彼の2度目の事故は思いがけない出会いをもたらす。 (充電器)
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第1話 彼は彼女と出会い、そして事故に遭う。

どうも、充電器です。
初投稿です。
拙い文章ですが、楽しんでいただけたら幸いです。

それではどうぞ。


「は〜〜……」

 

 修学旅行の翌日の土曜日、沈んだ気分を抱えながら新作のラノベでも買おうと外に出てみたものの、修学旅行の最終日前夜に取った自分の行動を思い出してしまい、つい溜め息が漏れてしまう。

 

 あの時取った自分の行動は別に間違っているとは思ってない。

 時間が無い中、良くやった方だと自分でも思う。

 あの2人が何に怒っているのかすらわからない。

 

 雪ノ下は、俺に任せると言った。だからあの方法を取った。そしたら、俺のやり方が嫌いって言われた。そんなことを言うなら自分でやってくれよ。

 

 由比ヶ浜は、人の気持ちもっと考えろと言った。じゃあお前は、海老名さんの気持ちを考えたのか。あんな事をしなきゃならなかった俺の気持ちを考えた事が一度でもあったのか。

 

 本当に馬鹿だった。あの2人なら、何も言わなくても分かってくれるんじゃないか、なんて甘い考えを抱いてしまった自分に腹が立つ。

 

 もうこれで俺の欲しかった物は多分手に入らない。

 此の期に及んでまだ『多分』なんて言葉を使うなんて、諦め切れていない証だろう。

 

 そんな事を考えていながら歩いていたら、目的地である本屋に到着した。

 そして、早速目当ての本を探す。欲しい物はすぐ見つかった。

 

「残り一冊だったのか。ついてるな」

「あっ」

 

 本を手に取ったら、すぐ後ろから声が聞こえた。思わず振り返ってしまう。そこに居たのは、俺と同い年ぐらいの女だった。

 

「えっと……もしかしてこの本欲しかったの」

「えっ、あっ、はい」

 

 そうして俺は、女と本とで視線を行ったり来たりさせる。

 そして、本を彼女に差し出す。

 

「じゃあ、これどうぞ」

「えっ、良いんですか」

「要らないんだったら、俺買いますけど」

「あっ、買います買います」

 

 彼女はそう言って、俺から本を受け取って一言礼を言った。

 

「本当にありがとうございます」

「いえ。じゃあ俺はこれで」

「あっ、本当にありがとうございました」

 

 俺は彼女に軽く会釈をして、その場を離れた。

 

 ☆☆☆☆☆

 

「あの〜すいませ〜ん」

 

 本屋を出て、家に帰るかと考えていたら、後ろから声が聞こえる。

 聞いたことのある声だったので振り返ってみると、本屋で出逢った女がこちらに向かってやって来た。

 

「あの…もし良かったら、そこのカフェでお茶でもどうですか。ほら、本を譲ってくれたお礼ってことで」

「いえ、別に良いです。そこまでしてもらうような事はしてませんし」

 

 というか、早く家に帰りたい。

 こっちが断ってるっていうのに、彼女はまだ俺をしつこく誘ってくる。ここまで来ると、こいつ俺のこと好きなんじゃないかって勘違いしそう。まぁ、しないんだけど。

 

 ☆☆☆☆☆

 

 本屋で出逢った女をどうにか振り払った後、本屋から程近い公園にやって来てそこのベンチに座っている。

 真っ直ぐ家に帰ると小町に会ってしまう。今小町と会話をしたら、俺の中の沈んだ気分を間違い無く小町に察されてしまう。そうしたらあいつの性格上、必ず追求してくるだろう。それを避ける為だけに、別に来たくもない公園にやって来たって訳だ。

 

「はぁ〜〜……」

 

 高2に成ってからの事を振り返ったら、思わず溜め息が溢れてしまった。

 

「はぁ〜〜……」

 

 週明けの月曜日、どういう顔をしてあいつらに会えばいいのかわからない。

 せめて、葉山グループはいつも通りであって欲しい。

 ていうか、そうじゃ無いと困る。俺があそこまでした意味が無くなる。

 

 今日は溜め息ばっかり吐いてるな。幸せが逃げそう。

 ていうか、そもそも、俺にとっての幸せって何なんだろう。本物と呼べる存在を手に入れること、とかかな。ていうか、本物って何だ。そんな物そもそも存在し得るのか。本物を手に入れられそうだったのに、そのチャンスを自分から潰した俺に本物なんて手に入るのだろうか。仮にまたチャンスが回って来ても、自分で台無しにしそうだな。

 

「あっ、さっきの人」

「あ」

 

 またあの女に会った。よく会うな。

 さっきあんなに頑張って振り切ったてのに、全く。

 またあんな絡みをされたらたまったもんじゃ無い、立ち去ろう。

 

 道路に出る。

 あの女もついて来る。

 鬱陶しい。

 構わず歩き出す。

 

「ちょっと待ってよ」

 

 うざかったから一言言ってやろうと思い、女の方を振り向くと目の前の光景に絶句した。

 トラックがこっちに向かって突っ込んで来ているのだ。

 明らかに速度オーバーだ。

 目の前の女はまだこのことに気付いてない。

 このままでは轢かれる、そう思った俺は彼女を公園に向かって思いっ切り突き飛ばした。

 

「キャッ」

 

 突き飛ばして悪い、なんて呑気な事を考えながら、俺もトラックから逃げようと必死に走る。

 

「ちょっと、何すんのよっ」

 

 うるせぇな。

 今こっちは必死になって逃げてんだ。少しは応援でもしたらどうなんだ。

 後ろを振り返る。

 どんどんトラックが近づいて来る。

 間に合わない、そう思った瞬間、身体が宙を舞う感覚に包まれ、俺は意識を手放した。

 

 

 

 意識を手放す寸前、女の悲鳴が聞こえたような気がした。

 




いかがだったでしょうか。
結構暗い感じになっちゃいました。
次回からちゃんとオリヒロと八幡とで絡ませていきたいと思います。

誤字脱字などご指摘の程よろしくお願い致します。

今週中には2話目を投稿したいと思います。

それでは、また。


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第2話 彼と彼女は約束する。

どうも充電器です。

2話目です。

楽しんでいただけたら幸いです。

それではどうぞ。


「んっ……んぅ…うぅ…………」

 

 眼が覚めると、知らない天井が目の前にあった。

 どこだここは。

 

「目は覚めましたか?どこか痛む所はありませんか?」

 

 声の方を向くと、白衣に身を包んだ知らない女性がいた。

 

「先生に報告しなきゃ」

 

 数分後、俺は訳も分からぬまま数種類の検査を受けていた。

 

 ☆☆☆☆☆

 

 検査を受け終わって、今は病室のベットで横になっている。

 検査後、主治医の先生から俺がトラックに撥ねられたこと、その結果左脚を骨折したことを教えて貰った。

 

 また骨折したのか。しかも何かを助けて。入学式のときと殆ど同じだな。

 全く変わってない、そう思い思わず自嘲の笑みが溢れる。

 

 医者によれば、1ヶ月は入院しなきゃならないらしい。

 

 あ〜、この1ヶ月は完全に授業から離れてしまう。ノートを見せてくれるような友達もいないし。あっ、でも戸塚に頼めば見せてくれるかも。そうだ戸塚に頼もう。よし、早速メールを………なんて送れば良いんだ………。普段自分からメール送んないからわかんないよ。あぁ、俺の素晴らしき計画が…。

 

 この時、同時にあいつらなら……という考えが頭をよぎった。

 だが、俺はそんな考えをすぐ捨てた。

 そんなことはあり得ないのに。あるはず無いのに。自分でその可能性を潰したのに。

 まだそんな事を考えている自分に腹が立つ。

 

 そんなことを考えてたら、ガラガラッ、勢いよく部屋のドアが開いた。

 

「お兄ちゃんっ」

「小町か。どうしたそんなに慌てて」

「さっき主治医の先生から、お兄ちゃんが目を覚ましたって家に連絡貰って…ヒック……それで、それで…うわぁぁん」

 

 小町は急に泣き出して、俺に抱きついて来た。

 心配掛けちゃったな。妹を泣かせるなんて千葉の兄失格だな。

 

 ☆☆☆☆☆

 

「落ち着いたか」

「うん…」

「心配掛けてごめんな」

「ホントだよ。お兄ちゃんがトラックに撥ねられたって聞いた時は、本当にビックリしたんだからね。しかも、全然起きないし。丸2日寝たまんまだし。これ、小町的にポイント低いよ。小町ポイント大暴落だよ」

「本当に悪かった」

 

 そう言いながら、俺は安堵していた。事故に遭ったおかげで、小町には修学旅行の事を悟られずにすみそうだったからだ。

 

 え、ちょっと待って、丸2日寝てたの、おれ。事故に遭ったのが土曜日だから……。最悪だ。プリキュア見損ねた。

 

「今週のプリキュアなら録画しといたよ」

「マジかっ」

「大マジだよ。お兄ちゃんがプリキュア見損ねた時の為に、小町が録画しといたんだよ。見逃したらお兄ちゃん悲しむだろうと思って。あっ、これ小町的にポイント高いっ」

「流石小町だ。愛してる」

「小町はそうでも無いけどねっ」

 

 ひどいな。

 なんてバカなやりとりをしていたら、いつもなら社畜ってるはずの両親がやって来た。

 

「八幡大丈夫かっ」

「八幡っ」

「親父、母ちゃん。心配掛けてごめんなさい。それと左脚が折れてるだけで、体の方は全然大丈夫だ」

「そう、なら良かった」

「それにしてもお前はまた何かを助けて事故に遭ったのか」

 

 親父にそう言われて、俺は事故に遭う直前に女を突き飛ばしたことを思い出した。

 

「そう言えば、あの女はどうなったんだ」

「お兄ちゃんのおかげで無傷だって」

「そうか、なら良かった」

「八幡、あなたもっと自分の心配もしなさい」

 

 小町のことを何かと優先する両親から心配されてる……。何だかんだ言っても愛されてるんだな。そう考えるとなんくすぐったいな。親父に愛されるって気持ち悪いけど。

 

「あ、そうだお兄ちゃん」

「何だ」

「お兄ちゃんが助けたその女の人、今から挨拶に来るって」

「え、マジ」

「マジマジ。お兄ちゃんが目を覚ましたって伝えたら、今日伺いますって言ってたもん」

 

 コンコン

 

「あ、噂をすれば。はーい、どーぞ」

「失礼します」

 

 入って来たのはあの女だった。しかも総武高校の制服を着ている。

 そいつは俺のことを確認したら、急に頭を下げた。

 

「大吉梓(おおよしあずさ)と申します。この度はあの事故から助けて頂きありがとうございます。また、そのせいで事故に遭わせてしまい誠に申し訳ありません。本日はお詫びとお礼の為にお伺いしました」

 

 いきなり頭を下げられ驚いてしまいながらも、なんとか言葉を返す。

 

「あ、頭を上げて下さい。こっちもいくら助ける為とはいえ、突き飛ばしてすいませんでした」

「さてと、じゃあそろそろ行くか。当事者同士で積もる話もありそうだし」

「え、ちょっと待って。急過ぎない。2人っきりにしないで」

「小町帰るわよ」

「はーい。じゃあねお兄ちゃん。また来るよ」

「待ってくれ〜〜」

 

 そう言って小町達は帰ってしまった。

 おい、ふざけんなよ。この状況どうすれば良いんだよ。

 

 沈黙が続いて欲しくなかったから、立ちっぱなしの大吉に声を掛けた。

 

「取り敢えず、座ったらどうですか」

 

 はい、そう言って大吉は椅子に座った。

 

「えっと……比企谷八幡です」

「大吉梓です」

「………」

「………」

 

 空気が重たい。会話が続かない。続けないと。

 そこで俺はさっきから気になっていた事を尋ねた。

 

「その制服、総武高校なんですね」

「はい、そうですけど。どうして……あ、もしかしてあなたも総武高校なんですか」

「はい、そうです」

「ホントですか。何年生ですか。私は2年J組です」

「そしたら同じ学年ですね」

「そうなのっ」

 

 うわ、こいつ同い年っていう分かった瞬間、敬語やめやがった。じゃあ俺も敬語やめてやる。

 

「ああ、2年F組だ」

 

 ていうかなんなのこいつ、さっきまでしおらしかったのに、急に態度変えて。お詫びとお礼を言いに来た奴の態度とは思えないな。

 

「比企谷くん」

「何だ」

「あの時私のことを助けてくれてありがとう。君だけ助かる事も出来ただろうに態々助けてくれてありがとう」

 

 そう言って、大吉はまた頭を下げた。

 なんだ、ちゃんと出来んじゃん。

 

「君が入院したのは私のせい。だから、困ったことがあったら何でも言って。私に出来ることだったら、なんでも言ってくれて構わないから」

 

 なんでも、という言葉を聞いて、チラリ、と大吉のことを盗み見る。

 髪はショートボブで、顔は結構可愛いな。雪ノ下、由比ヶ浜程ではないが、まあまあ整っている。中の上って感じか。それで、出るべき所はそれなりに出てて、引っ込むべき所はそれなりに引っ込んでる。身長は大体160位かな。

 

「あ、そうだ。比企谷くんは入院中の授業のノートどうするつもりなの。良かったら、私貸すよ」

 

 中々魅力的な提案だ。けど俺には戸塚が……。でもまぁいいか、態々言ってくれたんだし。

 

「じゃあノート貸してくれ。どうしようか困ってたんだ」

「いいよ、これぐらい。それで、他には何かないかな」

「無いな」

「そっか。じゃあ、ノートは明日持ってくるね」

「分かった。宜しく頼む」

「だからいいって。それと……これ」

 

 そう言って、大吉は書店で俺が譲ったラノベを差し出した。

 

「譲ってくれてありがとう。まだ読んでないでしょ。だから、はい」

「おお、マジか。続き気になってたんだよ、ありがとな」

「え、じゃあなんで私に譲ってくれたの」

「それは、お前がすごい物欲しそうにこれを見てたからだよ」

「あ、そうなの。なんかごめんね」

「別にお前だから譲った訳じゃない。物欲しそうだったから、譲っただけだ。気にすんな」

「そうだけど、比企谷くんは優しいね。本当にありがとう。じゃあ、私帰るね。明日も来るから。バイバイ」

 

 そう言って、軽く手を振りながら大吉は帰って行った。

 騒がしくて、ちょっと失礼な奴だったな。

 

 ☆☆☆☆☆

 

 私は今日、数日前、私を事故から助けてくれた男の子に会った。

 名前は比企谷八幡くん。ちょっと目がアレだけど、結構カッコよくて、優しい男の子。

 

 明日から彼に私のノートを見せることになった。いつも以上に綺麗に板書しなきゃな。明日から頑張ろう。

 

 私の足取りは普段より軽かった。

 




いかがだったでしょうか。
結構無理矢理でしたかね。

この作品はアンチではありません。そういうふうに見えるかもしれませんが。
1話目でオリヒロの容姿等について書かなかったのは、単純に自分が忘れていたからです。申し訳ありません。

間違いを指摘して下さった方、ありがとうございます。
誤字脱字などご指摘の程よろしくお願い致します。

それでは、また。


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第3話 彼は依頼について考える。

どうも充電器です。

3話目です。

長くなってしまいました。

楽しんでいただけたら幸いです。

それではどうぞ。




 コンコン

 

 ノックされた。

 

「どうぞ」

「失礼しま〜す」

 

 入って来たのは、大吉だった。

 

「こんにちは、比企谷くん。昨日行った通りノート持って来たよ」

「おぉ、サンキューな」

「やめて、お礼なんて言わないで」

「は、じゃあなんて言えばいいんだよ」

「何も言わずに受け取ってくれればいいんだよ。これは私がやって当然の事だから」

 

 そう言われて、無言で大吉からノートを受け取る。

 

「うわ、すげえなこれ」

 

 大吉のノートを見てみると、そこには綺麗な文字が、必要最低限だけ使われている色が有った。

 大吉のノートは、明らかに勉強が出来る奴のノートだった。

 

「大吉、お前さ勉強出来るだろ」

「学校のテストだったら、学年10位ぐらいだけど……どうして」

「ノートの取り方が上手いからそう思った」

「比企谷くんもそう思う。私、自分でもノート上手く纏めれてるって思うんだ」

「そうか。じゃあこれ借りるわ」

「そういえば、比企谷くんは勉強出来るの?」

「国語なら出来るぞ」

 

 前回のテストでは国語はまた3位だった。

 

「そうなんだ。ちなみに私も国語得意なんだけどさ、前回のテストで4位だったんだ。結構すごいと思わない」

「確かに結構すごいな」

 

 『結構』止まりだけどな。

 

「比企谷くんは何位だったの?」

「3位」

「え……嘘でしょ」

「嘘ついてどうすんだよ」

「まさかここに、私が国語で一向に勝てない3人の内の1人がいるなんて‥なんか悔しいな。じゃあ数学は?」

「最下位だったぞ」

 

 前々回のテストでは、最下位回避出来たのにな。

 

「それは…なんというか…酷いね。大学どうするの?」

「私立文系だから大丈夫」

「今の時期からそんなのって、なんか勿体無くない。まだ1年以上あるのに」

「良いんだよ、別に。大人になってから数学なんて使わないんだし」

「そういう問題じゃないんだけどなぁ……。あ、そうだ。じゃあ明日から数学教えてあげるよ。ノートのついでってことで」

「大丈夫だから」

「遠慮しないでよ」

 

 こいつ、人の話聞かねぇな。

 大吉の態度に少しげんなりしていると、コンコン、ドアが叩かれた。

 

「どうぞ」

「八幡っ」

 

 はっ、この呼び方はもしかして、戸塚かっ。

 

「八幡、我だ」

 

 材木座……そうだ。こいつも俺のこと名前で呼んでたわ。

 

「八幡っ、元気?お見舞いに来たよ」

 

 戸塚だ。

 ……ちょっと嬉しすぎて言葉が出ない。

 あれか、これが下げて上げるってやつか。

 ていうか、一緒に来たのか。

 

「戸塚、ありがとな。身体の方は大丈夫だ。心配掛けてごめんな」

「ううん。八幡が大丈夫ならそれで良いよ」

「八幡っ、我も心配したぞっ」

「比企谷くん、この2人は?」

 

 大吉が2人のことを聞いて来た。

 こいつ戸塚のことを知らないとかマジか。

 

「あ、僕は八幡の友達の戸塚彩加です」

「あ〜、我は剣豪将軍、材木座義輝である。我も八幡とは友達だ」

「大吉、材木座は友達じゃない」

「そうなんだ……。あ、私は大吉梓です。比企谷くんに助けられた者です」

「どういうことなの、八幡」

 

 戸塚が小首を傾げながら、質問して来た。とつかわいい。

 俺は大吉の発言の意味を伝えた。

 

「そうだったんだ。八幡、あんまり無茶しちゃダメだよ」

 

 と、戸塚ぁ……。

 

「そうだぞ八幡。八幡がいなかったら、我は誰と体育でペアを組めばいいんだ」

「知らねぇよ」

「え、そんなのなんか決まってるんじゃないの」

 

 今の発言は大吉だ。

 それを聞いた材木座の大吉を見る目が変わった。睨んでる。全然怖く無い。

 

「大吉、俺とか材木座みたいなぼっちは、そういうので一緒になる相手がいないんだ。ぼっちにそういう発言をすると、ぼっちは傷つく。そして今お前は、材木座を傷つけた。よって、材木座に謝るべきだ」

「そうだそうだ」

「え〜。まぁ、ごめんなさい」

 

 まさか本当に謝るとは……。

 

「そういえば、戸塚は時間大丈夫なのか」

 

 確か今日は、テニススクールがある日だった気がする。

 

「あ、本当だ。じゃあ僕行くね。バイバイ八幡、また来るよ」

「あぁ、またな。頑張れよ」

 

 頑張れ、戸塚。

 

「さて八幡、我が今日ここに来たのには理由がある。それは………八幡に新作を読んで貰って意見を貰おう、というものだ」

「またかよ。新作って言ってたけど、ちゃんと完成してるのか?」

「無論。だから八幡に見てもらおうと思って奉仕部に行ったのに、八幡はいないし、雪ノ下嬢は八幡の名前を出したら露骨に機嫌が悪くなって、我の事を罵倒し始めたからな。我ちょっと泣いたぞ」

 

 材木座が『奉仕部』、『雪ノ下』と言った時、自分の中に何か苦い物が広がっていくのを感じた。これは、俺があいつらに対して、何か後ろめたい気持ちがあるから感じたのだろうか。

 

「そして、平塚教諭に八幡の事を聞いたら、八幡が入院している事を知ってな、お見舞いついでに新作を見て貰おうという訳よ」

「そうか、新作は読んどくよ。暇だしな」

「頼んだぞ。さてと、我は今からゲーセンに行かないといけない。なのでさらばだ八幡。また来る」

 

 そう言って、材木座は去って行った。

 

 お見舞いに来て貰えるのは、結構嬉しいもんなんだな。ありがとな。

 

 ☆☆☆☆☆

 

「新作ってどういう事?」

「あぁ、材木座はラノベ作家目指してんだよ。それで新しいのができるたびに、俺が読んでダメ出ししてる。それと大吉、これありがとうな」

 

 俺は昨日彼女から借りたラノベを返した。

 

「もう読んだんだ。どうだった?感想聞かせてよ」

 

 そこから約15分程、語りあった。

 

「いや〜、やっぱり話せる相手がいるのはいいね」

「そうだな。俺もこの話題でここまで盛り上がったのは初めてだ」

「うん、私も楽しかった。さてと私も帰るよ」

「そうか、気をつけて帰れよ」

「うん、分かった。あ、そうだ比企谷くん」

「なんだ」

「比企谷くんはさ、いつから数学躓いたの?」

 

 こいつ本当に俺に数学教えるつもりだったんだな。

 

「中学の頃から苦手ではあったが、ここまで酷くなったのは、高1からだな」

「分かった。高1だね。じゃあ、今度こそ本当にバイバイ」

 

 大吉は手を振りながら、帰って行った。

 

 さてと、材木座の小説でも読もうかね。

 ちゃんと完成させたみたいだし、いつもより頑張ってみるか。

 

 ☆☆☆☆☆

 

「こんなに酷いんだ……」

 

 戸塚と材木座がお見舞いに来てくれた翌日、俺はさっきまで、大吉が俺の学力を測る為に作った数学の問題を解いていた。

 

「ふっ、学年最下位は伊達じゃないだろ」

「そこで偉そうにしないでよ。さてと、じゃあ基礎からやって行こうか」

「まだやるのかよ。せめて休憩させてくれ」

「わかったよ。10分だけだよ」

 

 ていうか、本当に俺にまだ数学教えるとか正気かこいつ。あんなに出来なかったのに、まだやるのかよ。見捨てないんだな。

 

「比企谷、邪魔するぞ」

「邪魔するなら帰って下さい」

「新喜劇みたいに実際に帰ったりしないからな、私は」

「このネタわかったんですね。で、なんの用ですか。平塚先生」

 

 ノックも無くこの病室に入って来たのは、平塚先生だった。

 

「おや、大吉じゃないか」

「知ってるんですか」

「ああ、私はJ組も受け持っているからな」

「平塚先生、こんにちは」

「こんにちは。さて比企谷、また無茶をしたそうだな。そこにいる大吉を助けて、自分はトラックに轢かれる。君は私が文化祭の直後に言った言葉を忘れたのかね」

 

 そう言われてある言葉を思い出す。

 

『比企谷。誰かを助けることは、君自身が傷ついていい理由にはならないよ』

 

『……たとえ、君が痛みに慣れているのだとしてもだ。君が傷つくのを見て、痛ましく思う人間もいることにそろそろ気付くべきだ、君は』

 

 はは、俺はあの時から全く成長していないんだな。

 

「すいませんでした」

「思い出したのならそれでいい。では、本題に入ろう。比企谷、奉仕部に依頼が来た」

 

 そして、平塚先生は依頼について語り始めた。

 

 ☆☆☆☆☆

 

 奉仕部、という比企谷くんの所属している部活に来た依頼は、端的に言うと『一色さんという女子生徒が生徒会長になるのを防いでくれ』というものだった。

 

「平塚先生、これって奉仕部の手に負えるものじゃないでしょ」

 

 確かに、比企谷くんの言う通りだ。

 昨日、奉仕部は生徒の成長や自立を促す所、そう比企谷くんから奉仕部について色々と教えてもらったけど、これは明らかに奉仕部の依頼の範疇を超えている。

 

「そんなことはわかっている。色々あって奉仕部に頼ることになったんだ。それで比企谷、なにか良い案はあるか」

「はぁ。少し時間を下さい」

 

 そう言って、比企谷くんは両手を合わせ、親指を顎の下に持って行き、人差し指を鼻に持っていって考え始めた。

 その顔は真剣そのもので、ちょっとだけ、ほんの少しだけドキッとした。

 この時の比企谷くんのちょっとアレな目は、むしろカッコよかった。

 今までとは違う比企谷くんが間近で見れて嬉しい、もっと見てみたい、知りたいと思った。

 

「平塚先生、取り敢えず3つ考えました」

 

 あぁやめちゃった。もうちょっと見てたかったな。

 

「一つ目は、一色以外の候補を建てる、です。ですがこれには問題点が」

「その候補を建てられるか、だろ」

「そうです。仮に候補を建てられたとしても、選挙まであまり時間がない中、公約を考え、演説の内容を考えたり、とやる事が多くて全部出来るかわからない」

 

 確かに。他の人に公約とか考えて貰ったら、傀儡になっちゃうし。

 

「二つ目です。これは簡単です。一色にやる気なってもらって、依頼自体を無くしてしまおう、というものです。この場合は、一色にどれだけ生徒会長のメリットをアピール出来るかに掛かってます。もしそうなったら、平塚先生の腕の見せ所ですね」

「その時は善処するよ。それで三つ目は何だね」

 

 比企谷くんはかぶりを振った。明らかに言うのを躊躇っている。

 

「怒らないで聞いて下さい。俺が一色の応援演説をして、酷い演説をする、というものです」

「比企谷、全く君は……。はぁ、三つ目は却下だ。概ね、雪ノ下の考えたものと同じだな………。比企谷」

「なんですか」

「あの2人となにかあったのかね」

「どうしてそう思うんですか」

 

 はぁ〜、と溜め息を吐いてから平塚先生は口を開く。

 

「私が先程『雪ノ下』と言った時、一瞬だが身体が強張っていたのを見たからだ。そして、もう一度聞く。あの2人となにかあったのかね」

「平塚先生には敵いませんね……。少し長いですけどいいですか」

「構わないよ」

 

 私には関係の無いことだ。

 これは比企谷くん達の奉仕部のことで、私には関係の無い事だ。

 病室から出て行った方が良いかな、そんな考えが頭をよぎったか、比企谷くんのことをもっと知りたい、この気持ちが勝ってしまったので、私は動かなかった。

 

 比企谷くんは徐に口を開き、そして語りだした。

 

 

 




いかがだったでしょうか。

感想を下さった方、ありがとうございます。励みになります。返信しないのは、返信の仕方がわからないからです。教えていただけると嬉しいです。

お気に入りが100を越えました。お気に入り登録して下さった方、ありがとうございます。励みになります。

指摘をして下さりありがとうございました。

誤字脱字などご指摘の程よろしくお願い致します。

それでは、また。


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第4話 彼は恩師と彼女に諭される。

どうも充電器です。

少し遅くなってしまいました。申し訳ございません。

楽しんでいただけたら幸いです。

それではどうぞ。


 なんて言えば分からない、これが比企谷くんの話を聞いた感想だった。

 

「比企谷……。なんと言えばいいのか……」

 

 どうやら平塚先生も私と同じ感想を抱いたようだ。

 

「質問だ。君は何であの2人が、そんなことを言ったのか本当に分からないのか」

「分かりません。それにあの状況では、あのやり方しか無かった。矛盾している依頼を上手く解決しろっていう方が無理ですよ」

「そうだな、君の言うとおりだ。依頼の解決だけを考えた場合ではな。もう一つ聞くぞ。修学旅行に行く前の奉仕部は、君にとってどういうものだった」

「居心地の良い所でしたよ。それこそぬるま湯みたいな」

「そうか。ではこれが最後だ。君が嘘の告白をした本当の理由はなんだ」

 

 平塚先生は真っ直ぐ比企谷くんの眼を見つめる。逃がさない、そう言っているみたいだった。

 その真剣な瞳を受け止める比企谷くんだったが、やがてバツが悪そうに視線を逸らした。

 

「そんなの依頼を解決する為に決まっているじゃないですか」

「本当か」

「………」

「君は理解した、いや、理解してしまって、同情したんじゃないか、葉山たちに。あのまま戸部が海老名に告白していたら、あのグループは元のままではいられない。しかし、現状維持を望んでいる人間がいる。今の関係性でいたい人間がいる。今の彼らにとってのあのグループは、今の彼らの環境においては全てで、君にとっての奉仕部のように、居心地の良いものだと知ってしまった。葉山や三浦を通じて」

 

 平塚先生はそこまで言うと、一旦口を閉じた。

 比企谷くんは平塚先生の方を向く。

 それを確認してから、平塚先生は再び語り出す。

 

「失ってしまったら、もう元には戻らなくて2度と手に入らない。君にもそういうものがある。仮にそれが上っ面なもので無意味なものだとしても。だから、同情した。そして、失わないように嘘の告白をした。違うか、比企谷」

 

 平塚先生の口調は穏やかではなく、かといって、怒っているようでもない。どこか諭すように聞こえる。

 

「だが、それは結果的に君の最も嫌う欺瞞に繋がる。告白程度で壊れる関係を、その程度だった関係を、上っ面の関係を君の嘘でどうにか取り繕った。虚構を虚構で塗り固めたんだ。君は欺瞞に満ちた関係性を嫌っていたのにもかかわらず。そして、その行動を効率が良かったから、という理由で肯定してしまった。これが君がついた嘘だろう」

「全部お見通しなんですね」

「当たり前だ。私を誰だと思っている」

「アラサー独身女教師」

「はぁ、今回は不問にしてやろう。それで比企谷、君はどうしたい」

 

 平塚先生は比企谷くんの瞳を覗き込もうとする。

 

「わかりません」

「本当にか」

「本当にです」

「そうか。比企谷、また来るよ。その時までに答えを用意しておいてくれ」

「わかりました」

「お大事にな」

「はい、また」

 

 そう言って、病室から出て行った。

 

 ☆☆☆☆☆

 

「やっぱ、敵わねぇなあの人には」

「本当に全部言い当てられたの?」

「あぁ、全部言い当てられた」

「あのさ、もしかしてだけど……文化祭の時の相模さんの一件って……比企谷くんの仕業なの?」

「あぁ、そうだ。あの時も色々有ったな」

 

 大吉は平塚先生が言っていた『文化祭の直後』という言葉からヒントを得たのだろうか、相模の一件について聞いて来た。

 

「色々って何?なんであんなことしたの?」

 

 迷うな。言うべきか、それとも言わないべきか。だが、結局言うことにした。修学旅行の時のことをもう聞かれたし別に良いか、そう思ったからだ。

 

「わかった」

「ありがとう」

 

 俺は慎重に言葉を紡いだ。

 

 ☆☆☆☆☆

 

「比企谷くん、君は優しすぎるよ」

 

 私は比企谷くんにそう告げた。

 申し訳ない気持ちで一杯だ。理由は簡単だ。私は、クラスメイト達と一緒になって比企谷くんの事を悪く言ってしまったからだ。何故、相模さんに罵詈雑言を浴びせたのか、その理由を大して調べもせずにうわさを鵜呑みにして。

 

「俺は別に優しくない。本当に優しいなら、あんな解決方法は取らないだろう」

「いいや、優しいよ。優しすぎる。普通なら相模さんは糾弾されるべきだよ。けど君のお陰でそれを免れた。分かる人にしか分からない方法で、自分が悪役を買って出て」

 

 少し彼について踏み込み過ぎたかもしれない。1日で彼についてここまでしれるなんて、思ってもみなかった。

 

「比企谷くん、君は痛みには慣れてるかもしれない。けど、慣れてるだけなんだよ。慣れてるだけであって、痛みは感じてる。傷付いている。私は君が傷つくのを見たくない」

 

 何を言っているんだろう。こんな事は彼が一番よく分かっているだろうに。それに私のせいで彼は入院しているっていうのに。けど、言わずにはいられなかった。また彼は周囲に理解されにくい方法で、人を知らない内に助けてしまうだろうから。そして理解されなくて、拒絶されてしまう。修学旅行の時のように。

 

「それにさ、比企谷くんのそのやり方は、ちょっと変えた方が良いと思う」

「どういうことだ?」

「比企谷くんのそのやり方だと、やり過ぎだと思うんだ。助け過ぎ、とも言えるかな。文化祭でも修学旅行でも、比企谷くんが全部どうにかしちゃった。君が行動を起こさないことで得られる挫折も有ると思う。そしてそれは、また違った成長をもたらしてくれると思うんだ」

 

 私は一旦そこで言葉を切る。

 顔に柔らかい笑みを浮かべて、優しい声音で語りかける。

 

「おんぶに抱っこじゃなくて、軽く背中を押してあげるって感じかな」

 

 ☆☆☆☆☆

 

「大吉、出来たぞ」

「あ、終わったんだ。見せて見せて」

 

 平塚先生がここを訪れた翌日、俺は今日も大吉に数学を教えてもらっている。

 

 昨日は色んな事が有ったな。

 平塚先生には驚かされた。

 大吉にもだ。こいつは、俺に踏み込んで来た。そして、俺の事を多少肯定してくれた。俺が傷付くのを見たくない、とまで言ってくれた。こんな事を家族以外に言われるのは初めてだった。嬉しかった。

 

 ふと思った。

 どうしてこいつはこんなことをするんだ。

 俺の相手をするなんて一体どういうことだ。

 

 大吉の顔を見てみる。

 大吉の視線は俺の出した解答に行っていて、俺の視線には気がついていない。

 こいつはこいつで、普通に美少女の部類に含まれるんだよな。

 整った目と鼻、きめ細やかな肌、自己主張が過ぎない胸、細すぎず太すぎずで健康的な太腿。

 

「どこ見てるのかな、比企谷くん」

「うわっ、びっくりした。なんだよ、俺は別に何も見ていない」

 

 少し見過ぎだな。やっちまった。

 そんなことを考えていたら、俺の頰が引っ張られた。

 

「イタイイタイっ。何すんだよっ」

「嘘つくからだよ。私の脚を凝視してたでしょ。このスケベっ」

 

 頰を引っ張るだけでなく、抓って来やがった。

 

「止めろ止めろっ」

「止めないよっ。この変態っ」

 

 こいつ、昨日と言ってる事とやってる事が矛盾してるんだけど。

 今、お前に傷付けられてるんだけど。まぁ、俺が悪いんだけど。

 

 ガラガラッ

 

「あら、随分と元気そうで楽しそうじゃない、比企谷くん」

 

 名前を呼ばれた。

 

 その発生源の方を見てみると、俺と大吉がくだらない事をやっている間に俺の病室に入って来た、雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣が立っていた。

 




いかがだったでしょうか。

次回はもう少し早く投稿したいと思います。

ご指摘、ご要望があれば教えて下さい。

それでは、また。


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第5話 彼と彼女らは思いの丈をぶつけ合う。

どうも充電器です。

どうしてこうなった。訳がわからない。

楽しんでいただけたら幸いです。

それではどうぞ。


「や、やっはろー」

 

 雪ノ下と由比ヶ浜が俺の病室にやって来た。俺と大吉は驚きを隠せなかった。そのせいで生まれた沈黙を嫌がったのか、由比ヶ浜がいつもの挨拶をして来た。

 

「よ、よう。どうしたんだ」

「えっと…平塚先生から聞いてると思うんだけど、いろはちゃんの依頼の事とかで………」

 

 雪ノ下が答えずに、由比ヶ浜が答える。すごくおどおどしている。

 依頼の事なら、雪ノ下に聞いた方が良いと思ったから、彼女に尋ねる。

 

「雪ノ下はどう考えてるんだ?」

「それより、あなた謝罪はないの。修学旅行の時にあんな事をしでかしておいて、謝罪もしない。そして、事故に遭う。貴方みたいなクズは、そのまま死んでしまった方が良かったわね」

 

 嘘の告白をしてからずっと怒りを燻らせて来て、それが解き放たれたのだろうか、雪ノ下の罵倒にはいつもより棘が含まれている、そう思った。

 だが、なにも知らない奴にここまで言われたら腹も立つ。言い返そうとして口を開こうとした瞬間、思い掛けない事が起こった。

 

 バンッッ!!

 

 今まで黙っていた大吉が、いきなり机を叩いたのだ。

 

「撤回して」

 

 冷たい感じがした。

 大吉の目からは、明らかに怒りが見て取れた。

 この大吉を見たら、冷静になれた。

 どうすればいいのか分からないのだろう、由比ヶ浜は俺、雪ノ下、大吉で視線を行ったり来たりさせている。

 雪ノ下は全く動じずに言い返す。

 

「何かしら」

「撤回して、今の発言。比企谷くんに謝って」

「何故かしら。それと、部外者の貴女には黙っていて欲しいのだけれど、大吉さん」

「確かに私は部外者だよ、修学旅行での事に関してはね。けど、比企谷くんが撥ねられた事に関しては、部外者じゃない」

「えっと、どういう事?」

 

 大吉にどういう事か説明を求めたのは、由比ヶ浜だ。こいつ、文脈からそんな事ぐらい察しろよ。

 

 いつもならなんともなかった由比ヶ浜のアホさも、今は俺に苛立ちを募らせるソースでしかない。

 

「比企谷くんは、私が撥ねられそうだった所を助けてくれたんだよ。身を呈してね」

 

 雪ノ下と由比ヶ浜は目を見開いた。

 雪ノ下も分かってなかったのかよ。

 

「ヒッキー……そういうのもう止めて…」

 

 由比ヶ浜が消えそうな声で言ってくる。

 

「お前なに言ってんだ。俺がどうしようとお前には関係無いだろ」

「関係あるよっ。同じ奉仕部の仲間じゃんっ」

「仲間か。悪いな、俺はそうは思ってない」

 

 由比ヶ浜の目尻には涙が溜まっていた。

 裏切られた、そういう気持ちなのだろうか。

 

 昨日、大吉が帰ってから自分なりに考えてみた。

 俺は奉仕部とどうなりたいのかを。

 結論が出るまでに大した時間は必要ではなかった。

 

「どうして…そんな……」

「簡単だ。本物じゃないからだ。本物じゃないなら、俺は要らない」

 

 これが俺の出した結論だ。俺と彼女らとでは、本物にはなれない。修学旅行の一件でわかってしまった。

 俺は本物が欲しい。本物だけが欲しい。それ以外は要らない。

 自分でそのチャンスを奪ってしまったけど、それでも諦めきれない。次の機会が来ても、自分で台無しするかもしれない。それでも、それでも。

 

「分かんないよ、そんなの……。本物ってなんなの」

「そうだろうな。俺にだって分からない。けど」

 

 俺はそこまで言って、口を閉じた。

 

 本物とは何なのだろうか。本物なんて存在するのだろうか。きっと、本物とは過酷で残酷なものだ。醜い自己満足を押し付け合うことが出来て、相手を完全に理解したいという、傲慢な願いを許容出来る関係性のことだろうか。凄く抽象的でフワフワしている。具体性なんて微塵も感じられない。手が届くかどうかも分からない。手に届かなくても、そんなものは存在しなくても、望むことすら許されなくても。

 

 それでも。

 

「それでも、俺は、本物が欲しい」

 

 ☆☆☆☆☆

 

 比企谷くんは本物が欲しいと言った。私には……わからない。彼の言う本物って一体何なの。

 彼の言葉を聞いた時、凄く嫌な気持ちになった。色々な感情が混ざっている感じがする。修学旅行で、彼が海老名さんに嘘の告白した時に抱いた感情に似ている気がする。

 

 理由は簡単だ。彼が本物以外は要らないと言ったからだ。果たして、彼にとっての私とは何なのだろう。本物なのだろうか。まぁ、私は本物が何かわかってないから、いくら考えてもわからないのだけれど。

 

 由比ヶ浜さんは、彼に突き放された。彼女は彼に好意を寄せている。そんな相手からあんな事を言われたら、酷く傷付くだろう。胸が痛むのだろう。

 

 私も今、凄く胸が締め付けられている感じがする。何故だろう。

 

「さて、話を戻すか。雪ノ下、依頼はどうすんだ」

 

 彼に呼ばれた。今は、今日ここに来た目的を果たそう。先程のように、激情に身を任せるのは止めよう。

 

 ☆☆☆☆☆

 

「私は一色さん以外にも候補を建てて、その人に選挙に勝ってもらおうと考えているわ」

「そうか。けど、それってハードル高くないか。もう選挙まであまり時間もない。その中で生徒会運営もきちんとできる奴を探すのは、無理があるんじゃないか」

「なら、貴方はどうするつもりなのかしら」

「一色にやる気になってもらう。そして、依頼自体を無くす」

「どのようにして一色さんにやる気なってもらうつもり?」

「生徒会長になった時のメリットを、平塚先生に説明してもらう。俺の案だと、平塚先生に全てが懸かってる」

 

 俺は雪ノ下に言われるであろう、俺の案の懸念点も同時に説明した。雪ノ下は先程とは違って、ちゃんと俺と会話をしている。

 

「確実性がないわね」

「そうだな」

「貴方のやり方はいつだってそうね」

「それでなにか問題があったか?」

 

 きちんと会話が出来ていると思ったのも束の間、すぐに険悪な雰囲気になってしまった。

 

「じゃあお前にも聞くぞ。生徒会長をやってくれそうな人は見つかったのか」

「それはまだだけれど、必ず見つけてみせるわ」

「お前だって俺と同じじゃねぇか。よくそれで俺にあんな事言えたな」

 

 言葉を発している内に違和感を覚える。

 

「ダメだ、俺らが話しても埒があかない。もうこうなったら、いっその事、依頼を破棄しちまえよ」

「何を言ってるの。そんな事は絶対にしないわよ」

「そもそも、今回の依頼は荷が重過ぎる。もし出来なかったら、どうするつもりだ。責任取れるのか?」

「責任を取るつもりはないわ。なぜなら、依頼をきちんと完遂するからよ。私には解決策が有る。もういいわ。今回の依頼、貴方は参加しないで頂戴。貴方と話していると、気分が悪くなるわ」

 

 ブチッ、と俺の中の何かが切れた気がした。

 

「ふざけてんのか。お前、今まで自分で依頼を解決した事があったかよ。今までの依頼を全部どうにかしたのは」「比企谷くんっ」

 

 大吉の言葉で、我に帰る。どうやら、俺はキレていたらしい。

 

 さっき覚えた違和感が何かわかった。

 すぐに頭に血が上ってカッとなってしまうのだ。

 何故だろうか。

 こいつらと話せば話すほど、冷静で居られなくなる。俺が俺で居られない。

 大吉と話している時は、こんな風になんてならなかったのに。

 

「そういう事だから、さようなら」

 

 雪ノ下が病室から出て行った。無言で由比ヶ浜も病室から出て行った。

 

 由比ヶ浜には悪い事をしたな。

 幾ら俺でも、彼女の好意には気付いている。ある意味、俺は彼女の気持ちを踏みにじった事になる。

 けど後悔はない。俺と彼女達は、遅かれ早かれこうなる運命だったのだ。それが少し早くなっただけだ。

 

「比企谷くん、私ちょっと出てくるね」

 

 もの思いにふけっていたら、大吉に声を掛けられた。

 

「おう」

 

 そう言って彼女を送り出した。

 

 ☆☆☆☆☆

 

 やってしまった。

 何故あんな態度を取ってしまったのだろう。激情に身を任せないようにしよう、そう決めたのに。

 

「雪ノ下さんっ」

 

 後ろから声を掛けられたので振り返ってみると、大吉さんがこちらにやって来た。

 

「なにかしら」

「比企谷くんの事なんだけど、あんまり彼の事責めないであげて」

「何故貴女にそんな事を言われなければならないの。それに彼は最低の事をしたわ。当然よ」

 

 苛つく。彼の事なんて知らないくせに。

 

「雪ノ下さん、それさ、本気で言ってる?」

「ええ、本気よ」

「比企谷くんはなんの理由も無しにあんな事はしないよ。わかってるでしょ」

「ちょっと待ちなさい、貴女修学旅行での事を知っているの?」

「うん、全部知ってるよ。なんで彼があんな事をしたのか、その理由も全部」

 

 驚きを隠せなかった。何故この女が知っているの。

 私はそれが許せなかった。何故この女が…私ではなく、由比ヶ浜さんでもなく。

 

「もうちょっと深く考えてみて。他人に気持ちを押し付けられる方の気持ちを」

 

 そう言って、彼女は背を向けて元来た道を引き返した。

 

「ゆきのん…どういう事?」

 

 彼女の発言の真意を考える。その瞬間、一つの仮説が浮かび上がった。

 

「帰るわよ、由比ヶ浜さん。確かめなければならないわ」

 

 




いかがだったでしょうか。

もっと早く書けるようになりたいです。

ご指摘、ご要望があれば教えて下さい。

それでは、また。


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第6話 彼は一息つく。

どうも、充電器です。

遅くなってすいません。受験勉強と体調を崩した所為です。本当に申し訳ありません。

楽しんでいただけたら幸いです。

それではどうぞ。


「比企谷くん、戻ったよ」

「おう」

「驚いたね」

「そうだな」

「あんな風に言って良かったの?」

「いいんだよ」

「そっか」

 

 比企谷くんの病室に戻って来た。

 彼の顔は少し清々しそうだ。

 

 ☆☆☆☆☆

 

「ありがとう、海老名さん」

 

 そう言って、私は部室に向かう。

 

 ついさっきまで私は海老名さんから、修学旅行の時の出来事について話を聞いていた。これは、昨日の大吉さんの一言がきっかけだった。

 まさか、彼のあんな行動を取ったのには、海老名さんの依頼が関係しているとは、思ってもみなかった。

 

 矛盾する2つの依頼を同時に解決するのは不可能だ。だから、彼は嘘の告白をした。彼らしく、依頼を解消する為に。

 

 部室に着いた。中には、由比ヶ浜さんがいる。この事を彼女に伝えるべきだろうか、伝えないべきだろうか。いや、伝えるべきだろう。彼女も知っておくべきだ。

 

 ガラガラッ

 

「由比ヶ浜さん、話があるわ」

 

 声を掛けると、携帯電話を使っていた手を止め、私の方を向いた。

 私は椅子に腰掛け、彼女に事のあらましを伝えようと口を開いた。

 

 ☆☆☆☆☆

 

 昨日、ヒッキーのお見舞いに行った。

 一緒に病室にいた女の子と楽しそうで、元気そうだった。後でその女の子についてゆきのんに教えてもらったら、大吉梓さんっていうらしい。

 

「本物ってなんだろう……」

 

 本物、ヒッキーが言っていた言葉。

 私はヒッキーに振り向いて欲しい。ヒッキーが好きだから。その人からあんな事を言われたから、昨日は相当ヘコんだ。優美子とか姫菜とかと話している内に、気分は少し晴れた。

 

 スマホを操作して、本物と調べてみる。

 その意味は私が知ってるのと同じだった。頭の良いヒッキーの考えている事なんて、アホの私にはわからないかもしれないけど、ヒッキーの事を知りたいな。

 

 ガラガラッ、ととびらが開く音がした。振り向くとゆきのんが立っていた。少し顔が険しいかな。

 

「由比ヶ浜さん、話があるわ」

 

 何故かはわからないけど、嫌な予感がした。

 

 ☆☆☆☆☆

 

 ぼふん、と勢い良くベットに倒れ込む。

 

 ゆきのんから、修学旅行での事を聞いた。

 

 あんな事があったなんて。

 どうして姫菜は私とか優美子に相談してくれなかったんだろう。

 それとも、私達の関係ってそんなものなのかな。

 

 いや、それよりも。

 

「私、最低だ」

 

 ヒッキーに、人の気持ちもっと考えてよ、と言ってしまった。

 人の気持ちを考えていなかったのは、私なのに。

 姫菜の気持ちも考えなかったのは、依頼を受けたのは、私なのに。

 

「私、最低だ」

 

 ☆☆☆☆☆

 

「比企谷、助かった」

「礼には及びませんよ」

 

 雪ノ下達がやって来てから、一週間が経った。

 今日は検査があり、検査によれば、俺の脚はとてもいい具合に回復しているらしい。俺の担当の医者によれば、一週間程早く退院出来るらしい。

 

 因みに、この一週間、大吉は毎日ここに来て、ノートを見せてくれたり、数学を教えてくれる。おかげで、入院している間に授業に遅れたりはしなそうだ。

 数学は相変わらずだが、少しコツを掴んで来た感じがしないでもない。

 今日は少し遅れて来るらしい。

 

 今は平塚先生が来ている。一色の依頼がどうにか片付いたそうだ。俺が提案した、一色にやる気になってもらう、というやり方で依頼を解決したらしい。

 

「どうやって説得したんですか」

「頑張っただけだ。特にやり方とかはない」

「そっすか」

 

 結果だけ見れば、雪ノ下は依頼を解決出来ていない。つまり、依頼は失敗、そう解釈出来るだろう。

 

「そう言えば、大吉はまだ来ていないな。毎日来ているらしいじゃないか」

「そっすね。今日はなんか遅れて来るらしいですよ」

 

 ガラガラッ

 

「お兄ちゃ〜ん」

 

 平塚先生と話していたら、小町がやって来た。

 

「あ、平塚先生。こんにちは」

「こんにちは。相変わらず元気だな」

「なんかすいません」

 

 なんか申し訳なかったから、軽く謝罪をしておく。

 

「構わんよ。さてと、そろそろ帰るよ。せっかくの兄妹水いらずを邪魔したくはないからな」

「そっすか」

「比企谷またな。また来るよ」

「さよなら」

「平塚先生、さようなら〜」

 

 小町が手を振っているのを見て、軽く手を振り返して、平塚先生は去って行った。

 

「さて、小町。今日はどうしたんだ」

「別になにかあった訳じゃないけど、無性にお兄ちゃんの顔が見たくなったから、思わず来ちゃった。あ、今の小町的にポイント高いっ」

 

 本当にポイント高かった。

 

 ガラガラッ

 

「こんにちは〜」

「あ、梓さん。こんにちは〜」

「小町ちゃん、こんにちは。比企谷くんもこんにちは」

「おう」

 

 大吉が来た。

 

 小町と大吉は、前にここで会ってから、持ち前のコミュ力ですっかり仲良くなっている。

 

「はい、これ。今日の分のノートね」

「おう」

 

 大吉はここに来ると、まずノートを貸してくれる。

 

「なんか、2人付き合ってるみたいですね」

「こ、小町ちゃんっ」

「小町、なに言ってんだ」

「えー、だってやり取りが凄い自然なんだもん」

「そりゃそうだ。毎日ノート貸してもらってんだから」

「そうだよ、小町ちゃん」

「ったく。で、小町。なんで来たんだ」

 

 このままだと、一向に本題に入らなそうだったから、少したしなめる。

 

「ああ、今日の検査の結果を聞きに来たんだよ。お母さんとお父さんも気にしてたよ」

「そういえばどうだったの?」

「問題なし。むしろ良いくらいだ。医者の話だと、退院が一週間ぐらい早まるんだと」

「良かったじゃん、お兄ちゃん」

「良くねぇよ、ダラダラ出来る時間が短くなっちまう」

「全く、このごみぃちゃんは」

「ははは…」

 

 大吉に苦笑いされた。俺の考え方って普通だろ。休むチャンスが有ったら休む、当然だろ。

 

「そういえばさ、お兄ちゃん」

「なんだ」

「雪乃さんと結衣さんは?」

「どういうことだ?」

 

 どういうことだ、なんて言わなくてもわかっている、小町が何を言いたいかなんて。そして、今、俺は酷く動揺していることだろう。小町には知られたくないことを、知られてしまうかもしれないのだから。

 

「小町さ、一週間に2、3回ここに来るけど、まだ一回も会ってないんだよ。普通、同じ部活の仲間が入院してたら、偶にお見舞いに来るものじゃないのかな。運動部だったら難しいけど、奉仕部はそうじゃないじゃん。雪乃さんと結衣さん、来てないの?」

「えっとね、小町ちゃん」

「大吉、いいよ」

 

 大吉は、今の話題は俺にとって辛い物だろう、そう思ったのか、態と話を遮るようだった。

 

 小町には知られたくないことだが、いつかは知られてしまうことだ。そのタイミングが来てしまっただけだ。

 小町に話す、いつもなら嬉しいことが、今は酷く億劫だ。事の顛末を伝えたら、なんと言われるだろう。話すことが、酷く躊躇われる。

 けど、そんなことは言ってられない。深呼吸して気持ちを落ち着かせてから話そう。

 

 ☆☆☆☆☆

 

「はぁ…全くお兄ちゃんは…」

 

 修学旅行から今まで何が有ったのかを、比企谷くんは小町ちゃんに伝えた。

 そのことは今の彼にとって、触れて欲しくない話題のはずなのに。

 

「あのね、お兄ちゃん。小町は妹だから、お兄ちゃんのやったことの意図だってすぐわかるし、すぐ納得だって出来る。けど他の人はそうじゃないんだよ。そこの所ちゃんとわかってる?」

「わかってるよ」

 

 今の彼の表情は、苦虫を噛み潰したようだ。

 

「けど、ちゃんとお兄ちゃんが考えて選んだったらいいよ。なにか言いたいことが有ったら、遠慮せずに言ってくれていいからね。小町はお兄ちゃんの味方だから。あ、今の小町的にポイント高いっ」

「ありがとな、小町。愛してるぞ」

 

 えっ、ひ、比企谷くん何言ってるの。あ、愛してるって。比企谷くんはもしかしてシスコンなの。シスコンなんだよね、そうなんだよね。そうであって。

 

「小町はそうでもないけどねっ」

「またかよ」

 

 あっさり振られてた。よく考えてみたら、小町ちゃんは妹なんだ。本気な訳がない。そんなことにも気付かないくらい焦ってたのかな。え、なんでそんなに焦ってたの、私。

 

「あれ、梓さんどうしたんですか。顔、真っ赤ですよ」

「えっ、そうなのっ」

 

 どうしよ〜。すごい恥ずかしいよ〜。

 

「そうだな、真っ赤だ」

「き、気にしないで。ほら比企谷くん、今日も数学やるよ。今日から確率だよ」

「お兄ちゃん、良かったね。梓さんみたいな可愛いな人から、勉強教えてもらえて」

「そうだな」

 

 えっ、ひ、ひひひ比企谷くん、今私のこと可愛いって…。

 

 私は、顔がより赤くなって、身体が熱くなるのを感じた。

 




いかがだったでしょうか。

少し変でしたかね。

次こそは早く書きたいです。

ご指摘、ご要望があれば教えて下さい。

それでは、また。


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第7話 彼女は自覚する。

どうも、充電器です。

少し早く書けました。

楽しんでいただけたら幸いです。

それではどうぞ。


「いよいよ明日だね、退院」

「そうだな。あぁ…後1ヶ月ぐらい入院してたい」

「ダメだよ、そんなこと言っちゃ。退院したくても出来ない人だっているんだから」

「いや、まぁ、そうなんだけどさ」

「そうだよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは学校に行きなさい」

「へーへー。わかりましたよ」

「わかったらよろしい」

 

 相変わらずこの兄妹は仲が良い。

 

 明日で比企谷くんは退院だ。私の所為で比企谷くんが入院して、治療の為の約3週間、私は毎日比企谷くんの病室に通いつめた。

 ノートを見せて、数学を教えるだけだと思ったら、比企谷くんについて色んなことがわかった。

 

 国語が得意で、数学が極端に苦手なこと。数学は私が教えた所だけでも出来るようになってくれたらいいな。

 

 一度他人に心を許したら、その人にはとても優しいこと。偶に来た、戸塚くんと材木座くんがいい例だろう。戸塚くんは言うまでも無いんだけど、材木座くんにだってそうだ。小説のダメ出しを、毎回なんだかんだ言ってもちゃんとやる。これが小町ちゃんから教わった、所謂捻デレという奴だろうか。

 

 わかりにくいけど、本当は誰よりも優しいこと。自分のことを省みないで他人を助けれるなんて、普通は出来ないと思う。

 

 一番印象に残ってるのは、彼は本物が欲しいこと。本物、これは彼にもなにかわからない。ここまで彼に踏み込んでしまったからだろうか、私も知りたい。彼の欲しがっている、本物が。

 

 本当に色んなことを知ることが出来た。

 日が経つにつれ、ここに来るのが楽しみになってきていた。

 それがもう終わりなんて……嫌だな。

 

 どうにかして、学校でも話せないかな。私は彼と一緒に居られる理由が欲しいのだ。

 

 どうしよう。ここでアクションを起こさなかったら、もう終わりな気がする。それは嫌だ。だから、勇気を出せ。頑張れ、私。

 

 ☆☆☆☆☆

 

「ひ、比企谷くん」

「どうした」

「す、数学…どうするの?もう…やめる?」

「そうだな…」

 

 梓さんがお兄ちゃんに声を掛けた。声はとても震えていて、表情は凄く思い詰めているように見える。

 

「なんかコツを掴んだ気がするからな…。う〜ん、大吉がよければ、引き続き教えてくれないか」

「も、もちろんだよっ」

 

 少しビックリした。なぜなら、梓さんが急に大声を出したからだ。さっきとは打って変わって、安堵したような、嬉しそうな表情をしている。

 もしかして…もしかして…。

 

「じゃあ、いつどこでやる?」

「そうだな…大吉は希望あるか」

「私は特にないよ。いつでも、どこでもいいよ」

「じゃあ、昼休みにしよう」

「じゃあ、どこにする」

「俺が昼ご飯を食べてる所にしよう。そこで教えてくれないか」

「わかった」

「助かる。詳しいことはその時連絡するわ」

 

 えっ、お兄ちゃん、梓さんの連絡先知ってるの。これは驚きだ。

 あぁ、違う違う。今はこれよりも重要なことがあるんだ。お兄ちゃんのお陰で、いいパスも出たし、少し探りを入れてみよう。

 

「梓さん、その時にお兄ちゃんにお弁当、作ってもらえませんかね?」

「ええっ」

「小町、なに言ってんだ」

 

 そりゃ、小町だってこの質問はすごく厚かましくて、訳のわからないことを言ってるってことはわかってる。けど、こう質問して、その時の反応を見るのが多分一番手っ取り早い。

 

「どうですかね、梓さん?」

「小町、度が過ぎるぞ。大吉、悪いな。断ってくれて構わない」

「比企谷くん、大丈夫だよ。後、お弁当の話なんだけど、私は作ってきても構わないよ。あ、もちろん、比企谷くんがいいならね」

 

 やっぱり、この話を受けたか。予想通りだぜ。

 梓さん、平静を装ってるつもりでしょうけど、顔が少し赤いですよ。

 

「いや、いいよ。なんか悪いし」

 

 あぁ、その言い方はあんまりよろしくない。

 

「ひ、比企谷くんは私にそういうことされるの…迷惑……?」

 

 目がとても潤んでいて、少し泣きそうだ。そして、上目遣い。

 

 今の梓さんはとても魅力的で、色っぽい。男の子的にはとても庇護欲を唆られることだろう。

 

 さて、ここからお兄ちゃんはどう切り返すのか。これは見ものだ。なんか楽しくなって来た。

 

「いや…別に迷惑っていう訳でもないけど……お前、大変だろ」

「大丈夫だよ、それくらい。私、毎日自分でお弁当作ってるから全然大変じゃないし、一人分も二人分も対して変わらないよ」

 

 おぉ、案外素直に申し出を受け入れた。少し意外だ。

 後、お兄ちゃん、人と話す時はちゃんと相手の顔を見ようね。梓さんの上目遣いが可愛くて赤くなるのはいいけど、だからってそっぽを向かない。

 

「本当にいいのか?」

「何度も言わせないで。私が良いって言ったら良いの」

「わかったよ。じゃあ、数学と昼ご飯、頼んだ」

「任せといてっ。あ、じゃあ、お昼ご飯食べながら教えてあげるよ」

 

 あ〜、凄い幸せそうな表情だ。

 これはもう確定だね。

 

 あ、雪乃さんと結衣さんどうしよう。

 

 ☆☆☆☆☆

 

「じゃあ、そろそろ帰るね」

「小町も帰ろっと」

「あぁ、確かにいい時間だな。気を付けて帰れよ」

「うん。またね、比企谷くん」

「バイバイ、お兄ちゃん」

「おう。今日も来てくれてありがとうな」

 

 そう言って、私は小町ちゃんと一緒に病室から出た。

 

 比企谷くんは入院生活が一週間を過ぎた辺りから、お見舞いに来てくれた人に対して、きちんとお礼を言うようになった。彼曰く、お見舞いに来てもらえるのは、凄く嬉しいらしい。

 

 はぁ〜、と安堵の息が漏れる。

 なぜなら、勇気を出したお陰で彼と一緒に居られる理由がまた手に入ったからだ。凄く緊張したな。

 

「梓さん梓さん」

「どうしたの?」

「先程は無理を言って、すいませんでした」

 

 小町ちゃんに呼ばれて振り向いてみると、急に頭を下げられた。え、頭を下げるってなんで?

 

「ええっ、どうしたの、小町ちゃん?」

「お弁当を作ってくれ、なんて急に言ってごめんなさい」

「頭を上げてよ。別にいいんだから」

「本当ですか?」

「大丈夫だよ。気にしてない」

 

 気を悪くしたりするもんか。むしろ、あの発言には助かった。あの発言がきっかけで、合法的に彼と一緒に昼食を摂れる。

 

「じゃあ、もう一ついいですか」

「何かな」

「梓さんって、お兄ちゃんのことどう思ってますか」

「えええっっっ、なな、なんでそんなことを聞くのっ?」

「梓さんはお兄ちゃんのことをどう思ってるんだろう、そう思ったからです」

「私がっ、比企谷くんのことをっ」

「どうなんですか」

 

 小町ちゃんの顔を見てみると、さっきまではしおらしかったのに、今はニヤニヤしながら私を見てくる。

 

「どうなんですか」

 

 ニヤニヤしながら言ってくる。

 

 私は考える。私は彼のことをどう思っているのかを。

 

 まず、間違いなく好感を持っている。私は、今まで男の子に対して好感を持つことはあっても、それでお終い。一緒にいたい、友達以上の関係になりたい、そんなことは思わなかった。それが彼にも当てはまるのか。全く当てはまらない。さっきだって、私は彼と一緒に居られる理由を探していた。

 

 つまり、私は……。

 

「好き、なのかな」

 

 あぁ、きっと私の顔は赤くなってるいるのだろう。いや、きっとじゃない。絶対だ。自覚していく内に、恥ずかしさが込み上げてくる。次に彼と会う時に、私はどんな顔をしていればいいんだろう。

 

 

 




いかがだったでしょうか。

早く八幡を退院させたい。今回で退院させるつもりだったのに。

ご指摘、ご要望があれば教えて下さい。

それでは、また。


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第8話 彼は登校する。

どうも、充電器です。

楽しんでいただけたら幸いです。

それではどうぞ。


「退院おめでとう、比企谷」

「どうも」

 

 今は、11月24日の朝だ。

 俺は、学校の職員室で平塚先生と話をしている。退院後の最初の登校日の朝に、平塚先生に会うように前もって言われていたからだ。

 

「入院生活はどうだったかね?」

「楽でした」

「そうか」

 

 平塚先生は穏やかな笑みを浮かべている。

 

「あぁ、そういえば」

「どうかしましたか?」

「比企谷、昼休みに少し話せないか?」

「昼休みですか…」

 

 いつもなら了承していたが、昼休みは用事があるから、このお願いは断るしかない。

 

「すいません、昼休みはちょっと」

「そうか。じゃあ、放課後はどうだ?」

「放課後なら大丈夫です」

「じゃあ、放課後に私の所に来てくれ」

 

 わかりました、と言って、俺は職員室を後にした。

 

 ☆☆☆☆☆

 

「流石だな」

 

 俺が約3週間ぶりに登校したのに、1人を除いて誰も反応しない。自分のぼっちっぷりを、思わず賞賛してしまう。

 

 自席に座り、葉山のグループを見てみる。

 見る限りだと、修学旅行の前と変わらない。よそよそしさは感じない。良かった。告白した甲斐があった。なんだよ、告白した甲斐があったって。我ながら意味がわからん。

 

 彼らを見続けていたら、由比ヶ浜と目が合った。

 彼女だけは、俺が教室に入って来たのことに気が付いていた。

 由比ヶ浜がこちらにやって来る。それを確認して、俺は視線を前に戻す。

 

 俺の中では、奉仕部の2人との関係は綺麗に清算されている。俺が奉仕部に入る前に戻った、と言った方が近いか。だから、あいつらが何をしようが知ったことじゃない。俺は関係ない。

 

「ヒ、ヒッキー…」

「なんだ」

 

 少し怖い声が出てしまった。彼女の方を見ないで会話を続ける。

 

「退院…したんだね。その…おめでとう…」

「おう」

「えっと……」

 

 なんとかして会話を続けようとしているのが丸わかりだ。

 

 早く朝のホームルームが始まって欲しい。

 

 ☆☆☆☆☆

 

「寝ちまった」

 

 4時間目の数学をほぼ全部寝てしまった。こんな風に寝てるから、数学が出来なくなっていくんだろう。大吉に教えてもらって、少し数学も出来るようになってきてるし、授業は大切にしていこう。

 

「さて、行くか」

 

 そう言って席を立ち、ベストプレイスに向かう。

 

 朝は、あの後、川なんとかさんと戸塚から声を掛けてもらった。戸塚は相変わらず可愛くて、川なんとかさんは声を掛けてくれた時、普段より優しい顔をしていた。なんか嬉しかった。

 

 そんなことを考えていたら、ベストプレイスに着いた。

 大吉には、あらかじめベストプレイスの場所は伝えてある。

 まだ来てないみたいだ。本でも読んどくか。

 

 ☆☆☆☆☆

 

「あ〜緊張する〜」

 

 私は比企谷くんに教えてもらった、ベストプレイスという場所に向かっている。

 そこに着いたら、私は比企谷くんにお弁当を渡す。

 彼の口に合わなかったらどうしよう。いつもより頑張って作ったから、美味しいって言って欲しいな。

 

 そんなことを考えていたら、段々と目的地に近づいてきた。

 

 比企谷くんは既に来ていて、本を読んでいる。私が来たことには気付いてないみたい。

 声を掛けようとしようとしたが、今の比企谷くんの表情を見てしまった所為で、それが思わず躊躇われる。

 

 彼は心地よい風に身を包まれながら、真剣な様子で読書をしている。一色さんの依頼について考えていた時みたいに、彼のアレな目はカッコよくなっている。ずっと見ていたいな。

 

 けど、そういう訳にもいかない。名残惜しさを感じながら、私は彼に声を掛ける。

 

「比企谷くん」

「おう」

「ごめんね、待たせちゃった」

「いや、別にいい」

 

 あ、なんかデートで待ち合わせてるカップルみたい。…………自爆した。すっごい恥ずかしい。絶対に顔が赤くなってる。なにやってんだろ、私。

 

「大吉、昼ご飯もらっていいか?」

「あ、うん。はい、どうぞ」

 

 比企谷くんに話しかけられたお陰で、我に帰れた。しっかりしろ、私。

 

 私からお弁当を受け取った彼は、蓋を開ける。

 お弁当のメニューは、ご飯、タマゴ焼き、えのき茸のベーコン巻き焼き、野菜炒め、お肉などなど、男の子が喜んでくれそうなものを中心にした。

 

「いただきます」

 

 まず、彼はタマゴ焼きを食べる。少し甘くしてみた。気に入ってくれるかな。

 

 もぐもぐもぐもぐ、ごっくん。

 

「……」

 

 む、無言?なにか感想無いの?

 

「昼ご飯食べないのか?」

「た、食べるよ」

「そうか」

 

 ずっと君のことを見てたんだよ。だから、食べてないの。

 

 続いて、彼はえのき茸のベーコン巻き焼きを食べる。これは私の自信作だ。美味しいと言ってもらえる自信がある。

 

 もぐもぐもぐもぐ、ごっくん。

 

「……」

 

 あれ、む、無言?また?嘘でしょ?もしかして美味しくないの?

 

 あの後、比企谷くんは一言も喋らないで、お昼ご飯を食べ終えてしまった。

 美味しくなかったのかなぁ。料理には自信あったのに、なんかヘコむなぁ。

 

 ☆☆☆☆☆

 

「ご馳走さん」

「あ、うん」

 

 お昼ご飯を食べ終わった。よし、気持ちを切り替えて、数学を教えてあげよう。今日から2年生の範囲に入る。頑張るぞ。

 

「あー、大吉、ちょっといいか?」

「どうかした?」

 

 なんだろう?

 

「あー、その、なんだ、昼ご飯、ありがとな。旨かったよ」

 

 ……………。はっ、ボーっとしてた。え、ていうか美味しかったの?急に言わないでよ。嬉しくて恥ずかしいよ。

 

「本当に美味しかったの?」

「あぁ、旨かったよ。タマゴ焼きとか甘くて、すげぇ俺好みだったよ」

「えのき茸のベーコン巻き焼きは?」

「丁度いい塩加減だった。あれも旨かったな」

「なんで食べた直後に言ってくれなかったのっ!?」

「急に怒り出してどうした?旨くて箸が止まらなかったからだよ」

「なんでもないよっ!」

 

 比企谷くん、私は怒ってないよ。ただテンションが高いだけ。想い人である君に、私の作った料理を食べてもらって、美味しかったって言われたんだよ。嬉しくてテンションが上がらない訳がない。

 

「比企谷くん、明日も作ってきていい?」

「もちろんいいぞ。むしろ、お願いしますって感じだ」

「わかったっ!」

 

 幸せだ。

 

 ☆☆☆☆☆

 

 コンコン、と職員室のドアを叩く。そして、職員室に入り、平塚先生の所に行く。

 

「平塚先生、来ましたよ」

「あぁ、比企谷。待っていたよ」

 

 今は放課後だ。朝に言われた通り職員室に来ている。

 

「ここではあまり話したくないから、奥に行こう」

「うす」

 

 奥にある応接室のような場所に行き、高価そうなソファに腰掛ける。

 

「さてと、早速だが本題に入ろう」

「なんですか?」

「君は私が質問したことを覚えてるか?」

「そんなことありましたっけ?」

 

 俺がそう答えると、平塚先生は少し大袈裟に息を吐いた。

 

「やはりそうか。君が事故に遭ってから、私が始めて君の所に行った時、私はこう質問したんだ。君はどうしたい、とな」

「あぁ」

 

 確かにそんなことがあったな。

 

「それでもう一度訊くぞ。君はどうしたい?」

 

 それの答えはもう出した。というより、もう出ている。俺が入院している時に雪ノ下と由比ヶ浜に伝えたことがそれだ。

 

 それを平塚先生にも伝えればいいだけの話だ。

 

 ☆☆☆☆☆

 

「そうか」

 

 これしか掛ける言葉が見つからない。

 

 本物が欲しい、か。実に比企谷らしいな。

 

「奉仕部はどうする?辞めるか?」

「平塚先生はどうして欲しいんですか?」

「私としては辞めないで欲しい。だが、これは私の願いだ。君に押し付けることは出来ない。どうしたいかは、君が決めるべきだ」

 

 そっすか、と言って、比企谷は少し考え込む。

 

 先程彼にも言ったが、奉仕部は辞めないで欲しい。奉仕部のあの3人が揃えば、お互いに良い影響を与えられると考えているからだ。だが、それは私のエゴであって、彼に押し付けていいものではない。

 

 もし、比企谷に奉仕部を辞めないように私が説得すれば、彼は辞めないかもしれない。けれど、そんなことをしても比企谷の為にはならない。むしろ、彼に辛い思いをさせかねない。

 

「平塚先生」

「答えは出たかね?」

「はい。俺、辞めます」

「そうか。約半年間、よく頑張ったな」

「ありがとうございます。この半年間で、俺は今まで体験したことのないことを、沢山経験出来ました。入部して良かったです」

「入部する前は、そんな風に思うなんて夢にも思わなかっただろう」

「そっすね。まぁ、入部さしてくれてありがとうございます」

 

 今の比企谷の顔からは、なにか吹っ切れたような感じが見て取れる。

 

「比企谷、私から言いたいことがある」

 

 こんなタイミングで言うことではないかもしれないが、今言うしかない、そう思ったから、口を開く。

 

「すまなかった。私の所為で君が辛い思いをしてしまった。文化祭の時だって、私がもっと上手く立ち回っていたら。頼り過ぎてしまった。本当にすまなかった」

 

 そう言って、頭を下げる。

 

「平塚先生、やめてください。そんなことするのは。先生に謝罪は似合いませんよ。さっきも言ったでしょ。先生には感謝してるんだから、そんなことしないで下さい」

 

 比企谷には穏やかな微笑みが浮かんでいる。

 

 私は切に願う。

 比企谷が選んだ『退部』という選択は、どうか間違いではありませんように。

 

 

 




いかがだったでしょうか。

第7話を少し変えました。感想を頂いて、反映させたからです。宜しければ見てください。

これからはどんどん反映させるつもりです。

感想をお待ちしています。

それでは、また。


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