脱落者の生理現象 (ダルマ)
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プロローグ

 昔々、二つの巨大な勢力が互いの存亡をかけて争っていた。

 長い年月を浪費し一進一退の攻防を続ける両勢力は、次第に開戦の理由すらも分からなくなる程に泥沼の戦争を演じ続けていた。

 しかし、いつ終わるとも知れないそんな状況に終止符が打たれる時がやって来る。

 

 停戦、それが意味するところは、恒久的な平和を実現する為などではない。長きにわたり疲弊した両勢力が次に来たるべき時に向けての充填期間、所詮は仮初の平和でしかない。

 それでも、そんな仮初の平和に喜ぶ人々がいるのもまた事実。戦争が日常の一部となっていたものが、ある日を境にそれが非日常へと変わる。これ程の変化に反応を示さないものがこの広い宇宙にどれ程いようか。

 いや、いるのである。例え戦火が途絶えても、地獄と化した大地に生きる人々がいる。彼らにとっては、停戦などさして気になる話題ではない。

 彼らにとっては、今日を生きるだけの食糧をいかにして確保できるか。それこそが、もっとも重要な事であるのだから。

 

 

 アストラギウス銀河と呼ばれる銀河の中には有人無人問わず無数の惑星が存在している。そんな銀河の何処かに、惑星ゾーラと呼ばれる惑星が存在していた。

 アストラギウス銀河にある多くの惑星が大なり小なり先の戦争の影響を受けている例にもれず、この惑星もまた戦争の爪痕を残す惑星であった。

 かつては文明の栄えていたであろう大地は戦争の影響により荒廃し、もはやその面影は廃墟の中の僅か一部にしか見いだせない。

 大地に根付いていた生態系は崩れ、死滅し或いは偉業の変化を遂げて生き残っているものもあった。

 

 そんな戦争の傷跡を残すこの惑星にも人間達は暮らしていた。と言っても、かつての人口と比べると比較するまでもない数ではあったが。

 戦争によって死に体となった星を見限り財ある者達は一目散に星を後にした。残って努力する者もいたがそれもやがて無駄な足掻きと分かるや星を後にした。

 星から出る力のない者達は少しでも生きながらえる為に死した大地を捨て、比較的戦争の傷が少ない大地へと移動し命の連鎖を保ち続けた。

 

 だが、星から出る事の出来ぬ全ての者が比較的安全な大地へと移動できた訳ではない。

 取り残された者、あえて残った者、残らざるを得なかった者。少なくはない者達が地獄と化した大地に残り、そこで命の連鎖を続けている。

 

 

 かつて名付けられた名を無くしたその不毛の大地の名はウェイストランド。

 人の過ちが繰り返されるその地獄の大地で、今日も人は生き残る為に、過ちを繰り返す。




読んでいただき、どうもありがとうございます。


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第一部 出会い
第一話


 荒れ果てた大地とは異なり、傷付く前と何ら変わりない何処までも続く青い空。空を見上げれば、そこには過去の悲惨な現実など微塵も感じさせない。

 しかし、人間は何時までも空を見ている訳にはいかない。未来に向かって歩くためには、前を向いていかなければならない。

 例えその視線の先に、朽ち果てた大地が広がろうとも荒れ果てた街並みが広がっていようともだ。

 

 ウェイストランドの大地に生息する生態ピラミッドの底辺に『レイダー』と呼ばれる人々の存在がある。

 野生生物以下の知能しか持たない人間、或いは人の皮を被っただけの単細胞生物。他にもスクールボーイ以下の存在やモヒカン野郎等々。様々なあだ名を持つ者達である。

 彼ら或いは彼女らは、自分達の仲間以外の人間を見つけると問答無用で襲い掛かる。それはその者が持つ物資が目当てであったり、或いはその者自身を食肉として食す為だ。

 レイダーは全員ではないにしろ、大抵の奴は人間が人間の肉を食べる事を習慣としている。所謂カニバリズムと呼ばれる者達でもある。

 

 略奪、強盗、拷問、殺人。更に殺した人間の一部をアンティークの如く自身の住処に飾っていたりもする。まさに底辺の中の底辺、それがレイダーなのだ。

 

「ヒャッハー! 久々の新鮮な肉だぁっ!」

 

「あぁ、肉だ肉! だがその前に、素敵なお楽しみタイムだ!」

 

 独特な言い回しを発しながらレイダーと呼ばれる二人の男が、その見るからに手作り感満載の改造衣服を身に纏い、その手に物騒な拳銃を握りながら荒れ果てた廃墟に佇んでいた。

 いや、よく見ればその場にいるのは二人のレイダーだけではなかった。二人の前には、壁際に追い詰められたであろう人影が一つ。

 まるで追い詰められた小動物の如く、怯えた様子で二人のレイダーを見つめるのは一人の女性。年は二十代だろうか、茶色のセミロングに顔は比較的整った目鼻立ちをしているが、その身に纏う衣服はお世辞にも小奇麗とは言い難い。

 所々破け擦り切れてボロボロな衣服ではあるが、その衣服の下に隠れた女性特有の身体的特徴は、二人のレイダーにとっては興奮を更に高ぶらせるには十分すぎる程の威力があった。

 

「ひひひ、もうたまんねぇ。今にも俺のマグナムが火を噴きそうだぜ!!」

 

「あぁ? マグナムだぁ。てめぇのはマグナムじゃなくてデリンジャーだろうが!」

 

「言うじゃねぇか。そう言うてめぇも似た様なもんじゃねぇか!」

 

 興奮して気が立ってるからか、レイダーの二人は些細な事で口論を始めた。互いに罵り合い、さらに過激になるのにそう時間はかからなかった。

 そんな二人のやり取りを見ていた女性は、今ならば逃げられるかもしれないと。そう感じ取っていた。

 二人の視線は自分には向けられていない、ならばこれはまたとない機会だ。慎重に、ゆっくりと、気付かれないように少しづつ動けば大丈夫。

 

 レイダーに見つかり捕まればもはや待っているのは五体満足の死か、文字通り体をバラバラにされての死か、そのどちらかだ。

 だが、そんな死の運命から逃げられるかもしれない。少しづつ少しづつと離れていく内に、彼女の脳内にはまだ見ぬ明るい未来が思い描かれていく。

 

「おいおい、お嬢ちゃん。何処に行こうってんだぁ? ぁあ!」

 

 刹那、一発の銃声が響き渡ると同時に、彼女はその動きを止めた。いや、止めざるを得なかった。

 自身の手が次に着けようとしていた地面には、今し方出来たばかりの弾痕がその姿を現し。視線を二人のレイダーに向ければ、片割れのレイダーが拳銃を向けている。向けられた拳銃の銃口からは、まだ硝煙が見られる。

 

「俺達から逃げようなんていい度胸だ。その度胸に免じて、たっぷり可愛がってやるよ。ひゃはは!」

 

 下劣な笑いを浮かべ、舌なめずりしながらもう片方のレイダーが彼女に近づく。

 

「おい、最初はてめぇに譲るが後でちゃんと替われよ!」

 

「分かってるよ」

 

 まるで怯える彼女の反応を楽しむかのように時間をかけてゆっくりと近づくレイダー。そんな相棒の行動に軽く舌打ちをしつつも、もう一方のレイダーは見張り役を続けてる。

 もはや思い描いた淡い希望など何処にもない、やはり運命は変わらない。

 彼女は恐怖に体を震えさせながらも、最後の抵抗とばかりにせめてその時だけは目に焼き付ける事の無いようにと堅く瞳を閉じる。

 最後に目にした光景は、今まさに自身の体に手を伸ばそうかとするレイダーの姿。その後に待っているのは、もはや想像に難しくない。

 

 だが、視覚を閉じた彼女が次に感じ取ったのは、レイダーが自身の体を玩具にするようなものではなかった。

 遠くから聞こえた発砲音。と僅かに遅れて低い声と共に何か液体のようなものが自身の顔にかかったのを感じる。

 そして次に聞こえてきたのは、見張り役を買って出ていたレイダーの声であった。

 

「何処にいやがる! 出てきやがれ!」

 

 刹那、今度ははっきりと分かる程の発砲音が耳に響く。それも一発だけではない、二発三発と連続して聞こえる。

 これには視覚を閉じていた彼女も違和感を覚えずにはいられなかった。先ほどから聞こえる発砲音は何なのか、何時まで経ってもレイダーの手が自分の体を掴まないのは何故なのか。

 様々な疑問が頭の中を駆け廻り、視覚と言う名の情報を欲し始める。

 

 意を決して、その固く閉じた瞳をゆっくりと開けてみる。と、目の前には、先ほどまで自身の体を欲していたレイダーが仰向けにして倒れている。

 

「……ひ!」

 

 しかもよく見れば、その薄汚れた醜い顔には本来ある筈のない穴が開いており。冷たくひび割れたコンクリートの大地に赤いペンキを広げている。

 しかも気づけば、その赤いペンキの一部が自分の衣服や顔にもかかっていた事に気が付いた。

 目の前のレイダーは頭を撃ち抜かれ死んだ。紛れもない死が、目の前に広がっていた。

 

「す、姿を現しやがれ! こそこそしやがって、ぶっ殺してやる!」

 

 目の前の死に彼女は動揺していたが、もう片方のレイダーの声にふと冷静さを取り戻す。

 未だ生きているもう片方のレイダーを視線で探せば、彼は近くの廃車の陰に身を隠しながら自身を狙う何者かに向けて声を張り上げている。

 しかしその声には、近づいてくる死の恐怖に耐えかねてか恐怖の色が滲み出ている。

 

「ど、何処だぁ! 出てこぉぉい」

 

 自身の気を保つ為か、それとも威嚇か。当てずっぽうと見えんばかりに手にした拳銃を発砲する。

 断続的に響く発砲音。しかし、やがて弾が尽きたのか、威勢の良い音がはたりと聞こえなくなった。

 

「しま、弾が……」

 

 唯一自身の精神を支えていた物が一時的に役に立たなくなり、軽くパニックを起こしたその瞬間を、どうやら死神は見逃さなかったようだ。

 弾を探そうと少しばかり廃車の陰から身を乗り出してしまった瞬間、遠くから先ほどと同じ発砲音が木霊した。

 刹那、先ほどまで生にしがみ付いていたレイダーの体は、糸の切れた人形の如く重力に逆らう事無く廃車の陰へとその姿を没した。

 

 

 一体何が起こっていると言うのだろうか。彼女はそう思わずにはいられなかった。

 少し前まで自身の体を玩具の様に弄ぼうとしていた二人のレイダーが、今やこの廃墟同様に物言わぬ存在へと成り下がっている。

 今なら確実に逃げられる、いや、もう逃げる必要はないか。兎に角自分は助かった。死の運命から逃れられた安心感からか、彼女の腰は重いままであった。

 

 だが、その判断が間違いであったと彼女はしばらく後になって気づく事になる。

 しばらくした後、自身の後ろから何者かの足音が聞こえてきたからだ。その足音はだんだんと近く、確実に自身に迫って来ているのが分かった。

 先ほどのレイダーの発砲音を聞きつけたのか、理由はどうあれ誰かが近づいてきている事だけは確かだ。

 

 逃げなければ。

 折角舞い込んできた機会をみすみす逃す事はない。一目散に走れば、撒けるかもしれない。

 先ほどまでの重たさは何処へやら。軽々と腰を上げ立ち上がると、彼女は振り向く事なく一目散にその場から走り去ろうとした。

 

「あ、ちょっと!」

 

 のだが。不意にくぐもった間の抜けた声が彼女の耳に届くや否や、走り去ろうとするその足を止め、ふと声のした方へと振り向いた。

 すると、そこにはガスマスクを被った体つきからして男性であろうと思しき人物が、まるで画面を一時停止したかのごとく待ってくれと言わんばかりの体勢のままその場で固まっていた。

 

「安心してくれ、俺はレイダーでも奴隷商人でもない。だから、な。ちょっと話を聞いてくれるか」

 

 怪しくないと本人は言っているが、突然現れたガスマスクを被った人物を見て怪しくないと思う者が果たしてウェイストランド内にどれ程いるだろうか。

 紺色のアサルトスーツを着込みタクティカルベストにレッグポーチ、更にはスリングで肩吊りされたライフルと思しき銃の姿も見られる。

 その装備の充実ぶりからして、幾ら平和の二文字とは程遠いウェイストランドと言えど、同様の装いをした人をよく見かけるとは言い難い。

 

 一旦は停めた足ではあったが、目の前の人物が主張する言葉に疑問を抱かずにはいられず。じりじりと、彼女は停めていた足を動かしまるで肉食動物に睨まれた小動物の如く少しづつ距離を取ろうとする。

 

「いや、あの、だから。……そうだ、このガスマスクを外したら少しは警戒を緩めてくれるかな?」

 

 彼女の同意を得ずに一方的にそう言うや否や、ガスマスクの男は被っていたガスマスクを慣れた手つきで外し始めた。

 

「さ、これで少しは怪しくない奴だって思ってくれるか?」

 

 ガスマスクの下から現れたその素顔は、彼女が頭の中で勝手に想像していたものよりもかなり異なっていた。

 頬骨が出ていたり、傷があったり、或いはその目つきたるやまるで蛇の如く鋭い。と勝手に思っていたら、実物は真逆とも言っていいくらいであった。

 黒い短髪に黒い瞳、頬骨も出ていなければ傷もない。目つきも優しく。まるでこの地獄の時代を生きているには不釣り合いな顔だ。

 

 少なくとも、彼女の感覚では先ほど恐らく地獄に落ちてしまったであろうレイダーよりも断然に良い顔立ちであった。

 

「あ、そうだ。先ずは自己紹介だよな。俺の名前はツルギ、職業は……トレーダーの護衛からゴミ漁り、家事代行まで。まぁ、所謂何でも屋だ」

 

 自身の名を名乗りその職業まで明かした。これに対してそのまま無視して逃げるなんて事は彼女にはできず、彼女もまたツルギと名乗った何でも屋に自身の名を告げる。

 

「わ、私はアンバー。手に職は無いわ」

 

「そっか。それじゃ互いに自己紹介も終わったし、握手でも」

 

 そう言うとツルギはアンバーの前に右手を差し出した。

 差し出された右手に多少戸惑うアンバーではあったが、言葉を交わしてツルギは自身に害を加える人ではないのではと思い始めていたアンバーは、多少ぎこちなくではあるが自身も手を出し握手を交わす。

 

「色々と話をしたいんだけど、ここだと少し難しいから。移動してもいいかな?」

 

 握手を交わし終えたツルギは、不意にそんな事を言いだした。

 

「え? えぇ」

 

「じゃ、少し移動しようか」

 

 本当に話だけだろうかと一瞬勘繰りはしたものの、襲うならいつでもその機会はあった、しかし彼はそうしなかった。なら信じてみようか。

 との考えに居たり、アンバーはツルギの提案を受け入れると彼の後に続いてその場を後にする。




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第二話

 それから、二人はどれくらい歩いただろうか。

 廃墟とその先に広がる荒廃した大地との境界線、廃墟の一番外縁部とでも言えばいいか。その一角に在る比較的状態の良い建物の一階部分に二人の姿はあった。

 

「それじゃ、貴方が私を助けてくれたの」

 

「ん、まぁね」

 

 有言実行とはまさにこの事か。建物に入り運よく放置されていたまだ使える椅子に腰を下ろしたツルギは、本当に特に何をするでもなく話をし始めた。

 そして、同じく椅子に腰を下ろしたアンバーをレイダーの魔の手から救った事を平然と話したのだ。

 

「でも待って、どうして? どうして助けてくれたの!」

 

「そりゃ……、今にも殺されそうな人がいれば助けるのは当然でしょ」

 

 実はアンバーはあのレイダー達の仲間で、一芝居して隙を見てその装備品をいただこうとか。そんな可能性を微塵も考えず、何の見返りも求めず人を助ける者がウェイストランドに一体どれ程いるだろうか。

 善人はウェイストランドでは真っ先にカモにされ、骨まで貪り尽くされ地獄の炎に焼かれる。無用な関わりは持たず、或いは見返りを求めて常に動く。そうでなければ、ウェイストランドでは生きてはいけない。

 にも関わらず、ツルギと言う男は善意で行動した。

 

「ねぇ、本当に殺されかけてたから助けただけなの! 本当は私の体目当てとかじゃないの!」

 

「いや、本当に善意だけで……」

 

 それなりにウェイストランドで人生を送っているアンバーは、ツルギの言葉に嘘偽りはないだろうと感じていた。そもそも、もし本当に少しでも下心があるのならば、今すぐにでも彼は自身を襲っている筈だからだ。

 

「呆れた……。まだそんな馬鹿な信条を持った人がいたなんて」

 

「おいおい、馬鹿だなんて」

 

「でもそうでしょ、ここ(ウェイストランド)じゃ少しでも隙を見せれば生きてはいけないのよ。それを自ら、死ぬようなものでしょ」

 

「でも君は俺を殺そうとは思わないだろ? あ、もし俺の装備をかっさらおうと考えてるなら、残念だけど縄で縛らせてもらうけど」

 

 アンバーはツルギの言葉が何処まで本気なのか分からなくなっていた。

 恐らくレイダーを難なく片付けた事から、彼自身相当の腕は持ち合わせていると思われる。であるならば、体格差も考慮して彼から文字通り装備を奪う事は不可能に近いだろう。女性特有の色仕掛けと言う名の武器を使えば、チャンスはあるかも知れないが。

 

「一応命の恩人だし、そんな事はしないわ」

 

「なら、よかった」

 

 その後も終始、ツルギの言葉にアンバーが振り回されるような形で会話が進み。お互いに少しだけ互いを知る事が出来た頃、ツルギがアンバーにある提案を持ちかけた。

 

「そうだ、もしよかったら。一緒に街まで来ないか?」

 

 突然のこの提案に、アンバーは思いがけず言葉を詰まらせた。

 善意で命を助けてくれたのみならず、共に街まで行かないかとの誘い。それも、何の見返りらしいものも要求せずにだ。

 彼の心からの善意に乗れば、この地獄から、少なくとも今後は少しは人らしい生活を送れるかもしれない。そんな思いがアンバーの心の中に芽生えていた。

 

 しかし、そんな甘い言葉を持ちかけ自らの欲望を満たすだけ満たし、用が無くなれば捨て去る。そんな人の皮を被った悪魔たちをその目で見てきた事もあり、心の何処かでは疑念の念が湧かない訳ではなかった。

 だが、それでも彼女の心の中は彼ならば、そんな気持ちが芽生え膨らみ続けていた。

 

「……いいの?」

 

「え?」

 

「私なんかで、いいの」

 

 最後の判断材料とばかりに、アンバーは再び尋ねる。ただ、彼女としては殆ど気持ちは決まっており、最後にツルギの口から自身の踏ん切りをつけたい言葉が出てくるのを待っていたのだ。

 

「いいよ。これも何かの縁、かも知れないしね。それに、やっぱり一人より二人の方が旅は楽しいしね」

 

 ツルギの口から出た言葉で踏ん切りをつけたアンバーは、彼に共に街に行く事を了承する旨を伝えると徐に手を差し出した。

 どれ程の期間か分からないが、共に旅するのだ。その挨拶を改めてと言う意味を込めて手を差し出したのだ。

 

「よろしくね、アンバー」

 

「こちらこそ」

 

 差し出された手に応えるようにツルギも手を差し出すと、軽い握手を交える。

 こうして二人で街へと向かう事が決まると、ツルギは何かを思い出したかのように不意に背負っていたバックパックを降ろすと、何かを取り出すかのようにバックパックを開けるや手を入れた。

 そして、バックパックから黒光りする物を取り出すと、その取り出した物をアンバーに差し出した。

 

「服や靴はないんだけど、これ位はと思って」

 

 旅をするに適していると言い難い恰好であるアンバー。しかも当然ながらツルギは替えの衣服や靴などを持っていない。

 だが、衣服や靴よりもウェイストランドで旅をするのに欠かせないある物については持ち合わせがあった。

 それは、片手で使用可能な携帯を目的として開発された小型銃器の総称、『拳銃』と呼ばれるものであった。

 そして、細かく言えば拳銃と呼ばれるものの中でも手動によらず、弾丸発砲時のエネルギーを利用し排莢と次弾装填を行う拳銃。即ち『自動拳銃』である。

 

「使い方、分かる? もし分からないなら教えるけど?」

 

 差し出された拳銃を受け取ったアンバーは、受け取った拳銃をまじまじと見つめていた。

 その様子から、彼女は拳銃というものを始めて手にしたのではと思ったツルギは、すかさず声を掛ける。

 しかし、どうやらその考えは間違いであったようだ。

 

「大丈夫、これなら以前使った事があるから」

 

 どうやら彼女が拳銃をまじまじと見つめていたのは、懐かしさからであったようだ。

 慣れた手つきで拳銃を構えてみせると、先ほどの発言が嘘ではないでしょと言わんばかりにツルギに視線を送る。

 

「はは、本当みたいだね。なら、予備のマガジンも」

 

 彼女の言葉に嘘偽りなしと分かるや、ツルギはバックパックから手渡した拳銃の予備のマガジンも手渡すと、必要な提供は終えたとバックパックを閉じるや再び背負った。

 

「目指す街はここから歩いて数日程度はかかるんだ。極力避けるつもりではあるけど、野宿する可能性もなくはないけど……」

 

「大丈夫よ。伊達にここ(ウェイストランド)で生きて来た訳じゃないわ」

 

「なら、早速行こうか。あのレイダー達の仲間が探しに来ないとも限らないしね」

 

 腰を上げ椅子から立ち上がると、ツルギは目的の街を目指すべく建物を後にする。アンバーも彼の後ろに付いて行くように建物を後にする。

 

 

 廃墟を後に二人が荒廃した大地に足を踏み入れ幾分経過しただろうか。既に周囲には人工物の影は見えず、視界の中に広がるのは水平線の向こうまで続く荒廃した大地のみ。

 青い空に浮かぶ太陽から降り注ぐ光が、荒廃した大地に二人の影を作り出させる。

 

「そうだ、疲れた時は遠慮なく言ってね。休憩時間は作るから」

 

「え、えぇ。分かったわ」

 

 楽しげに会話して、と言う事はなく。時折声を掛けながら黙々と歩き続ける二人。道を知っているであろうツルギが先導し、アンバーがその後に続く。

 ツルギの背を追いかけながら、アンバーは不意に考えを巡らせる。どうして彼は会って間もない自分に背を向けていられるのだろうかと。

 背後から撃たれる心配はしていないのか、視界内に置いておかなくてよいのだろうか。

 様々な考えを脳内で巡らせ、そして辿り着いたのは、この考え自体が愚かだと言う事であった。

 

 背後から撃たれる心配をしていたのなら、最初から拳銃など渡す筈がない。それも予備のマガジンも共に。

 信頼の証、拳銃を渡した時点でそれは成立していた。ならば、その証を自ら壊してしまうような考えは愚かなことでしかない。

 ウェイストランドの大地にはレイダー以上に凶暴で厄介な生物が多数生息している。そんな大地で生き残るには、協力が必要だ。仲間割れなど、自ら破滅に追い込むだけの愚かな行為でしかない。

 

「……馬鹿ね、私」

 

「ん? どうかした。休憩?」

 

「い、いえ。何でもないわ」

 

 不意に漏れてしまった声を慌てて誤魔化し、アンバーは愚かな考えを払いのけた。

 そして、周囲に気を配りつつツルギの背を追いかけ続けた。




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第三話

 時折小休止を挟みつつ歩き続け、日が傾き大地が暁に染まる頃、長く伸びた二人の影は二人よりもさらに長くそして大きく伸びている廃墟の手前にあった。

 所々原形を留めていない部分もあるが、全体で見れば形は保たれている方であろう廃墟。

 元は工場として稼働していたのだろう、住宅とは異なるその外観を暁に染めながら、その廃墟は静かに佇んでいた。

 

「今日はここで一夜を過ごそう」

 

 ツルギの提案を否定する事もなくアンバーは受け入れると、二人は廃工場の内部へと足を踏み入れた。

 外観と同じく内部も廃墟と化した当時と同じ姿を保っているかと思ってはいたが、それは誤った考えであったようだ。

 この大地がウェイストランドと呼ばれるようになるその時のまま時間が止まっているかと思われた廃工場内部は、人が居なくなって久しいとは言い難かった。

 倒れた棚や厚みのある埃をかぶった机等、所々には人の管理の手を離れて久しい光景が映るが、全体でみると人の手が加わっている光景が目につく。

 

 何処かしらから運び込んだであろう所々痛みが見られるマットレス。簡素な椅子に、同じく簡素な机。アンティークのつもりか机の上には壊れたパソコンの姿もある。

 その脇には小物入れなどに使っていたのか、小物入れとしては似つかわしくない外見を持つ弾薬ケースが置かれていた。

 

「先客……、が居たみたいだね」

 

 マットレスに手を触れながらツルギは予想外の先客の存在をアンバーに伝える。

 しかし、ツルギ自身はこの状況にそれ程危機感を持っている様子はない。

 

「でも、どうやら最近は帰って来てない様だ」

 

 マットレスに積もった埃の状況から推測してか、このマットレスの主は最近は使っていない。即ち、この場に自分達以外の第三者が潜んでいる可能性は低い。その様に結論付けたようだ。

 

「それじゃ、安心って訳?」

 

「いや、完全にとはいかないさ。このマットレスの主がウェイストランドの大地に没したかどうかは分からないし、ただ単に遠出しているだけかも知れない。それに、自分達と同じようにこの廃校場にやってこない者がいないとも限らないしね」

 

「なら、どうしてそんなに危機感が無いのよ」

 

「そんなに気を張ってたら持たないよ。ま、夜襲を受ける可能性がなくはないけど、一応その時に備えて対策を施すだけの時間はあると思うから大丈夫かなっと」

 

 肩の力を抜いてとアンバーを諭すと、ツルギはこの一夜を安全に過ごせる為に必要な条件を整えるべく廃工場内を散策し始めた。

 一方のアンバーは、後を付いて行こうかとも思ったがこの場を離れた後に何者かが廃工場に入って来るとも限らないと考え。積った埃を手で払うと、簡素な椅子に腰を下ろしツルギが戻って来るのを待つ事に。

 それからどれ程経過しただろうか、近づいてくる足音が耳に入ってくる。自然と足音のする方へと顔を向けると、そこには近づいてくるツルギの姿があった。

 

「今夜を安全に過ごすのに丁度いい場所を見つけたんで、そこに移動しよう」

 

「あ、ちょっと!」

 

 そう言うとツルギは踵を返しその場所へと向かう。そんなツルギの後を追いかけるようにアンバーは急いで椅子から腰を上げると小走りに彼の後に続いた。

 先ほどの場所よりも廃工場をおくへと進んだ所に在る、所謂事務所と思われるスペース。そこに二人の姿があった。

 事務所であるから当然ながら机やパソコンが並べられている、そしてその間を縫うようにマットレスが置かれている。

 

「はい、これ。缶詰とレーションだけど今晩の夕食」

 

 バックパックから取り出したのだろう数種のパウチと缶詰。そして缶切り等それらをアンバーに手渡すと、ツルギ自身はまだ準備が終わっていない部分があるからと言い残すと事務所を後にする。

 一人残されたアンバーは適当に椅子に腰かけると、手渡された夕食の缶詰に缶切りを当て開け始めた。

 一人で食べる食事は慣れている、既に何百何千と繰り返してきた事だ。しかし、何故か今回ばかりは一人で食べている事に虚しさの様な寂しさの様な、そんな気持ちがこみ上げてくる。

 どうしてそんな気持ちがこみ上げてくるのか若干戸惑いつつも、アンバーは静かなる夕食を続けた。

 

「お待たせ」

 

 そして夕食を食べ終えたのを見計らったかのように、ツルギが再び事務所に戻ってくる。

 

「ご馳走様」

 

「あ、もう食べ終わったんだ」

 

「えぇ」

 

 空になった缶詰やパウチを適当に一か所にまとめておくと、アンバーは特に何をするでもなくツルギの方を見つめ続けた。

 一方のツルギは、自身も夕食を取るべくバックパックからアンバーに手渡したのと同じ缶詰やパウチを取り出すと、夕食を取り始めた。

 アンバーの視線が気にはなったが、特に何か反応を返す事もなく。ツルギは黙々と夕食を食べ続けると、程なくして本日の夕食を終えた。

 

 

 その後、特に二人の間で会話が盛り上がる事もなく。途切れ途切れに会話を交わしながら、互いに明日に備えての準備を、と言ってもツルギが殆どであるが、を行い時間を潰していく。

 こうして時間の経過と共に眠気が押し寄せると、準備を整えた事もあり二人は各々のマットレスへと体を横たわらせた。

 

「それじゃ、お休み」

 

「お休みなさい」

 

 特に眠気を妨げるような音が聞こえてくるわけでも、まして事務所の扉が爆発とともに強引に開けられる事もない。即ち、安らかな時間が流れていた。

 しかし、そんな安らかな時間は意外な人物によって妨げられてしまう。

 

「ね、ねぇ……。ツルギ」

 

「ん? んぁ」

 

 ツルギが眠りについてから幾分の時間が経過したのだろうか、不意にアンバーの声がまるで耳元でささやかれたかのように聞こえてくる。

 まだ眠りが浅かったからか、それとも日頃の生活の賜物か。囁き声で目を覚ましたツルギはアンバーの声から緊急の心配性がないと直感的に判断し、薄らと目を開けるとゆっくりと声の方へと顔を動かした。

 するとそこには、ツルギの寝ぼけ眼を全開へと誘う光景が広がっていた。

 

「あ、なぁ!」

 

 そこには確かにアンバーが居た、しかしその姿は、眠る以前までに見ていた姿とは異なっていた。

 その姿は、アンバーがこの世に生を受けた時の姿。羞恥心など何処にもない、まさにありのままの姿であった。

 何故彼女がこの様な姿を曝け出しているのか、ツルギには見当もつかない。ただ、少なくとも、ツルギをからかう為にここまで大胆な事をしているという事ではなさそうだ。

 

「ど、どうしたんだアンバー。そ、そんな」

 

「私ね、今まで生きてきてこれ程誰かに暖かくされた事なんてなかった。だから、多分、戸惑ってるの。それで、何とかその気持ちを整理したくて」

 

 大胆な行動を取っていた裏には、どうやらアンバーの気持ちを落ち着かせようとする制御の一環である部分が関与していたようだ。

 それにしては、随分色々と段階を通り越している気がしなくもない。

 

「無償の恩なんて、やっぱり私には重すぎて。でも、今の私には恩を返せる手段といったらこれ位しか思いつかなくて」

 

「アンバー……」

 

「だから、ね、ツルギ。私を、抱いて」

 

 それに加え、ツルギの善意が今のアンバーにとっては重すぎて受け止め切れなかった反動も加わっている様だ。

 原因の一端が自身にあると理解したツルギは、何とか事を起こさず乗り切ることも出来たであろうが、彼女の気持ちを受け止める覚悟をする。

 それで彼女の気持ちに整理がつき、彼女が少しでも前に進めるのなら、ツルギはその身を貸すことぐらい厭わない。

 

 薄明かりが照らす中重なり合う男と女。例えこの大地が地獄に変わろうとも、変わることのない連鎖の営みがそこにはあった。




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第四話

 さて、こうして昨夜をお楽しんだツルギが次に目を覚ましたのは、おそらく地平線から太陽が顔を覗かせて間もない頃。日頃からの習慣か、例え夜を少しばかり楽しんだ所で彼が目を覚ます時間帯はそうそう変わる事はないようだ。

 彼が不意にもう一つのマットレスへと視線を動かすと、そこには可愛い寝息を立て無防備に、夢の世界を未だ楽しんでいるアンバーの姿があった。

 なお、体調の事もあるが想定外の事態が起きないとも限らないため、昨夜の大胆な姿ではなく、既に見慣れた衣服を身に纏っている。

 

「ふぅ……」

 

 ツルギ自身も一時的とは言えありのままを曝け出していたが、今ではアサルトスーツを着込んでいる。

 さて、一足早く目が覚めたツルギは朝食の準備に取り掛かる。と言っても、昨日の夕食と同じく基本は缶詰とパウチではあるが。

 しかしそこは工夫次第、つまりは腕の見せ所だ。今日一日を乗り切るのに大事な朝の食事、気分を削がれ喉を通らなくされては困る。

 

 バックパックから新たに取り出した食器を事務所内の机に並べ、そこに缶詰やパウチの中身を盛り付けていく。それだけでも、印象ががらりと変わるものだ。

 

「よし、完了」

 

 朝食の準備が整うと、ツルギは未だ夢の世界を楽しんでいるアンバーのもとへと近づく。

 

「アンバー、アンバー。朝だよ」

 

 アンバーの肩に優しく手を置くと、同じく優しくゆすりながらアンバーの意識を現実世界へと呼び起こさせる。

 声をかけながら肩を揺らしていると、程なくしてアンバーの意識が夢の世界から現実の世界へと引き戻される。そして、ゆっくりと開けられたその瞳がツルギの顔を捉えた。

 

「あ、あ。……お、おはよう」

 

 自身を覗き込むかのような姿勢のツルギと目と目が合ったアンバーの顔は、見る見るうちに真っ赤に染まっていく。どうやら、意識がはっきりしていくと共に昨夜の事を思い出してしまっているようだ。

 それを察したのか、それとも目が覚めたからなのか。ツルギは朝食の用意が終わったことを告げると、朝食のある机のほうへと移動してしまう。

 

「う、うん」

 

 未だ頬を赤らめながらもアンバーは起き上がると、ツルギの後を追うように朝食のある机へと移動する。

 机の上に置かれた昨晩と同じ缶詰とパウチとは思えぬ朝食の姿に、アンバーは微かに驚きの声を漏らす。

 

「いただきます」

 

「い、いただきます」

 

 そしてそれぞれ椅子に腰掛けると、朝食を食べ始める。が、昨夜と異なり二人で朝食を食べていると言うのに、そこに楽しそうな会話はない。

 と言うのも、アンバーはまだ昨夜の出来事が脳裏に残っているのか、ツルギの顔を見るたびに顔を赤らめ会話を楽しめる雰囲気ではない。ツルギの方もアンバーの態度に気を使って声をかけない為、必然的に二人の間に会話が生まれない。

 

「ご馳走様でした」

 

「ごちそうさま」

 

 こうして終始会話のない静かな朝食が終わると、ツルギは食器の後片付けをはじめ昨夜仕掛けた防犯装備を回収すべくてきぱきと動き出す。

 対して、アンバーはツルギの声かけも相まって特に何かをするでもなく、椅子に腰掛ツルギの用事が終わるのを待っていた。待つ間に顔の赤らめ度合いを更に増しながら。

 

「終わったよ」

 

「ぴぃぁぁっ!」

 

「え?」

 

 しばらくした後ツルギが声をかけると、アンバーはまるで火山が爆発したかのごとくまるで頭から湯気が噴出したかのように、しかし可愛らしい声を挙げると椅子からずり落ちる。

 そんなアンバーの姿に一瞬呆気にとられるが、次の瞬間には自然と笑いが漏れ出していた。

 

「ちょ、ちょっとそんなに笑わないでよ!」

 

「ごめんごめん。でも、後ろから声をかけただけなのにあんなに驚く思ってなくてさ」

 

「だ、大体、そんな爽やかな顔してあれがきょ、凶暴なんて、卑怯でしょ」

 

「え?」

 

「そ、それに……。あぁ、もう! もういい、早く街を目指すんでしょ、ならさっさと準備して行くわよ!」

 

 照れ隠しのように立ち上がると慌しく出発の準備を始めるアンバー、一方のツルギはそんなアンバーの姿に柔らかい笑みを浮かべつつ、自身も出発の為の準備を始めた。

 こうしてお互いに準備が整うと、二人は濃厚な一夜を過ごした事務所を、そして廃工場を後にし。街を目指して歩き始めた。




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第五話

 あれから数日、二人の目の前に一つの街が広がっていた。その街こそ、まさに二人が目指していた街であった。

 ここまでたどり着く道中、小規模なレイダーの集団と撃ち合い、凶暴な野生生物と戦い。更には廃墟で比較的状態の良いアンバー用の衣服や靴等を調達してきた。

 

「あれが目指してきた街、コロッサスシティさ」

 

「凄い、ねぇ、あれって宇宙船?」

 

「そうさ、コロッサスシティは戦争当時に不時着した軍用宇宙船の残骸を利用して街を形成しているんだ。あ、因みに街の名前も、その軍用宇宙船の名前が由来なんだよ」

 

 街に近づきながらツルギは街の簡単な説明をしていく。

 ツルギの説明通り、野生生物やレイダー対策と思しき高い鉄や廃材で作られた壁に囲まれた街には、街の壁よりも天高く地表に突き刺さっている宇宙船の船体が見られる。

 また、ただ壁を作るだけではなく。巨大な開門式の出入り口や見張り台を設ける事により、人々の往来をより安全に行えるように気配りがなされている。無論、有事に備えての設備も抜かりはない。

 

「凄い、こんな大きな街、私、初めて」

 

 アンバーがこれまでどんな環境で育ってきたのかは定かではないが、少なくともこれ程までに高い安全性と居住性を兼ね備えた集落で過ごした事がないのは確かなようだ。

 外から見てもその巨大さが窺えるが、壁の内側に足を踏み入れると更にその凄さが窺える。宇宙船を中心としてバラック造りが多いとはいえ、かつてこの大地で当たり前に見られた光景がそこには広がっていた。

 商店が立ち並び、町の住民が買い物をして、酒場や道の端々で雑談や笑い声が響き渡る。人間社会のあるべき姿が、そこには現在進行形で繰り広げられているのだ。

 

「コロッサスシティはこの辺りじゃ一番栄えているからね、自然と人や物が集まるんだ」

 

 行き交う人々の間を縫うように進む二人は、街のメインストリートと思われる道を脇にそれ、細いわき道を進んでいく。

 そして、わき道を進んだ二人の目の前にバラックの建物が現れた。

 

「着いたよ、ここが一応コロッサスシティでの俺の自宅兼事務所」

 

 ここに着くまでに見てきた他の住宅と同様、デザイン性など全く持って皆無な直線的なバラック。唯一違う点を挙げるとすれば、扉の上にかけられている『ツルギの何でも屋』と書かれた手作り感満載の看板だろう。

 上質な資材など一切使っていないであろう外観から見える申し訳程度の窓に雨風を凌ぐだけの屋根、継ぎ接ぎだらけの壁と、まさに必要最低限の設備しか備えぬ住宅だ。

 だが、そんな住宅でも今やウェイストランドでは高嶺の花のような存在だ。特に、コロッサスシティのような安全な社会が形成されている中にあるものならなお更。そして、そんな住宅を持ち家としているのだ、ツルギは。

 それだけでも、このツルギと言う何でも屋がどれ程すごい男なのかが窺える。

 

「さ、どうぞ」

 

 扉を開けレディーファーストの精神で自宅の中へと誘うツルギ、そんなツルギに誘われるがままに扉を潜るアンバー。

 アンバーが扉を潜り目にしたのは、外観からは想像も出来ないほど整えられた自宅内部の光景であった。

 ツルギの手自らで改装したのか、まず目に飛び込んでくるのは事務所らしく小奇麗なテーブルや椅子等の家具。更に棚には綺麗に並べられた小物類に、壁には絵が飾られている。

 また奥に行けば、冷蔵庫に食器棚、更にはキッチンと、充実した調理スペースが広がっている。更にその隣には、コンパクトな水周りが設けられている。

 

「二階もあるよ」

 

 マットを敷いた階段を使い二階へと上がると、そこには部屋が三つ。まず足を踏み入れたのは客室と思しきベッドや棚等必要最低限の家具が設けられた部屋。次に足を踏み入れたのは、物置なのか数は少ないが大小様々な箱等が置かれた部屋。

 そして最後に踏み入れたのは、ツルギ個人の自室だろう。どちらも充実した本棚に洋服棚、それにパソコンが置かれた机にテレビ台に置かれたテレビ。少し大きめのベッドに壁には古風な壁掛け時計がかけられている。

 

「凄い」

 

 これ程の住宅を見たことがないのだろうアンバーの口から自然と言葉が零れる。と同時に、これ程の自宅に自分も住めるのかと思うと目の輝きが一層増していく。

 が、彼女は一つ勘違いをしていた。

 

「さて、本当は地下室もあるんだけどそれは話を終わった後に」

 

「え?」

 

「アンバー、少しいいかな、大事な話なんだ」

 

 先ほどまでと異なり出会ってから見たことがないような真面目な、どこか怖さすら感じるツルギの雰囲気に、アンバーは一瞬固まってしまう。そして、そんな彼の言葉にアンバーは本能的に従うしかないと悟った。

 再び一階へとやって来た二人は、対面するようにテーブルへかけるとツルギが申した通りに話を始める。

 

「ねぇアンバー、アンバーはこれからどうしたい?」

 

「え、どうしたいって、どういう事?」

 

「そのままの意味さ。俺はこの街に一緒に来ないかとは言った、けど、街に着いてからの事は何も言ってない」

 

「あ……」

 

 ツルギの言葉に、アンバーは自身の勘違いに気づく。この数日共に行動していたことで自然とツルギの仲間としての地位が約束されているなどと勝手に思ってはいたが、実際にはコロッサスシティに到着するまでの間の仲でしかない。

 コロッサスシティに無事に到着した今、その後の事までツルギが面倒を見る筋合いはない。それはつまりアンバーの今後の人生は自分自身で切り開いていかなければならないと言うことだ。

 ただ、それはツルギに出会う前までのアンバーの人生そのものだ。環境が多少変わっただけの。

 

 が、そのちょっとした環境の変化は、アンバー自身にとってはとてつもなく大きなものに感じていた。

 

「そ、そうだったよね、街まで一緒にって、一緒に暮らそうなんて言ってないよね」

 

「だから」

 

「分かった、大丈夫よ! 今までだって一人で生きてきた、これからだって一人で生きていく。だから今までありがと、それじゃ」

 

 同時にツルギの優しさも知っている、だからこそ慰めの言葉を聞けば余計に辛くなると思い、アンバーは急いで立ち上がるとツルギの自宅を出て行こうとする。

 が、そんなアンバーを止めるかのように、ツルギがアンバーの腕を掴んだ。

 

「待って、まだ話は終わってないんだ」

 

「だから大丈夫だって! 私はこの街でも一人で」

 

「そうじゃないんだ! 誰もアンバーを追い出すなんて言ってない!」

 

「ふぇ」

 

 ツルギの腕を振り払おうとするアンバーであったが、ツルギの言葉を聞きその勢いを急速に失わせる。

 

「アンバー、君さえ良ければ一緒に何でも屋をやらないか? あ、撃ち合いとか危険な業務が嫌なら家事代行とか事務とか、そういった安全な業務をまわす」

 

 予想もしていなかったツルギからの提案に、アンバーは開いた口が塞がらないままの、なんとも間の抜けた表情で聞いている。

 

「だから、ここにいてくれないか、アンバー」

 

 そして、ツルギが自身の返事を待っていると理解すると、まるで緊張の糸が切れたかのように膝から崩れ落ちた。

 

「は、はは。なんだ、それならそうと、早く言ってよ」

 

「え、アンバー?」

 

「もう、また私、一人で馬鹿みたいに考えすぎて、一人で慌てて。本当、馬鹿だよね」

 

 ツルギに聞こえないように小声で独り言を呟くと、その後、意を決したかのように立ち上がるとアンバーはツルギと正面から向かい合う。

 

「私、決めた。ツルギ、こんな私だけどこれからもよろしくね」

 

「それじゃ」

 

「えぇ、一緒に何でも屋をするわ」

 

「ありがとう、アンバー!」

 

 ツルギの掴んだままの手が一旦離れ、今度は両手でアンバーの手を取る。

 握手を交わす二人、ここに、ツルギの何でも屋に新たに一人の従業員が増えた瞬間であった。




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第六話

 こうしてツルギの新たなる相棒となったアンバーは、その後他言無用を条件に秘密の地下室を拝見させてもらい。ツルギの自宅兼事務所、そして今後自分の自宅にもなる建物の見学を終えた。

 そして自宅の見学を終えると、今度は街の案内も兼ねてアンバーの今後の生活に必要な生活品を買出しに行くことに。

 

「あの、いいの? 私持ち合わせ……」

 

「心配ないよ、これから仕事を頑張ってもらえればそれでいいし。……あ、でも。もし負い目を感じてるなら、またあの時みたいにしてもらってもいいよ」

 

 あの時、それが意味するのがいつなのか。アンバーには顔を一瞬で真っ赤にしたことから理解しているようだ。

 

「な、なな! そんな事するわけないでしょ! あれはあれよ」

 

「冗談だよ。さ、行こう」

 

 慌てふためくアンバーをツルギは軽く受け流すと、買出しに行くべく扉に手をかける。

 そんなツルギの後を追うように、冗談なのかそれとも本気なのか、ツルギの気持ちを図りかねているアンバーも続く。

 自宅を後にした二人は再び街のメインストリートに戻ってきた、更にそこから街の中心部へと歩いていく。やがて、街の中心部付近にやって来た二人の前に広がったのは、市場経済が崩壊したウェイストランドにおいておそらく数少ない市場と呼ばれる場所の光景であった。

 需要があれば略奪と言う名の供給を行う、そんな需要と供給の関係が築かれ市場などとっくに崩壊したと思われていたが。やはり人が人らしく生きている場所には、それまで人類が築いてきた体系が生き続けているようだ。

 

「凄い」

 

 活気に満ち溢れた市場を前に、この様な光景を見慣れていないアンバーは半ば呆気にとられながら感想を漏らす。

 

「さ、先ずは衣服から見て回ろうか」

 

 そんなアンバーとは対照的に、既に幾度となく見て見慣れた光景であるツルギは、買出しを行うべく必要な品を揃えている店へと足を進める。

 そこにワンテンポ遅れ、アンバーもまたツルギの後を追う。

 

 衣服を取り扱う店から始まり、家具や雑貨、更には街の外に出た際に必要な装備等々を必要な店で買い揃えていく。なお、買った品物は全て『ハンディ印の宅配サービス』と言うサービスを用いて自宅へと配送してもらっている。

 余談だが、このサービス名の肝とも言うべきハンディとは、ウェイストランドはもとより惑星ゾーラにおいは一般的な自律機動ユニット、所謂ロボットであるMr.ハンディの事を指している。

 基本的に丸みを帯びたデザインは銀色の色合いに三つのメインカメラ、三本のマニピュレーター、見た目には安全とは思えぬブースターを制御し浮遊しながら移動を行う。家庭用として運用されていたロボットだ。

 

「おぉ! ツルギ。帰ってきたって聞いてたからいつ立ち寄るのかと思ってたぞ!」

 

 そして、いよいよ買出しも最後に差し掛かり、やって来たのは逞しい顎鬚を蓄えた初老の男性店主が営む銃砲店であった。

 他の商店同様外観はバラックの似たり寄ったりな造りではあるが、内装はやはり銃砲点らしく棚やガラスケースに様々な銃器が整然と並べられている。無論、本体のみならず消耗品の類や弾薬等の品揃えも整っている。

 

「すいません、色々と買出ししてたら時間がかかっちゃいました」

 

 店主とは顔見知りなのか、店に入ったツルギは店主と親しげに会話を交わしている。それに続くように店に足を踏み入れたアンバーは、二人の親しげな雰囲気に割り入れず一歩引いていた。

 すると、アンバーの姿に気がついた店主が話しの話題の中心にアンバーを添える。

 

「おぉ、その娘(こ)か。ヘンリーが言ってたツルギが連れて来た美人さんってのは」

 

「え、び、美人!」

 

 突然自身が話題に上り、しかも今まで言われ慣れていない褒め言葉も添えられ動揺を隠し切れないアンバー。対してツルギは、アンバーを褒められまるで自身の事のように何処か嬉しそうな表情を見せる。

 因みに店主が言ったヘンリーとは、街の守衛の一人で店主やツルギの知り合い。ツルギとアンバーが街に入る際に一声かけていたのだ。

 

「ははは、お嬢さん、そんなに驚かなくても。本当のことを言ったまでだ、素直に受け取っておいてくれ」

 

「え、えっと」

 

「ジョージ、アンバーはそう言ったお世辞に慣れてないんだ。出来ればあまりからかわないでくれるか」

 

「ん? ははは、そりゃすまなかった」

 

 ジョージと呼ばれた店主はツルギの代弁にアンバーの気持ちを汲み取ったのか、その後は美人と言ってからかうことはなくなった。

 その後、改めて互いの自己紹介を終えた三人は、本来の目的を果たすべくそれぞれ売る側と買う側に分かれる。

 

「さてと、それじゃ今日はなんの用件で?」

 

「アンバー用の銃を買おうと思って」

 

 カウンター越しに売買の話を進めるツルギとジョージ。アンバーは、特に意見がある訳でもなくツルギに全面的に任せているようだ。

 一歩下がって二人の話に耳を傾けている。

 

「ここ(コロッサスシティ)に着くまでに何度か撃ち合った際にアンバーは遠距離よりも中・近距離での距離での戦闘が得意と思ったんだ」

 

「ふむ、なら小銃系統よりも短機関銃や拳銃といった系統のほうがいいか?」

 

「うん、そうだね。そのほうがいいかな」

 

「よし、ちょっと待ってな、軽く見繕ってくる」

 

 大雑把ながら買い求める銃器の傾向が決まると、ジョージは見繕う為にカウンターの奥へと消えていく。一方残された二人は雑談を交えつつ軽く今後の仕事の方針などを話し合う。

 そして、話が一段楽したのを見計らったかのように、奥に消えたジョージが何挺かの銃器を抱えて戻ってくる。

 

「とりあえずオーソドックスなやつを中心にいくつか見繕ってきたぞ」

 

 カウンターに並べられる銃器の数々。ちゃんとした設備のもとに製造されたであろう物から、何処からどう見ても職人とは言えない素人が見よう見真似で作った撃てるだけの品物まで。

 まさにピンからキリまで並べられている。

 

「アンバー、とりあえず自分がいいと思うものを選んでみて」

 

「え、ツルギが選んでくれるんじゃないの?」

 

「それもいいけど。やっぱり使う本人が選ぶのが一番いいから」

 

「そうそう、ま、ツルギの戦闘能力は俺が保証するが万が一って事もある。そんな時、最後に頼れんのはこういった相棒だからな」

 

 ジョージが得意げに語り拳銃を手にしてみせるが横からツルギの、でもそう言ってるジョージの銃の腕前はからっきしだけどね、との突っ込みにジョージ本人は慌てながら否定する。そんな二人の掛け合いにアンバーの表情に自然と笑みがこぼれる。

 程なくして気を取り直したジョージがカウンターに並べた銃器の簡単な説明を始めていく。

 

「まぁ、その、見た目で選ぶのもいいがやっぱり性能で選んでくれたほうがありがたいね。といっても、よほど危ない選択をしない限りアンバーちゃんの意見を尊重するがね」

 

「これは、何度か使ったことがあるわ」

 

「これか。ま、ウェイストランドじゃ流通量の多い拳銃だからな、同じ型のを使ってても不思議じゃないな。が、折角他の銃器もあるんだ、使い慣れてるからって無理に選ぶことはない」

 

 カウンターに並ぶ銃器の中にアンバーにとっては数少ない見慣れた拳銃の姿。機能美と言えば聞こえはいいが、もはや弾丸を発射するだけの粗悪な外見は、素人感満載である。それもそうだろう、この拳銃は所謂ジップ・ガン。メーカー製ではないのだから。

 一体誰が作り始めたのかは分からないが、その容易に複製できる単純な構造からウェイストランド各地で大量に生産され、今やウェイストランドを代表する拳銃の一つになってしまった銃器。

 廃材と加工した木材を主な材料とするその拳銃は、正式な名はないがその外見から『パイプピストル』の名で人々に知られている。

 

「あ、これは今私が使っている銃ね」

 

「N99型10mmピストルか、元々軍が制式採用してただけあって頑丈で使い勝手はいい。迷ったらこの一挺ってのに最適な拳銃だな。っと、今使ってるなら選ぶわけないか」

 

 その後も幾つかの銃器を手に取り構えた際の感覚を確かめるアンバー、そしてその際に一言二言付け加えるジョージ。

 こうして品定めを続ける事幾分か。遂に、アンバーが良いと思える銃器と運命の出会いを果たす時がやってきた。

 アンバーが手にしたのは一挺の短機関銃。それも、取り扱いを向上させる改修が施されているあたり、カスタム品である可能性が高い。

 

「お、そいつに目をつけるとは、アンバーちゃんはお目が高いね。そいつは最近入荷した品物で、MP5って言う名前の短機関銃の小型版、MP5Kってバリエーションのやつだ。そしてそれを基に内外に改修を加えたのがこの一挺ってやつさ」

 

 銃床(ストック)の交換に光学照準器の装着を容易にするレイル インターフェイス システムの装備、更に消炎器(フラッシュサプレッサー)の交換等。外装だけでもそれだけ手を加えられており、おそらく内部の部品等についてもジョージの言葉通り手が加えられているのだろう。

 

「こいつ(MP5K)の使用する弾薬は9mmだからN99型10mmピストルとは弾薬の相互性はないな。ま、10mmを使用するバリエーションもなくはないんだが、生憎と今うちでは取り扱ってないんだ」

 

 ジョージが簡単な説明を続ける中、アンバーは手にしたMP5Kを構えて自身の体に馴染むかどうかの確認を行っていく。

 

「で、どうよ、アンバーちゃん? 決まったかい」

 

「えぇ、決めたわ。これにする」

 

「まいどどうも!」

 

 自身の命を預ける相棒を決めたアンバー、すると後ろで見ていたツルギが話しに入ってくる。何故なら、この先はお支払いの作業が待っているからだ。

 

「さてと、それじゃお会計になるんだが。ツルギ、こいつ(MP5K)は見ての通りのカスタム品、しかも手に入れるのに色々と苦労してるんでね。ま、お値段はざっとこれ位だな」

 

 カウンターに置かれた紙切れかあるいはメモ帳かなにかに手早く金額を書くジョージ、その書かれた値段を目にしたツルギは眉をしかめる。

 また、横からちらりとその紙に目を通したアンバーも、今まで見たこともないような額に驚きを隠せなかった。

 

「あぁそれから、長い付き合いだから分かってるとは思うが、俺は値切りはしない。作り手が丹精込めて作った品物を叩き売ったりはしない、それがモットーなのは知ってるだろ。悪いが、びた一文もまけるわけにはいかないんでね」

 

「分かってるよ」

 

「もし金がないなら物々交換でもいいぞ。俺の見立てならお前さんの持ってる幾つかの品物の中には、こいつ(MP5K)を買ってもお釣りがくる位の物があるだろ」

 

「なんとなくジョージが言ってる物の見当はつくけど、生憎と、どれもあまり手放したくない物ばかりだ」

 

「ん? それじゃどうするんだ、まさかアンバーちゃんを目の前にして買わないなんて言うんじゃないだろうな」

 

「いや、買うよ。現金払いで」

 

 するとツルギは、布あるいは皮製の袋を取り出し、そこから黄金に輝く硬貨を取り出すとカウンターに置いていく。黄金に輝くちょっとした山が形成されるのに時間はかからなかった。

 

「ヒュー、流石はツルギ、相変わらず稼いでるね。……さてと、それじゃこっちも頑張って計算させてもらいましょうかね」

 

 ジョージはカウンターに置かれた硬貨を一枚一枚数えその総額を頭の中に弾き出す。

 やがてカウンターに置かれた硬貨を全て数え終えると、弾き出した額とMP5Kの値段の差額を弾き出す。

 

「それじゃ、これがお釣りと。……で、こいつはアンバーちゃんの門出を祝っての俺からのプレゼントだ」

 

 お釣りの硬貨と共にカウンターに置かれたのは、クリーニングキット一式とMP5Kの使用弾薬である9mm弾の弾薬箱であった。それも一箱ではなく複数。

 この予期せぬプレゼントにアンバーは少々戸惑い気味ではあったが、ツルギは慣れた様子でお釣りとクリーニングキット一式、それに弾薬箱を受け取るとアンバーに声をかけ店を後にしようとする。

 

「またなにか入用があったらいつでもどうぞ、お二人さん!」

 

 ジョージの声を背に二人は店を後にすると、買出しも無事に終わったので自宅へと帰ることに。

 何事もなく自宅へと帰ってくると、玄関先にはハンディ印の宅配サービスで配送してもらった品物の数々と、配送係のMr.ハンディが待っていた。

 

「ご苦労様」

 

「サインもろた、お届けかんりょーう! 蛙が鳴ったから帰るかえるぅ! ……はぁ、マジこのキャラつか」

 

 独特な言い回しを使用するMr.ハンディは自身の役割を終えたので、ふわふわとそのボディを揺らしながら帰っていった。最後の最後に聞いてはいけないような独り言を漏らしながら。

 

「さ、品物を運び入れようか」

 

「うん」

 

 ロボットでも苦労はあるのだなとしみじみ感じながら、二人は玄関先に置かれた品物の数々を自宅へと手分けして運び入れていく。

 そして自宅に運び終えると、今度は一階から新たにアンバーの部屋となった二階の客室へと運んでいく。大型の家具などはなくても、そこそこ重量のある物もあり、全てを運び終えるには相応の時間がかかってしまう。

 こうして全ての作業が終了する頃には、空はすっかり夜の闇に覆われてしまっていた。

 

 しかし、廃墟などで過ごした夜とは異なり、コロッサスシティの夜は夜の闇が隅々まで支配しているわけではない。街は眠ることを知らないのか、闇を照らす明かりが消えることはない。

 勿論、ツルギとアンバーの自宅兼事務所も街のシンボルたる軍用宇宙船から街全体に供給される電気のお陰で明かりを灯し、夜でも快適な生活を送れる。

 更にはそれだけではない、素材が素材だけに、出来立ての美味しいと思えば美味しい料理が食べられるのである。缶詰やパウチ等とは異なるまさに五感の全てを使って楽しめる料理が味わえるのだ。

 

「いただきます」

 

「いただきます」

 

 勿論、料理を作ったのはツルギである。残念ながら、アンバーはまだ料理の腕前はお世辞にも人並み程度とは言い難いので。

 なお、今夜の献立はしなしな野菜たっぷりのポトフに双頭の牛バラモンのステーキ、ぬかたっぷりの米に飲み物。缶詰などと比較して豪勢な献立となっている。

 

「美味しい。……こんな美味しい料理、始めてかも」

 

 ナイフとフォークを使ってバラモンのステーキをほうばるアンバー。その美味しさに、自然と感想が零れだす。

 零れた観想を耳にしたツルギは、作った甲斐があったと言葉を返す。

 

「……、う、ひっく」

 

「え? あ、アンバー?」

 

 すると、突然アンバーの手が止まったかと思えば、予想に反して彼女の目から一粒の涙が零れ始める。

 この突然の出来事に、ツルギはとっさの対応がとれず固まってしまう。

 

「こんなに暖かくて、こんなに楽しい食事、今までしたことなかった。こんな食事が今後も出来るんだって思うと、嬉しくて、だから涙が出ちゃって」

 

「そっか」

 

 俯きながら涙の理由を話していたアンバーであったが、次の瞬間顔を上げツルギの顔を正面に捉えると、何かを決意したかのように話し始めた。

 

「だから、私、頑張る。少しでもツルギの力になれるように、少しでもこの幸せが続くように!」

 

「う、うん、ありがとう。なら俺も、頑張らないと。……さ、冷めないうちに食べよう」

 

 新たなる決意を語ったアンバーとそれを受け止めるツルギ。二人の行く末は、二人の未来にはどんな結末が待っているのだろうか。それは誰にも分からない。

 しかしまだまだ二人の物語は始まったばかり。硝煙と欲望、それに魑魅魍魎をコンクリートミキサーでかき混ぜ、味付けに混沌を添えたこの大地、ウェイストランドの歴史のほんの一節でしかない。

 

 そう、全てはまだ始まりに過ぎない。二人の夜も、そして、その歴史も。




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第二部 過去と現在
第七話


 コロッサスシティ、それは不毛な大地たるウェイストランドにおいて数少ない人間としての社会が残る場所。

 街の中では商人が商売をし、手に職を持つものが各々の仕事を行い、住人が今夜の献立を考えながら買い物をする。酒場には、疲れた人々が疲れを癒すべく安い自家製酒を求めやってくる。

 そして、食堂と呼ばれる場所には、腹を空かせた人々が空腹を満たすためにやって来る。

 

 太陽が真上に差し掛かるお昼時ならば、その勢いは他の時間帯の比ではない。

 

「イラッシャイマシェ、ナンニイタセントネ」

 

 Mr.ハンディとは異なる二足歩行型の接客用と思しきロボットが、出入り口からやって来るお客に対して機械的な音声はもとより特徴的な方言で接客をしている。

 全体的に曲線的な丸みを帯びたレトロチックなほぼ人型のロボット、三本の指を器用に使い注文された料理を配膳している個体もいる。

 プロテクトロンと言う名のこのロボット。そしてこのロボットが従業員の一員として働くこの食堂の名は、その名の通り『プロテクトロン食堂』である。

 街の中心部と言う好立地に店を構えているこの食堂には、多くの住人たちで溢れている。

 

「ゴチュウモンンテイショクタイ、ゴユックリドゲンゾ」

 

 テーブルに置かれる料理、そこから湯気が立ち香ばしい匂いが食欲を刺激する。

 そんな食欲を刺激される人物は誰であろうアンバーであった。無論、テーブルを挟んで向かいにはツルギの姿もある。

 二人は午前中の仕事を終えたので午後からに備えこの食堂で昼食を取るべくやって来ていた。因みに、アンバーもツルギの正式な相棒となってからそこそこの日数が経過し、すっかりコロッサスシティでの生活にも慣れてきたようだ。

 

「この食堂の味は相変わらず美味しいけど、プロテクトロン達が言ってる事はやっぱり聞き取り辛いかな」

 

 しかし、この食堂で働くプロテクトロン達の方言にはまだ慣れず、苦戦しているようだ。

 そんな苦労を漏らしつつ食事を続けていると、二人が座るテーブルに向かって見知った顔が近づいてくるのを見つける。

 

「どうも、アンバーちゃん、昨日ぶりだね。あ、ツルギも」

 

 二人が座るテーブルの脇で立ち止まったのは、誰であろう銃砲店の店主たるジョージであった。しかもその手には、ランチプレートを持っている。

 どうやら座席探しで食堂内を回っていたところに、ツルギとアンバーの姿を見つけて歩み寄ってきたのだろう。それに、二人のテーブルにはまだ余裕もある。

 

「お得意様なのについでなんだ」

 

「おいおい、勘違いしないでくれよ。ツルギは大切なお得意様だ、だが、お前も男なら分かるだろう、ボインってのは敬わなければならないんだ! 夢の詰まった資産価値だぞ、大事にしなきゃならないだろうが、当たり前だろうが!」

 

 本人を目の前にしている事を忘れていたのか、それとも気にしない性分なのか。本人を前に聞いていて恥ずかしくなるような熱弁をふるうジョージ。

 このジョージの熱弁に、アンバーは包み隠すことなく引いており。ツルギは軽くため息を吐いた。

 

「分かった分かった、もう分かったから。いつまでも立ってるのは辛いだろうし、ここどうぞ」

 

 これ以上余計なことを言って更にアンバーの中でのジョージの価値を最安値更新しない内に、ツルギは席を譲るとジョージにテーブルに腰掛けさせる。

 ツルギからのありがたい申し出を受けたジョージは、晴れやかな表情で空いた席に腰を下ろす。自身をまるで汚物でも見るかのような目で見ているアンバーの事など気にもしないで。

 

「……、お、そうだ。そう言えば聞いたかツルギ」

 

 三人になっての昼食を再開して暫くした後、ジョージがなにかを思い出したかのように不意にツルギに話題を振りまいた。

 

「ん?」

 

「N.E.R.の連中、また東側に調査隊を派遣するらしいぞ」

 

「……そうか」

 

 ジョージの口から出た『N.E.R.』と言う言葉に、ツルギは何処か嫌悪感を示すかのごとく表情を見せる。

 その表情の変化を見過ごさなかったアンバーは、ツルギの表情に変化を与えたN.E.R.の意味を知るべく、二人の話に割って入る。

 

「あ、あの」

 

「ん? なんだいアンバーちゃん」

 

「N.E.R.って一体なんなの?」

 

「あ、そうか、アンバーちゃんはまだ知らなかったな。N.E.R.って言うのは『新エデン共和国』の略で、戦争の影響が少ないヘイブンと呼ばれる大地を領土とする国家さ。ウェイストランドがウェイストランドと呼ばれる以前の支配者達の生き残り、と言っても厳密に言えばその中でも星から出れない居残り組みが作った国家の事さ」

 

 ジョージの説明に耳を傾けるアンバーとは対照的に、ツルギはまるで聞きたくないかの如く食事に集中し始める。

 

「ウェイストランドのみならずこの星の復活を掲げてはいるが、問題がない訳じゃない。他の奴らはN.E.R.はこの星に残された最後の楽園だなんて言う奴もいるが、噂じゃN.E.R.の国民は厳しい管理下に置かれ、一部の特権階級との格差や中央の腐敗。その他色々と内外に問題を抱えてて、知れば知るほど幻滅するような国さ」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

「ただ、どれだけ腐っても旧支配層の子孫らだ。N.E.R.の持つ力は侮れない。コロッサスシティだって下手に機嫌を損ねて目をつけられれば一捻りにされる」

 

 自分の知らないこの世界の真実に、アンバーは何処かまだ実感を見出せないでいた。

 凶悪なレイダーや野生生物の脅威をものともしないコロッサスシティの力すら赤子の手をひねる程度の存在にしか捉えていない存在がこの空の下にいる。実際にその目で見た事のないアンバーには、何処か他人事のように思えてならなかった。

 と同時に、そのN.E.R.とツルギとの関係が気になって仕方がなかった。

 

「それで、その、N.E.R.ってツルギとどんな関係なの?」

 

 だから、その辺りの事情を知っているであろうジョージにその疑問をぶつけてみたのだが、その答えが返ってくることはなかった。

 その辺りの事情を知られたくないのか、いつの間にか食事を終えたツルギに話を遮られると、結局うやむやのままこの話題は終わりを迎える事となった。

 

 その後一足早く昼食を終えたツルギとアンバーは、ジョージと別れ食堂を後に一旦自宅へと戻ることに。

 その道中、ツルギは不意にアンバーに先ほどの話題の釈明を始めた。

 

「アンバーがどうしても知りたいって思うんなら。今はまだ言えないけど、いつか、いつか必ず言うよ」

 

「え?」

 

「だから、今は黙って聞き流していてほしいんだ。ね」

 

「……分かったわ」

 

「ありがとう」

 

 短い会話の中、ツルギの気持ちを汲み取ったアンバーはこの話題については暫く自身の心の奥に留めておくと誓った。

 こうしてアンバーの中のもやもやが多少解消した頃、二人の前に安心の我が家が迫っていた。

 

「それじゃ、午後からの仕事も頑張ろうか」

 

「えぇ、そうね」

 

 自宅に玄関に手をかけ潜ると、安心の我が家へと足を踏み入れる二人。自宅で準備を整えれば、午後からの仕事に出かける。

 こうして今日もまた二人の一日が、ウェイストランドの歴史の一節が書き綴られていく。




読んでいただき、どうもありがとうございます。


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第八話

 ウェイストランドの大地は不毛で、その地平線は何処までも続くかのごとく広大だ。そしてそれは、コロッサスシティの在る地域よりも遥か東にまで続いている。

 ウェイストランドを照らす同じ太陽の下、荒廃した大地に廃墟が墓標の如く佇むその地。文明も文化もまるで全てが止まったまま、いや、少しずつ死に絶えている。

 かつてどの様な名で呼ばれていたかは定かではないが、今やこの地域は『キャピタル』と言う名で親しまれている。

 

 地獄と謳われたウェイストランドの中でも本当の地獄、それがキャピタル。ウェイストランドに住む者の中にはそう呼ぶ者も少なくはない。

 だが、そんな場所でも人は生きている。もっとも、他の地域とは異なり、今日を、いや数時間先を生きるのに必死になっての生活ではあるが。

 

「やぁ、いらっしゃい」

 

 かつては大都市であったのであろう無数の廃墟が立ち並ぶ地区の一角、そこに小さな集落が存在している。廃材などを集めて作った自家製の壁が頼りなくも外敵からの脅威から住人達の身を守っている。

 名前があるのかどうかは定かではないが、柱と屋根だけの簡素な家やちょっとした商店の姿も見られる。

 ここに住まう人々は皆、小奇麗と言う言葉すら貴重なほどに、その肌も衣服も大なり小なり汚れ、衣服には継ぎ接ぎも多く見られる。まさにこの地での生活の過酷さを物語っている。

 

 そんな集落の唯一といってもいい商店に、集落の住人とは異なる装いをした一人の男性が来店していた。

 

「これとこれ、あとこれをくれ」

 

 特徴的な青を貴重とした全身タイツのような衣服を身に纏い、その上から戦闘等に必要と思しき様々なポーチやベルト等を着用している。また、片方の腕に妙な機械を装着している。

 ヘルメットなどは被っておらず、さらけ出されているその顔は、三十代半ばと思しき男性であった。

 

「毎度あり、締めて四十キャップだよ」

 

 店主の男性の言葉に、客である男性は麻袋からボトルキャップを四十枚取り出すとカウンターに差し出した。

 どうやらこのキャピタルと言う地域では、瓶の蓋が独自の通貨として使われているようだ。

 

「毎度どうも」

 

 支払いを済ませた男性は、購入した品々を大き目の麻袋に入れると店主の言葉を背に店を後にする。そしてそのまま集落を後にすると、一人廃墟の中へとその姿を消した。

 

「ん? 銃声」

 

 廃車や瓦礫の散乱する廃墟を歩く男性、先ほど集落を後にしたあの男性である。

 その男性の耳に、突如として銃声が聞こえてくる。幸い、聞こえる音の大きさからして発生源から距離はあるようだが。

 

「レイダーとスーパーミュータントが喧嘩でもしてるのか」

 

 銃声の正体は分からないが、男性は大雑把な予測を立てるとホルスターから拳銃を取り出し、慎重な足取りで道を進んでいく。

 やがて、程なくして銃声が聞こえなくなった後も慎重さを崩さずに進んでいたが、とある通りで目にした光景を前にその警戒心を寄りいっそう強めることになる。

 

「レイダー同士の喧嘩だったか」

 

 集落の住人とは異なる攻撃的な装いの、廃車や瓦礫の一部となった物言わぬ死体の数々。周囲には彼らが生前使っていたであろう品の数々が散乱している。

 しかも、死体の状態はまだ出来立てと呼ぶに相応しいほど真新しく、先ほど聞こえた銃声の発生源であったのだと容易に想像できる。

 加えて、どの程度の人数が銃撃戦を繰り広げたかは分からないが、双方が文字通り全滅したとは考えにくく。生き残りが周囲に潜んでいないとも限らない。

 

「ま、遺品は有難く使わせてもらうか」

 

 だが、それでも身に染み付いた習慣からなのか。周囲の警戒を行いつつも手馴れた様子でレイダー達の遺品を回収し麻袋に入れていくと、程なくして全ての遺品の回収を終える。

 

「大量大量」

 

 パンパンに膨れた麻袋を目にしご満悦な表情を浮かべながら、長居は無用と男性はその場を急ぎ足で後にする。

 その後は特に危険な場面に遭遇することもなく、男性は廃墟郡を抜けると荒廃した荒野へとその姿を現す。標識も看板も、大半が無意味と化してしまった大地を迷うことなく歩き続ける男性。

 ひび割れた道を歩き、時に道なき道を歩き、やがて彼の前に一つの建造物がその姿を現す。

 

 赤いロケットのモニュメントが特徴的なその建造物は、燃料の補給設備が備わっている事から、かつてはガソリンスタンドとして使用されていたのだろう。

 かつての賑わいなど見る影もなく、赤いロケットのモニュメントは長い手入れされず間雨風にさらされた結果、所々外装が剥がれ店舗の看板も一部朽ち果てている。

 しかし、建物自体には人の手が今でも加えられているのか、廃材などで作った壁や階段などが設けられ、周囲には柵が設置されている。防衛用の自動迎撃装置の姿も見られる。

 

 まさにちょっとした要塞といっても差し支えないほどの建造物、その建造物が男性の目的地なのか、迷うことなく近づいていく。

 

「ただいま、じいさん」

 

 自動迎撃装置も男性には特に反応することなく安全に近づくと、かつてガレージとして使われていた建物に勝手知ったる場所のように躊躇なく入っていく。

 そこでは、工具や廃材などが散乱する中、ツナギ姿の一人の老人がガレージ内に設けられた設備に置かれた鋼鉄の鎧を手入れしていた。

 規則正しい金属音がガレージ内の響き渡っている。

 

「なんじゃ、また無傷に帰ってきおったんか」

 

 そんな中で男性の声に老人は反応すると、作業の手を止め横目に男性の姿を確認するや毒のある歓迎で迎える。

 対して男性は、もはやこの老人の態度に慣れているのか特に気にする事もなく軽く受け流すと、背負ってきた麻袋をガレージ内に置かれたテーブルの上に置く。

 刹那、油まみれの手を布切れで拭いた老人が近づき、麻袋に手をかける。

 

「今日は随分と量が多いの」

 

「ここに来る途中でちょっとお宝の山に遭遇してね」

 

「ふん、そうかい」

 

 老人は麻袋を開けると、その中身の確認をし始める。手にした廃材部品や基盤等の部品を手に取り見極めると、おそらく使える物と使えない物とに分けているのだろう。それぞれの箇所に置いていく。

 こうして麻袋の中身を見極め終えると、使える物を別の麻袋に詰めてガレージの一角へと無造作に置く。

 

「まぁ、今日はこんなところじゃな」

 

 そしてガレージに置かれた金庫を開け中から幾つかのものを取り出すと、それを男性に手渡した。

 複数の缶であるそれは、側面のパッケージに水の文字が見て取れる。

 

「あぁ、使えん物はお前さんが好きに使っていい」

 

「了解」

 

 複数の缶と使えない物とされた廃材等の残りを麻袋に入れると、もはや用件は済んだとばかりに男性はガレージを後にしようとする。

 すると、作業を再び再開しようとした老人から男性に声がかけられる。

 

「あぁ、そうだ。日頃のお礼だ、冷蔵庫のヌカコーラ一本飲んでいいぞ」

 

「一本だけかよ」

 

「ふん、一本だけでも飲ませてやるんだ、有難く思え!」

 

「はいはい、分かったよ」

 

 これ以上粘って折角の一本すらも台無しにしたくないと判断したのか、男性は早々に引くことに。

 そしてそのまま軽く手を振りガレージを後にすると、ガレージの隣にある事務所に赴き、その中に置かれている冷蔵庫の中からヌカコーラと呼ばれる清涼飲料水の瓶を一本だけ取り出す。

 こうして老人の言い付け通りヌカコーラを一本だけ貰うと、事務所を後にするとそのままガソリンスタンドを後にする。

 

 ガソリンスタンドに立ち寄る前よりも軽くなった麻袋を背負いながら、男性は道なき道を歩き続けると、かつては青々と茂っていたであろう木々の中に小さな小屋が現れる。

 小川の近くにひっそりと建てられている廃材製の小屋。どうやらそこが男性の自宅なのか、男性は迷うことなく小屋に近づくと、小屋の玄関を潜った。

 

「ふぅ、ただいま」

 

 みすぼらしい外観とは異なり小屋の中は男性が集めてきたのか、クラシックな棚や小物、冷蔵庫やキッチン等の生活に必要な家具が揃えられている。

 ベッドの脇に麻袋を置くと、男性は暗くなる前にライトを灯す。窓のない小屋はまもなく訪れる夜になれば言わずもがな小屋の中は文字通り真っ暗になるからだ。

 

「っと」

 

 小屋の明かりを灯すと、男性はベッドに腰掛ると麻袋から先ほど老人から貰ったヌカコーラの瓶を取り出し、蓋を開けて瓶の口を自身の口に近づける。

 清涼飲料水特有の清涼感が喉を刺激し、香りと味が口の中に広がる。

 

「……ふぅ」

 

 瓶の中身を全て飲み干すと、空になった瓶をごみ置き場に使用している別の麻袋の中に入れると、ベッドから起き上がり冷蔵庫に近づく。

 冷蔵庫を開け中から今夜の夕食を取り出すと、再びベッドに腰掛て夕食を食べ始める。

 程なくして夕食を食べ終えゴミを麻袋に入れると、ベッドに寝転がった。

 

 こうしてベッドに寝転がっている内に、だんだん瞼が重くなっていく。と同時に、眠気と言う名の案内人が男性の意識を夢の世界へと誘おうとする。

 もはや抗うことは無意味と、男性はその意識を夢の世界へと旅立たせるべく瞼を閉じた。程なくして、男性は夢の世界へと旅立つ。




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第九話

 翌朝、地平線の彼方から太陽がその姿を現したと同時にベッドで寝ていた男性の瞼がゆっくりと開かれる。

 窓がなく大要がその姿を現したと感じられないながらも、長年の習慣からか太陽光の有無はあまり関係ないようだ。

 

「ふぁ」

 

 軽い欠伸をしつつ上半身を起こすと、軽く体を解す。それが終わると、ベッドから起き上がり朝食の準備をする。と言っても、冷蔵庫にある物を取り出し食べるだけではあるが。

 こうして何の問題もなく朝食を終えると、早速出かける準備を始める。

 昨日背負っていた麻袋の中身を整理し、それが終われば武器の手入れを始める。そして全ての準備が終わる頃には、すっかり脳は覚醒していた。

 

「さて、行くか」

 

 準備を終え麻袋を背負った男性は自宅の小屋を後にすると、道なき道を目的地目指して歩き始める。

 昨日とは異なる風景を横目に男性は淡々と歩き続ける。やがて、荒れ果てた道路を歩き続けていた男性の目の前に無数とも思える廃墟がその姿を現す。

 瓦礫や廃車、それに野生生物や人の死体など。廃墟そのものが名もない墓標の如く、様々な死がそこには広がっていた。

 

 その間を慎重に進んでいくと、やがて廃墟郡を抜けたのか開けた場所へと出る。その先に広がっていたのは、海とも思えるほど両岸の間の距離が長い川であった。

 そんな川を眺められる川岸を歩いていくと、突然川岸に人工的な構造物が現れる。それは、まるで連絡橋のようであった。

 そして、その連絡橋と思しき橋の先には、更に巨大な構造物。かつては大海原を生き生きと白波を立てながら航行していたであろう、巨大な船が座礁していた。

 

「おい、そこで止まれ!」

 

 巨大な座礁船とそれに架かる連絡橋へと男性が近づくと、男性の姿を確認したのか、連絡橋の出入り口に立っていた警備の人間と思しき者達に声をかけられる。

 銃弾からその身を守る為に胴体や手足にいかにも頑丈そうな防護具を身に纏っている。その表情は被られたヘルメットによってあまり窺い知ることは出来ないが、手にした突撃銃、その銃口を向けている事から彼らの警戒心が見て取れる。

 

「何者だ、名を名乗れ!」

 

 立ち止まった男性に対して複数で詰め寄っていく警備員達、特に抵抗するそぶりも見せずそれどころか余裕を見せている男性に対し、警備員達はまるで余裕がないかの如く声が荒がる。

 

「何者って、見ての通りただのスカベンジャーさ」

 

 スカベンジャー、それはこのウェイストランドにおいてありふれた職業の一つである。

 死体を或いは廃墟などからゴミを漁り、そこで得た物を売りさばき或いは使用して日々の糧を得ている者達。ゴミに事欠かないこの大地においてはまさに天職と呼べるものだ。

 

「スカベンジャーだと?」

 

「そう、ただのスカベンジャーさ」

 

 男性の言葉に耳を貸すような素振りを見せているとは言いがたい警備員達、それに対して、男性はもっと確信的なことを言わなければならないのだと理解したようだ。

 

「レッドロケットの所のじいさんの手伝いをしてるだけの、しがないスカベンジャーさ」

 

「レッドロケット? って事は、まさか」

 

 男性の言葉になにか思い当たる節があるのか、警備員達は一瞬その手にした突撃銃の銃口を収めようとした。が、再び構え直すと、その警戒心を収めようとはしなかった。

 

「いや、本当に本人かどうか分からん! とりあえずそのホルスターに収められている銃を地面に置いて両手を挙げろ!」

 

「はぁ、どうかもなにも俺は紛れもなく……」

 

 一触即発のこの状況が劇的に変化するのは、この直後の事であった。

 突如として警備員達の後ろから男性の声が響く。警備員達が声の主のほうへと顔を向けると、そこには警備員達と同じ装いをした一人の男性が連絡橋から近づきつつあった。

 

「あ、警備長!」

 

 ヘルメットを被っておらず、むき出しであるその顔はと言えば、一言で言って強面といって差し支えない。

 そんな人物が、眉間にしわを寄せさらに怖さを増した表情を浮かべながら彼らのもとへと近づいてゆく。

 

「一体何事だ、何か問題か!」

 

「は、はい。ハルマン警備長、それがですね」

 

 警備員達は一斉に銃の構えを解くと、今起こっている問題の経緯をハルマンと呼ばれた警備長に報告する。

 すると、ハルマンは問題の原因たる男性のほうに視線を移し、そしてその顔を確認するや再び警備員達に声を飛ばした。

 

「もういい、お前達、この件は終わりだ。さっさと通常の業務に戻れ!」

 

「は、し、しかし」

 

「彼は本物だ、俺が証明する。それともなにか、俺の言ってることが信用できないか?」

 

「い、いえ! 了解しました、通常の業務に戻るべく配置に戻ります!」

 

 警備員達はハルマンに敬礼すると、各々自らの業務に戻るべくそれぞれの持ち場へと戻っていく。

 こうしてその場には、男性とハルマンの二人が残される事となった。

 

「すまなかったな、あいつらは最近一人前の警備として入った新米たちで、お前さんの事も一応言い伝えてはいたんだが。いや、すまなかった」

 

「別にいいさ、いつもみたいに顔パス出来ると勝手に思ってた俺も悪かった」

 

「そう言ってくれると助かる。最近この近くでひと悶着あってな、それもあってあいつらの警戒心も必要以上に上げてやがったんだ」

 

「それが仕事だろ、いいさ、もう気にしてない」

 

「そうか、それじゃ行くか。いつものようにアンディの店だろ?」

 

「あぁ」

 

 男性はハルマンと顔見知りらしく、親しく言葉を交わし終えると並んで連絡橋へと足を運ぶ。

 長年の雨風に晒された事で腐食の目立つ箇所もちらほらと見られながらも、まだまだ現役として使われる連絡橋を渡り、二人は座礁船の船内へと足を踏み入れた。

 船内に入ったところでハルマンと分かれた男性は、地上と異なり空間に制限のある船の中、人一人が通れるのがやっとの通路を通り慣れた様子で船内を移動していく。

 

 

 初めて訪れる者なら似たような造りの船内に迷うこと間違いなしだろうが、男性は迷うことなく目的地である船内の一角に到着する。

 そこは、圧迫感のある船内と比べ格段に開放感のある、巨大な空間であった。

 この座礁船が座礁する以前、この場所がどの様に使用されていたかは分からないが。今は、廃材等で作られた商店や住宅が所狭しと立ち並び、船内とは異なる窮屈さを与えている。

 

「よぉ、あんたかい」

 

 そんな座礁船の中に作られた町へとやって来た男性は、お目当ての店、アンディの店と呼ばれた商店の前へと足を運ぶ。

 すると、おそらくアンディと言う名の人物であろう店主が、男性の姿に気付き声をかけてくる。

 

「どうも」

 

「また今日も残り物の処分かい?」

 

「あぁ、頼むよ」

 

「了解、それじゃ、今日はどんな物かね」

 

 店に来た目的を既に予想していた店主は、男性が背負っていた麻袋をカウンターの上に置くと、手馴れた手つきで麻袋を開け中身を拝見していく。

 中から取り出した様々な品物を見定め、それぞれの価値を頭の中にたたき出していく。やがて、麻袋の中身の拝見を終えると、店主は古びたレジからなにかを取り出すとカウンターの上へと置いた。

 

「そうだね、ま、今回はこんなとこだね」

 

 数十枚もの数のボトルキャップ、それはまさにキャピタルでの通貨であった。つまり、二人の間で行われていたのは麻袋の中身の売買であったのだ。

 

「ありがと」

 

「また用があったら寄ってくれ」

 

「それじゃ」

 

 男性とアンディの商売が成立し終えると、男性は数十枚ものボトルキャップを慣れた手つきで財布代わりの麻袋へと入れ、その後は淡々としたやり取りで店を後にした。

 店を後にした男性は、その後座礁船内の町に特に他用もないのか、来た通路をそのまま戻り連絡橋の出入り口までやって来ていた。

 

「よ、もう終わったのか?」

 

「あぁ、今回もたんまり換金させてもらったよ」

 

「そりゃよかった」

 

 と、そこで偶然にもハルマンと再会した男性は、ボトルキャップがたんまりと入った麻袋を見せびらかし今回の成果を披露する。

 

「それじゃ、またな。これからまたじいさんの為にたんまりとゴミ漁りしてくるわ」

 

「あ、そうだブロ、ちょっといいか」

 

「ん? 何だ?」

 

 こうして座礁船での用事を終えた男性、ブロと呼ばれた男性は座商船を後にしようとしたが、ハルマンから名を呼ばれ踏み出した足を止める。

 

「あぁ……、実はな、少し前にN.E.R.の連中がウチ(座礁船)を訪れて、議会の連中と何か話をしたみたいなんだ」

 

 ハルマンの口からN.E.R.の単語が飛び出した途端、ブロの表情が少しばかり強張る。その変化が一体何を意味するのか、それはまだ分からない。

 

「それで、何を話したんだ?」

 

「さぁ、細かい内容までは分からない。ただ、N.E.R.の連中が帰った後で議会の連中に呼び出しをくらって、そこで今後の警備人員の増員計画の前倒しを要求されたんだ」

 

「前倒し?」

 

「あぁ、俺個人としては一定の質を確保する為にも計画の前倒しはあまり呑みたくはなかったんだが……。予算の増額や装備の拡張等を餌にされちゃ、首を横には振れないさ」

 

「……、そうか」

 

 一体何を思ってハルマンがこの様な話をブロに話したのか、それは当人にしか分からない事であるが。少なくとも、話されたブロは話から何かを感じ取ったようだ。

 

「しかしよかったな、今まで色々と文句を垂れてた成果がやっと実って」

 

「おいおい、そりゃ予算の増額や装備の更新なんか愚痴を零してたが。セットで計画の前倒しが付いてて、こっちとしては仕事量が一気に増えて今から頭が痛くなってるんだぞ」

 

「はは、嬉しい頭痛じゃないか」

 

「はぁ……、その点、一匹狼は気楽でいいよな」

 

「……、そうでもないさ」

 

 何処か物悲しそうな声と共にブロは話を切り上げると、止めていた足を再び踏み出し始める。

 

「それじゃぁな、色々と頑張れよ、警備長殿」

 

「お前もな、ブロ」

 

 こうしてハルマンに別れの挨拶を言い残して、ブロは連絡橋を使い座礁船を後に、一路廃墟郡に向かう。

 座礁船に向かう道中に通り抜けた廃墟郡は、相変わらず生と死が濃密に入り混じっていた。




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第十話

 死肉に群がり、或いは遺品に群がる人々。そんな人々を付け狙う野生生物に突然変異体。そして更にそれらを付け狙う者達と。

 もはや廃墟郡がその姿を崩壊させるまで、そこは名もない墓標として機能し続ける。

 

 そんな墓標、もとい廃墟の間をブロは進む。しかし、道の真ん中を堂々と歩くなんて愚かな事はしない。

 行きと同様、帰りも廃墟の角を慎重に進みながら、時間をかけて前進していく。

 

「ねぇ、助けて! お願い!」

 

 と、とある角に差し掛かった所で角の向こうから女性の声が聞こえてくる。余程切迫した状況なのか、その声からして藁をもすがるように助けを求めている。

 が、ブロは助けに向こうどころかホルスターから拳銃を抜き取り構えると、警戒を更に増すかのように壁を背にしてじりじりと角へと近づいていく。

 

「今時『呼び込み』か」

 

 角から少しばかり顔を覗かせ女性の声のする方を確かめると、そこに広がる光景を目にしたブロは一人呟いた。

 瓦礫や廃車が道に転がる中、一人の女性が通りすがりと思しきスカベンジャーに助けを求めていた。

 

 女性の衣服は見るも無残な程にボロボロで、擦り切れて汚れ、何度も修繕した跡がそこかしこに見られるなど。一目でみすぼらしいのが分かる。

 そんな衣服を身に纏った女性に助けを求められれば助けようと思わずにはいられないだろう。現に、助けを求められたスカベンジャーは力を貸すべく女性と共に近くの廃墟の中へと消えていった。

 

「……っち、引っ掛かりやがった。馬鹿が」

 

 だが、ブロは違った。

 これは別に彼が冷酷非情な人間だからと言うわけではない。それは、彼がこれまでこのキャピタルの地で培ってきた経験に基づく判断。即ち、それが罠であると見抜いた為である。

 

 ウェイストランドの大地に生息する生態ピラミッドの底辺に属するレイダー、それは、ここキャピタルの地でも当然多く見られた。

 しかし、ウェイストランドの中でも本当の地獄と称されるキャピタルに巣食うからか、キャピタルのレイダーは他の地域に比べ少々頭を使う。

 そして、そんな頭を使うレイダー達がその乏しい頭脳を回転させて編み出したのが、先ほどブロが呟いた『呼び込み』と言う方法である。

 

 短気で荒くれ者のレイダーの中にあって比較的それらを隠せ演技の出来る者を『呼び子』とし、みすぼらしい装いと共に恰も襲われたかのような演技を織り交ぜながらスカベンジャーを始めとする人々に助けを求める。

 そして、まんまと救いの手を差し伸べた者を仲間が待ち構える廃墟などに誘い、そして隙を見て襲い、新鮮な肉にありつくという寸法である。

 

「ま、呼び子を排除してくれたからいいか。何処の誰かは知らないが、その犠牲は無駄にはしないぞ……」

 

 だが、頭を使い罠を仕掛けると言っても所詮はレイダー。

 罠にかからず逃げられると察するや否や、呼び子の合図で仲間を呼び得意の暴力で新鮮な肉を手に入れようとするなど。結局は他の地域と変わらぬレイダーらしさを見せる事もしばしばある。

 

 なので、ブロとしては呼び子を排除してもらい不要な戦闘を避けられる事への感謝を呟くと、警戒しつつも角を曲がり一気にその道を突っ切ろうとした。

 

「……あれ? 感謝の言葉はないんですか?」

 

 しかし、不意にくぐもった声が聞こえ、ブロは足を止める。

 刹那、ブロは声の方へと迷う事無く手にした拳銃の銃口を向けた。

 

「っと、助けてあげたって言うのに、感謝どころか銃口を向けるなんて、酷い人だな」

 

 銃口の向けられた先にいたのは、一人のスカベンジャーだった。しかもその人物は、誰であろう先ほどレイダーの罠にまんまと引っかかったあのスカベンジャーであった。

 しかし、スカベンジャーは特に追剥に合った様子もなく、先ほど誘われた廃墟の扉の前に立っていた。

 

「感謝の言葉ならさっき呟いたぞ、聞こえなかったのか?」

 

「そうなんですか? すいません、小さすぎて聞こえなかったんですよ」

 

「あぁ、そりゃ悪かったな」

 

 銃口を向け、或いは銃口を向けられていると言うのに二人はのん気に会話を始める。

 しかし、そんな会話を交わしつつも、ブロはその鋭くなった視線で相手の様子を隈なく観察していく。

 

「所であんた、何処の誰だか知らないがかなりのやり手みたいだな。返り討ちにしたんだろ? 廃墟の中のレイダー達を」

 

「返り討ち……、まぁそうですね。でも、あの程度のレイダー相手ならば貴方でも問題なかった筈。なにせ『レッドロケットの英雄』さんですからね」

 

「何だ、まだそんな名前で呼ぶ奴がいたのか……」

 

 レッドロケットの英雄、その呼称はブロにとっては懐かしいものであった。

 その名は、ブロと言うスカベンジャーがこのキャピタルの地で鮮烈なデビューを飾った出来事によって名付けられたもの。

 

 かつてこの地に巣食っていたレーダーの集団があった。レッドロケットを拠点としていたその集団は、人々からレッドロケット団と呼ばれ、絶望の多いこの地に更に絶望を増やしていた。

 しかし、そんなレッドロケット団に突如として終焉が告げられる。それが、ブロと言う名のスカベンジャーの登場であった。

 何処からやって来たのか、驚異的な戦闘能力を有するブロは、たった一人で短期間の間にレッドロケット団を文字通り壊滅させたのだ。

 

 この活躍により、ブロはレッドロケットの英雄と言う呼称を得る事になるのだが。年月が経過した現在となっては、その名を使うものは数少ない。

 

「でも、ある意味で当然の結果ですよね。……N.E.R.が誇る特殊部隊コヨーテの元隊長。ブロ・アーガルズともあろう人物ならばね」

 

 スカベンジャーの口から自身のフルネームが零れると共に、ブロの目つきは更に鋭さを増し、拳銃を握る手にも力が入る。

 そして、隠せんばかりの殺意がブロの体に溢れ始める。

 

「っ、貴様! 一体何者だ!!」

 

「酷いなぁ、元部下の顔も忘れちゃったんですか」

 

「元部下!? だと」

 

「あ、そうか。これ付けてちゃ流石に誰だか分かんないですよね」

 

 そう言うと、スカベンジャーは自身の顔に装着していたガスマスクを慣れた手つきで外し始めた。

 程なくしてガスマスクを外し、露になったスカベンジャーの素顔を目にしたブロの脳裏に、懐かしい記憶の一部が鮮明に蘇る。

 

 そこには、ブロの知る顔があった。

 とは言え、年月が経過し幾分と大人びてはいたが、それでもかつて目にした事のある顔がそこにはあった。

 

「お久しぶりです、元隊長殿」

 

「お、お前……。スヴェン、なのか」

 

「えぇ、そうですよ。貴方の現役最後の新米隊員、スヴェンです」

 

 そこにいたのは、ブロがまだヘイブンと言う地に軍人としていた頃に知り合った人物。

 かつて隊の新米隊員として一時を過ごした元部下。スヴェンと呼んだその人であった。

 

 今では新米隊員であった頃よりも成長し、その顔つきは一人前の隊員のものとなってはいたが、今でもかつての面影をブロは感じることが出来る。

 

「でも、今ではコヨーテの副隊長と言う肩書きを貰えるまでに成長したんですよ」

 

「ほぉ……、そりゃ凄い」

 

「あれ? あまり驚かないんですね?」

 

「まぁ、お前は成長する奴だろうと思ってたからな」

 

「それは初耳ですね」

 

 そんなスヴェンと思わぬ再会を果たしたブロではあったが、再会の喜びに浸ることはなく。相変わらず元部下のスヴェンに対して銃口を向けることを止めようとはしない。

 

「で、そんなコヨーテの現副隊長さんが、こんな廃墟に一体何用で?」

 

「ちょっとした下見ですよ」

 

「下見?」

 

「えぇ、調査の為のね」

 

「ふ、相変わらずちまちまと現地の実態調査か。……座礁船の連中に言って現地ガイドを頼んだのも調査の為か?」

 

 ブロは先ほどハルマンから聞いた話とスヴェンとの会話で得た情報を元に、独自の仮説を立てる。

 

「おや、N.E.R.を離れて久しいと言うのに、随分と情報が早いですね?」

 

「まぁ、大変だったがこっち(キャピタル)で一からコネ作って、今じゃ色々と喋り相手には困らないからな。……ま、その過程で英雄なんて大げさな名前も付けられたが」

 

「そうですか、それはご苦労様でした。……でも、やはり正確な情報を手に入れるには、情報元に近いところにコネを作らなければ、やはり不正確で誤った情報を得る事になりますよ」

 

「どういう事だ?」

 

「今回の調査はこれまでの調査とは異なるんです。そう、言わば今回の調査は下準備、我々N.E.R.が再びこの地を繁栄の中心地とする為のね」

 

「なんだと!?」

 

 スヴェンの言葉から何かを感じ取ったブロは、思わず驚きの声を漏らす。

 

「今まで口先だけで細々としか行動せず、結局ヘイブンに引き篭もってウェイストランドには殆ど干渉して来なかったのに、今更どういう風の吹きまわしだ!?」

 

「人の心が常に変化をするように、N.E.R.の心もまた、惨めで荒れ果てた祖先達が暮らしていたこの大地を救いたいと、本気で思うように変化したんです」

 

「は! 何だそれ。何年とも知れず半ば見て見ぬ振りしてきたくせに、今更自責の念にでも駆られたって言うのか!!」

 

「やっと重い腰を上げようと動き出したと言うのに、そう怒鳴る事でもないでしょう。少しは喜んではどうです?」

 

「お前らはいつもそうだ! 自分達の都合で見捨てたり手を差し伸べたり!!」

 

「しかし、かつては貴方もそんな我々の一員として働いていたじゃないですか?」

 

「くっ」

 

 拳銃を握る手が、その指がトリガーを引きそうになるも、ブロはすんでのところで思いとどまる。

 今ここでスヴェンを撃った所で、事態が好転する事などありえないからだ。

 

「そもそも本当に最後までやり遂げるのか、またいつぞやみたいに途中で投げ出すんじゃないだろうな!」

 

「今回は本気ですよ……、おや?」

 

「ん?」

 

 スヴェンが何かに気が付き明後日の方向へと視線を向ける。それに釣られる様にブロもまたスヴェンが視線を向ける方へと自身の視線を向ける。

 そこで目にしたのは、角から二人の事を覗き込んでいる二つの目であった。

 

 しかし、その二つの目を持つものは人間ではなかった。その顔は、まさに地獄からやって来た悪魔の如く。

 二足歩行をしてはいるがその図体は巨体で、その肌は鱗に覆われ、その巨体に似合う力強いその腕の先には鋭い爪が設けられた五本の指。更に顔には悪魔のような二本の角に、背中から尻尾にかけて棘のような背びれが見られる。

 

 その凶暴な見た目に違わず、ウェイストランドの生態ピラミッドの頂点に君臨する生物の一つ。かつての戦争が残した生きる負の遺産の一つ。

 『デスクロー』と呼ばれる野生生物が、角から二人を覗いていた。

 

「おやおや、貴方が声を荒げるから彼か彼女かは存じませんが、機嫌を損ねてしまったようですよ」

 

「くそっ! 逃げるぞ!!」

 

 ゆっくりと角からその全体像を現すデスクローを他所に、ブロは急いでその場から逃げようとスヴェンに声をかける。

 

「グォォォォォッ!!!」

 

 が刹那、デスクローの咆哮が周囲に響き渡る。それまさに、悪魔が狩を始める合図かの如く。

 さて、一見するとデスクローと二人との間にはある程度の距離が、具体的には二人がブロが曲がってきた角からさほど離れていない距離にいるのに対して。デスクローは殆ど通りの端に位置し、相対距離は数百メートルにもなる。

 

 この事から、逃げるには十分な距離が開いていると思われるが、デスクローの脚力を持ってすればこの程度の距離などあってないようなものである。

 

「おい、何してんだ!!」

 

 それを知るブロは動こうとする気配のないスヴェンに再度促すが、当の本人は逃げ出す素振りを全く見せない。

 

「くそっ!」

 

 刹那、その鋭い爪を持った手を広げ獲物たる二人に近づいてくるデスクロー。

 対して、スヴェンはその場から動こうとせず。一方のブロは先ほど曲がってきた角に向かって走り出していた。が、スヴェンの理解不能な行動を見かね、その足を急停止させると、手にした拳銃の銃口を迫るデスクローに向けた。

 

 当然ながら、あの巨体に比例してその防御力は柔、と言うことはなく。当然ながら拳銃だけでどうにかできるような相手ではない。

 しかし、ブロにしてみれば例え元部下であったとしても、目の前で何の抵抗もなくして死を迎えられるのは目覚めが悪くなる。なので、少しでも時間を稼ぐべく抗う。

 

「……やっぱり、相変わらずお節介だ」

 

「早く逃げろ!!」

 

 発砲音に掻き消されたスヴェンの言葉を他所に、ブロはデスクローの足を止めるべくデスクローの目を狙って発砲するが、当然元特殊部隊の隊長と言っても容易に当てられるものではない。

 

「くそ!」

 

 相変わらず動こうとしないスヴェンに狙った箇所に当たらない苛立ちから悪態を吐くブロ。

 

「そうだ、証明してあげますよ。今回こそ我々は本気だって事を」

 

「はぁ!? 何を言って……」

 

「さぁ、来ますよ」

 

 こんな時に一体何を言い出したのかと思わずにはいられないブロであったが、やがて彼の耳に甲高い音が聞こえてくる。

 円形状の回転物を回転させるモーターの駆動音。その独特の高音に、ブロは聞き覚えがあった。否、忘れたくても忘れられる訳なかった。その音はブロが何度となく聞き、そして耳の奥に残って消えない。

 

 そして、そんな音を放つ物の正体もまた、ブロはその目に焼きついて離れなかった。

 

 刹那、ブロが逃げようとした角から、一人の、いや一体の巨大な人がその姿を現す。

 サンド・ベージュに塗装されたその鋼鉄の巨体は、デスクローよりも大きく、全高は四メートルは誇っている。各所に施されたセンサー類からライトの増設、更には不整地での走破性向上の為のキャタピラが取り付けられた足回りなど。まさにその巨人は戦う為の戦闘マシーンであった。

 しかし、腰や背には燃料容器や背嚢等の乗員独自の装備品が取り付けられ人間味を醸し出している。

 

【挿絵表示】

 

 

「ラトラーンスドッグ!」

 

 その巨人の名をブロが口にした瞬間、巨人のバックパックに装着されていた多銃身式機関砲が起動し、銃身が回転し始める。

 刹那、高速回転された多数の銃口から絶え間のない弾丸の雨が放たれる。

 

 途切れる事のないその発砲音は、まるで一つのサイレンのように周囲に響き渡る。そんな音に鼓膜をやられないようにか、ブロは両手で耳をふさいでいた。

 

「ギャ、グャァァァッ!!」

 

 そして、そんな多銃身式機関砲から放たれた雨のような弾丸は、ラトラーンスドッグの出現に驚き足を止めていたデスクローにとめどなく降り注ぐ。

 いかに頑丈な鱗や皮膚を誇っていたとしても、所詮は生物。科学の結晶たる鋼鉄の鎧を貫く為に発明された槍の前にはその無力であった。

 

 放たれる弾丸の雨を前に、逃げる間もなく体中を無数の弾丸に貫かれたデスクローは断末魔を挙げながら、その巨体を冷たいコンクリートの上に横たえた。

 

 程なくして、咆哮を終えた多銃身式機関砲が静かになると、そこには嵐の後の静寂が訪れる。

 赤い血を流し物言わぬ障害物と化したデスクロー、空薬莢を撒き散らしながらも静かに勝利を宣言するラトラーンスドッグ。そして、一方的な戦闘の観戦者と化したブロとスヴェン。誰もが、言葉を発せずにいた。

 

 しかし、程なくして静寂を打ち破るようにブロが言葉を漏らす。

 

「は、ははは。成る程、確かに今回は本気のようだな」

 

「ご理解していただけましたか?」

 

「あぁ、したさ。……にしても、まだ使えてたんだな、ラトラーンスドッグ」

 

 脅威となるものがいなくなったからか、それともスヴェン側に強力な援軍が現れて不利と悟ったのか。ブロは手にした拳銃をホルスターへと戻しながら、話を続ける。

 

「てっきり、台所事情が苦しいからあの『まがい物』でも使わされてるのかと思ってたが……」

 

「正規部隊の皆様には至らない台所事情で苦労をかけてしまっていますが。そのお陰で、我々コヨーテを始めとする一部部隊は潤沢な装備が今なお使用できています」

 

「相変わらず、中央のお気に入りは手厚い優遇をお受けできるようで」

 

「おや、貴方だって元はそんな手厚い優遇を受けて、湯水の如く良質な装備を使用していたではありませんか?」

 

「あぁ、そうだったな……」

 

 自身のかつての境遇を嫌でも思い出し自嘲するブロ。そんな彼を他所に、デスクローを前にしても動こうとしなかったスヴェンが遂に動き出した。

 

「では、そろそろお暇させていただきます。下見の報告書なども作成しないといけませんので」

 

 ラトラーンスドッグの方へと足を運ぶと、差し出してきた手に飛び乗る。

 さぞかし眺めがいいであろう、ラトラーンスドッグの手の上からブロを見下ろすスヴェン。

 

「あぁ、そうだ。もしも我々に協力したいと言うのであれば、掛け合ってあげますのでお気軽にお申し出下さいね」

 

「おい! 待て!」

 

「では、失礼します。元隊長殿」

 

 再び響き渡るモーターの駆動音。刹那、スヴェンを手に乗せたラトラーンスドッグは素早い旋回を行うと、その後あっという間にその場から姿を消した。

 

「くそ……」

 

 ラトラーンスドッグが走り去る際に被ってしまった砂埃を払いながら、ブロは一人悪態を吐く。

 一人残されたブロは、とりあえずデスクローの死体へと近づく。そして、もはや身に染み付いているのか、売れそうな角や爪などの部位を厳選して麻袋に詰めるととりあえずはその場を後にする。先ほどの戦闘音を聞きつけて他の野生生物やレイダー達が寄って来ないとも限らないからだ。

 

 

 その後、無事に廃墟郡を抜け道なき道を突っ切り、自宅の小屋へと戻ったブロ。

 小屋に入るや否やベッドの脇に麻袋を投げるように置くと、そのまま勢いよくベッドへと飛び込む。

 

「あぁ、くそ!」

 

 窓から夕焼けが差し込む中、夕焼けに照らされた天井を眺めながら、ブロは頭をかいた。

 自分は今後どうするべきか、その答えを導き出そうとするも、直ぐに答えは導き出せそうにない。

 

 と、ブロの腹から虫の鳴き声が聞こえてくる。腹の虫と言う名の虫の声が。

 

「……、何か食うか」

 

 腹が減っては戦も出来ぬし考えもまとまらぬ。ブロはベッドから起き上がると、冷蔵庫へと近づいた。

 そして、冷蔵庫の扉を開けて中身を確認し、今晩の献立を考えるのであった。

 

 と言っても、バランスのよい献立と言うものは、望み薄ではあるのだが。

 それでも、極力同じ献立にならないように出来る限り工夫はしている。




読んでいただき、どうもありがとうございます。


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第三部 猛禽類の鉤爪
第十一話


 ウェイストランドには大きく分けて四つの地域がある。

 先ず一つが山脈や砂漠等が存在しコロッサスシティがある西部、次いでかつては大草原が広がり現在では不毛な大地が止め処なく広がる中西部。

 そして次に不毛とされるウェイストランドにあってはまだ自然が少しばかりは残っている南部、もっとも残っていると言ってもお察しする程度ではあるが。

 

 そして最後に、かつてはこの星の全ての中心地とも言っていいほどの繁栄を誇っていた、今はもう高層廃墟と言う名の墓標がかつての繁栄の片鱗を見せるに止まる光景が広がる東部。

 

 この四つの地域がウェイストランド内には存在し、更にそれぞれの地域にはそれぞれ名が付けられた地域が細かく存在しているが、それら全てを地図に纏めている者は果たしてこの星にいるのだろうか。

 少なくとも、ウェイストランドに住む者達の中にそのような者がいない事だけは確かであろう。

 

 

 さて、西部の数少ない人間社会が残る場所コロッサスシティ、そこより北東に六百キロ以上も離れた場所にコロッサスシティよりも小さいが人々が暮らす村が存在していた。

 乾いた大地の中にある乾いた山の麓に存在するその村は、コロッサスシティとは異なる雰囲気を醸し出していた。殺伐ともせず、何処かのんびりとした時間が流れているようでもあった。

 

 そんな村の外れ、巨大なタンクが設けられた給水施設の近くにツルギとアンバーの姿はあった。

 ツルギはガスマスクこそ被っていないものの相変わらずあの充実した装備を身に付けている。そして一方のアンバーも、ツルギの相棒として月日が経過したからか、その身に纏う装備品を一新していた。

 

 オリーブドラブの戦闘服を着込み、女性特有の身体的特徴からかチェストリグをまるでコルセットのように装着している。

 また腰周りにもポーチを装着し、太ももにはレッグプラットフォームを使ってホルスター等が取り付けられている。

 ツルギと比較すると軽装にも思えるが、十分すぎるほどの充実振りといえよう。

 

 そんな二人の手には、各々の相棒たる銃器の姿があった。ツルギはライフル、アンバーはあのカスタムMP5Kである。

 

 二人が今いる場所は給水施設の近くにある岩場の一角、そこから二人は給水施設の近くを我が物顔で歩いている野生生物の様子を窺っていた。

 二足歩行でぺたぺたと歩くその姿は、まさに巨大なヤモリそのものであった。

 巨大ヤモリことその野生生物の名は『ゲッコー』と言い、何処か愛嬌のある姿とは裏腹に、ウェイストランドの野生生物の大半に言える事だが攻撃的な性格で、村の医者に言わせればゲッコーの噛み傷や引っかき傷が治療で一番多いらしい。

 

 そんなゲッコーが複数体、給水施設の近くを闊歩している。

 

「準備はいい? アンバー?」

 

「もちろん」

 

 そしてそんなゲッコー達を狩る事が、今の二人の目的であった。

 ゲッコー達を狩る為に二人は作戦を立てていた、と言っても簡単なものであったが。

 

「それじゃ、頼んだよ」

 

「任せて」

 

 概要は至って簡単、ツルギがこの岩場からライフルで狙撃しゲッコー達が混乱した所を接近していたアンバーが不意打ちすると言うものだ。

 作戦に従ってアンバーは姿勢を低くしつつ、岩場を後にゲッコーに気付かれないように給水施設の近くへと向かっていく。

 

 一方のツルギは、狙撃の為の準備に取り掛かる。ライフルに取り付けてあるスコープの微調整を行いつつ、アンバーが配置に付くのを待つ。

 

 やがて、アンバーが給水施設の近くの岩の陰へと身を潜めたのを確認したツルギは、構えたライフルの銃口を動かし始める。

 スコープのレティクル越しに、クロスの中心点を闊歩する一体のゲッコーの、その頭部に合わせる。

 

 息を整え意識を集中しトリガーに指をかける、そして、狙いを定めたゲッコーが不意に立ち止まった瞬間、ツルギはトリガーを引いた。

 

「ギャ」

 

 発砲音よりコンマ数秒後、放たれた弾丸は吸い込まれるように狙いをつけたゲッコーの頭部を貫いた。

 

「ゲー! ゲーッ!!」

 

「ホゲーッ!!」

 

 突然仲間が一体やられた事に対して驚きの雄叫びを挙げるゲッコー達、しかし、何処から攻撃されたのか分からないのか雄叫びを挙げながら周囲を見回している。

 その隙を見て、アンバーが岩陰から飛び出すと、手にしたカスタムMP5Kのトリガーを引きゲッコー達目掛けて弾丸の雨を降らせる。

 

 その後、飛び道具を持たないゲッコーが二人に一太刀浴びせられる事はなく、ツルギの狙撃とアンバーの近接火力で瞬く間にゲッコー達は乾いた大地の養分と化した。

 

「お疲れ様、アンバー」

 

 ゲッコー達を狩り終わり、アンバーと合流したツルギは彼女に労を労う言葉をかける。連射性能の違いから、倒した数で言えばアンバーの方が多いからだ。

 

「ツルギもお疲れ」

 

 もはや慣れた手つきでマガジンを交換するアンバーを他所に、ツルギはとある事に気が付く。

 

「あぁ! 大変だ!!」

 

「どうしたの?」

 

「ゲッコーが一体、給水機に……」

 

 撃たれた時の反動からか、給水施設に隣接して設けられていた給水機に、一体のゲッコーが頭部から突っ込んでいた。

 と言っても、この給水機は人間用のものではなく、家畜等の為に設けられたものである。

 

 しかし、ツルギにとっては人間用だろうが家畜用だろうが関係ないようだ。

 

「どうしよう、大事な給水機にゲッコーの体液が……」

 

「大丈夫よ。少しくらいゲッコーの体液が混じった水を飲んだくらいでバラモンやビッグホーナーは死にはしないし。それに、そんな水を飲んだ家畜の肉を食べてお腹を壊すような人(ウェイストランダー)はいないでしょ」

 

 困った表所を見せながらゲッコーの死骸をどかせるツルギを見かねてか、アンバーが気にするなと言わんばかりに言葉を漏らす。

 

「そうかな?」

 

「そういうものよ」

 

 優しいが故に色々と心配が生まれてしまうツルギに、そんな事まで心配しなくてもいいと諭すアンバーは、目的を達したので早く戻ろうと提案する。

 

「そうだね、それじゃ、ゲッコーの肉を剥いだら村に戻って報告しよう」

 

 互いに銃からナイフへと持ち替えた二人は倒したゲッコーの肉を剥いで麻袋へと詰めていく。

 ゲッコーの肉は当然ながら生で食べれば美味くはない、しかし、火を通し調理することで、この美食と言う概念がなくなって久しいウェイストランドにおいてはかなりの美味となる。

 その美味さから、ゲッコーの肉の味を知ると他の肉が食えなくなる、なんて話があるほどだ。

 

 そんなゲッコーの肉を詰めた麻袋を担ぎ、ツルギとアンバーの二人は村へと戻っていった。




読んでいただき、どうもありがとうございます。


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第十二話

 コロッサスシティのようなバラックだらけの風景とは異なり、戦争以前から建てられていた建物を活用している為か、村はまるで時間の流れが異なるような風景を醸し出している。

 と言っても、流石に全く手を加えていないという訳でもなく。基本は戦前のレンガ造りの建物だが、何処かから拾い集めてきたトタンや木材等で補強が成されている。

 

 そんな村の中心地に建つ村唯一の娯楽施設とも言うべき酒場、そんな酒場に足を踏み入れた二人は、酒場のカウンターでまだ日も暮れていないうちから飲んでいる一人の男性のもとへと近づく。

 

「村長さん、ご依頼通り給水施設の近くに屯するゲッコー達を片付けてきましたよ」

 

「お、おぉ! そうか、ありがとう! ありがとう!」

 

 頭頂部から前頭部にかけて遮るものがないもない、寂しい様子をさらけ出しているものの。口元にはそんな事等全く感じさせないほどの立派な髭を生やし、そこに年輪を重ねたしわの刻まれた肌が相まって貫禄だけはありそうなそんな見た目の男性。

 その者こそ、この村の村長であった。

 

「いゃ~、君達は我が村のヒーローだ。ノエリア! 彼らに祝いの一杯を!」

 

 村長がカウンターにいる一人の妙齢な女性に祝い酒を出すようにと声をかける。

 すると、ノエリアと呼ばれた妙齢な女性は、酒を出す前に村長の方へと詰め寄る。

 

「あら村長、祝い酒を出すのはいいですけど、その前に。ご自身がこれまで溜めてこられたツケの清算、そちらの方が先ではなくて?」

 

 ノエリアから告げられた言葉を聞いた村長、その表情から見る見るうちに笑顔が消えていく。

 

「お、そ、そうじゃ! これは少ないが報酬だ。……それでは、わしは村長業務がまだ残っとるのでこの辺りで失礼させていただく!」

 

 慌てた様子でポケットから数枚の硬貨を取り出しツルギに手渡すと、村長は足早に酒場から逃げるように去ってしまった。

 

「……まったく、何が村長業務よ。いつも昼間っから飲んでるくせに、こういう時だけ村長ずらして」

 

 村長が去った後、眉間にしわを寄せて文句を漏らしながら村長が使っていたジョッキを片付けるノエリアであったが。それを終えると、打って変わって営業スマイルを振り撒きながらツルギとアンバーの二人に対応し始める。

 

「ごめんなさいね、あんなだらしのない村長で。さ、かけてかけて、ゲッコー達を片付けてくれたお礼に私から一杯おごるわ」

 

 着席を促され促されるままにカウンターの席に座る二人、その間にもノエリアは二人分のグラスを用意するとそれぞれのグラスにお酒を注いでいく。

 こうしてお酒が注がれた二人分のグラスがカウンター席に座った二人の前に差し出される。

 

「さ、遠慮せずにどうぞ。村の問題を解決してくれたヒーローさん」

 

「それじゃ、遠慮なくいただきます!」

 

「あ、アンバー……」

 

「プハーッ! 美味い!」

 

 言葉に甘えて遠慮なくお酒を堪能するアンバー、そんなアンバーに対してツルギは少しは慎ましやかに振舞うべきと言葉をかけるも、ノエリアはアンバーの飲みっぷりを気に入ったようだ。

 

「いいのよ、むしろそうやって豪快に飲んでくれた方がおごった甲斐があって嬉しいわ」

 

「そ、そうですか?」

 

「えぇ、だから、本当に遠慮せずに飲んで頂戴」

 

「では、いただきます」

 

 グラスを手に、アンバーに負けず劣らず男らしく飲むツルギ。その飲みっぷりに、ノエリアはご満悦であった。

 

 こうしてお酒を飲み終えた二人は、次いで先ほど採取したゲッコーの肉を使って料理を作ってもらうようにノエリアに頼む。無論、先払いでだ。

 

「なら、手によりをかけて、美味しいゲッコーステーキを作らないとね」

 

 麻袋から取り出したゲッコーの肉を受け取ったノエリアは、それを持って一旦カウンターの奥へと消える。

 程なくすると、奥から調理音と共に肉の焼ける良いの匂いが漂ってくる。

 

 やがて、調理音が聞こえなくなると、カウンターの奥から再びノエリアが姿を現した。両手にステーキ皿を持って。

 

「さ、お待たせ! 美味しいゲッコーステーキよ!」

 

「わぁ~、美味しそう!」

 

 二人の前に置かれたステーキ皿には、美味しそうに焼けたゲッコーの肉のステーキが載せられていた。

 美味しそうな焼き色が視覚による食欲を誘い、香ばしい匂いが嗅覚による食欲を誘う。

 

「どうぞ、召し上がれ」

 

「いただきます」

 

「いただきますっ!」

 

 共に置かれたナイフとフォークを手に、二人はゲッコーステーキを堪能し始める。

 行儀よく食べるツルギに対して、アンバーは初めてのゲッコーステーキだったのか、少々落ち着きなくがっつくように食べている。

 

「ふふ、そうやって美味しそうに食べてくれると作った甲斐があったと思えるわね」

 

 にこやかに二人の食事風景を眺めるノエリアを他所に、二人は一心にゲッコーステーキを食べ続けた。

 やがて、ほぼ同時に二人のステーキ皿は空になった。

 

「ごちそうさまでした」

 

「ごちそうさま!」

 

 こうしてゲッコーステーキを堪能し終えた二人、その美味しさに満足してか二人ともその表情は満足感で満たされている。

 

 それから暫くのんびりとした後、二人は酒場を後にした。そして、その足で向かったのは、村唯一の宿泊施設であるホテルであった。

 ただし、戦前の建物が残る村のホテルと言っても十数階建ての豪華な外観をしたものではなく、一階建てのこじんまりとしたものである。

 

 そんなホテルへと足を踏み入れた二人は、外観に違わぬこじんまりとしたエントランスに設けられた椅子に腰掛けている一人の初老の男性を見つけるや、その人物に近づく。

 

「ヨーゼフさん、戻ってたんですか」

 

「おぉ、お二人とも! お二人も御用時はもうお済で?」

 

「えぇ、無事に終わりました」

 

 ヨーゼフと呼ばれた初老の男性は、身嗜みとは無縁と思われるウェイストランドの多くの住人達とは異なり、まるで戦前のサラリーマンの如く上下黒のスーツに身を包んでいた。

 とは言え、やはり環境のせいなのか少々汚れてはいたが、それでも継ぎ接ぎだらけよりかは大分とマシな状態である。

 

 さて、そんなヨーゼフと二人の関係であるが、簡単に言えば依頼を出した者と依頼を受けた者である。

 

 依頼の内容はヨーゼフ氏の護衛、そう護衛なのだ。にもかかわらず、何故二人が護衛対象のヨーゼフ氏と別れて行動していたのか。

 それを説明するには、彼らの行動の足跡を順を追って説明しなければならない。

 

 

 ヨーゼフ氏はウェイストランドにおいて『キャラバン』と呼ばれる行商人の一人で、主に西部を中心に商売を行っている。

 同氏はキャラバンガードと呼ばれる護衛役の者達と共に西部各地を巡り、そしてコロッサスシティへと到着した。

 

 しかし、到着後にトラブルが発生したのか、次の目的地への出発日が迫る中、護衛役の者達が護衛任を降りると言い出したのだ。

 思いとどまるよう説得などを試みるも、結局ヨーゼフ氏は護衛役の者達を失い、この危険な大地を安全に移動する術を失った。

 

 だが、それでヨーゼフ氏の行商が終わった訳ではなかった。確かに護衛役を失ったとは言え、失ったのならまた新たに雇い直せばいい。

 そして白羽の矢が立ったのが、コロッサスシティでも腕利きの何でも屋であると有名であったツルギであった。

 丁度アンバーと言うヨーゼフ氏のお眼鏡に最低適った者もいたために、二人を新たな護衛役として雇い入れることになったのだ。

 

 とは言え、ヨーゼフ氏は直ぐに長期的な契約を結ぶことはなかった。

 それはヨーゼフ氏の商人としての資質からか、二人が本当に自身にとって有益な護衛役たるかを見極めるべく、本採用ではなく先ずは仮採用として次の目的地までの間の期間限定として契約は成された。

 

 こうして契約を結んだヨーゼフ氏と二人は準備を整え、ヨーゼフ氏の取り扱う商品を載せたバラモンと共に、次の目的地であるコナモを目指しコロッサスシティを後にした。

 

 予定通り出発日に出発した一行は、道中野生生物やレイダー達と遭遇し戦闘、或いはやり過ごしながら歩みを進め。何度かの野宿等を経て、中継地点である村へとたどり着いたのだ。

 この村で必要な物資の補充と数日の休息を経て、またコナモを目指し歩み始める、その予定であった。

 

 だが、村に着いた所で予定に変化が現れる。

 村からコナモへと通じるルート上の通過点たるバッファロー・プリムと言う街でトラブルが起こり、現在街は立ち入り禁止になっているのだとか。

 しかも、トラブル解決の目処が立たず、いつ立ち入り禁止の制限が解除されるか分からないと言う状況であった。

 

 この情報を聞きつけたヨーゼフ氏は頭を抱えた。何故なら、バッファロー・プリムを通過するルートがコナモへと向かう最短でもっとも安全なルートだったからだ。

 バッファロー・プリムは南北を隔てる様に連なる岩山の山間部にある街で、行商人達にとっては岩山を最短距離で越えられる貴重な中継地点として重宝していた。

 が、その街が使えないとなると、後は間道を使い山を越えるか山を迂回して行くかのどちらかしかない。

 

 しかしどちらにしても、当初の予定よりも大幅に日数を消費してしまうことは確実で。更には道中の危険度も高まる事もうけあいだ。

 この為ヨーゼフ氏は、コナモで得られるであろう利益とルート変更によるリスクとを天秤にかけて頭を悩ませることになる。

 

 こうしてヨーゼフ氏がホテルの一室で頭を悩ませている間、手持ち無沙汰になったツルギとアンバーは部屋に篭って決断に悩んでいるヨーゼフ氏の承諾を得て、暇潰し兼ちょっとした小遣い稼ぎに村での困りごとを解決すると言う簡単な仕事を行うことにした。

 そうつまり、二人がコロッサスシテより六百キロ以上も離れた場所でゲッコー狩りを行っていたのは、上記のような理由からなのだ。

 

 では、彼らの行動の足跡を説明し終えた所で、再び現在の彼らの今後に注目していきたいと思う。

 

 

「それはよかった。お、そうだ、お二人にお話があるので私(わたくし)の部屋に来ていただけますか?」

 

 椅子から立ち上がりエントランスから自身の部屋へと移動するヨーゼフ氏の後を追う様に、ツルギとアンバーの二人もまた歩き出す。

 こうして、外観同様特に豪華でもなく必要最低限の物が備えられている質素なホテルの一室へと足を踏み入れた。

 

 各々が椅子やベッドに腰を下ろした所で、ヨーゼフ氏が話を切り出す。

 

「では、前置きをなしで端的にお伝えしたいと思います」

 

 そして一旦言葉を溜めると、やがてヨーゼフ氏は本題を切り出した。

 

「お二人の腕前は大変に申し分ないものでしたが、如何せん、今回はご縁がなかったと言う事で」

 

「そうですか……」

 

「いやはや、私としても十分に熟考したのですが、やはり長年連れ添った彼らとたった一度の縺れ合いで永遠に別れると言うのは、やはり如何なものかと思いまして」

 

「短い間でしたが、ありがとうございます」

 

「いえいえ、こちらの方こそ。……、おぉ、そうだ。本来ならばコナモに到着してからなのですが、コナモまで彼らと同行しても、その、お二人だけでは何かと後が大変でしょうから、ここまでの分の報酬をと。あぁ、無論、私の勝手でここまでと言う事になりましたので、少なからず色は付けさせていただきました」

 

 そう言うとヨーゼフ氏は自身の少々古ぼけたトランクを開け、中から布製の袋を取り出しツルギに手渡す。

 受け取ったその手に加わる重み、そして袋を動かすたびに中から聞こえる金属音。袋の口を開けて中を確かめると、そこには黄金に輝く硬貨の姿があった。

 

「では、そろそろ出発の時間がありますので」

 

「あ、お見送りしますよ」

 

「いえいえ、お心遣いだけで結構。……、お、そうだ。ホテルの宿泊延長に関してですが、明後日までの分、既に支払いも済ませていますので。どうぞお二人、ご自由にお使いください。それでは」

 

 ヨーゼフ氏は先ほどの少々古ぼけたトランクを手に持つと、別れの言葉を残して部屋を後にした。

 程なくして、外からウェイストランドにおいては少々珍しい車のエンジン音が聞こえてくる。部屋の窓からは、村を後にする一台のトラックの姿が見えた。

 

 こんな世の中だからか、各所に防弾用の廃材などが取り付けられたそのトラックの荷台には、見覚えのあるバラモンがロープで固定され乗せられていた。

 

「ねぇ、よかったの?」

 

「何が?」

 

「あの行商人の人との契約諦めて」

 

「ん~。確かに長期の専属契約は魅力的ではあるけど、やっぱりそれだと困ってる他の人をなかなか助けられなくなるから、無事に本採用になってたとしても丁寧に断ってたと思う」

 

 部屋に残されたツルギとアンバーの二人は、そんなやり取りを繰り広げつつ、今後の予定についての話し合いを始める。

 

 さて、二人が今後の予定について話し合っている間に、何故二人がヨーゼフ氏との契約を途中で解除されたのかについて説明を行いたいと思う。

 事の発端は、昨日の事であった。その日、村唯一のホテルに、村の者ではない数人の者達がやって来たのだ。それも、改造トラックに乗って。

 

 皆一応に銃器で武装していたのはこんな世の中であるからして特に不思議なことではなかったが、それよりも不思議であったのは彼らがヨーゼフ氏の所在を尋ねてきた事であった。

 一体彼らは何者なのか、その答えは、対面したヨーゼフ氏自身の口から語られる事になった。

 

 そう、彼らはコロッサスシティで護衛任を降りると言い出した元護衛役の面々だったのである。

 しかも、彼らがまるでヨーゼフ氏の後を追う様にこの村にやって来た目的が、再びヨーゼフ氏のもとで護衛役として働きたいと言うものであった。

 

 自ら辞めると言っておいて再び雇い直してほしいとは何とも都合のいい話。

 しかしヨーゼフ氏は、そんな彼らを追い返す事もなく、それどころか話し合いの場を設けて判断すると言い出したのだ。

 

 そして、ツルギとアンバーがゲッコー狩りを行っている間に話し合いが行われ、その結果は、先ほど見た通りである。

 ヨーゼフ氏は再び彼らを雇い直し、彼らの乗ってきた改造トラックに乗って、山を迂回するルートを使いコナモへと向かって行った。

 

 と、ヨーゼフ氏との契約解除について説明を行っている間にも、二人は今後の事についての予定を決めたようだ。




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第十三話

 予定も決まった所で、早速二人は行動を開始する。

 先ずは部屋を出てそのままホテルを後にする、そしてその足で、再び酒場へと戻る。

 

 二人が決めた今後の予定、それは滞在中とあまり変わらない、時間が許す限り簡単な仕事を受けようと言う事であった。

 

「あら? まだ残ってたの?」

 

 酒場に再び姿を現した二人の姿を見るや、ノエリアは以外と言わんばかりの声を挙げた。

 

「てっきりさっきのトラックに乗って行ってしまったとばかり思ってたわ」

 

 どうやらヨーゼフ氏の元護衛役の面々がやって来た情報を聞きつけ、二人も彼らと共に行動するものと勝手に思い込んでいたようだ。

 

「いえ、自分達はこの村までという事なので」

 

「まぁそうなの、って、私には関係ないことだったわね。……それで、どうしたの? 夕食には、まだ早いわよね」

 

 ノエリアはさらに二人が先ほどゲッコーステーキを食べたことを口にして、二人が食事に来たのではないと判断する。

 

「実は、何か新しい仕事がないかと尋ねたんですけど」

 

「あら、そうなの。……ん~。でも、今は特に二人に頼むような面倒事は無いし」

 

 ツルギの口から仕事と言う単語が出たことで、ノエリアは二人が再び酒場に来た理由を理解する。

 

「あ、そうだわ! ねぇ、まださっきのゲッコーの肉、残ってる?」

 

「えぇ、まだ残ってますよ」

 

「なら、そのゲッコーの肉、私に譲ってくれない? 当然、ちゃんとした代金は支払うわ」

 

「分かりました」

 

 ゲッコーの肉が詰まった麻袋をカウンターに置くと、ノエリアはカウンター裏に置かれたレジから硬貨を取り出すと、それをツルギに支払う。

 こうして売買が成立すると、ノエリアは二人に待っておいてもらうように頼むと、麻袋を手にカウンターの奥へと消える。

 

 それから待つこと三十分ほど、カウンターの奥から何やら香ばしい匂いが漂ってくる。

 と、再びノエリアが姿を現した。手に木製のバスケットを持って。

 

「実はね、ここ(村)から東に半日ほど行った所に『プロジェクター』って名前の集落があるんだけど。そこに『タロン』って傭兵集団がキャンプを張ってるの、で、そのタロンの人にこのゲッコー肉のパイを持ってきて頼まれてたのよ」

 

 カウンターに置かれた木製のバスケットの蓋を開けると、中には美味しそうな焼き目がついたパイが入っていた。

 

「ゲッコーの肉が手に入ったら作って持っていくって言ったから、特に急ぎでもなかったし。で、丁度いい機会だから、持って行って貰えるかしら?」

 

「構いませんよ」

 

「わぁ、ありがとう! あ、そうだ。出来れば冷めない内に食べてほしいから、なるべく早くお願いね」

 

「分かりました。……それで、そのタロンの方々の何方に持って行けば?」

 

「あ、そうだったわ。えっとね、確か『至高のロード・ミロン』って名前の人よ」

 

「変な名前」

 

 アンバーの思わず口が滑ってしまったのを他所に、ツルギはメモを取って依頼の内容を記載すると、カウンターに置かれた木製のバスケットに手をかけた。

 

「では、必ず早い内に至高のロード・ミロンと言う方にお届けします」

 

「お願いね。報酬と感謝の一杯を用意して待ってるわ」

 

 こうしてノエリアからの依頼を受けた二人は、酒場を後に再びホテルへと戻る。部屋で出立の為の準備を行う為だ。

 と言っても、元々一時的な滞在の為であったので特に荷物を散らかしている事もなく。なので、ホテルの部屋の荷物を各々背負うとそのままフロントへ向かう。

 

 フロントでまだ利用可能ではあるもののチェックアウトを済ませると、ホテルを後に、いよいよプロジェクターを目指して東へと向かう。

 

 

 乾いた大地に細々と続く一本のひび割れた道。もはや人の手が入らなくなって久しいその道は、もはや大地との境界が曖昧になりつつある。

 そんな道を辿り西へと向かう二つの影、ツルギとアンバーは周囲に気を張りながら、時折会話を楽しみながら足を進める。それはまるで、二人が出会ったあの日の様だ。

 

 ただ、あの日と違うところは、アンバーがツルギに全幅の信頼を寄せている事だろうか。

 

 それから時折小休止を挟みつつ歩き続け、日が傾き大地が暁に染まる頃。二人の視界に、道の先に広がるゴールの姿が入り始めた。

 村と同様に戦前の建物に独自の補強を行っている建物がぽつぽつと立ち並ぶ集落、そんな集落を囲むかのように、周囲をフェンスが設けられている。

 

 そして、唯一ではないだろうが、二人がやって来た方向の出入り口と思しきゲートの脇には、巨人が佇んでいた。

 

「止まれ! 何者だ!?」

 

 闇に溶け込むかのような黒を基調とした高四メートルを誇る鋼鉄の巨人は、既に近づいてくる二人を捉えていたのか。手にしたその巨大なライフルの銃口を向けながら止まれと叫ぶ。

 

「村から来た者です! お届け物があってやって来ました!」

 

 そんな巨人の問い掛けに、ツルギは抵抗はしないと全身で表現しながら、自分達がやって来た目的を叫ぶと手にした木製のバスケットを強調させる。

 すると、巨人の頭部に設けられたターレットレンズが音を立てて稼動する。どうやらズーム機能でツルギの手にした木製のバスケットを確かめているようだ。

 

 やがて、確かめ終わったのか、再び巨人の声が飛ぶ。

 

「その場で少し待て! 今人を向かわせる!」

 

 巨人の言う通りその場で待つ二人、ヘタに逆らおうものならばあの巨大なライフルから巨大な弾丸の雨あられが飛来するのが分かりきっているからだ。

 それから待つこと数分後、ゲートが開くと共に数人の人間が二人のもとへと駆け寄ってくる。

 

 その手には銃器を持ち、皆一様に黒を基調とした防護具を身に纏っている。その防護具には、鉤爪のようなデザインのものが白いペンキで描かれている。

 あの巨人にも同じものが描かれていた事から、彼らは皆タロンと呼ばれる傭兵集団の者なのだろう。

 ただ、ヘルメットなどに関しては各々の判断なのか、それとも単に被り忘れているだけか、被っている者もいればそうでない者もいる。

 

「すまないが中身を拝見しても?」

 

「どうぞ」

 

 そんな者たちを代表して一人の社員がツルギの持つ木製のバスケットの中身を確かめる。

 バスケットの蓋を開け、中身を確認し、更に顔を近づけ匂いまで確かめてそれが本物であると確信すると、協力に感謝すると述べつつバスケットを返す。

 

「所で、これは誰への届け物なんだ?」

 

「至高のロード・ミロンと言う方へのお届けものです」

 

 ツルギの口から届け先の名前が告げられるや、タロンの社員達の表情が驚愕のものへと変わる。

 

「な、そ、それならそうと早く言え! 直ぐに案内する!!」

 

「え、あ、ありがとうございます」

 

 態度の急変に少々驚きつつも、二人はタロンの社員達と共にゲートへと向かう。

 

「大丈夫だ、問題ない。あぁ、そうだな、交代したら後で一杯やるか」

 

 先ほど代表してきた社員が、無線手を務める社員が背負う巨大な箱型無線機を使い誰かと交信している。

 と、どうやらあの巨人、詳しく言えば巨人のパイロットを務める者と交信していたようで。巨人は巨大なライフルを下ろすと、空いた手で一行に向かい手を挙げている。

 

 スライドレールを使いターレットレンズがゲートを潜るまで一行を捉え続けている中、物珍しい物を見たアンバーと目が合ったのか、最後は挙げた手を軽く左右に振っていた。

 

 こうしてフェンスの内側へと足を踏み入れた二人は、コロッサスシティ程ではないが、安全性と居住性を得られ活気付いているプロジェクターの光景に目を奪われている。

 特にアンバーは、見るもの全てが新鮮とばかりに人一倍首を左右に振っている。

 

 やがて、一行はメインストリートの終着点、プロジェクターで一番大きいであろう建物の前へとやって来た。

 もとは地元の有力者の自宅だったのだろうか、明らかに先ほどまで見てきた建物とは異なり造りも豪華でその建坪も倍ほどある。また、周囲にはMr.ハンディの戦闘用モデルたるMr.ガッツィーが、警備用なのか数体ふわふわと配置されている。当然、黒を基調とした塗装を施されている。

 

「さ、どうぞこちらへ」

 

 そんな建物に案内されるがままに足を踏み入れた二人は、外観のみならずその豪華さに似合うほどの内装に目を奪われつつも、建物内を歩く。

 すでに建物の主が手を放してから久しいとは思われるが、新たに手にした主が再び手を加えているのか。年月が経過しているとは思えぬほどに、内部は埃や汚れまみれではなかった。

 

 やがて、一行は二階の一室、おそらくは元主の自室。現在は、新たな主の執務室として使用されているであろう部屋の前で足を止めた。

 

 そして、案内を務めた社員が、部屋の扉を数度ノックする。

 

「……どうぞ」

 

「失礼いたします!」

 

 内部から入室を許可する返事を得るや、一行は扉を開けて部屋の中へと足を踏み入れた。

 部屋の中は内装同様に綺麗に手入れされ、現在では弾丸一発分の価値もないと言うウェイストランダーが大半を占める中にあって、その本来の価値を分かっているのか、調度品が飾られている。

 

 そして、そんな部屋に設けられた木目調が美しいデスクに腰を下ろす、一人の男性社員の姿があった。

 案内の社員たち同様の防護具を身に着けてはいたが、その細身で眼鏡をかけている容姿のせいか、如何せん不釣り合いな感が否めない。

 

「課長へのお届け物のパイをお届けにあがりました届人のお二方を案内してまいりました!」

 

 直立不動で報告を行う社員を余所に、ツルギは至高のロード・ミロンと言う者はタロンの社内では課長の地位を得ているものなのかと理解する。

 

「ご苦労だった、後は我々で対応する。元の持ち場に戻りたまえ」

 

 そして、報告が終わりを告げると、デスクに腰を下ろした社員。ではなく、そのデスクの横に佇んでいたスキンヘッドの厳つい男性社員が案内の社員たちに退室を促す。

 

「は! 失礼します!」

 

 直立不動で敬礼を行い、案内の社員達は皆部屋から退室する。部屋に残されたのはツルギとアンバー、そして、二人の社員のみ。

 なのだが、外の雑音が聞こえるほど、部屋の中は静寂に包まれていた。

 

「あ、あの、失礼なのですが。至高のロード・ミロンと言う方はどちらに?」

 

 しかし、そんな静寂を打ち破るように、ツルギが第一声を挙げた。

 

「あぁ、それは僕だよ」

 

 それにつられ、否、答える様に。デスクに腰を下ろした社員が声を挙げる。

 

「え! 嘘! そっちだったの!? ……うわ、凄い名前負けしてる感が……」

 

「あ、アンバー! ちょっと、失礼でしょ!」

 

「プッ」

 

 そうなれば自然と他の面々も話しやすい雰囲気になるのだが。アンバーの口からはその見た目と名前とのギャップから、つい口が滑って本音が出てしまう。

 慌ててフォローに入るツルギだったが、そんな二人の様子が面白かったのか、それともアンバーの本音に堪えられなかったのか。デスクの隣に佇むスキンヘッドの社員が小さく吹き出した。

 

「ん、ンンッ!! デニス」

 

「は! 申し訳ありません」

 

 だが、すぐさま至高のロード・ミロンから注意をされると、デニスと呼ばれたスキンヘッドの社員は伸びていた背筋を更に延ばして緩んだ顔を引き締める。

 

「アンバーがとんだ非礼を! 本当に失礼しました!」

 

 それに続くように、ツルギが頭を下げるが、至高のロード・ミロンはツルギとアンバーに対しては寛容な態度を見せる。

 

「いえいえ、もう慣れました。僕はこのデニスや他の筋骨隆々の社員達と並ぶと、どうしても不釣合いと見られます。こんななりですから、防護具よりも戦前のスーツがよく似合うと自分でも思ってますよ」

 

「あ、それ分かる」

 

「アンバー!」

 

「ははは、構いませんよ。むしろ変に気を使ってはこちらも気を使い疲れるだけですからね」

 

「ありがとうございます」

 

 こうして至高のロード・ミロンの寛大な心によってアンバーの非礼が許されたところで、いよいよ話は本題へと移る。

 

「それで、僕への届け物のパイと言うのは?」

 

「こちらになります」

 

 ツルギがデスクの上に置いた木製のバスケット、その中身を確かめる為に至高のロード・ミロンは椅子から立ち上がると、バスケットの蓋を開ける。

 そこには、自身が待ちわびていたゲッコー肉のパイがあった。

 

「お、おぉ! これだこれ! このパイを待っていたんだよ」

 

「お届けの品で間違いありませんね?」

 

「うんうん、ありがとう。……お、そうだ。折角だからどうですお二方、僕と一緒食べませんか? 一人よりも二人、二人よりも四人で食べたほうが美味しさも増すというもの」

 

 こうしてお届け完了した直後、至高のロード・ミロンはその寛大な心を更に見せるかの如く、二人も一緒にパイを食べないかと誘う。

 

「よろしいんですか?」

 

「構いません。これも何かのご縁だ、それに、お二方は珍しく教養と言うものをある程度お持ちのようであるし」

 

「で、でわ、お」

 

「それじゃ、お言葉にお甘えます~!」

 

 折角の誘いを無碍にするのも心苦しいと感じたツルギと、特に心苦しいとは思っていないアンバーは、至高のロード・ミロンの誘いを快く受けることに。

 

「デニス、コーヒーの用意を」

 

「かしこまりました」

 

 こうしてちょっとしたコーヒータイムが始まる。

 

「さ、どうぞかけて下さい」

 

「はい」

 

「あぁ、そうだ。こんな世の中ですし、お二方にとってはコーヒーと言えばもっぱら代用コーヒーの事を指すのでしょうが。……実はですね、つい最近天然物の美味しいコーヒーを手に入れたんですよ」

 

 部屋に置かれているソファーに移動し腰を下ろしながら、三人は用意が行われている間雑談を始める。

 と言っても、殆ど至高のロード・ミロンがコーヒー愛について熱く語っているのを二人が聞いているという図式ではあるが。

 

「そもそも僕が初めて天然物のコーヒーを飲んだのは僕がまだ……」

 

「課長、ご用意が整いました」

 

「ん? そうか。なら持って来てくれ」

 

「かしこまりました」

 

 だが残念な事に、至高のロード・ミロンが熱く語るコーヒー愛については、用意が整った為に結局それ以上語られることはなかった。

 

 人数分用意されたコーヒーと人数分切り分けられたゲッコー肉のパイが、テーブルの上に並べられる。

 見た目も考慮してか、高級そうなカップとお皿にそれぞれ飾られている。

 

「では、このご縁に感謝し、ゲッコー肉のパイを作っていただいた酒場のオーナーに感謝して。いただきましょう」

 

 皆ソファーに腰を下ろし、用意も整ったところで、いよいよ各々がコーヒーとゲッコー肉のパイに手を付け始める。

 

「んん、やはり天然物のコーヒーはいい。それに、このゲッコー肉のパイもやはり美味い」

 

「本当、美味しい!」

 

「これは、なかなかです」

 

「……、美味い」

 

 各々がその味に感動し手が止まらなくなるのに時間はかからず、特にツルギは初めて飲んだと思われる天然物のコーヒーの味に感動さえ覚えていた。

 

 こうして、コーヒータイムはその美味さもありあっという間に終わりを告げる。

 

「おいしかった~」

 

「それだけ喜んでいただけると、僕もお誘いした甲斐がありました」

 

「どうもありがとうございました」

 

「いえいえ、ゲッコー肉のパイをお届けしていただいたのですから、これぐらい」

 

 美味しいものを食べて飲んで、幸せな気分に浸っている四人。

 しかし、そんな幸せな時間も、あまり長くは続かなかった。

 

「失礼いたします!」

 

 突然、ノックもそこそこに返事を待たずしてタロンの社員が一人、部屋に入ってきたからだ。

 

「何だ藪から棒に!」

 

「まぁまぁ、デニス、そう怒らずに。……で、何をそんなに慌てているのですか?」

 

「は! 実は課長に早急にご報告すべきかと思われる報告がありまして!」

 

 社員の慌てた様子を見て、至高のロード・ミロンは非礼も気にする事無く用件を窺う。

 

「は! 実はウェルキッドの方で爆発のようなものを確認したという監視等からの報告がありまして」

 

「ほう」

 

「確認されたのは一瞬で、しかも見たのは一名のみですので見間違いの可能性も否定できませんが、一応報告にと」

 

「そうですか……」

 

 顎に手を添え何かを考える至高のロード・ミロン。そんな彼にデニスが小声で判断の助けになるであろう情報を加える。

 

「課長、この七十二時間の間ウェルキッドとは無線での交信が途絶えています」

 

「ふむ、それはますます怪しいですね。……そうだ、最近ウェルキッドの方面からやって来た者はいないのですか? いれば話を窺いたいのですが」

 

「残念ながらここ最近はウェルキッド方面から行商人や放浪者などの人の流れはありません」

 

「ふむ……」

 

 どの様な判断を下すのか、ツルギとアンバーの二人も気になり事の成り行きを見守っていると、遂に至高のロード・ミロンは判断を下す。

 

「とりあえず、今日はもう夜ですので、真相の確認に関しましては明日の朝以降に最終的な判断を下すことにしましょう」

 

 こうしてこの件に関しては明日の朝以降に最終的な判断を下すという事で、報告に来た社員は退室していった。

 また、可能な限り更なる情報を収集する為に、デニスもまた部屋を後にした。

 

「いやはや、折角楽しい気分だったのに、大変失礼しました」

 

「あ、いえ」

 

「そうだ、今日はもう夜ですし、どうぞこのプロジェクターのホテルで一泊していってください。値引きは出来ませんが、安全は保障いたしますよ」

 

「では、お言葉に甘えて」

 

「それでは、どうぞ楽しい夜を」

 

 こうして至高のロード・ミロンの執務室を後にした二人は、タロンの司令部たる建物を後に夜のプロジェクターへと繰り出す。

 と言っても、娯楽施設のようなものも酒場以外なく、その酒場も駐留するタロンの社員達で溢れている為、二人は迷う事無くホテルへと直行する。

 

 村と同じほどのこじんまりとしたホテルで一泊の為に部屋を取る。そして部屋に荷物を置くと、早々に二人そろってベッドに身を沈める。

 その際二人とも生まれたままの姿だったが、気にすることでもない。




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第十四話

 こうして楽しく激しい夜を経て朝を迎えた二人は、荷物を整理しチェックアウトを済ませ、酒場で朝食をとる事にした。

 村の酒場同様にそれほど大きくもない酒場ではあったが、やはり駐留するタロンの社員たちと言う存在が大きいのか。閑古鳥が鳴いている村の酒場と異なり、カウンター席もテーブル席もある程度の稼働率を誇っていた。

 

 そんな酒場で何とか二人分座れるテーブル席を確保すると、早速朝食を注文する。

 暫くして、リスの角切りやイグアナの串焼きなどの朝食が二人のテーブルに運ばれてくる。

 

 そして、朝食に手を付け始める。

 

「なぁ聞いたか、昨日の爆発、ありゃどうやら本物だったようだぞ」

 

「何? そうなのか?」

 

「あぁ、今朝ウェルキッドの方から黒煙が上がってるのが確認されたらしい」

 

 朝食を食べ進めていると、不意にタロンの社員達のそんな会話が耳に入ってくる。

 どうやら二人の隣の席に座る社員達が、昨晩の爆発の件について話しをしているようだ。

 

「ウェルキッドの馬鹿どもが派手な花火でも打ち上げたか?」

 

「さぁな。ただ、あそこの連中は馬鹿だったりジャンキーだったりどうしようもない連中が多いが、連中だって進んで危険を呼び寄せるほど命知らずの馬鹿じゃないだろ」

 

 危険がそこらかしこに転がっているこのウェイストランドにおいて、コロッサスシティやプロジェクターのような安全が確立されている場所はそう多くはない。

 村のように奇跡的に周囲に危険が少ない場所もあるだろうが、大半は何の策もなく一晩を過ごせば翌朝には最悪死体になってるような大地だ。

 

 そうした中でウェルキッドが、自ら中から崩壊を招き入れるような行為を行うとは到底思えない。

 そんなタロンの社員の考えに聞き耳を立てていたツルギは共感する。

 

「なら、あの黒煙は何だって言うんだ?」

 

「さぁな、だが、それを確かめるには人を送る必要があるのは確かだ」

 

「でもよぉ、送るって言っても今はバッファロー・プリムの件で人手を割いてるから、送れるような人員はいないんじゃないか?」

 

 だが、どうやらバッファロー・プリムでの一件にタロンが関わっているらしく、人手不足で確認の為の人員を割けないらしい。

 

「ねぇ、気になるの?」

 

 と、そんなタロンの社員達の会話に聞き耳を立てていたツルギの様子を見ていたアンバーが、不意にツルギにそんな言葉をかけた。

 

「いや、まぁ、その」

 

「気になるって顔に書いてる」

 

「うっ!」

 

「ツルギって本当に、困ってる人の前になると分かりやすいよね」

 

 何とかしてあげたいと思うツルギの善意は、どうやら隠しきれていないようだ。その為、簡単にアンバーに見抜かれてしまう。

 

「でも、そこがツルギの良い所だよね」

 

「アンバー……」

 

「私はツルギの後について行く、だってツルギの相棒だから」

 

「ありがとう」

 

 だが、アンバーの後押しもありツルギの気持ちが固まると、二人は残りの朝食を素早く食べ終え、酒場を後にする。

 そして二人が向かった先は、昨夜至高のロード・ミロンとコーヒータイムを楽しんだあの建物であった。

 

 昨晩と同じ数対のMr.ガッツィーがふわふわと浮きながら警備をしているが、昨晩と異なるのは出入り口に慌しく人の出入りがある事だろうか。

 そんな出入りの中に、ツルギは昨晩知り合った顔があるのに気がつく。

 

「あ、すいません! デニスさん」

 

「ん? 君達は」

 

 声をかけたのは、昨晩共にコーヒータイムを楽しんだ内の一人、デニスであった。

 

「何だ? まだ課長に何か用か?」

 

「はい、実はウェルキッドの件で協力できないかとお話を……」

 

 ウェルキッド、ツルギの口からその単語が出た瞬間、デニスの表情が強張る。

 

「駄目だ! この件は我々タロンの問題だ。部外者である君達には関係ない!」

 

 一応顔見知りとは言え、ツルギとアンバーは部外者である事に変わりがない。デニスは当然の反応を見せる。

 

「あの、少しでも……」

 

「駄目だ駄目だ、君達には関係ない!」

 

 その後も頼み込むも、デニスは頑なに拒み続ける。

 すると、デニスの声に気がついたのか、誰かが声をかけてきた。

 

「デニス、どうかしたのですか?」

 

「は! これは課長……」

 

 建物の中から現れたのは、誰であろう至高のロード・ミロンであった。

 

「おや? あなた方は昨夜の?」

 

「ツルギです、こちらは相棒のアンバー」

 

「あぁ、そうでしたね。それで、お二方はどうしてここに? もう僕への配達は終わったと思ったのですが?」

 

「今日はお届け物ではなく、至高のロード・ミロンさんにお話があって来たんです」

 

「僕に話ですか?」

 

 デニスが何やら制止しようとする素振りを見せるも、至高のロード・ミロンの前だからか、結局ツルギを制止する事はなかった。

 

「実は、ウェルキッドの件で協力できないかと思いまして」

 

 ウェルキッド、ツルギの口からその単語が出た瞬間、至高のロード・ミロンは少しばかり眉をひそめた。

 

「協力、ですか……」

 

「はい。人手不足で現地での情報収集が困難と聞きました。ですから、自分達が現地に行って情報収集の協力を出来ないかと思いまして」

 

「ふむ……」

 

 ツルギの口から協力の為の内容を聞かされ、至高のロード・ミロンは目を閉じ考えを巡らせる。

 程なくして、考えが決まったのか目を開き、自身の考えを伝える。

 

「分かりました。これもやはり何かのご縁、そこまで言うのなら、是非とも協力をお願いいたします」

 

「ありがとうございます!」

 

「か、課長! よろしいのですか!!」

 

 笑顔を見せるツルギとは対照的に、至高のロード・ミロンの考えにデニスは納得できないのか声を荒げる。

 

「彼らは部外者ですよ! そんな彼らにこの件の重要な部分を任せるなど……」

 

「確かにお二方は部外者です。ですが、僕には分かりますよ。僕も伊達に長年このウェイストランドで様々な人々を見てきた訳ではありません。僕には分かります、お二方は、特にツルギさん、貴方は相当優秀なようだ。それに、お二方に外部委託する事は双方にとって利になる」

 

「し、しかし……」

 

「デニス、僕の決定がそんなに不服ですか?」

 

「い、いえ! そんな事はありません!」

 

「よろしい。ではデニス、情報は一分一秒でも早く欲しいのでツルギさんに現場から直ぐに連絡を取れるように無線機を一台、用意して下さい。それと、ちゃんと報酬の方も忘れずに」

 

「は!」

 

 こうしてデニスは用意の為に建物の中へと消えていった。

 

「ではお二方も、委託契約書の方にサインをして欲しいので、付いてきて下さい」

 

「はい」

 

 そして残りの三人も、準備の為に建物の中へと消える。

 その後、委託契約書へのサインや無線機の受け取り、報酬内容やウェルキッドへのルートの確認等など。滞りなく行われ。

 

 ツルギとアンバーの二人は、ウェルキッドを目指し、一路プロジェクターから南を目指して歩み始めた。




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第四部 黙ると死ぬロボット
第十五話


 ウェルキッドはプロジェクターから南へ一日ほど歩いた距離にある集落である。

 戦前は乾いた大地にぽつんと佇む小さな空港が存在し運用されていたようだが、現在では当然ながら空港として使用などされておらず。戦後も奇跡的に残ったフェンスを活用して、このウェイストランドの厳しい環境の中でも安全と言うものを得ていた。

 

 そんなウェルキッドから立ち上る黒煙の原因究明の為に現地へと赴く事にしたツルギとアンバーの二人は、今、プロジェクターとウェルキッドの丁度中間地点辺りにいた。

 空に昇った太陽の位置が変わる以外は変化の乏しい殺風景な乾いた大地、とひび割れた一本道の中に突如として現れた一つの廃墟。長年の年月により外装は所々剥がれ落ち、いつ崩壊するとも知れないその廃墟は、戦前はドライブインとして使用されていたようだ。剥がれ落ちた看板にその面影を見出すことが出来る。

 

「この、この!」

 

 そんな元ドライブインの廃墟の前に差し掛かった時、ツルギとアンバーの二人は廃墟の前で何かを囲んでいじめている、放浪者の子供と思しき一団を見つける。

 薄汚れた惨めな衣服を身に纏っているという統一感を持つ子供達の手には、レンチや傘、或いは木の棒など、各々が危険な物を手にして何かに向かって振り下ろしている。

 

「や、止めて下さい! ぼくちん悪い奴じゃないですぅー!」

 

 モールラットの子供でもいじめているのか、兎も角いじめはよくないと注意しようと近づこうとした矢先。何やら助けを求める声が子供達の輪の中から聞こえてくる。

 その声が聞こえた瞬間、ツルギは子供達のもとへと駆け寄る。駆け寄り始めたツルギにつられるように、アンバーもまた子供達のもとへと駆け寄った。

 

「君達! 何してるの!?」

 

「ん? なんだよ?」

 

 ツルギが駆け寄り彼の存在に気がついた子供達は、一旦手にした危険な物を振り下ろすのを止めた。

 そして、何故ツルギが突然止めに入ってきたのかを不思議に、同時に不服そうな表情で尋ねる。

 

「おっさんとおばさんには関係ないだろ! あっちいけよ」

 

「そうだそうだ! こいつは俺達の手で壊すんだ」

 

「やっちまえ! やっちまえ!」

 

「B・K・D(Break Down)ハイ! B・K・D(Break Down)ハイ!」

 

 リーダー格の子供の言葉に賛同するように、他の子供達も一斉に部外者には関係ないと言い放つ。

 そして、再び自分達が囲んでいたもの。青い塗装が施された金属製のボディに古臭く繊細さや美しさを欠く頑丈だけが取り柄そうなモニター、レトロなアンテナ。そして、安定性に難がありそうな一輪車仕様。

 プロテクトロンやMr.ハンディとは異なる、この辺りではあまり見慣れないロボットに、再び凶器を振り下ろそうとする。

 

「止めるんだ!」

 

「五月蝿いな! 放せよ!!」

 

 だが、振り下ろされる直前でツルギに腕をつかまれ、見慣れぬロボットに凶器が振り下ろされることは阻止される。

 しかし、リーダー格の子供はツルギの手を振り解いて暴挙を続けようとするも、やはり大人と子供とでは力の差があるからか、振り解くことは難しい。

 

「お前ら、構わずやれ!」

 

 もはや敵わないと悟ったからか、リーダー格の子供は他の子供達に指示を飛ばす。

 が、暴挙に及ぼうとしたそんな子供達の手を、今度は別の者が掴んで放さない。

 

「あんた達、さっき私の事『おばさん』って言ったでしょ? んん?」

 

 子供達が振り向くと、そこには笑顔だけれども笑顔じゃない、そんな表情をしたアンバーの姿があった。

 

「ヒィ!」

 

「ご、ごめんなさぁーい!!」

 

 子供なりに、アンバーの背中から漏れる黒いオーラに気がついたのか。子供達の目に見る見るうちに涙が溢れていく。

 そして、一刻も早くこの恐怖から逃げたい一心で、子供達は凶器を手放し次々に一目散にその場から逃げて行った。

 

「あ! お前ら!」

 

 こうして、気がつけばその場にはツルギとアンバー、そしてリーダー格の子供に見慣れないロボットの三人と一体が残されることになった。

 

「ほら、仲間はいなくなった。君もそんな危ないものを振り回すのは止めるんだ」

 

「くそ! うるせえよ! 放せよ!」

 

 しかし、仲間がいなくなってもリーダー格の子供は暴挙を止める素振りは見せない。

 これはもはや言い聞かせる事は困難と判断したのか。ツルギは暴れるリーダー格の子供の手を放すと、勢い余って尻餅をつくリーダー格の子供を他所に、指の間接を鳴らし始める。

 

「ここまで言っても解らないなら、ちょっと痛いけど、身をもって知ってもらうしかないね」

 

「な、何だよ! 殴るのかよ!」

 

 指の関節を鳴らしまさに殴る準備だと言わんばかりのツルギに、リーダー格の子供は威勢よく言いかかる。

 だが、体は正直なのか、震えが止まらずにいた。

 

「君が聞き分けのない子だから、ちょっと愛の鞭を使わざるを得ないと思ってね」

 

「何だよそれ、訳わかんねぇ!」

 

「人生の授業料とも言うかな……」

 

 やがて、ツルギは尻餅をついたまま動けないリーダー格の子供を片手で立たせると、空いたもう一方の手で握り拳を作る。

 

「それじゃ、いくよ」

 

「う、うわぁぁぁぁっ!!」

 

 振りかぶられた握り拳が自身に目掛けてやってくる。直視したくないからか、リーダー格の子供は固く目をつぶり視覚を遮る。

 だが、殴られると思っていたが、いつまでたってもその感覚が訪れることはない。

 不思議に思いつぶっていた目を恐る恐る開けると、そこには寸での所で止まっているツルギの握り拳があった。

 

「あ、あぁ……」

 

「これに懲りたら、今度から動物でもロボットでも、いじめちゃ駄目だよ」

 

「は、はい……」

 

 構えていたものが一気に放出されたからか、先ほどまでの勢いをなくしたリーダー格の子供は、ツルギに諭されるとその後とぼとぼと先に逃げた子供達の後を追う様にその場を後にした。

 

 

 こうして子供達がいなくなり、ツルギとアンバー、そして見慣れないロボットがその場に残される。

 すると、子供達の暴挙から開放された見慣れないロボットは、蹲るのを止め、自身を助けてくれた二人に向き合うと感謝の言葉を述べ始める。

 

「ありがとう! ありがとう! ぼくちんを助けてくれて本当にありがとう!」

 

「どういたしまして。所で、何処か壊れた所はない?」

 

「大丈夫、大丈夫! この通りぼくちん何処も壊れてないよ~。子供に壊されるほど柔じゃなうぃーすっ!」

 

 プロテクトロンやMr.ハンディと言ったロボットには表情と言うものはないが、この見慣れないロボットにはそれがあった。その証拠に、モニターに映し出された簡単でしかし何処か愛嬌のある顔のイラストが、ウィンクしたのである。

 それに合わせる様にロボットの腕がモニターの近くに添えられる。おそらく当人としてはピースでもしている感じなのだろうが、指が五本もないため今一伝わらない。

 

「そ、そう。それはよかった……」

 

 そんなロボットに対して、ツルギはロボットの性格に少々面を食らっていた。

 

「このご恩は一生忘れませーん! あ、そうだ! ぼくちんご覧の通り今一人ぼっちなんですよ。だから、ぼくちんを仲間に加えてちょーだい」

 

「うわ……、何だかこのロボット図々しい」

 

 しかも間髪いれずに仲間に加えて欲しいと頼み込んでくる。これにはアンバーも呆れずにはいられなかった。

 

「ちょ、ちょっと待って! 一人ぼっちってどういう事? そもそも君、セキュリトロンだよね」

 

「おや、ぼくちんの名前を知ってるんですか?」

 

「まぁ、ちょっとね」

 

「まぁ、理由はどうあれ知っているなら話ははやうぃーです! ぼくちんを仲間に加えてちょうだいちょうだいっ!」

 

 何故かこのロボットの名前、セキュリトロンと言う名を知っていたツルギ。

 しかしセキュリトロン当人はその事を特に気にする様子もなく、相変わらず仲間に加えてくれと迫る。

 

 一方のアンバーも、特にツルギが名前を知っている事を深く気にする様子もない。

 

「いやでも……」

 

「ぼくちんとっても、とーっても約に立ちますよ。荷物だって一杯持てます! 戦闘だってこの重武装で相手はデデデノデーストロイです。それにそれに、移動の間もずっとずーっとお喋りして、寂しくなんてないんでーす! 凄いでしょ、凄いでしょー!」

 

「もうここまでくると清清しいわね。ウザさも通り越したわ」

 

 成り行きを見守っているアンバーは、セキュリトロンの態度にもはや感心さえする程であった。

 一方のツルギは、仲間に加えて欲しいと猛烈アピールするセキュリトロンを本当に仲間に加えるかどうかを頭の中で考えていた。

 

 確かにあの少々難が有りそうな性格を除けば、荷物持ちとしても優秀であるし、戦闘力に関しても何やらボディのハッチを開けてミサイルを発射できると自慢している辺り相当に高いことが窺える。

 メリットを全てかき集めてもマイナスになってしまうようなデメリットを持ってはいるが、それでもメリットが多いことは確かだ。

 

「分かった。そこまで必死に頼まれたら断れないからね」

 

「え、えっ! それってそれって、ぼくちん、仲間になってもいいの!?」

 

「いいよ」

 

「うふぉー! ヤッホー! あざーっす!!」

 

 回ったり万歳したり、全身を使って文字通り喜びを表現するセキュリトロンを他所に、ツルギはアンバーに首根っこを掴まれながら少し離れた場所に移動させられ、何やら内緒話を始めた。

 

「ツルギの決めた事にあまり文句は言いたくないんだけど。本当にあのロボット連れて行くの?」

 

「うん。折角あれだけ熱心に頼み込んできているし、それに、ロボットでもやっぱり一人ぼっちは寂しいと思うから」

 

「アレだけお喋りなら一人でも寂しくないと思うけど……」

 

「それにアピールしてた様に色々と役に立つと判断したからね。彼がいれば重い荷物を持つ時や運ぶ時に、アンバーに負担はかからなくて済むと思うから」

 

 さりげなく自身の事も考えて決断したと言われ頬を赤く染めるアンバー。

 こうしてアンバーもセキュリトロンを仲間に加える事に理解を示した所で、二人が内緒話をしているのが気になったのか、二人のもとにセキュリトロンが忍び寄る。

 

「ねぇねぇっ! ぼくちんに内緒で何話しているのぉ~!?」

 

「うわ! キャッ!」

 

「うぶっ!」

 

 しかし、忍び寄り声をかけたので、それに驚いたアンバーが反射的にセキュリトロンにビンタを繰り出す。

 が、相手は鋼のボディを有するセキュリトロン。セキュリトロンはモニターに映し出されたイラストも含めオーバーに痛みを表現しているが、おそらくさほどの痛みもないだろう。

 

 それに対して、アンバーはビンタした手を押さえながらビンタした事を後悔していた。

 

「び、ビックリするでしょ! 急に後ろから声かけないでよ! せ、セキュトロン!」

 

「いゃ~、メンゴメンゴ。……あ、それと、正しくはセキュリトロンね」

 

「呼びにくい!」

 

「ん~、あ! それじゃ、ぼくちんの事、これから『ハルポクラテス』って呼んで」

 

「余計に呼びにくいわよ!」

 

「それじゃ、ハルポクラテスを略して『ポク』って呼んで!」

 

「……まぁ、それならいいけど」

 

 こうしてセキュリトロンの新しい愛称が決まる頃には、アンバーの手の痛みもすっかり引いていた

 

「所で所で、二人でこそこそ何の内緒話してたのぉ~?」

 

「まだ君に、ポクに自己紹介してなかったって話だよ」

 

「あ、そう言えばそうだった! ぼくちん、まだ二人の名前聞いてないや!?」

 

 名前も聞かずに仲間になった事を思い出したポク。仲間ならば、お互いの名前を知っていて当然である。

 

「それじゃ、今更だけど自己紹介。俺の名前はツルギ」

 

「私はアンバー」

 

「それじゃ改めて、ぼくちんはポク。これからどうぞ、よろしくでぇーす!」

 

 こうしてお互いに自己紹介が終わった所で、ツルギは早速ポクにアンバーの背負っているバックパックを持たせる。

 と言っても、ボディの背の部分に落ちないようにロープで固定するというものなので、背負うと言うのは異なる。

 

 こうしてアンバーの負担が軽減された所で、ツルギは自分達がこれからウェルキッドへと向かう事、そしてそこから立ち上る黒煙の原因究明を行うことをポクに説明する。

 

「りょうかーい! それじゃ、さくっと行ってささっと終わらせましょー!」

 

 理解の早いポクは、再びウェルキッドへ向けて歩き出した二人の後を追う様に移動し始める。

 それまであまり楽しくお喋りしながらの移動と言うものは少なかったツルギとアンバーであったが、ポクが加わった事により、その状況は一変した。

 

「酷いんだよ~、ぼくちん、ただ楽しくお喋りしながら歩いてただけなのに、あの子達ったら悪魔の取り付いた悪いロボットめって襲い掛かってきたんだ……」

 

 二人が聞いていようがいまいが関係なく、静まる事を知らないポクによるお喋りの雨あられにより、傍から見て退屈には見えないであろうあろう状況に変化していた。




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第十六話

 ポクによる時に一方的に、時にツルギやアンバーが相槌を入れて会話が成立しているかのようなやり取りを行いつつ、一行はその後特にトラブルにも戦闘にも巻き込まれる事なく順調な移動を続けた。

 そして遂に、大地が暁に染まる頃、一行はウェルキッドを見渡せる丘の上に到着していた。

 

 未だに立ち上る黒煙の原因究明、ウェルキッド全体を見渡せるこの位置から双眼鏡を使い探ろうと言うのである。何が原因かわからない以上、迂闊に近づきすぎるのは良くないとの判断からだ。

 因みに、ポクはカメラのズーム機能のようなものが備わっていそうなものだが、何故か貸してもらった双眼鏡を器用に使っている。ただ、モニターに双眼鏡を密着させるその姿は、シュール以外の何者でもない。

 

 双眼鏡を使い覗き見たウェルキッドの姿は、少し異様であった。

 先ず始めに覗き見たのはウェルキッドの玄関口たる入り口、そこには四人ほどの武装した者達が屯していた。また、夜に備えての灯りか、廃材か或いは価値のない戦前の本か、それらを燃料にして火をたいている。

 

「何だ、あれ……」

 

 そこまでなら、他の集落でも見られる光景であった。集落の自警団が夜の外敵に備えている光景だ。

 だが、今ウェルキッドで見られるその光景の中には、一点だけ他とは明らかに異なる部分が存在していた。そして、その存在を確認したツルギは、思わず言葉を漏らす。

 

 それは、入り口の脇を固めるフェンスに存在していた。

 頭が一つに胴体一つ、腕が二本に足が二本。それは紛れもなく、人間の体であった。それも、大事な部分を一切隠す事無く、いや隠せる物を何も着せられぬまま、まるで見世物のようにフェンスに吊るして晒されている。

 おそらく既に事切れているのであろう。その証拠に、胸元に痛々しい十時の切り傷を付けられていても、全く痛がる素振りを見せないのだから。

 

 しかも、吊るされているのはその一人だけではなかった。男女問わず十人ほどがフェンスに吊るされている。

 幾ら戦前の常識と言うものが失われて久しいウェイストランドにおいても、同じような光景を頻繁に見るということはない。

 

「うぐぐ、何だかぼくちん、吐きそうです」

 

 そして、そんな光景はロボットのポクにとっても衝撃的なのか、ロボットにあるまじき台詞を漏らしてその感情を表現している。

 

 そんなポクを他所に、ツルギは考えを巡らせていた。

 何に対してか、それはあの吊るされた死体の数々と、それを目の前にして談笑する武装した四人の関係性についてだ。

 あの様な酷い死体を前にして笑っていられるなど、もはや正気の沙汰ではない。だが武装した四人はまるで死体など気にする素振りもなく、それが当たり前の如く振舞っている。

 であれば、少なくとも彼らはウェルキッドの自警団でないのは確かだ。守るべき者達の骸を前にあのように振舞えるなど到底有り得ない。

 

 ならば、次に考えられる関係性は一つ。略奪した側とされた側だ。前者は武装した四人、そして後者は吊るされた死体達である。

 

 こうして関係性についての考えは纏まったが、まだ疑問は尽きない。それは、武装した四人が何者なのかと言うことである。

 

 あのような酷い略奪の仕方、真っ先に思いつくのはレイダーであろう。レイダーは時に自分達が略奪した証として様々な形で死体を晒し、自分たちの行為を示すことがある。

 だが、彼らの身なりはレイダーのものとは異なり、何処か小奇麗で生態ピラミッドの底辺にいる者達とは思えない。

 

 であれば侵略行為を行う他の勢力の人間であると考えられる。少なくとも、スーパーミュータントやデスクロー等といった人ならざる者の仲間でない事は確かだ。

 しかし、であれば一体何処の勢力の人間なのだろうか。考えを纏めるにしても、今の段階では情報が少なすぎる。

 

 そこでツルギは、更にウェルキッドの中心部へと目を向けた。

 かつては滑走路として使用されていた場所に建てられた数々のバラック。その中心部に意図的に開けられた空間、おそらく憩いの広場として設けられていたのだろう。

 そこには現在、先ほどの入り口とは比較にならないほど大きな火がたかれていた。おそらく、そこから発生している黒煙こそ、プロジェクターからも確認されたものだろう。

 

 だが、それは夜の明かりに備えての火とは到底思えないものであった。

 燃料となっていたのは、先ほどの入り口のものとは異なる、人の死体であったのだから。

 

「酷い……」

 

 おそらく火力を維持する為に廃材等他の燃料も燃やしていると思われるが、それでもそれらが見えなくなるほど、火の中には数多くの骸が放り込まれていた。

 その周囲には、先ほどの四人と同様に、各々武装した小奇麗な装いの者達が談笑したりしている。

 

 その脇には、順番待ちか積まれた死体が置かれていた。

 

 ウェルキッドの人口は聞いた限りでは七十人ほどであったが、入り口に吊るされた数と火にくべられた数、それに順番待ちの死体の数を合計すると、大まかに数えても半数近くは既に息絶えている事になる。

 

 一体何処の誰がここまで惨たらしい事を行ったのか。

 その情報を少しでも見つけようとウェルキッド内を隅々まで見渡していたツルギの目に、管制塔の出入り口にとある旗が掲げられている事に気がつく。

 

 それは赤を背景に白い髑髏を中心に交差する肉切り包丁が描かれたもの。

 その紋章が何を意味するのか、ツルギは既に理解していた。そして、同時にこの惨劇を作り出した犯人も特定するに至った。

 

「『肉屋』か……」

 

 ツルギはそう呟くと、探るのを止め、一旦アンバーとポクと共に丘の影に身を潜める。

 惨劇を目にし言葉が出ないアンバーと、気を紛らわすためかそれとも単に黙ってられないのか、小さく呟き続けるポクを前に、ツルギは今後の行動を説明し始める。

 

「本来なら、ここで至高のロード・ミロンさんに無線機で連絡を入れるのがいいんだろうけど。でも、俺はその前にやらなくちゃならない事がある」

 

「え? ちょっと待って!?」

 

 いつもとは異なるツルギ様子に何かを感じ取ったのか、アンバーはその後続く言葉を予期して止めに入る。

 が、ツルギはそんなアンバーにふといつもの優しい笑みを見せると、優しくアンバーの制止を振り切る。

 

「大丈夫、死にい行く訳じゃないから。ただ……、彼らには犯した罪の清算をしてもらわなくちゃならないと思うんだ」

 

「それは、別にツルギがする事じゃないでしょ! タロンの人々にだって……」

 

「確かにそうかもしれないけど。でも、もう決めたんだ」

 

 ツルギの意思は変わらない。アンバーはそう悟ったのか、静かに説得を諦めた。

 

「なら約束して! 死なないって!」

 

「うん、約束するよ」

 

 そして、代わりにツルギと約束を交わす。

 

「あの……、ぼくちんも約束したほうがいいのかな?」

 

「ポクは大丈夫だよ。あ、でも、その代わりポクには少し手伝って欲しいんだ」

 

「ん? なになに?」

 

「その前に、ポクの積んでいるミサイルの数を数えさせてもらってもいいかな」

 

 その後、ツルギはポクの搭載しているミサイルの残弾を確認すると、いよいよ今後の具体的な作戦行動を説明し始めた。




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第十七話

 それから時間が経過し、夜が深まりウェルキッドを襲った集団が死体も気にせず夕食を食べ、満腹感に次いで眠気が襲い掛かってきた頃。

 ツルギの姿は、一人ウェルキッドの入り口とは反対方向のフェンスの傍にいた。

 

 アンバーもポクもその姿は見えず、またツルギ自身も、闇夜の中でも行動し易いようにその頭部には暗視装置を装着している。

 この別行動こそ、ツルギが考えた作戦行動の一部であった。

 アンバーとポクはあの丘の上で待機している。二人、と言うより一人と一台は闇夜に紛れて突入するツルギの支援として待機しているのだ。

 

 さて、ではウェルキッドに突入するツルギの様子に話を戻そう。

 

「……よし」

 

 ウェルキッドを取り囲む、外敵からの脅威を守るフェンス。ツルギはその一部を、バックパックに入れていた工具を使い切断していく。

 暗視装置により狭まった視界の中、慣れた手つきで工具を使い切断してゆき。程なくして、人一人分が通れる程度フェンスを切断する事に成功する。

 

 こうしてフェンスを切断し終えたツルギは、工具を戻すと、切断した部分を通ってウェルキッドの内部へと潜入する。

 

 夜の闇に包まれ、未だに死体が焼かれる火がウェルキッドの中心部を照らし続ける中、ツルギはバラックの間を縫うように移動する。

 

「ここが片付いたら次は何処だ? 南か? 北か? それとも東か?」

 

「東だ! サーンタって集落に屯するレイダー達を狩りに行く」

 

「ヒュー! 久々のレイダー狩りか! ワクワクするねぇ」

 

 相変わらず火の近くで談笑している武装集団は、勝利の宴か或いは仕事終わりの一杯か。兎に角コップを片手にお喋りに夢中になっている。

 そんな彼らに気付かれぬよう、ツルギはバラックの影から影へと物音を立てぬように移動していく。

 

「ったくよ、何で俺が巡回なんかよ」

 

 と、そんなツルギの前に、松明を持った武装集団の内の一人が何やら文句を垂れながら現れる。

 咄嗟に彼から見えない位置に隠れると、ナイフホルスターからナイフを抜き取り構える。

 

「糞がよ。これじゃ折角飲んだ酒の後味が不味くなる」

 

 文句を垂れ流しながら、歩哨の役目を与えられた者は歩哨を行っていく。

 と言っても、かなり適当な様で、ツルギの存在に気がつく事もなく歩いていく。が、進む先はツルギの進行方向。

 

「ねぇ、大将」

 

「あ? んだ……」

 

 となれば取る手段は一つ。音もなく背後に近づくと、声をかけ振り向いた瞬間その首筋目掛けてツルギは構えたナイフを振るった。

 歩哨の男は最後まで言葉を言う事無く、松明の明かりに一瞬自身の鮮血を映し出すと、そのまま地面に伏してしまう。

 

 障害は排除された。新たな骸が誕生した場所はバラックの裏手なので、中心部に屯する者達からは死角になって見えないだろう。

 だが、時間がたてば歩哨が戻って来ない事を不審に思う者が出てくる。あまり時間をかけてはいられない。

 

 ツルギはナイフに付着した血を振り払うと、再び歩き出した。しかし今度は、やや速度を上げながら。

 

 

 その後、特に歩哨と遭遇する事無く、ツルギはウェルキッドで一番高い建物である管制塔の脇に辿り着いた。

 ツルギの読みでは、中心部の火の近くに屯する者達の中に襲撃集団のリーダー格はいない。いるとすれば、旗が掲げられているこの管制塔だろう。そう読んでいた。

 バラックの建物と異なり、戦前から残るこの管制塔は防衛する側にとっては強固な砦となる。

 

 そして、そんなツルギの読みは当たった。管制塔の出入り口には警備の者が佇み、その手にはパイプピストルが握られている。

 とは言え、警備の人数はその一人だけで。その警備担当の者も、何処かだるそうな表情を見せ、とても職務に熱心とは言いづらい。

 

 幸いな事に、中心部から管制塔の出入り口へはバラックが障害となって見えない為、音を出さなければ排除しても問題は少ない。

 

「んぁ」

 

 暢気にあくびをしていた警備の顔が、暗視装置越しにその表情を強張らせる。

 ツルギの手にしたナイフが彼の喉元を貫いたからだ。

 

 こうして警備を排除したツルギだったが、そのまま管制塔の中へと潜入する事はない。その前に、備えを行う。

 管制塔への出入り口はこの一箇所のみなので、相手の突入を遅らせる為のブービートラップを仕掛けていく。その仕掛けは簡単、先ほど死んだ警備の死体の下に起動した地雷を置いておくと言うものだ。

 バックパックから対人地雷を取り出し起動させると、その上に先ほど始末した警備の死体を置く。

 

 こうすれば、他の仲間が死体の確認の為に動かした瞬間、周囲は炸裂した対人地雷の餌食と化す。

 加えて、更にその先にもブービートラップが仕掛けられているのではないかと躊躇させ、突入を躊躇う可能性も出てくる。

 

 こうしてブービートラップを仕掛け終えたツルギは、いよいよ管制塔の中へと足を踏み入れる。

 

 立て付けの悪くなった扉を潜り中に入ると、建物同様戦前から残る棚や壊れて使えなくなった機材などが並ぶ。加えて、武装集団が持ち込んだのか、既に照明が使えなくなって久しい管制塔に灯りを得る為、照明器具が配置されている。

 灯りがあるなら暗視装置は不要なのでバックパックへと戻すと、続いて、流石にここから先は見つかる確立が高くなると踏んで、ホルスターから拳銃を抜く。

 

 手にしたのは10mmピストルでもパイプピストルでもない、『ガバメント』と呼ばれる11.4mm、45口径の大口径弾を使用する拳銃である。

 また、流石にそのままでは発砲した際に音で武装集団を集めかねないので、45口径の大口径弾と相性がよいサプレッサーを取り出し装着する。

 

 それらの準備が整うと、ツルギはいよいよ管制塔の奥へと、身を低く、そしてゆっくりとした足取りで進んでいく。

 

 

 出入り口に隣接する、戦前は受付や事務作業を行っていたであろう部屋を、ブービートラップを警戒しながら進み。

 やがて、二階へと昇る為のエレベーターと階段の前へとやって来る。だが、エレベーターは既に壊れて久しいのか、扉が半分開いたままだ。実質、階段しか選択肢は残されていない。

 

 そんな階段に足をかけ、二階へと上ろうとした矢先。二階から二つの足音が聞こえてくる。

 その足音は紛れもなく階段を下り、同時に話し声も聞こえる事から、二人が下りて来ている事になる。

 

「ったくよ、何でそんな歳して一人でトイレに行けねぇんだよ」

 

「っるせぇ! いいだろうが!」

 

 何やら幼稚な会話を繰り広げながら下りて来る二人に気付かれぬように、ツルギは咄嗟に階段の隅へ身を潜める。

 やがて階段を下りた二人は、ツルギの存在に気付くこともなく、近くにあったトイレへと向かって行った。

 

 こうしてやり過ごせたかと思われたが、トイレに入ったのは一人だけで、あとの一人はトイレの出入り口で待っている。

 これでは階段を上ろうにも、上ろうとした瞬間に見つかってしまう。

 そこでツルギは、相棒のトイレが終わるのを待つ彼を始末することを決意する。

 

 サプレッサー付きのガバメントであれば階段の隅から狙えない事もない。が、幾らサプレッサーを付けていると言っても完全に音を消す事は出来ないので、トイレの中の者に音が聞こえる可能性もある。

 そこで、ツルギはナイフで始末する事に決めた。

 

「まったくよ、一体何歳児だって言うんだよ……」

 

 付き合わされた愚痴を零しながら、しかしちゃんと相棒を待つ彼が視線を別のほうへと向けた瞬間、ツルギは階段の隅から一気に彼目掛けて駆けた。

 

「っな!」

 

 自身に向かってくるツルギの姿に、反射的に敵だと認識した彼は、手にした密造短機関銃の銃口を向けようとした。

 が、彼はそのトリガーを引く寸での所で、ツルギのナイフによって絶命を遂げる。

 

 こうして障害を一つ排除したツルギであったが、安心したのも束の間。トイレから先ほど排除した者の相棒が現れたのだ。

 

「いや~、悪い悪い、おまた……」

 

「っ!」

 

 トイレの直後だった為、パイプピストルは腰のホルスターにぶら下げたままであった。その為、咄嗟に撃とうとするも焦りからなかなかパイプピストルをホルスターから抜けないでいた。

 一方のツルギも、咄嗟にナイフで、と思ったが。ナイフはまだもたつく彼の相棒に刺したままであった。

 その為、瞬時に頭を切り替え、ツルギはもう一方の手にしていたガバメントの銃口を、もたつく相手に向ける。

 

 刹那、微かな銃声がその場に木霊した。




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第十八話

 それは偶然か、それとも必然か。

 部下の者達が同じ部屋の中で戦前の下世話な雑誌に載せられている内容で盛り上がる中、彼は、一人ソファーで仮眠を取っていた。

 だが、不意に音が聞こえた。そんな気がして、彼は閉じていた瞳を開き、そしてゆっくりと上半身を起こした。

 

「ボス? どうかしたんで?」

 

 部下の一人が、不意に起きた上司に対して声をかける。

 そんな声を他所に、彼は脇に置いてあった溶接マスクを頭に被る。

 そして、寝起きのストレッチを終えると、彼はソファーから起き上がった。

 

 栄養が偏り、健康的な発育が難しいと言えるウェイストランドの住人にあって、彼は、その身長が二メートルに届こうかと言うほど高かった。

 それだけでなく、その腕も足も、十分なほどの脂肪と筋肉を蓄え。特にお腹周りは十分過ぎるほど蓄えていた。

 そんな体格に加え、綺麗に刈られたスキンヘッドと溶接マスクの下の凶悪な人相も相まって。彼は、武装集団の長として相応しいほどの見た目を有していた。

 

 また拘りなのか、防護具の上からかけた汚れたエプロンと腰にぶら下げた肉切り包丁が、更にその凶悪さを引き立てている。

 

「おい……」

 

 そんな凶悪な見た目にピッタリな野太い声で部下に声をかけると、彼は部下の一人に歩み寄る。

 

「な、なんです?」

 

 その巨体がゆっくりと近づく様は、例え部下であっても威圧感と恐怖心を覚えずにはいられない。

 故に、自然と少々腰が引けてしまう。

 

「お前ら、今銃声がしなかったか」

 

「へ?」

 

「だから、銃声が聞こえなかったかって言ってるんだ!」

 

 部下の間の抜けた返事に、彼は寝起きだからか少々気分を斜めにしつつも、部下に質問していく。

 

「い、いえ! 銃声は聞こえなかったかと」

 

「……、なら警備の状況はどうなってる?」

 

「へ? 状況、ですか?」

 

「そうだ、どうなってる?」

 

「あ、安心してください! 集落の出入り口に人を配置してます! これでどんな奴もこの集落のな……」

 

 と言いかけていた部下の顔に、上司の巨体に似合う巨大な手が勢いよく迫った。

 刹那、部下は吹き飛び部屋の隅に置かれていた照明器具に背中をぶつける。

 

「それだけか? それだけしか警備の奴を配置してねぇのか?」

 

「っっちっう、ぼ、ボス! 待ってください! 一応集落の中を巡回する奴を一人と、この建物の出入り口にも一人、警備を置いて……」

 

「それだけなのか!?」

 

「へ、へい! と言いますか、この集落はフェンスで囲まれてます! 出入り口に人を置いときゃ、誰も入ることは……」

 

 背中をぶつけた痛みなど気にせず、部下は上司に説明を続ける。

 今にも泣き出しそうな声で説明を続ける部下の姿に、上司である彼は溶接マスクの下で小さなため息を吐いた。

 

 思い返せば、部下に警備を丸投げした自分自身も悪いのではないか、そう思ったからだ。

 

 だが、かと言ってそれを口に出したりはしない。

 また、同じ考えに部下達を行き着かせない為にも、彼は声を挙げた。

 

「馬鹿野郎! フェンスに囲われてるから安心だなんて思うな! 入って来るやつはフェンスなんて問題にはしねぇ!!」

 

「で、ですが……」

 

「兎に角! さっき銃声が聞こえた、さっさと確かめて来い!!」

 

「へ、だ、誰がですか?」

 

「てめぇに決まってるだろうが!! さっさといかねぇとてめぇも切り刻むぞ!!」

 

「は、はいぃぃっ!!」

 

 部下の男は彼が腰にぶら下げた肉切り包丁に手をかけようかとした瞬間、大慌てで部屋を出て行く。

 だが、それで彼の矛先が納まった訳ではなかった。

 

 起きてから先ほどまでの二人のやり取りを黙って見ていた他の部下に、今度は矛先が向けられる。

 

「てめぇら! てめぇらも何ボーっとしてんだ!! てめぇらもさっさと行くんだよ!!」

 

「は、はい!!」

 

 今度は自分達にその矛先が向けられ、部下達は我先にと部屋を後にする。

 こうして、先ほどまで賑やかであった部屋の中は、一気に静寂が支配するに至る。

 

「はぁ……」

 

 そして、そんな部屋の中には、彼の、スライス・ザ・リッパーと言う名を持つ巨漢の男のため息の音しか聞こえなかった。




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第十九話

 トイレの前に出来上がった二つの死体をトイレの個室内に収納し終えたツルギは、再び階段を上ろうとして上から足音が聞えてくる事に気がつく。

 そこで再び階段の隅に身を潜め様子を窺っていると、大慌てで階段を駆け下りてくる、先ほどの二人の仲間であろう男性の姿を捉える。

 

 一瞬、先ほどの二人を探しに来た者かと身構えたが、男性はトイレの前の血痕等気にする素振りもなく。大慌てで管制塔の出入り口の方へと行ってしまった。

 

 やり過ごせた。と思った刹那。また階段を下ってくる複数の足音を捉える。

 

「くそ、あいつがボスに下手な説明なんてするから、俺達までとばっちりを食らう羽目になった!」

 

「おい、そういやドリースとルーロフの奴らは何処行ったんだ?」

 

「確かトイレに行くとか言ってたが」

 

「トイレだぁ!? けっ! どうせトイレとぬかして我慢できなくなって死体とでもやってんじゃねぇのか」

 

「見つけたらあの二人にも存分に手伝ってもらわねぇとな!」

 

 先ほど大慌てで通り過ぎて行った男性の仲間であろう者達は、各々言葉を漏らしながら、やはりトイレの前の血痕等気にする素振りもなく。同じように管制塔の出入り口の方へと姿を消す。

 こうして無事にやり過ごせたツルギだったが、彼の中にはある疑念が生まれていた。それは、自身の潜入に気づかれたのではないかと言うものだ。

 

 ただ、先ほどの者達の様子からして確信を得ている訳ではない様だが、それでも、侵入者がいると騒ぎ立てられるのは時間の問題だろう。

 ならば、効果的な支援が行える今の内に支援の要請をしなければならない。

 そう感じたツルギは、急ぎ借りていた無線機でポクと連絡を取ると、支援を行うように指示する。

 

「りょうかいで~す! 派手なショータイムの始まりよー!」

 

 無線機越しにポクの了承する声が聞こえ、一瞬気が抜けるツルギではあったが、無線機を切り再び気を引き締めると、ガバメントを構えながら三度目の正直で階段を上る。

 先ほどやり過ごした者達の素振りから見て、特にブービートラップの類は警戒しないでいいだろうと判断したツルギは、一気に二階へと駆け上がる。

 と、階段を駆け上がった所で、爆発音が聞えてくる。しかし音の大きさからして、ツルギは自身が仕掛けたブービートラップが作動したのだと認識する。

 

 その刹那、今度は先ほどのものとは異なる、大きく、それでいて連続的な爆発音が聞えてくる。加えて、爆発の影響で管制塔にも微かな揺れが伝わる。

 この爆発こそ、支援のミサイル攻撃であるとツルギは認識する。

 

「ったく、何だ」

 

 と、この爆発音につられて、二階の部屋から一人、廊下に姿を現す。

 ツルギはその人物がまだ自身の存在に気付いていない内に始末すべく、ガバメントの銃口を相手の頭部に向け、そして、トリガーを引いた。

 

「っお!」

 

 金属がぶつかる音と共に、撃たれた人物は一瞬ふらつくも。倒れる事無く持ちこたえると、まるで撃たれたことなどなかったかのように、銃弾が飛来した方向を見据える。

 

「おいおい、眠気覚ましに一発お見舞いしてくれたのはお前さんか?」

 

 溶接マスクにより致命傷が防がれるという悪運に恵まれたその者は、誰であろうスライス・ザ・リッパーその人であった。

 彼は銃口を向けられていると言うのに、まるでツルギとお喋りを楽しむように声をかける。

 

「なら、どうだと言うんですか?」

 

「いや、お陰でバッチリ目が覚めたぜ。……所で、さっきの爆発音、あれもお前さんの仕業か?」

 

「だとしたら、どうします? 肉屋のリッパーさん」

 

「ほぅ、俺様の名を知ってるのか、ふむ。……そうだな、どうするか、よし、そうだな」

 

 爆発音が鳴り止み、一瞬の静寂が再び訪れた。かと思われたが、今度は断続的な銃声が二人の耳に入ってくる。

 

「とりあえずは、お前さんを切り刻んでから考える!!」

 

 刹那、スライス・ザ・リッパーは腰にぶら下げた肉切り包丁を手に取り構えると、ツルギ目掛けて突進する。

 それに対処するように、ツルギは再びガバメントのトリガーを引いた。

 

 再び微かな銃声と共に放たれた45口径の大口径弾は、有効射程内であるため大幅に軌道変更する事無くスライス・ザ・リッパー目掛けて飛来する。

 が、そんな飛来する45口径の大口径弾を避ける素振りもなく、スライス・ザ・リッパーは空いている片腕で頭部を守りながら、突進を続ける。

 

 三発もの45口径の大口径弾を腕に受けながらも進む事を止めない相手の姿に、ツルギは一瞬判断が鈍った。

 その一瞬の隙を、スライス・ザ・リッパーは見逃さなかった。

 

 一気にスピードを上げると、まるで子供のように見えるツルギのその体を、巨体に内包するそのパワーで吹き飛ばす。

 

「うぐっ!」

 

 吹き飛ばされたツルギは、廊下の行き止まりの壁にその身を打ち付ける。

 痛みが全身を駆け巡り、手にしていたガバメントを手放してしまう。

 

「は! そんな豆鉄砲で、俺様を止められるとでも思ったのか?」

 

 打ち付けられた痛みで伏しているツルギを他所に、スライス・ザ・リッパーはゆっくりとツルギのもとへと近づいてく。

 片腕からは自身の血が滴っているが、そんな事など気にする素振りもなく、ゆっくりと近づいてく。

 

「所で、お前さん誰の差し金だ? ん? フィッチか? タロンか? それとも、N.E.R.か?」

 

「くっ!」

 

「まぁ、誰だっていいか。お前さんを切り刻んで荷物を調べれば分かることだ……」

 

 やがてツルギの前にやって来たスライス・ザ・リッパーは、手にした肉切り包丁を高らかに振り上げた。

 

「さぁ、お前さんは一体、どんな肉質をしてるんだろうな!」

 

 痛みで力が入らず、もはや避ける事もかなわぬとツルギの頭の中で死が過ぎる。

 そして、約束を守れなかった事を、小さく謝った。

 

「っしゃぁぁっ! ……あ!」

 

 高らかに振り上げられた肉切り包丁が勢いよく振り下ろされようとした、刹那。

 何かが飛来する音に続いて、スライス・ザ・リッパーの横の壁が、勢いよく爆発した。

 

「ぬぉぉぉっ!」

 

 飛び散るコンクリートブロックと共に襲い掛かる爆発エネルギーには、流石のスライス・ザ・リッパーも耐え切ることは出来ない。

 その勢いに飲まれ、彼は二階の廊下から丁度真横にあった階段の踊り場まで吹き飛ばされる。

 

「くそ! 何だ!!」

 

 先ほどまで自身が立っていた真横の壁に空いた大穴を見つめながら、スライス・ザ・リッパーは吼えた。

 が、そんな大穴に気を取られていた彼の視界の端に、再び起き上がり銃口を向けるツルギの姿を捉える。

 

「ちっ!」

 

 どうやら先ほどの爆発に運よく巻き込まれずに済んだのか、吹き飛ばされた痛みから何とか解放されたツルギは、再びスライス・ザ・リッパーと対峙する。

 だが、どうやらツルギにその気があってもスライス・ザ・リッパーにはその気はないらしく。

 再び放たれた45口径の大口径弾を避けると、そのまま階段を下っていく。

 

「待て!」

 

 逃亡を図ったスライス・ザ・リッパーを追おうと、ツルギも階段を下ろうとするも、どうやらまだ追いかけられるほど体は回復しきっていないようだ。

 膝を付くと、追跡を諦めざるを得なかった。

 

「くそ、何だ、何だってんだ!!」

 

 一方、ツルギとの戦闘を諦め逃走を測ったスライス・ザ・リッパーは、管制塔の外へと出ていた。

 管制塔の出入り口付近では、ツルギの仕掛けたブービートラップにかかった部下達の無残な姿を目にし。そしてウェルキッドの中心部付近では、たかれた火を目印に、丘の上から放たれたポクのミサイル攻撃の餌食となった部下達の姿を目にする事になる。

 ミサイル攻撃でちょっとしたクレーターが出来、バラックが吹き飛ばされ火の手が上がる中、スライス・ザ・リッパーは生き残りの部下を探した。

 

「おい誰か! 誰かいねぇのか!!」

 

 戦闘の興奮と冷静に行動しなければとの、本能と理性とのせめぎ合いの中で、スライス・ザ・リッパーはやや理性的に行動していた。

 

「あ、ボス! ご無事で!!」

 

 やがて、ウェルキッドの入り口付近で、丘の上目掛けて各々発砲する部下達の姿を捉える。

 彼らに近づくと、部下達もスライス・ザ・リッパーに気がついたのか、数人が近寄ってくる。

 

「それより状況は!? 敵は何人だ!!」

 

「暗くてよく分かりませんが、戦闘ロボットが一台に人間が一人、だと思います」

 

 声を荒げるスライス・ザ・リッパーの気迫に脅えつつも、部下は把握している敵の情報を彼に伝える。

 暗視装置などを持たない彼らでは、やはり夜間の戦闘である為、どうしても情報は不正確な部分が多い。

 

「多分あの丘の上から移動してないと思います。どうします、ボス? まだこっちには十人ほどいます、回り込んで襲いますか?」

 

「いや、それよりも逃げるぞ!」

 

「えぇ! ですが」

 

「ですがもくそもねぇ! 奴らが囮の可能性だってある。それに、あっちの火力はこちらの倍以上かも知れねぇんだぞ!」

 

 ブービートラップにミサイル攻撃、完全に奇襲を許す形となった自分達がここから更に戦えばどうなるか、スライス・ザ・リッパーは冷静に分析していた。

 故に、ここは逃げの選択を選ぶことを決める。

 

「兎も角逃げるぞ!! 従わねぇ奴は切り刻む!!」

 

 溶接マスクの下の顔が苦虫を噛み潰したかのような表情に変わる中、手にした肉切り包丁をちらつかせると、部下達は素直に彼の言葉に従った。

 小さく戦利品を惜しむ声もあったが、それでもスライス・ザ・リッパーと生き残った部下達は、ウェルキッドを後に、一路南へ向かい夜の闇の中にその姿を消した。

 

 彼らが去り、丘の上からアンバーとポクが潜入したツルギの身を案じてウェルキッドに突入し、そして、管制塔内でツルギの生存を確認した頃。

 夜明けが、少しずつ地平線の向こうから現れようとしていた。




読んでいただき、どうもありがとうございます。


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第二十話

 激しい戦闘を経て新たな朝を迎えた頃、ツルギは借りた無線機でプロジェクターに駐留するタロンに連絡を入れていた。

 運よく無線に出たのがデニスであった為、彼の計らいですぐさま至高のロード・ミロンへと直接報告を行えることになる。

 

 ウェルキッドでの惨劇やその惨劇を作り出した者達の素性、そしてそんな惨劇を前にして自分達がいかにしたか。

 それらを報告し終えると、至高のロード・ミロンは直ぐに部隊を送ると伝えてきた。

 

 こうして連絡を終えたツルギは、戦闘での疲れを少しでも癒すべく、アンバーと共に少しばかりの仮眠を取る。

 勿論、ポクには見張りとして頑張っていてもらう。

 

「何か来たよー!」

 

 だが、そんな仮眠の目覚めは、ポクの慌しい報告によるものであった。

 ツルギ達がいる管制塔の外から音が聞こえると、ポクが報告してきたのだ。

 

 寝ぼけ眼もそこそこに、スライス・ザ・リッパー率いるあの集団が戻ってきたのかと気を張ったが、実際は杞憂であった。

 ゆっくりと管制塔の外へと出て様子を窺うと、そこにいたのは見た事のある黒を基調とした防護具に身を包んだ集団であった。

 

「待て! 動くな! そこで止まれ!」

 

 それは紛れもなく、タロンの社員達であった。

 

「ん? もしかして副課長が言っていた連中か? おい、確認の為副課長を呼んで来い!」

 

 その後はとんとん拍子であった。副課長ことデニスも部隊と共にウェルキッドに足を運んでいた為、彼の一声でツルギ達に対する警戒は解除される。

 そして、いつの間にか増えていたポクの存在に触れる事も経て、ツルギ達は報酬の受け取りなどの為にデニスと共にプロジェクターへと戻る事に。

 

「では、頼んだぞ」

 

「は!」

 

 部隊の指揮官と思しき社員と敬礼を交わし、デニスはツルギ達を連れてウェルキッドの入り口近くに止めているジープへと乗り込む。

 因みに、初めてジープ、と言うか車に乗り込むアンバーは何処か小動物のように。そして、ポクは興奮しながらと、対照的な反応を見せながらもジープは発進する。

 

「ひゃっはー! 風が気持ちいい!! チョーイイね!!」

 

 プロジェクターまでの道中は、ポクの興奮を隠そうともしない言葉の数々によりある意味楽しい移動となった。

 

 こうして行きよりも大幅に時間を短縮しプロジェクターへと戻ってきたツルギ達は、至高のロード・ミロンの執務室で、至高のロード・ミロンから報酬を受け取る。

 

「ありがとう。やはりお二方にお願いしたのは正しかった、お陰で部下の社員達に血が流れずに済みました。その礼と言ってはなんですが、少々色を付けさせてもらいました」

 

 借りていた無線機を返還し、報酬の硬貨が入った袋を受け取ると、ツルギはそれをバックパックへと入れる。

 

「所で、そちらのロボットは……」

 

「ほいほーい! ぼくちん、ポクって言います! ツルギさんとアンバーさんの新しいお仲間ちゃんなんで、どうぞよろしくで~す!」

 

 なお、ポクの自己紹介でポクがどういったロボットなのかを察した至高のロード・ミロンは、その後特にポクの話題には触れないようにしたのであった。

 

 こうして全ての手続きが終わった終わったツルギ達は、その後プロジェクターを後に、その足で西を目指す。目指す場所は、あの村である。

 太陽が傾き、大地が暁に染まる頃。ツルギ達一行は、再び村に到着した。そして、その足で酒場の扉を潜る。

 

「あら? あららっ! 二人とも、無事だったのね!!」

 

 酒場に姿を現したツルギとアンバーの姿を見るや、ノエリアは安堵の声を挙げた。

 ゲッコー肉のパイを届けるだけの簡単な依頼であったのに、翌日になっても戻ってこない二人に、どうやら途中で何かあったのではと心配していたようだ。

 

「兎も角よかったわ、無事で……。所で、後ろのロボットは何なの?」

 

 無事を確認できて一安心したノエリアが、ふと二人の後ろにいるポクの存在に気がつく。

 行く時は連れていなかったロボットの事が、気にならない筈がない。

 

「どうも! ぼくちんポクって言いま~す。よろしくで~~すっ!」

 

 が、ポクの自己紹介を聞くや、何かを察してなるべく触れないようにしようと心に決めるのであった。

 

 こうして新たな仲間が増えたツルギ達一行に、ノエリアは無事にゲッコー肉のパイを届けてくれた報酬を手渡すと。更に約束通り、感謝の一杯を用意しご馳走する。

 

「あの、ぼくちんの分は?」

 

「えっと、貴方ロボット、よね? ごめんなさい、ロボット用の飲み物はないのよ」

 

「がーん! です」

 

 当然と言えば当然だが、ポクの分の一杯は用意されておらず。声に出してその悲しみを表現するのであった。

 

 

 その後、何故か酒場にやって来た他のお客達の人気者になったポクを他所に、ツルギとアンバーは夕食を取り。

 それが終わると、あの村のホテルで部屋を借り、一夜を過ごすのであった。

 

「ねぇ、ツルギ」

 

「どうしたの? アンバー?」

 

「聞いてもいい?」

 

「うん」

 

「グー、スピー。グルル、スピーッ!」

 

 部屋の隅で器用に立ちながら寝言を発し眠っていると思われるポクを他所に、ツルギとアンバーはベッドで二人だけの内緒話を始める。

 因みに、ポクもいる手前、今回は特にベッドを揺らさず。純粋に睡眠を取る為に使用している。

 

「ウェルキッドを襲った連中の事、ツルギは知ってたの?」

 

「……うん、知ってたよ。彼らは、奴隷商人、その中でも異端と呼ばれる『肉屋』、と呼ばれる者達さ」

 

「肉屋?」

 

「そう、奴隷商人は生きた人間を捕らえて売りさばくけど。彼らは違う、彼らは捕らえた人間を肉として売りさばくんだ」

 

 奴隷商人、呼んで字の如くウェイストランドに住む者達を捕らえ、使い潰せる安価な労働力を欲する者達に売りさばく者達の総称である。

 彼らは捕らえた人間を自ら殺すような事はない。何故なら、彼らにしてみれば、捕らえた人間達は大事な商品だからだ。

 なので、捕らえられた人間が自ら命を絶ったり不慮の事故などに巻き込まれるなどの事が起きない限り、自ら商品の価値を落とすような真似はしない。

 

 だが、奴隷商人の中でも肉屋と称される集団は、その限りではない。

 肉屋は捕らえた人間の生死をあまり気にしない。何故なら、彼らは人間と言うよりも人の肉を商品として売りさばく集団であるからだ。

 

 ウェイストランドには現在、様々な動物の肉が流通している。その中には、人間と言う名の動物の肉も、名称を誤魔化し出所を誤魔化し、流通されている。

 それに、ウェイストランドにはレイダーと呼ばれる進んで人間の肉を食べる者達も存在している。

 

 需要があれば供給が生まれる。そうして生まれたのが、肉屋と呼ばれる異端の集団なのだ。

 

「人間は家畜じゃない。例えどんなに自堕落な者であっても、家畜のように扱われ、殺されていい命なんて、ないんだ」

 

 ツルギは、小さくそう呟くと、再びアンバーに対して言葉を続けた。

 

「でも安心して、例え肉屋が襲ってきても、アンバーの事は守るから」

 

「う、うん」

 

「それじゃ、もう寝よう」

 

「うん」

 

 内緒話を終えると、互いに目をつぶり夢の世界へと旅立つ。

 

「ぼくちんは守ってくれないのね、トホホ……」

 

 なお、盗み聞きしていたのか、ポクが小さく呟いたのはここだけのお話。




読んでいただき、どうもありがとうございます。


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第五部 手紙とメタヒューマン
第二十一話


 乾いたのどかな時間が流れる村から、再び慌しさと共に人々の活気が溢れるコロッサスシティへと帰ってきたツルギとアンバー。当然、新たな仲間であるポクも一緒だ。

 コロッサスシティでも見かけないロボットを二人が連れ帰ってきた事に、二人の知り合いにしてご贔屓様である銃砲店の店主たるジョージが気にならない筈もなく。

 帰ってきた早々、ポクに関する質問攻めを始めようとしたのだが。

 

「ぼくちん二人の頼れるお仲間ポクって言いま~す。よろしくで~~すっ!」

 

 ツルギを押しのける勢いで行ったポクの自己紹介を聞いた瞬間、何かを察したジョージは。急速に興味を失ったのか、それ以降、必要最低限の質問以外行わなくなってしまった。

 

 こうして少しばかり浮いてはいるものの、コロッサスシティに無事に新たな仲間が一人加わり。その後、時は流れ、一週間ほどが経過した。

 一週間の間、依頼で少しばかりやり過ぎてしまう所はあるものの、それでも順調にポクもコロッサスシティでの生活に慣れ始めていた。

 

 そしてこの日、二人と一台となったツルギの何でも屋の自宅兼事務所に、一人の依頼者が訪れた。

 

「手紙、ですか?」

 

「はい。手紙を、届けてほしいんです」

 

 応対用の小奇麗なテーブルで依頼者の、一回りほど年上であろう女性の依頼内容を確認するツルギ。

 アンバーとポクは、ツルギの後ろで立ち尽くして二人の話に耳を傾けている。

 

「私の弟に、この手紙を届けてきてほしいんです」

 

「弟さん、ですか?」

 

「はい。私の弟、コッチャはここから北の方角にあるロッジクストと言う小さな集落に一人住んでいるのですが、その弟に是非この手紙を届けてほしいんです」

 

 小奇麗な衣服を身にまとった依頼者の女性は、自身が手にしていた手紙をツルギの目の前に差し出す。

 手紙自体は特に封など変わった様子もなく、至って普通の手紙と言えた。

 

 星が疲弊する以前は紙媒体でやり取りをする事自体珍しい事となっていたが、現在では、紙媒体でのやり取りはウェイストランドでは最もポピュラーな方法であった。

 ただし、ウェイストランドの住民の中には文字自体を読めないし書けない者もおり。文明が崩壊して久しいウェイストランドの実情の一端が垣間見える。

 

 だが、この依頼者の女性の弟さんに関しては、少なくとも文字の読み書きについては問題ないようだ。

 

「差支えなければ、手紙の内容を教えていただけませんか?」

 

「はい。……実は、その手紙は近々挙げる私の結婚式の招待状なんです」

 

「え!? 結婚! おめでとうございます!!」

 

 流石に依頼者の手前手紙を開けて中身を確認する事はしないツルギ。

 依頼者本人に手紙の内容を教えてもらうと、その内容に何故かツルギではなくアンバーが敏感に反応を示した。

 

 目を輝かせながら祝福を送るアンバー、やはり女性にとって結婚式と言うものは特別なものなのだ。

 アンバーの祝福に依頼者の女性も答えると、ツルギに諭されながらアンバーは再び定位置へと戻る。

 

「さてと。で、その結婚式の招待状を弟さんにお届けすればいいんですね」

 

「は、はい」

 

「分かりました」

 

 依頼を引き受ける旨を伝えると、ツルギはポクに言って契約書とペンを持ってこさせる。

 依頼者の女性が契約書にサインを書き終えると、次いで依頼の料金についての話が始まる。

 

「先ずは前払いと言う事でこれ程いただきます。そして、依頼を無事に完了いたしましたら、残りの、こちらの金額をお支払していただきます」

 

「分かりました」

 

 料金に関する取り決めも特に揉めることもなく滞りなく進められると、ツルギは前払い分の料金を受け取る。

 

 こうして、正式に依頼を引き受けたツルギ達は、依頼者の女性が事務所を後にした後、早速依頼を遂行させる為の準備に取り掛かる。

 まず取り掛かったのは移動時に消費する消耗品の類、食料や水などの確保である。

 ツルギは一人で、アンバーとポクはペアを組んで。手分けしてコロッサスシティ内の商店で必要な品を買い揃えていく。

 

「ねぇねぇ、アンバー?」

 

「どうしたのよ?」

 

「これ買って? おねがーい?」

 

 ツルギから手渡されたメモに書かれた品々を買い揃えているアンバーに、不意にポクが愛らしい声色と共におねだりをしてきた。

 鉄製の三本の指で器用に掴んで見せたのは、一本のビン。透明なビンの中身は、何やらべっ甲色をした液体であった。

 

「何それ?」

 

「天然の潤滑油ですよ!!」

 

「ふーん」

 

 あまり関心がないのか、熱弁するポクに対しアンバーの反応は素っ気ないものであった。

 

「で、それどうして欲しいの?」

 

「いや~、この間はぼくちん頑張ったし、今回の依頼も頑張るんで、所謂ご褒美と報酬の前払いってやつで……」

 

「却下!」

 

「ポホーッ!!」

 

 そして、案の定と言うべきか。やはりポクのおねだりはあっさりと却下される。

 

「どうして!? どうして!? ぼくちんあんなに頑張ったんだよ!!」

 

「別に喫緊に必要不可欠なものじゃないんでしょ? だったら今は無駄使いなんてしてる場合じゃないからそれは買えないの。そもそも、それ、そんなに頻繁に買えるものじゃないじゃない!」

 

 ポクの背後にある天然の潤滑油を取り扱っている店舗の店頭には、ポクの手にしている天然の潤滑油の売値が示されている。

 そこに書かれていたのは、アンバーのカスタムMP5K程ではないにしろ、そこそこ値が張る金額であった。

 

「そもそも、あんたこの間ウェルキッドの一件のご褒美にってツルギからオイル貰ってなかったっけ?」

 

「ぎ、ギクッ!! で、でも、あれは安い合成物で天然ものじゃないから……、あ!」

 

「はい、それじゃこの件はおしまい! さっさと店に返してきなさい」

 

 自ら墓穴を掘ったポクは、ロボットらしからぬ哀愁漂ううなだれた背中を見せながら、手にした天然の潤滑油を店に返しに行くのであった。

 そんなポクの姿を見て、アンバーは少しだけ同情し。

 

「返してきました……」

 

「そ。……なら、あんな高価な物は買ってあげられないけど、安いものなら好きなもの買ってあげるわよ。この間の活躍のご褒美に」

 

「ふぇ!? 本当ですか!?」

 

「えぇ、ただし、本当に安いものだけだからね!」

 

「ウヒォーイッ!! アンバー! サンキューでーす!」

 

 ポクの現金過ぎる態度の変わり様に苦笑いを浮かべるアンバーではあったが、内心ではポクの喜ぶ姿を見て自身も笑顔を浮かべるのであった。

 

 こうして天然の潤滑油ではないが、モニター用のクリーニングスプレーを買ってもらいご満悦なポクと、そんなポクを見て自然と笑みが零れるアンバーは、その後特に問題もなくメモに書かれた品々を買い揃え。

 買い物の品で一杯になった紙袋を持ちながら、自宅兼事務所へと戻るのであった。

 

 

 自宅兼事務所へと戻ると、先に買い物を済ませていたツルギが依頼に際しての荷造りを既に始めていた。

 

「お帰り、アンバー、ポク」

 

 二人に挨拶をしながら、ツルギはバックパックに必要な弾薬類に予備の銃を入れていく。

 

「ただいま、ツルギ。あ、買ってきたもの、ここに置いとくね」

 

「ありがとう」

 

 アンバーが買ってきた食料と水を、ツルギは隙間を作らぬよう、それでいて取り出しに困らぬようにバックパックへと入れていく。

 

「そうだ、アンバー。ポクとの買い物は楽しかった?」

 

「え? あぁ、そうね。……退屈はしなかったわ」

 

「ぼくちんはとーっても楽しかったよ! アンバーにご褒美も買ってもらったしね!!」

 

「ちょ! ポク!」

 

「はは、それは良かったね、ポク」

 

「うん! ぼくちん、アンバーの事もっともーっと大好きになったんだ!」

 

 ツルギの前でポクにご褒美を買ってあげた事をばらされ、顔を赤くするアンバーであったが。

 内心では、自身も出会った時よりポクの事を好きになっている、そんな気持ちが芽生えている事を自覚していたアンバーであった。

 

「そうだ、ポク。ちょっと肩のハッチを開けてもらっていいかな? ミサイルを補充したいんだ」

 

「うん、いいよ!」

 

 こうしてやり取りを終えた後、荷造りが一段落したツルギは今回の依頼でも頼りになるポクの強力な武装、その弾薬を補充し始める。

 一方のアンバーは、自身の荷造りを始めるのであった。




読んでいただき、どうもありがとうございます。


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