帰ることもできない。

この意味は、わかるな……?」

 

「!?」

 

「神崎、貴様もしかして彼を……?」

 

「頼む。彼に選択肢を与えてやってくれ」

 

長門は腕を組んで考える。ライダーを残していくのはどうなのだろう。

しかし、もう戦えないデッキしか持っていないし、

まさか装着者が彼のような人物だったとは……

 

「いいだろう。

彼もお前と同じ、共謀してライダーバトルを作り上げた罪でここに留める。

……本人が望むならの話だが」

 

「本当に感謝する。……オーディン」

 

「?」

 

「そのデッキは持っているだけで効果がある。

念のため動作確認をしたい。変身してくれ」

 

彼は震える手で近くのアルミ板にデッキをかざし、形ばかりのオーディンに変身した。

 

「それが……お前に与えられる、最後の選択肢だ」

 

……その直後、真司達が現れ、優衣、そして長門と明石に

別れを告げて去っていったのだった。

 

 

 

──2013年

 

 

そして、茶色いチョッキを着た老人は、本館前広場のベンチに座り、

温かい日差しに包まれて時を過ごしていた。彼に元気な声の艦娘達が近づいてくる。

 

「おじーちゃん、おじーちゃん!またお手玉教えてほしいでち」

 

「ああ、ろーちゃんも!ろーちゃんも!また竹トンボ作ってー!」

 

老人はしわだらけの顔をもっとしわくちゃにして彼女達に微笑む。

彼はじゃらじゃらと小豆の音が鳴るお手玉を3つ手に取ると、

器用に投げては受け止めを繰り返した。

 

「う~ん、やっぱりうまくいかないでち……

え?2つから始めるといい?わかったでち!」

 

シャッ、シャッ、シャッ……

 

「あ!ろーちゃんできた!へっへん、ゴーヤに勝ったよ!」

 

「ああ、ろーちゃんずるいでち!」

 

そんな二人を笑顔で見守る老人は、今度は近くの木から葉っぱを1枚取り、口に当てた。

息を吹くと、プー……と音が鳴る。

 

「すごいでち!ゴーヤにも教えてほしいでち!」

 

「ろーちゃんも吹きたい!」

 

老人は二人に丁寧に草笛の吹き方を教えた。小さな音色がそれぞれの形で鳴り響く。

その後も幼い艦娘は老人とたくさん遊んだ。

そして、気がつけば随分な時間が立っていた。

 

プ、プー……!

 

「あ、鳴ったでち!今度はゴーヤの方が早かったでち!あれ、おじいちゃん……?」

 

老人は傾きかけた夕日に照らされながら、穏やかに眠っていた。

 

「おじいちゃん、そんなところで寝てたら、風邪引くでち」

 

その最期は、かつて彼が望んだものとは異なるものだった。

だが、それが彼にとって納得のいくものだったのか、そうではなかったのかは、

彼にしかわからなかった。

 

 

 

Epilogue No.014

>元ライダーバトルゲームマスター 神崎士郎、そして妹・優衣

 

 

神崎と優衣は海岸に沿った堤防に座り、二人で絵を描いていた。

スケッチブックに色鉛筆を走らせる兄妹。

二人が描いているのは、たった二人きりの世界でも、モンスターでもなかった。

波は穏やかで、静かな潮の満ち引きだけが心地よく耳に響く。優衣が神崎に聞いてみる。

 

「お兄ちゃん、何の絵を描いてるの?」

 

「……お前に贈る絵だ。もうすぐ描き終わる」

 

器用に筆先を滑らせ、絵を完成に近づけていく神崎。

その手は、ほんの少しだが、サラサラと粒子化が始まっている。

士郎少年からもらった期限付きの命が終わりに近づいていた。

それを感じ取っている優衣も、何も言わずに絵を描き続ける。

 

「お前は、何を描いている」

 

「お兄ちゃんの絵。ずっと……ずっと一緒にいられるように」

 

「そうか……優衣、お前にはもう、俺は必要ない」

 

「そんなこと、言わないで……」

 

「多くの仲間たちがいる。これが、その証だ」

 

神崎は、描き上げた絵をスケッチブックごと優衣に渡した。

真ん中にいる優衣が、たくさんの艦娘達に囲まれて笑顔を浮かべている。

 

「……お兄ちゃん、絵、上手だね」

 

優衣の目から涙があふれる。粒子化する神崎が風に乗って運ばれてくる。

 

「もっと顔を見せて。私、まだ描き終わってない」

 

見つめ合う神崎と優衣。優衣は鉛筆で肖像画を描くが、涙が絵をにじませる。

神崎はどんどん消え行こうとしている。

 

「もう、別れの時だ。兄らしいことなど何一つしてやれなくて、すまなかった」

 

「違う!ずっとそばにいてくれた!私のために戦ってくれた!

だからお願い、行かないで!」

 

スケッチブックを放り出し、手を伸ばすが、既に実体はなくなっており、

その手は虚しく宙を掴む。

そして、神崎を形作る粒子は、逆流する滝の様に激しく空に舞い上がっていく。

 

「優衣、幸せに、生きろ……」

 

その言葉を残し、神崎士郎はミラーワールドからも現実世界からも完全に消え去った。

風で描きかけの神崎がパラパラとはためく。

 

「お兄ちゃん……大好きだよ」

 

兄が遺した絵を抱きしめて、既に居ない彼に心からの言葉を送った。

遠くから見守っていた長門がゆっくり歩み寄り、優衣の肩に手をかけた。

 

「優衣、神崎は提督の任を全うした。

君が望むなら、彼の後を引き継いでもらえないだろうか。無理にとは言わない。

陸奥のサポートがあれば現状維持は可能だ。

今は辛いだろう、落ち着いてからでいいから考えておいて欲しい」

 

優衣は黙って首を振る。

 

「やる……私、お兄ちゃんが何を守ってきたのか、見たい。私が、提督になる……!」

 

「……そうか。では、この階級章を」

 

長門は優衣に大将の階級章を手渡した。

 

「最期の時を悟った神崎が提督権限で遺したものだ。

これを持つ者が次期提督になることになっている」

 

優衣は兄の遺品を両手で包む。

 

「頑張る……頑張るから、お兄ちゃん、見守っててね……」

 

彼女は悲しみと共に決意した。神崎が描いた絵を見る。みんなが笑顔になれる世界。

私が守ってみせる……

そして優衣がこの鎮守府の新しい提督になった。

彼女はこの世界の仲間と共に歩み続けるのだ。

いつか、艦隊これくしょんが必要とされなくなる、その日まで。

 

 

 

Epilogue No.015

>元仮面ライダー龍騎 城戸真司

 

 

──アメリカ ロサンゼルス ホテル

 

 

「Excuse me, I’m Shinji Kido. Check in, please.

(失礼、城戸真司です。チェックインをお願いします)」

 

「Good evening. Mr,Kido. Here’s your key. Your room is 906.

(いらっしゃませ、城戸様。こちらが鍵でございます。

お客様のお部屋は906号室です)」

 

「Thank you. (ありがとう)」

 

慣れた様子でチェックインを済ませた真司は、

カードキーを受け取ると、エレベーターで9階へ向かった。

さり気なく茶に染めた髪をオールバックにし、ビジネススーツに身を包んでいる。

10年の歳月は、がむしゃらな青年を、落ち着きのある男性に変えていた。

エレベーターが目的の階に到着すると、彼のスマートフォンが鳴った。

 

「Hello? (もしもし)」

 

“城戸君?私よ”

 

「ああ、令子さん。お疲れ様です」

 

廊下を歩きながら話し始める。

 

“そっちはどう?いいネタ拾えた?”

 

「ええ、おかげさまで。

他社より先にデイビッド・j・カーネルの交際相手、顔写真手に入りましたよ」

 

“パパラッチを出し抜くとは、城戸君もやるようになったわね。

……それより東京での新型スマホ発表会は見た?”

 

「俺はただ、いい記事書きたいって思いで突っ走って来ただけで……

発表会はまだ見てません」

 

真司は906号室に着くと、カードキーをスリットした。

鍵の開く音が聞こえると、中に入った。

 

“もう社の公式サイトにアップされてるから見てみるといいわ、YouTubeでもいいけど。

笑えるわよ~大久保社長も島田さんも好き勝手してて”

 

「それは、楽しみですね。なんだか見る前から光景が目に浮かぶようですけど」

 

ベッドに上着を投げ、ネクタイを緩める。そして、ノートパソコンを開き、立ち上げた。

 

「それはそうと、令子さんのほうはどうですか?特ダネの気配は」

 

“私の情報網から集めた材料から判断すると、

もうすぐホワイトハウスで動きがありそう。徹夜してでも張り込むわ!”

 

真司はブラウザを立ち上げ、ブックマークしたサイトにアクセスする。

 

「気をつけて。夜のアメリカはどこも治安が良くないですから」

 

“あら、心配してくれてるの?

大丈夫よ。この日のために身銭を切ってボディーガード雇ったんだから”

 

「特ダネ掴めれば経費で落ちますよ」

 

“落としてみせるわ!ああ、VIPの車列が来たわ!城戸君、それじゃあね!”

 

「頑張ってください」

 

そこで通話が切れた。

真司はスマートフォンをデスクの隅に置くと、アクセスしたサイトにログインした。

『艦隊これくしょん』そう、真司達が死闘を繰り広げた世界が、

現実世界の存在となって再びこの世に生まれたのだ。

 

多岐に渡るネットサービスに参入したDMM.comが、2013年を迎えるに当って、

かつて日本のタイムマシン開発疑惑となって世界中を騒がせたゲームを、

実際に作り上げたのだ。

 

世の中を混乱に陥れたゲームを再現することには賛否両論あったが、

オタク達にとってはそんなことどうでも良く、

コメンテーターの間でも不謹慎だの、そもそもタイムトラベルなどなかったなど

意見が真っ二つに分かれ、それが更に話題を呼び、瞬く間に登録数100万を突破した。

 

真司はあの日の約束を果たすため、多忙なスケジュールの合間に少しずつ資材を貯め、

艦娘を建造している。そして、工廠画面に移動した。

 

《あっ、新しい仲間が来たみたいですよ!》

 

吹雪の声が建造完了を伝える。タイマーの上に「完了!」の文字が表示され、

出来上がった黒い艦船がドックに鎮座していた。真司は艦船をクリックする。

そして現れたのは……

 

《あなたが司令官ですね。三日月です。どうぞお手柔らかにお願いします》

 

黄色い瞳が特徴的な少女。もうその手を握ることも、言葉を交わすこともできないが、

真司は10年前の約束を果たしたのだ。そして微笑みながら優しく声をかけた。

 

「ただいま……おかえり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──闇

 

 

果てしなく広がる暗黒の世界。

足元に流れのない浅い水が広がっている事だけが、かろうじてわかる。

そこにコートを着た一人の男が佇んでいた。

どこにも灯りなどないのに、そこだけが明るく照らし出されている。

全てを語り終えた男は、顔を上げて貴方に話しかける。

 

 

「いかがだっただろうか。戦いの果てに己の願いを探し出した男の物語は結末を迎えた。

この結末は悲劇だったのか、それともこれで良かったのか。

答えは、もう一つの龍騎の物語が教えてくれるだろう。

……そして、彼の世界を見届けた今、次にライダーになる宿命にあるのは、貴方だ。

その運命(さだめ)から逃れることはできない。

なぜなら、全ての人間は欲望を背負い、戦っているからだ。

そして、その欲望が背負いきれなくなった時、人は、ライダーになる。

ライダーの戦いが、始まるのだ」

 

 

男はコートから取り出したカードデッキを目の前に差し出すと、そっと手を離した。

カードデッキは足元の水たまりの水面に飲み込まれ、

無限に続く鏡の世界に落ちていった。それがどこへ行き、誰の手に渡るのか、

何もわからない。

ミラーワールドは無限に存在し、その鏡写しとなる現実世界もまた無限にあるのだから。

もし、鏡のそばに見慣れぬものがあったなら、手に取る前によく考えて欲しい。

自分の欲望を制御する自信はあるか、そうでなければ、

ライダーとなり戦う覚悟があるのかを──

 

 

 

 

 

艦隊これくしょん×仮面ライダー龍騎(完)




*長い間お付き合いいただき、本当にありがとうございました。
飽きっぽい自分が最後まで書き上げられたのは皆さんのおかげです。
読み返してみて、未熟な点が多くあり、今更ながらお恥ずかしい思いで一杯です。
艦これなのに海上戦闘が殆ど書けなかった事、
消し去りたいほど酷かったマグニフィセント・セブンのオマージュ、
全体的に文章のレベルが低いこと。語彙が貧弱……
まだまだありますがこんなところです。しばらく休養して、
1話からチビチビ修正しつつ良くなかった点を振り返りたいと思います。
長くなりましたが、お読み頂いた皆さん、ありがとうございました。
それでは皆さんお元気で。



……ところで、貴方はそのカードデッキ、どうしますか?





目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。