人間の絵描きの幻想郷見聞録  (信州のイワ)
しおりを挟む

プロローグ
プロローグ1 幻想郷縁起追記


 人里にある大きな屋敷。
 その書斎に一人の少女がいた。


ある晴れた日の幻想郷。

人里にある大きな屋敷、稗田邸。

多くの書物が納められた書斎で、文机に座った年若き一人の少女が、静かに墨を擦っていた。

この少女こそ、この稗田邸の当主、<九代目のサバン>こと、稗田阿求その人である。

少女は墨を擦り終わると、真新しい筆をとり、墨をふくませていた。その顔は自然とほころんでいた。

何か楽しい事が始まるのを楽しみにしている子供のように。

だが、彼女は稗田の乙女。

幻想郷の歴史の編纂を使命とし、転生を繰り返しながら幻想郷縁起を書き続ける一族。

そんな幻想郷縁起に今、新たにある人物の記述を書き加えようとしていた。

筆を持つもふと考えにふけった。

「う~ん。彼のことを書くのはいいけれど、どんな二つ名にしよう?」

幻想郷縁起に彼女が人物について記すとき、その二つ名を合わせて記すのが彼女達の流儀であった。

その上で彼女の主観が強いのは、まあ、ご愛嬌というやつである。

彼女が記そうとしているのは、2年ほど前に幻想郷に現れた一人の外来人の絵描きについての事である。

彼が現れて調度2年が過ぎたため、彼の事を幻想郷縁起に書き足そうと思い立ったのである。

外来人が現れるのは特筆するほど珍しいことでははない。

それでも、阿求が彼の事を幻想郷縁起に書き記そうとしたのは、彼が余りにもイレギュラーだったからだ。

何がイレギュラーであったのか。

彼は外来人であったが、妖怪や神、人ならざる者のの存在をよく知っていた。

よく知るどころか、共に生活していたという。

彼が元居た世界は、彼に聞くところによれば幻想郷など比較にならないほど混沌としていて、危険にあふれているという。

彼はあまり自分の過去の事を語らなかったが、彼の話は、彼の描く絵は、種族を問わず、多くのものを引き付けた。

人外の危険性を知りながらも、分け隔てなく接していた。

あの、紅白の巫女とはまるで違った平等の形であった。

 だからだろうか?彼は外来人でありながら、早くから幻想郷に馴染み、かつ八雲紫をはじめとした幻想郷の有力者から妖精に至るまで、あまたの人妖と友誼を結び、かつ愛され、様々な騒動に巻き込まれ、巻き起こしつつも、幻想郷各所に少なくない影響を及ぼした。

それもかなり良い方向で。

彼が来てから幻想郷に吹く風は、彼が吹き込んだ風は心地の良いものだった。

阿求は彼の武勇伝を思い出しつつ、どのような二つ名が良いか考え込んでいた。

すると、何か良い案を思いついたように、目を見開き、口元をほころばせながら、紙面に向かった。

「そうだ・・・。」

彼女は軽やかに筆を走らせた。

 

『平凡にして異端なる普通の人間の絵描き 田村福太郎』 能力 絵を描く程度の能力

「もうこれしかないわね。」

 

 彼女は綴る、外来人の絵描きの事を。

 物語はこれから始まる。




 皆さんどうでしたか?この作品は全くの自己満足です。失踪しないよう頑張りますがどうなる事やら。
 今回、このような作品を投稿したのは、白光(しろひかり)さんの作品『とある絵描きの幻想郷生活』(www.mai-net.net/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=tiraura&all=11417)に感銘を受け、自分でもやってみたいと思ったからです。続きはまだだろうか?
 今後作品を展開されるのは独自設定などで構成されていきます。作者は東方初心者でプレイ経験もありません。また、多くの方の二次創作に影響を受けています。おまけに文才なんてどこかに置いて来てます。
 みなぎ先生の作品を知ったのは完全版の『足洗邸の住人たち。』が発売され、試しに読んだのが始まりです。
 みなぎ先生の作りこまれた世界観、キャラクターに引き込まれ、登場キャラの元ネタ、出典までイラスト付きで解説されており感心るとともに、大変勉強になりました。
 また、この作品はpixivにも投稿しております。そちらも、見て頂けると幸いですが、いつも、加筆修正したがる癖がありますので、微妙に違いがありますが、悪しからず。
 東方が楽しめる方、妖怪やモンスターなど人外が好きな方にお勧めの作品です。お勧めです。マイナーですが。後、東方に出てくるようなキャラもちらほらいたりします。

 最後に。素晴らしい作品のを世に送り出してくれた、みなぎ得一先生、ZUNさんに感謝を込めて。

  それでは皆さん、namarie。(エルフ語でサヨナラの意)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九代目のサバンと人間の絵描き



 彼女は外来人、田村福太郎の事をひとしきり書き綴ると、女中に紅茶を運ばせ、彼との在りし日の思い出を思い出していた。


阿求は外来人、田村・福太郎に関して、一通り書き綴った。

「ふぅ・・・」

阿求は少し力が入っていたのか、息を吐くと筆を置き女中を呼んだ。

「ねぇ、誰かいない?」

「はい、阿求様。」

「すまないけれど、紅茶を頼めるかしら?」

「承りました、茶葉は何にいたしましょうか?」

「そうね・・・。せっかくだから、アールグレイをお願い。」

「かしこまりました」

  女中は丁寧に頭を下げると、置くへ下がった。阿求は幻想郷縁起と筆記用具をかたずけた。しばらくして、女中はアールグレイの入ったティーセットと茶請けのクッキーを乗せたお盆を持って戻った。

ティーセットは紺色の唐草文様と鳥をあしらったもので、フチは金で飾った品のよいものだ。マイセンの高級品〈らしい〉だ。

「・・・ふふふ、アールグレイか・・・。」

 

彼女は在りし日の彼との会話を思い出していた。

あの日は、急な大雨が降り出したので、貸本を回収しに来ていた小鈴とちょうど家にいた田村さん(いつもは人里の通りで露店を出して絵描きの依頼を受けているが、連日休みなしで働いているので私が家長命令で休ませた)をお茶に誘ったのだ。

「すみませんねぇ、居候の俺なんかもお茶に誘ってもろうて。」

書斎で小鈴をお茶に誘うことにして、女中にお茶の用意と田村さんを呼んできてもらった。

「もう、何度も言ってるじゃないですか、田村さんは我が稗田家のお客様なんですから。遠慮なんていりません。」

田村さんは、黒のTシャツと少しよれたジーパン(香霖堂で買ってきたらしい)といったラフな姿でやってきた。

「ゆうても、招かれたわけでもありませんし、行くとこ決まるまで、てことでおいてもろうてるだけですし。」

「別にこのままここに住んでもらってもいいんですよ、言うなれば食客として。」

「食客ですか、孟嘗君みたいですね。」

「とにかく別に窮屈に過ごす必要なんてありません!もっと堂々となさってください!」

「ははは、善処します・・・それはそうと、そちらのお嬢さんは?」

 田村さんは、少し気まずそうにして、話を変えると阿求とともに居る少女は誰かと聞いてきた。

「ああ、すっかり忘れていたわ、この子は本居小鈴と言って、私の幼馴染で今日は貸本の回収に来てたんですけど、急な雨で足止めくらってしまったので、雨宿りついでにお茶に誘ったんです。」

「もしかして、貸本屋の鈴奈庵で働いてはるですか?」

どうやら、鈴奈庵のことは知っているらしいが、面識のないあたりまだ行ったことは内容だ。

「いえ、鈴奈庵は彼女の実家なんで、ただの手伝いですよ。」

「でも、お家の手伝いなんて偉いですよ。」

二人で話し込んでしまっていると、小鈴が割って入ってきた。

「もう、阿求たら、私抜きで話を進めないでよ!その人が件の外来人の人でしょ。」

小鈴は少し怒った様子で聞いてきた。

確かに小鈴を無視して話し込んだのは、ちょっと悪かったかもしれない。

悪気はなかったのだから許して欲しいが。

「ごめんなさいね、悪気はなかったのよ。じゃあ、改めて紹介するわね、この方が、我が稗田家のお客様、田村・福太郎さんよ。」

「ご紹介にあずかりました、田村・福太郎です、よろしくお願いします。」

まったく、この人はこちらに気を使ってばかりだから、もっと堂々としてほしいし、頼ってほしいものだ。

「初めまして、本居小鈴です!」

田村さんが、手を差し出し、小鈴は手を握り握手を交わした。

「本居さんは、お家のお手伝いをしてはるんですねぇ、エライなぁ~まだ若いのに。」

「小鈴でいいです。ご迷惑でなければ、私も福太郎さんと呼ばせていただきますから。」

「じゃ、小鈴ちゃんで。」

「よろしくお願いします、福太郎さん。」

「へえ~、小鈴には<ちゃん>づけですか?」

少し腹がたった。

私は未だに<さん>づけだ。

なんか、他人行儀だし田村さんが幻想郷に迷い込んでから、一番長い付き合いだと自負しているが、未だに<さん>づけだ。未だに。

「え~と、さっき貸本ていってましたけど、鈴奈庵は貸本屋さんなんですね、どんな本扱っとるですか?」

くっ、またはぐらかされた。

「よくぞ聞いてくれました!鈴奈庵は古本、古書をはじめとした外の世界の本の販売、貸出をしています!あと、予約出版なんかも承っております!是非ご利用ください!!」

「予約出版?」

「個人出版みたいなのです、私もよく利用してます。」

「幻想郷縁起とかですか?」

「まあ、そんな所です。そうだ、田村さんも絵描きなんですから、画集の一つも出したらどうですか?料金はそれなりに掛かりますが、費用は私が持ちますよ。」

「そんな、もったいないですよ阿求さん。自分みたいなヘタな絵ばっか載った画集なんて誰も買いませんよ。」

「そんなことありません!いつも言ってますがヘタじゃないし、田村さんの絵は素晴らしい絵です!もっと自信もって、誇ってください!」

「そないなこといわれましても、自分ぐらいの絵かける人は他にも大勢いますよって・・・。」

この人は、いつもそうだ、謙遜なんかじゃなく本気でそう思っている。

自分を過小評価しているから。

「そんなことありません!!」

「うわぁ、阿求ったら、えらい怒りよう。それはそうと福太郎さんて絵描きさんなんですか?」

「ああ、いちよう。いつもは、人里の大通りの方で出店出しとります。今日は阿求さんに言われてお休みやけど。まぁ、絵描きゆうんが珍しいいんのか、こないなヘタな絵描きでも贔屓にしてもろうてます。」

「だから、ヘタじゃないと言ってるのに・・・。それに毎日毎日あちこち出歩いて、絵を描いたり、働いたり、ちゃんと休まないと体壊しますよ!」

「あははは、慧音先生にも言われましたわ・・・すみません、ご心配おかけしてます。」

まったく、何度言ったらわかるのか、危険な場所や妖怪にホイホイと近寄って行くし、まったく。

「悪いと思うならちゃんと休む!」

空気を察したのか小鈴が口を挟んだ。

「あ、あの~もしかして、最近噂になってる絵描きさんて、福太郎さんの事だったんですか。以前、魔理沙さんと霊夢さんが絵を描いてもらったって言ってました。あと、文々。新聞にも載ってましたし。」

「・・・その噂っていうのがきになるなぁ。」

「なんでも、妖怪や神すら恐れぬ人間で、大妖怪すら敬意を払う影の実力者だとかって噂でしたから、どんな人かと思ったら、想像以上に普通でびっくりです。」

「なんか、尾鰭どころか手足や角まで生えとるような噂やな・・・。」

「まぁ、不思議じゃないわね。」

「えぇぇ・・・自分は普通の人間よりパラメーター低めの人間ですって。」

「幻想郷に来てからのご自分の行動をよく思い出してください。」

「すいません。」

彼の行動ははっきり言って、異常だ。

彼の元いた世界、幻想郷とさして変わりがない、あるいはもっと危険な世界だ。

妖怪の危険性を十分に理解しているはずなのに、その事を踏まえて考えても、異常だ。

本当に命は惜しくないのか。

「せっかくだから見せてもらってもいいですか?」

「そうね、そうしたらいいわね。ヘタかどうかは小鈴に決めてもらいましょう」

「えぇぇ・・・エライ恥ずかしいんですけど。」

「つべこべ言わずに、絵を取って来るなり、ここで描く!居候だって言うなら家長のいうこと聞く!ほら、早く!!」

「はいいい!わっかりました!!」

私が怒鳴ると田村さんは、すっ飛んでいった。

そんなに怖かったか私?

「なんか、珍しいね。」

「何が?」

「阿求が怒るのも、怒鳴るのも。」

「はぁ・・・そうかもね。」

「なんか、気になるの?福太郎さんの事。」

確かに、そうだ、気になる。

でもそれだけじゃない。

しかし、小鈴に心配されてしまうほど顔に出ているのだろうか。

「どちらかというと、心配なのよ。」

「心配?」

「うん。さっき田村さんにも言ったけど、危険な妖怪や場所にはためらいなく近づくし近づいてくるし、避けようとしない。好奇心の赴くまま、子供のように受け入れ、近づいていくのよ。」

「福太郎さんもたいがいね。でも、外来人だから妖怪が危険だって事を理解してないだけじゃないの?」

「それはないわ。彼は外来人ではあるけど、実は外の世界とは別の世界から来ているの。そこには、ここ以上に人外であふれているそうよ。にわかには信じられないけど、事実みたいよ。」

「阿求がそう言うなら間違いはないだろうけど、だとしたら尚更理解できないね。」

「ええ。何か理由があるのか聞いてみたけど、『精一杯やりたいことやって、セいっぱい生きるためだ』て言っていたけど、それだけじゃ納得できなかった。」

「ほかにも何か気になることがあるの?」

「・・・命が惜しくない、それこそ散歩にも出かけるようにあっさり死んでしまう。そして、それを受け入れている。そんな気がするの。」

「昔、何かあったのかな。なんか、大変な経験をしたとか。」

「聞こうとしたけど、聞けなかった・・・。」

「?」

「田村さん、自分の過去の事はいつもはぐらかすか、すごく悲しそうに、辛そうな目をして、聞かないで欲しいって顔するの、そんな顔されたら聞けないじゃない。」

「阿求・・・。」

「でもね、小鈴。その時、私決めたの。彼が自分から話してくれるのを待とうって。そして、彼の過去ではなく、彼の今を見ていこうって。」

「でも、過去も大事じゃないの。なんか、阿求らしくないね。」

「確かに、過去も大切なものよ。でも、それは今があるからよ。そして、それは<今>や<未来>のために活かすために必要なことだからよ。<過去>があるから<今>がある。それは、<今>が必ず<過去>になるから。<未来>は<今>になり、必ず<過去>になる。だから、私は彼の<今>を大切にしたいの。それに、彼の過去は彼だけのモノ。その思いもね。それがどんなものだとしてもね。大事なのは昨日より、今日、今日より明日なのよ。」

「・・・だから、阿求たちは記録し続けているんだね、今までもそしてこれからも。未来のために。」

「そうよ、わかってくれたら嬉しいわ。辛気臭い話しちゃったわね、もっと明るい話をしましょう。」

「そうだね、でも遅いな、福太郎さん。どうしたんだろう?」

「たぶん、絵を選んでるんじゃないかしら?最近は仕事も多くて沢山絵を描いているみたいだし。」

ホントに遅いな、まさか、影で聞いているとか?恥ずかしい!しかし、それは杞憂に終わった。

しばらくしてから、田村さんは戻ってきた。

「ごめんな~色々選んどったんけど、選ぶのに手間かかった上に大きくて、けどこれが今手元にある一番イイ絵や。まだ描きかけけやど」

そういって田村さんは大きな絵を持ってきた。

油絵の独特な匂いがした。

それは、何とか部屋に入るほどの大きな油絵だった。

描かれているのは紅魔館とそこの住人達。

その絵は写真のように鮮明で、でも、どこか暖かく、より鮮やかで、描かれた住人たちの笑い声や話し声がいまにも聞こえてきそうだ。

「どう?小鈴?」

小鈴を見ると、目を見開き、口が半開きだった。

これで、未完成とは信じられないというように。

「すごい・・・。」

不思議な事に、田村さんの絵を誉めているのを見るとなぜか自分のこと様に嬉しい。

「でしょ♪」

「そないなことありませんよって、こんぐらい練習すればだれでも描けますよって。そないに誉めんで下さい。」

「「そんなことないです!!!!」」

「びっくりした!」

当たり前だ、こんな良い絵、そうそうお目にかかれない。

「出しましょう!福太郎さん!画集!!絶対に!!」

「えぇぇ・・・。」

「賛成ですよ私も。」

「そういわれても・・・。」

「今でなくともいいです!でも必ず、いつか出しましょう!福太郎さん!!」

いつになく小鈴が乗り気だ。田村さんの絵は種族を問わず引き付ける何かがある。

「じゃあ・・・ボツボツやってみましょうか。」

「では、決まりね。」

うん、きっと大人気になるはずだ。

話がまとまったころ、ちょうど女中が戻ってきた。

「皆さま、お茶が入りました。お茶うけに焼き立てのクッキーもご用意しました。」

「ありがとう。」

「どうも、おおきに。」

「ありがとうございます。」

「どうぞ、ごゆっくり。」

静かに礼をして女中は下がったが、チラチラと田村さんの絵を見ていた。

ほら、やっぱりいいものなのだ田村さんの絵は。

運ばれてきたのはマイセンのティーセットに大きな皿に盛り合わせられたクッキーだ。焼き立てのクッキーとアールグレイのいい匂いがする。

「おおぅ、おいしそう。」

「当り前じゃない♪」

「器はマイセンですかね、いいものですね。」

当り前だ、このマイセンは私の自慢の一品だし、雨はしばらく、やみそうにないから時間をかけて、茶請けに焼き立てのクッキーを用意したのだから。

「流石、田村さん。お目が高いですね。以前、香霖堂で買ったんです。」

田村さんは、絵描きなだけあって、良くものを見ている。

これは、機械で模様を付けたものではなく、職人の手によって描かれたものだ。霖之助さん情報だが。

「へ~これマイセンっていうんだ。これ外来品?」

「そうらしいわよ。」

「これも、無縁塚に流れ着いとったんでしょうけど、こないなイイもんが流れ着いとったなんて不思議ですね。」

「そうなんですか?」

そうゆうと、小鈴はしげしげとティーカップを眺めている。

「ええ、マイセンていうのは、元々、欧州のドイツという国の地名でそこで作られた磁器のことをいうんです。特にマイセンは高級品として知られていて、けっこう値が張るし、美術品としても人気なんです。ドイツの王様が中国や日本の磁器をマネて作らしたのが始まりらしいです。」

「私には普通の瀬戸物にしか見えないから、なんか以外。」

不思議そうに小鈴はティーカップを見ている。

まあ、仕方のないことだ、いいものはなかなかお目にかかれるものではないし、そうゆうのがわかるようになるには経験が必要だ。

「そうやね。でも、中国や日本の主力輸出品の一つとして認識されとって、英語でチャイナていうのは磁器の事で、磁器イコール中国というのが成り立っていたようやね。」

「じゃあ、日本は英語でジャパンと云いますが、これは何なんでしょうか?」

小鈴は田村さんに尋ねている。まるで、先生と生徒のようだ。 

・・・うらやましくなんかない。

でも、小鈴に少し私の知識を披露してやろう。

何も田村さんだけにしゃべらせておく必要はない。

「漆器のことよ、小鈴。漆製品も当時の人気のある輸出品だったし、他には類を見ないものだったら、漆器の国は日本ということでジャパンと呼ばれるようになったのよ。」

「ふぅ~ん。そうなんだ。でも確かに、綺麗なの多いよね、蒔絵とかあるとすっごく高級そうに見えるもんね。」

「せやから、コレクションした人も多いみたいやよ。フランスゆう国のマリー・アントワネットゆう有名な王妃様がコレクションしてたらしいし」

「色々由来が有るんだね。きっとこの紅茶にもあるんうね、阿求何か知ってる?」

そう来たか、さすがに万物に精通しているわけではない。

「私はあまり、知らないわね。せいぜい、元々中国のお茶って事しか知らないわ。田村さんなら何か知ってるんじゃないかしら?」

さあ、どう答える?田村さん。

「そうですね、僕もあんま詳しくないですけど、さっき阿求さんが言ったように、元々中国で飲まれていたもので、少し発酵させて作った、香の強いお茶やったんです。これをマネてグレイ伯爵ゆう人が香りを付けたお茶を作ったんで、グレイ伯爵ゆう意味のアールグレイとなずけられたそうですね。」

「これも、東洋から伝わって、西洋でアレンジされたものなんだ。」

「世の中不思議ね、東洋のものが西洋にそしてまた東洋に、色んなものや人に影響されて変化して、伝わっていくんだから。」

小鈴はしきりに感心している。

流石だ、田村さんの好奇心に、右肩に潜んでいるものが協力してるんではなかろうか?

「そうですね阿求さん。思えば、このティーカップやソーサも、元はお茶碗と絵付きの小皿ですし。」

「・・・もはや原型をとどめてませんね。」

小鈴は改めてティーカップを見ている。

おそらく、自分の記憶にある湯呑と絵付きの小皿を組み合わせて想像しているのだろう、・・・なかなかシュールだ。

「これ、この取っ手の所は本来なかったみたいで、熱いお茶を茶碗に口をつけて飲めないから、このソーサにこぼしてから飲んどったらしいし。」

田村さんはカップとソーサを手に取って示して小鈴に教えているが、ホントに生徒と教師のようだ。

そういえば元の世界では教師をしていたのだから、人にものを教える姿が板についているのも納得だ。

「えぇぇ・・・なんかイメージと違う。」

確かに。まるで、盃の酒を飲み干す様にお茶を飲む紳士の姿を想像すると・・・なんか笑える。

「自分も初めて知ったときは驚いたけど、そういう様子を描いた絵も残ってるから本当の事らしいですね。」

「まさに、事実は小説よりも奇なり。ですね。」

まったくだ。

しかし、小鈴だけにしゃべらせておくのも癪だ。

「田村さんは本当に博識ですね。意外です、絵描くから芸術に関することばかり、詳しいのだと初めは思っていましたが色々勉強なさってるんですね。」

「いやいや、物事の成り立ちについて興味があるだけですよ。それに、勉強したわけではなくって、興味のあることだけ気になって調べるて知っとるだけですし。」

それでも、大したものだと思う、普通は忘れてしまうものだろう。

私は能力のお蔭でそんなことはあり得ないが。

「それにしても、福太郎さんはすごいですよ、話は分かり易いし、詳しいし、霖之助さんみたいに話が長くなくて簡潔だし。」

「そないなこと言ったらダメですよ。霖之助やってすごいで、物の名前と用途がわかるんやし、それに本人が色々考えたこと言ってるだけなんですから。この前、魔理沙ちゃんにも言われてへこんどったんですから。」

小鈴のいうことはには同意せざるを得ない。

しかし、あの霖之助さんがへこんでいたのか、チョット気になる。

「あの霖之助さんがへこんでいたんですか、意外ですねいつも自信満々に蘊蓄をしゃべるのに。」

「まあ、誰でもへこむことはありますよ。あの時、拗ねてしもうて、『どうせ僕は福太郎に知識でもおとる道楽店主さ』とか『どうせ、僕の話は長い上に分かりにくいし誰も聞いてないさ。』ゆうて、機嫌直してもらうの大変やったんですよ。」

田村さんが必死にフォローしている姿が目に浮かぶ。

小鈴も笑っているから、たぶん同じ事を想像したのだろう。

「なんか想像できるね阿求。」

「そうね、小鈴。」

「あんま、いじめないでやって下さいね。」

しかし、霖之助か。呼び捨てで呼び合うほど仲がいいとは知らなかった。・・・うらやましくなんかない。

「そうですね、そうしましょう。」

「はぁーい。」

田村さんはああ言ったが、今度会ったらいじってやろう。

まあ、気の合いそうな組み合わせであることは想像に難くない。

力のある男の人間や妖怪は少ないし、霖之助さんにとっても貴重な同性の友人だろうし。

モノの謂れ、用途に関心のある霖之助さんと物事の由来や成り立ちといったものに関心のある福太郎さん。

二人とも好奇心が原動力になっているのだから案外いいコンビに成り得るだろう。

「そんなことより、せっかくの紅茶とクッキーですし、冷めないうちにいただきましょう。それじゃ・・・。」

「「「いただきます!!!」」」

それから、たわいない会話を楽しんだ。

 

 

「そんなに前の事でもないのに、なんか懐かしいわね。彼が引っ越してしまったせいかしら。今生の別れでもないのに。」

紅茶を飲みながら、彼との会話を思い出していたら、こんな事を口走ってしまっていた。彼は幻想郷に来てから、この稗田邸に滞在しながら新居を探していた。

別に人里の空き家を借りても良かったのだが、彼の性分を考えると危険極まりない、誰かスットパー役が近くにいる必要があった。

寺子屋の教師を務める上白澤慧音宅という案もあったが、女性の一人暮らしというために彼が固辞した。

確かに家に若い独り身の男(三十路手前の男性が若いかどうかは疑問だが)と同棲というと外聞が悪い。

だが、むしろ人里の住人たちはこの二人をくっつけよとしていたため、慧音さんとの同棲を勧める声は多かったが。

田村さんの新居に名乗りを上げていた場所は多かった。

我が稗田邸は引き続き田村さんの滞在を望んだ。

名乗りを上げていたのは博麗神社、マヨイガ、守矢神社、妖怪の山、地霊殿、紅魔館、白玉楼、永遠亭、有頂天、神霊廟、命連寺と幻想郷の各地から誘いの声があった。

田村さんはこの中から一か所を選んだ。

かつて暮らしていた足洗邸によく似ていると言っていたあの場所に。

ちなみに、この激しい競争の中で選ばれた場所の住人たちは少なからず歓喜の声を上げ、選ばれなかった者たちは大層悔しがったという。

彼はその場所に居を移すことを決心し、そのことを伝えた時、私は引き留めたが田村さんの決心は揺るがなかった。

「急にすみません。ホントすみません。ホントに。」

田村さんは謝っていた。

別に謝るようなことじゃないのに。

そもそも、謝るのは私の方だ。

田村さんの決めたことに私が口を出す権利など元々ないのだから。

それでも、田村さんは謝っていた。

私の事を気遣って。

それでも私はさみしかった、離れたくなかった。

切なかった。

この時の事を小鈴に話したら。

「乙女してるね~阿求。」

はったおしてやった。

何が乙女だ端から乙女だ私は。

彼が荷物をまとめ、引っ越すときに田村さんはあるものを渡してくれた。

一つの約束を交わして。

「阿求さんたち稗田乙女の事は聞いとりますが、それでも約束してください。オレよりも長生きしてください。」

それは、私の肖像画だった。

書斎で文机の前に静かに座り、巻物を広げている私だった。

とても静かで柔らかな笑みを称えた顔をした私だった。

私はこんな表情をするのか。

やっぱり田村さんの絵は素晴らしい、とても素敵な絵だ。

「はい、わかりましたお約束します。私はこの絵を遺影にするつもりはありません。いつの日か、年老いて、若かりし日の事を思い出しながら、あなたの事を思い出しながら、この絵を眺めます。」

本当にそんなことができるかわ分からない。

おそらくは無理だろうが、運命の儘に任せるつもりなど毛頭ない。

私の運命だ、私の人生だ、持てる知識と力を全て使って抗って見せる。

私は絵を置き、田村さんの手を握って私も約束をした。

「私からもお願いがあります。」

「お願いですか?」

「お願いというか、約束です。田村さん、福太郎さん。あなたも力強く、長生きをしてください。たくさんの絵を描いてください、あまり無茶をしないでください、もっとご自分を大事にしてください。それから、それから・・・・」

泣いてしまった。

今生の別れのようで、もらった絵が別れの餞別のような気がして。

急にさみしくなってしまった、悲しくなってしまった。

田村さんは私の涙を拭きながら、手を握り、目を見て私に約束してくれた。

「わかりました。お約束します。いつまで生きられるか分かりませんが、精一杯生きて、そんでもって、たくさん絵を描いていきます。すんません、なんか悲しませてしもうたみたいで。しかし、そんな無茶してますかねオレ。」

「見てるこっちがハラハラします、自重してください。」

「はい・・・。」

こうして私たちは約束を交わし、別れた。

その後も彼は元気にやっているらしい。

時々遊びに来てくれる。

同行した者の話によれば無茶は相変わらずのようだが、それはそれで、田村さんらしい。

彼は私との約束を守っているようだ。

ならば私も約束を果たそう、もてる知識と力を総動員して。

「阿求様、そろそろお時間です。」

「わかったわ、今行きます。」

今日は博麗神社で宴会が行われる。

普段はあまり顔を出さないが今回は特別だ。

今日は田村さんが招かれているのだ。

そもそも今回の宴会の主役は彼だ。

田村さんが引っ越してから半年以上たったが、年末年始の博麗大宴会のついでに田村さんの引っ越し祝いをしようとゆうことらしい。

・・・引っ越し祝いは確か新居でもやったはずなのだが。

それだけ田村さんが愛されているのか、ただ単に宴会の口実なのかは分からない。

ただ今回はこれまでにないほど盛大なものになるようだ。

どうもスキマ妖怪がかなり気合を入れているようだし、参加の規模もこれまでにないものになりそうだ。

妖怪の山に果ては地底、天界、冥界、地獄といった幻想郷の各所から繰り出してくるらしい。

タダ酒が目当てなのか宴会の主役が目当てなのかは分からない。

だが驚くべきことに動かない大図書館と古道具屋まで参加するというから田村さんが目当ての者も多いのだろう。

中には未だに自分たちの所に引っ越してこないかとアプローチを続けているものも多いらしいから、袖にされた(あくまで、引っ越し先として)恨み言でも言いに来るのかもしれない。

そろそろ行かなければ。

小鈴と慧音さんと待ち合わせをしているのだから。

「阿求!こっちこっち!早くしないと宴会始まっちゃうよ!」

「そう慌てるな小鈴、宴会が始まるまでにはまだ時間がある。」

二人は風呂敷包みを持っている。

今回の宴会はスキマ妖怪の主催だが、飲食物の持ち込みは可である。天狗や鬼は浴びるほど酒を飲むから持参する酒はきっと多いだろう。

そのためか、かなりの量のそれぞれ好みの酒や食べ物を前もって博麗神社に運び込んでいるようだ。

勿論、稗田邸からもそれなりの食べ物や酒を運ばせた。

なんといっても田村さんが今回の主役なのだから。

「そうよ、小鈴、あっでもあの飲んべたちの事だから早めに始めてしまうかもしれないわね。」

「む、なら急ぐ必要があるかもしれないな。今回は福太郎が主役だからな、酔い潰されてしまっていては困る。」

 下戸の田村さんの事だから十分にあり得る。

「何か、用でもあるんですか慧音先生。あ!もしかして告白!?」

知らないわよ小鈴。

「小鈴。」

「何ですか?」

ゴッン!!

「うぎゃ!!」

あっ頭突きされた、当然だ。

「そんなわけないだろう馬鹿者め!そんなことしたらただの公開処刑だ。寺子屋の教科書を新しく作ろうと思ってな、その挿絵を頼もうと思ったんだ。小鈴、ちゃんと聞いているか。」

「うぅぅ・・・ちゃんと聞いてますよ慧音先生。いくら何でもいきなり頭突きはひどいですよ。」

まあ、仕方ないだろう、人里で田村さんと慧音さんをくっつけようとしていた人たちは未だにあきらめていないらしいから。

こんな事を言われるのはしょっちゅうなのだろう。

しかし、挿絵か。いいことを思いついた。

「ほら、口は禍の元。余計なことを言うからよ。さあ、博麗神社へ急ぎましょう。」

どうせなら、私も頼んでみようかしら。

そしたら、田村さんと一緒にいる時間も増えるかもしれない。

「阿求なんか楽しそうだね。」

「そう?」

「まあ、わかるよ、なんたって愛しの福太郎さんに会えるんだからね~。」

「慧音さん。」

「承知した。」

「え?」

ゴゥン!!

本日二回目の頭突きが炸裂した。

余計なお世話だ。

「うぅ・・・おぉぉ。」

フラフラ、バタ。

あっ、ノビタ。

自業自得だ。

自分の気持ちぐらい理解しているのだ、イチイチ茶化すな。

「まったく、手間をかけさせる。よっと。」

倒れた小鈴を荷物を持ったまま慧音さんが樽担ぎした。

流石、半人半獣なことはある。

「すみません慧音さん。荷物もあるのに。」

「なに構わん。これくらい造作もない。悪いが、小鈴の荷物は持ってもらっていいか?流石にこう手がふさがっていてはな。」

「構いませんよそれくらい。」

小鈴の荷物を私が持ち、私たちは世間話をしながら博麗神社へ歩き始めた。

「しかし、人里の人達もそうだが人のことをイチイチ茶化さなければ気が済まないのか、まったく。」

「未だにそうゆう話が出ますか。」

「ああ、早くしないと福太郎さん取られてしまいますよ、だとさ。そもそも私にそんな気はないのに。」

「まあ、お似合いな感じはしますね。」

一時期、田村さんは寺子屋で臨時講師をしていたし、どうも、寺子屋に通う子供たちの親御さんたちの作戦の一環だったらしい。

「だが、福太郎はいずれ帰るのだ、そんなことになったら、彼を困らせるだけだというのに。」

確かにそうだ、彼は帰りたいのだ。

果たしてそれが可能になるかどうかは分からないが、それを邪魔するのは良くない。

「だが、実のところはどうなんだ阿求?」

慧音さんに聞かれるとは思わなかったが、まあ、気づかれても仕方ない。

「そうですね。確かに田村さんの事は好きです。一人の女として。ですが、それは慧音さんのおっしゃったように彼を困らせてしまいますし、きっと別れも辛くなるだけです。よき友人として付き合っていきたいと思います。」

「そうか。すまんな、ガラにもない事を聞いた。」

「別に構いませんよ。さあ、急ぎましょう。」

「そうだな。」

確かに、田村さんと一緒になれたらどんなにいいか。

でも、彼には帰る場所があり、そこで待つ人がいる。

彼の事を愛している人がいて、しかも、親?の公認の関係らしい。

その人から、田村さんを奪うわけにはいかない。良き友人として付き合っていくしかないのだ。

それに、田村さんと一緒にいられるだけで私は十分だ。

田村さんは私の頼みを聞いてくれるだろうか?だぶん、聞いてくれるだろう。

今から楽しみだ。

色んなことを話そう、幻想郷縁起に田村さんの事を書き加えていると言ったら、彼はどんな反応をするだろうか。

今から楽しみだ。

 

 

少女たちは博麗神社へ足取り軽く(約一名物理的に重く)向かっていく。

一人は仕事の依頼と伸した少女を持って、一人は決して打ち明けることのない恋心を抱いて。

これは、九代目のサバンと人間の絵描きの物語。

誰が読むかもわからぬ物語はこれから紡がれていく。

 




 今回もお付き合いいただき、ありがとうございます。
 何やら、九代目のサバンは人間の絵描きに惚れておるようで。
 まあ、こうゆう風にしたのは田村福太郎がオリジナルドラマCDで、学園の生徒(口裂け女)を知らず知らずのうちに誑し込んでいたので、その設定を引き継いでいます。原作では他にも福太郎に熱を上げているキャラもいますし、天然ジゴロ属性を付けてみました。
 今回は色々な伏線と福太郎の設定をばらまいてみました。一応、今後はその伏線を回収していきたいと思ってますが、上手くいくかどうか・・・。原作でも回収しきれてない伏線とかあるしま、いいか!
 さて、田村福太郎は一体どこに引っ越したのでしょうか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

博麗大宴会、準備中。

 阿求たちが博麗神社へ向かっていた頃、田村福太郎は宴会の準備が着々と進む様子を見ながら、宴会の主賓として来客たちに挨拶をするなどして暇をつぶしていた。


  博麗神社~境内

 

 「しっかし、えらいことになったな~。」

 

 博麗神社の境内に一人の男が境内の様子を眺めて、独り言をつぶやいていた。

 この男こそ今回の宴会の主賓である田村福太郎その人である。

 福太郎がそのような独り言を呟くのも無理はない。

 そこには、元いた[[rb:秀真國 > ほつまのくに]]でも信じられないような、普段は閑散とした博麗神社からは想像もつかない光景があった。

 広い境内にはまるで、縁日の屋台のように調理台が境内を囲むように並び、中央には敷物が所狭しと敷かれ準備が着々と進んでいた。

 すでに調理台では到着した人妖が調理を始めていた。

 至る所からいい匂いがするが、特に夜雀のミスティア・ローレライの調理台からは八目鰻の焼けるいい匂いがする。

 しかし、驚いているのはそこではない。

 酒だ、酒樽が山のように積まれているのだ。

 

 「これ、みんな今日飲むんかいな・・・。」

 

 実は、これらのほとんどが八雲紫の提供なのである。

 流石は妖怪の賢者が気合を入れて用意しただけの事はあり、その種類は豊富である。

 日本酒の酒樽は勿論のことだが、ビール、ウイスキー、ワインなどの洋酒の酒樽や外の世界の酒もかなりの量が用意されているのがわかる。

 

 「あっ、萃香ちゃん、もう飲み始めとる。」

 

 見ると、大きな二本の角を持った小鬼が木製のジョッキでビールを飲んでいる。

 周りに用意された調理台に目をやれば、他にも準備にいそしみながら酒を飲んでいる者の姿、要するにキッチンドリンカーの姿もあった。

 

 「一輪さん、今からお酒飲んだらあかんでしょう。」

 

 命蓮寺の尼僧、守り守られし大輪の花こと雲居一輪である。

 

 「あぁ?福太郎?いいじゃない今日ぐらい好きに飲んでも。それに、これは、用意している料理に使う料理酒よ、いや~ね、料理に加える分量を間違えて余っちゃって、捨てるのもったいないから飲んでるのよ~。」

 「ゆうても、だいぶ飲んどりませんか?」

 

 調理台の方に目をやると、酒の小瓶が2,3個転がっている。

 

 「いいの、いいの、今日は姐さん公認で飲めるんだから。」

 

 確かに、今日は田村福太郎の引っ越し祝いということと宴会という酒の席であり、自分たちだけ酒を断っては、場の 空気を悪くしてしまうから、ということで聖白蓮が特別に許可したのである。

 というのは建前で、いつも頑張っている皆に今日ばかりは羽目を外しても良いという白蓮の親心であった。

 

 「まあ、ほどほどになぁ~。まだ、本番前なんやから。」

 「はいはい、わかってますよ。ほら主賓はおとなしく待ってなさい。」

 「ゆうても、暇でしょうがないんやけど。」

 「宴会が始まったら、どうせ、そんなこと言ってらんないだから、今のうちに休んどきなさい。」

 「はいはい、分かりました。」

 

 一輪に追い払われると境内を少し歩き回った。

 というのも、周りに準備を押し付けてしまう形になり、どうも心苦しいためであった。

 

 

 「まあ、ありがたい事なんやけどなぁ~。」

 

 そういって、せめて主賓らしいことをしようと到着したゲストに挨拶をしに行こうと思い歩き出した。

 実は始めは共に博麗神社に到着した新居の住人たちとともに準備を手伝おうとしたのだが、神社の主である博麗霊夢に

 

 「福太郎さんは今日は主賓なんだから、今日ぐらいゆっくりして下さい。人手は足りてるし、後からくる連中にも手伝わせるんでおとなしくしてて下さい。」

 

 と言われてしまった。

 今日ぐらいの所を強調した当たり、日ごろ心配をを掛けている意趣返しであることがわかってしまったのでおとなしくしていることにした。

 そうは言ってもじっとしていてはヒマな事この上ないので境内をうろうろしていたのである。

 心苦しいというのも所詮、自分の気が休まらないというよく言えば他人思いで、悪く言えば自己中心的なものに過ぎなかったのだ。

 

 

 この宴会が開かれる旨が福太郎に伝えられたのは一週間前の事である。

 新居に引っ越し、新しい生活にも慣れてしばらくしてのことだった。

 

 「うーん~いい天気やな~。」

 

 福太郎は背伸びをしながら縁側でそんなことを呑気に呟き、どこに絵を描きに行こうかと考えている時の事だった。

 

 「お元気~?福太郎~?あなたのゆかりんが来ましたよ~。」

 

  ビックッ!

 

 「・・・・・。」

 

 突然、隙間から現れ、かなりフランクかつ、砕けた口調で現れた紫に驚きを通り過ぎ、ドン引きしていた。

 

 「何か反応してくれないと流石の私も来るものがあるわよ、福太郎さん・・・。」

 「・・・今日は何の御用でしょうか、紫さん?」

 

 福太郎は単刀直入に用件を尋ねた。

 

 「今日来たのは他でもないわ、年末年始に博麗神社で宴会をするのだけれど、・・・そこでね、あなたを主賓として、招待したいのよ・・・。」

 

 「へ?」

 

 ニュースは八雲紫と文々。新聞などの天狗の新聞などによって幻想郷中に広まった。

 これに対して、幻想郷全域から参加の意思が伝えられ、様々な酒や食料が事前に博麗神社に運び込まれるに至った。

 余談ではあるが、当初、博麗神社が会場として使われることを渋っていた博麗霊夢であったが、事前に大量の食糧と 酒が運び込まれたことにより、そのおこぼれに与ることのできたため、歓喜の叫びをあげ、小躍りして喜んだという。

 

 

 そんなことを思い出している内に、新たな宴会の参加者が到着したようなのでそちらに向かった。

 

 「レミリアさん、咲夜さん、今日はおいで頂いてありがとうございます。フランちゃんも来てくれてありがとうな。あ、パチェリーさんまで来てくださったんですか、ホントありがとうございます。」

 「ご挨拶どうも。どうやら主賓らしくしているようね。」

 「どうも、ごきげんよう福太郎。」

 「ご招待ありがとうございます、田村福太郎様。」

 「こんにちは、福太郎!招待ありがとね!」

 

 紅魔館の住人達はそれぞれ挨拶を交わした。特にフランドール・スカーレットは福太郎にあえて嬉しそうである。

 

 「挨拶も済んだし、私は先に休ませてもらうわね。」

 

 パチェリーはそう言うと、持ってきた本を小脇に抱えてどこかに行ってしまった。

 

 「パチェリーさん、遠いところありがとうございました。どうぞごゆっくり。そうれはそうと美鈴さんとこあさんの姿が見えませんが、お留守番ですか?」

 

 紅美鈴は紅魔館の門番であり、こあこと小悪魔は大図書館の司書であるため留守番もかわいそうだが、仕方ないと思った福太郎は仕方がないと思い申し訳ないと思ったが、レミリアが否定した。

 

 「いや、今日はボブゴブリンとメイド妖精に任せてきたから、後からくるわ。ほら、来たわ。」

 「え?後から?」

 

 すると、鳥居の方から大きな荷物がうめき声を上げながら歩いてくるのが見えた。

 

 「うぉぉぉ、重いぃぃぃ~~。」

 「こあさん、あともうちょっとです。あと少しですから、頑張って下さいぃぃぃ。」

 

 よく見ると、何かが入った大きな包や樽が見えた。

 それを二人で運んでいるのである。

 美鈴は、特に大きな荷物を運んでおり、はた目には人間だが、やはり妖怪であると実感させた。

 小悪魔の荷物は美鈴に比べれば量は少ないが尋常ではない量を運んでいる。

 

 「「つっ着いた~~~。」」

 

 福太郎は、神社の方にすっ飛んでいき、大きなジョッキに水を汲んで戻って来た。

 

 「お、お疲れ様ですーー!」

 「あ、福ちゃん、ありがとうございます~。」

 「ありがどうございます、福太郎ざん。」

 

 二人は福太郎から水を受け取ると、ゴクゴクと音を立て忽ち飲み干した。

 

 「はしたない上に、情けないわよ、二人とも。」

 「咲夜の言う通りよ。紅魔館の一員たるもの、常に淑女でなければ。」

 

 そんな、疲れ果てた二人をレミリアと咲夜は窘めた。

 

 「そういわんといてあげて下さい。二人とも頑張っとったみたいですし。」

 

 見れば二人とも大粒の汗を流し、かなり疲れているようだった。

 

 「二人ともご苦労様、もしかして紅魔館からこれ、担いできたん?」

 

 福太郎は大荷物を示しながら聞いてみた。

 

 「いえ、石段のところまでは荷車で、はぁ、はぁ、はぁ。」

 「紅魔館に馬車馬なんていないから、こあちゃんと引いて来たのよ。はぁ、はぁ、はぁ。」

 「うん、二人とも頑張ってたんだよ。私、手伝おうって言ったんだけど、お姉さまと咲夜に止められちゃったし、二人にも断られちゃった。あ、私、他の人たちに挨拶してくるね。」

 「文字通り、馬車馬のように働かされたんやな。すまんな、ホンマ。」

 

 福太郎は二人の様子を見てますます、心苦しくなった。

 

 「なんの、なったって福ちゃんの為ですからね、これぐらい、安いとは言えませんが、度ってことないです。」

 「そうですよ、福太郎さんにはあんな素晴らしい絵を描いてもらったんですから、これぐらいしないと、してもらってばっかりでは悪魔の名折れです!」

 

 そういうと二人はそれなりに立派な胸を張った。

 福太郎は先日、紅魔館の皆のために絵を描いて贈ったが、そこまで喜んでもらうとは思ってもみなかった。

 福太郎は足洗邸の住人たちにも絵を贈ったことがある。

 その時はみんなかなり喜んでくれたが、それ以上の喜びようであると思う。

 

 「それじゃ、その調子で後、十往復ぐらい頑張ってもらいましょうか。」

 

 咲夜はさらりとキツイ仕事を言い渡した。

 

 「えぇぇぇ!咲夜さんも手伝ってくださいよ!」

 「そうですよ、咲夜さんばっかり楽してずるいですよ!」

 

 二人は抗議の声を上げた。

 というか、まだ荷物があることに福太郎は驚いていた。

 

 「まだ、あるんですか!?」

 

 というか、まだ荷物があることに福太郎は驚いていた。

 

 「まだ、あるんですか!?事前に運んで置いたら良かったのに。」

 「ああ、それもそうだが、食材新鮮な方が、料理は出来立ての方が上手いに決まっている。

それに、ワインは品質管理が命だ、野晒しにされては台無しになりかねないからな、当日運び込むことにしたのだ。それに、福太郎には良い絵を描いてもらったしこれぐらいは当然だ。何より、宴会に持ち込む酒や食料が少なくては、紅魔はこれ程しか用意できなかったのかと、舐められる。それでは我が紅魔館の恥だ。」

 「そういうわけですので、期待していてください田村様。」

 

 レミリアと咲夜の気持ちはありがたいが、かえって恐縮してしまった。

 

 「それに、追加報酬をまだ受け取って貰っていなかったしな。」

 「うっ。」

 

 というのも、レミリアは福太郎の絵の出来に大層満足し、予定されていた報酬の倍額を支払おうとしたが、福太郎が固辞していた。

 しかし、当のレミリアはそれでは気が済まず、いずれ何らかの形で報酬を払うということにして、はぐらかしていたのである。

 福太郎は、まさか、こんな形になるとは夢にも思っていなかったのだ。

 

 「それにしてもひどいですよ、私たちが何したってんですか!咲夜さん!!」

 「そうだ!そうだ!横暴だぁ~!」

 

 福太郎は二人の言い分ももっともだと思ったが、咲夜は目を細め、二人を見やると。

 

 「・・・昼寝とサボリ。」

 「うっ。」

 「・・・楽しみにしていた私のワイン。」

 「ギクッ!」

 「許してあげるから、運びなさい。」

 

 福太郎はどうやら、助け船は出せそうに無いと思っていると二人は力なく返事をした。

 

 「「はぃ。」」

 「はははぁ、そうは言っても時間かかりそうやな、少し手伝ったろうか?」

 「田村様は今回の主賓です、おとなしくしていて下さい。とは言え、仰るように、時間が掛かれば、宴会に間に合わないかもしれませんね。」

 「そうですね、誰かに手伝ってもらいましょう。」

 

 福太郎自身は流石に二人が哀れに思え、手伝いを申し出たが、断られたが、幸いにも他のものに助力を乞うことはできそうである。

 すると、すでに出来上がりはじめている伊吹萃香を見つけ声を掛けようとしたが、一人の背の高い少女が近づいてきた。

 赤と白の法衣をまとい虎柄の腰巻を巻いた、命蓮寺の本尊、虎柄の毘沙門天こと寅丸星であった。

 

 「おや、おや、情けないですね。まあ、仕方無いでしょうね、紅魔館の居眠り門番ですからね。」

 

 それを聞いた美鈴は先ほどまで疲労困憊していたにも関わらず、にこやかに笑いながらも、その整った顔に青筋を浮かべながら言い放った。

 

 「ハハハ、何を言っているんですか、たったこれだけの荷物、福ちゃんの為と思えばへっちゃらです。まぁ、宝塔をすぐ、どっかに無くすドジッ虎本尊様には到底、無理でしょうね~。そこで、大人しく見ていてください。」

 

  カッチン!

 

 「言ってくれますね、居眠り門番!」

 「何ですか?ドジッ虎本尊様?」

 

 二人は笑いながら睨み合い、バチバチと見えない火花を散らしていた。

 寅丸星は鑓を手にし、紅美鈴は腕まくりをし臨戦態勢に入り、まさに一触即発という様子であり、福太郎は困惑してしまった。

 

 「二人とも落ち着いてぇな、喧嘩は良くないで。」

 「「福太郎さん(福ちゃん)は黙っててください!!!!」」

 「はいぃぃ!!」

 

 福太郎は二人の剣幕に圧倒され、慌てて返事をするしかできなかった。

 周りに助けを求めようと周囲を見まわすが、みな面白がるばかりで止めようとしない。

 むしろ、喧嘩を煽ってきそうだ。

 

 「お、喧嘩か?いいぞ、いいぞ!!ヤレ、ヤレェ!!」

 「喧嘩は華だよ、いっちょ派手にやんな!!」

 

 そうこう思っている内に、鬼の星熊勇儀と伊吹萃香の二人は喧嘩を早速煽っていた。

 しかし、そこに思わぬ援軍が現れた。

 

 「二人とも、福太郎さんの言う通りですよ、およしなさい。」

 

 命蓮寺の住職にして、八苦を滅した尼僧こと、聖白蓮その人であった。

 ここまではカッコイイ白蓮の登場であったのだが、皆、その右手、というか白蓮に首根っこを掴まれ、力なく引きずられている人物に目が行ってしまった。

 

 「うぅぅ。」

 

 先ほど、料理酒を煽っていた一輪である。

 見れば、頭に大きなこぶができている。

 どうやら、宴会が始まる前に飲んでいるのが見つかって鉄拳制裁を受けたと見える。

 

 「あら、いけない。」

 

  ドサッ

 

 白蓮は思い出したように一輪を離したが、随分と扱いがぞんざいであり、喧嘩を煽っていた周りは少し引き、喧嘩を煽る声は収まった。

 一輪が鉄拳制裁された理由を察することができた福太郎は自業自得な気がしていたが。

 

 「今回の宴会は福太郎さんの引っ越し祝いということで開かれています。その主賓たる福太郎さんを困らせてどうするんですか。それに、二人とも口が悪いですよ、それに、ここは祝いの場ですよ、少しは控えなさい。二人とも子供ではないんですらから。そんなでは田村さんに嫌われますよ、わかりましたね。」

 

 二人はお互いの顔と福太郎の顔を見るとお互いに頭を下げた。

 

 「・・・はい。すみませんでした星さん。」

 「・・・いえ、私こそ。すみません。」

 「うん、よろしい。」

 

 白蓮に福太郎の名前を出されると二人ともあっさり引き下がった。

 その様子を見ていた見物人たちは、もう終わりかと引き上げていった。

 名前を出された福太郎は喧嘩にならず、ホットしながらもこの様子を不思議そうに首をかしげていた。

 その姿を見て白蓮はため息をつき、二人にいった。

 

 「では、二人とも協力して、荷物を運び込みなさい。こうしている間にも宴会が始まる時間は迫っています。早く運び込んでしまいましょう。このままでは、他の方の迷惑にもなってしまいますから。一輪にも手伝わせますので。」

 

  ビクッ!

 

 「気が付いているんでしょう。わかってますよ、一輪。今日はこれで勘弁してあげますから、二人を手伝ってきなさい。」

 「・・・わかりました。姐さん・・・。」

 「では、行きましょうか星さん。」

 「そうしましょう、ほら一輪も。」

 「言われなくてもわかってるわよ。てか、何なのあの量!?あれ運べっての!!」

 「・・・私たち二人で、アレを引いて来たんですけど・・・お嬢様たちも乗せて。」

 「・・・美鈴さんたちも大変ですね。」

 「わかってもらえたら嬉しいですよ・・・。」

 

 三人は話しながら荷物を運びに石段を下りていく。

 その様子を見て小悪魔はソロリ、ソロリとその場から抜けだろうとしたが、そうは問屋が卸さなかった。

 

 「どこに行くつもり?小悪魔。まだ、仕事は終わってないわよ。」

 「さ、咲夜さん・・・。」

 

  バッ!!

 

 あんな重労働はもうごめんだ、とばかりに小悪魔は一目散に逃げ出したが、行く手を白蓮が塞いだ。

 

 「あら、どちらへ?小悪魔さん。」

 「ひ、聖さん。」

 「先ほどの話、聞いていましたよ。人のモノを黙って盗るのはいけませんよ、さあ、仕事を終えてしまった方がよろしいですよ、咲夜さんはそれで許して下さるとおっしゃっているんですから。」

 「は、はぃぃ!!」

 

 白蓮は静かに笑ってこそいたが、有無を言わさぬ迫力があった。

 小悪魔は慌てて返事をすると、フラフラと飛んでいった。

 その様子を白蓮は見送ると、レミリアの方を向いた。

 

 「先ほどは、うちの星が美鈴さんに失礼な事を言いました。改めてお詫びします。」

 「いや、気にするな。それに、うちの門番も無礼な事を言った。たとえそれが事実でもな。私からも謝罪しよう。どうも、すまなかったな。」

 「いえいえ、・・・事実ですから。」

 「・・・ククククク。」

 「・・・フフフフフ。」

 

 二人は皮肉を軽く言い合いながら、静かに笑っていた。

 

 

 「しかし、仏教徒のお前があんなことを言うとは思わなかったぞ。」

 「でも、ああ言うのが一番効果がありますから。」

 「まあ、福太郎はこの手の事にだいぶ疎いと見える。・・・あえて、気づかないフリをしているのか分からんな。」

 「・・・そうですね、それは福太郎さんしか分からないです。では、私はあの子たちが運び上げた荷物を奥に運ぶとしましょうか。」

 

 そう言うと白蓮は美鈴と小悪魔が運び込んだ分を運びだした。

 身体強化の魔法を得意とするだけあり、二人が苦労して運んだ荷物もやすやすと持ち上げる。

 そんな、様子を見て、レミリアは微笑を浮かべながら話しかける。

 

 「あいつらに運ばせればいいのに。お前は、なかなかのお人よしだな。」

 「いえいえ、今回はうちの星が喧嘩を仕掛けたようなものですからね、これぐらいはしないと。」

 

 このやり取りを見ていたフランが二人の元にやって来た。

 

 「フランも手伝うよ。いいよね?お姉さま?」

 「・・・いいだろ、元々うちの荷物だし、うちの門番が無礼を働いたのだ、うちからも誰か手伝わせるのが筋だろう。咲夜は宴会の準備を手伝ってくれ。私は霊夢に挨拶をしたらどこかでおとなしくしていよう。」

 「受け給わりましたお嬢様、では直ちに。」

 

 他の来客の元に行っていたフランが手伝いを申し出、レミリアはそれを許可し、咲夜には宴会の準備の手伝いを命じた。

 

 「フフフ、ではお願いしますね、フランさん。」

 「うん!任せてね!」

 

 白蓮はフランと共に荷を運び、咲夜は次々に料理や酒の用意を始めていった。

 こうしている間にも次々に参加者は訪れ、待ちます神社の境内はにぎやかになっていった。

 その様子を見て、レミリアは艶やかな微笑を浮かべながら一言つぶやいた。

 

 「今宵は良い宴会になりそうね。」

 

 

 宴会が始まる前からにぎやかな博麗神社は、心地の良い喧騒に包まれていた。

 そんなやり取りがなされている中でも次々と宴会の参加者たちが到着していた。

 

 「こんばんは、福太郎。今日はお招きありがとう。」

 「こんばんは、福太郎。」

 

 動かない古道具屋、森近霖之助と名無しの本読み妖怪、朱鷺子である。

 その後から白上沢慧音と慧音に担がれた本居小鈴と稗田阿求がやってきた。

 

 「む、もうだいぶ集まっているな。何人かはもう、もう飲んでいるのがいるな。阿求の言う通りだったな。」

 「こんばんは、田村さん、少しぶりですね。」

 

 主賓である福太郎は、五人に声を掛けられると挨拶を交わした。

 

 「いやぁ~、皆さん今日は来てもろうて、ホンマありがとうな。しかし、パチェリーさんもそうやけど、霖之助まで来るなんて思うとらんかったわ。」

 「そうかな?」

 「そうやよ。」

 「そうか。」

 「そうや。」

 

 福太郎は親しい男友達と短い会話を交わした。

 この二人別段、仲が悪いわけではないのだが、趣味や関心のあること以外であると交わす言葉は存外少ないが、二人は親友であると二人は口をそろえて言う。

 余談だがこの二人の様子を見た魔理沙と慧音は実に不思議なものを見るような目で見ていたという。

 以前も福太郎が香霖堂を尋ねた時も一言二言、言葉を交わすと二人は本を読んだり、紫煙を燻らせていた。

 その様子を少し不思議そうに見ていると、阿求が話しかけてきた。

 

 「確かにそうですね。しかし、石段の所の荷車の荷物すごいですね。どこから運び込まれてきたんですかね。」

 「そう、そう、まるで夜逃げだね。」

 

 阿求の質問に朱鷺子は相槌を打った。

 

 「夜逃げって・・・朱鷺子ちゃんもいうな~。あれは、紅魔館から美鈴さんとこあちゃんが引いて来たんやよ。」

 

 阿求たちはどうも、石段の登り口にあった荷車が気になったようだ、当然と言えば当然だが。

 

 「そうか、だったら、もっと早く来て手伝えばよかったか?」

 

 慧音は美鈴たちが荷物を運び込んでいる様子をみて、少しすまなそうに言った。

 

 「大丈夫ですよ、慧音さんレミリアさんたちもさっき来たばかりですし、みんな、手伝ってくれとりますし。それに、まだ、時間ありますから。それはそうと、担いでるの小鈴ちゃんですよね、具合でも悪いんですか?」

 

 福太郎は福太郎で慧音に担がれた小鈴が気になるようである。

 

 「それは、気にするな福太郎。少し失神しているだけだ。」

 「慧音先生の頭突きでね。まあ、理由を聞いたけど、自業自得だから仕方がないけどね。」

 「そうなんかいな、まあ、とにかく奥で寝かしときましょう、慧音さんこっちです。」

 

 福太郎は慧音の説明に若干引き、朱鷺子の言葉に小鈴が何をしたのか疑問を持ちながらも、小鈴を奥で寝かせるために小鈴を担いだ慧音を案内した。

 

 「それじゃ、霖之助、私はミスチィー達に挨拶したら適当に準備、手伝ってるから。」

 「わかったよ、行ってらっしゃい。」

 

 朱鷺子がミスティアたちの所に行くのを見送ったあたりで阿求が霖之助に声をかけた。

 

 「ですが、本当に霖之助さんがいらっしゃるとは思いませんでしたよ。目的は田村さんの引っ越し祝いだけでは無いですよね。」

 「まあね、そういう阿求もそうだろう?」

 「私は田村さんに少しお願いがあるだけですよ。まあ、慧音さんも似たようなお願いがあるようですが。」

 阿求の話を聞くと霖之助は顎に手を当て、考察を始めた。

 

 「ふむ、阿求と慧音が福太郎にお願いか。さしずめ、挿絵の依頼と言ったところかな。慧音は日ごろ寺子屋の教師や歴史の編纂に携わっている。そこから考えれば、慧音の授業で使っている教科書か編纂している歴史書の挿絵と考えるのが普通だ。阿求は幻想郷縁起を編纂しているのだから同様だ。それに、普段から言われているが、慧音の授業はお堅いことで有名で、子供たちが退屈して居眠りしまうというし、事実に教科書を見ると、文字ばかりの上に小さくて読みにくい、よほど興味がなければ子供たちがすぐ居眠りしてしまうだろう。おまけに・・・」

 「霖之助さん、その通りなんで、慧音さんが戻ってきて頭突きを喰らう前にその辺で辞めといてください。」

 「む、そうだな、小鈴のようにされてはたまらない。」

 

 流石の霖之助もこれはしまったと思ったようである。

 

 「それに、その回りくどい説明をする癖、直した方がいいと思いますよ。そんなんだから、皆さん、何か見つけるたり、分からないことがあると田村さんを頼るようになっちゃたんですよ。」

 「・・・最近、客どころか冷やかしすら来ないのはそういうことか・・・。」

 

 阿求の指摘に霖之助が少しへこんでいると、パチェリーが二人の元にやってきた。

 

 「あら、霖之助じゃない。出不精のあなたが來なんて珍しいわね。」

 「それは君だけには言われたくはないな。」

 

 まさに、動かないとまで言われた二人が博麗神社に来ているのである。

 間違いなく、滅多にない事であるが、阿求には二人の目的の察しがついた。

 

 「二人とも田村さんの<アレ>が気になるんでしょ。さしずめ、酒の勢いで詳しい話を聞こうって魂胆でしょう。」

 

 阿求は福太郎の持つ不思議なアイテム、いつも首からぶら下げている<夢想実現之事(むそうげんじつのこと)>と記されたプレートが施された少し太めのペンの事であろうと予想していた。

 阿求自身は福太郎が使用しているところをあまり見たことがない。

 一度だけ見たことはあるが、ペンとしてではなく望遠鏡として、遠くを見るのに使っていた。

 

 「その通りだ、阿求。普段あのペン事を詳しく聞こうとしても、いつもはぐらかされてしまうからね。」

 「ええ、そうよ。福太郎の持つあのペンは今まで聞いたことも見たこともないマジックアイテムよ。そんなものを魔法使いであるこの私が放っておくわけがないでしょう?」

 

 二人の目的は阿求の予想通りのものだった。

 しかし、霖之助は友人であるはずだが、この時ばかりは興味の対象として福太郎を見ているようである。

 阿求は以前、福太郎自身から福太郎の持つペンの事は少し聞いたことはあったが、友達の妖怪にもらった便利アイテムだと説明されただけで、それ以上の事は阿求もほとんど知らない。

 

 「やっぱりですか、私も興味はありますが、霖之助さんの能力でわかるんじゃないですか?それなら、私にも是非教えてほしいですね。実は今、幻想郷縁起に書き加えていましてね、是非お願いしますよ。」

 「それもそうね、私からもお願いしたいわ。」

 

 阿求とパチェリーの申し出に霖之助は少し困ったように目をつむり、首を傾げた。

 

 「僕の能力を評価してもらえるのはありがたいが、あくまで道具の名称と用途がわかるというものだ。その上で言うが、福太郎の持つあのペンはかなり特殊なものだ。」

 

 霖之助の言葉に二人は顔を見合わせた。

 

 「そうだな、この話は少し長くなりそうだから、あっちで座りながら、飲み物でも飲みながら話そうか、誰かさんが言っていたが、僕の話は長くて退屈で、回りくどいらしいからね。」

 「・・・私そこまで言っていませんよ。」

 

 霖之助は阿求の先ほどの発言を引き出してささやかな意趣返しをして、すでに準備の終わっている飲み物が置かれた敷物を見つけ座り、二人もそれに従った。

 

 「まあ、適当に座ってくつろいでくれ。」

 「別にあなたが用意したわけではないだでしょうが。」

 「パチェリーさん、そういわずに寛ぎましょう。」

 

 霖之助は用意されていたお茶を入れ、二人に渡した。

 

 「さて、福太郎の持つあのペンは、先ほども言ったが、かなり特殊なものだ。あれは、なんというかな、造られたものではない。僕の見立てでは、おそらく、生み出されたものであり・・・生きている。」

 「「生きている。??」」

 

 二人は霖之助の言葉に疑問符を浮かべた。

 

 「厳密には意思があるといった方が正確かな。以前、福太郎が香霖堂に来た時にこっそりと触れてみた。だが、瞬時に結界が張られ、僕に触れられることを拒絶した。だが、福太郎に頼んで見せてもらったんだが、そうしたら触れることができた。おそらく、福太郎が許可したことで、ペン自体も触れられることを許可したからだと思う。」

 「だとしたら、それは相当、興味深いわね。」

 「ええ、私もただの便利アイテムだと思っていましたが、興味がわきました。」

 

 二人は霖之助の話に知的欲求を刺激されたようである。

 霖之助は普段このように話をせがまれることはないため、ますます饒舌になって話始めた。

 

 「では、続けようか。福太郎の許可によってペンに触れることができた。それにより、名称と用途がわかった。名称は<夢想現実ノ事、萬念筆(むそうげんじつのこと まんねんひつ)>用途は、田村福太郎が問題なく絵を描く。だ。」

 「ますます、興味深いわね。まさに、福太郎のためのアイテムということね。」

 「そうですね。意思があるということもですが、田村さんのためということも気になります。ですが、以前、田村さんがアレを使っているところ見ましたがペンとして使っていませんでしたから。」

 「そうなの?それは初耳だったわ阿求。私は以前、福太郎が紅魔館に来た時に調べさせてくれと頼んだのだけれど、断られてしまったわ。」

 

 それもそうである、その時のパチェリーの目はさながらマッドサイエンティストが実験対象を見るそれであり、ペンを壊されてしまうのではないかと福太郎が恐れたためである。

 

 「そうか、実はその辺り事は話してくれた。あのペンは友人である妖怪の武器のコピーなんだそうだ。そしてその武器は如意器といい、持つ者のイメージに合わせて用途を変える事が出来るのだそうだ。どうも阿求の話から推察するに、その特性があのペンにもあるようだな。」

 

 三人は福太郎のペンについて情報を交換し、考察を深めていった。

 

 「そうなると、その友人の妖怪と所有するその如意器とやらも気になるわね。」

 「そうですね、一体どんな妖怪なんでしょうか?」

 「その辺りもある程度聞き出せた。どうやらその妖怪は同じ足洗邸の住人で、なんと鵺であるようだ。」

 「!!!それは、驚きですね。命蓮寺の鵺でないにしても結構な大妖怪じゃないですか。でも、良く考えたら不思議じゃないわね・・・。」

 「確かに、メフィスト・へレスやらクローセル、果てはベルゼビュートとも面識があるみたいだから、しかも、小悪魔も福太郎が面識があると言った者たちは本物であるだろうと言っていたし、文献でも調べたけど本人で間違いないみたい。」

 「それは本当か!だとしたらますます興味深いな。」

 

 福太郎の元居た世界の交友関係を驚愕しながら霖之助は話を進める。

 

 「では、この話はますます信憑性を増すな・・・。」

 「どんな話ですか霖之助さん。」

 

 そう言うと、霖之助はすっかり冷めてしまったお茶で喉を潤すと、話を続けた。

 

 「福太郎によれば、その友人の持つ如意器は<生玉(いくたま)>がベースになっているという。」

 「生玉!それは本当ですか霖之助さん!!」

 「・・・その反応からすると相当なモノみたいね。」

 

 生玉というワードに阿求は強く反応した。

 

 「ええ、十種神宝(とくさのかんだから)の一つです。」

 「パチェリー、三種の神器は知っているね。」

 「ええ、知っているけどそれがどうかしたの?」

 

 阿求と霖之助はパチェリーに十種神宝について説明した。

 

 「十種の神宝というのは『旧事本紀(くじほんぎ)』に記述がある。

沖津鏡(おきつのかがみ)辺津鏡(へきつのかがみ)八握剣(やつかのつるぎ)生玉(いくたま)死返玉(まかるかへしのたま)足玉(たるたま)道返玉(ちかえしのたま)蛇比礼(おろちのひれ)蜂比礼(はちのひれ)品物之比礼(くさぐさのもののひれ)

が存在するとされていて、これらの総称を十種神宝という。だが、外の世界を含む、こちらではその存在自体が確認されていなかった。」

 

 霖之助の説明に阿求が補足を加えた。

 

 「その上『旧事本紀』自体が偽書とされていました。しかし、成立が古く、多くの伝説や伝承を記していることには変わり有りません。」

 「まあ、これはあくまで、僕たちの世界の話であって、福太郎の世界では、恐らくだが、状況がことなるのだろう。」

 「でも、それと、三種の神器に何の関係があるの?」

 

 パチェリーは聞いたこともない十種神宝が出てきたことが疑問であるようだ。

 

 「大いに関係あります。この十種神宝は三種の神器と同様に、天孫降臨の際に邇邇芸命と共に天下ったとされています。三種の神器の代わりにです。」

 「十種神宝はそれぞれ鏡の名を持つものが八咫鏡(やたのかがみ)に、玉の名を持つものが八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)、剣と比礼の名を持つものが天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)にと、それぞれが三種の神器に相応すると言われている。つまり、十種神宝は三種の神器と同等以上の力を有しているといえるのさ。」

 「つまり、三種の神器に相当する武器のコピーを福太郎は持っているってことなのね。」

 

 三人はこの情報交換によって田村福太郎の持つナゾの片鱗を知り、その探求心をますます高めていた。

 

 「おそらく、生玉はその名称からして、生命力をつかさどるのだろう。それによって生み出された代物だ、きっと更なる力があるのだろう。」

 

 霖之助は力強く持論を展開した。

 

 「霖之助さん、このことは知っていますか?彼の右肩に潜んでいるモノのこと・・・。」

 「ああ、アレのこと・・・。」

 

 阿求とパチェリーは福太郎の秘密の一つを知っているかと霖之助に尋ねた。

 

 「右肩に潜んでいるモノ?それはなんのことだい?あまり、そういったことは福太郎と話さないのでね。是非、教えてくれ、彼のペンについて情報を提供したのだから、教えてほしいものだね。」

 「実はね、福太郎の右肩には・・・」

 

 三人の考察と情報交換は宴会が始まる前から進んでいた。

 

 「・・・・・あの三人は一体何を話とるんやろ?」

 

 福太郎は親友と知り合い二人が何やら真剣に話し込んでいるその様子を不思議そうに眺めていた。

 この後、三人に質問攻めにされることになろうとは、福太郎は夢にも思っていなかった。

 

 

 「フフフ、いい宴会になりそうね、福太郎。」

 「うわぁ!紫さんじゃないですか、脅かさんでください。心臓に悪いじゃないですか。」

 「・・・うわぁ!は無いと思うわよ、うわぁ!は。私とあなたの仲じゃない・・・。ゴキブリじゃないのよ私。」

 

 そこには、スキマから身を乗り出し、福太郎の反応に少しへこんだ妙齢の妖艶な女性がいた。

 妖怪の賢者こと、八雲紫だ。

 紫としては、フランクに接しているつもりのようだが、胡散臭い笑みと共に突然現れるため、どうしても福太郎は少し冷たい反応をしてしまうのだった。

 しかし、それはそれ、これはこれ、何かと気にかけてくれているため紫の事は福太郎自身は嫌いではないのだ。

 

 「それはそうと、どうも、今回はありがとうございます、オレなんかの為にこんな盛大な宴会を開いてもろうて。」

 「いいのよ、別に。私が開きたかっただけなんだから。それに、ここまで大規模になったのは、私の呼びかけに幻想郷の住人たちが、あなたのためにと、応じたからよ。」

 

 福太郎は困惑したような、照れくさいような笑みを返した。

 

 「ははは、宴会の口実が欲しかっただけな気もしますがね。でも、ありがたい事ですわ。」

 

 そうゆうと福太郎は境内が見渡せる神社の縁側に腰を下ろし、紫はスキマから出てくると、福太郎の横に座った。

 

 「あなたがこの幻想郷に迷い込んで・・・もう、二年になるのね・・・。」

 

 紫は福太郎の横で感慨深そうに言った。

 

 「そうですね。随分いろんなことがありました。」

 「ええ、あなたが迷い込んで、本当に色んなことがあったわね・・・。」

 

 そう言って、紫と福太郎は幻想郷に迷い込んだ日から今日まで過ごしてきた幻想郷での日々に思いをはせた。

 

 これは幻想郷に迷い込んだ人間の絵描きの物語である。

 

 

 

  ドンッガラガッシャンッドッパッン!!!!!

 

 「あ‘‘、あ‘‘づいー!!!」

 「ギャー!!すみませーん!!!」

 「ワ―!星さん!!何やってんですか!!こあちゃん大丈夫!!鈴仙さん火傷の薬を!!!」

 

 二人が和んでいると、そのムードをぶち壊すかのように、大きな音と声が聞こえてきた。

 見ると煮え立った鍋を運んでいた星がつまずいて、小悪魔に中身を掛けてしまったようで、宴会会場はにわかに大騒ぎとなっていた。

 

 「・・・あなたが、幻想郷に迷い込んでから色んなことがあったわね~。」

 「・・・そうですね、本当に色んなことがありました。」

 

 ・・・・・改めて紫と福太郎は幻想郷に迷い込んだ日を今まで過ごしてきた幻想郷でのに思いをはせることにした。

 

 

 二人は見なかったことにした。

 

 「ムードが台無しじゃなの・・・ねぇ?」

 「アハハハハハ。」

 

 紫は扇で口元を隠し、福太郎は苦笑していた。

 




 ようやく、本作の主人公が登場しました。
 今回も、いくつかの伏線を引いていますが、今後はこれらを回収したいと思っています。
 次回から本編に入っていきます。
 

 それでは皆さん失礼いたします。また、お会いしましょう。
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小悪魔の解説コーナー 加筆修正版 再度up

解説コーナーという名のメタ回です。
 色々加筆修正したので再度upです。
 みなぎワールドの解説コーナー的なものがやりたかっただけです。
 今回は作品中にバラ撒いた伏線の解説を小悪魔にやってもらいます。

 以前、次からは本編に入ると言ったな。あれは嘘だ。


 こあちゃんの解説コーナー!!!

 

 ドンドン!!パフパフパフ!!!

 

 「皆さん、こんにちは!紅魔館の大図書館で司書をしています小悪魔ことこあちゃんです!今回、うp主の代理として色々説明させられることになっちゃいました。まあ、原作にある元ネタ解説的なものをやってみたいというだけらしいです。うp主は、みなぎワールドの魅力はイラスト、出典付きの解説コーナーだとか言っていましたからね。まあ、珍しいのは認めますがね。他にも独特な擬音とか、画風とかあると思うんですがね、うp主変わり者ですから仕方がないですね。あと、これは前に挙げたものの加筆修正版です。うp主が気付いた誤字とか説明の足りないなと思ったところの説明を加えています。」

 

 ガサガサ

 

 「しかし、宴会の時はえらい目にあわされましたよ。あのドジ虎のせいで大火傷ですよ、全治一週間。お蔭で宴会に参加できなかったんですよね。まあ、一週間のお休みもらえましたからいいんですけどね。うちの紅魔館は有給無いからありがたいデス。」

 

 バサッ!

 

 田村福太郎のいた世界について。

『足洗邸の住人たち。』の世界観

 

 「意外と多いな、クッソ。まず、福太郎さんの元居た世界についてです。福太郎さんの住んでいた世界は、20数年前までは皆さんの住んでいる世界と変わらない場所だったそうです。ですが、十人の超能力者と召喚士によって様々な幻想世界やら隠れ里が召喚されてメチャメチャな混沌世界になっちゃったそうです。これを、大召喚と呼ばれる大災害です。これによって人類は三分の一が死滅、その後色々あって、人口は三分の一まで減っちゃったらしいです。ですが、秩序を重んじた人外たちなどによって中央政府が樹立されて、666の社会保障番号が人間、人外分け隔てなく割り振られて同じ住人、人間として生活する世界になったそうです。でも、騒ぎを起こしたり、秩序を乱すものを怪異として、賞金を懸けられて、それを鎮撫屋(ハンター)という人たちに狩らせるようになったそうですね。あと、社会保障番号がないと買い物一つできないらしいですから、幻想郷よりも息苦しいですね。あと、呼称は日本ではなく、古くから秀真國と言われていたみたいです。この中央政府はソロモン72柱の悪魔などの大物悪魔によって構成されている七支柱という七つの軍団によって運営されています。この他にも、アマノウズメをトップとした日本の天津神、国津神に率いられた陰陽庁があります。

 次に福太郎さんの住んでいた足洗邸についてです。

 足洗邸は|秀真国、中央、外区、卍巴市、不思議町《そとく、ちゅうおう、まんじともえし、ふしぎちょう》にあります。地獄に繋がっている井戸がある上に所在地の下に霊の通り道があり、北に火葬場、東に病院、西に寺と無縁墓地、南に自殺名所があります。さらに死人が屋敷内で二人出ていて、この二人が化けて出て生活している超の付く不良物件です。あと、『足を洗え~』と言って大足が降ってくる部屋があり、この部屋に入るともれなく踏みつぶされます。他にも影女、逆柱、家鳴などの怪異、妖怪がでます。

 住人は管理人の七つの尾を持つ由緒ある猫又の竜造寺こまさん。悪魔のメフィスト・へレス様、大妖怪鵺の須美津義鷹、このお二方については後で詳しくふれますね。次に化け兎でエロ小説家の望月玉兎(もちづきぎょくと)。次に元極道のの頭の味野極楽(あじのごくらく)、福太郎さんラブの家神の笠森仙(かさもりせん)ことお仙さんがいます。このお二方は屋敷内で死亡するも妖怪となって、足洗邸に住んでいます。というか色々あって屋敷からでれません。あと、異国の守護霊であるマサライがいます。こうしてみるとかなり、カオスな屋敷ですから福太郎さんが幻想郷に迷い込んでも動じないわけです。

 あと、この屋敷には登美能那賀須泥毘古命 (とみのながすねひこのみこと)が封印されていて、これを巡って戦いやら騒動やらが起きています。この神様はお仙さんと味野さんを妖怪として生かした方らしいですね。そのため、お仙さんの事を娘と呼び、福太郎さんの事を気に入り、二人の交際を強引に認めたりしてます。取敢えず関係あるのはこのへんですね。」

 

 稗田阿求、紅美鈴、寅丸星と田村福太郎。

 

 「えぇ~と、まず、阿求さんと福太郎さんとの関係ですが、福太郎さんを一番最初に発見した人です。福太郎さんは博麗神社から秀真國に帰ろうとしたんですが、帰れず、住むところが決まるまで稗田邸に居候することになりました。それから、一年ぐらい暮らしていましたが、新居を見つけて引っ越ししました。その間に、色々あってほれ込んだみたいです。

 あと、美鈴さんですね。美鈴さんとはうちに来た時に打ち解けたみたいです。そんぐらいからですかね、美鈴さんはお休みを取って、福太郎さんの所に遊びに行くようになったんです。福太郎さんもまんざらでもなさそうです。前に聞いてみたら、住んでいた足洗邸にいた女の子に似ていて懐かしい(笠森仙のこと)、っていてましたね。これは、道のりは長そうですね。お仙さんに負けるな、美鈴さん!!

 次はドジ虎か、うp主からの情報によると、このドジ虎とはいい出会いをしていないみたいですね。初めて会った時にケンカしたみたいです。ですが、あのドジ、後で泣きながら謝りに行ったらしいです。・・・何があったんですかね、詳しくは今後語られるみたいです。まあ、ファーストコンタクトのことがあったから、美鈴さんに差を付けられてると思い込んでいるみたいで、ことあるごとに美鈴さんにケンカを吹っかけているみたいで、美鈴さんも遠慮なく喧嘩を買ってます。あ、そうそう、以前、私、福太郎さんに色仕掛けしたんですけど、美鈴さんにぶっ飛ばされて、顔面陥没骨折しちゃいました。半裸で福太郎さんの寝床に潜り込もうとしただけなのに、過剰反応ですよ。その後のパチェリー様もひどいんですよ、『司書は顔でやるんじゃないんだから問題ないわよね』て言ったんですよ。ひどいですよね~。なんで、こんなことしたのかは後で触れますね。」

 

 森近霖之助と福太郎

 

「霖之助さんとはいいお友達のようです。福太郎さんは絵具や鉛筆を買いに良く、香霖堂に行っています。その時に色々とお話したりするみたいですけど、あんまり、会話せずに煙草を二人でふかしたり、お茶飲みながら本読んだりして寛いでいるみたいです。前田慶次と直江兼次か。それか、夢枕獏版の陰陽師の安倍清明と源博雅みたいな感じですね。この辺はうp主の理想の男の友情の形が反映されています。

 霖之助さんは独自解釈でダラダラ蘊蓄をしゃべるんですけど、福太郎さんは話題に関係ある事を簡潔に分かり易く教えてくれる上に、確実性が高いから、何か見つけたりわかんないことがあると福太郎さんの所に行く人妖が多いみたいです。福太郎さんの知識は無駄に多いみたいです。その辺は二話目で発揮されてますね。」

 

 幻想郷での福太郎の生活

 

「福太郎さんは主に絵描きとして生計を立てていますが、食と住は保障されているんで、そんなにお金は必要ないみたいです。お金の使い道も画材と衣服、あとはタバコぐらいです。いつもは人里の大通りで露店を出して、そこで絵を描いたり、絵の依頼を受けているみたいです。これは新居に移っても変わってないみたいです。絵を描くためならどこでも行きますし、誰の依頼でも受けています。そうでなかったら紅魔館になんて来ませんから。

 あと、ワーハクタクの依頼で寺子屋で臨時講師をしたりしてもいます。秀真国ではベルゼビュート様が運営する万魔学園で美術教師をしていた手腕を買われての事らしいです。」

 

 田村福太郎について

 

「福太郎さんは普通の人間です。体力的にも普通かそれ以下。でも、絵描きの道具を持って、あちこち出掛けるから、意外と体力があるみたいです。性格はかなり変わっています。人外の危険性を理解しながら、気にせず近づきます。なんか、いつ死んでもいいみたいな所があります。

 ですから、多くの人妖が興味を示して近づいてきます。福太郎さんは怖いけど、話ができるなら何とかなると言ってました。ここで、色々しゃべってしまうとネタバレなんで、この辺で。

 そうだ、忘れてた。福太郎さんの○○○すごいんですよ~、福太郎さんにいたずらしたときに服の上から触ってみてビックリしました。手首の太さと指を曲げる仮測定しても中々なもんでした。イヤ~思わず夜這いしようとしちゃいましたよ。人は見かけによりませんね~。」

 

 福太郎の持つペン、夢想現実之事・萬念筆( むそうげんじつのこと まんねんひつ)について。

 

「パチェリーさまが興味津々のマジックアイテムです。本当は亻に萬なんですけど、上手く表示できないから萬で通すらしいです。これは、福太郎さんの能力<絵を描く程度の能力>の大部分を占めるアイテムです。まあ、能力と言っていいのか分かりませんが。これが無くても別に問題ありませんし。このペンは望遠鏡に成ったりもする便利アイテムです。このペンはご友人の妖怪がもつ、問答無用・風靁棒(もんどうむよう ふうらいぼう)という如意器と言われる武器のコピーです。この友達の妖怪については後で。この風靁棒は作中で述べられていた十種神宝の一つである生玉がベースです。この生玉は霖之助さんが考察した通り、生命力を司り、意思のない模造品を生み出すことができます。ですが、福太郎さんのペンの場合、生まれる過程で福太郎さんの肩にいる獏の身体がいくらか取り込まれているので、意思を持っています。これは、如意器の模造品としては異例の事のようです。また、この生玉をはじめとした十種神宝は王の選別機という側面もあります。たぶん、三種の神器に対応するためだと思われます。王の王たる証になるのでしょうね。なので、十種神宝をすべて集めると、秀真国の王になれます。また、十種神宝はそれぞれに司るものが異なり、異なる力があり、持ち主の持つ武器のベースになっています。

 そのため、持ち主のイメージ通りのモノになる特性があります。ですが、福太郎さんは主にペンとして使用しています。機能は色々ありますが、絵をイメージしてペンの後ろの部分を当て、紙にペン先を当てると自動的にイメージした絵が描けます。ですが、いつも福太郎さんは鉛筆や絵筆で絵を描くのが好きなのでほとんどこの機能は使いません。あ、福太郎さんがこのペンを使いたがらないのには他にも理由があるみたいですね、見てみますか・・・・・これ・・・うわぁ、こわッ!!やだなこれ・・・。もし、福太郎さんを敵に回したら、私もこんな風に・・・こ、こんな死にざまヤダー!」

 

 ガタブル、ガタブル

 

 福太郎の右肩に潜むもの

 

「すみません、少し取り乱しました。

 これについても、今後触れていくつもりだったみたいですが、調べればわかるし、感想の所で書いちゃってる人がいたので、正体を明かしちゃいましょう。福太郎さんの右の肩には獏がいます。でも、この獏は獏奇といって、白澤寄りの妖怪だったんですけど、神化して獏王・白澤になりました。この白澤は慧音さんに宿る白澤とも、獏であるドレミ―・スイートとも異なる存在で、さらにその上位にある存在といえるでしょう。世界を治める有徳王の補佐をする、王の補佐官にして書記官で、いつの日か王が現れるその日まで、夢の世界で悪夢を喰らい、妖怪について世界にあふれるあらゆる存在について記録しています。そのため、中国の皇帝、黄帝に授けた白澤図に代わる、新白澤図を制作しています。説明文は白澤図の付喪神が担当していますが、絵は福太郎さんが担当しています。現在は夢で福太郎さんに情報を与え、それを、ペンの機能を使って、絵を付けています。

 あ、あと、右の背に白澤がいるのは、大召喚の影響です。この大召喚が起きた時、世界中に魔法陣が出現し、そこから数多の人外、妖怪、神様が出現したんですが、その魔方陣は人間や生物にも出現してしまい、それらは融合してしまいました。これは完全に溶け合ってしまっていて、片方が死んでしまうと両方死んでしまいます。そのため、当時、どちらかがどちらかの存在を否定して、傷つけあい、そのほとんどが死んでしまいました。ですが、それらの状況を冷静に判断し生き残った者たちはダブルマンあるいは、勝利者の塔にいるとう幻獣になぞらえ、ア・バオア・クーといわれています。こうした存在は福太郎さん以外にもいるみたいです。福太郎さん以外のダブルマンとしては口裂け女とカシマレイコのダブルマンとか、ミノタウロスと合体した人や神様と融合した人もいるみたいですね。福太郎さんの場合は夢の世界の住人なので日常生活には支障がない上に、何か身体能力が強化されているわけでもないので、ほとんど普通の人間です。

 この白澤の能力は厄災を取り除き、それを分解、分析することができます。ですから、厄災を取り除き、分解、分析する程度の能力と言ったところです。そのため、妖怪の特性とか弱点とか丸わかりなので妖怪にとっては天敵でもありますね。」

 

 田村福太郎の交友関係・須美津義鷹(すみつよしたか)

 

「福太郎さんに便利なペンをあげた妖怪。それが、須美津義鷹です。この妖怪は大妖怪として知られる鵺で、大妖怪の名に恥じないほどの戦闘力を持っています。なので、命蓮寺の可愛い用心棒とは全くの別人じゃなくて別妖怪。普段は人間の姿ですが、本性というか、妖怪としての姿ですが、頭は猫、体は鳥(鷹)、尾は蛇の形をとっています。この姿には意味がちゃんとあって、猫は勘の良さ、用心深さ、大胆さ、死や変化を、さらに猫は人に身近な動物で人のマネをし、利用する強かさを、鷹は天空の王者であり、素早さ、力強さ、その目のよさのために正確に獲物を狩る正確さ、蛇は脱皮を繰り返し、冬眠するので、再生、生命力、不死を意味します。つまり、色んな生き物のいいとこどりをしています。こうしたことができるのは、義鷹は生まれた時から周りの生き物を食い、取り込んでその特性や姿を使う事が出来きるためです。こうした点を見ていると、あらゆる生き物を取り込んだ鵺と紙が生き物を想像したときに残ったパーツで作った神獣である獏と似ていますが、厄災の塊である妖怪の鵺と厄災を払う獏とではある意味正反対の性質がありますね。

 ちなみに、福太郎さんのいた世界にはもう一人の鵺がいたことがわかっていますが、天草の乱のときに死亡しています。これをきっかけに義鷹は人間を観察して、何かを探しているようです。詳しい事情はめんどくさいので省きますが、この二人の鵺には育ての親がいます。義鷹は猿田彦が、もう一人の鵺である義虎はアマノウズメが育てていました。生玉を持っているのはこのためと思われます。そのため、義鷹はアマノウズメとも交流があるみたいです。まあ、関係あるのはこんなところでしょうか。」

 

 田村福太郎と悪魔たち。

 

「私がこのめんどくさい解説を任された理由とパチェリー様が作中で悪魔と交友がある事を言っていますが、その関係を説明しておきます。

 ここでの私は福太郎さんと交友のある方々と同じ魔界の出身です。でも、私は名もない小悪魔です。ですが、今現在の契約者であるパチェリー様との関係と同じように大物悪魔の皆様に仕えて、家事や雑務をしていたこともあります。パチェリー様に仕えて以来、魔界の方にはほとんど帰っていないので、この方たちはずっと魔界にいるものと思っていたのですが、どうも、二十数年前の大召喚で、皆さまあちらに移られたようですね。

 

 先ず、メフィスト・へレス様ですが、この方はかの有名なファウストの悪魔です。ゲーテなどの作品に登場していて結構有名な方で、紙幣の発案者ともされることもあります。はっきり言ってこの方は変態オヤジなのですが、悪魔の階級では最上位の王の地位にある方で、知名度と合わせて言っても、かなりの大物悪魔です。そのため、力はかなり強力で、空間をいじったり、様々な次元や空間に出入りできますが、自分の理にかなったことにしかお力を使わない悪魔らしい悪魔でもあられます。もしかしたら、あのスキマ妖怪すら遥かにしのぐ力を凌ぐ力を持っているかもしれませんね。この方はメタ的なところもありまして、うp主によると原作中で原作を読んでいる描写があるそうです。なので同じ悪魔である私にメタ的な役目を任せたそうです。常に悪を求めながらも、常に善をなすという変わった特性を持っています。

 

 能力としては<悪を求め、善をなす程度の能力><時空を超越する程度の能力>と言ったところですかね。

 

 次にクローセル様です。私はこの方にお仕えしていましたが、とてもフランクで良い方なのですが、私以上にいたずら好きです。お風呂とか温泉とか好きな方なのですが、そのままの姿で配下の方々の前に出たり、歩き回ったりするので困ることも多かったですね。

 福太郎さんの話だと、秀真国では黒瀬誄歌(くろせるいか)と名乗っておられるようです。この方も大物の悪魔で、ソロモン七十二支柱の悪魔の一人でもり、悪魔としての階級は公爵に叙せられる方でもあられます。今は福太郎さんも勤めていた万魔学園という学校で数学とオカルトを教えてらっしゃるそうです。新任の教師であった福太郎さんの教育係でもありました。その関係を含めて結構お世話になったそうです。大地にある水脈や温泉の源泉などを見つけ出し、引きだし、操る力を持っています。これは人間の才能に関しても同様の事が出来ます。

 

 能力は<潜在するものを引き出す程度の能力>といったとこですね。

 

 次に蠅の王ベルゼブブこと、バアル=ベルゼビュート皇帝陛下です。この方はサタン様を失脚させ、魔界の悪魔を率いる悪魔王であらせられます。福太郎さんによれば大召喚を起こした十人の超能力者こと十支王の一人です。ですが、現在はそれは誤りであり、元の世界に戻すべきだというお考えをお持ちのようです。現在は様々なお考えの元、万魔学園という多種族が通う大学園を創始し学園長として運営なさっているそうです。職員も様々な方がおられるようで、メフィスト様やクローセル様、福太郎さんが教員としてお務めだそうです。他にも、ギリシャの医療の神の娘や日本の天津神の力の神なんかもいるそうです。なので、ほとんど人間の方はいないようです。この方はサタン様を失脚させたりしていますが、それでもサタン様の野望を達成するためには必要不可欠な方なのです。

 

 能力はよくわかりませんね、この方はすごすぎて。

 

 説明をしてたら、魔界で過ごしていた日々が懐かしくなってきましたね・・・・。

 説明はこれぐらいですかね、それでは皆さん、この辺で。説明を終わりたいと思います。それでは皆さんごきげんよう!また、機会があればまた、お会いしましょう!みんな大好き、こあちゃんでした!」

 

 

 




 こんな感じで、解説コーナー終了です。
 こあちゃんありがとね。
 こんな感じで今後も章が終わるごとに解説コーナーを入れていきたいと思います。

 皆さんの評価、ご感想をお待ちしています。
 是非お気に入り登録もお願いします。
 うp主の励みとなります。

 それと、皆さんにお願いがあります。
 作中の挿絵などを無償提供している方を募集したいと思います。
 もし、そのような方、又はそのような方をご紹介できる方は感想の方にご連絡ください。返信の方で連絡先を伝えたいと思います。

 うp主には絵心がないので(涙)

 今度こそ本編に・・・いけるかな?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

序章 人間の絵描きと幻想入り。
フォール・アナザーワールド ↓


 田村福太郎は光前寺保由と再会し、再び別れ、旅に出たが・・・。


 


 秀真國(ほつまのくに)中央外(ちゅうおうそと)北区(きたく)阿僧祇町(おそうぎちょう)犬啼寺(いぬなきでら)境内 

 

 そこには、何事もなかったかのように風が吹いていた。

 

 

「・・・・やるなあ」

「イヤイヤ」

 

 先ほどまでの様子がウソのようだった。

 ついさっきまで、得体のしれない怪異が複数暴れていた。

 それらは光前寺保由(こうぜんじほゆ)という一人の少女の記憶が生み出したモノだった。

 それらは長く、彼女を苦しめていた。

 彼女が死を望むほどまでに。

 それらを人間の絵描きである田村福太郎はいともたやすく消した。

 光前寺保由はかつての明るさを、実体化する恐怖や記憶に悩まされる前の彼女に戻ることができた。

 田村福太郎はそんな彼女の手を取って、軽く笑って謙遜した。

 

 以前二人は、この寺で出会っていた。

 その時は福太郎が首を吊り、その縄を保由が小石を投げて切り、自殺を止めた。

 今度は、自殺を止めたはずの保由が自分を殺してくれと福太郎に懇願し、福太郎がそれを断り、思いとどまらせるという、真逆の状況になっていた。

 どちらにせよ福太郎は保由を救ったのだ。

 

「アンタもう死ぬ気ないだろ。」

「イヤイヤ、せやからさっきゆーたろ、呪いで死ぬのを待っているって。」

「『呪い(のろい)』は『呪い(まじない)』人の思い込みだよ。笑っている奴に死神は近づきたくないのさ。」

 

 保由の問いに、福太郎は苦笑しながら答え、保由は笑いながら手の甲で福太郎を軽くたたきながら返した。

 二人が死を願っていたとは思えないような、明るく軽い会話だった。

 

「それはそうと、アンタ時間あるか?」

「まあ、暇やけど、なんかようかいな?」

「いやな何、助けてもらったんだからな、茶の一杯でも出そうと思ってな。」

「それじゃ、ごちそうになろうかな。」

 

 二人は寺の本堂に向かい、福太郎は寺の縁側に座り、保由は寺の方に行った。

 しばらく待っていると、保由がお盆に急須と茶碗を二つ乗せて戻って来た。

 

「しかし、アンタ何もんだ?私はアンタを普通の人間だと思っていたが。」

「いや、自分、普通の人間なんやけどな。」

「普通の人間があんな事を簡単にできるとは思えんのだが・・・」

 

 保由は先ほどの事を思い出しながら福太郎に疑問を投げかけた。

 

「普通じゃないのはこのペンであって、オレやないで。」

「だが、道具を使うのはその持ち主である人間だ、その普通じゃないペンを使うのはアンタだろ?充分普通じゃない。」

「そうゆー考えもできるけど、オレは至って普通の人間やよ、このペンが使えるだけのな。」

「なるほど、そうゆー考えもできるか。」

 

 福太郎は<夢想現実之事>と記されたプレートの施されたペンを示し、保由はそれを見ながら話し込んでいた。

 保由は茶を飲むと、話を続けた。

 

「そう言えばまだ、アンタの名前を聞いてなかったな、私は光前寺保由、化け狗だよ、アンタの名は?」

「わかっとらんの~自分。そこはオレの名前だけ質問して、オレが名前を聞くときは自分から名乗れって言う所やんけww」

「あいにく私は関西人張りの日常漫才はできないのでね。」

「あははは、そう来たか、じゃ自己紹介しようか、オレは田村福太郎、普通の人間や。」

「その普通の人間のアンタは普段何をしてるんだ?見たところ絵描きのようだから、文系ギルドから金を貰ってるだけの無職か?」

「いや、一応、万魔学園で働いとるんやけど。」

「用務員か清掃員か?」

「いや、美術教師やっとるんやけど・・・」

「教師?よく、教師になれたな。それに以前通っていた私が言うのもなんだが、あの学園で?たいがいの人間種の教師はすぐ辞めると聞いてるぞ?」

「まあ、その辺はメフィストさんの紹介で学園長に直接雇われたんよ。それに、あの学園で色んな種族の子に教えるのはなかなか楽しいもんやで。」

「ああ、あのやたら英語の発音が悪い悪魔教師の紹介か、しかし私は未だに学園長が誰か知らなんだが。というかほとんどの生徒が学園長の顔を知らないんじゃないかな?」

「メフィスト先生にそれゆうたら泣くであの人。それはそうと、学園長の事はみんな知っとるもんやと思ってたんやけどな・・・。」

「そのあたりも含めて、色々聞かせてくれ、コレのせいで私はしばらく寺の外へ出ていないのでな。」

 

 保由は左目の目元を差しながら言った。

 福太郎と保由は以前この寺で出会い、別れてからの事を互いに話した。

 二人の会話は弾んだ。

 まさに光陰矢の如しと言うように、あっという間に時間が過ぎていった。

 気が付けば周りは暗くなり始めていた。

 

 

「もうこんな時間になってもうたな。そろそろ、お暇しようか。」

「そうか?もしなんだったら泊まっていけよ。家は寺だから一応、来客用の布団やなんかももあるぞ。ちなみに今日、親父殿は出掛けてて留守だから、私一人だぞ♡」

「せやったら、なおの事お暇するわ。それにな、一応オレも男やねんぞ、何かの間違いが有ったらあかんやろがww」

 

 あたりが薄暗くなり、泊って行けと色んな意味で誘っていそうな事をいう保由の言葉も、やんわりと福太郎はやんわりと受け流した。

 

「アンタやっぱし、面白いな。まあ、安心しろ冗談だ。其れに、アンタには助けてもらった恩もあるし、別にそういうことになっても私としては構わないがな♡」

「そないなこと言ってからに、男をからかうもんやないで。それに、別に恩を売ったつもりもないしな。何より、あのおっかなそうな親父さんに現場押さえられたら、オレが噛み殺されてまうわwww」

 

 狗にせよなんにせよ、獣の化生というのは恩を受ければ返すものである。

 しかし、福太郎はそんなことは気にも留めないし、そもそも恩も売ったつもりもないと返す。

 それよりも、福太郎の頭には隻眼で疵の目立つ犬の顔をした、亜人種の住職にかみ殺される自分の姿が浮かんでいるようである。

 

「ぷ、ふはははは。確かにな!確かにそうだな!でも、案外、恩返しだとか言って、娘をもらってくれと言いそうだがな。それとも、こんな病み上がりの小娘は願い下げかな?」

「別にそんなんやないわ!こんな、年下の子に手を出すような趣味は無いってだけや。」

「なんだ、ロリコンだと思ったら違ったか?」

「なんで、そう思うねん!まったく、万魔の生徒は人をロリコンにせなならん伝統でもあるんかいな。」

「なんだ、そんなことが以前にもあったのか?」

「まあ、な。色々とあったんよ。」

 

 保由にしれっと、ロリコン疑惑をかけれられ、福太郎はそれを否定した。

 実の所、福太郎自身は年端の行かぬ女の子に抱き着かれるよりも、ボンッキュボンの女性に抱き着かれる方がどぎまぎする方である。

 余談ではあるが、足洗邸の家神である笠森仙(巨乳でスタイル抜群な上に腹筋が割れている)が福太郎の布団に潜り込んだ際にかなり興奮しながらパニクッていた。

 

「まあ、それは置いておいて、今はもう夕暮れ時。まさに、逢魔が時だ。こういう時の独り歩きは怪異に出会ったり、神隠しに遭うことが多いものだ。・・・アンタなら問題ないかも知れないが、用心に越したことはない。無理強いはしないが、今日の所は泊まっていけ。恩のあるアンタにもしもの事が有ったら、私の脳にも悪い。」

「心配ご無用、そんな時でも案外何とかなるもんやったし、死ぬときは死ぬんや別に怖ないわwww」

「だいぶ変わったと思ったら、今でも命は要らんのか。・・・まあ、無理にとは言わないがな・・・とにかく、気負付けろよ。」

「ああ、気ぃ付けるわ。気遣いありがとうな。」

 

 保由は縁側から外を見つつ福太郎を気遣った。

 その福太郎は、荷物をまとめるとそれを背負い、保由の気遣いに感謝しながら、犬啼寺を辞そうとしていた。

 

「うん?あの絵は持って行かないのか?」

「ああ、それは保由ちゃんに挙げるわ。再会のしるしにな。」

「そうか、ありがたく貰って置くとするか。なんだか悪いな、助けてもらった上に、絵までもらって。」

「だから、気にせんでええって言ってるやん。それに、絵を持って帰っても邪魔なだけやし、端から上げるつもりで描いたんやから。」

「そうか・・・部屋にでも飾らせてもらうとしよう。だが、アンタこれからどうするんだ?」

「どうって、何が。」

「その荷物さ、見たところ旅支度のようだが、どこかに行くのか?」

「ああ、これか。特に決めとらんけど、適当に旅でもしようかと思うとる。」

「決めてないのか?私にはそんな旅はできんな。予定を決めとかないと気が済まん。」

「あての無い旅っていうのも案外悪くないもんや。ふらっと、見知らぬところに行って、その土地を見て、そこの人が、何を食って、何を飲んで、何を思って、何を考えているのか、そういうのをふらっと見て、感じて、分かればいいんや。そんでもって、友達の一人もできたならなおええな。」

 

 保由は福太郎の荷物を見て、どこぞに行くのかと問うたが、福太郎は特に決めてないという。

 だが、福太郎はどこか幼い子供の用に、遊園地に行くのを心待ちにする子供の用にあてのない旅にでると楽しそうに言った。

 保由はそんな三十路手前の男をどこか、好ましく思えていた。

 

「そういう旅の仕方もありか。私は本を読んで、地図やネットを見て、それで済ませてしまうことが多いからな。そういうのは思いつかなかった。」

「そういうのもありや。そういう驚きと発見は、予定の組まれた旅行じゃ味わえん。それに、本当の世界は本や地図、ネットには無いんや。あの外にあるやよ。そういうのが人生の糧になるんやよ。・・・オレの経験則やけどな。」

「まあ、なんにせよ気を付けろよ。旅が終わったらまた来い。またアンタに会いたいしな。それにまだ教師を辞めてないんだろ。アンタの授業を受けてみたいし。」

「せやな、また寄らしてもらうわ。それじゃあ、またな保由ちゃん。」

「またな、福太郎。」

 

 二人は別れの挨拶を交わし、福太郎は犬啼寺を後にした。

 

「さて、親父殿が戻ったら、復学の手続きを頼まなくてはな・・・。しかし、こうしてみるとアイツの描いた絵、案外悪くないな。寺から見える風景を心を込めて、精一杯描きだしたのを感じる。」

 

 保由は貰った絵を運びながら、どこか楽しそうに、父親の帰りを待っていた。

 貰った絵を見ながら、いずれ、あの絵描きと再会できることを、あの絵描きの授業を受ける日を思い浮かべ、期待で胸を膨らませた。

 

 

 

 この時はまでは・・・・・。

 

 

 福太郎は犬啼寺を後にした。

 少しの着替えと日用品、絵描きの道具を持って、適当に歩いて行った。

 

「色々あったケド、元気ななってよかったわ。」

 

 先ほど別れた化け狗の少女が以前のように、明るくふるまえるようになったことを嬉しく思いながら歩いて行った。

 あたりはだいぶ暗くなったが、街はずれまである言っていった。

 そこに、寂れた小さな神社が、丘の上に立っているのが見えた。

「だいぶ暗くなってきたし、あそこで庇を借りて今日は泊まろうかな。」

 

 誰が聞いているわけでもなく、福太郎は独り言をこぼしていた。

 少し長い石段を上がると、少し傾いた無人の神社があった。

 鳥居に掲げられた名前は暗くて良く見えなかったが、その鳥居の朱は剥げ、狛犬には苔が生し、手水には長い間水が無いようである。

 幸いにも浮浪者の類もいないようである。

 神社の様子からして、無人になってからだいぶ経つようである。

 

「誰もおらんみたいやけど、泊らせてもらうんやし、お賽銭の一つもあげて、お参りしとこうか。」

 

 そう言って、福太郎が賽銭をあげようと賽銭箱に手を伸ばしたその時であった。

 福太郎は気付かなかったが、そこには歪が、裂けめのような歪があった。

 

 

 ブォン!!

 

 福太郎は何かに引き寄せられた。

 

「うわ!!なんや!!」

 

 ニュン

 

 ・・・・福太郎の姿が消えた。

 

 

 起きてしまったことはもはや変えられない。

 歴史にIFは無いという言葉が示すように。

 だが、もしも、もしもだ。

 もう少し、明るければ、社の前に歪のような、裂けめのようなものがある事が視認できただろう。

 もう少し、明るければ、そのような得体のしれないものに福太郎は警戒心を抱いただろう。

 もう少し、明るければ、うっかり触れてしまうことはなかっただろう。

 もう少し、明るければ、神社の名前がわかっただろう。

 鳥居には神社の名前が記されていた。

『博麗神社』と。

 

 

 

 田村福太郎は得体のしれない力に引き寄せられ、裂けめに引き込まれ、上とも下ともつかない空間を、右も左も分からない空間に落ちていった。

 

「うわああああああ!!!」

 

 この時、福太郎は別れ際に光前寺保由が掛けた言葉を思い出していた。

 

『今はもう夕暮れ時。まさに、逢魔が時だ。こういう時の独り歩きは怪異に出会ったり、神隠しに遭うことが多いものだ。・・・アンタなら問題ないかも知れないが、用心に越したことはない。無理強いはしないが、今日の所は泊まっていけ。』

 

(素直に、保由ちゃんの好意に素直に甘えとくんやった・・・)

 

 そんなことを思いつつ福太郎は落ちていった。

 

 

 しばらくして、あたりが光に包まれたと思うと、福太郎は地面にぶつかった。

 

 ドサッ!!

 

「ぐげッ!!」

 

 福太郎は落ちた衝撃で気を失った。

 

 

 

 

 

 これは、異世界へと落ちていった、人間の絵描きの物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「庭の方からだけど、何の音かしら?」

 




 お付き合いいただきありがとうございます。
 ようやく、田村福太郎が幻想入りです。
 時系列としては、『足洗邸の住人たち。』の最終話である「デス・エスケープ←」の直後です。
 原作とは異なるIFの世界、アナザーワールドの話と思ってください。
 タイトルはこの最終話のタイトルをまねました。
 この「デス・エスケープ←」は単行本の初回限定版の特典でしたが、完全版で再収録されています。

 田村福太郎は幻想郷でどんな冒険をしていくのか、楽しみにしててください。
 まあ、私の文才で良ければですけど。

 ちなみに、今回はある映画とある漫画のセリフのオマージュがあります。
 分かった方は感想の方に。
 まあ、次回作のあとがきに答えは書きますけど。

 皆さんのご感想、ご意見、お気に入り登録、評価お待ちしております。
 それらがあれば頑張れます。

 あと、ニコニコ漫画に原作、『足洗邸の住人たち。』が公開中ですよ、皆さん、原作知らない方は見てみてください。

 東方キャラ出てないな。
 
 ・・・・まあ、気にするな!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファーストコンタクト

 前作投稿から大分時間が経ってしまいまことに申し訳ありません!
 ようやく本編始まります!
 フォローして下さった皆さん、読んでくれた皆さん本当にありがとう!


幻想郷の住人たち。 ファーストコンタクト

 

人里、稗田邸。

五月晴れの青く澄んだ空が広がり、心地の良い風の吹くある日の午後。

書斎にはこの屋敷の主、稗田阿求が筆を走らせていた。過去の異変や、異変解決に関わった人妖に就いてまとめているのである。

これは幻想郷縁起、幻想郷にいる外来人を含む人間に向けた書物である。幻想郷で生きていくために必要不可欠知識が盛り込まれている。危険な妖怪や危険地帯は勿論だが、もしもの時に頼るべき人物なども記している。その作業も今大詰めを迎えている。

そんな時だった。彼が幻想郷に迷い込んだのは。

 

・・・ぅぅうあああああ!!!!

 

ドサ!バタ!ドサ!

 

「何の音かしら?誰かいない。」

 

阿求は使用人に声をかけた

 

「はい、何でしょうか阿求様」

 

近くにいた御付きの女中が現れた。

 

「何か庭の方が騒がしいけど、何があったか見てきてくれない。」

「はい、かしこまりました。」

 

女中はそう言うと書斎から出ていく。

 

「・・・・ああ言ったけれど気になるわね・・・私も様子を見に行きましょうか」

 

誰が聞いているわけでもないが、そういうと阿求も書斎を後にし、庭の方へ向かった。

すると

 

ドン!!

「きゃあああ!!!」

 

何か大きなものが落ちたような音と先ほどの女中の絹を裂くような悲鳴が聞こえた。

阿求は何事かと足早に庭へ向かった。女中の悲鳴を聞いて男の使用人たちも何事かと庭へ向かっていった。

庭に付くと、そこには口に手を当てて動揺している女中のそばに見慣れない男が倒れており、近くにその男のものと思われる荷物が三つばかり落ちていた。

 

「どうしたの!ケガはないの!」

「は、はい。申し訳ありません。阿求様。この荷物が落ちていると思って近づいて行ったら、急にこの方が落ちてきたもので。」

「なるほどね。それなら驚いても仕方ないわ。あなたにケガがなくてよかったわ。でも、こちらの方はどうかしら」

 

阿求は落ちて来たという男を見ると近づいていく。服装は、まずこの人里では見ない丈の長い淡い緑色をした上着と、黒い洋服、緑の迷彩柄のズボン、首には不思議な形をしたペンを下げていた。

 

「服装からして、外来人のようね。落ちて来た衝撃で気を失っているみたいね。幸いケガはないみたいだし・・・誰か!この方を客間へ、布団を敷いて、万一ケガをしているようなら手当もお願い。」

「かしこまりました。ほれ、若いの、頭と足を持って落とさないように運ぶんじゃ。お前さんは念のために薬を頼む。」

「「はい!」」

「分かりました」

 

阿求の指示を受けた初老の使用人が若い使用人の男二人と、件の女中に指示を与えた。

 

「ひとまずは安心ね。後は彼が目を覚ますのを待つだけね。」

 

そう言うと阿求は室内へ戻っていった。

これが、人間の絵描き、田村福太郎と稗田の阿求の出会いであった。

 

しばらくして、阿求は落ちて来た外来人の男の様子を見に来た。外来人はたいてい礼儀を欠いた者が多いが、それでも阿求は興味があった。過去、この稗田邸でこのようなことが起きたことは一度もない。そのことを含めて、この外来人の男は何者なのか興味があり、様子を見に来たのだ。

 

「様子はどうかしら?」

「阿求様、こちらの外来人の方にお怪我はありませんでしたが、気を失ったまままだ目を覚ましません。」

「そう、まあ、見つけてからまだ四半時も経ってないしね。」

そう言って外来人の顔を覗き込むと

 

「う、ううん・・・」

 

どうやら外来人は気が付いたようである。

 

「あれ?でら、ベッピンさんなお嬢さんの顔が見える。天国にこれたんかいな?」

「お目覚めのようですね。ちなみにここは天国ではありませんし、そもそもあの世でもありませんよ。」

「ああぁ、そうですか。」

「ええ、そうです。」

 

阿求は微笑みかけながら答えるが、外来人は不思議そうに阿求の顔を見ながら体を起こした。

 

「ええと、初めまして。自分、田村福太郎いいます。よろしゅうお願いします。」

「私は、この稗田邸の当主、稗田阿求と言います。どうぞよろしく。」

 

二人は簡単に挨拶を交わした。すると田村福太郎と名乗った外来人が質問を始めた。

 

「あの、自分妙な空間に引き込まれたと思ったらここに居たんですが、ここがどこなのか教えてもろうてもいいですか?稗田さん。」

「阿求で構いませんよ。そうですね、まずここは人里です。」

「人里?えらくざっくりしとりますね。」

「ええ、ここは幻想郷という、外の世界から隔離された世界で、主に妖怪と人間が住んでいる世界です。」

「?隔離されている以外は、至って普通だと思うですけど?」

「?」

「それはそうと、隔離された世界ですか・・・」

「ええ、約100数十年前に博麗大結界という特殊な結界で隔離されたんですよ。」

「ああ、なるほど、そうですか。」

 

阿求は福太郎の反応にどこか違和感を覚えていた。実際、まだ外の世界には妖怪がいると聞くし、そのことに気付いている人間がいてもおかしくない。そう阿求は勘違いをしていた。福太郎は阿求の言葉にどこか納得したようである。それもそうである。あの大厄災が起きたのは二十数年前、博麗大結界が出来たのは約100数十年前の事だ、あの大厄災の難を逃れた場所があってもおかしくはないだろうと、勘違いしていた。

二人の会話は互いの勘違いに気付くことなく進んでいく。

 

「そうですか。じゃあ、外に出る手段はあるんですか?」

「ええ、無いことはないですよ。」

「そうなんですか。」

「ええ」

 

福太郎は帰る手段があると聞き少し安堵したようである。

 

「その手段って何ですか?」

「博麗大結界を管理している博麗神社という神社があるんですが、そこで結界の管理や妖怪退治を生業としている巫女がいます。彼女に頼めば外の世界に戻れますよ。」

「そうなんですか。それじゃあ、案内してもらってもいいですか、一応旅の途中なんですが念のために帰る手段は確認しておきたいんです。構いませんか?阿求さん」

「そうですか、旅の途中でしたか。分かりました。ですが、人里の外では昼間でも妖怪に襲われる危険があるので、道中の護衛を頼める方にそれはお願いしますね。」

「すみません。お願いします。それはそうと、オレの荷物知りませんか、いくつか持ってたんですけど。」

「それでしたら、こちらにありますよ。」

 

阿求と福太郎の会話はスムーズに進み、福太郎は取敢えず外の世界に帰る事となった。

福太郎は無くなっている荷物が無い事を確認し、阿求は出掛ける準備を済ませると二人は早速博麗神社に向かうことにした。

はじめ、護衛の依頼と福太郎の案内を使用人がすることになっていたが、阿求自身がその役を買って出たのである。福太郎は始め恐縮して断ろうとしたが、助けた例の代わりに外の世界の事を道中で聞きたいと言ったため断るに断れなくなったのである。

 

「それじゃあ、皆さんホントに短い間でしたけど、お世話になりました。」

「田村様こそ、道中お気を付けてください。一同旅の無事をお祈り申し上げています。」

「じゃあ、行ってくるわね。」

「行ってらっしゃいませ、阿求様」

「お世話になりました~~!」

 

使用人を代表して女中が挨拶と見送りをし、福太郎は感謝を述べ稗田邸を後にした。

 

「福太郎さんは絵描きなんですか?」

「ええ、最近は万魔学園というこ所で美術教師をしたりもしてます。」

「教師、ですか。寺子屋の先生みたいなものですか?」

「はい、そんな感じです。」

「なら、これから向かう方は福太郎さんのご同業の方なんですよ。」

「ということは、寺子屋の先生なんですか?」

「はい、他にもこの人里の守護もなさっているんですよ。」

「へ~え、そうなんですかそりゃすごいですな」

 

二人はたわいのない会話をしながら歩いて行った。阿求は福太郎の話を聞き、福太郎の話から感じる違和感からある可能性を導き出していた。二人は話しながら歩みを進める。寺子屋の教師にして、人里の守護者、上白沢慧音の元へ。

 

 

そうこうしている内に上白沢慧音が経営する寺子屋に就いた。ちょうど授業が終わったようで、子供たちが寺子屋から駆け出してくる。

 

「「「先生さようなら~!」」」

「うむ、気を付けて帰るんだぞ!」

 

ワアー、ワアー

 

挨拶を交わす声、子供たちの笑い声が聞こえてくる。子供たちが駆け出し、遊びながら帰っていくなんとも微笑ましい光景である。

子供たちが帰ったのを確認すると、阿求と福太郎は慧音もとへ向かう。

 

「慧音さん」

「うん?阿求か。それとそちらの方は?」

「こちらは外来人の田村福太郎さんです。先ほど幻想郷に迷い込まれましてね、邸の庭に落ちて来たと所を保護したんです。」

「田村福太郎です。よろしくお願いします。」

「ああよろしく、立ち話もなんだし中へどうぞ。」

 

三人は寺子屋にある慧音の私室へ入っていった。慧音の部屋はこざっぱりしていて、多くの書籍や巻物、筆記用具などが置かれており、いかにも仕事部屋という感じだが、来客用の机と座布団が置かれていた。

慧音は阿求と福太郎を座らせると急須と湯呑、茶請けに煎餅を運んできた。

 

「大したものじゃあないが、どうぞ。」

「いただきます。」

「どうもすみません。ごちそうになります。」

 

二人は礼を言うと茶と煎餅を口に運ぶ。大したものではないと言っていたが、茶は玉露でほのかな甘みを感じる独特のうまみがあったし、煎餅かと思ったものは濡れ煎餅で、濃口醤油の良い味がする。

 

「それで、私に何か用があるのだろう?まあ、大体見当は付くが。」

「はい。こちらの田村さんを博麗神社まで案内して欲しいんです。」

「上白沢さん。」

 

阿求が要件を切り出すと、福太郎はしっかりと、はっきりとしつつも決して起こったようでもなく慧音に話しかけた。

 

「今、オレは旅の途中ですが、いずれ必ず帰らなきゃならないんです。オレなんかの帰りを待ってくれてる奴らがいるんです。例え今すぐ帰れなくても、帰る手段は確保しとかないとならないんです。・・・どうか、どうか、オレを博麗神社まで連れて行ってください!!」

 

突然どこか飄々とした男が突然かしこまって、頼み込んだ。土下座までして。帰りたい。いつか必ず帰りたい。そんな切実な思いが、二人にはひしひしと感じられた。

 

「・・・分かった、責任もって送り届けよう。安心してくれ。すぐに支度する。待っていてくれ。」

「よかったですね。田村さん」

「ええ、ホンマに。」

 

慧音は本当なら日を改めて博麗神社へ連れていくつもりだったが、福太郎の希薄に負けた。何としても彼を送り届けなければならない。そんな気がしたのだ。別室で支度を初めていると、阿求が部屋にやって来た。

 

「どうしたんだ阿求?」

「田村さんの事でちょっと。」

「何か問題でもあるのか?」

 

慧音は支度をする手をいったん止め、一体何のことなのかと小首をかしげながら阿求を見た。

「もしもです。もしも、万が一福太郎さんが外の世界に帰ることが出来なかったら。私の邸に連れてきてください。その時は、私の邸で彼をしばらく面倒を見ようと思っていますので、そのことを伝えに。」

 

慧音はますます疑問に思った。阿求は福太郎が外の世界へ帰れないかもしれないと言っているのだ。慧音にはそのようなことはあり得ないと思えて仕方がなかった。だが、他にも疑問があった。福太郎は帰りたいと願う以外には冷静なのだ。普通の外来人なら取り乱し、憤り、礼儀を欠いた反応をするものがほとんどなのにだ。しかし、あの博麗霊夢が外来人返還に失敗するとは思えなかったからだ。普段はグータラして、やる気はないし、現金な性格をしているが、博麗の巫女としての才能はピカイチだからだ。

 

「しかし、あの霊夢がしくじるとは思えないのだが・・・」

「ですから、もしもの場合ですよ。」

「ああ分かった。その時はそうするよ。」

「ありがとうございます」

 

阿求の言葉に違和感を覚えながら慧音は支度を整えた。部屋に戻ると阿求と福太郎は談笑していた。

 

「支度が出来た。では行こうか。」

「よろしくお願いします。」

 

三人は寺子屋を後にし、人里の入り口まで歩いていった。門に就くと阿求は福太郎に別れを告げた。

 

「では、私はここまでです。田村さんと話すのは本当に楽しかったです。」

「オレの方こそ、楽しかったです。助けて下さって本当にありがとうございました。」

「じゃあ、そろそろ行くか。」

「よろしくお願いします。上白沢さん。」

「慧音でいい。みなそう呼ぶからな。私も福太郎と呼ばせてもらう。」

「慧音さん、田村さんをよろしくお願いします。」

「任せておけ、では行くぞ、福太郎」

「よろしゅう頼んます、慧音さん。阿求さん!ホントお世話になりました!」

「田村さんも道中お気をつけて!」

 

阿求に別れを告げると、福太郎と慧音の二人は人里を後にした。阿求は二人を見送りながら一人ポツリと独り言をこぼしていた。

 

「たぶん、またすぐにお会いできると思いますが・・・」

 




 ようやく、本編が始まりました。最近は大学院で発表だったり、書類提出だったり、事典の項目の執筆だったりと忙しく投稿ペースが開いてしまいました。今後は投稿ペースはもう少しましになると思われます。

 皆さんのご感想、ご意見、評価などお待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

絵描きと博麗神社の住人たち。

 博麗神社へやって来た田村福太郎と上白沢慧音。果たして、田村福太郎は秀真國へ帰れるのか!!


 上白沢慧音は一人の外来人を博麗神社まで案内していた。稗田邸で発見された田村福太郎を外の世界へ返すためだ。

 しかし、その道は決して短いものではなかった。博麗神社までの道には大したものはない。せいぜい聞こえてくるのは鳥の声ぐらいである。慧音は妖怪などの襲撃を警戒しているが、まだ日は高く、襲撃の気配はなく、有体に言えば暇だった。

 慧音は外来人の男に目をやった。慧音にとってこのタイプの外来人に遭うのは初めての事で気になってもいた。慧音など幻想郷の住人からすれば外来人は4つのパターンに分けられる。何が何だか分からず混乱する者。自分の身に降りかかった不幸に憤り、当り散らす者。妖怪に襲われるなりして死んだ者。ごくごくまれにではあるが、自らの意思で幻想郷に来た者。しかし、この田村福太郎はどれにも当たらない。極めて特異な存在である。おまけに最後の阿求の言葉。まるで、福太郎が外の世界へ帰れないことを想定しているかのような口ぶり、何がそう判断させたのか、あまりにも気になることが多すぎた。慧音は質問をせずにはいられなかった。

 

「しかし、福太郎。お前は変わってるな。」

「?何がでしょうか。」

「阿求からこの幻想郷の事は聞いてるだろうに、取り乱す様子もなく理解している。普通の外来人では考えられないことだからな。妖怪がいることを不思議だとは思わないのか。」

「いいえ、別に。普通やないですか。阿求さんもそうですが、なんでそんなことを聞くんですかね」

 

 普通。この男はそう答えた。ますます分からなかった。聞くところによれば、外の世界では妖怪や神などの存在は幻想の存在とされ、かなり生きにくく、存在を保つのが難しくなったと聞いている。だからこそ、妖怪の為にこの幻想郷が生まれたのだ。なのに普通と答えた。なぜなのか。

 

「聞くところによると外の世界では妖怪などは生きにくいと聞いているのだが。」

「そうでもないですよ。今じゃ隣近所に妖怪の人やらなんやら色々いるのが普通ですし。現に旅に出るまで住んでた邸のには、家神やら化け兎やら、悪魔やらいろいろ住んでますし、管理人はこまちゃんいう猫又ですしね。」

「そ、そうなのか。」

 

 慧音にとって予想外の答えだった。隣近所が人外であることが普通であり、自身もそうした者たちと生活していたと言っているのだ。聞けばまだ、外の世界には妖怪はいると聞く。そうしたこともあるだろうと、慧音は理解しようとした。現に外の世界で、それもつい最近まで、神々と生活していた守矢神社の例もあったからだ。

 

「福太郎は外の世界では何をしていたんだ?」

「そうですね。一応、絵描きしてますけど、最近は万魔学園いう、とてつもなくでっかい寺子屋みたいなところで、美術教師をしとりました。」

「ほう!それは意外だな。まさか同業者だったとは。」

「いや、オレは自分から教師になろうとしたんじゃなくて、教師してはる同居人に学園長に紹介されて、気に入られましてね。直接スカウトされたんです。色々大変なこともありましたが、まあ、楽しくやってました。」

「そうか、でも、確かにそうだ。楽しい。子供は実にいい。生意気だったり、悪戯したりと手も焼くが、成長していく姿を見るのは、本当に楽しい。私は昔から教師になりたくてな。どんな子供でも教えられる教師になることが夢だったんだ。昔はそれぞれの家や奉公先で勉強するのが普通でな。それだと色々差が出るし、この幻想郷の事を正しく教えられるかどうかも大きく分かれていた。寺子屋で、この幻想郷の歴史や読み書き、計算そうしたことをちゃんと教えられれば、子供たちの未来は大きく開かれる。そう思っていてな。はじめは苦労したが、今では多くの子供が通ってくれる。」

「・・・俺にはまねできませんなあ。しかし、オレのとこの学園長もそうですが、人にモノを教えようとする人は、みんな立派な志を持っとりますね。」

「・・・自分の事が立派かは分からんが、福太郎がそういうなら、きっとそうなんだろうな。だがな、福太郎。きっとその学園長は福太郎の事が気に入ったということもあるんだろうが、きっとお前が必要だと、子供たちにとって必要な存在になると思ったんだ。だからお前をスカウトしたんだと思うぞ。」

「・・・・そうなんですかね。」

「ああ、きっとそうだ。」

 

 

 慧音はこの男が同業者と知り、かつて自分が教師を志した時の事を思わず話してしまった。福太郎は月並みな言葉ではあるが、自分の知る学園長と同様に立派だと言ってくれた。その言葉に嘘は感じられなかった。慧音はこの田村福太郎という男もきっと素晴らしい教育者なんだと慧音は思った。なぜなら、元々教師で無かったにしても直接スカウトされたのだ。学園というのはよくわからないが、大きな寺子屋のような所らしいからきっと教師も生徒も多いに違いない。そこのトップに認められたのだ、ろくでもない奴だったら教師にするはずはない。

 道中、慧音は自分の経営する寺子屋の事を夢中になって話した。思わず愚痴を言ってしまったが、福太郎は嫌な顔一つせず、話を聞き、相槌を打ち、自分のいた学園の事を話してくれた。福太郎の口ぶりからすると妖怪なども学園に通っているらしく、とても興味があった。   

 時間が許すなら、もっと様々な事を聞きたかった。話したかった。学園のこと、生徒のこと、他の教師のこと、自分の寺子屋の事、通っている子供たちの事・・・しかし、慧音の眼には博麗神社へ続く石段が見えてきてしまった。別れの時は近い。

 

「ほら、福太郎。見えて来たぞ。あの石段を登れば、博麗神社につくぞ。」

「え、ホントや!いやあ、話に夢中なっとて気付かなかったわ~」

 

 

 二人は博麗神社へと続く石段を登る。慧音が福太郎の方を見ると、心なしか足取りが軽くなったように見える。旅の途中にしても、元居たところへ帰る算段が付くのだ。嬉しくないはずがない。だが、慧音にとっては少し寂しくもあった。初めて出会った自分と同じ教師ということもあり、会話が弾んだし、知りたいことも色々とあった。正直残念でならなかった。

 

 博麗神社

 幻想郷を大きく包こみ、守っている大結界、博麗大結界を管理する神社。この神社の唯一の新職である博麗霊夢は妖怪退治の専門家であり、幻想郷に起こる異変解決のスペシャリストである。また、歴代の博麗の巫女の中でも特に才能があり、誰もが認める天下無敵の巫女なのだ。天下無敵の巫女なのだが・・・・

 

「あ“あ”~今日もいい天気ね~、お茶が美味しいわ~。」

「霊夢~掃除終わったよ~」

「それじゃ萃香、洗い物お願い~」

「鬼使いの荒い巫女だな~ホント」

「居候なんだからそれぐらいしなさい」

「分かったよ」

 

 この体たらくである。彼女を見たことがなく、話だけしか聞いたことの無い者が見れば、まさか、この縁側でババ臭く、日向ぼっこしながらお茶をすする若い女性が博麗の巫女とは思えないだろう。しかし、その実力は数々の異変解決で示され、誰もがその実力を知る所である。現に今、顎で使っているのは幻想郷最強の種族である鬼、しかも、その頭目、酒呑童子こと伊吹萃香である。だが、神社を訪れるのは、霊夢の人徳?故か妖怪ばかり、そのため人間は一向に寄り付かず、信仰も賽銭も集まらず、最近新しく移って来た守矢神社にただでさえ少ない信仰のほとんどを持っていかれ、万年貧乏巫女、妖怪神社の異名をほしいままにしていた。

 

「・・・霊夢」

「なに?萃香。洗い物終わったの?」

「今、分身がやってる。それよりも誰か来たよ。」

「参拝客かしら!」

 「違うと思うぞ?慧音と外来人みたいだし。」

 「なあ~んだ。参拝客じゃないんだ~」

 「そんなんだから参拝客来ないんだよ。」

 「あ“?なんか言った?」

 「もう少し、愛想よくした方が参拝客来るよって言ってるんだよ。」

 「嫌よ、めんどくさい」

 

 おまけに、生来の面倒くさがりが参拝客離れに拍車をかけていた。

 そんな博麗神社に慧音と福太郎はやって来たのである。

 

 「ここが、博麗神社だ。」

 「お~、意外と広い境内ですし、立派な神社やな~」

 「・・・幻想郷の要ともいえる神社だからな、それになりに立派なんだ。神社だけは・・・・」

 「・・・・なんか、奥歯にものが挟まったような言い方ですね。」

 「今に分かる。」

 「まあ、神社に来たわけですし、参拝ぐらいしときましょ。」

 「まあ、そうだな。その方が霊夢の心象もいいだろうしな。」

 

 鳥居の前でそんな会話を交わすと、二人は鳥居を潜った。慧音はおもむろに鳥居を潜ったが福太郎は鳥居を潜る前に一礼をした。慧音は目を見張った。外来人のこの男は参拝の作法を心得ている。これまで幻想郷に迷い込んだ外来人を何人も博麗神社まで案内したことがあるが、このようなことは初めてだった。

 福太郎はそんな慧音をよそに、一礼を済ませると鳥居を潜るが、鳥居の左側を通り、手水まで進み、左手、右手と手を清め、口を注いで身の内を清め、柄杓に残った水で柄を清めて戻した。そして、拝殿の前にまで進み、賽銭を入れ、鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼をした。一般的に言われている参拝の作法を誤りなくこなしたのだった。

 

 「驚いたな。」

 「何がでしょうか?慧音さん。」

 「いやな、これまで迷い込んだ外来人はちゃんと参拝をしようともしなかったんでな。おまけにちゃんと作法に則っていたんでな。正直、作法を知っているとは思わなくてな。」

 「いや、元々物事の意味や成り立ちや用途とかに興味がありましてね、鳥居や手水、参道とかの意味とか調べとったら、作法に行きついただけで、別に大したことじゃないですよ。それに、神社とか行って作法どころか、ちゃんと参拝一つできないんじゃあ、そこの神様に失礼ですし。」

 

 祟られたり、呪われたりしたら、怖いですし。福太郎はそんなことを言った。まるで、神などの存在がいて、祟りや呪いがあることが当たり前のように言っている。

 

 (もしかしたら、福太郎は・・・・だとしたら・・・。)

 

 慧音はある推測が頭をよぎった。阿求が言っていたのはおそらく、この事だとも思えた。

 

 「今、お賽銭入れたのはあなた!!」

 「どあ!ビックリした!」

 

 賽銭の音を聞きつけたのか、紅白の装束を着た少女がすっ飛んできた。

 これが、博麗霊夢と田村福太郎との出会いであった。

 

 「あら、慧音じゃない。じゃあ、萃香の言ってたのはアンタたちね。まあいいわ、あがってちょうだいお茶でも出すから!!」

 「えらいテンションの高い子やな~あの子が巫女さんですか?」

 「ああ、彼女が博麗の巫女、博麗霊夢、この神社の巫女だ。たぶん、最近ろくに参拝客がいなかったから嬉しかったのだろうな。」

 

 二人は霊夢のテンションに圧倒されながら社務所の方に向かっていった。

 

 「大したものは無いけど、寛いでちょうだい!」

 「霊夢、嬉しそうだね~」

 

 二人が社務所に入ると、霊夢がお茶の用意をして待っており、そばには小柄ながらも立派な角を備えた少女がいた。福太郎は驚く風もなく言われるがままに社務所に入っていった。その様子を見て慧音は先ほど浮かんだ疑問が確信に変わるのを感じた。

 

 「いらっしゃ~い。私はこの神社に居候してる鬼の伊吹萃香だよ~」

 「私は、この神社の巫女、人呼んで楽園の素敵な巫女!博麗霊夢よ!」

 「自己紹介どうも。オレは田村福太郎いいます。どうぞ、よろしゅうに~」

 

 三人はそれぞれ自己紹介を済ませると慧音が本題に入った。

 

 「自己紹介はすんだようだな。それじゃあ本題に入るが、こちらの福太郎は外来人でな、外の世界に返してやって欲しいんだ。」

 「・・・慧音、ホントにそいつ外来人なわけ?」

 「ああ、そうだ萃香殿。今日、稗田邸の庭に落ちてきたところを阿求が保護してな、私がここまで道案内と護衛をしてここまで連れていたんだ。」

 「いやさ、そいつ福太郎って言ったけ?あたしが鬼だって自己紹介したのに大した反応してないからさ。」

 「そういやそうね。」

 

 二人が福太郎に疑問を抱くが、福太郎は何のことなしに答える。

 

 「いや~これでも驚いとるよ。こんな可愛らしい鬼や巫女さんに会うのは初めてやし、霊夢さんは闕腋(けってき)なんて古風で珍しい装束着てはるし。」

 

 可愛らしいなんて言っても、お茶ぐらいしか出ないわよ~などと言ってくねくねしている霊夢をよそに、またも、慧音は驚かされていた。鬼の事に驚いていないこともそうだが、霊夢の服装を一発で言い当てたのだ。

 霊夢の装束は所謂、闕腋の袍(けってきのほう)と言われるものである。これは大きく脇を開けることにより、動きやすくした服装で、平安時代に武官などが用いた動きやすい服装で、狩衣などはこれに分類される。古く、唐代に中国で流行していたペルシャ風の服装が日本に取り入れられ、変化した由緒のあるものだが、多くの者はそのことを知らず、脇巫女と呼んで憚らないのだが、この福太郎はそのことを知っていた。慧音はそのことに驚いたのだ。服飾史や有職故実に興味がなければ知り得ないことだが、先ほど物事の成り立ち、用途に興味があると福太郎は言った。それにしても様々な事を福太郎はよく知っている。これほどの知識を持つ者にはなかなか出会うことは難しい。ますます慧音は福太郎に興味が出たし、このまま返すのが少し惜しくなってもきた。

 

 「これ、闕腋って言うのね。知らなかったわ~。」

 「・・・霊夢、私ちょっと出かけてくるね。たぶん、遅くなるから夕飯は要らないよ。」

 「そう?まあ、いいけど。いってらっしゃい」

 「・・・ああ。」

 

 霊夢は自分の巫女装束をまじまじと見ていると、萃香はそう言って急に霞になって消えていった。その様子を慧音は静かに見ていた。

 

 「そういえば、田村さんは、」

 「福太郎でええよ。」

 「じゃあ、福太郎さんは萃香が鬼だって言っても驚かなかったし、福太郎さんって妖怪に会ったことがあるの?外来人なのに。」

 「いやな、同級生に牛丸いうのがいてな、そいつが鬼だったんよ。それに、それ以外の鬼にもおうたことあるし、別に珍しいとは思わんな。」

 「ふ~ん、珍しいわね。」

 「・・・・・・」

 

 霊夢は興味ないわ、とばかりに、長く親しんでいるにも関わらず、今の今まで名前を知らなかった自分の装束の事が気になっているようである。その様子を黙って見ていた慧音はが口を開いた。

 

 「巫女装束の事が気になるのは分かるが、そろそろ本題に戻ってくれ。」

 「そうやった!霊夢さん!」

 「!!」

 

 突然思い出したように、大声を出すと福太郎は霊夢の手を取り、霊夢はあまり男性に対する免疫がないために突然の事に気が動転してしまった。

 

 「オレは、旅の途中やけど、帰らなならんところがあんねん!隔離された世界じゃあ、帰ろう思うてもすぐ帰れん!オレをもとの世界に、自力で帰れるとこならどこでもええから、この幻想郷から帰してくれ!!どうか、お願いや!!」

 

 そう言って、手を放し、その場に土下座して懇願した。度重なる予測不能の事態に、霊夢は顔を赤くしながら返事をするしかなかった。

 

 「わ、分かったわ。分かったから顔をあげて頂戴!」

 「そうだぞ、福太郎。霊夢もこう言っているし、そう易々と男が土下座をするもんじゃあない。霊夢も困っているぞ。」

 「うん、そうやな、つい焦ってもうてな。エライすまねんな。」

 「もう、いいわよ、もうじき暗くなるし、すぐ準備するから待ってて頂戴。」

 「ホンマありがとうな~霊夢さん。」

 「さん付けなんてしなくていいわよ、私より年上なんだし。」

 「じゃあ、ありがとうな霊夢ちゃん。」

 「~~と、とにかく待ってて!」

 

 そう言うと霊夢は足早に部屋を出ていった。その様子を慧音は笑いを堪えながら見ていた。

 

 「霊夢ちゃん、エライ顔、赤ぁなっとたけど、具合でも悪いかいなぁ?」

 「違うぞ、福太郎。霊夢は急にちゃん付けなんぞされて照れていただけだ。なんだ、可愛いところもあるじゃないか。」

 「聞こえてるわよ!!福太郎さんに余計なこと吹き込んだらただじゃあおかないわよ!!」

 「おっと、聞こえていたか。」

 「地獄耳ですな~」

 

 慧音は、こいつは霖之助と同類かと思いつつ微笑んでいた。

 

 「何笑っとるんです?」

 「いや、私の知り合いによく似ているなと思ってな。気を悪くしたなら許してくれ。」

 「いいえ、気にしとりませんよ。しかし、無事帰れそうで良かったですわ~」

 「・・・そうだな、霊夢の準備にまだ時間が掛かるだろうから、それまでの間でいいから、福太郎がいた所について聞いてもいいか?」

 「それぐらい、お安い御用ですよ。」

 

 霊夢はその間、外来人を外の世界へ還すのに必要な呪符を用意していた。

 

 「まだ、顔赤いかしら・・・」

 

 霖之助以外の男性に触れたことの無い霊夢は、先ほどの事を思い出していた。それと同時の不思議な外来人とも思っていた。帰りたいと懇願するのは分かる。しかし、変に冷静だとも思った。どうも、妖怪と面識があるらしい。妖怪などの存在が希薄な外の世界から来たはずなのに。気にはなったが、すぐ呪符の用意に集中した。どうせあと少しで別れるのだ。もう会うこともないだろう。

 

 「・・・なかなか、ぶっ飛んだ事をする同居人だな。」

 「ホンマ、あん時はどうなる事かと思いましたわ~でも、お蔭で、美術教師やることが出来ましたし、今じゃ感謝しとります。」

 「準備できたわよ。」

 「うん?もうか。話に夢中になってしまったな。」

 「そうですね~あっという間でしたな~。まさに光陰矢の如しですな。」

 

 どうも、二人は世間話に花を咲かせていたようだ。しかし、別れの時がやって来たのだ。

 三人は鳥居に向かった。

 二人の前で霊夢は祝詞をあげ、鳥居に呪符を貼り付けた。

 

 「準備できたわよ。」

 

 霊夢は福太郎を鳥居の前へ促した。

 

 「この鳥居を潜って、帰りたい場所を思い浮かべて、右の方へ三度、この神社の周りを歩けば帰れるわよ。」

 「急に押し掛けたのにホンマ、ありがとうな。霊夢ちゃん。なんもお礼もできへんで。わるいなぁ。」

 「別にいいわよ、お礼なんて、ちゃんとお賽銭あげてくれたし、それにこれは博麗の巫女役目だしね。」

 「ホンマ、ありがとうな。それに慧音さんも。本当に短い間でしたけど、ここまで、ありがとうございました。阿求さんにもよろしく伝えて下さい。」

 「こちらこそ。短い間だったが、私も福太郎と話すのは楽しかった。阿求にもちゃんと伝えておく。旅路の無事を祈っている。」

 

 別れの挨拶を済ませると、福太郎は荷物を担ぎなおすと、鳥居へ向かって歩き出した。やっと、秀真國へ帰れるのだ。嬉しくないはずはない。福太郎は鳥居を潜る前に、霊夢と慧音に手を振り、鳥居を潜った。

 

 「行ったわね・・・」

 「ああ・・・」

 

 残された二人は名残惜しそうに佇んでいた。

 

 「変わった外来人だったわね。」

 「ああ・・・。」

 

 霊夢は神社へ戻ろうとしたが、慧音はその場に立ったままだった。

 

 「・・・・・どうしたの?」

 「いやな、気になることがあってな。」

 「???」

 「ほら、私が気になっていることが歩いて来たぞ。」

 「え!?」

 

 霊夢は思わず慧音が指さした方を見た。霊夢の眼に映ったのは、意外!それは外の世界へ帰ったはずの田村福太郎だった!

 

 「えぇぇ、と。どうも、さっきぶり?」

 「えええええええええええ!!!!!!」

 

 不思議そうに首をかしげる福太郎と驚愕する霊夢の側で、慧音はポツリと呟いた。

 

 「やはりな・・・・」




 外来人の返還の儀が失敗した!今までなかったことに落ち込み、動揺する霊夢!意外と冷静な福太郎と慧音!
 そこに、出掛けて行った萃香が戻ってきた!意外な人物を連れて・・・

 イラスト、ご感想、評価、お気に入り、絶賛募集中!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幻想郷の住人たち、秀真国の住人たち。

 外来人返還の儀の失敗、元の世界に帰れない福太郎は一体どうなる!
 そんな福太郎の元にある妖怪が現れる・・・。


 評価、お気に入り、ご感想、イラスト大募集中!!

 祝!お気に入り30突破!!皆さんありがとうございます!!!


 外来人返還の儀。博麗霊夢はこれまで一度も失敗したことはなかった。元来、博麗霊夢は才能に恵まれ、様々な儀式儀礼、術式、呪法など失敗したことなどほとんどなかった。これまでは。

 しかし、目の前にいるのは紛れもなく先ほど外の世界へ還したはずの田村福太郎その人だった。

 

 「ど、どうして!なんで!あなたがいるのよ!!!」

 「どうして、言われても・・・俺にもさっぱり。」

 

 霊夢は声を荒らげながら福太郎に迫った。しかし、福太郎は困惑するばかりで、事態は何も変わらなかった。

 

「・・・霊夢、もう一度試したらどうだ。」

「そうやで、霊夢ちゃん。たまたま上手くいかなかっただけやもしれん。もう一回試してみようや」

「・・・・・わかったわ、もう一度試してみる・・・」

 

 霊夢はこれまでなかったことに意気消沈しながらも改めて、儀式に取りかかった。しかし、結果は変わらなかった。

 三度目の正直と改めて臨むも失敗。

 

「なんで、なんでなんでなんで・・・失敗するのよ!!!!術式は完璧!呪符も正常!なのに!なんでなのよ!!!」

「霊夢、いったん落ち着け。」

「うっさい!慧音は黙ってて!!今、福太郎さんを外の世界へ還せるのは私だけなの!なのに・・・どうして失敗するのよ・・・何がいけないのよ・・・」

「霊夢ちゃん。慧音さんの言うと通りや、いったん落ち着こう。焦っても仕方ないで。」

 

 慧音と福太郎は霊夢を落ち着かせようと声をかける。儀式に失敗した霊夢をなだめるように。しかし、それは却って逆効果だった。

 

「・・・なんで、そんなに落ち着いていられるのよ・・・・なんでよ、私のせいで・・・私のせいで!!帰れないかもしれないのよ!福太郎!なんで怒らないのよ!!いっそあんたのせいだとか!いっそのこと罵ってよ!怒ってよ!なんか言うことあるでしょが!!何とか言ったら!!私を責めなさいよ!福太郎!!!!うぁ、うあああああ!!!!」

 

 霊夢は福太郎に掴みかかり、揺さぶり、叩き、怒声をあげ、そして、泣いた。

 福太郎の優しい言葉がかえって、霊夢の心に突き刺さってしまったのだ。それによって霊夢の心に、これまでにない失敗によるショック、真摯に帰りたいと願う者の思いに応えらない口惜しさ、何よりも博麗の巫女として役目を果たせない不甲斐無さが、いっぺんに押しかかってしまっていたのだ。そこには、異変解決のエキスパートでも、妖怪退治の専門家でも、博麗の巫女でもなく、己の無力さを呪って涙を流す一人の少女の姿があった。

 その姿に慧音は面食らってしまい、ああ、あの博麗の巫女も一人の少女に変わりないのだなと思い、福太郎は自分たちの言葉が却って目の前の少女を傷つけてしまったことに、しまったと思い、済まない事をしたと後悔する、それぞれ異なる心境を持った二人がいた。声をあげて涙を流す霊夢に、二人は再び声をかけた。

 

「霊夢・・・」

「霊夢ちゃん、ちょっとええか?」

 

 慧音が声を掛けようとしたとき、福太郎はチラリと慧音の方に、ここは任せてほしいと目くばせし、言葉を続けた。

 

「うぅぅ・・・何よ、早いとこなんか言いなさいよ・・・」

「霊夢ちゃん、落ち着いて聞いてな。オレは別に霊夢ちゃんを責めるつもりはないし、責める権利もない。」

「そんなことない・・・私の責任なのよ・・・・慰めや同情なんかいらない・・・・」

「そうかもしれん。けどな、オレは突然押し掛けて、元の世界へ還してくれようと頑張ってくれてる、霊夢ちゃんを責める事なんてできひん。それに、頑張ってる子に、これ以上頑張れなんてことも言えへん。」

「・・・・・・」

「人間だれしも失敗する。それは、人間でなくてもそうや。でも、そっから成長できるや。それに、オレは生きてて現にピンピンしとる、時間はたっぷりあるんやから、ゆっくりやっていけばええねん。」

「・・・・でも。」

「それにや、オレが帰りたいいうのはホントけど、別に急ぐ必要も用事もないんやし、大丈夫やで、そら不安がない言うたらウソになるけど」

「でも、私は博麗の・・・」

「巫女かもしれん。けど、その前に一人の人間や、無理して物語のヒーローみたいなことやって、霊夢ちゃんが潰れてももうたら、そっちの方がつらい。せやから、無理せず、やってけばええんよ。」

「・・・うん」

 

 福太郎はそう言いながら、霊夢の頭を優しく撫でながら、優しく諭していった。霊夢は福太郎の胸に顔をうずめながらも泣き止み、落ち着いたようである。

 慧音は福太郎と霊夢のやり取りを見て、正直驚いていた。福太郎に出会ったのは今日が初めてだが、本当に驚かされてばかりだった。儀式の失敗に取り乱し、涙を流す霊夢をこんな風になだめることが出来るとは思いもしなかった。もし、自分だったら同じことができただろうか。霊夢をなだめ、落ち着かせることができただろうか。慧音はこの外来人の男に敬意を払おうとそう思った。

 

「・・・でも、ホント冷静ね、福太郎さん。」

「まあ、オレも今まで色々あったんよ、これぐらいじゃ動じないぐらいにや。こう見えて、そんなにやわな人生送っとらんのよ。ただ、色んな人に迷惑かけて、色んな人に接して、色んな人に格好つけようとしとるだけやけどな。」

 

 ふいに霊夢が落ち着きを取り戻し、口を開くと、福太郎は微笑みながらそう返した。

 慧音は自然と口元が綻ぶのがわかった。それと同時に、この田村福太郎という男はどんな人生を送ってきたのか、自然と興味が湧いて来た。

 しかし、この二人の様子を見ていると、まるで親子か兄弟のようにも思えて仕方がなかった。

 

「霊夢、落ち着いたか?」

「ええ、みっともないところ見せたわね。」

「ああ、本当にな。ほら、これで顔を拭け、結構ひどい顔だぞ。」

 

 そう言うと、慧音は霊夢に手ぬぐいを渡した。

 霊夢は福太郎から離れ、自分の顔をぬぐった。

 

「ありがとう。」

「いや、構わん。それにしても、珍しいものを見れたしな。」

「え?」

「成人男性にしがみ付きながら、泣いている博麗の巫女なんてそうそうお目に掛かれんということさ。おまけに、やさしく頭を撫でられながら、諭されるのは、なかなか微笑ましかったぞ。」

 

 慧音にそういわれると、今までの一連の行動が霊夢の頭の中にフラッシュバックした。

 

「お、お願い・・・今の忘れて。」

「わはははははは!!!!!」

「慧音さん、あんま、いじめんとって下さい。霊夢ちゃんあんな赤なっとりますよって。」

 

 慧音がひとしきり笑い、霊夢が赤くなっているところで、福太郎が慧音に釘を刺した。

 

「いやいや、すまん。ついからかいたくなってしまった。」

「ほどほどにお願いしますよ。それに大分、暗くなってきましたし。そろそろお暇しましょう。」

 

 二人はそういって博麗神社を後にしようとすると、霊夢がそれを引き留めた。

 

「ねえ、もう暗くなってきてるんだから、泊って言ったらいいわ。一応、来客用の布団とかあるし、福太郎さんに万一の事があるといけないし。それに・・・」

「それに?」

「福太郎さんの服、私の涙とかで、汚しちゃったから、洗って返したいし。」

「うお、確かにべちょべちょや、けど、気にせんでええで、ほっときゃ乾くし。」

 

 霊夢の涙やらなんやらで汚れた服など、気にすることはないと福太郎は言うが、霊夢の乙女心がそれを許さない。

 

「そ、それぐらいさせてよ・・・私の気が済まないから。(私の涙とか鼻水まみれの服を着たまま帰られてたまるもんですか!!!)」

「それも、そうだな。霊夢の好意に甘えるとしよう。」

「え、でも、若い女性と男が一つ屋根の下というのは、外聞が悪いんじゃあないですかね。」

「うら若き乙女の体液で濡れた服を喜んできている変態と思われるよりはいいと思うぞ。この幻想郷にはその手のネタを求めるパパラッチカラス天狗がいるからな。」

「・・・・・確かに。」

「では、決まりだな。」

 

 結局、一晩博麗神社に泊まる事となった。

 福太郎は汚れた服を霊夢に預け、荷物から着替えを取り出し、それに着替えた。その間に慧音と霊夢は簡単な夕飯を作り、三人で食べた。本当の事を言えば、材料が乏しく簡単なモノしか作れなかっただけである。

 後片付けは福太郎も手伝ったため、すぐに済んだ。

 そうして、三人はお茶を飲みながら静かな夜を過ごしていた。

 

「静かなもんですな~ひさびさですわ、こんな穏やかな夜。」

「そうね~異変がなきゃこんなもんよ。」

「なあ、福太郎。」

「なんですか、慧音さん。」

 

 何ともなしに福太郎が口を開き、霊夢がそれに答えていた。そこに、慧音が福太郎に問いかけた。今まで疑問に思っていた事を聞くために。

 

「色々聞きたい事があるんだ。」

「オレで答えられることなら・・・・」

「私も聞きたいわ福太郎さんのこと・・・」

 

 二人は静かな夜に、福太郎に話を聞くこととした。しかし、この時霊夢は単なる暇つぶしとして、慧音は自身の疑問の答えを見出すために、福太郎の話を聞こうというのであった。

 

 「そうですね。最近住んでたんは、足洗邸て言いましてね。秀真の国の中央、外区、不思議町にある邸に間借りしとりました。そんで、仕事は万魔学園ていう学園で美術教師したりしとりました。邸の管理人も、七つの尾を持った猫又で、他に住んどったのは、同じ学園に勤めとる悪魔のメフィストさん。妖怪の鵺の義鷹。化け兎の玉兎に守護精霊のマサライ、元天井下がりの家神の於仙。あ、あと、地獄に繋がっとる井戸から、味野さん言うおじいさんが出たりしますね。」

「ちょ、ちょっと待って!」

「なんや、霊夢ちゃん?」

 

 福太郎の発言に、霊夢は混乱し、慧音は静かに考えに拭けっている。

 

「外の世界って、もう神や妖怪の存在が信じられなくなって、存在が難しくなったんじゃ・・・幻想郷以上にごちゃ混ぜじゃない!」

 

 霊夢の言葉に福太郎はごく当たり前のように言葉を続ける。

 

「やっぱし、そういうことになっとんねんな。実は二十数年前、オレが子供の頃に大召喚いう大災害があってな、色んな隠れ里やら幻想世界が人間の世界と融合してもうてな、妖怪や悪魔とかギョーさん出てきてな、まあ、略すに略しきれない色々なことあったんだけやど、人間がエライ減って、人外が多くなったんよ。せやからご近所に妖怪やらなんやら、色んな人がいるようなったんよ。そんなもんやから、オレの勤めとる万魔学園なんか人外の方が多い、多種族の学園なんよ。」

「なんか・・・信じられない・・・」

「福太郎、もしかしたら・・・・」

 

 慧音が口を開こうとしたその時だった。

 

「そのあたりも含めて、私たちもお話に混ぜてくれないかしら?」

「ただいま、霊夢」

 

 空間に空いた大量の目のようなものが見える空間から、昼間出会った鬼の伊吹萃香と妖艶な美しさを醸し出す妙齢の女性が現れた。

 何者か、と福太郎が訝しんでいると、霊夢がその人物を紹介した。

 

「この妖怪は、通称スキマ妖怪、名前は八雲紫。この幻想郷を作った妖怪よ。」

「妖怪の賢者とも言われて居りますわ、田村福太郎さん。」

「何しに来たよの紫。いつもはこんな時間に顔を出さないのに。」

「私が呼んだんだよ。」

「萃香殿が?」

 

 突然の紫と萃香の来訪に福太郎は困惑し、霊夢と慧音は訝しんだ。

 

「・・・・・紫、私、福太郎さんを外の世界へ還せなかったの。いつものアンタの悪戯?」

「いいえ、違うわよ。私は今回は関与していない。そもそも、萃香に聞くまで何も知らなかったわ。」

「あのすいません、萃香さんは紫さんとお知り合いで?どうして、お二人はこちらにいらしたんでしょうか。」

 

 己の分からないところでどんどん話が進み、何が何やら分からないため、福太郎は二人がなぜ、この時間になって博麗神社に来たのかを問うた。

 

「福太郎の事さ。」

 

 萃香は短く答えた。

 

「私はさ、最初は福太郎のことただの外来人だと思ってたんだよ。だけど、妖怪の事にも驚かないし、知り合いに鬼がいる、ていうじゃないか。どうやら、それは嘘じゃないみたいだし只者じゃないと思ったんだよ。」

「そんな、オレはタダの人間ですよって~」

「・・・・・十種神宝(とくさのかんだから)の眷属を持っているような奴が普通とは思えないけど。」

「・・・・・・」

 「なに!!!」

 「十種神宝って何?」

 

 萃香の指摘に三者三様の反応があった。福太郎は少し驚いた上で沈黙し、慧音は驚愕し、霊夢は何のことやらと疑問符を浮かべた。

 

 「そのことも含めてだけど、あなたは何者なのかしら?先ほどの話を少し聞かせてもらったわ。私は境界を操る程度の能力を持っていますの。ですから、外の世界へは自由に出入りできる。ですから、外の世界の動静も知っている。ですが、二十数年前にあなたの言う大召喚なる事象は起こっていない。起こっているとしたら、幻想郷も間違いなく影響を受ける。ですが、そのようなことはなかった。ですが、あなたの首から下げているペン、それは明らかに十種の眷属。何らかの強力な力を秘めている。十種は本来天津神たちが持っているモノ。なのにあなたはその眷属を持っている。それにあなたは他にも何かある。いったい何者なの?」

 「・・・・・・そうですか・・・」

 

 福太郎は紫から告げられた事実に、少し驚きつつも、どこか覚悟していたような眼差しをした。萃香と紫は真剣なまなざしで福太郎を見据えている。

 霊夢と慧音は三者を黙って見据えていたが、その内、慧音が口を開いた。

 

 「賢者殿。」

 「何ですか、慧音さん。」

 「おそらくだが、福太郎は全くの別次元、異世界から来たのではないか?ここには人間の嘘に敏感な鬼の萃香殿がいる。その萃香殿が福太郎の言葉に嘘が無い事を感じている。だとしたら、福太郎の言葉は真実だ。何もそこまで、警戒することはないのではないだろうか。」

 「・・・・オレも、薄々そんなことは思っとりましたけど、そんなことはないと信じようとしとりました・・・・やっぱし、異世界なんですね。」

 「福太郎さん・・・・」

 

 慧音は自身の懸念を口にした。福太郎はその言葉を聞き、最も恐れていた事態であることを自覚した。そのことを口に出した福太郎はひどく悲しそうに顔を歪め、その顔を片手で押さえつけるようにしていた。霊夢はあの、飄々としていた福太郎がこんな辛そうな顔をするのを見て言葉を失ってしまっていた。だが、福太郎は、深く息を吸い、改めて言葉を続けた。

 

 「スー、ハ~。そうですね。一つづつ答えていきましょうか。まず、オレのいた世界の事は霊夢ちゃんたちに話したと通りです。其れで、このペンですが。これは、友達で同じ邸に住んどった、妖怪で生玉を所有している鵺の義鷹にもろうたもんです。詳細は省きますが、オレの中にいた獏が揚力を過剰に吸収してもうて、それで神化して獏王・白澤になりました。そいつの力と、生玉からオレの為に作ってくれたコピーの生玉とが融合してこのペンになったんです。オレのことが何か変に感じたのは多分、オレの体に白澤がいるからだと思います。この白澤になった獏はオレが七歳の時に起きた、大召喚の時にオレの左肩に召喚されたんです。あの時、世界各地に魔方陣が出現して、至る所、あらゆる場所に、人外や異世界のモノが召喚されました・・・・人間や動物の体にもです。この左肩にある、渦巻きがそうです。」

 

 そう言って、福太郎は襟首から左肩を覗かせた。そこにははっきりと渦巻きのような模様が、はっきりとあった。明らかに、生来のモノでも、刺青のような人工のモノでもないものでもないものが、そこにはあった。その場にいた者たちは皆、福太郎の言葉に驚愕を隠せなかった。特に慧音はその身に白澤を宿す半人半獣であったが、自分と限りなく近い存在がいることに驚いたが、どこからどう見ても、目の前にいる福太郎は人間である。似ているようで、違う存在に心底驚いた。

 そんな皆をよそに福太郎は言葉を続ける。

 

 「もし、もしオレのいうことが信じられないのなら、証人を立てましょうか?」

 「どういうこと?」

 「まあ、できるかどうか分かりませんけど・・・・霊夢ちゃん。」

 「な、なに、福太郎さん。」

 「霊夢ちゃんがお札を作るときに使う紙が有ったら、持ってきてもらえるか、できるだけ大きい奴が有ったらそっちの方がええな。」

 「わかったわ、ちょっと待っていて。」

 「まて、福太郎、証人を立てる?どういうことだ?」

 「まあ、慧音さん、ここは見ててください。」

 

 霊夢はそういうと紙を取に行く為に席を外し、慧音は何事が始まるのかと福太郎に問い、大妖怪である紫と萃香は静観していた。

 しばらくして、霊夢が大きめの半紙を何枚かと墨と筆を持って戻って来た。

 

 「ありがとな、霊夢ちゃん。でも、半紙だけで大丈夫やで。」

 

 そう言って霊夢から半紙を受け取ると、その半紙を確認し、首に下げたペンを持ち、さらさらと絵を描いている。皆、自然と描かれていく絵に目がいった。そこには見たこともない妖怪が描き出されていった。

 皆、絵に目が行っていて気付いていないが、そのペンで書かれる線は微妙に太さが自在に変わっているいた。普通のペンでは有り得ないことである。

 

 「ほい、でけた。」

 

 そう言って、ペンを止めた。そこにはその場にいる福太郎以外には馴染みがない妖怪が描かれている。豊かな髭を蓄え、智的かつ、しっかりとした眼差しをした人間の老人の顔とごつい人間の手を持ち、横の腹部には象のような顔が描かれている世にも珍しい妖怪が描かれており、半紙の端には「獏王・白澤」と書かれている。何とも今にも動き出しそうな躍動感とリアリティーを持つ絵である

 

 「妖怪画なのは分かるし、件の白澤の絵のようだが、それとお前の言う証人と何の関係があるんだ?」

 

 慧音は福太郎の絵を見て聞いたが、福太郎はどこかすました顔をして、絵を持ち、皆から少し離れた場所に立った。

 

 「ご紹介しましょう。こいつが、オレに宿っている白澤です。」

 

 そう言うと、福太郎はペン尻を押す。

 

  カチッ!!

  ズッォオン!!!

 

 するとどうだろうか、紙から大きな妖怪が現れた。それは福太郎の描いた妖怪であった。

 その妖怪は周りを見渡し、口を開いた。

 

 「ふむ、結界で隔離された異世界か・・・実に面白い・・・」

 「イヤイヤ、福さん、大変なことになったね~ぇ。」

 

 人間の口と象の口から異なる声色の声が出て来たのである。

 その場に居合わせた全ての者が驚愕し言葉を失っていた。

 ただ一人福太郎だけは、どこか悪戯が成功した子供のような微笑みを浮かべていた。

 




 さて、面白い事になりましたね、獏王・白澤の登場です。原作が分からない方には分からないかもしれないんで、説明しますと、大召喚の折、至る所から人外が出現し、人間や動物と融合する者が続出しました。これらの者たちは完全に体が融合してしまい、多くの者が互いを否定しあい、傷付けあってほとんどが死亡。これらの状況に冷静に対処し、共存していった者たちは勝利者の塔にいるといわれる、ア・バオ・ア・クゥーになぞらえられ、ダブルマンと言われるようになっています。福太郎は数少ない一人です。

 さあ、どうなっていくでしょうか、続編を乞うご期待!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

近くて遠き日の夢

 お気に入り登録してくださっている方々、大変お待たせしました。論文やら辞典の校訂やらに追われて大分間が空いてしまってしまいました。
 東方projectも新作が出て、新キャラも出て、またもやみなぎワールドのキャラと似たキャラがいることに喜びが隠せない今日この頃です。
 今回は短めですが、お楽しみください。

 皆さんのご感想、お気に入り登録、評価、ご意見、イラストお待ちしております。


ドヤ顔を決め込む福太郎に対して、幻想郷の住人たちは目を白黒させている。

霊夢は目を見開いて口を金魚のようにパクパクさせ、慧音は息をのんで驚愕し、萃香は酒を飲む手が止まり、紫は目を見開いていたがすぐに落ち着き福太郎と白澤を見据えた

 

「バ~クバクバクバク。いたずら大成功といったところかね福さん。」

「そうやね~上手くいかなかたらどないしよう思うとったわ~」

「まあ、私と獏は普段から夢の世界にいる。そして、顕現する時には福太郎を経由する。たとえ異世界であっても問題はない。夢の世界の住人である私たちには造作もないことさ。」

「せやったら、夢経由で帰れへん?」

「無理だな、福太郎は私たちにとっては、夢の世界と現世を繋ぐゲートだ。」

「ゲートである福さんがその内側に入り込むことはどうしてもできないことなんだよ。残念だけどね。」

 

三者三様の驚きをしている様子を尻目に福太郎と白澤は暢気に会話をしている。

すると我を取り戻した3人がそれぞれに話し出す。

 

「ハハハハハハハハハハ!!!こりゃ面白いね!」

「ななななな、なんなの!?妖怪?妖怪でしょ!?妖怪よね!だ、だったら退治しなくちゃ!」

「・・・・これが獏王・白澤・・・この目で見れる日が来るとは。」

 

この様子を面白がるように白澤は4人を観察する。

 

「鬼に巫女、半人半獣の我が眷属か・・・実に愉快な世界だ。それに断っておくがな巫女殿、私は一応妖怪ではなく、聖獣なのだ退治せんでくれ。」

「バ~クバクバク。そうさね、あたし等は荒事には向かないのでねぇ~勘弁してもらいたいねぇ。」

 

萃香は面白がり、霊夢は困惑し、眷属と言われて慧音は心底感激していた。そんな三人を無視し、紫は口を開いた。

 

「萃香は黙って。霊夢は落ち着きなさい。慧音先生は・・・・まあいいわ。福太郎さん、彼があなたの言う獏・・・いや白澤ね。」

「はい。その通りです。」

「信じられないけど、信じざるを得ないわね・・・・」

 

そう言うと改めて白澤と福太郎を紫は見据えた。正直信じられない。幻想郷では常識に囚われてはいけないとは、守矢の巫女の言葉だが、度が過ぎている。

それを感じ取ったのか福太郎は紫に声をかけた。

 

「・・・もしかしてまだ信じてもらえてません?」

「・・・・ええ、正直。」

「それじゃあ見てみます?俺の記憶。できるやろバクさん?」

 

福太郎の申し出に一同静まり返った。八雲紫という妖怪をよく知る三人は特に信じられなかった。すると獏はゆっくり口を開く。

「・・・できないことはないけどねぇ。・・・・けどいいのかい福さん?何も隠し立てもできないから、福さんのプライバシーなんて守れないよ。」

「正気!福太郎さん!やめたほうがいいわよ!何されるかわかったもんじゃないわ!」

「そうだぞ!福太郎!!考え直せ!八雲紫は愉快犯を絵にかいたような妖怪なんだぞ!」

「アハハハハ!!今日は驚かされてばかりだぁ~。いいね、気に入ったよ福太郎。お前さんの言葉には嘘がない。おまけに肝も据わってるwwwいいね、実にいい。あの八雲紫に自分の記憶を見ろ!だなんて、今まで聞いたこともないよ。」

「・・・・本気なの?悔しいけど、みんなの言った通りよ。愉快犯のような真似も平気でするのよ?それでもいいの?」

 

思い止まるように説得する声を聴き福太郎は微笑みながら、福太郎は八雲紫に向き直っていった。

 

「はい。紫さんがそれで納得できるなら、見てもろうてかまいません。オレにはもう、それしかオレ自身のこと、オレが元居た世界を信じてもらう方法がありません。それに・・・」

「それに?」

「それに、そういうことちゃぁんと忠告してくれはる人が、オレの記憶悪用したりなんかしないと思いますし。」

 

オレの経験からですけど。そう続ける福太郎を見て、その目を見て、紫はこの目の前の外来人が幻想郷を自分たちを脅かすような人間には思えなかった。同時に、疑心暗鬼にかられここまでしてこの男を疑った自分を恥じた。

そしてこの場に居合わせた誰もがそう思った。こいつは良い奴だ、良い男だと。これ以上は何も言うまいと思った。

「分かったよ福さん。この件に関しては、もう何も言わないよ。いいね、みんな。」

 

獏の言葉に皆うなずいた。その上で紫は言葉を続けた。

 

「分かりました。でも、これだけは言っておくわ福太郎。」

「なんでしょう?」

「これから見るあなたのについては私だけが見ます。その上でどこの誰にも口外しません。この幻想郷の管理者たる八雲紫が、この名と誇りにかけて約束します。霊夢、萃香、慧音先生あなたたちが証人よ。」

「・・・わかったわ。」

「確かに聞いたよ。」

「うむ。確かに。」

 

紫の言葉を三人が了承した。

当の福太郎は思ったよりも大ごとになったことに、困惑しながら白澤に話しかけていた。

 

「なんか、エライことになってもうたな。」

「エライことだからさ、福太郎。人は弱いがゆえに嘘をつくし、隠し事をする。記憶を見せるということは、全てを包み隠さず見せるだけではない。その人生すらも見せるということ、普通はできることではない。」

「そうだよ、福さん。だからこそ、彼女たちに福さんの思い。信用してほしいという思いが伝わったのさ。」

「そんなもんかいな」

「そんなもんだ」

「そんなもんだよ」

 

そういうことになった。

 

「では福太郎。いいかしら。」

「はい、いつでも。」

「時に幻想郷の管理者殿」

「紫で結構ですわ、獏王殿。」

「では、紫殿。私は白澤で、こちらは獏で構わないが、福太郎の記憶を読むにあたって、手助けは必要かね。」

「結構ですわ、白澤殿。この妖怪の賢者たる八雲紫、境界を操る程度の能力を持っています。お気遣いは無用です。」

「バ~クバクバク。こりゃ頼もしいねぇ。」

「ホンマに。」

 

紫と福太郎はそういうと向かい合わせに座り、ほかの者は二人を静かに見守った。

福太郎は緊張しているのか、少し硬くなり、紫はその様子を見て面白そうに微笑んだ。

 

「緊張しなくてもいいのよ、力を抜いて。見られているのが恥ずかしいのかしら?」

「セリフ、だけ聞くとなんかエロいですね。」

「フフフフフ。」

 

二人の会話はどこか緊張していた場の空気を和ませた。

 

「ククククク、こりゃいいね、今日は実に愉快な日だ。」

「萃香殿、面白がらないでください!」

「何想像してんのさ、顔赤いよ~」

 

萃香は愉快そうに笑い、何を想像したか、慧音は赤くなった。その様子を見て首をかしげるのが約一名。

 

「ねえ、どの辺がエロいのよ。」

「巫女殿にはまだこのような話は早いようだな。」

「そうさね、巫女さんも直にわかるようになるさ。」

「もったいぶらずに教えてよ、万物を知る聖獣なんでしょ。」

「おい、始まるぞ。」

 

福太郎と紫は目を閉じ、お互いの額を当てた。

紫は境界を操る程度の能力で記憶と心の境界を操り、福太郎の記憶にその意識を潜らせていった。

 




 どうだったでしょうか?次回は紫が福太郎の記憶に潜っていきますが、次の更新はいつになることやら。
 どうぞ気長にお待ちください。

 皆さんのご感想、評価、お気に入り登録、イラストお待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

絵描きと賢者

 当分、論文なんか書きたくない。査読論文なんて当分いやだ。本編始まります。

 皆さんのご感想、ご意見、評価、お気に入り登録お待ちしております。
 いつの間にかお気に入り登録が45を超え、UAも3,000を越していてビックリです。

 お気に入り登録していただいた皆様お待たせいたしました。

 追伸。みなぎ先生ご結婚おめでとうございます!


 八雲紫は福太郎の記憶と自身の意識の境界を操作し、自身の意識を福太郎の記憶に潜り込ませていった・・・・・

 

 記憶は比較的つい最近、彼が住んでいた足洗邸を始めて訪れた時の様子と住人達との交流から始まっていた。

 

 その屋敷は少し古びた二階建ての大きな屋敷。二階の屋根には小さな小屋のような踊り場がある特徴的な屋敷だった。

「人間が住むにはアレだけど、妖怪には住みやすそうね・・・・」

 そんなことを思いながら福太郎の経験を追体験していた。

『ここかぁ、「足洗邸」、ど、どうも今日からお世話になりま。田村です。よろしくおねがいしま。』

『あ!田村・福太郎さんニャ!こちらこそよろしくニャ。』

 管理人の竜造寺こまは七本の尾を持つ猫又だった。橙と比べモノにならない妖獣だということが紫は経験から分かった。

「竜造寺というとあの鍋島騒動の化け猫かしら、結構な有名な妖怪じゃない・・・秀真国はこんなのがいくらでも、居るのかしらね?」

 

 こまに案内されて、福太郎は屋敷を歩いていく。すると、屋敷住人に出会った。

 

 五号室の住人 須美津・義鷹。気ままに怪異を倒し、探偵業をしているらしい。

 『ん?オマエ人間? 人間のくせに「足洗邸(ココ)」に住むたぁ—変りモンだね。』

 屋敷の古井戸から腐乱死体を釣りながらそんなことをいう彼は、大妖怪の鵺だ。

「・・・・鵺まで居るの・・・もう何が出てきても驚かないわよ・・・・」

 住むことになった七号室。悪趣味な光る骸骨のキーホルダーの付いたそれで部屋の鍵を開け、足洗邸で初めての夜を過ごしていた。そんな夜、ふと目を覚ますと天井から逆さまの頭が涙を浮かべながらこちらを見ていた。それは天井下がりの妖怪少女、笠森・仙。彼は臆することなく話しかけた。

『恨み言の一つでも聞いたるからそう怒りなや。』

『私、笠森・仙ホントに聞いてくれんの?』

 それから福太郎はわざわざ脚立を借りてきて彼女の身の上を始めとして様々な話をした。

 

 その後は断片的に住人達とのやり取りが続いていた。

 何かと気にしてくれる六号室の望月・玉兎。彼女はエロ小説家兼探偵の助手

 『なンの特殊能力も無い一般(パンピー)市民が賞金(ハンター)稼ぎにケンカ売ってど———すんのョ、このバカ!死ヌ気か?あ?あ!?』

 

 一号室の住人、悪魔のメフィスト・へレス。彼は万魔学園で英語教師をしている。

『ンン!!いや———君達がいて、あ、ミーがいる。そして帰るべき家がある!良いデスなぁ———』

 「メフィス・トフェレスってあのファウストの!?間違いなく本人よね・・・・足洗邸っていったい何なのよ・・・・」

 二号室の住人、元極道で狂骨の味野・極楽

『オゥ!ワレ!新入りかい。ワシの長ドス知らんケェ?』

 この老人は足洗邸に現れる怪異の大足に潰され死亡、義鷹が井戸に放り込み、妖怪狂骨になったらしい。先ほど義鷹が井戸で釣り上げていた腐乱死体だ。一部白骨化している。

「まあ、愛嬌のあるおじいさんね」

 

 ある日、メフィストの趣味で取り寄せられた、守るべき民と村を失った「マサライの神像」の守護精霊マサライ。ファーストコンタクトは良くなく、福太郎は殺されかけていた。

 しかし、彼は薄ら笑いを浮かべただけで気にも留めなかった。マサライは義鷹にこれされそうになったが、福太郎のとりなしで事なきを得た。

 『私(コレ)は今カラ、オマエの痛みをウケル「楯」トナル。』

 

 幻想郷よりも混沌としたそこの名は「足洗邸」人生の交差点。0からやり直せる変更点。黒は白へ。死は生に。悪人は善人に。無から有を作り出す、諸国民の家。

 遠く隔たれた異界の邸を、八雲紫はどこか愛おしく思えた。

 

 招かれざる客もやってきた

 『申し訳ありませんが、足洗邸の住人の皆さんには、一時退室していただきます。』

 ピジョル・大石率いる秘密工作員からなる中央の調査団、そのことごとくが邸に部屋に家神として覚醒したお仙に撃退された。しかし、大石はまたやってきた。

『何のゴヨウだと~~~~!仕返しに来たに決まってんだろ!ボケェェ!』

 今度はハンターを連れて。なかでもチャンドラー「大イナル眠リ」バロネス・オルツイは強敵だった

『オレ達が依頼されたのは「二点」。「ヨシタカといゆ名の妖怪退治」「千束という名の妖怪退治」。』

 これを義鷹が迎え撃った。

『昔からな、「化け物」は「人間」に「退治」されるんだょォ!』

『クソ肉ごときががッ!粋がる無ッ!』

 だがチャンドラーの口撃に飲まれて負けそうになった

 だが、福太郎の言葉で乗り越えた

『義鷹。人間にマネできひん「戦い方」見して』

『ヒャハ。わかった。ヒャハ。』

 チャンドラーを地獄に通じる井戸に落として勝利した。

 オメ―には。休みが必要だ。 福太郎殺してねーからな。

 福太郎との人の姿をしたものを目の前で殺さないという約束を果たして。

 それから何気ない日常が過ぎた。

 『まいど。』

 『まいど。』

 『どっか行くのか?こんな朝早くに。』

 『あーーー絵ェーーー描きに行ってきま。』

 義鷹と二人で中生代の自然が復活している白亜の森に行った。というのも

 『ここでオメェと別れたとして、その森でオメェが死んだとしたら、このオレ様は「足洗(アイツら)邸の住人たち」に、どーいった非難、中傷を受けると思う?あ――――見える見える、うらめしそーにオレを見るヤツらの顔が。』

 足洗邸に越してきて、それほど長い時間がたったわけでもなかったが、住人たちは福太郎のことが好きだった。ある者はlikeの、ある者はloveの意味で。

 途中、夢見長屋によりそこの住人と出会った後、白亜の森についた。

 『フツ———に!見た目がスゲェ!!数年前まで滅んでいた大昔の木々や、植物や、動物が、ここにはフツーにあるのがスゲェ!』

 

 『ヒャハ! そうか・・・俺だけじゃなかったか。非力な関西人でも、この場所は、心躍るのか。』

 一人の非力な人間と正体不明の大妖怪が心を通わせていた。

 

 ある日、メフィストが突然切り出した

 『田村クン。今日ヒマですね。(断定)。』

 本当に突然だった。

 『キミ、教師になりなさい。美術の。』

 福太郎は断ったか、彼の一番嫌な「アスファルトで頭ケズられたキン消し」にされ、一生そのままか美術教師になるかの二択を迫られ、メフィストが英語教師を務める万魔学園に行くことになった。

 まぁ、学園長に会って話だけでも聞いてみてください。やるかやらないかは、それから決めてみても、良いでしょう。

 そこには出会いが待っていた。

 『はじめまして、田村・福太郎君。』

 『はじめまして。』

 『私は、数学とオカルトを教えている、黒瀬・誄歌といいます。あなたの教育係を申し付かりました。これからよろしく。』

 彼女に案内され学園長にあった。

 『やぁ、よく来てくれたね。私がこの「万魔」の学園長をしている、バアル・ゼブス=ベルゼビュートとゆう者だ。』

 『「蠅の王」ゴールディングのベルゼブル?「大召喚」を起こした、「十支王」の一柱。』

 彼が生き、彼が憎む世界を作った者と会話し、彼の意図を知った。

 『人間であるキミに一つ聞きたいのだが、「大召喚」に加担した私が憎いかね?』

 『イイエ。』

 かつての世界を取り戻すべきだとする、学園長の事を福太郎は知っていた、だからこそ疑問だった、正すべきとする世界を肯定する、多人種、多種族学園を作ったのか。ベルゼビュートは答えた。この混沌とした世界を利用し、学園を作り、異人種を集わせ、それぞれの個性を活かし、より良く、この世界を生き抜くための強化と人間の歴史、文化、知識を忘れず伝えるためだと。もはや自分一人が異を唱えても如何しようもないからだと。

 彼は彼の手を取って彼の頼みを受け入れた。

 学園長室を後にして自分の教育係である黒瀬・誄歌に問うた。自分に名乗った名前は人間としてのモノなのかと。彼女はからかいながらも答えた。

 『そうですよ。私たち「魔神」もこの世界を学ばなきゃならないから、まずは「形」から。「ヒト」としての「名前」をもってね。』

 この世界に混乱してるのは「人間」だけではなかった。彼は教室の前で急に不安に駆られたが、その手を優しく引いてくれた。

 『大丈夫だよキミなら。オモチロイし。ね。』

 

 初めての授業は、いろいろあったが(主に黒瀬先生のせい)スムーズに進んだ。生徒たちにお互いの似顔絵を描かせるというたわいないものだったが、福太郎自身にとっては、大きなことだった。

 『そっか。キッカケはエライ、アレやったケド、オレは今、教壇に立って、オレの一言で、色んな人種、人達が動いてくれる。そっか。こーゆーのも、有りかな?』

 できれば出会いたくない、出会いもあった。昔なじみの双子。彼がおいてきた過去。目をそらしたい過去。昔、姉の方の上池田・美奈穂の夢を否定した。彼女の夢は強くなって体の弱い弟もみんなも守るという夢。自分を大事にしてほしくて、彼女のことを心配して否定した。

 だが、彼女は頑固でテレビの中の正義のようになってみせると。

 『ほんなら、なってみいや!誰にも負けへん、強い女になって、オレも助けてくれ———!』

 そんな福太郎のいい加減な一言が彼女の一生を運命付けた。それを知っている弟の上池田・実歩は、それでも忘れた振りをする福太郎に言った。

 『まぁ、ええよ。どっちゃでも、忘れてよーが、忘れてなかろーが、オレはな、良ェんやけどな、昔、あんたの言うた事、真にうけて、バカ正直に、正義のミカタやっとる、アイツ美奈穂のことぐらいは、思い出したってくれや・・・・。』

 彼は過去と向き合えずにいた。大切なものが増えるのを避けていた。大切なものができる前に、足洗邸を出ようとした。

 荷造りをしていたある日、義鷹に声をかけられた。福太郎の持っている安全靴を貸してほしいという。その代わりに義鷹の持つ「風雷棒」からもぎ取った珠を預けられた。

 『ヒャハハ。良———い、日ヨリだなァ!なァ。』

 『ああ、空の高いこんな日は、鳥がうらめしい。』

 『ヒャハハ、良いだろう。面白いモン見せてやる。』

 それは、真実よりもウソくさく、暗闇の中に白々しく、混沌の中に型創る、醜いそれを、ぼくは、美しいと思った。

 『目が潰れんへんのはこの「玉」のおかげか?』

 『ヒャハ!それとも慣れか?』

 当初は紫は福太郎の記憶を覗くだけで、冷静なツッコミを入れることができたが、あまりにも強烈な福太郎の経験を直接感じていくうちに、田村福太郎の記憶と紫の意識は同調し、その感覚のまま、流されて行っていた。

 

 義鷹は「中央」の知り合いの元に飛んでいった。その後にとてつもない大事件が起きるとは夢にも思っていなかった。

 その日はあまりにも多くのことが起きた。先ず、近隣の悪夢館、夢見長屋、春雲楼から客人がやってきた。客人たちが帰る降り、悪夢館の吸血鬼であり館主ラウラ・シルヴァー・グローリーが日傘を忘れたため、夢見長屋の管理人、羽生・累、住人の久木・初音、二ツ岩・魔魅とともに後を追ったが、その折、怪異に襲われた。ラウラによって撃退されるも事件は起こり続けていた。足洗邸への帰り道、それは起きた。

 ダイダラの鬼、血の鬼、飛縁魔・於七による足洗邸への攻撃だった。虚大神ダイダラを復活させるため、ダイダラの鬼たちは悪夢館、夢見長屋、春雲楼、足洗邸など各所の封印を解いていた。足洗邸には「右足の鬼」登美能那賀須泥毘古命が封じられていた。ダイダラとの戦いの中、何の力の無い自分にできる事を探し、行った。義鷹の「玉」でこまをパワーアップさせ、戦い、傷つく住人たちを激励した。そんなことしかできない自分に嫌気がさした。そしてもう一つできる事をした。それは対話だった。「右足の鬼」とのコミュニケーションだった。結果それは成功した。

 『あなたが、大和・・・邪馬台国国王、那賀須泥毘古命。』

 『そう。今は亡き、抹殺された国の王よ。』

 彼は於七と比べればはるかに友好的だった。

 『まぁ、座ろうゼ。な。オレ、こっから動けねェし。立ち話もなんだし。な。』

 那賀須泥毘古は福太郎との会話し、質問に答えた。ダイダラのこと、国津神のこと、「中央」の神々とダイダラとが作った壮大なウソの事。そして、那賀須泥毘古は住人に力を貸してくれた。

 『笠森・仙!私の力を受けし娘よ。嬢には、家に関する、全てに影響する力を与えた。「家神の力」!「足洗邸」にある限り、笠森・仙は神をもしのぐ!もっと大胆に、つっ走れッ!!』

 那賀須泥毘古は親として、福太郎に己の思い語り、一人の人間として、住人としてどうするか、問うた。戦うことのできない福太郎に問うた。

 『「親」ってのはな。』

 『はい。』

 『「見て」りゃあ良いのよ。自分の立てた木が、どんな形に育ち、どんな花を付けるのか。その木が立派に親を超えた時、親は自分の進化を確信して老いて行ける。安心して死んでゆける。』

 

 『ところで・・・今から、私が、佐用津姫の側に立ち、虚神長髄と合体し、「足洗邸」を破壊するとしたら・・・・・・田村・福太郎。私を止める為に・・・私と戦うかね?』

 『戦闘訓練もしていない僕は、あなたには勝てないでしょう。』

 だから?

 せやから僕は、皆を連れて逃げましょう。

 逃げて?

 逃げのびて、今日の出来事を、細かく絵や文にして後世に伝えますよ。それをヒントに勇者ッポイ人が、何とかしてくれるかもしれませんから。それがきっと、絵を描くことしか取り柄のない、僕が「足洗邸(ココ)」に居合わせた理由でしょうし、僕のこの世に対する、戦い方なんやと、ちゃうかな――って、思うわけです。

 「生きて」「描く」か。

 はい。せめて、この気持ちを、僕は信じたいですね。

 那賀須泥毘古の問いに、福太郎は自信が見出した、自分のあり方を示した。自分のできる事を。なぜかその姿勢を那賀須泥毘古は大層気に入ったようだった。

 良し!於仙との交際を認めよう!

 は!?

 これで我が家も安泰だ!!

 各所で戦闘に決着が付いていた。住人たちと居合わせた者たちによって。那賀須泥毘古は再び眠りについた。

 親はなくとも子は育つ。人は神を超える存在となるぞ!はははは。 神を超え、さらに強くなれ。そして、造れ、望む世界をッ! いつか又・・・いつか又・・・その日まで・・・少し眠りにつこうか・・・次に目が覚めた時、今日よりもっと笑うために・・・

 眠りにつく那賀須泥毘古は笑顔だった。住人達+αは足洗邸を守り抜いた。でも、別れもあった、味野さんは心残りがなくなって、成仏した。こまは泣いていた。それを見て福太郎は意識を失った。あの時、大召喚の時がフラッシュバックして。

 

 泣いている。十歳に満たない小さな男の子だ。その周りは全て崩壊していた。家も、世界も。ありとあらゆる場所と物、生き物に魔法陣が出現し、異形の者たちが現れていた。神、妖怪、悪魔、妖精、UMA、名状し難きあらゆるものが現れ、壊し、殺し合い、死んでいた。一言でいうならば地獄絵図。そんな中に小さな男の子が泣いていた。あらゆるものが灰燼に帰し、血の匂いが漂う。

 この男の子が福太郎であろうことはすぐわかった。そんな彼の右肩にも魔法陣が現れた。しかし、現れたそれは福太郎を異形のものから護った。幼い彼には余りにも辛すぎる記憶を抜き取り、仰天しつつも泣き止んだ福太郎に話しかけていた。

 僻邪の獏、莫奇だ。まだ白澤に神化する前の獏だ。

『子供さん、子供さん』

『うお!なんやオマエ!ゾウか!ゾウの怪獣か!カッコええな!』

 この出会いは彼らにとって幸運だった。多くのものが夢を見なくなったことで飢え、姿を減らしていた獏たち。絵を描くことが好きで、将来絵を描くか、物を作るものになりたいと強く望み、強く夢見る子供である福太郎。福太郎の中でなら莫奇は飢えることなく眠ることができる。代わりに福太郎は夢を叶えるために生きることを望み、護ってもらうことを望んだ。

『オレのこと守ってくれや!』

『良いね。この出会い必然かもしれない。』

 獏は後に大召喚と呼ばれた「大災害」から福太郎を守り抜いた。それから福太郎は災害孤児として生きていくこととなった。いくつのもの出会い、別れ、死を見ながら生きていった。あまりに辛いものは莫奇が食べ、福太郎を守ったが、福太郎が17歳の時にそれら全ての記憶を、福太郎のために返した、未来に向かって歩んでゆくために。しかしそれらの記憶は彼のここを圧し潰してしまった・・・・。

 

 そうして、過去の記憶の夢から目覚めた福太郎は絵を描くことにした。足洗邸と住人たちの絵を。その時、義鷹が帰ってきた。福太郎を見て彼は言った。

 『三カ月、もって半年、オマエは死ぬ。』

 福太郎は笑い、泣いた。そこには喜びと悲しみ、怒りがあった。ずっと苦しんでいた。それまで住んでいた世界が滅び、友達も家族もみな失った彼には、辛すぎた。だからこそ死を望んだ。

 『せやな、何して残り生きたろうか思ったけど、結局、オレは絵を描くんやろうな。』

 そう言って絵を描く福太郎に義鷹はいった。

 『「足洗邸」ココから出るなら、一声掛けろよ。オマエの最後を看取るヤツが、一人ぐらい、いても良いだろ。』

 今度は、嬉しくて泣いた。

 元の日常が戻ってきた。万魔学園に行き、置いてきた過去に向き合う覚悟を、昔なじみの双子に伝えた。同僚の黒瀬・誄歌に悩んでることを余命が僅かなことを見抜かれた。彼女は突然関係ない蘊蓄を聞かせ、突然キスして、言い放った。

 『あはははははははは、おもしろーい!面白いでしょ?』

『え?!』

 『生きられるだけ生きて、最後まで確りと生きる!呪われてるって、呪われてないかもしれないじゃない!』

 『え?でも・・・』

 彼女に勇気づけられ、新たに歩んでいく覚悟を決めた。しかし、時を待たずに、もっと大変な大事件が起きた・・・・。

 

 意識の上ではかなり長い時を過ごしているようでも、この間僅かに数分、紫の異変に気付いたのはその場に居合わせた者たちだった。始めは紫の百面相に笑いをこらえていたが、暫くして異変に気付いた。それは八雲紫という妖怪の賢者を知る者にとっては、あまりにも信じられない光景だった。

 

 ポタリ、ポタリ、ポタリ

 

 ハラハラと大粒の涙をこぼし始めたのだ。その状況に霊夢は何事かと白澤に問うた。

 

 「紫に何をしたの!こんなの普段の紫じゃないわ!正直に言わないとただじゃ置かないわよ!」

 「落ち着け霊夢。」

 「萃香、あんたは心配じゃないの!紫の友達でしょ!」

 「萃香殿の言うとおりだ、落ち着け、彼は何もしていない。」

 

 憤る霊夢を宥めながら、慧音と萃香は静かに諭し、言葉を続けた。

 

 「霊夢忘れたのかい。妖怪は精神に重きを置く。多分、福太郎の記憶が強烈だったのさ。しかし、顔に似合わずなかなかハードな人生を送ってきたんだねぇ。」

 

 萃香の言葉に慧音が続けて霊夢に話しかけた。

 

 「おそらく、記憶を読む上で意識がシンクロしてしまったんだろう。大丈夫だ、彼女は妖怪の賢者、心配はいらない・・・・筈だ。」

 

 慧音はそういうと白澤を見やる。白澤は豊かに蓄えた髭を撫でながらうなずいた。

 

「彼の人生はおそらく、この世界、外の世界でも類を見ないだろう経験であふれている。皆の言う通り、福太郎の経験は彼女にとってショックが想像以上に大きかったのだろう。」

「バァクバクバク~。そうだね、福さんはそんじょぞこらの人間や妖怪には想像もつかないような人生を歩んでいるといえるからね。仕方ない。」

 

 白澤の言葉に霊夢は皆の顔を見回してから、福太郎と紫を見て言葉を零した。

 

「福太郎さんはどんな経験をしてきたの・・・・・」

 

 廻りの動揺が伝わったのか、福太郎が目を開けた。

 

「ゆ、紫さん⁉どないしたんですか⁉」

「ハッ❕❕はぁ、はぁ、はぁ・・・ちょっと席を外すわ・・・・」

 

 福太郎の言葉で気が付いた紫はそういうと、スキマの中に入り、少しして戻ってきた。鼻をかみ、涙を拭いたのだろう。鼻と目が少し赤い。しかしながら、凛として真っ直ぐ福太郎を見据えた。そこには胡散臭さなど微塵もなかった。

 

「田村福太郎。あなたはどうするつもり?辛い・・・悲しい人生を歩み、あらゆるモノ達に出会い、ようやく前を向いて歩み始めたのに・・・あなたはどうするつもり?」

 

 その真剣な問いかけに福太郎は静かに答えた。

 

「そうですね、帰る方法を探します。」

「もし、見つからなかったら?」

「そうですね、何時ものように絵を描きます。」

「絵を?」

「そうです。そうして死ぬまで生きることにします。」

「そう・・・・貴方らしいわね。」

「そうでしょ?」

 

 紫は静かに笑っていた。その笑みは母性に溢れたものだった。

 

 「田村福太郎、幻想郷はあなたを歓迎しますわ。改めてようこそ幻想郷へ。」

 「はい。いろいろご迷惑かけると思いますが、ようろしくお願いします。」

 

 紫は手を差し出し、微笑みながら福太郎はその手を握った。

 その様子に見守っていた霊夢たちはほっと胸を撫でおろした。

 

「はぁ~、どうなるかと思ったわ。」

「結構面白かったけどなぁ。紫の泣き顔なんて滅多に拝めないし。」

「萃香殿・・・」

 

 萃香の言葉にさっきの凛とした雰囲気はどこへやら、途端に顔を赤くした。

 

「す、す、萃香!さっきのは忘れて頂戴!」

「嫌だね、文屋にでもこの話をしようかね。『妖怪の賢者、夜、外来人の男に泣かされる』明日の見出しは決まったね。写真が無いのが残念だねぇ~」

「萃香!とっておきの外の世界のお酒上げるから、それは勘弁して~」

 

 妖怪の賢者の悲鳴にも似た声が夜の博麗神社に響いていった。

 

 萃香が外の世界の酒で手を打つことを決めると、その場にいる者たちは皆今夜の事は秘密にすることを約束した。

 

「それで、今夜はどうするの?」

 

 霊夢は福太郎と白澤、慧音たちに聞いた。

 

「私は福太郎の中に戻ろう、そうすれば場所は取らぬし、迷惑も掛からん。」

「そうだねぇ~。何時もどおりに過ごせば問題ないけど、福さんはどうする。住む場所ないだろ。」

「せ、せやな・・・どないしよ!」

 

 慌てる福太郎に慧音は笑って、安心しろという。

 

「このことを予見していた阿求が、このような場合は屋敷に連れて来いと言っていたからな。暫く厄介になるといいだろう。」

「ホンマですか!よかった~。」

 

 その様子を見て、紫は立ち上がり、スキマを開く。

 

「話は決まったようね。それじゃあ私はもう帰るわ。・・・・それと福太郎、そのペンの扱いはくれぐれも気を付けなさい。また会いましょう。」

 

 そう言い残し、紫は消えた。その夜、萃香と福太郎はそのまま神社に泊まることにし、慧音はいったん家に戻り、午前中の授業を終えた後に福太郎を迎えに来ることになり、福太郎の長い一日は終わった。

 

 

 

 

 「紫様、あの男・・・・何者ですか?紫様があのようなお顔でお戻りになるとは、思ってもみませんでした。」

 「藍、彼は、田村福太郎は普通の人間の絵描きよ、それ以上でも以下でもない。ただ、少々稀な体験と力を持っているだけ。・・・・幻想郷はなんでも受け入れる。彼もね。・・・・・楽しみね、彼はどんな風を吹き込んでくれるのかしら?」

 




 ようやく本編を始めることができました。サクラコードもルート3も更新が始まっているし、原作の方も楽しみですね。

 皆さんのご感想、ご意見、ご要望お持ちしています。

 最後に、論文なんてコリゴリだ!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人間の絵描きと博麗神社の住人たち。

 初めましての方は初めまして。お久しぶりの方は本当にお久しぶりです。
 随分長く間を開けてしまいましたが、再開です。

 ようやく主人公たちが動き出します。気づけばお気に入り登録が50人を超えてました。ありがたい限りです。

 相変わらず皆様のご意見、ご感想をお待ちしております。

 最近の近況も更新してます。よろしければご覧ください。


 八雲紫と田村福太郎、白澤の会談の後、夜も大分更けたということで、その夜、福太郎は一夜の宿を博麗神社に借りることとなった。

 当初、若い女性と男性(三十路手前)が一つ屋根の下で過ごすということに福太郎は難色を示したが、福太郎のような男が何かしようとしても、霊夢に何もできるはずもないということに加え、夜遅く慧音一人で、福太郎を無事に里まで送り届けるのは難しいとの両者の説得の下に福太郎が折れることにより、博麗神社に宿泊することが決まった。

 八雲紫はすでに去り、慧音は明日は寺子屋の授業がある事に加え、福太郎の当面の滞在先の手配をする必要があり、午後迎えに来ることを約束し、博麗神社を後にした。

 

「それじゃ、慧音さん。お手数ですが宜しくお願いします。ホント何から何まで面倒をかけてしまって恐縮なんですけど。」

「ああ、任せておけ福太郎。色々驚かされたが、今日は忘れなれない日になった。むしろ礼を言いたいぐらいだ。」

「イエイエ、隠し事が良くないと思っただけですから。それじゃ帰り道気を付けて帰ってくださいね。」

「もちろんだ、また明日な。それとくれぐれも変な気を起こすなよ。」

「そないなことありませんよって、そんなことしたら命がいくつあっても足りませんよって。それにオレ、ロリコンや無いですし。」

 

 二人は軽口をたたきながら、別れを告げた。すると奥から霊夢の声が聞こえた。

 

「福太郎さん、お布団の用意ができたから、向こうの部屋を使ってちょうだい。」

 

 そういいながら、霊夢が奥から出てきた。その姿はどこか疲れているようにも見える。

 

「ありがとさん。お疲れみたいやけど、ホンマごめんなぁ。」

「全くよ。異界から来たってだけでもビックリなのに、神獣は出てくるわ、紫は急に泣き出すわ・・・今日はもう疲れたわ。」

「アハハハハ・・・すまんな、ホント。」

「もういいわよ、今日はもう休んだ方がいいわよ。今日は里からここまで歩き詰めだったんでしょ。私もお風呂入ったら寝るから。・・・・もし覗いたりしたら、わかってるわよね・・・」

 

 そういって、霊夢は覗いたら殺すと言わんばかりに、福太郎を見据えた。その凄みに福太郎は少しばかり怯えながら黙ってうなずいた。

 こうして、幻想郷に迷い込んでから長いようで短い一日が終わっていった。

 

 何事もなく夜が明けると、福太郎は朝日と鳥の声で目を覚ました。布団をたたみ、部屋を出てみると、神社はしんと静まり返りながらも、どこか荘厳な雰囲気を醸し出していた。

 来客用の離れから、居住スペースである社務所へ行ってみると誰も居らず、霊夢はまだ寝ているようだった。昨夜は泊めてもらったこともあり、食事の用意の一つもしても罰は当たらないだろうと考え、福太郎は竈に火を入れ、米を炊き、みそ汁を作った。

 この男、一人暮らしの経験もあり、その作業はそつがない。おまけに、現代人にはとんと縁のない竈や、釜の使い方も知識だけではあったがちゃんと心得ていたこともあり、つつがなく食事の用意をすますことができていた。

 食事の匂いにつられてか、寝ぼけ眼をこすりながら、寝間着姿の霊夢が出てきた。

 

「ふぁ~ぁ、萃香ぁ、あんたが食事の用意なんて珍しいじゃない・・・って福太郎さん⁉」

「あぁ~萃香ちゃんじゃなやけど、一応食事の用意をしといたから、冷めへんうちに食べてぇな。それと萃香ちゃんは居らんの?昨日の夜から姿をみとらんけど。」

「私なら、ここだよぉ~。」

「うぁ!びっくりしたなぁ~。」

 

 いきなり、萃香がニコニコと笑いながら福太郎の後ろから現れたが、驚く福太郎をよそに、いつもの事だとばかりに、霊夢は萃香を見ていた。

 

「萃香はいつもの事だとして、これ福太郎さんが?」

「そうだよ~。福太郎が用意してくれたんだよ。いや、そつがないねぇ。」

「まあ、一人暮らしをしてたこともあるからなぁ。別に特別なことやないよって。」

「いや、そういうことを言ってんじゃなくて、一応、福太郎さんはお客なんだから、別にいいのに何で?」

 

 萃香が福太郎を褒めるようなこといい、なんでもないと返すが、霊夢にとって論点はそこではないらしい。不思議そうに霊夢は福太郎を見るが、福太郎は霊夢が聞きたいことを察し、その疑問に答えた。

 

「いやぁな、昨日は泊めてもろうてホント助かったし、これからいろいろお世話になんやから、これぐらいはしても罰は当たらん思うてなぁ。お節介やとは思ったけど、朝飯用意させてもろうたんやよ。」

「・・・・・・ありがとう。」

「いや、いいて、いいて。」

「それじゃ、せっかくだからごちそうになろう、霊夢。」

「なに、偉そうにしてんのよ、あんたも居候でしょうが。」

「そんじゃ、」

「「「いただきます!!!」」」

 

 三人そろって手を合わせ、朝食を食べた。ご飯にみそ汁と漬物という、一汁一菜のつつましやかなものであったが、普段より少しばかりにぎやかな食事を済ませ、霊夢は洗いまわしをし、福太郎は手持ち無沙汰になってしまったため、納屋から箒と塵取りを持ち出し、境内を清めていた。萃香は縁側に寝そべり、瓢箪の酒を飲みながら、その様子を静かに眺めていたが、やがて口を開いた。

 

「福太郎はさ、なんで霊夢に良くしてくれんのさ、なんか下心でもあるのかい?」

「うん?そういうんやないけどなぁ。」

「そうなのかい?あたしら鬼は嘘は嫌いだよ。」

 

 福太郎は掃除の手を休め、萃香がいる縁側に腰を下ろした。

 

「いや、嘘やない。こんな得体のしれん男を泊めてくれたんだけでも有難い。それだけやなくて、オレが元の世界に戻る手伝いもしてくれる言うとるんやし、少しでもお返ししたいやん。オレは大したことの出来ん人間や。今できるのは雑用と、しょうもない絵を描くことくらいしかない。だから、今できることをやっとるだけなんやよ。」

 

 福太郎はそう萃香に話しかけ、空を見上げた。その姿はどこか悲しく、寂しく、ひどく小さく見えた。

 実を言えば、萃香は福太郎を見張っていた。昨日の夜から。八雲紫が認めたとはいえ、異界からの来訪者であり、何より、首から下げた変ったペンは強力な力を有している。その気になれば大妖怪は勿論、神霊の類すら倒せるであろう力を感じ、警戒した。

 ヒトは嘘をつく。それ故に警戒していたが、その力で何かしようとする様子もない。警戒していた自分がどこか馬鹿らしくなった。

 それでも、福太郎の真意を萃香自身で確かめねば、納得できなかった。

 

「福太郎はさ、この幻想郷でなにをしたい?やっぱ、帰る方法を探すのかい?」

「当たり前やろ。オレは帰りたい。帰りたいところがある。また、会いたい奴がおる。突然、異世界に放り込まれて、ハイそうですかで済ませられるわけないやろ・・・・」

「・・・ごめん」

 

 福太郎は今にも泣きそうに、語意を強めながら、それでいてどこか泣きそうにそういった。萃香は疑心にかられた自分を恥じた。当たり前だ、自分だって同じ状況になれば、そう思う。

 

「オレこそ。こんな泣き言ゆうた方が悪い。」

「あたしこそ、福太郎のことあんま考えてなかった。昨日も聞いたことなのに・・・・ごめん。」

「いいよ、萃香ちゃんが謝る事やないって。それにな、今の状況そんな悪うない思ってる。」

「そうなのかい?」

 

 さっきの泣き言が嘘のように、明るく、ふるまう姿を見て萃香は、その姿を好ましく思いながら、どこか痛々しくも感じながら福太郎の言葉に耳を傾けた。

 

「オレには、足がある!」

「?」

「両手が付いとる!」

「??」

「どこも、ケガしとらん!健康そのものや!!」

「???」

 

 突然、当たり前のことを言い始めた福太郎に萃香は面食らった。何をいっているんだ、気でも触れたのか?そう思いながら福太郎を見ていると、福太郎は笑いながら言葉を続けた。

 

「つまりな、オレはどこへでも行ける。絵を描ける。生きとる。足がなかったらどこにも行けん。手がなかったら絵が描けん。死んでたら帰れへん。まだ、帰る望みはある。オレがオレであり続けられる。いろいろやれることがある。だから、まだ諦めへん。それに異世界なんて滅多なことでは行けん。オレは絵描きや、だったらあちこち行って、この世界描きまくって、そんで帰って、みんなにこんなとこ行ってきた言って自慢できるやろが!!」

 

 それはそうだと思いながら、萃香は少しあきれながら、この男はどんな世界を生きてきたのだろうとも思った。あの夜、感じた通り、言葉にできないような辛い思いをして、それを乗り越えてきた強い奴なのだと。なんの確証もないが、そう思った。そうでなければここまで前向きになれるとは思えなかった。そして、ふと、口に出してしまい、後悔した。

 

「でも、もし、本当に帰れなかったら。」

 

 福太郎が最も恐れることを口にしてしまったが、それでも福太郎は笑って言葉を続けた。

 

「そん時は、昨日も言ったけど、ここに骨を埋める。でも、まだわからん。そん時になってみなきゃわからんよ。」

「そうだね。」

「そうや。」

 フフフフ、ハハハハハァ

 

 二人は笑っていた。心配ない。そういう笑いだった。これからが楽しみだ。そういう笑いだった。

 

「改めて宜しく、福太郎。」

「こちらこそ、宜しく萃香ちゃん。」

 

 二人は固く握手を交わした。

 

「アイタタタタタ!!潰れてまう!オレの商売道具が潰れてまぅ~!」

「ごめんごめん。」

 

 そんな二人を、こっそり霊夢はこっそり見ていた。

 

「出ていくタイミング逃しちゃったわね・・・・お茶でも入れてこようかな。」

 

 そんな霊夢に萃香は気か付いたのか、霊夢もこっちにこいと、誘ったが霊夢はお茶でも入れてくるといい、その間二人は談笑していた。

 福太郎の元居た世界はどんな世界だったのか。

 どんな住人がいるのか。

 どんなことが起きるのか。

 どんなことをしていたのか。

 福太郎は手ぶり身振り、奇妙な訛りの言葉でそれに応じた。

 福太郎とて質問に答えるばかりではない。萃香に問う。

 この幻想郷はどんな世界か。

 どんな住人がいるのか。

 どんな面白いことがあるのか。

 どんな風景が広がっているのか。

 二人は言葉を重ねていく。時々脱線もするがお互いに嫌な顔の一つもせず、お互いの話に聞き入っている。お互い話題は尽きない。

 二人の事を知らぬものが見れば、まるで親戚のおじさんが姪っ子に土産話をしているようなものだった。楽し気な話声と笑い声が響く中、霊夢の声が聞こえてきた。

 

「お茶入れたわよ~!」

「えぇ~私は酒がいいんだけど~」

「そういいなや、せっかくいれてもうろうたんやし、ごちそうになろうや。なぁ。」

「福太郎がそういうなら仕方ない。」

「文句言うなら、別にあんたは飲まなくてもいいのよ。」

 

 そういいながら霊夢は三人分の湯飲みを用意し、湯を注ぐ。適温になった時を見計らって、急須に湯を入れ、蒸らし、茶を入れた。

 

「まどろっこしいねぇ~そんなのサッと入れて、サッと出せばいいのに。」

「この方がおいしく飲めるんだからそっちの方がいいでしょ。用意してるのは私なんだから文句言うな。」

「しかし、よくやねぇ。ちゃんとお茶の入れ方ができとる。若いのによくやよ。」

「まぁね。私の数少ない道楽だし。こう見えてお茶にはうるさいのよ私。」

 

 そうこうしているうちに茶が二人の前に出される。緑茶の良い香りが鼻腔をくすぐる。玉露だ。どうやら来客用に良い茶を用意してくれたようだ。

 

「えぇ香りや。玉露やね。こんな上等なもんを悪いなぁ。」

「いいんです。今朝は朝ごはんの用意もしてもらったし、境内も清めてもらったし。どっかの居候とは違って。」

 

 そういいながら、目の前にいる小鬼を睨むが、当の本人は暖簾に腕押し、柳に風と言わんばかりに気にも留めていないようだ。

 

「ははは、いいんやよ。やりたくてやっただけやし。おおきになぁ。」

「はぁ~。甘やかさないでください。それにしても随分楽しそうに話してましたけど。」

「色々聞けたしねぇ。福太郎の世界も随分面白そうだよ。下手したらこのげんそうきょうよりもねぇ。」

「そうかもしれんけど、なんの能力もない人間には、生きにくいところやけどねぇ・・・・」

 

 そう言って、福太郎は右手の666の社会保障番号を見た。こんなものがなければ生きていくことが困難な世界は果たして良い世界なのか。なんとも言えぬ気持で眺めていた。

 

「そうなんですか。そんな世界で福太郎さんはどうやって生活してたんですか?」

「そうそう、聞いとくれよ霊夢。こいつ慧音と同じ先生なんてやってたんだってさ。そのせいか、いろいろ知っててこいつの話は面白いんだよ。」

「先生?」

 

 霊夢は萃香の言葉に首をかしげる。うわさに聞く学校とやらで働いていたのだろうか。不思議そうに三十路手前の男を霊夢はまじまじと見た。

 その視線にくすぐったそうにしながら福太郎は笑っている。

 

「一応、万魔学園いうところで、美術教師なんかやらせてもろうてたんやよ。同じ邸にすんどったメフィスト先生いう人?悪魔?に紹介されて。」

「びじゅつきょうし?」

「そう、美術教師。絵とか彫刻とかの描き方作り方を教える先生ね。」

「そうなんだ・・・・」

 

 悪魔という単語が気にかかったが、絵を生業にしているというのは何とも不思議だ。昔は幻想郷にもそういった人間はいるにはいたらしいが、今はそのような生業の人間はいない。慧音のように弟子でもない人間に教えるというのはおそらく幻想郷には過去にもいなかっただろう。

 何やらますます奇妙に思えて、うまそうに茶を飲む三十路手前の男を見ていると、萃香がふと口を開いた。

 

「でもさ、その美術教師とやらには福太郎は見えないんだよね。なんというか、知ってることが其の外の事も多いし、それこそ慧音と同じ歴史か何かを教えているんじゃないかと思えるよ。」

「そうなんだ、例えばそうねぇ・・・このお茶とか。」

「う~お茶か。そんなに詳しくないけど‥‥」

 

 そういいながら、飲み終えた湯飲みを眺め、ふとどこか期待したまなざしで見つめる鬼と巫女の姿が目に入った。観念したように、深く息を吸い、福太郎は口を開いた。

 

「お茶いうんが日本に入ってきたのは結構早いんよ。それこそ奈良時代ぐらいには入ってきたらしい。確か奈良の東大寺建立の時には完成を記念してお茶が振舞われたらしいよ。でも、あんまり広まらなくてなぁ。平安時代になって、最澄とか空海いうえらい御坊さんも中国から持ち帰って、修行に取り入れたりしたんやけど、あんまり人気はでぇへんかったんよ。でも、鎌倉時代には、禅宗の坊さんだった栄西いう人が将軍に薬として勧めて、それがよく聞いたゆうことで、武士の間に広まっていって大勢の人が飲むようになったんやと。

 それに、最初はこういう緑色のお茶でもなかったし、お茶っ葉やなかったらしいし。」

 

 あまり知らないと言いながら、その口からはすらすらと知識が流れ出ている。それに、どこかの古道具屋と違って聞いていてあまり苦にならない。自然と相槌をうってしまう。

 

「今と違うの?」

「そうそう、昔の中国ではお茶は餅に茶てっ書く餅茶いうので入れるんやけど、これってお茶の葉を発酵させて、小さなお煎餅みたいに固めたのを粉にして飲んでたんよ。だから、昔はホントに茶色のお茶を飲んでたんよ。それが、発酵させずに粉にして飲むようになったのが所謂抹茶になるんよ。そんでそれも手間になったかして、お茶を炒ったもんにお湯いれて飲むようになったのが、江戸時代ぐらいに一般に広まったらしいな。」

「結構長いような、短いような歴史があんのね。」

「そうやな。何事にも始まりがある。人間ていう種族が生まれてもう何千年、下手したら何万ていう時間がたっとる。その時間のなかで生まれたもんはたくさんあるし、無くなっていったもんもたくさんある。そんな中で、その始まりを知ろうとしたら結構時間を遡らなぁならんからなぁ。」

「なぁ、霊夢ホントにこいつ美術教師とは思えないだろ?」

 

 そういいながら、福太郎えお差しながら萃香は霊夢に笑いかける。確かに、美術教師とやらには正直思えなくなってきた。

 

「確かに‥‥」

「えぇ~そないなことないんやけどなぁ~。ちょっと気になったことは調べたくなるだけで、本業は絵描きなんやけどなぁ・・・・」

 

 福太郎は少し、困惑したように笑う。その様子を萃香は面白そうに見て笑っている。

 

「じゃあ、証を立てとくれよ。」

「証?」

「そう、絵描きなんだろ、福太郎は。だったら絵を描いとくれよ。」

「そら、いいけど。何を描いたらええの?」

「私」

「え?」

「私」

「萃香ちゃんを?」

「そう。自信がないのかい?それとも絵描きだというのは嘘なのかい?だとしたら・・・容赦しないよ。私は嘘が大の嫌いでねぇ・・・・・」

 

 萃香の言葉に戦慄を覚えながらどうしたものかと、少しばかり悩む。昔に比べれば、人物画を描くことには抵抗はない。抵抗はないが萃香が気に入る絵が描けるか少々不安ではあったが、意を決して萃香に伝える。

 

「そこまで言われたらしゃあない。描いてもええよ。でも、二つ約束してほしい。」

「お、そうかい?いいよ、なんでも言っとくれ。よっぽどの事じゃなきゃ約束するよ。」

 

 福太郎の申し出に、萃香は二つ返事で応じた。すると、福太郎は二つの約束を口にした。一つ目は、自分は余り人物画を描かないから、満足のいくものが描けないかもしれないが、我慢してほしいというもの。そして二つ目は、今までのどこか明るく軽薄な雰囲気は鳴りを潜め、真剣な、それでいてどこかすがるような、祈るような眼で、萃香を見据え言葉にした。

 

「俺より、長生きしてくれ。」

 

 その言葉に、萃香は一瞬固まった。自分は鬼であり、妖怪だ。人間である福太郎よりも長い時を生きることは当たり前だった。でも、福太郎は真剣にそういった。

 

「・・・分かったよ。約束する。鬼は約束をたがえない。伊吹童子の名に懸けて誓う。」

「霊夢ちゃんも、頼むな。」

「私も!?」

「そうや、折角やから二人の絵を描きたいんや。頼むよ。」

「わ、わかったわ。私も約束する。博麗の巫女の名に懸けて・・・・」

 

 思わぬ申し出に、霊夢は驚いた。いや、福太郎の言葉自体が一瞬理解できなかった。何よりも、あの眼差しが目に焼き付いている。悲しみや苦しみ、願い。様々なものが入り混じったあの眼差しが。

 

「良し!んじゃま、約束してもうろたし!慧音さんが来るまでに仕上げよか!ほな、その縁側に座ってもらえる?俺は準備したら描き始めるから!」

 

 先ほどのあの眼差しが嘘のように福太郎は意気揚々と道具を取りに行った。呆気に取られている二人を尻目に。福太郎が離れたのを見て、霊夢はどこか独り言のように言葉を零した。

「何なのかしら、福太郎さんのあの目は・・・・」

 

 その疑問に答えるように萃香は話した。

 

「・・・・福太郎は、あれでいて随分辛い、悲しい思いを沢山してきたんだよ・・・昨日も紫が言ってたろ。」

 

『辛い・・・悲しい人生を歩み、あらゆるモノ達に出会い、ようやく前を向いて歩み始めたのに・・・あなたはどうするつもり?』

 

 昨晩の紫の言葉が蘇る。あの言葉はまさしく真実だったことを霊夢は理解した。あの男は過去に絶望にくれたことがあるのだ。悲しい、別れを繰り返し今に至っているのだと、詳しいことは聞いていないが、其の事をたった今、理解した。何より、あの目が物語っていた。

 そうしていると、福太郎が画材道具一式を持って戻ってきた。

 

「ほな、今用意するから、二人とも楽にしてまってて。そないな、硬い顔せんで、ほら、スマイル、スマイル~♪」

 

 こっちの気持ちを知ってか知らずか、福太郎はそんなことを言っている。とはいえ、絵を描いてもらうなど初めての事だ、正直さっきの事もあって緊張している。

 ちらりと、萃香の方を見るとどこか緊張したように背筋を伸ばし、微動だにしない。萃香とて元は鬼の四天王。その名も高き酒呑童子である。過去にその姿は想像であったとはいえ、様々に描かれてきたが、絵のモデルになるなど初めての事に違いない。

 しかし、霊夢にはその様子はどこかおかしかった。あの萃香が緊張して背筋を伸ばし、微動だにしていない。普段の様子からは想像もつかないことに霊夢は、ふと笑った。

 

「うん、ええね。そんな感じよ霊夢ちゃん。萃香ちゃんはも少し気を楽にして、普段の通りでええよ。」

「え?こうゆうのってじっとしているもんじゃないのかい?」

「さすがに動き回られたら困るけど、イメージが掴めればええから、そこまでせんでも大丈夫やよ~」

 

 そういわれて、気が楽になったのか、萃香はいつものような雰囲気に戻った。その様子を見ると福太郎は組み立てた絵を描くための三脚に画板を置き、紙に鉛筆を走らせていく。

 モデルを見据え、絵に向かう姿はとても凛々しかった。獲物を見据える狩人のように鋭く、それでいながら、遊びに興じる子供のように嬉々とし、生き生きとしている。

 そんな姿を二人はどこか温かく、新鮮なものに感じ、静かに見つめていた。時が流れる。そこには三人しか存在しないかのように。博麗神社には福太郎が鉛筆を走らせる音だけが響いていた。

 どれほどの時間が過ぎたのか、日はすでに中点を過ぎていた。ふと目をやると、二人は泣慣れないことにつかれたのか互いに寄りかかり眠っていた。

 そんな姿を見て起こすのは忍びなかったが、福太郎は二人を起こした。もうすぐ慧音が迎えに来る時間も近かったし、完成した絵の感想も聞きたかった。

 

「できたで、お二人さん。そんなとこで寝とったら風邪ひくで。」

 

 福太郎は優しく霊夢の肩をたたいて起こした。するとびくりと背筋を伸ばし、その拍子に萃香が縁側から転げ落ちた。

 

「ふぇぁ!!」

「あいたっ!」

 

 霊夢は寝ぼけ眼をこすりながら、福太郎を見てハっとしたように居ずまいを正し、萃香はまだ眠そうに目をしばたたかせていた。

 

「ご、ごめんなさい!私寝ちゃってた⁉」

「ふぇ?」

 

 そんな二人をほほえましく見ながら福太郎は完成させた鉛筆画を差し出す。

 

「大丈夫やよ。イメージつかめれば大丈夫やから。ほら、できたで。」

 

 福太郎は、居眠りをしていた二人を責めることなく、二人に絵を渡した。手渡された絵を二人はまじまじと見つめる。一枚は、霊夢の絵。そこには、静かに微笑みながら湯飲みを手にしてくつろぐ霊夢の絵が。一枚は、萃香の絵。大杯と伊吹瓢を手にして朗らかに笑う姿が描かれていた。

 鉛筆画ゆえに色はない。しかし、どこか温かく、やさしい光を感じる。これが福太郎が描く絵なのか。口には出さないが二人はそう思いながら絵を見つめる。

 その様子を見て福太郎はいにいらなかったかと思い声を掛けた。

 

「お気に召さなかったかな?」

 

 その言葉に、霊夢はハッとして顔を上げ、そんなことはないと首を振った。

 

「そ、そんなことありません!というか、もらえません!こんなすごい絵!!お、お金がとれます!」

 

 萃香は沈黙を保っていたが、霊夢は少ししどろもどろになりながら答えた。すると萃香は静かに口を開いた。

 

「……確かに、いい絵だよ。お前はまさしく絵描きさ。疑ったようなこと言って悪かったね。気に入ったよ。」

 

 萃香は微笑みながら、それでいてどこかすまなそうに言った。その様子に福太郎はほっとして、よかったと返した。

 そうしているうちに鳥居の方から声が聞こえてきた。

 

「おーい!霊夢!福太郎!居るか!迎えに来たぞー!!」

「ほな、そろそろ行くわ。ホントありがとうなぁ。」

「いいえ。こちらこそありがとうございます。」

「ありがとう、福太郎。大事にするよ。」

「そう言ってもらえると、絵描き冥利に尽きるってもんや、こっちこそありがとうな。」

 

 三人は言葉を交わし、福太郎は荷物をまとめ、慧音と共に人里へと去っていった。その姿が見えなくなるまで二人は見送っていた。

 二人は神社に戻ったが、萃香はしばらく、自分の絵を見つめていた。その姿を不思議に思い霊夢は声を掛けた。

 

「そんなに気に入ったの?福太郎さんの絵。」

「・・・・それもあるけどさ・・・・」

 

 霊夢は小首をかしげながら萃香の言葉に耳を傾けた。

 

「アイツには、私はこんな風に見えるんだな、って思ってね・・・・」

「?」

「納得いかないかい?」

「まぁ・・・・」

 

 萃香は深く息を吸い、吐き出しながら霊夢の方に向き直った。

 

「私らはさ、妖怪として、恐れの対象としていろんな姿で描かれる。それは知っているだろ?それは、自分の意思でいろんな姿に化けるからさ。そうしてると自分のホントの姿ってのがよく分からなくなる。人の姿をとっていても、ちゃんとそういう姿に見えているかって疑問にも思えることも少なくない。アイツは自分の目で見て、感じたものをそのまま絵にした。おかげで、ああ、アタシはこう見えたんだって分かってね。何とも嬉しく思えてさ・・・・」

「そんなもんなのね・・・・私もこんな風に見えてたなんて思うと、なんか恥ずかしいけど、嬉しいわ。」

「だろ?さってさっそく旧都に行って、勇儀たちに見せびらかしてこようかね!」

 

 そういうと、萃香はふわりと霞になって消えた。霊夢は改めて福太郎が描いた絵を見る。どこか温かく、嬉しい気持ちになる。また、福太郎に会いたいと思いながら。

 

 これは、博麗神社の住人たちと人間の絵描きの物語。彼女たちにとって、かけがえのない思い出と、宝物が増えた物語。田村福太郎にとっても大切な思い出となっただろう。彼は幻想郷に来て間もないが、巫女と鬼と縁を繋いだ。彼が今後どんな出会いをしていくかは、また別の物語。此度はここに栞を挟み、次の噺はまた後日・・・・・。

 

 

 




 いかがでしょうか。元々文才が無い上に久々の執筆。拙いとこもあろうかと思いますが、皆様からのご意見、ご感想、評価、お気に入り登録をお持ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人里の住人たちと人間の絵描き

 久しぶりの投稿となります。最近は色々忙しかったので・・・・リアル執筆とか、FGOとか!

 本編始まります!

 皆様のご感想、評価、お気に入り登録お待ちしております。作者の励みになります。
 ご要望等ございましたら、ご感想のところに書いていただければ、できうる限りお答えしたいと思います。


 霊夢と萃香に見送られながら福太郎と慧音は博麗神社を後にした。

 長い石段を下り、ふと振り返ると二人はまだ手を振り見送っていた。それを見て福太郎は笑いながら手を振り返し、また歩き出した。

 

 「珍しいな」

 「?何が珍しいんですか慧音さん。」

 「霊夢たちが随分名残惜しく見送っていたからな。何かあったのか?昨日であったばかりなのに熱心に手を振って見送っていたぞ。あのような霊夢たちは初めて見る。」

 

 博麗霊夢は博麗大結界の管理と共に幻想郷のバランスを保つ存在である。それ故に常に中立であり、他者に対して執着、関心を示すという事がほとんどない。それが昨日突然現れた得体の知れない男に向かって手を振り見送っていた。そのことが慧音にとっては実に新鮮であり、不思議であった。

 

 「特にありませんでしたけど・・・・精々、朝飯作ったり、掃除したりしたくらいです。あ、あと絵を描きました。」

 「絵か、そういえば絵描きだと言っていたな。」

 「ええ、萃香ちゃんにホントに絵描きか怪しい言われて、オレが一応絵描きやゆうことを証明するために、二人の絵を描いたんです。いや~随分気に入ってくれたみたいで良かったです。」

 「ほう、一宿一飯の礼といったところか。いずれ福太郎が描いた絵を見てみたいな。」

 「まあ、大したもんじゃありませんけど・・・いずれお目に掛けますよって。」

 

 絵を描いた。福太郎はただそう言う。鬼と巫女が気に入る絵とはどんなものか。慧音は福太郎の描く絵に興味がわいたが、今は福太郎を人里まで送り届けねばならない。いずれ見せてくれると福太郎は言ったから、その日を楽しみにしながら歩みを進める。今は周囲を警戒しながら。

 夕暮れ前には人里に着きたい。少し早足になりながらも二人は歩いていく。福太郎は三十路手前らしいが、息切れ一つせずについてくる。意外と体力があるようだ。

 しかし、慧音は少々違和感があった。あまりに静かすぎる。普段なら妖精なり妖怪が出てきてちょっかいを掛けてきてもおかしくないのだが、それが無い。

 あまりに静かだったため福太郎は暇を持て余して、慧音に話しかけた。

 

「いやぁ~慧音さん、何事もなく人里に着けそうですね。いつもこんなもんなんですか?」

「・・・・・いいや。普段なら妖怪なり妖精なりに出くわすのだが・・・静かだな。嵐の前の静けさでなければ良いのだが。」

「そうなんですか~。案外、霊夢ちゃんの御蔭かもしれませんよ。」

「霊夢が何か術を掛けたのか?そんな風には感じないが。」

 

 福太郎は何か心当たりがあるようだが、福太郎に何か術が掛けてあるようにも、護符の類を持っているようには見えない。

 福太郎は、何時ものように笑いながら慧音に説明をした。

 

「ほら、さっきまで霊夢ちゃんたち熱心に手を振っていたじゃないですか。あのおかげですよ。」

「なんのことだか分からないのだが・・・・」

「別れ際に手を振るのは、魂振りいう大昔の呪いの名残なんですよ。霊夢ちゃんが持ってる御幣やなんかを振って旅の無事を祈るもんやったんですけど、それを普通の人たちが代わりに袖を振って、大気を揺るがして無事でいてくれって、元気でやれよとかまた会おうって思いを相手に送ったり、場を清めて悪いもんが寄り付かないようにしたんだそうです。霊夢ちゃんほどの巫女さんがあんな熱心に手を振ってくれたんで、下手な妖怪やなんかが近づけなくなったのかもしれませんよ。」

 

 霊夢ちゃんの袖、めっちゃ大きいですし。福太郎は冗談交じりに笑いながら言うが、慧音は案外間違いでもないと思っていた。そうでなければ今の状況が説明がつかない。そうだとしたら、霊夢は心から福太郎の無事を祈り、再会を望んだという事に他ならないが、正直そのことに少し驚いているが、それ以上に福太郎の知識にも驚かされた。

 慧音は曲りなりにも寺子屋で教鞭を執る身だし、呪いや術に関してもそれなりに造詣が深いと自負しているが、魂振りのことは知らなかった。福太郎が幻想郷以上に混沌とした異世界から来たという事、また教師であったということに何一つ嘘が無いということが改めて感じられた瞬間だった。

 

「流石だな福太郎。教師であったのは本当だったのだな。しかし、本当にその美術教師とやらだったのか?絵の描き方を教える教師のようには思えないぞ?」

「それ、萃香ちゃんにも言われましたよ。結構大変やったんですよ、あいつら相手に授業すんの。」

「話ながら聞こうじゃないか。なに、私も福太郎の同業者のようなものだ、暇つぶしに愚痴ぐらい聞こうじゃないか。」

 

 慧音がそういうと、福太郎は勤めていた万魔学園の事を話した。学園の事、生徒の事、教師たちの事。福太郎の語るそれは慧音にとって新鮮なものばかりだった。ありとあらゆる種族が通い、あらゆる種族が教鞭を執り、授業を行う。

 慧音にとって、それは夢のような話だった。慧音の寺子屋は人里の人間の子供限定だ。中には妖怪もいるようだが、それでも人間として授業を受けている。

 いつの日か、人間であろうと無かろうと、自由に授業を受けられるようになれば、どんなにいいか。福太郎の話を聞きながら、慧音はそんなことを思っていた。

 

 話ながら歩いていると、あっという間に人里に着いた。二人は門をくぐり人里へ入っていく。そこは人間の街。街とは言っても、現代のそれではない。丁度明治初期、西洋文化と日本文化が混ざり始めたばかりの街並みで、その多くが木造建築であり、レンガ造りの建物はほとんどなく、コンクリート造りのものなど一切存在しない。

 

「どうした福太郎。やはりこうした街並みは珍しいか?」

「そうですね。こんなに整った街並みは中々お目にかかれませんよ。オレのトコだと大体変なパビリオンみたいなのが建ってたり、無茶苦茶な建物だったり、怪異やなんかでめちゃくちゃになったりでコンナ整って小奇麗な街並みはあんまりないもんなんで、新鮮というか、懐かしい感じがします。」

「そ、そうか・・・・」

 

 整った街並み、懐かしい感じ。福太郎の言葉に慧音は少し気圧された。聞くところによれば、外の世界の街は天を突くような巨大な建物や石造りのものが多いらしい。まれに現れる外来人は、人里を見て古臭い、物語の中のようなどという反応がほとんどだが、福太郎の反応は全くもって違う。

 福太郎は、幻想郷以上に危険が溢れ混沌とした世界から来たのだという事を改めて思い知らされていた。

 昨夜の光景を目にしていなければ、この男は、見る限りはいつもニコニコとしていてどこか飄々としたつかみどころのないように見える普通の人間だ。決して普通の人生を歩んでいないのだと改めて思うと同時に、意外と早く幻想郷に馴染むだろうという安心も感じられた。

 

「ともかく!お前の滞在先へ向かうぞ。家主も待っている。しばらくはそこで下宿というか、居候してもらうことになる。」

「いや、ホント助かります。いつまで居ることになるかも分からん上に、手持ちも心持たないもんでして・・・・・」

「大丈夫だ。家主も快く了承しているから安心しろ。滞在費も心配しなくても良いと言ってくれている。」

 

 ホントご迷惑おかけしてます。そう気まずそうに福太郎は笑いながら歩みを進めていった。しばらくして、福太郎はある事に気が付いた。どうも道筋に見覚えがある。すると福太郎が幻想郷で見知っている数少ない建物にたどり着いた。

 

「あの、ここって稗田亭ですよね?」

「そうだ、ここの主であり、お前の第一発見者でもある阿求が是非にというのでな。私としても良い提案だと思うぞ。まあ、詳しくは中で話そう。」

 

  慧音はそう言うと門を敲き、出てきた使用人に二三こと告げると門が開かれた。

 

 「どうぞ、慧音様、福太郎様、お入りください。阿求様はじめ皆お待ちしておりました。」

 

 初老の使用人に促され、二人は門をくぐり、中へ入った。広い屋敷の中を案内され、二人は客間に通された。幻想郷では珍しい和洋折衷の部屋であり、中央には宮大工が拵えたのか、細かい和風の彫刻が施された黒壇の長方形のテーブルが置かれ、向かい合うようにして緑の生地に金糸で唐草文様が刺繍されたソファーが置かれている。洋風の置時計や蓄音機、蒔絵や螺鈿細工が施された家具など幻想郷では非常に珍しい物ばかりが置かれており、稗田家のその財力のほどが知れる。

 慧音と福太郎はソファーに座るように促され、紅茶でもてなされていた。二人の飲み方は実に対照的だ。

 慧音はティーカップの中に二匙ほど砂糖を入れ、ティースプーンでグルグルと混ぜ、湯飲みでも持つように両手でもって飲んでいた。

 対して福太郎は、ソーサごと持ち上げて一口飲み、それから一度置いて取っ手を左に回してから静かに砂糖を入れ、音を立てずにティースプーンで混ぜ、静かに雫を落としてティースプーンを置き、取っ手を右に回し、ソーサごと持ち上げて改めて飲んでいた。

 この様子を見ていたのは給仕をしている女中ともう一人注視している人物がいた。家主である稗田阿求である。紅茶の飲み方でその文化的素養や性格を図ろうと思ったのだ。その為あえて緑茶ではなく貴重な紅茶を出したのだ。

 結果から言えば、福太郎は合格だ。この稗田家の食客とするのに充分に足る人物だ。福太郎の紅茶の飲み方を見れば分かる。紅茶を楽しむ際のマナーを知っている上にそれを億劫がる事もない。文化的素養は高く、落ち着いた性格であり、几帳面である事が伺える。

 

「・・・フフフ。これなら問題なさそうね。」

 

 阿求は微笑みながら客間に入ってきた。その姿を見て福太郎は紅茶をおいて、立ち上がったが、阿求は座るように促した。

 

「ようこそ、御出でくださりありがとうございます。詳しいことは慧音さんからお聞きしています。福太郎さんさえよければ、お帰りになことが決まるか正式に滞在先が正式に決まるまで、どうぞ当家でお過ごし下さい。」

「ありがとうございます阿求さん。慧音さんからお聞きしましたが、ホントにお金は良いんですか?それはそれで助かりますが、正直心苦しいと申しますか何というか・・・・」

 

 阿求の申し出に対して福太郎は正直に疑問点を述べた。確かに得体の知れない男を無期限で泊めるメリットがあまり感じられない。しかし、阿求は笑って答える。

 

「それはご心配要りません。当家はささやかながらも蓄えがございます。福太郎さん一人が滞在する程度なんの問題もございません。ですから、お代も結構です。まあ、お代の代わりと言っては何ですが、福太郎さんが暮らしていらした秀真国のお話などお聞かせいただければ充分です。それに鶏鳴狗盗の故事もございます。思わぬことでお助け頂くこともあるでしょうから、どうぞご自分の家だと思ってお過ごしください。」

「なるほど・・・食客として過ごせば良いということですか・・・・・正直そんな大した人間じゃないんですが、他の使用人の方なんかは納得なさってるんでしょうか?」

 

 阿求の説明に対して福太郎はまだ疑念を抱いていた。家長である阿求が許可しているとはいえ、得体の知れない男を滞在させるわけであるからして、納得している者ばかりではないだろうというのが福太郎の考えである。

 実際、稗田家は人里の中でも裕福な家であるからして、盗賊などの心配もある。盗賊の手口として、ケガ人や病人を装って侵入し家の間取りを把握し後日侵入する。あるいは盗賊の侵入を手助けする引き込みを行うなどがある。

 

「そのことはご心配ありません。当主である私が許可していることもそうですが、福太郎さんの様子を見れば、稗田家の食客として相応しい方であると分かりますから。そうね、秋葉?」

「はい。阿求様のおっしゃる通りでした。」

「ああ、そう言うことですか・・・・・」

「はい、そう言うことです。」

「なあ、どう云うことなんだ福太郎?」

 

 秋葉という使用人の言葉で福太郎は、ここで待っている間に紅茶を飲んでいる様子から稗田家に滞在するに相応しい人間かどうかをテストされていたということだったのだ。 

 

「多分、紅茶の飲み方を見て、オレがこの稗田亭においてもいいかどうか確かめてたんですよ。」

 

 福太郎はそう言うと使用人の秋葉をちらりと見た。その様子を見て秋葉は

 

 「ええ、福太郎様はマナー通りに紅茶を飲んでいらしました。まるで、阿求様のようでございました。」

 「実は私も見ていたのだけれど、落ち着いていましたし、先日お話した時にも分かりましたし、充分教養もあるようでした。鶏鳴狗盗の故事の由来も理解していたようですし。稗田家の食客として申し分ないかと。」

 「なるほど、福太郎は色々とためされていたわけだな。」

 

 それから、福太郎の居住環境について説明があった。具体的には福太郎が寝起きするのは、何代か前の稗田乙女が道楽で造らせた数寄屋造りの離れを使用することとなった。その他の衣食については随時支給し、時折力仕事などの簡単な雑務(これは福太郎が申し出た)をする他は自由に行動してよい事となった。

 

 「いや~ホンマ助かりますわ。ここまでしてもうろうて、かえって悪い気がしますわ。」

「よかったな福太郎。始めは私の家に泊めようかと思っていたが、何せ私は独り身だからな、男を挙げるのは何分外聞が悪いのでな・・・・」

「でしょうね。しかし、とりあえず住む場所は決まりましたけど、絵を描く以外、日がな一日暇を持てあますのもどうかと思いますし・・・・絵具やなんかも手に入れたいし・・・」

 

 衣食住は何とかなったが、次なる問題はなにをして過ごすかであった。絵を描くのは良いが手持ちの画材は限りがある。『万年筆』は自在に線を出せるが、色が付かない。衣食住を世話になっている上に、画材代まで要求するのは流石に避けたい。油絵や鉛筆画を描くのが好きな福太郎としては、暇つぶし兼画材代を捻出したいところであった。

 

「それなら、絵を売れば良いだろう。萃香や霊夢が随分喜んでいたようだし、充分商売になるんじゃないか?」

「それは興味深いですね、是非そうしたらどうでしょうか。今の幻想郷には絵を生業にしている方は居りませんし。」

「いや、そんなお金を貰えるほどのもんじゃ・・・・」

「やってみろよ。なに、それがだめなら私の寺子屋で働いてもらってもいい。教師だったのだろう?手伝ってもらえれば助かる。」

「そっちも、ホント大したもんじゃないですけど・・・」

「そうだとしてもやるだけやってみたらどうですか福太郎さん。とりあえず、今後の行動方針も決まりましたし、今日のところはこの辺にしておきましょう。」

 

 そういうことになった。

 慧音は阿求と福太郎に別れを告げて、今日のところは帰ることになった。だが、明日また訪ねてくることになった。なんでも画材を手に入れることができる当てがあるらしい。仕事として絵を描くにしても、趣味で絵を描くにしても今後は間違いなく必要になる。

 慧音を見送った後、使用人たちに稗田亭での生活に関して説明を受けた後、阿求たちと共に夕食を食べ、入浴を済ませて床に就いた。

 突然幻想郷に迷い込むことになったが、なんとかなりそうだ。福太郎は安心して床に就くことができた。

兎にも角にも、幻想郷における生活の拠点を得た。明日は慧音がある場所へ案内してくれるという。楽しみでしかない。どんな出会いが、どんな場所を目にできるのか・・・。

 

此度はここに栞を挟み、噺の続きはまたいつか・・・・・

 




 いかがでしょうか。幻想郷における福太郎の活動拠点が定まりました。ある意味まだまだ序章です。紅魔館、守矢神社、地霊殿、命蓮寺じっくりやっていきたいところにはまだまだ至りそうにはありません。

 次なる福太郎の行き先は・・・・察してください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

道具屋と教師と絵描き

  初めましての方は、初めまして。お久しぶりの方はお久しぶり。久々の投稿です。

 今回はちょっと会話が多めですし、作中から察せられる福太郎の考えと私の主観とが入り混じっていますが、まあ勘弁してください。

 本編始まります。皆さんの評価、感想、お気に入り登録などお待ちしております。ご要望などありましたらどうぞ感想にどうぞ。



 心地の良い木漏れ日が差し込んでいる。こんな日は静かに読書をするに限る。しかし、こんな日に限って、客が来る。小気味の良いドアベルの音がする。一体誰が来たんだ。

 自分で居を構えておいてなんだが、こんな辺鄙な場所に好き好んでくるとは物好きがよく居たものだ。しかし、その物好きには何人かに心当たりがいささか多いのが、何とも言えないが。しかし、律義にドアから入る客は少ない。何も買わない冷やかしである場合がほとんどだが・・・・・どうせあの口うるさい昔馴染みだろう。安楽椅子の感触は名残惜しいが店のカウンターへ向かうとしよう。ちゃんと店の入り口から入ってきたのだ、どうせ冷やかしだろうが、ちゃんと対応するのが商人というものだ。

 

 「いらっしゃい。何か入用かな慧音。だが、生憎と僕は小言は間に合っているから、それ以外に用がないならお帰り願おうか?出口はあちらだ。」

 「出会い頭に失礼な奴だな霖之助。今日は珍しく商売の話だ。まあ、私が何か入用ではなく彼が幾つか買いたいものがあるそうだ、生憎と里では手に入りそうにないのでな。」

 「あ、どうも~田村福太郎といいます。どうぞ、よろしゅうお願いします。」

 

 いつ振りか驚かされた。そこには若干苛立った慧音と一緒に、見覚えのない、上方訛りの男がそこに笑っていた。

 

 「香霖堂?」

 「そうだ、古道具屋だが少々変わっている。おそらくだが、必要なものが見つかるだろう。」

 「そうなんですか?」

 「ああ、外の世界の物品を扱っている。まあ、どれも拾い物なんだがな。無縁塚と云ところに外の世界物品が流れ着く。それを拾って売りつけるのさ。」

 「それは・・・・何とも経済的ですな・・・・」

 「ああ、経済的さ。」

 

 福太郎は何とも言えないという様子で苦笑し、慧音は鼻で笑いながら歩いていた。

 慧音は福太郎の商売道具の調達の場として香霖堂を紹介したのだ。出発前に福太郎の画材道具一式を見ての判断だった。どれも、幻想郷では手に入れるのが難しい。福太郎が好むのは油絵や鉛筆画である。紙は何とかなるが、絵筆や絵具は難しい。普通の筆では少々無理があるし、絵具になりそうなのはせいぜい朱墨ぐらいなもので大和絵の画材すら怪しい。そこで、白羽の矢が立ったのが香霖堂だったというわけだ。

 

 二人は今後の事を交えつつ、たわいないおしゃべりを楽しみながら二人は足を進めた。途中、魔法の森の風景に感嘆し、後で来たいといって慧音に怒られたりもしながら香霖堂にたどり着き、場面は冒頭へ戻る。

 

 「これは驚いたな。人間のお客とは珍しい。僕の事は知っているようだが改めて自己紹介を。僕は森近霖之助、この魔法の森と無縁塚の間でこの古道具屋[香霖堂]を営んでいる。どうぞ御贔屓に。」

 「これはどうもご丁寧に。オレは田村福太郎いうしがない絵描きです。いうて万魔学園で美術教師なんぞやってたりもしてます。どうぞよろしゅうに、霖之助さん。」

 「霖之助でかまわないよ。美術教師といったかな?つまりは慧音と御同業かな。おそらく外来人だろうから色々不便や危険も多いだろう。そんなに長居しないだろうが、好きに見ていくと言い、必要なものもいくつかあるだろうから安くしておこう。」

 「あ~その霖之助、福太郎の事情は少々複雑でな。福太郎は外来人だが、外の世界から迷い込んだんではないんだ。」

 「?どうゆう事だ慧音。」

 

 霖之助の疑問に慧音は掻い摘んで説明した。福太郎が別世界から来訪した事。そして帰還は困難であり、その目途は立っておらず、短くない期間を幻想郷で過ごさねばならないだろうことを。

 霖之助は信じられないという表情をしたが、八雲紫が確認し、正式に阿求と紫が福太郎を受け入れたことを聞き、驚きつつも納得したようである。

 

 「僕は半妖としてそれなりに生きてきたが、異界から来訪した人間には初めて逢う。さぞや珍しい道具の一つや二つを所有しているのだろう。是非見せてもらいたいね。」

 

 福太郎が異界人と知るや否や所持品に興味を示したが、慧音も福太郎も少々引きつった笑みをこぼした。

 

 「そんな期待されても、大したもん持っとらんよ、精々このペンくらいなもんやね。」

 

 そう言って、ペンというには少々大きいペンを手にしてみせた。「夢想現実之事」と記されたそれを見て霖之助は興味を示した。

 

 「おお!「夢想現実之事」?実に不思議なものだね。実に興味深い・・・・・少々興奮してしまったが、それはそうと商売の話をしよう。何が入用だい?」

 

 慧音に睨まれ、話を戻した。福太郎はいくつか画材を見せて、このようなものがいると説明した。

 

 「ふむ。絵筆に絵具、鉛筆か・・・・その手のものはいくつか拾っ・・・ではなかった、仕入れていたはずだ。確かあの棚に置いてあったはずだ好きに見ていいよ。」

 「では、福太郎と一緒に探してみるか。」

 「ですね、じゃあ霖之助少しみしてもらいますわ。」

 

 福太郎は「夢想現実之事」と記されたペンをカウンターに置くと、二人で霖之助に示された棚に向かい、画材を探した。霖之助はカウンターに置かれたペンが気になって仕方がなかった。思わず、手が伸びてしまうほどに・・・・。

 

 (ちょっとだけなら、触ってもいいだろう。そうすれば用途と名称が分かる・・・・)

 

 しかし、ペンに触れた瞬間、激痛が走った。ペンは霖之助を拒絶したのだ。

 

 「痛ッ!!!」

 「どないしたん?」

 「何かあったか!霖之助!!」

 

 思わず声をあげてしまったが、二人には何でもないといい二人を画材探しに戻した。

 

 (なんだ、これは・・・・拒絶された?あれは間違いなく結界だ・・・おそらくこのペンは、奪われると思われて自己防衛をしたんだ。何らかのマジックアイテムである事は間違いないな。興味深いな・・・福太郎の許可を得れば問題ないか・・・)

 

 しばらくして、二人が戻ってきた。手には、いくつかの紙の箱を抱えて戻って来た。絵具に、絵筆のセット、デッサン用と思われる芯の太い鉛筆も見られる。

 

 「いや~思ったよりええのが見つかったわ~。これぐらいあれば、暫く大丈夫やと思うけど、霖之助これ全部でなんぼかいな?」

 「そうだな・・・今回は記念すべき初めての当店の利用だ、其の事も加えて、それら全てを無料にしてもいい。条件付きだがね。」

 「え!ホンマかいな!そりゃ助かるけど・・・条件?」

 「ああ、このペンを見せてもらいたい。より具体的に言えば手に取って見せてもらう許可が欲しい。」

 「そんなんでええんか?そりゃいくらでも見てもうろうてかまわんけど・・・」

 

 不思議に思う福太郎を見て慧音はため息をつきながら口を挟んだ。

 

「不思議に思うのも無理はない。元々こういうやつなんだ。なんせ、未知の道具を扱いたいというだけで、この店を開いている道楽者だからな。」

「はあ。そんならいいけど、そんなんで生活できるんかいな。」

「安心してくれ、僕は何を隠そう半妖でね、食事や睡眠はほとんど必要ではない。気にすることは無いよ。」

「へ~そら珍しい。そんな半妖には初めて逢うわ。そんならどうぞ遠慮なく。」

 

 福太郎の疑問にそっけなく答え、福太郎からペンを受け取ってまじまじと観察した。

 

 (福太郎の許可を貰ったら難なく触れた・・・・名称は「夢想現実之事 万念筆」か用途が奇妙だ。「田村福太郎がストレスなく絵を描く」かその他にも用途がありそうだがそれ以上分からない。こんなことは初めてだが・・・とにかく、これは彼の為の一点もののアイテムか。ともすると何者かが福太郎の為に作った?しかし、なんだペンの尻の部分が目のよう、というより目だ。これは生き物なのか?付喪神の類でもなさそうだ。材質も全く未知のものまるでヒイロカネのようだが似て非なるものだ。)

 

 福太郎は、黙ってペンを観察する霖之助を見ながら、小さな声で慧音にいつもこんな感じなのかと聞いたが、いつもの事だと言いつつ、あきれながら長くなりそうだからと言ってお茶の準備をしに勝手に奥に入っていったが、そのことに気付く様子もなかった。

 しばらくして、満足そうにペンを置くのを見て慧音が声を掛けた。

 

 「満足か。」

 「ああ、実に興味深い。質問があるんだがいいか福太郎さん。」

 「福太郎でええよ。それで、なにが気になるん?」

 「これは・・・どうやって手に入れたんだい?」

 「ああ~なんていうたらいいかな・・・・友達の妖怪からもろうたんよ。何というか、その妖怪の武器のコピーというかなんというか・・・」

 「武器?どんな妖怪なんだい?というか妖怪に友人がいるのか・・・」

 「ああ、同じ邸に住んでてな。鵺や。存外仲ええんよ。」

 「鵺というと、あの大妖怪かい?」

 「そう。あの鵺や。」

 

 慧音と霖之助は、鵺が武器を持つというのが少々疑問であったが、福太郎の交友範囲に少々困惑していたようだった。

 

 「大妖怪と一つ屋根の下か・・・少々常軌を逸しているが、君の世界では当たり前なのか?」

 「らしいぞ、その邸は猫又が管理していて住人のほとんどが妖怪らしいぞ。」

 「あはははは。他にも精霊やら悪魔やらすんどります。」

 

 どこか照れ臭そうに、そして少し寂しそうに福太郎は笑っていた。そんな姿を霖之助は不思議そうに、慧音は少し悲しそうに見つめていた。

 その後、福太郎は霖之助に質問攻めにされたが、福太郎は立て板に水、打てば鳴るというばかりに質問に答えていた。福太郎の世界はどんな様子か。何がいるのか、どんな生活をしていたか、どんな道具があるのか実に多岐にわたりあっという間に時間は過ぎていった。いつの間にか、夕暮れに近くなり二人は帰る事になったが、最後に霖之助は福太郎に問うた。

 

 「最後に一ついいかい福太郎」

 「なんや。霖之助。」

 「君は僕のような半妖には初めて逢うと言ったね。加えて先程の発言からも、様々なものを見聞きしていると見受けられる。率直に聞きたい。半妖についてどう思う。人間と妖怪の共存の姿かい、それとも気味の悪い半端者かい?」

 「霖之助・・・・それは」

 「慧音は黙っててくれ。僕は福太郎に聞いているんだ。」

 「半妖についてか・・・」

 

 福太郎は霖之助の質問に少し間御置いて答えた。

 

 「何にも。そんなもんやろと思うね。」

 「何にも⁉そんなもの?そんなものだと!それだけで片付けるのか!!」

 「霖之助落ち着け!!」

 「うるさい!!」

 

 霖之助はもはやおぼろげになった暗くつらい記憶が脳裏によぎり、目の前の男の言葉に激高した。別に同情を期待したわけでは無い。しかし、もっと別の言い方があるはずだ。今にも掴み掛らんとするような勢いの霖之助を慧音が宥めるが、どこか福太郎の言葉にショックを受けているようでもあった。そんな二人に絵描きは言葉を掛ける。

 

 「まあ、最後まで聞いとくれや霖之助。」

 

 そういって、福太郎はドアを見つめながら話し始めた。

 

「オレはな、妖怪だから半妖だからゆうて、怖いとか気味悪いとかはちっとも思わへん。正直、ちゃんと話ができて、意思の疎通ができれば平気や。むしろ、話もできん、話も聞いてくれん奴の方が怖い。それにな、この世に生まれて、存在するならもう、それでええと思う。だから半妖だってそこに存在するならもうそれでしまいや、半端やなんやいうのはそいつの主観だけのはなしなんよ。それと、あのドア見てくれや。慧音さんも。」

「ドア?ドアが何なんだ。」

「オレは人間で男、霖之助は半妖で男、慧音さんは半人半獣で女。三人とも違うな。」

「ああ、違う。」

「そんでもって、オレは絵描きで、霖之助は道具屋で、慧音さんは教師でやっぱし違う。」

「ああ、そうだ。」

「でもな、あのドアとの距離は変わらん。」

「「はあ?」」

 

 ドアとの距離そんな話を始めた福太郎に対して二人は思わず声をそろえて疑問を口にした。

 

「なんでやろうな。三人とも違うのに。」

「それは当たり前だろ。何が言いたい。」

「金持ちでも、貧乏人でも、妖怪でも、神様でも、人間でも変わらん。つまりなこの点は同じなんよ。」

「ああ・・・同じだ。」

 

 福太郎は霖之助に向き直ると言葉を続けた。霖之助にはもはや先程の怒りは無く、どこか毒気が抜けたようだった。

 

「妖怪や人間や、半妖や言うて分けとるのは、見た目や性質やなんかに応じてつけられた名前だけなんよ。名前が縛っとるだけなんよ。言ってみれば人間やなんかが決めた決まり、法則なんよ。でもな、ドアからの距離これが同じなんは世界の法則や、言ってみれば世界、宇宙の方や。その中ではみ~んな同じ、ちっぽけな人間や妖怪がどうこうゆうたところで、変わらん。些細な事なんよ。そのちっぽけで些細なことにこだわるのはあほらしいと和思わんかいな。オレはそう思う。だから半妖だから言われても、何も思わんし、そんなもんかで済ませられるんよ。」

 

 福太郎の言葉に霖之助は脱力してしまっていた。半妖というだけで長い人生の中で苛まれ、苦しんだことも、何故生まれてきたのかと悩んだことも一度や二度ではなかった。しかし、福太郎の言葉を聞いて、自分は何と小さな世界に囚われていたのか、そのことを実感した。それは、慧音も同じだった。人の法か世界の法か、どちらを気にするか、どちらの法が大きく意味があるかは明らかだった。

 

 そんな二人を見て、福太郎は言葉を続けた。

 

「あとな、空を飛ぶ鳥がある、地を這うネズミが居て、空を飛ぶネズミが蝙蝠や。存在しとるモンを変とはオレは思えん。何より自分の目で見たモンをオレは否定できんのよ。だから半妖についてどう思うなんて聞かれても、何も、そんなもんやろとしか答えられん。でも、気ぃ悪うさせたようやな堪忍してや。」

「いや、謝らないでくれ僕も悪かった。」

 

 福太郎の謝罪を霖之助が受け入れたことでその場にはさっきとは全く違う穏やかな空気が流れていた。慧音は二人が喧嘩別れをすることなく仲直りできたことにほっとしたようだ。そして福太郎は、思い出したように口を開いた。

 

「それに加えて言うとな。正直な話、ただの半妖なんぞオレにとっちゃあ珍しくあらへん。近所の夢見長屋には、角と犬耳に蝙蝠と鳥の翼はやした、人鬼と狼男に吸血鬼と天狗のハイブリットな女の子が居ったし、半妖ならまだまだシンプルなほうやで?そんでも長屋のみんなやおばあちゃんに可愛がられて、ようやれてたで。」

 

「人鬼と狼男・・・」

「吸血鬼と天狗・・・」

「せや。」

 

 フフフフ、ハハハハッハ!!!

 

 誰ともなく笑いだした。無性におかしくなってしまった。この世には、半妖どころの騒ぎではない子もいるのに、世界の中の宇宙の中のちっぽけな世界の中のそのまた小さな殻にこもっていることが馬鹿らしくなってしまった。

 

 「ははははは、ハアー。笑った笑った。こんなに笑ったのはいつ振りかな。」

 「ああ、そうだな・・・・」

 「面白かったなら何よりや」

 

 三人は向き直ると、霖之助は福太郎に頭を下げた。

 

 「改めて謝罪させてくれ、さっきは済まなかった。急に怒鳴ったりして。」

 「ええよ。別に。そら初対面の男に変な事いわれちゃあ怒って当然や。」

 「いや、変なことではない。私も多分、霖之助もお前の言葉で胸のつかえがとれた。」

 「そうなら、ええけど。まあ、どんなに考えてもその人の悲しみや苦しみはその人だけのもんやから、仕方がないけどな。それにしても、オレも改めて謝らせてもらおうか。偉そうなこと言ったわ。すまん。」

 「あやまるなよ、福太郎。」

 「いや、それでいいと思うぞ霖之助。どっちも悪かった。どっちも謝って、どっちも許した。それでいいんだ。」

 「ああ、そうしよう」

 「そうしよう」

 

 そうゆうことになった。

 霖之助と福太郎は握手を交わし、慧音と福太郎は香霖堂を出た。その後を追って、霖之助は二人をドアまで見送り、最後にこう声を掛けた。

 

 「またのご利用を。そして、また来てくれ。友人の訪問はいつでも歓迎だ。」

 

 

 古道具屋と絵描きは出会い、喧嘩をして和解し、友情を結んだ。

 人の法と宇宙の法、どちらに重きを置くかはその人次第。但しどちらが大きいかは誰にも明らか。長年の胸のつかえを取ったのは、異世界からやって来たしがない絵描き。これはそんな与太話。

 今宵はここに栞を挟み、噺の続きはまたいつか。

 




 今回は、福太郎の物事の見方という事に着目してみました。これは福太郎という男を語るにおいては極めて重要な点であるからです。

 ドアとの距離。これには元ネタがあります。夢枕獏先生の『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』にあった話です。この視点は極めて福太郎の視点とも極めて近く感じたからです。

 はてさて、絵描きは商売道具を調達できたわけですが、今度はどんなトラブルもといどんな出会いがあるのでしょうか・・・皆さんのご意見が福太郎の行き先を決める!!マジで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最速の記者と絵描き~序章終

 皆さま、本当にお待たせしました。お待ちいただいた皆々様、誠にありがとうございます。そして、初めての皆さま初めまして。

 作者多忙と共に、諸事情によって長期間連載に空きができてしまったことをここにお詫びも仕上げます。
 大学院で発生した問題のせいで、長らく筆をおいておりましたが、色々落ち着いたので再び筆を執った次第です。
 別にFGOが面白くて手を付けてないわけではありません。
 気が付けば、サクラコードのストーリーも佳境ですが気にしません。
 
 序章は終わりましたが、ここから物語は動き出します。

 運命がカードを混ぜた。さぁ、コールだ。


 

射命丸は悩んでいた。

 

ネタがない。

 

他人任せのコラムでお茶を濁すのも限界があるし、何より自分が面白くない。

山も平穏無事で、その山をにぎわすのはせいぜい手癖の悪い普通の魔法使いぐらいで静かなものだ。

夏の暑い日差しも和らいできて秋も近くなってくる。意気揚々としているのはせいぜい収穫を間近に控えた農民たちと、信仰の書き入れ時になる秋神姉妹くらいなもの。話題になっているのは白狼天狗たちを始めとして各部隊の装備の一新に伴う、武装や衣替えで各人の裁量に任されたデザインに関することくらい。

しかし、山に引きこもっている為に発想が乏しい上に、デザインができる人材が皆無であるため結局従来のものを踏襲したありきたりのものに落ち着きそうというのが山の天狗全体の見解であるし、射命丸自身も同様の見解だ。

 

一向に埒が明かない・・・

 

「・・・人里にでも行ってみますかねぇ。」

 

誰もいない部屋で1人呟くと億劫そうに立ち上がり支度をする。

愛用のペンに年季の入った手帳と自慢のカメラを用意して、人里ようにハイカラな記者風の服装に着替える。外に出て羽を広げて飛び立つと立哨をしている犬走椛が目についた。

速度を落として近づくとさもけだるそうな溜息にも似た声が聞こえてくる。

 

「はぁ~・・・何の用ですか文さん。」

「なんの用とはご挨拶ですねぇ。真面目に勤務している同朋をねぎらうのに理由など必要ですか?」

「労うというなら、何か手土産でも持ってきてから言ったらどうです。どうせ、私の視覚情報に用があるんでしょ?」

「流石は椛。若輩ながら隊長格にまで上り詰めただけはあります。話が早い。」

 

 けだるそうなジト目で文を見つめる椛とは対照的に、満面の営業スマイルを浮かべる文。さっそう、しつこい営業に僻僻している消費者の図である。ごねたところで仕方ないと観念して椛は口を開く。

 

「・・・最近、人里に妙な外来人が店を開いたようです。」

「ほう。外来人・・・・」

 

 期待は大してしていなかったが、思いもよらぬ収穫がありそうだ。実についている。これは面白いことになりそうだ。

 

「店と言っても軒先を借りて露店のようなものを開いています。件の人物は20代後半から30代前半の男性で、背は六尺近くでやせ型。人里では珍しい洋装。おそらくは、絵描きですね。床几のようなものに座り、三脚のようなものを用いて絵を描いていいます。」

「絵描きですか・・・・」

 

 絵描き。その言葉が文の耳に残る。絵描き。そのような事を生業とする物は今の幻想郷にはいない。これだけでも話題になるし、外来人であるネタには事欠かないだろう。多分。人里に馴染んでいるだけで随分ましというものだ。普通は馴染めない上にこちらを見れば化け物だのなんなのとやかましいばかりである。まあ、馴染んでいるという事は幻想郷とうまく折り合いを付けることができているという事だ。これは期待できる。

 

「他に分かる事は?露店の場所は?住まいとかは?」

「・・・・一つ貸ですよ?」

「分かってますので、シャキシャキ話してください。」

「・・・霧雨道具店の店先に露店を構えています。稗田亭に寄食しているようです。いつもそこから出てきて、そこへ帰っています。客入りは上々ですね。物珍しさもあるようですがそれ以上に腕も良いようです。よく博麗の巫女、上白沢慧音が出入りしていりのが見えます。」

 

 これは、幸先がいい。実に良い。人里でも有数の商店である霧雨道具店の店先を借りられるだけでも大したものだが、稗田亭に寄食し、博麗の巫女に寺子屋の女教師にして里の守護者が出入りしている。これは普通ではない。これは椛に聞きに来たかいがあるというもの。これだけ聞けば充分だ。

 

「椛ありがとうございました!それでは失礼しました!!この借りは必ず返しますので!」

 

 とりあえずの感謝の言葉を口走ると、翼を広げて人里目指して勢いよく飛び立つ。その姿を見つめながら椛は一言こぼす。

 

「別に今日は店を開いているわけでは無いんだけど・・・まあいいか。今日どこに居るかは聞かれてないし。」

 

椛の言葉など耳に届いていないが、文は人里目指して翼を羽ばたかせる。まだ見ぬ外来人が自分の新聞を彩ってくれることを期待しながら風を切り、一言呟く。

 

「さあ、待っていてくださいよ。人間の絵描きさん♪」

さぁ、埒を開けに行こう。

 

文の思惑など福太郎は知る由もなく、絵描きはいつもの露店ではなく、奇しくも寺子屋に居た。

 

 時は遡る事、2日前。

 田村福太郎は、絵の注文も一通りこなし、納品も済み里の周辺を散策し、その溢れんばかりの好奇心を里の外に向けるものの、周囲の反対から外に出ることができず悶々としながら稗田亭に戻ると、稗田亭に馴染みの客人が待っていた。数少ない幻想郷の友人である上白沢慧音である。

 

「なぁ、福太郎。最近暇らしいな。実はお前を見込んで頼みたいことがあってな。その、どうだろうか、寺子屋の臨時講師になってくれないだろうか?勿論給金は払うし、私の出来る範囲だが、お前の望みを叶えてやろうとも思う。どうだろうか?」

「う~ん。なんかデジャブ・・・・」

「?」

 

何時かの足洗邸でのやり取りを思いだす展開が繰り広げられていた。まあ、あの時は報酬の提示はなかったが。

 

絵描きの足と記者の翼は入れ違い物語は動き出す。

 

 

 

  今宵はここに栞を挟み、噺の続きはまたいつか。

 

 




 いかがでしたでしょうか。今回はいつもよりもコンパクトになっています。いつもなら私なりの蘊蓄を混ぜてみたりしますが、今回は混ぜ込む要素が無かったのと、福太郎を幻想郷の各所に送り出すために舞台を整える必要があったので、文々。新聞の射命丸文を抜擢しました。外へ連れ出すには行動の自由度の高い人物が必要だったので、丁度よい人物でした。
 当初は茨華仙も考えましたが、今後の福太郎を始めとした登場人物に今後の行動に自由度を与えたかったので文を採用しました。

 さぁ、物語は動き出しましたが主人公がまだ人里から出てこれそうにありませんが、今後の展開にご期待していただきたいと思います。終わりじゃないからネ!!

 よろしければ、お気に入り登録、ご感想等お願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幻想郷見聞録~旅の始まり
すれ違う翼と絵筆


 初めましての方は初めまして、お久しぶりの方はお久しぶりです。
 我ながら、遅い執筆でございますが、ご了承を。中々いいネタが思い浮かばないせいか、中々すぐに投稿できません。別にFGOが楽しいせいではありません。

 さて、ようやく本編が始まります。福太郎の旅は個々から始まります。

 皆様のご感想、ご意見が私の執筆の糧でございます。どうぞ、ご気軽にご感想、評価、お気に入り登録お長居します。
 それと今度から扉絵として、妹が気まぐれに描いてくれたアイコンを使ってみようかと思っています。新規に追加の絵は望めませんが、ご意見の程お願いします。


 

【挿絵表示】

 

射命丸は椛の言う、「外来人の絵描き」に会うために、翼を羽ばたかせ一心不乱に飛んでいく。途中、何かの所用で空を飛んでいた竜宮の使いにすら目もくれずに通り過ぎ、当の竜宮の使いは普段だったらネタはないかと食い下がる新聞記者が一体どうしたことかと目を凝らしていた。

 それもそのはず、射命丸はまだ見ぬ絵描きに胸高鳴らせていた。一体どんな男だろう。幻想郷であわてず騒がず適応するなどまず普通ではない。守矢の風祝りが良い例だが、様々な意味で普通ではない。どんな能力や力があるのだろう。どんな趣味嗜好なのか。常識人であろうか、それとも奇人変人の類であろうか。見た目はどうだろう、男前だろうか、それとも絵描きとは思えぬ益荒男であろうか。記憶に残るような男性が少ない幻想郷において、あの椛が指名するほどに印象的な男性だ、多くの人妖の目に留まるスキャンダルを書き立てることも可能かもしれない。

 射命丸の思考は目まぐるしくめぐる。妖怪の山から人里までの間、射命丸の速さで四半時と立たぬ間に様々な想像を巡らし恋する乙女のごとく胸を高鳴らせていた。

 田村福太郎という男を知るものなら、射命丸の想像を知る事があったなら何とも言えぬ顔をするだろう。あらゆる意味で彼は普通ではないし、変り者であることである事は事実ではあるが、少なくとも益荒男ではないし目を見張るほどの美丈夫でもない。

 射命丸の想像と現実を指摘するものなどその場に居るはずもなく、勝手な期待と願望を抱きつつ人里の近くに降り立つと、翼をしまい人里に溶け込めるように身だしなみを整えて、人里へと入っていった。

 

 一方その頃、益荒男でも美丈夫でもない変り者の絵描きである田村福太郎はというと、寺子屋の教壇に立っていた。

 

 「え~今日から非常勤講師として皆さんと勉強させてもらいます、田村福太郎いいます。まだ、幻想郷に来たばっか何でわかんないことも多いですけど、何卒よろしゅうお願いします。」

 

「「「よろしくおねがいしま~す。」」」

 

田村福太郎、三十路近い人生の中で2度目の教師生活を迎えていた。

 

 「いいか、みんな。今日から福太郎先生は、お仕事の合間ではあるが今日から寺子屋の先生の一人としてみんなに色んなことを教えてもらう。先程も福太郎先生自身が言ったように、福太郎先生は幻想郷に来て日も浅いからみんなも福太郎先生に色々教えてあげてくれ。」

「「「は~い!!!」」」

 

慧音の言葉に元気よく答える子供たちを見て、福太郎は初めて自分が教師として教壇に立っていることと、自分が教師であるという実感を得ていた。万魔学園では、高等部を担当していたし、そもそも学生の年齢ではないものも多かったから無理もないことではある。

 

 (しっかし、また教師になるとはなぁ~)

 

 ことは遡る事2日前のこと。幻想郷へ来てから再び絵筆をとって絵描きとして生活することとなり霧雨道具店の店先を借り、絵描きとして活動を始めてそこそこの人気を得て、そこそこの収入となり、霧雨道具店も福太郎の絵を目当てに訪れる人々によってそこそこの売り上げをあげていた。

 そんな福太郎の仕事もひと段落し、珍しく稗田亭の離れでのんびりと過ごしていた時、上白沢慧音が福太郎を訪ねて来たのである。

 そうして、慧音は福太郎に対して挨拶もほどほどに切り出した。

 

「なぁ、福太郎。最近暇らしいな。実はお前を見込んで頼みたいことがあってな。その、どうだろうか、寺子屋の臨時講師になってくれないだろうか?勿論給金は払うし、私の出来る範囲だが、お前の望みを叶えてやろうとも思う。どうだろうか?」

「う~ん。なんかデジャブ・・・・」

「?」

 

 頭を下げて頼み込む慧音は福太郎の言葉に、頭を下げた状態から、疑問を抱きながら上目づかいで福太郎を見ると、懐かしさと何か嫌な思い出をかみしめるような複雑な表情をしていた。

 

 「・・・ちなみに聞きますけど、断ったらなんかボク人間でないモンにされてしまったりします?」

 「?・・・そんなこともしないし、できないが・・・」

 「なら、いいんですけど。何したらいいですか?」

 

 慧音は福太郎の言葉に疑問が隠せなかったが、福太郎の言葉にほぼ承諾の言葉を聞いてほっとしながら福太郎の質問に答えた。

 

 「基本的に特別なことをしてもらうつもりはない。元いた万魔学園と同じく子供たちに絵や芸術を教えて欲しい。他にも、諺や言葉の成り立ちなんかについて子供たちに教えてもらえると助かる。常々、読み書きを覚えるだけではなく情操教育も必要だと思っていたんだ。私では、そのなんだ。堅苦しくなるばかりで、子供たちの心に響かないし興味も持ってもらえんのではな。意味がない。なので、話も面白く、教養もあり、芸術の心得もある上に教師としての経験もある。福太郎以上の適任者はおらんのだ。どうか頼まれてくれないだろうか?」

 

 慧音の言葉を聞いて、福太郎は正直悩んだ。はっきり言って自分は人格者ではないし、そもそも教員としての教育を受けたわけでもない。大召喚の起こる前の世界を知るものとして、その世界の文化、芸術を知るものとしてヘッドハンティングされただけに過ぎない。しかし、それでもできることがあるのではとも思う。幼いうちに色んな考えやあり方に触れるのは大切だとは思う。その上で自分が相応しいとも思う。しかし、それでも、自分でいいのかと思う。いつかの上池田美奈歩のように思いもよらぬ決意と共に成長してしまうのではないかという不安もある。ただ一つ確かなことは、寺子屋に通う子供たちにとって自分は間違いなく刺激になるだろうということである。慧音の申し出を受けるか否か実に悩みどころである。そんなことを福太郎は考えていた。

 福太郎の迷いを知ってか知らずか、悩む福太郎を見つめながら慧音は言葉を続ける。

 

「それに、お前はこの幻想郷に来て日も浅い。寺子屋に関わる事で子供たちだけでなく、親御さんたちともかかわるのは決して悪いことではないと思うんだが。この人里の人たちと絵だけではなく、別な形で関わるのは決して損ではないはずだ。それに子供たちの視線から幻想郷を知るのはお前の助けになるのではとも私は考えている。」

 

 慧音の言葉を聞いて眼を向けると、どこか優しくも確固たる自信を持った目で福太郎を見ていた。福太郎の為になると思うとは口で言っているが、きっと慧音自身も悩んだのだろう。なにせ外来人を子供たちと関わらせることは、子供たちに対する影響だけではない、慧音自身に対する立場や信頼にも関わる事でもある。福太郎が何か問題を起こせば当然慧音が責を負うことになる。それでも福太郎を信じて持ち掛けたのだ。この信頼に答えることが福太郎がこれまで世話になっている慧音に対する恩返しになるのではないか。福太郎はそんな慧音の姿を見て思ったのだった。

 

 当の慧音は、そこまで深刻に悩んだわけでは無かった。ただ、少々不安になったのだ。この男が霧雨道具店の店先で、多くの人たちに自分の描いた絵に興味を持った人々と話しながら絵の構成を相談したり、時にその場で様々な絵を描いてみせ、時に絵を描くために許される範囲で出歩き、せわしなく働いている(当の本人にはそのような自覚はない。)姿を見て、故郷に帰れぬ寂しさや悲しさを埋める為に仕事に打ち込んでいるのではないかと思ったのだ。その結果として心身を壊しては元も子もないし悲しすぎる。

 これまで、福太郎に関わってきた手前、見捨てるということはできなかった。そこで考えたのは、自分が運営する寺子屋に関わらせることで子供たちと触れ合うことで、元気になってもらおうと考えたのだ。それにかつて教師をしていたというならば、懐かしい仕事をする事で気がまぎれるのではないかとも思ったのだ。

そうと決まれば慧音は既に行動を開始したのである。寺子屋の臨時講師として福太郎を据える為に、寺子屋の運営に関わっている人里の町衆に根回しをした。結果としては福太郎が臨時講師になることに関しては、稗田家当主の稗田阿求と霧雨道具店の主である霧雨仁左衛門が福太郎の人柄や能力などを保障したことと、福太郎の絵描きとしての活動の評判がよかったことにより、町衆の快諾を得ることができた。ただ唯一の条件として、福太郎の承諾を得ることのみであったのである。

ここまでお膳立てして断られるのは余りに悔しいが、きっと福太郎は断らないと思った。人に何かを教える、何かを伝える、という行為は、教師という仕事は、情熱ややりがいを感じられなければできないことだ。少なくとも自分にはそれがある。福太郎は、教師という仕事を続けていた限り自分と同じものを持っているはずだ、もう一度やりたいと思って、引き受けてくれるはずだ。

自身の思い付きから行動してしまった結果、退くに退けない状況になっているが気にしない。福太郎が引き受けてくれるだろうという確信も半ば思い込みに近くなっている自覚はあるがこの際気にしないことにしている慧音であった。

 

両者の認識に若干のすれ違いがあるものの、福太郎は意を決して言葉を発した。

 

「オレなんかが、臨時講師になってどうなるか分かりませんよ?」

「!!!ああ、かまわんさ。いつものように、お前らしくやってくれればいい!!ようこそ寺子屋へ、よろしく頼むぞ!」

 

福太郎なりの受諾の意思が見られたことに慧音は感激し、やや語気を強めながら、福太郎の手を握ったのである。

こうして田村福太郎二度目の教師生活(臨時講師)が始まったのである。

 

「え~今日はまず、みんなには隣の人の絵を描いてもろうて、提出してもらおうと思います。」

「そういわけで、みんなは配った鉛筆と紙でお互いの似顔絵を描いてもらう。描いた相手と自分の名前を忘れないように。」

「え~~!!」

「自信ないよ先生!」

「福ちゃん先生みたくは無理~!」

さっそく絵を描くことに動揺する子供たち。その反応を見ながら如何するのだと言わんばかりの視線を投げかける慧音。そんな周囲の反応を見ながらニヤニヤする福太郎はへらへらと笑いながら皆に告げた。

 

「ええんよ。最初から上手い人はそうは居らんし。精々みんなは、オレも見たこともない下手くそな絵を描いて、オレを楽しませてくれwww。」

「福ちゃん先生イジワル~!!」

「うんと上手な絵を描いて見返してやるからな~!」

「見とけよ~!」

 

福太郎の砕けた感じでいながら朗らかな挑発に子供たちは、やる気を出す。普段だったらどこか渋々授業に臨む子供たちとは全く違った様子だった。福太郎を臨時講師として招いたのは正解だったなと実感していた瞬間だった。そう、この時までは。

 

「そうだぞみんなその意気だ!頑張って描くんだぞ!」

「何言ってんですか、慧音先生。僕らも描くんですよ。」

「え?」

「ぼさっと待ってても暇ですし、オレは慧音先生描きますんで、慧音先生はボクを描いてください。さぁどうぞ。」

「・・・・なんだと。」

「ボケっとしてても仕方ありませんから、はよ描いてください。ボクらやらんかったら示しがつきませんよってからに。」

 

紙と鉛筆を渡されて慧音は凝固した。絵なんぞ描いたことなどほとんどない。書ならばある程度自身はあるが、絵となると正直自身が無い。良くも悪くも記憶に遺る一日になりそうだと覚悟を決めて、慧音は鉛筆を握り、白紙の紙に向かうのだった。

 

 

ところ変わって、人里は霧雨道具店。人里では知らぬ者はない大店だ。針や糸から刀鑓甲冑まで金と人品次第で何でもそろう。幻想郷が誕生し、人里が成立する最初期から存在する老舗である。霧雨道具店の初代店主である初代霧雨仁左衛門は、あらゆるものを商っていたこと以外一切不明の人物だったという。

そんな大店の看板を見上げながら暖簾をくぐり、澄んだ良い声で声を掛ける。

 

「ごめん下さい!毎度おなじみ、文々。新聞の射命丸でございます。こちらに絵師の方が御出でと聞いてお尋ねしましたがどちらにおいででしょうか?」

「福太郎様のことでございますか?生。憎ここ数日御出でではございません。主人なら何か存じておるかと思いますので、ただいま呼んでまいります。」

「あ、番頭さん。お願いします。あ、店内を見させていただきますので、どうぞお構いなく。」

 

奥に案内しようとする番頭を制止して、射命丸は店内を見て回る。相も変らぬ品ぞろえの中で、いくつか目を見張る品があったからだ。

これまで、霧雨道具店の店先に並ぶことはほとんど並ぶことのなかった品、絵画である。

絵は二点、店の中に高すぎず低すぎぬ位置に二点ほど飾られている。一点は縁側に座る少女が描かれた色鮮やかな洋風の絵画。そして、黒と白の濃淡のみで描かれた山水画の掛け軸であるが、見たこともない植物と生き物。そしてその特異な空間の中で、背を向けて釣りをする一人の男が描かれている。

いずれも、写真のように写実的でありながら、写真にはない暖かさというか雰囲気があった。なるほど、これなら人気が出るはずである。これならばちょっとした文化人を気取る人間であれば一つ二つ欲しいと思うだろう。それぐらいに良い絵だった。

 

(ほう・・・なるほど。いいですね個人的にはこちらの軸物がいいですね。幻想郷でも見られないような非現実的な空間の中にある、現実的な人物の姿。何とも趣がありますし、色がいない分、想像力が刺激されますね。・・・おやこれは?)

 

 それぞれの絵の右下に小さな紙に題名と作者のサインと思しき倒副(とうふく)があった。

 

 『縁側の少女』

 『白亜の釣り人』

 

 「悪いがお嬢さん。そいつは売り物じゃないぜ。」

 

 二つの絵画に注目している射命丸に声を掛ける人物がいた。この店の店主7代目霧雨仁左衛門である。

 

 「どうも、仁左衛門さん。こちらの絵も確かに気になりますが、それ以上にこの素晴らしい絵を描いた方が気になりまして。本日お尋ねしましたのはその件なのですよ・・・」

 「なるほどな。お前さんらしい。福太郎はここ何日かは来てねぇぞ。」

 「どちらにおいでかご存知有りませんか?」

 「さあなぁ~。ここしばらくは別の仕事があるから休むと言ってたな。」

 「別の仕事ですか。どんなお仕事でしょうか?」

 

 福太郎不在と聞き、その居場所を聞き出そうとするが、仁左衛門もその居場所についてはどうも知らないらしい。人里中を歩き回る覚悟をしていたが、丁度、福太郎の居場所を知る人物がやって来た。

 

 「多分、福太郎なら今日は寺子屋に居るはずだよ。射命丸。」

 「これは、珍しい。動かない古道具屋さんが御出でとは珍しいことがありますね。明日は鑓でも降りますかね?」

 「あはははは。そりゃいいや。なら鑓を拾いに行かねぇともったいねぇや。おい霖之助、お前定期的に外出しろ、鑓売りさばいて一儲けしよう。」

 「まったく。親父さんは相変わらずですね。僕もそれぐらいの返しができるように精進しますかね。」

 

 笑いながら皮肉の応酬をしたあと射命丸は福太郎について二人に取材することにした。

 

 「せっかくなので、福太郎さんについてお聞きしたいんですがよろしいでしょうか。」

 「そりゃ、いいけどよ。あんまり福太郎をいじめる記事を書くんじゃねぇぞ。もしそんなことしたらおめぇを、人里出禁にした上で、新聞の契約を切るからな。」

 「それは、僕も同意見だね。」

 「あやややや、肝に銘じます・・・・」

 

 ひとりの外来人がここまで人望があるとは思わなかった射命丸ではあったが、二人に取材の許可を得ることができたので福太郎という人物について聞き込みをする事にした。

 

 「ではお二人にお聞きしたいんですけど。福太郎さんの上のお名前は何でしょうか?」

 

 「なんでぇい。知らねぇのか。田村さ、田村福太郎。」

 「田村さんと仰るんですね。どのような方でしょうか。」

 「どのようなと、聞かれると少々困るが。三十路近くの男性で背は僕より低く、少しやせ型かな。なんというか、朗らかというか、よく笑う好奇心旺盛な人物かな。」

 「まあ、おおむねそんな感じだな。あと博識だな。好奇心故に色々詳しくなった感じがするがなぁ。学者って感じではねぇな。」

 

 「ほうほう。」

 

 事前に椛から聞いていた容姿に加えて、好奇心旺盛で博識な人物である事が判明した。加えて外来人ではあるものの、外の世界ではなく異世界の住人であったという事は極めて興味深かった。しかも、幻想郷以上に魑魅魍魎、神仏悪魔が洋の東西を問わず闊歩する混沌とした世界から来たというから驚きだ。情報を提供してくれた椛にはあとで何かおごってやらねば。

 

 「それで、ここ最近は別のお仕事という事でしたが普段のお仕事もについても含めてお聞きしたいのですがよろしいでしょうか。」

 「普段は、店先に折り畳みの椅子と机出して、飾ってある絵を見本に出して絵の依頼を受けてるな。大体は山水画とかなんぞ軸物を描くことがほとんどだな。稀に、似顔絵を描いて欲しいと言って、その場で描くこともあるな。」

 「その描いた絵を、僕が預かって、装丁するんだ。洋風のものであれば福太郎が行うがね。似顔絵の場合は簡単な額縁に収めて渡している。」

 「ほう、まさしく絵師としてお仕事をなさっていて、皆さまも関わっていらっしゃるんですね。霧雨道具店や霖之助さんにはどのようなメリットがあるのでしょうか。」

 「そりゃ、おめぇ。絵の仕上げや受け渡しの内に店の中見てもらって買い物してもらえるのさ。アイツの絵はこう何というか心に余裕を持たせてくれるもんだからよ、みな財布のひもが緩むってもんさ。店先を貸してる手前いくらかの上りも入るしよ。」

 「僕は、装丁の作業を手伝うことでいくらか手数料を貰っているし、何より福太郎の絵をじっくり見れるからね、充分な報酬を貰っているわけさ。」

 

 「それだと、福太郎さんの手元にはほとんど絵の代金が入らないのでは?」

 「いや、八割はアイツのもんだ。俺たちは一割づつさ。それなりの客だと礼金を弾むことも多いからな。」

 「なるほど、充分に商売として成り立っているのですね。では、そんな福太郎さんは最近別なお仕事をなさっているという事ですが、どう云う事でしょうか?お金に困っているというようでもありませんし。」

 

 「ああ、それについては僕が答えよう。実は慧音の頼みで、寺子屋の臨時講師をやる事になったんだ。」

 「へぇーアイツ慧音先生の依頼を受けたのか。まぁ、経験があるらしいし、割とすんなり受け入れたのかね。」

 「臨時講師ですか。先程、博識と仰っていましたが、福太郎さんは教師でもあったんですか?」

 「らしいぞ。まぁ、絵とか芸術の先生やってたらしい。福太郎の知識教養については霖之助の持ってきたモンを見るりゃわかるだろ。」

 「そうだな。見てもらった方がいいだろうな。」

 

 そう言うと三人は客間に上がり、霖之助が持ってきた荷物を見せた。それは一幅の掛け軸であった。霖之助が言うには、寺子屋に飾る掛け軸だそうだ。それを床の間に掛けると、その全容が明らかになった。中華風の山野と川が描かれ、その中に一筋の小さな道があり、そこを薪を棒の両端に括り付けて運びながら書を読む人物が描かれていた。この構図は『朱買臣図(しゅばいしんず)』と呼ばれるものである。

 

 「こちらの作品が福太郎さんの・・・見たところ唐風の作品ですが。書を手にした人物が描かれていますから学問に関する人物なのでしょうけど・・・」

 「二宮尊徳は知っているかい?」

 「ええまぁ。経済面で活躍した幕末期の人物だったと聞きますね。幼いころから勉学に励みながら、親孝行もする。後に小田原藩の財政再建に努めた人物だったかと。」

 「ああ、その認識で間違いない。そのために、かつてはその功績を称え、外の世界では勉学に励み、自立した精神を持った模範的な人物として各地に薪を背負い、書を読みながら歩く像があったそうだ。今は、そうでもないそうだが。慧音は、その辺りの話を東風谷早苗辺りから聞き込んだらしくてな。流石に像を立てるのは無理があるから、今回の件を期に福太郎に絵を依頼したのさ。」

 

 なるほど、それなら納得できるがそれが唐風の掛け軸になるかが分からない。射命丸は、首をかしげながら、掛け軸を見る。その姿を見てニヤニヤとしながら仁左衛門が補足した。

 

 「福太郎の凄いのは、その依頼を聞いて待ったをかけたのさ。福太郎が言うには、実は二宮尊徳にはな、幼少期にそんなことをしていた話はどうも無いらしい。後世に造られた伝記に付け足された挿絵が元で根拠がないというのさ。自慢げに寺子屋の子供たちにも勤勉に学んで大成して欲しいと言って頼んだ慧音先生の顔ったらなかったぜ。でもな、福太郎はその挿絵の元になった話を知ってたのさ。」

 

 仁左衛門が言うには、福太郎は二宮尊徳像の元になった絵画である『朱買臣図』を書くことを提案した。この朱買臣は前漢の人物で、貧しいながらも学問を修め、妻や友人に助けられながらも会稽の太守を勤めるようになるといった、大器晩成を地でいった人物であると教え、狩野派も描いている伝統的なものであると教えて、今回の掛け軸を描くこととなったのであるという。射命丸たちは知る由もないが、実際に狩野元信(かのうもとのぶ)が描いた障壁画『朱買臣図』は国宝となっている名作である。

 射命丸は、福太郎の作品と一連の話を聞いて驚愕した。それほどの知識教養があり、これだけの絵を描く才能を持った人物が現れていた。この幻想郷には、純粋な力をもった人物は多くいる。しかし、これだけの教養を持つ人物となるとかなり少ない。まして、通常の通説を自ら調べ、誠の知識を得るものは更にだ。なるほど、香霖堂や霧雨道具店、稗田亭の主のような教養人たちが気に入るのも無理はない。自分たちが好むような才を持った人物に出会えたのだ、目を掛け、世話をするには充分な理由である。

 射命丸は思わずほくそ笑む。田村福太郎は、自分が取材するに足る人物だ。いつもと違う自分が満足する記事を書くことができる。早く会いたい。早く会い、一時も長く取材したい。

 

 「・・・・大丈夫かねコイツ。」

 「さぁ?」

 

 悦に入りながら静かに笑い続ける射命丸を見て、二人の店主は引いていた。

 

 

 

 「みんな描けたか?」

 「「「は~い!!!」」」

 「ほな、さっそく見せてくれや。」

 

 その頃、寺子屋では、福太郎による授業が行われていた。寺子屋の子供たちと慧音は出来上がった絵を福太郎に見せていた。

 ある子供は、よくできたと誇らしげに。ある子供は、うまくできなかったと自信なさげに掲げていた。因みに慧音は後者であった。

 それらの絵を楽しそうに、満足げに見つめ、一通り鑑賞すると教壇に立って話始めた。

 

 「え~みんなにはまず、似顔絵を描いてもろうたんけど、今回みんなに知って欲しいのは絵というものは描く人の認識や思いが形になるものだという事を知って欲しかったんです。」

 

 そう言いながら、自分の描いた慧音の姿を見せた。手をそろえて椅子に座り、知的なまなざしと慈愛に満ちた表情をしている。そうしてもう一つ、慧音の描いた福太郎の絵を受け取り並べた。はっきり言ってしまえば、上手ではない。短く切られた一部色の変わったバサバサとした髪を描いたせいか、頭がデカく等身がくるっているし、ダボッとした服を描いたせいで偉くずんぐりとした雰囲気になっている。手はデカく異様に指が長い。おまけに、首から下げたペンがやたらデカい筒に見えるのである。

 そんな慧音の絵を見ながら子供たちは、上手上手と笑うか、なんか変だと笑うので慧音はたちまち赤面したのである。

 

 「みんな、もうええやろ。次のお話するから少し静かにしてやぁ~」

 「「「は~い、福ちゃん先生!!」」」

 「ええ、子やなぁ~みんな。オレの生徒もこんだけ素直やったらなぁ~。まぁ、それはそうとして、オレの絵と慧音先生の絵には共通点、似たところがある。それは何かわかるかな?」

 

 そう言うと、子供たちは互いに福太郎の言う共通点は何かと話始めた。やれ、そんなところはないだの、同じ人型だとか、服を着てる、鉛筆で書いてあるとか話し合う。

 その姿を横目で観つつ、慧音に向かい問いかける。

 

 「先生はどう思います。」

 「・・・胴体に手足がついてて、頭が付いてるな。あと目鼻があるな。」

 「口が抜けてますね。」

 「なんだ、文句あるか?あん?」

 

 慧音は、恥をかかされたと思って、親の仇でも見るような目で福太郎を見ていた。

 福太郎は笑いながら、子供たちに向き直る。

 

 「みんなが言う事も間違いあらへん。でもな、みんなは気づいてないと思うけど、この二つの絵には確かに共通点がある。それはな。描いた相手の特徴を捉えとるという事や。オレの場合は、慧音先生の賢そうな目や優しい表情が印象的やったから、そこに力を入れて描いたんや。対して慧音先生の場合は、オレの服や、髪型、首に下げたペン。それに、オレが絵描きいうんで、絵筆を握る手をかんばって描こうとしとる。オレよりもオレの特徴をとらえようとしとる。百点満点や、みんなもお互いの事頑張って描こうとしてることがよく分かる。ようできとるで。」

 

 そう、言われた子供たちは、お互いの絵を見て相手が自分に対してどう見られているかを確認して盛り上がっている。慧音は福太郎の絵を見ながら、福太郎に問いかける。

 

 「・・・お前は、私をこう見ているのか。その・・・なんだ、び、美人だと。」

 「ええ。綺麗だと思いますよ。」

 

 慧音が恥ずかしくなっている慧音をよそに、子供たちに話始める。

 

 「じゃあ、みんなもう一つ見てもらいたいもんがあるんで注目してもらいたいんだけど、ええかな?」

 

 そう言うと、福太郎は首に掛けたペン、萬念筆を手に取ると、目を閉じて頭に当てる。そうすると、白紙の紙にペン先を当てるとスラスラとペン先が走り出し、もう一枚の慧音の絵が出来上がった。しかし、もう一枚の絵と比べるとあまり似ていない気がする。

 

 「このペンは。オレの記憶したものをそのまま絵にできる魔法のペンみたいなもんなんやけど、これで描いた絵とさっきオレの手で描いた絵。どっちが似とると思う?」

 「先生の描いた方だよね?」

 「なんか、似てない気がする。」

 「変じゃないけど、印象が薄いよね。」

 

 子供たちの反応に満足そうに笑う福太郎を見て、慧音は教師としてどのようなことを二枚の絵で教えるのか、興味を持って見守っていた。

 

 「それはな、オレが慧音先生を観察して、その特徴を強調したからや。でも、ペンで描きだした絵はそのまま、描いとるからなんも強調されとらん。人という生き物は五感の中で視覚、目で見るもの見えるものに頼って生きとるから、その視覚を刺激されるものが印象に残りやすいんや。だから、特徴を強調されて印象がより強く感じられる最初の絵の方がよく似てると感じる。絵を描くときは、まず、よく観察して特徴を捉えること。その特徴を上手に描けると上手な絵になるというわけや。」

 

 「・・・・・」

 

 子供たちは聞き入っている。目の前で実演されたこともあるが、福太郎は子供たちに分かり易いように言葉を選んで話している。自分に足りなかったのはこれなのだろうか。慧音は最初の内はからかわれて終わるかと思ったが、福太郎に臨時講師を頼んだのは正解だったと安心した。

 

 「それだけやない。手で描く絵は描く人の感じた印象も反映する。この絵も、オレが慧音先生が優しい人と感じたから、やさしい顔になっとる。そして、その印象がみんなにも伝わって、想像しやすくなってみんなの記憶に直接繋がっていい絵に見えるんや。だから、オレは自分の手で絵を描くんや。オレの見たものを他の人にも見てもらいたいし、オレもその見た思い出を思い出したいから。」

 

 そう言った福太郎は優しくも寂しそうな顔をした。口には出さないが、福太郎は多くの出会いと別れを繰り返し、ここに至っている。福太郎は絵筆をとるたびに過去の思い出の中へ旅をして、いるのだと思うと慧音は、哀れにも羨ましくも思えた。

 

 「みんなには、絵というものについてある程度分かってもらえたと思う。もう一つ教えとこう思うんは、絵を描くことに限らず文字を書くことにも通じることがあるということを言っておきたい。」

 

 文字と絵。音声にすれば同じだが文字にすれば違うものの共通点とは何だろうか。慧音はいつの間にか生徒のように福太郎の言葉に耳を傾ける。

 

 「それは、観察するということ。文字もそうや、文章にするとき、書き残したい事を理解できるように、イメージしやすいように想像しやすいように文字を選ぶ。文字を選ぶには伝えたいことを分からんといかん。絵もそうや、見える形の遺る分、よく観察して、描いた方が感じたもの、見えたものを表現する。自分以外の誰かが見た時に理解できるようにするには観察することが必要なんよ。普段の生活もそう。観察することで、気づかなかったことに気付いて、危険を避けることもできる。困ったことも何とかできることができる解決策に気付ける。面白いことがある事にも気づける。これからオレがみんなに授業をするにあたって、そんな観察力を身に着けてもらえるように、それとおまけで人生を豊かにできる芸術や文化なんかに関心を持ってもらえるような心を持てるように絵を通じてなってもらいたいと思ってる。話も長くなったし、時間も丁度ええから、今日はこの辺で。」

 

 「それでは、今日の授業はここまでとする。私も今日は大変勉強になった。素晴らしい授業をしてくれた福太郎先生に感謝しよう。」

 

 「「「ありがとうございました!!!!」」」

 

 パチパチパチパチ!!!!

 

 気付けば、新しい講師が来ると聞きつけた父兄や人里の人々が、窓や縁側に集まり拍手していた。野次馬根性で集まった人々にも感じるものがあったのだ。

こうして田村福太郎の初めての授業は成功に終わったのだった。その後父兄や子供たちと歓談した。ある父兄は大工で亡くなった親方によく、建築の仕事をするときは必ず図面に起こしてやれと言われた意味がようやく分かったと喜んでいた。ある子供は、もっと絵を描いてみたいと言っていたが、人間の事がもっと分かるかもしれないなどと謎めいたことを呟いてもいた。福太郎はそんな人々を見て、自分の言葉で人々が動き、感化される姿を再び見て、悪くないと思っていた。

 三者三様に満足できる授業が行われ誰もかれもが福太郎に別れを告げて皆家路についた。福太郎はそれを見かけると自分に声を掛ける人物に気が付いた。茶のスーツに身を包み、ハンチング帽子を被り、ショルダーバッグを掛けた、いかにもレトロな新聞記者を彷彿とさせる女性だ。

 

 「中々の人気ですね。いや、流石は人里の旦那衆からも信頼が厚い田村福太郎さん。いやはや感服いたしました。」

 

 そう言って、若干胡散臭い笑みを張り付けた女性に警戒心を抱きながら問いかける。正直初手笑いかけてくる相手にはいい思い出が無い。

 

 「あややや、警戒なさっておられる。これは申し訳ございません。別に取って食いやしません。私は、文々。新聞の射命丸文と申します。烏天狗の新聞記者だとお考え下さい。以後宜しくお願いします。」

 

 どうやらただの営業スマイルだったかと安心して、福太郎は手を差し出す。

 

 「ご丁寧にどうも、別嬪さん。オレは外来人の絵描き兼寺子屋の臨時講師なんぞさせてもろうとる田村福太郎いいます。どうぞ宜しく。」

 

 二人は笑いながら握手を交わす。

 翼と絵筆はここにて交差した。羽ばたく翼は何処に絵筆を誘うか。絵筆は如何に翼を描くのか。形は違えど、筆を執る二人の出会いが幻想郷に新たな風を吹き込むことになることを知る者は二人だけ。

 

 今宵はここに栞を挟み、噺の続きはまたいつか。

 

 

 ???「さぁ、素敵な風をふかせてく下さいな、福太郎さん。」




 いかがでしたでしょうか?ようやく役者はそろい、舞台は整いました。物語はここから動き出します。
 pixivの方でアイコンにしている絵を今回は扉絵として挿絵にしましたがいかがでしょうか?せっかく何で多くの人見てもらいたいと思い今回やってみました。

 続いて、今回の雑学について。今回の『朱買臣図』については、狩野派の特別展でしったので寺子屋を舞台にするなら使おうと思っていたネタでございます。ぶっちゃけ、二宮金次郎については、あまり詳しくないのでツッコミ多数かもとビクビクしとります。
 絵に関しては、授業で聞きかじったことと在野の絵描きであった祖父の話を父から聞いてたことが幸いしました。また洋風画が人気が無いのも実は授業で知りました。というのも日本家屋は洋風画を飾るのに適してないことから、明治期に西洋画が普及しなかったそうです。むしろ絵ハガキなどがパリ万国博覧会以降受け入れられるようになり流行しました。そのため、珍しい似顔絵だけが人気があるという事にしました。その似顔絵も小さめにし、棚やタンスの上に飾れるように霖之助が想定し、飾り台も付けているという設定です。軸については一般的な掛け軸です。掛け軸の装丁自体は知識があれば何とかなりますし、私もやったことがありますが、なんとか形になるので器用な霖之助なら難なくこなすでしょう。
 似顔絵については、作中にある通りです。これは通常は写真やコラージュ写真が引き合いに出されますが、萬念筆の機能を利用することで解決しました。実際に人間はコラージュ写真より人間の描いた似顔絵の方が似ているように感じるのは本当だそうです。手描きですので、強調したいところを的確に強調できるのが強みの様です。

 さて本作のオリジナル登場人物である霧雨仁左衛門ですが、お気づきの方はお気づきかもしれませんが、これは3人の人物がモデルになっています。
 鳶沢甚内、雨引きの文五郎、雲霧仁左衛門の3人です。そう盗賊なのです。
 これは霧雨魔理沙の窃盗僻から考えました。鳶沢甚内は江戸初期、それこそ江戸の町ができる頃に徳川家康にヘッドハンティングされて盗賊を捕えたり防ぐなどをしていたといわれる人物です。彼は古着屋を営み、盗賊が古売屋として古着屋を利用した時密告して捕えるという事をしており、手下も古着屋として生業を立て、目を光らせていたそうです。古売屋である古着屋と古道具店はよく似ていますよね。
 このあたりの話を参考にして、人里ができた時に八雲紫が家康公のようにヘッドハンティングし代々、里の治安を守らせていたという設定にしました。
 残りの二人は、池波正太郎先生の名作の登場人物ですが雲霧仁左衛門は実在したようです。江戸研究の大家である三田村鳶魚の本にも名前が出てきます。この二人は凄腕の盗賊で、あまりにその腕前が鮮やかであり、痕跡がほとんど残らなかったことから、痕跡が消え去る雨や霧といった二つ名が付いたそうです。
 霧雨という苗字は盗賊に相応しいと思い、実は霧雨一族は昔は盗賊一族という事にしました。
 これによって、魔理沙や霧雨道具店の深みが出たのではないかと思っています。

 作者は、捕物道具に関して研究していただけの根っからの文系人間ですので、絵画の事など少々おかしいこともあるかと思いますが、温かい目で見守っていただけると幸いです。

 それでは、今回はこのあたりで、皆さんのご意見、ご感想などお待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

絵描き記者と物見遊山する事~序

 始めましての方は初めまして、お久しぶりの方はお久しぶり。
 この度は、投稿が遅れまして申し訳ありません。本来なら2019年内に登校するつもりでしたが、中々進まなかったのと、私自身来年度就職であるため、諸々の手続きに追われていたためであります。その為、今後さらに投降頻度が遅れるかとは思いますが、失踪は下しませんので気長にお待ちいただけると幸いです。

 また、前作で皆様にお見せした福太郎の絵は妹の作品になりますので無断の使用はご遠慮ください。妹のTwitterはこちら自身の作品を投稿しておりますので見てやってください。
私が紹介したことは、ご内密にお願いします。@Rudy_Warframe

 皆様のご意見ご感想、お気に入り登録、評価などお待ちしております。


 射命丸文と名乗る新聞記者は福太郎に胡散臭い笑みを浮かべながら、握手を交わし余人を交えず、色々話をしたいのでどこか腰を下ろして話そうと切り出した。

 福太郎自身それは一向にかまわないので、寺子屋で話そうかという事になったが、慧音がそれを断った。

 

 「え~ぇ。何でですか?慧音先生。私たち知らない仲じゃないんですから。そう堅いこと言わずに。」

 「断る。何が、私たちの仲だ。以前、私が休日に霖之助と仁左衛門殿を交えて、食事に行った時に『女教師の恋~白昼の逢瀬』なんて銘打って見合いだなんだと騒ぎだてた新聞をばらまいたろう。忘れたとは言わさん。里中からからかわれて大恥をかいた。人の噂は七十五日というにも関わらず半年もいじられたんだ。正直二度とごめんだ。いくら福太郎が関係しているとはいえお前に関わるのはごめん被る。というわけでお引き取り願おう。取材なりなんなり他所でやってくれ。」

 「そんな~」

 「慧音先生が言うんじゃ仕方ないですし。それじゃ、オレが阿求さんたちに話を通しておきますんで、下宿先の稗田亭でお話しましょ。」

 「じゃそれで、行きましょうか。」

 「それで行きましょう。」

 

 そうゆうことになった。

 

 所変って、稗田亭。客間では、福太郎と射命丸が左右対面で座り、部屋の奥の上座に稗田阿求が座っている。阿求はニコニコと笑ってはいるが、目は決して笑っていない。というか若干眉間に皺が寄って睨んでいるようにも威嚇しているようにも見える。

 明らかに警戒し、歓迎していない。

 

 「さて、福太郎さんお帰りなさい。珍しいこともあるものですね。メスガラスを連れてくるとは・・・もしかして飼うつもりなんですか?それでしたらエサは残飯か何かで良いですよね?」

 「あやややや、明らかに歓迎されてませんねぇ・・・・」

 「阿求さんもそないなこと言わんで、こんなオレの話聞きたい有てるだけなんで勘弁してやってください。それにそんなお顔で睨んではると、眉間に皺で出来てしまいますよ?」

 

 福太郎に言われて阿求は、眉間に手をやって少し撫でて咳払いをして誤魔化していた。

 客間には阿求と福太郎は上座に(福太郎は嫌がったが阿求に押し込まれた)射命丸が下座に座り二体一で向かい合う形になっていた。

 阿求は使用人を呼び出すと何事が指示した。わずかに気まずい雰囲気が流れたが、射命丸が今回の取材の趣旨を述べた。

 

 「本日はお忙しい中、私の為にお時間を賜りましてありがとうございます。改めまして自己紹介をば。既に私のことはご存知のこととは思いますが、私は『文々。新聞』を刊行しております射命丸文と・・・・」

 「それは分かってますので、さっさと本題に入ってください。ですが始めに申し渡しておきますが、こちらの田村福太郎さんは、我が家の食客であります。一時の事ではありますが我が稗田家の一員であると言って過言はありません。もし仮に此の方の名誉を害することあれば、私共は二度とあなたとはいかなる関りも持ちません。また、幻想郷の名家稗田家として、この人里の町衆の重役の一人として持てる限りの権限とコネを用いてそれ相応の対応をさせていただく所存でございますので、そのおつもりで。」

 「・・・・肝に銘じておきます。」

 

 阿求の宣言によってその場の空気が冷え込んだが、使用人の声でその空気は崩れ去った。

 

 「阿求様、福太郎様、お茶をお持ちしました。」

 「では、お出ししてくださいな。」

 

 阿求の声に使用人が応じると、二人の使用人が盆に茶と茶請けをのせて入って来たが、上里下座で対応が違いすぎた。上座を担当する者が盆を高く持ち、息が掛からぬようにしていたのに対して下座側は胸の高さに持って入って来た。明らかに下座側に対して礼を欠いている。阿求だけでなく、稗田亭の人間たちすべてが明らかに射命丸に対して歓迎の意が無いことが明らかなのは運ばれてきた茶と茶請けの内容からも明らかであった。

 

 「・・・ここまでくると、流石の私もなんだか悲しくなってくるのですが。」

 「突然押しかけてきたカラスにはこれでも十分すぎます。」

 

 上座の阿求と福太郎には、天目台に青磁の蓋つきの茶碗で茶を出されたのに対して、下座の射命丸は湯飲みに番茶が注がれていたものがそのまま出されていた。茶請けはというと、上座は赤かぶの浅漬けであるのに対して下座はイナゴの佃煮である。

 明らかな対応の差に見え隠れする阿求の敵意に福太郎は苦笑いすると、今迄の自分の所業を恨んでいるのか反省しているのか、神妙にイナゴを突いている射命丸を一瞥し話を切り出した。

 

 「あ~その、取材という話でしたけど、オレの何を聞きたいんでしょうか?僕は特に変哲の無い人間なんですが。これまでも天狗にも新聞やなんかのメディアにも馴染みがないもんで、ボクのところに取材というのは実に不思議なことに感じるんですが。」

 

 福太郎の言葉を聞いて、口に含んでいたイナゴを番茶で流し込むと、待ってましたとばかりに話し始めた。

 

 「ご心配なく!福太郎さんは外来人。しかも、幻想郷に見事に馴染んでおられる。このようなことは普通は中々無いことなのです。加えて、幻想郷では私の知る限りでは他にない絵描きを生業としてらっしゃる。十分に話題性がありますのでご心配なく。それに私の新聞は、特に載せなければならない記事もありませんので広告の類以外は自由に組めますので。今回は福太郎さんの特集を組もうかと思っております。」

 

 福太郎の特集を組むと意気込む射命丸の言葉に、福太郎と阿求はそれぞれに異なる不安を抱いた。福太郎はいくら個人が刊行する新聞を自分の特集などで埋めて大丈夫なのかと思っていたし、阿求は新聞がきっかけとなって幻想郷中の人妖が福太郎の元に殺到しないかと懸念を抱いていた。

 二人の反応が芳しくないのを見て、射命丸はすがるように言葉を続けた。

 

 「その、福太郎さん。どうかご協力いただけないでしょうか?このままでは私の文々。新聞は飯縄様の広告を載せるだけの広告塔になってしまうのです。どうか私を助けると思って、取材を受けていただけませんでしょうか?ちゃんとお礼もさせて頂きますので何卒よろしくお願い申し上げます。」

 

 平身低頭して頼み込む女天狗の姿を福太郎は哀れと思ったが、純粋に自分を注目した理由も気になった。もう少し話を聞いてもいいかと思い問いかける。

 

 「せやけども、何で僕なんです?この幻想郷は様々な妖怪やら神様やらおいでになる。面白いことは山ほどあると思うんですが。」

 

 福太郎の問いに射命丸は、僅かに考えて湯飲みの番茶を飲み干して答えた。

 

 「おっしゃる通り、この幻想郷には様々な種族が存在し、その力もあり方も様々です。当然それらが近くに存在すれば様々なトラブルや刺激が発生して、事件や異変となります。

 しかし、それは共すれは自分自身の事であり、隣近所の噂話程度の話題に往々にしてなりえてしまうのです。しかも、内々の複雑な事情なども噂と化します。結果として誰もが知っている話になってしまう。

 それらが新聞にあったとして、時々ならありかもしれませんが、いつもそのような内容を掲載していては回覧板程度のものです。

 そのような新聞に存在価値はあるのでしょうか?私は無いと思います。これは上役の飯綱様の受け売りですが、誰も知りえなかったこと事象を、誰も知りえなかった真実を広く伝えるのが新聞であると思っています。

 その信念に基づくならば、既存の人妖について記事にするより、福太郎さんの事を記事にする事の方が理にかなっていると思うのです。

 それに、我ら天狗の新聞の読者は妖怪の山の妖怪がほとんどです。私の場合は例外ではありますが、それでも山の妖怪の読者が多いのが現状です。ですので、できるだけ山の外のことを伝えたいのです。 

 あなたは、外来人私共の幻想郷の外から来た稀人。あなたの事を聞いた時、あなたの眼から見る幻想郷というものも伝えるのは、甲とはいえずとも乙なものであると思ったのです。ですので、今回このようにあなたに取材を申し込んでいる次第なのです。」

 

 その目には確かに信念が宿っていた。少なくとも新聞を書くことに明確な誇りと意志を持っている。これなら応じても良いと思った。しかし、タダで引き受けてはネタ切れの度に取材と称して付きまとわれる可能性があるため条件を付けることにした。

 

 「わかった。引き受けてもええよ。」

 「!そうですか、それでは・・・・」

 「ただし、タダで引き受けることはできん。これだけはしっかりやっとかんと、後々のトラブルになりえる。せやから、いくつか条件は付けさせてもらうし、相応の報酬は要求させてもらうつもりやけどええかな?」

 

 福太郎の報酬の請求に、一寸ばかり悩む。正直懐ぐあいはさほど良い方ではないし、代わりに提供できる宝物、名物名品の類の持ち合わせはない。若い?男の要求となればおのずと狭まってくる。

 

 「・・・報酬ですか。その、私一人で何とかなる物でしょうか?」

 「もちろん何とかなる物や。」

 「ま、まさか私の体!?」

 「なんでやねん!」

 

 福太郎の要求は以下の通りである。

 

 一、自分はともかくとして取材、新聞において関係者の名誉を傷つけないこと

 二、取材は必ず、福太郎本人に加えて第三者を交えて証人とする事。

 三、福太郎の仕事(教師、絵描き両方)の邪魔や迷惑をかけないこと。

 四、福太郎が答えたくないことについては深く追求しないこと

 

 この4点が条件となった。二つ目の条件は阿求が口を出した点である。というのも、万一新聞がトラブルを招いた場合、福太郎が不利となって不利益を被らないようにという配慮であるが、射命丸は自身に対する信用の無さに少々へこんだ。

 

 次に福太郎は見返りとして次のモノを要求した。

 

 一、カメラを使わせてほしい。またその写真の提供

 二、幻想郷各所を案内して欲しい

 三、人里の外へ出るときの護衛

 

 一つ目は別として二つ目と三つ目が問題となった。二番目は絵描きを生業とする福太郎が画題を求めて各地を見聞したいというのはわかる。自分とて記者の端くれ、一種のクリエイターであるという自負がある。実際に新聞の取材の為とならば天界だろうが地底だろうが飛んでいく。その情熱は良く分かる。また、射命丸にとっては一つ目の要求は摩訶不思議なものであった。

 それはともかく、福太郎の外出に関しては稗田阿求の猛反対にあってしまったのである。福太郎としても幻想郷見聞に関しては、退く気はなくかといって阿求も頑固である。

 

 「福太郎さん!正気ですか!!もう、ご存知かと思いますが、幻想郷は危険なんですよ。人里の中は安全が保障されていますが、妖が人を襲うことで成り立っている幻想郷では、福太郎さんとて例外では無いのです。」

 「だから、護衛をお願いしとるんよ。文さんもめっぽう強そうやし、大丈夫ですって。」

 「その、烏天狗がいつも護衛についてくれるとも限らないでしょうが!ね1そうでしょう。あなただって山の公務などもあるでしょうが!」

 

 そういって、ジロリと射命丸を睨む。齢二十歳に満たぬ少女とは思えぬ気迫である。流石は、名家稗田家当主と言ったところである。

 それに、阿求の言葉には一理ある。山の天狗の組織は、例えるならその昔の武家の組織のそれに近い。頂点である天魔を将軍、大名とするなら、それを支え組織を運営するのが家老や老中に匹敵するのが大天狗であり、先の話に上がった飯綱様はこれにあたる。一部の大天狗や鼻高天狗が様々な職務や物品などさまざまなものを管理差配する奉行という具合である。 

 その中で射命丸は与力(下士官)にあたる。良くつるんでいる犬走椛などは同心(足軽)にあたると言えよう。

 当然上役から仕事が割り振られてくるわけであるから、いくら音に聞こえた新聞記者である射命丸と言えども、ある程度は公務を行わなければならないため、流石に四六時中出かけるわけには行けない。 

 新聞とて執筆、編集しなければならないため、存外やる事は多い。そのため、阿求の指摘はもっともであるのだ。

 阿求の無言の圧が凄まじい。お前からも何か言ってやれと言わんばかりの圧である。

 

 「・・・確かに、阿求さんの言う通りですし、私も新聞の執筆や編集もあるのも事実ですので・・・・」

 「そうでしょう、そうでしょう。それに射命丸殿の敵う相手ばかりとは限りませんよ。紅魔の吸血鬼や地底の鬼、他にも天狗どの程度では話にならない者たちがいたるところに居ます。そんな相手とトラブルになったらどうします。・・・私は嫌ですよ。福太郎さんの御弔いなんて・・・貴方とてここで死んでは元も子もないでしょうに。」

 

 よよよよよ、とまるで涙を隠すように目元を袖で覆う阿求。芝居がかっているが一理ある。大抵の場合は自分一人ならばなんとかなる。例え鬼であっても、自慢の速さで何とかなるが。福太郎がいては話が違ってくる。流石に約束を反故にする事は天狗として、一妖怪として出来ぬことである。いっそ回数制限や地域制限など付けて、妥協してもらおうと思ったところで、福太郎が話始めた。

 

 「・・・阿求さん。流石にオレを嘗めすぎですよって。確かに、オレは力ない一般人やけども。外の世界の一般常識の中の人間とちゃいます。それに、この人里みたく安全の保障されたとこなどない、イカレ、狂って、不条理が支配する世界にもう、20年以上生きた人間です。どこで、どう死んでも、その時はもう、それはそれ仕方ない事です。そも、人間なぞ階段から落ちて死ぬこともあれば、屋根から瓦やなんか落ちてきてぽっくりなんてこともざらです。かと思えば毒を盛られようが、鉄砲で撃たれて、刀で斬られても生きとる事もあるしぶといもんです。あと、オレには切り札が幾つかありますよってからに、そう簡単にはヤられませんよ・・・。」

 

 少しばかり声が低くなり、目を細めて、阿求を見据えて諭すように語る。さも自信ありげである。射命丸は少々この田村福太郎という男を見くびっていたかもしれない。こう、なんというか凛として、幾分よい男ぶりであるように見える。少なくとも、何のすべも持たぬ里の人間とは違うように感じられる。それに、異世界からの稀人である福太郎ならばあり得る話ではある。が、はったりである可能性とてある。

 さぁ、ここまでいう福太郎に阿求はどう返すか、これは面白い。阿求は福太郎の身を案じて一歩も退かぬという様だし、福太郎は福太郎で絵描きとしての性分として諦めぬ。さながら夫婦喧嘩か痴話げんか。夫婦喧嘩は犬も食わぬが、烏天狗には一層美味に映っていた。

 

 「そうおっしゃるなら、具体的にはどのような切り札があるのでしょうかね?福太郎さん・・・」

 

 目を細めた阿求が問う。何か手立てがあるなら言ってみろと言わんばかりである。

 

 「まずはこれ。」

 

 首に下げたペンを指す福太郎。射命丸の記憶が正しければ、絵を描くのに便利なマジックアイテムでしかないが他にも何かギミックがあるのだろうか。

 

 「これは、描いたものを具現化できる。一種の式神をその場で出せる神仏、神霊、妖精、妖怪まで何でもありや。幾度かコイツで危機を脱しとる。それだけでなく、簡単な結界だって作れる。まあ作るまでの隙ができるかもだけども、その時間さえ稼げれば何とかなるで。それに・・・あと、あれもあったな。」

 

 福太郎の言う通りならば、大抵の危険は何とかなりそうである。というか普通の絵描きが持っていていいものではないのではないかと思う。新聞のネタになりそうだからと射命丸は流したが、その能力に舌を巻くのは後日の事である。

 不機嫌そうな阿求と面白そうな射命丸を尻目にニコニコしながら福太郎は自室に一度戻っていった。

 

 「ご苦労なさってるんですねぇ。」

 「・・・ええ、福太郎さんは暇を持て余すと、里の外へ出たいとばかりで。いくら危険だといっても中々諦めてくれません。」

 「まあ、ネタを追ってどこへでも行くのが記者の性ならば、まだ見ぬ光景を探し求めるのが絵描きの性なのかもしれません。」

 「・・・・・(あの人はどこか、自分の生を達観している。死んだらそこまでだというような潔さが。それ故に気軽に出かけるようにして、死んでしまうのではないか。そんな不安が拭えない。なぜ私は彼の事をこんな風にも気に掛けているのか。私にも分からない。ままならないものねまったく。)」

 

 そうこうしていると福太郎が何か革に包まれた何かを持って戻って来た。

 二人は、初めて見るそれをのぞき込んだ。

 

 「こいつは、ちょっと前に知り合った鎮伏屋の人に貰ったもんやけど、多分役に立つ。こいつで万全やで!」

 

 阿求はそう述べる福太郎にことわって、包みからそのモノを取り出す。小さな握りに、用心鉄、引き金と思しきものがあり、全体に宝船を思わせる意匠が凝らされ、七福神があしらわれている。以前、鈴奈庵で観た外の世界の武器が紹介されていた本にあったそれとどこか似ている。形こそ奇妙だがこれは察するに外の世界の短筒に類するものだと、阿求が断じた。

 

 「これは、・・・短筒ですか?」

 「せやで、オレの世界で怪物退治する人たちが使うのと同じ武器や。まあ、大したもんやない護身用の鉄砲やな。武器やけどお守りみたいなもんやね。正直あんま使いたくないけど。」

 

 銃の銘はその名も『七福神』。以前福太郎が旅をしていた時に道連れになった女性から護身用として贈られた銃で、その女性曰く

 

 『これといったギミックはないんですけど護身用のお守りとして人気があります!それにこれ持ってると七つの福+兄さんの福で八福ですよ!末広がりのメチャ福ですよ!』

 

 とのことで、半ば強引に押し付けられる形で贈られたのである。以来実戦で使ったことなど一度としてなかったが、まさか人里の外への外出許可を得るために役立つとは、誰も思ってもみなかっただろう。まさしく運がよかったとしか言えない。

 

 「あややや、中々立派な鉄砲ですね。見せてもらっても?」

 「ああ、別にかまへんよ。引き金には触らんといてな、危ないから。」

 「承知してますよ。福太郎さん。」

 

 心底不機嫌そうな、顔をしている阿求を横目に、見たこともない武器に興味を示した射命丸は嬉々として福太郎にことわって手を伸ばした。

 

  『バン!!』

 

 「「「!!!」」」

 

 まるで暴発したかのような音がしたが、違った。射命丸の手が結界かなにかのようなものによってはじかれたのである。この『七福神』は、確かにこれといったギミックは存在しないが、「お守り」「護符」としての側面が強い。元来、七福神の中には軍神として名高い毘沙門天、芸事を司る弁財天、そのルーツは戦神でもあるサラスヴァティ。大黒天は大国主命とインドのマハーカーラ(シヴァの分身の一つ)の集合したものであり、七福神は割と戦闘力の高い神々によって構成されている。

 加えてこの『七福神』を贈った女性の一言『七つの福+兄さんの福で八福ですよ!』が言祝ぎとして大きな力を発揮している。『八福』となると『八福神』に繋がってくるが、この場合になると中国で広く知られる八人の仙人たち、漢鐘離(カンショウリ)張果老(チョウカロウ)呂洞賓(リョウドウヒン)李鉄拐(リテッカイ)韓湘子(カンショウシ)藍采和(ランサイワ)曹国舅(ソウコクキュウ)何仙姑(カセンコ)の事を指す。中国の仙人は『封神演義』など見ても分かるように割と戦に関わる話もあり、八仙にも竜王の息子の一人と戦になるエピソードがあるため割と好戦的な性格である。その昔、玄宗皇帝の夢に現れ病魔を払った逸話を持つが故に破邪の呪いとされる鍾馗の絵のように、『七福神』が護身用のお守りとしてとして破邪の護符として強い力をもっても不思議ではない。

 このようなことが起きたのはただ単に、『七福神』を贈り、言祝いだのが木花咲耶姫とのダブルマンである吾田鹿葦津(あたかしつ)だったため異様なほど大きな効果を発揮しているだけのことである。

 

 さて、そんな事情などつゆと知らない三人は、妖怪である射命丸の手を拒んだ銃の護符としての力に目を丸くするばかりだった。

 

 「これは・・・確かに護身用としては充分なものですね。」

 「まあ、怪物退治専門の武器扱ってるとこが造ったもんなんで、効果は折り紙付きですね。ここまで強力とは思いませんでしたけど。」

 「・・・・」

 

 そんなこんなで、いくつかの条件付きで外出が許可されることとなったのである。

 

 一、外出の際は必ず阿求に申し出た上で、行き先を告げること。

 二、人里の外へ行く場合必ず護衛を付けること。

 三、人里の外への外出のみならず、外出時は『萬念筆』『七福神』を所持し、自身の身を最低限守れるようにすること。

 四、不測の事態及び即日帰れぬ場合は、必ず稗田亭にその旨を伝えること。

 五、必ず、無事に生きて帰る事

 

 以上の事が今後の福太郎の外出時における約束事として定められたのである。以後この五か条は、稗田亭の人々に『田村福太郎外出時五箇条』として情報共有されることとなるのであった。

 

 「それでは、明日お迎えに上がりますので、お支度を整えた上でお待ちくださいね。そうですね朝五つ頃半以降(午前8時から9時)にはお迎えに上がりますので。」

 「分かりました、準備して待っとります。」

 「・・・くれぐれもよろしくお願いしますね。」

 「では、また明日お会いしましょう。」

 

 そうして、射命丸は稗田亭を辞した。後に残された阿求と福太郎の間には、少々気まずい空気が流れている。明らかに阿求が不機嫌である。

 

 「・・・・」

 「・・・あの、阿求さん?」

 「・・・・・」

 「・・・機嫌直してもらえません?」

 「・・・・・・・」

 「・・・もしかしなくても怒ってます?」

 「・・・・・・・・・」

 

 福太郎の質問に、沈黙と睨みつけるような視線で答えていたが、静かに口を開いた。

 

 「・・・・・・絵を描きに行くだけでが目的では無いのでしょう?」

 「・・・・バレました?」

 「あくまで私の勘ばたらきですが。」

 「・・・黙っててもしょうがないですかね。」

 「観念して泥を吐いてください。」

 

 福太郎は少し目を伏せつつ、若干微笑んで答えた。どこか、後ろめたさか、ためらいがあるように。

 

 「正直に、言います。今後、オレが腰を落ち着ける場所を探す気でいます。」

 「・・・何か不満でもあるのですか。」

 「不満が無いことが、不満です。」

 

 不満が無いことが不満。矛盾するが、福太郎にとっては大切な事であった。

 稗田亭は、大きな屋敷で食客として暮らす分には何不自由ないものである。安全であり何にも脅かされることは無い。大召喚が起きなければ享受できたかもしれない生活が、ここにはある。いつか望んでいた世界。いつか望んでいた日常がそこにはある。

 

 「いつか、帰る事を拒絶してしまいそうになる自分がいやなんです。いつか、生きていくと決めた世界に背を向けようとする自分がいやなんです。」

 「・・・その選択を咎める人はどこにもいないと思いますよ。」

 「・・・・だからこそ。です。」

 「・・・・だからこそ。ですか。」

 

 出会いと別れ、記憶、決断、意志、これまで秀真国で積み重ねてきたものを否定したくない。そんな思いが福太郎の胸中にある。その想いの丈が

 「不満が無いことが、不満です。」

 この一言に込められていたことが阿求には伝わった。もし、自分が外の世界に往くことができて、妖怪に脅かされることもなく暮らすことができたのなら、自分は己の使命を忘れて暮らす道を選ぶこともできるだろう。いざその時になって自分は福太郎と同じ選択はできるだろうか。その選択を否定することはしたくはなかった。

 

 「・・・分かりました。」

 「分かってくれましたか。」

 「はい。ですので、どうか無事に。」

 「はい。約束します。」

 

 福太郎の本心を聞いて、納得はしたが、阿求はやはり無事でいて欲しいと思う。何時か幻想郷を去るその日まで。

 

 「いや、それにしても妖怪の山はどんなとこなんでしょうね。楽しみですけど、山の怪異には良い思いでないんですけど、初めて行くとこはやっぱわくわくしますね!!」

 

 阿求の胸中とは別に無邪気に明日を楽しみにしている福太郎を見ながら、少し寂し気に阿求は笑う。

 

 

 

 今宵は此処に栞を挟み、噺の続きはまたいつか。

 




 この度は、ここまでとなります。
 正直な話、いい加減、出掛けんかこやつらと作者も思っています。私の中の阿求さんを説得するのが思いのほか手間取りました。

 本編中で福太郎が写真が欲しいといったのはちゃんと意味があります。これはのちの話でだすつもりです。ここではあくまで、絵描きとして必要だからと述べておきます。
 今回は、福太郎の持ち物其の2の紹介も兼ねた話にもなっています。『サクラコード』本編ではついぞ使われることは無かったのですが、その為適当に話を盛る事が出来ました。
 八福神については七福神か仙人の関係の記述を読んでいる時に見つけました。この八仙の活躍は『東遊記』にまとめられています。『西遊記』などを含めて『四遊記』と呼ばれる冒険譚の一つとして数えられている作品です。また、八仙は船で移動する絵がある事などから七福神のモチーフの一つではないかと言われています。

 射命丸の上役の飯綱様は察しの良い方ならすぐわかるかと思います。いつか、本で文々。新聞の広告に「天狗の麦飯」があったことから、実はそんなに売れてない文々。新聞にわざわざ広告を出してくれるあたり、それなりの親交か関係があるのではと思いこのようにしました。
 天狗の組織構造についても、私の印象から武家形式のモノにしました。前近代的かつ封建的な感じがしましたのでこんな感じとしました。時代劇が好きな私的には、射命丸が与力、椛が同心、にとりが岡っ引というくらいがしっくりくるのです。
 ちなみに、与力は騎乗が許される武士であり旗本で、同心を指揮する下士官になります。対して同心は足軽であり歩兵の身分なので御家人、所謂三十俵二人扶持で武士の最低ラインなのです。時代劇で八丁堀の旦那と威張っている彼らも戦になれば、ただの足軽だと思うとなかなか面白くなります。
 因みに江戸町奉行所の与力同心は江戸の町を守る鉄砲隊にあたります。対して火付け盗賊改めは本来は先手組という組織であり、鑓隊と鉄砲隊にあたる実戦部隊で、戦になると真っ先に最前線行きとなります。
 このようなこともあり何かと本編、いうなれば最前線に登場する俗に言う東方三天狗が与力同心にあたるというのが私の独自解釈です。

 福太郎の目的として、稗田亭に代わる住処を求めるというのは、ここまで執筆してきた上で、様々な事情や福太郎の事を考えるとこれが自然なのではないかと考えたのです。異論のある方は勿論いるとは思います。
 その上で、述べると安全が保障されている幻想郷の人里や稗田亭は安住の地であり、福太郎があくまで帰還を望むのならば大きな障害であると思ったのです。なので、あまりにも居心地が良すぎる地を離れ、新たな居場所を探す旅に出てもらおうというわけです。それが、あの世界で生きるという選択をした福太郎らしい行動ではないかと思った次第であります。
 
 また、あとで見直して冒頭近くで少し文脈がおかしかったので修正しました。

 一応、今後の展開も考えてありますので、気長にお待ちください。

 皆様のご意見ご感想、評価、お気に入り登録等頂けると幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人間の絵描き旅に備え魔法使いと会う事

 なんか、原作スピンオフがいつの間にやらいくつも終わり、最後の投稿から1年以上たってしまいました。なのに今回は短めです。
 
 スランプになっていたこともありますが他に熱を上げていましたことも理由の一つです。

 何に熱を上げていたかというと斧投げです。初代日本チャンピオンになりました。
 甲冑着て酒盛りに興じてもいました。

 詳しくはこちらの動画とサイトを。私の素顔が拝めます。

 https://www.youtube.com/watch?v=wKlZ6aZ2TyU

 https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/2202/15/news052.html

 角杯を持っているのが私。


          人間の絵描き旅に備え魔法使いと会う事

 

 福太郎が妖怪の山へ行くことになったものの、即日向かうのは無理があり、射命丸も準備がある、福太郎も山へ行くにあたって準備がいることになり1週間後に出発と相成った。

 

 福太郎は山へ行くにあたり画材や絵描き道具の他にも様々に準備をする必要があった。いくら山の天狗の協力があるとは言え、最低限の準備が必要であり、それらは霧雨道具店や香霖堂でそろえることができたが、いくらか薬も必要という事になった。

 しかしながらその際に一介の人間が妖怪の山に天狗の招きとはいえ、一人で行くことに難色が示された。うわさを聞いた博麗霊夢などは護衛に就こうかと申し出る程であったが

 

 「霊夢ちゃんが一緒だと向こうさん警戒してまうやろ」

 

 との一言もとやんわり拒否されてしまった。結果としてお守りとして数枚の護符を押し付けられることになったが、福太郎の装備を考えうるに『この者博麗の庇護下に有り』と示す以上の物にはなりそうになかったが。

 

 それでも心配の声は初対面の者にすらあったのである。

 

 

 稗田亭、客間にて。

 

 「流石のアタシでもちょっと無理だと思うゼ。」

 「セやろか?」

 「そうだぜ?」

 「う~ん」

 

 そう言うのは霧雨魔法店の店主であり何でも屋の霧雨魔理沙だった。

 何故、この魔女が稗田亭に居るかというと、幻想郷の友人、森近霖之助と博麗霊夢の推薦で各種薬の調達先の一つとして勧められたためである。

 また、万一の時の緊急連絡要員の顔合わせを兼ねていた。基本自由人であり、人里以外の特定の勢力に属さない中立的立場であるため、稗田阿求の安全策の一つとして組み込まれていたのである。いざとなれば箒で福太郎を救出するという取り決めになったからである。

 

 「まず、これが緊急連絡用の花火だ。魔術が仕込んであるから雨天でも使えるし、室内で使っても私に分かるようになってるし派手に光るから目くらましにもなる。室内の時は下に使え、出ないと花火が室内を飛び回って危ないからな。これは勿論だが何かあった時に使え、直ぐに助けに行く。あと虫下しの薬、水の浄剤。水は気を付けろよ、汚染は霊的呪術的なものもあるしくれぐれもな。あと毒消し、あとは稗田亭の常備薬で十二分だ。何といっても永遠亭の薬だからあれ以上の薬は流石の魔理沙様でもあれほどの薬は作れん。」

 「そんなにすごいんか、永遠亭」

 

 魔術アイテムと薬の説明を聞きながら、噂の永遠亭について聞く。聞けばこの世界の月には強大な軍事力と技術力を誇る勢力が隣接していると聞く。その未知の世界の一端がこの便槽教にあるというは驚きだし、福太郎の興味引くには充分だった。

 

 「ああ、なんたって月の頭脳と言われる元月の都の賢者、八意永琳の肝いりだからな。」

 「ほ~、いっぺんいてみたいもんや。なんでもスゴイ技術があるやろ。」

 「ケガや病気になればいやでも行くことに成るだろうぜ、薬の実験台になったり変な機械をくっつけられても知らないけどな。」

 「薬はともかく、機械はロマンあるな~サイコガンでもつけてもらうのも一興や・・・いえお世話にならんように気を付けます・・・・」

 

 機械改造などとロマンに目を輝かせていると、一連のやり取りを見ていた家主の射殺しそうな目に睨まれて、福太郎は自粛した。

 

 「にしても、お前聞いていたのと随分違うな。」

 「どんなの想像してたん?」

 「いかにも学者っぽい偏屈爺。」

 「なんやそれwww」

 

 段取りや注文品の確認が済み、稗田亭の茶と菓子に舌鼓を打ちながら、切り出した。

 あの、博麗霊夢が気にかけ、あの、伊吹萃香が気に入り、あの偏屈な幼馴染がくれぐれもと頼み込む奴はどんな奴なのか。気にならない方がおかしかった。

 

 「そうでもなきゃあの、香霖をやり込められないぜ。それに寺子屋の臨時講師で慧音とタメを張ってるだからさぞかし歳の入った感じかと思ってな。」

 「?ああ、霖之助の幼名ヤッケ?霧雨の旦那もそう呼んではった。」

 「今じゃそう呼ぶのは私と親父くらいさ。」

 

 湯飲みの中身を眺めながら懐かしそうにいう魔理沙の顔は寂しそうに見えた。寂しいのは一人独立した幼馴染を想ってか、それとも絶縁された親の事を思ってか。そこまで踏み込むほど親しくない為にそこにはお互いに触れずに会話が進む。

 幻想郷のこと、秀真国のこと、そこに暮らす人妖たちが織り成す混沌とした世界の事。

 僅かな阿求を含んだわずかな間の鼎談であったが充実していた。

 

 「なあ、お前。」

 「なんや魔理沙ちゃん?」

 「大変だったんだな・・・」

 「・・・ああ。でも、あそこに帰る家がある、幸せな事や。」

 「そうだな・・・」

 

 それでも、魔理沙は今目の前にいる男が辛い人生を歩んできたのだと感じだ。帰る家がある、そうは言ったが、天涯孤独の身の上なのだと感じた。会話の中に肉親の話が少しもなかった。

 自分は幻想郷という混沌世界においても肉親がいて、幼馴染が居て、変わらぬ見知った場所があった。

 あの男には無い物をたくさんあった。

 でも、自分よりたくさん笑う。だからだろうか、この男の事が放っておけない。もっと笑えと思う、笑ってくれと思う。

 ああ、だからかと魔理沙は理解した。

 きっとほとんどの者は理解できなくとも、どこかで気付くのだ理不尽に翻弄され続けた男の幸せを願ってしまうのだ。自分が眼前の男よりも恵まれているから。

 

 「さて、長居しちまったな。アタシはそろそろ帰るぜ。」

 「そうか、いろいろありがとさん。」

 「・・・・なあ福太郎。死ぬなよ。」

 「お節介ありがとさん、魔理沙ちゃん。」

 

福太郎は、命の心配をお節介と言った。死ぬも生きるも自分の自由だと言わんばかりに。

それが気高くも感じたし、命に執着しない刹那的な生き方が少し寂しく感じた。

 

 「・・・どういたしまして。」

 

ただ、そう返す事しかできなかった。必要以上に福太郎に踏み込んでしまったことで少しだけ怒らせてしまったように感じた。

 

 

魔理沙は、思ったよりも長い時間を稗田亭で過ごした。流石にこれ以上は長居できないので、帰ることにすると福太郎が門のところまで見送ってくれた。流石に阿求まではついてこなかった。

 

 「それじゃあな。」

 「いろいろありがとな・・・一つだけお節介のお礼をしてもええか?」

 「なんだ?」

 「喧嘩できるんは、互いに生きてるうちだけやで。」

 「!!・・・お節介ありがとよ。」

 「どういたしまして。」

 

 普通だったらマスパで吹き飛ばしてやるところだが、悪戯が成功した子供の様に笑う福太郎を見るとそんな気も失せてしまった。何より自分が勝手に踏み込んだ仕返しだと理解できたのだから。

 自分が不愉快になる話題のはずなのに、どこか楽し気に足取りも軽く普通の魔法使いは家路に付く。

 

 

 今宵は此処に栞を挟み、噺の続きはまたいつか。

 




 ホントは、さっさと御山へ行ってもらう事でしたが。私の中で魔理沙が、早く会わせろとの事でしたし、事前準備を早むべきだと思いこのような展開になりました。

 次回も準備か、妖怪の山編突入です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

烏天狗旅人の来訪に備える事

 福太郎が人里で準備をしているころ射命丸は・・・


 皆様、お久しぶりです。さぁ、射命丸たち妖怪の山の動きになります。

 今回は独自設定盛りだくさんです。


  

 田村福太郎の取材許可を獲得したは良いが、その来訪の準備に追われていた。

 いざ、福太郎が来て不審者侵入者として排除されてしまっては約束を守れない上に人里の勢力だけではなく博麗神社とも事を構えることに成りえる。

 当然それを避けるために各所へ連絡や根回しを行わなければならない。

 しかしそれは苦難の道でもある、白狼天狗たちへの連絡や河童たちへの面通しや根回しより難しい事をこなさねば成らない。

 新たに上司となった飯綱丸龍の説得である。説得の場には山の安全にかかわるため、相談役として飯綱三郎も同席していた。

 

 近年、これまで上役であった大天狗飯綱三郎はその勢力を保ったまま娘の飯綱丸龍に家督を譲り引退をした。

 

 曰く、「古きが生き、新しきを殺してはならない。若者に舵を譲るべきだ」

 

 との事である。

 

 飯綱三郎はかねてより革新派に身を置き成功を収めてきた。そもそも、飯綱三郎を筆頭とする信濃出身の天狗は極めて真面目なものが多く、正義と秩序を重んじるものが多く、山や集落を守護し治安維持を担ってきた。その為、多くの妖怪たちに信頼され、政敵にすら尊敬されていた。

 故に、新聞の普及に関しても「信濃天狗がいう事なら」と信頼され速やかに広がっていった。

 各種新聞の発行を後援し、自分たちの存在を喧伝するだけでなく、情報を収集し勢力を拡大する事により名声を欲しいままにした。そしてその考えは多くの賛同を持って迎えられた。その為に守矢神社による新たな統治にも柔軟に対応できたのである。

 仮に、飯綱三郎の革新派が勢力を伸ばしていなければ、保守派の頑強な抵抗を受け戦乱の戦火が妖怪の山を包んでいただろう。

 

 「さて、射命丸よ。その人間の絵描きとやらに自由に我らの山を歩き回らすことは果たして得策かな?」

 

 「はい、その男は外来人。脅威はありません。」

 「果たしてそうか?奴をそこまで侮って良いか報告によれば八雲や博麗、人里の名家とつながりが深いという。密偵の類ではないと言い切れる?」

 

 

 射命丸や犬走椛が集めた情報を飯綱丸に伝えたは良い物の、あまり良い反応はなかった。田村福太郎の職業が問題だった。芸術家ひいては絵描きとして地形や防備に対する諜報活動をやりやすいという事が問題であった。

 古くは松尾芭蕉が公儀隠密として河川なとの地形調査を行っていたことは有名であるし、ダンサーのマタ・ハリは優れたスパイであった。

 

 

 「田村福太郎は決してそのような方ではありません。好奇心が強いことは認めますが、それは個人的なものであります。それに、地形や防備の観察では無く自分の目に映ったものを描くことに主眼を置いており、記録の為では・・・」

 

 「とはいえ、それを可能としている能力がある事は否定できぬ。おいそれと密偵と分かっているようなものを入れるわけにはいかぬ。日常的に出入りしている参拝客や魔法使いとは違い、この山を知るために止まるのだぞ。」

 

 「ですが、彼はとても面白い人間です・・・・」

 「お前の新聞の為に山を危険にさらせと?」

 

 

 説得は難航していた。田村福太郎のいかなるもの共打ち解ける人の好さが裏目に出ている結果だった。飯綱丸の説得は難航している。八雲紫と昵懇の絵描きという事実が心証を悪くしていた。

 

 

 「許可してやれぃ。龍。」

 「これは、三郎様ご機嫌麗しゅう。」

 「親父殿・・・」

 

 もはやとん挫するかというところで思わぬ助け舟がやって来た。先代大天狗飯綱三郎。日本三大天狗の一角であり、天狗を滑る天魔の懐刀。今や楽隠居の身とは言えその発言は重い。

 

 「ですが、親父殿。密偵の可能性がある限り許可は・・・」

 「密偵が必要かよ。あの八雲だぞ、それこそもっと適任が居るだろうし、あ奴の前では我らの秘密などあ奴の能力の前では張り紙同前よ。」

 「しかし・・・」

 「なあ、龍。疑うのは大事だ。上に立つものは常に最悪の事態を想定すべきだ。だがな、事実を正しく認識できぬではそれこそ敵の欺瞞にも容易くかかる。この絵を見ても密偵だというなら、絵描きも詩人も皆密偵よ。心動かされたままを表す者を疑うでは、品の無いならず者と同じぞ。」

 

 

 そう言いながら、是非にと言って射命丸が借り受けてきた『白亜の釣り人』の軸をしげしげと眺めていた。 

 

 「親父殿、その荒唐無稽な軸を見てそうおっしゃるのですか?」

 「だからいいんじゃねぇか。描いた田村福太郎の眼には心にはその荒唐無稽な世界が絵にするぐらい素晴らしい物として映ってたんだよ。お前はもちょっと情緒というやつを学べ、出ないと他者の心はつかめねぇぞ。」

 

 「しかし、これは・・・」

 「それにな、いざホントに密偵ならその場で証拠を押さえて叩き斬ってしまえよ、それくらいしても問題ねぇ。」

 「な!!」

 「三郎さま!そんなあんまりです!!」

 

 軸をめでる目から一転、大天狗としての鋭い目に切り替わり、バサリと言ってのけた。その言葉に飯綱丸も射命丸も驚愕した。

 

 「それに、田村福太郎なる者は密偵では無いのだろなら問題ない。他に二三条件を付けてこの件は終わりだ。田村福太郎の入山と滞在を許可する。この飯綱三郎坊の名のもとにな。手形は俺と龍の連名で出せば文句はでねぇだろうさ。」

 

 密偵なら斬るを条件に話が進んだが、福太郎は密偵でないのは間違いないため、それでよいという事になったが射命丸は疑われる行動はくれぐれも控えるように言い含めねばならないと肝に銘じていた。

 しかし、それでも飯綱丸龍は引き下がらなかった。

 

 「ですが、長期間しかも自由行動を許したうえで人間の立ち入りを認めるとは前代未聞!」

 「バカ丸、前例がねえからと上が潰してたら何も育たねぇし、何もならねぇ。他の爺共とおんなじことを言うんじゃねぇ。いいかすべては終わった後にいい悪いを判断しろ。」

 「でも、何かあったら・・・」

 「何かあった時にどうにかして、いつでもどうにかできるようにすることがオレ等の仕事だ。教えたろ。」

 「・・・はい。」

 

 こうして田村福太郎の入山と滞在の許可が出たのである。

 条件として、常に山の天狗が同行し、密偵として怪しい動き有れば斬り捨てることが加えられた。

 

 

 

 最大の難関を突破した射命丸は、次に福太郎が山に来る為めの準備として当日非番あるいは休日の知り合いの天狗の犬走椛と姫街道はたてを妖怪の山の酒場に呼び出した。

 

 「で編集で忙しい私を引っ張り出した訳を聞こうかしら?」

 「私は数少ない非番なのですが・・・」

 

 二人の機嫌は決して良いものではなかったが、店で一番高い酒と飯をおごるというとその機嫌は良くなった。

 

 「実は二人にはお願いがありまして。」

 「それはあれか、例の絵描きの事か?」

 「ご明察です。」

 「なに?絵描きって?」

 「それはですね・・・」

 

 射命丸は田村福太郎の取材許可を取り付けたこと、飯綱丸龍と飯綱三郎から許可を得て連名の手形を入手したことを伝えた。

 

 「良く許可出たわね。」

 「三郎様が頑張ってくれました。これは足を向けて寝られません。」

 「『田村福太郎、右の者の入山及び滞在を左記の者が認めその行動の自由を認める者也』かすごいな花押に印まである。こんなの前代未聞だぞ。」

 

 椛は、手形をしげしげと見つめていて、はたてはその内容に驚愕した。

 

 「はい・・・この手形の他に密命もあります。もしも妖怪の山に対して敵対行動。具体的には諜報活動を行った場合はその場で斬り捨てよとも・・・」

 「こわっ!」

 「・・・田村氏はこのことは?」

 「知りません。」

 「だろうな。」

 

 知らないところで生殺与奪の権を握られている事を椛とはたてはろくに知らぬ田村福太郎に同情した。

 

 「滞在中は基本的に私が一緒に居ますが、滞在は10日以上になります。私がそばに居られない時はお二人にお願いしたいのです。飯綱様たちの許可もありますし、特別手当も出ます。これは福太郎さんの山での行動資金も含んでいます。」

 「何から何まで、準備されてるのね・・・分かったわ協力するけど、あんまり期待しないでね。」

 「・・・まあ、イイだろう手当も出るし。」

 

 

 スッと差し出された命令書を見て二人は上役たちと射命丸の用意の良さに舌を巻きながらも出るであろう特別手当に期待し、噺を進めた。

 

 「で?飛べない人間をどうやってここまで連れてくるの?」

 「それはですね。私も頭を悩ませましたが、このように・・・」

 

 

 酒場で三人の天狗は計画を詰めていく。

 

 

 

 

 

 今宵は此処に栞を挟み噺の続きはまたいつか。




 

 福太郎が山で行動する場合を考えた時、高度な自治が引かれている妖怪の山にどうやって立ち入り、行動するかを考えた結果がこれです。

 前から、飯綱三郎は出てくる予定でしたが、公式で飯綱丸龍が出ましたので早速の登場です。

 さて次回からは物語が進みます。はてさてどうなりますことやら作者も分かってません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人間の絵描き空を飛びし事

今後はこんな感じで少しづつ続けていこうかと思います。


 田村福太郎出立当日、時の頃は初夏。木々は青々しく茂り、幻想郷中に生命力にあふれていた。

 天候は見事な晴天、風弱く、過ごしやすい気候である。まさに飛行日和である。

 

 

 「ほな、皆さん行ってきます。」

 

 危険な旅に出るというのに買い物に行くかのような気軽さで稗田亭を後にする。

 

 稗田阿求他使用人たちはそれぞれに福太郎に心配の声を掛けつつ見送った。

 阿求は心底心配だったが、今更止められない。きっと福太郎に「行かないで」と飛びついたとしても、きっと行ってしまうのだろう。

 あれはそういう人だ、きっと肉欲や食欲や睡眠よりも好奇心を優先するそんな人だ。だから気に入ったし、好きになったのだ。好奇心が無くなったら、福太郎は福太郎でなくなると分かっているから、見送るしかない。準備はしたのだ後は運命に任せるしかない。

 

 

 人里の出入り口で待ち合わせしていた射命丸と合流すると、門番や人里の住人達に逢引きかと冷やかされたが「外へ絵を描きに行く」というと打って変わって心配された。

 やはり妖怪の恐怖、脅威は共通認識のようだった。

 

 射命丸は福太郎に

 

 「妖怪は怖くないのか」

 

 と聞いた。疑問だったのだ、妖怪をあまり恐れていないような人間であった福太郎にとって恐怖はどこにあるのかと思ったのだ。

 

 「話ができない相手が怖いです。」

 

 福太郎とて怖いものがある。なにより意思の疎通が図れないことが理不尽に翻弄されるのが怖いのだ。話せる相手ならば何物も恐れないが、噺の通じない野良犬の方が福太郎は怖いのだ、

 

 しかし、そんな考えは中々理解されずにいるが

 

 「私は分かる気がしますね。」

 

 射命丸は人里を出て目的地までの道中そんなことを福太郎の言葉を聞いていった。

 

 「私は昔から、山の組織の中で生きてきました。昔は鬼が頂点に立つ組織でその中で頭の固い人たちに翻弄され、傍若無人を絵にかいたような鬼たちに翻弄されました。いいこともありましたが、悪いことも嫌なことも山ほど・・・飯綱様が頑張ってくださって今では随分よくなりましたよ。おかげで、私は今の御山が好きです。」

 

 

 そう言って微笑む射命丸をみて共感を得られたことに、自分と射命丸は存外似たところがあると微笑んだ。

 

 歩きながら射命丸は伝えなければならないことを伝えるべく口を開いた。

 

 「なので、福太郎さんお願いがあります。」

 「なんでしょうか?」

 「こちらの手形が、御山への入る許可と滞在の許可を兼ねております。こちらの手形を発行するにあたり一つ御山から条件が提示されました。」

 「手形とは古風やな。で条件とはなんです?」

 「御山では我々の指示に従ってください。私の他にも案内役を付けるのでそのモノたちから離れないように。もしも、単独で怪しい事をなさっていたら・・・御山の防諜と防衛の為に貴方を殺します。」

 

 「!!なるほど・・・道理ですね。」

 「私はあなたを殺したくない・・・」

 

 

 福太郎は少しばかり動揺しながらも承諾し手形を受け取った。

 何よりつらそうな射命丸の顔を見て、仕方のないことなのだと感じたし、他にも人員を用意までしてくれたのであるからその好意を無下にできなかった。

 

 二人はしばし無言になったが、また雑談しながら目的地へ歩いてい行った。

 

 

 「さてこちらが目的地です。」

 

 射命丸はそういうが、周囲には何もない。人里から離れ、見えなくなった程度である。

 

 「目的地と言いますけど、何もありませんよね。山らしきものもないですし。もしかしてテレポートとか?」 

 「いえ、そんなものはありませんそうしたことはどうぞ、隙間妖怪にお願い下さい。あ、お荷物お預かりいたしますね。」

 「あ、すいませんね。でも、どうやって・・・」

 「飛んでいきます。」

 「飛ぶ。」

 「飛びます。」

 

 バサリと翼を出して福太郎の荷物を持つ、射命丸を不思議そうな気持で見つめた。飛ぶというが飛べない人間たる自分をどうするつもりなのか?もしかして運んでくれるのだろうか?

 

 「自分飛べませんが。」

 「承知してます。」

 「運んで頂けるんです?」

 「荷物はお運びしますが、ご自身で飛んで行っていただきます。」

 

 ますますわけが分からないという顔をする福太郎に、悪い笑顔で射命丸が告げる。

 

 「私の能力で空を飛んでいただきます。」

 「能力?」

 「私の能力は『風を操る程度の能力』福太郎さんを風で御山で飛ばします。」

 

 射命丸の説明に、福太郎は顔を青くする。

 

 「それは飛ぶというのではなく吹き飛んでるのでは?」

 「それでも目的地には着きます。」

 「ジブン、急に具合悪なって・・・」

 「さあ、つべこべ言わず飛びますよ~!」

 

 さあ、さあ、と笑顔の射命丸に対して真っ青な福太郎。慌てる様子を尻目に射命丸は葉団扇を取り出し風を起こし始める。

 

 「さあ、名付けて飛行の術!行きますよ!!」

 「まって!やったことあるんかいなこれ!!」

 「・・・・行きますよそ~れ!!」

 「あああああああああ!!!!!」

 

 風は舞い上がり、福太郎の体を持ちあげる。そして射命丸が大きく一振りすると風によって舞い上がり、速度を上げて飛んでいった。

 無事、飛んで行ったのを見て射命丸は福太郎の後を追って飛び立った。

 

 「ひやぁぁあぁあああ!!スゴイ勢いでとんどるのに空気抵抗が無いぃぃいいぃぃ!」

 

 「そりゃ、そうです。音より速いので其のままだったらひどいことなりますから、能力を応用して空気抵抗なくしてます。正確に言うと相殺してます。」

  

 「な、なら安心やな。で着地は!でもなんか空気抵抗ないのがなんか気持ち悪いいいいい!」

  

 「・・・着地は現地に私の仲間が受け止める手はずになってるので安心してください」

 

 「なんの沈黙!ほんま大丈夫なん!?」

 

 「大丈夫ですよ。あ、そろそろ着くので先行ってますね。」

 

 「死ぬううううう!!」

 

 

 福太郎が大絶叫しながら空の旅を楽しんでいる頃、犬走椛自宅付近にて。

 

 福太郎着地に備える犬走椛と姫街道はたて、は空を眺めながらこの無能ともいえる飛行作戦について話していた。

 

 「はたてさんはこの作戦どう思います?」

 

 「田村氏が気の毒」

 

 「でしょうね。空を飛べない人間を飛ばすとか無茶苦茶もほどがありますよ。」

 

 至極まっとうな意見が交わされていたが、話題は件の人物についてシフトしていた。

 

 

 「そういえば椛は田村福太郎という人は知っているんだよね。」

 

 「一方的に顔を知っている程度です。千里眼で人里の人たちに絵を描いているのを目にしただけです。」

 

 「ねぇ、どんな絵を描くの?風景が人物画?」

 

 「風景が多いようです。記憶を頼りに不思議な絵も描いていましたが、人物画は余り好まないようです。」

 

 「へぇ~でも人物画はお金になるでしょ?何でなのかな?」

 

 「ご本人に聞いてみたらよろしいでしょう。もうじきいらっしゃることですし。」

 

 「でも、初対面の人間は苦手かも。外来人はうるさいし、人里の人間は恐れおののくし。」

 

 「・・・・確かにそうですね。」

 

 

 迷い込む外来人の傾向として不可解な事象に泣きわめき罵倒するというのはよくある事であった、また、妖怪を恐れる人里の人間は必死に命乞いする。畏れられるのは構わないが、一方的に化け物呼ばわりは不本意というのが理性ある妖怪たちの共通認識である。

 

 「田村氏はそのようなことは無いかと。あの隙間妖怪にも怯まず気に入られているのですから胆力はあるでしょうし。」

 

 「椛結構詳しいのね?なに監視してたの?それとも気があるの?結構顔がいいとか。」

 

 「いえ・・・気になるのは否定しません。それに顔についていては中の上くらいですが、でも絵を描くときは・・・」

 

 「ふぅ~んwww」

 

 「冷やかさないでください!!」

 

 女子トークに花を咲かせていると射命丸が福太郎の荷物を持って舞い降りた。

 

 「なんですかぁ?私を抜きにして楽しそうですね。混ぜて欲しいところですがもうすぐ到着なので準備を。」

 

 「はいはい。」

 

 「了解です。」

 

 

 しばらくすると人影が見えてきた。問題はあまり減速してないことだった。

 

 「ちょっと文!原則できて無いようだけど!!」

 

 「おかしいですね?減速する予定だったのですが?」

 

 「文さん。ホントに大丈夫なんだろうな?」

 

 「勿論、その為の2段構えなのですから!!」

 

 「・・・その二段構えに文さんが入ってないのが不満なのですが。」

 

 「私は福太郎さんを飛ばして荷物を運ぶという重要な役目を果たしましたので。」

 

 そう言って、得意げな顔をする射命丸だったが、運んできた荷物は既に地面に置かれている。

 つまり、射命丸の仕事は既に済んでいるのである。それを見て二人は怪訝そうに射命丸を見て、指摘する。

 

 「じゃあ、今は暇だよね?」

 

 二人の不満げな視線と文句などどこ吹く風というようで、二人に指図する。

 

 「さあ、来ましたよ着地は二人にかかってますよ!」

 

 

 田村福太郎移動作戦の全容は以下である。

 

 1、射命丸が福太郎を吹き飛ばし荷物を運ぶ。

 

 2、目的地で姫街道はたてが空中で受け止める。

 

 3、もし、はたてが失敗した場合犬走椛が受け止める。

 

 失敗すると犬走椛宅近くにクレータが出来て田村福太郎は死神の世話になるのだ。問題ははたから見れば問題だらけの無茶な作戦なのだが、当人たちに自信があるのでそんなに問題にしなかったのだ。とはいうものの射命丸が福太郎を気合を入れて吹き飛ばしたため減速に失敗したので作戦失敗の確率が跳ね上がったのである。

 

 失敗すれば、博麗を始めとする福太郎と親しい者たちの報復を受けることに成るので三人ともことここに至って必死になった。

 

 時は来た、福太郎を受け止めるべく姫街道はたてが飛び出す。

 しかし、スピードを殺しきれず、姫街道はたての薄めの胸部に激突、姫街道はたて墜落。

 落下する福太郎を犬走椛が駆けだして何とか受け止めた。命に別状はなかったが、福太郎は椛に覆いかぶさる形で目を回していた。

 

 「なんとかなった~」

 

 意図せずとも椛が福太郎を抱きしめて仰向けに倒れる形になったが、福太郎の無事を確認し椛はほっとした。

 

 

 「ひどい目に遭った。人間に激突して墜落とか末代までの恥だわ~」

 

 空中で激突し、墜落する形にはなったが、おかげで減速はできたので役目は果たした。

 

 「いや~一時はどうなるかと思いましたが。無事到着しましたね。ご気分はどうですか福太郎さん?」

 

 形はともあれ、五体満足で山で到着することができる事が出来てケラケラ笑っている。

 

 きわどい作戦の成功に三者三様に肩を撫でおろす。椛が福太郎に肩を貸す形で何とか立ち上がる。椛はとても心配そうだったし、はたては痛む胸を撫でながらよろよろと三人の元に歩いて来たが、射命丸だけが上機嫌である。

 そんな中で何とか福太郎は文に向かって心底気分が悪そうに射命丸と椛をみながらなんとか喋った。

 

 「ありがとなおねぇさん。それはそれで、ええ。わけないやろが文。うぷ・・・ゲロゲロゲロゲ!」

 

 「わー!吐いた!!かかった!!倒れた!!どうするんだ文!!福太郎さんに何かあったらどうする気だ貴様!!」

 

 「あややや。まずは着替えと風呂ですね・・・」

 

 

 

 

 人間の絵描きは空を飛び、天狗とぶつかり倒れた。妖怪の山での日々は此処から始まる。

 

 今宵は此処に栞を挟み、噺の続きはまたいつか。

 

 

 

 

 





 福太郎が妖怪の山に行くにあたりどんな感じに使用かと頭を悩ませました。
 射命丸が抱きかかえてラッキースケベを堪能するのも悪くないかと思いましたが、よく考えたら、福太郎は自重で地獄の苦しみをするのではないかと思い断念。

 そこで、FGOのアーラシュフライトに着想を得て飛んでもらいました。

 二人の天狗の体に接触したからには福太郎も幸せでしょう。脳震盪で嘔吐したとしても。

 2023・02/23誤字脱字と一部加筆修正。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人間の絵描き、白狼の家にて寛ぐ事(加筆修正版)


 え~先日、最新話を投稿しましたが、誤字脱字や、ループしているなどおかしなとこなどがありましたので改めて投稿しました。


 最近は転職と転居やらで忙しかったのですが、再始動です。

 できれば、週一か遅くても月一の投稿を目指したい所存です。

 当作はあくまでも二次創作としてお楽しみください。


・人間の絵描き、白狼の家にて寛ぐ事

 

 福太郎は、もはや墜落とも言えるような着地の後脳震盪の為に倒れてしまい、暫くの宿泊先となる犬走椛の自宅に運ばれた。

 

 犬走椛の自宅は天狗たちの集落から外れた場所にあるが非常に見晴らしの良い立地にあり、勤務地である「九天の滝」を望むことができる場所である。

 

 家は、妖怪の山にあるというよりも厳密にはその南の麓近くにある。周囲は簡素ながらも塀で囲まれており、小さくともしっかりした門が構えられていて、さながら武家屋敷といった様式である。眼前には「九天の滝」より流れる清い水が川となって流れている。背後は妖怪の山の絶壁がそびえており、見る者が見れば小さな砦の様にも見れる立派な屋敷である。

 

 

 敷地内には、蔵や納屋、井戸もあるが植木の類はほとんどなく、代わりに弓や射撃の練習を角場(かくば)(弓や鉄砲の練習を行う場所)が設けられており、住んでいる犬走椛の人柄を思わせる実に武骨な屋敷である。

 

 一人で暮らすには少々広すぎる家である為に、今回の福太郎の宿泊先として選ばれた。

 

 当初は、天狗の集落の飯綱家の屋敷に招くという話もあったが、(ちなみに射命丸の家は人を招ける有様ではなかったし、姫海棠の家は手狭すぎたため)飯綱や射命丸たちは良くとも、他の天狗がいい顔をするとは限らず、衝突や嫌がらせの可能性があった為、集落の外にある椛の自宅が選ばれた。

 

 人間と妖怪とはいえ、男と女をひとつ屋根の下に住まわせるというのは、どうかとも思われたが、武芸者として申し分のない腕のある椛を福太郎がどうこうしようともでも足も出まいという事で落ち着いた。(その逆は考慮されなかった。)

 

 福太郎は、用意された部屋に寝かされていたが、暫くすると目を覚ました。

 

 「う~ん。これは知っとる。知らない天井ってやつや。」

 

 などと、割と鉄板ネタを言いつつも周りの天狗たちにとっては訳の分からんことを言いながら周囲を見ると、射命丸と福太郎の見知らぬ天狗らしき女性が目に留まった。

 

 「元気になりましたかね?福太郎さん。」

 

 ニコニコと笑いながら覗き込んでいた。

 

 射命丸は、福太郎の体調に問題が無いことを確認すると、二人の天狗を紹介した、

 全体的に細い印象のある天狗は姫海棠はたて、白い犬のような大きな耳のある天狗は犬走椛、白狼天狗というオオカミから変じた天狗だという。

 

 「私の他にこの二人が福太郎さんをご案内しますので、どうぞ自己紹介を。」 

 

 「田村福太郎いいます。気軽に福太郎と呼んでください。先程は助かりました。ありがとうございました。どうぞよろしくお願いします。」

 

 射命丸に促され、福太郎は笑って自己紹介をした。

 

 はたては、朗らかで、明るい印象から当初の射命丸に言いくるめられた妖怪の山に興味を持っている変な外来人という印象を改めた。

 対して、椛は以前から千里眼で見ていた事もあり、思った以上に良い人間であると感じていた。そんな椛の顔は自然とほころんでいた。その笑みは普段では決して見せない物であった。

 

 そんな椛の様子をニヤニヤと射命丸とはたては見ていたが、そんなことは当人たちは気付かずに話を進めていた。

 

 「すんまへん。最初に謝らんと。実は最初見た時に犬かなんかの妖怪かと思ってしもうて・・・ホントすみません。」

 

 「いえいえ、この見た目ですし、あなたはちゃんと謝ってくださいましたから気になどしませんよ。こちらこそうちの射命丸さんがご迷惑を・・・」

 

 「いえいえ、そんなことは・・・」

 

 正体面ながらも、楽し気に話す二人を見ながらこそこそと射命丸とはたては話していた。

 

 「ねえ、椛、今日は随分しおらしくない?」

 「普段なら犬呼ばわりしようものなら烈火のごとくなんですがねぇ・・・(これはもしかして、もしかする?まさかねぇ?)」

 

 そんな話も大きな耳には筒抜けで一瞬ギロリと大きな目で睨んで牙をむいたが、それも束の間、直ぐに福太郎に笑みを向け楽しく話していたが、二人の烏天狗はそれがさらに面白く感じてクスクス笑っていた。

 

 そのような事をしていると、次第に夜も更けとりあえずお開きとなった。

 

 射命丸たちは椛の好意で福太郎以下全員で夕飯を食べた。

 

 この日の夕食はイワナの塩焼きに、野沢菜とキュウリの浅漬けと蕪と凍み豆腐(しみどうふ)(高野豆腐の長野県での名称)の味噌汁に白米と言った簡素ながらもしっかりとした食事であった。

 

 皆なんだかんだ忙しく一日を過ごしたため腹が減っており、会話もそこそこに、たちまちペロリと平らげた。(この日、椛は5合の飯を炊いていたが皆で残らず平らげてしまった。ひとえに椛の料理が旨かったためでもある。)

 

 食後に、皆で椛の入れた茶を飲みながら、はたてが福太郎に今後の希望を訪ねた。

 

 「あの、そのどこか見てみたい所とかありますか?まぁ、そんなに名所とかあるわけでもないんですけど、強いて挙げるなら、近場の九天の滝とか守矢神社なんですけど。」

 

 「そうですね。その辺は勿論行ってみたいですけど、ぶっちゃけ皆さんがどんなとこで生活してるか気になりますんで、集落の方にも行ってみたいですし、色々許可でしてくれたっていう、飯綱様にもご挨拶に行きたいですね。まぁ、後は少し適当に見ていければいいかと。行き当たりばったりで恐縮ですが・・・まぁ、それも皆さんのご都合次第ですが。」

 

 はたての質問につらつらと答える福太郎。

 

 そんな様子を見て、お茶を飲み干し、ホッと一息つきながら射命丸は「福太郎さんらしい。」と笑う。

 

 福太郎も笑いながら、「それともう一つ二つ見たいものが」と続けた。

 

 何だろうと、二人の烏天狗と身を乗り出し、一人の白狼天狗は皆の湯飲みに茶を注ぎながら聞く態勢をとった。

 

 「実は天狗の皆さんが使ってます、武器、武具を見てみたいです。あと、せっかくなんで、はたてさんと射命丸さんお宅にも遊びに行きたいですね。」

 

 福太郎の希望に、二人の烏天狗は気まずそうにし、白狼天狗は笑いだす。

 

 三者三様の反応に、福太郎は流石にまずかったかと思って、様子をうかがっていると、椛が笑いながら福太郎を安心させるために話しかけた。

 

 

 「ご心配なさらずとも大丈夫ですよ。飯綱様の御屋敷に行けば頼まなくても見せて下さいますよきっと。それよりも二人が心配しているのは自分の家の事ですよ。自宅兼職場なのですけど、あんまりかたずいてなくてお見せできる有様でないだけなので。」

 

 

 椛は心底愉快そうに笑っていたが、すかさず、はたてが抗議した。

 

 「射命丸と違って、私の家はそんなに散かってないわよ!その、あんまり誰かを呼ぶ事とかないから、その、なんというか味気ないというか、お客の用意が出来てないだけよ!」

 

 「失敬な!私の家はちょっと雑然としてるかもしれませんが、使いやすいようになっているのよ!!」

 

 はたての言葉に射命丸がむきになって反論する。その様子が可笑しくてたまらずに笑う椛。実のところ人間一人の言葉に烏天狗が二人も翻弄される様が、可笑しくてたまらなかったのだ。

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。夜も更けてきたため、今日の所はひとまず、お開きとなった。

 

 帰り際、射命丸は福太郎にザっと今後の予定について話した。

 

 「ご希望の場所の見物については大丈夫なので、ご心配なく。とわ云え、既に許可の類は取ってはありますが、福太郎さん到着と訪問の旨を各所に伝達する都合で、3日程お時間いただくことに成ります。この周辺については問題ありませんがくれぐれも手形は肌身離さずお持ちください。外出に関しても、椛の同伴は必須ですし、範囲に関しても、椛の職場である九天の滝とはたての自宅周辺までとしてくださいね。・・・私の自宅に関しては気が向いたらという事で。では椛、あとは宜しくお願いします。では後日、お伺いしますので。それでは私たちはこれで。」

 

 そう言って2人ぎゃいぎゃいと騒がしくしながら、椛と福太郎を置いて飛び去った。

 

 二人を見送ると椛は、福太郎に眼を向けて静かに笑った。

 

 (福太郎さん。私はあなたに会って話をする事が出来て心底嬉しい・・・)

 

 椛は実を言えば、この日を楽しみにしていたのだ。田村福太郎に会えるこの日を。

 

 椛は福太郎を見つめながら、福太郎を見つけた日の事を思い出しながら笑っていた・・・

 

 

 

 

 

 その日、普段のと変わらない仕事の中で見かけた、ここ何年も見ることのなかった彩を目にした。

 

 立哨に巡回、立哨と巡回、立哨と巡回、立哨と巡回、立哨と巡回、立哨と巡回、立哨と巡回、立哨と巡回、立哨に巡回、立哨と巡回、立哨と巡回、立哨と巡回、立哨と巡回、立哨と巡回、立哨と巡回、立哨と巡回・・・代り映えのしない毎日、与えられた役目を果たす。緊急時などそれこそ異変が起きたときぐらいで、そうでもない限り同じ事を繰り返している。日付が進んでいる事すら怪しく感じるときがある。同じ一日を繰り返しているのでは?そう思う時すらある。時折訪ねてくる河城にとりとの将棋ぐらいが仕事中の息抜きであり、一日、一日が違う日なのだと教えてくれる、大切な時間だった。

 

 千里眼の能力で時折人里を覗くことはあるが、自分たちの存続の為に、人間を守る必要のある妖怪にとって重要な任務ではあるが、さほど変化があるわけでもない。時折異変や騒動の予兆を見ることもあるが、上役に丸投げするのが関の山・・・自分が関わることなど、妖怪の山つまるところ自分たちのテリトリー、それも自分の管轄内に関係しない限りほとんどない・・・

 

 そんな中で、ある時、人里を覗いてみたら、霧雨道具店の店先に人だかりが見えた。なにか事件でも起きたのか、それとも新商品でも出たのか・・・良く見れば人々の視線の先には二つの絵があった。鮮やかな色で描かれたそれは、見たことのない風景だった、見たことのない人物の姿が描かれていた。見覚えのある人物の姿も描かれていたが、絵の中では違って見えて・・・自分の目に映る世界と違う世界が、絵から覗けた、そんな気すらした。

 

 あの絵は、幻想郷に流れ着いたものであろうか、それとも誰かが描いたのだろうか?記憶する限り、絵描きの類などは幻想郷に居るというのは聞いた覚えがない。昔は、知識人が手慰みにやる程度で生業にする人などいなかったと思う。

 

 目を凝らしてみれば、霧雨道具店の主、12代目霧雨仁左衛門が一人の男性を人々に紹介しているように見えた。黒い短髪の前髪には一房白い髪が見える。背は六尺近いかそれ以上、人里の人々よりも高い、蓮化しそうに笑っている。

 察するに、あの男性があの絵を描いたのだろう。風体からして外来人だろう、見慣れぬ道具も持っている。余興なのか、実演なのか、三脚を取り出し、板のようなものを置き、そこに紙をはさんで、幻想郷では珍しい鉛筆でサラサラと見物人の一人の、中年の人のよさそうな女性を描きは始めた。

 さっきまでの恥ずかしそうな表情とは打って変わって、真剣そのもの、目つきどころか顔が変ったようにすら見えた。手元を見ればたちまち目の前の女性が描かれていく。絵に表された女性からは今にも朗らかな笑い声が聞こえてきそうで快活な雰囲気が感じられた。黒い鉛筆で描かれてるにもかかわらず、温かさや、色合いが感じられる不思議な感じがした。

 描き終わると、外来人の男性は絵の左端に倒福、逆さの「福」の字を書き、その下に名前を書いていた「田村福太郎」。倒福は彼のシンボルで、きっと田村福太郎が彼の名前なのだろう。

 

 全て書き終わると、笑って、女性に渡して何事か語り掛けていた。すると女性は恥ずかしそうに笑い田村福太郎の肩をバシバシ叩いていた。どんな会話がなされていたかまでは、想像できなかった。

 

 暫くして、店先には小さな机が置かれ、霧雨仁左衛門仁左衛門が、白紙の紙と墨を摩った硯を置いた。

 人々は、店先に並び、白紙の紙に住まいの場所と名前、そして「人物画」「風景画」などの絵の種類を書いて行き帰って行った。

 これ以降、椛は福太郎の行動を目で追うことになる。

 

 千里眼で観察した結果、稗田の屋敷に寄食していることを知った。毎日人里の内外を歩き回り、鉛筆や筆を走らせる姿をみた。里の人々の注文内容によって様々なことをする。外の世界の様式の絵、油絵を描く時には自ら木枠を組み、紙を貼り準備ををしている姿を見た。絵に接する時の表情に目が離せなかった。

 里の外へこっそり言って絵を描いていて怒られているのはちょっと微笑ましかった。

 

 見ていると、人の姿を描くのは余り好んでいないように見えた。頼まれれば渋々という感じで引き受けて描いているが真剣なまなざしは決して曇る事はなかった。それでも渡すときはどこか不本意のような、妙な感じで渡していた。

 

 彼は時折、香霖堂で買い物をする。物好きしか行かない上に、店主は偏屈なのにニコニコと談笑している。時には店主の方から訪ねてくることもある。外の世界の画材や鉛筆を届けるだけでなく絵の装丁も請け負っているようだ。二人で妙に細長い紙巻き煙草を吹かしながら・・・動かない古道具屋が聞いてあきれる。

 

 稗田の当主も家主である為当然だが、絵を描いている姿を見に来るし、お茶を一緒に楽しんでいる姿を見ることができた。

 

 香霖堂の店主と稗田の当主が実に羨ましい。田村福太郎の描く絵をまじかで見ることができる、絵を描くときのあの眼差しも、そして何より、語り掛ければ振り向いて笑いながら話すことができるのだ。

 千里眼で見つめても、声だけは聞こえない。読唇術など心得ていれば、何を話しているか分かるかもしれないが、それでも声は聞こえない。どんな声で話すのだろうか?どんな風に笑うのだろうか?想像しながら観察を続けていた。

 

 自分に課された役目には、誇りもあるし今迄は不満などは終ぞなかったが、今回ばかりは、こればかりは不満に感じた。役目がある限りここを離れられない。まるで、鎖に繋がれた犬だ・・・普段なら犬だ犬だと言われれば、余程の相手出ない限り「白狼であると」吠えて噛みつく所であるが、今の有様を鑑みれば犬と言われても返す言葉もない。

 現に先日、気心知れたカッパの河城にとりが将棋を持参して「一局どうだい?御犬様。」などとからかい交じりに将棋に誘ってきた。普段ならばさすがの私も冗談の類だと百も承知だから「私は白狼です。今日こそはその減らず口も叩けぬように、思い知らせてやりましょう。」などと言って、将棋に興じるものだが、この時ばかりは「結構です。」などと素っ気なく断ってしまいまった。

 普段と違う様子に面食らったのか、「気に障ったなら謝る」「具合でも悪いのか」「何かあったか」などひどく動揺していたし、随分心配してくれた。結局「大丈夫、また来てくれ」などと適当なことを言って追い払ってしまった。心配そうに何度も振り返りながら帰って行くのを見て少し悪いことをしてしまった気がしたが、あくまで個人的なことだからしょうがない。

 

 そんなやり取りのあった後日、福太郎さんの姿を目で追っていると、うるさい烏が射命丸文やって来た。

 表向きは上役にあたるが、道楽兼諜報を目的とした新聞取材と刊行に力を入れていて、実質的に無役である為出会えば、挨拶か会釈くらいはするが、ほぼ対等であるから気兼ねなどしない。

 そんな彼女が、何か新聞のネタはないかとやって来た。

 こんなことは別段珍しいことは無い、時折煮詰まると訪ねてきて何事かないかと聞いてくる。仕事の一環だなどというが、その実暇つぶしに過ぎないのだから。

 だが、思わず福太郎さんの事を教えてしまった。なぜなのか分からない。自分の心のうちに収めておけばよかったのに、何故か教えてしまった。もしかしたら、あの素晴らしい絵を描くあの人の事を他の人にも知って欲しいかったの知れない。それとも、この自由な烏天狗があの人の事を記事にする事を期待していたのかもしれないし、もしかしたら連れてきてくれるかと思ったのかもしれない。

 

 勝手に教えてしまった手前、福太郎さんに迷惑をかけるかもしれないと勝手な理由を付けて見ていた。

 福太郎さんは、寺子屋で授業をしていた。大勢の里の人々が見る中で、子供たちに素晴らしい授業をしていたようだ。誰もが福太郎さんを褒めている様子が見て取れた。

 その後、寺子屋の教師と福太郎さんに、射命丸が少し話していたが、その後、寄食している稗田亭で稗田の当主を交えて話していた。

 暫くして、射命丸が帰ると、福太郎さんはとても楽しそうに笑っていた。

 

 後日、大天狗の飯綱様に呼び出された、そこには射命丸文も同席していた。

 聞くと、人間の絵描きである外来人の田村福太郎を客人として御山に招くというのだ、その滞在先として自宅を提供してもらいたいという話だった。いかんせん御山には宿泊施設なぞ無いし、福太郎さんの事を知らぬ天狗や妖怪ともめごとになっても良くないという事だった。私は一藻にもなく承諾した。滞在中、他の場所に寝泊まりすることも提案されたが、断った。ようやく福太郎さんとお話しできる折角の機会だ、みすみす逃すつもりなどなかった。

 

 

 

 椛がそんなことを思っていたらば、福太郎は不思議そうに椛の顔を覗き込む。

 

 「?どうかしましたか?」

 

 「!すみませんちょっとボーとしてました。」

 

 「お疲れでしたら、早めにお休みになった方が・・・」

 

 「ご心配なく。私タフですので。それよりお風呂などいかがでしょう。ご用意いたしますので少々お待ちください。」

 

 「ありがとうございます。なんかじっとしているのも悪いですから、なんかやることありますか?」

 

 「そうですね・・・でしたら食器を洗っておいてもらえますか?洗ったものは流し台に伏せておいてもらえれば大丈夫です。」

 

 「わかりました。まかしといてくだいさい。」

 

 

 そうして椛は風呂を沸かしに、福太郎は食器を洗いに台所へと向かった。

 

 四人分の夕食の食器を洗い終わる頃には風呂の用意も済んだ。

 

 福太郎が今に戻ると、椛が浴衣や手拭いを持って待っていたい。

 

 

 「それでは、どうぞ先におはいり下さい。私は外で湯加減の調整を致しますので、いつでもお声がけください。」

 

 「そんな悪いですよ。家主より先にお風呂頂くのは・・・」

 

 先に風呂を勧められるも、遠慮する福太郎だったが椛は恥ずかしそうに福太郎に先に風呂を勧めた。

 

 「それがですね・・・大変お恥ずかしながら・・・そのどうしても・・・その、先に入っていただけると。」

 

 

 そう言いながら椛は、美しく白く長い毛の生えた尾や大きな耳を恥ずかしそうにいじっていた。

 その様子を見て、福太郎は仔細を察して申し訳なさそうに

 

 「あ!!それは大変失礼を!!それじゃ先にお風呂頂きます!!」

 

 と言って浴衣や手拭いを受け取り風呂場へ向かった。

 

 

 脱衣所で衣服を脱いで風呂に入ると、そこには見事な総ヒノキ造りの風呂があった。風呂場には壁に小さな行灯があり、ほのかな光が風呂場を照らしていた。湯船の上には少し広めの格子の窓があり、そこから月や星の光が入り込み、とても美しかった。一人暮らしにしては幾分広い風呂にたっぷりと湯が張られ湯気が立っている。手桶で湯を掬い、体を洗って湯につかれば、一日の疲れが溶けていくようであった。

 

 「福太郎さん、湯加減はどうでしょうか?」

 

 外から椛の声がする。福太郎は心底心地よさそうに答えた。

 

 「え~湯加減です。」

 

 「そうですか、よかったです。ぬるくなりましたらお声がけください。」

 

 そうして、暫く湯につかり、体を洗って、椛に声を掛けてから風呂から上がった。

 浴衣を身に着けて居間に移動すると、椛は既に風呂場に移動したようで姿は見えなかった。代わりに茶菓子と良く冷えた麦茶が用意されていた。

 

 「ほんに、良くしてもろうて、ホンに頭が下がるわ。」

 

 そう言って、外の風呂の釜口に向かった。

 

 

 椛は、何時ものように好みの火加減になるように薪を足し、用意していた井戸で冷やした麦茶を居間に用意して、かりんとうなどの茶請けを机の上に出して、風呂場に向かった、

 脱衣所で着物を脱いで、風呂場に入り体を洗って湯に入る。ちょっと熱いぐらいだが、これくらいが好みだ。

 

 「・・・やっとお会いできた。」

 

 ようやく念願かなって、福太郎と会話できた。想像してたのとは少し違った。幻想郷ではちょっと珍しい上方訛りが心地よかった。夕食のときは射命丸ばかりが話していてあんまり話せなかったが、その後は話すことができた。優しく話してくれた。こちらに分かり易いように鉛があまり出ないように意識して話してくれているようだったが、想像したように良い人の様で嬉しかった。

 

 「・・・楽しく過ごしてくれると良いのだけど。」

 

 滞在予定は一週間程度を予定されている。とはいえ、御山には様々な妖怪が居て人間を快く思わない妖怪もいるからいささか不安ではあるが、そこは何とかカバーしよう。しかし、今日の移動は良くなかった、気を悪くしてなければ良いのだがなどと思っていると不意に外から声がした。

 

 「湯加減どうです~椛さん。」

 

 福太郎の声だ。

 

 椛は、びっくりして、飛び上がり思わず格子戸から外を見ると、福太郎が格子窓を見上げていたが、たちまち顔が赤くなっていった。

 

 「も、椛さん。その見ちゃいますから、中に入ってももろうて!!」

 

 「!!し、失礼しました!!」

 

 椛はドプンと湯船につかると、思わず窓に背を向けた。自分の顔が赤いのが分かる。たちまち自分の体温が上がっていくのが分かる。

 

 「その、湯加減どうです?」

 

 そとからまた福太郎の声がする。

 

 「えっと、その、もう少し薪を足してもらってもよろしいでしょうか!!」

 

 「分かりまし!もうちょい薪を足しますね!!」

 

 外からカラン、カランと薪が足される音が聞こえる。だんだん湯が熱くなってくるが、恥ずかしさから、そんなの感じなくなっていた。

 

 (福太郎さん、居間で待っていて下さればよいのに・・・福太郎さん気配りの出来る方でしたから、想像できたことでしたよね・・・とはいえ、見えてしまったでしょうか?・・・というか、さっきまで福太郎さんがこの湯船に・・・)

 

 「ブクブクブク」

 

 外の福太郎がいるという事実に、福太郎の入っていた湯船につかっていると余計に意識しさらに体温が上がっていった。

 

 「少し薪足しましたけど、どないです?」

 

 「もっと足してもらってもよろしいでしょうか!!」

 

 あっという間に湯の温度は上がり、椛はたちまち茹で上がってしまった。

 

 

 髪から大きな耳に尻尾までくまなく洗い上げ、風呂から出る際には、風呂場の行燈を消した後、湯冷めしないように、念入りに髪や耳、尻尾を拭いて湯から出る。

 上がる前に、福太郎に声を掛けていたから既に、居間で待っていた。

 

 「その、お待たせしました。」

 

 「大丈夫です?随分熱いお湯に浸かってたみたいですけど・・・」

 

 「大丈夫です!私、熱めのお湯が好みですので!!」

 

 「さ、さいですか・・・」

 

 「さいです!!」

 

 そう言って二人で居間の机に座る。熱い湯に長く浸かっていた椛はほんのり赤くなっていたが、行燈と月明かりに照らされる白い肌と、美しい毛並みが美しく映えていた。

 

 (・・・目のやり場に困る!!)

 

 福太郎がそう思うのは無理もない。武人として鍛え挙げられたその体には無駄な肉は無く、すらりとした手足にはチラホラ傷跡が見えていたが、しっかりとした筋肉がついており、彫刻の様だった。

 それでいて、女性らしい体のラインははっきりとしていて、

 

 お仙程ではないが豊かな胸が浴衣の上からも見て取れた。

 

 福太郎は、若干目をそらしつつも大ぶりの湯飲みに麦茶をたっぷり注ぎ勧めた。

 

 「すみません。ありがとうございます。」

 

 「いえいえ、これくらい・・・」

 

 椛はコクリコクリと、喉を鳴らして麦茶を飲み干す。長湯で火照った体には実に心地いい。

 

 福太郎に目をやると、一寸気まずそうに椛を見ている福太郎と目が合ったが、椛は静かに微笑みかけた。

 

 (さっきの湯船の事気にしているのかな?)

 

 無自覚な椛に対して。当の福太郎というと。

 

 (無防備な上に、色っぽ~!!)

 

 などと思っていた。

 

 そんな福太郎に、椛は静かに、語り掛けた。

 

 「先ほどは、失礼しました。その、驚かせてしまいましたね福太郎さん。」

 

 「いえいえ、こちらこそ、その、結構なモンを拝ませてモロウタと言いますか!!」

 

 「ふふふ、嫌ですよ、福太郎さんたらwww」

 

 福太郎は顔を赤くしながら、椛はちょっと楽しそうに笑った。

 

 椛は、月を少しばかり、見上げてらか福太郎の方を見つめていった。

 

 「今日は大変でしたね。そのうちの射命丸さんがご迷惑を・・・」

 

 「いや、こちらも無理行って招いてもらってますから贅沢は言えません。ハイ。」

 

 福太郎は頭をかきながら答えた。

 

 そんな福太郎の言葉に微笑みながら困ったように椛は語り掛けた。

 

 「嫌なら、嫌とちゃんと言わないとだめですよ福太郎さん。あれは流石に無茶です。射命丸が横着しなければよかっただけです。」

 

 そう言って、たわいのない会話が続く。福太郎にとっては何気ない会話だったが、椛にとっては夢にまで見たものだった。

 

 「さて、今日はそろそろこの辺で休みましょうか。」

 

 「はい、それでは、また明日。」

 

 「また明日。」

 

 

 こうして、福太郎の妖怪の山の見物は始まった。

 

 絵描きは念願かなって人里の外の世界へ。

 

 白狼は念願かなって絵描きと逢った。

 

 

 

 

 今宵は此処に栞を挟み、噺の続きはまたいつか。

 

 

 

 

 、

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 今回はこんな感じになりました。どうも信州のイワです。

 当初の予定では椛はあくまでも案内役というかちょい役の予定でしたが、やっている内に活躍させたくなり、気づいたらヒロイン枠になっていました。

 その結果なんか椛によるストーカー日記みたいなのが出来上がってました(笑)なんかすみませんという気持ちの反面、楽しかったというのが正直な感想です。

 椛の家は、当初は剣客商売の秋山小兵衛宅のようなものをイメージしていました。ちょっと大きな、隠居が住んでいる辺境にある民家という感じでした。

 ですが、立地やら設定やらを考えて言ったら、今回のような武家屋敷のような形となりました。その辺はまた別の話でやる予定です。

 予定としては、椛の家で3日ほど過ごしてもらい、守矢神社や天狗の集落など見物していく予定になっています。

 初めに投稿したものはちょっと問題がありすぎたので、一度削除して、一部加筆修正して再投稿することにしました。
 先だって投降したものを呼んでいただいた皆様お見苦しい物をお見せしました。この場でお詫びとさせて頂きたく存じます。 

 また、誤字等ございましたらご指摘いただけると幸いです。随時修正致します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人間の絵描き、河童と出会う事。


 最近は直接、ハーメルンのサイトから投稿していますが、機能になれておらず、先日のようなことがまた、起きるかもしれません。

 あと私、転職し鑑定士になりました(骨董専門)
 
 よろしくお願いします。


 

 衝撃的な来訪より一夜明け、福太郎が目覚めると、くつくつと何か煮える音が聞こえ、味噌汁の良い匂いが伝わって来た。

 

 どうやら、椛が朝餉の準備をしているようだった。

 

 椛は福太郎が訪れてから、快くもてなしていた。

 

 昨晩の麦茶の用意などからもよく分かる。

 

 これまでここまで良くしてもらえたことなど、足洗邸でこまがかいがいしく世話を焼いてくれたが、食事に風呂、寝床の準備まで何から何まで世話になっていた。ここまで面倒を見てもらったことなど、ほとんど経験が無かった。子供時代を除いて・・・

 

 さながら、高級旅館にでも来たようだった。立派な建物に、立派な風呂、うまい食事に、すがすがしい空気。その空気は夜には素晴らしく美しい夜空を見せてくれる。人里からみる夜空も素晴らしかったが、椛の家から見る夜空は特別美しく感じた。

 福太郎の中の創作意欲がふつふつと湧き上がってくる。

 

 そんなことを想いながら、福太郎は来ていた浴衣を脱ぎ、持ってきた普段着にぞ出を通して、浴衣などを手に椛の居る台所まで移動した。

 

 

 台所は昔ながら民家に見られるように土間になっていて、椛が付け合わせの漬物を切っていた。

 普段の仕事着である装束とは違い、淡い青色の小袖を着ている姿が実に可愛らしい。襷をかけて家事をしているさまは、まるで旅館の中居さんの様だった。

 

 その様子に見とれているばかりではいけないと思い、福太郎は声を掛けた。

 

 「おはようございます。椛さん。洗濯物はどうしましょうか?」

 

 椛は、声を掛けられて、小皿に漬物を盛り付ける手を止めて、振り返る。

 

 「あら、おはようございます。福太郎さん。洗濯物でしたら、脱衣所の駕籠に入れてください。後ほどまとめて洗いますので。洗い物を置かれましたら居間で待っていてください。もうすぐ朝餉が用意できますので。」

 

 分かりました。と答えて脱衣所の駕籠に浴衣などを入れて、言われるがままに居間へ移動した。

 

 (何から何でもしてもらうのも悪いし、後で洗濯か薪割りでも手伝おう)

 

 などと思っていた。なんせ福太郎も一応は昭和生まれであるからして、薪割も手洗いの洗濯も一応経験はあるので問題ない。そんなことを考えていると、椛が朝餉を持ってやってきた。

 

 「お待たせしました、福太郎さん。さっそく朝ごはんに致しましょう。」

 

 そう言って、朝餉を机に並べていく。

 

 白米に、大根と戻した干しシイタケの味噌汁で、大根の葉が彩として散らされている。加えて、卵焼きに沢庵が添えられたものであった。簡素ながらも心尽くしの料理である事が見て取れる。

 

 「「いただきます。」」

 

 二人は、手を合わせて、食べ始める。

 

 福太郎は炊き立ての白米の盛られた茶碗に手を伸ばし、静かに食べ始める。白米をかみしめるとほのかな甘みが口の中に広がる。実にうまい。このような朝食などいつ振りだろうか。足洗邸で生活していた頃、以来であるような気がしていた。

 

 次に、みそ汁に口を付ける。そこし、濃いめの味噌汁は白米が進む。厚めに切られた大根はほくほくとして旨いし。椎茸も厚く、噛み応えがあってうまい。出汁は昆布だろうか?椎茸を戻した時の汁も混ざっていると見えて実いい風味だ。

 

 卵焼きに手を伸ばせば、出来立てで実にうまい。口にすると少ししょっぱく、出汁が効いている。懐かしい関西風の卵焼きだ。もはやおぼろげな幼いころの思い出がよみがえるようだった。

 

 内心感動に打ち震えながら、椛に目をやると。黙々と食べていた。

 

 手にした茶碗は福太郎の物より大きく、そこには山もりの白米が盛られていた。それが見る間に減っていく。パクパクと飯を食べているかと思えば、沢庵や卵焼きなどに手を伸ばしてあっという間に食べていく。その表情は実に幸せそうだった。

 

 福太郎の視線に気づいて、チョット顔を赤くして、口の中の物を呑みこんで恥ずかしそうに笑った。

 

 「すみません。私ちょっと人よりも多く食べるものでして・・・特に朝食を。」

 

 そんな彼女の言葉に笑って福太郎は答えた。

 

 「ええんよ。気にせんで。朝飯は大事やし、一杯食べるのはええことやで。」

 

 そうですね。と答えて椛は食べ続ける。おいしそうに食べる椛を見て福太郎の箸も進んだ。福太郎は残らず朝餉を平らげると、おもむろに椛の隣に移動して、御櫃を開け、しゃもじを手にして笑いかける。

 

 椛がきょとんとしていると、福太郎は笑って、手を差し出す。

 

 「おかわり、どうです?」

 

 「そ、そんな悪いですよ福太郎さん。」

 

 「ええから、ええから。それにたくさん食べるの見てるの楽しいし。」

 

 「それでは・・・お願いします。」

 

 椛は福太郎に茶碗を渡し、椛から茶碗を受け取った福太郎は白米を茶碗に山盛りいっぱい、よそう。

 

 茶碗を受け取った椛は、山盛りの白米を恥ずかしそうに、パクリパクリと食べていく。

 

 無くなると、福太郎は茶碗を椛から受け取り、また白米をよそって、渡す。

 

 そんなことを二度三度と繰り返すと御櫃の中身はたちまち空になった。

 

 (「お父さん、おかわりどうぞ!!」「ありがとな、福太郎。って盛りスギやがな!!」)

 

 (昔は、こんな風に家族で食べてったっけな、懐かしいわ・・・)

 

 

 

 朝餉が済むと、二人は食器を台所まで持っていき、椛が食器を洗い、福太郎が、水を噴くといった具合で分担して食後の後かたずけをした。

 

 食器を洗っている時に、この後の予定として洗濯をした後薪割をし、椛が所蔵する武器武具の類を見せてもらうことに成った。

 

 初めのうちは「客人に家事を手伝わせるわけにはいかない」と椛は断っていたが、「待っているのも暇だし、早く武器や武具を見せてもらいたいから、一緒にやって方がいくらか早いから」と福太郎がごり押して、手伝うことに成った。

 

 

 二人は、互いの洗濯物を持ち、井戸端へ移動する。大きな桶に、水をためて、洗濯物を浸し、石鹸で汚れを落としていく。

 

 「てっきり、米のとぎ汁かなんかで洗うと思ってました。」

 

 「何十年か前まではそうでしたが、最近は石鹸が売られるようになりましてね、こっちの方が効率が良くて。それにしても福太郎さん、お上手ですね。外の世界の人間は機会を使うと聞いてましたから。」

 

 二人で、水につけた衣服に、石鹸を付けて、生地を傷めないように洗濯板に擦り付けて、じゃぶじゃぶと洗いながら会話をする、何とものどかな光景である。

 

 「ゆうて、なんでもできるわけじゃないからねぇ~。今でこそ、割と何とかなるけども。昔は手洗いすることも珍しくなかったから。・・・お母さんに仕込まれて手伝っとたな。」

 

 「そうでしたか、でしたらご家族も心配なさっておいででしょう?早く帰れると良いですね、福太郎さん。」

 

 「・・・せやね。」

 

 「?」

 

 椛は、何気なく話したつもりだったが、福太郎は家族の話をするときはどこか、歯切れが悪いようだった。いままで恥ずかしく話していたのに違和感を覚えた。

 

 洗濯を終えると、二人で物干し台に、紐を張り、洗濯ばさみで止めていく。お互いに下着の類を干すときは恥ずかしそうにしながらもしていく。最後に手ぬぐいや、晒の類は板に張り付けるようにして、日当たりの良い所に置き干した。

 

 外は良く晴れていて、気持ちの良い風が吹いている。空には太陽が輝き、白い雲が風に流されて行っていた。

 

 洗濯ものを干し終わると、椛は蔵へ、福太郎は居間へ行き、椛を待った。

 

 福太郎はワクワクしながら待っていると、椛は重そうな長持ちと、鎧櫃を軽々抱えて運んできた。

 

 「ほ~ん。力持ちさんやね。椛さん。」

 

 「えへへへ。流石に鬼の方々程ではありませんが、天狗は皆、力持ちですよ。それに、鍛えてますので!!」

 

 古来より天狗が山で起こすとされる怪奇はさまざまある。「天狗の礫」(突然空から木の枝や、石が降ってくるもの)、「天狗の囃子」(突然山の中で聞こえてくる祭囃子)などだ。その中の一つとして、「天狗倒し」というものがある。山で起きる不思議な現象を天狗の仕業とするもので、突然の倒木、とりわけ大木が倒れて来ることをこう呼ぶ。この現象で生じる、副産物として大きな穴ができるが、これは「天狗の風呂」とよばれることがある。

 山で起きる怪奇現象全般は、山、あるいはそこに住む化生ものによるテリトリーの主張。あるいは、一種の禁足地や異界、聖地の結界であるとされている。

 当然のことであるが、山を守る天狗である椛もこれらの芸当ができるのである。天狗の礫などは神通力と言ったテレパシー系の能力によるものもあるが、天狗の強靭な四肢から繰り出される現象でもある。

 

 

 椛は自慢げに笑いながら、長持ちと鎧櫃を置いた。長持ちは、6尺ほどの長さがあり、幅も3尺ほどもある大きなもので、頑丈そうな使い古された唐櫃だった。唐櫃には家紋の様に赤いカエデの葉が描かれており、鎧櫃にも同じものが描かれていた。

 

 初めに、長持ちの蓋が開けられ、中から武器武具が椛の手に取って取り出されて行き、畳の上に並べられていった。

 

 三八歩兵銃が1丁、銃剣のような短刀が一振りと弾薬箱がひとそろえ。

 

 二十六年式拳銃が1丁

 

 籐重の半弓が一張と三十六筋の矢が入った箙が一つ。

 

 棒手裏剣が入った革袋が一つ。

 

 身幅の広い鉈なような刀が一振り。

 

 紅い柄巻きの日本刀一振り。

 

 赤い房が付いた二尺ほどの大ぶりな十手が1丁。

 

 紫の房の付いた三尺二、三寸ほどの十手が1丁。

 

 紺染めの捕縄が一束。

 

 白地に赤いカエデの葉が描かれた丸い楯が一つ。

 

 

 

 以上の武器武具が取り出された。

 

 「それと、後はあれですね。」

 

 そう言って、奥の部屋から、七尺ほどの鑓と鉄の輪と筋金が両端の端から三尺ほどのところまではめ込まれた六尺棒を持ってきた。

 

 「これで、私の武器武具は全部ですね。どうです?ご感想は?」

 

 ニコニコと笑いながら、福太郎を見ると、目をキラキラとさせながらわずかに震えている。

 

 「カッコええわ~!鑓や刀は想像しとったけど、結構近代的な武器もつこうてはるんですねぇ~。あと捕物道具もあるんですね。」

 

 「ふふふ、福太郎さんも男の子ですねぇ♪」

 

 「男の子はいくつになっても武器もって走り回るんが好きなもんですよ。オレはからっきしやけど。」

 

 

 キャキャッと二人で、笑いあっていると玄関の方から声がする。

 

 

 ???「お~い!椛いる~?開いてるから入るよ~」

 

 

 門の方から声がする。

 

 

「にとり~!ちょっと待ってて、今行くから~!!」

 

 大きな声で返事をすると福太郎に向き直って、声を掛けた。

 

 「丁度、友人が来たようです。出してあるものはどうぞ、お手に取ってご覧ください。ですが、充分ご注意くださいね。」

 

 そう言って、椛は中座した。福太郎は、興味深そうに並べられた武器武具を見つめ、先日、椛が身に着けていた幅の広い刀に手を伸ばす。持ち上げようとすると、その重さに驚いた。

 

 (こんなん使こうてるんか~すごいわ、ホント。)

 

 抜いてみようと思ったが、落として畳に穴を空けるのもはばかられたため、紅い柄巻きの日本刀を手に取りさやを払った。流石に先程のよりかは軽いが、重く感じる。見れば、普通の日本刀よりかは身幅は広く、重ねも厚い。拵えもがっしりとしていて、実に頑丈そうなものだった。刃文は直刃がまっすぐ伸びていて美しく、良く研ぎあげられており、よく切れそうだった。所謂「薩摩拵え」と称される質実剛健な一振りである。

 鞘に納めて、元の場所に置くと、十手に手を伸ばす。正直、他のモノには怖くて手を伸ばしずらかったからである。

 

 二尺の十手は、八角の棒身(十手の刀身にあたる部分)に大ぶりの鉤がカシメ付けられていた。柄は数珠玉のようになっていた。十手は錆一つなく磨き上げられ、よく手入れされているのが分かった。見るとところどころに刀傷があった。研がれて直されているが、はっきりとその痕跡が見て取れる。

 椛がこの十手を手に、火花を散らしながら凶刃を防いでいる姿が目に浮かんだ。

 

 もう一つの十手を手に取ってみれば、見たところ傷などは見て取れず。全体が美しく磨けあげられており、柄に等間隔に三つの真鍮の輪がはめられており、柄尻の環(かん)は十字のような形になっており、どこか五鈷杵を思わせる美しい逸品で武具というよりも、芸術品のようであったが実用の武具らしい威厳のあるものだった。

 

 

 

 

 

  武器武具を眺めているころ、椛は来客の対応をしていた。

 

 

 

 

 「いらっしゃい。にとり。よく来てくれました。何か御用ですか?」

 

 ニコニコと笑い、元気そうな様子ににとりは少々面食らった。ついこの前会った時は、どこか注意散漫で、こちらの言う事など上の空、数少ない趣味の将棋にすら興味を示さない物だから、一体どうしたのかと気になっていた。録に休暇を取らないことで知られている椛が珍しく休みを取ったらしいとの事でなおの事、心配になった。

 

 そこで、今日、九天の滝まで貧乏徳利片手に足を延ばしたのだ。にとりは椛の様子を見に来たのだ。酒でも飲めば悩みの一つや二つなど聞き出せるのではと思ったのだ。しかし、そこに椛は居なかった。代わりに居るのは椛の五人いる部下の一人で、生駒桜という若手の白狼天狗だ。

 椛はどうしたと聞けば、椛は暫く休みで、部下の白狼天狗たちが交代で椛の代わりに哨戒をしているとのことだった。

 

 しかし、その心配は杞憂になりそうだった。目の前にいる椛は、こぎれいな小袖を着て、うきうきとしている。元気そうどころか、この上なく幸せそうに見える。むしろ、何があったのかと気になった。普段の様子とはあからさまに異なる。普段の椛の休暇の姿と言えば日がな一日にとりたちと将棋に興じるか、川辺で釣りか山で鹿や猪を狩っているかで、心底退屈そうに過ごしているのだから。今の椛の様子を見るに、ただ、休暇を満喫しているようには思えなかった。

 

 「前、会った時はさ、なんか元気なさそうだったし、上の空だったからなんかあったのかと思って。おまけに急に休みに入ったとかいうから、余計に心配になったんだけど。」

 

 「それはすみませんでした。実は今、お客様が泊っておりまして、聞いてませんかね?田村福太郎さんという方なのですけど。」

 

 

 ニコニコとしている椛の言葉に、ああ、そういえば大天狗の飯綱の名前で連絡が来てたななどと思い出していた。人間が山に招かれるというのは珍しいことなので記憶の隅に引っかかっていた。

 

 「そういえば、そんな話だったね。椛のとこに泊まってるとは思わなかったけど。はい、これ土産。ホントはコイツで一杯やりながら愚痴でも聞こうかと思ってたけど元気そうならいいや。やるよ。」

 

 そう言って、椛に酒を渡した。椛は喜んで受け取り、まだ、日も高いから夜にいただきますと笑って答えた。

 

 にとりは、御山の客人が来てるなら、自分も挨拶すると言ったので、快く招き入れた。

 

 椛に促されて、家に上がるとふとある事に気付いた。

 

 「・・・うん?てことは椛がお世話係?それじゃ、休暇じゃないじゃん。仕事じゃん。接待じゃん。大丈夫?変なことされてない?やっぱ話聞く?・・・嫌な事ならさ、ちゃんと断った方がいいよ椛。」

 

 にとりの言葉に一瞬何のことやらと思っていたが、言葉の意味が分かるとたちまち顔を赤くした。

 

 「そ、そんな事はありませんよ!!何言ってるんですか、まだ明るいうちから。そうではなく・・・確かに休暇ではないかもしれませんが・・・・喜んで引き受けたの!それに福太郎さんはそんな方ではありません!!怒りますよ!」

 

 にとりに言われて確かに、体よく面倒ごとを押し付けられた形なので、後で仕事として手当を請求しようと思いつつ、にとりに折角来たのだからといってを居間に招き、この河童の客人の為にお茶の用意をしに台所に向かった。

 

 

 勝手知ったる人の家、にとりは迷うことなく居間に向かうと、そこには十手を物珍し気に眺める福太郎がいた。

 

 

 福太郎は十手をしげしげ観察していると、不意に聞きなれぬ声が聞こえた。それまで、その存在に気付かなかった。

 

 

 「あんたが、客人の盟友かい?」

 

 

 その言葉にようやく、来訪者に気付いて目を向けた。そこには緑の帽子をかぶった青い髪の少女が怪訝そうな顔をしてこちらを見ていた。

 

 (・・・こいつが田村福太郎。)

 

 これが二人の出会いだった。

 

 

 「これはどうも、自分は田村福太郎いいます。盟友かどうかは分からんけども・・・」

 

 手に持った十手を元の場所に置くと、にとりに福太郎は朗らかに挨拶した。

 

 (へらへらした盟友・・・コイツのどこがいいのかね?)

 

 二ヘラと笑う福太郎に純粋に疑問を抱いた。椛が入れ込み、大天狗たる飯綱が特別に入山と自由行動を認可した人間。見たところ外来人で、そんなに特別には見えない。強そうにも見えないし、見た目がそれほどいいようにも見えない。

 

 「盟友というのは私ら河童の人間に対する呼び方さ。昔から助け合う事もあるし、遊ぶこともある。だから盟友さ。」

 

 「へぇー!お嬢さん河童だったんかいな。逢ったことある河童の人とは全然違うからビックリやわ!」

 

 (河童に逢ったことがある?こいつ外の世界の退治屋か何か?)

 

 河童に逢ったことがある。本来ならありえない発言から思わず警戒するが、とても祓い屋や退治屋には見えないためますます疑問は募るばかりだった。

 

 にとりの怪訝そうな表情に福太郎は自分の正体に対して疑問を抱いてるのだろうと察した。この幻想郷の外にはほとんど妖怪が居ないのだから自分の何気ない発言に疑問を持っているのだろうと察することができたので、自身の正体を明かした。

 

 「あ~自分、他所の世界から来ましたしがない絵描きでして。普段は人里で依頼貰って絵を描いていますけど、最近は寺子屋で臨時教師なんかもしとります。」

 

 「他所の世界の絵描き?」

 

 また、気になる言葉が出てきたが、その疑問はすぐに解消した。

 

 「福太郎さんは、外の世界から来た外来人ではなく、異世界から迷い込まれた方なんですよ。」

 

 声のする方には盆に湯呑と急須、茶請けの浅漬けのキュウリを載せた椛が居た。

 茶と茶請けを出しながら福太郎の現在の状況を説明してくれた。人間と人外が混在する世界から迷い込んだ事。元の世界に帰る算段が付いていないこと。生活の為人里で働いていること、射命丸に気に入られて山に招かれたこと、滞在先として椛の家が選ばれたことなどを簡潔に、手際よく茶を注ぎ、茶請けを配膳しながら話してくれた。

 

 「・・・大変だね。あんたも。あんまり堪えてなさそうだけど。」

 

 ズズズ

 

 「・・・そうでもないですよ。やっぱ少なからず動揺はありました。でもね、霊夢ちゃんや紫さん、慧音さんや霧雨の旦那さん、阿求さん。それに射命丸さんに椛さん・・・他にもたくさんの人や妖怪が良くしてくれる。だから、時々元の世界を思い出しても寂しくなる事もあっても、辛くはない。」

 

 「・・・」

 「・・・福太郎さん」

 

 少し寂しそうな、心細うそうな福太郎の言葉に少し悲しさを感じながらも、理不尽な世界の中で生きていく強さを福太郎ににとりたちは感じた。

 いうなれば、福太郎の健気さが幻想郷に生きる人妖が「放っておけない」と思わせるものなのかもしれない。

 

 暗い雰囲気を払拭するように、福太郎は椛所有の武器武具について質問し、楽し気に話をしていった。

 カッコイイ玩具にはしゃぐ子供の様に楽し気に過ごす福太郎は微笑ましくも、その背景を知ると少し悲し気ににとりには見えていた。

 

 「しかし、こんな鉄砲もあるなんてな。ビックリやわ。実際に使う事もあるんです?」

 「滅多にないですね。外の世界から吸血鬼が来た際に戦いがありまして、以来軍備の増強が図られまして、外の世界から細々と仕入れていたのですが、70~80年前から大量に無縁塚に流れ着くようになりまして、以来全員にこうした銃器が支給されるようになったんですよ。」

 

 70~80年前。つまりは終戦後という事である。これには事情がある。日本が敗戦を迎えたおり、GTPにより武装解除が行われた。警察を除きすべての武器の廃棄が行われた。今日の日本の銃刀法はこの影響がある。椛によるとこの時に大量の武器が地中や海中に廃棄されたがそうしたものが忘れ去られ、幻想郷にたどり着いたとのことであった。

 

 「なるほどな、そりゃあり得る話やね。」

 「こうしたものは時折手入れをしなければならないので、そうした時にはここにいるにとりたち河童のメカニックたちにお世話になります。」

 

 武器武具を囲んで三人は先程の暗い雰囲気を払拭するかのように談笑した。

 他にも、将棋や普段の生活の話など様々な話をした。

 そうしている時に、福太郎の絵の話になった。

 福太郎はどんな絵を描いているのか。そのにとりの質問に、椛は白熱して語った。福太郎さんの絵は素晴らしいと。そうなるとどんな絵なのか心底気になった。

 

 「そう褒められるとむず痒いわ~」

 

 そういって福太郎は少し悩んで、あてがわれた部屋に戻っていった。

 その間ににとりは椛を少し冷やかすことにした。

 

 「あんたがこんなに入れ込むなんて珍しいじゃないか。もしかして一目ぼれ?」

 「い、いえ!違う!一目じゃなくて!ずっと何度も見てて・・・じゃなくて!」

 「はいはい。ご馳走様。」

 

 少しはばかり冷やかした後福太郎は、イーゼルと長方形の紙と画材を持ち戻って来た。

 

 「せっかくやし、一つ絵を描いてみようか?そやな、折角立派な家に泊めてもらってるんやから、この家を描こうか。縁側で座ってるもいいし、描いてるところ見ててもらっても構わんよ。」

 

 そう言って、福太郎は縁側から庭に居りてイーゼルを置き画板に紙を止めてスラスラと描いていく。

 いつものヘラヘラとしてどこかどんくさそうな雰囲気とは打って変わって、流れるように手際よく準備し、絵を描いていく姿は一種の職人の仕事を見るような感じがある。

 その姿に若干驚きつつにとりが隣に目をやれば、うっとりしたようにその姿を見る椛が居た。

 

 (こりゃ、首ったけどころか尻尾の先から耳のてっぺんまでどっぷりだねぇ)

 

 話しかけてもちっとも椛が反応しなくなったので、にとりは縁側に降り福太郎の作業を見に行った。

 わずかな時間にも拘らず、下絵が出来上がっていた。

 まだ下絵の段階にも拘らず、茅葺屋根の立派な屋敷の絵が描かれていた。その福太郎の顔を見れば普段の様子とは打って変わって、真剣で、楽し気で、無邪気な子供のような純粋な目に、精悍な若者のような凛々しさがどこかに感じられた。

 

 (ああ、椛はこの目にやられたんだねぇ。・・・ちょっと分かるな。いい顔をしている。)

 

 一切の狂いなく、迷いのない筆さばき、真剣に被写体に、絵に注がれる視線は一流の職人のそれであった。 

 にとりは職人ゆえにその手先に目が行くが、椛は持ち前の千里眼でその眼が行ったであろうことは想像に難くなかった。

 

 下絵が終わると、線が描き込まれ、色がのせられていった。その一連の流れは一瞬の様でいて、長い時間が流れていった。

 にとりが見ていることなどまるで気付かないように福太郎は絵を仕上げていった。そして最後にちらとにとりと椛を見て最後の仕上げをしていった。

 

 福太郎は仕上がった絵を持って屋敷に戻ると椛とにとりにその絵を広げて見せた。

 

 そこには太陽に照らされる茅葺の屋敷に、一人の河童と一人の白狼天狗が盤面に向かい将棋を指している姿が描かれていた。

 一度として将棋を指している姿を見せたことなどないのに、まるでその場にいたかのように、在りし日休暇の日の二人が描かれていた。まるで絵からパチリ、パチリという将棋を指す音が聞こえるような絵であった。

 

 「・・・流石だね。やっぱ本職はすごいわ。」

 「・・・」

 

 にとりは完成するまでの過程を見ていたが、それでも完成されてた絵を見て感嘆していた。椛に至っては言葉もなかった。

 

 「そう褒められると、偉い恥ずかしいわ。オレはあくまで油絵なんかの西洋絵画が専門だから。日本画系はこっち着て本格的にやってる。ゆうても、水彩画のなんちゃって日本画やけどね?」

 

 そう言ってウインクする福太郎ににとりは言葉を失った。つい本格的に始めたにもかかわらず、この仕上がりならば、専門とする西洋画ならどれほどのものとなるのだろうか?そう思うと見てみたい気がする。田村福太郎という絵描きの力量を。

 

 「あぁ、あの福太郎さん!」

 「な、なんです急に大声出して。」

 「こちらの絵、いただけませんでしょうか!!」

 

 そう言う気持ちはよく分かる。そう思いながらにとりは椛を見ていたが、肝心の福太郎は少し悩むようにして答えた。

 

 「ダメやね。」

 「お金でもなんでもご用意します!」

 「そういう事じゃなくてね。」

 

 福太郎は絵を指を指しながら言った。

 

 「だって、これ飾れんやん。折角やから軸装してからな?」

 

 福太郎の言葉ににとりも椛も笑い出し、福太郎も笑った。

 まったくもって気が早いと。

 

 福太郎は霖之助に用意してもらった軸装の素材を用意し、三人で仕上げることにした。にとりが絵の寸法に合うように素材を切り揃え、椛が小麦粉でのりを造り、福太郎は椛が造ったノリで裏地を張り、にとりが調整した素材を張り合わせ、略装ではあったが一本の掛軸に仕上げていった。

 

 完成した掛軸を床の間に飾ると何ともよい、穏やかな雰囲気になった。

 

 「でけた、でけた。」

 「初めてですが結構よい出来になりましたね。」

 「霖之助が造る本格的な掛軸もいいけど、こういうのも乙やね。」

 

 三人は一緒に造った掛軸を満足げに眺めていた。

 福太郎はともに作った二人に掛軸を贈るといったが、にとりは辞退しようとしたものの、手伝ってもらったことに加えて、にとりが来なければ描かなかったと言って二人の物とした。

 

 「じゃ、私はこの辺で帰るよ。また掛軸見に来るよ。」

 「それじゃまた。」

 「ほな、また会う時はそん時はよろしゅうに。」

 

 河童は白狼の友に気にかけて、人間の絵描きと出会い、一幅の掛軸を仕上げた。

 白狼は人間の絵描きの眼差しとその絵に惚れ直し、人間の絵描きは二人の妖怪と楽しいひと時を過ごした。

 

 今宵は此処に栞を挟み、噺の続きはまたいつか。

 

 

 

 





 どうも、信州のイワです。

 ちょっとした日常会と河城にとり、椛の部下の登場(名前のみ)でした。

 食事会というのはあんまり出てくる印象が無いのでやってみた次第です。

 池波正太郎作品の食事描写というのが昔から小説でも時代劇でも好きで挑戦してみましたがなかなかカッコよくできないので勉強が必要です。

 また、椛たち哨戒を行っている天狗たちの装備だとか、仕事だとかをやってみたくて表現してみたくて部下を達を登場させました。
 
 組織形態や武装などは、火付盗賊改方や江戸町奉行所の与力同心をモデルとしています。『江戸町奉行所事蹟問答』という本に詳しく記されています。これは維新後に町奉行所の与力が当時の事を詳しく記していて、その本によると、基本的に6人あるいは5人の同心に隊長として与力が一人つきます。
 江戸町奉行所のことは詳しく遺されているのですが、現在でも火付盗賊改に関しては不明な点が多いため、組織形態は町奉行のそれをモデルとしています。
 
 昔『八丁堀の七人』という時代劇がありましたが、あれは何故7人かというと、定廻り同心6人に与力1人で七人という形になっています。
 
 同心とは本来合戦では足軽の役割で、騎馬武者である与力がその指揮を執ります。この形式は一応、行政を運営する文官気質の江戸町奉行所にも適応されています。実はあまり知られていませんが、江戸町奉行所には戦時に鉄砲隊として江戸を守るという役割があるのです。
 
 また、火付け盗賊改方は、弓隊と鉄砲隊からなる先手組という徳川家の足軽部隊が兼任という形で治安維持の役割を担っていましたので、椛たちは銃器や弓矢を支給されているということにしました。
 皆、硝煙の匂いがあまり好きではありませんが、戦時には銃器の使用もためらいません。弓矢は主に夜襲や奇襲用です。
 
 ちなみに、幕末には江戸町奉行所の武装は近代化され、ゲーベル銃やリボルバー拳銃に武装が換装されていますので、近代的な銃器が配備されていることにしました。

 椛の所属する白狼天狗を中心とした紹介部隊の基本的な設定のほとんどは江戸町奉行ではありますが、その実態としては、火付盗賊改方と同様の軍人組織です。

 作中に登場した椛の部下、生駒桜の他のメンバーは、鹿野紅葉(しかの くれは、モミジではない)、井之頭牡丹、鳥居柏、卯之原月夜(げつよ)です。・・・名前の由来は鍋に入れられるお肉の名前です。
 因みに生駒桜のモデルは私の同級生です。

 椛たちの部隊の正式な隊長は射命丸なのですが、新聞刊行に没頭しているため、副官である椛に部隊運営を丸投げしています。また、部隊の拠点が椛の自宅なのでどっちが隊長か分かりませんね。

 にとりと福太郎の出会いに関してはどうするか正直悩みました。どうかかわらせるかも。
 そこで、3人で掛軸を作るという事にしてみました。描写としてはやり方を懇切丁寧にやる事も考えましたが、実際にやったことのない人が読んでみても分かりにくいと思い、簡単な表現にしました。
 
 椛に関しては福太郎のに対する好感度がさらにアップ。初めての共同作業にウッキウキです。

 連載は不定期連載ではありますが、生きている限りは続けますので、気長にお待ちください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。