ラブライブ!~10年後の奇跡~ (シャニ)
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1.喫煙ルームの女医

今にも雨を降らせそうな雲に覆われた、昼下がりの空。

 

喫煙ルームの窓から空を見上げて、白衣の女はただでさえ沈んでいる気分を余計に沈ませた。だらりと下げた右手に持つ煙草の煙がたゆたう。

 

壁にもたれかかりながら、右手をゆっくりと持ち上げ、煙草を口にして、煙をゆっくりと吐き出す。

 

「死んじゃった・・・また」

 

煙を吐き終えて、彼女はつぶやいた。スタッフ専用の喫煙ルームには彼女以外に誰もいない。

 

彼女、西木野真姫にとって、喫煙ルームは逃げ場所になっていた。念願叶って医師になり、その第一歩を踏み出した真姫の、唯一と言っていい逃げ場所である。

 

医学部を卒業して研修医になった真姫には、様々な試練が降りかかっている。

 

臨床の現場に出て以来、医師としての知識不足、技術の未熟さを実感させられている。患者との接し方、看護師等の病院スタッフへの接し方にも手を焼いている。先輩医師からの厳しい指導には、常に心が折れそうになる。

 

しかし、真姫にとってもっとも精神的に辛いのは、患者の死である。研修医になってちょうど1年が経とうとしても、未だに患者の死には慣れないでいる。

 

今朝、真姫が担当していた女性が亡くなった。末期の脳腫瘍だった。気のいいおばさんで、患者に接することが得意ではない真姫も、彼女には気兼ねなく接することができていた。

 

たとえ研修医であっても、自分がもっと医師として優れていれば、彼女にもっと長く生きてもらうことができたのではないか。受け持った患者が亡くなるたびに襲ってくる無力さが、再び真姫を苛んでいる。

 

辛いことが起こったとき、真姫は喫煙ルームにやってくる。真姫が勤務する聖堂大学医学部附属病院では、スタッフの喫煙率が非常に低い。喫煙ルームはあるものの、利用する人間がまれであるため、一人になりたいときに真姫は必ずここを訪れる。成人して以来、煙草を手放せなくなったこともあり、真姫には都合がよかった。

 

「あたし・・・医者になったの、正解だったのかしら・・・」

 

窓から目を離し、壁に全身を預けて、真姫はつぶやいた。医学部受験の際も、医学部に入学した後も、真姫にとって人生は順風満帆とは言えなかった。現役で医学部に入学することはできず、一年間の浪人生活を経て合格した。国立大学の医学部に入学を希望していたが、そちらには合格せず、合格したいくつかの私立大学の中から聖堂大学を選んだ。高校時代に成績優秀であった真姫にとって、これは挫折と言っていい出来事だった。入学後も、彼女なりに学業に励んだつもりではあったが、自分より優秀な学生が多く、様々な場面で劣等感を味わうことが多かった。

 

煙草を手放せなくなったのは、そういうことが積み重なってからだ。イライラしているとき、男子学生に勧められた煙草。吸うと、なんとなく気持ちが楽になったような感じがして、それ以来、喫煙が止められなくなった。

 

医者になったことが正しいのかどうか。何度も自問自答している問いかけには今回も答えを見出せず、真姫は右手に持った煙草を再び口にし、喫煙ルームのガラス戸越しに、休憩スペースのテレビに目をやった。付けっぱなしのテレビの大画面に、懐かしい顔が映っており、真姫の目はテレビに釘付けになった。

 

「エリー・・・」

 

思わず、真姫はつぶやいた。画面に映っている金髪の女性は絢瀬絵里。真姫とともに、スクールアイドルグループμ’sのメンバーとして、かけがえのない一年を過ごした仲間だ。高校卒業後、絵里はロシアのバレエ学校に入学したため、真姫や他のメンバーたちと疎遠になっていた。いま画面に映っている彼女は、ロシアの名門バレエ団のプリマドンナとしての絢瀬絵里だった。テレビの音声はよく分からないが、このバレエ団が来日公演するニュースのようだった。

 

「戻ってくるのね・・・」

 

画面に映る絵里は、高校生の頃よりも遥かに美しく、落ち着きある大人の女性に成長しており、真姫にはそれがとても輝いて見えた。微笑ましい気持ちが一瞬だけ浮かび上がってきたが、それはすぐに劣等感に変わった。自分は医師にはなったが、絵里のように輝けているとはとても言えない。医療の現場で日々もがき続ける自分。絵里の成功は真姫にとって素直に喜ばしいことではあるが、自分は絵里のように輝かしく生きてはいない。高校生の頃とはもう違うのだ。

 

真姫は、かなり短くなった煙草を灰皿に捨て、もう一本吸おうと煙草を取り出そうとした。すると、医療用のPHSがけたたましく鳴った。指導医からのものだった。用件について凡そ察しがついている真姫は、PHSに出ながら、喫煙ルームのドアを空け、休憩スペースを抜けて医局のほうへ向かった。それは次に受け持つ患者の話に違いなかった。




ご高覧下さいまして、誠にありがとうございます。

小説を書くのは初めて、かつ、我流で書いております。技法と言える技法もなく、文章も拙いところが多々あるかと思いますが、ご容赦ください。

忌憚なきご意見ご感想、よろしくお願いします。


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2.マリアという少女

研修医2年目の真姫は、自らが志望する分野である脳神経外科で研修を受けており、その医局に所属している。真姫を医局に呼び出したのは、真姫を指導している曽根香世子という30代半ばの女性医師だ。ベリーショートの黒髪で、背が高い彼女は、真姫にとっては聳える山のような、優しくも厳しい指導者である。

 

「西木野さんに新しく担当してもらう患者さん、決まったわ」

 

自分の椅子に座ったままで、彼女は真姫に資料を渡した。この医局では、研修医は最大で5人の患者を受け持つルールになっている。真姫は今朝までは5人の患者を受け持っていたが、1人が今朝亡くなったため、次の受け持ち患者が決まったのだ。入院を必要とする患者が毎日訪れるこの病院では、すぐに次の受け持ち患者が決まることは珍しくない。

 

「北方マリアさん。16歳。頭蓋底髄膜種の患者さんよ。詳しいことは資料に目を通しておいて。かなり神経質になってる患者さんだから、コミュニケーションに気を使ってね。あなたはその辺が苦手でしょうから、特に気をつけてね」

「頭蓋底髄膜腫・・・そんな難しい患者さん・・・私が持つんですか?」

 

頭蓋底髄膜腫とは良性腫瘍ではあるが、脳の下部に腫瘍が発生するものであり、手術が極めて難しい病気である。国内でこの手術ができる外科医は極めて限られる。

 

「手術するのはあなたではないのだから、それは気にしなくていいの。二週間後に手術なので、まずは看護と協力して、メンタルも含めたケアをしっかり行って頂戴。たぶん、貴方がこの患者さんには一番最適だと思うわ、μ’sの西木野真姫さん」

 

微笑しながら曽根は言った。彼女は、真姫が伝説のスクールアイドルグループ「μ’s」のメンバーであることを知っていたのだ。真姫は顔が赤くなりつつあるのを実感していた。

 

(知っていたのに、今まで黙っていたんだ・・・なんか、やっぱり、この人、苦手・・・)

 

そんなことを真姫は思いながら、曽根に一礼すると、恥ずかしげに医局を出て、北方マリアの病室へ向かった。曽根にこれ以上、赤い顔を見られたくなかったのだ。相手が指導医でも、真姫はなかなか素直になれないでいる。

 

北方マリアの部屋は個室だった。真姫が部屋を見つけると同時に、マリアの部屋から注射器等の医療器具を載せるためのトレイが飛び出してきた。トレイが床に当たり、からん、と音を立てる。

 

「いいの!放っといて!どうせ何しても意味なんかないんだから!」

 

部屋から聞こえてきたのは、少女の大声である。

 

若い女性看護師が部屋からそそくさと出てきて、トレイを拾う。真姫は近づいて彼女に声をかける。

 

「どうしたの?」

「あ、西木野先生。先生からも話してあげてほしいんです。北方さん、ぜんぜん言うこと聞いてくれなくて」

 

真姫は看護師と一緒に部屋に入った。部屋の中心にあるベッドの上に体育座りでうずくまっているのは、さきほど割り当てられたばかりの真姫の担当患者である。彼女は真姫を一瞥すると、棘のある口調で言った。

 

「今度は誰よ」

「あなたの担当医よ。西木野といいます。一緒にがんばろう・・・って言いたいところだけど、まず、病院は暴れるところじゃないわよ」

 

厄介な患者だと真姫は思ったが、表面上は穏やかに声をかけた。

 

「こんな若い人が私の担当なの?この病院、やる気あるのかしら」

 

緩くウェーブのかかった茶色い長い髪に、端正な目鼻立ちの美人であるが、その目は泣き腫らしたらしく真っ赤である。相変わらず語気は荒い。真姫は内心ではムッとしたが、変わらず平静を装っている。

 

「私は確かに若いけど・・・あなたの手術をするわけじゃなくて、あなたが手術を受けられるように、準備を整えることが仕事なの。手術を受けた後のケアも担当させてもらうことになるわ。まずは落ち着いて採血を受けて頂戴、北方マリアさん」

「採血とか、そういうの一切しなくていい。手術だって要らない。どうせ私はもう歌うことも踊ることもできなくなるんでしょう?脳みそを掻き繰り回されて、挙句に夢まで奪われるくらいなら、死んだほうがましだわ」

「えっ・・・夢?歌う?踊る?それって・・・」

 

歌う、踊る。それはかつて自身が心身を捧げて取り組んでいたもの。その言葉を聴いて、真姫は驚きを口にした。真姫の後ろに立っている看護師が口を開いた。

 

「この子、アイドルさんだそうなんです。その、あれ・・・スクールアイドル、っていう」

「そうなの?」

 

真姫は驚くと同時に、マリアがなぜこんなに絶望的になっているのか、すぐに理解した。

 

マリアが罹っている頭蓋底髄膜腫の場合、腫瘍付着部に脳神経、主要な動脈および静脈などが走っているため、手術で腫瘍を取り除かなければ、徐々に大きくなる腫瘍がそれらを圧迫していく。圧迫された結果、顔の麻痺、声のかすれ、手足をはじめとする運動能力の低下、視力低下などが引き起こされる。

 

しかし、腫瘍が生じた場所へ手術で到達することも難しければ、腫瘍を取り除く際に周りの神経や血管を全く傷つけずに取り除くことも難しい。仮に神経が傷つけば、傷つけた部位次第でマリアのスクールアイドル生命は断たれる。顔の麻痺、声のかすれ、運動能力の低下・・・どれが後遺症として残っても、スクールアイドルにとっては致命的だ。

 

すでにマリアは、腫瘍の影響で、自身が上手く笑顔を作れないこと、今までのように踊れないこと、歌えないことを実感しているのだろう。そのことを察した真姫は、やさしく声をかける。

 

「そっか・・・あなた、スクールアイドルなのね。うまく歌えないのも、踊れないのも、確かに辛いわよね。それは分かるわ」

「あんたにどうして分かるって言えるのよ。だってあなた、ただの医者でしょう?」

「それは・・・」

 

真姫は口ごもった。μ’sの名前を出すこと、μ'sの一員であったことを明かすことは、過去の栄光を持ち出すような気がして、気が引けたのだ。

 

「ほら、分かるわけないでしょう?ステージで輝いたことがない人になんか、あたしの気持ちが分かるわけないのよ。もういいから、一人にして!」

 

マリアは手元のクッションを掴み、真姫に投げつけた。クッションは力なく真姫の腹部に当たり、床に落ちた。おそらく、腫瘍の影響で腕に力が入っていないのだろう。

 

「出て行って!」

 

そう叫ぶと、マリアは体育座りのまま、顔を真姫たちから背けた。真姫は看護師に目で合図を送り、一緒に病室の外に出た。

 

「採血だけじゃなく、問診にも全く協力的じゃなくて・・・本当に困ってるんです」

 

医局へ戻る前に寄ったナースステーションで、高杉というベテランの看護師に言われたことを、真姫は思い出していた。肉体的には疲れていないが、精神的な疲れを感じて、真姫は身体を医局のソファに委ねている。たしかに、このままでは手術どころではない。

 

医局に戻ってすぐに、真姫は北方マリアが所属しているグループについて、インターネットで調べた。グループ名は分からなかったが、北方マリアで検索をすると、すぐにたくさんの情報が出てきた。

 

彼女が所属しているグループは「MADA」という名前である。秋葉原にあるUTX学園のグループで、かつて同じ学校に所属し、伝説のグループとしてμ’sと並び称されるA-RISEの、その再来と言われるほどにパフォーマンスの質が高く、全国的に知名度の高いグループであること、そして、北方マリアはそのグループのセンターポジションにいるメンバーであることが分かった。

 

真姫はMADAの動画もチェックした。歌、ダンス、衣装、ステージ演出など、かなりレベルの高いグループであることは一目で分かった。そして、マリアはその中で特に輝いていた。

 

(あんなに才能あふれる子が、自由にパフォーマンスできなくなるなんて、本人にとってはとても残酷な話よね・・・)

 

ソファに深々と座りながら天井を見上げ、真姫は思った。

 

頭蓋底髄膜腫の手術は極めて難易度が高いが、日本にはそれを行える脳外科医が十数名ほど存在する。この病院の脳神経外科医長、国東もその一人だ。ただし、後遺症を全く残さずに、完璧に腫瘍のみを取り除ける医師となると、世界に何人いるか、ということになる。

 

「おやおや、さっそくマリアお嬢ちゃんにやられてきたみたいね」

 

医局のドアが開き、夕方の回診を終えた曽根が入ってきた。彼女はすでに、マリアの現在の精神状態を知っていたらしい。真姫は申し訳なさそうに口を開く。

 

「何もさせてくれませんでした」

「この病院に紹介状を持ってやってきた時だって、彼女はほとんど口を開かなかったわ。話したのは彼女のご両親。渋る彼女を無理やりこの病院に連れてきて、なんとか入院させたのもご両親なのよ」

「最初の診察は、曽根先生が担当されたんですか」

「正確には、国東教授。私は付き添い。教授は彼女の態度に途中で怒り出しちゃって、私は最終的にはなだめ役になっていたわ」

 

「手術の執刀は、教授が担当されるんですよね?」

 

「教授は担当されないわ。たぶん、明日のカンファレンスのときに、執刀医の情報共有があるんじゃないかしら」

 

真姫は驚いた。この病院を代表する名医で、国内屈指の国東が執刀しない。では、誰が執刀するのか。国東に並ぶ医師がこの病院にはおらず、真姫には見当もつかなかった。

 

「執刀医の人選はともかく、まずは北方さんに手術を受けるための準備をしてもらわないといけないのだけど・・・西木野さん、彼女とコミュニケーションできそう?」

「私には・・・無理だと思います」

 

これは真姫の偽らざる気持ちである。

 

「スクールアイドル経験者、しかも伝説のμ’sの一員だったあなたなら、彼女とうまく打ち解けられると思ったのだけれど・・・簡単ではないわね」

「今の私は、研修医の西木野真姫です。μ’sの西木野真姫は、もう10年も前に終わっています。そもそも曽根先生は、どうやって私の過去をご存知になったのですか?大学でも病院でも、一切話したことはなかったのに・・・」

「教えてくれた人がいるのよ。でも誰かは教えてあげない」

 

意地悪そうに微笑みながら曽根は言った。真姫は訝しげに曽根を見た。

 

「そんな顔しないの・・・いずれ分かるわ。もう今日は仕事も残っていないし、帰りなさい」

 

真姫は外を見た。二月の空はすでに夕暮れを過ぎ、暗くなっていた。

 




今回も、ご高覧下さってありがとうございます。
医療系の話がたくさん出ていますが、書いている本人は医療には無関係でして、Webで調べた知識を元に書いていますが、事実と異なる部分もあると思います。その辺はフィクションということで、ご勘弁頂けますと幸いです。

忌憚なきご意見ご感想、よろしくお願いします。


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3.仲間たちのいま

病院を出た真姫は、そのまま家路には着かず、秋葉原に寄ることにした。病院から秋葉原まで徒歩で10分程度の道のりを歩く。モンクレールのダウンコートにマフラー、ロングブーツという格好でも、やはり二月の寒さは彼女にはこたえる。

 

真姫は、昼にテレビで絢瀬絵里の近況を知ったこともあり、他の仲間たちのことを思い浮かべながら、ゆっくりと歩いている。

 

絢瀬絵里だけでなく、他のμ’sのメンバーとも、高校卒業後はすっかり疎遠になってしまっていた。浪人生のときは受験勉強、医学部生のときは医者になるための学業、研修医になってからは激務が続き、いつの間にかメンバーとの交流が一人を除いて途絶えてしまった。真姫は、彼女が知る限りのメンバーの最新情報を思い出してみる。

 

リーダーの高坂穂乃果は、実家の和菓子屋を継ぐために修行しているが、長く家を空けているらしい。

園田海未は、メンバー全員の母校である音ノ木坂学院に国語教員として勤務している。

南ことりは、高校卒業後、服飾の勉強のためにイギリスに渡った。いまはフランスで働いているらしい。

星空凛は、高校卒業後、ダンスの勉強をするためにアメリカに渡ったが、その後は分からない。

小泉花陽は、地方の大学に進学し、今はその大学の大学院で稲作の研究をしている。

東條希は、両親が住む関西の大学に進学し、その後は分からない。

絢瀬絵里は、今日分かったとおり、ロシアの名門バレエ団のプリマドンナ。

 

海外や地方に行ったメンバーはともかく、海未とは連絡を取りつづけることは可能だったはずだが、真姫の学業が多忙であることと、生真面目な海未であれば、彼女もきっと学業に専念しているはずだという真姫の思い込みがあり、連絡を取りにくかったのだ。

 

(私って、本当に、変わってない・・・)

 

μ'sでの活動を通して、真姫は自分の性格についてかなり正確に把握できているほうだと思っている。人付き合いが苦手で、負けず嫌いで、そのくせ寂しがりやの甘えん坊。μ’sで熱い1年を一緒に過ごしたはずなのに、人付き合いが苦手という側面が、海未との関係を疎遠なものにしてしまった。

 

そんなことを考えているうちに、秋葉原の大通りに出た。秋葉原の街はいつも変わらない。常に変わり続けているということが、変わらない。そんな秋葉原に、いつしか真姫も安らぎを抱くようになっていた。

 

夜になっても未だ人は多く、それを避けるように歩きながら、真姫は大通りに面した小さなビルに入り、エレベーターに乗り込んだ。目的地はビルの最上階、5階にある。エレベーターが開くと、すぐに店の入口がある。いつもどおり、入口のドアは開けっ放しだ。

 

「いらっしゃいませー」

 

ぶりっこ気味な声色ではあるが、ずっと聞きなれた、やや甲高い声が聞こえてきた。真姫はエレベーターを降りる。

 

「あら、あんただったの。医者もたまにはヒマになるのね」

 

真姫を見て、声の主は急に声色を変えた。やや鋭く刺さるような声色。

 

声の主は、矢澤にこである。




今回も、ご高覧下さってありがとうございます。

10年後のメンバーについて、あれこれ想像をめぐらせて書いてみました。そして、にこちゃんの登場です。

メンバーにはそれぞれ推しの方がたくさんいらっしゃるわけで、皆さん、それぞれ思うところがおありかと思いますが、あくまで二次創作ということで、ご勘弁ください。

忌憚なきご意見ご感想、よろしくお願いします。


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4.矢澤にこ

矢澤にこ。μ’sが活動を終了しても、彼女は秋葉原から離れることはなかった。

高校卒業後、大学には進学せず芸能事務所に所属し、秋葉原を拠点としてアイドル活動を続けたが、芽が出なかった。

しかし、アイドル活動を通して、彼女は芸能界と秋葉原に人脈を作っていた。芸能界を引退した後もアイドルの輝きを人に届けたいと考えていたのだ。.

いま、彼女はその人脈を駆使して、スクールアイドルだけでなく、アイドル全般のグッズを販売する店を秋葉原に構えている。この店は彼女の人脈から得られるレアなグッズが多く、アイドルファンの間ではかなり有名な店になっている。

にこが高校を卒業した後、真姫は彼女のアイドル活動を作曲という形で幾度か手伝っていた。半ば強引に巻き込まれる形ではあったが、引っ込み思案な自分のところにぐいぐいと突っ込んできてくれる強引さが、真姫には心地よかった。にこがアイドルを辞めてからも、真姫はたまに彼女に会い、親しい仲にのみ許される憎まれ口を叩きあっている。

「今日はたまたま早く帰れたのよ。そんなことより、相談に乗ってほしいことがあるの」

「私に相談なんて珍しいじゃない。なあに?にこにーお姉さんに恋の相談かしら?」

にこは両手で両頬を挟み、首をやや傾げ、ぶりっこめいた口調で冗談を言うが、真姫はそれを無視し、続ける。

「MADAっていうグループのこと、教えてほしいのよ。特に北方マリアって子のこと」

「おや・・・スクールアイドルの話なんて珍しいわね。どういう風の吹き回しかしら・・・ん?北方マリアは病気療養で活動休止って聞いたけど、まさか、あんたの病院に・・・」

「そのまさかよ」

「えええっ!」

にこは驚愕の表情を見せた。

「医者が病院の患者さんのことを部外者に話すのは禁止なのだけど、今回は彼女のことをよく知る必要があるのよ。彼女、ちょっと大変な患者さんなの」

そう語る真姫の表情は真剣そのもので、ガールズトークにありがちな華やかさをまるで感じさせないものだった。にこはその表情を見ると、店の奥にあるカウンターから出て入口に行き、ドアにかかっている「OPEN」の札を「CLOSED」に変え、ドアを閉めた。

「そういうことなの・・・にこにーお姉さんで力になれることがあれば、なんでも相談なさい!」

真姫のほうを振り向いて、にこは力強く言った。真姫は、数少ない味方の笑顔に救われた気がして、口外厳禁という前提のもとで、病院でのマリアとのやり取りを彼女に話した。

 

「まず、いまのMADAを知る必要があるわね。最新の情報があるわよ。先週の日曜日にあったラブライブ!関東大会ね。それを見たほうがいいわ」

真姫の話を聞き終えると、にこはカウンターに戻り、内側の引き出しからDVDを取り出してレコーダーに入れた。壁面にかけてある液晶の画面に、関東大会の模様が映し出された。ちょうど、関東大会に出場する5組のグループがパフォーマンスを披露するところだった。

 

「ここに来る前にネットをチェックしたけど、これは動画が上がってなかったわ」

「そりゃそうよ。先週末の話だもの。それに最近は動画撮影の取り締まりも厳しいからね」

 

ラブライブ!は、真姫たちが引退した後、人気がさらに隆盛し、今や関東大会に出場するための予選会でさえ映像が市販されている。

 

「そんなものを、どうしてにこちゃんが持ってるのよ」

 

真姫の表情は訝し気である。

 

「ふっふーん、編集前の映像を運営さんにもらったのよ。にこにー人脈でね」

 

にこは不敵かつ得意げな笑みで応えた。

 

MADAのパフォーマンスは参加5組のうちで最後だが、真姫とにこは早送りせず、先の4組すべてのパフォーマンスを見た。どのグループもかなりレベルが高いが、病院でチェックしたMADAのパフォーマンスに比べると数段落ちるというのが真姫の素直な感想だった。

 

「次がMADAよ。北方マリアはいないけどね」

 

にこが言う。

 

画面に女性が四人現れた。どの子も手足がすらりと長く、そして美しい。すぐに始まった彼女たちのパフォーマンスを見て、真姫は驚いた。

 

「これって・・・」

「気づいた?そう、北方マリアがいなくても、彼女たちは他と比べて格段にレベルが高い。簡単に優勝を持って行ったわ。全国大会でも、間違いなく優勝するでしょうね」

 

そう言うと、にこはスマートフォンを取り出し、真姫に見せた。SNSの画面が表示されており、MADAについてのコメントがたくさん書かれていた。

 

「ひどい・・・これって・・・」

 

真姫は思わず口にした。そこには、「北方マリアがいなくてもMADAは最強」「北方は不要」等、MADAのパフォーマンスそのものより、北方に対する悪口のほうが多く書かれていたのだ。

 

「彼女、あまり評判良くないのよ。歌もダンスも、スクールアイドルの中では突出して上手い。プロのアイドルやシンガー、ダンサーよりも上手いかもしれない。でも・・・」

「でも?」

「とにかくファンに冷たいし、グループでも孤立しているみたいね。性格がキツイって、もっぱらの噂よ」

 

にこは続ける。

 

「自分が抜けたMADAが楽々と優勝しなければ、まだ彼女のプライドも救われたかもしれないけど・・・こうもあっさりと優勝してしまえば、彼女のプライドは少なからず傷ついているんじゃないかしら」

 

マリアは病気だけではなく、スクールアイドルとしての自分の境遇さえも苦にしていて、だからあそこまで悲観的になっているのではないか。真姫はそんな思いを抱いた。

 

「そっか・・・大変ね、これ。本当に大変」

 

自分の担当患者の境遇を知り、真姫はため息とともに言った。どうすれば自分の患者、北方マリアに前向きに治療を受けてもらえるのだろう。さらに問題が積み上がったような気がした。

 

「医者は病気を診るものじゃなくて、人を診るものなんでしょう?西木野先生」

 

にこは微笑みつつ言った。

 

「にこちゃん・・・」

「そう落ち込まないで。にこで力になれることがあれば、いくらでも協力するから」

 

にこの優しさに、真姫は一瞬泣きそうになったが、気を取り直して言った。

 

「MADAの運営の人に、連絡とれるかしら」

「お安い御用よ。まっかせなさい!」

 

そういうと、にこは自分のスマートフォンを手に取り、連絡先を探し始めた。




仕事がようやく暇になって、趣味に没頭する時間ができました。
おっかなびっくりで書いていますが、まだまだ頑張ります。よろしくお願いします。


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5.執刀医

真姫が勤務する聖堂大学医学部附属病院・脳神経外科では、午前7時30分から医局でのカンファレンスが始まる。医師が自分の担当する患者の状態や今後の治療方針について他の医師たちにプレゼンテーションを行い、その正しさを全員で判断するのだ。

真姫も例外ではなく、担当している5人の患者についてプレゼンテーションを行っている。4人目が終わり、北方マリアについての報告にさしかかった。真姫の報告順は一番最後であり、この報告を終えれば、今朝のカンファレンスは終了である。

「北方マリアさん、昨日入院された患者さんです。頭蓋底髄膜腫ということで・・・」

「西木野くん、その患者さんについては、私から話そう」

真姫の話を遮ったのは、医局長の国東だった。全て白髪のおかっぱ頭で、縁のない眼鏡をかけているこの医師は、背が低く、表情も常に朗らかで、周囲に柔和な印象を与える。

「北方さんは、頭蓋底髄膜腫の中でも、錐体斜台部に腫瘍のある患者さんだ。転院前の病院で撮ったCTでも、頭蓋の中心に腫瘍を確認している。君たちも知ってのとおり、錐体斜台部の腫瘍の場合、取り除くのは極めて難しい。腫瘍に多数の脳神経が絡みついている可能性が高いからだ。仮に腫瘍を取り除けても、周りの神経を傷つけてしまう可能性がある。こうなると、術後の社会復帰は術前のようにはいかない」

国東の話を聞きながら、真姫は昨日のマリアとのやり取りを思い出していた。すでに腫瘍は様々な神経を圧迫しているらしく、マリアが投げつけてきた枕には勢いがなく、声も擦れていた。悲観に暮れている割には、表情の動きもぎこちなかった。

「神経を一切傷つけずに腫瘍を除去できるだけの技術を持った医師というのは、日本でも極めてわずかだ。私でも正直、自信はない。そこで、今回はパーフェクトな医師を呼ぶことにした」

真姫を含め、医局員は色めきたった。柔和だがプライドは高い国東が外部から医師を招請するというのである。国東にそこまでさせるほど、この患者の手術は難しい。真姫はマリアの病状の重さを再認識した。国東は続ける。

「アメリカで活躍している、太田黒雄くんだ。彼は若いが、世界最高峰の技術を持つ医師と言っていい。彼にこの手術を執刀してもらう。もう話はしてある」

太田黒雄。真姫もその名は聞いたことがあり、彼が執筆した論文にも幾度か目を通している。30代後半にもかかわらず「神の手を持つ男」「天才」の名をほしいままにしている外科医だ。世界的な天才がこの病院にやってくる。真姫は驚きを隠せず、他の医局員たちも同様だった。唯一、曽根香世子だけが冷静な顔をしているのは、おそらく彼女は事前に知っていたのだろう。曽根と国東が昵懇の仲であるというのは、医局内では公然の秘密だった。

「彼は今日の午後、日本にやってくる。西木野くん」

「は、はい」

「彼の面倒は君が見てやってくれ。早速、羽田まで迎えに行ってやってほしい。かなり風変わりな男だが、医者としては極めて優秀なので、手本にするといい」

「わ、わかりました。精一杯努めます」

教授の依頼を断れるわけもなく、真姫は即答したが、世界的名医のアテンドに指名された動揺は隠し切れない。

「手術は結構ですが、北方さんは昨日の入院以降、精神的にかなり不安定な状態にあります。まずは術前の処置を受けて頂けるようにしませんと」

曽根が言った。担当医である真姫はすでに蚊帳の外にいる感がある。国東が応える。

「その辺も太田くんに任せるといい。彼は患者扱いも実に上手い。きっと西木野くんのいい手本になる。じゃ、あとは任せたよ」

そう言うと、国東は医局を出ていき、それと同時にカンファレンスも終了となった。

そして、午後。

真姫は羽田空港へ向けて、黒塗りのベンツを走らせている。曽根の許可を得て自宅に戻り、車を取ってきたのだ。まだ見ぬ太田という男に快適に過ごしてもらいたいという思いから、真姫はタクシーの利用を避けた。

ハンドルを握りながら、真姫は昨日のことを思い出していた。

にこはMADAの運営に容易く連絡をつけた。にこの店を出た後、運営の一人に会うこともできた。MADAのメンバーが北方に会って、手術に前向きになるよう、元気づけてもらうことはできないかと考えたのだ。しかし、結果は芳しいものではなかった。

「正直申し上げて、いまのメンバーは、北方の復帰を望んでいないんです」

運営の女性から出てきた言葉は衝撃的なものだった。

「どうしてですか?」

「北方は実力が抜けていて、同じレベルをほかのメンバーにも要求していました。それは彼女たちにいい刺激になってはいたのですが、北方だけがいつの間にか孤立するような状況になってしまって・・・」

「でも、それってより良いものを生み出すためのお話ですよね?仲たがいするようなお話とは違うと思うんですけど」

話しながら、真姫は自分が現役のスクールアイドルだった頃、特に、絢瀬絵里がμ’sに加入したばかりの頃を思い出していた。当時は、彼女の突出したダンスの実力にメンバー全員ついていくのがやっとだった。しかし、より良いμ’sにしたいという思いが全員一致であったからこそ乗り越えられた。MADAは、そうではないのだろうか。真姫は不思議に思った。

「北方のダンスとヴォーカルのせいで、グループは調和の取れたパフォーマンスができなくなっていたんです。実際、北方が抜けてからのほうが、グループは調和のとれたパフォーマンスができていると、好評を頂いています」

「そんな・・・」

「北方の手術は成功してほしいですが、彼女を元気づけるということについては、メンバーとしては参加できない。貴方とお会いする前に、それをメンバー全員から言付かってきました」

μ’sは、小さな諍いこそあれど、メンバーの誰かが決定的な不満を抱くということはなかった。むしろ、小さな不満でも全員が全力で解消し、9人全員が同じ目標に向かって切磋琢磨し合い、スクールアイドル界における伝説の存在となった。

(きっと、そうじゃないグループのほうが多いのよね・・・やっぱり、あの9人って奇跡だったのかも)

そんなことを思いながら、真姫は車のアクセルをふかした。空港まではもうすぐだった。

駐車場に車を預け、羽田空港国際線ターミナルの出発ロビーに真姫はやってきた。右手には太田の顔写真を映したスマートフォン、左手には「太田黒雄様」と書かれた大きな紙を持っている。太田の乗った便はすでに羽田に到着しており、待ち合わせ時間の二分ほど前だった。太田がそろそろ出てくることを予期して、真姫は予め、太田が出てくるであろう到着ロビーの出口に立つことにしたのだ。こういう紙を持つことが初めての真姫は、なんだか気恥ずかしい。

「あ、あのう・・・」

男の声がした。真姫が振り向くと、ダウンジャケットを羽織り、「μ’s」と書かれたTシャツを着た長身の男が立っていた。グループが解散して10年を経た今でも、真姫はたまに見ず知らずの人から「μ’sの西木野真姫」として声をかけられることがある。懐かしい文字を目にした真姫は笑顔で応える。

「あ、すいません、私、いま人を待っているので」

「あ、いや、そうじゃなくて・・・僕が、太田です」

しばしの沈黙。真姫はスマートフォンに映した太田の画像と、太田の顔とを交互に確認した。画像では短髪だが、目の前にいる男はやや長髪である。しかし、面影は確実に画像の本人であった。

「ええぇっ!す、すいません、に、西木野真姫です!よろしくお願いします!」

驚き、真姫は頭を下げた。ファンと間違われた男はにこやかに右手を差し出し、言った。

「太田黒雄です。しばらくの間、お世話になります」

真姫は右手のスマートフォンをコートのポケットにねじ込み、握手を交わした。




暇です!仕事が暇です!
目標一日一話更新!
見て下さった方、ありがとうございます。
辛口でも激辛口でもよいので、批評を頂けますと泣いて喜びます!
よろしくお願いします!


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6.太田という男

柔和な雰囲気を醸し出す長身の男、太田黒雄。顔はハンサムとはいえない。背の高さは優に180センチはあるだろうか。やや小太りである。

この風体の男が、世界的に天才と評価されている脳外科医であることが、真姫には意外だった。顔は以前から画像で見ていたが、切れ者というか、鋭利な雰囲気の男性像を想像していたからだ。

そして、何よりも真姫の目を引いたのが、太田が着ている「μ’s」と書かれたTシャツである。これはμ’sが最後のライブを行った際に物販として販売されていたもので、真姫には覚えがあった。発売からすでに10年が経過している。

 

(これを着ているなんて、というか、まだ持っているなんて、この人、絶対にアイドルオタクよね・・・)

 

太田と握手した右手を離しながら、真姫はそう思ったが、あえて口に出さないことにした。

 

「西木野さん」

「はいっ」

 

太田がアイドルオタクなのであろうと想像を巡らせていたところにいきなり名前を呼ばれ、真姫は驚きつつ返事をした。

 

「このTシャツでお分かりの通り、僕はμ’sのファンでした。いや、今もファンです。あなたが誰かも分かっています」

「はい・・・」

「でも、今日から、私とあなたは、しばらくの間ですが医師として先輩と後輩になります。その領分を超えないように貴方に接していきたいと思いますので、よろしくお願いします」

「そう言っていただけると、とてもありがたいです。しばらくの間、ご指導よろしくお願いします。太田先生」

 

真姫は笑顔で応えながら頭を下げた。太田の仕事に対する真摯さを垣間見た気がした。

 

「ところで太田先生、お荷物はどちらですか?車を用意してきていますので、ホテルまでお運びします」

 

これから数週間は日本に滞在する割に、太田は大きなボストンバッグを一つしか持っていない。ほかの荷物はどこかに置いてきたのだろうと思い、真姫は太田に訊ねた。

 

「いや、これが僕の荷物です。これ以外は持ってきていませんし、必要なものはこちらで買います。それと、可能であれば病院で寝泊まりしたいと考えていますので、ホテルではなく、このまま病院まで向かって頂いて結構です。早く患者さんにお会いしたいというのもありますので」

 

真姫は面食らった。変わり者だということは国東から聞いていたが、この男には私生活という概念が凡そないのだろうか。真姫は、表面上は平静さを装いながらも、内心では恐る恐る念を押すことにした。

 

「でも、せっかく久しぶりに日本にいらしたのに・・・よろしいのですか?」

「いいですよ。もともと日本に来ることが目的ではなく、患者さんの手術を成功させることが目的です。それに聖堂の病院なら、周りに息抜きがたくさんありますから。さ、行きましょう」

 

そう言うと、太田はボストンバッグを引っ提げて、駐車場の方向に歩きだした。真姫もその後を追おうとした。すると、突然誰かに後ろから勢いよく抱きしめられた。

 

「にゃーーーー!!真姫ちゃんだにゃーーーー!!久しぶりだにゃーーーー!!」

 

聞き覚えのある元気な声。首を後ろに回すと、高校のころから全く変わっていない、星空凜の顔があった。




お久しぶりの更新です。
ここ数ヶ月、仕事だけの生活が続いておりまして、ようやく暇ができました。

今回は、凜ちゃんを登場させました。他のμ'sメンバーの登場のさせ方は、構想としてはまだ固まっていませんが、自然な形で出していければと思っています。

ラブライブ!シリーズでは、男性が一切出てきませんが(穂乃果のお父さんは出ていないに等しいと個人的には思っています)、私はあえて太田黒雄という男性を登場させました。彼はアイドルヲタクですので、氏名には「おたく」に近い語感を持たせたく、苗字を太田とし、名前を黒雄にしました。名前は手塚治虫先生の名作「ブラック・ジャック」の登場人物である、間黒男から一文字変えて拝借しています。

男性で、かつアイドルヲタクである太田を登場させた理由は、アイドルヲタクの理想形をこの作品で表現したいということがあります。作品の主軸はあくまでμ'sなのですが、太田はアイドルヲタクでありながらも社会において大活躍しているという点で、アイドルヲタクに対する世間のステレオタイプをひっくり返す存在にしたいと考えています。

今後も、作品に対するご意見、ご批判、よろしくお願いします。


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7.星空凛

羽田空港のロビーで、いきなり真姫を抱きしめてきた女性、星空凛。μ’sにいたころから顔も声も雰囲気もまるで変っていない。

 

「真姫ちゃん、本当に久しぶりだにゃー!こんなところで会えるなんて思ってなかったにゃー!嬉しいにゃー!」

「ちょっと、凛、なんなのよ、こんなところで止めなさいよ!」

 

真姫は強引に凛の腕をほどく。これまで、大人として太田に接していた真姫の調子が、一気に高校時代に引き戻された。真姫は凛に向き直る。

 

「んー、真姫ちゃん、久しぶりなのに、つれないにゃー」

「そうじゃないわよ!こんなところで恥ずかしいのよ!それにいきなりなんなのよ!」

「さっき、日本についたにゃ。そしたら真姫ちゃんがいたにゃ。もしかして凛のお出迎えかにゃ?」

 

凛はわざと照れたような素振りで言う。真姫は茶化されたことに少しだけいらついた。

 

「そんなわけないでしょ。ただの偶然よ。それより、なんであなたが日本にいるの?アメリカにいるんじゃなかったの?」

「んー、アメリカには住んでるんだけど、あれでしばらく日本に滞在することになったにゃー」

 

そう言うと、凛はロビーの天井からつるされている超大型の広告を指さした。広告には、真姫も名前を聞いたことがある、アメリカの有名なミュージカルが日本で公演を行うことが記されていた。

 

「凛、あなた、ダンスの勉強しに行ってたわよね?もしかして・・・」

「そう!そのもしかしてだにゃーー!」

 

そう言いながら、凛は誇らしげな顔をした。

 

凛は高校卒業後、ニューヨークに渡り、語学学校に通いながらダンスの学校にも通った。在学中から様々なミュージカルのオーディションを受け続け、アメリカ国内の大小様々なステージに立ち、今ではミュージカルの本場であるブロードウェイにおいて、新進のミュージカル女優へと成長していたのだ。

 

アメリカでの凛の事情など全く知らない真姫は、ちょっと意地悪をしてみたくなり、次の言葉を投げかけた。

 

「大道具さんか何か?」

「ちがうにゃー!!ちゃんとセリフのある役で出演するにゃー!ダンスも踊るにゃー!」

 

凛はムキになって応えた。その様子が面白かったので、真姫はもう少しからかいたいと思ったが、凛が本気で怒り出すと面倒なので止めた。

 

「ごめんごめん・・・おめでとう、凛。でも、今日はあなたを迎えにきたんじゃないのよ。別の人のお出迎えで来たの」

「へ?別の人?それはどこにいるのかにゃ?」

 

凛にそう言われて、真姫は太田のことを思い出した。辺りを見回すと、太田は数メートル先に腕組みをしながら立っていて、真姫と凛のじゃれ合いを苦笑いしながら見ていた。真姫は気が動転した。

 

「お、太田先生、お待たせしてすみません、彼女、私の高校時代の同級生で・・・」

「知っています。星空凛さん、でしょ?」

「なんで凛のこと知ってるにゃ!?あー、この人、μ’sのTシャツ着てる!もしかしてμ’sのファンの人かにゃー!?」

 

そう言うと、凛は太田のほうに走り出そうとした。真姫は凛のコートの襟首をぐいっと捕まえ、彼女を止めた。



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8.旧友の心遣い

太田と凛を乗せて、真姫は空港から聖堂大学医学部附属病院へとベンツを走らせている。真姫は最初の予定通り、太田だけを乗せるつもりだったが、凛の実家が病院に近いことから、同乗させてくれるように凛にせがまれたのだ。太田も、せっかくの二人の再会なのだから、ということで凛を後押ししたため、真姫は凛の同乗を承知した。

 

久々の日本、東京に来た凛のテンションが高いせいか、車内での会話は凛と太田との間だけで盛り上がっている。真姫は蚊帳の外に置かれた感があるが、凛が太田に失礼なことを言い出さないか神経を尖らせつつ、ハンドルを握っている。

 

「休暇も兼ねて1か月ほど日本に滞在されるんですね。僕と同じか、それよりちょっと長いくらいの滞在ですね。公演はいつからですか?」

「五日後になります。公演の後は二週間ほどお休みなんです。久々の日本なので、いろいろ見て回りたいです」

 

お互い自己紹介は済ませているが、初対面の相手のせいか、凛は語尾に「にゃ」をつけない。

 

「それにしても光栄です。こんな世界的なお医者様が、μ’sのこと、今でも好きでいてくれるなんて」

「世界的でもなんでもないですよ。いまも修行中の身です。それに10年前の僕は、駆け出しの医者でした。つらいことがたくさんありましたけど、μ’sの曲に励まされたので、あなた方のことを応援したくなりました」

 

μ’sの曲に太田が励まされていたということより、天才の名をほしいままにしている太田にも苦労が絶えない時期があった。その事実が真姫にとっては意外である。凛は太田に興味津々であるらしく、会話は続く。

 

「いま着ているTシャツ、これって私たちの最後の公演のやつですよね。10年前のものを今でも着てくれるって、とってもうれしいです」

「ああ、これ、同じものを10枚持っているんですよ。いま着ているものは7枚目です」

 

ハンドルを握りながら、真姫は目を丸くした。世界的な天才脳外科医が、同じTシャツを10枚も買うような熱心なファン、「ガチヲタ」であるという事実に驚愕したのである。

 

「じゃあ、このTシャツ、いつも着てくれてるんですか?もう7枚目だなんて」

「μ’sもそうですが、アイドルのTシャツはよく着ますよ。仕事のときにテンションが上がるんです」

 

凛の無邪気な問いにも、太田は落ち着いて笑顔で応えている。μ’sとして活動した10年前から現在まで、真姫はμ‘sのファンをたくさん見てきたが、メンバーを前にして、ここまで落ち着いたファンに出会ったのは初めてである。解散してから10年も経っているとはいえ、自身が熱烈に応援していたアイドルグループのメンバーを前にして、こうも落ち着き払っているというのは、現在の太田の頭の中には仕事のことしかないからだろうか。真姫はそんな想像を巡らせた。

 

凛と太田の会話、というよりも、凛の太田に対する一方的な問いかけは、車が病院に近づくまで続いた。先に太田を病院で降ろし、次に凛の実家に車を止めた。去り際に凛はハンドバッグから封筒を取り出し、真姫に渡した。

 

「これは凛が出る公演のチケット。二枚あるから、太田先生と見に来るといいにゃ」

 

不敵な笑みを浮かべながら、凛は車のドア越しに真姫にささやいた。

 

「え、そんな関係にはならないわよ・・・さっき会ったばかりの人よ?」

「真姫ちゃんは相変わらず人付き合いが苦手みたいだから・・・代わりに凛がたくさん太田先生のことを聞いておいてあげたにゃ。仲間と仲良くならないと、仕事って上手くいかないと思うにゃ。このチケットも、それに役立てるといいと思うにゃ」

 

そう言うと、凛は実家のドアを開け、中に入っていった。真姫は、一枚上手の旧友に心の中で感謝し、病院に車を戻した。



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9.マリアの心

病院へ戻った真姫は、そのまま医局に向かった。車を降りる際に、太田はまず国東に挨拶に行き、それから医局へ向かうと言っていたためだ。医局のドアを開けると、太田はおらず、曽根が自分の机で仕事をしている。曽根は真姫のほうを振り向き、声をかける。

 

「ああ、西木野さん。送り迎えご苦労様。早速で申し訳ないのだけど、白衣に着替えたら、太田先生を北方さんに紹介してもらえるかしら。あと、当直室はしばらくの間、太田先生が使用されることになったわ」

「えっ・・・太田先生、本当に病院で寝泊まりされるんですか?」

 

真姫は太田の滞在期間が3週間であることを事前に聞いていた。その3週間を全て病院の当直室で過ごすというのは、当直以外に病院に宿泊した経験がなく、かつ女性である真姫にとっては信じられない話である。

 

曽根は真姫の疑問には応えず、彼女の驚きがさらに増幅する言葉を口にする。

 

「滞在中は当直も手伝ってもらえることになったわ。あと、他の手術にも立ち会ってくださるそうよ」

 

大病院の勤務医というのは基本的には多忙だが、ここまで仕事を詰め込む人間に真姫は会ったことがなく、真姫は太田の仕事量に呆然として言葉が出ない。それを察したのか、曽根はさらに言う。

 

「太田先生はそういう人なのよ。相変わらず患者さんと・・・あと、アイドルにしか興味がないの。本当に変わらない」

 

「相変わらず」「本当に変わらない」という曽根の言葉に真姫は内心で軽く驚いた。どうやら二人は既知の仲らしい。

 

「曽根先生、太田先生とはお知り合いなんですか?」

「2年前にアメリカに研修に行ったことがあって、その時にお世話になったのよ。種明かしになるけれど、貴方がスクールアイドルだったことを教えてくれたのは太田先生よ。北方さんの執刀の話をした際に、医局員全員のプロフィールに目を通してもらったの。すぐに気づいたわ」

 

真姫は、曽根が昨日言った「教えてくれた人」が太田であることを理解した。たしかに、μ‘sの熱烈なファンである太田であれば、西木野という珍しい姓を目にするだけで

「μ’sの西木野真姫」ではないかと見当をつけるだろう。

 

「そういうことだったんですか・・・それで、太田先生はどちらにいらっしゃるんですか?医局に寄られると伺っていたのですが・・・」

「ほかの先生たちに挨拶してから、当直室に荷物を置きに行ったわ。追いかけてもらえるかしら」

 

真姫は曽根に一礼してから、更衣室で白衣に着替え、当直室に向かった。

 

当直室から出てきた太田は、長身を白衣に包んでいる。着ている白衣はケーシー白衣といい、上衣は前がきっちり閉じられているため、彼が好んで着るアイドルTシャツは見えない。そんな太田と、真姫は北方マリアの病室に向かって歩いている。すでに午後4時を回っており、窓から差し込む夕焼けが病棟全体を照らしている。

 

太田を迎えに行く前に、真姫は午前の回診でマリアと会っていた。マリアは暴れこそしなかったものの、ヘッドホンをして頭から寝具を被り、真姫の問いかけには一切答えなかった。看護師たちにも相変わらず非協力的であるという報告も受けていた。

そんな状況を知っているからこそ、真姫は太田がマリアにどのような接し方をするのか興味があると同時に、マリアの態度に太田が匙を投げてしまわないか、という不安もあった。

 

「太田先生・・・彼女、ご存じとは思いますが、相当神経質になっている患者さんです。なかなか心を開いてくれなくて・・・」

 

マリアの状況は、すでに太田の耳に入っている。日本に来る前に、曽根から情報を仕入れていたのだ。

 

「心を開いてもらって、手術に前向きになってもらうことも、医者の仕事ですよ。まあ、やってみましょう」

 

太田は穏やかに応えた。

 

マリアの病室は個室だが、着替えや清拭など、女性特有の配慮が必要な場合以外は、ドアは常に開いている。これは病院のルールで、常に医療スタッフが出入りし易いようにするためだ。そのドアを太田はノックした。しかし返事はなかった。

 

「北方さん」

 

太田は呼ぶが、以前返事はない。

 

二人は部屋の中に入った。マリアは二人に背を向けた形でベッドに横たわっており、午前と同じように、ヘッドホンを外していない。

 

太田は、彼女に近づくと、そっとヘッドホンを外した。マリアは驚いた表情を見せ、ゆっくり起き上がる。動作が緩慢なのは、腫瘍の影響で運動能力が低下しているためである。ヘッドホンからは音楽が漏れ、マリアが大音量で音楽を聴いていたことが分かる。流れてきた音楽はA-RISEのものだった。

 

「何するのよ・・・」

「へえ、これ、A-RISEがスクールアイドルだった頃の曲じゃないか。懐かしいねえ。A-RISE、好きなの?」

 

太田はマリアの力ない抗議に全く動じない。

 

「そんなこと、どうでもいいわ・・・。誰よこの人・・・」

 

マリアは不機嫌な表情で真姫に問いかける。腫瘍のため、ところどころ声がかすれており、力もない。真姫は努めて冷静に応じる。

 

「この方は太田先生。貴方の手術を担当される方よ。貴方へご挨拶に来たの」

「太田です、よろしく」

 

太田はおどけた調子で挨拶したが、マリアの表情は不機嫌なままである。

 

「この人が私の手術をするの?そもそも私は手術なんてするつもりはないから、関係ないけど」

「太田先生はね、貴方の病気を手術するためにアメリカから来られたの。世界的に有名なお医者さんなのよ」

「そうなの?まあ、どうでもいいわ。私は手術を受ける気はないもの」

「ほう、やっぱり、手術はしたくないか」

 

太田は穏やかに言う。

 

「当たり前よ。難しい手術なんでしょ?100パーセント成功する保証なんてないでしょ?それなら、このまま消えていったほうがマシだわ。歌ったり踊ったりできなくなっても、死ぬことはないんだから」

 

マリアの表情は、不機嫌から諦めに変わっていった。太田は穏やかな表情のまま、ベッドサイドで長身をしゃがみ込ませ、マリアに目線を合わせる。

 

「君はスクールアイドルなんだよな?本当にそれでいいのか?」

「調べたの?それともあなたが教えたの?」

 

諦めの表情を変えないまま、マリアは真姫に問いかけた。真姫は思わず首を横に振る。

 

「知ってるさ。君がMADAのセンターで、日本を代表するスクールアイドルってことは。俺はオタクなんでね」

 

そう言うと、太田は上衣をまくり上げた。中に着ているTシャツが露になる。それは、MADAのメンバーがプリントされたもので、マリアがセンターで笑顔を浮かべているものだ。マリアの表情に、驚きと気恥ずかしさが入り混じる。

 

「これって・・・デビューして最初のシングルの・・・」

「また、この君に戻るつもりはないか?君の手術は確かに難しい。だから、俺が来た。君のアイドルとしての笑顔を取り戻すために俺が来た。もう一度、輝く気はないか?」

 

そう問いかける太田の表情は、いつしか穏やかなものから真摯なものに変わっていた。患者に対してどこまでも真っすぐに向き合う。真姫は、太田の医師としての根幹を垣間見たような気がした。そして、これまで患者に対してどこか一歩引いて接していたところのある自分を反省した。

 

「戻りたくないわけない・・・でも、怖いのよ。手術が怖いの。もし失敗したらって思うと、踏み出せない・・・踏み出せないのよ・・・ごめんなさい・・・」

 

そう語るマリアのかすれ声には、涙声が混じっていた。

 

「そうか・・・分かった。でも、病気をこれ以上悪化させないように、西木野先生や看護師さんたちの言うことは聞いてあげてくれないか?俺は、君の病気を治すためのもっといい方法を考えるよ」

 

これ以上説得するのは無理と悟ったのか、太田は優しく声をかけた。マリアは小さくうなずいた。

 

 

「どうしたら手術を受けてもらえるんでしょうね・・・」

 

医局のソファに腰を落ち着かせながら、真姫は言った。

 

「でも、本心は打ち明けてくれたんでしょう?大進歩じゃない。これで明日から、いろいろやり易くなるわね。さすが太田先生」

 

晴れやかな表情で言うのは、マリアと太田とのやり取りについて報告を受けた曽根である。たしかに、これまでは手術に対して拒否の一辺倒であった彼女が、本心を吐露したことは大きな進歩である。

 

「でも、手術を受けてもらわないことには、彼女の病気は完治しません」

 

対照的に、真姫の表情は晴れない。

 

「手術を受けてもらうんじゃなくて、受けたいと思ってもらえるようにすること、それが必要なんだよ」

 

デスクに腰かけて、太田が言う。さらに続ける。

 

「そのカギを握っているのは・・・君かもな、西木野先生、いや、μ‘sの元メンバー、西木野真姫さん」

 

太田は真姫を見つめた。真姫は嫌な予感を覚えた。

 




【あとがき】

お久しぶりです。
仕事がようやく落ち着きましたので更新しました。
激辛コメントでもぜんぜんウェルカムなので、よろしくお願いします。

余談ですが、作中に出てくる。北方マリアの所属するスクールアイドルグループ「MADA」とは、"Music And Dance Assembled"の略です。解散したどっかのアイドルグループに似てるだけでなく、ネーミングが安易すぎて今更後悔しています。

次回以降、真姫ちゃんが奔走します。また目を通して頂けたら幸いです。


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10.無理難題

聖堂大学医学部附属病院の当直室はビジネスホテルのシングルルームほどの広さである。シングルベッドにデスク、テレビが置いてあり、ユニットバスもついている。定期的に業者が掃除しており、清潔な部屋なのだが、それでも数週間を過ごすとなると、裕福な家庭で育った真姫としては、想像しただけで気が滅入る。

 

そんな当直室で、真姫はベッド、太田はデスク備え付けの椅子に腰かけ、向かい合って座っている。どうすればマリアが手術に前向きになれるのか。そのカギが真姫にあると太田は言った。それについて話し合うために、真姫は太田が数週間占拠することになったこの部屋に来ている。医局ではなく、太田の部屋で話すことにしたのは、真姫のスクールアイドルとしての過去を、ほかの医局員たちに興味本位で聞かれたくないための太田の配慮であった。

 

「先ほど仰っていた、カギって、どういうことなんですか?」

「北方マリアさんには、もう一度輝きたい、と思ってもらうことが必要だと思うんだ」

 

太田は深刻な顔で言う。「輝きたい」という、かつて高坂穂乃果が言っていたセリフを、太田は照れもせずに口にする。この人は本当にアイドルが大好きなのだと真姫は思った。

 

「そのカギがどうして私なんですか・・・仰ることがよく飲み込めないんですけど」

「・・・ライブ、やってくれないか?μ‘sのメンバーで」

「えっ!?」

 

あまりに突拍子もない太田の発言に、真姫は一瞬、この人は何を言っているのだろうと思ったが、太田の目が本気であることを悟り、猛然と否定する。

 

「無理です!もう解散して10年も経っているんですよ!歌も踊りも忘れています!それに、そもそもメンバーが集まりません!」

 

そう言う真姫の顔は真っ赤である。真姫にとっては歌も踊りも、1週間程度の練習で勘を取り戻し、人に見せられる形にすることは容易だという自負はある。しかし、26歳の自分が、スクールアイドルに一日でも戻ることが恥ずかしい。他のメンバーと一緒であれば恥ずかしさも緩和されるかもしれないが、メンバーは散り散りになってしまい、集めることは無理に思える。

 

「もう、3人集まっているじゃないか。君と、星空凛さん、矢澤にこさん。あと6人集めればいい」

 

太田から、彼がまだ会ったことがないはずの矢澤にこの名前が出てきたことが、真姫には意外だった。

 

「太田先生、ひょっとして、にこちゃんがいま何をやっているか、ご存じなんですか?」

「もちろん。俺、彼女の店からよく通販でグッズ買ってるよ。アメリカまで届けてもらってる」

 

太田がガチヲタであることを真姫は再認識したが、そんなことよりも、今の真姫にとっての問題は残りの6人を集めることの困難さである。連絡は長いこと途絶えてしまっているのだ。

 

「あと6人、集めよう。伝説のスクールアイドルであるμ‘sのライブを北方さんに生で見てもらって、自分も再び輝きたい、そのために手術を受けたいと思ってもらおう。それができるのは、西木野真姫さん、君しかいない」

 

太田は、真姫にとっては難易度が高すぎる無茶振りを口にした。真姫はそれから逃げるべく、言い訳を必死に口にする。しかし太田はことごとくそれを潰していく。

 

「でも、私には他の受け持ち患者さんもいて・・・」

「大丈夫。君の患者さんはすべて俺が担当する」

「他のメンバーと連絡を取ることは難しくて・・・」

「大丈夫。にこにー経由で何人かは捕まる。彼女、人脈豊富だろ?俺たちアイドルオタクの間でも有名な話だよ」

「む、無理です、今さらアイドルなんて・・・」

「患者のためなら、医者はできる限りのことをやる。それが医療行為でなくてもだ。君は病気しか診ないのか?」

「・・・」

 

最後の一言で真姫は折れた。

 

「わかりました・・・できる限りのことはしてみます」

「よし、じゃあ、それで進めていこう。国東先生と曽根先生には俺から話をしておくので、しばらくの間、病院では研修医として必要な仕事だけこなして、それ以外はメンバー集めに専念してくれていい。頼んだよ、西木野先生」

「はい・・・」

「じゃあ、早速だけど、君の受け持ち患者さん、今から引き継いでくれるかな?データも見たいので、医局で話をしよう」

 

そう言うと、太田は立ち上がって当直室を出た。真姫もそれに続くが、これからの労苦を想像して、足取りは力ない。医局に戻ると、曽根がすぐに声をかけてきた。

 

「あら、お二人さん、お話は済んだかしら?病院食の新メニュー試食にこれから行くのだけど、貴方たちもどう?夕飯にはちょうどいい時間よ」

 

そう言われて、真姫は腕時計を見た。時間は夜の7時になろうとしていた。そういえば、今日は朝食以降、何も食べていない。それに気づくと、何だか急に空腹に思えてきた。

 

「そうですね。せっかくですから、ご一緒させてください。西木野先生も行きましょう」

 

太田にも促され、特に断る理由のない真姫は同席することにした。三人で職員専用の食堂に向かう。

 

「病院食って美味しくないというのが世間の評判じゃない?なので、うちの病院ではプロジェクトチームを組んで、患者さんへの栄養を保ちつつ、それでいて味も良い病院食を作ろうとしているのよ」

「ほう、それは楽しみですね。たしかに日本では病院食は美味しくないですから。あれでは患者さんの入院生活の質は上がらない」

 

道すがら、曽根が言い、太田がそれに応える。真姫は二人のやり取りを黙って聞いている。

 

優に100人程度の職員を収容できる食堂に入り、三人は席に着く。勤務を終えた看護師に、手が空いた医師と医療技術者たちで食堂はほぼ満員である。食堂の壁面には資料を映写するためのスクリーンが展開されている。これで本日のメニューについて説明を行うのだろう。

 

「では、時間になりましたので、試食会を始めたいと思います。まず、この取り組みのリーダーである、新潟農業大学の武村先生からご挨拶を頂きます」

 

病院の給食管理を行う栄養部の部長から開始の挨拶があり、続いて武村という大学教員が挨拶をする。型通りの挨拶をした後、彼は助手を呼んだ。

 

「では、献立の目的や詳細は、助手の小泉からご説明させます・・・あれ?小泉くん?」

 

小泉という助手がおらず、武村は困惑している。すると厨房のほうから、黒いスーツの一人の女性が資料で顔を隠しながら、学生らしき女性に手を引かれてやってきた。緊張しているのか、足取りは非常におぼつかない。二人が真姫たちの席の横を通ったとき、真姫は、聞き覚えのある声を聴く。

 

「誰か助けて・・・誰か助けて・・・」

「えっ・・・花陽?」

 

真姫は思わず口を開いた。すると、女性はびくっとして立ち止まり、ゆっくりと資料から顔を離して真姫のほうを向いた。

真姫は驚いた。顔は若干大人びておりメイクもしているが、女性は紛れもなく小泉花陽である。彼女も真姫に気づき、思わず声を上げる。

 

「えっ・・・真姫・・・ちゃん?あーーーっ!真姫ちゃん!どうしてここに!?」

「あなたこそ、なんでここにいるのよ!」

「真姫ちゃんだ・・・懐かしい・・・うう・・・懐かしいよう・・・」

 

花陽の目は涙目になっており、いまにも真姫に抱き着かんとする勢いである。

 

「ちょっと・・・懐かしいのは私も一緒だけど・・・こんなところでやめなさいよ・・・って、こんなところ?」

 

真姫は思わず周りを見回す。太田は笑いを押し殺しており、曽根は驚いた表情で真姫と花陽を見ている。いや、曽根だけでなく、食堂にいる全員が、真姫と花陽に注目している。

 

真姫の顔面は、真っ赤に紅潮した。




ご都合主義的に、かよちんの登場です。これからどんどん、メンバーを出していきます。
ご意見ご感想、宜しくお願いします。



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11.メイド喫茶にて

20時を過ぎた秋葉原の街は暗い。秋葉原には家電や電機パーツの店が軒を連ねているが、そのほとんどが20時には店を閉めるため、メイド喫茶やチェーン経営の飲食店の明かりがまばらに灯っているのみである。

 

そのうちの一つ、秋葉原でも老舗と称されるメイド喫茶に、真姫は花陽と来ている。この店はμ‘sのメンバーであった南ことりが高校時代にアルバイトをしていた店で、数年ぶりに秋葉原に来たのだから、昔を懐かしみたいという花陽の希望で足を運んだのだ。時計はすでに21時を回っており、客がまばらということと、店の雰囲気が相まって、静かでゆっくりとした時間が流れている。

 

「まさかあんなところで会うなんて、本当にびっくりしたわ」

 

コーヒーを前に、真姫が口を開く。

 

「うん・・・私もびっくりした。真姫ちゃんがお医者さんになっているのは知ってたけど、病院までは知らなかったから」

 

応える花陽の前には、ティーセットが置かれている。

 

高校卒業後の花陽は、東京の大学には進学せず、日本有数の米どころである新潟の農業大学に進学した。スクールアイドルに打ち込んだ後に彼女が選んだのは大好きなお米であり、「美味しいお米を食べるなら、他人に作ってもらうよりも、自分でもっと美味しいお米を作りたい」という思いから、学部卒業のタイミングで就職することはせず、あえて大学院へ進学したのだ。いまは博士課程に籍を置いている。

 

先刻、真姫が病院で見た花陽のプレゼンテーション内容は素晴らしいものだった。緊張のせいで顔は紅潮し、口調はたどたどしいものであったが、患者にとって栄養があり、かつ美味しい食事を、栄養学だけではなく農学、心理学のアプローチまで盛り込んで提案していた。どうやら花陽は研究者として確実に成果を出しているらしかった。

 

「私も花陽が新潟に行ったところまでは知ってたけど・・・まさか大学院まで進んでいるとは知らなかったわ。それに病院で会うなんて」

「病院食の改善プロジェクトはね、研究室の先生がプロジェクトリーダーになっていて、私も参加させてもらったの。病気やケガで入院している人に美味しいお米を食べてもらうことで、少しでも元気になってもらえるなら、それはとても素敵なことだと思ったから」

 

高校卒業後も、花陽が穏やかで心優しい女性であることに、真姫は懐かしさと心地よさを覚えた。加えて、彼女が病院で見せた、人前に出ると極端に緊張してしまうところにも。

 

「そう・・・それにしても、μ‘sのメンバーに一日で二人も会うなんて、すごい偶然だわ」

「え!?私以外にも会ったの?誰?」

「凛よ。今日、空港に行く用事があって、偶然そこで会ったのよ。アメリカから帰ってきたんですって・・・花陽、聞いてなかったの?」

 

花陽と凛は幼馴染で、高校でも二人一緒にいることが多かったため、真姫は、花陽と凛であれば今でも連絡を取り合っているものと思い込んでいた。

 

「凛ちゃんとは、私が学部生の頃はよく連絡してたんだけど、大学院に進学してから、研究が忙しくて・・・ぜんぜん連絡を取れてないの」

 

そう言う花陽の表情は明らかに曇っている。真姫はその表情から、幼馴染といつの間にか疎遠になってしまったことを悔いている、花陽の思いを理解した。

 

「そうなの・・・てっきりまだ連絡を取っているんだと思っていたわ。凛、ミュージカルの日本公演に出るんですって。それでアメリカから帰ってきてるのよ」

「ミュージカル!?すごい!凛ちゃん、夢が叶ったんだね!私も会いたいなあ・・・」

「しばらくはリハーサルで忙しいらしいけど・・・連絡先は交換してあるから、花陽が東京にいる間に、三人で会いましょう」

 

花陽は表情をぱっと明るくし、大きく頷いた。大学が冬休み期間に入っているため、今日からしばらくの間、彼女は実家に帰省する。二人で病院から秋葉原へ向かう途中、真姫はそれを彼女から聞いていた。

 

「μ‘sの一年生が揃うのって、10年ぶりだよねえ。とっても懐かしいなあ。真姫ちゃんは立派なお医者さんだし、凛ちゃんはアメリカで頑張っているし・・・なんか気おくれしちゃうなあ。私だけ地味な感じで」

 

花陽が人懐こい笑顔で言う。これは彼女の本心からの言葉であるが、真姫には素直に喜べず、むしろ普段抱いている劣等感を思い起こす。医者として未熟な、不甲斐ない自分。いまの凛と花陽は、真姫にとっては輝かしい存在に見える。

 

「そんなことないわよ。凛はともかく、私は・・・むしろ、花陽のほうが立派よ。好きなことに精一杯取り組んで、ちゃんと結果が出せている。病気やケガの人のことまで考えてくれてる。私は・・・正直、自分が医者に向いているのか、最近よく分からないの」

「真姫ちゃん・・・」

「ごめんなさい、これはいま話すようなことではないわね。話題を変えましょう。ところで花陽、あなた、アイドル・・・」

 

太田に命じられた「μ‘s再結成」について話題を切り替えようとした瞬間、店のドアが開いた。客が来たらしく、メイドが対応する。すると、聞き覚えのある声が真姫と花陽の耳に届く。

 

「こんばんはー。わあ、アンジェリカさん、お久しぶりです。メイド長さんになられたんですね」

「ミナリンスキーさんも、お元気そうで何よりです」

 

アンジェリカというメイドが懐かしそうに応える。

 

「え?ミナリンスキー?」

 

聞き覚えのある声に続き、μ’sの元メンバーであれば忘れないであろう単語を耳にして、真姫は驚き、同じく驚いた表情の花陽とともに、店の入り口に目をやる。

 

赤いロングコートに黒のタートルネックセーター、足元はヒールの高いロングブーツ。明らかにファッション業界の人間という風体の女性。

 

洋服のテイストは高校の頃に比べるとかなり変わった感があるが、紛れもなく、その女性は南ことりであった。




すいませんまたしてもご都合主義的展開です。ことりちゃんがどうして日本に?フランスにいるはずなのに?それは次回にて。
ご意見ご感想、ぜひよろしくお願い致します。


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12.南ことり

フランスにいるはずの南ことりが、いま、真姫と花陽のすぐそばにいる。メイドと談笑していて、こちらには気づいていない。

 

「真姫ちゃん、あれ、ことりちゃん・・・だよね?」

 

ことりが「ファッション業界の人間」という表現がぴったりな、かなり洗練された格好であるため、再会できた嬉しさはあるものの、恥ずかしがりの花陽は声をかけにくいらしく、小声で真姫にささやきかける。

 

「そうね、ことりね。でも、なんで日本に・・・フランスにいるって聞いたけど」

 

真姫も内心では驚き、喜んでいるのだが、人見知りであるため、花陽と同じく自分からは声をかけにくい。こういう時にどういう顔で話しかければよいのか分からないのだ。

 

しかし、真姫や花陽が躊躇しているうちに、入り口から店内を見回したことりは、すぐに二人に気づいた。驚きと懐かしさが入り混じった表情で声を上げ、二人のテーブルに駆け寄る。

 

「あ~、ひょっとして、真姫ちゃんと花陽ちゃん?久しぶり~!どうしてここにいるの?すごい偶然!」

「こ、ことりちゃん・・・ひ、久しぶり・・・」

 

花陽の笑顔はやや引きつっている。

 

「久しぶり、ことり。ここで会えるなんて、すごい偶然ね」

 

真姫は内心では接し方を分からずにいるが、外見上は平静を装いつつ笑顔で応じる。

 

「懐かしいからここに寄ってみたんだけど、良かったあ。まさかこんな素敵な偶然に出会えるなんて」

「私たちもそうなの。花陽がここに来たいって言うから、寄ってみたのよ。よかったら一緒にお茶でもどうかしら」

 

真姫の勧めにことりは応じ、二人と同席した。彼女には紅茶が運ばれてくる。それから三人は、今までの自分たちと、矢澤にこ、そして凛の近況について語り合った。

 

南ことりは、高校卒業後にイギリスに渡った。高校三年生以後の彼女は、モード系のファッションに興味を持つようになり、その方面での人材を数多く輩出しているロンドンの大学に進学したのだ。大学を優秀な成績で卒業した後、彼女はパリに本拠を置く世界的なファッションブランドにアシスタントデザイナーとして抜擢された。そのブランドの協力を得て、彼女は昨年にパリで自身のブランドを立ち上げ、成功を収めたため、次は日本へ出店することとなり、三日前から帰国しているのである。

 

「ことりちゃん、すごい・・・なんだか、手が届かない人になっちゃったみたい」

 

ことりの話を聞き終えた花陽は、そう感嘆してから、三杯目の紅茶を口にした。

 

「そんなことないよ~。ブランドも私もぜんぜん有名じゃないから」

「でも、ヨーロッパで評価されないと、日本に出店はできないじゃない?私も、ことりはすごいと思うわ」

 

そう言う真姫のコーヒーは二杯目である。花陽に比べて、真姫はあまり自身について語らなかった。正確には、あまり語りなくなかった。

 

「そうだ!明後日なんだけど、お店の開店セレモニーをやるの!急なんだけど、時間があれば来て!」

 

そう言うと、ことりはハンドバッグから自分の名刺を取り出して、真姫と花陽に渡した。エッジの利いたデザインのバッグは、彼女の作品らしかった。

 

「招待制だから、受付でこの名刺を出して、名前を言ってくれたら、入れるようにしておくね。場所はあとで連絡させて」

 

ことりは屈託のない笑顔で言うが、名刺をもらった花陽の表情は完全に怯えと緊張の入り混じったものになっている。

 

「えええ・・・そんな・・・おしゃれなところのセレモニーなんて・・・私・・・場違いだよう」

「大丈夫。ちょっとおしゃれなくらいの服装で十分だし、いざとなったら、お店のお洋服、貸しちゃうから」

「いいんじゃないの、花陽。あなた、しばらくお休みなんだし」

 

真姫が落ち着き払って言う。家族でこういった催しに招待されることが多く、慣れているためである。

 

「真姫ちゃんは・・・来れそう?20時からなんだけど」

「私は・・・仕事が無事に終われば、お邪魔するわ」

「本当?よかった!楽しみに待ってる!」

 

そう言ったところで、ことりのスマートフォンが鳴った。仕事で何かトラブルがあったらしく、開店準備中の店に戻ると言う。二人の来訪を心待ちにしていると告げて、ことりは慌ただしく店を出ていった。時計は23時に近づいており、真姫と花陽も解散することにした。会計を済ませ、店を出る。

 

「そういえば、さっき、真姫ちゃん何かいいかけたよね、たしか、アイドルがどうとか・・・」

 

街路灯と量販店の明かりくらいしか灯っていない秋葉原の路上で、花陽が言った。

 

「ううん、なんでもないの。大したことじゃないから、気にしないで」

 

多忙な凛とことり。そして、相変わらず極度の恥ずかしがり屋である花陽。久しぶりに会ったメンバーのことを考えると、真姫には「μ‘s再結成」の話はできなかった。何より、自身にもまだ戸惑いが大きい。真姫は、花陽と近日中の再会を約束すると、タクシーで帰宅した。太田との出会い、凛、花陽、ことりとの再会。今日のたくさんの出来事に心労を感じた真姫は、ベンツを取りに病院に戻る気にはなれなかった。

 

帰宅してすぐ、真姫はシャワーを浴びて髪を乾かし、ベッドに入った。今日の花陽と、ことりとの会話を思い出す。真姫が自分のことをあまり語らなかった理由。それはメンバーに対して感じた劣等感である。凛、花陽、昨日テレビで見た絵里。にこも、アイドルにまつわる業界で着実に自身の地位を築いている。彼女らと比べると、いまの自分が輝いているとはどうしても思えない。そんな劣等感が、彼女に多くを語ることを避けさせたのだ。

 

「私はまた、輝けるのかしら・・・あの子たちみたいに」

 

そんなことを考えながら、真姫は眠りについた。時計は午前1時になろうとしていた。




ことりちゃんの口調、書いてて分からなくなりますね・・・セリフ回しに苦心しました。
真姫ちゃん、花陽ちゃん、凛ちゃんは困らないんですけど、ことりちゃんは声に特徴がありすぎて、「彼女なら、どういう言い回しになるかな?」というのを考えるのに時間がかかります。

それはさておき、今回も読んでいただき、ありがとうございました。
ご意見ご感想、お待ちしております。


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13.真姫とマリア

昨日の心労は、一晩の睡眠程度では十分に癒されることはなかった。

 

心身ともに疲労を感じながら、真姫は朝のカンファレンスに参加している。今までと異なるのは、昨日から病院にやってきた太田の参加である。

 

昨日、真姫が病院を出た後に、太田は脳の疾患で救急搬送されてきた二人の患者を救った。どちらも救命は困難な容体であったが、太田は二件とも緊急手術を提言した上で自ら執刀医としてメスをふるい、手術を成功させた。この話はすぐに脳外科の医局員に伝わり、「天才脳外科医・太田」の名声は伊達ではないことを誰もが認識した。それと同時に、太田が手術室に流させた音楽がアイドルソングらしきものであったことも話題となり、太田がアイドル好きらしいことについても誰もが認識した。

 

二人目の手術が終わったのは朝5時、カンファレンスが始まったのは朝の7時30分。太田はおよそ2時間程度の睡眠を取っただけでこのカンファレンスに参加しており、いまは医局員それぞれが説明する患者の容体や治療方針に対し、鋭い突っ込みや助言を行っている。医局長の国東は、自分が連れてきた太田がさっそく活躍していることに満足しているようで、穏やかにその様子を眺めている。曽根香世子は畏敬と僅かばかりの嫉妬を混ぜた視線を太田に向けている。

 

真姫はというと、太田の敏腕とタフさに驚くと同時に、医師としての圧倒的な実力差に劣等感を覚えている。経験の差はあれど、自分が太田と同じ年数を経たとき、太田のようになっていられるだろうか。昨日、高校時代を共に過ごした仲間たちの輝きを目の当たりにしたばかりの真姫には、とてもそのようになれるとは思えなかった。

 

太田の存在によって通常よりもハードなものとなったカンファレンスが終わり、医師たちはそれぞれが担当する患者の回診に向かった。真姫が受け持っている患者は、今朝からは一時的に太田が担当するが、回診は研修医の重要な研鑽の場であるため、真姫は今後も太田に付き添う形で参加する。真姫が受け持つ5人の患者のうち、4人までが終わり、最後が北方マリアである。

 

昨日、太田と話してから、マリアは治療に対して前向きになっていた。入院当初は食事すら拒んでいたが、昨晩からは食事を摂るようになっており、検温などの日常的な検査を拒むこともなくなった。看護師たちは急な変貌に驚いていたが、「病気をこれ以上悪化させない」という太田の言葉と、マリア自身に残っているであろう「輝きたい」という思いがそうさせているのだろうと真姫は考えた。

 

「おはようございます、北方さん」

 

そう言って二人が病室に入ると、マリアはベッドの上に体育座りで、ヘッドホンをつけて食い入るようにノートパソコンの画面を見ていた。二人に気づくと、ヘッドホンを外す。

 

「おはようございます・・・」

 

昨日まで反抗的な態度をとっていたせいか、マリアには照れがあるらしい。その声は小さく、目線は二人から逸れている。

 

「昨日紹介したけれど、こちらの太田先生、今日から私と一緒にあなたの担当になります」

「手術のことはとりあえず忘れて、昨日も言ったけど、治す方法を考えていこう。改めてよろしく」

「よろしく・・・お願いします」

 

太田がにこやかに言うと、マリアは俯き加減で応じた。マリアが見せる照れ臭さが真姫には可愛らしい。いくら気勢を張っても、やはり16歳の高校生なのだ。

 

「体調は問題ないようだから、今日も普段通りに過ごしていい。ただし、気分が悪くなったらすぐに看護師に知らせるように。それと、腫瘍が視神経を圧迫しているはずなので、あまり目を使いすぎないように。動画を見すぎると、頭痛が出やすくなる」

「はい・・・気を付けます」

 

太田の話に、マリアは素直に頷く。

 

「ところで、何を見てたんだ?すごく熱心に見てたようだが」

「それは内緒・・・あ、というか、西木野先生に聞いてほしいことがあるの」

「え?私?」

 

今まで反抗されていたマリアから指名されたことが余りに意外で、真姫は驚いた。彼女は相変わらず俯き加減だが、長めの前髪から覗く目はしっかりと真姫を見ている。

 

「ほう、これはガールズトークってやつかな。それは俺の担当外・・・西木野先生、よろしく頼んだよ」

 

何かを悟ったのか、太田はおどけた調子で病室を出た。置き去りにされた真姫は、太田の身のこなしの早さにあっけにとられたが、気を取り直して、マリアに向き合う。

 

「なに?聞いてほしいことって」

「これ・・・見てほしいの」

 

そう言うと、マリアは細くしなやかな両腕でノートパソコンを持ち上げ、画面を真姫に向けた。それは矢澤にこの店で見た、ラブライブ!関東大会でのMADAの動画だった。嫌な予感がした真姫は、思わずマリアから目を逸らす。

 

「どうして、これを私に?」

「この子たちに足りないものは何か、どうすればもっと輝けるようになるか、教えて」

「でも私、アイドルじゃないわよ」

「それはウソ。西木野先生、μ'sの西木野真姫さんでしょ」

「うっ・・・」

 

マリアは現役のスクールアイドルであるから、真姫は自分が「μ'sの西木野真姫」であったことにいつかは気づかれるだろうと覚悟はしていたが、ついにその時が来てしまった。最初にマリアに会ったとき、彼女は気づいていないようだったので少し安心していたが、その日は早く来てしまった。

 

「あなた、知ってたの?一昨日も昨日も気づいてなかったのに」

「昨日の夜、調べたの。西木野って名前、なんとなく聞き覚えがあって。ネットで西木野って検索したら、μ'sが出てきた」

 

マリアはさらに続ける。腫瘍の影響で口調は緩やかだが、目は真姫を真っ直ぐに見て、しっかりと話している。

 

「私、ほかのグループに全然興味なくて、μ'sも詳しくは知らなかったの。けど、調べてみたら先生がいて、動画を見てみたら全部がすごくて、輝いていて、こんなグループがあったんだって感動したの」

「そ、そう・・・それはありがとう・・・」

 

気づかれたショックと過去を褒められたことによる照れ臭さとで、真姫はどう反応してよいのか分からず、気のない返事が精一杯である。マリアの目を見ることもできない。

 

「MADAもこういうグループになってほしい・・・でも、私はもうMADAには戻れないし、次があるかも分からない。だから、残った子たちにはもっと輝いてほしい。μ'sみたいに」

 

この言葉は真姫の心を強く打ち、同時に真姫は気が付いた。マリアは、μ'sにいた頃の自分に似ている。みんなのためになることをしたいと思っても上手く表現できず、素っ気ない態度を取ってしまう。マリアがメンバーに厳しく接していたのは、メンバーのためを思っての裏返しなのだろう。真姫の場合は、東條希をはじめとするメンバー全員が真姫のことを理解してくれていたから衝突が起きずにいたが、マリアの場合はそうではないのだろう。

 

真姫が今朝まで感じていた心労。それはいま吹き飛んだ。真姫は、医師として未熟な自分でも、患者のためにできる最高の治療をしようと決心した。

 

真姫は、逸らしていた目をマリアの目にしっかりと合わせ、マリアの両肩を両手でやさしく掴んだ。

 

「北方マリアさん」

「え?」

「輝くってどういうことか、いまはちゃんと伝えられない。けど、必ず伝えるわ。だから、それまで少し待って頂戴」

 

そう言うと、真姫は病室を出た。廊下には午前のさわやかな日差しが差し込んでおり、真姫をさらに勇気づけた。




実に4か月?くらいの更新になります。
待ってくださっていた方がもしかしていらっしゃいましたら、本当にすみません。

本業が忙しく「起床→出勤→退勤→夕食→風呂→就寝」のサイクルが数ヶ月続いていたため、ものづくりの気力を仕事に吸い取られておりました。これからは週に1話を最低限として更新していきたいと思います。

これまで「太田に言われてなんとなくメンバー集めしていた」真姫ちゃんですが、ついにヤル気を出します。次回以降はまだ登場していないメンバーを続々登場させていきたいと思います。

ご意見ご批判、どしどしお寄せください。よろしくお願いします。


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14.園田海未

研修医の日常業務を今までにない早さで完璧に片づけた真姫は、定時で病院を退勤し、母校である音ノ木坂学院への道を早足で歩いている。午後5時を過ぎた二月の空はすでに暗く、寒さが肌に突き刺さるような感覚があるが、今の真姫にはそれは気にならなかった。

 

(私には太田先生みたいな技術はない・・・でも、自分にやれることをやる。それが患者さんのためなら)

 

大学に入学してから今日まで、真姫は母校を訪れたことはなかった。訪れる用事が特になかったということもあるが、母校に足を踏み入れれば、自分がこれまでの人生で一番輝いていたと思える頃、すなわち「μ'sの西木野真姫」であった頃の自分と、いまの自分とを比べて、落ち込んでしまうのが分かっていたからだ。

 

しかし、いまの真姫はそんな劣等感と対峙し、乗り越えてやろうという気概に満ちていた。母校への道のりを真姫は少しだけ懐かしみながら学校へと近づく。校門前の階段を力強く登り、学校の敷地に入る。実に8年ぶりの母校である。校門から校舎までの広場の両脇には夜間照明が設けられており、レッスン着の生徒たちが白い息を吐きながらダンスの練習をしている。夜間照明も広場でのダンス練習も真姫の在学時にはなかったものだが、用件しか頭にない真姫はそれに気づかず、早足で広場を通り抜ける。来客用玄関に入ると、真姫の尋ね人はすでに彼女の来訪を待っていた。昼間の時点で真姫は母校に連絡して、会う約束を取り付けていたのだ。

 

「お久しぶりですね、真姫・・・」

「海未・・・」

 

尋ね人は園田海未である。彼女が高校を卒業してから、真姫と彼女は会う機会がなかったため、実に9年ぶりの再会となる。高校の頃から落ち着いた雰囲気を携えた女性であり、それは今も変わっていない。長く美しい黒髪に、意志の強さと凛々しさを兼ね備えた表情。大和撫子を体現しているかのような美しさは、高校時代に比して、より成熟している。青色のロング丈のカーディガンを白いブラウスの上に羽織り、丈の長いグレーのスカートに黒いストッキングを合わせている。女性教師にふさわしい格好だが、おそらくは派手なことを好まない彼女の意向でもあるのだろう。

 

久々の再会であるが、真姫も海未も感情を素直に表現するのが苦手なため、お互い嬉しさを感じていても、はしゃぎ合う雰囲気にはならない。

 

「海未、ぜんぜん変わってないわね。相変わらずきれい」

「真姫はすっかり大人っぽくなりましたね・・・お医者様という感じがします。それより、いきなりどうしたのですか?突然連絡をもらって、びっくりしました」

「海未に相談があって来たの。これはまず、海未にするべき相談だと思ったから」

「私にすべき相談・・・よく分かりませんが、ここは寒いですから、場所を変えましょう」

 

暖房が効いた応接室のソファに、真姫と海未は向かい合って座った。真姫がこれから海未に話すことは、海未の性格を考えると明らかに難題である。9年ぶりの再会で、話したいことはたくさんあるのだが、真姫はあえてそれを後回しにして、説得に時間がかかるであろう難題を切り出すことに決めていた。まずは軽く様子を探る。

 

「お互い、すっかり大人になったわね」

「私が高校を卒業して以来ですね・・・真姫は立派なお医者様になったようで、安心しました」

「立派じゃないわ、まだまだ未熟だし、怒られてばかりよ・・・むしろ、海未のほうが教師っていう感じで、すごいと思うわ」

「そんなことはありません・・・教師になって5年経ちますが、思春期の女の子は扱いが難しくて・・・私たちが高校生だった頃も、きっと先生方は扱いにくいと感じていたのでしょうね」

 

早くもチャンスが来たと思った真姫は、現役の高校生である北方マリアのことを切り出す。

 

「実は、私もいま、16歳の患者さんを担当しているの。女の子なんだけど、ちょっと扱いにくい患者さんなのよね。今日は、その子のことを相談したいと思ったの」

「16歳の患者さん・・・私でお役にたてるかは分かりませんが、まずはお話を聞かせてください」

 

病を患った高校生に関する相談。この用件は海未の教師としての使命感を刺激した。海未の反応に心の中で喜びつつ、真姫はマリアの背景や病状について話した。

 

「なるほど・・・お話は分かりました。北方さんが手術を受けたいと思うにはどうすればよいか、それを考えなければなりませんね」

 

両手を両ひざの上に置き、背筋を伸ばした姿勢で真姫の話を聞いていた海未は、真っ直ぐな視線を真姫に向けて言った。真姫にとってはここからが正念場であるため、より深刻な表情を作って話す。

 

「そうなのよ・・・私も他のスタッフも、それについて考えたわ。そしたら、結論は一つしか出なかったの」

「おや・・・結論は出ているのですか?では、どうして私に相談を?」

「海未が・・・いいえ、海未だけじゃないんだけど・・・海未の協力が必要なの」

 

真姫がそう言った途端に海未の表情が変わった。落ち着きから嫌な予感へ。海未が全てを察したと真姫は思った。

 

「協力・・・私だけじゃない・・・まさか・・・真姫・・・」

「そのまさかよ。μ’sを一度だけ再結成して、ライブを開くことに協力してほしい。私たちが輝いてみせることで、あの子にはもう一度輝きたい、そのために手術を受けたい、そう思ってもらいたいの」

 

海未の表情がまた変わった。動揺という言葉を顔で表現している。海未の中で、教師としての使命感と、大人になった自分がμ’sに戻るということの気恥かしさとがせめぎ合う。

 

「真姫、いや、でも、それは・・・それは・・・」

 

真姫はまじまじと海未を見つめ、自分が本気であることを表情で語る。10秒程度の沈黙が二人の間を流れる。沈黙を破ったのは海未である。膝を抱え込み、ソファの上に体育座りのような姿勢になり、顔を膝につけた。そして、声を絞り出した。

 

「無理です・・・」

 

説得に最も時間がかかるであろう海未を最初に訪ねたことは、大正解であると真姫は実感した。




あけましておめでとうございます(土下座しながら)。
本年もよろしくお願い致します。

更新するする詐欺でホントすいません。お待たせ致しました。

物書きというのは、初めて挑戦しているのですが本当に難しいです。
アタマを使います。エネルギーが必要です。それを思うと、クリエーターってすごいですね。

それはさておき、今回は海未ちゃんに登場して頂きました。やはり彼女はμ's再結成に後ろ向きでしたね。彼女をどうやって説得するのか?次回以降は「策士・真姫ちゃん」の登場です。今後ともよろしくお願い致します。

追記:ご意見ご感想、ございましたら是非お願い致します。


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15.にこまき

真姫は音ノ木坂学院を出て、次の約束を済ませるために秋葉原へ向かっている。足早に歩きながら、海未との会話を思い出す。

μ’sを一度だけ復活させたいという真姫の願いに対して、高校生のころと変わらないネガティブな反応を示したのち、海未は真姫を部屋の窓側に手招きした。

 

「あの子たちを見てください。私たちの頃とは比べ物にならないくらい、パフォーマンスの質が上がっています」

 

MADAの超高校生級のパフォーマンスをすでに見ているだけに、真姫は海未に応えなかった。

 

「私たちが音ノ木坂を卒業してから今までの間に、音ノ木坂は音楽だけでなく、ダンスも含めて、芸術の総合教育に力を入れるようになりました。スクールアイドルだけではなく、その先の芸能活動まで視野に入れた、才能あふれる子たちが入学するようになったのです」

 

真姫が大学に在学している頃から、音ノ木坂の卒業生たちが次々と芸能や芸術の世界に進出し、少なからず成功を収めていることは、真姫も矢澤にこから伝え聞いて知っていた。海未は続ける。

 

「そんな子たちがたくさんいる中で、μ’sが一度だけとはいえ、復活してライブをするなんて、私にはできません。観る人に笑われるだけです・・・私には、それが耐えられないんです」

 

秋葉原に向かう夜道の中、そう語る海未の残念そうな表情を思い浮かべながら、真姫はため息をついた。海未に会うまでは辛いと思わなかった二月の冷たい空気が、今の真姫には堪える。

 

「そんなこと、分かってるわよ・・・」

 

μ’sとA-RISEがスクールアイドルの知名度を飛躍的に高めてから10年が経ち、スクールアイドル全体のパフォーマンスは飛躍的に向上した。A-RISEが芸能界で大成功を収めたこともあり、今やスクールアイドルは芸能の世界で成功したい女性には登竜門となっている。

 

北方マリアは、μ’sがライブをしている動画をみて何か感じてくれたようだが、スクールアイドルを引退して10年も経過している真姫たちに、また同じようなライブができるとは限らない。たとえそれができたとして、実際に生で観たマリアに何も残せないようでは意味がない。

 

「どうすればいいのかしら・・・」

 

解決の方向性が見えない悩みを抱えて歩いているうちに、真姫は目的地に到着した。神田明神下の交差点近くにあるファミリーレストランの扉を開くと、相手はすでに到着していた。レストランの一番奥にあるテーブルに陣取っている彼女は、夜なのにサングラスにマスク姿だ。真姫がテーブルに近づくと、相手は大きめに声を上げた。

 

「遅いじゃない、真姫!」

「え、時間どおりに着いてるわよ」

「そうじゃないわよ!このにこにー様を待たせるなんて、いい度胸してるわ」

 

矢澤にこである。憎まれ口を叩くのは高校生のときと変わっていないが、口調は当時よりもかなり柔らかくなっている。真姫が来たので、にこはサングラスとマスクを外した。

 

「待ち合わせ時間よりも早く来るなんて・・・一体どうしたのよ」

 

席に着きながら真姫が言うと、にこは得意げな表情を見せる。

 

「真姫が相談したいこと・・・分かってるわよ。復活させたいんでしょ?」

 

それを聞いた途端、真姫は目を見開いた。にこがグループ名をあえて言わないのは、場所と客層を考えてのことである。

 

「えっ、どうして知ってるのよ!この話、海未にしかしてないのに」

「太田さんが教えてくれたわ。真姫の力になってあげてほしいってね。花陽と凛の話も聞いたわよ」

 

にこは商売を通して、得意客である太田と交流があるのだろう。真姫はそう推測した。

 

「そう、太田先生が・・・じゃあ話は早いわ。そう、復活させたいの。でも、ちょっと難しいかもしれない」

 

やや深刻な面持ちで真姫が言うと、にこは真剣な表情で真姫に居直る。

 

「そう。まずは、いまどういう状況なのか、話を聞かせて」

 

そう言うと、にこはウェイトレスを呼んでコーヒーを二つ注文した。真姫は、海未との会話をにこに伝えた。

 

「そう・・・海未なら易々と受け入れたりしないだろうけど、気にしているのは本人の気恥ずかしさというより、レベルの開きなのね。まあ、分からないでもないけど」

 

そう言うと、にこは得心したような表情でコーヒーを口に運んだ。いまのスクールアイドルのパフォーマンスが飛躍的に向上していることを仕事柄で実感している彼女には、海未の考えを否定できない。

 

「海未にそう言われて、たしかにそうかもって、私も思ったのよ。今の子たちがやっているようなライブが私たちにもできるかっていうと、それは違うなって。そう考えたら、復活させること自体、意味がないような気がして」

 

「でも、本当にできないのかしら?私たち」

 

伏し目がちな真姫を、にこは真っすぐ見据えて続ける。

 

「私たちは不可能と思えることを可能にしてきた。それがμ‘sなんじゃない?私一人ではできなかったことも、真姫たち一年生や、穂乃果たち二年生に、絵里、希がいればできた。だから、九人が揃えばきっとできる。私はそう思う」

「にこちゃん・・・」

 

真姫は高校の頃を思い起こした。学年が上であっても、真姫にとって、にこは自分よりも子供に見えることが多かった。しかし、10年経った今、にこは自分よりもずっと大人に成長していて、こうして真姫を励ましている。それは真姫には眩しく、頼もしい。

 

「まあ、あまり心配しないほうがいいわ。海未はメンバーの中で一番に生真面目だけど、無理矢理やらせれば、なんでもきっちりとこなすから」

 

気楽な口調で言うと、にこはスマホを取り出した。

 

「まず、こっちでレールを作るのよ。それに海未を乗せて、ほかの子たちも乗せていくといいわ」

 

あまりの行動の早さに呆気に取られる真姫をよそに、にこは電話越しに会話を始めた。どうやらダンススタジオを予約しているようだ。

 

「いつでもレッスンを始められるように準備は私がやるから、あとのメンバー集めは、真姫、頼んだわよ」

 

電話を切り、にこは勢いよく言った。真姫はその勢いについていけないようにも思えたが、首を縦に振らざるを得なかった。

 

 

 

 




やっと仕事がヒマになりました。5ヶ月も間が空きましてすいません。読んでくださる方々には、なるべくお待たせしないように、仕事の合間を見つけては書いていきたいと思います。

まずは、読んでくださって、本当にありがとうございます。


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16.南青山、女三人

昨日と同じく、今日も通常業務を効率よく片付けた真姫は、職場を後にして自宅の部屋で洋服を選んでいる。南ことりが招待してくれたセレモニーに参加するため、自室のクローゼットから洋服を引っ張り出し、身体に合わせては戻すという作業を繰り返す。

 

病院では清潔感のある身だしなみ以外には必要ではない上に、研修医として日々多忙である真姫は、休みの日も買い物に行くことが億劫になっており、学生の頃に比べてファッションに興味が持てなくなっているのだが、それでも手持ちの洋服をクローゼットから引っ張り出して、何とかさまになる格好を仕上げることにした。

 

30分ほど迷った結果、真姫は、赤いボウタイをあしらったシルク素材の白シャツに黒いレザーのスカートを合わせ、黒いタイトなジャケットを羽織り、足元は網タイツに赤のピンヒールという服装を作り上げた。

 

「地味にならないようにしたつもりだけど・・・大丈夫かしら」

 

ピアスやリングもルビーをあしらったものを使って、黒の中に赤をアクセントとして利かせたつもりだが、おしゃれな人間が集まるセレモニーの中で、悪い意味で浮いてしまわないか、真姫の負けん気がつい出てしまう。

 

(まあ、いいわ。私は私。それに、花陽や海未もいるし)

 

音ノ木坂学院を訪れた際に、真姫はことりに会ったことを海未に告げ、セレモニーのことも伝えたのだが、海未は既にことりから連絡をもらっており、気恥ずかしいが参加すると言っていた。

花陽はやはり服装に自信がないらしく、ことりの店の洋服を借りると連絡があった。セレモニーが始まるよりも前に会場に向かうとのことで、今頃は会場で洋服を選んでいる頃だろう。

ことりを驚かせようと、真姫はにこと凜も誘ってみたが、にこはμ‘s復活に向けて準備に忙しく、凜は公演に向けた稽古で忙しいため、参加はできないとの返事をもらっている。

 

洋服を選ぶのに疲れた真姫は、着替えたばかりの服装で自室のベッドに腰かけ、彼女にとって最大の懸案である、まだ再会できていないメンバーたちのことを考える。メンバー全員が揃ってこそのμ’sであるという思いが真姫にはあるため、復活させるのであれば全員揃っての復活が望ましい。しかし、高坂穂乃果、絢瀬絵里、東條希には未だに会えていない。絢瀬絵里はロシアにいるため、連絡を取ることは難しい感があるし、高坂穂乃果と東條希については所在すら分からない。海未も穂乃果が何処にいるかは分からず、一年前にカナダから絵ハガキが届いただけだと言っていた。海未によると、穂乃果の両親や妹の雪穂も、彼女がどこにいるかは把握していないそうだ。

 

(うーん・・・いまは考えても仕方ない。それよりも今いるメンバーをその気にさせられるか。それが大事よね)

 

心の中でそうつぶやくと、真姫はクローゼットから黒のショールカラーコートを取り出し、セレモニーに向かうため自室を出た。

 

セレモニー会場である南ことりのブティックは南青山にある。大通りから路地を進み、奥まったところにある洋館を改装した建物がそれである。大通りでタクシーを降りて、会場まで徒歩でやってきた真姫は、洋館を一目見て、アンティークを好む彼女らしいセンスだと思った。店の入り口には受付の店員が立っており、真姫はことりの名刺を示して自分の名前を伝え、店内に入る。店の壁側にはアンティークな洋館に相応しい什器が並べられており、それぞれの什器には奇抜なデザインの洋服、つまりはことりの作品が配されていて、素人でもわかるコントラストを醸し出している。

 

真姫は、ことりのデザイナーとしてのセンスに驚嘆しつつも、ことり、海未、花陽の三人を探すべく、店の中を見渡す。テレビで顔を見たことがある若手女優、モデルと思しきスタイルの良い女性たちに、ファッション業界の人間らしき人々が、いずれも街では見かけることの少ないモード系のファッションに身を包んで、ドリンクを片手に談笑している。

 

(こんなところに来て、海未も花陽も大丈夫かしら・・・)

 

真姫の心配は的中した。海未も花陽も、ことりの作品らしき奇抜な洋服に身を包んではいるが、店の隅で怯えがちに立っている。奇抜な洋服を着なれないということと、スクールアイドルを引退してからはこういう華やかな場所に来ることがないのだろうと真姫は思った。

 

「こんばんは。似合ってるわよ、その衣装」

 

真姫は二人に近づいて、声をかける。すると、海未と花陽は安心した表情を浮かべた。

 

「真姫ちゃん!待ってたよう・・・こういう場所、初めてだから、どうしていいのか分からなくて・・・」

 

心細い声で花陽が言うと、海未も口を開く。

 

「私も・・・こういう洋服も場所も・・・まったく馴染みがなくて・・・待っていました、真姫」

 

「別に何かされるわけじゃないんだから、普通にしていればいいのよ。気後れすることなんかないんだから。ところで、ことりはどこにいるの?」

「さっきまで他の方と話していたんですけど・・・見当たりませんね。どうしたんでしょう」

 

店を見渡しながら、海未が応える。すると、店の入り口から一人の女性が入ってきた。

 

濃い青のロングコートを羽織った、スタイルの良い金髪の女性。

 

「あれは・・・」

 

驚きを混ぜた海未の口調。真姫も花陽も、入り口のほうを見る。

 

「絵里・・・」

 

真姫も驚きの声を上げた。女性は、ロシアにいるはずの絢瀬絵里だった。




えりちーーーー!!俺のえりちーーーー!!
私、実はえりち推しなのですが、ようやく登場させることができました笑。残りは穂乃花と希ですねえ。アイデアはあります。読んでくださる皆様が納得できるような、もしくは面白いと思って頂けるような形にしたいと思います。
読んで頂き、ありがとうございました。ご意見ご感想、お待ちしております。


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17.正体

店に入ってきた絢瀬絵里は、コートとバッグを預けるために、店のバックヤードの入口に作られたクロークに向かって店内を歩く。すると、真姫、海未、花陽を除いた店内の男女が少なからずどよめいた。絢瀬絵里の美貌は、普段から美しい女性を見慣れている芸能関係者やファッション業界の人間であっても驚嘆するほどのものであるらしい。

 

真姫も、会場にいる美しい女性たちの中で、絢瀬絵里の美貌が際立っていると思った。高校の頃からほとんど変わらない容貌に女性としての成熟さを加え、オーラを放っているかのようである。

 

「真姫ちゃん・・・あれ、絵里ちゃんだよね」

 

花陽の口調はたどたどしい。絵里が自分の近くにいるわけではないにもかかわらず、存在感に気圧されているように真姫には見える。

 

「なんだか・・・話しかけにくいですね」

 

同じく、海未も近寄りがたいものを絵里に感じているようである。絵里の圧倒的な存在感によるものなのか、別の世界に行ってしまったという寂しさから出ている言葉なのか、真姫には分からない。

 

三人が絵里に近寄れず、遠巻きに見ていると、南ことりがクロークの奥のバックヤードから出てきた。絵里の到着を店員から告げられたようだ。ことりの表情は絵里を見た瞬間にぱっと明るくなり、大きな声を上げる。

 

「絵里ちゃん!久しぶり!来てくれてありがとう!」

「ことり、お招きありがとう。そして、開店おめでとう」

 

絵里の口調は落ち着いているが、ことりの声が大きいために周りが静かになってしまい、二人のやり取りは真姫たちにも聞こえている。

 

「わざわざロシアから来てくれるなんて・・・本当にうれしい」

「私もパリでいろいろお世話になったから、これくらい当然よ。日本公演の打合せもあるから、ちょうどよかったわ」

「実はね、今日は懐かしい人たちに来てもらってるの!きっと喜んでもらえるはず!」

 

そう言って、ことりは店内を見渡し、すぐに三人を見つけた。

 

「あ、いた!海未ちゃ~ん!真姫ちゃ~ん!花陽ちゃ~ん!こっち!」

 

ことりが右手を大きく上げて三人を呼んだため、会場にいる人々の視線が三人に集中する。真姫は赤面し、両隣にいる海未と花陽が固まったのも分かったが、気力を振り絞って無言のまま二人の手を掴み、引っ張るようにしてことりと絵里のもとに向かう。すると、三人に気づいた絵里の表情は、懐かしさと嬉しさが混ざったものに変わった。

 

「海未、真姫、花陽・・・まさかここで会えるなんて。とても嬉しいわ」

「久しぶりね、絵里。日本に来るっていうのは、テレビを見て知っていたわ」

 

絵里の存在感に気圧されないように、真姫は精一杯の平静を装って応えた。

 

「お久しぶりです、絵里。それにしても、ことり、どうして絵里が来ると教えてくれなかったのですか?」

 

真姫が先陣を切ったことで我を取り戻したのか、海未も会話に加わる。

 

「みんなを驚かせようと思って、黙っていたの。絵里ちゃん、パリで公演があったときにお店に来てくれて、それ以来連絡を取ってて・・・たまたま日本に来るタイミングが合ったから、今日も来てもらったの」

 

ことりはいたずらっ子のような表情で応えた。

 

「ことりちゃんはパリ、絵里ちゃんはロシア・・・二人ともすごい・・・なんだか別の世界の人みたい」

 

驚嘆を込めた口調で花陽が言う。会話が進むにつれ、彼女も緊張が解けたようだ。

 

「そんなことないわよ。私もことりも、普段は海外で仕事をしているだけ。別の世界の人みたいだなんて、そんなこと言わないで」

「そう。やりたいことが海外にあったから、海外にいるだけ。あと、私たちは大人になったっていうだけで、それ以外はなにも変わらないと思う」

 

穏やかな表情で言う絵里に、ことりが応じた。すると、店員の一人がやってきて、ことりに耳打ちした。彼女は他の来賓にも挨拶をしなければならないのである。

 

「ごめん、ちょっと外すね。セレモニー、楽しんでいって」

 

申し訳なさそうな表情で言うと、ことりは他の招待客のところへ向かった。残された四人は店内の一角に場所を移し、今の仕事や昔話に花を咲かせた。真姫が矢澤にこと星空凛の近況を伝え、四人は昔の仲間たちが元気に、着実に自身の道を歩んでいることを喜んだ。

 

四人がそんな会話をしている間にセレモニーは進んでいき、今回の出店を全面的に支援したという総合商社の事業部長、ことりのブランドを誌面に何度も取り上げているというファッション誌の編集長の挨拶があり、セレモニーの締めとして、デザイナーであることりの挨拶となった。マイクを渡されたことりは、穏やかな笑顔を浮かべながら、一つ一つ言葉を紡ぎだすように語り始めた。真姫たち四人が目を見張ったのは、ことりが型通りの挨拶を述べてからである。

 

「私がデザイナーとして心がけているのは、私のお洋服を着て頂いた皆さんが、より輝けるようにお手伝いするお洋服を作ることです。人が輝くことは、私がお洋服を作る上で最も大切なテーマで、そう考えるようになったきっかけは、私が高校生だった頃の貴重な一年です。本日お越し下さった皆様と、その一年をくれた八人の女の子たちに心から感謝を延べさせて頂きたいと思います」

 

ことりがそう述べたとき、花陽と海未の頬を涙が伝い、絵里も目が潤んだ。しかし、真姫には感動ではなく、頭をガツンと殴られたような衝撃が走った。ことりはμ’sでの経験を人生の貴重な財産として自分の道を歩んでいる。それに比べ、真姫はいつの間にかそれを忘れ、医師としての多忙さに流されて生きている。自堕落な人生ではないにせよ、輝きを大切にして自身も輝いていることりと、いまの自分との違いに真姫は愕然とした。同時に、凛や花陽に対して感じた劣等感の正体を悟った。

 

(輝けてないのは、輝きを大切にしていないから・・・私自身が、大切にしてこなかったから・・・)

 

そう思った瞬間、真姫の目を大粒の涙が伝った。周囲の人々には、それは感動の涙に見えた。




読んで頂きまして、ありがとうございます。

こんなラノベビギナーの作品を待っていてくださった方々には、またしてもお待たせしてしまい申し訳ありません。

明日から、私は夏休みに入ります。どうせコミケに行く以外に予定はないので(笑)、
話を進めたいと思います。皆様は暑さにお気をつけてお過ごしください。

今回は話を長く書きたかったのですが、書いているうちに、ここで話を閉じるのがいいかと考えました。結果、話が短くなってしまいましたが、ここから話を続けるのも無粋と考えました。ご容赦ください。

凹んだり回復したりの真姫ちゃんですが、まだ穂乃果と希を探し出すという任務が待っています。次回もぜひ、目を通して頂けますと幸いです。

ご意見ご感想、よろしくお願い致します。


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18.絢瀬絵里

セレモニーが終わり、真姫は絢瀬絵里と二人で南青山から六本木に場所を変えた。南ことりはセレモニーの跡片付けがあり、園田海未は翌日の仕事に備えて帰宅し、小泉花陽は着慣れない服を長時間着たことや華やかな場所に出たことによる気疲れで帰宅した。真姫も帰宅するつもりだったが、絵里に声をかけられたのだ。

 

そして、二人は絵里が宿泊している外資系高級ホテルのバーに来ている。室内の照明をあえて薄暗くして、高層階からの夜景を楽しめるようにしている店だが、二人は窓には背を向け、店の中央にあるカウンターに並んで座っている。テーブルに等間隔で置かれたキャンドルの灯りが、二人の表情とオーダーしたカクテルを照らしている。

 

「こうして二人きりで話すことって、実は初めてよね?」

「初めてね。ほとんど、九人で過ごしていたから」

「でも、希はよく真姫を構っていたわよね?私、知っていたわ」

「そんな昔話をするために、私を連れてきたの?」

 

絵里は微笑みながら話していたが、μ’sに馴染めずにいた頃の秘密を覗かれたような気恥ずかしさから、真姫の口調がわずかに荒くなった。

 

「違うわ。真姫がさっき泣いていたの、ことりの話に感動したからではないと思ったから」

「えっ・・・」

 

図星をつかれて、真姫は面食らった。絵里はどうやって自分の心を見抜いたのか、真姫には見当もつかない。そんな真姫の表情を見て、絵里は種明かしをする。

 

「私、これでもバレリーナよ?バレエも演技で、全身でいろんな感情を表現するの。真姫の表情は、感動して泣いた人の表情ではなかったわ」

「そうなの・・・さすが、プリマは違うわね」

「ことりは、確かにすごい人になった。でも、真姫はそれを妬むような子ではないから、涙の理由が何か、それが気になったのよ」

 

そこまで見透かされてしまうと、真姫には誤魔化す気も起きない。自分の感じたことを、そのまま絵里に伝えることにした。穏やかな心で言葉を選ぶ。

 

「ことりの挨拶でね、気づいたのよ。ことりはμ’sとして過ごした1年間を大切にして、原動力にして生きてて、いますごく輝いてるけど、私はそれをすっかり忘れてたって」

 

絵里は黙って聞いている。真姫は続ける。

 

「たしかに私は医者になったけど、医者を目指すうちに、μ’sで得たものを忘れて、医者になってからも忘れて、流されて生きてるんだなって。そう思ったら、泣けたのよ」

 

そこまで話すと、真姫はマティーニを口に運んだ。辛口の液体がいまの真姫にはむしろ心地よい。

 

「そう・・・でも、そんなに卑下するようなことでもないかもしれないわよ」

 

右手に持ったカクテルを眺めながら絵里が言った。ろうそくの灯りに照らされた横顔からはすでに微笑みが消えている。

 

「ううん・・・ことりだけじゃなく、凜も花陽も海未も、にこちゃんも、きっとμ’sで過ごした時間は忘れていないと思うの。私だけ忘れてたのよ」

 

真姫の口調は穏やかだが、表情には自嘲が浮かぶ。

 

「違うわ・・・真姫、あなただけじゃない。私もあなたと同じような経験をしているの」

 

絵里のその言葉を聞いた瞬間、真姫は驚きの表情を浮かべた。絵里は続ける。

 

「忘れていたの。私も。μ’sを」

 

高校卒業後、絢瀬絵里はロシアのバレエ学校に進んだ。しかし、彼女にはおよそ三年のブランクがあり、それだけでも十分なハンデであるばかりか、ロシアで名門と称されるバレエ学校に入学できるのは、10代前半にして才能を認められた少女たちがほとんどであり、それ以外は留学生として編入することでチャンスを掴む以外にない。

 

まず、絵里はロシアに渡って祖母の家に住み、しばらく使うことがなかったロシア語を祖母との暮らしで取り戻すと同時に、地元のバレエ学校に通って基礎からバレリーナとしての自分を鍛え上げ直しつつ、編入学に向けたオーディションのチャンスを待った。自立心の強い絵里は生活を完全に祖母や両親に依存するわけにはいかないと考えていたので、オーディションまでの生活費はアルバイトで賄った。

 

そうした苦労の甲斐もあり、オーディションは1度で合格した。絵里は学校のあるサンクトペテルブルクに居を移し、寄宿舎で暮らしながらバレエ漬けの生活を送った。「卒業できるのは全入学者の3分の1程度」という学校であるだけに日々のレッスンは厳しく、さらに厳しい進級試験の度に多くの学生が脱落していき、絵里と同学年の編入生で卒業できた生徒は絵里以外には一人もいなかった。また、ロシア人の血を引いたクォーターとはいえ、絵里は黄色人種であり、そして編入学生であることに起因した嫌がらせや差別も受けた。

 

そういった状況に歯を食いしばって立ち向かったことと天性の才能とが相乗効果を生み、卒業する頃には絵里はバレリーナとして大きく成長し、首席で学校を卒業するとともに、同じくサンクトペテルブルクにある世界屈指のバレエ団に入団することができた。そこから更に苦労に苦労を重ねて、東洋人にしてプリマバレリーナという地位を掴んだ。

 

「輝きとは正反対の、どろどろした闘いの毎日だった。今の私も、他人からは輝いて見えるかもしれない・・・でも、湖に浮かぶ白鳥と同じよ。優雅に見えても、水面下では足をばたつかせて、プリマの地位を奪われないようにもがいている。そういうことなのよ」

「絵里・・・」

 

少し疲れたような絵里の表情は、真姫がテレビで見た世界的なプリマバレリーナのそれではなく、真姫にはそれ以上の言葉を出すことができなかった。

 

「闘っているうちに、勝ち残ることだけ考えていて、勝ち残りはしたけど、忘れてしまっていたわ。μ’sで過ごした時間や、輝き。だから、貴方だけじゃないのよ」

 

そう言うと、絵里は手にしているバラライカを口にした。彼女も強めのカクテルが欲しい気分であったのだ。

 

初めて会った時から、絢瀬絵里は真姫にとって憧れの対象であり、ライバルでもあった。テレビで見た彼女は真姫にとって誇らしくも眩しく、自分ではもう敵わないところに行ってしまったと思えた。だが、いま横に座っている女性は、自分と同じように年を重ね、人生に思い悩む一人の大人なのだ。

 

真姫は疲労と憂いを帯びた絵里の横顔を少しだけ見て、意を決して口を開く。

 

「ねえ・・・エリー」

「なに?」

 

真姫の口調に意がこもっていることを感じたのか、絵里の顔が真姫のほうを向く。真姫は体ごと横向きになった。

 

「貴方も私も・・・あの頃の輝きを・・・μ’sを忘れてるかもしれない。でも、それが取り戻せないって、まだ決まったわけじゃないと思うの」

「どういうこと?」

 

絵里は不思議そうな表情を浮かべる。

 

「話したいことがあるの」

 

そう言って、真姫は先日来からの出来事と、これから彼女がやろうとしていることを全て話すことにした。時計の針は0時を回ろうとしていた。




すいません。また更新するする詐欺でした(土下座)。
盆休みはコミケには行きましたが、それ以外は疲れて家でぼんやりしていました・・・。
いまは仕事で長期出張していまして、ホテルでこれを書いています。

我が「最大にして至高の推し」である絢瀬絵里さんの高校卒業後を私なりに描いてみました。推しであることから、他の子に比べてかなり描写が細かくなってしまいました(笑)。ご容赦ください。

さて、えりちの高校卒業後は空想でいくらでも書けるので、筆を進めるに困ることはありませんでした。今回、一番困ったのは、「真姫ちゃんにとっての絵里ちゃん」です。この辺、アニメにも描写がほとんどないので(私が忘れてるだけかもですが)、いろんな解釈があると思うんです。百人いれば百通りくらいでしょうか。結局は、絵里ちゃんも真姫ちゃんもちょっと系統が似ていると思ったので、「憧れで、ライバル」にしてみました。皆さんはどのような解釈をされているでしょうか。

スクフェスも今日でイベントが終わったので、更新の時間があるかもしれません。皆様にはよい週末をお過ごしください。ご意見ご感想、頂けますと幸いです。


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19.夜は更けて

西木野真姫は、絢瀬絵里に全てを話した。北方マリアという少女が病に苦しんでいること、彼女がμ’sに関心を持っていること、彼女にμ’sのライブを見せて勇気づけるため、真姫がメンバー集めに奔走していること。さらに、それを知っているのは真姫を含めて園田海未と矢澤にこの三人だけで、にこは乗り気だが、海未には参加を拒否されていること。さらに、星空凛が日本に来ていることも話した。

 

μ’s再結成という真姫の思いを聞いたときは驚きの表情を見せた絵里だったが、話を聞き終えたいまは穏やかな表情に戻っている。真姫はその表情から、期待を込めて問いかける。

 

「ほとんど一方的に話してしまったけど、力を貸してもらえないかしら?エリー」

「分かったわ。じゃあ、私も協力させてもらうわ」

 

期待通りではあったものの、あっさりと承諾を取り付けたことで真姫は拍子抜けし、思わず問いかける。

 

「えっ…本当!?頼んでおいて言うのも変だけど…お仕事は大丈夫なの?」

「それは大丈夫。日本公演の打合せで来ていると言っても、半分は里帰りも兼ねているし、夜なら大抵は時間を取れるわ。それに、演出を考えるお手伝いもできると思うの」

 

絵里によると、最近の彼女はバレリーナとして活動するだけではなく、演出の勉強もしており、日本公演は彼女が初めて演出を手掛け、かつ、プリマバレリーナを務めるとのことであった。

 

「エリー、どんどんすごい人になっていくわね…本当に誇らしいわ」

「ううん…他のみんなと同じように、私も私の道でベストを尽くしているだけ。それは真姫も同じだと思うわ」

「え?」

「患者さんのために、いま、ベストを尽くしているじゃない。こうして熱く他人に頼み込むなんて、昔の真姫にはなかったと思うわ」

「あっ…」

 

真姫は自分に驚いた。たしかに、こうして熱意を込めて人に頼みごとをするというのは、これまでの真姫の人生の中でおよそ経験のないことだった。真姫の表情を見て、絵里は続ける。

 

「九人で進んだ道は違うけど、私たちは精一杯生きてきた。だから、ダンスや歌のレベルに関係なく、今の私たちなら、あの頃よりもっと輝けると思うの。それをマリアさんに見せてあげましょう」

「エリー…ありがとう」

 

真姫は絵里の言葉に勇気づけられた。同時に、十年ぶりの再会であるにもかかわらず、真姫の感情を察し、気遣ってくれる友人の存在に有難さを感じた。時計はすでに午前一時を回っており、二人は近日中の再会を約束し、共に店を後にした。

 

 

真姫はホテルでタクシーを捕まえ、家路へ向かっている。絵里がμ’sの再結成に賛成し、積極的に準備に参加すると言ってくれたことと、彼女の言葉に勇気づけられたことの二つが真姫の気持ちを高揚させた。その勢いで、真姫は再結成について改めて考えた。

 

(やっぱり、みんなに集まってもらって、きちんと話すべきよね)

 

花陽、凜、ことりに再結成の意思を打ち明け、一度は参加を拒否した海未を説得する。凜は賛同してくれそうだが、ことりは仕事の都合が見えない。花陽は海未と同じく嫌がるはずで、この二人の説得には、賛同してくれている絵里、にこの協力が必須と真姫は思った。

 

(花陽はしばらく冬休みで、にこちゃんは夜なら大抵は空いてる。エリーも夜なら時間があるって言ってたからいいとして、凜と海未、あと、ことりの時間を押さえる必要があるわね。そういえば、凛の公演っていつからだったかしら…)

 

そう思った真姫は、パーティー用の小さなバッグの中から長財布を取り出し、そこから凜が出演するミュージカルのチケットを取り出した。凜が勧めてくれたように太田を誘おうと思っているが、最適なタイミングがいつ訪れるか分からないため、普段使いのバッグではなく常に携帯する財布の中にチケットをしまっているのだ。

 

(えっと、公演の日付は…)

 

真姫はチケットの日付を見た。そこに記されている日付は明日、土曜日だった。凜からチケットをもらった時に日付をよく確認しなかったことを真姫は後悔した。

 

(太田先生を誘えないじゃない…明日も手術でスケジュールが埋まってるわよね…)

 

そう思いながら、真姫は日付の隣に目をやった。そこには「会場:大阪ベイシアター」との記載があった。

 

「これ、大阪じゃない!凜、ちゃんと見てなかったわね!」

「お、お客さん、どうしました?」

 

思わず真姫は声を出してしまい、驚いた初老の男性運転手が声をかけた。真姫は赤面した。




お久しぶりです(土下座しながら)。
仕事に余裕ができ、実に数か月ぶりに更新させて頂いております。
文章が短いですが、話の流れを考えてここで切りました。ご容赦ください。

凜ちゃんが「おっちょこちょい」なおかげで、思いっきり次回のフラグが立ちました(笑)。
明日も更新できればと思いますので、今後ともよろしくお願い致します。


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20.まきりんぱな

西木野真姫と小泉花陽が新大阪駅に着いたのは、夕方の六時だった。

星空凛が出演するミュージカルが始まる1時間ほど前である。すでに空は暗いが、ビルの灯りやネオンサインが街を照らしている。

 

大阪も東京と同じように寒く、真姫は白いロングコートに赤いストールを合わせ、足元は黒のロングブーツ。花陽は白いニット帽を被り、ベージュのフード付きダッフルコートからは白いタートルネックのニットを覗かせている。青いジーンズにローテクスニーカーを合わせるあたりが、まだ学生である彼女らしい。二人とも大きめのトートバッグを持ち、一泊分の荷物を詰めている。

 

東京から新大阪に向かう新幹線の車内で、花陽は爆睡していたが、真姫は研修医の課題であるレポートを作成していたため、休息は取れなかった。駅を出てタクシー乗り場に向かう二人の足取りはやや重いが、花陽は寝起きの低血圧のため、真姫は疲れのためであるのが対照的である。

 

タクシー乗り場に行列はできておらず、二人はすぐにタクシーに乗り込み、真姫が行き先を告げる。宿泊先のホテルにチェックインする時間はなく、ミュージカルの会場に直接向かう。

 

「真姫ちゃん・・・疲れてるみたいだけど、大丈夫?」

 

花陽が労いの声をかける。真姫は今日も仕事があったが、凛の公演を観るために病院には朝の六時に出勤し、予約した新幹線に間に合うギリギリの時間まで仕事をしていた。病院を出ることには躊躇いが大きかったが、真姫のサポート役を買って出ている太田黒雄が仕事を負担してくれることになったため、何とか大阪に向かうことができた。

 

「ええ・・・大丈夫よ。それより、突然のお願いを聞いてくれてありがとう、花陽」

「私は時間がたっぷりあるから・・・それに、凜ちゃんが出るミュージカルだし、お礼を言うのは私のほう」

 

昨晩、凛がくれたチケットが大阪公演のものであることを確認してから、真姫が真っ先に連絡したのは花陽だった。彼女が冬休み期間で時間があることと、μ’sの一年生組で再会するのが良いと思ったのがその理由だった。あわよくば、二人にμ’s再結成を打診したいということもある。

 

「昨日のことりちゃんや絵里ちゃんもそうだけど、凜ちゃんも海外に出て活躍して・・・すごいよね」

「前も言ってたわね、そんなこと」

 

穏やかな表情で真姫が応じる。

 

「μ’sが解散して十年が経って、みんな自分が選んだ道に進んだけど・・・遠い人になっちゃったみたい」

 

そう語る花陽の表情は、嬉しさに少しばかりの寂しさを交えている。その表情を見た真姫は、真剣な顔で花陽を見る。

 

「花陽」

「え?」

「九人で進んだ道は違うけど、私たちは精一杯生きてきた。あなたもそうでしょ?誰も遠いところには行ってないわ。だから、そんなこと言わないで」

「真姫ちゃん・・・」

 

真姫は、昨日の夜に自分が絢瀬絵里に言われたことを花陽に伝えると同時に、自分にもう一度言い聞かせた。花陽が納得したかどうかは分からなかったが、彼女が東京にいるうちに分かってくれたらいいと真姫は思った。タクシーは開演に間に合うように大阪市内を走り続けた。

 

 

 

「はあ・・・すごかった。凜ちゃん、本当にすごかったよう・・・」

 

ミュージカルが終演し、真姫と花陽は来賓向けの部屋に通されている。花陽はまだ感動が収まらないらしく、目は泣き腫らして真っ赤で、左手にはハンカチが強く握られている。真姫は苦笑交じりに応じる。

 

「花陽、あんた泣きすぎよ。たしかに、凜もミュージカルも素晴らしかったけど」

「だって、あんなに踊れて、歌も上手くなって、何よりも凜ちゃん、すごく楽しそうだった」

 

その感想には真姫も大いに同意した。ミュージカルは一昨年にアメリカで初演を迎え、大ヒットしたものである。凜は主役ではないが、主役を幾度も勇気づける妖精の役で、彼女は可愛らしさとコミカルさを出しながら、元気いっぱいに歌い踊った。花陽は懐かしさと凜の輝きに感極まったのか、凜が登場してから五分と経たないうちに涙を流し、真姫も涙こそ流さなかったものの、μ’sで活動していた頃から飛躍的に成長した凜の演者としての実力に感動した。

 

二人はいま、部屋に凜が来るのを待っている。観に行くことを凜に知らせていたため、終演後にスタッフが二人に声をかけ、この部屋に通してくれたのだった。

 

部屋に通されて二十分は経った頃、部屋のドアが開き、凜を含めた主だった出演者たちが衣装のまま入ってきた。真姫と花陽以外の来賓のほとんどは、公演に協賛している企業の関係者であるらしく、出演者全員が通訳を交えて彼らに挨拶している。ただ、凜だけは日本語が母国語であるため通訳を介する必要がなく、他の出演者よりもウケがいいようである。

 

真姫と花陽は、出演者全員が企業関係者への挨拶を終えた後であれば、凜との面会が可能になることをスタッフから予め説明されていたため、凜が彼らと会話している様子を眺めている。凜は語尾に「にゃ」をつけず、丁寧に言葉を交わしている。

 

「凜ちゃん、大人になったねえ・・・」

 

花陽がそう漏らした。彼女にとって、語尾に「にゃ」をつけて話さない凜を見るのは二度目である。一度目はμ’sが活動していた頃で、凜がウェディングドレスを着てセンターポジションでステージに立った時だ。

 

「花陽、私から見たら、貴方も大人になってるわよ。この前のプレゼンだけど、高校の頃の花陽なら、あんなに大勢の前で一人で話すなんて、できなかったんじゃない?」

「あ、あれは・・・発表自体は全部終わったけど、すごく恥ずかしかった。ああいうのは初めてじゃないけど、ぜんぜん慣れなくて・・・」

「まあ、私も他人のこと言えないわね。カンファレンスで教授の前に出ると、今も少し緊張するから」

「へえ、真姫ちゃんも緊張することってあるんだね。μ’sの頃はいつも堂々としてたのに」

 

花陽がそう言い終えたとき、企業関係者への挨拶が終わったのか、凜を除く出演者たちは楽屋へ引き上げた。一人残った凜は、とびっきりの笑顔で二人のところへ駆け寄る。

 

「真姫ちゃーーん!かよちーーん!来てくれてうれしいにゃーー!」

 

そう言うと、凜は二人に抱きついた。

 

「凜ちゃん!久しぶり!」

「凱旋おめでとう、凜。素晴らしい舞台だったわ」

 

二人は、抱きついてきた凜の身体を支えながら言った。花陽はとびっきりの笑顔を浮かべており、真姫にも微笑みが浮かんでいる。

 

「舞台、どうだった?楽しんでくれたかにゃ?」

 

凜は身体を二人から離しながら尋ねた。

 

「楽しかったし、それに凜ちゃんがすごかった!歌もダンスも感動した!」

「花陽ったら、凜が出てきてから、感動してずっと泣いてたのよ。まあ、私も凜は本当にすごいなって思ったけど」

 

二人が偽らざる本心を述べると、凜の笑顔は一層明るくなった。

 

「本当?二人にそう言ってもらえると、頑張った甲斐があったにゃーー!ねえ、今晩、二人とも時間あるかにゃ?話したいことがたくさんあるにゃ!」

「私も花陽も時間はあるけど・・・凜のほうこそ、大丈夫なの?」

「今日で大阪公演は終わりだから、しばらくは自由だにゃーー!」

「私も、凜ちゃんと話したいことがたくさんあるから・・・どうかな?真姫ちゃん」

「じゃあ、この後、合流しましょう。私たちは難波のホテルに泊まっているから、そこでどうかしら」

 

真姫の提案に凜は大きく頷いた。二人はひとまず凜と別れ、ホテルに向かうことにした。

 

 

 

真姫と花陽が宿泊しているシティホテルの客室に、凜は時間通りにやって来た。時計は夜の10時を回っている。凜はアメリカに生活の拠点があるせいか、恰好はアメカジそのもので、黄色のダウンジャケットに黒のニット帽を被り、黒のスウェットパンツとスニーカーを合わせている。マスクはしているが、それは変装ではなく喉を守るためである。

 

真姫は自分たちの客室ではなく、ホテルのバーラウンジに集まることを考えていたが、凜のテンションの高さを考えると、そういう静かな場所は向かないと花陽に止められたため、二人で菓子や飲み物を買い揃え、客室に凜を招き入れたのだった。

 

「うわーー!日本のお菓子がいっぱいあるにゃーー!やっと食べられるにゃーー・・・」

 

テーブルに並んだ菓子を見るなり、凜は嬉しそうな表情で言った。不思議そうな顔で花陽が問う。

 

「凜ちゃん、日本に来てから何日か経ってるよね?お菓子、食べてないの?」

「お菓子は太りやすいから、公演前は控えるにゃ・・・ダンスのキレとか、体の動きが重くなる感じがするにゃ」

「摂生してるんだ・・・凜ちゃん、すごいなあ」

 

花陽が感嘆の声を上げ、真姫も凜のプロ意識の高さに感心した。そんな凜の念願である日本の菓子や飲み物を手に、三人はそれぞれの十年間について話した。花陽も凜も、それぞれの道で困難にぶつかりながらも、それを乗り越えて今までやってきたことが真姫には窺えた。

 

「μ’sにいた頃はいろんな経験をたくさんさせてもらったけど、μ’sが終わってからも、二人ともいろんな経験をしてきたのね。高校三年生のときに凜がアメリカに行くって言い出した時は、本当にびっくりしたわ」

「んー、やっぱり、ニューヨークにみんなで行ったときのことが大きいにゃ。あのとき、凜はニューヨークにすごく魅力を感じたにゃ」

「凜ちゃんのその感覚、私も分かるなあ。ニューヨークって、東京とは違った魅力があるよね」

 

花陽がそう言ったとき、つけっ放しにしていたテレビの音声から、三人にとって耳慣れた言葉が聞こえてきた。番組は深夜のバラエティもののようである。

 

「それでは明日のお天気ですが、いま関西で人気沸騰中の占い師である、この方にやって頂きます。名付けてスピリチュアル天気予報です」

「スピリチュアル!?」

 

女性アナウンサーがきれいな声で言った途端、三人は声を揃えてテレビの方を見た。

 

「はーい、それでは、スピリチュアル天気予報、始めまーす」

 

そう言いながら画面に出てきたのは、東條希である。

 

「希!?」

 

三人はまたも声を揃えた。




【著者あとがき】

長らくお待たせしました。やっと希ちゃんまでたどりつくことができました。
高校卒業後に関西の大学に進学した希ちゃんですが(注:本作品での設定です)、卒業後の十年間、何をしていたのでしょうか。真姫ちゃんは彼女に会えるのでしょうか。続きはまたの更新をお待ちください。

ご意見ご感想、お待ちしております。


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21.占い師

「スピリチュアル天気予報」という怪しげな言葉とともに、テレビの画面に現れたのは東條希である。画面には占い師としての彼女の名前である「東方美子(とうほう みこ)」というテロップが表示されている。

 

「これ…希…よね?」

「うん…希ちゃんに間違いないにゃ…」

 

西木野真姫の問いに、星空凛が応えた。小泉花陽も含め、全員が目を大きく見開き、驚きの表情を浮かべている。花陽が口を開く。

 

「希ちゃん…占い師さんになってたんだ…」

「希の行方って、エリーもにこちゃんも知らなかったけど…まだ関西にいたのね」

 

応じたのは真姫だ。高校卒業後に、希が両親の住む関西の大学に入学したことはμ’sのメンバー全員が知っていたが、その後は疎遠になっていたため、大学卒業後の進路までは誰も知る由もない。

 

「希ちゃん、昔から占いが得意だったけど、それをお仕事にしているのって、なんか意外だにゃ」

 

凜の発言に、真姫も花陽も頷いて同意した。高校時代の希は、いつも穏やかにメンバー全員のことを見渡し、見守っている存在だった。そんな彼女ならば、きっと堅実な人生を歩んでいるだろうという先入観が三人にあった。

 

画面の向こう側にいる三人の様子など知るはずもなく、希は、明日の天気に開運の要素を交え、視聴者がどういう行動を取れば運気が上がるか、明るい口調で説明していった。希がいま出演しているのは関西ローカルのバラエティ番組であるらしく、天気図には大阪、神戸、京都、奈良、和歌山といった近畿地方だけが示されている。

 

アナウンサーには占い師として紹介されたものの、天気図の前に立つ彼女の衣装は薄いピンクのジャケットに同色のフレアスカートであり、ブラウスも白で、装飾品も華美にはしていない。いわゆるイロモノとして売っているわけではないらしいことが三人には窺い知れた。高校生の頃に比して、彼女の容貌は飛躍的に色っぽさが増しているものの、真姫、花陽、凛の三人であれば見間違えようがない。

 

希が一通り天気と開運について説明を終えた後、再び女性アナウンサーが画面に登場し、希にインタビューを始めた。

 

「東方さん、ありがとうございました。今回はお天気の予報から、運気を上げる方法を説明して頂きましたが、東方さんは他にもいろいろな占いを手掛けていらっしゃるんですよね」

「はい、普段はタロット占いや星占い、姓名鑑定なんかを主にやらせてもらっています」

 

希はにこやかに応じる。

 

「東方さんのお店は、女性のお客様でいつも大行列だと伺っていますが、タロットで占うことが多いんですか?」

「相談内容に応じて変えています。お客様からお悩みをお伺いして、それに合った占いを選んで、お話させてもらってます」

「そうですか、ありがとうございます。東方さんのお店は、こちらにありますので、皆さんよろしくお願いします」

 

そう言うと、女性アナウンサーは画面下に表示されたテロップを指さした。テロップには「占いの館 かんだ」という店名に加え、店の住所と電話番号、ホームページのアドレスが表示された。

 

「これって…このホテルの近くじゃない!」

 

テロップを見て真姫が叫んだ。真姫たちは難波のホテルに宿泊しているが、希の店があるのは難波の隣の日本橋である。矢澤にこがアイドルだった頃、真姫は彼女のイベントの手伝いで何度か日本橋に連れてこられたことがあり、毎回、宿泊先は難波だった。

 

「そうなの!?真姫ちゃん」

「ちょっと待って…ホントだ!ここから歩いてすぐの場所にゃ!」

 

右手に持ったスマートフォンの画面を見ながら、凜が声を上げた。真姫と花陽が画面をのぞき込むと、そこには検索サイトで「占いの館 かんだ」を検索した結果が表示されており、店のWebサイトのリンクに加え、営業時間、地図、このホテルからの経路と所要時間が表示されており、所要時間は徒歩で8分とある。

 

「このお店、明日も開いてるって…真姫ちゃん、凜ちゃん、行ってみない?」

 

花陽が言う。店は水曜日から日曜日の13時から20時まで営業していると表示されている。

 

「そうね…久しぶりだし、私も希に会ってみたいわ。凜はどうする?」

「もちろん、凜も行くにゃー!希ちゃん、久しぶりだにゃー!」

 

真姫は穏やかに、凜は元気よく応じた。

 

「それにしても…東方美子だなんて、なんだか安直なネーミングね」

 

苦笑しながら真姫が言う。希が高校生の頃、東京の神田明神で巫女のアルバイトをしていたことはμ’sのメンバーならば周知の事実であり、それを使ったらしい芸名は、真姫にとっては新しさがなかった。

 

「うん…あと、かんだ、って、これ…」

「たぶん…神田明神から取ったと思うにゃ」

「かんだ…芸名も店名も本当に安直だわ」

 

花陽の呟きに凜と真姫が笑いながら応えた。希が出演したバラエティー番組はすでに終わり、テレビの画面からはコマーシャルが流れているが、もはや三人はそれに気づかず、放送終了の知らせが流れるまでガールズトークに華を咲かせた。結局、凜も真姫たちの部屋に泊まることになり、三人が就寝したのは午前三時すぎであった。

 

 

 

 

翌朝。部屋の電話が鳴り、真姫は飛び起きた。研修医である真姫は、医局や当直室にかかってくる緊急の電話を取ることが多く、電話の音に素早く反応する癖がついている。部屋はカーテンの遮光で暗いが、隙間から明るい光が漏れており、真姫はすでに日が高くなっていることを知った。部屋にある二つのベッドのうち、一つは花陽と凜が使っているが、二人は電話に気づくことなく寝息を立てている。

 

「電話って…一体何よ…」

 

そういいながら、真姫は受話器を取った。電話はホテルのフロントからであった。

 

「西木野様宛てにお客様がいらしておりますが、いかがいたしましょうか」

「お客って…心当たりがないんですが、どなたでしょうか」

 

はっきりした声で真姫は応じた。大阪にも真姫の知人は数人いるが、大阪に来ていることは知らせていない。

 

「東條様という方です。東條希、と言ってもらえればお分かりになると仰っております」

「ええ!?希!?」

 

真姫は思わず大きな声を出した。それにつられて、凛と花陽も目を覚ます。

 

「真姫ちゃん、どうしたにゃー…」

 

凛は多分に眠気を含んだ声で、ベッドに寝たままで真姫に声をかけた。花陽はゆっくりと半身を起こしたが、目は半開きのままだ。

 

「希よ!希が訪ねてきたって、いまホテルの人が知らせてくれてる」

 

すると、二人の眠気が一気に吹き飛んだらしく、凜と花陽は表情を一変させ、凜はベッドから飛び起きた。

 

「ええーー!!希ちゃん!?なんで!?なんで!?」

「一体、どうしてここが分かったにゃー!!」

 

凜と花陽は驚きのあまり叫んだ。真姫も凜も花陽も、希には宿泊先のホテルを知らせていない。そもそも、大阪に希がいるということ自体、三人は昨晩のテレビ番組で知ったばかりだ。凜が出演しているミュージカルの情報に何らかの偶然で触れたなら、凜が大阪にいることは分かるが、宿泊先を探すのは困難な上に、昨晩、凜は本来の宿泊先にはいなかった。

 

「どうする?会ってみる?昨日の希かどうかは分からないけど…」

 

真姫は不安そうに言う。来訪者が本当に希なのか、彼女には半信半疑だ。

 

「会ってみるといいにゃ」

 

凜はあっさりと言った。同じく半信半疑の花陽が心配そうに口を開く。

 

「凜ちゃん、大丈夫かな?変な人だったら…」

「本物の希ちゃんなら、部屋に来てもらう方が話しやすいにゃ。それに、本物かどうかはドアスコープで確かめるといいにゃ。違う人なら、ホテルの人に追い払ってもらうといいにゃ」

 

真姫も花陽も、凛の言うことはもっともであると思った。真姫は、部屋に通すようにフロントの人間に告げた。

 

「凜ちゃん、なんか冷静だねえ…」

「こういうこと、よくあるにゃ。公演であちこち回ってると、出演者目当てに変な人がホテルに来るとか」

 

凛の言葉に、真姫と花陽は納得した。凜もミュージカル女優としてファンを抱えているはずで、様々な厄介ごとがあるのだ。

 

真姫がフロントとの電話を切ってから五分も経たないうちに、三人の部屋のドアがノックされた。真姫がゆっくりとドアに向かい、凛と花陽もそれに続く。花陽は不安なのか、先ほどから凜に腕組みをしたままだ。真姫が恐る恐るドアスコープから廊下を覗くと、ベージュのトレンチコートに紫のストールを巻いた女性がドアの前に立っている。顔を確認すると、間違いなく昨日テレビで見た東條希である。

 

「希…!」

 

真姫は思わず声を上げた。不安げな表情ですぐ後ろに立っている凜と花陽のほうを振り向いて、頷くとドアを開けた。

 

「久しぶりやね、三人とも」

 

希はそう言って、にっこり笑った。




【作者あとがき】

お久しぶりです。
何の前触れもなく、まきりんぱなの前に現れた希ちゃん。
果たして彼女は何をしに来たのでしょうか。というか、なぜ三人の居場所が分かったのでしょうか。三人をワシワシしに来たわけではないことだけは、作者として明言させて頂きます(笑)。

今回も読んでいただき、ありがとうございました。ご意見ご感想、お待ちしております。
今後ともよろしくお願いします。


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22.タロットの啓示

何の前触れもなく、真姫、花陽、凛の三人が滞在しているホテルに現れた東條希。三人にとっては十年ぶりの再会となる。高校の頃から豊満なスタイルの持ち主であったが、今はスタイルに色っぽさを加え、すれ違った男性であれば振り向かずにはいられない雰囲気を醸し出している。高校の頃と唯一異なるのは、長い髪を二つ結びではなく、一つ結びにしているところだ。

 

「わーーー!やっぱり希ちゃんだったにゃーーー!久しぶりだにゃーーー!」

 

凜が応対している真姫を押しのけるようにして入口にやって来て、希の両手を握る。はしゃぐ姿は高校生の頃と変わらない。

 

「希ちゃん…久しぶり」

 

照れを交えた笑顔で花陽が言う。彼女も凛の後を追うように入口までやってきた。

 

「凜、入口ではしゃいだら他の人に迷惑よ。ちょっと散らかってるけど、まずは中に入って、希」

 

真姫は照れを隠しながらも、微笑を浮かべて希を部屋に招き入れた。

 

「では、お言葉に甘えて、お邪魔します」

 

そう言うと、希はにこやかな表情でゆっくりと部屋に入り、部屋にある二人掛けのソファに座るとコートを脱いだ。黒いタートルネックセーターに南洋真珠のネックレスを合わせ、ワインレッドを基調としたツイードのタイトスカートという恰好の希は、絢瀬絵里とはまた違ったエレガンスを備えている。

 

希の隣には凜が腰かけ、真姫はライティングデスクの椅子を机と反対に返して座った。花陽はベッドに腰かけると、目の前にあるテーブルの上のペットボトルを開け、誰も手をつけていない紙コップに緑茶を注ぎ希に手渡した。いま、四人はテーブルを囲む形で座っている。

 

「おおきに」

 

そういうと、希は紙コップに口をつけた。希は落ち着き払っているが、真姫と花陽と凜は、誰が話し始めてよいのか分からず、部屋に微妙な空気が流れる、。

 

「三人ともどうしたん?十年ぶりの再会やのに」

 

その空気を読み取って希が言った。表情は微笑を湛えたままだ。

 

「いや、希、あのね…」

「希ちゃん、どうして凜たちの居場所が分かったにゃ?」

 

真姫が何を言うべきか次の言葉を考えているうちに、凜が尋ねた。

 

「そうやね。話したいことはいろいろあるんやけど…まずはそこからやね。三人がこのホテルにいるって分かったのは…信じてもらえないかもしれないけど、一言でいうと、スピリチュアルやね」

 

あまりに突拍子もない答えに、希を除く三人は一瞬だけ呆気に取られたものの、気を取り直して矢継ぎ早に言う。

 

「ちょっと、希、それ、全然分からないわよ…」

「希ちゃん、なんなの、それ…」

「そうにゃ!もしかして、凜たちのことストーカーしてたにゃ!?」

 

三人からそのように問われても、希は落ち着いたままだ。

 

「うーん…説明しにくいんやけど、第六感、っていうんかな。気配みたいなものを感じたんよ。一昨日から凜ちゃんの気配を感じてたし、昨日から真姫ちゃんと花陽ちゃんの気配を感じてた」

「一昨日って、凜が大阪入りした日にゃ…」

「私たちが大阪に来たの、昨日だよね、真姫ちゃん…」

 

凜と花陽の口調には驚きと不思議が混じっている。真姫は訝し気な表情を浮かべながら言う。

 

「第六感って、聞いたことがないわけじゃないけど、昔の希はそんなこと言わなかったわ。占いはよく当たってたけど…しばらく会わないうちに、何があったの?」

「そうやね。たしかに昔のウチには、第六感なんてなかった。でもね、いつの間にか分かるようになったんよ。ウチと関係の深い人が近くに来ると、なぜかウチには分かるんよ」

 

そう言うと、希は少し神妙な面持ちに変わり、高校を卒業してから今までにあったことを話した。

 

もともとスピリチュアルに興味のあった希は、その一端として京都の大学で心理学を学んだ。やがて、彼女は臨床心理士という職業に興味を持ち、その資格を取るべく大学院に進学した。カリキュラムの一つである臨床実習で、彼女は心の病を抱えた人々に接した。彼らが病を抱えた理由は様々だが、話を聞いているうちに、彼らが心を病んだ根本原因は、日本の高度化された社会にあるのではないかと考えるようになった。高度化された社会が心の病の原因なら、高度化されていない社会に病を解決するヒントがあるのではないか。そう考えた希は、大学院を休学してインドに渡航した。そこで彼女はある尼僧に出会い、彼女についてヨガや瞑想といった精神力を高める修行を三年間行った。

 

「そんなことをしているうちに、この感覚が備わったんよ。あと、人の心が何となく読めるようになって、占いも昔よりずっと当たるようになった。それで、ウチは困っている人を手助けしたいと思って、帰国してからすぐにお店を開いたんよ」

 

伏し目がちにそう言うと、希はお茶を口にした。凜と花陽の表情は驚きと不思議から、畏敬のそれに代わっている。

 

「でも…なんで占い師なわけ?それってもはや占い師じゃないじゃない」

 

疑念を交えた口調で真姫が言った。医師である彼女には、非科学的な話は信じがたいが、そんな不思議な力があるなら、占い師を名乗るのは見合わないように思えたのだ。希の表情には微笑が戻り、真姫の目をしっかり見ながらゆっくりと応える。

 

「ウチが人の心が読めるとか、気配が分かるって言っても、誰も信じてくれないやん?だから、とりあえずは占い師っていうことにしてるんよ」

「じゃあ、実際は占い、してないの?」

「占いはするけど…まずお客さんの心を読んで、悩みごとの原因を突き止めて、その上でどうすればいいか、答えを占って出してるんよ。だから、全く占いをしてないかっていうと、そうでもないんよ」

 

希は目線を花陽に移して、彼女の問いに答えた。そして、隣に畳んで置いていたコートのポケットからタロットカードの束を取り出し、テーブルの上に広げると、真姫をもう一度見た。希の表情からは微笑みが消え、真剣な面持ちに変わっている。

 

「真姫ちゃん、いま、困っていることがあるやろ」

「私!?なんで!?」

 

真姫は驚きながら返答した。タロットカードを出した希が何かを占おうとしているのは明らかだが、なぜ自分が対象なのか真姫には分からない。

 

「ウチが今日来たのは、三人に会いたいっていうだけやなくて、真姫ちゃんを手助けしたいっていうのもあるんよ」

「えっ…」

 

真姫はたじろいだ。希は心が読めると言っていたが、μ’sを復活させたいという考えを読み取られているのだろうか。いま、この考えを知っているのは絵里、にこ、海未の三人だけであり、彼女らと希が連絡を取っているとは考え難く、そうであるなら、得体の知れない力は何処からやってきているのか。そんな思いが一瞬よぎり、真姫をたじろがせたのだ。

 

「そういえば、真姫ちゃん、会った時からちょっと元気なかったよね…何かあるの?」

 

花陽は真姫のほうをまじまじと見ながら言った。秋葉原のメイド喫茶でお茶をした時の真姫の様子は、彼女にとってそのように映っていた。

 

「ふーん…そういうことなら、真姫ちゃん、占ってもらうといいにゃ!」

 

真姫の様子に気づいていなかった凜は、真姫よりも希の力のほうに興味があるため、好奇心に満ちた表情である。

 

「分かったわよ…じゃあ、実験台になってあげるから、占ってみてよ、希」

 

もう逃げられないと悟り、真姫は希に任せることにした。希はにっこりうなずくと両手でカードをシャッフルし、一般的に知られているとおりにタロット占いの手順を踏んだ。手順の最後に、カードを三枚並べ、一枚ずつめくっていく。

 

(一体、どんな結果が出るのかしら…)

 

希の作業を不安げな表情で見ながら、真姫は思った。希の占いは昔からよく当たっていたが、いまはそれに得体の知れない力が加わっている。真姫は、良い結果よりも悪い結果が出ることを心配した。

 

「じゃあ、結果を説明するね」

 

希が言った。真姫の不安げな表情とは対照的に、凜と花陽は興味津々の表情を浮かべている。

 

「過去を示すカードは"魔術師"の逆位置。真姫ちゃん、自分に自信がなかったんやね」

「ええ?そうなの?あの真姫ちゃんが!?すっごく意外だにゃ…」

「うるさいわね!そうよ!私だって自信を無くすことくらいあるわよ!」

 

図星を突かれた真姫は、恥ずかしさを隠すために口調が少し荒くなっている。希は続ける。

 

「現在を示すカードは"戦車"の正位置。真姫ちゃん、いまは前に進む姿勢になっとるやん」

「真姫ちゃん、そういえば、昨日のタクシーの中で、なんかポジティブなこと言ってた…」

「もーう!そうよ!いまは前に進むしかないって思ってるわよ!だってやるしかないじゃない!」

 

またも図星を突かれ、真姫の顔は恥ずかしさで赤くなっている。

 

「で、最後。未来を示すカードは…"審判"の正位置やね。真姫ちゃん、よかったやん」

 

満面の笑顔だが、何かを企んでいるような顔で希が言う。その表情に凜と花陽が飛びつく。

 

「え?よかったって、どういうこと?希ちゃん」

「これ、どういう意味があるにゃ?」

「"審判"の正位置は、復活、よい知らせ、許し。再開や改善による最終的な決断。過去の状況を復活させることで、そこに最良の改善策が見出せる。気まずくなってしまった人間関係を元に戻して、それをもって前に進んでいく…そういう意味やね。真姫ちゃんがやろうとしていること、間違ってないやん」

 

真姫をまっすぐに見ながら、希が元気づけるように言った。それを聞いた途端、真姫の顔はさらに赤くなった。真姫の考えを知らない凜と花陽は、不思議そうな顔で真姫を見つめながら言う。

 

「え?やろうとしていること?」

「真姫ちゃん、何をやろうとしてるにゃ?」

「…」

 

真姫は希の占いに図星を突かれた恥ずかしさと、考えを完全に読まれていることに対する驚きとで、二人の問いかけに答えることができない。顔は完全に紅潮してしまっている。そんな真姫の様子を見て、希が微笑を浮かべながら真姫の思いを代弁する。

 

「μ’sを復活させたい。そうすることで、真姫ちゃんがいま抱えている問題を解決したい。そういうことやろ?」

 

希の言葉を聞いた途端、凜と花陽の表情は一瞬だけ空白になったが、すぐに気を取り直して真姫の顔を見た。その表情は希の言葉を否定するものではなく、二人は希の言葉が間違っていないことを理解した。

 

「えーーーーーっ!!」

 

驚愕のあまり、凜と花陽は声を揃えて叫んだ。




【作者あとがき】

こんにちは。師走とはいっても、私の職業はそれに影響を受けるものではなく、むしろ閑散になってしまう傾向があるため、更新する時間ができました。

希ちゃんですが、彼女には「インドで修行して覚醒したニュータイプのようなもの」(ガンダムネタですみません)になってもらいました。もともと占いが得意な子だったので、それならいっそのこと、振り切れてもらおうかと思いました。緻密な種明かしを期待されていた方には、期待外れになってしまったかもしれませんね。

年内の更新は、おそらくこれが最後と思います。皆様、今年もこのような拙い作を読んで頂き、誠にありがとうございました。来年が皆様にとって、良き年になりますように。

ご意見ご感想、よろしくお願いします。


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23.必然の復活

タロット占いを通して希が言い当てた真姫の心中。そして、それを否定しない真姫。

 

「μ'sを復活させたい」という真姫の思いを知った凛と花陽は驚愕したが、その後の反応は真逆である。

 

「μ'sをもう一回やるって、それ面白いにゃ!今の凛はあの頃の凛よりパワーアップしているし、もっといいライブをお客さんに観てもらえると思うにゃ!」

 

何のための復活なのかも聞かず、凛は満面の笑顔である。アメリカでミュージカル女優として活躍している彼女にしてみれば、μ'sの歌とダンスを再び行うことは造作がない上に、アーティストとしてよりレベルアップしているという自負もある。

 

「えっ、凛ちゃん、何言ってるの?むむむ無理無理無理無理、そんなの無理だよう。私、もう踊れないし歌えないよう」

 

動揺しながら花陽が言う。農学の大学院生である彼女は、歌とダンスのみならず人前に出ることから随分と遠ざかっている。これに引っ込み思案という性格が拍車をかけ、花陽の反応は他の三人にとっては驚くものではなかった。

しかし、そんな花陽の反応を凛は意に介さない。

 

「かよちん、大丈夫大丈夫!ちょっと練習すればすぐできるようになるにゃ!で、いつ復活させるにゃ?凛は来週の日曜日以降ならしばらくは日本にいるにゃ!」

「りりり、凛ちゃん、あのね、凛ちゃんはミュージカル女優さんだからいいかもしれないけど、わ、私はもう歌からもダンスからもずっと離れてるんだよ?練習しても、絶対に追いつけないよ…」

 

そう言いつつ、花陽は段々と涙目になっていく。それを見て、希が口を開く。

 

「真姫ちゃん」

「え?」

「何のためにμ'sを復活させたいのか、話してもらえるんよね」

 

希の表情と口調は全てを悟ったかのようであり、花陽の背中を押せという意図を真姫は汲み取った。そこで、一昨日の夜に絢瀬絵里に話した内容を、そのまま三人に話した。

 

「そうなの…マリアさん、かわいそう…」

 

話を聞き終えた花陽が神妙な面持ちで言った。μ'sの中でも一、二を争うスクールアイドル好きだった彼女にとって、溢れんばかりの才能がありながらも、スクールアイドルとして活躍する未来を病魔によって奪われる子がいるというのは、十分同情に値する。

 

「真姫ちゃん、そういうことなら、もっと早く言ってくれたらよかったにゃ…」

 

凛も同じように神妙な面持ちである。ただ、彼女の場合は、北方マリアに対する同情だけではなく、もっと早く自分を頼ってほしかったという思いもある。

 

「いずれ、二人にはお願いするつもりだったのよ。でも、凛はリハーサルで忙しいだろうし、花陽はさっきみたいな感じになるだろうって思ってたから、中々言い出せなかったの。二人とも、ごめんなさい」

 

そう言うと、真姫は頭を下げた。二人に対する反省と、躊躇があった自分に対する反省の念からである。

 

「ううん、でも、こうして話してくれたから嬉しいにゃ。そうと決まれば、東京に戻ったら特訓するにゃ!ね、かよちん!」

「ちゃんとついていけるか不安だけど…そういうことなら、私も協力する。ちょうど冬休みだから、練習する時間はたくさんあるし」

 

凛は自信満々、花陽は心細げではあるが、それぞれ笑顔である。

 

「じゃあ、これで決まりやね。真姫ちゃん、凛ちゃん、花陽ちゃん。それに、にこっち、絵里ち、あと、ウチ。二年生以外、全員揃ったやん」

 

二人の様子を見て、希は穏やかに言った。しかし、希以外の三人は「ウチ」という言葉に反応した。

 

「ウチ?」

「希ちゃん、お店、大丈夫なの?」

「そうよ、そういえば、希のこと聞いてなかったわ。協力してくれるのはありがたいけど…いまは大阪に住んでるんでしょう?」

 

それぞれ、心配そうな表情で希を見る。すると希はスマホを取り出し、自分の店のTwitterの公式アカウントを見せた。そこには、修行のため店を数週間休業するという旨のお知らせが書かれていた。

 

「希ちゃん、これ…昨日の夜に投稿してる」

「こうなるって、予想してたにゃ?」

 

花陽と凛が驚きの表情を浮かべて言い、希は相変わらず穏やかな表情で応える。

 

「予想したっていうより、必然だって思ってたよ。ウチらが何かの困難にぶつかったとき、そこから逃げたことなんか一度もなかったやん。全部みんなで乗り越えてきた。だから、こうなるのは必然」

「希…」

 

真姫は、希の中の変わらないものに感謝した。メンバーを常に見守り、絶妙なタイミングで助けの手を差し伸べる。それは10年の時を経て、メンバーが離れ離れになっていても全く変わることはない。

 

「さあ、そうと決まったら、ウチらはさっそく東京に行こか。凛ちゃんはともかく、真姫ちゃんも花陽ちゃんもウチもかなりブランクがあるから、一生懸命練習しよ」

 

そう言うと、希はソファから立ち上がって近くに転がっているビニール袋を手にすると、テーブルの上の紙コップや紙皿、スナック菓子の袋など、昨晩の真姫たちが広げたものの後片付けを始めた。宿泊先が別の凛がそれを手伝い、真姫と花陽はチェックアウトのための身支度を整え始める。

 

真姫がふと窓の外を見ると、真っ青で空気の澄み渡った、午前の冬の晴れ空が広がっている。それは、希のおかげでまた一つハードルを越えた真姫の気持ちを現したかのようであった。




【作者よりご挨拶とお詫び】

実に1年近く放置状態になってしまい、読んで下さっている皆様には、本当に申し訳ありません。個人的な事情(スクフェスやスクスタではありません)により、なかなか筆を取れないでおりました。
今の私は、来年1月の「ラブライブ!フェス」へのモチベだけで生きています。それを勝手に一つの区切りとすべく、この作品をそれまでには何とか完成させたいと思っています。
近日中には次話を投稿したいと思っていますので、引き続きお付き合い下さる皆様には、今後ともよろしくお願い致します。


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24.パーティールームの戦い

日曜深夜の秋葉原は平日以上に閑散としている。商店が20時から22時の間に軒並み閉まるということもあるが、漫画、アニメ、ゲーム、模型、アイドル、コンセプトカフェといった、秋葉原に偏在気味のコンテンツを楽しむ人々には、そもそも夜遊びという概念が希薄なこともある。

 

そんな街で、店を辛うじて開けているのはファミレスやカラオケ店の類であり、そのうちのカラオケ店の一室に、かつてはμ'sのメンバーであった7人が集まっている。時刻はすでに夜の22時を過ぎようとしている。

 

真姫は大阪から東京に戻る新幹線の中で、南ことり、矢澤にこ、絢瀬絵里、そして園田海未に連絡を取った。時間はバラバラだったが、

海未以外の3人とは20時までに合流できたため、真姫、花陽、凛、絵里、希、にこ、ことりの7人はそれぞれが旧交を温め合った。

 

この7人の中で、μ's復活の計画を真姫が打ち明けていなかったのは南ことりだけであったが、彼女は園田海未から既に話を聞いていた。真姫が参加の可否を伺うと、もともとクリエイションの世界に身を置いている彼女には表現に抵抗がないらしく、満面の笑みを浮かべて二つ返事で引き受けた。

 

いま、16人収容のパーティールームに、にこ、希、絵里の三年生組と、花陽、真姫、ことりの三人がテーブルを挟んで向かい合う形で座っている。三年生組は穏やかな表情、花陽は決心がついたとはいえ不安げな表情を浮かべている。凛は部屋に入った時から好き放題に曲を入れては歌い踊り、気が向いたときに他のメンバーを巻き込んでいる。曲と曲の合間に響くのは南ことりの楽しそうな鼻歌で、彼女は常に持ち歩いているスケッチブックに、メンバーに着せる衣装のアイデアを書いている。

 

そんな中、真姫だけが真剣な表情を浮かべている。この7人が揃うのは10年ぶりであるから、彼女も再会を心から楽しみたいのだが、これから合流する園田海未のことを思うと、つい表情が硬くなる。

 

「本当に来てくれるかしら」

 

真姫が心配そうに呟いた。22時にここに来ることは承諾を得ているのだが、テーブルに置いたスマホの時計は22時5分を示している。

 

「何か事情があるんやない?あの子が遅れるには、それなりの理由があるんよ」

「心配しすぎよ、真姫。みんなで集まるから、来てくれるように誘っただけでしょう」

 

希と絵里が応じた。とはいえ、海未は聡明であり、こちらが呼び出した意図を察して来ない可能性がある。真姫にはそれが拭い切れない。

 

「真姫ちゃん、絵里ちゃんの言うとおりだよ~。行くって返事したなら、絶対に来てくれるよ」

 

スケッチブックにペンを走らせながら、ことりが言う。幼馴染であるせいか、彼女は何も心配していないのだ。

 

「そうにゃー!真姫ちゃん、心配しすぎにゃー!それより、一曲歌ってほしいにゃー!」

 

満面の笑顔でマイクを向けながら凛が言う。

 

「凛、あんたって相変わらず…」

 

能天気ね、と真姫が続けようとした時、ドアをノックする音がした。ことりがいそいそとスケッチブックを置いてドアを開け、海未を迎え入れる。グレーのチェスターコートに水色のマフラーを巻いた、長い黒髪の女性が入ってきた。園田海未である。

 

「遅れてすみません。明日からの授業の準備で、つい遅くなりました」

「わーーー!海未ちゃーーーん!」

 

凛はそう叫ぶとマイクを持ったままステージから海未に駆け寄り、抱き着いた。マイクが凛の歓声と抱き着いた時の音を拾う。ごつい音に、にこと花陽が思わず顔をしかめる。

 

「凛…お久しぶりです。それに…希も」

「久しぶりやね、海未ちゃん。元気そうで何より」

「とりあえず、座って頂戴。あと、飲み物も注文しましょう。温かいものがいいわよね」

「では…緑茶をお願いします」

 

海未は絵里の勧めに応じると、コートをハンガーにかけ、絵里の隣に座った。それからしばらくの間、海未を加えた8人は、海未以外には二度目となる近況報告や思い出話に花を咲かせた。そのうちに、海未のために温かい緑茶が運ばれてきて、それを区切りに海未が口を開いた。

 

「ところで…今日の場ですが、単に旧交を温め合うことだけが目的ではないでしょう」

 

場の空気が固まった。固い意志を感じさせる口調に、海未の説得に不安がないメンバーでも内心はたじろぐ。

 

「海未ちゃん…気づいてたの?」

「気づくも何も…皆さんの私への接し方、なんだかぎこちないではありませんか。旧交を温めるだけなら、こうはならないはずです」

 

ことりの問いかけに、海未は冷静な口調で応じた。その口調から、真姫は説得がかなり難しいと感じたが、最大限の勇気を振り絞り、テーブルに両手を置き、身を乗り出して声を出す。

 

「そうよ、海未。この前の話の続き。μ'sの復活に、北方マリアを救うのに力を貸してほしい。プロの凛と絵里が力を貸してくれれば、パフォーマンスだって昔以上に良いものができるはずだわ」

「真姫・・・気持ちは分かりますが、私たちはパフォーマンスの世界から随分と離れているのですよ?すぐに昔のように、いえ、昔以上に踊れると思いますか?」

「いまはやってみせるとしか言えない。でも、何もしないではいられない。だから、力を貸してほしいの」

 

真姫の口調は熱を帯びている。受け持ちの患者とはいえ、ここまで他人のことに必死になれている自分を不思議に感じながら、真姫は食い下がった。

 

「海未…協力してもらえないかしら?ダンスや演出なら、私や凛でサポートできるわ」

「そうにゃー!いまの凛なら、みんなを支えてあげられるにゃー!」

「海未ちゃん…衣装なら私に任せてもらえれば大丈夫だから…お願い」

 

絵里、凛、ことりが真姫を援護する。すると海未は、緑茶を一口啜ると、湯呑みを置いて目を閉じた。数秒の空白が流れる。

 

「わかりました」

「協力して…くれるの?」

「皆さんがそこまで言うなら、協力を考えたいと思います。ただし、やるからには最高のμ'sでなければなりません。真姫、いまのあなたはどれだけ歌えますか?踊れますか?いえ、真姫だけではありません。まずはここにいる全員が、いまの自分を知ることが必要です」

 

心を決めたせいか、海未の口調はどんどん熱を帯びていく。その様子を見ながら、にこが問いかける。

 

「で、どうやって知るのよ、それ」

「皆さんが1人ずつ、同じ曲を…」

「同じ曲を?」

「あそこで、振りつきで歌ってもらいます。それが協力の条件です」

 

そう言うと、海未はステージを指差した。たしかに、この部屋には2人程度が歌って踊れるステージがある。

 

「そんなの、余裕だにゃー!凛の今を海未ちゃんに見てもらうにゃー!」

「それくらいなら、私は大丈夫よ」

 

凛と絵里はパフォーマンスの世界に身を置いているので、昔以上にやれるという自負がある。

 

「なるほど…そういうことね。いいわ、この宇宙No.1アイドル、にこにー様の実力を見せてあげるわよ」

「にこちゃん、もうアイドルじゃないにゃ」

「うるさいわね!今日からしばらくはアイドルなのよっ!」

 

にこの自信の根拠は、にこ以外の7人には不明である。

 

「むむむ無理無理無理無理、無理だよう」

「花陽ちゃん、私だってブランクあるから…一緒にがんばろ」

「実際にやってみんと、これからどんな特訓が必要か分からないやん。やってみよか」

 

花陽をことりが励ます。希は性格のせいか、それとも別に理由があるのか余裕たっぷりである。彼女らの反応を見て、海未は改めて真姫に向き直り、問いかける。

 

「真姫…あなたはどうします?」

「いいわ…やってやろうじゃない。そんなの余裕よ!」

 

真姫には数日の練習で勘を取り戻す自信はあるが、今すぐに昔のように歌い踊る自信はない。しかし、ここは応じるしかなかった。

 

「ところで…海未、もちろんあなたもやるのよね?」

「えっ?私?私は…」

「やるのよね?」

「も、もちろん…やりますとも」

 

にこのツッコミに、海末は顔を赤くしながら応えた。10年を経ても、彼女が恥ずかしがり屋なのは相変わらずだと他のメンバーは思った。

 

「じゃあ、決まりにゃー!曲はどうするにゃ?」

「うーん…あれがいいんやない?『僕らは今のなかで』なら、一番歌い込んできたやん」

 

希の意見に全員が同意した。たしかに、初期の曲なら身体が覚えている可能性が高い。はやる気持ちを抑えられない凛が自分からトップバッターをやると言い出し、これも全員、異論はなかった。凛はいそいそと端末を操作して曲を入力すると、ステージに向かった。

 

「いっくにゃーー!」

 

凛のパフォーマンスは素晴らしかった。ミュージカル女優として鍛えられたことで歌声もより伸びやかになり、ダンスも躍動感が溢れていた。

 

次に絵里。絵里はプリマ・バレリーナを務めている実力を存分に発揮し、ダンスの優美さに磨きがかかっていた。他のメンバーが不思議に思ったのは歌声が昔と変わらないことである。なぜなら、バレエは声を使う機会がほぼないのだ。

 

「絵里ちゃん…練習してたにゃ?」

「実は…真姫に頼まれてから、発声練習してたのよ」

 

凛の不思議そうな問いかけに、絵里は照れ臭そうに応えた。

 

続いて、にこがステージに上がった。彼女は歌もダンスも、客に対する煽りすらも昔のとおりに完璧にこなし、彼女以外の全員が驚いた。

歌い終わって、真姫が不満げに言う。

 

「にこちゃん…かなり練習してたわね?」

「な、何を言ってるのよ、私くらいの才能ならこれくらい余裕よ」

 

にこは目を泳がせながら分かりやすく焦って応え、全員の疑問が解消した。

 

次は希が上がった。彼女も練習していたらしく、歌もダンスも昔と遜色がなかった。

 

「希も…練習していたの?」

「ウチはたぶん、絵里ちよりも前から練習してたんよ。まあ、タロットのお告げやね」

 

そう言って希は微笑んだが、彼女のスピリチュアル・パワーはもはや常人が理解できる範疇にないところまで達しているようであり、他のメンバーはそれ以上の追求を諦めた。

 

次に海未がステージに立った。これは彼女以外のメンバーには意外なことだったが、彼女が歌い始めると、すぐに全員が納得した。彼女は十分な練習を積んでおり、自信があったのだ。歌もダンスも昔のままどころか、スキルが全体的に上がっている。これに不満げな反応を示したのは真姫である。

 

「海末…あなた、自分には無理だって言ってたわよね?昔より上手くなってるじゃない」.

「生徒たちを見ていて、なんだか悔しくなったんです。なので、実は2年くらい前から一人で練習していました…」

 

顔を真っ赤にしながら海末が応えたため、真姫は毒気を抜かれ、それ以上の追求を諦めた。

 

続いて、ことりである。職業柄、歌にも踊りにも関わりがないはずの彼女であるが、歌も踊りも昔のままである。これには花陽が反応した。

 

「ことりちゃん、ブランクあるっていうのは…」

「実は、たまにパリのアニソンクラブに行って、歌ったり踊ったりしてストレス解消してて…ごめんなさい」

 

花陽だけでなく、真姫もこれには出し抜かれ感を覚えた。そして、惨事はここからである。

 

ことりの次にステージに上がった花陽は、明らかにブランクがあり、動けず歌えず。何よりも本人が怯えて縮こまっており、まともなパフォーマンスを発揮するどころではなく、意気消沈してステージを降りた。

 

最後に真姫である。彼女には、練習を数日やればブランクを取り戻す自信はある。今日はウォーミングアップのようなもので、格好はつくはず。そう思い、彼女はステージに上がった。

 

しかし、結果は惨憺たるものだった。

 

歌いながら、昔のように声が出ないことを痛感した。踊りはもっと酷く、頭が振り付けを覚えていても、身体がついていかない。加えて、フルコーラスを歌って踊りきるだけの持久力がない。

 

(私…こんなに出来なくなっているなんて…)

 

曲が終わり、疲れ果てた真姫はそのままステージにへたり込んだ。そんな真姫を見て、海末がステージにやってきた。

 

「真姫…どうしますか?これでもμ'sをやりますか?あなたはお医者様で、忙しいはずです。練習時間の確保は難しいかもしれません。私たちには追いつけないかもしれません。それでも、やりますか?」

 

真姫は荒い息を吐きながら無言であり、海末の問いに応えられない。息苦しくて返事ができない間、真姫は自分の思いを巡らせる。プライドが高い真姫にとって、自分の醜態は実に情けなく、心が折れそうである。しかし、それ以上にいまの自分が悔しい。また、マリアを救うためにはμ'sを諦められない。加えて、穂乃果以外の仲間を全員集めて助力を仰いでおきながら、ここで諦めるという選択肢はない。

 

海末の問いかけから数分が経ち、メンバーが心配そうに見つめる中、真姫はゆっくりと立ち上がった。カラオケの画面はすでに切り替わり、洋楽のPVを流している。

 

「やるわ…やるわよ。こんなことで諦めるわけないじゃない」

 

真姫の目は炎を宿しているかのようであり、闘争心がみなぎっている。真姫はその闘争心を声に出した。海末は真姫の目をまっすぐ見つめる。

 

「わかりました。そこまでの決意なら、私も協力します」

「海末…」

「明日から特訓しましょう。メニューは私が考えますね」

「ありが…とう」

 

真姫は照れながら礼を言った。いまの思いを吐き出したこともあるが、高校を卒業してから今まで、素直さをほとんど出せなかった自分が、少しだけ素直になれたような気がした。そんな真姫を見て、メンバーが次々に声をかける。

 

「特訓なら、にこにーに任せて頂戴。スタジオはずっと押さえてあるから」

「ふふ…ウチ、こんな真姫ちゃん見たの初めてかもしれん」

「真姫…前にも言ったけど、演出から振り付けまで、任せて頂戴」

「真姫ちゃん…衣装ならうちのお針子さんたちにも協力してもらうから、心配しないで」

「私も頑張って練習する!一緒に取り戻そう、真姫ちゃん!」

「そういえば、穂乃果ちゃんはどうするにゃ?」

 

凛が空気を読まない言葉を言った瞬間、カラオケの画面が別のPVに切り替わり、メンバーに聞き覚えのある、能天気な声が流れ出る。

 

「高坂穂乃果、いよいよデビューします!よろしくお願いします!」

 

ベージュのトーンを中心とした柔らかめの衣装に身を包み、ギターを持った女性が画面に現れた。

 

それは高坂穂乃果である。




【作者より】
有言実行ということで、更新しました。
ようやく穂乃果ちゃんを登場させることができました。真姫ちゃんと花陽ちゃんの特訓、穂乃果は何をしていて、どうやってメンバーに合流するのかなど、まだまだ書いていきます。来週にはその辺を書きたいと思っています。
皆様には、忌憚ないご意見ご批判、よろしくお願いします。


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25.高坂穂乃果

カラオケルームの画面にいきなり現れた高坂穂乃果。彼女以外のメンバー8人は画面に一斉に視線を移し、驚愕し、意図せずに声を揃えて叫ぶ。

 

「穂乃果ーーーーーー!!」

 

画面に映る穂乃果に、他のメンバーの驚きの声など届くはずもなく、彼女は朗らかにインタビューに答えている。

 

「ど、どうして穂乃果ちゃんが出てきたにゃ?」

「凛、とりあえず、話を聞いてみましょう」

 

驚きと動揺を隠せない凛を海未が制し、8人は穂乃果へのインタビューに耳を傾けた。すると、彼女が高校を卒業後、どのような生活をしていたのかが大まかに理解できた。

 

穂乃果は高校を卒業後、家業である和菓子屋を継ぐことを決めていた。父親について修行の道に入る前に菓子作りの見聞を広めようと思い立った彼女は海外へ発ち、滞在した国の菓子を食べ歩いていた。しかし、彼女は高校生のときと変わらず金銭の使い方が無計画であり、旅費が途中で底をついたため、旅先でアルバイトをしながらストリートシンガーとして歌うことで旅費を稼ぎ、気の向くままに様々な国を転々とする生活を半年前まで続けていた。そして、滞在先のロンドンでパブの飲食代として歌った際に、偶然その場に居合わせた著名な音楽プロデューサーの目に留まり、すぐにシンガーソングライターとしてデビューが決まった。いまは日本とヨーロッパ、そしてアメリカで同時にリリースされるデビュー曲のプロモーション期間で、近く来日することが決まっている。

 

「穂乃果…」

「穂乃果ちゃん…」

「ぜんぜん変わってないにゃー…」

 

海未、ことり、凛が呆れたように声を出した。穂乃果のあまりに破天荒な生活に、残るメンバーも開いた口が塞がらない顔をしている。

 

「なんていうか…これ…」

「穂乃果ちゃんらしいお話やね」

 

希と絵里がそう言うのと同時に、画面は穂乃果のインタビューから曲のPVに切り替わった。8人は食い入るように再び画面を見始めた。

 

PVでの穂乃果は、ウェールズあたりの古城をバックにした英国風の広大な庭園で、しっとりとした曲調のポップスを歌う。彼女の声量は豊かであり、それでいて優しく、透きとおるように聴き手に響く。曲調ゆえにダンスはないものの、表情や仕草といった表現力は曲をそのまま模写したかのようであり、8人は穂乃果の歌唱力と表現力の高さに驚愕した。μ'sでの穂乃果はリーダーとして全員を引っ張るカリスマであり、歌唱力や表現力が秀でているわけではなかったが、10年を経た穂乃果はエンターテイナーとしての底力が飛躍的に増している。

 

「穂乃果ちゃん、すごい…」

「ふん、私だってブランクを取り戻せばこれくらいには…なれるわよ」

 

花陽が感嘆し、にこは10年前と変わらない反応を見せるが、内心では今の穂乃果には叶わないと実感している。真姫はあまりの凄さに言葉が出ない。

 

PVが終わり、真姫と海未が席に戻った。8人は穂乃果が見せたパフォーマンスに大きな衝撃を受け、興奮気味に会話を始めた。

 

「ふー…すごいものを観たにゃ。穂乃果ちゃん、すごい人になってるにゃ」

 

凛は同じエンターテイナーとして、やや後塵を拝した感があり、歓喜よりも畏敬に近い念が言葉に混じる。

 

「プロデューサーの人、アンドリュー・シーマンって…私でも知ってるくらい有名な人だわ」

「そうなの?」

「うん…ヨーロッパとアメリカで、音楽やファッションの業界にいる人なら、大抵は知ってる…かな」

 

真姫は絵里に問いかけ、ことりがそれに反応した。ことりはパリに居住し、絵里もヨーロッパで公演を行うことが多いため、こうした情報に触れやすい。

 

「それはさておき、問題はμ'sやね。穂乃果ちゃん、日本に来るって言ってたやん。会えるかな」

「こんなすごい人になっちゃうと、会ってくれるか、心配だよう」

「本人が会うって言っても、プロモーション期間でしょ?プライベートの時間は、ほとんどないかもしれないわね」

 

希がμ'sに話を戻すが、花陽とにこが後ろ向きな反応を示した。彼女の反応は今の真姫の気持ちを完全に代弁している。

 

「いえ、大丈夫だと思います。穂乃果ですから」

「うん…私も大丈夫だと思う。穂乃果ちゃんだから」

 

世界的な歌手への道を歩もうとしている穂乃果が自分たちに会おうとするか、また、会う時間を作れるか。真姫だけでなく、凛と花陽、三年生組も不安に思ったが、それは二年生組の二人がきっぱりと否定した。特に海未は確信的な表情をしている。こういったことの根拠を問うこと自体がナンセンスと思ったが、真姫は不安げな口調で問いかける。

 

「大丈夫って…どうしてそう思うの?」

「漠然としか説明できませんが…私とことりが、穂乃果のことを一番わかっています。ですから、会えると思います」

「たぶん、変わってないと思う。幼稚園の頃から今まで、穂乃果ちゃんは変わらないままだと思う」

 

他の6人より、海未とことりのほうが穂乃果との付き合いはずっと長い。幼少の頃から高校まで穂乃果と接してきた二人には、それから10年を経ても、穂乃果は誰よりも友達思いであり、仲間思いであるという、少しだけ願望を交えた確信がある。

 

「うーん…話すだけ、話してみたらいいんやないかな。ダメで元々ってこともあるわけやし」

「私もそれがいいと思うわ。まずはコンタクトを取ってみましょう、真姫」

「そこまで言うなら…わかったわ」

 

希の提案を絵里が後押しする。穂乃果を最も理解している二年生組と、μ'sで最も頼れるこの二人に言われては、真姫も提案を飲まざるを得ない。

 

「決まりね。まずは穂乃果に連絡が取れる伝手を探しましょう。私は日本の音楽会社を当たってみるわ」

「じゃあ、私はイギリスのレーベルに伝手があるか探すね」

 

にこ、ことりの二人が伝手探しを買って出た。たしかに、この二人であれば日本とヨーロッパの音楽業界に近い位置にいる。

 

「私は穂乃果の実家に寄ってみます。穂乃果から連絡が来ているかもしれませんから」

 

そう言ったのは海未だ。彼女はずっと実家住みであり、穂乃果の実家とは交流が途絶えていない。

 

「9人…揃うかな、真姫ちゃん」

「分からない…でも、ここまできたら揃えたい」

 

花陽が期待感をうっすらとたたえた表情で問いかけ、真姫は不安感を拭い去るように少しだけ勝気な表情を見せて応えた。




【近況ご挨拶】
まず初めに、更新がしばらく途絶えましたこと、お詫び申し上げます。仕事や私生活等々、いろいろ理由はあるんですが、やっぱり怠惰なだけですね。深く反省しています。
そんな怠惰な私ですが、重い重い腰が上がったのは、新型コロナウイルスに係る自粛生活が大きいです。私は在宅勤務でほとんど外出しなくなりました。娯楽も少なく、おそらく皆さんも同じような思いをされているのかと思いました。それなら、たとえ駄作であっても、皆様に暇をつぶせるコンテンツをご提供できればと思った次第です。
せっかく穂乃果ちゃんを登場させていますし、次はなるべく早めに更新したいと思います。自粛期間はおそらく、不幸にして、まだまだありそうですしね。

皆様のご健康を切に祈り、ご挨拶と替えさせて頂きます。


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26.藁にも縋る思い

μ'sのメンバー9人から、高坂穂乃果を除く8人がそろってから四日が経とうとしている。

 

西木野真姫は、ここ三日間を自宅と病院とダンススタジオの三か所以外では過ごしておらず、いまは自宅でバスタブに浸かり、病院での勤務とダンス練習とで疲労した体を癒している。

 

しかし、肩まで湯につかっている彼女の表情は暗い。そんな表情のまま彼女は膝を水中から出し、体育座りの姿勢を取る。そして、今日の練習の際にメンバーと交わした会話を思い出した。話題は高坂穂乃果への連絡である。彼女の表情が示すとおり、結果は芳しいものではなかった。

 

園田海未によると、高坂穂乃果は実家に連絡を全くしておらず、高坂雪穂をはじめとする彼女の家族は、長女の歌手デビューを海未によって知ることとなった。

矢澤にこは、日本における穂乃果のプロモーションを取り仕切る音楽会社に接触したが、高坂穂乃果のデビューは会社の最重要案件であり、大手広告代理店と合同で立ち上げたプロジェクトチームが専任で進めているため、にこの幅広い人脈をもってしても、穂乃果はおろかプロジェクトチームにすら近づけなかった。

南ことりは彼女の欧州の人脈をたどり、穂乃果のプロデューサーであるアンドリュー・シーマンの秘書までは接触できたが、シーマンは穂乃果のデビューにかなり力を入れており、彼女のプライベートまで厳重に管理しているため、穂乃果への接触は叶わなかった。

 

(こうなると…いよいよ詰んでるのかしら)

 

肩をさらに沈め、真姫は思案した。彼女の形のよい顎が、湯に浸かろうとしている。

 

(でも、μ'sは8人じゃない。9人。9人だからこそ、観てくれる人に最高のパフォーマンスを届けられる)

 

8人でもライブは開催できる。しかも、絢瀬絵里や星空凛といった、エンターテイメントの世界で活躍しているメンバーもおり、高校生の頃よりも質の高いライブができるかもしれない。だが、真姫は理解していた。

 

(μ'sは質だけじゃなく、輝き。これは9人が揃って初めて光り輝いて、観てくれる人に届く)

 

「よし!」

 

そう言って自分を奮い立たせると、真姫はバスタブで勢いよく立ち上がり、近くに置いてあったバスタオルを手にして体と頭を拭くと、そのままバスローブを羽織り、広い浴室を出た。すぐに髪を乾かすべきだが、それすらも彼女にはもどかしい。

 

自室に戻ると、彼女は机の上にあるスマートフォンをさっと手に取り、椅子に腰掛けてSNSのアプリを立ち上げる。世界でもっとも利用者数が多いこのSNSには高坂穂乃果の公式アカウントがあり、真姫が検索欄に"honoka"と入力するだけで、サジェスト機能がそれを示した。アカウントを開くと、先週アカウントが開設されたばかりにもかかわらず、穂乃果のフォロワーはすでに100万人を超えていた。

 

「今の私は…すがれる藁があるなら、すがるしかないじゃない」

 

絞り出すように真姫は言った。穂乃果の最新の投稿を開くと、コメント欄に一文を記す。最初は日本語で入力したが、細かいことを気にしない穂乃果の性分を考えると、スマートフォンが日本語に対応していない可能性があり、英語で入力し直した。

 

"I need your help, Honoka."

 

続けて、スマホに残してある動画を貼り付けた。それは今晩の練習で撮った、8人全員が振り合わせの練習をしている30秒程度の動画だ。絵里が取るリズムに合わせて、残る7人が踊っている。真姫には自分だけタイミングが遅れる場面があり、家で確認しながら練習するために動画に残していたのだ。

 

「届いて…お願い」

 

誰に願うわけでもないが、祈るような気持ちで送信ボタンを押すと、そのまま背もたれにゆっくりと身を委ねる。これだけのことであるのに、真姫は軽い疲労感を覚えた。いま投稿したばかりの自分たちの動画は、世界中にいる穂乃果のフォロワーも見る可能性がある。その気恥ずかしさと、大それたことをしてしまったような感覚があるためだ。

 

(これでダメなら…そのときはロンドンに行ってでも、穂乃果を捕まえるわ)

 

そう覚悟すると、真姫は髪を乾かすために化粧台に向かった。時間は午前0時を過ぎていた。

 

 

真姫が穂乃果にメッセージを送り、2日が過ぎた。真姫を含む穂乃果以外のメンバーは、それぞれの仕事や用事を終えてスタジオに集い、5日目の練習を始めようとしている。いまは金曜の夜で明日は休日のため、8人は全員が納得行くまで練習を行うつもりで、絵里と希、海未とことり、凛と花陽、そして真姫とにこがペアになり、黙々とストレッチをこなす。黙々とこなしているのは、やはりここにいる全員が、穂乃果に対する未練があるからだ。9人でステージに立ちたいという思いを、ここにいる全員が共有していた。

 

その時である。スタジオのドアが勢いよく開き、けたたましくも懐かしい声が部屋に飛び込んでくる。

 

「うわーー、みんな本当に練習してるーー!すごく懐かしい!この感じ、本当に最高!」

 

声の主以外の全員がドアの方を一斉に見る。

声の主は、高坂穂乃果である。




【近況ご挨拶】
お久しぶりです。相変わらずの怠惰ゆえ、半年も間が空きました。お待たせしてしまい、本当に申し訳ありません。今回は話が短いですが、切りのいいところで終わらせて頂きました。続きはすでに頭の中にありますので、なるべく早く書きたいと思います。相変わらず自宅勤務が続いていまして、仕事の合間が結構あるんですよね。それにもかかわらず更新しないとか、本当に怠惰の魔女にでも喰われるんじゃないかと。
お話はついに穂乃果ちゃんを日本に連れてきました。ロンドンにいたはずの彼女、はたして何を語るのでしょう。次回をお待ち頂けますと幸いです。


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