個性:心を読む程度の能力 (波土よるり)
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雄英入学篇
No.1 オリジン(☆)


僕のヒーローアカデミアにハマりすぎて書いてしまった。アニメ2期も楽しみだー( ゚д゚)


【挿絵表示】

↑No.10から移動しました。主人公の容姿です。

ドヤ顔させてるのは完全に私の趣味です。ドヤ顔のさとりん可愛いよね…(恍惚)
ああああ、さとりん可愛いぃぃい


 ふとした時に思い出したのだ、私には前世があると。

 思い出したとき、私は四歳の女の子だった。

 

 こんなことを他人に言ったら、あいつ頭おかしいんじゃないのかなんて思われるだろう。でも実際にそうなのだからしょうがない。

 ただ、前世があるとはいっても明確には思い出せない。何となくしか覚えていない。

 

 憶えていることは、私が日本で育ったこと、趣味が漫画やアニメを読んだり観たりすること。そのくらい。

 

 性別が男だったのか女だったのか、名前は何だったのかは覚えていない。年齢は……十代?二十代? やはりあやふやだ。

 

 まあ別に前世の自分についてはあまり重要じゃない。そんなことよりも重要なのは、私が今生きているこの世界が超能力の存在する世界だということ。

 

 どうやら今世の私は親のいない孤児の様で、児童養護施設でお世話になっているのだが、前世を思い出した直後のこと、施設の管理人さんが念動力を使って荷物運びをしている姿を目撃した。

 前世を思い出す前も目にしていたはずだが、前世の記憶があるせいか非常にびっくりした。

 

 この世界では、超能力の事を『個性』と呼ぶそうだが、個性が認知されるようになったのはつい最近のことらしい。

 

 事の始まりは中国軽慶(けいけい)市で、発光する赤子が生まれたというニュースだったという。

 

 それ以降、各地で『超常』は発見され、原因も判然としないまま時は流れた。『超常』は『日常』に、『架空(ゆめ)』は『現実』に成り代わっていき、世界人口の約八割が何らかの特異体質を持つ超人社会。それがこの世界。

 

 個性の発生にともない、個性を使った犯罪者、ヴィランが増加し治安が悪化していった。そしてそんな混乱渦巻く世の中で、誰もが一度は空想し憧れた一つの職業が、脚光を浴びている。

 

 

 〝ヒーロー〟

 

 

 ヒーローはヴィランの効果的な対応策と認知され、人気No.1職業である。稼ぎも相当いいらしい。

 

 

 

 ところで、この世界が超能力の存在する世界だということ以外にもう一つ重要なことがある。

 

 それは、私の名前が『古明地さとり』だということ。

 私は赤子の時に施設の玄関に捨てられていたようだが、その時に『古明地さとり』と書かれた紙が一緒についていたらしく、それが私の名前ということらしい。

 

 

 ――古明地さとり

 

 東方Projectという弾幕系シューティングゲームに出てくるキャラクターの一人である彼女。

 私が明確に憶えている数少ない前世の記憶の一つだ。

 

 彼女は『(さとり)』という妖怪で、身体と管のようなものでつながれた『第三の目(サードアイ)』という器官を使って他人の心を読むことが出来る。

 

 名前が一緒なだけならば、まあそんな偶然もあるよね、で軽く流せる。しかし私にもあったのだ。何が? サードアイが。それに、『古明地さとり』よろしく、私にも心を読む力が備わっていた。

 

 読心できるなんて、占い屋とかしたらめっちゃ儲かるんじゃ? 人生イージーモード? 

 

 ……なんてことはなかった。

 読心ができると気が付いてから、周りの人の心の声が無差別に頭の中に流れ込んでくるのだ。読心をオンオフできずに、ひどく苦しんだ。

 

 周囲の人には、サードアイが目を(つぶ)っていれば心の声は聞こえないと嘘をついていたので、人間関係がこじれることはあまりなかったが、めちゃくちゃつらかった。

 

 十歳頃にサードアイの開閉で読心のオンオフができるようになったり、読む対象を限定できるようになったりしたので今はもう良いが、人の心の声を聞きすぎたせいで若干人間不信だ。

 

 

 能力に加えて、私は容姿も東方Projectの古明地さとりによく似ている。

 今現在の私の年齢は十四歳なのだが、非常にかわいらしくて整った顔立ちであり、髪色はピンク色とも紫色ともとれる色。つまるところは、スーパーかわいい超絶美少女なのである。

 ……ただ事実を述べただけであり、自画自賛ではない。

 

 若干の差異はあるけれど、能力や容姿が古明地さとりにとても似ている。私は古明地さとりに憑依したのだろうか。或いは単なる偶然だろうか。まあ、別に真実が分かったところで私は私なのでどうしようもない。気楽にいこう。

 

 

 

 さて、私は今、とある高校の受験会場に来ている。その名も雄英高校。ヒーローになるための学科、ヒーロー科がある高校の中でも一番人気の学校だ。この高校を卒業すると注目されやすく、人気ヒーローになりやすい。

 

 そう、私もヒーロー志望なのである。

 

 なぜって?

 

 ――お金が欲しいから。

 

 本当は、人助けがしたいとか、ヴィランを野放しにはしておけないとか崇高な精神をお持ちの方がヒーローになるべきなんでしょうけど、生憎(あいにく)と私はそんな考えは持っていない。

 

 別に困っている人を見捨てたいってわけじゃあないけど、散々心の中で悪態ついている人をなんの見返りもなしには助けたくない。あの人(・・・)も見返りを求めても良いって言ってたしね。

 ヴィランについても、私と家族(施設の皆)に迷惑かけないならあんまり関心はない。

 

 自己中?

 

 まあそうだけど、いいじゃん。ほら、お金もらえるなら、人助けでもヴィラン退治でもするからさ。やらない善よりやる偽善っていうし。

 

 

 

 

 

 何やら異様にテンションの高い先生が説明していたが、さくっと試験の説明も終わり、今は実技試験会場に来ている。緊張した顔持ちで試験開始の合図を待っている者、余裕なのか周りの人と喋っている者などいろんな人がいる。

 

 まだかなー、と待っていると一瞬、スピーカーから小さなノイズ音が聞こえた。そろそろか?

 

《ハイ、スタート!》

 

 その声と同時に私は走り出した。どうやら他の皆は開始の合図と分からずに出遅れたようだ、ラッキー。

 

 しばらく走っていると『1P』と書かれたロボットが現れた。

 

「標的補足! ブッ殺ス!!」

「殺ス! 殺セ!」

 

 しかも二体だ。てか、物騒過ぎない? このロボット。

 まあいいや、ポイント貰っちゃいましょうか。

 

「本来なら、精神的に苦しめるのが楽なんですけど―― 想起「なんか良い感じに電気で身体強化」」

 

 すると私の右手がバチバチとまるで雷をその手に宿したかのように電気に覆われる。

 

 これは私の個性、心を読む程度の能力を応用した技だ。

 

 東方Projectの古明地さとりはサードアイを使い心を読むことが出来るが、能力の使い方はそれだけではない。ひと工夫することで、相手にトラウマを想い起させ、さらにそのトラウマを再現することが出来る。

 

 私も同じようなことが出来る。

 この世界にゲームのように弾幕を使う人はいないので、弾幕を再現することはできないが、私は相手が苦手とする個性を再現できる。

 

 ただし、再現できる個性は読み取ってから一日経つと、再度相手から読み取らないと使うことが出来ないなどの弱点もある。まあ、それでもかなり強いが。

 

 今使っている電気を手に(まと)う力は、私が住んでいる児童養護施設の管理人さんに協力してもらって(あらかじ)め読み取っておいたもの。

 

 管理人さんにトラウマを思い出させたのかというと、そうではない。私もそこまで人間的に終わっていない。

 

 別にトラウマじゃなくても個性を読み取るには、心に鮮明に思い浮かべてくれればいいのだ。

 管理人さんは以前に、ヒーローとヴィランが戦うところを実際に見たらしくて、その時のヒーローが電気を纏って戦っていたらしい。

 

「さて、ロボットは行動が読めない(・・・・)のでさっさと行動不能になってもらいましょうか」

 

 ロボットの顔にグーで殴り掛かると、その拳は易々とロボットの頭を破壊した。

 本来なら可憐で華奢(きゃしゃ)な私の力では殴ることでロボットを倒すことなど、東京タワーから目薬をさすくらい難しいことだろうが、想起した個性のおかげで簡単に倒すことが出来る。

 

 ふむ、事前にある程度練習しておいたけど、戦闘でもなかなか使い勝手いのいい個性だ。

 

「試験が終わったら管理人さんに改めてお礼を言いましょう。さあ、どんどん行きますよ!」

 

 

 そのあともロボットを見つけ次第、すぐに倒していき、今は69P稼げた。

 

 時間は残り三分ほど。

 あと少し、もうひと踏ん張りだと思ったその刹那、物凄い地揺れが起こった。

 

「うわっと…… まったく、なんですか一体。 ――これは…… なかなかどうして……」

 

 さながら怪獣映画のワンシーンのように建物を破壊しながら現れたそれは、あまりにも大きかった。試験説明の時に言われた0Pのお邪魔虫ロボット。こんなに大きいだなんて聞いてないぞ、おい。

 

「この広大な試験場もそうですけど、雄英はどこからお金持ってくるんですかね…… まあ、取りあえず――」

 

 逃げよう。それしかない。

 頑張れば倒せるかもしれないけど、0Pだし意味のないことはしない。というか面倒くさい。ただ働き、ヤダ、ゼッタイ。

 

「いったぁ……」

 

 ロボットが壊した建物の瓦礫に当たったのか、一人女の子が倒れている。どうやら足を怪我して動けないようだ。ヒーローなら無茶してでも助けるべきなんだろうけど、ごめん、我が身が一番可愛いんだ。せめて大怪我しないように祈ってるね。

 

 他の皆も倒れている女の子に気づいているようだが、我が身可愛さで助けることが出来ないでいる。サードアイで逃げている人を覗いてみても、皆逃げることで頭がいっぱいのようだ。

 

 

 巨大ロボットから距離をとる最中、ふと振り返ると一人の男の子がロボットに立ち向かっていった。何とはなしに、彼に注目していると、彼はおよそ人間の跳躍力とは思えない力で飛び上がり、力の限り拳をふり抜く。

 

「マジですか……」

 

 思わず口に出してしまった。そのくらい衝撃的だった。なんと男の子は拳一つで巨大ロボットを倒してしまった。

 

 

《終了~~!!!!》

 

 

 呆けていると終了の知らせが流れた。

 

 いやはや、それにしてもあの男の子はすごかったな。正義感もあるし、力もある。ああいう人がトップヒーローになるんだろうな。私には無理だ。

 

 結果的に私の最終ポイントは69P。上々の結果だろう。筆記もいい感じにとれてたし、ベストは出し切った感じだ。あとは結果を待つのみ。

 果報は寝て待て。疲れたし、帰ったらすぐ寝よう。

 




主人公の設定

名前:古明地さとり
性別:女
個性:心を読む程度の能力
備考:『心を読む程度の能力』は文字通り、心を読むことができる個性。また、相手のトラウマを再現し、相手のトラウマとなっている個性を使うことができる。ただし、トラウマ→読み取り→再現というように、他人の記憶に依らなければいけない。使えるのは読み取ってから一日以内。



2017/04/03 電気の個性を事前に使ったことがある、という描写の追加
2017/04/15 後書きの備考を追加
2017/08/29 軽微な修正


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No.2 個性把握テスト1

[前回のあらすじ]
 転生したら超能力のある世界で、自分の姿が『古明地さとり』でビックリ。ヒーローになるため雄英を受験。遠目で緑谷君の超パワーを目撃。



 雄英高校の入学試験から一週間が経った。

 そして、私の目の前には雄英からの封筒がある。

 

 管理人さんが雄英からの封筒を慌てた様子で持ってきたときには意外と冷静だったが、いざ開けるとなるとめちゃくちゃ緊張する。

 筆記の方は自己採点で合格ラインの少し上くらい、戦闘試験の方も合格ラインは超えていると思うがやはり不安は(ぬぐ)えない。

 

 管理人さんは気を利かせて私を部屋に一人にしてくれた。まあ、扉の前でそわそわしているのが丸分かりだが。管理人さん、本当に良い人。

 

「さあ、いい加減開けますか。……ん? これは?」

 

 封筒を開けると円形の機械が入っていた。投影機……かな? とりあえず、電源っぽいスイッチを押し机の上に置いてみる。少しすると鈍い電子音が鳴り、映像が映し出された。

 

「私が投影された!!!」

「……オールマイト?」

 

 画風違うのは相変わらずだけど、何でオールマイトなんだろう?

 雄英とオールマイトの接点なんてオールマイトが雄英のOBってことくらいだけど……

 

「さて、古明地少女! 私が映されたことに驚いているだろうが。まずは結果を話そう。……文句なしに合格だ! おめでとう!!」

 

 合格。合格だ……!!

 

 やった、合格だ!

 雄英って求められる個性もそうだけど、学力も偏差値高いから特にこの一年は勉強頑張った。よかった、報われて。

 

「筆記もなかなか良くできていたし、実技の方も69Pで文句なしだ。

 実は言うとね、実技の方には通常のポイントの他に、『救助活動(レスキュー)P(ポイント)』っていうのもあるんだけど、こちらは残念ながら0Pだ。まあ、これから人助けに励めば問題なし! 頑張ってくれたまえ! HAHAHA!」

 

 救助活動Pなんてのもあったのか。まあそりゃそうだ、人助けするのがヒーローなのだから。

 試験の時に女の子を助けていたあの男の子のような人が評価されないなんておかしいもんね。

 

 まあ、私はほら、通常Pだけで四位に食い込んでるし、これから頑張れば向かうところ敵なしだよ、たぶん。

 

「おっと、そうだ。私が投影されている理由は他でもない。雄英に勤めることになったんだ。君のクラスにも先生としていくと思うからその時は宜しく頼むぞ!」

 

 オールマイトが先生?! まじですか。そうですか。

 

 いやあ、これは周りの人から(うらや)まれますねぇ。

 生でもう一度本物のオールマイト見れるし、これは僥倖(ぎょうこう)だ。ラッキー。

 

「さあ、古明地少女! 雄英(ここ)が君のヒーローアカデミアだ! 学校でまた会おう!」

 

 テレビやネットの動画で見るのと変わらず、熱血な人だ。さすが、ザ・ヒーロー。

 早くこの目で見たいなー。入学式が楽しみだ。

 

 投影された映像が終了したので、そのあとすぐに扉の前で待っている管理人さんに報告した。

 管理人さんは泣きながら、まるで自分の事のように喜んでくれて、こっちまで泣きそうになってしまった。ほんと、管理人さん良い人。

 

 さらに、ささやかながらパーティーも開いてくれて、施設の皆もお祝いしてくれた。私はあんまり感情を表に出さないんだけど、この時ばかりは泣かずにはいられなかった。もちろん嬉し涙。

 管理人さん含め、この施設には、ほんと心が綺麗な人しかいない。全人類が施設の皆みたいに良い人ばっかだったら私の能力があっても住みやすいのになぁ。

 

 

 

 時は流れて世間はすっかり春模様。店先にツヤツヤ光るイチゴが並んだり、ぽかぽかとした陽気が気持ちい季節だ。春は比較的好きな季節なんだけど、虫が出てくる季節でもあるから、その点はマイナスかなぁ。

 

 んで、私の高校生活の始まりでもある。今日は雄英高校初日、否が応でもテンションが上がるのだ。先日購入したばかりの制服に身を包み、気分はさらにウキウキ。まあ、私の場合はあんまり表情に出ないから、他人からみたらテンション高くないだろうけど。

 

「えっとー、私のクラスは1-Aでしたね。1-A… 1-A… ああ、ありましたありました」

 

 教室の扉でかくない? 気のせい?

 あ、あれか、遠近法か。

 

 ……でかいなぁ。あー、ユニバーサルデザイン的な?

 

 まあいいや、入ろう。

 

「まったく、何度言ったら分かるんだ! 机に脚をかけるなと言っているだろう!」

「あぁ?! うっせーんだよ、カス!」

 

 不良っぽい生徒とメガネをかけた委員長キャラの生徒が何やら言い争っている。

 入った途端にこれだよ。さすが雄英に受かった人たちだ、キャラが濃いねー。

 

「ハッ!」

 

 やばい。メガネの方と目が合った。

 うわわわああ、なんか気持ち悪い早歩きみたいな動きでこっちに来てる。

 

「やあ、おはよう! 俺は飯田(いいだ)天哉(てんや)だ。よろしく! ……そういえば、実技試験の時に君を見た気がするな。電気を使った華麗な動きだったね!」

「ああ、はい、たぶん私です、どうも。えっと、私は古明地さとりです。以後お見知りおきを」

 

 すごいカクカクした動きで変だけど、まあ悪い人では無いみたい。

 

「ん? 君は……! やあ、俺は飯田てn……」

「聞いてたよ! あ…っと僕、緑谷(みどりや)。よろしく飯田君、それに古明地さんもよろしく」

「よろしくお願いします、緑谷君」

 

 お、後ろからきていたのはあの時の男の子だったか。ふむふむ、緑谷君ね。気が弱そうだけど、素直でいい子そうだ。オールマイトみたいな超パワーだったし、仲よくしよう。そうしよう。

 

「緑谷君…… 君は、あの実技試験の構造(・・)に気付いていたのだな。俺は気付けなかった……!! 君を見誤っていたよ!! 悔しいが君の方が上手だったようだ!」

 

(気付いてなかったよ!?)

 

 サードアイで覗いてみたけど、緑谷君気付いて無いみたいだよ、飯田君?

 まあ、私も全然気づいてなかったしね。アッハッハッハ。

 

 ん? 何かすごい殺気が…… さっき飯田君と言い合ってた不良君か? ちょっと読んでみようかな。

 

 ……ふーん、あの不良君と緑谷君は一緒の中学だったのか。

 んで、不良君はその中学で史上初めての雄英進学者になりたかったのに、緑谷君も合格しちゃったもんだから憤っている、と。

 

 なんともまあ器が小さい男だ。

 というか、緑谷君をイジメてたっぽい?

 

 ……あんまり深入りするのは()そう。他人の心を覗きすぎるのはよくない。

 

「あ! そのモサモサ頭は!! 地味目めの!!」

 

 今度はショートヘアの女の子が入ってきた。“ふわふわ”とか“ぽわぽわ”とか、そういった擬音語が似合いそうな子だ。カワイイ。

 

 緑谷君と知り合いなのかな。

 あらー、緑谷君ったら照れちゃってる。初々しいねぇ。

 

 

「お友達ごっこしたいなら他所へ行け。ここはヒーロー科だぞ」

 

 うわぁ、なんかいる……

 今度は寝袋に入った変なオジサンが教室に来た。通報しようかなぁ。

 

「ハイ、静かになるまで八秒かかりました。時間は有限。君たちは合理性に欠くね。 担任の相澤(あいざわ)消太(しょうた)だ。よろしくね」

 

 えぇ、担任なの……

 

「早速だが体操服(コレ)着てグラウンドに出ろ」

 

 先生が寝袋からモゾモゾと取り出したのは体操服。今日って入学式とかガイダンスとかじゃないんですか?

 

 

 皆あんまり状況が理解できていないようだが、“さっさとしろよ”という先生からの御触れにより取りあえず言う通り着替えることにした。女子は教室で、男子は廊下で着替えだ。

 

「先生はどういうつもりなんでしょうか」

「良く分からないけど、言う通りにするしかないんじゃないかしら。あ、私は蛙吹(あすい)梅雨(つゆ)。梅雨ちゃんと呼んで」

「私は古明地さとりです。よろしく、蛙吹さん」

 

 この子もなかなかカワイイな。

 

 というか、基本的に1-Aの女子ってカワイイ子しかいなくない? もちろん、私も含む。……客観的事実に基づいており、社会通念上相当として是認できる事実です。異論を言うやつは漏れなくトラウマでボコボコにしてやる。

 

 

 

 ところ変わってグラウンド。春のぽかぽか陽気が気持ちいい。

 

「個性把握…テストォ!?」

 

「入学式は!? ガイダンスは!?」

「ヒーローになるなら、そんな悠長な行事に出る時間ないよ。雄英は『自由』な校風が売り文句。そしてそれは『先生側』もまた然り」

 

 だそうだ。教室の言動からも分かるけど、この先生はとことん合理主義なのね。

 

 どうやら個性を使った体力測定をするようだ。あの不良君、爆豪(ばくごう)君が個性を使って投げていたがソフトボール投げで700メートルもの記録を出していた。すごいな、あの個性。爆発起こせるとか目立っていい感じだなー。

 

「よし、トータル成績最下位の者は見込みなしと判断し、除籍処分にしよう」

 

「はあ?! んだよそれ?!」

「入学初日ですよ!? いや初日じゃなくても理不尽すぎる!!」

 

「今日の日本は理不尽にまみれている。理不尽を覆してこそヒーローだ。これから三年間、雄英は全力で君たちに苦難を与え続ける。Plus(プルス) Ultra(ウルトラ) さ。全力で乗り越えて来い」

 

 まじですか…… この先生本気か? にわかには信じられないな。サードアイで視てみるか。

 

 ……本気だ。最下位除籍っていうよりむしろ見込みなしと判断した場合には問答無用で除籍するつもりだ、この先生。逆に考えれば、見込みありならば誰も除籍にはされないということでもあるが。

 

 何はともあれ全力でやらねば。

 

 くそう…… 今日は何も個性を読み取ってきてないから素の体力で勝負しなくちゃいけないのか。まあ、今世の身体ってばかなり運動能力良いし、個性なしでも大丈夫そうだけど、一か八か念には念を入れよう。

 

 そのためには緑谷君に手伝ってもらわなくては。

 何だか緑谷君、すごい緊張した面持ちだ。あんな凄い個性が使えるんだから何の心配もないだろうに。

 

「緑谷君。私の個性は一人では100%を出せないので、ちょっと協力してくれませんか?」

「え、うん……?」

「緑谷君は爆豪君と昔からの知り合いのようだけれど、爆豪君の個性ってあなたの印象にすごく残ってる?」

 

 教室で視た(・・)感じ、緑谷君と爆豪君は昔からの知り合い。加えて、爆豪君は緑谷君をイジメていたみたい。なら、『想起』できるくらい爆豪君の個性が印象に残っているかもしれない。

 

「え、まあ、うん。結構印象に残っているよ。かっちゃんとは幼馴染なんだ」

「そう、それはよかったです。すいませんが彼の個性を心に強く思い浮かべてもらえませんか?」

「うん、いいよ」

 

 やっぱり緑谷君は見た目通り、素直でいい子だ。

 

「それじゃあ、すみません。読み取らせてもらいます」

 

 よしよし、鮮明な記憶で想起できそうだ。ん? これは…… いくつかイジメられている情景が視れる。やっぱりイジメられていたか。いやなこと思い出させてちょっと悪いことしたな…… 機会があったら埋め合わせしよう。

 

 ……読み取り完了。

 

「終わりました。ありがとう、緑谷君」

「あれ、何かしたの? 気が付かなかった」

 

 よし、これで爆発君の個性が使えるようになった。自滅の危険性は……っと。

 うーん、ちょっと反動が強そうな個性だなぁ。一応、私も鍛えてるし、まあ大丈夫かな。……腕折れたりしないよね?

 

 何はともあれ、除籍にならないように頑張りますか。




2017/04/06 緑谷出久から爆豪勝己の個性を読み取った際の描写を少し変更し、反動を少し危惧する描写を追加。
2017/04/08 前書きに前回のあらすじを追加。制服を着ている描写の追加。
2017/08/29 軽微な修正


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No.3 個性把握テスト2

[前回のあらすじ]
 雄英に合格。相澤先生の最下位は除籍という理不尽な個性把握テスト。除籍が本当かサードアイで視てみたら、割かし本気でガクブル。



「おーし、じゃあまず50メートル走からだ。まあ出席番号順でもいいんだが、それだと つまらんから逆番号順で走ってけ」

 

 一種目は50メートル走。

 

 何がつまらないのか知らないけど、先生に言われた通り逆番号順だと『古明地(こめいじ)』だから走るのは結構後の方だ。

 さらに、逆からなので爆豪君が走るのを先に見ることが出来るわけだ。読み取ったばかりであまり上手く使え無さそうだから、彼からしっかり使い方を学ぼう。

 

 先生、グッジョブです。

 

 

 最初の走者は凄いちっちゃな子と、すごい美人な子の組だった。

 

 ちっちゃい方は個性を使わなかったようで普通に走っていたが、美人な子は自分の身体から何やら凄そうなシューズを作り出した。ローラースケートのようなそれにはブースターが付いていて、初動こそ少し遅かったがすぐに加速しあっという間にゴールしていた。

 

 身体から機械を生成する個性だろうか。いや、あるいは機械に限らずあらゆるものを作り出せるのだろうか。

 まあぶっちゃけ、覗けば(・・・)詳細が分かるかもだけど、いずれ知る機会もあるだろうしむやみに覗く必要もないだろう。

 

 さて、次の走者はお待ちかねの爆豪君。一緒に走るのは緑谷君だ。

 爆豪君の走りをしっかりと見ておくのはもちろんだが、個人的に緑谷君の走りにも注目だ。試験の時に見せたあの脚力があれば50メートルなんてあっという間だろう。

 

「はいじゃあ次、爆豪と緑谷。……位置について、よーい…… スタート!」

 

「爆速!! ターボ!!」

 

 スタートの合図からすぐに爆豪君は両手から爆発を生み出して走り出した。なるほど、爆風を利用して推進力を得ているのか。

 

 よし、私の順番の時にもパクr……、リスペクトしよう。別にやましいことは何もない。愚者は経験で学んで、賢者は歴史に学ぶからね、仕方ないね。

 

 それにしても緑谷君は何で個性を使わないんだろう。あの超パワーの個性使えば最下位回避なんて余裕でしょうに。体調でも悪いのかな。

 

 測定結果は爆豪君が4秒13で、緑谷君が7秒02。

 

 ふむ、では私は4秒を切るつもりで頑張ろう。

 コピー能力の分際で何言ってんのって? ふっふっふ。コピーはオリジナルを超えられないってのは空想(ファンタジー)じゃ常識かもしれないけど、私が生きているのは現実(リアル)だからね。

 

 その後も順々に走っていき、私の順番が回ってきた。さすが雄英に入学した人たちだ、詳細は分からないけど面白そうな個性ばかり。

 走る前に軽く自己紹介をしあったけど、私と一緒に走るのは砂藤(さとう)力道(りきどう)君。詳しくは聞いてないけど、増強系の個性らしい。爆豪君の個性を使える私といい勝負になるかもしれない。

 

「はい、位置について、よーい…… スタート!」

 

「――想起『爆豪君の個性』!」

 

 爆豪君がしていたように両手を後ろに突き出して、爆発させる。もちろんいい記録を狙っているので、100%の力を出し切るよう個性を使う。

 

「……っ! 痛っ…! なにこれ反動強すぎじゃないですか……!!」

 

 爆豪君の記録を超えようとして100%の力でやったのが間違いだった。爆発の反動が強すぎて、爆発と同時に手首やら腕の関節がギギギと悲鳴を上げた。ちょっと一旦、想起するのはやめて50メートル走を終わらせよう。

 

 ……結果は6秒31。まあ、最初の爆発で多少タイムを縮めることが出来たようで、そこそこのタイム。今世の身体の丈夫さが幸いしてか、手首を少し痛める程度で済んだ。次の種目からは半分くらいの出力でいこう。

 

 結局、コピーはオリジナルには勝てないってことですか…… え? お前、賢者じゃなくて愚者じゃないかって? 私は賢者だ。異論は認めない。まあただ今回の経験はしっかりと()かそうと思う次第です。

 

 今回、露見してしまったように私の個性は強いが、弱点もある。

 

 『心を読む程度の能力』の本分である『読心』については特に問題はないのだが、あ、いや、あんまり使いすぎると人から嫌われるとかはある。『想起』については想起する個性の詳細が分からないのだ。

 ある程度の使い方や危険性は読み取った時点で感覚的にわかるのだが、どう危険かは分からない。なので、基本的に初めて読み取る個性は徐々に出力を上げていくのがセオリーなわけで、今回のようにいきなり100%でやるのは愚の骨頂と言わざるを得ない。いや、今回はたまたまで私は愚者ではない。断じてだ。

 

 調子に乗って読み取った個性の危険性を軽視して出力を上げすぎることは、まあ時々、たまに、稀にある。誤差だよ、誤差。 ……気を付けねば。

 

「すっげー、爆豪みたいな個性なんだな!」

「爆豪“みたい”っていうか、一緒じゃね?」

 

 走り終えてみんなが集まっているところまで行くと、金髪のチャラ男っぽい子と、赤髪の筋肉質な子が話しかけてきた。っていうか、恒例行事といっても良い入学初日の自己紹介をしてないもんだから、クラスメイトの名前が全然分からない。

 相澤先生、グラウンド出る前にせめて自己紹介の時間くらい取れませんでしたか……?

 

「金髪の方が言うように、爆豪君の個性そのものですよ。ちょっとコピーしました。ああ、それと自己紹介がまだでしたね。私は古明地さとりです」

 

 微笑みながら答え返すと、二人とも若干照れている。男子ってほんと分かりやすいなぁ。まあ、私みたいな美少女に話しかけられたらその反応は当然とも言える。……当然とも言える。

 

「俺は切島(きりしま)鋭児郎(えいじろう)。よろしくな古明地」

「んで、俺は上鳴(かみなり)電気(でんき)だ、よろしく」

 

 ふむふむ、赤髪の子が切島君で、チャラ男が上鳴君ね。しっかり覚えておこう。

 

「おい、そこの女ァ!! てめぇ、どういう了見で俺の真似してんだ!!」

 

 切島君たちと話していると、不良少年、爆豪君が爆発を起こしながらこちらに向かって走ってきた。怖い怖い怖い! 爆発もだけど、形相もやばいよ!

 

 サードアイで動きを読みつつ逃げようとしたその時、爆豪君の爆発が消え、ついでに長い布のようなもので捕縛されていた。その布を辿(たど)っていくと、その先には相澤先生の姿。さっきまでのやる気のない眠そうな顔とは打って変わって、髪の毛を逆立てて、目も大きく開いている。

 どうやら先生が爆豪君を止めてくれたようだ。先生、ありがと。このご恩は忘れるまで忘れません。

 

「んだ、この布。固っ……!!」

「炭素繊維に特殊合金の鋼線(こうせん)を編み込んだ『捕縛武器』だ。ついでにお前の個性も一時的に消させてもらった」

 

「消した…!! あのゴーグル… そうか……! 視ただけで人の個性を抹消する個性! 抹消ヒーロー イレイザー・ヘッド!!!」

 

 緑谷君、解説ありがとう。イレイザー・ヘッドか…… 聞いたことないな。それにしても個性を消せる個性か…… 捕縛武器も強そうだし、相澤先生だいぶ実力派っぽい?

 

「喧嘩はやめておけよ。……時間がもったいない。次、準備しろ」

 

 爆豪君に(にら)まれたが、それ以上は追撃してこなかった。良かった良かった。

 

 その後も測定は続き、握力、立ち幅跳び、反復横跳び、ボール投げ等々、全種目終えた。

 途中、ボール投げの時に緑谷君が先生から何やら注意されていたが、よくは聞こえなかった。あと、突き指をしてしまったのか右手の人差し指が赤く腫れていた。記録はすごかったが、やはり今日は調子が良くないのだろう。

 

 私はというと、だいたい爆豪君の真似をしていました。残念ながら一種目も爆豪君の記録には勝てませんでしたが。あと、爆豪君を真似るたび、爆豪君から親の(かたき)でも見るような熱い視線をいただきました。いやー、照れますねぇ。

 

「んじゃ、パパッと結果発表。ちなみに除籍はウソな」

「……?!」

 

「君らの最大限を引き出す、合理的虚偽」

「はーーー!!!???」

 

 ウソだと聞いて驚いている人と、そうでない人がいる。緑谷君や飯田君は見事な驚きっぷりだった。とくに緑谷君はムンクの叫びみたいな面白い顔をしていた。

 

 あんまり驚いていない人たちは、初めから除籍なんて嘘っぱちと思っていたらしい。でもね、場合によっては全員除籍されてたかもなんだよ。皆が相澤先生のお眼鏡に(かな)ってよかったね。

 

 さてさて、肝心の結果の方は…っと。個性の出力を制限したためか、あんまり成績は振るわず、21人中12位という、まあ何とも言い難い順位。大きなけがもしなかったし、良しとしよう。

 

 

 手首がまだ少し痛かったので、帰りに保健室によって湿布をもらってきた。保健室の先生は優しそうなおばあちゃんで、海外のお菓子の『ハリボー』というのもくれた。初めて食べたけど美味しかった。

 

 

 

 意外と疲れていたようで、施設に帰ってすぐに爆睡。そして次の日。いよいよ学校が本格的に始まることになる。午前は英語などの必修科目の授業で、拍子抜けするほど普通な授業だった。まあ、教えてくれる先生は皆ヒーローなのである意味個性的な授業ではあったが。

 

 午後の授業は皆お待ちかねのヒーロー基礎学。担当の先生はオールマイトだ! いよいよ生のオールマイトを見ることが出来る。今日はこのために学校に来たといっても過言ではない。

 

「わーたーしーがー!! 普通にドアから来た!!!」

 

 やっぱりすごい……! 画風が違いすぎて鳥肌が…!! 私はオールマイトのファンなので、テンション上がりまくりだ。まあ、外面はテンション上がってないでしょうけど。

 隙を見てサインをねだりに行こう。

 

「早速だが、今日はコレ!! 戦闘訓練!!!  そしてそいつに伴って…こちら!! 入学前に送ってもらった『個性届』と『要望』に沿ってあつらえた戦闘服(コスチューム)!!!」

 

 来ました!来ました……!

 

 私の要望したコスチュームは前世だとただのコスプレにしか見えず、恥ずかしいことこの上ないのだが、今世において、ヒーローはコスチューム・プレイが当たり前なのだ。やったぜ。

 普段は要望に出したようなフリルがたくさん付いた服は()()ずかしくて着られないからなぁ。

 

「着替えたら順次グラウンド・βに集まるんだ!!」

 

 コスチューム着るのも楽しみだし、戦闘訓練も楽しみだ。ヒーロー基礎学、最高!

 




2017/04/08 コスチュームに関して少し描写を追加。
2017/08/29 軽微な修正


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No.4 屋内対人戦闘訓練

[前回のあらすじ]
個性把握テストが無事に終わって、除籍者はなし。次は戦闘訓練。コスチューム楽しみ。

2017/04/15 0時頃 日間ランキングに載ってました…! 皆々様のおかげです…!


 雄英高校には被服控除という制度が存在する。生徒の学習支援のためのシステムで、『個性届』や『身体情報』を提出すると、学校専属のサポート会社がコスチュームを用意してくれる素敵なシステム。『要望』を送れば、自分の望むコスチュームを可能な限り叶えてくれる。

 

 そして、私が要望したコスチュームはもちろん『古明地さとり』の衣装そのもの。上はフリルの多くついたゆったりとした水色の服で、下は膝までのピンクのセミロングスカート。機能性を考えたら動きにくいことこの上ないコスチュームだが、ここはやはり譲れなかった。

 ただ、衣装の素材は耐久性に優れたものにしてもらった。戦闘で破れたりしたら格好がつかないからね。

 

「さあ、始めようか。有精卵共!!! 戦闘訓練のお時間だ!!!」

 

 コスチュームに着替えて、入試の時に使用したグラウンド・βに集合する。みんな個性的な良いコスチュームだ。ただちょっと言わせてもらおう。そこの美人な人! なんだそのコスチュームは?! アレか、自分のナイスバディをそんなに強調したいのか?! 胸の小さな私への当てつけか?!

 名前なんだったっけ、今朝の自己紹介の時間で言ってたんだけど…… ああ、えっと、八百万(やおよろず)さんだっけ? 胸元からおへそまで肌を露出させたレオタードとか、全くけしからんコスチュームですよ。

 

「あら、古明地ちゃん、動きにくそうだけど可愛いコスチュームね」

「ありがとうございます、蛙吹さん。見た目を重視で要望しましたので。弱点は運用でカバーしていくつもりです。蛙吹さんもなかなか個性的なコスチュームですね。個性の『蛙』とマッチしてとてもよく似合っています。」

 

 心の中で八百万さんのコスチュームに私怨(しえん)たっぷりで文句をつけていると、蛙吹さんが話しかけてきた。蛙吹さんのコスチュームは緑色を基調としたボディスーツ。それに大きめのグローブに、特徴的なゴーグル。蛙を意識して要望を送ったのだろう。彼女とは割とよく話すので、個性の事も詳しく聞いているが、蛙っぽいことが大体できるらしい。

 そういえば、蛙吹さんも結構胸大きいのね。……あれ? A組の中で貧乳キャラって私だけ? あ、耳郎(じろう)さんも貧乳枠だ、よかった1人じゃなくて。

 

「ありがとう、私の事は梅雨ちゃんと呼んで」

「了解です。戦闘訓練楽しみですね、蛙吹さん」

 

 戦闘訓練は何をやるのだろうか。また試験の時のように機械相手の市街地戦闘だろうか。んー、でもそんなにロボットを用意するお金あるのかな。

 

「先生! ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか!?」

 

 全身メカメカしいコスチュームの子、というか言動からして飯田君だろうなあれは。飯田君が元気よく手を上げて質問する。なんていうか一周回って一挙手一投足全てが面白い子だ。

 

「いいや、もう二歩先に踏み込む! 屋内での対人戦闘訓練さ!! 君らにはこれから『ヴィラン組』と『ヒーロー組』に分かれて2対2の屋内戦闘訓練を行ってもらう!!」

 

 ん? 2対2? 今年はA組のクラス人数は確か私を含めて21人。例年は20名らしいけど、先生もしかして知らない? 質問しておくか。

 

「オールマイト先生、A組は21名で人数が奇数です。2対2はできないのではないですか?」

「その点は大丈夫だ、古明地少女! 一組だけ3名でチームを組んでもらう。もちろん人数が相手チームよりも多くなるからハンデはつけるぞ!」

 

 ふむふむ、忘れてるわけじゃないのね。それなら良かった。二人組を作るという行為にあまりいい思い出はないからなぁ。特に中学二年の時の体育の教師だよ。何が“はーい、二人組作ってー”だ、あぶれた者がみんなに浴びせられる視線や悲しみ知ってるんですかね。

 おっと、思考が脱線してしまった。

 

「よし、じゃあ詳しい説明をするぞ! 状況設定は『ヴィラン』がアジトに『核兵器』を隠していて『ヒーロー』はそれを処理しようとしている! 

 『ヒーロー』は制限時間内に『ヴィラン』を捕まえるか『核兵器』を回収すること。『ヴィラン』は制限時間まで『核兵器』を守るか『ヒーロー』を捕まえること。配布する確保テープを相手に巻き付けた時点で捕らえた証明とする! チーム及び対戦相手は『くじ』だ!!」

 

「適当なのですか!?」

 

 ナイスツッコミ、飯田君。くじ引きでチームの決定か…… 緑谷君あたりとチーム組めたらだったら、個性強いし楽できそう。

 

A:緑谷・麗日

B:障子(しょうじ)・古明地

C:峰田(みねた)・八百万

D:爆豪・飯田

E:芦戸(あしど)青山(あおやま)

F:口田(こうだ)・切島

G:上鳴・耳郎

H:常闇(とこやみ)・蛙吹

I:尾白(おじろ)瀬呂(せろ)

J:葉隠(はがくれ)・砂藤・(とどろき)

 

 くじの結果、私とチームを組むのは障子君、6本の腕が特徴の彼だ。ずっと腕が複数のままだし、常時発現の『異形型』の個性なのだろう。握力測定の時に相当な記録を出していた覚えがあるからかなりパワーがあると思う。対戦相手にもよるだろうけど、有用そうな個性だ。

 

「続いて、最初の対戦相手は…… こいつらだ!! Bチームが『ヴィラン』!! Jチームが『ヒーロー』だ!!」

 

 『VILLAIN』、『HERO』のボックスから出されたボールにかかれていたのは『B』と『J』の文字。つまりは、『ヴィラン』が私と障子君、そして『ヒーロー』が葉隠さん、砂藤君、轟君だ。

 

 うわぁ、マジですか…… 相手は三人チーム。ハンデを設けてくれるって話だけど、なかなか大変そうな戦いになりそうだなぁ。加えて相手チームに轟君がいるのが痛い。聞いた話だからアレだけど、彼はNo.2ヒーローのエンデヴァーの息子で、かなり強力な個性持ちらしい。はぁ…… これはハンデに期待しよう。

 

「オールマイト先生、私たちは3人チームと戦うわけですが、先ほど言っていた3人チームに課されるハンデはどういったものなのですか?」

 

「いい質問だ、古明地少女! 本来ならば、互いに連絡が取れる小型インカムを渡すのだが、3人チームである『ヒーロー』には連絡手段を渡さない。

 もっとも、私が指示をしたり、モニタールームで観戦する皆にも音声が伝わったりするように、味方同士連絡が取れないよう細工をしたインカムを渡す。

 さらに、ヒーローの開始地点は3人それぞれがランダムの場所だ。私が後で開始場所にまで案内するぞ」

 

 ふむ、ヒーロー側の開始地点は3人違うし、互いに連絡が取れないデメリットはかなりでかいだろう。それに対してこちらは連絡も取ることが出来る、と。大丈夫かなぁ……

 正直、砂藤君はあまり問題ではないが、問題は葉隠さんと轟君だ。葉隠さんは単純に見えなくて補足できないし、轟君は実力が桁違い。うまく立ち回らなくては。

 

「ヴィランチームは先に建物に入ってセッティングを! 10分後にスタートだ! 他の皆はモニターで観察するぞ!

 障子少年、古明地少女はヴィランの思考をよく学ぶように! 度が過ぎたら中断するが、怪我を恐れず思いっきりな!」

 

「私たちはヴィランになりきれば良いという事ですね」

「そういうことだ、古明地少女!」

 

 

 

 ところ変わって、建物の中。現在障子君と一緒に5階で作戦会議中だ。

 

「障子君、お互いの個性を詳しく把握して作戦を立てておきましょう」

「そうだな」

 

「私の個性は『心を読む程度の能力』です。文字通り、相手の心を読むことが出来るので、相手の思考を読んで戦闘できます。範囲攻撃でなければあまり負けることはないと思います。

 あと能力の応用で、相手のトラウマやとても印象に残っている個性を読んで、その個性を再現することが出来るので、相手の弱点を効果的に突くことが出来ます。ただし、どんな能力を再現できるのかは読むまで分からないので、博打(ばくち)要素もあります」

 

「俺の個性は見てのとおり、この『複製腕』だ。今喋っているように、左右2本ずつある触手から口や耳などの器官を複製できる。複製した器官は能力が高くて、例えば耳を複製して敵を探知したりもできる」

 

 ほう、なかなか面白い個性だ。探知できるのはかなり大きい。相手の位置を把握して効果的に攻略できそうだ。あとは葉隠さんの補足にも有効そう。

 

「その複製した耳を使って、戦闘しながらでも敵の位置を捕捉できますか?」

「無理ではないが、集中力が削がれてかなり精度が落ちる。あと、『音』を利用しての索敵だから近くで戦闘されるのも都合が悪い」

 

「では、葉隠さんは透明なだけで戦闘能力はあまり無いと思いますが、葉隠さんが来た場合に、複製した耳で彼女の位置を把握して『核兵器』を守れそうですか?」

「そうだな…… おそらく大丈夫だろう。大まかな位置しか探れないだろうが、この部屋に葉隠が来ても『核兵器』に触れられるのを防ぐことくらいはできるだろう。戦闘能力があまり無いなら俺が倒される可能性も低いだろうな」

 

 よし、取りあえず知らないうちに葉隠さんに『核兵器』を回収されてしまう可能性は低くなった。ある意味一番対処が難しい葉隠さん問題はひとまずオッケーだ。たぶん、透明人間の思考もサードアイで読めるだろうし、読んだ思考からおおよその位置は分かるかもしれないが、私が確実に『核兵器』を守れるかは微妙だ。透明人間に使ったことはないし、不確定要素はなるべく避けたい。

 

「なるほど、取りあえず葉隠さんの対処は障子君に頼ることになると思います。ところで、私の個性はトラウマに限らず、強く印象に残っている個性ならば再現できますが、障子君は何か強く心に残っている個性はありませんか?」

「印象に残っている個性か…… 一昨年くらい前だったか、ヴィランが使っている個性を見たときは、俺では対処が難しいと思ったな」

 

「では、その個性を強く思い浮かべてください。読みますので」

「ああ」

 

 サードアイを障子君に向け、読み始める。しばらくすると朧気(おぼろげ)な情景が鮮明になって伝わってくる。ここは商店街だろうか、ヒーローとヴィランが戦っている。

 ……なるほど、この個性は凶悪だ。手のひらや足の裏から刃を出せる個性らしい。対峙しているヒーローもかなり苦戦している。障子君は下校途中でこの戦闘を目撃したらしい。

 

 よし、読み取り完了。出せる刃の長さは2,3メートルくらいかな。デメリットは……使いすぎたらフラフラになりそう? 鉄分が不足して貧血にでもなるのかな。

 

 少し試してみよう。壁に向かって手のひらを向け、個性を使う。

 

「――想起『刃の個性』」

 

 個性の発動と同時に手のひらから勢いよく日本刀の刀身の部分のような刃が飛び出す。3メートルほどある刃が少し壁にめり込むように突き刺さり、反作用で少し押し返された。

 ふむ、射出速度も十分にあるし、私自身の身体を押し返せるほどの力もある。場合によっては地面や壁に手を当てて使えば反作用で咄嗟(とっさ)の回避にも使えそうだ。

 

 ただ、出した刃は戻せないようで、個性の発動をやめると手のひらから刃が分離された。

 

「ありがとうございます、終わりました。結構使えそうな個性です」

「本当に再現できるんだな。それはそうと、スタートまで時間もあまり無いがどうする? 向こうはデメリットがあるとはいえ、3人だ」

 

「そうですね…… 勝利条件は倒すか守り切るかですが、時間いっぱいまで守るのはたぶん困難ですし、初めから倒す気概でいきましょう。相手にはエンデヴァーの息子さんもいますしね。

 何はともあれ、3人というアドバンテージを消すことが先決でしょう。幸い向こうのスタート地点はバラバラで、探知系の能力もいないと思います。

 なので、まず砂藤君からご退場いただきます。私の個性と砂藤君の個性は相性がいいです。速攻で捕縛します。そのあとは残り2人の出方にもよりますが、障子君を主体として葉隠さんの捕縛です。最後に轟君は2人で迎え撃ちましょう」

 

「分かった。俺は最初、3人の動向を把握して古明地にインカムで伝えれば良いのだな」

「そういうことです。お願いします。 あと1分ほどなので相手チームはスタート地点にいると思いますが、位置は分かりますか?」

 

「調べてみる」

 

 そう言うと障子君は触手の先端に耳を複製し、索敵を始めた。集中しているのか目を閉じている。

 

「……分かったぞ。貰った見取り図で言うと、ここの1階の北の入り口に1人、妙に落ち着いているしこれはたぶん轟だな。あと南の入り口に1人、たぶん裸足だから葉隠だな。残りは2階の、この小部屋にいる。消去法で砂藤だ」

 

「かなり正確にわかるんですね、正直驚きました」

 

 貰った見取り図を指で指しながら詳細に教えてくれた。障子君マジ有能。一緒に組めてよかったよ。それにおあつらえ向きに砂藤君がここから一番近い。3人が合流したら困るし、その前に速攻で叩こう。

 

 さて、時間的にもそろそろだ。全力でヒーローを倒しに行こう。

 

「全力を出し切りましょう、障子君」

「ああ」

 

 

 

《あー、あー、聞こえるかな? さあ、少年少女! いよいよだぞ、屋内対人戦闘訓練、スタートだ!!》

 




Q.なんで無線や開始地点のデメリット課したの?
A.単純にハンデという側面もありますが、轟君にいきなり建物を凍結させないためです。味方がどこにいるのか分からない状態で、味方まで凍らせるのは減点の対象になると思って使わないです。多少強引な理由ですが、主人公に活躍の場を与えたかったので… 

2017/04/13 脱字の修正。


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No.5 屋内対人戦闘訓練 vs.砂藤

[注意]
主人公がヴィランになりきって性格悪いことします。ご注意ください。ちなみに私は書いていてとっても楽しかったです(^q^)。

[前回のあらすじ]
戦闘訓練ヤッター。でも対戦相手は三人チーム。しかもエンデヴァーの息子の轟君いるじゃないですかーヤダー。


 訓練開始の指示を聞いてすぐに『核兵器』の置いてある部屋を出る。向かうところは二階の小部屋。三か所ある階段全てから少し離れているので、急いでいけば砂藤君が上の階に行く前に戦闘できるかも。

 

 『核兵器』の部屋から出て少ししたところに階段があり、そこを一段飛ばしで下の階へ降りていく。

 

「障子君、三人の様子はどうですか?」

 

《砂藤は結構慎重に動いているようだ。このまま砂藤がいた部屋に最短距離で向かえば、二階の廊下で遭遇することになる。他の二人にはたぶん遭遇することはない。

 葉隠は砂藤とは対照的に全速力で進んでいるが、自身が見えないことを生かして早々に探索をしようという腹積もりだろう。轟は相変わらず落ち着いているというか、ゆっくりと進んできている。余裕の表れだろうな》

 

「分かりました。何かまた状況が変化したら知らせてください。砂藤君を倒したら、すぐに戻ります」

 

 通信を終えるのとほぼ同じくらいに、二階に着いた。ここからは障子君に教えてもらったように砂藤君が最初にいた小部屋まで最短距離で向かう。廊下の幅はそれなりにあるが、戦闘をするには少し狭くて回避しづらいかもしれないのでその点は気を付けよう。

 

「……?!」

「……! 見つけましたよ!」

 

 ちょうど曲がり角で砂藤君と遭遇した。バックステップをして、少し距離をとる。こんなにも早く敵と相対(あいたい)するとは思っていなかったのか、砂藤君は少なからず動揺した様子。チャンスだ。先制攻撃をしよう。

 

「――想起『テリブルスーヴニール』」

 

 サードアイを中心として放射状にレーザーが射出され、そのレーザーで対象を判定。大小さまざまな、色鮮やかな淡い光の玉が私の背後に展開される。そして、光の玉が十分に展開され、淡い光から一転、強烈な光を放つ。

 

 その光は一瞬目を閉じざるを得ないほどの光量。

 

 砂藤君は突然の光に動揺を隠せないでいる。

 何を企んでいるのか、この光は何か有害なものなのか、そういった砂藤君の懸念や恐怖が手に取るように聞こえる(・・・・)

 

 この『恐ろしい思い出(テリブルスーヴニール)』は『古明地さとり』がゲームの中でコピーに頼らず使った、唯一のオリジナル技。私にもこれが使える。

 『古明地さとり』の能力は私と同じ『心を読む程度の能力』であるが、この能力だけでは相手のトラウマを読むことはできない。というのも、『さとり』や私は相手の今考えていること、つまりは心の表層しか読めず、トラウマの眠る心の奥底までは読めない。そこで『テリブルスーヴニール』の出番だ。

 

 先ほど私がやったように、テリブルスーヴニールは強烈な光を放つ技であり、この強い光を相手に当てて動揺させ相手の心にトラウマを思い出させるのだ。

 

 

 ――さあ、砂藤君。あなたのトラウマ、見せてもらいますよ?

 

 

 

 

 ……うーん、微妙。トラウマなのか良く分からないが、砂藤君の一番心に残っている個性は、物理攻撃を吸収する個性。一度この個性を持つ子と喧嘩したようで、その時にカルチャーショックのような大きな衝撃を覚えたようだ。

 

 まあ、一応読み取っておくけど、欲を言えば轟君の対策になるような個性が欲しかったなぁ。……うわぁ、しかもこの個性、たぶん使い終わった後に、頭痛くなる感じだ。大方、吸収した攻撃に比例して頭が痛くなるのだろう。

 

 

 さて、テリブルスーヴニールから読み取りまでそう時間はかからないが、砂藤君はすでに臨戦態勢になっている。まだ目をパチパチさせているので、完全ではないようだが。

 

「ちょっとびっくりしたが女子だからって、手加減はしないぜ、古明地さん!」

 

「ふふ、頑張って(ヴィラン)を倒してくださいね、正義のヒーローさん?」

 

 言葉を交わし終えた瞬間、砂藤君は距離を詰める。

 さすが増強系だ、瞬発力も並のものではない。

 

 そのまま勢いを殺さず私に拳を食らわせんと腕を大きくふるう。

 増強系の個性である彼の拳は、一般のそれとは比にならない威力。かすっただけでも命取りだ。

 

 勿論、当たってあげるつもりはない。

 胴を狙ったその拳を、余裕をもって横に避ける。

 

「……!」

 

 標的を捉えることが出来なかった彼の拳は(くう)を切り、彼は思わずたたらを踏む。

 

 全くもってチョロイ。

 全くもって愚直。

 

 お返しに、強烈な回し蹴りを背中に見舞う。

 

 前のめりになった体勢に後ろから衝撃を加えられたことで、彼はバランスを保てない。このまま地面と仲良くしている彼に追撃することも可能だが、私の近接戦闘は基本的に深追いはしないスタイルだ。

 

 回し蹴りなんてしたら、スカートの中が丸見えだろうが、ドロワーズを穿()いているので問題ない。まあ、若干恥ずかしいが。

 

「くそっ…!」

 

「あらあら、私を差し置いて地面と戯れるなんて、よっぽど地面の事が大好きなのですね。とっても無様で滑稽なヒーローさん?」

 

 平静を保とうとしているが、私に挑発されて心の中は穏やかでない様子。

 直ぐに起き上がって再び攻撃を仕掛けてきた。

 

 戦闘では常に冷静に、ですよ。

 そんな短絡的な行動はご法度だ。

 

 次は顔を狙った攻撃。

 しゃがんで回避し、鳩尾(みぞおち)に一撃を与える。

 

 鳩尾は急所の一つ。鍛えられた筋肉に覆われる彼の肢体にダメージを与えるのは容易ではないだろうが、急所を重点的に狙えば十分なダメージを稼げる。

 

 カウンターを食らい よろけるが、彼は懲りずに拳をふるう。

 

 何度やっても結果は同じだ。

 (かわ)しては一撃を与え、さらに躱しては一撃を与える。

 

「くそっ…… なんで」

「“なんで攻撃が当たらない”、ですか?」

 

 にやりと笑って嘲笑うかのように告げる。

 

「そうそう、測定テストの時に私はあなたに“他人の個性を真似られる”なんて言いましたが、私の個性の本分は心を読むことです。どこに来るか分かっている攻撃を避けるだけの簡単な作業。

 力に任せた単調な攻撃しかしてこないなんて、もう少し頭で考えることをお勧めしますよ? ああ、あなたは個性を使いすぎると頭が回らなくなるんですね? 長期戦が苦手なようですが、糖分を使うことでパワーを五倍ですか、面白い個性です。

 

 ――さてさて、個性の強みも弱点も相手に筒抜け。加えて(ヴィラン)はまだ無傷。次の一手はどうしますか、ヒーローさん?」

 

「っ……!!」

 

「……っといけません。つい楽しくて短時間で終わらせることを失念していました」

 

 今度は私から距離を詰める。

 砂藤君は“こんどこそ!”なんて考えているが、全く無意味。

 

 次は“右の蹴り”か。

 

 タイミングよく見切って避け、空を切った右足をつかみ引き上げる。

 そのままバランスを崩して背中から倒れた砂藤君に馬乗りになって、手のひらを顔に向ける。

 

「――想起『刃の個性』」

 

 事前に障子君から読み取っておいた個性を使う。さすがに殺してしまうわけにはいかないので、砂藤君の文字通り目と鼻の先で刃を止める。

 

「さて、砂藤君。降参して捕獲テープで巻かれるか、この刃に貫かれるかどっちがいいですか?」

 

「……降参だよ」

 

「賢明です。では、失礼して……」

 

 馬乗りをやめて砂藤君を起こし、テープを腕に巻き付ける。

 

 そういえばどう巻き付ければいいんだ? テープで拘束しなくても巻き付けるだけで良いのかな。まあ、どっちでもいいか。

 危ないし、砂藤君には建物から出てもらえばいいのかな? オールマイトに聞くか。

 

「オールマイト先生。聞こえますか?」

 

《………》

 

「先生?」

 

《ハッ! すまない、思ったよりも えげつないやり方だったのd… ああ、いや、何でもない! 用件は何だったかな?!》

 

「危ないので、砂藤君には建物から出てもらえばいいですか?」

 

《あ、ああ……》

 

「了解です。ありがとうございます」

 

 先生、取り繕ってたけど“えげつない”なんてことはないでしょう? ヴィランを全力で演じきった結果です。……あれ、もしかして超性格悪い女になってたかな。そういえば、皆がいるモニタールームにインカムを通じて音声も聞こえてるはずだから、クラス内の私の株って大暴落してる? そ、そんなことないよね?

 

 ま、まあいい。今は訓練に集中しよう。

 

 砂藤君には先生の指示を伝え、そのまま建物から直ぐに出てもらった。

 

「障子君、すいません少し遅くなりました。佐藤君は処理しましたので、残り二人の動向を教えてください」

 

《いや、十分に早い。葉隠は今四階の部屋を順々に調べている。轟は相変わらずゆっくりとしているが、今は古明地が通った階段とは別の一階の階段の近くだ。こっちに戻ってくるときは行きと同じ道で大丈夫だ》

 

「分かりました。すぐに戻ります」

 

 障子君との通信を切り、来る時に通った階段で五階の『核兵器』の部屋に急いで戻る。障子君から教えてもらった通り、この道ならば大丈夫だとは思うが、一応あたりを警戒しつつ道を急ぐ。

 

 無事、部屋までたどり着いた。

 

「戻りました、障子君」

 

「古明地、ちょうどいい時に来た。少し状況がよくない」

 

「と、言いますと?」

 

「今、葉隠が四階を調べ終わって五階の部屋を調べ始めている。加えて轟なんだが、どうやら他の階層に目もくれずに五階に向かっているようだ」

 

「なるほど、ちょっとまずいですね……」

 

 何がまずいかって、このまま何も対処せずこの部屋にいると、葉隠さんと轟君が同タイミングでこの部屋に来るかもしれない。葉隠さんは戦闘能力こそあまりないと思われるが、轟君と闘っている間に気づかれずに『核兵器』を回収される、なんてことになるかも。

 

 轟君と戦闘しながら葉隠さんの位置を探って葉隠さんの対処をしてもらうのは、障子君の負担が大きいし、難しい。出来れば一緒に葉隠さんを処理しに行きたがったが、致し方ない。

 

「障子君、あの二人がこの部屋に同時に来るのはちょっと分が悪いので、別々に対処しましょう。私に葉隠さんの捕捉が出来るのかは怪しいので、葉隠さんをお願いできますか?」

 

「分かった。すぐに向かおう」

 

「この部屋を無防備にするわけにはいかないので、私はここに残りますが、轟君の相手を一人でしたくありません。葉隠さんの対処が終わったら直ぐに戻ってきてください」

 

「了解だ、多少手間取るかもしれないが、なるべく直ぐに葉隠を拘束する」

 

「ご武運を」

 

 走って出ていく障子君を見送る。

 なんとか轟君がこの部屋に来る前に戻ってきてね。彼を一人で相手にするのは厳しそうだ。

 

 

 

 障子君が出ていってからどれくらいたっただろうか。1秒のようにも、1時間のようにも思えたが、インカムのスピーカーから障子君の音声が聞こえてきた。

 よかった、轟君が来る前に終わったみたいだ。

 

《古明地、聞こえるか?》

 

「ええ、聞こえます。終わりましたか?」

 

《……すまない、まだだ。予想以上に捉えにくくて時間がかかっている。それともう一つ悪い知らせだ》

 

 悪い知らせ。その言葉が障子君の口から紡ぎだされたのとほぼ同時だろうか、私がいるこの部屋の扉がキィーと甲高い音を立てて、ゆっくりと開いた。

 

《――轟がそっちに向かってる》




2017/04/16 誤字脱字の修正


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No.6 屋内対人戦闘訓練 vs.轟

|壁|д・) ソォーッ…

久々の投稿です。
ごめんなさい、最近何かと忙しくて;; 

許してください何でもしますから!(何でもするとは言ってない)

[前回のあらすじ]
砂藤君をフルボッコ。勝ったッ!第3部完!と思った矢先、障子君からの無線で、轟君がこちらに向かってきているとの情報が・・・


 キィーと甲高い音を立てて開く扉の方を向くと、そこには白のカッターシャツに白のズボンのとてもシンプルな戦闘服を着たヒーローがいた。

 

 

 …! マズッ!!!

 

 咄嗟に想起を使い、「刃の個性」を足の裏から発動、反作用を用いて部屋の床から離れる

 

 轟君は部屋に入ってくるや否や、直ぐに個性を使い、私の方へ向けて床を氷漬けにしてきた。サードアイを轟君に向けていたので攻撃が来るのが事前に分かったが、非常に危なかった。

 現に、想起して足の裏から出している刃が半分くらい氷漬けにされている。今の攻撃をよけられなかったら足を氷漬けにされてチェックメイトだっただろう。

 

 一旦、刃の個性の発動をやめ、刃を足の裏から切り離し、床に降りる。そのまま降りると氷で滑ってかわいそうなことになるので、足の裏から少しだけ刃を出して、スパイク靴のような役割をしてもらう。

 

 あーあ、靴に穴が開いてしまった。仕方がないとはいえ、残念だ。

 

「良く避けられたな」

「非常に危なかったですよ。いきなり攻撃なんてビックリするじゃないですか」

 

 轟君は少なからず驚いている様子。一応、轟君的には今の攻撃で私を行動不能にして、『核爆弾』に触れて早々に終わるつもりだったらしい。

 

 よかった、轟君は私の評価を『なかなかできる奴』に引き上げてくれたみたいで警戒して、そのまま連続で追撃をしてこなかった。もし仮に連続で攻撃してこられたら、たぶん避けきれない。危ない、危ない。

 

「古明地の個性はコピーする能力だって聞いているが、八百万(やおよろず)あたりの個性でもコピーしたのか?」

「さあ、どうでしょうか? 種明かしの前に、先ほどのお返しをしましょう。 ――想起「テリヴルスーヴニール」」

 

 砂藤君の時と同じようにテリヴルスーヴニールで光の玉を周りに展開し、強烈な光で轟君を動揺させる。

 さあ、轟君。あなたを倒せなくても一矢(いっし)報いることくらいはしますよ?

 

………………

…………

……

 

焦凍(しょうと)の…… あの子の左側が時折とても醜く思えてしまうの》

《立て。こんなもので倒れていてはオールマイトはおろか、雑魚敵にすら……》

 

 ……これは?

 

 これは、何の記憶だ? 轟君の幼いころの記憶だ。

 

 ああ、そういうことか。轟君の親、すなわちエンデヴァーは親として最低の人ようだ。

 

 どうやら、長らくNo.2ヒーローに甘んじてきたエンデヴァーは、自分の子どもにオールマイトを超えさせるため「都合の良い個性を持っていること」だけを理由に女性を選び結婚したらしい。いわゆる個性婚だ。なんともまあ、優生学的な考えだ。

 

 そして轟君はエンデヴァーが言うところの『最高傑作』として生まれ、幼い頃から虐待のようにも思える稽古をつけられていた。それを止めようとした轟君のお母さんはエンデヴァーに暴力をふるわれ、ついにお母さんは精神を病んでしまうようになる、か。

 

 これはかなりきつい記憶だな……

 

 本来ならばこの記憶を使って精神的に追い詰めるなんてことはしたくないが、今の私はヴィラン…… ヴィランならばどうするか。もちろん、使えるものは使う。幸いにもエンデヴァーの個性『ヘルフレイム』は私が想起して使ってもさほど問題がないようだ。

 

「なんだ、ただの目くらましか? 拍子抜けだな」

 

「ふふ、違いますよ。そういえば、轟君が個性を使ったせいでこの部屋は随分と気温が下がってしまいましたね。氷も邪魔ですし、少し温めましょう」

 

 本当は心に余裕なんてないが、平静を装ってエンデヴァーの個性を想起する。

 

 右手や左手など、身体に炎を(まと)う。

 テレビでエンデヴァーを見るときに「あの炎、熱くないのかな?」と常々疑問に思っていたが、実際に使ってみると全然熱くない。なんというか、熱いんだけど温かい。

 

 『ヘルフレイム』を使い、あたりの氷を一掃する。素晴らしい、なんて使い勝手のいい個性なんだ。さすがNo.2ヒーローの個性なだけある。

 

「……チッ」

 

 轟君は『ヘルフレイム』の炎を見るや否や露骨に舌打ちをする。

 

 あれ、思ったよりも精神的ダメージがない。と思って心の中を覗いてみると、どうやら轟君は自分の個性をコピーされたと思っているらしい。記憶を視た感じ、轟君は炎と氷の両方を使える個性みたいだからそう思ったのだろう。

 

 まあ、この場にいない人の能力をコピーして使っているとは思わないのは普通といえば普通だ。

 

「よりにもよって炎の方をコピーしやがったのか。胸糞悪いな……」

「ふふ、残念、不正解です。正解はあなたのお父様の『ヘルフレイム』ですよ」

 

「なっ……!」

 

 ふふふと笑いながら答えてあげると案の定、轟君は動揺している。それを契機として轟君の思い出したくもない記憶が心の表層にまで浮かび上がって来た。

 

 よし、これでいい。これだけ動揺していれば人は注意力が散漫になって、隙も多くなる。私に勝機があるとすればそこしかない。

 

「そのクソみてぇな個性を俺の前で使うんじゃねえ……!」

 

 冷静さを欠いて轟君は私に向かって、考えなしに氷の個性を使ってくる。もちろん、サードアイでその行動は予測済み。私に到達する前に『ヘルフレイム』の圧倒的火力で氷を消す。

 

 いい感じだ。このままもっと煽って隙を大きくしよう。

 

「あらあら、どうしたんですか轟君。(まが)い物の『ヘルフレイム』にすら火力で負けてしまうだなんて、そんなのでよく『クソ親父を否定する!』なんて思えますね。

 せっかく『最高傑作』を作られたのに、お父様は可愛そうですねぇ。『最高傑作』がこんなにも不甲斐ないなんて」

 

「……!」

 

「『テメェ、何で…』ですか。ふふ、もうほとんどお気づきの様ですが、その通りですよ。私はあなたの心の中を覗くことが出来ます。行動を文字通り読む(・・)こともできます。

 そこでご提案です。どうでしょう、『母さんの力だけで一番のヒーローになって、親父を完全否定する』なんて片腹痛い意地を張らずに全力を出してみては? そうすれば私もすぐに倒せるかもしれませんよ?」

 

「それ以上喋るんじゃねぇ……!」

 

 あ、ヤバッ

 

 轟君が全力に近い威力で個性を使おうとしている。

 

 今まで徐々に出力を上げようとして『ヘルフレイム』をある程度セーブして使っていたが、そんな悠長なことは言ってられない。全力の『ヘルフレイム』を使うしかない!

 

 

 轟君から、それまでとはまるで比にならないような大きな氷の波が押し寄せてくる!

 

「そ、想起「全力ヘルフレイム」!!!」

 

 大きな氷の波に、大きな炎の波をぶつける。

 瞬間的に熱せられた氷の水分が水蒸気爆発の要領で爆発、大きな衝撃波を生み出す

 

 

 だめだ……!

 

 腕を顔の前で交差させ、何とか爆風に耐えようとするが、そんな抵抗もむなしく、体重の軽い私の身体は壁にたたきつけられた。

 

 ぐっ…… いったぁ…

 

 

 何とか立ち上がりあたりを見渡してみると、部屋の窓ガラスは割れ、天井の一部もどこかに吹っ飛んでしまっている。

 これはまずい。このまま長期戦が続けば私が文字通り死んでしまう。

 

 そうだ、轟君は?!

 

「チィッ……!」

 

 轟君はあんまりダメージを受けていない様子。どうやら氷の個性を使い、自分の後ろに氷の壁を作って飛ばされるのを防いだ見たい。

 

 まじですか、あの一瞬でよくそこまで的確な判断が出来ますね……

 

 マズイ、どうする?

 

 なんだか勝ち目薄くない? このまま降参したほうがいい……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、いや。そんなことは無いみたい。

 

 勝ちだ。

 

「今度こそ仕留めてやる……!」

「ケホッ、ケホッ。 残念、ですが、その必要は無いですよ。ケホッ、私の、いえ、私たちの勝ちです」

 

「なんd―― ガハッ……!!!」

 

 

 瞬間、轟君は大きな衝撃を受けて吹き飛ばされる。

 胴に受けたその衝撃はかなり大きく、轟君はそのまま地面を転がる。

 

 部屋の入り口へ視線を向けると、複数の腕を持つ彼がいる。もちろん、彼の仕業だ。

 

「ケホッ、ナイスタイミングです、障子君。やっぱりヒーローは遅れてくるんですね」

「すまない、遅れた。それと、今の俺たちはヴィランだ。残念ながらな」

 

 肩をすくめて冗談を言う障子君。こんな時でもジョークをかます余裕があるなんてさすがだ。満身創痍(まんしんそうい)でフラフラの私とは大違い。

 

 障子君はそのまま素早く意識を失いかけている轟君のもとへ向かい、捕獲テープで拘束する。

 

《ヴィランチーム…… WIIIIIN(ウィーーーン)!!》

 

「お疲れ様です、障子君。勝ちましたね」

「ああ、なんとか勝ったな」

 

 この後は皆がいるモニタールームまで向かって講評の時間となるが、その前に轟君に対して少しフォローをしなくては。このままだと私は悪役のままである。

 

 フラフラな足取りで轟君のもとへ向かう。

 

「轟君、意識はありますか?」

「……親父の力、しかも紛い物の力に負けた。古明地の言うとおりだ。煽られて集中切れて、周りが見えずに無様に負ける。こんなんで親父を否定するとか笑っちまうよな」

 

「……轟君。私はあなたの心を強く束縛しているトラウマを勝手に覗いて、それを使って失礼なことをしました。まずはそれを謝ります」

 

 轟君は涙を見せないためか、腕で顔を隠して半ば自暴自棄のように話す。やはり、心を覗いた通り、彼のこのトラウマはかなり大きなものだ。私はそれを利用した。全力でヴィランを演じるためとは言え、謝らなくてはいけない。

 

 そして、彼にこの言葉を渡そうと思う。

 心を束縛するイバラを少しだけ(ほど)くことが出来るかもしれない言葉。

 

「轟君が戦闘中なぜ左側を使わないのか、過去にどんなことがあったのか、私は視ました。正直、轟君がお父様に対して抱いている復讐心が正しいのか間違っているのか、私には分かりません。なので、否定もしません。

 

 ――でも、轟君の個性は轟君のもの。エンデヴァーのものでも、お母様のものでもない、あなたのもの。私はそう思います」

 

「……!」

 

 個性婚に対する批判的意見に、よくオールマイトの言葉が引用される。

 

 〝個性というものは親から子へと引き継がれるが、本当に大事なのはそのつながりでなく、個性は自分の血肉、自分自身であるということを認識すること〟

 

 優生学の考え方が嫌いということもあって、私はオールマイトのこの考え方が好きだ。

 

 轟君も何か思い当たる節があるのか、大きく目を見開いている。私の言葉がどれほど轟君の心に影響を与えたのかは敢えて覗かないが、少しでも彼の中で何かが変わるきっかけになったのなら幸いだ。

 

「……出過ぎたことを言いました。さあ、講評がありますし戻りましょう。立てますか?」

「あ、ああ……」

 

 轟君は多少ふらつきながらもなんとか歩ける様子。け、結構タフだね……

 

 葉隠さんは障子君に捕獲されてすぐに建物から出ていったので、三人でモニタールームまで向かう。

 

 ちなみに私は意外と限界が早く来て、障子君におんぶして運んでもらいました。

 障子君マジイケメン。




ご都合主義?
(゚д゚)知らんな!←

2017/06/11 誤字修正(誤字報告ありがとうございます!)


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No.7 講評の時間

[前回のあらすじ]
トラウマを抉りつつ、轟君に辛勝。ヴィランチーム勝利!

[注意]
・最初は緑谷君の視点です。
・試験開始の時にも ちょろっと説明出ていましたが、原作と違ってモニタールームにも戦闘している時の音声が聞こえています。

峰田君のくだりは感想でヒントもらいました|д゚)アリガトデス


 最初の対戦チームは、ヴィランチームが障子君と古明地さん。ヒーローチームが葉隠さん、砂藤君、轟君だ。それ以外の人はモニタールームで観戦。建物内に設置された無数のカメラから映像がモニターに映し出されるし、インカムを通じて音声も流れる。

 

 みんな雄英のヒーロー科に受かった実力者たち。みんなに負けないためにも、みんなの戦いをしっかり見て、僕も頑張らなくちゃ。

 

「うわ~、さとりちゃんと障子君、すごいねデク君……! あんなにしっかり作戦立てとる。私らの時も作戦立てなくちゃね!」

「そ、そうだね麗日さん」

 

 麗日さんの言う通り、古明地さんたちの作戦は理にかなっている。ヒーローチームは互いに連絡が取れないハンデがあるし、素早く各個撃破がベストだ。

 

 加えて驚いたのは古明地さんの個性だ。もちろん、障子君の個性も索敵能力があるし、純粋なパワーもあるから凄いけど、古明地さんのはもっとすごい。

 

 測定テストの時にかっちゃんの『爆破』を使っていたから他人の個性をコピーできる個性だとは思ってたけど、相手のトラウマになっている個性を再現できるものだったとは思わなかった。測定テストの時に僕に「手伝って」とお願いしてきたのは、かっちゃんの個性をコピーさせてということだったのだろう。

 

 コピーに加え、さらに相手の心も読むことが出来る。というより、こちらが個性の主能力だという。

 

 デメリットもいくつかあるようで、使い勝手のほどは良く分からないけど、現時点で僕が得られた情報から推察すると、かなり強い個性だ。

 

「デ、デク君。ぶつぶつ言ってて怖いよぅ……」

「え、ご、ごめん! 口に出てた! あはは……」

 

 ぶつぶつ言いながら考えてしまうのは僕の悪い癖だ。

 

「さあ、少年少女! そろそろ始めるから、しっかり目に焼き付けるんだぞ!」

「「はい、先生!」」

 

「あー、あー、聞こえるかな? さあ、少年少女! いよいよだぞ、屋内対人戦闘訓練、スタートだ!!」

 

 いよいよ訓練が始まった。

 

 訓練開始の合図と同時に古明地さんが部屋を飛び出す。作戦通り、砂藤君を素早く倒すようだ。

 

《――想起『テリブルスーヴニール』》

 

 砂藤君との戦闘が始まって、古明地さんはすぐに個性を使った。

 

 光を自分の周り展開し強烈な光を放つ技のようだ。これも誰かの個性をコピーしたものなのだろうか。

 ただ、砂藤君に目に見えたダメージはないし、目くらましにしても、古明地さんがすぐに攻撃するそぶりも見せない。何のために使ったのかよく分からないけど、攻撃前の準備だったりするのかな。

 

 結局、光の技の正体はよく分からないまま、近接戦闘が始まった。

 

 砂藤君の素早い拳を、余裕を持って回避する古明地さん。なるほど、近接が主のスタイルである相手なら、心を読んで回避できる。砂藤君と戦闘の相性がいいと言っていたわけだ。

 

《あらあら、私を差し置いて地面と戯れるなんて、よっぽど地面の事が大好きなのですね。とっても無様で滑稽なヒーローさん?》

 

 砂藤君が地面に倒れると、悪戯(いたずら)が成功した子どもの様に無邪気に笑い、これでもかと煽る。相手の集中力を切らすためにやっているのだろう。心が読める古明地さんらしい戦法だ。

 

「うわぁ… なんつーか、古明地って結構えぐい事すんなぁ……」

「集中力を乱そうとしてるんじゃないかしら。古明地ちゃんは普段やさしいけど今はヴィランだからだと思うわ」

 

 クラスの皆の反応はマチマチで、切島君はちょっと引いている感じ。たいして蛙吹さんは状況を判断して古明地さんの煽りを的確に分析している。普段、古明地さんと蛙吹さんは一緒にいることが多いし、信頼している部分もあるのだろう。

 

 その後も古明地さんはヒット&アウェイを繰り返しついには砂藤君を倒した。圧倒的な勝利にオールマイトも含め、クラスのほとんどが驚いていた。

 

「古明地さん凄いね、デク君! 砂藤君の猛攻もサッと避けちゃうし、なんかこう~かっこよかったね!!」

「そ、そうだね凄かった」

 

 砂藤君との戦闘の後、古明地さんはいったん部屋に戻り今度は障子君が葉隠さんの対処に向う。そして、障子君が葉隠さんに難儀している中、轟君と古明地さんの戦闘が始まった。

 

 一言で言うと、圧巻だった。

 

 轟君は氷の個性を使い、古明地さんは轟君のお父さんであるエンデヴァーの『ヘルフレイム』をコピーし、氷と炎がぶつかり合った。

 

 古明地さんはこの戦いでも相手のトラウマを抉るようなことを言っているようだった。内容はところどころ聞き取れなかったけど、どうやら轟君の家庭のことの様。家族の仲でも悪いのだろうか。

 

 そして、おそらくお互いの最高火力がぶつかり合い、水蒸気爆発が起きた。このモニタールームは古明地さんたちが戦っている建物からだいぶ離れているけど、その衝撃が少し伝わってきた。

 

 障子君も多少手間取っていたものの葉隠さんを危なげなく確保し、すぐに古明地さんに加勢、結果は古明地さんと障子君のヴィランチームの勝利となった。

 

「ヴィランチーム…… WIIIIIN(ウィーーーン)!!」

 

「おおー!! すげぇぜあいつら! ハンデ有りとはいえ、三人チームに勝ちやがったぜ!」

「どちらのチームも素晴らしかったね☆ 僕も頑張らなくちゃ☆」

「古明地ちゃんと轟ちゃん、怪我が酷そうだけど大丈夫かしら……」

 

 オールマイトの勝利宣言とともにモニタールーム内も大いに盛り上がる。凄い戦いだった。みんなの個性もそうだけど、それを生かした戦闘スタイル。帰ったら早速ノートにまとめなくちゃ。

 

 戦闘の後にも古明地さんと轟君が何やら話していたが、インカムが壊れてしまったのかモニタールームに音声は入ってこなかった。

 

「さあ、少年少女たち! 彼らが帰ってきたら講評の時間だ! 皆にもいろいろ意見を聞くから、そのつもりでな!」

 

 

 

***

 

 

 

「着いたぞ古明地」

「ありがとうございます。すみません、障子君も疲れているのに()ぶってもらって」

「気にするな」

 

 結局、モニタールームまでほとんど障子君に背負ってもらっていたので、なんというか不甲斐ない…… 戦闘では割かしかっこいいとこ見せられたと思ったんだけどなぁ。

 

「障子ぃぃぃい! てめぇぇぇぇええ! 古明地おんぶするとか、役得すぎるだろうぅぅう!!!」

 

 モニタールームにつくや否や、私の半分くらいの背しかない男の子が血涙を流しながら走ってきた。ホラーかな?

 

 えっと、確か…… 峰田君。

 

 頭にブドウの房みたいに丸いボールがついているが、アレを取って壁に張り付けていたのを見たので、そういう個性なのだろう。……何に使うんだ?

 

「ところで障子、どうだった?」

「何がだ?」

 

「アレだよア・レ! 古明地おんぶしてたんだろ? 胸の感触はどうだったよ?」

「気にしてなかったから良く分からん」

「はぁぁああ?! お前バカだろ?!」

 

 峰田君が何やらいやらしい表情で障子君に話しかけているが、そういうことは私がいないところでやってくれ。あとヒソヒソ声で話してるけど、思いっきり私に聞こえてるよ?

 

「よしよし、みんな戻って来たな! ダメージが多そうな古明地少女と轟少年は講評を聞けるだけの余裕はあるかな?」

 

「……俺は大丈夫です」

「私も大丈夫です。授業終りにリカバリーガール先生のところに寄るくらいで問題ないでしょう」

 

 私の場合、外傷はあまりなかったので、もうほとんど大丈夫だ。っていうか轟君マジでタフだね…… 障子君のパンチをモロにもらっていたはずだけど……?

 

「よし、講評を始めよう! つっても今回のベストは障子少年だ! 次いで古明地少女!」

 

「やっぱり勝ったチームの方がいい評価をもらえるのかしら?」

「ん~! 勝ち負けはあんまり関係ないぞ~? なぜこの二人なんだろうな~~~~~? 分かる人!!?」

 

 オールマイトが勢いよく手を上げて挙手を促す。勢いよく上げすぎたせいで、こちらにまで風圧が来た。さすがNo.1ヒーロー。

 

 それにしても勝ち負け以外で評価された部分はどこだろうか。ヴィランの演技頑張ったからそこを評価してもらえたかな?

 

「ハイ、オールマイト先生。それはヴィランチームのお二人が一番状況設定に順応していたからです。お二人ともヴィランになりきれていたと思います。作戦も見事でした。古明地さんが二番目なのは、轟さんを挑発しすぎたせいで危機に陥っていたからでしょう。

 

 轟さんは挑発されて、『核爆弾』があるのにも関わらず高火力の技を放ち減点。砂藤さんは古明地さんに行動が読まれているのに単調な攻撃をそのまま繰り返していました。葉隠さんは可もなく不可もなくといったところでしょう。

 なので、ヒーローチーム内の順位は葉隠さん、砂藤さん、轟さんといった感じでしょうか」

 

「まあ…正解だよ。くう…!」

「常に下学上達! 一意専心に励まねばトップヒーローになどなれませんので!」

 

 オールマイト、「思っていたより言われた!!」って内心で若干落ち込んでるけど、そんなに気にしないで。

 

 それにしても八百万さんはさすがの分析力だ、推薦入学者なだけある。まあ、そのエロいレオタードのコスチュームはどうかと思うがな!

 ……もちろん、決して、八百万さんのナイスバディが羨ましいわけではないのは、確定的に明らかなところである。

 

「今回、(ふる)わなかった人は反省をしっかりして次回頑張れば大丈夫だ! さあ、次のチームいってみようか!!」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「お疲れさん!! 緑谷少年以外は大きな怪我もなし! しかし真摯に取り組んだ!! 初めての訓練にしちゃ皆上出来だったぜ!」

 

 私たちの後も順々に戦闘訓練が行われ、すべての訓練が終わった。緑谷君の個性はどうやら反動が強いみたいで、十分に制御できておらず訓練で重傷を負っていた。強い個性なのにもったいない。

 

 ……ん?

 

 何か、オールマイトがやけに慌てている気がする。緑谷君のお見舞いに早くいきたいからか? いや、それにしては……

 

 気になる……

 先生、すみません心読みます……!

 

《マズイ…… そろそろ限界だ…… 授業やってるとマッスルフォームを保つのもギリギリだ…》

 

 限界?

 もう少し、深くまで読んでみよう。

 

 ……どうやらオールマイトは五年前に大きな怪我を負って、筋肉ムキムキの身体を維持するのに制限がついてしまったらしい。

 怪我を負った事件の詳細は読めなかったけど、もし仮にオールマイトが弱体化していることが世間に広まったら混乱は避けられないだろう。

 

 んで、授業をやっているとその制限ギリギリで、今すぐ生徒の視界から外れたい、と。

 

 

 なるほど、これは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――オールマイトの後をつけるしかありませんねぇ

 

 

 思わず、ニヤリと口元が緩む。

 いけないいけない。誰かに見られたら気持ち悪がられてしまう。 

 

「それじゃあ、私は緑谷少年に講評を聞かせねば! 着替えて教室にお戻り!」

 

 そういうと、オールマイトは目にもとまらぬ速さで演習場の出口通路を駆け抜けていき、途中の職員専用通路の扉を開けて中に入っていった。

 

 クラスの皆には少し用事があると適当にごまかして、私はオールマイトが入った扉へと向かう。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「ゴホッ、ゴホッ。やっぱり授業やってると時間ギリギリだ…… シット……」

「大変そうですね、大丈夫ですか?」

 

「――ッ!? や、やあ。こんなところでどうしたのかな? こ、ここは先生しか入っちゃダメなところだよ? あ、わ、私はここの先生なんだ」

 

 職員専用通路に入ると、筋肉ムキムキの姿とは似ても似つかない、痩せ細ったオールマイトが壁にもたれかかっていた。オールマイトはゴホゴホと咳き込みとても辛そうである。

 話しかけると自分がオールマイトだと悟られないように必死に(つくろ)っているが、焦っているのが丸わかりだ。

 

 

 そして、私はそんなオールマイトにニッコリ微笑(ほほえ)んで語りかける。

 

 

「――そんな他人行儀にしなくても大丈夫ですよ、オールマイト先生(・・・・・・・・)?」

 

 

 

 




2017/06/15 描写の追加
2017/06/16 注意書きに文言の追加
2017/06/17 峰田君と八百万さんの口調の修正

話が進んでない?
知らんな!←( ゚д゚)


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No.8 ヒーローを目指した日

[壁]д・)ノ 8話目投下。

あっ、待って! 石投げないで!
7話目から間がかなり開いた言い訳はちゃんと後書きでするから待って!


[前回のあらすじ]
対人戦闘訓練の講評も終わって、教室へ戻ろうとしたら、何やらオールマイトの様子がおかしい。後をつけたら、そこにはヒョロヒョロのオールマイト。オールマイトは必死に隠そうとするけれど…

[注意]
ちょっぴり残酷な描写


「――そんな他人行儀にしなくても大丈夫ですよ、オールマイト先生(・・・・・・・・)?」

 

 必死にオールマイトであることを隠そうとするも、古明地少女のその一言で無駄なことだったのだと痛感した。

 

 そもそも古明地少女の個性は『心を読む程度の能力』であり、隠し通すなど土台無理な話だったのだ。

 

 古明地少女と管でつながった大きな目玉――たしか第三の目(サードアイ)だったか――が開いて無ければ心を読めないと聞いていたし、古明地少女は積極的に他人の心を覗こうとしないと聞いていたから楽観視していた。

 

 完全に私のミスだ。

 

 ヒーローを目指す子に悪い子はいない。そんな甘い考えで心を読める彼女のクラスを担当することも了承したが、古明地少女の表情を見ると後悔せざるを得ない。

 

「平和の象徴は過去の戦闘で傷を負い、弱体化していた―― 世間にこのことが広まった(あかつき)にはどうなるんでしょうねぇ。

 ヴィランの増加、活発化。

 平和が崩れ、(おび)えながら日々を送る人々。

 

 ――ああ、なんと悲しいことでしょう」

 

 古明地少女はまるで演劇の様に大げさに悲しむそぶりを見せる。この分だと、ワン・フォー・オール自体もだが、緑谷少年にワン・フォー・オールを渡したことも……

 

 ……! 

 

 不意に第三の目(サードアイ)と目が合った。

 

 

「ああ、なるほど。オールマイトの個性は自らの肉体を強化する『ワン・フォー・オール』。

 シンプルな増強系の個性ですが、その真価は個性を任意の相手に譲渡する事で、力を育てていくこと。

 

 なるほどなるほど。緑谷君のちぐはぐな個性はそういうことでしたか」

 

 やはり読まれた…… シット…!

 頭に思い浮かべたことは直ぐに読まれてしまうか……

 

 古明地少女はなにやら楽しそうであるが、その目に浮かぶのは嗜虐(しぎゃく)的な色。何か良からぬことを企んでいるのは火を見るよりも明らかだ。

 

 

「君は、このことを広めるつもりなのか?」

 

「さあ、どうでしょうか。

 ところで、相手に何かを要求するときは自分も何か差し出さなくてはいけません。ですよね、先生?」

 

「……何が望みだ」

 

 私がそう問うと、ころころと年相応に無邪気に笑う。

 

「望みなんて、大層なものではありませんよ。そんなに怖い顔しないでください。

 

 ただ少し、お願いしたいだけですから――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  せ、先生のサインください!!!」

 

 

 

 

 

「…………はい?」

 

 

「ダメ、ですか……?」

 

 勢いよく腰を90度に折りサインを要求。

 

 まるで意味が分からない。いや、意味は分かる。サインが欲しい、それは分かる。

 しかし、しかしだ。私の弱みを握り、(なぶ)るように脅してきて、そんな要求、するか、普通。

 

 しかも上目遣いで頬を赤らめながら「ダメですか?」なんて余計に意味が分からんぞ!

 

「い、いや。ダメじゃないけどさ……」

 

「やった……!! じゃ、じゃあ、『古明地少女へ』って追加で書いてもらってもいいですか?!」

 

「え、う、うん」

 

 

◇◇◇

 

 

「ありがとうございます、先生!! 家宝、いえ、国宝にします!!」

 

「あー、うん。国宝は難しいかな」

 

 古明地少女がなぜか持っていた色紙にサインを書いてあげると、色紙を胸に抱えてクルクルと回って喜んでいる。

 

 こうしていると普通の少女なのだが、さっきは本当に冷や汗をかいた。

 

 彼女がヒーローを目指す子でよかった。もしも仮にヴィランになっていたらと思うと…… 私の秘密はばらされ、世間は大混乱に陥っていたかもしれない。

 加えて、今日の対人戦闘訓練でも分かったが、彼女のコピーする能力も使い方によっては、私でも手を焼くかもしれないほどかなり凶悪なものになるだろう。

 

「私が『ヴィランになっていたら』危なかったですね、先生」

「…!」

 

 見ると、彼女のサードアイは開いてこちらを見ていた。どうやら今考えたことは彼女に筒抜けのようだ。心臓に悪いよ、もう!

 

「すまない、失礼なことを考えた」

「――先生。実は私、昔人を殺そうとしたことがあって、ヴィランになっていたかもしれないんです」

 

 

「――え?」

 

 

「少し、話をしましょう。

 昔々、とあるところに心を読むことが出来る少女がいました――」

 

 

 

***

 

 

 

 私が小学生の高学年に上がる前は自分の個性が今みたいに制御できていなかった。聞きたくもない、道行く人の悪感情が聞こえてしまう。

 

 苦痛だった。

 

 でも、支えてくれる人がいた。私がお世話になっている児童養護施設の子どもたちや管理人さん。ときどき喧嘩することもあるけれど、みんな心が綺麗な人。彼らと一緒にいると苦痛も幾分か和らいだ。

 

 この世界にいる人全てが、彼らのようだったら良いのに。

 

 

 ある夏の日のことだった。

 

 児童養護施設で一緒に生活しているミカちゃんと二人で近くの公園で遊んだ帰り。子ども特有の冒険心だろうか、普段通ることのない人通りの少ない道を通ることになった。

 

「ウヒャァハッハー! 人の恐怖に沈む顔ってぇーのは最高だなァァア!」

 

 あまりの光景に言葉が出なかった。

 

 狼のような顔をした大男が、細身の男性を壁に叩きつけたり、顔を殴りつけたりしていたのだ。細身の男性は息こそあるものの重傷であり、危険な状態なのは明白だ。

 

「ひっ……!」

 

「あ? なんだガキか……

 

 ――ガキの(おび)えた顔も好きなんだよなぁ」

 

 ミカちゃんが思わず悲鳴をあげると、狼の大男(ヴィラン)はこちらをギョロリと見て、カエルを見つけた蛇のようにニタリと笑った。

 

 

「ッ……! ミカちゃん、逃げるよ…!!」

 

 逃げなくては。

 手を強引に引っ張って怖くて動けないミカちゃんと来た道を急いで戻る。

 

 人の往来のある道まで戻れば、大人たちがなんとかしてくれる!

 

「あっ」

 

 ミカちゃんが転んでしまい、地面に倒れる。

 振り返ってミカちゃんを起こそうとしたが、既に遅かった。

 

「ミカちゃん!!」

 

「いやぁ…… 離して…!」

「グハハハ! 捕まえたぞ。さぁ、お楽しみの時間だ!」

 

 舌舐めずりをすると、大男はミカちゃんを壁に叩きつけ、さらには腹を殴った。

 

 早々にミカちゃんを殺さないためか、細身の男を殴っていた時よりは威力をかなり抑えている。しかし、まだ10歳にも満たない子どもには苦痛すぎるものだ。

 

「ぅあ……ぅぅ…」

 

「ヒャアハハァ! いいね、いいねぇ!!! その顔最高だよ!! さぁ、もっと俺に苦痛に歪む顔を見せてくれよ!!」

 

 

 そのとき、私の中の何かが切れた。

 

 

 ミカちゃんを助けなくちゃ。

 

 家族を、助けなくちゃ。

 

 コイツを殺さなくては。

 コイツを排除しなくては。

 

 私の家族に害をなす者を始末しなくては。

 

 

 殺さなくては。殺さなくては。殺さなくては。殺さなくては。殺さなくては。殺さなくては。殺さなくては。殺さなくては。殺さなくては。殺さなくては。殺さなくては。殺さなくては。殺さなくては。殺さなくては。殺さなくては。殺さなくては。殺さなくては。殺さなくては。殺さなくては。殺さなくては。

 

 

「……なれ…」

 

「あぁ?! なんか文句あんのか、ガキ!!」

 

「ミカちゃんから… 離れろぉおお!!!」

 

 私の叫びに呼応するかのように、サードアイが限界までその目を見開く。

 サードアイから血の涙が流れるが、今はそんなことを気にする必要はない。

 

 殺す、ただそれだけを考えれば良い。

 

「……ッ ガキが粋がってんじゃねぇぞ! そんなに俺に甚振(いたぶ)って欲しいか?! あぁ?!」

 

 殺せ、奴を殺せ。

 

 神様がきっとそう言っているからだろう。普段は読めない、心の奥底まで、いや、それよりも更に奥底まで読むことができる。

 

 コイツの心はドブのように汚い。

 読むだけで吐き気がするけど、ミカちゃんが受けた苦痛に比べれば生易しいもの。

 

 殺す。

 

 神の御言の通り、コイツを殺す。

 

 でも、ただ殺すだけじゃダメだ。私の家族に酷いことをしたのだ。地獄に行く方がいいと思うくらい嬲って嬲って嬲り倒さなくてはいけない。

 

 そのためには、コイツの心から最適な個性を想起しなくては。

 

 

 

 

 ……ああ、良い個性をたくさん持っている(・・・・・)

 

 手から生成する大きな(しび)れ針で相手を刺して動けなくする個性。それと、炎を出す個性もあるし、怪力を出せる個性で腕を握り潰すのも良い。

 身体の欠損箇所を再生する個性なんてのもある。これで壊して治して、壊して治してを繰り返そう。

 

 

「ヒャアハハァ! お前も恐怖で顔を歪ませてやるよ!」

 

 大男は強靭な肉体を使い、私を捕まえようとしてくる。

 しかし、私は捕まらない。否、捕まるわけがない。

 

 大男の行動を読んで(・・・)避け、痺れ針の個性を想起して針を突き刺す。

 

「てめぇ……! ……?! なっ、身体が動かない?!」

 

 個性の効果がすぐに出て、大男は立ったまま動けなくなった。

 

 私はゆっくりと近づき、大男を蹴って地面に倒す。

 

「ぐっ…… 舐めた真似してくれるじゃねぇか!」

 

「舐めているのはあなたです! よくも私の家族を傷つけてくれましたね……!

 ……まぁ、あなたが死ぬまで、まだ暫くあります。ゆっくりと懺悔(ざんげ)しながら死になさい」

 

 さぁ、まずは何をしようか。

 

「そうですねぇ… 取り敢えず、その汚らしい目玉をくり抜きましょうか。この針でたこ焼きを作るように、くり抜いてあげますよ」

 

「ま、まて! 俺が悪かった! 待ってくれ!」

 

 痺れ針の個性を使って、目玉をくり抜こう。

 

 手のひらから針を出して、大男の顔にゆっくりと針の先を近づけて行く。

 

「やめろ、やめてくれぇぇ!」

 

「まだ始まったばかりですよ? これから腕を握り潰したり、足をこんがりと焼いたり、色々とすることが残ってるんですから、ちゃんと贖罪(しょくざい)できるまで壊れないでくださいね?」

 

 ゆっくりと、しかし確実に大男の目玉に針を近づける。

 

 大男は(まぶた)を閉じて何とか抗おうとするが、そんなことは無意味だ。針を出していない方の手で無理矢理こじ開ける。

 

 さぁ、お料理(・・・)をはじめましょう。

 

 

 

「そこまでだ、少女」

 

 

 大男の目玉と針があと数センチ、数ミリのところで動かなくなった。右手を見ると筋骨隆々のアメリカンな男に手を掴まれている。

 

 私はこの男を知っている。

 

 オールマイトだ。

 

 平和の象徴オールマイト。

 テレビや雑誌などのメディアでもよく特集が組まれるNo.1ヒーロー。

 

「何を、するんですか?」

「それ以上はダメだ、きっと後悔する。今ならまだ正当防衛で済む」

 

 オールマイトの言う事は正しいのだろう。これ以上すれば過剰防衛、犯罪者になってしまう。

 

 でも、それでも……

 

 

「でも……!! コイツはミカちゃんを! 私の家族を! 殺さなくちゃ! 処分しなきゃ! 苦しませなくちゃ!」

 

 半ば自暴自棄に叫び、針をヴィランに刺そうと力を込めるが、オールマイトの力に勝てるはずもなく、ピクリとも動かない。

 

「少女!」

 

 オールマイトが腕を引っ張り、私をその胸に抱擁する。

 

 一瞬状況が飲み込めなかった。

 

 

「もう大丈夫だ、私が来た!

 

 ヴィランにはしっかりと罰が与えられるし、キミの友人も怪我をしているが、比較的軽いものだ、直ぐに良くなる。

 もうキミがこれ以上手を汚す必要はない。手を汚して友人を悲しませることもない。

 

 ――もう大丈夫、私が来たんだ」

 

 

 オールマイトの言葉は力強く、それでいて優しかった。

 硬い筋肉だし、汗臭いし、抱擁は決して心地よいものではないけれど、とても、 ――とても優しかった。

 

 

 ズルいなぁ……

 

 強いだけじゃなくて、言葉にも力があるんだもん。

 本当にズルい。言葉だけで他人の()まで変えてしまうんだもん。

 

 

「うわあ゛あ゛〜! ぅあ゛〜う〜!」

 

 

 感情が(せき)を切って漏れだす。

 

 安心。不安。喜び。悲しみ。自責。軽蔑。幸福。憧れ。嫌悪。軽蔑。期待。絶望。空虚。殺意。恐怖。欲望。

 

 今感じているものも、今まで心のうちに押しとどめてきたものも、様々な感情が涙と一緒にあふれ出す。

 

 

「よしよし、泣け泣け。泣いて全部吐き出せ」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「……お見苦しいところをお見せしました」

 

「はっはっは! キミは随分と大人びているがまだ子供だ、子供は大いに泣いて結構!」

 

 オールマイトの胸で泣いて、気が付いたら随分と時間が経っていたようだ。私が泣いている間にオールマイトが警察と救急車を呼んでいてくれていたみたいで、事件の処理はほとんど終わったらしい。

 

 児童養護施設のお世話になっている管理人さんも来ていたようで、泣きながら私たちの無事に安堵していたようだ。ミカちゃんの怪我は比較的軽いものだそうだが、一応病院での検査があるということで、管理人さんはミカちゃんに付き添って行ったとのこと。

 

 あと、襲われていた細身の男性も命に別状はないらしく、病院での治療を受けている。

 

「ねえ、オールマイト。相談というか、質問してもいいですか?」

 

「……ああ、構わないよ」

 

 テレビで見たりするときは、いつもその風貌にあったアメリカンなリアクションで、大げさに笑っているのに、私の雰囲気を感じ取ってか、今は眉根(まゆね)を寄せて真剣な表情だ。

 

 やっぱりズルい人。

 

「私はあなたのようなヒーローをとても尊敬しています。見ず知らずの人を命を張って守る。とても私にはできません。

 ねえ、オールマイト。助けた人の中には大きな悪感情を持つ人も、犯罪的な思想を持つ人もいたと思います。どうしてあなたはそんな人たちをも助けられるのですか?」

 

「……そうだね。キミの言う通り、助けた人の中にはそういう人もいるだろう。でもね、私はとてもお節介なんだ。理由がなくても、たとえどんな人でも、助けたくなってしまうんだ。

 それに、もしも助けた人が道を(たが)えることがあったなら、私が正しい道へ戻す。それだけの事さ」

 

 はっはっはっと笑ってオールマイトは答える。なんともオールマイトらしい答えだ。だからこそ、私はあなたが(うらや)ましい。

 

「ふふ、オールマイトらしいですね。ヒーローがヴィランを殺してはいけないのも、その『お節介』が理由ですか?」

 

「人間は間違いをしてしまう生き物だからね、道を間違えてしまったヴィランにもやり直す機会をあげなくちゃ。

 それに、殺人は取り返しがつかないことの最たるものなんだ。その人の人生を強制的に終わらせて、その人の希望や未来を奪うし、その人の家族の希望や未来も奪ってしまう。

 だから、ヴィランだって殺してしまうのはダメだ」

 

 殺人は取り返しのつかないことの最たるもの、か。

 私はそれをしようとしてしまった。

 

 家族が危険にさらされた恨みがあるからと言っても、結局私はそういう人間なのだ。ヒーローにはなれない。

 

「やはりオールマイトは凄いですね。……叶うことなら、ヒーローに…あなたみたいになりたかったです」

 

 ついつい愚痴がこぼれてしまう。

 顔をうつむけているからオールマイトには見えないだろうけど、きっと泣きそうな顔になっているのだろう。

 

 つくづく私は弱い人間だ。

 

「そう願うなら、なればいい。ヒーローに」

 

「――え?」

 

 顔を上げてオールマイトへ向く。

 

 いつもテレビで見るような、人々を安心させる屈託のない笑顔だった。

 

「……私には無理なんです。あなたみたいに、見返りを求めずにどんな人でも助けるなんてとてもできない」

 

「いかなる人助けでも、未来や希望を守ることには変わりない。大手を振って歓迎はできないけど、見返りを求めたって、何も悪いことは無い。現に見返りのためにヒーローをやる人だっているしね」

 

「お金のため、でも?」

 

「ああ、そういう人だっている。そのお金で美味しいものを食べたっていい。少女はお金がたくさんあったら何をしたいかな?」

 

「私は――」

 

 たくさんのお金があったなら、何をしたいだろうか。

 

 オールマイトの言うように美味しいものだって気のすむまで食べられるだろうし、欲しいものだって何でも買える。

 お金があれば魅力的なことがたくさんできるけど、私は……

 

「――私は、家族と、施設の皆と一緒にもっともっと楽しいことしたい。どこかへ旅行に行ったり、遊園地にも行ったりしたい。管理人さんにもお礼したい。施設の壊れかけの椅子を新しいのにしたい」

 

 欲しいものは考えればたくさんあるだろう。

 でも、私が一番欲しいのは、やっぱり家族の笑顔だ。

 

 オールマイトは少し驚いたような素振(そぶ)りを見せたが、すぐに優しくて清々しい笑顔に戻る。

 

「そうか、なら、それはもう立派な人助けだ。ヒーローを目指すことに躊躇(ちゅうちょ)することはない。

 まっ! 私的には余裕が出来たら、家族以外の人にもその思いをチョットだけでも分けてくれると嬉しいかな!

 アッハッハッハ!

 

 む?! 応援要請か! すまない少女、急ぎの用事が出来てしまった。縁があったらまた会おう!」

 

 どこかでヴィランが出たのか、応援要請を受けて、オールマイトは目にもとまらぬ速さでどこかへと行ってしまった。

 別れの一言も言わせてくれないなんてちょっと不満だけど、何故だろう、自然と口角が上がってしまう。

 

「……ええ、是非またどこかで」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「そうか、キミはあの時の……」

 

「ふふ、お久しぶりです、オールマイト」

 

 古明地少女と以前どこかで会ったことがあるような気がしていたが、あの時の女の子だったのか。10年以上前の事だからすっかり忘れていた。

 

「さて、サイン(目的のもの)も手に入れましたし、私はそろそろ教室に戻りますね。お大事にしてください、オールマイト先生」

 

「ああ…… あ! 古明地少女、ワン・フォー・オールの事は……!」

 

 忘れてた! ワン・フォー・オールの事を口止めしなくては…!

 

 教室へ戻ろうとする古明地少女を呼び止めると、彼女はクルリとこちらを向いて、若干照れくさそうに笑いながらこう言った。

 

 

「最初から口外するつもりはありませんよ。

 

 なんといっても、私はあなたの大ファンですからね、オールマイト!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私には前世の記憶がある。

 

 なぜ私にそんなものがあるのかは知らないけれど、取り敢えず、ヒーローを目指そうと思う。

 

 

 なぜって?

 

 

 

 ――お金が欲しいから。

 

 




なんか、最終回っぽい終わりかた…? でも残念、もうちっとだけ、続くんじゃ!

シリアスとか書くつもりなかったから、話の整合性を確保するのにすこぶる苦労した(汗
突然の思い付きで話を書いてはいけない(戒め)


(*_ _)んで、遅れた言い訳。

リアルが忙しかったてのもあるんですけど、7話目の後に低評価を連続でもらっちゃって、モチベーションが結構落ち込んじゃったんです。もちろん、評価が作品のすべてじゃないですけど。8話目書いたきっかけも感想でしたしね(イツモ アリガトデス

で、あとスプラトゥーン2とかドラクエ11がとても忙しくてですね。一見極めて明白に仕方がないことだと分かりますね。

あっ、待って! ばくだん岩を投げないで!!


2017/08/18 誤字修正(いつも誤字報告ありがとうございます。スミマセン)


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USJ篇
No.9 マスコミ騒動


平和な回

[注意]
原作では、マスコミ騒動の日と、救助訓練の日はたぶん別の日ですが、この作品では同じ日に起こったとしています。ちょっと強引ですが。

[前回のあらすじ]
オールマイトがイケメン。


「オールマイトの授業を受けてみて、どうですか?」

 

 朝、学校に登校するとマスコミが大勢いた。その理由はオールマイトが雄英高校の教師に就任したからだ。全国を驚かせ世間は連日この話題で持ち切り。

 

 で、私もインタービューを受けている。

 

「そうですねぇ…… オールマイト先生の生徒に対する真摯な姿勢をひしひしと感じます。生徒一人一人の事を考えておられて、本当に素晴らしい先生です。そんな先生の授業を受けることが出来、大変光栄です」

 

「なるほど、コメントありがとう。 あ!そこの君! インタビュー良いかな?!」

 

 私へのインタビューを終えると、今度は幸か不幸か、ちょうど登校してきた緑谷君にインタビューを始めた。

 

「え?! あ…その、僕保健室に行かなくちゃいけなくて……」

 

 なんかドンマイ、緑谷君。

 

 

***

 

 

「昨日の戦闘訓練お疲れ。V(ブイ)と成績見させてもらった。

 爆豪、お前もうガキみてえなマネするな、能力あるんだから」

 

「……わかってる」

 

 朝のHR(ホームルーム)が始まると、相澤先生から昨日の対人戦闘訓練のお話。

 相澤先生から注意を受けて、いつもみたいに爆豪君が怒るのかなと思ったら、意外とおとなしかった。何やら神妙な面持ちだし、訓練の後に思うところがあったのだろう。

 

「で、緑谷はまた腕ブッ壊して一件落着か。個性の制御、いつまでも『できないから仕方ない』じゃ通さねえぞ」

 

 今度は爆豪君と戦闘した緑谷君に相澤先生の矛先が向かう。

 オールマイトから緑谷君に『ワン・フォー・オール』が渡された経緯を知った今、緑谷君が個性の制御が出来ていないのも納得がいく。

 

 個性の制御、頑張って緑谷君。影ながら応援してるよ。

 

「あと、古明地」

 

 あれ、私の方にも矛先が……?

 

「相手を煽って隙を作るのは、お前の個性を考えると合理的だ。だが、煽りすぎるのは逆に命取りになるぞ。

 あと、あの時のお前はヴィラン設定だが、あまりにもヒーローがしていい顔じゃなかった。正直寒気がした」

 

「……気をつけます」

 

 ちょっと待って相澤先生。

 あれはね、ヴィランを全力で演じきった結果なのです。つまり私は悪くない。

 

 

「さて、HRの本題だ。急で悪いが、今日は君らに…… 学級委員長を決めてもらう」

 

「「学校っぽいの来たーー!!!」」

 

 なんだ、学級委員長決めか……

 

 先生が無駄に気迫を漂わせるから、入学初日みたいに突然テストするのかと思った。

 

「委員長! やりたいです、ソレ俺!」

「ウチもやりたいス」

 

「オイラのマニュフェストは女子全員、膝上30センチ!!」

 

「リーダー!! やるやるー!!」

 

 みんな元気よく挙手をして立候補する。さすが雄英、自己主張の激しい子ばかりだ。一部おかしいマニュフェストを掲げている人がいますけど。

 

 え、私も挙手したほうがいいのかな。ぶっちゃけやりたくないけど、みんな挙手してるし、私もしとこうかな……

 みんながやるなら、自分も。なんとも日本人らしい思考だ。

 

「静粛にしたまえ!!」

 

 みんなが思い思いにアピールする中、飯田君が一喝する。さすがメガネキャラだ。

 

「『多』を牽引(けんいん)する責任重大な仕事だぞ…! 周囲からの信頼あってこそ務まる聖務(せいむ)

 民主主義に(のっと)り真のリーダーを皆で決めるというのなら…… これは投票で決めるべき議案!!!」

 

 素晴らしいです、飯田君。安易な気持ちで委員長をしないために皆を注意。なかなかできることではありません。

 

 投票の際にはぜひ彼に入れてあげましょう。

 

「そびえ立ってんじゃねーか! 何故発案した!!!」

 

 飯田君の方を見ると、プルプルと震えながら右手を天に向かって掲げていた。その姿は、神へと挑戦するバベルの塔を思わせるものであります。

 

 ……やっぱり、飯田君への投票はなしで。

 

 

 その後、投票という流れになり、結果は緑谷君が4票、八百万さんが2票。委員長が緑谷君、副委員長が八百万さんに決定した。

 

 私?

 私は…… 0票でした。

 

 ええ、0票でしたとも。自分の票は緑谷君に入れましたし、0票になることも想定していました。つまり計画通り。

 決して悲しくはありませんが、山葵(わさび)マシマシのお寿司を食べた時のように涙が出てきそうです。

 

 なんでや。

 アレか。対人戦闘訓練でヴィランになり切ったのがアカンかったんか?

 

 

***

 

 

 ただいま、緑谷君たちと昼食中。

 ボッチ飯だと思った? 残念! 心優しい彼らがいる限り、私がボッチになることはあんまりない!

 

 昼食の会話の話題はもちろん、朝の委員長決め。飯田君は緑谷君に一票を入れたらしい。サードアイでチラリと飯田君を見ると、やはり飯田君も委員長をやりたかったようだ。それなのにほかの人に入れるなんて律儀というか真面目だなぁ。

 

「でも、飯田君も委員長やりたかったんじゃないの? メガネだし!」

 

 麗日(うららか)さんが右のストレートパンチを繰り出す!

 かわいい顔して意外と容赦ないからなぁ……

 

「『やりたい』と相応しいか否かは別の話……  ぼ… ん゛ん゛! 俺は俺の正しいと思う判断を下したまでだ」

 

 ぼ……?

 

 はい、今完全に飯田君は『僕』と言おうとしました。サードアイで覗いて確認したので、確信をもって言えます。

 咳払いで何とか誤魔化して緑谷君と麗日さんには気づかれていないようですが、私の『目』は誤魔化せません。

 

「飯田君、今一人称が『僕』になりそうでしたね。いやはや、危うくバレそうでしたねぇ」

 

「…?!」

 

 飯田君に告げると結構ビックリしている。もちろん、普通の音量で話しているので、緑谷君と麗日さんにも丸聞こえ。ちょっと意地悪が過ぎましたかね?

 

 その後、麗日さんの軽いジャブもあって、無事に飯田君が坊ちゃんだということが明るみにでました。

 なんでも、飯田君はターボヒーロー インゲニウムの弟さんのようで、兄に(あこが)れてヒーローを目指したらしい。

 

 ちょっと意地悪してしまったので、どこかで埋め合わせしましょう。

 

 

 

 そんなこんなで他愛もない話をしていると、急にけたたましいサイレンの音が食堂に鳴り響く。

 

「警報?!」

 

《セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは(すみ)やかに屋外へ避難してください》

 

 途端にドタドタと食堂にいる生徒が出口へ向かって一目散に走りだす。

 いったい何が起こっているのか。

 

 皆が慌てふためく中、ふと、窓の外へと注意を向ける。するとそこから見えたのは朝の報道陣の姿。

 なるほど、彼らが侵入して警報が鳴ったのか。雄英高校は高度のセキュリティシステムがあったはずだから、どうやって侵入したのかは(はなは)だ疑問だけど、目前急迫の危険はないみたい。

 

「危険はないみt……?」

 

 飯田君たちにそのことを伝えようとしたけど、人の波に連れていかれてしまったのか既にいなかった。

 

「あら、残念です。まあ、危険もさほどないですし良いでしょう。それよりも……」

 

 さて、この状況を利用しましょうか。

 

 今現在、食堂はパニックに陥っている。

 雄英高校に誰かが侵入し、一刻も早く逃げなければならない。しかし、食堂の出口は一つしかなく、全ての学科の生徒が一堂に会しているこの状況において、当然出口で詰まるわけだ。

 

 つまり、今この場にいる生徒の多くが『動揺』している。

 

 そう、私が皆のトラウマを読み取る、打ってつけの状況なのだ。恐怖によって動揺している彼らは、無意識のうちに過去のトラウマも思い出していて、簡単に読める(・・・)

 

 ああ、素晴らしい、ゾクゾクします。興奮します。(たぎ)ります。

 

 おっと、いけません。Be cool... 落ち着きましょう。

 

 今日は午後から授業でヒーロー基礎学があるし、あらかじめ色々な個性を想起できるようにしておけば、かなりのアドバンテージになる。

 

「さて、それでは失礼して……」

 

 出口に向かう彼らから少し離れ、サードアイを向ける。

 

 何十人、何百人といる彼らから、それぞれの思い出とともに個性が流れ込んでくる。

 

 中にはエグイ思い出と一緒のもあるけれど、どれも素晴らしい個性ばかりだ。今日のヒーロー基礎学では一番になれるかもしれないね。

 

 

大丈(だいじょう)()()!!!」

 

 ノリノリで皆の個性を読み取っていると、誰かの発した大きな声で中断されてしまった。まったく、誰ですか。

 

 声のした方へ顔を向けると、そこには非常口のピクトグラムのような格好をした飯田君の姿。

 

「ただのマスコミです! 何もパニックになることはありません、大丈ー夫!!

 ここは雄英!! 最高峰の人間に相応しい行動をとりましょう!!」

 

 大胆かつ端的なその言葉に、皆が注目する。そのおかげでパニックは次第に沈静化。

 

 もっと読み取りたかった私としてはもっとパニックに陥ってくれた方がよかったけど、飯田君の頑張りに免じて良しとしましょう。

 

 非常口みたいでちょっと締まらなかったけど、カッコ良かったぜ、飯田君。

 

 

***

 

 

「ほら委員長、始めて」

 

「でっ、では、ほかの委員決めを執り行って参ります! ……けど、その前にいいですか!」

 

 八百万さんに急かされて、緑谷君が震え声で話し出す。

 ……大丈夫か緑谷君。

 

「あんな風にかっこよく人をまとめられるんだ。僕は、飯田君がやるのが正しいと思うよ」

 

 緑谷君の発言にクラスの皆も賛成する。

 まあ、緑谷君が良いというのなら、飯田君が委員長をしても特段、問題ない。

 

 任せましたよ、非常口さん。

 

 

 

 その後、30分ほどでつつがなく委員決めが終わり、ヒーロー基礎学の運びとなった。

 

「んじゃ、委員決めも終わったし、今日のヒーロー基礎学に移るが… 俺とオールマイト、そしてもう一人の3人体制で見ることになった」

 

 相も変わらず、気だるそうな相澤先生。

 今日のヒーロー基礎額は災害水難、何でもござれの人命救助(レスキュー)訓練だそうです。

 

 

「訓練場は少し離れた場所にあるから、バスに乗っていく。コスチュームは着ても着なくてもどっちでもいい。以上、んじゃさっさと準備するように」

 

 ふっふっふ、お昼のマスコミ騒動で、個性を読み取っておいたおかげで準備はバッチリだ。腕がなります。

 

「随分と楽しそうね、古明地ちゃん」

「ええ、蛙吹さん。とっても楽しみです」

 

 入学試験の時は救助(レスキュー)P(ポイント)は0Pだったけど、今回の訓練では、目指せ一番です。




前回の投稿から2週間弱。つまり……めちゃくちゃ早い更新速度だな!
あ、まって。そんな目で見ないで...

P.S.
励ましの言葉等々、ありがとうございました。実は、亀更新ですが、これからも細々と投稿頑張ります


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No.10 未知との遭遇

(*・・)ノ ⌒{10話}トウカッ


[前回のあらすじ]
 雄英高校の高度なセキュリティシステムを突破してなぜか雄英高校にマスコミが侵入。さとりさんはその騒動に乗じて、個性を読み取る。
 そして、午後。ヒーロー基礎学が始まる。




「バスの席順でスムーズにいくよう、番号順に二列で並ぼう!!」

 

 いつものように飯田君が元気よく指揮を執る。紆余曲折(うよきょくせつ)を経て飯田君が委員長になりましたが、存外ピッタリな役職の様です。

 

 まあ、バスは飯田君が想像していたような作りではなくて、長椅子が対面になるような形でしたがね。どんとまいんど、飯田君。

 

「私、思ったことを何でも言っちゃうの、緑谷ちゃん」

 

「あ!? ハイ!? 蛙吹さん!!」

「梅雨ちゃんと呼んで」

 

 ふと、蛙吹さんが緑谷君に声をかける。

 

「あなたの『個性』、オールマイトに似てる」

 

「!!! そそそそそうかな!? いや、でも僕はそのー……」

 

 おっと、これは予想だにしない爆弾発言です。緑谷君もあまりの事に、寝ているときにいきなり氷水を掛けられたかの如く驚いています。

 

 オールマイトから緑谷君に『ワン・フォー・オール』が譲渡されたことは、公にはできない秘密中の秘密。私はオールマイトの心を読んで既に知っていますが、読心を使わず核心を突くとは、蛙吹さんなかなかやりますね。

 

 今、私に与えられた選択肢は、

 

 ①緑谷君をそれとなく助ける。

 ②知らないふりして、行く末を見守る。

 ③あたふたする。

 

 

 ……よし、ここは蛙吹さんに加勢しましょう。

 

「そういえば、そうですね。蛙吹さんの言う通りです。オールマイトと同じ個性(・・・・)と言われてもあまり違和感ないですね」

 

「ええっ!? そそそそそそそそんなこと無いと思うけどなー……」

 

 目に見えて動揺してるね、緑谷君。

 私の個性である『心を読む程度の能力』の影響か、他人の動揺を見るのが楽しくてついついイジメたくなってしまう。

 

 いやー、私の個性のせいで申し訳ない緑谷君。

 

 ……まあ、イジメるのはこれくらいにして助け船を出しましょうか。

 

「ああ、でも。オールマイトは怪我しませんから、やっぱり同じ系統の個性という域を出ませんね」

 

「そうそう、古明地の言う通り似て非なるアレだぜ、梅雨ちゃん。

 しっかし、増強型のシンプルな個性はいい、派手で! 俺の『硬化』は対人じゃ(つえ)えけど、如何せん地味なんだよなー」

 

 お、切島君も援護してくれましたね。ついでに話題も変えてくれました。グッジョブです、切島君。

 

「そうですか? 私はかっこよくて好きですよ?」

 

「!? え、今古明地さんが切島のこと好きって言った……? 切島てめぇー、羨ましすぎるぞ!! 今晩枕を高くして眠れるとは思うなよォォオオオ!!」

 

「……峰田君、私は切島君の個性についての感想を言ったんですよ……?」

 

 まったく、峰田君は相変わらずですね……

 

 彼からエロ思考を取ったら何が残るんでしょうねぇ? ……頭についてるブドウくらいかな?

 

「もう着くぞ! いい加減にしとけよ……」

 

「「ハイ!!」」

 

 相澤先生の慈悲深き(怒気のきいた)ありがたいお言葉に、それに震えて(元気よく)応えるクラスメイト達。うん、今日も1年A組は平和です。

 

 

 

***

 

 

 

「すっげー!! USJかよ!!?」

 

 本当にすごい、圧巻です。

 私はUSJに行ったことはないが、テレビなんかで見た事はある。ヒーローになって、稼げたら施設の皆と一緒に一度は行ってみたいものです。

 

 それはそうと、ここの敷地は何坪あるんでしょうね。やはり雄英高校の資金力は不思議ちゃんだ。

 

「あらゆる事故や災害を想定し、僕がつくった演習場です。その名も…… ウソ(U)災害(S)事故(J)ルーム!!」

 

 ええ…… 完全にUSJじゃないですかヤダー。

 その、会社法とか、商標権とかいろいろ大丈夫ですか……?

 

 まあ、問題ないとは思うけど。

 

 クラスの皆も《USJだった!!!》と私同様のツッコミをしていることでしょう。

 

「スペースヒーロー『13号』だ! 災害救助でめざましい活躍をしている紳士的なヒーロー!」

「わーー! 私好きなの、13号!!」

 

 相変わらず緑谷君のヒーローオタクっぷりは凄いですね。自分の個性はまだまだ使いこなせてないけど、その知識量は確かなものです。

 

 

 ……ん?

 

 何やら相澤先生と13号が真剣な面持(おもも)ちで話している。小声でここからだとあまり聞こえないなぁ。

 

 何かトラブルでも発生したのだろうか。そういえば、USJに来る前に相澤先生が、オールマイトも今日のヒーロー基礎学に来るようなことを言っていたけど、オールマイトの姿が見えない。

 

 んー、まあ覗いて(・・・)しまいますか。

 

 あんまり覗くのは良くないのだけれども、今日のヒーロー基礎学ではトップの成績を(おさ)めると、私はひそかな野望を抱いているのです。

 戦いにおいて、情報は基本。情報収集バンザイ。

 

《まぁ、オールマイトらしいですが…》

 

《通勤時に制限ギリギリまで活動して授業に出られないとか、不合理の極みだな。

 まったく…… まあ、念のための警戒態勢……》

 

 あー…… 大体事情は把握できた。

 

 通勤時に立て続けに事件が起こって、オールマイトは逐一事件を解決して回った。で、筋肉ムキムキを維持できる限界ギリギリまで活動した、と。

 

 13号も心の中で言ってますが、オールマイトらしいですね。

 

 んで、さらに相澤先生によると、オールマイトを含め、先生3人体制で授業する予定だったのは今朝のマスコミ騒動を受けてのことのよう。

 確かに、雄英の高度のセキュリティシステムを突破されたとあっては警戒せざるを得ない。

 

 おっといけない。授業を始めるようです。

 

「さて、皆さん。ご存知だと思いますが、私の個性は『ブラックホール』。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」

 

「その個性でどんな災害からでも人を救いあげるんですよね」

 

「ええ… しかし、簡単に人を殺せる力でもあります。皆さんの中にもそういう個性を持つ人もいるでしょう。一歩間違えれば人を殺してしまう、そのことを忘れないでください。

 

 この授業では、心機一転! 体力テストや対人訓練とは変わって、人命のために個性をどう活用するかを学んでいきましょう!

 皆さんの個性は人を助けるためにあるのだと心得て帰ってくださいな」

 

 13号、紳士的でオールマイトとはまた違ったカッコよさがありますね。

 

 そういえば、13号は男性か女性か知りませんね…… 今度聞いてみましょうか、気になりますし。拒むようでしたら、最悪13号のコスチュームを剥ぎましょうか。

 

 

 

 

 ……!!

 

 なんだアレ……?

 

 USJの中心にある広場に黒い霧のようなものが現れたと思ったら、霧の中からドス黒い感情が伝わってきた。それだけで分かる、アレは良くないものだ。

 

 少しすると、ずるずると一人、また一人と黒い霧の中から人が出てきた。

 

「先生!」

 

「ああ、分かってる! ひと塊になって動くな!! 13号、生徒を守れ!」

 

 私が声をかけるまでもなく、相澤先生はあれが良くないもの、もっと言えばヴィランが来たとわかったようだ。

 

「何だアリャ、また入試ん時みたいなもう始まってるパターン?」

 

「切島君、違いますアレは…… ヴィランです……!」

 

「ヴィラン?! ヒーローの学校に入り込んでくるとかバカすぎだろ!?」

 

 侵入者用のセンサーは反応せず、ヴィランの中に何らかの方法でセンサーを無力化する個性がいる。校舎と離れた隔離空間、そこに少人数が入る時間割。

 何らかの目的があって用意周到に用意された奇襲。バカだが、アホじゃない。

 

 轟君がヴィランを冷静に分析する。

 

 ここからだと距離があって読めない(・・・・)から詳しくは分からないけど、私も轟君の意見に賛成だ。

 日本屈指のヒーロー高校に攻め入るのだ、相当の用意をしているはず。特に先生、つまりはプロヒーローに対する用意もしているだろう。

 

「13号、避難開始しろ! あと、学校に電話も試せ! 上鳴も個性使って連絡試せ!」

 

「ッス!」

 

 相澤先生はゴーグルをつけてすでに臨戦態勢。

 

「先生は!? 一人で戦うんですか!?

 イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の個性を消してからの捕縛だ。正面戦闘は……」

 

 緑谷君が悲痛な声を上げる。

 そう思うのも無理はない。今なお黒い霧からぞろぞろとヴィランが出てきているのだ。あの数を1人で相手するなんて、プロヒーローとは言え正気の沙汰とは思えない。

 

「一芸だけじゃヒーローは務まらん。13号、任せたぞ!」

 

 相澤先生は緑谷君の方を一瞥(いちべつ)すると、瞬く間にヴィランへと駆け降りる。

 するとどうだろう、相澤先生は体力テストのときに爆豪君を捕縛するのに使った、特製の捕縛武器を駆使して次々とヴィランを倒していくではないか。

 

 さすがプロヒーローだ。自分の強みと弱みを把握して弱点を補う(すべ)をちゃんと持っている。

 

「皆さん、ここは先輩に任せて早く避難を!」

 

 さすがに長期戦は分からないが、この分なら応援を呼ぶまで相澤先生がヴィランを食い止めてくれそうだ。13号の指示に従ってここから離れよう。

 

「させませんよ」

 

 避難しようとするや否や目の前に現れたのは黒い霧のヴィラン。十中八九ここに多くのヴィランを運んできたのは彼だろう。

 

「はじめまして、我々はヴィラン連合。僭越(せんえつ)ながらこの度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせていただいたのは、

 平和の象徴オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして…

 

 彼は何と言った? オールマイトを殺す?

 バカバカしい。できるはずがない。最強のヒーローを殺せるはずがないだろう?

 

 ――そう否定したかった。

 

 でも、否定できない。

 

 オールマイトは確かに強い。しかし、それは周知の事実。用意周到に奇襲してきたヴィランがそのことを知らないわけがない。

 だとするならば、何らかのオールマイトの対策を持っているはずだ。

 

 それに…… 私は知っている。オールマイトが弱体化していることを。

 

 もし、オールマイトが弱体化していることがヴィランに漏れていて、その隙をついてオールマイトを殺しに来たとしたら…… 本当にオールマイトが殺されるかもしれない。

 

 なら、それを阻止しなければ。差し当たっては情報だ。

 

「あら、用意周到なヴィランかと思ったら、そうでもないのですか? いくら数が多いとはいえ、あなた方がオールマイトを殺せるとは思いませんが?」

 

「おや? こんな状況で随分と落ち着いているお嬢さんだ。

 もっともな疑問ですが、我々はオールマイトを殺せる力があります。もちろん、詳細は言えませんがね」

 

 幸か不幸か、顔にあまり表情が出ないおかげで平静と、まるで知り合いと世間話をするように問いかけることが出来た。黒い霧のヴィランもほんの少し驚いている様子。

 

 黒い霧のヴィランは詳細は言えないと言っているが、心の中でバッチリと言っていることには気づいていない。

 そして私に読まれている(・・・・・・)ことも。

 

 これは…… なんだ?

 

 脳無(のうむ)

 

 脳無の『ショック吸収』でオールマイトの打撃に耐え、『超再生』で負傷した箇所を治す?

 さらにはオールマイトに匹敵するほどの腕力?

 

 良く分からないが、どうやらこの脳無というヴィランがオールマイトを殺すための重要人物(キーパーソン)らしい。

 

 原則一人の人間に一つの個性だから、この脳無とやらが個性を複数所持していることは有り得ないし、一つの個性でここまで様々なことをできるとは思いにくい。

 となると、私みたいに誰かの個性をコピーして使うことが出来るのかな。

 

「死ね、クソが!!」

「その前に俺たちにやられることは考えてなかったのか!?」

 

 思考にふけっていると爆豪君と切島君が飛び出して黒い霧のヴィランに殴り掛かった。と同時に黒い霧のヴィランとの会話も中断する。

 もう少し情報を得たかったが、仕方がない。

 

 

「危ない危ない…… 生徒とはいえど優秀な金の卵たちですからね…」

 

 ん? 危ない?

 

 ああ、なるほど、モヤモヤした霧で身体が構成されていて、物理攻撃無効かと思ったけど違うらしい。黒い霧に覆い隠された実体部分には物理攻撃も通るのか。

 

「さて、では残念ながらあなた方には死んで頂きますので、ここでお別れです。散り散りになって頂き、嬲り殺されてもらいます」

 

 お遊びは終わりということだろうか、黒い霧のヴィランから発せられる威圧感がより一層強く、重くなった。

 瞬間、ヴィランの黒いモヤモヤが瞬く間に広がり、皆を覆いつくす。

 

 視界が覆いつくされる前に私が最後に見たものは、黒い霧のヴィランがニタリと笑う姿だった。




前回の更新から約2か月。
ニーアとペルソナ5とドラクエ8(3ds)を積んでおり、マリオの新作が今日発売ですが、私は元気です。

次話はもうほとんどできてるから、1週間以内に更新できるな!(白目)


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No.11 雪崩エリア(☆)

[注意]
今回は一人称ではなく、三人称(厳密には三人称一元視点)です。
この方がさとりんの恐ろしs… ゲフンゲフン さとりさんの可愛さが伝わると思ったからです。

[前回のあらすじ]
USJでヒーロー基礎学。
しかし、ヴィランが現れてさとり達はワープの個性で散り散りにされてしまう。




 視界が明け、黒い霧から放られると、さとりは辺り一面真っ白な場所にいた。足元は雪で覆われ、少し先には天井近くまで続く急な斜面が見える。

 

 USJは様々な災害を想定した訓練施設。つまるところ、ここは『雪崩(なだれ)』のエリアなのだろう。

 ただ、足元の雪はさほど積もっているわけではなく、歩くのにも支障はないので、今日のヒーロー基礎学では雪崩エリアを使う予定は無かったのかもしれない。

 

「うぅ…… 寒いですね、ここは……

 みんなを()()りにするなんて言ってましたが、ここに来たのは私だけみたいですね… 寂しい限りです」

 

「随分と余裕じゃないか、お嬢ちゃん?」

 

 雪崩エリアに来たのはさとりだけだが、ヴィランも同じというわけにはいかないようだ。さとりに向かうように十人前後のヴィランが歩いてくる。

 

「内心は結構焦ってるかもしれないですよ? 私って表情に出にくいですから」

 

 あっけらかんと答えると、リーダー格だと思われる男はニタリと気持ち悪い笑みをさとりに向ける。

 

「そうかい。まあ取りあえずは…… 死んでもらおうか。

 野郎ども、相手はお子様とは言え雄英生だ! 油断すんなよ! さあ、派手にぶっ殺せ!」

 

「「おお!」」

 

 リーダー格の男が大きな声を上げ味方のヴィランを鼓舞。

 斧を持った男や手にナックルをはめた者、個性を使って生み出した剣を携える者、様々なヴィランがさとりに殺到する。

 

 ここでふと、さとりは気が付いた。

 

 リーダー格の男以外のヴィランは各々その手に得物を持っている。それはつまり攻撃範囲は異なれど、さとりが得意とする近接戦闘の者ばかり。

 

 黒い霧の男はさとりたち生徒を(なぶ)り殺すと言っていた。

 だとするならば、さとりの苦手な範囲攻撃を得意とするヴィランがここに配置されていてもおかしくない。むしろ道理だろう。

 

「ヴィランにかなりの情報が洩れているのかと心配しましたが、意外とそうでもないのかもしれないですね……

 まあ、なんにせよ――」

 

「何ぶつぶつといってやがる! 死ねぇ!!」

 

 ヴィランはさとりの身長ほどもある大きな斧を振り下ろす。

 

 肉を断ち切り、骨をも砕き、その何とも言えない感覚が()を伝わる。

 

 

 ――そうなるはずだった。

 

 しかし、斧の刃は地面の雪にクシャリと刺さるだけ。

 

「な?!」

 

 ヴィランは驚きを隠せない。

 斧というと、鈍重な武器というイメージを持つ者もいる。確かにそれは多くの場合正しい。しかし、男の繰り出した攻撃は矢のように速かった。

 

 なぜだ、なぜ避けられた?

 なぜ(かす)りもしない?

 

 ありえない。高校生ごときが避けるなど、それこそ攻撃の前から避け始めねば(・・・・・・・・・・・・)無理だ。

 男はそんな風に言いたげだ。

 

「――想起『(てのひら)の衝撃波』」

 

 男の攻撃を避けると同時に相手の(ふところ)に潜り込み、鳩尾(みぞおち)掌底(しょうてい)打ちを放つ。想起した個性も相まって男への衝撃は相当なもの。

 

 衝撃で男の足は無理やり地面から引きはがされ、男は(きり)もみしながら後方へ吹き飛ばされた。

 (はた)から見ても男の意識を刈り取るには十分すぎる威力だ。

 

「ふむ、朝のマスコミ騒動でたくさん読み取っておいて正解でした。私好みの良い個性です。

 あれ……? 怖気(おじけ)ついちゃったんですか?」

 

 さとりが他のヴィランとの戦闘に移ろうとするが、先ほどの場面を見たヴィランたちは吹き飛ばされた男の方を見て唖然(あぜん)としていた。

 

「弱っちいですねぇ…… 個性使わないんですか?

 

 ――ああ、あなた達のほとんどは個性が増強系なんですね。何ともバランスの悪いパーティですね、嘆かわしい」

 

「ぐっ、言わせておけば…… みんな、一斉にかかれ!」

「お、おう!」

 

 問いかけてヴィランたちの心を読んでみれば、増強系の個性ばかり。拍子抜けだとヴィランを(あお)る。

 

 先ほどの一幕を見て少数で戦うのではダメだと判断し、一斉に多数で仕掛けるようだ。多勢に無勢、なるほど理にかなっている。

 

 しかし、

 

「馬鹿正直に来るとはアホな人たちですね」

 

 次々とくるヴィランの攻撃を余裕をもって回避。そして、先ほどの男のように急所を狙って衝撃波を伴った掌底打ちを放つ。

 

 一人、また一人。

 ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。

 

 さとりはダメージを負うこと無く、フィルムのコマ落としをした映像のように十人余りのヴィランを早々(はやばや)と倒していく。

 

「さて、あなたで最後です。おやすみなさい、よい夢を」

 

「グァッ!!」

 

 襲ってきたヴィランをすべて倒し、さとりの周りは死屍累々(ししるいるい)といった有様。もっとも、手加減をしているので死んでいるわけではないが。

 

「……ふぅ、数が多いと大変ですね」

 

「ククッ…… 何だいお嬢ちゃん、もう疲れちまったのか?」

 

 さとりがため息をつくと、男が応じる。

 

「まさか、まだ中ボスが残ってますからね。まだまだ頑張れますよ」

 

「そう来なくっちゃなぁ!」

 

 そう、まだ一人ヴィランが残っている。

 雪崩エリアに来て最初にさとりに話しかけたリーダー格のヴィラン、彼が残っている。

 

 先ほどからこの男の事も気にしていたが、曲がりなりにも仲間なのに、仲間がやられても腕組みして見ているだけ。

 サードアイを向けて覗いてみると、どうやらこの男はさとりと一対一で戦いたいらしい。

 

「私と一対一で戦いたいようですが、お仲間と一緒に攻撃したほうが良かったんじゃないですか?」

 

 男がさとりと戦いたいことは心を読んで分かったが、その理由までは読めなかったので質問してみる。

 

「ククク…… 察しが良くてたすかるねぇ。そうだ、お嬢ちゃんと戦いたい。

 俺はなぁ、今日ここに来たのは楽しむためなんだ。日本屈指の将来有望なガキと戦えるし、下手すりゃ雄英のプロヒーローとも戦える。

 

 で、お嬢ちゃんは俺の手下をいとも簡単に倒した。お嬢ちゃんは強い。そして、強いやつとは一対一でやりあいたい性分でね。あぁ、楽しみで仕方ねぇなぁ」

 

「そうですか。相澤先生の言葉を借りるとすれば、不合理な人ですね」

 

「クク… 不合理で結構! 人生は楽しむためにあるんだぜ!」

 

 男が屈み、()つん()いになったかと思うと、服から見える肌や腕がどんどんと黒い毛におおわれていく。さらに、一癖ある顔がネコのような獣の顔になっていく。

 

「変身する能力ですか。黒ネコでしょうか?」

「クク… そんな可愛いもんじゃないぜ。俺の個性は黒ヒョウに変身して身体機能を大幅に上げるものだ。舐めてかかるとすぐ死んじまうぜ?」

 

 黒ヒョウに変身した男はそのギラついた目でさとりを捉えると、先ほど倒したヴィランとは比べ物にならないほどの速さで肉薄(にくはく)し、一瞬で距離を詰める。

 

(まずっ……!)

 

 男が攻撃してくることは読んでいた(・・・・・)が、この速さは予想外だった。

 さとりの顔めがけて男の手から伸びる鋭利な爪が迫るが、間一髪上体を逸らし回避。すぐさま後方へ距離をとる。

 

「相変わらず良い反応するねぇ、お嬢ちゃん。これじゃあ致命傷は難しいなぁ。

 まあ、もっとも――」

 

 さとりの頬を、涙のように血がつたう。

 攻撃を回避したように思えたが、左頬を爪がうっすらと裂いていた。

 

「消耗は避けられなさそうだな、お嬢ちゃん?」

 

「まったく、レディに対してなんてことするんですか。

 ……はあ、扱いが難しそうだったので止めておきたかったのですが、まあ良いでしょう。

 

 ――想起『雪の竜』」

 

 さとりが勢いよく足元の雪を踏みつけると、ごうと地響き、雪の中から()えるように純白の竜の首が現れた。

 

「なっ…… こいつは予想外だ…」

 

「さあ、ドラゴンさん。あの手癖の悪いネコさんを捕まえてください」

『了解だ。……なあ、ご主人。殺しても構わないか? その方が早いし良いだろう?』

 

 地面の雪から生える首を傾け、そのまま食べてしまいそうな距離までさとりに顔を近づける。

 

 そんな竜をさとりはジト目で見つめ、やれやれと思わずため息を漏らす。

 やはりこの個性(・・・・)は扱いが面倒なようだ。個性で発現する竜に自我があるし、あまつさえ人をすぐ殺そうとする。

 

「……生きたまま、なるべく無傷で捕まえてください。

 明日の朝刊が『雄英生、個性を使い殺人』とか嫌ですよ私」

 

『チッ、しょうがねぇな。ご主人がそういうなら殺さないでおくぜ』

 

「お願いしましたよ」

 

 会話を終えると、竜はヴィランをその双眸(そうぼう)で見つめ、恐ろしいほどのスピードで喰らわんと襲い掛かる。その速さは先ほどの男の攻撃よりも(いく)ばくか速い。

 

「チィ…!」

 

 しかし、流石(さすが)というべきだろうか。

 ヴィランは本能的にその攻撃を紙一重で(かわ)す。

 

「残念だったな! まだ対処できる範囲だぜ!」

 

 それは半ば負け惜しみのようなものだった。

 心を読んでみれば、焦燥感で心が埋め尽くされている。

 

 ギリギリだ。

 そう何度も躱せない。

 何か打開策はないか。

 

 ヴィランの動揺が伝わってくる。

 

 “動揺”はさとりの大好物だ。自然と()みがこぼれてしまう。

 

「ふふっ、何か打開策を考えているようですが、無意味ですよ?

 ドラゴンさん、予定変更です。骨の二,三本は構いません、とっとと捕まえてください」

 

『了解、ご主人』

 

 さとりが竜に指示を出す。

 

 すると、再び地面がごうと響き、雪の中から竜の頭が生えてくる。

 

 一体だけではない。

 一体、また一体と地響きとともに現れる。

 

 先ほどまでの竜と合わせてその数は五体。

 

 

 ヴィランは思った。

 こんなものどうすればいい。どうしようもないだろう?

 

 ――ああ、負けた。

 

 

 

***

 

 

 

「さあ、黒ネコのヴィランさん。情報の提供をお願いしますよ?」

 

 五体の竜が殺到し、ヴィランは直ぐに捕まった。

 

 現在は、胸のあたりまで雪で覆われ、身動きが全く取れない。

 それもそのはずだ、竜が雪を操ってヴィランをガチガチに拘束しているのだ。

 

「ああ、もう何でもいいよ…… 完敗だ。俺が知っている情報なら包み隠さず教えよう」

 

「では、端的に聞きます。脳無(のうむ)はどこにいますか?」

 

「!! ……あいつを知ってるとは流石だね、お嬢ちゃん。あの気持ち悪いやつは中央の広場にいるって聞いてる。

 悪いことは言わない。あいつとは関わらない方がいい。詳しくは聞いてないが、あいつには得体のしれない何かがある」

 

 ヴィランは真剣な声色で話す。

 それほどまでに脳無は恐ろしいのだろう。

 

 しかし、オールマイトを殺してしまうかもしれない存在だ。見過ごすわけにはいかない。

 自分が敵うとは思わないが、なにか有用な情報は得たい。

 

 となればこの目で確かめる必要がある。

 

 それに―― 

 

「心配ご無用です。私は簡単に死にませんから」

 

「はぁ……

 あれ……? お嬢ちゃん、俺が顔につけた傷(・・・・・・)は…?」

 

 ヴィランはおかしなことに気が付いた。

 先ほどの戦闘中にヴィランがさとりの左頬につけた傷跡がないのだ。

 

 たしかに、傷は深くなかったし血は止まっていてもおかしくない。しかし、これはどういうことだろう。傷跡はなく、元の雪のように綺麗な肌があるだけ。

 

「ふふ、なぜでしょうね」

 

 そんな風に心底不思議そうな男を見て、さとりは少し得意げに微笑(ほほえ)んだ。





【挿絵表示】

さとりんの制服姿もみたいというコメントもあったので、描いてみました。

梅雨ちゃんがいるのは、私が好きだからです。
私は貧乳派ですが、巨乳であることを差し引いても梅雨ちゃん大好き。(結婚しよ)


[補足]
さとりんが使った個性『雪の竜』は雪が相当量ないと使えない超限定的な個性、という設定です。


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No.12 私の友人

[注意]
今回は緑谷君の三人称一元視点です。

[前回のあらすじ]
黒霧に雪崩エリアに飛ばされたけど、さとりん華麗にヴィランを撃退。さとりん大勝利。


「カリキュラムが割れてた…… 轟君が言ったように、虎視眈々(こしたんたん)と準備を進めていたんだ…」

 

 緑谷、峰田、蛙吹は黒い霧の個性でUSJの『水難』エリアまで飛ばされた。

 

 蛙吹の個性が水に強い個性であったため、ヴィランの攻撃から何とか逃れることが出来た。今は水難エリアに浮かぶ船に乗って三人で会議中。

 

「でもよでもよ!

 オールマイトを殺すなんて出来っこねえさ! あんな奴らケチョンケチョンだぜ!」

 

「……倒せる算段が整ってるから、連中こんな無茶してるんじゃないの?」

 

 オールマイトの強さを信じて疑わない峰田は、楽観的に話すが、蛙吹はそれを冷静に一蹴(いっしゅう)する。

 

水難エリア(ここ)にワープさせられる前に、古明地ちゃんが霧の男と話してたでしょう? 詳しくは言ってなかったけど、随分と余裕そうな表情してたわ

 オールマイトが助けに来るまで、そんな連中相手に私たちが無事で済むのかしら?」

 

 緑谷は考える。

 

 蛙吹の言う通り、ヴィランたちにはオールマイトを倒す算段があるのだろう。

 さとりが黒い霧の男と話していた内容から推察してもたぶん、その通りだ。それ以外に考えられない。

 

 なぜ、オールマイトを殺したいのか。

 

 平和の象徴だからか?

 ヴィランへの抑止力となった男だからか?

 

 いや、理由なんて――

 

 考えを巡らせるが、今は理由なんて考える必要はない。

 

「奴らにオールマイトを倒す(すべ)があるんなら… 僕らが今すべきことは戦って阻止すること!!」

 

 

***

 

 

 緑谷は蛙吹、峰田と共にヴィランを退け、水難エリアから何とか脱出することが出来た。

 

 緑谷の個性で水面の一点に強い衝撃を与え、広がった水が収束することを利用してヴィランを一か所に集める。そして、峰田の個性である『もぎもぎ』で拘束。最後に蛙吹の力を借り脱出。

 

 かなり賭けの要素が大きかったが、三人とも無事だ。

 

 

 とりあえずは助けを呼ぶのが最優先。

 このまま水辺に沿って、広場を警戒しつつ出口に向かうのが最善だろう。

 

 今、広場では相澤が敵を引き付けているおかげでそれが出来る。

 

 本来、相澤が得意とする戦法は、敵の個性を封じての短期決戦。多数を相手にするのは苦手なはずだ。

 やはり自分たちを守るために相当な無理をしているに違いない。

 

 隙をみて、少しでも相澤の負担を減らせないだろうか。

 

 初戦闘にして初勝利。

 水難エリアで証明された通り、自分たちの力は十分にヴィランに通じる。

 

 

 ――そう(おご)ったのが間違いだった。

 

 自分は何も見えていなかった。

 

 これがプロの世界。

 

対、平和の象徴。改人“脳無(のうむ)

 

 手を体中につけた男が薄気味悪く笑い、そう告げる。

 

 脳無というのはおそらく、脳ミソむき出しのあのヴィランの事だろう。

 その脳無が相澤を力づくで押さえつけ、地面に何度も打ち付ける。

 

 腕を折り、頭を地面に打ち付ける。

 何度も、何度も。

 

 相澤は血を流し、誰が見ても重症だと分かる。

 

「緑谷ダメだ…… さすがに考え改めただろ……?」

 

 緑谷と隣でその一部始終を見ていた峰田が声を震わせ、涙ながらに訴えかける。

 

 声が出なかった。

 

 怖い。

 その感情で心が埋め尽くされていく。

 

死柄木(しがらき) (とむら)

 

黒霧(くろぎり)、13号はやったのか?」

 

 突如として黒い霧が現れたと思ったら、自分たちを水難エリアにワープさせたあのヴィランが現れた。

 

「行動不能にはできたものの、散らし損ねた生徒がおりまして…… 一名逃げられました」

 

「……は?

 はぁーー… お前がワープゲートじゃなかったら粉々にしたよ…… 今回はもうゲームオーバーだ。帰ろっか」

 

 今彼はなんと言った?

 帰る?

 

 これは不幸中の幸いだ。

 

 ヴィランたちが帰ったら、すぐに相澤を保健室に運ばなければ。

 リカバリーガールならば相澤の重症も何とかなるだろう。

 

 

 ……本当に帰るのか?

 

 これだけの事をしたんだ。目的を遂げずにあっさりと引き返したら、雄英高校の危機意識が上がるだけだ。このヴィランたちは何を考えているのだ?

 

「けども、その前に。

 平和の象徴としての矜持(きょうじ)を少しでもへし折ってやろう!」

 

 手が身体中についたヴィランの手が蛙吹の顔に伸びる。

 

 この男の個性は、おそらく触れたものを崩壊させるもの。相澤との戦闘で相澤の肘に触れ、皮膚をボロボロにしていた。

 

 そんな恐ろしい個性が蛙吹に迫る。

 

 

 

「……本当、かっこいいぜ、イレイザーヘッド」

 

 

 男の手が蛙吹に触れるが何も起きない。

 

 見た者の個性を消すことのできるイレイザーヘッド―― 相澤が満身創痍(まんしんそうい)でありながら個性を使い、蛙吹を守ったのだ。

 

 しかし相澤は直ぐさま脳無によって地面に打ち付けられ、気を失う。

 

(ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ! さっきのヴィランたちとは明らかに違う! 蛙吹さんを助けて逃げなきゃ……!)

 

「手っ… 放せぇ!!」

 

 緑谷は男めがけて個性を使った。

 

 ワン・フォー・オール、自分に個性を授けてくれたオールマイトの個性。

 使うたびにいつも怪我をしてしまうくらい、まだあまりコントロール出来ていない。人に向けて使うなど、もっての(ほか)だ。

 

 しかし、今はなりふり構っていられない。蛙吹を助けるには使うしかない。

 

SMASH(スマッシュ)!!!

 

 オールマイトのそれと比べかなり威力が劣るが、その破壊力は(あなど)れない。

 

 いつもは衝撃で自分の腕が折れてしまうか、ひびが入ってしまうかだが、この土壇場で上手く調整できたらしい。若干のしびれはあるものの、右腕は健在だ。

 

(やった! とにかく急いで蛙吹さんを…… え……?)

 

 緑谷は言葉を失った。

 

 相澤を圧倒的な力でねじ伏せたヴィラン―― 連中が“脳無”と呼ぶヴィランが手だらけの男の盾になったのだ。

 

 脳無が一瞬のうちに男と緑谷の間に入り、盾になったのは百歩譲って別に良い。

 しかし、脳無は緑谷の一撃を受けて吹き飛ばされるどころか、痛がるそぶりも見せない。一ミリたりとも効いていないのだ。

 

「良い動きするなあ… まあいいや君、そこで見ててよ。こいつが痛みに泣き叫びながら、ゆっくりと崩壊していく様をオールマイトに伝えてもらおう」

 

 死柄木の手が再び蛙吹に伸びる。

 もう一度、ワン・フォー・オールを―― だめだ。脳無に阻まれて意味がない。

 

 どうする?

 どうすればいい?

 

 考えを巡らせる間にも刻一刻と蛙吹に手が伸びる。

 緑谷にはその様子がコマ送りの映像のようにハッキリと見えた。

 

 あと数センチ。

 

 何か打開策は?!

 何か切り抜ける方法は?!

 

 

 あと数ミリ。

 

 もう猶予がない。

 

 

 

 そして――

 

 

 蛙吹の顔に死柄木の手が触れた――

 

 

 

 

 しかし、どういうことだろうか。

 数秒、数十秒経っても何も起こらないではないか。

 

「あぁ? 何で個性が発動しない? イレイザーヘッドはあそこでくたばってるし……」

 

 どうやら死柄木 本人も理解できていないらしい。

 

 しかし、自分たちが危険な状態にある状況は依然として変わらない。

 

 

 緑谷が何とかこの状況を覆せる打開策を思案していると、急に視界が動いた(・・・・・・)

 

 気が付けば脳無や死柄木たちがいる場所から離れ、広場の端の方にいた。

 そしてふと、自分の周りを見れば蛙吹、峰田、そして傷だらけの相澤がいる。

 

 何が起きたのか分からなかったが、おそらくはその答えであろう人物が目の前にいた。

 

「え…… いつの間に……?」

 

 その後ろ姿には覚えがあった。

 

 やや癖のある紫ともピンク色ともとれる髪色のボブに、あまり高くない身長。

 フリルの多くついたゆったりとした水色の服装で、下は膝くらいまでのピンクのセミロングスカート。

 

「私の友人に傷をつけようだなんて、許しませんよ?」

 

 相手の心を読み、相手の心の中にある個性をコピーすることが出来る。

 個性の名前は『心を読む程度の能力』。

 

 ――緑谷のクラスメイト、古明地さとりだ。

 

 

 




え、前回の投稿から10日以上経ったってマジ…?
時が経つの早スギィ!!

話が進んでない…?
大丈夫だ、問題ない。


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No.13 ヒーローは遅れてやってくる

え、もう12月ってマ?
何それ怖い……

[前回のあらすじ]
ピンチに陥った緑谷たちの前に現れたのは……

そう! 我らがさとりん!!




「私の友人に傷をつけようだなんて、許しませんよ?」

 

 自分の友人達を背に、さとりはヴィラン達を(にら)みつける。

 

 黒ヒョウのヴィランから聞いた情報によると、広場に脳無、すなわちオールマイトを殺す存在がいる。

 雪崩エリアを後にし、直ぐに広場に向かった。

 

 そして広場が見えてくると、蛙吹に向けて男が個性を使おうとしていた。

 

「はぁー……

 また邪魔が入ったよ…… おい、お前。俺の個性が発動しなかったのもお前のせいか?」

 

「ええ、そうですよ。そもそも、個性を使う云々(うんぬん)の前に、そんな汚い手で女の子に触ろうだなんて、非常識にも程があるのでは?」

 

 蛙吹に向けて個性を使おうとしていた男に、さとりはイレイザーヘッドの個性を使った。

 

 朝のマスコミ騒動で、多くの雄英生の心の中からトラウマを読み取ったが、その中にイレイザーヘッド、つまりは相澤に関するトラウマもあった。

 相澤は見込みなしと判断すれば、入学初日でも退学処分にしようとする男だ。少なくない雄英生が相澤に対して恐怖心を抱いている。

 

「おいおい、黒霧ィ…… イレイザーヘッド以外にも個性消せる奴がいるなんて聞いてねぇぞ」

 

「すみません、死柄木弔… 生徒の情報はほとんど入手出来ていませんでしたので……」

 

 手だらけの男、死柄木は(いら)立ちからか、ポリポリと首元を()きながら黒霧を責める。

 

 さとりが推測していた通り、ヴィランたちには生徒の情報はほとんど伝わっていなかったらしい。今から始まるであろう戦いでも、そのアドバンテージを生かしていきたい。

 

「こ、古明地さん……」

 

 状況が分からず混乱してる様子の緑谷がオドオドして話しかける。

 

「緑谷君、峰田君と蛙吹さんと一緒に、負傷している相澤先生を連れて入り口の方まで逃げてください」

「え…! で、でも、それじゃあ古明地さんは……?!」

 

「私は応援が来るまで、あのヴィラン達と一緒に遊んで時間稼ぎしますよ。さあ、早くここから離れてください」

「そんな…! ぼ、僕も一緒に…!」

 

 さとりが逃げるよう伝えるが、緑谷は断る。

 彼はオールマイトのように正義感が強いから、この返答はなんとなく予想できていた。

 

 とても素晴らしい正義感だ。

 ――だからこそ、今はそれが邪魔だ。

 

 さとりは「すみません」と心の中で(つぶや)いた後、怒気を込めて言葉を放つ。

 

「理解できませんか?

 あなたがいても邪魔なだけなんですよ。先ほどあなたは、蛙吹さんを守れましたか? ヴィランに有効打を与えられましたか? 何一つできず、木偶(でく)の坊でしかなかった。そうでしょう?」

 

「……ッ そ、それは」

 

「その正義感は立派ですが、あなたにはオールマイトのように()せるだけの力がありません。状況をよく見て、最善の行動をして下さい」

 

 彼も自分の力ではヴィランに敵わないことは理解できているのだろう。

 

 (くちびる)を噛み、悔しくてたまらないという表情をしている。

 

「古明地ちゃん、本当に一人で戦うつもりなの? そんなの友達として承諾できるわけないわ」

「そ、そうだぜ古明地…… あんなヤバイやつら相手に無理だって…!」

 

 蛙吹や峰田もさとり一人を置いてはいけないようだ。

 

「まったく、私が見返りも求めずに助けるというレアな機会なのに、しょうがない人たちです……

 いいでしょう、応援が来るまで時間稼ぎが出来ることを証明してあげます。満足したらさっさと相澤先生連れて逃げてくださいよ」

 

 さとりはやれやれ、というふうに苦笑いをする。

 

 ヒーローを目指す子にはどうしてこう、(まぶ)しい人が多いのだろう?

 

「緑谷君、先ほどの個性はどの程度の力で使いましたか?」

 

「え、そうだな…… 腕が無事だから1割も使ってないと思う」

 

「なるほど、1割でもあなたの個性なら、普通は致命傷でしょうね。だとすると、打撃はあまり効きそうにありませんね……

 まあ、オールマイトを殺すのならそのくらいの耐性は当然ですが」

 

 さとりは思案する。

 当初はオールマイトの個性を想起してヴィランを食い止める、あわよくば倒すことを考えていた。しかし、1割も出してないとはいえ、脳無に『ワン・フォー・オール』が全くと言っていいほど効いていなかった。

 

 衝撃を無効化するような個性を持っているのかもしれない。

 それならば、打撃系の個性を使うのは良くない。もっとも、情報収集も兼ねてどの程度耐えられるのかは一度見ておきたい。

 

「そうですね…… 一度オールマイトの個性を使って、どの程度の打撃なら多少なりとも効くか試してみましょうか」

 

「え、あ、その…! オールマイトの個性は…… えっと…」

 

「反動が強いのでしょう?

 心配ありません。ちょっと反則技を使いますが」

 

 彼はオールマイトの秘密がさとりにバレていることを知らない。

 この事件が終わったら、折を見て一度話しておこう。

 

 言い当てられて驚いて戸惑っている緑谷を見て、さとりは思わず笑みをこぼす。

 

 やはりイジリ甲斐のある子だ。

 

 

「死柄木弔、本当にまだ残るのですか?」

 

「はぁー…… まだ何にもオールマイトに痛手与えられてないだろ。生徒の一人くらい殺さないと、俺の気が収まらない…

 何もせずにゲームオーバーはありえねぇ…」

 

 どうやらヴィランはまだやる気のようだ。

 緑谷たちを助ける際に“生徒の一人が逃げ出した”という情報が読み取れたため、もしかしたらこのまま帰ってくれるかもなどと一縷(いちる)の望みを持っていたが、やはりそうは上手くいかないらしい。

 

「どうやら、そちらもお話は終わったようですね。私的には帰ってくれるとありがたいのですが」

 

「あぁ? お前を殺したら帰ってやるよ。……脳無、あいつを殺せ」

 

「うーん、残念です。じゃあ、頑張らないとですね。

 

 ――想起『電光石火』」

 

 事前に読み取った個性を発動すると、さとりは目にも止まらぬ速さで脳無に肉薄(にくはく)する。

 その姿はまさに“電光石火”

 

 しかし、その速さでも脳無はしっかりとさとりを捉えているようで、目と目が合った。

 流石は、対平和の象徴だ。

 

「――想起『身体強化』

 ――想起『オールマイトの個性』!!」

 

 脳無の懐に入り、個性を想起して拳をふり抜く。

 拳は脳無の胴を正確に捉え、衝撃で爆風のように強い風が起きた。

 

 オールマイトの個性である『ワン・フォー・オール』は強力な個性である反面、反動が強い。

 そのため、『身体強化』の個性で身体を補強する必要がある。

 

 もっとも、それでも『ワン・フォー・オール』を100%出すことは叶わないが。

 

 加えて、同時に個性を想起するのも負担が大きい。

 一日にそう何度も同時に想起するなんてことは難しい。

 

「結構な力で殴ったはずなんですけどね…… ちょっとくらい驚いても良いでしょうに…」

 

 およそ8割程度の『ワン・フォー・オール』で殴ったが、脳無は全く意に介していない。

 まるで効いていない。

 

 同時想起までして、どの程度の打撃なら効くか情報を得たかったが、まるで話にならない。

 

「…!!」

 

 さとりが冷や汗を流していると、脳無がギョロリとさとりを見下ろした。

 

 危険を読んだ(・・・)さとりはすぐさま『電光石火』を使ってその場から距離をとる。

 

 刹那(せつな)、さとりのいた場所に丸太のように太い脳無の腕が振り下ろされる。

 間一髪で避けることが出来たが、地面には轟音とともに小さなクレーターが出来ていた。

 

「クク… 脳無は凄いだろう?」

「ええ、本当に…… まあ、今のは触れる(・・・)ことが出来れば別にいいんですけどね」

 

「あぁ? 触れるだ?」

 

「――想起『十拳剣(とつかのつるぎ)』」

 

 さとりが個性を想起すると、さとりの目の前に握りこぶし10個分ほどの剣が現れた。

 

 神々(こうごう)しくもあり、(あや)しくもあるその剣は、自分の主人を待つかのように宙に浮いている。

 その剣を手に取り逆手に持ち替え、そして地面に勢いよく突き立てた。

 

 突き立てたのとほぼ同時、脳無がおよそ同じ人間とは思えないような叫びをあげる。

 

「おいおい、チートかよ…」

 

 脳無は地面から突き出してきた剣に全身を貫かれ、血を滝のように流す。

 地面から突き出す剣は、その数10本。

 

 さとりの目論見(もくろみ)通り、脳無は身動きが取れないでいる。

 

「ハァ… ハァ… 打撃じゃなくて、斬撃、なら、効くみたい、ですね」

 

「……脳無、さっさと殺せ」

 

 脳無は何本もの剣で貫かれているのに、死柄木はまるで意に介さない様子で指示を出す。

 状況が理解できていないのだろうか?

 

 ……いや、違う。死柄木は状況を理解したうえで指示を出している。

 

 途端、脳無は思わず耳を(ふさ)ぎたくなるような奇声を上げ、力任せに剣を一本、また一本と折り、剣の堅牢から脱出する。

 

 そして剣の堅牢から脱出したかと思うと、脳無の傷がみるみると塞がっていった。

 

「チートはそっちじゃないですか……」

 

「これは『超再生』だ。ちなみに『ショック吸収』もあるぞ?

 ……脳無、殺せ」

 

 死柄木の指示を受け、脳無がさとりに恐ろしいほどの速さで肉薄する。

 

 『電光石火』を使いその場から離れようとするが、先ほど使った『十拳剣』の反動のせいで少しの間、身体が思うように動かない。

 

 容赦なく、脳無が腕をふり抜く。

 

 さとりが先ほど使った『ワン・フォー・オール』にも引けを取らない力。

 轟音や砂煙とともにさとりは壁に激突した。

 

「古明地さん!!!」

「古明地ちゃん!!」

 

 行く末を見ていた緑谷達が悲痛な叫びをあげ、駆け寄る。

 

 砂煙が晴れた先にいたのは、血を流し、左腕がひしゃげ、右の横腹が(えぐ)れているさとりだった。

 

「――っ! 古明地さん!」

 

「あぁ…… 緑谷君…

 ゴホッゴホッ 大口叩いといて、みっともない姿見せちゃいましたね…」

 

 さとりはぐったりと、力なく言葉を(つむ)ぐ。

 

「僕が…! 僕が無理にでも引き留めていれば……!!」

 

「こらこら…… 勝手に自分のせいにしないでくださいよ…? 私は大丈夫ですから」

 

 

 すると、さとりの抉れた横腹から見える肉がぐらぐらと動き始めた。

 ひしゃげた左腕も、まるで逆再生のように動き出し、気が付けば元通りの状態に。

 

 それは脳無が先ほど見せた『超再生』のようだった。

 

「え…… なんで…?」

 

「想起『不死の力』って感じですかね。

 “応援が来るまで時間稼ぎ(・・・・)”出来そうでしょう? さあ、相澤先生連れて早くお逃げなさいな」

 

 さとりは少しフラつきながら立ち上がる。

 緑谷達に逃げるように促すが、再びヴィランに立ち向かおうとするさとりを必死に引き留めようと、この場を離れない。

 

 確かに、ただのクラスメイトだといっても、知り合いを見捨てるなどはヒーローにはできないのかもしれない。

 

「応援はまだ来そうにないですね…… まあ、仕方ないです」

 

「おいおいおい。脳無みたいに超再生もできるのかよ。

 チート…… というより、化け物だな。お前は脳無と一緒で化け物だ」

 

「そうかもしれませんね。

 でも、化け物だって正義の味方に(あこが)れるんですよ…!!」

 

 さとりは再び脳無に向かって走り出す。

 

 打撃は効かず、斬撃は効くが、さとりが今持っている斬撃系統の個性は『十拳剣』だけ。使う前から何となくは分かっていたが、『十拳剣』は体力の消耗が激しすぎる。

 遠距離から攻撃できて、なお()つ脳無に有効そうな個性も持っていない。

 

 そこでさとりは「炎」を使うことにした。

 拳に炎を纏い、脳無に触れて焼く。単純明快だが脳無に接近戦を挑むのはリスクが高い。

 

「――想起『炎の拳』」

 

 脳無の攻撃を(かわ)しつつ、脳無の腕や頭をつかみ、最大火力で燃やす。

 

 どうやら「炎」も脳無にちゃんと効くようで、脳無の動きを何度か止めることが出来た。

 しかし、直ぐに『超再生』で回復されてしまう。

 

 『超再生』をイレイザーヘッドの個性を想起して防ぐ手段も考えられたが、イレイザーヘッドの個性は持続性に乏しいものであるし、何度も使うと効果時間がそれに比例して少なくなる。

 

 加えて、イレイザーヘッドの個性を使えない理由はもう一つあった。

 

「はぁー……

 なんであんなガキ一人殺せないんだよ…… 黒霧、お前も個性使ってアイツ殺せ」

 

「実は先ほどから何回か個性を使おうと試みているのですが、使おうとすると的確に個性を消してきます。どうやっているのかは分かりませんが、こちらが個性を使うタイミングを把握しているようです。

 もっとも、脳無の『超再生』に対して使っていないのを考えると、ずっと個性を消せるというほど万能でもないようですが」

 

 さとりは黒霧の思考を読んで、個性を使えないよう、その都度消していた。

 

 読んでいる中で分かったが、どうやら黒霧の個性『ワープゲート』は、ゲートの中に物体が半端に留まった状態でゲートを閉じようとすると、物体を動けないよう固定したり、力を入れれば引きちぎることもできるらしい。

 

 その性質を利用して、オールマイトを脳無で拘束して、『ワープゲート』で引きちぎる算段だったようだ。

 

 そんな恐ろしい個性を無視することはできず、イレイザーヘッドの個性はそちらに割いていた。

 

「――ッ」

 

 脳無の攻撃を躱しては個性で攻撃する。

 そして、また躱しては個性で攻撃する。

 

 しかし、脳無の能力の方がさとりのそれよりも遥か上なのだ。

 さとりはついに脳無の攻撃を躱せず、鋭い攻撃を受ける。

 

 思わず目を(そむ)けたくなるような状態になるが想起によって『不死の力』が発動して、再び立ち上がり、脳無へ立ち向かう。

 

 何度も

 何度も

 

 緑谷たちは涙を流し、もうやめてくれと叫ぶがさとりは止まらない。

 

「おいおい、動きが鈍ってきたんじゃないか…?」

 

「ハァ、ハァ…… 個性ってのは、身体機能、の一部ですからね… 化け物でも、疲れるってもんですよ…… ハァ… もっとも、そちらの化け物は疲れてないみたいですけどね」

 

 時間にして10分にも満たない間だったが、脳無との攻防はさとりの体力を大きく削った。

 

 もう何度目になるだろうか。

 壁に吹き飛ばされて、血を流し、右腕はあらぬ方向へ曲がっている。

 

 『不死の力』による再生が始まるが、明らかに回復が遅くなっている。個性は身体機能の一部であり、際限なく使えるものではない。

 

 もうそろそろ限界だ。

 

「脳無、やれ」

 

 死柄木の指示で脳無がさとりに向かって近づき、拳を振り上げる。

 

 ああ、もうここまでだろう。

 やれるだけの事はやった。施設の皆(家族)以外の人―― クラスメイトを命を張って助けたのだ。きっと私の成長ぶりをオールマイトも褒めてくれるだろう。

 

 

 脳無は振り上げたこぶしを振り下ろし、さとりは思わず目をつぶる。

 

 

 

 刹那、轟音が鳴り響き、辺りは砂煙に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、さとりの意識はまだあった。

 

 どういうことだろうか。

 自分は死んだのではないのか。

 

 

 そして、遠い昔の、汗臭いけれど優しくて(なつ)かしい温もりを感じた。

 

 

「古明地少女。

 ――もう大丈夫、私が来た」

 

 もう死んだと思ったが、お節介で優しいこの人は、まだ自分を生かしてくれるらしい。

 

「オール、マイト…… 遅いですよ、全く……

 お詫びに、今度はサインだけじゃ、なくて、ツーショットの写真、とか、もっとすごいもの要求しますからね… 覚悟しといて、くださいよ?」

 

「お詫びは必ずしよう。だから、もう安心しなさい」

 

 さとりは力なく笑い、冗談めかして言うが、オールマイトはいつものような笑顔ではない。その顔の奥にはヴィランに対する怒りが見て取れる。

 

「オールマイト、聞いて、下さい。

 あの、脳ミソむき出しの、ヴィランは、オールマイトの、攻撃を、ほとんど(ある)いは、完全に無効にします。あと、脳ミソむき出しの、ヴィランが、オールマイトを拘束して、黒い、モヤモヤのヴィランが、動けなくなった、オール、マイトを、『ワープゲート』という、個性で引きちぎ、って、殺すつもりです」

 

「ああ、分かった」

 

 さとりは途切れそうな意識の中、なんとかオールマイトに情報を伝えようと、端的に、そして必死に話す。

 

 ちゃんと伝えられた。

 本当はもっと詳細に伝えたいけれど、もう、無理そうだ。

 

「死なないで下さいよ… オールマイト……」

 

「ああ、大丈夫だ。古明地少女にお詫びしなくちゃいけないからな」

 

 

 オールマイトの言葉を聞いて、さとりは満足げに笑って意識を手放した。

 



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No.last ヒーローにまた一歩

めちゃくちゃ久しぶりな投稿だって?
内容忘れたって?

HAHAHA!
もう一回読めばいいじゃない!!!(ダイマ)

[前回のあらすじ]
ピンチを救ったさとりんのピンチを救ってくれたのは、オールマイト



 目を覚ますと、綺麗な白い天井が見えた。

 ここはどこだろう……?

 

 さとりは体を起こし、あたりを見る。ベッドに寝かされていたらしく、ベッドの近くにはさとりの制服と、スマホなどの荷物が入った(かご)があった。

 ふと自分を見ると、入院している患者がよく着ている病衣(びょうい)を着ていた。誰かが着せてくれたのだろう。

 

「ああ、気が付いたかい?」

 

 机に向かって何か作業をしていた老いた女性がこちらを向いた。

 

 リカバリーガールだ。

 ……ということは、ここは雄英高校の保健室だろう。

 

「はい。えっと…… 私はなぜここに?」

 

 さとりがリカバリーガールに問いかけると、リカバリーガールは少し間をおいた後、口を開いた。

 

「覚えてないかい? あんた、ヴィランと無茶な闘いしてぶっ倒れちまったんだよ」

「あっ ……そうでした。思い出しました」

 

「あんた、まる二日も眠ったまんまだったんだよ?」

 

「ふ、二日もですか…!?」

 

 脳無と闘って、意識が途絶えそうなときにオールマイトに助けられた。

 確かにあの時かなり疲労していたが、まる二日も寝ていたなんて驚きだ。

 

「結局あの後どうなりましたか? みんな無事ですか?」

「そうさね、あんたの頑張りもあってみんな無事さ。まあ、今回の襲撃の首謀者らしき人物には逃げられたらしいけどね」

 

「そうですか、逃げられたのは残念ですが、みんな無事でよかったです」

 

 ほっと安堵(あんど)のため息を漏らす。

 ――よかった、自分の頑張りは無駄じゃなかったらしい

 

「目が覚めたらあんたに会いたいって人がいるから、ちょっと呼んでくるよ。まだ安静にしてなきゃいけないからそこで大人しくしてなよ」

 

「あ、はい。分かりました」

 

 そういってリカバリーガールは“よっこらせ”と重い腰を上げて保健室を後にした。

 

 リカバリーガールが出ていくのを見届けたさとりは、何とはなしにベッドの横にある窓から外の景色を眺める。

 開いた窓から流れてくるそよ風が気持ちよい。

 

 そろそろ雄英高校に入学してからおよそ2週間が経とうとしている。

 色々と濃密な2週間だったな。相澤先生はいきなり除名処分も辞さないなんて無茶なことを言うし、マスコミ騒ぎも、ヴィランの襲撃もあった。

 なかなかどうして雄英はエキサイティングなところらしい。

 

 さとりがしばらく物思いにふけっていると保健室のドアをノックする音が聞こえた。

 リカバリーガールが戻ってきたようだ。

 

「呼んできたから入るよ」

「はい、どうぞ」

 

 コロコロと保健室のドアがレールの上で小気味よいリズムを奏でる。スライド式のドアが開くと、そこにはやる気をなくした風船のようにヒョロヒョロガリガリのオールマイトがいた。

 ついでに、オールマイトの隣には緑谷もいる。

 

「やあ、古明地少女。おはよう」

「お、おはよう古明地さん」

 

「おはようございます、オールマイト先生、緑谷君」

 

 軽く挨拶をかわし、オールマイトと緑谷はベッドの横のパイプ椅子に腰を下ろす。

 

「それじゃ、私は外に出てるよ。あとは若い者同士でごゆっくり」

 

「はい、ありがとうございますリカバリーガール。

 さて、古明地少女。いろいろと話すことはあるが、まずはお礼を言おう。私が行くまでの間、よく皆を守ってくれた。ありがとう」

「僕からも。ありがとう古明地さん。古明地さんがいなかったら今頃どうなっていたか……」

 

「ふふ、どういたしまして」

 

 こちらに向かって頭を下げる二人。

 声も容姿も全然違う二人だが、なんとなく親子の様に見えた。

 

「そういえば、ここに来る前にオールマイトから聞いたけど、古明地さんはオールマイトのこと―― ワン・フォー・オールについて知ってたんだね……

 もしかしてバスの中での会話って、僕をからかってたの?」

 

 顔を上げた緑谷が、ふと古明地に問う。

 

「ええ、そうですよ。緑谷君はいじり甲斐があって楽しいですよ」

「やっぱり……」

 

 ふふと笑顔で答えると、緑谷はがっくしと項垂(うなだ)れる。

 ――そういう反応が楽しいんですよ、緑谷君。

 

「ん゛ん゛っ」

 

 項垂れる緑谷をニコニコとみていると、オールマイトがわざとらしく咳払いしてきた。

 

「古明地少女が倒れたあとの話は聞いたかい?」

「ええ、リカバリーガールから少し聞きました。なんでも、首謀者には逃げられてしまったとか」

 

「ああ、逃げれらてしまった。私がいながら情けない……」

「でも、皆無事なのでしょう? ならいいじゃないですか。私が珍しく頑張った甲斐があるってもんですよ」

 

 本当に悔しそうにオールマイトが語るが、皆無事ならそれで十分だ。

 それにあなただって一人の人間だ、すべてを救うのは無理。それをしようとするなら傲慢だ。

 

「そうだね…… 皆が無事で本当に良かった。

 ああ、そうだ。相澤君も鼻を骨折していたが、すべて元通りに治るそうだ。彼もお礼を直接言いたそうだったが、流石(さすが)に今は安静にしてろってことで、しばらく自宅で療養中だ」

 

「そうですか、相澤先生も無事で何よりです。

 ――さて、時にオールマイト先生。私との約束覚えていらっしゃいますよね?」

 

 そういって、さとりは醜悪で美しい笑みを見せる。

 その黒い笑みを見てオールマイトはなんとなく過去のトラウマを思い出すかのように少し顔を青くする。ついでに緑谷もオールマイトの隣で少し怯えたような表情をした。

 

「え、な、何か約束したかな?」

「ああ、先生……

 あなたは何と薄情なお方でしょう―― 私が命を()して相澤先生や緑谷君、ひいては雄英高校のために凶悪なヴィランと戦ったというのに――

 ――いいでしょう、お答えします」

 

 さとりが瞳を閉じ、一呼吸置き、保健室は少しの間静寂が支配する。

 ゴクリとオールマイトと緑谷の唾を呑み込む音が、大きな音で聞こえたような気がした。

 

「オールマイト! 私とツーショット写真を撮りましょう!」

 

 さとりの目がカッと開き、オールマイトに力強く告げる。

 言い終わってから数秒間、いや体感的にはもっと長くの間オールマイトは理解できなかった。というよりは思考停止に陥っていた。

 

「……え、あ、あぁ。そういえばそんな約束してたね………… えっと… じゃあ写真を一緒に取ればいいのかな……?」

「はい、その通りです。では緑谷君、このスマホを使って私とオールマイトのツーショットを撮る役割を任命しましょう」

 

 そう言ってさとりは籠に入れられた荷物の中から自分のスマホを取りだし、カメラアプリを起動して緑谷に渡した。

 

「え、う、うん。わかったよ」

「ではお願いします。オールマイトはもう少し私に近づいて隣りに来てください。――いえ、やはりマッスルフォームで私をお姫様抱っこしていただきましょうか」

 

「え、あ、うん、ま、まあいいけど」

 

 オールマイトはどこか気の抜けたような返事で了承し、筋骨隆々のマッスルフォームになってさとりを持ち上げる。少々(つら)そうだ。今日はもうマッスルフォームでたくさん活躍してきたのかもしれない。

 

「えっと、じゃあ、撮るよ? はい、チーズ」

 

 カシャリとスマホから音が鳴る。

 ありがとうございますと緑谷に一言言ってからスマホを受け取った。うん、いい感じに撮れている。

 

「では今度は緑谷君も一緒に撮りましょうか」

「…え? 僕も?」

 

 さとりはさも当然だと言うが、緑谷は驚いた様子。それもそうだろう、現役プロヒーローでナンバーワンのオールマイトと撮るのならば納得がいく話だが、ただのヒーローの卵でしかない緑谷では価値が違いすぎる。一緒に写真を撮る理由がわからない。

 

「何を驚いているんですか? 当然じゃないですか、未来のナンバーワンヒーローになる人とツーショットを撮っておけばあとあと自慢できますからね。

 加えてその写真の中にオールマイトもいればその価値はかなりのものになるでしょう」

「HAHAHA! 古明地少女はワン・フォー・オールの事も知ってるし、緑谷少年とも撮りたいんだね」

 

「そうですね、個性の事もそうですが、私、好きですよ。緑谷君の“正義”

 だからきっと将来は“ヒーロー緑谷君”のファンになってますから先に撮っておきます」

「そ、そうなんだ……」

 

 緑谷は若干恥ずかしそうにしながら照れくさそうに、えヘヘとはにかむ。

 

「さ、お二方でわたしを挟み込むようにしてください。ほらもっと近く寄ってください。自撮りモードで撮影するんですから、もっと寄ってくれないと入らないですよ」

 

 オールマイトはちゃんとさとりに寄って、とびきりのスマイルでスマホの方を向いているが、緑谷が恥ずかしがって顔を寄せてくれない。仕方がないので、スマホを持っていない方の手で緑谷の頭をガシリと掴み自分の顔に寄せる。恥ずかしそうだけど、知らん知らん。

 

「ではいきますよー。はい、チーズ」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 私は、あなた達みたいにヒーローらしくない。

 自分の命を賭して、赤の他人を何の見返りもなしに助けるなんて、そんな綺麗な心は持っていない。

 

 

 でも、私の“ヒーロー”が言ってくれた。

 見返りを求めたって、人助けは人助け。見返りを求めたって良いんだって。

 

 

 だから、私もヒーローになる。

 あなた達が(まぶ)しいから――

 あなた達みたいになりたいから――

 あなた達に少しでも近づきたいから――

 

 

 雄英高校に入ってまだ二週間だけど、私も少しは“ヒーロー”に近づけたでしょうか?

 

 

 

 ――どう思いますか、“ヒーロー”?




もともとこの話で終えるつもりだったんですけど、なんかほったらかしにしたままで未完になってて、ちょっと気持ち悪かったので、満を持しての完結です。

いや、ほんとごめんて。
忙しかったんやって。

今度はヒロアカで、ダークサイドに堕ちたさとりん書きたいな。
今度はちゃんと書き溜めてから投稿しよう(学習)


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