ホープライトプリキュア (SnowWind)
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人物紹介

登場人物の整理にどうぞ


夢ノ宮中学校

2年1組

 

一之瀬 蛍/いちのせ ほたる

身長 130cm

好きなもの 料理、お菓子作り

苦手なもの 運動

 

本作の主人公である少女。

臆病で人見知りが強く内向的だが、そんな自分を変えようと努力する前向きな一面も持ち合わせている。

 

 

 

森久保 要/もりくぼ かなめ

身長 163cm

好きなもの スポーツ(特にバスケ)

苦手なもの 勉強

 

明朗快活なスポーツ少女。

誰に対しても友好的で、男女ともに友達の多いクラスのムードメーカー。

 

 

 

藤田 雛子/ふじた ひなこ

身長 160cm

好きなもの 読書、人形集め

苦手なもの ホラー映画

 

知的でメガネと絵に描いたような文学少女。

穏やかで大人びているが、可愛いものを目にすると性格が変わる。

 

 

 

柳原 真/やなぎはら まこと

身長 162cm

好きなもの サッカー

苦手なもの 考えること

 

要、雛子の小学校からの親友で、要と並ぶスポーツ少女。

ポジティブな性格で本人曰く、悩みを抱えたことがないと言うある意味スゴイ子。

 

 

 

宮内 愛子/みやうち あいこ

身長 156cm

好きなもの 漫画

苦手なもの 美術

 

要、雛子の小学校からの親友で財閥の令嬢。

庶民的な感覚を持つ漫画大好きなお嬢様。

 

 

 

上田 健太郎/うえだ けんたろう

身長 172cm

好きなもの 野球

苦手なもの ノリの悪いやつ

 

努力、友情、勝利を信じる熱血スポ根男子。

2年1組男子たちの中心的人物で、要と並ぶクラスのムードメーカー。

 

 

 

東條 かな子/とうじょう かなこ

身長 150cm

好きなもの メガネ

苦手なもの 黒いアイツ

 

2年1組の学級委員であり生徒会所属のメガネ少女。

やや生真面目だが責任感が強く、クラスメートからの人望は厚い。

 

 

 

長谷川 勇人/はせがわ ゆうと

身長 175cm

好きなもの 食べ歩き

苦手なもの 酒

 

2年1組の担任。

まだ若いが生徒思いなイケメン教師であり女子人気が高く、ファンクラブが作られるほど。

 

 

 

 

2年3組

 

姫野 千歳/ひめの ちとせ

身長 169cm

好きなもの 故郷

苦手なもの 機械

 

『孤高のクイーン』の通り名で呼ばれる学校一の有名人。

モデル顔負けの容姿と文武ともに学年トップの能力を持つ完璧美少女。

 

 

 

真鍋 未来/まなべ みく

身長 155cm

好きなもの 自由

苦手なもの 努力

 

要の部活仲間である少女。

冗談好きで自称マイペース、細かいことは気にしない主義。

 

 

 

相羽 優花/あいば ゆうか

身長 152cm

好きなもの 小動物

苦手なもの 料理

 

未来の親友である少女。

からかい好きで毒舌家だが根はお人好し。

 

 

 

吉川 夕美/よしかわ ゆみ

身長 166cm

好きなもの 缶ビール片手にスポーツ観戦

嫌いなもの 野次。

 

2年3組の担任であり夢ノ宮中学校女子バスケ部の顧問である女性。

サバサバとした男勝りな性格でやや放任主義なところがある。

 

 

 

 

2年4組

 

竹田 理沙/たけだ りさ

身長 170cm

好きなもの バスケット

苦手なもの チームプレイ

 

夢ノ宮中学校女子バスケ部のエースで、要とは小学校のバスケクラブからの付き合い。

無口無表情でクールな印象を与えるが、バスケに対する情熱は誰よりも熱い。

 

 

 

 

3年2組

 

水瀬 薫/みなせ かおる

身長 170cm

好きなもの ウィンドウショッピング

苦手なもの 子ども

 

夢ノ宮中学校女子バスケ部のキャプテンで、通称『ムチのキャプテン』。

普段はノリが良く、部活中は鬼のように厳しい。

 

 

 

加々山 菜々子/かがやま ななこ

身長 154cm

好きなもの 落語鑑賞。

苦手なもの 洋食

 

夢ノ宮中学校女子バスケ部の副キャプテンで、通称『アメの副キャプテン。』

包容力のあるおっとりとした性格で、やや古風な趣味を持つ。

 

 

 

 

フェアリーキングダムの妖精

 

チェリー/サクラ(人間時)

身長(人間時) 155cm

好きなもの 蛍の作った料理

苦手なもの 虫

 

蛍のパートナーであるピンクの妖精。

しっかりもので面倒見が良く、蛍にとっては厳しくも優しい姉的存在。

 

 

 

ベリィ/ベル(人間時)

身長(人間時) 180cm

好きなもの 観察

嫌いなもの 無責任

 

要のパートナーである青の妖精。

気遣い上手で紳士的だが責任感の強すぎる一面も。

 

 

 

レモン/レミン(人間時)

身長(人間時) 142cm

好きなもの 昼寝

苦手なもの 厳しい人

 

雛子のパートナーである黄色の妖精。

マイペースでちょっぴり我儘な甘え上手さん。

 

 

 

アップル/リン子(人間時)

身長(人間時) 175cm

好きなもの 仕事

苦手なもの 特になし

 

千歳のパートナーである赤の妖精。

千歳が赤子の頃から世話役をしている、もう1人の母親と言える存在。

 

 

 

 

一之瀬家

 

一之瀬 健治/いちのせ けんじ

身長 177cm

好きなもの 娘

蛍の父。

ゲームや特撮を嗜むオタク気質なところがあり、蛍の趣味の半分は彼の影響。

親バカであることを自覚している。

 

 

 

一之瀬 陽子/いちのせ ようこ

身長 153cm

好きなもの 娘

 

蛍の母。

良妻賢母を体現したかのような美人だが、夫に対しては少し強かな。

親バカであることを自覚している。

 

 

 

 

森久保家

 

森久保 瞬/もりくぼ しゅん

身長 180cm

好きなもの バスケット

 

要の兄。

関西人気質の強い賑やかな性格だが、バスケットにはストイックに取り組む。

勝ちも負けも成長に繋がると言う考えは要に大きな影響を与えた。

 

 

 

 

 

藤田家

 

藤田 菊子/ふじた きくこ

身長 157cm

好きなもの 和食

 

雛子の祖母。夢ノ宮中学校の卒業生。

温和な性格で老齢ながらも上品な雰囲気を漂わせる。

 

 

 

 

 

夢ノ宮市の人々

 

ユウ

夢ノ宮商店街でクレープ屋を開いている青年。

夢を叶えることに悩んでいたが、ある出来事を機に吹っ切れた。

 

 

 

ミカ

蛍が商店街で出会った少女。

幼いがしっかり者で母親のことが大好き。

 

 

 

たこ焼き屋のおっちゃん

たこ焼きの屋台を経営している恰幅の良いおっちゃん。

職人気質で気難しいが、たこ焼きの味は絶品。

 

 

 

ドーナツ屋の青年

とある町で評判の良いドーナツ屋に弟子入りし、夢ノ宮商店街に店を構えた青年。

謎の技術で作られた全自動ドーナツ生成マシンを受け継いでいる。

 

 

 

花屋の夫婦

花屋を営む夫婦。

アットホームで良い雰囲気の店と好評を受けている。

 

 

 

ハーブ店の青年

新装開店したハープ店の店員。

夢ノ宮市出身ではないが、礼儀正しい性格で街の人からは慕われている。

 

 

 

 

フェアリーキングダム

 

ガレット・オベロン・フェアリーテイル

フェアリーキングダムの国王であり、千歳の父親。

厳格な風貌と穏やかな性格を併せ持つ理想の国王として、国民たちから慕われている。

 

 

 

アン・ティターニア・フェアリーテイル

フェアリーキングダムの女王であり、千歳の母親。

全てを慈しむかのような母性の溢れる女王として、国民たちから慕われている。

 

 

 

 

伝説の戦士プリキュア

 

キュアシャイン

武器 シャインロッド

浄化技 プリキュア・シャイニング・エクスプロージョン

 

蛍が変身するプリキュア。

基礎能力は最も低いが、計り知れない潜在能力を秘めている。

 

 

 

キュアスパーク

武器 スパークバトン

浄化技 プリキュア・スパークリング・ブラスター

 

要が変身するプリキュア。

雷の力を操り、パワーとスピードを兼ね備えた高い戦闘力を持つ。

 

 

 

キュアプリズム

武器 プリズムフルート

浄化技 プリキュア・プリズミック・リフレクション

 

雛子が変身するプリキュア。

守りの力に突出しており、多彩な防御の術を扱う他、治癒術も心得ている。

 

 

 

キュアブレイズ

武器 ブレイズタクト

浄化技 プリキュア・ブレイズフレアー・コンチェルト

 

千歳が変身するプリキュア。

炎の力を操り、接近戦、遠距離戦、そして守りの術を幅広く使いこなすオールラウンダー。

 

 

 

 

 

永久の闇ダークネス

 

リリス/リリン

身長 140cm

アモン配下の行動隊長の1人。

キュアシャインに対して異常なまでの執着心を抱いている。

 

 

 

サブナック/サブロー

身長 220cm

アモン配下の行動隊長の1人。

武人気質で好戦的な性格。

 

 

 

ダンタリア/グリモア

身長 185cm

アモン配下の行動隊長の1人。

皮肉屋な策略家で、心の弱い人を選び絶望に貶める手段を好む。

 

 

 

アモン

身長 190cm

リリスら3人の行動隊長たちを束ねる司令官。

普段は研究室に籠っており、世界の侵攻は行動隊長たちに一任している。

 

 

 

アンドラス

身長 187cm

かつてフェアリーキングダムを侵攻したダークネスの司令官。

冷徹な性格で行動隊長のことも駒程度にしか思っていない。

 

 

 

ハルファスとマルファス

かつてフェアリーキングダムに侵攻した2人1組の行動隊長。

キュアブレイズとの戦いに敗れる。



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第1話 第1話・プロローグ

「黒き闇、空を覆わんと拡がりし時、

4つの光、闇を照らすべく大地に降りる。

其の名はプリキュア。汝は世界の希望なり。」

 

ここは、人と妖精が共存する世界、フェアリーキングダム。

古き本が立ち並ぶ王立図書館の中、1人の少女が、生まれ故郷に伝わりし伝説を読み上げていた。

子供の頃からよく読み聞かされたこの伝説は、空想のものだと思っていたが、伝説に記された黒き闇は、ある日突然、フェアリーキングダムへと現れたのだ。

黒き闇は空を覆い陽光を散らし、大地を侵して住む土地を奪い、ついに人々も蝕み始めた。

闇に蝕まれた人々は視覚を、聴覚を次々と失い、やがて五感を全て奪われ、生きる希望さえも無くし、そこにあるだけの『モノ』と成り果てていく。

このまま故郷は、空も大地も、生きとし生けるものたち全てを、失ってしまうのだろうか。

そんなことは絶対に嫌だ、と強く願った時、強い光が少女を包み込んだ。

そして光が収まった時、少女は伝説に記された世界の希望、プリキュアへと覚醒を果たしたのだ。

プリキュアとなった少女は、それから世界を蝕む黒き闇との戦いに身を投じていった。

たった1人で、世界を守る為に。

 

「ここにいたのか。」

 

すると書庫を訪れた国王が、少女に優しく声をかけてきた。

 

「4つの光、闇を照らすべく大地に降りる。其の名はプリキュア。

その伝説の通りであれば、プリキュアは、お前の仲間となり得る者は、後3人いるはずだ。

1人で戦い続けるのは辛いと思うが、かの者たちが見つかるまでの辛抱だ。」

 

「大丈夫です。この世界を守る。それが私の使命ですから。私は世界の希望。

この世界から黒の闇を祓うまで、決して希望を捨てはしません。」

 

少女は、凛とした雰囲気でそう告げる。

 

「苦労をかけるな。せめて私にも戦う力があれば・・・。」

 

その言葉を聞いた国王は、悲しい表情を浮かべるのだった。

少女1人に世界の命運を託さなければならない状況を、憂いているのだろう。

だが世界の希望と命運を1人で背負うことは、少女にとっては何の重みにもならなかった。

なぜなら少女は、この世界を心から愛しているのだから。

 

「せめて、お前に妖精の祝福があらんことを・・・。頼んだぞ、キュアブレイズ・・・。」

 

国王の優しい言葉が胸に響く。その言葉だけで、少女は戦う希望を持つことが出来る。

自分が愛するこの世界を、必ず黒き闇から守って見せる。そんな強い決意を胸に秘めて・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜ急に、あの時のことを思い出したのだろう。今はそれどころではないというのに。

キュアブレイズは今、4人の妖精と共に森の中を駆けていた。

辺りは僅かな光もないが、彼女は何の迷いもなく、鬱蒼と茂る木々の間を駆け抜けていく。

 

「闇の力が近づいてくるわ!」

 

赤の妖精がキュアブレイズに告げた直後、空より、全身黒色の巨人が降下した。

10メートルは容易にあろうその巨人は、着地点の木々を踏み倒しキュアブレイズに襲い来る。

だがキュアブレイズは、その華奢な体躯のどこにそんな力があるのか、自身の10倍はあろうその巨体を一撃で殴り飛ばしたのだ。

 

「まだ来るぞ!」

 

だが妖精たちの警告は止まらない。

蒼の妖精の言葉と共に、黒の巨人が1体、また1体と空より姿を現した。

先ほど吹き飛ばされた巨人も立ち上がり、再びキュアブレイズに襲い来る。

 

「キュアブレイズ!これだけの数を1人で相手するのは無茶よ!」

 

ピンクの妖精が警告する。キュアブレイズは、一瞬躊躇う素振りを見せたが、妖精たちを抱え、その場を全速力で離れるのだった。

 

 

 

 

迫りくる巨人たちに追いつかれぬよう、振り向きもせず駆けていくと、やがて森を抜け風車の立つ丘へと出た。

丘を駆け上がり振り返ってみると、巨人たちはまだ追いついていないようだ。

呼吸を整えたキュアブレイズは、巨人たちから逃れる為に再び駆けようとするが、

 

「・・・太陽も星も、何も見えないね・・・」

 

黄色の妖精が寂しそうにそう呟く。

その言葉を聞いたキュアブレイズは、辺りを見渡して思い返した。

この場所は小さいの頃、よく遊びに訪れていた場所だ。

朝に訪れば、陽の光と共に妖精が唄い人々が活気立ち、日暮れに訪れば、星が煌めき、街灯が街を彩っていく。

そんな景色が眺められる素敵な場所だった。

僅かな回想の後、懐かしさに駆られたキュアブレイズは、丘の上から景色を一瞥する。

 

「っ!?」

 

だが直後、息を飲み言葉を失った。

上を見れば、陽や星の光はおろか、雲一つ見当たらない。

下に拡がる街は、一切の光も音もなく、街に留まる人も妖精も、ただいるだけの『モノ』へと成り果てていた。

今が朝なのか、夜なのかすらわからない、人も妖精も生きている気配のない。

かつての記憶にある景色は、既に面影もなく消え去っていた。

永遠に闇と静寂に包まれた世界。それが今の故郷の惨状だと、改めて思い知らされたキュアブレイズは、悔しさから唇を噛みしめる。

 

「黒き闇、空を覆わんと拡がりし時・・・、

4つの光、闇を照らすべく大地に降りる・・・。

其の名はプリキュア。汝は世界の希望なり・・・。」

 

「キュアブレイズ?」

 

伝説の序章を読み上げるキュアブレイズ。

伝説の通り、黒き闇が空を覆い、光が大地へと降りたはずだ。

そして伝説では、4つの光が大地を降りるとされている。

その通りならば、プリキュアの光は4つある。

4つの光が揃った時、この世界を巣食う闇を祓うことが出来る。それだけを信じて、戦い続けて来たのに・・・。

 

「そして・・・4つの光が集いし時・・・。」

 

キュアブレイズは、伝説のその先を口にすることが出来なかった。

震えた声を殺し、必死に涙を堪える。

その時、

 

「キュアブレイズか」

 

不意に自分を呼ぶ声がした。キュアブレイズが声の先に視線を向けると、そこには1人の少女が宙を飛んでいた。

外見は10代前後。

140cm程度と、自分と比較すると小さな背丈と、エメラルドの髪をなびかせている。

だがその少女は、背に翼を、両手足には鋭利な爪を、そして尾には牙を生やした口を持っていた。

悪魔。そんな単語が脳裏をよぎらせる、人非ざる姿をした少女。

 

「まさか・・・ダークネスの新しい行動隊長?」

 

「この世界でたったひとりのプリキュア。生まれ故郷と共に闇に堕ちるといいわ。」

 

悪魔は鋭く尖らせた爪を立て、キュアブレイズに襲い来る。

 

「くっ!」

 

突きたてられた爪をかろうじて防ぐが、その力は先ほどの巨人を凌駕していた。

予想以上の力の前に態勢を崩したところを、牙を持つ尾と蹴りによる攻撃が立て続けに迫り来る。

その全てを寸で避けたキュアブレイズは、一旦距離を取り態勢を立て直そうとするが、

 

「キュアブレイズ!」

 

妖精たちの声がし、背後を向くと、先ほどの巨人たちが追いついてきた。

キュアブレイズ達は、前方を悪魔の少女、後方を黒の巨人の群れに挟み込まれてしまう。

 

「キュアブレイズ!止むを得ないわ!一旦この世界を離れましょう!」

 

「嫌よ!そんなこと!」

 

赤の妖精が警告するが、キュアブレイズは目を潤ませながら首を振るう。

愛する故郷がこんな状態に陥っているのに、この場を離れることなんて出来るわけがない。

 

「ここでキュアブレイズが倒されたら、本当に全てが終わってしまうわ!

いつか必ず、この世界を取り戻す為にも、今はこの場を退いて、残りのプリキュアたちの誕生を待ちましょう!」

 

だが赤の妖精は、そんなキュアブレイズの我儘を聞いてはくれなかった。

尚も納得のいかない様子のキュアブレイズを待たず、赤の妖精は、他の3人の妖精たちに呼びかける。

 

「チェリー!ベリィ!レモン!力を貸して!」

 

4人の妖精たちはキュアブレイズを中心に、四角の陣を組む。

すると妖精とキュアブレイズを包むように七色の光が立ち上った。

 

「何?」

 

驚く悪魔を余所に、キュアブレイズと妖精たちは光に包まれ、天へと昇って行った。

光の中、キュアブレイズは切ない表情を浮かべながら、再び丘の下の街を見る。

まるで音も光も全て無くした故郷に、別れを告げるように。

 

「大丈夫よ、キュアブレイズ。必ず・・・また帰ってこれるから。」

 

「アップル・・・。」

 

やがてキュアブレイズと妖精たちを包んだ光は、七色の光を放ちながら霧散した。

最後にキュアブレイズの流した、涙の一粒を大地に残して。

 

「・・・逃げられたか。」

 

そう呟いた悪魔は、額に手を当てる。

 

「アンドラス様、こちらリリス。キュアブレイズには逃げられました。後を追いますか?

・・・了解。一旦本部へと戻ります。・・・ええ。そちらは成功しました。

この世界は、フェアリーキングダムは、もう二度と、光を浴びることはないでしょう。」

 

リリスと名乗った悪魔がそう告げると同時に、空に大地に闇が満ちていき、程なくして闇は、世界の全てを包み込んでいった。

一切の光を失った妖精の王国フェアリーキングダムは、その姿を完全に消していくのだった。



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第1話・Aパート

伝説の戦士誕生!希望の光、キュアシャイン!

 

 

 

「蛍、蛍、まだ寝ているの?」

 

下の階から聞こえる母の声で、一之瀬 蛍(いちのせ ほたる)はようやく目を覚ました。

身長130cm程度。肩の位置まで伸ばしたピンク髪のセミロングの少女は、

もぞもぞと布団の中で動き、枕元に置いてある目覚まし時計に手を伸ばす。

寝ぼけ眼をこすりながら、時計の針に目をやると・・・。

 

「え・・・10時!?」

 

一瞬で眠気が吹き飛んだ蛍は、飛び上がるようにベッドから跳ね起きた。

目覚まし時計の音が嫌いな蛍は、休日は基本的に使わないし、

寝坊の許されない平日では、仕方なくアラームをセットするが、

毎日寝る時間、起きる時間をしっかり決め、規則正しい

睡眠サイクルを習慣付けた今では、アラームが鳴る前に目を覚ます。

休日も朝7時起きを習慣付けている為、自然とその時間に起きることが出来ていたのだ。

それなのに10時まで寝てしまうとは、普段の習慣を考えれば寝坊した、なんてレベルではない。

急いで服を着替え、愛用のヘアピンを前髪の両端に留め、

早足で階段を駆け下りリビングへと向かう。

 

「おかーさんごめん!ごはんは・・・」

 

「やっと起きたわね。おはよう蛍。ご飯ならもう作ってあるから。」

 

母の陽子(ようこ)は、慌てて来た蛍を諫めるように声をかけた。

10時まで寝ていたことを、特に怒っている様子ではないが、

朝食の支度を母1人に任せてしまい、蛍は申し訳なく思う。

 

「ごめんなさい・・・おひるはわたしがつくるね。」

 

「いいわよ。いつもはお母さんが助かってるんだし。

ほら、お昼までに洗い物済ませたいから、早く食べちゃいなさい。」

 

「うん・・・」

 

蛍は重い足取りのまま、テーブルへついた。

目の前にあるソファでは、父の健治(けんじ)が寛ぎながらテレビを見ている。

 

「蛍、おはよう。今日は珍しくお寝坊さんだな。」

 

「おとーさん、おはよう。」

 

蛍に気づいた父が声をかける。父に返事をした蛍は、そのまま黙々と朝食を食べ始めた。

 

「お父さんとお母さん、お昼にはご近所の方々に挨拶に回るけど、蛍はどうする?」

 

父の言葉に、蛍は一旦、手を止めた。昨日は一日中、

家の整理と後片づけで忙しく、近隣の住民へ挨拶する時間がなかったが、

例え時間があったとしても、蛍は一緒に回るつもりはなかった。

初対面の人を相手に、ちゃんとした挨拶が出来る自信はない。

そんな自分がついて行っては、両親の印象も損ねてしまうだろう。

それに蛍にはまだ、今の状況を受け入れられるだけの余裕がない。

 

「・・・わたしはいい。」

 

「・・・わかった。じゃあ蛍は、明日の準備でもしておきなさい。明日から新しい学校だろ?」

 

「うん・・・」

 

父はそんな蛍の心境を察してか、無理強いはしなかったが、

続けて放たれた一言が、再び蛍の胸に重くのしかかる。

新しい学校、そのことを考えるだけで、昨夜一晩、不安で寝付くことが出来なかった。

今日10時まで寝てしまったのも、きっとそれが原因なのだろう。

そのまま父との会話は途絶え、蛍は遅めの朝食を取り終えるのだった。

 

 

朝食を終えた蛍は、食器を流し台まで運び、自分で洗い始めた。

 

「そうだ蛍。お母さんたちが挨拶に回ってる間に、夕飯のお遣い、頼んでもいいかしら?」

 

「ええっ!?」

 

母が突然、とんでもないことを言い出す。

蛍は驚きのあまり、手から滑らせてしまった食器を慌てて取り直した。

 

「こら、危ないでしょ。」

 

「ごっごめんなさい・・・でもどうしてわたしが?」

 

「蛍、良く学校の帰りに、お遣いに行ってくれてたじゃない?

だから早いうちに、この街のお店の場所とか覚えた方がいいと思って。

昨日この辺りのことを一通り調べてみたのだけど、

商店街の方まで行けば、スーパーや市場もあるみたいよ。」

 

「でも・・・。」

 

母の言うことは建前である。

本当のことを言えば、蛍に早くこの新しい環境に慣れてほしいのだろう。

そんな母の気持ちは嬉しいが、蛍はすぐに首を縦に振ることが出来なかった。

 

「ね?お願い。夕飯は蛍の好きなものを作ってあげるから。」

 

「・・・わかった。」

 

だが母の頼みを断る理由が思いつかなかった蛍は、

不安な表情のまま、お遣いを承諾するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

夢ノ宮市。人口約10万人程度。それなりの大きさを持つこの市に、

蛍たちはつい昨日、引っ越して来たばかりだ。

正午が過ぎ、昼食を終えた蛍たちは、それぞれ家を出ていった。

 

「蛍、最初の内は、慣れないことが多くて、不安かもしれないけれど、

これから、ここに暮らすことになるのだから、怖がってばかりいないで、

少しずつ慣れていきましょう。ね?」

 

家を出る前の母の言葉を思い出す。

だが、そんな母の優しい言葉も、今の蛍には慰めにならなかった。

蛍は小さな体をさらに丸めながら、重い足取りで街を歩いていく。

当たり前だが、右を見ても左を見ても、見慣れぬ風景ばかりが続いた。

道行く人々も皆、見知らぬ人たちばかりだ。

 

(なんで・・・こんなとこにきちゃったんだろ・・・。)

 

そんな理由など、とっくにわかりきっていることだった。

幼い蛍では、どうすることも出来なかったということも。

だからこそ蛍は、今の状況を悔やんでも、悔やみきれなかった。

去年の一年間のことを思い出す。あともう少しのところで、

自分の『夢』に近づくことが出来たのに。

 

(わたし・・・これからどうしたらいいんだろ・・・。どうしてこんなことに・・・。)

 

見慣れぬ街並み、見慣れぬ人々、明日に控えた新しい学校。

蛍を取り巻く様々な状況が、胸いっぱいの不安を作り出す。

そんな不安に押し潰されそうになり、目に涙を浮かべたその時、

 

「ねえ、そこのあなた?」

 

「ひっ。」

 

突然、後ろから声をかけられた。

驚いて振り向くと、そこには1人の少女が立っていた。

背丈は自分よりも少し上。膝まで届く長い黒髪と、

前髪の合間から見える赤い瞳が印象的な少女だ。

 

「ごめんなさい。急に話しかけられたらびっくりするよね?」

 

この街に住む子だろうか?でもなぜ自分なんかに声をかけたのだろう。

 

「ねえ、よかったらすこし、お話しない?」

 

すると少女から、さらに驚きの言葉が出て来た。

 

「え・・・?」

 

目の前の状況が飲み込めず、戸惑う蛍だが、

突然声をかけられた驚きから、上手く返事をすることが出来ず、

 

「ほら、こっちに噴水広場があるから。」

 

「わっ・・・」

 

結局、反論も出来ないままに流され、目の前の少女に手を引かれていった。

繋がれた少女の手は、妙に冷たい気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

少女に手を引かれた蛍は、本来の目的地であった商店街を抜け、噴水公園を訪れた。

蛍と少女は、噴水周りにあるベンチへと腰掛ける。

 

「そういえば、名前まだきいてなかったね。あたしはリリン。」

 

「いちのせ ほたる・・・です。」

 

「ほたるって言うんだ。」

 

「あの・・・どうしてわたしとおはなしがしたいって?」

 

「どうしてっていわれても・・・放っておけなかったから、かな?

だってあなた、今にもなきだしそうな顔をしてるんだもの。」

 

たったそれだけのことで、見知らぬ自分のことを気にかけてくれたのだろうか?

半信半疑の蛍ではあったが、リリンの声色はとても優しかった。

 

「ねえ、悩み事があるのなら、はなしてみない?人にはなすだけでも、

気持ちが楽になるかもしれないし、あたしでよければ、ほたるの力になるよ?」

 

「・・・。」

 

普段の蛍なら、初対面の相手に悩みを話すことなんてしないだろうし、

そもそも会話すら出来るのか怪しい。

だが引っ越しが決まった時から、ずっと抱え込み続けてきた不安が、

初めての土地に足を踏み入れたことで表面化していった。

そんな不安を前に、蛍の心はもう押し潰される寸前だった。

そんな中で初めて出会った相手が、歳の近い少女という親近感と、

悩みを聞いてくれる、と優しい声色で話しかけてくれたことが、

蛍の不安を少しずつ、取り除いていったのだ。

この子になら、話してもいいかもしれない。そう思えてくるほどに。

 

「・・・わたしね、きのうここに引っ越してきたばかりなの・・・。」

 

もう、限界だった。1人で抱え込むことが出来なくなった蛍は、

自分が抱いていた不安を全て、リリンへと話し始めるのだった。

 

 

蛍は、昔から人と接するのが苦手だった。

臆病のあまり、話しかけられても言葉に詰まり、

話す時も声が擦れ、目を合わせることが出来ない。

人の多い場所には怖くて近寄れず、誰かが近寄ればすぐに逃げ出してしまう。

そうやってずっと人を避け続けた。

 

「ほんとうはね・・・ずっとトモダチがほしかったの・・・。

でもわたし、おくびょうだから、ひととはなすのがにがてで・・・。

そんなわたしじゃ、だれかとなかよくするなんて・・・ぜったいにむりだって・・・。」

 

臆病だけど、独りぼっちは寂しいから嫌だ。

独りぼっちは寂しいけど、臆病だから友達が出来ない。

そんな負の感情を連鎖させていった蛍は、臆病な自分を責め続けていく内に、

何事に対しても後ろ向きで、消極的な考え方しか出来なくなっていった。

蛍はそんな自分のことが、大嫌いだった。

 

「でもね・・・このままじゃダメだって、おもったんだよ・・・。

かわらなきゃ、かわっていかなきゃダメだって、わたし、がんばったんだよ・・・。」

 

友達に囲まれた周りの人たちを妬みながらも、ずっとその輪に入りたいと思っていた。

友達という存在に、強い憧れを抱いていたからだ。

一緒にお喋りをしたり、お昼を食べたり、休日には家を訪ねて遊んだり、

どこかで待ち合わせの約束をしてお出かけしたり、テストが近づけば一緒に勉強をして、

学校の行事があれば力を合わせて取り組む。

そんな友達同士で仲良く過ごせる日常を、ずっと夢に見続けてきた。

だからこそ蛍は、自分を変えるのだと決心した。

そしてその為に、自分なりの努力をしてきたのだ。

同じ学年の女子生徒は、クラスの異なる子も含めて顔と名前を全て覚えた。

女子の間で話題になっている、流行もののファッションや音楽、

女性人気のある芸能人やアーティスト、これまで興味のなかったことも、

友達が欲しいという一心で勉強した。その為に去年の一年間を全て費やし、

今年の春、新学期が始まると同時に、新しい自分に変わろうとしたのだ。

ずっと胸に抱き続けて来た、友達が欲しいと言う夢を叶えるために。

 

「それなのに・・・きゅうに転校することになっちゃって・・・。」

 

そんな蛍の努力をあざ笑うかのような、最悪のタイミングだった。

しかもその理由は、父の仕事の都合。引っ越しの理由としてはごくありふれた、

だが子供の蛍にはどうしようもない、残酷な理由だった。

蛍は初めて、父から転校の話を聞いた時のことを思い出す。

 

(なんで転校なんかしなくちゃいけないの!

あたらしいとこなんて、おとーさんひとりでいけばいいじゃない!!

ぜったいにイヤだ!!おとーさんなんか大キライ!!)

 

父に対してあそこまで酷いことを言ったのは初めてだった。

その後も駄々をこねて泣き続けた。今だって、理不尽だと思うときがある。

変わろうとした自分の決心を折られてしまったのだから。

 

「もうわたし、じぶんのことをかえたいってがんばるの・・・むりだよ・・・。」

 

抱えていた悩みを全てリリンに打ち明けた蛍は、気が付いたら涙を流していた。

初対面の人を前に泣き出すなんて、情けないと思いながらも、

溢れ出す涙を止めることが出来なくなった。

蛍は両手で涙を拭いながら、リリンから目を反らす。

リリンは蛍の話をずっと静かに聞いてくれた。

そして全てを聞き終えたリリンは、しばらく考え込む素振りを見せたから、蛍に問いかけてきた。

 

「でも、かわりたいって気持ちは、いまでもあるんだよね?」

 

「え・・・?」

 

突然の言葉に驚き、蛍は思わず顔をあげる。

 

「ほたるは、そこから一歩踏み出せないだけで、

かわりたいって気持ちは、今でもずっとあるんだよね?」

 

リリンの言葉を聞き、蛍は改めて自分の胸中を振り返る。

理不尽な転校、新しい場所、新しい学校への不安。

蛍を取り巻く全ての環境が、蛍に夢を捨てろと訴えているかのようだ。

 

「・・・。」

 

だがその中でも蛍は、自分の中に未だに燻り続ける思いがあることに気が付いた。

ずっと抱き続けて来た、友達が欲しいと言う思いを。

 

「うん・・・。わたし、かわりたいよ。かわることができるのなら、

かわりたいって、いまでもおもっているよ。

でも・・・ずっと暮らしてたとこでも、かわることができなかったんだよ・・・。

それなのに、この街でかわることなんて・・・。」

 

するとリリンはベンチから立ち上がり、蛍の正面へと体を向けた。

蛍が不思議そうにリリンを見上げると、彼女は右手を胸元へ運び、

左手を右手の甲に添えた。そして祈るように両手を握った後、

柔らかく蛍の胸元へと両手を添えた。

 

「きゃっ。」

 

突然胸を触られた蛍は困惑する。

 

「なっなに・・?」

 

だが恥じらう蛍を気にせず、リリンは静かに答える。

 

「今、あなたにおまじないをかけたの。」

 

「おまじない?」

 

「あなたに足りないものは、ほんのちょっとの勇気。一歩踏み出すための、小さな勇気。」

 

「一歩・・・踏み出すための・・・。」

 

ほんの少しの勇気?たったそれだけが足りていないものなのか?

自分に足りないものであれば、いくらでも思いつく蛍は、不思議そうな顔でリリンを見る。

 

「今、あなたにそんな勇気が出るおまじないをかけたから。ほら、やってみて?」

 

リリンは再び、先ほど見せたおまじないのポーズを取り、蛍にやってみるよう促した。

蛍もリリンに倣い、右手を胸元に運び、左手を右手の甲に添え、

そのまま拳を握り、自分の胸に手を当てた。

 

(ほんのちょっとの・・・勇気。)

 

蛍は勇気と言う言葉を念じる。

 

「ね?勇気、わいてこない?」

 

すると先ほどリリンに触られたあたりが、熱くなっていく感じがした。

まるで彼女の優しさが、胸に染み渡っていくように、冷めきった蛍の心に浸透していく。

彼女から得た勇気のおまじないが、蛍の隅々にまで染み渡る。

 

(一歩ふみだすための・・・ちいさな勇気・・・か・・・。)

 

このおまじないがあれば、自分にも、ほんの少しの勇気を出すことが出来るかもしれない。

我ながら単純だなと思いながらも、蛍にとってはこのおまじないは、

もう一度、頑張ってみようと思うことができるきっかけとなったのだ。

 

「ありがとう。リリンちゃん。わたし、もう一度だけがんばってみるよ。」

 

蛍は微笑みながらリリンにお礼を言う。

 

「よかった。ほたる、今日初めてわらったね?」

 

「え・・・?」

 

リリンにそう言われて、蛍は自分が、笑っていることに気がつく。

誰かの前で笑顔を見せることが出来たのなんて、初めてかもしれない。

リリンに対して笑顔を見せることができた。それがまた、蛍の背中を強く押す。

 

「がんばれ、わたし。」

 

「ほたる、がんばってね。」

 

「うん!ありがとう、リリンちゃん!」

 

一度折れた蛍の決心は、リリンとの出会いを機に蘇っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?じゃあリリンちゃんも、この街にきたばかりなの?」

 

「うん、だからほたるが、はじめての街で不安を抱えていたこと、

なんとなくわかったんだ。あたしも、最初はそうだったから。」

 

それからしばらくの間、リリンと他愛のないお喋りを続けてたが、

気が付けばお遣いの為に家を出てから、だいぶ時間が経っていた。

 

「あっ、もうこんなじかん・・・わたし、おつかいたのまれてるんだった。」

 

「そっか。」

 

ここでお別れになるのは名残惜しいが、あまり帰りが遅くなると、

両親が心配するだろう。歳の割には子供っぽさが抜けない蛍に対して、

両親はやや、過保護気味なところがある。

 

「リリンちゃん。今日はありがとう。えと・・・またこんど、おはなし、できたら・・・」

 

「うん、いつでもいいよ。あたし、普段はこの辺にいるから。」

 

リリンとまた会える約束が出来た。

それだけで蛍はとても嬉しくなり、明るい笑顔を浮かべた。

 

「うん!じゃあ、またね!リリンちゃん!」

 

「またね。」

 

来る時とは打って変わって、晴れやかな気持ちの中、

蛍は噴水公園を離れ、商店街へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

蛍の背中を見送った後、リリンは人目のつかない場所へと身を潜める。

 

「あの程度の言葉で、単純なものね。」

 

初対面の自分に対して、抱えていた悩みを全て話してしまうなんて。

だが所詮、人間の心なんてそんなものなのだ。

相手の心を揺さぶる僅かな甘言さえあれば、容易く本心を晒してくれる。

その上、心を意のままに操るための常套句なんていくらでもあり、

後は相手のパターンに応じて、常套句を組み合わせた文章を組み立てていくだけでいい。

それを読み上げれば、人は容易く扇動することが出来る。

先ほどの少女も、本心を隠し、殻に籠っているように見えたが、

その中身を引きずり出すなど造作もなかった。

最も、あの程度の常套句であそこまで気を許してしまうあたり、

彼女は特別、扱いやすいようだが。

しかもあんなデタラメなおまじないを信じ込むなんて、何て単純な生き物だろうか。

彼女に近づいたのは、程良い『素材』が欲しかっただけだと言うのに。

最も彼女の場合、『素材』はよかったが、些か自分で傷を付け過ぎていた。

よほど自分に自信のない、弱い生き物なのだろう。

 

「その場合は、ほんの少しでもいいから、機嫌を取るような会話をしろ・・・か。」

 

リリンは、そう学習してきた。

実際今の彼女であれば、十分に『条件』を満たしてくれる。

 

「あなたの絶望、頂くわよ。蛍。」

 

言いながら彼女は、左手を横へ伸ばし指をスナップする。

すると、両手足の爪は鋭利に伸び、背には翼を、尻には牙を持つ尾が現れた。

黒髪はエメラルド色に変わり、服装も別のものへと移り変わる。

リリンの姿が、一瞬にしてリリスへと変わるのだった。

 

「ターンオーバー。希望から絶望へ。」

 

その言葉と同時に、リリスの周囲から眼に見えない空間が拡がっていった。

空間は瞬く間に夢ノ宮市を飲み込んでいき、

そこにいる人々が1人、また1人と姿を消していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやく・・・ここまで来た。」

 

僅かに感じる仲間たちの気配を探り、チェリーはようやくこの場所へと辿りついた。

この世界では、妖精の力は存分に発揮できない為、力の正確な場所も数もわからないが、

この地に仲間がいることだけは確実だ。辿りつくのにかなりの時間を費やしたが、

ようやくチェリーは、仲間の手がかりを掴めるところまで来たのだ。

 

「っ!?闇の力!?」

 

だがチェリーは、その地に目に見えない空間が拡がっているのを感じた。

自分の故郷を飲み込んだ空間と同じ気配、まさかやつらがこの世界にも現れたのだろうか。

自分たちの故郷を消した、あの黒き闇が。

 

「闇の牢獄が拡がっている・・・早くキュアブレイズと合流しないと。!」

 

チェリーは急ぎ、黒の闇に飲み込まれていく地、夢ノ宮市へと飛んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

お遣いを終えた蛍は、足取り軽く帰路についていた。

 

(あしたから、あたらしい学校・・・不安だけど、

リリンちゃんからおしえてもらった、このおまじないでがんばろ。)

 

リリンから学んだ勇気のおまじないを胸に、蛍は明日へと思いを馳せる。

その時、ふと、寒気を感じた。

 

「?」

 

ほんのりと冷たい風が肌に当たるような感覚。

4月に入ったとはいえ、まだ微かに寒さの残る時期だからだろうか。

そう思い、特に気にせず帰ろうとしたその時、

 

 

変わることが出来るって思ってるの?

 

 

「え・・・?」

 

突然、声が聞こえた。蛍は辺りを見回すが、周囲に人はいない。

気のせいか?と思ったが

 

 

今までずっと、臆病だったわたしが、本当に変わることが出来るなんて思ってるの?

 

 

「なに・・・?いまのこえ?」

 

思わず耳を塞ぐ蛍。

 

 

何度変わりたいって思ってきたの?

何度挫折してきたの?

そんな弱虫な私に今更何が出来るの?

 

 

だが、その声を遮ることは出来なかった。

声は頭の中に直接響いていく。

突然の怪奇に震える蛍だが、やがて気が付くことがあった。

 

「わたしの・・・こえ?」

 

響いてくる声は、自分の声だ。自分の声が頭の中で木霊する。

 

 

友達が欲しいとか、独りぼっちが嫌だとか言ってるくせに、

誰とも仲良くしない、話そうともしない。

諦めきれずに周りを僻み続けて、でも一度だって行動しなかったじゃない。

 

 

「なに?なんなの!?」

 

頭の中に木霊する声は、さらに数を増していく

 

 

どうせわたしは変われなかったよ。

引っ越しなんて関係ない。

あの町にいたって同じ、

友達なんて作れなかったに決まってる。

 

 

「なんなのよこれえ!!?」

 

これ以上聞きたくなかった。

心を抉るその言葉は、これまで自分が抱えてきた思いの数々だった。

決して否定することのできない、蛍自身の心の内側。

奥底に封じ込めていた負の感情が、自分の声で無理やり引きずり出されていく。

 

 

今までと同じことの繰り返しよ。

新しい学校が始まったって友達なんて出来っこない。

 

 

「やめてえ!!わたしは・・・わたしは、今日からかわるんだ!

この・・・おまじないで・・・。」

 

蛍はリリンから教えてもらったおまじないをしようとする。だが、

 

 

そんなおまじない、本当に効果があると思ってるの?

 

 

「っ!?」

 

自分の声が、リリンのおまじないを否定する。

 

 

わたしは、ずっと独りぼっちだよ。

これまでも・・・これからもずっとね・・・

 

 

蛍が心の一番奥底に、閉じ込めていたはずの言葉が響く。

 

 

「いやああああああああああああっ!!!!」

 

 

蛍の叫び声が、静寂に包まれた空に響き渡っていった。

 



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第1話・Bパート

ご近所方へと挨拶を終えた健治と陽子は、家に戻り蛍の帰りを待っていた。

 

「蛍、少し遅くないかしら?」

 

時計を見ると、時刻は15時を回っていた。商店街までは徒歩10分ほどの距離だ。

正午の過ぎにここを出たにしては、帰りが遅すぎる気がする。

 

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。あの子はああ見えてしっかりしてるし、

初めてのところだから、色々と見て回っているだけじゃないのか?」

 

「・・・それもそうかしらね。」

 

健治の言葉に、陽子は一先ず納得することにした。

幼い容姿と性格故に、つい心配性になりがちだが、蛍は真面目でしっかりものだ。

臆病な性格を嫌い、自分を卑下してしまうところがあるが、そんな自分を変えようと、

陰ながら努力を重ねていたことを陽子は知っている。優しく素直で健気な頑張り屋さん。

未だに反抗期が来ないことは、手がかからない一方で少し不安も感じるが、

それもあの子の個性の内だろう。

 

「明日から新しい学校だし、今日はうんっと、美味しいものを作って、

あの子を元気づけてあげなきゃね。」

 

陽子のその言葉に、健治も微笑む。蛍の明日を思いながら、2人は帰りを待つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

リリスがその場を訪れた時、蛍は黒い瘴気に覆われ、道中に倒れ込んでいた。

 

「なかなかいい絶望じゃない。」

 

瘴気の内側にいる蛍の目には、既に生気はなく、その場を動く気配もない。

そんな蛍に向けて、リリスは手をかざす。

すると蛍を覆う瘴気が、リリスの掌へと集まっていき、黒い球体へと形を成した。

 

「ダークネスが行動隊長、リリスの名に置いて命ずる。

ソルダークよ、世界を闇に染め上げろ。」

 

リリスがそう唱え、黒い球体を宙に放り投げる。

すると球体はさらに形を変え、人型となり、10mは越えるであろう黒の巨人が誕生した。

 

「ガアアアアアアア!!!」

 

ソルダークと呼ばれた黒の巨人が、甲高い産声をあげる。

 

「ソルダーク。」

 

そしてリリスの呼びかけと共に、

ソルダークは、全身から立ち上る黒の瘴気を、一気に空へと解放した。

まだ夕方にも満たないというのに、見る見るうちに空が黒く覆われていく。

すると消えていった人々が再び街の中に姿を見せ始めた。

だが街に現れた人たちは皆、黒い瘴気に覆われており、ある者は頭を抱え錯乱し、

ある者は絶叫と共に泣き叫び、ある者は力なくその場に倒れ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

闇の気配を探っていたチェリーは、この市一体に拡がる闇が、

さらに勢いを強めていくのを感じ取った。

その度に街には人々が姿を現し、黒の瘴気に覆われながら呻き出している。

ふと目に留まった噴水広場の時計に目をやると、時刻は15時を指していた。

だが時針も秒針も動く気配がない。この辺り一帯の時が止められているのだ。

故郷と同じ現象が、この世界でも発生している。

この世界にもついに現れたのだ。伝説上で語られた黒の闇、ダークネスが。

 

「急がなきゃ・・・これ以上絶望の闇が拡がる前に。」

 

このままではこの街も、故郷と同じようになってしまう。

音も光も全て失い、生きとし生けるものが全て『モノ』となってしまう。

するとチェリーは、闇へと近づいていく1つの力を感じた。

闇の波動とは対を成す、光の波動の気配。

 

「この希望の光は、まさか!」

 

ずっと探し求めていた人が、ついに見つかったのだ。

チェリーは光の気配がする方へ体を向けると、光と闇の力がぶつかるのを感じとった。

ついにこの世界で、光と闇の戦いが始まってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ん?」

 

街が闇へと覆われていく様を、リリスは満足そうに眺めていたが、

ソルダークの放つ瘴気は徐々に勢いをさらに強めていき、

空を覆う黒い闇も、加速度的に濃度を高めていった。

 

「絶望の闇が拡がるのが早い・・・。」

 

フェアリーキングダムといったか。

あの世界でも何体かソルダークを作り出したが、

ここまでの速度で絶望の闇を染めていくものはあっただろうか。

リリスが自身の生み出したソルダークを不審に思っていると、こちらに迫り来る力を探知した。

 

「この気配・・・まさか。」

 

リリスの持つ、闇の力とは正反対の性質の力。それが速度を増してこちらへと近づいてくる。

やがてそれが目前まで迫ってきたところで、力のする方向へ振り向くと、

そこには一人の少女が立っていた。燃え盛るような赤いツインテールの髪をなびかせた

その少女は、フリルとリボンに飾られた、一見すると可愛らしい衣装に身を包んでいるが、

その双眸には強い敵意が込められており、力強い雰囲気を漂わせている。

リリスはその姿に身に覚えがある。あの時取り逃がした、亡国のプリキュア。

 

「キュアブレイズ。まさかあなたもこの世界に来ていたとはね。」

 

「ダークネス!」

 

キュアブレイズから確かな憎しみを感じる。だがリリスはそんなものに興味はなかった。

プリキュアは計画の邪魔だから消す。リリスにとってはそれだけの存在だ。

 

「丁度いいわ。あの時は取り逃がしたけど、今度こそ堕としてあげる。ソルダーク。」

 

「ガァァァァァァァアアアアア!!」

 

獣のような雄叫びと共に、ソルダークはキュアブレイズへと襲い掛かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

キュアブレイズは、迫り来るソルダークの拳を正面から受け止めるが、

ソルダークの力はキュアブレイズを上回っており、彼女の足が地面にめり込み始める。

 

「くっ!」

 

キュアブレイズはソルダークの腕を払いその場を離れようとするが、

直後ソルダークは、背中から無数の鎖を解き放った。

縦横無尽に空を舞う複数の鎖は、キュアブレイズに狙いを定めて一斉に襲い来る。

さながらマシンガンのように矢継ぎ早に放たれた鎖を、

キュアブレイズは無駄な動きなく回避するが、防戦一方の状態が続いていった。

 

「このソルダーク、強い。」

 

フェアリーキングダムでの戦いで、数え切れないほどのソルダークを相手にしてきたが、

これほどの力を持ったソルダークを相手にしたのは初めてだ。

迫り来る鎖をかわし、捌きながら反撃のチャンスを伺うキュアブレイズだが、

ふと、近くに闇の気配を感じた。

そちらに目をやると、黒の瘴気に覆われながら倒れ伏す、小さな少女の姿があった。

彼女から放たれる黒の瘴気は、目の前のソルダークのものと同じ気配がする。

 

「あの子が、ソルダークの・・・。」

 

目の前にいる行動隊長は、あんな年端もいかない少女を傷つけ絶望させ、

あの黒の巨人を作り出したと言うのか。

生気を失った少女の姿を見て、キュアブレイズの脳裏に故郷の惨事がよぎる。

街を歩く人が、妖精が、全て生気を失い、ただの『モノ』へ成り果てていく。

勿論そこには、子供の姿も大勢あった。故郷のみならず、この世界の子供たちすら、

やつらは躊躇いなくソルダークを作り出すための『素材』に出来るのだ。

キュアブレイズはダークネスの蛮行に、静かな怒りを燃やし憎しみを滾らせていく

 

「ダークネス・・・。」

 

キュアブレイズは力強い踏み込みと共に、ソルダークへと突撃した。

強烈な体当たりを受けたソルダークの巨体は宙を舞う。

あの少女の絶望を、これ以上やつらの目的の為に好き勝手させるわけにはいかない。

間髪入れず、キュアブレイズは追い討ちをかけていくが、

ソルダークは空中で態勢を立て直し、再び鎖を解き放った。

だが空中であるにもかかわらず、キュアブレイズは軽やかな動きで鎖を回避し、

勢いを落とすことなく、ソルダークへ拳を突き立てた。

 

「さすが、プリキュアといったところかしら。」

 

ソルダークだけでは劣勢と判断したのか、リリスも前線に参加し、

鋭い爪を尖らせ、キュアブレイズの背後へ奇襲を仕掛けた。

キュアブレイズはそれを左の肘で受け止め、体を捻って右の拳をリリスへ振るう。

リリスは尾でその拳をはたき落とし、両者は一旦距離を開けた。

直後、キュアブレイズの上空を取るソルダークが、再び立ち直り鎖を周囲へと展開する。

地に降りたキュアブレイズは、鎖による攻撃を回避し、

リリスとソルダークの元へと再び飛び上がる。

キュアブレイズとソルダーク、そしてリリスを交えた空中戦は激しさを増し、

戦いの場所を少しずつ変えていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

光の気配を追っていったチェリーは、やがて荒れた場所へと辿りついた。

大地が抉れ、建物が倒壊している。間違いない、

キュアブレイズはついさっきまで、この場所でダークネスと戦っていたのだ。

そしてここより僅かに離れた場所に、光と闇の気配を感じる。

 

「ようやく見つけた!キュアブレイズ!」

 

未知なるこの世界に迷い込んでから、どれだけの時間を彷徨い続けただろうか。

故郷とは異なり、妖精が存在しないこの世界は、

まるで自分の存在を否定されたかのようで、とても心細かった。

チェリーは何度も心が挫けそうになったが、

仲間の妖精とキュアブレイズもきっとこの世界にいる。

その希望だけを頼りに、今まで頑張って来られたのだ。

そしてついに、キュアブレイズを見つけることに成功した。

この時をどんなに待ち望んだことだろう。

チェリーは急いでキュアブレイズの元へ駆けようとしたが、

その最中、道中に倒れる1人の少女が目に留まった。

 

「この子・・・。」

 

整った顔立ちと小柄な体躯、きっと人形のように可愛らしい少女だったのだろう。

だが黒の瘴気に覆われた姿は、纏う衣服も素肌も色を失いモノクロとなっており、

生気を失った瞳は虚空を覗き、表情は悲痛に満ちていた。

そして少女の放つ闇からは、街中で見て来たどの人よりも黒く、大きな絶望を感じた。

もしかしたらこの子が、今のソルダークを生み出したのかもしれない。

 

「かわいそうに・・・こんな小さな子供まで。」

 

子供でさえ平気で絶望へと落とすダークネスのやり方に、チェリーは改めて憤りを感じる。

でもこの世界にはキュアブレイズがいるのだ。

彼女なら必ずソルダークを倒し、この子を闇の牢獄から解放してくれるはず。

この子を助けるためにも、早くキュアブレイズと合流し、今後の対策を立てよう。

そう決意したチェリーは、身を翻して再び進もうとしたその時、

 

「え?」

 

僅かだが、少女の体が動いたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

(ここ・・・どこなの・・・。)

 

どれだけ眼を凝らしても、自分の姿さえ映らず、

どれだけ耳を澄ましても、何も聞こえなかった。

ただ1つを除いて。

 

 

変わることなんて出来るわけないよ。

友達なんて作れるわけない。

わたしはずっと独りぼっち。

 

 

呪詛のように繰り返される自分の声だけが、音も光もないはずの空間に延々と響き渡る。

 

(もういや・・・いつまでつづくの・・・。)

 

繰り返される言葉の数々は、ほんの少し前まで抱くことが出来た、蛍の希望を粉々に砕いていく。

それでも尚、終わる気配のない声を聞かされ続け、蛍の精神は疲弊仕切っていた。

 

 

あの子のおまじないなんてデタラメ。

あんなもので勇気が沸くはずないじゃない。

 

 

(わたし・・・そんなことおもって・・・。)

 

 

思っていたはずよ。

だからわたしは、こんなことになってるんじゃない。

 

 

(・・・。)

 

 

あの時頭に響いた声。それを聞いた直後、

蛍は音も光もない世界に堕とされた。

頭に響く声を、否定することが出来なかったから。

 

(リリンちゃん・・・ごめんね・・・。)

 

変わることが出来ず、変わろうともせず、

初対面の自分にも優しく接してくれたリリンの思いさえ踏みにじってしまった。

彼女からおまじないを教えてもらった時、もう一度だけ頑張ってみようと思ったはずなのに、

本当の自分はこんな酷いことを思っていたというのか。

最初からリリンのおまじないなんて信じていなかった。

そのことを自覚した蛍は、さらに深い自己嫌悪へと陥っていく。

そして頭に響く声の数は、さらに数を増していった。

 

(わたし・・・ずっとこのままなのかな・・・。)

 

自分の声だけが永遠と呪詛のように繰り返される世界で、

一生自己嫌悪しながら生きていくのだろうか。

 

(もういや・・・なにもかんがえたくない・・・。)

 

あまりの辛さに耐えかね、蛍はついに思考さえ放棄しようとした。

その時、

 

 

あなたに足りないものは、ほんのちょっとの勇気。

一歩踏み出すための、小さな勇気。

 

 

リリンの言葉が、頭をよぎった。

 

(・・・でも・・・わたしはあの子のおまじないを・・・。)

 

信じてなんていなかったはずだ。なのになぜ、リリンの言葉が脳裏をよぎったのだろう。

 

(一歩・・・踏み出す・・・ちいさな勇気・・・そうだ。

今までだってずっと、そうだった。いやなこと、こわいことからにげてばかりで・・・

そんなじぶんをかえたくて・・・でも、こわくて一歩も踏み出すことができなかった・・・。)

 

もしかしたらリリンは、そんな自分を勇気づけてくれたのかもしれない。

 

(・・・わたし、かんちがいしてたんだ・・・。ごめんね、リリンちゃん。)

 

あのおまじないは、唱えれば勇気が天から降ってくるようなものじゃない。

リリンが、蛍に勇気を出せるようにと、その背中を押すためにしてくれたものなのだ。

勇気を出すのは、自分自身。ほんの少し、ほんの少しの勇気を出すだけで良い。

 

(ほんのすこしだけの勇気なら・・・わたしにも・・・。)

 

蛍は両手を胸元まで持っていき、祈るように強く握りしめた。

あの時リリンが触れた胸元に、強く意識を集中させる。

彼女から感じられた温かさを、優しさを思い出すように。

 

(こんな場所に・・・ずっといたくない!

まだあたらしい学校にもいってない!

じぶんをかえることだってできていない!!

なにより・・・) 

 

蛍はありったけの思いを、一歩踏み出すための勇気へと込める。

 

(なにより!リリンちゃんに、もういちどあいたいから!!)

 

「がんばれ!わたし!!」

 

思いを勇気に込めた蛍は、一歩だけ、前に踏み出した。

その直後、蛍の胸から強烈な光が発した。

 

「え?」

 

発せられた光は、おまじないをしている両手から零れ、蛍の周囲を明るく照らす。

直後、蛍に五感が戻ってきた。手のひらが見え声が聞こえ、胸から放たれる光が

目を照らし発光音が頭に響く。やがて光が止むと、目の前にピンク色のパクトが現れた。

蛍はそれを両手で受け止める。すると、このパクトを開いた時に何が起こるのか、

頭の中にイメージが流れ込んできた。そして蛍の体が無意識に動き始める。

両手のパクトを天に掲げ、ある言葉を口にした。

 

「プリキュア!ホープ・イン・マイハート!」

 

直後、掲げたパクトが自動で開き、中からピンクに輝く光が解き放たれた。

放たれた光は、ヴェールのように蛍の全身を包み込む。

すると蛍の服が一瞬で、フリルとリボンで飾られた、ピンクのドレスへと変わった。

髪も肩までの位置だったのがつま先の長さまで伸び、

両サイドがリボンで結ばれ、ツーサイドアップになる。

元々ピンク色だった髪は、さらに一段と明るくなり、光沢を持って光を反射した。

そして瞳の色も、同じピンク色へと変わる。

『変身』を遂げた蛍は、自分の名前とは異なる名乗りを挙げる。

 

「世界を照らす、希望の光!キュアシャイン!」

 

蛍が変身を遂げた直後、強烈な光が世界を覆い、蛍の視界を照らしていったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

蛍の視界を照らす光が収まると、いつの間にか服が変わっていた。

それだけでない。頭に違和感を感じ髪を手に取ってみる。

 

 

「え?あれ・・・?なにこのかっこう・・?あれ?え?えええ!!?」

 

髪がつま先に達するまで伸びていたのだ。だが蛍は、あの音も光もない世界から脱出した時の

記憶がなく、どうしてこうなったのか状況が掴めないままでいた。

 

「わたしになにが・・・あれ?」

 

さらに視界に拡がる景色をよく見てみると、コンクリートがえぐれ、

屋根が吹き飛んだ家が点々としていた。その景色を見るに元の世界に戻って来られたはずだが、

目の前に拡がる光景は戻って来られたことへの安堵を抱かせないほど恐ろしいものだった。

 

「いっ、いったいなにがあったの・・・。」

 

声を震わせ今にも泣きそうな蛍だったが、更なる衝撃が続く。

足元に目が届くと、そこには20cmほどの小さなぬいぐるみがあった。

可愛いぬいぐるみだな、とあまりにも場違いな感想を抱いたのも束の間、

そのぬいぐるみは突然大きな声で叫び出したのだ。

 

「プリキュアに変身した~!!?」

 

叫びながらぬいぐるみは飛び跳ね、宙を舞いだした。

ぬいぐるみが空を飛べるはずがないとかそもそも喋るわけがないとか声も可愛いかなとか

様々な思考が働き、蛍を一層困惑させる。

 

「ぬっぬいぐるみさんがしゃべったあああ!!」

 

グルグルな思考がどんでん返しをし続け、そんなベタな反応で返すことしか出来なかった。

だが混乱を極める蛍をよそに、そのぬいぐるみは蛍の腕を引く。

 

「お願いプリキュア!キュアブレイズを助けて!」

 

「え?」

 

プリキュアとは何なのかキュアブレイズとは誰かなのか助けてとはどうゆうことなのだろうかなんでぬいぐるみがしゃべりながら空を飛べるのか、尽きぬ疑問が次々と浮かび上がってくるが、

ぬいぐるみは蛍の悩みが解決するのを待ってはくれなかった。

 

「こっちよ!」

 

「わっ!ちょっと!」

 

蛍はまたしても考えがまとまらない内に、

見知らぬ喋るぬいぐるみに手を引かれて連れていかれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ・・・。」

 

ソルダークとリリンの連携の前に、キュアブレイズは押され始めた。

2対1と数の差で不利になっていることもあるが、

このソルダーク、先ほどよりもさらに力を増している。

戦いの中で力を高めていくソルダークも初めてのタイプだ。

持久戦に持ち込まれては今以上に不利になる。早く決着を付けなければ。

だがキュアブレイズが危機感を募らせた直後、突然ソルダークの動きが鈍くなった。

 

「どうしたソルダーク?」

 

リリスも困惑の色を見せている。どうやら彼女にも原因はわからないようだ。

だがこれは好機だ。この機を逃せば、またいつ力を高めて来るかわからない。

ソルダークを全力で叩き潰そうと、キュアブレイズが構えたその時、

 

「え?」

 

こちらに近づいてくる力を感じた。それも闇の力ではない。自分と同じ光の力を。

キュアブレイズが力の感じた方へ向いた時、

1人の少女が、チェリーに手を引かれて姿を現した。

自分と似たようなドレスに身を包んだ、ピンク色の少女の姿を見て、

キュアブレイズは驚き目を見開く。

 

「まさか・・・プリキュア?」

 

「キュアブレイズ!」

 

チェリーの声が嬉しそうに響き渡る。彼女が連れてきたということは、

あのピンクのプリキュアは、こちらに加勢に来たのだろうか?

だがそんな疑問を抱いた直後、ピンクのプリキュアの表情が見る見る内に青ざめていった。

 

「まっまほうつかい!?かっかいぶつ!?あっあくままで!!?

いっいったい、なにがおこってるのおおお!!?」

 

そしてピンクのプリキュアの情けない叫び声が、闇に覆われた空へと木霊するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

 

「まほうつかいにかいぶつにあくままで出てくるなんて!いったいなにが起こってるの!?」

 

「おちついてキュアシャイン!

魔法使いはプリキュアで、怪物はソルダーク、悪魔は行動隊長って言う呼び方が」

 

「そんなのいわれてもわからないよ!」

 

「とにかく!キュアブレイズと力を合わせてソルダークと戦うの!」

 

「あんなかいぶつと!?そんなのむりむりむり!!」

 

「無理じゃない!プリキュアの力があればソルダークとだって戦えるんだから!」

 

「も~!あしたから学校はじまるのに、わたしどうなっちゃうの~!!」

 

 

次回!ホープライトプリキュア 第2話!

 

「勇気を胸に!蛍、波乱の転校初日!」

 

希望を胸に、がんばれ、わたし!

 



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第2話 第2話・プロローグ

蛍はまず自分が置かれている状況を整理するところから始めた。

突然眩しい光に包まれ、

気が付いたら服が変わっており、

髪が伸びたし何か色も明るくなり、

喋る飛ぶぬいぐるみに話しかけられ、

ついて来たら魔法使いと怪物と悪魔が戦っており、

現在に至る。

うん、わからない。

もしかしたら、映画か何かの撮影現場に偶然迷い込んだのかもしれない。

あるいは、あの喋るぬいぐるみは遠隔操作出来る新型の玩具なのかも。

いや、実はこれは全部夢でありレム睡眠状態であるだけだ。

等々、様々な思考が働いたが、考えれば考えるほど頭の中は混乱していき、どこまでが現実で、どこまでが幻なのかわからなくなってきた。

そしてそんな蛍を待ってくれるほど、この非現実的な現実は優しくなかった。

 

「まさかこの世界にもプリキュアがいたとはね。

いいわ。キュアブレイズ諸共、堕としてあげる。」

 

「え?」

 

悪魔がそう囁くと同時に、怪物が蛍の目の前に降り立った。

蛍の10倍以上は軽くあろう巨体は、真っ赤に輝く双眸で蛍を睨み付ける。

 

「ひっ。」

 

一瞬で現実に引き戻された蛍だが、今度は怪物の恐ろしさを前に足が竦んでしまう。

 

「ガアアアアアアアアアア!!」

 

そして怪物は、耳をつんざくような甲高い奇声を上げ、蛍めがけて拳を振り下ろした。

 

「きゃあああ!!」

 

絶叫をあげ、頭を抱えながらその場を立ち退く蛍。

目を瞑りながらも、怪物の拳を寸でのところで避けることが出来たが、直後凄まじい地鳴りが起き、同時に粉塵が巻き上がり、蛍の元へと飛び交った。

粉塵が収まり、蛍が恐る恐る目を開けてみると、先ほどまで自分がいたところに巨大な拳が振り下ろされていた。

それはアスファルトで舗装されている地面を抉りめり込んでいた。

余りにも恐ろしい光景を前に、蛍は涙ぐみ再び現実逃避したくなったが、鳴り響く轟音も、巻き起こる粉塵も、全てありのままの現実として蛍に襲い掛かった。

現実離れした恐ろしい光景の数々を前に、蛍は限界などあっという間に振り切り、パニック状態に陥り、この場を逃げ出そうと走り出した。

 

「もういや!いったいなにがどうなってるの~!!」

 

だがそんな蛍のことなどお構いなしに、再び怪物の双眸が蛍を捉えた。

 

「ちょっと!キュアシャイン!!」

 

敵を前にして逃げ出す蛍を、喋るぬいぐるみが注意するが、無我夢中で走り出す蛍に、その声は届かなかった。

 

「逃がすな、ソルダーク。」

 

だが悪魔もまた、蛍を逃がそうとしなかった。

悪魔の命令を聞いた怪物は、再び蛍へ襲い掛かってきた。



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第2話・Aパート

勇気を胸に!蛍、波乱の転校初日!

 

 

 

「ガァァァアアアア!!!」

 

怪物の雄叫びが空から聞こえる

蛍は一瞬だけ怪物の方を振り向き、着地点から離れようとするが、怪物が着地すると同時に、衝撃が起こり蛍に襲い掛かった。

 

「いたっ。」

 

その場で尻もちをつく蛍。

早く立ち上がろうとするも、足が震えて思う通りに動かなかった。

 

「やれ。」

 

そして身動きが取れない蛍にめがけて、怪物が容赦なく拳を突き出した。

 

「きゃあああ!!」

 

蛍は逃れられることが出来ず、怪物の拳を受けてはるか後方に吹き飛ばされる。

その小さな体は、石垣に深くめり込んでいった。

 

「っ・・・いたた・・・、え?いたい?」

 

痛い、とはどういうことなのだろうか?

アスファルトさえ抉る怪物の腕力で思いっ切り殴り飛ばされた挙句、体が石垣にめり込んだのだ。普通に考えれば痛いで済むはずがない。

だが蛍の体は一切の傷がついておらず、他にも異常があるようには思えなかった。

あの一撃を受けても、蛍の体は無傷だったのだ。

 

「わたしのからだ・・・どうしちゃったの?」

 

自分自身に起きた変化に困惑する蛍だが、怪物は尚も蛍のことを追い詰めて行く。

石垣にめり込み、逃げ道を失った蛍めがけて、再び拳を繰り出した。

逃げられない蛍は、反射的に両手を差し出すと。

 

「うけとめた!?」

 

何と蛍の華奢な腕は、アスファルトを抉るほどの腕力を誇る怪物の拳を正面から受け止めたのだ。

怪物の腕力=アスファルトを抉るほど、という図式が蛍の頭の中に定着していたのだが、それだけ蛍にとっては衝撃的かつショッキングな光景だった。

普通に考えればどんな腕力自慢だろうと、人間に受け止められるはずがない。

常識外れの力を身につけてしまい、蛍は自分自身が怖くなってきたが、逆にこれはチャンスだと思った。

蛍は受け止めた怪物の拳を、力任せに押し出した。

すると思った通り、怪物がバランスを崩しその場に転倒する。

怪物に隙を作ることに成功したのだ。

 

「いっいまのうちに!」

 

石垣から脱出した蛍は、すぐさまその場を走り去ろうとしたが、

 

「キュアシャイン!なんで逃げようとするの!!?」

 

自分を連れて来た喋るぬいぐるみが、困惑と怒りを滲ませた声で話しかけてきた。

だが蛍だってこれ以上、こんな恐ろしいところにいたくないのだ。

 

「だっだって、あんなおっきいかいぶつと、たたかえるわけないじゃない!!」

 

「大丈夫!プリキュアの力があれば、ソルダークと戦えるんだから!

お願い!キュアブレイズと一緒に戦って!キュアシャイン!」

 

だがぬいぐるみは尚も蛍に戦うように呼びかける。

蛍は今一度、怪物の方に目を向けると、怪物の赤色の双眸が蛍を睨み付けてきた。

 

「そんなのむりだよおおお!」

 

蛍は特撮やアニメに出てくるような、ヒーローでもなければ魔法使いでもない。

現実の範疇で考えたとしても、訓練を積んだ自衛隊ですらない。

ただの普通の女の子だ。

いくら怪物と戦えるだけの力が身に付いたとはいえ、あんな恐ろしいものを相手に立ち向かえる勇気も度胸も持ち合わせているわけがない。

泣き叫ぶ蛍に対して、怪物が再び拳を振り下ろしたその時、

 

「情けないわね。見ていられないわ。」

 

真紅の魔法使いが、蛍と怪物の間に割って入ってきた。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

キュアブレイズはソルダークの拳を片手で受け止めた後、もう片方の手で思い切りソルダークを殴りつけた。

ソルダークの巨体が大きく揺らぎ、無防備になったところを、キュアブレイズは逃さず追撃を浴びせていく。

 

「どうしたソルダーク。なぜいきなり押され始める?」

 

リリスが疑問に思うのも無理はない。

先ほどまでキュアブレイズを相手に引けを取らなかったソルダークが、突然力を大きく落とし始めたのだ。

キュアブレイズもそれに違和感を覚えたが、ここで追撃の手を緩めるつもりはない。

好機とばかりに徹底的にソルダークを追い詰めていく。

蹴りで宙に浮かせ、拳の嵐を叩き込み、最後に頭部を踏みつけ跳躍し、ソルダークの真上から勢いよく踵落としを繰り出した。

一連の攻撃を受けたソルダークは、地面に叩き付け、その場から身動きが取れないほどのダメージを負う。

 

「これで終わりよ!」

 

キュアブレイズは拳に炎を宿し、地に埋もれるソルダークを目掛けて降下し、炎を纏った拳を突き付けた。

キュアブレイズの拳を受けたソルダークは、全身を真っ赤な炎に焼かれ、直後巨大な火柱がソルダークの巨体を包み込んだ。

 

「ガァァァァァァァァァ!!!」

 

ソルダークは断末魔と共に、跡形もなく消滅していった。

 

「キュアブレイズ、それに新しいプリキュアか。」

 

リリスはその言葉だけを残し、姿を消したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「すごい・・・」

 

あっという間に怪物を退治してしまった魔法使いを前に、蛍は感嘆の声しか出なかった。

すると、空を覆う闇が晴れ、戦いの中で壊れた道路や壁、建物が全て元通りに戻っていた。

蛍は驚き、本当に全て夢だったのかと疑ったが、自分の姿はまだ元に戻らず、目の前にいる妖精と魔法使いの姿も消えていなかった。

一連の出来事は夢幻なんかではなく、現実に起きたことなのだと、改めて突き付けられる。

すると魔法使いがこちらへと歩み寄ってきた。一応助けてもらったのだから、一言お礼を言おうと思ったが、魔法使いは険しい表情で蛍を睨み付けてきた。

 

「あなた、何をしてるの?」

 

「え・・・?」

 

「ソルダークを相手に背を向けて逃げ出そうとするなんて、それでもプリキュアなの?

ダークネスと戦い、世界を守ることが、プリキュアの使命ではないの?」

 

「えと・・・その・・・。」

 

プリキュア、ダークネス。

蛍にとってはこの場で初めて聞いた言葉ばかりであり、魔法使いの言うことが理解できなかった。

だが反論しようとも、鋭い眼差しで睨み付ける魔法使いを前に怖気づき、上手く言葉を返すことが出来なかった。

 

「あの、キュアブレイズ。きっとこの子は、今日初めてプリキュアに変身したんだと思う。」

 

そんな蛍に対して、喋るぬいぐるみが助け舟を出してきた。

その言葉を聞いたキュアブレイズは、僅かに驚きの表情を見せる。

 

「・・・チェリー。」

 

「なに?キュアブレイズ。」

 

「明日には迎えに行くわ。今日は一日、その子の側にいなさい。」

 

「え?」

 

「プリキュアのこと。ダークネスのこと。

この世界でこれから起こるであろうこと。それをその子に伝えなさい。

キュアシャインと言ったかしら?

あなたもプリキュアに変身した以上、無関係ではいられないわ。」

 

「そっそんな・・・。」

 

そんなのは勝手な言葉だと、蛍は思った。

少なくとも蛍は、このプリキュアと言うのになりたくてなったわけではないのに。

 

「あなたが戦わなければ、この世界がどうなるか。チェリーからちゃんと聞くことね。」

 

この世界がどうなるか。

そんな不穏な言葉を残し、キュアブレイズと呼ばれた魔法使いは、この場を立ち去ろうとしたが、チェリーと呼ばれた喋るぬいぐるみが彼女を呼び止める。

 

「まっ、待って、キュアブレイズ。他のみんなは?」

 

「・・・アップルは一緒にいるわ。後の2人は、まだ見つかっていない。」

 

チェリーの質問に簡素に答え、キュアブレイズは今度こそこの場から離れるのだった。

 

「キュアブレイズ・・・。」

 

立ち去るキュアブレイズを、チェリーは悲しげな表情で見送る。

本当のことを言えば、蛍は今すぐこの非常識な事態から解放されたかった。

だが、他のみんな、後の2人はまだ見つかっていない、と言う言葉を聞き、悲しい顔を浮かべるチェリーを1人で放っておけるほど、蛍も薄情にはなれなかった。

 

「・・・あの・・・チェリーちゃん・・・だっけ?」

 

突然蛍に話しかけられたチェリーは、驚いてこちらを振り向く。

 

「え?うん、そうだけど。」

 

声をかけたはいいが、何から話せばいいのかわからない。

むしろ、こちらが話を聞きたいところではあるが、どちらにしても、喋るぬいぐるみと道端で話すわけにもいかず、

 

「・・・とりあえず、わたしのおうちに・・・くる?」

 

一旦、家に招待することにした。

両親が恐らく帰ってきているだろうが、チェリーにぬいぐるみのフリをしてもらえれば、上手く誤魔化すことは出来るだろう。

生きているチェリーにモノの振りをしろと言うのは、少し心が痛むが。

 

「・・・じゃあ、お言葉に甘えてお邪魔します。」

 

チェリーが承諾してくれたことに、少しだけ安堵する蛍。

だが声をかけておきながら、蛍はまだ帰るわけにはいかなかった。

 

「・・・ところで、ひとつきいてもいい?」

 

「なに?」

 

「・・・このかっこう、もとにもどれる・・・よね?」

 

「・・・え?」

 

無意識の内にこの姿に変身した蛍には、変身した時の記憶がないからだ。

当然、変身を解除する方法を知らず、そもそも元の姿に戻れるかも分からない。

だがチェリーはその言葉に、困惑と呆れの入り混じった表情を見せ、とりあえず力を抜けばいいんじゃない?というテキトー極まりないアドバイスをしてきた。

蛍はそれを受けたが、力の抜き方も上手くわからず、結局人目につかないところに身を潜め、5分ほど時間をかけてようやく変身を解除したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

蛍はチェリーを連れて、無事に家に帰宅した。

時計を見ると、時刻は15時20分を過ぎていた。

大地を抉り街を壊す巨大な怪物を相手に変身して戦うと言うのは、特撮ヒーローのようにフィクションの世界かつ、視聴者の立場だからこそ楽しめるものだと、改めて実感する蛍。

当事者の立場には、出来ることなら金輪際一切立ちたくないと思った。

 

「ただいま。」

 

「お帰り蛍。」

 

「蛍、遅かったじゃない。」

 

家に入ると、既に帰宅していた父と母が、蛍を出迎える。

 

「ごめんね、おとーさん、おかーさん。」

 

「あら?見たことないぬいぐるみを持ってるわね。」

 

「えっ?・・・えと・・・。」

 

早速カバンに入れているチェリーについて指摘された。

 

「ははん、さてはオモチャ屋さんかどこかに寄り道してたな。」

 

だが蛍が言い訳を考える前に、父がそう言ってきたので、蛍もその話題に合わせて誤魔化すことにした。

 

「そっそうなの。ぐうぜんとおりかかったオモチャ屋さんでみかけて、カワイかったから、ついかってきちゃった・・・。」

 

上手く自然と誤魔化せただろうか。

昔から親に嘘をつくのが苦手だと言われてきた蛍は少し不安になる。

 

「その分のお金、来月のお小遣いからちゃんと引きますからね。」

 

だが何とか誤魔化せたようだ。

お小遣いを引かれたことに少しショックを受けるが、この場を無事切り抜けることが出来たのだから良しとしよう。

 

「だっだいじょうぶ。あとでちゃんとおかね、かえすからね。」

 

「よろしい。それじゃあ、今日はお母さんが夕飯を作るから、蛍はお部屋で、明日の準備をしてらっしゃい。」

 

「はーい。」

 

父と母との会話を終えた蛍は、そのまま私室へと戻っていった。

 

 

蛍の部屋は、両親から良く質素だと言われている。

普段から部屋の片付けを心掛けているため、必要以上のものが出ていることがないのだが、そもそも私物が少ないのだ。

勉強机の上にはノートと参考書と筆記用具。

小物入れの中には裁縫道具と、携帯ゲーム機およびゲームソフトが数本。

唯一レパートリーに飛んでいるのは本棚であり、蛍の趣味である料理とお菓子作りに関する本が多く並んでいる。

そんな悪く言えば地味な部屋だが、蛍がピンクを始めとする暖色系の色を好んでいるため、カーテンの色やベッドのシーツは、ピンク色で統一されており、見た目だけなら華やかな部屋でもある。

 

「・・・もう、だいじょうぶかな?

ごめんね。ぬいぐるみのマネさせちゃって。」

 

「気にしてないわ。この世界に妖精はいないのでしょ?

怪しまれないようにぬいぐるみの振りをしなきゃいけないのは、わかってるから。」

 

話を聞きながら、蛍は改めて目の前にいるチェリーを観察する。

外見はピンク色のウサギのぬいぐるみのよう。

大きさは20cm程度。姿形こそ可愛らしいぬいぐるみだが、

それに反して言葉遣いや態度は落ち着いているように見えた。

 

「あの・・・このせかいってことは、チェリーちゃんはホントに、こことはちがうせかいからきたの?」

 

「ええ、私と、あの時一緒にいたキュアブレイズは、こことは違う別の世界から来たのよ。」

 

改めて突き付けられる現実に蛍は言葉を失う。

こことは別の世界とは、まるでSF映画に飛び込んでしまったかのような気分だ。

 

「それじゃあ、あのときたたかった、かいぶつたちも?」

 

「あれは、わからないわ。」

 

「わからない?」

 

「順を追って説明するわ。

私たちの世界のこと、プリキュアのこと、ダークネスのこと、そして今この世界で、何が起ころうとしているのかをね。」

 

「・・・。」

 

その話を聞くのは恐ろしいが、ここまで来て聞かないわけにはいかなかった。

蛍は意を決して、これから話すチェリーの言葉に耳を傾けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェアリーキングダム。それが私たちのいた世界よ。

この世界のように、機械や化学が発達しているわけではないけど、自然豊かで人間と妖精が手を取り共存している、とてもステキな世界だったわ。」

 

妖精と人間が共存しているファンタジーな世界。

それを聞き、蛍は幼少期に読んでいた童話の世界を思い描いた。

 

「そのフェアリーキングダムにはね、プリキュア伝説と呼ばれる伝説が、古くから語り継がれてるの。」

 

「プリキュア伝説?」

 

あの時自分が変身した姿は、伝説上の存在なのだろうか?

蛍がそう考えていると、チェリーは一つ間を置いてから伝説について語り始めた。

 

「黒き闇、空を覆わんと拡がりし時、4つの光、闇を照らすべく大地に降りる。

其の名はプリキュア。汝は世界の希望なり。これがプリキュア伝説の序章よ。」

 

「・・・ふしぎなでんせつ。ひかりなのに、まるでひとみたいな言い方だね。」

 

「そうあなたの言う通り、ここに出てくる光、プリキュアと言うのはね、伝説の戦士、光の使者とも呼ばれ、絶望の闇と戦う光の戦士のことを指しているの。

そして、この伝説で語られている絶望の闇こそがダークネス。

あの時あなたに襲い掛かってきた、悪魔と黒い巨人のことよ」

 

あの恐ろしい悪魔たちを思い出し、蛍は思わず身震いする。

 

「ダークネスはある日突然、私たちの世界へ侵略してきたわ。

やつらがどこから来て、何を望んいるかはわからない。

唯一わかることは、ダークネスの目的が、世界を闇で覆い尽くすということだけよ。」

 

「・・・せかいをやみで覆いつくすって、どうゆうことなの?」

 

「光も音も一切なくなり、そこにいる人々は全員、生きる気力を失う。

何も見えない、何も聞こえない、人はただ、そこにいるだけの『モノ』になる。

そんな世界にすることよ。

その目的のために、やつらは闇の牢獄を生み出して人を閉じ込め、黒の巨人、ソルダークを創り出すの。」

 

ソルダークとはあの怪物のことだろう。

だが1つ初めて聞く単語があった。

 

「やみのろうごく?」

 

首を傾げる蛍に対して、チェリーはやや躊躇うような素振りを見せてから、続きを話した。

 

「人を絶望させる為にダークネスが生み出す、目に見えない空間のことよ。

そこに閉じ込められた人は、一切の五感を失うの。でも五感を失い、自分の姿も声もわからないはずなのに、ずっと頭の中に声が響き続けるの。

絶望へ誘う、自分の声だけが。」

 

「っ!?」

 

その瞬間、蛍の脳裏にあの時の記憶が蘇った。

自分の声で、自分の内だけに秘めていた言葉がずっと繰り返されていくあの記憶。

蛍は頭を押さえ、その場にうつ伏す。

 

「蛍!大丈夫!?」

 

「おもいだした・・・あのとき、わたし・・・。」

 

「・・・うん、蛍は闇の牢獄に囚われていたわ。

闇の牢獄に囚われた人間は、無理やり心の内をさらけ出されて、絶望へと誘われるの。

それが絶望の闇と呼ばれる力に変わる。やつらはその力を使って、ソルダークを創り出すのよ。

そしてソルダークが、絶望の闇をまき散らし、その闇が、牢獄の強度をさらに強くする。

闇の牢獄の強度が強まれば強まるほど、よりたくさんの人たちが囚われていくのよ。

いずれは、世界中の人々を全て閉じ込めた牢獄になる。

でもね、私たちの世界にダークネスが現れて、ソルダークが絶望の闇を撒き散らしていった時、フェアリーキングダムのある人が、プリキュアへと変身したの。」

 

「その人が、キュアブレイズなの?」

 

「ええ。悪いけど、あの人の正体はまだ言えないわ。

でも私たちにフェアリーキングダムの人にとって、とても大切な人とだけ言っておくわ。

キュアブレイズは1人でずっと、フェアリーキングダムを守るためにダークネスと戦い続けたわ。

伝説の通りであれば、プリキュアは全部で4人いるはず。

ダークネスの侵略で、世界がどんどん闇に覆われていく中でも、ずっと残りのプリキュアたちの誕生を願って、戦っていたの。

でも、結局私たちの世界に、キュアブレイズ以外のプリキュアは誕生しなかったわ。

キュアブレイズは、最後の最後まで戦い続けたけど・・・私たちの世界は・・・。」

 

チェリーはその先を言うことが出来なかった。

だが言わなくても、何があったのかはわかってしまった。

フェアリーキングダムは、ダークネスの侵略を受けて、世界中に人々が皆、闇の牢獄に囚われてしまったのだ。

皆、五感を失い生きる気力を失い、そこにいるだけの『モノ』となってしまった。

この世界に逃げ延びて来た、キュアブレイズと、チェリーたち数人の妖精を除いて。

 

「だから私たちは、この世界へ逃げてきたの。

一緒に逃げ延びて来た仲間たちとは、離れ離れになっちゃったけどね。」

 

「・・・。」

 

「そして、とうとうこの世界にもダークネスがやってきたわ。

この世界も、絶望の闇で覆い尽くすために。

でもようやく、2人目のプリキュアも見つけることが出来たの。

それがあなたよ、蛍、いいえキュアシャイン!

だからお願い!キュアブレイズと一緒にダークネスと戦って!

あなた達プリキュアだけが、ダークネスと戦うことが出来る唯一の戦士なの!」

 

チェリーの話を聞き終えた蛍。チェリーの話を疑うつもりは無かった。

彼女の言う通り、伝説の戦士プリキュアだけが、伝説に出てくる黒き闇、ダークネスと戦うことのできる唯一の光なのだろう。

それに、ここへ呼んだ時点でチェリーから戦って欲しいと頼まれることは予想できていた。

だけど、

 

「・・・ごめんなさい。わたし、ダークネスとたたかうことなんてできない・・・。」

 

蛍は、チェリーの頼みを聞くつもりはなかった。

 

「え・・・?」

 

蛍の返答に、チェリーは言葉を失う。

 

「わたし、運動なんて大の苦手だし、それに、いくらちからがあっても、あんなおっかないかいぶつとたたかう勇気なんてないよ・・・。」

 

先ほどのように、どれだけ強い力を持ったとしても、臆病な自分では敵を前にして背を向けて逃げることしか出来ない。

そんな自覚があるから、蛍は戦いを頼まれても断るつもりだった。

 

「でも今、キュアブレイズを助けられるのはあなたしかいないのよ!

キュアブレイズは・・・ずっと1人で戦っているのよ・・・・。

だからお願い、キュアブレイズを助けてあげて!」

 

チェリーはキュアブレイズのことを心から心配しているのだろう。

故郷を失っても尚、ダークネスと戦うキュアブレイズの心境は計り知れない。

それを思えば心が痛むし、何て残酷なことをチェリーに言っているのだろうとも思うが、

蛍は自分の意見を変えるつもりは無かった。

 

「それに、わたしみたいな、なんの取り柄のないひとだってプリキュアになれたんだよ?

そのうち、わたしなんかよりずっとたよりになって、つよいプリキュアがきてくれるって。」

 

「・・・」

 

言葉を失うチェリーの体は震えていた。

 

 

「・・・わたし、いまはじぶんのことだけで手いっぱいだから、だから・・・ごめんなさい・・・。」

 

しばらくの沈黙の後、チェリーが重い口を開ける。

 

「・・・そう、ごめんね。無理なお願いしちゃって・・・。」

 

チェリーは唇を震わせながらそう伝えた。

その口調からは怒り、悲しみ、失意、失望を感じとれる。

それでも蛍を責めるようなことは言わなかった。

そんな彼女の優しさに、蛍も苦しい表情を浮かべる。

 

「・・・あの、キュアブレイズがむかえにくるのは明日なんだよね?

よかったら今日、ここにとまってく?」

 

「ううん、いいわ。まだ見つけられていない仲間たちを探さなきゃいけないし・・・。」

 

せめてものお詫びとして提案するが、断られてしまった。

とはいえ、この状況では、承諾されても重苦しい空気が続くだけだろう。

蛍はほんの少しだけ、断られたことに安堵する。

 

「そっ、そっか・・・。」

 

だが蛍はふと、あることに疑問を抱いた。

 

「・・・ねえ、ひとつだけきいてもいいかな・・・?」

 

「なに?」

 

「チェリーちゃんたちは、いつこっちのせかいにきたの?」

 

「・・・いつだったかしら。暦なんてもう数えてないから、忘れちゃった。

でも、この世界にも、季節はあるのね。」

 

「え?」

 

「私が来て少ししてからかしら?雪が降り始めたのは。

この世界では暖房の設備が充実していたから、何とか冬も乗り越せたけど。」

 

蛍はその言葉に息を飲んだ。

去年、雪が降り始めたのは12月の頭だ。

それより少し前と言うことは、11月頃。

今が4月だから、半年近くもこの世界を放浪していたということになる。

 

「キュアブレイズとあえたのって、今日がはじめて・・・?」

 

「ええ、やっと見つけることが出来た。

後は、はぐれてしまった2人の仲間を見つけるだけ。

もう1人は、キュアブレイズと一緒にいるみたいだからね。」

 

「・・・。」

 

「・・・それじゃあ、私もう行くね。

お話、聞いてくれてありがとう。

それから、戦うつもりがなかったとしても、

自分がプリキュアだってこと、誰にも話しちゃだめよ。

当然、家族にもね。

あなたのまわりの人たちを、危険に巻き込まない為に。」

 

「うん・・・わかった。ありがとう・・・。」

 

こんな状況でも、チェリーは自分と周囲の身を案じてくれた。

 

「・・・じゃあね。蛍。」

 

その言葉を残し、チェリーは窓から飛び去って行った。

チェリーの姿が見えなくなるまで、蛍はその後ろ姿を見送る。

 

「これで・・・よかったんだよね。」

 

戦う意思もなければ勇気もない。そんな蛍が戦いに出たところで、

キュアブレイズの足枷になるだけだ。ちょうど今日みたいに。

チェリーには申し訳ないけど、自分みたいな人間でもプリキュアになれたのだ。

新しいプリキュアが見つかるのも、そんなに時間はかからないだろう。

蛍がでしゃばらなければならない理由など、どこにもない。

 

「いまは・・・あしたからの学校をがんばらなきゃ。」

 

今日、リリンから教えてもらった勇気のおまじない。それを胸に、明日から変わる。

今日の出来事を振り切るかのように、そう強く願い、蛍はカーテンを閉めるのだった。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

日が暮れ、闇夜が世界を包み始めた空に、リリスは姿を現した。

この街にプリキュアがいるのであれば、しばらくはここを拠点とし、プリキュアの討伐も兼ねた方がいいだろう。

キュアブレイズはまだしも、あのキュアシャインという戦士は容易く堕とせそうだ。

同時にリリスは、今日の戦いを振り返る。

ソルダークが突然力を落としたあの現象は、結局何だったのだろうか。

 

「所詮は脆い心から生み出したもの。力も不安定だったということかしら。」

 

蛍といったか。今にも壊れてしまいそうな脆い存在。

あんなものを素材としたから、不安定なソルダークが出来上がってしまった。

少し目をかけたが、あまりアテにすべきではなかったのかもしれない。

だがリリスは全くと言っていいほど失望はしていなかった。

もとい自分にとってはどうでもいいことなのだ。

弱くて脆い人間。

そんな弱い人間から創りだされるソルダーク。

この世界。

そして蛍という少女。

何もかもが全て。

ただ与えられた命に従うだけ。リリスとは、行動隊長とはそういうものだ。

とはいえ、今回のようなトラブルはなるべく避けたい。

単純に作戦遂行の上での効率が悪くなるからだ。

 

「あんな小細工はもうおしまい。少し時間をかけて、より良い素材を探しましょう。」

 

闇夜から地に降りたリリスは、その姿をリリンへと変えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、蛍は自室の鏡の前に立っていた。

新しい制服に袖を通し、黄色のリボンを結ぶ。

鏡の前でおかしなところはないかをチェック。

襟は乱れていない、リボンの結び目もバッチリ。

スカートを翻し、折れていないことを確認。

最後に前髪の両脇に、愛用のヘアピンを留める。

よし。

気合を入れた蛍は、ふと窓の外に目をやった。

昨日の出来事が思い返される。

思い返すと胸が痛むが、今は目の前のことに集中だ。

今日から自分は変わって見せる。

新しい学校で、ちゃんと人と話せるようになって、そして友達を作るんだ。

蛍は胸の前で両手を強く握りしめる。

 

「がんばれ、わたし。」

 

リリンから教わったおまじないの後、学校へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

晴天に恵まれた登校路を、森久保 要(もりくぼ かなめ)は足取り軽くスキップしていた。

身長は160cmをやや上回るくらい。

髪はオレンジ色のセミショートで、活発な印象を与える少女だ。

夢ノ宮中学校の制服に身を包んだ要は、胸に結ばれた黄色のリボンに目をやる。

去年の一年間は、先輩が身に着けていたこのリボンにほのかな憧れを抱いていたものだ。

だが今日から新学年、つまり進級。とうとう自分にも念願の後輩が出来るのだ。

誰しも一度は憧れを抱くだろう、先輩と呼ばれることに!

それが楽しみで仕方なかった。

それともう1つ、要には楽しみがあった。

春休みに入る前から、密かに噂されていたこと。

と、新学期開始に胸を躍らせながらスキップしていると、目の前に見知った後ろ姿を発見した。

 

「ひっなこ~!」

 

スキップの勢いのまま、手にした鞄で盛大に背中をどついたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃっ!」

 

藤田 雛子(ふじた ひなこ)は、後ろを振り返り、要を鋭く睨み付けた。

 

「こらっ要!危ないでしょ!」

 

身長は160cm程、要よりやや低いくらい。

紫がかったストレートな長髪に丸い縁のメガネをかけた、

知的な雰囲気を漂わせる少女だ。

新学期早々、背中を鞄でどつくなどという愚行をやらかしたこの要とは、小学5年生からの付き合いである。

 

「はいはい、そう睨まない睨まない。」

 

まるで悪ぶれた素振りを見せない要に、雛子はわざとらしくため息をついた。

 

「なっそれよりもさ、いよいよ今日やろ?噂の転校生が来るの。」

 

両親が関西出身である要は、時折喋りに方言が混じる。

 

「またその話?言葉通り噂だし、来るとしても私たちのクラスにとは限らないじゃない。」

 

「い~やくるね!ウチの直感がそう告げている!」

 

そんな根も葉も根拠もない直感よりも、針金を使ったダウジングの方がまだ信頼出来そうだ。

 

「いったいどんな子がくるんだろな~。

男子だったら運動得意かな?スポーツで勝負したいな~。」

 

早くも来ること前提で話を進めていく要。

 

「もし女子だったら・・・雛子はどんな子が来ると思う?」

 

「・・・なんで私に聞くのかしら?」

 

一見すると何とでもない会話だが、

要のあからさまに含みを持たせた言い方に雛子は目を吊り上げる。

要もそれ以上は追及しないが、ヘラヘラと笑っていた。

雛子にはわかっている。からかわれているだけなのだ。

ならばムキになった方が相手の思うツボだ。

これ以上相手のペースには飲まれまいと早歩きを始める雛子だが、

要は歩調を合わせて隣を歩く。2人はそのまま、夢ノ宮中学校へと向かうのだった。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

市立夢ノ宮中学校。

創立60年を超える由緒ある中学校だ。

子供の夢を叶える為の学び舎であることを教訓とするこの学校は、授業のレベルが一般的な中学校の平均よりも高めになっており、中間及び期末試験の他、学力を図るための小試験も定期的に行われている。

また、図書館に並ぶ参考書の質、量は目を見張るものがあり、様々な分野に関する参考書が並んでいるのだ。

自習という形式ではあるが、早い段階で専門的な勉強も可能である。

だがあくまでも市立であるこの中学校は、私立とは違って受験制度はない。

学校付近の街に住む子供たちであれば、小学校を卒業したらそのまま入学することになるのだ。

つまるところ、勉強が苦手で大嫌いな子どもたちからすれば、レベルの高い勉強を、望んでもないのに強要されるわけだ。

要もその1人であり、それだけが中学生活における唯一の不満点であった。

去年の1年間を思い出すだけでも鳥肌ものである。

という話を以前雛子にしたところ、

 

普段から勉強サボってる方が悪い

 

という温もりの欠片もない言葉を浴びせられたものだ。

全く、グチに対して本音のツッコミを入れるとは、酷い悪友である。

 

登校した2人は新しい教室、2年1組へと足を運んだ。

席は左端、最後尾の一つ前で、要と雛子は隣同士だった。

実は去年のクラスも場所こそ違えど隣同士だった。

ついでにいうと一昨年の小学校の時も。腐れ縁もいいところである。

 

「よっ、森久保。また同じクラスみたいだな。」

 

「要ちゃんおはよう。また一緒だね。」

 

「おーう、健太郎、かな子。」

 

早速見知った生徒たちが、要に声をかける。

要は男女問わず友人が多く、雛子にもそれは要の数少ない長所だと言われたことがある。

数少ないは余計だ。

 

「ヤッホー、要、雛子。」

 

「要、雛子。おひさしぶり。」

 

「おっ真に愛子。な~んや、自分らも腐れ縁か?」

 

「おはよ。真、愛子。」

 

柳原 真(やなぎはら まこと)。

身長は要と同じくらい。

茶髪のショートカットで、ボーイッシュな印象を与える少女だ。要とはスポーツ仲間である。

 

宮内 愛子(みやうち あいこ)。

身長は150cm後半。

カールがかった金髪の少女で、一見するとおっとりとしたお嬢様のような雰囲気を漂わせるが、実は大の漫画好きである。

2人とも、小学校の頃からの付き合いである。

 

「2人とも聞いてよ。何人かの生徒がさ。

先生と一緒に教務室へ行く子を見かけたんだって。」

 

早速真が例の噂話について、新着情報を仕入れて来た。

 

「おっその子、噂の転校生に間違いないな!男の子?女の子?」

 

真の話に食いつく要。

愛子もそんな2人の間に割って入り、転校生について妄想し始める。

 

「楽しみよね。今度はどんな子が来るのかしら。

イケメン?美少女?やっぱり転校生ってだけで、なんか期待しちゃうよね。

漫画では大体、ハイスペックの持ち主で・・・。」

 

「こら、皆して勝手な期待を押し付けないの。」

 

盛り上がる要たちを雛子が注意する。

確かに、まだ見ぬ転校生に対して余計な希望を抱くのは、少しデリカシーに欠けていたかもしれない。

要たちがそう反省していると、

 

「皆、席につけ。」

 

担任の教師である長谷川 勇人(はせがわ ゆうと)が教室へと入ってきた。

身長は170付近。年齢は20代後半。

まだ若いが、生徒たちの進路相談に最も親身になってくれる教師と評判だ。

ちなみにメガネをかけた中々のイケメンであり、女子生徒の間では密かにファンクラブが作られているほどだ。

さらに余談だが、そのファンクラブの中でも、メガネをかけたインテリ風イケメン派と、メガネを外したナチュラル風イケメン派とで派閥が別れているとかいないとか。

とにかく女子に大人気の先生である。

 

「さて、春休み前に少し噂されていたかと思うが、今日からこのクラスに転校生がくるぞ。」

 

「おー!ほら雛子。ウチの言う通りやろ?」

 

「要、騒がないの。」

 

直感が的中し、はしゃぐ要を雛子が諫める。

 

「さっ、入っておいで。」

 

長谷川先生の合図と共に、転校生が教室へと足を踏み入れた。

どんな生徒が入ってくるのかと、要は身を乗り出したが、

 

「・・・はい?」

 

緊張のあまり表情と体をガチガチに固めた、

小学生とおぼしき少女を目にし、要は思わず固まってしまった。

 



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第2話・Bパート

要は黒板の前に立つ少女を見る。

身長は130cm程か。自分と比較すれば30cm近い身長さがありそうだ。

小柄のあまり、通う学校を間違えてないかと一瞬思ったが、着ている制服は明らかにこの学校のものであり、身に着けている黄色のリボンが同学年であることを裏付けている。

そんな見た目小学生と見紛う少女が、表情も体もガチガチに固めた状態で、一歩ずつ教卓へと向かっている。

相当緊張しているのだろうその姿に要は、大物モノマネ芸能人のロボットネタを思い出した程だ。

そしてようやく教卓までたどり着いた転校生。

だが正面を向いて固まったまま、何も動こうとしなかった。

 

「・・・それじゃあ、黒板に名前を書いて。」

 

見かねた長谷川先生が転校生に声をかける。

 

「ひゃあっはい!!」

 

半ば叫びに近い声を上げる転校生。

チョークを手に取り、黒板に名前を書こうとするが、立ったままでは位置が低いと思ったのか、うんっと背伸びをして名前を書き始めた。

そんな姿に要は今一度、目の前の転校生が本当に同学年であるかを疑う。

 

「い、ちのせ・・・。」

 

「ほたる、って読むのよ。」

 

「へえ、蛍って漢字でああ書くんだ。」

 

「そうよ。・・・可愛い子じゃない。」

 

予想通りの言葉を、これまた予想通り頬を綻ばせた表情で呟く雛子。

 

「そーですね。」

 

要はそんな雛子にカタコトで返事をする。

雛子がこちらを睨み付けてくるが、その視線を無視し転校生の方を向いた。

すると、名前を書き終えた転校生が、こちらの方を向き直った。

 

「じゃあ、自己紹介を。」

 

「・・・あっ・・・あの・・・。」

 

歯切れが悪く、今にも消え入りそうな声で呟き始める転校生。

 

「・・・その・・・えと・・・。」

 

だが一向に自己紹介が始まらず、

両手を顔の前で、もじもじさせながら若干涙ぐみ始めた。

クラスメートたちも、不安げなその姿に心配を覚えるが、その転校生は突然、両手を胸の前で握り祈るような姿勢を取る。

 

「がっ、がんばれ、わたし・・・。」

 

そしてかろうじて聞こえる程度の小さな声で自分を鼓舞し、

 

「・・・ひゃひめばっ!!!」

 

裏返った大声で盛大に噛むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

蛍は恥ずかしさのあまり、すぐこの場を立ち去りたくなった。

緊張で頭の中が真っ白になりかけていた中、ようやく勇気を出して始めた自己紹介で盛大に噛んでしまったのだ。

直後、クラスから笑い声が漏れ始め、顔を見られたくなかった蛍はその場に屈みこんでしまい、結局自己紹介をやり直すのに2分近くかかったのだ。

先生に案内され、最後尾の席に着いた蛍は、その場ですぐに顔を伏せたくなったが、かろうじてそれを堪える。

最悪なスタートとなってしまったが、ここでクラスメートから顔を背けては意味がない。

何が何でも今日から変わるんだという蛍の意思が、逃げたくなる思いを踏み止まらせた。

 

「一之瀬 蛍、だっけ?」

 

目の前に座るクラスメートから声がかかる。

 

「ウチは森久保 要。よろしくな。」

 

「私は藤田 雛子。よろしくね、蛍ちゃん。」

 

隣に座る子からも声がかかる。

 

「・・・もり・・・くぼさんと、ふじた・・・さん。」

 

「そんな苗字でなんて呼ばないでさ、要でいいよ。」

 

「私も、雛子でいいわ。」

 

「えと・・・かな・・・。」

 

だが蛍はそのまま黙り込んでしまった。

 

(はじめてあったばかりだし、いきなりなまえでよんだら、しつれいだよね・・・。)

 

良いと言われているにも関わらず、思考が後ろ向きに働いてしまう。

だがこれまで友達のいなかった蛍にとって、クラスメートを名前で呼ぶのはハードルが高すぎた。

 

「・・・ごめんなさい。

急に名前で呼んでいいだなんて、馴れ馴れしいわよね。」

 

「え・・・?」

 

「私たちも、一之瀬さんって呼ぶことにするから。」

 

雛子の気遣いに胸が痛む。

そんなことはない。

馴れ馴れしいだなんて思っていないし、むしろ積極的に話しかけてくれたことが嬉しかった。

本当は2人のことを名前で呼び、名前で呼ばれたい。

そして友達になりたいのだ。

蛍は勇気を出してそのことを伝えようとするが、

 

「あの・・・ちがっ、」

 

「皆、そろそろ始業式の時間だ。急いで体育館へ移動しろ。」

 

担任の長谷川先生から移動の声がかかってしまう。

 

「それじゃ、ウチらも移動しよっか。」

 

「一之瀬さん。体育館まで案内するね。」

 

「あ・・・。」

 

結局自分の本心を伝えられないまま、体育館へ向かうことになった。

始業式の間、蛍はずっと午前中の自分の行動を悔やみ続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

始業式を終え、新しい教科書がクラス全員に配布されてから、学校の終わりを告げるチャイムが鳴リ響いた。

時刻は午後の12時だが、今日は授業がない為、このまま下校の時間となる。

本格的に学校が始まるのは明日からだ。

 

「よ~し、今日は部活も休みだし。ほた、一之瀬。帰り道はどっち方面?」

 

「え・・?」

 

「途中まででもいいから、良かったら一緒に帰らん?」

 

突然の誘いに戸惑う蛍。

だがクラスメートと一緒に登下校したいと言うのは、蛍が学校生活において望んでいたことの1つだ。

 

「・・・一之瀬ちゃんさえ迷惑でなければ、どうかな?」

 

雛子も蛍に声をかけてくれた。

2人とも初対面である自分にも優しく接してくれる。

そんな2人の気持ちに応えたいと思う蛍だったが、

 

「えと・・・わたし・・・、」

 

返事をしようとした矢先、脳裏に過去の記憶が蘇った。

 

 

小学生の頃、何人かのクラスメートが一緒に帰ろうとしていた時、蛍にも声がかかったのだ。

皆の輪に加わりたかった蛍は、その声を受けたが、帰り道、話を振られても返事をすることが出来ず、かと言って自分から話題を振ることも出来なかったので、誰とも言葉を交わすことなく家に着いてしまった。

そしてあの日以来、一緒に帰ろうと誘われることがなくなってしまった。

 

 

そのことを思い出した途端、蛍は急に怖くなった。

2人と満足に会話出来ていない今の状況では、同じことを繰り返してしまうのは目に見えている。

そうなればあの時みたいに、2人から一緒に帰ろうと誘われなくなってしまうかもしれない。

もしかしたら、つまらないやつだと思われて、話しかけてすら来なくなるかもしれない。

悪い考えばかりが頭を巡り、蛍の不安を圧迫していく。

考えたくもない最悪のシナリオばかりが、頭の中を回り始めた蛍は突然立ち上がり、

 

「あっ、蛍ちゃん!」

 

鞄を取り、急いで教室から出ていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

蛍は校舎の陰に隠れ、膝を抱えてその場に座り込んでいた。

 

「せっかく・・・はなしかけてきてくれたのに・・・

いっしょにかえろうって、いってくれたのに・・・。」

 

2人の声を最悪の形で無視してしまった。

それだけでなく、あんなに優しくしてくれたのに、心の中で酷いことを思ってしまった。

 

「どうして・・・いつも・・・。」

 

今日から変わる。

そう決意したはずなのに結局いつもと同じだ。

後ろ向きな考えを勝手に抱いて、それに勝手に押し潰されてしまう。

そして、最後にはこうやって逃げ出すのだ。

 

「ひっく・・・うぅ・・・。」

 

リリンのおまじないがあっても、勇気を出すことが出来なかった。

意気消沈した蛍は、その場で声を殺しながら泣き続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

夢ノ宮市商店街。

街中に、午後12時を知らせるベルが鳴り響いた。

それを聞いたチェリーは、仲間たちの捜索を一旦止め、休むことにした。

人目の付かない路地の陰に身を潜ませ、飛んでる状態から地に降りる。

 

「やっぱり上手くは見つからないか。」

 

微かだが、妖精の気配を感じ取れるが、正確な位置や方角まではわからない。

この市のどこかにいるという事実だけを頼りに、しらみつぶしに行くしかない。

だが今のチェリーはそれとは別に気がかりなことがあり、仲間探しに集中することが出来なかった。

 

「蛍に・・・悪いことしちゃったな。」

 

考えてみれば、とても自分勝手な願い事だ。

自分には戦う力がないからと、戦う役割を蛍に押し付けようとしたのだから。

しかも相手は『自分よりも幼い』小さな女の子。

いくらプリキュアの力を持つとはいえ、子供に対してあんな恐ろしいバケモノと戦えだなんて、怖いに決まっている。

それに自分は知っていたはずだ。

 

「蛍は、闇の牢獄に囚われて、物凄く怖い思いをしたんだよね・・・。」

 

闇の牢獄は、チェリーも一度体験したことがある。

頭の中に、自分の声で自分を呪う言葉が延々と繰り返される。

あの時はキュアブレイズがすぐに助けてくれたから、五感を失うまでには至らなかったが、蛍は完全に闇の牢獄に囚われ、ソルダークを生み出しているのだ。

その時の彼女の恐怖は、自分では想像することも出来ない。

そんな怖い思いをした直後に、ソルダークと戦えなんて言ったのだ。

思い出せば出すほど、蛍の心境を全く考えていなかった自分に腹を立てる。

 

「蛍に、ちゃんと謝らなきゃ。」

 

だがその一方で、蛍には一緒に戦って欲しいと思う自分もいるのだ。

故郷を失い、この世界に逃げ、暦を忘れるほどに彷徨い続けて、ようやく見つけた2人目のプリキュア。

ずっと1人で戦い続けてきたキュアブレイズの為にも、蛍には一緒に戦って欲しい。

蛍の家の場所はちゃんと覚えている。今からでも向かって謝ろう。

そして、もう一度だけ、ちゃんと蛍にお願いしよう。

答えは今すぐ出てこなくてもいいから、いつか戦う決意が出来た時に、キュアブレイズを助けてほしいと、ありのままの本心を蛍に打ち明けるのだ。

そう決意したチェリーは、一旦仲間の捜査を打ち切り、蛍の家へと向かおうとするが、

 

「っ!?闇の力!?」

 

突然、闇の力の気配を感じ取った。

 

「うわあああああああっ!!」

 

近くで男性の叫び声が響く。

そして、

 

「ダークネスが行動隊長、リリスの名に置いて命ずる。

ソルダークよ。世界を闇に染め上げろ。」

 

空を飛ぶリリスの姿が、はっきりと目に移った。それに続いてソルダークが姿を現す。

 

「ダークネス・・・。」

 

キュアブレイズはまだ来ていないのか。

彼女が来るまで、ここで身を潜めておこうとするが、

 

「・・・蛍に戦うことを強要したのに、自分は逃げるつもりなの・・・?」

 

そんな不公平なことが許されるはずがない。

蛍に、一緒に戦ってほしいと望むなら、まずは自分が同じ土台に立たなければならない。

安全なところに隠れているだけの身の上で、蛍には危険を冒して戦えだなんて、何様のつもりだ。

 

「私が・・・ソルダークと戦うんだ!ダークネス!」

 

決心したチェリーは、リリスの前に姿を見せる。

 

「・・・キュアブレイズと一緒にいた妖精。」

 

だがリリスと、そしてソルダークの姿を前にしてチェリーは恐怖で足が竦んだ。体中が震え、声が詰まる。

思えばダークネスとこうして真正面から向き合うなど、今までなかったことだ。

これまでどれだけ、キュアブレイズのことを後ろ盾にしてきたかがわかる。

それと同時に、この恐怖を蛍に押し付けていたことを思い知る。

 

(私は、こんな怖いことをあの子に押し付けようとしたんだ・・・。)

 

だがもう、逃げ隠れするわけにはいかない。

蛍に一緒に戦ってほしいから、自分から同じ土台に立つんだ。

 

「こっこれ以上、この世界で好き勝手はさせない!」

 

勇気を振り絞ってソルダークへと立ち向かうチェリー。

 

「ふん、力のない妖精が。」

 

そんなチェリーに、ソルダークの巨大な拳が容赦なく降り降ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

校舎裏で泣いていた蛍は、突然、体中に電流が走るような感覚に見舞われた。

 

「・・・なに、いまの?」

 

一瞬の衝撃が過ぎ去った後、今度は炎天下の中から、冷房に効いた部屋に移動したかのような感覚に陥る、だが感じるのは寒気ではなく、怖気だ。

全身の肌がザワつく。直感的に良くないことが起きているというのがわかる。

そんなおぞましいものに、蛍は覚えがあった。

 

「まさか・・・ダークネス?」

 

またあの、悪魔と巨人が現れたのだろうが。

すると今度は、ひと際大きい気配を感じた。

気配のする方に目をやると、空が徐々に黒く染まってきている。

間違いない、ダークネスが再び姿を現したのだ。

そしてダークネスが現れたということは、誰かが闇の牢獄に囚われてしまったのだろう。

 

「でも・・・わたしは、たたかうことなんてできない・・・。

それにキュアブレイズだっているんだし、

わたしなんかが、でていかなくてもいいよね・・・。」

 

どうせ出て行ったところで、精々逃げ回ることしか出来ないのだ。

だがキュアブレイズならば、ソルダークが現れても颯爽と倒してしまうだろう。

わざわざ怖いのを我慢してまで、自分が戦いに赴く必要なんてない。

 

「・・・ほんとうにそれでいいのかな・・・?」

 

今この瞬間にも、闇の牢獄の中で自分自身の声に苦しむ人がいる。

その恐ろしさを、蛍は身をもって実感している。

そんな人たちを、このまま見捨ててしまっていいのだろうか。

それにキュアブレイズを頼ると言うことは、自分の代わりにこの世界を守る戦いを強要することになる。

故郷を失ったキュアブレイズに、この世界の命運まで背負わせる。

それはキュアブレイズの身を案じ、一緒に戦ってほしいと願うチェリーの思いを、さらに踏みにじることにもなるのだ。

 

「・・・わたしは・・・どうしたらいいんだろ・・・。」

 

それでも、臆病な蛍は、戦う覚悟を持つことが出来なかった。

 

 

戦わなくったっていいよ。

 

 

すると、頭の中に声が聞こえた。

この前のと同じ、自分の声が。

 

 

いつもみたいに逃げちゃえばいいよ。

そうすれば、何も怖いなんてしないで済むのだから。

 

 

だがその声は、今の蛍には気味の悪いくらい心地よかった。

 

(うん・・・わたし、にげてもいいんだよね・・・。)

 

全部、キュアブレイズに任せてしまえばいいんだよ。

わたしなんかが無理して戦う必要なんてない。

 

 

(そう・・・だよね・・・。わたしが、がんばるひつようなんて・・・。)

 

 

頑張る必要なんて、どこにもないよ。

 

 

闇の牢獄の囁きに、蛍が身を委ねようとしたその時、

 

ほたる、がんばってね。

 

(え・・・?リリンちゃん?)

 

リリンの声が、聞こえた気がした。

彼女のおまじないを思い出し、蛍は自分の胸に手を当てる。

 

あなたに足りないものは、ほんのちょっとの勇気。

一歩踏み出すための、小さな勇気。

 

リリンの声が思い出し、頭の中で反復する。

手を当てた胸が、昨日のように彼女の優しさで満ちていく。

 

(リリンちゃん・・・わたし・・・。)

 

そして蛍は、改めて自分に問う。本当は、どうしたいか。

 

(わたしは・・・ほんとうは・・・。)

 

「たすけたい・・・ダークネスにおそわれた人たちを、

ひとりでたたかいつづけるキュアブレイズを、

そして、チェリーちゃんを・・・。

でも・・・こわい・・・。」

 

だけどその恐怖は、今までと一緒なだけ。

あと一歩踏み出す、ほんの小さな勇気が足りていないだけだ。

そして昨日、その一歩を踏み出すことが出来たはず。

蛍はプリキュアへ覚醒した時のことを、頑張って思い出し始める。

 

「リリンちゃん・・・。おねがい・・・。わたしに勇気を・・・かして。」

 

本当にしたいことは確認できた。

後は一歩、踏み出すだけの勇気を思い出すだけ。

 

 

戦いに行って何になるの?

どうせまた逃げ回るのでしょ?

キュアブレイズの迷惑になるだけだよ?

わたしが無理して戦う必要なんてないんだよ?

 

 

頭の中に繰り返される声。でも、もう決めたのだ。蛍は胸の前で両手を握る。

 

「がんばれ!わたし!」

 

リリンのおまじないを胸に、ほんの少しの勇気を出して、蛍は一歩踏み出した。

その時、蛍の胸元から光が放たれた。

光の中から現れたのは、昨日と同じパクト。

蛍はパクトを両手に取る。

だけど今度は無意識の内に、流されるのではない。

自分の意思で、大きくその言葉を唱える。

 

「プリキュア!ホープ・イン・マイハート!」

 

光に包まれた蛍は、キュアシャインへと変身を遂げたのだ。

 

「世界を照らす、希望の光!キュアシャイン!」

 

 

 

 

 

 

 

 

キュアブレイズは陰ながら、そんな蛍の姿を見つめていた。

彼女がキュアシャインに変わるのを見て、ある疑問が脳裏をよぎる。

 

(昨日ダークネスに襲われた子が、キュアシャインだったなんて。

ということはあの子、自力で闇の牢獄から脱出したということ?)

 

変身したキュアシャインは、そのままソルダークの気配がするところへと飛び立った。

キュアブレイズは気づかれないように、彼女の後を追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ソルダークの気配を追った蛍は、ついにその姿を捉えた。

ソルダークの肩には、昨日見た悪魔の姿もある。

悪魔はまだこちらの気配には気づいていない。

今ならまだ引き返せるという考えが一瞬よぎるが、蛍はそれを振り払うように大声をあげた。

 

「ダッダークネス!!」

 

悪魔が声に気づき、こちらを振り返る。

 

「キュアシャインか。」

 

悪魔はまるで血のような赤い眼で睨み付けてくる。

一瞬それに怯む蛍だが、その眼を真っ直ぐに捉える。

 

「こっこれいじょう、すきかってはさせ、」

 

だが蛍の言葉を待たずに、悪魔はこちらへ飛び掛かってきた。

 

「えっ?」

 

鋭利に尖った爪が正面から襲い来る。蛍は反射的にそれを腕で防御した。

悪魔の爪が腕に深々と突き刺さるかと思ったが、蛍の腕は、まるで鉄板のようにその爪を跳ね除けた。

両手は傷一つついていない。少し痛みがあるくらいだ。

だが跳ね除けられた悪魔の爪も、折れることなく鋭利な原型を留めたままだった。

常識が一切通用しない世界を前に、蛍は尻込みそうになる自分を必死に奮い立たせる。

 

「ふん。」

 

悪魔は体を捻り、勢いよく尾を蛍へとぶつけた。

 

「うっ」

 

想像以上の衝撃を受け、蛍は態勢を崩してしまう。

だが悪魔は追撃の手を緩めず、両手で交差するように爪を払った。

 

「きゃあああっ!」

 

突き立てられた爪が体を這う。その衝撃と痛みが蛍を襲う。

体に傷はつかず、ドレスが裂かれることもなかったが、痛覚までは消せなかった。

痛みを前に蛍は涙ぐむ。

今すぐにでも逃げ出したいが、弱気になる自分を必死に堪える。

このまま攻撃を受け続けるわけにもいかない。

こちらからも反撃をしなければ。

 

「たあああっ!」

 

蛍は勢いめがけて拳を悪魔へと振る。

 

「素人が。」

 

だが悪魔は僅かな動きでそれを回避し、逆に勢い余った蛍は自らバランスを崩してしまった。

隙だらけになった蛍に、悪魔は再び尾を払う。

直撃を受けた蛍はコンクリートの上に叩き付けられ、さらにソルダークが追撃を拳を繰り出した。

 

「きゃあああっ!」

 

ソルダークの一撃を受け、何十メートルも先へと飛ばされる蛍。

地に叩き付けらると同時にコンクリートを転がり、衝撃と摩擦熱が体に襲い掛かる。

さすがのこの体にも擦り傷が出来始めた。

 

「いたっ・・・。」

 

実力の差は歴然だった。

どれだけ強い力を手に入れたとしても、蛍はケンカ一つ満足にしたことがない。

それでも戦うと決めたのだ。蛍は痛みを堪えて立ち上がる。

 

「あれ・・・?」

 

だが蛍の視線をあるものが横切った。

そちらに目を向けると、酷く傷んでいるぬいぐるみようなものが地に転がっている。

 

「っ!?チェリーちゃん!!」

 

蛍は悪魔たちから視線を外し、チェリーの元へと駆け寄った。

その小さい体を抱き、必死に呼びかける。

 

「チェリーちゃん!チェリーちゃん!しっかりして!!」

 

蛍の呼び声が聞こえたのか、チェリーはうめき声をあげながら、僅かに目を開く。

ひとまず、息はあるようだ。

だが妖精の生態を知らない蛍でも、一見してわかるほどの大怪我だ。

 

「ほた・・・キュアシャイン・・・なんで・・・?」

 

「それはこっちのセリフだよ!どうして・・・なんでこんなことに!!?」

 

だがチェリーの返事を待たず、ソルダークが襲い掛かってくる。

迫りくる巨人の拳を、蛍は避けながら、それでも必死でチェリーを落とすまいと両手に力を込めた。

 

「ごめんね・・・あなただって・・・怖かったはずなのに・・・、戦えだなんて・・・。

でも私・・・やっぱりあなたに・・・キュアブレイズを・・・助けて欲しかったから・・・。

だから・・・私も・・・逃げていないで・・・戦おうって・・・。」

 

蛍はその言葉に息を飲む。

チェリーは自分に戦えと言ったことを後悔している。

だけど、チェリーはただキュアブレイズが心配なだけだったはずだ。

故郷を失っても尚、1人で戦い続けるキュアブレイズを思って、蛍に戦ってほしいと言ったのだ。

 

「でも結局・・・なにもできなくて・・・

あなたにどれだけ怖いことを・・・押し付けたのかを知っただけで・・・

ごめんなさい・・・。」

 

違う。悪いのは全て自分だ。臆病で逃げてばかりで、チェリーの思いを踏みにじって、自分の本当の思いさえ見失っていた。

そのせいでチェリーを必要以上に追い詰めた挙句、身も心も傷つけてしまったのだ。

 

(わたしのバカ・・・。

どうしてさいしょから・・・たたかうっていえなかったのよ・・・。)

 

蛍は自分に対する怒りで体を震わせる。

全ては、自分の臆病な心が招いてしまった結果だ。

だからこそ蛍は、この場で決意する。

もう、絶対に逃げ出したりしないと。

執拗に続くソルダークの攻撃を躱し続けた蛍は、チェリーを一度避難させるべく、大きく距離を開けるように跳躍した。

 

「チェリーちゃん、すこしだけここでまってて。」

 

「キュアシャイン・・・。」

 

チェリーを物陰に置いた蛍は、すぐさま戦いに復帰する。

 

「わたしはもう、にげたりなんかしない!はああっ!」

 

果敢にソルダークへと立ち向かう蛍。だが、

 

「ソルダーク」

 

悪魔の呼びかけと共に、ソルダークの周辺に無数の黒い矢が生成される。

 

「え?」

 

生成された黒い矢は蛍へと一斉に飛び掛かり、巨大な爆発を引き起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「キュアシャイン・・・。」

 

チェリーは傷ついた体を上げ、爆発のした方を見ようとする。

 

「チェリー。」

 

そんなチェリーの元に、キュアブレイズが姿を見せた。

 

「キュアブレイズ・・・。」

 

「あなた、その傷は・・・。」

 

キュアブレイズが心配そうに、自分の体を抱き上げた。

そんな彼女の様子に少し安堵するチェリーだが、すぐに蛍のことを思い出す。

 

「私のことより・・・キュアシャインが・・・。」

 

爆発が収まり、巻き上がった粉塵が晴れると、そこには、力なく横渡るキュアシャインの姿が映った。

その姿を見たチェリー表情が、悲痛に歪む。

 

「キュアブレイズ・・・お願い・・・キュアシャインを助けて・・・。」

 

チェリーはキュアブレイズに懇願するが、キュアブレイズは涼しい顔のまま、この場を動こうとしなかった。

 

「キュアブレイズ。」

 

「あの子の覚悟と力、今のうちに見定めておく必要があるから。」

 

「え・・・?」

 

すると横渡るキュアシャインの体が、僅かに動き出したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

粉塵が収まり、視界が鮮明になったところでリリスはキュアシャインの姿を見つけた。

全身に無数の切り傷を作り、虫の息で横たわっている

何て弱い戦士なのだろうか。

ソルダーク一体とすらまともに向き合えないなんて。

 

「脆いわね。キュアシャイン。もういいわ、これで堕としてあげる。」

 

ソルダークにトドメを刺すのを指示しようした矢先、キュアシャインの体が僅かに動いた。

キュアシャインは力を振り絞り、その場から立ち上がる。

 

「・・・きめ・・・たんだ・・・。」

 

だが弱々しいその動きと声色が、戦う力が残されていないことを証明している。

瀕死の状態で抵抗されても何ら問題はないが、これ以上は時間の無駄だ。

 

「ソルダーク。」

 

リリスの呼びかけと共に、ソルダークはその拳をキュアシャインに振り下ろした。

だがその拳を、キュアシャインは両手で受け止めた。

 

「なに?」

 

「たすけるって・・・きめたんだ・・・

ダークネスにおそわれたひとを・・・

ひとりでたたかいつづけるキュアブレイズを・・・

そして・・・チェリーちゃんを、たすけるって・・・。」

 

キュアシャインの体が徐々に強い光を帯びていく。

 

「わたしは!きめたんだああああああああっ!!!」

 

キュアシャインは雄叫びと共に、全身から凄まじい光の力を解放した。

 

「なに!?」

 

「はあああああああっ!!!たああっ!!!」

 

ソルダークの拳にキュアシャインの拳が叩き込まれる。

直後、ソルダークの巨体が遥か後方へ吹き飛ばされた。

 

「ちっ!」

 

突然のパワーアップに戸惑うも、所詮は瀕死の相手。

こうなったら直々にトドメを刺してやる。

リリスはキュアシャインへ向けて飛び上がり、引っ掻くように腕を払った。

だがキュアシャインはそれを難なく片手で跳ね除けた。

 

「なにっ・・・。」

 

直後キュアシャインは、腕を大きく振りかぶり、振り下ろしてきた。

これまでのように隙だらけな動き。

だが、

 

(速い・・・)

 

リリスは反射的に爪を突き立てて応戦する。

だがキュアシャインの拳は、突き立てられたリリスの爪を粉々に砕いた。

言葉を失うリリスだが、同時に溢れ出る力の奔流に巻き込まれ、そのまま後方へと吹き飛ばされた。

 

「なに・・・なんなのよ!その力は!」

 

だがリリスは、眼前に力を集中させるキュアシャインの姿を捉えた。

 

「ひかりよ、あつまれ!シャインロッド!!」

 

キュアシャインの呼びかけと共に、虚空からは小さな杖が現れる。

キュアシャインがその杖を正面に構えた瞬間、膨大な光の力が集約され始めた。

リリスは直感で危機を感じ取る。

あれを放たれる前に倒さなければならない。

 

「ソルダーク!!」

 

リリスの呼びかけと共に立ち上がったソルダークは、

持てる全ての力を凝縮させ、巨大な矢を生み出しキュアシャインへと放った。

 

「プリキュア!シャイニング・エクスプロージョン!!」

 

だがキュアシャインも集約させた光を一気に解放した。

解放された光は、巨大な光線となってソルダークへと放たれる。

光線は、ソルダークが全力で作りだした闇の矢を容易く消し飛ばし、全長10m以上はあろうソルダークさえも、容易く飲み込んでいった。

 

「っ!?」

 

迫りくる光線はリリスの真横を掠めたが、その衝撃で大きく吹き飛ばされる。

 

「ガアアアアアアアアッ!!!」

 

そして光に飲み込まれたソルダークは、断末魔をあげながら消滅していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ・・・はあっ・・・。」

 

急激に力が抜けた蛍は、シャインロッドを落とし、その場に膝をついた。

無我夢中だったので、何が起きたのか覚えていないが、ソルダークの気配が去っていることから、どうやら無事に撃退できたようだ。

安堵した蛍だが、直後に闇の力の気配を感じると同時に、悪魔が目の前に姿を現した。

 

(そんな・・・。もう力はのこってないのに・・・。)

 

だが感じ取れたその力も、とても弱々しかった。

そして今も、その力は失われ続けているようだ。

 

「・・・キュアシャインと言ったわね・・・。」

 

突然悪魔が自分の名を訪ねてくる。

 

「え・・・?」

 

「あたしは、ダークネスが行動隊長、リリス・・・。

覚えておきなさい・・・。いつか必ず・・・・。」

 

それだけを言い残し、悪魔は姿を消した。

 

「おわった・・・。」

 

悪魔の姿が見えなくなったのを確認した蛍は、改めて安堵する。

今頃体が震え出した。

腰が抜けてしばらくは立てそうにないかもしれないが、蛍には、まだやるべきことがあった。

 

「キュアシャイン・・・。」

 

すると物陰に避難していたチェリーが、キュアブレイズに抱えられた姿を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いの顛末を全て見ていたチェリーは、驚愕を隠せなかった。

突然キュアシャインが強大な光の力を発現し、ソルダークを一撃で浄化してしまったのだ。

あれほど強大な光の力は、今まで見たことがない。

ひょっとしたらキュアブレイズよりも・・・。

 

「チェリーちゃん。ケガはだいじょうぶ?」

 

「うん。・・・あの、キュアシャイン、」

 

チェリーが話しかけようとするが、キュアシャインは辺りを見回し始めた。

何をしているのかを聞くより早く、キュアシャインが目的の人物を見つける。

 

「いたっ。」

 

キュアシャインが駆け付けた先には、壁に背をかけ、項垂れている青年の姿があった。

僅かに感じられる闇の牢獄の気配。

先ほどのソルダークを生み出した青年だろう。

 

「あっあの、だいじょうぶですか?」

 

キュアシャインが青年に声をかける。

 

「・・・俺は一体・・・。」

 

「・・・ずっと、ここでうなだれていました。

あの、きぶんはわるくないですか?」

 

「・・・。」

 

しばしの沈黙の後、青年が口を開いた。

 

「・・・怖い夢を見ていたようだ。

何も見えない暗闇の中で、自分の声だけが聞こえて、

ずっと、後悔の言葉だけが繰り返されて、それ以外は何も聞こえなくて・・・

ちょっと、イヤなことがあった後だったから、疲れていたのかもな・・・。」

 

キュアシャインは青年の独白を静かに聞き続ける。

 

「でも、あの程度のことで、あんな悪夢を見てしまうなんてな。

一度イヤなことがあったくらいで、なんで自分だけが、なんて偉そうに落ち込んじゃってさ。」

 

「・・・がんばれ、わたし・・・。」

 

「本当に、自分のどうしようもなさにウンザリするよ・・・。」

 

「だっだれだって!じぶんのこと、いやになることがありますよ!」

 

「えっ?」

 

「自分がいやで、どうしようもなくて、

大きらいにおもうこと、なんどもあります!

だから・・・あなたはなにも・・・わるくない・・・。

・・・わたしだって・・・なんども・・・

だから・・・だから・・・

・・・おちこんだって、いいとおもいます。

いやなことがあったら、たくさん泣いて、たくさんおちこんで、

そして・・・また次、がんばれば、いいんです・・・」

 

涙を流しながら、必死で青年を励ますキュアシャイン。

そんな彼女の言葉を受けた青年は、その場から立ち上がり、

 

「・・・ありがとう。」

 

キュアシャインにお礼の言葉を述べた。

お礼を言われたキュアシャインは、涙を拭いながら顔を上げる。

 

「君のおかげで、少しスッキリしたよ。

見ず知らずの女の子に励まされるなんて、男としてカッコつかないけどさ。」

 

「えと・・・ごめん・・・なさい・・・。」

 

「はははっ冗談だよ。・・・君の言う通りだ。

もう一度、いや、もう何度だって頑張ってみるよ。」

 

「・・・はい。」

 

青年はそう言い残し、この場を立ち去っていった。

その光景を見たチェリーは、キュアシャイン、蛍の人物像を垣間見たように思えた。

誰かを助けたいという思いから勇気を出し、闇の牢獄に囚われた人を助ける為に、戦う覚悟を決めた蛍。

なぜ彼女がプリキュアに覚醒したのか、ほんの少しだけ分かったような気がした。

 

「チェリー。」

 

青年を見送った後、キュアブレイズが声をかけてきた。

 

「約束よ。一緒に帰りましょう。チェリー。」

 

キュアブレイズがそう呼びかける。

だがチェリーは、一つ心に決めたことがあった。

 

「・・・キュアブレイズ。

私、しばらく蛍と一緒にいようと思う。」

 

「え?」

 

驚いて声を挙げたのは蛍の方だった。

 

「蛍が、プリキュアとして戦う決心をしてくれた。

だから私は、そんな蛍を全力で助けたい。

私には戦う力はないけど・・・まだ蛍に教えなければならないこと、

話さなければならないこと、沢山あるの。

だから私・・・蛍の力になりたい!・・・蛍、いいかな?」

 

「・・・わたしは、もんだいないよ。

チェリーちゃんがいっしょにいてくれると、心強いから。」

 

「蛍、ありがとう。」

 

キュアブレイズはチェリーの言葉を聞いた後、抱えていたチェリーを静かに手放した。

手放されたチェリーは、彼女の意をくみ、蛍の元へと飛んでいく。

 

「わかったわ。チェリー、その子のこと、ちゃんとサポートしなさい。」

 

「うん。」

 

「キュアシャイン、ダークネスと戦う覚悟をしたのなら、もう逃げることは許さないわよ。」

 

「うん・・・。あの、キュアブレイズ。このまえはたすけてくれて。」

 

だが蛍の言葉を待たずに、キュアブレイズはその場を飛び去った。

 

「あっキュアブレイズ。」

 

その様子を、チェリーは寂しげな表情で見送った。

 

「・・・蛍、改めて謝らせて。

ごめんなさい。嫌がるあなたを無理やり戦わせようとして。」

 

「・・・わっわたしこそごめんなさい・・・。

たたかう勇気がなかったから、チェリーちゃんにむりをさせちゃって・・・。」

 

蛍が気に病むことはない為、本当は謝罪の言葉も受け取りたくなかったが、そう言ってもきっと納得してくれないだろう。

このままではお互いに謝り合戦が続きそうなため、チェリーは無言でその言葉を受け取った。

 

「それじゃあ、これからよろしくね。蛍。」

 

「こちらこそ、よろしくおねがいします。チェリーちゃん。」

 

陽が沈みかけ、夕焼けが空を焦がす頃、蛍とチェリーは静かに握手した。

それはチェリーが、蛍のパートナーとなったことを静かに物語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

色のないモノクロの空間の中、リリスは肩を抱えていた。

体中から闇の力が抜け落ちていく。満足に力が入らず、近くの壁にもたれかかる。

容易に倒すことが出来る相手だったはずだ。

振る舞いは素人同然。ソルダークすらまともに相手を出来ない、キュアブレイズの足元にも及ばないほどの脆弱な戦士。

それが突然、強大な力を覚醒させた。

 

「くっ・・・うぐっ。」

 

力が削がれていくのが治まらない。あの浄化技を受けたせいだろう。

だが直撃を受けたのはソルダークだったはずだ。

自分はそれを掠めたに過ぎない。それでもこれだけの重傷だ。

もしも、あれが直撃していたら・・・。

 

「っ!?負けていた・・・あたしが、あんな脆いやつに・・・?」

 

その事実を認識した直後、リリスは胸に痛みを覚えた。

 

「キュアシャイン・・・」

 

焼かれるような黒い衝動がリリスの胸を焦がす。

 

「キュアシャイン。」

 

その名を反復する度に、炎が火力を増していく。

胸を焼く炎は徐々に電流へと変わり、リリスの全身を駆け巡る。

 

「キュアシャイン、キュアシャイン、キュアシャイン。」

 

やがて電流が脳に到達し、やつの声が、顔が、仕草が、次々と脳裏に焼き付いていく。

 

「キュアシャイン、キュアシャイン、キュアシャイン!!」

 

自分に何が起きているのか、リリスには理解できていなかった。

ただ1つわかることは、リリスの頭の中は今、キュアシャインのこと以外何もないということだけだ。

 

「キュアシャイン!!」

 

砕けた爪で空を薙ぐ。標的のない虚空に尾をぶつける。

 

「あなたは!あなただけは!!あたしが、あたしがあああ!!」

 

再びキュアシャインの姿が、リリスの脳裏にフラッシュバックする。

 

「っ!?キュアシャイイイイン!!!」

 

胸に渦巻く初めての『感情』に駆られ、リリスは彼女の名を叫び続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

 

「これからよろしくね、蛍。」

 

「よろしくね。チェリーちゃん。

さっそくだけど、わたしはこれからなにをすればいいの?」

 

「まずは、残りの2人のプリキュアを探さないと。

プリキュアが4人揃えば必ずダークネスを倒すことが出来る!」

 

「わかった。わたし、がんばってさがしてみるね!」

 

「なになに?何の話をしてるん?」

 

「あっ、もりくぼさん。えっとね、プリキュアを」

 

「きゃー!プリキュアの話をしちゃダメー!」

 

「あっそうだった!」

 

「ってヌイグルミがしゃべったあああ!」

 

「はっ!」

 

次回!ホープライトプリキュア 第3話!

 

「電光石火!雷光の戦士、キュアスパーク!」

 

希望を胸に、がんばれ、わたし!



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第3話 第3話・プロローグ

青キュアは知性のプリキュア。そう思っていた時期が私にもあったっしゅ。


夢ノ宮市へようこそ!

 

そう大きく掲げられた看板を、一人の青年が通過した。

身長約180cm程度。ライトブルーを基調とした服装に短く切られた金髪。

 

「ここか。」

 

ようやくここまで辿りついた。眼前に拡がる都市を前に、青年は歓喜に震える。

だがここがゴールではない。スタート地点だ。

青年はある『探し物』を求めて、ここまで来たのだから。

 

「長旅で疲れたし、ひとまずは休憩とするか。」

 

だが焦って無理をしては元も子もない。

まずは体力の回復を図り、それから『探し物』の探索に当たるとしよう。

夢ノ宮市。情報によればこの都市は子供の夢を育み叶える場所とされているが、『大人』である自分の夢は叶えることが出来るのだろうか。

青年は首を横に振るった。大人は自分の手で夢を叶えてこそ大人だ。

全ては自分の手にかかっている。その思いを胸に青年は、夢ノ宮市へと足を踏み入れるのだった。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

蛍が初めてキュアシャインとして戦い、ダークネスの行動隊長リリスを退けた日の夜。

蛍の家に招かれたチェリーは、彼女から傷の手当てをしてもらい、夕飯の支度に取りかかる蛍の姿を横で見ていた。

蛍の話によれば、両親が共働きで帰りが遅いため、彼女が毎日母親に代わり家事全般を担っているようだ。

それにしても手慣れている。

チェリー自身も料理に多少の心得はあるが、蛍のそれは見るからに熟練の域に達していた。

 

「今日のごはんはハンバーグにするんだ。」

 

「ハンバーグ?」

 

「んっとね、ひきにくを練ってつくるりょうりのことを

このせかいではハンバーグっていうの。」

 

「ふ~ん。」

 

しばらくして蛍はハンバーグとやらの調理を終え、野菜を添えたお皿に盛り始めた。

綺麗に形作られたハンバーグからは香ばしい肉の匂いが立ち込め、チェリーは思わず喉を鳴らす。

 

「ひとくち、たべてみる?」

 

すると蛍から試食を薦められた。

妖精は人間と違い、基本的に食事をとる必要はないが味覚はある。

感性も人とそう違わないため、人間と同じ感覚で食事を味わうことは可能だ。

 

「じゃあ、一口だけ。」

 

お言葉に甘えてハンバーグを一口だけ試食する。

 

「パクッ。」

 

次の瞬間、チェリーに衝撃が走る。

この世界は自分たちの世界よりも科学技術の発展が目覚ましい分、食料の品質、鮮度も遥かに優れている。

そもそも素材となる野菜や肉の味が天と地ほども違うのだが、差し引いても蛍の料理の腕は確かなものだったのだ。

 

「~っ!!!?」

 

そしてチェリーは余りの美味しさに自分でもこんな声出せるのか、とびっくりするくらいの金切り声をあげた。

その後両親が帰って来たので、チェリーは急いで蛍の寝室へと戻っていくのだった。



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第3話・Aパート

電光石火!雷光の戦士、キュアスパーク!

 

 

 

それからしばらくして、夕食を終え、皿洗い諸々の家事を終えた蛍は、お風呂から上がり自室へと戻ってきた。

 

「そだっ。チェリーちゃん、ちょっとからだのサイズをはかってもいい?」

 

おもむろにメジャーを取り出す蛍。

 

「別にいいけど。」

 

何を始めるのだろうと疑問を抱くチェリーを余所に、蛍はチェリーの体のを測った後、裁縫道具を一式取り出した。

 

「何か作るの?」

 

「えへへ、おたのしみに。」

 

言うや否や、蛍は布を切り取り綿を詰めあっという間に小型の掛布団を作りだした。

 

「わっ、すごい!」

 

「そんなことないよ。おおきくないし、むずかしくもないから。」

 

例えそうだとしても、ここまで短時間に作れるものだろうか?

 

「あとはこの小型のバスケットにわたをつめて、ぬのをかぶせれば、はい、チェリーちゃん専用のベッドのできあがりだよ。」

 

どうやら蛍は料理だけでなく裁縫も得意なようだ。その鮮やかな手腕にチェリーは驚く。

それと同時に嬉しさも込み上げて来た。怖がる蛍に戦うことをお願いしたのに、住む家を与えてくれただけでなく寝床まで自作してくれたのだから。

 

「蛍、ありがとう。」

 

「えへへ、どういたしまして。」

 

さっそく今日から使ってみることにした。半年ぶりのベッドは、蛍の優しさが込められていたこともあり、とても寝心地が良かった

 

 

 

 

 

 

 

 

午前6時30分より少し前、チェリーは物音で目を覚ました。

部屋を見渡すと、蛍が制服に着替えているところだった。

 

「蛍・・・?」

 

「あっチェリーちゃん。ごめんなさい、おこしちゃって。」

 

「どうしたの?まだこんな時間なのに。」

 

確か蛍の学校は8時30分から始まると聞いた。学校まではここから徒歩で約20分程度。

食事と身支度の時間を考慮しても、今の時間に起床というのは早すぎる。

 

「えっとね、わたし、まいにちこのじかんにおきてるんだ。」

 

「え?」

 

「チェリーちゃんはまだゆっくりねてていいよ。

おかーさんもおきてるから、へやからはあまりでちゃダメだけどね。」

 

そう言って、蛍は部屋を出ていった。

すっかり意識が覚醒してしまったチェリーは、身を包んでいた小さな掛布団を畳み始める。

 

「そういえば蛍、毎日家事をしてるって言ってたっけ?」

 

だからこんな早朝から起きたのだろうか?

気になったチェリーは、蛍の両親に見つからないように、蛍の一日を観察することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

午前6時。

起床した蛍は30分までに身だしなみを整え、制服に着替えてキッチンへと向かう。

向かう途中、洗濯機のスイッチを入れる。

台所に着くと、既に母親の陽子が朝食の支度をしていた。

蛍をそのまま大人にしたような、優しそうな雰囲気の持ち主。

どうやら蛍は母親似のようだ。

陽子の隣に立った蛍は、母の手伝いをしながら3人分のお弁当を作り始めた。

蛍の両親は共働きの為、両親の分まで作っているのだろう。

それから30分ほどして、蛍の父である健治がリビングへと訪れる。

蛍曰く、家族の為に夜遅くまで頑張ってお仕事をする、とても素敵なお父さんとのこと。

尚、チェリーの私的な感想だが、夫婦そろって美男美女。

2人の血を引く蛍の容姿が、とても可愛らしいのも頷けるほどだ。

既に陽子は朝食の支度を終えており、3人揃ってリビングにつく。

 

「「「いただきまーす。」」」

 

家族3人でいただきますを合唱し、朝のニュースを見ながらの朝食が始まった。

時に談笑しながら朝食を取る一之瀬家。その平和な光景にチェリーは思わず綻ぶ。

20分ほどして朝食を取り終えた蛍は、食器を流し台へ置いた後、洗濯機へと向かった。

天気予報によると、今日は一日快晴、降水確率は5%とのこと。

絶好の天日干し日和の為、蛍は洗濯物を取り出した後、外へ干し始めた。

その間、陽子は3人分の食器を洗い終わり、健治は新聞紙を読み終えた。

7時30分。洗濯物を干し終えた蛍は、両親を見送る為、そのまま玄関へと向かった。

 

「それじゃあ、お父さんたちは仕事へ行くから、蛍も学校を頑張りなさい。」

 

「ありがと、おとーさん。」

 

「蛍、今日は早く帰れそうだから、一緒に晩御飯を作りましょ。」

 

「うん、おかーさん。ふたりとも、いってらっしゃい。」

 

両親を見送った蛍は、そのまま自室へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう~。」

 

朝の仕事を終えた蛍は、部屋につくなりベッドに座った。

時刻は午前7時35分。既に身支度は終えているため、後は家を出るだけ。

学校までの登校時間を考えると、家を出るのは約8時頃。

20分近く余った時間を、蛍は時に休息に、時に予習に使うことにしている。

 

「お疲れ様、蛍。」

 

「あっチェリーちゃん、ひょっとしてみてたの?」

 

「うん、蛍、あれを毎日続けてるの?」

 

「そうだよ。」

 

「大変だね。これから学校もあるのに。」

 

「そんなことないよ。もう何年もつづけてるから慣れちゃったし、わたしよりも、おとーさんとおかーさんのほうが、おしごとたいへんだもん。

だからわたし、なるべくおとーさんとおかーさんのちからになりたいんだ。」

 

そう語る蛍には一切の迷いがなかった。本当に両親のことが大好きなのだろう。

親の力になりたいから、朝早起きして家事を手伝う。

簡単に言うが、それを毎日続けるのは生半可なことではない。

容姿や口調こそ幼い蛍だが、家事をこなす蛍の姿は、普段と違って大人びた印象を受けた。

 

「それにわたし、りょうりするの好きだから、ぜんぜん、たいへんってきがしないんだ。」

 

蛍は楽しそうにそう語る。

そういえば昨日は、絶品のハンバーグを調理し、あっという間に妖精用の寝具を一式作り出し、今朝も母親の朝食作りを手伝いながら、3人分のお弁当を準備し、洗濯物を干す時もシワを作ることなく手際よく干していった。

改めて振り返ると、蛍の家事スキルのレベルは非常に高い。

日々継続できることも含め、立派な能力だし特技である。

 

(全く、何が自分には何の取り柄もない、よ。)

 

得意げになれとまでは言わないが、ここまでのものを持っていて、自分に自信が持てないのは、少し勿体ない。

蛍はもう少し自分に自信を持つべきだと思うチェリーだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

チェリーとしばらく談笑していると、時刻が8時を回りかけていた。

 

「あっそろそろ学校へいかなきゃ。」

 

蛍は立ち上がり、鞄を両手に持つ。

 

「いってらっしゃい、蛍。」

 

「うん。あっそだ、わたしが学校へいってるあいだ、チェリーちゃんはどうするの?」

 

「私は昨日と同じで、まだ見つかっていない仲間を探しに街に出るよ。」

 

「そっか、ほかの人にみつからないように気をつけてね。」

 

喋るぬいぐるみが見つかったなんてことになっては、たちまち全国ニュースで報道されてしまう。

 

「その心配はないわ。私たち妖精には戦う力はないけど、いわゆる魔法みたいなものは使えるの。

それを使えば、人間の姿に変身することだって出来るのよ。」

 

「え?そうなの?」

 

「ええ、見ててね。えい!」

 

言うなり、チェリーの姿が煙に包まれた。驚いて目を閉じる蛍。

僅かに間を置き目を開けると、少しずつ煙が晴れていった。

そして煙から人影が見え始め、その姿が映し出された瞬間、

 

「・・・へ?」

 

蛍は口を大きく開けたまま、目を丸くした。

 

「どう?ちゃんとした人間の姿になれたでしょ?」

 

確かに人の姿だ。紛れもなく人の姿だ。そして聞こえてきたのはチェリーの声だ。

チェリーが人に変身したというのは疑いようがなかった。

だが問題はその容姿にあった。

自分より20cmは高そうな身長。ピンクを基調としたセーラー服に赤いリボン。

少し赤みがかった茶髪のストレートは腰の位置まで伸びている。

その容姿は、蛍の目から見れば立派な『おねーさん』だった。

 

「・・・?蛍、どうしたの?ひょっとして何かおかしなところでもある?」

 

おかしなところは何一つない。ただし一つ疑問に思うことはある。

 

「チェッチェリーちゃん・・・そのすがたは・・・。」

 

「え?だから人の姿だって。あっ、見た目は私を人間年齢に換算させたの。

私、人間的には18歳くらいなんだって。

だからこの世界のジョシコーセー?っていうのが着ている服を参考にしたんだけど、もしかして何か変だった?」

 

姿も服装も何らおかしくはない。

強いて言うなら女子高生の発音がカタゴトだったくらいだが、それ以上に、蛍の疑問を解決させた一言が頭の中から離れなかった。

 

「チェッチェリーちゃんって・・・。」

 

「蛍?」

 

「チェリーちゃんって、」

 

「・・・?」

 

「わたしより『年上』だったの~!!?」

 

「・・・はい?」

 

この日一番の衝撃が蛍を襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

大きさ20cm程度の可愛らしいウサギのぬいぐるみの姿をした妖精が実は自分よりも5つも年上だったという衝撃的事実が頭から抜け切れていないまま、蛍は夢ノ宮中学校へ辿りついた。

いけないいけない、今日は朝からやるべきことがあるのだ。

上手く気持ちを切り替えないと、また言いたいことが言えなくなる。

教室に入る前に、蛍はいつものおまじないをする。

よし、意を決して蛍は、教室へと入った。

 

「あっ、一之瀬。」

 

こちらに気づいた要が声をかけてくる。隣には雛子も座っていた。

蛍は自分の席につき、二人を正面から見据えた。

 

「あっあの・・・きのうはごめんなさい!」

 

「え?」

 

雛子が不思議そうな声をあげる。

 

「せっかく・・・いっしょにかえろうってさそってくれたのに・・・。

わたし・・・にげだしちゃって・・・。」

 

蛍は目を潤ませながら、2人の厚意を無駄にしてしまったことを謝罪する。

そして深々と頭を下げながらも願うのだった。

また、一緒に帰ろうと誘ってほしいと。声をかけて欲しいと。

勝手な願いなのはわかっている。でも、もう絶対に逃げ出したりしないから。

すると、要の方から返事があった。

 

「別に気にしてないよ、あれくらい。」

 

「え・・・?」

 

蛍は恐る恐る顔をあげた。

 

「私たちこそごめんなさい。転校初日で、不安なことも多かったはずなのに。

一之瀬ちゃんに無理させようとしちゃって。」

 

「そっそんな・・・あやまらなきゃいけないのは、わたしのほうです・・・。」

 

「じゃっ、この話はもうおしまい!」

 

「一之瀬ちゃん、少しずつ、この学校に馴染んでいこ?」

 

2人の優しさが胸に染みる。蛍は、今度は嬉しさから泣きそうになった。

 

「も~、そうしょんぼりしないの一之瀬。笑う門には福来るやで?」

 

要の言葉を聞きながら、蛍は深呼吸をする。

まだ1つ、2人に伝えたいことがあるのだ。

今なら、それを伝えられるかもしれない。

 

「あっ、あの!」

 

「一之瀬?」

 

「一之瀬ちゃん?」

 

突然大声を出した蛍に困惑する2人。

 

「その・・・。」

 

だが徐々に語尾が小さくなっていく。

あと少し、ほんの少しだけ勇気を出せれば・・・。

蛍はリリンの言葉を頭に思い描き、おまじないをする。

 

 

ほたる。がんばってね。

 

 

「がんばれ、わたし・・・。」

 

胸に勇気を宿した蛍は、あと一歩を踏み出した。

 

「ほたる!ほたるって!よんでください!」

 

蛍の声がクラスに響く。

クラスメート達が一斉にこちらを振り向くが、蛍はそのことを気にしていられなかった。

周囲からの注目を浴びた要は、ややバツの悪そうな顔をするが、やがて笑顔を見せ、

 

「オッケー。わかったよ、蛍。」

 

蛍の頼みを受け入れてくれた。

 

「ほっほんとうですか・・・?」

 

「ああ、もちろん。」

 

「私からもよろしくね。蛍ちゃん。」

 

続いて雛子も同意する。

 

「っ!はい!」

 

嬉しさで感極まった蛍は、目に涙を浮かべながら満面の笑顔を見せた。

勇気を出して言って良かった。これでまた、2人と距離を縮められた気がする。

このまま一歩ずつ前進していけば、そう遠くない内に友達になれるかもしれない。

そう思ったのも束の間、

 

「じゃあさ。」

 

要から思わぬ提案がふってきた。

 

「ウチのことも、要ってよんでな?」

 

「え・・・?」

 

この展開は予想外、いやむしろなぜ予想できなかったのか。

お互い名字で呼びあっていたもの同士が名前で呼んでくれと頼めば、相手からも同じことを頼まれるのが自然だろう。

 

「はっはい!ええと・・・あの・・・。」

 

ダメだ弱気になってはいけない。

ここで名前を呼ぶことが出来れば、一気に距離を縮めることが出来る。

もしかしたら今日にでも、2人と友達になれるかもしれないのだ。

 

「その・・・か・・・。」

 

だがなかなか声が出てくれない。

そうだ勇気のおまじないを・・・と思ったが既に胸に両手を当てていた。

 

「・・・蛍?」

 

蛍は2人に名前で呼んでほしいと頼んだ時、持てる勇気を全て出し切ってしまっていた。

そこから間を置かず、立て続けに勇気を振り絞ることは出来なかったのだ。

 

「・・・うぅ・・・ごめんなさい・・・。」

 

ようやく出てきたのは謝罪の言葉だった。

ほんの少し前とは打って変わって、申し訳なさそうな表情で涙を浮かべる。

 

「いや、謝ることでもないけど・・・。」

 

要はそんな蛍の落差に困惑する。

 

「要、蛍ちゃんに無理強いしないの。」

 

「え?ウチのせい?」

 

「蛍ちゃん。」

 

「はっはい・・・。」

 

「大丈夫、私たちはクラスメートだもの。いつでもこの学校で会うことができるから、

蛍ちゃんの気持ちに整理がつくまで、私たち待ってるからね。」

 

雛子が優しく励ましてくれた。

 

「まっウチとしては早く慣れてほしいけどな。」

 

「要。」

 

要の言葉を雛子が注意する。だが要もまた、こちらに笑顔を向けてくれたので、彼女なりに励ましてくれているのだろう。

 

「ただし、これだけは頑張ってほしいかな?」

 

雛子は一つだけ蛍にお願いをする。

 

「敬語は禁止。」

 

「えと・・・はい・・・じゃなくて、うん。」

 

それなら今からでも頑張ることが出来そうだ。

優しい2人の気持ちに応えるためにも、いつか勇気を出して名前で呼べるようにしよう。

もしもその時が来たら・・・。

蛍は、そう遠くないであろう未来に期待を寄せる。

 

(すこしずつ、ほんのすこしずつでいいから、勇気をだして、一歩ずつすすんでいこう。)

 

リリンのおまじないを胸に、蛍はそう決意するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の放課後。

帰り支度を始めた蛍に、要から声がかかった。

 

「蛍、部活動は何するか決めてるん?」

 

「え?」

 

「もし決まってないなら、一緒にバスケやらない?新入部員、絶賛募集中やねん。」

 

運動が大の苦手な蛍は、仮に部活をやるとしても運動部には入らないつもりだ。

だがそれとは別に、蛍には部活動が出来ない理由があった。

 

「えと・・・ごめんなさい。わたし、ぶかつはやらないってきめてるの。」

 

「なんで?」

 

「わたしのおうち、おかーさんもおとーさんもおしごとしてるから、

おうちのこと、わたしがぜんぶやってるんだ。

きょうも、はやくかえっておゆうはんのしたく、

しなきゃいけないから、ぶかつはできないの。」

 

最初に始めたのはいつからだろうか。もう随分と長く家事全般を担っている気がする。

こんな性格の為友達のいない蛍は、幼いころから両親に心配をかけてばかりだった。

家族の為に夜遅くまで仕事をしている両親に、自分のせいで迷惑かけてしまうことがとても申し訳なかった。

だからせめて、家にいる時くらい両親の負担を減らそうと、家事全般を手伝うようにしたのだ。

 

「へ~。おうちのことぜんぶって、毎日掃除したり選択したり夕飯作ってるの?」

 

「うん。」

 

「偉い。要とは大違いね。」

 

「そんな、エラくなんてないよ・・・。」

 

「謙遜しちゃって。」

 

謙遜でもなんでもない。

本当にエライ子というのは、そもそも両親に心配をかけたりなんかしないものだ。

それに料理が好きな蛍にとっては、半分は趣味でやっているようなものだ。

 

「ったく、いちいちウチを引き合いに出すなっての。つか、雛子も人のこと言えんの?」

 

「私は時々、おばあちゃんのお手伝いしてるもん。

でもそうゆうことなら、一緒に委員会のお仕事も出来なさそうだね。」

 

「ふじたさんは、なんの委員会にはいってるの?」

 

「図書委員。こいつ小学校の頃から本の虫だから。」

 

「こら、なんで要が答えるのよ。」

 

売り言葉に買い言葉。赤の他人なら喧嘩になりそうなものだが、言葉のやり取りとは裏腹に、2人からは険悪な雰囲気は感じられなかった。

喧嘩するほど仲がいい。親しい間柄だからこそ出来る、遠慮のないやり取りなのだろう。

蛍はそんな2人の関係が、少し羨ましく思えた。

 

「それじゃ、ウチは部活があるから。蛍、また明日な。」

 

「うっうん。またね。」

 

要は活き活きとした表情で、教室を後にした。

 

「・・・もりくぼさん。たのしそう。」

 

「要はスポーツバカだからね。」

 

スポーツバカとはひどい言われようだが、それだけ要にとって体を動かすことは楽しくて仕方がないのだろう。

最もそれだけではないようにも感じられた。

そんな蛍の様子を雛子は興味深そうに観察する。

 

「・・・ねえ蛍ちゃん。お家のことをするために、今すぐ帰らなきゃならいけなかったりする?」

 

「え・・・?そんなことないけど・・・。

すこしくらいは、よりみちできる時間、あるよ。」

 

「だったらさ、要の部活、少し見学していかない?」

 

「え・・・でもそれ・・・メーワクじゃないかな・・・?」

 

「気にしなくていいわよ。私も時々見学に行ってるし。」

 

「・・・じゃあ・・・ちょっとだけ・・・。」

 

「決まりね。ついてきて。」

 

雛子の後を追い、蛍は要の部活動を見学することになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

夢ノ宮中学校の体育館では、男子バスケ部、女子バスケ部がそれぞれ部活動に励んでいた。

体育館の隅でドリブルの練習やダッシュをしているのは、今年入った新入部員だろうか。

男女入り混じった体育館は、想像以上に賑やかだった。

蛍と雛子はグラウンドを訪れ、女子バスケ部が見学できる位置から体育館内の様子を眺める。

見ると、女子バスケ部の2年と3年が、2チームに別れて練習試合をしているところだった。

 

「要!」

 

チームメイトから要にボールが渡る。

要はボールをキープしながら、相手のディフェンスと睨み合う。

そして一瞬の隙を突き、素早く相手を追い抜いたのだ。

 

「わっ、はやい。」

 

蛍はその速さに驚きの声をあげた。

要はそのまま相手のコートまでボールを運ぶ。

相手ゴール下で守りを固めるディフェンス陣と再び睨み合いになった要だが、

追い抜こうという素振りを見せて相手の気を引いた後、味方へパスを送った。

パスを受けた味方は、ディフェンスが要に気を引かれている隙にシュートを決める。

その次も要は、素早い身のこなしで相手のボールを奪い取りターンを取り返した。

先ほどのパスを警戒した相手チームは、今度はチームメイトに対しての当たりを強くする。

だが自身への警戒が弱まったと見た要は、今度は自らゴールまで切り込んだ。

相手のディフェンスを素早く切り抜けた要は、そのままシュートを決めてみせた。

電光石火

そんな単語が蛍の頭に思い浮かぶ。それほど要の動きは、素早くそして鮮やかだった。

 

「あのスピードが要の持ち味。要の瞬発力は先輩たちを凌いでチーム1位よ。」

 

そう語る雛子の様子は少し誇らしげだった。蛍は改めて試合中の要の姿を見る。

コート上を駆け回る要の姿はとても楽しそうで、活気に満ちていた。

 

「要のやつ。進級して一層気合が入ってるわね。」

 

「そうなの?」

 

「去年の1年間はベンチウォーマーだったからね。

今年こそはスターティングメンバーの座を勝ち取ってやるって言ってたの。

一応去年の公式試合も、途中交代で何度か出場経験はあったのだけど、要はそれじゃ納得できなかったみたいよ。」

 

一年生の時点で試合経験があること自体凄いことだと思うのだが、

要の向上心はそれを許さなかったようだ。

それだけ要は、バスケットというスポーツに対して真剣に向かい合い、取り組んでいるのだろう。

 

「もりくぼさんは、バスケットが大好きなんだね。」

 

「ええ。小さいのころからずっと、続けて来たスポーツだから。」

 

真摯にバスケットに打ち込む要の姿勢に、蛍は感嘆した表情で眺めていた。

だがそんな要の活躍も、長くは続かなかった。

要の様子を静観していた相手チームの選手が、静かにボールを構え始めた。

 

「あちゃあ・・・。」

 

雛子の口からため息のような言葉が漏れる。

何が起こるのだろう?と蛍が疑問に思ったのも束の間、試合が再開された直後、その相手は一瞬の隙をついて要のボールを奪い取った。

 

「しまった。」

 

要は自分のコートへ先回りし、ディフェンスの態勢に移ろうとするが、相手はそれを許さず、巧みなドリブルでゴール下まで辿りつきシュートを決めた。

 

「理沙が本気を出してきた。皆警戒して。要、理沙のことは任せるよ。」

 

「はいよっ。」

 

同チームの3年が、要たちに声をかける。理沙と呼ばれた生徒の相手を任された要だが、その後もボールを奪われる、ディフェンスを突破される展開が続いた。

 

「あのひと・・・すごい。」

 

たった1人の選手が本気を出しただけで、試合が大きく傾き始めた。

そんな蛍の様子を見ながら、雛子は相手の選手について説明する。

 

「竹田 理沙。私たちと同学年で、入った当時から3年生を含めた部員の中で一番で上手くて、去年、1年生の中で唯一スターティングメンバーに選ばれたの。

名実ともに、夢ノ宮中学女子バスケ部のエースプレイヤーよ。」

 

身長は要よりも高い。170cm近くはありそうだ。

長い黒髪をポニーテールでまとめており、凛とした表情には静かな闘志が宿っているかのようだ。

先ほどの話によれば、要は去年スタメンには選ばれなかった。

だが理沙は選ばれた。

同学年に自分が望んでいたものを持つものがいるというのは、どんな気持ちなのだろうか。

今の蛍には想像出来なかった。

 

「もりくぼさん・・・。」

 

蛍が要の方へ眼をやると、先ほどまで楽し気にプレイしていた時とは表情が変わっていた。

鋭い目つきで理沙を睨み付けている。その視線から、理沙への対抗意識が見え隠れしていた。

だが要は、傾いた試合の流れを戻すことが出来ないまま、試合終了の笛が鳴った。

序盤、要を中心として優勢な状況を作ることが出来たが、後半、理沙の活躍によって全て巻き返されてしまったのだった。

 

「・・・。」

 

「ドンマイドンマイ。要で止めることが出来ないのなら、

誰にもあの子を止められないんだから。」

 

「そうだよ要。要のおかげでここまで粘れたんだから。」

 

先輩やチームメイトから励ましの言葉が飛んでくる。

だが要は、悔しさを表情から隠すことが出来なかった。

そんな要の様子を、蛍は沈痛な思いで見ていた。

 

「・・・そろそろ帰ろっか?」

 

すると雛子から優しく声がかかった。

 

「・・・うん。」

 

2人はグラウンドを後にする。

校門まで来た2人だが、雛子はしばらく図書館で本を読むと言うので、ここで別れることになった。

 

「それじゃ、また明日ね。

あっ要のことは気にしなくていいから。あれくらいのこと日常茶飯事だし。」

 

「え・・・?」

 

「要は負けず嫌いで、理沙ちゃんへ強い対抗心を持ってるからね。

だからいつも、勝負を挑んでは負けるを繰り返しているの。」

 

その言葉を聞いて、蛍は逆に驚きを受けた。

要は部活動をする度に、あのような悔しい思いをしているのだろうか。

雛子と別れた蛍はそのまま真っ直ぐ家に向かった。

だがその帰り道、要が試合後に浮かべた表情が、頭から離れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

要が部活を終え正面玄関へ向かうと、2年1組の下駄箱の前に雛子が立っていた。

 

「よっ雛子。ま~た待ち伏せか?」

 

「人聞きの悪い。いつも言ってるでしょ?

図書館で本を読んでて帰ろうとしたら、たまたま要の部活が終わる時間と重なっただけよ。」

 

それで騙せるだなんて自分でも思ってないくせに、何で素直に一緒に帰ろうと言えないのか。

要に部活がある日は、雛子は時々、図書館で時間を潰して要の帰宅時間に合わせる日がある。

そして雑談と口喧嘩を交わしながら、それぞれの家に帰るのが日課だった。

だが今日の雛子はいつもと様子が違った。

そして長いこと一緒にいる経験から、雛子から何か大切な話しがあるのだと分かった。

ついでに言うと、要には話したい内容も大体想像がついていた。

学校を後にした2人は、いつものように並んで下校する。

そしてしばし無言の間が続いたが、雛子の方からようやく話を切り出してきた。

 

「蛍ちゃんのことだけど。」

 

(ドンピシャだ。)

 

「あまり要の方からグイグイいっちゃダメよ?

そうでなくても、要は強引なところがあるんだから。」

 

グイグイいくなとは無理を言ってくれる。第一なぜダメなのかが要にはわからなかった。

要は自分なりに蛍の心情を察しているつもりだ。そしてあの子の思いを理解するならば、他の子と同じように接するな、というは矛盾しているとしか思えない。

 

「蛍ちゃんの方から歩み寄ってくれるのを待ちなさい。いいわね?」

 

念を押す雛子だが、物言いに反して口調は穏やかだった。

自分の思いにも理解を示してくれているからだろう。

だが同時に納得ができないことも事実だ。

あちらから距離を縮めて来たかと思えば、こちらから近づけば離される。

あちらの思いを理解できても、こちらから行動を起こしてはいけない。

押せばいいのか引けばいいのか。

曖昧な距離感を保ち続けなければならない今の状況は、思いのままに人と接することを良しとする要にとってとても窮屈だった。

 

「・・・はあ~、めんどくさい。」

 

思わず本音を零す要。

 

「こらっ!そんな言い方しないの。」

 

さすがにこれには雛子も語気を強くして注意するが、要は今更、雛子を相手に上辺を取り繕うつもりはなかった。

思いのままの本音を雛子に打ち明ける。

 

「いやだってさ。雛子もわかるやろ?ウチはとっくに・・・。」

 

だが言い終わる前に、雛子の人差し指が要の唇に触れた。

 

「ストップ。それ以上は言ってはダメよ。」

 

要が何を言おうとしたのか悟った雛子は、強引に言葉を遮ってきた。

そこから先の言葉は、蛍から直接聞かない限りは口にしてはいけないということか。

 

「・・・蛍ちゃん、頑張っているんだよ?」

 

雛子が諭すように話す。だが要もそれくらいは承知だ。

 

「・・・それはわかるけどさ。」

 

蛍は相当、臆病で人見知りも強い性格だ。昨日と今日見ただけで一目瞭然である。

そんな蛍が頑張って自分を奮わせ、持てる勇気を振り絞って話しかけてきているのだ。

そんな蛍の力になりたいと、要は心から思っている。

だからこそ多少面倒とは思っても、蛍のことを見捨てるつもりはなかった。

最も、要が蛍の力になりたいと思う理由はもっとシンプルなのだが、今はその理由は言わせてもらえないようだ。

 

「だから、私たちはあの子のこと、見守ってあげよう?

いつかあの子の口から、要の言いたい言葉が聞けるまで。ね?」

 

まるで子供を見守る母親のようだ。蛍を慈しむような雛子の言葉を聞いて、

要は白旗をあげることにした。こうなった以上は雛子に任せよう。

人付き合いに頭を使うタイプでない自分では、事態を引っ掻きまわしてしまうだろうが、雛子ならその心配は不要だ。

思いのままに人と接することが出来ないのは、要にとっては歯がゆいものだが。

 

「大丈夫よ。要の良いところは、ここを乗り越えた先に輝くから。」

 

そんな歯がゆさが表情に出ていたのだろうか、雛子が珍しく自分を褒める言葉を向ける。

全てを見透かされているかのような雛子の対応に、敵わないなと思う要だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

モノクロの世界の中、リリスは自分の状態を確かめていた。

 

「まだ、回復できてないのね。」

 

キュアシャインとの戦いで受けた傷の治りが遅い。恐らく浄化技のせいだろう。

プリキュアの浄化技は、絶望の闇の化身であるソルダークを消滅させることから、

闇の力を打ち消する特性があると学んだ。

リリスはソルダークと違い肉体はあるが、有する闇の力は、身体能力や自然治癒力の強化など、様々な方面に働きかける。

だから浄化技の余波を受け、内包する闇の力を失った今は、普段の能力を行使することが出来ないのだろう。

こうなれば、失った力が戻るのを待つしかない。

ダークネスが根城としているこのモノクロの世界は、過去に闇の牢獄へと囚われた世界の成れの果てだ。空間は絶望の闇で満ち溢れている。

力の補給には困らないが、それと合わせて肉体の回復まで待つとなると、まだしばらくは前線に復帰できないだろう。

 

「キュアシャイン・・・。」

 

どれだけその名を呼んだだろう。

今すぐにでもやつの元へ向かいたいのに、出来ないという現状がリリスの胸を焦がす。

その時、リリスは背後から一つの気配を察した。

 

「随分手酷くやられたようだな。」

 

「・・・サブナック。なぜここに?」

 

リリスが名を呼びながら振り向くと、そこには2mを軽く超えた大男が立っていた。

外見は30代後半くらいの男性。だが黒く光沢を帯びた皮膚と、全身に広がる赤のタトゥーのような文様は、一見しただけで彼が人外であることを伝えている。

逆立った白髪。両肩、両肘には赤色の角が生え、その両手はガントレットと同化していた。

 

「貴様が任された世界にプリキュアが現れ、貴様が敗北したと聞いてな。

招集命令を受けてここに来たのだ。」

 

「招集命令?」

 

リリスを含め、この辺り一帯のエリアの侵略を担当する行動隊長は3人いる。

サブナックは同じエリア内にある、別の世界の侵略を任されていたはずだが、プリキュア出現と共に招集命令が下されたようだ。

ということは、この場にはいないもう1人の行動隊長もいずれ現れるのだろうか?

 

「その様子では、まだ傷は癒えていないようだな。ならば次は俺が行かせてもらうぞ。」

 

「何ですって・・・。」

 

まさか自分よりも先にプリキュアを倒すつもりか。

そう思った時、リリスは強い反発心を抱いた。

キュアブレイズはどうでもいいが、キュアシャインだけは自分の手で・・・。

 

「何か問題でも?」

 

だがサブナックのその言葉を聞き、リリスは落ち着きを取り戻す。

プリキュアはこの先も計画の障害となるものだ。早々に排除しなければならない。

ならば誰がそれを担うかなど関係のないことだ。出来るものが実行すればいい。

特定のモノに対して個人が執着するなど、作戦の効率を妨げるだけだ。

そう、自分がキュアシャインの排除に固執する必要などない。

 

「・・・いいえ、何でもないわ。」

 

その言葉を聞いたサブナックは、リリスを一瞥した後にその場を離れる。

 

「伝説の戦士プリキュアか。面白くなりそうだ。」

 

その言葉とは裏腹に、サブナックの表情に笑みはなかった。



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第3話・Bパート

蛍が夢ノ宮市に引っ越して来てから、最初の一週間が経過した。

今日は休日。蛍はこの時間を使い、チェリーからプリキュアに関する話を聞いていた。

 

「えっと、ダークネスたちがもつ、やみのちからが、ぜつぼうのやみってよばれていて、わたしたちプリキュアのもつ、ひかりのちからが、きぼうのひかり・・・と。」

 

「そう。希望の光には、絶望の闇を打ち消す特性がある。

だからプリキュアは、絶望の闇から創りだされたソルダークを倒すことが出来るのよ。」

 

「えっと、きぼうのひかりは、ぜつぼうのやみをうちけす・・・。」

 

蛍はチェリーから教えてもらった内容を、逐一メモにまとめていた。

それにしても希望の光か。

奇しくもそれは、自分が変身するキュアシャインの二つ名にも宛がわれている言葉だ。

 

「よし、今日はここまでかしら。最後に、伝説の一文を復唱してみて。」

 

「うっうん、えと・・・

黒きやみ、そらを覆わんとひろがりしとき、4つのひかり、やみをてらすべくだいちにおりる。

其の名はプリキュア、なんじはせかいのきぼうなり。

それから・・・えと、

4つのひかりがつどいしとき、おおいなる奇跡がおとずれん。」

 

「グッド。それじゃっ、休憩しましょうか?」

 

「うん。」

 

今日の抗議を終えた蛍は、ベッドの上で今日までの日を振り返ってみた。

プリキュアへの覚醒、ダークネスとの闘い、そして今隣にいる妖精との出会い。

夢なのではないかと疑いたくなる出来事の数々だ。

だが悪いことばかりではなかった。

新しい学校では、自分に親身になってくれる素敵なクラスメートと出会えたし、プリキュアとしての戦いがなければ、チェリーと出会うことはなかった。

そんな多くの出会いを経験したこの一週間の中で、蛍にとって最も大切な出来事。

全てのきっかけとなってくれた、一歩踏み出す勇気のおまじない。

彼女からそれを教えてもらえなければ、蛍はこの一週間、これまでと同じことを繰り返していただろう。

あのおまじないのおかげで勇気を出せたから、蛍は今、長年の夢に手を伸ばしかけている。

 

「・・・いまごろ、どうしてるのかな・・・。」

 

蛍は、リリンとあの時交わした会話を思い出す。

 

 

リリンちゃん。今日はありがとう。

えと・・・またこんど、おはなし、できたら・・・

 

うん。いつでもいいよ。

あたし、普段はこの辺にいるから。

 

 

「蛍、どうしたの?」

 

隣にいるチェリーが怪訝そうに声をかける。

 

「ううん。なんでもない。」

 

蛍は適当なことを言ってはぐらかした。

確かリリンは、普段は噴水広場の近くにいると言っていた。

今日はちょうど休日だし、もしかしたら会えるかもしれない。

 

「ねえチェリーちゃん。すこしおでかけしない?」

 

蛍はチェリーを誘って、噴水広場へ向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

噴水広場を訪れた蛍は、あの時リリンと一緒に腰掛けたベンチに座った。

う~ん、と背伸びをした後、天を仰いでみる。今日は雲一つない快晴だ。

渡り鳥が気持ちよさそうに空を飛んでいる。

 

「キレイなところね。」

 

ぬいぐるみの振りをしているチェリーが、蛍にしか聞こえないように小声で囁く。

噴水からは心地よい水の音が聞こえ、隣の原っぱでは子供達が鬼ごっこをしていた。

近場に見える屋台には、人々が屋台の前に列を作り、外に並ぶテーブルで食事を談笑している。

 

「うん・・・。」

 

あの時は景色を楽しむ余裕がなかったが、とても綺麗で平和な場所だ。

ひとしきり、その平和な光景を堪能した蛍は、改めて周囲を見渡す。

だがリリンの姿はどこにも見当たらなかった。

 

「・・・そう、うまくはみつからないか。」

 

想像以上に落胆する自分に驚く蛍。よっぽどリリンに会いたかったようだ。

せめて連絡先だけでも教えてもらえばよかったと、今更ながらに後悔する。

だが落胆したところで仕方がない。

あの時リリンは、普段はここにいると言ってくれた。

それなら明日から、出来るだけ毎日ここを訪れてみよう。

その内また、リリンと会えるかもしれないから。

噴水広場を後にした蛍は、その後しばらくチェリーの仲間を探すのを手伝い、家に帰った。

そして次の日、再び噴水広場へ訪れてみるが、リリンの姿を見つけることは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌週、蛍はいつも通り登校し、教室へと訪れた。

 

「おっはよー蛍。」

 

「蛍ちゃん、おはよう。」

 

要と雛子から声がかかる。

 

「おっおはよう、もりくぼさん、ふじたさん。」

 

転校してから一週間が経ち、蛍も少しずつではあるが、新しい学校に慣れてきた。

特に要と雛子に対しては、普通に会話が出来るようになっていた。

まだ少しだけ緊張するが、転校初日、会話すら出来なかったことを思えば大きな進歩である。

とはいえ、2人相手でも、まだ目を合わせたまま話すことは出来ず、名前でも呼べていない。

2人以外の生徒となれば、まだ会話できる自信もなかった。

それでも一歩ずつではあるが、確実に前へ進めている。

今日もまた、一歩ずつ踏み出していこうと蛍は胸に誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の放課後、蛍は部活動へ行く準備をする要を見る。

 

「もっもりくぼさん、きょうもぶかつ?」

 

「ああっ、今年こそは絶対!スタメンの座を勝ち取るからな!」

 

楽し気に語る要だが、蛍は先週、要の部活動を見学していた時に見た悔し気な表情を思い出した。

 

「蛍、どうかしたの?」

 

急に黙り込んでしまった自分を見て、要が声をかけてきた。

言っていいものか迷ったが、要がなぜ悔しい思いをしてまで部活を続けるのか理由が知りたかった蛍は、その疑問をぶつけることにしたのだ。

 

「・・・もりくぼさん、ぶかつイヤだっておもったこと・・・ない?」

 

「なに、いきなり?」

 

「えと・・・その・・・かてればうれしいかもしれないけど・・・。

まけたりしたら・・・イヤ・・・じゃない?」

 

言いながら蛍は徐々に要から目線を反らし、頭を下に向けていった。

ほんの一度、要の部活動を見学した程度で聞いてよかったのか、少しずつ後悔し始める。

だが、

 

「・・・ああ、ひょっとして先週見学した時の練習試合、気にしてる?」

 

蛍は驚いて顔を上げた。

 

「えっ?きづいてたの?」

 

「あの場所はよく雛子が見学に来るからね~。

自然と目が行っちゃうのよ。あの時は蛍が一緒にいたから、ちょっと驚いたけど。」

 

黙って見学していたことを申し訳なく思う蛍だったが、

要が状況を理解しているとなれば、今更話題を止めるわけにもいかなかった。

 

「・・・あのときもりくぼさん、すごく、くやしそうなかお・・・してたから・・・。」

 

どんどん歯切れが悪くなる。

最後の方などほとんど呟きにしかならなかったが、要にはちゃんと聞こえていたようだ。

 

「だからイヤだと思ったことがないかって?」

 

「・・・うん。」

 

「ないね。」

 

「え?」

 

あまりにも迷いのない即答に、蛍は驚く。

 

「そりゃ、負けたら悔しいって思うし、勝てない自分に腹立つよ?

それでも部活を、ううん、負けるってことを、イヤだと思ったことはないね。」

 

「そう・・・なの?」

 

蛍にはその言葉がわからなかった。

悔しいし腹が立つというのは、負けてイヤな思いをしたということじゃないのか?

それなのに負けることはイヤじゃないとは、どうゆうことだろうか?

 

「うん、負けは勝つための第一歩、だからね。」

 

「かつ・・・ための?」

 

「う~ん、例えば蛍の場合、毎日ご飯を作ったり、家の掃除してるんだよね?」

 

「え?そうだけど。」

 

唐突に自分の家事の話題を振られて戸惑う蛍。

 

「じゃあさ、今までにご飯作ってる時、魚焦がしちゃったとか~、掃除の時、綺麗に出来なかった~、とか思ったことない?

そん時、もっと美味しく作れるはずだったのに~シクシク!とか、なんでもっとうまく出来ないんだわたしは!ムッキー!とか、悔しかったり、自分に腹立ったりしなかった?」

 

やや表現がオーバーだが、そのくらいのことは家事を長年続けていれば、誰しもが思うことだろう。

 

「あるけど・・・それがどうして・・・あっ、」

 

だが蛍はその言葉に、要の言いたいことを理解することが出来た。

 

「そうゆうこと。その後、次はもっと上手くやってやるって、思えるようになったでしょ?

勝負に負けるって、そうゆうことだと思うの。

だからウチは、負けることはイヤじゃないよ。それは自分の成長に繋がるから。」

 

「でも、わたしのは家事だから、もりくぼさんとはちが、」

 

「違わないよ何も。家事だろうがスポーツだろうが、悔しい思いしたら、次はもっと上手くなろうって気持ちは同じ。

それに対する心構えに違いなんてないよ。」

 

「・・・だから、悔しくてもイヤにならない・・・?」

 

「そっ。つっても、勝った方が気持ちいいし、楽しいことに違いはないけどね。」

 

そして要は満面の笑顔で語る。

 

「勝負は、勝てば嬉しくて楽しい。負けたら悔しくて楽しいってね。」

 

例え悔しい思いをすることになっても、それは自分の成長に繋がる。

だから楽しむことが出来る。要のバスケに対する姿勢は、どこまでも前向きなのだ。

 

「じゃっウチは部活にいくね。蛍、また明日、」

 

「あのっ!」

 

「なっなに?急に大声出して。」

 

蛍が抱いていた疑問は、要の答えで解決出来た。

だが蛍は、お礼よりもまず、どうしても要に伝えたい言葉があった。

 

「・・・がんばって。わたし、おうえんしてるから。」

 

「・・・うん、ありがと。」

 

蛍からの声援を受け取った要は、はにかむような笑顔を見せて部活動へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

蛍は帰り道の中、要の言葉を頭に思い浮かべた。

勝負は勝てば楽しい、負けても楽しい。

悔しいという思いさえもバネとし、さらに上へと飛んでいく。

強い心の持ち主だと、蛍は思った。

 

「そういえば・・・ひとのこころをすごいって、おもったことって、あったっけ?」

 

ふと、蛍はそんな疑問を抱いた。

運動の出来る人、勉強の出来る人。

これまで能力面で優れた人達を見て、凄いと思ったことはあったけど、心についてはどうだったろうか?

答えは簡単に出てきた。あるわけがないのだ。

その人と話すこと以外に、相手の内面を知る術はない。

要から心の強さを教えてもらえたということは、人と踏み入った話しが出来るようになったと証拠だ。

先ほど要と交わした会話は、蛍にとっては大きな進歩となったのだ。

 

「また・・・一歩すすめたかな。」

 

確かな前進を感じる蛍。そして蛍にとっての収穫はそれだけではなかった。

 

「わたしも、もっとがんばらないと。もりくぼさんのように。」

 

要の心の強さは、蛍の心にも良い影響を与えたのだ。

彼女のように強くありたい。そんな新たな決意を胸に秘める蛍。

だがその時、蛍の全身に悪寒が走った。

 

「っ!?・・・いまのって!」

 

全身がザワつく。心底から冷え込む寒気が襲う。

間違いない。先週、感じたのと同じ。

 

「蛍!」

 

すると人間の姿をしたチェリーが姿を見せた。

だが周りを見渡しても、チェリー以外の人影が一切見られない。

チェリーは妖精の姿へと戻ってから、こちらに走りよって来た。

 

「チェリーちゃん!これって!」

 

「ええっダークネスよ!」

 

チェリーの言葉で、ダークネスが再び現れたことを確信する。

その時、

 

 

また戦うつもり?

 

 

頭の中に、自分の声が響いた。

 

 

いい加減に諦めたら?

そう何度も上手くいくはずがない。

強がったって、どうせ最後には逃げ出すんでしょ?

 

 

だが蛍はだんだん分かってきたことがある。

頭に声が響くのは迷っている証拠だ。

蛍はまだ戦うことに恐怖を感じている。

 

(ほんとうに・・・どうしようもないくらい臆病だな、わたしって。

・・・だけど、いつまでもこわがってばかりいられないの!)

 

そんな恐怖、勇気を出して払ってしまえばいい。蛍は勇気のおまじないを取る。

 

(だいじょうぶ・・・さっき、もりくぼさんのつよさをすこしだけ、わけてもらったから!)

 

何度だって聞こえてくればいい。その度に全部追い払ってやる。

 

「がんばれ!わたし!」

 

蛍から光が発し、上空にパクトが出現する。

蛍はその手にパクトを取った。

 

「プリキュア!ホープ・イン・マイハート!」

 

パクトから放たれる光が、蛍を包み込む。

 

「世界を照らす、希望の光!キュアシャイン!」

 

キュアシャインへと変身した蛍は、チェリーと共に闇の波動を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

要は部活動へ向かう途中、蛍との会話を思い出した。

 

「ちょっと、カッコつけすぎたかな。」

 

蛍に話した内容には一点だけ嘘があった。いや、嘘というほどではない。

現に今はそんなことは思っていない。

今は、だが。

 

「イヤだと思ったことはない。じゃなくて、イヤだと思っていた、なんだよね・・・。」

 

元々要は、負けることが大嫌いだった。

負けるということは弱いことの証だと思っていたからだ。

だから弱いというレッテルを貼られたくなかった要は、負けたくない一心で練習を続けてきた。

だけど要は、大きな壁にぶち当たってしまった。バスケの天才、竹田 理沙という名の壁に。

理沙とは、小学生の頃に所属していた、ジュニアバスケクラブから一緒である。

付き合いの長さだけなら、雛子よりも上だ。

当時から理沙のバスケは、上級生を圧倒し、大人から将来有望と一目置かれるレベルだった。

そんな理沙は、一人だけ専属のコーチを付けられ、特別コースの練習を受けていた。

だが理沙にだって負けていないと勝手に思っていた要は、彼女が妬ましかった。

理沙だけが特別扱いされていることが許せず、彼女への対抗心を燃やし出したのだ。

だがそんな身の程を知らない、文字通り子供だった要は、理沙に勝負を挑んでは完膚無きにまで叩きのめされる、というのを繰り返していった。

そして、その内自分に自信を無くしていき、ついにはバスケを辞めようとさえ考えたのだ。

実際一時期、バスケから遠のいたことがあった。

だけどバスケをやらなくなり、手持無沙汰になった要は、ある日、兄に2人でバスケをしようと誘われたのだ。

久しぶりに行った2人だけのバスケの中で要は改めて、自分はバスケが好きなのだと確信した。

それでも負けるのはイヤだから、どうすれば理沙に勝てるかを真剣に考えるようになったのだ。

そして理沙に勝負を挑んでは負け、負けた内容を振り返り、自分の改善点を探していく内に、要は勝つための結論を出すことが出来た。それが負け続けることだった。

負ける度に改善点を探し、克服し、また負けたら新たな改善点を見つけて克服する。

そして負けを繰り返していく中で、確かに成長していく自分を実感した時、要は、負けることさえも楽しめるようになったのだ。

 

「とはいえ、負けが続くとさすがにヘコむけどねえ。」

 

実際のところ、それで理沙との差は縮まったかと言えばそんなことはない。

それもそのはず。理沙だって成長しているからだ。

要は理沙ほど向上心に溢れる人を知らない。

現状の自分に決して満足せず、飽くなき鍛錬を積み重ねていくのが理沙だ。

だから理沙との差は縮まるどころか、昔よりも離されているかもしれない。

それでも、今更立ち止まるわけにはいかなかった。

自分を応援してくれる蛍の為にも。

 

「がんばって・・・か。」

 

あの子の『がんばって』を思い出す。

不思議なことに、あの時の蛍の応援は、要の頭にでなく心に直接響いたのだ。

蛍は自分の感情を隠すことが苦手だ。

不安に思う気持ち、怖いと思う気持ち、そして最近見せるようになった、嬉しいと思う気持ち。

その全てが彼女の顔や態度、雰囲気を通じてありありと伝わってくる。

そんな外面を取り繕うことが出来ない蛍だからこそ、がんばって、と言う言葉が要の心の隅にまで浸透したのだ。

蛍の声援のおかげで、今日の要は一段と、気合に満ちている。

 

「よしっ今日こそは勝つ!その気持ちでいくか!」

 

自分自身に喝を入れ、部活へ向かおうとした。

だがその時、要は周囲の空気が変わったのを感じた。

 

「?なんや急に・・・?」

 

突然外気が冷たくなったような錯覚に陥る。そして、

 

 

いつまで無駄な努力を続けるつもり?

 

 

「え・・・?」

 

突然、声が聞こえてきた。自分の声が。

 

 

こんなこと続けても、勝てるわけないやん。

相手は天才、こっちは凡人。

生まれた時点で、勝負はついてるんよ。

 

 

「なに・・・これ・・・?なんでウチの声が・・・?」

 

 

負けることが楽しい?

何カッコつけてん?

そんなん負けを認めたくないただの言い訳や。

負け犬の遠吠え。

ただ単に自分を納得させたいだけやろ?

 

 

聞こえてくる声は、要が今まで理沙に抱いてきた思いの数々。

負けを繰り返し、負け続けることが嫌になっていた頃の、紛れもない自分自身の言葉。

 

「何なん・・・くそっ!やめろ!」

 

鞄を落とし、耳を塞ぐ要。だが声は直接頭に響いてくる。

 

 

本当はわかっとるんやろ?自分じゃ一生理沙には勝てないって

 

 

「やめろ・・・。ぐっ・・・う・・・。」

 

要はうめき声をあげながら、誰もいなくなった校舎へ寄りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いたっ!」

 

チェリーが指さす方を向くと、そこには大柄の男が佇んでいた。

 

「プリキュアか。」

 

「リリスじゃない?あっあなたはだれ!?」

 

だが大男は蛍の質問には答えず、右手に集約させた闇の力をかざした。

 

「ダークネスが行動隊長、サブナックの名に置いて命ずる。

ソルダークよ。世界を闇で食い尽くせ!」

 

サブナックと名乗った大男の呼びかけと共に、ソルダークが姿を現した。

 

「ガアァァァァァ!!」

 

ソルダークが甲高い奇声をあげる。蛍は耳障りなその声に怯むが、

 

「キュアシャイン!」

 

チェリーの声を聞き、かろうじて踏みとどまった。

怯んではダメだ。こちらから攻めに行くくらいの勇気を出さないと。

 

「たああっ!」

 

蛍は拳を振り上げ、勢いよくソルダークに叩き付ける。だが、

 

 

ガキィィィン!

 

 

甲高い金属音が響き渡り、

 

「っ!?いったあああい!!」

 

蛍が涙目になりながら叫んだ。

 

「キュアシャイン!大丈夫!?」

 

「このソルダーク、スゴくかたいよ!」

 

涙目で訴える蛍の姿を、サブナックは一瞥する。

 

「軟弱な。ソルダーク!」

 

ソルダークは跳躍し、両手を地上にいる蛍めがけて勢いよく叩き付けた。

蛍は跳躍して回避するが、続けざまサブナックが正拳を繰り出す。

蛍はその一撃をガードするが、サブナックの腕力は凄まじく、ガード態勢のまま蛍を吹き飛ばした。何て力任せな戦い方。

だが腕力だけなら、リリスよりも遥かに上だ。

 

「いたた・・・。」

 

砂埃の中から蛍は起き上がるが、ソルダークもサブナックも自分より遥かに強い。

その上で2対1、絶望的の状況だ。

 

「キュアシャイン!このままじゃまずいわ!浄化技を使って一気に勝負を決めましょう!」

 

チェリーが蛍に呼びかける。

だがその単語は、蛍にとって聞き慣れないものだった。

 

「え・・・?じょうかわざ?」

 

戦闘中にも関わらず、困惑の表情でチェリーを見る蛍。

 

「あの時!リリスとソルダークをまとめて倒した時の力を使うのよ!」

 

あの時、と言うのはリリスを追い払った時のことだろう。

だが、

 

「・・・えと、どうしたらつかえるの?」

 

蛍にはあの時の記憶、つまり浄化技を使った記憶と自覚がないのだ。

 

「どうしたらって・・・まさかあなた、あれだけの力を無意識に使ったの?」

 

蛍の言葉にチェリーは絶句する。

 

「えと・・・おぼえてない・・・。」

 

あの時は、ただ皆を助けたいとがむしゃらに願い、

気が付いたらソルダークの気配が消えていたのだ。

後にチェリーから自分がソルダークとリリスをまとめて一撃で倒したと聞いたが、力を思い出してと言われても、あの時のことを蛍は覚えていない。

 

「嘘でしょ・・・?キュアシャイン?」

 

信じられない、と言わんばかりの表情を浮かべるチェリー。

 

「作戦会議は終わったか?」

 

そこへサブナックが割り込んでくる。

 

「策がないならば、このまま終わらせてやる。」

 

サブナックが蛍めがけて突撃し、そのまま再び正拳を繰り出した。

蛍はバランスを崩しながらもそれを回避、そしてサブナックの懐に潜りこみ、

 

「てやあああ!」

 

渾身のパンチをサブナックの腹部めがけて繰り出した。

だが、

 

「・・・この程度の力か?プリキュア。」

 

「え?」

 

サブナックは顔色一つ変えずに、逆に蛍の拳を捕らえる。

そして蛍の体を空へと放り投げる。

 

「きゃあああっ!」

 

「ソルダーク!」

 

ソルダークは無防備に空中を舞う蛍へ、その巨大な拳を叩き付けた。

 

「キュアシャイン!!」

 

チェリーの叫び声も空しく、蛍の体は勢いよく地面に叩き付けられるのだった。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

要は、頭に響く自分の声を聞き続けていた。

どれだけ耳を塞いでも決して途切れない。どれだけ首を振っても決して否定できない。

そして大好きだったはずのバスケットが、憎たらしくなった時の記憶が蘇る。

 

(理沙に負け続けて・・・バスケがどんどん嫌になって・・・)

 

その記憶が思い出されていく中で、要の視界は少しずつぼやけていった。

 

(もう・・・何もしたくない・・・って思ってたっけ・・・。)

 

耳に聞こえる音も、自分の声以外がどんどん聞こえなくなっていく。

ついには意識さえも遠のき始めた。

 

(やっぱあの時、蛍の前でカッコつけすぎたかな・・・。

本当はこんなんだって知ったら、あの子、幻滅するやろな・・・。)

 

薄れゆく意識の中でさえ、はっきりと聞こえる自分の声。

 

 

ウチは別にバスケットが上手いわけやない。

ウチより上手いやつなんていくらでもいる。

負けず嫌いなんてバカげてる。勝てない相手の方が沢山いるのに。

 

 

(まだ聞こえる・・・ウチの声・・・。あれ?)

 

だがこの時、要はあることに気が付き始めた。

 

(ウチの声・・・。ウチが思ってたこと・・・。)

 

そう、今聞こえてくる声は全て、『かつての』自分が思ったものだ。

だから否定することが出来ないのだ。『あの時』の自分自身の本音だから、何も間違いがない。

だけどそれは、『かつて自分』でしかないはずだ。

 

(否定できないウチの言葉は・・・弱かった頃のウチ自身・・・。)

 

そして一度、そんな自分の弱さに真っ直ぐ向き合うことが出来たはずだ。

その上で、バスケットが好きなのだと気がついたはずだ。

 

 

バスケなんか大嫌い。もう何も頑張りたくない。

努力したって全部無駄。理沙には一生勝てるわけがない。

 

 

尚も響く自分の声。だが、

 

「・・・ごちゃごちゃうるさいな・・・人の頭ん中で。」

 

要は遠のき始めた意識を繋ぎ止め、自分自身に笑った。

 

「はっ、一体いつの時代のウチが話しかけてきてるのやら。」

 

 

まだ悔しい思いを続けるん?

この先ずっと報われることないのに。

ウチがしてきたことなんて、最後には全部水の泡になるだけや!

 

 

声はなおも響き、数を増していく。

だが要は怯まない。

 

「その程度の悩み!とっくの昔に乗り越えて来たわ!!」

 

全て受け入れてきたはずだ。弱い自分も嫌いな自分も、自分より強い理沙の実力も。

簡単には叶わない目標も、全てを受け入れたから、今の自分がここにいるのだ。

 

 

バカみたい、まだ諦めてないの?

負けを繰り返したところで、理沙になんか勝て・・・。

 

 

「勝てる!いつか必ず勝ってやる!!だってウチは!ウチのことを信じてるから!!」

 

要は必死に自分自身に抗う。

 

「勝負は!勝てば嬉しくて楽しい!負けたら悔しくて楽しい!!

負けから目を背けることしか出来なかった頃のウチが、

今のウチの心を!折れると思うなああああ!!!」

 

要は過去の自分の亡霊を、振り払うように大きく叫んだ。

その時、要の胸から強力な光が放たれる。

 

「っ!?何・・・これ?」

 

光を浴びた要は、失いかけた五感を取り戻した。

そして放たれた光はやがて収束し、要の手元にパクトとなって降りてくる。

要がそのパクトを手に取った時、頭の中にイメージが流れ込んできた。

要は悟る。これをなぞれば、ここから脱出できると。

 

「プリキュア!ホープ・イン・マイハート!」

 

自然と口から出た言葉と共に、要は体に光を纏った。

光はやがて雷鳴を呼び、青白い稲妻が全身を駆け巡る。

そして要の身を纏う稲妻は、形を変えフリルとリボンで飾れたドレスへと変わった。

そして要の髪が伸び、ライトブルーへと色を変え、ポニーテールへと結ばれる。

ライトブルーを強調としたドレスを纏う戦士へと変身した要は、自ら名乗りを上げる。

 

「世界を駆ける、蒼き雷光!キュアスパーク!」

 

要は3人目のプリキュア。キュアスパークへと変身を果たしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付くと、要は校舎の中にいた。

相変わらず人の気配はないが、ひとまず元の場所には戻ってこられたようだ。

 

「一体さっきのはなんだ・・・え?ええ!?なんやこれ!?」

 

気が付くと要は身に覚えのないドレスを身に纏っていた。

それだけでなく、髪もいつの間にか伸びているし、何より色が変わっている。

 

「いっ一体ウチに何が・・・?」

 

さっきまでも記憶を振り返ってみると、何か物凄く恥ずかしいセリフと共に変身していたような・・・。

 

「ってそんな魔法少女ものじゃあるまいし。」

 

どこまでが現実で、どこまでが夢だったのか困惑する要だったが、その時あることに気づく。

 

「・・・なんだろこれ?なんかエラく嫌な感じの雰囲気・・・。」

 

気配が3つ、ここより少し遠いところから感じられた。

2つは嫌な感じの気配、そしてもう1つは、自分に似た気配。

 

「・・・行ってみよう。何かわかるかもしれない。」

 

今自分がどんな現状に立たされているのか確かめる為に、要は学校を後にしようし、

 

「え・・・?」

 

目にも止まらぬ速度で走り出したのだ。

 

「ちょっ!ストップストップ!」

 

自分のことなのにまるで他人事のように注意し出す要。

何とか校門にぶつかる前に止まることが出来たが、急激な肉体の変化に理解が追いついていない。

 

「なっなんなん一体・・・?何であんな速く?」

 

混乱しながらも冷静に状況を見極めようとする要。

そう言えば変身したと思われた時、頭の中にイメージが流れ込んできたような気がする。

 

「・・・もしかして、ウチはもう、全部『知ってる』のか・・・?」

 

頭に流れ込んだイメージを全て掘り返そうと、要はまず、自分の記憶を辿ることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

地面に叩き付けられた蛍は、辛うじて起き上がった。

だが受けたダメージは大きく、足元がフラつく。

 

「リリスを倒したプリキュア、どれほどのものかと思ったが、期待外れだな。

ソルダーク、トドメを刺してやれ。」

 

蛍の目前にソルダークが迫る。

このままでは負けてしまう。何とかして浄化技の使い方を思い出さないと。

その時、

 

「ちょっと待った~!!」

 

蛍の目の前を青白い光が横切った。

光はそのままソルダークへぶつかり、ソルダークが後ろによろめく。

 

「え・・・?」

 

何が起きたのかわからないまま、青白い光が蛍の前に降りたった。

やがて光が収束し、目の前に1人の少女が姿を現す。

自分に似たドレスに身を包み、自分と同じ力の波動を感じる少女。

 

「まさか・・・3人目のプリキュア!?」

 

チェリーが驚きの声をあげる。

 

「3人目、新しいプリキュアだと?」

 

サブナックも目の前の状況に驚く。

閃光と共に現れた青いプリキュアは、蛍とサブナックを見比べて息をついた。

 

「は~、急に光に包まれたかと思えば、

こんな魔女っ娘みたいな格好になって、いや~な気配を辿ってきてみたら、

目の前には悪い面したおっさんと怪物、喋るぬいぐるみにお姫様?

なにこれ?ファンタジー映画の世界にでも迷い込んだんか?」

 

愚痴り終えた青いプリキュアは、そのままサブナックとソルダークを睨みつけた。

 

「まあ事情はさっぱりわからんが、これだけはわかる。あんたら、ワルモンやろ?」

 

「何?」

 

「この状況、どうみたってワルモンが、か弱いお姫様を襲ってるようにしか見えないけど?」

 

「何のことかわからんが、プリキュアであるなら叩くまでだ。ソルダーク!」

 

ソルダークが青いプリキュアを目掛けて拳を振り下ろす。

青いプリキュアは蛍を抱えてその場を離れた。

 

「わっ。」

 

「っと、大丈夫?お姫様?」

 

「はっはい・・・。」

 

蛍の頬がやや赤くなる。プリキュア同士とはいえ、『初対面』の女の子にお姫様抱っこされながら、お姫様と呼ばれるのは正直恥ずかしい。

 

「ごめんな。さっきこの姿になったばかりだから、ぜんっぜん事情がわからんの。

だから後で話、聞かせてな?」

 

ソルダークが再び蛍たちに迫り来る。

 

「まずは、あいつらを追い払わんと。あんた疲れとるみたいやし、ここで休んでて。」

 

「え?でも!」

 

「大丈夫。この力の使い方、大体わかってきたから。」

 

そう言いながら、青いプリキュアは自分の手のひらから電気を発生させた。

まさか、さっき変身したばかりと言うのに、もう力の使い方まで理解できているのか?

 

「それに、」

 

今度は全身から電気を帯び始める。

 

「か弱いお姫様《ヒロイン》を助けるのは、主人公《ヒーロー》の役目ってね!」

 

直後青いプリキュアは、目にも止まらぬ速さでソルダークへ突撃、電気を纏った拳を叩き付けた。蛍の一撃では微動だにしなかったソルダークが怯み呻き声をあげる。何て重い打撃なのだろうか。

青いプリキュアは一旦着地し、今度はソルダークへアッパーを繰り出す。

ソルダークは倒れる直前で態勢を立て直し、青いプリキュアへと攻撃を仕掛けるが、高速移動する青い光を、補足することができなかった。

 

「どんくさいわ!」

 

一瞬でソルダークの背後へと回り込んだ青いプリキュアが、そのまま高速の肘鉄をお見舞いした。

電気を纏い、青白い光となって高速移動するその姿は、まるで生きた雷のようだ。

彼女はこれが初めての変身だと言っていた。

だがソルダークを前に逃げることしか出来ず、今でも力の使い方がわからない自分と違い、

青いプリキュアはソルダークを相手に臆せず立ち向かい、自分の力を最大限に活用しているのだ。

そしてソルダークが劣勢な状況になったのを見かねた

サブナックが、ついに青いプリキュアに攻撃を仕掛けてきた。

サブナックの拳を回避した青いプリキュアは、彼に拳を打ち付ける。

サブナックは蛍の時と同じように、あえて一撃を受けて見せた。

 

「ほお・・・中々の拳じゃないか。」

 

「タフやな。おっさん。」

 

直後2人は、目にも止まらぬ速度で打撃の応酬を繰り返す。

2人の拳が正面からかち合い、ぶつかった力の余波が衝撃波となって周囲に拡散する。

そんな中、青いプリキュアの背後をソルダークが取った。

だがソルダークの気配に気づいた青いプリキュアは、高速移動で逆に背後に回り込み、ソルダークの巨体を蹴り飛ばした。そして青いプリキュアは、右手を横にかざし始めた。

 

「光よ、走れ!スパークバトン!」

 

青いプリキュアの呼びかけと共に、一筋の光が走り、バトンへと形を変える。

青いプリキュアが、新体操のようにバトンを振り回すと、バトンは徐々に短くなり、手のひらの中に納まった。そして手のひらから、青い電気がスパーク音と共に迸る。

 

「プリキュア!スパークリング・ブラスター!!」

 

手のひらから発生した電気を全身に纏った青いプリキュアは、閃光となってソルダークへと突撃した。

そしてソルダークを通過すると、上空から巨大な雷鳴と共に、青い雷がソルダークへと落ちてきた。

 

「ガァァァアアアアアア!!!」

 

閃光が収まり、蒼いプリキュアが姿を現すと同時に、雷に包まれたソルダークは断末魔と共に消滅していった。

 

「3人目のプリキュアか、面白くなってきた。」

 

その言葉を残し、サブナックは姿を消すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

キュアスパークへと変身した要は、何とか怪物を退治することに成功した。

あれだけ大きな怪物と戦うことに、恐怖がなかったとは言えない。

当たり前だが、要は戦うスーパーヒーロー何かではない。正真正銘の女子中学生だ。

それでも臆せず立ち向かえたのは、自分が怪物相手に戦う力を得たのだという実感と、あんな怪物を野放しにしておくわけにはいかないという、ちょっとした正義感に駆られたから。

それと、

 

「あっあの、たすけてくれてありがとうございます。」

 

こんな可愛いお姫様を前に、情けないところを見せては女が廃ると言うものだ。

 

「別にいいよ。あんた名前は?」

 

「えっと、キュアシャインって言います。」

 

「キュアシャインか。じゃあウチは、キュアスパークってことになるのかな?」

 

あの時の自分が無意識にそう名乗っていた気がする。

 

「じゃあ?」

 

「いや、気にしないで。それより、これって一体どういう・・・」

 

「あっ、ちょっとだけまっててください」

 

話を途中で切ったキュアシャインは、辺りを見回し始めた。

やがてキュアシャインは、項垂れている一人の女性を発見し、その女性とひとしきり会話を終えた。

会話の内容から察するに、悩みを抱えていた女性を励ましていたようだが、それがこのファンタジーな出来事と、どうゆう関係があるのだろうか?

 

「よかった・・・これで・・・。」

 

力なく呟くキュアシャインの体が光に包まれる。そして光が弾けた後、

 

「え・・・?」

 

要は言葉を失った。弾ける光の中、姿を現したのは蛍だった。

 

「あっ蛍。勝手に変身を解いちゃダメだよ。」

 

蛍の近くにいた喋るぬいぐるみが注意する。

 

「ごっごめんなさい。あんしんしたら、ちからがぬけちゃって・・・。」

 

この幼い口調、幼い仕草、紛れもなく蛍だ。

 

「・・・蛍?」

 

「え?あっあれ?なんでわたしのなまえを・・・?」

 

要は蛍の前で変身を解いた。

 

「え・・・?えええっ!?もっもりくぼさん!!?」

 

「蛍、知り合いなの?」

 

「わたしのクラスメートだよ!なっなんでもりくぼさんがプリキュアに!!?」

 

あっちもあっちで驚きを隠せてないようだが、それはこちらのセリフだ。

あの臆病な蛍が、あんな怪物たちと戦っていたというのか。

だが要へのサプライズはこれだけでは終わらなかった。

 

「チェリー?」

 

突如男の声が聞こえた。

3人とも声のする方へ向くと、そこには一人の男性が立っていた。

身長は180cmくらいだろうか。

ライトブルーを基調とした服と金髪のせいか、どこか明るい印象を与える。

 

「・・・あなたは?」

 

突然声をかけられたチェリーは驚く。

 

「チェリーだよな?わからないか?俺だよ、ベリィだ。」

 

ベリィの名を聞いた直後、チェリーの表情が一変した。

 

「ベリィ?ベリィなの!?」

 

「ああっ!ようやく見つけられた!」

 

「ベリィ!」

 

1人の青年とぬいぐるみが同じタイミングで飛んでいく。

そして次の瞬間、ベリィと名乗った青年が、ぬいぐるみへと姿を変えたのだった。

 

「え・・・?」

 

要は目の前の状況に再び言葉を失う。

 

「良かったベリィ!無事だったんだね!」

 

「そっちこそ!ここまで来た甲斐があったよ!」

 

「うわああん!ベリィ!」

 

察するに感動的な再会シーンなのだろうが、要にはその光景に涙を流す余裕はなかった。

人間がぬいぐるみになってぬいぐるみが飛びながら喋りながら再会を喜びあう。

どこからツッコミを入れたら良いのだ?

 

「ひっ人がぬいぐるみになったあ!!」

 

結局そんなベタなツッコミしか思い浮かばず、

 

「ふたりめのようせいさんだあ!!」

 

蛍の妖精という言葉に更に困惑し、

 

「これで、後はレモンさえ見つかれば全員揃うよ!」

 

「ということは、キュアブレイズとアップルさんもこの都市に?」

 

「うん!2人で頑張って探そうね!」

 

「ああ!」

 

そんな要の心境を余所に、未来へ希望を見出すぬいぐるみもとい妖精たちだった。

絶句する要。目が点になる蛍。そして戯れる妖精2人。

常識外れの世界へ飛び込んだ要の初体験は、最後の最後まで常識が通用しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

図書委員の仕事を一通り終えた雛子は、真っ直ぐ家まで帰宅した。

雛子は時折、1人でいたいと思う時がある。

そして今日がそんな気分だった為、要を待たずに帰宅したのだ。

だが玄関前まで来たとき、雛子は家の前にぬいぐるみを見つけた。

 

「あら?」

 

誰かの落とし物か?

しかしぬいぐるみを自分の家に持ってくるような知人がいただろうか?

雛子はそのぬいぐるみを手に取ってみた。

体毛は黄色。見た目は熊に近い為、テディベアのようだ。

だが手に持ったぬいぐるみは、妙に生暖かかった。

体毛も作り物とは思えないほどの手触りだ。

しかし雛子は、それ以上に重大なことに気が付いた。

ぬいぐるみの口から、明らかな寝息が漏れていたのだ。

口元に手をやると、微かな吐息がかかる。

試しに胸の当たりに手を置いてみると、僅かな脈動が感じられる。

 

「なに・・・これ?」

 

蛍と要の知らぬところで、雛子もまた、常識外れの世界へと足を踏み入れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

 

「これでのこりのプリキュアはあとひとりだね!」

 

「ウチがキュアスパークで、蛍がキュアシャインだから、あと1人はキュア何になるんだろ?」

 

「ん~っと、キュアぴかぴか?」

 

「いやないわ。」

 

「キュアぴかりん!」

 

「可愛らしいな!いやそうじゃなくてもっとカッコよく!

キュアスーパーウルトラアルティメットスパーク!みたいな!」

 

「あっそれカッコイイ!」

 

「ってボケ倒すなあ!ツッコミ入れんかい!!」

 

「2人とも、騒がしいわよ。一体何の話?」

 

「ギクッ!雛子!?」

 

「ふっふじたさん!?」

 

次回!ホープライトプリキュア 第4話!

 

「みんなを守る!水晶の戦士、キュアプリズム!」

 

希望を胸に、がんばれ、わたし!



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第4話 第4話・プロローグ

あざとイエローはプリキュアの伝統。


夕食を終え、明日の宿題と予習も終えた雛子は、読書を始めた。

雛子にとって、1人で本を読む時間は、

要を始めとする友人たちと過ごす時間と同じくらいに大切なものだ。

本を開けば、雛子の意識は現実から切り離され、本が生み出す世界へと飛び込んでいく。

その世界では、雛子は女子中学生ではない。物語の主人公だ。

時には可憐なお姫様、時には百戦錬磨の勇者、時には頭脳明晰な探偵。

時には女性、時には男性、時には性別不明な宇宙人。

ジャンルを問わず本を読む雛子は、何にでもなることができた。

雛子にとっての創作物とは、現実では体験出来ない事を、

仮想的な現実として体験するためのものである。

特に本の場合、全ての情景を自分自身で想像しなければならない分、

他の誰から与えられたものではない、自分だけの現実(イメージ)を持つことができるし、

風景の細部に至る視覚的描写から、目には映ることのない登場人物の

心理的描写さえも綿密に描かれていることから、その人物と同じ視点と心境に立つことが出来る。

これらの要素は、視覚的に映像化された漫画やアニメ、ゲームにはないものであり、

本は創作物の中でも、よりリアリティの伴った仮想現実(バーチャル)を体験出来るものである。

だから雛子は読書が好きなのだ。

だが今日は、読書に集中することが出来なかった。

雛子は自分のベッドで健やかな寝息を立てながら眠る、集中できない理由へと目を向ける。

学校の帰り、玄関の前で拾った謎の生きたぬいぐるみ。

いや、生きている以上はぬいぐるみではないのだろう。ぬいぐるみに似た生き物だ。

そしてそんな生き物は、この地球上には存在しないはずだ。

ならばこの生き物は、一体どこから来たものなのだろうか?

雛子は本を閉じて立ち上がる。

ダメだ。今日のように他のことに気を取られ集中できない日は、

想像力が欠如してしまうから、物語の世界に入り込むことが出来なくなる。

かと言って集中出来ないまま流し読みをするのは、作者に対して失礼だ。

本を閉じた雛子はベッドまで近づき、眠るぬいぐるみのような生き物のほっぺを人差し指でつく。

その柔らか感触に雛子は頬を綻ばせる。

 

「はあ・・・可愛い。」

 

読書以外にも雛子が好きなこと。

雛子は昔から可愛いものに目がなかった。

幼少の頃から集めている着せ替え人形やぬいぐるみの類は、今でも大切に保管してあるし、

幾つかはこの部屋に飾っている。この明らかに地球上のものではない生き物に対して、

何ら恐怖を覚えなかったのも、単純に可愛いからだ。

とは言え、さすがにこの状況を楽観視しているわけではない。

何か自分の常識が通じないようなことが起きている。そう漠然と思えてきた。

 

「さて、この可愛い妖精さんは一体どこから来たのかしらね?」

 

ひとまず、ぬいぐるみのことを妖精と称するようにした雛子は、

この妖精が起きたら、一体どこから、何をしにこの世界に来たのかを聞くことにした。

いつもは現実から本の世界へと行っていた雛子であるが、

どうやら今回は、本の世界が現実の方へ来てしまったようだ。



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第4話・Aパート

みんなを守る!水晶の戦士、キュアプリズム!

 

 

 

少し遡り、キュアスパークへと変身を遂げた要が、ダークネスを撃退した後の事、

チェリーはようやく仲間の一人、ベリィとの再会を果たした。

蛍は、突然目の前に現れたもう1人の妖精に驚くも、再会を喜び合う2人を見て胸をなでおろす。

そこへ混乱のあまり硬直していた要が、ようやく声をかけてきた。

 

「あの~、そろそろウチに事情を説明してくれたら嬉しんだけど・・・。」

 

要は今日変身したばかりだと言っていた。まだプリキュアに関する事情を知らないのだ。

 

「ああっごめんなさい。えと、要ちゃんだっけ?」

 

チェリーが要に返答する。

 

「ちゃん付けなんてこそばゆい。要でいいよ。」

 

「じゃあ、要ね。ええと、まずはどこから説明すれば・・・。」

 

「ってちょっと待って。なんか大事なこと忘れてるような・・・。」

 

「え?」

 

自分から声をかけて起きながら、突然考え事をし始める要。

どうしたのだろうと一同が首を傾げた直後、大声で叫んだ。

 

「・・・あ~!部活!!ごめん蛍!ええとぬいぐるみさんたち!話はまた今度!!」

 

そして自分から頼んだのにも関わらず、話を切り上げたのだ。

 

「えっちょっと・・・。」

 

蛍は、要にとっての部活の大切さを理解しているが、事情を知らないチェリーには、

身勝手な行為に映った。だが要の強行はこれだけでは終わらず、

 

「ええい間に合わん!プリキュアホープインマイハート!」

 

何と再びキュアスパークへと変身したのだ。

 

「え~っ!!?」

 

そしてプリキュアの力で、雷のごとく速度を手に入れた要は、

驚くチェリーを無視して颯爽と学校へ向かうのだった。

 

「わあすごい、もうへんしん、つかいこなしてる。」

 

未だにリリンのおまじないなしでは変身できない蛍は、要の順応さに素直に感心する。

 

「蛍!感心してる場合じゃないでしょ!?」

 

「え?でもすごいことだとおもうけど。」

 

「凄いかもしれないけど使い方がよろしくない!ただの移動手段にプリキュアの力を使うなんて!

伝説の戦士の力を何だと思っているのよ!蛍も絶対見習っちゃダメだからね!!」

 

「うっうん・・・。」

 

チェリーの烈火の如く剣幕を前に萎縮する蛍。確かに魔法の類が存在しないこの世界で、

プリキュアの奇跡の力を日常で使うのは問題はあるだろうが、

今回の場合、ダークネスの奇襲が原因なので、多めに見ても良いのではないだろうか。

 

「でも、もりくぼさん。ぶかつをほうってまで、わたしたちをたすけにきてくれたんだし。

今日くらいは、目をつむってあげよ。」

 

「むう・・・。」

 

さすがのチェリーも、そう言われては咎めることも出来ないようだ。

そして会話がひと段落したところ、ベリィと呼ばれた青い妖精が話しかけて来た。

 

「ところでチェリー。彼女たちはこっちの世界で見つかったプリキュアか?」

 

声を掛けられた蛍は、ベリィを改めて観察する。ライトブルーの体毛。

大きさはチェリーとそう変わらない。見た目は犬のぬいぐるみのようだ。

 

「ええ、この子は一之瀬 蛍。キュアシャイン。

さっき走って行った子は、確か森久保 要よね。」

 

「うん、もりくぼ かなめさん。キュアスパークだよ。」

 

「驚いたな。俺たちの世界にはキュアブレイズしかいなかったのに。

この世界では、もう2人のプリキュアが見つかったんだな。」

 

ベリィの言葉に、蛍は以前チェリーから聞いた話を確信する。

なぜフェアリーキングダムではキュアブレイズ以外のプリキュアが誕生しなかったのか。

そのことについて疑問を抱くが、蛍は一先ずベリィに挨拶することに。

 

「あの、はじめまして。いちのせ ほたるっていいます。」

 

「俺の名はベリィ、よろしくな。」

 

外見が犬のぬいぐるみのため可愛く見えるが、声、口調ともに男性的である。

そういえば、先ほど少しだけ見た人間の姿は、20代くらいの青年だったか。

人間年齢的には、チェリーより上かもしれない。

 

「はい、よろしくおねがいします。」

 

「そんなに畏まらなくていいよ。

ところで、キュアブレイズとアップルさんもこの街にいるんだよな?」

 

「それは・・・そうだけど。」

 

ベリィの言葉に暗い顔をするチェリー。

 

「チェリーちゃん?」

 

「どうしたんだ?ひょっとして、まだ居場所がわからないとか?」

 

「ううん、そうゆうわけじゃなくて・・・。

あっいや、今キュアブレイズとアップルさんが、どこに住んでいるかはわからないわ。」

 

そう言われてみれば、キュアブレイズがこの夢ノ宮市のどこに住んでいるのか、

蛍も聞いたことがなかった。

 

「わからない?一緒に暮らしているんじゃないのか?」

 

「私は今、蛍のところにいるの。蛍がプリキュアとして戦うって決めてくれたから、

それをサポートしようと思って。」

 

ベリィはしばらく考える風の姿勢を取った後、話を簡潔にまとめる。

 

「つまり、キュアブレイズとはこの地で会ったけど、

どこに住んでいるのか聞く前に蛍ちゃんと一緒にいることを選んだから、

今2人がどこにいるかは分からないってことか。」

 

「うん、そんなところ。」

 

だがベリィは、話をまとめた割には釈然としない表情を浮かべている。

それもそうだろう。これまでの話を聞く限りでは、チェリーたち妖精とキュアブレイズは、

かなり親しい間柄なのだろうし、キュアブレイズとはこれまで2度、会っている。

せめてチェリーにだけでも連絡先くらい伝えても良かっただろうに、

キュアブレイズは多くを語らないまま姿を眩ましたのだ。

 

「とにかく、キュアブレイズとアップルさんについては心配はいらないわ。

それよりもまず、行方のわからないレモンから探しましょう。」

 

チェリーが半ば無理やり話題を変えて来たので、蛍もベリィも一先ずその話題に合わせることにした。

 

「そうだな。レモンは俺たちの中では一番幼い。心細い思いをしていなければいいが。」

 

「レモンって子は、どんなすがたをした、ようせいさんなの?」

 

蛍も出来る限りレモンの捜索に協力しようと思い、レモンの特徴について尋ねてみる。

 

「黄色の妖精よ。ええと外見は・・・。」

 

「テディベアだな。黄色のテディイベア。」

 

テディベアという単語が出るとは。ベリィは多少なりこちらの世界についての知識がみたいだ。

 

「ってことは、くまさんのぬいぐるみ?」

 

「テディベアを熊と呼んでいいかはわからんけどな。

全くよくあんな凶暴な生き物から、あそこまでファンシーなぬいぐるみが連想できたものだ」

 

褒めているのか皮肉を言っているのか判断の難しい言葉である。

それからフェアリーキングダムにも熊は出るようだ。

と、そんな話をしている内に、気が付けば夕食の支度をしなければならない時間まで迫っていた。

 

「あの、そろそろ、おうちかえって、ごはんのしたくしないと。」

 

「そうね。ベリィ、あなたはこれからどうするの?」

 

「そうだな・・・。」

 

「わたしは、ベリィさんさえよければ、おうちにきてもいいけど。」

 

蛍の提案を聞き、しばし逡巡するベリィ。

 

「さっきの子。キュアスパークって言ったか?あの子、今日初めて変身したんだよな。」

 

「うん、そうだけど。」

 

「・・・チェリー、ちょっと考えがあるんだが。」

 

この後、ベリィの話をきいた蛍とチェリーは、少し考えてから彼の提案を承諾するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

部活を終えた要は、下駄箱前に雛子がいないことに気づいた。どうやら今日の雛子は

本の世界に旅立ちたいようだ。待ち人がいないことを確認した要は真っ直ぐと家に向かう。

しかし、てっきり部活に遅刻するものだと思っていたが、

最初学校で嫌な気配を感じてから今まで、5分程度しか経過していなかった。キュアスパークに

変身してすぐさま学校まで戻って来たが、闇の中で自分が初めて変身してから怪物を倒し、

再び変身してこの学校へ戻るまでの間が、僅か5分とは思えない。

そこで要は一つの仮説を立ててみた。あの嫌な感じの空間は、

現実と時間の進み方が違うのだろうか?

それに自分たち以外の人の姿も気配もなかったような気がする。

あの空間は漫画やアニメなどで良くある、現実の空間とは切り離された異空間、

 

「・・・はあ、ホンット、現実から遠のいてしまったんやなあ・・・。」

 

こんなことを大真面目に考える日が来るとは。要は明日こそ蛍とぬいぐるみたちから

詳しい話を聞かせてもらおうと思った。その上で、自分はどうするべきか、

は考える必要はない。どんな話にせよ、要はこの先どうするか既に決めているのだから。

そんなことを考えている内に、要は家の前までたどり着いたが、家の目の前には、

先ほど見た青いぬいぐるみが佇んでいた。

 

「よっ、やっと帰って来たか。」

 

青いぬいぐるみは気さくそうに話しかけてくるが、要は目を丸くする。

 

「ちょっあんた、こんなとこに堂々と立ってちゃあかんやろ。」

 

「別に問題ないさ。通行人の目くらいはちゃんと気にしてたから。

率直に聞くけど、家に上がってもいいか?君に大事な話がある。」

 

「・・・。」

 

可愛い見た目に反して声と口調は男性的だ。

そんなカッコイイ声で『君に大事な話がある。』なんて言われたら、

大抵の女子はトキめいてしまうだろう。外見が『可愛い犬のぬいぐるみ』でなければ、だが。

 

「・・・何か失礼なことを思わなかったか?」

 

顔に出ていただろうか?ベリィは見るからに不機嫌そうな表情を浮かべた。

 

「・・・一応言っておくけど、俺は男だからな。可愛いぬいぐるみってのは

褒め言葉にならないぞ。」

 

思ったことをすんなり見透かされた要。それとその辺りの感性は妖精も人間と大差がないようだ。

だが要はそんなん気にすんなと言わんばかりの悪戯めいた笑みを見せる。

 

「はあ~、とりあえず、お邪魔します。」

 

そんな要に対して、青いぬいぐるみはわざとらしく大きなため息をついた。

このあたりの反応は雛子にそっくりだ。

 

「はい、どうぞ~。」

 

要はこのぬいぐるみの姿をした、異世界からの来客を招き入れることにした。

 

 

要の部屋は、よく男子っぽい部屋と言われている。

本棚には漫画やアニメのDVD、ゲームの攻略本などが揃っており、

机の上には、親に無理やり言って買ってもらった

新型の携帯ゲーム機とそのソフトが置かれている。

壁に貼られているのは、要が尊敬するアメリカのバスケットボール選手のポスター。

そして極め付けは、本棚の上に飾られたマイバスケットボール。

ハンガーにかけられた夢ノ宮中学校女子生徒用の制服がなければ、

女の子の部屋とは思われないだろう。部屋主である要自身もそう思う。

 

「まっ、な~んもおもてなし出来ないけど、テキトーに寛いどいで。」

 

「いや、俺の方から突然頼み込んだんだし、上がらせてもらえただけで十分だよ。」

 

本当はお茶くらい出そうと思ったが、妖精が人と同じ食事を取るのかを知らない為、

止めることにした。

 

「改めて自己紹介させてもらう。俺の名はベリィ。

こことは違う世界、フェアリーキングダムから来た妖精だ。」

 

ベリィと言う名前も中々にキュートである。さすがに言わないが。

 

「ウチは森久保 要、正真正銘この世界出身の、ごくごく普通な女子中学生でーす。」

 

敢えてこの世界出身の部分を強調する要。しかしこことは違う世界ときたか。

要は改めて目の前の妖精が、異星人であることを認識する。

 

「こことは違う世界っつうことは、宇宙人になるわけ?」

 

要がそう例えを持ちかける。

 

「この世界での認識なら、そんなところになるかな。」

 

その例えをあっさり肯定されてしまった。要の中で宇宙人といえば、

大きな頭と細い体でカメレオンみたいな目をしておりゴーホームと言いながら

人間と指を合わせるイメージしかなかったが、そんな印象がボロボロと崩れ落ちていった。

いや、本当は可愛いぬいぐるみの姿なんですよと言えば、むしろイメージアップにはなるのか?

と、しょうもないことを考えている内にベリィが話の本題に入り始めた。

 

「今日、俺がここに来たのは他でもない。要、君はまだプリキュアのこと、

ダークネスのこと、俺たちの世界で何が起きたかを何も知らないよな?」

 

いよいよその話を聞く時が来たか。要はおふざけモードをやめて、真剣に話を聞く姿勢になる。

 

「せやね。さっきはすまんな。ウチから話しかけておいてとんずらしてしまって、

どうしても部活だけは外せんかったから。」

 

「それは気にしてないよ。君にとっての部活がどれだけ大切かは、

蛍ちゃんから簡単に聞いたからね。」

 

「あの子・・・。」

 

少し嬉しそうに頬を綻ばせる要。

 

「かといって、いつまでも君に知らないままでいるわけにもいかない。

何より君自身に決めて欲しいんだ。プリキュアとしての力を手に入れた君が、

この先どうするべきなのかを・・・。」

 

回りくどい言い方だと思った。一緒に戦ってくれと一言いうだけでいいのに。とは言え、

彼らが何者で自分に何が起こったのかを知りたかったので、ベリィの話に合わせることにした。

 

「それを決めるためにも、君には聞いてもらいたいんだ。

俺たちの知る限りの全て、プリキュアとダークネスのことを。」

 

「わかった。聞くよ。てゆうか、元々ウチから聞くつもりだったんだし。」

 

これを聞けばもう後には引けない。要はそう思った。

これまでの現実とはおさらばだ。ここから先は常識が一切通用しないファンタジーの世界。

要は多少の恐怖と緊張を滲ませながら、ベリィの話を聞くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

ベリィの話を全て聞き終えた要は、一つ大きな息をついた。

 

「ダークネスの目的は、この世界を闇で覆い尽くすこと・・・。

そんであんたらの世界はもう・・・。」

 

話を終えたベリィは、要の様子を伺う。フェアリーキングダムが失われたことを聞いた時は、

さすがにショックを隠せなかったようだ。それもそうだろう。やつらを野放しにしては、

この世界も同じ運命を辿ることを暗示しているのだから。

 

「そんで、プリキュアだけが、ダークネスに対抗できるっちゅうことか・・・。」

 

要はベリィが伝えたかったことをちゃんと受け取ってくれたようだ。

ダークネスと戦えるのはプリキュアのみ。だからベリィは要に戦って欲しかった。

故郷を失ってしまった今、この世界に誕生したプリキュアが、ダークネスに対抗できる

唯一の希望なのだ。だがベリィは、要に戦いを強制するつもりはなかった。

 

「そう。君たちの持つプリキュアの力、希望の光だけが、ダークネスの絶望の闇に対抗できる

唯一の力なんだ。だから要、出来ることなら俺たちに協力してほしい。

勿論、すぐに答えが欲しいなんて思っていない。ゆっくり考えてからでいい。

君にも今の大切な日常が・・・」

 

「いいよ。」

 

「あるわけだし、ってええええ!!?」

 

あまりにあっさりとした回答に驚くベリィ。

 

「なにその反応?カッコイイ声が台無しやで?」

 

台無しにしたのは誰だと思っているのだ。

 

「こんな時に冗談を言うな!いや、簡単に引き受けてるけどいいのか?」

 

「まあ実際、簡単な話だし。」

 

「は?」

 

「だってそうでしょ?やつらはこの世界も闇に飲み込もうとしてる。

ウチはそんなん絶対許せない。そんでウチには対抗できる力がある。

だから引き受けるってだけやないか。」

 

確かにそこだけまとめれば、至極簡単な理屈だろう。だが、

彼女は事を単純に捉え過ぎてはいないだろうか?

 

「・・・だけど、そんな簡単なことじゃない。

とても危険だし、とても怖い思いをすることになるんだぞ。」

 

気が付けばべりィは、要が自分の望みを承諾してくれたのにも関わらず

引き気味の態度を取っていた。

 

「ったく、ウチを仲間にしたいあんたが、そんな物言いでどうすんの?

怖いのも、危険なのも承知の上だよ。それでも、ウチはここが、夢ノ宮市が大好きだから。」

 

「ここが・・・?」

 

「この夢ノ宮市が奪われるのが、ウチにとっては一番怖いことなの。

それを思えば、あんなデカいだけの怪物と戦うことなんて、怖い内には入らんよ。」

 

「要・・・。」

 

ベリィは要を上辺だけで判断しかけたことを恥じた。彼女は既に確固たる決意を持っていたのだ。

恐らく自分の話を聞く以前、プリキュアとして覚醒しソルダークと戦った時から、

やつらが要にとっての、大切な居場所を奪わんとしていることを感じ取ったのだろう。

同時にその言葉から、彼女の並々ならぬ正義感が伝わってきた。

 

「すまなかった要、君のこと、少し誤解していたよ。」

 

「気にしてないって。昔からよく、口も態度も軽いって言われてたし。」

 

「そうだな。そこは直してもらわないと。」

 

「いや便乗すんなし!」

 

要の表情から、さっきまでの謝罪はどこへ行った!?と言う言葉が読み取れる。

 

「ははっ、要、プリキュアとして戦うことを引き受けてくれてありがとう。」

 

「おう、このキュアスパーク様がいれば百人力や。」

 

「頼もしいな。あと、それとは別にもう一つ頼みたいことがある。」

 

ベリィは再び神妙な面立ちで尋ねてきた。

 

「なに?」

 

「・・・俺を君のパートナーとして、しばらくの間ここに置かせてもらえないか?」

 

ある意味では、先の提案よりもよっぽど重大な問題だ。何せ種族の違いがあるとはいえ、

『男』の自分が『女の子』の部屋に寝泊まりしていいかと聞いているのだから。

 

「いいよ。」

 

だが再び飛んできたあまりにも軽い返答にベリィは盛大にコケる。

 

「随分とあっさり引き受けるんだな・・・。」

 

要はボーイッシュなところがあるが、まさか自分が女の子であることへの自覚すら薄いのだろうか?

 

「ウチだってこう見えても女子だし、可愛いぬいぐるみを部屋に置いといても不思議やないよ~。」

 

なるほど、女の子としての自覚が薄いからでなく、自分が異性として見られていないわけか。

だが2度も可愛い扱いをされては男の立つ瀬がないというものだ。

 

「言っておくが、俺は妖精の間ではカッコイイって評判だぞ。」

 

「知らんがなそんな情報。」

 

しかしあっさりと流される。最もベリィも本音を言えば、要を異性として意識はしていない。

種族の違いがあるのもそうだが、それ以前に年齢に差があるのだ。

ベリィの人間年齢は、だいたい20歳に相当する。一方で要はまだ13歳。

女性として意識しても、良くて妹分程度である。

 

「まあ、俺は君より年上だからな。子供の要に相手にムキには・・・。」

 

先ほどの仕返しとばかり皮肉を言おうと思ったが、要に鼻をつまれ言葉を中断させられる。

 

「花も恥じらう乙女に対して失礼やない?」

 

「俺の立場は無視かよ・・・。」

 

こんな時だけ乙女をアピールしやがって。

内心毒づきながら、ベリィは納得のいかない表情で鼻を摩る。

 

「まっともかく、そうゆうことなら心配いらんよ。

それにいくら妖精とは言え、2人も蛍ん家にけしかけんのは失礼だろうし。」

 

先ほどまで好き勝手ベリィのことをからかったかと思えば、

こういったところではきちんと礼儀は弁えている。不真面目なのか真面目なのか。

 

「それは俺も思ったことだ。

それにチェリーは蛍ちゃんのことをサポートしていくみたいだからな。

だから俺も、要のことをサポートしたいと思ったんだ。俺には戦う力がないから、

せめて俺の出来る範囲で、プリキュアとして戦う君を手助けしたいんだ。」

 

「心強いよ、ベリィ。これからよろしくな。」

 

「ああっこちらこそ、よろしく頼むよ。要。」

 

口と態度は軽いが、誰よりも強い信念を持つ少女、森久保 要。

ベリィは彼女のパートナーになることを、ほんの少しだが、誇りに思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ベリィと別れた帰り道、チェリーは蛍と会話しながら帰路についていた。

 

「要、ベリィの話、聞いてくれるかな?」

 

「きいてくれるとおもうよ?もともと、もりくぼさんから

おはなし、ききたがってたんだし。」

 

それもそうか、とチェリーは思う。チェリーは、要がベリィの話を承諾することを期待していた。

キュアスパークの力は戦力的に大きなプラスとなる。これで蛍への負担も大きく減るだろう。

 

「要が一緒に戦ってくれることになれば、心強いね。」

 

「・・・そうだね。」

 

だが蛍はどこか浮かない顔をしていた。一緒に戦ってくれる仲間が増えることは、

彼女にとっても喜ばしいことではないのだろうか?

 

「蛍?どうしたの?」

 

「・・・もりくぼさんには、もりくぼさんにとって、たいせつなじかんがあるから。

ぶかつとか、ともだちとあそぶじかんとか・・・。もし、プリキュアとしてたたかうことで、

そんなじかんがなくなっちゃうとしたら、なんかやだなっておもって。」

 

「蛍・・・。」

 

確かにダークネスがこちらの都合を考えてくれるとは思わないが、

彼女の身の安全とか周囲の安全とか、もっと他に心配することがあるだろうに。

それよりもプリキュアとして戦うことで、要の『日常』に支障が出ないかを

心配するところが蛍らしい。

 

「でも、一緒に戦ってくれるのなら心強くない?あんな真っ直ぐで勇敢な子、

そうそういないわよ?」

 

「それは、そうだけどね。」

 

そしてこんなところでは素直なのも蛍らしい。やはり戦うのは今でも怖いのだろう。

蛍は戦うことを思い出した恐怖心と、要を戦いに巻き込んでしまうことへの

申し訳なさが入り混じった表情を浮かべた。チェリーは少し暗いムードになったことを

読み取り、努めて明るく振る舞うことにした。

 

「それにしても、ベリィも要を選ぶなんて失敗したよね~。」

 

「しっぱい?」

 

「だって、蛍を選べば、蛍の美味しい手料理が毎日食べられるのよ?」

 

「・・・ふふっ、も~なにそれ?もりくぼさん家のゆうごはんだって、

すっごくおいしいかもしれないじゃない。」

 

蛍は少し恥ずかしがりながら、クスクスと笑ってくれた。やはり蛍には笑顔が一番だ。

 

「い~や、蛍の料理が一番よ。ねっ蛍、今日の晩御飯はなに?」

 

実際のところ、チェリーにとって蛍の手料理を食べることは日々の楽しみになってきている。

蛍の料理は味は勿論だが、バリエーションにも富んでいるので、

次々と初めて見る料理が食卓に並ぶのだ。場を明るくしようと振った話題だが、

言葉には本音が多分に含まれているのである。

 

「そうだね・・・。今日はカレーにしようかな?」

 

「それはどんな料理?」

 

「んっとね、ちょっとドロドロとしたスープみたいなもので、

からいんだけど、ごはんにのせてたべると、すっごくおいしいの。

わたしは、からいのがにがてだから、あまくちにしちゃうけどね。」

 

「新しい料理か~、楽しみだな~。」

 

蛍の作る新しい夕食に胸を弾ませ、チェリーは家へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

自室のベッドで眠る妖精を眺めていた雛子は、その瞼がうっすらと開くのを見た。

 

「おはよう。」

 

「っ!?」

 

妖精は瞼を擦ってこちらを見た後、慌てて飛び上がり距離を置いた。

 

「あっごめんなさい。驚かせてしまって。」

 

雛子が謝罪するも、妖精はこちらを警戒し、表情を強張らせている。

 

「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。何もしないから。」

 

なるべく相手を不安にさせないように、柔らかく話しかける雛子。

すると妖精は、周囲を見渡してから、少しずつ表情を和らげていった。

 

「・・・怖くないの?」

 

妖精は開口一番、その疑問を雛子に投げかける。だがそれよりも驚いたのは、

妖精の口からはっきりとした日本語が飛んできたことだ。どうやら言葉は通じるようだ。

 

「どうして?」

 

「だって・・・この世界に妖精はいないはずだよね?」

 

これはまた驚いた。妖精と勝手に呼んでいたが、どうやら『本物』の妖精だったようだ。

 

「あら?あなたみたいな可愛い妖精さんを、怖がる理由なんてないわよ。」

 

実際、雛子には恐怖と呼べる感情はなかった。というよりは、

妖精の方がよっぽどこちらを怖がっているので、そんな相手を怖がるのは申し訳ないと思った。

 

「・・・そっか~。」

 

少しずつ安堵の様子を浮かべ始めた妖精。さて、ここからが本題だ。

 

「ところで、君の名前は何て言うの?」

 

「・・・えっと、レモンはね・・・。」

 

童話の世界から迷い込んだレモンから、本物のおとぎ話をたくさん聞かせてもらおう。

雛子の心は今、そんな好奇心に満ちていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モノクロの世界の中、リリスとサブナックが対談していた。

 

「新しいプリキュア?」

 

「ああ、キュアスパークを名乗る青いプリキュアが現れたぞ。」

 

話は聞いたものの、リリスは新しいプリキュアに興味はなかった。

リリスにとって、キュアシャイン以外のプリキュアに価値などないからだ。

 

「これでプリキュアは3人か。伝説の通りであれば、あと1人いるはずだ。楽しみだな。」

 

どうでもいい。リリスがそう思った時、

 

「やれやれ、負け犬同士が傷の舐め合いかい?」

 

影の中から、1人の青年が姿を現した。見た目は20台前後の男性。身長は180後半。

両手と一体化したマントを翻し、爬虫類のような細い眼で睨み付けてくる。

リリス、サブナックと肩を並べるダークネスの行動隊長。

 

「ダンタリア・・・やっぱりあなたまで来ていたのね。」

 

「敗戦続きの君たちが情けなくてね。次は僕が行かせてもらうよ。」

 

久々に姿を見せたかと思えばイヤミの連続だ。だがサブナックはそんな彼を見下すように

視線を送る。

 

「ふん、ほとんど事を起こすことのなかった貴様に言われたくはない。」

 

サブナックの抗議に対し、ダンタリアは涼しい顔だ。

 

「僕は念入りに下準備するタイプなんだよ。脳みそまで筋肉で出来ている君と違って、

出撃の回数を重ねる必要はないのさ。」

 

そんなサブナックにダンタリアは痛烈な皮肉をぶつけた。だがサブナックは意を介することなく、

 

「脳が筋肉で出来ているわけないだろ。バカか。」

 

否、通じてすらいなかったようだ。このバカには。ダンタリアも呆れ顔で彼の言葉を流す。

やれやれ、騒がしいやつらが集まってきたものだ。

 

「伝説の戦士プリキュアか。実に興味深い連中だ。」

 

その言葉を残し、ダンタリアの姿は闇の中へと消えていった。どうやら本当にイヤミを言いに来ただけのようだ。

最もリリスは、その程度のイヤミなど意に介してはいなかった。リリスの心を焦がす存在。

それはキュアシャイン以外にないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、学校の昼休みの時間、蛍は要と二人で話す機会を伺った。

 

「もりくぼさん、ちょっといい?」

 

「ああっ、昨日のことか?」

 

「うん。」

 

蛍と要は、人通りの少ないところへ場所を移す。

 

「きのう、ベリィさんが、もりくぼさんのおうちに、いったとおもうんだけど。」

 

「ああ、来たよ。話も全部聞かせてもらった。」

 

と言うことは、要も聞かれたのだろう。戦うかどうか、という問いかけを。

 

「それで・・・もりくぼさんは、これからどうするの?」

 

「どうって、そりゃ、戦うけど?」

 

「え?」

 

「だって、プリキュアになれるのは、今んとこウチらだけなんやろ?だったら、

ウチらが戦うしかないやん?」

 

その通りだ。キュアブレイズを除けば、

この世界でプリキュアに変身できるのは、蛍と要しかいない。

蛍たちが戦わなければ、この世界をダークネスから守ることは出来ないのだ。

それでも要の答えには余りにも迷いがなかった。

蛍は未だに自分が抱いている気持ちを、要にぶつけてみる。

 

「・・・もりくぼさんは、こわくないの?」

 

蛍は恐怖から、一度戦うことから背を向けた。今だってダークネスと戦うのは怖いし、

出来るなら戦いたくないと思っている。

 

「蛍は、戦うことが怖い?」

 

だがそんな蛍に対し、要は逆に質問を返してきた。

 

「えと・・・。」

 

正直な気持ちを述べていいのかどうか悩んでしまい答えに戸惑うが、

要はその迷いを肯定として受け取ったようだ。

 

「そりゃ、怖いよな。あんなバケモン相手に戦えなんてさ。」

 

蛍は、要の言葉に言い返すことが出来なかった。

 

「ウチだって怖いよ、戦うこと。でも、ウチはここが大好きだから。」

 

「ここ・・・?」

 

「夢ノ宮市、夢ノ宮中学、学校の皆に先生、商店街、ご近所さん、そんでウチの家族。

この街で育ったから、ウチはここでの暮らしが大好きなん。でもやつらを放っておいたら、

この暮らしも、全部闇に覆われてしまうかもしれないやろ?

そんなこと、ウチは絶対に許さない。」

 

要の言葉一つ一つには、とても力強い意思が込められていた。

 

「だからウチは、戦うよ。ここを失ってしまうこと、それがウチにとって一番怖いことだから。

それを思えば、やつらと戦うことなんて、怖くないよ。」

 

夢ノ宮市が大好きだから、戦うことを恐れない。

蛍は、要の本質を見た気がする。彼女は、生粋の戦士(ヒーロー)のようだ。

以前、自分がチェリーに言った言葉を思い出す。

自分よりもプリキュアに相応しい人はいくらでもいると。

彼女がまさしく、プリキュアに相応しい人だ。不謹慎かもしれないが、

要がプリキュアで良かったと思う蛍だった。

 

「あっでも、蛍まで怖がるなとは言わないからね。」

 

「え?」

 

「蛍が戦いたくないって言うのなら、無理しなくていいよ。ウチだけでも何とかなるって。」

 

そして要は、心身共に強いだけじゃない、他人のことを気にかける優しさまで兼ね備えている。

素敵な人だ。そしてその言葉は蛍にとって有難かった。

それは、代わりに戦うから、もう戦う必要ないよと言ってくれたようなだから。

だが、要の優しさに甘えるわけにはいかなかった。蛍は息を飲み、勇気のおまじないをする。

 

「蛍?」

 

「わっわたしだって!わたしだって!たたかうってきめたの!

だからわたし・・・にげないよ。ぜったいに・・・。」

 

蛍にだって、戦いたい理由がある。助けたい人がいるから戦うのだ。

ダークネスに襲われた人、キュアブレイズ、そしてチェリーたち。

もう二度と、戦うことから逃げ出したりしないと、あの時キュアブレイズに誓ったのだ。

 

「・・・声、大きいよ。」

 

「あっ・・・。」

 

「もう、プリキュアであることは皆には内緒、やろ?そんなにワキが甘いと、

すぐにバレてまうよ?」

 

「ごっごめんなさい・・・。」

 

「いやいや冗談、ウチこそごめんな。蛍の気持ちも知らないで、勝手なこと言っちゃって。

・・・内緒、か。」

 

ふと要は、遠くを見るような顔をする。

 

「もりくぼさん?」

 

「いやちょっとね。他の皆は大丈夫だけど、雛子の目は誤魔化せるかなって。」

 

そしていきなり、雛子の名を挙げてきたのだ。

 

「ふじたさん?」

 

「あの子はウチと違って頭良いし、察しもいいからな。それにウチはどうも、

雛子相手に隠し事するのは苦手みたいで、大体バレちゃうんだよね。」

 

確かに、要は思うことを素直に伝えられる人だ。

蛍はそんな彼女の人柄に対して好意的だが、裏を返せば隠し事が苦手とも取れる。

 

「まっそれでも、雛子を巻き込むわけにはいかないからなあ。」

 

「そうだね。わたしも、かくしごとするの、にがてだけど・・・がんばらなきゃ。」

 

「あ~わかるわ。蛍思ったことすぐに態度に出るタイプっぽそうだもん。」

 

「ええっ!?」

 

昔から親に、蛍は感情がすぐ表に出るタイプだからわかりやすいと言われてきたのだが、

まさか出会って一週間の要にまで見透かされるとは。

 

「わたし・・・そんなにわかりやすいかな・・・。」

 

「まあそれも蛍の良いとこやから。」

 

「え?」

 

それはどういう意味?と聞こうと思ったその時、

 

「2人とも何してるの?」

 

「雛子!?」

 

「ふじたさん!?」

 

雛子が声をかけてきたのだ。

 

「何よ2人して、人の顔を見るなり驚いちゃって。」

 

「いや別に、急に声かけて来たからびっくりしただけやて。」

 

「ふ~ん、ところで、2人とも何でこんな人気のないところに?」

 

「ちょ~っと気分転換にって思っただけ。ほら、はよ教室帰ろ?

そろそろ昼休みが終わる時間だし。」

 

そう言うと要は、半ば強引に話題を切り上げ教室へ戻るように促した。

 

「・・・。」

 

雛子はそんな要を訝しむような目で見ていた。

確かに蛍の目から見ても、今の要の態度はらしくないように見えたが、

自分が要の立場だったら、もっと大混乱に陥っていただろう。

話題を切り上げることが出来ただけで十分だ。友達になりたいと思っている人を相手に

隠し事をするのは心が痛むが、雛子を巻き込まない為にも上手く誤魔化していくしかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、授業を終えた蛍は帰り支度をし始めた。

 

「要、今日部活休みでしょ?久しぶりに公園でサッカーしない?」

 

クラスメートの真が、要をサッカーに誘う。

 

「おっ、いいねえサッカー。言っとくけど負けないよ、真。」

 

「いくらスポーツバカのあんただからって、現役選手の私に敵うわけないでしょ?」

 

にこやかな笑顔で挑発的な言葉を送る真。どうやら彼女はサッカー部のようだ。

 

「言ったな、よ~し、現役選手の鼻っ柱へし折ってやるわ!

んじゃっ蛍、雛子、また明日な~。」

 

「雛子、蛍ちゃん。またね~」

 

「うっうん、また明日。」

 

「またね、真。」

 

「ウチは無視かい!」

 

要のツッコミを最後に、2人は学校を後にした。

 

「ぶかつない日もうんどうするんだ・・・。」

 

要のアクティブすぎる行動に呆気に取られる蛍。

 

「スポーツバカは体を動かさないと病気になるみたいよ。」

 

雛子の容赦ない言葉に呆気に取られる蛍。

 

「それじゃあ、私も図書館寄ってから帰るから。」

 

「図書館・・・。」

 

そういえば、学校の図書館にはまだ立ち寄ったことがなかった。

噂によれば、ここの図書館はかなりの大きさを誇るらしいので、前から興味はあったのだ。

 

「蛍ちゃん、良かったら一緒に図書館に行ってみない?」

 

「えと・・・じゃあ、少しだけ。」

 

雛子と2人きりと言うのは少し緊張するが、せっかくの機会なので蛍は承諾するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

図書館へと訪れた蛍はその広さに驚いた。ズラリと並ぶ多くの本棚には、

大小様々な本で隙間なく埋められている。

そして立ち並ぶ本棚は1つの階には収まり切れず、階段を登った先にも多くあるのだ。

とても学校の図書館とは思えない大きな空間に、蛍は感嘆とした声をあげる。

 

「ふわあ・・・、スゴくひろいね。」

 

「とはいっても、半数くらいは参考書や専門書だったりするけどね。物語の類の本は、

ほとんど読み切っちゃったかな。」

 

「え!?」

 

残りの半数の内、何割がその類を占めるのかはわからないが、

この規模を考えれば相当数あるのではないだろうか。

 

「って言っても、ここに置かれているもの全部読んだわけじゃないわよ?

街の図書館とかに置かれているものと被るものもあるし、

自分で買って読んだものもあったから。」

 

雛子そう言いながら、鞄からそれなりの厚さの本を取り出した。

その表紙には蛍も身に覚えがある。小学校の頃、好きで読んでいた童話だ。

 

「あっそれ、ベストセラーになったがいこくのどーわ・・・あれ?」

 

よく見るとタイトルが英語で書かれている。

 

「その原文版。英語の教材として、この図書館に置いてあるのよ。

暇つぶしに参考書を読もうと思って見て回っていたら、思わぬ収穫があったわ。」

 

暇つぶしに参考書を読もうという発想が凄いが、それ以前に原文版と言う言葉が気にかかる。

 

「もしかして、ぜんぶ英語でかかれてるの?」

 

「勿論、元々英語圏で書かれたものよ?日本語版は翻訳者の視点で訳されたものだから、

本の世界も、その翻訳者が見た世界になってしまうのよ。

それも素敵なものだけど、原文版なら原作者の創った本の世界を直接見ることが出来るのよ。

さすがに全部翻訳は出来ないから、辞書を片手に読んだのだけど、

日本語版とはまた違う世界を見ることが出来て、とても素晴らしい体験だったわ。」

 

本を読むことで、作者が創る本の中の世界を見る。抽象的な表現ながらも、

雛子の読書に対する姿勢と熱意がありありと伝わって来た。

しかも雛子は、同じ本でも書き手によって見る世界を変えられるのだ。

初めて見る雛子の読書家としての一面に、蛍はただ圧倒された。

 

「今日はこの第二章を借りに来たの。蛍ちゃんも読んだことあるのなら、借りてみる?」

 

「えと・・・やめておくね・・・。」

 

彼女の厚意を無下にするのは気送れるが、

例え辞書を片手に添えても、読むことが出来ないだろう。

 

「そっか。」

 

雛子はそんな蛍に気を悪くすることもなく、微笑みながら第二章のある本棚へと向かった。

蛍も雛子に続き、本棚から適当な本を見繕い始めた。

そして読みたい本を借りた後、雛子を探して図書館を見回る。

 

「あっ、いた。ふじたさん。」

 

既に席についていた雛子は、先ほど見せた童話の原文版第二章を読み始めていた。

片手に英和辞典を開きながら、真剣な表情で本を見つめている。

自分が声をかけたことにも気づいていないようだ。

 

(ジャマしちゃわるいか。)

 

蛍は雛子の目の前の席に座り、借りた本を読み始めた。

読みながら時折、雛子の様子を伺う。常に真剣かと思われたその表情は、

時には微笑み、時には息を飲み、時には吸い込まれるように文字を目で追っていた。

今の雛子の視界に、蛍の姿は映っていない。その目は既に本の世界の中だ。

彼女の目の前には今、どんな世界が、景色が拡がっているのだろう。

そんなことを考えながら、蛍も久しぶりに読書に励むことにした。

 

 

しばらくして蛍は、本から顔をあげ、図書館の時計を見上げる。

 

「わっ、もうこんなじかん。」

 

そろそろ夕飯の支度に取りかからなくてはならない時間だ。

久しぶりに読書をしたが、やはり本を読み出すとあっという間に時間は過ぎるものだ。

帰るために蛍が席を立つと、

 

「あっ蛍ちゃん。」

 

椅子を引く音が聞こえたのか、雛子が本の世界から戻って来たようだ。

 

「あっごめんなさい、ふじたさん。じゃましちゃった?」

 

「ううん。私こそごめんね。私から誘ったのに、

蛍ちゃんが目の前にいたことに気づかなくて。」

 

「ぜんぜん、きにしてないよ。ふじたさん、スゴくたのしそうにほんをよんでたもん。

じゃましちゃわるいなっておもったから。」

 

「ふふっ、ありがとう。そろそろ帰るの?」

 

「うん、ゆうごはんのしたくしなくちゃいけないから。」

 

「良かったら、一緒に帰る?」

 

「え?」

 

急な誘いに驚く蛍。てっきりまだ残って本を読むのかと思ったからだ。

 

「わたしは、だいじょうぶだよ。」

 

蛍としても、特に断る理由はないため、蛍は雛子と一緒に帰ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

帰り道。雛子と今日読んだ本の話題に花を咲かせていた蛍は、

誰かと一緒に帰るのは、今日が初めてだということを今になって気づいた。

 

(そういえば、一週間前は、あんなにふあんだったっけ・・・。)

 

あの時は誘ってくれた要と雛子の前から逃げ出してしまったが、この一週間で

2人と普通に会話が出来るようになった今、自然と一緒に帰られるようになったのだ。

 

(・・・かわれたかな・・・わたし・・・。)

 

また一つ、確かな変化を実感する蛍。

 

「蛍ちゃんは、ファンタジーものが好きなんだ。」

 

「うん、まほうつかいさんとか、ようせいさんとか、むかしはあこがれてたんだ。」

 

まさか自分が魔法使いになった上に妖精のパートナーが出来る日が

来るとは夢にも思っていなかったが。

 

「ふじたさんは、どんなほんがすきなの?」

 

「私は・・・なんでも読むかな?ファンタジーにSF、サスペンス。あっでも、

自叙伝やノンフィクションとかもたまに読むけど、どちらかと言えば創作物が好きね。」

 

「ふじたさんはほんとうに、ほんがすきなんだね。」

 

何気なく語った言葉だが、雛子はなぜかその言葉を聞いて、複雑な表情を浮かべた。

 

「・・・ふじたさん?」

 

雛子の様子が気になる蛍。すると雛子の口から驚きの言葉が語られた。

 

「私ね、昔友達いなかったんだ。」

 

「え?」

 

突然の告白に蛍は驚く。

 

「自分から友達を作ることが苦手で、学校にいる間、ずっと一人だった。

でも私は、1人で本を読むのが好きだから、1人で過ごせる時間があればいいって、

ずっと自分に言い聞かせていたの。ホントは友達が欲しかったくせにね。」

 

蛍にとっては耳を疑うような内容だ。少なくとも今の雛子は、

人と接することが苦手のようには見えない。転校初日、自分に対しても

分け隔てなく優しくしてくれたし、要を始めとするクラスの友人達とは、

遠慮のないやり取りをしていた。例え昔の話であったとしても、

雛子のそんな姿は想像できないのだ。

 

「もしも、要と会っていなかったら、今も一人だったかもしれない。」

 

「もりくぼさん?」

 

「要はね、私が嫌だって言っても、ずっと私を引っ張りまわして、

無理やり自分の輪の中に、私を巻き込もうとしたのよ。全く、失礼な奴だと思わない?」

 

だが雛子の言葉には、一切の不快感を感じられなかった。むしろ昔を懐かしむような感じだった。

 

「でもね、気が付いたら私の周りには、たくさんの友達が出来ていたの。

要に、真に、愛子。みんな私の大切な友達。だから・・・

蛍ちゃんの気持ち、少しだけわかるんだ。」

 

「そう、だったんだ・・・。」

 

「ごめんね急に、こんな話をしてしまって。でも、蛍ちゃんにはいつかこの話をしようと思ったの。」

 

「え・・・?」

 

「人付き合いに悩んだり、落ち込んだりすることは、別に不思議じゃないってこと。

だから蛍ちゃん、あんまり自分の事、責めたり思いつめなくてもいいからね。

私はいつだって、蛍ちゃんの味方だから。」

 

もしかしたら雛子は、自分を励ます為に自身の過去について話してくれたのかもしれない。

同じような経験を、過去に雛子もしたことがあるから、あまり気に病む必要はないと。

それは自分と同じ境遇に立つ人を見た故の、同情から来るものなのかもしれないが、

そもそも蛍にとって、ここまで親身になって心配してくれる人はいなかったのだ。

だから、蛍は雛子の厚意が、素直に嬉しかった。

 

「ふじたさん・・・うん、ありがとう・・・。」

 

「どういたしまして。」

 

話をしていると、蛍と雛子は分かれ道までたどり着いた。

 

「じゃあ、わたしのおうち、こっちだから。」

 

「うん・・・ねえ、蛍ちゃん。」

 

別れの挨拶をしようと思った蛍だが、ふと雛子が声をかけてきた。

 

「なに?ふじたさん。」

 

「お昼休み、要と何を話していたの?」

 

「えっ・・・。」

 

昼休みのことを突然訪ねられ、蛍は息を飲む。本当のことを話してしまうと、

雛子を戦いに巻き込んでしまうことになる。だが嘘をつくことが苦手な蛍は、

自分でもわかるほど狼狽する。これでは雛子の不信感を募らせるばかりだと言うのに、

落ち着くことが出来なかなった。

 

「・・・私には、言えないことなの?」

 

結局蛍に出来ることは、口を割らないことだけだった。不審に思われるだろうが、

真実を告げて雛子を巻き込んでしまうよりはマシだ。だが雛子は過去の自分を重ねてまで、

蛍の事を心配してくれたのだ。そんな彼女に対して隠し事をしなければいけないことに胸が痛む。

いっそ全て打ち明けられたら、どれほど楽だろうが。

 

「・・・ごめんなさい。でも、おはなしするわけには、いかないから・・・。」

 

蛍が告げられる言葉は、これが限界だった。

 

「・・・こっちこそごめんね。急に聞いちゃって。」

 

だが意外なほど、雛子はあっさりと折れてくれた。

 

「じゃあ、蛍ちゃん、また明日、学校でね。」

 

「え?うっうん、またあした。」

 

雛子はやや早歩きで、家まで向かった。その背中を見送りながら、

蛍はこの先ずっと、雛子に秘密を抱えていかなければいけないことを気に病むのだった。



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第4話・Bパート

帰り道、蛍と別れ家に着いた雛子は自室へと戻っていった。

 

「あっ雛子~おかえり~。」

 

すると、レモンが自分を出迎えてくれた。そんな彼女に雛子は笑顔を見せる。

昨日聞いた話によれば、レモンは離れ離れになった友人たちを探して、

この夢ノ宮市まで来たようだ。だがこれまで野宿同然の生活を送っていたらしく、

雛子はしばらくの間、レモンに自分の部屋を宿代わりに貸すことにしたのだ。

当然、家族には内緒で。

 

「レモンちゃんもお帰り。お友達は見つかった?」

 

「ぜ~んぜん。でもこの近くにいることは間違いないから~

レモンがんばって探しちゃうよ~。」

 

独特の間延びした口調を持つレモンは、その口調の通りのんびり屋で

マイペースな性格のようだ。

 

「そっか、無理しないでね。」

 

雛子はそう言い、ベッドに腰掛ける。

 

「?雛子~。今日何かあったの~?なんか暗い顔してるよ~?」

 

「・・・ちょっと、色々あってね。」

 

雛子は蛍との会話を思い出す。蛍と要が何かを隠していることはすぐにわかった。

だから蛍からその隠し事を聞くために、自分の過去を打ち明けた。

自分が彼女と同じ境遇を持つことを話し、親近感を与えることが出来れば、

ひょっとしたら打ち明けてくれるのではないかと思ったのだ。

 

(酷いやり方よね・・・。)

 

雛子は今になって罪悪感にかられる。大体自分と蛍の境遇は、似ているようで全く似ていない。

確かに雛子も昔は人付き合いが苦手で、友達がいなかったのは事実だ。

だが現実の受け止め方が、蛍とは大違いだった。雛子は友達が出来ない理由を他人のせいにし、

自分から人を遠ざけたのだ。

不愛想な態度、冷たい物言い、他人に嫌われる振る舞いは何だってしてきた。

私が嫌われているのは自分のせいじゃない。私を受け入れてくれないお前たちのせいだと、

そんな意味のない自己主張を込めて。挙句の果てに他者と過ごす時間がないことも、

1人で本を読むための時間が増えたのだから、喜ばしいことだと思い込むようになった。

趣味の読書さえ、友達が出来ない理由を正当化する材料にした。

そんなどうしようもなく捻くれ者な自分に対して、蛍は自分の弱さを受け止め、

自分を変えようと必死に頑張っているのだ。同じ境遇だなんて失礼にもほどがある。

 

(それでも、どうしても知りたかった・・・。要が何を隠してるのか。)

 

雛子は横にいるレモンを見る。昨日の夜、彼女から聞いた話は、

レモンはこの世界とは違う、別の世界から来たということ。

そして離れ離れになった友達を探して、この世界を彷徨っていたということだけだ。

なぜレモン達はこちらの世界に来たのか、という質問には答えてくれなかった。

代わりに返って来た答えはこうだ。

 

雛子を巻き込みたくないの。雛子はいい人だから。

 

最初の内は、この部屋を宿にすることさえ渋っていたのだ。

さすがに放っておくことも出来ないから、半ば無理やり言うことを聞かせたが、

巻き込みたくないというからには、ただ事ではない事情を抱えているのだろう。

そして雛子は、要と蛍がその事情に巻き込まれているのではないだろうかと思い始めた。

無論、何の関連性もなく突拍子もない事だと思うが、それ以外に要が自分に隠し事をする

理由が思いつかないのだ。要と雛子はこれまで、どのような悩みでもお互いに相談し合ってきたが、

今回は違った。あんな風に余所余所しい態度まで取って、無理やり話題を切り上げようとする要は、

今までみたことがない。だから雛子は要のことが心配なのだ。

蛍の良心を利用してまで、話を聞こうとするほどに。

 

(やっぱり明日、もう一度話を聞こう。)

 

どうしても要の事が気がかりだった雛子は、明日、改めて問いかけようと思ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、蛍は雛子の様子を伺っていたが、特に変わった風には見られなかった。

要ともいつも通り口喧嘩する光景から、2人の間に溝があるようにも思えない。

だが、昨日の別れ際の様子では、話を聞くことを諦めたとようにも見えなかった。

もしまた同じことを聞かれたら、どう答えるのが一番なのか。

蛍がそんなことを考えている内に、あっという間に時間が過ぎ放課後を迎えていた。

 

「蛍ちゃん。もう帰るの?」

 

雛子から声がかかる。今日は食材の買い出しに行かなければならないので、

いつもよりも早くに学校を出るつもりだ。

 

「うん、いまから、かいものにいかなくちゃいけないから。」

 

「そっか。・・・昨日はごめんなさい。」

 

雛子が蛍にしか聞こえない小声で謝罪してきた。

 

「え?」

 

「蛍ちゃんに私の過去を話したことなんだけど、私、自分の過去を話せば、

蛍ちゃんが私に隠していること、教えてくれるかなって思ったの。

蛍ちゃんの思いを利用するような真似して・・・本当にごめんなさい。」

 

なんだそんなことか、と蛍は思った。それでもあの時かけてくれた、

『自分の事を責めたり、思いつめたりしなくても大丈夫。』という言葉に

嘘があるとは思えないし、元を辿れば、雛子に隠し事をしている自分が悪いのだ。

彼女が気に病むようなことはない。

 

「ううん、わたしがふじたさんに、かくしごとをしてるのがいけないんだし、

わたしこそ、はなせなくてごめんなさい。」

 

蛍も雛子に対して、『隠し事がある』ことは隠すつもりはなかった。

最も、隠し事をしていること自体はバレているのだが、

 

「蛍ちゃんが謝ることなんてないよ。呼び止めちゃってごめんね。」

 

「ううん、だいじょうぶ。それじゃあ、またあしたね。ふじたさん。」

 

「うん、また明日。」

 

どうやら雛子との仲がこじれることはないようだ。その事に安堵しながら、

蛍は買い物へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、雛子はいつも通り図書館で時間を潰し、要の部活が終わるのを待っていた。

だが、本を読むのには集中できなかった。図書館にいた時間はいつもと同じはずなのに、

こんなにも長く感じたのは初めてだ。すると、部活を終えた要が姿を見せた。

 

「雛子・・・?」

 

その表情はいつもと違い、どこか怪訝を感じているように見えた。無理もない。

いつもと違うのは、要だけではないことは自覚している。

 

「要、一緒に帰ろう。」

 

普段ならこんな言葉、要に対して素直には言わない。どうやら思っていた以上に、

今の自分には余裕がないようだ。

 

「・・・うん。」

 

要から少し間を置いた返事を聞き、2人は一緒に帰ることにした。

 

 

要と並んでの帰り道。雛子は要と一言も口を利かなかった。今までだって、

特にお喋りすることなく帰ったことはあるが、ここまで重苦しい空気は初めてだ。

だが、要との間にここまでの確執を感じるのもこれで終わりだ。

 

「雛子・・・。」

 

すると要の方から先に声があがった。雛子はその場で立ち止まる。

だが要から二の句がなかなか出てこなかった。重苦しい空気に耐え兼ねて、

名前を呼んだだけなのだろう。雛子はこの機を逃さず、要から隠し事を聞き出すことにした。

 

「要。私さ、要に対しての物言いには遠慮がないって自覚あるんだ。」

 

「え?」

 

よく周りからも言われることだ。雛子は要に対してだけは辛辣だと。

 

「でもね、それは私が、要に対しては上辺を取り繕いたくないからなんだよ?」

 

穏やかでおっとりとした文学少女。周りからの雛子の評判は大体がこうだ。

そんな清楚なものではない。独りぼっちだった自分に多くの友達を与えてくれた

要に対して、素直に感謝の気持ちも伝えられない捻くれ者。

彼女に対する好意を素直に向けるのが癪だから、辛辣な態度と物言いで誤魔化す。

藤田 雛子とはそうゆう少女だ。でも要は、そんな雛子を受け入れて友達になってくれたのだ。

だから雛子は、要に対して素直になれない自分を、敢えて直そうとは思わなかった。

それが自分なりの『正直』な態度だから。我ながら捻じ曲がった考え方だと思う。

 

「だから・・・今までみたいに率直に言うね。要、私に何を隠しているの?」

 

「・・・。」

 

しばらく無言の間が続いたが、要は静かに口を開いた。

 

「ごめん・・・言えんよ。雛子を巻き込むわけにはいかないから。」

 

雛子にとってその答えは予想通りのものだった。それでも雛子の中に怒りに似た感情が、

ふつふつと込み上げてくる。

 

「巻き込みたくないって・・・今更何よ。」

 

「雛子?」

 

「あの時、嫌がる私を無理やり引っ張りまわしたのはどこの誰よ!?友達なんていらないって

言ったのに勝手に友達になって!勝手に自分のコミュニティに私を加えて!

あなたの都合に巻き込まれるなんて、今までだってずっとそうだったじゃない!

だから!もっと私の事、巻き込んでよ!!要!!」

 

なぜこんな捻くれた言葉でなければ、思いを伝えることが出来ないのだろう。

要のことが心配だ、悩みがあるなら力になりたい。それだけのことを素直に伝えればいいのに、

わざわざ逆上するような態度を取ってしまう。それでも要なら、こんな言葉でも

自分の真意を紡ぎ取ってくれると、雛子は信じているのだ。

そしてしばし逡巡した後、要はようやく笑顔を見せた。

 

「・・・ははっ、やっぱこうなるよな。わかってたことなのに。」

 

「要・・・。」

 

「ウチの降参だよ。やっぱり雛子には隠し事は出来ない。ううん、したくないや。」

 

その言葉を聞き、雛子は安堵した。やっぱり要は要だ。自分の良く知る要なのだ。

 

「とんでもない話だし、雛子にも危険が及ぶかもしれないけど、それでも聞いてくれる?」

 

「勿論よ。聞かせて要。」

 

「・・・実はね。」

 

だが要が隠し事を話そうとしたその時、

 

 

要は本当に、私の友達なの?

 

 

「え・・・?」

 

雛子の頭の中に、声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

雛子の様子がおかしい。突然頭を抱え、辺りを見回し始める。

 

「雛子・・・?」

 

彼女に問おうとしたその時、要の全身に悪寒が走る。

 

「っ!?まさか!」

 

初めて変身したあの時と同じ感覚だ。体中が震え、全身の感覚が危険信号を送り続ける。

間違いない。ダークネスが現れたのだ。

 

「いや・・・何?何で私の声が・・・。」

 

そして雛子の様子から、彼女に何が起こったのか分かった。自分の内側の声が、

頭の中に響いているのだ。

 

「雛子!」

 

要は思わず彼女の手を取る。だが、

 

 

要は本当に私の友達なの?

 

 

彼女の手を取った途端、要の頭にも声が聞こえた。

 

「これって・・・雛子の・・・?」

 

 

私は1人でいたかったのに、要は私から1人の時間を奪ったのよ?

そして望んでもいない時間を押し付けてきた。そんな要を、

本当に友達だと思ってるの?

 

 

雛子の手を通じて、雛子の声が要の頭に響く。

闇の牢獄の中で響き渡る声は、その人が今まで隠してきた本心だ。

それは要自身が身を以って知っている。ということは、

これが雛子の本心・・・?

 

 

そもそも私は友達なんて必要なかったのよ。

それなのに勝手に友達呼ばわりされて、

ずっと迷惑だったじゃない。鬱陶しかったじゃない。

私は、ずっと1人でいたかったはずよ?

 

 

要は血の気が引いていくのを感じた。もしかして自分は、

雛子のことをずっと誤解していたのではないのか?

彼女のことを何も理解できていなかったのではないだろうか?

 

「いやっ・・・いやあああっ!」

 

だが雛子の叫びを聞いて、要は我に返った。

雛子は今苦しんでいる。ずっと心の奥底に閉じ込めていた思いを

無理やり引きずり出されているのだ。今は自分のことで悩んでいる場合ではない。

 

「要!」

 

するとベリィがこちらに駆けつけてきた。

 

「ベリィ!どうしよう、雛子が!」

 

「雛子?彼女のことか?」

 

ベリィは雛子を一瞥する。

 

「この空間に残っているということは、闇の牢獄に囚われかけているのか。

でもまだ閉じ込められてはいない。早く元凶を絶つんだ。

この空間を作り出しているダークネスを追い払おう!」

 

「でも・・・それって、雛子を1人でここに置いてくってこと?」

 

この状態の雛子を1人で放っておくことなど、要には出来なかった。

例え雛子が本心で自分のことを邪険していようとも、

要に取って雛子はかけがえのない友達なのだから。

 

「だけど、それしか彼女を助ける方法はない!」

 

自分を叱咤するベリィに、要は表情を曇らせるが、

 

「かな・・・め・・・。」

 

「雛子・・・。」

 

それでも、今にも闇の牢獄へ囚われそうな状態の雛子を、

独りぼっちにするなんて出来なかった。

 

「・・・ごめんベリィ、ウチ、雛子のこと放っとけんよ。」

 

「要!キュアシャインがもう戦っているのかもしれないんだぞ!

彼女を一人で戦わせてもいいのか!?」

 

「っ!?」

 

だが雛子の事で頭がいっぱいだった要は、蛍のことを失念していた。

あの子が1人でダークネスと戦えるはずがない。もしもこのまま雛子の側にいれば、

蛍を見捨てることになるのだ。

 

「ウチは・・・どうすれば・・・。」

 

雛子と蛍。2人を天秤にかけられた要は、その場で佇むことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

買い物から帰った蛍は、さっそく夕食の支度に取りかかる。今日の献立は肉じゃがだ。

昨日、自室に置いてある料理本を読んだチェリーが、どうしても食べてみたいと

リクエストをしてきたのだ。手早く野菜と牛肉を切り終えた蛍は、

それらを鍋に入れて煮込み始める。

 

「わ~、いい匂い。」

 

肉じゃがの匂いにつられたチェリーが、鍋に顔を近づける。

 

「チェリーちゃん。ちゃんと、にこんでからじゃないとたべれないから・・・。」

 

だが次の瞬間、蛍の体に悪寒が走った。

 

「っ!?」

 

「闇の波動!?」

 

続いて隣にいたチェリーも反応する。

 

「うっ・・・。」

 

そしていつものように、蛍の頭の中に声が響く。

 

「蛍、大丈夫!?」

 

「だいじょうぶ・・・、へいきだよ。」

 

これ以上、自分の声に惑わされてたまるか。コンロの火を消した蛍は、

両手を胸に添える。

 

(リリンちゃん・・・。)

 

リリンを想い、彼女の言葉を思い出し、勇気のおまじないをする。

 

「がんばれ、わたし!」

 

そして光の中からパクトが現れた。蛍はパクトを手に取る。

 

「プリキュア!ホープ・イン・マイハート!」

 

光に包まれた蛍は、キュアシャインへと変身した。

 

「世界と照らす、希望の光!キュアシャイン!」

 

蛍はようやく声に惑わされず、変身出来るようになったのだ。

 

「いそごっ、チェリーちゃん。」

 

「ええ!」

 

チェリーと共に家を出た蛍は、ダークネスの反応がする方へと向かって行った。

 

 

蛍がダークネスの気配がする地点まで辿りつくと、眼前に1人の青年が宙を飛んでいた。

リリスでも、以前戦ったサブナックでもない。サブナックと比べると、

幾らか人に近い形状をしていたが、マントと一体化した両腕、頭に生えた二本の角、

脚部は鳥類のように鋭く尖った鉤爪が人外であることを訴えている。

蛍はその外見から、『吸血鬼』を連想した。

 

「また新しい行動隊長のようね。」

 

隣にいるチェリーがそう呟く。一体、行動隊長とは何人いるのだろうか。

するとその青年は、右手に抱えた黒の球体を宙に差し出した。

 

「ダークネスが行動隊長、ダンタリアの名に置いて命ずる。

ソルダークよ、世界に闇を撒き散らせ。」

 

ダンタリア。それがあの吸血鬼の名前のようだ。ダンタリアの号令と共に、

黒の球体はソルダークへと形を変える。

 

「ガアアアアアアアア!!」

 

そして甲高い産声をあげるソルダーク。いつ聞いてもこの声には慣れそうにない。

 

「キュアスパークはまだ来ていないみたいね。」

 

言われてみれば、キュアスパークの気配はしなかった。彼女の到着を待とうかと思ったが、

ソルダークの体から放たれる絶望の闇が空を覆い始める。

 

「1人であいつらと戦うのは不利よ。一先ずキュアスパークの到着を待ちましょう。」

 

チェリーがそう提案する。確かに蛍1人では、行動隊長とソルダークを同時に

相手をすることは出来ないだろう。以前サブナックと戦った時のように。

チェリーの判断は正しい。だが蛍はこのままじっとしていることが出来なかった。

 

「・・・でも、あのぜつぼうのやみがひろがれば、やみのろうごくに

とらわれる人がふえていくんだよね?」

 

確かチェリーがそう言っていたはずだ。絶望の闇は、闇の牢獄の強度を高め、

闇の牢獄の強度が高まると、囚われる人たちも数を増やしていくと。

 

「そう・・だけど。」

 

「それなら、ほうっておけない。」

 

「え?」

 

「こうしてるあいだにも、たくさんの人が、やみのろうごくにつかまって、

こわい思いをしているのかもしれないんだよ。そんなの、みすごすことなんて、できない。」

 

一度、闇の牢獄に完全に閉じ込められた蛍だからこそわかる恐怖。あんな怖い思いを

他の人にさせないためにも、蛍はプリキュアとして戦うことを決意したのだ。

 

「わたしがたたかえば、わたしとたたかうために力をつかってくれるはず、

ぜつぼうのやみがひろがるのを、おさえられるかもしれない。」

 

絶望の闇はダークネスの力の源とも聞いた。ならば戦う力としても使われているはずだ。

戦うことに力を使わせれば、闇の牢獄を強化することは防げるかもしれない。

 

「そんなの無茶よ!蛍1人であいつらを相手にするなんて!前だってそれで

危ない目にあったじゃない!」

 

「それに、だれかのぜつぼうが、せかいにまかれるなんて、そんなのぜったいに、

みのがせない!」

 

蛍はそう叫ぶ。誰もが抱えている心の内側に封じ込めた思い。それを無理やり引きずり出して、

絶望に変えて世界へと撒き散らす。そのダークネスの行いが、蛍には何よりも許せないのだ。

 

「蛍!」

 

チェリーの静止を聞かず、蛍は1人でダンタリアの元へと飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダークネス!」

 

蛍がダンタリアの前に姿を見せる。

 

「君がプリキュアかい?それもピンク色の・・・。そうか、

君が噂に聞く弱虫キュアシャインだね?」

 

「よわむし・・・。」

 

一体ダークネスの間でどんな噂が流れているのやら。それに初対面なのに酷い言い草だ。

これまでの行動隊長とは違い、ダンタリアは随分と饒舌なようだ。だが自分が弱虫であることは、

自分自身が一番よくわかっている。今更他人に指摘されたところで狼狽えはしない。

 

「おや、意外と冷静だね。」

 

それに今は、そんな言葉に心を乱されている暇はない。

キュアスパークが来るまでの間、1人で戦わなければいけないのだから。

 

「これいじょう、ぜつぼうのやみをひろがせはしない!」

 

蛍はダンタリアの元へ飛んでいく。

 

「いいだろう。少し遊んであげる。ソルダーク!」

 

ダンタリアの呼びかけと共に、ソルダークが蛍へ拳を降ろしてきた。

蛍は空中で体を翻し回避するが、地面に叩き付けられた拳がコンクリートを抉り、

粉塵と共に衝撃を巻き起こす。蛍は粉塵に巻き込まれながらも、

何とか地面に手を付き態勢を立て直す。

 

「はああっ!」

 

そしてそのままソルダークへと飛び、勢いよく振りかぶった拳を叩き付けた。

ソルダークは僅かに唸り、後方へとよろめく。よし、前に戦ったソルダークと違って、

自分の打撃でもダメージは受けるようだ。

 

「ふっ。」

 

だがダンタリアは不敵な笑みを浮かべる。

 

「ソルダーク!」

 

そしてダンタリアの呼びかけと共に、ソルダークは両手を蛍へ向ける。すると指先が分離し、

蛍めがけて飛んでいったのだ。

 

「えっ!?」

 

放たれた指先はジェットを噴射させ空中を飛び交う。蛍はそれを次々と回避するが、

最後の一発を回避しきれなかった。両腕を交差して受け止めるが、直後、蛍に触れた

ソルダークの指先が爆発を引き起こす。

 

「きゃあっ!」

 

「キュアシャイン!!」

 

チェリーの叫び声が聞こえる。爆発を受けた蛍は大きく吹き飛ぶも、何とか立つことが出来た。

それにしても、あの指先の性質はまるでミサイルのようだ。

 

「ソルダーク。畳みかけてしまえ!」

 

気が付くとソルダークの指先が再生していた。そして10本の指先を放ち再生する

が4度も繰り返される。40発ものあれを立て続けに受けたら、さすがにタダでは済まない。

蛍は自身に狙いを定めて飛んでくるミサイルを無視しソルダークの元へと走って行った。

やがてミサイルが蛍に迫り、着弾しそうになるが。

 

(いまだ!)

 

蛍はギリギリまでミサイルを引きつけ、ミサイルを潜るように前方へと跳躍した。

先ほどまで蛍がいた地点にミサイルが着弾、爆発し、その爆風を利用して長距離を飛び上がる。

目前まで迫った全てのミサイルを一度に回避しながら、ソルダークの元へと急接近したのだ。

蛍は後ろを振り返らずソルダークの元まで一気に迫る。

だが、

 

「キュアシャイン!後ろ!!」

 

チェリーの声が聞こえ、蛍が後ろを振り向くと、

 

「え・・・?」

 

先ほど回避したはずのミサイルが、こちらへ方向転換してきたのだ。

だが既にミサイルは目と鼻の先まで迫っており、回避することが出来なかった。

 

「きゃあああっ!!」

 

立て続けに巻き起こる爆発を受け、蛍は地面に倒れ込む。

 

「僕が厳選し、熟成した素材から創りだしたソルダークだ。リリスやサブナックのものと

一緒にしてもらっちゃ困るね。」

 

「ううっ・・・。」

 

まだ、手足を動かすことは出来る。力を入れれば立ち上がれるはずだ。

 

「やれやれ、大人しくお仲間の到着を待てば良かったのに、絶望の闇を拡げたくないから?

そんな個人的感情で自らの身を危険に晒すなんて、君はバカだね。

それに、気づいているかい?」

 

ダンタリアはソルダークを指さす。見るとソルダークの頭上から、絶望の闇が放たれていた。

 

「っ!?」

 

「君みたいな弱虫、絶望の闇を撒く片手間で相手が出来るんだよ。恨むのなら、

自分の弱さを恨むんだね。」

 

自分一人でも戦いに力を使わせれば、絶望を拡げるのを食い止められるかもしれない、

そんな考えが既に甘かったのだ。蛍は唇を噛みしめるが、悔しがるのは後回しだ。

絶望の闇を拡げないために、何が何でも戦いに力を使わせるしかない。

 

「はあああっ!」

 

蛍は力を振り絞って立ち上がり、ソルダークへと立ち向かう。だが次の瞬間、物陰から

一斉にミサイルが姿を現した。

 

「待ってキュアシャイン!それは挑発よ!行ってはダメ!!」

 

それに気づいたチェリーが警告する。先ほど放たれた40発の内、幾つかが爆発に紛れて

物陰に潜んだのだ。だがミサイルは既に蛍を包囲し、一斉に降り注いだ。

 

「キュアシャイン!!」

 

ミサイルの同時攻撃を受けた蛍は、その場に膝崩れに倒れ込む。

 

「呆気ないな。想像以上の弱さだよ、君。」

 

先ほどまでの挑発的な物言いとは異なり、明らかに侮蔑の入り混じった言葉だった。

だが蛍はそれに意を介さない。地面を這いつくばりながらソルダークに近寄り、その足を掴む。

 

「なに?」

 

「ぜったいに・・・させないから・・・。」

 

僅かな力を振り絞り、必死に立ち上がろうとする蛍。侮蔑な眼差しでそれを見ていた

ダンタリアから、徐々に笑みが消えていく。

 

「・・・へえ、しぶとさだけは一人前だね。いいよ。望み通りまず君を潰すことに

全力を出してあげる。ソルダーク!」

 

ダンタリアの声を聞いたソルダークは、絶望の闇の放出を中断する。

そしてその分の力を込め、再び蛍へ向けてミサイルの雨を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

雛子は自分の頭の中に響く声にずっと抗い続けていた。だが同時に聞こえてくる要の声が

やがて聞こえなくなり、彼女の手のひらの温もりも遠ざかっていく。

やがて雛子自身の意識さえも昏倒とし始めた。

 

(私はずっと・・・要のことを・・・。)

 

 

邪魔だって思っていたはずよ。今だってそう。

彼女にだけ辛辣に当たるも、本当は鬱陶しいからでしょ?

 

 

(違う・・・私は・・・。)

 

 

私は、1人が好きなの。だから友達なんて、いらない。

 

 

(私は・・・。)

 

否定できなかった。それは事実だからだ。雛子は1人の時間を好む。

誰にも邪魔されない1人だけの世界に浸れる時間を。

 

 

だから読書が好きなはずよ。

本を読んでいる間はずっと1人だけの世界でいられるから。

 

 

(だから、要が鬱陶しかった・・・。勝手に付きまとって、勝手に友達扱いして・・・。)

 

 

そうよ。私は要のことを嫌っていたはずよ。

 

 

(・・・これが私の本心・・・なの・・・。)

 

捻くれ者である自覚はあった。でも想像以上に、醜い本心だった。

こんなのが私、藤田雛子の本来の姿だなんて・・・。

だが雛子が絶望に身を委ねようとしたその時、『ある事』に気がつく。

 

(・・・あれ・・・この感情・・・前にも感じたことが・・・。)

 

雛子の脳裏にかつての記憶が蘇る。友達が出来なかった時の記憶。

クラスメートとわざと距離を離し始めた時の記憶。そして、要と出会った時の記憶。

 

(・・・そうだ・・・私、昨日蛍ちゃんに言ったばかりじゃない・・・。

友達が出来なくて・・・大好きだった読書を逃げ道にして・・・本当は1人が寂しかったのに、

素直になれなくて、勝手に付きまとう要を鬱陶しく思ってたって・・・。)

 

雛子は徐々に認識し始める。声の主は過去の自分だ。

だから否定することが出来なかったのだ。それは過去の自分が抱いた本心なのだから。

 

(じゃあ、今は・・・?)

 

今なお、要のことが鬱陶しいか?1人の時間だけが好きか?読書が好きなのは、

他人と関わらなくて済むからか?答えはもう、わかっていた。

 

「その通りね・・・。私は1人の時間が好きよ・・・。要のことだって・・・

ずっと鬱陶しく思っていたわ・・・。でも、今は違う!」

 

雛子は過去の亡霊を振り払うように、言葉を強める。

 

「要は確かに、私から1人の時間を奪った!でもその代わりに、

みんなといられる時間をくれたの!」

 

 

そんな時間に何の意味があるの?私にとって、1人の時間以上に大切な時間なんて。

 

 

「違う!要と出会えたおかげで私は、1人じゃ決して知ることのできない世界を

知ることが出来たの!!」

 

図書館に引きこもり、家に閉じこもり、本を読んでいるだけでは決して経験することが

出来なかった世界。

 

「それに要は・・・今でも私が1人でいたいと思えば1人にしてくれる。

一緒にいたいと思えば一緒にいてくれる。そんな私のわがままを、要は許してくれるの!!」

 

みんなと過ごす時間も大切なものとなった今でも、1人の時間は捨てられない。

そんな自分のわがままを許容してくれる要は、雛子にとって最高の親友だ。

 

雛子は1つ息を継ぐ。そして過去の亡霊を追い払うために、ありったけの気持ちを込める。

 

「私は!1人でいる時間も!!要と、みんなと一緒に過ごす時間も!!

大好きなんだからああああああ!!!」

 

すると雛子の胸から、強烈な光が解き放たれた。

 

「え・・・?」

 

光は周囲を明るく照らし、雛子は失いかけていた五感を取り戻す。やがて光が収束し、

1つのパクトが姿を現した。雛子がそれを手に取った瞬間、頭の中にイメージが流れ込む。

雛子はそれを無意識の内になぞっていった。

 

「プリキュア!ホープ・イン・マイハート!」

 

直後パクトから放たれた光が雛子を包み込んだ。光に包まれた雛子は、

重力を無視して回転する。雛子を纏う光も彼女の周囲を高速に旋回する。

天高く掲げた両手、地に向けて伸ばした両足を纏う光はやがて回転を止め、

身に纏う光と共に弾け飛び黄色のドレスとなって雛子に纏う。

そして飛散した光は再び雛子の頭部を旋回し、髪を先端までなぞり始めた。

光を受けた雛子の髪は黄色に染まり長く伸びていく。やがて先端まで辿りついた光は、

2つの輪を形作り、雛子の髪を2つに分けて結っていく。髪を結った光は雛子の頭上まで登り

再び弾け飛び、雪のように降りかかってドレスをリボンとフリルでデコレーションしていった。

そしてメガネが弾け飛び、瞳の色も黄色に変わり笑顔でウィンク。

最後に雛子の周囲を覆う水晶が万華鏡のように彼女の姿を映し出し、

雛子の全身から放たれた光が周囲を覆う水晶に反射、

輝かしいライトアップと共に新たなプリキュアが誕生した。

 

「世界を包む、水晶の輝き!キュアプリズム!」

 

雛子は4人目のプリキュア、キュアプリズムへと変身を果たすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

雛子の視界が晴れやかになると、元いた景色が徐々に見えてきた。

音もはっきりと聞こえる。そして目の前には驚く表情を見せる要がいた。

どうやら戻って来たようだ。と思い自分の姿を見てみると、

 

「あれ?私・・・なにこの格好!?」

 

いつの間にかリボンとフリルでデコレートされたアイドルの衣装のようなものを

身に着けているのだ。

 

「雛子!」

 

だが困惑する雛子をよそに、要が抱きついてきた。彼女の力で抱きしめられたので、

少し苦しいが我慢する。安堵したのはこちらも同じだからだ。

要と離れてしまうかもしれないと思ったのだから。

 

「要・・・。」

 

「でも驚いた。雛子が4人目のプリキュアだったなんて。」

 

そして要から聞いたことのない言葉が飛んでくる。プリキュア?私が?

 

「プリキュアって・・・?」

 

要に問いかけようとした直後、彼女の胸が光だし、何もない空間からパクトが出現した。

突然、魔法のような出来事が目の前に起こり、驚く雛子。そしてそのパクトは

彼女にも身に覚えがあった。

 

「プリキュア!ホープ・イン・マイハート!」

 

ついさっき自分も同じことを言った気がするその言葉と同時に、青い光が要を包み込んだ。

青い光は一瞬で消し飛び、中から自分と似たような青い服を纏う要の姿が現れた。

いや、要に似た姿だ。雛子の知る要はここまで長髪ではないしそもそも青髪ではない。

瞳の色もカラーコンタクトを入れたかのように青かった。

 

「要・・・なの?」

 

思わず聞いてしまう雛子。

 

「細かいことは後で説明する。急ご、蛍が待ってる。」

 

「蛍ちゃん?」

 

なぜそこで蛍の名が出てくるのだろうか?次々と目を疑うことばかりが続いたが、

要は雛子の手を取る。

 

「え?」

 

「ベリィ、こっち。」

 

「ああっ」

 

ぬいぐるみが喋った!?と言おうとする前に、雛子とぬいぐるみもろとも青い光を纏った要は、

驚異的な速度で移動し始めた。

 

「ちょっ!ええ~!!?」

 

「しっかり捕まり!振り落とされんなよ!」

 

新幹線だってここまでのスピードは出ないであろう速度で、一気に嫌な気配がする方向へ移動する要。

この先に蛍がいるのだろうか?そしてよく見ると周囲の景色もおかしかった。

確かに今は夕方だが、今の時期はここまで暗かっただろうか?それに自分たち以外、

まるで人の気配が感じられない。

 

「いやしかし、改まって言われると、さすがに恥ずかしいな。」

 

そんな雛子の心境など無視して要がとんでもない爆弾発言をする。雛子は一瞬でその言葉を

理解する。要が恥ずかしがるようなことを今しがた叫んだばかりだったから。

 

「まさか・・・聞こえてたの!?」

 

無言で首を縦に振る要。自分でも顔が蒸気していくのが分かる。まさか要に

あの言葉を全て聞かれていただなんて・・・雛子は顔を赤くしながら、要とは反対の方を向く。

 

「忘れなさい・・・絶対に忘れなさいよ!いいわね!」

 

いつもの通り、捻くれた言葉を彼女にぶつけた。

 

「はいはい。」

 

そして彼女も、まるでその反応を待っていたかのように、いつもの調子で軽く流すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

一体いくつもの爆撃を受けただろう。蛍はもう、両足に力が入らなかった。地面へと倒れ込む

蛍に対し、何度目かわからない爆撃が飛んでくる。抵抗できない蛍の体は爆風と共に宙を舞う。

 

「本当にしぶといね・・・。いい加減に諦めたらどうだい?」

 

地面へと落ちた蛍だが、まだ両手には力が入る。うつ伏せの姿勢に変え、腕の力だけで地を這い、

ソルダークへと距離を詰めていく。

 

「ぜったいに・・・あきらめない・・・。」

 

せめてプリキュアの力を使いこなすことが出来ていれば、まだ戦えたかもしれない。

だがもう蛍には戦う力が残っていなかった。戦うことが出来ないのなら、

せめて気を引かせなければ。

 

「キュアシャイン!もうやめて!」

 

チェリーの悲痛な叫びをあげる。

 

「終わりだ、キュアシャイン。」

 

ダンタリアが蛍にトドメを刺そうとしたその時、

 

「キュアシャイン!」

 

青白い光が後ろから駆けてきた。

 

「オラアッ!」

 

女の子には似つかわしくない雄たけびをあげながら、ソルダークを殴り飛ばすキュアスパークの

姿が、蛍の前を通過する。同時に蛍の目の前に、もう1人少女が舞い降りた。

自分やキュアスパークに似た、黄色のドレスを纏う少女。

 

「4人目の・・・プリキュア・・・?」

 

チェリーが驚きのあまり言葉を失う。

 

「キュアシャイン!大丈夫!?」

 

キュアスパークが蛍の元へと駆け寄る。

 

「だい・・・じょうぶ・・・。」

 

「全然大丈夫やないやん・・・ごめんな、遅れてしまって。」

 

キュアスパークが心配そうな、それでいてホッとしたような表情を見せる。

 

「キュアスパーク。ここは私に任せて。」

 

そこで黄色のプリキュアが名乗りを上げた。

 

「ここに来るまでに、力のイメージは見てきた。私の力は・・・。」

 

そう言うと黄色のプリキュアは、蛍へ両手を掲げた。すると彼女の両手から放たれた

温かな光が蛍を包み込み、その傷を見る見るうちに治していったのだ。

 

「治癒能力だと?」

 

目の前で蛍の傷を治す黄色のプリキュアを前に、ダンタリアは驚く。

そして黄色のプリキュアが、蛍に顔を近づけ自分にしか聞こえない声で囁いた。

 

「本当に、蛍ちゃんなの?」

 

「え?」

 

蛍が驚いて顔を上げる。なぜ彼女は自分の名を知っているのだろう?すると黄色のプリキュアは

蛍に優しく微笑みかける。その言葉も、表情も、蛍を優しく包み込んでくれるように温かかった。

蛍はそんな彼女の仕草に、ある人物を思い出す。

 

「もしかして・・・。」

 

すると黄色のプリキュアは、自分の口元に指をあてた。静かにシーッと声を出す。

 

「キュアプリズム!」

 

キュアスパークが黄色のプリキュア、キュアプリズムへと声をかける。

 

「一気に決めるで。ウチの背中、ちゃんと守れよ!」

 

「全く、誰に対して言ってるのよ!」

 

その遠慮のないやり取りに、蛍はキュアプリズムの正体を確信した。直後バチン!

と静電気が飛んだような音と共に、キュアスパークが全身に電気を纏いソルダークへと突撃する。

だがキュアプリズムは、蛍の前を一歩も動かなかった。

 

「え?」

 

てっきり共に戦うとばかり思っていた蛍は困惑する。

 

「キュアスパーク1人で挑むつもりか?」

 

ダンタリアも同じ疑問を抱いたようだ。ソルダークはキュアスパークを迎撃すべく、

両手からミサイルを放つが、曲線を描いて迫り来るそれを、キュアスパークはわき目も振らず

真っ直ぐに突き抜けた。正面からミサイルを突破したキュアスパークは、そのまま正拳を

ソルダークへ叩き込む。だがキュアスパークが通過したミサイルは、彼女の元へ向きを変え、

背後から一斉に襲い掛かった。危ない、蛍がそう叫ぼうとした瞬間、

キュアスパークとミサイルの間に、突如巨大な水晶が現れたのだ。

 

「何?」

 

その光景にダンタリアは驚く。人の背丈ほどある八角形の水晶は、ミサイルを全て受け止める。

直後ミサイルが一斉に爆発したが、水晶にはヒビ一つ入らなかった。水晶はキュアスパークの

盾となってミサイルの攻撃から彼女を守ると、役目を終えたかのように粒子となって飛散する。

そしてソルダークの攻撃を逃れたキュアスパークは、再び青い光となって突撃する。

 

「治癒の術に盾。サポートに特化したプリキュアか。ならば。」

 

これまで不動だったダンタリアがついに動き始めた。翼のようにマントを開き羽ばたく。

そして鋭く尖った鉤爪をキュアプリズムへと向け、一気に急降下し始めた。キュアプリズムも

それに気づき、キュアスパークとソルダークから目を離しダンタリアを補足する。

そして自身とダンタリアの間に水晶の盾を展開した。そのまま盾に蹴りを入れるダンタリアだが、

ソルダークの爆撃を受けてもヒビ一つ入れられないほどの強度だ。当然傷などつかない。

距離を開けたダンタリアは、ならばとキュアプリズムの後方にいる蛍めがけて闇の力を凝縮させた

黒い球体を投げつけた。蛍を囮にしキュアプリズムの気を引きつけようとしたのだろう。

だがその球体は、蛍へ当たる直前に四散する。蛍の周囲はドーム状の黄色の光が囲っていた。

いつの間にか蛍は、バリアーみたいなもので守られていたようだ。キュアプリズムは

バリアと同じ色の光を自分の右腕に纏い、ダンタリアへと拳を振るう。

ダンタリアはそれを迎撃すべく、後退しながら黒の球体を投げつけたが、球体は、

黄色の光を纏ったキュアプリズムの拳と接触した瞬間、四散した。

 

「っ!?」

 

驚くダンタリアだったが、咄嗟に腕を交差しキュアプリズムの拳をガードする。

恐らくあの黄色の光は、蛍の身を守っているバリアーと同じものだろう。

バリアーを身に纏うことで攻防一体の打撃を可能にしたのだ。態勢を立て直そうとする

ダンタリアだったが、その後方からキュアスパークが光を纏って接近する。

すれ違いざまの攻撃を間一髪回避したダンタリアは、ソルダークを自分の元へと呼び寄せた。

だがキュアスパークは持ち前の速度で一瞬で旋回し、ダンタリアの元へと向かう

ソルダークへ再び突撃、強烈な肘鉄をお見舞いした。蛍1人を相手にしていた時とは違う。

戦況は完全に逆転したのだ。

 

「ソルダーク!」

 

するとソルダークを呼びながら、ダンタリアはマントを拡げて空中へと飛び上がった。

同時にソルダークも両足からジェットを噴射し、空高く飛び上がったのだ。

ダンタリアとダークネスの姿が見る見るうちに小さくなっていく。

いくらプリキュアの超人的な身体能力を持ってしても、

あそこまでの高さを飛び上がるのは不可能だ。

 

「さすがの君たちも、ここまで高度を上げられては届くまい。やれ、ソルダーク!」

 

遥か上空へと飛んだダークネスが、両手を地上へ向ける。このままでは反撃出来ないまま、

一方的な爆撃が始まる。蛍は焦ってキュアスパークとキュアプリズムを見るが、2人とも

落ち着いた様子を見せていた。

 

「キュアスパーク。」

 

するとキュアプリズムがキュアスパークへとアイコンタクトを送る。キュアスパークは

その意味を理解したと言わんばかりの笑みを浮かべると、ソルダークの元へと飛びだった。

 

「えっ!?」

 

蛍は驚く。届くはずがない。案の定最高点に達しても、ソルダークの元へは届かなかった。

だがそのまま落下するかと思われたキュアスパークの足元に、水晶の盾が現れたのだ。

 

「なっ!?」

 

盾本来の用途とは余りにも離れた運用に、ダンタリアも絶句する。キュアスパークは次々と

上空に現れる盾を足場にし、ソルダークよりもさらに上を取り、

 

「どっこいせっ!!」

 

落雷のごとく渾身の正拳をお見舞いする。直撃を受けたソルダークの巨体は一瞬で

地上へと落ちていった。そしてソルダークの落下地点には、キュアプリズムが待ち構えていた。

 

「光よ、降りろ!プリズムフルート!」

 

キュアプリズムの元に光が降り、フルートへと形を変える。キュアプリズムがフルートを吹くと、

心が癒されるような綺麗な音色が響き渡った。その音色と共に、ソルダークの周囲に複数の光が

点のように現れ、それを頂点とした多角形が結ばれていく。やがて全ての線が結ばれた多角形は、

水晶となり、ソルダークはその巨大な水晶の中に閉じ込められた。

 

「プリキュア!プリズミック・リフレクション!」

 

キュアプリズムがフルートの先端をソルダークへと向け、先端から一筋の光が放たれる。

ソルダークを囲む水晶の中にその光が入り込み、水晶内で乱反射し始めた。

やがて光の乱反射と共に、水晶の中は光で満たされていき、ソルダークを身を包み込む。

 

「ガアアアアアア!!」

 

光に包まれたソルダークは甲高い断末魔と共に消滅し、ソルダークを囲む水晶も粉々に砕け散った。

 

「ふっ、まあいい。今日のところは挨拶の代わりだよ。また会おう、プリキュア。」

 

ソルダークの姿を確認したダンタリアは、姿を消したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キュアプリズムへと変身した雛子は、何とかあの巨人を倒すことが出来た。

初めての戦いだったが、不思議と恐怖はなかった。とは言っても

ほとんど戦っていたのはキュアスパークこと要で、自分はそのアシストをしただけだが。

それでも戦場と言える場所で恐怖心を抱かなかったのは、要が一緒に戦ってくれるという

安心感のおかげだろう。当然本人には言わないが。

それと・・・。

 

「もう、大丈夫みたいね。蛍ちゃん。」

 

「やっぱり・・・ふじたさんだったんだ。」

 

蛍の前で情けないところを見せるわけにはいかないのだ。雛子は蛍が臆病であることを

知っている。そんな彼女がこの場にいるということは、相当な勇気を振り絞っているに違いない。

だからこそ、自分が彼女に対して不用意に不安を煽ってしまうわけにはいかなかった。

 

「それにしても蛍、1人で戦うなんて無茶したらあかんやろ。」

 

要は怒ったような呆れたような表情で蛍に詰め寄る。

 

「うっ・・・ごっごめんなさい・・・。」

 

「遅れてきたことは正直に謝るけど、蛍、この前だってウチが来なかったら危ないとこやったろ?

なんでおんなじ無茶すんの。」

 

要としては蛍が心配だからこそ言葉を強めているのだろうが、叱られる蛍はどんどん

落ち込んでいった。

 

「うう・・・。」

 

「要、その辺にしなさいよ。」

 

すると雛子が静止に入る。

 

「雛子。」

 

「あのまま闇の牢獄ってのが強まっていたら、私、閉じ込められてたかもしれないんだよ?

蛍ちゃんが絶望の闇が拡がるのを食い止めてくれたおかげで、私は無事だった。

だからありがとう、蛍ちゃん。」

 

「ふじたさん・・・。」

 

「も~、雛子は蛍に甘いなあ。」

 

自覚はあるが本音も半分だ。今振り返ると、あの時点では閉じ込められる寸前だったとしか思えない。

 

(これが、要と蛍ちゃんが隠していたことか。)

 

確かにこんなファンタジーかつ物騒な出来事に巻き込まれているだなんて誰にも話せないだろう。

あの時、安直に聞き出そうとしたことを雛子は反省する。

そして、

 

「でもようやくプリキュアが全員揃ったね!」

 

目の前にぬいぐるみの姿をした妖精たちが姿を見せる。

プリキュアへと変身し、黒い巨人と戦う要と蛍。

そんな彼女たちと一緒にいる妖精。

同じく自分の家にいる、ぬいぐるみの姿をした妖精レモン。

彼女が探しているという仲間。

故郷を追われるほどの大きな事情。

そして世界を覆う闇の牢獄の話。

雛子の中で全ての出来事が一本の線に繋がった。

 

「あとはレモンさえ見つかれば。」

 

「きっとこの街にいるはず。頑張って見つけ出そう!」

 

そしてこうも早く裏付けが取れるとは。だが同時にこれは好機である。雛子は皆の前で話し始める。

 

「あのさ、その子、今家にいるよ。」

 

「・・・え?」

 

何を言ってるんだと言わんばかりの表情を浮かべる2人の妖精。

 

「だから、そのレモンちゃんって妖精。今、私の家で預かってるの。」

 

妖精に加えて要と蛍もポカンとした表情のまま硬直し、

 

「「「「ええ~っ!!!!」」」」

 

4人の叫び声が一斉に木霊したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

 

「ようやくプリキュアがぜんいんそろった!」

 

「これからは私も協力するわ。3人で力を合わせて頑張りましょう。」

 

「よっしそうと決まれば!」

 

「決まれば?」

 

「プリキュアのチーム名を決めよう!」

 

「何でよ。」

 

「はい!わたし、おもいつきました!」

 

「言うてみ。」

 

「ぴかぴかぴかりんプリキュア!」

 

「好きやなそのフレーズ!」

 

「可愛いから採用。」

 

「すんな!」

 

「よーし!じゃあチームめいは、ぴかぴかぴかりんプリキュア」

 

「やめーい!!」

 

次回!ホープライトプリキュア 第5話!

 

「チーム結成!ホープライトプリキュア!」

 

希望を胸に!がんばれ、わたし!



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第5話 第5話・プロローグ

伝説の戦士の考えることはわからんでゴザル・・・


ここは藤田家、雛子の私室。部屋の面積の半分を占める大きな本棚に、隙間なく本が立ち並んだ

如何にも文学少女の部屋とでも呼ぶべき場所で、ぬいぐるみに似た姿をした『3人』の妖精が

顔を合わせていた。

1人は蛍のパートナーであるチェリー。1人は要のパートナーであるベリィ。

そしてもう1人は・・・。

 

「レモン・・・本当にレモンなのね。」

 

「わ~い、チェリーとベリィだ~。」

 

「レモン!心配したんだから!」

 

探し続けてきた仲間の中で最後まで行方が分からなかったレモンの姿を見たチェリーは、

喜びの涙とともにレモンへと飛びつく。ベリィも目を潤ませながらレモンの頭を優しく撫でる。

 

「も~苦しいよ~チェリー。」

 

言葉とは裏腹にレモンも笑顔を浮かべていた。そして僅かなだが涙ぐんでいる。

 

「1人でよく頑張ったな。偉いぞレモン。」

 

「へへ~ん、レモンは1人でも大丈夫だったのだ~。」

 

そう強がるレモンの声は、少し擦れていた。そんなレモンに雛子は優しく声をかける。

 

「良かったねレモンちゃん。お友達、見つかって。」

 

その言葉を受けたレモンは、涙を堪えきれなくなり、

 

「・・・うん!」

 

笑いながら涙を流すのだった。故郷を逃れ、離ればなれになっていた妖精たちは、

半年以上もの月日を経てついに再会することが出来たのだ。

 

「一先ずこれで、プリキュアも妖精も全員集合かな?」

 

隣にいる要が、蛍にしか聞こえないようにつぶやく。

 

「そうだね。」

 

蛍はこの場に集まった人たちを見渡す。自分を始めプリキュアへと変身した3人の少女と、

そのパートナーたる3人の妖精。だがここにいる人たちが全てではない。

フェアリーキングダム出身のプリキュア、キュアブレイズは最初に会った時以来、行方を

眩ませており、そのパートナーであるアップルという名の妖精の姿はまだ見たことがないのだ。

それでも当初の目的であったプリキュアを4人見つけるというのは、ここでひと段落ついたと

言っていいだろう。それも、蛍のクラスメートである要と雛子が覚醒するという形で。

その事実に蛍の心は大きく動く。キュアブレイズと合流するまではここにいる3人で協力して

戦わなくてはならないのだ。だが親友同士である2人と違って、自分だけが曖昧な距離にいる。

それではきっとダメだ。もっと2人のことを良く知り理解しなければ、いざというときに

連携が取れなくなる可能性がある。何よりプリキュアとして共に戦うという使命を除いても、

蛍は長年抱き続けた夢がついに手元まで来ているのを実感しているのだ。あともう少しだけ

勇気を出して手を伸ばせば、それはきっと届いてくれる。

 

(もりくぼさんと、ふじたさんと・・・ともだちになるんだ!)

 

蛍は勇気のおまじないを胸に、夢を叶えることを決断するのだった。



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第5話・Aパート

チーム結成!ホープライトプリキュア!

 

 

雛子がキュアプリズムへと変身し、初めてダークネスと戦った日。

あの後、行方のわからなかった最後の妖精、レモンを雛子が保護していたことが判明したのだ。

本来ならばすぐにでも雛子の家に訪れたかったところだが、既に夕刻を過ぎた時間に大勢で

お邪魔するわけにもいかず、蛍は夕食の支度に取りかかっている最中だった。

結局、その日は逸るパートナー2人を宥めて帰ることになり、翌日の放課後に雛子の家に

集まることになった。そして妖精たちの再会を無事見届けることが出来たのがつい昨日のこと、

つまりキュアプリズム誕生から2日が経過していた今日の昼休み、蛍はいつ胸に秘めた思いを

打ち明けようかを考えながら、要と雛子に連れられ夢ノ宮中学校の学食へと初めて訪れたのだ。

夢ノ宮中学校の学食は安く美味しくそして広いと評判である。その評判通り、備え付けられた

テーブルとイスは室内だけに留まらず、外のバルコニーにまでズラリと並んでいた。

そして学年問わず多くの生徒たちの食事と談笑で賑わっていた。

初めて図書館を訪れた時も思ったが、この中学校の校内施設の広さには驚かされてばかりである。

これで私立ではなく市立なのだから恐れ入る。

学食のお品書きを一瞥すると、これまた評判に違わず中学生にとってリーズナブルな価格で、

定食、カレー、ラーメン等の定番のメニューが並んでいた。そして隣に立つ購買には様々な種類の

パンとお弁当が陳列している。多くの生徒が学食または購買から昼食を購入しているが、

蛍のように持参したお弁当を持ち込んでいる生徒も何人かいた。蛍たちは一番奥の角に面した席を

取り、各々椅子に腰掛ける。蛍は自前の、雛子は学食で購入したお弁当を、要はパンをそれぞれ

食べ始めた。そして食べながら要は、蛍を学食へ誘った理由を話し始めたのだ。

 

「つうわけで、今週末ウチの家に集まって作戦会議するよ。」

 

「・・・。」

 

だが何の脈絡もなく口に出された作戦会議という言葉に、蛍は混乱してしまう。

すると横に座る雛子から大きなため息が漏れた。

 

「あのね要、いきなり作戦会議をするって言われても、わけがわからないに決まってるでしょ。」

 

「察し悪いな~。プリキュアのことに決まってるやん。」

 

そう、蛍たちがこの学食に集まったのは他でもない。プリキュアとしてのこれからの活動について

話し合う為に集まったのだ。今後はこの3人で戦っていくことになるのだが、

プリキュアであることを公言してはならない以上、教室内で話すわけにはいかず、かといって

放課後は要は部活、蛍は家事の為に早めに帰らなければならない為、集まれる日は自然と休日、

しかも3人の内誰かの家に場所が限られてくる。そこで校内でもある程度話せる場所はないかと

探した末、この学食を見つけたのだ。ここならば大勢の生徒たちのお喋りで喧騒としているため、

蛍たちの話し声は目立たずにかき消されてしまうし、角際ならば向かい側に席もない。

木の葉を隠すなら森の中である。

 

「行方がわからないキュアブレイズを除けば、ウチらでプリキュア全員集合ってことやろ。

だから今後のプリキュア活動について話し合わんかなって思って。

学校だとさすがにベリィたちは連れていけんからね。」

 

喋るぬいぐるみを人前に晒すリスクが当然あるわけだが、それ以前に一般常識として校内に

ぬいぐるみを持ち込むわけにはいかないだろう。

 

「そうね。それに妖精たちから聞いた話も、一度全員でまとめてみたいし。」

 

雛子がそう続く。そう言えばここにいる全員が、各々のパートナーから話を聞いていただけだ。

チェリーやベリィが言うには、妖精たちの間で知っていることの差はほとんど無いため、

話す内容に大きな違いが表れることはないと言っていたが、雛子の言うように

一度全員が知っている情報をまとめた方がいいだろう。

 

「蛍は土日どっちが都合良い?」

 

「えと・・・わたしはどっちでもだいじょうぶだよ。」

 

「私もよ。」

 

蛍と雛子はそれぞれ週末に予定がないことを要に伝える。

 

「じゃっ明日、土曜日にウチに集合な。蛍、これ。」

 

要は、蛍に紙切れを渡した。見ると電話番号と住所、簡単な手書きの地図が描かれていた。

 

「昼食べ終わったらここに集合な。」

 

「わっわかった。」

 

「よ~し、第一回プリキュア作戦会議、開催決定ってね!」

 

「要、周りがうるさいからって大声出さない。」

 

「あはは、ごめんごめん。」

 

こうして明日、要の言う第一回プリキュア作戦会議が開かれることが決定した。

蛍は昨日、内に秘めた決意を思い出す。臆病な蛍は心が揺らぐのも早い。善は急げ、

決意が鈍る前に思い切って勝負を付けよう。

 

(あした・・・つたえるんだ・・・。)

 

要と雛子に、友達になってくださいと。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の土曜日、昼食を終えた蛍は、母親に夕ご飯の支度前には帰ると約束し、

チェリーを連れて家を出た。他人の家に私服で尋ねるのは初めてのことなので、

どのような格好なら失礼でないかを昨日一晩中悩んだが、結局普段から着慣れている、

襟付きのピンクのトレーナーに白のミニスカート、膝まで届く紺のハイソックスと言う

お気に入りの服装で出かけることにした。

スカートの丈が少し短いかもしれないが、門前払いを受けるほど失礼な格好でもないだろう。

紙切れに書かれた住所と地図を頼りに進むと、しばらくして一軒家にたどり着いた。

ネームプレートには森久保の性。間違いないこの家だ。

蛍は玄関前まで足を運び呼び鈴を鳴らそうとしたが、直前で手を止めてしまう。

 

「・・・。」

 

徐々に表情を強張らせていく蛍に、チェリーが声をかける。

 

「蛍?どうしたの?」

 

(どうしよう・・・いまさらになって緊張してきた・・・。)

 

これまで友達がいなかった蛍には当然、クラスメートの家を尋ねた経験はない。

一昨日、雛子の家に立ち寄った時は要も一緒だったし、そもそも妖精たちの

再会が目的であり、しかもその後すぐにお暇したので、クラスメートの家を尋ねた

という実感が沸いてこなかったのだ。だが今回は違う。第一回プリキュア作戦会議を

行うこと目的だが、前日にちゃんと約束し招待され、こうして1人

(正確にはチェリーも一緒にいるが)で来たのだ。今になって余計な思考が働き始める。

 

(このまま、よびりんをならしても、もりくぼさんじゃない人がきたらどうしよう・・・。

わたし、ちゃんとあいさつできるかな・・・できなかったから、もりくぼさんの

ごかぞくにしつれいだよね・・・。いんしょうわるくならないかな・・・。

そもそもこうゆうときって、つまらないものでもいいから、

お茶菓子とかもってくるべきじゃなかったっけ?

ああどうしよう・・・このまま、おうちにあがってもいいのかな・・・。)

 

そしていつもの悪い癖が始まる。考えれば考えるほど後ろ向きな思考に陥っていく。

だが、このままでは何時まで経っても家に上がることが出来ない。

 

(だっだいじょうぶ、もりくぼさんとはもうちゃんとおはなしできる仲だもん。

それに今日は、がんばって、ともだちになってくださいって、つたえにきたんだから!)

 

ずっと抱き続けてきた夢を、今日叶えるのだ。蛍はその思いを胸に勇気のおまじないをし、

意を決して呼び鈴を鳴らそうとする。

その時、

 

「・・・蛍?」

 

「!?ひゃあああっ!!」

 

不意に後ろから声をかけられ、驚いて振り返ると、

 

「・・・人ん家の前で、何固まってんの?」

 

薄手の橙色の長袖に、ブルーのスキニーデニムという動きやすさを重視したスポーティな

私服姿の要が、両手にお菓子とジュースの入ったビニール袋を持ちながら、

呆れた口調で話しかけてきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

頑張る間もなく、要本人から家にあげてもらった蛍は、素っ頓狂な叫び声を要に聞かれたことの

恥ずかしさからまともに顔をあげられなかった。やがて部屋の前まで案内されると、

要が蛍を部屋へ招き入れるためにドアを開ける。

 

「はいどうぞ、ウチの部屋にごしょうた~い」

 

部屋に入ると、要のベッドの上で読書をしている雛子の姿があった。

ライラック色のロングワンピースに白のカーディガンという私服姿の雛子は、

彼女が要と並んで同世代の中でも背が高めであること、メガネをかけて読書に励むと言う

文学少女特有の知的なイメージ、そして同世代どころか大人さえ羨むであろう

彼女のスタイルの良さも合わさって、中学生とは思えない大人びた雰囲気を漂わせていた。

そんな雛子の隣には、レモンが昼寝をしている。

 

「あっ蛍ちゃん、チェリーちゃん。いらっしゃい。」

 

「こっこんにちは。」

 

「いらっしゃい蛍ちゃん。って俺が言うのも変だけどな。」

 

勉強机の上にはベリィの姿があった。部屋に上がった蛍は、一度全体を見渡してみる。

本棚に置かれている少年詩の漫画本、机に置かれているゲーム機、壁に貼られている

バスケット選手のポスター。要の人となりを知る人が見れば、一見して彼女のものだと

分かるような部屋だった。部屋と言うのはここまで人の個性を反映させるものなのかと、

蛍は不思議な気持ちで見渡す。

 

「男子っぽいでしょ?要の部屋。」

 

すると雛子がそんなことを言ってきた。確かにそう思ったが、さすがに失礼だと思って

言葉に出すつもりはなかった。だが雛子はそれをあっさり言ってのけたのだ。

蛍は無遠慮な雛子の物言いに少し戸惑う。

 

「こら~、男子っぽいって言うな。せめてウチらしいって言え~。」

 

要がそう抗議するも、雛子は涼しい顔で流して本を畳むのだった。

 

「まあいいや、よ~し、さっそく準備を始めるで!」

 

すると特に気にしてはいなかったのか、要は話を切り上げ、先ほどまで手に持っていた

ビニール袋からポテチを取り出した。袋を破り、それをシートの代わりにしてポテチを

床の上に広げ、さらにポッキーを取り出してその隣に並べる。

それが終わると再びビニール袋に手を入れ、今度は紙コップを取り出した。

そして机の上に人数分並べジュースを注ぎ、蛍と雛子に手渡す。

一体何の準備なのだろうかと蛍が疑問に思った矢先、

 

「それでは、第一回プリキュア作戦会議!開始~!」

 

「・・・。」

 

それは作戦会議の準備であったことが判明したのだ。だが会議どころかパーティーが

始まりそうなノリで高らかに開幕宣言をする要を前に、蛍は硬直してしまう。

ちなみに雛子はいつものように涼しい顔で肩を落としていた。

 

「かんぱーい!」

 

要はそんな蛍と雛子の様子には目もくれず、乾杯宣言をしながらジュースを掲げた。

蛍は唖然としながらも、要に倣ってとりあえず形だけ乾杯をする。

雛子はそんな要のノリをいつも通りスルーし、乾杯せずに1人でジュースを飲み始める。

 

「・・・やれやれ、それじゃあ、まずは何から話し始めればいい?」

 

するとその場を呆れた表情で見守っていたベリィが、任せてられないと言わんばかりに

話を切り出した。

 

「とりあえず、あなた達が知っていることを、今一度振り返ってもいいかしら?」

 

雛子がそれに乗る形で、ようやく話が進み始める。

 

「わかったわ。とは言っても、特に真新しい情報はないと思うけどね。」

 

「それでもいいわよ。一旦この場にいるみんなの中で、

意識を一つに合わせることが目的だから。」

 

これから共にダークネスと戦っていく以上、全員が同じ情報と目的を共有するべきだろう。

それは蛍だけでなく、この場にいる誰もが同じ見解だった。

 

「それじゃあ、もう一度最初から説明するわね。フェアリーキングダムのこと、

プリキュア伝説のこと、そしてダークネスのこと。」

 

チェリーとベリィが3人の顔を見渡す。そしていつの間にか起きていたレモンを交えて、

このパーティーとしか思えない第一回プリキュア作戦会議がスタートするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「黒き闇、空を覆わんと拡がりし時、4つの光、闇を照らすべく大地に降りる。」

 

要がポテチを頬張りながら伝説を復唱する。

 

「其の名はプリキュア。汝は世界の希望なり。」

 

雛子がポッキーをかじりながらそれに続く。

 

「そして4つのひかりがつどいし時、おおいなる奇跡がおとずれん・・・。」

 

最後の一文を復唱した蛍は、ジュースを飲んで一息つく。何とも緩い空気の作戦会議だが、

ちゃんと進行しているようだ。

 

「このジュースおいしい・・・。」

 

と思われていた矢先、蛍が思わずジュースの味について簡潔な感想を口にする。

 

「でしょ?ちょっと高いけど、ウチのお気に入りなんよ。」

 

それを皮切りに、話が少しずつ傾き始めた。

 

「要、ポテチ食べ過ぎ、私たちの分も残しておいてよ。」

 

「雛子こそ、ポッキー食べ過ぎ。」

 

「食べ過ぎてなんかないわよ。まだ開封していない箱がこんなにあるから・・・」

 

「おーい!脱線するなあ!」

 

そして徐々に脱線し始めた空気に耐え切れず、ベリィがついに一喝した。

 

「わっ、ごっごめんなさい・・・。」

 

蛍が慌てて謝罪し、軽く咳払いをしてから話を戻す。

 

「コホン、おおいなる奇跡ってなんのことだろうね?」

 

「きっと、黒き闇を世界から追い払えるってことよ。つまり、

4人のプリキュアが力を合わせれば、必ずダークネスを打ち破ることが出来る!」

 

チェリーはそう力説する。伝説では4つの光、プリキュアが闇を照らすとあったので、

蛍自身もそう思っていたところではある。

 

「ダークネスね。今んとこ戦った行動隊長は、サブナックっておっさんと、

ダンタリアって優男だったっけ?」

 

要が指を折りながら、これまで戦った行動隊長の数を数える。

 

「それから、リリスだっけ?蛍ちゃんが倒したって言う。」

 

「たおせた、わけじゃないとおもう。にげられちゃったし。」

 

リリス、サブナック、ダンタリア。ダークネスの行動隊長たちはいずれも強敵だ。

伝説では光が闇を照らすとあるが、行動隊長とソルダークの強さを目の当たりにしている蛍は、

現実では本当に伝説の通り行くのだろうかと不安に思う。

 

「少し気になっていたのだけれど、この世界で活動している行動隊長達が、

ベリィ君たちの世界を襲ったの?」

 

すると少し考え事をしていた雛子が、妖精たちに1つの疑問を投げかけた。

 

「いや、俺たちの世界を侵略してきたのは、別の行動隊長たちだったよ。」

 

ベリィから返ってきた答えは、蛍と要を驚かせるには十分なものだった。

 

「え?そうだったの?」

 

「あいつら、あんたらを追ってこの世界に来たわけじゃなかったんだ。」

 

チェリーたちに責任を押し付けるつもりはないのだが、

蛍はてっきりフェアリーキングダムから逃げたチェリーたちを追って、

ダークネスがこの世界へ侵略してきたと思っていたのだ。

だが実際にはそこに何の関連はなく、ダークネスがこの世界を侵略したのと

チェリーたちがこの世界へ逃げ込んで来たのは、全くの偶然だったのだ。

 

「俺たちの世界で活動していた行動隊長は、ハルファスとマルファスという2人1組の

悪魔たちだった。」

 

新しく出てきた行動隊長の名前に蛍は体を強張らせるが、

 

「安心して、2人ともキュアブレイズが倒してくれたのよ。」

 

続くチェリーの言葉に、蛍たちはさらに驚いた。

 

「倒した?行動隊長を2人も?」

 

だが要と雛子は、キュアブレイズが行動隊長を倒したことに驚いたようだが、

この3人の中で唯一キュアブレイズの実力を目の当たりにした蛍だけは驚かなかった。

ソルダークさえ容易く倒してしまう彼女ならば、行動隊長を倒すことが出来ても

不思議ではないだろう。すると少し考え込んだ要が、ハッと顔を上げて

1つの疑問を口にした。

 

「でもちょっと待って。それって行動隊長を倒しても、

絶望の闇を止められなかったってことにならん?」

 

「あっ・・・。」

 

要の言葉に蛍は声をあげる。チェリーたち妖精から聞いた話では、

行動隊長がソルダークを作り、闇の牢獄を世界に広げ、ソルダークから放たれる

絶望の闇が、牢獄の強度を高めるという話だったはずだ。つまり行動隊長がいなければ、

闇の牢獄もソルダークも生まれないはず。それなのに行動隊長を失っても尚、

フェアリーキングダムに広がる絶望の闇は止まらなかったというのだろうか?

 

「・・・そうゆうことになるな。最もハルファスとマルファス以外の行動隊長がいたの

かもしれない。現に俺たちがこの世界へ逃げる直前に、リリスが姿を現したからな。」

 

「リリスがフェアリーキングダムにも?」

 

「ああ、ひょっとしたら、サブナックとダンタリアも、俺たちが遭遇しなかっただけで、

フェアリーキングダムにもいたのかもしれないな。」

 

そう語るベリィだが、言葉にはあまり自信が感じられなかった。

そんなベリィに要は質問を重ねる。

 

「行動隊長を全員倒せば、ダークネスは壊滅するんかな?」

 

「・・・わからないな。もしかしたら行動隊長よりも上の立場のものがいるかもしれない。」

 

ダークネスに関する会話が行われていく中、蛍はある疑問を抱き始めた。

そしてその疑問に答えてくれるかのように、雛子が口を開く。

 

「・・・やっぱり、そうよね。」

 

「雛子?」

 

「私たち、敵であるダークネスについて、わからないことが多すぎるのよ。」

 

故郷を侵略された妖精を含め、この場にいる全員がダークネスについてほとんど知らないのだ。

どれだけの戦力があるのか、行動隊長は何人いるのか、行動隊長以外の構成員がいるのか、

トップは誰か、そもそも組織だって行動するものたちなのか?

その疑問に答えられる人がこの場にはいないのだ。これまでは姿を見せた行動隊長と

戦うだけであったが、こうして見返してみると、敵の存在はあまりにも未知数だ。

蛍は今になって、未知の部分が多いダークネスと戦うことに対して不安を抱く。

 

「・・・すまない。ダークネスについては、俺たちもほとんど知らない事ばかりなんだ。」

 

「ベリィ君が謝ることじゃないよ。ベリィ君たちにとっても、突然現れた侵略者なんだし、

これまで教えてもらった情報だけでも十分よ。」

 

落ちこむベリィを優しく励ます雛子。

 

「まっ、当面は姿を現した行動隊長を片っ端から撃退するしかなさそうやな。」

 

すると要がそう簡潔に結論付けてきた。

 

「そうね。幸い敵の目的ははっきりしてるんだし、私たちはそれを防ぐことに注力しましょう。」

 

雛子もそれに賛同した。蛍もその言葉に異論はなかった。

敵の戦力どころか拠点さえわからない今の状態では、こちらからは仕掛けようがない。

だがダークネスの目的が世界を闇で覆うことであれば、これまでのように向こうから必ず仕掛けて

来るはずだ。それを迎え撃つことは出来る。結局のところ、今の蛍たちに出来ることはと言えば、

向かってきたダークネスを退治すること以外にないのだ。

 

「うっうん、ソルダークをたおして、ぜつぼうのやみがひろがるのをくいとめなきゃ。」

 

今はまだ、後手に回ることしか出来ない。それでもダークネスに襲われた人たちを助ける為に、

蛍は戦うことを決意したのだ。

 

「ただし、これだけは守りなさい!」

 

すると、チェリーが突然声を荒げ、険しい表情で蛍を睨み付けてきた。

 

「絶対に無茶な戦いはしないこと!特に蛍!」

 

「はっはい!」

 

チェリーの剣幕に蛍はつい萎縮してしまう。

 

「前にも言ったけど、1人でダークネスに戦うなんて無茶、もう絶対にやっちゃダメだからね!」

 

どうやらチェリーは、まだ蛍が1人で戦ったことを根に持っているようだ。

一度ならず二度も1人で戦おうとした挙句、手も足も出ずに打ちのめされたのだから、

チェリーも気が気でならないのだろう。蛍はチェリーに2度も同じ心配をさせてしまったことを

反省する。

 

「安心しい、チェリー。もう蛍を1人で戦わせるなんてことはしない。

ウチはもう絶対に迷わんから。」

 

「そうよ。これからは私も一緒に戦うのだから。蛍ちゃんの事も、私が必ず守るわ。」

 

「だから蛍。もう無茶はしなくていいからね。」

 

「そうさせない為に、私たちがいるんだから。」

 

要と雛子は共に強い決心を語る。2人とも蛍のことを大切に思ってくれている。

それはとても嬉しいことだが、同時に蛍は1の懸念を抱いていた。

要ことキュアスパークは、行動隊長のサブナックとさえ渡り合えるパワーと、

何者にも捉えることのできないスピードを兼ね備えたプリキュアだ。

個人の戦闘力ならば、3人の中で最も優れているだろう。

雛子ことキュアプリズムは、あらゆる攻撃を遮断する強固な盾と、

どんな傷でも瞬時に治療する癒しの術を扱うプリキュアだ。

そして2人はコンビネーションも抜群だ。お互いの性格を知り尽くしているからこそ、

雛子は状況に応じた最適なバックアップを行い、元々強力だった要の攻撃性能は、

限界以上にまで引き出される。

2人さえいればダークネスと戦う上での戦力は十分なのだ。

そのうえで行動隊長を2人も倒した実績を持つキュアブレイズの存在もある。

だが自分はどうだろうか?未だにプリキュアの力、希望の光の扱い方を知らず、

浄化技を自分の意思で放つことも出来ない。

身体能力もキュアスパークは勿論キュアプリズムにも遥かに劣っている。

かといって、キュアプリズムのようなサポートに面した力も持っていない。

もしかしなくても、自分はいなくても問題ないのではないだろうか?

むしろいると、かえって2人の足を引っ張ってしまうのではないだろうか?

 

「・・・蛍?」

 

すると、要が自分を呼ぶ声が聞こえた。

 

「なっなに?」

 

「いや、なんか不安げな表情してたから。」

 

どうやら不安が顔に出ていたようだ。蛍は慌てて場を取り繕う。

 

「ううん、なんでもないよ。ふたりとも、ありがとう・・・。」

 

だがその声は、自分でもわかるほどか細かった。自分を見る2人の心配そうな視線が

胸に突き刺さる。

 

「それから、繰り返しお願いすることになるけど、プリキュアであることの正体は、

誰にも知られては駄目よ。友達にも家族にも、勿論、ダークネスにもね。」

 

そんな不安な空気を感じ取ったのか、チェリーがやや強引に話題を変えてきた。

 

「せやな。もしもダークネスに正体がバレたら、何してくるかわからんし。」

 

「ダークネスは目的の為なら手段を選ばない。あなた達の友達や家族を平気で

巻き込みかねないから、みんな変身するときは周りに気を付けてね。」

 

チェリーからの忠告を噛みしめる蛍たち。すると雛子が一つ間を置いてから、

蛍と要に話しかけてきた。

 

「ねえ?1つ聞いてもいいかしら?」

 

「なに改まって?」

 

「蛍ちゃんと要は、どうしてプリキュアとして戦おうって思ったの?」

 

突然の質問に蛍と要は顔を合わせるが、雛子の表情は真剣だった。

 

「初めて変身して戦った時からずっと考えてたの。

これから先もあんな恐ろしい怪物たちと戦うことになるのだと思うと、

私は一体何のためなら戦えるのだろうなって。でも、考えてもどこかモヤモヤして、

でも中途半端な気持ちで戦っちゃいけないと思って。

だから、あなた達の思いを聞かせて。

蛍ちゃんと要は何のためにダークネスと戦う決意をしたの?」

 

雛子の心髄な思いを受け止める蛍。ふと要を見ると、

彼女もいつになく真剣な表情を浮かべていた。要も雛子の強い思いを受け止めたのだろう。

蛍は雛子の思いに応えるために、自分の決意を伝える。

 

「わたしは、ダークネスにくるしめられてるひとたちを、みんなたすけたいから、だよ。」

 

闇の牢獄に囚われた人々。フェアリーキングダムから逃れてきたチェリーたち。

そして、今も1人で戦い続けるキュアブレイズ。全てが、蛍にとって助けたい人たちだ。

 

「ウチは、この街を守る為だよ。この街の人々、平和な生活、ウチがウチでいられる場所。

それを奪われたくないって思うから戦える。」

 

蛍も以前、要の決意を聞いたことがある。その決意は以前にも増して強まっているように見えた。

雛子はそんな2人の思いを受け止め、逡巡し、

 

「・・・ありがとう。おかげで私の戦う決意を決められたわ。」

 

そう宣言した。蛍と要は驚いた顔を見せる。この僅かな間で一体どんな決意をしたのだろうか?

 

「ずっとかかっていたモヤモヤが、やっとわかったの。

プリキュアは、ダークネスと戦い、世界を覆う闇を照らす戦士。

でも私には、蛍ちゃんや要みたいに知らない人たちの為に戦うことはできない。

きっと、こんな私は、本来プリキュアになるべきではなかったんだわ。」

 

そんなことない。蛍はそう言おうとしたが、雛子が先に言葉を述べてきた。

 

「でも、そんな私でも、私の知る人たちの為になら、戦える。」

 

「え?」

 

「私は、蛍ちゃんと要を守る為に戦うよ。皆を守るために戦うあなた達を、

私は、私の全てを賭けて守って見せる。」

 

強い意思が込められた言葉だった。決して大きな声を出したわけではないが、

彼女の決意が込められた言葉は、部屋中に響き渡り反響したかのようだった。

そして、その決意は蛍にとって嬉しいものだった。

蛍は雛子の包み込んでくれるかのような優しさが大好きだった。その優しさが、

プリキュアとなっても自分のことを守ってくれる。蛍にとってこれほど心強く、

温かいものはない。

 

「ありがとう。ふじたさん。」

 

「雛子がそう言ってくれると、ウチらも安心して戦えるよ。」

 

「雛子、君は優しいな。その優しさがあるからこそ、君はプリキュアになれたのだろう。」

 

「あなたの力は守りの力。大切な人を守りたいって思いはきっと、

あなたの力にも応えてくれるわ。」

 

「へへ~ん。やっぱり雛子は凄いのだ~。さすがレモンのパ~トナ~。」

 

決意を固めた雛子に対して、それぞれが思い思いの言葉を伝える。

雛子は少し恥ずかしそうに頬をかいた。

 

「うっし、これからはどんな時でも、3人チームで行動しような。」

 

「ええ、1人では無理なことでも、3人なら必ず乗り越えられる。」

 

1人で無茶はせず、正体がバレないよう気を付け、常に3人チームで行動する。

それぞれが戦う決意を胸に、プリキュアとして活動していく上での方針を定めていく。

 

「うまい具合に3つ揃ったな。プリキュア3か条ってやつ?」

 

そして要が冗談交じりで3か条と名を付けた。

 

「プリキュア3か条。いいわねそれ。はい、じゃあ1人ずつ復唱して。」

 

「ひとつ、ひとりでむちゃなたたかいはしない。」

 

「2つ、プリキュアの正体は誰にも喋ったらあかん。」

 

「3つ、どんな時でもチームで行動。」

 

最初の1か条は半ば蛍の為にあるようなものだが、

こうしてプリキュア3か条が定められることになった。

それは今回の作戦会議の成果の1つと言えるだろう。

 

「オッケー。3人とも、必ず守りなさいね。」

 

チェリーがそう念を押すと、

 

 

コンコン

 

 

扉をノック音が聞こえた。3人の妖精は慌てて要の机の下に隠れる。

 

「は~い。」

 

要が返事すると同時に、部屋のドアが開けられ、高校生くらいの男性が姿を見せた。

身長はおよそ180cm。半袖のワイシャツにジーンズというラフな格好で、

短く切られた髪の色は、要と同じオレンジ色だった。

もしかしてこの人は・・・。

 

「お兄、どうしたん?」

 

蛍の想像通り、要の兄のようだ。

 

「要、この前お前に貸したゲーム返し・・・おっ、雛子ちゃん来とったんか。」

 

「瞬さん。お邪魔してます。」

 

瞬と呼ばれた要の兄は、雛子と親し気に挨拶を交わす。すると蛍に気が付き、

こちらを向いてきた。

 

「んっ?新しい顔やな。」

 

「クラスメートの、一之瀬 蛍って言うの。」

 

「クラスメート?」

 

瞬はクラスメートという言葉を聞いて一瞬驚いた表情を見せたが、

特に深い意味はないのだろうと信じることにした。

 

「へ~可愛い子やん。ひょっとして雛子ちゃんが誘ったん?」

 

するとなぜか雛子の名が呼ばれた。

 

「なっ、なんで私なんですか!?」

 

その言葉を聞いた雛子が、慌てふためく。こんな雛子の姿を見るのは初めてだ。

 

「え?だって、どう見たって雛子ちゃんの好きそう・・・」

 

「わ~っ!!瞬さん!!それ以上言っちゃダメです!!!」

 

どう見たって雛子ちゃんの・・・、の後の言葉が雛子の叫び声によってかき消される。

それにしてもこの雛子の慌てぶりは一体何なのだろう。聞こえなかったが、

瞬はそこまで雛子を狼狽させることを言ったのだろうか。

 

「蛍ちゃん!今の言葉絶対に気にしちゃダメだからね!!」

 

今度はこちらを見て顔を真っ赤にしながら訴えてきた。

今の言葉、とは一体どの言葉のことを指しているのかさっぱりわからない蛍であったが、

とりあえず雛子にとっては蒸し返してほしくない話題のようなので、頷き忘れることにした。

 

「蛍ちゃんだっけ?オレは森久保 瞬。要の兄で高校3年。よろしゅうな。」

 

「えっえと・・・その・・・」

 

瞬の自己紹介に答えようとするが、つい言葉に詰まってしまう。

同性でさえ要と雛子を相手にようやく緊張せずに話せるようになったばかりだと言うのに、

家族以外の異性で、しかも学年すら違う人となれば、蛍にとってそれはもはや、

未知の生物と言っても過言ではない。

 

「お兄、この子人見知りが強いんよ。せやからあんまし怖がらせんといて。」

 

「っと、すまんすまん。いきなりこんな高校男子に声かけられちゃびっくりするわな。」

 

特に悪びれた様子もなく、明るい調子で謝る瞬。

 

「蛍、バカ兄のことなんていちいち覚えんでええからな。

あそこのポスターの隅に映ってる観客程度の存在やと思ってええよ?」

 

要の指差す先を見ると、確かに隅の方に偶然観客席が映りこんでいたが、

躍動感ある選手の動きをそのまま納めたかったのか、ポスターの隅はピントがブレており、

映っている観客は顔はおろか性別すら判別できないものだった。

 

「せめてパス受けとるチームメイトにせや!」

 

そんな要のあんまりな例えに大声で反論する瞬。だがそんな賑やかな森久保兄妹のやり取りは、

蛍の緊張を和らぐには十分だった。ひょっとして要と瞬は、蛍が話しやすい雰囲気を

作るために、あえて軽い調子で話してくれているのだろうか?

そう思った蛍は、心の中で2人に感謝しながら、瞬に挨拶をする。

 

「いっいちのせ、ほたるです・・・。はるに、この街に引っ越してきました・・・。」

 

「おう、いつも要がお世話になってます。女っ気の欠片もないバカ妹の相手は疲れるやろけど、

これからも仲良うしてってや。」

 

「バカ兄のくせしてエラそうにすんな。ほら、はよゲーム持ってどっかいき。」

 

「んじゃっ、2人ともごゆっくり~。」

 

要からゲームソフトを受け取った瞬は、そのまま部屋を後にした。

 

「瞬さんの賑やかなところ、要にそっくりでしょ?」

 

すると落ち着きを取り戻した雛子がそんなことを口にした。確かに性別の違いこそあれど、

雰囲気は要にそっくりだった。それに口喧嘩のような漫才をしたり

ゲームを貸し合ったりするところ見ると、兄妹の仲の良さが伺える。

 

「お兄にそっくりなんて言われても、嬉しくないっての。」

 

口を尖らせる要であったが、言葉にはそこまでの不快感は感じられなかった。

単なる照れ隠しなのだろうが、それを口にすれば要の機嫌を損ねてしまいそう

 

「照れ隠ししちゃって。」

 

・・・どうして雛子は蛍が言わないでおこうと思ったことを、躊躇わず口に出来るのだろうか。

 

「こら~、余計なこと言わんの。」

 

だが機嫌を損ねるかと思った要は、いつも通りの軽い口調で返すだけだった。

もしかして相手の顔色を窺い過ぎなのだろうか、と蛍は自分自身に疑問を抱く。

言葉を選ぶのに慎重になり過ぎている自分と、遠慮なく言葉を投げ合う2人。

ひょっとして友達と、ただのクラスメートの差は、自分自身が作っているのかもしれない。

遠慮なく言葉を言い合える2人の輪の中に早く入りたい。そう願う蛍は、今一度ここに

来た目的を心の中で反芻するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

モノクロの世界、サブナックとダンタリアが対談していた。

 

「貴様も無様に敗戦してきたというわけか。」

 

開口一番、サブナックがダンタリアを侮蔑する。だがダンタリアは涼しい顔だ。

 

「4人目のプリキュアが現れるという不測の事態が起きたからね。

今回の敗戦は次に勝つための布石さ。」

 

4人目のプリキュア、キュアプリズム。本人の実力はそこまで警戒するものではないが、

あの支援能力は厄介極まりない。戦力の中核を成すキュアスパークの力を高めてしまうからだ。

 

「つまらん言い訳だな。」

 

サブナックはそんなダンタリアの言葉を一刀両断するが、ダンタリアは眉1つ動かさず反論する。

 

「では君ならば上手くやれたとでも?」

 

「言い訳をするなと言っている。敗北した理由など、貴様が弱い以外に必要ない。」

 

売り言葉に買い言葉が続く2人だが、両者の間に火花が散っているわけでもなく、

2人とも無表情で言葉を返しているだけだった。

やがてサブナックは片手を鳴らし、寄りかかっていた壁から離れる。

 

「次は俺が行かせてもらう。」

 

「4人目のプリキュアに関する情報、聞くかい?」

 

「必要ない。この目で確かめれば済むだけの話だからな。」

 

ダンタリアにとっては予想できていた答えだ。

この脳まで筋肉で出来ているとしか思えないバカは、行動隊長にあるまじき非効率な

行動を好む傾向がある。敵の情報を前もって知り得ておけば、それだけで戦いにおける

アドバンテージとなるというのに。

だが拒否されたところで特に思うことはない。無様に敗北するのはサブナックなのだから。

 

「そうかい。せいぜい頑張るがいいさ。」

 

「ふん、言われるまでもないわ。」

 

そんなやり取りを終えた2人だが、ダンタリアはしばし間を空けてから、

再びサブナックに問いかけた。

 

「ところで、君はキュアシャインとは対峙したかい?」

 

「それがどうした?」

 

「彼女のこと、君はどう見る?」

 

ダンタリアの問いかけに、サブナックは闇の中に視線を送り、

珍しく困惑の色を見せた表情で答えた。

 

「・・・脆弱な戦士だ。ソルダークの相手すら出来ないほどのな。

なぜあのような小娘がプリキュアなのか、不思議で仕方がないな。」

 

「僕も同じ意見だよ。あんな弱虫にリリスが敗北したなんて、未だに信じられないね。」

 

さすがにこればかりは、サブナックと見解が一致したようだ。

ダンタリアも彼に倣い、闇の中に視線を向けた。あの闇の先にいるリリスは、

そのキュアシャインに重傷を負わされ、未だに戦線に復帰できずにいるのだ。

彼女はキュアシャインが自分に傷を負わせたと語り、今もしきりに

キュアシャインの名を呼び続けている。あの様子では、嘘をついているようには見えないし、

何より嘘をつくメリットがない。

だがダンタリアが対峙した時、キュアシャインから大きな力は感じられなかったのだ。

恐らくサブナックも同様だろう。

 

「まっ、それでも油断はしないことだな。」

 

それでも念を入れて警戒しておくに越したことはない。

行動隊長の能力には、多少の個人差はあれど、総合的な部分では大きな差がない。

リリスが敗北したということは即ち、サブナックも、

そしてダンタリア自身も敗北する恐れがあるということだ。

 

「油断などあるものか。弱者であろうと強者であろうと全力で潰す。それだけだ。」

 

どうやらこの脳筋には不要な心配だったようだ。ダンタリアはサブナックを見送った後、

自身も闇へと姿をくらますのだった。



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第5話・Bパート

プリキュアとして活動していく上で守るべき3か条を決めた要たち。

作戦会議もひと段落し、軽く雑談をし始めた頃、

 

「そうだ蛍。あれ、そろそろ出してみたら?」

 

「あっ、そうだね。」

 

チェリーと蛍がそんなやり取りをすると、蛍が自分の鞄の中から小型のバスケットを取り出した。

口は布で包まれており、その上には小さな枕と掛布団が置かれている。

片方の布が青色で、もう片方が黄色。そんなバスケットが2つテーブルの上に置かれた。

 

「これ、もしかして妖精用のベッド?」

 

雛子がそう答える。

 

「うん、まえにチェリーちゃんにつくったのとおなじものを、

ベリィさんとレモンちゃんの分もつくってみたの。」

 

「作った?これを蛍が?」

 

驚く要。確かに妖精用のベッドなど市販品にあるはずもないが、インテリアとして

売られている小物だと言われたら信じてしまうだろう。それくらいの出来栄えだった。

 

「蛍は料理だけじゃなくて、裁縫も得意なのよ。

これだってあっという間にパパッと作っちゃったんだから。」

 

なぜか蛍ではなくチェリーが得意げに語る。

 

「そっ、そんなたいしたものじゃないよ・・・。」

 

一方で、急に褒められた蛍は困惑していた。だが大したことないとは言うが、

いくら小型でも要には寝具一式を手作りしろと言われて作れる自信はない。

 

「そんなことないわよ。色も形も凄く綺麗だし、こんな上等なもの、私には作れないわ。」

 

「あ、ありがとう・・・。」

 

雛子の素直な称賛を聞いた蛍は、顔を赤くして黙り込んでしまったが、

今度は照れているだけのようだ。慌てたり赤くなったり、

相変わらず表情の変化が忙しい子である。

 

「ねえねえ、これ使ってみてもいい~?」

 

さっそく昼寝が大好きなレモンが食いついてきた。

 

「どっどうぞ。」

 

蛍の許可を得、遠慮なくベッドへとダイブするレモン。

 

「わ~い、フカフカ~。気持ちいい~。」

 

満面の笑みでベッドから跳ねるレモンを見るに、チェリーのお墨付きは本当のようだ。

 

「昼寝好きのレモンの目に敵うなんて凄いじゃないか。

こんな良いものを本当にタダでもらってもいいのか?」

 

「もっもちろんどうぞ。あげるためにつくってきたんだから。」

 

蛍からすれば、日曜大工みたいな感覚で作ったものなのだろう。

お金を払おうか?と言わんばかりのベリィを前に慌てる。

 

「ありがとう蛍、大事に使わせてもらうよ。」

 

ベリィにお礼を言われ、再び頬を赤くする蛍。半年ぶりの再会を果たしたことで

気持ちに余裕が生まれたのか、ベリィの言動は出会った数日前よりも

軽くなったように見て取れた。そんな彼の様子に安堵しながらも、

要は1つの疑問を抱く。

 

「ところで、ウチらプリキュアの活動方針は決まったとして、

ベリィたちはこれからどうするん?」

 

ベリィ達の目的と言えば、離れ離れになった仲間たちを探すことだった。

こうして3人の妖精が集まり、まだ姿を見せない仲間、

妖精アップルとキュアブレイズは、居場所こそわからないが無事は確認されている。

となれば、これからダークネスと戦う決意を新たにした要たちとは違い、

ベリィ達の目的は一応、果たされたと言ってもいい。

要に問いかけられたベリィはしばし逡巡し、

 

「そうだな・・・。俺たちはこのまま、キュアブレイズとアップルさんの

居場所を探すことにするよ。」

 

無事でいることはわかっても、居場所がわからなければ安心出来ないということか。

 

「レモンも早くキュアブレイズに会いたい~。」

 

いや、この様子を見る限りでは、単純にキュアブレイズに会いたいだけのようだ。

3人ともキュアブレイズのことを慕っている。マイペースなレモンも再会を

心待ちにしている当たり、キュアブレイズには懐いていることが窺い知れる。

 

「チェリ~、キュアブレイズは元気だった?」

 

だがレモンがそう問いかけると、チェリーの表情が陰り始めた。

 

「?チェリ~?」

 

「えっええ、元気だったわよ。あんまりお話は出来なかったけど・・・。」

 

「そっか~。またキュアブレイズと一緒にお昼寝したいな~。」

 

無邪気に語るレモンとは対照的に、チェリーは沈んだ様子を見せた。

蛍もどこか憂いを帯びた表情でチェリーを見ている。

確か2人はこの街でキュアブレイズと会ったことがあると言っていたが、

その時に何かあったのだろうか?レモンの記憶にあるキュアブレイズと、

蛍たちが会ったキュアブレイズとでは、

抱いているイメージが異なっているように思えた。

 

「ねえ、あなた達って、人間の姿に変身出来るのよね?もしかして、

街に出る時は人間の姿をしているの?」

 

そんな雰囲気を断ち切るかのように、雛子がベリィたちに1つの質問を投げた。

言われてみれば要たちが学校へ行っている最中、ベリィたちは外で

キュアブレイズを探していたというが、どのようにして街を出歩いているのかは

聞いたことがなかった。

 

「そうだな。外を出歩くときは極力人間の姿でいることを心掛けているよ。」

 

「良かったら、見せてくれないかしら?

私はまだ、あなた達の人間の姿を見たことないから。今のうちに覚えておきたいし。」

 

「わかったわ。ほら、レモンも立って。」

 

「むにゃ~、人間の姿って疲れるんだよね~。」

 

中々ベッドから離れないレモンを無理やり起こし、3人は人間へと変身した。

ポンッと風船が割れるような音と共に煙を出し、煙の中から3人の人の姿を現す。

ピンクの基調としたセーラー服の女子高生。青を基調としたカジュアルな服装の青年。

そして黄色のワンピースを着た10代前後の少女だ。

要と蛍は、チェリーとベリィの人間の姿は見たことあるが、

レモンの人間の姿を見るのは初めてだ。

身長は140cm程度。茶髪のボブカットに黄色の水玉模様のワンピースを着ており、

猫のような口元であくびを噛み、半開きの目を擦っている。間違いなくレモンである。

 

「わ~、レモンちゃん可愛い。」

 

雛子が嬉しそうに声をあげる。その予想通り過ぎる反応に要は呆れる。

 

「と~ぜ~ん、レモンは可愛いからね~。」

 

一方のレモンは褒められて上機嫌だ。

 

「レモンは人間年齢に換算すれば、だいたい10歳、11歳ってとこだったな。」

 

「へ~、じゃあウチら含めても最年少やな。」

 

要はそう言いながら、レモンの頭を撫でた。20cm近い身長差がある為、

ちょうどいい位置に頭があるのだ。嬉しそうに微笑むレモンを見ながら、

要はふとあることに気が付く。

 

(・・・あれ?ひょっとして蛍よりも背が高い?)

 

そう言えば蛍の身長は130cm程度だったか。実際見比べてみるとレモンの方が

僅かに上回っていた。・・・蛍が背の低さを気にしているかは知らないが

一応胸の内に留めておこう。そんな要の視線に気づき、不思議そうに首を傾げる蛍。

一方雛子は、人間の姿となった妖精の面々を見た後、1つの提案をあげてきた。

 

「あなた達、その姿の時の名前を付けてみない?」

 

「人間の時の名前?どうしてわざわざ付けるの?」

 

「こっちの世界で、人間として自然に振る舞うためよ。

あなた達の名前を悪く言うつもりはないけど、

チェリー、ベリィ、レモンって、こっちの世界だと果物の名前になるのよ。

いくら人間の姿をしていても、街中で果物の名前で呼び合えば、

周りから余計な注目を集めてしまうかもしれないわ。」

 

確かに雛子の言う通りだ。子供のレモンはまだしも、大人の姿である

チェリーやベリィがお互いをそのままの果物の名前で呼び合うのは、

傍目から見ると不自然に映るだろう。

 

「言われてみれば、柑橘類の果物にレモンって名前があった気がするな。」

 

相変わらずこの世界について妙に詳しいベリィ。

 

「確かに、人の姿で活動する以上、この世界の人間として

怪しまれないようにした方がいいわね。」

 

チェリーも雛子の提案に納得してくれたようだ。

 

「それじゃあ、さっそく名前を考えましょうか?

そうね・・・。チェリーちゃんの名前は・・・サクラ、なんてどうかしら?」

 

「サクラ、チェリーはにほんごでさくらんぼだから、サクラちゃん?」

 

「蛍ちゃん正解。どうかしら?サクラちゃん。」

 

「サクラ・・・可愛らしい名前ね。ありがとう。」

 

チェリー改めピンクの女子高生、サクラは嬉しそうに礼を言う。

 

「んじゃっ次はベリィな。ウチが決めたるわ。ん~・・・・、ベルってどう?」

 

「ベル?」

 

「深い意味はないよ。ベリィとニュアンスが近いからベル。それにベリィの人間の姿、

どことなく外国人っぽいし。ベルって名前でも問題ないやろ?」

 

実際ベリィの人間の姿は、金髪碧眼に青いデニム生地のカジュアルファッションで、

どことなくアメリカンスタイルな印象だ。この容姿では、逆に日本人の名前の方が

浮いてしまいそうだ。

 

「ヘイ、ベル。って挨拶しても違和感ないな。」

 

「なんでヘイ、ジョン、みたいなノリで挨拶するんだよ。」

 

異世界から来た妖精がなぜそんな俗なツッコミが出来るのか。

 

「まあでも、悪くはないな。よし、俺はこの姿ではベル、だな。」

 

ベリィ改めアメリカンスタイルのベルもまた、人間としての名前を受け入れたようだ。

 

「さいごは、レモンちゃんだね。レモンちゃんだから・・・。」

 

蛍が名前を考えていると、レモンは大きくあくびを1つし、

 

「ふわあああ~、レモンの名前はレモンでいいよ~。」

 

そんなことを言いながらベッドへ仰向けで寝だした。

 

「え?でも、」

 

「どうせレモンはレモンのことレモンって呼んでるし~

レモン以外の名前を付けられてもレモンって言っちゃうと思うよ~。」

 

レモンがゲシュタルト崩壊しそうだが言い分はわかった。

確かに普段使い慣れている一人称まで変えなければいけなくなるのは面倒だろう。

 

「ん~、でもそうゆうわけにもいかないから。

せめて覚えやすい名前とかにすれば・・・。」

 

だがさすがに雛子はレモンの言い分を真に受けるわけにはいかないようだ。

どんな名前にしようか考えているところ、

 

「あの、レミンってどうかな?」

 

蛍がレモンの名前を提案してきた。

 

「ひともじちがいのなまえだったら、もとのとそんなにかわらないから、

レモンちゃんもおぼえやすいかなっておもって。」

 

レミンは欠伸をしながら、だがしっかり話は聞いているようでレミンと言う名を反復する。

 

「レミン、レミン、レミンか~。うん、レモンレミンって名前可愛いから気に入ったよ~。

よ~し、レモンはこの姿だとレミンなんだね~。

レモン頑張ってレミンの時はレミンって呼ぶように努力するよ~。」

 

レモンとレミンが入り混じり、もはや何がなんだかわけがわからなくなってきたが、

とりあえずレモン改めレミンは蛍の付けた名を気に入り、それを名乗る努力はしてくれるようだ。

だが再び欠伸をし始めたレミンを見て、要はこの先のことを少し不安に思うが、

 

「ふわ~。レモン疲れちゃった~。ちょっとお昼寝しよ~。」

 

否、その不安は5秒も持たずに実現してしまった。努力するよ、とは何だったのか。

 

「少しは頑張れよ・・・。」

 

呆れ顔で注意するベル。

 

「どうせここにはレモンのこと知ってる人しかいないし~、

レモン街に出てから頑張るよ~おやすみ~。」

 

それ絶対明日から頑張ると同じ理屈で何時まで経っても頑張らないやつだよな、

と要が思うも束の間、レモンの姿に戻るや否や再び5秒も経たずに昼寝してしまった。

ちゃっかり蛍が作ってきた妖精用ベッドの上で。

 

「やれやれ・・・。」

 

「まあでも、レモンはこう見えてやる気出すときはやる気出すから、心配しなくて大丈夫よ。

・・・多分。」

 

こればかりはサクラもさすがにフォロー出来なかったようだ。

どこまでもマイペースなレモンに呆れながら、サクラとベルも妖精の姿に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで一通りのことは決まったかしら?」

 

プリキュア3か条、妖精たちの今後の活動、そして人間の姿での名前。

パーティかぶれの第一回作戦会議の中で、当面の活動指針となるべきものは

全て決まったと思う雛子だったが、

 

「い~や、まだ大事なことが決まってないよ。

雛子、君は何か重大なことを忘れてはいないかね?」

 

要が妙に芝居がかった口調でそんなことを言い出す。

 

「重大なこと?何かしら?」

 

「ズバリ!チーム名!

これから3人チームで活動するんやから、ウチらに相応しいチーム名を決めな!」

 

「・・・。」

 

あきれ顔で要を見る雛子。だが要はお構いなしにテンションを上げていく。

 

「そう、3人揃って『プリキュア戦隊サンニンジャー』!みたいな!」

 

果てしなく絶望的なネーミングだが、本人も勢い任せで言っている当たり、

その場のノリで決めただけだろう。そしてチーム名は毎週日曜日の朝、

通称キッズタイムに放送されている、5人組のヒーローが、

時には変身して、時には巨大ロボットに乗って悪と戦う子供向け特撮ヒーロー番組。

『レンジャーシリーズ』を意識しているようだ。

全く、このノリと勢いの悪さに定評のある悪友は中学生にもなった今でも、

レンジャーシリーズを毎週リアルタイムで視聴しているから、何時まで経っても

思考が子供っぽいのだ。

そんなことを思いながら、雛子はそのレンジャーシリーズについて振り返る。

確か今期は、レンジャーシリーズ30周年を記念して、歴代のレンジャーたちの

力を借りて無限の可能性を引き出していくのをコンセプトとした、

『無限戦隊オルレンジャー』という作品だ。

毎週歴代のレンジャーたち本人がゲストとして出演しているので、

雛子としてもとても楽しみな作品である。

ちなみに雛子が一番好きな作品は、シリーズ第19作目にあたる

大自然との調和と共存をテーマとした『共鳴戦隊レゾネイジャー』だ。

人もまた自然の一部であること謳うストーリーは、当時3歳だった雛子には

当然理解できるものではなかったが、それでもあの森と草原を舞台とした牧歌的な世界観には、

言葉通り自然と魅入られるものがあった。そして小学6年の時に再び見直して、

作品に込められた深いメッセージ性に人知れず感動したものだ。

オルレンジャーは、ゲストとして出演したレンジャーの世界観を出来る限り再現することに

力を入れており、毎回作風が異なってくるのも特徴だ。つまりレゾネイジャーのゲスト回では、

雛子の大好きだったあの世界が最新の映像技術で再現されるのだ。

それだけは絶対に見逃すわけにはいかない。

・・・とどのつまり雛子もこの歳になるまで同シリーズを毎週欠かさず

視聴しているわけだが、さすがに要みたいに触発されてチーム名を決めようと

提案するほど子供ではないと自分に言い聞かせた。

 

「もう、蛍ちゃんからも何か言って・・・」

 

言いかけて蛍の方を振り向いてみると、

 

「レンジャーシリーズ・・・チームめい!」

 

蛍が顔を輝かせていた。それはもう『パアッ』という効果音と共に

光のエフェクトが周囲に放たれているかのように輝いていた。可愛い。

 

「それ!いいかも!レンジャーシリーズみたいなチームめい、かんがえよ!」

 

そして要と同じかそれ以上のテンションで賛同してきた。まさか蛍まで

レンジャーシリーズの視聴者だったとは。しかも要の提案に乗ってくるあたり、

彼女は見た目だけでなく性格面も子供っぽいようだ。可愛い。

だがこどもっぽいことは決して悪いことではない、むしろ童心を忘れないということは

素晴らしいことだ。世間一般で所謂思春期、反抗期と呼ばれている中学生にもなると、

勧善懲悪を王道に行くヒーロー番組は、やれ子供だましだのやれご都合主義だのと言われ

敬遠されがちだが、彼女には今でも純粋にレンジャーシリーズを楽しんでいるようだ。

それはもはや一種の美徳だと言ってもいい。何より可愛い。

 

「おっ、蛍もレンジャーシリーズ見てるんか?」

 

「うん!わたし、『マジカルせんたいマホレンジャー』だいすきだったの!」

 

マジカル戦隊マホレンジャー。シリーズ23作目にあたる魔法をテーマとした作品だ。

魔法使いを主人公とし、石畳の街道に煉瓦の家が並ぶという中世ヨーロッパを

イメージとした古風な世界観でありながら、魔法のアイテムである杖や箒には、

流行りもののおしゃれ要素を取り入れており、敵対する怪人たちも可愛らしく

デフォルメされたものがほとんどだった。そんなポップかつファンシーな作風は、

従来の硬派な作風からはかけ離れており、ファンから否定的な意見も多い一方で

多くの女性ファンを獲得することに成功した、シリーズでも特に異色の作品である。

確か蛍は、昔魔法使いや妖精に憧れていたと言っていた。

彼女がマホレンジャーをシリーズで一番好きと言うのも頷ける話だ。

 

「蛍ちゃんはどんなチーム名が良いと思う?」

 

そう蛍に話しかけると、彼女の顔がますます明るくなった。

チーム名を決めて良いと言われたことが嬉しくてたまらないようだ。可愛い。

すると要がジッとした目でこちらを睨み付けてきた。その視線は

 

ウチと蛍で随分と対応が違うんやな、

 

と訴えているようだ。当然だ。要と蛍を同じに扱うなんて、可愛い蛍に対して失礼である。

 

「どんなチームめいがいいかな。かわいいのにしたいな・・・。」

 

「いや、どちらかと言うとカッコいい方が・・・」

 

何を言う。カッコよさよりも可愛さの方が大事だ。

 

「はい!おもいつきました!『ぴかぴかぴかりんぴかレンジャー』ってどうかな!?」

 

「・・・。」

 

要はげんなりとした表情を見せる。ないわー、と声に出さなくても思っているのがわかる。

一体何がいけないというのだ。ぴかぴかぴかりんぴかレンジャー。

蛍らしい幼さとあどけなさを兼ね備えた素晴らしいネーミングセンスだ。

この世の全ての女子中学生に聞いても2つとして同じ名前は出て来ないだろう。

何より提案した時の蛍の仕草が可愛かった。それだけで即採用ものである。

 

「可愛いから採用。」

 

「やったー!」

 

「ちょっと待て雛子!その可愛い絶対意味がちゃうやろ!!」

 

要の言葉を意訳すると、

 

今のはチーム名が可愛いんじゃなくて、蛍が可愛いから採用するつもりだろ!

 

となる。無論、後者だ。

可愛い女の子の言葉は異性は勿論、時として同性でさえ

全てを許し肯定したくなると思えるほどの天性の魅力に満ち溢れているもの。

つまり可愛いは常に正しい、正義なのだ。

 

「待って蛍!そんなチーム名じゃプリキュアだってわからんし!

そもそも戦隊も入ってないからレンジャーですらないんだけど!」

 

「あ・・・そっか。」

 

指摘された蛍は少ししょんぼりとした様子を見せる。全く無粋なツッコミだ。

プリキュアのチーム名だからと言って、プリキュアという言葉を入れなければならない

決まりはない。少なくとも要がノリと勢いで提案したプリキュア戦隊サンニンジャーよりは

遥かにマシだ。 

 

「・・・じゃあ『ぴかぴかぴかりんプリキュア』!」

 

すると間髪入れず笑顔で別のチーム名を提案してきた。可愛い。

どうやら蛍にとって『ぴかぴかぴかりん』というのは絶対に外せないフレーズのようだ。

そんな拘りも可愛いし、これならプリキュアもチーム名に入っている。

何も問題はないだろう。

 

「じゃあそれで決まりね。」

 

「やったあ!」

 

「待たんか~い!!」

 

だがそれも要によって却下された。提案したチーム名を2度も却下された蛍は

さすがに落ち込んだ。全く、可愛いのかの字も知らないくせに、

蛍を悲しませるとは何事だ。

結局この場は要によって無理やり中断され、後日各々が候補を考えてくることになった。

自分で提案したというのに身勝手なものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

第一回プリキュア作戦会議もいよいよ佳境を迎えたころ、

蛍は話を切り出すタイミングを伺っていた。

 

「今日のところはこんなもんかね?」

 

「そうね。当面の活動指針は決まったことだし。」

 

「早くキュアブレイズも見つかるとええな。」

 

「見つけて見せるさ。何としても。」

 

各々が解散に向かって動き始めている。要と雛子はお菓子の空き袋を片付け始め、

チェリーは未だにお昼寝中のレモンを起こしていた。

作戦会議が終わり、これ以上の話題はないはずだ。切り出すのは今しかない。

 

(がんばれ・・・わたし!)

 

「じゃっ、今日はもう解散、」

 

「あっ、あの!!」

 

蛍は大声で要の言葉を遮った。この場にいる一同が、驚いて蛍の方を振り向く。

 

「あの・・・。」

 

だが直前になって、蛍に胸いっぱいの不安が広がり始めた。

もしも断られたらどうしようと、今になって悪い方向に思考が傾き始める。

 

(だいじょうぶ・・・ふたりならぜったいに・・・だいじょうぶだから!)

 

1つ、2つ、大きく深呼吸をし、蛍は心を落ち着かせる。

そして要と雛子の顔を交互に見てから、胸に置く両手に力を込めた。

 

「・・・おはなし、したいことがあるの。あの・・・わたし、」

 

 

友達になれると思ってるの?

 

 

「っ!?」

 

だが2人に思いを打ち明けようとした蛍の頭に、自分の声が響いた。

 

「闇の波動!?」

 

続いてチェリーが声をあげ、蛍の全身に悪寒が走る。

要と雛子も、闇の波動を感じ取ったようだ。2人とも驚いて立ち上がる。

 

 

ずっと友達が出来なかった私に、友達になってくれる人がいると思ってるの?

 

 

頭の中に声は、これまでよりも大きく響き渡る。

 

「うっ・・・。」

 

「蛍!大丈夫!?」

 

「蛍ちゃん!」

 

雛子が蛍の隣まで行き、手を取った。

 

(だいじょうぶ・・・ふたりならぜったいに・・・。)

 

 

森久保さんと藤田さんは優しい。それは私に対してだけじゃない。

今まで優しくしてくれた人がいなかったから、勘違いしてるだけだよ。

 

 

(それでもいい・・・それでも、もりくぼさんとふじたさんは・・・

わたしにやさしくしてくれたんだから・・・。)

 

頭に響く声の通り、これまで同い年の人から優しくして貰えたことなんてなかった。

でも、だからこそ嬉しかったのだ。

こんな自分でも、他の人と、彼女たちの友達と同じように接してくれたことが。

 

「だい・・じょうぶ・・・いつものことだから・・・。」

 

蛍は現実に意識を戻し、要と雛子にそう答える。

 

「いつものことって・・・蛍あんた・・・。」

 

要が驚いて声を失うが、蛍は再び自分の意識と向き合った。

 

 

どうせ、私の事なんて、ただのクラスメートとしか思ってないよ。

心の中ではバカにされてるかもしれないよ?

こんな弱虫で何の取り柄もない私に、親しくしてくれる人がいると本気で思ってるの?

 

 

(ほんきだもん!ふたりはぜったいに、そんなひとじゃない!)

 

 

友達が欲しいなんて見苦しい夢、いい加減捨てなさいよ!

そんな夢、私に叶えられるわけがないんだから!!

 

 

長い間友達がいなかった自分の本心は、ここまで卑屈になっていたのか。

本当に、嫌になってくる。自分のことなんて大嫌いだ。でも、それも今日までだ。

絶対に夢を叶えると心に決めたのだから。リリンが教えてくれた、大切なおまじないで。

蛍はおまじないを胸に、万感の思いを込めて自分と向き合う。

 

(かなえる・・・ぜったいにかなえるの!

今日わたしはそのために、ふたりと、ともだちになるために!

ここにきたんだから!!)

 

そして声を振り払うかのように、心の中で雄たけびを上げた。

 

「がんばれ!わたし!!」

 

すると蛍の胸に光が灯り、シャインパクトが現れた。

 

「はあっ・・・はあっ・・・プリキュア!ホープ・イン・マイハート!」

 

光に包まれた蛍は、キュアシャインへと変身を遂げ、頭の中に響く声を

かき消すような大声で名乗りをあげた。

 

「世界を照らす!希望の光!キュアシャイン!!」

 

そして、頭の中に響く声は、いつの間にか消えていたのだった。

 

「蛍ちゃん・・・。」

 

そんな蛍を、雛子が不安な表情で見ていた。どうやらまた、臆病な自分のせいで

2人に心配をかけてしまったようだ。

 

「もりくぼさん、ふじたさん、しんぱいかけてごめん。

・・・いこっ、ダークネスをやっつけなきゃ。」

 

「・・・せやな。雛子。」

 

「・・・うん。」

 

「「プリキュア!!ホープ・イン・マイハート!!」」

 

蛍に続き、要と雛子は同時に変身する。

 

「世界を駆ける、蒼き雷光!キュアスパーク!」

 

「世界を包む、水晶の輝き!キュアプリズム!」

 

変身を終えた3人は妖精たちと共に、闇の波動がする方向へと飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

蛍たちが闇の波動の気配を追った先には、ダークネスの行動隊長サブナックが待ち構えていた。

 

「来たな、プリキュア。ん?貴様が4人目のプリキュアか。」

 

サブナックはキュアプリズムを見ながら問いかける。

 

「女の子じゃないってことは、あの人がサブナック?」

 

「ああ、見た目通り筋肉バカのおっさんや。」

 

キュアスパークが毒を含んだ言葉で答える。するとサブナックが眉間にしわを寄せてきた。

 

「どいつもこいつもバカバカと、口ではなく拳で語れないのか?」

 

「何言ってるん?拳が喋るわけないやろ。」

 

サブナックの抗議に対して、キュアスパークは涼しい顔で皮肉を返した。

 

「・・・それもそうだな。」

 

だがサブナックはなぜか妙に納得してしまったようだ。それを聞いたキュアスパークは

盛大にズッコける。どうやら期待していた反応とは違っていたようだ。

 

「いや納得するのかよそこ・・・。」

 

「ならばなぜ拳で語ると言う言葉があるのだ?」

 

そしてなぜかその言葉を発した本人からあまりにも根本的な問いが飛んできた。

 

「知るか!辞書引いて自分で調べ!」

 

「辞書とはなんだ?」

 

「だ~もう!何やねんこのおっさん!」

 

ツッコミに疲れたのか、キュアスパークが呆れ交じりにそう叫ぶ。

 

「キュアスパーク、無駄口が多いわよ」

 

そしてキュアプリズムに注意された。一連のやり取りを横で聞いていた蛍も

つい気を緩めてしまった。いけないいけない。こちらも気を引き締めていかないと。

 

「はいはい、ちゃっちゃとこいつを追っ払うよ。」

 

「面白い、やれるものならやってみるがいい。」

 

サブナックは右手に集めた絶望の闇を天に掲げる。

 

「ダークネスが行動隊長、サブナックの名に置いて命ずる。

ソルダークよ。世界を闇で食い尽くせ!」

 

そしてサブナックの言葉と共にソルダークが誕生した。

 

「いけっ!ソルダーク!」

 

「ガアアアアアアア!!」

 

ソルダークが雄叫びをあげる。するとソルダークは脚部をバネのように縮ませ始めた。

 

「2人とも、気を付けて!」

 

後方からキュアプリズムがそう呼びかける。次の瞬間、ソルダークは縮めた脚部を伸ばし、

その反動を利用して勢いよく飛び掛かって来た。

 

「え!?」

 

「キュアシャイン!」

 

キュアスパークが蛍の手を取り、その場を離脱する。キュアプリズムも元いた場を離れた。

突撃してきたソルダークの勢いは止まらず、そのまま市街地まで突っ込み、

いくつもの建物を破壊する。

プリキュアに変身しているとはいえ、あの突進を正面から受けたら重傷を負ってしまうだろう。

キュアスパークが手を引いてくれなければ、危なかったところだ。

だが起き上がったソルダークは再び体をこちらへ向けた。

 

「ピョンピョン飛ばれたら埒が明かん。こっちからも仕掛けるよ!」

 

キュアスパークが電気を纏いながら、ソルダークへと突撃する。蛍も置いて行かれぬよう、

キュアスパークの元へと向かおうとするが、その前をサブナックが横切った。

蛍は驚いて足を止めるが、サブナックは蛍めがけて拳を振り下ろしてきた。

避けられない。

そう思った瞬間、蛍の目の前に水晶の盾が現れる。

 

「キュアシャイン!」

 

蛍を寸でのところで助けたキュアプリズムは、そのままバリアを右手に纏い、

サブナックへ拳を振るった。だがサブナックはそれをガントレットで受け止める。

 

「盾を纏わねば拳を振れぬか。身を傷つけるのがそんなに怖いか?」

 

サブナックはそのまま、全身から闇の波動を噴出する。

 

「笑止!」

 

波動を受けたキュアプリズムは後退するも、サブナックは彼女へと距離を詰め寄る。

 

「キュアプリズム!」

 

キュアプリズムを助けなきゃ!

蛍はその場で地を蹴り、サブナックへと拳を振るう。だが蛍の拳はサブナックの

ガントレットに防がれ、逆にガントレットに直撃した振動が蛍を襲う。

 

「いったっ・・・。」

 

「相変わらず軟弱だな、キュアシャイン!」

 

サブナックはそのまま蛍の手を掴み、力任せに投げ飛ばした。

 

「きゃあああっ!」

 

「キュアシャイン!」

 

キュアスパークがこちらに気づき、駿足で駆け付け蛍を抱きとめた。

サブナックはその隙をつき、キュアスパークへと突撃するが、前方をキュアプリズムの盾が遮る。

キュアプリズムはその隙に蛍たちの方へと合流した。

だが一連の攻防の中で、蛍の不安は徐々に現実なものとなってきた。

 

「やはり貴様は話にならんな。味方の足を引っ張ることしか出来ない弱者が。」

 

「っ!?」

 

胸中に抱いた不安を、サブナックに指摘される。蛍はその言葉を否定することが出来なかった。

これまでも、この戦いの中でも、2人に助けられてばかりだったのだから。

 

「伝説の戦士が聞いて呆れる。なぜ貴様ごときがプリキュアなのか。」

 

サブナックの言葉が、蛍の心を大きな影を落とす。

こんな弱い自分が仲間でいいのか、2人とチームでいる資格はあるのか。

ここ数日ずっと悩んでいたことだ。そして今もその悩みは、心の中に染みついて落とせない。

 

(それでも・・・いっしょにいたいっておもうから・・・。)

 

蛍は弱い自分の本心に負けないよう、意思を強く持つ。

 

「キュアシャイン、あいつの言葉なんて気にせんでええよ。」

 

「大丈夫、あなたは弱くなんかないから。」

 

(・・・ありがとう。やっぱり、ふたりはやさしいな・・・。)

 

2人の優しさが蛍の不安を取り除いていく。やっぱり自分は2人と仲間でいたい。

2人の隣に立ちたい。だから蛍は、自分に出来ることを精いっぱい頑張るために

1つの決断をする。でもこの決断は、またチェリーを怒らせてしまうだろう。

 

(チェリーちゃん。ごめんなさい。)

 

心の中でチェリーに謝罪する蛍。

 

「馴れ合いか、くだらんな。ソルダーク!」

 

サブナックの掛け声とともに、ソルダークは再び足を縮め始めた。

臨戦態勢を取るキュアスパークとキュアプリズム。

だが、

 

「はああっ!!」

 

蛍は突然、ソルダークへ目掛けて飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

要が制止する間もなく、キュアシャインは目の前を横切り、ソルダークへと体当たりした。

あまりにも予想外の出来事に、要は勿論キュアプリズムも、

敵であるサブナックさえも唖然としている。

 

「キュアスパーク!」

 

するとキュアシャインが名を呼んできた。見ると体当たりを受けたソルダークがよろめいている。

今のうちに隙を付いてほしい。

そう呼びかけていると悟った要は、キュアシャインが突拍子もない行動に出た理由を考えるよりも

先に動き出した。

 

「はあっ!」

 

雷を纏った正拳を繰り出しソルダークへダメージを与える。ソルダークはこちらに気づき

攻撃を仕掛けようとするが、今度はキュアシャインがソルダークの顔面へと飛びついた。

 

「え、ちょっ!?キュアシャイン!」

 

突如視界を奪われたソルダークは、キュアシャインを払おうと首を勢いよく振り出した。

キュアシャインは飛ばされないよう必死でしがみついている。

恐らく敵の隙を作るための行動なのだろうが、いくらなんでも危険過ぎる。

だが止めようと思うも、実際にソルダークが無防備な状態を晒しているため、

要はキュアシャインの意をくみ、攻撃を仕掛けることにした。

 

「はああっ!」

 

渾身の一撃を腹部に叩き込んだ要。だがソルダークが大きく仰け反った反動で

キュアシャインは手を離してしまい、体が宙を舞ってしまった。

 

「しまった!」

 

要が助けに駆けつけるよりも先に、キュアプリズムがキュアシャインを受け止めた。

一先ずは安堵するも、キュアプリズムの腕の中から降りたキュアシャインは、

再びダークネス等を正面から見据える。

 

「キュアシャイン!無茶な戦いはしちゃダメって言ったでしょ!!」

 

そんなキュアシャインの戦いを見ていたチェリーが、ついに怒鳴り声をあげた。

当然だ。これまでにも2度、1人で戦い窮地に陥り、つい先ほどプリキュア3か条で

無茶な戦い方はしないと誓ったのにも関わらずこれだ。

キュアシャインからすれば敵の隙を作るための作戦なのだろうが、

要も見ていられないくらい無茶苦茶な戦い方だった。

だが、要がチェリーに続いて注意しようとするも、キュアシャインの叫びに中断される。

 

「ムチャくらいしなくちゃいけないの!!」

 

「えっ?」

 

チェリーが言葉を失う。要もキュアプリズムも、キュアシャインの方を振り向いた。

 

「わたしは・・・キュアスパークやキュアプリズムほどつよくないから・・・。

それでも!ふたりといっしょに、たたかいたいから!ふたりのとなりに立ちたいから!

よわいわたしは、ムチャくらいしないと!ふたりとならんで立つことなんてできないの!」

 

「キュアシャイン・・・。」

 

要は蛍の内に、ここまで強い意思があったなんて思ってもいなかった。

人と接することに消極的で、ダークネスと戦うことにも怯えていた、臆病な少女。

少なくとも要はそう思っていた。そしてその認識に間違いはなかったはずだ。

なぜなら彼女は戦う前に、闇の牢獄で自分の声を聞いていたのだから。

それは自分自身が不安、弱さを抱えていることの証。現に過去の亡霊を振り切った要は、

初めて変身して以来声を聞いていないだ。

だからこそ、要は蛍をなるべく戦わせないように、自らが先陣を切るつもりでいたのだ。

戦うことを恐れる蛍に怖い思いをさせない為にも。

だけどそれは、無意識の内に、蛍のことを下に見ていたのかもしれない。

 

(ウチは、蛍のことバカにし過ぎてたのかもしれんな・・・。)

 

蛍は臆病で、か弱いから、自分が守らなければならない。

そんな認識を改めなければならないようだ。

なぜなら蛍は、今尚離れることのない自分の不安と恐怖を、無理やり振り払えるほどの

強い意思を、胸に抱いていたのだから。

 

「ちょこざいな。弱者が無駄なあがきをするな。」

 

キュアシャインの突然の猛攻に対して、サブナックが毒づきながら攻撃を仕掛ける。

 

「もう、ひとりでムチャなたたかいはしない。

でも、3人でなら、ムチャするんだからあああ!!!」

 

だがキュアシャインは雄叫びと共に、真正面からサブナックに突撃する。

その強い意思を込めたキュアシャインの一撃に、これまでキュアシャインを

見下していたサブナックが、一瞬怯んだような表情を見せた。

1人ではなく3人だから無茶をする。何とも屁理屈の利いた言い分だろうか。

だがそんな蛍の戦う様子と、彼女の決意の前に怯むサブナックを見た要は、

蛍は近い将来、このチームの中心になるのではないかと、漠然と思い始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「3人一緒なら、無茶をする・・・か。」

 

蛍の無茶苦茶な戦いを見ながら、雛子は要の家での出来事を思い出す。

あの時、闇の牢獄の中、頭を抱え出した蛍の手を取った時、雛子は蛍の声を聞いたのだ。

 

 

友達が欲しいなんて見苦しい夢、いい加減捨てなさいよ!

そんな夢、私に叶えられるわけがないんだから!!

 

かなえる・・・ぜったいにかなえるの!今日わたしはそのために、

ふたりと、ともだちになるために!ここにきたんだから

 

 

理由はわからないが、闇の牢獄の中では、触れた人の心の声を聞くことが出来るようだ。

雛子にそのつもりはなかったが、結果として雛子は蛍の本音を知ってしまったのだ。

ずっと友達が出来なかった故に卑屈になってしまったこと。

そのために、自分や要のことを信じることが出来なかったこと。

そしてそんな自分の心と向き合える彼女の思いの強さ。

蛍はきっと、これまでも自分の弱い心とずっと戦って来たのだろう。

弱い自分、大嫌いな自分から目を背けず、そして勇気を出して乗り越えいく。

そんな健気な蛍のことを、雛子は心の底から助けになってあげたい、守ってあげたいと思った。

雛子にとって蛍は、ただのクラスメートではないのだから。

 

(ずっと抱き続けてきた夢か、形になるにつれて取り戻せた夢かはわからない。

それでも蛍ちゃんは今日までずっと、夢を捨てないで来たんだよね・・。

闇の牢獄の中、自分の絶望の声が何度聞こえようと、希望を捨てずに

・・・あっ。)

 

その時、雛子はあることを思いついた。

 

「きゃっ。」

 

「よっと、キュアシャイン、大丈夫?」

 

「うっうん、ありがとうキュアスパーク。」

 

するとサブナックに振り払われたキュアシャインをキュアスパークが受け止めこちらに合流した。

サブナックもソルダークを側に置き、お互いに態勢を立て直す。

 

「ねえ、2人とも、ちょっといいかな?」

 

雛子はさっそく、先ほど思いついたことを2人に話し始める。

 

「なに?急に。」

 

「チーム名、思いついたの。」

 

「は?」

 

キュアスパークはこんな時に何を考えてるの?と言いたげな顔をして呆れる。

雛子自身も場違いであることは承知だ。それでも今、この場で伝えたいのだ。

このチーム名は、3人の心を1つに繋げるものだから。

 

「私たちプリキュアは、世界の希望となる4つの光。

空を覆う絶望の闇を照らせば、世界は希望の光で満ちる。」

 

雛子は一拍起き、隣に立つキュアシャインを見て微笑む。

 

「そう、世界を照らす、希望の光。」

 

「え?」

 

驚いて声をあげるキュアシャイン。無理もない。それは彼女自身を表す二つ名だ。

だからこそ、このチーム名は、自分たちプリキュアに最も相応しいと思ったのだ。

 

「ホープライトプリキュア!」

 

なぜならこのチームには、伝説の戦士、世界の希望を体現するプリキュア。

キュアシャインがいるのだから。

 

「え?えええっ!?」

 

自分の二つ名がそのままチーム名に使われ、大きな声で驚くキュアシャイン。

 

「ホープライト、希望の光か・・・。ええやん。」

 

「でしょ?」

 

「え・・・えと、ホントにいいの?」

 

「なんで?ウチらにピッタシやん。」

 

キュアスパークは同意してくれた。彼女も雛子と同じことを思ったのだろう。

そう、誰よりも強い希望を持つキュアシャインは、蛍は、

いつかこのチームの中心になるのだろうと。

 

「どうかな?キュアシャイン?」

 

キュアシャインはしばらく悩むも、やがて顔を赤くし、

 

「えと・・・ふたりがよければ・・・。」

 

静かな声で同意してくれた。

 

「よっし!そうと決まればキュアシャイン!ビシっと決めセリフを言ったれ!」

 

そんな無茶ぶりを笑顔で振るうキュアスパーク。

 

「ええええっ!!?」

 

「ほら、キュアシャイン。」

 

先ほど以上に驚くキュアシャインと、珍しく要の悪ノリに付き合う雛子。

 

「えと・・・。」

 

困惑するキュアシャインだが、やがて意を決して顔をあげる。

 

「みっ、3つのひかりが、でんせつを紡ぐ!」

 

そして『せ~の』で3人、声を揃えてその名を叫んだ。

 

「「「ホープライト!プリキュア!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

ホープライトプリキュア。

自分の二つ名がチーム名として採用されたことに驚く蛍だったが、その名のもとに、

キュアスパークとキュアプリズムは集い、蛍の隣に並んでくれた。

2人と一緒のチームに集えたこと、隣に並んで立てたことが、蛍には嬉しかった。

 

「それじゃ、」

 

「いくよ、2人とも。」

 

「レッツ!」

 

「Go!」

 

「プリキュア!」

 

そして3人同時に大地を蹴り、ダークネスへと立ち向かう。

 

「ソルダーク!」

 

サブナックの呼びかけと共に、ソルダークが足をスプリングにして飛び出す。

 

「はっ!」

 

だがソルダークの突進を、キュアプリズムの盾が遮った。初見は突拍子もない攻撃方法と

突進速度に気を取られてしまっていたが、体を向けた方に直線にしか飛べないのであれば、

自前に進路を防ぐのは容易い。そしてキュアスパークが、ソルダークを遮る盾を

跳び箱の様に飛び越え、そのままソルダークの頭上に踵落としを叩き込む。

 

「おのれ!」

 

地上へ着地したキュアスパークにサブナックが襲い来る。

だが蛍が真正面からサブナックへ迫り、彼の拳を両手で受け止める。

 

「なにっ?」

 

蛍から一歩引き、彼女に狙いを定めるサブナック。だが直後キュアプリズムが

ドーム状のバリアを蛍の周囲に展開し、サブナックの拳を跳ね除けた。

サブナックはすぐさまキュアプリズムの方へ振り向くが、

間髪入れずバリアが砕け散り、蛍がサブナックに体当たりをする。

 

「ちょこまかと!」

 

息つく暇も与えないプリキュアたちの連携に毒づきながらも、サブナックは再び蛍に

拳を振るい、蛍もまた、それを両手で受け止める。蛍はそのままサブナックに対抗するが、

両手で抑えこんでも、サブナックの腕力の方が勝っていた。やがて蛍は押され始め、

片膝を付いてしまう。

 

「ふん、その程度の力で、俺と張り合おうなど・・・。」

 

だが言いかけたサブナックの言葉を、雷の音が中断する。

サブナックが音のする方を見ると、キュアスパークが片手に雷を纏っていた。

その目先には大きなダメージを負い、倒れているソルダークの姿があった。

 

「しまった!」

 

慌てるサブナックの様子を見て、蛍は作戦の成功を確信する。

蛍達の目的はあくまでもソルダークを倒し、絶望の闇が拡がるのを防ぐこと。絶望の闇さえ

拡がらなければ、闇の牢獄も強度を維持することが出来ず、自然と消滅していくことは、

これまでの戦いから推測出来た。

そう、絶望の闇を撒き散らすソルダークを倒すことさえ出来れば、闇の牢獄は解放されるのだ。

わざわざ行動隊長の相手をする必要はない。

だから蛍は、浄化技を使いこなしているキュアスパーク達がソルダークを倒せるように、

身をもってサブナックを引きつけるための、囮役を買って出たのだ。

結果キュアスパークとキュアプリズムは、ソルダークを行動不能へと追い込むことに成功した。

その作戦に気づいたサブナックは、すぐさまキュアスパークの方へ向かおうとするが、

蛍はがむしゃらにしがみ付く。

 

「貴様っ!」

 

「ぜったいに!いかせないから!!」

 

後はキュアスパークが浄化技を決めるだけだ。もうほんの少しだけ、時間を稼げればいい。

 

「プリキュア!スパークリング・ブラスター!」

 

蛍の足止めが功を成し、サブナックの援護が間に合わないまま、ソルダークは

キュアスパークの浄化技を受ける。

 

「ガアアアアアアアア!!!」

 

そして巨大な落雷に打たれたソルダークは、断末魔をあげて消滅していった。

ソルダークの浄化を確認した蛍は、サブナックから飛び退き、距離を置く。

そしてその蛍を守るように、キュアスパークとキュアプリズムが、彼女の一歩前に立った。

 

「ホープライトプリキュアか。そのチーム名、覚えたぞ。」

 

無勢とみたサブナックは、そう言い残し姿を消したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ソルダークを撃退した3人は駆け寄り、大きくハイタッチをした。

 

「やったな、キュアシャイン。」

 

「キュアシャイン、お疲れ様。」

 

「キュアスパーク、キュアプリズム、ふたりとも、ありがとう!」

 

労いと感謝の言葉をそれぞれが述べる。すると、

 

「蛍~!」

 

「きゃっ!」

 

「何が3人でなら無茶するよ!そんな屁理屈が通じると思っているの!

全くもう!無茶な戦い方するなって何回言ったら!」

 

チェリーが大声で怒りながら、蛍の戦い方を注意する。そんなチェリーと蛍の間に

ベリィが割って入って宥めようとする。

 

「まあまあチェリー、ソルダークは倒せたんだから落ち着け・・・」

 

「ベリィは黙ってて!これは蛍のパートナーである私の役目なの!」

 

「わ~、チェリーこわ~い。」

 

そしてレモンはマイペースにそんな感想を述べていた。パートナーである3人の妖精たちも

交えて、賑やかに談笑するプリキュア達。

そんな彼女たちの姿を、キュアブレイズは1人、物陰から見ていた。

 

「ホープライトプリキュア。希望の光・・・。」

 

キュアシャインに続き、2人のプリキュアが覚醒したことは、力を感じたことからわかっていた。

だがなぜ僅か2週間の間に、3人ものプリキュアがこの世界で誕生したのか。

 

「どうして・・・私の世界は・・・。」

 

胸に痛みが走る。納得のできない思考を振り切りながら、

キュアブレイズはその場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ダークネスを撃退した蛍たちだったが、要の家からはかなり遠いところまで来てしまった。

プリキュアの状態であれば、すぐにでも家に帰ることが出来るが、1人ならまだしも

3人でそんなことをすれば、さすがに家にいる瞬に気づかれてしまう可能性が高い。

仕方なく蛍と雛子は、この場で解散することにした。

 

「んじゃ、2人とも、また学校でな。」

 

「蛍ちゃん、またね。」

 

要と雛子が、それぞれ別れの挨拶を言う。きっとこれが最後のチャンスだ。

そう思った蛍は、後ろ向きな考えに引かれる前に行動に出ることにした。

 

「あっあのっ!」

 

蛍に呼び止められ、2人とも蛍の方を振り向く。蛍は深呼吸をし、心を落ち着かせてから、

今一度勇気のおまじないをする。

 

「がんばれ・・・わたし・・・。」

 

小さな声で自分を鼓舞する蛍。そして、

 

「かっ・・・かなめちゃん!!ひなこちゃん!!」

 

2人の名前を、大きな声で叫んだ。突然名前を呼ばれた2人は困惑するが、

蛍はその様子を確認する間もなく、ありったけの思いを込めて叫ぶ。

 

「もし、よかったら!わたしと・・・わたしと!!ともだちになってくれませんか!!?」

 

2人と初めて出会った時から、ずっと願っていたこと、ずっと伝えたかったことを、

ついに言葉にすることが出来た。

ほんの少しずつ勇気を出して、一歩ずつ歩んで、ようやく打ち明けられるだけの勇気を

胸に抱くことが出来たのだ。

 

「・・・。」

 

ほんの少しの間、無言の間が訪れる。ものの5秒もしない時間が、蛍に取ってはとても

長く感じられた。そしてついに、要が口を開いた。

 

「え?蛍。今までウチのこと、友達だと思ってなかったん?」

 

「えっ?」

 

だがイエス、最悪でもノーの返事が来るかと思っていた蛍は、予想外の要の返答に戸惑う。

 

「ウチはずっと、蛍のこと友達やと思ってたのに。

蛍はそう思ってくれてなかったんだね・・・。」

 

そして落ち込み始める要。傍目から見ればあからさまな演技だが、

今の蛍はそれが判断できるほど冷静ではなかった。

 

「えっ!?えとちがうの!!ふたりとはずっとともだちになりたいっておもってて!

でもなかなかいえなかっただけで!もりくぼさんのこと、

そんなふうにおもってたわけじゃなくて!!」

 

もしかして、とんでもなく失礼なことを言ってしまったのではないのだろうか。

そう思い始めた蛍は、言葉にならない言葉で必死に要に弁明するが、

そんな様子を見て雛子は大きくため息をつく。

 

「要。こんな時に蛍ちゃんをからかわないの。」

 

「え・・・?」

 

「別にええやろこれくらい?今までずっと待たされたお返しだよ。」

 

からかわれていただけ?それに待たされていたお返しとはどうゆうことなのだろうか?

蛍が混乱していると、要はさっきとは打って変わって、真剣な表情で話し始めた。

 

「ずっと、その言葉を待ってたよ。蛍。」

 

「ごめんね、蛍ちゃん。でもどうしても、あなたから直接、その言葉を聞きたかったの。」

 

2人の突然の告白に、蛍は呆気に取られる。

 

「さっき言ったこと、半分は本当。ウチはずっと、蛍のこと友達だと思ってたよ。

入学式の時からずっとね。」

 

「私もよ、蛍ちゃん。私たちはもう、蛍ちゃんのことを友達として受け入れている。

だから後は、蛍ちゃんの気持ちだけ。蛍ちゃん、あなたの気持ち、私たちに聞かせて。」

 

2人の言葉を聞き、蛍は自分が大きな勘違いをしていたことに、今になって気付いたのだ。

要も雛子も、入学式で初めて会った時から、ずっと自分の事を友達だと思ってくれていたのだ。

だが2人と距離を置き、友達であることを拒み続けていたのは、他ならぬ自分自身だった。

蛍はこの2週間、すごく遠回りをしてきた気分になった。

もし最初から勇気を出すことが出来ていれば、入学式の時に既に願いを叶えることが

出来たのかもしれない。だからこそ後悔よりも先に、2人の気持ちにちゃんと答えよう。

蛍は再び深呼吸をし、今一度、2人に自分の素直な思いを伝える。

 

「・・・わたしは・・・かなめちゃんと、ひなこちゃんと、ともだちになりたい・・・。

ふたりのこと、ともだちだと、おもってもいい・・・?」

 

「勿論。」

 

「当たり前じゃない。」

 

その問いに対する答えは、すぐに返ってきた。蛍は、見る見るうちに目に涙をためていく。

そんな蛍に要と雛子は、優しく手を差し伸べる。

 

「これからは、クラスメートじゃなくて、友達、だね。」

 

「改めて、よろしくね。蛍ちゃん。」

 

蛍は涙を止めることなく、差し伸べられた2人の手を取る。そんな光景を見ていたチェリーは、

蛍を慈しむような笑顔で泣き、ベリィはチェリーの頭を撫で、レモンは笑顔を浮かべていた。

 

「・・・うん!!ありがとう!!かなめちゃん!!ひなこちゃん!!」

 

蛍は、泣きながら満面の笑みを浮かべる。

ずっと願い続けて来た夢が今、最高の形で叶うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

 

「ついにわたしにも、ともだちができた!

これからはともだちといっしょにあそんだり!おべんきょうしたり!

いっしょにお弁当をたべたり!

あはっ!いままでいっしょにやってみたかったことが、ぜんぶかなうんだ!!」

 

「良かったね!蛍!」

 

「うん!!みんな、リリンちゃんのおかげだね!!・・・そういえばリリンちゃん、

最近みないな。いまごろどこで、なにをしているんだろ・・・?

 

「蛍?」

 

「・・・リリンちゃん・・・また、あいたいな・・・。」

 

次回!ホープライトプリキュア 第6話!

 

「リリス再び!狙われた蛍!」

 

希望を胸に!がんばれ、わたし!



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第6話 第6話・プロローグ

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、架空のものとは関係ありません。


晴れた週初の朝、陽子と健治は仕事へ向かうために家を後にする。

 

「それじゃあ蛍、学校頑張るんだぞ。」

 

「うん!おとーさんとおかーさんも、おしごとがんばってね!」

 

「蛍、行ってきます。」

 

いつも通り、愛娘に見送られる朝。ただいつもと違うのは、その愛娘の声が普段よりも明るく

大きかったところか。

 

「蛍、朝から上機嫌だったな。」

 

「朝からじゃないわ。一昨日帰って来てからずっとよ。」

 

2人は一昨日の夕方のことを思い出す。上機嫌に帰って来た蛍は、親である健治と陽子ですら

ほとんど見たことないような高いテンションで、

 

「おとーさん!おかーさん!わたしね!今日はじめておともだちができたの!!

おなじクラスのかなめちゃんとひなこちゃんって人でね!ふたりともすっごくやさしくて!

かなめちゃんは運動がすっごくとくいで!ひなこちゃんはものすごい読書家で!!」

 

と、生まれて初めて出来た友達のことを1時間に渡って熱く語ったのだ。

そして昨日も朝早くからずっと、早く明日にならないかと1人で呟いていた。

健治と陽子の知る限り、蛍が学校のある日を心待ちにしていた記憶はない。

別段、クラスでいじめを受けていたわけではないが、仲の良い友達同士でコミュニティを

作ることが多い学校は、蛍にとってはひと際、孤独を感じる場所だった。

友達がいない寂しさの余り、不登校になりかけたことさえあったほどだ。

そんな蛍が、学校へ行くことが楽しみで仕方がないと言う。

その心境の変化は、親である健治と陽子にとっては嬉しいことであり、

同時に感慨深いことでもあるのだ。

 

「だからって、何もあそこまで張り切らなくてもいいのにね。」

 

クスクス、と笑いながらも若干呆れた調子で話す陽子。

健治もその様子を見て苦笑し、昨日の晩と今朝、台所に立っていた蛍の姿を思い出す。

親の目から見ても、少し『やり過ぎ』と思うことではあったが、友達相手に『それ』を

振る舞うところを想像し、不安げな表情と楽し気な表情を交互に見せられては、

止めに止められないというものだ。『親バカ』と思われるかもしれないが、

蛍にとっては友達と過ごす初めての学校生活となるのだ。それならば成功するにせよ、

失敗するにせよ、蛍の好きなようにさせてみたかった。

 

「だけど、楽しそうで良かったじゃないか。」

 

「そうね。・・・蛍、学校、楽しんでらっしゃい。」

 

一旦家の方を振り向き、今ごろ学校へ行く支度をしているであろう蛍を思いながら、

2人は仕事へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

蛍は逸る気持ちを抑えながら、学校へ行く支度をする。今日から学校へ行けば友達に会うことが

できる。ずっと願い続けて来た、友達と一緒に学校生活を謳歌するという夢がついに叶うのだ。

蛍の頭の中に、内に秘め続けて来た思いが次から次へと浮かび上がっていく。

その全てが今日から現実のもになると思うと、学校へ行きたくて仕方がなかった。

学校へ行きたくないと思うことは数あれど、学校へ行きたいだなんて思うことは今まで一度も

なかったのに、友達が出来るだけで、こんなにも印象が変わるとは思わなかった。

 

「よし、じゅんびできた!」

 

昨日の晩から準備し、いつもよりもさらに早起きして作った『とっておき』を鞄に入れる。

 

「蛍、いってらっしゃい。」

 

そんな蛍を、チェリーが笑顔で見送る。

 

「うん!いってきます!」

 

蛍も大きな声で返事をし、駆け足で学校へ向かった。

 

 

駆け足で学校へ向かった蛍は、いつもよりも早い時間に学校へ着いた。

それでも今の蛍には、学校までの道のりはとても長く感じられた。

ようやく教室の前まで辿りつき、引き戸を開ける。自席の方へ目を向けると、

前の席には要と雛子の姿が会った。2人の姿を確認した蛍は表情をさらに明るくし、

小走りで自席へと向かった。すると蛍に気づいた2人が、こちらへと振り向いた。

蛍は自席に鞄を置いた後、2人に向かって大きく手をあげる。

今日からクラスメートではなく、友達として2人と接するのだ。

心機一転の意も込め、まずは元気よく挨拶をするところから始めよう。

大きな声で、2人の名前で、他人行儀にならないように、そして笑顔で。

 

「かなめちゃん!ひなこちゃん!おっはよー!」

 

大きな声で挨拶する蛍に対してクラス中の生徒が注目する。だが蛍はその視線に気づかず、

目の前にいる要と雛子のことしか視界に入っていなかった。

 

「・・・。」

 

「・・・。」

 

だが視線はちゃんと合っているのに、いつまで経っても2人から返事が来なかった。

そればかりか、2人とも鳩が豆鉄砲を喰らったかのような表情で、蛍を見たまま固まってしまう。

 

「・・・あれ?」

 

そんな2人の様子を見ながら、蛍も笑顔のまま固まるのだった。



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第6話・Aパート

リリス再び!狙われた蛍!

 

 

要はしばし呆然とした後、冷静に状況を分析し始めた。

まず始めに、目の前にいる少女は本当に蛍であるかを検証する。

要の知る限りでは、蛍はあんなに笑顔で元気よく挨拶をしたことがない。

決して聞こえないわけではないが、細々とした小さな声で、呟くように一言おはよ、

と言うだけだった。そうでなくても要の知る蛍の人物像から、あんな笑顔ではっきりとした

挨拶する姿は想像出来ない。

では目の前にいる少女は蛍ではないのか?と聞かれたら答えはノーだ。

なぜなら声から容姿から何から何まで要の知る蛍そのものだからだ。そうでなくてもここまで

小学生と見紛うほど幼い容姿をした同級生は、この学校には蛍以外存在しない。

となると次なる疑問はこれは夢ではないかどうかだ。だが頬を抓るまでも抓られるまでもなく、

要は今朝起きてから朝食を食べ母から食器を流しに出せと怒られ身支度を済ませ兄と別れ雛子と合流し学校へ向かい教室に入り鞄を置き席に着き真と愛子に挨拶をし4人で談笑し各々席へと戻り目の前の少女を見つけ挨拶され固まりそして現在に至るところまで余すことなく振り返ることが出来た。さすがにここまで正確な記憶を辿れてしまうと、これが夢だと言う結論には至れない。

であれば、目の前にいる少女はやはり蛍本人ということなるのだが、

最初の疑問を解決出来ない限りは、蛍と言う確証を得ることが出来ない。

結果、思考が出口のない迷宮へと彷徨い始め、要は目の前の少女を見つめたまま固まってしまう。

そして視界の隅に映った雛子もまた、同じように固まっている。

常識的に考えれば、目の前にいる少女は蛍以外にあり得ないのだが、

その結論に辿りつけないほど、2人は蛍の態度の変化に大きな衝撃を受けていたのだ。

 

「・・・おっおはよー!」

 

目の前にいる少女は再度、大きな声で挨拶をするが、その声には若手の不安が滲み出ていた。

その笑顔も少しずつ陰り始めている。だが未だに要と雛子は固まったまま。すると少女の表情が

見る見るうちに不安に満ちていき、

 

「あ・・・あれ?ひょっひょっとしてうるさかったかな?

えっえと、ともだちになれたから、まずはげんきよくあいさつしなきゃと

おもっただけで・・・。そっそれとも、やっぱり、なまえでよぶのはなれなれしかった?

あっあの・・・ともだちどうしはなまえでよびあうものだとおもったから、

だからえと、わたし・・・。」

 

狼狽する少女の姿を見て、要は不思議な安堵をしながらようやく迷宮から脱出した。

 

(あっウチの知ってる蛍だ。)

 

やはり目の前にいるのは正真正銘の蛍だった。だが安堵も束の間、蛍の思考がどんどん

ネガティブな方向へ傾き始める。これは危ない。せっかく友達になれたと言うのに、

名前で呼ぶのは馴れ馴れしい等、こちらが思ってもいないことを勝手に思われては、

また距離を離されかねない。この2週間のように、蛍の様子を伺うだけの、受け身な付き合いは

ゴメンだ。自分も蛍も変な遠慮なんてせず、思うままの気持ちをぶつけて接していきたい。

それこそが、蛍と出会ってから要がずっと望んでいたことなのだ。

そう思い当たった要は勢いのまま行動に移る。

 

「いや全然うるさくないし馴れ馴れしくないよ!?

ただ普段の蛍と違ったからびっくりしただけやって!」

 

それを聞いた蛍は、今度は見る見るうちに表情が和らいでいく。

 

「そっそっかあ、よかったあ・・・。」

 

普段と違うというところはスルーされたがむしろそこが一番疑問に持ってほしいところだが、

とりあえず蛍を落ち着けることができ、要はホッと一息つく

 

「ねえねえふたりとも!」

 

のも束の間。元気を取り戻した蛍が、もの凄い勢いで食い気味に話しかけてくる。

 

「おひる、みんなでいっしょにおべんとうたべない!?今日ね、おかずちょっとおおめに

つくってきたの!だから3人で、おべんとうのおかず、こーかんしよ!」

 

今までにないハイテンションで提案してくる蛍。3人で一緒にお弁当を食べるなんて

友達になる前(と蛍は思っていた)頃からしてきたはずだが、なぜ今になってそれを

はしゃぎながら持ちかけてくるのか。

 

「まあ・・・それくらい別にいいけど。」

 

困惑しながらも答えると、蛍は目を輝かせながら感動の声をあげた。

 

「わっわたし!ともだちといっしょにおべんとうのおかず、こーかんするの、夢だったの!!」

 

「そっそっか・・・。」

 

どうやら友達同士でおかずを交換し合うというシチュエーションに憧れを抱いていたようだ。

これまでとのテンションの違いには驚くものの納得は出来るし、その程度ならばお安い御用と

思う要だったが、蛍のテンションはさらに斜め上へと駆けあがっていく。

 

「あとねあとね!今日のほうかご、いっしょにかえろ!かなめちゃん今日はたしか、

ぶかつやすみだよね!」

 

「そっそうだけど・・・。」

 

雛子と一緒に帰ったことはあると聞いたが、自分を含めて3人で下校したことはまだなかったか。

あといつの間にか女子バスケ部の活動日を覚えられたようだ。

 

「今日のためにね!きのうずっとおはなしする内容かんがえてきたの!かなめちゃんと

ひなこちゃんとおしゃべりしたいこと、たっくさんあったから!どれからはなそうか

まよっちゃって!」

 

はしゃぎながら語る蛍だが、要から言わせれば放課後に友達と一緒に帰る為に、わざわざ前日から

話題を準備してくる必要はない。友達とのお喋りなんてその場で思いついたことを話せばいいだけ

だし、思いつかなければ聞き役に回るだけだ。この子、実現させたいシチュエーションが先行し

過ぎて形にとらわれ過ぎていないか?特に意識をしなくても自然と接すればいいだけなのだが。

・・・と、ここまで考えて要は嫌な予感がした。

蛍がこれまで友達と一緒してみたかったことについて熱く語るのは、自分と雛子と言う友達を得た

今、その願いを実現させることができるからだ。ということは・・・

 

「それからそれから!今週の土曜日か日曜日ひまかな!?3にんでどっかあそびにいかない!?

おかいものしたり!ごはんたべにいったり!あっ!よかったら噴水広場にいってみない!?

あそこってたしかスイーツ屋さんの屋台があって!休日はがっこうのおともだちと

いっしょにくるちゅーがくせいとか、こーこーせいとかもたくさんきてるんだよ!!

ねっ!わたしたちもいっしょにいこっ!あとねあとね!らいげつのゴールデンウィーク!

3にんでお泊まり会できないかな!わたし、パジャマパーティーってやってみたかったんだ!!」

 

そして恐れていた自体が間を置かず見事に現実となる。蛍がこれまで内に秘めた願いが爆発し、

さながらマシンガンの如く次々と発せられていったのだ。それは留まることを知らず、

決壊したダムのように溢れ出てくる。何とかしてこの場で蛍を食い止めなければ、

13年間積もりに積もった思いを全てこの場で語り尽くしかねない程の勢いだ。

 

「あっあのさ、蛍」

 

「それからそれから!!試験がちかづいたらいっしょにおべんきょうかいとかも

やってみたいな!!あとねあとね!!なつやすみにはみんなでうみにでかけて!!」

 

だが止めようとするも、蛍の勢いに飲まれて言葉を遮られてしまう。そうこうしている内に

文化祭はこうしたいだの修学旅行はああしたいだのと矢継ぎ早に語られていった。

ちょっと待て、夏休みですらだいぶ先の話なのに、文化祭と修学旅行に至っては2学期の行事だ。

気が早いというレベルではない。そんな先々のことまで今から約束できるわけがないのだ。

あとさり気なく運動会がスルーされているのは気のせいか?

それから勉強会だけはさすがにごめんだ。

だが反論の余地を与えられないまま、蛍の夢想はまだまだ続く。半ばお手上げ状態となった要は、

隣に座る雛子に助けを求める視線を送るも、逆に雛子の方から同じ視線を返されてしまった。

予想はしていたが、やはり雛子に止めることは出来ないか。なぜなら今の蛍はそれはそれは

嬉しそうに、楽しそうに夢想の数々を語っているのだ。こんな幸せ満開な笑顔を浮かべながら語る

蛍を前に、彼女に対してダダ甘な雛子が無理やり話題を中断させることなんて出来るはずがない。

要は少しばかり心を痛めながらも腹をくくる。ここは自分がやるしかないようだ。

 

「それからそれから!!」

 

「蛍!!」

 

「ひゃっ。」

 

要は蛍に負けない大声で無理やり言葉を遮断する。そして蛍が怯んで止まるや否や肩に

両手を置き、

 

「少し落ち着き!!」

 

力任せで無理やり席に座らせた。ようやく押し黙った蛍は、要たちを巻き込みクラス中の注目を

一身に受けていたことにやっと気が付くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

多少強引な手段ではあったが、ようやく蛍を鎮めることが出来た要。

だがその表情は浮かないままだ。

 

「・・・蛍?」

 

「・・・。」

 

蛍は黙り込んだ後、机に顔を俯せたまま動かなくなってしまった。

このテンションの落差は一体何だと言うのだ。

 

「・・・ぐすん、うぅ・・・。」

 

オマケに隙間からすすり泣きが聞こえてくる。どうしてこうなった。

 

「うぅ・・・ごめんなさい・・・わたし、まいあがっちゃって・・・。

ふたりにメーワクかけるつもりなんてなかったのに・・・。」

 

小声で懺悔の言葉を呟き続ける蛍。確かに少しばかり煩わしいとは思ったが、

泣かれるほど迷惑と思っていたわけではないし、何よりこの状況、まるで自分が蛍を泣かせた

ようではないか。

 

「はあ・・・。」

 

頭を抱えながらため息を1つ吐く要。

 

(この子・・・想像以上にメンドくさいわ・・・。)

 

出会った当初、あちらが友達になりたいと思いながらも、なかなか歩みよって来ず、かといって

意をくみこちらから近づいたら距離を離していた蛍だったが、友達という認識が生まれた途端、

これまでの消極的な態度はどこへやら。急激に距離を詰め寄って来たのだ。

結果だけなら要の望んだ関係を築くことが出来たと言えるが、いくらなんでも極端過ぎである。

以前から思っていたが、どうも蛍は自分の感情をコントロールすることが苦手のようだ。

思っていることはすぐに表情に出るし、嘘をつく時も態度でわかる。

加えて彼女の感情を示すバロメーターはメモリが0と1しか無い。つまり全てを抑え込むか、

全てをさらけ出すかの2択しか取らないのだ。

要とて、思いのままに行動することを良しとしているが、蛍はある意味、自分以上に

その傾向があるようだ。オマケに人付き合いにおける間合いとさじ加減、というものがまるで

身に付いていない。多少なりとも人と接する機会があれば自然と身に付くものを、

蛍は何一つとして持ち合わせていないのだ。それが極端な2通りでしか感情を表現できない

性質と合わさった結果、今の状況に陥っている。

これから先もこのように極端な一喜一憂を見せるのだろうか?そう思うと少々気が重い。

喜びを全力で表現する分には、多少の煩わしさがあっても要も嬉しいものだ。

だがこれでは何の弾みで彼女を傷つけてしまうのかわからないのだ。

現に要は今、蛍を泣かせるつもりなんてなかったというのに、結果として泣かせてしまっている。

何とかして妥協点を見つけて、上手く折り合いをつけていくことは出来ないかと考え込むが、

頭を使うのが苦手な自分にそんな名案など思い付くはずもなかった。

 

「蛍ちゃん。」

 

すると、ようやく落ち着きを取り戻した雛子から声がかかり、蛍は机から僅かに顔を上げた。

 

「前にも言ったよね?私たちは友達で、クラスメートだから、いつでもこの教室で、

この学校で会えるって。だから焦らなくても大丈夫よ。蛍ちゃんの側にずっといるから、

蛍ちゃんが友達と一緒に叶えてみたかったこと。ゆっくり時間をかけて1個ずつ、

一緒に叶えていこ。」

 

「ひなこちゃん・・・。うん、ありがとう!」

 

「それじゃ、今日はお弁当のおかず交換と、放課後、一緒にお喋りしながら帰ろ?

今週末のことや、ゴールデンウィークのこと、それから先のことは今はまだわからないから、

また今度、どう過ごすか一緒に考えよ?」

 

「うん!!」

 

長期的にだが、一緒に願いを叶えていこうという雛子の言葉に、蛍はようやく落ち着きを

取り戻したようだ。こうゆう時、要領の良い雛子は本当に頼りになる。要は内心、雛子に

礼を言いながら、先ほどの自分自身の考え方を見つめ直した。蛍に翻弄されるあまり、

上手く折り合いをつけていこうと思ってしまったが、やはりそんな付き合いは

自分の望むものじゃないし、何より自分らしくない。

感情の振れ幅が極端に激しい彼女を刺激しないように言動に細心の注意を払って接しなければ

ならないと言うのなら、これまでと何が違うと言うのだ。妥協点を探すなんて止め、

頭を使うのも止めだ。思うままに蛍と接していこう。

そして、蛍にも妥協なんてしてほしくないから、彼女の思いも全て受け止めよう。

今日見たいに、極端に浮き沈みする蛍に振り回されることもあるだろうが、

度が過ぎたら注意すればいい。傷つけてしまったら謝ればいいだけだ。

 

(友達、やもんな蛍。お互い遠慮なんてなしに、ドーンとぶつかってこ。)

 

蛍とは本当の意味での友達になりたいし、何も知らない彼女に、その意味を教えてあげたいから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午前の授業が終わり、待ちに待った昼食の時間。蛍たちは机をくっつけ、それぞれが鞄から

お弁当を取り出した。

 

「それじゃ、蛍ちゃん。一緒にお弁当を食べましょ?」

 

「うん!」

 

蛍は嬉しそうに頷き、鞄の中に手を入れ。

 

「よいしょっと。」

 

風呂敷に包み込まれた大きな重箱を机の上に置いた。

 

「え・・・?」

 

絶句する要と雛子。だが蛍は構わず風呂敷を拡げる。

 

「えへへ、みんなといっしょにたべるのがたのしみで、ちょっとおおめにつくってきちゃった。」

 

蛍が重箱を空けると、そこには色とりどりの料理がぎっしりと詰められていた。

ざっと見ただけでも伊達巻卵、栗きんとん、かまぼこ、焼き鮭、黒大豆・・・etc。

季節外れも甚だしいおせち料理が蛍の机の上に並べられる。見た目は豪華絢爛だが、

軽く3人前はありそうなボリュームである。

 

「・・・えと・・・ちょっとどころかかなり多めに作って来たね。」

 

「どう考えても作り過ぎやろ・・・。」

 

「さっ、たっくさんたべていいからね!」

 

唖然とする2人を余所に蛍は上機嫌だ。お弁当のおかずを交換し合うことは、蛍には親しい友達

同士だからこそ行えるコミュニケーションの1つとして認識されている。だから蛍は要と雛子を

相手にお弁当のおかずを交換できるのを楽しみにしていた。実践できれば、2人が友達である

という事実をより確固たるものにできるからだ。そのために昨夜から仕込みを始め、

いつもよりも1時間ほど早く就寝し、いつもよりも1時間ほど早く起床して準備をしてきた。

 

「ウチらとおかず交換するはずやのに、蛍が1人で3人分作ってきたら意味ないやろ?

2人分余るで?」

 

「え?」

 

要が注意するも、蛍はその言葉の意味が理解できていなかった。2人に食べてもらいたいから

2人分を作って来たのに、なぜ余るのだろう?

 

「私たちに食べてもらうことだけで頭がいっぱいで、自分がもらう分を全く計算に入れてない

みたいね・・・。」

 

「なんでウチでも出来る簡単な計算が出来んかな・・・。」

 

雛子と要が蛍に聞こえないように呟く。

その時、

 

「あらっ、蛍ちゃんのお弁当豪華だね。」

 

「わ~、おせち料理だ。きれ~い。」

 

クラスメートの真と愛子が話しかけてきた。

 

「真に愛子か。」

 

「どしたのさ?2人して銅像みたいな顔しちゃって。」

 

「いやあ、これから3人でお弁当のおかず交換しようと思ったんだけどさ。」

 

「あら?楽しそうじゃない。蛍ちゃん、私たちも混ぜてもらってもいい?」

 

「え・・・えと・・・。」

 

急に声をかけられ、返事につまる蛍。要と雛子と交流のある2人だから、これまでも

あいさつ程度なら交わしたことがあるが、こうしてお話しするのは初めてだ。

 

(だっだいじょうぶ・・・ふたりはかなめちゃんとひなこちゃんのともだちだよ・・・。

ちゃんと・・・おはなしできるはず・・・。)

 

一昨日、要と雛子に友達になりたいと打ち明けた時、蛍にはわかったはずだ。

要と雛子と友達になれるまで2週間もかかったのは、結局友達になれるか

わからないという不安を言い訳に自分自身が距離を置いてしまっていたことが原因だ。

だからもう、不安を盾に周りから逃げるのは止めよう。ほんの少しの勇気を出して、

一歩踏み出すことが出来れば、簡単に友達になることができるのだから。

 

「・・・ごめんね蛍ちゃん。急に話しかけたりして・・・。」

 

「あっあの!」

 

真の言葉を遮り、蛍は叫ぶ。

 

「だっだいじょうぶです!いっしょにおひる、たべよ!

まっまことちゃん!あいこちゃん!」

 

僅かに不安を滲ませながらも、2人を名前で呼ぶのだった。

真と愛子は少しだけ驚くが、すぐに表情を和らいでいき、

 

「うん。ありがとう、蛍ちゃん。」

 

「じゃっゴチになります!」

 

近くの席の椅子を取ってそれぞれ空いたスペースへと着く。

 

「それじゃ、いただきまーす!」

 

そして要の号令と共に、5人を囲んでの昼食が始まるのだった。

蛍を除く4人はまず、蛍のお弁当へと一斉に箸を伸ばした。見た目が豪華な蛍のお弁当は、

量の多さ故に少人数では食べるのを躊躇ってしまうが、4人も揃えば数の恐れるなど

なくなり、食欲が勝るというもの。各々目当てのおかずを箸に取り、それぞれの口へと運ぶ。

そしてゆっくりと咀嚼して味わいながら嚥下する。

 

「・・・どっどうかな?」

 

友達に手料理を食べてもらうのは初めてである蛍は、口に合わなかったらどうしようと

不安気に声をかけるが、

 

「美味しい!とても美味しいよ、蛍ちゃん!」

 

「いやあ、料理が趣味ってのは聞いてたけど、こりゃ想像以上だわ。」

 

雛子と要がそれぞれ感想を述べる。2人に気に入ってもらえ、蛍はホッと胸をなでおろす。

 

「こんなもの自分で作れるなんて、蛍ちゃんやるじゃん!」

 

「本当。味は勿論だけど、形も盛り付けもすごく綺麗。」

 

真と愛子も、蛍のお弁当を絶賛してくれた。半ば初対面に近い2人からそこまで褒められるのは、

さすがに気恥ずかしさを感じてしまい、蛍は顔を赤くして俯いてしまう。

 

 

「あ・・・ありがと。」

 

 

「はい蛍、おかず交換やろ?ウチはこれあげるよ」

 

すると要からエビフライをもらい、

 

「はい、蛍ちゃん。」

 

雛子からは春雨ロールをもらい、

 

「はい蛍ちゃん。」

 

「わたしからもどうぞ。」

 

真と愛子からもそれぞれおかずをもらった蛍は、

 

「ありがと、みんな・・・あれ?りょうがおおい!」

 

「今気づくんかい!!」

 

ようやく致命的な分量ミスに気が付き、要からツッコミを受けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雛子は、久々の満腹感と共に少々苦しいお腹を擦っていた。食べきれないかと思われていた

蛍のお弁当だったが、予想以上の美味しさに4人ともつい箸を運ぶ速度が速まり、

気が付けばあっという間に平らげていた。どちらかと言えば小食である雛子でさえ、

美味しさのあまり食べた量を忘れてしまっていたほどだ。もしも真と愛子が来なかったら、

要と2人で完食したのではないだろうか。そうなるとお腹の苦しみは今の比ではなかっただろう。

それほど蛍の料理の腕は、想像以上のものであった。

 

「ふ~、食べた食べた。ごちそうさま。」

 

「さすがにもうこれ以上は入らないね~。」

 

女子の中では食事の量が多めの要と真も、さすがに満腹の様子だ。愛子は苦笑しながら、

お腹を抱えているこちらを見ている。表情から彼女もどうやら自分と同じ心境のようだ。

つまり食べ過ぎた。

だが、4人から手料理を絶賛され、完食もされた蛍は、なぜか浮かない顔をしていた。

どうしたのだろうか?と心配すると、蛍が申し訳なさそうに口を開く。

 

「あ・・・あのっ。」

 

「蛍?どうしたん?」

 

「えと・・・しょくごのデザートも、いちおうもってきたんだけど・・・。」

 

「え・・・?」

 

真の表情が強張る。それもそうだろう。あれだけの量のお弁当を持ってきた上に、

デザートまで出てくるとは思いもしないものだ。当然、雛子を含めた全員が満腹である。

これ以上お腹にものを入る隙間などない。

 

「や、蛍。さすがにあれだけの量を食べてからデザートは・・・ね?」

 

柔らかく断ろうとする要だが、

 

「うぅ・・・そう・・・だよね・・・。」

 

蛍の表情は一層沈んでしまった。要も蛍の様子を見て申し訳なさそうな表情を浮かべる。

今回ばかりは雛子も要に賛成したいところだが、蛍の沈んだ表情を見ると胸が痛む。

仕方なく雛子はある提案をすることにした。

 

「見るだけ見てみよっか?」

 

「見るだけ?」

 

「せっかく持ってきてくれたんだから、どんなデザートか見てみようよ。それで、

食べられそうな量だったら、みんなで食べよ?ね?」

 

ひとえにデザートと言っても千差万別だ。一口サイズであれば腹に収まるかもしれない。

食べるか食べないかは見てから決めても遅くはない。すると蛍の表情が一点して

明るくなった。可愛い。今朝のことを思うに、蛍は感情の移り変わりが極端なようだ。

一喜一憂に様々な表情を見せてくれる。可愛い。

ご機嫌な蛍は再び鞄の中に手を入れ、1つの箱を取り出し蓋を開けた。中を覗き込むと、

ココアパウダーが塗されたマカロンが6つ並べられている。それは色合いも形もとても綺麗に

作られており、雛子を含めた4人はさっそくマカロンに釘づけになった。

 

「ゴクっ・・・。」

 

隣の要から唾を飲む音が聞こえる。はしたないと思いながらも、雛子も目の前に置かれた

マカロンを見ているだけで食欲が沸いてきた。さっきまで膨れたお腹を擦っていたはずなのに、

甘いものは別腹、とはよく言ったものだ。

 

「ひと口だけ、もらってもいいかな?」

 

堪えきれなくなった真から声があがる。愛子もマカロンの前まで手を伸ばしていた。

 

「うっうん!どうぞ!」

 

食べる気を見せた皆を前に、蛍は一層嬉しそうな声で答えた。可愛い。

蛍の許可が下りるや否や、雛子を含めた4人は一斉にマカロンに手を伸ばし、

それぞれ一口食べる。

そして4人とも一斉に固まってしまった。

 

 

「・・・あれ・・・?えと・・・みんな・・・?」

 

一切の言葉を発さなくなった4人を見て、蛍は不安げな声を出す。だが、よく見ると口元は

動いている。黙々と食す4人だが、やがて一口目を食べ終え、

 

「・・・蛍ちゃん。」

 

真がまず声をあげた。

 

「なっなに?」

 

「これ、どこで売ってたの?」

 

「え・・・?」

 

「こんな美味いマカロン、今まで食べたことないんですけど。どこで売ってたか教えて。

今日の帰りに買って家でまた食べたいわ。」

 

「あの・・・。」

 

「私も是非聞きたいわ、蛍ちゃん。これだけ美味しいのだもの。」

 

「えと・・・。」

 

持参したマカロンを真と愛子に絶賛された蛍は、なぜか恐縮そうに2人から目を背けた。

そんな蛍の様子を見ながら、雛子は二口目を食べる。柔らかい生地の食感に程良く絡む

チョコクリーム。それでいてしつこ過ぎない甘さゆえに後味も良い。ここに紅茶があれば、

ちょっとした貴族な気分になれるだろう。分量、焼き加減、見るだけで食欲をそそる綺麗な形。

どれをとっても完璧な出来栄えだ。もしも売っているのであれば、

雛子も帰り際に買いに出かけただろう。これが本当に『売り物』であればだが。

取り出す前の、蛍の妙に落ち込んでいた仕草。取り出すときの嬉しさに満ちた表情。

そして最高の賛辞を受けてからの恐縮している蛍の様子から、雛子は察しがついていた。

このマカロンは恐らく、

 

「それ・・・わたしのてづくり。」

 

「・・・え?」

 

予想的中。やはり蛍の手作りなようだ。そしてこれも予想通り、蛍の言葉に3人とも凍り付いた。

 

「・・・わたしが・・・つくったの・・・。えと・・・おいしかったみたいで、

よかった・・・。」

 

恥ずかしそうに顔を赤くしながら、呟くように伝える蛍。可愛い。

 

「うそ・・・これが手作り!?」

 

ようやく我に返った要が、遅れて驚きの声をあげた。

 

「うん・・・じつはわたし、おかしつくりはちょっとだけ得意で・・・。」

 

そして雛子は蛍の発言に驚く。自己評価が極端に低い蛍は、他の人から見れば、明らかに熟練の

域に達している自分の料理や裁縫の腕でさえ大したものではないと評価してしまう。

その蛍が、お菓子作りは得意だと言ったのだ。どう考えてもちょっとというレベルではない

ところは蛍らしいが、この売り物としか思えないマカロンの完成度の高さも頷ける話だ。

蛍のお菓子作りのスキルは、贔屓目で見なくてもプロのレベルである。

 

「これ、ちょっと得意なんてもんじゃないよ。お金取っていいレベルだよ。」

 

「そっそこまでじゃないよ・・・。」

 

「いいえ、そこまでよ。絶対に売り物だと思ったもの。」

 

「てゆうか、裁縫、料理に続いて、こんな特技まであったんかい、蛍。」

 

「え?何?蛍ちゃん、裁縫まで得意なの?」

 

「女子力高っ!」

 

各々から褒められ、困惑する蛍を見ながら雛子は思う。今まで友達がいなかったということは、

蛍には家族以外の人と会話でコミュニケーションを取る経験がほとんどないのだろう。

それに彼女の特技である家事、裁縫、お菓子作りは、いずれも学校ではお披露目する機会が

滅多にないものばかり。勉強や運動と違って、学校内では評価される状況が限られてくる。

こんな風に他人から自分の能力を評価され、褒められるのも初めてではないだろうか。

それを思うと、蛍の自己評価の低さは、自分に対して卑屈になりがちなこと以外に、

周りから特技を評価される機会がほとんどなかったことも原因ではないかと思えた。

 

「蛍ちゃん。デザート、ありがとう。とても美味しかったわ。また、機会があったら、

作ってきてくれないかしら?」

 

「ひなこちゃん・・・。うん!まいにちだってつくってくるよ!」

 

「まっ毎日は、さすがに多いかな・・・でもありがと。」

 

雛子はお礼を言いながら、蛍に次の機会を約束する。蛍の作るお菓子をまた食べたいと思う

気持ちが半分、もう半分は、こうして蛍の特技を披露する機会を増やせば、自ずと彼女の

自信に繋がるかもしれないと思ったからだ。蛍が人と接することが苦手なのは、

自分に自信が持てないことが一番の原因だ。彼女の特技が周りから高く評価されれば、

それは蛍の自信に繋がるし、これだけの能力を持っていながら、他者から評価されないというのは

勿体ない話だ。そんなことを思いながらも、雛子は蛍の手作りお菓子がまた食べられる日を

ちゃっかり楽しみにするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

3人分作ってきた重箱のお弁当と、デザートのマカロン。両方とも美味しいと褒め、

完食してくれた4人に内心お礼を言いながら、蛍は後片付けをし始める。

 

「そう言えば今週の部活から練習試合に向けての選抜が始まるんだってね?」

 

「ああ、今年こそはレギュラー取ったる!」

 

「その言葉何回目よ?」

 

要と真はそれぞれの部活動について語り、

 

「雛子、昨日のオルレンジャー、レゾネイジャーのゲスト回だったね!」

 

「ええっ、私もう昨日の内に5回くらいは録画で見直したわ。」

 

「あはは、さすが雛子。」

 

愛子と雛子は昨日放送された、無限戦隊オルレンジャーについて語っている。

昼食が終わりながらも、途絶えることのない談笑を見ながら、蛍はリリンのことを思い出す。

 

(リリンちゃん、ありがとう・・・。あなたのくれたおまじないのおかげで、

わたし・・・こんなにステキなともだちと出会えたよ・・・。)

 

リリンのことを思いながら、蛍は勇気のおまじないをする。

 

「それ?おまじないか何かかな?」

 

すると蛍の様子に気づいた雛子から、そんな質問が飛んできた。

 

「え?」

 

「蛍ちゃん、自分を奮い立たせて勇気を出すとき、いつもそう、胸に手を置いて、

頑張れ私、って言ってたから。」

 

さすがに毎回続けていたので、雛子には気づかれていたようだ。

 

「・・・うん、勇気がでるおまじないなの。一歩踏み出すための、ほんのちょっとの勇気が。」

 

「一歩踏み出す為の、勇気?」

 

「はじめて、ここに引っ越してきたとき、このおまじないをおしえてくれた子がいるの。

・・・その子がいたから・・・わたしは・・・。」

 

言いながら蛍は、リリンと初めて出会った時のことを思い出す。

あの時のリリンの優しさ、仕草、声、笑顔、そして胸に触れた手の温もり。

それらは今でも、鮮明に思い出すことが出来る。

 

「リリンちゃん・・・。」

 

あれから2週間、学校の放課後、買い物の帰り、休日、ほぼ毎日時間を見つけては噴水広場へと

足を運んだが、リリンの姿を見つけることは出来なかった。もう一度、リリンに会いたい。

会ってお礼が言いたい。友達を紹介したい。それ以外にもお話したいことが沢山あるのだ。

そして、リリンの声が聞きたい。あの優しくて、大好きな声を。

 

「あいたいな・・・。」

 

無意識の内に小声で、だが周囲には聞こえるような声で呟く蛍。

 

「・・・まるで恋する乙女やな。」

 

「え?」

 

そんな蛍に対して、要がからかい交じりに声をかけてきた。言葉の意味を認識した蛍は、

見る見るうちに顔を赤くしていく。

 

「なっ・・・ななななにいってるのかなめちゃん!こここいだなんて!

そっそんなんじゃないから!だいたい、リリンちゃんはおんなのこだし!だからええと!」

 

しどろもどろな言葉で慌てふためきながら反論する蛍。

 

「こら、要。蛍ちゃんのことからかわないの。」

 

そして雛子が要を叱る。

 

「にしし、ごめんごめん、ほんのジョークやって。ジョーク。」

 

「もっもう、かなめちゃんったら・・・。」

 

悪ぶれもせず謝る要を見て、からかわれていただけと気づいた蛍は、少しずつ冷静になっていく。

自分とリリンは女の子同士。恋心なんて芽生えるはずがないのだ。だがそう頭では理解できても、

蛍の火照った頬と、高鳴る心臓の鼓動が収まるまで、時間がかかるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

モノクロの世界。左手を目の前に掲げたリリスは、その爪が完全に修復したのを確認する。

 

「長かったわね。」

 

ダークネスに時を詠む習慣はない。治療に費やした正確な時間を測り知ることはないが、

リリスにとっては悠久に感じられた。傷が癒えたリリスは広間へと訪れると、そこには既に

サブナックとダンタリアの姿があった。

 

「で、君も無様に敗北してきたというわけか。」

 

「・・・。」

 

「言い訳は、何だったかな?確か君が弱い以外は必要ない、だったか?」

 

「言いたいことはそれだけか?それ以上は貴様がプリキュアを倒してから口にするんだな。」

 

相も変わらず下らない『茶番』を繰り広げている2人にため息をつく。

 

「おや?ようやくお姫様のお目覚めのようだね。」

 

「傷は癒えたようだな。リリス。」

 

2人が口々に述べるが、リリスは一切の言葉を返さなかった。そして3人の行動隊長が

集ったその時、

 

「プリキュアが4人、揃ったようだな。」

 

大広間の中央にある玉座から声がした。3人が声の方へ振り向くと、そこには1人の男が

佇んでいた。身長は190cmほど。全身を黒いローブで覆い、フードで顔を隠している。

 

「黒き闇、空を覆わんと拡がりし時、4つの光、闇を照らすべく大地に降りる。

其の名はプリキュア。汝は世界の希望なり。ようやく4つの光が全て、

大地へ降りたというわけか。」

 

その男は玉座へと腰掛け、フェアリーキングダムに伝わりし伝説を語る。男の姿を確認した

リリスは、彼の前に膝をついた。

 

「アモン様。」

 

「リリス。傷は癒えたのか?」

 

「はい。」

 

男の名はアモン。リリス等3人の行動隊長に命令を下す、ダークネスの指令塔に当たる存在だ。

 

「おやおや、普段自室に引き籠ってばかりのあなたが、姿を見せるなんて珍しいですね。」

 

「あなたからの指令は既に受けている。何の用ですかな?」

 

だが事実上の上官に当たるアモン相手にも関わらず、ダンタリアは口調こそ敬語だが

いつものように皮肉を口にし、サブナックは両手を組み壁にもたれたままの姿勢でいる。

最もリリスも形を取り繕っているだけであり、この男に忠義心を抱いているわけではない。

アモンにとってもそれは承知のことであり、3人の行動隊長の無礼な振る舞いも

特に気に留めていない。それでも上官であるアモンの命令は行動隊長にとっては絶対であり、

それに代わるものなど存在しない。この忠誠を誓ったわけでもない相手の命令を遂行することを、

リリス達は使命としなければならないのだ。だが誰もその事について何も思うことはない。

行動隊長とは、そういうものなのだ。

 

「かの地に誕生した3人のプリキュアが、一丸となって行動しているようじゃないか。

流石の君たちも、伝説の戦士が3人も相手となれば、思うように事を運べないようだな。」

 

アモンは普段、このモノクロの世界にある自室に閉じこもっている。これまでの戦いを直接見ていた

わけではないが、この世界から、かの地の力の動きを感じ取り動向を全て把握できるようだ。

リリス達も力を感じることだけならできるが、正確な状況を把握できるほどではない。

行動隊長たちの上に立つだけの事はあり、アモンの闇の力は、リリスにとっても計り知れないものがある。

 

「我らの目的はかの地を闇へと誘い、新たな闇の世界を創り出すこと。悲願の達成にプリキュアを

倒すことは絶対ではない。現にフェアリーキングダムはキュアブレイズを討つことなく、

闇へと誘うことが出来た。だが、やつらが計画の障害となることも事実だ。

邪魔な芽は早急に摘んでおく必要がある。」

 

その程度の事、改めて言われることではない。ここにいる行動隊長全員がそう思った。

 

「あたしにひとつ、考えがあります。」

 

そこでリリスが、アモンに対して提案を投げかける。

 

「聞こうか。」

 

「キュアブレイズ。やつの正体は確か、フェアリーキングダムの生き残りの人間でしたね。

であれば、かの地に誕生したプリキュアもまた、その正体は人間の小娘のはず。

普段はプリキュアの力を隠し、人間として生活を送っているものと推測されます。」

 

かの地で素材を捜し歩いている間は、やつらの力を感じ取ることが出来なかったが、

こちらが闇の牢獄を展開すると、必ず力が感じられた。ということは、やつらは普段は人間として

活動し、こちらの力が感じとれた時にプリキュアの力を解放しているのだろう。

 

「であれば、人間の姿の時は、無力で脆弱な存在である可能性が高いでしょう。

やつらの正体を突き止め、プリキュアの力を解放する前に叩くのが一番かと。」

 

「なるほど・・・一理あるな。」

 

作戦の内容を聞き終えたアモンが、リリスの提案に賛同する。

 

「無粋な作戦だな。」

 

「やつらがそう簡単に、正体を明かしてくれるかね?」

 

サブナックとダンタリアは意を唱えるが、リリスは無視する。やつらの言葉に価値はない。

価値があるのは、アモンの命令だけだ。

 

「だが、ダンタリアの言う通りだ。やつらも、おいそれと正体を明かすことはないだろう。

リリス、君はどうやってやつらの正体を突き止めるつもりだ?」

 

その言葉を聞いたリリスは、即座にリリンへと姿を変えた。

 

「あたしが人に扮し、やつらの世界に潜伏します。そしてかの地の人間から、プリキュアの正体に

関する情報を聞き出して見せましょう。」

 

「あの世界の人間たちと、お喋りをするってことかい?君にそんな相手がいるのかい?」

 

ダンタリアは尚も非の意見を唱える。今度は無視せず、リリンはその言葉に反論する。

 

「1人、アテがあるわ。」

 

「なに?」

 

「素材を探している中で見つけた子がいてね。興味なかったけど利用出来そうだし、

このまま利用させてもらうわ。」

 

名は確か、蛍と言ったか。儚く脆弱な人間の少女。あんな価値のない小娘でも、

悲願達成のための人柱程度には役に立ってもらおう。

 

「そこまで考えがあるのなら、いいだろうリリス。君をプリキュア討伐の第一人者として

この命を授けよう。プリキュアたちを倒せ。手段は君に任せる。」

 

「仰せのままに。」

 

「サブナックとダンタリアは引き続き、この世界に絶望の闇を広めていくのだ。だがその過程で

プリキュアが障害となるのであれば、リリスに遠慮はいらん、排除せよ。」

 

「「はっ。」」

 

余計な命令を。やつらに先を越されてたまるものか。ようやくチャンスを得ることが出来たのだ。

プリキュア討伐任務の第一人者として、プリキュア討伐を最優先事項として行動出来る。

いつでも、キュアシャインを倒しに向かうことが出来る。この時をずっと、待ちわびて来たのだ。

 

(待っていなさい、キュアシャイン。必ずあなたの正体を突き止めて、抵抗する間もなく

堕としてあげるわ・・・。)

 

黒い衝動に胸を焦がしながら、リリンはかの地へと足を運ぶのだった。



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第6話・Bパート

午後の授業を終えた蛍は放課後、要と雛子と一緒に下校していた。

 

「このまえね、ちょっとはなれたデパートにあるおみせにね。すっごいおいしいケーキ屋さんが

あったの!」

 

下校中、蛍は自分が好きなスイーツの話を2人にしていた。料理以上にお菓子作りが好きな蛍は、

当然食べるのも好きだ。興味のあるスイーツを見つければそれを食べ、自分なりに味を

再現するのが、彼女の一番の趣味である。

 

「そこのケーキはね。クリームがとってもおいしいって有名っだったんだ!

たべてみたらホントにおいしくて!がんばってクリームの味をさいげんしてみようと

おもったんだけど、なかなかうまくいかなくて。でもね、おかげでおいしい

生クリームのつくりかた、いっぱいべんきょうできたんだ!」

 

「へ~、生クリームって手作り出来るんだ。蛍、今度そのケーキ、作ってきてよ。」

 

「うん!」

 

「それから蛍、今度プリキュア作戦会議をするときは、是非お菓子を差し入れに・・・。」

 

「こら、蛍ちゃんに注文ばかりしないの。」

 

「いいの、ひなこちゃん。わたし、うれしいの!こんなふうにわたしがつくったおかしを、

ほかのひとによろこんでもらえるの、はじめてだから!」

 

「蛍ちゃん・・・。」

 

蛍が料理とお菓子作りを趣味としているのは、調理の過程で食材が徐々に『料理』として

認識できる形に変わっていく様子を見るのが楽しいから。同じ料理でも材料と分量を少し

変えるだけで異なる味を作れることがパズル遊びのようで楽しいから。

そして相手に美味しいと喜んでもらえると自分も嬉しいからである。

不安はあったが、皆に喜んでくれていたので、お弁当とデザートを作って持ってきたのは

正解であった。最も、昨日チェリーに喜んでもらえなかったらどうしようと相談した時は、

 

 

「本当にあなたって子は!どうしてそこまで自分に自信が持てないのよ!!

蛍の作った料理とお菓子を不味いって言う人がいるわけないでしょ!!

明日必ず両方とも作って持っていきなさい!そして要と雛子に食べてもらいなさい!!

いいわね!!」

 

 

と、すごい剣幕で怒られたが・・・。結果として取り組んで良かったと思う。

 

「蛍ちゃん、帰り道は確かこっちだっけ?」

 

話している内に、蛍の家への分かれ道まで辿りついたようだ。

 

「あっホントだ・・・。まだおはなししたいこと、たくさんあったのに・・・。」

 

「友達と話してると、時間なんてあっという間やからな。大丈夫、明日は部活だけど、

明後日だったらまた一緒に帰れるよ。」

 

落ちこむ蛍を要は励ます。

 

「かなめちゃん・・・。ありがとう!」

 

「それじゃあ蛍ちゃん、また明日ね。」

 

「うん!またあし・・・あっ。」

 

雛子にお礼を言おうとした蛍は、帰り道とは別方向を見て立ち止まった。

 

「蛍?」

 

「そっち、商店街の方よね。何か用事でもあるの?」

 

「え?えと・・・。」

 

商店街に用事があるわけではないが、あちらは噴水広場にも繋がっている。

今日のお昼以降、リリンに会いたいという気持ちが強くなっている蛍は、

噴水広場へ訪れてみようと思ったのだ。

 

「ちょっと、よりみちしたいところがあって。」

 

「じゃあ、ウチらもついてこっか?」

 

「え?」

 

ウチら、と付けている当たりちゃっかり雛子も巻き込んでいるが、

雛子は特に気にしていないようだ。

 

「目的地につくまでの間、もう少しお喋りできるやろ?」

 

「・・・うん、ありがとう!」

 

自分に気を使ってくれた要。雛子も言葉こそ発しなかったが微笑みを返してくれたので、

一緒に来てくれるのだろう。2人の優しさに感謝しながら、蛍はリリンに会えることを願い、

噴水広場へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

地上へと降りたリリンは、まず噴水広場へ訪れた。作戦を実行する為には蛍を探す必要がある。

となればまずは、人が多く集まる場所から当たっていこう。確かこの噴水広場は、

街に住む人達の交流の場であったはずだ。この地と、交易の場にあたる商店街とデパート、

あとはこの世界の子供は確か、学校という教育機関へ通うことを義務付けられていた。

その4点を中心に探し当たるのだ。最も、さほど時間がかかる作業ではないだろう。

人間の活動というものには一定のサイクルが存在している。教育機関へ通う日程は厳格に

スケジューリングされているし、交易の場も一日の活動時間が定められている。

この世界のルールを紐解き、蛍程度の年代の少女が主にどのようなサイクルで活動しているかを

導き出せれば、すぐ足取りを掴むことが出来るはずだ。と、ここまで考えてから辺りを見渡すと、

リリンは身に覚えのある後ろ姿を発見した。自分より僅かに低い背丈、ピンクの髪、

そして体型も全て記憶にあるものと一致している。まさかこうも早く見つけられるとは、

リリンはかつて蛍の前で演じた時の記憶を探りながら、目の前にいる少女へと近づいていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつ見ても、綺麗な噴水よね。」

 

噴水広場へと訪れると、雛子が感嘆とした声をあげる。

 

「子供の頃は、ここでよく遊んでたなあ。」

 

要が噴水広場の隣にある原っぱの方を見ると、小学校低学年くらいの子供たちが

鬼ごっこをしており、保護者と思われる女性たちがベンチに座り、子供たちへ視線を向けながら

談笑していた。老若男女問わず多くの人たちの交流の場となっているこの噴水広場で、

蛍はリリンとひと時を過ごした日を思い出しながら、周囲を見渡した。

 

(リリンちゃん・・・。)

 

会いたいと思う気持ちが強まれば強まるほど、もう会えないのではないかと不安が募っていく。

蛍が沈んだ表情で、肩を落としたその時、

 

「ほたる。」

 

「えっ・・・?」

 

後ろから、自分を呼ぶ声が聞こえた。忘れられるはずもない声で。そして蛍が振り向くと、

そこには1人の少女の姿が立っていた。

 

「ひさしぶり。」

 

白い素肌。黒い髪。前髪の合間から見える綺麗な赤い瞳。その笑顔も、声も、仕草も、

蛍の忘れられない記憶のものと全て一致した。

 

「リリン・・・ちゃん・・・。」

 

本当に嬉しいことが起こると、人は本当に現実であるかと疑いたくなるものだ。

蛍もこれは、夢なのではないだろうか、あるいは幻が見えているのだろうかと思った。

だけどもこれは、夢でも幻でもない。蛍がずっと会いたいと願っていた人が今、目の前にいる。

 

「リリンちゃん・・・リリンちゃん・・・。」

 

「ほたる?」

 

擦れた声でリリンの名を呼び続ける蛍を見て、リリンは首を傾げる。

そして、

 

「っ!リリンちゃん!」

 

感極まった蛍は、リリンへ向けて駆け寄り、彼女へ抱きついた。

 

「きゃっ、ほたる!?」

 

突然の蛍の抱擁に戸惑うリリン。だが蛍は、リリンをさらに強く抱き締めた。

この2週間、ずっと探し続けた。もう二度と、会えないかもしれないとさえ思った。

抱き締めた彼女の体から、蛍はリリンの存在を確かに感じ取る。

夢でも、幻でもない。確かにリリンは、ここにいるのだ。

 

「リリンちゃん!リリンちゃん!リリンちゃん!」

 

蛍は何度も、リリンの名を呼び続けた。リリンは確かにここにいると自分に言い聞かせるように、

リリンの存在をこの場に繋ぎ止めるように、何度も名前を呼び続けた。

 

「リリンちゃん!」

 

「ほたる、一体どうしたのよ?」

 

「あいたかった!」

 

「え?」

 

「ずっと・・・ずっとあいたかったよ!リリンちゃん!!」

 

「ほたる・・・。」

 

友達と一緒にお昼を食べて、お喋りをしながら下校して、それだけでも十分だったのに、

リリンと再会することができるなんて。今日は、何てステキな一日なのだろう。

蛍は今日に訪れた数々の奇跡に喜びながら、泣きながら、笑いながら、

リリンを強く抱き締めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

リリンは蛍に強く抱きしめられながら、今置かれている状況に困惑していた。目の前にいるのは

確かに蛍だ。だが記憶にある蛍は気弱で今にも消えてしまいそうな儚い存在だったはず。

ここまで自分の存在を大きくさらけ出せるような子ではない。

だが目の前にいる少女が、蛍でないはずもない。姿も声も記憶にある通りだし、

何よりも自分のことを覚えているのだ。

 

「蛍ちゃん、そろそろ離してあげよ?その子、困ってるよ?」

 

すると初めて見る少女が、蛍に話しかけてきた。

 

「あ・・・ごっごめんねリリンちゃん!」

 

少女に注意された蛍は、飛び退くようにリリンから離れる。

 

「別に大丈夫よ。ちょっとびっくりしちゃったけど、どうしたの?急に飛びついてきて。」

 

「・・・リリンちゃんとまたあえたのが、すごくうれしくて・・・。」

 

頬を赤く染め、恥じらいながら蛍はそう答えた。

 

(嬉しい?あたしと再会できたことが?なぜ?)

 

だがその疑問を蛍に口にする前に、蛍が話しかけてくる。

 

「あっそだ。リリンちゃん、しょうかいするね。わたしのともだちの、

かなめちゃんとひなこちゃん。」

 

「トモダチ?」

 

「ども、森久保要で~す。」

 

「藤田雛子よ。そっか、あなたがリリンちゃんだったのね。」

 

紹介しろと言った覚えもないし、覚えるつもりもなかったが、今後も蛍には情報源として

役に立ってもらうつもりだ。それを考えれば、蛍と接触するための駒は多く持っておいて

損はない。リリンは2人の名前と顔を記憶する。

 

「ねえねえリリンちゃん!またこないだみたいにおはなしできない?

わたし、リリンちゃんとおはなししたいこと、たっくさんあるの!」

 

「ええ、いいわよ。」

 

まさか向こうからその話題を持ちかけてくれるとは、こちらから誘う手間が省けた。

だがリリンがどうやってプリキュアに関する話題を引き出そうかを考える前に、

満面の喜びを表情に出した蛍が、リリンの手を引く。

 

「え?」

 

「じゃあ、いこっ!ほら、このまえみたいに、噴水前のベンチにすわろ!」

 

「あっちょっと、ほたる。」

 

考えがまとまらない内に、半ば無理やり蛍に手を引かれ噴水前のベンチに座ることになる。

 

(この子、ほんとうになにがあったの?こんなに積極的な子じゃなかったはず・・・。)

 

自分の手を無理やり引いて連れていくなんてこと、記憶にある蛍が出来ただろうか?

依然とは別人となった蛍のペースに振り回され続けるリリンだったが、

蛍は手を自身の手に添え、正面から見据えてきた。

 

「リリンちゃん、あのときはほんとうにありがとう。このおまじないをおしえてくれて。」

 

蛍はかつて自分が教えたおまじないを行う。

 

「それ・・・。」

 

「このおまじないのおかげでね、わたし、ステキなともだちができたの!ぜんぶ、

リリンちゃんのおかげだよ!」

 

そう言えば以前会った時の蛍は、ずっと友達が欲しかったと語っていたか。

 

「そっか、トモダチ、ちゃんと作ることできたんだ。」

 

「うん!」

 

自分が蛍に教えた勇気のおまじないと、蛍がずっと願っていた、友達を作るという夢。

なるほど、リリンは全てを悟った。蛍は自分があの時教えた『デタラメ』なおまじないの

おかげで、一歩踏み出す勇気を得ることが出来た、と『勘違い』しているわけか。

その勇気をもって友達を作ることが出来た蛍は、おまじないを教えた自分に恩義を感じ、

再会を心待ちにしていたと。それならば先ほどの行動にも納得がいく。

 

(そうゆうこと・・・。ふふっ、バカみたい。)

 

リリンは蛍を侮蔑する。あんなデタラメなおまじないに縋って勇気を得られた『つもり』に

なり、変わることが出来たと『思い込んでいる』のだ。つくづく単純で愚かな小娘だ。

目の前にいる友達とやらも、そんな『まやかし』な勇気で作られた産物。紛い物に決まっている。

 

「おまじないのおかげなんかじゃないよ。ほたるががんばって勇気を出したから、

トモダチを作ることが出来たんだよ。」

 

だがこれはまたとないチャンスだ。蛍がここまで自分に気を許しているとは思いもしなかったが、

これならば、自然と会話をすることが出来るし、多少危ういラインを踏むことになっても、

彼女から得た信用を隠れ蓑と出来るだろう。何より、蛍と言う生き物は単純で扱いやすい。

堕とす手段ならいくらでもある。

 

「リリンちゃん・・・。ありがとう!」

 

ほら、あんなどこにでもある定型文を口にしただけでこれだ。つくづくバカな子だ。

 

「ねえねえリリンちゃん!ほかにもおはなししたいこと、たくさんあるの!」

 

「ええ、会えなかった分、たくさんお話しましょ?あたしも、蛍とお話したいこと、あるから。」

 

「うん!じゃあねじゃあね!わたしからおはなしするね!」

 

今は、彼女の機嫌を取るために付き合うとしよう。プリキュアの、キュアシャインに関する情報を

聞き出すのはその後でいい。仮にこの子が情報を持っていなくても、

この子を中心にコミュニティを拡げることはできれば、こちらの情報網も拡大できる。

 

(役に立つにせよ、立たないにせよ。利用させてもらうわよ。ほたる。)

 

リリスとしての本心を隠す為に、彼女の良き恩人、リリンという仮面を被りながら、

蛍の話に耳を傾けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

要と雛子は、やや離れた位置から蛍たちを見守っていた。リリンと再会出来た蛍は、それはそれは

幸せに満ちた笑顔を浮かべながら彼女とお喋りをしている。傍から見ても、

リリンと再会できた蛍の喜びが十二分に伝わってきた。

 

「要、少し広場を見て回ろっか?」

 

雛子がそんな気を利かせたことを言ってくる。要としても、どこはかとなく漂う甘い雰囲気から

ちょっと離れたくなったので、雛子についていくことにした。

 

 

噴水広場の隣にある芝生公園は、遊具こそないものの、その広さから子供たちの遊び場と

なっている。かくいう要も、小学校の頃はよく男子と混じって鬼ごっこやプロレスごっこ

をしたものだ。そして子供の遊び場となっている、一番広い面積の原っぱを少し離れると、

スイーツを筆頭に多くの出店が並んでおり、パラソルの開かれたテーブル席は下校中の

学生たちで賑わっていた。要と雛子はひとしきり、出店を見て回ることにした。

ここにある出店は日替わりで入れ替わるので、毎日のラインナップが異なってくる。

花より団子を地で行く要にとっては、見て回るだけでも飽きないものだ。

 

「うひゃ~、相変わらずここのドーナッツ屋台は繁盛してるな~。」

 

要は行列の出来るドーナッツ屋台を見て感嘆する。並ぶことは嫌いなのでこの出店を

利用したことは数少ないが、評判に違わぬ味であったことはしっかり覚えている。

 

「確か、他の街で人気のあるドーナッツ店に弟子入りして、そこで修行を積んでから

お店を開いたみたいって話よね。噂によれば、その弟子入りしたってお店、

あのクローバーが常連さんのところみたいよ。」

 

「クローバーって、あの4人組のダンスユニットの?」

 

「そっ。」

 

「なるほど、有名人のお墨付きってことね。」

 

「あっ、見て要。ここ、新しくクレープ屋が開店されるみたいよ。」

 

雛子が指さす先には、『スイーツのお姫様クレープ!五月上旬に解禁!』と看板が

立てられていた。

 

「マジで?とうとうクレープ屋まで参入するんだ。」

 

スイーツからファーストフードまで一通りの出店が並ぶこの一帯で、

クレープ屋だけがありそうでなかったが、ようやく当店するようだ。これまでは

クレープを食べようと思ったら、少し離れたショッピングモールまで足を運ばなければ

ならなかったので、有難い話である。

 

「あとで蛍ちゃんにも教えてあげましょ?」

 

「せやね。あの子お菓子好きだし。」

 

と、蛍のことが話題に出たことで、先ほどの様子を思い出した2人の間に沈黙が訪れる。

思えば蛍とリリンの距離は妙に近かったし、蛍は右手でリリンの左手をずっと握っていた。

まるでリリンをこの場から離さないように。からかいのつもりで言ったが、

あれでは本当に恋する乙女である。

 

「蛍ちゃん、とても嬉しそうだったね。」

 

「え?まあ。」

 

「蛍ちゃんにとって、それだけリリンちゃんは大切な人ってことかしら?」

 

「大切な人・・・か。」

 

一歩踏み出す為の勇気が出るおまじない。転校してから蛍は、勇気を出すときは必ず

そのおまじないを唱えて来た。そして勇気を得た蛍は今こうして、要と雛子と友達になり、

クラスメートとも少しずつ打ち解けて来ている。転校初日、挨拶1つ満足に出来なかった頃

と比べれば、見違えるほど変わったと言っていい。その蛍を変えたおまじないを教えたのが

リリンなのだから、蛍にとってのリリンは、自分が変わるきっかけを与えてくれた人、

ということになるのだろう。

 

(自分が変わるきっかけ・・・か。)

 

要はふと、自分のことを振り返った。大好きだったはずのバスケが憎くなり、クラブ活動を

ズル休みしていた時、そんな自分をずっと見守り支えてくれた人がいた。

勝負は勝ったら楽しい、負けても楽しい。そう思えるようになったきっかけをあの人はくれた。

要にとって、その人はどのくらい大切な人だろう。

・・・考えても答えは出なかった。言葉に表現することが出来なかったからだ。

それほどまでに大切な人。もしもその人と急に離れ離れになり思わぬ再会を果たしたら、

自分がどんな反応をするのだろうか。もしかしたら要も、蛍と同じような反応をしていたのかも

しれない。だとすれば、自分は蛍のことを笑えないだろう。

 

「友達でも家族でも、自分が変わるきっかけを与えてくれた人は、言葉では表せられんほど、

大切な人なんやろな・・・。」

 

要はそう呟いた。蛍にとってリリンは、自分を変えてくれた、心の底から大切に思える人。

今はそれで納得しておこう。

 

「・・・そうね。」

 

雛子は、やや間を空けてからそう答えた。どうやら雛子にも自分が変わるきっかけをくれた、

心の底から大切に思える人がいるようだ。果たして誰のことなのか。

要は敢えて考えないようにするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

蛍との会話をかわしながら、リリンはこちらの話題を振るタイミングを見計らっていた。

蛍が話題を振っている最中に、むやみに割り込むのはよろしくない。

もしも彼女の機嫌を損ねてしまえば、こちらの話を聞いてもらえない可能性があるからだ。

かと言って、興味のない話を延々と聞いてやるつもりもない。

話題の途切れるタイミングを見定める為に、虎視眈々と機会を伺う。

すると、ひとしきり話し終えた蛍が息継ぎをした。彼女が呼吸を整え終えたタイミングで、

リリンはようやく、自らの話題を切り出した。

 

「ところでほたる。ひとつ聞きたいことがあるのだけどいい?」

 

「なに?」

 

まずは小手調べだ。この質問に対して、彼女はどんな反応を見せるだろうか。

 

「ちょっと小耳に挟んだ噂話なんだけど、『光のお姫様』の噂、聞いたことある?」

 

「・・・えっ・・・?」

 

少し考えた後、蛍の顔に動揺の色が浮かぶ。予想通り、この子はわかりやすい。

感情がすぐに顔に出るようだ。『光』と『お姫様』というキーワードに、随分と大袈裟な

反応を示してくれた。

 

「・・・えと・・・しらないけど・・・どんなうわさばなし?」

 

嘘だ。声が微かだが震えている。平静を装うと抗っている証拠だ。

 

「たしか、真夜中の街に迷う人の前に女の子が現れて、その人を光のある場所へと

導いてくれるって、うわさだったかしら。その女の子がね、お姫様みたいに可愛いドレスを着て

体中から光を放ってるんですって。」

 

蛍の表情がいっそう強張る。落ち着きのない視線が空を彷徨い、表情から不安が見て取れる。

 

「そっそうなんだ・・・。リッリリンちゃんはどうして、そのおひめさまのことがしりたいの?」

 

声色にも困惑が見て取れ、震えも徐々に大きくなっていく。

 

「だってその子、お姫様みたいな恰好をしているのでしょ?お姫様っておんなの子にとっての

あこがれだし、光の、なんてつくほどのキレイなお姫様だったら、見てみたいっておもわない?」

 

無論、こんなものは話題を隠すための建前だ。そもそもリリンには、可愛い、綺麗、まして

憧れなんて概念は持ち合わせていない。だがそんな建前でも、単純な蛍には十分に有効だ。

 

「そっ、そっか。そうだよね。」

 

すると蛍の声の震えが突如として途絶えた。原因がわからないが、これまでの反応を見ただけでも

十分だ。

 

「だからほたる、もしなにか、光のお姫様についてのうわさを聞いたら、

あたしに教えてくれないかしら?」

 

「わかった。」

 

「それから、このことは誰にも話さないでね。かなめとひなこってトモダチにも、

ナイショだよ?」

 

「どうして?」

 

「だって、お姫様に憧れてるなんて知られたら、恥ずかしいじゃない。だから、

あたしとほたるだけのヒミツ。ね?」

 

「うん!わかった!」

 

秘密を共有するということは、信頼のおける間柄であることの証。彼女は自分と秘密を共有できた

ことを喜んでいる。建前もここまで効果があると清々しいものだ。これほど扱いやすい子から

信頼を得られたというのは、今後の作戦遂行に大きく働くだろう。欲張る必要はない。

まだ『やるべき』ことも残っている。今日のところはこのあたりで引き上げよう。

 

「それじゃ、あたし、そろそろ帰るね。」

 

「え・・・もうかえっちゃうの?」

 

すると蛍は途端に表情を暗くした。もう、とは言うが、だいぶ話し込んだはずだ。この後に及んで

まだ話し足りないと言うのか。

 

「また、ここに来るから。そしたら、今日みたいに、いっぱいお話ししよ?」

 

今度は一転して表情を明るくする。

 

「っ!うん!わたし、まいにちここでまってるからね!」

 

「ありがと、それじゃあ、またね。ほたる。」

 

「うん!きょうはありがとね!リリンちゃん!」

 

そして蛍と別れの挨拶を交わし、リリンは噴水広場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

一之瀬 蛍。彼女はプリキュアについて何かを知っている。希望の『光』であり、

『光』の戦士と呼ばれているプリキュア。その外見は『お姫様』とも取れる服装をしている。

彼女はその2つのワードに反応を見せた。実際にプリキュアと遭遇したことがあるのか、

それともトモダチからプリキュアの話を聞いたか、あるいは、彼女自身が・・・。

いや、そんなはずはないか。あの蛍と言う少女に戦う勇気があるとは思えないし、

自分が一度、闇の牢獄に堕としたこともあるのだ。それほどまでの弱い心の持ち主に、

光の使者たるプリキュアの資質などあるはずがない。

 

「まあ、何でもいいわ。何か情報を掴んでいるのは確実。次の機会があればまた、

その時に情報を引き出していけばいい。」

 

次に会う約束も出来た。予想以上の戦果と言っていいだろう。リリンとしての『作戦』は、

一先ず終わりとし、次は『リリス』の作戦に移るとしよう。リリンは左手を伸ばし指を鳴らすと

同時に、その姿をリリスへと変える。次なる手は実力行使だ。プリキュアの正体を探り、

変身前に叩くというのは、あくまで作戦の1つでしかない。やつらを討つ為ならば打てる手は

全て打っておく。それにアモンは、あの2人にもプリキュア討伐の指令を与えているのだ。

やつらに後れを取るわけにはいかない。そしてそんな細かな理屈を抜きにしても、

リリスは今日、プリキュアの前に立つ予定だった。

 

「ターンオーバー、希望から絶望へ。」

 

リリスを中心とし、闇の牢獄が展開されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

リリスと別れたから程なくして、要と雛子が戻って来た。

 

「あれ?リリンは帰ったの?」

 

「うん、ついさっきかえっちゃった。でも、また会うってやくそくしてくれたの!」

 

蛍は上機嫌に答える。この2週間、会えなくて不安だったが、こうして再会出来たことで、

そんな不安も吹き飛んでしまった。ここを訪ればまたいつでも会えることが出来る。

そんな確信が、蛍の中で生まれたのだ。

 

(リリンちゃん・・・。)

 

光のお姫様の噂。その聞いた時は、プリキュアの活動が噂話として広まってしまったのでは

ないかと驚いたが、恐らくは都市伝説の類だろう。それにリリンはお姫様に憧れていると

いうことも知った。正直なところ、それは意外だった。リリンはどちらかと言えばクールな

印象を与える少女だ。決して無表情なわけではなく、むしろ笑顔が素敵な少女で、優しくて、

女の子である蛍の目から見ても、とても可愛い容姿の持ち主なのだが、彼女の雰囲気はどこか

幻想的で、浮世離れしている感じがある。そんなリリンが、女の子の憧れの的と言える

お姫様に興味を持っているということで、急に彼女を身近に感じることができた。

 

(そういえばきょうは、わたしのことばかり、はなしちゃったな・・・。)

 

リリンからその話を聞いた後、すぐに別れることになった。それまではずっとこちらの話しを

聞かせてばかりだった。学校にいた時もそうだが、今日は自分の事を優先し過ぎて、周りに

気を遣わせてしまうことが多かった。友達に迷惑をかけない為にも、今後の反省点としていこう。

それならば、次に会った時はリリンの話をいっぱい聞こう。こちらばかり話をしていては

不公平だし、何よりもっとリリンのことが知りたいのだ。もっとリリンと距離を縮めたいから。

そう蛍が思いを馳せていると。

 

「っ!?」

 

不意に、全身に悪寒が走った。

 

「蛍ちゃん!」

 

雛子が駆け寄り、蛍の肩に手を置く。

 

「え・・・?」

 

すると雛子が、不思議そうな表情でこちらを見た。

 

「蛍、雛子、これって。」

 

「うん、やみのろうごくだよ。」

 

要の質問に蛍は答える。この全身が震えるような嫌な冷たさ。間違いなく闇の牢獄だ。

だが蛍は自分に現れた変化に気づく。

 

(こえが・・・きこえない・・・?)

 

今までずっと、聞こえ続けて来た自分の声が聞こえないのだ。

 

(かなめちゃん、ひなこちゃん、まことちゃん、あいこちゃん、そして・・・リリンちゃん。

みんなから・・・勇気をもらえたおかげだ。)

 

勇気のおまじないを胸に、心の中で皆にお礼を言う蛍。

 

「蛍ちゃん、大丈夫?」

 

雛子が心配そうに声をかけてくれた。そんな雛子の優しさが、蛍にさらなる勇気をくれる。

 

「だいじょうぶ、かなめちゃん、ひなこちゃん。いこっ、ダークネスをやっつけなきゃ!」

 

「蛍・・・、ああっ!」

 

「うん!」

 

3人同時に、光の中からパクトを手に取る。

 

「「「プリキュア!!!ホープ・イン・マイハート!!!」」」

 

初めて3揃っての変身。3人の体が一斉に光に包み込まれ、そして光が弾けると同時に、

ピンク、青、黄色のプリキュアが姿を現す。

 

「世界を照らす、希望の光!キュアシャイン!」

 

「世界を駆ける、蒼き雷光!キュアスパーク!」

 

「世界を包む、水晶の輝き!キュアプリズム!」

 

「「「3つの光が伝説を紡ぐ!!!ホープライトプリキュア!!!」」」

 

3人が変身を終えると、キュアブレイズの捜索に当たっていたであろう、

チェリー、ベリィ、レモンが姿を見せた。

 

「いたっ!プリキュア!」

 

「ダークネスの気配はこっちだ!」

 

「みんな、ついてきて!」

 

妖精たちと合流し、3人は闇の波動がする方へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

蛍たちが闇の波動を辿ると、目の前に悪魔の姿が見えた。エメラルド色の髪を持つ、

悪魔の少女だ。その姿に蛍は身に覚えがある。

 

「リリス!」

 

「あの子がリリス?」

 

初対面のキュアプリズムとキュアスパークが驚く様子を見せる。

 

「まさか、あんな小さい子が行動隊長・・・。」

 

するとなぜかキュアスパークの目線がリリスから蛍の方へと向いた。

続けてキュアプリズムもなぜか蛍へと目を向ける。

 

「え?え?なっなに?」

 

「いや、それを言ったら今更かなと思って。」

 

「え?」

 

それを、とはどのことを言っているのだろうか?疑問が全く晴れないまま、

キュアスパークとキュアプリズムは再び視線をリリスへと戻した。

 

「キュアシャイン・・・。」

 

するとリリスの口から自分の名が呼ばれ、蛍は反射的に身構える。

 

「キュアシャイン・・・キュアシャイン・・・キュアシャイン・・・。」

 

だがリリスの様子がおかしい。仕切りに自分の名前を呟き続けるだけで一切動こうとしなかった。

 

「キュアシャイン!!」

 

だが次の瞬間、リリスが目にも止まらぬ速さで蛍へと飛びついた。あまりの一瞬の出来事に蛍も、

そしてキュアスパークもキュアプリズムも反応が遅れる。

 

「きゃあっ!」

 

「キュアシャイン!」

 

キュアスパークが叫びをあげる。辛うじてリリスの一撃をガードした蛍は、そのままリリスと組み合う。

 

「どれだけ、この時を待ち望んだか!キュアシャイン!!」

 

リリスが片腕を高く掲げて爪を振るう。避けられないと思ったが、蛍とリリスの間を、蒼い稲妻が

駆け抜けた。

 

「おっと、これ以上キュアシャインに手を・・・」

 

「あたしのジャマをするなああ!!」

 

「え?」

 

だがキュアスパークがカッコよくセリフを言い終わる前に、リリスの叫びがそれを中断し、

尾でキュアスパークを薙ぎ払う。

 

「うわっと!」

 

叩き付けられた勢いのまま、キュアスパークは宙がえりをして姿勢を整える。

 

「ダークネスが行動隊長、リリスの名に置いて命ずる!ソルダークよ!世界を闇に染め上げろ!!」

 

するとリリスがソルダークを召喚した。ソルダークは産声をあげると同時に、キュアスパークへ

拳を振り下ろす。

 

「キュアスパーク!」

 

粉塵が巻き起こり、キュアスパークの姿を見失った蛍だが、

 

「キュアシャイン!!」

 

そんな蛍の元に、リリスが執拗に迫り来る。だが今度はキュアプリズムの盾が展開され、

彼女の進行方向を塞いだ。盾がリリスの足を止めている間に、キュアプリズムがこちらへ

合流する。

 

「そらっ!」

 

そしてソルダークを殴り飛ばしたキュアスパークも、2人の元へ合流した。

 

「キュアシャイン、あんたあの子に何やらかしたん?」

 

やや呆れた様子で尋ねてくるキュアスパーク。

 

「ええっ!?」

 

蛍は私が悪いの?と言わんばかりに驚く。

 

「あの様子、普通じゃないわよ。キュアシャインのことしか眼中にないって感じだけど。」

 

キュアプリズムも冷静に状況を分析した。

 

「そっそんなこといわれても、おぼえてないよ!」

 

前にリリスと戦った時、蛍はがむしゃらに浄化技を使ってリリスを破ったらしいが、

当時のことを全く覚えていないのだ。だがその一言がまずかった。

 

「おぼえていない・・・あたしに、あれだけのことをしておいて・・・?」

 

愕然とした表情の後に、リリスの体が小刻みに震え始める。

 

「あれ?地雷踏んだんやない?」

 

「どこまで・・・どこまであたしを侮辱したら気が済むのよ!キュアシャイン!!」

 

感情を爆発させたリリスが、怒りのままに蛍へと向かう。それを見たキュアスパークが

蛍の援護へ向かおうとするが、行く先をソルダークに防がれてしまう。

 

「このっ!」

 

「キュアスパーク!だいじょうぶだから!」

 

「キュアシャイン?」

 

「わたしは!だいじょうぶだから!いつもどおりにいくよ!」

 

「あたしを無視するなあ!!」

 

リリスは自分と戦うことにしか目が行き届いていない。それならば逆にチャンスだ。

戦闘力に長けたキュアスパークが、ソルダークと戦うことに専念出来る。

 

「堕ちろ!キュアシャイン!!」

 

だがリリスの攻撃は想像以上に苛烈なものだった。リリスの爪が再び蛍の眼前へと迫る。

 

「はっ!」

 

すると、ドーム状のバリアが蛍の周囲に展開された。バリアはリリスの爪を弾き、

すかさずキュアプリズムがリリスへ追い討ちをかける。

 

「ジャマをするなと言ったでしょ!!」

 

「邪魔をするに決まってるじゃない!!」

 

リリスの気迫にも動じないキュアプリズムは、そのままリリスとの応戦に入った。

爪を薙ぐリリスの攻撃を時にはかわし時にはバリアで流し、丁寧に捌き続ける。

 

「ちっ!」

 

「たあああっ!」

 

そして隙を見て、蛍はリリスへと体当たりした。直撃を受けたリリスは僅かに怯むも、

直後に距離を開けて態勢を立て直す。

 

「どうしたのキュアシャイン!?あなたの力はこんなものではないはずよ!?」

 

「えっ?」

 

「あの時の力はどうしたの!?なぜ使わない!?」

 

「あなた、さっきから何を言って・・・。」

 

「あたしには必要ないとでも言うの!?キュアシャイン!!」

 

蛍の困惑にもキュアプリズムの疑問にも答えず、一方的に言葉を投げかけるリリス。

最早会話が成り立つような状況ではなかった。それほどまでに今のリリスは蛍に対する

憎しみに満ちていた。そのことを認識した蛍は、僅かに不安な表情を見せる。

だが隣にいるキュアプリズムは違った。目の前で憎しみを膨らませるリリスではなく、

その先の光景を捉えていた。蛍もその先へ視線を移し、キュアプリズムの真意を読む。

そうだ。目の前のリリスに怯んでいる場合ではない。ここに来た目的、自分がプリキュアとして

戦う理由を、見失ってはいけない。キュアプリズムと視線を合わせ、蛍はその

『チャンス』を伺うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしは!だいじょうぶだから!いつもどおりにいくよ!

 

 

蛍のその言葉を思い出し、要は後ろを振り返らず、ソルダークと睨みあった。

あのリリスという行動隊長は、執拗に蛍を狙い続けている。要はそのことが気がかりだったが、

雛子がサポートについてくれるのであれば安心出来る。だから目の前の戦いに集中しなければ。

いつも通りで行くと宣言した、蛍の覚悟を無駄にしないためにも。

 

「はあっ!」

 

要は雷を纏った拳を、ソルダークめがけて振るう。だがソルダークはそれを跳躍でかわし、

すかさず爪を立てて急降下してきた。高速移動でそれを回避した要はすぐに反撃に出るが、

ソルダークも即座に反応し、応戦する。このソルダークは強い。スピードと反応速度に優れている

ためロクに攻撃が通らない。何とかして浄化技を叩き込む隙を作りたいが、ここまで手強いと

要一人では厳しいものがある。そう思考を働かせている隙に、ソルダークの爪が振り下ろされる。

 

「くっ。」

 

両手でそれを抑え、ソルダークの腕力に対抗する要。迂闊な隙をさらすことはできない。

せめて雛子のサポートがあれば、まだ思考を挟む余力もあるだろうが、今はそれも望めない

・・・と思ったが、ふと視界の端にこちらを見据えるキュアプリズムの姿があった。

それを見て要は、雛子の真意を悟る。

 

(全く、ウチが一番良く知っとることやん。雛子のことを甘くみたらアカンって。)

 

雛子にサポートを望める状況ではない、なんてことを思った先ほどの自分を恥じる要。

こちらを見据えるキュアプリズムとキュアシャイン、そしてその前にはキュアシャインのことしか

見ていないリリスの後ろ姿。要は雛子の策を悟り、仕掛ける『タイミング』を見計らうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「キュアシャイン!!」

 

再びキュアシャインを狙い、飛び出すリリス。そしてその背後には、手のひらに雷を纏い、

こちらを見るキュアスパークの姿。2人の姿が直線状に重なるタイミングを雛子は逃さなかった。

 

(今よ!要!)

 

「はあああっ!!」

 

「なにっ!?」

 

突如としてキュアスパークがリリスへ高速移動で接近し、雷を纏った拳で突く。

リリスはそれをガードするも、勢いまでは殺しきれずに飛び退いた。

 

「くっ!ソルダーク!!」

 

リリスの呼びかけに答えたソルダークが、こちらへ高速で向かってくる。

 

「はあっ!」

 

だが雛子はソルダークの目の前に巨大な盾を展開した。勢いに任せてこちらへ向かう

ソルダークは、突如現れた巨大な盾に頭部をぶつけ自滅する。その隙にキュアスパークは

再びソルダークへと方向転換し、雷を纏った拳を突き付けた。キュアシャインのことしか

眼中にないリリスに奇襲をかけ、焦りで呼びかけたソルダークの自滅を誘う。

雛子の作戦は成功し、ソルダークは蓄積されたダメージから動きが鈍くなり、

自慢のスピードを発揮できなくなっていった。そして追い討ちをかけるべく、雛子も

キュアスパークへと続く。

 

「まあいいわ。あたしが堕としたいのはキュアシャイン!あなただけよ!!」

 

ソルダークがこれだけのダメージを受けていながら、自分とキュアスパークがリリスから

視線を外せば、こちらには見向きもせずキュアシャインの元へと向かう。

これも雛子の目論見通りだ。そしてキュアシャインは、リリスが迫っていながら

今いる場を一歩も動こうとしなかった。雛子は自分の狙いを悟ってくれたことを確信し、

感謝と、そして謝罪を心中でする。

 

(ありがとう、蛍ちゃん、それからごめんなさい。あなたを囮に使って。)

 

「キュアシャイン!!」

 

リリスが身動き一つ取らないキュアシャインへ、容赦のない一撃を振り下ろした。

だが、次の瞬間、キュアシャインの周囲にバリアが展開された。

 

「なっ!?」

 

驚くリリス。なぜなら雛子はこちらを見向きもしてないからだ。だが守る対象と迫る攻撃の位置を

正確に見なければ機能しない盾とは違い、ドーム状に展開されるバリアは、守る対象の位置さえ

把握できれば四方からの攻撃も防ぐことが出来る。目を見ずとも対象の力の探知するだけで

何とかなるものだ。さらにキュアシャインが一歩も動かなかったので、より正確な位置にバリアを

展開することができたのだ。

 

「きゃあっ!」

 

勢いを止められなかったリリスの爪は、音を立ててバリアに弾かれる。直後バリアが砕け散り、

中にいたキュアシャインが攻撃態勢に入った。リリスは反射的に防御の姿勢を取る、

だがキュアシャインは、そんなリリスを無視し、後方にいるソルダークへと飛んでいった。

 

「なっ・・・。」

 

「たあああっ!!」

 

キュアシャインの体当たりを受けたソルダークは、その場に崩れ落ちる。

 

「キュアシャイン!!」

 

「わたしたちのもくてきは、ソルダークをたおして、ぜつぼうのやみがひろがるのを

ふせぐこと!リリス!!あなたとたたかうことじゃない!!」

 

「なんですって・・・。」

 

「光よ、降りろ!プリズムフルート!」

 

雛子は崩れ落ちたソルダークを、水晶の中へと閉じ込める。

 

「あたしは・・・ソルダークよりも劣ると言うの・・・?」

 

「プリキュア!プリズミック・リフレクション!!」

 

愕然とするリリスを余所に、雛子はソルダークを浄化する。

 

「・・・っ!キュアシャイン!!」

 

我に返り、立ち上がったリリス。だがキュアスパークが前に立った。雛子も彼女に並び、

キュアシャインを守るように前に立つ。

 

「どきなさい!!」

 

「どくわけあるか。これ以上は好きにさせんよ。」

 

「リリス、これでもまだ戦うつもりなの?」

 

雛子もキュアスパークも、リリスに対して静かに怒りを燃やしていた。当然だ。

キュアシャイン個人に対して、執拗なまでの攻撃を繰り返してきたのだ。

そんな横暴、許せるはずがない。

だがリリスはしばし2人を睨み付けた後、自嘲気味な笑みを浮かべ始める。

 

「・・・ふふっ、あははは・・・そう、どうしてもあたしのことを見てくれないと言うのね。」

 

リリスの視線は既に、雛子にもキュアスパークにも向けられていない。

その後方にいる。キュアシャインだけを見ていた。

 

「だったらいいわ・・・。あたしのことしか見えないようにしてあげる・・・。」

 

「え・・・?」

 

「あたしのことしか考えられないようにしてあげる・・・。あなたを、

あたしだけのものにしてあげるわ・・・キュアシャイン・・・・。」

 

息を飲むキュアシャインの反応を見て、薄ら笑いを浮かべながらリリスは姿を消していった。

 

「大丈夫?キュアシャイン?」

 

「うん・・・だいじょうぶ・・・。まだ・・・やることがあるから・・・。」

 

まだやること、今回被害にあった人を助けることだろう。キュアシャインが闇の波動を

探知しながら、辺りを見渡す。雛子はそんなキュアシャインの肩を取った。

手のひらに掴んだキュアシャインの肩が、微かに震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ありがとう。また、次に頑張ってみるよ。」

 

「はい、がんばってください!」

 

闇の牢獄に囚われていた青年を見つけた蛍たちは、各々が励ましの言葉をかけたことで、

何とか青年の闇を祓うことが出来た。これで終わった。そう思った瞬間、蛍の変身が解け、

膝から崩れ落ちた。

 

「蛍ちゃん!」

 

「蛍!」

 

雛子と要が、蛍の両肩に優しく手を添える。

 

「ごっごめんなさい・・・おわったとおもったら、きゅうに気が抜けちゃって・・・。」

 

声を震わせる蛍は、今にも泣きそうだった。今日ほど戦いが怖いと思ったことはなかった。

思い出すだけで体が震える。喉が渇き、呼吸も荒くなっていく。リリスから感じられた、

自分に対する明確な憎しみと怒り。あれほど激しい負の感情を、正面からぶつけられたのは

初めてだ。何度も、あの場から逃げ出したいと思った。

 

「蛍。」

 

するとチェリーがサクラへと変身し、蛍を優しく抱き締めた。

 

「もう、大丈夫。怖くないから、ね?」

 

サクラの温もりが、蛍のことを励ますのように、心の底にまで伝わっていく。

 

「うん・・・ありがと・・・。」

 

そして蛍の手を、雛子が両手で優しく取ってくれた。震える手を温めてくれるように。

要は、蛍の頭を優しく撫でた。今日の戦いを、頑張ったね。と褒めてくれるように。

 

「みんな・・・。」

 

不思議なことに、先ほどまで感じていたはずの恐怖が、自然と晴れていった。

皆の優しさが、蛍から恐怖を振り払ってくれる。そして、

これからも戦っていける勇気をくれる。

 

「・・・ありがとう。わたし、もうだいじょうぶだよ。どんなにこわくても、

プリキュアとして、ダークネスとたたかうってきめたのは、わたしだから・・・。」

 

「蛍、本当に怖くない?」

 

要が心配そうに声をかけてくれた。それだけでも、蛍にとっては勇気へと変わるのだ。

 

「・・・こわいよ。こわいけど、みんながいてくれるから、だいじょうぶ。

みんながいてくれるから、わたし、こわくても、こわくないよ。」

 

「蛍ちゃん・・・。」

 

要、雛子、チェリー、ベリィ、レモン。皆が側にいてくれたら、どんな恐怖だって

乗り越えていける。蛍はそう思い、これからの戦いに向けて、決意を新たにするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「キュアシャイン!キュアシャイン!キュアシャイン!!」

 

モノクロの世界。リリスは一心不乱に爪を払っていた。まさかここまで相手にされないとは、

あの子はどこまでこちらを見下せば気が済むのだ。

 

「はあっ、はあっ・・・。ふふっ、今のうちに目を背けておくといいわ。次はこうはいかない

・・・あなたも、」

 

ずっとキュアシャインのことばかりを考えてきた。

やつをこの手で堕とすことだけを考えていた。

脳裏に浮かぶのは常にキュアシャインの姿しかない。

キュアシャインのことしか見ることが出来ない。

キュアシャインのこと以外考えられない。

リリスの心に渦巻く『憎悪』は、リリスの全てを支配し始めていた。

 

「あなたも、あたしと同じにしてあげるわ・・・。キュアシャイン。」

 

邪悪な笑みを浮かべながら、リリスはキュアシャインの名を叫び続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

 

 

「うおおおおお!!」

 

「わっ、かなめちゃんげんきいっぱいだね!」

 

「次の部活で練習試合のレギュラー選抜が決まるからな!

今のうちに気合入れてかんと、勝てる勝負も勝てないってもんよ!」

 

「空回りして坂から転げ落ちないでよ?」

 

「そんなヘマせんよ。それに、勝てば嬉しくて楽しい、負けたら悔しくて楽しい。

それを忘れるつもりはないからね。」

 

「前から気になってたんだけど、それってやっぱりあの人の影響よね?」

 

「あのひと?」

 

「要にとって、とっても大切な人。」

 

「そんな言うほどじゃないよ。あのバカ兄は。」

 

次回、ホープライトプリキュア 第7話!

 

「兄妹の絆!要と瞬、約束の思い出!」

 

希望を胸に、がんばれ、わたし!



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第7話 第7話・プロローグ

部活動の描写は某漫画の影響を露骨に受けております。


陽が傾き、空が赤く染まり始めた頃、要は1人近所の公園でブランコを漕いでいた。

暇な今日に限って、真は部活、愛子は習い事、雛子は委員会の仕事と相次いで不在だ。

誰も遊ぶ相手がいなく、要は仕方なく持て余している時間を1人で潰している。

 

「はあ・・・。」

 

ブランコを漕ぎながら要が大きくため息をつく。心が少しだけチクリと痛んだ。本来ならば

今ごろ、バスケットの『クラブ活動』に参加しているところだ。だが要は一週間ほど前から、

クラブ活動に顔を出さず、ズル休みを続けていた。どれだけ頑張っても、自分のような『凡人』

では、神に愛された『天才』には敵わない。持って生まれた『才能』だけで全ての結果が

決まるのであれば、努力を重ねるだけ時間の無駄だ。そう思い始めてから、要は大好きだった

はずのバスケットを続けていくことが辛くなってしまった。続ける意味さえ見いだせなく

なってしまった。それなのに、

 

「バスケ辞めたら、やりたこと、楽しいこと、好きなだけ出来ると思ってたのに。」

 

まだ親が仕事から帰ってこない内にリビングの大型テレビを占領し、好きなだけゲームで遊び、

ソファに寝転がってお菓子を食べながら、好きなだけ漫画を読んでアニメを見る。

そんな遊び三昧な日々は、最初の内こそ楽しかったが、程なくして何をしても満たされなく

なった。バスケット以外にも好きなことが沢山あったはずなのに、どれも心の底から楽しめ

なくなっていた。

 

「はあ・・・。」

 

何もしない時間を1人で過ごす要は、無気力なため息を1つ吐く。

 

「こんなところにおったか。」

 

すると要の兄、瞬が姿を見せ、1人ブランコで遊んでいた要に声をかけた。

 

「お兄?」

 

「な~んも楽しないって顔しよって、退屈なら家でゲームなり何なりしてりゃええやろ。」

 

「うっさい。ほっとき。」

 

要はぶっきらぼうな言葉で返す。兄の瞬は、夢ノ宮中学校男子バスケ部のキャプテンにして

エースプレイヤーだ。同世代の中でも卓越したスキルを買われ、近隣にあるバスケットの有名

高校へと推薦を受けている。それほどの実力を持った兄は、要に取って幼い頃からの憧れ

だったが、今は『あの子』と同様、天才であるが故に嫉妬の対象でしかない。

 

「サボり出してから1週間、そろそろオヤジとお袋も気づくころやと思うぞ?」

 

「・・・お兄には関係ないやろ。」

 

ズル休みをしていることは当然親には内緒だ。バレたら雷を落とされるどころじゃ済まない

だろう。だが瞬の言う通り、隠し通すのも限界な頃合いだが、今の要は不機嫌だ。バスケット

を続けても辞めても、何一つ自分の望み通りにはならない。そんな状況が要を苛立たせており、

瞬の言葉を素直に受け入れる気にはなれなかった。

 

「まっバレても怒られんのはお前だけやから、オレはどっちでもええけど。」

 

だったら最初から忠告なんかするな。

そう言葉に出そうとした要だが、瞬が肩からマイバスケットボールを下げていることに気づく。

 

「・・・お兄、なんでそれ持ってるん?今日は部活休みやないの?」

 

すると瞬が、ようやく気が付いたか、と言わんばかりにニヤリと笑った。

 

「要、暇やったらオレとバスケしないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

セットした目覚まし時計の音が聞こえ、要は目を覚ました。だがすぐに体を起こす気には

なれない。

 

「夢・・・か。」

 

夢で見た出来事は、要が小学生だった頃のことだ。あれから3年ほどしか経っていないと言う

のに、随分と懐かしく感じられた。同時に、出来れば思い出したくない過去でもあった。

あの頃のように何をしても満たされず、楽しむことが出来ないとなんて思いは二度としたく

ないし、何より要にとって、とても大切な人である兄の事を嫌いになってしまっていた時期

だからだ。

 

「・・・さっさと顔洗ってご飯食べよ。」

 

目覚めの悪さに尾を引かれながら、要はベッドから体を起こすのだった。



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第7話・Aパート

兄弟の絆!要と瞬、約束の思い出

 

 

 

日課である朝の家事を終えた蛍は、両親を見送る為に玄関前に立っていた。

 

「いってらっしゃ・・・。」

 

「蛍。」

 

「わわっ、なに?おかーさん。」

 

母の陽子に呼ばれ、慌てて見送りの挨拶を止める蛍。

 

「お母さん。今日は早く帰って来られそうだから、夕飯の支度はお母さんがするね。」

 

「え?」

 

「せっかく蛍にお友達が出来たんですもの。お母さんが早く帰って来れる日くらい、

少し遅くまで、お友達と一緒にいてもいいのよ?」

 

蛍にとって初めてできた友達だから、母は少しでも長く友達と過ごせるように気を遣ってくれた。

だが、仕事を早くに終えた母と2人で家事をすることはあれど、全てを母1人任せてことはない。

仕事から帰り疲れているであろう母に家事の負担を押し付けることは、蛍が家事を担うことに

なった理由に反するからだ。その一方で、要たちと一緒に過ごせる時間が増えることは、

蛍にとっても嬉しいこと。友達と過ごす時間を取るか母を助けるかの板挟みになり、蛍は戸惑う。

 

「でも・・・。」

 

「蛍、蛍だって、出来るだけ長く友達と一緒にいたいんじゃないのかい?」

 

戸惑う様子の蛍を見て、父の健治も母の言葉を後押しする。

 

「おとーさん・・・それは、そうだけど。」

 

「それなら、そうしなさい。せっかくお母さんがこう言ってくれてるんだから。」

 

「・・・。」

 

父からの言葉があっても尚、蛍は決めることが出来ずに黙り込んでしまった。そんな蛍に母は

優しく声をかける。

 

「お母さんもお父さんも、蛍が毎日一生懸命、家事を頑張ってくれてるの、凄く感謝してるのよ。

でも、もっと蛍の時間を、蛍の好きな様に使っていいのよ。蛍が、お友達と一緒にいたいと思うの

なら、そのために蛍の時間を使いなさい。その方が、お母さんは嬉しいから。」

 

「おかーさん・・・。」

 

母の言葉に蛍は目頭が熱くなった。母はこんなにも、自分のことを思ってくれている。

ここまで来ると、母の厚意を無下にするわけにはいかないだろう。思いに応えるべく、

蛍は言葉に甘えることにする。

 

「・・・うん。ありがとう!おかーさん!おとーさん!」

 

「ふふっ、じゃあ今日は、お母さんが腕によりをかけて、美味しい夕ご飯を作ってあげるから。」

 

「わあっ!たのしみ!」

 

「それじゃ、行ってきます。蛍も学校頑張ってね。」

 

「うん!いってらっしゃい!おとーさん!おかーさん!」

 

胸いっぱいに広がる愛を受け、蛍は両親を見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、今日は帰りが遅くなるのね。」

 

にこやかな笑顔を浮かべた蛍から、チェリーは今日の予定を聞いた。

 

「うん。だからおそくなっても、しんぱいしないでね。」

 

「わかったわ。いってらっしゃい、蛍。」

 

「うん!いってきまーす!」

 

蛍と一緒に外へとでたチェリーは、彼女を見送った後に静かに微笑む。

 

「ふふっ、はしゃいじゃって。」

 

要と雛子と友達になってからの蛍は、毎日素敵な笑顔を浮かべて登校するようになった。

幼い頃からの夢を叶えて以来、蛍は充実した日々を送っている。たまに心のブレーキが効かず

メーターを振り切ってしまい、友達2人を振り回すこともあるが、そんな欠点も全て含めて、

チェリーは蛍の変化を好ましく思えた。それは蛍の両親も同じなのだろう。だから彼らは、

蛍の時間を好きに使ってほしいと願ったのだ。

 

「本当に、素敵な家族だわ。蛍、学校楽しんでらっしゃい。」

 

チェリーも蛍の両親と同じように、蛍が要と雛子と一緒に有意義な時間を過ごせることを願い

ながら、キュアブレイズを探しに行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

夢ノ宮中学校2年1組の教室。今日の授業を終え、放課後を迎えた要は部活へ向かう為の準備を

していた。

 

「よっし!準備終わり!」

 

「かなめちゃん、いつにもまして、気合がはいってるね。」

 

「来月の頭に他校との練習試合があるからね。今日とと来週の部活で、そのスターティング

メンバーの選定が決まるの。今年こそは絶対にスタメンの座を取ったるからな!」

 

去年は公式試合でも練習試合でも、要はスターティングメンバーに選ばれなかったのだ。

その悔しさをバネにこの一年間、練習に励んでいた。来週までの部活動はその集大成である。

要は十分な気合の中に僅かな緊張を忍ばせる。

 

「気合の入れ過ぎで空回りしないようにね。」

 

捻くれた物言いながらも、雛子から珍しく応援の言葉が出る。その言葉は要の緊張を少し和らげて

くれた

 

「大丈夫、大丈夫。うっし行ってくるわ。」

 

「いってらっしゃい。」

 

「それじゃ、私も図書館へ行くわね。」

 

雛子はいつも通り図書館で時間を潰し、こちらの上がりを待つか先に帰って読書に励むつもり

だろう。

 

「あの、ひなこちゃん、ひなこちゃんはいつも図書館で、かなめちゃんのぶかつがおわるのを

まってるんだっけ?」

 

だがそんないつも通りの放課後となるかと思いきや、蛍がそんなことを雛子に聞いてきたのだ。

 

「え?まあ、いつもってわけじゃないけど、大体はそうよ。」

 

質問する相手が蛍のせいか、雛子にしては妙に素直な返答である。

 

「きょうは、わたしもいっしょに、ついてっていいかな?」

 

「別にいいけど、家事の方は大丈夫なの?」

 

蛍と雛子の会話を耳に挟んだ要は、まさしく雛子と同じ疑問を抱き足を止める。母親思いの蛍に

限って家事をサボりたいだなんて言うことはないだろうが、それだけに彼女が家事を放っておく

理由が気になったのだ。

 

「えっとね、おかーさんがね、きょうは早くかえってきて、ごはんをつくってくれるから、

ほたるはトモダチといっしょに、いていいよって、いってくれたの・・・。

だから・・・今日はかなめちゃんとひなこちゃんと、いっしょにいたいな・・・。」

 

恥ずかしそうに俯きながら、上目遣いで答える蛍。雛子も要もそんな蛍の仕草に頬を綻ばせる。

 

「よし、じゃあ今日は2人で、要の部活を見学しながら待ちましょうか?」

 

「はい?」

 

だが、続く雛子の提案に要は思わず間の抜けた声をあげてしまった。断るつもりは無いのだが、

今の気合と緊張が妙に入り混じった状態を、雛子はともかく蛍に見られるのは正直こそばゆい。

 

「うん!かなめちゃん!わたし、おうえんしてるからね!」

 

だが蛍もその提案に乗ってしまう。それもとびきりの笑顔で

応援してるからね。

と言われてはこちらも観念するしかなかった。

 

(蛍の手前、カッコ悪いとこ見せるわけにもいかんし、こりゃいつも以上に気張らなあかんな。)

 

先ほどとは別の理由で、要は改めて気合を入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

要は部室で着替えを終えた後、体育館へ向かった。既に女子バスケ部の上級生たちが集まり、

各々ストレッチをしている。

 

「要、遅いぞ~。」

 

「いやいや、先輩たちが早すぎるだけですって。」

 

そう軽口を交わすのは3年の水瀬 薫。要が所属する夢ノ宮中学校女子バスケ部のキャプテンだ。

170cmを超える高身長に茶髪のショートカットという容姿の薫は、一見すると男子と見紛う

ほどのボーイッシュな雰囲気の持ち主だ。そんな薫は部活中は鬼キャプテンと呼ばれ恐れられて

いるが、それ以外では気さくで面倒見の良い先輩であり、後輩たちからも慕われている。

かくいう要にとっても、尊敬する先輩の一人だ。

 

「そうゆう要も、2年生の中では一番早かったわね。」

 

そう声をかけてくるのは、薫と同じ学年の加々山 菜々子。女子バスケ部の副キャプテンだ。

身長は150cm後半。黒髪を後ろで束ねた温厚な雰囲気の持ち主で一見すると運動部所属とは

思えないだろう。その雰囲気に違わず、薫と対照的に優しく温和な性格で、ムチのキャプテンに

対してアメの副キャプテンなんて称されているほどだ。

そんな菜々子も、薫と並び要が尊敬している先輩の一人である。

 

「そりゃあ、練習試合のスタメンがかかった大事な練習ですからね!」

 

「うんうん、要、去年一年間すっごく頑張ったもんね。」

 

「あんたの頑張りはアタシも保証するが、色眼鏡をかけるつもりはないからな。気を抜くなよ?」

 

「え~そう言わずに。今度ケーキ奢りますから。」

 

「アホなこと言ってないで、早めに来たんなら早めに準備運動しな。」

 

「イエッサー!」

 

「マムだろ!」

 

鬼キャプテンなんて言われている薫だが、練習外ではこんな漫才に乗ってくれる。

そんなオンオフの切り替えの上手さは、要にとっては見習いたいところである。

そして要が1人で準備運動をしている内に、2年生と1年生も徐々に集まってきた。

その中には理沙の姿もあった。要は理沙の姿を確認すると静かに闘志を燃やし始める。

 

「・・・。」

 

理沙もこちらに気づき一瞥したが、程なくしてそっぽを向いた。そんなクールな応対もいつも通り

なので、要は気にせず準備運動を続ける。

 

「いたいた。要~、あんた来るの早すぎじゃない?」

 

そんな要に、真鍋 未来(みく)が声をかけてきた。要と同じ学年で2年3組の少女だ。

クラスこそ違うもののバスケ部員の中では要と一番気が合うので、休日も良く遊ぶ仲である。

ちなみに雛子とも面識があるが、良く冗談を言い人をからかう性格同士なのに、雛子は未来に

辛辣に当たったことはない。差別である。

 

「未来が来るのが遅いだけやろ。」

 

「あんまし気合入れ過ぎると、空回りして逆効果だよ?私みたいにリラックスしなきゃ~。」

 

マイペースを自称する未来は、部活中でも特に熱を帯びた面を見せないが、一方でやる気がない

わけでもないので、薫も特に注意はしてこない。そんな絶妙な力加減で、相手が怒らない

ギリギリの調節を利かせられる未来に対して、

 

「マイペースどころかめっちゃ計算高くない?」

 

と質問したことあるが、

 

「ご想像にお任せしま~す。」

 

と誤魔化された。最も否定しない当たり自覚があるのだろう。

 

「ところで要~。今日は奥さん、子供を連れて見学に来てるわよ~。」

 

「は?」

 

言いながら未来はグラウンドの方へ指をさす。要は確認するまでもなくその意味を悟った。

雛子との仲を夫婦とからかわれるのはとっくに慣れているが、蛍が子供まで来ればさすがに無視

できない言葉だ。だが普段ならツッコミか敢えてのボケ殺しで返すところだったが、

スターティングメンバーの選抜を控えた今はそんな気分にはなれず、代わりに大きなため息を吐く。

 

「ツッコミどころ多すぎるから、スルーさせてもらうよ。」

 

「珍しくノリがわるいじゃない。余すことなくツッコミ入れてよ~。」

 

「却下。今は余計なことに体力使ってる暇はないの。」

 

「ちぇっ。ところでさ、あの子だれ?もしかして妹さん?」

 

要の心境を察した未来が話題を変え、蛍のことを聞いてきた。

 

「なわけあるかい。ウチらと同じ制服で同じリボンの色しとるやろ?ウチのクラスメートで、

友達の一之瀬 蛍。」

 

「え?クラスメート?」

 

マイペースを自称する未来が珍しく絶句する。だが要からすればはっきり言って想定通り過ぎる

反応なので、特に気にしない。するとこちらに気づいた蛍が、笑顔で両手を高く振り出した。

声は聞こえないが、口の動きで、がんばって~と言っているのがわかる。そんな蛍の幼い言動に、

改めて未来は凝固するが、要はそんな未来を無視して蛍に軽く手を振った。

 

「全員集合!点呼取るぞ~!」

 

そして薫から招集を受けるのだった。

 

 

今週から来週にかけての活動内容は、来月の練習試合に向けての最後の仕上げとして2チームに

分かれての模擬試合の時間が多く取られることになっている。要たちはストレッチ、ランニング、

パスにドリブルといった基礎練習を軽く終えた後、薫の指示で2チームに分かれることになった。

すると女子バスケ部の顧問にして2年3組の担任、吉川 夕美が姿を見せた。

身長は160cm後半、外見からして恐らく30代前後と言ったところ。

やや放任主義なところがあり、部活の内容は基本的に薫と菜々子に委ねているが、今回のチーム

分けは、薫と菜々子、先生が相談して決めたよようであり、重要な部活動の内容にはちゃんと

参加しているようだ。ちなみにスターティングメンバーの選定も、この3人で決められるらしい。

 

「今日と来週の内容で、スターティングメンバーが決まるから、皆気合入れていきなさいよ!」

 

吉川の言葉に要は緊張を滲ませる。

 

「・・・気張らなあかんな・・・。」

 

「おっ、今日は要と同じチームか~。いや~よかったよかった。要に任せりゃ一安心だね。」

 

するとそんなムードとはあまりに場違いの、ひと際明るい声で未来が話しかけて来た。

 

「相手には理沙がいる。マジでやらんと勝てないよ。」

 

「マジでやっても私じゃ勝てない。要に任せた!」

 

「あのね~。」

 

呆れるそぶりを見せるも、要は本心から呆れているわけではない。未来なりに緊張をほぐそうと

してくれたものだと知っているからだ。こんな空気の読めるところも、彼女の自称するマイペース

とは、良い意味で程遠いものである。

 

「大丈夫。それ以外のことはちゃんとやるから。」

 

そして基礎練習では程々に力を抜く未来でも、試合中に力を抜いたことは無い。要もそんな未来の

ことを信頼している。彼女との会話で程良くリラックスできた要は試合への集中力を研ぎ澄ます。

 

「では、試合開始!」

 

菜々子が吹くホイッスルを合図に、試合が開始される。最初のボールが要へと渡る。要は持ち前の

速さで一気に敵のコートまでボールを運ぼうとするが、目の前に理沙が立ちはだかった。

だが、ここで彼女への対抗心から周りが見えなくなるような要ではない。バスケットは

5人のチームで戦うスポーツだ。誰が誰を相手にどれだけの得点を奪えたかを競うものではない。

チームの総得点が、相手チームを上回らなければ負けなのだ。

理沙に勝ちたい。そんな独りよがりの自己満足でチームメイト全員を負かせることは許されない。

要は理沙からボールを守りつつ、視界の端に捉えたフリーの味方にパスを送った。

そして理沙がボールに気を取られている隙をつき、敵のコートへと切り込む。

スピードを武器に、ゴール下まで一気に潜り抜けた要は、そのまま味方からパスを受けシュートを

決めた。

 

「よっし!先制得点!!」

 

未来とハイタッチしながら、要は自軍のコートへと戻る。理沙の方を一瞥するが、特に悔しがる

様子を見せず、クールに自分のポジションへと戻っていった。いつも通りだ。理沙はまだ本領では

ない。試合の後半から調子を上げていくタイプだ。だが周りから良くスロースターターと称されて

いる理沙だが、小学生の頃から彼女のバスケを知る要から言わせれば、そんなことはない。

理沙はただ本気が出せないだけだ。上級生も含め、理沙を除く部員と理沙との実力差は遥かに

大きい。故に彼女からすれば、この練習は園児たちのごっこ遊びに一緒に混じっているようなもの

なのだ。そんな状況下で本気なんて出せるはずものない。

だから理沙に、これ以上追い詰められたら負けだ。と思わせない限りは、彼女も本気を出そうとは

しないのだ。

 

(さっさと本気出させてやるからな理沙。そして今日こそあんたに勝ってやる!)

 

理沙が試合の後半から全力を出し始めてしまうと、対抗できない内に負けてしまう。

早い内から彼女の全力を引き出し、こちらもそれに対応していかなければならない。それに細かな

理屈抜きにしても、本気でない理沙を相手に勝てたところで要には何の意味もないのだ。

チームへパスを回し流れを組み立てながら、要は理沙への対抗心を募らせていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

体育館内が見えるグラウンドの隅から、雛子は穏やかな表情で要を見守っていた。

2チームに分かれての模擬試合は、要が部活動の中でも特に好きな練習メニューである。

要曰く、チームメイトと戦える機会はこの時しかないから、とのこと。

色んなプレイヤーと戦ってみたいと願う彼女らしい理由である。そんな活き活きとした様子の

要を見ながら、雛子はふと昔のことを思い出した。小学5年生の時だったか。要のクラブ活動の

見学に行くと、ちょうど今日みたに2チームに分かれての模擬試合が行われていた。

要はチームメイトのことを何も考えず、ひたすら理沙を相手に1対1を挑んでは負け、得点を

取られるを繰り返し、見かねたコーチが、

 

 

自分勝手なプレーでチームに迷惑をかけるようなやつに、バスケをやる資格はない。

 

 

と、意地を張って協調性を欠いた要を注意したのだ。

するとヘソを曲げた要は、何と次の日から1週間ほどクラブ活動をズル休みしてしまったのだ。

あの時と比べたら、理沙を前にしてもチームを優先して動くようになっており、大きく成長した

ものだと雛子は思った。そのことを本人に言えば、何年前の話だよ。と口を尖らせるだろうが。

 

「わあ、すごい!」

 

すると隣で見学している蛍が、要のロングシュートを見て感嘆の声をあげる。その表情は要が

シュートを決めたら笑顔を見せ、相手チームが得点を取れば不安に変わり、要が持ち味のスピード

で相手のコートをかき乱せば驚きを浮かべた。試合の内容1つ1つに反応して、コロコロと表情を

移り変えていく。可愛い。そして両手を大きく振るいながらその場で飛び跳ねた。

グラウンドでは他の運動部が部活動に励んでいるため大声を出して応援しては周りの迷惑になる。

だから声を出す代わりに、リアクションで要への応援を表現しているのだろう。可愛い。

 

「やっぱり、かなめちゃんはすごいね。」

 

スポーツバカな要はどんな運動でもそつなくこなせるが、仲でも幼い頃から続けているバスケは、

他のどのスポーツよりも遥かに動きが洗練されている。同学年の中では理沙を除けば一番で、

上級生にも引けを取らないだろう。

 

「バスケはあのスポーツバカの中でも、一番得意なスポーツだからね。」

 

「んっと、それもあるんだけど、かなめちゃんのチーム、なんだか、かなめちゃんを中心に

まとまってるようにおもえて。」

 

「え?」

 

だが予想もしない蛍の言葉に雛子は驚いた。

 

「・・・蛍ちゃん、バスケットのルールは知ってるの?」

 

「えと、5にんチームで、ボールをリングにいれたら2点はいって、あとは、サッカーとちがって

ボールを足で蹴っちゃいけない、くらいしかしらないよ。」

 

蛍は運動が大の苦手だと言っていたし、スポーツ観戦が好きと言う話も聞いたことがない。

案の定、バスケットのルールについても最低限の知識しかないようだ。

 

「じゃあ、どうして要を中心にまとまってるって思ったの?」

 

結論から言えば、蛍の感想は的中している。要のポジションはポイントガードであり、ボールを

運びパスを回して味方を動かし、ゲームを組み立てていくのが仕事だ。その役割からコート上の

監督と呼ばれるており、チームの中核を成す非常に重要なポジションである。だが積極的に

シュートを決めて得点を量産していくポジションと比較すると、ポイントガードはドリブルで

ボールを運び、味方にパスを回していく時間が大半なので、プレイスタイルとしては地味な印象を

受けてしまうものだ。そしてバスケットに限らず、スポーツは得点を入れた瞬間が最も盛り上がる

ところであり、素人目線だと、試合を一番盛り上げた人物こそが中心的存在。つまり得点を稼ぐ

シューターがチームの中核を成すポジションと移ってしまうのだ。要は自らも積極的にシュートを

決めに行くタイプなので、この練習試合も先取点を決めたのは要だが、それでも試合全体で見れば

ドリブルとパス回しの時間の方が多い。シュートを決めた回数だけなら、チームメイトの未来の方

が多いだろう。それなのに蛍は、未来ではなく要がチームの中心であることに気付いたのだ。

雛子はその理由に興味が沸いた。

 

「ええと・・・なんていえばいいのかな?かなめちゃんのチーム、みんなわらってて、

とてもたのしそうにバスケしてて、そんな雰囲気を、かなめちゃんがつくってるように、

みえたから・・・かな。」

 

「雰囲気を・・・作る?」

 

その言葉に雛子は以前、要の部活仲間である未来から聞いた話を思い出した。

要と同じチームだと、自分の力を存分に発揮できるからとても気持ち良くプレイ出来るのだと。

確かに要はチームメイト全員の持ち味と弱点を全て把握しており、味方の長所を活かし短所を

カバーするゲームを組み立てるのが非常に上手い。理屈の上では、要の組み立てる試合の中では

個々のプレイヤーが強みを最大限に発揮出来るので、それがチームメイトのモチベーションと

士気の向上に繋がるのだと説明が付けられる。だが、蛍から語られたのはそんな理屈ではない。

場のムードやチームメイトの表情から、要が中心人物だと感じ取ったのだ。

 

「・・・そっか。」

 

蛍の豊かな感性に雛子は感心する。

 

「えと・・・ごめんね。うまくせつめいできなくて。」

 

だが本人はそれを、困惑と感じてしまったようだ。なんでこんなところでは鈍いかな、

と思いながらも、そんなところさえ可愛く思える。

 

「ううん、ちゃんと伝わったよ。」

 

「え・・・?」

 

不思議そうにこちらを見上げる蛍。可愛い。そんな蛍から視線を外した雛子は、再び要の試合を

見始めた。要を中心に団結し勢いがついていき、一気に得点を重ねていく。

だがその時、

 

「あっ・・・。」

 

隣にいる蛍が感じ取ったように、雛子にも場の空気が変わるのが見て取れた。

追い込まれた理沙が、ついに本気を出して来たのだ。これまで見学してきた練習試合も、

劣勢な状況から理沙1人で試合をひっくり返してきたことは数多い。それほど理沙の実力は群を

抜いている。本気を出した理沙は、相対する要を容易く抜き去りシュートを量産し始めた。

そして理沙1人に徹底的に叩きのめされた要のチームは、逆転負けを許してしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

部活動を終えた要を、雛子と一緒に迎えた蛍は3人で並びながら帰路についた。

いつもなら夕ご飯の支度をしている時間に、学校から帰るというのは妙に不思議な気分である。

そんな時間に3人一緒に帰れることを、蛍は内心楽しみにしていたのだが、

 

「はあ~・・・。」

 

隣を歩く要が大きなため息をついた。心なしか表情も暗い。だが部活に行く前の、要の気合に

満ちた様子を思えば、あそこまで徹底的に負かされては落ち込むのも無理はない。その相手が

ライバル心を抱いている理沙であれば尚のことだ。

 

「かっかなめちゃん、げんきだして。」

 

そんな要を何とかして励ましたいと思う蛍は、慌てた口調で彼女に話しかける。

 

「蛍の前では、負けるなんてカッコ悪いとこ見せたくなかったのにな・・・。」

 

「え・・・?」

 

だが続けて放たれた一言に衝撃を受けた。思えば要は今日の部活動は大切な日だと言っていた。

と言うことは、活動内容に練習試合があることは前もって知っていたのかもしれない。

そんな大切な日に見学に行きたいだなんて、ひょっとして我儘だったのだろうか?

本当は見学に行ってはいけなかったのだろうか?

蛍はいつもの癖でマイナス思考を働かせてしまう。

 

「えと・・・、ごめんね。れんしゅうみたいだなんて、ワガママいっちゃって・・・。」

 

「え?イヤイヤイヤ!全然我儘なんかじゃないよ!」

 

だが蛍からの謝罪を聞いた要は大きく慌てて否定する。

 

「そうよ、蛍ちゃん。それを気にしだしたら要の部活なんて見学に行けなくなるわ。」

 

そして続けざま雛子からいつもの毒舌が飛んできた。

 

「雛子~。それどうゆう意味かな?」

 

ガックリと肩を項垂れながらも、要はいつもの口調で雛子の毒舌に反応する。なし崩しな状況に

なった気がするが、思っていたよりも要が元気そうだったので、蛍は安堵した。

 

「あれ?要に雛子ちゃん、蛍ちゃん。奇遇やな。こんなとこで。」

 

すると要の兄、瞬が偶然近くを通りかかった。制服姿で鞄を手に持ち、肩にネットに入れられた

バスケットボールを担いでいる。恐らく学校帰りなのだろう。

 

「お兄。いつもなら、もうちょい遅い時間に帰って来るやろ。」

 

「今日はたまたま早く部活が終わってな。それよりもどうした要?エラく辛気臭い顔しよって。」

 

蛍から見れば、今の要はいつも通りの元気を取り戻しているように見えるが、流石は兄だ。

要が先ほどまで落ち込んでいたことを見抜いているようだ。

 

「ええと・・・。」

 

兄である瞬に指摘されたせいか珍しく口ごもる要だったが、

 

「ははん、さてはまた理沙ちゃんにコテンパンにやられてきたな。」

 

瞬の口からあまりにも直球過ぎる言葉が飛び、蛍は目が点になった。要の胸に『グサッ』という

文字が刺さる錯覚が見える。

 

「な~んで、ウチが落ちこんどるの知っとるくせに、そうゆうこと平気で言えるかなあ

このバカ兄は。」

 

今度は要から『ゴゴゴ』という擬音語が沸きあがる錯覚が見えた。そんな謎の迫力ある様相で

瞬をバカ呼ばわりし、森久保兄妹による睨めっこが開始される。

 

「へ~そりゃすまんな。バカ妹が負けに落ち込むほど繊細なメンタルしとるとは思わんかったわ。」

 

瞬も負けじと悪口を返す。

 

「も~、今日と言う今日は勘弁ならんわ。ケリ付けようやないかバカ兄。」

 

「はっ、ケリつけるもなにも、今までオレに勝てたことないやろバカ妹。」

 

「そうやって余裕ぶっこいとるとええわ。吠え面かいても知らんで?」

 

「上等や。そっちこそ泣いても恨めっこなしやぞ?」

 

「ボールは?」

 

「ここに。」

 

「市民体育館は?」

 

「まだ営業中。」

 

売り言葉に買い言葉と言うのがこれほどまでにも似合うやり取りを繰り広げた2人はしばし沈黙し、

 

「おっしゃバカ兄ついてこい!晩飯の時間まで1on1や!」

 

「望むところや!部活で疲れてましたを言い訳にすんなよ!!」

 

「その言葉そのまま返したるわ!雛子!蛍!また明日な~!」

 

「雛子ちゃん!蛍ちゃん!帰り道気いつけや~!」

 

そして2人とも市民体育館を目掛けて、猛烈な勢いで走り去っていった。

 

「まっまたね~・・・。」

 

スポーツ兄妹から溢れ出るバイタリティに終始圧倒された蛍は、目が点のまま2人を見送る。

 

「ほんと、仲のいい兄妹よね。」

 

「うっうん・・・さっきまでケンカしてたのがウソみたい・・・。」

 

仲が良いか悪いかと聞かれたら良いのだろうがあれほど口喧嘩をしておきながら2人でバスケット

に興じられることが蛍には不思議に思えた。

 

「あれくらい喧嘩の内に入らないわよ。あの2人なりのコミュニケーションなんだから。」

 

「そっ、そうなの?」

 

驚く蛍だが、考えてもみれば雛子と要も普段からあれくらい喧嘩腰の言い合いをしているか。

両親とすら喧嘩した記憶がほとんどない蛍には、喧嘩腰で言い争うのもコミュニケーションの

手段、というのがイマイチ理解できないが、実際喧嘩しているように見えて、気が付けば要が

元の元気な姿に戻っているのだから、コミュニケーションとして成功しているのだろう。

 

「まあ、蛍ちゃんに真似をしろ、とは言わないけどね。蛍ちゃんは蛍ちゃんなりに、

要と接してくれればいいよ。」

 

あの喧嘩のようなコミュニケーションは、要と瞬、雛子の関係だからこそ成り立つのだろう。

だから2人の真似をしても意味がない。蛍には、蛍と要との間で成り立つコミュニケーションが

きっとあると、雛子は言っているのだろう。

 

「ひなこちゃん。うん、わかった。」

 

「じゃあ、また明日、学校でね。」

 

「うん、バイバーイ。」

 

とは言え、喧嘩を使ったコミュニケーションなんて自分には到底無理だろうな、

と思う蛍であった。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

夢ノ宮市市民体育館。

一通りのスポーツを行える設備が贅沢に備えられているこの施設は何と、夢ノ宮市に住む中学生

以下の子供までは、無料で利用することが出来るのだ。スポーツ用具のレンタルにはさすがに

料金がかかってしまうが、そこも自前のものを持ち込んでしてしまえば問題ない。

 

「おっ、要ちゃん。こんな時間にお兄さんと一緒に来るなんて珍しいね。」

 

窓口にいる係員が要に声をかけてきた。

 

「う~す、おっちゃん。晩飯の時間まで体育館使わせてもらうよ。」

 

「はっは、部活帰りだろうに、若い子は元気があっていいね。」

 

「おっちゃんだって、まだ髪フサフサやないかい。」

 

「どうせあと5年もすれば禿散らかしてくるさ。」

 

「おっさんならスキンヘッドでも似合うから問題ないよ。こらバカ兄遅いで。ちゃっちゃと

始めんと晩飯出来てまうやろ」

 

係員と軽口をかわしながら、要は体育館へと入っていった。本来ならば学生証の1つでも

見せなくてはならないのだが、幼少のころから兄につられてこの施設を利用している要は、

顔パスで済ませられるほど、係員とすっかり顔なじみなのである。

 

「そう急かすなて。」

 

後ろから追いついてきた瞬が、少し呆れた口調で答える。確かに急かしているが、要は今すぐに

でもバスケットがしたかったのだ。癪なことに雛子と瞬の毒舌コンボのおかげでいくらか

紛らわせたが、それでも今日の悔しさはまだ完全に消せてはいない。いくら部活内の練習試合

だったとはいえ、今日だけは絶対に負けたくなかったからだ。

理由は3つある。

1つ目の理由は、今回の部活ではやる気・コンディション共にベストであったから。

その上での敗北だから、実力不足以外の言い訳が思いつかない。

2つ目は、他校との練習試合におけるスタメン選定の評価に関わるものであったから。

負け試合となってしまった以上、スタメン選定ではマイナス評価になるのは明らかだろう。

そして3つ目は、蛍が見学に来ていたからだ。

蛍の目の前で情けなく負けてしまっては、この先彼女の前で格好がつかない。

要にとっても予想外だったが、蛍の前で格好がつかなくなることは、スタメン選定の評価を

落とされたのと同じくらいのダメージだったのだ。こうゆう時は思い切り体を動かして、

心にたまった嫌な気持ちを全て発散するに限る。そしてどうせ動かすならば、好きなスポーツで

動かしたいものだ。瞬に挑発される形でここに来てしまったが、結果オーライである。

 

「あれ?」

 

だがふと、要の視線に1人の少年が映った。身に覚えのある後ろ姿に、バットとグローブ、

そして野球ボールを持ち込んでいる。

 

「・・・健太郎?」

 

上田 健太郎。要たちのクラスメートで、野球部所属の根っからのスポーツ男子だ。

スポーツ好き同士のため、男子の中では要と一番親しいのである。明るく自分に自信を持つ彼は、

男子のムードメーカー的存在だが、そんな彼が、妙に沈んだ表情を見せているのだ。

要はしばしばその様子を見続けていたが、

 

「おいどうした要?」

 

「え?ああ別に、なんでもないよ。」

 

兄に声を掛けられ、我に返る。健太郎に何があったのか気になる要だったが、

ひとまず兄との勝負に専念する為、体育室へと向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

モノクロの世界。3人の行動隊長が1つの空間に集っていた。

 

「ホープライトプリキュアか・・・。」

 

サブナックが何かを考え込むように、腕を組んで壁にもたれ掛かる。

 

「キュアシャイン・・・。」

 

リリスはいつものように、憎きキュアシャインの名を呟く。

 

「まさかサブナックに続いて君までもが、2度に渡って敗北するとはね。」

 

そしてダンタリアもいつもの調子で、リリスにイヤミを飛ばしてきた。

 

「・・・言いたいことはそれだけかしら?」

 

普段なら聞き流している言葉だが、今のリリスはとても不愉快だった。キュアシャインに徹底して

相手にされなかった挙句、精彩を欠いたままソルダークを浄化されたのだ。実力行使こそ失敗した

が、蛍という情報の収集源を得ることが出来たので、今回のリリスの戦果は、長期的に見れば

プラスと言えるだろう。だがそんなことよりも、キュアシャインに無視されたと言う事実が

リリスの心をかき乱していた。

 

「・・・ふうん。」

 

そんなリリスの様子を、ダンタリアは興味深そうな目で観察する。そしてリリスがダンタリアから

視線を外した時、サブナックが口を開いた。

 

「だが現実に、我らはやつらに敗北を重ねている。伝説の戦士の力を持つものとはいえ、

ただの小娘を相手になぜ我らが勝つことが出来ないのか。我らの敗因は何であるのか。

それを考える時が来たようだな。」

 

「へえ、君にしては珍しく、まともなことを言うじゃないか。頭の使い方なんて、

すっかり忘れてしまったのかと思ったよ。」

 

ダンタリアの興味の対象が、リリスの様子からサブナックの言葉へと移る。

 

「ふん、無駄口を考えることにしか頭を使わぬ貴様に言われたくはない。」

 

「そこまで言うからには、答えの1つくらいは持っているんだろうね?まさか口先だけなんて

言うつもりじゃないだろうね?」

 

「オレを侮るなよ。我らの敗因は、我らには欠けているものがあるからだ。

そしてやつらにあって、我らにないものは既にわかっている。」

 

「ほう。」

 

ダンタリアは珍しくサブナックに対して感心の眼差しを向けた。この場を離れようと思っていた

リリスも、その言葉を聞いて足を止める。やつらにあって、こちらにないもの。そんなものが

本当にあるとは思えないが、一応聞く価値はあるだろう。

 

「聞こうじゃないか。」

 

ダンタリアが興味深そうにサブナックへ問い始めた。そしてサブナックが自身気に口を開いた。

 

「チーム名だ。」

 

「「・・・。」」

 

ただでさえ音も光もない世界に一層の沈黙が訪れた。だがそんな静寂をサブナックが打ち破る。

 

「やつらは、ホープライトプリキュアという名の下に集い、団結して我らを打ち破った。

ならば我らに足りないものはチーム名だ。我らも1つの名の下に集い・・・。」

 

「バッカみたい。」

 

サブナックがこの上なくバカなことを語っている自覚がないままバカな話を続けようとしたため、

リリスは侮蔑の意を込めて話を切り捨てた。

 

「なんだと?」

 

「チーム名ですって?ホントにそんなものが欠けてるせいだと思ってるの?」

 

「やれやれ、やっぱりバカは何を考えてもバカみたいだね。」

 

ダンタリアも呆れた表情で肩を落とす。多少サブナックの言葉に感心をしていただけに、落胆が

大きかったようだ。チーム名などと言う集団の呼称を表すものがあるせいで、行動隊長である

リリス達が、たかが小娘ごときに敗北を重ねていると本気で思っているとは救いようがないが、

それよりも問題点は後者だ。

 

「それに、1つに集うだなんて冗談じゃないわ。あなたみたいなバカがいたところで邪魔にしか

ならないわよ。」

 

サブナックもダンタリアもチームメイトなどでは断じてない。むしろリリスの目的にとっては

邪魔な存在だ。キュアシャインを取られたくないから単独で動いていると言うのに、なぜ2人と

組まなくてはいけないのだ。

 

「同感だよ。君みたいなバカと組んでしまっては、返って作戦の効率が悪くなってしまうからね。」

 

そしてダンタリアはダンタリアで、サブナックに対して邪険の意を込めた言葉を吐き捨てる。

サブナックが邪魔だという点では意見が一致したリリスとダンタリアは、矢継ぎ早に彼に対して

暴言を飛ばしたてた。

 

「だが事実、我らとやつらの差があるとすればそこしかない。我らも然るべきチーム名を考える

必要が・・・。」

 

「断るよ。そんなバカなことを考えるために頭を使うつもりは無いからね。」

 

「どうしても欲しかったら1人で考えたら?」

 

尚もチーム名の必要性を説こうとするサブナックを、2人は無理やり引き離す。そしてこれ以上、

こんなバカげた話は聞いていられないと言わんばかりに、リリスはリリンへと姿を変え、かの地に

降りるべくこの場を立ち去り、ダンタリアもまた、サブナックに背を向けてこの場を離れる。

そして1人取り残されたサブナックは、再び腕を組み考え込む。

 

「・・・やはりここはオレが考えるしかなさそうだな。」

 

 

一生やってなさいバカ。

一生やってろバカ。

 

 

最後の最後まで意見の一致したリリスとダンタリアは、内心盛大に呆れながらサブナックのことを

見下すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

要と瞬が1on1を繰り広げている内に、時刻はあっという間に夕方を過ぎていった。

 

「っと、もうこんな時間か。」

 

兄の瞬が体育室にある時計を見る。

 

「お兄!ラスト1回!」

 

要がそう叫ぶ。今回も瞬を相手に1回もシュートを決めることが出来なかった。兄の方が実力も

年齢も上だし、男子高校生の瞬と女子中学生の要とでは身体能力に大きな差がある為、半ばわかり

きった結果ではあるが、それでも得点ゼロというのは悔しいものである。

 

「いやお前、それ絶対終わらせてくれないパターン・・・。」

 

「ラスト1回!!」

 

渋る瞬に対して要は無理を押す。

 

「・・・はいはい。」

 

呆れた声で答える瞬だが、言うや否や、要がディフェンスの姿勢に移る前にそのままシュートを

放ったのだ。

 

「ちょっ!!」

 

そしてボールはそのまま綺麗にゴールへと吸い込まれていった。

 

「はい終了。悪く思うなよ。1回は1回やで。」

 

どこかの漫画で見たような卑怯な手口を、これまたどこかのアニメで聞いたようなセリフで

やらかした瞬に要は声を荒げる。

 

「さすがに今のはノーカンやろ!!」

 

「アホ、そろそろ帰らんと、おふくろに怒られるやろ。晩飯抜きにされたいんか?」

 

「ぐぬぬ・・・。」

 

完敗した上にいっぱい食わされたわけだが、元々我儘だったのは承知なので、渋々兄の言うことに

従うことにした。帰り支度を整え、体育館を後にしようかと思った要だが、

 

「あっ健太郎。」

 

「森久保、偶然だな。」

 

偶然、健太郎と鉢あったのだ。ここに来た時の健太郎の妙に浮かない顔を思い出した要は、

ついまじまじと彼の顔を見てしまう。

 

「なっなんだよ。俺の顔に何かついてるのか?」

 

「え?いやすまん。そういうわけじゃないんだけど。」

 

少々不審な要の態度を、健太郎は訝しむが、程なくして視線を要から外した。

 

「じゃあ俺、これで帰るから。」

 

「あっ、ちょっと待って。」

 

「なんだよ?」

 

思わず呼び止めてしまう。正直聞いていいのかどうか悩むところだが、あの時の彼の姿にどこか

既視感を抱いていた要は気になって仕方がなかったのだ。

 

「ここ来るときさ。なんか悩んでるような顔してたけど、何かあったん?」

 

「・・・。」

 

健太郎は沈黙するが、やがて何があったのかを話してくれた。

 

「俺、今度の練習試合の選抜メンバーに選ばれたんだ」

 

「え!?やったやん!」

 

奇しくも同じ目標を持っていた健太郎に、要は少しばかりの対抗心を燃やすが、それでも素直に

彼のことを賞賛する。だが要の言葉を聞いた健太郎はさらに浮かない顔をしたのだ。

 

「でもさ、うちらの野球部、去年すごかったじゃん?県大会出場まであと一歩のところまでいく

ことが出来たし。」

 

「そういえば、そうだったね。」

 

「だから今は、地域内でも一目置かれる野球部になってんだ。でも、あの時のレギュラーは

ほとんどが3年生で、今はもういない。」

 

「・・・そっか。」

 

その言葉に要は健太郎が抱えていることを悟った。

 

「正直、重いんだよ。先輩たちの後釜につくってのが・・・。もしも次の練習試合に負けて

しまったら、卒業した先輩たちの顔に泥を塗ってしまうんじゃないのかって。

そう思うと、負けるのがすげえ怖くなったんだ。去年なんか、レギュラーになりたい一心で

猛烈に練習してたのにな。なんでこんなこと思うようになっちまったんだろな・・・。」

 

「・・・。」

 

彼にかけてやれる言葉が思いつかない要は、そのまま黙り込んでしまう。

 

「なあ、要は負けることが嫌だって思ったことはあるか?」

 

「え・・・?」

 

かつて蛍に似たような質問をされた時、要はすぐに答えを出せたはずだ。だが健太郎相手には、

その言葉がすぐに出てこなかった。

 

「・・・わり、急に変なこと聞いちまって。俺、帰るわ。」

 

「あっ、健太郎。」

 

最後まで健太郎にかける言葉が見つからなかった要は、プレッシャーに圧し潰されそうな彼の

背中を見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬との1on1を終えた要は、家へ帰宅し夕食とお風呂を済ませて、自室で寛いでいた。

 

「はあ~。」

 

盛大にため息をつきながら、自分のベッドに飛び込む要。

 

「ため息なんて珍しいな。何か悩み事でもあるのか?」

 

すると机の上からベリィが話しかけてきた。まるで悩みのない人間だなと言いたげだ。

 

「ウチにだって、悩み事の1つや2つくらいあるもんですよ・・・。」

 

別にショックを受けたわけではないが、要は冗談半分で敢えて大げさに落ち込んで見せる。

 

「ははっ、気を悪くしたなら謝るよ。ただ君の場合、悩むよりも先に行動をするか、

悩みがあってもすぐに吹っ切れてる印象があったからな。そんな風に引きずるところは初めて

見るから気になったのさ。」

 

ベリィは謝ると言いながらも笑っている。冗談半分の仕草であったことに気づかれたようだ。

だがあまりにも正確に自分のことを言い当てられてしまい、今度は困惑する。

 

「むむむ・・・よう見てるな。」

 

「これでもパートナーとして、君のことをよく理解しようと努力していたからね。

それに君は裏表がない分、蛍ちゃんとは違う意味でわかりやすいからな。」

 

妖精たちの中で誰よりもこの世界についての知識を深めたベリィのことだ。

観察や分析の類は得意なのかもしれない。それでも短期間でここまで自分のことを理解してくれる

のは、パートナーとして嬉しく頼もしい反面、小っ恥ずかしいものである。

 

「何かあったのかい?」

 

優しく話しかけてくるベリィに対し、要は健太郎との会話を話すことにした。

 

 

「そんなことがあったのか。」

 

要の話を全て聞き終えたベリィは、静かにそう呟いた。

 

「ウチ、何も言ってやることが出来んくて・・・。」

 

「勝負は、勝ったら楽しい負けても楽しい。それが君の信条だったよな?」

 

「うん・・・。」

 

その言葉には、なぜそれを伝えなかったのだ?という疑問を含んでいるかのようだった。

だがそれは要自身も思ったことだ。どうしてあの時、健太郎を相手に負けることも楽しめと

言えなかったのか。

 

「要、さっきも話したが、俺は君のパートナーとして、君のことをもっとよく知りたいと

思っている。良かったら話してくれないか?君がそう思うように至った理由を。」

 

するとベリィが真剣な眼差しでそう聞いてきた。パートナーとして自分のことを理解したい。

そんなベリィの気持ちは要には素直に嬉しかった。

 

「別にいいよ。っても、何も面白い話でもないけどね。」

 

ベリィの気持ちに応えるため、要は自分がそう思うように至った、兄との思い出を話すことに

したのだった。



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第7話・Bパート

「今から、3年くらい前のことやったかな・・・。」

 

要は静かに語り始め、懐かしき記憶を遡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「要、暇やったらオレとバスケしないか?」

 

今から3年ほど前、バスケクラブのコーチに指摘されたことに拗ね、クラブ活動を一週間ほど

ズル休みしていた要は、ある日、兄からバスケットをしようと誘われたのだ。

 

「え?でも・・・。」

 

「どうせ暇を持て余してるんやろ?退屈な時間をただボ~ッと過ごしとるくらいなら、

何でもいいから体動かした方がええと思うで?それが例え『嫌いなこと』でもな。」

 

「っ・・・。」

 

嫌いなこと。それを聞いた時、心の中に強い反発心が生まれたが、要はすぐにそれを否定する。

バスケなんて嫌いだ。嫌いなはずなんだ。そう自分に言い聞かせるが、心に生まれたざわつきを

振り払うことが出来ない。

 

「・・・ええよ。少しだけ一緒にやったげる。」

 

それならばいっそ、兄の誘いに乗ってみよう。どうせ兄には勝てないだろうし、負けてしまえば

バスケットが嫌いであることを再認識できるかもしれないのだから。

 

 

要は瞬と一緒に市民体育館を訪れた。体育館に着くなり、瞬は要にバスケットボールを渡す。

 

「先行はお前からでええで?」

 

1週間ぶりに手に取るバスケットボールの感触。それだけで要はどこか安堵の気持ちを抱いたが、

すぐに首を振るった。

 

「じゃあ、いくよ。お兄。」

 

「おう。」

 

案の定兄は、年の離れた妹である自分を相手にも手加減をしてくれなかった。だが一方的な負けが

続けば続くほど、要の闘志はさらに燃えていった。

 

「くそっ!もう1回!」

 

「来いや!」

 

「もう1回!」

 

「何度でも来な!」

 

気が付けば要は時間が経つのも忘れ、兄との1on1に夢中になっていた。

 

「もう1回!」

 

「ストップ。これで終いや。直に晩飯の時間やで。」

 

兄の言う通り、そろそろ帰らなければ母親に叱られる時間だが、このまま負けっ放しで

引き下がっては腹の虫も収まらない。

 

「イヤや!勝つまでやめん!もう1回!」

 

「要。おふくろに怒られるで?晩飯抜きにされてもええんか?」

 

「む・・・。」

 

だが兄がやや強い口調で注意してきたので、要も仕方なく言う通りに従う。

 

「次は絶対に負けないからな。」

 

そして要が無意識の内に口にしてしまった『次は』と言う言葉に、瞬は含みのある笑み見せた。

 

「要、久しぶりのバスケはどうやった?」

 

「え?」

 

一週間ぶりのバスケットは、兄にボロ負けした上にリベンジを断られると言う、お世辞にも楽しい

とは思えない結果に終わったはずだった。それなのに要は、この1週間では味わうことの

出来なかった充実感を得ていた。

 

「楽しかったやろ?」

 

だが瞬が笑顔で告げるも、要は複雑な思いを抱かずにはいられなかった。

要にはバスケット以外にも好きな趣味が山ほどある。その全てが楽しく思えなくなった今でも、

バスケッとは楽しむことができたのだ。それが要には納得出来なかった。

 

「なんで・・・ゲームすんのもアニメ見るのも、何も楽しくなかったはずやのに。」

 

「そらお前が一番好きなことを我慢しとるからやろ。」

 

「一番・・・好きなこと?」

 

「そっ、いくら他に好きなことがあっても、一番好きなことに手が付けられないんじゃ、

心に楽しむゆとりなんて出来ないわな。」

 

「・・・そっか。」

 

 

要は兄の言葉を噛みしめた。自分にとって、一番好きなことに取り組めるから、要の一日は

充足している。そんな充実感があるからこそ、要の心には他の趣味を楽しむ余裕が生まれたのだ。

考えてみれば何も難しいことではなかった。兄とのバスケで要は改めて思い知らされたのだ。

やっぱり自分はバスケットが一番好きなのだと。だがそれでも、この一週間で爆発した悩みは

解決できなかった。

 

「でも、ウチもう、負けるなんてイヤや。でも、ウチじゃどう頑張ったって理沙には勝てない。

ウチは凡人、あっちは天才。一生頑張ったって勝てっこない。そんなんでどうやって、この先

バスケットを楽しんでけばええの?」

 

そして要は、自分が抱えていた悩みを全て兄に打ち明けた。その言葉を聞いた兄は、普段は

ほとんど見せることがない真剣な表情で要に問いかける。

 

「要は、なんでそんなに負けるのがイヤなん?」

 

「え?」

 

だが要は、兄の問いかけの意味がわからなかった。

 

「だって、負けたら悔しいし腹立つし、それに相手より弱いって言われるようなもんやろ?

そんなん、バカにされるようなもんやないか。ウチは、誰からも弱いだなんて思われたくないよ。」

 

負けていいことなんて何もないはずだ。気分は最悪になるし、見たくもない実力の差、才能の差を

見せつけられる。少なくとも、要にとって負けるとはそうゆうものだ。でも兄は違うのだろうか?

 

「なるほど。確かに俺だって、勝つのと負けるのとどっちがええ?って聞かれたら勝つ方がええっ

てし、負けたら嫌な気分になるは悔しいって思うな。でもお前は、負けるっちゅうことをちょっと

ネガティブに捉え過ぎやで。」

 

「え?どうゆうこと?負けても良いって思えることなんてあんの?」

 

「俺から言えるのはここまでや。それにお前はもう気づいとるはずや。」

 

「ウチが・・・気づいて?」

 

「今日俺にボロ負けした時、お前は何を思ってたか。それを思い出してみ?」

 

その時はまだ、要は兄の思いを理解することは出来なかった。その後家に帰り、要は両親の前で

クラブ活動をズル休みをしていたことを謝罪した。だが両親からは、ズル休みしたことよりも、

黙っていたことについて叱られた。それにクラブ活動を再開したことで激励をもらえた。拳骨の

1つでも覚悟していた要は少し拍子抜けしたが、それだけ両親にも心配かけていたのかもしれない

と、自分の身勝手な行いを反省する。そしてクラブ活動を再開した最初の日に、兄から再び助言を

受けた。

 

「要、負けるのは嫌かもしれんけど、ちょっと我慢してまた理沙ちゃんにぶつかってみ?」

 

「・・・わかった。」

 

兄の助言通り、要は負ける悔しさを噛みしめて理沙に挑み続けた。そしてその中で、かつて兄に

挑んだ時と同じように、負ける度にどうすれば勝てるか?どこを改善すれば良いかを模索している

ことに気づいたのだ。そして要は初めて、兄の言葉の意味を理解することが出来た。

負けるというのは勝つこと以上に、自分の欠点、改善点を見つけることが出来る。だから負け続け

ることになっても、自分は成長していくことができるのだと。

 

「そっか、見つけられたんやな。負けることの『良い意味』を。」

 

その日、要は瞬に自分が見つけた負けることの意味を話した。

 

「でも、後どれだけ負けたら、理沙に勝つことが出来るんやろ・・・。」

 

だが意味は理解できても気持ちを変えることは出来ない。負けると悔しいと思うことに変わりは

ないのだ。理沙に勝てるようになるまでに、自分は後どれくらい、嫌な思いをしなければいけない

のだろう。

 

 

「さあな。100回か1000回か。そんなもの、勝つ日が来なきゃわからんよ。」

 

100も1000も嫌な思いをしなくてはいけないと思うと、いつかこの前みたいに、

またバスケットを嫌いになり、辞めたいと思ってしまうかもしれない。そう言えば兄は同じ悩みを

抱えたことはないのだろうか?

 

「ねえ、お兄はバスケ辞めたいって思ったことない?」

 

「ないよ。」

 

返って来たのは余りにも迷いのない言葉だった。

 

「俺には夢があるからな。」

 

その言葉に、要はまだ小学生に入る前の頃、兄と交わした約束を思い出した。

 

 

おにーちゃんの、しょーらいのゆめはなに?

 

おれのしょうらいのゆめは、にほんいちのバスケットマンになることだ!かなめは、

しょうらいのゆめは?

 

ウチはね、おにーちゃんといっしょがいい!だからウチも、にほんいちのバスケットマンになるの!

 

 

「日本一のバスケットマンになる、だったっけ?」

 

「おっよく覚えとったな。嫌だって思う時があれば、いつもそれを思い出すようにしてんねん。

ここで止まったら、俺の夢は叶わんよって、自分に言い聞かせている。だから今まで辞めようって

思ったことはないよ。俺は俺の夢を諦めるつもりはないからな。」

 

撒けることで自分が抱く思いを、兄は夢を叶えたい一心で振り払ってきたのだろう。

絶対に叶えたい夢を持つことが、今の兄の強さを支えているのだ。

 

「夢・・・か。」

 

「要の将来の夢は、おにーちゃんといっしょがいい。だったか?」

 

すると兄が意地悪な笑みを浮かべた。お兄も覚えとるやん、というツッコミが頭に浮かぶも、

それ以上にあんな恥ずかしい言葉を復唱されてしまい、要は慌てる。

 

「まっ真に受けんでよ!そんな子供の時のこと!」

 

「ははは、別にええやん、それでも。」

 

「え?」

 

「日本一の選手ってことは、理沙ちゃんよりも強い選手ってことやろ?」

 

「それは・・・そうだろうけど。理沙にも勝てんのに日本一って・・・。」

 

日本一の選手になると言う将来を思い描いたことはあるが、身近に理沙という、自分よりも遥かに

優れた能力を持つ子がいるにも関わらず、そんな将来の夢を持つことは余りに無謀と言わざるを

得なかった。

 

「それなら、こうゆうのはどうだ要?俺は絶対に、どんな苦難も乗り越えて日本一の選手になって

見せる。そう約束する。だから要も、嫌なことがあっても立ち止まらんで、前に進んでみ?」

 

俺が苦難も悩みも乗り越えられることを証明してやるから要も諦めずにバスケットを続けて見ろ。

言葉の内に込められた兄の真意を汲み取った要だが、そんな一方的な『約束』なんて不公平だ。

 

「だったら、ウチも約束するよ。ウチも必ず、日本一の選手になって見せる。」

 

「要・・・。」

 

「だから、お兄も約束破ったらあかんよ?」

 

すると兄は、自分の頭の上に手を置き優しく撫でてくれた。兄の温もりを得た要は、自分の心を

縛り付けていた気持ちが解けていくのを感じた。

 

「当り前やろ。必ず守るから、お前も約束守れよ?」

 

「うん!」

 

兄と交わした約束。2人で日本一の選手になること。その約束は要にバスケットを続けていく

強さをくれた。そして負けることさえも楽しめる余裕が生まれ始めたのだ。

負けることで確かな成長を実感できる。それは兄との約束に近づくことを指し示しているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「負けることも成長に繋がる。お兄のおかげでウチは、そんな風に思えるようになったの。」

 

「そうか・・・素敵なお兄さんだな。」

 

「・・・うん。ウチにとって、とても大切な人。あの時お兄がウチに気づかせてくれなかったら、

ウチ、きっと後悔してたと思う。」

 

「ふふっ、嬉しいよ。君の素直な言葉を聞くことが出来て。」

 

「え・・・?」

 

そこまで言われて要は、ベリィの前で兄への想いまで打ち明けていたことに気づいた。

 

「や・・・その・・・。」

 

語る必要のないことまで話してしまった要は、恥ずかしさで俯いてしまった。

そんな要を見たベリィは思わず微笑む。

 

「そんなに照れなくてもいいじゃないか。大丈夫、今の言葉は誰にも言わないよ。」

 

「雛子にも言うたらあかんよ?」

 

「わかってるって。でも、なるほど、それが君の信条の原点か。」

 

要の話を聞いて納得するベリィ。要もまた、話の中で自分の気持ちに整理していくにつれ、

なぜ健太郎の問いに答えられなかったかをようやく知ることが出来た。

 

「でもウチの場合、ウチ個人の問題やから気楽だけど、健太郎は卒業した先輩たちのプレッシャー

から、負けられないところにまで自分を追い込んでいる。そんなやつに、負けても楽しいと思えば

ええなんて、気軽には言えんよね。」

 

健太郎が背負う夢ノ宮中学男子野球部の看板は、去年の1年間、先輩たちが築き上げた実績が

積み重ねられている。それなりに有名校となってしまった今、練習試合とは言え負ければ他校に

その話が広まってしまうだろう。

 

「君は、優しいな。」

 

「はい?」

 

「君は本気で、健太郎という少年の力になりたいと思っている。だから今、悩んでいるんだろ?

不用意な言葉は彼のプレッシャーを強めてしまうかもしれないから慎重に言葉を選んでいる。

優しさがなければ、そんな悩み方は出来ないよ。」

 

「でも、結局何を言っていいのかわかってないし、それにウチ、頭使うの苦手やし・・・。」

 

「思いつかないのなら、それでもいいさ。中途半端な思いで彼を思い詰めてしまうくらいなら、

いっそ何も言わない方がいい。それも1つの優しさだと俺は思うよ。」

 

「・・・その方がよっぽど中途半端やん。ウチはそんなん絶対にヤダ。」

 

「君ならそう言うと思ったよ。それなら存分に悩むといいさ。悩んで悩んで悩みぬいて見つけた

言葉を、彼に伝えてあげればいい。」

 

せっかく気にかけてくれた言葉を突っぱねるような要の物言いにも、ベリィは気を悪くすること

なく自分を案じてくれた。要はそんなベリィに心から感謝する。

 

「ベリィ・・・ありがと。」

 

「少しは君の力になれたかな?だとしたらパートナー冥利に尽きるというものだ。」

 

「また妙に難しい言葉知っとるな。」

 

「故事ことわざの類なら、要よりも詳しい自信があるよ。」

 

「ふふっ、言ってくれるやん。」

 

ベリィにしては珍しく、要をからかうような言葉だ。だが要はそんなベリィとのやり取りにどこか

安心を覚えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌週の月曜日、前日の夜まで健太郎を励ます言葉を考えていた要だったが、結局良い言葉が

思いつかず、さらに今日の部活でスターティングメンバーの選定が終わることによる緊張から

中々寝付けずに寝坊してしまった。学校に着いたのは予冷が鳴る2分前。危うく遅刻するところ

だった。

 

「ふぃ~、あっぶないあぶない。」

 

「要、遅刻ギリギリ。」

 

席に着くや否や、横から雛子の叱りが飛ぶ。

 

「雛子~。家まで起こしに来てくれても良かったんよ?」

 

「バカなこと言わないでよ。私まで遅刻しちゃうじゃない。」

 

そしていつも通りのやり取りを終えた要はふと後ろの席に目をやると。

 

「・・・ん?」

 

何やら非常に上機嫌な蛍の姿が目に映った。緩んだ頬に両手をつけ、眩しい笑顔を見せている。

 

「かなめちゃん、おはよ~。」

 

「おっおはよう。」

 

そしてその幼い声もいつも以上に甘ったるかった。

 

「・・・何かあったの?」

 

「昨日、リリンちゃんと会ったんですって。」

 

「あ~。」

 

それでこの上機嫌かと、要は妙に納得してしまう。

 

「えへへ~、きのうはね、このまえとちがって、にちようびだったから、い~っぱいおはなし

できたんだ。あとねあとね、ふたりでこうえんをおさんぽしたり・・・。」

 

話してくれとも言ってないのに、昨日リリンと過ごした出来事を甘い声で語り始める蛍。

要は心の中で大きなため息を吐く。日頃男子っぽいだの何だの散々言われているが、そんな自分も

年頃の女の子だ。花も恥じらうなんとやら、色恋沙汰には興味津々なわけである。

これがもし本当に同級生からの恋愛話であれば喜んで食いついていたところだが、

何が悲しくて女の子同士のノロケ話を聞かされにゃならんのだ。

 

「皆、席につけ。」

 

そんなことを考えている内に担任の長谷川先生が教室へ入って来た。

 

「蛍、先生来たよ。」

 

「あっホントだ。」

 

お互い席につく蛍と要。だが授業中、後ろから終始甘い雰囲気に背中がむず痒くなった要は、

なかなか授業に集中できなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の授業が終わり、放課後を迎えた要は、いつも以上に緊張した面立ちで部活の準備を始めた。

 

「要、部活へ行く前にちょっといいかしら?」

 

「なに、雛子?」

 

「蛍ちゃんもいい?」

 

「え?いいけど。」

 

2人に声をかけた雛子は、交互に顔を見る。

 

「今週末からゴールデンウィークだけど、2人とも今週の土日、予定はある?」

 

「えと・・・わたしはとくにないよ。」

 

「ウチも、今んとこ何の予定もない。」

 

「良かった。私の両親がね、ゴールデンウィークを使って久しぶりに夫婦水入らずの旅行へ行こう

って話をしてたの。その日程が今週の土日で、私のおばあちゃんが、

2人きりと言うのも寂しいから、友達を呼んでみたらって言ってくれたの。」

 

そう言うと、雛子は蛍へ微笑みかけた。

 

「蛍ちゃん、前に言ってたよね?ゴールデンウィーク中にパジャマパーティーをしたいって。」

 

「えっ・・・おぼえててくれたの?」

 

まさか雛子はあの時蛍がマシンガントークで語った夢想の数々を全て記憶しているのだろうか?

 

(・・・雛子ならあり得るな。)

 

蛍のことを溺愛している彼女ならではの記憶力と言える。

 

「勿論よ。言ったでしょ?一緒に少しずつ叶えていこって。蛍ちゃん、今週の土日、私のお家で

パジャマパーティーしましょ?要もいいよね?」

 

「意義な~し。」

 

要としても願ってもないことだ。思えば蛍とはプリキュア作戦会議で自分の家に招いたことは

あっても、遊ぶために家へ呼んだことはない。今回の会場は雛子の家となるが、プライベートで

一緒に遊ぶことに変わりないし、要は蛍のことを友達としてもっと良く知りたいと思っている。

そしてお泊まり会となれば、単純に一緒にいられる時間も多くなるし、寝食という、普段家に

招いて遊ぶだけでは一緒にいられない時間も共有できるのだ。まだ見ぬ蛍の一面を知る機会が

増える良い機会である。そしてそんな細かな考えを差し置いても、一晩中友達と一緒に遊べると

いうだけで、要にとっては有難い話であるのだ。

 

「ホントに・・・いいの・・・?」

 

だが蛍は目を大きく見開いて、口元を震わせていた。

 

「ええ、勿論いいけど・・・?」

 

そんな蛍の様子に戸惑う雛子。すると

 

「っ!ありがとう!ひなこちゃん!!」

 

感極まった蛍が、雛子へ勢いよく抱きついてきたのだ。

 

「っ!?ひぇえあ!?」

 

いきなり蛍に抱きつかれた雛子は、裏返った声で珍妙な叫びをあげる。

 

「わたし!とってもうれしいの!!みんなで、パジャマパーティーできるんだね!!」

 

だがそんな雛子のことなどお構いなしに、蛍は雛子を抱く力をさらに強めた。

身長差的に、蛍の頭が雛子の胸の位置に来るため、雛子の胸に顔を埋める構図になる。

 

「ええええとどどどういたしまして!?」

 

なぜか疑問符で返答するまでに動揺をあらわにする雛子。蛍に抱きつかれたくらいでなぜ

そこまで動揺するのか?と普通は思うかもしれないが、要はその理由を知っている。

自分の『本性』を露わにすまいと必死に抗っているようだ。

 

「かなめちゃんも、ありがと!!」

 

「どっどういたしまして。」

 

「あはっ!たのしみだな!なにもってこうかな!?こうゆうときの定番って、

やっぱりトランプだよね!あっわたし!またおかしつくってもってくから!みんなでいっしょに

たべよ!!」

 

「そっそだね。」

 

「やった!じゃあわたし!おかいものあるから、これでかえるね!ひなこちゃん!ほんとうに

ありがとう!!」

 

「うっうん、また明日ね・・・。」

 

「うん!またあした!!かなめちゃんもバイバーイ!!」

 

「ばっ、ばいばーい。」

 

絶好調に上機嫌な蛍は、そのままのテンションで駆け足に学校を去っていくのだった。

 

「・・・ふう。」

 

一方雛子は、安堵の息を1つ吐き、昂ぶった心を落ち着かせている。そして要には見えた。

雛子の顔に盛大に書いてある、彼女の心境が。

 

 

なんとか堪えることができたわ・・・。

 

 

蛍の前では『まだ』隠せている雛子の『本性』を知る要は一沫の不安を覚える。

 

(・・・こんなんでお泊まりなんかしてホントに大丈夫なんやろか・・・。)

 

何にしても今週末、ゴールデンウィーク最初の土日に、プリキュアパジャマパーティーが

開催されることになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

女子バスケ部の活動は、今日も2チームに分かれての模擬試合が行われていた。

 

「今日が最終審査日だからな。皆いつも以上に気合を入れてけよ!」

 

薫からの言葉を聞きながら、要はゼッケンを受け取る。

 

「げげっ!要、今日は理沙とチームなの!?」

 

すると未来から驚愕の声があがった。

 

「あれ?ホントだ。初めてやない?ウチらがチーム組むの。」

 

「そうだったかしら?」

 

対して理沙は冷静に返す。

 

「要の裏切り者!2人で私たちをボッコボコにするつもりでしょ!漫画のワルモノが

無抵抗な一般市民に手をあげるみたいに悦に浸るつもりね!」

 

「いやそう言われても・・・チーム決めたのキャプテンたちやし。」

 

「薫先輩!なんであの2人組ませたんですか!?」

 

普段のおちゃらけた態度はどこへやら。未来は真剣な声色と怯えた表情で薫に訴えて来た。

よく見ると未来のチームメイトも皆、彼女と同じ表情をしている。

 

「腰の抜けたセリフを言うんじゃないよ!毎回要か理沙を頼りに出来ると思ったら大間違いだよ!

たまには自分で根性見せろってんだ!!」

 

「ひいっ!イッイエッサー!!」

 

だがそんな未来を薫は体育館中に響き渡るような大声で一喝した。その鬼と見紛う迫力を前に、

未来たちのチームは目に涙を浮かべながらポジションにつく。そんな様子を一瞥した要は、

理沙の方を振り向いた。

 

「一緒にチーム組むなんて、小学6年のクラブ活動以来かな?」

 

「どうだったかしら?覚えてないわ。」

 

「まっ、何にしても今日はよろしくな。期待してるで?」

 

要は理沙に手を差し出す。

 

「・・・そっちこそね。」

 

理沙も要の手を取り、2人は固い握手を交わすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

隣に立つ菜々子のホイッスルを合図に、模擬試合が開始された。薫はレフェリーをしながら、

試合の内容を観察する。予想通りだが、試合の内容は要たちのチームが圧倒していた。

スタンドプレーをすれば右に出る者がいない理沙と、チームメイトの長所を最大限に引き出すこと

が出来る要。未来の抗議にもあったように、この2人が同じチームにいると言うのは、

チーム分けのバランスを大きく傾けていた。だがそれでも、薫は一度、要と理沙を同じチームに

したかったのだ。それは薫だけでなく、菜々子と夕美も同様である。

 

「理沙!」

 

要から理沙にパスが渡る。パスを受け取った理沙はそのままシュートを決める。

 

「要、ちゃんと協力できているじゃない。」

 

「そうだな。」

 

要が理沙に対して強いライバル心を抱いているのは、自他ともに承知のことだ。理沙への対抗心

から彼女には活躍させまいとパスを回さないのではと危惧していたが、要にそんな素振りはなく、

理沙にシュートチャンスがあれば、積極的にパスを回していた。試合の中で要は、理沙への対抗心

を見せようとはせず、むしろいつものように彼女の長所を最大限に活かそうと立ち回っている。

 

「しかもあの子、ちゃんと他の仲間にも気を配っている。」

 

夕美が重ねて要を評価する。要は理沙だけでなく、味方全員に行き届くようにボールを回し、

全員の長所を活用しながらゲームを組み立てていた。これまで理沙とチームを組んだメンバーは、

積極的に理沙にボールを回し、理沙のスタンドプレーに任せるスタンスを取っていた。

だが要は違う。理沙1人に任せて勝ちに行くのではなく、あくまでも5人のチームで勝ちに行くと

いうムードを作っている。それが理沙以外のチームメイトのモチベーションも高めており、

全員が勝つために精を尽くしているのだ。

 

「よっし、みんな!一気にカタをつけるよ!」

 

「「「おおーっ!!!」」」

 

「ひい~!要の鬼!悪魔!」

 

対して実力のみならず勢いでも負けてしまった未来のチームは、要と理沙のタッグを前に終

始震えていた。そんな試合の内容を見ながら、隣に立つ菜々子が声をかけてくる。

 

「薫、あなたの不安は杞憂に終わったみたいね。」

 

「・・・ああ。」

 

薫と菜々子は、要の様子を見て微笑む。個人の実力で秀でた理沙を、練習試合の選抜メンバーに

抜擢することは最初から決まっていた。だが理沙と『同じチーム』に要を加えたらどうなるか?

ポイントガードと言うゲームを組み立てていくポジションであるのをいいことに、

理沙をないがしろにしたゲームを作らないか、あるいは理沙に期待するあまり、彼女以外の

チームメイトを蚊帳の外に置いてムードを悪くしない。それが薫が抱いていた懸念事項だった。

そう、この一方的な試合展開を予想できてでも、理沙と要を同じチームに入れたのは、

要のポイントガードとしての采配を裁断するためのものなのだ。そして彼女は見事に、

薫の抱えていた懸念事項を全て払拭してくれた。

 

「今のあの子なら、任せることが出来そうだわ。」

 

そして夕美の言葉に、薫と菜々子は静かに頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

夢ノ宮市へと降り立ったサブナックは、腕を組みながら宙を浮いている。

 

「・・・思いついたぞ。我らに相応しいチーム名を。」

 

正確な時間など数えてはいないが、長いこと頭を使い続けていた気がする。最初から期待して

いなかったとはいえ、あの2人が知恵を貸してくれればここまで悩むことはなかったのだが、

時間をかけた分、自信のあるチーム名が思いついたのだ。それはこれ以上にないくらい、

自分たちに相応しいものだろう。

 

「やつらが、希望の光、ホープライトの名の下に集うのであれば、我らは永久の闇、ダークネスだ!」

 

 

 

 

闇の世界でもなければまだ闇の牢獄も展開していないはずなのになぜかサブナックの周辺は物音

1つしなくなった。この場にリリスとダンタリアがいれば、静寂を破ってバカにバカを重ねた

罵詈雑言を飛ばしていただろうが、生憎と2人は不在。その代わりにサブナックの背に映る夕焼け

を背景にカラスの鳴き声が木霊した。

それからさらに間を置き、サブナックは自分が思いついたチーム名が、自分たちの集団を表す

言葉と同じであることに宣言してから気づき自ら沈黙を破った。

 

「・・・ふっ、元々我らにチーム名など不要だったと言うことか。」

 

そして何の解決にもなっていないどころかチーム名の必要性を自らの手で完全否定するという斜め上を登り切り下り坂を転がり落ちるような結論を出したサブナックは1人満足気に自己完結しながら闇の牢獄を展開するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

部活が終わり、部員たちが帰り支度をし始めた中でも、健太郎は浮かない顔のままグラウンドに

立っていた。

 

「いよいよ今週末・・・か。」

 

去年の3年生は高い実力と高度なチームワークを武器に、地区大会の準決勝まで勝ち進んだ。

健太郎だけでなく当時の1年、2年生はみんな3年生に憧れを持って部活動に打ち込んでいた。

いつか彼らと同じように、レギュラーとして良いチームを築き、試合に出て勝ちに行きたいと。

そして健太郎はようやく、練習試合とは言え憧れの先輩たちと同じ場所まで辿りつけたのだ。

それなのにいざ実現すると、嬉しさよりもプレッシャーの方が大きかった。

 

「上田、あんまり1人でしょい込むなよ。試合はお前1人でやるわけじゃない。俺たちだって

一緒いるんだから。」

 

「みんな。」

 

部活仲間からの励ましに、健太郎は少しだけ心を落ち着けるが、それでも内に巣食う黒い影が

晴れたわけではない。もしも自分のミスが原因で負け、先輩が築き上げた夢ノ宮中学校野球部の

評価を落としてしまったらと、つい不安に思ってしまう。その時、

 

「え・・・?」

 

健太郎は目の前の出来事に目を疑った。突然、周りにいたはずの仲間が全員姿を消したのだ。

いや、野球部だけではない。グラウンドにいた生徒たちが全員何の前触れもなく姿を消した。

 

「なんだよこれ・・・なにが。」

 

 

どうせ勝てるわけがないよ。

 

 

「っ!?俺の・・・声?」

 

 

俺の力が先輩たちに及んでるわけないじゃないか。

無様に負けて、先輩たちの顔に泥を塗るだけ。

他校の生徒からは笑いものにされるだろうな。

 

 

自分の声がどんどん拡がっていく。言葉の数を増し、声を大きくし、健太郎の脳内を埋め尽くす。

 

「やめろ・・・やめろ!!俺はそんなこと、考えてない!!」

 

 

こんな面倒なことを背負うためにレギュラーなりたかったわけじゃないのに、

去年、先輩たちが活躍しなければこんなことにはならなかったんだ。

 

「違う!俺はそんなこと考えていない!」

 

 

だったらなんで、こんなプレッシャーを感じなきゃならないんだ。

望んでもないことを押し付けられていい迷惑してんだろ。

 

 

先輩たちのことは尊敬していたはずだ。憧れていたはずだ。迷惑だと思ったことはない。

それなのに頭に響く声を否定することができずにいる。

 

 

キャプテンも何でこんなことを俺に押し付けてくれたよな。

こんなことなら、レギュラーなんかに選ばれるんじゃなかった。

 

そしてずっと、心の中に押しとどめていた声が響く。

 

「うわああああああああああ!!!」

 

 

やがて健太郎は絶叫と共に、全身から黒の瘴気を放出するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

部活動を終え、制服に着替え終わり帰ろうとした矢先、要は闇の牢獄が展開されるのを感じ取る。

 

「プリキュア!ホープ・イン・マイハート!」

 

急いでスパークパクトを召喚し、変身する要。

 

「世界を駆ける蒼き雷光、キュアスパーク!」

 

そして絶望の闇を探知すると、かなり身近なところから気配が感じられた。

 

「ちょっと待って、この場所って!」

 

夢ノ宮中学校の敷地内、それもグラウンドの方だ。今日のこの時間、グラウンドは男子野球部が

使っていたはずだ。要は嫌な予感がした。今この時間にいる生徒の中で大きな悩みと不安を

抱えている人に心当たりがあるからだ。

 

「キュアスパーク!」

 

すると図書館のある方から、既にキュアプリズムへと変身している雛子が姿を見せた。

蛍は今頃、夕飯の準備のために家にいるのだろう。それならば彼女がここに駆け付けるまでの間、

2人で戦うしかない。キュアプリズムと合流した要は、急いでグラウンドの方へ走り出した。

 

 

グラウンドへ訪れると、そこにはサブナックの姿があった。そして横には黒い瘴気に覆われた

健太郎の姿があった。

 

「現れたなプリキュア。」

 

「健太郎!!」

 

不幸にも嫌な予感が的中してしまった。だがそんな要のことなど気にかけず、サブナックは右手に

絶望の闇を集中させる。

 

「ダークネスが行動隊長、サブナックの名に置いて命ずる。

ソルダークよ、世界を闇で食い尽くせ!」

 

サブナックの掛け声と共に、健太郎の絶望を素材としたソルダークが姿を現す。

 

「ガァァァァァアアアアア!!」

 

そして産声をあげるソルダークを前に、要は悔しさから唇を噛みしめた。

 

(ウチが・・・もっと早く、健太郎に声をかけていれば・・・こんなことには。)

 

かけてあげる言葉が思いつかなかったから。自分の部活動のことで手一杯だったから。言い訳

なんていくらでも思いつくが、それを口にしたところで意味がない。健太郎が悩みを抱えている

のを知っていたのに、力になることが出来なかった。その現実が要の心に重くのしかかる。

 

「キュアスパーク!」

 

だがキュアプリズムの声を聞き、要は我に返る。そしてソルダークが雄叫びをあげながら、

こちらへ向かってきた。要は罪悪感から押し潰されそうになった自分の心を奮い立たせる。

そうだ。今すべきことは後悔することではない。ソルダークを浄化して健太郎を闇の牢獄から

助け出すことだ。後悔するのはその後でいくらでもすればいい。

 

「はああっ!」

 

要はソルダークの元へ飛び立ち、電気を纏ったパンチを繰り出そうとするが、

 

「なっ。」

 

ソルダークの目前まで迫った時、急に地面に片膝をついた。

 

「なにこれ・・・?体が急に重く、」

 

思うように体が動かない要に対して、ソルダークが拳を振り下ろす。

 

「危ない!」

 

要の目の前にキュアプリズムの盾が展開されるが、盾はソルダークの拳を受け止める寸前、

地面に引っ張られるように落ちていった。

 

「えっ!?」

 

突然の状況にキュアプリズムは驚き、盾を失った要にソルダークの拳が直撃する。

 

「うわあっ!」

 

「キュアスパーク!大丈夫!?」

 

「いったた・・・。」

 

慌てて要の元へと駆け寄ったキュアプリズムは、治癒の光を当ててダメージを回復させる。

 

「あのソルダークに近づいた瞬間、急に体が重くなった。」

 

「私の盾も、突然地面に引き寄せられて・・・まさか。」

 

「重力?」

 

要とキュアプリズムの間で答えが合致する。恐らくあのソルダーク周辺の重力だけが、

通常よりも強くなっているのだろう。その証拠にソルダークの足元だけが地面にめり込んでいる。

これまでのソルダークも変わらず巨体だったが、足が地面にめり込むことはなった。そして

要もキュアプリズムも、今は特に体が重くない。僅かに距離を開けるだけで高重力の影響がなく

なっているのだ。

 

「離れてさえいれば、やつの力の影響を受けることはない。でも、」

 

「それでは、こちらから打つ手がないわ。」

 

自分もキュアプリズムも、攻撃手段と言えば徒手空拳のみだ。近寄る以外に攻撃する術はない。

だが近寄れば高重力の影響で立つことすらままならない。そしてどうすればいいのか悩む暇を、

ダークネスは与えてくれなかった。

 

「打つ手がないようだな。ならば今日こそ終わりにしてやる。」

 

サブナックとソルダークが同時に攻撃を仕掛けてくる。

 

「考えても仕方がない!キュアプリズム!サブナックは任せたよ!」

 

「任せたって、まさか!」

 

「ソルダークはウチが引き受ける!」

 

自分の方がパワーもスピードもキュアプリズムより上だ。力を振り絞れば、高重力下でも

ギリギリ動くことは出来るだろう。キュアプリズムもそれがわかっているためか、止めには

入らなかったが、その表情は不安に満ちていた。

 

「そう思い通りにはいかせるか。」

 

だがサブナックがそうはさせまいと、自分の前に踊り出る、その時、

 

「たあああっ!」

 

背後からキュアシャインが飛び出し、サブナックに体当たりをしてきた。

 

「キュアシャイン!ナイスタイミング!」

 

「みんな!おそくなってごめん!」

 

「小癪な。」

 

サブナックがキュアシャインに拳を振るおうとする。

 

「させない!」

 

キュアプリズムがキュアシャインをバリアで守る。

 

「キュアシャイン!2人でサブナックを足止めよ!キュアスパーク!ソルダークはあなたに

任せたわ!」

 

「はい!」

 

「おっし!任せろ!」

 

キュアシャインを加え、3人揃ったホープライトプリキュアは、いつものように息を合わせて

ダークネスへと立ち向かうのだった。

 

 

跳躍し地上へと降りるソルダークの一撃をかわし、要は反撃に出る。だが目前で高重力下に入って

しまいスピードを削がれる。

 

「ちっ。」

 

速度を失った拳では満足なダメージを与えられず、要は一度後退しようとするが、ソルダークが

拳を振り下ろして来た。要はその拳に目掛けてパンチで反撃するが、高重力下で振り下ろされた

拳を抑えることが出来なかった。重さに耐えられなくなった要はソルダークの一撃を受け、

地面へと倒れ込む。

 

「くっ・・・。」

 

何とか力を入れ、その場から立ち上がるが、ソルダークはすかさず両手の拳を合わせて

振り下ろした。要はそれを両手で受け止めるが、徐々に足元がめり込み始める。

 

「健太郎・・・。」

 

今受けている重圧(プレッシャー)。要はそれが健太郎が今背負っている重さではないか

と思えた。彼は選抜メンバーに選ばれた時から、ずっとこの重みに耐えていたのだ。

 

 

正直、重いんだよ。先輩たちの後釜につくってのが・・・。もしも次の練習試合に負けて

しまったら、卒業した先輩たちの顔に泥を塗ってしまうんじゃないのかって。

 

要は負けることが嫌だって思ったことはあるか?

 

 

あの時の健太郎の言葉を、浮かない顔を思い出す。彼の感じていた重圧、彼の力になれなかった

自分への不甲斐なさ。助けられなかった罪悪感、プリキュアとしての使命。様々な思考が

要の中で駆け回り、ついに片膝をついてしまう。その時、

 

 

悩んで悩んで悩みぬいて見つけた言葉を、彼に伝えてあげればいい。

 

 

ベリィに言われた言葉が脳裏を過る。

 

(ごめん、ベリィ。結局言葉見つけられんかったよ。だから・・・せめて。)

 

「・・・こんなもんに負けてんじゃないよ。健太郎。」

 

重圧に押しつぶされた健太郎を気遣うのも、傷つけないように言葉を選ぶのももう止めだ。

要は心のままに思ったことを吐き出す。

 

「先輩の後釜が重いとか、負けたら泥を塗るかもしれないとか、そんなつまらないことで、

自分を圧し潰してんじゃないよ!!」

 

直後要の体から青白い光が発される。光はやがて電気へと形を変え要の全身を纏い始める。

 

「ガアアアアア!!」

 

だがソルダークの方も重力をさらに強めて来た。それでも要は怯まず地についた片膝を少しずつ

上げ始める。

 

「負けるのが嫌?そんなん当たり前やん!誰だって負けたくなんかないよ!でもな、

負けることを嫌がってばかりじゃ、勝ちにいくことだって出来ないんだよ!!」

 

そして要は高重力を力任せに振り切り、ソルダークの拳を持ち上げた。

 

「あんたの悩みは、勝たなきゃ晴れないんだ!だったら勝ちに行けばええだけやろ!

こんなプレッシャーなんかに負けんな!この程度の重さ、勝ちたいって思いで跳ね除けろお!!」

 

要はソルダークの両手を跳ね飛ばす。そしてバランスを崩したソルダークに全身全霊を込めた

パンチを繰り出した。

 

「ガァァァァアアアアア!!」

 

その一撃を受けたソルダークが大きくよろめき後退する。その時、

 

「グッ、ガァァァ・・・。」

 

「え?」

 

「ガアアアアアアア!!」

 

ソルダークの動きが止まり、天を仰いで叫び出した。それと同時に要を圧していたはずの

高重力が突然解除されたのだ。

 

「なに?」

 

ソルダークの異変に気付いたサブナックがこちらの方を振り向く。

 

「もしかして・・・健太郎のやつ。」

 

自分の絶望に抗っているのだろうか。そして力を失ったソルダークは反撃する様子を見せない。

力なく一歩ずつ後ずさるその姿は、まるで自分を浄化してほしいと懇願しているようだった。

 

「・・・待ってな健太郎。今助ける。光よ、走れ!スパークバトン!」

 

スパークバトンを振り回し、手に雷を集中させる。

 

「くっ。」

 

サブナックが駆け付けようとするが、キュアシャインとキュアプリズムが前に立ちはだかる。

 

「いかせない!」

 

「キュアスパークの邪魔はさせないから!」

 

「プリキュア!スパークリング・ブラスター!」

 

2人の足止めが功を成し、要は無抵抗のソルダークに浄化技を当てる。

 

「ガアアアアアア!!」

 

そして巨大な雷の中、ソルダークは断末魔と共に消滅するのだった。

 

「くっ、チーム名以外にも原因があると言うのか。」

 

何の事だかさっぱりわからない捨て台詞を残しサブナックは姿を消すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ソルダークの浄化に成功すると、健太郎を纏っていた瘴気は消えていった。同時に空を覆う闇も

晴れていく。

 

「ちょっと待って、ここにいるとグラウンドにいる人たちに姿を見られるんじゃ?」

 

「「あっ・・・。」」

 

キュアプリズムの警告と共に、3人は急いで物陰に隠れた。すると闇の牢獄が消え去り、

消えていった人々が徐々に姿を現し始める。危うくプリキュアの姿が大勢の生徒の前で見られる

ところだった。

 

「危なかった・・・。」

 

安堵する要は、視線を野球部の方へ向ける。すると横たわっていた健太郎が体を起こし始めた。

 

「上田!」

 

部活仲間が慌てて健太郎の元へ駆けつける。

 

「あれ・・・みんな?」

 

「大丈夫か!具合でも悪いのか!?」

 

「・・・いや、大丈夫だ。悪いな心配かけて。」

 

「・・・。」

 

そこで会話が途切れてしまった。みんな健太郎が抱えている悩みを知っているが、

自分と同じようにかける言葉が見つからないのだろう。

 

「・・・ちょっと行ってくる。」

 

「要?」

 

絶望の化身であるソルダークを浄化しても、本人の抱えている悩みが消えるわけではない。

要は変身を解いて、健太郎の元へ駆け寄るのだった。

 

 

「健太郎。」

 

「森久保・・・?」

 

突然声をかけられた健太郎は、怪訝そうな表情でこちらを見る。要は一呼吸おく。この言葉で

健太郎の悩みが解決するとは思えない。それでも彼に伝えたい言葉があるのだ。

ソルダークを生み出してしまった彼を救う為とか、プリキュアとして闇の牢獄に囚われた人を

助けたいとかではない。ただ、上田 健太郎の友人の1人、森久保 要として友達を助けたいだけ。

要を突き動かしているのは、その感情だけだった。

 

「・・・前に聞いたよね?負けるのが嫌だって思ったことないかって。」

 

「え?」

 

「そりゃ、あるよ。今だってしょっちゅうあるし、健太郎が、負けたら先輩の実績を傷つけて

しまうんじゃないかって、不安に思う気持ちもわかるよ。でもさ、もう少し自分の事信じてみたら?」

 

「俺のことを?」

 

「健太郎は、どんな気持ちで去年の一年間頑張って来たの?絶対にレギュラーになってやるって、

俺ならなれるんだって思ってたんじゃないの?」

 

「それは・・・。」

 

「そうだよ上田。」

 

すると、部活仲間が声をかけてきた。

 

「お前、これまですげえ頑張ってきたじゃん。一緒に見てた俺たちが保証するよ。」

 

「お前のそんな頑張りと実力が認められたから、キャプテンやコーチだってお前をレギュラーに

選んだんだよ。お前は、去年の先輩たちにも負けてないってことだよ。」

 

「みんな・・・。」

 

仲間たちの声援を受けて、健太郎の表情が少しずつ晴れて来た。そんな健太郎に要は声援の言葉を

重ねる。

 

「皆の言う通りだよ、健太郎。健太郎は実力を認められたから、先輩たちの後を継いだの。

だから、負けたらどうしようじゃなくて、俺なら勝てるって自信、持ってもええと思うよ?」

 

「俺なら・・・勝てる・・・。」

 

「俺たちなら、だろ?」

 

「そうさ、皆で力を合わせて、次の練習試合勝ちに行こうぜ!」

 

「みんな・・・ああ、そうだな!」

 

要の、仲間の言葉を受けた健太郎はいつもの明るい調子を取り戻した。

 

「よし、次の練習試合、俺たちは先輩にだって負けてないってことを、勝って証明してやろうぜ!」

 

「おおーっ!!!」

 

「なんで森久保まで一緒にノッてるんだよ?」

 

健太郎が苦笑しながらツッコミを入れる。その様子は、既に悩みを吹っ切っているように見えた。

 

「いやあ、ウチ空気読めるから?」

 

「なんだよそれ。・・・森久保。」

 

「ん?」

 

「・・・ありがとう。」

 

「・・・へへっ、どういたしまして。」

 

要は、いつもの明るさを取り戻した健太郎を見て、安堵の笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

2日後、部活動が終わり、スターティングメンバーの発表が行われていた。顧問の吉川先生により、

3人までのメンバーが発表される。

 

「3番、スモールフォワード。竹田 理沙!」

 

4人目のメンバーに理沙が抜擢される。残るは1人のみ、要は手に汗を握った。この日のために

去年の一年間努力してきたのだ。グラウンドでは、雛子と蛍が静かにこちらを見守っている。

 

「最後、1番、ポイントガード。森久保 要!」

 

「え・・・?」

 

「要!やったじゃん!!」

 

横から未来が飛びついてくる。その様子を見た雛子と蛍も結果を悟り、雛子は微笑み、

蛍は大きく手を振り出した。

 

「ウチが・・・スターティングメンバー・・・?」

 

「も~何ボケっとしてんのよ。」

 

「要、おめでとう。」

 

未来と同級生たちが称賛の言葉を送ってくれる。

 

「っ!ありがとうございます!!」

 

そして要は、吉川先生たちに深々と頭を下げてお礼を言い、未来たちとはしゃいで喜ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「かなめちゃん、おめでとう!」

 

「ありがとう蛍!」

 

雛子と蛍と並びながらの帰り道。蛍はまるで自分のことのように喜んでくれた。

 

「はしゃいじゃって、スタメンって言っても練習試合でしょ?その喜びは、公式試合まで

取っておきなさいよ。」

 

実に雛子らしい言葉だが、その声は穏やかで表情は微笑んでいる。

 

「なに言ってるの?練習は本番のようにってね。公式試合に備えた喜びの練習ってやつよ。」

 

「もう、何よその練習。・・・要。」

 

すると雛子は少し間を置いてから、改めて声をかけてきた。だがいつもなら、真っ直ぐこちらを

見るはずなのに、珍しく視線を泳がせている。

 

「なに?雛子?」

 

「・・・おめでとう。」

 

失礼だと思いながらも、要は一瞬自分の耳を疑った。普段どんな言葉でも捻くれた言い回しに

変えてくる雛子が、自分に対して素直におめでとう、と言ってきたのだ。

だけどそれだけに彼女の言葉は嬉しかった。要は程なくして満面の笑顔を見せる。

 

「ありがとう、雛子。」

 

だがそんな要の返答に、雛子は意外そうな表情でこちらを見る。

 

「めっ珍しく、素直じゃない。」

 

「それ雛子が言うこと?」

 

そのまま雛子に返してやりたい言葉を聞き、要は小さく吹き出す。そして雛子はこれまた珍しく

顔を赤らめながら視線を外したのだ。その様子を蛍はニコニコしながら見守っている。

 

「おっ、またまた奇遇やね。」

 

すると学校帰りの瞬とまた偶然鉢合わせた。誰よりも先に今日のことを伝えたかった要は、

駆け足で瞬の前に躍り出る。

 

「お兄!聞いて!今日・・・。」

 

「そのはしゃぎよう、スタメンに抜擢されたな?」

 

だが直前で盛大に言葉の頭を折られてしまった。

 

「も~!自分の口で言わせてな!!」

 

「はははっ、すまんすまん。おめでとう、要。」

 

そして次は素直に褒められてしまい、要は怒っていいのか照れていいのかわからなくなった。

それでも兄からの言葉は嬉しく、要は静かに笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

この1週間はさすがに色んなことがありすぎた。スターティングメンバー選抜への不安、

健太郎の悩み、身近な人がソルダークにされ、戦わなければならなくなったこと。

心身ともに疲れ果てた要は、帰宅するや否や真っ先に自室へと向かって行った。

 

「おかえり、要。」

 

扉を開けるとベリィが出迎えてくれた。出会った当初は、彼の『おかえり』という

言葉がとてもこそばゆかったが、今は慣れて来たし、彼の『おかえり』は要の心労を回復して

くれる良い薬となっていた。

 

「ただいま。」

 

「部活の方がどうだった?」

 

「おかげさまで、スタメンに選ばれたよ。」

 

すると要から報告を受けたベリィは机から立ち上がり、人の姿であるベルへと変身したのだ。

 

「え?ちょっとベリィ、じゃなかったベル。こんなとこで変身して、もし見られたら。」

 

「大丈夫、少しだけだから。」

 

そう言いながらベリィは要の方に近寄り、要の頭に手を置いた。

 

「おめでとう要。」

 

「ベリィ・・・?」

 

ベルは優しく要の頭を撫で始める。

 

「もう・・・何なん突然?」

 

「別に、何でもないさ。」

 

何でもない、と言われながらも要にはベリィの心が伝わって来た。この1週間、自分の周りで

様々なことが起き、これまでにない負担がかかっていたことを見透かされたのだろう。

ベリィは自分のことをよく見てくれるし、よく理解してくれている。だから要はベリィに対して

パートナーとして絶対の信頼を置いている。

同時に要は、ベリィから妙にこそばゆい安心感を得ていた。

 

 

必ず守るから、お前も約束守れよ?

 

 

(・・・お兄と同じ・・・。)

 

かつての自分を変えてくれた、記憶の中にある兄の温もり。別にベルと兄を重ねているわけでは

なく、そもそもただ単に年上の男性という共通点でしかないのかもしれないが、それでも要は

静かにベルの胸に頭を置いた。

 

「要?・・・。」

 

そしてベルも要の心境を悟ってか、微笑みながら彼女に胸を貸すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

 

「まちにまったパジャマパーティだ!」

 

「蛍、気合満々やね。」

 

「そっそだね・・・。」

 

「たのしみだなあ。みんなとおしゃべりしたり、トランプしたり、あとあと!みんなでごはん

たべたり!」

 

「ゲームも出来るし、そして夜更かしもし放題!」

 

「ええと・・・。」

 

「雛子、何かあったん?」

 

「ひなこちゃん?どうしたの?」

 

「ほっ蛍ちゃん実はね!私ずっと言いたかったことがあるの!」

 

「え?」

 

「蛍ちゃんって・・・どうしてそんなに可愛いの!?」

 

「・・・へ?」

 

次回!ホープライトプリキュア 第8話!

 

「雛子の秘密!?パジャマパーティーで大騒ぎ!」

 

希望を胸に、がんばれ、わたし!



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第8話 第8話・プロローグ

パロディネタは思いつき次第適当に導入していくスタイル。


ゴールデンウィーク最初の土曜日。今日は雛子が提案したプリキュアパジャマパーティーの日だ。

昼食を終えた雛子は自室で1人、要と蛍が来るのを待っていた。

レモンは早朝からチェリーとベリィと一緒に、キュアブレイズを探しており、

祖母は今買い物に出かけている。

話し相手もいなく特にやることもない雛子は、今朝要からかかってきた電話の内容を思い出す。

 

 

「ごめん、まだ宿題終わっとらんの。午後までには終われると思うから、

蛍にも少し遅れるって言っといて。」

 

 

昨日聞いた話によれば、要は土日の泊まり会のことを家族に話すと、母親からゴールデンウィーク

中に出された宿題を全て片付けなければ遊びに出てはいけないと言われたようだ。

その時雛子は、要のこれまでの身の振り方を思い出して大きなため息をついた。

全くあの悪友は、普段から宿題は忘れるし、長期休暇の宿題もいつもギリギリまでやらずに

ため込んでおくから、親からそんな難題を押し付けられるのだ。

蛍があれだけパジャマパーティーを楽しみにしていたと言うのに、何と間の悪い。

とはいえ、要は昨日一日中、遊ぶ時間を返上して宿題に取り組んでくれたみたいだし、

そうでなくても、あの夢ノ宮中学校の宿題である。

要の成績では、到底1日と半で終わらせられるようなものではない。

だが要は今日の午後までには終われると言うのだ。

要も蛍の期待を応えるために、相当な無茶をしてくれた証拠である。

それを思うと、要に対していつものように毒舌を言うのも気が引けるが、自業自得でもある。

今日と言う日を楽しみにしている蛍のために、なるべく早く終わらせて欲しいものだ。

 

 

ピンポーン

 

 

すると呼び鈴が鳴った。レモンから聞いた帰り時間には早いし、要は恐らくまだかかるだろう。

ということは蛍が来たのだ。雛子は玄関まで行きドアを開ける。

 

「こんにちは。」

 

案の定目の前にいるのは、以前要の家へ来た時と同じピンクのトレーナーに白のミニスカートと

いう私服姿の蛍だった。可愛い。

 

「いらっしゃい、蛍ちゃん。」

 

「あっあの!今日と明日、おせわになります!」

 

興奮を抑えきれないのか大声で礼儀正しく挨拶する蛍。可愛い。

 

「ううん、私の方こそ、来てくれてありがとう。」

 

雛子の立場からすればむしろ感謝する側だ。何せ今日は一日中蛍の笑顔を見ることができるの

だから。するとお礼を言われた蛍は満面の笑みを浮かべた。可愛い。

 

「あの、これ、チョコレートケーキつくってきたの。」

 

「わあっ!ありがとう。後で一緒に食べましょ?」

 

「うん!ところで、かなめちゃんは?」

 

「要は少し遅れて来るって。だから先に上がっちゃってよ。」

 

「はい!おじゃましまーす!」

 

玄関前でいつまでも立ち話をするわけにもいかず、一先ず雛子は蛍を私室へと招き入れる。

チェリーが一緒にいないということは、同行しているレモンもしばらくは帰って来ないだろう。

そこで雛子はあることを思い当たった。

 

(あれ・・・?ちょっと待って。)

 

祖母は買い物中だし、要とレモンたち妖精は遅れて来る。と言うことは

今この家にいるのは・・・

 

(誰か来るまで私、蛍ちゃんと2人っきり・・・?)

 

私室で蛍と2人きり。それを意識した途端、雛子は硬直する。

そんな自分の様子を、蛍は上目遣いで不思議そうに見上げるのだった。可愛い。



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第8話・Aパート

雛子の秘密!?パジャマパーティーで大騒ぎ!

 

 

蛍は初めてのお泊まり会に昂る気持ちを抑えながら、雛子の部屋を訪れる。

ここに来るのは2度目だが、最初の時はレモンとの再会が目的だったし、蛍も家事があったから

すぐに部屋を後にしたのだ。こうしてゆっくりと雛子の部屋にお邪魔するのは初めてである。

そこで蛍は改めて彼女の部屋を観察した。第一印象は、とにかく広い。

自分の部屋の2倍以上は優にありそうな部屋の面積は、3人くらいなら一切窮屈さを感じさせない

ほどの広さだった。人間に変身した妖精たちを入れてようやく丁度良いくらいである。

そもそも雛子の家自体が、敷地面積が広くて周辺の一軒家と比べても際立っていた。

本人に直接聞くのは少し憚られるが、もしかしたら雛子はとてもお金持ちなのかもしれない。

次に目にとどまったのは、広い部屋の中で特に存在感を放っている2つの大きな本棚だ。

先頭の棚をスライドさせると奥の棚が現れる二重構造になっており、普通の本棚よりも多くの

本を収納することが出来るタイプだ。

それでも2つの本棚は既にいっぱいであり、タイトルを見ると、以前雛子から聞いていた通り

ファンタジー、SF、サスペンス等、様々な本がジャンル別に整理されていた。

勉強机やベッドの上も綺麗に整頓されていることから、彼女の几帳面な性格が伺える。

そんな雛子の部屋は広さ以外はイメージ通り、文学少女の部屋と言った印象だが、机の上や本棚の

空いたスペースには、小さなぬいぐるみや人形が飾られており、部屋を可愛らしく彩っていた。

それを見つけた蛍は、以前要の家でプリキュア作戦会議を開いた時、雛子がレモンの人間の姿で

あるレミンを見て目を輝かせたことを思い出す。

 

「もしかしてひなこちゃんって、かわいいものがすきなの?」

 

「うっうん、人形やぬいぐるみを集めるもの趣味で、部屋に飾ってあるものは、

中でも特にお気に入りのものよ・・・。」

 

やや歯切れの悪い調子で答える雛子だが、蛍は気にせず部屋の観察を続ける。

部屋一面に映る本棚を人形とぬいぐるみで可愛らしく飾られたこの部屋は、雛子を知る人が見れば、

彼女の部屋だとすぐにわかるだろう。

要の部屋を訪れた時も思ったが、私室と言うものはこうも部屋主の人柄を表現するのだ。

 

「わあ~っ。」

 

蛍は幾つか目にとどまった人形を見て瞳を輝かせる。

自分も昔は人形が好きで、よく親に買ってもらった着せ替え人形で遊んでいたものだ。

こうして人形たちに囲まれた部屋にいると、童心を思い出す。

また、雛子の人形やぬいぐるみは、いずれも一見しただけで分かるほどの上質な素材で作られて

おり、とても高価なものであるようだ。

自分のお小遣いではまず買うことの出来ないであろうものを見て、蛍は思わず手に取りたくなる。

 

「ひなこちゃん、このぬいぐるみさん、ちょっとさわってみてもいいかな?」

 

「どっどうぞ。」

 

蛍は表情を輝かせ、丁寧にぬいぐるみを手に取る。

渦巻きキャンディを模した耳と尻尾、ハートをあしらった模様が顔に書かれた可愛らしい

妖精のぬいぐるみだ。その生地はとても柔らかくて触り心地が良い。

 

「かわいい・・・。ほかにも、てにとってみていい?」

 

「うっうん、好きなのをどうぞ。」

 

「ありがとう!ひなこちゃん!」

 

雛子から許可を得た蛍は、今度は隣に置いてある人形に手を伸ばす。

だが雛子のコレクションを手に取ることに夢中になっていた蛍は、雛子の応答が徐々に歯切れが

悪くなってきていること、そして蛍を見る雛子の目が変わっていることに気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

雛子は軽はずみに蛍を部屋に招いたことを後悔する。

今日は要を含めて3人でお泊まり会。

チェリーとベリィが一緒に来ることも想定済み。

そして両親は不在だが祖母は家にいる。

この条件下でまさか蛍と2人きりになる機会があるとは思っても見なかったのだ。

そして今、この家にいるのは自分と蛍のみという事実が改めて雛子の理性を壊しにかかる。

 

(落ち着きなさい雛子・・・ここは頑張って堪えるのよ。

そう、私と蛍ちゃんはまだ会ってから1か月友達になってから2週間しか経ってないのよ。

『スキンシップ』はもっとお互いの関係が親密になってから・・・。)

 

心の中で必死に抗い続ける雛子だが、そんな彼女の心境など当然知らない蛍は、

今も目の前で無邪気にそして無防備に人形と戯れていた。

ミニスカートがふわりと浮かぶ度に頭を殴られる感覚が走る。

ミニスカートとハイソックスの合間に覗く僅かな領域が瞼の裏に焼き付く。

無垢な笑み、無邪気な声、そしてあどけない蛍の仕草を見た雛子は実は彼女は地上に舞い降りた

天使なのではないかと思い始めた。

そんな蛍の年齢不相応、かつ容姿相応の愛くるしい仕草一つ一つが、雛子の中で鳴り続けている

警報を全力で壊しにかかった。

そして蛍に隠し続けて来た『秘密』の素顔が少しずつ表面化していき、音を失った警報に代わり

脳内を支配する。

 

 

少しくらいいいんじゃない?

 

 

(ダッダメよ雛子!蛍ちゃんが無防備なのは私を信頼してくれている証拠!

彼女の信頼を裏切らない為にも、ここは我慢・・・。)

 

「わあっ!ひなこちゃん!ひなこちゃん!」

 

すると蛍が感嘆とした声をあげながら自分の名を呼んできた。可愛い。

彼女は自分のコレクションの中でも一番お気に入りの着せ替え人形を手に取り、瞳を輝かせていた。

可愛い。

 

「このおにんぎょうさん!スッゴくかわいいね!」

 

満面の笑みを浮かべながら、人形を自分の頬に当てギュッと抱き締める蛍。可愛い。

その瞬間、雛子にとっての一番のお気に入りが目の前にいる天使へとシフトする。

同時に雛子の頭の中は真っ白になった。

 

(あっムリ。)

 

そして早くも己が理性の限界を悟った雛子は湧き上がる感情に身を委ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

蛍は、突然ゼンマイが切れた人形のように硬直した雛子を見て困惑する。

 

「・・・ひなこちゃん?」

 

無心になって人形を手に取ってしまったが、ひょっとして手荒に扱っていたのだろうか?

確かに雛子から許可は貰ったが、見るからに高価なものだし、雛子にとって大切なコレクション

なのだから、もっと丁寧に扱うべきだった。そう思った蛍は一先ず謝ろうとしたが、

 

「・・・ほ。」

 

ようやく雛子が口を開いた。しかし聞こえて来たのは『ほ』の一言のみで、何を伝えたいのか

わからない。

 

「ほ?」

 

「ほ。」

 

「・・・ほ?」

 

ひたすら『ほ』を繰り返す雛子。『ほ』から連想される言葉を思いつく限り考える蛍だったが

すると、

 

「蛍ちゃんの方が可愛いよおおお!!」

 

突然、雛子が甲高い叫び声あげながら自分に抱きついてきたのだ。

 

「きゃあああっ!!」

 

身に起きた出来事が信じられなかった蛍は思わず叫び声をあげてしまう。

 

「ひっひなこちゃん!?ひなこちゃん!!」

 

「はっ!?ごっごめんね蛍ちゃん、驚かせちゃって!」

 

蛍の呼びかけに我に返った雛子だが、声の抑揚は落ち着いておらず表情も浮かれたままだ。

 

「でもね、私!ずっと思っていたことがあるの!蛍ちゃんって・・・蛍ちゃんって!

どうしてそんなに可愛いの!!?」

 

「・・・へ?」

 

そして雛子から飛んできた余りにも恥ずかしい言葉を前に今度は蛍が硬直してしまう。

 

「ほんっとうに可愛くって可愛くって!一体どんな星の下でならこんなに可愛い子が生まれて

くるのか不思議でならなかったの!!」

 

どんな星の下でと言われても雛子と同じ星の下なわけだが、両手を頬に当て首を振るう雛子の

異様なテンションに蛍は圧倒されてしまう。

普段の落ち着いて大人びた雛子とは余りにもかけ離れた言動に何が起こったのか理解が追いつか

ないが、1つだけ気づいたことがあった。

 

「あっあの!ひなこちゃん!わたし、おにんぎょうさんじゃないんだよ!?」

 

自覚するのは恥ずかしいが、雛子は自分のことを『可愛い』と思ってくれている。

だが人形やぬいぐるみが大好きな雛子は、もしや小柄な自分のことをそれらと同じように

扱っていないだろうか?

 

「え?そんなの当り前じゃない。」

 

「え?」

 

だが雛子はその抗議はあっさりと受け入れる。

 

「蛍ちゃん、私が好きなものはね『可愛い』もの全てなのよ!

例え『人形』だろうと『ぬいぐるみ』だろうと『妖精』だろうと『蛍ちゃん』だろうと!

この世の全ての可愛いものはみんな私にとって愛でるべき存在なの!!」

 

「・・・はい?」

 

と思いきや、結局人形やぬいぐるみと同じ枠組みに当てはめられてしまった。

それも『この世の全ての可愛いもの』という余りにも壮大過ぎるスケールの中に、

自分自身が『蛍ちゃん』という1つのカテゴリとして確立されてしまったのだ。

 

「そして蛍ちゃんは私が今まで見て来た可愛いものの中でも一番可愛いのよ!!」

 

今度は『今までの中で一番可愛い』と言われ蛍はついに言葉を失った。

女の子とって最大級の賛辞を受けたはずなのに、人形やぬいぐるみと同列で比較された上での

評価なので『人』として素直に喜ぶことは出来ない。

 

(ひっひなこちゃんって、こんなにかわいいものが好きだったんだ・・・。)

 

言葉を失いながらも、雛子の『可愛いもの』に対する並々ならぬ情熱と愛情を真正面から受けた

蛍は、初めて見る彼女の一面を少しずつ受け止めていく。

思えば雛子は元々、趣味に対して並々ならぬ情熱をかけるタイプだ。

読書好きな雛子は、本を読んでいる時は周りから声をかけられても気が付かないほど

本の世界に夢中になっており、描かれる場面ごとに豊かな表情を見せるほどだ。

そして同じように、可愛いものが大好きな雛子が読書と同じくらいの情熱をその趣味に向けたの

であれば、今の状況が生まれるのも必然ではないだろうか。

そう思うと意外なくらいあっさりと受け入れることができた。

それでもテンションがエキセントリックな方向へ暴走している気がするが、まだ納得のできる

範疇である。

 

「だから蛍ちゃん!ギューって抱き締めてもいい!?」

 

だが蛍がようやく現状を受け入れて落ち着きを取り戻しかけていたと言うのに、

先と変わらず浮ついた表情の雛子がとんでもない爆弾を投下してきた。

 

「えーっ!!?」

 

この歳でギューっと抱き締められること自体恥ずかしいことだと言うのに、いくら相手の外見が

大人びているとはいえ、同世代のしかも友達を相手にされるなんて、恥ずかしさ余ってこの場に

いられなくなるレベルである。

 

「え・・えと、それはさすがにはずかしい・・・。」

 

「・・・ダメ?」

 

さすがに断ろうとした蛍だったが、雛子がしょんぼりと肩を下げ、視線を落としてきたので、

言葉に詰まってしまう。

 

「・・・うぅ・・・。」

 

そんな悲しそうな眼差しを向けないで欲しい。これでは非常に断り辛い。かと言って聞き入れて

しまえば少なくとも今日一日雛子相手に顔を向けられなくなるほど恥ずかしい思いをしなければ

ならないのは明白だ。

だがふと、蛍は雛子と過ごしたこれまでのことを振り返った。

 

(・・・そういえば・・・ひなこちゃんにはずっと、たすけられてばっかりだったな・・・。)

 

出会ってからの一か月。雛子はずっと、時に優しく声をかけ、時に優しく見守ってくれた。

その包み込むような優しさで自分を励ましてくれたのだ。

そして友達になった今も自分の夢を叶えるために協力してくれる。

この泊まり会だって発端は、雛子が自分の語った夢の1つを覚えていてくれたからだ。

 

(・・・ちょっとくらい、恩返ししなきゃダメだよね。)

 

この場には自分と雛子しかいないので、第三者に見られるわけではない。

自分がほんの少し恥ずかしいと思う気持ちを我慢するだけで、これまでの彼女への恩を少しでも

返せるのなら、安いものかもしれない。

蛍は覚悟して雛子の願いを受け入れることにした。

 

「えと・・・すこし・・・だけなら・・・。」

 

 

「っ!?ありがとう蛍ちゃん!!」

 

そして感極まった雛子は、飛びつくように蛍を抱きしめた。

 

「ふわわっ。」

 

だが力任せにギューっと抱き締められるかと思いきや、雛子は自分の体を支えるように優しく

抱きながら頭を撫でてくれた。それはまるでゆりかごの中にいるような感覚で心地よかった。

慣れているのかな?と無粋なことをつい思ってしまい、蛍は心の中で首を振るう。

そしてふと雛子の顔を見てみると、目線も頬も口元も緩み切っていた。

その表情に苦笑しながらも、蛍は自分を包み込む雛子の体温に懐かしさを感じていた。

 

(そういえば・・・さいごに、おかーさんにギュってだきしめてもらったのって、

いつだったっけ・・・。)

 

雛子の温もりが、蛍の幼き日の記憶を刺激する。

小学生に上がった頃から、親に迷惑をかけたくない一心で家事を担うようになった蛍は、それ以来

母親に甘えるのも止めたので、この懐かしい感覚はそれよりも以前のものだろう。

蛍はその記憶を探ってみたが、残念なことに母に最後に抱きしめてもらった時の記憶は既に

風化しており、朧気なものだった。

 

(おかーさん・・・)

 

そして蛍は瞳を閉じて静かに雛子に身を委ねた。

記憶の隅に置かれている懐かしの母の温もりを求めて。

 

「蛍ちゃん?」

 

急に力を抜いた蛍に雛子も首を傾げる。

すると、

 

 

ピンポーン

 

 

呼び鈴の音が聞こえ、蛍は我に返った。

 

「っ!?えっえと!かなめちゃんがきたんじゃないかな!!?」

 

蛍は飛び上がるように雛子の腕から離れる。

先ほどまで自分がしていたことを自覚し、顔が一瞬で真っ赤になった。

いくら雛子の容姿が大人びているとはいえ、同級生に対して母親の温もりを求めてしまうだなんて、

幼稚が過ぎるし雛子に対して失礼だ。

 

「む~。そうみたいね。」

 

一方雛子は一転、不機嫌な表情を浮かべた。

そしてそのまま部屋を出ていく雛子に続き、蛍は呼吸を落ち着かせながら後を追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

宿題を終えた要は、道中で妖精たちと合流し4人で雛子の家を訪れた。

 

「あれだけの量の宿題を、朝の内に片付けるとはね。見直したよ要。」

 

ベリィからお褒めの言葉を預かり、要は少しだけ上機嫌になる。

 

「蛍のためにわざわざありがとね、要。」

 

続いてチェリーからお礼を言われる。

人間年齢的には蛍より5つも上なチェリーは、すっかり蛍の保護者さんだ。

 

「まっウチにかかればあれくらい、どうってことないって。」

 

「要って実は頭良かったんだね~。」

 

そして雛子に似て来たか素なのかはわからないが、レモンがさらりと毒を吐く。

 

「まっまあね・・・。」

 

だが要はレモンの言葉に、昨日の『生き地獄』を思い出した。

頭痛を抱え涙を流し兄には頭を下げ親には土下座をして宿題を見てもらいようやく終わらせることが出来たのだ。

願わくばあのような地獄に落ちるのは二度と御免である。

するとガチャッと音がして扉が開き、雛子が顔を出して来た。

 

「いや~ごめんごめん遅れて・・・。」

 

「遅い!それから早い!」

 

「どっち!?」

 

だがこちらの顔を見るや否や、雛子が非常に不機嫌な表情で、極めて矛盾に満ちた言葉を怒り

任せにぶつけてきた。

そして背後から蛍の姿が見えた。が、彼女は彼女で顔を真っ赤に染めている。

そんな様子を見た要の脳裏に、雛子が不機嫌である理由が1つ思い当たった。

 

「・・・蛍、雛子と何かあった?」

 

「ふええっ!?なっなんでもないよ!!」

 

要を含めたこの場にいる誰もが『わかりやすい』と言う感想を抱く。

そんな蛍の反応を前に、要は『何かあった』ことを確信するのだった。

 

 

不機嫌な雛子に連れられるまま、要は蛍の顔が真っ赤になるほどの何かがあったであろう部屋へと

あがった。

とは言え、「この世の全ての可愛いものは等しく『愛でる』そして『守る』べき存在である!」

という、カッコ良いのやら気持ち悪いのやら訳の分からない信条を持つのが雛子だ。

間違っても蛍の気を悪くするようなことはしていないだろう。

その程度には信用はしているし、現に雛子と蛍の間に険悪な雰囲気は見られなかった。

 

「よっし!では改めて、プリキュアパジャマパーティの開催をここに宣言します!」

 

要が片手を伸ばしながら高らかに宣言する。

要の宣言を聞いた蛍は、この日をどれだけ楽しみにしていたのか一目でわかるほど笑顔を見せた。

 

「1人だけ遅れて来ておきながら何を偉そうに。」

 

一方で雛子は相変わらずの毒舌をぶつける。だが表情こそ不機嫌なままだが、声色はいつも通りに

戻っていた。

そして昨日の生き地獄を始めとするトラブルはあったものの、無事泊まり会に参加できたことに

要も安堵する。

 

「それじゃ、初、泊まり会ってことで。蛍、何して遊ぶか蛍が決めていいよ。」

 

この泊まり会は、蛍が友達と一緒に叶えて見たかった夢を雛子が実現させるために開いたものだ。

その趣旨がある以上、要も蛍のリクエストは出来るだけ聞くつもりだった。

だが要は、この話題の振り方は蛍の導火線に火をつけるものであることを言った後から気づいた。

そして予想通り、蛍の顔が見る見る内に輝いていき、

 

「じゃあねじゃあね!みんなでおしゃべりして!みんなでおかしたべよ!

わたし!きょうはチョコレートケーキをつくってきたの!!

それからそれから!みんなでトランプしよ!あとね!ウノも!

わたし!おとーさんから借りてもってきたの!!

それでねそれでね!!100えんショップでうってるオセロとか将棋とかチェスとか!

ケータイできるゲームもたくさんかってきたんだ!!それもみんなであそぼ!!

あとねあとね!!クラッカーとかヘリウムガスとかもかってきたの!!

わたししらべてきたんだ!!こうゆうときって!パーティーグッズは必需品なんだね!!」

 

泊まり会の中でやってみたいことを言葉を弾丸に乗せて次から次へと放っていった。

要は2週間前のことを思い出して頭を抱える。だが、さすがに2回目となれば耐性もついているし、

この状況を打破する方法も、あの時見つけているのだ。

要は蛍の両肩に手を置き、

 

「蛍、落ち着き。」

 

力に任せて彼女を無理やり座らせた。

 

「あ・・・ごっごめんなさい。わたしまた・・・。」

 

そして予想通り蛍の思考が一転してマイナス方面へと傾く。

要は彼女の思考が傾ききる前に手を打った。

 

「はい落ち込まない。大丈夫、怒ってないからね。」

 

「うぅ・・・はい。」

 

蛍の扱い方を心得た要は、見事彼女を落ち着かせることに成功したのだった。

 

「あと、クラッカーとヘリウムガスは別にいらんよ?」

 

「え?そうなの!?わたし、おとまりではぜったい、もってくるものだとおもってた!」

 

近所の友達同士で頻繁に行われるお泊まり会は言わば友達の家に遊びに行く延長線上でしかないと言うのに、その都度パーティーグッズを一式持ってくる人がいるなんて話は聞いたことがない。

お弁当のおかず交換でおせち料理を作って来たときといい、相も変わらず蛍の想像と現実の

ギャップは激しいようだ。

 

「ね~ね~、蛍チョコレートケーキ持って来たんだよね。早く食べよ、食べよ。」

 

すると、チョコレートケーキと言う言葉を聞き逃さなかったレモンが、瞳を輝かせながら蛍に

迫る。

 

「そっそだね。おやつにはまだはやいけど、もうたべちゃおっか?」

 

「わーい。雛子が蛍の作ったお菓子はとても美味しいって言ってたから、楽しみにしてたんだ~。」

 

「そっか。ありがと、レモンちゃん。」

 

レモンにお礼を言いながら、蛍はテーブルの上にチョコレートケーキを入れた箱を置く。

雛子は下へ降りて食器とフォークを取りに行ったので、要も飲み物とコップを取りに後について

いった。

しばらくして準備を終えた後、各々は蛍の作ったチョコレートケーキを食べ始める。

するとベリィとレモンが早速、体に電流が走ったかのような衝撃を受けフォークを口にくわえた

まま固まってしまった。

 

「・・・これを、蛍ちゃんが手作りしたのか?」

 

「うっうん・・・。」

 

ベリィとレモンの反応を見て、要は2週間前の自分も同じ反応をしたことを思い出す。

あの時食べたマカロンと同様、このチョコレートケーキも、売り物と比較しても遜色のない味だ。

そして我に返ったベリィはまるで高級な食品をじっくりと味わうかのように少しずつケーキを

口に運ぶ。

一方レモンは、わき目も振らずにチョコレートケーキを貪った。

 

「あ~美味しかった。ねえねえ、チェリーのケーキもレモンにちょーだい。」

 

早くも平らげたレモンが、チェリーの分まで強請り始める。

 

「嫌よ。これは私の分なんだから。」

 

「む~ケチ~。どうせチェリーは毎日こんなに美味しいお菓子を食べてるんでしょ~?

だったらレモンに分けてくれたっていいじゃ~ん。」

 

「毎日なわけないでしょ。お菓子作りは料理以上に手間と時間がかかるんだから。

普段学校と家事で忙しい蛍に、毎日作れる時間があるわけないじゃない。」

 

チェリーの言い分は最もだが、レモンの言いたいこともわかる。

毎日とまでいかずとも、チェリーがここにいる誰よりも蛍のお菓子を食べる機会が多いことは

確かだろう。それに関しては要も羨ましいと思っている。

 

「レモンちゃん。よかったら、わたしのぶん、どうぞ。」

 

「え?いいの~?」

 

「わたしは、たべたいときに、じぶんでつくってたべられるから。きにしないで。」

 

「ありがと~蛍~。」

 

蛍の分をもらったレモンは、さっそく上機嫌になってケーキを食べ始めた。

そんなレモンを、チェリーは冷ややかな目で見ながら、蛍は優しく微笑みながら見守り、

妖精も交えた賑やかなおやつの時間は過ぎていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ケーキを食べ終えた蛍たちが談笑していているところ、扉をノックする音が聞こえてきた。

 

「ヒナちゃん、ただいま。」

 

姿を見せたのは60代くらいの女性だ。温和な雰囲気の中にどこか気品を感じさせる姿に、

蛍は『貴婦人』と言う言葉を思い浮かべた。

 

「おばあちゃん、お帰りなさい。」

 

「カナちゃんもいらっしゃい。」

 

「どうも、お邪魔してまーす。」

 

どうやら雛子の祖母のようだ。要のことをカナちゃんと呼ぶ当たり、要は雛子の家族とも親しい

ことがわかる。すると雛子の祖母が、蛍の方へ視線を向けた。

 

「あら?もしかしてあなたが蛍ちゃん?」

 

「はっはい。」

 

突然名前を呼ばれた蛍は驚きながらも、表情と姿勢を正した。

雛子の祖母の前で失礼な態度を取るわけにはいかない。

 

「ヒナちゃんから良く話に聞いてるわ。ヒナちゃんの祖母の菊子です。」

 

「はっはじめまして、いちのせ ほたるっていいます。」

 

蛍は僅かに緊張を忍ばせながら挨拶をする。

雛子から両親と祖母の4人で暮らしていると話は聞いていたが、こうして会うのは初めてだ。

 

「あらあら、礼儀正しい子ね。それにしても・・・

ふふっ、ヒナちゃんがご熱心な理由がわかったわ。」

 

「え?」

 

「ちょっちょっと、おばあちゃん。」

 

慌てて雛子が止めに入る。

普段雛子が自分のことをどのように伝えているのか少し気になったが、知ったら知ったで

居た堪れない気持ちになりそうなので聞かないでおこう。

 

「蛍ちゃん、確か4月から夢ノ宮中学へ転校してきたのよね?学校にはもう慣れた?」

 

「はっはい、ひなこちゃんとかなめちゃんがいたおかげで、がっこう、すごくたのしいです。」

 

「そう。ふふっ、懐かしいわね。」

 

菊子の『懐かしい』、という言葉に蛍が首を傾げると、

 

「おばあちゃんはね、夢ノ宮中学校の卒業生なの。」

 

雛子からその疑問に対する答えが語られた。

 

「え?そうなんですか?」

 

確かに夢ノ宮中学校は創立60年を超える学校だ。

菊子が中学時代、在籍していたというのも不思議な話ではない。

だが当然、当時の夢ノ宮中学校を知らない蛍には、自分たちの通う学校が60年以上も昔から

あるということを実感することが出来ない。

だが60年以上を生きる菊子は、その当時から現在に至るまでの中学校を知っている。

 

「ええ、もう50年以上も前かしら。あの頃と比べると校舎は改装されて変わってしまったけど、

『子供の夢を育む学び舎』という学校の教訓は変わっていないわ。」

 

「私たちが今歌っている校歌、おばあちゃんも歌っていたんですって。」

 

「ふわあ・・・。」

 

蛍たち中学2年生の年齢は13歳から14歳。

だが菊子は自分たちのおよそ4倍近くを生きている。

その菊子が、自分が生まれる遥か以前から、自分と同じ学校で、同じ教訓の中で学び、同じ校歌を

歌っていたのだ。蛍はその事実に驚愕する。

創立60年という数字は全国的に見れば決して大きな数字ではない。

創立100年を超える学校だって、日本にはたくさんあるのだ。

それでも50年以上前の『生徒』である菊子が目の前にいることで、蛍は自分たちが通う

学校の歴史の長さを目の当たりにしたのだ。

 

「それじゃあ蛍ちゃん、かなちゃん。今日はゆっくりしていってね。」

 

「はーい。」

 

「ありがとうございます。」

 

菊子が部屋を後にすると、蛍は気が抜けたようなため息をついた。

 

「・・・すごいんだね。わたしたちの学校って。」

 

「ええ。おばあちゃんの代、ううん、それよりももっと前からあるのだもの。」

 

蛍は、長い歴史を持つ夢ノ宮中学校に畏敬に近い念を抱くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらくの間談笑し、菊子が作った夕食を取り終えた要たちは、各々順番で入浴を終え、

パジャマ姿で雛子の部屋に集った。

 

「ひなこちゃん、おふろありがとう。」

 

湯上りの蛍が雛子に礼を言う。

着ているパジャマはピンク色でデフォルメされた猫の刺繍が入っている

・・・要するに子供っぽいパジャマだった。

 

「はあ・・・蛍ちゃん!そのパジャマ凄く似合っているよ!」

 

だが雛子はそんな蛍のパジャマ姿を絶賛する。

確かに幼い容姿の蛍には似合っているが、中学2年生に対して猫の刺繍入りパジャマが似合うと

いうのは褒め言葉になるのだろうか。

 

「え?えと・・・ありがと・・・。」

 

絶賛する雛子に複雑な表情を浮かべながらも、とりあえず礼を言う蛍。

 

「ねえ?写真撮ってもいい?」

 

そして雛子はおもむろにトイカメラを取り出し欲望剥き出しなリクエストしてきた。

 

「えええっ!?それはさすがに、はずかしいよ!!」

 

さすがの蛍も断固拒否する。

どうやら雛子はもう蛍の前で自分の『本性』を隠さなくなったようだが、少しは自重しろ、と

思わざるを得ない有様だ。このまま雛子のテンションに飲まれるわけにもいかないので、

要はひと際声を大きくして宣言する。

 

「よっし!皆パジャマに着替えたことやし、ここからがパジャマパーティーの醍醐味!

今日は目いっぱい夜更かしするで!!」

 

「ええ!?でっでも・・・。」

 

すると意外なことに蛍から反対の声が上がった。

 

「なに、蛍?夜更かしは苦手?」

 

パジャマパーティーを誰よりも楽しみにしていたはずの蛍が、喜ぶどころか不安げな表情を

浮かべている。なぜだろうと思う要だったが、

 

「だっだって・・・よふかしなんてしたら、おとーさんとおかーさんにおこられるかも・・・。」

 

返って来たのは、あまりにも子供っぽい理由だった。

その言葉に要は小学生の頃、つい夜更かしをしてしまい親から盛大に雷を落とされたことを思い

出して、少し意地悪気な笑みを見せる。

 

「あ~そういえばウチも小学生の頃、夜更かししてオカンに怒られたことあるなあ。」

 

言葉の裏に『そんなんで怒られるのは小学生やで』という意味を含めて蛍をからかってみる。

どのような反応が返ってくるのか少し楽しみな要だったが、

 

「っ!?わっわたし、ちゅーがくせーだよ!!」

 

「ん?」

 

「え?」

 

言葉の意を捉えた蛍が、予想以上に本気の声色で反論してきたのだ。

要も雛子も、初めて見る蛍の態度に目を丸くするが、要はここである『実験』を試みる。

 

「・・・蛍、そのパジャマの柄ちょっと子供っぽくない?」

 

「え?でもでも、かわいいでしょ?こどもっぽいかもしれないけど、わたし好きなの。」

 

『子供っぽい』という自覚はあるのかと思いながらも、この言葉には特に気を悪くする様子は

見られない。つまり『ハズレ』だ。

 

「蛍、そのパジャマってちっちゃい時から使ってる?」

 

「そうだよ。しょーがくせいのときからつかってるものなの。

まだ着れるし、かわいいから、すてるのがもったいなくて。」

 

「ああ、蛍背低いから、小学生のときに着てた服まだ着れるんだ。」

 

「うん、だから好きなお洋服は、まだとってあるんだ。」

 

事も何気に言うあたり、蛍は背丈の低さも気にしているわけでもないようだ。

つまり『ちっちゃい』と言うのも『ハズレ』だ。

 

「じゃあ小学生のときに着てた服着たら、子供料金利用出来そうだね。」

 

「わたしおないどしだよ!!?」

 

ようやく『アタリ』へと辿りついた。

蛍は、『子供っぽい』や『小さい』と思われるのは気にしないが、

実年齢よりも『年下』として扱われるのだけは捨て置けないようだ。

 

(この子・・・面白い。)

 

人をからかうことが大好きな要は、本気で反論する蛍の反応を見ながら、新しいオモチャを

見つけた子供のような笑みを浮かべた。

 

「かなめちゃん!」

 

すると蛍は、餌をくわえたハムスターのように頬を膨らませながら睨んできた。

 

「わっわたし!ちっちゃくって、こどもっぽいかもしれないけど、

かなめちゃんとは、おないどしなんだよ?どーきゅーせーなんだよ?」

 

そして両腕を水車の如く振り回しながら精いっぱいに怒りを表現する。

 

「ちゃんと、おないどしとして、あつかってくれなきゃダメだよ!」

 

蛍が子ども扱いされることに対して本気で抗議しているのは見ればわかるが、

頬をぷっくりと膨らませて両手をブンブン振り回しながら舌足らずな言葉遣いで抗議されても何も説得力がないわけで。

 

「要、蛍ちゃんの言ってることちゃんとわかってるんでしょうね?」

 

すると蛍を目に入れても痛くないほど可愛いがっている雛子が念を押して来る。

 

「はいはい、精進しますよ。」

 

だが要は内心は無理だと思いながらテキトーな返事で流す。

その態度に雛子は眉を潜めるが、同時に困惑の表情を浮かべた。

要にはわかる。雛子も内心、そんなことは無理だと思っているのだ。

外見が幼いだけならばまだ何とかなっただろう。

中身が幼いだけならまだ何とかなっただろう。

だが蛍は外見も中身も両方とも幼いのだ。

130cm程度の小柄な体躯。

字面に起こせばほとんど平仮名で表現されるであろう舌の足りていない言葉遣い。

そして全身を使って感情を表現するせいか、ボディランゲージがやたらと多い。

嬉しいときは両手を大きく仰いで飛び跳ねるし、怒れば両手を水車の如く振り回す。

強いて彼女の歳相応な部分を挙げるとすれば、身体の『ある部分』がちゃんと成長していること

くらいだろう。控えめながらも形はしっかりと見て取れる。

大人すら羨む『規格外』の大きさである雛子は隅に置いてくとして、自分のなんて『断崖絶壁』

などと不名誉な称号を得て以来、一切『自己主張』してくれる気配がないので、軽く嫉妬の念を

覚えたくらいだ。

とは言え、こんな理由だけで同世代扱いされても蛍は納得しないだろう。

 

「全くもう、確かに蛍ちゃんは小っちゃくって可愛くって思わずギュッて抱きしめちゃった

くらいだけど。」

 

すると見かねた雛子がようやく蛍のフォローに回ろうとする。

だが何さらりと爆弾発言を飛ばしてるんだこいつは。

 

「からかい過ぎるのも大概にしなさいよ。要のそうゆうところ、蛍ちゃんに悪影響よ。

もし要みたいな悪い子に育っちゃったらどうするのよ。」

 

「わたし、おないどしだってば!!」

 

だが雛子にフォローに見せかけた華麗に追い討ちをかけられてしまい、蛍はとうとう目に涙を

浮かべた。

 

「あっ!ごっごめんね、蛍ちゃん。私そうゆうつもりじゃ・・・。」

 

からかい交じりの自分と違い、フォローのつもりで自然に蛍を年下扱いするとは。

 

(雛子よ、ウチよりタチが悪くないか?)

 

自分のことを全力で棚に上げながら、慌てて謝罪する雛子を見る要だったが、

せっかくのパジャマパーティーに、主役の蛍を泣かせてしまうのはさすがに申し訳がない。

今日はこのくらいにして、からかうのはまたの機会にしよう。

 

「まあ、でも蛍。」

 

要はこれまでのふざけた態度から一転、真面目な口調で蛍に話しかける。

 

「友達と遊ぶ時のハメの外し方、1つや2つくらい覚えてもええと思うよ?

勿論、雛子のおばあちゃんに迷惑かけたらアカンから、度が過ぎたらダメやけど。

せっかくの泊まり会やもん。

迷惑をかけない程度なら、少しくらい遅くまで騒いでもバチは当たらんよ。

それに夜更かしするってことは、その時間だけ普段よりも長く友達と遊べるってことやで。」

 

親が鋭く目を光らせている普段の生活では、子供である要たちはハメを外す機会自体なかなか

ないもの。

だが友達同士のお泊まり会と言うのは不思議なもので、その時だけは親も少しだけ寛容になって

くれるのだ。多少の夜更かしやゲームのし過ぎには目を瞑ってもらえる。

お泊まり会と言う言葉は、ハメを外す許しを親からもらえる魔法の言葉でもあるのだ。

 

「かなめちゃん・・・うん、わかった!わたし今日はがんばって、よふかしするね!!」

 

蛍は一転、気合を入れて夜更かし宣言をする。わざわざ気合を入れ直すほどのことでもないが、

本人がここまでやる気であるのなら、水を差すのも悪い話だ。

 

「その意気やで蛍!今日は夜通しで遊び倒すぞお!」

 

「おーっ!」

 

気合十分な要と蛍は、夜更かしして遊ぶことを決意する。

 

「・・・無理だと思うけどなあ。」

 

そんな蛍の様子を見ながら、チェリーは呆れた口調で呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ蛍、まずはウチとゲームで対戦しない?」

 

要は2つの携帯ゲーム機を取り出し、1つを蛍に渡した。

ソフトは既に起動されており、画面にタイトルが映し出されている。

 

「あっ、ラストエピソード・オールスターズだ!」

 

ラストエピソードは、国内で最も知名度の高く、世界的にも有名なRPGだ。

現在シーズン10まで発売されており、シーズン1の発売から既に20年以上も経過している

長寿シリーズである。

余談だが、ラストエピソードと言うタイトルでありながら長寿シリーズ化していることを良く

やり玉として挙げられているが、これはシーズン1発売当時、開発元の会社が倒産寸前まで

追い込まれており、世に出す最後の作品という意を込めて『最後』の名を冠したようだ。

そのような経緯で発売された初代ラストエピソードは、悪の魔王に連れ去らわれた姫を

正義の勇者が助けに行くと言う王道RPGでありながら、作りこまれた世界観とシナリオ、

敵味方問わず魅力的なキャラクター、シンプルながら奥深いゲームシステムが高く評価され、

国内でも未曽有のベストセラーを叩き出し、国外でも大ヒットしたのだ。

結果、倒産寸前だった会社は一気に黒字回復して持ち直し、初代をシーズン1として次々と続編が

作られていくことになったのだ。

 

「おっ、蛍もラストエピソードやったことあるの?」

 

そして今、要たちの手にあるのは、シリーズ20周年記念のファンサービスとして

リリースされたラストエピソードシリーズの派生作品、オールスターズである。

これは歴代シリーズの主人公とヒロインそしてライバルキャラが集って戦うという、

シリーズ初の対戦型アクション形式のゲームだ。

だが複雑な操作は必要とせず、ボタン1つで全ての行動が操作できるので、アクションゲーム

未経験者にも優しい設計となっている。

何よりこれまで1人用のゲームであったラストエピソードシリーズでは初めての2人用ゲームで

あり、泊まり会などで友達と一緒に賑やかに遊ぶには打ってつけのものである。

要は今日のために、兄に無理やり頼み込んで彼の携帯機を借りて来たのだ。

 

「うん、おとーさんがシーズン1からソフトぜんぶもってて、わたしもやったことあるんだ。

このゲームも、おとーさんからかりて、やったことあるよ。」

 

女子力が高く、家庭的なイメージの強い蛍が、少年的な趣味を持っているとは意外だと

思っていたが、父親の影響だったのかと要は妙に納得する。

偏見かもしれないが、蛍が自分から進んでゲームに興味を持つ姿はなかなか想像出来ないものだ。

ひょっとしたらレンジャーシリーズを見ているというのも、父親の影響かもしれない。

 

「それじゃあ操作の説明はいらんな。さっそく勝負や!」

 

「よ~し、まけないぞ~!」

 

操作キャラクターとステージ選択を終え、さっそく対戦がスタートした。

蛍が選んだキャラクターは、シーズン6の主人公にしてシリーズ唯一の女性主人公である

魔法使いの少女だ。

多彩な魔法を遠距離から放って戦う、いわゆるシューティングキャラである。

だがレンジャーシリーズではマジカル戦隊マホレンジャーが一番好きと言う蛍が選んだ

キャラクターだ。恐らく性能よりも見た目を重視しているのだろう。

一方要の選んだキャラクターは、シーズン10のライバルキャラである筋骨隆々とした中年の

男性キャラだ。

見た目通りのパワーがありながらスピードも兼ね備えている屈指のインファイターである。

要は別段、筋肉好きというわけではなく、このキャラにも特別思い入れがあるわけではないが、

重さと速度を活かして戦うというスタイルが一番馴染みやすいので使っているのだ。

見た目よりも性能重視である。

 

「えいっ!やあっ!たあっ!」

 

蛍の操作するキャラが火炎玉、つらら、雷を次から次へと放ってくる。

要の操作キャラはそれをガードすることなく、スピードを活かして弾幕を掻い潜る。

 

「よ~し!これならどうだ!」

 

すると蛍の操作キャラはその場に立ち止まり、長い呪文を詠唱する。

最強の古代魔法スーパー・ノヴァを唱えて来たのだ。

 

(ん?蛍。なんでスーパー・ノヴァを?)

 

古代魔法スーパー・ノヴァはひとたび放てば、ガード不能、回避不能、そして一撃で勝負を決める

ことが出来る威力を備えたロマン溢れる大技である。

だがそんなものが簡単に決まるようでは対戦ゲームとして成り立たない。

代償としてスーパー・ノヴァは呪文を唱える時間が極端に長く設定されており、その間は一切

身動きが取れないのだ。

そもそも蛍の操作するキャラは多彩な飛び道具を駆使して相手を近寄らせることなく戦うことを

コンセプトとしている分、接近戦が極端に弱くなっている。

スーパー・ノヴァの使用は相手に接近する隙を与えてしまうので、原則使わないものだ。

まして要の操作キャラはインファイター。ここまで来ると勝負を捨てた行為も同然である。

 

(中断する気配もなし。そっか、蛍やもんな。ガッツリ対人するタイプじゃないわな。)

 

なぜそんなコンセプトにもそぐわない技を与えられているのかと言うと、単純に原作の設定を忠実

に再現した結果である。

オールスターズは対戦における実用性を無視してでも、原作の再現度に力を入れているところが

多くあり、スーパー・ノヴァも、長い呪文の一字一句、展開される魔法陣の模様、

魔法のエフェクトから効果音まで全て余すことなく再現されているのだ。

原作を知るものが見れば、再現度の高さに涙を流すことだろう。現に要は感涙した。

本来はRPGであるラストエピソードシリーズのファンの中には、

アクションゲームが苦手な人も決して少なくない。

そんなユーザー達が、『見る』だけでも楽しめるように作られているのだ。

対人やアクションが苦手な人は、ファンサービスの一環として再現されている原作の演出を

身ながら楽しむ。

自分みたいに人と競うことが好きな人は対戦における駆け引きやセオリーの理解を深めて勝ちに

行く。

オールスターズはこの2通りの遊び方が出来るゲームとして高く評価されているのだ。

蛍は前者で自分は後者。恐らく本気を出せば一方的に勝負が決めることができるだろう。

だが後者である自分が本気を出すのは大人げないと言うものだ。

 

(蛍も楽しんでるみたいやし、程々に力抜いて遊びますか。)

 

泊まり会でみんなとゲームをして遊ぶのは、楽しく過ごすことが一番の目的だ。

この楽しい空気を壊さないためにも、ここは勝ち負けに拘らず・・・

 

(あれ?でもちょっと待って。これ決まったらウチの負けだよね・・・?)

 

だが負けず嫌いのスイッチがこんな時にも入ってしまい、要は条件反射でキャラを動かし始めた。

 

「あれ?わっ!わっ!」

 

慌てふためく蛍を余所に、要は一方的なワンサイドゲームを繰り広げる。

気が付くと、画面にはWINと輝かしい文字、そして隣には涙を流して膝を抱える蛍の姿が

目に映り、要は深く後悔するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「も~要、少しは手加減しなさいよ。」

 

「ほんっとごめん、蛍!」

 

呆れた声で注意する雛子と謝罪する要の声が蛍の耳に入る。

確かに自分はアクションゲームの類は苦手だし、最初から要に勝てるとは思っていなかったが、

それでもあそこまで何も抵抗出来ずに負かされるとさすがにショックである。

 

「蛍ちゃん、ラストエピソードは止めにして、みんなでトランプしない?」

 

そんな蛍を気にかけ、雛子がトランプを提案してきた。蛍は涙を拭って顔をあげる。

 

「じゃあ、ババさんぬきしよう!ババさんぬき!」

 

蛍が気合を入れて遊ぶゲームを提案する。ババ抜きであれば、ババを取るか取られるかの運に

左右されるところが大きいはず。

要が相手でも勝負になるだろう。現にまだ小学生の頃、両親と一緒に遊んだ記憶があるが、

その時は勝てたのだ。

 

「ん?ババさん抜き?」

 

だが要が首を傾げた。ババ抜きと言えばトランプを使った遊びの中でも定番中の定番。

この中では誰よりも遊びに詳しいはずの要が知らないはずないと思うのだが。

 

「うん、ババさんぬき。」

 

「・・・ババ抜きじゃなくて?」

 

なぜ聞き返してくるのかわからないが、やっぱり知っていた。

 

「そだよ、ババさんぬき。」

 

「・・・ババさん?」

 

だが要は困惑したままだ。もしかしたらババ抜きよりもジジ抜きの方が好きなのだろうか?

ジジ抜きはババ抜きと違い、手札のどれがババに当たるカードなのかわからないので、

ババ抜きとはまた違った楽しみが生まれる。

勝負事を好む要はジジ抜きの方をやりたいのだろうか?

 

「ひょっとして、ジジさんぬきのほうがよかった?」

 

「・・・いや、ババさん抜きでいいです。」

 

だが結局、要が困惑した理由もわからないままババ抜きに決定したのだった。

 

「チェリーちゃんたちもいっしょにやろ?」

 

「え?でも私たちルールわからないわよ。」

 

「だいじょうぶだよ。スゴくかんたんだから、すぐおぼえられるよ。

ね?みんなでいっしょにやろ?」

 

「じゃあ、ご一緒させてもらうか。」

 

「わ~い、レモンも参加だ~。」

 

チェリー、ベリィ、レモンの3人も交えた6人によるババ抜きが始まった。

初回は妖精たち3人だけが参加し、それぞれのパートナーがルールを教えながら実践する。

さすがにトランプの中でも特に単純なゲームなだけあって、3人ともすぐにルールを

覚えることが出来た。

ちなみにこの時の勝負はベリィが1番に抜けて、2番がチェリー、最下位がレモンだった。

ややヘソを曲げたレモンを雛子が優しく宥めてから第2ラウンドが始まる。

今度は蛍たちも参加し、改めて6人によるババ抜きが開始された。

 

(よ~し、まけないぞ~!)

 

先ほど要に完敗した分も巻き返す勢いで、ババ抜きに臨む蛍だったが、

 

(ふわわっ!ババさんきちゃった!)

 

蛍がババを引けば、要が呆れた表情で蛍を見る。

 

(はわわっ!ババさんとなりだったのに!)

 

雛子が非常に申し訳なさそうな表情でババ以外のカードを取っていく。

 

「あれ?レモンのカード全部無くなっちゃった。」

 

「おめでとうレモンちゃん。一位よ。」

 

「わ~い、レモンがいっちば~ん。」

 

「よっし、ウチの上がり。ベリィ、ウチの勝ちみたいやな。」

 

「今はおめでとう。だが次は俺が勝って見せるさ。」

 

その間次々と蛍以外の人たちが上がっていき、残りは蛍とチェリーの2人になった。

 

「よ~し、チェリーちゃん、しょうぶだ!」

 

「うっうん・・・。」

 

気合十分な蛍に対して、チェリーはどこか遠慮がちだ。

初めてのババ抜きに緊張しているのだろうか?

するとチェリーの手が蛍のカードへと伸びていき、

 

(はわっ!ババさんはとなりなのに!そのカードとられたらまけちゃうよ!)

 

チェリーは少し逡巡し、隣のカードに手を向ける。

 

(よかった・・・ババさんとってくれるなら、まだわたしにもかつチャンスあるよね。)

 

そしてチェリーは大きなため息を1つ吐いて、その隣のカードを手に取った。

 

「あーっ!!」

 

「私の上がり。」

 

結局ババのカードは最後まで蛍の手に残り、蛍はビリになるのだった。

 

「ううぅ・・・なんで、かてないの・・・。」

 

対戦ゲームに続きババ抜きにまで完敗し、蛍は再び膝を抱える。

 

「いやなんでって・・・。」

 

「あれだけ分かりやすく顔に出てちゃね・・・。」

 

蛍に聞こえない程度の声で要とチェリーは呟く。

 

「おかーさんとおとーさんには、かてたことあるのに・・・。」

 

「優しいご両親だなあ・・・。」

 

そんな蛍の呟きに反応する雛子だったが、やはり蛍の耳には届かなかった。

 

「よ~し、次もレモン勝っちゃうぞ~!」

 

「ほら蛍、いつまでも落ち込んでないで次やるわよ?」

 

連勝に意気込むレモンと、蛍に声をかけるチェリー。

蛍は賑やかにババ抜きを楽しむ妖精たちを見ながら、ふとある事に気がついた。

今まで自分は負けて悔しいと思ったことがあるだろうか?

勝負は相手がいなければ成り立たない。

そう、ずっと友達がいなかった蛍にとって、一緒にゲームをしてくれる相手がいること自体、

喜ばしいことなのだ。

 

「・・・ふふっ、あははははっ!」

 

「ほっ蛍?急にどうしたん?」

 

「ごめんね急に、でも、たのしいね!」

 

「え?」

 

「だって、いっしょにやってくれるひとがいなきゃ、まけることだってできないんだよ?

まけるってことは、いっしょにあそんでくれるひとが、いるってことだもん!」

 

だから蛍は、この場にいられることがとても嬉しかった。

 

「だから、もっとみんなといっしょにあそびたい!

しょうぶは、かったらたのしい、まけてもたのしい!そうだよね、かなめちゃん!」

 

「蛍・・・ああ!そうやな!」

 

「よし、蛍ちゃんの気が済むまで、いろんなゲームで対戦しましょう!」

 

「せっかく蛍がオセロやら将棋やら、色々買って来たものね。」

 

「そうなると、男としてこれ以上負けてやるわけにはいかないな。」

 

「え~、レモンが次も勝つ~。」

 

「みんな!ありがとう!!」

 

その後蛍たちは、トランプ、ウノ、オセロ・・・etc。持ってきたゲーム全てを遊び尽した。

遊び疲れたら、要がこっそり持ってきた夜食用のお菓子を食べながら談笑を始める。

その中で要が、蛍の買って来たパーティーグッズを使って場を荒らし、

ベリィがそれを止めようとしてさらに場をかき乱し、

チェリーとレモンはお菓子の奪い合いを始め、

雛子は蛍の写真を撮ろうとトイカメラ片手にシャッターチャンスを狙っている。

そんな混沌とした中でも蛍は終始笑顔を浮かべていた。

蛍にとって初めてのパジャマパーティーは、大切な思い出として心に残るのだった。



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第8話・Bパート

雛子がふと時計を見上げてみると、時刻は夜の11時30分を過ぎていた。

 

「あら、もうこんな時間。」

 

皆がパジャマに着替えたのが夜の8時頃。それから既に3時間以上が経過している。

賑やかな時間と言うものは、あっという間に過ぎていくものだと雛子は改めて実感した。

 

「ふっふっふ~。何を言ってるの雛子?夜はまだまだこれからでしょ?

夜更かしは深夜を回ってからが本番やで!」

 

要が泊まり会をする時は、深夜付近を回るといつもこのテンションだ。

普段滅多に出来ない夜更かしをする、というのに細やかな背徳感を覚えるが楽しいらしい。

あまりにもちっぽけ過ぎる要のワルな言動にいい加減慣れている雛子は、やれやれと小さなため息を吐きながら横を見ると、珍しくレモンが起きていた。

 

「レモンちゃん、こんな時間まで起きてて大丈夫?」

 

自分も要たちと一緒になって、およそ寝付けるとは思えないほどに賑やかかつ騒がしい

空間を作っていながら何を今更とは思うが、レモンは人間年齢的には10歳前後だ。

深夜付近の時間まで起きているのは辛いのだろうか、寝ぼけ眼を擦っていた。

 

「むにゃ~、眠いけど楽しくて、何だか寝るのが勿体ないの~。」

 

だがレモンにこやかに笑いながらそう答えた。

思えばレモン達は半年もの間ずっと1人でこの世界を彷徨い続けていたのだ。

仲間の妖精たちと一緒になって賑やかな時を過ごすのは、この世界では初めてなのだろう。

 

「ふふっ、そっか。」

 

寝ることが大好きなレモンが、寝るのが勿体ないと思えるほど楽しいひと時を過ごせたことを、

雛子は喜ばしく思いながら微笑む。

 

「あんまり無理はするなよ。体を壊したら元も子もないぞ。」

 

「は~い。」

 

そんなレモンをベリィが優しく注意する。妖精たちの中で最年長のベリィは、年少のレモンを

気にかけることが多い。

 

「蛍、もうすぐ深夜回るけど、それまで何して・・・あれ?」

 

一方要は、蛍に声を掛けようとして言葉を止めた。

雛子も同じ方へ目を向けると、蛍は枕を両手に抱えながらうとうとしていた。可愛い。

 

「やっぱり、こうなると思ったわ。」

 

するとチェリーが、人の姿であるサクラへ変身しながら、蛍の布団を敷き始める。

 

「毎日早寝早起き。規則正しい習慣を身に付けている蛍が夜更かしなんて出来るはずないって

思ったのよ。」

 

チェリーの話によれば、親に代わって家事全般を担っている蛍は、休日でも早寝早起きの

サイクルを崩さない生活を送っているようだ。

深夜付近の時間まで起きていられるのは奇跡に近いが、それも限界が来たようだ。半開きの目が

開いたり閉じたりを繰り返し、眠りに落ちそうになるところをギリギリで堪えている。

可愛いが、さすがにこんな状態では無理せず寝かせた方がいいだろう。

 

「蛍、そろそろ寝た方がいいんじゃない?」

 

蛍に夜更かしを教えた要自身も、寝ることを促してきた。

 

「・・・ん~ん・・・まあ、らいよ~うらよ~。

えへへ~、きょ~はね~、い~ぱい、よふかひすうの~。」

 

だが蛍は半開きの目のまま、いつも以上に幼く呂律の回らない言葉で答えた。

可愛いが、『まだ大丈夫、今日はいっぱい夜更かしする。』と本人は言っても傍から見れば

どう見ても大丈夫ではない。

要が蛍に教えたように、夜更かしは友達と遊ぶ時間を普段より長く確保することが目的だ。

だがここまで朦朧とした意識で無理やり起きては、ロクに遊ぶことも出来ないまま惰性に

夜を更かすことになるだろう。恐らく明日の朝にはこの時間のことを覚えていないはずだ。

それでは夜更かしのメリットがまるでない。

今の時間を睡眠に回し、その分明日早く起きた方がよっぽど時間を効率よく使えるはずだ。

そう思いながら、雛子も蛍に寝るよう促す。

 

「蛍ちゃん。明日もう一日あるのだし、今日はもう明日に備えて寝ましょう?」

 

「う~、やあ!まあ、ねない!」

 

だが雛子の言葉を聞いた蛍は、枕を強く抱き締め首を振るい、赤子のようにぐずり始めた。

そんな普段の蛍らしからぬ行動に驚きながらも、いつにも増して幼くそしてあざとさ全開の

蛍の仕草が過去最大級の破壊力を持って雛子の理性に襲い掛かる。

危うく理性どころか意識すらふっ飛びかけた雛子だが、何とか唇を食いしばって堪えることが

出来た。

そんな雛子の様子を要が、呆れたような心配しているような複雑な表情で見ている。

 

「も~蛍。そんな状態で夜更かし出来るわけないでしょ。わがまま言わないでもう寝なさい。」

 

サクラが蛍を無理やり布団へ運ぼうとするが、蛍はやだやだの一点張りで抵抗を続ける。

寝ぼけているせいか自制が効かなくなっている蛍の様子に、さすがのサクラも困り果てている。

その様子を見かねた雛子は、蛍の近くに座り込み、彼女を優しく抱きしめた。

 

「・・・まあ、ねないもん・・・。もっとおしゃえりして・・・もっと・・・あそんで・・・。」

 

「うん、わかってる。」

 

蛍もレモンと一緒で、今の時間が楽しくてを寝るのが勿体ないと思ってくれていたのだ。

彼女がそこまでこの泊まり会を楽しんでくれたことに、雛子はとても嬉しく思う。

 

「ねえ蛍ちゃん、私とお喋りしよっか?」

 

「・・・うん・・・。」

 

「蛍ちゃんは、明日は何をして過ごしたい?」

 

「・・・あひたはね・・・みんあでおるれんら~みて・・・。」

 

喋りながら、雛子は蛍が気づかないように、少しずつ彼女の頭を自分の膝の上に乗せていった。

蛍が自分の膝を枕にして寝る姿勢へと誘導する。

 

「そえかあ・・・みんあで・・・ごはんたえて・・・。」

 

そして蛍を愛撫するように、優しく彼女の髪と頬を撫でる。

 

「そ・・えか・・・あ・・・。」

 

すると蛍の瞼が徐々に重たくなっていった。

内心、あと一息と思いながら雛子は彼女が寝付くまで話し相手になる。

 

「それから、皆でどこかお出かけしよっか?」

 

「おえかけ・・・うん、すう。みんあで・・・おえかけ・・・。

えへへ~たのしみ・・・みんあ・・・いっしょ・・・。」

 

やがて蛍は健やかな寝息を立てて眠り始めた。

 

「・・・よしと。」

 

2度、3度頬を撫でても起きる気配がない蛍を見て、雛子も一息つく。

思えば蛍は今日の一日中ずっとはしゃぎっ放しだった。

普段夜更かしする習慣がないだけでなく、遊び疲れたのもあるだろう。

 

(本当に、幼いんだから。)

 

中学生と言う実年齢を考えると幼い行動かもしれないが、雛子はそんな蛍を慈しむように

微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

雛子が蛍を寝かしつける様子を見ながら、要は苦笑する。

雛子が蛍のことを特別愛でていることは以前から分かり切っていたが、先ほどの彼女の姿は、

まるで母親のようだった。

雛子とは3年以上の付き合いになるが、あんな雛子の姿は初めて見たのだ。

どうやら蛍は、雛子の母性を強く刺激するようだ。

自分が良く知る友達も、新しい友達が出来れば、今までとは異なる一面を見せてくれる。

プリキュアパジャマパーティーは要にとって大成功な結果となった。

蛍と雛子、2人の友達のまだ知らぬ一面を知ることが出来たのだから。

すると蛍が起きる気配がないのを悟ったサクラは、蛍の手放した枕を取り寝床を整える。

 

「ありがとう雛子。」

 

そして雛子に礼を言いながら、起こさないように優しく蛍を抱きかかえ、静かに布団まで運んで

いった。

 

「あら?私は別にこのままでも良かったけど。」

 

「え?」

 

「ふふっ、冗談よ。」

 

今の冗談9割方本気だったろ、と思っていると雛子がこちらの方へ振り向いてきた。

 

「さっ要、私たちも今日はもう寝るわよ。」

 

「え?ウチらも?」

 

「当然じゃない。蛍ちゃんの話聞いてなかったの?

明日の朝は、皆でオルレンジャーを見るんだから。寝坊して、

蛍ちゃんの楽しみを奪うようなことがあったら、承知しないからね?」

 

あれだけ呂律の回らない言葉遣いだったのによく聞き取れたものだと感心半分呆れ半分で雛子を

見るが、自分に釘を刺す物言いとは裏腹に、彼女の声は優しく穏やかだった。

要としてはもう少し起きて談笑したいところだったが、蛍のためと言われては断れない。

蛍にとって楽しいお泊まり会にしたいと言う気持ちは、自分も同じだからだ。

 

「はいはい、わかりましたよ。」

 

多少の夜更かしをしたところで、毎週の楽しみである日曜朝のヒーロータイムを寝過ごしてしまう」

なんてポカはしないが、大事をとって早めに寝ておくに越したことはない。

それに今回の主役である蛍がこの状態では、要たちだけで夜更かしする理由もないだろう。

 

「それじゃあ、電気消すわよ?」

 

「おーう、お休み。」

 

「うん、お休み。」

 

すぐに消灯するのかと思いきや、雛子は最後にもう一度だけ、蛍の髪を静かに撫でる。

 

「お休み、蛍ちゃん。」

 

およそ同世代の友達に接する態度ではない雛子の姿に、要は再度苦笑しながら部屋の明かりが

消えるのを待つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、要たち3人は着替えを終え、リビングで子供向け特撮ヒーロー番組、

無限戦隊オルレンジャーを視聴していたが

 

「わ~っ!!マホレッド!!マホレッドだ!!」

 

「・・・。」

 

広々としたソファに蛍を中心として座っているため、隣に座る蛍の大声が要の耳を直撃する。

レンジャーシリーズ30周年記念作品であるオルレンジャーは、毎週歴代のレンジャーがゲスト

として出演するのだが、今日に限ってそのゲストが、蛍が一番好きなシリーズと語っていた

マジカル戦隊マホレンジャーだったのだ。

マホレンジャー放送終了から実に6年ぶりに姿を見せたマホレッドの役者は、その歳月を感じ

させないほど若々しい姿のままだった。

そしてマホレッドの扱う魔法の演出や変身シーンは、当時と同じ音響を使いながらも6年もの

歳月の中でさらに進化を遂げたCGを使ってフルリメイクされている。

それだけでもセピアに色あせた思い出を鮮明に蘇らせるには十分であり、昨日と同じくらいに

テンションが高かった蛍は、完全に周囲のことを忘れて画面に夢中になっていた。

 

「「マジカルフレイムチェンジ!炎の貴公子!マホレッド!!

あまねく生命に奇跡の魔法を!マジカル戦隊マホレンジャー!!」」

 

マホレンジャーの変身時の音声コードと名乗り口上、レンジャーシリーズではお決まりとなって

いるキャッチコピーを一字一句間違えることなく、画面の向こう側にいるマホレッドとシンクロ

しながら大声で叫ぶ蛍。

しかもソファに座りながら変身時の腕のポーズだけを完全に再現するオマケ付きである。

これまでも雛子や真たちと泊まり会をする時は、一緒にレンジャーシリーズを見ていたので、

今回も同じように軽く雑談しながら視聴するつもりだったのだが、蛍のこのテンションは完全に

想定外である。

おかげで要はオルレンジャーを見るのに一切集中出来ない。はっきり言って五月蠅いのだ。

ちなみに雛子はと言えばそんな蛍を迷惑がるどころか、画面の方には一切目もくれず

大はしゃぎする蛍の姿を恍惚とした表情で眺めていた。

一緒に見るという約束を破っている気がしてならない要は、普段雛子が自分に対してそうしている

ように、ワザとらしく大きなため息をつく。

が、画面に夢中になっている蛍と、蛍に夢中になっている雛子には残念ながら届かなかった。

 

「蛍、悪いけどちょっと静かにしてもらえる?」

 

物事には限度がある。要はついに蛍のことを注意した。

例え蛍が心の底からこのお泊まり会を楽しんでいたとしても、要とて毎週のこの時間を楽しみに

しているのだから妥協したくないし、何より友達だからと全てを許容するわけにはいかない。

蛍と友達になった時、要は互いに遠慮なんていらない、言いたいことははっきりと言い合える

関係でありたいと願った。

それはつまり、嫌なこともはっきりと嫌だと言い合える関係でありたいのだ。

そうでなければ蛍と本当の意味で友達になることは出来ないし、それは蛍のためにもならない。

 

「あ・・・ごっごめんなさい・・・。」

 

「別に騒ぐなとも言わないよ?ただもうちょっとだけ声落としてな?ウチも見たいから。」

 

「うん、わかった。」

 

「素直でよろしい。」

 

すると蛍は、これ以上は騒がないという意思表明なのか自分の口を両手で抑え込んだ。

ちょっと声を落としてほしいと頼んだのに、一切声を発さないつもりのようだ。

相変わらず0か100の両極端の選択肢か取らない子だなと思いながらも言うことを聞いてくれた

ことに感謝し、要はオルレンジャーの視聴を再開するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

オルレンジャーの視聴を終えた蛍は、雛子の祖母と一緒に朝食を準備に取り掛かった。

要と雛子は、オルレンジャーの後番組であるマスクライダー・スペースを見ているところだ。

マスクライダーシリーズは、仮面を被り素顔を隠したヒーローが、怪人によって構成された

敵組織と戦うという子供向け特撮ヒーロー番組だ。

だが勧善懲悪を一貫したテーマとして描くレンジャーシリーズとは異なり、人間VS怪人という

構図を作りながらも、人にも悪の心を、怪人にも善の心を持つものがいるので、正義と悪の境界線

が曖昧となっているのがマスクライダーシリーズの特徴だ。

敵側である怪人達にもドラマがあり、ヒーローと怪人による群像劇が描かれていくという

レンジャーシリーズとはまた一味違った作風が大ヒットし、今やレンジャーシリーズと双璧を成す

特撮ヒーロー番組となっているのだ。

だが一般人が敵の怪人の手にかかる、戦いの中で流血するシーンが多く含まれる等、子供向けの

番組としてはショッキングな映像が多くあるので蛍は苦手としており、興味はありながらも未だに

シリーズを満足に視聴したことがない。

そのため蛍はこの時間を使って朝食の準備をし、マスクライダーのさらに後番組に当たる

魔法少女キュアピュアまでの時間を繋いでいるのだ。

魔法少女キュアピュアは、蛍が幼少の頃から続いている女児向けに制作されたアニメであり、

妖精から魔法の力を与えられた女の子が、変身して悪の組織と戦うという物語だ。

まさかこのアニメと似た魔法のような出来事が、自分の身に振りかかるとは思いもしなかったが。

事実は小説より奇なりと言っても、ここまで現実離れした体験をしたものは他にいないだろうと

蛍は自分のことながら思うのだった。

 

「ヒナちゃんから聞いたわよ、蛍ちゃん。

毎日お母さんの代わりにご飯を作ってるんですって?どうりで、上手なわけだわ。」

 

横に立つ菊子から料理の腕について褒められるが、蛍は少しだけ緊張していた。

と言うのも、雛子の家はキッチンも自分の家のものと比べるのが憚れるくらいスペースが広く、

設備や器具もお遣いの時に母から預かるお金を全てつぎ込んでも買えないであろう高価なものが

揃っているのだ。間違っても壊すわけにはいかないので、普段よりも慎重かつ丁寧に作業する。

食材だけは自分が普段利用しているものと同じで、商店街にあるスーパーや八百屋で購入したもの

を使っていたが、冷蔵庫の中に眠っている見るからに高価な霜降り肉を前に目を丸くしたことは

忘れられないだろう。

 

「えと・・・そんなたいしたことないです・・・。」

 

自分よりも遥かに長い時を家事に費やしているであろう菊子に褒められたものだから、蛍はつい

恐縮してしまう。

 

「ふふ、将来いいお嫁さんになれるわよ。」

 

「えっ!?えと・・・。」

 

恋人どころか異性の友人すら存在せず、恋すら経験したことのない蛍には、お嫁さんの具体的な

イメージなんて想像出来るはずもなく、そもそも将来良いお嫁さんになれるというのは、

家事の出来る女性への褒め言葉として使われているものであることもわかっているが、

それでも親にも言われたことのない言葉に、蛍は顔を赤くして言葉を詰まらせた。

菊子はそんな蛍の初心な反応を見てクスクスと笑うのだった。

 

 

やがて朝食の準備が終わり、蛍たちは朝食を食べながら今日の予定について話し合った。

 

「いつも商店街の方ばかり行ってるし、せっかくだからモールまで行ってみない?」

 

「モールって、夢ノ宮ドリームプラザのことよね?」

 

「もっちろん。」

 

雛子の確認に要が頷く。

夢ノ宮ドリームプラザとは、夢ノ宮市最大のショッピングモールのことだ。

この街からはやや離れており、夢ノ宮中学前のバスを利用して20分ほどかかる場所にある。

およそ徒歩では向かえない夢ノ宮ドリームプラザに、週末の休みを利用して親と一緒に車で訪れる

のは、蛍の休日の楽しみの1つだった。

そんなところへ友達と一緒に向かうというだけで、蛍の気持ちを高揚させるには十分だった。

 

「そうしよ!みんなでドリームプラザまでいこっ!!」

 

「蛍、食事中に騒がない。」

 

「わわっ、ごめんなさい。」

 

ついテーブルを大きく揺らしてしまい、要に注意されてしまう。

 

「まあでも、蛍ちゃんが行きたいって言うのなら決定ね。」

 

「賛成。蛍、朝ごはん終わったらドリームプラザまで行こうな。」

 

「うん!」

 

今回の泊まり会、2人は自分の意見を率先して聞いてくれている。

蛍はその事に深く感謝しながら、朝食を食べ終えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食を食べ終えた蛍たちは、雛子の祖母にお昼ご飯は食べてくると伝えて、夢ノ宮ドリームプラザ

へと向かった。

夢ノ宮中学校前バスまで徒歩で行き、そこから約20分ほどして目的地の前にあるバス停まで

辿りつく。

バスから降りた蛍たちはまず、人目のつかないところまで移動し、チェリーたちが人間に変身するのを待った。

やがてサクラ、ベル、レミンへと変身した妖精たちが姿を見せ、6人で改めて夢ノ宮ドリーム

プラザへと足を運び入れた。

夢ノ宮ドリームプラザは、中央に休息用の空間を大きく取り、両サイドから三階層に渡って大小

さまざまなお店が並ぶ作りになっている。

そのため、正面の入口である自動ドアから中に入ると、大広間を中心として両サイドに拡がる

お店が、三階層とも目に映るという見晴らしの良い空間になっているのだ。

当然、入り口から見渡せるお店が全てではないが、この場から見渡せるお店の数だけでも、

商店街のものとは比べものにならない数であることがわかる。

夢ノ宮市最大のショッピングモールの名は伊達ではないのだ。

 

「これはすごいな・・・。」

 

「ふわあ~、ひろ~い・・・。」

 

「ベルさんとレミンちゃんは、ここにくるのははじめて?」

 

「買い物といえば、地元の商店街にしか行ったことがないからな。」

 

「レミンも~。」

 

ここに来るのは初めてと語るベルとレミンは、目の前に広がる広大なショッピングモールにすっかり目を奪われていた。

ちなみにサクラは一度、蛍が親と出かける時に連れて行ってもらったことがある。

中央の広間には、買い物の合間に一息入れている人たちがベンチに腰掛け談笑しており、

両サイドに分かれて立ち並ぶお店には、多くの人々が出入りしていた。

休日のしかもゴールデンウィーク中なので、いつも以上に多くの人で賑わっている。

 

「じゃっ、まずどこから見て回ろっか?」

 

「わたし、さいしょジェラートのおみせによりたいな!」

 

ゴールデンウィークに新作発売の情報を入手していた蛍は、何よりもまず先にその店を訪れたいと

思っていたところだ。

 

「ってことは、この階のスイーツエリアね。」

 

「んじゃっ、行きますか。」

 

「うん!」

 

妖精たちも合わせて計6人。それなりの人数で夢ノ宮ドリームプラザを見て回ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

新作のジェラートをじっくりと堪能した雛子たちは、

しばらくの間は6人でウィンドウショッピングを楽しんでいた。

すると、ここに来るのが初めてのベルとレミン、一度した訪れたことのないサクラたちの間で

見て回りたいお店がはっきりと分かれたのだ。

とはいえ、昼食を食べた後に帰ると祖母と約束しているので、午前中の内に見て回れる数は

限られてくる。

そこで蛍が、ここまで一緒に見て回れただけでも十分と言うので、昼食までの間はそれぞれの

パートナー同士で別行動を取ることになった。

雛子は、レミンのリクエストである子供用おもちゃ売り場を見て回った後、

今は雛子個人の目的で本屋へと足を運んだところだ。

レミンが児童向けの絵本売り場にいることを確認した雛子は、自身の目的の本があるコーナーへと

向かう。

 

「あった。」

 

雛子が手に取ったのは、『小説家を夢見るあなたへ』というタイトルの本だ。

小説を書く上での基本的な技術、プロの小説家によるアドバイスやインタビュー等が掲載されて

いる他、一般応募の中で最優秀賞を受賞した作品が載せられている。

ネットで見かけたレビューによると、今年度の最優秀賞受賞作品である『海賊ハリケーン』は

とても面白いと評判だったので、読んでみたくなったのだ。

 

「・・・。」

 

手に取る本は決して分厚いものではないのだが、雛子にはそれがとても重たく感じられた。

それは雛子がまだ自分の『夢』と正面から向き合えていない証である。

 

「あら?雛子じゃない。」

 

すると背後から声がかかった。振り向くとそこにはクラスメートであり、小学生からの友人の1人

である愛子が立っていた。

 

「愛子、奇遇ね。こんなところで。」

 

「欲しかった新作の漫画、今日発売日だったからね。お父様がこちらに来る用事があったから、

ついでに買いに来たのよ。」

 

そう言いながら、愛子は嬉しそうに手に持つ漫画を見せてきた。

愛子が大の漫画好きであることを知る雛子は、そんな姿を見て微笑む。

 

「雛子こそ、こんなところで何して・・・。」

 

言いかけた愛子は、自分が手に持つ本を見て、ここに佇んでいた理由を悟ったようだ。

 

「・・・ついにやってみる気になったんだ?」

 

「ううん、そんなんじゃないわ。今年の最優秀受賞作品が面白いって評判だったから、

読んでみたくなっただけよ。」

 

「でも、ボ~ッとしてたってことは、考えてないわけじゃないんでしょ?

雛子の将来の夢なんだよね?小説家になること。」

 

さすがに付き合いが長いだけあって、愛子の目は誤魔化せなかったようだ。

そう、この本を買うのは海賊ハリケーンが読みたいだけが目的ではない。

小説家になるために必要な知識を得ることが、何よりの目的だった。

小説家になるという自分の夢のために。

だが未だに煮え切らない気持ちになっているのは、まだその将来のビジョンが明確に見えていない

からだろう。

 

「夢だって断言出来るものでもないわ。なれたらいいなくらいにしか、まだ考えていないもの。」

 

幼い頃から夢見た職業。これまでも何度か物語を書きたいと思い、筆を取ったことがあった。

だがいざ書こうとしても、自分が思い描くものを上手く文章で表現することが出来なかった。

本を読むことと、本を書くことは、全く別の次元の話であったことを雛子は痛感した。

以来、小説家になるという将来を夢見ることに臆病になってしまった。

それでも未だに雛子は、その夢を断ち切れずにいる。

 

「でもそうやって、必要な本を手に取って前を向こうとしてるだけ雛子は立派だと思うわ。」

 

すると愛子は、どこか憂いた表情でそう話しかけて来た。愛子の将来を『夢』を知る雛子は、

首を傾げながら彼女に問う。

 

「愛子だって、漫画家になりたいって将来の夢のために頑張っているでしょ?

この前だって『漫画王に俺はなる!』って本、買ってたじゃない?」

 

「あはは、実はあれまだ封を開けてないんだ。それにほら・・・うちの都合もあるから・・・。」

 

歯切れ悪く答える愛子の視線の先には、1つの雑誌が置いてあった。

その雑誌の表紙には『宮内コンツェルン、新事業開拓!』と大きく書かれている。

 

「宮内コンツェルン現社長のご令嬢として恥じぬ振る舞いを身に付けろって、

昔からそう言われてきたからね・・・。」

 

宮内コンツェルンの名は、世間的にもそれなりに知れ渡っている。

そして愛子は宮内コンツェルンの社長の娘だ。

愛子から聞いた話によれば、社長令嬢として恥じない素養を身に付けるために、幼い頃は淑女と

しての作法を学び、社長令嬢として著名人たちの集うパーティーにも何度か顔を出すこともあった

ようだ。

だが愛子の両親は、彼女の人生を縛るようなことはしなかったはずだ。

雛子は愛子が以前話していたことを思い出す。

 

「私の両親は、よく漫画とかに出てくる、お前は家の後を継ぐために生まれて来たんだ!

後継ぎのことだけを考えろ!と言う感じの親じゃないのよ。

お父様もお母様も、家を継ぐことに縛られる必要はない。

お前の好きなことをすればいいって言ってくださったわ。

だから私は漫画家を目指すの!」

 

そう嬉しそうに話していた。だから雛子は今になって家に縛られる彼女の心境を測りかねていた。

 

「時々思うの。宮内コンツェルンの令嬢が漫画家を志しているってことが知られたら、

お父様とお母様の名に傷をつけてしまうんじゃないかって。

そうでなくても、漫画家ってかなり茨の道じゃない?

沢山の人が志して、でも沢山の人が挫折している。

もし私が将来の夢をかなえられなかったら、お父様とお母様の思いを無駄にしてしまったら・・・そう思うとね・・・怖くてね。」

 

自分の心境を見透かしたように、愛子は心境を打ち明けて来た。

日本では漫画は子供の娯楽、大人になれば卒業するものと言う考えは未だに根強く残っている。

雛子はそれが納得できなかった。

漫画も小説と同じ、書物を媒体とする創作物だ。

創られた世界を表現する方法が文章か絵かの違いでしかないのに、なぜ漫画だけが子供の娯楽だと

扱われなければならないのか。

そもそも漫画を描いているのは、他でもない大人だと言うのに。

だが愛子は、宮内コンツェルン社長令嬢が漫画という子供の娯楽に現を抜かしているという世間体

を気にしているのだ。

それは愛子の両親の評価さえ落としかねないから。

両親から自由を許されたことが逆に愛子自身を縛り付けている。

そんな天邪鬼な愛子の立場がとても悲しく思えた。

 

「ねえ、雛子にはわかるでしょ?雛子だって、私と一緒じゃない?」

 

「・・・。」

 

確かに雛子の両親も、それなりに大きな会社を経営している社長だ。

つまり自分も社長令嬢、そして自分の家は、一般で見ればお金持ちであることも自覚している。

だが雛子は愛子の言葉に頷くことが出来なかった。

雛子は愛子と違い、著名人の集まるパーティーに出席したことがなければ、淑女の作法を学んだ

こともない。

両親には悪いなと思うが、雑誌で取り上げられるほど名が知れ渡っている宮内コンツェルンと

比較すれば、両親の経営している会社なんて小企業もいいところである。

そもそも両親からはほとんど仕事の話も聞いたこともなく、家業を継げと言う言葉さえ出たことが

ない。

雛子にとって両親が会社を経営していると言うのは、他の子よりもお小遣いを多くもらえるのと、

他の子よりも両親と過ごす機会が少ないという程度の認識でしかなかった。

同じ社長令嬢でも、愛子とは育ちも立場も違う。

だから雛子には、愛子と同じ心境に立つことなんて出来なかった。

 

「あっ・・・ごめんなさい。失礼なこと聞いちゃって。

そんなことまで言うつもりなかったのに・・・。」

 

沈黙した自分を見て、愛子は慌てて謝罪してきた。

だが言うつもりのないことまで吐露してしまったあたり、彼女は相当に思いつめているのかも

しれない。

 

「愛子。」

 

「なっなに?」

 

「少しでも、1人で抱え込むのは無理だって思ったら、遠慮なく私にぶつけてね。

私、愛子の気持ちも苦労もわかってあげることは出来ないけど、悩みを聞くことなら出来るし、

一緒に悩むことだって出来るから。」

 

友達が思いつめ悩んでいるのであれば、出来る限り力を尽くす。

それが友達として雛子ができる恩返しだ。

雛子にとって友達は、1人では知ることの出来ない世界を教えてくれる大切な存在だから。

 

「・・・ありがと、雛子。それじゃあ、お父様たちを待たせているから、

私はこの辺で失礼するわ。」

 

「うん。」

 

「雛子、また学校で会いましょう。」

 

「うん、また学校で。」

 

別れ際、愛子は少しだけいつものような明るい笑顔を見せた。

将来に対して漠然とした不安を抱いているのは自分だけではない。

雛子は愛子の将来を思いながら、自分の将来とも向き合っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

夢ノ宮ドリームプラザを、1人の青年が歩いていた。

190cmに近い身長。水色の髪に青の瞳を持つ青年は、

ドリームプラザを歩いていながら、道行く店には目もくれなかった。

青年の目的はただ1つ。自分が『選別』した『素材』のみ。

だが青年の前を1人の少女が横切った。

小柄な体躯のピンクの髪をした少女の方に青年は僅かに視線を向ける。

少女からは、ほんの少しだけ『闇』を感じることが出来た。

だが意識しなければわからないほど微小なものであるにも関わらず、その闇は、底の知れない

黒さが垣間見えた。

『表面上に感じ取れる闇』と『潜在する闇』がここまで極端に違うとは、非常に興味深い素材だ。

是非とも『熟成』してみたいところだが、初めて見るタイプだけに、もう少しだけ観察した方が

いいだろう。

今回は大人しく、本来の目的である素材を使うことにしよう。

 

「見つけた。」

 

青年は視界の中に金髪の少女を捉えた。

その少女から感じられる闇こそ、青年がこの世界で選別してきたものの1つだ。

あとはあれを熟成させるのみ。

少女の姿を捉えた青年は、店の影に身を潜める。

そして右手を上に伸ばし指をスナップすると、青年の両足が鳥類のような鉤爪に、手は背に羽織る

マントと同化し、その瞳は赤く染まっていった。

ダークネスの行動隊長、ダンタリアへと姿を変えた青年は1つの言霊を呟く。

 

「ターンオーバー、希望から絶望へ。」

 

そしてダンタリアの足元から目に見えぬ空間が広がり、夢ノ宮ドリームプラザを覆っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

雛子と別れた愛子は、買ったばかりの漫画を片手に見つめながら、親の元へと向かって行った。

 

「はあ~。」

 

だが途中、ため息を1つ吐いてその場にとどまった。

先ほど雛子に投げた言葉を思い出し、後悔の念に苛まれる。