チョイワルビッキーと一途な393 (数多 命)
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ルナアタック
ひびみく道中


深く考えてはいけません。
暇つぶし程度にさらっと読み流すのを推奨します。


『転生小説』。

もはや今となっては説明不要の、二次創作のジャンルである。

大体のパターンとして、神様がお仕事でミスをやらかし、予定外の死を遂げた主人公が。

お詫びの印としてアニメや漫画の世界に転生させてもらう、というものだ。

奇をてらって、普通に寿命で死んだ後に、頼み込まれてなんてのもある。

転生の際『特典』をもらうというのもお約束だろう。

別のアニメの能力をもらったり、転生先におけるチートを身につけ無双を夢見たり。

転生した後の行動も様々だ。

原作知識をフルに活用して、不憫な結末を覆したり、逆に原作介入を回避したり。

どんな理由で転生して、どんな能力をもらって、どんな行動を取るのか。

作者さんの数だけパターンがあるので、見ていて飽きない。

それが『転生小説』の魅力ではないだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

さて、何故ここまで熱弁をふるったのかといえば。

 

 

今生名『立花響』であるわたしが、その転生者だからである。

 

 

 

 

 

 

 

いや、神様に会ったわけでもないし、そもそも死んだ自覚も無かったんだけどね?

気がついたら幼稚園生に戻ってたとか、SAN値チェックものですよ・・・・。

しかも『戦姫絶唱シンフォギア』の主人公への転生である。

やる気のある物好きなファンなら、『よっしゃー!』と喜ぶところであるけど。

自覚したわたしが真っ先に抱いた感情は、絶望だった。

だって、そうでしょう?

まず無数の死亡フラグがついて回るし、それ以前に歌って戦うとか無理だし。

『思い付きを数字で語れるものかよッ!』みたいな感情論を実現させるほどの能力なんて持ち合わせていないし。

何より『わたし』はあんなにポジティブじゃないし、なれない。

思考の傾向としては、むしろネガティブよりだ。

そんな立花響(わたし)が、ルナ・アタックやフロンティア事変に対し、立花響(げんさく)のように立ち向かえるか。

 

 

 

結論、無理。

 

 

 

どこかで詰んでゲームオーバーになる末路しか見えなかった。

そんな風に先行きに不安を覚えてビビっていたから、あの『ツヴァイウィングのライブ』を口実に家出。

わたしを知っている人が誰もいないところへ、とにかく遠いところへ逃げたくて。

お隣の半島へ渡る船に忍び込んで、密航したまではよかったんだけど・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

そこは、日本のような手入れの行き届いた国からすれば、『汚い』以外に言いようの無い場所だった。

部屋全体が埃っぽく、窓枠を指でなぞれば白く汚れる。

天上も隅だけに飽き足らず、満遍なく黒いシミがついていた。

床なんて、寝そべるなどもってのほか。

少なくとも、そんな場所に物を保管するべきではないだろう。

貴重な食い扶持である『商品』を置くなど、ありえない。

ありえないのだが、

 

「ははっ、いい『モノ』手に入ったぜ」

「――――!――――!」

 

ここは日本ではないため、そんな理屈はまかり通らなかった。

南米系の男が、下卑た笑みで見下ろす先。

猿轡をされた日系の少女が、目に涙を浮かべて見上げていた。

完全に怯えきっており、体が小刻みに震えている。

周囲には同じように拘束された少年少女たち。

日系の子と違うのは、目から生気が消え去り、人形のようにぐったりして微動だにしないことだろう。

 

「おら、もっと良く見せろ!」

「――――ッ」

 

大事な『商品』なので、手は出さない。

出さないが、触りはさせてもらう。

顎を引っつかんで、こちらに顔を向けさせる。

 

「ここらにしちゃあ状態がいいな、こりゃあ高く売れるぜ!」

「――――そんなにいいの?」

「もちろんだとも!」

 

違和感に気づかず、男は続ける。

 

「身奇麗にしてあるから垢汚れも無い、十分食ってたみたいだから肉付きもいいし!何よりこの髪だ!」

「・・・・ッ」

 

顎の手を頭に移動させて、髪を引っつかむ。

 

「色も艶も申し分なし!こんだけ見てくれが上等なら、百万はくだらねぇぞ!!」

「へぇ、それはいい拾い物したね」

「だろう!?あいつ、餓鬼のくせしてこんな上玉隠し持ってたなんて・・・・かっさらってくるボスも、人が・・・・ぁ?」

 

語りに語って、やっと気がつく。

自分は今、誰と話していた?

急に襲う悪寒。

恐怖に駆られた男は勢い良く振り向く。

 

「だ、誰だ!?」

 

部屋の入り口には誰もいない。

気のせいだったかと、気を緩めた一瞬。

 

「――――ごめんね、おじさん」

 

上から、声。

 

「それ、非売品なんだ」

 

骨が砕ける、鈍い音。

男の視界は暗転する。

 

「・・・・」

 

転がった体を踏みつけ、じぃっと睨みつける。

やがて完全に事切れたと判断し、息を吐き出した。

 

「――――響」

「待たせたね未来、怖かったでしょ」

 

遺体を蹴り付けて退かしながら、日系の少女―――未来の拘束を外す。

響と呼ばれた癖のある淡い茶髪の少女は、安心させるように微笑んだ。

 

「未来、早速で悪いけど逃げるよ。ちょっと暴れすぎちゃったから、敵認識されちゃった」

「ごめん、わたしが捕まったから・・・・」

「大丈夫、いつものこと」

 

落ち込む未来を労わるように、自分の上着を着せる。

長居する理由は無い。

ふと『商品』達の方に目をやれば、何人かがぎらついた視線を向けていた。

大方、『お前だけ逃げて卑怯だ』くらいに思っているんだろう。

とばっちりだと思いながらも、かといって彼らが将来的に襲ってこないとも限らない。

だから響は徐に遺体を漁る。

 

「はい」

 

ベルトから鍵の束を取り外して、彼らに投げつける。

 

「出て行くも行かないも自由・・・・好きにすればいい」

 

そう言い捨てて、今度こそ立ち去る。

道中は案外楽だった。

強いて言うなら、所々に転がっている亡骸が邪魔だったくらいだろうか。

 

「テメェ、この裏切りモンが!!」

「契約を破ったのはそっち」

 

立ちふさがる敵は、響が容赦なく排除していく。

右腕に仕込んだ刺突刃で、あるいは磨き上げた体術で。

時にスマートに、時に派手に立ち回り。

新たな屍を作り上げる。

 

「大丈夫、未来は悪くない」

「手出ししたこいつらが悪いんだ、自業自得だよ」

 

響は安心させるために、しっかり手を握り締めて。

撒き散らされた臓物と肉片に怯える未来に、何度も言い聞かせていた。

そうして二人は、貨物列車が並ぶ車庫に侵入。

ちょうど発車する車両があったので、遠慮なく飛び乗る。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

(何とか逃げられたか)

 

離れていく街並みを眺めながら、ぼんやり思う。

乗員に見つかったら賄賂を渡して黙らせればいい。

こういうところは、日本と違って融通が利いて助かる。

 

「響、疲れてない?」

「へーきへーき、未来こそ怪我はないよね?」

「わたしだって大丈夫だよ、響が助けてくれたから」

 

嬉しいこと言ってくれる幼馴染の頭を撫でてやれば、嬉しそうにはにかんだ。

――――もう一年と・・・・七ヶ月、いや八ヶ月くらい?になるのか。

お隣の半島に無事にたどり着いた矢先。

ひょっこり現れたのが、置いていったとばかり思っていた未来だった。

まさに『えへへ、来ちゃった』と言わんばかりのこの子を置いていくわけにも行かず、一緒に行動をしている。

本当なら半島にいた頃に送り返せたらよかったんだけど、反日感情が強い中に置いてけぼりにするのは心配だったし。

かといってまたこっそり密航させてなかったことにしたくても、『かくれんぼ』が苦手だった当時のわたしのせいで警備が厳重になってしまって。

結局、ユーラシアを横断する大回りルートを行くことになってしまった。

・・・・楽しかったかどうかを聞かれたら、そりゃあ楽しかったよ。

わたしが大怪我をしたり、未来が熱を出したり。

むしろ大変なことが多かったように思えるけど。

かといって、ただ辛いだけじゃない旅だったから。

まあ、それも終わりが見え始めたわけでして。

 

「あ、上着・・・・」

「いーからそのまま着てな、連中に身包み剥がされた所為で薄着でしょ」

 

――――あの時。

未来の熱意に負けて、ライブ会場に向かったこの体には。

原作どおり『ガングニール』が宿っている。

この一年半と少しの間、生きるために力を引き出す方法をどうにか模索して。

今では『歌』で増幅させること無く、丈夫な体と、人間以上の身体能力を手に入れることが出来た。

代償に、大分侵食されていたけど。

 

「そうだけど・・・・」

「ほら、わたしは『風の子』だから。それに一応室内にいるわけだし、ちょっとくらい平気」

 

まず変化が起こったのは味覚。

何を食べても味を感じなくなった。

次に暑さ寒さの感覚が薄れてきて、今じゃ極寒の中でも薄着でいられる。

さらにここのところ、痛覚も鈍り始めた。

このままだと、ほどなく触覚も異常を示しだすだろう。

未来に心配されないよう、今までなんとか誤魔化して来たけど。

これ以上はちょっときついかも。

 

「・・・・未来?」

 

さーてどうしたもんかなと考えていたら、未来が寄り添ってきた。

甘えるように身を摺り寄せて、肩に頭を乗っけてくる。

 

「響が悪いんだもん、寒そうな見た目してるんだから」

「そんなに?」

「そんなに」

 

上目遣いで、ほっぺたを膨らませて抗議してきた未来は、さらに体を押し付けて。

わたしの肩に、幸せそうに顔を埋めてきた。

 

「響、あったかい」

「未来もあったかいよ」

 

頭を傾けて、身を摺り寄せ返して。

未来の好意に応える。

段々人間らしさを失くしていく体を自覚する度、『日常』の中にいられないんだと実感する。

だからこそ、わたしを想って付いて来てくれる優しい未来を、絶対日本に返さなきゃいけないとも。

列車の行き先は乗る直前にちゃんと確認したので、あっているはず。

陸路で行くなら、北米大陸をさらに北上すればいいけど。

アラスカの凍てつく寒さに、わたしはともかく未来が耐えられないだろう。

だから陸路は最終手段にして、当面は海路を目標にする。

気がかりなのは、ここらよりも厳重であろう警備のことだけど・・・・。

 

「次はどんなところかな」

「雨風凌げて、ご飯がおいしかったら文句はないよ」

「もう、響ったら」

 

未来のためなら、何とか出来そうな気がする。

――――お別れが近い。

未来を日本に返したら、わたしは独りになるだろう。

けれど、不思議と怖くないと感じる根拠は、きっと。

一緒に過ごした日々が、わたしの宝物になっているから。

だから。

 

「・・・・このまま一緒に旅が出来たらいいな、ずっと、ずーっと」

 

この手を離す、温もりを手放す、その日までは。

 

「・・・・そうだね」

 

この子の隣にいることを、どうか許してください。




夢の中でビッキーになっている自分。

「こんなハードな役こなしきれるわけないやん(白目」
「よし、逃げよう」
と、トンズラこく。

だけどどこに逃げても、どこまで行っても。
393がどこまでも追っかけてくる。

撒いたと思って一息ついた矢先に、「みーつけた」とひょっこり現れる393。

「どーなってんだあんた!ホーミングってレベルじゃねえぞ!?」
と戦慄する。

という夢を、ちょっと前に見まして。
書いてみたら存外いい出来になったので、ここに上げた次第です。
お目汚し失礼しました。


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旅の終わり

初めての赤評価に舞い上がった結果(
深く考えてはダメです。
ダメったらダメ!


日本、東京都。

春の少し冷たい風が吹く中。

わたし達は船から飛び降りる。

・・・・ああ、よかった。

やっとここまでこれた・・・・!

 

「――――それじゃあ達者でな!お二人さん!」

「うん、おじさんもありがとう」

「お元気で」

 

全身満遍なく日焼けした、まさに船乗りと言った出で立ちのおじさんに見送られて。

わたしと未来は、二年ぶりに日本の地に立っていた。

あの後無事に北米大陸にたどり着いたわたし達は、とあるマフィアにお世話になった。

これがまた『任侠魂』やら『仁義』やらに溢れた人達で、わたし達の里帰りにも快く協力してくれたよ。

お陰でとりあえずの目標を達成できて、ほっとしている。

 

「いい人達でよかったね」

「やってることはあくどいけどねー」

「それは言わない約束だよ」

 

笑い声が響く。

どうやらお互い、故郷に戻ってきたことではしゃいでいるらしい。

 

「はやいとこ宿探して、荷物預けちゃお。そしたら色々見て回ろうよ」

「うん!」

 

嬉しそうに笑って、ぎゅっと手を握り返してくる未来。

・・・・この笑顔を、少しの間曇らせてしまうまで。

もう少し。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

小日向未来にとって立花響は、掛け替えの無い存在だ。

関係を言い表すのなら、『幼馴染』や『親友』で片付けられるが。

少なくとも今の未来にとっては、その程度で言い表せないほどに大きくなっている。

初めて会ったのは幼稚園のとき。

周りが知らない子ばっかりで、お母さんとも離れなきゃいけないのが怖くって、部屋の隅っこでめそめそ泣いていた。

 

「――――だいじょーぶ?いたいの?」

 

そこに声をかけてくれたのが響だ。

お姉さんみたいな落ち着きと、妹みたいな明るさを持った不思議な子。

変わってるなと思ったけど、何故か怖いとは思わなくて。

気がつけば一緒に帰るくらいの仲になっていた。

小学校に上がって別々のクラスになっても、クラスメイトより響といる時間が多かったくらいだ。

中学に上がって陸上部に入ってからも、それは概ね変わらなかった。

 

――――転機はやっぱり、自分がツヴァイウィングのライブに誘ってからだ。

 

あの頃の響は何かを考え込むことが多くなって、話しかけても気がつかないことがしばしばあった。

悩み事があるのかと聞いても、誤魔化すばっかりだった彼女。

相談してもらえない悔しさと、積もりに積もった心配。

今より子どもだった未来には、『何もしない』なんて選択肢を取れなかった。

だから気分転換になればと、頑張ってライブのチケットを手に入れて、響を誘って。

・・・・今となっては、当時の自分の浅はかさが恨めしい。

何故起こり得る悲劇を予想できなかったのか、考えるたびに自責の念で胸が疼く。

だけど今どれだけ後悔しようが、響があの会場で事故に巻き込まれたのは変えられない。

そして、その後に起こった『迫害』も。

 

「あんなにたくさん死んだから、皆悲しいのをどうにも出来ないんだよ」

 

だから、しょうがない。

『人を殺した』だなんて言いがかりを言われて、始めこそ響は気丈に振舞っていた。

だけど、クラスメイトが敵になり、ご近所さんが敵になり、仕舞いには未来の両親にさえ悪く言われるようになって。

止めになったのは、お父さんが失踪したことだろう。

会社で響の無事を喧伝してしまったことが、同じ事故で家族を亡くした取引先に知れてしまったらしい。

それが原因で、会社をクビになってしまって・・・・。

もう、響は限界だった。

元から責任感が強かった彼女は、『全部自分の所為なんだ』と自分を追い込んでしまった。

一人になるたびに『何でお前が生きているんだ』と、周りの怨念を染み込ませる様に呟いていた。

もちろん響は何も悪くない。

強いて言うのなら、あの日誘っておきながら結局行かず、危ない場所に置き去りにしてしまった未来が悪いのだ。

だから響は何も悪くないし、苦しいのなら今度こそ力になりたいと。

――――二年前のあの夜。

何やら荷物を抱えて走る響を窓から見つけたとき、これは運命だと思った。

きっとこのまま響を行かせてしまえば、小日向未来は一生後悔するとも。

だから行動も速かったと思う。

バッグに入れられるだけの最低限の荷物を入れて(着替えは無し、絆創膏とかライトとか、本当に最低限)、慌てて後を追いかけて。

結局響と合流できたのは、お隣の国についてからだったけど。

そこからの旅は、楽しかったけど過酷でもあった。

何より二人そろって不法入国なんてやらかしている身だから、まともな道をいけるはずも無く。

響は何度も『悪いこと』に手を染めた。

でも未来は責めなかった。

だって大本の原因は自分にあるのだし、自分も響も『そう』しなければ生き残れない環境にいることも十分に理解していた。

 

「お疲れ様、響」

「いつもありがとう」

「気にしないで、大好きよ」

 

だから、響が壊れきってしまわないように、優しい言葉をかけ続けた。

響がこれ以上自分を責めないように、自分に向かって『死ね』だなんて呪いを吐かない様に。

何より、血でふやけてしまった両手を包んであげることが、自分の使命(ばつ)だと思ったから。

実際どれほどの効果があったのかも、本当にこれが使命(ばつ)なのかどうかも分からなかったけれど。

だけど、

 

「――――未来!いこ!」

 

握った手が、暖かい。

久々の日本に浮かれているのか、響の顔はすこぶる明るい。

 

「・・・・うん」

 

この笑顔を支えられるのなら、何時までだって続けようと思うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、ひっさびさの日本を時間の限り満喫しましたよ。

やっぱり時間が経っているだけあって、新しいもの、無くなっているものがちらほらあったけど。

むしろいい感じのアクセントになってて面白かったし。

・・・・まあ、平日の真昼間だったこともあって、『十代女子がこんなとこで何してんの?』みたいな目で見られたけど。

それ以外は特に問題も無かったので、良しとしよう。

で、今何をしているかと言えば。

 

「シェルターどこおおおおおおおおおッ!?」

 

シェルターを探して全力疾走中です。

後ろにはノイズの団体様。

ええそうです、普通にピンチです。

しかも右手に未来を、左手に女の子を抱えている状態。

両手に花やで!うらやましかろ!?

 

「うっひゃぁ!?」

 

後ろから飛び掛ってきた一体をどうにか回避。

サーセン、調子に乗りましたッス!

ぬぐぐぐ・・・・しっかし、この状況はいただけない。

いくらガングニール先生のお陰で人外に片足突っ込んでいるとは言え、走りっぱなしはさすがにきついべ。

 

「くっお、ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

火事場の馬鹿力で壁を駆け上がり、三角飛びで昇る。

一気に距離が離れるノイズ、飛び回るタイプは見当たらない。

上りきった空中で体勢を立て直して着地。

・・・・しようとして、思いっきり失敗した。

うぅ、かっこ悪い・・・・。

いや、女の子と未来はどうにか庇えたからよしとしよう。

 

「響、大丈夫?」

「おねえちゃん?」

「だいじょぶだいじょぶ、鍛えてますから!」

 

心配そうな二人に大丈夫をアピールしようとして、ふと気付く。

右手が、っていうか、腕全体が動かない。

・・・・ああ、何だ。

肩が外れただけか。

 

「響?」

「なんでもないよ、ちょっと待ってて」

 

どうにか立ち上がって、ちょうどよさそうな壁を発見。

うん、これならいけるね。

不思議そうな未来の視線を受けながら、勢いをつけて。

肩を、壁にぶち当てた。

着いた砂埃を払って動かしてみる。

よしよし、戻った。

 

「もしかして脱臼してたの!?本当に平気なの!?」

「いや、今治したから別に・・・・」

「こっちが良くないの!シェルターついたら、湿布貼ってあげるから!」

「あー、うん」

 

ぷりぷり怒ってた未来だけど、不安げな女の子に気がついてすぐにそっちを見る。

女の子を慰める未来を見ながら、思わず参ったなと頭をかいた。

――――つい二ヶ月前だったか。

とうとう痛覚が無くなった。

戦闘の時は痛みに怯まなくなったので便利だけど、痛みの一種である『辛味』を感じられなくなったのはちょっと寂しい。

真っ先に味覚を失くした身としては、辛いものみたいな刺激のある料理が楽しみだったからなぁ・・・・。

改めて人間やめてる自分にがっくり肩を落としながら、振り向いて。

ご丁寧に待機していたノイズと目が合う。

 

「―――――ッ!!」

 

って、(うせ)やろ!?

もう追いついてきた!?

 

「響!」

「その子と一緒に下がってな!」

 

二人を後ろに押しやりながら構える。

いつの間に『おかわり』がきたのか、さっきよりも数が多い。

・・・・ここはもう、やるしかないか。

息を、吸い込んで、

 

「Balwisyall Nescell Gungnir tron...」

 

胸を中心に『火』が灯る。

肌の下を、筋肉の間を駆け巡る『熱』を御しながら、体を守る『鎧』と、連中を屠る『武器』をイメージして。

光が治まったころには、『ガングニール』を纏ったわたしが立っていた。

右腕の刺突刃を確認・・・・うん、動作不良はなし。

・・・・え?歌わないんじゃなかったかって?

逆に考えたんだ。

『手遅れなとこまで侵食されてんだから、歌っちゃえ』と考えたんだ。

と、ゆーわけで。

 

「さあ行くよ、お仲間はちゃんとそろえてるよね?」

 

挑発的に笑って、突撃ー!

右腕を振るい、左腕を突き出し。

時々連中の突撃が当たるけど、痛みを感じない今は何とも無い。

引っつかんで叩きつけ、真正面から殴り飛ばし、足元を踏みつけて。

蹂躙する側の連中を、逆に蹂躙し返す。

攻撃さえ効かなきゃノイズなんてただの的だよね!

あーはー!たーのしー!

 

「わー!おねーちゃんすごいすごーい!!」

 

うん、声援ありがとうお嬢さん!

だけど良い子は真似しちゃダメだぞー?

なんて呑気に考えている間にも、ノイズは次々塵になっていく。

暴れに暴れて、体感だと五分くらい?

地面を這う小型を踏み潰してあたりを見渡せば、もう敵の姿は見えなかった。

・・・・わーい、我ながらとんでもないジェノサイドっぷり。

とはいえ当面の危機は去ったので、申し訳程度に注意しようと思いながら。

未来達のとこに行こうとして。

 

「――――ッ!」

 

斬撃が振ってきた。

一番始めの感覚はそれだった。

炭を撒き散らしながら後ずさって前を見れば、ありったけの敵意と威圧。

・・・・街中のポスターでも見かけた、人々を魅了する歌姫。

『風鳴翼』その人が、修羅のような顔で睨みつけていた。

・・・・えっ、やだ。

何コレ怖い。

これ、『原作』(ぜんせのきおく)にあるよりヤル気満々じゃないですか。

覚えがあるような無いような、半分ずつの気持ちで構えを取る一方で。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

未来達の方に目をやる。

翼さんと一緒に来たのか、『二課』のエージェントらしきおにーさん達が、二人を連れて行こうとしているのが見えた。

未来はわたしを心配してくれているのか、あっさり連れてかれる女の子と違って、ものすごい抵抗していた。

 

「やめて!その人は助けてくれたんです!何にもやってない!」

「それは私達も分かっているから、まずは一緒に離れよう。ここは危険だから」

「っいやだ!響ッ!!」

 

あんまり暴れるもんだから、おにーさん達が数人掛かりで押さえ込んでいる。

・・・・今までなら、すぐにでも『滅っ』ってやる状況だけど。

今回ばかりは違った。

散々悪い人達と関わってきたお陰で、第六感でも鍛えられたのかな。

目の前の翼さんもおにーさん達も、『裏』に関わっているのは分かったけど。

何ていったらいいのか、マフィアとかヤクザとかに見られる、ドロっとした嫌な感じはしなかった。

澄み渡った夜の空気みたいな、同じ空間にいて心地よくなるような気配。

 

「・・・・ふ」

 

息を吐く。

『ここだ』と思った。

未来と離れるには、絶好の機会だと。

 

「翼さん」

 

名前を呼べば、威圧が濃くなる。

大好きな奏さんのガングニールを扱っているわたしが、とんでもない大悪党に見えて仕方が無いんだろう。

それでもすぐに切りかかってこないのは、『防人』の矜持ゆえか。

 

「わたしには、守りたいものがあるんです。何に代えてもいい、命だって差し出したっていいって思えるものが」

「・・・・何が言いたい」

 

返事代わりに右腕に力を込める。

出てきたのは、一回り大きな腕型のエネルギー。

つい二ヶ月前、痛覚と引き換えに手に入れた。

新しい力。

 

「守るためならわたしは、躊躇い無く手放します」

 

翼さんの返事は待たない。

『爪』を地面に突き立てて、抉るように引っ掻く。

アスファルトが削られて砂利が飛び散り、翼さんやおにーさん達に降り注ぐ。

続けて往復するようにもう一度引っ掻けば、あたりを土煙が覆った。

・・・・今だ。

今なら誰にも邪魔されず、後ろ髪を引かれることなく。

未来をわたしから、解放できる・・・・!

煙幕はほどなく晴れるだろう、グズグズしていられない。

踵を返して、離脱しようとして。

 

「――――響ぃッ!!!!」

 

ありったけの、声。

思わず振り向けば、煙に巻かれて咳き込む未来の姿が。

その目は確実にこっちを見つけている。

 

「・・・・ッ」

 

身を案じて駆け寄りそうになって。

ぐ、と奥歯を噛み締める。

ダメだ。

今のわたしは、もはや人としての機能を手放したわたしは。

あの子の傍に、いちゃいけない・・・・!

 

「げほ、げっほ!・・・・っ響!待って!置いてかないでぇ!!」

 

心も体も鬼にして、背を向ける。

思いっきり走り出す。

 

「いやだ!響いいいいいいいい――――ッ!!!!」

 

ああ、ごめんなさい。

泣かせてしまってごめんなさい。

だけど、もう大丈夫だから。

ここなら、君を守ってくれる人がたくさんいるから。

・・・・もう、わたしは必要ないから。

だから、だから。

どうか、かみさま。

 

「――――ぅ、っぐ」

 

どうしても溢れてしまう涙を、どうかお見逃しください。




実は考えていたお別れシーンでした。
も、もう続かないんだからね!?←


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板場弓美と

続かないはずなのに、ネタが出てくる。
何故だ・・・・!?

※弓美ちゃんの名前を盛大に間違えててorz
報告ありがとうございます。


――――『アニメ的なミステリアス』。

それが『板場弓美』の持つ『小日向未来』へのイメージだった。

邂逅は、学校が始まって間もない頃。

家庭の事情で入学が遅れたとか何とかで、編入生として紹介された時だった。

背中に届くほどの黒い髪、日本人にしては焼けた肌。

そして全身から醸し出す、一種の色気のようなオーラ。

他のクラスメイト達も、何となく近寄りがたい雰囲気を感じていたのだろう。

始めこそ未来の周囲に出来ていた人だかりは、日を追うごとに目に見えて減った。

別に彼女が嫌われているというわけではない。

ただ、なんというか。

下手に手を出せば、一瞬で崩れ落ちてしまうような。

そんな儚さを持ち合わせていた。

なお、オーラの正体については、帰宅した弓美がいつも通りアニメを嗜んでいたとき。

未来と似た雰囲気のキャラクターを見かけたことで察した。

『あ、アレ未亡人だ』と。

 

さて。

そんな『高嶺の花』とお近づきになってしまったのは、やはりあの時だ。

 

学校に慣れてきて、『アニソン同好会』を設立するという野望を抱き始めた頃。

外国人に道端で声をかけられたのだ。

中国系の出身らしいその人は、なれない英語を四苦八苦しながら発音して、どうにか何かを伝えようとしていた。

弓美も弓美で、相手が困っているのが目に見えていたため、意図を読み取ろうと必死に耳を傾けていたのだが。

いかんせん英語が聞き取りにくい。

二人そろって、困ったなとおろおろし始めたとき、

 

遇到什么困难了吗?(何かお困りですか?)

 

助け舟を出してくれたのが、通りかかった未来だったのだ。

流暢な母国語に安堵を覚えたらしい相手は、ものすごいスピードで何が知りたいのかをまくしたてた。

あんまりにも早いので、大丈夫だろうかと心配する弓美を他所に。

未来は的確に相槌を打ち、時折ジョークを交えながら、見事対応しきって見せたのだ。

 

「あの人、映画館への道を聞きたかったみたい」

 

去っていく外国人を見送りながら、何事もなかったかのように日本語を話す未来。

 

「・・・・アニメみたい」

「えっ?」

 

ワケありげな帰国子女。

溢れる未亡人オーラ。

そして今見せたバイリンガル。

まるでブラウン管の向こうからやってきたような彼女に対し、弓美は思わずそう言ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――――思えばあれがきっかけだったのよねぇ)

 

ここ半月を思い出しながら弓美がくつろぐのは、未来が下宿しているアパート。

物が少なく、女子高生の部屋にしては聊か殺風景だが。

何だか未来に似合っているようで、不思議と悪いとは思わなかった。

 

「お待たせ弓美ちゃん」

「おかまいなくー」

 

用意を済ませた未来が、紅茶の入ったマグカップを運んでくる。

弓美が配膳を手伝うと、嬉しそうにはにかんだ。

――――あの日以来、ちょくちょく話をするようになった二人は、気付くと友人のような関係になっていた。

お昼然り、移動教室然り、休み時間然り。

何か余裕が出来ると、自然と二人がそろっていた。

割と遠慮なくものをいう弓美に、聞き上手の未来という組み合わせは、中々に相性が良かったのだ。

 

「そういえばさ」

「うん?」

 

今日もそんな『なんとなく』で始まった勉強会。

シャープペンを止めた弓美が、未来を見る。

 

「未来って海外行ってたって話だけど、どこに行ってたの?」

 

ちょっとした興味から湧いた、取りとめも無い質問。

 

「・・・・んー、何て言ったらいいのか」

「あー、もしかしてあんまり言えない感じ?」

「そうじゃなくて」

 

珍しく歯切れの悪い様子に身を乗り出せば、苦笑が返ってきた。

未来はすっかり温くなった紅茶を口にして、視線を落とす。

どこを見ているというわけではない、何かを思い出している様子だった。

 

「色んなところに行ったから、一概にここって言えないの」

「家族とあっちこっちしてたってこと?」

「ううん」

 

首を横に振られて、弓美はきょとんとなる。

未成年で海外と言われて、真っ先に思い浮かぶのは『親の海外転勤』だ。

だからてっきり、家族一緒だと思っていたのだが。

 

「じゃあ、誰と?」

 

疑問をぶつけると、未来は少し考え込む。

程なく、『弓美ちゃんならいいかな』と呟くのが聞こえた。

 

「友達と、実は家出してたの」

「えっ?・・・・・えぇッ!?」

 

ぎょっと、今度は身を引く。

いや、だって。

そんなアグレッシブな理由で海を渡るなんて、思っても見なかったからだ。

 

「正確には、あの子にわたしが付いてったんだけどね。中国にネパール、スペインにメキシコ・・・・」

 

指折り数えていくのは、国の数だけではないのだろう。

思い出が蘇ったのか、いつになく楽しそうだ。

 

「っていうか、パスポートとかは」

「持ってたと思う?」

 

つまり、不法入国。

開いた口が塞がらないとはこのことだろう。

ここまで聞いたところで、中々デンジャラスな話であることに気付いたのだが。

いつも以上に顔をほころばせている未来を見ると、何となく遮るのは憚られた。

それに、滅多に自分のことを話さない彼女の、貴重な思い出話。

今の弓美は、好奇心の方が強かった。

 

「すっごく大変だったの、わたしが熱出したり、響が、友達が大怪我したり」

 

だけど。

 

「親切にしてくれる人に出会えたり、綺麗な景色を見つけたり・・・・楽しかった・・・・そう、楽しかったの」

 

そう結論付ける顔は晴れやかで、道中にあったであろう苦労を偲ばせないものだった。

だからこそ、弓美は浮かんだ疑問を口にする。

 

「それあたしに話してよかったの?」

「え?」

「いや、だって・・・・」

 

意外にもきょとんとした未来に、何となく怖気づいてしまうが。

吐いた唾は飲み込めないので、続ける。

 

「友達、と思ってるけど、知り合ってまだ一月もないじゃん?そんな大事なこと、簡単に言ってよかったのかなって」

 

言っている途中で段々バツが悪くなってきて、視線が泳いでしまう。

胸の中で気まずさが渦巻いて、もやもやして、嫌な気分。

そんな心情に気付かない未来は、口元に手を当てて呑気に考える。

自分を取り巻く微妙な空気にいたたまれなくなった弓美が、無かったことにしようかと思い立った頃に納得したように頷く。

 

「多分、知って欲しかったんだと思う。友達の、響のことを、一人でも多くの人に」

 

そう言って、また頷く。

 

「無かったことにしたくないの。あの子がいたことを、全部否定させたくないの」

 

――――この話、中々『深そう』だぞ。

微妙な顔になった弓美は、胸中でそんな結論を出す。

 

「で、その友達は?ヒビキ、だっけ?どうしてんのかな」

 

あんまり突っ込んで地雷を踏み抜くのはごめんだったので、在り来たりな質問でもして終わらせようと思った。

部屋を見る限り、住んでいるのは未来一人。

一緒に海外を回るほど仲が良い友人が、訪ねてきている様子も見えなかった。

 

「・・・・さて、ね。今頃どうしているのか」

 

質問をぶつけられた未来は、途端に笑みを浮かべた。

自分自身を軽蔑するような、嘲るような表情。

いっそ綺麗なくらいの笑顔に、弓美は体を強張らせる。

 

「昔からそうなの、気付くとふらっといなくなって、みんなに散々心配かけさせて・・・・けど、最後にはちゃんと帰ってきてくれるの」

 

窓の外に、視線を滑らせる。

日没の近い街並みが、茜に染まっている。

 

「・・・・・うん、そうだよ・・・・きっと帰ってくるよ」

 

それっきり、未来は黙りこくってしまった。

目の前の友達から知れた、思っても見なかった事実の数々。

そのどれもが強烈過ぎて、弓美はもうおなかいっぱいだった。

お昼以外では紅茶しかいれていないはずのおなかをさすりながら、ふと思う。

 

(こんな可愛い子に、こんだけ心配させるなんて・・・・ヒビキって子は果報者ね)

 

何となく、紅茶を一口。

すっかり冷めたそれは、熱った頭によく効いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――へっちゅん!」

 

「あれ?寒くないハズなんだけどなぁ・・・・?」




|←|バビロニアの宝物庫|    ┗(^o^ )┓三<ちょっと頭冷やしつつぶどうさんと戯れてきますね


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翼さんと了子さん

ここのところ、短編の日間ランキングにほぼずっといさせてもらっていますガタガタ
いや、ほんとうにありがたいです。
これからもどうか、暇つぶしにかまってやってくださいませ。


『風鳴翼』。

その名を知らぬ者は、現代日本においていないだろう。

かつて一世を風靡したボーカルユニット『ツヴァイウィング』の片割れにして、今もなお人々を魅了し続ける歌姫。

相方を失ってもなお歌を届ける様に『健気さ』を見出すファンが多く、最近では海外からもオファーがきているとか。

そんな今をときめく歌姫だが。

彼女にもう一つの顔が存在することは、誰にも知られていない。

 

「あーら翼ちゃんお悩み?」

「櫻井女史」

 

ここは特異災害対策機動部二課、その本部。

日本におけるノイズへの最後の砦であり、唯一の対ノイズ武装『シンフォギア』を保有する組織。

翼はそのシンフォギアを扱える、ただ一人の人間だった。

休憩スペースにて何か考え込んでいた翼に、白衣を揺らした女性が人懐っこい笑みを向ける。

『櫻井了子』は、シンフォギアの開発者。

現時点でシンフォギアを新たに製造できる、同じくただ一人の人間だ。

 

「悩み、になるのでしょうか・・・・」

「でも気になることがあるんでしょう?」

 

年上であることと、長年の付き合いであることが効いたのだろう。

翼はもう少し躊躇った後で、とつとつ話出した。

 

「あの、ガングニールの装者についてなんですが」

「ああ、こないだの」

 

半月前の話だ。

二課が元々保有していた聖遺物の一つ『ガングニール』。

『グングニル』とも呼ばれる、北欧神話の槍を加工したシンフォギアがあったのだが。

二年前、翼の相棒でもあった『天羽奏』とともに、その運命を共にしたとされ。

もう二度とみることがないだろうと思われていた。

そんな矢先に、見知らぬ少女が寸分違わぬ反応を示すシンフォギアを纏い、翼の前に現れたのである。

彼女はガングニールを使いこなしていたようで、視界を上手いこと遮られ、あっという間に逃亡されてしまった。

 

「あの子がどうしたの?」

 

了子に問いかけられた翼は少し考えて、言いたいことを纏めて。

 

「彼女が言っていた、『守るために手放す』という言葉が、どうも引っかかっているんです」

 

あの少女が、『立花響』が言っていた『守りたいもの』とは。

現在二課が重要参考人として保護している『小日向未来』のことだろう。

彼女は響に置いていかれたことが堪えているようで、今日学校で見かけたときも、聊か元気が無いように見えた。

『守りたい』という感情は、翼自身もよく分かる。

半身ともいえる相棒を失っても、今の自分には叔父であり上司でもある弦十郎や、隣にいる了子など。

守りたいと思える人は大勢いるのだから。

だが、響がとった行動はどうだろうか。

まるで『お前は足手まといだ』と捉えかねないくらいの突き放しっぷりは、翼にも思うところがある。

 

「んー、そうねぇ」

 

たどたどしくも、しっかりした翼の意見を聞いた了子は、頭を捻って唸る。

 

「荒事は専門外だから、一概にこうとは言えないのだけど」

 

やがて、そう前置きして語りだした。

 

「私は、響ちゃんのとった行動もあながち間違いじゃないと思うわ」

「そうなんですか?」

「ええ、そもそも『力』というのは、色んなものを引き寄せてしまうもの、いいものも悪いものも」

 

本人が望もうが望むまいが、勝手に傍へとやってくる。

 

「だから、自分の大事なものが傷つかないように、そんな危ない元から遠ざけるという点では、別に間違っているというわけではないのよ」

「なるほど・・・・」

 

感心して頷く翼を微笑ましく見つめつつ、了子は続ける。

 

「だけど、正しいかどうかといわれると、この場合は何とも言えないわね。未来ちゃん、一回塞ぎ込んじゃったし・・・・」

 

それに関しては、翼も覚えがあった。

今まで一緒にいた人が、ある日突然いなくなる喪失感。

体の中の、何ともいえない大事な部分が満たされない飢餓状態。

二年たった今でも、あの日を思い出す度に燻っては、翼の胸を苛むのだ。

傷を負ったばかりのあの子は、今の翼以上の痛みを感じているに違いない。

唯一の救いと言えば、離れた相方がまだ生きているということだろう。

 

「・・・・多分、これは翼ちゃんにかかっているかもね」

「私にですか?」

 

きょとんとする翼に、こっくり頷く了子。

 

「そうじゃなくても、私達にとって無関係ではないガングニールの担い手よ?ほっとけるわけないじゃない。そしてあの子に対抗できて、かつ連れて来れそうな人間と言えば・・・・」

「私、ということですか」

「そういうことー」

 

人差し指を立てていた手をぱっと広げておどける了子。

仕草こそ茶目っ気があるが、大事なことを伝えたいのは良く分かった。

 

「未来ちゃんを元気付けるにしても、ガングニールの出所を知るにしても、響ちゃんの確保は不可欠。もちろん私達だって、そのためのバックアップは惜しまないから」

「はい、私も全力を尽くします」

「その意気よん♪」

 

『かわいいやつめ』と翼の頭を撫で回す了子。

髪をかき回され、前が良く見えないのをいいことに。

言葉とは裏腹の、妖しい光を瞳に宿していた。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死ね

 

 

 

 

 

 

 

 

死ね

 

 

 

 

 

 

 

死ね

 

 

 

 

死ね、死ね、死ね

 

 

 

 

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

 

 

 

 

 

 

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね・・・・!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッ!!!」

 

がばっと身を起こす。

息が苦しくて、何度も何度も呼吸する。

ここはどこだっけ。

そうだ、昨日侵入した空き家だ。

鍵を壊して不法侵入したんだっけ・・・・。

袖で顔を拭えば、じゅく、という嫌な音。

うへぇ、汗びっしょりだぁ・・・・。

 

「っはぁー・・・・」

 

っていうか、今の夢なんだ。

物騒すぎるでしょう・・・・。

熱さは感じないとは言え、濡れた感覚が気持ち悪い。

だけどお風呂とか贅沢いってらんないし・・・・。

ぐぬぬ、無法者はこういうとき辛いよ・・・・。

せめてもの抵抗に上着を脱いで、すこしでも湿気から逃げようとする。

傍に放ったとき、ふと未来に上着を貸したときのことを思い出して。

そこから今頃どうしてるかなと気になった。

まあ、あの時読み取った気配からして、二課の方針は原作どおりと見ていいだろう。

多分未来は、わたしとつるんでいたとして、重要参考人として保護されているに違いない。

で、あの司令さんのことだから、学校にもきちんと通わせているだろうし。

っていうかこの間、街でリディアンの制服着てるの見かけたし。

だから、このままで大丈夫のはず。

・・・・一途なあの人とか、野良猫的に可愛いあの子とか。

アレコレ気にならないといったら嘘になるけど。

やっぱり『原作』がハッピーエンドになったのは、『響』が『響』だったからなのであって。

おおよそ『わたし』には成し得ないことだから。

だからこの世界では、翼さんと二課の皆さん(ゆかいななかまたち)に任せることにしよう。

わたしも早いとこ日本を出る算段整えないと、もたもたしてたらOTONA達に確保されちゃう。

せっかく、未来をわたしから解放出来たんだ。

このまま近くにいたんじゃダメだ。

 

「・・・・ッ」

 

・・・・ダメだって、分かっているのに。

感じないはずの痛みで頭が疼いて、寒くないはずの体が凍えた。




これは諦めて連載にでもすべきかしら(白目


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OTONAとOHANASHI

短編の日間ランキング、および週間ランキングにずっといさせてもらいました。
皆々様の評価、大変うれしく、そしてありがたく思っています。
ひびみくが好きすぎる、そんな皆さんが大好きです(


弦十郎がまだ、公安に勤めていたころの話だ。

とある事件を捜査していた際、未成年の関与が明らかになった。

そこで少年課に応援を頼み、やってきたベテランの刑事と組んだのだが。

この刑事と言うのが、どうも子どもに庇護的な人だった。

『決して子どもだけの所為じゃない』と口癖のように呟く彼は、少年達の罪が少しでも軽くなるような証拠集めを心がけ。

さらに立件して逮捕した後も、彼らに対してフランクに接して寄り添い。

しっかり更正出来るように努めていた。

若き弦十郎とて、未成年の更正がいかに重要か理解していたし、必要なことであるとも認識していた。

だが、そのベテラン刑事のやり口は、当時の感覚からして『やりすぎ』な気がしていたのだ。

だから、問いかけた。

どうしてそこまで、子どもに寄り添うのかと。

すると彼は、得意げに笑って教えてくれた。

 

「いいか?子どもってのはな――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

過去にノイズが闊歩したことにより、無人となったマンション。

一件華やかな東京の街だが、所々にこういった廃墟があちこちにある。

その廊下をゆっくり進むのは、『風鳴弦十郎』。

翼の叔父であり、『特異災害対策機動部二課』の司令官でもある。

やがてとある一室に入った彼は、またゆっくり歩き出した。

この先にいるであろう彼女を刺激しないように、敵意を持つ者ではないと示すために。

余裕を持って、歩を進める。

すると現れた気配。

鋭く尖っている、闘気だ。

警戒されてるとか、しょうがないかとか思いながら、苦笑い。

 

「そう警戒しないでくれ」

「――――な」

 

ひょっこり室内を覗き込めば、迫る一閃。

相手の手首を軽く弾いて掴み取る。

上着の右袖の下。

上手く隠れている手甲から、刺突刃が伸びている。

 

「良く出来ているな、君が作ったのかい?」

「・・・・」

 

なるべくフランクに話しかけてみるものの、少女は絶句するばかりで。

押しても引いても離れない腕に困惑しているようだった。

 

「まあ、答えたくないならそれでいいさ」

 

ぱっと離してやれば、勢い良く後退した。

元気なことだと感心しながら、持っていたコンビニの袋を見せる。

 

「何も盛っちゃいない、俺は君と話がしたいんだ」

 

歩み寄って袋の中身を見せてやる。

あんぱんに牛乳と言う、弦十郎好みのラインナップだったが、成長期の青少女には効いたらしい。

くぅ、と気の抜けた音が聞こえた。

弾けるように我に返って身構える彼女を、思わず微笑ましく見つめながら。

その手を取って、袋を握らせる。

 

「俺の名前は風鳴弦十郎。半月と少し前、君と友達が接触した集団のリーダーだ」

「・・・・ひびき、です。立花響」

 

よろしくと笑いかければ、彼女は小さく顎を引いた。

響は入り口(逃げ道)の近くに陣取り、もすもすとパンを頬張っている。

少し離れた向かい側に座って観察していた弦十郎は、あまり動かない響の表情が心配になった。

 

「・・・・あんぱん、嫌だったか?」

「んぐ?・・・・ああ、いえ・・・・」

 

最後のひとかけらを飲み込んだ彼女は、牛乳に一口つけて呟いた。

 

「・・・・味、分からないんです」

「・・・・元から?」

 

ふるふると、首が横に振られる。

後天的。

ということは、一番考えられる原因は・・・・。

 

(ガングニール、か)

 

彼女が所有しているであろう無双の一振りを思い出し、弦十郎は顔をしかめる。

すぐに、『子どもの前でこんな顔は』と頭を振って切り換えた。

 

「君のことは、調べさせてもらった。二年前に友達と不法に出国・入国してから、ユーラシアを中心にあちこちで目撃されていたようだね」

 

別に止めることなく、響は牛乳をまた飲む。

 

「あちこちの裏組織、秘密結社などで用心棒として雇われていたが。その全てが全滅している」

 

あるいは現地の警察に拿捕されて、あるいは響自身の手で皆殺しにされて。

飲み終えた牛乳パックを潰して、ビニールに入れる響。

否定するつもりも、言い逃れるつもりも無いらしい。

弦十郎の言葉を、ただ聞き入っていた。

 

「・・・・日本を出て行った理由は、だいたい想像がつく。だが、どうして今になって戻ってきたんだ?」

 

二課も関わっていたツヴァイウィングのライブ。

政府が下手に情報を規制した結果混乱を招き、更に多くの人を犠牲にしてしまった。

忘れてはならない事件。

糾弾されるのを覚悟で、弦十郎は問いをぶつける。

響はしばらくの間、沈黙を保っていたが。

やがて、ゆっくり口を開いた。

 

「・・・・あのライブに関しては、誰も悪くないって思っています。強いて言うなら、間が悪かったんです」

 

とつとつ語る言葉を、今度は弦十郎が聞く。

 

「でも、あのまま家にいたらきっと、お母さんやおばあちゃんに迷惑をかけると思ったから・・・・実際、その所為でお父さんが出て行ったわけだし・・・・」

 

一度堰を切った言葉は、止まることを知らない。

そこそこの速さで、思いがあふれ出した。

 

「だから出てったんです。みんなが大好きだから、離れなきゃって思ったんです」

 

大好きな家族や、友人のために。

彼らが笑って暮らせるために。

自分から進んで、孤独になることを選んだ。

少女が抱くには痛ましすぎる決意に、弦十郎がまた顔をしかめている間にも。

『でも』と、言葉は続く。

 

「・・・・でも、そんな我が侭に、未来を巻き込んじゃいました。だから、帰してあげなきゃって思って・・・・それで、戻ってきたんです。大分、時間がかかっちゃいましたけど」

 

そんな『危険物』である自分を思ってくれる人がいた。

どれほど嬉しかっただろうか、どれほど救われただろうか。

響は笑った。

味方がいた嬉しさと、巻き込んだ自分への嘲りで。

 

「・・・・これからは、どうするつもりだ?」

「・・・・一番初めの予定通り、ひとりになれる場所を探そうかなって」

 

誰も傷つけない、誰にも傷つけられない。

どこにあるかも分からない新天地を求めて。

・・・・いや。

そんな大義名分を掲げて、独りぼっちになるために。

 

「それでいいのかい?君は」

「それで、みんなが笑ってくれるのなら」

 

傍にいられなくたっていい。

『みんな』が平穏に暮らせるのなら、それでもいい。

いっそ清々しいまでの笑顔を、どうしても『良い』と感じられなかった。

独りで構わないと笑う彼女。

だがその決意はあまりにも痛ましくて、悲しくて。

 

「――――俺達のところに、こないか」

 

だから弦十郎は歩み寄る、手を伸ばす。

拒むならそれで構わない、だがここで何もしないなんて出来ない。

そして願わくば、この手を取ってほしいと思った。

そんな暗くて寒い場所に、置き去りにしてはダメだからと。

『平気だ』と笑う顔を、どうしても信じられなかった。

 

「・・・・それは、戦力になれってことですか?」

 

一方の響は、少し困った顔をしている。

無理も無いだろう。

本人も自覚しているとおり、彼女は犯罪者だ。

その手にかかった命は数知れず。

例えその殆どが悪人であろうとも、命を奪う凶行に他ならないのだから。

 

「それもある。だが、君をほっとけないのも本音だ」

「・・・・きっと、色んなところから文句を言われますよ」

「構わない」

 

きっぱり言い切れば、響はぽかんと呆けた。

 

「言い方を変えよう。こちら側に来てくれ、君はそっちにいてはいけない人間だ」

 

弦十郎はその隙をついて、無防備になった手を取る。

 

「やったことは消えない、それはそうだ。だが君はまだ間に合う、まだやり直すことが出来る」

 

『手ごたえ』は、あった。

かすかな、神経を尖らせていなければ分からないほど僅かなもの。

だが、確かに感じた。

響が指先にわずかばかりの力をかけ、手を握り返したことを。

 

「俺達がその手伝いをしてやる、だから・・・・!」

 

ダメ押しにと強く握り返す。

思ったとおりだ。

この子は『子ども』で、救われるべきだ。

大層なことができるわけではないと自覚している。

それでも、この子が温かい日向に戻ってこれる手助けは惜しまない。

 

――――いいか?子どもってのはな

――――手を握ってやると、必ず握り返してくるんだ

 

蘇る、かつての言葉。

 

――――どんだけ心がぶっ壊れようが、どんだけ絶望に叩き落されようが

――――そうやって『生きてぇ』『助けてくれ』って思いを伝えて来るんだよ

――――そういう子どもってのは、大体腐った大人に好き勝手されて、散々傷つけられて

――――それでも他に頼るところがない連中だ

 

若き日の弦十郎の胸に深く響き、今では当たり前となった信念の原点。

 

――――だから俺達だけは裏切っちゃなんねぇ

――――救える立場の大人(おれたち)が、諦めちゃいけねぇんだ

 

目の前の響は、確かに手を握り返してきた。

『助けてくれ』と、控えめながらも訴えてきた。

この手を離してはいけない。

この子を孤独にしてはいけない。

この子の本心を、裏切ってはいけない・・・・!

 

「傍にいちゃいけないわけあるか。未来くんだって、きっと・・・・!」

「――――ッ」

 

だが、弦十郎はここで過ちを犯す。

響という少女を、よく知らなかった故の過ち。

『未来』の名前が出た瞬間、強い力で手を振りほどかれた。

飛びのいた彼女を見れば、表に出ていた感情を押し隠すしかめっ面。

 

「何を――――!?」

 

そして徐に刺突刃を振り上げて、

 

「――――未来に、伝えてください」

 

ざっくり、切りつけた。

 

「こうやっても痛みを感じない。痛みだけじゃなくて、味も、暑さ寒さも感じない・・・・!」

 

縦に刻まれた傷口から、痛々しく血が流れ出す。

 

「君の友達は人間じゃなくなった、だから一緒にいられないって!!」

 

言い切るなり、窓へ。

ガラスを突き破り、曇天へと身を躍らせた。

弦十郎が慌てて追いかけるが、その姿はコンクリートジャングルに紛れてもう見えない。

 

「くそ・・・・!」

 

ことを急ぎすぎたと、自身に悪態をつく。

脳裏に焼きつく、去り際の響。

一緒にいられないと断言した、その顔は。

 

(泣きそうな顔で、そんなこと言うんじゃない・・・・!)

 

募った悔しさをどうしようも出来なくなって。

近くの壁に、拳を叩きつけた。




マイペースにさくさく展開できたら、いいな・・・・!(


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会うなよ!?絶対に会うなよ!?

連載に切り替えてから、お気に入り・アクセス数ともにどっと増えた件について。
ランキングにも、週間・日間ともにいさせてもらってしまい。
恐れ多さと感謝で震えが止まりませんガタガタ

何度も申し上げますが、この小説は、いきあたりばったりですッ!!(
どこにいきつくかもわからぬ稚拙な文章を気にかけて下さり、誠にありがとうございます。


あー、ちくしょうめ・・・・。

あ、どうも。

ぼっちを心がけている自分こと、立花響です。

どうにか日本からのエスケープを試みたわけですが。

空港はもちろんのこと、港まで警備が強化されてしまい。

もどかしく二の足を踏んでしまってます。

完全に出遅れた感が半端ないですね!どうぞ大いに笑ってくださいな!

なんてヤケになったところで、状況が好転するわけでもなし。

さーてどうしたもんかなと、頭を抱えている次第でござる。

このままだと二課に確保されるのも時間の問題。

・・・・せっかく、家族や未来から離れられたのに。

もう少しで独りになれるところだったのに。

世の中ままならないもんだよ・・・・。

 

「・・・・ぁぐ」

 

夜の街を見下ろしながら、りんごを一口。

・・・・盗品じゃないよ、ちゃんとお金払って買ったよ。

未来と別れて以来どうも食欲がわかなくて、そのお陰かお金がいくらか浮いてたんだよ。

相変わらず味はしないけど、この瑞々しさは喉にありがたい。

芯・・・・は、その辺の植え込みに埋めればいいかな。

生ゴミだからほっときゃ消えるだろうし、うん。

 

「・・・・ん?」

 

なーんて呑気に考えていると、お空になんかあった気がして見上げてみる。

すると、光の筋がいくつも流れていくのが見える。

・・・・ああ、『流れ星』か。

確かこと座流星群だっけ、『原作』で『響』と『未来』が見ようとしてたのは。

・・・・『(この子)』が『(わたし)』でさえなかったら。

今頃未来に平謝りしながら、ノイズ退治に向かっていたことだろう。

嘘をつくことに胸を痛めながらも、あの子を守る使命に燃えて。

尤も、こうやって生きている(にげられない)以上は、考えたところで無駄なことなんだけど。

そんなことより今後だよ今後。

関東近郊がダメなら、いっそ北上して北海道からロシアに渡るか・・・・?

未来がいない今なら、懸念無しに極寒の地に行けるし。

それにもたもたしていると、そっちにまで手を回されるかも。

・・・・いや、この場合既に回っていると考えた方がいいかもしれない。

だったらなお更だ。

影響がなるべく少ないうちに行動を起こさないと、今度こそとっ捕まる。

そうと決まれば、実行あるのみ。

これまでの旅のお陰で、徹夜なら慣れてるし。

何より侵食されまくってるこの体なら、ちょっとくらい無理したって平気。

ガングニール先生ばんざーい!

 

「――――『ファフニール』だな?」

 

振り向く。

ネオンに照らされた、白銀の鎧が立っている。

・・・・たわわ、いや、たゆん?

ボインでもいいかも。

立派なモノをお持ちですね。

 

「蟻一匹殺せなさそうな、呑気な面だなぁ?」

「むぐ・・・・能ある鷹は爪を隠すっていうじゃない?」

 

りんごを食べきって、芯を放る。

ビルの管理人には申し訳ないけど、こっちは緊急事態なので大目に見てもらいたい。

 

「鷹と思い込んでる鳶じゃなきゃ・・・・いーがよッ!!!」

 

じゃらりと、鞭が鋭く振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

「流れ星?」

「そそ!こと座流星群、今度日本で見られるってさ!」

 

『だから一緒に見に行こう』と、弓美に誘われたのが数日前。

いつもの二人組みに、最近仲良くなった『寺島詩織』と『安藤創世』も加えた四人で。

女子高生四人だけの、ちょっとした冒険に出かけることになった。

夕方。

未来はちょっと子どもっぽいイベントに、期待を膨らませていた。

 

(これが寮とかだったら、出かけ難かっただろうな)

 

なんて考えながら、いそいそと出かける準備。

温かい飲み物や防寒具、財布やスマホなどの最低限の貴重品。

他にも軽くつまめるおやつや、防犯ブザーにスタンガン。

それからバタフライナイフ。

・・・・後半は少し物騒な気がしたが、これまでの経験がある以上持っていないと落ち着かない。

 

(わたしって、『普通の女の子』から結構離れてるかも・・・・)

 

防犯アイテムのラインナップを改めて見た未来は、苦笑い。

平和に慣れるには、まだ時間がかかりそうだ。

ふと時計を見れば、待ち合わせの時間が迫っている。

バッグに荷物を放り込み、家を出た。

 

「小日向さーん!」

「こっちこっち!」

 

待ち合わせ場所に駆け寄れば、出迎えてくれる仲間達。

 

「ごめん、お待たせ!」

「きょよーはんい!きょよーはんい!」

「ヒナが最後って珍しいね」

 

それからほどなく歩き出して、バスに乗る。

揺られること十分。

ほどよいくらいに灯りが減った郊外で降りた。

 

「いやぁ、流れる時間がちょうど良くてよかったよ」

「だね、バス少ないけど、無いわけじゃないし」

 

スマホで流れ星についてのアレコレを調べながら、賑やかに目的地の高台についた。

レジャーシートを敷いて、持ち寄った飲み物やおかしを口にしながら。

それとなく夜空を気につつおしゃべりしていると。

 

「あ、来た!」

「え、どこどこ!?」

「あの辺に・・・・ああ、ほらほらほら!」

「見えた!わぁ!」

 

始めに弓美が、次に創世が見つけて。

続けざまに詩織も見つけたようだ。

未来も慌てて見上げると、かすかに、次々空を彩る光。

 

「綺麗ですね」

「うん、でも結構はやいよ」

「これで願いごと三回とか間に合わないって」

 

キラキラ瞬く流星群にはしゃぐ友人達。

年頃の少女らしいワンシーンを感慨深く思いながら、ふと。

未来の脳裏に、いつも見ていた後姿が蘇る。

 

(響と来たかった・・・・なんて、わがままか)

 

こっそり自嘲の笑みを漏らしたときだった。

 

「あ、あれおっきいよ!」

「ほんとだ、っていうかアレ流れ星って呼んでいいの?」

 

弓美と創世が指差す先。

橙と白銀の光が、尾を引いて走っている。

他の星よりもはっきり見える明るさと大きさは、確かに流れ星というより彗星の方が近いかもしれない。

 

「なんて言うんだろうね?ハレー彗星?」

「バキュラ、それしかしらないだけでしょ」

「バレたか」

 

思っても見なかった『大物』にはしゃぐ面々。

未来も内心わくわくしながら食い入るように見つめていると。

 

「・・・・あの」

 

か細い声。

隣を見てみると、詩織の顔が引きつっている。

 

「どうしたの?」

「えっと、気のせいだったら大変申し訳ないんですけど・・・・」

 

そう、震える指で、夜空を指差して。

 

「――――近づいてません?」

「え?」

 

一瞬、呆ける。

膨大な量の思考が一瞬で過ぎ去り、詩織の言葉を飲み込む。

そして弾かれたように、未来が振り向けば。

轟音。

 

「きゃああああああああ!?」

「わあああああああ!?」

 

地面が揺れ、突風に煽られ。

四人は咄嗟に抱き合って身を守る。

目も耳も聞かないかな、ぐっと耐えていた未来の耳へ。

忘れもしない声が聞こえた。

 

「――――ッ!?」

 

顔を跳ね上げれば、もうもうと立つ土煙。

突然の、非日常的な出来事なのに。

何故か怖いとは思わなかった。

()()()()()()()()と感じていた。

だって、そこにいるのは。

 

「・・・・ッ」

 

煙が翻る。

中で発生した風に払われる。

残った砂埃を纏いながら、飛び出してきたのは。

 

「――――ひびき」




本編がシリアスな分、タイトルでふざけるスタイル←


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火事と喧嘩はなんとやら

前回までの閲覧、評価、お気に入り登録。
誠にありがとうございます。


「てめぇ・・・・!」

 

状況は目まぐるしく変わる。

間髪いれずに砂塵が払われ、クレーターの中央に白銀が立っていた。

全身を覆う、薄いスーツ。

しかし要所要所にいかついパーツがあることから、ただの衣服ではないことが分かる。

バイザーの下から、鋭い視線を向けていた。

 

「響・・・・!」

「え、あれが・・・・?」

 

響は動揺する未来に一瞥向けるが、それだけ。

鎧に向けて突撃する。

懐に飛び込み、思いっきり一閃。

大きく仰け反られ、装甲を掠るに留まる。

すかさず体を捻り、蹴り一発。

鳩尾に直撃し、白銀は思いっきり吹き飛ばされた。

 

「響!」

 

右腕の刺突刃を展開したまま、低く構える響。

未来が駆け寄ろうとすると、切っ先を突きつける。

 

「・・・・死にたくないなら、帰れ」

「――――ッ」

 

低く、威圧する声でそれだけ告げると。

白銀を追って走り出す。

 

「このヤロウッ!!!!」

 

じゃらり、と。

鎧と繋がる鞭を振り回す。

不規則な攻撃が次々繰り出される。

一撃一撃は、地面を抉りとる程の威力。

生身で受ければ、当然ただで済まない。

響は慌てることなく体を捻り、その場から飛びのき。

攻撃を確実にかわし続けていた。

埒が明かないと舌打ちした白銀は、腰から何かを取り出す。

反れた形から弓を連想するが、水晶部分から矢の代わりに光が打ち出された。

瞬間、響の気配が研ぎ澄まされる。

 

「Balwisyall Nescell Gungnir tron...!!」

 

今度は大きく飛びのきながら夜空に体を躍らせ、ガングニールを纏って着地。

顔を上げれば、目の前にはノイズの群れが。

 

(ソロモンの杖・・・・!)

 

『シンフォギア』の物語を知っているがゆえに、苦い顔。

もちろん加減はしない。

構えを取って、突撃。

刃を振るい、拳を突き出し、蹴りをお見舞いし。

時には『幻影の手』すら使って。

苛烈に、確実に。

被害しか生み出さない迷惑な連中を屠っていく。

 

「何だよそのスピード!?重戦車か何かか!?」

「人間タンクとでも呼んで!」

「クッソォ!!」

 

最後の一陣を吹き飛ばして、再び肉薄。

白銀は鞭を手に取り迎撃する。

手段が限られた所為か、先ほどよりも鋭く苛烈な猛攻。

時には鞭を固めて槍のように突き出してくるため、より不規則な攻撃が襲い掛かってくる。

さすがの響も次第に対処しきれなくなり、一つ、また一つと傷が増えていった。

 

(やっぱり強いや、これで本来の戦い方じゃないっていうから・・・・強敵だな)

「ここでふんわり考えごとたぁ!頭が高ぇッ!」

「っと・・・・!」

 

『斬り上げ』を紙一重で回避。

肩を掠めたが、大したことは無いと判断。

 

「っはああああああああああ!」

「おおおおおおおおッ!!!」

 

刃がぶつかる、得物同士が迫り合う。

火花が散り、視線が交差する。

 

「だりゃぁッ!!!」

「ッ・・・・!」

 

鍔迫り合いを制したのは、白銀。

響は大きく弾き飛ばされ、地面を削って着地。

『完全聖遺物』の性能に、奥歯を噛んで脂汗を浮かべる。

だが泣き言は言っていられないと、立ち上がって。

 

「響!!!」

「ッお前・・・・!!」

 

振り返る。

即座に最悪だと歯を向く。

自身を案じてきたのだろう未来が、駆け寄ってきていた。

『何でここに来た』と、怒鳴りつけようとして。

 

「そぅら隙アリだッ!!!」

「ッチックショウ!!!」

 

迫るエネルギー弾。

未来を思いっきり突き飛ばし、思いっきり拳を叩きつけた。

 

「そんな、未来・・・・!」

 

刹那、爆発。

未来を案じて追ってきていた弓美は、呆然と目の前を見つめたが。

次の瞬間、響が砂塵を振りほどいて飛び出した。

そのすぐ傍で咳き込む未来を見て、ほっとしてから駆け寄る。

 

「ああああああああああああああああッ!!!!」

 

咆哮を上げながら突撃。

勢いに押されながらも、白銀はすかさず鞭を伸ばす。

 

「舐めるなアアァッ!!!!!!」

 

殺意の乗った一閃に対し、響はあろうことか手を突き出した。

当然切っ先が貫通して、手から夥しい量の血が流れ出す。

そしてあろうことか、そのまま前進してきた。

 

「なぁッ!?」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!」

 

白銀が呆ける間に、三度懐へ。

近すぎて防御は間に合わない。

逃げようにも、鎧と繋がった鞭が刺さっているため、手間がかかる。

意識を前に向ければ、敵はもう眼前。

覚悟を決めて、歯を食いしばる。

 

「あああああああああああああああああああああッッッッ!!!!!」

 

雄叫びと共に、一閃。

刃が白銀の体を捉え、深く引き裂く。

裂ける肌、噴き出す鮮血。

トドメだといわんばかりに蹴りを突き刺して、吹き飛ばした。

 

「はぁ・・・・・・はぁ・・・・は・・・・・」

 

手に刺さったままの鞭を引き抜いて捨てる。

無理をしてしまったため、傷口、出血量ともにとんでもない事になっていた。

動かすことは当然出来ないが、放っておけば再生するだろう。

現に、見つめている間にも傷は塞がり始めていた。

 

「・・・・」

 

ため息をついていると。

何時の間に来たのか、隣に未来が。

咄嗟に傷口を隠すが、もはや手遅れだった。

 

「・・・・怪我してるじゃない、ちゃんと手当てしないと」

「いい、いらない」

 

そっぽを向いて早々に立ち去ろうとするも、手を取られて引き止められる。

 

「いらないわけないじゃない・・・・!ねえ、せめて包帯くらい・・・・!」

「ッうる、さいな!!!」

 

握った手を、叩き落とす。

心配してくれた未来に対し、鋭い視線を向ける。

 

「いらないって言ってるだろ!!言うことを聞けッ!!!」

「ッ・・・・!」

 

怒鳴りつけた上、拳を当てようとして。

 

「――――丸腰相手に手を上げるのは、感心しないな」

 

スパン、と心気味のいい音。

響の目の前。

駆けつけた翼が拳を受け止めていた。

弦十郎と違うのは、すぐに振りほどけることだったが。

警戒心むき出しで距離を取る響。

今まさに怪我していることも相俟って、その姿が手負いの獣に見える。

意識が向いているのは背後。

逃走を企てているようだ。

 

「逃げるつもりならやめておけ、同じ手が通用すると思わないことだ」

「・・・・そうですね」

 

刃が発光、エネルギーがチャージされる。

 

「じゃあ、こうします」

 

腕を振るう。

風を切って斬撃が飛ばされる。

狙っているのは、翼ではなく。

 

「逃げろ!小日向ッ!!」

 

呆然とする未来の前へ、庇おうとした弓美が両手を広げる。

そのまま強く目を閉じて、痛みに備えて。

 

「ッハァ!!!」

 

その前に更に飛び込む人影。

駆けつけた弦十郎が踏み込むと、地面が隆起して盾となる。

 

「ッ奴は!?」

 

未来の無事に安堵するのも束の間。

一般人へ害意を向けた響への怒りを燃やしながら、翼があたりを見渡せば。

頭上に、気配。

弾かれたように見上げれば、いつかも使って見せた『手』を振り上げる響が。

 

「ふんッ!!!」

 

翼のすぐ足元を攻撃。

飛び散った砂が目を直撃し、翼は視界を奪われる。

弦十郎が駆けつけようにも、飛ばされてきた岩塊が未来達や一緒に来た了子を狙ったために断念。

土煙を振り払ったときにはもう、響の姿は見えず。

結局今回も、まんまと逃げられてしまった。

 

「・・・・ッ」

 

手を握り締める弦十郎。

助けるべき子どもに手を伸ばせないもどかしさが、胸中で渦巻いていた。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

これでいい。

これでいいんだ。

ああやればさすがの未来だって、わたしを嫌いになるだろう。

そうでなくても、『危ないから』って、周りが勝手に遠ざけるだろう。

だから、これでいい。

・・・・そういえば、一緒にいたのは友達だろうか。

多分、リディアンで出会ったんだろう。

危ないのが分かってて、未来のところに駆けつけてくれた。

きっといい子なんだろうな。

あんな子が友達なら、きっと大丈夫。

すぐにでもわたしのことを忘れられる。

だから未来、お願い。

そんな泣きそうな顔をしないで。




※このビッキーは中身別人です。


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実際会ったらおっかない

二課本部。

機密を目撃してしまった弓美達は、諸々の注意事項を受けていた。

ようやく解放されたのは、23時を回る頃。

廊下に出たそれぞれが、伸びをしたりため息をついたりして、にごった頭をリセットしていると。

未来が座り込んでいるのを見つけた。

暗い顔で、ここではないどこかを見つめている。

 

「大丈夫?」

「ぇ、あ・・・・うん」

 

見かねた弓美が、代表して声をかけると。

意識をこちらに引き戻した未来は、慌てて笑顔を取り繕った。

 

「・・・・隣、いい?」

「・・・・うん」

 

それじゃあ、と。

それぞれ未来の隣にゆっくり腰を下ろす。

 

「・・・・ちょっと酷いやつよね、響って」

「しょうがないよ・・・・危ないのに首を突っ込んだのは、事実だし」

「だからって叩くこたないじゃない」

 

少しむくれるように弓美が言えば、未来は乾いた笑いを零した。

だが、弓美の不機嫌は治らない。

 

「叩くって?」

「怪我してんのを未来が気遣ったら、『いらない』って突っぱねたのよ」

「まぁ・・・・」

 

身を乗り出した創世にわけを話せば、詩織は口元を手で押さえて痛ましげに眉をひそめた。

 

「時々そういうことをする子なの、多分響なりに『危ないよ』って伝えてくれたんだと思う」

「そうなの?」

「そうなの」

 

叩かれた方の手を見つめて、どこか懐かしそうに語る未来。

 

「気が利くように見えて、変なところで不器用なんだから・・・・」

 

それっきり、黙りこくってしまった。

 

「みんな、送迎の準備が出来たわ。早いとこ帰らないと」

「あ、はい!」

 

そこへ二課の職員の友里がやってきて、四人に帰るよう促した。

特に断る理由も無いため、学生達はそろって立ち上がる。

案内される傍ら、ふと未来が気になった弓美は視線を滑らせる。

何か色んなことを考えすぎている、そんな難しい顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

風鳴翼は考える。

立花響という少女について。

来歴は、二課の諜報部や未来の語りで大体把握していた。

――――切っ掛けは、二年前。

翼自身も思い出すたびに頭が疼く、忌々しくてたまらない記憶。

あの時、奏が燃え尽きてでも守ろうとした少女が、響だった。

当時の自分は、至らなかった悔しさと、奏を失った喪失感でいっぱいで。

他の事に気が回らなかった。

子どもである、と言ってしまえばそれまでだが。

しかし翼は単なる子どもではない。

シンフォギア装者、ノイズに唯一対抗できるただ一つの剣。

故にそんな甘えは許されないと、二年もの間自責の念に苛まれていた。

・・・・そうやって自分にかまけていたから、響のような存在を生み出してしまったのだ。

あのライブで犠牲になった者の中には、避難経路をめぐる争いのうち殺された人もいた。

多くの人が亡くなったショックと、大切な人を無くした悲しみで歪みきった『正義』は。

虫の息から奇跡の快復を果たした少女にも、容赦なく牙を剥いたのだ。

当然病み上がりのか弱い体が、猛攻に耐えられるわけがない。

結果、『探さないで下さい』というシンプルな置き書きを残して失踪。

未来も付き添う形で一緒に行方不明となり、世間を騒がせた。

そして皮肉にもそれが切っ掛けで、生存者達への迫害は終息することになる。

響と未来の捜索は、懸命に続けられた。

途中、娘の失踪を聞いてとんぼ返りしてきた立花家の父親も加わったが。

結局成果を得られず、現在に至る。

そして、翼も世間も二年前の傷が癒えようかと言うとき。

響は未来と共に、この日本に戻ってきた。

 

『新たなガングニール適合者』として。

 

守るために手放すことを、距離を取ることを選んだ彼女。

その対象者になっている未来は、ここに留まることを選んで待ち続けている。

いつもふらっといなくなる響が、いつも通りふらっと戻ってくることを。

だが今回、明確に拒絶されたことが堪えている様だ。

先ほど見かけたときには、顔は目に見えて陰り、背中も心なしか縮こまっていて。

心に大きなダメージを負っているのが、よく分かった。

 

「ぁ、翼さん・・・・」

 

名前を呼ばれ、目を向ければ。

オペレーターの一人、友里に連れられている未来が。

友人達も一緒らしい。

改めて見た未来の顔はやはり暗く、放っておけば倒れてしまいそうな儚さを感じた。

だから、翼は歩み寄る。

 

「・・・・あまり、落ち込むな」

 

手を伸ばし、頭を撫でる。

人を慰めるという経験がなかったため、奏がしてくれたことをやってみた。

 

「小日向が暗い顔をしていたら、あの子もきっと悲しむ」

「・・・・そうでしょうか」

「そうだろうさ。優しいのでしょう?立花は」

 

笑いかけてやれば、俯いたまま小さく頷いたのが分かった。

夜も遅いため、お礼を言う彼女達を見送る。

・・・・何をするべきなのか、何が出来るのか。

今の翼には、分からないことばかりだ。

 

(それでも)

 

それでも。

人一人を笑顔に出来ず、何が防人か。

未来を撫でた手を握り締めて、響の確保を誓う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜が明けた。

怪我した左手を動かしてみる。

まだまだ動きはぎこちないけど、傷口は完全に塞がっていた。

頬張った菓子パンを飲み込んで、袋をゴミ箱へ。

血が抜けすぎた所為か少しふらつくけど、今までの経験からしてまだ大丈夫な範囲だし。

んー、でもやっぱり無茶しちゃったかなぁ。

あんな某君が君らしくあるためのRPGみたいな特攻なんて、痛みを感じなくてもやるもんじゃないよ。

っていうか、善人じゃない自覚はあるけど、少なくともあそこまで暴力的じゃないよ?わたし。

必要があったら殴るだけで。

あれ?結局力尽く・・・・?

そういえば長い付き合いになりつつあるこの武器も、よくよく考えたら主人公と一緒だし。

もしかしたらあのオラオラな感じが感染してるのかな?

・・・・・あれ、今更か。

あー、ダメダメ。

考えが脱線してる。

とにかくだ。

昨日は邪魔が入っちゃったから、今日こそ行動開始しないと。

冗談抜きで逃げ道ふさがれちゃう。

そうとなれば、思い立ったが吉日!

というわけで、まずは北陸目指すぞー。

おーっ!

 

「――――見つけたわ」

 

立ち上がったところで、声。

早朝の公園、日の出を背負ってその人は立っていた。

 

「少しお話があるのだけど、いいかしら?」

 

満月みたいな、蛇みたいな目に射抜かれて。

気づくと首を縦に振っていた。




さすがに数千年分のプレッシャーには耐えられなかったよ・・・・。


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蛇さんと蛙ちゃん

いやぁ。
鬱展開は筆が進むなぁ!←


ところで、某方言で『カエル』のことを『ビッキー』と呼びましてね?(


人里離れた山の奥。

意外と手入れが行き届いている館の客間に案内される。

 

「飲むといい、アールグレイだ」

「あ、どうも」

 

紅茶を勧められるけど、口にしない。

や、失礼なのは自覚している。

しているんだけど・・・・。

 

「くくっ、警戒されるのはしょうがないか」

「ぇっと・・・・あははは」

 

笑顔を取り繕うけど、どうしても引きつってしまう。

・・・・だって、だってさ!?

ラスボスに出会うなんて、思いもしませんやん!?

で!そんな二課に隠れてアレコレ画策してる人が勧めるものとか、絶対盛られてますやん!?

万が一!万が一に何も入ってなかったとしても!!

疑うのはしょーもないことやないですかー!ヤダー!

 

「まあ、いい。最初から従順であるのはいささかつまらんからな」

「さいですか・・・・」

 

それって調教のしがいがあるってことですか?

怖えーぜ・・・・。

そう考えると、こっちを見る目がまるで獲物を見つけた目に見えて・・・・。

あ、やばい。

感じないはずなのに、背筋が寒い。

ちょっとー、この人怖すぎんよー(泣

 

「招かれた理由は、分かっているか?」

「・・・・わたしが叩きのめした『飼い犬』ちゃんの代わりに、雇いたいってところですか?」

 

『ついでに実験動物』と内心でつけくわえる。

話した内容は合ってたみたいで、満足そうに口角があがった。

・・・・わぁお。

おっかないけど、綺麗だ。

不覚にも見とれてしまった。

 

「けど、それだけじゃ理由としては不足してますよ。わたしだって暇じゃないんです」

 

いけないいけないと、これまた内心で頭を振りながらジャブ。

昨日といい今日といい、いいところで邪魔が入るんだから・・・・。

もうこれ以上は勘弁願いたいんですけど。

 

「ああそうだな、お前を引き止めるには弱い理由だ」

 

・・・・言ってる割に、笑顔が崩れない。

なんだろう、いやな予感が・・・・。

 

「だが、この子が関わればどうだ?」

 

そう、一枚の写真が取り出される。

カップのソーサーの横、いい感じの位置に置かれたのは。

友達と笑いあっている、未来。

 

「・・・・わたしの渾名知ってるなら、どうなるか分かっていますよね?」

「ああ、知っているとも。お前の守る『宝』に手を出したものには、等しく滅びが待っている」

 

睨みつけても、何食わぬ顔で紅茶を一口。

 

「『ファフニール』だなんて、良く似合っている渾名じゃないか」

「だったら・・・・!」

「しかしだな」

 

徐に、フィーネは写真を取り上げる。

そして、

 

「お前が離れた後なら、どうとでも出来るんだぞ?」

 

これ見よがしに、二つに裂いた。

一気に破くんじゃない。

じっくり、ゆっくり。

獲物の首を締め上げるように。

もがき苦しむ様を愉しむ様に。

彼女の目論見どおり、ビリビリという音が耳にこびりついた。

 

「この子が身を寄せている二課には、私の手のものが潜り込んでいる。私の命令次第では、簡単に刈り取れる」

 

・・・・息が、上手くできない。

心臓の音がうるさい。

 

「このままお前が日本を出れば、あの子の危機に駆けつけることが出来なくなる。優秀なあの連中とて万能ではない、ましてや指揮官がアレでは、身内に敵がいるなどと考えにくいだろう」

「・・・・何が、言いたいんですか?」

 

――――変わった。

品のよさと威厳は保ったままで。

彼女の本性が牙を見せた。

 

「もしそうなったのなら・・・・可哀想に、切に望んだお前との再会が叶わなくなる。いや、それだけで済めばいいのだが」

「・・・・どういう、ことだ」

 

彼女が立ち上がる。

震える頬に手を添えられて、ぱっくり割れた口が耳元に近づいて。

 

「『来てくれなかった』と『裏切られた』と、お前を怨む可能性だってあるのだぞ?」

「――――ッ!!」

 

・・・・ああ、畜生。

そんな言い方しなくたっていいじゃないか。

彼女の声は、ただの声じゃない。

心の奥の奥に、直接響く。

わたしの『本音』の部分を、喰い付く前の味見のように。

かっぷり甘噛みしてくる。

・・・・いや、

 

「どうする?断ったとて構わないが・・・・その場合この子はどうなるだろうなぁ?」

 

甘噛みなんてものじゃない。

わたしは、もう。

彼女の傍に来た時点で。

 

「―――――いい子だ」

 

蛇の腹に、呑み込まれたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

初めて少女を知ったのは、去年の暮。

アメリカはサンフランシスコで、ガングニールのアウフヴァッヘン波形が観測されたときだった。

公になっている記録では、有り得るはずのない反応。

当然興味が沸いたので、『器』の中から一つ選んで向かわせた。

そして、完膚なきまでに叩きのめされて戻ってきたのだ。

よこした『器』は聖遺物適合薬『LiNKER』がなければギアを纏えなかったが。

逆に言えばそれ以外の目立った弱点がない、それなりに優秀な個体だったのだ。

それを虫の息になるほどぶちのめすなど、戦慄するとともに好奇心が刺激された。

諸々の事情から、映像記録などの贅沢は言えなかったが。

戻ってきた『器』の証言に寄れば、マイクユニットらしき赤い宝玉は持っていなかったということ。

・・・・自らが生み出した『シンフォギア』は、まず歌えなければ話にならない。

これが他の聖遺物だったのならまた違う可能性を考えなければならなかったが。

自分には一つだけ、心当たりがあった。

もう二年前になる『ツヴァイウィングのライブ』、そこから始まった迫害。

そして怨嗟の激流に飲み込まれ、行方知れずになった少女二人。

数千年もの永き時の中知識を蓄えた頭脳は、ある結論を導き出す。

『立花響』あるいは『小日向未来』のどちらかが、『聖遺物との融合』を果たしている。

融合自体なかったわけではない。

人類が始まって以来、現代まで語られる英傑や偉人の中には、該当者が何人もいるのだから。

だが自分がその存在を知ったときには、既に名を馳せていたり、逆に強固な守りに固められて。

手を出せず仕舞いだったのだ。

・・・・あれから半年がたった今、片割れである未来を検査する機会があった。

結果は、シロ。

消去法でいくなら響が『当たり』ということになる。

果たして、それは予想通りだった。

昨晩目の当たりにした左手の大怪我。

それが先ほど見たときには、既に完治寸前にまで再生していた。

たった数時間で、あれほどの回復力。

『融合症例』と見て、まず間違いないだろう。

 

「――――ふ、っく」

 

・・・・嗚呼、止まらない。

笑みを止められない。

 

「くくくくくくくくく・・・・!」

 

『あの御方』へ至る為の切り札とも言える存在が手に入った今。

湧き上がる愉快な気分を抑えられない。

 

「ふふふふはははははは・・・・・あはははははははははッ」

 

多少はしたなかろうが気にしない。

周りに人はいないのだから、これくらいは許して欲しいものだ。

 

「あははははははははははははははッ!!!!はははははははははははははははははははははッ!!!!!!」

 

笑い声を隠そうともしないまま、廊下を闊歩していく。

赤い絨毯が敷かれていることも合間って、彼女には『あの御方』へのヴァージンロードのように見えた。




(˘ω˘)oO(フィーネが珍しく爆笑してる)

(#˘ω˘)oO(うるせぇ)


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天下の往来独り占め作戦

ご感想ありがとうございます。
楽しく読ませてもらっています。
ただ、一つだけ。
フィーネさんがポンコツっぽく見えるのは、私の文章の拙さが原因でして・・・・。
だからそんなdisらんどいだって・・・・!


わぁ。

わぁー。

わあぁー・・・・(呆)

離れなきゃ離れなきゃ言ってたくせに、未来ちらつかされた途端ホイホイついてっちゃってまぁ・・・・。

ちょっと、わたしってばチョロすぎませんかね。

フィーネさんも呆れてるんじゃないかなぁ、『何この子チョロすぎ』って。

これじゃ威厳もへったくれもないよ。

『賢者』が『賢者(笑)』になっちゃうよ。

一応あの後、報酬として『日本出国の手引き』を約束させた。

当然渋られたけど、こっちも怪我させられたんだし、別に『あの目的』(あいのこくはく)を邪魔する気も無いしで。

どうにかこうにか説得出来た。

出来たんだけど、念の為って受けさせられた身体検査でまた獲物見る目されちゃったし。

ああ、やっぱりとんでもないところに来ちゃったなって。

今更どれだけ後悔したところで遅いけどな!

で、だ。

実はアレから一週間経っているわけだけども。

わたしはずっとこの館でお世話になっている。

で、ここに居座っているということは。

『あの子』にもエンカウントするわけでして。

 

「何でこいつがここにいるんだよッ!!!!」

 

ずどん、なんて音を立ててテーブルが叩かれる。

歯を食いしばるギリギリという音が、かすかに聞こえた。

大ダメージを与えたとばかり思っていた『雪音クリス』ちゃん。

実は『ネフシュタン』の鎧としての機能と、再生能力がお仕事したとか何とかで。

つい昨日には復帰していた。

なお、例のビリビリは施された模様。

 

「契約を結んだの、病み上がりの貴女が快復するまで手伝ってくれるわ」

「だからってこいつじゃなくてもいいだろうッ!?」

「・・・・ぶっちゃけわたしも賛成」

 

思わず呟くと、前と横から睨まれる。

きゃー、怖い。

これ以上突っつくと痛い目を見そうなので、お口をナインチェにしておく。

・・・・・意外とカッコイイ本名なんだよな、あのウサギさん。

 

「まあ、いい・・・・それより今度の仕事よ」

 

フィーネさんが切り換えたので、クリスちゃんも睨むのをやめる。

 

「明後日早朝、二課で大規模な作戦が実行されることとなった。内容は完全聖遺物『デュランダル』の移送だ」

「かっぱらってこいってことか?」

「その通りよ」

 

そういえばこないだ、広木防衛大臣が暗殺されてたね。

あえて厳しく当たって法を尊守させることで、二課を守ってくれてた人なんだっけ。

それを考えると、惜しい人を亡くしたもんだ。

 

「デュランダルは私が運転する車両に乗せる。怪しまれないために、本気で攻撃してきなさい」

「ああ、分かった」

 

意見は特にないので、わたしも頷いておく。

 

「響は風鳴翼の足止めを、必要なら仕留めても構わない」

「はい」

 

まあ、翼さんに死なれちゃこっちも困るので、生かしはするけど。

そういえば、翼さんとガチで立ち会うのはこれが初めてか。

どうやってK.O.するか考えとかないとなぁ・・・・。

 

「では、決行までは好きに過ごせ・・・・ただし」

 

きろり、と。

『満月』がわたし達を捉える。

 

「諍いを起こすのは許さない」

「・・・・分かった」

「承知しました」

 

『余計な面倒増やすな』ってことですね、分かります。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

その日、特異災害対策機動部二課は緊迫していた。

強力な後ろ盾であった広木防衛大臣の急逝。

大臣自体は副大臣が繰り上がるので問題は無いが。

新たに防衛大臣となる石田氏は、国際協力を唱える親米派。

日本の国防に、米国の意見が通りやすくなるのではという懸念があちこちで囁かれている。

二課もまた、もろに影響を受ける部署の一つであるため、人事でいられない。

――――前防衛大臣が暗殺されたその日、面会する予定だった了子は運よくすれ違って難を逃れた。

そんな彼女が持ち帰った資料により、大規模作戦が決行されることになった。

二課が保有する唯一の完全聖遺物『デュランダル』。

度重なる襲撃や、『ネフシュタンの鎧』を纏う何者か。

そして、二課本部のカモフラージュでもあるリディアン音楽院周辺の、ノイズの異常な発生率。

様々な不安要素を考慮し、デュランダルの移送作戦が決行されることとなった。

移送先は永田町にある演算施設『記憶の遺跡』だ。

途中で、ネフシュタンを始めとした第三者の妨害も予測された。

早朝のリディアン音楽院。

太陽も昇っていない中、翼含めた二課エージェント達が並んでいる。

 

「大臣殺害の犯人捜索の為として、検問を張る!その中を、永田町まで一気に駆け抜ける!」

「名付けて、『天下の往来独り占め作戦』よ~」

 

緊張を程よくほぐすためか、了子の呑気な声で作戦はスタートした。

了子は自身の車にデュランダルの入ったケースを乗せ、その周囲をエージェントが乗った護送車と、翼のバイクが護衛する。

車両はリディアンを飛び出し、トップスピードを維持したまま街中を駆け抜ける。

商店街にも人気がないのは、何か理由をつけて住民に退去してもらっているからだろう。

普通なら警察のお世話になりそうな速度だが、この場合そうは言っていられない。

街を抜け、やがて湾内を繋ぐ橋の上へ。

変化は、ここで起きる。

 

「な――――!?」

 

前方の道路が爆発し、黒煙が上がる。

了子の車はギリギリ避けられたが、他の車両が一台海の下へ。

バイクを駆り、瓦礫から瓦礫へ飛び移った翼は、苦い顔でそれを見送りながら。

それでもエージェント達の無事を信じて、向こう側へ渡りきる。

再び街の中へ、ここでも妨害が。

突如マンホールの蓋が飛び上がったと思うと、色とりどりの噴水が湧き上がる。

振ってくる飛沫は全てノイズ。

 

「ッImyuteus Amenohabakiri tron...!!」

 

当然無視する道理は無い。

翼は即座に唱えてギアを纏い、無数の剣を打ち出してノイズを一掃する。

だが、これも当然一度で終わるはずがない。

マンホールと言うマンホールから、次々ノイズが湧き上がってきた。

 

『聞こえるか!?そのまま行けば、薬品の工場地帯がある!了子くんには、そこに行ってもらいたいッ!!』

『そこで爆発でも起きたら、いくらデュランダルでも木っ端微塵よ!?』

 

耳元の通信機から、弦十郎と了子のやり取りが聞こえる。

前日に周辺の地形を叩き込んでいた翼も、会話に入れないなりに怪訝な顔をしていた。

 

『敵の目的がデュランダルの確保なら、あえて危険地帯に飛び込もうって寸法だ!』

『勝算はあるの!?』

 

焦燥と疑問が渦巻く声でまくし立てられた弦十郎は、次の瞬間自信たっぷりに答える。

 

『――――思い付きを数字で語れるものかよッ!!!!』

 

頼もしい返事に、翼も自然と笑みが浮かべる。

即座に了子の車は速度を上げた。

ハリウッドばりの大ジャンプをかまして、件の工場地帯へ飛び込んでいく。

翼もまた、出現したノイズを一掃した上で、追従していこうとして。

 

「――――ッ!?」

 

バイクの前で、爆発。

突然のことで衝撃に備えきれず、翼は放り出されてしまう。

何とか身を翻して体勢を立て直し、着地。

こんな時に横槍を入れる無粋者は、どこのどいつだと。

刀を構え、鋭く睨みつける。

土煙がはれた先、立っていたのは。

 

「お前・・・・・!?」

 

頭がハンマーで殴られたようだ。

 

「どーも、お久しぶりです」

 

ひん剥かんばかりに目を見開いた翼へ、響は達観しきった笑顔を浮かべる。




お口ナインチェ(・x・)


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剣と拳

前回までの閲覧、評価、誤字報告。
ありがとうございます。

多分(?)誰もが(?)夢見た(?)
翼vs響です。


「な、何故・・・・!?」

 

柄にもなくわなわな震えながら。

まるで通せんぼするように立つ響へ、問う。

 

「何故『そちら』にいる!?」

「雇われました」

 

悲痛な叫びにも、あっけらかんと答える響。

気だるげにうなじをかく余裕すら見せている。

妨害があることは予想できていたが、まさか気にかけていた彼女が現れるとは・・・・。

翼は苦い思いを抱くと同時に、納得もしていた。

響にとって自分は、仇のような存在だ。

謂れのない暴力と悪意にさらされ、家族と離れ離れになり。

手にかけた者達の血で汚れた道を歩む、大本の原因なのだから。

 

(いずれ刃を交えるのも、必然と言うことか・・・・!)

 

密かに奥歯を噛んで、構える。

刃を向けられても、響は平然としている。

気楽な様でいて、隙のない佇まい。

元より諜報部の報告で、只者ではないのは分かっていたが。

実際に相対してみれば、それが真実なのだと思い知らされる。

 

(小日向、すまない・・・・!)

 

手を抜けばこちらが刈り取られる相手。

大事な友人に手を上げてしまうことを、彼女の待ち人に謝罪した。

 

「んじゃ、報酬分はお仕事しなきゃなんで――――」

 

尖る、闘気。

地面が強く踏みしめられる。

 

「少しお相手願います」

 

割り込ませた刀身に、重い一撃が叩き込まれた。

吹き飛びそうになるのをどうにか踏ん張って、一閃。

手甲で防いだ響は一歩引く。

そのまま両手を引けば、手甲が変化。

よく見かけた刺突刃とは違う、幅広で力強い刃。

 

(ジャマダハル・・・・!!)

 

その武器は刀剣の類であったため、翼も知っていた。

拳による一撃が、斬撃にも成り得る近接武器。

カタールとも呼ばれ、北インドで使用されていた。

挑発的に微笑んで、響はもう一度突撃してくる。

鋭い突きが、頬を掠めた。

刀を手甲に叩きつけて弾き飛ばし、斬り上げ。

振り上げた勢いで、もう一閃繰り出す。

油断なく開いた片手にもう一本刀を握り、今度はこちらが攻勢に。

一閃、二閃、三閃。

時に同時に斬り付け、時にタイミングをずらして放ち、時に右と左で攻撃防御を使い分け。

全ての技術を注ぎ込み、響へ連撃を叩き込む。

一方の響は、時折危なげな部分を見せながらも喰らいついている。

防御しきれず掠めながらも、攻撃をしっかり捌いていた。

 

「ふっ、はッ!!」

「ッ・・・・!」

 

翼の突き一閃。

ここが好機と眉をひそめた響は、腕を振るった。

目論見どおり弾かれた刀は宙を舞い、彼方へ飛んでいく。

もちろん、翼がこの程度で怯むなんて微塵も思わない。

 

「はぁッ!!」

 

『一本減っただけだ』と、距離を取った翼。

大剣に変化させると、斬撃を放ってくる。

響もまた上等だといわんばかりに刃にエネルギーを溜め、同じく斬撃を飛ばす。

それら二つは両者の相中で接触、爆発。

煙が晴れないうちに、互いに突っ込んでいった。

 

「おおぉッ!!」

「でぇりゃッ!!」

 

叩きつける、火花が散る。

ぎりぎりという音は、両者の食いしばった口元を表現していた。

 

「強いな」

「鍛えてますから」

「小日向の為か?」

「ご想像におまかせします」

 

打てば響くような会話を交わし、弾きあう。

砂利を散らして後退。

気付けば汗だくになっていた。

視界を遮りそうな目元だけを拭い、響は改めて前を見据える。

翼も響ほどではないが、雫が顎を伝うのが見えた。

と、こちらを射抜いていた目が、揺らぐ。

 

「・・・・雇えば、我々の側に来てくれるのか」

 

ぽつっと、呟くような問い。

 

「あ、それはいやです」

 

当然のように、にべもなく断られる。

 

「言ったじゃないですか、守るために手放すって」

「だが!それでは!!」

 

肩をすくめる響に、翼は食って掛かった。

脳裏に、過ぎる。

響を追い詰めたと自責して、怪我してないかと心配して。

隣に居ないのが寂しいと、人目を忍んで涙する。

どこまでも友達思いで、一途で、健気な。

折れそうな心を必死で堪える、一人の少女。

 

「それでは、小日向の心はどうなる・・・・!?」

 

そんな未来を、近くで見守ってきたからこその問い。

生半な回答は許さないと、肩を怒らせる。

響は未来の名前が出てきたところで、苦い顔。

何も思わないわけではないらしい。

 

「大切な人、親しい人の危機が怖いというのなら、私達が協力する!小日向のことも家族のことも!もう独りで悩まなくていい!!」

 

だって、君は。

 

「貴女は許されていい人間だ!!陽だまりにいていい人間だ!だから頼む!こちら側へ・・・・!!」

 

告げる言葉は、もはや懇願のそれだった。

彼女が『あちら側』にいる原因が、自分にあるからなお更だった。

たった一つ、たった一つだけでも。

自分が壊してしまったものを、取り戻したいと願った。

壊れた破片は、目の前にある。

掴み損ねたくなかった。

翼の必死ぶりに驚いたのか、響の目は見開かれていたが。

やがて、静かに、穏やかに笑みを浮かべて。

 

「――――ありがとうございます。でもごめんなさい」

 

口にしたのは、拒絶の言葉。

 

「どうしてもわたしは、傍にいられません」

「――――ッ」

 

その絶句が、勝敗を分ける。

足音三つ、我に返れば目の前に琥珀の瞳。

 

「――――装者(わたしたち)の弱点は、喉か肺です」

 

荒ぶることなく、淡々と告げて。

 

「げぁッ!?」

 

無防備な喉元へ、蹴りを一発。

急所の一つに衝撃を加えられ、血を吐くと錯覚するほどの痛みが走る。

思わず怯んだその隙を、響は見逃さなかった。

即座に鳩尾へ、続けてアッパーカット。

胴をド突かれ、頭を揺さぶられた翼は、木の葉のように吹き飛んだ。

 

「は――――ぁ、ご――――!!」

 

地面に叩きつけられてもなお、意識はあったようだが。

虚ろな目から読み取るに、ギリギリと言ったところだろう。

まあ、動けたとしてもご自慢の歌は封じた。

油断も慢心も抜きに、負けるとは思えなかった。

 

「ったく、勝ってやんの」

 

当初の目的どおり、殺さずに無力化できたことを安堵していると、そんな悪態が聞こえてくる。

振り向けば、面白くなさそうに舌打ちするネフシュタン。

その手には、金属製の無骨なケースが握られていた。

 

「負けたら負けたで面倒だよ?」

「うっせぇ!ブツは回収した、ずらかるぞ!」

「はいはい」

 

響は『おお、怖い怖い』なんて肩をすくめながら。

去り際にふと、振り返る。

翼はこちらを引き止めるように、手を伸ばしていた。

 

「・・・・・未来を、どうかお願いしますね」

 

自分を暗がりから連れ出そうとした、優しい防人へ。

それだけを告げて、踵を返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デュランダルの移送作戦は失敗に終わった。

薬品工場に逃げ込んだはいいものの、それこそが敵の狙いだったのだ。

ネフシュタンに直接攻撃された車は、耐え切れずに横転。

揺さぶられた了子が気を失ってしまっては、奪われるのは時間の問題だった。

もちろん、そうならないために翼を配置していたのだが。

二課の最大戦力たる彼女の前に立ちふさがったのは、響だった。

互角の戦いを繰り広げた響は、最終的に翼を無力化。

デュランダルを奪ったネフシュタン共々、まんまと逃げおおせたのである。

幸いなのは、了子や翼を含めたエージェント達に、死人が出なかったことだろう。

それでも、翼はしばらくの休業をやむなくされたが。

 

「――――そうか、響くんが」

 

二課の息がかかった病院。

手当てを終えた翼の筆談で報告を聞いた弦十郎は、難しい顔をする。

その胸中は、決して穏やかではなかった。

デュランダルを守りきれなかったという不甲斐なさも当然あるが、何より気になっているのは、やはり響。

守りたいと、助けたいと願っていた彼女が敵対したことに、少しどころではない動揺を覚えていた。

 

『申し訳ありません、私が鈍らだったばかりに』

「バカいうんじゃない。人々の為に戦場(いくさば)を舞うお前は、名刀中の名刀だ」

 

眉をひそめて肩を落とす翼の頭を撫で回しながら、弦十郎はそのネガティブな言葉を否定する。

 

「使い続ければ切れ味だって鈍るさ、今はしっかり治療(手入れ)に専念しろ」

『はい、お気遣い痛み入ります』

 

失態を攻めることなく、むしろ激励を送ってくれた叔父へ。

翼は照れくさそうにはにかむのだった。

 

「それで司令、響さんのことはどうしましょう。こうやってはっきり敵対された以上、放っておくわけにも・・・・」

 

微笑みあいが一段落したのを見計らい、翼のマネージャー兼護衛である『緒川慎二』が神妙に問いかける。

確かに彼の言うとおり、事情があるとは言え、二課の人員に手出しをされたのだ。

私情を抜きにしても、このまま見逃すわけには行かない案件である。

 

「それに、未来さんには・・・・」

 

加えて、二課で保護している未来のこともあった。

響の帰りを待ち続けている彼女とは、何か有力な情報があれば教えると伝えてある。

だがこのことは伝えて良いものか、悩むところだ。

元はと言えば、『響が道を外れたのは自分の所為だ』と追い込みがちな部分がある彼女のことだ。

もし、今回のことを知らせたとして、果たして冷静にいられるのかどうか・・・・。

『風鳴弦十郎』個人として、『特異災害対策機動部二課』の司令官として。

持ち合わせている信念と、冷たい現実を吟味して。

翼と緒川が気遣わしげに見守る中。

腕を組み、黙り込み、眉間に皺を寄せて。

悩みに悩んで、悩みぬいて。

 

「――――」

 

やがて彼は、閉じていた目を開いた。




今の今まで、『歌うこと自体を不可能にする』ような敵って出てきてませんよね。


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フラグ「呼んだ?」

毎度の誤字報告、感謝です。
一応見直しているはずなんですけれど・・・・!


デュランダル移送任務から数日後。

喉のダメージが大分治ってきた翼は、早くも復学していた。

まだ歌手活動(と、防人業)は休養を余儀なくされているが。

本分である学業に専念できるのはありがたいと、どうにか自分を納得させる。

ひとまず精勤賞は取れそうだなんて考えながら廊下を歩いていると、

 

「翼さん」

 

振り向けば、未来が小走りで駆け寄ってきていた。

 

「どうした?小日向?」

「ぁ、あの・・・・」

 

努めて柔和に笑いかければ、どこか尻込みする様子。

聞いていいのかどうかを、迷っているらしい。

しかしすぐ決意したように小さく頷くと、改めて翼と向き合う。

 

「あの、出動ってありましたか?響には、会いませんでしたか?」

「――――」

 

来た、と思った。

未来は一般人だが聡い子だ。

この前の翼の入院も、発表された『過労』以外の原因があると睨んでいるだろう。

その原因に、響が関わっているとも。

 

「――――いや」

 

翼は、首を横に振る。

 

「察しのとおり、まあ、『荒事』はあったが。立花には会っていないよ」

「そう、ですか・・・・」

 

予想通り。

翼の返答に、目に見えて肩を落とした。

 

「・・・・分かりました。すみません、言いにくいことなのに」

「気にするな、立花が心配なんだろう?」

 

年上らしく余裕を持って問いかければ、未来はまた小さく頷いた。

その後同級生らしき生徒に呼ばれ、一礼して去っていく。

背中を見送りながら、翼は控えめになっていた息を、盛大に吐き出した。

 

(慣れているはずなのにな、嘘をつくことは)

 

踵を返しつつ、もう一度ため息。

――――未来には知らせない。

あの日弦十郎が出した結論。

一見堅牢なように見えて、その実砂上の楼閣である彼女の精神を慮っての、苦渋の決断だった。

弦十郎の決意と痛みを理解した翼もこれを了承し、今しがた未来へ嘘をついたのだが。

やはり、秘密を共有している『仲間』なだけあって、偽るのは大変苦労する。

ふと、喉に触れた。

・・・・・響の行動が、読めない。

守りたいというのなら、離れたいというのなら。

何故一月以上もこの近辺に留まっているのだろう。

それこそ、邂逅したあの日にさっさと逃げおおせていればよかったものの。

二課の追っ手を警戒していたとしても、動きが消極的過ぎる。

 

(本心では共にいたいと思っているのか・・・・あるいは)

 

二課以外の『何者か』に、邪魔立てされているのか。

ぱっと思いつくのは、一緒に行動していた『ネフシュタン』だが。

米国の方も不穏な動きが報告されている以上、そちらも無視できない。

どちらにせよ、今考えても詮無いことだと、頭を振って切り換えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうも、立花響です。

デュランダルをかっぱらってから早二週間。

未だにフィーネさんのお屋敷にいるでござる。

・・・・いや、ね?

何か、手配していた飛行機のチケット(行き先はひとまずロシア)が遅れてるとか何とかで。

でもそれまで手持ち無沙汰にしてるのもなーって思ってたら、フィーネさんはそんな胸中も見透かしてたらしく。

『デュランダル起動させたいけどクリスじゃ足りないなー、誰か手伝ってくれないかなー?』って感じでチラッチラッと催促されまして・・・・。

ええ、例の如く断れなかった自分は、フィーネさんの思惑通り完全聖遺物の起動に駆りだされています。

とはいえ、わたしってば融合症例らしくフォニックゲインがかっとんでるとか何とかで。

クリスちゃんと歌えば歌うほど、デュランダルの反応が荒ぶってくるというか。

こう、『俺の体が真っ赤に燃えるッ!!』みたいに光が強くなっていった。

起動まで割と順調に持っていけてるみたい。

それでも二週間なんてかかったのは、単純な話、わたしがハモるのド下手だったからでして・・・・。

でも、フィーネさんと、それから意外にもクリスちゃんが教えてくれたお陰で、現在どうにか形になっています。

なお、クリスちゃんに何で教えてくれたか聞いてみたところ。

 

「フィーネの要求に応えられないと、あたしだって危ないから」

 

とのこと。

ぶん殴ったこともあって結構毛嫌いされてたけど、こういう大事なときまで持ってこないのはさすがだと思った。

素直に褒めたらド突かれたので、あんまり言わない方がいいみたいだけど。

まあ、ともかく。

今日も今日とてしんがーそんっ。

装置につながれたデュランダルの前で、クリスちゃんとデュエットですよ。

中の人的に言えば、喉からCD音源レベルのプロがリードしてくれてる感じ。

いやぁ、頼もしくていいよね!

なんて考えている前では、いつも以上に荒ぶっているデュランダル。

某大佐になりそうなくらい眩しい光が、さっきからひっきりなしに迸っている。

目が・・・・目がぁ・・・・・。

 

「――――ぁ」

 

光が落ち着くのを感じて、無意識に閉じていた目を開ける。

見ると、糸を束ねるように光が集束していく。

まるで一種の機織りみたいな光景は、ここがラスボスの拠点であることを忘れて見とれるくらい。

やがて最後の一筋が収まって、一度ぼうっと光ったデュランダルは。

やっと大人しくなった。

これは・・・・?

 

「フォニックゲイン充填完了、アウフヴァッヘンも安定・・・・二人ともご苦労、起動実験は成功だ」

 

おおう、それはよかった。

ラスボスの片棒担いでいるけど、とにかくよかった。

よかったったらよかったの!

 

「お前も肩の荷が下りて、安堵しているのではないか?」

「いえ、その・・・・あはははは・・・・・」

 

指摘されて思わず苦笑い。

いや、いくら精神年齢三十路に届きそうだからって。

こんな素人に隠し事とか器用なこと出来るわけないじゃないですかー、やだー。

 

「まあ、いい。十分に役立ってくれたのだからな」

「っけ、足手まといよりはマシだったよ」

「どーも」

 

うう、ラスボスでさえなければ、この褒め言葉も嬉しいのになぁ。

クリスちゃんのツンデレだけが癒しだよ・・・・。

 

「これでお前は晴れて自由の身だ、喜ぶといい」

「・・・・ええ、ありがとうございます」

 

言いながら差し出されたのは、遅れていたらしい飛行機のチケット。

本当に遅れてたのとか突っ込みたいところだけど、あえてスルー。

触らぬ神に祟りなしっていうしね、うん!

遠慮なく受け取って、懐へ。

 

「それじゃあ、短い間ですけど。お世話になりました」

「もう行くのか?」

「とっ捕まりたくないので」

 

だって、ほら。

今まで日本を出ようと行動を起こすたびに、クリスちゃんやらフィーネさんやらに邪魔されてるし・・・・。

っていうか、言ってから不安になってきた。

本当に大丈夫だよね?何も邪魔されないよね?

フラグじゃないことを祈るよぉ・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――Target Confirmation」

 

「――――Go」




エキサイト先生に聞きましたが、英語は多分間違っています←


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届かない声へ

響が去った後の館。

フィーネは自室で思考にふける。

起動したデュランダル、完成した『天穿つ塔』。

欲を言うのなら、響をもう少し手元に置いておきたかったが。

『計画』の要が二つもそろっている今は、これで満足しようと自戒した。

区切りをつけたところで、もう一度響のことを考える。

体に天羽奏のガングニールを宿した、貴重な融合症例。

内に秘めた力と可能性はフィーネの想像以上であり、侵食の度合いもまた、愕然とするほど進行していた。

本人の弁に寄れば、既に痛覚、味覚と言った五感の一部と、寒暖の感覚がなくなっているとのこと。

引き換えに、鋭敏になった視覚と聴覚、そして異常なまでの自己再生能力を手に入れていた。

それもこれも、全てはただ一人の親友のためにやったという話だ。

・・・・よくぞここまでと思うし、ここまでやるのかとも思う。

歪んだ正義による制裁と、油断すれば骨ごとしゃぶり尽される環境と言う前後があるとはいえ。

たった一人のためにここまで己を削れるのかと。

彼女にしては珍しい『哀れみ』を覚えると同時に、響の『強さ』にますます興味を抱く。

そもそも、人間と言うのはややこしい存在だ。

ただ見たもの・聞いたものを鵜呑みにし、それこそが真実だと自分で考えない愚か者がいると思えば。

ゆずれぬたった一つのために奮起し、いくつもの壁を乗り越え、世界へ多大な貢献をする英雄が現れる。

幾百、幾千の時を重ねたフィーネが、未だ人間を見限きれない理由の一つだ。

 

(アレのようなものこそが、無辜の者が謳歌する『幸福』を手に入れるべきだろうに)

 

『己ではなく、他者を慮る者こそ善である』。

そう唱える者達が、頭ごなしにいたいけな少女を責め立てるなど、世も末である。

 

(それもこれも・・・・)

 

忌々しく、空を。

正確には、青空に浮く月を睨む。

・・・・計画は最終段階へ向かいつつある。

相互理解を実現させるためにも、慎重かつ迅速にことを進めねばならない。

次の一手を考察しようとしたところで、端末に通信。

 

「はいはーい?」

『了子くんッ!今どこにいるッ!?』

「い、今?自宅だけど・・・・?」

 

『了子』に切り替え出てみれば、弦十郎の切羽詰った声。

 

『市街地にて、響くんが武装集団と戦っているという通報が相次いでいるッ!!』

「ッなんですって!?」

 

その報せは、彼女にとって寝耳に水だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

うぇーい!

本日は晴れときどき鉛玉が降り注ぐでしょーっと!!

地面すれすれを駆け抜けて、おじさんの首によじ登る。

そのままコキャッっと圧し折ってから、蹴り飛ばして次。

銃弾を左腕で受けると、とっておいた右腕を突き出して胸を一突き。

そういえば『ゲイボルグ』ってそういう技術の名前だってする説もあるらしいね?

なんてことを思い出しつつついでに体を引き裂いて、確実に仕留める。

 

「――――ッ!?」

 

コレで終わりかなっと思ったら、別方向から銃声が聞こえて。

頭を掠める。

そのまま腕を交差すれば、横殴りに雨あられとばら撒かれる。

何発か当たったり掠めたりしたけど、へーきへーき。

右腕は仕込みが幸いして、そこまでダメージがない。

なお、左はお察し。

どっちにせよ仕留めるけどね。

撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけなんだよー?

 

「ッMonster !!」

「・・・・ははっ」

 

化け物、バケモノ、ばけもの。

――――上等だ。

 

「いえーい、あーいむもんすたー!」

「アガッ・・・・!!」

 

着地と同時に飛び上がって、腕を振るう。

すぱっと心地いい音がして、血が吹き出た。

刺突刃の血を払って、収める。

うへぇ、返り血とか怪我とかで体中大変なことになってるよ。

でもビデオの巻き戻しみたいに治ってるし、直に五体満足になるだろうし。

 

「ま、マジで死んでる・・・・!?」

「やばいって、ケーサツケーサツ!!」

「いやあれ警察でどうにかできんの!?」

 

人通りの少ない場所でよかったけど、暴れすぎた所為で野次馬が集まってきてるね。

あー、めんどい。

うん、このままエスケープしよ。

壁を蹴って飛び立てば、声が上がる。

見下ろすと、こちらを指差す有象無象。

・・・・本当に、めんどい。

どこまで行っても他人事の癖に、当事者面するんだから。

んむああぁー、ダメダメ。

頭が危ない方にいってる。

それもこれも『さあ日本脱出だ』ってときに横槍入れてきたおっちゃん達が悪いんだ。

顔の形とか喋ってた言葉からして、多分アメちゃんの手先。

巫女より先にどうのとか言ってたから、フィーネさんは関係ないっぽい?

下手したら冤罪かけられるよ、災難ですねー。

わたし知ーらないっ。

パトカーらしき音を見送りつつ、ビルとビルの間をぴょーんぴょーん。

気分としては『イエエエガアアアア∠(°Д°)/』なアレ。

ワイヤーなんて上等なものはないんですけどね。

いい感じな路地裏を見つけたので、配水管を伝って着地。

 

「・・・・ッ?」

 

したら、体から力が抜ける。

顔から突っ込んで、何も出来ないまま倒れて。

腕が動かない、足が動かない。

全身に錘を付けられたみたいに重たくなって、身動きが取れない。

・・・・これはあれかな、血を流しすぎたかな。

あ、目の前が暗くなってきた。

やばい、割とガチでやばい。

ああ、これが『詰み』ってやつか。

ぶちっと音を立ててブラックアウトする視界。

なのに耳だけはやけに鋭くなっていて、遠くではパトカーが未だに騒いでいるのが分かる。

・・・・・『年貢の納め時』ってこういうのを言うんだろうか。

もう見た目からしてアウトだし、こんなんで誰かに見つかったら即行通報ですわな。

さっきの有象無象の中にはスマホ構えてる人もいたから、SNSとかにも上げられてるだろうし。

目覚めたらおまわりさんがいるとか・・・・・ありえる。

やっぱりムショ行きかなぁ、だろうなぁ。

街中で血祭りやらかしたし、見逃してもらえるわけないだろうし。

・・・・まあ、それもいいかもなぁ。

ああ、眠くて頭が回らない。

 

・・・・・・いいや。

 

なんか、もう、眠い。

 

考えるのも疲れてきたし、っていうか眠い。

 

眠い。

 

むっちゃ眠い。

 

 

疲れた、もう眠い。

 

 

 

寝たい。

 

 

 

 

・・・・寝るか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――あたたかい。

 

 

 

 

 

ああ、これは多分夢だ。

 

 

だって、わたしはもう温もりを感じないから。

 

だから、これは夢に間違いない。

目の前が明るくなる。

ぼんやりしている中に、何かが見える。

顔だ。

上から覗き込むように、顔がある。

未来だった。

・・・・ああ、わたしってば。

よっぽど未練があるんだな。

我ながら女々しいにもほどがある。

でも、だけどさ。

やっぱり、忘れられないんだ。

一番一緒にいたから、一番信頼している人だから。

大切で、大好きで、愛しくて。

そうだよ、家族に負けないくらい傍にいたんだもん。

守りたくて当たり前じゃないか。

本当は傍にいたい、一緒にいたい。

だけど、わたしが傍にいたんじゃ、みんなが怖い目に合うから。

何だか世界中の『悪いこと』がわたしに集まっているみたいに、嫌なことばかりが起こるから。

だから、離れた。

台風と一緒だ、離れたら被害は治まる。

わたしは嫌なこと・辛いことに付きまとわれて大変だろうけど、でも。

それでみんなから怖いことが離れて、みんなが守られて、それでみんなが笑っていられるのなら。

わたしは喜んで孤独を選ぶ。

助けてくれるヒーローなんて、現実にはいないんだ。

助けてくれる優しい人も、残念ながら都合よくいるわけがない。

だから、自分でどうにかするしかない。

・・・・・だけど、さ。

やっぱりわたしは、どこまで行っても矮小な(ただの)人間で。

そんな聖人みたいな所業を、さらっとこなせないわけでして。

胸を締め付ける、痛み。

空洞になった体を、冷たい隙間風が吹き抜ける感じ。

・・・・ああ、もう、本当に。

寂しいのは、どうしようも出来ないな。

一緒においしいものを食べたい。

でも、味覚がないから叶わない。

痛いよって泣いているなら、傷口を労わってあげたい。

でも、痛みを感じないから、どれだけ辛いか分かり合えない。

寒いときは思いっきりハグしあって、温かくなりたい。

でも、もう温もりを感じないから、君が寒がっていることすら気付かない。

全部捨てた、全部自分で捨てた。

何もかも、自分で決めて、自分でやったことなのに。

――――つらい、こわい、さみしい。

なんでわたしばっかりって、思わないわけじゃない。

むしろ、常日頃からうっすらと思っている。

だけど、だけど、だけど。

やっぱり、どうしようもないんだ。

誰も、助けてくれないから。

独りで、やるしかないから。

 

「――――未来」

 

――――でも、これが夢なら。

現実でないのなら、言っても構わないかな。

少しくらい、わがまま言ってもいいかな。

 

「ここにいたいよ」

 

未来の瞳が、揺れた気がする。

手を伸ばせば、握ってくれた。

 

「ずっと一緒にいたい」

 

ああ、あたたかい。

現実じゃ叶わないことが出来るのが、夢のいいところだよね。

・・・・・それじゃあ、もう少し。

このまどろみを、堪能するとしましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぱたり、ぱたり。

雫が落ちる。

血の気を失い、力なく呼吸を繰り返す頬へ。

静かに、涙が落ちて行く。

 

「・・・・・だ、ぇか・・・・」

 

夢うつつに、幸せそうに眠る顔が。

どうしようもなく悲しくて。

 

「だれか、たすけて・・・・・」

 

堪えきれなくなった嗚咽が漏れた。

飲み込まざるを得なかった願いが、口をついて出た。

 

「だれか、ひびきを、たすけてぇ・・・・・!」

 

唱えたそれが、叶わないと分かっているから。

涙を止められない。

 

「なんで・・・・なんでぇ・・・・・なんでこんなああぁ・・・・・!」

 

響が何をしたの。

響が誰を殺したって言うの。

みんながそうやって、ありもしないことで責めるから。

この子は本当に人殺しになってしまったじゃないか・・・・!

鬼だっていい、悪魔だっていい。

それらを軽く凌駕するような、恐ろしい存在だって構わない。

要求するなら、お金も純潔も、命だって差し出す。

だから、どうか。

ねえ、聞いて。

 

「たすけて・・・・だれか、たすけて・・・・・!」

 

――――それは、切なる願いだった。

もう引き返せないところまで追い込まれて、追い詰められて。

それでもまだ陽だまりにいたいと、生きていたいと叫ぶ。

頼りない子どもの、癇癪の様な慟哭。

普通の人なら、怪訝な顔で睨んで素通りするこの願いを。

 

「――――ああ、もちろんだとも」

 

彼は、決して見捨てない。



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笑って、そっと

――――目の前が明るくなる。

はじめ何だか分からなかったけれど。

意識がはっきりしてきて、記憶の整理もついて。

そういえばドンパチの後倒れたんだなっていうのを思い出した。

全身が柔らかいものに包まれている。

多分ベッド、病院のものだろう。

手足・・・・は、特に拘束されていないみたいだったけど。

左手が動かないのが少し気になった。

 

「・・・・っ」

 

目が光に慣れてきたので、目蓋を開けてみる。

見えるのは当然知らない天井。

消毒液の臭いがさっきから鼻を突いているので、病院で間違いなさそうだ。

体を起こしてみる。

血が結構流れたにしては、だるさを感じなかった。

いや、むしろ中身が減ったから軽くなってるのかな?

なんてアホなこと考えながら、動かない左手に目をやれば。

 

「――――」

 

未来が、椅子に座った状態で、ベッドに体を預けていた。

わたしの左手をしっかり握って、目元をうっすら腫れさせて。

静かに寝息を立てている。

・・・・泣いてたのかな。

右腕を見てみると、点滴されていた。

中身は赤いので、多分輸血されてたんだろう。

なるほど、道理で体が軽いわけだ。

 

「・・・・ん・・・・・よ、と・・・・」

 

未来を起こさないように、そっと手を離してベッドから降りる。

点滴ももういらないので、ぶちっと引き抜いちゃう。

怪我したとこに包帯巻かれてたけど、こっちも治ってるから解いた。

ここで軽く柔軟。

うん、五体満足。

ちょうど枕元に着替えが置いてあったので、遠慮なくそっちに着替える。

カッターシャツと、ビジネススカート。

・・・・明らかに二課のものだった。

んー、こういうパターンか。

いや、予想できなかったわけじゃないけど、確率は低いと思ってただけに意外。

まあ、警察にとっつかまるよりはいい、かも?

ひとまず長居する理由はないのでとっととエスケープすることに。

愛用の仕込み籠手がないのは不安だけど、また作ればいいし。

日本なら、ちょっと山奥に入れば材料が集まるだろう。

・・・・まさか不法投棄をありがたがる日が来るなんて。

とにかくここからの脱出を優先しなきゃ。

 

「・・・・ばいばい」

 

去り際、小さくそれだけ呟いてから病室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「――――これほどとは」

 

ミーティングルーム。

モニターを見て、弦十郎は愕然とする。

表示されているのは響のレントゲン。

胴体に映る黒い影は、胸を塗りつぶし、肩を通り越し、顎や腕を侵食していた。

 

「このままだと全身を侵食しかねない勢いよ。既に痛覚や味覚、寒暖に影響が出ているみたいだし・・・・」

 

いずれ、また別の感覚が無くなる可能性もあり得るという。

了子と共に、難しい顔をする。

 

「ここから巻き返すのは、正直骨よ?」

「構わないさ」

 

試すような視線に、臆せず即答する。

 

「助けると約束したんだ、諦めてたまるか」

「・・・・それじゃあ私は、そんな危なっかしい上司に付き合ってあげますよ」

「ああ、頼むよ」

 

肩をすくめる了子へ、快活に微笑む弦十郎。

上司と部下ならではの心地よい信頼に、しばらく笑いあっていると。

 

『大変です!司令!』

「どうした?」

 

通信機に、オペレーターの一人『藤尭朔也』の焦った声が聞こえる。

 

『例の少女が、病室から脱走を・・・・!』

「・・・・やっぱり手だけでも拘束しとけばよかったんじゃない?」

「むぅ・・・・」

 

本日午後、ぼろぼろで倒れているところを保護された響。

咽び泣く未来や、響の境遇に配慮して、あえて拘束具をつけないという選択肢を取っていたのだが。

どうやら裏目に出てしまったようだ。

用意した着替えを着た彼女は、二課からの脱出を図っているらしい。

司令室から転送された映像には、慎重に廊下を進む響が映っていた。

 

「――――ねぇ、ちょーっと思いついたんだけど?」

 

どう引きとめようかと悩み始めた弦十郎に、了子がいたずらっぽく笑いながら提案する。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

曲がり角を警戒しながら、隠れられる場所には身を潜めて。

廊下を進んでいく、んだけど・・・・。

そういえばこの頃の二課って地下にあるんだよね?

となると出口は限られてくるだろうし、慎重にいかないと学校のど真ん中に出ることになる。

今のわたしは完全に不審者扱いだろうし、そんな間抜けな最後はいやだ。

もちろんアニメに出てきたとこ以外にも出入り口はあるだろうけど、国家組織だから簡単に出入り出来るはずがないし・・・・。

あれ?これもこれで意外と詰んでる・・・・?

い、いや!まだだ!まだ終わらんよッ!!

 

「――――でね、それから――――」

「おいおい、そりゃあ――――」

 

・・・・前の方から人の気配。

幸い近くに自販機があったので、その陰に隠れる。

近づく声と足音。

気のあう同僚らしい彼らは、わたしに気付くことなく去っていく。

気配が無くなってから、殺していた息を吐き出して整えた。

そっと顔を出してみれば、遠くに二つの後姿が見える。

ふと、彼らの格好がやけにカジュアルなことに気がついた。

・・・・もしかして、退勤時間だったりする?

二課の特性上、あの制服で通勤ってちょっと考えにくい。

少なくとも施設内に入るまでは、むしろ別の服装でいる可能性が高い。

っていうことは、あの人達についていったら出口にいける?

もちろん気付かれたり、見失ったりするリスクはあるわけだけど。

かといってそう都合よく次の手がかりがやってくるとも考えにくい。

 

「・・・・」

 

ここはついていくのが妥当だと判断して、もう一度顔を出す。

右良し、左良し。

オール良し!いけーっ!

足音を殺して、小走りで駆け抜ける。

壁に張り付いて様子を伺えば、あの二人は次の角を曲がっていくところだった。

曲がりきったのを確認してから、わたしもついていく。

くぅっ、こういうスニーキングミッションってすっごい心臓に悪いよ。

時折後ろも警戒しながら、二人を見失わないように廊下を歩いていって。

 

「――――ッ!?」

 

急に、肩を叩かれた。

振り向けば、ニコニコ笑う緒川さんが。

いつのまに・・・・!?

 

「注意は足りていましたが、まだまだですね」

 

おのれNINJA・・・・!

 

「監視カメラのこと、すっかり忘れていたでしょう?」

「・・・・ぁ」

 

しまったああー!!

そうだよ!政府の重要なお役所だから、監視カメラの百個や二百個あって当然じゃん!!

なぁんで忘れてたかなぁ!?

 

「お、本当に引っかかってた」

 

頭を抱えたくなっていたところへ、さっきまで向いていたほうからも声。

そっちを見れば、わたしが尾行していた二人が・・・・って。

この人ら!オペ子さんとオペ男さんやんけ!

っていうか引っかかったって!?

 

二課(うち)の制服、意外と似合、ぃっで!」

「『通勤するときの格好をすれば、出口があるって思ってついてくるかも』って、了子さん・・・・わたし達の仲間が考えたの」

 

軽口を言うオペ男さんに裏拳を叩き込みながら、オペ子さんが柔和に笑って説明してくれる。

う、ごごごごご・・・・。

これはあれか、この人らの作戦にわたしがまんまと『フィイイイッシュッ!!』されたパターンか。

ちょ、ちょっと。

ちょっと、待って。

これは、だいぶ。

間抜けすぎるううううううううう・・・・。

あれか、やっぱり寝起きの頭で考えたのがダメやったんか。

ちっくしょう、どっちにせよ間抜けさらしてるのに間違いはない。

どうする?どうする?

早くしないと――――

 

「――――響!」

 

体が強張るのが分かる。

緒川さんの方に目を向けると、駆け寄ってきた未来が肩で息をしていた。

その後ろからは、翼さんと弦十郎さんが。

・・・・完全に、囲まれた。

 

「・・・・」

「・・・・ッ」

 

一歩寄られる、一歩下がる。

手を伸ばされて、もっと後ずさる。

・・・・頼む、頼むよ。

ねえ、近づかないで。

だけど未来はお構い無しに歩み寄ってくる。

わたしの手を取ろうとして、わたしを逃がさないようにして。

ゆっくりゆっくり、距離を近づけて。

 

「・・・・ひびき」

「――――」

 

名前を、呼ばれて。

あんまり嬉しそうに、名前を言われて。

頭の中の、何かが弾ける。

 

「未来さん!」

「未来ちゃんッ!」

「小日向!」

 

『手』を出して、未来を引っつかむ。

 

「危ないものに近づくなって、習わなかった?」

 

真綿で首を絞めるように、じわじわ力を込めながら言う。

・・・・お願いだから、怖がって。

怖がって、恐れて、わたしを嫌いになって。

そしたら君は、わたしから離れてくれるでしょう?

ねえ、未来。

もう、これ以上。

怖い目にも、辛い目にも、遭わせたくない。

・・・・なの、に。

なんで。

 

「――――響ならいいよ」

 

なんで、そんな。

綺麗な顔で、笑って。

 

「怖がらなくていいから、ずっと傍にいるから」

 

『手』が、維持できない。

解放された未来が、近づいて。

背中へ、腕を回した。

 

「響の気がすむだけ、好きなだけ。ここにいていいよ」

 

肩口に顔を埋めた未来が、優しく囁いてくれる。

 

「――――大好き」

 

その一言がとどめだと分かったのは、ほっぺたを水滴がつたったから。

胸が苦しくて、息がし辛くて。

でも溢れている感情は、『悲しみ』じゃなくて『安心』で。

 

「・・・・?」

 

頭に何かが乗る。

大きな手だ。

弦十郎さんが、優しい顔して頭を撫でてくれてた。

見れば、周りの人達も。

頷いたり、笑いかけてくれたり。

・・・・誰も、誰も。

わたしに、敵意なんて向けてなくて。

何か害を成そうとしているわけでもなくて。

 

「・・・・ぁ」

 

ああ、何時以来だろう。

こんなに、こんなにあたたかい場所にいられるのは。

 

「ぁぁぁあああああああ・・・・・!」

 

涙なんて、もう出ないと思ってた。




『ツキノワグマ』という素敵すぎる曲に出会ってから、執筆がとんでもなく捗っている件について。
今回のタイトルも、歌詞の一部を拝借しています。


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その平穏を噛みしめる

「は・・・・はあ・・・・はっ・・・・・!」

 

逃げる、逃げる。

夕暮れに染まる街を、小さな手を握り締めて少女は走る。

鳴り響くノイズ警報。

小学生の自分より年下な男の子を連れての逃亡。

 

「・・・・ッ」

「うぅ・・・・おかーさぁん・・・・」

 

怖い。

油断すれば、この子を置いて逃げてしまいそうで。

 

(――――ダメッ!)

 

絶対にダメだと、首を振り回す。

だって、決めたんだ。

春先、お友達のお姉ちゃんと一緒に助けてくれた。

あの人みたいに、かっこよくなりたいって。

 

「だいじょーぶ、こわくない」

「おねーちゃん?」

 

手を握る。

思い出せ。

あのお姉ちゃんは、こんな怖くてたまらない時にだって笑っていられる。

すごい人なんだから・・・・!

 

「――――ぁ」

 

涙をボロボロ零す男の子。

見れば、こっちをじぃっと見つめるノイズの群れ。

引き返そうにも、道をふさぐように別の群れが降ってきた。

前もノイズ、後ろもノイズ。

わき道は見えず、逃げ場はない。

どう見ても十以上はいるノイズ達。

飛び掛られれば、一溜まりもないだろう。

 

(――――やっぱり、無理だったのかな)

 

しがみついてくる男の子を抱き返して、少女は思う。

あの姿に憧れたのは、願いすぎだったかと。

子供の身に余る大願だったのかと。

 

「・・・・ぁ・・・・・ゃ、だ・・・・!」

 

とうとう我慢の限界を迎えた恐怖が、溢れそうになって、

 

 

 

 

「そーぅは問屋が下し金ーッ」

 

 

 

 

降り立った何かに、強引に地面に伏せられる。

頭上を通り過ぎるノイズ達を、呆然と見送るしか出来ない。

立ち上がったその人は、見覚えのある刃物を右腕の鎧から出す。

腕を振るえばノイズが裂けた。

足を突き刺せばノイズが吹き飛んだ。

恐怖でしかない連中をやっつける姿は、あの時見たのと全く同じ。

 

「ん、いっちょあがり」

 

あっと言う間にノイズを倒してしまったその人は、こちらに歩み寄って。

 

「よく頑張った」

 

温かい手のひらを、頭に乗せて来る。

 

「生きるのを諦めなかったね、えらいよ」

 

そして。

いつかと同じように、笑いかけてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

気付けば、日本に戻ってから二ヶ月もの時が流れている。

朝身支度をしていた際、ふとカレンダーを見て驚いたものだ。

たかが二ヶ月、されど二ヶ月。

少なくとも一般的な女子高生が体験するには、濃密過ぎる出来事ばかりだった。

 

「未来!ちょっとこっち!」

「へっ?」

 

放課後。

ホームルームが終わるなり、弓美に手を引っ張られた。

 

「どうしたの?」

「いや、見てほしいものがあってさ」

 

人のいないところに連れ込むなりスマホを操作した弓美は、画面を見せ付けた。

 

「ほらこれ、響じゃない?」

 

未来も聞いたことのある大型掲示板。

『【変身ヒロイン】例の少女に出会った件について【実在した?】』というタイトルで、こちらに背を向ける響の写真が上げられていた。

 

「昨日話題になってたの。こういうのってすぐに削除されちゃうから、スクショ間に合ってよかったよ」

「そう、なんだ」

 

画像の中の書き込みには。

先日ノイズに襲われたとき、響が来てくれて助かったこと。

不安な中に駆けつけてくれて、本当にありがたかったことが書かれていた。

 

「・・・・ふふ」

 

もう一度日の目を見ることが難しかっただろうあの子が、賞賛を受けている。

そのことが何だか誇らしくて、笑みがこぼれた。

 

「今日も二課行くんでしょ?褒めてあげなよ」

「うん」

 

画像を見せてくれた弓美にありがとうを告げてから、学校内にある二課の入り口に向かう。

――――今、響は二課でお世話になっている。

少し前の騒ぎが原因で、半ば軟禁状態になってしまっているが。

出動などで外出自体はちょくちょくしているらしい。

・・・・当然その度に、ガングニールは響の体を蝕んでいく。

だが、響はそれで構わないと笑っていた。

本来なら、あのまま襤褸の様に擦り切れ、朽ち果てていたのだからと。

死に体の分際からすれば、十分すぎるハッピーエンドだと。

それに冤罪から始まったとは言え、この身は罪人だ。

幾十、幾百もの人間を屠り、屍を踏みつけてきた咎人だ。

だからこれでいい。

そう言ってどこか照れくさそうに、それでいて嬉しそうに笑った。

未来だって、その辺は一応理解している。

翼は今まで二課の方に出ずっぱりだったお陰で、表の仕事が滞り始めてしまっていて。

そこへ、響が叩き込んだダメージである。

もちろん人類守護も大切だが、だからといって歌姫の役目を疎かにするわけにもいかない。

そんなある種の『責任』を負う為にも、戦わないという選択肢は取れなかった。

しかし、いい加減に荒事から離れて欲しいというのもまた、未来の本音に違いない。

 

「こんにちは」

「ああ、こんにちは」

 

すれ違う職員と何度か挨拶を交わしながら、廊下を進む。

足は自然と、休憩スペースに向いていた。

自販機横のソファ。

背もたれに背中を預けて、気を抜いている姿が見えた。

 

「響」

「未来」

 

こちらを見つけると嬉しそうにはにかんで。

未来もまた、笑顔が浮かぶ。

二課のものとはまた違うカッターシャツとズボン。

どこか野生的だった以前と比べて、パリっとした雰囲気になっている。

未来が通うたびにこの格好なのだが、響曰く『自分なりの正装』らしい。

オフのときはもっと別の格好なんだろうなと思いつつ、その姿を未だ見られていないのがちょっと悔しい。

 

「小日向、来ていたのか」

「翼さん」

 

飲み物片手におしゃべりでもなんて考えているところへ、翼がやってきた。

 

「お仕事まだ残ってるんじゃあ?」

「顔を出しに来ただけだ、お前が気にかかってな」

 

首をかしげる響へ、にやりと笑いかけて、

 

「つい最近まで野犬だったのだしな、誰かに噛み付きでもしたら大変だ」

「ぬ、ぐ・・・・!」

 

さすがに冗談だろうが、図星だったために言葉が詰まってしまう響。

その顔は、まさに悔しそうに歯を見せていた。

 

「はは、冗談さ。抜けた穴を埋めてもらえて助かっているよ」

「わわわっ」

 

大らかに笑いながら翼は響の頭を撫で回した。

髪をくしゃくしゃにされた響は、手ぐしで手早く整えつつはにかむ。

嬉しいのだろう。

気を張らなくていいことが、いざと言うときに刈り取らなくていいことが。

浮かべた笑顔は信頼の証。

自分の命も、未来の命も脅かされないという環境は、確かに響の助けになっていた。

翼も加えた三人で、近況報告なんかの世間話をする傍ら。

未来は生き生きと話す響を、感慨深く見守っている。

――――謂れのない罪を着せられて、ほの暗い道を歩かざるを得なかった響が。

こうやって何気ない笑顔を浮かべて、他愛ない話で盛り上がる。

もはや叶わないと思っていた願いが、こうやって実現する日が来るなんて。

未来はおろか、響だって想像もつかなかっただろう。

誰かを傷つけた分、自分を呪い続けていた響。

身も心も限界以上にぼろぼろになって、それでもなお立ち止まることを許されなかったこの子が。

やっと至れた安息の地がここだ。

全てを疑う必要も、どこかへ逃げる身構えも必要ない場所。

十分、十分だ。

響はもう、十分すぎるくらいに苦しんだ。

悪質な善意に、醜悪な欲望に。

苛まれ、脅かされ、蝕まれて。

もういいだろう。

そろそろ休ませてくれたっていいだろう。

もちろん、いつかは立ち上がって進まないといけないのは分かっている。

立ち止まる怠け者に容赦しないのがこの世界だ。

だけど、だからこそ。

一秒だけでも、なんなら一瞬だけでもいい。

このあたたかい時間を、穏やかな日常を。

 

(ねえ神様、どうかお願い)

 

嗚呼、願わくば。

この誰もが持ちえる当たり前の時間で、響がずっと笑っていられますように。




ここにフラグがあるじゃろ?←


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自覚

熱でダウンしても、ひびみく愛は止められぬッ・・・・!
あ、ちゃんと治ったので、お気になさらず。


「未来って響が好きなの?」

「へっ?」

 

ある日の昼休み。

一緒に昼食を取っていた弓美にそう言われ、未来は間抜けな声を出す。

 

「いや、だから」

 

呆ける未来へ身を乗り出した弓美は、顔を寄せて声を潜める。

 

「未来って響が好きなの?」

「え、あっ!『Like』のほう!?」

「『Love』に決まってんじゃん」

 

突然の質問にすっかり混乱した未来は、名案だとばかりに指を立てるも。

呆れ顔の弓美にあえなく両断された。

 

「ど、どうして?」

「どうしてって・・・・」

 

おにぎりを頬張った弓美は、唸りながら咀嚼。

キチンと飲み込んでから口を開く。

 

「何か、響について話してるときすっごい生き生きしてるっていうか、こう、『乙女ー』なオーラが出てるっていうか」

 

・・・・確かに響のことを話すときは、自分でもテンションが上がっている自覚はあったものの。

まさかそんなになっているとは思わなかった。

 

「そんなに?」

「そんなに」

 

しっかり首肯されて、未来は頬が熱くなるのを感じた。

 

「・・・・もしかして無自覚だった?」

 

きょとんとした弓美に問いかけられ、今度はこっちがしっかり首肯する。

すると弓美は、なんだか申し訳なさそうに『あー』と呟いた。

 

「まあ、ほら。そう見えるってだけで、あたしの勘違いかもしれないから!本当にそうだったとしても、最近そういうカップルとか夫婦とか増えてるわけだし!」

 

だから大丈夫ッ!

親指を立てて笑う弓美に、未来は恥ずかしさが混じった曖昧な笑みで答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――――なんで、今。思い出すのかな)

 

響の顔を覗きこみながら、未来はぼんやり考えていた。

二課の休憩スペース(いつもの場所)、ソファの上。

どういうわけだか、響を押し倒す形で横たわっている。

・・・・いや、本当は分かっているのだが。

何気ない会話の中で、響が急にくすぐってくるもんだから。

反撃だといわんばかりに押し倒したら、その琥珀の瞳から、目が離せなくなってしまって。

時に優しく、時に鋭くなる目。

見れば見るほど、綺麗だと思う。

 

――――未来って響が好きなの?

「――――ッ」

 

もう一度。

弓美に言われたことが頭で反芻され、昼以来落ち着いていた頬がまた熱くなった。

好き(Love)なのか、そうじゃないの(Like)か。

 

「未来?」

 

その口元が、戸惑いながらも名前を紡いでくれる。

大好きな声で、呼んでくれて。

 

(――――あ)

 

本当に、本当に唐突だった。

背筋が震えて、脳が痺れた。

――――喜んでいる。

響に名前を呼ばれることを、こんなに幸せに感じている。

自覚すれば、次々実感してくる。

温かい手のひらも、抱きしめてくれる腕も、ちょっと危なげな優しさも。

全部響の一部で、いいところで、愛しくてたまらない。

もちろんそれは未来だけじゃなくて、家族に対してもそうなのだけど。

でも、もし。

もし、許されるのなら。

その優しさ、ほんの一部だけでも独占させてくれたらなぁ。

なんて。

 

「未来ー?」

 

また名前を呼ばれて、我に返る。

――――今わたし、何を考えてた?

いや、誰かを好きになること自体は別に悪いことじゃないんだけれど。

何だかこう、大胆なことをたくらんでいた気がしてならない。

 

「どしたの?顔赤いよ?」

「あ、えと・・・・だ、大丈夫!」

 

瞳に全てを見透かされそうな気がして、そっぽを向く。

真面目に心配してくれる響には申し訳ないが、こんな胸中知られたら恥ずかしさで死ぬ自信がある。

 

(ごめん、響・・・・)

 

それでもこの罪悪感はどうしようもなくて。

せめてこっそり謝ることで発散させようとした時。

ふと我に返ると、響の顔が近づいていて。

 

「・・・・やっぱり、分からないや」

「――――ッ!?」

 

すぐ目の前。

困ったような苦笑が浮かんでいた。

 

「ごめん未来。わたしがもうちょっとまともだったら、何か気付けるかもしれないけど」

 

額を指で撫でながら、言葉通り申し訳なさそうに笑う響。

・・・・違う、違う。

お願い、そんな寂しい顔しないで。

あなたはこれから先、ずっと笑っていていいんだから。

幸せになって、いいんだから。

・・・・それとも、足りないの?

辛い思いをした分、何もかも諦めてきた分。

持ち合わせが少ないの?

――――だったら、

 

「み、未来?」

 

だったら、わたしのをあげる。

あなたが身を削って守ってくれた分があるから、あなたに分けるくらい何ともないから。

だから、ねぇ。

もっと笑ってよ、響。

 

「あの、未来さん?」

 

困惑した声が聞こえるが、あえて無視を決め込む。

心なしか強くなった握る力も気にしない振り。

今更怖くなって目を閉じたけれど、動き出した体は止まらない。

見えなくなったから、色んな音が聞こえる。

特に自分の心臓はうるさいくらいにフル稼働していて、耳元に移動してきたんじゃないかって錯覚するくらい。

そんな中でもかすかに分かる、響の困惑した様子。

・・・・困らせてごめんなさい。

だけど、もう止まらないの。

止められないの。

気付けば、響の温もりはもう目の前。

自分でもびっくりするくらい躊躇わず、最後の距離は少し早めに近づけて。

 

 

 

 

 

 

 

 

唇同士が、触れ合った。

 

 

 

 

 

 

直に感じる温かさに、何ともいえない幸福と満足感を覚える。

ああ、いっそこのまま一つになれたらいいのになんて考えながら。

もう少し強く、唇を重ねようとしたときだった。

 

「・・・・~~ッ!!」

 

鳴り響く警報。

ノイズが出現したのだろう。

けたたましい音で我に返った響に、突き飛ばされた。

抵抗はままならず、やや乱暴に背もたれにぶつかる。

 

「ぁ、ぇと、その・・・・!ご、ごめん!そういうわけだから、ホントにごめんッ!」

 

なおわたわたとした響は、次の瞬間勢い良く立ち上がり。

 

「帰り道!気をつけて!」

 

そう言い残しながら、脱兎の如く走り去っていった。

その背中を見送った未来は、束の間呆然と虚空を見つめて、

 

「――――ッ!!!」

 

やがて一気に赤面し、ソファを思いっきり叩いたのだった。



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『痛み』

それは、何回目かの検査のときだった。

機器から解放された響は、その時に限って何やら考え込んでいて。

検査用の薄着のまま、手のひらをゆっくり閉じたり開いたり。

時折指先や手のひらの縁を摘んだりして、その様子をじぃっと観察していた。

 

「どうしたの?何かお悩み?」

「え、ああ・・・・その」

 

了子が問いかけてみれば、現実に引き戻されたようで。

我に返った彼女は、苦笑いを取り繕う。

 

「愚痴くらいなら聞けるわよ?二課(ここ)って大分ハードな職場だもの」

 

毎日のように出動している観察対象(ひびき)を慮り、人懐っこい笑顔を浮かべる。

実際、彼女は貴重な個体。

だから、簡単に潰れてもらったら困るというのは、紛れもない本音だった。

話しかけられた響は、大分長い間口ごもっていたが。

やがて了子の粘り強さに負けたのか、観念したように小さく息を吐いた。

 

「――――知り合いが言っていたことを、思い出して」

「知り合い?」

「はい」

 

こっくり頷いた響は、再び自分の手に目を落とす。

 

「『痛みだけが、人を繋ぐ』って、その人はそれを信念にしていて」

「・・・・そう」

 

覚えしかないワードに、了子の胸が跳ねた。

声に動揺が出ていないか心配になり、同時にこんな当て付けの様な話題を振る響に恨めしい思いを抱く。

 

「――――確かに一理あるわね」

 

違和感の出ない程度に、一呼吸置いて。

了子は口火を切る。

 

「乱暴な言い方してしまえば、人間だって所詮は獣。言葉で分かり合うのはもちろん人間のいいところだけど、時には暴力で教え込んだ方がいいときもあるもの」

「あはは、それはよく分かります」

 

了子の言葉にしっかり頷く響。

『暗がり』を歩いてきただけあって、『力尽く』には覚えがあるらしい。

 

「それで、響ちゃんはその言葉のどこが気になっているのかしら?」

「いや、そのですね・・・・」

 

『フィーネ』を意識しながら、見下ろす。

監視カメラは天井のみ、この目は見上げる響にしか見えていない。

目の前の少女は、そんな鋭い視線を真っ向から見つめ返しながら、また苦く笑った。

 

「人間が痛みでしか繋がれないのなら、『痛み』を感じないわたしは、誰とも一生分かり合えないのかなって・・・・ふと、そう思っちゃいまして」

「――――」

 

また、胸が跳ねた。

動揺ではない。

試験の答案が帰ってきた時、完璧だと思っていた回答に綻びを見つけたような。

そんな感覚。

 

「さすがに考えすぎですかねぇ?ちょっと前ならともかく、今は違いますし」

「・・・・ええ、そうね」

 

そう呑気に頭に手をやって、誤魔化すように笑う響。

了子もまた、目を伏せて。

努めて柔和に微笑みながら、響の頭を撫でる。

 

「それ、弦十郎君や未来ちゃんの前で言わないようにね?きっと怒られちゃうから」

「わーい、怖い顔が想像出来ちゃうやー」

 

フィーネの基準からすれば。

どこまでも他人を思いやれる、そこそこ好感を持てる連中のことだ。

きっと鬼気迫る顔で、『そんな寂しいこと言うな』と怒鳴りつけることだろう。

響もその様が容易に想像できたらしく、どこか遠い目をしていた。

そんな様子が面白くて、先ほど浮かんだ恨めしい思いに関しては、これで手打ちにしようと結論付けた。

 

「それで、今日この後は?」

「訓練もお手伝い(なんちゃってデスクワーク)も終わってますし、出動まで待機ですね。午後は未来が来てくれるので、多分休憩スペースにいると思います」

「はーい、了解」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――報いとは、こういうことを言うのだろう。

あちこちで自己主張する鉛玉を感じながら、彼女はほくそ笑む。

血の海に沈むこの身は、すでに満身創痍。

指の一本すら動かせない。

『手前勝手が過ぎたな』と、屈強な男達が乗り込んできたのがほんの十分ほど前。

何も備えていなかった体は、あっというまに蜂の巣にされてしまった。

女性が受ける最大の『暴力』を施されなかっただけマシだが、それでも痛いものは痛い。

飼い猫(クリス)をどうにか逃がせたのは、不幸中の幸いだったろう。

追っ手がかかっていようがいまいが、後は二課の連中が勝手に構って連れて行くに違いない。

そして青二才(アンクルサム)共の企みを、ヒーローよろしく止めてくれるはずだ。

 

(・・・・どう、して)

 

状況を整理した次に思うのは、これまで。

『どうして、何故』という疑問が、頭から離れない。

・・・・ただ一つ。

人間が生きていくうえで、当たり前の感情を。

『あなたが大好き』という想いを抱いただけだ。

相手は余りにも遠い場所にいた、だから至れるように塔を作り上げた。

塔を砕かれ、罰として言語を引き裂かれた時はさすがに参ってしまって。

言葉に頼らぬ意思疎通方法を、いくつも研究して編み出して、人々に提供した。

そうすれば『あの御方』も許してくれると信じていた。

――――なのに人間達は、与えた技術で相手を攻撃(ころ)した。

想いを伝えられたあの頃へ、人々が分かり合えたあの頃へ戻したいだけだったのに。

一度『分からない』という恐怖を覚えた人間達は、当たり前のように戦いを繰り返した。

永い永い年月の中で、『あの御方』に届くのは統一言語のみだと知った。

それでも想いを止められなかった。

 

(どうしてっ・・・・!)

 

ただ一言、たった一言を伝えたいだけなのに。

どうして、こんな。

失敗ばかり。

邪魔、ばかり・・・・!

 

『――――まだ生きていたのか』

 

足音。

目だけで見上げれば、集団のリーダーが誇らしげにデュランダルを担いでいた。

 

『案ずるな。カ=ディンギルに統一言語・・・・世界の統合は我等が果たす』

 

盗品で何をと思いかけたが。

そういえば元々盗品だったなと、場違いなことを考えた。

相当弱っている自分に、内心苦笑を零す。

 

『全ては祖国の恩恵を受け、そして祖国のために動くのだ』

 

実質世界征服じゃないかとか、絶対反乱が起きるなとか。

そんなことが頭を過ぎったが。

黒光りする先端を向けられて、思考が嫌でも区切られた。

 

()()()、ここまでか・・・・)

 

目を伏せる。

次に期待するしかないが、連中の好き勝手が成就していることを考えると、気落ちする一方だ。

 

『さらば、老いさらばえた巫女よ』

 

引き金に、指がかかる。




上げて落とすスタイル。


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ドンパチ二か所

元男性・・・・自分で『取った』のか(AXS公式を見ながら)


うーん、さっきの未来は一体何がしたかったんだ?

・・・・なんてとぼけられたらどんだけよかったか。

アレって、アレですよね?

つまりはそういうことですよね?

にこにこするサイトや某ちゃんねるだったら『えんだあああああ』の弾幕が流れるような事案ですよね。

あ、そういえば元ネタである歌と映画って、どっちも男女が別れているらしい。

それを恋愛成就シーンで使用する日本人ェ。

話がそれた。

っていうか、ここはあれかな。

『ひびみくだぜ、喜べおまいら』なんて言うべきかなー、って・・・・・。

 

「『おまいら』って誰やね、あったぁ!?」

 

自分に突っ込みいれようとしたら、打撃がもろに当たって。

分かるかな、この。

痛くないけど反射で『いたい』って言っちゃう感じ。

すぐに相手の手を引っつかんで、ぽいっ。

ガタイのいいおじちゃんは、仲間を巻き込んで植え込みに突っ込んだ。

 

「立花どうした?動きが鈍いぞ」

「すみません、すぐ戻りますから」

 

戦闘が一段落したのを見て、翼さんが話しかけてくる。

その背中には、ぐったりしたクリスちゃん。

二課がノイズの反応と一緒に、第二号聖遺物『イチイバル』の反応を拾ったのがついさっき。

未来とのアレでまだ動揺が残ったまま、翼さんと一緒に駆けつけてみれば。

既に満身創痍の彼女がいたというわけだ。

さすがにプロの人海戦術には敵わなかったらしく。

あちこちに銃創をこさえたクリスちゃんは、わたし達を見るなり『年貢の納め時』といわんばかりに意識を失った。

で、その直後に『ムキムキマッチョなおじさん部隊~サブマシンガンを沿えて~』に囲まれてしまい。

こうやって交戦している次第。

ちなみに翼さんが背負っているのは、手が塞がっても剣飛ばして攻撃できるから。

暴れるわたしを援護してもらって、少しでも手数を増やそうって魂胆だ。

とにかく、留まる理由はないので移動する。

 

「しかし、何が起こっているんだ?ノイズの群れに、鉛玉の雨あられ・・・・穏やかではないぞ」

「多分ですけど、その子の雇い主が裏切られたとか、そんな感じじゃないですかね」

 

原作でも協力とか言いつつ互いを利用しあっていた両者だ。

この世界でも『ルナアタック』と呼ばれるであろう騒動が終息した後も、ちゃっかりおいしいとこ持ってったし。

うん、割とやりかねない。

 

「翼さん!響さん!」

「こちらへ!早く!」

 

と、話している間にも進んでいたお陰で、味方との合流ポイントについた。

見れば緒川さんや、手配された医療スタッフが手を振っている。

 

「呼吸はありますが出血が多いです、意識もありません」

「ご苦労様です、後はおまかせを」

 

手短にやりとりを済ませた彼らは、救急車に乗り込んで去っていった。

ん、ひとまずクリスちゃんはこれでいいかな。

 

「それじゃあ、っと」

「立花、どこへ?」

 

聞かれたので、振り返る。

 

「特に指示も出ていませんし、自主的に『後片付け』でもと。一般人に被害が出たら目も当てられませんから」

 

仮にもお役所側なわけだし、やっぱり人命は優先すべきだよね。

ん?相手?

街中で銃火器ぶっぱだなんてやんちゃしてるわけだし、ぶちのめすくらいいいんじゃないかな?

大丈夫、死なないから。

死ぬほど痛いだけだから。

 

「・・・・心配だな、私も行こう」

 

何でだろう。

絶対わたしの心配してないよね翼さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雄おおおおおおおお―――――ッ!!!!!!」

 

轟、と音。

拳が唸りを上げて迫る。

敵意に気付いた青二才(アンクルサム)はすぐにその場を飛びのいた。

新手の登場に驚いていたようだが、相手の力量を悟り苦い顔で撤退する。

新たに現れた彼は、束の間気配を尖らせていたが。

やがて周囲に誰もいないのを感じて、こちらにしゃがみこむ。

 

「随分やられたな、了子君」

 

追い詰められたこちらを気遣ってか、弦十郎はいつもの調子で語りかけてくる。

いや、助けてくれたのは大変ありがたいのだが。

彼がここにいるということは、自分がやってきた諸々も当然知れているわけで。

だからこそ、分からない。

 

「・・・・ど、ぅ・・・・し・・・・・?」

 

固まりかけた口をどうにか動かして、問いかける。

発音はままならなかったが、言わんとすることは伝わったらしい。

間を置かず、答えは来た。

 

「俺は上司だしなぁ、部下を守るのも仕事のうちだ」

「――――」

 

・・・・呆れると同時に、思い出す。

そうだ、こいつはそういう男だった。

司令官と言う、冷徹な判断が要求される立場にいる癖して。

ちょっと心配になるくらいに甘っちょろい。

だがそれ故に、人類最後の砦たる二課を纏め上げ、部下からの信頼も厚い。

『フィーネ』から見ても悪くないと思える、久方ぶりの人種。

それがこの、『風鳴弦十郎』という男。

 

「君が連れていた少女は、響君達が無事保護したそうだ。後は俺達に任せるといい」

 

ああ、そうさせてもらうとしよう。

少なくとも、あの連中よりはよっぽど信頼できる。

・・・・一安心したら、眠気が襲ってきた。

逆らうことなく目蓋を閉じて、意識を手放した。



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スパートかけにいきます

先日の番外編への様々な反応、ありがとうございます。
FGOベテランな知人にビッキーのステータスを見せたところ、「ゲーム的にははずれ鯖(笑)」なんていいつつ、スキル効果についての訂正やアドバイスをもらえたので、そちらに修正しておきました。
続きを楽しみにしていただいているところ、誠に恐縮なのですが。
残念ながら予定は未定となっておりますので、ご了承ください。


「これはどういうことだ!?何を考えている!?」

「どうも何も、言ったとおりですよ」

 

激昂する相手を、鼻で笑ってやる。

カ=ディンギル、統一言語、バラルの呪詛。

あの女狐が求めていたもの。

これら三つを我が国が掌握すれば、うるさいテロリストや融通の利かない非協力的な国家を黙らせることが出来るというのに。

 

「力任せの支配など!反発どころではすまないぞ!!」

「しかし現状はどうです?潰しても尽きぬテロリスト、我々と友好的であるというだけで他国を攻撃する愚か者!世界は『悪』に溢れすぎている!」

 

なればこそ、世界の先導たる我々が行動を起こすべきだ。

『正義』の権化たる我々が、引導を渡すべきだ。

いい加減分からせるべきなのだ。

世界を脅かす悪人どもに、正しき人々の怒りと力を・・・・!

 

「この時代、もはや対話では解決できないことが多すぎる。ならば、禍根の元を直接叩く・・・・!」

「ま、待て!考え直せッ!!」

 

通信を切る。

彼も今に分かるだろう。

我々が手に入れた力の、すばらしさを・・・・!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

翼さんと『後片付け』を終わらせた後。

実は出かけていたらしい弦十郎さんと合流した。

何でも了子(フィーネ)さんのところにいっていたとか何とかで。

向こうも案の定襲撃されていたらしい。

現場に残っていただろう資料やらデータやらがごっそり無くなっていたとかで。

もうしばらく気を抜けない状況が続くだろうとのことだった。

肝心の了子さんは?と聞いてみると、弦十郎さんは残念そうに顔を伏せて横に振った。

マジっすか。

 

 

――――と、なったのが一週間前の話。

 

 

昨日はクリスちゃんの目が覚めたとかなんとかで、ちょっとした騒ぎになっていた。

二課の息がかかった病院で、ものすごく暴れたみたい。

おっかしいなぁ、意識失うくらいには大怪我だったはずなんだけどなぁ。

なお、弦十郎さんの説得で、ひとまず大人しくなりはしたみたい。

多分、皆が大好きな『大人だからこそ夢を見る』が炸裂したんじゃないの?

わたしは相変わらず缶詰だったんで、詳細は知らんけど。

で、今。

スカイタワーにノイズの群れが出現。

でーっかい飛行型が三体、小型をボロボロ吐き出しながらゆっくり旋回していた。

・・・・んー。

もうフィーネさんがいない以上、ソロモンの杖を操っているのは全く別の誰かになる。

全く別の誰かってことは、この先も原作どおりとは限らないわけで・・・・。

とかなんとか悩んだ程度でどうにかなるわけでもなし、いつも通りぶちのめしゃいい話でしょうけどね。

殴っていいのは殴られる覚悟があるヤツだけなんだッ!

というわけで、現在絶賛移動中であります。

何気にヘリコプター乗るの初めてなんだよね、不謹慎だけどちょっとわくわく。

不測の事態に備えて、リディアンもそれっぽい理由をつけて休校にしているから、何も知らない生徒さん達が巻き込まれる心配もナシ。

何よりOTONAが守りを固めているからね、安心して前線で暴れられるってもんですよ。

あとは・・・・あ、そうそう。

 

「あんだよ」

「いや、何も?」

 

今回はクリスちゃんも参戦してまーす。

・・・・いや、寝てろよ。

何でそんな殺る気満々オーラで同乗してんのさ。

なんなの?勇気百倍ならぬ銃器百倍なの?

 

「・・・・悪ぃけど、呑気に寝てるつもりは無ぇ」

 

考えてることが顔に出てたのか、頬杖ついたクリスちゃんは不機嫌なまま外を見る。

 

「今度はフィーネすら奪われたんだ、泣き寝入りなんて出来っかよ」

「・・・・頼むから、ほどほどにしてくれよ?」

 

歯を噛み締める音が、かすかに聞こえた。

これはアレか。

フィーネさんまで理不尽に奪われた所為で、ジェノサイドスイッチがオンしちゃった感じか。

弦十郎さんのお陰で敵意は無くなっても、野良っぽさと言うか、荒々しさは抜けきらないのね。

対比でサキモリッシュな翼さんがいっちゃんマシに見えてくるから不思議。

 

「もちろん立花もだからな」

 

うぇーい、わたしもマークされてーら。

翼さんのジト目から逃げようと目を逸らすと、目的地が近くなってきたらしい。

んー、飛行型が三体で、こっちもちょうど三人だから・・・・。

 

「まずは空の大型を叩く、二人とも抜かるな」

「っは!おめーらこそヘマすんなよ!」

 

二人とも同じ考えだったらしい。

翼さんが操縦士さんに頼んで、ちょうど三体の真ん中らへんに来る様移動してもらう。

 

「んじゃ、一番槍はいただきますね」

 

『ガングニールなだけに』なんてアホなこと考えながら聖詠を唱えれば、準備万端。

開いたハッチからの強風に煽られながら、大空へ体を躍らせる。

両手足を広げてダイビング。

タイミングを見計らって、刺突刃を出して、

 

「―――Scum(クズが)ッ!!」

 

ずどん、と手ごたえ。

ちらっと振り向けば、胸に大穴を明けて落ちる大型の姿が。

他所に視線を移してみると、炎に飲まれていたり、三枚におろされていたりしている。

やだもう、ほどほどにしろとかいいつつ自分もヤル気満々じゃないですか翼さん。

そんな仲間達が頼もしくって、嬉しくて。

着地で地面を揺らして、浮き上がったところにストレート一発。

 

C'mon! babes(おいで、腰抜け)!!」

 

右腕の刃と、左腕の『手』をちらつかせながら、笑ってやる。




このビッキー、だいぶあくどくなって・・・・あれ、今更か(


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避難の基本は『お・か・し』です

過去に類を見ない、大量のノイズの出現に伴い。

リディアン音楽院を中心とした地域の一般人に、避難勧告がなされた。

それは未来も例外ではなく、自宅にて避難の準備を進めていた。

といっても、今までの旅のお陰で逃げる準備をする習慣が出来ていたので。

やることと言えば戸締りくらいだったのだが。

 

「――――よし」

 

鍵はもちろんのこと、ガスの元栓も確かめた未来は、これで終わりだと頷いた。

未来が一人暮らしなのを気遣った弓美の申し出により、板場家と一緒にシェルターへ向かう約束をしている。

早いとこ待ち合わせ場所に向かわねば。

家を出て、扉の鍵を閉めたところで。

バタバタと忙しない足音。

顔を向ければ、白人男性が銃を振り上げて――――

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「弓美の友達、遅いな」

「・・・・うん」

 

シェルターへ急ぐ人々で、街のそこかしこが普段とは違う騒がしさに包まれている。

そんな中、弓美を含めた板場家の面々は人通りを避けて道端に立ち。

一緒に行こうと約束した未来の合流を待っていた。

しかし未来は中々現れず、ただ時間だけが過ぎていく。

正直、待ち人が来ないじれったさはある。

だが未来を、親がいない一人暮らしの学生を置いていくには・・・・という良心が働き。

ギリギリまで待っている次第だった。

されど今は非常事態、板場家の安全確保も重要なこと。

いつまでも待っていられない。

 

「・・・・あたし、未来の家に行って来る」

「弓美?」

「ちょっと!?」

 

大人ではないが、もう子供と言うわけではない。

非常事態なりの難しい事情を理解していた弓美は、それでも友人の無事を取った。

 

「大丈夫!こっから近いし、見るだけだから!ママ達は先に行ってて!」

「弓美!?危ないわ!待ちなさい!!」

 

母親の制止を振り切り、弓美は人ごみの中へ飛び込んだ。

途中焦って走る人にぶつかり、罵声を浴びながらも。

どうにか無事に未来の自宅付近へたどり着く弓美。

 

「未来、どうしちゃったのよ・・・・」

 

友達の安否を気遣いながら、曲がり角に差し掛かった弓美の足は。

 

「――――Hurry!! Make it early!!」

「――――!?」

 

突然聞こえた異国の言葉に止められた。

バタバタと聞こえてくる足音に、何ともいえない危機感を覚えた弓美は。

咄嗟に近くのゴミ収拾スペースに身を隠した。

近づく喧騒。

危ないと分かっていながらも、好奇心を抑えられなかった弓美がそっと顔を出すと。

掘りが深かったり、肌が黒かったり白かったり。

とにかくどう見ても日本人じゃない連中が、騒がしく走り去っていく。

――――未来を、荷物か何かのように、無骨に担いで。

 

「・・・・・ぁッ!」

 

抑えたものの、かすかに声があがった。

間違いない、今連中は未来を攫っていた・・・・!

 

「大変だ・・・・!」

 

一応背後を確認してから、弓美は物陰から立ち上がる。

連中の狙いが何かはっきり見当はつかないが、未来をよからぬことに利用しようとする魂胆は容易に想像できた。

どこかに通報をと考える。

警察はダメだ、二課の事情を話すわけにはいかない。

自衛隊も同様な上に、連絡先を知らない。

一番動いてくれそうな響も、同じくどう連絡すれば言いか分からない。

と、来れば、残っているのは。

 

「・・・・ッ」

 

体が震える、足が笑う。

怖い、怖い、怖い。

だけど。

仲がいい友達がいなくなるのだって、すごく怖い。

だから・・・・!

 

「・・・・行かなきゃ」

 

唇を噛んで、恐怖を押し殺して。

弓美は踵を返して走り出す。

二課本部がある、リディアン音楽院へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「泥まで喰らえッ!!」

 

振り上げた左手を地面に叩きつければ、周囲のノイズが塵になる。

そのままアスファルトを巻き込みつつ振り回せば、暴風で生き残った連中が吹き飛んだ。

 

「それッ!」

 

『手』で引っつかんで手繰り寄せ、思いっきり叩きつける。

周囲が開けたところで、体をちぢ込める。

刺突刃を意識しながら、フォニックゲインを流し込む。

溜めて、溜めて、溜めて・・・・。

――――今ッ!!!

 

「うぉるあぁッ!」

 

交差した斬撃を飛ばせば、前方のノイズが細切れになりながらまた吹き飛んでいった。

んんん~~!一方的ですぞー!

 

「つっかまーえたッ!」

 

人型をまた手繰り寄せて、腰をホールド。

仰け反ってジャーマンスープレックス、一回転してもう一撃。

もう一回転してさらにおかわり。

最後に宙に飛び上がって、脳天を地面に叩きつけてやった。

逆立ちから立ち上がれば、周囲は閑散としていた。

んー、これでこの辺は終わりかな?

 

「そちらも終わったようだな」

「随分派手に暴れたじゃねぇか」

 

翼さんとクリスちゃん、どっちに合流しようか考えていたら向こうからやってきた。

どうやら二人のほうも終わったらしい。

 

「では本部に戻るぞ、先ほどから通信が通じない」

 

翼さんは淡々としているように見えて、その実凄みがあった。

わたしとしても、二課のみなさんにはお世話になっている。

助けになれるのなら、喜んで力になろう。

・・・・・ファフニールの『宝』に手を出したこと。

骨の髄まで後悔させてやろうじゃないか。




今回の文字数、ちょうど2017だったんですよ(


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ピンチに来るのはいつだって

感想お返事できなくてすみません。
いつも励みにさせてもらっており、大変ありがたいです。

それでは、本編をどうぞ。


「こ、これだよね」

 

リディアン音楽院高等科。

幸いにも連中より早く到着した弓美だったが、二課への入り口が分からず少々彷徨ってしまった。

ひとまず、どうにかそれらしき場所を見つけはしたものの。

開ける方法が分からず、結局立ち往生してしまっていた。

ドアの縁に指をかけてみたり、カードキーか何かの読み取り機を叩いたり揺らしたりしてみるが。

当然ながら反応は無し。

 

「どうしよう、未来が危ないのに・・・・!」

 

頭をかきむしって唸ったところで、情況が好転するわけでもない。

ここまで来て手詰まりかと、苦い顔をしたときだった。

 

「――――問題ない、お嬢さん」

 

低い声。

肩を跳ね上げ振り向けば、先ほど見かけた集団。

そのうちの一人が、未だ気絶している未来を抱えている。

 

「案内ご苦労だった」

「――――ッ!!」

 

絶句すると同時に、己の失態を恥じる。

いつからかは分からないが、つけられていた・・・・!

ざり、と靴底を引きずって後ずさる。

もちろんその程度で逃れられるはずも無い。

気付けば連中の一人が背後に回っており、羽交い絞めにされた。

 

「な、何を・・・・!?」

「寝てもらうだけだ、安心しろ」

 

すわ何をされるかと身構えた弓美の脳天に、ライフルが叩きつけられる。

哀れ、避けられなかった弓美はもろに打撃を受け、一瞬で意識を失った。

荒っぽく放られると、額から流れた血が床にこぼれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

――――意識が浮かんでくる。

何か騒がしい。

破裂する音、誰かの大声。

バタバタ駆け回る足音。

何やら揺さぶられている体。

 

「・・・・?」

 

目蓋を開けてみる。

段々明るくなる視界。

蛍光灯の光で目を刺激され、痛みに怯む。

何とか耐え切って、もう一度目を開ける。

 

「未来ちゃんッッ!!!」

 

悲鳴のような声に驚いて、意識が一気に引き上げられる。

目の前には、ロッカーや事務机を積み上げて作られたバリケード。

その間から友里や藤尭と言ったなじみの面々が顔を出し、自分の名前を呼んでいる。

声を聞いた未来の意識は、完全に覚醒した。

動こうと力を入れれば、思うように動かない。

何事かと視線をめぐらせると、周囲を囲む西洋系の屈強な男達。

その誰もがアサルトライフルやらサブマシンガンやら、物騒な物を携えていた。

 

「・・・・ぁ」

 

ようやく思い出す。

避難しようとした矢先、彼らに殴られたことを。

となれば、もはや考えるまでも無く理解する。

こいつらは卑怯にも自分を人質にして、二課の面々を追い詰めている・・・・!!

現に、あっという間に制圧せしめる実力を持っている弦十郎が、攻めあぐねているのがその証拠。

バリケードの隙間からも、負傷した職員達がちらほら見える。

悔しいことに、効果は覿面だった。

 

「は・・・・」

 

久方ぶりに見る凄惨な光景。

 

「離してッ!!」

 

未来は思わず体をよじって暴れ、拘束から逃れようとする。

自分を抱えていた男が『暴れるな』という旨の英語を口走っていたが、言うことを聞いてやる道理は無い。

 

「――――ガッ!」

「ぅ、わ・・・・!」

 

暴れているうちに、膝の一撃が綺麗に決まった。

地面に重々しく落ちてしまったが、背中を押さえ怯む腕から逃げることに成功する。

 

「未来さん!こちらへ!」

 

飛び出してきた緒川に保護されて、バリケードの向こう側へ。

 

「お怪我は?」

「えっと、なんとか。大丈夫です」

「よかった・・・・」

 

どうにか壁の向こうに行けば、二課の職員達が口々に無事を喜んでくれた。

 

「あの人達、どうやってここに・・・・?」

 

自分を人質にしたのは分かる。

だが、『鍵』が無ければ入れないこの場所に、一体どうやって入り込んだのか。

未来にはそれが分からなかった。

 

「未来ちゃんの通信機を使われたんだ、こっちも完全に油断してた・・・・!」

「そ・・・・ん、な・・・・」

 

藤尭が苦い顔で告げた事実に、血の気が引く。

冷たさからどうにか逃れるために、未来は改めて周囲を見渡した。

目覚めるまでの間、連中は相当好き勝手してくれたらしい。

そこかしこに残る血痕に、今まさに運ばれていく者。

心なしか、未来に睨むような目を向ける者もいる。

 

「・・・・ッ」

 

その目は未来の心を大きく揺さぶると同時に、罪悪感を抱かせた。

だって、この光景を作った原因は、間違いなく。

 

「・・・・ぁ」

 

不意に、何かが投げ込まれる。

それが手榴弾と気付いたときには、もう遅く。

間髪いれずに、破裂音。

投げ込まれたのはどうやら閃光弾の類だったらしいが、動きを封じるには十分すぎた。

未来にとっては二度目となる目の痛み。

続けてバリケードが崩れる音が聞こえて。

 

「ッ全員逃げろオォ!!」

「司令ッ!」

 

床を隆起させて弾丸を防いだ弦十郎が、雄叫びを上げて突っ込む。

そのまま一気に三人なぎ倒し、次の相手を目で射抜いた。

・・・・人が倒れている。

怒号が飛び交っている。

換気がやや悪い地下ゆえに、硝煙と血のにおいでむせ返りそうだ。

 

(・・・・おんなじだ)

 

響と一緒に歩いた軌跡と。

びっくりするほど、同じだった。

隣に居る大好きな響ばかりが傷ついて、苦しんで。

なのに、自分だけが無傷でいる。

いつだって命を賭けるのは響、危険に晒されるのも響。

対する自分は守られてばかりで、頼ってばかりで。

あの子が手を汚す様を、ただ見ているしか出来ない。

そんな一種の地獄が、そこにはあった。

 

「――――Don't despise.(舐めるな)ッ!」

「ぐ・・・・!」

 

一発、銃声。

応戦していた一人がハンドガンを撃ち、銃弾が弦十郎の腕を貫く。

傷つき血を流す様が、響とかぶった。

 

「・・・・~~~ッ」

 

いてもたってもいられなくなった未来は、近くに落ちていたハンドガンを手に取る。

セーフティーは外れたままのようで、あとは引き金を引くだけだった。

 

「未来ちゃん!?」

「未来ちゃん!ダメ、っぐ・・・・!」

 

引き止める声なんて聞こえない。

 

「動かないで!!!」

 

今まで出したこと無いような怒鳴り声を上げながら、銃口を向けて。

途端に、手元が震えだした。

どうして、何で。

もう守られてるだけじゃダメだから、だからこうやって行動に移しているのに。

どうしてこんなに震えているの。

 

「ここから、出て行って・・・・!」

 

誤魔化すためにもう一度怒鳴るけど、尻すぼみになってしまった。

多分連中には、未来が怖がっているのがバレバレなんだろう。

案の定、うちの一人がこちらへ銃口を向け返してくる。

小さく真っ暗なそこから飛び出してくるものが何か、容易に想像はついて。

背筋が凍った。

 

「未来く、ッどけェ!!!」

 

止められるだろう弦十郎も、奴等の相手で手一杯。

助けなんて期待しないほうがいい。

元より、これ以上甘えるなんて言語道断だ。

 

「・・・・ッ」

 

意を決する、腹を決める。

いくらか収まったものの、手元の震えがわずらわしい。

だけど、もう後には戻れない。

この状況を作ったのは誰か、二課の人達が傷ついているのは何故か。

どう考えたって、自分のせいじゃないか・・・・!!

緊張で奥歯を噛み締めてしまっている。

ギリギリと嫌な音がはっきり聞こえて、うるさい。

指先が真っ白になるほどに力を込める、グリップを握り締める。

引き金に指をかける。

どこに当たるかは分からなかったが、外れはしなさそうだった。

相手もまた、引き金を引こうとしている。

 

「・・・・ッ!」

 

力むためと言い訳して、怖いことから逃げたい臆病さが勝ってしまって。

目を伏せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぱぁん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

硝煙の臭い。

痛みは無い。

だが、手元のありえない温もりに我に返って、目を開ける。

 

「――――ひびき」

 

いつも見てきた、小さくて頼れる背中。

ギアを纏ったまま、未来を守るようにしゃがんでいる。

と、視線を降ろせば。

その左手が、銃を握り締める手元を押さえ込んでいた。

 

「ひ、ひび・・・・!」

「未来」

 

温かくて優しい手が、そっと包み込んでくれる。

 

「未来、大丈夫・・・・大丈夫」

 

指先で撫でながら、銃を手放された。

震える手をしっかり握って、何度も、何度も。

この場に合わぬ穏やかな声が、なだめてくれる。

 

「もう、大丈夫だから」

 

最後に、強く握られたことで。

ざわついていた心が、凪いで行った。

 

「・・・・ひび、き」

「うん」

 

名前を呼べば、振り向いて微笑んでくれた。

すぐさま立ち上がった彼女は、大きく踏み込んで。

未来へ銃口を向けた男へ、肉薄。

 

「――――ッ!!!」

「お、ご・・・・!?」

 

黙したまま、鼻っ柱を殴り飛ばす。

哀れ直撃を受けた相手は、きりもみしながら吹き飛んでいく。

そのまま逆さに壁に激突して、動かなくなった。

 

「――――なーに驚いてんのさ、お前等も散々同じことやってただろうに」

 

仲間の惨状に驚く連中を、嘲笑う。

ついさっき未来をなだめた者と同一と思えない、危機感を抱く笑み。

 

「今度はそっちの番だ、覚悟決める暇はいらんよね?」

 

左肩から、一発銃弾を零しながら。

口元がぱっくり弧を描いた。



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ボス戦開始ってやつです

前回までの閲覧、評価、お気に入り登録。
誠にありがとうございます。
本編お待たせしましたー!


まあ、特筆することもなく。

二課でおいたしたおじさん達は無事制圧。

強いて言うなら、駆けつける途中で気絶した弓美ちゃん拾ったくらいかなぁ。

いや、リディアン側の入り口の前で、ころんって倒れてたもんだから。

頭から血ぃ出てたし、ほっとくわけにもいかずテイクアウト。

騒ぎが一段落した今、簡単な手当てを受けているところだった。

ちなみに今いるのは、二課本部から少し離れたシェルター群。

司令室も大分ボロボロだし、連中の親玉がまだとっ捕まってないしで。

負傷者が多い中留まるのは危ないよねってことで移動した次第だ。

 

「――――ぁ、れ?」

「弓美ちゃん!よかった・・・・!」

 

で、今。

捕まえたおじさん達を、当座の留置所に運び終えて戻ってみれば。

弓美ちゃんが目覚めたところだった。

付き添っていた未来が覗き込んで、無事を喜んでいる。

うむうむ。

まだ油断は出来ないけど、死ななくて良かった。

 

「あたし・・・・そだ、未来大丈夫なの!?へんな外人に連れてかれてたじゃん!!」

「だいじょーぶじゃなきゃここにいないよ」

 

わたしが未来の後ろからひょっこり覗けば、ちょっと驚いていた。

あ、その顔面白い。

 

「未来を心配してくれたのは嬉しいけど、それで自分が怪我しちゃ世話ないよね」

「う、ぐ・・・・!」

 

単純な自分勝手とかじゃなくて、純粋に友達を思っての行動だろうから。

そこは幼馴染として嬉しいし、ありがたい。

でも危ないことは危ないことなので、ちょっと棘のある言い方をする。

案の定、弓美ちゃんは苦い顔で気まずそうに黙り込んだ。

 

「もう、響」

 

たしなめてくる未来に、ぺろっと舌を出して誤魔化したところで。

 

「きゃ!?」

「おっと」

 

突然地面が、っていうか部屋全体が揺れだした。

倒れそうになった未来を支えて、じっと我慢。

揺れがある程度収まったところで、ノーパソ片手にアレコレしてた藤尭さんのとこへ行ってみる。

 

「繋がりそうです?」

「もうちょっと・・・・よしッ」

 

ッターン!とエンターが押されて、画面が切り替わる。

生き残っている外の監視カメラと繋げたらしい。

すっかり日が暮れて夜になった、リディアン校舎の映像が映し出された。

ただ、建物自体は見る影もないくらいぶっ壊れてたけど。

で、そんな瓦礫の山をぼんやり照らすのは、

 

「なん、だ・・・・これは・・・・!?」

 

・・・・ステンドグラスのような幾何学模様で彩られた、巨大な塔。

いんや、『砲塔』が正しいのかな?

 

「・・・・響くん、何か心当たりは?」

「んー、ないですね」

 

いや、一応前世の知識にある(知ってはいる)けど。

特に情報は出ていないので、ノーを答える。

同じ質問をされて首を横に振るクリスちゃんを横目に、改めて画面を観察する。

――――アレはもしかしなくても『カ=ディンギル』だろう。

二課のエレベーターシャフトに偽装して建設され、そして今、デュランダルを動力源に起動している。

仕組みだけなら理解してるし、何も知らないままで聞かされても何となく分かるんだけど。

問題は、どうやって保管場所にたどり着いたか。

二課に入るだけなら未来の端末でも出来たろうけど、そんなディープなところにまで入れる権限はないはず。

次に思い浮かぶのは了子さんの端末。

でもこっちも持ち主が死んでるの分かってるから、機能やら権限やらが止められているはずだ。

普通なら、これで『望みは絶たれたー』的な感じになるけど。

わたしはちゃんと覚えている。

了子さんの館。

襲撃後の調査で、データがいくつも運び出されているのが判明していることを。

手に入れた宝の山をほっとく人なんてゼロに近い。

きっと解析したデータを基に、ハッキングやらなんやらでちょちょいのちょいしたってところだろう。

 

「どっちにしろほっとけないのは事実か・・・・」

「響?」

「んにゃ、なんでもないよぅ」

 

未来が見ているのが分かる。

立ち上がりつつ、笑いかける。

 

「翼さん、呼んでくる」

 

短く告げて、走り出した。

 

「立花!さきほどの揺れは・・・・!?」

 

出てすぐのところで、翼さんと鉢合わせる。

わたしは()()()()()()に、そのまま素通りする。

 

「詳細は仮司令部で!わたし別任務なのでー!」

「立花!?」

 

引き止める声に、努めて明るく手を振っておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――素晴らしい」

 

夜闇に浮かび上がるそれを見上げて、男は恍惚と笑う。

人類の言語を引き裂いた悪しき月。

その邪悪な光を打ち抜くに相応しい、荘厳な出で立ち。

既にその一撃を充填し始めており、輝きは刻一刻と増し始めている。

照準は完璧。

全人類の呪いからの解放が、目前に迫ったところで。

 

「――――ッ!?」

「ありゃ、避けたか」

 

咄嗟に飛びのけば、元いた場所が陥没した。

その中心にいたのは、報告にもあった融合症例。

穿った拳から砂埃を零しながら、ゆっくり立ち上がる。

 

「正義感は結構だけど、後先考えないのはどうかと思うよ?」

 

真っ直ぐこちらを見据えながら、やや低い声で威嚇してくる。

 

「月の破壊に伴う重力変動はどーすんのさ。USA万歳だけじゃどうにもならないじゃん」

「だから、止めると?」

「あたぼうよ」

 

再び、肉薄。

鋭く力強い一撃が、体を貫こうとして。

自然と、笑みが浮かんだ。

 

「・・・・ッ」

「くく・・・・!」

 

思ったよりも『硬い』手ごたえだったのか、殴ったほうの手を何度も握ったり開いたりしている。

眉間に皺を寄せたしかめっ面で、まさかと言いたげに睨みつけてきた。

面白い顔を見せてくれた礼に、種明かしをしてやる。

 

「おおおおおおおお・・・・・・!」

 

自らの内、取り込んだ物を意識する。

途端に感じるのは痛み。

しかし今の自分にとって、これは十分耐えられる感覚だった。

衣服が裂け、替わりに纏うのは『鎧』。

 

「・・・・盗品で戦うとか、どうよ?」

 

一度目を見開いた彼女は、先ほどよりも鋭く睨んでくる。

 

「使えるものを使っているだけさ」

 

ネフシュタンの鞭を構えながら、嗤ってやった。



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ヒーロー同士の戦いは燃える(ニチアサ的に)

「これは・・・・!」

 

モニターに写った響の姿。

彼女が独断で単独出撃したというのは、すぐに分かった。

万が一に備えて弦十郎と緒川を仮司令部に残し、クリスを伴った翼が駆けつけてみれば。

大きくひしゃげた無残なシェルター口が行く手を阻んだ。

操作盤には鉄骨が突き刺さっており、システム的には開けられない。

かと言って物理で突破しようにも、みっちり突っ込まれた瓦礫と言う瓦礫が、心理にストップをかけてしまった。

 

「あいつ、まさか独りで・・・・!?」

 

呆然としたクリスの声に、自然と歯軋りしていた。

何度も手を伸ばして、すり抜けて。

近頃やっと心を開いて傍に来てくれた響。

そんな彼女は、傷が癒えきっていないまま。

また新しい痛みを背負おうとしている。

新しい傷を、その身に刻もうとしている。

 

(ふざけるな、ふざけるな・・・・!)

 

剣を握る手が強くなる。

胸で炎が燃え盛る。

 

「ッ足踏みなどしていられるか!!突破するぞ!!」

「あ、ああ!」

 

想いを力に変えて、翼は剣を振りかざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特撮・・・・特撮だッ。

目の前に特撮キャラがいるッ!!

アレだ。

某ライダーに出てきそうな、幹部クラスに強い怪人。

あるいはたまに見かける、ライダーをリデザインして野生的な面を前に押し出したごっつい感じ。

どっちにしろヒーローって雰囲気じゃないよね。

っていうか、でもネフシュタンって男の人が纏うとああなるんだ。

ああいうデザインを『ロマン』っていうんだろーね。

 

「はぁッ!!」

「っと・・・・!」

 

飛び掛ってきたので、こっちも飛びのいて避ける。

体をひねって着地すれば、ロケットスタートで突っ込んでくるおじさん。

そのパンチを蹴り返すけど、競り負けて吹っ飛ばされる。

むむ、腐っても完全聖遺物か。

おじさんの表情は分からないけど、聞こえた息遣いでにやにやしてんのは分かる。

ちょっとむかつく。

 

「・・・・ッ」

 

飛び込んで肉薄。

ぐっと溜めて、顎目掛けて蹴り。

そのまま振り下ろして肩へ打撃。

鞭を振るわれたので一旦離れて、さらに体を仰け反って避ける。

相手は鞭を振るい続ける。

バク転で何度も避けながら、攻撃の隙をうかがう。

今のわたし、多分ハリウッドスターもびっくりな動きをしてる。

途中ちょっと身捌きが間に合わなくて、すれすれに鞭が振ってくる。

でもわたしはこれを好機と取った。

 

「それッ!」

 

戻されていく鞭を引っつかんで、思いっきり引く。

勢い良く引っ張られたおじさんが、こっちに飛んでくる。

怯まずに攻撃態勢取るのはさすが、でもこっちだってやられるわけにはいかない。

 

「おぉッ!」

「だぁッ!」

 

向けられた拳を迎え撃つ。

走った衝撃波が顔にぶつかって、ピリピリした。

そのまま滑らせて腕で迫り合い、弾きあう。

右腕の刃を展開して、また接近。

鞭の連撃を避け続けながら駆け抜ける。

頭上からの一撃を弾いて、胴体へ一閃。

自分でも鋭いと感じる突きが、胸に突き刺さる。

刺したまま、体を引き裂くつもりで振り払った。

 

「ギアアアアアアアア――――ッッッ!!」

 

響く悲鳴、吹き出す鮮血。

・・・・でもこれで死ぬわけが無いでしょう?

 

「あぁ・・・・ぐぅ・・・・・ふふっ、ふふふふ・・・・!」

 

ああほら、やっぱりー。

傷口はジッパーを閉めるみたいに塞がり、流れた血も巻き戻しみたいに戻っていく。

 

「・・・・ネフシュタンの恩恵、か」

「よく分かったな」

「間近で見る機会があったもんで」

 

両手をカタールに変形させて、突撃。

 

「でも負ける気はしないですね」

「言うじゃないか」

「だってあなたは、所詮人間でしょ?」

「・・・・どういうことだ?」

 

んー、やっぱ伝わらないか。

しょーがない。

 

「無限の再生、そりゃ素敵な能力だ。でも傷つくたびに痛みが伴う、致命傷ならなおさら苦しい」

「・・・・・ッ」

 

さすがのおじさんも理解したらしい。

どこか緊張した空気が生まれる。

相手が本気になったのを分かった上で、嗤ってやる。

 

「さて、そんなある種の『呪い』を持ってるメリケンさん?一体何回耐えられるのかなー?」

「――――何回でも、だ」

 

ぶわっと放たれるプレッシャー。

さっきの衝撃波以上に空間を揺らして、肌をビリビリ蝕む。

いや、痛いってわけじゃないんだけども。

何てのんきに考えてたら、おじさんがいなくなってる。

何処いったとキョロキョロしたら、頭上に気配。

見上げると、拳を振り上げているおじさんがいて。

あ、コレ想像以上。

 

「――――ッ」

 

避けられたけど、半ば吹き飛ばされる形。

体勢が崩れて着地どころじゃない。

やっと足が地面に着くってところに、おじさんはまた急接近してきて。

 

「ふんッ!!!!」

「ぁ、が・・・・!」

 

体のど真ん中、まるでハンマーを叩きつけられたみたいだ。

呼吸が叶わないまま、咳き込む暇なくまた吹っ飛ぶ。

瓦礫の中に埋まる形で突っ込む。

砂利が口の中に入ってわずらわしい。

誰も見てないので行儀悪く吐き出して、立ち上がった。

 

「お前こそ痛みを感じぬ体で、何時来るか分からぬ限界と戦うのだろう?小娘がどこまで耐えられるのかな?」

「っは、決まってるじゃん」

 

構えを取って、また嗤う。

 

「――――死ぬまでだ」




おまけ『前回NG』

「おおおおおおおお・・・・・・!」

自らの内、取り込んだ物を意識する。
途端に感じるのは痛み。
しかし今の自分にとって、これは十分耐えられる感覚だった。
衣服が裂け、替わりに纏うのは『鎧』。

「・・・・盗品で戦うとか、どうよ?」

一度目を見開いた彼女は、先ほどよりも鋭く睨んでくる。

「日本ではこの場合、こういうのだろう?」

ネフシュタンの鎧についている鞭を構えて、嗤ってやる。

「――――勝てばよかろうなのだ」



どう考えてもギャグだったので、ボツ。


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おや ? おじさん の ようす が ・・・?

テレテレッ
デッデーデッデーデッデーデッデー・・・・


「――――聖遺物との融合、確かにすばらしい力だ」

 

何度目か分からない剣戟。

相手は何度も再生するし、こっちはいくらでも怯まない。

んー、でもスタミナはこっちが不利かも。

いくらでも再生するあっちと違って、無くした血は戻らないからなぁ。

現にちょっち体が重たくなってきている。

決定打を受けてないとは言え、刻んだ傷は確かにわたしを追い詰めてるってわけだ。

 

「お前のお陰だよ。フィーネの資料にお前と言う成功例があったから、実行に踏み切れた」

「自分から人間やめに行くなんて、斬新だね」

 

何度目か分からない突撃をかます。

足のジャッキを伸ばし、引っ込めた衝撃で突進。

奴の腹に強烈な一撃を叩き込む。

鎧なんて意味が無い威力のはずだけど。

予想通り痛がったおじさんは、次の瞬間にやぁっと嗤ってわたしの腕を引っつかんだ。

振り上げられ、叩き落される前に反撃。

肩を外して自由になり、脳天に踵落としをくらわせてやる。

目論見どおり怯んだのを確認して、首根っこにもう一撃入れてから離れる。

外した肩は着地の時わざとぶつかって無理やりはめた。

っていうか、本当にやばいよ。

忘れそうになってたけど、カ=ディンギルも止めなきゃいけないじゃん。

横目で見てみれば、さっきよりも輝いている砲塔が。

あぁーもー、翼さんとクリスちゃん置いてきたのは失策だったなぁ。

大怪我するの分かってるからやったこととはいえ、入り口を物理で塞ぐのはやりすぎた、うん。

・・・・・でも、まあ。

味方がいないなんて、ちょっと前までの『いつも通り』だし。

それが戻ってきたと思えば、多少はね?

 

「ギブアップか?今ならまだ受け付けるぞ?」

「寝言は寝て言え、ファ●●ンヤロー」

 

中指突き立てて丁重にお断り。

刺突刃を展開して接近、鞭を刀身に絡め取って引っ張る。

おじさんは引っ張られるかと思いきや、身を翻して重く着地。

振り上げた右腕に、本来は鞭の先から放つエネルギーを溜めて、叩きつけ。

亀裂が足元まで走ってきて、衝撃がわたしを吹き飛ばす。

いや、吹き飛ぼうとして、絡まったままの鞭がわたしを引っ張る。

おじさんはお返しといわんばかりに、鞭を掴んでいた。

思いっきり引き寄せられる体。

急接近するおじさんの手には、あのエネルギーが篭っていて。

あ、やばい。

 

「――――ごぼッ」

 

――――一瞬あらゆる感覚が途切れた。

視界が暗転して、音が聞こえなくなって。

意識が戻ったのは、瓦礫の中で血を吐き出している時だった。

痛みは感じない、感じないけど、全身が重い。

二課に保護されたときみたいな、指を動かすことすら億劫なほどの疲労。

・・・・・あー、つらい。

きつい、眠い、寝たい。

 

(―――――だけど)

 

だけど、と。

前を見る。

未だに健在の脅威達が立ちはだかっている。

 

(ここで倒れるのだけは、ダメだ)

 

・・・・さっきの感覚を思い出す。

視覚と聴覚を残して、感覚を遮断する(体の悲鳴を押し殺す)

立ち上がれば、また込み上げた血が顎をつたった。

溜まった血を飲み下して、口を引き締める。

不利?劣勢?逆境?

上等だ。

お前達(じごく)がどれだけ襲い掛かろうが、どれほど蝕もうが。

――――わたしを噛み潰せると思うなッッ!!!

 

「おおおおおおおおおお―――――ッッッ!!!!!」

 

夜空に向かって、大きく咆える。

気のせいかもしれないけど、疲れが無くなった気がした。

もうなりふり構っていられない。

始めっからカ=ディンギル狙いで行かせてもらう。

血と汗を撒き散らしながら駆け抜ける。

おじさんもこちらの狙いに気付いているから、当然邪魔してくる。

エネルギー弾を避ける、牽制の鞭を避ける、飛び散る瓦礫は無視する。

わたしの中の、ありとあらゆる活力を。

全て、一点に!!!

 

「ハァッ!!!」

「オラァッ!!!」

 

背後から。

援護するように飛んでくる、斬撃と鉛玉。

振り向かなくても分かる。

 

「詰め放題にも程があるだろッッ!!どんだけあたしらに来て欲しくなかったんだッッ!!」

「決めろ立花ッッ!!我々を阻むほどの覚悟、見せてみろッッ!!!!」

 

カ=ディンギル発射は目前。

強く、強く、踏み込む。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッ!!!!!!!!」

 

喉が潰れるのもお構い無しに、ありったけの雄叫びを上げて。

拳を、振りかざして。

根元を思いっきり殴り飛ばす。

瓦礫を撒き散らし、大きく傾くカ=ディンギル。

破壊は叶わず、発射を許してしまったけれど。

 

「――――」

 

轟く轟音、塗り潰す閃光。

奪われた視界を取り戻して、空を見上げれば。

一拍沈黙の後、表面が削れる。

一部が剥がれたけれども、月は健在だった。

 

「――――っはぁ!!」

 

いけないと分かっていても、緊張が途切れて倒れこんでしまう。

・・・・・砲身自体をひん曲げたんだ。

これならいくら撃とうとも月は破壊できない。

・・・・翼さんやクリスちゃんが、自爆紛いの特攻をする必要も、ない。

 

「はぁ・・・は・・・・!・・・・はご、ほ・・・・げほげほ・・・・!」

「お、おい、無理すんな」

 

クリスちゃんに向け、大丈夫という意味で首を横に振りながら、立つ。

おじさんはまだいるけど、翼さんとクリスちゃんがいる今。

油断はしてないつもりだけど、それでも負ける気はしなかった。

一方のおじさんは、空とカ=ディンギルを交互に見ながら、ぼんやりしている。

・・・・ように見えて、その目はまだぎらついていた。

まーだ諦めてないんかい。

 

「・・・・砲台の破壊とは、よくやる。だが」

 

ふと、おじさんが徐に取り出したものがあった。

ソロモンの杖だ。

あれまで奪ってたのか・・・・。

 

「砲台が使えないのなら、自らの力でやればよいだけのこと」

「この期に及んで何を・・・・!?」

 

三人分の睨みを受けながら、おじさんはにんまり笑って。

杖を、体に突き刺した。

 

「っふ、ふひ・・・・・きひひひひひひひひひッ」

 

すぐにネフシュタンが、おじさんの体ごと取り付く。

一緒に杖を起動させたのか、次々現れるノイズ。

その全てが、おじさんに飛び込んでいってた。

 

「ノイズに取り込まれている?」

「逆だ、あいつがノイズを取り込もうとしてやがる!?」

 

すっかり赤いドロドロに覆われるおじさん。

未だに笑い声は聞こえるけど・・・・。

 

「ヒャハ、ヒヒャハハハハハハハハアアアアアッッッ!」

 

アカン。

アカン(確信)。

これ取り込もうとして逆に取り潰されてるパターン。

なんて一人で戦慄している間に、再び閃光。

思わず顔を覆った手を、退けてみれば。

 

―――――グルルルルルル

 

がぱりとあいた口から、呼吸と一緒によだれが落ちる。

いかにも狂暴な牙がずらりと並んでいて、わたしみたいな小娘は簡単に食われそうだった。

体に視線を落とせば、鋭い爪を供えた強靭な四肢。

顔に目を戻すと、ぶっとい尻尾が揺れているのが頭越しに見えた。

 

―――――ガアアアアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッ!!!!!!

 

気だるさを殺して立ち上がれば、大気が咆哮で揺れるのが分かる。

・・・・・・こういう展開?




テーテーテーン!
テテテテテテテーン!!
おめでとう ! ▼
おじさん は ラスボス に しんか した !! ▼


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ピンチなんてよくある話

実は諸事情によりネットが使えなくなってました。

ネカフェマジ便利(


――――モニターの向こうの響を見たとき。

未来が抱いた感想は『ああ、やっぱり』だった。

『翼を呼んでくる』と飛び出していったあの時、素直に帰ってくる気がしなかったからだ。

案の定少し困惑した様子の翼が一人で戻り、『立花はどこにいった』と聞いてきて。

皆の反応を見るなり、すぐ様クリスを伴って飛び出して行った。

合流が遅れたところを見るに、響が入り口を塞ぐなどして足止めしていたんだろうと推測できた。

・・・・響は昔から、どこか臆病なところがあった。

何かトラブルに見舞われたり、不安を抱えたりすると。

反撃したり立ち向かったりせず、逃げや受けの姿勢を取っていた。

ちょくちょく未来や家族を困らせた、『逃亡癖』がその代表だ。

自分には勇気なんて無いから、力なんて無いから。

いつも困った笑顔で、そんなことを零していた。

一見すれば悪いところに見えるけど、それはちょっと違う。

怖がりで臆病だけど、それ以上に他人思いだ。

『勇気が無い』『力が無い』と卑下するのは、自分より優れている人がいると自制しているから。

ふらっといなくなったり距離を取ったりするのは、抱えている困りごとを他の人に背負わせたくないから。

笑顔を取り繕うのは、大好きな人たちを心配させたくないから。

怖いことや辛いことは、全部自分が抱え込んでいれば。

誰も傷つかない。

そうやって不必要な『痛み』を余計に抱え込んでしまう。

そんな子だった。

その不器用でも優しいあの子に十字架を背負わせたのは、紛れもない自分だ。

 

(・・・・ああ、そうだ)

 

言われるまでも無く分かっていた。

生き残って、生きていることを否定されて。

それでも死にたくないと反抗した結果が、あの夜の家出。

自分なんて、見かけてついてきただけの『おまけ』みたいなものだ。

でも、響にとっては違った。

大好きな友達で、大切な幼馴染で、守りたいものの一つで。

失うなんてとんでもないもので。

だから、奪おうと向かってくる暴力へ、暴力で立ち向かった。

臆病な心に蓋をして、怖いと叫ぶ本音を押し殺して。

たまたまついてきただけの、見捨てたってよかった『おまけ』を。

その身の全てで、守ってくれた。

・・・・当然、その代償はとても大きかった。

血に塗れて、泥で汚れて、相手と同じだけの傷を負って。

限界以上にボロボロになって、それでもなお立ち止まることを許されなくて。

痛みから解放されないまま生きなければいけないという、『呪い』を背負い続けることになった。

 

(分かっている、分かっているから)

 

自分の短慮が原因なのも、自分の弱さが原因なのも。

それ故に、何があっても響の味方で()()()()()()()()ことも。

全部全部分かっている。

分かっているから、どうか。

優しいあの子に、勝利(あした)を。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

巨大化は負けフラグ(笑)

なんて思っていた時期がわたしにもありました。

まず手足の動き一つが鈍器めいた威力だし、鳴き声がうるさいし。

何より時々撃ってくるブレスが厄介!

当たればダメージ受けるのはもちろん、距離によっては光で目が眩んだりするんだよー!

明るさ自体は大したことないけど、夜の今は目が暗がりになれちゃってるから。

むしろそれが余計に辛いいいぃー・・・・。

かといって後ろに回りこんでも、ごんぶとの尻尾が鞭みたいに襲ってくるし。

あの倒せない曲が流れてきそう。

ゲームと違うのは、チャレンジは一回こっきりで、失敗は許されないという点だろう。

ちきしょー。

誰だよ最初に『巨大化は以下略(笑)』なんて言い出したヤローは!?

いっぺんはたいてやるから、前に出なさい!

大丈夫!死にはしないから!

死ぬほど痛いだけだから!

 

「っとぉ!!」

 

叩きつけられた尻尾を避けて後退。

直撃は避けられたけど、飛び散った砂利が当たって鬱陶しい。

視点が高くなったことで、翼さんやクリスちゃんの様子が見える。

何度も斬りつけたり、鉛玉ぶち込んだりしてるけど。

奴さんってば硬ーい硬ーい皮膚を持っているらしく。

有効打っぽいものを叩き込めても、すぐに再生されるし。

あまり効果は出ていないようだった。

 

「くっそ!あの頑丈さ反則じゃねーかァ!?」

「斬っても斬っても再生される・・・・攻めあぐねるとはこのことか・・・・!」

 

一旦引いた二人と合流して、改めて相手を見る。

コモドドラゴンのお化けみたいなビジュアルで、中々強キャラじゃないか・・・・!

理屈はなんとなく分かる。

無限の再生能力を備えたネフシュタンの鎧はもちろんのこと、血肉であるノイズはソロモンの杖で補充し放題。

対してこっちは人間やめてる小娘と、SAKIMOlyshな小娘と、鉛玉ばらまく小娘の生身三人衆。

どうあがいても先にバテるのはわたし達だ。

んにゃーもう!こーいうときに限って役に立たないんだからわたしってば!!

 

――――ガアアアアアアアアアアアアッ!!!

 

ってアカン!またブレスが!

そろって三方に飛びのく。

もはや役に立たないからか、放たれたブレスはカ=ディンギルをぶち抜いていた。

うっへぇ、例え痛くなくても当たりたくないなぁ。

 

「ッ立花ァ!!!」

 

その時、翼さんの切羽詰った声。

反応する前に、体に衝撃。

わけも分からないまま、また衝撃を感じて。

下へ下へ落ちて行く。

・・・・・あ、これカ=ディンギルの中?

そういえば避けたとき、周りが見えにくくなっていたんだっけ。

まだぼんやり光ってたカ=ディンギルの所為で、明るいとこに目が慣れちゃってたんだろう。

なんて考えた直後。

三度目の衝撃で、今度こそ意識を手放す。



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ヒロインはある種のブースター

予約投稿も便利(


響が、画面からいなくなった。

巨大な尻尾に対応出来なくて、叩きつけられて、建造物の中に消えた。

大丈夫だろうか、怪我はどれくらいだろうか。

・・・・・死んでは、いないだろうか。

 

「・・・・ッ」

 

不安が湧き出す。

僅かだったそれは、あっという間に胸を支配する。

――――どうしよう、どうしよう。

本当に死んじゃったら、どうしよう。

だって、あの子は。

何にも悪くないあの子は。

信じられる人達に出会えて、殺さなくてもいい人達に出会えて。

やっと、やっと。

何も心配せずに、ゆっくり休めるはずだったのに。

なのに、また。

戦いが、危険が、あの子を。

響を、痛めつけて、苦しめて。

なん、で。

何で、こんな。

どうしてみんな、響をいじめようとするのだろう。

だって、おかしい。

そうだ、おかしいじゃないか。

悲しいのも分かる、辛いのも分かる。

だけどそれを全部響の所為にするのは間違っている。

悲しみをぶつけようが無い当事者ならまだ我慢できるが、赤の他人となれば話は別。

そんな有害無害を判別できないくらいなら、黙って傍観される方がまだマシだった。

 

「・・・・・ひびき」

 

ああ、こんなこと考えている場合じゃない。

早く、早く、あの子の元へ。

 

「未来くん!?待て!どこに――――」

 

『痛い』と、『怖い』と。

声無く泣いているだろう。

愛しく優しい、あの子の元へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ます。

どのくらい寝てたんだろう。

動こうとして、動けなかった。

はっきりした目で、体を見てみる。

・・・・・何だか、とっても。

大変なことになってるううぅ~・・・・。

破片やら瓦礫やらが突き刺さってて、お茶の間どころか深夜放送でも流せない惨状だべ。

もう例の如く痛くないのが幸いだけど、関節やら何やらを邪魔して動きにくい。

 

「・・・・んっ・・・・と・・・・・」

 

まず脇腹の欠片に触って、抜き取る。

ああー、流れる血がもったいなーい。

痛みは感じなくとも、疲労やら貧血やらのダメージはちゃんと負うんだからねー!

ちくしょーめ!

なんて考えててもしょうがないので、次々抜いていく。

体感からして、一分に満たないくらい。

もしかしたら三十秒かも。

まあ、そんなに手間もかからず、目ぼしい欠片は取り除けた。

立ち上がってみる。

血が抜けまくった所為で、さっきよりも体が重い。

そのうえ取りきれなかった細々したやつが、動くたびにごわごわ違和感主張して・・・・。

ちゃんと取れるんだろうなぁ、これ?

 

「・・・・・ふう」

 

ため息一つ。

切り換えて見回してみる。

傍に目立つものがあって、滑らせた視線はすぐに止まった。

台座に掲げられている、黄金の剣。

どう見てもデュランダルです、本当に(ry

なんてボケとる場合やないですネ、ハイ。

・・・・そっか、今おじさんが使っているのはネフシュタンとソロモンの杖だけなのか。

原作だとここにあるデュランダルも加わるわけだけど。

そう考えると意外とイージーモード・・・・ってわけでもないか。

今のは忘れよう、うん。

でもどっちにしろ完全聖遺物を複数相手取るのに変わりはないよね。

もちろんシンフォギア(欠片ごとき)なんて、出力からまず差があるわけだし。

どうあがいても高難易度だ。

・・・・だけど。

ここにあるデュランダルを使えば、どうだろうか。

『無限』の特性を持っているだけあって、フォニックゲインは使い放題。

わたしを含めた三人分の限定解除なんてわけないだろう。

一つ問題があるとすれば、わたし自身の暴走だろうか。

いや、『かもしれない』可能性に過ぎないけど。

原作での立花響(わたし)は、このデュランダルを握るたび破壊衝動に晒された。

立花響(あの子)以上に侵食している、心の弱い立花響(わたし)が触れたらどうなるか。

・・・・・あんまり想像したくない。

だけど四の五の言ってられないのも事実でして・・・・。

被害を少なく抑えられるであろう現時点で、戦えるのはわたし達だけ。

・・・・ここで、負けたら。

きっと多くの人が傷つくだろう、最悪死ぬかもしれない。

もちろんその中には、未来だっているわけで。

だから本当は。

『やめる』だとか、『逃げる』だとかの選択肢は論外なわけで。

でも、怖い。

怖いんだ。

わたしがわたしでなくなることが、大事なものとそうでないものの区別がつかなくなることが。

何より、結果がどうなるのかが。

怖くて、怖くて、たまらない。

 

(だけど・・・・!)

 

何にも悪くない人達が、優しい人達が傷つくことこそ、何より間違っていることで、許せなくて。

・・・・・ああ、大好きなんだ。

日向に連れ出してくれた『みんな』が、大好きなんだ。

その為に、わたしがわたしでなくなって、味方に討たれることになっても。

『みんな』を、明日へ。

つなげることが出来たなら・・・・!!

 

「・・・・ッ」

 

恐怖を押し込めて、無理やり心を固めて。

その黄金の柄へ、手を伸ばす。

 

「――――響!」

 

伸ばそうとして、引き止められた。

振り向く。

未来がいる。

よっぽど一生懸命だったのか、肩で息をして、あちこち汚したり擦り剥いたりして。

・・・・どうやって来たんだろうって突っ込みは、多分野暮。

何より重要なのは。

せっかくの決心が、未来の登場で揺らいでしまったこと。

 

「・・・・みく」

 

もちろんヘタれている場合じゃない。

気付かれないように息を整えて、まっすぐ見つめる。

 

「もし、わたしがわたしじゃなくなったら、どうする?」

「響?」

「即答はナシだ。あの時とは違う、加減なんて出来ないかもしれない。今度こそ君は、わたしに殺されるかもしれない」

 

本当は、こんな困らせること言いたくないけど。

何か言わないと、何か言ってもらえないと。

今度こそ、逃げ出してしまいそうで。

 

「未来、どうする?」

 

対する未来は、初めは困惑していて。

それから少し俯いて考え始める。

すると、何を思ったのか。

いつかみたいな笑顔を浮かべて、歩み寄ってきて。

同じように、抱きしめてくれた。

 

「――――信じるよ」

 

耳元、囁かれる。

 

「頑張る響を、信じるよ」

 

腕の力が強くなる。

自分が汚れるのなんて、お構いなしに。

優しい声が、断言してくれた。

・・・・・嬉しい。

屍を踏みつける外道を、流れる血を傍観するだけの人でなしを。

何の躊躇いも無く、信じてくれることが。

嬉しくて、たまらない。

だから。

 

「・・・・・そっか」

 

お返しに抱き返してから、これが最後になるかもしれないと考えて。

ふと、思い出す。

少し前、未来にされたこと。

・・・・人の想いを受け止める度胸も、器量もない。

この間の『アレ』だって、なあなあで済ませられたらなんて思うような、ちょっと酷い人間だ。

でも、これで最期になるのなら。

せめて、想いを伝えてくれた君へ。

 

「ひび――――?」

 

これ以上何か言われて揺らいだら溜まったもんじゃないので、先手を打つ。

言いかけた唇を、遠慮なく塞ぐ。

 

「未来」

 

ぽかんと呆けた、ちょっと面白い顔へ。

多分、人生で一番の笑顔を向けながら。

 

「今まで、ありがとう」

 

今度こそ。

デュランダルを掴み、抜き放つ。



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繋ぐ手と手、臆病なわたしのため

AXSはニコニコでぼちぼち見ています。
賢者の石・・・・材料は生きた人間味ですね分かります(ハガレン感


「あああ■■■ああ"あ■■"あ"あ"■■■アア"ア"ア"ア"―――――ッッッッッ!!!!!」

 

濁流が押し込まれる。

身構え何てあっという間に意味が無くなり、意識が持って行かれそうになる。

思考が犯される、心が蹂躙される。

真っ黒く暴力的な流れは、『わたし』という意識を休まず抉り取っていく。

ここまでだなんて正直予想外で、でもやめるわけにも行かなくて。

必死に繋ぎとめる頭の中で。

黒い、シミのような単語が浮かび上がる。

 

 

 

――――憎い。

 

 

 

はっとなったときには、遅かった。

・・・・憎い、憎い。

憎い!憎い!憎い!

何が憎いって、この世のありとあらゆるものが憎いッッ!!

何でわたしなんだ!?どうしてわたしなんだ!?

他でも良かったじゃないか、他にもいたじゃないかッ!!

死ねばよかった!?生きてちゃダメだ!?

神様でも仏様でもないお前らに、そんなこと言う資格ねーよ!!バァーカッ!!!

わたしのせいじゃない!わたしは悪くないッ!!

お前たちだ!お前たちの所為だ!!

わたしが屍を踏むのも、未来が迷惑被ったのも、家族がバラバラになってしまったのもォッ!!!

何もかも!お前たち(せかい)が悪いんだッ!!

あああああああああああああ!壊してやりたい潰してやりたい殺してやりたいッッッ!!

お前たチが、わたシに向けテキた、悪意ノ何もカモッ!!!!

何倍ニモ、何ジュウ倍ニモ、ナンビャク倍ニモシテェ・・・・!!!!!

ワタシタチガウケテキタイタミノ、ナニモカモヲ!!!

オモイシラセテヤルウウウウウウウウウウッッッッ!!!!!!

 

「ヴオオ■■■オオ■■■■■■■―――――ッッッッ!!!!!!」

 

ドウデモイイドウデモイイドウデモイイドウデモイイ!!!!

ナニモカモガドウデモイイ!!

メニウツルナニモカモガメザワリダッッッ!!

マンマエノドダイガメザワリダ、アノブヒンガメザワリダ、シュウイヲカコムコノクウカンガメザワリダ!!!

コワスコワスコワスコワスコワスコワスコワスコワスコワコロススコワスコワスコワスコロスコワスコワスコロスコロスコワスコワスコワスコワスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス!!!!

アアジャマダジャマダジャマダワタシニフレルナチカヨルナミルナハナレロォ!!!!

 

「――――響ッ!!」

「――――ッ、グアアッ!!」

 

――――その一声に、一瞬引き止められた。

マタ濁流にさらさレルけど、さっキヨりハ余裕だ。

改めて見レバ、未来が手を握ッテくれていタ。

さっきワタしニサれたミタイに、優しく撫でてクレテいる。

ダケド、いつまでモツか。

ちょっトデも気を抜けバ、すぐ仕留メてしまイソウで。

わりとヤバい。

早く、はやく、ハヤク。

コイツをせいギョかにオカナイト・・・・!

みく、ガ・・・・!

 

「あが、グウウウゥ・・・がる、る・・・・!」

 

ダメ、ダ。

ダメダ、ダメダ、ダメダ。

ダメダダメダダメダダメダダメダダメダダメダダメダダメダダメダダメダダメダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ

ミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミクミク―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――アア、コノテデ

 

――――コロシタイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――正念場だァッ!!踏ん張り所だろうがッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッ」

 

瞬間。

未来ごとがっしり掴まれる。

何かと思えば、弦十郎さんが大きな手を未来の手に重ねていた。

 

「切り札はあんたなんだから!しっかり決めなさいよねッ!!」

 

弓美ちゃんが。

 

「強く自分を意識してください!」

「怖がらないで、自分を信じて!」

「俺達だってついてるから!」

 

緒川さんが、友里さんが、藤尭さんが。

その時、轟音。

瓦礫と砂埃が舞う。

現れたのは、さっきのトカゲ。

デュランダルをかぎつけてきたらしい。

でもその進撃は、銃声と剣戟に止められる。

トカゲがひるんだ隙に、二つの影が駆け寄ってくる。

 

「屈するな立花ッ!!お前の覚悟はその程度じゃないだろうッ!!」

「今回ばっかりは信じてやるッ!!だからお前も、自分を信じろォッ!!」

 

翼さんと、クリスちゃんが。

みんな、みんな。

わたしを、信じてくれている。

わたしに託してくれている。

――――ああ。

なんて尊いんだろう、なんてありがたいんだろう。

この手を握ってくれる人達が、この身を信じてくれる人達が。

こんなに、たくさん・・・・!!

 

(ダ、からァ・・・・!!)

 

こんなに、こんなに。

信じてもらっている、託してくれている。

お前は元より、守るために生まれたんだろう?

だったら、今力を発揮しなきゃ意味無いだろ・・・・!!

答えろ、答えろ、答えろ・・・・!

手を握ってくれる人達に、信じてくれる人達に。

――――明日を、繋げッッッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「シンフォギアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――ッッッッッッ!!!!!!!!!!!」



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これにて決着

「――――ぶっはぁッ!!!」

 

ああああああ!!死ぬかと思った!!

なんか、もう。

これでゴールしてもいいんじゃないかなって思っちゃうけど、そうは行かない。

 

「これは・・・・!?」

「なんだこりゃあ!?」

 

両隣を見てみる。

真っ白なギアを纏った翼さんとクリスちゃんが、珍しくおろおろしながら自分の体を見ていた。

そんな二人を面白く思うわたしの格好も、同じく白。

・・・・デュランダルを利用した限定解除。

ひとまずの賭けには、勝てたみたいだ。

 

――――ギャアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!

 

ほっとするのも束の間、咆哮が耳を衝く。

見下ろせば、まだまだ健在なトカゲさん。

いやぁ、元気なこって。

 

「まあまあ、お二人さん。驚くのはその辺にしといて――――」

 

ほっとく道理は無い。

かける情けも無い。

デュランダルを握り締め、一気に急降下して。

 

「――――まずこの爬虫類を躾けましょうよ」

 

その巨体を、思いっきり跳ね上げる。

上がりきったところに接近して、また打ち上げ。

 

「はあぁッ!!」

「おとなしくしてなァッ!!」

 

翼さんも意図を理解してくれたのか、途中から参加し始める。

クリスちゃんは反撃しようとするトカゲを狙撃して、その動きを封じ込めていた。

そんなこんなで成す術もないトカゲさんは、戦いにくい狭いカ=ディンギル内から。

お空が広がる、外へ。

 

「――――Be goneッッ!!」

 

仕上げに横薙ぎを叩き込めば、トカゲは元の地上をゴロゴロ転がっていった。

 

「力が漲ってしょうがねぇ、お前どんな手品使ったんだよ」

「タネもしかけもあるんだよ~」

「そこは『ございません』じゃないのか・・・・」

 

おどけている間にも、起き上がったトカゲが咆えてくる。

あーも、うるさい。

突進をデュランダルで受け止めて、弾き返す。

奴は傾けた体を上手く回転させて、尻尾を振り下ろしてきたけど。

立ち位置を入れ替わった翼さんにより、切り落とされた。

だーから叫ぶな!痛いのは分かったから!

うるさい!

喉元を殴り飛ばせば、カエルが潰れるような声がして途切れる。

 

「容赦ねぇな・・・・」

「やらなきゃやられる、分かるでしょ?」

「はは、違い無ぇッ!!」

 

クリスちゃんはにんまり笑うと、性懲りも無くビームぶっぱしようとした口へミサイルをぶち込んだ。

そっちも十分容赦ナシじゃないですかー、ヤダー。

んー、それにしてもやっぱアレだなぁ。

道具って担い手次第なんだなって。

アニメと比べて、どうよこのフルボッコ振り。

フィーネさんじゃない分若干ヌルゲーになっているのかな?

あ、翼さんが四肢斬り飛ばした。

なんかツチノコの亜種みたいになってる。

もうそろそろいいかな?

辛かろう?苦しかろう?

楽になりたかろう?

ははは、いい子だ。

語らずとも分かるよ、物欲しそうに手元のデュランダルを見てるもんねぇ?

うんうん、お互い十分暴れたし、っていうかちょっと飽きてきたし。

じゃあ、そういうことで。

再三接近する。

顎の下をよく狙って、デュランダルへ力を充填する。

――――突然だけど。

翼さんの『蒼ノ一閃』を見たとき、みんなは何を思い浮かべただろうか。

定番はやっぱり『約束された勝利の剣』だったり、某大人気RPG歴代技の『魔神剣』だったり。

ちょっとマニアックなのだと、『ソードビーム』とかあるかもしれない。

だけどわたしはやっぱり、一番多く想起されたであろう名前を咆える。

 

「――――月牙天衝ォッ!!!」

 

解き放たれる、黄金の光。

飛び立つ斬撃は獲物の首を撥ねるべく、風を切って駆け抜けて――――

 

(あれ?そういえば・・・・?)

 

デュランダルとネフシュタンって、対消滅してたっけ?

こう、『無限』と『無限』がぶつかり合って、矛盾的な意味で大変なことになって。

なんて呑気に思い出した直後。

相手のどまん前にいたわたしは、閃光に飲み込まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

 

 

 

 

とまあ、ほぼほぼワンサイドゲームでトカゲもといアメリカのおっちゃんはオダブツ!したのであります。

デュランダルは流石に消滅してしまったし、ネフシュタンも同じ。

ソロモンの杖は残機(ノイズ)供給以外は特に関係なかったはずだから、多分その辺に落ちてる。

限定解除はしたままだけど、これもほどなく終わるだろう。

周辺への被害も原作に比べて格段に少ないし、まずまずの結果じゃなかろうか。

どっちにしろカ=ディンギルという異端技術の塊はあるんで、周辺の封鎖は不可避だろうけど。

 

「お、日の出」

 

戦闘がそんなに長引かなかったお陰なのか、朝日が顔を出す瞬間を拝めた。

元旦のご来光ほどじゃないけど、なんか、こう。

ありがたみがあるね!

溜まった疲労と終わった高揚感に任せるがまま、何となく手を合わせておいた。

うん、何かご利益もらえた気がする。

 

「立花、少し浮ついているだろう?」

「ありゃ、ばれました?」

 

翼さんにたしなめられて、ぺろっと舌を出して誤魔化す。

 

「敵は倒したが、何が起こるか分からんのだ。緩みすぎるのは感心しないな」

「はい、すみません」

 

言うことはごもっともだし、実際調子乗ってるとこも自覚していたので。

素直に謝っておく。

 

「・・・・まあ、気持ちは分からんでもないが」

 

・・・・訂正。

翼さんもちょっとテンションあがってたみたい。

よくよく見てみると、ほっぺたがほんのり赤かった。

 

「――――お前たち!」

「司令?」

 

先輩の可愛い一面にほっこりしていると、弦十郎さんが駆け寄ってくるのが見える。

そのはるか後方で、ぐったり膝を突いている藤尭さんと、それを支える緒川さんの姿が。

もしかして、あの地下からここまで一気に駆け上がってきたんだろうか。

そりゃ疲れて当然だよ。

むしろふつーに動いている弦十郎さん達がおかしいんだよ。

 

「一仕事終えたところすまないが、厄介ごとはまだ続いている」

「忙しねぇな、今度はなんだ?」

 

合流するなり、抱えていたノートパソコンを見せてくれた。

三人一緒になって画面を覗き込む。

 

「先ほどはがれた月の欠片、現在落下中とのことだ」

「・・・・はぁッ!?」

 

クリスちゃんの素っ頓狂な声と一緒に、空を見上げると。

確かに分かるか分からないか、びみょーな速度で動いているっぽい欠片が見えた。

っていうか欠片って言ってるけど、あのサイズが落ちてきたらやばいって。

 

「あれほどのものを、通常の兵器で破壊しきることは難しい。出来るのは君たちだけだろう」

「はいはい!じゃあ飛べる今のうちに、さっくり壊してきますねー」

 

申し訳なさそうにする弦十郎さんを元気付けるために、わざと大きめの声で明るくお返事。

そんなに気に病まなくても、それがわたし達のお仕事なんですから。

だからそんなしょげた顔しないでくださいなー。

 

「だな。どちらにせよ放っておく理由は無い」

「最後の仕上げか、〆の一暴れにゃちょうどいい!」

 

翼さんとクリスちゃんもヤル気満々。

士気に問題なし、実にいいことだ。

 

「すまない、頼んだぞ」

 

弦十郎さんに向け、力強く頷いて。

地面を踏みしめ、空へ繰り出す。

これが終わったら・・・・そうだなぁ。

まずは未来に褒めてもらいたいな、なんて。

我ながらちょっと子供っぽいかもしれない。

でも飛びついてハグするくらいならしてもいいかな。

・・・・あの優しさに、ほんの一時だけ。

甘えさせて、もらえたら。




ひとまず書き溜めの第一波はここまでです。
間に合えばすぐに第二波を投稿できるかもしれません。


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今度こそ落着

いわゆる「もうちょっとだけ続くんじゃ」です。


また別に特別なことも無く。

月の欠片も完全に破壊。

ただ帰還時の大気圏突入やらなんやらで、わたし達の疲労は限界を超えてしまって。

地上に足をつけるなり、そろって夢の中に入り込んでしまったらしい。

で、寝こけたわたし達を医療班に任せた弦十郎さん達は、早速後始末に奔走することになった。

まず二課スタッフじゃない未来と弓美ちゃんは、相手さんに顔を見られているからと、わたし達と一緒に謹慎状態に。

安全が確保できるまでの間、一緒に過ごすことになった。

リディアンもといカ=ディンギル周辺の地域住民に対しては、テロリストが化学兵器を使い、その残り香が残っていると説明。

拡散する心配は無いと何度も強調した上で、人を立ち入らせるわけには行かないので封鎖すると伝えたらしい。

もちろんリディアンも移転だ。

周辺の商店街なんかは少し寂しくなってしまうだろうけど、ほとんどの人が生活を変えずに済んだ。

で、本命である米国のことだけど。

そもそもの原因は、あちらさんの一部隊『アラン・スミシー(おっちゃんの本名だって)と愉快な仲間達』が暴走したことらしい。

好き勝手してたフィーネさんへの報復まではお偉いさんが決めたことだけど、その後の『二課訪問』やらは完全に独断だったとか。

けれども、自国民が他国に手を上げたのは事実。

さらにシンフォギアという国家機密が関わっていることもあって、事態を重く受け止めていたらしい。

なのでやっこさん方、生まれたての小鹿みたいにガタブルしていたんだとか。

いや、これは流石に比喩表現なんだけど。

でも小耳に挟んだ話によると、今回の件で交渉に来た向こうの外交官が『ハラキリ・・・・?ウチクビ・・・・?』と、いっそ同情を覚えるくらいに縮み上がっていたとか、何とか・・・・。

そんな向こうさんの事情も汲み取って交渉した結果。

 

『俺達はフィーネっつーアマに振り回されてたんだ!うちの政府組織を襲ったのは、奴の息がかかったテロリスト!オーケィ!?』

『イエス!オーライ!そんな感じッ!白人多いのはたまたまSA!』

 

と言った具合にまとまり、他にも櫻井理論の解析やらで協力関係を築くことを約束させた。

まあ、アメちゃんに関しても、やらかしたのはあくまで政府を始めとしたお偉いさん達であって、一般人じゃないものね。

その人達への影響を出来るだけ抑えた結果ともなれば、これくらいが妥当なのは素人にも分かる。

さすがに月の欠片云々は誤魔化せないため、シンフォギアやらの存在は露見することになってしまったけど。

原作であった『日本が兵器を持つだなんて云々』の議論はちょっと抑え目になっており。

むしろ『月をどうこうしちゃうテロリストが相手だから、そんなもん持ち出してもしょうがないよね』という風潮が出来上がっているようだった。

何はともあれ。

『ルナアタック』と呼ばれるようになったこの事件も、今度こそ終息に向かいつつある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、まあ。

ここ一月の出来事をざざざあああああっと振り返ると、だいたいこんな感じ。

原作より謹慎期間が長い以外は、概ね変わらないかな。

で、今現在何をしているかと言えば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

考えが一段落したところで、一度足を止める。

振り向けば、遠くに見える東京の街。

暗いところもぽつぽつあるけれど、だいたい半分くらいがネオンで輝いていて。

夜空を煌々と照らしていた。

対するわたしの周囲は、と見渡してみる。

都会の街並みとは対照的に、木々で囲まれた真っ暗な場所。

人工物と言えば、足元に敷かれた道路と、ぽつぽつ点在する最低限の街灯といったところか。

目を閉じると、聞こえる風の音。

木の葉と幹が揺れて、何とも心地いいBGMを奏でていた。

・・・・なーんてかっこつけてみたわけですけど。

ここで隣を見る、後ろも見る。

誰もいない。

夜遅く、一人でぽつんと。

東京の郊外の道に、わたしは立っていた。

・・・・うん、『マジかよこいつ』って思うのは当然だと思う。

でもまずは聞いて欲しい。

 

「・・・・」

 

満天の星空を見上げて、右目を手で覆う。

それだけで視界が真っ暗になった。

右目を覆ったまま瞬きをしても、目の前は相変わらず暗いまま。

左目は完全に失明して、もはや役に立たない状態。

残った右目も、油断すると焦点が合わずにぼんやりすることがある。

変化が起こったのは視界だけじゃない。

どうも、わたしの体から。

温もりが消えてしまったらしいのだ。

そういった寒暖が分からなくなった今は、自分では気付くことができなかったけど。

眠っている間手を握ってくれていた未来によれば、まるで死んだように冷たかったとのことだった。

――――理由はいうまでもなく、ガングニールだ。

限定解除を行ったからなのか、『カンッ!』って勢いで侵食率が上がってしまったようで。

月の欠片を壊して気を失った後、目覚めたときにはこうなっていた。

検査に寄れば、体の大部分が侵されきっているらしく。

年が明ける頃には、聴覚や触覚・・・・声すらも失くすだろうと診断された。

・・・・ショックと言えば、ショック。

けどこれくらいなら、今までやってきたことへの罰なんだって思えば、多少は飲み込める。

じゃあ、何でこんなところにいるのかと言えば。

単純な話。

信頼できる仲間や頼もしい大人達を目の当たりにしたことで、わたし一人いなくても大丈夫だろうと思ったからである。

何より、こんな爆弾を抱えた状態で、確実に世話をかける状態で一緒にいるなんて。

今は大丈夫でも、いつか罪悪感でどうにかなってしまいそうだったから。

だからこうして、独りで道を歩いている。

 

「・・・・さよなら」

 

ぽつっと呟いて、また歩き出す。

周囲は相変わらず暗いまま、むしろ闇が濃くなったように錯覚する。

服は今までとがらっと変えたし、街中の監視カメラはむしろ逆手にとってフェイクを仕掛けておいた。

きっと二課の人達は、わたしが北陸方面に向かったと思っていることだろう。

もちろん早めに気付くだろうから、急がなきゃいけないのに変わりはないんだけど。

 

「・・・・――――」

 

ふと、脳内にメロディーが流れて。

何となく歌を口ずさむ。

この曲は確か、そうだ。

猫の男爵さんが初登場した、アニメ映画の主題歌だ。

みんながいる場所に背中を向けて歩いている今のシチュエーションは、まさにぴったりだった。

・・・・何とも思わないわけが無い、寂しくないわけがない。

だけど、わたしの所為でみんなが辛い思いをするのは、何よりも嫌だから。

笑顔を奪ってしまうくらいなら、独りで朽ち果てた方が何倍もマシだ。

あ、やばい。

みんなのこと考えたら、色々思い出してきた。

翼さんのこととか、クリスちゃんのこととか、未来のこととか。

褒められたり、じゃれあったり、抱き合ったりした思い出が。

次々脳裏に浮かんでは消えていく。

あかんあかん、また揺らぎそうになってる。

ちっくしょう。

クリスちゃんと抱き合って『ギャーッ!出たーッ!!』なんて悲鳴を上げたのが昨日の事みたいだよぉ・・・・。

今日起こったことなのにさぁ・・・・。

心なしか、歌のとおり歩調が速くなってきている。

多分、思い出を振り払うため。

『帰れない』を、言い聞かせるように強く歌う。

迷うな、揺らぐな、振り払え。

わたしは、もう。

人間じゃない・・・・!!

 

「――――ッ?」

 

と、後ろから光。

一瞬びっくりしたけど、ただの車だと分かってほっとする。

だけどそのまま通り過ぎると思った車は、少し進んだ先で急ブレーキ。

わたしの進路を塞ぐように、路肩にはみ出して停止した。

何事かと立ち止まってしまった目の前で、ドアが勢いよく開いて。

 

「ゎ、た・・・・!?」

 

飛び出してきたその人を、避けたり拒んだり出来なかった。

倒れそうになるのを何とか堪えて、見下ろす。

未来は顔を埋めたまま、しばらく小刻みに震えていた。

・・・・そうだよね。

今までずっと一緒にいたから、癖やらなんやらはお見通しだもんね。

 

「――――ない」

 

引き剥がすのを諦めて、しばらく未来の好きにさせていると。

何か呟いたのが聞こえる。

 

「かんけい、ない・・・・!」

 

ぎゅう、と。

生地が伸びるくらいに、わたしの服を握り締めて。

 

「関係ない!痛みを感じないのも!あったかくないのも!何も関係ない!!!」

「・・・・君や、みんなはそうでも。周りはそうじゃないよ」

「そんなの知らないッ!!勝手に思っていればいいッ!!」

 

言い聞かせてみるけど、効果は薄いらしい。

向けられた目元には、案の定涙が溢れていた。

 

「だいたい響はどう思っているの!?どこの誰ともつかないような赤の他人ばっかり優先させて!!あなたの願いはどうなるのッ!?」

 

ぼろぼろ零れる雫は、未来が吐き出す言葉のよう。

 

「いつも、いっつもそうじゃない!本音を飲み込んで、痛いのも怖いのも我慢して!独りで抱えてばっかりで、ぜんぜん頼ってくれないじゃないッ!!」

「・・・・ッ」

 

サーセン、耳が痛いっす。

 

「ねぇ、もういいでしょ?もう十分でしょ!?一回くらい頼ってよ!何をしたいかちゃんと言ってよぉ!!」

 

ここで言葉を区切った未来は、震えながら呼吸をして。

また、顔を埋めてきた。

 

「おねがい、だから・・・・しんじてよ・・・・こわがらないでよ・・・・わたしは、ちゃんと、みかただからぁ・・・・!」

 

言いたいことは、粗方言い終えたんだろう。

未来はそのまま泣き出してしまった。

――――本気で。

本心から、よかれと思っていたんだ。

仲良しな誰かが傷つくのが嫌で、泣いてほしくもなくて。

だから、ずっと、距離を取ることを選んできたのに。

そうやって、独りよがりの選択を続けてきたから、こうなっている。

一番笑って欲しい人を傷つけて、泣かせて。

わたしの選択が、考えが、根本からひっくり返された気分だった。

そんなんなっても残っているのは、『優しくしなきゃ』という浅はかさだけ。

染み付いた癖で、未来を抱き返す。

 

「―――――一個だけ」

 

耳元で囁く。

未来が反応したのが分かる。

 

「一個だけ、すっごいこと言っていい?」

「・・・・ぐ、っす・・・・んっ、なぁに?」

 

悲しくて仕方が無いだろうに、甘やかすように返してくれる。

 

「――――死ぬまで、未来の傍にいたい」

「・・・・うん」

 

我が侭を、否定することなく。

未来は静かに頷いてくれる。

 

「やらかしてきたことはちゃんと償う、必要なら泥だってなんだってかぶって、いくらでも汚れる」

「・・・・うん」

「だからせめて、死に場所だけは、自由にさせてほしい・・・・・あったかくて優しい、君の傍で、眠らせてほしい」

 

――――これは、罰だ。

独りよがりに陶酔して、周りの人達の気遣いを無下にし続けて。

その結果、一途で優しいこの子をぶっ壊したわたしが。

地獄に落ちるその瞬間まで、息の続く限り背負っていく。

とてつもなく大きくて重たい、断罪の十字架。

 

「他は何もいらない、何も欲しがらないから・・・・この一個だけは、どうか」

 

断られたって、それもしょうがない。

こんなに重たいもの、背負わされるだけで迷惑なんだから。

未来にはその権利が十分にある。

いい機会だからと、こんな重罪人との縁をすっぱり切ったっていい。

それはそれで、味方がいないという罰になりえるから。

だから、断ったっていいはずなのに。

 

「――――いいよ」

 

未来は嗤いもせず、拒絶もせず。

ただただ静かに、肯定してくれた。

重たい十字架ごと受け入れるように、優しく抱きしめてくれた。

 

「・・・・いいの?」

「いいの。滅多にない我が侭なんだから、特別」

 

・・・・・胸の奥が、暖かい。

きっと、未来が暖めてくれているんだ。

ああ。

とてもほっとして、温かくて、安心できて。

――――守らなきゃ。

人をこんなに癒せる、健気なこの子を。

わたしの全てを賭けてでも、守らなきゃダメだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ・・・・」

 

危なっかしいことだと、独りため息をつく。

未来が乗ってきた車を運転していた弦十郎は、縋るように抱き合う少女達を見守っていた。

実に危うく、当たり所が悪ければあっという間に崩壊してしまいそうな彼女達。

当然見捨てるなんて以ての外だし、これからも助力は惜しまないつもりだった。

 

「――――一応確認なのだけど」

 

と、ここで。

一緒にやってきた()()が、じろりと弦十郎を流し見た。

そう。

シンフォギアを製造し、フィーネの魂を宿した今回の下手人。

『櫻井了子』その人である。

彼女の技術の有用性と、弦十郎が持ちえる生来の甘さから、風鳴を始めとした様々なコネを駆使して。

虫の息から一命を取り留めさせたのだった。

先に行われた米国との取引には、彼女の身柄についても含まれており。

『フィーネによって傀儡となっていた被害者』として、書類に記録されることになっている。

 

「ここから巻き返すのは、本当に骨よ?さすがの私にも手に負えない部分が多すぎるわ」

「諦めるのか?」

「まさか」

 

少し意地の悪い返しをすれば、了子は肩をすくめた。

 

「正義の味方なんて柄じゃないけど、拾われた以上義務は果たすわ。安心なさい」

「ああ、こちらもサポートは惜しまん!よろしく頼むよ!」

「はいはい」

 

ある意味厄介な上司だと思いながら、了子は改めて少女達を見る。

一方は相手の涙を拭いながら、もう一方はその手を愛しそうに握り締めながら。

先ほどまでとは打って変わった、穏やかな表情をしている。

――――正義の味方は柄じゃない。

柄じゃないが、悪くはなさそうだ。

密かに息を吐き出した彼女は、しょうがないなと微笑んだ。




死んだなんて、一言も言うてへんで?>了子さん

これにて一期分はおしまい。
このあとは閑話を更新していこうかと思います。


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閑話:ポーカー

仮の小話として投稿していたものを、正式な閑話としてあげることにしました。
内容は変わりませんが、それはそれで何かと思いましたので。
最後に拙作ひびみくの設定のようなものを乗せております。


フィーネの策略から始まった一連の事件。

受けたダメージは大きいものの、二課のメンバーは一丸となってこの危機を乗り越えることが出来た。

情報操作や、それによるシンフォギア装者の一時的な軟禁と言った目下の困りごとや。

シンフォギアの露見による各国からの追求と言った外交の諸問題があるものの。

彼らは今、束の間の平和を謳歌している。

 

「ん?」

 

さて。

軟禁状態と言っても、今二課が滞在している敷地内なら自由に歩きまわれる。

弦十郎を始めとした日本政府のお偉いさん方が、そう手配してくれたらしい。

なので、遠慮なく廊下を歩いていた響と未来だったが。

途中、何やら賑やかな一角を発見した。

 

「レイズ!三枚!」

「ふむ、ここは手堅く降りておこう」

「あたしはレイズ二枚で、勝負!」

「わたしも二枚賭けるわ」

 

見てみると、弓美、友里、翼にクリスの四人がテーブルを囲み。

何やらトランプを手にして盛り上がっている。

 

「何してるんです?これ」

「ポーカーだよ」

「ポーカー?」

「何でまた・・・・」

 

少し離れた場所で盛り上がる面々を見物していた藤尭に聞いてみれば、そんな返事が返ってきた。

装者が軟禁状態にあるとしても、オペレーターを始めとしたスタッフはその限りではない。

シフトが組まれているものの、外出を許されているメンバーがいるのだ。

そんな彼らは響や未来といった未成年を気遣い、お菓子やらの手土産を持って来てくれるのだが。

今日はどういうわけだか、戻っていたメンバー全員がクッキーを持ち帰ってきたとのこと。

人数もいるため、別に消費に困るわけではない。

だが、ここにいるのは暇をもてあましたうら若き少女達。

大量のクッキーを見た弓美が、これをチップに見立ててポーカーをしようと提案したとのことだった。

 

「じゃあ、ショウダウンだ」

 

自信満々にクリスが合図。

それぞれが手札を出す。

 

「スリーカード!友里さんは?」

「やられたわね、ツーペア」

「ふっふーん、もらったぜ。フルハウスだ!」

「うっそぉー!?」

 

勝負に出た三人は、相手の役を見て笑ったり唸ったり。

 

「ちなみに翼さんは?」

「ワンペアです、板場が何やら自信満々でしたので」

「ぐぬぬ・・・・」

 

つまり、被害を抑えるためにあえて退いたという事だろう。

ついでに顔に出過ぎると言外に指摘され、弓美は苦い顔をした。

 

「んむあああ!何でみんな強いのさー!?」

 

興味を持った響と未来がテーブルを覗き込んでみれば。

一番クッキーを確保しているのがクリス、続けて翼、友里と続き。

弓美は大負けしていた。

 

「戦況を読む訓練って、誰かさんに散々仕込まれてなァ?」

「経験はあまりないが、防人たるもの常に平静でいなければ」

「みんなを的確に誘導するのがオペレーターの務めなので」

「しまったガチ勢ばっかりだッ!!」

 

前線で、あるいは後方で。

敵を討ち、味方を導く仕事をしているのだ。

判断一つが命に関わる状況を多く経験している人々に、一介の学生が敵うわけもなかった。

と、

 

「・・・・弓美ちゃん、代わっていい?」

「未来?」

 

惨敗している弓美を見かねたのか、肩に手を置いて笑いかける未来。

 

「わたしもやりたくなっちゃった、ダメかな?」

「・・・・ぃよっし!そーゆーことなら!」

 

やる気満々と言いたげに手を握った未来を見て、弓美は力強く頷く。

 

「選手交代ってか、上等!」

「ふふ、加減はせんぞ小日向」

 

手札を引き継ぎながら席に座る未来へ、翼とクリスが自信ありげに話しかける。

 

「お手柔らかに」

「・・・・」

 

対する未来は、弓美にディーラーを頼みながら微笑んで。

その様子を、響が『やっちまった』と言わんばかりに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(未来無双、はっじまーるよー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――先ほどとは打って変わって、どこか緊張した空気が流れている。

翼は顎に手をあて思案顔、クリスは手札とにらめっこし、友里は難しい顔で黙りこくっている。

余裕を持って微笑んでいるのは、未来だけだ。

弓美から引き継いだ小皿には、山のようなクッキー。

交代前とはえらく違う。

 

「・・・・勝負だ、最大賭けるぜ」

「最後だ、潔く行かせてもらう」

「降りるわ、ここに来て運が無い・・・・」

 

翼とクリスが最大数の十枚を賭け、友里は手札を置いて『お手上げ』と降参する。

晒された手札は役の無いブタだった。

 

「じゃあ、わたしも最大賭けますね」

 

一方の未来は笑みを崩さないまま、同じく十枚を中央の皿へ。

その様子を翼は注意深く、クリスはどこか恨めしげに見ていた。

 

「じゃ、ショウダウン!」

 

弓美の合図で、それぞれが手札を明かす。

 

「フルハウスだ、雪音は?」

「くらえ、フォーカードだッ!」

 

翼は、2のワンペアに7のスリーカードのフルハウス。

対するクリスは9が四つのフォーカード。

ではお前は?と注視される中、未来はにっこり笑う。

 

「ごめんなさい、ロイヤルストレートフラッシュ」

「んなぁッ!?」

「むぅ・・・・」

 

明かされたのは、スペードの10、J、Q、K、Aが揃った脅威の役。

クリスは素っ頓狂な悲鳴を上げ、翼は目を見開いた。

 

「すっごいすっごい!未来ってば大逆転じゃない!!」

「本当、意外な特技ね」

 

弓美は文字通り飛び跳ねながら勝利を祝い、友里は感心した様子で頷いている。

 

「いやはや、完敗だ」

「くっそう、そりゃねーぜ・・・・」

 

翼は清々しそうに負けを認め、クリスも悔しそうにしながら大人しく賭けたクッキーを未来に渡していた。

 

「でもどうせ食べきれないから、みんなで食べようよ」

「そうね。大分開けちゃったし、食べなきゃもったいないわ」

 

小皿の中身を中央の皿に戻しながら、未来が笑いかければ。

タイミングに差はあれど、翼もクリスも頷いた。

 

「あ、弓美ちゃんカード直すよ。みんなもちょうだい」

「はーい。ほら、翼さんとクリスちゃんも」

「じゃ、あたしはお茶でも持ってくる!」

 

弓美や翼達からカードを受け取りながら、未来は何気なくシャッフルしていた。

 

「本当に凄いな未来ちゃん」

「まあ、未来も守られてばっかりじゃないってことですよ」

 

一方。

離れたところで勝負を観戦していた藤尭と響。

感心した様子の彼に、響はこともなげに頷いていた。

 

「わたしが怪我で動けなかったときからかな?ちょくちょくカジノやらで荒稼ぎしてましたし」

「逞しすぎる・・・・」

 

芯が強いもののか弱いと思っていた未来の思わぬ一面に、藤尭は苦笑いした。

・・・・ところで。

離れた位置から見ていたからこそ、分かることもある。

それは、この二人も例外ではなく。

 

「・・・・ところで未来ちゃんって」

 

何かを言いかけた藤尭を、響は首を横に振って制止。

 

「気付かないみんなが悪いです」

「・・・・そっか」

 

きっぱり言い放ちながら、未来の手元で増えていくカードを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立花響

・良心は残っているものの、基本的にはジェノサイド思考。

モットーは『殴られたら殴り返す、その逆もまた然り』。

・未来大好き。

大好きすぎて行動基準になるくらい。

未来を取られたらメンタルが壊れる。

・五感を始めとした身体機能に異常が見られる。

現在確認されているだけでも『味覚』『痛覚』『寒暖』『視覚(左目)』の喪失と、『異常な低体温』が報告されている。

・上記の理由により、学校には行っていない。

非常勤の公務員であると同時に、未成年就労者でもある。

 

 

小日向未来

・原作以上に響にべったり。

心身ともに傷ついた響を癒せるほどの包容力を持つ。

・響大好き。

下手したら原作以上に愛が重たい。

響を失えばメンタルが壊れる。

・響の大怪我を切っ掛けに、自身の生き抜く技としてイカサマを覚える。

時には客として、時にはディーラーとして。

札を自在にコントロールして路銀を稼いでいた。




閑話は時系列順に更新していきます。


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閑話:小ネタ1

しないフォギアのノリでお楽しみください。


『一方その頃』

 

「――――動機はこんなところかしら」

 

二課の息がかかった医療施設の一つ、存在を秘匿された個室。

匿われていた了子は、見舞いに来た弦十郎へ。

永い物語を語ったところだった。

 

「ね?悪役らしい身勝手さでしょう」

「・・・・ああ、確かに身勝手だ」

 

一息置いた彼女は、口元を吊り上げて自嘲する。

対する弦十郎は、数瞬黙ってから口を開いた。

 

「だが、全部悪いとは思わないな」

 

しかし次の瞬間には、そんなことをのたまった。

がしがし頭をかきながら、一度目を伏せる。

 

「始めは私情だったろうが、それでも言語が破壊されたとき、君なりに人が繋がれる方法を模索したんだろう?そこは素直に賞賛すべきだと思う」

「・・・・・けど、人間達が争う原因になったわ」

 

糾弾されなかったことに動揺して、了子は目を逸らす。

実際、人間たちは与えた技術で殺すことを覚えた。

そこから無辜の人々が恩恵を受ける発明も生み出したものの、やはり了子にとっては苦い出来事として記憶されているらしい。

 

「技術も道具も、使う人次第だ」

 

そんな彼女へ、弦十郎はっはっきり断言する。

――――包丁がいい例だろう。

料理はもちろんのこと、『うさぎりんご』をはじめとした飾り切りも出来るが。

ひとたび刃を人間に向ければ、命を奪う凶器へ変貌する。

しかし殺しに使われたからと言って、製造者の罪まで問われるものなのか。

弦十郎はその事柄に対して、はっきり『否』を叩きつけたのだった。

 

「あなた、甘いってよく言われないかしら?」

「ああ!性分だからな!」

 

了子はせめてもの抵抗にねめつけるものの。

当の弦十郎はいつも通り快活に笑うだけで、特に気にした様子も無い。

しかしそんな気の抜けた表情も、すぐなりを潜める。

 

「とはいえ、イチイバルやネフシュタンの強奪を始めとした暗躍は、無視できないものが多い」

「・・・・なるほど、裁きは下すということね」

「ああ、そこでだ」

 

ここで彼は、あるファイルを了子に渡した。

首を傾げながら受け取った彼女は、早速中身に目を通す。

内容は、ここしばらく行われていた米国との交渉結果だったが。

次々読み進めていた了子は、怪訝な顔からどんどん目を見開き。

最終的には驚愕を全面に現す。

それから呆然と弦十郎を見て、恐る恐る口を開く。

 

「・・・・正気?」

「本気だぞ?」

 

にべもなく返ってきた返事に、今度は頭を抱えたくなった。

だがどれだけ唸ろうが、手元の結果は変えられない。

 

「優秀な頭脳を手放す理由はないし、こちらは君の弱みを握っている。有効活用するほかないだろう?」

「・・・・はは、確かにそうね」

 

了子は乾いた笑みを零す。

敵わないと思いながら。

この上司の下で動けることに、喜びながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

『打ち上げ』

 

米国との交渉も一通り纏まり、『ルナアタック』に関する火消しもほぼ終了。

実に一ヶ月と言う時間がかかったものの、二課はやっと一息つける状況になれた。

 

「では、改めて紹介する!」

 

そんな中行われた打ち上げ。

前方に立つ弦十郎の隣に、照れくさそうな響と、恥ずかしげなクリスが並んでいた。

 

「ガングニールの装者、立花響くんと、イチイバルの装者、雪音クリスくんだ!」

「どーもー」

「よ、よろしく・・・・」

 

手馴れた様子で笑う響と、俯いたまま小さく一礼するクリス。

それぞれの反応に、大人達の温かい視線と拍手が送られる。

 

「特に響くんは、うちの正式な職員として迎えることになった。先輩になる連中は、しっかり面倒を見てやってくれ!」

 

――――本来なら学校に通っている響だったが。

ここではガングニールの侵食が進んでおり、発症した障害の数が夥しいことも相俟って。

通学はせずに、二課で職務につくという選択肢を取っていた。

 

「あったり前田のよしこさーん!」

「響ちゃんよろしくー!」

 

弦十郎の言葉に、ノリのいい若手達は威勢よく返事。

彼らの熱意に大いに満足しながら、次へ。

 

「それからもう一つ!入ってくれ!」

 

会場の入り口に向け、一声かければ。

ドアが開けられ、一人の人物が歩いてくる。

誰もが知っていて、だからこそ驚愕した彼らはざわつく。

 

「「・・・・ぎ」」

 

特に、雇われたり飼われていたりした響とクリスは。

わなわな震えながら、口をぱくぱくさせ。

 

「「ギャーッ!出たーッ!!」」

「・・・・言い返せないわね、言い返したいけど」

 

死んだとばかり思っていた彼女を見て、ひしと抱き合った。

 

「うちの技術主任『櫻井了子』くんが、本日付を以って勤務に復帰することになった」

 

白衣を揺らした了子は、視線をものともせず堂々と立っていた。

 

「――――まずは、今まで迷惑をかけてごめんなさい」

 

前に出て、まずは一礼。

 

「恥知らずにも、恩情でどうにか戻ってこれました。この恩に報いるため、精一杯努めて行きたいと思います。どうぞ、よろしくお願いします」

 

懐疑、警戒、困惑。

様々な感情を真正面から受け止めながら、最後にまた深々と一礼した。

 

「・・・・・思うところもあるやもしれない、だが、これまで培った時間が全て嘘のはずがない!そうだろう!?」

 

頼れる司令官の問いかけに、一人、また一人と。

同僚や先輩と見合いながら、控え目に頷きあう。

と、ここで音。

拍手だ。

皆が目をやると、翼が薄く笑いながら手を叩いている。

その姿を見た職員達も倣って、拍手。

始めこそまばらだった音は、会場中に満ちる。

 

「・・・・ありがとう」

 

喝采溢れる光景を目の当たりにした弦十郎が、了子を見やれば。

いつか自分にも見せた、『敵わない』と言いたげな笑みを浮かべているのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『家に帰ったら』

 

旧リディアン周辺の閉鎖。

本来の物語より影響が少ないとはいえ、転居を余儀なくされた人々がいるのもまた事実。

立ち入り禁止区画に定められた円の中には、未来が住んでいたアパートも含まれてしまっていた。

これを受け、未来と、一緒に住むことになった響の住居は移転が決定。

弦十郎が後見人となり、リディアンの新校舎に近いマンションを借りることになった。

 

「おおぅ・・・・」

 

さて。

そんな新居へ、少ない荷物を持って到着した響。

思ったよりも広い部屋と小奇麗な内装に、思わず感嘆の声を上げる。

 

「なんか、ちょっと申し訳ない気分・・・・」

「あはは、分かる分かる」

 

同じく新居に圧倒されていた未来が、どこか不安げにこぼした呟きを。

響は苦笑いで肯定した。

 

「じゃあ、荷解きとか部屋割りとか、ぱぱっと終わらせちゃおう」

「そうだね・・・あ、その前に」

「んん?」

 

提案にこっくり頷いた未来だったが、ふと、何かを思いついたらしい。

どこか得意げな顔で響の前に回りこむと、両手を広げた。

 

「響、おかえりなさい!」

 

何事かと首をかしげる響へ、満面の笑みを向ける未来。

一方の響は少し驚いた顔をしていたが、一瞬泣きそうな顔になってから、穏やかに笑い返す。

 

「・・・・ん、ただいま」

 

抱きしめる。

相変わらず温もりは感じられなかったが。

愛しさが溢れているのは、紛れもない事実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『料理』

 

ある日のこと。

未来は難しい顔でテーブルに座っていた。

恨めしく見つめる先には、真っ黒にこげた食材だったもの。

『響のためになるなら』と、苦手な料理に挑戦してみたものの。

結果は惨敗。

小火などのトラブルが起きなかっただけマシだが、それでも悔しいものは悔しい。

 

「・・・はぁ」

 

だが、いつまでもこうしているわけにはいかないと、ため息と共に立ち上がる。

今日も近くのスーパーで、弁当でも買おうと。

まずはこの『おこげ』を処分するべく、皿を手に取ったときだった。

 

「たっだいまー、何か臭うねー?」

「お、おかえりー!」

 

出先から帰ってきた響が、鼻をひくつかせながら入ってきた。

未来が隠す暇もなくリビングにたどり着いた彼女は、テーブルの上の皿を目ざとく見つける。

 

「――――何作ろうとしてたの?」

 

真っ黒な物体を見て、何をしたのか察したのだろう。

どこかあったかい目になった響が問いかける。

 

「・・・・に、にくじゃが・・・」

「ふぅん?」

 

一方の未来は、穴があったら入りたい気分で、俯きながら答えた。

響は特に責めるわけでもなく、ひょっこり皿を覗き込むと。

 

「ひ、響!?ダメ、焦げてるから!」

 

徐におこげを一つ摘み上げて、止める間もなく口の中へ。

あわあわする未来の前で、咀嚼してから飲み込んだ。

 

「うん、香ばしいね」

「そりゃそうでしょ・・・・って、また!?」

 

焦げているのだから、当たり前っちゃ当たり前の感想なのだが。

呆れる未来の前で、響はまた一つ摘んでいた。

 

「ダメダメ!!体に悪いし、おいしくないし!」

「人より頑丈だし、味も関係ないから大丈夫」

 

未来の心配も何のその。

あっという間におこげを平らげた響は、少しはしたなく指先を舐める。

 

「多少不味くたって平気だから、未来が納得できるまで付き合うよ」

「あう・・・・」

 

向けられた微笑みに、何も言えなくなってしまって。

未来は顔を真っ赤にして俯かせた。

 

 

なお、当然足りなかったので買い物には行ったそうな。



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閑話:小日向さん家の事情

皆さんが気になっていてほしい、小日向さんちの事情です。


「――――響ちゃん」

 

ある日のこと。

いつもより早めに帰ってこれた響を待っていたのは、忘れもしない女性だった。

 

「・・・・おば、さん」

 

未来の母親は、懐かしそうな、それでいてどこか泣き出しそうな顔で頷いた。

ひとまず立たせたままというわけにも行かず、部屋に招き入れる。

テーブルにつかせ、茶を出したまではいいものの。

いざ対面すると、何を話せばいいか分からなくなってしまった。

 

「・・・・未来は?」

「あ、えっと、まだ学校かと・・・・」

 

それでも何か話題をと考えていたところ、小日向夫人に先手を打たれた。

緊張を残しながら、響はたどたどしく答える。

 

「響ちゃんも一緒の高校?」

「ぃ、いえ、わたしはそもそも行ってなくて・・・・ぁ」

 

正直に答えてしまってから、やっちまったと我に返る。

前を見れば、眉をひそめた、どこか心配げな小日向夫人。

 

「あ、でも何にもやってないとかそうじゃなくて!仕事!仕事やってます!ああ、でもでも、後ろ暗いことじゃなくて、真っ当なやつっていうか!人助け・・・・そう!ざっくり言うと人助けやってて、それで・・・・ぁ、あはははは・・・・はは・・・・」

 

まくし立てるように言い分を連ねてみたものの、自分でも何を言っているのか分からなくなり。

最終的に愛想笑いで誤魔化すしか出来なかった。

このときばかりは、不器用な自分を恨めしく思う響。

話題が無くなり、妙な沈黙が降りる。

――――本当は分かっている。

怖がるよりも前に、つくろうよりも前に。

言うべき事があるのを分かっている。

 

「――――ぁ、あの!」

 

だから響は背筋を正して、目の前の彼女に向き合って。

 

「未来、さんのこと、すみませんでした!わたしの我が侭につき合わせて、あっちこっち連れ回して!本当にごめんなさいッ!!」

 

罵声も拳も浴びる覚悟で立ち上がり、頭を下げる。

響にとって、自身の行いは誘拐同然だった。

もちろんそんな気はなかったけれど、目の前の母親から子供を奪ったのは揺ぎ無い事実。

だからせめてもの誠意として、出来る限りのしっかりした謝罪を行った。

胸中に渦巻くのは不安。

ちゃんと伝えられているか、何か無作法をしていないか。

知らないうちに目を瞑り、じっと待とうとして。

 

「・・・・いいのよ」

 

あまり間を置かず、夫人は首を横に振った。

 

「いいのよ・・・・私達にも悪いところはあったんだから」

 

『だから、いいの』。

変わらない真っ直ぐさを持っている、娘の友人へ。

そういいながら、肩に手を置いて。

 

「――――ぇ」

「・・・・ッ!」

 

今度は、そのぞっとするほどの冷たさに目を見開く。

触れられたことに気付いた響は咄嗟に身を引いたが、時既に遅し。

明らかに人間の温度ではないものに触れた手を呆然と見つめ、夫人はどういうことか問いかけようとして。

 

「――――何しているの?」

 

かかる第三者の声。

振り向けば、今帰ってきたらしい未来が突っ立っている。

自身を庇う響と、その前に立つ実の母親。

どういう状況なのか、容易に想像してしまった未来は。

次の瞬間、室内にもかかわらず駆け出し、響と母親の間に割って入った。

 

「響に、何をしたの?」

「み、みく・・・・」

 

必死に響を庇うその顔は、実母に向けていいものではない敵意に満ちていて。

それを目の当たりにした小日向夫人は、少し前を想起する。

あれは春先。

『未来が見つかった』と、とある政府組織から連絡があった時。

夫婦そろって駆けつけてみれば、二年ぶりに会った娘はこうやって敵意をぶつけてきた。

 

『響が戻ってくるまで、待ち続ける』

『あの時味方してくれなかったあなた達を、許したくない』

 

そんな三行半紛いの文言を叩きつけられ、それっきりだったのだ。

 

「未来、大丈夫だよ。おばさんは何もしてないから」

「でも・・・・!」

「未来を連れてっちゃったのは事実だし、わたしにも非がある」

 

どこか興奮気味の未来を、何度も首を横に振りながら宥める響。

 

「家族だから心配して当たり前。急にいなくなったりしたら、なおさらだよ」

 

少し強く、それでいて穏やかに言い切れば。

未来はようやく押し黙った。

 

「・・・・だったら」

 

だが、それも長くは続かない。

 

「だったら、わたしのじゃなくて、響のお母さんが来るべきじゃない・・・・!」

「・・・・連絡してないから、しょうがない。それに、今会ったって、どうしようもない」

 

肩を震わせた未来は、どこか泣き出しそうに呟いて。

響はまた、静かに首を横に振っていた。

 

「・・・・それって、冷たいのと関係があるの?」

 

夫人が問いかけたとき、また敵意。

唇を噛み締めた未来が、鋭い目を向けている。

 

「――――未来、ダメだよ」

 

そしてまた、響に宥められた。

 

「わたしはもう、この結果を飲んでいる。痛みも不便も、納得している・・・・だから、いいんだ」

 

何故か。

最後の言葉が、文面とは別の意味を帯びているように思えた。

まるで、未来へ赦しを告げている様に聞こえた。

 

「・・・・ッ」

 

そう感じたからこそ、夫人は息を呑む。

・・・・こうやって、二人支えあっていたのだろうか。

右も左も分からない土地を歩いて、体に異常が起きるほど苦労して。

それでも相手を思いやりながら、味方が一切いない中を。

たった二人で、死に物狂いで。

今日と言う日まで、生き延びて。

 

「ぉ、お母さん?」

 

はっとなったときには、涙が一粒零れていた。

さすがの未来も戸惑っているようだったが、今は構う余裕がない。

悲しくて、悔しくて、情けなくて。

罪悪感はあれど、娘のためだと思っていた。

これが最善なんだと思っていた。

あの時の自分たちの決断が、こんな結果を生み出すなんて。

こんなにやりきれない光景を生み出すなんて。

 

「あの、おばさん?大丈夫?」

 

響が手を伸ばしてくる。

冷たい自身を気にしてか、遠慮がちだったものの。

わき目も振らずに泣いている、情けない大の大人を気遣ってくれて。

もう、限界だった。

 

「わわ!?」

「ちょっ・・・・!?」

 

二人いっぺんに抱き寄せる。

響の冷たさと、未来の温もりを直に感じて、また涙が溢れる。

どれほど怖い目にあったのか、どれほど辛い目にあったのか。

想像すればするほど、心が罪悪感で満たされる。

 

「・・・・じょうぶ・・・・・だいじょうぶ・・・・」

 

『ごめんね』じゃ、安っぽくなってしまう気がして。

だから『大丈夫』を繰り返す。

 

「大丈夫、もう大丈夫だから・・・・!」

 

例え突き放されたって手放さないよう、強く強く抱きしめる。

 

「今度はちゃんと味方になるから、怖かったり辛かったりしたら頼っていいからぁ・・・・!」

「・・・・おばさん」

 

控えめに抱き返してくる腕。

冷たい、響だ。

温もりを分けるように抱きしめ続ける。

これで響の温もりが戻るか分からないけど、奪ってしまったのは他でもない自分達だから。

 

「だから、もういいの。もう二人だけで頑張らなくていいの・・・・助けを求めて、いいのよ」

 

最後に笑いかける。

暗がりにいたであろうこの子達の、命綱になれるように。

今度こそ、日向へと戻る道しるべになるために。

罪人を自称する少女と、家族を敵視してしまった愛娘へ。

涙で情けなくなったなりの、精一杯の笑顔を浮かべて。

 

「・・・・」

 

未来は、少し驚いているようだった。

大方、連れ戻されるとでも思っていたのだろう。

困惑した様子で、響を見やる。

一方の響は、始めこそ同じように戸惑っていたが。

第三者だからか、何かを察したようで。

ただ笑みを浮かべるだけだった。

未来は困惑したまま、肩口でしゃくりあげる母親を見下ろす。

渋い顔をしたり、悲痛な面持ちになったり、口元を結んだり。

そうやってしばらくの間、百面相をしていた。

 

「――――ふうぅ」

 

やがて観念したように、ゆっくりゆっくり息を吐く。

いくら敵視しているとは言え、親の涙には勝てなかったらしい。

 

「・・・・じゃあ、一個だけ」

「うん、なぁに?」

 

おざなりに涙を拭いながら、微笑みかける母へ。

未来はどこか照れくさそうに目を逸らしながら、続けた。

 

「今度でいいから・・・・料理教えて、ください」

「・・・・ええ、いつでも」

 

早速頼ってくれた娘を、母は優しく抱きしめて。

響は一歩離れた位置から、どこか眩しそうに見守っていた。



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閑話:小ネタ2

『とある一日』

 

「――――ん」

 

AM6:00

早番がない日は、だいたいこれくらいに起きる。

カーテンから漏れる朝日に目を細めて、ふと視線を下に落とすと。

先に起きていたらしい未来と、目が合う。

 

「おはよう、響」

「・・・・おはよー」

 

温もりを分けてもらうように抱き合って、挨拶を交わす。

 

 

 

「おいしい?」

「うん」

 

AM7:00

身支度含め、朝食の準備が出来ている。

最近料理を学び始めた、未来お手製の朝ごはん。

味覚は失っているものの、いつも幸せそうに食べてくれるので。

未来もやりがいを感じている。

 

 

 

「今日は夕方頃には帰れるから、そっちはいつも通り?」

「うん、委員会もなかったはずだから」

 

AM7:45

響は学校に通っていないので、必然とこの時点で未来と別行動になる。

互いの帰る時間帯を確認しながら、窓や玄関をしっかり施錠。

 

「それじゃあ」

「「いってきまーす」」

 

ちょっと子供っぽくハイタッチを交わして、それぞれの職場や学び舎へ。

 

 

 

「おはよーございまーす」

「おはよう」

「響ちゃんおはよー」

 

AM7:57

バスに揺られて十分前後の港に停泊している、二課の仮設本部へ出勤。

すれ違う職員と挨拶を交わしつつ、ロッカーで制服に着替える。

そして了子からメディカルチェックを受けた後。

朝礼で連絡事項を聞いて、業務へ。

 

 

 

「――――響ちゃん、向田君のところに行ってくれる?頼んでいた資料が出来上がっているはずだから」

「はーい」

「戻ったら、このデータを日付が新しい順に並べておいて」

「分かりました」

 

AM9:00

響の仕事は、主に了子の助手。

データ整理を始めとした雑用がメインだが、最近は簡単な文書作成も任されるようになっている。

当然ノイズが出現すれば、そちらが優先だ。

 

 

 

「コーヒー飲む人ー」

「くださいなー」

 

AM10:45

ここでちょっと一息。

自販機横の休憩スペースで、了子や友里を始めとした女性職員とおしゃべり。

 

「いつも思うんですけど、了子さんの髪さらっさらですよね」

「あ、同感です。わたしなんて、ちょっとでも湿気ってるとすぐもっさりしちゃって」

「ふふ、秘訣は日頃のお手入れよん」

 

何気ない話を、時間の許す限り展開させていく。

そしてほどよいタイミングでそれぞれの持ち場に戻り、業務を再開するのだ。

 

 

 

「――――いただきます」

 

PM00:00

食堂にて昼食を取る。

今日のランチは、再び登場『未来お手製』のサンドイッチ。

たまごが焦げていたり、形が不ぞろいなのがまた何とも愛らしい。

食べ終われば、一休みしたり、一眠りしたり。

時間まで自由に過ごす。

 

 

 

「そぉいッ!!」

『――――エネミーオールクリア、お疲れ様』

 

PM2:00

この日は、艦内に備えてある戦闘シミュレーターのテスト。

最後のノイズを討ち取れば、了子のアナウンスと共にバーチャル映像が消える。

 

『で、何か不具合とかは無かったかしら?』

「やってみた感じでは、目立つようなのはありませんでした。感触も現実に近いですし、すっごくよくなっています」

『ふむふむ・・・・他は?』

「そうですね、もうちょっと上の難易度が欲しいです。ハード以上の・・・・『装者死すべし』、みたいなノリのやつ」

『物騒すぎる名前ね・・・・けど、検討はしておきましょう』

 

殺風景な中、通信越しに了子とやり取りを繰り返す。

なお後日、『装者死すべし(Diva Must Die)』こと『DMD』は採用されたそうな。

 

 

 

「お疲れ様でしたー」

「はーい、また明日」

「おつかれー」

 

PM6:00

早番や遅番で無い限り、この時間には勤務が終わる。

二課の場合、ここへ更にノイズの出現も加わるが。

幸いなことに、今日の出動は無し。

何事もなく定時で上がることができた。

同じく帰宅する職員や、遅番の人々に挨拶しながら。

ロッカーで通勤服に着替え、帰路へ。

 

 

 

「たっだいまー」

「おかえりなさい」

 

PM6:15

帰宅すれば、笑顔の未来が出迎えてくれた。

ドアを閉めつつ、ハグを受け入れる。

 

「今日のごはんは?」

「カレーだよ」

「わぁお、やったね」

 

心から喜びを口にして、部屋の中へ。

ごはんを食べたり、未来と駄弁ったりして。

明日への英気を養う。

 

 

 

PM9:00

この頃にはそろって布団に入っている。

響の腕の中、未来は甘えるように身を寄せていた。

 

「それじゃあ」

「うん」

 

唇を浅く重ね、互いを抱きしめて。

 

「「――――おやすみなさい」」

 

――――これが、立花響の現在の一日。

日向へ戻って来た日陰者の。

眩しくてあったかい、愛しい日常。

 

 

 

 

 

 

 

 

『海の向こうへ』

 

「海外オファー来てたんですか?」

「ああ、春先にはすでに」

 

ある日の休憩スペース。

本部へ足を運んでいた翼からオファーの話を聞き、響は目を見開く。

 

「ちなみにお返事は?」

「断りはしたのだが、相手方も中々熱心でな・・・・」

 

加えてこのごろは、響やクリスといった新戦力が加わったこともあり。

味方に余裕が出来たこともあって。

つい先日、ころっと折れてしまったらしい。

 

「すまない、特にお前は体のこともあると言うに」

「わたしは別にいいんですよ。それよりもスクープですね!『風鳴翼、海外デビュー!』」

 

申し訳なさそうな翼を元気付けるように、響は人差し指を突き上げて笑った。

 

「それに翼さんって、お仕事抜きに歌うの大好きみたいですし、別に悪くないと思います」

「・・・・は?」

「へ?」

 

思っても見なかった言葉に、翼は間抜けな声。

響も響で気付いていないのが意外だったのか、同じく気の抜けた顔をする。

 

「あれ?違うんですか?営業スマイルって表情でもないし、てっきり・・・・」

「ああ、いや。違うんだ、ただ・・・・」

 

束の間黙りこくる翼。

やがて神妙な面持ちで近寄る。

 

「・・・・そんなに楽しそうなのか?」

「そりゃあ、もう」

「そう、か・・・・」

 

別に否定するようなことでもないので、響が素直に頷けば。

翼は何か考え込んで、また黙ってしまった。

 

「・・・・なんと言うか、個人的な意見ですけど」

 

そんな彼女へ、響はぽつぽつ語りだす。

 

「あのライブで入院してたとき、楽しみは翼さんの曲だったんです。奏さんを失っても、歌を届けているのがかっこいいなって思って」

 

翼の視線を受けながら、続ける。

 

「だから当時の目標は、リハビリ頑張って日常に戻って、また翼さんの歌を聞くことでした」

 

退院後どうなったかは、あえて語らなかったし。

翼も何も追及しなかった。

 

「えっと、だから。翼さんの歌は、ただ敵を倒すだけじゃなくて、誰かを元気にする力も持っているってことです」

「・・・・ッ」

 

その言葉に、今度は面食らった顔。

何か天啓を受けたような、澄み渡った表情をした。

 

「だから、そんな翼さんが海外に羽ばたいたら、きっとすっごいことになるんだろうなって思うんですよ」

 

そんな先輩の変化を知ってか知らずか。

響は人懐こく笑いながら、そう締めくくったのだった。

一方の翼は、また少し考え込んでから。

 

「・・・・立花は、私が海外にいくのに賛成か?」

「一ファンとしては、実にめでたいことだと思います!」

 

問いかけに対し、響はニコニコ笑って答えた。

 

「・・・・そうか」

「そうですとも」

 

その返事を聞いた翼は、どこか吹っ切れた顔で微笑んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

『プレゼント』

 

「響くん!誕生日おめでとう!」

 

夕方、二課本部。

帰路についていた響へ、弦十郎は笑顔と共にビニール袋を差し出す。

 

「中は桃だ、傷がつかないよう注意してくれ」

「おお、ありがとうございます」

 

桃と聞いて、心做し慎重に受け取った響は。

嬉しそうにはにかんだ。

 

「響さん、僕と翼さんからも」

 

隣に控えていた緒川も、『温州みかん』とシールが貼られた段ボールをくれた。

 

「わぁ、しばらくおやつに困りませんなぁ。ありがとーございます!」

 

ビニールを乗せた段ボールを抱え、得した気分になる響。

 

「あ、響ちゃん。おめでとー」

「これ、俺と友里さんからね」

「うっわ、ふわっふわ!どーもー!」

 

それから廊下を歩いていると、今度は友里・藤尭のオペレーターコンビが。

鶴のキーホルダーと、亀のぬいぐるみを。

手荷物の整理を手伝いながら手渡してくれた。

 

「ああ、よかった。まだいたわね」

 

そこへ了子もやってきて、響の手に袋をかける。

 

「誕生日おめでとう、千歳飴よ。クリスからは桃味ののど飴ね」

「おぉー!了子さんの千歳飴ってご利益ありそう!クリスちゃんにもよろしく言っといてください!」

 

本人が数千年も生きているので、なお更である。

のど飴も、歌って喉を使用する身としては大変ありがたい。

誕生日とは言え、今日はもらい物が多いなと考えたところで。

はたと気付いたことがあった。

桃。

みかん。

鶴。

亀。

千歳飴。

ここまでそろえば、嫌でも気付く。

 

「・・・・・そんなにころっと逝きそうなんですかね、わたし」

 

呟くように問いかけると、了子達はさっと目を逸らし。

その気付きが的中していることを、雄弁に語ったのだった。




これで今回分のストックはおしまいです。
また次の書き溜めをお待ちくださいませ。


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執行者事変
影と夢


ストックできましたので、投下します。
今回は少ないです。


「思ったより削れたわねー、どうするのこれ?」

 

「問題ない、このまま米国へとどめを仕掛ける」

 

「プランの変更はナシというワケだ」

 

「ふぅーん?あ、『プラン』と言えば・・・・」

 

「何だ?」

 

「じゃーん!新鮮なプラムー!市場でおいしそーなの見付けたから、買っちゃったのよー!」

 

「・・・・Japonai et blagues(ジャパニーズジョーク)というワケだ、センスは別として」

 

「なぁによう!そんな言うならあげないわよ!?せっかくキンッキンに冷やしておいたのにぃ」

 

「まったく・・・・」

 

「さすがの君も頭を痛めるというワケだ」

 

「いや、いただく」

 

「食べるワケかッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――気がつくと、浮かんでいた。

耳を済ますと、水が流れる音。

目が見える。

上から差し込む青い光、どうやら海の中らしい。

不思議と息苦しくない。

体に感触、誰かに抱きしめられている。

響だった。

たった二人で、広い広い海の中を漂っている。

響の温もりを感じる。

少し違和感を持ったが、幸せなので後回しにした。

・・・・このまま。

誰にも邪魔されない、静かな時間を。

ずっと過ごせたら。

 

――――ッ

 

願ったときだった。

急に強い流れがやってきて、ぶち当たる。

あっさり解ける抱擁。

響を引き剥がされる。

 

――――響!

 

手を伸ばす。

だが、響は微動だにしない。

流れに何もかも邪魔される中、はっきり見えた。

虚ろな目で、人形のようにぐったりしている響を。

ぴくりとも動かない彼女は、そのまま海流にさらわれていく。

やがて少し下の位置に落ち着いた響は、そのまま沈み始めた。

 

――――いやだ!響!

 

必死に流れに逆らって、なんとか響の下へ行こうとする。

だけど、いくらもがいてもたどり着けない。

流れが、水が。

嘲笑うように行く手を阻む。

四苦八苦している間にも、響はどんどん沈んでいく。

 

――――響!響!

 

思い出したように、水が性質を取り戻した。

現実と同じ酸素の無い状態になり。

暴れすぎた所為で、思わず息を吐く。

呼吸が泡となり、水中に散っていく。

同時に体が浮かび始めた。

逆へ向かう体をどうにか海中へ戻そうとするも、いかんせん浮かぶ力のほうが強い。

依然響は沈み続けている。

暗い暗い海中へ、更にその下の海底へ。

自分は逆に浮かび続けている。

明るい太陽の下へ、空が見える海面へ。

 

――――いやだ!一緒じゃなきゃいやだ!響ィッ!!

 

息なんてとっくに限界を迎えている。

だけど溺れるよりも、響と離れる方がよっぽど恐ろしい。

もがく、泳ぐ、暴れる。

何とか響の下へ向かおうとして。

水面に突っ込まれた、いくつもの手が引っつかむ。

 

「こっちだ!引き上げるぞーッ!」

「大丈夫かい!?」

 

体が求めてやまなかった空気。

はっと見上げれば、何人もの赤の他人がほっとした顔で見下ろしている。

 

「助けられてよかった」

「さあ、早くこっちへ」

 

引き上げようとする彼らに向け、首を横に振る。

『友達がまだ下にいる』

『自分じゃどうにも出来ない』

『助けて欲しい』

言葉はしっちゃかめっちゃかになったけど、伝わらないはずがない。

だけど、

 

「何を言ってるんだい?」

 

きょとんと、問いかけられた。

 

「今沈んでいるのは人殺しだろう?」

「死んで当然の悪人だ、子供だからって容赦しちゃいけない」

「あんな汚いものには、関わっちゃいけないんだよ」

 

背筋が凍った。

何を言っているのか理解できなかった。

 

――――違う!人殺しじゃない!

――――響はそんな酷い人じゃない!

 

訴える。

響はもう悪いことをしない。

もう誰も傷つけないから、助けて。

 

「聞き分けの無い子だ」

「可哀想に、騙されているんだね」

 

違う、違う、違う。

ねえ、聞いて。

あの子も助けて。

響を助けて。

 

「さあ!早いとこ陸地へ帰ろう!」

「ほら、そこにいちゃ危ないよ」

 

海中へ戻ろうとする。

たくさんの手が阻んで、引き戻す。

 

――――響!いやだ!響!!

 

海へ向けて伸ばした手すら、捕まれて下ろされる。

船が離れる。

響が離れる。

冷たい水の中へ、寂しい海底へ。

響が置き去りにされる。

 

――――響ッ!!響ッ!!響ッ!!

 

もはや声は届かない。

響の姿は、どこにも見えない。

 

「ああ、よかった」

「あいつは死んだ」

「悪は滅びて当然だ」

 

周りの人々は心底安心した顔で、口々に言い合っていて。

誰も、誰も。

響を案じてくれなかった。

助けようとすらしなかった。

死んで当然だと、それが一番なのだと。

何度も何度も、頷いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――は、は、は、は」

 

一瞬、意識が飛んでいた。

喉がひりひりする、叫んだのだろう。

動かない体が動くようになる。

視線をめぐらせると、見慣れた自室。

真っ暗なので、まだ夜のようだ。

 

「は・・・・はっ・・・・はぁ・・・・・!」

 

呼吸が落ち着いてくる。

喉の引きつりが収まってくる。

無意識に上を仰いで、最後の一呼吸。

ゆっくり、大きく息を吐き出せば。

波打っていた胸中が、やっと凪いでくれた。

ふと見ると、ぐっすり寝入っている響。

隣の騒ぎなんて気付かないまま、ただ寝息を立てていた。

 

「・・・・ッ」

 

過ぎる、悪夢。

暗く冷たい海の底へ、無抵抗のまま沈んでいく姿。

慣れたはずの冷たさが、言いようも無い不安を駆り立てる。

臆する心をどうにか宥めすかして、体を横たえた。

 

「んー・・・・・」

 

呑気な寝言を上に聞きながら、顔を埋める。

しばらくじっとしていれば、やがて聞こえる心臓の音。

 

(・・・・ああ、よかった)

 

規則正しく刻まれるリズムで、やっと安心した。

夢じゃない。

響は生きて、ここにいる。

 

「みくー・・・・」

「ゎ・・・・!?」

 

腕が回ってくる。

名前を呼ばれたので、起こしてしまったかと焦るが。

また聞こえてきた寝息にほっとした。

抱き寄せられて、先ほどよりもはっきり鼓動が聞こえる。

自分のとあわせて、静かなハーモニーを奏でている。

夢が現実にならないように、夢のままで終わってくれるように。

まどろんだ頭で祈りながら、再び眠りについた。




思えばこの作品書き始めたのも『夢』がきっかけでした・・・・(遠い目)


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あっめあっめふっれふっれ英雄がー♪

お前達を忘れない。

お前達の罪を忘れない。

お前達の所業を忘れない。

胸に抱くはただ一つ。

 

『許さない』

 

当たり前の権利を、持ちえて当然の感情を。

無残に傷つけ、血に塗れさせたお前達を。

肉と言う肉を引き裂き、痛みと言う痛みを覚えさせ、泣いて赦しを請わせるその日まで。

決してお前達を忘れない。

 

『許さない』

『許さない』

『許さない』

 

あらゆる想いを傷つけた、あらゆる尊厳を嬲り殺した。

お前達を決して、赦さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒィーハァーッ!

本日の天気は雨時々ノイズの嵐が吹き荒れマースッ!!

三ヶ月前。

アメちゃんとのなんやかんやで決まった、『サクリストS』こと『ソロモンの杖』の引き渡し。

東京から専用車両に揺られまして、山口は岩国の米軍駐屯基地までの長旅。

当然何も起こらないわけがなく。

現在進行形でノイズの団体様に集られている次第ー!

 

「一旦戻るぞ!」

「おーらい」

 

雨粒に打たれながら周囲をざっと確認しおえて。

クリスちゃんと二人して、中に引っ込む。

車両の屋内には、友里さんともう一人。

 

「連中、明らかにこっちを獲物と定めていやがる」

「モテモテですね、『ウェル博士』?」

 

銀色の髪に白衣。

『ウェル博士』こと、『ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス』さん。

真っ白な見た目とは裏腹に、ススワタリとタメ張れる真っ黒なモツをお持ちのマッド。

その上本当に優秀だってのが、彼の厄介さを際立たせてるよね。

なお、今はまだキレイキレイなイケメンさんなんだけど。

 

「はは、男としては女の子に囲まれてみたいものです」

「現状まさにそのとおりなのに?」

「公私の区別は付ける派でして」

「さっすが、出来る人は違うなぁ~」

 

『HAHAHA!!』なんて笑っている間にも、友里さんは本部と通信を繋げている。

と、こっちを振り返って、手を振った。

移動するらしい。

 

「ノイズに混じって、高速で移動する反応・・・・?」

 

ふと、友里さんのそんな声が聞こえて。

何となく周りを見渡してみる。

でも雨風が顔にぶち当たって、見えるものも見えないので断念。

とっとと次の車両に乗り移る。

 

「はい、はい・・・・分かりました、迎撃します!」

「出番ってわけだな!」

 

屋根の下に入って程なく、本部からのゴーサイン。

クリスちゃんも暴れたくってたまらないのか、ヤル気満々だ。

と、上から物音。

飛行型が次々屋根をぶち破り、友里さんがそこへ何度も発砲している。

ゴーサインも出たことだし、遠慮はしない。

全力全開でいかせてもらおうじゃないか・・・・!

聖詠を唱えながら、再び外へ。

暗がりに慣れた目で見渡せば、もう説明不要のノイズの群れ。

 

「視界は悪い、制空権はあちらが独占。イケる?」

「っは!イケるも何も、余裕が爆発しすぎだぜ!」

 

ごしゃん、と両手にガトリングを構えたクリスちゃんは。

何故かプルプルふるえて。

 

「ああ、そうだとも・・・・」

 

そこへさらに、腰のグレネードと背中のミサイルも追加される。

・・・・んー。

ちょっと盛りすぎじゃあ・・・・?

 

「どっかのバカが提案したッ!!『DMD』に比べたらああああああああッ!!!!」

 

あっ(察し)

クリスちゃんの雄叫びに呼応して、大バーゲンといわんばかりに放出される銃火器達。

まるで鬱憤を晴らすように、鉛玉が次々ノイズをあの世送りにしている。

・・・・あの時提案した『装者死すべし(Diva Must Die)』。

了子さんが珍しく本気出して組んだ、ハード以上の難易度だけど。

結構ガチで仕留めにかかっている内容だからなぁ・・・・。

ちなみにクリア者は未だ無し。

まあ、バーチャルとはいえ、二課最強勢に徒党を組まれたら・・・・ねえ?

 

「そいっ!」

 

ひとまずサボるわけにもいかんので、わたしも千切っては投げ、千切っては投げ。

面倒になって、途中から千切るだけにしたい衝動に駆られるけど。

それはそれで負けた気がするので、黙々と殴り続ける。

殴りつつも、考える。

――――ノイズが古代人が作り出した兵器であることは、了子さん自身から語られている。

統一言語を失い、相互理解を失った彼らは。

分かり合うよりも排除を選んだ。

そのバケモノに対抗しようとして、このガングニールを始めとした聖遺物が作られたわけなんだけど。

これは一旦置いといて。

今回出現しているノイズは、誰かに操られているらしいとのこと。

ノイズは人間を殺戮するようにのみプログラムされていることを考えると。

目的を持って動いているこの状況は、何よりも不自然ってことになる。

んで、普通ならここで『じゃあ誰が?』ってなるんだけど。

原作知識を持っている身としては、既に粗方の検討はついているんだよなぁ。

なお『粗方』と表現しているのは、他に起こりうる様々な要因を踏まえた結果だ。

博士を疑ってたら実はそうじゃなくて、足元すくわれましたとか。

ぶっちゃけワロエナイ。

 

「おっとぉ?」

 

とまあ、なんやかんや考えているうちに。

親玉っぽい個体を発見。

二課の通信でもアレが司令塔だって言っているから、間違いない。

じゃあ、見逃す理由も無いので。

右腕を変形させる。

ジャマダハルにロケットエンジンをつけた、いかにも威力ありそうな形。

ジャッキで足元を固定して、エンジン点火。

気付いた向こうも、こちらに狙いを定めてくる。

引きつける、引きつける。

溜めて、溜めて、溜めて。

―――――今ッ!!

 

「ヒャッハー!ノイズは掃討だァーッ!!」

 

モヒカンが似合いそうな台詞を叫びながら、突進!

携えた刃を、真正面からノイズにぶち当てるッ!

でもでも、やっこさんってば生意気にいっちょ前の装甲を持っているらしい。

ぶつかった箇所で火花を散らしながら、相手を往なすだけに留まった。

クリスちゃんの援護を受けつつ、車両に着地。

 

「くっそ、やっぱ飛べねぇのはきっついな!」

「無いものねだりなんていつものこと!それに今は『アレ』があるっしょ?」

「バァーカ!あのコンビネーションはまだ未完成だろッ!」

「あはは、とっておきたいとっておきだもんね!」

 

接近するノイズも、飛び回るノイズも。

殴って撃ち落しながら軽口を叩き合っている脇。

ふと、後ろに目を向けて。

 

「ッ、ちょっと失礼ッ!!」

「うおッ!?」

 

クリスちゃんをホールドして、足元をぶち抜く。

二人して車内に落ちれば、頭上の穴は一気に暗くなった。

 

「トンネルか・・・・悪い、助かった」

「お互いサマー」

 

とはいえ、未だにノイズはこっちを諦めてない。

車内にいても、連中の無機質な殺意をビンビン感じる。

・・・・そういえば、原作だとここで車両を切り離してたんだっけ。

どっちにしろ制空権取られた所為で苦戦しているわけだし、攻めるなら閉鎖空間にいる今が好機か。

 

「こうなったらアレだね、車両を切り離すか」

「おいおい、おっさんの面白映画(戦術マニュアル)かぁ?どうせ連中にぶつけても意味無ぇぞ?」

「ちっちっちー、ところがそうでもない」

 

予想通り怪訝な顔するクリスちゃんへ、指を振る。

 

「奴さん方、『透過』は出来ても『透視』は出来ないっしょ?」

「ッ、そういうことか・・・・!」

 

こっちの意図は伝わったらしい。

クリスちゃんが頷いてくれたことで、決行が決まった。

早速外に出て連結部分へ。

 

「これでいいか?」

「ぐっじょぶ!後はぁ、っとぉ・・・・!」

 

連結部分を狙撃で壊してもらい、両足で力いっぱい押しのける。

 

「友里さん達は任せた!」

「そっちこそきっちり決めろよ!」

 

ゆっくり動く車両が、ある程度離れてから飛び降りた。

また右腕を引き絞って、構える。

ロケットエンジンを噴かして、ぐっと溜める。

まだ我慢、まだ我慢。

じぃーっと耐えて・・・・・今ッ!

さあ、みなさんご一緒にッ!

 

「スクラップフィストオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

 

最速で!

最短で!

真っ直ぐに!

一直線にッ!!

握った拳を、叩きつけるッッ!!!

殴られてへこんだ箇所から、爆発。

轟音に紛れてノイズ達の断末魔が聞こえる。

紅蓮の爆弾魔さんなら大喜びしそうな光景だけど、わたしはあそこまで変態じゃないので。

爆風に乗ってとっとと退避。

 

『ノイズの反応、全て消失!』

『お疲れ様、派手にやったわね』

 

二課の通信を聞きながら、右腕から排熱。

背中に浴びる朝焼けが、何とも心地いい眩しさだった。

 

 

 

 

そんなこんなで。

 

 

 

 

あれからは特にトラブルもなく、無事に目的地へ到着。

 

「見せてもらいましたよ、『ルナアタックの英雄』と呼ばれた実力を」

 

友里さんが電子の印鑑を押している隣で、ウェル博士が話しかけてくる。

・・・・英雄。

英雄ねぇ・・・・。

 

「はは、女の子には縁遠いですかね」

「まあ、なりたくてなったわけじゃないので」

 

微妙な表情が出てしまっていたみたいだけど、ウェル博士は戸惑っていると勘違いしてくれたらしい。

大らかに笑って、流してくれた。

 

「混乱に陥っている現在、世界は英雄を求めています」

 

そして始まる、例のあの台詞。

 

「そう!誰もが羨望するッ!英雄の存在をッ!」

 

見開かれた瞳からは、幾ばくかの狂気が読み取れて。

・・・・普通なら、黙ってスルーするべきなんだろうけど。

あえてこう返す。

 

「英雄なんていなくても、世界は回りますよ」

 

某トゥーハンドがお仲間の黒人さんの台詞を、ちょっといじる。

・・・・そうだよ。

誰もが納得できる正義や英雄だなんて、いるわけがないじゃん。

もし、実在していたのなら。

わたしの家族や、未来は。

 

「・・・・ッ」

 

自分の思想を否定されたからだろう。

こっちを見下ろすその顔は、虚を突かれたように見えて。

その実、わずかばかりの敵意を感じさせた。

 

「まあ、いいでしょう」

 

次の瞬間には、元の人畜無害そうなモヤシさんに戻っていたけど。

 

「あなた方に託されたこのソロモンの杖は、僕がきっと役立てて見せます」

「不束なソロモンの杖ですが、よろしくお願いしマース」

「頼んだからな」

 

自分の胸に手を当てて宣言する彼に一礼したことで。

今度こそ今日の任務は終わった。

 

「――――気になる?」

「・・・・まあ、な」

 

米軍基地を出たところで、さっきから浮かない顔をしているクリスちゃんに話しかける。

 

「ソロモンの杖は、簡単に扱っていいものじゃねぇ。あの脅威は身を以って経験しているからな」

 

経験って、アレかな。

ルナアタック最終決戦の、あのトカゲ。

フィーネさんに比べれば雑魚だったけど、限定解除無しなら十分強敵ではあったんだよなぁ。

 

「尤も、目覚めさせたあたしが言うことじゃねぇだろうが・・・・」

「だからこうやってお仕事してんでしょ?」

 

顔を覗きこむと、ちょっと驚いた顔。

面白い。

 

「そうよ。クリスちゃんが真剣なことは、皆分かっているから」

 

友里さんも便乗して、何度も頷いていた。

 

「もちろん響ちゃんのことも」

「いっやぁ、光栄ですなぁ」

 

手を広げておどければ、友里さんは面白そうに笑った。

 

「さて、そんな二人のために、司令が東京までのヘリを手配してくれたわ」

「マジっすか!?」

 

読めていても、これはありがたいッ!

早く未来の膝枕でスヤァしたいよ!

―――――なんて、思った後ろで。

爆発、炎上。

振り向けば、大型ノイズが咆哮を上げているところだった。

・・・・・読めていても。

辛いいぃ~・・・・。

 

「マジっすか・・・・」

「マジだ!行くぞッ!」

 

クリスちゃんに促され、米軍基地へとんぼ返り。

・・・・『フロンティア事変』が始まる。

さてさて、立花響(わたし)はどうなるのやらー。




装者死すべし(Diva Must Die)
響の何気ない提案に、了子がノリノリで開発したシュミレーターの新難易度。
弦十郎(ネフシュタン装備)と緒川(忍者フル装備)が、フィーネ(ソロモンの杖装備)の援護を受けながら攻撃してくる。
当然ヤル気満々で向かってくるため、一瞬でも気を抜けば。
拳で砕かれるか、忍術に翻弄されるか、ノイズの弾幕に飲み込まれる。
クリア者は未だ無し。
挑んだ装者は毎回涙目になって断念する。


『チョイワルビッキー』のストックは、今回でおしまいです。
少なくてすみません(´・ω・`)


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フーアーユー?

毎度の閲覧、評価、お気に入り登録、誤字報告。
大変ありがとうございます。

ごめんなさい、今回も少ないっす・・・・。


「――――さって、行くとするかネェ」

 

ノイズ溢れる岩国基地。

見下ろしていたそいつは、鉄塔の上から飛び降りる。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

オッラ!そこのけそこのけわたしがとぉーるッ!!

なんてテンションで。

逃げ回る米兵とすれ違いながら、ノイズを殴ったり蹴ったり。

 

「こっちだ!早く!」

 

まだ軍人やら職員やらがいる状態なので、クリスちゃんは避難誘導メインで動いている。

喋ってるのはもろ日本語なんだけど、みなさんそこそこ日本で暮らしているお陰か。

割と通じているのは幸いだった。

ノイズの標的が、暴れる私に集中しがちなのもプラスされていると信じたい。

 

「わっしょーい!」

 

ちょっと大き目の奴を引っつかんで、叩きつけ。

衝撃で浮き上がった個体を、クリスちゃんが狙撃していく。

ん、避難は終わったみたいね。

それじゃ、気持ちリミッターを一個解除して・・・・。

 

「さあ、クソ共」

 

――――思い出す。

日陰にいた頃を、一歩(たが)えば死ぬ場所を。

 

「泣け、喚け、そして死ね」

 

低く構えて、突っ込んでいく。

・・・・そこ!『冥王乙』とか言わないの!

先頭にいた個体を殴り、その後ろにいた個体を殴り。

わたしが移動するたびにノイズを次々吹き飛ばしていく。

ほら!あんまり文句言うならこうしちゃうぞ!?オッラァアアン!?

なんて。

どこに届くか分からないツッコミをしながら、いつも通りノイズを葬り去っていく。

――――そう。

予定(いつも)通り』のはずだった。

イレギュラーは起こるだろうと思っていた。

思っていただけで、ただ呑気に構えていた。

ノイズの勢いが収まってくる、その数が少なくなってくる。

そろそろ終わるかなと、思ったときだった。

 

「あああああああああッ!!!」

 

施設の一角。

炎に巻かれながら表れたのは、白衣を着たひょろいイケメン。

ようするに、ウェル博士だった。

・・・・・うん!?

 

「あああああああ痛い痛い痛いいいいいいいい!」

「お、おい!どうした!?」

 

白衣や銀髪が、黒や赤に汚れていて。

ついでにメガネもなくしたウェル博士は、ひたすら痛みに悶えている。

そのあんまりな様子に、クリスちゃんがノイズを片付けながら駆け寄っていた。

・・・・いや、何があった!?

思っても見なかったイレギュラーに動揺するけど、ほっとく道理も無い。

ひとまず怪我人にカテゴライズして、クリスちゃんの援護をしようと。

わたしも傍に、駆けつけて。

 

「――――」

 

――――全身が、総毛立つ。

気温を感じないから、秋の涼しさなんて関係ない。

これはそんなものよりもっと重大で、危険な・・・・!

 

「バカッ!後ろッ!!」

 

振り向き様に払えば、手ごたえ。

見上げる。

手甲が何かと迫り合っている。

これは、武器。

重たい、多分斧。

 

「――――へェ?いーい反応するじゃねェか?」

 

聞こえる、ガラの悪い声。

集中しすぎて白んでいた視界(右目)が、戻ってきて。

目の前の、敵を捉えた。

鍛えられた、随分とガタイのいい体形。

上半身は無骨なジャケット以外何も着てなくて、見えるシックスパックが眩しい。

腰にはソロモンの杖、多分博士からパクったんだろう。

けれど何より目を引くのが、真っ赤なメッシュが入った派手な髪。

その手に握っているのは、巨大な斧剣。

無骨で分厚い刃が、わたしの手甲と迫り合っていた。

・・・・・・いや。

マジで誰よ!?

 

「拾ったら帰るつもりだったけど、面白ェ・・・・!」

 

弾かれて、相手が後退する。

ぶつけられる、敵意。

拭くれ上がった闘気が、大気をびりびり震わせた。

 

「ちょいと付き合ってくれや、ネェちゃん!!」

 

轟、と。

目の前。

振り上げた刃が、ぎらついて。

 

「――――ッ!!」

 

刃面を殴り飛ばして、回避。

がら空きになった胴体へ、蹴りを突き刺す。

 

「ッラァ!!!」

 

見た目どおりの、重い一閃。

しゃがんで前転で避けて、足払い。

体勢を崩したところへ、アッパーを見舞った。

相手は上手く仰け反って避けると、片手を離して殴ってくる。

拳は楽に避けられたけど、直後のヤクザキックは受けてしまった。

柄での打撃から逃げつつ、距離を取る。

 

「そーぅらまだまだぁッ!!」

 

地面を巻き込みながら、ぶんぶん振り回せば。

斬撃が飛ばされてきた。

避けたり防いだりしながら、何とかやり過ごす。

ってか、何だアレ!?

シンフォギアにしちゃぁ、色々突っ込みどころ満載だし!?

 

「ハハハッ!いーぜいーぜ!楽しませてくれ!」

「ッ一人でヤってろ!」

 

もちろんやられっぱなしじゃいられない。

刺突刃を展開して、こっちも斬撃を飛ばす。

威力は劣るけど、その分手数を稼げる・・・・!

相手を観察すれば、思ったとおり小さな傷が出来始めていた。

全身に満遍なく刻まれる痛みは、確かに奴を鈍らせる。

 

「あたしを忘れんなァッ!!」

「うっお!?」

 

これを隙と見たのか。

攻防に入り損ねていたクリスちゃんから、グレネードの援護射撃。

直撃コースでぶち込まれた火炎に、相手が包まれる。

 

「やったと思うか?」

「それフラグ」

 

隣に立ったクリスちゃんと、炎を睨んでいれば。

 

「――――ぶっはぁ!!熱っちィなァ!!オイィ!!」

 

案の定、ピンピンした様子で出てくる敵。

焦げてるんで、無傷ってわけじゃないみたいだけど。

ダメージらしいダメージは、与えきれてなかった。

 

「何?お前?」

「熱っちー熱っちー・・・・あ?俺?」

 

服の所々で燻る火を叩いていた奴は、こっちに目を向ける。

・・・・改めて対面して、感じたのは。

『人間じゃない』という直感だった。

 

「俺ァよ?・・・・あ?」

 

相手が何かを言いかけた時、不自然な形で口が止まった。

そのまま明後日の方を睨むように見た彼は、少し沈黙した後。

 

「・・・・ッチ、わぁーったよ。悪かったって」

 

何だかつまらなさそうに舌打ちして、誰かに了承を答えていた。

・・・・誰かと通信してた?

ってことは、仲間がいる?

 

「おい!」

 

斧剣を肩に担いだ相手は、あくどい笑みを向けてくる。

 

「悪ィが今日はここまでだ。また後でナァ?シンフォギアさんよ」

「ッそう簡単に帰れると思ってんのか?」

「帰るんだナァ、これが」

 

ボウガンを突きつけたクリスちゃんが、声にドスを利かせながら問いかける。

対するそいつは小さく鼻を鳴らすと、ソロモンの杖を起動させた。

奴の背後の空間が歪む。

やがて見えてくるサイケなカラーリング。

・・・・初めて生で見た。

アレが、バビロニアの宝物庫・・・・!

 

「心配すんな」

 

こっちの動揺なんてお構いナシに、数歩下がりながら奴は言う。

 

「そのうち嫌でも会うさ」

 

いたずらを仕掛けるように、何やら意味深なことを言うと。

そのまま、体を傾けて。

 

「ちょっ!?待―――!!」

 

止める間もなく。

宝物庫の中へ、身を躍らせた。

連れ戻そうにも、駆けつけた頃には歪みが消えていて。

もう、どうしようもなくなっていた。

 

「何、アレ・・・・」

 

虚しく空を切った手を見つめて、呆然と呟くしか出来なかった。

・・・・・ホントに何が起こってんの?

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

『――――彼との連絡がつきません。情報に寄ればイワクニが襲撃されたとのこと』

 

「・・・・『例の連中』である可能性が高い、ということね」

 

『ええ、幸い起動の準備は整っていますが・・・・』

 

「大丈夫よマム、やるべきことは分かっている」

 

『頼みましたよ』




「このままやとマリアさん達の難易度がDMD、どうすっべ」
考えた結果こうなりました。
ビッキーは生き残れるか・・・・!(


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ダイナミックお邪魔します

今回のストックはここまでです。

ところで『翳り裂く閃光』におけるグレビッキーのパーカー姿が、拙作ルナアタック編ラストのビッキーイメージまんまでしてね?←


「心当たりはあるか?了子くん」

「疑われてもしょうがないのは自覚しているけど、無いわね」

 

二課、仮設本部。

負傷したウェル博士を、在日米軍の医療班に任せた響達が。

帰還用のヘリに乗り込み、飛び立ったのを見送りながら。

弦十郎は了子へ、岩国基地襲撃の下手人と思しき青年について問う。

対する了子は、右手を上げながら首を横に振った。

その上で、『でも』と続ける。

 

「前に米国から送られてきた情報によると、F.I.S.以外にもノイズについて調べていた秘密結社がいたらしいの」

「本当か?」

「ええ、かなりマッドな技術者集団だったって話だけど」

 

了子は一旦区切り、少し声をすごめて。

 

「そこで行われていた実験の一つに、『人とノイズの融合』があったそうよ」

「むぅ・・・・」

 

現れた青年が、ノイズの反応を色濃く発していたこともあり、弦十郎は低く唸る。

藤尭を始めとしたオペレーター達も、息を呑んでいるのが分かった。

 

「正確には、人間を弄くってノイズの特性を持たせようとしたものらしいけど。どちらにせよ正気の沙汰じゃない」

「彼がその成功例である可能性も高い、ということか」

「考え無しに否定するのは危険ね」

 

肩をすくめた了子を横目に、弦十郎は考える。

先ほど了子が挙げたF.I.S.は、彼女自身が関わっていたこともあって、三ヶ月前の交渉対象に入っていた。

『F.I.S.』。

フィーネとして目覚めた了子が、自らの『器』となる条件である、『フィーネの遺伝子を継ぐ子ども達』を集める為に。

米国と手を組んで設立した組織。

了子が没し、新たな『器』が現れるまでの間、シンフォギアやLiNKERを中心とした異端技術を。

子ども達をモルモットとして実験を繰り返していた。

現在は『ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ』を中心としたメンバーにより、収監されていた子ども達の養子先を探しているはずだ。

既にシンフォギアというノイズへの対抗手段を持っていた彼らとしては、貴重な資源であり、『器』である彼らを蔑ろには出来なかったであろうことを考えると。

存在そのものが変質するほど弄くるというのは、考えにくかった。

それは、設立から十年近く経っているはずの組織において、子供の死亡例が極端に少ないことが裏付けている。

実際に子どもを実験動物扱いしていた事実を見れば、十分な根拠だ。

 

(F.I.S.と言えば・・・・)

 

ヒートアップしそうな頭を切り替え、表の仕事でここにいない姪っ子を思い出す。

確か今日コラボする相手が、関係者だったはずだ。

名前は、そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

「―――――はい、はい」

 

『QUEEN of MUSIC』。

日本や米国を始めとした複数の国が、共同で開催する音楽の祭典。

メインイベントである、『日米の歌姫、夢のコラボ』を控えた翼の隣で。

緒川は二課からの通信を受け取っている。

 

「では、翼さんにも・・・・」

『いや、今はやめておけ。状況を知れば、今日のライブを放り出しかねん』

 

ソロモンの杖移送作戦の顛末。

外れて欲しかった予想通り、ただで終わらなかったこの事実を伝えてしまえば。

防人としての誇りを持つ翼は、彼女の歌を心待ちにしている人々を放り出しかねない。

もちろん歌姫の役目を蔑ろにしているわけではなく、単純に優先度が高いのだ。

今日はそんな姪っ子の晴れ舞台。

弦十郎は彼女のファン達の為にも、緒川に待ったをかけたのだった。

 

「分かりました、では」

「――――司令からは、何と?」

 

通信が終わったのを見計らい、翼が話しかけてくる。

 

「いえ、今夜のライブを全うするようにと」

 

緒川は何食わぬ顔でメガネを外しつつ、さらりと誤魔化したが。

対する翼はため息を零すと、立ち上がって指を突きつけた。

 

「メガネを外したということは、マネージャーモードの緒川さんではないと言うことです」

 

普段はどこか抜けている彼女のなかなか鋭い発言に、緒川は思わず身を引く。

 

「自分の癖をきちんと把握していないと、ここぞという時に足元を――――」

 

信頼からの心配故に、ちょっとしたお小言を続けようとしたときだった。

 

「翼さん!お時間です!」

「っ、はーい!」

 

タイミング良く(悪く?)運営スタッフから声がかかってしまい、強制終了となってしまった。

 

「傷ついた人々の心を癒すのもまた、風鳴翼のお仕事ですよ」

 

まだ不満げな翼の視線を、緒川はにこやかに受け流すのみ。

やがて観念した翼は、もう一度ため息をついた。

 

「不承不承ながら、了承しましょう」

「はい、頑張ってくださいね」

 

会話が終われば、『日本の歌姫』に切り替わる。

そんな彼女の背中を、緒川が笑顔で見守った。

 

「お待たせしてしまったらしいな」

「――――いいえ、気にするほどじゃないわ」

 

舞台袖。

待機スペースには既に先客がいた。

今回翼がコラボする、米国の歌姫『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』。

『黒』と『和』が目立つ翼とは対照的に、『白』と『洋』が印象的な衣装を着ていた。

 

「けれど、のんびりしている時でもない」

「ああ、存分にやらせてもらうとしましょう」

 

スタッフの案内に従い、四つの支柱に囲まれた一角へ乗る。

緊張の中、スタッフの一人がスイッチを押す。

かかる音楽、せり上がる奈落。

薄暗い舞台裏から、煌びやかなステージへ。

 

「見せてもらうわよッ!戦場(いくさば)に冴える、抜き身の貴女をッ!!」

 

万雷の歓声に迎えられながら、マリアは力強く声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

「あっはは、呑気なもんねぇ」

 

眼下には、ライブ会場。

ヒートアップしきった観客達が、それぞれの『推し』へありったけの声援を送っている。

振り回されるサイリウムの光は、煌びやかな会場に幻想的なアクセントを加えていた。

 

「やったことをたったの二年で忘れた、薄情極まりないクソの分際でさぁ?」

 

ぎらついた目は、そんな煌びやか極まりない光景を睨みつけている。

 

「いい加減自覚させないと。自分たちがどれほど醜悪で、愚かな存在かを」

 

立ち上がる。

そろそろ頃合だ。

 

「それじゃあ、『裁定』を始めましょう」

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

「――――みんな!ありがとう!」

 

歌いきった高揚そのまま、翼は声を張り上げる。

 

「私はいつも、みんなから勇気をもらっている!だから今度は!私の歌で、みんなに少しでも勇気を分けられたらと思う!」

 

少し前に、海外デビューを公言したからだろう。

記者会見で、ちょっといじらしい顔で告げられた『我が侭』を知るファン達は、負けないくらいに声を張り上げてサイリウムを振った。

特に『ツヴァイウィング時代』から見守ってきた人々は、ちょっと心配になるくらいのテンションだ。

 

「私の歌を、世界中にくれてあげるッ!」

 

歓声が落ち着く頃合を見計らい、今度はマリアがマイクを握る。

 

「振り向かない!全力疾走だ!ついてこれる奴だけ、ついてこいッ!!」

 

不敵な笑顔に、大胆な台詞。

全世界に向け、臆することなく語りかける。

そんな姿に被虐心をくすぐられたのか、マリアファンのテンションもまた、翼ファンに負けず劣らずだった。

 

「そして今日と言う日に、日本のすばらしいトップアーティストに出会えたことに、感謝を」

「こちらこそ」

 

それから少し穏やかに振り向いたマリアは、翼へ手を差し出した。

翼もまた躊躇い無く握り返したことで、会場のボルテージは最大限に高まる。

 

「私達で、伝えていきましょう。歌の力の素晴らしさを」

「もちろん、歌で世界を繋げよう」

 

にこやかに言葉を交わす二人。

マイクは音を拾わなかったようだったが、彼女達の表情から何となく察したファン達は。

また声を張り上げ、サイリウムを振り回して歓声を上げたのだった。

上げた、ところで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バァーッカみたい。音の羅列と薄っぺらい言葉で、人間が変わるもんですか」

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッ!?」

 

水を注す声が、響いたと思ったら。

会場中で翻る、翡翠の閃光。

それが何か分かっていたから、翼も()()()()目を見開いて。

瞬間、湧き上がるように悲鳴を上げたオーディエンスの合間にいる、ノイズ達を凝視した。

 

「あはは、楽しく盛り上がってた気分が、恐怖で急降下ってとこ?」

 

呆然としている二人から、少し離れた場所。

同じステージ上に、誰かが降り立った。

 

「いい気味」

「ッ誰だ!?」

 

翼は思わず剣型のマイクを突きつけて、睨みを利かせる。

対する乱入者は、阿鼻叫喚の会場を楽しそうに見渡してから目を向けた。

 

「あたし?リブラ」

「リブラ・・・・天秤?」

 

単語を鸚鵡返しに確認する翼へ、面白そうにいやらしく笑う。

そして徐に手を振った。

手元に光が煌いたと思うと、宙を滑る指の動きに合わせて変化。

次の瞬間には、シンプルなデザインの棍が現れる。

 

「――――全世界へ告発するッ!!」

 

手にした棍を威厳たっぷりにつきたて、開いた片手を広げるリブラ。

 

「この日本には、未だ裁かれぬ罪人が、一億余りも存在することをッ!!」

「――――な」

 

翼も、悲鳴を上げていたオーディエンスも絶句する。

一億余り、即ち、日本そのものが『罪人』であると言い切ったも同然なのだから。

 

「我ら、『執行者団』(パニッシャーズ)ッ!!その全てに裁きを下すことを、ここに宣言するッ!!!!」

 

それが当然であるかのように、真実だと告げるように。

手にした得物を、まるで旗の様に掲げたリブラは。

モニターを通じて、文字通り世界中へ。

声高々に断言したのだった。




「フロンティア事変」と見せかけたオリジナルストーリー。
始まります。


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一難去ってまた一難

ネットが復活イヤッフウウウウウウウウ!!!


「いきなり出てきて、物騒な話ね。何のつもり?」

 

誰もが硬直する中、真っ先に口を開いたのはマリア。

剣型マイクの切っ先を向けながら、怪訝な顔でリブラを睨みつける。

 

「つもりもどもりもないわよ。言ったまま、そのままの意味」

「ッだからとて、この場でやることか!?オーディエンスまで巻き込んで・・・・!」

 

『罪人』だと敵対宣言を受け、元から頭に来ていたのだろう。

辛抱たまらんと踏み出した翼が、片手を広げてオーディエンスを指しながら抗議をすると。

 

「――――あんたがそれを言う?」

 

ぎらりと、鋭利になる瞳。

一瞬で表情が削ぎ落ちた顔に、じんわり狂気的な笑みが浮かぶ。

 

「二年前、一万人と相棒一人をおっ死なせた、あんたがそれを言う?」

「――――」

 

二年前。

心当たりなんて一つしかない。

目を大きく見開いた翼の脳裏に、トラウマとも言うべき記憶がなだれ込む。

何度斬っても届かなかった、何度屠っても至らなかった。

それは偏に、剣たるこの身が――――

 

「それはこの子も同じでしょう?」

 

肩を叩かれる。

マリアだ。

すれ違い様優しげに見下ろした彼女は、凛と前を見据える。

 

「『ツヴァイウィングライブ事件』、この日本の誰も彼もが痛みを覚えた出来事だと聞いているわ。当事者である彼女だって、例外と言いがたいんじゃないかしら?」

「あっはは!あんたもよく言うわ」

 

毅然とした反論すら、リブラは嘲笑して切り捨てる。

 

「今まさにこの場を利用してるくせにさ」

「・・・・何の話を?」

「大事なトレーラーはだいじょーぶかなー?」

 

マリアが問いかけようとしたその時。

遠くで、爆発音。

振り向くと、真っ黒な煙が上がり始めたのが見えた。

何事かと身構える翼の隣で、今度はマリアの顔が蒼白になる。

 

「どれだけ大儀を掲げようと、誰かに犠牲を強いた時点であんたも同罪。我々が手を下すべき罪人よ」

 

リブラは喉を鳴らして嗤うと、また棍を振るった。

それを合図に、上空を覆いつくすノイズの群れ。

 

「さあ、茶番も何もかもここまで!」

 

どこか狂気的な笑みで、リブラはまるで踊るように一回転する。

 

「まずはこの会場の犠牲を以ってして、裁きの前哨といたしましょうッ!!」

 

満ち満ちる悲鳴の数々。

その叫喚に感化されてか、次々突撃体勢を取る飛行型。

 

「――――ッ!!!」

『ダメです!翼さん!翼さんッ!!』

 

もう辛抱溜まらんと、翼は胸元のギアを引っつかんで。

聖詠を、唱えようとして、

 

「Granzizel bilfen gungnir zizzl」

 

遮るように聞こえる、歌。

そのメロディーと音程に覚えがあったからこそ、翼は弾かれたように隣を見て。

 

「ッはあああああ!」

「おおおおおおッ!」

 

上空の群れは次の瞬間、レーザーの濁流に蹂躙された。

同時に地上のノイズも、橙の旋風が駆逐していく。

完全に不意を撃たれ、抵抗叶わず炭になるノイズ達。

その残骸はオーディエンスに降り注いだが、誰一人として死ぬことはなかった。

 

「――――っは」

 

いつの間にか止めていた息を吐き出して、翼は前を見る。

翻るマントの隣に、ちょうど見慣れたマフラーが着地したところだった。

 

「・・・・だいじょーぶなんです?全世界生中継ですけど」

「人命は躊躇わない主義なの」

「さいですかー」

 

『黒いガングニール』を携えたマリアへ、響は何故か気楽な様子で話しかけていた。

対するマリアも、まるで知己に話すような口調。

一瞬引っ掛かりを覚えた翼だったが、同時にこれが好機だと判断する。

 

「みんな!今のうちにッ!慌てず!焦らず!会場の外へ!」

 

会場に向け声を張り上げれば、降りかかった炭に悪戦苦闘していた観客達ははっと我に帰る。

すぐさま運営スタッフや出演者達が協力しあい、駆け足になりがちな観客達を避難させる。

 

「――――あたしらも行こう、響ならきっと大丈夫」

「・・・・うん」

 

それは、未来達がいるVIPルームも例外ではない。

弓美に促され、未来は重い腰を上げる。

部屋を出る直前、もう一度振り返った。

 

「・・・・響」

 

ステージ上、闘志を滲ませて立つ響を見つめてから。

後ろ髪を引かれるように踵を返した。

 

「ッちょっとアヴェンジャー!?オーディエンスが逃げるわよ!?」

《イヤ今手が、ってわっちゃぁ!?尻に火ィッ!!》

 

リブラにとっては芳しくない状況のようで、どこかへ怒鳴るように話しかける。

だが直後の表情から、相手方の状況は何となく読み取れた。

そんな中、響はふと、思い出したように相槌を打つ。

 

「そうそう、お仲間はみんな無事ですよ。今味方が確認しました」

「・・・・そう、ありがと」

「いーえー」

 

響の報告を聞いた途端、マリアの雰囲気から剣呑さが失せた。

先ほどリブラが臭わせた『仲間』とやらは、よっぽど大切な人々らしい。

と、ここで会話が一区切りしたのか、響は半歩下がって翼に耳打ちしてくる。

 

「申し訳ないですけど、中継切れるまでは大人しくしててくださいな。アレはわたしらでどーにかするんで」

「ああ・・・・後で聞かせてもらうからな、色々と」

 

響の進言に、翼は一度頷きはしたものの。

すぐに目を細めて、マリアを見やりながら告げる。

対する響は肩をすくめ、『おお、怖い怖い』とおどけて見せてから。

改めて目の前のリブラを見据えた。

 

「・・・・あなたは、そちらにつくのね」

「つくも何も、これがお仕事だからね」

 

どこか達観した様子で投げられた言葉に、響はきょとんと答える。

まるで味方になってくれると期待していたような物言いに、引っ掛かりを覚えたようだ。

 

「君こそやんちゃはほどほどにしないと、痛い目見るよ?」

「それこそ冗談、ここで止まるわけには行かないのよ・・・・!」

 

棍を取り回して、構える。

刃の無い武器に関わらず、ひりつく殺意を感じた。

目の前で、圧がぶわりと膨れ上がる。

強く踏み込んで肉薄してきたリブラ。

飛び出して応戦する響とは対照的に、マリアは大きく飛びのいて翼の傍へ。

棍と拳がぶつかった衝撃から、マントを靡かせて自身と翼を守る。

 

「よりにもよってそっちに着くと言うなら、いくら貴女でも容赦しないッ!!」

「『加減して』ってお願いしてもいないんだけどそれは」

 

突きを弾き飛ばし、払いを飛びのく。

マフラーをなびかせ、軽業師のように動き回る響。

あと一歩が足りないものの、リブラはその動きに確実について来ている。

 

「こんなパフォーマンスして、何が目的なのさ?」

「決まっているでしょう!復讐よッ!!」」

 

渾身の突き、手甲で受け止める。

ギリギリと迫り合わせながら響が問えば、歯を剥いたリブラは怒鳴りつけた。

 

「貴女も知らないとは言わせないッ!どうして連中をのさばらせるのッ!?」

「・・・・ッ」

 

どこか悲痛な想いを伴った声に、響が顔をしかめたときだった。

 

「中継が・・・・!?」

 

翼のそんな声が聞こえる。

響が横目で確認してみれば、次々暗転するモニター達。

 

「遮断されている!?そんな・・・・ッ!」

 

事態に気付いたリブラも、迫り合いを切り上げて見渡す。

すると、

 

「ジャッジマン・・・・!?」

 

すっかり真っ黒になったモニターに愕然とする彼女へ、誰かが話しかけてきたようだ。

突然明後日を見たリブラは、人名らしきものを口にする。

 

「そんな、仇が目の前にいるのにッ・・・・!」

 

奥歯を食いしばったリブラは、翼を射殺さんばかりに睨みつける。

だが、

 

《人目が無くなったと言うことは、彼女達も遠慮しなくなるということだ。悪いことは言わん、退け》

「・・・・~~~ッ」

 

何か決め手となることを言われたらしい。

響達には、やり取りは全く分からなかったが。

リブラの顔にあふれ出る、悔しさだけは読み取ることが出来た。

 

「・・・・次は仕留める、精々首を洗っておくことね」

 

やがて実に忌々しそうに吐き捨てると、言い終えると同時に背後が歪む。

岩国基地を襲った青年も飛び込んだ、サイケなカラーリングの異空間。

リブラは終始翼を睨みつけながら、同じように身を躍らせた。

 

「――――いなくなりましたね」

「ええ」

 

束の間感覚を尖らせていた響は、息を吐き出しながら構えを解く。

マリアもまた同じように警戒を半分解きながら、姿勢を楽にした。

と、

 

「それにしても翼さんファインプレーです!ドンパチにオーディエンス巻き込まずに済みましたッ!」

「言うな、今は自分が不甲斐なくて仕方が無い」

 

軽くなった空気の中、響は嘘のように笑顔を弾けさせて。

親指を両方立てながらおどけてみせる。

対する翼は暗い顔のまま、首を横に振るだけだった。

 

「まぁーたまたぁ!適材適所!防人はノイズを倒すだけじゃないはずですよぅ!」

「そうね、命を明日に繋げる事もまた、守護者の務めのはずよ」

 

そんな先輩を元気付けるように、響は井戸端会議さながらのテンションで手を上下させる。

マリアもまた、響の言葉に頷きながら翼へ笑いかけた。

 

「・・・・そう、だな。今はそれで耐えなければ」

 

二人掛かりでフォローされたとあっては、これ以上の謙遜は無礼と判断したようだ。

翼は観念したように、乾いた笑みを浮かべた。

 

「だが、不甲斐なさと同じくらいに気がかりもある」

「うぇっ?」

 

しかしすぐに消し去ると、今度は響へ怪訝な目を向ける。

 

「お前、知っていたのか?」

「え、えーっと、そのですね・・・・・ふ、ふひゅー・・・・」

 

マリアへ一瞥向けてから、改めて響を凝視する翼。

響は口ごもって、ばつの悪そうに口笛を吹いて。

誤魔化そうとした、その時。

響の背後、降り立つ影二つ。

薄紅と翡翠の刃は、唸りを上げて襲い掛かり。

 

「ッ立花!!」

 

翼の警告と、響が振り返るのはほぼ同時。

直後、交差した手甲に刃がぶち当たる。

火花が照らし出す顔は、意外とあどけない二人の少女。

 

「調!?切歌!?」

「こ、のぉッ!」

 

驚愕したマリアが、二人の名前らしきものを呼べば。

響は渾身の力で彼女等を弾き飛ばした。

大きく飛びのいた二人は、血気迫る形相で響を睨みつける。

 

「おい!大丈夫か!?」

 

二人を挟んだ向こう側に、クリスが駆けつけたのが見えた。

 

「止めないで、マリア!」

「ウチら、この日をずっと待っていたんデスッ!だからッ!」

 

大鎌が握り締められる、丸鋸が唸りを上げて回転する。

 

「お前だけは、絶対に仕留めてやるデス・・・・!」

「あの日の、仇・・・・!」

 

響以外視界に映っていないらしい二人は、わなわな震えだして。

 

「――――マリアの!仇ッッッ!!!!!」

 

轟、と咆えると同時に。

感情のまま飛び掛る。



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心臓って弱点としては弱いイメージ

返信がおっつかない程のご感想、誠に感謝感謝です。
筆が乗りました故、短いですが投下。

追記:感想見て気付きました。
ビッキーおめでとうございました!!
ここではえらい目に合わせてるけど、大好きだよ!!


ほら見ろおまいら!きりしらちゃんやぞ!

なんて盛り上がれる状況だったらいーんでしょーけどねー!

鎌を引っつかんで、迫ってきた丸鋸にぶち当てる。

ぎりぎり嫌な音を立てて火花を散らす刃。

傍から見てる分には絵になるんだろうけど、当事者としては危なっかしくてしょうがない。

 

「お前だけは・・・・お前だけでもォッ!!」

「許さないッ!絶対に、絶対にッ!!」

 

アニメ何かで見せてくれる、かわゆい顔はどこへやら。

殺る気満々の殺意マシマシな表情は、言いようの無い凄みを見せていた。

 

「ッ仇がどうのとか言うけど・・・・!」

 

・・・・とぼけようがないので、どうにか口を開く。

 

「先に手を出してきたのはあの人だかんね?わたしはただ迎え撃っただけ、正当防衛を主張するよ!」

「ッ言い訳をおおおおおおおおお!!」

 

切歌ちゃんが、手首を捻って拘束を解く。

翻る刃から逃げれば、つい今まで立っていた場所に食い込む丸鋸。

うっへぇ、これ受けたらひとたまりもないべよ。

 

「ッ立花!待ってろ、すぐに・・・・!」

「調と切歌も!落ち着きなさい!」

 

この状況を見かねたのか、ギアを纏った翼さんとマリアさんが加勢しようとしてくれる。

だけど、この場合は・・・・!

 

「いや、やらせてやれ」

「雪音!?」

 

わたしが言う前に、クリスちゃんが止めてくれた。

 

「ああいう感情ってのは、口で言ったところじゃ止まらねぇ」

「黙ってみていろというのか!?」

 

マリアさんは立ち止まったけど、翼さんはなお食って掛かる。

 

「・・・・理屈じゃねぇんだよ、『憎い』って感情は」

 

鬼気迫る翼さんに怯むことなく、クリスちゃんが断言すれば。

やっと踏みとどまってくれた。

・・・・すみません、ありがとうございます。

 

「ああああああああああッ!」

「よっ、と」

 

ばら撒かれる丸鋸を弾き飛ばして、まずは調ちゃんに接近。

おっきな鋸に切り替えた隙をついて背後に回り、手刀で意識を刈り取ろうとする。

 

「させないデスッ!」

「お、とと」

 

だけど手を振り上げたところで、左からの攻撃に気付いて後退。

『当たるかな?危ないかな?』と思ったので、ついでに調ちゃんも突き飛ばして逃がす。

それにしてもやべーな、慣れたと思っていたけど全然そうじゃないや。

左側が完全に死角になっている。

お二人も何度も打ち合えば流石に気付くのか、わたしの左側に回って攻撃してくるようになった。

一方がひきつけている間に、もう一方が死角から襲ってくる。

うん、割と脅威。

 

「正当だろうがッ!なんだろうがッ!」

 

何とか打開策を考えていると、調ちゃんがさっきのお返しとばかりに肉薄してくる。

鋸を何度も避け続ける、攻撃しようにも切歌ちゃんがネックだ。

瞳に映った自分が見えるくらい近づいた調ちゃんは、牙を剥くように怒鳴り上げる。

 

「貴女が!わたし達の家族を傷つけたことに!変わりはないッ!!!!」

 

――――多分、それがスイッチ。

頭の中、砂嵐みたいな雑音と共に。

忘れそうになっていた地獄を、思い出しかけて。

 

「はああああああッ!!」

 

その一瞬を突かれた。

右側が軽くなる。

目を向ければ、切り株からぶしゃぶしゃ零れる鮮血。

刎ね飛ばされた腕は、無残に遠くへ転がった。

 

「ッ立花ァ!!」

 

血を失って、一気に重くなる体。

何とか飛びのいたけど、頭の痛みは治まらない。

呼吸を整えようとすればするほど、足元に転がる死体を幻視してしまう。

 

「――――マストォ!」

 

こんな大きな隙。

誰だって見逃さない。

 

「ダアアアアアアアアアアアアアアアアアイッッ!!」

 

我に返れば、翡翠の刃が迫ってきて。

 

「―――――ぁ、が」

 

――――苦しいのは。

肺にも刃が刺さって、息がしにくいから。

さらに込み上げる血が喉を塞いで、息苦しさを助長させる。

 

「ぎ、ぅ・・・・ぐうぅ・・・・!」

 

背後が固い、多分壁に押し当てられてる。

どれほど強い力を込めているのか、貫通した後もなお、体へ侵入して。

空気を求めた喉が、細かく痙攣している。

だけどそれも束の間、血の塊を吐き出すだけに終わった。

ほどなく意識が遠のく、視界が段々暗くなる。

・・・・・ああ、やばい。

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

「――――はあ、はぁっ・・・・は・・・・!」

 

鎌を突き立てられ、壁に磔られた響。

束の間小刻みに動いていたが、やがて抵抗を試みていた腕が力なく垂れる。

決定打を刻み込んだ切歌は、荒く呼吸を繰り返して。

深く突き刺した鎌を、引き抜いた。

心臓というある種の『タンク』に当たった所為か、思ったより多くの血が零れる。

解放された響は抵抗することなく、膝から崩れ落ちるように地面に倒れこんだ。

隣に降り立った調と共に、響を注意深く観察する切歌。

五秒、十秒と待って。

完全に、事切れたと判断して。

 

「・・・・や、た?」

「・・・・やった」

 

一歩、二歩と、後ずさる。

血溜まりに沈んだ仇敵は、ぴくりとも動かない。

積年の恨みを、晴らすことが出来た。

 

「やった、やった・・・・はは、勝てたデス」

「仇、取れた・・・・はは、は・・・・」

 

どこか虚ろな目で、乾いた笑いを上げたときだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――気はすんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

予想だにしなかった声に、そろってぎょっとする。

目の前、血溜まりに沈んだ死体が。

いや、死んだはずの仇敵が。

どこか気だるげに、いっそリラックスしているような雰囲気で。

ごろんと寝転がったまま、見上げてきていた。

 

「な、な・・・・!?」

「―――――ッ!?」

 

流石の二人も肩を跳ね上げ、大きく飛びのく。

戦いを見守っていた翼にクリス、マリアも驚愕を隠せないようで。

三者三様に目を見開いたり、口をぱくぱくさせたりしていた。

こともなげに上体を起こした響は、切り株になった右腕を上げる。

すぐにメリメリと音がしたと思えば、直後に腕が()()()()()

またぎょっとなる調と切歌。

ここで調が、先ほど斬り飛ばした右腕に目をやれば。

今まさに塵となり、風に乗って消えていくところだった。

 

「・・・・・バケモノ」

「そのバケモノに喧嘩を売ったのは、どこの誰だっけ?」

 

じろりとねめつければ、二人は思わずたじろいだ。

 

「まあ、もろもろ言いたいこととかあるかもだけど」

 

生え変わった右腕の調子を確かめた響は、その手でがしがしと頭をかく。

 

「まずは話でも聞かせてよ、取って食いはしないから」

 

にかっと浮かんだその笑みに、逆らおうだなんて思いつきもしなかった。




気はすんだ?>_(:3 ∠ )_ ゴロゴロ


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おっはなーししーましょっ

またたくさんのご反応ありがとうございます。
みなさんの考察は、にやにやしながら拝見しておりますww


―――――話は、日米のルナアタック関連の交渉が終わった直後に遡る。

お上のやらかし云々を抜きにしても、月が欠けるなんて一大事を楽観できるはずもなく。

国際宇宙開発機構の面々は、欠けた時点からの観測を既に始めていた。

そして案の定、月の軌道データに異常な数値を発見。

最新機器や偉い学者さん達が計算して、『年内に地球に落下する』という結論を導き出し。

大統領を始めとした政府上層部へ報告もされた。

 

問題はここからである。

 

ルナアタックにより信頼失墜の危機に陥っているアメちゃんは、原作のように隠蔽なんてことはせず。

各国の有識者に知恵と助力を求めようと連絡を飛ばした。

ところがだ。

どういうわけか、『月の落下』や『月の軌道』に関する内容のメールを送ろうとすると、エラーが表示されるようになった。

あるいは送ることが出来ても相手側に正しく表示されず、『なんかバグったの?』と聞かれる始末。

何度試みても失敗するのを見て、流石のアメちゃんも誰かの作為があることを察した。

ともなれば、電話なんかも盗聴の危険があるため使えない。

ならばいっそアナログでと、自国のエージェントに文書を持たせて派遣し。

世界に危機が訪れていることを、何とか知らせようとした。

結果は、失敗。

送り出した全てのエージェントが、死亡ないし行方不明となってしまった。

いよいよもって他国に頼れなくなったアメちゃんは、最終手段として自力で解決することを決断する。

そして白羽の矢が立ったのが、異端技術の権威であり、当時F.I.S.のレセプターチルドレンの養子先を探して回っていた『ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ』教授と。

体が不自由な彼女を補助するために残っていたマリアさん、それから調ちゃんと切歌ちゃんだった。

ついでに、聖遺物の研究を続けてたウェル博士。

事情を聞いた皆さんは、レセプターチルドレンの養子先選出と保護を条件に。

政府からの依頼を受けたのである。

 

 

 

 

 

と、言うのが。

保護されたマリアさん一派が話してくれた事情だ。

 

 

 

 

 

 

「――――敵が何者かつかめていない以上、下手に他者を頼るわけには行きませんでした」

 

二課本部のミーティングスペース。

語りを区切ったナスターシャ教授は、目を伏せて重々しく呟く。

傍に控えているマリアさんは、それを気遣わしげに見ていた。

ちなみに調ちゃんと切歌ちゃんは、拘束されるわけでもなく普通に座っている。

わたしが口利きしたって言うのもあるけど、ギアを持たない(念のためにマリアさんの含めて没収中)小娘二人くらい、OTONA達の敵じゃないので。

二人もそれを分かっているのか、今は大人しい。

・・・・代わりにすんごく睨まれているけど。

 

「では、移送作戦でノイズを操っていたのも・・・・?」

「ソロモンの杖の使用を許可していたからです。必要とあらばノイズを戦力として利用することも」

 

弦十郎さんの問いにも、毅然と答えているナスターシャ教授。

こういう女性(ひと)は、ちょっと憧れる。

 

「その割に、人員の死亡者が少ないのは?」

「杖を使用していたドクターの方針です。本人は『制限(しばり)がある方がやりがいがある』と、中々乗り気でした」

 

そうそう。

この世界のウェル博士は、原作と比べるとちょっといい人っぽい。

話を聞く限り、英雄志望なのに変わりはないみたいだけど。

『飽くなき理想を抱きッ!不可能を実現してこその英雄だッ!』とかなんとかのたまっていたそうで。

進んで犠牲を出すようなやり方は、あまり好まないらしい。

実際移送作戦における人員の死亡数も、両手で足りるくらいの数。

むしろ機関部を始めとした、車両のダメージの方が大きかった。

・・・・いや、後者はわたしとクリスちゃんがやらかしたのもあるんだけど。

で、今は医療施設にいる博士曰く『岩国でも上手い具合に施設だけ破壊しようとしたってのに!あのヤロウ!』ということで。

序盤はともかく、途中からはあのヤンキーさんがやっていたことなんだそうな。

 

「あの『リブラ』という少女が口にしていた、『パニッシャーズ』という組織名。そして、『アヴェンジャー』と『ジャッジマン』・・・・」

「月の落下を隠蔽しようとする動きと無関係とは思えない。そういうことね?」

「そのとおりです」

 

『パニッシャー』。

確か英語で『執行者』っていう意味の言葉なんだっけ。

それから、メンバー名らしき『アヴェンジャー』と『ジャッジマン』という言葉。

少なくとも後一人、仲間がいるということだろう。

んーむむむ、これはもしかしなくても原作乖離。

っていうか、ほぼオリジナルストーリーってくらいとんでもな事態になっている。

 

「『虎の子』たる『ネフィリム』を奪われずに済んだのは、もっけの幸いでしたが・・・・」

「だからとて、ソロモンの杖を野放しにしていいわけではない」

 

そう、情けなさそうに俯くナスターシャ教授とマリアさん。

二人の言うとおり、芳しくない状況なのは確かだ。

調ちゃんと切歌ちゃんも、この時ばかりは一緒にしょんぼりしてた。

ちょっと可愛いかも。

 

「これからはどうするつもりで?」

 

弦十郎さんが問いかけると、教授は少し考え込む。

黙っている中、マリアさんと、調ちゃん、切歌ちゃんを見やる。

それからまた目を伏せて、もう少し考えてから。

 

「・・・・・こうやってそちらに明かされた以上、このまま別行動というわけにはいかないでしょう」

「ま、事実だけみたら移送作戦と岩国基地襲撃の関係者だものね」

 

『逃がすわけにはいかない』と了子さんが改めて言うと、関係者だからか。

マリアさんはバツが悪そうに唇を噛んでいた。

いや、あんたがやったワケじゃないでしょうに。

 

「では、これからはご協力いただけるのですね?」

「この子達の手を、汚さずに済むのなら」

 

弦十郎さんの確認に、強く頷くナスターシャ教授。

・・・・F.I.S.お仲間ルートか。

これはこれでいいんじゃないかなー。

 

「お前達もいいか?」

 

オラ、わくわくすっぞ!なんて考えていると、話がわたし達装者に振られた。

いいも何も・・・・。

 

「トップが決めたことなら異存はありませんよ」

「私も同じく、共闘に異存はありません」

「ま、変に動き回られるよりはマシか」

 

良く考えても、特にデメリットは無いように思えるので頷いておく。

翼さんやクリスちゃんも、似たような意見だった。

 

「けど」

 

けれどもここで、クリスちゃんが視線を滑らせる。

その先には、さっきドンパチしたばかりのきりしらちゃんがいた。

 

「そいつらはどうにかしとくべきなんじゃねぇか?フレンドリファイアは洒落になんねぇぞ?」

「・・・・ッ」

 

クリスちゃんに親指で指された二人は、思い出したようにまたこっちを睨み始める。

おお、怖い怖い。

でもクリスちゃんの言うことも一理ある。

・・・・・ぶっちゃけちゃうなら。

わたしはマリアさんに限らず、これまでたくさんの人を殺したり傷つけたりしてきたわけだから。

別に二人に殺されてもそれはそれでしょうがないって思うし、怨もうとも思わない。

けど、今はダメだ。

新たな脅威が出てきて、未来含めた大好きな人達が脅かされている今は、まだダメ。

とはいえ、それを伝えたところで、果たして二人が我慢できるだろうか。

いや、無理っしょ。

要は、二人がわたしに向けている憎悪やらなんやらを、別の形で発散させられればいい話だ。

そうしてこの事態を解決するまでの間、少しでもわたし自身を延命させる。

と、なると・・・・。

・・・・・うん、今のわたし。

すっごく悪い顔してる。

 

「――――まず先に言っておきたいのは、別に復讐をやめろって言いたいわけじゃないことだ」

 

考えを纏めて、二人に話しかける。

物理効果があるなら貫通していそうな視線を受け流しながら、続ける。

 

「マリアさんに手を上げたのは事実だし、わたしも別に逃げも隠れもしない。けど、今はダメ」

「ッどうして!?」

「前ならともかく、今はお役所勤務だよ?福利厚生しっかり保障された上でお給料もらってるんだから、仕事はきっちりこなさないとね」

 

そこでだ、と。

話を区切るために、人差し指を立てる。

 

「うちに戦闘シミュレーターがあってね?そこの最高難易度で、『装者死すべし(Diva Must Die)』ってのがあるんだけど 」

「・・・・それが?」

 

殺意も敵意も変わらないけど、耳は傾けてくれてるみたい。

 

「調ちゃんと切歌ちゃん、二人ともそこまで行けたのなら、事件が解決していなかろうと挑戦を受ける。もちろん仕留めたって構わない」

「「――――ッ!」」

 

お、食いついた。

使用するギアの関係か、はたまた昔なじみだからか。

立ち上がったタイミングはほぼ同じだ。

 

「ちなみにこの難易度、まだ誰もクリアしていないんだよねぇ。もちろんわたしも。だから二人がクリア出来れば、あるいは」

 

思わせぶりににやついてあげれば、二人の表情が引き締まる。

んっふふ、じゃあ、仕上げと行きましょうか。

 

「あー、でもさすがに高望みかなぁー?心臓ぶち抜いた相手が死ななかっただけで、ビビっちゃうような子達だもんなー?」

 

効果は、抜群だった。

狙い通り反応した二人。

調ちゃんが、力任せに机を叩く。

 

「ッやればいいんでしょう!?バーチャルごとき手早く攻略して!貴女を殺せば済む話ッ!」

「やってやるッ!やってやるデスッ!」

「――――その意気だ(Good)

 

口元を吊り上げる。

わたしの笑みを見た二人は、怒りで顔を真っ赤にして。

椅子を蹴散らしながら、やや乱暴にミーティングルームを出て行った。

 

「シミュレーターは右の突き当りを左だよー」

 

出て行く二人の背中に言ったのを最後に、部屋の中に沈黙が降りて。

それをすぐに破ったのは、クリスちゃんだった。

 

「アレに突っ込ませるとか、鬼だろお前。ありゃクリアするまでやめねーぞ?」

「しかもクリアが挑戦する条件だとも明言していないし・・・・意外と策士ね?響ちゃん?」

「二人の発散も出来て、こちら側の戦力増強にもなる。一石二鳥でしょ?」

 

了子さんにまで突っ込まれたけど、わたしだってちゃーんと考えているんですからね。

指を一本ずつ立てて作ったピースサインを振って、笑っておく。

正直、DMDが一日二日で攻略出来ると思えないし。

その間に憎悪やらなんやらが薄れてしまえば儲けもの。

・・・・・うん、割と悪い考えなのは自覚してる。

 

「だが、これではただの先延ばしだ。もし憎しみが燻っている内に目標を遂げてしまえば・・・・」

「その時はその時、八丁駆使してまた逃げますよ」

 

気遣ってくれる翼さんに、笑いかけて誤魔化しておく。

こんな状況だけれど、心配してくれるのが嬉しい。

その気遣いが、優しさが。

ここにいていいんだと実感させてくれる。

 

「というか、貴女はどうなのかしら?当事者の割には、あの二人ほど思っている様子でもないけれど」

「そういえば・・・・ライブ会場でのやり取りを見る限り、むしろ親しい印象を受けた」

 

と、ここで。

友里さんが疑問を口にして、翼さんが頷く。

了子さんも気にしていたのか、ちらりと視線を向けた。

・・・・実は、わたしも気になっていたことだ。

去年の暮れ、サンフランシスコにいたわたしを襲撃してきたのはマリアさん。

シンフォギアをシンフォギアとして使い始めたのもその頃からだったから、恐らく了子(フィーネ)さんの指示を受けてのことだったんだろう。

当然捕まる気は毛頭無かったんで、全力で抵抗させてもらったけど。

その結果、手傷は負ったけど何とか追い返すことに成功して・・・・。

あ、思い出した。

確かそん時、重傷を負ったマリアさんを回収してったのが、ザババコンビだった。

なるほど、だからあんなに怨まれているのか。

 

「・・・・惨敗したことよりも」

 

みんなの視線を一辺に受けて、少したじろいだマリアさんは。

やがてとつとつ語り出す。

 

「あの子達を泣かせてしまったことのショックが強くて・・・・だから、その子を怨んでいるかと言えば、正直微妙ね」

 

・・・・『たやマ』なんてからかわれているけど。

そのとおり、マリアさんの本質は優しさなんだろう。

だから、赤の他人に害されたことよりも。

『家族』が涙して、復讐に燃えてしまったことの方がショックだったんだ。

 

「それに、一度本気で殺しあったからこそ、ある程度の信を置ける部分もある」

「いや、物騒すぎんだろ」

 

最後、マリアさんはちょっと得意げにはにかんだ。

あらやだ、かわゆい笑顔。

ご馳走様です。

それから、信頼してるって言ってくれたのもありがたい。

 

「あ、でもリベンジはしたいかしら。私も『Diva Must Die』とやらをやるべき?」

「いーえー!マリアさんならいつでもウェルカム!後ろから撃たれないだけで儲けもんですよー!」

 

湿っぽくなった空気を払拭すべく、両手の親指を立てて思いっきりスマイル。

効果はあったようで、それぞれ苦笑いしたり、呆れたりしていた。

 

「まあ、勝手に取り決めた響くんには、後で説教するとして」

「なんてこったい」

 

さらっと死刑宣告しながら、弦十郎さんが咳払い。

わざわざ立ち上がって、ナスターシャ教授の対面に移動する。

 

「新たな装者が仲間になると来れば、とても心強い!どうかよろしくお願いするッ!」

「こちらこそ。今はここにいないドクター共々、お世話になります」

 

弦十郎さんの力強い手と、ナスターシャ教授のか細い手がしっかり握られて。

何はともあれ、ここに二課とF.I.S.の同盟は締結された。

不安要素は拭えていないけど、なんか、こう。

ええよな!仲間が増えるって!

 

 

 

 

 

 

なお、この後。

ハードまで順調にクリアしたきりしらちゃんは、案の定DMDで盛大に躓き。

『ばたんきゅー』しているところを二課スタッフに発見されるんだけど。

それはまた、別のお話。




本編内の『殺しあったから~』の台詞。
知り合いがぼやいて、盛大に吹いた思い出があるので。
使ってみたかったものだったりします。
・・・・CCさくらのお兄ちゃんと先生のシーンで言うのは本当に反則(


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インターバル的な

ワンクッション的な回です。


「――――悪かったな」

 

マリア一派との話が終わった後。

弦十郎からのありがたい話を聞くべく立ち上がった響を、クリスの言葉が呼び止める。

 

「何の話?」

「ライブ会場のことだよ。理屈じゃねぇってかっこつけたばっかりに、お前が・・・・」

「私からも、すまなかった立花。雪音の諫言を無視してでも、加勢するべきだった」

「あー、そのことかぁ」

 

クリスと並んだ翼からも、申し訳なさそうに頭を下げられた響。

どこか戸惑った様子で、頭をかいてから。

 

「好きにやらせてくれたし、むしろこっちがお礼言う方だよ。翼さんも、踏みとどまってくれてありがとうございます」

「けどよ・・・・!」

 

話題に似つかわしくないほけほけした笑みへ、クリスはなお食って掛かったが。

 

「理屈じゃないんでしょう?憎いって感情は」

「・・・・ッ」

 

言い聞かせるように諭されては、二の句が咄嗟に出てこなかった。

 

「・・・・だが、あの二人に関しては、何らかの対策を打つべきだ。このままでは、お前が」

 

もう一度、響の命を守るための策を立てることを進言する翼。

理由としてはやはり、ガングニールを扱う仲間であることが大きいのだろう。

かつて天羽奏という半身を失った経験は、たった二年で雪ぎきれるほど軽いものではない。

もちろん付き合いが長くなった今としては、それ以外の根拠もあるにはあるのだろうが。

現時点で響がぱっと思いつく要因といえば、それくらいなものだった。

だから、響も再び首を振る。

 

「いいんです。正当防衛とはいえ、あの子達の大事な『家族』を傷つけたのは、間違いなくわたしですから」

「だから殺されたとて、恨み言を言わないと?立花はそれでいいかもしれないが、小日向は・・・・!?」

 

今度は翼が食って掛かる。

どちらかと言えば、未来との付き合いが長い翼。

特に、響がおらず、寂しい想いをしていた頃の姿を目の当たりにしたからだろう。

後少し枷が外れれば、胸倉を掴んでしまいそうな勢いで詰め寄る。

 

「・・・・わたしと未来だけじゃない。翼さんやクリスちゃんだって、『誰か(みんな)』の『大事な人』です」

 

だが、どこか迫力のあるそんな姿にも、響は『否』を示す。

 

「わたしは今まで、『誰か』の『大事な人』を、傷つけて、殺して、奪ってきましたから。これは正しいことなんです、汚れに汚れた罪人に相応しい災難なんです」

 

過去を想起しているのだろう。

俯いて虚空を見つめる響に、翼もクリスも何も言えなくなってしまった。

そんな、妙な沈黙が降りてきたところで、

 

「こーのー子ーはーもぉー!!」

「ふぁーっ!?ちょっと待ってナニコレ意外と強いぞりょーこさああああああ!?」

「全く油断も隙もありゃしないな、響くん」

 

突然、後ろから響の頭が引っつかまれた。

そのままアイアンクローをかますのは了子。

弦十郎と違って裏方担当(インドア派)な彼女でも、本気で掴みかかれば相応に痛い。

ぎりぎりと手に力を込める了子の隣で、弦十郎が腕を組んで立っていた。

 

「いっぺん、自愛についても説いた方がよさそうだな?」

「あらいいわね。私も一緒させて頂戴、弦十郎くん」

「じーざすッ!」

 

OTONA、いや、大人としてしっかりしている弦十郎に加えて、彼以上に口先に長けている了子も参加するとあってはたまったものじゃない。

しかし、響が悲鳴を上げたところで決定を覆せるはずも無く。

結果、翼とクリスに苦い顔で見送られながら、『ドナドナー』と連行されてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

い、いのち、だいじに・・・・!

翌朝。

事前連絡の場で、調ちゃん切歌ちゃんの処分が公表された。

まあ、わたしが死ななかったとは言え、きりしらちゃんがあの程度で許してもらえるはずも無く。

了子さんとの二人掛かりでがっつりお説教を終えた後、弦十郎さんとナスターシャ教授で話し合ったらしい。

結果、以下のような処分が発表された。

 

一つ、大前提として二課の職員には手をかけないこと。

マリアさんやナスターシャ教授だけではなく、大人達の言うことをきちんと聞くこと。

この中には立花響(わたし)も含まれること。

 

一つ、立花響(わたし)に関しては、本人が提示した条件を満たせば順次決闘を申し込んでもいいこと。

ただし殺しはダメゼッタイ。

『被害者』たるマリアさんが生きているので、殺すのはやりすぎだということ。

 

一つ、今日から一週間の間、二人のギアは弦十郎さんが没収すること。

出撃時や訓練時には返すけど、それ以外でのギア使用は全面的に禁止。

生命的な危機に関しては、二課のエージェントでそれとなくカバーするとのこと。

 

以上、三つの処分が二人に課せられた。

 

「響くん本人が気にしていないことと、クリスくんの『憎しみは理屈ではない』という意見に納得が行っているから、あまり責めていないが、それでも仲間に手を出されて思うところがあるのも本音だ」

 

腕を組み、少し怖い顔で二人を見下ろす弦十郎さん。

 

「厳しいことを言うが、協力関係になったとはいえ、君達はあくまで外部組織。していいことと悪いことは、数多く存在する」

 

二人とも、弦十郎さんの話を黙ってきちんと聞いている。

相手がわたしじゃないなら、普通に話を聞けるみたい。

ちょっと感情が優先しちゃうだけで、根はいい子達みたいだしね。

 

「君達の行動が、ナスターシャ教授やマリアくんの信頼失墜に直結することを、肝に良く命じておいて欲しい。分かったな?」

「・・・・はい」

「・・・・デス」

 

弦十郎さんの確認に対し、調ちゃんと切歌ちゃんはしっかり頷いた。

・・・・こうやって皆の目がある場所で処分を下すのは、二課の職員達が、二人と同じように私情でちょっかいを出すのを避けるためだろう。

いくら司令官が出来た人だからと言って、その部下まで綺麗さっぱりな人たちとも限らないしね。

実に残念な話だけど。

いまや調ちゃんと切歌ちゃんは、二課にとって重要な戦力。

その辺も考慮した結果なんだろうと、一人で結論付けておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

と、いうのが。

五日くらい前のお話。

 

 

 

 

 

 

 

あのライブ以来『パニッシャーズ』の音沙汰は無く、わたし個人としてはそれが不気味に思えたりする。

緒川さん率いる諜報部の皆さんがあっちこっち駆け回って情報を集めているらしいけど、どの程度集まるのか想像がつかない。

世間があまり混乱していないのは、ある種の救いだったりするけど。

この後どうなるか分からない以上、警戒するに越したことはない。

 

「――――立花響ッ!お前に聞きたいことがあるッ!!」

「なんでしょ」

 

まあ、五日もあれば怪我なんてだいたい治るよね。

と言うわけで、了子さんを筆頭にした技術班に、ウェル博士が合流。

挨拶も済ませた早々に、わたしに向けて指を突きつけてきた。

 

「お前にとっての英雄とはッ!?」

「大衆のおもちゃ」

「ひねくれ過ぎィッ!」

 

文書を作成する傍ら、博士の質問に即答。

いやぁ、前世で必死こいて取得したワープロの知識が、まだ生きてて良かった。

忘れてる部分もあるけど、実際にやってみると次々思い出すし。

うん、これは思ったよりいけるかもしれない。

一方の博士は、まるで昭和のおじさんみたいに『かぁーッ!』と頭を抱えた。

 

「君くらいの青少年なら、もうちょっと夢を見るべきではないか!?」

「夢見てばかりの大人もどうかと思いますけどね。了子さん、実験申請の文書出来ました」

「送ってちょうだい、確認するから」

「はーい」

 

カタカタポチポチとパソコンを操作して、データを了子さんの端末に送る。

 

「だいたい自分が半ば英雄みたいな扱い受けてるくせに!こないだポカしたボクへの嫌味かッ!?」

「まさか、誰が好き好んで毛嫌いしてる存在になるもんですか。わたしの理想は縁側で緑茶を啜ることです」

「渋い、そしてささやか過ぎる・・・・」

 

――――いくら情報を規制しようとも、人の口に戸は立てられない。

ルナアタックの頃から、わたし含めたシンフォギア装者の噂はまことしやかに囁かれていたわけだけど。

あの『QUEENofMUSIC』の会場でわたしとマリアさんが生中継されたことから、実在がほぼ確信されてしまった。

一応『日本とアメリカが共同開発したパワードスーツ、仔細は秘密』と公式発表はしているものの。

たまに街中で、赤の他人から話しかけられるようになった。

その度に『人違いです』と訂正するのは、正直面倒くさい。

中にはしつこい人もいるから、なおさらっすよ・・・・。

で、わたしの持つ将来のヴィジョンの一つをカミングアウトすると、ナスターシャ教授を手伝ってたマリアさんが呟いていた。

 

「しかし、実際に『こいつ』を利用して、月を正常な軌道に戻すとはね」

 

『フロンティア』こと、『鳥之石楠船神』。

正式名称長ったらしすぎて、覚えるのを諦めた人は結構多いはず。

クリスちゃんと緒川さんが駆けつけたことで守られた完全聖遺物『ネフィリム』の力で制御し、月遺跡へアクセスすることで元の位置に戻すという作戦。

そのためのフォニックゲインの用意やら、やることはたくさんあるんだけど。

 

「だがネフィリムはとてつもない『大喰らい』、装者が六人いたとしても、一回の歌では起動しないでしょうね」

「だから早いうちからフォニックゲインをコツコツ溜めて、フロンティア起動に備えておくんでしょ?」

 

もちろん、制御機関(ハンドル)だけ準備したところで、意味は無い。

フロンティアを起こす『鍵』だって必要だ。

 

(――――『鍵』)

 

そこまで考えて、思考が立ち止まる。

・・・・『鍵』、『鍵』かぁ。

・・・・・やっぱり、『そう』するしかないんだろうか。

ああ、いかんいかん。

朝っぱらから思考が欝ってた。

『パニッシャーズ』という不確定要素がある今、足踏みしている暇なんてない。

 

「あ、響ちゃん。そろそろ偵察用の設備が届くはずだから、チェックお願いね」

「りょーかいです」

 

まずは、目の前のお仕事を片付けることにしよう。




ザババコンビに関するアレコレと、ウェル博士ログインの話でした。


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緊張し続けてると疲れる

結局。

あれから一週間が経過しても、連中は動きを見せなかった。

その間こっちは『フロンティア計画』にかかりきりになれたからよかったものの。

そろそろ何らかのアクションがあってもいいと思う。

 

「では、この一週間で判明したことを報告します」

 

さて。

ミーティングスペースに集められた、装者を始めとした主要メンバーズ。

 

「まず、ライブ会場および岩国基地を襲撃したパニッシャーズについてですが」

 

緒川さんに頼まれた友里さんが、モニターに新聞記事を表示した。

――――これは。

 

「日付は二年前・・・・立花達が、行方をくらました時の?」

「はい」

 

『中学生の少女二人、行方不明』『原因は周囲の迫害か』。

そんな見出しと共に、やれ現代の魔女狩りだのなんだのと、まるで自分こそが正義であると言いたげな文章がちらっと見えた。

 

「二年前、お二人の失踪を切欠に、全国で行方をくらませる青少年が続出しました」

 

理由は言うまでも無く、ツヴァイウィングのライブ。

その迫害に嫌気が差していた人々が、わたし達に肖って次々家出したらしい。

この『家出ブーム』が社会現象を引き起こしたことと、日本政府がそれまで伏せていたノイズ出現の現場を公表したことで。

迫害が終息してったんだっけか。

 

「そのほとんどは警察により発見・保護され、家族の下へ帰ることが出来ました。最終的に見つからなかったのは、五人」

 

その五人というのが、と。

続けて表示される顔写真。

当時手がかりとして警察に提出されたものらしい。

そのうち二人は、わたしと未来。

あー、何か。

若い。

たった二年前なのに、やけに子どもっぽく感じる。

この頃の未来、ほっぺがまだふくふくしてたんだよなぁ。

おっと、脱線してた。

気を取り直して、改めて画像を見る。

残りの三人は、ライブ会場や岩国で見かけた顔と。

 

「武永・・・・?」

 

知っている顔に、思わず名前を口走っていた。

緒川さんもそれを分かっていたのか、皆が少なからず驚く中でしっかり頷いていた。

 

「知ってんのか?」

「知ってるも何も、同級生だよ」

 

最も、クラスは違った上に友達ってわけでもないヤツだったけど。

小学校が一緒だったので、顔だけは何となく覚えていたのだ。

多分、誰もがそういう奴の一人や二人いると思う。

 

「ああ、そういえばあいつも会場にいたんだっけ」

 

あの頃は、誰があの現場にいたのかがよく分かった。

皆から迫害されて、良く目立ったもんだから。

・・・・それにしても、行方不明か。

よろしくない連中にとって、『実験動物』を補充するには絶好のチャンスってことか。

 

「二名を除いた三人は、米国の情報にあった組織に誘拐された可能性があるということね」

「そう考えるのが妥当かと」

 

マリアさん含めた何人かも似たような考えだったらしい。

っていうか、実際に顔合わせた奴がいるわけだし。

ほぼ確定したと見ていいだろう。

調査でも、顔の形やらを照合した結果本人と断定されたらしいし。

・・・・にしても。

あいつらの目的は一体なんなんだろうか。

復讐にしたって、どういう手段でそれを成すのか。

相変わらず予想がつかなくて困るし、怖くもある。

 

(けど・・・・)

 

それでも、わたしがやることは。

壊せる危難のこと如くを、砕いて壊して、葬るのみ。

 

「今回の調査により、彼らの潜伏場所らしき建物を発見しました」

 

おっと、いかん。

考えてる間に話は進んだみたい。

いつの間にか俯いてた目を上げれば、山奥らしい場所に佇む廃墟が。

 

「とある反社会的な組織の流通ルートを調べましたところ、架空の企業から備品や食料品の発注が確認されました。その最初の日付は、二ヶ月前」

「なるほど、準備を始めとした行動をするには、十分な期間・・・・そういうことね?」

「はい」

 

早速明日にでも作戦が行われることになって、装者は出撃まで待機を言い渡された。

 

「響ちゃんも、今日はもう帰っちゃいなさい。作戦開始は夜、体力を温存しとくに越したことはないわ」

「そいうことなら、遠慮なくー」

 

了子さんにも言われてしまったので、遠慮なく帰ることにする。

 

 

 

 

 

 

と、言うわけで。

 

 

 

 

 

「たっだいまー」

「おかえりなさい」

 

ちょっと早めに帰宅ですよー。

ぱたぱた出迎えてくれたのは、エプロン姿の未来。

ここんとこ帰りが遅かったから、ひっさびさに見た。

かわゆい(確信)

 

「今日は早いね」

「んー、代わりに明日の夜はいないけど」

「・・・・それって」

「まー、お察しのとーりとだけ」

 

暗に出撃があると言うと、目に見えて心配そうになった。

・・・・ああ、相変わらず。

優しいなあ。

 

「それより、今日のご飯何ー?何かいい匂いするねー?」

「あ、と。響、鮭好きでしょ?ホイル焼きにしてるの」

「大好き!やったね!」

 

とはいえ、あんまり暗い顔はさせたくないので、さっと話題を掏り替える。

味は感じなくとも、嗅覚はまだ生きてるからねー。

バターのいい香りが、空きっ腹にダイレクトアタックしてきとるよ・・・・!

 

「最近、すごく大変そうだから。ちょっとでも元気になれたらって・・・・・全然、大したことじゃないかもしれないけど」

 

そう言って、未来は控えめにはにかんだ。

ちょっと自虐が混じっていても、想ってくれる優しさは十分に伝わって。

・・・・・あー、もー。

この子は、本当に・・・・!

 

「・・・・ッ」

「ひ、響・・・・!?」

 

衝動のまま、抱き寄せる。

逃げないって分かっていても、やっぱり気になったから。

わたしごと壁に押し当てて、逃げられないようにする。

驚いている未来には申し訳ないけど、簡単に離すつもりは無かった。

・・・・温もりは感じないし、わたし自身も物理的に冷たい。

それでも、そんな実感以上の『温もり』は、確かにこの胸を温めていて。

 

「・・・・響、どうしたの?」

 

こんな突発的な行動にも関わらず、未来は律儀に抱き返してくれる。

問いかける声は変わらず、心配してくれているそれで。

 

「・・・・何でも無い、ちょっとだけこのままで」

「・・・・うん、いいよ」

 

――――わたしは、別にいい。

どんなに惨たらしい最期を迎えたって、文句は一切言わないから。

代わりに、優しいこの子へ。

優しくしてくれる仲間たちへ。

明るい未来(みらい)を、どうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――そろそろ、頃合なんじゃねェの?」

 

どことも知れぬ闇の中。

いつか岩国基地で響とぶつかった青年が、気だるげに話しかける。

 

「インターバルは十分取った。世間の気も緩みきってるだろうよ」

「それに、今はもっと別のことに夢中みたいだしね」

 

スマートフォンをいじっていたリブラが示した画面。

かつてネットやSNSに上げられた、響を始めとした装者達の画像が数多く上げられていた。

政府の規制によりページが削除されても、そこに上げられた画像を保存していた者がいたのだろう。

星に届かずとも、それなりに数のそろった彼らは。

一週間前のライブ中継を切欠に、こぞって溜め込んだ『コレクション』を放出しているのだった。

削除されようとも次々アップロードするその根性には、呆れるやら感心するやら。

 

「ドカンと一発かますには、十分でしょ?」

 

そろって笑いかける先。

頬杖をついていたそいつは一度目を伏せて、しばし沈黙。

やがて、醒めるようにゆっくり目蓋を開けた。

 

「・・・・そうだな」

 

静かに口を開いて、立ち上がる。

 

「そろそろ花火を上げるとしよう、秋空を煌々と照らすんだ」

 

ゆっくり歩き出したその姿に、他の二人も待っていたといわんばかりに笑みを浮かべて立ち上がる。

 

「夜空を彩る、数多の(いのち)・・・・・きっときっと、綺麗だろうよ」

 

握った拳に炎が滾り、その顔をぼんやり照らした。

真っ赤な瞳は、一体何を――――




すみません、鮭好きなのは自分なんす。
塩焼きはジャスティス・・・・!


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閑話:おい鍋食わねぇか

出来るうちにほのぼの補給・・・・。


――――それは。

マリア一派が参入してきた、三日後のこと。

 

「鍋パーティですか?」

 

休憩時間、いつもの談笑タイム。

カフェラテを飲んでいた響は、きょとんと首をかしげる。

 

「そ、弦十郎くんの発案でね。マリア達という味方が増えたのはいいけれど、見逃せない不安要素も多々あるから」

「一回一緒にご飯食べるなりして、ある程度のわだかまりを無くそうって魂胆ですか」

「なるほど・・・・」

「ごめんなさい、うちの調と切歌が・・・・」

 

一緒に話を聞いていたナスターシャとマリアは、納得すると同時に申し訳なさそうに縮こまる。

響個人としては、原作ファンというミーハーな部分を抜きにしても仲良くしたいと思っていたところなので。

『ちょうどいいです』とフォローを入れた。

 

「それにしても『ナベ』ですか・・・・様々な具材を煮込んだ一つの器を、(みな)で分け合うという料理。確かに、親睦を深めるに相応しいでしょうね」

「お、おう・・・・いえ、みんなでわいわい出来るっていうのと、単純にあったかいからじゃないですかね」

「確かにここのところ肌寒いわよねぇ、そろそろこたつ出さなきゃ」

 

真剣に考察するナスターシャだが、日本人としては普段から何気なく食べているものなので。

そう大真面目に考えられると、どこかむずがゆい気分を覚える。

突っ込みを入れた響に、友里はココアを飲みながらのんびりぼやいたのだった。

 

「オーソドックスに寄せ鍋と・・・・トマト鍋?」

「豆乳鍋にキムチ鍋もあるわね。最近は鍋用のつゆも売られているから、家で出来るレパートリーも随分増えたわ」

「パーティーっていうなら、いっそすき焼きなんてどうでしょ。溶き卵につけて食べるとおいしいんですよねぇ」

「〆は麺派ですか?雑炊派ですか?」

「場合によるかしら、私すき焼きはうどんで〆たい派~」

 

日本勢が鍋について熱く語りあっている中。

ふと響が視線をずらすと、何やら目をキラキラさせて乗り出しているマリアが。

 

「あ、えっと・・・・そう、ね。おいしいものを食べれば、さすがの二人も大人しくなるかも」

 

見られていることに気付くと、顔を赤らめながらやや早口でまくし立てながらそっぽを向いた。

ナスターシャはそんな彼女を微笑ましそうに見守っている。

会話していた当事者や、傍から見ていた職員達は同じ感想を抱いた。

『何だこの可愛い生き物』、と。

 

「場所は弦十郎くんの(うち)を使うらしいから、広いわよー?未来ちゃんやお友達も是非誘って頂戴」

「はーい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんて会話がされた、さらに二日後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(白菜、春菊、長ネギ、きのこもある・・・・)

 

旧リディアン近くの商店街。

大きな買い物袋を抱えた未来は、買い忘れが無いかを確認していた。

 

「しらたきもあるし、豆腐も普通のと揚げたのとあるよー」

「鱈とアサリもオッケー」

「すき焼き用のお肉も、ナイスなお値段でゲットです」

 

同じくマイバッグを抱えた弓美、創世、詩織の三人も、それぞれが担当した食材の確保を告げる。

二課に新しいメンバーが参入したことにより、開催が決まった鍋パーティ。

せっかくだからと響に誘われた未来は、訳知りの友人である彼女達も誘ったのである。

 

「ありがとう、急な話なのにごめんね」

「いーってことよ!こっちとしちゃ、歌姫二人とご相伴できるっていう役得な部分もあるしね」

「お誘いいただきありがとうございます」

 

もう秋も半ば。

冬ほどではないにしても、油断すると体を冷やしかねない。

なので、未来達は移動を開始した。

会場である弦十郎邸についた四人は、未来が預かっていた合鍵で中へ。

 

「早いとこ作らないと、ビッキー達帰ってきちゃうよ」

「うん」

 

台所は好きに使っていいといわれている。

普段は緒川あたりが手入れしているのか、思ったより綺麗だった。

 

(申し訳ないけど、翼さんや弦十郎さんがキッチンに立ってるのは想像できない・・・・)

 

内心でこっそり謝りながら、いそいそ準備に取り掛かる。

色々悩んだ結果、寄せ鍋とすき焼きを大きめの鍋で出すことになった。

出されていた鍋は大分大きいサイズだったが、人数もいるためコレくらいがちょうどいいだろう。

 

「水切りした鱈、拭き終わりましたよ」

「白菜、春菊、長ねぎも切れた」

「ありがと」

「ヒナ、お肉の焦げ目ってこれくらい?」

「うん、火止めていいよ」

 

それなりの量だが、人手があるとかなり楽だ。

寄せ鍋用の出汁に醤油やみりんを加えて味を調える。

後はそれぞれの鍋に、火の通りにくいものから順に具材を入れていく。

最後に春菊やアサリといった火の通りやすいものを入れて、蓋をした。

 

「寄せ鍋のアサリが開いたら、いいくらいかなぁ」

「「「わー!」」」

 

メイン料理はこれでいいが、仕事はこれで終わりではない。

協力してテーブルと座布団を並べて、カセットコンロを設置。

箸や取り皿までスタンバイしてから、鍋二つを移動させる。

 

「お邪魔しまーす」

 

と、ここで。

玄関のほうが騒がしくなった。

ざわざわと複数人の声に混じって、知っている声も聞こえる。

未来達の方へ歩いてくる音。

宴の会場へ、一番乗りを決めたのは、

 

「小日向、ご苦労だった」

「おかえりなさい、翼さん」

「おお、うまそー」

 

この家の住人である翼と、ただよういい匂いに鼻をひくつかせるクリス。

 

「みんなは?」

「立花や司令達は最後の方に来る、他は順次・・・・っと」

 

翼が言い終える前に、また次の人物が。

 

「おぉ・・・・!」

「いい匂い・・・・」

 

未来は初めて見る、二人の少女。

一方は金髪のショートヘアで、活発な印象を。

もう一方は、黒い髪を二つ結びにした、大人しい印象を受けた。

正反対だが、ぴったり。

未来はそんな感想を抱く。

 

「自己紹介は後で纏めてやってしまおう」

「そうだな、ほら、好きなとこ座れよ」

「は、はい・・・・」

「デス」

 

翼とクリスに促され、部屋の中に入っていった。

 

「やあ、こんばんはお嬢さん」

「え、ああ、こんばんは」

 

彼女らを見送っていた傍から声をかけてきたのは、白衣を纏った好青年。

メガネの向こうから穏やかな瞳に微笑まれ、未来は慌てて返事をする。

 

「ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスと言います、長いのでお気軽にウェルとお呼びいただければ。今日はお世話になります」

「こちらこそ、よろしくお願いします。ウェルさん」

 

弓美達が先ほどの少女達にあれこれ話しかけている部屋の中へ促せば、青年は小さく会釈した。

そして、

 

「未来ー!人ん家だけど、ただいまー!」

「響!・・・・ん?」

 

やはり待っていた、響の声。

目に見えて嬉しそうに反応した未来だったが、振り向いた先の光景に思わず首をかしげた。

その違和感の正体は、滅多に見かけない車椅子を見たからだとすぐに分かったが。

 

「ごめんごめん、ちょっと手伝ってたんだ」

「こんばんは、お世話になりますね」

「はい、じゃ、なくて、えっと・・・・」

 

車椅子の女性に微笑みかけられた未来は、直後に戸惑いの表情を見せた。

学校の授業やなんかで、車椅子の補助の仕方は習ったものの。

和室での対応が分からなかったからだ。

 

「大丈夫よ、私が出来るから。ありがとう」

「あ・・・・はい」

 

そんな未来を見かねてか、マリアが微笑みかける。

礼を言ったのは、未来の気遣いを察したからだった。

 

「これもう出来てんのか?」

「多分、そろそろ煮えてる頃ですよ」

 

『じゃあ、確認のため』とかこつけて、クリスが土鍋の蓋を開ければ。

ふわっとあがった湯気の中から、おいしそうな具材が色鮮やかに並んで、いい匂いを部屋中に運んだ。

 

「おぉー!」

「こっちもいい感じ、食べごろね」

 

了子がちゃっかり開けたすき焼きの方も、いい具合に煮えているようだった。

カセットコンロの火を、熱が維持できるくらいに弱めて。

各々座った面々に、取り皿が配られる。

そして、さあ食べようと行きたいところだったが。

初対面組みの簡単な自己紹介を先に行うことに。

主に弓美達学生メンバーの姦しい名乗りに、マリア達は少し気圧されていたものの。

調と切歌は、彼女達のノリを興味心身に見ていた。

 

「じゃあ、音頭は・・・・響くん、やってくれ」

「おっふ、ちょーっと無茶振りじゃないですかね」

 

気を取り直して、いい加減腹の虫を治めるべく食べることに。

弦十郎に名指しされた響は苦笑い。

だが何かを思いついたのか、ちょっといたずらっぽい笑みを浮かべて。

徐に、両手を合わせる。

 

「おててをあわせてくださいッ!」

「ッあわせました!」

 

口から出てきたのは、聊か幼い表現。

『ネタ』が分かるのか、弓美を始めとした日本勢がノリノリで合わせてくる。

頭にはてなを浮かべていた面々も、響や弓美達にならい両手を合わせて。

それを確認した響は、更に子どもっぽい声を出す。

 

「いたーだきますッ!」

「「「「いたーだきますッ!」」」」

 

直後に上がる笑い声。

ネタが分からなかった面々も、響達の拙い振る舞いが面白かったのか釣られて笑う。

笑顔もそこそこに、早速それぞれ取り皿に具材やつゆを取っていく。

全員が咀嚼に集中したことで、束の間沈黙が降りて、

 

「うんまー!お出汁が効いててさいこー!」

「すき焼きの甘辛さも絶妙ー!」

 

ほっほと熱さを逃がしながら、幸せそうに顔をほころばせた。

ナスターシャは出汁の香りにほっと一息つき、調は初めて食べる鱈を静かに噛み締めている。

切歌は揚げ豆腐が気に入ったようで、溜まった熱に四苦八苦しながら頬張っていた。

マリアはというと、殻つきのアサリを見様見真似で食べながら舌鼓。

と、何となく視線を滑らせた先。

周りと同じように鍋の具を食べている響が見えて、ふと疑問がわいた。

 

「どうしたの?マリア」

「ああ、えっと・・・・」

 

気付いた了子が話しかければ、首をかしげていたマリアは少しばつの悪そうな表情になって。

 

「・・・・あの子って、その、味は?」

「ああ・・・・話したとおりよ、味覚は失われているらしいわ」

 

マリアの疑問を察した了子は、賑やかな周囲に紛れて、かつ聞こえる声で続ける。

 

「けど、未来ちゃんが作ったもの、ないし一緒に食べるものに関しては、ああやって幸せそうにしているの」

「・・・・そうなの」

 

見てみると、未来に感想を聞かれたらしい響は、にこにこしながら頷いている。

味覚がないと分かっていても、告げているのが世辞なんかではないことは容易に想像がついた。

 

「ところで、ぼぅっとしてると無くなっちゃうわよー?」

「え、あっ!」

 

はっと我に返れば、先ほどよりも減っている中身。

マリアは慌てて、箸を伸ばした。

ウェルはしらたきの感触を何度も噛み締め、弦十郎は卵をつけた肉をうまそうに頬張る。

クリスは食べかすを少々散らしながら、翼は幼少より仕込まれた作法で綺麗に食べていた。

あれだけあった中身も、十数人そろえばあっと言う間になくなる。

 

「さて、お腹にやや余裕を残したところで」

「本日の〆です」

「待ってましたー!」

 

ちょっと物足りなそうにしていた調と切歌を励ますように、詩織と創世がそれぞれうどん麺と米を取り出す。

 

「響、昔よくやってくれた雑炊って、どう作ってたっけ?」

「ああ、ちょっと待って」

 

未来が鍋の灰汁を取りながら問いかけると、響は一度座りなおし、雑炊用の卵を手に取った。

ご飯をくつくつ煮込む横で、割った卵の殻を使いながら器用に黄身と白身を分ける。

 

「まず先に白身をいれるじゃん?で、ちょっと煮る」

 

先にある程度かき混ぜた白身を加え、一回ししてから、蓋をする。

 

「そんで、黄身を加えて、後はオーソドックスに三つ葉を散らせば・・・・完成!」

 

少し待ってからほぐした黄身を入れ、三つ葉と一緒にまた一回しすれば。

黄色と白、そして緑の色合いが実においしそうな雑炊が。

うどんを入れたすき焼きも、また違った見た目で楽しませてくれる。

 

「お鍋の〆って欠かせないよねー、うまー!」

 

ある者はうどんを、ある者は雑炊を。

具材の旨味をたっぷり含んだ〆を、次々かき込んで行った。

 

 

 

 

――――ごちそーさまでした!

 

 

 

「美味かったか?」

 

片付けの時間。

『余計に散らかるから』と強く待機を言い渡された翼は、ナスターシャと話していた調と切歌に話しかけた。

 

「・・・・すっごく、おいしかった」

「デス、食べ物に罪はないのデス」

 

やはり響と同じ席というのが気にかかるようだったが、しっかり頷く二人。

 

「今度はうちらだけでやってみたいデス」

「うん、マリアにもうちょっと食べさせてあげたい」

「そうか」

 

翼はナスターシャと一緒に、同じく微笑ましげに頷いている。

 

「お前達は、マリアが大切なんだな」

「当たり前」

「大好きデスから」

 

零した言葉に、勢い良く食いついて即答。

それを受けた翼は、やや真面目な顔と口調に切り替えた。

 

「だがな、それは小日向も同じなんだ。立花を好いていて、とても大切に思っている」

「・・・・ぁ」

「・・・・っ」

 

自分達よりも『立花響』を知っている人物だからか、それとも今日話すことが出来て、少し距離が縮まったからか。

気がついた顔で、二人は同時に未来を見た。

机の片づけを手伝っていた彼女は、視線を一遍に受けて。

最初こそ戸惑っていたものの、すぐに『どうしたの?』と笑みを浮かべる。

そこへまた別の机を片付け終えた響が戻ってきて、話しかけると。

未来は顔をほころばせながら答えていた。

 

「・・・・立花は、お前達の感情と向き合うつもりのようだし、私達が言ったところで止まる奴でもあるまい」

 

戸惑い互いを見合う切歌達へ、翼は目を伏せて続ける。

 

「だが、あの子にも、あの子を大切に想っている人がいて、守りたいと想っている人がいる」

 

どこか不安げに見上げてくる彼女等の頭を撫でて、笑みを浮かべる。

 

「どうか一度立ち止まって考えて欲しい、『仇敵を討つ』というその意味を」

 

言葉が出ない代わりに、二人はまた頷いた。

・・・・考えもしなかったのだろう。

憎くてたまらない相手にも、自分達の家族のように。

大切だと想い合う人がいるだなんて。

 

「案ずるな、立花は逃げも隠れもしないから」

 

最後にそう締めくくって、翼はまた微笑んだ。




さって、どシリアスの制作に戻らなきゃ(白目


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牙剥く『痛み』

正直やりすぎた←


「こんにちは」

「あら、未来ちゃんいらっしゃい」

 

放課後、旧リディアン近くの商店街。

新設された校舎からは少し距離があるものの、やはり通いなれた場所ということもあって。

未来はよくここで買い物をする。

いつもの八百屋に行ってみれば、すっかり顔馴染みとなった妙齢の女性が出迎えてくれた。

 

「今日は『旦那様』いないの?」

「あはは、今晩は泊りがけだそうです」

「あら、大変ね」

 

ごく稀にだが、休日なんかには響とも買い物に来たりする。

その際のやり取りが、『夫婦』だなんて茶化されるくらいにぴったりらしく。

この女性含めた数人には、すっかり『旦那様』なんて認識されている響だった。

 

「じゃあ、今日は未来ちゃん一人なんだ?戸締りはしっかりね」

「はい、ありがとうございます」

 

会話しながらも、あれこれ野菜を選んだ未来。

会計を済ませて、帰路に就こうとして。

 

「――――ッ」

 

突如として街中に響く、低く唸るような音。

それがノイズの出現を知らせるアラートだったからこそ、未来は体を強張らせた。

 

「未来ちゃんこっち!一緒にシェルター行こ!」

 

すぐに反応した八百屋の女性は、鋭く声をかける。

未来は戸惑いながらも頷き、せめてもの礼にと店じまいを手伝う。

 

 

 

 

 

 

「――――なんだ、これは」

 

一方、二課本部。

その光景に、誰もが愕然となる。

司令室モニターが映し出したのは、首都圏にある人口三十万ほどの都市。

そこをぐるりと囲むように立ちはだかっているのは、色とりどりのノイズ達。

市内へ進撃するでもなく、周辺へ散らばるでもなく。

ただ、そう。

まるで通せんぼをするように突っ立っていた。

積極的に人を襲う様子は無いが、動かない分警察や自衛隊などの一般的な組織の足止めに効果を発揮していた。

 

「一体、何を・・・・!?」

「どちらにせよ、放っておく道理は無い!全員出撃だ!」

「ッ了解!」

 

装者全員に号令がかけられ、響達は駆け足で司令室を後にする。

 

「市内の監視カメラとの同期、完了しました!」

「映像出ます!」

 

モニターが切り替わる。

映し出されたのは―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

建物が燃えている。

道路が燃えている。

人間が燃えている。

火の手はあちこちに上がり、生きているもの全てを飲み込まんとする。

万一炎から逃げることが出来ても、そこらじゅうを闊歩するノイズの群れがやはり生きるのを許さない。

少しでも鼓動を続けさせようなら、一瞬で刈り取られた。

建物が崩れている。

道路が割れている。

生き物が死に絶えている。

ノイズか人か分からない黒い塊を踏みつけながら、まだ生きている人々は逃げ惑った。

 

「逃げろ!とにかく走り続けるんだ!」

 

彼らもまた、そんな一人だった。

痩せ型の中年サラリーマンとその妻、そしてその娘らしき三人が。

炎とノイズを何とか避けながら逃げる。

娘の腕には生まれたばかりの赤ん坊が抱かれており、この緊迫した状況が分かるのか、終始泣き叫んでいた。

その父親がどうなったのかは・・・・語らずとも分かることであろう。

 

「何で、何でこんな・・・・!」

「誰だって同じだ!どこかに、絶対どこかに安全な場所が・・・・ッ!」

 

そんな一家の目の前に、降り立ったものがいた。

リブラだ。

彼女は意味深ににやつきながら、通せんぼするように立つ。

ウェーブがかった癖っ毛から覗く瞳は、どこか鋭く一家を睨んでいた。

彼らは呆然としながらも、しかし心当たりのある顔をする。

 

「理沙・・・・やっぱりお前なんだな?」

「あーら、覚えていたの?意外」

 

父親が一歩前に出れば、リブラは嘲りながら鼻で笑う。

 

「『家族じゃない』っていうくらいなんだから、もうとっくに忘れてると思ったわ。すごいじゃない」

「・・・・ッ」

 

完全に小馬鹿にした態度。

父親は大声で反論しそうになるが、ぐっと堪える。

堪えた上で、口を開いた。

 

「・・・・このノイズ達は、お前が操っているのか」

「そうよ、言うことをきちんと聞いてくれるの。どっかの誰かさん達みたいに、無視や否定なんてしないいい子達なんだから」

 

そう、リブラが指先を動かせば、周囲にいたらしい個体が寄ってくる。

手がアイロンのようになっている個体の頭を撫でて、おたまじゃくし型に腰を下ろす。

一家はそれだけで、目の前の彼女が異常な存在であることを悟った。

 

「・・・・だったら」

 

しかし父親は、この事実を好機と見込む。

地面にひれ伏し、すっかり熱せられたアスファルトへ額をこすりつけた。

 

「だったら頼む!母さんと真子だけは逃がしてやってくれないか!?」

「お父さん!?」

「お父さん、何を!?」

 

妻と娘のぎょっとした視線を受けながらも、しかし彼は土下座をやめない。

 

「後悔しているんだ!こんなことになって!本当に!だからッ・・・・・!」

「・・・・そう」

 

――――自分を担保にして、家族を助ける。

実に麗しい行為だったが。

 

「残念だわ、本当に。()()()()()にならなきゃ、自分の仕出かしたことを自覚しないなんて」

「理沙・・・・!」

 

次の瞬間、リブラははっきりと顔に怒りを刻んだ。

 

「こんなアホ共と十年以上家族してたなんて、反吐が出る!!」

「理沙!お願い、やめて・・・・!」

「わたしが『やめて』と言って、あなた達はやめたかしら!?やめてないわよね!?ねぇ!?」

「理沙、理沙、理沙・・・・・!」

「軽々しく名前を呼ぶなッ!!」

 

絶望する夫にすがりながら、母親は懇願する。

だが、彼らの発するいかような言葉も、もうリブラには届かない。

 

「やっぱり死んでよ。死んで地獄に落ちて、ずっとずっと苦しみ続けてよ!!」

 

そしてとうとう怒りのまま、棍を突きつけて号令を出した。

飛び出すノイズ達。

両親は悲鳴を上げる間もなく、避ける暇もなく。

絶望をはっきり顔に出して、黒い塵に変わった。

 

「は・・・・はぁ・・・・・はっ・・・・!」

 

咄嗟に身を捻った娘は、呆然と両親だった塵を見つめる。

錯乱しかけた心を繋ぎとめたのは、腕の中で泣き喚く赤子。

 

「ね、ねぇ、理沙?」

 

わなわな震える唇を、何とか動かす。

 

「ゎ、私は、ダメ、でも、この子はいいでしょ?何にもしてないもの、何にも悪いことしてないもの、見逃してくれたっていいでしょ?ねぇ?理沙?」

 

早口になってしまったが、言いたいことは言えた。

未だ泣き叫ぶ我が子の声は、母親としての本能を刺激して。

命乞いをするだけの理性を繋ぎ止めてくれている。

降りる沈黙、両親の塵が風に散り始めた頃。

 

「――――その子にとっての不幸は」

 

しかして、無情にも。

棍の切っ先は突きつけられる。

 

「あんたみたいな親のとこに生まれたことよ、姉さん」

 

ぞっとするほどの、淡々とした無表情。

まるで無機物を見るような、廃棄物を見るような。

少なくとも生き物に向けていい目じゃなかった。

 

「ぁぁ・・・・・あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!!!」

 

逃げなきゃという一心で、抜けた腰を取り戻して立ち上がる。

みっともない声を上げながら来た道を引き返し、少しでも背後の『脅威』から距離を置こうとして。

間もなく、赤ん坊の泣き声と共に途切れた。

呆気なく散った、家族だったモノ達。

吹いてきた強風にさらわれ、跡形も無く消えていく。

 

「――――ざまぁみーろ」

 

子どもっぽく『あっかんべぇ』をして、移動する。

足りない、まだ足りない。

この町の人間を一人残らず始末しなければ、この怒りは収まらない。

歩みを進めるその姿には、罪悪感など欠片もなく。




『災害ってこんな感じかな』ってノリで書いてました。


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地獄の中で

前回までの閲覧、評価、感想、誤字報告。
誠にありがとうございます。


街の惨事は、空の上からなおよく見えた。

あちこちにあがる火の手。

目を凝らせば、ノイズから逃げ惑う人々が見えた。

 

「くそっ・・・・!降下ポイントはまだか・・・・!?」

「おちつけ雪音・・・・急いては事を仕損じる、だ」

「んなこた分かってんだよ!」

 

翼が苛立ちを隠しきれないクリスを宥めるも、今の彼女には逆効果だった。

もっとも、翼の方も悔しさを堪え切れないらしいが。

と、ここで。

注意深く地上を見下ろしていた響は、弾かれたように顔を上げた。

 

「ッここで降りましょう!!」

「何?」

「貴女までどうしたの・・・・?」

 

クリスに続き、響までも焦燥を抑えきれないかと、年長者組みが案じる。

装者が乗っているヘリコプターの現在地は、街を囲むノイズの中間地点上空。

弦十郎が『バリケードを突破するのは困難』と判断した為、降下ポイントは群れを超えた先に指定されたのだが。

 

「いいから早く!このままだと・・・・!」

 

言い切る前に衝撃。

大きく揺れる機内で、何事かと翼が視線を巡らせれば。

今まさに運転席で飛び散る、炭の粉。

 

「――――こうなるからですよッッ!!」

 

もとよりノイズとは、人間を殺戮する存在。

更に制御されているともなれば、パイロットを狙い撃たれるのは必然だということだろう。

響とマリア、更に翼が咄嗟にギアを纏い、それぞれの得物をぶち当てる。

斬り裂かれ、貫かれ、全力で殴打され、内側から破裂するように壊れるヘリ。

黒煙を振り払って飛び出した装者達は、残りの者もギアを纏った。

 

(どうあがいても分散するか・・・・!)

 

パラシュート無しでのスカイダイビング。

休み無い強風で眼球を乾かされ、涙をボロボロ流す響は、周囲を見渡してそう判断。

ならばと一度加速して、近くにいた調を抱きとめる。

他の仲間たちも同じように判断したようで、マリアが切歌を、翼がクリスを確保しているのが見えた。

高速で迫る地面。

響は調を片手に抱えなおし、『手』を出現させて。

思いっきり、地面にぶち当てる。

大きく陥没する地面。

瓦礫と共に大量のノイズが吹き飛び、周囲にボトボト落ちて行く。

無事だった個体達が突撃しようとすれば、土煙から飛び出してきた無数の丸鋸に切り刻まれた。

 

「・・・・お礼は言う、上手く着地する手段が無いから」

「どーいたしまして」

 

薄くなった煙を払えば、二人を取り囲む予想以上のノイズ。

 

「マリアや切ちゃん達と離れちゃった」

「マリアさんなら、この数を馬鹿正直に相手しないっしょ」

 

LiNKERの効果時間も無限ではない。

突破のために相手はしても、大真面目に殲滅するとは思えなかった。

二課からの通信に寄れば、思ったとおり真っ直ぐ市内を目指しているとの事だ。

翼・クリスペアも同じ場所に向かっているらしい。

 

「わたし達も市内を目指そう、人命を優先させなきゃ」

「・・・・了解」

 

・・・・つい数日前に行った、夕食会が功を奏したらしい。

提案に変に噛み付くことなく、調は首を縦に振ってくれた。

響は手甲を変形させる。

市街地の方向は、落下中に確認済みだ。

 

「――――ほら、どけよ」

 

獰猛に笑って、突撃する。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

ノイズの群れを最初に突破したのは、翼・クリスペアだった。

ミサイルに飛び乗った二人は、ノイズを轢殺しながら進撃。

数の暴力から、現世に顕現した地獄へと、一番乗りを果たした。

刃を振るい、鉛玉をばら撒き。

煤と熱が蔓延する中を、ノイズを駆逐しながら駆け出す。

 

「くっそ!予想通りの地獄かよ!!」

「口より手を動かせッ!一匹でも多く閻魔殿へ突き出すんだッ!!」

「わぁーってらぁッ!!」

 

一気に飛び出した翼が、一閃を叩きつける。

一体を斬れば次を、次を斬ればそのまた次を。

すれ違うと同時に動きを止めるノイズ達。

そんな神速とも言うべき動きに合わせ、クリスはボウガンの矢を次々突き刺す。

瓦礫を撒き散らしクリスの隣に戻ってきた翼は、刀身についた炭を振り払った。

刹那、体を二つにずらすノイズ。

刺さった矢が爆ぜることで追い撃ちをくらい、次々爆散していく。

瓦礫を掻き分け、ノイズを殲滅し。

時には生存者を探しながら、二人は熱気の中を突き進む。

 

「――――きゃあああああああ!!」

 

そんな折聞こえた悲鳴。

一度足を止めた翼は、周囲を見渡す。

そして一点を見つけて、突撃。

間一髪の所で、腰を抜かした男女とノイズの間に割って入り、両断した。

 

「大丈夫か!?」

 

後からついてきたクリスが安否を確かめるも、呆然とした男女は翼に釘付けになっていた。

 

「・・・・お怪我は?」

「あ、その、大丈夫です」

「ありがとうございます・・・・風鳴翼、さん」

 

座り込んだままの女性に手を貸し、起こしてやる。

男性は自力で立っていた。

 

「あの、私達はどうなるんでしょうか?今、何が起こっているんでしょうか?」

 

テレビでよく見る、ある種の『偶像』が目の前にいるからだろう。

拠り所を求め、女性は矢継ぎ早に質問する。

 

「私達は、助かるんでしょうか・・・・!?」

「・・・・ッ」

 

どこか縋るような視線に、一種の『重たさ』を感じてしまって。

翼は思わず目を伏せて逸らす。

・・・・この地獄を作り出しているのは、十中八九パニッシャーズだろう。

彼らは二年前の迫害を切欠に行方を暗ました。

ではその大元である迫害の原因を生み出したのは、誰か。

間違いなく己自身であることを、翼は自覚していた。

 

「それ、は・・・・・」

 

だからこそ、普段は即答できる『大丈夫』を簡単に言えなくなってしまっていた。

どう答えるべきか、悩んでしまったが故に言いよどみ、その様が彼らの不安を助長させる。

自分の至らなさに嫌気が刺しながら、それでも何とか言わねばと顔を上げて。

 

「――――今、いい情報が入った」

 

本部と通信を取っていたらしいクリスが、口を開いた。

 

「さっきまでこの街全体を、ノイズの団体がぐるっと囲んでいたわけだが、その包囲網に綻びが出来たらしい」

「ほ、本当ですか!?」

「仲間が派手に暴れてくれたお陰でな」

 

詰め寄った男性に、クリスはどこか得意げに笑いかける。

 

「場所はここから南西にまっすぐ行ったところだ。うちのスタッフがいるはずだから、保護してもらえ」

「ッ分かりました・・・・それで、その、お二人は?」

 

不安が残った中、どこか期待するように問いかけてくる男性。

ノイズを倒せる二人、あるいはどちらかについてきて欲しいようだ。

もちろんクリスも、当然翼だって、つきっきりで守ってやりたいのは山々だが。

クリスは申し訳なさそうに首を横に振った。

 

「悪いが一緒に行ってやれねぇ。こんな大騒ぎを起こした元凶を、とっちめなきゃなんないんでね」

「・・・・・申し訳ございません、期待させておきながら」

 

翼も一緒になって頭を下げると、男女はあたふたしながら『しょうがない』と許してくれる。

 

「ちょっと、希望が見えてきました。もうちょっと頑張ってみます」

「ありがとうございます!」

 

逆に感謝した二人は一礼すると、足早にクリスが示した場所を目指し始めた。

 

「らしくねーな、いつもなら声かける奴がさ」

「・・・・すまない」

 

クリスに肩を叩かれる。

対する翼は、蚊の鳴くような声で返事をした。

普段滅多に見せないしおらしい姿に、クリスは内心で『重傷だ』と呟く。

うなじに手をあて、少し考えて。

 

「・・・・別に、あんたの所為ってわけでもないだろーに。仮にそうだとしても、真面目に防人やってんだ。償いも十分してると思うけど?」

 

翼は顔を上げる。

目には未だ罪悪感やら自嘲やらがたっぷり宿っていたが。

口元に浮かべた笑みから、ちょっとは持ち直したとクリスは判断した。

 

「しっかりしろよ、センパイさん?」

「・・・・ああ、すまない」

 

クリスへ、不甲斐なさいっぱいに感謝を伝える。

と、女性の方がこちらを振り返る。

 

「翼さーん!頑張ってくださいねー!」

 

そうどこか無邪気に手を振って、声援を送ってくれた。

 

「――――ッ」

 

その姿を見て、翼はどこかはっとなったようだった。

心に巣食っていた、鬱屈とした思いが。

全快とは言い難くも、晴れたことに気がついた。

知らないということもあるだろう。

だがこの地獄の元凶に、彼らは笑ってくれた。

感謝してくれた。

 

 

 

――――あたしらでさ、歌手やらねーか?

 

 

 

奏から歌手活動に誘われた日の事を思い出す。

理由として彼女は、『《歌に元気を貰った》と言ってもらえて、嬉しかった』と話していた。

聞けば、話を持ち出される前にあった出撃で、自衛隊員にそう言われたらしい。

 

(・・・・奏も、こんな気持ちだったのかな)

 

宿った清々しさを守るように、胸元を握り締めた。

その時、

 

「――――あら、奇遇ねぇ?」

 

挑発的な、嘲る声。

クリスと共に振り向けば、忘れもしないにやけ顔。

 

「自分から殺されに来るなんて、殊勝だこと」

 

嘲笑う声に対し、翼は剣を突きつけることで応えた。




この頃圧倒的なひびみく不足・・・・!


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ボスキャラってでっかくなるの好きだよね

更新がまま成らないにもかかわらず、日間ランキング七位・・・・。
ただただ感謝感謝です(土下座ァ


「・・・・リブラ、いや、『後藤理沙』だったか」

「あっはは、何でもお見通しってワケ?その上から目線、ムカツク」

 

言葉で牽制しあう中、ふと、翼はリブラの体に付着したものに気付いた。

暗い色の中でもはっきり分かる、その赤は。

 

「貴様、まさか・・・・!?」

「なぁによ?別にいいじゃない?人の尊厳いたぶって、へーきでいるようなクソじゃない?」

 

煽るためか、リブラが振り回した棍からは数滴の血が飛び散った。

 

「・・・・両手や足の指じゃ足らねぇ数ってことか」

 

『何を』『どうした』とは言わない。

油断無く銃口を向けるクリスは、怒りを押し込めた声を出す。

 

「しでかしたことは、ぜーんぶ自分に返ってくるって聞いたことあるでしょう?この街の奴等も、それに当てはまっただけ」

 

両手を広げたリブラはくるくるステップを踏む。

『だから悲しむ必要は無い』と、欠片も悪びれていない笑みを向けた。

 

「だからとて!完全に関係の無い者まで巻き込むのか!?」

「ちょっと道を聞いたくらいの他人にすら、石を投げるような連中よ?同じ目に遭えばいい」

 

道中には、ノイズ以外の要因で亡くなっている人もいた。

崩れた瓦礫の下で事切れていた親子を想起し、翼が咆えるものの。

リブラは一向に取り合わず、切り捨てるようにきっぱり言い放つ。

 

「ああ、そもそも『善良な市民』を極悪人に変えた元凶がいたわねぇー?だーれだっけー?」

 

そして責める様な視線を向けられて、翼の心がまた揺れた。

 

「あんただけは逃がさない。徹底的に、惨たらしく、殺してやるんだから・・・・!」

「言うじゃねぇか、二人相手によ?」

「当然、ただで倒せるとは思わない・・・・だから」

 

クリスがどこか挑発的に嗤えば、リブラもまた、応える様にいやらしい笑み。

 

「――――最初から、本気で挑むわ」

 

徐に棍を捨てると、ぐ、と体をちぢ込ませる。

力を溜めるように、痛みに耐えるように。

しばらく唸っていると、変化。

めきり、と。

肉体が悲鳴を上げる。

 

「初めはただの家出だったの、でもわけのわからない連中に連れて行かれて、体を薬漬けにされて」

 

胸元に灯るは翡翠の光。

 

「けれど、今はそれでよかったと思っている。妙な女が片付けたマッドには、多少お礼しなきゃ」

 

粘性の液体のようにあふれ出た翡翠は、リブラに纏わりつき、その体を肥大化させる。

 

「・・・・そーいうのアリかよ」

『――――言ったでしょう?本気でいくと』

 

さほど待つことなく終わる『変身』。

二人の目の前に現れたのは、巨大な『龍』。

頭部にあたる部分。

甲殻が花弁のように開き、中から人型の本体が現れる。

 

『『執行者団(パニッシャーズ)』が一人、天秤(リブラ)。正義の味方気取りのお前達に、鉄槌を下してあげるッ!!!』

 

閉じた甲殻は『龍』の顔となり、その鋭利な牙を除かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

両手から刺突刃を出したまま、飛び上がってグルグルルーッ!!

気分は心臓を捧げる最強の兵長。

着地した後もスッパスッパノイズを切り裂き続け、次々片付けていく。

翼さんとクリスちゃん、マリアさんに切歌ちゃんが市内に突入した今。

わたしと調ちゃんはノイズの団体様を相手にしているところだった。

『パニッシャーズ』を倒すのももちろん大事だけど、人命だって大事だもんね。

街全体がノイズに囲まれている今、いい加減逃げ道も確保しとかないと。

というわけで、また次の個体を千切っては投げる次第ー!!

 

「ひゃっはあぁー!」

 

固まっている一団の前に立ち、突撃。

両手の刃を振り回せば、面白いくらいに炭が舞う。

ふははははッ!見ろォ!ノイズがゴミのようだぁッ!

 

「おっと」

 

調ちゃんの背後に迫る固体を発見。

当の本人は前方の群れで手一杯みたいだから、加勢に。

足のジャッキを打ち込んで、一気に跳ぶ。

両手を振り上げて、またジャッキの衝撃で加速して。

 

「イエエエェェェガアアアアァァァッッッ!!」

「・・・・ッ」

 

頭上から急襲すれば、オタマジャクシは薄切りになって散った。

 

「・・・・さっきから、助けられてばかり」

 

だいじょーぶだったかなっと振り返ると、調ちゃんが怪訝な顔でこっちを見ている。

 

「一度、殺して・・・・日が経っていないのに。どうしてそう簡単に・・・・」

 

んー、どうやら前向きに連携してるのを疑問に思われてるっぽい?

まあ、ヤル気満々に伐り刻んだ相手がニコニコ笑って歩み寄ってきたら、驚くよね。

とはいっても、

 

「そういう趣味だから。気色悪いかもだけど、多少は堪えてくださいなー」

「趣味ってそんな・・・・・ッ!」

 

今は敵のど真ん中。

時間が惜しかったので、そうお茶を濁しておく。

調ちゃんは案の定納得いっていない様子だったけど、敵が詰め寄ってきたことで断念しちゃったみたい。

・・・・・度重なるアレコレで風化しちゃったわたしと違って、君と切歌ちゃんの胸に灯った『炎』はまだ健在。

燃え盛っているうちに決着をつけられるよう、大いに悩みたまえー、若人ー。

なーんて、ちょっとセンチな気分になっていると。

 

「・・・・?」

 

耳が音を拾う。

始めは断続的な殴打、それは近づいてくるたびに瓦礫を散らして引きずる音に変わる。

方向は・・・・・ッ!!

 

「ちょっとしつれー!」

「へっ?なっ!?」

 

規模からして巻き込まれかねないと判断して、調ちゃんをホールド。

その場を思いっきり飛びのけば、次の瞬間。

逆さになった視界、地面の上を、巨大な『何か』が通り過ぎる。

体勢を立て直して着地すれば、その大きな尻尾に弾き飛ばされた。

 

「翼さん!?クリスちゃん!?」

 

まるで木の葉のように宙へ放り出された二人は、無抵抗のまま地面に転がった。

ちょっと大丈夫なん!?アレ確実に何本かイってるっしょ!?

 

「・・・・ッ!?」

『――――余計な茶々は入れないで頂戴』

 

調ちゃんを降ろして駆けつけようとした矢先。

邪魔をするなといわんばかりに、あの尻尾が叩きつけられる。

そっちこそ邪魔だと振り向けば、目の前に巨大な『龍』がいた。

警戒するようにちろちろ舌を出していたそいつは、徐に頭を上げる。

すると顎が花びらみたいに開いて、中の人型を露にした。

もはや人のそれではない肌と瞳の、そいつは、

 

「リブラ・・・・!?」

『ふふ、ライブ会場ぶりね』

 

妖艶な笑みを浮かべて、リブラは笑いかけてきた。

・・・・・これは、ちょーっと。

予想外かなぁ・・・・。




AXZ最終話。
訃堂おじじの発言と言い、あの子に盛大に立ったフラグと言い。
いやぁ、五期が待ち遠しいですなぁ!(愉悦)


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間違いじゃない

先日投げた、ギャラルホルン案件へのご反応。
誠にありがとうございました。


「いや、ダメって言われて『はいそーですか』って従えないお年頃なんで」

『くっ・・・・!』

 

間髪いれず、響は拳を突き出す。

エネルギー弾が飛び、リブラの顔面へぶち当たった。

相手の視界が煙に阻まれたのを確認して、響はリブラの胴体を飛び越える。

駆けつけてみれば、翼もクリスも酷くボロボロだった。

 

「随分やられてるね、だいじょーぶ?」

「・・・・強がり言えねぇ時点で察し・・・・ッぐ」

「あぁー、はいはい。無理させてゴメンって」

 

やや威勢よく言い返すクリスと違い、翼はただ黙って痛みに耐えるのみ。

いや、己を抱いて震える様から見るに、きっと。

何となく察した響はあえて追及せず、まずは負傷者である二人を逃がそうとする。

しかし、そうは問屋が卸さない。

 

『させるかッ!!』

「ち・・・・!」

 

立て直したリブラが、鱗をあたりにばら撒く。

すると着弾した場所からノイズが生まれた。

『生まれた』と思って、いいやと響は否定する。

翡翠の閃光から察するに、ソロモンの杖が絡んでいるだろうとあたりをつける。

 

「ゴメン調ちゃん!二人をお願い!」

 

返事を待たず手短にそう告げて、響はリブラへ立ち向かう。

『花弁』を閉じ、完全な『龍』へとなったリブラ。

なお鱗をばら撒いて、次々ノイズを呼び出し続ける。

戦いが少なからず長引くと読んだ響は、自らの進路を邪魔する個体のみを駆逐。

悠然と空を泳ぎだしたリブラに飛び掛かる。

 

『ッ降りなさい!!』

 

飛び乗ったお邪魔虫を振り払おうと、空のあちこちを猛然と飛び回るリブラ。

 

「ッ、おおおおおおおおおッ!!」

 

その勢いと風圧に振り落とされそうになりながらも、響はリブラの胴体を駆け上がる。

 

「だあぁッ!!」

 

ジャッキの衝撃も利用して、とうとう頭部へ。

一層飛び上がった響は、拳を振りかざして。

 

「ぐがッ!?」

 

横合いから飛んで来た鱗に直撃した。

一瞬怯むも、すぐに身を翻して立て直す。

ノイズを踏み潰しながら着地すれば、弾丸として迫り来る鱗の数々。

歯を剥き目を細めた響は、それでも落ち着き払って構えを取る。

 

「ふっ!はっ!せいっ!」

 

次々飛んでくる鱗を、次々蹴りつける。

蹴り飛ばされた鱗達は、ノイズにぶつかり、反射しながら飛び回る。

 

「そぉりゃっ!!」

 

最後の仕上げに、一発。

度重なるバウンドの末、一箇所に纏まった鱗達を、まるでビリヤードのように弾いた。

弾かれた鱗達は一転、今度はリブラへ向かって飛んでいく。

 

『なっ、いった、たっ、てっ、ちょっと!あったぁっ!!』

 

巨体故、咄嗟に対処できなかったのだろう。

全弾の直撃を受けて、苦い顔をしていた。

その様を見て、響は確信する。

ライブ会場、果ては岩国基地で『パニッシャーズ』と接触して以来。

響は一つの仮説を立てていた。

曰く、『力はあるにはあるが、経験はまったくと言っていいほどのド素人ではないか?』。

そして今、仮説はリブラの情けない様を以て、現実のものとなったのだ。

 

「イメチェンってレベルじゃないね。あ、もちろん悪い意味で」

 

そんなリブラへ、響はにやつきながら手を広げる。

 

『・・・・・本当に、こちら側に来る気はないのね』

「一昨日きやがれ、ばぁーか」

 

響が中指を立てた瞬間。

リブラは『花弁』の中に引っ込み、『龍』の牙を剥く。

豪速で空を翔けると、響のすぐ頭上で大口を開けて。

 

「――――ぁ」

 

調が声を上げたときには、ばっくり口の中へ。

哀れ飲み込まれてしまったかと考えた調は、咄嗟に戦闘態勢を取ったが。

ふと、違和感に気付いた。

口を閉じたままえづいている『龍』。

しゃっくりをするように痙攣した後、その顎が()()()()

 

「――――腹立つやつぶちのめして、治まるもんじゃないっしょ」

 

響は閉じようとする顎を体全体で押し返しながら、力んだ声で反論。

ここで一旦力を溜めて、顎をこじ開け脱出する。

 

「連中と同じように、無差別に傷つけた時点でどっちもどっちだ。お前らがやってんのは正当な復讐じゃない、単なる八つ当たりだよ」

 

マフラーを靡かせて着地。

『花弁』を開いて睨みつけてくるリブラへ、語りかける。

 

『ッ、お前えええええええッ!!』

 

響の語り口が癪に障ったらしい。

激昂したリブラは、響へ標的を変える。

マシンガンのように撃ち出される鱗を、走り回って避ける。

翼達から離すことが先決と考え、移動を開始。

散々煽ったお陰か、リブラのターゲットは完全に響に向いている。

調に二人を押し付ける形になってしまうのは少し心苦しかったが、今は堪えることに。

ノイズを蹴散らしながらひとっ飛び。

リブラが翼達を背中にする形で向き合い、対峙する。

戦いの素人と判明したとは言え、その力が強大であることに変わりはない。

油断無く構えを取り、静かに睨む。

と、舞い上がったリブラは地面に胴体を沈めた。

すると足元が揺れて、無数の蔦がアスファルトを割って出現。

鋭い無数の先端が、響へ襲い掛かる。

地面を突き刺す連撃をステップで避けた響は、そのいくつかを斬り払いながら接近。

距離を取ろうと舞い上がる胴体へ刃を引っ掛け、かすかながらもダメージを与える。

リブラはノイズへ号令をかけ、自らの体に取り込む。

すると響に付けられた傷跡が見る見る再生していった。

 

『ッ何故!?どうして味方をするのッ!?』

 

そんなことも出来るのかと響が感心していると、『花弁』から現れたリブラが問いかけてくる。

 

『だってあいつは原因じゃない!わたし達がこんなことになった、元凶じゃないッ!!どうして怨まないの!?どうして憎まないの!?』

 

またその質問かと、響は隠そうともせずげんなりして。

いつも通りあしらおうとして、

 

『あなただって、生き残った人間じゃない!?仇をとろうとは思わないのッ!?』

「・・・・ッ」

 

その言葉に、一瞬動きを止める。

すぐ我に返り、攻撃されるかと身構えたが、リブラは何もしてこなかった。

響の答えを、律儀に待っているようだ。

生半可な答えは良くないと判断して、響は参ったなと頭をかいた。

いつの間にか背後に回っていた翼達を振り向く。

調とクリスに支えられて立っている翼と、目が合った。

生真面目だが頼りがいのある先輩は、何時に無く憔悴しきった様子だ。

きっとリブラから向けられた恨み言を真剣に受け止めて、その重みに参っているのだろう。

どこか怯えが見える瞳へ、ふと、笑いかけて。

 

「――――確かに、何でわたしがって思ったよ」

 

とつとつ、語りだす。

 

「友達も家族もとばっちり受けてさ、理不尽だって感じた。怒りも覚えた」

 

『だけど』と、響は俯いてしまった顔を上げる。

 

「見てしまった、覚えていたんだ。あの日戦っていた、翼さんと奏さんを。わたし達を逃がそうと死に物狂いな姿を!」

 

それを聞いた翼は思い出す。

そもそも響が融合症例となったのは、あの日奏のガングニールを胸に受けたから。

それ即ち、砕けた破片が直撃するような至近距離にいたということで。

 

「確かにあの日、たくさんの人が亡くなった!あまりの悲しさに、生き残ったわたし達が責められるほどに・・・・だけど!」

 

響の言葉、力が宿る。

 

「だけどッ、あの日の二人は!全部救えなかったけど、誰一人見捨ててなんかいなかったッ!!」

「――――」

 

その圧に、リブラが押されたように見えた。

 

「バカだっていい!無法でたくさんだ!わたしは、これが正しいって思っているから、お前と戦っている!!」

 

拳が、より強く握られる。

響の肩が怒り、足が一歩踏み出された。

そして彼女は、その決定的な言葉を。

借り物であるものの、この場に相応しい言葉を口にする。

 

「――――間違いなんかじゃない」

 

風の音、ノイズが蠢く音で騒がしい戦場に。

やけにはっきり響いた。

 

「翼さんがやってきたことは絶対に、例え世界中が悪だと断定したって、絶対に・・・・・!!!」

 

っぐ、と溜め込んで。

爆ぜるように、咆える。

 

「間違いなんかじゃ!なぁいッ!!!」

 

目に見えて、リブラが身を退いた。

だが、惨劇を起こしたものとして譲れないものがあるのか。

すぐに乗り出すと髪を振り乱し、鞭のように伸ばす。

明らかに胴体や頭へ直撃するような攻撃を、響は避けない。

いや、避ける必要は無かった。

先端が貫こうとした刹那、一陣の風が割り込んで。

前に躍り出た翼は、攻撃の全てを一太刀の下に斬り捨てる。

 

「・・・・・だいじょぶそーですね」

「ああ、世話をかけた」

 

響が笑いかければ、どこか吹っ切れた様子の翼も笑い返す。

 

『お前・・・・!』

「お前の境遇には、同情しよう。私が不甲斐なかったばかりに、辛い思いをさせた」

『何を今更!』

「だがッ!」

 

毅然とリブラに向き合い、静かに語る翼。

怒鳴るリブラの声を掻き消すように、語気を強める。

 

「あの日、私も奏も!お前達を見捨てた覚えなど無かった!確かにこの身は未だ未熟、しかし、だからこそ守ろうと死に物狂いだったッ!!」

 

一歩、踏み出す。

先ほどまでの弱りきった姿など、幻であったかのよう。

実際、翼の胸中は燃え盛っていた。

響の叫びを切欠に、思い出したのだ。

奏と歌ったあの日々が、誇りであったことを。

剣と鍛えた歌が、ただ戦うだけではないことを実感できた、あの日々を。

 

「――――馬鹿にするな」

 

目が、ぎらつく。

 

「奏が命を燃やして守ったものをッ!馬鹿にするなッ!!」

 

轟、と雄叫びを上げた様を見て、響は完全に下がる。

(つるぎ)を握り締め、低く構える翼。

邪魔するのは無粋だと結論付けたのだ。

 

『――――お前こそ、邪魔をするな』

 

一方。

リブラもまた、『龍』の姿を取って牙を剥く。

 

『私の復讐をッ!邪魔するなアァッ!!!』

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

御伽噺が実在したら、こんな感じだろうって光景が、わたしの前にある。

縦横無尽にぐりんぐりん動き回るリブラの巨体へ、互角以上に喰い付く翼さん。

まるで古事記なんかに出てくる、化け物退治を見ている気分だった。

いやぁ、さすがセンパイっす。

と、見ほれてる場合じゃねーや。

翼さんへ飛びかかろうとするノイズ達を吹っ飛ばす。

ぎゅっと溜め込んで、拳に全てを乗せてぶち込む。

乾いた音がして、ノイズが一気に消し飛べば。

目の前がすっきりした。

負傷したクリスちゃんは、調ちゃんが運んで行ってくれた。

翼さんは、もうちょっとだけ頑張れそうだ。

だったらわたしは、翼さんの戦いに邪魔が入らないようにしましょっかね。

 

「ふすうぅぅぅぅぅぅ・・・・・」

 

歯の間にしみこむように、息を吐き出す。

腰を落として左腕を引き絞り、右腕を突き出す。

迫ってくるノイズの団体様。

まだ殴らない、殴りたくなるけど殴らない。

ひきつけて、ひきつけて。

――――今。

 

「ふんッ!」

 

右手を握りこみ、衝撃波をぶち込んであげる。

狙い通り吹き飛んでいくノイズ達。

浮き上がった連中に、アッパーを叩き込んで粉砕。

身を翻して、次々蹴りを突き刺していく。

仕上げに回し蹴りをして地上を見下ろすと、翼さんが戦っているのが見えた。

 

「はあああああああッ!」

 

ヘタレていたさっきまでとは大違い。

リブラの攻撃の尽くを斬り伏せて、その巨体にいくつもの斬り傷を刻み付けている。

・・・・すっげ。

改めて思うけど、翼さんってば強いわ。

なんてのんびり眺めている間にも落下し続けているので、自分の方に集中する。

背後の個体に肘鉄、足元狙いは踏みつけて潰す。

真正面はもちろん殴り飛ばす。

向かってきた群れにボディーブローをぶち込んで浮かばせる。

 

「おおおおおおおおおお・・・・・!」

 

また溜め込む後ろ、ノイズが折り重なるのが分かる。

ちょっと思いついたので、親指で鼻を掠めてかっこつけて。

 

「ほわたぁッ!!!」

 

飛び掛って、瓦割り。

纏めて片付けるところを見せ付ければ、さすがのノイズ達もやばいと悟ったらしい。

あからさまに距離を取って、近寄ってこなくなった。

 

『あああああああッ!!!』

 

余裕が出来たので、翼さんの方を見てみる。

リブラの薙ぎ払いを飛びのき、胴体に飛び乗った翼さん。

体を駆け上がると、本体へ一閃を繰り出す。

もちろんリブラも黙ってやられない。

硬質化した髪で受け止めて弾き飛ばすと、槍に変形させた腕を伸ばす。

刀身で往なした翼さんは、刃を滑らせて肉薄。

 

『舐めるナァッ!!』

 

掻っ捌こうとしたその横合いから、撓った髪が弾き飛ばした。

翼さんが剣を手放してしまったことから、よっぽど強い打撃だったらしい。

無手になってしまった翼さんへ、『龍』に切り替わったリブラが噛み付こうとして。

 

「――――そちらこそ、舐めるな」

 

それに対して翼さんは、あろうことか拳を握り締めて。

『龍』の横っ面へ、叩き込んだ。

・・・・そういえば翼さん、弦十郎さんの親戚だったっすね。

だったら多少手ほどき受けててもおかしくないか、うん(白目)

リブラが怯んだ隙に、新たに剣を手にした翼さん。

まるで抜刀のような構えを取って、息を吸い込んで。

 

「――――Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

鳴り渡る、甘く切ない旋律。

 

「Emustolonzen fine el baral zizzl」

 

言うまでも無く絶唱。

翼さん、決めるつもりだ・・・・!

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal」

『こ、の!させる・・・・ッ!?』

 

当然妨害しようとしたリブラだったけど、何かに引っかかったように体が動かなくなる。

リブラと一緒に視線を滑らせると、さっき弾き飛ばされた剣が、影に深く突き刺さっていた。

なるほど、さっき手放したのはわざとだったのか・・・・!

 

「Emustolonzen fine el zizzl...」

 

翼さんの全身、主に足元を中心にエネルギーが高まっていく。

迸るその揺らめきは、いっそ幻想的なほど綺麗で。

そして翼さんは、その刃を解き放つ。

駆け抜ける『風』。

吹き荒れるそれには、ありったけの闘志が込められていて。

 

「――――せめてもの手向けだ」

 

『風』が止んだ頃に、消えていた翼さんはまたわたしの視界に戻ってきた。

・・・・リブラは。

目の前で消えた翼さんに驚いた顔のまま、固まっている。

 

「美しく地獄へ、逝くがいい」

 

あの子に背を向けたままの翼さんは、ただ静かに剣を鞘に収めて。

刹那、『龍』の巨体が斬り刻まれた。

ぶつ切りにした鯉のようになった『龍』は、ぼとぼと地面に落ちて行く。

ってか、ぼさっとしてる場合じゃねーや!

 

「翼さん!!」

 

膝をついた翼さんの口元からは、案の定大量の血。

 

「かっこつけちゃって!『無茶すんな』だなんて、人のこと言えないじゃないですか!」

「はは、面目ない」

 

ノイズはまだまだいるけど、もうボロボロに成り果てた翼さんをほっとくなんてできっこない。

リブラは決定的な大ダメージを打ち込まれたわけだから、負傷者を味方に引き渡す暇くらいはあるはずだ。

善は急げってことで、翼さんに肩を貸して立ち上がったときだった。

 

「――――ぁぁ」

 

瓦礫が崩れる音。

振り向くと、地面に這い蹲っているリブラが見えた。

 

「・・・・・ゃ」

 

下半身を失った胴体の切り口は、今この瞬間にも炭化していっている。

翼さんの絶唱が決定打になったのは、言うまでもなさそうだった。

 

「・・・・や・・・だ・・・・いやだ、ぃゃだ・・・・」

 

狂気的に笑ったり、爆発した様に怒ったりしてたさっきまでとは一転。

泣き出しそうな顔で、焦点があっていないだろう目で、手を伸ばしてくる。

 

「ぃにた、く・・・・な・・・・死にたく・・・・!」

 

唇から漏れるのは、思ったとおりの弱々しい声。

 

「――――死にたく、ないよぉ」

 

それが、遺言になった。

伸ばした指先から、あっという間に黒くなる。

黒くなった傍から、ぐずぐず崩れていく。

わたしも、翼さんも、何も言えずに見つめる中。

あっという間に炭化したリブラは、一瞬人型を保っていたけど。

やがてやってきた強風に、呆気なくさらわれていった。

・・・・・最期の言葉をバカに出来ない。

する資格がない。

だって、それはわたしも同じで。

ちょっと路線が違うだけで、リブラと同じ様に、たくさんの命を奪ってきたわけで。

それはきっと、翼さんも似たようなことを考えていて。

だからだろう。

ほぼ同時に目を伏せて、黙祷を捧げたのは。

偶然なんかじゃないと確信していた。




何気に『絶唱・真打』を使用したズバババンです。






こんなシリアスやってる平行世界で、ヒロインとヤってる主人公がいるらしい(爆


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再会

「――――リブラは逝ったか」

「おう。打ち負かされたが、復讐はきっちり果たしてた」

 

どことも知れぬ暗所。

椅子につく人物へ、岩国を襲った青年が話しかける。

 

「順番どおりなら次は俺ってことになるけど・・・・おめーはいいのかよ?」

 

問いの真意は、『先に想いを遂げていいのか』。

リブラも含め、同じ痛みを知る同士だからこそだった。

それに対し、首が横に振られる。

 

「構わない・・・・お前達に比べて、俺は少々欲を張ってしまった。だから順番くらい譲るさ」

「・・・・そうかい」

 

ふと、笑い声が響く。

悪意に満ちたものでも、自嘲交じりでもない。

穏やかで、どこにでもあるような友人同士の笑いあい。

ぽつんと開いた空席をはさんで、しばらく止むことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

リブラが首都圏の都市を蹂躙して、既に三日。

日に日に更新されていく死亡者数には気が滅入るばかりだけど、だからって俯く暇はない。

一つでも、一人でも多くの人命を救い上げるために。

自衛隊と二課は協力して、災害救助にいそしんでいた。

ちなみに翼さんとクリスちゃんは、怪我はもちろんのこと。

学業やらネフィリムの起動実験やら、もろもろの事情が重なった所為で一旦二課に戻ることになってしまった。

日常がある二人は、そっちを疎かに出来ないもんね。

 

「252ィーッ!252、発見ぇーん!!」

「・・・・ッ」

 

瓦礫が散乱する中を走り回っていたら、その声が聞こえた。

急ブレーキをかけて方向転換。

一直線に駆けつけてみれば、崩れた住宅に自衛隊が何人も集まっているのが見える。

 

「どうしたんですか!?」

「ああ、よかった。生存者が下敷きになっているんです!今手持ちの機材では、救出が難しく・・・・!」

 

苦い顔の自衛官と一緒に見てみれば、お母さんと娘さんの親子が、肩から上だけ出している状態でいるのが分かった。

 

「お願いします!この子だけでも!今朝から意識がないんです!」

 

お母さんの懇願する声が痛々しくて、だからこそ助けると決意を固める。

 

「こじあけましょう。立花響、手伝って!」

「はい!」

 

わたしとタッチの差で駆けつけたマリアさんが、アームドギアを展開しながら提案。

即行で頷いて、手ごろな瓦礫を支点に利用する。

マリアさんはガングニールの切っ先を、わたしはその辺で見つけた鉄骨を。

住宅と地面の間に上手く割り込ませて、そのまま一気に力を込めた。

一瞬微動だにしなかった住宅だけど、すぐに重々しい音を立てて持ち上がり始める。

 

「はや、く。抜き取って・・・・!」

「あ、ああ!」

 

目の前で女子どもが怪力発揮してるのに驚いてたみたいだけど、切り替えの早さはさすが。

隙間が開いてるうちに、自衛官さん達はさっと親子を瓦礫の外へ。

 

『そこからだと、第三避難所が一番近くです』

『医療設備も整っている、お子さんを早く連れて行ってやれ!』

「はいっ!」

 

オペレーターさんと弦十郎さんの通信に頷きながら、子どもを抱えてひとっ飛び。

障害物だらけの中を一気に駆け抜けて、目的地へ。

ちょっと着地が派手になってしまったけれど、近くにいた医療スタッフが即座に飛んでくる。

 

「倒れた家の下敷きになっていました、今朝から意識がないそうです!」

「分かりました、後は任せてください!」

 

子どもを預ければ、とりあえず一安心。

後は彼らに任せるとしますか。

 

『親御さんには、マリアさんが伝えました。直にそちらへ運び込まれるそうです』

「了解っ」

 

ちょっとした気がかりもなくなったので、さっさと現場へとんぼ返り。

・・・・まだまだ救助を求めている人がいる。

のんびりしている暇はないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今のは・・・・響?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――あの」

「はい?」

 

瓦礫をひっくり返して、救助者運んで。

避難所と現場を何往復したか、数えるのが億劫になってきた頃。

避難所に詰めていたらしい、女性の自衛官さんに話しかけられた。

 

「そろそろお休みになられてはいかがでしょう?司令部より、我々だけで対応できる分の装備は届きました。それにみなさん、明け方からずっと動きっぱなしじゃないですか」

「それは自衛隊も同じですよ、わたし達だけ何ていうのは・・・・」

 

気持ちも優しさも嬉しいけど、今は有事。

もうちょっと位の無理はしたいところだった。

だった、けど。

 

「いいから、ここは休みなさい」

 

横合いからやってきたのは、友里さん。

後ろには調ちゃんと切歌ちゃんもいて、二人の手にはおいしそうなお味噌汁とおにぎりが乗っている。

 

「勤続10時間超え。一息くらい入れないと、後が持たないわ」

 

友里さんを援護するように、自衛官さんは何度も頷いている。

・・・・・ここは素直に従うが吉、か。

 

「・・・・分かりました」

 

ギアを解除して、頭のスイッチをオンとオフの真ん中に切り替える。

真ん中なのは、不測の事態に備えてのことだ。

避難所の一角に集まって座る。

途中マリアさんも合流してきたので、そっちにも食べ物を配って。

早速、お味噌汁を一口。

 

「――――ふわああぁ~」

 

自分で思っているより、よっぽど疲れていたらしい。

味噌汁を飲み込んだ瞬間、そんな気の抜けた声が出てしまった。

っていうかコレ、お味噌汁じゃなくてけんちん汁だ。

どーりで具沢山だと思った。

・・・・いつもの料理(未来の手料理)とは、当然全く違うんだけど。

なんか、こう。

いいなぁ、あったまる。

いや、あったかさは感じないんだけども。

 

「これは、ゴボウ?初めて食べるわね・・・・」

「味気が無い分、食感が楽しい」

「シャキシャキしてるデース」

 

そういえば、わたし除いたみんなはアメリカに住んでたんだっけ。

そりゃ、けんちん汁しらなくて当然か。

ゴボウは思ったよりウケてるみたいだけど。

 

豚汁(トンジル)、とはまた違うみたいね」

「けんちん汁っていうんですよ。元はお坊さんが食べてた精進料理で、具材やお出汁に肉・魚を使わないお料理ですねー」

「・・・・変わった名前」

「それは発祥の地である『建長寺』っていうお寺の名前が訛ったからだよ」

「何で知ってるデスか・・・・」

「なんでもは知らないよー」

 

感心した様子でまたけんちん汁を飲むマリアさん達に、ほっこり。

味は感じなくとも、匂いやらで料理は楽しめる。

・・・・この後も、どうにか頑張れそうだ。

おにぎりも一緒に頬張りながら、舌鼓を打っていると。

 

「響ちゃん、ちょっといいかしら?」

「ふい?」

 

何だか戸惑った様子の友里さんが話しかけてくる。

 

「あなたに話があるって人がいるんだけど・・・・」

「話?」

 

はて、誰だろう?

この辺に知り合いなんていなかったはずだけど。

首を傾げながらおにぎりを飲み込んだとき、友里さんに付いてきてたらしい人が前に出てくる。

・・・・・忘れもしない、その顔は。

 

「――――お父さん」

「・・・・やあ、元気そうだな」

 

空になったお椀をひっくり返しながら立ち上がれば、記憶どおりの気の抜けた笑顔を見せてくれた。

・・・・・ここで話すのは憚られたから、場所を移動する。

 

「・・・・少し前、ライブ会場に変な子が出てきて、ノイズと一緒に暴れたってのがあったろ?」

 

人気の無い場所、口火を切ったのはお父さん。

とりあえずこっくり頷いておく。

 

「そこで、歌姫マリアと一緒に戦っていた子が、お前に似ている気がしてさ。ネットにもたくさん画像が上がって、それでそうじゃないかって思い始めて」

 

そういえばそうだった。

ネット以前に、わたし全国生中継されているんだった。

 

「今日、ここにはボランティアで来ていたんだけど。怪我人や被災者を次々運び込んでる子達がいるって聞いて、見に行ってみたらお前がいた」

 

・・・・・そっか。

だからお父さんはここにいるんだ。

納得していると、お父さんは急に黙り込んでしまう。

わたしを凝視したり、俯いて目を反らしたり。

けど、

 

「・・・・・口にしたら、安っぽくなってしまうけど」

 

まごついた後には、ちゃんと真っ直ぐ目を向けてきて。

 

「あの日、出て行ったことを後悔しなかった日はない。お前までいなくなったって聞いたら、いてもたってもいられなくなって」

 

だけど、どこか泣き出しそうな情けない顔で。

 

「母さん達にはこっぴどく怒られたさ。けど、お前が安心して帰れる場所に戻したいって説得して、どうにか一緒に暮らしてる」

「・・・・みんなは、元気?」

「ああ、元気さ」

 

話を遮る形になった疑問にも、ちゃんと答えてくれた。

 

「仕事も、まだ派遣だけど上手くやっているし。それに最近、友人と一緒にNPOも立ち上げてさ。お前や、今のこの街みたいな、傷ついた人達の手助けもやってる」

 

『今日のボランティアも、うちの連中なんだぞ?』と、どこか自慢げに笑うお父さん。

 

「・・・・響」

 

来る、と思った。

お父さんが一番言いたいことが。

わたしに伝えたいだろうことが。

 

「響、ごめんな。逃げたばっかりに、お前まで逃げるような状況にして・・・・・ほん、とうに・・・・」

 

零れる。

俯いた顔から、我慢出来なかった涙が。

だけどまだ言い終えていないからか、どこか乱暴に顔を拭って。

 

「こんな俺だけどさ、まだお前の親父やってたいんだ。だから」

 

手が、差し出される。

 

「――――戻っておいで。やり直そう、家族に戻ろう」

 

記憶より、少し皺が増えた手。

良く見ると、肉刺の痕が見える。

苦労を重ねてきたのは、決して嘘ではないらしい。

・・・・・戻りたい。

ああ、そうだ。

例え前世の記憶があったって、今の家族はこの人達だ。

手を取りたい、帰りたい。

多分、今が最大のチャンスだ。

あの暖かい場所へ戻れる、逃したら次がいつか分からない絶好の機会。

分かっている、分かっている。

 

「・・・・・ッ」

 

分かって、いるけれど。

 

「・・・・・ごめん、今はまだ無理」

 

首を横に振る。

前を見れば、残念そうに眉を顰めるお父さん。

 

「・・・・・お父さんが逃げたことは、もう責めるつもりは無いんだ」

 

そう告げると、意外そうな顔をした。

・・・・まあ、普通なら罵倒されるようなことだもんね。

 

「あの状況は、逃げたってしょうがなかった。それに、お父さんはちゃんと戻ってきた。家族のために、駆けつけた」

 

そうだ。

お父さんは確かに逃げた。

だけどそれは、家族の無事を否定されるような。

普通の人なら死ぬことを選んでしまうような、耐え難い環境に浸かっていたからで。

その後すぐ、とんぼ返りして、みんなを支え続けた。

 

「それにくらべてわたしは、逃げたまんま、ほっといたまんまだったから・・・・・だから」

「・・・・そっか」

 

負い目からか、それとも察してくれたからか。

お父さんはそれ以上何も言ってこなかった。

・・・・沈黙が痛い。

こういうとき、咄嗟に上手いことをいえない自分が恨めしい。

嗚呼、どれだけ命を救おうが、誰かを守ろうが。

結局それは、赤の他人だ。

一番守りたい人達を、大切な人達を。

笑顔に出来ない、わたしなんて。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「――――嘆かわしい、それでも風鳴の血を引く防人か」

「力及ばず、申し訳ありません」

 

鎌倉、風鳴宗家。

事を重く受け止めた現当主『風鳴訃堂』は、弦十郎を呼びつけていた。

息子である自身に浴びせられる厳しい言葉に、彼はただ平伏するしかない。

目の前の老人は、老いているからこそ重々しい気配を圧力を放つ人物だった。

 

「パニッシャーズの目的を見る限り、今後もこのような襲撃が起こることは明白。現存の戦力で対抗するプランを――――」

 

解決策を述べている最中に盛大にため息をつき、横槍を入れる訃堂。

 

「現在の戦力でこの状況なのだろうが」

「しかし、ノイズが使われることを考えるに・・・・」

「だからお前は阿呆なのだ、たわけめ」

 

『鈍い』息子へ、鋭く睨みを利かせる。

 

「――――何のためのリディアンだ」




ちょっとフライングですが、パッパ登場でした。


あと、マリアさんって難民生活で根っことか食べてそうですよね(偏見


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あーいー!

了子「ものすっごい久しぶりの出番な気がする。具体的には、一月くらい」



今回LiNKERに関する独自解釈・設定が山盛りです。
苦手な方はご注意を。


――――その話を聞いたとき、頭が真っ白になった。

目の前が何も見えなくなって、周りの音が遠くに聞こえて。

なのに自分の呼吸だけは、やけにはっきり感じていた。

 

『響?どうしたの?大丈夫?』

「ぇ、ぁ・・・・うん、平気。正直ちょっとびっくりしたけど、うん、へーき・・・・へーき」

 

未来の不思議そうな声で、すぐ意識を取り戻して。

どうにか取り繕うことに成功した。

 

「・・・・未来は、いいの?」

 

・・・・どうにか気を取り直した上で、聞いてみる。

電話の向こう、出来ればネガティブな言葉を聴きたいと期待して。

 

『うん、いいの。わたしに出来ることなら頑張りたいし、響に甘えてばかりじゃいられないもの』

「・・・・・そっか」

 

その明るい声に、あっさり裏切られた。

すぐに『裏切られた』なんて感じた自分がいやになって、体が重たくなる。

 

「・・・・LiNKERは、本当に大変らしいから。無茶だけはしないでね」

『うん、気をつける。了子さん達が視てくれるから、大丈夫だとは思うけど』

 

顔が見えない受話器越しでよかった。

だって今のわたし、全然大丈夫じゃない顔をしている。

 

『あ、そろそろいかなきゃ。響も頑張って、ちゃんと休憩もしてね?』

「うん、ありがとう」

 

それじゃあ、と。

通話を切った。

・・・・・この胸のもやもやも、ぶっつり切れればいいのにと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後。

二課、仮説本部。

その実験室では、新たな装者を生み出す準備が着々と進められていた。

 

「・・・・ッ」

 

入院患者のような衣服を着て待機しているのは、未来。

今回了子から話を受け、二つ返事で了承した彼女。

自ら望んだこととは言え、これから行うことへの緊張感までは拭いきれなかったらしい。

どこか堅い面持ちで、目の前に準備された新たなシンフォギア『神獣鏡』を見つめていた。

 

「未来ちゃん、お待たせ」

「は、はい」

 

やがて、スタッフ達が位置につき始める。

準備が終わったらしい。

音が大人しくなった中へ、了子とウェルがやってきた。

 

「今回は本当にありがとう、頼みを聞いてくれて助かるわ」

「そんなこと、ないです。わたしも、何か出来ることは無いかなって思っていたから」

「素敵なお気遣いありがとうございます、僕達も尽力しますので」

「はい、よろしくお願いします」

 

一礼した未来は、促されてベッドへ。

そんな彼女の視界に、了子はあるものを持ち出す。

まるで拳銃のような形をした、投薬器だった。

 

「それが・・・・?」

「ええ、今回あなたに使用するLiNKERよ」

 

度々話に聞いていた、適合係数を上げるための薬。

かつて奏の命を奪う要因の一つにもなったそれを、未来は固唾を呑んで見つめた。

 

「と言っても、これは私が作ったモノではなくて」

「この僕が調合・製作したものですッ!」

 

了子の説明を引き継ぐように、ウェルが未来の視界へさっと入り込んできた。

 

「・・・・そもそもの話、フォニックゲインと聞くと(ここ)をイメージしがちだけど」

 

ため息をつきながら、了子は自らの胸元を指す。

その指を、未来が目で追っているのを確認しながら、ゆっくり上に滑らせて。

 

「実際は、ここ。脳の中で作り出されるものなのよ」

 

頭を指でつついて、未来が頷いたのを確認して続ける。

 

「正確には脳の『ある分野』を刺激して、フォニックゲインを高める。それがLiNKERの仕組みで、効力なの」

 

だけど、と。

了子は頭にやっていた指を立てて。

 

「調合に使う薬品はどれも副作用が強いものばかり。少しでも匙加減を間違えれば、投薬しただけで人を殺せる劇物に変わる」

「なので、その『ある分野』に効果範囲を絞ることが極めて難しく、その結果要らぬ部分まで活性化させてしまっていたのです」

 

投薬をするたび、重ねるたびに。

脳全体がオーバーヒートのような状態になってしまう。

それが副作用の正体であり、LiNKERの弱点であると。

了子とウェルは説明した。

・・・・彼らの専売特許であるからか、その『ある分野』については終始ぼかされてしまったが。

 

「しかぁーし!それも今日までのことッ!!」

 

二人掛かりの解説により、概要を飲み込んだ未来。

理解した旨を伝えるためにまたこっくり頷くと、突然ウェルが両手を広げた。

 

「天才たるボクが、研究に研究を重ねた結果ッ!!従来のLiNKERよりもはるかに軽い負担となる比率を見つけたのですッ!!!」

「・・・・・大丈夫よ、効力は保障するから」

 

豹変したウェルにぎょっとなった未来は、これから投薬されることもあってか。

何ともいえない不安を覚えた。

助けを求めるように了子を見やれば、盛大なため息があったものの、お墨付きを下してくれる。

 

「それから、これは理論を抜きにしたアドバイスなのだけれど」

 

最後に、気を取り直した了子が付け加える。

 

「未来ちゃんが守りたい人の顔を思い浮かべると、上手くいくかもよ?」

「守りたい、人・・・・」

 

未来は促されてベッドに横たわる。

暴れて怪我しないようにベルトで固定された彼女の脳裏は、先ほどのアドバイスに関する思考が巡っていた。

守りたい人、大切な人。

 

(そんなの、一人しかいない)

 

話を持ち出された時、未来が真っ先に思い浮かんだのは。

気の抜ける笑顔の裏に、悲痛な慟哭を隠した『あの子』。

傷つき続けるあの子を、泣き続けるあの子を。

守れやしないかと、力になれないのかと。

悩み続けていたこれまでが、走馬灯のように駆け抜ける。

 

「――――それでは、実験を開始します」

「――――お願いします」

 

首筋に、小さな痛み。

注射針が離れた後も、束の間は何も起こらなかったが。

 

「・・・・ッ」

 

やがて胸と頭、両方に熱が灯る。

風邪を引いた時のような体を蝕む熱さは、じっくりゆっくり未来を侵し始めた。

 

「ぁ、ぐ・・・・!」

 

耐えられたのは最初だけ。

熱はあっというまに全身へ行き渡り、あちこちで暴れ始める。

 

「あああぁ・・・・!」

 

痛い、怖い、熱い。

喉は枯れ、眼球が沸騰しそうなほどに熱い。

食いしばった口からは、濁りくぐもった声しか出ず。

ただただ苦しみに悶えるしかない。

苦しい、苦しい、苦しい。

今すぐにでもやめてしまいたい。

 

(だけ、ど・・・・!)

 

だけど。

響のほうが、もっと痛い。

もっと怖い、もっと辛い。

もっともっと、苦しい。

だから、だから。

 

(響の、力に・・・・!)

 

泣いているあの子へ、手を差し出せる強さを。

どうか・・・・・!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――Rei shen shou jing rei zizzl(愛してる、光も闇も何もかも)

 

 

 

 

 

 

 

一瞬ブラックアウトする意識。

眠りに落ちる寸前のような感覚から、意識が一気に急上昇する。

急速な変化に眩暈を覚えながら、額を押さえようとした未来は。

ふと、その手に変化が起こっていることに気付いた。

手全体を包むスーツ、着物のようなアームカバー。

さらに視線を下げれば、足全体を物々しい紫の装甲が覆っていて。

顔を上げる、大きな窓ガラス。

了子達が記録を取っているであろう場所は照明が落とされ、ちょうどマジックミラーのようになっている。

その『鏡面』に映し出されたのは、紫を基調としたシンフォギアを纏った少女。

他でもない、未来自身。

 

(―――――ああ)

 

自然と、笑顔が浮かぶ。

安堵と希望に満ち溢れ、どこか疲れきっている笑顔。

少し情けない姿だけれど。

あの子と、立花響と。

支えあえることを、ただただ喜んで。




サーセン。
393聖詠のタイトルは、完全に提造っす。
拙作の393ならこんな感じかなっと。


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そのケが無くてもロリショタはかわいい

毎度の閲覧、評価、お気に入り登録。
ありがとうございます。
誤字報告も、とてもお世話になっております・・・・!


未来が、無事に適合したらしい。

昨日電話で聞いた、嬉しそうな声が耳にこびりついている。

・・・・未来、は。

未来だけには、戦って欲しくなかった。

わたしと同じ、汚れてしまう場所に来て欲しくなかった。

なのにあの子は、嬉々としてこちら側へ踏み込んだ。

この汚れた手を握り続けようと、刻まれた傷を癒そうと。

わたしの、為に。

わたしの、所為で。

 

「・・・・・ッ」

 

思わず奥歯を噛み締める。

ぎり、と嫌な音がする。

・・・・わたしの所為だ。

わたしが弱い所為だ。

わたしがしっかりしていないから、未来を不安にさせたんだ。

いつもいつも心配かけてるけど、迷惑かけてるけど。

変わらない笑顔でいてくれるから、大丈夫だと思っていた。

思い込んでしまっていたんだ。

その結果がこれだ、その代償(ツケ)がこれだ。

守りたい人を、大切な人を。

何よりも遠ざけるべき死地へと、赴かせてしまった。

・・・・・寒い。

寒い、寒い、寒い。

胸にぽっかり穴が開いたような、血管と言う血管を心臓ごと縛り上げられたような。

そんな感覚に苛まれる。

・・・・ああ、なんでこんなに空回る。

ただ、わたしは。

失くしたくない人を、主張しているだけなのに。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

(――――重症ね)

 

装者達に与えられたテントの中。

目に見えて暗く重たい気配を醸し出す響を目の当たりにし、マリアはひっそりため息。

これが漫画(カートゥーン)ならきのこの一つや二つ生えていそうなほど、すっかり意気消沈していた。

 

(『戦った時』もそうだったのだけど、よっぽど入れ込んでいるらしい)

 

想起するは、そろそろ一年に届くかという昔のこと。

何度貫いても斬りつけても立ち上がる響は、しきりに『ミク』の名前を口にしていた。

あの子を残して死ねないと、ここで倒れるわけにはいかないと。

だからお前をここで倒すと。

あの気迫は、今でも鮮明に思い出すことが出来る。

 

(少し、依存が過ぎるとは思うけれど)

 

疲弊し、傷つき果てたその心の支えであることも理解している。

今更外野が口出ししたところで、簡単に変えられるとは到底思えなかった。

難儀なものを抱えていることだと、マリアはまたため息をつく。

と、

 

「マリア、マリア」

「お客さんデス」

「お客さん?」

 

調と切歌が、ひょっこり顔を出した。

二人が口にした『お客さん』という言葉に、マリアは首をかしげる。

はて、自分達を訪ねてくるような人などいただろうか。

自衛隊員や、二課のスタッフならそういうだろうし。

心当たりの無さに首を傾げ続けながら、テントの外を見たマリアは。

一瞬目を見開くものの、すぐに微笑みをたたえて。

 

「響、ちょっと」

「ぇ、はい・・・・?」

 

未だ落ち込む響に声をかける。

外に連れ出された響の目の前に現れたのは、

 

「あっ」

「きた!」

「やっぱりあのおねーちゃんだ!」

「わぁー!」

 

四人の小さな子ども。

身奇麗になっていたり、包帯を巻かれていたりして一瞬分からなかったが。

この救助活動の中で助けた子ども達であることを思い出した。

 

「ふふ、何のご用?」

 

キラキラした目を向ける子ども達へ、マリアはしゃがんで視線を合わせながら問いかける。

すると、彼らは持っていた折り紙や花を差し出して、

 

「「「「ありがとーございますッ!」」」」

 

賑やかに笑ったのだった。

 

「どういたしまして、可愛いオリガミね」

 

マリアは手馴れた様子で、小さな手から折り紙を受け取っていた。

子ども達に笑いかけながら話す様からは、何故だか『達人』のオーラが溢れている。

 

「おぉ!力作デース!」

「この花も・・・・見つけるの、大変だったんじゃない?」

「がんばったよー」

「まだだいじょーぶなとこから取ったのー」

 

切歌と調も、それぞれ贈り物を貰っている。

折り紙や花を受け取り、感嘆の声を上げている。

 

「おねーちゃんも」

「えっ」

 

その様子を一歩離れて見ていた響の下へも、子どもがやってきた。

やや困惑した顔で見下ろした彼女へ、一輪の花が差し出される。

 

「あ、う、うん。ありがと」

 

すぐに笑顔を取り繕った響は、受け取ろうとして。

その指先が、子どもの手に触れた。

 

「わ!つめたい!」

「・・・・ッ」

 

何気ない、純粋な感想。

だが、響の心を痛ませるには、十分な一撃(ことば)

響は辛うじて花を取り落とさないようにしながら、身を退いた。

 

(ど、どうしよう・・・・)

 

この無垢な存在を、汚してしまったのではないか。

そんな杞憂とも言うべき心配が、響の胸を埋め尽くす。

 

「だいじょーぶなの?おねーちゃん、かぜひいてるの?」

「う、ううん。違う違う・・・・ちょっと冷え性でね」

 

荒れた胸中に気付かないまま、子どもは心配そうに見上げてきた。

笑顔を曇らせてしまったことに、また罪悪感を覚えながら。

響は咄嗟に言い逃れた。

 

「そっかぁ」

「そーなの」

 

子どもの方も納得しているようだし、何とか乗り切れたと一息つく。

すると、ほっとした視界に、小さな両手が差し出されて。

 

「じゃあ、あっためてあげる!」

「えっ」

「さむいのいやでしょ?」

「いや、まあ、そうだけど・・・・」

 

まさか寒暖を感じられないとは口が裂けても言えず。

ばつ悪くそっぽを向くしかできない響。

 

「おねーちゃん、たっくさんたすけてくれたから、ごほーび!」

 

そんな彼女の手を包み込んで、また無邪気な笑顔を向けて。

 

「・・・・・ッ」

 

その尊い光景に、響の頭は真っ白になった。

飛びそうになった意識を繋ぎとめて、前を見る。

 

「えへへー、あったかいー?」

 

子どもは相変わらずニコニコ笑いながら、時折さすったり、息を吹きかけたりして。

響の手を、決して温まらないその手を。

握り続けてくれた。

 

「・・・・ん、あったかいよ」

 

溢れそうな涙を、必死に堪えながら。

響は、弱々しく握り返す。




「んじゃあ、ま」

「ぶちかましますかねぇ・・・・!」



そして、『痛み』も動き出す。


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ドキッ、硝煙煙る初出動!

『――――いいか!?再確認だッ!!』

 

二課が保有するヘリの中。

未来はクリスと共に現場へ向かっていた。

翼は絶唱のダメージがまだ残っているため、今回は待機を言い渡されている。

 

『未来君は初陣、クリス君は未だ手負いの域を出ない。よって二人には、響君達が到着するまでの時間稼ぎと人命救助を行ってもらう!』

「わかった!」

「は、はいッ!」

 

前回の反省を踏まえ、やや離れた場所に降り立った二人。

ビルからビルへ、家から家へ。

未来は少し遅れながら、クリスの後ろをついていっていた。

 

「ひとまず今回は、おっさんの言うとおりに動くぞ!あのバカに出来るとこ見せたいってんなら、まずは怪我しねぇことだな!」

「う、うん!」

 

そんな未来へ激励を飛ばしながら、クリスは速度を上げた。

一際大きく飛び立てば、現場が見えた。

リブラのときほどではないものの、あちこちで黒い煙が上がっている。

 

「・・・・ッ」

 

一瞬鼻を掠めた、生き物の焼ける臭い。

未来は思わず一歩下がる。

 

「怯んでる場合じゃねぇ、いくぞッ!」

「ッ分かった!」

 

だがクリスの激でなんとか持ち直し、共に現場へ降り立つ。

崩れたブロック塀に倒れた電柱など、真新しい破壊跡がそこかしこに見受けられた。

案の定ノイズもいるらしく、事切れた黒い人型もあった。

 

「あッ・・・・!」

 

苦い顔をしながら駆け抜けていれば、今まさにノイズに追われている民間人が。

先に見つけた未来はすぐに方向転換。

神獣鏡のホバリングで瓦礫をものともせず駆けつけると、手元の鉄扇を開いてノイズを受け止める。

押し返そうとすると、もう一体が突撃してくる。

 

「わ、っぐ・・・・!」

「そのままだッ!」

 

不意に加わった重みに、未来は一瞬退きそうになったが。

クリスが即座に打ち抜いたことで解放された。

前を見据える、片手で足りる数の敵。

一番前の個体は、近づいて鉄扇で殴る。

飛び掛ってきたおたまじゃくし型は、鉄扇に仕込まれた銃で一撃。

その炭に紛れて後ろに回り、もう一体も狙撃する。

と、背後で風を切る音。

振り向けば、複数体が飛び掛ってきている。

しかし、届く前に全て撃ち抜かれた。

未来が別方向へもう一度振り向けば、銃口を向けたクリスが一息ついているところだった。

同じくほっと安堵の息をついた未来は、庇った民間人へ駆け寄る。

 

「大丈夫ですか?」

「は、はい、ありがとうございます」

 

さっと確認してみても、擦り傷以外の目立った怪我は見受けられない。

 

「失礼します!」

「大丈夫ですか!?」

 

そこへ、自衛隊員が駆けつけた。

前回のように、ノイズに道を遮断されていないからだろう。

命を賭して、人命救助に励んでいるようだった。

 

「後はおまかせください!」

「こちらへ、一緒にいきましょう」

 

速やかに怪我人を背負った彼らは、直ちにその場から撤退していった。

 

「ま、及第点だな」

「わっ、あ、うん・・・・ありがとう」

「ぅっせ、次行くぞ」

「うん」

 

その様子を感心してみていた未来の背中を叩き、クリスはさきほどの戦闘について、簡単な評価を下す。

未来が素直に礼を告げれば、どこか照れくさそうに悪態をついて誤魔化したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――なんで、ころすの?」

 

亡骸の横に座り込んで、呆然と問いかければ。

母の返り血を浴びたそいつは、ゆっくり振り返った。

 

「・・・・おめーのかーちゃん、おめーを守ってたろ?」

「う、うん」

 

意外にも応じてくれたのに驚いて、少し躊躇いがちに頷く。

 

「かーちゃんとしちゃ、すっげえいいことだし、正しいことだろ?ここまでは分かるか?」

「うん・・・・」

 

見下ろす。

胸を一突きされた母は、ぴくりとも動かない。

 

「俺のかーちゃんも昔そうだった。けど、どういうわけかそれを『よくねーことだ』っていちゃもんつけた連中がいてよ」

「・・・・お母さんも?」

「ああ、残念ながらな」

 

その時を思い出しているのか、そいつはとても苦い顔をしていた。

 

「で、なまじっか真面目だったもんで、いつしか『自分が間違っているんだ』って、責任感じちまってさ。ある日首を吊って自殺したんだ」

 

頼れる母が、大好きな母が死んでしまって、悲しい。

悲しいけれども。

自殺に追い込んでしまうような、酷いことをしたのなら。

仕方が無いかもしれないと、納得できてしまう自分がいた。

 

「・・・・ぼくもころす?」

「んにゃ、俺はリブラ・・・・前に暴れた奴とは違うんでね」

 

思い切って聞いてみると、意外な答え。

思わずぽかんと口を開けてしまう。

 

「・・・・逃げていいの?」

「逃げられるもんならな」

 

・・・・どうやらこの場で仕留められることは無いらしかった。

それならばと、まずは離れることにする。

母はいなくなったが、まだ父がどこかで生きているはずだ。

 

(ごめんね、後でお墓作ってあげるから)

 

一度母を振り返り、心でそう告げてから。

逃げ出そうとして、

 

「――――まあ」

 

横から、何かが飛んでくる。

体を貫いた、それは、

 

「――――ノイズが見逃すかどうかは、分からんけどな」




393が割と戦えている件についてはアレです。
ポ〇モンにおける、『レベルの高い奴と一緒にいると~』ってアレと似たニュアンス的な・・・・その・・・・な!?(


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ジャイアントキリングなんて、そう都合よく起こらない

ご感想お返事できずすみません。
きちんと目を通してます、通知が来るたび「わーい!やったー!」とどったんばったん大騒ぎしております(


――――旅の中で見慣れてしまった所為(おかげ)か。

今更死体を見ても吐くことは無くなった。

それでも、まかり間違ってもいい気分にはなれない。

過ぎるたびに舞う炭を目の当たりにして、未来は苦い顔を隠しきれなかった。

現在未来は、クリスと分かれて単独行動中である。

生存者の救出は、以前と違って自衛隊が動けていることもあり。

結果、ノイズの討伐に専念することが出来ていた。

 

「やぁッ!」

 

もう何度目か分からない掛け声と攻撃。

体の火照りが、炎の所為か動いた所為か分からないくらいになった頃には、戦い方も大分様になってきていた。

伝う汗を拭いながら、一息。

油断などするつもりはないが、自身の向上を実感できる今は、少し気分が高揚してもしょうがないと自己完結する。

 

『響ちゃん達が現場に入ったと連絡があったわ、そろそろ撤退の準備を』

「はい!」

 

とはいえ、今の自分はひよっこになれているかどうかも怪しい新米。

下手な自己判断で、足を引っ張ることだけはしたくない。

耳元で聞こえた声に了解を告げ、来た道を引き返そうとして。

 

『ッ未来ちゃんの近辺に、高速で接近する反応!』

『これは・・・・ッ離脱急いで!未来ちゃんッ!!』

 

焦るオペレーター達に、どういうことか聞き返そうとして。

瞬間、背後に何かが転がってきた。

 

「――――――!―――――ッ!!」

 

何事かと振り向けば、瓦礫に埋もれてもがく人間。

土と血に汚れている上、上げている悲鳴が甲高い所為で男女の区別がつかない。

だが、生存者であるのなら、見捨てる道理は無かった。

 

「ッ今行き――――!!」

 

瓦礫を避けるために浮遊し、駆けつけようとした目の前で。

飛来した凶器が、その命を刈り取った。

体は瓦礫に沈んで見えなくなったが、飛び散った血が末路を物語っていて。

 

「――――ッ!!」

 

珍しく頭に血が上った未来は、凶器が飛んで来た方向を睨みつけた。

 

「――――ありゃ、いたのか」

 

悠然と歩いてきたのは、二課の資料映像でも見た青年。

確か、一番最初に接触した『執行者団(パニッシャーズ)』だったはずだ。

こちらを気に掛けつつ余裕の態度を見せ付ける彼は、突き刺さった得物を回収した。

抜き取ったときにまた血が飛び散り、それが未来の警戒心をさらに引き上げる。

簡単に逃げられるとは思えないが、勝てるとも思えない。

鉄扇を握り締めて、身構えた。

 

「ヤル気・・・・ってわけでもネェか。ま、普通逃げられるとは思わんわな」

 

気だるげに大剣を肩に担いで、ため息。

思わずこちらの戦意がそがれそうになるが、未来は何とか崩れかけた構えを立て直した。

 

「一応、名乗っとくかイ?俺ァ、『アヴェンジャー』。『執行者団(パニッシャーズ)』の一人だ」

 

そう、青年改めアヴェンジャーは、にやっと笑いかけてきた。

それでもなお警戒を解かない未来に、今度は参ったなと言いたげにため息。

乱暴に頭をかいて、向き直った。

 

「まあいいや、ちょうどお前さんとは話してみたいって思ってたんだ。この際ちょうどいい」

「話?」

「おうよ」

 

言うなり、アヴェンジャーは手ごろな瓦礫に座る。

その様子を見た未来も、今すぐ戦闘にはならないと判断して武器を下ろした。

 

「聞きたいのは他でも無ェ、迫害した連中についてだ」

「・・・・ッ」

 

いきなり核心に触れるような話題に、顔をしかめてしまう未来。

それを知ってか知らずか、アヴェンジャーはかまわず続ける。

 

「正直なところ、どう思ってんだよ?」

「・・・・どう、って?」

 

未来は、一応警戒を続けたまま聞き返す。

 

「おめーさんも、被害にあった張本人である立花も、連中に対して何か動いたわけでもない。それどころか、こうやって俺達と敵対して、守ろうとすらしている」

 

そこまで言われて、未来は納得がいった。

要するに、彼らにとって怨敵と言うべき『加害者達』を、何故野放しにするかと言うことだろう。

先日リブラを討ち取ったことから、こちらが彼らを敵と見なしているのは明白。

だからこそ、聞きたいのだ。

仲間であるはずの我々が、何故敵対しているのかと。

 

「・・・・わたしは」

 

未来はまず口火を切って、それっきり考え込んでしまう。

アヴェンジャーも特に急かすことなく、ただ黙して言葉を待つ。

束の間、風と熱気が吹き抜けて。

 

「・・・・わたしは、響がもう傷つかないのなら、何でもいい」

 

いつの間にか俯いていた顔を上げて、未来はアヴェンジャーを見据える。

 

「そもそも、響が責められることになった原因は、わたしにあるから、わたしがあの日、響を置いてけぼりにしたから、だから」

 

胸のうちを吐き出す、言葉を紡ぐ。

一歩間違えば、支離滅裂になりそうだ。

 

「・・・・わたしに、こんな仕返しをする資格なんて、ない」

 

首を振りながら、半ば無理やりに締めくくった。

アヴェンジャーは束の間黙して、未来を凝視する。

が、やがて口を開いた。

 

「じゃあ、立花は?あいつはどうなんだ?」

「・・・・ッ」

 

まるで、メンタルに決定打を加えられたような感覚。

未来と違う、被害者本人である響が。

本当に想っている事。

 

「――――わからない」

 

同じ質問をしてみても、響はただ笑って誤魔化すだけ。

露骨に話題をそらされたり、タイミング悪く横槍が入ったり。

・・・・・響の本音が分かるわけじゃない。

落ち込んでいたり、嬉しそうにしているのは分かっても。

根っこの部分でどう思っているか、読み取れるわけじゃない。

――――それでも。

 

「わからない、けど」

 

それでも、何故だか断言できた。

 

「響は、ここまで、望んでない」

 

見渡す。

あちこちで上がる火の手、壊された家屋。

煤けた風に乗ってかすかに聞こえるのは、人々の悲鳴と呻き声。

こんな、こんな地獄だけは。

絶対に望んでいないと、確信していた。

 

「―――――本当にか?」

 

だけど。

その鋭い目に圧されて、思わず後ずさった。

 

「・・・・本当にって、疑うの?」

「疑うしかネェな」

 

どこか吐き捨てるような否定に、心が揺さぶられる。

 

「確かにやりすぎてる自覚はあるけどヨォ?程度は違えど、復讐してぇって思いは同じだろ」

「そ、れは・・・・」

「人の腹のうちってナァ、見えないからこそおっかない。あいつだって、実際は俺達と同じか、もしかしたらそれ以上のモツを抱えてるってこともある」

 

人の悪意にさらされたが故の言葉。

親しいと、味方だと信じていたから。

邪見にされ、煙たがられ、爪弾きにされたときの絶望と失望は。

きっと誰よりも、濃く、深く。

未来には、心当たりや覚えしかなかった。

だからこそ、アヴェンジャーの言葉はずっしりとのしかかってきた。

 

「お前、分かってんのか?」

 

そんな心情を知ってか知らずか。

アヴェンジャーは、とどめとも言うべき言葉を放つ。

 

「立花の腹ん中、本当に分かってんのかよ?」

「―――――」

 

――――燻っていた不安を、焚きつけられた。

慌てて消し止めようにも、もう遅かった。

燃え上がった感情は、留まるところを知らない。

アヴェンジャーの言うとおり、本当は分かっていない。

恐れていたとも言うべきか。

いつも気の抜けた笑みを浮かべる響が、本当は何を考えているのかなんて。

そして、それを知るのが怖いとも思っていた。

もし、隠れているものが、今周囲にある光景よりも、もっともっとおぞましいものだとしたら。

きっと、それを生み出す原因になったのは、自分だから。

大切な響を、大好きな響を。

そんなバケモノに変貌させてしまったことに、きっと耐えられなくなる。

 

「――――ところで、お前さんの前にいるんは敵なんだけど。ぼうっとしてていいんかい?」

 

そして、それが仇になった。

前が陰る。

見上げると、振り上げられた刃。

咄嗟に構えたときには、既に衝撃が。

左肩、鈍い痛み。

目をずらせば、受けきれなかった刃が食い込んでいた。

裂けた肌のあちこちで、赤い雫がぷつぷつ膨らんで。

次の瞬間、勢い良く噴き出した。

 

「ああああああ・・・・!」

 

痛みに思わず悲鳴を上げる。

その間にも刃は、更に食らいつこうと食い込んでくる。

視界が赤く染まる、脳内でアラートが騒ぐ。

――――死ぬ。

これ以上ここにいたら、間違いなく、死ぬ・・・・!

 

「あああああ、っぐ・・・・くうううううううううう・・・・!」

 

せめて相手を引き離そうと、割り込ませた鉄扇で押し返そうとする。

しかし、痛みの所為で上手く力が入らない。

刃が動く、引かれている。

このままでは、斬られる・・・・!

 

「・・・・ッ」

 

痛みに怯える一方で、腹を決めるしかないかと覚悟を決めて。

 

「――――はぁッ!!!」

 

敵との隙間に、割り込む『黒』。

柔く撓ったそれは、アヴェンジャーを大きく弾き飛ばした。

力が抜けて傾いた体を、いつもの優しい腕が受け止めてくれる。

 

「怪我は?」

「・・・・ッ・・・・ぅん」

 

ああ、やっぱり。

どれほどの不安を抱いていようとも。

響の笑顔を見てしまうと、どうしようもなく安心を覚えたのだった。

前を見てみると、相手を退けるように立ちはだかるマリアが。

なびくマントが、彼女の猛りを表しているようだった。

と、響の手にも力が篭ったのが分かる。

もしかしなくても、未来を傷つけたことを怒っているのだろう。

心配させてしまった罪悪感半分、大切に思われている嬉しさ半分の気持ちで見上げていると。

 

「・・・・ここは任せてもらえないかしら」

 

マリアが、不意にそう提案してきた。

 

「マリアさん?」

「お願い、こいつには諸々物申したいことが出来たの。叶うなら、一対一で」

 

首を傾けて向けられた目には、何か強いものが宿っていて。

束の間渋っていた響も、それを感じ取ったのだろう。

 

「・・・・・気を付けて下さいね」

 

やがて小さく頷くと、未来を抱えなおして大きく跳躍。

一気にその場を離脱した。

 

「――――随分大きく出たじゃネェか、歌姫さんヨォ?」

 

獰猛な笑みへ、マリアは烈槍の切っ先を向ける。




消化するようで消化しない、少し消化する試合にするためには・・・・・。
どうしたらいいんでしょ?(


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燻る憎悪

先日なんとなーくツイッターを覗いたところ、なんと拙作をイラスト化してくださってる方がいらっしゃいました。
詳細は活動報告にて触れておりますので、こちらでは一つだけ。

も っ と 好 き に 描 け く だ さ い ! !

物書きとして、やはり好反応をいただけるのは大変ありがたいです。

もちろん、毎度閲覧、評価、お気に入り登録してくださる諸々の皆様にも、日頃よりお世話になっております。
今後とも、拙作『チョイワルビッキーと一途な393』を、どうぞよろしくお願いいたします。


火の手が上がる中を、駆け抜ける。

腕に抱えるは、決して軽くない傷を負った大切な人。

間に合わなかったことが悔しくて、こんな戦地においやった自分が恨めしくて。

顔が歪むのが分かった。

 

「響・・・・」

 

名前を呼ばれて、我に返る。

見下ろせば、未来が荒い呼吸でこちらを見上げていた。

 

「未来?」

「ごめんなさい・・・・!」

 

何事かと一度立ち止まると、未来は震えながら顔を埋めてきた。

 

「あんなに大丈夫って言っておいて、結局心配かけた・・・・!」

 

心底悔いているらしい未来の顔は、今にも泣き出しそうで。

束の間それを見下ろした響は、なお黙りこくっていたが。

ふと、未来の肩。

未だに血を流す傷口へ、唇を落とした。

 

「ひびっ!?ぃった!」

 

キスだけでなく、滲んだ血も舐め取られて。

未来は体を跳ね上げた。

勢いで、出そうになっていた涙がほろっと頬を伝う。

 

「ひびきぃ・・・・?」

「・・・・もう、いいから」

 

涙目で見上げると、何だか難しい顔をしている響が見えた。

絞り出すような声で告げると、今度は彼女が顔を埋めてくる。

 

「分かったから、今は治すことに専念して」

 

懇願するその想いに準じて、抱きとめている腕が震える。

・・・・未来には、それ以上何も言えなかった。

だって、今響が感じているものは、いつも自分が感じている怖さであって。

 

(――――ああ、そうか)

 

不意に、悟った。

未来自身が強くなるということは、『帰ってこないかもしれない』という恐怖を、響にも植え付けることでもあって。

だから、震えている彼女を、責める気にはなれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

「そんで?歌姫サンは何を聞きたいってんだ?」

 

響達が去った後。

マリアを睨みつけながら、アヴェンジャーは問いかける。

対するマリアはもう少しだけ沈黙を保って、口を開いた。

 

「――――復讐を果たして、その後はどうしようというの?」

 

在り来たりで、しかし核心に踏み込むような問い。

目に見えてアヴェンジャーの顔が歪む。

すぐに元に戻ったものの、誤魔化すにはとっくに手遅れだった。

 

「アヴェンジャー、いえ、『阿賀野(あがの)孝仁(たかひと)』。悪いけれど、あなたの来歴はある程度調べさせてもらった」

 

手ごたえを感じながら、マリアは言葉を続ける。

 

「お母様の死が、あなたに計り知れない傷を与えたのは確かでしょう。下手な同情は不要であることも、同じく家族を失った身としては十分に共感できる、けれど」

 

マリアの手、ガングニールを握る力が強まる。

 

「こんな方法で、お母様が報われるとでも言うの?」

 

開いた片手を振り払う。

周囲の光景を見るように促す。

上がる黒煙、ちらつく炎、鼻をくすぐる生き物が焼ける臭い。

よっぽどの変わり者で無い限り、喜ぶことなど不可能な光景。

 

「暴力を以て報復することが、お母様の望みだとでも?」

 

アヴェンジャーは黙するだけだが、その顔は目に見えて険しくなっていく。

何も思わないわけではないらしい。

 

「絶対に違うわ、赤の他人だけど言い切れる。あなたは間違っている!」

「・・・・ッハ」

 

だが、そんなマリアへ、アヴェンジャーは嘲笑を向けた。

 

「よく言うぜ、いい子ぶりがヨォ?」

「・・・・どういうこと?」

 

アヴェンジャーは小高い瓦礫の上にしゃがみ込み、意地悪くマリアを見下ろす。

 

「お前さんだっているはずだろ?俺みたいに、復讐したい相手が」

「・・・・一体なんの」

「例えば、そう!立花響とかナァ?」

 

その時、アヴェンジャーは見た。

マリアの顔に、目に見えて動揺が走ったことを。

 

「相手のこと調べたのは、自分たちだけだと思わネェこった」

 

自陣の人間が他にいないこともあったのだろう。

すぐに平静を取り戻したが、十分な手ごたえだった。

 

「去年の暮れだったか、あいつにボロ負けしたんだろ?で、妹分二人がブチ切れて、復讐の鬼になったと来た!」

 

入れ替わるように険しい顔をしたマリアへ、にやにや笑いかけながら。

アヴェンジャーは止めを刺す。

 

「優等生ぶって目立った波は立ててないようだが、腹に何も燻らせてないたぁ言わせネェぞ。てめーも所詮は人間だ」

『マリア、しっかりなさい。今ここで狼狽しては、相手の思う壺です・・・・!』

 

愕然としたマリアは俯いてしまい、それっきり黙りこくった。

心配げに名前を呼んでくれるナスターシャの声を耳に聞きながら、なお沈黙を貫いて。

それでも、熱を燈した感情を、抑えきることは叶わず。

 

「・・・・なに、も」

 

マリアの口が開く。

おっ、っと興味深げに目を開いたアヴェンジャーを、勢い良く睨みつけて。

 

「何も思わないわけ・・・・ないじゃないっ!!!」

 

彼女にしては珍しい、感情をむき出しにした顔。

 

「言うとおり原因は立花響よッ!!あの子に負けたばかりに、切歌と調が憎しみに囚われたッ!悪魔になりかけた、立花響が融合症例でなかったら、今頃殺していたッ、あの子達が人殺しになってしまっていたッ!!」

 

轟々と、その心をぶちまける。

 

「だけどそれはッ!私が弱かったことにも原因があって、あの時勝てなかった私にも非があって!だから何よりも自分が情けなくて、悔しくてぇッ!!」

 

マリアが抱えていたものは、周囲の予想よりもはるかに『重く』、そして『大きい』ものらしい。

半年と少しという期間は、それだけ膨らませるのに十分すぎたのだろう。

 

「でもッ、そうやって折れてしまったら、屈してしまったらッ・・・・今度、こそ・・・・今度こそ、あの子達は、私の家族が、悪魔になってしまうッ、人間に戻れなくなってしまうッ・・・・!!だから、だから、だからァッ・・・・・!!!」

 

だから、ずっと耐えてきた。

罪悪感と後悔で、泣き喚きそうになるのを。

家族の為、ただそれだけの為に。

一年に届きそうな間、憎しみに溺れそうになる家族を目の当たりにしながら。

ずっと、ずっと、ずっと。

 

「だから、あなたを認めるわけには、いかない・・・・!!」

 

呼吸が整う。

腕を握り締めた手をゆっくり解いて、いつの間にか俯いていた顔を上げて。

涙に濡れながら、強い意志を秘めた瞳で。

まっすぐアヴェンジャーを見据える。

 

「感情のままに報復する悪魔を、放置するわけには、いかない!!」

 

毅然と突きつける、ガングニールの切っ先。

笑みを消し、眉をひくつかせるアヴェンジャーの心臓を意識しながら、目を逸らさない。

 

「・・・・憎しみを認めてもなお、戦うってか」

 

目を伏せたアヴェンジャーは、ぬらりと立ち上がる。

担いだ大剣を地面に振り下ろして、敵意と殺意をマリアへぶつける。

 

「あなたと、あなたのお母様は、私達によく似ている。少しでもどこかを違えていたら、私も同じように死んでいた、そして、切歌達があなたと同じように悪魔になっていた・・・・!」

「だから止めるってか?ッハ!」

 

重々しく、力強く振りかざされる刃。

戦意が、最高潮に達する。

 

「余計なお世話だッ!クソアマアアアアアァッ!!!」

 

土煙が吹き上げるほど、強く、強く、踏み込む。

マリアもまた、ガングニールを防御の形に構えて。

 

「シィアアアアアアアアアアアッ!!」

「ぐうぅ・・・・!」

 

接触、衝撃。

マリアの足元が大きく陥没し、より多くの瓦礫が舞い上がる。

歯を食いしばって耐え抜いたマリアは、マントを飛ばして牽制。

アヴェンジャーを弾いて宙に放り出し、無防備な土手っ腹へ一閃。

大剣で受け止めたアヴェンジャーは、着地と同時に再び飛び掛る。

豪快な縦一閃へ、ガングニールの切っ先を突きつけて迎撃。

数瞬火花を散らした後、数度打ち合う。

刃同士が衝突し、迫り合い。

一瞬の隙を見出したマリアが、ガングニールを上に滑らせると。

つられてアヴェンジャーの大剣も持ち上げられ、体勢が大きく崩れる。

間髪いれず手首を捻って突き放すと、がら空きの胴体へ蹴りを突き刺した。

防御もままならず、吹っ飛ぶアヴェンジャー。

瓦礫に埋もれて、土煙の中で沈黙するも。

 

『グオゥワアアアアアアアアアアッッ!!』

 

今度は巨大な『虎』となって牙を剥き、マリアへ飛び掛る。

 

「っ・・・・!」

 

直撃は避けたものの、恐竜のように全身から生えた刃が引っかかり。

その思ったよりも深い傷に、マリアは顔をしかめる。

怯んでいる暇はもらえない。

痛みを耐えながら、前足の一撃を回避。

続く牙も弾き飛ばして、跳躍する。

 

「はぁっ!」

 

背中の上、すれ違い様に一閃。

刻まれた決定打にもがく『虎』を後ろに、マリアは瓦礫を散らして着地した。

 

『ガアアアアアアアアアッ!!』

 

もちろん『虎』も、この程度で怯まない。

足を踏ん張って溜め込むと、再び飛び掛る。

振りかざした前足を力めば、爪が伸びて複数の『剣』へ。

マリアが大振りの薙ぎ払いを避けたところへ、もう片方の爪を伸ばす。

まんまとはめられたマリアは咄嗟に身をよじり、爪と爪の間に体を滑らせて回避。

だが無傷というわけにも行かず、腹と背中を掠めた。

そうやって捉えたところで、叩きつけ。

マリアは一度しゃがんで抜け出し、飛び出す。

それを追いかけるように、また叩きつけを繰り出す。

地面が揺れるたびに瓦礫も飛んでくる。

 

「ッはぁ!!」

 

どうやら意図的に飛ばしているらしく、マリアは迫るそれらを斬り伏せていった。

しかし微かでも気をとられたことにより、『虎』の接近に対応できなかった。

マリアの死角、その巨体を瓦礫に隠しながら突撃する。

 

「っな、っぐ!」

 

両手の爪をガングニールで受け止めるものの、動けなくなったところをこれ幸いといわんばかりに。

『虎』が牙を剥いたのが見えて。

 

「あああああああああッ!」

 

左肩、牙が深く食い込む。

血が噴き出し、マリアは苦悶の声を上げる。

膝を折って地面に着き、屈してしまいそうになる痛み。

血を大量に失い、眩暈がする。

意識を手放しそうになって、

 

(それ、でも・・・・!)

 

それでも、彼女は耐え抜く。

切歌と調(いもうとたち)が、悪魔になってしまわないよう。

見守る義務が、自分にはあるのだから・・・・!

 

「っだあああああああああああ!」

『ゴル・・・・!?』

 

肩を食わせたまま爪を弾く。

自由になったガングニールを、その喉元へ、突きつけて。

刀身が割れる、エネルギーが充填される。

『虎』が意図に気付いたときには、もう遅く。

 

 

――――HORIZON†SPEAR !!!

 

 

瞬間。

極太の極光が、空へ向かって伸びていった。

閃光の発射点にいたマリアは、いよいよ以て意識が暗転しそうになる。

明らかな直撃とは言え、敵がコレで倒れてくれたとは限らない。

 

「――――分かってんだよ」

 

何とか気力で持ちこたえていると、声が聞こえた。

回復した視界で見ると、胸に大穴を明けたアヴェンジャーが。

地面にへたり込むようにして、項垂れている。

 

「こんなんじゃ弔いにならないことくらい、分かってんだよ」

 

荒々しい先ほどまでとは打って変わって、どこか弱い声。

 

「だけど、じゃあ、どうすりゃよかったんだよ・・・・!」

 

泣きそうな声で、縋るように。

それでいて、節々に恨みを滲ませて。

 

「どうすりゃよかったんだよ・・・・なぁ・・・・!?」

 

ぐずり、と。

大穴から侵食するように、黒が広がっていく。

その体が、塵へ変わっていく。

 

「母さん・・・・どうしたら・・・・つぐない、が―――――」

 

そこから先は、言えなかった。

炭と崩れたことで、叶わなかった。

吹いていた風に尽くさらわれ、跡形もなく消え去る。

 

「っはあ!は・・・・は・・・・・は・・・・!」

 

緊張の糸が途切れ、マリアもまた膝を突いた。

肩を押さえ、地面に崩れ落ちる。

 

「・・・・は・・・・はぁ・・・・は・・・・は・・・・・っく・・・・!」

 

敵は消えた。

だけど。

胸に燻ってしまった思いは、消えてくれなかった。




前書きでふれたとおり、思わぬところから燃料をいただいたので。
後半は割とサクサク仕上がりました。


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消失へのカウントダウン

だから頭の中のぞいてるでしょ・・・・!?(ツイッター覗きながら)
あれからちょくちょくツイッターも覗いてます。
いやはや、色んなチョイワルビッキー見れて幸せです(笑

毎度の閲覧や評価、お気に入り登録も本当にありがとうございます。
とてもよく効く励みです。

―追記-
出勤前の寝ぼけた頭で書いたせいか、ツイッターについてのコメントが少しおかしくなっていました。
普通に右腕装備と書けばいいのに、なにやってんですかね、この物書きは(
今後このようなことがないように努めて参ります。
申し訳ございませんでした。


「ちはーっす」

「・・・・あら、いらっしゃい」

 

アヴェンジャーの騒動が終息してから、数日。

負傷で寝込んだマリアが、目を覚ましたところへ。

人懐こい笑みを浮かべて、響は病室へ入ってきた。

まだ寝ぼけ眼のマリアは、薄く微笑みを湛えて迎え入れる。

 

「りんご持って来ましたけど、食べれそうです?」

「ありがとう、けどごめんなさい、今はちょっと・・・・でも、切歌達が食べるかも、そこに置いてくれる?」

「はーい」

 

ビニール袋をがさがさまさぐって、スーパーで買ってきたらしいりんごを取り出す。

マリアがりんご好きだと聞きかじって持ってきたものだったが、今回はあまり意味が無かったようだった。

 

「聞きましたよ?めずらしく怒ったって」

「ふふ・・・・ええ、そうね」

 

『どかーん!がおー!』と両手を挙げておどける響を、マリアは愛想笑い。

しかし長くは持たず、やがて暗い顔になる。

響もまた、口を閉じたマリアへ何か問うわけでもなく。

ただ薄く笑ったまま、見つめるだけだった。

 

「・・・・ごめんなさい」

 

束の間静寂が流れて、マリアはぽつりとこぼす。

 

「調と切歌のことでも苦労をかけているのに、私は・・・・」

「ああ、別にいいですよそんなこと」

「けど・・・・!」

 

重々しく告げられた謝罪をあっけらかんと許す響へ、マリアはなお食って掛かったが。

響は首を横に振って制した。

 

「何か勘違いしてるっぽいんで、言っておきますけど」

 

それから背筋を正して、真っ向からマリアを見つめる。

 

「マリアさんは、強い人ですよ」

 

何事かと身構えるマリアへ、はっきり言い切った。

 

「そうやってどうしようもない感情を抱えてるのに、調ちゃんや切歌ちゃんみたいな、家族の為に耐えているじゃないですか」

 

お世辞でも取り繕いでもない。

本気で感じて、その上で受け入れている声。

 

「そんな人を悪く言えません、言いたくありません。他人にだって、言わせたくないです」

 

言い切られてしまったマリアは、病み上がりであることもあったのだろう。

何か悟ったような顔で目を伏せて、また黙り込んだ。

また沈黙が流れる。

窓の外、自衛隊や被災者の声のさざめきが聞こえ始めた頃。

 

「・・・・それで」

 

ふと、マリアはまた口を開いた。

 

「用事はそれだけ?お見舞いと言うなら、あの子の方にはいかなくていいの?」

「未来のほうにはこれから行きますよ、ただその前に」

 

響は参ったなという笑みから一転。

今まで以上に、真剣な顔つきになって。

 

「マリアさんに、お願いがありまして」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さーてさてさて。

リブラ、アヴェンジャーと続いた『執行者団(パニッシャーズ)』の襲撃でてんてこまいして、うっかり忘れそうになっていたんだけど。

わたし達、月の落下も止めなきゃいけないんだよ(白目)

実際、今回の騒動も含めて近隣の国々にはダダ漏れらしく。

ロシアをはじめとした先進国の後ろから、『はよ、月の軌道修正はよ』と、なんとなーくじーわじーわと催促が来ているとか。

自分らで言ってくるならともかく、虎の威を借る狐みたいに大国の後ろからっていうのはちょっとずるいと思わない?

とはいえ、年末に迫る世界滅亡をほっとけないのもまた事実。

というわけで、誰もがなんとなーく『次の襲撃がありませんよーに』とお祈りしながらの、ネフィリム起動実験ですよ。

関東地方の、某山奥。

万一事故が起きても被害を留められるよう、人気?何それおいしいの?何て田舎を選んだ。

ギアペンダントをいじりながら、慌しく動き回るスタッフさん達を眺めてみる。

ふと技術者陣に目をやると、未だ包帯をこさえたマリアさんの姿も見えた。

・・・・・あのお願いを実行してくれるのか、それとも心配してくれてるのか。

どっちにせよ、心強いことに変わりはないんだけど。

 

「立花?何故櫻井女史達を見てにやついている?何かあるのか?」

「いーえ、なーんにも」

 

めでたく復帰した翼さんに返しながら、勢いつけて立ち上がる。

改めて見てみると、粗方の準備は終えているらしい。

頃合かと思ったので、所定の位置についておく。

ほどなくして、続々集まる装者達。

特筆することは、その中に未来もいること、病み上がりのマリアさんは今回お休みなことだろうか。

 

「では、これよりネフィリム起動実験を行う」

「当然ながら危険も伴います、命を落とす危険も十分に存在するので、どうか、決して、油断をしないように」

 

弦十郎さんに続いて、重々しく語るナスターシャ教授。

・・・・・F.I.S.での実験については、ざっくりだけど聞いている。

()()()のその時、亡くなった人がいることも。

調ちゃんや切歌ちゃんも思い出したのか、どこか険しい表情になって。

現場を、重い空気が支配した。

 

「脅すようでなんですが、今回起こそうとしている聖遺物はそれほど危険な代物でもあります。十分やってくれることは、こちらも重々承知していますが、改めてお願いしますね」

「はい」

 

眼鏡を直すウェル博士に、翼さんが代表して返事。

全員でギアを纏って並ぶ。

目の前には、何重ものセーフティを掛けられた、休眠状態のネフィリム。

 

『――――それじゃあ、始めてちょうだい』

 

了子さんの声を合図に、わたしは両脇のクリスちゃんと翼さんに手を伸ばす。

差し出された手を、二人が握り返してくれた。

そしてそこから更に隣の人へ手を繋ぐのが見える。

――――前提として。

完全聖遺物を励起させるためには、大量のフォニックゲインが要る。

ものによって必要量は違うみたいだけど、個人でやるにはまず無理だ。

だから二年前の二課は、ライブ会場と言う大きな場所に人を集めたわけで。

だけど今回は、ひたすら危険なことに定評のあるネフィリム。

一般人を至近距離に近づかせるわけには行かない。

じゃあ、どうするか?

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

個人でやるのが難しいなら、みんなで。

 

「Emustolonzen fine el baral zizzl」

 

シンフォギアを扱える装者全員で、

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

歌い上げた絶唱を、

 

「Emustolonzen fine el zizzl...」

 

束ねて、ぶつければいい。

 

「――――が」

 

膨れ上がる『歌』、溢れかえる『熱』。

感じる。

繋いだ手を伝って、わたしへ五人の歌が流れてくる。

 

「耐えろ、立花!」

「まだ正気かぁ!?しっかりしろ!!」

「響!わたしもいる!頑張って!」

 

仲間達の声に押されながら、暴れる流れを何とか制する。

――――奇しくも発現した、『立花響(げんさく)』と同じ力。

傷つけるのが怖いくせに、ひとりぼっちを嫌がる。

浅ましい力。

 

「グ、ウウウウゥゥゥゥッ・・・・!」

 

役に立てるというのなら・・・・!

 

「ッおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

手を離す。

腕を重ねて、装甲を一つにする。

狙いは一点。

ネフィリムただ一つ。

間合いは三歩、駆け出す。

飛び出し、踏み込み、近づいて。

束ねた歌を、明日への音色を。

力の限り、叩き込むッッ!

 

「だあああああああああああああああああああッ!!」

 

感じる、固い手ごたえ。

設置された注入部から、フォニックゲインが流れ込むのが分かる。

一歩飛びのいて後退。

みんなとの中間地点に立ち、様子を見る。

荒れ狂う嵐は、七色に煌いていて。

だけどやがて、食われるように吸い込まれていく。

風が強い、油断すると塵が目に入りそう。

腕で顔を庇いながら、最後の一筋が飲み込まれていくのを確認して。

 

「・・・・」

 

沈黙。

警戒は解かない。

それは後ろのみんなも同じこと。

未来がちょっと揺れてるかな?初心者らしい可愛らしさだ。

感じる気配に、少し微笑ましさを覚えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――ダメ、セーフティが持たない!!』

『響ちゃんッッ!離れてッッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間。

瓦礫が顔面に飛んでくる。



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限界

「んぉがッ!?」

「響!?」

 

瓦礫が額にクリーンヒットし、大きく仰け反る響。

皮膚を破ったのか、顔の片面が一気に赤く濡れる。

衝撃で頭がくらくら揺れ、きちんと立てているかおぼつかなくなる。

そんな隙だらけの『獲物』を、『奴』は見逃さなかった。

 

「――――ッ!?」

 

揺れる土煙。

飛び出してきたのは太く頑強な腕。

避けること叶わない響は、その一撃をまともに受けた。

 

「響!!」

 

吹っ飛んでいく大切な人を、悲鳴のような声で呼びながら手を伸ばす未来。

当然間に合うはずもなく、結局見送る形になる。

伸ばした手も、無駄になった。

 

「こいつ、またデスか・・・・!」

「性懲りも無く・・・・!」

 

切歌と調が気配を尖らせる。

邂逅したライブ会場で、響に向けたものと同等かそれ以上の敵意。

二人に釣られて、翼とクリスも元の方を向く。

そしてほどなく、『そいつ』は現れた。

 

「グオオオオオォォォォォォッ!!!!」

 

引き裂かれるように震える大気。

陽光を受けて滑らかに光る表皮。

体のあちこちは、脈打つように点滅している。

 

『ネフィリム起動!同時に暴走を開始!』

『束ねた絶唱の威力が、こっちの予想を軽く超えてしまうなんて・・・・!』

 

オペレーターや学者達の緊迫した声の中から、一際強く語りかけるのはウェル。

 

『聞こえますか!?ご覧のとおり緊急事態です!心臓さえ残っていればどうとでも出来るので、遠慮なく排除してくださいッ!!』

「言われなくともッ!!」

 

その言葉に、いの一番に反応したのはクリス。

ガトリングを重々しく構え、引き金を全開に引く。

ネフィリムへ喰らいつく無数の鉛玉、だがその分厚い皮膚の前では牽制になれているかどうかも怪しい。

しかしそうやって標的が注意を逸らしているところへ、翼が一飛びで背後に。

刃と瞳をぎらつかせ、その太い首を刈り取らんと太刀を振るう。

だがまたしても皮膚に阻まれ、刃を埋めるのみに留まった。

 

「・・・・ッ」

 

翼は舌を打ちながら刀を手繰り寄せ、振り向き様に襲い掛かってくる腕を回避。

闘志を滾らせたまま着地した敵を、ネフィリムは唸りながら睨む。

と、そうやってまた注意を逸らしているところへ、また別の銃撃。

上手く首の傷に当てられ、痛みに咆えながらギロリと目を向ければ。

少し怖気ながらも鉄扇から銃撃する未来が。

次から次へ来る邪魔者達に苛立ったネフィリムが咆哮を上げれば、

 

「いや、うるさいって」

 

先ほど吹き飛ばした響が、瞬く間に懐へ接近。

がら空きの胴体へ、重厚な一撃を打ち込んだ。

 

「こればっかりは褒めてやるデスッ!!」

「やああああああッ!!」

 

怯んだネフィリムが大きな隙を見せれば、すかさず切歌と調が連携で攻める。

比較的細く、斬り易い四肢を重点的に攻め、ネフィリムの動きを鈍らせていく。

 

「これでッ、刈り取るッ!」

「マストッ!ッダアアァーイッ!!」

 

上と下から、刈り取る刃が唸りを上げて。

その首へ、直撃を叩き込んだ。

潰れるような悲鳴を上げ、首から血液らしき液体を噴き出しながら倒れるネフィリム。

体液を払いながら着地した切歌、調も交えて、装者達は身を固める。

緊迫した空気、一分とも十分とも取れる、濃密な時間の流れ。

そんな中で、低く細く鳴き声を上げていたネフィリムは。

やがて、サイレンが治まる様に静かになり、沈黙したのだった。

 

――――鎮まったか?

 

ふと、誰かが一抹の期待を抱いて。

 

『――――ダメ、まだ終わってないッ!!』

 

友里の、悲鳴のような声がして。

瞬間、轟音。

 

「ぐぁっ!?」

「わあああっ!!」

 

熱気と共に、少女達は木の葉のように吹っ飛ぶ。

再び土煙に包まれる現場。

文字通り首の皮一枚繋がったネフィリムは、忌々しそうに痛みに悶えていた。

 

――――この疼きを治めるには、どうすべきか

 

考えるまでもない。

一番の特効薬は、幸い()()()()()

最初はどいつからだと、獲物を探すネフィリムのすぐ足元。

かすかな物音が聞こえた。

 

「――――ひ」

 

ゆらりと見下ろせば、未来が絞るような短い悲鳴を上げる。

機材の一部が左腕に突き刺さり、隆起した岩盤に縫いとめていた。

 

「あ、あぁ・・・・いっづ・・・・!」

 

逃げようともがくも、いたずらに血を流して痛みに怯むだけ。

だが、動かなければ死ぬ。

掴んで引き抜こうとするが、残酷にもネフィリムはこれ見よがしに大口を開ける。

 

「・・・・ぃ、ぃゃ」

 

口内に備えたご自慢の牙が、その柔肌を引き裂こうとして。

 

 

 

 

 

 

阻むように、割り込む人影。

 

 

 

 

 

「――――ぁ」

 

肉が裂ける音、骨が圧し折れる音。

噴き出した血が鉄の臭いを撒き散らしながら、地面を赤黒く濡らす。

目の前の光景を呆然と見つめる未来は、ただ。

 

「響いぃッ!!!!!」

 

喉が破れるほどの大声で、大切な人を呼ぶしか出来なくて。

響の右肩に喰らいついたネフィリムは、なお口を閉じ続ける。

 

「ぁ、ぐ・・・・!」

 

肉が切られ、骨が断たれ、さらに血が流れて。

ネフィリムは欲張りにも、肩ごと右腕を持っていった。

瞳から光を失った響は、頭から倒れこむ。

そんな彼女の体は、溢れた自らの血に沈んでいく。

 

「響!!響!!響!!そんな!!やだ!!響!!ねぇ!!」

 

左腕の痛みなんてすっかり彼方へ吹き飛んだ未来。

半ば狂乱したように響の名前を呼びながら、届かない手をめいいっぱい伸ばす。

その目の前で、右腕を飲み込んだネフィリムがまた喰らいつく。

牙を突きたて、今度は背中側から胴体を齧った。

 

「いやあぁ!!もう止めて!!響!!響!!響!!」

 

未来がどれだけ叫ぼうとも、捕食は無情に続く。

肉を齧り裂き、髄を呑み啜り、人体と齧った聖遺物を己の中に吸収していくネフィリム。

響が物理的に小さくなる度、代わりに巨大化する。

 

「やめて!!死んじゃう!!響が死んじゃう!!」

 

いやだ、いやだ、いやだ。

未来の頭の中は、その言葉で溢れ返っていた。

もはや出来ることは、泣き叫びながら無意味な制止を吐くことだけ。

 

「響!!響いいぃ――――ッ!!!」

 

伸ばした手のひらにすっぽり治まる響。

ネフィリムはなお『食事』を続けようとして、

 

「ぅ雄おおおおおおおおおおおおお―――――ッッッッ!!!!」

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!?」

 

飛び込んできた弦十郎に、力の限り殴り飛ばされた。

響の血と自らの涎を撒き散らし、悲鳴を上げながらきりもみして吹っ飛んでいく。

 

「ッ立花ァ!!小日向ァッ!!」

「しっかりしろッ!!おいッ!!」

 

気絶から復帰した翼とクリスが駆けつけ、未来を磔から解放する。

 

「響ッ!!」

 

怪我なんてお構いなしに未来が縋り寄れば、体の半分近くを失った、無残な姿の響が。

あんまりな光景に、呆然とした未来は顔を歪めて新たな涙を溢れさせた。

 

「ガルルルアァァッッ!!」

 

一方のネフィリムが、たかが人間が与えた予想以上のダメージに怒りを覚えながら身を起こせば。

次の瞬間には地面に叩きつけられていた。

翼が後ろを見れば、了子が一切の表情をそぎ落として手を翳している。

ネフィリムを、まるで尽くの価値が無いようなものを見る目で凝視し続けて。

徐に空いた片手に橙の陣を展開して、ネフィリムを押さえつけている障壁に付与させて。

 

「―――――ひれ伏せ、畜生」

 

一拍の間を置いた、刹那。

スイカか何かが潰れるように、ネフィリムの頭部がひしゃげて爆ぜた。

胴体を一瞬跳ね上げたっきり、沈黙するネフィリム。

さすがに頭を失えば、大人しくなるようだった。

 

「医療班収容急げッッ!!響くんを運ぶんだッッ!!」

 

危機は去ったが、問題がなくなったわけではない。

闘志を滾らせ昂った状態のまま、弦十郎は次々スタッフへ指示を飛ばす。

――――今回の起動実験。

要となるネフィリムの心臓は手に入れることはできたものの、決して僥倖とはいえない結果だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――意識がはっきりしてくる。

頭がぼんやりして、整理がつかなかったけれど。

そういえば、起動実験中にネフィリムが暴走したことを思い出して。

 

「――――、ッ!?」

 

がばっと身を起こして、違和感。

世界が、暗い。

 

「・・・・ひびき」

 

横から、未来の声。

振り向くけど、何も見えない。

 

「ひびき、ひびき、ひびき・・・・ああ、よかった・・・・ひびき、ひびきぃ・・・・!」

 

泣きながら無事を喜んでくれる未来に、何とか返事をしようと口を開く。

 

「――――」

 

喉は震えず、言葉が出なかった。




Q.ガングニールさん暴走しなかったね?

A.ガングニール「だってこの娘、死にかけるとか日常茶飯事ですしおすし」


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砂の上のインターバル

わたくし、いたって平凡な人間であると思っておりましたが。
感想欄の阿鼻叫喚に喜んでしまうあたり、どうやら愉悦部員らしいぞと思い始めた今日この頃ですwww(
いえ、好きなのはハッピーエンドですよ?本当ですよ?(


誰もがまさかと愕然とし、同時についに来たかとも思った。

先日行われたネフィリムの起動実験。

結果だけ見れば成功に思えた。

・・・・響の一時離脱と言う、最悪すぎる犠牲を払うことで。

ネフィリムに体の六割半を貪られた響は、また当然のように体を再生させた。

そして、新たな障害を発症させたのだ。

完全な失明と、失声症。

響はもう、一切の景色を見ることも、誰かと言葉を交わして笑いあうことも叶わない。

これがまだ喉だけだったのなら、筆談などでコミュニケーションを取れたのだが。

今となっては後の祭りだった。

 

「・・・・ひび、き」

 

診断を聞き終えてからずっと、どこか難しい顔をして俯いた響へ。

未来は震える手を伸ばす。

気付いてこちらに目を向けた響は、束の間きょとんとしていたが。

未来のおぼつかない指先が触れたことで、何となく察したらしい。

安心させるように柔和な笑みを浮かべながら、そっと握り返した。

 

「――――ぁ」

 

相変わらず体温の無い冷たい手。

代わりに握ってくれている力加減から、その優しさが伝わってきて。

 

「ぁ・・・・ああ・・・・!」

 

だからこそ未来は、大粒の涙を流す。

嘆きと共に、がっくり項垂れる。

自身が情けなくてたまらない。

ただ響の力になりたくて、だからギアを纏ったのに。

それがどうだ。

大して役に立てないどころか、こうやって足を引っ張って。

 

「ご、めんなさぃ・・・・!」

 

いや、障害程度で済んでいる今ならまだいい。

実験のときなんか、自分がもたついてしまったばっかりに、響に大怪我を負わせて。

そのツケが、響を苦しめていて。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・・!!」

 

未来は、悔しかった。

悔しくて悔しくて、後悔で身が張り裂けそうで。

同時に、罪悪感にも押しつぶされそうになって。

 

「はぁ、はぁ、は・・・・っは、ひゅ・・・・・」

 

その心が、体を侵し始める。

喉が引きつる、呼吸がままならなくなる。

半開きの口元からは、笛のような情けない音が連続して鳴る。

 

「ひゅぅ・・・・ご、ほ・・・・ぇふ・・・・ひゅぅ、ひゅ・・・・!」

 

目の前が濁って、喉がからからになる。

なのに、空気を求めずにいられない。

 

「――――?――――!」

 

響が、声はなくとも、息遣いで案じてくれるのが分かる。

答えようと口を動かせば、なお空気が大量に入り込んでくる。

頭が働かない、響が悲しそうな顔をしているのに。

今の未来には、何も出来ない。

それがまた悔しさを助長させて、さらに多くの酸素を取り込もうとして。

 

「――――小日向」

 

その呼吸を止めたのは、見舞いに来てくれていた翼だった。

 

「小日向、落ち着け、大丈夫、大丈夫だから・・・・立花」

 

さっと手を割り込ませ、未来の口を一旦遮断した彼女は。

未来の頭を優しく撫でながら、響へ一声。

意図を読み取った響は、未来を柔く抱き寄せる。

 

「小日向、返事はなくともいい。立花の鼓動は聞こえるな?」

「はぁ、は、は・・・・ひゅ・・・・ふっ・・・・」

 

響の胸に顔を押し当てられた未来は、目を閉じる。

額に意識を集中させれば、確かに感じる脈動。

 

「そのまま、呼吸をゆっくり、鼓動のテンポに合わせるんだ。深くは吸わなくていい、浅いままでいいから」

 

なお未来の頭を撫で続けながら語りかける、翼の声に従って。

響の鼓動を必死に聞き取りながら、テンポを下げようとする。

 

「ひゅ、げほ・・・・!」

 

と、唾液が喉に入り込んで咽た。

乾いていたことも相俟って、かなり痛い。

だが、今は咳き込んでいる余裕なんて、

 

「焦るな、焦らなくていい、時間を掛けていい」

 

そんな不安を、翼は見透かしてくれていた。

響と一緒に背中をさすりながら、粘り強く話しかける。

 

「ゆっくり、ゆっくりでいい・・・・そう、小日向のペースでいい、私も立花も待っててやるから」

「――――ッ」

 

翼の言葉を、響は力強く頷いて肯定する。

二人の優しさに少しの安堵を覚えた未来は、見開いていた目を一度閉じて、呼吸に集中する。

一分、二分と時間が過ぎる。

秒針が周回を重ねるたび、未来の呼吸は落ち着いてきた。

 

「――――」

 

ふと、響がさらに強く抱きすくめてくる。

密着したことで、先ほどよりもはっきり鼓動が聞こえる。

たまらず未来も抱き返しながら、息を吸って、吐く。

 

「・・・・・はああぁ」

 

そうして、長針が次の数字にたどり着いた頃。

未来は大きく息を吐いて、ようやく落ち着いたのだった。

一息ついた未来の頭を、響は優しい手つきで撫で続けていた。

 

「――――慣れているのね」

「マリア。ああ、そうだな・・・・」

 

いつの間に来ていたマリアに、少し驚いた翼は。

過去を想起するように、足元へ目をやって。

 

「私も、覚えがあるからな」

「・・・・そう」

 

どこか感慨深げに呟いた翼に、マリアはそれ以上追及しなかった。

ふと目を向ければ、未だ響に縋りつく未来が。

 

「・・・・見舞いとは言え、これは邪魔するものではないわね」

「だな、馬に蹴られてはたまらん・・・・立花、私達はこれで失礼する」

 

立ち上がりつつ、翼がそう言うと。

響は呑気に手を振って見送ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、マリアは何用で立花の下へ?」

「あら、見舞いに理由がなきゃダメ?」

 

二課の息がかかった病院。

マリアと連れ立って歩く翼は、ふと隣へ目をやる。

対するマリアは、どこかからかうように笑みを浮かべたが。

それを受けた翼は、即座に目を細めて。

 

「誤魔化せたと思ったか?立花達は気付いていないようだったが・・・・入ってきたときのお前、とても見舞いに来たような顔ではなかったぞ」

「・・・・・気付いていたのね」

 

指摘に驚き、立ち止まるマリア。

数歩先へ行った翼を凝視してから、参りましたといわんばかりに両手を上げた。

 

「お前と立花の間、浅からぬ因縁があることは重々承知している。だが、これ以上あの子に・・・・」

「そうじゃないわよ」

 

どこか威圧的になってきた翼を宥めるように、呆れた声で制止するマリア。

 

「そうじゃないけど・・・・そうね」

 

いくばくか落ち着きを取り戻す翼の前で、マリアはしばし考え込む。

やがて結論が出たのか一つ頷いて、完全に平静になった翼へ向き直った。

 

「少し、付き合ってくれない?」

 

真剣な顔つきになったマリアに、十中八九何かあると読んだ翼は。

ただ一つ頷いた。

一言礼を述べたマリアは、早速移動を開始。

 

「――――実は」

 

人気の無い一角のベンチに一緒になって腰を下ろすと、マリアは早速語り出した。

内容はつい数日前、自分が入院していたときに、響が見舞いに来てくれたときの会話。

そこで取り交わされた、ある『約束』。

話を聞いていた翼の顔は、目が見る見る見開かれていく。

歌手としての彼女だけ知る者からすれば珍しい、驚愕を全面に押し出した顔になった翼は。

ただただその信じられなさに、首を横に振るしか出来なくて、

 

「いや、待て」

 

自分を落ち着かせるために、顔を手で覆って項垂れる。

 

「仮にそうする必要が出てきたとして、果たして達成出来るのか?アレを見る限り、どうも不可能なような気がするんだが」

「私もそう言ったのよ。そしたらあの子ったら、ニコニコ笑って・・・・『続けたら、出来るかもしれませんよ』って」

「あの大馬鹿者・・・・!」

 

その時していたであろう、満面の笑みが容易に想像できて。

翼はとうとう項垂れてしまった。

 

「・・・・ただ、気持ちは分からないでもないけれど」

 

そんな翼へ少し面白そうに微笑んだマリアは、そう零す。

 

「だって、あなた達に出会うまで、味方なんてあの子くらいしかいなかったのでしょう?だからこそ、あの時私を全力で叩きのめしたのだし・・・・」

 

疑問を持って見上げてきた翼に、とつとつ語りかける。

 

「『あの子を守る』・・・・その行動理念が、今でも濯ぎきれていないのよ」

「・・・・小日向を害するものは、尽くを蹂躙する、か」

「例えそれが、自分自身であったとしても、ね」

 

マリアが付け加えた一文に、翼はまた頭を抱えた。

 

「私も、F.I.S.で、マムや切歌達と出会うまではそうだったから・・・・誰もが何時死ぬか分からない中、足手まといの子どもなんて、守る余裕ないもの」

 

そしてその中を、当時存命だった妹と一緒に生き延びた。

誰も守ってくれない、誰も助けてくれない。

似たような状況に身を置いていたからこそ、響の必死さも分からないわけではないのだ。

 

「というか、この話は司令達には?」

「まだよ・・・・この約束が、どうも生命線のようになっている節があるから」

 

ふと疑問に思った翼が、一度顔を上げて問いかけるものの。

マリアの返事に、また頭を押さえた。

 

「確かに、司令達なら全力で止めにかかるな」

「だけどあの子にとって耐え難いのは、他ならぬ自分が手にかけること。ならばいっそ、ということでしょう」

 

当然、翼達だってそんな結果にならないよう全力を尽くす。

だがここの所を鑑みるに、万が一が無いなんてとても言い切れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とうとう一人になった彼。

目を閉じ、頬杖を突いてなにやら考え込んでいると。

ふいに、その目が開いた。

 

「――――おや、貴女でしたか」

「ハァイ、お久しぶり」

 

その背後。

椅子の背もたれに腰掛けてくる、エキゾチックな女性。

 

「随分大暴れしてるみたいね」

「申し訳ありません、もう少し抑えた方がよかったですかな?」

「あはは、逆よ逆!世界中の目が日本に向いてるから、動きやすくって。あーし達助かっているわ」

「それはよかった」

 

テンション高く褒め言葉を告げた女性だったが、ふと周囲を見渡す。

 

「それにしても、ここも大分静かになったわね。あんたはまだ暴れないの?」

「そうしたいのは山々ではありますが、私の場合『アレ』が起きないことにはどうにも・・・・」

「あらら、じゃあそれまで大人しくしているの?」

「ええ、そのつもりではありますが・・・・しかし・・・・」

 

どこか歯切れ悪く答えた彼。

女性は急かしはしないが、どこか興味深そうに覗き込んでいる。

 

「そうですね・・・・『事』を起こす前に、確かめたいことはあります」

「へぇ?」

 

他の二人とは違い、どこか大人しい性格の彼。

そんな彼が積極的に確かめたい事柄に、女性の目は興味に細められた。




梶浦由紀さんの魔力にはめられた所為か、自作で悪役をしゃべらせると、『ship of fools』が自動的に流れるようになりました。
・・・・ツバサのアニメ、原作沿いで見たいっすわぁ(


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砕ける安寧

シリアスが続きすぎた所為で、日常の書き方を忘れかけてました。
あまあま出来てるかしら・・・・!


「おでかけ、しない?」

 

さーて。

わたしが視力と声を失くしてから、数日が経った。

真っ暗な世界と喋れない不便に何となく慣れてきた頃。

いつも通りお見舞いに来てくれた未来が、そう提案してきた。

『どういうこと?』と、首を傾げてみる。

 

「ほら、ここのところ。大変なことがずっと続いたじゃない?もう少ししたら、フロンティアの起動もあるし」

 

そう。

失明したり失声したりしたとはいえ、ネフィリムの起動自体は成功していたんだ。

それに日本が大変な状態になっているとはいえ、月の落下も懸念されている中。

一国の事情にかかりきりと言うわけにも行かない。

だから、次の作戦はわたし抜きでやるとのことだった。

まあ、当たり前っちゃ当たり前だから、受け入れはしてるんだけどね?

 

「弦十郎さんにも許可は貰ってるし、後は響の返事次第なんだけど・・・・どうかなぁ?」

 

どう、と言われても。

絶賛お休みなわたしと違って、未来はこの後大仕事を控えている。

目が見えない上に喋れないわたしでも、英気を養う一助が出来るなら。

断る方がとんでもなかった。

なので、こっくり頷いて肯定を伝える。

 

「本当?やった!」

 

わたしの手を握って、嬉しそうに笑う未来。

・・・・よかった。

こんなになっても、まだ未来を笑わせることはできるんだ。

 

 

 

それでまあ、次の日。

 

 

 

外の空気って、こんなにおいしかったっけ・・・・!?

いや、都会なんだけど!びみょーに排ガス臭いけどね!?

やっぱあれだね、室内にいるよりずっとマシだね!

 

「響、浮かれてる?」

 

ありゃ、バレたか。

隠してもしょうがないので、ちろっとベロを出す。

すると、未来がくすくす微笑んでいるのが聞こえた。

 

「それじゃあ、行こうか。しっかり掴まっててね」

 

腕を組んでくる未来にこっくり頷いて、歩き出した。

バスに揺られて行く先は、近くの臨海公園。

病院からもほど近い、ちょうどいい場所にあるんだよね。

いざ着いてみれば、街中以上に澄んだ空気。

吹いてくる風には海の香りも混ざっている。

シーズンはとっくに過ぎてる所為か、未来がちょっと寒そうにしてたけど。

バスから降りたばかりの茹だった体には、ちょうどいいみたいだった。

 

「――――?」

「大丈夫、響がいるんだもん」

 

とはいえ。

付き合わせて風邪を引かせてしまったら大変なので、未来の方を見て首を傾げてみる。

こっちの思惑が分かりやすかったからか、未来は元気に答えてくれた。

 

「あ、あそこカモメがいるよ。鳴き声聞こえる?」

「――――」

 

確かにそれっぽい声が聞こえるので、こっくり頷く。

それからも未来は、見えたことを中心に色々教えてくれた。

お日様が暖かくて、絶好のお出かけ日和だということ。

意外と家族連れもいること。

対岸の港に、大きな貨物船が入ってきていること。

例え見えなくても、同じ景色を共有できるのに安心できて。

わたしは首が痛くなるくらい何度も頷きながら、未来の話を聞いていた。

 

「・・・・?」

 

と、そんなこんなでお散歩を楽しんでいると。

未来がふと立ち止まった。

しっかり腕を組まれているので、自然とわたしも立ち止まる形になる。

何があったんだろ。

 

「おっ、お嬢さん興味持ってくれた?よかったら見てってよ」

 

浮かんだ疑問は、気のよさそうなおにーさんの声で何となく解決した。

露店かな?

気になるものでもあったんだろうか。

 

「ぁ、ぃえ、その・・・・ご、ごめんなさいッ!」

 

だけど未来はどこかあたふたすると、そのまま全力疾走を始めてしまった。

わたしも引っ張られて、『あらら、またねー』なんておにーさんの声が、ドップラーで去っていく。

ど、どうしたの?

 

「ぁ、ご、ごめん!大丈夫だった?」

「――――」

 

ある程度走ったところで、未来はやっと我に返ったらしい。

いや、走ったこと自体は別にいいんだよ。

首を横に振ってから、『何かあったの?』というニュアンスで首を傾げてみる。

 

「な、なんでもないよ?」

 

えぇ~?ほんとにござるか~?

 

「ほ、ほんとだってば」

 

ちょっとからかうように前かがみになってみると、そんな可愛い反応が帰ってくる。

うむ、そのかわゆさに免じて見逃そうではないか。

 

「なんか、納得いかないこと思われた気がする・・・・」

 

きのせいですよ~、と。

かるーく口笛を吹いて、誤魔化しておいた。

 

「もう、響ったら・・・・」

 

口調こそ呆れていたけど、聞こえた息遣いはなんだか楽しそうで。

だからわたしも、思わず笑顔が浮かんだ。

それからちょっと先へ出て、未来の手を引っ張る。

もーちょっと歩いてみよ?

 

「ふふ、うん」

 

手を握り返した未来は、また腕を組んでくれた。

そのあとも、海で魚が跳ねたのが見えたとか、咲いてる花が何の種類か考えたり。

そうこう歩き回ってるうちに、すっかりお昼時に。

未来がお弁当を持ってきてたので、広げたレジャーシートの上で食べる。

ふと、『わたしどうやって食べたらいいんだろ』とか考えたんだけど。

疑問はすぐに解決した。

 

「はい、あーん」

 

まあ、そうなりますよね。

家とか仲間内でやるのは別にいいんだけど、こう。

外でするのは、まだ気恥ずかしい部分がありましてな?

いや、どっちにしろ食べるんだけど。

未来からもらった食べ物を、ひな鳥みたいに受け取ってもぐもぐ。

食感からしてハンバーグかな?

 

「おいしい?」

「――――」

 

言われるまでも無いので、頷く。

味覚は無くても、未来と一緒に食べるものならなんでもおいしい。

フシギダネー。

 

「おにぎりもあるよ?」

「――――」

 

ください!と口を開けると、未来がまた楽しそうに笑ったのが分かった。

――――お昼を食べ終わった後は、ちょっと一休み。

レジャーシートに座ったまま、なんとなーくうとうと。

潮風が気持ちよくて、このままだと眠っちゃいそう。

 

「ひーびき」

 

なんて考えていると、未来が頭に手を回してきた。

何々?と思っていると、横に倒される。

頭の下には、柔らかい感触。

これは・・・・膝枕ッ!?

い、いいんすか!?こんな役得なことしてもらっちゃって!?

 

「寝てていいよ」

 

優しい手のひらが、頭を撫でてくれる。

見えなくても、未来がどんな顔してるか簡単に想像できて。

・・・・そういえば。

こんなにゆっくり出来たのって、何時以来だろうか。

今年は特にバタバタしてたから、こうやって休むことはあんまり記憶に残ってない。

そうなると・・・・うん。

障害を背負ってしまったこと、そこまでネガティブに捉えなくてもいいかもしれない。

手を握り返せば、また未来が笑った。

・・・・ああ、いいなぁ。

あったかいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして。

 

そんな平穏をぶち壊す、ぐぅんという音。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッ!」

 

現れた気配に飛び起きる。

未来も一緒に身構えたのが分かる。

 

「――――立花に小日向か、ちょうどいい」

 

一緒になって睨んだ先から、久しぶりに聞く声。

記憶とはちょっと違っているけど、間違いない。

 

「武永くん・・・・!」

「確かめたいことがある、手伝え」

 

目の前で、敵意が膨れ上がった。




今回、目が見えない描写をしましたが。
極力同じ症状の方に不快な思いをさせないよう配慮したつもりでしたが、もし気になり所がございましたら。

「ちげーぞオラアアアン!?」

と、遠慮なくご指摘ください。


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慟哭

現れた同級生は、未来の記憶と比べて変わり果てた姿だった。

白く脱色した髪、血の色に染まった瞳。

上半身にはタートルネックの黒いへそ出しルックを、下半身には無骨なズボンと腰布を揺らしている。

 

「響、ごめん。下がってて・・・・!」

 

即座にギアを纏い臨戦態勢となった未来は、響に一言告げてから前に出る。

硬直していた周囲の人々は、噂されている装者の格好が、未来のそれと該当しているのに気がついて。

連鎖的に突然現れた不審者の正体にも見当がつき、段々と恐怖におののく。

 

「に、逃げろッ!!街を二つも壊滅させやがった連中だ!!」

「まだ捕まってなかったの!?」

「こわいよぉ!おかーさん!」

 

パニックはじわじわ広範囲に広がり、人々は我先にと逃げ出した。

とにかく走るもの、我が子を抱えて駆けるもの。

様々な逃げ方で、人がどんどんまばらになっていく。

一般人がどうにか逃げていることにほっとしながら、未来ははっとなる。

 

(響は?響も逃がさなきゃ・・・・!)

 

首だけで振り向けば、先ほどから変わらない位置に座り込んでいる響の姿。

目が見えない上、声も失っている彼女は。

自分で逃げることはおろか、助けを呼ぶことすら出来ない。

発症から日が浅いことが災いし、未来はすっかり失念してしまっていた。

だが、増援が来るまでの間、目の前に現れた敵も放っておけない。

苦い顔で、向き直ったその時。

 

「君ッ、大丈夫かい!?」

 

後ろで、声。

思わず振り向けば、先ほど通りかかった露店商の青年が。

響の手を取り、立ち上がらせていた。

 

「ッすみません!その子をお願いします!目が見えないんですッ!!」

「お嬢ちゃん、さっきの!?ぁ、ああ、分かった!」

 

青年は未来の姿に驚いているようだったが、対峙している敵に気付いてからの行動は早かった。

しっかり頷くと、響の背中へ誘導するように手を回し、一緒になって逃げていく。

響は途中何度も振り返っていたようだが、急かされたこともあり、最終的に大きく離れていった。

 

「・・・・・さて、その仮初の善意が、どこまで保つのやら」

 

その様子を、敵はどこか軽蔑するように吐き捨てて。

未来は思わず視線を鋭くした。

 

「・・・・・ひとまず、名乗るか。知ってのとおり、本名は『武永鐘太(たけながしょうた)』だが、現在は『ジャッジマン』を名乗っている」

「どうして、こんな・・・・あなただけじゃない、リブラやアヴェンジャーも・・・・どうして人を傷つけるの!?」

 

せっかくのデートへ水を注されたこともあるのだろう。

しかし、これまでに傷つき、失い、涙する人々を目の当たりにしたこともあり。

それを上回る義憤を滾らせてもいた。

肩を怒らせて、未来は問いかける。

 

「語ったところで、理解されるのか?」

 

だが、ジャッジマンは回答拒否を答えて、徐に拳を握った。

間髪入れずに迸る殺意。

大気を揺さぶり、未来へ叩きつけられる。

肌がひりつくような気配に、未来は顔を歪めたものの。

それでも目だけは逸らさずに、鉄扇を握り締める。

じゃっ、と、砂がすれる音。

姿が消えたと思ったら、迫る拳が見えて。

 

「――――ッ!?」

 

間一髪。

未来は柄を割り込ませることで、顔への直撃を往なす。

が、直後、腹に衝撃。

痛みに怯みそうになるが、何とか追撃を避けるべく後退する。

距離を取れば案の定、ブーツの底がギリギリのところで止まった。

 

「・・・・ッ」

 

舐めてくれるなと、顔を引き締めた未来は打って出る。

喉を狙っていた足を鉄扇で打ち、また距離を取る。

接近しようとしたジャッジマンの足元へ、弾丸を撃ち込んで牽制。

 

――――閃光ッ!

 

鉄扇を展開して、無数の光を放つ。

避けられるのは想定内、接近されるのも想定内。

鉄扇を引き寄せて、拳を受け止める。

 

「・・・・はっ」

 

いつか翼に習った体捌きで、身を翻して流す。

無防備になった背中へ発砲。

ジャッジマンもまた身を翻して回避し、お返しといわんばかりに蹴り上げを放った。

未来は鉄扇を跳ね上げられた挙句、つま先が頬を掠める。

頬に砂汚れと擦り傷をつけてしまったが、怯まずまた発砲。

放った弾丸は、ジャッジマンの腕を掠めた。

・・・・アヴェンジャー戦にて、醜態をさらしたあの頃よりは動けている。

もとより、響が倒れて以来一層訓練に打ち込んだのだ。

成果が出てくれなければ困る。

しかしその一方で、懸念していることもあった。

 

――――忘れないで欲しいのは、神獣鏡は最弱のギアであるということ

 

――――聖遺物相手なら、絶大な切り札ともなりうるけど

 

――――それでも、ガングニールや天ノ羽々斬に比べると、スペックはどうしても劣ってしまうわ

 

――――だから、決して無茶をしないで

 

脳裏。

ギアに適合したあの日、了子から告げられた忠告が蘇る。

 

「・・・・ふぅっ」

 

一呼吸。

濁りかけていた頭がクリアになる。

――――確かに、この身に纏うシンフォギアは。

二課が保有する中では最弱だろう。

それでも、退く気は毛頭無かった。

だってここで退いたら、今度は響に襲い掛かるだろう。

根拠は無いが、何故だかそう確信出来た。

それに、響はいつも傷つきながら守ってくれた。

命がけで、戦ってくれていた。

 

(だから、わたしだって・・・・!!)

 

最弱だからなんだ、スペックが劣るからなんだ。

それよりもずっとずっと酷い環境で、響は戦ってきたんだ・・・・!!!

 

「・・・・正直、予想外だな」

 

一方のジャッジマンは、何やら考え事。

険しい顔をする未来と対照的に、余裕すら見せている。

 

「では、こうしよう」

 

結論が出たらしい次の瞬間。

大気を引き裂く轟音と、まばゆい光が炸裂して。

 

「――――ッ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もーちょいだ、がんばれ!」

 

露店のおにーさんに手を引かれながら、わたしはまだ逃げ続けていた。

目が見えないばっかりに、数え切れないくらい転んで。

何度も何度も、おにーさんを足止めしてしまった。

 

「――――」

 

もう構わない、置いてってほしい。

そう伝えたいのに、声が出なくてもどかしい。

その一方で、わたしを決して見捨てないおにーさんの優しさが嬉しくて。

・・・・わたしは、まだ。

赤の他人に、優しくしてもらえる価値が、あるんだなって。

何となく、嬉しくて。

 

「――――ッ」

 

その過ぎった考えを、振り払う。

違う、油断しちゃいけない。

確かに親切はありがたいけど。

何かあれば、この人だって・・・・!

胸で燻る二つの感情が重たくて、気が滅入ってしまったところへ。

何か、聞こえた。

――――音。

何かがぶつかって、木が圧し折れる音。

いや、それだけじゃない。

誰かの短い悲鳴、何かがバリバリ避ける音。

 

「な、何だ!?」

 

防風林の中だからか、おにーさんの視界も悪いらしい。

一緒になってきょろきょろする中、音は段々近づいて。

 

 

 

 

 

 

 

意識が、飛ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッ」

 

ブラックアウトから起き上がる。

何が起こっていると、意識を外に向ければ。

 

「きゃあああああああああああ!!」

「何でこっちに来るんだよ!?」

「何をしているの!?早く倒してよぉ!!」

 

周囲が、阿鼻叫喚だった。

悲鳴、怒鳴り声、泣き喚く声。

色んな音が一気に押し寄せてきて、耳が痛くて、頭がパンクしそうだ。

くらくらする頭を思わず抑える。

この騒音から逃げ出したくて、意味がないと分かっていても目を閉じる。

 

「・・・・・ぁ、ぐ」

 

その中でも、未来の声ははっきり聞こえた。

顔を跳ね上げる、耳を済ませる。

間違いない、未来の声だ。

どうして、何で。

こんな、人の多いところで・・・・!?

 

「――――さて、では見せてもらおう」

 

武永の声が聞こえる。

続けて、何か固いものが切れる音。

それから、多分切ったそれを掴み取る音が聞こえる。

何だ、何をして・・・・。

 

「ッ響!!!!!」

 

未来の声がした、次の瞬間に突き飛ばされて。

間を置かずに、何かが生ものに突き刺さる、鈍い音。

――――音が、無くなった。

比喩じゃなくて、本当に静まり返った。

さっきまでとのギャップに、戸惑うことしか出来ない。

どうしたの?何があったの?

未来は?

未来はどうなったの?

どこにいるの?

 

「――――げ、ほ」

 

目の前、咳き込む声。

未来だ。

だけど、様子がおかしい。

まるで何かを吐き出しているような、液体が零れる音がして。

 

「――――」

 

――――不意に。

鼻を、鉄の臭いがくすぐった。

 

「~~~~~~~~きゃあああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!」

「人が、ひとが、ひとがああああああああ!?」

 

さっき以上の勢いで、また阿鼻叫喚が始まる。

人?人がどうしたの?

 

「――――ひびき」

 

未来が名前を呼んでくれる。

ああ、未来。

大丈夫なの?

手を、伸ばして。

――――ぬるりとした感触で、全てを察してしまった。

 

「・・・・・ッ!?」

 

背筋が凍る。

胸がざわつく。

まさか、そんな。

だって、嘘だ。

 

「――――ああ」

 

そんなわたしに、とどめを刺すように。

 

「よかったぁ・・・・」

 

重たいものが、倒れる音がした。

・・・・恐る恐る、触る。

未来の体に、ありえない無機物の感触を感じる。

ぬめりの主な出所もそこで。

・・・・未来。

未来、未来、未来。

ああ、大変だ。

未来が大怪我してる・・・・!!

助けなきゃ、早くどうにかしなきゃ死んじゃう。

わたしじゃ、無理だ。

目が見えないんじゃ、どうしようもない。

・・・・・誰か。

そうだ、誰か。

これだけの大騒ぎだ、人がいるのは確実だ。

騒ぎが大きいほうを振り向く、多分人がいるのはこっち。

誰か、誰か。

未来を、助けて・・・・!!

 

「ぎゃああああああ!血ィ!血いいいいい!!」

「こわいよぉ、こわいよぉ、こわいよおおおおお!」

 

耳を済ませる。

大騒ぎしている中から、どうにか助けてくれる人を探し出そうとする。

 

「何こっちむいてんだよ!?お前の所為だろう!?」

「何してんだ!?早く何とかしろよッ!!」

 

なのに。

返ってくるのは、悲鳴と罵倒だけだった。

・・・・いないの?

未来を助けてくれる人、誰もいないの?

 

「――――ッ」

 

なん、で。

なんで。

だって、おかしいじゃないか。

わたしと違って、未来は何もしてないじゃないか。

それどころか、お前達を守ろうとして、だからこんなにボロボロになって・・・・!

なんで、そんな。

冷たい言葉を、吐けるんだ!!?

わたしはまだいい、散々殺してきたわたしならまだいい!!

だけど、だけど未来はッ!

ずっとずっと、味方でいてくれた未来はッ!

こんな罵詈雑言を浴びていい存在じゃないッ!!

未来がどれだけ優しいか!未来がどれほど尽くしてくれたか!

知らないくせにッ、知ろうともしないくせにッ!

未来がどれだけ辛い目にあってきたか、何にも分からないくせにッ!!

 

「――――ぁあ」

 

・・・・そんな。

そんな、ひどいことしか言えないのなら。

こんな、ひどいことしか起きないのなら。

 

「――――あああああ」

 

罵る奴も、見捨てる奴も。

何もかも。

 

「■ ■ ■ あ あ あ ■ ■ ■ ■ あ あ ■ ■ あ あ ア ア ■ ■ ■ ア ア ■ ■ ■ ■ あ" あ" あ" あ" あ" あ" ッ ッ ッ !!!!!」

 

砕けて、壊れて。

―――――消えてしまえばいいんだ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――二課の面々が、何もしていないわけが無かった。

むしろ反応が出た直後から、行動を開始していた。

だが現場に着いた装者達が見たのは、いつかリブラがやっていたような、ノイズの防衛ライン。

数が少ない分、大型を中心に構成された群れは、装者達を効果的に足止めしてしまった。

埒が明かないと判断した彼女達は、トップクラスである翼とマリアを優先的に突破させることを決定。

即座に実行された作戦により、翼とマリアは風のように響達の下へと駆けつけた。

 

「立花・・・・!!」

 

直前に聞こえたのは、傷つき果てた仲間の悲痛な叫び。

両者ともに苦い顔をしながら、人垣を飛び越えてみれば。

目と、口と、胸から、黒い泥のようなものを零す響が見えて。

直後、爆発。

雷が落ちたように地面が揺れ、響が土煙に包まれる。

マリアが現れた敵を、翼が仲間の安否を確認しようと、それぞれ視線をめぐらせていると。

 

―――――グルルル

 

唸り声。

耳が捉えた、刹那。

両翼が広がる、砂埃が張れる。

歌姫二人と、有象無象を見下ろす。

涙のような赤い液体を零しながら、爛々と輝く双眸。

口元から湯気を発し、人から大きくかけ離れた姿のそいつは。

ただただ殺気を滾らせて、足元の虫けら共を見下ろしていて。

 

「――――こうなることを、予見していたというのなら」

 

呆然から復帰したマリアが、徐に前に出る。

 

「嫌な的中率ね」

 

マントを靡かせ、アームドギアを握り締めた彼女は、毅然と『竜』と向き合った。

 

「いいでしょう、約束は果たすわ」

 

切っ先を突きつける。

宣戦布告と受け取った『竜』は、まずマリアを獲物に定める。

 

「貴女は、私が

 

 

 

――――殺してあげる」

 

 

 

上がる、咆哮。

大気どころか、空間そのものを揺さぶるその声は。

しかしてどこか、泣き叫んでいるようにも聞こえて。




>闇落ちしない
暴走しないとは言ってない。


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おやすみ

ああ、ぼかぁ、今日が命日なんだなぁ・・・・(ツイッターのイケメン、男前、かわいこちゃんを見ながら)

毎度の閲覧、評価、ご感想も大変ありがとうございます。
誤字報告も感謝感謝です。


「――――正気?」

「本気ですよ」

 

『頼み事』をされたとき、思わずそう口走ったのを思い出す。

なのにあの子ったら、相変わらずのニコニコ顔で即答するんだもの。

 

「大事な人のために強くなれる、マリアさんだからお願いするんです」

 

それから笑顔に真面目さを付け加えて、そんなことをのたまって。

 

「調ちゃんや切歌ちゃんを、危ない目に遭わせたくないでしょ?」

「・・・・その言い方は、ずるいんじゃない?」

 

ねめつけてもなお、あの子は笑顔を崩さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういう、ことだよ」

 

ふるふると、クリスが震える。

ノイズは未だ健在、民間人の避難もせねばならない。

分かっている。

分かって、いても。

立ち止まって震えずには、いられなかった。

 

「殺すって、どういうことだよッ!?」

「そのままの意味だ」

 

『竜』へ応戦し始めたマリアに代わり、翼が答えた。

 

「ネフィリム起動実験の直前、立花自身が頼み込んだらしい。『もし我を失い、小日向さえも危険に晒しかけたら、始末してくれ』と」

「何時の間に・・・・?」

「なんでそんな・・・・!」

 

響に思うところのある切歌と調も、動揺を隠すことは出来ず。

雄叫びを上げて立ち向かうマリアを、ただ見つめるしか出来なかった。

 

「小日向を守るという信念、マリアとの因縁。それをあの大馬鹿者なりに考えた結果なのだろう・・・・!」

 

翼も淡々と語っているように見えて、その実語気に力が篭る。

柄を握り締めた手が、やり場の無い感情を如実に表していた。

 

「それに、今は嘆いている場合ではない」

 

翼はまず、切歌が抱えている未来を見た。

わざわざ切り取られた街灯を、深々と腹に突き刺された彼女は、案の定虫の息。

そして、それをやってのけたジャッジマンに目をやる。

 

「――――あれは私が相手しよう。月読と雪音は残りの露払いを、暁は小日向を頼む」

「分かり、ました」

「ッ待ってろ、手っ取り早く終わらせるッ!!」

「任されたデス!」

 

それぞれの反応を受け取った翼は、一つ頷いて数歩前へ。

挑発するように両手を帯電させる、ジャッジマンと向き合った。

不敵に笑う彼を、翼は一切警戒を解かずに睨む。

未来との交戦中に見せた、風と雷を操る能力。

突き立てた街灯を切り取ったのも、この能力だ。

司令室にいる了子の見立てに寄れば、『大気に関係するものを操れるかもしれない』とのこと。

風や雷に限らず、雨や雪も扱ってくるやも知れぬと、静かに憶測を立てる。

 

「歴戦の防人が相手か・・・・是非も無し」

 

そして、彼は期待を裏切らなかった。

雷を治めるや否や、両手を互い違いに打ち合わせる。

ゆっくり広げる手の間で、まっさらな冷気が渦を巻き。

氷の剣を生み出した。

まるで決闘を申し込むように切っ先を向けて、翼を煽りにかかる。

一方の翼は、その程度で激情するような柔な精神ではない。

柔な精神ではないのだが、あわよくばここで決着をつける腹積りではあった。

故に刀を構え、戦意に応じる。

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

「――――ぅ」

「気がついたデスか?」

 

未来を託された切歌。

傷の具合と戦場の状況から考え、近くの防風林へ運び込んだところだった。

突き刺さった街灯に気をつけながらゆっくり横たえさせると、未来がうっすら目を開ける。

 

「こ、こは・・・・?」

「近くの林デス。動かないでください、傷が大変なことになるデス」

「きず・・・・?・・・・・ぁ、っぐ・・・・!」

 

呆然として、頭が追いついていない様子だったが。

自らの腹に突き刺さった物を見て、思い出したらしい。

痛みに顔を歪め、横になったままうずくまる。

身を案じる切歌の目下で、脂汗を浮かべて荒く呼吸を繰り返した。

少し落ち着いた頃、未来はもう一つ思い出して顔を上げる。

 

「ひびき、は?」

「ッ・・・・」

 

当然の問い。

しかし切歌は一瞬言葉を詰まらせる。

状況から考えても仕方の無いことだったが、未来が見せた不安な顔に罪悪感を抱いた。

 

「・・・・あいつ、は・・・・暴走してるデス。今、マリアが戦ってます」

「・・・・そ、か」

 

心当たりはあったのだろう。

未来は暴走の言葉を聞いて、一度顔を伏せる。

束の間沈黙を保ち、苦悶の呼吸を続けて。

やがて、身を起こした。

 

「・・・・・ッ」

「な、何してるデスか!?」

 

傷口から、僅かながらも新しい血が噴き出す。

切歌はぎょっとしながらも未来を支えて、動かないように押さえようとした。

 

「ひびきのとこ、いかなきゃ・・・・きっと、ないてる、から」

「いいから大人しくしてるデス!!死にますよ!?」

「このままじゃ、ひびきがしんじゃう・・・・!」

 

痛みを堪えるように、自らに言い聞かせるように。

無意味と分かっていても、溢れる血を押さえる未来は、なお立ち上がろうとした。

その様に唖然とした切歌は、しかし何度も首を横に振りながら、

 

「なんで・・・・!」

 

険しい顔をして、声を荒げる。

 

「なんで、あんなやつの為に!!そこまで出来るデスか!?」

 

大声に、単純に驚いたのだろう。

体を跳ね上げた未来は、ぽかんと切歌を見つめて。

ふと、笑みをたたえた。

 

「・・・・・小学生のころにね、いじめられてたことがあるの」

 

そして、視線を下に落としてとつとつ語り出す。

 

「単なる子どもの悪ふざけだったとしても、すごく怖かった。誰も助けてくれなくて、誰も味方になんてなってくれなくて」

 

その口調は、とても穏やかで。

一見、致命傷を負っているとは思えなくて。

 

「だけど、響だけは違った・・・・そもそもクラスが別だったのに、わざわざわたしのところに来てくれて」

 

傷口からは、未だに血が流れている。

砂時計の砂のように、ゆっくりゆっくり、下へ落ちて行く。

 

「ずっと、ずっと傍にいてくれた。一緒にからかわれたって、『へいき、へっちゃら』って、笑ってくれた」

 

震えながら、息を吐く。

呼吸の一つ一つでも、命を削っているような気がした。

 

「――――うれしかった」

 

眼を閉じる。

目蓋の間から、雫が零れる。

 

「わたしなんかにも、一緒にいたいって言ってくれる人がいるって、要らない子なんかじゃないって・・・・・すごく、すごく・・・・うれしかったの」

 

だから、と。

足に力を込める。

切歌の手を借りながら、満身の力で立ち上がる。

 

「だから・・・・今度はわたしの番だって、響が独りぼっちになりそうになったら、絶対に傍にいるんだって・・・・そう、決めたの、決めていたの」

 

そして、困った顔で切歌へ笑いかけた。

 

「あなたにとっては、マリアさんの仇かもしれない。だけどわたしにとっての響は、お日様なの・・・・・隣に寄り添って、元気をくれる・・・・大好きな人なの・・・・っぐ、ぶ」

 

咳き込む。

血反吐が地面に零れる。

 

「未来さん・・・・!」

「げほ、ぇほっ・・・・だから、響の傍にいたい、響のお願いを、叶えてあげたい・・・・」

 

口元の血を拭いながら、なお笑う。

 

「あの子ったら、我が侭らしい我が侭なんて言わないもの・・・・こういうときは、ちょっと助かるかな」

「ッ・・・・!」

 

笑みを目の当たりにした、切歌の胸はざわついた。

あまりにも無垢な献身が、とても眩しいものに思えた。

それが仇敵に向けられていることにも、どうしようもない何かを感じた。

しかしそのざわつきは、心に確かな変化をもたらして。

 

「・・・・大切、デスか」

「うん」

「死ぬかもしれないデスよ」

「大丈夫よ」

 

支えたまま問いかけても、未来の決意は変わらないようだった。

 

「・・・・・無理だけは、ダメデス。司令さん達に、怒られるデス」

「あはは・・・・うん」

 

ため息一つ、切歌の負けだった。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「ぐ・・・・!」

 

迫る牙。

烈槍を盾にして受け止めれば、ずしんと重みがのしかかってくる。

陥没する足元。

マリアは歯を食いしばる。

響との約束を実行に移すと宣言したものの、一抹の希望を抱いて様子見をしていたが。

相変わらず暴走したままの『竜』(ひびき)は、一向に戻る気配が無い。

 

(呑気に戻るのを待っていられないか・・・・!)

 

額と頬を伝う汗が、戦いの激しさと、マリアの余裕の無さを物語っていた。

 

「ゴルルァッ!!!」

「なっ、きゃあッ!?」

 

痺れを切らした『竜』(ひびき)は、諦めてガングニールへ喰らいつく。

そのまま首をもたげて思いっきり振れば、マリアごと投げ飛ばされる。

身を翻して着地したところへ、息を吸い込んで吐き出せば。

熱気と呪いを帯びたブレスが襲い掛かった。

マリアは咄嗟にマントで防ぐものの、じわじわと侵食してくる熱と瘴気に押されそうになる。

半歩、また半歩と後退していくマリア。

効いていると気付くや否や、『竜』(ひびき)はブレスを押し込むように前進し始めた。

思惑通り、勢いを増して肉薄するブレス。

呼吸すれば喉がひりついた。

眼球もあっという間に乾き、マリアは溜まらず目を閉じる。

一瞬真っ暗になった後、炎に照らされて赤くなる視界。

何も見えない中、耳がふと、音を拾った。

何かが射出される音。

クリスかと思ったが、それにしては音の質が火薬のものと違う。

続けて、レーザーが放たれる音。

それだけで誰が何をしているのか理解したマリアは、思わず目を見開いて。

ブレスをやめた『竜』(ひびき)と同じタイミングで、振り向く。

 

「ッ未来!?」

 

そこに立っていたのは、案の定未来だった。

腹に街灯を突き刺したままふらふらになっている未来は、取り落とすように鉄扇を下げた後。

あろう事か、街灯に手を掛けて。

 

「何をしているの!?」

 

泡を食ったように怒鳴るマリアの前で、引き抜いた。

流れ出る血潮。

当然未来は全身の力が抜けて崩れ落ち、視界も真っ暗になる。

 

「――――ひびき」

 

それでも、飛びそうな意識をなんとか繋ぎとめた彼女は。

両手をめいいっぱい広げて、場に似つかわしくない笑みを浮かべて。

 

「おいで」

 

瞬間、雄叫びが上がる。

マリアが止める間もなく飛び出した『竜』(ひびき)は、無防備な未来へ突進。

その大口を、遠慮なくかっ開いて。

 

「――――――――!!」

 

――――プレス機に、押しつぶされているようだった。

喉のひりつきで、悲鳴を上げたと自覚した未来は、そう感じた。

右半分、『竜』(ひびき)の口の中に納まってしまっている。

痛い、痛い、痛い、痛い。

今度こそ飛んでしまいそうな意識を、必死に握り締める。

湧き上がる悲鳴を、血反吐と一緒に飲み込む。

体が寒い、血がさらに抜けた所為だ。

だとしても、それでも、自我を保った未来は。

噛み締めていた奥歯が、ばきりと割れたのを合図に。

『竜』(ひびき)の顔へ、手を添えた。

 

「――――ひびき」

 

額を寄せる。

『竜』(ひびき)はなお顎を閉じて、食いちぎろうとしている。

 

「怖かったね、辛かったね、苦しかったね」

 

脳の警鐘を無視する、体の悲鳴を無視する。

『竜』(ひびき)が不安がらないように、優しく語り掛ける。

 

「だけど、もういいんだよ、頑張らなくていいんだよ」

 

努力の甲斐あってか、出てくる声は一切震えていなかった。

 

「ひびき、もう、休んでいいんだよ」

 

語りかける傍で感じる、頭上の極光。

牽制に撃ったレーザーが、前もって射出したミラーデバイスに反射して。

光が収束しているのが分かる。

 

「わたしも、一緒だから・・・・・傍にいて、いいから」

 

『竜』(ひびき)の噛む力が、弱まったように感じたのは。

言葉が届いたからなのか。

今の未来には、判断が着かなかった。

瞳を閉じる。

体をもっと寄せる。

 

「―――――おやすみ、ひびき」

 

最後の、言葉は。

安らかに、静かに。

直後、視界がまっさらに染まる。

光が、何もかもを飲み込んでいく。

この体を焼いているのは、痛みなのか、それとも熱なのか。

疑問を抱く前に、とうとう限界を向かえて。

意識が、ブツリと、途切れて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かが、泣いていた。



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願い

pixivでもこっそり活動を始めました。
こちらの作品も投稿するかは未定ですが、適度に気にかけていただけると幸いです。



関東郊外、海が見える町。

とある小学校のロータリーは、生徒達でざわついていた。

首都圏における大規模テロ事件を受け、鈍行電車で一時間足らずという距離にあるこの地域では。

万一に備え、集団登校、および下校が実施されているのだった。

 

「――――」

 

そんな中、一人の少女は手持ち無沙汰な気持ちを持て余していた。

ある学年の『帰りの会』が遅れているらしく、未だ出発できない状況なのだ。

とはいえ、それは他の地区にも言える事なのだが。

意味無く足で地面をこすったり、肌寒くなったことを思い出して、ほっほっと白くならない息を吐き出してみたり。

ゲームもテレビもない場所で、思いつく限りの行動をとって暇を潰していく。

すると、靴箱付近が騒がしくなった。

件の学年がやっと来たらしい。

同じ地区の友達や先輩に、遅くなったことを謝りながら、次々合流していく子ども達。

それは、少女の地区も同様だった。

 

「それじゃあ、いこうか」

「はーい、いくってさー!」

 

人数を確認した教師の言葉を受け、まとめ役の六年生が声をかける。

一人、また一人と、ぞろぞろ歩き出す子ども達。

少女もまた、例に漏れず歩き出そうとして。

ふと、視界の隅に何かが写って。

 

「――――ぇ」

 

目を見開く、絶句する。

視線の先、だだっ広い校庭の中で、比較的校舎に近い場所に設置された鉄棒のところに。

自分と同じ癖っ毛と琥珀の瞳を持った、覚えしかない人が。

穏やかに、本当に穏やかに笑いながら、手を振っていて。

 

「――――ッ!!!」

「え、ちょ!?」

「どーした!?」

 

なりふり構わず、走り出す。

同級生達に呼ばれたが、聞き入れている暇はない。

速く、速く、速く。

もっと動け、たどり着け。

だって、あそこにいるのは――――!!

 

「おねえちゃ――――!!」

 

眼前。

伸ばした手は、空を切る。

足が止まって、呆気に取られる。

呆然とした後、あちこちを探し始める。

鉄棒をくぐって視点を変える、植え込みの間を漁る、周囲をぐるっと見渡す。

なのに、人っ子一人、見当たらなくて。

 

「どーしたんだよ!?」

「何かあったの!?」

「ぇ、ぁ、ぅ、ううん!なんでもない、ごめん!」

 

混乱に陥りかけた頭を、同級生の声が引き戻してくれた。

かぶりを振って、元の位置にとんぼ返りする。

びっくりしたと口々に言う同級生達へ平謝りしながら、こっそり振り返る。

もう、誰の姿も見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ジャッジマンとの戦闘から、既に四日が経過している。

本来ならフロンティア起動への最終調整を行っているところだったが、要である未来が重傷を負った今ではそうも行かなくなった。

各国には国連を通じて事情を説明し、月の軌道修正が先延ばしになることを何とか了承してもらっている。

 

「――――未来?」

 

さて、ここは二課の息がかかった病院。

見舞いに来た弓美がひょっこり病室を覗いてみると、眠っているはずの未来が見当たらない。

目が覚めたのだろうかと考えたが、それにしても病室にいないというのは気になった。

 

「どうかしたんですか?」

「あ、あのッ!」

 

ちょうどよいタイミングで看護師が来てくれたので、もぬけの殻の病室を見せて事情を説明する。

当然驚いた看護師は、院内用の携帯電話で連絡を取ってくれた。

弓美もまた、一旦荷物を置いて院内をあちこち探し始めた。

休憩スペース、屋上、トイレ。

思いつく限りの場所をあちこち回ってみるが、見つけることが出来ない。

困ったぞ、と頭を抱えた弓美はふと、通常とは違う区画にきていることに気付いた。

――――偶然か、たまたまか。

見上げた扉には、『立花』の字がある。

あつらえたように、扉が半開きになっていて。

 

「・・・・っ」

 

意を決した弓美が、扉を開ければ。

案の定、未来がいた。

未だ衣服の下に包帯を巻いたまま、座り込んでいる。

 

「未来」

「ぇ、ぁ・・・・ゆみ、ちゃん」

 

気付いた未来が振り返って、握り締めているものが見える。

響の手だった。

弓美は部屋を見渡す。

所狭しと並んだ機器や点滴。

全てのコードやチューブは、中央のベッドに横たわった響へ繋がっている。

その響は、目を閉じたまま。

時折うっすら曇る酸素マスクが、まだ生きていることを証明している。

素人の弓美でも、植物状態であることがよく分かる光景だった。

 

「・・・・ひびき、ね」

 

未来が、口を開く。

 

「あったかいの・・・・温度、戻ってるの」

 

驚いた弓美は、一言断ってから響の手首に触れてみる。

確かに、温もりが戻っていた。

鉄のように冷たかった今までが異常だったのだが、それでも弓美は驚愕を禁じえなかった。

 

「了子さんが教えてくれたんだ。あの時の神獣鏡の光が、ガングニールを全部無くしたって・・・・ひびき、人間に戻れたって」

 

そのことを、弓美は素直に『よかった』と口に出来なかった。

固く目を閉じたままの響の前で、とても言えなかった。

 

「はやく、おきないかなぁ・・・・」

 

握った手を、額に寄せる。

シーツの上に、雫が零れる。

 

「おきて、ほしいなぁ・・・・!」

 

それっきり、黙りこくった。

いや、かすかにすすり泣く声がする。

ぽろぽろと、大粒の涙を零しながら。

未来は必死に声を押し殺して、泣いていた。

そんな彼女へ、弓美は何もいえない。

『起きるといいね』も『大丈夫』も、今の未来に掛けるには、あまりにも軽率すぎる気がして。

だけどこのままなんて、どうしても出来なくて。

 

「・・・・ッ」

 

悩んだ末、弓美は行動を起こす。

すすり泣く未来に歩み寄り、その肩を抱きしめた。

それから傷を労わるように、何度も何度も撫でてやる。

擦り切れてボロボロになった心に、寄り添うように。

優しく、丁寧に。

未来の涙が止まるまで、探し回る看護師が迎えにくるまで。

傍にいることしか、弓美に出来ることは無かった。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「マム、ここでいいデスか?」

「ええ、ありがとう」

 

二課、技術班室。

車椅子で自由の利かないナスターシャへ、切歌は高めの棚から取った資料を手渡す。

その後ろでは、調がコーヒーを職員達に配っていた。

 

「ありがと、けど、どういう心境?」

 

素直に受け取りつつ、了子が問いかける。

今まで壁を作っていた二人が、少しずつながらも歩み寄ろうとしているのが気になっていたらしい。

それは他の職員も同じ事だったらしく、きっちり仕事をする傍ら、耳を傾ける。

 

「どう、というか・・・・」

 

問いかけられた調は、お盆を抱いて、少し考え込んで。

 

「・・・・・あの人は、まだ、嫌い・・・・」

 

とつとつ、語りだす。

当初より懸念されていた、響への憎悪はまだ燻っているらしい。

だが、表情を観察していた了子は、その変化に目を細める。

 

「でも、色んなことが、あって・・・・わたしも、きりちゃんも・・・・・何も思わないほど、子どもじゃ、ない、つもり・・・・」

 

力が篭る、指が白くなる。

・・・・芽生えた黒い思いと、接していくうちに深まった理解が。

胸の中で、せめぎあっているようだった。

調くらいの年、さらにまともではない環境で育ってきたとあっては、多少のコントロールは利かなくて当然だ。

それに比べて調や切歌は、弦十郎や二課スタッフの言うこともきちんと聞き、無闇に暴れたりしない。

それは偏に、ナスターシャのような人格者と接していたことが影響しているようだと。

密かに視線をずらした了子は、ナスターシャへの評価を上方へ更新した。

 

「それじゃあ、これからはどうするつもり?」

「これから?」

「そう、これから」

 

首をかしげた調へ、了子はコーヒーを飲みながら続ける。

 

「響ちゃんへの憎しみを燃え上がらせるか、それとも抑え込んで昇華させるか」

「・・・・・ッ」

 

目に見えて、強張った。

それは、切歌も同じ事で。

了子は特に急かすことなく、またコーヒーを一口。

 

「・・・・分からない、けど」

 

ぽつ、と、言葉が漏れる。

 

「勝手に、手は出さない・・・・そっちの司令と、約束、したから」

 

切歌に目を滑らせると、彼女もまた、びくっとした後で何度も頷く。

イガリマとシュルシャガナ、同じく女神ザババが振るった刃。

その装者ともなれば、何かしら通じるものがあるらしい。

 

「・・・・そう」

 

了子はカップを机に置き、作業を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その次の日も、未来は響の病室にいた。

生きていることを確かめるように、温もりが戻った手を握り締める。

周りに繋がれている機器と比べて意味はないのは分かっていたが、何かしていないと気が狂いそうなのも事実だった。

 

「・・・・ひびき」

 

名前を呼んでも、返事は無い。

どうして、もうガングニールはないのに。

色んな感覚を奪っていた元凶は、きれいさっぱり無くなっているのに。

どうして。

 

「・・・・ッ」

 

――――いつも。

いつもこうだ。

響のためにと起こした行動は、全て裏目に出てしまう。

二年前のライブも、家出についていったときも。

そして、神獣鏡を纏ったときも。

その全てが響を追い詰めた、響を苦しめた。

挙句の果てには、心すら奪ってしまった。

 

「・・・・・ひびき、ひびき・・・・ひびきぃ・・・・!」

 

これはきっと罰なのだろう。

思い上がってばかりの自分に、神様が下した天罰だ。

だからこうやって、目の前に最悪の結果があって。

 

「・・・・ひっぐ、ぐすっ・・・・ひびき、ひびき・・・・!」

 

ああ、神様。

どうか、どうか。

もう何も願わない、何も望まない。

わがままは、一つも言わないから。

だから、ねえ、一つだけ。

 

 

ひびきを、ころさないで。

 

 

堪えきれない涙が、また零れる。

落ちた雫はシーツに染みていく。

響はまだ、眠ったまま。




冒頭についてはもう何も言いません。
皆さんの考察を薄ら笑いで見物することにします(


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ネモフィラ

剣戟が響いている。

槍と剣が激突している。

強い踏み込み、翻る一閃。

翼が宙を舞い、マリアが地を駆ける。

シミュレーターによって再現された、仮想都市の中を。

二人は縦横無尽に駆け巡っていた。

研鑽された技術、蓄積された経験。

若いながらも確かな実力を持った二人の攻防も、やがて終わりが訪れる。

剣が槍を弾き飛ばす。

がら空きになる胴体。

肉薄する刃を、しかしマリアは傍観しない。

マントを翻す、剣を弾き返す。

手元を離れ吹っ飛んでいく剣。

次を取り出そうとすれば、迫る紫電。

静止する、絵画のように止まる。

翼の喉下に、烈槍の切っ先が突きつけられていた。

 

「・・・・参った」

「参らせました」

 

ブザーと同時にホログラムが消え、一緒に息を吐きながら二人は切り替えた。

ギアを解除して、汗を拭いつつ水分を取る。

・・・・響が倒れてから、もう一週間が経過した。

了子が施した異端技術の補助もあって、未来の怪我もほぼ完治状態になっている。

後は響が目覚めてくれれば、何も文句は無いのだが。

 

「・・・・なんとも、ままならないな」

「・・・・そうね」

 

翼のなんとなしの呟きを、マリアは静かに肯定する。

詳細は違えど、二人の胸に渦巻く思いは同じだった。

 

――――もっと、他にやりようがあったのではないか。

 

翼には、響が融合症例になるそもそもの原因を作った自覚があったし。

マリアにも、響に厄介な因縁を持ち込んだ罪悪感があった。

響本人が納得していたのもある、本人が証言していたのもある。

――――だとしても。

倒れた姿を、涙ながらに嘆く様を目の当たりにしてしまって。

それを頭の隅に押しやるような無神経さは、二人とも持ち合わせていなかった。

 

「・・・・ままならないな」

「・・・・そうね」

 

少し前とほぼ同じやり取り。

何かに没頭していないと、平常心を保っていられなかった。

 

「・・・・?」

 

ふと、翼の耳が音を拾う。

足音、しかもえらく慌しい。

 

「翼さんッ!マリアさんッ!」

 

シミュレーターに飛び込んできたのは、緒川。

 

「響さんがッ!!」

 

普段のスマートさからは想像もつかないほどの泡食った様子から、ただ事ではないと互いを見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺した。

 

 

 

 

 

たくさん、殺した。

 

 

敵を殺した、味方を殺した。

恩人を殺した、他人を殺した。

裏切ったから殺した、裏切られたから殺した。

たくさん、たくさん、たくさん。

両手が血でふやけるくらいに、たくさん殺した。

だから、わたしは、今。

この、暗くて、寒くて、息苦しい場所にいる。

耳元で声が聞こえる。

殺した人達の断末魔が聞こえる。

泣いていた、嘆いていた、怒っていた、憎んでいた。

その全てが、わたしに向けられていた。

寒い、寒い、寒い。

手足の指先が消えていくような感覚。

じわじわ闇に呑まれて、存在自体が消えていくような感覚。

光なんてない、希望なんてない。

望んではいけないし、持ってはいけない。

・・・・ああ、そうだ。

わたしはもはや生きてはいけない存在だ。

そもそも生まれたこと自体が間違っていた。

だって、そうだろう。

前世の記憶だなんてズルして、誰もが望む第二の人生を歩んでいて。

それなのに、こんなにたくさんの命を奪ってきて。

なんて、なんて、罪深い。

生きるべきでない分際で、生きるためだ何て言い訳して。

あまりにも多くを奪いすぎた。

・・・・・もう、いい。

もういい、十分だ。

生まれてはいけない存在として、生きてはいけない存在として。

十分すぎる時間を過ごしてしまった。

代わりならいる。

本来『立花響』(わたし)となるべきだった子がいる。

だから、もう、いい。

・・・・ああ、そう考えると眠たくなってきた。

怒るのにも、嘆くのにも、考えることすら。

何もかもに、疲れを覚えてしまった。

体が呑まれていく、虚無へ消えていく。

寒さが、息苦しさが。

ますます侵食してくる。

消える、消える、消える。

わたしという異物が、わたしという汚物が。

この世界から、跡形もなく。

そうだ、良い。

これで良い。

奪ってばかり、殺してばかりのわたしなんて。

もう、いっそ。

 

「それだけじゃないだろ」

 

なにか、聞こえた。

誰かの、こえ。

叫び声でも、だんまつ魔でも、ない。

 

「お前がやってきたことは、それだけじゃないだろ」

 

だれ、だっけ。

しって、る、はず、なのに。

おもい、だせ、な。

 

「守ってきたじゃないか、助けてきたじゃないか」

 

て、なにか、ある。

あお、い。

 

「それだって、揺るがない事実だろ」

 

―――――何かが、割れる音がした。

瞬間、視界が開ける。

黒が吹き飛ぶ、闇が吹き飛ぶ。

強い強い風が、痛みも、呪いも、何もかも。

吹き飛ばして、吹き飛ばして、吹き飛ばして。

 

「―――――」

 

広がる、あお、青、蒼。

どこまでもどこまでも続いている、青い空。

ふと、手が何かに触れる。

目線を下げると、空と同じ色の花が一面に咲いていた。

空も、花も、綺麗だった。

泣くことが出来たのなら、泣いてしまいそうなくらいに。

澄み切って、綺麗で、温かくて。

そんな蒼穹の中、笑いかけてくれる人がいて。

 

「死んだ方がいいなんて、そんな寂しいこというなよ」

 

夕焼けみたいな髪を揺らした、その人は。

こんなわたしに、笑顔を向けてくれた。

 

「無駄なんかじゃない、無意味なんかじゃない」

 

頭を、撫でられる。

温かい、手。

 

「差し出した手は、伸ばし続けた手は、確かに繋がっているんだ」

 

ああ、なんで。

なんで、そんな。

 

「お前に生きてて欲しい人は、たくさんいるよ」

 

こんな、わたしに。

 

「お前が生きてて嬉しい人は、たくさんいるよ」

 

優しく、出来るの。

 

「あたしだって、その一人なんだぞ。生きるのを諦めてほしくない、一人なんだぞ」

 

笑って、くれるの。

 

「だからさ、生きるのを諦めるな」

 

抱き寄せられる。

あったかい。

・・・・だけど。

 

「・・・・・いいんですか」

「ん?」

 

だけど、やっぱり怖くて、不安で。

 

「まだ、みんなといて、いいんですか」

 

聞いてしまう。

否定されるかもと思いながら、やっぱり聞いてしまう。

 

「みくといて、いいんですか」

 

なのに。

ちょっと驚きながらも。

嫌がることなく、お世辞でもなく。

花を一輪摘んで、耳に飾ってくれながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バカだなぁ、当たり前だろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――目が、覚めた。

目蓋を開けて、すぐ閉じる。

久しぶりの景色に、目が痛い。

しばらくの間、ぎゅーっと瞑っていると。

 

「ひびき」

 

声がした。

大切な人の、声。

もう一度目を開ける。

まだ痛いけど、何とか我慢する。

目線をずらす。

未来が手を握ってくれていた。

・・・・ああ、また。

傍に、いてくれたんだね。

 

「――――っ」

 

起き上がろうとすると、節々が痛んだ。

あーあ、大分鈍ってるなこりゃ。

年寄りになった気分だ。

 

「ひび、き?」

 

どこかぼんやりしている未来へ、何とか笑顔を浮かべて。

 

「おはよ、みく」

 

そう、ちょっと呑気に言ってみれば。

 

「・・・・ぁぁ」

 

一瞬硬直した未来は、堰を切ったようにたくさんの涙を零す。

脱水症状起こしちゃうんじゃないかってくらいに、たくさん。

束の間、何かを堪えるように顔をぎゅっとさせた未来は。

だけど次の瞬間、わたしの体を引き寄せて。

 

「――――ひびきいぃッ!!!!」

 

縋りつかれる。

胸ぐらに飛び込んできた未来は、見たこと無いくらい大声で泣いた。

嬉しいんだって言うのは分かるけど、泣いているのに変わりはないから。

なんだか心配になって。

 

「ひびき、ひびき、ひびき、ひびきぃ・・・・!!!」

「待たせて、ごめんね」

 

わんわん泣き続ける頭を、出来るだけ優しく撫でてあげる。

服があっという間に涙で濡れたけど、それ以上に温もりを感じて。

――――ああ、生きている。



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コーヒー()ブレイク

心肺停止、してたってさー(白目)

我ながらよく生きてたと思う、うん。

でも、長い間寝てた割りに体はピンシャンしてるんよね。

前に比べたら鈍ってるけど、了子さん曰く『聖遺物の影響がなくなったからだろう』とのことで。

寝込んでたのは余り関係ないとの事だった。

で、これからのことなんだけど。

当然ながら、後は当初の目的である『月の軌道修正』を達成するのみとなってる。

要である神獣鏡のギアは、あの日の未来の自爆染みた行動の所為で、大分ボロボロになってしまったけれど。

フロンティアを起こすくらいには、上手いこと保っているみたい。

さすがにもう使い捨てみたいな状態らしいから、失敗は許されないみたいな感じだけど。

なんというか、神獣鏡ならいけるっしょ(適当)

ちなみに、『了子さんが存命だからギア作り放題じゃね?』とか一見思っちゃうけど。

公式発表において、シンフォギアの開発者はあくまで『フィーネ』さん。

で、そのフィーネさんと了子さんは別人ってことになってるから。

下手に修理できないとか、なんとか。

『やるとしても、時間を置かなきゃ難しいでしょうね』と、本人が語っていた。

なので、フロンティアを無事起動させたら、未来は一旦休みということになるらしい。

まあ、とにかく。

わたしという不安要素がなくなった二課は、現在フロンティア起動に向けた作戦を実行するため。

大海原を潜行しているところだった。

ギアを失って戦えなくなったわたしも一緒に乗船して、作戦を見届けることになっている。

 

「・・・・少し、いい?」

「なーに?」

 

で、その手持ち無沙汰な移動中。

調ちゃんと切歌ちゃんが、おずおずと話しかけてきた。

代表して口を開いた調ちゃんは、どこか真剣な顔だ。

 

「・・・・あなたは、何のために戦うの?」

「ギア失くしたわたしに言う?」

「いいから、答えて」

 

いつもの調子で流そうとすると、強い口調で言い返された。

ふむ、今日のはきちんと受け止めないといけないってことか。

・・・・・『何のために』、ねぇ。

 

「・・・・一言じゃ言えないかな、色んな理由で、たくさん傷つけてきたから」

「・・・・例えば?」

 

首をかしげる二人へ、背筋を正して指を折っていく。

 

「始めはただ死にたくなかった、次に奪われたくないから、その次は腹が立ったから」

 

思い返すと、本当に自分勝手な理由だなー。

 

「守りたいだの義憤だのは、結果的によくなった場合にだけくっ付いてきたおまけみたいなもんだよ。結局のところ突き詰めれば、そんな理由なんだから」

「・・・・・マリアと、戦ったときは?」

 

マリアさんと、か。

今いる部屋には、装者のみんながいる。

当然マリアさんも一緒の空間にいるわけで。

資料に没頭しているように見えて、意識がこっちに向いたのがわかった。

 

「・・・・・壊されたくない、かな」

「壊されたくない?」

 

切歌ちゃんへ、こっくり頷く。

 

「そのときお世話になってたマフィアは、割といい人達でね。すごく久しぶりだったんだ・・・・味方を殺さなくていいっていうのは」

 

いや、大分ブラックなことはやってたんだけどね?

それでも、今までの連中とは違った。

『ファフニール』だなんて渾名されるようになった一番の理由の、未来への手出しもしなかったことが大きい。

日本に戻るって目的にも理解を示してくれて、半年前に船で送ってくれたのも彼らだった。

 

「・・・・それを、マリアが壊そうとしたんデスか」

「残念なことにね」

 

マリアさんに下された命令は、わたしの確保。

あの仲間達から、平穏から、何より未来から引き離しかねない。

そんな指令だった。

・・・・いやだった。

暖かい場所から離れるのが、とんでもなくいやだった。

何より、あの迫害のように、どこの誰とも知れない他人に、好き勝手されるのが。

どんな道を外れた行為よりも、イラついた。

 

「だから全力で抵抗したんだ・・・・殺そうとすら思っていた」

「・・・・ッ」

 

正直に白状すれば、二人の顔が怖くなった。

まあ、ですよねー。

 

「・・・・だからわたしは、二人の恨みを否定しない・・・・今まで散々殺してきたんだから、逆にそうされたってしょうがない」

「・・・・あんたは」

 

と、ここで。

切歌ちゃんが口を開く。

かつてマリアさんへ抱いた殺意を暴露したからか、声は震えていた。

 

「あんたは、どうなんデスか?」

「どう、って?」

「あんただって、理不尽にされたデス。そもそも、迫害とやらが無かったら、日本を飛び出すこともなかったデス、それに、マリアだって・・・・・!」

 

・・・・わたしが、迫害を受けていなかったら。

日本を飛び出すことが無かったら。

そもそもマリアさんに指令が下ることなく、あんな大怪我もしなかった。

 

「あんたはどうなんデスか、恨んでないんですか・・・・!?」

 

・・・・恨み。

恨み、ねぇ。

ああ、自分でも分かる。

わたし今、とんでもなく枯れた顔してる。

 

「・・・・最初は感じてたかもしれないけど、今はもう何とも思わないや」

「何とも?」

「うん、なんとも」

 

あのときが蘇る。

感情が枯れていく。

凪いで、凪いで、凪いで。

波紋一つ、起きないで。

あ、ちょっとやばいかも。

 

「そんなことに時間裂くくらいなら、もっと別のこと考えた方が有意義だなって・・・・・いつまでも敵のこと考えたって、しょうがないなって」

 

多分、無関心になってるんだと思う。

考えても無駄なことだし、今更赦しを請われたって、なんていえばいいのか分からないし。

というか、もうそういうこと考えるのもめんどくさいし。

 

「もうお好きに、勝手にしてくださいって感じ。そっちが関わらないなら、こっちも何もしないからって」

「・・・・・そう、デスか」

「そーなの」

 

調ちゃんも、切歌ちゃんも。

なんだか上手く飲み込めてないような、そんな顔。

うーん、きちんと伝えられる語彙力っていうか、伝達力が欲すぃ・・・・。

あと、空気が重たくなってるやー。

重大な作戦を前に、これはちょっとアカンよね。

と、いうことで。

 

「ところで、わたしも一ついいかな?」

「何?」

 

幸い話題には事欠かないというか、ちょうどいいのがあるので。

手を合わせて、またいつもどおりおどけてみる。

 

「そろそろこの状態にツッコミが欲しいんだけど」

 

だけど、なんだかそのテンションを維持できなくて。

ちょっと肩を落としながら、後ろからがっつりホールドしてる未来を指差した。

・・・・うん、そうなんだよ。

この待機部屋に来てから、二人と話している間もずっと。

未来に抱きつかれたままなんだよ。

さっきの話を上手く纏められなかったのは、こっちに気を散らされてたっていうのもある。

っていうか、さっきから腕の力が強くなってて、お腹に若干の圧迫感を感じるんだけど・・・・。

あ、また強くなった。

このペースだと朝ごはん戻しそうだなぁ(白目)

 

「みんなあえてスルーしてる、察して」

「いいから黙って抱っこちゃんされてろデス」

「にべもなくッ・・・・!」

 

なのに調ちゃんと切歌ちゃんったら、つれない反応するんだもん。

この話題を切り出した途端、チベットスナギツネみたいな目になった二人から。

ぴしゃりと言い放たれてしまった。

いたたまれない気持ちをどうにも出来ないので、今度は翼さん達の方に向いてみる。

 

「すまない立花、馬には蹴られたくない」

「そういうこった、諦めな」

 

翼さんだけでなく、クリスちゃんにまで。

そんな塩対応を返されてしまった。

うう、みんなが冷たい・・・・。

 

「何よ、いやなの?」

 

ここで怪訝な顔をしたマリアさんが聞いてくる。

んー、いやかどうかって言われると、

 

「別にイヤじゃないですけど、なんというか、こう、照れくさいというか・・・・」

「解散」

「ああん!いけずッ!!」

 

質問に答えただけなのに中断させられた・・・・!

 

「行きましょう、ここにいると味覚がおかしくなるわ」

「正直、さっきから口がジャリジャリしてて・・・・」

「あたし、今ならコーヒーいける気がするデス」

「奇遇だな、あたしもだよ」

「ならば試してみるか?私も口直しが欲しかったところだ」

 

そのままあれよあれよと部屋を後にしていく仲間達。

動けないわたしや、しがみついている未来は動けるはずもなく。

結果的に、二人きりになった。

・・・・沈黙が痛い、気まずい。

未来は相変わらずぎゅっと抱きついたままで。

あ、あかん。

油断すると良いくゎほりが、こう、ふわっと・・・・!

 

「・・・・ひびきは」

 

だけど、しばらくすると。

ぽつっと、呟く声。

 

「ひびきは、いや?」

 

何だか縋っているようにも聞こえて。

だから、少し考える。

未来を傷つけないよう、言葉を選んでから。

そっと、手に触れた。

 

「・・・・・いやじゃないよ、ちょっと照れくさいだけ」

 

未来がまた擦り寄ってくる。

腕の力は緩んだけど、さっきよりずっと密着してる。

 

「・・・・あの、ね」

「うん」

「・・・・怖いの」

「・・・・うん」

 

くっついているからか、未来が震えているのが分かる。

 

「もう、大丈夫って、分かってるのに・・・・怖いの」

「うん」

「ひびき、いなくなるかもって」

「・・・・うん」

 

手を握り続ける。

握りながら、撫でてあげる。

 

「また、わたしのせいで、辛い目にあうんじゃないかって・・・・今度こそ、死んじゃうんじゃないかって・・・・!」

「・・・・うん」

「怖いの、怖くてたまらないの・・・・この手を離したら、離れちゃったら、もう、二度と・・・・!」

 

背中が温かくて、冷たい。

多分、泣いているんだろう。

実際しゃくりあげる声が聞こえるわけだし、すっとぼけが効くわけが無い。

・・・・相変わらず、だなぁ。

みくは、やさしいなぁ。

 

「それじゃあ、今度は未来の番だ」

「――――ぁ」

 

手を解いて、向き合って、抱き寄せる。

 

「わたしが本当にダメになったら、今度は未来が助けてくれる番」

「・・・・・わたし、が・・・・でも、けど・・・・!」

 

腕の中の未来は、未だ震えている。

不安、なんだろう。

自分のやってきたことが、殆ど失敗しているから。

正しいのかどうか、分からなくなっているんだろう。

 

「あのね、みく」

 

だから、わたしは。

 

「みくが思っている以上に、たくさんの人を元気付けているんだよ」

 

もっと、抱きしめる。

耳元で、囁く。

 

「泣いてたり、辛かったりしたとき、ずっと傍にいて、温めてくれる」

 

それがどれだけ嬉しいことか。

それでどれだけ、救われたか。

 

「今だってそうだよ、わたしのこと、こんなに想ってくれて・・・・こんなに、想ってもらえて・・・・すごく、嬉しい」

 

『死なないで』と縋ってもらえることが、『いなくならないで』と泣いてもらえることが。

わたしを許してくれている。

『生きていていいんだ』と、許してくれている。

 

「だからわたしは、みくを信じる。頑張ってくれるみくを、信じてるから」

 

『ね?』と、笑いかけながら、涙を拭ってあげると。

未来は一度俯いた後、笑い返しながら、手を握ってくれた。

・・・・ああ、きれいだなぁ。




コーヒー(に見せかけた黒蜜)ブレイク


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いざ、決戦の地へ

やっと終盤まで来ました・・・・。


――――考えるのは、ジャッジマンこと武永の目的についてだ。

他の二人と違い、故郷を襲撃なんてやらかしていないあいつ。

この前現れたときは、確かめたいことがあるとか言ってたな・・・・。

そのとき相対した翼さんの話では、未来が自爆した隙を突いて逃げてしまったらしいけど。

直前に、『目的は達した』みたいなことを言っていたらしい。

別にわたしや未来みたいな『同族』や、敵であるシンフォギア装者を倒したいってわけじゃない・・・・?

でも、だったらなんで攻撃してきた?未来を殺そうとした?

あ、ちょっと休憩。

真っ黒い感情が湧きそう。

 

気を取り直して。

 

キーポイントになりそうなのは、武永が『確かめたかったこと』。

武永はあれ以来ずっと大人しくしている。

迫害した連中に復讐することもなく、『裏切り者』であろうわたしや未来を積極的に害することもなく。

それがちょっと不気味でならない。

 

「装者達、指定のポイントに配置完了!」

「シャトルマーカーも展開済みです!」

 

オペレーターさん達の声で、現実に戻る。

弦十郎さんの隣で見るモニターには、海上のあちこちで待機する翼さん達。

それから、少し高い位置に滞空する未来。

 

「気になるか?」

「ええ、まあ」

 

気を使ってくれた弦十郎さんが、声をかけてくれる。

否定する要素はないので、素直に頷いておいた。

 

「けど、ちょっと前まで逆でしたから」

「・・・・そうか」

「はい」

 

そうだ。

わたしは否応なく見せ付けていたから。

傷ついてボロボロになる姿を、疲弊して参っている姿を。

だからこれくらい、なんとも無い。

なんとも、思っちゃいけない。

 

「それじゃあ未来ちゃん、始めて」

『――――はい』

 

了子さんの合図で、未来が歌い始めた。

出力がぐんぐん高まっていくのが、モニター横のメーターで手に取るようにわかる。

・・・・・散々『重い』『怖い』『暗い』だなんてからかわれる歌だけど。

実際に聞くと、なんか、こう。

照れくさいね・・・・!

こんな改まって真正面から『好き』『大好き』って言われる嬉しさとむずがゆさよ・・・・!!

これは、本人じゃなくても。

絶叫するうううぅ・・・・!

 

「どうした?」

「ぃ、いえ、何も・・・・」

 

とはいえ、今は大事な作戦中。

どうにか気を取り直して、モニターを見る。

未来が放った光が、二課が配置したシャトルマーカーに反射している。

跳ね返って、束ねられて、増幅した光は。

一筋の極光となって、海面へ。

大きな飛沫を上げて、飛び込んだ。

 

「ッ未来!!」

 

なんて見とれてる間に、未来に異変。

あちこちがショートしたと思ったら、ギアが砕けて解除される。

 

『――――ああッ!!』

「未来ッ!!」

 

何の守りもなくなった未来は、高い高い空から自由落下。

そのままだったら水面に叩きつけられて、骨の十本や二十本ダメになっていたところだろう。

 

『小日向!!』

 

そうならないための、翼さん達なんだけど。

クリスちゃんのミサイルを足場にした翼さんが、一際大きくひとっ飛び。

うまいことキャッチして、滑空しながら海面に降りた。

未来に怪我は無いみたい。

・・・・よかったぁ。

分かってても、本当にハラハラするよ・・・・。

だけど、これで終わりと言うわけじゃない。

 

「お、っと・・・・!」

 

ほっとするのも束の間、今度は大きな揺れ。

海が、正確には海底が。

大きな振動を起こしている。

奥底で目覚めた『そいつ』が、海上に出ようと。

もがいている、証・・・・!

 

「水面下より上昇する物体を確認ッ!!」

「大きい、このままだと、我々が上に・・・・!」

 

オペレーターさんが言い切る前に、変化。

海面が盛り上がったと思ったら、水しぶきと共に姿を現す。

大きな大きなオブジェ。

周辺を見てみると、そこかしこにも似たような柱やらなんやらがせり上がってきている。

・・・・フロンティア、いよいよか。

何となく、だけど。

武永の狙いは、フロンティアが要なような気がする。

ここを見ているような、ここに来るような。

そんな、第六感めいた確信があった。

・・・・翼さんもクリスちゃんも健在。

それに加えて、マリアさんや切歌ちゃん、調ちゃんもこちら側。

大きなイレギュラーが起こらない事を祈りたいものだけど・・・・。

 

「響さん、お、っととと・・・・!」

 

考え込んでいるところに、ウェル博士が話しかけてきた。

 

「あなたの腕っ節を見込んで、お願いがあるのですが」

 

揺れに翻弄されながらも言われたことに、わたしは思わず首をかしげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ、起こせ」

 

周囲を取り囲む、サイケデリックな風景。

その合間合間を、ノイズ達が蠢いている。

 

「『審判』の為に、フロンティアを・・・・!」

 

バビロニアの宝物庫。

空間の『穴』から、海上に浮かぶ巨大な『船』を見下ろして。

ジャッジマンは恍惚と呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――響?」

「ああ、おかえり。未来」

 

翼に受け止められ、緒川に回収された未来。

フロンティアに打ち上げられた二課本部に戻ると、ウェルと連れ立って歩く響に遭遇した。

それだけならまだいいのだが、その出で立ちが彼女にとってスルー出来無いものだったため、未来もまた立ち止まる。

 

「響、それ・・・・」

「ああ、うん。ちょっとね」

 

いつもの上着を除いた二課制服。

その上に羽織っているのは、かつて身に纏っていたコート。

 

「これからが正念場だろうから、ちょっと気合でも入れなおそうかなって」

 

年季が入っていることに加え、二課に保護される直前、銃弾を何度も受けたこともあり。

未来の記憶にあるよりも、ボロボロになっていた。

自分でも全身を見ながら、どこか神妙に語る響。

右の袖口からは、あの刺突刃が見えた。

・・・・多分、予感しているのだろう。

ジャッジマンが、武永が、何らかのアクションを起こすことを。

 

「・・・・大丈夫なの」

「何とかするよ」

 

不安げな問いに返される、へらりと気の抜けた答え。

『大丈夫』でも、『大丈夫じゃない』でもない。

あいまいな返事だった。

――――恐怖が、ぶり返す。

失いそうになった怖さ、何も出来ない怖さ、背負わせてしまう怖さ。

それらが鈍く湧き上がり、胸中を侵し始める。

怖い、怖い、怖い。

怖くて、たまらない。

ねえ、いかないで。

 

 

――――それ、でも。

 

 

それでも、響はいくのだろう。

例えここで縋ったところで、結局はあの戦場にいってしまうに違いない。

死にに行くのではない、敵を倒すためでもない。

きっと、これまでと向き合うために。

一緒だったから、一緒に歩いてきたから。

未来には痛いほど理解が出来ていた。

だから、怯える己を宥める。

恐怖を押し殺す。

自分を、制する。

 

「・・・・そっか」

 

その成果は、笑顔だった。

 

「いってらっしゃい、気をつけてね」

「・・・・うん、いってきます」

 

意地は功を奏してくれたらしい。

ずっと難しい顔をしていた響は、笑顔を向けてくれた。

時間だからと、去っていく背中を見送る。

曲がり角を曲がって、足音が聞こえなくなった頃。

 

「――――ッ」

「未来さん!?」

 

耐え切れなくなって、その場に崩れ落ちた。

緒川に返事する余裕は無い。

格好こそ無様であるものの、胸は達成感で満たされている。

・・・・これでいい、これでいい。

だって、響が。

これまでに決着をつける、またとないチャンスなんだから。

だから、これでいい。

荒い呼吸で笑みを浮かべながら、何度も何度も安堵の息をついた。

 

「・・・・よく、頑張りましたね」

 

緒川も察してくれたのだろうか。

頭を撫でてくれる手は、正直なところありがたかった。



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求める歌、応える声

あけましておめでとうございます。
今年もどうぞ、よろしくお願いいたします。


「――――マリア」

「マム」

 

出撃直前。

ガングニールを纏ったマリアへ、ナスターシャが声を掛けた。

 

「いよいよですね」

「ええ、任せて!私の歌で、世界を―――」

 

フロンティアの機能と二課の技術を組み合わせ、全世界へ生中継してフォニックゲインを集める。

その歌姫役として抜擢されたマリアは、やる気十分といわんばかりに拳を握っていたが。

そんな彼女の頬へ、ナスターシャは優しく手を添えた。

 

「そんなに気を張らなくとも良いのです、マリア」

「マム?」

 

まるで制止するような仕草に、マリアは手を握り返しながらも戸惑っている。

 

「・・・・今まで貴女には、いえ、調と切歌にも、たくさん無理を強いてきました」

「けど、マムはそんな中でも慮ってくれた。強いたって言う無理だって、必要なことだったわ」

「それでも、です」

 

強く言い切るナスターシャに、まるで懺悔する信者のような印象を受けたマリアは。

遮ってはいけない話だと判断して、聞き手に徹した。

 

「この作戦が成功すれば、貴女は自由です。少なくとも、F.I.S.からは解放されることでしょう」

 

穏やかに、まるで実母のような視線を送るナスターシャ。

零れる言葉も、温もりに溢れている。

 

「あなたは、ただの優しいマリアなのです。だから、生まれたままの優しさで、思うが侭に、歌いなさい」

「・・・・ええ」

 

温かい言葉に、すっかりほぐされたのか。

どこか張り詰めていた表情をしていたマリアは、打って変わって柔和な笑みを浮かべていた。

 

「マーリアさん、ナスターシャ教授(きょーじゅ)、そろそろお時間ですよー?」

「分かりました」

「今行くわ」

 

響に呼ばれた二人は、顔を引き締めて返事。

マントを靡かせて歩き出したマリアは、ふと立ち止まって。

響を見据える。

 

「・・・・どーしました?」

 

凝視された響が、こてんと首をかしげていた。

そんな彼女へ、マリアは短く。

 

「・・・・マムを、お願い」

 

静かで、力強い言葉で。

そう告げたのだった。

一方の響はきょとんとした後で、にやっとニヒルな笑みを浮かべる。

 

「そりゃあ、もちろん。おまかせくださいな」

 

自信たっぷりのそれへ、マリアも不敵に笑い返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

さーて。

やーっとフロンティア起動ですよ。

何か色々忙しかった所為か、『ようやくか』って気持ちが込み上げてくる。

わたしはナスターシャ教授と一緒に『艦橋(ブリッジ)』へ、ウェル博士は緒川さんと一緒に『駆動炉』へ向かった。

多分今頃、ウェル博士は自分の腕に注射して、『静まれ、俺の左腕ッ・・・・!』みたいなことになっているんだろーな。

 

「きょーじゅ、ここの調整はこんなもんですか?」

「少し待ってください・・・・ええ、十分です」

 

艦橋(ブリッジ)』での最終確認。

普段使っているのとはまた違ったキーボードでの作業だったけど、なんとか上手くやれている。

オーケーも貰ったので、ぽちっと押して確定。

わたしが見ていた項目で、最後だったみたい。

ナスターシャ教授が、もう一つ操作。

するとモニターが現れて、マリアさんが『放送室』に立っているのが見えた。

 

『突然の電波ジャック、まずは侘びを入れさせて欲しい!けれども、この世界の行く末について、非常に重要な話がある!』

 

マリアさんはまずそう切り出して、語りだした。

月の落下が迫っていること、そのためには歌の力が必要なこと。

一人だけではダメ、世界中の人々が協力しなければダメ。

マリアさんは語りかける。

拒絶されるかもしれないと知りながら、それでも懸命に話を続ける。

 

『大変情けない話ではあるが、みんなの協力なしではとても成しえない。大きな事柄でもある』

 

一区切りしたマリアさんは、ふと。

引き締めていた顔に、ふわっと笑顔を浮かべて。

 

『難しいことではない、ただ、みんなの歌を、分けて欲しい』

 

今までとは打って変わって、優しい顔で、語りかけて。

 

『歌えなくともいい。これから歌う歌に、何かを感じてもらったら、共感を覚えてくれたのなら』

 

目を閉じて、胸に手を当てて。

 

『その生まれたままの感情を、一部だけ、ほんの一部だけでいい。私に、分けてください、託してください』

 

―――――歌が、響く。

それは、誰もが抱いていただろう、不敵で勇ましい印象とは正反対の。

穏やかで、優しくて、温かい歌声。

多分、ほとんどの人が、同じ印象を抱いていると思う。

昔からずっといる、あるいは寂しかったところに出会う。

心の底から、ほっとする存在。

 

「――――お母さん、みたいですね」

「ええ、慈悲に溢れた、自慢の『娘』です」

 

思わず零れた呟きに、ナスターシャ教授が自慢げにしている。

それが何だか微笑ましくて、作戦中にも関わらず笑ってしまった。

もちろん何時までもそうしているわけにはいかないから、仕事に戻る。

フォニックゲインは順調に溜まっている。

というか、予想より上なくらい。

原因は多分、マリアさん自身だろう。

揺れに揺れていた『原作』と違って、割と安定してるし。

それに出発前、ナスターシャ教授と話していたとき。

発破か何かをかけられたんだろう。

だったら、あれだけの吹っ切れ具合も納得が行く。

・・・・・いろんな国が、いろんな人が。

マリアさんの歌に、想いに。

応えてくれている。

 

「――――ッ」

 

ふと、いいなと思った。

目の前のこの光景が、尊いものに見えた。

・・・・かつてわたしは、人間に振り回された。

だけど、光をくれたのも同じ人間だった。

その人間達が、今度は世界の為に動いている。

マリアさんの声に、共感している。

・・・・ああ、やっぱりわたしは、甘いのかもしれない。

心のどこかでは、武永達みたいな『怨みきれる人』が羨ましいと思っていた。

敵対する人を、何もしてくれない人達を。

敵だと断定できてしまえたのなら、どれだけ楽だったろうと。

でも、やっぱり。

この光景を目の当たりにしてしまうと、思ってしまうんだ。

――――みんなが、未来が。

いてくれて、よかった。

『陽だまりにいていいよ』って、言ってくれる人達がいてくれて。

本当に、よかったって。

だから、わたしは、止まらない。

エゴだっていい、わがままだっていい。

だけど、『優しい人達』を、守るためなら。

いくらだって・・・・!!

 

(だから)

 

さっきから感じている、嫌な気配。

それは、胸に抱いていた予感に、確信を与えてくれていた。

睨むモニター。

あの日も聞いた、ぐぅんという音。

マリアさんの傍で、空間が裂けて。

あの、サイケな風景が広がっていて。

 

「彼は・・・・!?」

 

ナスターシャ教授が驚いた瞬間、広がる冷気。

あっという間に『放送室』を侵食した氷は、一部槍となってマリアさんに襲い掛かる。

 

『ッ・・・・!』

 

マリアさんは何の苦もなく弾き飛ばしたけど、表情は優れない。

・・・・当然か。

だって、そこにいるのは。

 

『ジャッジマン・・・・!』

 

―――――お前が。

お前の結論が、『そう』だというのなら。

わたしは。



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できること

全世界が、新手の登場にぽかんとしていた。

何が何やら分からない彼らを置いてけぼりにして、マリアは構える。

 

「来ると思っていたけど、本当に来るとはね」

 

烈槍の切っ先を突きつけられても、案の定涼しい顔をしているジャッジマン。

その戦意に応える様に、彼もまた両手に紫電を滾らせる。

 

「単刀直入に言おう、マリア・カデンツァヴナ・イヴ」

 

緊張も高まる中、徐に口を開いた彼は。

 

「――――世界は、救わせない」

 

マリアどころか、全世界への宣戦布告とも言うべき言葉を、口にした。

 

「・・・・・随分過激な発言ね、どういうことか聞いても?」

「どうもこうも、そのままだ」

 

ジャッジマンも、たったそれだけで理解してもらえると思わなかったようで。

紫電を滾らせたまま、語り始めた。

 

「二年前、地獄のような日々を経験して悟った」

 

閉じた目を見開いて、マリアを強く睨みながら。

重々しく口を開く。

 

「人間は、余りにも浅すぎる。考えも、思いやりも、何もかも・・・・!!」

 

彼の感情に呼応して、稲妻が激しさを増した。

 

「日本だけに留まらない、世界を見ろ」

 

その怒りの矛先は、日本以外にも向いている。

 

「肌の色、生まれ故郷、信じる神、抱いた信念・・・・大衆と少しでも違えば、即座に切り捨て、排除しにかかるのが人間だ」

「・・・・故に滅ぼすと?」

「そうだ!」

 

紫電だけに留まらない。

今度は空気が渦巻き、風が吹き始めた。

 

「どれほど手を取り合おうと、歩み寄ろうと、結局は見せ掛けでしかない。こんなに救いようの無い生き物が、他のどこにいる!?」

 

応、と。

風が勢いを増していく。

 

「何より不憫なのは、それに気付かぬ愚鈍さだ!!忌々しい『一般論』を盲目に狂信し、やれ『正義』だなんだと言い抜かしては罪無き弱者を甚振り、挙句の果てに快感を得ると来た!!」

 

吹き荒れる暴風。

マリアは乾く眼球を庇いながら、敵から目を逸らさない。

 

「こんな生き物がのさばる世界に、何の価値がある?何の意味がある!?延命させればさせるだけ、崩れていくぞ!壊れていくぞ!!」

 

風が、止んだ。

正確には、空いた片手に纏わりついて、大人しくなった。

一呼吸、二呼吸。

ジャッジマンは、息を整える。

 

「お前達がどれほど罵ろうと、俺は省みないし、反論もしない。何故なら、俺が正しいからだ」

 

マリアを、いや、彼女の背後に見えるであろう、全世界を睨みつけて。

 

「そうだとも」

 

低く、低く、声を絞り出す。

 

「『生きているのが間違い』などと抜かす連中よりは、はるかにマシだ・・・・!!」

 

込められた怨念は、どれほどのものか。

決して軽いものではないというのは、ひりつく闘気で十二分に察することが出来た。

 

「・・・・そう」

 

秘めた怒り、譲らぬ決意。

しかし確固たる信念は、マリアも同じこと。

 

「けど、こちらも譲るわけには行かないわ。明日を生きて欲しい人がいる、明日を迎えて欲しい人がいる。だから」

 

言葉は無い。

代わりに両者は、互いの闘志を激突させた。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「――――ッ」

 

戦いは、一箇所だけではない。

フロンティア、『放送室』の外。

苦い顔をしたクリスが、受身を取って着地する。

それに続くように、翼や調、切歌が。

ふらついたり、苦い顔をしながら、それぞれ砂利を巻き上げた。

見上げる先には、二体の敵。

かつて立ちはだかった『龍』と『虎』が、歌姫達を阻むように、再び目の前にいた。

 

「あの世からとんぼ返りしたってデスか!?」

「なんであろうと変わらない。亡霊であるなら、遠慮も要らぬというものだ!」

「全くだ、違ぇねぇ!!」

 

ごしゃん、とガトリングを展開し、鉛玉を雨あられと放つクリス。

調も頭の格納庫から、小さな丸鋸を百に届く量でばら撒いていく。

そんな鉄の豪雨を背負い、翼と切歌が肉薄。

切歌が『龍』へ、翼が『虎』へ。

それぞれ疾風(はやて)より駆け抜ける。

放たれた一閃は、十分な殺傷力を秘めていたが。

奴等を仕留めるには届かない。

 

「ッ翼さんもマリアも、こんなに硬い奴を倒したデスか!?」

「いや、少なくとも一太刀で裂けたはずだッ!!」

 

かすかな擦り傷が刻まれただけの体表を睨みながら、二人は離脱。

クリスと調の下に戻ってくる。

お返しだといわんばかりに、頭髪を撓らせた鞭と、研ぎ澄ませた爪で襲い掛かる二体。

装者達はそれぞれ防御するなり、回避するなりしてやり過ごすも。

その表情は優れなかった。

 

「ッ・・・・!」

「そうまでして、復讐を成し遂げたいか?世界を滅ぼしたいか・・・・!?」

 

搾り出すような問いかけは、咆哮にかき消される。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

横に振りぬけば、衝撃。

相手の構える剣と激突する。

弾いて一度引き、突きを繰り出す。

切っ先は相手の鼻を掠めて外れた。

お返しに斬り払いが飛んできて、迎撃。

振り抜いてがら空きになった胴体に、蹴りが突き刺さった。

 

「っぐ・・・・!」

 

直撃した胸を押さえながらも、マリアはジャッジマンから目を離さない。

ジャッジマンもまた、マリアの戦意が衰えていないことを察したのだろう。

真っ向から見据えて、睨みつけていた。

 

「ッはあああああ!」

 

再び接近。

烈槍とマントの連撃を駆使し、ジャッジマンを攻め立てる。

対するジャッジマンも負けてはいない。

一歩間違えればざっくり斬れる攻撃達を、見切り、かわし、防ぎ、弾く。

一進一退、手に汗握る攻防は、激しさを増していく。

すれ違う連撃、飛び交う斬撃。

耳に残響をこびりつかせる剣戟は、佳境を迎えて。

 

「っふん!」

「ああああッ!!」

 

一瞬の隙を突き、ジャッジマンが拳を叩き込む。

雷光を纏ったソレは、マリアに直撃。

ついでといわんばかりに、体を痺れさせる。

 

「あ、っぐ・・・・!」

 

烈槍を支えに何とか踏ん張るも、すぐ膝を突いてしまうマリア。

チャンスといわんばかりに、ジャッジマンは片手を上げて。

 

「――――ッ」

 

降臨したのは、雷光。

まさに雷/神成/神鳴り(かみなり)と言うべき極光。

余剰エネルギーが彼の周囲で渦巻き、その荘厳さを表している。

マリアもまた、しびれる体を叱咤して、槍を構える。

刀身を開いて、エネルギーを充填。

増していく目の前の極光に、早く、早くと焦りを募らせていく。

先に準備を済ませたのは、ジャッジマン。

タッチの差で、マリアも終わる。

手を振り下ろす、切っ先を突き出す。

雷と歌の光が、『放送室』全体に溢れ帰って―――――

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「うわああああああッ!!」

「ッウェル博士!」

 

爆発の衝撃は、『駆動炉』にも及んだ。

まず炉心にネフィリムの心臓を取り付け、次に左腕にネフィリムの一部を打ち込み、それを以ってフロンティアを制御していたウェル。

しかし、いかんせん裏方一辺倒だったのが災いして、耐え切れずに転げ落ちる。

危うく頭を打つところを、緒川が何とか受け止めた。

 

「た、助かります」

「お気になさらず」

 

礼を言うのも束の間、早く定位置に戻ろうとしたウェル。

だが、顔を上げた目の前に見えたのは、

 

「な、何故、フロンティアを食っている、ネフィリムッ!?」

「そんな、どうして!?」

 

赤黒いネフィリムに侵食されている様だった。

緒川も珍しく焦燥を露にし、少なからず狼狽している。

 

「腹ペコにも限度が・・・・ッ!!」

 

それの倍はうろたえていたウェルだったが。

LiNKERの改良版を生み出すほどの頭脳は、伊達ではなかった。

心当たりを思いついた彼の頭は、一気に冴え渡る。

 

「ウェル博士?」

「・・・・まったく、僕としたことがッ」

 

引きつった自嘲の笑みを浮かべて、ウェルは頭を抱えた。

 

「・・・・先ほど制御端末から振り下ろされたとき、ちらと『離脱』を考えてしまったんです。ネフィリムの腕を持つ僕は、念じただけでフロンティアに指示を出せます」

「っ、まさか・・・・!?」

「ええ、そのまさかですよ」

 

ネフィリムに侵食されているからか、それとも罪悪感からか。

顔に血管を浮かべながら、ウェルは続ける。

 

「ちらとでも考えてしまった『離脱』を、フロンティアは受諾してしまったのですよ。『切り離せ』という、ただ一言の命令として・・・・!!」

 

嘆いている間にも、ネフィリムは駆動炉を呑み続けている。

このままではフロンティア全体を食い尽くされ、せっかく溜めたフォニックゲインを、月へ照射できなくなる。

すぐにでも対処しなければならない。

 

『ネフィリムの侵食スピード、こちらの予想をはるかに超えています!』

『久しぶりの《飯》だもんなぁ、そりゃがっつくさ!チクショウ!!』

 

二課のオペレーター達も、何とか打開策を探しているようだったが。

成果は芳しくないようだった。

 

「・・・・こうなったら」

 

ちら、と。

ウェルは自らの左腕を見る。

ほんの一部とは言え、これもまた聖遺物。

これで何とか、ネフィリムの気をそらせれば。

生まれた恐怖を抑えるように、握り締めたとき。

 

『ドクター、まだ希望はあります』

「ナスターシャ教授!?」

 

フロンティアに備わっている、通信システムを使ったのだろう。

部屋全体に、ナスターシャの声が響く。

 

『こちらで平行して調査を進めていたところ、この《船橋》だけでもフォニックゲインを放つことが出来るようです』

「それなら・・・・!」

『ですが、今のままでは、ネフィリムの方が早いでしょう』

 

気落ちするようなことを告げるナスターシャだが、その語気は決して衰えていない。

 

『しかし、私が今いるこの区画を切り離せば、あるいは』

「それは・・・・しかしそれでは、ナスターシャ教授が!!」

 

緒川が反論の声を上げる。

『自分を犠牲にしろ』と申告しているも同然な提案。

彼の反応も、当たり前だ。

 

『・・・・・私はもう、長くありません。延命したところで、精々数ヶ月程度でしょう』

 

そんな緒川を、ひいては二課の面々を諭すように。

ナスターシャの声が、柔らかくなる。

 

『ならばせめて、私よりも《先》があるあの子達の為に、世界を残したいのです』

 

決意は、固いようだった。

 

『・・・・・マリア君達は任せて下さい。彼女達の今後は、我々が見守ります』

『ありがとうございます、それが聞けただけでも、行幸です』

 

弦十郎の宣言に、心底安心した声で答えるナスターシャ。

その会話を聞いていたウェルもまた、腹を決める。

制御端末に駆けつけ、左腕を翳す。

 

「――――ナスターシャ教授」

 

ネフィリムが荒ぶる隣で、指令を出す。

その傍らで、語りかける。

 

「貴女の英雄譚に関われること、僕の誇りです」

『――――ふふっ。私は、そんな大それたものではありませんよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――ぁ、が」

 

今度こそ。

膝を折り、地に伏してしまったマリア。

砲撃を押しのけた雷光をもろに受け、指一本動かせないほど麻痺してしまった。

ギアも解除され、敵の前に無防備な様を晒すこの状況。

もう一度纏おうにも、肝心のマイクユニットがどこかに飛んでいってしまうという始末。

『ピンチ』以外の、何者でもなかった。

そんな彼女を、ジャッジマンは文字通り見下す。

体は動かずとも、心はまだ折れていない。

目は口ほどにものを言うと言われるが、意志が燃え盛る目に見据えられた今では、納得出来た。

もっとも、それで何か変わるというわけではないが。

 

「そういうことだ、マリア・カデンツァヴナ・イヴ」

 

見せしめとするため、わざとゆっくり動く。

掲げた手には、巨大な剣。

肉厚な刃は、まるでギロチンのようだった。

 

「――――お前の、世界(おまえたち)の、敗北だ」

 

自らの勝利を、相手の敗北を宣言し。

その首を、希望を絶とうと、振り下ろして。

 

 

 

 

 

駆け抜けた風に、蹴り飛ばされる。

 

 

 

 

蹴りが突き刺さった手元。

弾かれるように振り向けば、刃が迫っていて。

 

「――――ッ」

 

首を傾けて避け、飛びのく。

着地してから前を見れば、コートが翻ったのが見えた。

 

「・・・・生身で突っ込んでくるとは、そこまで無鉄砲だとは思わなかったよ」

 

幾ばくかの驚愕と、少し多めの呆れを込めて言う。

 

「立花」

 

対する響は答えないまま、徐に手を掲げた。

その手に下がっていたのは、シンフォギアのマイクユニット。

マリアのものであろうことは、容易に想像がついた。

 

「・・・・他人のギアで、何が出来る?」

 

響は問いに対して、不敵な笑みと、吸い込む息。

そして、

 

「Balwisyall Nescell Gungnir tron...」

 

――――歌で、答える。

その、刹那。

轟、と吹き荒れる光。

今度こそ驚愕したジャッジマンが周囲を見渡せば、暖かな光が渦を巻いている。

これが何か、彼には嫌と言うほど分かった。

ノイズに近いこの体を唯一傷つける、忌々しい力。

 

「―――――何が出来るかって?」

 

ジャッジマンの動揺を察してか。

この現象を引き起こしている本人は、不敵な態度を崩さない。

光が彼女に収束する。

彼女の戦意に応え、鎧を与える。

 

「お前を、殴れる」

 

そして響は、再び『歌』を纏った。



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交わす言葉、交わす拳

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時間を少し遡る。

マリアとジャッジマンのぶつかり合いにより、ネフィリムが暴走を始めてしまった直後。

二課の通信を聞いていたナスターシャは、何か考え込むように目を伏せた。

しばしの間沈黙を保った彼女は、やがて、ゆっくり目を開く。

 

「・・・・響」

「なんでしょ?」

 

呟くように名前を呼ばれ、響はあえて軽い調子で返事した。

 

「私のことは、もう構いません。マリアのところへ、行ってください」

「・・・・今のわたしは生身ですよ?それに、マリアさんにあなたを頼まれています」

「そこをどうか、おねが――――」

 

怪訝な顔で反論を告げれば、ナスターシャが何か言いかけて。

激しく咳き込む。

すかさず駆け寄った響が、背中をさする。

落ち着いたナスターシャが、口から手を離せば、真っ赤に汚れていた。

そしてそれは、背後に控えていた響にも見えて、

 

「・・・・・お願い、できますね?」

 

どこか諭すような笑みで振り向くナスターシャ。

口元もしっかり『赤』に汚れている。

 

「・・・・そういうの、ズルいですよ。ナスターシャ教授」

 

響は、ため息で白旗を表現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『世界滅べ』なんて大きくでたじゃん?力尽くなんて、反発も大きいのに」

「・・・・人間はそれほど、救いようがないだろう。お前だって先の臨海公園で、イヤと言うほど思い出したはずだ」

「あはは、違いない」

 

麻痺で動けないマリアを庇うように立つ響。

ジャッジマンの意見を、乾いた笑みで肯定した。

 

「目先の情報に踊らされて、なんでもない人傷つけて、そのくせ今をのうのうと生きている」

 

笑っていても、笑っていない。

 

「同じくそこにいられたはずなのにって、何度も思ったよ」

 

零れる声には、どこか圧が篭っていた。

 

「だけど、暴れたところで何になるのさ、痛い目に遭わせて何になるのさ。どうしようもない奴は、どこまでいってもどうしようもない。『なんで自分がこんな目に』って喚いて騒いで、終わりだよ」

 

一理あると思ったのだろう。

黙して聞いていたジャッジマンは、問いかける。

 

「・・・・・ならば、何とする?」

「ほっとく、どうせそのうち自滅するし」

 

打てば響くように、答えが返ってきた。

 

「自滅?」

「そうだよ、そもそも連中の行動理念は何だ?『犠牲者の無念を晴らす』っていう大義名分だ、もっと突き詰めれば良心だ」

「随分歪んだものだがな」

「否定はしない」

 

苦く笑いながらも、話は続く。

 

「だけど、その行動が間違っていたとしたら?『よかれ』と思ってやったことが、実はとんでもない大罪だったとしたら?残るものなんて、一つだけだろう」

「・・・・・なるほど、罪悪感、あるいは自責か」

 

『助長』という話がある。

ある農夫が作物の成長具合を心配し、畑中の作物を引っ張って、成長を促そうとした。

しかし物理的に引っ張られた作物は、地面から大きく引き抜かれる形となり。

一つ残らず枯れてしまったという。

また、『蛇足』という話も有名だ。

三人の絵描きが、酒を巡って口論となり、蛇の絵を早く描いたものが呑めることになった。

一番早く描き終えた絵描きが、『こうやって蛇に足を描くこともできるぞ』と、二人に余裕であることをアピールしたが。

二番目に終えた絵描きに、酒を掻っ攫われてしまう。

一番目の絵描きが文句を言うと、『蛇に足は生えていない、だからお前の描いたそれは蛇じゃない』と反論されてしまった。

『助長』も『蛇足』も、よかれと思ったばかりに、余計なことをしたばかりに。

良くない結果を招いてしまったという教訓を教えている。

 

「だからわたしは手を下さない。殺しもしないし、死なせもしない」

 

ドスを利かせた声で、宣言する。

 

「息絶えるその時まで、苦しみ続ければいい。強いて言うのなら、それがわたしの復讐だ」

 

重々しく吐き出された言葉の、込められた感情を察してか。

ジャッジマンはそれっきり、何も返さなかった。

ところが、

 

「っていうのは、ぶっちゃけ建前。いや、長々語っておいてなんだけどね?」

「何だと?」

 

打って変わって、(二課の面々にとってはいつもの)軽い調子で両手を広げる響。

怪訝な顔のジャッジマンに臆することなく、凛と見据えて、

 

「笑って欲しい人がいる、守りたい人がいる。世界全部を敵に回してでも、一緒にいたい人がいる」

 

いっそ清々しいまでの笑顔で、言い切った。

 

「わたしが戦う理由なんて、後にも先にもこれだけだよ」

 

そんな響を凝視するジャッジマンは、沈黙を保つ。

向けられた目には、呆れや失望が渦巻いていた。

 

「・・・・そうか」

「そーだよ」

 

前触れなく、構える。

紫電を、闘志を、滾らせる。

言葉は不要。

これまでの対話で、もはや口で解決できないのは明白。

だから、ぶつかる。

燃え盛る憎悪のままに、譲れないもののために。

ほぼ同時に拳を握った両者は、ほぼ同時に駆け出して。

 

「――――ッ!!」

「――――ッ」

 

激突。

衝撃で大気が爆ぜる。

一瞬迫り合った拳は、互いを弾き飛ばす。

正拳一閃、防がれる。

蹴撃一閃、避けられる。

細やかに突き出される殴打。

豪快に払われる蹴打。

攻める風音、防ぐ破裂音。

一定な様でいて、不規則な攻防が繰り広げられる。

眼光が尾を引く、マフラーがはためく。

筋肉は動くたびに撓り、呼吸は限界までテンポが上がる。

かっ開かれた互いの眼球は、相手しか見えていない。

拳を振るう、蹴りを放つ。

顔を掠め、鼻先を掠め、腹を掠め。

攻撃の一つ一つに込められているのは、『お前を倒す』というただそれのみ。

思考を高速で回転させ、ひたすら体を動かし続け。

どちらも、一切退かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

(―――――このままか)

 

未だ地に伏すマリア。

めまぐるしく移動する二人を目玉で追いかけながら、考える。

 

(無様に伏したままか)

 

ぎり、と。

奥歯を噛み締めた。

ここまで来た。

自らの歌で、世界を救えると。

大切な人達を、明日に繋げれると。

高揚していた。

だが現状はどうだ。

現れた敵の攻撃にあっさりやられ、あの子が命がけで戦っているのを傍観するのみ。

このままでいいのか、こんな情けない終わり方でいいのか。

 

(――――よくないに、決まってるッッッ!!!!)

 

胸元、熱を感じる。

何とか手を動かし、懐に指を這わせて引っ張れば。

亀裂の入った、シンフォギアのマイクユニット。

この日本に発つ際、ナスターシャが持たせてくれた。

勇気を与えてくれるお守り。

かつて妹が纏っていた、シンフォギア。

 

(セレナ、お願い。今だけ、力をッ・・・・!!)

 

息を、吸い込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

攻防は格闘から異端のものへ。

半身引いたジャッジマンが拳を握れば、紫電が迸る。

それを見た響もまた、手甲から刺突刃を展開する。

紫電が地面に叩きつけられ、襲い掛かる。

向かってくる稲妻を前に強く踏み込み、礫で相殺していく。

その横合いから烈風。

振り向けばカマイタチが迫ってくる。

一つは切り裂き、もう一つはいなし。

飛び込んできた相手を、真っ向から迎え撃つ。

破裂音。

腕を剣のように交差して迫り合い、束の間互いを睨みつける。

直後弾きあい、距離を取った。

 

「手品師かな?ベガスにでも行ったらどう?当たるよ?」

「お前こそ、単純な格闘技のみでここまで・・・・バケモノか」

 

『失礼な』と響が吐き捨てて、再開。

ジャッジマンが手を叩きつけ、氷柱が迫る。

響は拳で砕きながら前進、足を振り上げ、叩きつけようとする。

ジャッジマンは咄嗟にガード、引っつかんで放り投げた。

続けざまに両手に風を起こす。

空気と塵の摩擦熱がこもり、発火する。

燃え滾る炎を携え、まだ立ち直っていない響に叩き込んだ。

打撃と熱気に、初めて苦い顔をする響。

そのまま殴り飛ばされ、瓦礫に埋もれた。

均衡が崩れ始める。

迫ったジャッジマンが、追い討ちの拳を何度も叩きつける。

響は地面を転がって避け、何とか立ち上がった。

後方に飛びのき、構える。

すぐにつっかえて動けなくなった。

足元を見やれば、忍び寄った冷気が両足を固定している。

はっとなって前を見直せば、氷の剣を振り上げたジャッジマン。

文字通り冷たい刃が、唸りを上げて襲い掛かり。

 

 

 

 

―――――響は徐に、笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――seilien coffin airget-lamh tron」

「――――はあぁッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

割り込む二閃。

目を見開いたジャッジマンが飛びのけば、翼が切っ先を突きつける。

その隣では、マリアが白銀のシンフォギアをまとっていた。

自分の変化に驚いているのか、両手と体を見下ろしている。

 

「マリア!!大丈夫デスか!?」

「そのギア、まさかセレナの・・・・!?」

 

駆け寄った調と切歌もまた、それぞれ驚愕を露にしていた。

 

「ほれ」

「ありがと」

 

響の足を拘束していた氷は、クリスが打ち抜いて砕いた。

自由になった響は、すっくと立ち上がって。

仲間達と、並び立つ。

その様を目の当たりにした彼は、何かを堪えるように俯いた。

きつく握られる拳。

指の間が真っ白になっているのが見える。

 

「―――――味方を捨ててきた俺に」

 

やがて、搾り出すように口を開いた。

素早く腰に手を回し、取り出したのはソロモンの杖。

それだけで装者達は闘志を尖らせる。

 

「味方を以って挑むかッ!!立花響ッ!!」

 

応、と轟く咆哮とともに。

その切っ先を、自らの胴体へ。




二章完結も見えてきました。


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その手が繋いだ、歌声たち

ソロモンの杖を腹に突き刺した武永(ジャッジマン)

宝物庫の扉が開いて、飛び出してきたノイズを吸収して。

武永(ジャッジマン)の体が肥大化していく。

腕が盛り上がる、足が太くなる。

伸びる牙、爛々と光る目、額には鋭い角が生えて。

わたし達の目の前に、『鬼』が現れた。

・・・・・・ルナアタックん時のおっちゃんが、似たようなことしてた気が。

うん。

 

「腹を突き刺すのが最近のトレンドなのかな?」

「んなわきゃねぇだろッッ!!」

『嫌なトレンドね・・・・』

 

クリスちゃんと了子さんのツッコミを受けながら、殴打を回避。

衝撃に乗って飛び上がってみれば、その巨大さがよく分かる。

『鬼』がこっちを見上げてきた。

理性があるかどうか怪しい、憎悪に燃えた目。

・・・・そうまでして、復讐したいのか。

 

「よっと」

 

薙ぎ払いを捻って避けて、腕の上で前転。

体勢を立て直して、駆け抜ける。

落ちてくる雷も避けながら、顔面へ肉薄。

横っ面を、思いっきり殴ろうとしたけど。

 

「わ、たっ・・・・!」

 

まるで羽虫でも払うように、もう片手で押しのけられてしまった。

何とか指の間から抜け出して、肩や腰を伝って地面へ。

 

「やあああああああああッ!!」

「はあああああああああッ!!」

 

その間に、調ちゃんと切歌ちゃんが切りかかる。

ご自慢の丸鋸と鎌が唸りを上げるけど、肌を掠めるくらいに終わった。

反撃を受けて吹っ飛ばされた二人を、マリアさんが受け止める。

その間に翼さんが『鬼』の背後に。

大きな影に刀を深く突き刺して、影を縫いとめた。

 

「気付けだもってけえええええええええッ!!」

 

それを確認したクリスちゃんが、ミサイルを四つ。

大盤振る舞いといわんばかりに背負って、発射。

甲高い音を立てて進撃したミサイルは、全部顔面に命中。

さすがによろけたみたいだけど、それだけだった。

煩わしそうに顔の煙を払う『鬼』。

大したダメージは受けていないらしい。

 

「くっそ、火力不足か。ノイズの癖して頑丈なこった・・・・!」

「今の私達では、決定打を与えることは困難・・・・!」

 

いやぁ、ノイズにソロモンの杖が加わるだけで、こんなに苦戦するとはねぇ。

シンフォギアがあるとはいえ、『人間特攻』は伊達じゃないってことか。

 

「限定解除を・・・・エクスドライブを使えたなら・・・・!」

「けど、出来るんデスか!?」

「六人一辺だ何て、そんな奇跡・・・・」

「このアガートラームもいつまで持つか分からない、賭けをするには危険が過ぎる・・・・!」

 

調ちゃんと切歌ちゃんは、限定解除したことない所為か。

限定解除についてやや不安げなようだった。

まあ、通常の難易度を知ってるなら、無理も無いか。

マリアさんもマリアさんで、懸念事項が拭えないらしい。

 

「っ来るぞ!!」

 

話している間にも、行動を再開する『鬼』。

ぐ、と溜め込んだ奴が、空に向かって雄叫びを上げると。

咆哮に呼応して、たちまち空が曇る。

続けて、ゴロゴロという音が聞こえ始めて。

『鬼』が、掲げていた手を振り下ろせば。

避けきれないほど巨大な雷が、何百と降り注いできた。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

轟く轟音、まばゆい閃光、揺れる地面。

前後左右から襲い来る衝撃に、あらゆる感覚がブラックアウトする。

ぶちん、と、古いテレビが切り替わるように視界が回復して。

見えたのは、更地になった周囲と、倒れ伏した仲間たち。

全身を蝕む痺れと痛みに苛まれながら、響はなんとか身を起こす。

見上げれば、案の定健在な『鬼』が。

響達を見下しながら、これみよがしに手を掲げて。

再び雷を充填、さほど間を置かずに発射した。

回避は余裕、だが後ろには動けない仲間達。

決断は、早かった。

退かずに向き合い、極光に呑まれる響。

 

「響ッ!!!」

 

二課本部、司令室。

戦いを見守っていた未来は、思わず名前を叫ぶ。

モニターのメーターはほとんどが振り切れ、まともに機能しない状態。

画面は真っ白、分からない響の安否に、未来の不安が強くなる。

その中で、

 

「――――――nal!!」

 

その歌は、聞こえてきた。

 

「Emustolonzen fine el zizzlッッッッッ!!!!!」

 

迸る、『歌』。

真っ白な濁流の中、両手を前に突き出して耐える響の姿が見える。

食いしばった口元から、血が零れているのが見えた。

 

「ぐうううううううううううううぅぅぅぅおおおおおぁぁぁぁぁぁあああああああああああッッッ!!!!!!!」

 

痛々しいまでの姿と声で、それでもなお退かない響。

全身の筋が悲鳴を上げ、所々でぶちぶちと嫌な音がする。

間接が軋み、少しでも緩めば砕けてしまいそうだ。

死ぬ、一歩間違えれば、確実に死ぬ。

せっかく拾った命が、また掻き消える。

それでも、響は退かなかった。

 

(ダメだダメだダメだダメだ出力が全然足りない火力が全然足りない後一歩後一つ後ちょっと何か何か何か何か考えろ考えろ考えろ考えろッ――――――!!!!)

 

痛みで吹き飛びそうな思考を、痛みで繋ぎとめながら。

血涙が零れる両目を、ぐっと瞑った。

真っ暗になった視界で、内面に潜り込んで。

 

「――――ッ」

 

閃いたといわんばかりに見開き、顔を上げる。

一歩踏み出す、またどこかの筋が千切れる。

構わずまた一歩踏み出して、踏ん張って。

意識を内面へ。

起こしてはいけない撃鉄を起こし、引いてはいけない引き金を引く。

 

「ッがああ■■■■■あああ■■■■■■■■ああああ■■■ああアアアアア■■■■あアアあァァぁぁァァァ―――――――!!!」

 

体が、瞳が。

黒に、赤に。

塗り潰されていく。

雄叫びが浸食され、獣の咆哮に変貌する。

 

「ガングニール、暴走!?」

「けど、出力も上昇!押し返していますッ!!」

「・・・・ッまさかあの子!!」

 

ひっきりなしにアラートが騒ぐ中。

オペレーターの報告を聞いた了子が、跳ねるように立ち上がる。

 

「わざと暴走させることで、火力を叩き上げているのッ!!?何て命知らずなことを!!寿命が縮むわよ!?」

「何だとォッ!?」

「そんな、響ィ!!」

 

了子の嘆き、弦十郎の怒声、未来の悲鳴。

それら全てを気にする余裕の無い響は、未だ咆哮を上げて極光と押し合う。

 

「■■■■■■ァァああ■■■ああアアああァ■■ァァァ■■あアアあァァアアアァァァ――――ッッッッ!!!」

 

心を削る、理性を削る、命を削る。

退かない、逃げない、やめない。

だって、後ろにいるのは、背負っているのは。

これからを生きて欲しい人達なのだから・・・・!!

だから、その為に。

この場で命、尽きたとしてもッッ!!

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal!!」

「Emustolonzen fine el zizzl!!」

 

――――そして、響が命を賭して守る彼らは。

そんな彼女を見殺しにするような人間ではない。

 

「あなたは、いっつもそう!何で簡単に命賭けるのッ!?」

「お陰でこっちも思わず突撃デス!!」

 

手を引っつかまれる感覚。

見れば、右手を調に、左手を切歌に握られていた。

 

「惹かれあう音色にッ、理由など要らないッ!!」

「つける薬がねぇのはお互い様だッ!!」

 

そこへ更に、クリスと翼も加わってくる。

色を、心を、徐々に取り戻していく響。

と、肩に感覚。

手を置かれている。

 

「アガートラームの絶唱特性は、ベクトル操作!!制御は私がッ!!あなたは束ねることに集中なさい!!」

 

背中を押すように、マリアが寄り添ってくれた。

未だ苦悶の声を漏らす響。

だがその声には、確かに人間性が戻ってきている。

流れを読む、流れを束ねる。

一つにした流れを、手中へ手繰る。

 

『フォニックゲインの集束!おおむね順調!』

『だけど足りるのか?たった六人の歌で!?』

 

オペレーター達の、そんな会話が聞こえて。

耳を澄ませる、答えはすぐに出た。

 

「――――たっタ、六人、だけジャなイ」

 

無意識。

搾り出すように、口にしていた。

――――聞こえる。

 

 

――――いっけぇ!響ィ!!

 

――――立花さん、頑張って!

 

――――ファイト!ビッキー!

 

 

友人の、

 

 

――――おかーさん!かっこいいおねーちゃんだよ!ほら!

 

――――あのひと!きてくれたあのひとだ!

 

――――あの人よ、あの人があなたを助けてくれたのよ

 

――――この間の!?が、頑張れ!負けるなー!!

 

――――聞こえてるかー!?うちのを助けてくれて、ありがとー!!

 

――――お嬢ちゃんやったれー!!

 

 

出会ってきた人達の、

 

 

――――Exert yourself!!

 

――――加油!!

 

――――열심히 해라!!

 

――――Viel Glück!!

 

――――Bonne chance!!

 

――――Buena suerte!!

 

 

顔も名も、言葉も知らぬ人達の。

何より、

 

『行っちゃえ響!!ハートの全部でえッ!!!!』

 

存在を、心を、命を肯定してくれた。

大好きな人の、声が。

数えきることが叶わないくらいに。

響いて、届いて、伝わって。

だから、

 

「わたしが繋ぐ、この歌は――――」

 

この手が束ねる、この歌は――――!!

 

「七十億のッ!!絶唱おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」

 

光を掌握するように。

強く、強く。

手を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――顕現するは、『奇跡』。

数多の願いを束ね、繋げ、託された。

歌姫達が紡いだ、光。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

忌々しい光を目の当たりにした『鬼』が咆える。

右手に炎を、左手に稲妻を迸らせ。

羽虫を打ち払おうとして、刹那。

 

「はぁッ!!」

「デースッ!!」

 

薄紅と翡翠の刃に、切り裂かれた。

呆然と見やれば、まっさらな衣装に変化した調と切歌が、己の獲物を振り切った後だった。

 

「オラオラオラオラァッ!!!」

「はああああああッ!!」

 

その横っ面を叩くのは、爆発音と無数の煌き。

クリスとマリアが織り成す、銃弾と刃の弾幕を。

全身にくまなく浴びる。

 

「せいやあああああああッ!!」

 

雄叫びに振り向けば、迫る巨大な剣。

腕を失った巨体では、防御も回避も間に合わず。

翼が遠慮なく振り下ろした剣は、肩から大きく袈裟切りにした。

倒れる巨体。

衝撃に地面が轟き、砂塵が湧き上がる。

 

「――――ぐ」

 

ざあざあと雨のように砂が注ぐ中。

膝を突いたジャッジマンは、反撃に転じようと上を仰いで。

視界の、下。

空気が渦巻いたのが見えた。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

飛び出してきたのは、響。

両腕を大きく引いている。

右の手甲を左回転、左の手甲を右回転させ。

発生した烈風を、ジャッジマンの胴体へ。

 

「ッはあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

重く、重く、想いを込めて。

叩き込んだ。




各国の『がんばれ』は、エキサイトさんに聞きました()


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おかわり!替え玉!へいお待ち!

みなさん「あいつ」のことも思い出してあげてください(

1/13:こっそり追記。


湧き上がった土煙から、ソロモンの杖が飛び出してくる。

勢いよく回転しながら風を切るそれを、ちょうど落下点にいたクリスがキャッチした。

砂埃が晴れる。

響の目の前には、何もなく、誰もいなかった。

 

「――――ッ」

 

息を整えながら、やりすぎたかと苦い顔をした。

その時。

 

「お、っと!」

 

揺れる地面。

倒れそうになる体で何とか耐えながら、何事かと見上げれば。

足元を割って出てくる、巨大な手。

指の間をすり抜けて飛び上がれば、裂け目から現れる新たな巨体。

 

「あー、そーいやいたね。君・・・・」

 

苦い顔をした響が呟けば、ネフィリムはまるで言い返すように咆えた。

 

『聞こえますかッ!?』

 

耳元、ウェルの声。

ネフィリムから目を逸らさないまま、傾ける。

 

『今のネフィリムは、フロンティアをたらふく食べた状態。いえ、このままでは平らげてしまうでしょう!!』

「でしょーね!今でもむしゃむしゃしてますもん!」

 

眼下では、今まさにフロンティアの残骸を貪っているネフィリムの姿。

五分と待たずに、完食してしまいそうだった。

 

『内包されたエネルギーが暴走を始めてしまえば、地表は炎に包まれてしまいます!何せ、臨界を越えたネフィリムの温度は、一兆度ですからね!』

「宇宙恐竜とタメはれますネ!」

「言ってる場合か!?」

 

集結する仲間達。

軽口をクリスに突っ込まれながら、改めて下を見下ろせば。

ネフィリムがこちらを見上げている。

瞳は確実に響達を捉えており、同時にエサとして見ているのも察することが出来た。

 

『こちらの離脱は完了している!!気にせずぶっ飛ばすといい!!』

「了解しました、斬り伏せますッ!!」

 

弦十郎からのゴーサインが出たこともあり、装者達は再び戦闘態勢を取る。

相手の戦意を読み取ってか、咆えるネフィリム。

その大きな手が、捕まえようと伸びてくる。

当然のことながら避ける装者達。

だが、指先から金色の触手が伸びてきて。

諦め悪く追い掛け回し始めた。

 

「ッ・・・・!」

 

幾何百と画かれる不可思議な軌道。

聖遺物(ソロモンの杖)を持っている故か、クリスが執拗に追い掛け回される。

気付いたほかの面々が援護に回ろうとするが、いかんせん自分達も追い回されている。

余裕が出来るまで、時間がかかりそうだった。

 

「こう、なったらッ!!」

 

一度強力な攻撃を仕掛け、触手を怯ませるクリス。

次に構えたのは、ソロモンの杖。

 

「バビロニアッ、フルオープン!!!!」

 

伸びる、翡翠の閃光。

ネフィリムを通り過ぎて空間を穿ったそれは、背後に巨大な『穴』を開ける。

向こうに見えるは、何度か見てきたサイケなカラーリングの空間。

 

「人を殺すだけじゃないってとこ、見せてくれよ!!ソロモオオオオオオオオオオンッ!!!!」

 

エクスドライブの出力を利用して、最大サイズにまで押し広げようとする。

 

『なるほど、宝物庫に放り込めば爆発しようが関係ない。けれど、大人しく入ってくれるかしら!?』

「だったら、叩き込めばいいんですよ!」

 

了子に答えるように、響達が躍り出る。

調と切歌が、一番槍を努めたが、

 

「あああああああッ!!」

「うあああああッ!!」

 

攻撃を叩き込んだ瞬間、痛みに苦しんだ。

 

「まさか、シンフォギアのエネルギーを?」

「だからとて、退くわけにはいくまい!」

 

怯んだ二人を回収しながら、なお戦意を失わない装者達。

抵抗を試みるネフィリムへ、斬撃と打撃を雨あられと浴びせ続け。

その巨体を、後ろへ。

だが、腐っても完全聖遺物。

 

「ぐっ、あ・・・・!」

 

伸ばした触手を、弾幕の間をすり抜けさせ、クリスへ直撃。

衝撃で、思わず杖を手放してしまう彼女。

間髪入れず放られた杖をキャッチしたのは、マリアだった。

 

「明日をおおおおおおおッ!!」

 

再び放たれる翡翠。

閉じかけた『穴』を、こじ開け始める。

当然、されるがままになるネフィリムではない。

今度はお前だといわんばかりに、マリアへ攻撃を仕掛ける。

 

「ああッ!」

 

絡め取られ、身動きが取れなくなるマリア。

臨界が近いからか、縛り上げる触手が熱い。

炙られる痛みに悶えるマリアを道連れに、ネフィリムはバビロニアの宝物庫へ沈み始める。

 

(このままでは・・・・!)

 

このままでは爆発寸前のネフィリムと共に、あの中へ入ってしまう。

いや、ネフィリムが傍にいなくとも、人間がノイズの巣窟に入ってしまえば。

シンフォギアを纏っていようと、どうなるのかは確実で。

 

(だけど・・・・!)

 

熱気の中から、見上げる。

こちらへ手を伸ばす調と切歌。

大方、巻き込まれると諌められているのだろう。

翼とクリスに引き止められていた。

――――ナスターシャは、命を賭けて世界を託してくれた。

ならば、血が繋がっていなくとも、『娘』である自らも。

あの子達の明日の為に、出来ることをやるべきだ。

幸い杖は握ったまま。

指示を出し、『穴』を閉じ始める。

見える現世が、徐々に狭まる。

涙を流しながら、必死に呼びかける調と切歌。

何を言っているかなんて、手に取るように分かって。

――――暗い道へ進ませかけてしまった二人。

切欠は他ならぬ、マリア自身。

せめて、あの子達が明日を迎えられますよう。

 

(ああ、神様。どうか、あの二人を・・・・)

 

目を、伏せた。

 

「――――そんなつれないこと、させませんよ」

 

刹那、体が拘束から解放される。

目を開ける、所々火傷を負った体を見下ろす。

それから、顔を上げてみれば、

 

「あなた・・・・!」

「どーも」

 

気の抜けた笑みを浮かべる、響が。

 

「どうして・・・・!?」

「いや、ほっとけないし、手が空いてたしで、まあ、遠慮なく」

「遠慮なくって・・・・」

 

そんな軽い決断で、こんな死地に来てくれたというのか。

ある種被害者と言うべき彼女の『利敵行為』に、マリアは戸惑いを隠しきれない。

 

「・・・・・・生きるべきって言うなら、マリアさんだってその一人ですよ」

 

動揺を知ってか知らずか。

咆えるネフィリムを見据えながら、響は口を開く。

 

「調ちゃんと切歌ちゃんの大事な家族で、世界中のファンが応援する歌姫で、月の落下を食い止めようとしたヒーローなんですから」

 

振り向く。

屈託の無い笑顔。

 

「泣いてくれる人がたくさんいるうちは、死ぬなんて考えちゃダメですよ」

「――――」

 

頭が冴える。

天啓というには程遠く、名言というには少し足りない言葉。

だが、切り替えるには、十分すぎる。

落ち着いた頭で考えて、ふと、思ったことを口にした。

 

「・・・・・それ、あなたが言われるべきじゃないの?」

「うぇ!?あっ、ああ!あー、ははははー・・・・何もいえないや」

 

会話が一段落した所で、振動。

ネフィリムが咆哮を上げ、向かってきた。

散開して避け、頭上を取る。

そんな二人を狙い撃ちにしようと迫ってくるノイズの群れ。

マリアは咄嗟に杖を向け、制御による足止めを試みたが。

数体が動きを鈍らせるのみに留まった。

すぐに不可能を悟り、杖を下げてノイズを迎撃。

背後に気配を感じて避ければ、ネフィリムの豪腕がノイズを巻き込んでいった。

 

「これほどの数、制御が追いつかない!」

「だったら、逃げること考えましょ!」

 

マリアの背後に迫っていた個体を蹴り飛ばしながら、響が提案する。

 

「それ、ある意味鍵なんですから、中からだって開けられるはずです!」

 

続けざまにもう一体片付けつつ語り掛ければ、マリアも納得したようだ。

短剣で、一つ、二つ、三つと切り捨て、ネフィリムへ牽制を放って怯ませる。

背中を響に任せたまま、杖を掲げる。

ふと思ったのは、纏うギア。

はっと、気がつく。

響が来た今こそ、こうして抵抗しているが。

マリアは初め、自ら犠牲になるつもりでいた。

だが、彼女は最初から一人ではなかった。

笑みを零したマリアは、寄り添ってくれたその名を叫ぶ。

 

「セレナアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」

 

放たれる翡翠。

響の思惑は当たったらしく、向こう側に現世の景色が見える。

 

「立花響ッ!!」

「はいよー!」

 

ネフィリムの臨界も近い、長居は無用。

響は一度、群れを大きく吹き飛ばし。

マリアと共に、出口へまっしぐらに向かう。

しかし、ネフィリムは簡単に逃してくれない。

進路を塞ぐように立ちはだかり、こちらへ牙を向けるネフィリム。

 

「迂回路はなしか・・・・!」

「熱烈なことで」

 

それぞれ苦言を漏らしながら、それでもなお諦めない。

何かを確認するようにあたりを見回した響は、不敵な笑みを浮かべながらマリアに手を伸ばす。

 

「マリアさん、運転は得意ですか?」

「え?ええ、種類もそれなりに。日本では『何でもござれ』と表現するのでしょう?」

「そっか、それじゃあ――――」

 

途端に、響の装甲が分解される。

変形し、増殖し、その小さな体を包み込んで、

 

『――――わたしとランデブーはいかがですか?』

 

一頭の、機械的な竜へ。

マリアは一瞬ぽかんと呆けたが、次の瞬間には笑みを浮かべ。

颯爽とその背に飛び乗った。

 

「馬みたいに、お尻を叩きましょうか?」

『馬じゃないからカンベンしてくだサーイ!』

 

軽口を叩きあいながら、飛び立つ。

二人の歌と、ネフィリムによって満ち満ちたフォニックゲインを束ねる。

マリアの装甲も分解・変形し、竜に装備されていく。

黄金の体と、白銀の鎧を纏った竜は。

その速度を、更に増して。

 

「「最速で!最短で!まっすぐにッ!!」」

 

駆け抜ける、一条の光となる。

音の壁を超える、空気の壁を超える。

ネフィリムなどという通過点のことは、あえて考えない。

目指す場所へ、ひた走るのみ・・・・!!

 

「「一ッ直線ッにいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!!!!」」

 

思いが実を結んだのか、ネフィリムに肉薄した一撃は。

重々しく、その胴体を貫いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

「――――ぁ」

 

ブラックアウトしていた意識が、鎌首をもたげるように浮上した。

摺りガラスのように狭まった視界で周囲を見たナスターシャは、自身の重大な使命を思い出す。

 

「ぐ・・・・」

 

何とかひじを立てて体を持ち上げ、手元のコントロールパネルに目を向ける。

そこから軋む首を動かして、モニターを読んで。

やっと進捗を把握した。

 

「フォニックゲインの照射を継続、月遺跡『バラルの呪詛』の再起動を確認・・・・ぐ、は・・・・」

 

耐えきれず、吐血。

口元や手が汚れるが、かまっていられない。

その必要は、もうない。

 

「月軌道、修正・・・・開始・・・・!」

 

呼吸はとっくにままならず、一瞬でも気を抜けば事切れてしまいそうだ。

視界だって何度も暗転し、いつ途切れてるか。

 

「・・・・っ」

 

そんな中、ナスターシャは何となく顔を上げた。

目に映ったのは外を映したモニターだ。

海の青と大陸の緑を纏い、真っ暗な宇宙にぼんやり輝く地球。

それを、装者達が絶唱を放った名残なのか、フォニックゲインらしき光の粒がキラキラ瞬いて彩っている。

泣きたくなるほど、美しい光景だった。

 

(――――星が、音楽となった)

 

今度こそ途切れる視界。

それでもあの光景だけは、焼き付いている。

 

(どうか、あの子達が)

 

笑みを浮かべて、体を傾けながら。

美しい景色を生み出した『我が子(むすめ)』達の、幸せを願って。

今度こそ、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

『ずべしゃあッ!』何て効果音が出る勢いで、地面に叩きつけられた。

って言うか、鼻・・・・鼻が痛い・・・・!!

思ったよりも固い地面に悶えそうになるけど、今はそれどころじゃない。

顔を上げる。

ちょうど目の前にソロモンの杖。

見上げれば、未だ空いたままの宝物庫が見えた。

 

「――――ッ」

 

立ち上がる。

全身の痛みを無視して、杖を引っつかむ。

 

「――――閉じろッ!バビロニアッ!!!」

 

そのまま大きく振りかぶって、

 

「二度と、開くなああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」

 

最後の力を振り絞って、ブン投げるッ!!!

鋭く一直線に飛んでいくソロモンの杖。

高く高く飛んでいった後、バビロニアの宝物庫に飛び込んで。

その扉を、閉めるのが見えた。

 

「ぅわわ・・・・!!」

 

直後、地面が揺れる。

ネフィリム爆発の振動が、ここまで来たんだろう。

思わず尻餅ついた・・・・・痛いよぉ~。

っていうか、ここどこ?

原作だと砂浜に落ちたけど、どうやらそうじゃないっぽいし・・・・。

そうそう、それよりもマリアさんだ!どこにいる?一緒に落ちてきてるよね!?

不安になったので、あちこち見回そうとして。

――――気付いた。

砂埃が晴れた先、見える建物は。

ある種、始まりの場所とも言えるもので。

その時、

 

「――――はは」

 

背後に、気配。

誰だか分かったから、思わず笑ってしまった。

 

「本当に懲りないね、

 

 

 

 

 

武永」

 

 

 

 

 

 

何とか立ち上がりながら、振り向く。




いや、あれで終わりとか言ってませんし・・・・(


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意地

今回ガンガン聞いていたBGMは、『storm and fire(梶浦由紀)』でした。


――――冬が近くなった風の中、両者は向き合う。

擦り傷、砂汚れ、すす汚れで全身をまみれさせた二人は。

誰がどう見ても満身創痍だった。

しかし、決して弱く見えないのは、間に流れる剣呑な空気ゆえか。

 

「・・・・・これ以上、何になるの?」

 

先んじて口を開いたのは、響。

かつての同級生から、目を背けない。

 

「フロンティアは崩壊した、月の落下もナスターシャ教授が食い止めてくれる。何よりこんだけ暴れたのなら、あんたの言う罪人共も、ちったぁ目を覚ますだろう」

 

一度区切って、よりいっそう強く、睨み付ける。

 

「もう、戦う理由なんて、ないはずだよ」

 

一方のジャッジマンは、目を伏せて沈黙を保った。

響の言葉を飲み込んでいるようにも見える。

やがて彼は、ゆっくり目を開いた。

 

「――――それが、どうした」

 

出てきたのは、拒絶の言葉。

 

「だからなんだ、それじゃあ、この感情はどうなる?この無念はどうなる?この怒りはどうなる?」

 

胸元を引っかくように握り締める。

うずく痛みを抑えるように、爆発しそうな怒りを抑えるように。

 

「そうやって乗り越えた気で忘れていくんだろう、無理やり終わらせた気で過ごすんだろう?」

 

声を、絞り出す。

 

「――――ふざけるな」

 

目が、ぎらついた。

 

「忘れさせるものか、逃がすものか、許すものか・・・・!」

 

本人からすれば押さえ込んでいるのだろうが、体の震えは抑えられていない。

 

「今回はお前たちの勝ちだろう、ああ、そうだろうよ!!だが、いずれ皆が思い知るさ!!正しかったのは、いったいどちらだったかと!!」

 

とうとう抑え切れなかった怒声が、木霊していく。

再び降りる沈黙。

ほどなくして、響はまた口を開いた。

 

「・・・・意地、だね。完全に」

「・・・・そうだ、これは意地だ」

 

ジャッジマンは、響を、響の後ろにあるものを睨み付ける。

 

「間違っているのは俺じゃない、狂っているのは俺じゃない・・・・!」

 

拳を握り締める。

真っ白になった指の間から、血が零れる。

 

「間違っているのも、狂っているのも、全部、全部、全部・・・・・・・!!」

 

顔が上がる。

修羅のごとき形相で、ありったけの怨念を、

 

「 て め ぇ ら の ほ う だ ぁ ッ ッ ッ !!!!!!!!!!」

 

かつて通っていた、中学校の校舎と、こちらをのぞいている生徒たちへ。

叩き付けた。

対する響にも、その勢いは手に取るように分かった。

体全体に、暴風を浴びたようなプレッシャー。

しかし、ひるむほどかと言えば、そうでもない。

 

「――――そうだね」

 

一歩、踏み出す。

 

「あの頃は誰も彼もが狂っていたんだと思う。けど、少なくとも今は違うでしょ」

 

毅然と背筋を伸ばして、地面を踏みしめる。

 

「時間は流れるものだ、この世の誰もが追いつけないものだ。残酷だけど、でも、それだけじゃない」

 

今度は、響が胸に手を当てる。

先ほどのジャッジマンとは対照的に、思いを込めるように、そっと。

 

「考える時間をくれる、寛容なものでもあるんだ」

 

そんな響はとうとう、ジャッジマンの目の前に。

拳を簡単に叩きこめそうな距離に、立ちはだかる。

 

「それに、意地ならわたしにもある・・・・・お前の好きにさせたくない、意地がある・・・・!」

 

拳を握る、構える。

ジャッジマンもまた、応える様に構えた。

風が吹く。

砂埃が舞う。

目に見えるわけではない、だが、空気が張り詰めているのが分かって。

 

 

 

動いたのは、同時だった。

 

 

 

「――――っぶ」

「――――ぐほっ」

 

重たい拳が、互いの胴体に突き刺さる。

響は吐血、ジャッジマンも肺の空気を噴き出す。

間髪入れず動く。

正拳をいなし、蹴りを避け。

幾つもの殴打を交わす。

ジャッジマンが飛ぶ、響の顔面に向け蹴りを繰り出す。

腕を交差させて防いだ響は、その足を引っつかんで投げ飛ばした。

途中で身を翻したジャッジマンは、肉薄。

首を傾けた響の頬を、拳が掠めていく。

舐めるなといわんばかりに反撃。

胴体にボディーブローをかまして怯ませ、胸へ三発叩き込んだ。

踏みとどまって耐えたジャッジマン。

突き出された拳を軸に飛び上がると、両手を組んで、振り下ろす。

落下の衝撃も加わった重たい一撃に、響の腕が鈍い悲鳴を上げた。

響はすぐさま振りほどき、拳を叩き込む。

繰り出した拳が、払われた脚が。

相手の頭を同時に穿つ。

同じようにふらつく両者。

直ちに持ちこたえた後、再び相手に飛び掛る。

ジャッジマンが繰り出した拳を避け、その背中を転がって背後へ。

振り向こうとした横っ面を殴り飛ばし、怯んだ鳩尾へ指を突き刺す。

 

「っがああああああああああああ!!」

 

そのままあばらを掴むように握りこめば、ジャッジマンが悲鳴を上げた。

しかし、やられてばかりの彼ではない。

悲鳴を飲み込むと、体を仰け反らせて頭突き。

怯んだところへ掴みかかり、押し倒す。

数度地面を転がる両者。

回転の勢いを利用し、響はジャッジマンを振り払う。

振り払おうとして、首元を引っつかまれて叶わない。

そのままマウントを取られる。

拳が響の顔面向けて、何度も叩き込まれる。

防御に回した腕が軋み、メキメキと嫌な音。

体を捻って、相手の背中に膝を叩き込む。

怯んだ隙に上体を上げ、拳を突き刺して今度こそ引き離した。

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

「――――あの、大丈夫ですか!?」

 

戦いを見守っていたマリアに、話しかける者があった。

振り向くと、教師らしき者達が数名。

こちらに駆け寄ってきている。

 

「怪我しているじゃありませんか、早く病院に・・・・・!」

「ああ、ありがとうございます。けど今は、まだ」

 

身を案じてくれる職員に、首を横に振って答え。

視線を戦場に戻す。

 

「この戦い、最後まで見届けたいんです」

 

それっきり目を逸らさないマリア。

教職員達の中には、二人を知っている者もいることだろう。

思うところがあったらしい彼らもまた、同じ方を見た。

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

殴る、殴る、殴る、殴る、殴る。

蹴る、蹴る、蹴る、蹴る、蹴る。

指が砕ける、腕に皹が入る、筋が千切れる。

それでも、打撃の応酬を止めない。

何度殴打を打ち込んだろう、何度蹴打を叩き込んだろう。

もう響もジャッジマンも、後のことなど考えていない。

いや、後のことどころではない。

何故戦っているのかも、何を成したいかも、人間性も、信念も。

何もかもをかなぐり捨てて、相手に喰らいついている。

考えることも、望むことも、ただ一つ。

今目の前にいる、この相手を。

完膚なきまでに、倒したいッ!!

 

「っああああああああああああああ!」

「がああああああああああああああああッッ!!!!」

 

咆哮を上げる。

両者共に、獣のように喰らいつく。

血反吐を零しながら、体中を軋ませながら。

砕け切った指を握り締めて、振り払う。

顔への殴打を防ぐ、腹への殴打を受け止める。

頭への蹴撃をかわす、わき腹への蹴撃をひっつかむ。

渾身の力で振り上げて、叩き付けた。

 

「ッあが・・・・・!」

 

頭を揺さぶられた響。

打撃をすくい上げるように避けて立ち上がるも、依然ふらついたまま。

それが仇となり、ジャッジマンの接近を許してしまう。

直撃する拳。

視界に星が飛び、ついでに意識も飛びそうになる。

当然持ち直す暇などくれない。

激流のように、次々殴打を浴びせられる。

顎を穿つ、頬を穿つ、鼻っ柱を穿つ、額を穿つ。

口や鼻から血を迸らせながら、響はそれでも目を逸らさない。

その目に虫唾を走らせたジャッジマンは、攻撃を更に激化させる。

重々しい殴打の音が、グラウンド中に響き渡る。

途中から防御の構えを取ったとは言え、響が満身創痍なのは確実だった。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!!!」

 

終わり時を悟ったジャッジマン。

大きく拳を引き、その顎を砕きぬこうと振り抜いて。

――――想像以上に、軽い感覚。

見下ろせば、体をかがめている響。

ぎらつく眼光に射抜かれ、彼女がこれを狙っていたことを察して。

 

「ぅ終わりだッ!武永あああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!!!」

 

次の瞬間、胸に衝撃を感じた。

――――風が吹く。

残響が残り香を残して、消えていく。

一秒、一分、一時間。

長いのか、短いのか、分からない間。

三度沈黙が、場を支配して。

 

「――――お前は、許すんだな」

「そうだよ」

 

ふと、ジャッジマンが口を開く。

その目が映すのは響ではなく、忌々しい思い出が濃く残った母校。

 

「彼らがいたからか」

「そうだよ」

「ならば、世界は彼らが救ったのだな」

「当たり前じゃん」

「・・・・そうか」

 

打てば響くように、答えが返ってくる。

何度目か分からない静けさ。

響もジャッジマンも、見守っていたマリア達も。

誰も彼もが、何も言わないまま。

風だけが吹いていて、

 

「―――――あぁあぁ」

 

震える息が、吐き出される。

 

「―――――俺も、許されたかったなぁ」

 

刹那、乾いた崩壊音。

見送る響の目の前で、確かに存在した体が塵と消える。

足元に出来た山は、風にさらわれ、今にも消えそうだった。

 

「――――」

 

響は、何も言わない。

肯定はない、だが否定もしない。

ただ、地面に吸われる雫を凝視したまま。

ぴくりとも笑わない顔で、突っ立っていた。




これにて、決着にございます。

後はエピローグやら閑話やらを上げて、二章はおしまいですね。


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それからのこと、これからのこと

お待たせしました。
二章エピローグです。


『執行者団』との決着がついた、数週間後のこと。

クリスは、同居人兼保護者である了子の着替えをオフィスに持ってきた。

装者達の謹慎もとっくに解け、元の生活に戻ったり、『日常』に慣れようと努力したり。

思い思いの時間を取り戻してきた一方で、オペレーターを始めとしたバックアップ陣はやることが山積み。

その例に漏れない了子もまた、泊りがけでデスクワークをこなしているのだった。

 

「了子ー、着替え持ってきたぞー」

 

くたびれた職員達と挨拶を交わしつつ、了子のデスクをひょっこり覗いてみれば、もぬけの殻。

辺りを見回すと、応接用のソファにだらしなく横になっているのが見えた。

目元に当てられた腕が、彼女の疲労を如実に表している。

その傍には、この数日で溜め込んだ洗濯物が袋に纏められていた。

やれやれ、とため息を零したクリス。

洗濯物はまとめてくれているので、それ以上は突っ込まないことにする。

回収して新しい服が入った紙袋を置いて、書置きでもした方がいいかと思い立った。

メモ帳を拝借しようと、了子のデスクを覗き込んだところで。

乱雑に置かれた資料の中に、ソロモンの杖の画像を見つけた。

 

「・・・・」

 

思わず手に取るクリス。

思えば、事の発端の一つは、このソロモンの杖が奪われたことにあった。

岩国基地への移送任務の際に現れた、アヴェンジャーに奪われて。

命を刈り取ることに使われて。

・・・・・・いや。

そもそもクリス自身が、杖を目覚めさせなかったら。

少しでも被害を抑えられたのではないかと、考えてしまう。

 

(分かっている・・・・分かっている・・・・!)

 

これまでは、忙しさを理由に目を背けがちだったが。

これからはもう違う。

自分のやらかしたことに、きっちり向き合って――――

 

「こら」

「あって!」

 

頭を小突かれる。

振り向くと、了子が気だるげに見下ろしていた。

 

「覗き見ないの、あんまり見せちゃいけないものもあるんだから」

「わ、悪い・・・・」

 

そもそも片付けない了子が悪いような気もするが、それを突っ込んだら収拾がつかなくなりそうだったし。

何より覗き見ていたのは事実だったので、大人しく引き下がる。

 

「・・・・・・コレを起こすように命じたのは、私よ」

 

去り際、背中に話しかけられて、クリスは思わず振り向く。

 

「口車に騙されたあなたは、素直に実行しただけ・・・・・だから、あなた一人が責任を負わなくていい」

 

こちらには一切目を向けず、パソコンの陰に隠れて表情は伺えなかったが。

了子なりの気遣いは、十分に感じ取られた。

 

「・・・・・ああ」

 

だから、また素直に頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――『執行者団』(パニッシャーズ)との決着がついてから。

やっぱり後始末でてんやわんやすることになった。

しかも(ネフィリムが現れた直後までとはいえ)全世界生中継なんてされちゃったから、各国の追及が激しかったの何の。

 

『詳細クレメンス!』

『技術クレメンス!』

『というか実物(ほんにん)クレメンス!』

 

と、昼夜問わず熱烈ラブコールが届いていた。

その間二課がどうなっていたかといえば、対応に追われるみんなの顔がものすごく怖かったとだけ。

とくに弦十郎さんや了子さんは・・・・・いや、何も語るまい(白目)

日本政府やアメリカ政府の助力も受けながら、各国を宥めつつ話し合った結果。

 

・シンフォギアシステムの根幹である、『櫻井理論』の提示

・ネフィリムと融合したウェル博士の、国連への身柄引き渡し

・特機部二の国連移籍

 

以上の三つを約束させられてしまった。

まあ、シンフォギア自体とんでも装備なわけだし、日本が独占しちゃったら反発来るもんね。

『過剰戦力だー!』っつって。

なお、身柄を持ってかれることになったウェル博士はというと。

 

「すばらしいッ!!英雄に相応しい試練だッ!!」

 

と、むしろスキップしそうな勢いで了承してたので、大丈夫だと思う。

楽しそうで何よりです。

マリアさんもしばらくの間、国連所属のエージェントとして、チャリティ活動の為にあちこち回る予定だとか。

調ちゃんと切歌ちゃんの自由を守るためならって、こっちもこっちで大分前向きだった。

 

 

それからもう一つ。

多分誰もが気になっていた、翼さんについてなんだけど。

 

 

わたしは終わってから聞いたんだけど。

あの時の生中継には、翼さんもばっちり映ってしまっていたらしい。

そこから芋づる式にシンフォギア装者であることがバレてしまった。

普通ならとんでもなく慌てる事態なんだけど、翼さんは意外にも動じることはせず。

記者の質問攻めにも毅然と受け答えして、改めて二年前の惨劇について謝罪を公言した。

謝罪自体は、二年前の時点で既に済ませていたのだけど。

シンフォギア装者としての責任も踏まえたものは、当然今回が初。

普通なら、バッシングが大量に来るものと身構えるものだけど。

世間の反応はと言うと、意外と好感触だった。

というのも、戦いの様子が中継されていたということは。

わたしと武永のやりとりも、がっつり映っていたと言う事でもあって。

ある種『被害者』であるわたし達の声が、『加害者』達の胸に、こう、グッサリ来たらしくて。

むしろ、

 

『たった一人、ないし二人で一万以上守れとか、ムリゲーですよね』

『むしろあんだけ生き残らせたのがすごいっす』

『命がけで守りきった奏さんに(-人-)』

『例え戦士だろうと、翼ちゃんのファンやめません』

 

と言った、温かい言葉が見受けられた。

なお、イギリスへのオファーは取り消されることはないらしい。

『QUEEN of MUSIC』の生中継やネットの動画で、翼さんのファンになった現地の人達が。

 

『ヤダヤダー!!翼ちゃん来なきゃヤダーッ!!』

 

と、猛抗議。

その辺を考慮した結果らしい。

今後はイギリスを拠点にして、マリアさんと同じくチャリティ活動をすることになるそうだ。

翼さんの夢が途絶える心配がなくなったので、緒川さんもほっとしていた。

 

海外も海外で、影響は起こっているようで。

 

そもそもこの事変は、『迫害された側の人間』が起こしたもの。

今回は日本が中心だったけど、差別や迫害なんかは、むしろ覚えのある国しかない。

そんな彼らの目に止まったこともあり、若干ながらも歩み寄りの姿勢が見られるようになったとか、何とか・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何はともあれ、世界は動いていく。

ゆっくりながらも変わっていく。

ある人は傷を癒し、またある人は自分を見つめなおして、またある人は行動を起こして。

そんな中、わたしは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――今でも、ふとした拍子に思うことがあるんです」

 

目の前のカフェオレを見つめて、口を開く。

コーヒーと混ざったミルクが、ゆっくり滞留しているのが見えた。

 

「何で責められたんだろう、何がいけなかったんだろう、何をしてしまったんだろうって」

 

頭の中にあるのは、あの時。

鈍い痛みを覚えながら、一つ一つ零していく。

 

「死ぬべきだったって、生きてちゃダメだって言われ続けて・・・・・自分自身が、本当にそういう恐ろしいものなんじゃないかって、思うときがあって」

 

向かいに座っている人は、黙って頷きながら聞いてくれて。

時折、手元のペンを動かしているのが見えた。

 

「でもやっぱり、反発もあったんです・・・・・死ぬべきだって言いやがって、何様の、つもり、だって」

 

喉が詰まる。

喋りにくくなって、慌てて息を整える。

相手は急かすことなく、待っててくれた。

だから、落ち着いて持ち直すことが出来て。

 

「―――――死んでたら偉いのかって、生きている方が卑しいのかって。違うだろ、そうじゃないだろって」

「・・・・なるほど」

 

搾り出した言葉に思うところがあったのか。

相手はまた手元のメモに書き付けてから、口を開いた。

 

「じゃあ、最後の質問。少し、いじわるを言うようだけど」

 

気遣うように、どこか困った顔をしながら。

 

「今、『加害者』達に、『ごめんなさい』って言われたら、どう思う?」

 

・・・・・言葉の意味を、考える。

今、謝られたら。

 

「・・・・・その、もうどうでもいいというか、気にしていないというか・・・・気にかける価値も無いというか」

 

枯れていく心を潤おすように、カフェオレを一口。

もちろん意味は無い。

 

「でも、そうですね・・・・・多分、冷静でいられないと思います・・・・ひどいこといっぱい言って、叩いたりもしちゃうかも」

「けど、それはかつて貴女が言われたり、されたりしたことじゃない?」

「自分の嫌がることはしちゃダメって言うじゃないですか、幼稚園児でも出来ることですよ」

「あはは、確かに」

 

零した冗談で少し空気を持ち直してから、続ける。

 

「でも、結局許さないと思います」

「そうなの?」

「ええ」

 

ああ、分かる。

悔しいのと、イライラと、悲しいので。

胸にぽっかり、穴が開く。

 

「何でわたしが許さなきゃいけないの?それでわたしの時間は戻ってくるの?」

 

言葉が、止まらない。

 

「あなた達が楽になりたいだけなんじゃないの?罪悪感から逃げたいだけなんじゃないの?」

 

相手は、どこか痛そうな顔をしてるけど。

それでも、顔を逸らすことはせず。

 

「わたしはこんなに苦しんだのに、お前達の情けない姿はなんだよ。逃げんな、捨てるな、一生抱えて生きて、同等以上に苦しめ」

 

最後までしっかり、耳を傾けてくれた。

・・・・・いつの間にか、息が上がっていたらしい。

呼吸を整える。

カフェオレにもう一度口をつける。

ちょうどよくなった温もりが、冷え切った『穴』を埋めてくれた。

ほっと、息を吐き出して。

 

「何もしないなら、こっちも何もしない・・・・・だからもう関わらないでっていうのが、今の気持ちです」

「・・・・・そっか」

 

下手な慰めを言わないでくれた相手は、何度も頷いていた。

それから手元のメモを確認して、もう一度頷く。

聞きたかったことは、大方聞けたらしい。

 

「それじゃあ、インタビューはこれでおしまいにさせてもらうわ。貴重なお話、どうもありがとうございました」

「いえ、こちらこそ、何だか愚痴みたいになっちゃって・・・・」

「貴女にとっては愚痴でも、私にとっては価値のある意見よ」

 

カフェテリアの一角。

女性記者さんと頭を下げ合えば、重たい空気が霧散していった。

――――とある大手新聞社からの取材依頼。

本当ならガン無視決め込む案件なんだけど、この人の場合は違った。

というのも、武永がジャッジマンとして襲撃してきたあの時。

一緒にいた露天商のおにーさんの、彼女さんらしいのだ。

『あの時は気絶しちゃってゴメン!無事でよかった!』という伝言と一緒に、証拠として写真を見せてもらったこともあり。

弦十郎さんにきちんと許可をもらって、匿名でという条件付の下。

こうして取材に応じていた。

いやぁ、やっぱり緊張するね・・・・!

わたし、変なこと口走ってなかったかしら・・・・!?

翼さんもマリアさんもこういうのは日常茶飯事だろうし、すごいよなぁ・・・・。

 

「――――元はと言えば」

 

店員さんに飲み物のお代わりを頼む傍ら、お姉さんがぽつりと零す。

 

「私達報道する側の不手際で起こったようなものだもの、自分の尻拭いは、自分でやらなきゃね」

「だから今回のインタビューを?」

 

聞くと、お姉さんはこっくり頷く。

 

「みんなに情報を発信する立場だからこそ、誰よりも物事を見極める必要がある・・・・個人の意見だけども、間違っているつもりはないわ。事件や事故を取り扱う新聞やニュース番組なら、なおさらよ」

 

組んだ手に口元を置いて語るお姉さん。

目は、真剣そのもので。

 

「だから、貴女の話を是非聞きたいと思ったの。虐げられてなお、『守る』ことを選んだ貴女の話を」

 

そうすれば、『二年前の迫害』や、それに付随した今の世の中を、変えられるんじゃないか。

・・・・・お姉さんからは、そんな信念が感じられた。

 

「改めて、今回は本当にありがとう。聞かせてもらったお話は、責任を持っていい記事に仕上げて見せます」

「・・・・お願いします」

 

頭を下げたお姉さんへ、わたしも頭を下げ返す。

何だか仰々しいような気がして、思わず笑ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事件も無事解決。

後始末で忙しいけれども、穏やかな日々を取り戻し始めたこの頃。

風呂でさっぱりした頭で課題を片付けた未来が、寝室に行くと。

響は既に夢の中だった。

待っていてくれたことを、申し訳程度にかけられた布団が物語っていて。

自分だって、今日の取材で沢山疲れただろうに。

健気さがうれしくなって、未来は笑みを零す。

眠っている横に座って見下ろせば、意外とあどけない寝顔。

引き締めて立ち向かったり、いたずらっぽく笑ったりする普段からは、想像もつかないほど無垢な顔だった。

そっと髪に触れれば、ふわふわした感触が面白い。

しばらく触っていると、響が唸り始めた。

起こしてしまったかと焦ったが、すぐ寝息が聞こえ始めたので違うと判断。

ひっそり安堵の息をついて、また寝顔を観察する。

だが、またしばらくすると、

 

「・・・・・っ・・・・・んー・・・・」

 

今度は、どこか難しい顔。

かと思うと、苦悶の声が漏れ始めた。

何か痛みを耐えるように、苦しみを飲み込むように。

眉をひそめて、体を縮こまらせて。

悪い意味で、魘され始める。

困惑を覚えた未来だったが、幸いすぐに閃いた。

自身も横になって布団をかぶり、そっと、響を抱き寄せる。

そして、囁くように子守唄を歌いながら、頭を撫で続けた。

効果は抜群だったようで、次第に薄れた苦悶の声は、寝息に掏り替っていた。

また安堵の息をつきながら、頭を撫で続ける未来、

ふと、かつて想った願いが過ぎる。

 

(――――神様に、なりたい)

 

ただ一人だけを、響だけを、めいっぱい祝福できる神様。

そうすれば、いつも自分をいじめてばかりのこの人が、少しは自分を好きになれるんじゃないか。

そしたら、もう傷つくこともなくなるんじゃないか。

そんな、子ども特有の、浅はか過ぎる願い。

当然叶うことは無かったし、仮にそんな方法があったとしても。

それで響を独りぼっちにしてしまうようなら本末転倒だから、イヤだなと思う。

その後も、『何度も』じゃ利かないくらいの無力を味わいまくったので、とっくに冷めた願いではあるが。

しかし、響に幸せになってほしいのは紛れもない本心だ。

痛みを抱えて、痛みで苦しんで、痛みに悲しんで。

それでもなお、手を差し出す勇気があるこの人が、報われてほしいと。

誰も傷つけなくていい、傷つけられなくていい場所で。

穏やかに、穏やかに過ごしてほしいと。

 

「・・・・響」

 

温もりを取り戻した、愛しい人を抱きしめる。

起こさないように気をつけながら、名前を呼ぶ。

更に抱き寄せる。

 

「幸せになって、いいんだよ」

 

この人が願わないなら、この人の分まで。

 

「笑ってて、いいんだよ」

 

自分が願うだけだ。

 

「生きてて、いいんだよ」

 

効果があるか、分からない。

いや、そもそもこの人に伝えるためじゃない。

神様でもない。

自分自身が、叶える為に。

響が失くしてきた、取りこぼしてきた幸せを。

少しでも、取り戻す為に。

だから、

 

「・・・・・いっぱい、幸せになろうね」

 

・・・・・眠気がやってきた。

あくびを一つ零して、未来は額を寄せる。

ちょうど鼻の位置にある響の頭から、いい匂い。

心の底から落ち着くことの出来る、安心するものだった。

睡魔に逆らわず、目蓋を閉じる。

ああ、願わくば、この人も。

良い夢を見られますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地位は要らない。

 

名誉は要らない。

 

富も、誇りも。

 

何もかも欲しくない。

 

ただ一つ、たった一つ。

 

世界で一番、大好きな君の傍で。

 

ただただ穏やかに、眠れたのなら。




これにて二章完結です。
この後はまた閑話をちょくちょく出していくことになります。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


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閑話:小ネタ3

もともと投稿していたものに、加筆・修正を加えました。


『残ったもの』

 

そっと、手を取る。

温度の無い、冷たい手。

 

「未来?」

 

呼ばれて顔を上げれば、きょとんとした目に見られていた。

 

「どうしたの?」

 

微笑みながら、握り返される。

秋を感じ始めたこの季節には、いささか冷たい両手。

響自身も自覚しているのか、代わりに優しい指使いが伝わった。

 

「――――ッ」

 

心が、軋む。

知らなかった、気付かなかった。

この人が、こんなに蝕まれていたなんて。

ずっとずっと、一緒にいたのに。

抱えた『呪い』を、分かってあげられなかったなんて・・・・!!

目元に熱が灯る。

雫が溢れそうになるのが分かる。

自責と、後悔で、押しつぶされそうになって。

 

「大丈夫」

 

そっと、抱き寄せられた。

 

「色々なくなったものはあるけれど、残った物だってちゃんとあるよ」

 

耳が胸元に当たる。

低く、力強い、心臓の音。

目を閉じれば、よりはっきり感じた。

 

「大丈夫、簡単に死なないから」

 

柔らかく、優しく。

甘やかすように撫でてくれる手つき。

だけど、『絶対』と断言してくれない言葉に、恐れを抱いてしまって。

冷え切った胸は、ちっとも温まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ナイトメア』

 

「――――ぐ」

 

剣戟を弾く。

何度も受けた重たい一撃。

疲労困憊となった身では、顔を歪めるしか出来ない。

ふらついた足元で何とか踏ん張り、追撃を弾き飛ばす。

しかし無理に動いた所為で、体勢が崩れた。

 

「――――」

「ッ大丈夫だ、案ずるな」

 

駆け寄ってきた彼女へ笑みを向けて、立ち上がった。

前を見据える。

頭から炭をかぶったように真っ黒なそいつは、色合いに不釣合いな黄金を携えて。

獣のように低く唸りながら、こちらを睨みつけていた。

 

「ッガアアアアアア!!!」

 

剣術なんてへったくれもない一閃。

飛ばされた斬撃を迎え撃ち、弾き返す。

爆発、黒煙に視界を遮られる。

煙を振り払おうと剣を振りかぶったが、惜しくも一歩間に合わない。

 

「グオオオオオッ!」

「な、グァッ!!」

 

刀身を叩きつけられ、吹き飛ぶ。

壁に激突し、痛みが体を縛り上げる。

悶えている暇はないのに、四肢が言うことを聞かない。

四苦八苦している間にも、奴は彼女の元へ迫り。

その刃を、振り上げて、

 

「小日向アアアアアアアアアアッ!!」

 

最後に見たのは、少女が両断される様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――却下だ」

「でしょうね」

「最近徹夜してると思ったら・・・・」

 

シミュレーター。

腕を組んで険しい顔をする弦十郎と、その正面で正座する了子。

了子の顔には、濃い隈がはっきり浮かんでいた。

新難易度『装者死すべし(Diva Must Die)』の実装に伴い。

了子が寝不足の勢いで作り上げてしまったもう一つの難易度『ナイトメア』。

内容は、デュランダルによって暴走した響から未来を守りつつ、制限時間内に響を無力化するというものだったが。

この響が、『装者死すべし(Diva Must Die)』の強敵に届かんばかりの実力であったため、試験プレイを行った翼はあえなく敗北。

さらに何を思ったのか、設けられた『ペナルティ』で二人の死に様を見せ付けられるという『心折(しんせつ)設計』。

たまらずメンタルをやられた翼は、現在本物の未来になりふり構わず抱きついているのだった。

急に呼び出されたと思ったらがっつりハグされて困惑していた未来も、理由を聞いて納得。

響も中々未来を放さない翼を責めることはせず、ただ黙って頭を撫で続けていた。

クリスも、呆れたように了子を見ている。

 

「なんだってこんなモードを作ったんだ・・・・」

「寝不足のテンションと言うか、興が乗ったというか・・・・正直反省してるわ」

「是非そうしてくれ・・・・あと、今日はもういいから、休め。まずはその隈を取るんだ」

「ええ、そうさせてもらいましょう」

 

了子は会話が一段落すると、辛そうに眉間を押さえた。

どうやら話しているだけでも精一杯だったらしい。

―――――ちなみに。

翼の前に、響がこのモードをやったのだが。

 

「今死ねッ!すぐ死ねッ!骨まで砕けロォッ!!」

「暴走なぞッ!やらかしてんじゅああああああああああッ、ぬぇええええええええええッ!!」

「ぶるあああああああああああああああッッッ!!!」

 

と、いった具合に。

相手が自分であるからこそ、持ち合わせている容赦の無さを遺憾なく発揮。

暴走した自分を徹底的に叩きのめし、目を見張るような好タイムでクリアした。

この『ナイトメア』。

クリアした場合は、正気に戻った響へ未来が抱きつき、中々微笑ましい光景が見られるのだが。

この時ばかりは、心なしかひしと互いにしがみついて、震えていたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ポーカーその2』

 

「あ、そーだ」

 

それは、鍋パーティの後の事だった。

片付けも済み、それぞれが集まって談笑していたときのこと。

何かを思い出した弓美が、ごそごそと鞄をあさって。

トランプケースを取り出した。

 

「じゃーん!せっかくだしあそぼーぜぃ!」

「といっても、何して?」

「何ってそりゃあ・・・・何しよっか」

 

直後創世に指摘され、言葉を濁していたが。

意外にもクリスが身を乗り出し、トランプを手にして未来を指す。

 

「ちょうどいい!いつぞやのリベンジだッッ!!」

「ポーカー?いいよ、やろうか」

 

好戦的な笑みへ、余裕を持って微笑む未来。

事情を知らない面々は、当時を知る弓美や翼にわけを聞き。

それぞれ驚いたり興味深そうに見つめたりした。

そして、未来とクリスに、ポーカーに興味を持った切歌、それからマリアが勝負することに。

翼は、今回ディーラーに回り、初心者である切歌へのアドバイザーも務める。

傍から経緯を見ていた響は、ご愁傷様と言いたげに目を細めていた。

 

 

 

 

 

 

 

(未来無双その2、はっじまーるよー)

 

 

 

 

 

 

 

――――静かに燃え滾る空気。

途中から盛り上がる若者に気付いた大人達も混じって観戦する中。

四者は自らの手札を見つめていた。

 

「翼さん、三枚チェンジデス」

「こっちは二枚頂戴」

「分かった」

 

促された翼は、切歌とマリアに手札を渡す。

クリスと未来は現状維持。

これで勝負を決めるつもりらしい。

 

「では、各自ショウダウンだ」

 

各々の準備が整ったことを確認して、翼が合図する。

 

「スリーカードデス、クリスさんは?」

「ストレートフラッシュだ、あんたはどうだ?」

「負けたわ、ストレートよ」

 

切歌は2が三つのスリーカード、クリスはダイヤの2から6が揃い。

マリアは逆に不ぞろいの8からQが揃っていた。

 

「ごめんクリス、ファイブカード」

「ハァッ!?」

 

そんな彼女達をみた未来はにっこり笑って。

各種スートのAと、ジョーカーが揃った手札を見せたのだった。

 

「今回も勝ちだね」

「どーなってんだよおめーはよ!?」

「どんな運持ってたらそうなるの・・・・」

「デース・・・・」

 

プレイヤー達はがっくり肩を落としたり、遠い目をしたり。

 

「話には聞いていたが、凄まじいな」

「意外な特技と言うわけですか、感服です」

 

ギャラリーも、それぞれ感想を漏らして感心していた。

と、『次だ次!ババ抜きやろーぜ!』とムキなるクリスを微笑ましく見ていた未来は。

自分に向けられる強烈な視線に気付いた。

目を向ければ、穴が開かんばかりにこちらを凝視している調が。

 

「どうしたの?調ちゃん」

「じー・・・・・」

 

声をかけられてもなお、凝視し続けていた調は、ふと。

未来に近寄ると、徐にその袖を摘んで、引っ張る。

 

「あっ」

 

瞬間、ばさっと畳にぶちまけられるカード達。

トランプを回収していたマリアや、ババ抜きに参加しようと輪に加わっていた者達はぎょっとして。

カードと未来とを、何度も見比べて、

 

「お、おまっ!おま、おまえええええええええ!?」

「バレちゃった」

「『バレちゃった☆』じゃねーよ!お前、そん、マジで・・・・!!」

 

勢い良く立ち上がったクリスは、百面相しながら身悶えている。

実に悔しそうな様から、未来のイカサマは『まさか』だったらしい。

 

「よく分かったね」

「・・・・切ちゃんと比べて、何か変だった」

「そっかぁー」

「というか、あなたも分かっていたんじゃないの?」

 

響をねめつけた調の発言に、今度は響へ視線が集中する。

対する響は、からから気の抜けた笑い声を上げて、

 

「気付かないみんなが悪い」

「身 も 蓋 も 無 い ッ !!」

 

『ド畜生ォッ!』と頭を抱えてリアクションするクリスを、響は面白そうに見てから。

 

「だーいたぁい、未来が本気出したらやってるかやってないか分かんないんだからね?」

「聞きたくねーよそんな補足ゥ!!」

 

刺されたとどめに、クリスは今度こそ崩れ落ちた。

なお、当然のことながら。

これ以降未来には、イカサマ禁止令が出されることになる。

 

「未来ったらどこで覚えたのよ・・・・」

「親切な人にちょろっと、大事な食い扶持でした」

「そうだ、この子サバイバル経験者・・・・」



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閑話:小ネタ4

後半、わかる人にはあのBGMが流れると思います(


『ただいま』

 

「――――マリアさんと響ちゃん、帰投!!」

「医療班急いで!!」

 

決着直後の二課本部。

慌しく走るスタッフと共に、装者達も駆けつけてみれば。

それぞれ担架に乗せられた、ボロボロの二人が。

 

「あああああああああああ!マリア!マリア!マリアアアアアアアアアアアア!!」

「ややややややややけっ、やけっ!!やけええええええええええ!」

「ふ、二人とも、ちょっと静かに・・・・結構クる、響く・・・・!」

「月読、暁も落ち着け!」

「追撃ぶち込んでんぞ、やめてやれ!」

 

調と切歌は完全に取り乱し、特に調は滅多に出さない大声を上げて。

びゃんびゃん泣きながらすがり付こうとして、翼とクリスに制止される。

一方のマリアも、予想以上の大声に想わぬ追撃を喰らっていた。

 

「ひびき」

「――――――みく?」

 

その隣で、未来は響に駆け寄る。

心ここにあらずといった様子で、ぼんやり右手を見つめていた響は。

二呼吸ほど間を置いて、未来に気がついた。

目は焦点が合っておらず、前を見ているようで見ていない。

一見抜け殻のように見える姿に、胸が絞まる感覚を覚えた未来。

行動は、速かった。

両手を広げて、抱き寄せる。

半年振りに感じる温もりは、やけに懐かしく思えた。

怪我に配慮しながら、なお抱きしめ続けて。

 

「・・・・・ひびき」

 

そっと、耳元に。

響の意識を取り戻す言葉を、告げる。

 

「ひびき、おかえりなさい」

 

たったそれだけの、短い言葉。

だが、それだけで十分過ぎるくらいで。

 

「・・・・・うん、ただいま」

 

弱々しくも、確かに抱き返された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『恨みの行方』

 

「そういえば二人とも、わたしへの復讐はいいのかな?」

 

二課本部、装者の謹慎室。

何の気なしに響が口にした問いに、全員の視線が集中する。

常日頃から自分をないがしろにしがちな彼女を、イヤでも知っているがための反応だった。

翼とクリスは呆れ半分、心配半分の目を向け、未来は大丈夫だろうかとオロオロしている。

マリアは静観を決め込んでいるようだったが、何かあれば動くであろうことは容易に想像できた。

そんな妙に緊張した中、調と切歌は困ったように互いを見てから。

 

「・・・・正直もう、殺そうっていうのは、ちょっと」

「あ、そうなの?」

 

まずは、そんな結論を簡潔に述べる。

 

「毎日罰受けてるみたいな生き方されてたら、流石に考えるデスよ」

「うん」

 

次に切歌が根拠を告げれば、張り詰めた空気は霧散していった。

見守っていた各々は、ほっと息をつく。

 

「いやぁ、照れますなぁ」

「ちっとも褒めてないデス・・・・」

 

響は相変わらず茶化すような口調だったが、決して二人の決断を蔑ろにしているわけではないようだった。

だから切歌も、それ以上の悪態はつかないことにする。

 

「あ、でも挑戦はさせてもらう」

「首をよく洗っておくデス!」

「わーい、楽しみにしてるね」

 

とはいえ、リベンジには燃えているらしい。

自信満々に指を突きつける二人に、響は気の抜けた笑みで答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『これからの話』

 

「へぇ、それじゃあ来年から、二人ともリディアンなんだ」

「はい」

「よろしくデス」

 

相も変わらず、装者の謹慎室。

調と切歌の今後を聞いた未来が、感心した声を上げていた。

 

「なら春からは後輩か、センパイとして厳しく指導してやるからな」

「よろしくね」

 

クリスは凄みをかけて身を乗り出し、未来は大らかに微笑んで。

それぞれの反応を見せた。

 

「そういえば、あなた学校は?」

「わたしも来年から通信制の高校に。最終学歴中学中退っていうのは、さすがにまずいんで」

 

その一方で、妹達を微笑ましく見ていたマリアが、思い立って響に問いかければ。

響は苦笑いまじりで答える。

返ってきた返事に、マリアは納得した様子で頷いていた。

 

「ちょっと、楽しみ」

「上手く慣れるといいね」

 

柄にもなくわくわくした様子の調に、未来が話しかけていると。

途端に、響の顔がいたずらを思い出したそれに変わった。

低い姿勢と軽やかな足取りで、装者年少組に近寄って。

 

「『なれ』と言えばねー?」

「えっ?」

「デス?」

 

にゅっと、指を立てながら話しかける。

 

「架空の動物、『ナレ』から来ているんだよ?」

 

突然のことに、未来もクリスも反応が遅れた。

 

「そうなんデスか?」

「そうそう、誰にでも人懐っこくてね。『友達だよね』『壁無いよね』ってフレンドリーに接するんだって」

 

突っ込みが無いのをいいことに、響の弁は続いて。

 

「そこから、『なれる』とか『なれなれしい』って言葉が生まれたんだよー」

「ちょっと、響?」

 

明らかに吹かれた法螺を、未来がたしなめようとしたが。

 

「知らなかった」

「教えてくれてありがとデス!」

 

あろうことか、調と切歌はすっかり信じ込んでしまったらしい。

いつになく目をキラキラさせて、お礼まで言ってしまった。

あんまり純粋な様に、一同唖然となったが。

そんな中真っ先に動いたのはクリスだった。

 

「んの、バカッ!!デタラメ吹き込むな!!信じてんじゃねーか!!」

「あだ、あだだだだだ!!クリスちゃん痛いよ、痛いって!!」

「知るかバカッ!!」

 

直ちに響に飛び掛ると、アームロックを決めて説教を始める。

未来は必要なお仕置きだと判断したのか、特に助けることはせず。

我関せずと、調と切歌の誤解を解きにかかっていた。

 

「分かっていたわよ、ええ、分かっていましたとも・・・・!」

「かわいいな、マリア」

「くっ・・・・!」




タイムリーなんで入れたかったんです・・・・。
テッテレテッテレテテテテテ


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閑話:小ネタ5

また小ネタです。
今回は393分が多くなりました。


『神獣鏡』

 

「――――開発できない?」

「ええ、非常に申し訳ないのだけど」

 

二課本部、技術部にて。

了子に呼び出された未来は、首をかしげた。

 

「材料がない、とか・・・・?」

「いえ、要である神獣鏡の欠片は米国が所有しているし、要求すればいつでも取り寄せられるわ。その他のパーツも問題なく揃えられる」

「じゃあ、どうして・・・・」

 

未来の疑問に、了子はどこか苦い顔をしながら。

 

「神獣鏡が持ちえる、高レベルのステルス機能。国連が、どうもそれを危険視しているようでね」

 

『ウィザードリィステルス』とも呼ばれる、鏡に起因した神獣鏡の能力の一つ。

了子の語るところに寄れば、物体を不可視にするだけでなく、振動を始めとした一切のシグナルを遮断出来る。

まさに完璧な隠蔽機能を持っているというのだ。

国連もとい世界各国は、日本が、ひいては未来個人が。

それを用いてやましいことをするのではないかと、疑っているとのことだった。

 

「別に、率先して悪いことするわけじゃないのに・・・・」

「私達なら、未来ちゃんがそういうことしないって信頼できるわ。けど、友達の友達の友達、みたいな、関係が遠い第三者にとっては、そんな口約束気休めにしかならないもの」

 

だから分かりやすい制約で縛って、制限して。

そうやって安心を得ようということらしい。

 

「有事には開発できるよう、現在誠意交渉中ではあるけれど、しばらくはバックアップとして動いてもらうことになるわね」

「納得できないほど子どもじゃないつもりです、よろしくお願いします」

「お願いされました」

 

戦えない、響の隣に立てないというのに、何も思わないわけではない。

しかし、大人の事情が一切分からないような子どもでもない。

故に未来は素直に頭を下げて、託すことにした。

そんな彼女を見た了子もまた、一つ頷いて受け取ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『照れ隠し』

 

「あ」

 

記者の女性からインタビューを受けた翌日。

団欒の中ふと思い出した響が、寝室へ足を運ぶ。

未来が首をかしげていると、ほどなく戻ってきて。

その手に小さな紙袋を持ってきた。

未来の記憶に新しいそれは、確か昨日の夜、ベッド脇に置いてあったはずだ。

 

「本当は昨日渡したかったんだけどね」

 

おおよそ予想通りの言葉で苦笑いする響と一緒に、あけてみた。

袋の底に、指輪が二つ。

シンプルに転がっている。

手に取り出してみてもやっぱり指輪で、中々センスのあるデザインなのが見て取れた。

 

「取材のお礼って、もらったの。あのおにーさんが作ったって」

 

片方を受け取った未来は、内心とても驚いていた。

だって、今この手の中にある指輪は。

あの日、露店で見つけたそのものだから。

知ってか知らずか、響は手にとって物珍しそうに眺めている。

・・・・・未来の脳裏。

小っ恥ずかしい考えが過ぎった。

 

「――――響、あの」

「んー?」

 

呼ばれた響が見てみれば、どこか赤い顔の未来。

一生懸命呼吸した彼女は、恐る恐る指輪を取って。

 

「これ、つけていい?左手、に」

 

そういいながら指したのは、左手の薬指で。

 

「――――」

 

その意味が何かなんて、どんなニブチン野郎でも理解できることだろう。

例に漏れなかった響もまた、顔を真っ赤にする。

始まる、気まずい雰囲気。

お互いの顔を見れないまま、時計の針が一周して。

 

「・・・・やっぱり、迷惑?」

「ッそんなわけないよ!」

 

若干涙目の未来へ、半ば掴みかかりながらネガティブな言葉を否定する響。

 

「そうじゃなくて、その、えっと、うれしい、けど・・・・・」

 

すぐに勢いをなくし、目を逸らしながらなおまごついて。

 

「・・・・あのね、みく」

「・・・・うん」

 

一呼吸置いた響は、意を決した顔。

 

「ロシアだと、右につけるらしいけど!?」

 

未来の右手をひったくりながら、そんなことをのたまった。

また沈黙が始まる。

時計の針が、一周、二週したと錯覚するほど、長く感じる。

 

「・・・・ふふっ」

 

先に破ったのは、未来。

顔をほころばせて、くすくす笑みを浮かべて。

手を差し出す。

 

「つけてくれる?」

「・・・・うん」

 

不安なんだか解せないんだか、微妙な表情をする響。

けれども、嫌な顔一つせず。

そっと、未来の手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『好きな理由』

 

「あのーさ、未来?」

「どうしたの?」

 

ある日のリディアン。

弁当をつついていた未来は、対面の弓美に話しかけられる。

 

「未来と響って、付き合ってるじゃん?」

「・・・・そう、だね」

 

弓美の確認に、頬を染めながら頷く。

交際は事実だし、響が大好きなのも事実。

だが、面と向かって『付き合っている』といわれると、未だ気恥ずかしさを感じた。

 

「でも、二人とも女の子じゃん?」

「うん、まだちょっと珍しいみたいだけど」

「一昔前よりはいいでしょ」

 

同性で恋人というのは、やはり物珍しいようで。

怪訝な目で見られていたという、親や祖父母世代に比べたらマシなのだろうが。

視線はそれなりに気になる未来だった。

だから弓美のフォローは、とてもありがたく感じる。

 

「けど、それがどうしたの?」

「いやぁ、ちょっと気になって・・・・」

 

未来が首をかしげると、弓美は少しバツの悪そうに一度目を逸らしてから。

 

「未来、響が男の子だったら付き合ってたのかなって」

 

普段の仲睦まじさを知っているからだろう。

『何となく』で生まれた疑問らしかった。

確かに、同性と付き合っていたのなら、異性になると受け付けられなくなるのか。

気になるところではあるだろう。

弓美に悪意などが無いことを分かっていたから、未来は少し考えて。

 

「・・・・・多分、男の子でも好きになってたと思う」

「そうなの?」

「うん」

 

問いかけに、確信を持って頷く未来。

 

「響が響でいてくれるのなら、どんな姿だって、きっと好きになれるから」

 

そして、清々しい満面の笑みで。

きっぱり言い切ったのだった。

言った後で、はしたないことを言ってしまったかと、顔を赤らめて恥らった。

しかし、言ったことは紛れも無い本心で事実なのだ。

何を恥ずかしがることがあると、俯いていた顔を上げると。

 

「えっ?」

 

がらん、と。

人気が極端に少なくなった教室が飛び込んできた。

昼休みが終わってしまったか、はたまた次は移動教室だったかと慌てながら時計を見ると。

まだ十分に時間はある。

ついでに、次の授業も移動ではなかった。

 

「えっと、みんなどこに行ったの?」

「・・・・未来、今の反則」

「ええ・・・・?」

 

困惑しながら弓美に問うと、頭を抱えた彼女からそんな返事が返ってきて。

未来のクエスチョンマークは増えるばかりだった。

――――リディアンの自販機の記録によれば。

その日、コーヒーの売り上げがやけに伸びていたということだ。



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閑話:マリアVS響

前回までの閲覧・評価・お気に入り登録。
誠にありがとうございます。
多分(?)誰もが(?)待っていた(?)
あの対決です。


『マリアVS響~傷だらけの思い出~』

 

「そういや・・・・」

 

二課本部、訓練室の一角。

差し入れを持ってきた未来も含めて、装者達が談笑していると。

思い出したらしいクリスが、マリアを見る。

 

「どうしたの?」

「前に、バカとあんたがぶつかったときはどうだったかなって、気になってさ」

 

直後、騒いでいた装者達が、ぴたっと静かになった。

 

「いや、野暮なのは自覚してっから、言いたくないなら言いたくないでいいんだけどよ・・・・」

 

クリスはしまったと自責しつつ、口を回してどうにか持ち直そうとした。

 

「上手に焼かれたねー、腕を」

 

が、軽い調子でのたまったのは響だった。

ぎょっと向けられる視線もなんのその。

鼻歌交じりに飲み物を口にする余裕すら見せている。

 

「・・・・言うじゃない、そっちこそ腕を圧し折ってきたくせに」

 

その様子に対抗心を燃やしたのか、マリアが身を乗り出す。

 

「なんですかー、こっちだってあちこち斬られて大変だったんですからね」

「私だって胸をぶち抜かれたわよ」

「先に胴体かっさばいたのは誰でしたっけー!?」

「何よ」

「何ですかー」

 

じわじわ溢れてくる剣呑な空気。

響とマリアは互いにガンを飛ばしながら睨み合う。

心なしか、唸るような声が聞こえてきそうだ。

 

「そこまでだ、二人とも」

「何よ!?」

「何ですか!?」

 

そんな空気に待ったをかけたのは、翼だった。

割り込みをかけられた二人は、噛み付きそうな勢いで振り向く。

威圧に怯むことなく、翼は腕を組んだまま呆れた顔をして。

 

「いいからそこまでだ、流れ弾が甚大な被害を生んでいる」

 

親指を向けた先。

 

「腕・・・・黒っ・・・・」

「血がぁ、血がぁ・・・・!」

「マリアァ・・・・!」

 

未来、調、切歌の三人が、プルプル小刻みに震えながら。

同じように呆れた顔をしたクリスに、ひしとしがみついていた。

 

「「あっ・・・・」」

 

いがみ合っていた二人も、さすがにその様を見せられては。

大人しく引き下がるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『マリアVS響~その日、サンフランシスコ~』

 

――――ふぅ、と息を吐けば、白くなった。

夜の帳はすっかり落ちきり、繁華街の喧騒が遠くに聞こえる。

・・・・クリスマスが近くなったこのごろ。

本場アメリカ国内であるここでは、騒ぎっぷりが日本よりも顕著に思えた。

 

「・・・・さむ」

 

意味無く呟いてコートを着込みなおし、響は歩を早める。

誰かの笑っている声が、幸せそうな顔が。

昔を思い出させて、胸がムカムカする。

こんな日は、早いとこ戻るに限る。

今日は未来が、日本の土産を貰ったと聞いた。

久方ぶりの故郷の食べ物。

味は感じなくとも、楽しみであることに違いない。

ああ、いっそ走って帰ろうかなんて思いついて。

体を傾けたとき。

 

「――――こんばんは」

 

後ろから、声。

振り向けば人影が見える。

 

「・・・・ええ、こんばんは」

 

薄く笑みを浮かべて返事。

表面こそ笑っているが、内心は研ぎ澄まされている。

 

「いい夜ね」

「あなたみたいな痴女に会わなきゃ、最高でしたよ」

「言ってくれる」

 

冷たい夜風に、マントが靡く。

月光の下現れたのは、『前世の記憶』にある顔。

『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』が、そこにいた。

故に何故を考えかけて、そういえばと思い出す。

確か一週間ほど前、ノイズが現れたとき。

未来や、世話になっているマフィア達を助けるため、とうとうシンフォギアを使用したことを。

大方、彼女の組織に反応を捕まれたのだろうと、内心でため息をつく。

 

「出来れば、大人しく同行してほしいのだけど」

「知らない人にはついていきません」

「そう・・・・」

 

きっぱり返事すれば、彼女もまたため息。

しかし次の瞬間、両手の装甲を合体させ、一振りの突撃槍を携えた。

 

「なら、気絶させてでも連れて行く」

「どうぞご自由に?出来るもんならね」

 

身構えた響もまた、聖詠を唱えてギアを纏う。

両者共に臨戦態勢、話し合いなどもはや期待できなかった。

人気の無い路地裏に、ぴりりと張り詰めた空気が充満して。

 

「――――ふ」

 

先に踏み込んだのは、マリア。

響の眼前、烈槍の切っ先が迫って。

甲高い金属音。

左手を振り払って刃を弾き飛ばすと、刀身に手を置いて身を翻す。

そのまま体を捻って、鋭い蹴りをマリアの首元へ。

一方のマリアは響が乗っている烈槍を振るって、払いのける。

投げ出された響は壁の配水管に掴まって、マリアを見下ろした。

 

「・・・・それで優位に立ったつもりなら」

 

束の間、沈黙を保ったマリアは。

烈槍を掲げて、

 

「――――図に乗るな」

 

大きく薙ぎ払う。

斬撃の暴風が吹き荒れ、それは響がいる位置にまで及ぶ。

咄嗟に飛びのいた響の視界、暴風の中心に、マリアのぎらついた目が見えた。

戦意がたっぷり籠められたそれへの怯みを、引きつった笑みで誤魔化しながら着地。

低い姿勢で暴風を避けながら、マリアへ肉薄する。

正拳一閃、受け止められる、想定内。

もう一撃加えながらかかと落としを繰り出せば、防御が崩れる。

そこから流れるようにアッパーを発射。

間一髪の所で避けられ、顎を掠るに留まったが。

相手のメンタルに揺さぶりはかけることは出来た。

さらに拳を引き絞って放てば、胴体を穿つことに成功する。

響はよろめいた姿を好機と取り、意識を絶とうと飛び掛る。

殴打を繰り出すと、思ったよりも固い感触。

 

「――――舐めるな、と言ったはずよ」

 

盾代わりのマントの下から、睨みを利かせたマリアは。

響を思いっきり弾き飛ばして、烈槍を突きつける。

がぱりと開いた刀身から、極光があふれ出すのが見えて。

響に出来たことは、咄嗟に身を捩ることだけ。

 

「――――あああああああああああああああッッ!!!」

 

体を打ち付けた衝撃、腕を侵食する痛み。

のた打ち回りながら見てみれば、綺麗に炭化した左腕が。

冷たい空気が刺す様に触れて、痛みにいらぬアクセントを加えていた。

 

「・・・・最終警告よ」

 

マリアが、悠々と歩み寄ってくる。

項垂れる響へ、烈槍を突きつける。

 

「私と来なさい、これ以上苦しみたくないのなら」

 

その声には、どこか懇願するような雰囲気が籠められていた。

吹き抜ける風に混じって、響の荒い呼吸が聞こえる。

やがて、呼吸が落ち着いて、

 

「――――は」

 

叩き込まれる、左腕。

表面の炭がはがれ、所々から血が噴き出す。

烈槍で難なく受け取めたマリアは、ため息一つ。

 

「・・・・そう」

 

手首を捻り、響の体勢を崩す。

がら空きになる胴体。

響の視界に、烈槍を振りかざすマリアが見えて。

切っ先が、刃が、深く深く、食い込む。

響の体に、大きな溝が掘られて。

刹那、鮮血が噴水のように湧き出た。

 

「――――」

 

瞳から光を失いながら、どう、と仰向けに倒れる響。

呼吸はまだ続いているようだが、どう見ても虫の息だった。

 

「・・・・・は」

 

また一つ、息をついて。

マリアはどこか、悔いるような目で見下ろす。

・・・・下された指令は、『対象の拿捕』だが。

例え息絶えたとしても、サンプルとしての価値は十分にあるとも言われていた。

それでも、殺生には未だ慣れないし、慣れてはいけないと思う。

再三、ため息。

近くに待機している仲間へ、通信を繋げようとして――――

 

「―――――ゃだ」

 

あるはずの無い、声。

弾かれたように振り向けば、巨大な『手』が迫っていて。

 

「ぐぁ・・・・!」

 

防御は出来たものの、吹き飛ばされる。

烈槍を突き立てて勢いを殺して、前を見ると。

ゆらっと、幽鬼のように佇んでいる響。

 

「・・・・いやだ、いやだ、いやだ」

 

口元からぶつぶつと、うわごとが漏れてくる。

 

「いやだ、みくをまもるんだ、かえすんだ、かえるんだ・・・・・だから、だから、だから」

 

目が、ぎらりと。

獣のような光を、燈して。

 

「じゃま、させない」

 

がっくり、前のめりに。

傾いたと、思ったら。

目の前、至近距離まで肉薄してきた響。

眼前には、またあの『手』が迫っている。

防御も、回避も、不可能。

 

「ああっ!?」

 

乱暴に引っつかまれたマリアは、そのまま大きく持ち上げられて。

 

「があああッ!?」

 

地面に亀裂が走るほどの力で、叩きつけられる。

全身を揺さぶられ、意識を手放しそうになるマリア。

何とか繋ぎとめて目を開ければ、刺突刃が唸りを上げている。

間一髪、地面を転がって回避。

首元にかかと落としを叩き込むが、響は特に効いた様子もなく反撃。

烈槍を弾き飛ばす。

得物を失ったマリアだが、ここでやられるほど柔ではない。

すぐに従手に切り替え、格闘で応戦。

しかし、咄嗟に突き出した拳は、いつの間にか背中に抱え込まれていた。

響の両腕が、マリアの右腕をがっしり捉えて。

力を、加える。

 

「ああああああああああああああああああッ!!」

 

ぼぎん、嫌な音。

直後に殴り飛ばされ、マリアは地面をきりもみしていく。

あらぬ方向に反れた右腕は、赤黒く腫れているだろうことが容易に想像がついた。

壁を伝いながら、立ち上がる。

敵はまだ健在、背は向けられない。

腕が動かない右側を、自在に動くマントでカバー。

響の猛攻を何とか凌ぎ続ける。

相手は既に死に体、何とか粘りきれれば、こちらの勝ち。

・・・・なのに。

 

「がああああああああああッ!!」

 

まるで痛みなど感じていないと言わんばかりに、攻撃は激しさを増すばかり。

何十、何百もの切り傷を刻まれて、全身を血で真っ赤に染めて、なお。

響は抵抗を続ける。

一進一退の攻防、先に音を上げたのは。

 

「ぐあああッ!」

「っづう・・・・!」

 

マリアだった。

体当たりをもろに受け、後ろに倒れかけるマリア。

彼女の視界、さきほどの『手』が、遠くに突き刺さった烈槍を回収するのが見えた。

その切っ先が、こちらに狙いを向けたのも。

出来事は、颯のように駆け抜けて。

 

「―――――」

 

音が消えた。

そう錯覚した。

喉元、熱く鉄臭いものが込み上げてくる。

 

「ご、ぶ・・・・!」

 

耐え切れずに吐き出す。

地面に、大量の血反吐が零れ落ちた。

突き刺さったまま、振り回され、放り投げられる。

瓦礫の中に体を半分埋めたマリアは、やがてぴくりとも動かなくなった。

 

「・・・・はっ・・・・は・・・・は・・・・はぁっ・・・・!」

 

控えめになっていた響の呼吸が、足りない酸素を求めて荒くなる。

敵の沈黙を認めたところで、また大きく息を吐いて。

 

「――――マリアッ!」

「マリアアァッ!!」

 

降ってきた大声に、身構える。

見れば、新たな脅威が二人。

マリアの傍に着地したところだった。

彼らが暗がりにいた所為で、初めこそ何者か見えなかったものの。

すぐに目がなれて、見えるようになる。

『前世の記憶』で、マリアの家族として覚えている。

『月読調』と『暁切歌』だった。

慌てて瓦礫を掻き分け、マリアを回収した二人は。

一度、燃えるような視線でこちらを一瞥してから。

大きく跳躍して、去っていった。

・・・・どうやら、連戦はなかったらしい。

正直受けたダメージは半端無いので、響としてはありがたい限りだったが。

安堵したところで、はたと気付く。

 

(――――痛くない)

 

両手を、そして全身を見下ろす。

どうみても重傷なのに、不思議と痛みを感じなかった。

感覚が痺れた、という割には、意識もしっかりしている。

心当たりのある現象に、響はため息を一つ漏らした。

 

「・・・・ッ」

 

力を籠める、現れる『手』。

味覚や音感など、これまでにも感覚と引き換えに力の上昇は感じていたものの。

ここまで明確な変化は初めてだった。

ありがたいと思うと同時に、気が滅入る。

――――先ほど追い込まれた時。

『足枷になるくらいなら、痛みなどいらぬ』と、強く思った。

自分にはまだ、未来を日本に帰すという使命があるのだから。

だから、ここで倒れるなど許されないと。

ガングニールが応えてくれたのはいいし、とってもありがたい。

しかし、また一歩人間から遠ざかった自分を自覚して、再び気を滅入らせるのだった。

と、

 

「――――ぁ」

 

体が傾く、うつ伏せに倒れる。

指が一本も動かせない。

ああ、これはやばいなと、他人事のように感じながら。

 

「――――響ッ!」

 

大切な人の声を遠くに、目を閉じた。




だいたいこんな感じだったんだよという戦いでした。


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閑話:小ネタ6

大変お待たせしました。
砂糖と練乳と黒蜜とマシュマロをココアにぶち込んだくらいの感覚です(当社比)


『声』

 

「みーく」

 

うららかな昼下がり。

本を読んでいると、膝に寝転がってきた響に呼ばれた。

 

「なーに?」

「あはは、なんでもないよ」

「もう、気になるじゃない」

「ごめんなさーい」

 

未来が一旦文面から目を離して答えると、響は気の抜けた笑みを浮かべてそんなことを言う。

束の間笑い合ってから、静かになるリビング。

車のエンジンや子どもの声など、街の喧騒がかすかに聞こえ始めたところで。

未来も、徐に口を開く。

 

「ひーびき」

「どーしたの?」

 

名前を呼べば、答えてくれる。

 

「ふふ、なんでもなーい」

「あはは、仕返しされたー」

 

そんな当然のことが、たまらなく嬉しくて。

すっかり寒くなった冬の午後。

柔らかい日差しの中で、また微笑みをかわした。

 

 

 

 

 

 

『味』

 

夕食。

むっきゅむっきゅと、幸せそうに頬張る響。

口元のご飯粒すら愛おしい。

 

「おかわり、まだあるからね」

 

そう声をかければ、こっくり頷いて答えてくれた。

味覚を失っていた頃も、嬉しそうにしていたが。

取り戻した今は、嬉しさが倍に見えるというか。

『幸せ』と言いたげなオーラが、色濃く出ているように思えた。

 

「はぁー・・・・」

 

口の中のものを飲み込んだ響は、味噌汁に一口つけて、ため息。

 

「おいしいなぁ」

 

零れた言葉からは、抑えきれない幸せがあふれ出ていた。

やっと当たり前を手に出来た響の姿に、目頭が熱くなりかけた未来。

涙を抑えようと俯くと、空になった茶碗に気付いた。

 

「おかわりする?」

「うん、おねがい」

 

たくさんよそって渡せば、また幸せそうに食べ始める響。

こんな日を迎えられてよかったと、心から思いながら。

未来もまた、食事を再開したのだった。

 

 

 

 

 

 

『目』

 

じゃぶじゃぶ、かちゃかちゃ。

夕食後、食べ終えたお皿を洗っている後姿。

手伝うと申し出てみれば、ゆっくりしててと諌められて。

仕方なくぼうっと見つめていた。

 

(・・・・あ)

 

そんな中、ふと気付く。

思った以上に開けた視界に。

どうしてかを考えて、前まで左目が見えていなかったことを思い出した。

神獣鏡の光を受けた影響で、融合していたガングニールが取り払われた今は。

問題なく両目で見れる。

その事実に気付いて、改めて流しに立つ後姿を見た。

鍛えている翼やマリア、もしかしたら、装者の中でも華奢な方の調やクリスよりも。

ずっとずっと、か弱い体。

 

(そんな体で、頑張ってくれたんだ)

 

見捨てたってよかった命を、死に物狂いで繋ぎとめてくれた。

放したってしょうがない手を、汚れも構わず握り続けてくれた。

 

「――――どうしたの?」

 

我に返る。

洗い物を終えたのか、手を拭きながらきょとんと見てくる未来。

 

「・・・・ううん、ただね」

 

首を横に振る。

そして、恐らく人生で一番穏やかな笑みを浮かべながら、

 

「――――好きだなぁって」

 

ずっとずっと、隣で見守ってくれた。

優しい人。

見守ってくれたこと、命を許してくれたこと。

たくさんもらったものを、少しでも返せたらと。

みるみる真っ赤になる顔を愛おしく思いながら、響はしみじみ決意した。

 

 

 

 

 

 

『痛』

 

二課本部、医務室。

連絡を受けて駆けつけてみれば、体中満遍なく怪我をこさえた響がいた。

擦り傷や軽い火傷だけとはいえ、ボロボロな様に仰天した未来。

大丈夫なんてのたまう笑顔を一喝し、痛がるのも構わず手当てをしているのだった。

 

「あててて・・・・!」

「自業自得なんだから、我慢しなさい」

「はーい・・・・ってて!」

 

――――ノイズが観測されなくなった今。

シンフォギア装者は災害現場へ赴くことが多くなっている。

命が次々なくなるような危険な場所。

無傷で戻ること自体が珍しいのだろうが、それにしたって今回は度が過ぎているように思えた。

 

「ほら、つけるよー」

「せめて言ってからつけ、に"ゃああああッ!」

 

ふしゅー、と、何度目か分からない消毒液を吹き付ければ。

より大きな悲鳴が上がった。

終わる頃にはほうほうの体でぐったりしている響を見て、少し手荒だったかと省みる未来。

 

(・・・・もう少し優しくしてもよかったかも)

 

なんて考えていると、

 

「・・・・あー、えへへ」

「・・・・どうしたの?」

 

ベッドに横たわっていた響が、気の抜けた笑みを浮かべる。

あれだけのことがあった後のため、不審に思った未来は聞いてみた。

 

「痛いなって」

 

それに対して響は、包帯や絆創膏まみれの自身の手を見て、

 

「――――生きてるなって」

 

しみじみ、黄昏るように呟いた。

・・・・長い間、感覚を失っていた彼女にとって。

こんな痛みですら、生きている実感に。

存在の証明に成り得るのだろう。

当事者ではない未来も、分からないわけではなかった。

 

「・・・・・誰が何て言ったって、響はここにいて、生きてるよ」

 

しかし、それとこれとは話は別だ。

憤りを隠しきれない口調で詰め寄り、抱きしめる。

 

「お願いだから、怪我しないで・・・・本当に、怖いんだから」

「・・・・うん、ごめんね」

 

密着したことで、未来の震えに感づいた響。

そっと抱き返して、肩に顔を埋めた。

 

 

 

 

 

『温』

 

重ねる。

熱を、吐息を、唇を。

抱きすくめ、しがみつき、容易く離れないようにして。

何度も何度も、キスをする。

十や二十では利かない数をはみ合い。

互いの唇が離れる度、銀の糸を紡ぎ、絡めとった。

 

(・・・・あれ)

 

愛しい人を抱きしめたまま、響はぼんやり考える。

 

(何でこんなことになってるんだっけ)

 

啄ばむのをやめないまま、記憶を探る。

と言っても、今日は特に変わったことはなかったはずだ。

少なくとも二課の方は、いつもどおり業務を進めて。

変わったことと言えば、二課から『S.O.N.G.』へ移籍するための手続きが終わったくらいだったが。

それも響のやることといったら、必要な書類に名前と住所と印鑑をしたためる程度だった。

となると、何かあったと考えるのは未来の方だろう。

このキスの応酬だって、発端は未来に押し倒されたことなのだから。

 

(学校で、何かあったのかな)

 

いつも気遣ってくれる未来だが、その分抱えた不安や悩みを仕舞い込みがちだ。

自分なんかでは解決なんて出来ないだろうが、それでも受け皿程度ならなんとかこなせる。

糸口である、『どうしたの?』を口にしようとして、

 

「――――んむぅ」

「は、ふっ・・・・」

 

より強く、押し付けるような口付け。

我に返って見れば、どこか不満げな目。

『私だけを見て』ということらしい。

そもそも滅多にない、未来の貴重な『甘え』。

ひとまず思考はおいといて、発散させてやるのが先だと結論付けた。

・・・・考えるのが億劫になったとも言うが。

 

「んっ・・・・」

「む・・・・ちゅっ・・・・」

 

身を起こして、そのままの勢いで押し倒す。

体勢は逆転し、今度は響が多いかぶさる形に。

新たに舌を絡めながら、めいっぱい構ってやる。

重ねるたび、触れ合うたび。

じんわり灯る、幸福と温もり。

 

「・・・・ぷはっ」

 

やがて、一際強く唇を重ねれば。

未来はやっと落ち着いたようだった。

再び紡がれた銀の糸が、荒い呼吸で落ちていくのを見送りながら。

束の間黙して、互いを凝視して。

 

「ぉ、と・・・・」

 

徐に、未来が縋り寄ってきた。

背中に手を回し、肩に顔を埋め、ぎゅうと抱きしめられる。

 

「・・・・どうしたの?」

 

響が恐る恐る問いかければ、未来はもう一呼吸沈黙を保って。

 

「・・・・あったかい」

 

ただそれだけを、呟いた。

それっきり、また黙りこくる未来。

 

「・・・・うん、あったかいね」

 

響もまた、愛しい人を抱きしめて。

そっと囁いた。



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閑話:立花さん家の事情

すまない・・・・本編ではなくすまない・・・・。


『立花さん家の事情』

 

国連への移籍手続きも一段落した、二課改め『S.O.N.G.』本部。

一角にある応接室は、重苦しい空気に支配されていた。

その原因である響は、鈍く息を吐き出す。

 

「――――これが、今までのこと。話せる限りの、本当にあったことだよ」

 

懺悔するように、告発するように告げるのは。

向かいに座った、自分の両親。

彼らはずっと驚愕に目を見開きっぱなしで、眼球が乾きやしないかと見当違いな心配をしてしまう。

 

「・・・・勘当したってもいい。軽蔑されても、唾を吐かれてもしょうがない」

 

胸中に渦巻いている感情を、大方予想できた響は。

その背中を押すように続ける。

 

「それだけのことをやった自覚はあるし、もう覚悟も決めている・・・・だから・・・・」

 

それっきり、黙りこくってしまった。

俯いて黙する様は、まるで判決を待つ罪人のようで。

目の当たりにした立花夫妻は、困惑で互いを見やる。

無理も無い。

語られた内容も、娘が背負った傷も想像以上で。

何を言えばいいのか、安易に慰めを伝えていいのか。

大の大人ながら、判断に困ったからだ。

だが、意外にも沈黙は長く続かなかった。

 

「――――響」

 

やや躊躇いながら口を開いたのは、父の洸。

 

「まずは、何だ・・・・生きていてくれて、よかった」

 

どこかバツの悪そうに頭をかきながら、しかしはっきりと言い切る。

 

「今まで、教えてくれたこと以上の辛いことだってあったと思うし、きっと、今語れなかったような悪いこともやったんだと思う・・・・俺には、想像することしかできないけれど・・・・だけど」

 

たどたどしくも、自分の考えを述べていた洸。

やがて意を決したように、顔を跳ね上げる。

 

「だけど、何もかもダメってわけでもないはずだろ。まだやり直せるはずだろ」

 

思ったよりも強い眼差し。

 

「前に会えたとき、お前は仲間たちと一緒に救助活動していたよな?そうやって、お前が繋いできた命だってあるはずだ」

 

ここで洸は、一旦首を横に振る。

言い方に自分でも納得行かなかったらしい。

 

「ああ、いや・・・・これは、違うな」

 

実際に口に出して、少し考え込んで。

 

「絶対に、ある」

 

そして次には、言い切る表現を使った。

否定されるとばかり思っていた響は、驚いたように目を見開く。

徐に立ち上がり、響の傍らに寄る洸。

膝の上で握り締められた手を、そっと触れてやる。

 

「昔から、お前はどこか優しすぎるって言うか、人の為に動くことがあったからなぁ」

 

痛みを癒すように、怯えを宥めるように。

丁寧に包んで、笑いかけた。

 

「命を奪った手も、この前の事件で差し出した手も。誰かの為に握り締めたんだって、俺は信じているよ」

 

少し遅れて、母も一緒になって手を取ってくれる。

夫の言葉に何度も頷きながら、どこか泣きそうな、優しい眼差しを送ってくれた。

 

「――――」

 

久方ぶりに感じる、両親の温もり。

観念したように俯いた響は、少しの間沈黙を保って、

 

「・・・・・ごめん」

 

家族を嫌ったわけではない。

帰れるのなら、帰りたい。

だが、未だ激しく渦巻く罪の意識に打ち勝つには、あと一歩足りなくて。

『帰っておいで』と笑いかけてくれる両親への様々な思いを、一言に託して零した。

 

「――――いいんだよ」

 

僅かながら、残念そうに肩を落とす洸。

しかし、悲観しているわけではなさそうだった。

 

「帰りたいと思ったら、いつでも戻ってくるといい。みんなで待っているから、いつまでも、いつまでも、待っているから」

「焦らなくていいのよ、怖がらなくてもいいの。あなたは娘なんだから、帰ってきちゃダメなんて、バカなことないんだからね」

 

娘がこれ以上傷つかないように、自責に押しつぶされないように。

優しく、優しく、頭を撫でる。

母にいたっては、思いっきり抱きしめてくれた。

・・・・語られた話の意味が、分からないはずないのに。

咎人と成り果てた娘へ、『帰っておいで』を躊躇いなく伝えられる。

少し心配になるくらい、だけど溢れんばかりの温もりと思いやりに満ちた。

本当に、優しい人達。

 

「・・・・・・ありがとう」

 

在り方が普通ではないことを、未だ他人のような感覚が抜け切っていないことを自覚している響が。

心から、この人達が両親でよかったと思える。

そんな二人だった。

胸が、痛む。

罪悪感と、喜びと、寂しさで。

塞がったばかりの古傷が、じくりと疼いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『立花さん家の事情・アナザー』

 

響が両親と再会する数日前。

立花夫妻は、弦十郎に呼び出されていた。

邸宅の一角で、響の足跡を聞かされた二人は。

その過酷さにうろたえていた。

 

「・・・・後日、響くんが話すときは、これ以上の内容を告げることでしょう」

 

自虐と、自責と、自嘲を。

煮詰めて、煮詰めて、煮詰めたような、自らへのみ向けた呪いを。

恐れと諦めを以って、両親にさらけ出すことだろうと。

弦十郎は重々しく話した。

沈黙が始まる。

空気が重みを持つ。

静寂に支配されかけた中、とつとつ語り出したのは。

 

「・・・・あの子は、昔から優しい子でした」

 

立花夫人だった。

 

「面倒見がよくて、人助けをよくして・・・・誰かのことを、人一倍考えられる子だったんです」

 

夫の案じる視線を受けながら、言葉をぽろぽろ零していく。

 

「本当に、誰かを思いやれる子だった、から・・・・」

 

言葉と一緒に、涙も落ちて行く。

 

「だから、あの日、逃げたんだと思います・・・・逃がしてしまったんだと思います・・・・!」

 

家族を守るために、虐げられる『原因』から引き離すために。

あの日の少女は、背を向けて走り去っていった。

この世で一番安全であろう場所から、飛び出すことを選択してしまった。

守るべき我が子を、誰よりも傷つきやすいあの子を。

親として、守ることが出来なかった。

夫人の胸中にも、洸の胸中にも、その罪悪感は渦巻いていることだろう。

こうして弦十郎と向き合っている、今でも。

 

「風鳴さん」

 

目元を拭いながら顔を上げる夫人。

声をかけられた弦十郎は、おのずと姿勢を正す。

 

「二年前のことも含め、さわりだけでも教えてくださって、きちんと誠意を示してくださって、大変ありがとうございます」

 

夫人はまず頭を下げて、礼を述べた。

 

「確かに、原因の一旦は皆様にもあるようです・・・・けれども」

 

腫れた目元をもう一度拭って、言葉は続く。

 

「夫や、その知人達に、聞きました。災害現場で、あの子が救助をしていたときの話を」

 

傷ついてもなお、過酷な経験をしてもなお。

手を差し出す優しさ(つよさ)を保っていた、我が子の話を。

 

「あの子が出会ったのが、貴方達で、よかったと思います」

 

世の厳しさを思い知ってもなお、響が響のままでいられる。

共に寄り添い、心を支えてくれた。

頼っていいと示してくれた、頼もしい大人達。

 

「あの子が逃げた先に、貴方達がいて・・・・本当に、よかった・・・・!」

 

確かに、娘や自分達が追い込まれる原因を作った人々だ。

しかしそれ以上に、取りこぼしてしまったものを、もう取り戻せないと思ったものを。

拾い上げて、引き合わせてくれた。

そのことへの感謝が、圧倒的に大きかったのだ。

 

「・・・・響は、俺達が思っている以上にしっかりしていて。だから多分、これからも皆さんといることを選ぶと思います、なので・・・・」

「ええ、元よりそのつもりです。大人として、上司として、俺も含めた職員一同、響君達に寄り添う所存です」

 

弦十郎が、力強く宣言すれば。

立花夫妻は、眩しいものを見るような表情で笑った。



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閑話:小ネタ7

『餌付け』

 

――――F.I.S.が加入して間もないある日。

 

「おーいお二人さん」

「・・・・何?」

 

歩いていた調と切歌に、響が話しかけていた。

先日のことを忘れているわけではないだろうに、どういうつもりだと二人で睨みつける。

 

「いやぁ、お菓子貰ったから、二人におすそ分けでもーって思って。マリアさんとナスターシャ教授の分もあるよ」

 

そう差し出された手には、確かに人数分のクッキーやアメが乗っていた。

 

「・・・・そういう、ことなら」

「お菓子に罪はないので貰ってやるデス!」

「あはは、ありがとー」

 

半ばひったくるように受け取り走り去っていく二人を、響は呑気に見送る。

 

 

――――別の日。

響はまた二人に話しかけていた。

 

「やっほ、ケーキあるけど食べる?」

「えっと・・・・もらい、ます」

「チョコケーキあるデスか?」

「あるよー」

 

ある程度打ち解けたこともあるのだろう。

おずおずと言った様子で、二人は素直についていく。

 

 

――――それまた別の日。

執行者事変が終わって間もない頃。

 

「調ちゃん、切歌ちゃん」

「響さん」

 

変わらぬ調子で話しかける響の手には、何やら包みが握られていた。

 

「はいこれ、肉じゃが。タッパは学校で未来に渡してくれたらいいから」

「あ、はい」

「いただくデース!」

「未来ほどじゃないけど、味は保証するよ。それじゃ」

 

ひらひらと手を振って去っていく響。

ふと、その背中と包みとを見比べた調が、呟く。

 

「・・・・なんで、会う度に食べ物くれるんだろう?」

「デース・・・・?」

 

 

 

(『お前らうちにこい!298円なんてメじゃねぇもん腹いっぱい食わしてやる!』と思ったあの日。抱いた密かな目標が叶うとは・・・・!)

 

 

 

 

 

 

 

 

『師匠の話』

 

「――――そういえば」

 

何気ない雑談の中。

思い出したように翼が響に目をやる。

 

「立花の師とは、どういった人間だった?お前にあれだけの武術を叩き込んだ御仁、実力者なのは明確だが・・・・」

「ああー、それですかぁ」

 

他の装者達も気になっていたのか、同じように目線を向けた。

一方の響は、頬をかいて記憶を探り。

 

「といっても、わたしも何者か分かっていないんですよねぇ」

 

そう切り出して語るには。

日本を出て間もない頃。

お隣の半島を抜け、内陸に入り込んだまではよかったものの。

当時も酷かった大気汚染にやられ、未来が熱で倒れてしまったらしい。

焦った響は、とにかく都市部から離れようと、未来を背負って方々歩き回ったものの。

土地勘の無い少女にはとても酷なことだった。

一応都市から離れることは出来たが、結局力尽きて倒れてしまったらしい。

 

「その時に出会ったんです」

 

次に目を覚ましたときにいたのは、カソックを来た中年男性。

クリスチャンだという、どことなく濁った目をした彼に事情を話したところ。

『面白い話の礼だ』と、拳法を教えてくれたとのことだった。

 

「あと、やたら麻婆豆腐にこだわる人でしたね」

 

『お陰で中華料理は一通り出来る』と、響は締めくくった。

 

「師匠と言えば、未来さんにもイカサマの先生がいたりするデスか?」

「あはは、うん。当たり」

 

周囲が納得する中、今度は切歌が言い出して。

次に、未来が語りだす。

 

「その時お世話になっていたとこに裏切られて、逃げてる最中に響が大怪我しちゃって」

 

幸い、響が最後の力を振り絞ったお陰で、逃げ切ることはできたが。

歩くことすらままならないほどの重傷だったらしい。

そこへ通りかかったギャンブラーが、医者を紹介してくれたそうだが・・・・。

 

「『治療費は自分で稼げ』って言われて、その時に色々教わったんだよ」

 

後で知ったことらしいが、その界隈では有名なイカサマ師だったとかで。

『下らないスリルがやみつき』という名言を残しているらしかった。

 

「負けた人間は魂を抜かれる、何て言われてるくらいの人だったって。実際に倒れた人もいたし・・・・」

「余計なことしやがって・・・・」

 

二度にわたる大敗を思い出したのか、クリスが苦い顔をしていた。

もちろん、そのお陰で二人がいることは十分に理解しているようではあったが。

 

「なるほど・・・・二人とも、最初は普通の人間だったのね」

「ちょっとマリアさん?今までは何だと思ってたんですかー!?」

 

からかうようなマリアに、響が突っ込みを入れて。

わっと、笑い声が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『小学校にて』

 

「なーなー!!」

 

小学校、とある一角。

数人の男子が、わくわくした様子で話しかけてくる。

 

「こないだでっけーバケモンと戦ってた人、お前のねーちゃんってほんとかー!?」

「・・・・知らない、わかんない」

 

・・・・図星を突かれた。

顔に出ていないか心配になったが、繕いには成功したらしい。

 

「うっそだー!」

「むちゃくちゃそっくりじゃん!あの人とお前!」

「もしそうだったらすげーよ、ヒーローが家族なんだろ!?怖いもんなしだよなー!!」

 

こちらを置いてけぼりにして、盛り上がる男子達。

やはり噂になっているのか、クラスメイトに留まらず、廊下にいた何人かもこちらを見てひそひそ話し出す。

視線が、意識が、体中を嘗め回す感覚。

・・・・いつまで経っても慣れそうに無い、嫌な感覚だった。

 

「ちょっと、男子!!」

「人のプライベートに首突っ込むとか、マジありえない!!」

 

そんな状況に待ったをかけたのは、仲の良い友人達。

男子との間に割り込むと、喧嘩中の猫もかくやというほどの剣幕を見せる。

 

「なんだよー、気になるから仕方ないじゃんよー」

「知らないって言ってんだから、それで納得しなさいよ!」

「ほんとに家族だったとしても、ワケアリなことくらい分かるでしょ!?デリカシーなさすぎ!!」

 

散々威嚇されて、勢いに押されたのか。

やがて、『ちぇー』と拗ねながらも、渋々引き下がってくれた。

 

「ありがとう、正直困ってた」

「だったらはっきりいいなよぅ、あいつらきっちり言ってやらないと止まらないんだから」

「あはは・・・・」

 

苦笑いを浮かべながら、お礼を言って。

ふと、窓の外に目をやった。

・・・・あの背中を見られなくなって、もう二年。

いや、三年が経過しようとしている。

先日両親が会ってきた時は、とても元気そうだったという話だったが。

 

(・・・・会いたいなぁ)

 

机に突っ伏しながら、ぼんやり考えた。

 

 

 

 

 

 

『胎動』

 

足を組み、頬杖をついて資料を読む。

内容は『計画』の進行状況と、『敵』の戦力情報。

今目を通しているのは、ガングニールの装者についての項目だった。

 

「――――」

 

目を細める。

命を否定され、ありとあらゆる尊厳を脅かされ、背負わなくとも良い罪を背負わされ。

それでもなお、復讐や恨みなどというネガティブな行動に走らず。

知っていたり、知らなかったりする誰かの為に。

傷つきながら、血反吐を吐きながら、足を引きずり、ボロボロになってでも。

優しさを絶やさず、手を差し出し続ける彼女。

 

「何故、『そちら』に付くのか・・・・」

 

呟くそれは、同じ『虐げられる側』故の疑問。

否定されてなお、脅かされてなお。

何ゆえ守ることを選ぶのか。

反逆ではなく、調和を選べたのか。

 

「――――問わねばなるまい」

 

屈辱と、理不尽と、絶望の果てに。

何を見て、何を思い、何を得たのかを。




次回、三章始動・・・・!


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魔法少女事変
膿んだ傷、壊す者


ちょうと短いですが、プロローグ故。
何卒・・・・何卒・・・・!


ずるり。

ぐちゃり。

音がする。

汁気のあるものを啜っているような、そんな音。

聞こえるたびに背筋が凍って、耳を塞ぎたい衝動に駆られる。

目の前は真っ暗闇、出所は分からない。

手を伸ばしても、何にも触れなかった。

 

「・・・・ッ」

 

動きたくないのに、体が勝手に歩き出す。

自分の足なのに、言うことを聞いてくれない。

まともに歩けているのかも分からない中。

近くなってくる音を感じながら、ただひたすらに突き進む。

やがて、空中にぽつんと。

小さな深淵が二つ。

いや、

 

「・・・・!」

 

目玉が無くなった空洞でこちらを見る、わたしがいた。

底の見えない空洞は、不気味さを如実に表している。

口元は真っ赤に汚れていて、ほっぺたはたっぷり膨らんでいた。

口からは、頬張りきれなかった中身が伸びている。

赤くて長いそれの先を、辿っていくと――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――」

 

気がつけば、見慣れた天井。

目を落とすといつものタオルケットが見えて、自分の部屋なのを思い出した。

喉がひりつく、息がしづらい。

そんな中、さっきの光景が蘇って。

 

「・・・・~~~ッ!!」

 

ベッドを飛び出して、キッチンへ。

コップを一つひったくって、ありったけ出した水を注ぐ。

 

「・・・・・っ・・・・ぐ・・・・んぐ・・・・・ご・・・・・!!」

 

ぼしゃぼしゃたくさん零しながら、何とか飲み干せば。

 

「・・・・・っは・・・・は・・・・」

 

鈍くて、深いため息が。

 

「はああああああ・・・・・・・!!」

 

長く、長く、吐き出された。

水は出しっぱなしだけど、今は気にする余裕が無い。

心臓は早鐘を打っていて、なのに体はどんどん冷えていく一方だった。

意味が無いって分かっていても、胸元を握り締める。

シャツが伸びるだけで、やっぱりなんの意味もなかった。

 

「――――響?」

 

そんなところに声をかけられたもんだから、びっくりして飛び跳ねてしまう。

ものすごく勢いをつけて振り返ると、未来が心配そうに近寄ってきていた。

 

「・・・・ごめん、起こした」

「ううん、そんなとこ一人にできないよ」

 

蛇口を閉めてから、わたしの体にそっと手を添えてくれる未来。

・・・・ああ、情けない。

未だにそんな顔をさせてしまうなんて。

 

「怖い夢でも見た?」

「・・・・そんなとこ」

 

抱き寄せて、ゆっくり頭を撫でてくれる。

優しくてあったかい手のひらが、怖さを少しずつ解いてくれた。

 

「大丈夫?」

「・・・・まだ、きつい、かな」

 

ああ、大分弱ってしまっているらしい。

こんなにあっさり弱音を吐き出してしまうなんて。

・・・・もう、揺らがないようにって。

色々解決したから、強くなろうって。

そう、思って、いたのに。

だけど、一度皹が入った心は、簡単に持ち直してくれなくて。

 

「・・・・みく」

「ん?」

 

腕を回す。

未来の首元に顔を埋めると、いいにおいがした。

 

「・・・・ちょっと、だけ・・・・ちょっとだけ・・・・・終わったら、すぐに戻るから」

「・・・・うん」

 

とてもおちつく、あまいにおいにつつまれて。

そっと目を閉じる。

未来の腕が回ってきて、またゆっくり頭を撫でてくれた。

温もりが、においが。

波立つ心を、落ち着けてくれたけれど。

一度開いて、膿んでしまった傷は。

未だ、ジュクジュクと痛んだまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

座して見つめる。

視界に映る、ここではないどこかを。

薄暗い路地を駆け抜ける、もう一人の視界を。

 

『目標確認、市街地を地味に逃走中。指示を請う』

 

偵察に向かわせた手駒も、同じ個体を捕捉したようだ。

脳内に声が響いた。

視界を照らし合わせ、さっと思考して。

 

「少しばかり追い立てろ、だが騒ぎすぎるな。まだ奴等と相見えるわけにはいかん」

『派手に了解』

 

手短に指示を出して、視界を元に戻した。

次に考えるのは、相対予定の敵について。

特に想起しているのは、撃槍を纏った彼女。

虐げられ、幾つもの絶望を味わい、人間の醜い部分を散々目の当たりにして。

それでも、なお。

守ることを、救うことを選んだ。

逆境、絶望からの快進撃。

 

(まさに『奇跡』と呼ぶに相応しい存在・・・・)

 

――――そして。

 

 

 

 

この手で屠るに、実に相応しい存在。

 

 

 

 

 

殺すと誓ったあの日から、幾百年。

まさか本当に手にかけられる日が来るなんて。

 

「・・・・・ああ、楽しみだな」

 

虚空へ手を伸ばす。

その顔は、自分でも分かるくらいにうっとりしている。

 

「お前をこの手で、手折りたいな」

 

そのまま握り締めれば、首を掴んで締め上げるような感覚を覚えて。

背筋が、悦びに震えた。




壊れたものを直す・・・・なお・・・・。
・・・・直るんか、コレ()


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はいよる厄介ごと

――――仰け反って傾ければ、鼻先を掠める翡翠の一閃。

流れるように体を捻って側転で離脱すると、それを追いかけるように桃色の丸鋸が追いかけていく。

直撃しそうだったものを弾き飛ばし、前を見据える。

拳を構え、今度はこちらの番と突っ込む。

再び迫る丸鋸と鎌を、次々捌きながら接近。

軽く飛び上がって、回し蹴りを繰り出す。

防御に回ってきた腕とぶつかり、重い衝突音。

衝撃波が爆ぜる。

片方が引き離しにかかってきたので、蹴り飛ばして一閃を避けた。

地面に突き刺さった鎌を足場に、跳躍。

ビルの壁を蹴って、二人を眼下に。

刺突刃を振るい斬撃を飛ばして牽制ののち、本命の『手』を叩き付けた。

土煙で遮られる視界、故に神経を尖らせる。

案の定襲い掛かる桃色と翡翠。

飛びのいて回避し、『手』を伸ばす。

比較的手前にいた翡翠を引っつかみ、引き寄せる。

体勢が崩れた絶好の隙に、腰をホールド。

そのまま仰け反ってジャーマンスープレックス。

勢いに乗せて一回転し、もう一度叩きつけ。

最後の一押しと、抱えたまま飛び上がろうとしたところで。

体に巻きつく糸に気付いた。

直後、ぐいっと引かれる感覚。

吹き飛ぶ風景の中目を動かせば、桃色が最近使い始めたヨーヨーを握り締めていた。

即座の脱出は困難。

身を固めて衝撃に備えれば、ビルの中に叩き込まれた。

 

「―――――は」

「ふぅっ、は・・・・は・・・・!」

 

思い出したように呼吸を再開する二人。

がらがらと零れる瓦礫を見つめ、敵の沈黙を確かめようとした。

その、刹那。

瓦礫が爆ぜたと思ったら、飛び出してくる何か。

足元に突き刺さったそれは、瞬く間に発光して。

 

「ああッ!!」

「ぐうっ!」

 

今度は二人が爆発に呑まれる。

砂埃の向こうには、指の間に刃を挟んだ姿。

視線に気付いた途端不敵に笑い、両手の刃を投げ飛ばす。

宙を舞った後、激しく発光して次々爆発する刃の群れ。

 

「っだあ!!」

「やああああッ!!」

 

襲い来る熱と衝撃に、埒が明かないと判断。

翡翠が思いっきり振り払って刃を引き離し、桃色が鋸を展開して飛び出す。

肉薄、唸る鋸が手甲と激突して火花を散らす。

しかし、対する不敵な笑みは消えないまま。

 

「ッ・・・・!」

 

やはり接近戦は、あちらに軍配が上がる。

ボディブローで吹き飛ばされ、体勢を崩す。

地面に落ちる前に受け止めてもらえたが、全身に響く痛みですぐには動けない。

と、攻防も佳境に差し掛かってきた中。

唐突に聞こえる、手拍子二回。

弾けるように見上げれば、周囲の建物に突き刺さる無数の刃が。

もう見慣れてきた輝きを放っていて。

 

「――――」

 

視線を戻す。

唇に添えた指で、キスが投げられて。

瞬間。

轟音と瓦礫が、雪崩れ込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

二課がS.O.N.G.へと再編成され、ナスターシャ教授の葬儀も滞りなく終わり。

ついでにK2が世界三位になって、早三ヶ月。

ノイズの観測もすっかりされなくなったこの頃の主な任務は、世界各地での災害救助活動だ。

そんな中、調ちゃんと切歌ちゃんが快挙を成し遂げる。

あの『DMD』を、見事クリアしたのだ。

その現場見てたけど、いやぁ、ホントにすごかったよ。

本人達もびっくりしすぎて、ものすごい叫んでたし。

あんな高速なアルプス一万尺、初めて見た・・・・。

で、今日。

約束どおり、二人の挑戦を受けたんだけど。

 

「負ぁーけぇーたぁーデぇースぅー・・・・!」

 

自販機横の休憩スペース。

テーブルの上に突っ伏した切歌ちゃんが、ぐでーっと唸っている。

 

「あはは、でも二人とも強くなってたよ?もうちょっと隠しとく予定だった新兵器使わされたし」

「あの爆発する刃・・・・?」

「そーそー」

 

前から、『飛び道具欲しいなー』なんて薄々考えていたら、執行者事変のときの限定解除をきっかけに出てくるようになってきた。

分かる人には、『Devil May Cry4のルシフェル』とか『fateシリーズの黒鍵』のようなものと言えば、伝わるんじゃなかろうか。

手甲から飛び出してくる、エネルギーの篭った刃で。

普通の武器として使用するも良し、投げつけて任意のタイミングで爆発させるも良し。

拳しかなくてちょっと心もとないなと思っていた今のわたしにとって、頼りになる力の一つだ。

 

「でも、対応できなかったわたし達の負けは変わらない・・・・」

「ぐぬぬぬぬ、次こそは勝つデス!」

「はいはい、いつでもおいでませー」

「んにゃああああああッ!勝者の余裕ううううううッ!」

 

もだもだする切歌ちゃんが面白かったので、思わず笑ってしまった。

と、ここで思い出したので、切り出す。

 

「話は変わるけど、この後は二人ともうちに来るんだよね?」

「あ、はい」

「ううぅ・・・・マリアと翼さんのコラボ、見逃すわけにはいかないのデス」

 

復帰した切歌ちゃんや、調ちゃんが頷く。

そう、今日は『LIVE GenesiX』こと、チャリティロックフェスの日。

日本でも深夜に生中継される予定なのだ。

目玉はやっぱり、救世の英雄である翼さんとマリアさんのコラボユニットだろう。

先駆けて発売された『星天ギャラクシィクロス』も話題沸騰中だし。

今夜は日本全国が夜更かしするでぇ・・・・。

ちなみに原作とは違って、集まるのはわたしの家だ。

 

「板場さん達も来るんですよね?」

「そーだよ、鍋パ以来だね」

 

お菓子とか用意しなきゃなんて考える一方で、思い出すことがあった。

――――数日前のことだ。

横浜近辺で、謎のエネルギー反応を検知したとの報告が、当直だった友里さん達から上がってきた。

・・・・もしかしなくても、『彼ら』だろう。

 

(・・・・いよいよ、かぁ)

 

原作に比べて、わたしは誰かを攻撃することに躊躇いが無い。

だって、迷った末に未来を失う方が、もっとイヤだから。

だけど、だから大丈夫とも言っていられない。

『執行者団』(パニッシャーズ)みたいな例もあるし、何にしたって油断は禁物だろう。

『勝って兜の緒を締める』とも言う。

せめて最悪の結末だけは回避しないと・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

――――いかなきゃ、たどり着かなきゃ

 

か細い足を必死に動かして、夜を駆け抜ける。

 

――――全てが手遅れになる前に、早く

 

知らずに犯してしまった罪過から、逃げるように。

償いの場所を目指して、疲労を必死に押し殺して。

 

――――ドヴェルグダインの遺産を、あの人達の下へ

 

例えそれが、誰かの思惑通りと知らぬままでも。

どこまでもどこまでも、逃げ続けた。




『錬金術師』と聞いて、『きーみのってっでー♪』が流れた人はわたしと握手。
『このおもいをけしてしまうには♪』も流れた人はそのまま踊りましょう。


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ライブのち出動

大変長らくお待たせしました。
前回までの評価、閲覧、お気に入り登録。
誠にありがとうございます。


ロンドン。

テムズ川の上に創設された会場の控え室で、上着を羽織った翼とマリアは待機していた。

二人の周囲を囲むのは、黒いスーツに身を包んだ屈強な護衛達。

部屋の中だけではなく、部屋の外にも何人か控えていた。

一様にサングラスをかけているので、威圧感もひとしおだ。

 

「・・・・中々に息苦しいな」

「そうね、まるで監視でもされているみたい」

 

物憂げにため息をついた翼に、乾いた笑みで同意するマリア。

緒川という信頼の置ける人物が傍にいるとはいえ、やはり十全に耐えるのは難しいようだ。

 

「・・・・監視ではなく、警護です」

「そのとおり、世界を救った英雄を狙う輩も、少なくないのですから」

 

そんな二人のやり取りにむっときたのか、護衛の一人が口を開いた。

別の護衛もまた、同意して短く頷く。

――――実際。

『本筋』(げんさく)と違い、マリアと翼はまさしく世界を守った英雄に他ならない。

巨悪を打ち滅ぼしたと賞賛を浴びる一方で、彼女達が持ちえるシンフォギアに興味を持ち。

合法・非合法含めた手段で手に入れようとする輩は、確かに存在するのだ。

 

「分かっている、冗談よ」

 

そんな背景事情を把握していたからこそ、マリアもいたずらっぽくウィンク。

翼も緊張がほぐれた顔で、足を組みなおす。

護衛達は微妙な顔で歌姫二人を見て、緒川は苦笑いを零していた。

と、

 

「失礼します!マリアさん、翼さん、そろそろスタンバイお願いします!」

「はい!」

「今行きます!」

 

ガタイのいい護衛に驚きながら、ライブスタッフが駆け込んでくる。

歌姫二人はそれぞれ返事を返して、立ち上がった。

 

「護衛に囲まれようと、我々のやることは変わらない」

「ええ、最高のステージの幕をあけましょう」

 

纏った上着を翻して、歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっひゃあああああ!マリアー!!」

「翼さーん!!!」

 

さーてさて、深夜の日本ですよっと。

わたしの家に友達みんなで集まっての、ロンドン生中継の鑑賞会。

ご近所さんごめんなさいって思いながら、わたしもサイリウム振って楽しむ。

二人が歌っている『星天ギャラクシィクロス』、コンセプトは『明るく歌う鎮魂歌』だっけか。

それを踏まえて聞いてみると、これまでに亡くなった人達へ向けて。

『何度だって立ち上がるよ』と歌っているようにも聞こえる、『だから心配しないで』とも。

そう考えると、意外としんみりした歌かもしれない。

・・・・あっ、今『ほえろ!』のとこで跳ねるマリアさんが見えた。

かわいい(確信)

やがて曲が終わって、最後に盛大な花火と、ARだがVRだかの技術で映し出された銀河が二つ。

いやぁ、金かかってんなぁ・・・・。

 

「っひゃー!すっごーい!!こんな人達と友達が世界を救ったなんて、まるでアニメだねー!!」

「アア、ウン、ソダネー・・・・」

 

すっごい興奮気味の弓美ちゃんが、サイリウムを振りまくりながら嬉しそうに言う。

・・・・正直、世界を救おうだなんてのは二の次だったんだよなぁ。

だから褒められても素直に喜べないというか、なんかもにゃるというか。

 

「マリア、すっごく楽しそうだったデス」

「うん、でも無理してないかな・・・・お仕事だとずっと笑っているけど・・・・」

 

調ちゃんと切歌ちゃんは存分に楽しんだ一方で、マリアさんのことが気にかかっているようだった。

離れてからまだ数ヶ月だけど、芸能界って結構激務って聞くし。

まあ、心配になるよね。

 

「みんなを守ったのは認めてもらえたけれど、それでも求められたのは、大人達の体裁を守る偶像・・・・アイドルでい続けること」

 

ついでに翼さんも。

シンフォギア装者はその半数以上が未成年。

わたしを除けば、みんな学生だ。

原作と違ってアメちゃんは協力関係ではあるものの、その他の国はやっぱり違う。

シンフォギアに対する興味と畏怖。

色んな国の思惑と、弦十郎さん達の交渉の結果が。

『社会人』というある種縛りやすい立ち位置である、翼さんとマリアさんの行動制限だった。

有事の際の自由行動は許されているから、『原作』よりは多少動けるようではあるけれど。

それでも、わたし達を庇ってくれた結果だと思うと、何だかやるせないよね・・・・。

 

「それでも、頑張る理由は変わっていないと思う」

「未来?」

 

重くなりかけた空気をはらうように、未来の声。

振り向くと、どこか穏やかに笑っている。

 

「出動してるみんなと同じように、誰かの、何気ない日常を守るために。二人ともあそこで頑張っているんだよ」

 

『違うのは戦っているか、そうじゃないかだけだ』と。

未来は最後にはにかんで締めくくった。

個人的に付け加えるなら、翼さんマリアさんにとっての『何気ない日常』には。

調ちゃんや切歌ちゃん、クリスちゃんも入っていることだろう。

・・・・いや、わたしも入っているんだろうとは思うんだけど。

なんと言うか、自分で言うには照れくささがと言うか恐れ多さがというか。

その・・・・な!?

 

「そう、デスよね」

「だからこそ、私達で応援しないと」

 

一人でプチもだもだするわたしの横で、明るく調子を取り戻した調ちゃんと切歌ちゃん。

うんうん、マリアさん的にも笑ってくれた方が嬉しいよ、きっと。

なんて、後輩二人に微笑ましくなっているところへ。

 

「っ・・・・!?」

「おっと」

 

けたたましいアラートですよ。

気を利かせてくれた弓美ちゃんが、テレビの音量を下げてくれるのを横目に。

さっと通信機を通信機を取り出す。

 

『第七区域で、大規模な火災が発生。消防活動が困難なため、応援要請だ』

「ああッ!!」

「了解ッ!!」

 

手短な要請内容を聞いて、クリスちゃんと一緒に立ち上がる。

 

「響」

「ちょーっと人助けタイムだ」

 

どこか心配そうな未来に、さっきのお礼も込めて笑い返す。

 

「わたし達も」

「手伝うデス!」

 

調ちゃんと切歌ちゃんも、一緒に立ち上がる。

んー、でもなぁ。

 

「二人は留守番だ!LiNKER無しに出動なんて、させないからな!」

「ま、もしものためのバックアップってことで、今回は先輩に見せ場をちょーだい」

 

クリスちゃんの後、フォローを入れるようにおちゃらけてから。

さっと普段着に着替えて、一緒になって家を飛び出す。

タイミングよくやってきれくれた二課、じゃないや、S.O.N.G.のお迎えに乗る。

 

『――――現場となっているのは住宅マンションだ。既に消火活動は行われているが、防火壁の向こうに多数の生体反応が確認されている』

「まさか、閉じ込められている?」

 

ヘリの中。

弦十郎さんが、改めて任務の内容を説明してくれている。

防火壁の向こうに閉じ込められてるって・・・・・防災設備が裏目にでちゃうパターンですね。

あるある。

 

『更に気になるのは、被害が依然四時の方向へ拡大していることだ』

放火魔(あかねこ)でも暴れてやがんのか?」

 

A.KANEKOさんなら脚本でハッスルしてらっしゃるけどねー。

 

『響くんは救助活動を、クリスくんは被害確認を頼む』

「「了解!!」」

 

なんてこっそりボケてる間に話は進んだ。

役割が決まったと同時に、ヘリの速度が速まったように思う。

窓の外に黒煙が見えた頃。

ハッチを開けて見下ろせば、予想通り火災現場が。

 

「任せたぞ!」

「任された!」

 

クリスちゃんに、ギアをちらつかせつつ答えて。

わたしは夜空へ、身を投げ出す。

 

「――――Balwisyall Nescell Gungnir tron」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

炎の前に立つ。

翻る紅蓮に想起するは、消えてくれない想い出達。

『世界を知れ』という命題を脳裏に、彼女は静かに涙する。



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邂逅

先日投稿しました短編へのご反応、ありがとうございました。


異変は、ロンドンでも起こっていた。

 

「お前は、一体・・・・!?」

 

ライブ会場、バックヤード。

マリアが睨む先、緑を基調とした衣装の女が。

フラメンコのステップを踏んで立つ。

その足元には、彼女の攻撃や『接吻』で事切れた護衛達。

 

「何者だッ!?」

 

現在別行動している翼の安否を気にしつつ、マリアが声を荒げると。

女は妖艶に笑みを浮かべた。

 

「――――オートスコアラー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どっどど、どどうど、どどうど、どどぉーっ!!

邪魔な壁はぶっ飛ばせー!あっつい炎も吹き飛ばせー!

ってなわけで、せっせと救助活動ですよ。

燃え盛るマンションの中、本部のナビに従いつつ、遠慮なく壁をぶち抜きながら前進する。

・・・・バックドラフト?

それ起こる状況なら、そもそも酸素がないべよ?

というわけでまた壁をぶち破ると、マンションの住民達を見つけた。

 

「避難経路はこっちです!」

 

なんて声をかければ、みんな目に見えて安心した顔。

またナビに従いながら、壁を壊しつつ移動。

途中で消防隊員さんに引き継いでから、屋内にとんぼ返り。

 

『響ちゃん、生体反応ラストワン!』

『今ので随分救助出来たわ、あと少し!』

 

友里さんと了子さんの声を聞きながら、熱気の中を駆け抜ける。

また当然のように壁を抜けば、階段の踊り場でぐったりしている子どもを発見。

駆け寄る。

気を失っているだけで、まだ脈はある。

抱えた直後に天井が崩れてきたけど、難なく蹴り上げて。

勢いに乗って、外へ。

夏とは言え、熱気の中から飛び出せば、夜の空気が冷たくて気持ちいい。

 

『残りは消防が救助、および消火しているわ』

『それで最後よ、お疲れ様』

「はい!」

 

ギアを解除して、救急隊が集まっている場所へ。

 

「うちの子はどこですか・・・・?うちの子はまだ見つからないんですか・・・・!?」

 

手の空いている人を探そうとした矢先、泣きそうな声で詰め寄る女の人を発見。

 

「この子をお願いします!煙をたくさん吸い込んでいて、意識がありません!」

「っこうちゃん!!」

「ご協力、感謝します」

 

話しかけてみれば、ビンゴだった。

お母さんに子どもを渡して、救急車に乗せられていくのを見送る。

周囲を見渡してみたけど、手は足りているようだった。

 

「・・・・ん?」

 

クリスちゃんの方はどうなったかしらなんて考えながら、ふと見上げる。

傍の階段を上がりきったところ、その更に上の渡り廊下。

未だ燻る炎を、食い入るように見つめる後ろ姿が見えた。

・・・・階段を上って、近寄ってみれば。

明るく照らされた顔が見えて。

・・・・・ああ、これは確かに。

無視できないなぁ。

自分の顔に、乾いた笑みが浮かんだのが分かった。

だから、声をかける。

 

「そんなとこにいたら危ないよー?」

「・・・・ッ!?」

 

案の定驚いてこっちを見下ろす女の子。

ほっぺたは濡れたままだ。

 

「ご家族の誰かとはぐれちゃった?今そっち行くから、あんまり動かないように・・・・」

「――――黙れ」

 

濡れた頬をおざなりに拭ったと思ったら、問答無用で烈風が襲い掛かってきた。

難なく避けられたけど、さっきまでいたところが思いっきり抉れていてびっくり。

いや、冗談抜きでやべぇよ・・・・。

 

『敵だッ!敵の襲撃だッ!そっちはどうなっているッ!?』

「こっちにもいるよー、綺麗なおべべのかわいこちゃんだ」

 

未だこっちを睨みつける女の子を見上げつつ、クリスちゃんの通信に答える。

 

「キャロル・マールス・ディーンハイムの錬金術は、世界を壊し、万象黙示録を完成させる・・・・!」

 

展開していた緑の陣をさらに重ねていく女の子こと、キャロルちゃん。

素人目で見ても、威力が増大していくのが容易に想像できる。

・・・・・ところで名乗って大丈夫なの?君。

 

「これでお前を、奇跡を殺してやる!!」

 

言うなり、さっきよりも強烈な風が襲い掛かってきた。

ギア、間に合わない。

ちょっと危ないけど・・・・!

前方に飛び込む。

そのまま飛び跳ねれば、暴風が追い風に変わった。

 

「なっ・・・・!?」

 

渡り廊下に飛び乗れば、目の前に驚くキャロルちゃん。

にやっと笑いかけながら、ごろんと転がって背後へ。

そしてさっと脇に手を差し入れて持ち上げる。

 

「わーははは!とったどーッ!!」

「こ、このッ!!はなせ!降ろせぇッ!!」

「いーやだっひょーん!!あはははははッ!!」

 

気分は某獅子王のマントヒヒ。

意外とバタバタ暴れるキャロルちゃんだけど、むしろそれくらい。

やっぱり子どもなんだなー。

・・・・・このまま持ち帰ったら、『勝った!GX完ッ!』なんてならないかなと考えたけれど。

背後に湧いた冷気に気付いて、やっぱ無理かと苦笑いしてしまう。

 

「あらよっと!」

「うわぁッ!?」

「っち・・・・!」

 

キャロルちゃんをホールドしたまま飛び降りると、思ったとおり青い女の子(ガリィちゃん)が舌打ちしていた。

右手の手刀に、氷を纏わせている。

殺る気満々やんけ・・・・。

 

「っいい加減にしろきさまぁ!!」

 

と、ここで。

キャロルちゃんが我慢の限界を超えたようで。

今度は真っ赤な陣をこっちに向けて・・・・・って。

 

「わわわわッ!?」

 

こっちもこっちで殺意マシマシィーッ!!

慌てて降ろして飛びのくけど、結局発動した陣から炎が吐き出される。

幸いさっきよりも余裕はあったので、何とかギアをまとって腕を交差。

熱かったけど、どうにか防げたよ・・・・。

 

「・・・・・破壊し、滅ぼすお前の手が、どこまで抗えるのか」

 

炙られたなー、なんて呑気に思っていると。

ふいに口を開くキャロルちゃん。

青い女の子(ガリィちゃん)(もしかしなくてもオートスコアラー)を従えて、また睨んできている。

 

「見せてもらうぞ、ファフニール」

 

言い切ると、キャロルちゃんは赤い結晶を地面に叩きつけて。

そのまま転移で去ってしまった。

・・・・・久々に、『ファフニール』って呼ばれたな。

 

『響くん、無事かッ!?』

「どーにか五体満足です」

 

ここで弦十郎さんから通信。

まあ、耳元の通信機はオンのままだったし、音声は筒抜けだったろうね。

それよりも、

 

「クリスちゃんどうなりました?」

 

気になっていたことなので聞いてみると、少し言い渋る弦十郎さん。

 

『・・・・新たに出現した、未知のノイズにやられた。調くんと切歌くんが駆けつけたことで、何とか無事だが』

「・・・・そう、ですか」

 

返ってきた答えは、だいたい予想通りだった。

とうとう出やがったな、武士ノイズ。

 

『響くんが接触した少女と、無関係とは思えない。一度本部に戻ってくれ』

「了解です」

 

多分、翼さんの負けも聞かされるんだろうなと思いながら。

言うとおり、一度本部に戻ることにした。

 

 

でも、その前に。

 

 

「そこのおにーさん、ちょーっと同行してもらえますー?」

「ええ・・・・気付いてたの?」

「曲がりなりにもプロですから。あと、映像を売っても、結局もみ消されると思いますよー?」

「そんなぁ、マジかよ・・・・」




\ッマアアアアアアアアホディエンニャアアアアアアアンバラダイイイッッ!!/


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『錬金術』

ご感想ありがとうございます。
あまりお返事できずすみません。
いろんな懐かしいハガレンソングが出てきて、うれしいです。


「全員集まったな」

「装者勢ぞろい、とは、言い難いけれどね」

 

さて、騒動が一段落した数日後の午後。

学校を終えた子や、海外から戻ってきた二人を含めた。

総勢六名のシンフォギア装者が、S.O.N.G.本部に集まっている。

その表情はどれも芳しくない。

無理も無いか。

翼さんとクリスちゃん。

頼れる二人が、一晩で一気にやられたんだから。

 

「では了子くん、頼む」

「はいはーい」

 

弦十郎さんに言われて、了子さんがキーボードを操作。

大きなモニターに、シンフォギアのマイクユニットが表示された。

 

「これは?」

「先日破壊された、天ノ羽々斬とイチイバルよ」

 

了子さんの解説に寄れば、コアである聖異物は無事らしいけど。

装備を定着させる機能が失われている状態、とのことだった。

後ろでマリアさんが、『セレナのギアと同じ』とつぶやいたのが聞こえる。

 

「・・・・もちろん、直るんだな」

 

問いかけるクリスちゃん。

顔も声も不敵なんだけど、空元気なのが簡単に読み取れた。

まあでも、開発者がこうやって存命なわけだし。

割とワンチャン・・・・。

 

「当然、でも今はダメ」

「ッなんでだよ!?」

 

あら、ダメ?

クリスちゃんも断られると思わなかったのか、乗り出して食って掛かる。

 

「何の対策も講じないまま直したって、二の舞になるだけよ。壊して修理して、修理して壊して、キリがなくなるわ」

 

『直すのだってタダじゃない』と、世知辛い事情を漏らしながらため息つく了子さん。

 

「それに、あなたたち自身も、次こそは仕留められるかもしれないのよ」

 

何より、と。

了子さんは親指を立てて、

 

「うちのボスが、そんな神風特攻認めると思う?」

 

ないですね。

親指を向けられた弦十郎さんも、『当然』と言いたげに胸を張っていた。

 

「となると、現状戦えるのは響くんだけか・・・・」

 

ざっと、視線が集中する。

ひえぇ、結構プレッシャー来るねぇ・・・・。

 

「そんなことないデスよ!」

「私達だって・・・・!」

 

物申す!といわんばかりに、声を上げる調ちゃんと切歌ちゃん。

二人もギアを壊されてないわけだし、さらっとハブられるのは納得がいかないんだろう。

 

「ダメだ」

「どうしてデスか!?」

 

でもまあ、これも却下されてしまった。

 

「LiNKERで適合係数の不足を補わない運用が、どれほど体に負担をかけているか・・・・」

「LiNKERだって、現状では限りがある・・・・命を削らせかねない状況は、出来る限り作りたくない」

 

弦十郎さんと了子さんの代わりに、オペレーターコンビが説明してくれた。

――――二課がS.O.N.G.に再編成されるに辺り、いくつかの『制限』が課せられた。

その中には、LiNKERのことも含まれている。

 

『現存するものより薬害の少ないものが開発されない限り、新しく製造することを禁ずる』

 

そんな内容だったはずだ。

現在S.O.N.G.は、奏さんが使っていた『モデルK』と、マリアさん達F.I.S.が使っていた『モデルF』の二種類を保有している。

『原作』に比べれば数は揃っているけれど、無駄遣いできないのも確かだ。

 

「・・・・・どこまでも、私達は役に立たないお子様なのね」

「メディカルチェックの結果が、思った以上によくないことは知ってるデス、でも・・・・!」

 

けどまあ、納得できるはどうかは別問題だよね。

案の定、二人は悔しそうに顔をゆがめていた。

 

「こんなことで仲間を失うのは、二度とごめんだからな」

「今んところは、その気持ちだけで十分だからよ」

 

翼さんとクリスちゃんがフォローを入れていたけど、あんまり効果はないようだった。

 

「時に了子くん、彼らに関して知っていることはあるか?」

 

場の空気を切り替えるように、弦十郎さんが話を振る。

確かに、今回相手さん方が使った技術は、わたし達から見ればとんでも初見テクなんだけど。

ある種『長生き』な了子さんならあるいは、何かしらのヒントを持ちえているんじゃないかって思うよね。

 

「個人的には知らないけど、彼らが使っている技術なら」

「本当か!?」

 

モニターに表示された、昨日接触した連中を見つめて。

了子さんが頷けば、弦十郎さん始め、今度はみんながぎょっとなっていた。

 

「あれは『錬金術』の類よ」

「錬金術?」

「あの、漫画やゲームでよく見かける?」

「そう、それ」

 

オウム返しに聞いた友里さんや藤尭さんに、正解と指を向けて了子さんは続ける。

 

「万物に干渉し、物体を別のものに変化させる力。後に魔術と科学に分離した、異端技術の一つ」

 

ほぉー、さっすが了子さん。

なんかすごいこと言ってるのは分かるぞー。

 

「ノイズを作り出すなんて発想は流石に予想外だから、憶測でしか語れないけど・・・・錬金術における工程は、『理解』、『分解』、『再構築』の三つ。こいつらは二番目の分解の工程で止まるように調節されているようね」

 

・・・・・どうしよう。

『きーみのってっでー』な赤いちっちゃな錬金術師が、さっきから頭にちらついて・・・・。

 

「まあ、ここから先は、あの子に聞いてみるとしましょ?」

 

『誰が豆粒ドチビだぁーっ!!』と脳内で怒られたところで、了子さんのウィンクに引き戻された。

『あの子』っていうことは・・・・。

 

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

 

「――――ボクの名前はエルフナイン。錬金術師キャロルの下で、とある装置の一部の建造に携わっていました」

 

本部の留置スペース。

装者みんなと、弦十郎さん、了子さんの八人で覗き込むのは、昨日保護された破廉恥ルックこと、エルフナインちゃん。

・・・・いや、このスペースに八人はぎっつぎつやでぇ。

 

「ですがある日、データにアクセスした際、自分が作っているものが、世界を滅ぼすものであるということを知ってしまったんです」

 

結構威圧を感じるはずなのに、エルフナインちゃんは特に臆することなく話し続ける。

 

「世界を分解して滅ぼすワールドデストラクター、『チフォージュ・シャトー』・・・・ボクはキャロルの蛮行を阻止するべく、飛び出してきたんです」

「ちっちゃな体で、ガッツのあることするわね」

 

了子さんのぼやきには、ちょっと恐縮しているようだったけど。

それにしても、『チフォージュ・シャトー』ねぇ。

『青髭』の物語に出てきたお城が、そんな名前だったっけ?

 

「みなさんに、キャロルに対抗しうる手段を、『ドヴェルグダインの遺産』を届けるために。ボクはここまで来たんです」

 

エルフナインちゃんと一緒に視線を落とせば、さっきから膝にちょこんと乗せている箱が。

何だか考古学的に価値のありそうな装飾だなぁ。

 

「ドヴェルグダイン・・・・まさか?」

「はい」

 

で、なんか心辺りのある了子さんに頷いたエルフナインちゃんは。

箱を開けて、古びた金属片を取り出す。

 

「魔剣・ダインスレイフの欠片です」

 

・・・・とうとう来たよ。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

話し合いが一段落し、エルフナインはこのまま本部に残ることに。

了子はもたらされたダインスレイフの欠片を解析すべく、早速技術班へ持ち込んで行った。

装者達は、学生組は明日も学校と言うことで半数以上が帰宅し。

現在は響、翼、マリアの三人だけである。

 

「・・・・それで」

 

休憩スペース。

手に入った情報で熱った頭を、それぞれ飲み物でクールダウンする中。

マリアが横目で響を見やった。

 

「あなたは、何が引っかかっているの?」

「引っかかる?どういうことだ?」

 

響が、一切そんな素振りを見せなかったからだろう。

疑問の声を上げた翼も、一緒になって響に目を向けた。

 

「・・・・上手く、出来過ぎている気がするんです」

 

特に隠すつもりもなかったのか、少し間を置いてから口を開く響。

 

「翼さんとクリスちゃんのギアが壊されたところに、相手側から逃げてきたというエルフナインちゃんと、ダインスレイフの存在・・・・・タイミングが良すぎます」

 

『むしろちょっと怪しいくらい』、と。

響はアイスカフェオレを一口。

 

「言われてみれば・・・・」

 

マリアははっとしたような顔で、翼も呟きながらマリアを見て。

互いに頷きあう。

 

「エルフナインがこちらへ協力することこそ、相手の狙いでは、ということか」

「だが、現状はそれに頼る他ない。懸念が生まれたからとはいえ、だからと言って他の手段を探す猶予があるかと言えば・・・・」

 

響の懸念も分かる。

しかし、もはや戦力が響一人しかいない中。

他の方法を模索するほどの時間も余裕も残されていない。

状況はそれほどまでに逼迫しているのだ。

 

「ですよね」

 

響自身も、それをよく分かっていたのだろう。

次の瞬間には、気の抜けた笑みで一気に脱力していた。

 

「けれど、あなたの気付きが無駄とも思えないわ」

「ああ、まずは司令達の耳に入れておこう・・・・雪音達に話すかどうかは、また後で」

 

何せ解決策が見えてきたところへの、敵の罠やもしれぬという可能性だ。

扱いが慎重になるのもまた、当然のことであった。

 

「ありがとうございます」

 

響は、クリス達への隠し事をする罪悪感半分、信じてくれた翼とマリアへの感謝半分の。

どこか乾いた笑みを浮かべた。



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『水責め』

ご感想お返事できずにすみません。
ちゃんと目を通しています。
ひとつだけ言わせてもらうなら・・・・。


おとん『とは』なにもないですよ、とだけ。




「そういえば」

 

シンフォギアの修復に追われるS.O.N.G.本部。

忙しなくキーボードを打ち続ける藤尭は、思い出したように口を開く。

 

「執行者事変の際の・・・・了子さんが、ネフィリムをぶちのめした能力って?」

「ああ、あれ?」

 

いろんな意味で忘れられない出来事であったため、了子はすぐに思い出せたらしい。

 

「やっぱり錬金術なんです?」

「ええ、そうよ。ちなみに未来ちゃんを治療したのもそれね」

 

特に隠す理由もなかったらしい。

あっさり白状された内容に、藤尭は感心したように声を上げた。

 

「ささ、早いとこ進めちゃいましょ。響ちゃん一人に負担が集中しちゃってるんだから」

「はーい」

 

話は切り上げられ、作業を再開する。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、響?」

「やっほ」

 

未来が今日の学校を終えたところ、校門の前に響が待っていた。

私服であるため、仕事というわけでもないようだ。

 

「状況が状況だから、半ドンで終わったんだ」

「ああ」

 

そういえば、また物騒な輩が出てきたらしい。

翼やクリスが大変なことになったとかで、先日まで響が忙しそうにしていたのを覚えている。

説明に納得して頷いたものの、未来の胸中はもやがかかっていた。

 

(神獣鏡さえ使えたなら、せめてクリスだけでも助けられなかったのかな)

 

一応装者として登録されているものの、纏うべきシンフォギアがない未来。

国連からは、未だに作成の許可が下りないらしい。

・・・・手助けする為の力も手段もあるのに、自分だけではどうにもできない。

一度考え始めると、暗雲はさらに立ち込めていく。

 

「あれ、ビッキー?」

「本当だ、お久しぶりですね」

「わたしだよー、みんな元気そうでよかった」

 

そんな暗い思考を一時払ったのは、後ろからやってきた、弓美、詩織、創世の三人。

久方ぶりに会う友人に、響の顔がどことなくほころんだ。

はにかんだ笑顔が、本人の知らぬところで未来を救う。

 

「何々?旦那サマらしくお迎えとかー?」

「んっふっふっふっ・・・・そこを見抜くとは、やはり只者ではないな。越後屋ァ・・・・」

「いえいえ、お代官様ほどでは・・・・」

 

未来の内心など露知らず。

演技を始めた弓美と響の隣で、未来は照れるやら呆れるやら。

今度は微妙にひきつった笑みを浮かべていた。

校門の前で何時までも駄弁っているわけにもいかないので、ぼちぼち帰路へ就く。

お互いの近況や昨日のテレビ、学校や職場での愚痴など。

話題を二転三転させながら、ゆったり歩いていく。

 

「あー、そだ」

 

と、その最中。

何か思い出した響が、ぽつっと語りだす。

聞けば、先日の騒動の中で、S.O.N.G.が保護した子がいるらしい。

落ち着いたら外出も出来そうなので、よければ一緒に遊んでやってくれないかと言うことだった。

 

「へぇー、相変わらず大変そうね」

「男の子?女の子?」

 

どこか感嘆の声を上げる弓美を横目に、当然の疑問を口にした創世。

すると、

 

「女の子・・・・うん、女の子、だね」

「え、何々?その言い方、気になるじゃない」

 

響はどこか困ったように言いよどんだ。

何だか含みのある言い方に、好奇心をくすぐられた弓美が、もっと聞き出そうとして。

 

「――――ハァーイ」

 

ふいに掛けられた声には、危機感を煽る響きがあった。

勢いよく振り向けば、先日後ろから刺しに来た青い自動人形(オートスコアラー)―――エルフナインによれば『ガリィ』というらしい―――が。

いやらしい笑みを浮かべてこちらを見ている彼女は、徐に何かをばら撒く。

内側で赤い光を燈す結晶が何なのか、分かっていたからこそ。

 

「Balwisyall Nescell Gungnir tron !!」

「ッみんな、伏せて!!」

 

響は直ちに唱えて、飛び出す。

未来達がそろって身をかがめれば、現れた傍から刃を突き立てられるノイズ達。

何かことを起こす前に、次々赤い塵と消える。

 

「来るとは思っていたけど、こんなに早いなんてね」

 

響は挑発的に笑いながら、指の間に刃を挟めて構え、威嚇。

一方のガリィは流石に驚いていたようだったが、また濃く笑みを浮かべた。

 

「そりゃあ、あんたは最大の不安要素なんだから」

 

両手に水をたたえて、同じように構える。

 

「早々に仕留めとかないとねぇ?」

「あっはー!モテるって辛いなー!」

 

未来達が、顔の見えない背後にいるのをいいことに、思いっきり狂暴な笑みを浮かべた響。

一瞬未来に目配せした後、強く踏み込んでガリィに飛び掛った。

 

「今のうちに、響なら大丈夫!!」

「いる方が邪魔になるか、分かった!」

 

目配せを受けた未来が、友人達を逃がしているのを察しながら。

響は彼女等に向けて放たれたノイズを、片っ端から殲滅していく。

至近距離で目の当たりにして思うのは、人形とされる敵の、造詣の精密さ。

手元や足元の球体関節を見なければ、人間を名乗られても信じてしまうだろう。

そして手を上げることを、わずかばかり躊躇ってしまうかもしれない。

だが、人間ではないと聞かされている今では。

油断なく躊躇いなく、攻撃を加えることが出来た。

 

「おっら!」

 

ずどん、と踏み込み。

衝撃が地面をダイレクトに揺さぶり、滑走して移動していたガリィの体勢を崩す。

ここで初めて苦い顔を晒したガリィ。

瓦礫の間に転がりながらも、接近してくる響に対応すべくノイズをばら撒く。

必然対応に追われる響、その合間にガリィは何とか立ち直った。

タッチの差でノイズを片付けきった響は、今度こそガリィへ急接近。

唸る拳を、鋭く突き出して。

 

「・・・・ッ!?」

 

虚しく弾けた水に、呆気に取られる。

 

「こっちだ、バァーカッ!!」

「な、ゎぶ・・・・!?」

 

一瞬は見逃してもらえなかった。

声がしたほうを振り向けば、大量の水に押し流される。

地に足を付けられず、水が引いた後も上手く立てずにきりもみする。

 

「げっほ、ごほごほごほっ!」

 

ようやく落ち着いても、喉に入った水で咳き込んでしまった。

ずぶ濡れでひれ伏す響を、ガリィは面白そうに見下す。

 

「ところでアンタ、いつまでいい子ちゃんぶるつもり?」

「・・・・一体何の?」

「とぼけたって無駄よ、自覚はあるんでしょ?」

 

バレェのようにくるくる回るガリィ。

 

「ちっぽけな『お宝』を取り上げられないように、幾百幾千もの命を刈り取ってきた邪竜ファフニール。アンタの両手には、殺された何千人もの怨念が染み付いていることでしょうね」

「・・・・そうだよ、だからわたしは」

「救い続ければ罪がなくなるとでも?あはははははッ!!甘い甘い甘いィ!!」

 

過去の罪を掘り返すガリィに対し、今更なんだと睨みつける響。

その顔は痛みを堪えているようで、反面、罪を背負う決意をした強い目。

しかしガリィは嘲笑を返す。

 

「アンタが何しようがどうしようが、アンタが殺したことに変わりはない!アンタが奪ったことに変わりはない!」

 

響がはっきり動揺を見せたのをいいことに、言葉で畳み掛けていくガリィ。

 

「だいたい誰が助けてくれって言ったのよ?誰が守ってくれっていったのよ!?全部全部アンタの独りよがりなんでしょ!?どぉーせさぁッッ!!」

「・・・・・ッ」

 

響が何も言い返さないのは、ぐぅの音も出ないほどに図星だから。

・・・・未来を守り続けたのは、失いたくなかったから。

そこに未来本人の意思があるかどうかを聞かれると、悲しいくらいに心当たりが無かった。

 

「・・・・は」

 

無意識に抑えた胸が、とても冷たいことに気付く響。

まるで穴が開いたように寒く感じた。

今まで以上に、下卑た笑みを浮かべたガリィは。

その大きな隙を見逃さない。

両手を地面に向ければ、生まれた水が氷となり、鋭い氷柱が響に襲い掛かる。

 

「あ、ぐ・・・・!」

 

間一髪の所で飛びのいた響だったが、かわしきれず右肩にくらう。

掠めた傷口から血が噴き出し、腕を伝って指から落ちて行く。

そうなっても考えるのは、ガリィに指摘されたことだった。

――――自分勝手なのは、重々承知しているつもりだった。

それでも立ち止まらなかったのは、笑ってくれる人がいるから。

感謝してくれる人がいるから。

だけどその『笑って感謝してくれる人』すら、ほんの一握りしかいないことに気づいてしまって。

大多数の掲げる、『人を殺してはいけない』という『正義』に。

自分自身は何より、その人達すら飲み込まれかねないことに気がついた。

 

「何もかも図星ってとこ?敵の目の前で呆けるなんて、どーしようもないわねッ!!」

「っは、わあっ!?」

 

再び襲う激流。

水の中に、一緒になって迫るノイズをちらちら見つける。

また水に足を取られながらも、接近するノイズを何とか撃退。

激流から抜け出して、今度こそガリィを殴り飛ばそうとして。

――――力が抜ける。

何事かと体を見下ろせば、まとったギアが消えていた。

 

「わっ、だっ・・・・!」

 

受身を取れず、もろに倒れこむ響。

胸やひじを強打し、痛みに顔を歪めた。

 

「あーあー、ギアにも見放されたァ?ダサッ」

 

一方のガリィは、敵が著しく弱体したというのに、なぜか不満げに見えて。

その様に、響はわずかながら違和感を覚える。

しかし、わずかであるがゆえに、すぐに自責で押し流され跡形もなく消えてしまった。

 

「ほらほら、早く纏いなおさないと死ぬよー?あははははははッ!!」

 

ガリィは容赦なく攻撃を続け、響は必死に避け続ける。

心にダメージを受けた体は重たかったが、止まれば死ぬのは明白だった。

 

「っしま・・・・!」

 

猛攻の最中、小石が手元に当たり、衝撃で握り締めていたギアペンダントが飛んでいく。

拾いに行こうと目を向けたのも束の間、気配を感じて弾かれる様に向き直れば。

眼前に迫るノイズ達。

今の響は生身。

 

「――――」

 

走馬灯が、走りかけて。

 

「――――Granzizel bilfen gungnir zizzil」

 

目の前をよぎる、太い極光。

とっさに飛びのいた響が、光が飛んできた方向を見てみれば。

マントのない状態の、黒いガングニールをまとったマリアが。

よほど急いできたのか、肩で息をしながら立っていた。

 

「無事?まだ生きてる?」

 

息を整えた彼女は、そんな軽口をたたきながら微笑みかける。




この主人公しょっちゅうメンタル折れてんな()


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膝突く歌

先日ツイッターにて、多くの支援イラストと温かい声援をいただきました。
この場を借りて、改めてお礼を申し上げさせていただきます。

寛大な皆さまのお陰で書きあがった最新話、どうぞ・・・・!


「はぁッ!!」

 

久方ぶりにガングニールを纏ったマリアは、手始めにまだ接近してくるアルカ・ノイズへ立ち向かう。

分解器官である発光部位を避けつつ、次々切り捨てて屠っていくマリア。

 

「――――あの子達がまだ逃げ切れていないの、行ってあげて」

 

ある程度開けたところで、徐に口を開いた。

 

「あなたがいた方が、ずっと安全のはずだから」

「・・・・はい」

 

注意を逸らさないよう、首だけで振り向いた彼女。

頼まれごとを頷きで了承した響は、抜けた腰を取り戻して走り去る。

 

「何かと思えば、お薬頼りのハズレ装者じゃなぁい?」

「ハズレかどうか・・・・身を以って知りなさいッ!!」

 

改めて戦闘体勢を取ったマリア。

――――駆けつけた直後から、不敵な態度を取り続けているものの。

実際は、LiNKER無しで纏った反動をじわじわ受けていた。

全身を蝕む痛みに、あまり長くは持たないと判断したマリア。

短期決着を結論付けると、強く踏み込んで残っているノイズへ肉薄。

再び蹂躙を始める。

伸ばされたり飛ばされたりしてくる発光部位は、全て見切ってかわし。

どうしても避けられない場合は瓦礫をぶつけて相殺。

危なげないながらもノイズを片付けきったマリアは、とうとうガリィの下へたどり着く。

突きを繰り出せば氷で防がれたものの、慌てず槍のギミックを発動。

刀身を開いて解き放てば、つられて広がるガリィの両腕。

 

(獲ったッ!!)

 

見逃さないと言わんばかりに、重々しく突き込んだが。

 

「――――ッ」

「――――ハハッ」

 

これも、胸元に展開された氷に防がれてしまった。

ガリィは一旦受け入れるように閉じていた目を見開き、狂暴な笑みを浮かべる。

飛ばされた氷柱を避けながら後退するマリア。

 

「決めたッ!!」

 

ガリィはスケートのように、しかして非現実的なリズミカルさで接近する。

 

「アタシの獲物は、アンタだッ!!」

 

手に氷柱を纏わせ、バレェさながらの優雅さと鋭さで肉薄するガリィ。

『戦闘向きではない個体』とエルフナインから聞いていたものの、一撃一撃は人外らしく重たい。

加えて、さきほど響に使った水の幻影から、狡猾さも持ち合わせているらしい。

油断なら無い強敵だと、軋む体を気合で宥めながら、マリアは口元を結んだ。

一合、二合、切り結ぶ。

剣戟の度、ギアの節々が悲鳴を上げる。

異音と火花は、より激しくなる。

地面を踏みしめるマリア、地面を滑走するガリィ。

対照的な両者の攻防の均衡は、呆気なく崩れ去る。

 

「――――がッ」

 

右脚。

金属が砕けるような音と、小さな爆発。

短い悲鳴とともに、マリアの体が大きく傾く。

 

「ハハハッ!!もうひとぉーつ!!」

 

逃がさないと言わんばかりに、ガリィはマリアの胸元を狙って。

――――刹那。

鋭い切っ先が、触れるか触れないかのタイミングで。

一層激しい火花とともに、ガングニールが解除された。

 

「・・・・ッ」

「ああッ・・・・!」

 

どこか苦い顔とともにガリィが手を引っ込めば、がっくり膝をついて倒れこむマリア。

 

「・・・・何よこれ、揺さぶったらダメになるヤツと、歌ってもたいしたことないヤツしかいないじゃない」

 

目と口から血を流し、鈍く短く呼吸するマリアを、心底面白くなさそうに見下ろすと。

 

「――――クッソつまんない」

 

吐き捨てるように、テレポートジェムを叩きつけて。

ガリィは撤退していった。

 

「はぁ、っぐ・・・・!」

 

敵がいなくなったのを確認したマリアは、今度こそ倒れ伏す。

歌姫らしからぬ満身創痍で、苦し紛れに息を続けた彼女は。

やがて、泥から這い出るように身を起こした。

 

「マリアさん!」

「ぉがわさん・・・・」

 

そこへ緒川が駆けつけ、立ち上がろうとする彼女に肩を貸す。

 

「大丈夫ですか!?」

「喋れるし、意識もある・・・・大丈夫」

「・・・・また、調さんと切歌さんが心配しますよ」

「ふふ、そうね」

 

軽口を交わしつつ、二課スタッフが待機している場所に行けば。

 

「ッ・・・・マリア、さん」

 

響が小走りで駆け寄ってきた。

顔には心配の他に、不安や罪悪感、そして他にも僅かな暗い感情が見て取れる。

少し目をずらせば、後ろの方で案じる視線を送る未来達がいた。

 

「はい」

 

視線を戻したマリアは、握っていたものを。

ガングニールのペンダントを、響へ差し出す。

現在の適合者、および所有者は彼女だ。

今回こそ纏いはしたものの、それは緊急事態だったからという意思があったマリア。

故に、受け取るように促したのだが。

 

「・・・・ッ」

 

どういうわけか、響は顔を強張らせて俯いてしまった。

そのまま、うんともすんとも言わなくなってしまう響。

 

「・・・・!」

 

その静かな拒絶に痺れを切らしたマリアは、その手をひったくって無理やり握らせて。

 

「――――目を背けるなッ!!」

「・・・・ッ!」

 

一喝すれば、肩を跳ね上げた響と目が合う。

先ほどとは打って変わって、不安と恐怖が強く出たしおらしい表情。

まるで、親に叱られる子どものようだと思った。

 

「これは、お前の力だろうがッ!!」

 

あえて追い討ちをかければ、また俯いてしまう。

手を離したマリアは、そのまま背を向けた。

・・・・今の響が、精神的に弱っていることくらい、分かっている。

しかし、だからとて怖気づいたままではどうなるか、響も理解しているはずだ。

証拠に、ガングニールのペンダントは握られたまま。

呆然としているのは気にかかるが、マリア自身のダメージが大きいのも事実。

幸い未来がいるので、申し訳なくもそちらに任せることにして。

マリアは半ば眠るように、気力で保った意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――その日以降。

響のガングニールは、反応を示さなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――逃げるな

 

――――逃げるな

 

――――逃げるな

 

 

 

 

 

暗闇の中、怨嗟に混じった声がする。

 

 

 

 

 

――――認めろ

 

――――認めろ

 

――――認めろ

 

 

 

 

 

わたしを責め立てる声がする。

 

 

 

 

 

――――お前だ

 

――――お前だ

 

――――お前だ

 

 

 

 

 

そうだ、わたしだ。

わたしが、あなた達を。

 

 

 

 

 

――――私達を

 

――――俺達を

 

――――僕達を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

「――――あぁ、ぅ」

 

聞こえたうめき声で、未来は目が覚めた。

寝ぼけ眼をこすりながら隣を見れば、案の定唸っている響が。

またか、と、心配のため息をついて。

未来は響の様子を見てみる。

 

「あ、ぁぅ・・・・ぅぐ、ぁ・・・・!」

 

蒸し暑さからつけた冷房が意味無いくらいに、じっとりと汗をかいた彼女は。

苦悶に顔を歪め、搾り出すような声を上げていた。

ここの所、寝ている間の響はずっとこうだ。

毎夜毎夜、取り出すことの出来ない苦しみに苛まれて。

そして朝になると、目に見えて憔悴している。

 

「あ"あ"、あ・・・・あ・・・・!」

 

響の声で、我に返った未来。

 

「・・・・ッ、ひびき、ひびき?」

 

悪夢で苦しんでいるならと、その体を揺り動かす。

 

「ぁ、あ、う・・・・ぅ、う・・・・あ・・・・?」

 

時折跳ね上がる体にぶつかりながら揺らすこと、少し。

荒いながらも規則正しく呼吸を始めた響は、うっすら開いた虚ろな目を未来に向けた。

 

「・・・・みく?」

「うん、わたしだよ。みくだよ」

「・・・・また?」

 

もう何度も経験しているからだろう。

涙を滲ませて見上げる目蓋へ、未来はそっとキスを送った。

 

「大丈夫、大丈夫・・・・怖かったね」

「ご、ごめん・・・・また・・・・また・・・・!」

「へいき、わたしはなんとも無いから」

 

堪えきれず、はらはら涙を流す響を抱きしめて。

そのふわふわな髪を撫でながら、『だいじょうぶ』を辛抱強く繰り返す。

嗚咽と啜りで小刻みに震えていた響だったが、しばらくすると控えめになり。

やがて、気を失うように眠りについた。

暗闇でも分かるくらいに目元を腫らし、泥のように寝息を立てる響。

一見穏やかに見える姿でも、未来にとっては痛々しいものでしかない。

抱き寄せて密着すれば、まだかすかに震えているのが分かった。

 

「・・・・ッ」

 

ちりりと痛む、胸の奥。

次に浮かぶのはどうしてという疑問。

あんなに苦しい目にあった響が、あんなに辛い目にあった響が。

やっと、やっと、日常に戻ろうとしていた響が。

どうしてまた、こんなに苦しんでいるのだろう。

こんなに悶えているのだろう。

響の苦悶が移ってしまったのか、未来の内面もまた、暗く濁り始める。

呼応するように腕の力が強くなって、響をもっと抱き寄せた。

――――嗚呼、このまま。

 

(このまま、響の罪も、痛みも・・・・全部、全部、わたしにうつってしまえばいいのに)

 

そう願う未来もまた、やってきた睡魔に身をゆだねる。




気持ち原作以上にマリアさんが頑張った回でもあります・・・・。


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あげておとす

大変長らくお待たせしました。
とってもボリューミーです(笑)

前回までの評価、閲覧、お気に入り登録。
誠にありがとうございます。
誤字報告も大変助かっております。
この場を借りて、お礼とお詫びを申し上げさせていただきます・・・・!


――――雨が降っている。

耳を傾ければ、大人しい騒音。

近くを意識すればしとしとと、遠くを意識すればざあざあと。

じっとりとした湿気に汗ばませながら、未来は食堂への廊下を歩いていく。

 

「響、あれからどんな?」

 

席に着いた未来へ、弓美が遠慮がちに問いかける。

未来は一瞬動きを止めた後、柔く微笑んで首を横に振った。

響がシンフォギアをまとえなくなった現場にいただけあって、気になっていたようだ。

 

「あれから何度かがんばってるみたいだけど・・・・」

「そっか・・・・」

「重症ね・・・・」

 

あれから響は業務をこなす傍ら、シンフォギアを再び纏うべく何度も挑み続けている。

しかし結果は芳しくないようで、日に日に憔悴していく響を未来は気にかけていた。

シンフォギアを纏えない罪悪感、守らなければならないという義務感。

そのどちらもぬぐえない状況にある響は、今まさに暗がりの中を傷つきながら歩いているのだろう。

・・・・気がかりは、それだけではない。

あの日以来、毎晩魘される様になった。

汗ばみながら漏れる苦悶の声に交じる、『ごめんなさい』という謝罪を聞いてしまえば。

どんな悪夢を見ているのかなんて、想像しなくても確信できた。

 

「・・・・ビッキーが歌えなくなったのってさ」

 

天気に流され、気分が暗くなりかけた中。

創世が呟く様に口を開いた。

 

「理由が、分からなくなったからじゃないかな」

 

他人の目と耳もあるからだろう。

言葉が抜けている部分もあったが、言わんとしている事は伝わった。

 

「理由?」

「うん」

 

未来が鸚鵡返しに聞くと、創世はこっくりうなづく。

 

「だって、ビッキーは今まで、ヒナのために、守るために戦ってきたんでしょ?でも最近は、翼さんとかきねクリ先輩とか、頼れる人達が増えたから」

 

そこで創世は、一度飲み物を口にして、自身を落ち着けて。

 

「気を張らなくてよくなった、もう誰も疑わなくてよくなったから」

「そっか、余裕ができた分迷っちゃってるのかな」

 

未来にも心当たりはあった。

二課に出会うまでの響は、未来に対しては笑っていたものの。

どこかピリピリした気配を纏っていたように思う。

まるで静電気のように控えめだったそれは、未来を傷つけられることをトリガーに。

嵐のように高まり荒れ狂った。

そして触れるもの全てを、絶命させていったものだ。

だが、それも二課と関わるようになってからは薄れていった。

未来を、何より響自身を傷つけない温もりは。

誰よりも何よりも、響を癒してくれていたのだ。

しかしその温もりは今、毒となって響を蝕んでいる。

手に入れて当たり前の日常が、持っていて当たり前の安堵が。

強い光となって、響の罪を浮き彫りにしているのだ。

『この人殺し』『汚れきった罪人め』と。

 

「・・・・何にも分からない私達が言ったって、軽く聞こえるかもしれませんけど」

 

自分のことのように落ち込む未来を見かねてか、詩織が口を開く。

未来が顔を上げれば、薄く微笑んでいるのが見えた。

 

「早く、元気になるといいですね、立花さん」

「・・・・うん」

 

気遣いは十分に伝わったからこそ、未来もまた微笑みを返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨はまだ降っている。

再び現れた不穏な影への不安を、如実に表現しているかのようだ。

 

「――――響?」

 

そんな天気の夕方。

帰路に就いた未来は、響を発見する。

コンビニの軒下に佇む響は、ぼんやりと雨を眺めていた。

 

「――――みく?」

 

いつのまに凝視してしまっていたのか。

視線に気が付いた響が、こちらを見る。

最近目立ってきた目の隈が、店内から漏れる明かりに照らし出されていて。

響が今抱えている不安を、言葉ではない決定的なものとして伝えていた。

 

「響、かえろっか」

「・・・・うん」

 

こっくり頷いたその顔は、まるではぐれたのを反省する子どものようだった。

未来は笑みを浮かべて、響のすっかり冷え切った手を取る。

暖を取らせるようにやや強く握れば、響もまた弱々しく握り返してきた。

静かな雨音と、水溜りを踏みしめる不規則なリズムをBGMに、並んで帰路に就く。

 

「今日は寒いから、スープでも作ろうかなって。響は何がいい?」

「・・・・たまご、かな。中華系の」

「かき玉汁?いいね、おいしそう」

 

膿んでしまった傷を癒せるように、慎重に言葉を選びながら。

寄り添って歩いていく。

ペースをこちらに合わせてくれる優しさが、愛おしい。

それと同時に、泣きたくなってくる。

響だって本来は、もっと『普通』でいられたはずだ。

あのライブさえなかったら、戦う力が無かったら。

明るくて、優しくて、ちょっと大人っぽい。

そんな普通の女の子でいられるはずだった。

これからでも、なれるはずだった。

なのに、過去が、周囲が。

何気ない道を、何気なく歩くことすら許してくれない。

 

(・・・・どうして)

 

どうして?どうして?

確かに殺した、奪った。

だけど、お釣りがくるほどの命を守った、救った。

罪なんて、他でもない響自身がとっくに自覚している。

だから、味も、温度も、目も、声だって。

命以外の全部を削って。

さらには、その命すらも犠牲にしかけて。

頑張りすぎるくらいに頑張った。

罰だって、十分すぎるくらいに受けた。

なのに、なんで、また。

響は、こんなに苦しんでいるのだろう。

 

「未来?」

「ッ、どうしたの?」

 

不意打ち気味に呼ばれ、思わず顔を跳ね上げる。

見れば、どこか心配そうな響と目があった。

 

「いや・・・・寒いのかなって、手、強いから」

「ぁ、えっと、うん、うん・・・・そうなの、もう梅雨なのにね」

「・・・・風邪、ひかないようにしなきゃね」

「うん、なら、早く帰ろう?」

 

さりげなく身を寄せて、温めてくれようとする響。

未来は甘えるように肩に頭を乗せてから、一歩先へ出た。

――――こんなことで、自分まで暗くなってはダメだ。

 

(だって、響が本当に甘えられるのは)

 

今でもどこか気を張ってしまう立花響が、本当に気を抜くことが出来るのは。

小日向未来の隣、ただ一つなのだから。

未来が笑みを浮かべれば、思ったとおり。

響も遠慮がちに笑ってくれる。

 

(やっぱり響は、笑ってるほうがいいなぁ)

 

やっと掴んだ平穏を、手放すことがありませんようにと。

未来は、そっと祈りを捧げようとして。

 

「――――待っていたゾ」

「――――ッ!!」

 

その矢先の、敵意。

響が傘を薙ぎ払い、視界を確保。

見上げれば、真っ赤な衣装の少女がいる。

その手元はとても人間のそれとは思えず。

彼女が生身ではないことを、ファラやレイアよりも素直に物語っていた。

 

「心配する必要はないゾ、ワタシはガリィみたいに賢くないからな。『さくりゃく』とか、『わな』とか、そういうものは苦手だゾ」

 

『ただ』と。

雨粒に打たれながら、凶悪な笑みを浮かべて。

 

「お前が、ガングニールが、大人しく解体されてくれれば。誰も傷つけないゾ」

「っだ、だめ!!」

 

響へ向けられた、明確な害意。

先ほどまでの心境も相まって、未来は思わず前に出てしまう。

 

「未来」

「響はだめ、絶対にだめ・・・・やらせない!」

「未来、ダメだ。それじゃ相手を刺激する!」

 

響の制止も、意味を成さず。

 

「――――なら、解体ショーだゾ」

 

二人の目の前には、完全に『スイッチ』が入った人形が降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「新たなオートスコアラーか!?」

 

敵の出現は、S.O.N.G.本部も検知していた。

司令部のモニターには、アルカ=ノイズを従えた、赤を基調としたオートスコアラー。

それから逃げ続ける響と未来が映し出されている。

 

「戦闘に特化した最後の一体、ミカまで目覚めていたなんて・・・・」

 

一緒になってモニターを眺めていたエルフナインは、不安げに口を開く。

 

「ッ強化型シンフォギアの進捗は!?」

「45%、技術班(うち)をフル稼働させてるけど、これが限界よ・・・・!」

「っくそ!!」

 

響は今戦えない状態。

当然放っておけないと、翼が修復状況を確認したが。

了子の返事は芳しくないものだった。

やりきれない悔しさを、クリスは壁を殴ることでなんとか発散させる。

本当は誰もが分かっている。

逼迫した状況で、手を抜いているものなど一人としていないことを。

シンプルに『敵が強大すぎる』という、それだけの理由だからこそ。

手も足もでない状況に、悔しさを滲ませるしか出来なかった。

そうやって苦い顔を晒している間にも、戦況は変化していく。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「未来、もっと奥へ!」

「響は!?」

「いいから早く!!」

 

ミカに追われ、廃墟へ飛び込んだ二人。

振り切れないと読んでいた響は、せめて未来だけでもと奥へ追いやる。

そして自身は迫ってきたミカを見据えると、静かに構えを取った。

一度、この緊急事態ならと期待して歌おうとしてみたが、予想通り失敗。

落ち込む心を奮い立たせながら、前を見る。

 

「歌わないのか?てっきり歌える場所に動いてたんだと思ったゾ」

「あいにく、調子が振るわなくてね」

「そっか、なら歌えるようになるまで遊ぶゾ!」

 

言うが早いか、アルカ=ノイズに号令をかけ、自らも突進してくるミカ。

響は慌てることなく、まずは手近な瓦礫を引っつかんで投擲。

アルカ=ノイズに次々投げつけ、怯ませていく。

ノイズのキモである位相差障壁が、炭化させる個体と比べて弱いのはエルフナインから聞き及んでいる。

だからこその行動だった。

動きが止まったアルカ=ノイズの合間を縫うように駆け抜け、ミカの頭上へ。

 

「っだあぁ!!」

 

身を捻って回転をかけ、脳天へ踵を叩きつける。

難なく防御するミカ。

しかし、腕にかかる予想以上の『重み』に、また笑みがはっきり刻み込まれて。

 

「にゃはっ!」

「っ、ぅわ!?」

 

足首を引っつかんで投げ飛ばす。

身を翻した響は、一度着地したものの。

勢いを殺しきれずに転がっていく。

雨で元から濡れていた所為で、真っ黒になるほど汚れてしまう。

 

「響!」

「・・・・ッ」

 

あちこちを酷く擦り剥いていたが、怯んでいる暇はなかった。

間髪入れず、ミカが突っ込んでくる。

人間なんて簡単に引き裂ける爪が迫り、響は服を犠牲にして回避する。

出来たであろう引っ掻き痕を見ずに確認して、当たらないようにしようと決心する響。

そんなことお構い無しに、ミカは次々攻撃を繰り出してくる。

柱や壁、床を巻き込み、泥まみれになりながら回避しつづける響。

時折合間を縫って打撃を繰り出しているものの、ミカには効果がないようだった。

それなら、と、ミカが破壊して出来た小石を蹴り飛ばしていく。

 

「おっ?」

 

一つがクリーンヒットし、ミカの頭が傾く。

しかし首をかしげるように傾いただけで、大して効いている様子はなかった。

石なので生身より威力があるはずなのだが、丈夫なことだと内心で舌打ち。

足元の障害物が少ない場所へ、さりげなく移動しながら。

響は油断なく構え続けた。

そして、

 

「――――まだか?」

 

目の前の人形、その力の一端を。

身を以って思い知ることになる。

相変わらずのとぼけた顔のはずなのに、異様な『圧』を感じて仕方が無い。

ビリビリと肌を蝕む殺意に、神経を尖らせていた響は。

 

「まだ歌わないのか?」

 

次の瞬間。

胴に、打撃を叩き込まれていて。

 

「――――え?」

 

痛みを自覚した、刹那。

全身を灼熱が蝕んだ。

 

「ぐああああああああああああああああああああッ!?」

 

悲鳴をあげ、きりもみしながら転がっていく響。

何事かと混乱する耳に、じゅうじゅうという音が聞こえる。

 

「響ィッ!!!」

 

何が何だか分かっていない状態の響だったが、視点の違う未来には全てが見えていた。

叩きつけられたミカの手から炎が噴き出し、響を火達磨に変えたのだ。

幸い天候が雨だったため、水溜りですぐに消えたものの。

これが晴天などの水が無い状況だったらと思うと、ぞっとしない。

そんな未来の不安を嘲笑うように、ミカはゆったり響に近づき。

首を掴み上げた。

 

「あ、っぐ・・・・!」

「いい加減にしてくれないと困るゾ、ワタシは早いとこシンフォギアを壊さなきゃいけないんだゾ」

 

きちきちと機械的な音を出しながら、ミカはさらに力を籠める。

 

「どうしたら歌ってくれる?どうしたら本気になってくれる?」

「ぐぅう、あ・・・・!」

「全力のお前を分解しなきゃ、ダメなんだゾ」

 

『それとも』と。

ミカは空いた片手の指を伸ばす。

それが示すのは、上階からこちらを見守る未来。

 

「あいつか?あいつを分解すればいいのか?」

「っ、やぇ・・・・ぅぐう・・・・!」

 

焦燥を覚え、体を跳ね上げる響。

当然無意味であり、むしろ苦痛を助長させる結果になった。

 

「あいつの後はこの街だゾ、その次は人、その次はネコ。みんなみんなバラバラにしちゃうゾ」

 

ミカの合図を受け、上階にノイズ達が集合する。

逃げる間もなく、あっという間に包囲された未来。

それを目の当たりにした響は、何とか拘束から逃れようともがく。

 

「本気になってくれないのなら、本気にさせるしかないゾ」

「――――ッ」

 

響の背筋を、悪寒が走る。

失う恐怖に全身が悲鳴をあげ、硬直する。

なのに頭だけはいっちょ前に高速回転し、どうすれば、どうすればと無意味なループを繰り返し始めた。

その時だった。

 

「響ッ!!!」

「・・・・ッ!?」

 

思考を打ち切らせるには十分な一声。

目を向ければ、未来が必死な顔でこちらを見ている。

 

「響の手は、もう傷つけないよ!」

 

響に見られるのと同時に、搾り出すように叫ぶ未来。

 

「だって、響のお陰で、命が今日に繋がっている人は、たくさんいる!殺した数なんかより、ずっとずっと、たくさんある!」

 

一呼吸おいた未来は、どこか泣き出しそうで。

それでいて、懇願するような顔をしていて。

 

「わたしだって、その一人だよ・・・・!」

 

握り締める、胸元を。

 

「響が、ずっと、ずっと、一生懸命、守ってくれた、命だよ・・・・!!」

 

そこに確かにある、鼓動(いのち)を。

 

「だから、響!もう怖がらないで・・・・!」

 

また、一呼吸。

溢れた涙を堪えるように、喉を振るわせる。

 

「――――生きるのを、怖がらないで!!!」

 

そして最後の一押しと言わんばかりに、声を張り上げた。

 

「――――」

 

目を見開いた響の脳裏は、まっさらになっていた。

あらゆる思考が停止し、だけど呼吸音だけはやけにはっきり聞こえていて。

 

「何を言っているのかよく分からないゾ、バラバラになれば何にも関係なくなるゾ」

 

その横で、ミカは無情に号令を出す。

アルカ=ノイズが飛び掛る。

未来は咄嗟に避けたものの、崩落する足元に巻き込まれる。

自由落下を始めてもなお、未来の顔に浮かんでいるのは。

信じていると言いたげな、清々しい笑顔で。

 

(――――いやだ)

 

火が、灯る。

 

(なくしたくない、なくしたくない、なくしたくないッ・・・・!!)

 

いやだ、いやだと、心が泣き叫ぶ。

無くすのはいやだ、失くすのはいやだ、亡くすのはいやだ・・・・!

大切で、大好きで、愛している陽だまりを。

こんなところで、こんなことで。

――――失くして、たまるものかッッッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――Balwisyall」

 

 

「Nescェル」

 

 

「ガングニール・・・・・!」

 

 

「トロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっ?」

 

ぎごん、と鈍い音。

軽くなった感覚にミカが目をやれば、圧し折れて放り出される自らの片腕。

視界の端には何かが翻るのが見えて、それを目で追う。

 

「おおっ?」

 

瓦礫と雨水がなだれ込む中、そいつはいた。

まるで縋るように『陽だまり』を抱きしめ、蹲るそいつ。

マフラーを靡かせる響は、強く閉じていた目を開くと、安堵しきった笑みを浮かべた。

 

「――――ありがとう」

「――――ううん、いいよ」

 

泣き出しそうな顔をあやすように、そっと身を寄せた未来。

響も頬を寄せ返すと、早々に未来を降ろす。

真っ直ぐミカを見据えた響は、振り返らずに一言。

 

「――――いってくる」

「待ってる」

 

未来もまた、慣れた様子で笑って見送った。

瞬間、響が構えると同時に、重々しく展開する手甲のパイルバンカー。

 

「おおぉ・・・・おっ?」

 

楽しそうに笑うミカが行動を起こす前に、懐へ飛び込んで。

 

「おおおおぉぉわああああああああッ!!!」

 

重く、深く。

拳を叩き込む。

今度はミカがきりもみしながら吹き飛び、柱に衝突。

降ってくる瓦礫をもろに受けながら、砂埃に包まれる。

油断なく躊躇いなく構えた響は、追撃を加えようと再び手甲を展開。

今度はエンジンを噴かせながら、重々しい一撃を加えようとして。

 

「――――え」

 

突撃した砂埃の中。

予想だにしない光景が。

 

 

 

響によく似て、だけどどこか違う少女がいて。

 

 

 

「――――」

 

間に合わず、そのまま拳を振りぬいてしまう響。

弾けとんだ『水』が、まるで生暖かいように錯覚して。

我に返った視界。

満面の笑みを浮かべたミカの向こうに、柱に隠れたガリィを見つけた。

ミカの手は喉下、回避も防御も絶望的。

無情にも、赤い結晶が打ち出されて。

 

「があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!」

 

未来が顔を強張らせる前で、響の体は木の葉のように。

高く、高く、舞い上がった。




あげておとす(物理)


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割と大変な状況なのです

前回までの評価、閲覧、お気に入り登録、誤字報告。
誠にありがとうございます。
ここのところ、長く間が開いてしまって申し訳ありません。


負傷した響は直ちに保護された。

破壊されたガングニールも技術班へ送られ、順次修復と改修が行われている。

 

「隣、いい?」

 

そんな中、一人廊下に蹲っていた未来。

『手術中』のランプが付いた医務室から、一向に離れようとしない彼女を見かねて、マリアが話しかける。

未来が僅かに頷いたのを見たマリアは、遠慮なく隣に腰を下ろした。

一度顔を上げた未来は、再び顔を膝に埋めてしまう。

対するマリアも特に何か話すでもなく、ただ気遣うように沈黙を保っていた。

が、やがて口火を切る。

 

「・・・・立花響がやられる直前に出てきた、あの子」

 

マリアがちらりと目をやれば、こちらを伺う未来と目が合う。

 

「単に、幼い頃の彼女というわけではなさそうね?」

 

恐らく、今日の戦いを見守っていた誰もが抱いた疑問。

いや、()()()()()()()()であろう存在。

マリアの問いに、未来は沈黙を保ったまま。

しかし、わずかに顔を上げた彼女は、ゆっくり唇を動かす。

 

「――――あの子は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――『Project IGNITE』。

翼、クリス、響は戦闘不能。

調と切歌はまだ回復に至っておらず。

マリアにいたってはギアのコンバーターが破損し、そもそも纏えない状態。

そんな絶望的状況を打開するべく、エルフナインが立案した計画だ。

彼女が持ち込んだ聖遺物『魔剣・ダインスレイフ』の欠片をシンフォギアに組み込むことで、アルカノイズ、およびキャロルへの対抗戦力を手に入れる。

単純な強化作業に留まらないため、承認の為には様々な壁を突破しなければならなかったのだが。

そこは開発者である了子の許可と、翼の父親である『風鳴八紘』の後押しによりクリア。

以降、技術班とエルフナインによる改造・及び修復作業が行われることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから一週間。

S.O.N.G.本部、技術班。

 

「――――ッ」

 

転寝から我に返ったエルフナインは、慌てて手元を見る。

握られていたはずの半田ごては無く、さらに慌てそうになると。

 

「十分くらい寝落ちてたわよ。半田ごては危ないから、置いといたわ」

「あ、ありがとうございます」

 

了子がコーヒーを差し入れながら、机の上を指差して教えてくれた。

エルフナインは頭を下げて、膝にかけてあったブランケットを畳む。

その後、どこかぼんやりと動きを止めてしまった。

 

「・・・・夢でも見てた?」

「な、なんで分かるんですか?」

「顔に出てた」

「あう・・・・」

 

内面を見せてしまったのが恥ずかしかったらしい。

赤くなったエルフナインを微笑ましげに見て、了子は自分のコーヒーを一口。

 

「話したくないなら、それでもいいけど」

「・・・・いえ、お話させてください」

 

束の間沈黙を保ったエルフナインは、ややためらいがちながらも。

記憶を、思い出を。

綴るように、語りだす。

 

「パパと・・・・あ、キャロルのなんですけど・・・・山に、薬草を取りに行ったときの、記憶を見たんです」

「キャロルの父親も、錬金術師だったのよね」

「はい、住んでいた村が流行り病で困っていたので、薬を作るため、アルニムという薬草を取りに」

 

聞き覚えのある名前に、了子は反応する。

 

「ヨーロッパの山間部に自生している、薬効の高い薬草だったわね。確か今は、その希少さから天然記念物になってるんじゃなかったかしら?」

「そうです、天然記念物は初めて聞きましたけど・・・・」

 

そこで一旦途切れる言葉。

了子は特に続きを促すこともなく、静かにコーヒーを味わう。

 

「・・・・ボクの中には、キャロルの、パパとの想い出があります、でも」

 

香ばしい中のフルーティな味わいに、我ながら上手く淹れられたと満足する脇で。

エルフナインはまた口を開いた。

 

「どうしてキャロルは、失敗作のボクに、記憶を託したんでしょう?」

「・・・・さて、さすがの私も、そこまでは知らないわ」

 

了子は、何気なく呟かれた疑問への解答を持ち合わせていなかった。

正確には、()()()()が正しいだろうが。

脳裏に過ぎるは、キャロルが使いこなす錬金術の数々と、そんな少女に付き従う自動人形(オートスコアラー)達。

 

(エネルギー源は、やはり・・・・)

 

すっかり思考の海に沈んだエルフナインを見守りながら、了子は目を細める。

確信めいた答えを、コーヒーの味と一緒に確かめながら。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「――――腕の調子はどうだ」

 

どことも知れぬ場所に建つ、キャロル一味の本陣『チフォージュ・シャトー』。

その広間、腕をぐりぐり動かすミカへ、キャロルが頬杖を突きつつ話しかける。

 

「これより上が無いくらいバッチシだゾ、これでまた解体に精を出せるゾ」

「なら良い」

 

ピョンピョンとびはね、感情豊かに喜びを表現するミカ。

全快を十分に感じ取ったキャロルは、淡白な反応を返した。

 

「しかし、破壊前の状態でミカを損傷させるなんて・・・・」

「マスターが地味に警戒するだけある」

 

往復するミカを目で追いながら、冷静に分析するはレイアとファラ。

レイアはクリスを、ファラは翼を戦闘不能にした個体だ。

戦闘能力は特化型のミカに比べて低いものの、それぞれが強力な技を持ち合わせている。

仮にギアを破壊されなかったとしても、装者達の苦戦は必至だったろう。

 

「確かに脅威ではある・・・・が、計画は順調だ」

「それにあのドラゴンモドキ、ちょぉーっと揺さぶっただけですーぐナヨナヨポキンですもんねぇ。案外楽な相手かも~?」

 

懸念は懸念として気に留めているようだったが、さして重要視している様子ではないキャロル。

同調するように、ガリィは思い出し笑いを下品に零した。

性根の腐った配下のリアクションを横目に、キャロルはここではないどこかを見つめ始める。

・・・・再び握られたそれから、火花が散り始める中。

見える景色を出来る限り、かつ迅速に観察して。

判断を下せるだけの情報を集めて。

 

「――――頃合か」

 

キャロルがローブを翻し立ち上がれば。

自動人形(オートスコアラー)は、待ってましたといわんばかりに微笑んだり、口を結んだり。

 

「次の一手を打つ、遠慮はいらん」

 

号令を出すように、右手を掲げて、

 

「――――盛大に暴れて来い」




響「( ˘ω˘ ) スヤァ…」


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ピンチの救援はやっぱり最高

「――――っふ」

 

ファラの暴風が、風力発電所を。

 

「――――目標、派手に破壊完了」

 

レイアのコインが、地熱発電所を。

 

「――――まるで積み木のお城、レイアちゃんの妹を借りるまでもありませんねぇ」

 

ガリィの水流が、水力発電所を。

蹂躙し、攻撃し。

破壊していく。

 

「――――うししっ」

 

そして、ミカもまた。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

「状況はどうなっているッ!?」

 

S.O.N.G.本部。

けたたましいアラートが騒ぎまくっている中、弦十郎が怒鳴るように問いかける。

 

「都内各所の発電所が、自動人形(オートスコアラー)達に襲撃されていますッ!」

「すぐ近くの火力発電所も、っああ!!」

 

オペレーター達が答えているところへ、一層の揺れ。

了子を含めた何人かが、思わず声を上げて頭を庇う。

モニターに映し出されたのは、先日響を負傷させたミカ。

響にもぎ取られた腕も、復活させているようだった。

従来のノイズに比べて位相差障壁が弱いこともあり、本部近辺は自衛隊が奮戦しているものの。

状況は芳しくなかった。

 

「ッ新型ギアはまだなのかよ!?」

「エルフナインちゃんと一緒に頑張っているけど、あと一歩、後少しが足りない!」

「ッチキショウ!!」

 

当然ながら、『頑張っている』のは技術班も一緒だ。

しかし、シンフォギアは科学とオカルトが複雑に入り組んだ代物。

それが短期間で複数破壊されたとあっては、いくら優秀なスタッフがそろっていようと限界があった。

その事実は、クリスが悪態をつこうと変わらない。

 

 

――――誰もが辛酸を舐め、苦虫を噛みつぶし。

それでもなお打開策を探して翻弄する中。

()()が抜けだしたことに気づく者は、いなかった。

 

 

 

「潜入美人捜査官メガネなんて持ち出して、何をやるかと思えば・・・・」

 

S.O.N.G.医務室。

未だ昏睡状態の響の横をすり抜ける、二つの人影。

調と切歌だった。

変装のつもりなのか、それぞれピンクと緑のふちをしたメガネをかけている。

 

「・・・・訓練や出動の後」

 

疑問が抜けきらない切歌の横で、調は徐に戸棚を漁りだす。

 

「リカバリーをやるのはいつも医務室(ここ)、つまり・・・・」

 

低い位置の棚を開ける。

そこにずらりと並んでいるのは、しっかり栓がされた試験官。

その全てが、蛍光グリーンで満たされていた。

 

「なるほど、一発ぶちかますってわけデスね」

 

調の意図を察した切歌は、大きく頷いて納得。

取り出そうとすると、調が踵を返したことに気付く。

 

「調・・・・?」

 

凝視する視線を追うと、眠っている響が。

執行者事変の際と同じく、酸素マスクと様々なチューブにつながれて。

静かに呼吸を繰り返している。

 

「・・・・あなたへの憎しみは、まだ消えきっていない」

 

片手を握り締めながら、口火を切る調。

・・・・確かに殺すのは諦めた。

だが、マリアへの仕打ちを許しきれたかと言うのはまた別の話だ。

逆恨みなのは分かっている、先に仕掛けたのはマリアなのも理解している。

それでも、それでも。

世間一般で言うところの『家族』がいなかった二人にとって、マリアはまさしくかけがえのない『家族』で。

だからこそ、失いかけた恐怖と、傷つけられた怒りはひとしおで。

 

「でも、あなたが守りたかったものを理解できないほど、お子様じゃないつもり」

 

他者を傷つけてでも守りたかった響。

家族を思うが故に殺しかけた調と切歌。

どちらの思いも正しく、また、どちらの行いも間違っている。

蟠りを乗り越え、絆を結んだ今だからこそ。

理解できるものがあった。

 

「・・・・未来さんも、皆も、今は私達で守ってあげる」

「だから響さんは、早いとこ元気になるデスよ」

 

きっと、誰よりも、もしかしたら本人以上に大切に想ってくれている人が。

笑ってくれるだろうから。

改めて容器と投薬機に手をかけ取り出せば、けたたましいアラート。

赤く点滅するランプを見上げた二人は、次の瞬間。

いたずらっぽい笑みを交わした。

 

 

 

 

 

――――それから数刻後。

 

 

 

 

 

『やああああああッ!』

『デェーッス!!」

 

司令室のモニターには、桃色と翡翠の刃が翻っていた。

 

「あいつら、LiNKERを持ち出しやがったな!?」

 

ほんの数分前に鳴った警報などの情報を統合して、弦十郎は勢いよく立ち上がる。

他の面々も、呆気に取られていたり、不安げだったり。

共通しているのは、明らかな『無茶』をしている二人への心配だった。

 

「二人とも、何をやっているのか分かっているのか!?今すぐ戻れ!!」

 

例に漏れない弦十郎もまた、アルカノイズを次々屠る二人へ撤退を促すものの。

 

『誰かが引き受けないと、ここも危ない!!』

『そんなわけでお断りデスッ!!』

 

一蹴した二人は、なお戦闘を続行する。

丸鋸を飛ばし、鎌を振るい。

アルカノイズが片っ端から両断されていく。

 

『子どもなのも、頼りなく見られているのも!分かっている!』

『それでも!あたしらだって役に立ちたいんデス!仲間として、認めて欲しいんデスッ!!』

 

激しい感情に呼応するように、赤い塵が風に舞った。

 

「ッ回収班!早く二人を連れ戻すんだ!!」

 

――――決して侮っているわけではない。

ノイズに立ち向かえない弦十郎としては、むしろ頼もしさすら感じている。

しかし、彼女達が背負っているLiNKERのハンデを思うと、いても立ってもいられなかった。

現場にて、自衛隊の撤退を補助していたS.O.N.G.実働部隊へ指示を飛ばす弦十郎。

その少し後方で同じように戦いを見守っていたマリアは、一度目を閉じる。

・・・・調と切歌の燻っている感情には、マリアも気が付いていた。

以前と比べて友好的にはなっているものの、時折何か思いつめるような顔をする二人。

家族を想うが故に、人を殺しかけた調と切歌。

そのことへの罪悪感と、なお割り切れていない響への怒り。

きっと他にも、マリアが読み取った以上の感情を秘めていることだろう。

それでも、二人は戦っている。

動けない響の代わりに、彼女が大切にしている者達を守るために。

意識を現実に戻して、目を滑らせる。

たまたま響の見舞いで居合わせた未来が、翼達と共に。

戦いを見守ってくれていた。

 

「――――やらせてあげてください」

「マリア君!?」

 

一度、決意するように目を伏せたマリアは。

弦十郎の前で、立ちはだかるように手を広げる。

 

「あの子達にとって、これは単なる防衛ではありません。かつて、誰かを虐げることしか出来なかった臆病者達の、踏み出せない『一歩』を踏み出すための戦いなんです」

 

ただ事ではないと察してくれたのか、弦十郎は耳を傾けてくれている。

 

「だからお願いします、やらせてあげてください。あの子達の足掻きを、止めないで下さい・・・・!」

 

いつの間にか下がっていた腕は、無意識に手を握り締めていた。

真っ白な指の間から、血がぽたぽた零れ始めるほどに。

強く、強く。

 

「・・・・マリア君」

 

もとより人道的な思考を持つ弦十郎は、その姿に思う所が出来たらしい。

名前を呼び、言葉を紡ごうとして。

 

『――――うああッ!!』

『――――あああああッ!!』

 

マリアの行動を嘲笑うように、モニターから悲鳴が聞こえた。

弾かれるように振り向けば、ミカの前に倒れ伏す調と切歌。

切歌は既にギアを引き剥がされ、その素肌を余すことなく晒しており。

調もまた、たった今マイクユニットを破損させられたところだった。

 

「そんな、調!!切歌!!」

「回収班、今度こそ急げ!!仲間が危ないッ!!!」

 

あえなくギアを破壊され、うめき声を上げる二人。

弦十郎が即座に指示を出すものの、到底間に合いそうになかった。

 

『子どもの悪あがきも、ここまでだゾ』

 

意地悪く笑ったミカが、アルカノイズ達に号令をかけようとしている。

 

「――――やめろ」

 

震える声、マリアだ。

 

「――――やめろ」

 

喉から伝染するように、震えは肩まで達する。

 

「やめろおッッ!!!」

 

自身が促した結果がもたらす最悪の結末へ、悲痛な制止を上げるものの。

ミカの鋭い爪は、意外と綺麗な軌跡を無情に画いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那、風が吹く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はっと我に返れば、周囲に漂う赤い塵。

 

「・・・・風?」

 

やや困惑した様子であたりを見回す調が、呆然と呟けば。

 

「ああ、振り抜けば鳴る風だ・・・・!」

 

翼が不敵な笑みを浮かべた。

刀身が払われ、心地の良い音が鳴る。

 

「おいおい、なんだその顔」

 

少し高い所に陣取っていたクリスもまた、笑いかけていた。

 

「まさか、『誰か』に助け求めるだなんて、つれないこと考えてたんじゃないだろうな」

 

手馴れた手つきでボウガンを取り回し、肩に担いだ。

――――反撃、開始。




響( ˘ω˘ )oO0(わたし何回ベッドのお世話になるんだろう・・・・?)


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心の闇を見るって結構きつい

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誠にありがとうございました。


――――空気が肌を撫でている。

続いて、耳に呼吸の音が聞こえた。

ぼんやりしているうちに、目蓋が動くようになって。

光に痛む目を宥めながら、ゆっくりゆっくり開けてみる。

広がったのは、もう見慣れそうになってきたS.O.N.G.の医務室。

 

「――――ッ」

 

・・・・『知らない天井だ』って口が動きそうになって、慌ててつぐんだ。

がっつり知ってる天井だよ、これ。

また少しぼんやりしてから、ゆっくり体を起こしてみる。

・・・・重たッ!?

なんか、胴体全部に錘を括ったような感じ。

あとあれ、肩とか手首とか、節々が痛い・・・・。

 

「・・・・はあぁ」

 

どーっこらしょ、なんて起き上がって、ため息。

あー、お年寄りになった気分・・・・。

ここまで来ると、正直まだ寝てたい気分なんだけど。

そうもいかなそうだった。

どことなく重たい空気。

扉の向こうは、もっと張り詰めたオーラが滲んでいる。

・・・・もしかしなくても、緊急事態だろう。

だから、立ち上がる。

肘や膝の痛みを何とか押して、ベッドから降りる。

 

「・・・・行かなきゃ」

 

体をやや引きずるようにして、歩き出した。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「二人とも、よくやった!」

「後は任せろッ!!」

 

それぞれの得物を構え、前を見据える翼とクリス。

後ろでは、駆けつけたエージェント達が調と切歌を回収していた。

もちろん上着を羽織らせ、素肌を十分隠している。

当然のように襲おうとするアルカノイズを、手始めに片付けて。

改めてミカを睨む。

ノイズの群れはまだ健在。

上等だと身構えて、ほぼ同時に駆け出した。

翼が三つ斬り捨てれば、クリスが九つ撃ち抜く。

刃の軌跡と、銃弾の残響。

瞬きの間に、十、二十と数を減らしていく。

その様、まさに『突撃(CHARGE)』と呼ぶに相応しい。

もちろん、活躍の裏には、エルフナインや技術班達の努力があることも忘れてはならない。

アルカノイズの発光部位に触れても、ギアが解けないのが何よりの証拠だ。

 

「――――にははっ」

 

ミカはにんまり楽しそうに笑うと、手から結晶を射出。

アルカノイズが全滅したタイミングで、握り締めて走り出す。

一方は翼が振りかぶった剣へ叩きつけ、もう一方でクリスの弾丸を捌いていく。

言うまでも無く、この程度で怯む二人ではない。

 

「はああああああッ!!」

 

弾丸の群れを背負い、翼が駆け抜ける。

クリスは応戦し始めたミカの脇に回りこみ、追加の群れを解き放った。

何度も何度も木霊する剣戟と銃声。

一進一退の互角に見える攻防は、まるで嵐のようであったが。

所詮人為的なものであるそれに、やがて限界が訪れる。

 

「だあああッ!!」

 

翼がタイミングを見切って手首を捻る。

剣が翻り、ミカを弾き飛ばす。

大きくがら空きになるミカの胴体。

 

「うおらぁッ!!」

 

すかさずクリスがグレネードを打ち込めば、ボールのように吹っ飛んでいった。

間髪いれずに、翼は剣を放り投げる。

続けて自らも飛び上がり、足の推進器を吹かして蹴りを入れる。

降下し始めた翼へ、クリスはありったけのグレネードとミサイルを添える。

そんな猛々しい『銃剣』の一撃は、見た目相応の威力を以って。

ミカに、とどめを刺す。

 

 

――――はずだった。

 

 

「―――――めんぼくないゾ」

「いや、手ずから防いで分かった」

 

金属音と硝煙の中から聞こえたのは、未だ健在の敵の声。

身構える翼とクリスが目を凝らせば、ミカを庇うように障壁を張るキャロルの姿。

煙を払いつつ障壁を納めた彼女は、じろりと二人を見据えて。

 

「オレの出番だ」

 

はっきり言い切った。

 

「ご苦労だった、もう下がれ」

「委細承知だゾ」

 

そうして、キャロルに従い戦線から去っていくミカ。

 

「待てッ!!」

 

翼もクリスも、見逃すつもりは毛頭なかったのだが。

追いかけようとした鼻先に、風の刃を放たれた。

目をやれば、両手に緑の陣を展開したキャロルが睨んできている。

そちらを無視するわけにもいかなくなり、やむを得ず向き合う。

 

「お前たちの相手は、オレだと言っている」

「おいおい、そんなナリで戦う気かぁ?」

 

クリスが煽るように言った途端。

一瞬平静を保ったキャロルは、次の瞬間笑みを刻み付けた。

 

「なるほど、ナリを理由にされてはたまったものではないな」

 

言うなり、手元に陣を展開するキャロル。

光が収まる頃には、大きなハープが握られていた。

警戒する二人に、改めて凶悪な笑みを浮かべたキャロルは。

次の瞬間、その弦を無造作にかき鳴らす。

するとどうだろう。

ハープから無数の弦が解き放たれ、キャロルへ絡みつく。

そして、まるで立体を編み上げるように集合して。

張り付くスーツと、鎧へ変化していった。

キャロルの体もまた、大きな変化。

十に届くか届かないかの肢体が、しなやかに、艶やかに成長していく。

そうやって現れたのは、ワインレッドの装束に身を包んだキャロル。

 

「これだけあれば、不足はなかろう?」

 

成熟した女性に様変わりしたキャロルの体。

挑発するように胸に触れる様子から、よほどのパワーアップをしたのが見て取れた。

 

「ッ大きくなったところで!!」

「張り合いは望むところだァッ!!」

 

キャロルが大きくなった程度で、怯む二人ではない。

剣を払い、銃口を重々しく向けて。

強く強く地面を蹴り、飛び出していく。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

「ダウルダブラの、ファウストローブ・・・・!!」

 

ほんの少しだけ遡って、S.O.N.G.指令室。

キャロルが纏ったシンフォギアのような装備に、エルフナインが呆然と呟く。

 

「ファウストローブ?」

「錬金術版のシンフォギア、と考えればいいわ。聖遺物に歌以外のエネルギーでアプローチした結果なの」

 

疑問符を浮かべた藤尭に、了子が解説をしているところへ。

指令室のドアが開く音。

見守っていた未来を始め、余裕のある面々が振り向けば。

 

「いい時に起きたみたいだね」

 

痛むらしい腕を抑えて立つ響。

起きてすぐに来たのか、入院服のままだった。

 

「響、動いて大丈夫なの!?」

「うん、ちょーっとだるいけど、そんくらい」

 

案じてくれる未来へ、へらりと笑いかけた響は。

しかし、一度閉じた目を開く頃には、表情を引き締めていた。

 

「・・・・状況を、教えてください」

 

不安げな未来も視界に収めながら、弦十郎はモニターを見た。

 

「御覧の通りだ、翼とクリスくんが交戦中。しかし・・・・」

 

顔を渋めれば、文字通り大きくなったキャロルに苦戦している二人。

首魁を務めるだけあって、キャロル本人も『やり手』らしい。

無数の弦を操って、翼達を追い込んでいた。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

クリスが弾幕で牽制する間、反対側に回った翼が『蒼ノ一閃』を放つ。

一瞬反応が遅れたキャロルだったが、うまいこと体をひねって回避。

ワイヤーを固めてドリルを形成すると、近くにいたクリスへ肉薄。

迫ってきた翼もまた、同じくワイヤーで剣をいなす。

ついでに蹴りを加えて距離をとると、ダメ押しと言わんばかりに炎と風の陣を展開。

暴風と熱波に、思わず顔を庇う二人。

すかさず隙をつかれ、いくつもの雷光が降り注いできた。

どうにか避けられたものの、さらに離れた距離が力の差を表しているように見えて。

翼もクリスも、目に見えて苦い顔をした。

だが、希望が潰えたわけではない。

 

「やるか、イグナイトモジュール・・・・?」

「櫻井女史とエルフナインが付けてくれた、新しい力・・・・」

 

強化にあたって、シンフォギアに新たに付け加えられた力。

運用を一歩間違えれば、自身も滅ぼしてしまう。

諸刃の『剣』。

 

「――――ハ」

 

その程度で二人が足踏みするかどうかといえば、『否』である。

 

「お試しなしのぶっつけ本番、上等じゃねぇか!!」

「ああ、全く以て同感だッ!!」

 

未だ健全の敵を前に、不敵に笑いあった翼とクリス。

装いが新しくなった胸元へ、揃って手を伸ばす。

 

「――――イグナイトモジュールッ!!」

 

「――――抜剣ッ!!」

 

 

 

 

『――――Dainsleif!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――イグナイトモジュール。

魔剣・ダインスレイフの欠片により、装者自身が抱える心の闇を増幅させ。

暴走状態を意図的に発動。

そのうえで制御し力と変えるシステム。

しかし、途方もない破壊衝動に身を焼かれ続ける代償もある。

濁流のように押し寄せる(トラウマ)に、抗えなければ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――一瞬の暗転。

翼が意識を取り戻すと、戦場だったはずの立ち位置が様変わりしていた。

一見何も見えないように思えるが、薄暗い中に見える輪郭から、ここがライブ会場であることを察する。

すると、スポットライトが翼を照らした。

急に明るくなった視界。

眼球に痛みを覚えた翼は、思わず顔を庇った。

光に怯んでいる間に、会場全体の照明が点灯する。

 

「―――――ッ!?」

 

見えるようになった観客席を見て、絶句する。

所狭しと並び、彩を加えている観客は。

 

「ノイズ・・・・!」

 

まさしく人っ子一人いない状況。

呆然と見渡した翼。

見開かれた目は、みるみる悲痛に歪んで。

あふれた動揺が、膝をつかせた。

――――やっと、夢を。

世界で歌ってみたいという夢を、叶えられたと思っていた。

その矢先の、今回の事件。

剣という使命に誇りがあるのは、偽りのない事実。

それでも、自分の歌を聞いてくるのは敵だけというのは、とても堪えた。

 

「――――ッ」

 

照明が完全に落ちて、新たに点く。

そこにいたのは、父と、幼い日の自分。

 

「――――お前が娘であるものか、どこまでも穢れた風鳴の道具に過ぎん」

 

幼心に深く刻まれた言葉(トラウマ)

そうだ、始まりは承認欲求だった。

冷たい言葉が信じられなくて、どうしても撤回してほしくて。

だから、無我夢中で剣として鍛錬を重ねてきた。

でも、その果ては。

 

「奏・・・・?」

 

また新たなスポットライト。

照らし出されたのは、もはや懐かしい姿形。

振り向いた奏は、翼に気づくと。

ふっと笑みを向けてくれた。

 

「奏・・・・!」

 

すがるように駆け寄り、抱きしめる。

瞬間、奏はぶつ切りとなって崩れ去る。

 

「――――剣の身では、誰も抱きしめられない」

 

それどころか。

足元に転がる、大切な人のように。

わなわな震える指を握りしめ、喉から慟哭を絞り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスが目覚めたのは、リディアンの教室。

幼い頃から焦がれた、温かい日常の風景。

クラスメイトとおしゃべりをして、勉強に頭を悩ませて、家族と慎ましい時間を過ごす。

誰もが持ち得て、何よりも尊い時間。

地獄を知っているからこそ、クリスは大切にしようという気持ちがひとしおだった。

だが、そんな決意をあざ笑うように、景色が一変する。

吹き荒れる風、舞い上がり押し寄せる土埃から顔を庇って、目を開けなおせば。

火に包まれ、瓦礫が散乱する地獄へと。

 

「ああッ・・・・!」

 

歩き出そうとした足元。

転がる瓦礫以外のものに気づいて、短く悲鳴を上げる。

そこにあったのは、決して浅くない怪我を負った了子。

いや、了子だけではない。

調や切歌、響に翼にマリア。

弦十郎や、緒川、友里や藤尭といったS.O.N.G.職員達まで。

クリスが守りたいと、大切だと思っている人達が。

傷だらけで所狭しと倒れていた。

――――クリスは知っている。

地獄はすぐそこにあることを。

大切な人達は、いなくなる時は呆気なくいなくなることを。

その恐怖は、常日頃から傍にいることを。

 

「ぅ、あ・・・・!」

 

フラッシュバックする。

炎の中で、事切れた両親が。

親のように慕っていた了子(フィーネ)を、奪われたと思った感情が。

怖い、怖い、怖い。

また、失ってしまうのが。

たまらなく怖い・・・・!!

 

「ああああああ・・・・!」

 

上がる悲鳴が、止められない。

抜けそうな腰を必死に保ちながら、一刻も早く距離を置きたくて。

クリスは背を向け、駆け出そうとして。

 

「――――!?」

 

何者かに、手をひっつかまれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我に返る。

現実に戻った意識で改めて見渡すと、しっかり握られた自分の手が見えた。

 

「すまんな、雪音」

 

握られた手を追いかければ、苦しそうながらも笑う翼。

 

「こうでもしないと、自分を保っていられない・・・・!!」

 

ぎゅう、と、さらに強く握られる手。

熱いくらいの温もりが、吹き飛びそうな両者の意識を繋ぎとめていた。

やがて不発を判断したシステムが、強制終了する。

体力と気力を一気にそぎ落とされ、翼とクリスは雪崩れ込むように倒れ伏す。

イグナイトの初運用は失敗。

だが、暴走という最悪な結果だけは免れた。

 

「ふん・・・・」

 

その様を見ていたキャロルは、なぜか面白くなさそうに鼻を鳴らす。

そして徐に懐からアルカノイズの結晶を取り出して。

 

「向かってこないというのなら、その気にさせるだけだ!」

 

まるで見せつけるように、盛大にばら撒いた。

 

「聞くがいい!死にゆく者たちの、悲鳴を!!」

 

砕けた結晶から次々現れたアルカノイズは、たちまち散開。

あっという間に人間を探し当て、片っ端から赤い塵にして殺していく。

上がる悲鳴は、翼とクリスにも聞こえていた。

このまま倒れ伏している二人ではない。

しかし、イグナイト失敗の反動は凄まじく。

足を張って立ち上がるだけでやっとだった。

 

(早く、一刻も早く立ち上がる力を・・・・!)

(牙を突き立てるだけの、力を・・・・!)

 

膝は笑い、胴体は鉛を埋め込まれたように重い。

動かなければと焦るほどに、四肢はどんどん鈍っていく。

 

「・・・・」

 

そんな二人の様子を、キャロルはやはり面白くなさそうに見ていた。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「・・・・」

「・・・・行くの?」

 

戦闘を静かに見守っていた響。

未来はその横顔へ、確信めいた問いを投げる。

もうしばしモニターを眺めた響は、返事代わりに困った笑みを向けた。

 

「・・・・本当は、まだダメだっていうのは、分かっている」

 

だけど、と。

改めてモニターを見る。

悲鳴が連鎖する中、立ち上がろうと足掻いている翼とクリスがいる。

目の前にいるキャロルは、何故か行動を起こしていないが。

もし起こしたとしたら、簡単に二人を仕留められる位置にいた。

 

「だけど、こんなのを見てしまって、引きこもっていられるほど・・・・いい子じゃないから、だから」

 

ぐぐ、と音を立てて握られる拳。

その意思の硬さを目の当たりにした未来は、しょうがないといいたげにため息をついた。

 

「響さん」

「ん?」

 

そんな響の目の前に、エルフナインが歩み寄ってくる。

おずおずと差し出した手を開けば、シンフォギアのマイクユニットが。

ガングニールのシンフォギアがあった。

 

「わたしのも改修してくれてたんだ?ありがとうね」

「いえ、そんな・・・・わわわっ」

 

お礼とともに頭を撫でた響は、踵を返す。

 

「――――無理だけは禁物だぞ、泣かせたくないのなら、な」

 

その背中へ、弦十郎が忠告を投げれば。

響は背を向けたまま、二本指を投げた。



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残酷な結末

なお立ち上がろうともがく翼とクリス。

必死に足掻くその耳に、甲高い音が聞こえてくる。

 

「――――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」

 

その中に混ざって聞こえる、勇ましい雄叫びは。

聞き覚えしかない、頼れる声。

飛び出した響は、振りかぶった拳をめいっぱい叩きつける。

上空で小型を吐き出していた大型は、重い重い一撃をもろに受けてしまい。

あわれ、赤い塵となって空に広がった。

 

「や、どーも」

 

雪崩れ込む塵をバックに、響が降り立つ。

 

「すっかり寝こけちゃったよ」

「・・・・まったくだ、寝坊助にもほどあんぞ」

「同感だ、おかげでどれほど苦労したことか」

「ごめんなさーい」

 

軽口を叩いている間に数歩進んだ響。

その立ち位置は、キャロルと向き合う形になる。

 

「状況は聞きました・・・・イグナイトでしたっけ?」

「ああ、試みて失敗して、このザマだ」

「最初にこけるほうが人間らしいじゃないですか」

「言ってくれる・・・・」

 

言葉を交わしつつ、目は敵から離さない。

現れた響を警戒するように、キャロルは両手の間にワイヤーを張っていた。

 

「ちょっと見ない間に大きくなって、とんだ成長期だねぇ?」

「は、折れた分際が怖気づいたか」

「あっはは!・・・・まさか」

 

口元を吊り上げて、徐に構えた響。

刹那、地面が少しばかり陥没して、姿が消える。

次に視認できた時、すでにキャロルへ肉薄していた。

 

「ッだあ!」

「ッ・・・・!」

 

穿たれる拳。

キャロルはワイヤーを張って受け止めるも、勢いを殺しきれずに後退する。

そこから響は、拳を軸に大回転。

首筋へ、容赦ない一撃をくらわせようとする。

だが、キャロルは間一髪のところでワイヤーを間に合わせた。

動きが止まったところへ、炎の陣を展開。

生み出した爆炎で、吹き飛ばした。

一度は熱に怯んで下がる響だったが、後退の意は見せない。

数度激しく回転することで炎を振り払うと、再び突撃。

飛び掛かってきたワイヤーを、今度はわざと腕に絡ませると。

力の限り引っ張った。

咄嗟のことで対応が遅れ、大きく体勢を崩すキャロル。

なされるがままに、響の下に引き寄せられてしまうが。

しかし、ここで簡単にやられるわけではない。

今度は手元に()()の陣。

風の陣が少量の雷を発生させれば、それらは当然ワイヤーを伝う。

 

「・・・・ッ」

 

もちろん気づいた響は手放そうとしたが、叶わない。

何事だと手元を見れば、降りた霜で固められた拳が。

その合間に、電撃が到達してしまい。

 

「ッがあああ!」

 

苦悶の声をあげながら見れば、キャロルがにやりと笑いながら手を開く。

そこには、風の陣に重なるようにして、水の陣が展開されていた。

 

「っは!!」

 

ダメ押しと言わんばかりに炎の陣を展開し、放つ。

今度はもろに火だるまとなった響が、ごろごろと仲間達の下に転がり戻った。

 

「立花!」

「おい、しっかりしろ!」

 

幸い炎の勢いはだいぶ弱まっており。

何とか立ち直った翼とクリスが、二人掛かりではたけば消火出来た。

 

「ひゃー、やっぱり太刀打ちできませんね」

「やっぱりイグナイトしかないか」

「ああ、それに・・・・」

 

立ち上がる響に手を貸しながら、翼は目を滑らせる。

依然、面白くなさそうに構えているだけのキャロルが、睨み返していた。

 

「どうやら、あちらもそれをご所望らしい」

 

追撃を放ってこない行動に、確信を持ちながら言い切った。

千変万化の錬金術に加え、無数のワイヤーを操るキャロル自身の技量。

こちらもその気にならなければならないほどの、強敵だ。

しかし、

 

「じゃあ、ご希望通りやってあげましょうかね」

「けど、あれは・・・・あの衝動は・・・・」

「一瞬でも気を抜けば、すべてを持っていかれる破壊衝動・・・・もし飲まれてしまえばどうなるか」

 

早速起動しようとする響とは違い。

一度失敗してしまったせいか、どこかためらいを見せる翼とクリス。

 

「臆病者、と笑われても、致し方ないのは分かっている・・・・」

 

響のわずかに戸惑いをはらんだ視線を受けて、翼は自嘲の笑みをこぼした。

クリスも、目に見えて顔を陰らせている。

そんな二人の様子を見た響は、ふと、嘲りのない笑みを浮かべて。

 

「――――ルナアタックのとき、翼さんは、こっちにおいでって言ってくれました」

 

『こうやって』と、手を差し出す。

 

「クリスちゃんも、フィーネさんのとこにいた頃。なんやかんや言いつつ手助けしてくれた」

 

それからクリスの手をつかむと、翼の手とまとめて握りしめる。

 

「――――嬉しかった。すごく、嬉しかったんだ」

 

そして、目を閉じた響は。

言葉の通り、幸せそうな、救われたような。

穏やかな笑みを浮かべた。

 

「だから今度は、わたしの番だって。ずっと思っていた・・・・今が、その時だ」

 

最後には、穏やかさから勇ましく変わった笑顔は。

強いまなざしで二人を見つめた。

 

「今度は一緒にやりましょう、わたしも含めた三人一緒に。もし二人になにかあったら、わたしが絶対に何とかする」

 

一気に言葉を放ったからか、ひと呼吸間をおいて。

 

「――――お願いします、わたしを、信じて」

 

まるで噛み締めるように。

一言一言を、絞り出した。

何の飾り気もないシンプルな言葉だったが、伝わるものはあったようだ。

不安げな表情から一変、雰囲気もまとめて一気に引き締まった二人は。

互いを見あって頷く。

 

「ところで聞くけど、その『何か』がお前にあった場合は、あたしらがやっていいんだよな」

「そうだな、頑丈な立花のことだ。気付けは盛大にやらねばなるまいて」

「うぇ!?ええと、お手柔らかに・・・・」

 

再び軽口を叩きあいながら、揃ってキャロルと向き合う三人。

迷いは、もうなかった。

 

「んじゃあ、ま」

「再戦と行こうではないか・・・・!」

 

揃って、胸元のギミックに手を伸ばす。

 

 

「「「――――イグナイトモジュールッ!!」」」

 

「「「――――抜剣ッ!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ざぶん、と。

水の中に放り出された。

いや、これ水じゃない、泥?沼?

どっちにしろ、あんまりよろしくないタイプの水だ。

何とか水面に浮かび上がれば、まとわりつくどろどろ。

うへぇ、これが『死んでる水』ってやつかぁ。

なんて考えてたら、どろどろに違和感。

いや、そんなのすぐに通り越して確信に変わる。

見れば案の定、わたしに縋る人、人、人。

もう覚えていない顔から、最近見た顔まで。

これも確かめるまでもない。

わたしが、今まで。

殺してきた人間達だ・・・・!

誰もかれもが恨んでいる。

生きているわたしを、糾弾している。

・・・・心の闇を増幅させる、ダインスレイフの欠片を使っているからだろう。

いつもなら振り払える怨嗟が、ひどく、重く、圧し掛かってくる。

あっという間に連れ戻されて、口に水が大量に流れ込んでくる。

幻、と理解していても、息苦しさをはっきり感じて仕方がない。

引き込む力は、時間が経つほどに強くなってくる。

頭が、意識が、濁ってくる。

一瞬、引きずり込まれそうになって。

 

「―――――――ッ!!!!」

 

何とか、持ち直す。

思いっきり息を吐き出して、見上げる。

濁った水面のその向こう。

ぼんやりと光が見えた。

 

「――――ッ」

 

掴みかかってくる手を踏みつけて、一気に浮かび上がる。

――――罪からは逃げられない。

分かっている、確認するまでもない。

だとしても、だからこそ。

『こんなこと』にかまっている暇はない。

未来と二人だけだったあの頃とは、独りぼっちだったあの頃とは。

もう何もかもが違うんだから。

信じてくれている人達がいる、待っている人達がいる。

だから、今は。

こんなのにかまっている暇はない・・・・!

 

「戻らなきゃ、戻るんだ・・・・!」

 

こんなわたしを、受け入れてくれた人達のところへ。

わたしが必要だって、言ってくれる人達のところへ。

一瞬でも、一秒でも早く・・・・!

追いすがってくる手を振り払う、またはもう一度踏みつけて。

もっともっと浮上する。

水面までもう少し。

あと少し・・・・!

ほら、もう一息で、指が――――

 

「――――おねえちゃん」

 

――――凍る。

背筋が、体が、思考が。

凍る。

 

「――――だいっきらい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――グオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」

 

どっと、吹き荒れる怨念。

イグナイトを今度こそ成功させた翼とクリスが見たのは、天に向かって咆哮を上げる響。

顔の左側が、まるで浸食されたように黒く染まっており。

その中で、真っ赤な目が爛々と輝いている。

纏っているギアもまた、はっきり変化の現れたイグナイトと違い。

要所要所が黒く染まっただけの、簡素なもの。

 

「失敗か!?」

「立花、聞こえるか!?立花!!」

 

すわ、危惧していた事態かと身構える二人。

一方の響は、やがて咆哮をつぼめるように唸り始めると。

踏み込んで、突撃する。

――――ばら撒かれた、アルカノイズへと。

抉るように複数体を殴り飛ばした響は、促すように振り向く。

たったそれだけで正気を悟った二人は、互いを見あって突っ込んでいく。

 

 

 

 

 

「何が起こっている!?」

 

S.O.N.G.指令室。

弦十郎は、響のみに起こった明らかな違いに困惑していた。

モニターには装者三人分の、イグナイトのタイムリミットが表示されていたが。

翼とクリスが同じく999秒から始まったのに対し、響だけが圧倒的に短い99秒からのスタートとなっていた。

 

「おそらく、イグナイトが不完全な状態で発動したのではないかと」

「いわばパンクした自転車を無理やり運転しているような状態。システムもそれを分かっているから、カウントを短く設定したんでしょう」

 

そこへエルフナインが解説を入れ、了子が補足を付け加えた。

未来も一緒に見守るモニターでは、吠えながら敵を一掃していく響の姿。

 

「敵・味方の判別ができるのが、唯一の救いね・・・・」

 

了子がぼやく間にも、戦況は変化していく。

 

 

 

 

 

 

「ッ貴様・・・・!」

 

気に食わない、と言いたげな顔を崩さないキャロル。

さらにアルカノイズの結晶を取り出して、ばら撒いていく。

 

『アルカノイズの総数、3000ッ!!!』

「ッガアアアアアアアアア!!!!」

 

『たかだか三千』と言わんばかりに雄叫びを上げる響。

攻撃の苛烈さと勇猛さを、もう一段階引き上げる。

殴って、蹴って、ちぎって、投げて。

暴力という暴力をぶつけるさまは、まさに狂戦士(バーサーカー)

 

「ア"ア"ア"ア"アアアアアアッ!!」

 

一際強く殴打すれば、有り余る衝撃が砲弾のように飛ぶ。

通り過ぎた後は、まるでモーゼのようにすっきりしていた。

 

「ガアアアアアッ!!」

 

ここで両腕を大きく引く。

籠手が激しく回転を始め、いつかの様な二つの暴風を生み出す。

 

「ゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

 

それを見ずに確かめた響。

キャロルまでの一本道を、猛然と爆走し始める。

 

「立花!」

「こいつも持ってけッ!!」

 

途中、翼が剣を、クリスが結晶を放ち。

暴風と混ぜ合わせて、さらに凶暴さを底上げする。

当然見ているだけのキャロルではない。

まずアルカノイズをぶつけ、次に錬金術を放ち、とどめにワイヤーで絡めとる。

しかし、ノイズは轢き潰され、錬金術では一切怯まず。

ワイヤーはさすがに一度足を止めたが、力づくで引きちぎって振りほどいた。

 

「ぐ、っくぅ・・・・!?」

 

その呆れるほどの馬鹿力に、キャロルが驚愕する間もなく。

響は、懐へ躍り出て。

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!」

 

暴風を、キャロルの胴体へ。

力強く、叩きつけた。

一瞬の沈黙、刹那。

風と、刃と、火薬。

響が運んできたすべてが、キャロルを蹂躙しつくして。

ファウストローブを引きはがされた、小さな体を。

木の葉のように、高く、高く、吹き飛ばした。

 

「――――ぁ、はあ、あ」

 

キャロルが地面に叩きつけられるのを見送った響は、崩れるように膝をつく。

強制終了に近い形でイグナイトが解除され、負荷が疲労となって襲い掛かってきた。

 

「はあ、はあ、はあ、はあ、は、はっ・・・・!」

「おい、大丈夫か!?」

 

響の息は荒い。

頬を伝う汗が、土砂降りの雨の様に地面に零れ落ちる。

同じくイグナイトを解除したクリスが気遣うも、首を振る余裕すらなかった。

しばらく苦しそうに呼吸を続けていた響は、ふと。

徐に立ち上がると、よたよた歩きだす。

おぼつかない足取りで向かったのは、キャロルの下。

彼女も彼女でダメージが大きいようで、弱弱しくも敵意に満ちた目で、響を見上げるだけだった。

睨む視線をしばらく浴びていた響は、やがて呟くように問いかける。

 

「――――君はどうして、世界を壊そうとするの?」

「・・・・聞いて、どうする」

 

吐き捨てるような返事に、一度閉口した響は。

また口を開く。

 

「・・・・わからない、わからないけど」

 

伏せられる目。

もう一度見開けば、ほんの少し『強い』視線。

 

「理由もわからないまま戦うのは、もういやだ」

 

間髪入れずに、続ける。

 

「初めて会ったあの時、キャロルちゃん泣いてたよね?なんで?」

「・・・・ッ!!」

 

響が、そう切り出した途端。

キャロルに明らかな動揺が走った。

初めは呆然と、やがて憎らし気に睨みつけたキャロルは。

 

「――――教えるものか」

 

吐き捨てるように、拒絶を告げた。

 

「お前に告げることがあるとしたら、それは」

 

やまない敵意に肩を落とす響へ、これ見よがしに口を開いて。

 

「――――お前の手は、依然殺戮しか出来ぬということだけだ」

 

言い切るや否や、音を立てて歯を鳴らす。

いや、奥歯に仕込まれた自決用の術式を発動させる。

 

「き、キャロルちゃ・・・・!」

 

ふっつり倒れこんだ体を、響が抱き起そうとすれば。

その異常な熱さに、思わず手を離した。

困惑する目の前で、キャロルの体があっという間に炎に包まれる。

 

「・・・・もう殺さなくていいと、思っていた」

 

緑の炎の中、とっくに灰燼となったキャロルを見下ろしながら。

響が、か細い声を出す。

 

「これ以上、罪を重ねなくていいと思っていた・・・・だけど」

 

俯く。

翼とクリスが見ているその背中は、とてもか弱く頼りない。

 

「それは、思い上がりだったのかな・・・・?」

 

――――問いかけの重みが、分かっていたから。

誰も彼もが、否定も肯定もできなかった。




簡単にイグナイトさせへんで(ゲスの笑み)


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落とされたガラス玉

チフォージュ・シャトー、キャロルの自決と同時刻。

たった今主を失った玉座の間。

重々しい駆動音が響き、振動とともに仕掛けが動く。

すると、天井から垂れ幕のようなものが下りてきた。

それぞれが、オートスコアラー達のパーソナルカラーに染められている。

オートスコアラーの反応は様々だ。

ただ確認するように目を開けたり、うっすら笑みを浮かべたり、普段とあまり変わらなかったり。

共通しているのは、主の死を悼んでいないことだけ。

まるで、予定通りであるかのようなだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

強く照り付ける太陽。

 

「うー」

 

どこまでもどこまでも澄み切った空。

 

「みぃー・・・・」

 

涼しげな潮騒を波で運んでくる海。

そんな、最高のロケーションの下で。

 

「だああああああああああああああああああああああッッ!」

「あたしをおろせえええええええええええええええ!!」

 

響は砂浜を爆走し、担いだクリスごと海面へ飛び込んだのだった。

大きな飛沫が上がり、勢いを十分に物語っている。

 

「ぶっは!ひゃー、あははははははは!!」

「げっほごほごほっ、てめ、このヤロオオオオオッ!!」

「ごめんなさーい!!あはははははっ!!」

「反省してねーだろおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

ずぶ濡れになったクリスは、直ちに響をとっちめるべく。

猛然と水をかき分けて追いかけ始める。

響も響で、悪びれている様子を見せることなく。

無邪気にクリスから逃げ始める。

 

「まったくもう、怪我したらどうするつもりよ・・・・」

「ふふ、そうね。溺れたりしても大変だもの」

 

パラソルを立てたり、レジャーシートを敷いたりして。

休憩スペースの設営を手伝っていた未来は、響のはしゃぎっぷりにため息。

一緒に作業していたマリアは、微笑みながら同意した。

 

「けど、もう大丈夫そうね」

「・・・・そう、ですね」

 

ふいに視線を下げる未来。

その胸元には、シンフォギアのマイクユニット。

 

「また、心配かけましたから」

 

神獣鏡のギアを握り、調や切歌も加わった追いかけっこをまぶしそうに見つめた。

――――キャロルが自決した後の話だ。

エルフナインの尽力はもちろんのこと。

フィーネによって書かれた(ということになっている)『櫻井理論』を、了子が解読したことにより(そういう話にしてある)。

シンフォギアの修復こそ可能になったものの。

新たなノイズを操る相手に、次々破損させられた事態を重く受け止めた国連は。

戦力増強の一環として、渋り続けていた『神獣鏡』の製造を承諾。

一部機能の制限を条件にされたものの、未来は再び装者となったのである。

 

「――――でも」

 

浅瀬でクリスに圧し掛かられる響を見つめ続けながら、未来は言葉を続ける。

 

「あんな風に泣いてるとこ、見ちゃいましたから・・・・だから」

 

イグナイトモジュールを使用したあの日。

キャロルが自決したその時。

自分の拳がもたらした結果に、ただ『ごめんなさい』と『大丈夫』を繰り返しながら涙していた。

頼りない背中。

 

「・・・・そうね、あなたの基本方針はそうだもの」

「えへへ・・・・」

 

『ごちそうさま』とこぼしたマリアに、未来は気恥ずかしい笑みで答えた。

 

「前と違って、ゆっくり話す時間もあったので。響も分かってくれてます・・・・隣に、いてほしいって」

「・・・・そう、あの子が」

 

視線を滑らせ、遊ぶ面々を見やる。

追いかけっこは、翼がやってきたことで中断したらしい。

調と切歌は翼と一緒に泳ぎ始め、やや疲れた様子のクリスは浮き輪で波に揺られ、のんびりしている。

響はというと、エルフナインに泳ぎを教えているようだ。

浅瀬でバタ足するエルフナインを引っ張りながら、ゆっくり動き回っていた。

 

(以前にも増して参っている、か)

 

昨年の執行者事変。

未来が戦うと知った時の動揺が、覆るほどの精神ダメージ。

それは、先日の戦闘が堪えていることの、何よりの証明だった。

 

「確かに、あの子一人だけイグナイトが不完全。それを抜きにしても、あなたが共にいてくれた方が助かるわ」

「お役に立てるように頑張ります」

 

事実、響には未来の支えが必要不可欠。

それを抜きにしても、マリアも未来の参戦を心強く思っていた。

神獣鏡の特性を知っているので、なおさらだ。

 

「マリアさーん!未来ー!そろそろおいでよー!」

 

噂をすればなんとやら。

ちょうど話がひと段落したところで、響が声を張り上げる。

無邪気に手を振る様に誘われて、見合った二人はゆっくり立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

一方その頃、海辺近くの研究所。

弦十郎、了子、緒川の三人は、風鳴の息がかかったこの施設を訪れていた。

今年の三月、ラグランジュ地点から帰還したナスターシャ教授の遺体。

それとともに持ち帰られた彼女の研究資料が解読できたと、報告があったからだ。

 

「これは・・・・?」

 

早速報告を聞いていた弦十郎は、映し出されたホログラムを見上げる。

球体にいくつもの点と線が刻まれただけの、シンプルなモデル。

ぱっと見ただけでは、何を意味するか読み取れない。

それを察してくれた研究員は、説明すべく口を開いた。

 

「まず、風鳴司令は『龍脈』についてご存知ですか?」

「『地脈』や『レイライン』とも呼ばれる、大地の巨大なエネルギー。地球の隅々までをめぐっている大きな流れ・・・・というくらいですが」

「十分です」

 

自信なさげに答えた弦十郎を、フォローするように笑う研究員。

後ろに控えている了子もまた、満足そうに頷いている。

 

「これは、ナスターシャ教授の研究データーを解析して手に入れた、レイラインマップ。先の執行者事変の際は、これを用いて世界中からフォニックゲインを集めていたようです」

「龍脈の流れを利用・・・・よく考えたものだわ」

 

了子の呟きに黙って同意しながら、弦十郎や緒川も一緒になってレイラインマップを見上げた。

手に入れられたデータというのは、レイラインに関する研究データだったようだ。

その後も様々な説明を受けてから、データがまとめられたメモリーカードを受け取った。

 

「錬金術への対抗策が探れないかと思ったが・・・・」

「あら、これも十分な収穫よ?」

 

今まさにキャロル一味の捜査に当たっていることもあり、弦十郎の表情は芳しくない。

そこへ了子が、すかさずフォローに入る。

 

「レイラインとは、いわば地球の血管。その気になれば、世界中に影響を及ぼすことだって出来るんだから」

「なるほど、『世界の破壊』を掲げているキャロル達が、目をつけるやもしれないと」

「そういうこと~♪」

 

頷いた緒川にも、くるんと振り向いて指を立てる了子。

しかし、一方で弦十郎の顔色は芳しくない。

そんな彼の様子を見た了子は、やれやれと肩をすくめた。

 

「確かに、『想い出』を燃料にした錬金術は脅威よ。目の当たりにした後なら、警戒し過ぎたくなるでしょう」

 

『想い出』。

脳内の電気信号の一種。

キャロル達はこれを焼却することで膨大なエネルギーを生成、行使している。

だが代償として、使えば使うほど思い出を、記憶を失っていく。

力を得るたび自身を喪失させていく諸刃の方法で、キャロル達はこちらに挑んできているのだった。

 

「だけど、こちらにはエルフナインちゃんと――――」

 

そんな大きな力を目の当たりにした弦十郎には、指揮官として、前線で戦う少女達のためにできることはないかと考えていたのだろう。

彼の胸中を見透かした了子は、目を細めて。

 

「――――『私』がついているのだ、これ以上何を悩む必要がある?」

 

『了子』から『フィーネ』へ変わった瞳。

向けられた不適な笑みに、弦十郎はやっと難しい顔を解いた。

 

「そうだな・・・・うちの大賢者に見放されてしまってはかなわん」

「そーそ、その調子。ボスにはどーんと構えてもらわないとー♪」

 

了子もしれっと戻り、前に向き直る。

どちらにせよ、この場に留まっていては、手に入れたデータをどうすることもできない。

まずは、海辺にいる装者達と合流することに。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

話は戻って、装者達。

 

「えへへ、買いましたなぁー」

「切ちゃん、好きなものばっかり・・・・」

 

翼、調、切歌の三人は、浜辺近くのコンビニから出てきたところだった。

昼食の買い物を掛けたビーチバレーで、負けてしまったのである。

『斬撃武器が軒並みやられたデース・・・・』と、切歌が落ち込んでいたのは、翼の記憶に新しかった。

とはいえ、政府所有のものを含めた海水浴場が近いだけあって、熱中症対策に力を入れたラインナップなのはありがたかった。

 

「さて、早く戻ろうか」

「デスね、翼さんがバレたら大変デス」

 

マリアが貸してくれたサングラスで顔を隠しているとはいえ、即座に見抜いてしまうファンもいることだろう。

都心から離れた郊外とはいえ、油断はできない。

何より、腹を空かせて待っている仲間達もいる。

 

「ん?」

 

そういうわけで帰路を急いでいると。

目の前に人だかりを見つける。

全員野球のユニフォームを着た子どもだったが、4・5人がまとまっていれば目が向くというもの。

何かあったのかと気になった翼達が、近寄っていくと。

 

「おや?翼さんじゃないですか?」

「えっ?」

 

掛けられる男性の声。

すわ、気づかれたかと身構えながら振り向けば。

響の父、洸が驚いた顔で立っていた。

 

「どうしたんです?こんなところで」

「あっ、立花のとーちゃん!」

 

こんなところで翼達に会うとは思っていなかったらしい。

ガソリンスタンドの制服を着た彼が近寄ると、それに気づいた子ども達が次々話しかける。

 

「見て!ほら!」

「神社がすげーことになってんの!」

 

指さす先、まだ事態を把握していなかった翼達も一緒になって見れば。

巨大な氷柱に破壊された、無残な姿の神社が。

神社の規模が控えめなだけに、そのもの悲しさがひとしおだ。

 

「うわぁ、バチあたりだなぁ・・・・」

「こんなんじゃお祭り中止になっちゃうよ」

「なんとかならない?立花のとーちゃん、ボランティアだろ?」

 

小規模とはいえ、神社を破壊するなどと罰当たり極まりない光景。

翼達が難しい顔をしている横で、子ども達に詰め寄られた洸は困ったように頭をかく。

どうやらこの神社での夏祭りが、地域の風物詩らしい。

 

「俺のボランティアは、こういうことには向いてないんだけど・・・・でも、これだけ派手にやられてるなら、PTAで話題になるだろうなぁ。別の場所で出来ないか、聞いてみるよ」

「やった!」

「ありがとー!」

 

子ども達も楽しみにしていたようで、洸の言葉に万歳してはしゃいでいた。

一方、翼はサングラスの奥から注意深く観察している。

というか、考えるまでもなく『こちら側』の案件ではないかと推測を立てていた。

 

「翼さん、あれって・・・・」

「月読達も気づいたか」

「アタシでも分かるデスよ。あんなでっかい氷、自然に出来るわけないデス」

 

調や切歌も見当がついていたようで、声を潜めて話し合う。

一番に思い当たるのは、やはりキャロル一味なのだが。

 

「何はともあれ、戻って皆に話してみよう」

「デス!」

「わかりました」

 

立ち去る前に、洸に一言告げようと歩み寄った。

その時だった。

 

「ッなんだ!?」

 

遠くから、爆発音。

全員がはじかれたように振り向けば、浜辺に土煙が上がっているのが見える。

 

「あの辺りって、私たちがいた・・・・!」

「ッ立花さん!!」

 

即座に緊急事態と判断した翼は、サングラスを取り払った。

 

「子供たちの避難をお願いします!」

「あ、ああ、分かりました!ほら、みんな逃げるぞ!」

 

戸惑いながらもしっかり頷いた洸は、早速子ども達の背中を押して急かす。

子ども達も子ども達で、翼がいたことに驚きはしたものの。

高々と上る煙を見て、それどころではないと理解したらしい。

洸の促しに素直に従い、足早に去っていった。

 

「翼さん!」

「今行く!」

 

離れ切るのを見届けるために残っていた翼。

姿が見えなくなると同時に声を掛けられたので、遠慮なく合流する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、町の図書館。

突然の轟音と土煙に、館内は騒然としていた。

それは、図書館を訪れていた子ども達も例外ではない。

 

「あの辺りって、確かお父さんの仕事場が・・・・」

 

その中の一人もまた、例に漏れず不安げな顔をしていた。



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奪った場所で陽を浴びる

「ガルアァッ!!」

 

爪を意識して振り上げ、叩きつける。

衝撃波でアルカノイズがまとめて吹き飛ぶ。

地面を巻き込みながら続けざまに振りぬけば、背後の群れも薙ぎ払われた。

今度は一体ずつで攻めてきたので、リズミカルに殴打・蹴打で撃破。

 

(未来たちは逃げられたかな・・・・・?)

 

最後にもう一つ蹴りを入れて、一度辺りを見渡す。

視線を滑らせても、取り囲むのはアルカノイズのみ。

時々、一緒に応戦しているクリスがちらっと見えるくらいだった。

マリアや未来とともに逃がしたエルフナインも、無事に離脱出来たようだ。

 

(気になるっちゃ気になるけど、二人がいるならきっと大丈夫)

 

しかし、マリアも未来もLiNKER頼り故、やはり気になってしまうので。

早々に片づけてしまうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

 

 

 

 

未来はエルフナインの手を引き、何度も後ろを振り返りながら走る。

二人の数歩分後ろにマリアが控え、追っ手を警戒していた。

と、前方。

懸念の通り出現するアルカノイズ。

入れ替わるようにマリアが前へ躍り出ると、ガリィがバレェのようなポーズで現れた。

 

「ハァーイ?ポンコツ装者ァ?」

 

に、と歯を見せて笑う姿に、一同の緊張が高まる。

 

「未来!エルフナインをお願いッ!」

「っはい!!」

「マリアさん!」

「大丈夫だから!」

 

未来はエルフナインの手をもう一度引っ張って方向転換。

来た道を引き返そうとする。

だが、振り向いた先には追い付いてきたアルカノイズ達が。

 

「最初はアタシって決めてるんだから、楽しませなさいよォ?」

「ッseilien coffin airget-lamh tron...」

 

下卑た笑みに、マリアが聖詠で応えることにより、戦闘が始まった。

未来の方にも、アルカノイズ達が待ちわびたとばかりに飛び掛かってくる。

エルフナインを抱えたまま、突進してきた数体を、身を捩って避けた未来。

さっと横によけ、背後を取られないようにしてから。

 

「Rai shen shou jing rei zizzl...」

 

同じく聖詠を唱えて、神獣鏡のシンフォギアを纏ったのだった。

装着完了と同時に、再び突進してくるアルカノイズ。

未来は努めて冷静に鉄扇を振るい、最初の一体を弾き飛ばす。

続けざまに鉄扇を手繰り戻して、次の一体に叩きつけ。

手首を捻って切り返し、横合いから迫ってきた個体を打ち払った。

 

(よし・・・・!)

 

ギアを失った後も、地道に続けた訓練。

日々の努力が実を結んでいることに手ごたえを感じながら、未来はエルフナインを抱えて跳躍。

その際マリアの方を見てみれば、善戦している様が見て取れた。

セレナの形見にして、新たな力である『アガートラーム』を纏い。

殴打や剣戟でガリィを攻め立てる。

一方のガリィは、すでに直撃をくらったらしい。

頬を黒く汚したまま、マリアの猛攻を捌き続けていた。

エルフナインの言う通り、戦闘向きでない個体らしく。

いささか苦戦しているようにも見える。

 

(ううん、油断しちゃだめ)

 

よぎった油断を、未来は頭を振って追い出した。

響が奴の策に嵌められたところを、目撃しているが故の行動だった。

狙い撃ってくるアルカノイズを逆に撃ち返しつつ、着地。

再びエルフナインを庇いながら、襲い来るノイズ達を捌き始めた。

 

「はああああッ!!」

 

マリアもまた、手を緩めない。

左腕の装甲から、無数の短剣を取り出して発射。

あるいは束ねて大ぶりの剣にして、振り回す。

水のデコイや氷の刃など、数多の手札を扱うガリィに対し。

類稀なる戦闘センスで、臨機応変に対応しきって見せている。

その原点が、優しくも厳しいナスターシャの教育にあることは。

火を見るよりも明らかな事実だった。

 

「ちいぃッ!」

 

しかし、その均衡にも終わりが訪れる。

マリアの一閃をすれすれで避けるガリィ。

体が大きく傾き、姿勢が崩れる。

 

(ここだッ!!)

 

相手の傾き加減から、防御も回避も無理だと判断したマリア。

がら空きの胴体へ、膝蹴りを繰り出す。

普通の人間なら、脊椎をへし折られるその一撃を。

 

「――――きははッ!」

 

下卑た笑みを浮かべたガリィは、胴体を腰から捻ることで避けて見せる。

 

「なッ・・・・!?」

 

まさに『ぐりん』ともいうべき勢いで、しかもあり得ない角度で曲がったガリィの体。

これにはさすがのマリアも呆けてしまって。

だからこそ。

 

「そーれ隙アリッ!!」

「はっ?ぁがッ!!」

 

横合いから殴りかかってきた、極太の氷柱に直撃した。

わき腹をもろに殴打されたマリアは、地面を数回バウンドして転がっていく。

 

「イケると思ったァー?あはははッ!甘い甘い甘いイィッ!!」

 

腹を抑えてえずくマリアを見下ろすガリィ。

甲高い笑い声が、耳に刺さった。

 

(強い・・・・!)

 

咳を何とか抑え込みながら、立ち上がるマリア。

ガリィの力を目の当たりにし、胸元に意識を向ける。

 

(使うか?イグナイト・・・・!)

 

目の前のあいつは、まごうことなく強敵。

しかし失敗した場合のリスクが、マリアを足止めにかかる。

その時、

 

「未来さんッ!」

 

エルフナインの悲鳴じみた声が、マリアの濁った意識を晴らす。

はじかれたように目をやれば、未来が膝をついていた。

 

「大丈夫!それより、エルフナインちゃんは!?」

「ボ、ボクはなんともないですから・・・・!」

 

その光景を目にした、マリアの決断は早かった。

何をためらっていると己を叱咤して、胸元に手を伸ばす。

 

「イグナイトモジュールッ!!抜剣ッ!!」

 

起動させた、その刹那。

傷が、闇が、泥が、悲鳴が。

真っ黒な手を伸ばして、次々掴みかかってきて。

 

「あ」

 

マリアの意識が一気に引きずり込まれて、暗転する。

 

「――――ッガ■■■■ア■■■アアア■■アア!」

「何!?」

 

未来の耳に届いたのは、獣の咆哮。

ノイズを始末しながら見れば、全身を黒く染め、暴走しているマリアの姿が。

対峙しているガリィは、いつかと同じように面白くなさそうな顔をしていた。

 

「ハァー、ったく・・・・またまたポンコツお披露目ってワケ?」

「・・・・?」

 

キャロルも見せたその表情に、未来は一瞬疑問符を浮かべるものの。

マリアの惨状にすぐ引き戻された。

低く唸る彼女は、未来をターゲットに捉えている。

意識をそらしたままにしておくのは、大変危険だった。

 

「――――次来るときはまともになってなさいよ」

 

緊迫を他所に、赤い結晶を取り出すガリィ。

 

「――――あたしが、一番なんだから」

 

吐き捨てて転移していく頃には、未来が耳を傾ける余裕はなくなっていた。

 

「■ア■■ア■アアッ!!」

 

辛抱たまらんと飛び掛かってくるマリア。

爛々と光る眼は、理性が失われていることを雄弁に語っている。

体当たりを、シールドバッシュで跳ね返そうとした未来だったが。

 

「・・・・ッ!?」

 

しっかりタイミングを見切った。

だが予想以上に軽い手ごたえ。

はっとなって前を見れば、踏み込み直して突っ込んでくるマリアが。

 

(フェイント・・・・!)

 

獣のようになるとばかり思っていただけに、簡単なひっかけに釣られてしまった。

失態を恥じる間にも、マリアは突撃してくる。

身を強張らせて、構え。

被弾を、覚悟して。

 

「グオオオオオオオオオオッ!!」

「ガ■■アアッ!?」

 

もう一つの咆哮。

割り込んだ響がマリアの顔面をひっつかみ、叩き伏せる。

なお暴れようとするマリアをさらに組み伏せて、乱暴に押さえつけていた。

 

「ガルァッ!!」

 

何度も跳ね上がりながら、未来に向けて咆える響。

言葉はなくとも、体勢で意味をくみ取った未来。

こっくり頷いて鉄扇をしまい、脚部のアーマーを展開した。

――――今回未来に与えられた役割は、ずばり『イグナイトへの抑止力』。

もともと魔除けの鏡である神獣鏡は、魔剣ダインスレイフとの相性が最悪。

了子曰く、『水と油、源氏と平氏、きのことたけのこ』。

その通り、組み込もうとすればするほど、イヤイヤ期もかくやという拒絶反応を見せた。

しかし技術班はたゆまぬ研鑽と工夫でこれをクリア。

国連がかねてより懸念していたステルス機能を始めとした、様々なリソースを犠牲にすることで。

イグナイトモジュールを組み込むことに成功したのである。

こうして、アルカノイズへの戦力となるのはもちろんのこと。

マリアのような有事にも対応できるようにもなり。

装者達と再び肩を並べられるようになったのだ。

 

「響、ごめんッ」

 

未だマリアを抑え続ける響へ、巻き込む謝罪や手助けの感謝など、様々な意味がこもった言葉を投げて。

未来は、ため込んだ極光を解き放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・?」

「あ、マリア!」

「マリア、大丈夫デスか?」

 

夕方の穏やかな風を感じて、マリアは目を開ける。

ぼんやりした視界でも、家族の顔だけは認識することができて。

 

「・・・・調、切歌」

 

何とか微笑みながら名前を呼べば、調と切歌は安堵で肩を落とした。

伸ばした手を握ってくれる二人に和みつつ、記憶を探って。

交戦中で途切れたことを思い出す。

気怠さを押し殺しながら体を起こせば、ほんのり予想していたとおり夕方になっているのが分かった。

宿泊しているコテージの、あてがわれた部屋に寝かされていたらしい。

 

「・・・・敵は、どうなったの?」

「とっくに帰ったらしいデス」

「マリアが、その、イグナイト失敗したのが、気に入らないみたいだったって、未来さんが」

「そう・・・・」

 

――――敗北。

その結果が、マリアの胸に重く圧し掛かってくる。

 

(情けない・・・・!)

 

次いで出て来たのは、自責だった。

一度戦う力を失って、セレナのアガートラームを改修することで再び手に入れて。

先日の、調と切歌のこともある。

今度こそ護るのだと、マムに恥じない戦いをするのだと。

そう意気込んでいた。

だが、決意した矢先のこれだ。

情けなくて、情けなくて、たまらなくなってきて。

顔を、抱えようとして。

 

「お"あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"・・・・」

 

隣、地の底から響くような唸り声。

はっと振り向けば、うつ伏せでぐったりしている響の姿が。

面白がっているクリスが、腰をつついていたずらしているのが見えた。

 

「おめーのイグナイトは不完全だから、あんま使うなって了子達に言われてただろーが」

「ぐ、ぐりすぢゃ、いだい、いだいって・・・・」

「うっせ、止めたのに連続で使った罰だ」

「そんな無体に"ゃあ"あ"あ"ぁ"・・・・」

 

追い打ちと言わんばかりに腰をぐりぐりされ、さらに悲鳴を上げる響。

・・・・落ち込みかけていたところに飛び込んできた光景に、マリアは目を見開いて固まるしかできなかった。

 

「響さん、マリアを止めるためにイグナイト使ったんだって、連続で」

「その反動で、全身筋肉痛だそうデース」

「・・・・そう」

 

ぷしゅう、と、今度こそ力尽きた響に釘付けになりながら。

マリアは生返事を返すと。

当の本人が、これ以上痛めないよう慎重に振り向いた。

 

「やー、マリアさん。おはよーございます」

「・・・・ふふ、ええ、おはよう。あなたにも大分迷惑をかけたわね」

「お気になさらず―」

 

響は気の抜けた笑みを浮かべながら、ひらひらと手を振ったが。

それすらもきつかったようで、痛がりながら腕を下した。

 

「体調はもうだいじょーぶです?」

「もちろん。少しだるいけど、あなたよりは、ね?」

「そりゃそうだぁ・・・・」

「だったらもう休め、あの子も心配するぞ」

「うぇーい・・・・あだだッ!」

 

クリスの小言に、やや不真面目な返事を返せば。

再び腰をぐりぐりされることで、また小言を受けてしまう響。

 

「ったく・・・・っと、警戒は先輩達がやってる。あんたも本調子じゃないだろうし、気分転換に散歩でもどうだ?」

 

今度こそ動かなくなった響を見て、ため息をこぼしたクリス。

親指で外をさしつつ、そう提案してくる。

 

「おっさんや了子も戻ってきてる、そうそう面倒なことにゃならねーよ」

「・・・・そうね、そうさせてもらいましょう」

 

何より、今の自身が足手まといになりかねないことを自覚していた。

だからこそ、マリアはクリスの提案に頷いた。

 

 

――――さて。

 

 

お供をかってくれた調と切歌に、やんわり断りを入れてから。

独りでコテージの外に出る。

視線を左右に巡らせ、まずはどちらに行こうかしらなんて考えていると。

 

「・・・・あれは?」

 

少し離れた場所で、ボールが何度も浮かんでいるのが見えた。

目を凝らせば、エルフナインがサーブの練習をしているのが見える。

他に行先も思い当たらないので、そちらに向かうことにした。

 

「ん?あ、マリアさん!体はもう大丈夫なんですか!?」

 

足音で気づいたのか、話しかける前に振り向いたエルフナイン。

マリアだとわかるなり、ぱたぱた駆け寄って周りをちょろちょろする。

 

「ふふ、ありがとう。もう大丈夫だから」

 

まるで子犬のような仕草に、思わず笑みをこぼしたマリア。

エルフナインの頭を撫でつつ、気遣いへの感謝を告げた。

 

「さっきはごめんなさい、あなたには怖い思いをさせた」

「そんな!未来さんや響さんが駆けつけてくれましたし、それに、マリアさんが悪いわけじゃないです!」

「ありがとう、そう言ってもらえると助かるわ」

 

話が一区切りしたところで、マリアは転がっていたボールを拾い上げる。

 

「練習していたの?」

「はい、昼間はうまく出来なかったので・・・・」

 

そういえば、昼のビーチバレーでは響達のチームにいた。

初めてのスポーツに悪戦苦闘していたものの、響やクリスを中心に上手くカバーしたこともあり。

一応勝利出来た。

が、やはりエルフナインとしては、気になるところが多々あったらしい。

 

「どうすれば上手くいくか、知識はあるんです。でも、体がなかなか追い付いてくれなくて・・・・」

 

改めてしょんもりするエルフナインを、もう一度撫でたマリア。

 

「無理に背伸びをしなくてもいいのよ」

 

言いながら、ボールを軽く投げて親指の付け根辺りで打つ。

 

「あなたのやり易い方法で、あなたらしくやっていいの」

 

マリアは、狙い通りそこそこの勢いで飛んで行ったボールを拾い上げ、エルフナインと向き合う。

 

「まずは軽くキャッチボールでもしながら、あなたに合った打ち方を探しましょう?」

 

『練習に付き合う』という意味の言葉に、エルフナインの顔が目に見えて明るくなった。

―――――そんな、ちょうどいいような、間の悪いようなタイミングに。

 

「ハァイ?ちゃんと立ち直ってるー?」

「ッお前は・・・・!!」

 

ガリィはやってきた。

マリアが戦支度をする間もなく、ばら撒かれるアルカノイズ。

出現したやつらは、発光部位を飛ばしてエルフナインを狙う。

 

「エルフナイン!」

 

あわや塵と消える前に、何とかマリアが間に合った。

スライディングでノイズの間をすり抜けたマリアは、エルフナインを確保と同時に離脱。

ガリィの立ち位置から、仲間との合流は難しいと判断して、せめて敵から離そうと駆け出す。

狙い通り、ガリィはマリア達を追いかけ始めた。

 

「seilien coffin airget-lamh tron !!」

 

唱えられるだけの距離が開いてから、ギアを纏うマリア。

いったん跳躍してさらに離れると、エルフナインを物陰に隠す。

 

「マリアさん・・・・!」

「ここにいなさい、危ないから」

 

気持ち押しやってから、再び戦場へ。

片っ端からノイズを切り捨てつつ、ガリィの下へ猛進する。

 

「しっかりしなさいよォ!?あたしが最初なんだからァッ!!」

「ぐぅッ・・・・!?」

 

水で翻弄し、氷で攻めながら。

先刻以上にマリアを追い詰めていくガリィ。

マリアも、敵の雰囲気が違うことはとっくに理解していて。

だからこそ、苦い顔を隠しきれない。

 

「はははァッ!!」

「づうぅ・・・・!」

「マリアさんッ!!」

 

マリアが大きく弾き飛ばされる。

浜をどたどた転がっていくマリアに、エルフナインへ答える余裕はない。

 

「舐めくさってんじゃないわよッ!そんなすっぴんの状態で勝てないことくらい、分かってんだろうがッ!!」

 

砂まみれで這いつくばるマリアへ、苛立ちを隠そうともせず叫ぶガリィ。

その怒号が意味するところはすなわち、イグナイトモジュールの催促だった。

 

「・・・・ッ」

 

胸元へ手を伸ばしかけたマリアだったが、苦い顔で止めてしまう。

思い出すのは、昼間のこと。

初めにイグナイトを使った時の感覚。

深い、深い、光を許さぬ闇の中へ。

有無を言わさず引きずり込まれる感覚。

 

(負けられない、引けない戦いで・・・・私が弱かったばっかりに・・・・!)

 

ぶり返すのは情けなさ。

闇をはねのけるほどの強さを持てなかった、自分への責め苦。

 

(マム、ごめんなさい・・・・私は、肝心な時に・・・・!)

 

『最初の一歩』を盛大に踏み外してしまったダメージは、本人も予想だにしないほど大きいものだった。

手を下ろそうとする。

また暴走しないとも限らない、エルフナインだって近くにいる。

何より、仲間たちにこれ以上迷惑を掛けられない。

そう自分に言い聞かせて、誰にするでもない言い訳を並べ立てて。

諦めてしまおうとした。

 

「――――マリアさんッ!」

 

その時だった。

 

「皆さんが言っていました!マリアさんの強さは、優しさにあるんだって!」

 

振り向けば、隠れたはずのエルフナインが身を乗り出している。

 

「調さん達のような家族や、響さん達みたいな仲間達のために!憎しみを耐えて、昇華出来る人だって!」

 

アルカノイズに狙い打たれる可能性だってある。

それでもエルフナインは、臆さず言葉を続けた。

 

「――――らしく、あってください」

 

一度息を整えて、思いっきり叫ぶ。

 

「マリアさんらしさで、呪いに打ち勝ってくださいッ!!」

 

――――『らしくあれ』。

先ほどマリアが送った言葉だった。

 

(・・・・そうだ)

 

彼女の声に、マリアは意識を過去に向ける。

行きついたのは、響と戦った時のこと。

あの頃はまだ『実験動物』だったマリアにとって、失敗はまさに『命とり』。

生還したとしても、『処分』される可能性だってあった。

だから怪我から目覚めたときに考えたのは、敗北したという自覚と、それを刻みつけた響への恨みだった。

渦巻く黒い感情を覆したのは、家族の存在。

泣きじゃくりながら無事を喜ぶ姿は、十分すぎるくらいに闇を振り払ってくれた。

 

(私が復讐を考えずに済んだのは、結局のところ二人の、家族のお陰)

 

もちろん二人だけではない。

ナスターシャはもちろんのこと、今は離れてしまっているレセプターチルドレン(きょうだい)達。

受け取って、返して、なお尽きぬ優しさが。

両親を失い、妹を失い。

どこか空虚で自棄になっていたマリアを、日向へ繋ぎとめてくれた。

 

(私はいつの間にか、甘さ(弱さ)だと勘違いしていたんだ。闇を払うには邪魔なんだと、思い込んでしまっていた)

 

だけど、今は違う。

思い出した今なら、違うと断言できる・・・・!

 

「・・・・らしくあることで、乗り越えられるのなら」

 

下ろしていた手を伸ばす。

形を確かめるように、モジュールに触れる。

 

「私は、弱いままで強くなるッ!!」

 

覚悟は、出来た。

 

「イグナイトモジュールッ、抜剣ッ!!」

 

――――また、あの感覚。

過去の痛みと、悲鳴達が。

真っ黒な手を伸ばして、次々掴みかかってくる。

何度でも同じことだと、マリアを引き込もうとする。

強く、濃い闇だ。

あまりの暴力性に、再び引っ張られてしまいそうになる。

しかし、だがしかし。

今のマリアは、もう弱くない。

だって、

 

(――――家族が、みんなが繋いでくれた『優しさ』こそが)

 

(――――私のッ、『誇り』なのだからッ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――seilien coffin(望んだ力と) airget-lamh tron(誇り咲く笑顔)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

纏うためではなく、振り払うために歌えば。

闇が、彼女に従った。

 

「――――は」

 

成功したイグナイト化。

凪ぐような威圧を前にして、ガリィは笑みを浮かべる。

 

「弱くて強いとか、頓智利かせてんじゃないわよッ!!」

 

言うなり放たれる氷柱の弾幕。

迫る来る無数の凶器を、マリアは正面から見据える。

ややゆっくり構えて、一閃。

それだけで、季節外れのダイヤモンドダストが生まれた。

これはガリィも予想外だったらしく、ぎょっとした顔を見せる。

 

「はああああああああああああああああああああああああああッ!!!」

 

当然、マリアはその隙を見逃さない。

剣を左腕に取り付け、ブースターを吹かして突進。

さすがのガリィも危険と判断し、氷の盾を十二重に展開するものの。

あろうことか、マリアはそれらすべてを破壊しながら突き進む。

彼女の迫力に臆してか、それとも別の理由か。

なんにせよ、ガリィは観念したように両手を下した。

その刹那。

 

「っだああああッ!!」

 

到達したマリアは、容赦なく胴体を両断する。

重く、鋭く、強烈な。

斬るというよりは、砕く一閃。

勢いを殺しきれないマリアは、叩き斬ってもなお進み続け。

数メートル離れたところで、やっと止まった。

 

「――――く、ひひひひ」

 

確認のために振り向けば、未だ宙を舞うガリィのパーツ達。

 

「あはははははは、あはははははははは!アッハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

 

元気に回転する上半身は、同じく元気に笑い声を上げている。

敗北した自棄からか、それとも別の理由からか。

がしゃん、と派手に落ちて、事切れた後では。

確かめようがなかった。

 

「・・・・はぁっ」

 

撃破を確認し、止めていた息を吐き出すマリア。

同時にギアごとイグナイトが解除され、疲労感からへたり込んでしまう。

 

「マリアさん!大丈夫ですか!?」

 

そこへ駆けつけてくれるエルフナイン。

あたふたする様からは、幼いながらに気遣ってくれているのが伝わって。

 

「・・・・エルフナイン」

「はい!なんですか?」

 

マリアは疲労を押して、エルフナインの頭へ手を伸ばし。

 

「ありがとう」

 

出来うる限りの、笑顔を浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、消しゴムなくなってる」

 

「予備は・・・・ない」

 

「お母さんは夜勤、お父さんは飲み会だっけ・・・・おばあちゃんはもう寝てるし・・・・」

 

「・・・・よし」

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方リベンジにきたガリィちゃんは、無事マリアさんが撃破。

疲労が限界にきたみたいで、翼さんに負ぶわれていたけど。

何か吹っ切れたらしいのは、晴れやかな表情ですぐに分かった。

で、時間は進んで夜。

わたしは買い出しのために、未来と並んで夜道を歩いている。

単純な話だ。

夕方の襲撃では、筋肉痛でダウンして役立たずだったので。

せめてものお詫びを込めて引き受けた。

未来も一緒なのは、同行を申し出てくれたから。

一人でも大丈夫だったけど、心配をかけてしまったのは事実なので。

こうしてお言葉に甘えている次第。

 

「おっ、ここかな?」

「みたいだね」

 

翼さんに教えてもらったコンビニを発見したので、さっそく中に入ろうとしたところで。

ふと、自販機が目に入って。

 

「あははっ、未来見てよ!きのこのジュースがある、こっちは牧草(アルファルファ)だ!」

 

っていうか、よくきのこをジュースにしようと考えたよね。

牧草と違って、味がイメージしにくい・・・・。

なんなんだ、あの何とも言えない味そのままなのか・・・・。

 

「もう、病み上がりなの忘れてない?」

「えへへ、はぁーい」

 

未来の言う通り、痛みが完全に引いたわけではないので。

早いとこ買い物を済ませたいというのは賛成だった。

でも自販機のラインナップも気になるので、もう一瞬だけ観察。

・・・・ねぎ塩タコソーダって、もうわけわかんないなこれ。

なんて考えていると、

 

「うわっ!ご、ごめんなさい!」

「ううん、こっちこそ。大丈夫でしたか?」

 

ちょうど出てきたお客とぶつかってしまったのか、そんな会話が聞こえる。

そっちに目をやるけど、相手の顔は逆光でよく見えなかった。

 

「って、えっ!?未来ちゃん!?」

「へっ?・・・・あ、嘘ッ!?キョウちゃん!?」

 

直後に聞こえてくる、二人の素っ頓狂な声。

なんだかただごとじゃない気配・・・・。

さすがに気になったので、自販機から離れて未来のところへ行く。

 

「未来ー?」

 

何かトラブルだった場合、相手を刺激するのはよくないので。

なるべく間延びした話し方を意識。

困った顔の未来に促されて、相手の方を見てみれば。

 

「何が――――」

 

――――『あったの』とは、続けられなかった。

未来とぶつかったらしいのは、まだ小学生くらいの女の子。

同じ色の癖っ毛を揺らしたその子は、同じくおそろいの色の目で、わたしを穴が開くほど見つめていて。

・・・・ああ、とぼけようがない。

知っている。

わたしはこの子を、よく知っている。

 

「――――ッ」

 

半開きの唇が、震えて。

 

「――――おねえちゃん」

 

つたない声が、わたしを呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――きょう、こ?」




拙作神獣鏡補足
・イグナイト可能。
・高機能のステルスを失う(単に姿を隠すだけなら可能)。
・最弱なのは相変わらずだが、退魔の力は健在。
アルカノイズの分解も十分耐えられる。
・また、今回のマリアのような暴走が起こった場合。
聖遺物分解の力で強制終了もできる。










・『混ざりもの』になったので、『呪い』をはねのけるほどの力はこっそり失われた。


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野を超え山超えて

――――一番古い記憶は、幼稚園を卒園してすぐだったと思う。

怖い夢を見て、夜中に起きてしまって。

再び寝付けなくなってしまい、トイレにでも行ってごまかそうかと思った。

だけどいざ出てみれば、出迎えた真っ暗な廊下が余計に恐怖を駆り立てて。

幼い心は、すっかり怖気づいてしまって。

 

「――――何してんの?」

 

そこへ話しかけてきたのが、同じく起きてしまったらしい姉だった。

途端に、もう小学生になるのに、『怖い夢で眠れない』なんて恥ずかしくなってしまって。

つい、なんでもないと口にしてしまったけど。

姉にはお見通しだったらしい。

 

「わたしは見ちゃったんだぁ。『小学生のお姉さん』でも眠れなくなるような、とびっきり怖い夢」

 

なんて言い訳をして、ついてきてくれた。

用が終わった後で、『お母さん達には内緒ね?』と。

小さめのコップにジュースをくれて、二人でこっそり乾杯もしたものだ。

 

「ついでだし、このまま一緒に寝てくれる?一人じゃどうも眠れそうになくて」

 

そのあとの歯磨きで、そう提案してくれたから。

わたしは少し強がって、『しょうがないな』なんて言ってオーケーして。

一緒にかぶったお布団の中で、ささやくように歌ってくれる子守歌。

優しい歌声に安心して、その日はぐっすり眠れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――三年前。

そんな優しかった姉に、災難が降りかかった。

生きていることを責められ、知っている人からも知らない人からも『死ね』と怒鳴られ。

その渦が家族を巻き込んでしまったのをきっかけに、姿を消してしまった。

思いやりのある優しい性格なのは子供ながらに理解していたし、だからこそいなくなったんだというのも分かっていた。

もしかしたら、姉の問題はまだ片付いていないのかもしれない。

だからあの夜、妹である自分を見るなり逃げてしまったのかもしれない。

 

(――――それでも)

 

――――それでも。

幻を見てしまうほど、会いたいと思っていたから。

何度も夢を見るほど、会いたいと願っていたから。

 

 

 

だから、

 

 

 

「よしっ」

 

――――先日氷柱で破壊されてしまったものとは、また違う神社。

小さな社の物陰で、もろもろの準備を再確認。

最終チェックを終え、ぐ、と手を握る。

・・・・学校をバックレたのがバレれば、ただではすまないが。

覚悟の上だった。

 

「いくぞーっ!」

 

ポケットに大切にしまったメモ紙は、再会した幼馴染のお姉さんが教えてくれた住所。

逃げられてしまうのなら、こちらから突撃してしまえと。

少女は、一時の冒険に旅立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのバカに妹ねぇ・・・・」

 

S.O.N.G.本部、シャワールーム。

クリス、翼、マリアの三人は、並んで汗を流している。

水が体を伝って流れ落ちていくのを見送りながら、クリスがどこか憂鬱な声でつぶやいた。

 

「置き去りにした負い目、でしょうね・・・・あの時、とても尋常ではない様子だったから」

 

並んでシャワーを浴びるマリアが思い出すのは、ガリィを討ち取った日の夜のこと。

未来を伴って買い出しにいったはずの響が、この世の終わりのような表情で駆け戻ってきた。

何事かと話しかけても、泡食ったように支離滅裂な言動を繰り返し。

目に見えて錯乱していた響。

翼がやむなく意識を刈り取ったところで、戻ってきた未来が説明してくれたのだった。

 

「今日、あいつは?」

「いつも通り、そこがかえって心配だけど」

 

マリアが思い浮かべたのは、今日の響の様子。

何食わぬ顔で笑みを浮かべ、書類仕事や訓練をこなしていたものの。

表情を必死に取り繕っているのは、探るまでもなくわかることだった。

 

「・・・・これまでの恩もある、力になりたいところだけど」

 

『普通の家庭を知らないから』、と。

マリアはやや自嘲気味に笑った。

 

「いや、並みの家庭ではないのは私も同じだ。たとえ親が健在であろうとも、な・・・・」

 

隣から、翼はそんなマリアをフォローする。

しかしその声もまた、同じく自嘲に満ちたものだった。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

立花響(わたし)』としての意識がはっきり芽生えた、幼稚園への入園直後。

本来のこの子(たちばなひびき)』の意識はどこへいったのかという疑問へ、答えを示すように生まれたのが。

本来は存在しないはずの『響の妹』こと、『立花香子(たちばなきょうこ)』だった。

年の差五つと、大分離れていたものの。

わたしを姉と慕いながら後ろをついてくる姿には、よく和ませてもらっていたものだ。

『本来の響』のように、おっちょこちょいで天真爛漫。

だけどお父さんによく似た、思いやりのある子。

 

『将棋の香車のように、目標へまっすぐ進む子になってほしい』

 

両親のそんな願いの通り、無垢に素直に育っていってくれていた。

――――はずだった。

言うまでもなく、わたしの所為だ。

あのライブをきっかけに始まった迫害。

当然、妹である香子にも牙をむいた。

叩かれたりからかわれたりはしょっちゅうで、時にはものを隠されたこともあった。

ひどい時には川に落とされ、全身ずぶ濡れで帰ってきたこともある。

泣いてない日はなかったと思う。

一緒に眠る布団の中、『おねえちゃんだってつらいのに』って言いながらしゃくりあげたことは、数えきれない。

何とか涙を止めたかったわたしに出来たのは、ただただ抱きしめてあやしてやることだけだった。

善意(あくい)は毎日のように、妹と家族を遠慮なく追い詰めつづけて。

そんなギリギリの状態にとどめを刺したのは、お父さんの蒸発だった。

お母さんはうなだれていた。

おばあちゃんは震えていた。

妹は、香子は。

声を上げて、わんわん泣いていた。

――――現実を、叩きつけられたようだった。

重たく大きな鈍器で、力任せに、暴力的に殴られたような。

お前が生まれてきたからこうなったんだと。

お前がしゃしゃり出たからこうなったんだと。

卑しい異物に、居場所なんてないんだと。

そんな事実を、叩きつけられた気分だった。

 

だから、逃げた。

 

突っ立って鼓動を打って呼吸しているだけで、罪悪感に苛まれてしまうような場所から。

味方だと思っている人達が、敵に回ってしまうのが怖くなって。

だから、背を向けた。

その先が、地獄だって分かっていても。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

「あっつ・・・・」

 

都会の暑さを舐めていた。

ヒートアイランド現象がこんなに体を蝕むなんて・・・・。

生乾きの汗で肌がべたつき、着ている衣服を不快な布に変えてしまっている。

持ってきた水は飲みほしてしまった。

財布に余裕はあるものの、不幸にも自販機やコンビニが見当たらない。

 

「ぃ・・・・」

 

頭が痛い。

脈打つような鈍痛が、頭を侵している。

ズキズキと意識を蝕む痛みに、とうとう膝をついてしまった。

申し訳ないと思いつつ、家の塀にもたれかかる。

狭い日陰へ何とか身を寄せるも、アスファルトの照り返しの前には意味がなかった。

蝕む暑さが、じりじりと意識を削っていく。

逃げられるのがいやだったから、黙ってやってきたのだが。

どうやらそれが仇になってしまったらしい。

――――鈍痛が激しくなる。

脳みそがまるごと暴れているようだ。

ゆっくりゆっくり、視点が下がって。

とうとう座り込んでしまったのに気づく。

どこか、冷房の効いた建物の中に入るべきなのだろうが、そんな体力はとっくの昔に尽きている。

 

(少しだけ、少しだけ・・・・)

 

静かに目を閉じて、ゆっくり呼吸をして。

 

「ねえ!君、大丈夫?こんなとこでどうしたの!?」

 

掴まれる肩、ゆらされる体。

人が来たことに安心して、意識を手放してしまった。




安易にオリキャラをぶっこむ。
悪い癖だと自覚しています。


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剣呑

夕方。

連絡を受けた未来が、弦十郎宅に駆けつければ。

額に冷却シートを張られ、布団で横になっている香子が。

そっとタオルケットをめくれば、首や脇に氷嚢が挟まれているのが見えた。

 

「あたしが見つけたときは、もう意識が無くって。ちょうど緒川さんと会えたから、近かった弦十郎さん家に連れてきたんだよ」

「そう、なんだ・・・・ありがとう、弓美ちゃん」

「いーってことよ」

 

起こさないよう、声を潜めて説明した弓美に礼を伝えてから。

未来は改めて香子の寝顔を見下ろした。

熱中症の名残か、まだ頬が赤い。

・・・・何故ここにいるのかなんて、考えるまでもないだろう。

誰が見ても仲が良かった姉妹の片割れだ。

あの夜逃げてしまった姉を追ってきたに違いない。

 

「それにしても、響の妹ってだけあるわね。ホントにそっくり」

「・・・・うん、響もよく自慢してた」

 

顔が陰った未来を気遣ってか、わざと明るい声で話を切り出す弓美。

お陰で昔を思い出した未来は、かつてのほほえましい光景に薄く笑みを浮かべた。

実際、弟や妹を疎ましく扱っていた同年代と比べて、仲が良かったように思う。

ついてきたがる香子を二人で連れまわして、いろんなところに出かけたものだ。

 

「響は来るって?」

「・・・・どう、だろう。マリアさん達が連れてきてくれるらしいけど」

「ありゃ、やっぱりヘタレ発動させちゃってる感じ?」

「うーん・・・・」

 

弓美の指摘に、未来は『否定したいけど出来ない』という苦笑を浮かべるしかなかった。

――――香子と鉢合わせた後、逃げた響を追いかければ。

待っていたのは、やむなく気絶させられた大切な人。

ぐったりした体を支える、仲間達の申し訳なさそうな顔が。

強く記憶に残っている。

 

「多分、後ろめたいんだと思う。一回置いてっちゃったから」

「あぁー・・・・」

 

三年前、何もかもを放棄して出立した旅。

置いていったものの中には、当然家族も含まれている。

両親は何とか旅の内容を話せただろうが、まだまだ小学生の妹となれば別だろう。

どんな風に話していいのか、話せたとしても嫌われないだろうか。

きっと、そんなことを心配しすぎているに違いない。

 

「未来さん、響さん達が」

「ッ本当ですか?」

 

なんて考えている間に、その時が来てしまった。

緒川が知らせてすぐ、複数の足音が聞こえてくる。

気づいた緒川がそっと避けると同時に、響が入ってきた。

沈痛な面持ちが、逆光で暗くなっていてもよく見える。

 

「・・・・キョウちゃんは、やっぱりキョウちゃんだね」

 

静かに退いた弓美も見守る中で、黙って寝顔を見下ろす響。

隣にいる未来は、口を開いた。

どういうことだと言いたげな、響の視線を受けながら。

柔らかく、ほほえまし気に笑う。

 

「響のこと、まだ大好きなんだね」

「・・・・」

 

一方の響は、沈黙を保ったまま。

依然固く口を結び、一言も発していないが。

考え込んでいる内容が、ポジティブではないことだけは分かった。

 

「・・・・少しくらい、お話してあげようよ」

 

未来がまた口火を切る。

 

「こんなになるまで、響のこと探してたんだからさ」

「・・・・そうとは限らないでしょ」

 

ここで、初めて口を開いた響。

出てきた言葉は、否定的なもの。

 

「もっと別の用事かもしれないよ」

 

やや吐き捨てるように告げると、立ち上がって出て行ってしまった。

当然、未来は追いかけようとしたものの。

聞こえた唸り声に、思わずそちらを見る。

案の定、香子が意識を取り戻したところだった。

響とのこともあり、どうしようとおろおろし始めると。

 

「未来」

 

廊下で控えていたかけたマリアが、一声かけて、任せろと言わんばかりに頷く。

そのままスタスタ歩いていく音が聞こえたので、ここは好意に甘えることにした。

 

「・・・・みくちゃん?」

「うん、おはよう。キョウちゃん」

 

香子の不安げな声に、努めて明るく答える。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「――――待ちなさい」

「・・・・」

 

足早に廊下を進む背中へ、マリアは鋭く声をかける。

黙って振り向いた響の目は、どこか剣呑だ。

 

「妹が命懸けで訪ねてきたというのに、ずいぶん冷たい反応ね」

「・・・・未来にもいいましたけど、そうとは限らないですよ」

「あの子の状態から見るに、相当な時間を外で過ごしていた様子。こんな平日に、学校をサボタージュしてまで遊ぶ子なの?」

 

指摘に、再び黙り込む響。

剣呑さを増す視線に、マリアも苛立ちが募るのを覚えた。

 

「たった一人の、姉妹(きょうだい)なんでしょう?」

 

やや踏み鳴らしながら、距離を詰めるマリア。

彼女の方が高身長なので、自然と見下ろす形になる。

 

「怖がって距離をとるだけでいいの?失くしてからでは遅いのよ・・・・!?」

「いるからこそ、どうにもできないことだってあるんですよ」

「だからといって、歩み寄ろうとする意志を無下にするの!?」

「家族がいるから幸せだなんて、思わないでください!」

 

売り言葉に買い言葉。

だんだんと荒くなる互いの口調。

声も一緒に大きくなってくる。

表情も、厳しく険しいものに変わっていく。

 

「守りたいのに守れない!頼っても裏切られる!沁みついた恐怖が、あなたに分かりますか!」

「分かる分からないの問題ではない!あなたこそ、そうやっていつまで逃げ続けるつもりなの!?」

 

ヒートアップしていく口論は、辞め時を見失ってしまい。

 

「――――マリアさんはいいですよね」

 

そして、響は。

とどめと言うべき言葉を、放ってしまった。

 

「気にするような姉妹(きょうだい)なんて、もういないんでしょ!!」

「――――ッ!!!!!」

 

考えるよりも、体が動いていた。

めいいっぱい開かれた手が、鞭のようにしなって。

――――乾いた、音。

衝撃で横を向いた響は、頬を真っ赤にしたまま黙っている。

マリアは歯を食いしばり、睨みつけていたが。

やがて、じわじわと涙を零し始めた。

 

「ちょっと、響!?」

「マリア!立花!」

「おい、何があった!?」

 

騒ぎを聞きつけた仲間達が、ばたばたとやってきて。

そして、目の前の光景に息を吞む。

その時、

 

『――――聞こえるかッ!?』

 

通信機から、弦十郎の声。

 

『都内の地下施設にて、アルカノイズとオートスコアラーの反応だ!すでに調君と切歌君が向かっているッ!』

「――――なら、わたしも向かいます」

 

誰とも目を合わせないまま、手短に告げた響。

まるで逃げ出すように、走り去ってしまった。

 

「・・・・マリア、何があった?」

 

響が去った後。

息が荒いまま、力なく手を下したマリア。

翼に恐る恐る問いかけられると、膝から崩れ落ちた。

 

「マリアさん!?」

「ど、どうした!?」

「何事だよ!おい!?」

 

弓美、翼、クリスに慌てて駆け寄られたマリア。

涙を抑えるように、手で顔を覆って。

 

「・・・・何を、しているんでしょうね。私は」

 

震える声で、後悔を零した。




コソコソッ(ビンタ、実は書きたかったシーンでもあります)


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ドツボに入ると中々抜け出せない

前回までの閲覧、評価、お気に入り登録。
誠にありがとうございました。


「――――二人とも、お待たせ」

「わぁッ!?」

「響さん、それ!?」

 

オートスコアラーの反応があった、地下への入り口。

振り向いた調と切歌。

響の赤く腫れあがった頬に、素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

「ちょっと転んじゃって、見た目ほど痛くはないから」

「そ、そうなんデスか・・・・?」

「とにかく行こう、オートスコアラーでしょ?」

「は、はい・・・・」

 

正直なところ、響の頬が気になって仕方がない二人だったが。

敵をほっとけないのも事実なので、渋々言うとおりにした。

早速ギアを纏って突入。

薄暗い中を駆け抜ければ、やがて見えてくる色とりどりのノイズ。

そのさらに向こうには、なんらかの装置の前に立つミカの姿が。

 

「――――しッ!」

「おおッ!?」

 

今の響には、『なぜ彼女がそんなところに』と考える余裕はなかった。

一刻も早い撃滅を全うすべく、ノイズの間を走り抜け。

刺突刃を重く突き出す。

衝撃波が発生するほどの攻撃に、ミカはむしろ笑って反応。

響の右手をひっつかんで回避、そのまま振り回して投げ飛ばした。

パイプに叩きつけられた響は、噴き出したスチームに呑み込まれて見えなくなる。

間髪入れずに飛び出した響。

熱され赤くなった肌の湿り気を、振り払うように身をひるがえして。

再びミカへ突撃する。

 

「調」

「うん」

 

アルカノイズを斬り捨てながら、調と切歌はアイコンタクト。

今の響が、悪い意味で普段と違うことに気づいたのだ。

 

「何があったんだろう」

「ほっぺのことといい、気になるデスよ・・・・っと!」

 

二人が次々処理していく間にも、戦況は変化していく。

彼らの現在地は地下、さらに言うと電線を始めとしたライフラインが密集している場所だ。

長時間戦闘を続ければどうなるか、想像に易いことだった。

 

「っだらぁ!!」

 

響にも、それを考える程度の余裕はあったらしい。

だが、時間が経てば経つほど、攻撃は大ぶりで単調なものになっていく。

その動きはやがて、誰にでも突けるような隙をいくつも生む。

 

「とぉうッ!」

「あっぐ・・・・!」

 

当然ミカは見逃さない。

蹴りを突き刺し、響をまた吹っ飛ばす。

今度は体勢を立て直せた響。

顔を上げると、炎を放つミカの姿を捉えた。

響は立ち上がるなり、即座に籠手を回転。

迫る炎へ、風を放つ。

ぶつかる風と炎。

密閉した空間で、ところ狭しと暴れまわる。

配管が軋んで悲鳴を上げる中、両者はしばらく拮抗していたが。

 

「――――にははッ」

 

ミカが笑った途端、急上昇する火力。

増幅した火炎が風を飲み込み、猛然と迫りくる。

その急激な変化に、響は為す術も暇もなく。

 

「うわああーッ!!」

 

無情にも、業火が直撃した。

響の体が木の葉のように飛び、落ちる。

受け身をとれない体は、無防備にコンクリートに打ち付けられ。

意識を手放してしまった。

 

「響さん!」

 

離れていた切歌達から見ても、頭を強打したのは明白。

ピクリとも動かなくなった彼女を案じて、二人は一度大きく薙ぎ払う。

いち早く飛び出したのは切歌。

再び炎を充填し始めたミカを警戒しつつ、響の回収を試みる。

立ちふさがるアルカノイズを切り捨てながら前進する切歌。

しかし、ミカが一手早かった。

放たれた炎が、濁流となって猛進する。

対する切歌は響を片手に抱えたまま、もう片手で鎌を回転させることで防ごうとして。

 

「――――切ちゃんッ!!」

 

目の前、躍り出る人影。

丸鋸を展開した調が、炎を受け止めていた。

細い体を必死に張って、耐え続ける調。

だが、踏ん張りが利きづらい調のヒールでは、長く持たない。

 

「あああッ!」

「調ッ!」

 

結局押し切られてしまい、調もまた大きく弾かれた。

なんとか受け身を取れたので、気絶はしなかった様だが。

歪んだ顔が、受けた痛みを雄弁に語っていた。

こうなったら自分がやるしかないと、切歌は奥歯を噛み締めて前を向く。

 

「ワタシはワタシで忙しいゾ、お子様の相手はしてらんないんダゾ」

 

だが、ミカは転移結晶を叩きつけているところで。

 

「――――お前達の解体なんて、いつでも出来るゾ」

 

最後、にんまり笑って消えていった。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

――――消毒液のにおいが鼻をつく。

目を開けると、すっかり見慣れてしまったS.O.N.G.の医務室だった。

毛布がこすれて、肌がひりひりする。

炎で炙られたもんなぁ・・・・。

なんか最近こんなんばっか。

気絶寸前に打ったらしい頭をさすりながら、ゆっくり起き上がる。

・・・・すっかりやられちゃったなぁ。

あかん、思い出すだけで鬱になってくる。

なんていうか、もう。

今日のわたし、徹頭徹尾不甲斐なさ丸出しで・・・・。

マリアさんにもあんなこと言っちゃうし・・・・。

・・・・何より。

何より、香子のことだ。

あんな、へろへろになるまでわたしに会いに来てくれたのに。

肝心のわたしが、臆病すぎたばっかりに。

いや、香子一人だけならまだよかった。

調ちゃんや、切歌ちゃんにまで、迷惑をかけてしまって。

なんか、もう。

死にたい、っていうか消えたい。

ぽんっというか、どろんって無くなりたい。

たまりにたまった自己嫌悪と罪悪感で、胸がパンクしそうだ・・・・。

 

「響さん、起きたんですね。大丈夫ですか?」

 

わたしに気が付いたエルフナインちゃんが、近寄ってくる。

うーん、白衣がかわいい。

・・・・現実から逃げても意味ないんだよなぁ。

 

「エルフナインちゃん・・・・うん、へーき」

「頭部の強打と、複数個所の軽度のやけどですが、どちらも入院するほどではありません」

 

『無事でよかったです』と、笑ってくれるエルフナインちゃん。

心配が嬉しい分、自己嫌悪がさらに燃え上がる。

情けなさ過ぎて、不甲斐なさ過ぎて。

自責と自己嫌悪が、全力で押しつぶしにかかられているような重圧を感じる。

――――だけど。

だけど、この重圧を。

どこか懐かしく感じているわたしが、片隅にいた。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

――――暁切歌は、怒っていた。

今回ヘマをした響にではない。

ミカの攻撃の前に躍り出た、調に対してだ。

もちろん、大怪我を負いかねない状況を心配したのもある。

だがそれ以上に、『守りたい人に守らせてしまった』という負い目が、いっそう怒りを駆り立てていた。

 

「切歌、あなたが調を守ってあげてね。私やマムでは、手が足りないところもあるだろうから」

 

いつだったか、そう言いながら優しい顔で笑ってくれたマリア。

『白い施設』よりも前の記憶がない切歌にとって、その約束が自分を形成する一つとなった。

マリアももちろん大好きだ、マムも母親のように想っていた。

そんな二人からもらった、大切な役目。

だからこそ、調が危険な目にあったことが。

何より、そんなことを選択させた自分の不甲斐なさが。

何よりも彼女を苛立たせた。

切歌は体は大きくなったものの、まだまだ子供だった。

だからこそ、その思いを穏便に伝えるすべを知らなかった。

 

「どうしてあんな無茶したんデスか!?」

 

やや怒鳴るように、問いかけてしまう。

対面の、火傷に包帯をまかれた調は、むっと口を結んだ。

切歌の聞き方が悪かったのは、明らかだった。

 

「わたしだって、切ちゃんを守りたい。庇われてばかりなんて、もういやだ!」

「でも!あたしは調を守らなきゃいけないんデス!だからッ・・・・!」

 

剣呑になってくる空気。

 

「――――二人とも」

 

歯を向き始めた二人を制したのは、割り込んだ響の手だった。

 

「今回は、わたしが悪かったんだ・・・・わたしが、もっとうまく立ち回れていればよかったんだ・・・・だから、頼むから・・・・ケンカしないで・・・・」

 

調と切歌、二人の顔を交互に見ながら、そう懇願する響。

彼女の顔が、いつか見たような自責の陰りに満ちていたものだから。

二人とも口を噤んでしまった。

だが、やはり腹の虫は収まらないようで。

ふと互いを見あうと、いけすかないと言わんばかりに鼻を鳴らして、そっぽを向いてしまった。

その様子を見てしまった響は、目に見えて肩を落としてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――まただ。

またこの夢だ。

意思とは関係なく引っ張られる。

聞こえるぐちゃぐちゃという音。

見下ろせば、いつか見た光景。

化け物が、化け物になったわたしが。

香子を貪っていた。

いいや、『奴』(わたし)が腹に収めたのはこの子だけではない。

顔を上げて、見渡す。

暗闇に紛れてゴロゴロ転がっているのは、大切な仲間達。

すでに餌食になってしまったらしく、腹が空っぽだったり、腕がなくなっているものもある。

『奴』(わたし)は相変わらず香子を貪っている。

肉を引き裂き、骨を砕き、髄を啜り。

欲張りに、卑しくかぶりついている。

血だまりは広がる。

『奴』(わたし)は食べることをやめない。

・・・・止めなきゃいけないのに、やめさせなきゃいけないのに。

なんで、どうして。

こんなこと望んでいないのに、こんなこと否定したいのに。

体が動いてくれない、指一本動かせない。

夢だとしても、こんなことが許されていいはずがない。

実の妹を見殺しにしていいわけがない。

・・・・それとも何か。

わたしの中に、本当にいるっていうのか。

こんなことを望む化け物が、本当に巣食っているというのか。

 

「――――そうだよ」

 

目の前、『奴』(わたし)の顔。

唾と一緒に飛んできた血が、顔にかかる。

 

「これがわたしの本性だよ」

 

ブラックホールみたいな目が、楽しそうに歪む。

 

「今更じゃないか、ねぇ?」

 

そして、愉快そうな嗤い声が。

わたしの心臓を、わしづかみにした。



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ザババの絆

「戻ったゾー」

 

チフォージュ・シャトー。

響達をあしらったミカが、ぴょんぴょん跳ねながら帰還。

玉座の間の中央にある装置へ、持っていたデータディスクを挿入する。

すると、空中に画面が展開。

首都圏周辺のマップと、何らかの流れが表示された。

 

「派手にひん剥いたな」

「ええ、上出来ね」

 

流れが集中している地点を見つめながら、ファラとレイアは満足げだ。

ミカもしてやったりと言わんばかりににやついていたが、やがて笑みを収めると踵を返す。

 

「待て、どこへ行く?」

「やるべきことは分かっている、あとは好きにさせてほしいゾ」

 

気が付いたレイアが引き止めると、やや苛立った口調で返すミカ。

一瞬眉をひそめたレイアだったが、ふと、頭上を見上げたことで意図を理解した。

 

「・・・・そうか」

 

それぞれのオートスコアラー達の上に下がっている垂れ幕。

そのうちの一つ、ガリィがいなくなった代わりに、模様が刻まれた青の垂れ幕を見上げながら。

去っていくミカを見送りつつ、次は赤の垂れ幕だろうと予想をつけた。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「――――昔はすっごく優しかったんです、お姉ちゃん」

 

一夜明けて、鈍行列車の中。

すっかり回復した香子は、景色をぼんやり見ながらとつとつ語りだした。

同行していたマリア(髪留めと帽子で変装済み)は、静かに耳を傾ける。

 

「小っちゃい頃、眠れなかった時があって。一緒に夜更かししてくれたことがあったんです。『お母さんにないしょね』って、ジュースを飲ませてくれたり、同じ布団で寝てくれたり」

 

懐かしむ横顔は、楽しそうにも、寂しそうにも見えた。

一緒に寝るくだりはマリアにも覚えがあったので、思わず笑みをこぼす。

 

「お姉ちゃんはいつもわたしの憧れで、だから、大きくなったらお姉ちゃんみたいになりたいっていつも思ってて」

 

こぼれるのは、『妹』特有の想い。

誰から見ても理想の姉に憧れる、微笑ましい願い。

 

「――――でも」

 

そんな純粋な言葉が、陰る。

 

「お姉ちゃんは、そう思っていなかったんでしょうか」

 

香子が思い出しているのは、昨日のやり取りだろう。

響がすでに帰ってしまったことを聞かされた彼女は、マリアから見ても落ち込んでいた。

 

「本当は面倒くさいって思ってて、だからわたしを置いていったのかな」

 

ふと、視線を落としたマリア。

膝に置かれた香子の手が、きつく握られているのが見える。

 

「未来ちゃんとの旅に、連れてってくれなかったのかな」

 

いつの間にか、語る言葉は寂しさに満ち切ってしまっていて。

心なしか、声に涙が混じっているようにも聞こえた。

 

「・・・・私から言わせてもらえば」

 

がたん、かたんと、電車が揺れる音に耳を傾けながら。

ゆっくり口を開く。

 

「あの子は単に臆病なだけよ、ボロを出さないよう必死に取り繕っているだけ」

 

見上げてくる香子の視線を受けながら、マリアは続ける。

 

「大切だからこそ、距離を置いて離れようとする・・・・そういう人なのよ、あなたのお姉さんは」

「大切・・・・」

 

言い終えた後で、香子の様子を見てみる。

吐いた唾は呑み込めないと言えども、言い過ぎではないかと思ったからだ。

そんなマリアの胸中を知ってか知らずか、香子は俯いて黙っていた。

落ち込んでいる、というより、考え込んでいるようだった。

 

「・・・・でも」

 

やがて、香子は再び口を開く。

 

「でも、わたしは、一緒に行きたかったです」

 

切なく、それだけを零して。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

さて、調と切歌の不仲はまだまだ続いていた。

一夜明け、学校も終わった帰り道。

何となく距離を置いて歩く二人の間に、会話はない。

考え方は違えど、思うのは昨日の戦闘だ。

 

『どうして守ったのか』

『どうして守らせてくれないのか』

 

沈黙は続き、感じないはずの痛みを感じて仕方がなかった。

 

「・・・・私に、何か言いたいことがあるんじゃないの?」

 

やがて、調が口火を切った。

やや苛立った口調で、前を歩く切歌に言葉をぶつける。

 

「それは調の方じゃ・・・・!」

 

同じく苛立つ口調で返す切歌。

だが、すぐに噤んでしまった。

また言い合いに発展するからだと気づいた調も、気まずそうに俯く。

どことなく重い空気が、流れようとして。

 

「きゃああああああああッ!!」

 

絹を裂くような悲鳴に、肩を跳ね上げる。

振り向けば、傍らに見えていた屋台が燃えていた。

周辺には赤い結晶がばら撒かれ、次々爆炎が噴き上がっている。

 

「こ、これって・・・・わっ!」

「あたし達を焚きつけるつもりデス!」

 

驚愕を口にする前に、背後でまた爆発。

危険と判断した二人は、何とか損傷の少ない場所へ向かう。

はっと気配に気づいて見上げると、ミカがにやにや笑って見下ろしてきていた。

損壊した鳥居の上に、罰当たりに陣取っている。

 

「足手まといと、侮っているというのならッ・・・・!」

 

向けられる笑みに、不快感を覚えた調。

歯を向いて睨みつけつつ、ギアペンダントを握りしめた。

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

「――――二人とも!応援の到着まで、なんとか持ちこたえてくれ!!」

 

当然、ミカの出現を察知していたS.O.N.G.本部。

交戦し始めた調と切歌を目の当たりにした弦十郎は、急ぎ他の装者達にも連絡を取ろうとして。

 

「うおッ!?」

 

激しく揺れる船体に、艦橋が一様に動揺した。

モニターを切り替えてみれば、海中で本部に攻撃を仕掛けている。

 

「巨大な人影、だと・・・・!?」

 

驚愕も束の間、再び揺れる船体。

 

「っぐ、何とか振り切るぞォッ!!」

 

奥歯を噛み締めた弦十郎は、すぐさま指示を飛ばし始める。

彼らが足掻いている一方。

高所から海面を見下ろしている影。

レイアだった。

 

「私達が地味に支援する。その間に果たすといい、ミカ」

 

その言葉に呼応するように、もう一撃加える海中の巨体。

もちろん逃げようとするS.O.N.G.だが、巨体も簡単に逃がしてくれない。

 

「ッ船体の損傷率、上昇!」

「このままでは、潜行が困難になりますッ!!」

 

再びの一撃に揺れる船内。

オペレーター達の報告に、弦十郎が苦い顔をした時だった。

 

「ッ私が迎え撃つわ!」

「了子さん!?」

 

一瞬ためらうような表情をした了子が、腹を決めて立ち上がる。

そして驚愕する友里の視線を受けながら、どこかへ移動し始めた。

 

「ッ俺たちはどうすればいい!?」

 

本来戦闘向きではない了子の出陣。

しかし、錬金術を始めとした異端技術に明るいのも事実。

足踏みの暇はないと、葛藤を何とか終わらせた弦十郎は。

モニターから目をそらさない程度に振り向き、問いかけた。

 

「奴を海上へ!さすがに水中じゃ分が悪いわ!」

「わかった!みんな、聞いたなッ!」

 

呼びかけに対し、オペレーター達は力強く返事。

航行速度や、上昇に最適なポイントを割り出しつつ。

魚雷で挑発と同時に、敵の攻撃を振り切ろうとする。

幸いというべきか、相手は殴打や掴みかかりなどの物理的な近接攻撃しかしてこない。

奴の指先をかすめる程度の速度で、何とか海面に浮かび上がる。

背後の敵も、同じように浮上。

大量の飛沫を上げながら、敵は姿を現した。

ぎょろりと巨大な目玉に、服の代わりのように巻かれた包帯。

そのビジュアルは、さながら巨大なミイラと言えるものだった。

S.O.N.G.の潜水艦を見下ろした巨大ミイラ。

海上に誘い出されてもなお、攻撃を加えようとする。

大木なんてめじゃない太さの腕が、振り下ろされようとして。

 

「――――カルナッ!!」

 

飛び込む、影。

躍り出たそいつは、力強く敵の腕をはじき返す。

あまりの力に仰け反る巨大ミイラ。

心なしか、その顔は驚愕しているように見えた。

 

「――――さすが、うちのスタッフは優秀ね」

 

艦橋に響く、了子の不敵な声。

彼女がつけているであろう通信機からは、キリキリという音も聞こえる。

 

「ここでなら、こいつも遠慮なく暴れられるってもんよ」

 

甲板が映し出されたモニター。

了子の隣に控える、人型の大柄な物体。

ミイラも同じように疑問に思ったのか、何者かと言いたげに凝視する。

 

絡繰人形(マリオネット)・・・・自動人形(オートスコアラー)の原型となった、機械兵器だ」

 

言いながら了子が指を動かすと、今度はぶゎん、という音。

すると呼応するように隣の人形―――了子の言から察するに、『カルナ』というらしい―――が動き、槍を構えた。

再び聞こえたキリキリという音から、両手にはめた操り糸で操作しているらしい。

 

「私もこれを使うのは久々でな、せいぜい肩慣らしに付き合ってくれ」

 

煽るように笑いかければ、巨大なミイラは雄叫びを上げて応えた。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「――――これっぽっちィ?」

 

目の前。

絵馬に埋もれて痛みにもがく、調と切歌を見下ろし。

ミカは心底がっかりした様子でため息。

 

「これじゃあ、改造前の方がまだ手ごたえあったゾ」

「ッ舐めるなァ!!」

 

煽りに引っかかった切歌が、瓦礫を散らして飛び掛かる。

冷静さを欠いていることに加えて、疲労もあってか。

その攻撃は大ぶりで単調だ。

当然難なく捌かれ、突き飛ばされる。

 

「はあッ!」

 

入れ替わるように飛び掛かるのは調。

鋸を唸らせ、刈りかかる。

一つ、二つ、三つ。

途中でヨーヨーも加えて、さらに苛烈に攻めていく。

手数を駆使した連撃は、

 

「そぉりゃッ!!」

「ああッ!」

 

しかし、ミカには届かない。

 

「調ッ!このッ・・・・!」

 

憤慨した切歌が、また攻め立てようとするが。

疲労とダメージが蓄積しきった体では、再び弾かれて終わった。

 

「ぐ、は・・・・!」

「切ちゃん!」

 

胸と腹。

胴体二か所に重い打撃を撃ち込まれて、今度こそ倒れ伏す切歌。

 

「まずは一人ダゾォー!!」

 

好機と言わんばかりに両手を上げたミカは、ありったけの火炎を放った。

炎と熱気の濁流が、切歌の小さな体を飲み込もうとして。

 

「――――させる」

 

阻むように立ちはだかる。

 

「――――もんかぁッ!!」

 

調。

めいっぱい巨大にした四つの鋸と、踏ん張りの利きにくいヒールで。

必死になって、食い止めていた。

高温に炙られて、一気に赤く腫れあがる肌。

 

「調ッ!?」

 

目の当たりにした切歌が、案じて身を起こしたところで。

攻撃は止んでくれた。

 

「調ッ!」

 

切歌は崩れ落ちる調に駆け寄り、抱き上げる。

真っ赤になった肌は、見ているだけで痛みを想像させた。

 

「なんで、なんで庇ったりしたデスか!?」

 

有様に動揺した切歌。

気づけばそんな怒声を放っていた。

意識を失いかけていたのか、寝起きのようにゆっくり目を開ける調。

やがて、唇を動かす。

 

「大好き、だから」

 

ミカは勝ちを確信しているからか、手を出してくることはない。

静寂が訪れていたからか、切歌の耳には、やけにはっきり聞こえた。

 

「切ちゃんが、大好きだから」

 

傷ついた姿は弱弱しく。

しかし、嘘をついているようには思えない。

調はこんな局面で、ふざける子ではない。

 

「マリアが、響さんに殺されかけたあの日・・・っ・・・・復讐以外に、決めたんだ」

 

痛みに耐えながら起き上がる調。

切歌はそれを手伝いつつ、耳を傾け続ける。

 

「マムも、マリアも、切ちゃんも、守りたいって・・・・だからッ」

 

疲労と痛みで震えながら立つ姿に、切歌は呆然としていた。

だってその願いは、決意は。

切歌だって、胸に秘めているものだったから。

同時に気づいたから。

調にも、願いを抱える意思があると。

だからこそ、踏み出して。

 

「・・・・それは」

 

倒れそうになった肩を支えて、ミカを見据える切歌。

 

「それは、あたしだって同じデス!調もマリアも、まとめて守りたいんデス!」

 

ミカは鳥居の上。

単純に高いところに立っているだけなのだが、それだけでずっと強敵のように思える。

――――だから、なんだ。

 

「だったら・・・・!」

 

調も同じことを考えていたのか。

ぐっと踏ん張って、切歌と肩を並べる。

 

「だったら、二人でやろう。きりちゃん・・・・!」

 

負けないようにミカを睨み返しながら、震えを抑え込んだ。

 

「二人で、まずはあいつを倒そう・・・・!」

 

しかし、蟠りを超えたとしても。

今のままではミカに一矢報いることすらできないだろう。

ならば、選択肢は。

 

「イグナイト・・・・やろう!」

「二人でなら、きっと!」

 

手を握り合ったまま、胸元に手を伸ばして。

 

「「――――イグナイトモジュールッ!!」」

「「――――抜剣ッ!!」」

 

同時に響く、『Dainsleif』の電子音。

瞬間、例にもれず闇が襲い掛かった。

これまでに抱いた恐怖、恨み、辛み。

暴風となった暗い感情が、心をかき乱し、自我を貪ろうとする。

正直言って、厳しい。

ふとした瞬間に、沈んでしまいそうになる。

しかし、しかしだ。

二人には、繋ぎ止める者がある。

同じ願いを、決意を抱く。

大切な家族が、隣にいる。

だから、こんな闇の一つや二つ。

 

(乗り越えて・・・・!)

(なんぼデース!!)

 

頭のどこか、撃鉄が下りるような音がして。

 

「・・・・にははははッ」

 

ミカが悦に笑う先。

闇を従えた、調と切歌が。

強く強く、見上げている。

不屈の視線を、たぎる闘志を向けられたミカは。

 

「楽しくなってきたゾオォ――――ッ!!!」

 

文字通り炎を爆発させる。

その威力は、自らの衣服を消し飛ばすほど。

髪もほどけ、人形としての特徴を惜しげもなくさらけ出した姿。

にじみ出る熱気が、彼女の本気を示していた。

広がる熱風に、一瞬目を細めた調と切歌だったが。

それだけで切り返すと、一気に踏み込んで飛び出した。

 

「にゃはははははははッ!きーはははははははははははッ!!!」

 

これまでとは比べ物にならないテンポで、結晶を生み出し飛ばしてくるミカ。

速度とサイズは、桁違いだ。

だが、調と切歌も負けてはいない。

飛ばされる結晶を斬っては捨て、切っては捨て。

時には足場にしながらミカに接近する。

まずは調がたどり着き、一閃。

続けてやってきた切歌が、背後から強襲する。

ミカはすれ違わせるようにいなして頭上を取ると、炎を豪雨のように降らせた。

降り注ぐ炎を薙ぎ払い、再び飛び掛かる調と切歌。

鋸と鎌、それぞれで炎を払い続けながら。

今度は切歌が先に到達。

大ぶりの連撃を繰り出し、ミカの行動を制限しようとする。

当然簡単に思い通りにならないミカ。

一瞬で見抜いて鎌を弾き飛ばすと、蹴り飛ばして距離を取ろうとする。

強い打撃に怯んだ切歌だったが、防御は間に合ったおかげで大したことはない。

そして、切歌の穴を埋めるように調が突撃。

切歌への攻撃をさりげなく防御しながら、もう片方で小型の丸鋸を連射してミカをけん制する。

だが、片手間の攻撃では攻め切れない。

ミカは防御で手薄になっている側に回り込むと、押しのけるように殴り飛ばす。

後方に吹っ飛んでいく調に、ミカは結晶を何本もばら撒いて。

哀れ、調は業火に包まれた。

 

「調ッ!こっの!」

 

歯を向いた切歌が、両肩からワイヤーを発射する。

しかし二本ともミカを掠ることなく、無意味にまっすぐ伸びていった。

 

「あははは!残念だったゾ!」

 

ミカは新たな結晶を握ると、まずは切歌を仕留めようと飛び掛かる。

片方が敗れたコンビネーション、迫りくる敗北、巻き返せない状況。

言うまでもなく勝利を確信していたミカは、

 

「――――なんちゃって、デス」

 

切歌が浮かべた笑みに、不意を打たれた。

刹那、背後で歌声。

弾かれるように振り向けば、力強く歌い続けている調の姿が。

切歌が放ったワイヤーを装着し、猛進してきていた。

いくらミカが人外と言えど、進みだしてしまった体を転換することは出来ない。

 

「爆発する小物なんて!」

「こっちはとっくに経験済みデス!」

 

ぎらつく鎌、唸る丸鋸。

煌炎を受けて輝く二刃は、決して獲物を逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

一方、S.O.N.G.本部の戦いも決着が着くところだった。

錬金術で凍らせた海を足場に、潜水艦から離れることに成功していた了子。

最後の仕上げとばかりに糸を引き絞り、弾ませて。

絡繰人形(マリオネット)を突撃させる。

巨大ミイラの右肩にとりついた絡繰人形(マリオネット)

邪魔だと言いたげにもう片手が伸ばされてきたタイミングを狙い。

了子は操る手で、菩薩の形を取って。

 

「――――ヴァサヴィ・シャクティ」

 

瞬間、激しく発光する人形の体。

巨大ミイラが思わず動きを止める前で、光が限界に達したとき。

はじけ飛んだ鎧が、トリガーになって。

 

「――――ッ」

 

轟音が響く中、突風から顔を庇っていた了子。

飛ばされた眼鏡の安否をほんのり気にかけながら、腕をどけてみれば。

巨大ミイラは、右腕を根元から捥がれていた。

 

「――――ッ!!!!!」

 

片腕を奪われたことに、怒りを覚えたのだろう。

飛び掛かろうと、身をかがめたところで。

 

「待て」

 

肩に、レイアが乗ってきた。

 

「派手な怒りはもっともだが、このままでは地味に不利」

 

諭すように語りかけると、高所から了子を見下ろして。

 

「次派手に暴れるためにも、地味な撤退をするべきだ」

 

言葉に納得がいったのか、そもそもなんでも言うことは聞く性分なのか。

ミイラがあまり間を置かず頷いたのを確認して、レイアはテレポートジェムを使った。

 

「・・・・ふう」

 

敵がまとめて撤退していったのを確認して、了子も一息。

 

『了子君!怪我は!?』

「ないわよ、お気に入りの白衣が汚れたのと。眼鏡が歪んじゃったくらい」

 

埃を払ったり、すぐ後ろに落ちていた眼鏡に安堵したり。

通信に冗談交じりで応えれば、明らかにほっとした弦十郎の声。

 

『調君と切歌君の方も、無事敵を撃破したということだ』

「ひとまず落着ってことかしらね」

『そんなところだ。そっちにも迎えをよこす、戻ったらゆっくりしてくれ』

「はーい」

 

通信がひと段落したところで、もう一度息を吐く了子。

襲撃を乗り越えたとはいえ、事件解決にはまだほど遠いとみていいだろう。

問題だって山積みだ。

 

(あの子も、立ち直れるといいのだけど)

 

そのうちの一つ。

渦中にいる少女を想起しながら、やってくるゴムボートを見つけた了子だった。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

チフォージュ・シャトー。

安置されていた棺桶が、突如として冷気を吐き出した。

重々しい音を立てて蓋が開き、中で眠っていた人物が。

死亡したはずの、キャロル・マールス・ディーンハイムその人が。

体の調子を確かめるように、ゆっくり立ち上がった。

 

「お目覚めですか、マスター」

「ああ、記憶の転写は完了・・・・っぐ」

 

ファラに答えた途端、苦悶の声を上げて膝をつくキャロル。

 

「マスター?」

「気にするな・・・・転写を急いだばかりに、拒絶反応が起こるようになったようだな」

 

何でもないようにふるまっているものの、玉座に座った表情はよろしくない。

 

「・・・・少し、お休みになられては?」

「ならん、計画は予定通りに進める」

 

案ずるファラの提案を一蹴しながら、キャロルはここではないどこかへ意識を向けた。

 

『調ちゃんと切歌ちゃん、大活躍だって?』

 

視界が切り替われば、頼りないつくり笑顔を浮かべる響の顔。

 

『すごいなぁ、わたしも負けてらんないや』

「・・・・ああ、そうだな」

 

響の言葉に、キャロルは不敵な笑みを浮かべる。

 

「俺も、負けるわけにはいかん」

 

その真意は、果たして。




了子さんも割と出張ってしまった回。
ひとまず、(個人的に)かっこよく書けて満足。

おまけ
絡繰人形(マリオネット)『カルナ』
有事の備えとして、国連がS.O.N.G.に所有することを許可したフィーネの遺産の一つ。
筋骨隆々な、古代インドの重装歩兵の姿をした人形。
鎧が起爆スイッチの役割を果たしており、これをパージすることで点火。
火薬と炎の錬金術による強力な自爆攻撃を仕掛ける(この自爆で破棄出来ることが、所有許可の理由になった)。
元の戦闘スペックもなかなかのもの。
名前から別作品の彼を想像しがちだが、ビジュアルは全くの別物である。


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渚に沈む

あけましておめでとうございます!
本年も、拙作をよろしくお願いいたします!!

1/13:こっそり追記。



「しにたい」

 

ある夜中。

突然聞こえた物騒な言葉に飛び起きた。

隣を見ると、響が身を起こしていた。

 

「しにたい」

 

ぼろぼろと涙を零しながら、無表情に呟く。

 

「しにたい」

「響?」

 

ただごとではないと自分も起き上がり、肩に触れて揺らす。

『心、ここに非ず』の状態な響は、もうしばらく呆然としてから。

ゆっくり、振り向いて。

 

「ねえ、みく」

 

泣きそうな、救いを求めるような声で。

 

「ころしてよ」

 

――――なんと返せばいいのか、分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

未来はやや憂鬱な気持で、簡素な駅を出る。

髪をなでる潮風が、夏の蒸し暑さを少しばかりはらってくれた。

だが、肌がだんだんとべたついてくる。

突っ立ったままだと、ただでさえ憂鬱な気分がさらに沈んでしまうと考えて。

未来はどことなく歩き出した。

少し小高い駅前からは、いつか『特訓』で訪れた海沿いの町が見える。

夏の日差しに照らされ、海のきらめきがさわやかな町並み。

――――迫害から逃れるべく、立花家が逃げ込んだ。

安住の地だった。

 

「――――」

 

海水浴を目当てに賑わう中、黙々と歩いていく未来。

待ち受けるレジャーに胸を躍らせる周囲と対極的に、その顔は目に見えて陰っていた。

 

「・・・・ぁ」

 

やがて喧騒が小さくなり、足に疲れを覚えた頃。

ふと顔を上げると、立ち入り禁止のテープを張られた神社が。

社は無残に破壊されており、実に罰当たりな光景だ。

 

(確かここって、翼さん達が見かけたっていう・・・・)

 

響と香子の再会で薄れかけていた情報を、ぼんやり思い出した。

当時、境内や社を貫いていたという氷はすでに撤去されている。

氷のサイズを物語る大きな穴が、どこか哀愁ともの悲しさを醸し出していて。

 

「・・・・ッ」

 

その穴が、まるで自分の胸に開いているものと同一のような気がして。

未来が、自身の胸元を握りしめた時だった。

 

「あれ?未来ちゃん?」

 

神社に植えられたイチョウの木陰。

買い物袋を下げた香子が、木漏れ日の中で目を丸くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――響が、入院した。

壊れた機械の如く『しにたい』と『ころして』を繰り返す姿に、すっかり仰天した未来が。

縋るようにS.O.N.G.へ連絡を入れたのが、一昨夜。

未来に引っ張ってこられた響の、憔悴しきった様を見た弦十郎は。

すぐにメディカルチェックを行うよう指示。

そのまま入院となってしまった。

一晩明けて了子が診断したところ。

不完全なイグナイトが原因で、ダインスレイフの呪いが漏れたことによる。

突発的な鬱状態だと言う話だった。

自傷を避けるために、ベッドに括りつけられた響。

まるで、過去の罪を清算するために捕らえられているようで。

目を背けてしまった未来は、さらに逃げるように遠方まで来てしまった。

この地を選んだ理由は、なんとなくだった。

 

 

 

 

 

 

 

「未来ちゃんがこっちに来てくれるなんてね」

「あはは、ありがとうキョウちゃん」

 

立花家。

コップの麦茶を受け取りながら、未来は香子に笑いかける。

 

「あの後はどうだった?」

「もー大変だったよー、お母さんにもこってり絞られたし、学校サボったから先生にも雷落とされてさ」

「ふふふっ」

 

聞けば、つい先日まで外出禁止令が出されていたらしい。

今日から緩和されているが、代わりに宿題に加えて勉強を一時間しなければならなくなったとか。

参ったと言わんばかりに寝転がった香子は、頬を膨らませてぶーたれた。

 

「悪いのは自覚してるけど、勘弁してほしいよ。こちとら遊びたい盛りの小学生だよー?」

「だからって学校サボるのはやりすぎよ」

 

小言を言いながら、立花夫人が会話に参加してくる。

持ってきたお盆には、お菓子が盛り付けられていた。

 

「熱中症で倒れたって聞いて、帰ってくるまで気が気じゃなかったんですからね」

「うぅ」

 

吊り上げた目に睨まれては、さすがの香子も大人しくなるしかないようだった。

その様子が、了子や弦十郎に怒られる響とそっくりで。

未来は思わず笑みをこぼす。

 

「未来ちゃんもありがとう、そばにいてくれたって?」

「はい、わたしにとっても、キョウちゃんは妹みたいなものですから」

 

香子が響を訪ねて、倒れてしまったあの日。

響自身がメッセージで頼んだこともあり、未来は香子と一緒に弦十郎邸に泊まっていたのだった。

 

「まったく、昔から響の真似をする子だったけれど、似なくていいところまで似ちゃって・・・・」

「ああ、もしかしてバレンタインの?」

「ええ、未来ちゃんもあの時はごめんなさいね」

 

話の流れからなんとなく察した未来が問うと。

夫人は額を指で押さえながら頷いた。

 

「何々?何の話?」

「わたしと響が、キョウちゃんくらいの頃かな。響に連れ出してもらって、同じように学校抜けだしたことがあったの」

「おぉー!やるねぇ、お姉ちゃんと未来ちゃん!」

「『やるねぇ』じゃないの」

 

目を輝かせる香子を、やはりたしなめる夫人。

 

「何か間違っていたら、危ない目にあっていたかもしれないのに」

「そんな、あの頃は、響がああしてくれたおかげで助けられましたし。わたしも、ちょっと楽しかったですから」

 

申し訳なさそうに眉を顰める夫人に、未来は笑いながら首を横に振った。

 

「なんだか冒険してるみたいで、わくわくしたなぁ」

「未来ちゃん・・・・」

 

懐かしそうに笑う未来に、夫人は申し訳ないやら微笑ましいやら。

あいまいな笑みを浮かべるしかできなかった。

 

「それにしても、どうしてこっちに来たの?何か用事?」

「いえ、用事ってほどでもないんですけど」

 

話を切り替えた夫人の疑問に、今度は未来があいまいに笑う。

 

「なんとなく、ですかね」

 

また吹いてくる潮風が、未来の顔をあおる。

その横顔が、どこか愁いを帯びているように見えて。

香子は不思議と、見とれてしまっていた。

 

「あ、そうだ」

 

何となく湿りかけた空気を、未来はわざと笑って振り払う。

 

「おばさん、よかったらキョウちゃん借りていいですか?」

「え?どうして?」

「この前来たときはみんなと一緒だったんで、ゆっくり見る時間がなかったんです。それに、久々にキョウちゃんとも話したいですし」

 

『ね?』と笑いかけられた香子は、目に見えて嬉しそうに顔を明るくして。

勢いよく母に振り向き、ねだるような視線を向ける。

 

「いい?」

「・・・・まあ、未来ちゃんが一緒なら」

「やった!」

 

ぱっと笑った顔は、やはり響そっくりだった。

 

 

 

 

――――閑話休題。

 

 

 

 

「未来ちゃんとおでかけなんて、本当に久しぶりじゃない?」

「うん、もう二年・・・・じゃなくて、三年くらいだね」

 

口にすれば大したことのない数字だが、小学生にとっては十分長い時間だ。

両手を広げて、器用に防波堤の上を歩く香子。

未来はそれを見上げながら、下に並んで歩いていく。

 

「キョウちゃんも、もうこの町にはすっかり慣れたんじゃない?」

「うん、地元っ子お墨付きな、『海の子』ですよー♪」

「あはは」

 

慣れた足取りでくるっと回ってピースする香子に、未来は微笑まし気に見上げて。

ふと、また。

未来の顔が陰った。

 

「・・・・今まで、大変だったんじゃない?」

「そりゃあ、ね」

 

でも、と。

慣れた足取りで一回転しながら、香子は笑う。

 

「今住んでいる家、お父さんの友達がくれたんだよ。訳を話したら、『友情割引だー』って、格安で譲ってくれたって」

 

潮風が強くなったときは、ステップを控えめに。

 

「学校もね、たまに前の町のことで噂されちゃうけど、味方してくれる友達がたくさん出来たんだ」

 

弱まれば、また体を揺らし。

 

「ご近所さんも、あんまり訳を聞かないで、おすそ分けしてくれたり、こっちでの生活の仕方を教えてくれたり、すごく親切なの」

 

器用にバランスを取りながら、ゆっくりゆっくり堤防を歩いていく香子。

 

「だから、『人間意外と捨てたもんじゃない』って、幼心に悟ったのですよ」

 

語る口調は、寝物語を語るように穏やかだ。

そんな香子が振り返ると。

物憂げな顔で、眩しそうに見上げる未来。

 

「・・・・本当に、変わらないね。キョウちゃんは」

「未来ちゃん?」

 

再びまみえた、どこか泣きそうな表情に。

向きを前に向きなおろうとした香子も、いったん足を止めた。

「キョウちゃん、強いね」

「・・・・どうして?」

「・・・・ううん、やっぱり何でもない」

 

かぶりを振る、髪がなびく。

そのまま風に流れた髪が、絹糸のように踊った。

 

「・・・・未来ちゃん、何かあったの?」

 

静かで、しかし明らかな異変に。

香子は道路に飛び降り、どこか気遣わし気に未来を見上げる。

俯いた顔、前髪に隠れたその目は。

絶望と、罪悪感と、後悔に満ち溢れた。

『あの頃』の姉と、全く同じ眼差しで。

 

「未来ちゃん?」

 

だからこそ。

何か話しかけなければと、焦って口を開いて。

 

「―――――」

 

不自然に変わった風向きに、未来は弾かれたように顔を上げる。

明るくなった視線、日差しに眩しくなった前方。

花瓶のような姿のノイズと、飛ばされてきた分解器官が見えて。

 

「――――キョウちゃん!!!」

 

今までの静けさが、嘘のような大声。

未来は持ち前の脚力で思い切り飛び出し、香子に飛びつき横に倒れる。

ちょうど後ろからやってきたトラックが、彼女達を避けるべく横転した。

 

「バァッ!っぁ、お、おい!!大丈夫か!?」

 

危なげなくはい出てきた運転手。

思わず言いかけた『バカヤロー!!』を飲み込み、慌てて未来達の安否を気遣ってくれたが。

 

「地味に立ち退け」

「なっ、ぎゃッ――――!!」

 

レイアの号令で動いたノイズに、あっという間に分解されてしまった。

抱きしめる未来の腕から、その光景をもろに見てしまった香子。

 

「ッキョウちゃん、走れる!?」

「み、未来ちゃ・・・・」

 

密着していたからこそ震えを感じていた未来は、あえて檄を飛ばした。

 

「このまま走って、出来るだけ遠くに逃げてッ!!」

「み、未来ちゃんも・・・・!!」

 

香子は、擦りむいて痛む膝を何とかごまかしながら。

自分を後ろに庇う未来の、裾を弱弱しくつかむ。

 

「わたしは大丈夫、それよりも速くッ!!」

 

何故か胸元の赤い宝石を握りしめながら、切羽詰まった顔で振り向く未来。

その鬼気迫る勢いに押され、香子が怯んでいると。

 

「――――派手に安心するといい」

 

声。

未来と一緒に香子が見れば、依然立っている敵の姿。

 

「どちらも屠ってやるからな」

 

埋めるようなノイズの群れに、香子の背筋を悪寒が駆け上がる。

予想通り飛び掛かってくる『死』の数々。

明確になった死のビジョンに、香子は悲鳴を上げかけて。

 

「Rai shen shou jing rei zizzl...」

 

ふいに聞こえた、歌。

はっと我に返れば、光に包まれた未来が。

紫の装甲を纏うと同時に、向かってきたノイズを打ち払ってしまった。

 

「ぇ、わっ!!」

 

香子が驚く間もなく抱えて、未来は大きく跳躍。

下降の際、落下に備えて目をつむってしまった香子だが。

ホバー機能により、予想以上に何もないことに再び驚いていた。

 

「キョウちゃん」

 

不安げな香子の肩をつかみ、未来が何とか笑いかける。

 

「今はとにかく逃げて。あなたが無事なことが、何より大切なんだから」

「ひとりで大丈夫なの?」

「『へいき、へっちゃら』よ」

 

問いかけに、父の口癖で答えた未来は。

次の瞬間、表情を引き締めて。

あっという間に追い付いてきた、レイアのトンファーを受け止めた。

 

「貴様だけは、迅速に派手に排除すべしとマスターが判断した」

 

鉄扇を押し込みながら、淡々と抹殺を宣言するレイア。

未来は、負けるものかと扇を展開して弾き飛ばした。

未だ逃げきれていない香子を顧みて、早期決着を決断。

 

「イグナイトモジュールッ!」

 

胸元に手を伸ばす。

 

「抜剣ッ!!」

『Dainsleif !!』

 

突き刺さる刃、一拍おいて、広がる闇。

急激に狭まり、暗くなる視界に。

未来は、歯を食いしばって抗おうとして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――卑怯者

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

予想していて。

だけど、目を背け続けてきた言葉。

血みどろの手でひっつかみ、呪詛を吐いたその人は。

 

「――――派手に甘い」

 

我に返る。

イグナイト失敗の気怠さの中。

見えたのは靴底。

 

「っああああ――――!!!!!」

 

装甲を砕く蹴りが、横っ面に直撃。

防波堤を突き抜けながら飛ばされた未来は、二・三度水面を跳ねた後。

水柱を上げて、海中へ沈んでしまった。

 

「が・・・・!」

 

咄嗟に呼吸を求めて口を開ける。

酸素の代わりに、海水が流れ込む。

咽る、海水がさらに入る。

水面を目指そうとするも、頭がどちらを向いているかすら分からなかった。

もがく、もがく、もがく。

足掻けば足掻くほど、意識が遠のく。

 

「ぐ、はっ・・・・!」

 

とうとう最後の呼吸を吐き出してしまい、全身が鉛のように重くなってしまった。

指一本動かせない無抵抗のまま、力なくだらしなく口角から泡を吐き続ける未来は、ふと。

この状況が、いつか見た夢と同じであることを思い出した。



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財宝じゃない

モチベーション的な理由で大分難産でしたが、不透明だったAXZ編を思いついてからは余裕でした。
XVで何事もなければこれでいけるはず・・・・。


「――――」

 

涼しい風に、未来は起こされた。

瞼越しでも分かる茜色から、時刻が夕方だと分かる。

頭を押さえながら身を起こしたところで、呼吸ができることに気づいたのだった。

 

「未来ちゃん!」

 

ぼんやりする前に、飛びつかれる。

見ると、香子が額を擦り付けていた。

 

「起きましたか、未来さん」

「緒川さん」

 

周りを見渡すと、以前も泊まったコテージであると気づいた。

近寄ってくる緒川の後ろに、マリアの姿も見える。

 

「未来ちゃんが海に落ちた後、二人が助けてくれたんだよ」

 

『変な人も追い払った』と香子に説明され、未来はシンプルに『そう』と返事する。

 

「ありがとうございます、マリアさん、緒川さん」

「気にしないで、間に合ってよかった」

「まだ横になっていた方がいいですよ、顔を蹴り飛ばされたようですから」

 

『装甲が無ければ、骨を砕かれていた』と。

頬の湿布に触れる未来を、緒川が気遣ってくれた。

 

「キョウちゃんも、怪我はなかった?」

「うん、ちょっと擦りむいたくらいだし、へーき」

「そう・・・・よかった」

 

頭をゆっくり撫でると、嬉しそうに目を細めたのだった。

だがそれも束の間、急に顔を陰らせた。

 

「キョウちゃん・・・・?」

 

マリアと緒川もいぶかしむ中、未来にしがみついた香子は。

零すように、口を開いた。

 

「・・・・お姉ちゃんも」

 

視線は、頬の湿布に釘付けだ。

 

「お姉ちゃんも、同じことやってるの?」

「・・・・なんでそう思うの?」

 

一瞬動揺した未来だが、何とか笑みを崩さず問い返す。

 

「だって、お姉ちゃんがマリアさんと仲良くなれる理由って、それくらいしか思いつかないし」

 

目を見開く未来の前で、『それに』と続ける。

 

「前お父さんが会ったって言った時、救助活動してたって言ってたから。シンフォギアなら、瓦礫持ち上げたり、人をいっぱい運べそうだなって」

 

マリアと緒川も、思わず互いを見あってしまった。

まさか、これほど敏いとは思わなかったのだ。

・・・・もっとも。

年端もいかぬ少女に、図星を突かれてしまった動揺もあっただろうが。

 

「・・・・さっきのわたし、未来ちゃんに守ってもらってばっかりだった」

 

・・・・香子の脳裏、過る。

 

「それだけじゃない。マリアさん達がいなかったら、ここにいなかったかもしれない」

 

敵の前に立ちはだかったマリアの背中と、海に飛び込み、あっという間に未来を引き上げた緒川の姿。

 

「怪我して、もたついて、何にもできなかったぁ・・・・」

 

震える声。

未来はその振動を知っている。

 

「・・・・だからなのかな」

 

顔を上げる香子。

ぼろぼろ零れる、涙にぬれた表情は。

 

「だからお姉ちゃん、突き放すのかな・・・・」

 

姉とそっくりな、自責の顔。

 

「邪魔だから、会いたくないのかなあぁ・・・・!」

 

言葉を零しきった香子は、そのままわぁわぁ泣き出してしまった。

いくつもの雫が、未来にかけられたタオルケットに落ちて染みになる。

緒川もマリアも、なんと慰めればいいのか分からない。

そんな中、一見沈黙を保っていた未来は。

やがてわなわな震えだして、

 

「ちがう」

 

掴みかかるように、香子の肩を抱いた。

 

「未来ちゃん・・・・?」

「ちがう、ちがう、そうじゃない、キョウちゃんも響も、何も悪くない」

 

同じか、それ以上に震える唇。

しゃくりあげていた香子も、ただ事ではないと気づく。

 

「ゎたしが、わたしだ、わたしが悪いんだ、全部、全部、わたしのせいなんだ」

 

負けないくらい涙を零す瞳は、香子が見たことないほどの暗い感情が渦巻いていた。

その通り、未来の胸中は荒れている。

後悔、悲嘆、自責、懺悔。

もう乗り越えたと思っていた暗い過去が、あの日自分が壊してしまったものが。

現実となって、再び目の前に現れたのだから。

ただの家庭だった、何の変哲もない家族だった。

会社で働くお父さんに、怒ると怖いけども優しいお母さん。

面倒見のいいお姉ちゃんと、愛情を受けて育っている妹。

そんな孫娘を見守るおばあちゃん。

何でもなかった、なんでもないからこそ。

温かくて、幸せで、尊くて。

だけど、あの日の選択が。

よりにもよって部外者である未来自身の選択が。

壊してしまった、引き裂いてしまった、傷つけてしまった。

忘れてはいけなかったんだ、償わなくてはいけなかったんだ。

だが、今までやってきたことはなんだ。

響に対して出来たことはなんだ、それに対して出来たことなんだ。

口だけの慰めを言うだけだ。

何が『悪くない』だ、何が『大好き』だ、何が『信じるよ』だ。

そうやって縋って、引き留めて、纏わりついて。

結局足枷になっただけじゃないか、罪を重ねさせただけじゃないか!!

追い詰めて、傷つけて、弱らせて。

背中の十字架を本物にしてしまって。

そうだ、響を悪魔に変えたのは自分だ。

無実の罪を着せたのも、両手を血でふやけさせたのも。

何より、本物のバケモノに変えてしまったのも。

何もかも、『小日向未来』ただ一人がやらかした。

とんでもない、大罪だ・・・・!!

 

「わたしが、わたしが、こ、ゎしたの、こわしたの、ひびきのことも、きょうちゃんのことも、めちゃくちゃ、に、だか、ら、だから・・・・!」

 

奪った、奪った、全部奪った。

並んでアイスを食べた駄菓子屋も、一緒にお迎えにいった幼稚園も、夕焼けの中でつないだあったかい手も。

大切な思い出の何もかもを、傷つけてしまった。

そしてあろうことか、都合よく忘れ去ろうとしていた。

 

「だから、だれも、わるくないの、わたしが、わたしひとりだけが、わるいの・・・!」

 

・・・・緒川も、マリアも。

響にばかり目を向けていたことを後悔していた。

未来は大丈夫だとばかり思っていたが、違ったのだ。

人と比べて、ちょっぴり、ほんのちょっぴり。

隠すのが得意だっただけだった。

抱えた闇も、傷も、何もかも。

自分よりも大変な人がいると言い聞かせて、負担にならないように笑顔を作り続けて。

そして今、その行動が、他でもない本人を苦しめている。

自覚した罪悪感は、仮面をあっという間に引きはがしてしまったのだ。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい・・・・ごめんなさいいぃ・・・・!」

「・・・・未来さん」

 

幼い体に縋って泣く様が、今はただただ、哀れに思えて。

緒川は、やりきれなさを呟きに乗せるしか出来なかった。

マリアもまた、唇を噛んで、痛々しく見ているしか出来ない。

 

「・・・・未来ちゃん」

 

そんな重く暗い空気に支配された中、未来の嗚咽が落ち着いてきた頃。

沈黙を破ったのは香子だった。

震える肩にそっと手をのせれば、未来は体を跳ね上げた。

 

「確かに、あの頃は大変だったし、嫌な思い出もたくさん出来たけど、でもね」

 

涙の跡が残った頬を緩めて、柔らかく笑いかけて。

 

「それが未来ちゃんのせいだって、全然思っていないよ」

「きょう、ちゃん・・・・?」

 

揺れる瞳を見つめ返しながら、香子はゆっくり語りだした。

先ほどまで泣きじゃくっていたとは思えない。

幼いながらも、どこか大人びた表情。

 

「逃げちゃったお姉ちゃんを追いかける前に、今どこに住んでるかを教えてくれたでしょ?だからあの日、会いに行こうって思えたんだよ」

 

『結局心配かけちゃったけど』と、照れくさそうに笑った香子。

 

「もちろん、知ったかぶりした知らない人だったら、さすがに疑っちゃうけど、でも」

 

気を取り直して、未来を思いっきり抱きしめる。

 

「他でもない、『もう一人のお姉ちゃん』だから、信じることが出来たんだよ」

 

頬も一緒に摺り寄せる香子。

呆然とされるがままになる未来。

二人の表情は、対照的だ。

 

「それに、ちょっとだけ教えてもらったんだ、二人がいなくなってからのこと。わたしは子供だから、ぼんやりとしか聞いてないんだけどね」

 

旅の話を聞いた。

それを聞いた未来は、また弾かれたように顔を上げる。

 

「でも、これだけは何となくわかるんだ」

 

驚いた顔を、面白そうに眺めた香子は。

年相応の、眩しい破顔を見せて。

 

 

 

「未来ちゃんの、おかげだよ」

 

「未来ちゃんが一緒だったから、お姉ちゃんは頑張れたんだよ」

 

 

 

「――――わたしが?」

「うん」

 

しっかり頷いた香子は、まっすぐ未来を見つめて。

 

「未来ちゃんが、ずーっと一緒にいてくれたから。だからお姉ちゃん、人助け続けるくらいに、優しいままでいられたんだよ」

 

だからね。

 

「ありがとう、未来ちゃん」

 

響がいつも口にしていて。

しかして、凡そ掛けられるべきではないと考えていた言葉。

 

「お姉ちゃんの優しいとこを守ってくれて、ありがとう」

 

未来が見上げる少女は、ためらいなく伝えた。

涙がすっかり乾ききった顔で、満面の笑みを浮かべて。

 

「悲しかったことも、苦しかったことも簡単には消えてくれないけど、でもね」

 

再び、思い切り。

一回り大きな未来の体を、幼いながらの力で、ぎゅーっと抱きしめて。

 

「やっぱり未来ちゃんが、大好きだよ」

 

きっと、姉にも伝えたい言葉を。

贈り物を渡すように、そっと告げて。

抱きしめられたまま、呆然としたままだった未来は。

やがて、布に水がしみるように涙をにじませて。

声を殺すように、香子の肩口にしがみついた。

 

 

 

 

 

 

 

――――少し経って。

 

 

 

 

 

 

「落ち着いたようね」

「お見苦しいところを・・・・」

「いえ、実際に慰めたのは彼女だもの、こちらこそ何も出来なくてごめんなさい」

 

頭を下げる未来に、首を横に振るマリア。

緒川も同意するように頷いている。

褒められた香子は気恥ずかしそうにはにかんでいた。

そんな時、一斉に鳴り響くアラート。

香子が驚いて跳ね上がる横で、未来達は一斉に通信機を取り出した。

 

「またオートスコアラーですか」

「同じ個体・・・・よっぽど仕留めたいらしいわね」

 

画面に表示された情報に、苦い顔をするマリアと緒川。

狙われている、と言われた未来を、香子はやや不安げに見上げ。

一方の未来は、何か惟ているようだった。

が、そうそう時間をかけずに結論を出したらしい彼女は、香子を見下ろす。

先ほどまで泣いていたせいか、目元こそ腫れていたものの。

もう、か弱さは微塵も感じられなかった。

 

「・・・・未来は香子を逃がしてあげて、緒川さんは避難誘導をお願い」

「ええ、任せてください」

「でも、マリアさん一人で大丈夫ですか?」

「あなたこそ怪我しているじゃない。大丈夫よ、任せて」

 

マイクユニットを取り出しながら、手慣れた様子で指示を出し。

未来の不安げな言葉にもウィンクで返すマリア。

緊急時だというのに、香子は憧れのようなものを抱いたのだった。

 

「キョウちゃん、行こう」

「う、うん」

 

不覚にもぼんやりしてしまった香子の手を引き、未来は外に出る。

物々しい雰囲気の中、マリアと緒川が反対方向へ駆け出すのを後ろに見ながら、二人は駆け出す。

飛び出す前に、近くのシェルターは確認済み。

 

「未来ちゃんこっち!抜けたら近道できる!」

「分かった!」

 

行く道は公道ではなく裏道だが。

現地に詳しい香子がいることもあって、足取りに迷いはない。

顔面に飛び込んでくる葉っぱや枝をものともせず、とにかく安全圏へ突き進む。

 

「ここ抜けたら、もうすぐだよ!」

 

道路を横切り、再びこじんまりした林へ飛び込んで。

ラストスパートと言わんばかりに駆け出す未来。

元陸上部というだけあって、さすがのスピードだなと。

一生懸命ついていく香子が、ぼんやり考えた時だった。

 

「――――地味に見つけた」

 

現れたアルカノイズの群れと、鋭く着地してきた者。

レイアだ。

立ちはだかるように降り立った彼女は、人形らしくポーズを決めて目を向けてくる。

先ほど未来が負けた様を見た香子は、思わず後ずさるが。

対照的に、未来は前に一歩出た。

 

「未来ちゃん・・・・?」

 

不安げに見上げる香子へ、目だけを向けて微笑んだ未来は。

手早く聖詠を唱えて臨戦態勢に入る。

 

「敗北してなお向かってくるか、その意気地味に良し」

 

打ち出されるコインを、開いた鉄扇で弾いて。

お返しだとレーザーを発射。

アルカノイズを一掃する。

すぐ飛び出してきたレイアを食い止めるべく、未来も一寸遅れて前へ。

蹴りをいなして、回り込んだ背後へ一射。

咄嗟に体を捻って直撃を避けたレイア。

反撃で打ち出したコインは、未来の肩を掠っただけだった。

じわっと出血しながら痛んでくる傷を、未来は気にも留めない。

レイアは砂を散らしながら再び接近する。

鋭い蹴り上げが二連続、未来は体をそらすことで回避するが。

反転して振ってきた踵は、残念ながら避けられなかった。

叩き落され突き出した顎へ、ダメ押しの蹴り上げ。

未来の視界には星が飛び、更に一瞬ブラックアウトする。

 

「未来ちゃん!」

 

飛びかけた意識を、守るべき者の声が引き留める。

何とか踏ん張りながら目を向ければ、木陰から身を乗り出している香子の姿が。

未来の感覚からして、そこまで怪我を負っていないはずだが。

香子があんまりにも震えているもんだから、実は相当重傷ではないかと思えてしまう。

そこまで考えて、ふと、思い立った。

 

(響も、こんな気分だったのかな)

 

守りたい人に、あんなに悲しい顔をさせてしまう。

胸の中を直接引っかかれるような、あるいは心臓の血液が空っぽになってしまうような。

そんな罪悪感。

 

(わたしもきっと、あんな顔しちゃってたんだろうな)

 

だから響は、自分を捨てるような行動をとっていたんじゃないだろうか。

自分を責めるような結果を、出し続けていたんじゃないだろうか。

 

(ああ、結局、わたしの所為だったんだ)

 

響が傷つき続けるのは、結局自分の所為だったんだ。

泣かせないように、懸命に努力してくれたのに。

何度も何度も、上手くいかなかったから。

だから、自分が大嫌いになっちゃったんじゃないだろうか。

 

「――――ッ」

 

ざりっと音がする。

レイアが動き出した。

手を開けば、じゃらじゃらとにぎやかに集合するコイン。

生み出したトンファーを、無防備な未来の脳天に振り下ろそうとして。

――――鉄扇に、弾き飛ばされた。

 

「ッ!?」

 

動きが止まり、戦意を失ったとばかり思っていた相手の行動に。

レイアの顔は、ここに来て初めて大きく動いた。

鉄扇越しに見えた未来の、強い瞳に射抜かれて。

言いようのない危機感を覚えたレイアは、大きく飛びのく。

離れて全身が見えるようになった未来は、胸元に、手を。

イグナイトモジュールを、掴んでいて。

 

『Dainsleif !!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ずるい

 

あの子が泣いている。

泥の中から見上げながら、血のような涙を流している。

 

――――みくばっかり、わたしばっかり

 

――――ずるい、ずるい、ずるい

 

今も沈んでいきながら、あの子が泣いていた。

独りにしないでと、泣いていた。

・・・・だから、

 

「・・・・うん、ごめんね」

 

伸ばされた手を取って、抱きしめる。

自身も一緒に沈み始めたけども、気にしない。

 

「でも、もう大丈夫だよ」

 

どろどろと、ぶよぶよと。

嫌な感覚。

だけど、構わない。

 

「独りぼっちになんて、しないよ」

 

だって、わたしは。

小日向未来は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――もう、『財宝』じゃない」

 

闇を従えた証の、黒く染まった装甲。

両脇には二枚の大きな鏡が、控えるように浮かんでいる。

 

「・・・・派手に上等」

 

未来のイグナイト化に目を見開いていたレイアは、油断なく構えた。

動き出す、未来。

追従してくる鏡を警戒しながら、レイアも迎え撃つ。

飛ばされる無数のコイン。

未来はこともあろうに、襲い来る弾幕へ突っ込んでいく。

かと思うと、鏡が前に躍り出てコインを防いだ。

弾幕を抜けて突っ込んできた未来。

鏡の巨大さを利用して、隠れて構えていたレイアは。

その眉間を狙い、コインを撃ちだす。

ところが、

 

「なッ・・・・!?」

 

明らかに直撃したはずのコインは、額を()()()()()

どころか、未来の体の輪郭がぼやけ、霞のように消える。

何事だと立ち止まった背後、湧きあがった敵意に振り向けば。

すでに鉄扇を振りかぶっている未来の姿が。

刃が追加され、殺傷力の上がった一撃。

咄嗟に防御したレイアの右腕を、一瞬でズタボロに破壊した。

 

「ぐぅッ・・・・!」

 

繰り出される追撃を、ギリギリで躱したレイア。

反撃に顔面を蹴り飛ばそうとするが、これも不発。

再び掻き消える未来を目の当たりにし、苦虫を噛んだような顔で周囲を見渡せば。

両脇から、鏡が迫ってきていた。

慌てて飛びのくも、衝撃波に吹き飛ばされる形となる。

着地したレイアが顔を上げると、香子を守るように立っている未来の姿が。

砲撃の充填を終えていたところだった。

 

「派手に窮地・・・・!」

 

レイアが顔を歪めるのと、未来が砲撃を放つのは同時。

一条の極光は、敵を仕留めるべく猛進して。

あっという間に、レイアを飲み込んだ。

光と熱気から顔を庇っていた香子は、光が収まったのを感じてから。

恐る恐る腕をどけてみる。

 

「うっひゃ・・・・!」

 

真っ先に見えたのは、抉れた地面となぎ倒された木。

距離は町にほど遠いものだが、それにしたってとんでもない威力だと。

香子は思わず身を引きそうになる。

 

「・・・・ッ」

「あ、未来ちゃん!」

 

しかし、敵がいなくなって気が抜けたらしい未来が。

ギアを解除すると同時に座り込んだのを見てしまっては。

駆け寄らずにいられない。

 

「大丈夫?」

「ぅ、うん、ありがとう、大丈夫よ」

 

『腰が抜けただけ』と、未来は力ない笑みを向ける。

それが自分を安心させるためだと分かっていたからこそ、香子も何とか笑って答えた。

 

「・・・・キョウちゃん」

「なあに?」

 

そっと、頬に添えられた手。

香子は握り返しながら答える。

 

「響は、今、ちょっと悩み事があって、それで少し臆病になっちゃってるの」

「・・・・うん」

「だからね、キョウちゃん。響のことを、諦めないで」

 

言われたことに、香子は思わずきょとんとしてしまった。

だって、『もう少し待ってて』とか『そっとしておいてあげて』のようなことを言われると思っていたのだから。

 

「わたしが出来るのは、心に絆創膏を貼ってあげるくらいだから」

 

呆けた顔が面白かったのか、未来はくすくす笑ってから。

香子が握ってくれている手を引いて、両手で包み込む。

 

「ぐいぐい行くくらいじゃないと、響は話を聞かないよ?」

 

――――ああ、と。

香子は悟った。

この人は、姉と話す機会をくれようとしてるんだ。

気づいたとたんに、胸があったかくなった。

壊れたものが戻るんだと、嬉しくなった。

 

「・・・・うん、うん!」

 

香子はもう片手を添え返しながら、何度も頷いて。

 

「お姉ちゃんが戻ってくるまで、諦めないよ!」

 

出来る限りの笑顔を浮かべれば、未来もまた嬉しそうにはにかんでくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――手ひどくやられてしまったようね」

 

「派手に情けないところを見せたな」

 

「いえ、おかげでこちらも・・・・んべ」

 

「――――ああ、地味に派手な成果だ」



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風鳴る彼方 前編

あけまして令和!!


――――最近ひそかに多発している、神社・仏閣の破壊。

初めは関連性がないと思われていた事件だったが。

シンフォギア改造の片手間にレイラインのデータを解析した了子が、被害のあった建物の位置と、『レイポイント』と呼ばれる地脈の集中点が重なることに気が付いたのだ。

更に、破壊痕に異端技術の気配が色濃く残っているとあっては。

現在活発に活動しているキャロル一味との関連を疑うのは、当然の帰結だった。

また、ミカ襲撃時にひっかかりを覚えた緒川の独自の調査から。

東京湾の海底深くの、聖遺物保管施設。

『深淵の竜宮』を、キャロル一味が狙っている可能性が浮上。

結果としてS.O.N.G.は、深淵の竜宮を調査する班と、翼の父『風鳴八紘』の邸宅に安置されている要石を護衛する班の二手に分かれることとなった。

 

「クリス達は、すでに任務を開始したそうよ」

「そうか・・・・」

 

翼が神妙な顔で見上げる先は、荘厳な日本家屋。

武家屋敷と呼んでも差し支えない門を、鋭く見据えていた。

 

「こちらも、伏魔殿に飲み込まれぬようにせねばな」

「翼さん・・・・」

 

――――決して。

明るい幼少期ではなかったと、未来は聞いている。

それは、翼の険しい横顔が雄弁に語っていて。

未来の心配げな声を、開く門の軋みがかき消す。

まず目に入ったのが、広い庭。

住人はもちろん、来客が通ることもあってか。

まっさらな砂利に苔石が敷き詰められ、池の周りには松や芝があしらわれている。

予想通りの、由緒正しい武家屋敷といった佇まいだ。

家屋の規模に圧倒されてしまった未来が、やや逃げるように視線をずらすと。

しめ縄でくくられた、縦長の巨石が目に入った。

十中八九、あれが今回の護衛対象なのだろう。

 

「――――来たか」

 

慣れない雰囲気の場所に、何となく浮足立ってしまっているところへ。

男性の声が聞こえたので、振り向いた。

やや白髪の交じったやせ型の中年男性が、数人の部下を伴って歩いてきている。

ここで翼達と距離が開いていることに気づいて、未来は足早に駆け寄った。

 

「お久しぶりです、八紘さん」

「ああ、ご苦労だったな慎二」

 

『風鳴八紘』。

翼の父だと聞いている通り、その顔はどことなく似ている。

だがいざ対面すると、父娘の間には妙な緊張感が漂っており。

とても感動の再会なんて言える雰囲気ではなかった。

 

「マリア君に未来君だったか、活躍は聞いている」

「は、はい」

「その節はどうも・・・・」

 

細めながら向けられた眼鏡奥の瞳に、未来とマリアは緊張が伝搬したように背筋を正してしまった。

特に未来は、彼の口利きで神獣鏡が扱えるようになったというだけあって。

動揺はひとしおである。

 

「――――ッお父様」

 

ここで、意を決して口を開く翼。

心なしか、声が震えていた。

 

「・・・・沙汰もなく、すみませんでした」

 

蚊の鳴く様な声で続いた言葉の裏には、いったいどれほどの感情が刹那に流れたのか。

思い切った翼の行動の顛末を、マリアと未来は固唾をのんで見守ったが。

 

「・・・・お前がいなくとも、風鳴の家に揺らぎはない」

 

返ってきたのは、あまりにもそっけない言葉。

 

「役目を終えたなら、早々に己のいるべき戦場へ戻るがいい」

 

背を向けつつ去っていく八紘に、翼は俯いて唇を噛んだ。

 

「ッちょっと!」

 

見かねて声を荒げたのはマリア。

肩を怒らせた彼女は、一歩踏み出して食ってかかる。

 

「あなた翼のパパさんでしょう!?久しぶりに出会った娘への態度がそれなの!?」

 

自他ともに認めるほど家族を重視しているだけあって、怒りは相当らしい。

さすがの八紘も、背を向けたまま立ち止まっていたものの。

 

「ま、マリアさん、落ち着いて」

「だけど・・・・!」

「私からも頼むマリア、ここは抑えてくれ」

 

仲間達に諫められていると悟るや否や、そのまま立ち去ろうとしてしまった。

どことなく重たい空気で場が終わりそうになった、その時。

 

「――――ッ」

 

突然拳銃を抜いた緒川が、発砲。

銃声に驚いた面々が一様に目を向ければ、纏っていた風を引きはがされるファラの姿が。

 

「あら、親子水入らずを邪魔するつもりはなかったのに、無粋ね」

「どの口が言うッ・・・・!」

「ふふ、まあ、いいでしょう。レイラインの開放、成し遂げさせていただきますわ」

 

怒りを何とか戦意に変換し、聖詠を唱えるマリア。

未来や翼もまた、同じようにギアを纏う。

 

「務めを果たせ!」

 

八紘は簡潔にそれだけを告げると、邪魔にならぬよう退避していった。

相変わらずのそっけない態度に、翼は一瞬目を伏せたが。

すぐに切り替えて前を見据える。

 

「ふふふっ、死ぬまで踊りましょう(ダンス・マカブル)

 

笑ったファラが優雅に手を振れば、ばら撒かれるアルカノイズの結晶。

翼がまっすぐファラへ突撃したため、未来とマリアで片づけることになった。

鋭い斬撃を、一振りで複数放つ翼。

しかし、片手で足りる数を打ち合ったところで、ファラの剣の刀身が怪しく発光。

すると、翼の剣がいとも簡単に砕けてしまう。

 

「私の剣は剣殺し、『ソード・ブレイカー』・・・・」

 

あざ笑ってくるファラを前に、翼は一歩も怯まない。

再び剣を取り、一度・二度と切り結んで。

やはり砕ける刀に、少し渋い顔をしながらも。

攻撃の手を緩めなかった。

 

「はっ!」

「やあああっ!」

 

マリアと未来も、負けないくらいの奮戦ぶりだ。

要石はもちろんのこと、八紘達非戦闘員のいる家屋に一歩も近づけさせまいと。

刃で引き裂き、閃光で打ち抜き、時には格闘や鉄扇による打撃で次々ノイズを片づけていく。

 

(エイ)ヤァッ!!」

 

翼ももちろん負けていない。

何度何度剣を砕かれても、『折れるものなら折ってみろ』と言わんばかりに攻め立てる。

砕けては抜刀して、抜刀しては砕けて。

息つく間もない攻防にも、いつしか揺らぎが訪れる。

幾度目かの鍔迫り合い、手首を捻って跳ね上げれば、ファラの手元が大きく弾かれ。

自然と、胴体ががら空きになる。

翼はすかさず蹴りを叩きこんで体勢を傾けさせると、更に蹴り飛ばして崩してしまう。

間髪容れずに剣を放り上げると、宙を舞う剣は瞬く間に巨大化。

翼自身も両足のバーニアを吹かせながら飛び上がり、巨大な剣へ、重い蹴り。

 

「これなら手折れまいッ!?」

 

絶唱を除いた切り札の一つ『天ノ逆鱗』が、唸りを上げてファラの脳天へ食らいつこうとして。

 

「――――申しましたでしょう?」

 

やや呆れた、声。

 

「私の剣は『剣殺し』。『そうであれ』と付与された概念は、簡単に打ち砕けませんことよ?」

 

ただ単に受け止めたファラ。

瞬間、刀身が再び赤く怪しく輝く。

 

「剣が、折れる・・・・砕けていく・・・・!?」

 

光は天ノ羽々斬の刀身を蝕み、亀裂を入れていく。

重々しく聞こえる軋んだ音は、まるで剣が悲鳴を上げている様だった。

何の対抗策も持ちえず、思いつきもしない翼は。

砕かれていく誇り(つるぎ)を、呆然と見ることしか出来ず。

ゆえに、迫りくる暴風に気づかなかった。

 

「ぐあ・・・・!」

 

まるで砲弾にぶち当たったような衝撃。

翼の体はいとも簡単に、それこそ木の葉のように舞う。

 

「ッ翼さん!」

 

頭が地面に叩きつけられる前に、何とか未来が間に合った。

一回り背の高い体を、自分自身をクッションにして受け止める。

無造作に落ちてきた人一人分の衝撃に、渋い顔をこらえきれない未来。

しかし、翼の外傷が増えなかったことに安堵していた。

だが顔を上げれば、更に剣を振るうファラの姿。

追撃を狙っていることなど、手に取るように分かって。

 

「――――ッ!」

 

未来が行動を起こすより早く、飛び込んでくる人影。

 

「ああああッ!!」

「マリアさんッ!!」

 

手を伸ばした未来の目の前で、同じく暴風に吹っ飛ばされてしまった。

自分を庇った故と分かっているからこそ、悲痛な声を上げる未来。

要石の破片の中でぐったりするマリアを目の当たりにし、それでも狼狽えるわけにはいかないと。

翼を降ろし、鉄扇を握りしめて立ち上がる。

 

「――――目標の破壊完了」

 

ところが、ファラは無情にも未来の決意をふいにする。

 

「剣ちゃんに伝えて頂戴、『あなたの歌を、また聞きに来る』と」

「ま、待ちなさ・・・・!」

 

逃がすものかと飛び出した未来を、壁の如き竜巻が阻み。

風が止んだ、嘘のような静けさの中。

敗北に呆然とする未来だけが取り残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――?」

 

真っ先に感じたのは、夕暮れの茜色だった。

身動きしているうちに、布団に寝かされていることに気付く。

 

「・・・・そうか、私はファラに」

 

直前の記憶を思い出した翼は、体を起こしながら呟いた。

 

「起きたのね、翼」

 

声に振り向けば、同じく手当てを受けていたらしいマリアが。

立てた膝の上に顔をのせ、気だるげに微笑んでいた。

どこか艶やかな雰囲気だが、頭の痛々しい包帯が打ち消している。

 

「マリア?まさか、私が・・・・」

「それこそまさか、派手に吹っ飛ばされてね」

 

『お陰で要石は粉々よ』と、マリアは自嘲気味に肩をすくめた。

 

「けど、そうね。未来にはお礼を言うべきじゃないかしら?気を失って落ちてくる貴女を、身を挺して受け止めたのだから」

「なるほど、それは礼を言わねばなるまい」

 

と、会話している二人の耳に、近づいてくる足音。

開く襖を一緒に注視すれば、未来が布と水の入った桶を持って入ってきた。

少し陰っていた顔は、起きていた二人を見るなり明るくなる。

 

「翼さん、マリアさん!」

「おはよう、小日向」

「心配かけたわね」

「そんな、目が覚めてよかったです!」

 

やや放るように桶を置き、二人に詰め寄る未来。

薄く潤んだ瞳から、どれほど気を張っていたかがよく分かった。

 

「結局わたし・・・・要石を・・・・!」

「ああ、確かに残念だが、小日向一人が気負うことはない」

 

そう、確かに目的を達することが出来なかったが。

相手は一度敗北したオートスコアラー。

命を奪われなかっただけでも、もっけの幸いなのだ。

雪辱を晴らすどころか、再び醜態を晒してしまう情けない結果。

翼は、胸中の影をなんとか悟らせまいと振る舞う。

 

「それよりも、何か進展はなかったか?知っての通り、我々は寝こけていたからな」

「あ、それなら・・・・」

 

湿っぽい空気を払うように話題を変えれば、未来も気を取り直せたようだ。

八紘からの呼び出しがあったことを伝えた。

 

「でも、まだつらいならもう少し休んでいても・・・・」

「いや、いつまでも伏しているわけにはいくまい。ファラも、どうせもう一度来るようなことを言っていたのだろう?」

「ええ、『もう一度歌を聞きに来る』と」

「ならばなおのことだ」

 

いそいそと、揃って布団から出る翼とマリア。

体の節々は痛んだが、そこまで気に留めるようなものではないと判断する。

着替えてしまってから、一度出てもらっていた未来とともに。

八紘の執務室へ向かうのだった。




何気に初の前後編タイトルデス。


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風鳴る彼方 後編

執務室に着くなり翼達を出迎えたのは、八紘の机に所狭しと積み上げられた書類の山。

 

「――――アルカノイズの攻撃によって生じる赤い粉塵を、アーネンエルベに調査依頼していました。これはその報告書です」

 

思わず目を丸くしている三人へ、緒川が簡単な説明をする。

 

「あーねん、えるべ・・・・?」

「・・・・独国政府の研究機関。シンフォギアの開発に深く関わっており、異端技術への知識も、S.O.N.G.に届きうるとされている」

 

耳慣れない言葉をたどたどしく復唱する未来へ、今度は八紘が解説。

未来は小さく頭を下げて、お礼を伝えた。

黙って行われた態度から、話を邪魔したくないという意図をくみ取った八紘。

そのまま続けるよう緒川に促した。

 

「調査の結果、あの赤い粉塵は『プリマ・マテリア』と呼ばれる物質であることが判明しました」

「いずれも万能の溶媒、物質の根源的要素らしい」

「万能・・・・何にでもなれるってことですか?」

「今はその認識で構いません」

 

申し訳なさそうに再び疑問を口にする未来へ、今度は緒川が頷く。

 

「櫻井女史によれば、錬金術の過程は、『理解』『分解』『再構築』の三つ」

「アルカノイズで世界を分解して・・・・一体何を錬成しようというの、キャロル」

 

翼とマリアは、キャロルの目的について改めて考え始める。

分解の先の再構築で、何を作り出そうというのか。

いくら思考を巡らせようとも、明確なひらめきは見えてこない。

 

「・・・・翼、傷の具合はどうだ?」

「ッはい、痛みなど殺せます。問題ありません」

 

悩んでいる娘を見て何を思ったのか、口火を切る八紘。

思考を中断した翼は、即座に力強い答えを返す。

 

「そうか。ならばこれらを持ち、早々に己が戦場に戻ると良い」

「・・・・はい」

 

気遣ったのかと思いきや、やはりどこか冷たい態度。

返事する翼の様子も、どことなく落ち込んでいる。

その様子を見ていた未来は、視界の隅でマリアの顔がしかめられるのに気づいた。

 

「・・・・確かに合理的な判断かもしれない」

 

あっと思った時にはもう遅く。

マリアはやや苛立った様子で口を開いていた。

 

「けれど、傷を負った実の娘にかける言葉ではないはずよ!」

 

たしなめる前に、再び八紘に食って掛かってしまう。

一方の八紘は、怪訝な目を向けるのみで何も言わない。

 

「マリア、落ち着いてくれ」

 

言葉を続けようとするマリアを、肩を掴んで制する翼。

どこか痛みを感じる表情に感じるものがあったのか、悔しそうに唇を噛んだ。

 

「・・・・疾くと、発ちなさい」

 

八紘は特に責めることなく。

手短に退室を促したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何なんだ!あの態度は!!」

 

肩を怒らせながら、憤然と廊下を進むマリア。

 

「怒るのは当然だと思う、だが、あれが私達の在り方なのだ」

 

そう宥める翼は、目的地らしい部屋の引き戸に手をかける。

 

「ひとまず、積もる話はここで・・・・」

「ッこれは・・・・!?」

 

言いながら開いた戸の先。

床に散らばった子供服、無造作に放られたゲーム機。

散らかっているにもほどがある部屋が、飛び込んできた。

そんな光景を目にしたマリアと未来は、思わず構えを取る。

 

「敵襲!?まさかオートスコアラーがもう!?」

「この中に、いや、もしかしたら外から狙って!?」

 

すっかり臨戦態勢の二人に押されてしまった翼。

原因を知っているからこそ、端正な顔がだんだんと気まずく渋いものに変わっていく。

はっきり言ってただの自業自得だが、それを白状することは恥をさらすも同じ。

しかし、上手いはぐらかしを翼が言えるかと言えばそうでもなく。

というか、そもそも二人を誤解させたままなど、出来なかったので。

 

「・・・・すまない、不徳の致すところだ」

 

『これが自分の部屋だ』と、素直に白状したのだった。

 

 

閑話休題。

 

 

「・・・・昔からなの?」

 

未来に手伝ってもらいながら、散らばった服をたたんでいると。

部屋を見まわしていたマリアが呟くように問いかける。

 

「そ、それはっ、私が片づけられない女ってこと!?」

「そういう意味ではないッ!パパさんのことよ!!」

 

動揺のあまり、普段とは違った言葉遣いになった翼。

そんな先輩に未来が目を丸くして驚いている横で、仕切り直して話が続けられる。

なお、マリアの胸中で、『部屋が気にならなくもないけども』と付け足したのは蛇足だ。

 

「・・・・まあ、仕方のないことかもしれないな」

 

そう、しみじみと。

かつての自室を見渡しながら語りだす様は、とても自嘲的。

そして、とつとつと、己の事情を語り始めた。

 

「私の御爺様、現当主の風鳴訃堂は、老齢の域に差し掛かると跡継ぎを考えるようになった。候補者は、嫡男である父『八紘』と、その弟である弦十郎叔父様」

「どっちが跡継ぎかは、もう決まっているんですか?」

 

順当に考えるなら八紘か、あるいは何か事情により弦十郎か。

そのどちらかだと思うものだが。

 

「いや・・・・御爺様が指名したのは、父でも叔父様でもなく、当時生まれたばかりの私だった」

「えっ?」

「それは、どういう・・・・!?」

 

予想外のことに、思わず身を乗り出してしまう未来。

膝に置いていた、畳んだ子供服が崩れてしまう。

話を聞いていたマリアもまた、驚愕を禁じ得ないようだった。

 

「生きていれば、否が応でも分かることがある・・・・」

 

その時の翼の声は、少し震えているようにも聞こえた。

 

「私に、お父様の血は流れていないらしい」

「――――えっ」

 

いや、まさか。

衝撃的な告白に、マリアと未来は最悪な予想をして。

 

「風鳴の血を少しでも濃く残すため、御爺様が母に産ませたのが私だ」

「そんな・・・・!」

「風鳴訃堂は、人の道を外れたか・・・・!」

 

愕然とする未来、怒りを吐き出すマリア。

二人を申し訳なさそうに見上げながら、翼は続けた。

 

「そんな私だったからか、幼い時分はお父様に『どこまでも穢れた風鳴の道具』とよく言われたよ。実際、お父様からすれば憎くて憎くて仕方がなかったのだろう」

 

己の血を継がぬ、不義の子とも言うべき娘に向ける愛情など。

簡単に持てる聖人がいるのだろうか。

いや、片手で足りぬどころかもてあそぶほどにいないだろう。

 

「本来ならそんな私が防人のお役目などという名誉、賜れるはずがないというのに・・・・どういうわけだか、天ノ羽々斬に適合してしまった」

 

その時の、八紘の心境とは。

 

「だが、役目を全うすることができたのなら、お父様に、娘として見てもらえるのではと、一抹の望みを抱いてもいた」

 

次の瞬間。

翼の笑みに、ここ一番の自嘲が刻まれて。

 

「しかし、こんな敗北を続けるような体たらくでは、ますます『鬼子』と言われても仕方があるまい・・・・」

「翼さん・・・・」

 

打ち明けられた、ずっと世話になっていた人物が背負っていた思い。

どう声をかけたものかと、未来が痛ましげに眉をひそめている横で。

マリアは何かを考えながら、改めて部屋を見渡していた。

ほのかに香る藺草の匂い、どこかもの悲し気なマイクスタンド。

 

(それにしては・・・・)

 

感じていた違和感を表す言葉を思い当たり、マリアは目を細めた。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

場所は変わって、日本近海深く『深淵の竜宮』。

聖遺物を始めとした危険物を保管している、日本政府の重要機密施設だ。

その性質上、人が滅多に立ち入らない静かなはずの屋内は。

今、発砲と爆発の祭り会場と化していた。

 

「クッソォッ!!」

「・・・・ッ」

「ぐぅッ・・・・!」

 

半分自棄を起こして鉛球をばら撒くクリス、苦い顔をして着地する調と切歌。

三人の視線の先には、片腕を復活させたレイアと。

 

「ッチ、存外にしぶとい・・・・」

 

死亡したはずの、キャロル。

右手には経典のような物品が握られている。

エルフナインを始めとしたブレイン陣が、『狙うだろう』とあたりをつけていた聖遺物『ヤントラサルヴァスパ』。

あらゆる機械のコントロールを可能にするため、チフォージュ・シャトーの操縦に使うだろうと予測されていた。

 

「いや、オレが本調子ではないだけか・・・・」

「ッハ!閻魔様も甘くなかった様だな!」

 

苦い顔をするキャロルへ、クリスは挑発的にあざ笑った。

 

「マリア達の方にも、襲撃があったって・・・・」

「万が一もないはずだが、こっちも速攻で片づけんぞ!!」

「合点デース!」

 

突っ込んでくるレイアへ切歌が応戦し、調がその援護を行う。

クリスもその援護に加わる片手間、どさくさを狙ってキャロルへ弾幕をばら撒いた。

 

「ッ地味に窮地・・・・!」

 

調と切歌、二人の強み(コンビネーション)をまともに受けざるを得ないとあっては、さすがのレイアも後退してしまうようだ。

半歩、また半歩と、じりじり追い込まれていく。

レイアの余裕がなくなったのをいいことに、調がクリスの弾幕へ合わせ始めた。

弾丸に加えて、細かい丸鋸までもがキャロルを狙い始める。

苛烈になる攻め手、キャロルの顔にもレイアの顔にも、焦燥が浮かび始める。

それでもしのぎ続けるのは、彼女達にも負けられぬ理由があるから。

しかしギリギリの均衡は、やはり終わりが訪れて。

 

「ッ・・・・!」

 

突如、キャロルが胸を押さえてうずくまる。

最悪のタイミングで拒絶反応が起こったのだ。

更に運の悪いことに、手元のヤントラサルヴァスパめがけて丸鋸が飛んでくる。

 

「ッマスター!!」

 

レイアが気づくも時すでに遅し。

その隙をついて、クリスはミサイルを叩きこんで――――

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

八紘邸でもまた、異変が起こっていた。

日もとっぷり暮れた頃、突如として響いた轟音。

翼達装者が飛び出せば、邸内の家屋の一つを派手に壊しているファラの姿が。

 

「ッ今度こそ、仕損じるものか!!」

 

勇ましくマイクユニットを握った翼に続き、三人そろってギアを纏う。

対するファラは怪しくほくそ笑むと、アルカノイズを召喚。

翼を分断するようにばら撒いた。

一対一に、こちらとて望むところだと構えた翼。

マリアと未来は加勢しようとしたものの、ノイズに阻まれて叶わなかった。

勇ましく立ち向かいつつも心配げな様子の二人へ、大丈夫だと見せつけるように剣を振るう翼。

機動力で研ぎ澄ませた斬撃を、何度も何度も撃ち込む。

そんな怒涛の連撃を前にして、涼し気な表情のファラ。

不敵な笑みが裏付ける通り、やはり数度打ち合うと翼の剣は砕けてしまった。

 

「哲学兵装、剣殺し・・・・もはや呪いやゲッシュの領域ね、ッ!!」

 

ノイズを片づけながら翼の戦いを観察していたマリアは、苦い顔で一閃。

 

「何か、どうにか突破口はないんでしょうか・・・・!?」

「どうにか出来るならとっくに出来ているけど、あれは、そう、じゃんけんのようなものらしいし。よっぽどの禁じ手を使わない限り、チョキ(scissors)グー(Rock)に勝てないでしょう?」

 

背中合わせになった未来が疑問を零せば、残念そうに声を曇らせるマリア。

一瞬顔を曇らせた未来だったが、直後何かを閃いて。

 

「そっか、なら剣じゃなかったら・・・・!」

 

『自分が相手取れば』と提案。

確かに、天ノ羽々斬やアガートラームと違い、神獣鏡のアームドギアは鉄扇(あるいは鏡)だ。

そもそも『剣殺し』とやらが効かないものだが。

 

「相手もそれを分かっているから、こうして分断されている」

「あ・・・・」

 

落ち込む未来へ、『名案だけども』とフォローを入れて。

マリアは再びノイズへ切りかかる。

 

「どちらにせよ、アルカノイズを放っておく理由なんてないわよ!」

「ッはい!!」

 

気を持ち直して、未来もまた戦闘を再開した。

 

「ッ破アアアアア―――ッ!!」

 

翼の戦いも続いている。

足元にはすでに何十、何百と砕かれた剣の破片が散乱しており。

翼やファラが踏みしめるたびに、じゃり、と音を立てた。

 

「飽きないこと、いつになったら本気を出してくださるの?」

「――――ッ!」

 

明らかな挑発。

しかし焦燥で頭が茹だっていた翼は乗ってしまう。

彼女らしからぬ荒々しい一閃。

タイミングを見切ったファラは、大きく薙ぎ払い。

 

「ぐあッ・・・・!?」

 

砕いた剣ごと、翼を吹っ飛ばした。

放物線を描き、木の葉のように飛んだ翼の体。

地面をバウンドしながら転がると、何か、突っ立っているものにぶつかった。

 

「・・・・・ぉ、とう、さま?」

 

朦朧とした視界に見えた八紘に、翼は呆然と語りかける。

 

「っぁ、も、ぅしわけ、ありません・・・・いま、すぐ・・・・!」

 

いつの間に来たのか、疑問は残るものの。

口に出した一瞬で我に返ると、痛みをこらえて立ち上がろうとした。

翼の思っている以上に大きなダメージは、体の動きをきつく制限する。

 

「ッ・・・・!」

 

速く、早く、はやく。

これ以上父に無様を晒さないためにも、焦りを募らせた翼。

食いしばった口元から、血がこぼれた。

頭が訴えるぐらつく痛みすら、無視しようとしたところで。

 

「――――もう、いい」

 

そっと、添えられる手。

いたわるように肩に触れた手を追えば、穏やかな顔をした八紘が。

 

「もう、戦わなくともいい」

「・・・・そ、れは」

 

『もう用済みだということか』。

そう言いたげな娘の目に、首を横に振る八紘。

 

「やっぱり、そういうことなのね!?パパさん!!」

「・・・・?」

 

何が何だかわからない翼へ、マリアは声を張り上げる。

 

「翼のあの部屋!十年経っているにしては、あまりにもきれいだった!」

「そういえば、あんまり埃っぽくなかったかも・・・・って、まさか」

 

未来も何か気付いたのか、目を見開く。

 

「伝えられなくても、あなたは確かに愛されてるのよ!!翼!!」

 

思わず、父を見上げる。

視線を受けた八紘は、参ったと言いたげに目を伏せた。

 

「・・・・他人に指摘されるなど、私もまだまだだな」

 

未だ呆然とする翼の前髪に触れて、優しく滑らせる。

 

「・・・・初めはただの『振り』だった、だがいつの間にか演技が本心に変わっていた・・・・だからこそ、父上は後継からはずしたのだろうが」

 

浮かべた自嘲を取り払った八紘が、笑った。

翼ですら見たこともないような、穏やかな顔。

 

「歌いなさい、翼。思うがままに・・・・お前の名は、それ故に付けたものだ」

「――――ッ」

 

息を吞む。

唾液も巻き込んで、のどが鳴った。

――――剣と鍛えてきた。

夢中だったものを捨てて、親友の死を乗り越えて。

だけど、叶えたい夢を見つけて。

――――その『夢』が、敗北の一因だと思っていた。

雑念を孕んでいるから負けるのだと思っていた。

だけど、それでも。

 

「・・・・歌って、いいのですか」

 

震える声で、問いかける。

 

「私は、心のままに、奏でていいのですか・・・・!?」

 

――――疑問への答えは。

本当は優しかった父の、ただ単純な頷きだった。

 

「・・・・~~~ッ!!」

 

今度こそ立ち上がる。

蔓延していた痛みが嘘のようだ。

父を庇うように、律儀に待っていたファラを見据えて。

翼は、深呼吸を一つ。

 

「――――ッ」

 

開いた瞳は、もう迷っていない。

 

「・・・・ならば、とくとご堪能ください」

 

手が、胸元へ、イグナイトモジュールへ伸びる。

 

「私の、風鳴翼のッ!今の歌をッ!!!!」

――――Dainsleif !!

 

八紘が見守る前で、闇を纏った翼。

疾風のごとく突進すれば、迫りくるのは鋭い一閃。

 

「全く、懲りないこと・・・・ッ!?」

 

そう言いながら応戦したファラの笑みが、迫り合った一瞬で崩れた。

刃が、剣が、手折れない。

いや、それどころかこちらをへし折る勢いで・・・・!

 

「っはあああああああ!!!」

 

ダメ押しだと言わんばかりの追撃に、とうとうファラの剣が砕かれた。

 

「な、なぜ・・・・剣であるなら・・・・!」

「――――お前はこれが剣に見えるのかッ!?」

 

動揺するファラが咆哮に目をやれば、翼が掲げた双剣から炎がほとばしっている。

 

「否ッ!!これは、夢へと羽ばたく『翼』ァーッ!!!!!」

 

雄叫びに呼応して、更に増す火力。

下半身に風を渦巻かせ、距離を取ろうとするファラを。

翼もまた飛び上がって追いかける。

足を揃え、体を大きく回転させながら。

炎と斬撃の勢いを、最大限にまで高めて。

 

「・・・・ッ」

 

何故か、笑みを浮かべたファラの胴体を。

真っ二つに叩き斬ったのだった。

 

「――――」

 

見事、愛娘の勝利を見届けた八紘。

言葉にせずとも、『よくやった』と。

浮かべた笑みが、雄弁に語っていた。



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賢者の娘

前回までの評価、閲覧、お気に入り登録。
誠にありがとうございます。


XV始まりましたね・・・・!
例によって遅れて視聴することになりそうですが、楽しみです。


――――ファラが討たれてすぐ。

ギアを解除した装者達は、その『残骸』を探していた。

 

「翼さん!こちらです!」

 

緒川の声に駆けつけると、破壊された要石の付近に転がっているファラが。

驚いたことに、体躯の半分以上を失ってもまだ意識があるらしい。

駆け寄る翼達に気付くと、目玉をぎょろりと動かした。

 

「――――あら、まだ何かご用?」

「ええ、聞きたいことがあって」

 

からかうように、両目を互い違いに動かすファラを見下ろして。

マリアは口火を切る。

 

「あなた達、自分を破壊させて何のつもり?」

 

――――ここで、初めてファラから笑みが消えた。

代わりに、マリアが『してやったり』と笑う。

隣の翼も腕を組んで、どうだとでも言いだしそうだ。

 

「あら、バレていないとでも思ったのかしら?」

「懸念自体は、エルフナインと接触した時点で上がっていたぞ」

 

『言い出しっぺは立花だが』と翼は付け足し、未来はそれを心底驚いた顔で聞いていた。

 

「・・・・ふ、くくくくッ」

 

一方のファラは、呆けた顔から一転。

喉を細かく鳴らして震えたと思ったら。

 

「あははははははははははッ!!」

 

大口を開けて、笑い始めた。

マリアと翼は毅然と、未来は少し圧された様子で。

それでも、相手を油断なく見据える。

やがて収まってきたファラは、やっとしゃべれるようになるまで小刻みに震え続けて。

 

「ええ、その通りです」

 

にんまり、笑ったのだった。

 

「ダインスレイフによる呪いの旋律・・・・第一段階にマスターへ刻むことで楽譜を起動させ、第二段階で我々に刻ませて音階を完成させる」

「私達を利用していた・・・・!?」

 

目を見開く未来を無視して、話は続けられる。

 

「ふふふふ・・・・完成した楽譜をチフォージュ・シャトーを以って世界へ響かせる・・・・」

「ッまさか、レイラインマップのデータを奪ったのは!?」

「龍脈を伝って、呪いの旋律とやらを響かせ・・・・目的である『世界の分解』を成し遂げるということかッ!?」

 

段々濃くなっていくファラの笑みが、その事実が真実であることを雄弁に語っていた。

 

「残ったオートスコアラーはレイア一体・・・・楽譜の完成、邪魔はさせませんわ」

 

宣言した、刹那。

ファラの体が今度こそ破裂し、周囲を粉雪のような粒子が舞う。

飛び散った破片は、緒川が咄嗟に広げた風呂敷で防がれた。

 

「ッ今の情報を、急いで本部に!」

「ああ!イグナイトモジュールの使用を控えさせなくては!!」

「ダメです翼さん!」

 

ファラの話を全て信じるなら、レイアを討つのは悪手。

通信を繋げようとした翼へ、一足先に試みていた未来が叫ぶ。

 

「さっきからやってるんですけど、途中で通じなくなって・・・・!」

 

よほど焦燥しているらしい未来。

通信機を握りしめた指が、真っ白だ。

 

「この粒子はさしずめ通信妨害・・・・悪あがきとはこのことね」

 

マリアは一見美しくも見えるそれを、苦々しく握りしめていた。

 

「こちらの後始末は任せなさい」

 

判明した事実に動揺する装者達へ、八紘が思考をひと段落させるように声をかける。

一歩離れたところで見ていた彼は、歩み寄りながらそれぞれを見据えていた。

 

「脅威が去った以上、長居の意味はないはず。この妨害の届かぬ所へ・・・・いるべき戦場(いくさば)へ、戻るといい」

「・・・・はい」

 

蟠りが解消したこともあるのだろう。

最初に比べてすっかり穏やかに見える八紘へ、翼はしっかり頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

『深淵の竜宮』、翼達の心配を受けているクリス達がどうしているのかと言えば。

 

「走れ走れ走れ!!!」

「デデデデース!!」

「・・・・ッ」

 

賑やかに走っていた。

背後からは絶え間なく襲い来るコインや錬金術。

普段通りの彼女達なら、難なく逃げられる弾幕だが。

今は状況が違った。

その駆け足を、遅々とさせている原因は。

 

「はァッ、ヒィッ・・・・!!」

「てめーに言ってんだぞ奇天烈!!きびきび走りやがれッ!!」

 

戦えないので先頭を走らせている、ウェル博士その人だった。

 

 

 

 

 

執行者事変後、国連に連行されたウェル博士。

ネフィリムとの融合体である彼は、その身柄を『深淵の竜宮』にて『保管』されていたのだった。

そして、キャロル・レイア両者との交戦の最中、彼を閉じ込めていた独房の壁が破損。

キャロルを狙っていたミサイルを、咄嗟にネフィリムの左腕で食らったことで。

図らずともキャロルを助ける形となってしまった。

そして状況は振り出しに戻り、今に至るのだが。

 

 

 

 

 

「はゃく、ったってぇ・・・・!ゼヒッ・・・・!」

 

まだ五分と経っていないのにへばり始めたウェル。

 

「こちとら裏方担当の英雄だぞ・・・・ッ、ごてごての武闘派な君たちと一緒にするなぁッ・・・・!」

 

息も絶え絶えながら、せかすクリス達をねめつけて。

何とか文句をひりだしていた。

 

「っだぁ!くそ!!」

 

優勢から劣勢に一転した苛立ちもあるのだろう。

クリスは一際声を上げると、徐にライフルを取り出して。

 

「無駄口叩く前に足動かせやァッ!!」

「ギャッ!!?」

 

その尻へ向けて、フルスイングをかました。

 

「死にたくないなら走るのみデース!!」

「ヒギィ!?」

「後ろがつかえてる」

「あふんっ!?」

 

続けて切歌、調と追撃を叩きこまれ、前のめりに倒れそうになる。

 

「ッこの、子達はッ・・・・!!英雄になんてことするんだ!!こんなんで喜ぶのは藤尭君くらいだぞッ!!」

『よ ろ こ ぶ か ァ ッ !!!!!』

 

痛みを手で押さえながら、恨めしい言を吐くウェル。

通信の向こうで、藤尭が咆えるのが聞こえる。

 

「ッおっさん!次はどう逃げたらいい!?」

 

冷たい目を向けられたであろう藤尭が反論をまくしたて。

友里に『何その必死すぎる言い訳!』と、突っ込まれるのを聞きながら。

クリスは弦十郎へ指示を仰ぐ。

 

『現在新たなルートを検索中、だが・・・・!』

「また先回りされるってか・・・・!」

 

まともに戦えぬウェルは、良くも悪くも装者の動きを制限してしまう。

憂いなく迎え撃ちたいクリスとしても、人命を尊ぶ弦十郎としても、直ちに安全圏へ送り届けたいものだが。

追ってくるキャロルは、まるでこちらの位置を把握している足取りで。

着実に装者達を消耗させにかかっているのだった。

 

「レイア」

「派手に承知」

 

ここで、キャロルが行動に出る。

レイアは一声かけられるや否や、大きく前進。

指の間に挟めたコインをマシンガンのごとく打ち出し、クリス達をあおりだす。

 

「っ、お前ら!ウェルを!!」

「クリス先輩!!」

 

『仕掛けてきやがった』と悪態をつきながら、迫りくるレイアに応戦し始めるクリス。

一瞬躊躇い足を止めた調と切歌だったが、

 

「いーや!!待ちたまえ君達ッ!!」

 

制止を張り上げたのは、ウェルだった。

 

「よく考えるんだッ!こんなところでみんな仲良く好き勝手暴れちゃあ、どうなるかッ!」

「ッ・・・・!」

 

振り向いた調の顔が渋り、駆け出そうとした切歌の足が止まる。

 

「それに相手だっておひとり様じゃないんだぞォッ!」

 

おののきながらウェルが指さす先。

レイアとクリスの攻防をすり抜けて、キャロルが迫ってきている。

この好機に、装者を一掃してしまおうと考えたようだ。

目の前の危機に、なお苦い顔をした二人は。

踵を返して、駆け出した。

 

「おっら!」

 

レイアとの攻防の中、どさくさに紛れてキャロルの背も狙いながら立ち回るクリス。

怪訝な顔をするレイアに向けて、どう猛な笑みを浮かべてやった。

 

「しかし、さすがに正確すぎるわね」

「ええ、まるで前以て、こちらの動きを把握しているような・・・・って、まさか!?」

 

一方の二課本部。

了子のぼやきに、はっとなった友里。

ひっぱられるように、面々は閃いていく。

 

「知らず、毒を盛られていたということか・・・・!?」

 

呆然と呟く弦十郎の声。

視線は思わず、一人の少女へ。

 

「ち、ちが・・・・!」

 

複数の視線にさらされてしまったエルフナインは、明らかに狼狽している。

それは、企みがバレたというよりは、仲間が敵になってしまう怯え。

しかし、安易に『大丈夫』を告げても、逆効果となってしまうだろう。

 

「ボクじゃない、ボクは・・・・!」

『――――いいや、お前だよエルフナイン』

 

必死に否定しようとしたエルフナインを止めたのは、キャロルの声。

するとエルフナインの体から、まるで幽体離脱でもするように彼女の幻影が現れた。

仰天した藤尭がモニターを見てみれば。

調や切歌と交戦しながら、青い陣を展開しているキャロルの姿が。

おそらくあれを使ってこの幻影を生み出しているのだろう。

 

『世界の分解には、どうしても必要なものがあった・・・・どうしても、自前で用意出来ぬものがな』

 

震えるエルフナインを嘲笑しながら、キャロルは語る。

己が講じた一計を。

 

『それが、ダインスレイフによる呪われた旋律。シャトーにとって、オレの歌ではどうも物足りなかったらしい』

「だからエルフナイン君を送り込み、イグナイトモジュールをもたらしたと?」

『そうだとも』

 

弦十郎にも臆さず、不遜な態度を崩さないキャロル。

 

『とはいえ、エルフナイン自身は己が仕込まれた毒とは知らん。だがオレは、こやつ自身の目を、耳を、感覚器官のすべてをジャックしてきたのだからな』

「ボクが・・・・ボク自身がっ・・・・!」

 

キャロルの言葉が信じられないのだろう。

震えの止まらぬエルフナインは、それでも信じたくないと小声で抵抗する。

 

『同じ素体から作られたもの同士だからこそ、出来る芸当だ』

 

そんなエルフナインを横目に、キャロルは止めを刺すように言い締めた。

 

「・・・・ぉ、お願いです!ボクを・・・・ボクを、ボクをッ!誰も接触できないように閉じ込めて!」

 

驚愕で誰もが咄嗟に動けぬ中、エルフナインの声が響く。

動揺の程を、一瞬抜けてしまった敬語が如実に表している。

 

「ぃえ、キャロルの策略を知らしめるというボクの目的は達成されました・・・・ならば、いっそ!!!」

 

もはや泣き叫ぶような懇願。

誰もかれもが目する中、キャロルは、始まる内部崩壊を幻視して笑みを浮かべて。

 

「――――何かと思えば、とんだおこちゃまのままごとね」

『何・・・・?』

 

心底呆れた了子の声に、空気が切り替わった。

 

「大方、本懐ついでにこちらの内部分裂も誘おうとしたのでしょうけど、甘いわ、甘さがASO-4並みに大爆発よ」

 

ため息交じりに立ち上がった了子は、キャロルの真ん前に立ちはだかる。

 

「『エルフナイン越しに見ていた』だと?だからどうした?それが何だというのだ?」

 

もしかしなくとも、威圧するためにまっすぐ見下ろす。

瞳は、フィーネに切り替わっていた。

 

「ああ、別に違えているわけではない。並の組織なら瞬く間に瓦解していく悍ましい策だろう・・・・だが相手が悪かったな」

 

言うなり、了子は片手を広げる。

その姿は、さながらステージ上の司会者だ。

 

「ここは人類最後の砦。数千年に渡り暗躍してきた怨霊を受け入れる男が率いる、異端技術への対抗組織だぞ」

 

ここまで語ったところで、エルフナインはやっと気付く。

自分を見る大人達の目が、敵意ではなく優しさに満ちていることに。

ふと、立ち上がった弦十郎がエルフナインに歩み寄って。

大きな掌で、やや乱暴に頭をなで始めた。

 

「小娘程度の策略なんぞ、道理を超えた義理人情で吹き飛ばしてしまうのが我々だ」

『・・・・ッ』

 

小娘と侮られてむっとしたのか、目に見えて顔を渋らせるキャロル。

 

「のっかるようでなんだが、そういうことだ」

 

了子と一緒に見据えていた弦十郎が、口を開く。

 

「何より、子供の一生懸命を信じられん大人なんざ、かっこ悪くてしょうがねぇ」

「わわわっ・・・・!」

 

再度乱暴に頭を撫でまわし、改めてキャロルに強い目を向けた弦十郎。

彼だけではない。

もはやこの場の誰もが、エルフナインを疑っていないのは明白だった。

 

「それより、こんな道草食ってていいのかしら?お嬢ちゃん?」

『何?・・・・ッ!!』

 

ぐ、っと、引っ張られるように。

キャロルは文字通り我に返った。

眼前には、迫りくる丸鋸と大鎌。

必死に体をそらし、床を転がって後退するキャロル。

立ち上がろうとやや不安定な姿勢のところへ、飛び込んでくる人影。

 

「もらったとはこのことさァッ!!!」

 

キャロルが握ったヤントラサルヴァスパへ、ウェルの左腕が伸びて。

咄嗟に体を捻り、強襲を回避。

直ちに暴風でウェルを吹き飛ばす。

 

「おわあああああああ!?」

「おっと!デース!」

 

危うく叩きつけられるところを、切歌がうまく受け止めた。

 

「ふははははははッ!これぞ英雄的行動だッ!失敗したけどッ!!」

「インドアもやしにしてはよくやった方」

「相変わらず辛辣な物言いですね調・・・・」

 

降ろされたウェルが高笑い。

攻防のどさくさに紛れてヤントラサルヴァスパを破壊するという作戦は失敗に終わったが、キャロルのメンタルを揺さぶるのには成功した。

現に、調と切歌の後ろで腕を組むウェルを、殺さんばかりに睨んでいる。

なお、そんな視線を向けられているウェルは、内心震えが止まらない。

と、調と切歌の足元に弾幕。

クリスの攻撃をかいくぐったレイアによるものだった。

 

「マスター、ここは派手にお任せを」

「・・・・そうだな、ヤントラサルヴァスパは手に入った。深追いは不要、か」

 

進言によって冷静になったらしいキャロルは、かぶりをふって切り替え。

テレポートジェムを取り出して、レイアを見上げる。

 

「オートスコアラーの務め、果たせ」

「派手に承知・・・・」

 

短く会話した後、撤退していったキャロル。

レイアはにやりと笑って答えると、再びコインを指の間に出現させて構えた。

 

「・・・・お前ら、ここはあたしが。ウェルの野郎を、とっとと本部へ持ってけ」

「でも、それじゃあクリスさんが・・・・!」

「三人そろって大暴れしちゃ、仲良く魚の餌になるだけだ」

 

一人で相手をすると言うクリスへ、不安げに、そして心配げに躊躇を口にする切歌。

対するクリスはレイアから視線をそらさぬまま、不敵に笑うだけだった。

――――これが『本来(げんさく)』であったのなら。

雪音クリスは、『先輩』の責務を重く見るあまり、味方を巻き込みかねない突撃をかましていただろう。

だが、ここにいる彼女は少なくとも違う。

『ソロモンの杖』を目覚めさせたという罪は、確かに覚えていて、背負っている。

そして、その重荷に潰されぬよう、支えてくれる仲間や、大人達がいる。

それだけではない。

――――櫻井了子。

一時は虐待じみた扱いを受けていたとはいえ、抗う力と知識を与えてくれた恩人を。

一度失いかけた、新しい『家族』を。

二度と失ってなるものかという、決意が根幹にある。

もちろん、『本来(げんさく)』には『本来(げんさく)』の。

仲間を慮り、受け取った優しさへ報いようとする。

何度躓こうとも立ち上がり、叶えたい夢へと邁進する強さがある。

しかし、『今』、『ここ』にいる雪音クリスと同一かと言われるならば。

大まかな部分は『是』と言えても、細部に関しては『否』と言えた。

 

「それに、たまには頑張ってる後輩甘やかさねーと、バチがあたらぁ!」

『Dainsleif !!』

 

睨みつけるレイアに怯むことなく、イグナイトモジュールを起動。

対峙する敵とクリスを、不安げに何度も見比べていた後輩達だったが。

やがて葛藤を振り払うように首を振るうと、ウェルを伴い駆け出した。

 

「・・・・派手に見くびられたものだ」

「お人形遊びって年頃でもないしな、とっとと終わらせるに限るだろ?」

 

隙に攻撃させないと、油断なく狙いを定めているクリスの銃口。

たとえハンドガンであっても、彼女ほどの担い手とあれば十分に脅威だ。

 

「っは!」

 

動き出したのはクリス。

弾丸をばら撒きながら猛進した彼女は、あっという間にレイアの懐へ飛び込む。

レイアはブレイクダンスの動きで距離を取ると、自身もコインでトンファーを生成。

殴り掛かってくる銃身を殴り返す。

金属音と発砲音が、絶え間なく、激しく。

海中施設の中で細かく反響する様は、まるで花火のようだ。

蹴りを蹴りで返す、打撃は腕を交差して防ぐ、射撃はかすめても気にしない。

テンポアップする攻防、辺りは立ち込めた硝煙で曇り、足元にはコインが散乱する。

 

「・・・・ッ!」

 

だが、人形と人間の差が表れた。

あまりの猛攻に、疲労を覚えてしまったクリスの腕が鈍る。

それを見逃さないレイアは、一際強い一撃。

クリスの体が、比較的大きく飛んだ。

 

(派手な好機ッ!)

 

無防備になった脳天へ、蹴りを叩きこもうとして。

 

「っだぁ!!!」

 

直撃する前にライフルを展開したクリスは、振りかぶって足を破壊した。

 

「派手に、驚愕ッ・・・・!?」

 

目を見開く間にも、次々四肢を破壊されていく。

重い破砕音が三つ鳴り終わった頃、レイアはすっかりダルマになってしまった。

 

「何故・・・・」

 

床に転がったレイアは、体を見下ろしながら驚愕を隠せない。

 

「何故破壊しない!?私は敵だぞ!貴様らを攻撃しただけではない!数多の命も奪った!もちろん人間でもない!破壊する、殺す理由は十分だッ!!」

 

そして何よりも、自らに課せられた使命を果たせない。

レイアの叫びに、クリスはにやっと笑って。

 

「ああ、確かにお前さんの言う通りだ」

 

だけどな、と。

手にしたライフルをくるりと回して、肩に担ぐ。

 

「お前のご主人様と、うちの保護者の会話を聞いちまったんでな。この方が嫌がらせ出来るだろって思ったんだが・・・・当たってたみたいだな」

 

再び驚愕を禁じ得ないレイア。

キャロルとS.O.N.G.が会話していた時と言えば、激しく相対していた頃だ。

先ほどに比べれば温かったとはいえ、レイアは決して手を抜いていた訳ではない。

だというのに、クリスはあの猛攻の片手間に又聞きしていたのだ。

 

「っつーことで、世界の分解とやらはナシだ」

 

『噛みつかれても困る』と、クリスは再度ライフルを振りかぶり、顎を強打する。

大きく皹の入った顎は、もう動かなかった。

忌々しく見上げてくるレイアを見下ろしながら、相手の無力化を確信したクリス。

完全に気を抜かない程度に、ほっと息を吐いた。

のも、束の間。

 

「うおっ!?」

 

突然揺れだす施設内。

 

『クリスッ!今すぐそこから――――』

 

了子からの通信が届くのと、天井が崩れるのは同時。

雪崩れ込む海水を前にして、クリスは腰からミサイルを放って――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クリスッ!?クリスッ!!」

「答えてくれッ!クリス君ッ!!」

 

S.O.N.G.指令室。

了子や弦十郎を始めとした面々が何度も呼び掛けるも、通信は依然途絶したまま。

返ってこない応答に、了子の顔が目に見えて焦る。

 

「クリスちゃんのいた区画で、シェルターの起動を確認・・・・しかし・・・・!」

「直前のイチイバルの位置は、崩壊した側です・・・・!」

 

友里と藤尭の報告を聞き、とうとうがっくり項垂れてしまった。

しかし、いくら嘆こうとも状況は待ってくれない。

 

「深淵の竜宮にとりついていた巨大人型が、今度は本部に接近中!」

「ッ、急速浮上!それと職員の避難を!」

「そんなッ!」

「クリス先輩を置いてくデスか!?」

 

一瞬葛藤した弦十郎の指示に、調と切歌から反論が出る。

大人達としても、クリスの回収を優先させたいのはやまやまだったが。

本部を破壊されては、それどころでは無くなってしまう。

 

「ッ急いで!追い付かれるわよ!」

 

何とか復帰した了子もまた、せわしなくコンソールを叩きながら叫ぶ。

さすがに水中では迎撃など不可能であり、かといって『フィーネ』としての全力も出せない状態。

知らず、噛み締めた口元が出血した。

海上に出るS.O.N.G.本部。

タッチの差で、追ってきていた巨大な物体が追い付いてくる。

飛沫を上げながら現れたのは、やはりいつかの巨大ミイラ。

振り下ろされたごん太のチョップを、指定室を切り離すことでなんとか回避。

直撃した残りの部分の爆風をもろに受け、船内が大きく揺れる。

司令部の天井、揺れと衝撃で外れた瓦礫が、友里の頭に襲い掛かって。

 

「危ない!!」

 

間一髪のところで、エルフナインが突き飛ばした。

床に倒れた友里の身代わりに、直撃を受けるエルフナイン。

 

「ッエルフナインちゃん!」

「エルフナイン!」

「しっかりするデス!」

 

慌てて駆けつけた調と切歌が、力を合わせて瓦礫を退かすも。

幸い息があるらしいエルフナインの横腹が、痛々しく出血していた。

 

「エルフナイン?エルフナイン!聞こえる!?」

 

調が大声で何度も呼びかけると、うっすら目を開けたエルフナイン。

一緒にのぞき込む友里が、無事だったのを静かに喜ぶのも束の間。

どこか、泣きそうに顔をゆがめて。

 

「ボク、は・・・・キャロルの、誰かに、あやつられたんじゃない・・・・」

「しゃべってはダメ、傷が開くわ!」

「ボクは、じぶんの、意思、で・・・・!」

 

友里の忠告に構わず。

ここに合流したのは、キャロルの下を抜けようと決めたのは。

自分の意志であると、そうであってほしいと口にして。

意識を失ってしまった。

当然のことながら、簡単に見逃されるわけがない。

ぎろりと、逃れた指令室を見下ろしたミイラは。

再度、腕を叩きつけようとして。

 

『――――全員、衝撃に備えなァっ!!』

 

横合いから飛んできたミサイルに、爆発四散した。

藤尭が慌ててカメラを操作すれば。

ミサイルに乗って飛んできているクリスの姿が、はっきり見えた。

その足元には、無力化したレイアもいる。

 

「クリス先輩!」

「クリスさん、よかった!」

「クリス君ッ!無事だったか!!」

『そう簡単にやられるわけねーだろ』

 

無事を報告するクリスだが、その声はどこか暗い。

無理もないだろう。

応答する暇がなかっただけで、エルフナインが負傷したことは伝わっていたのだから。

オートスコアラーは、これで全て撃破したはず。

そんなクリスの胸中は、これで終わる気がしない予感で溢れかえっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チフォージュ=シャトー。

レイアの位置の垂れ幕に、音階が刻まれて。

 

「――――万が一を備えるのは、当然のことだろう?」



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逃げない結果

XV二話、何が起こるんだ・・・・(お通夜状態の周囲を見ながら)


死にたくて消えたくてたまらなくなってしまったあの日から、大分経っている。

数日もお布団に包まれてれば、メンタルも何とか快方に向かってくれて。

つい昨日の検査で退院許可をもらえた。

いや、何かあったらまたすぐに入院コースらしいけどね。

はっきり治ったかどうか分かりにくいのが、メンタル系の体調不良だよ・・・・。

正直、入院したての頃の記憶はおぼろげだ。

でも、未来が泣きそうな声で何度も呼んでくれたのだけは、どうにか覚えられてる。

・・・・心配かけちゃったな。

気になるのは未来だけじゃない。

すっかりダウンしていた間、進んでしまったであろう『三期』。

今どのあたりだろうか・・・・と思っていたら。

連絡用SNSに一昨日届いた、未来からのメッセージで。

翼さんマリアさんと都内の任務に就いているので、何かあったら頼ってほしいという旨が来ていた。

調ちゃん切歌ちゃんの後と言えば、多分八紘パパさんとのアレコレだろうし。

ということは、もう佳境に入ってきてるということだろう。

・・・・原作云々を、抜きにしても。

誰もかれもが決戦へ備えている中、わたしだけがとんでもない不安要素を抱えたままではいられない。

自画自賛や自意識過剰なようでなんだけれども、それでも。

この後を『知っている』身としては、立花響(わたし)が欠けてはいけないと分かっている。

だから、わたしは。

 

「――――お姉ちゃん」

 

――――顔を上げる。

少し低い位置から、わたしとおそろいの目が見上げている。

数歩後ろからは、付き添いのお父さんがゆっくり歩いてきていた。

 

「・・・・久しぶりだね、香子」

「・・・・うん」

 

何とか、笑えていただろうか。

そう信じながら、待ち合わせたファミレスの中へ。

一階で待つと言ってくれたお父さんに手を振ってから、二階に上がった。

・・・・お昼時だったので、『何か食べる?』と聞いてみる。

香子が何かを言う前に、お腹から元気な音。

あんまりいいタイミングで鳴るもんだから、思わず笑ってしまった。

何とか耐えていたけど、結局漏れてしまった笑い声を上げながら、ふと。

こんなに笑ったのが、酷く久しぶりの様に思えた。

 

「・・・・まだ好きなんだ、それ」

「うん、好き。来たときは絶対頼む」

「ここの、おいしいもんねぇ」

 

この時期にはちょっと熱いえびドリアを何度も吹きながら、やっぱりあちあち言いながらほおばる香子。

と、ほっぺたにご飯粒がついてるのが見えたので、手を伸ばす。

捨てるのが何となくもったいなかったから、そのまま食べてしまった。

どこか照れくさそうに笑う香子だったけど、すぐに眉をひそめる。

読み取れる感情は、『寂しい』だった。

 

「・・・・うちにいた頃は、よくやってくれてたよね」

「・・・・香子、まだ小っちゃかったからね」

 

・・・・わたしの、まだ幸せだったころの記憶にある香子は。

やっと理科や社会に慣れ始めた、小学校三年生。

まだまだ甘えただけども、ちょっとお姉さんぶりたいところも出てきた年頃だった。

集団登下校なんかで、下の学年の子達と手を繋いで引率してるのをよく見かけたもんだ。

そんな香子も、もう六年生、かぁ。

・・・・・そっか、三年。

三年、なんだなぁ。

 

「・・・・お姉ちゃん」

 

しみじみしていたら、どこか緊張した香子の声。

顔を上げると、すっかり空っぽになったドリアの皿が目に入って。

そこからさらに目線を上げると、まっすぐ見つめてくる瞳とかちあった。

 

「わたしはさ、まだまだ子供だし、小学生だし、頼りないかもしれないけど・・・・」

 

一生懸命言葉を紡ぐ香子。

騒いでないはずなのに、声がやけに大きく聞こえる。

 

「また、お姉ちゃんと一緒に帰りたい」

 

・・・・あまり、聞きたくなかった言葉だ。

 

「あれから時間も経ってるし、わたし達のことなんて、覚えてる人はもういないよ」

 

わたしの逃げ癖を知っているからか、たたみかけてくる。

 

「『勇気』だなんて、言い過ぎかもしれない。それでもわたしは、『あの頃』を取り戻したいから、ここにいる」

 

一度閉じられて、見開かれた目は。

寂しさもなく、迷いもなく。

・・・・その眩しさに後ろめたさを覚えて、視線をそらしてしまう。

通りを行き交う人たちは、わたし達のやり取りなんてお構いなしに動き回っている。

誰かに連絡を取っていたり、友達と話していたり。

・・・・もう、かつてのような。

一挙手一投足を見張られるような幻覚は、すっかり消え去っていた。

ふと、親子連れが目に入る。

子どもが転んでいるところだった。

お母さんに助け起こされる横で、手から離れた赤い風船が。

中身のヘリウムに従って、空高く昇って行って。

――――憎いくらい真っ青な空に、亀裂が走った。

 

「――――ッ!?」

 

声を吞んで見上げる合間に、あるはずのない欠片を散らしながらさらに広がっていく亀裂。

香子を連れて飛び出した目睫の間に、出てこようとしたものが。

巨大な建造物が現れて、ゆっくり下降を始めた。

 

「お姉ちゃん・・・・!」

 

不安げな香子の手を握り返して、空の動向をにらんでいると。

通信機が鳴った。

 

『――――響君ッ!!』

「はいはいッ、こちら響!現場からお送りしていますッ!!」

『俺達は未だ現在、東京湾沖合を航行中!翼、マリア君、未来君が急行しているが、すまない、ともに到着まで時間がかかる!』

 

案の定聞こえた弦十郎さんの声へ、いつも通りに答えれば。

予想通りの状況が報告された。

 

『響君にはそれまで、避難誘導を頼みたいッ!』

「りょーかいです!!」

 

言われるまでもないけど、伝達のためにはっきり返事。

すると、弦十郎さんはどこか真剣な声で。

 

『・・・・決して無理だけはするな』

「善処しマス」

 

せざるを得ない状況を否定できなかったので、あいまいな言葉で予防線を張った。

気付けば、周囲はわたし達以外誰もいない。

お父さんは・・・・『本来(げんさく)』はともかく、あのお父さんが置いてけぼりにするなんて考えにくい。

避難する人達に流されたか、あるいは警察なんかに『危ないから』って引きずられていったか。

どちらにせよ。

避難先でこっちに駆けつけようとして、複数人に押さえつけられているイメージが、簡単に浮かんできた。

 

「とにかく離れるよ、はぐれないように」

「う、うん」

 

救助モードで笑いかけると、何とか怯えを抑え込めたらしい香子。

『いい子だ』と頭をなでて、走り出そうとした時だった。

 

「――――逃がすものか」

 

後ろから、風が荒れ狂う音。

咄嗟に香子を抱えて横っ飛びすると、さっきまで立ってた場所が抉れていた。

 

「ぉ、女の子・・・・!?」

 

驚く香子の声に振り向く。

空の上、ちょうどさっきまでいたファミレスの二階くらいのところに。

ダウルダブラを構えた、キャロルちゃんがいた。

 

「お姉ちゃん・・・・!」

「・・・・ッ」

 

纏えるかどうかは分からなかったけど、何もしないよりはマシだと思って。

香子を後ろにやりながら、首元のギアを取り出す。

だけど、

 

「させん」

 

短い一言と共に、再び突風が襲い掛かってきて。

マイクユニットを弾き飛ばしてしまった。

呆気なく遠くすっ飛んでった赤い宝石は、あっという間に瓦礫に紛れて行方不明に。

まずい、とは思ったけど、後ろに香子がいることを思い出して。

 

「・・・・香子」

 

生身のままで構えた。

 

「ここはわたしが食い止めるから、その間に逃げな」

「で、でも・・・・!」

「いいから!!」

 

返事を待たずに、飛び出していく。

キャロルちゃんは律儀に降りてきて、わたしに応戦し始めた。

 

「・・・・やっとだ、やっとだ」

 

風や炎、氷を避けながら、突き出す拳や蹴りを避けられながら。

香子が走り出すのを確認していると、キャロルちゃんが口を開く。

 

「やっと、お前を、この手で手折れる・・・・!」

 

針となって迫る土を、時々蹴り砕きながら回避する。

 

「ずっとずっと殺したかった!!地獄に堕ち、這い上がり、今や人々の希望というべきお前をッ!!」

 

なんだか、すっごく熱烈なことを叫んでるキャロルちゃん。

君そんなキャラだったっけ。

 

「奇跡とも呼ぶべきお前を、この手で、ずっと」

 

キャロルちゃんは、こっちの困惑なんてお構いなしに、猛攻を畳みかけてくる。

 

「殺したかったよ、立花響・・・・!」

 

その顔は、いっそうっとりするほど恍惚で。

だからこそ、うすら寒さを感じた。

ええ、怖・・・・。

 

「ぃよっ、とぉッ!熱烈なアプローチご苦労だけど、こちとらもう相手がいるんだよなぁー!」

 

かまいたちを、畳返しした足元で防御。

そのままくるっと回転して前へ。

がら空きになっているはずの、キャロルちゃんへ、拳を叩きこもうとして。

 

 

 

 

弦が、鳴った。

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

「どこだ・・・・どこだ・・・・!?」

 

――――実のところ、香子は逃げていなかった。

物陰に隠れながら地べたに這いつくばって。

響のなくしものを探していた。

汚れるのもいとわず頬を擦り付け、砂粒が見えそうなほどに目を凝らして。

瓦礫に紛れてしまった、ガングニールのギアペンダントを探し回っていた。

やがて、視界の隅に赤いものを見つける。

弾かれたように振り向けば、目当てのものが。

いつか未来が持っていたものとおそろいの、赤い宝石が見えた。

 

「あった・・・・!」

 

喜色満面も束の間、その顔にはためらいが生まれる。

無理もない。

ギアペンダントが落ちていたのは、身を隠せそうにない、だだっ広い場所にあったのだから。

『こっそり見つけて、さっと渡して、さっと逃げる』を目標にしていた香子は、どうしようかと頭を悩ませる。

そこへ、

 

「ぐああッ!?」

 

姉の、響の、苦悶の声。

思わず身を乗り出せば、先ほどまでいなかったはずの女性に踏みつけられている姿が。

一瞬混乱した香子だったが、面影からあの少女が変身したのだと察した。

見た目通り色々上昇しているようで。

果敢に飛び掛かっていた響は、今や嘘のようにボロボロだ。

 

(――――あ)

 

ふと、似ている、と思った。

未来の戦いを見ていた、あの時と。

あの人形に負けた時も、勝った時も。

香子がやっていたのは、怯えて、隠れて、見ているだけで。

それが、三年前とも同じだと気づいて。

 

「・・・・ダメ、だ」

 

このままじゃ、ダメだ。

怖がって、隠れて、怯えて、泣いていたのでは。

結局、同じ結果を生むことになってしまう。

大好きな響が、お姉ちゃんが。

また、離れて行ってしまう。

 

(そうだ)

 

そうだ。

取り戻すって決めたんだ。

もう待っているのはこりごりなんだ。

 

(動け、動け、わたしは、もう・・・・!)

 

何よりも、誰よりも。

分かっている。

 

(怯えていた、小学三年生じゃないッ!!!!!!)

 

踏み出す、飛び出す、駆け出す。

拾おうと屈んだせいでもんどりうったが、関係ない。

握ったものを確認して、声を張り上げる。

 

「おねえちゃ――――!!」

 

その勢いのまま、投げようと振りかぶって。

 

 

 

――――すぐ横を、何かが飛んで行った。

 

 

 

「えっ」

 

いや、何かなんて言えない。

だって、分かっている。

振り向く。

軋む首を動かして、後ろを見る。

信じたくないと思うところに、飛び込んで来たのは。

 

「ぁ・・・・が・・・・!」

 

街路樹に激突し、口から血を吐き出している。

変わり果てた、姉の姿。

 

「ぉ、お姉ちゃん!!!!」

 

なりふり構わず駆け出す。

 

「お姉ちゃん、大丈夫!?お姉ちゃん!!」

「・・・・ばかっ」

 

止まらない喀血に狼狽えながらも、必死に声を掛ければ。

未だ苦しむ響は、強い目線で、ねめつけて。

 

「なん、っで・・・・逃げてないんだッ・・・・!」

 

絞り出すように、叱責した。

 

「だ、だって・・・・!」

「ギアくらい・・・・自分で探せた・・・・!・・・・・だから行けって・・・・言ったのに・・・・!」

 

再び咳き込み、血交じりの痰を吐き出す響。

 

「・・・・た、のむ・・・・から」

 

怒りに燃えるのも束の間、次の瞬間にはその歪ませ方を変えて。

悲し気に、口元を食いしばって。

 

「たのむ、から・・・・離れてくれ・・・・にげて、くれ・・・・」

 

ひゅうひゅう、不健康な呼吸を繰り返して。

 

「ゎ、たしは・・・・わたしは・・・・!」

 

懇願を口にする、頬に。

 

「家族が、泣くのを・・・・・みたくないッ・・・・!」

 

涙が、一筋。

再三咽て、血を零した響。

香子は、呆然と見ていることしか出来なかった。

 

「・・・・ふん」

 

当然見逃してくれるキャロルではない。

さっと風の陣を展開し、放つ。

無数の鞭のような烈風が、滅多切りにせんと迫ってくる。

せめて、致命傷だけでも避けられたならと。

庇おうとした香子を、響が逆に抱きしめて。

 

 

 

 

 

 

 

 

生き物が、切り裂かれる音。

 

 

 

 

 

 

 

びたっ、と。

一瞬で、響の顔が血で濡れる。

当の響は、眼球が乾くほどに目をかっぴらくのに忙しくて、それどころではない。

姉妹の前、キャロルの前に立ちふさがったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父さんッ!!!!!!!!!」



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ファフニール

エルザちゃん撫でまわしたい、もふもふ・・・・。


心臓の音が、やけにうるさい。

まばたきを忘れた目は、それでも閉じることが出来ない。

香子共々、ぼんやりする目の前で。

洸は、膝からゆっくり崩れ落ちてしまった。

 

「~~ッ!!」

「お父さぁん!!」

 

響は痛みをこらえて、駆け出す。

洸は体を捻って、致命傷を避けていたようだったが。

ズタズタの腕と、水溜りが出来るほどの出血を見てしまえば。

『よかった』など、まかり間違えても言えなかった。

 

「ッ、間に合って、よかった・・・・二人とも、大丈夫か?」

「お父さんが全然大丈夫じゃないよ!!」

「ははっ、無茶しちゃったもんなぁ・・・・」

 

もはや泣き叫びながら安否を気遣う香子。

持ち合わせていたハンカチで止血を試みているようだったが、どう見ても間に合っていなかった。

 

「ぉ、お父さん・・・・!」

「響、香子・・・・置いてって悪かったな、避難する人に押し流されてしまったんだ・・・・」

「・・・・いいよ・・・・そんなの・・・・気にしないでいい・・・・!!」

 

首を振る長女へ、『怪我をしている』と手を伸ばす洸。

確かに手傷を負っていたが、響からすれば父の方が圧倒的に重傷で。

だから、差し出された手を避けた。

 

「・・・・気にするさ」

 

諦めることなく手を伸ばして、抱きとめる洸。

敵が眼前にいるにも拘らず、響は驚愕に目を見開く。

 

「・・・・お前達の父親であることから逃げたから、お前には辛い思いを、香子には寂しい思いをさせたんだから」

「そ、れは・・・・」

 

もう手放さないために、更に抱き寄せる。

 

「・・・・違う、違うよ、お父さん・・・・わたしが、悪いんだ・・・・わたしの、せいで、お父さんに・・・・逃げたいって思わせちゃったんだ・・・・だから・・・・ッ」

「それでも、だ」

 

娘の懺悔を、やんわり否定して。

洸は、そっと、頭を撫でる。

 

「逃げるなら、みんなで逃げればよかったんだ。お前も、香子も、母さんも、おばあちゃんも連れて・・・・なのに、俺は、それをしなかった」

「・・・・お父さん」

「なあ、響」

 

痛みを耐えて、笑いかける。

 

「もう、自分の所為だって、泣かなくていいんだ。誰かのために、痛みを堪えなくていいんだ」

 

だって、そうし続けてたら。

そう、拒絶し続けて。

 

「ずっと続けて、お前は誰もに守らせないつもりなんだろ?」

「ッ・・・・」

「守られなくてもいい、なんて、そんな悲しいこと考えるな。人間一人に出来ることなんて、結局大したことじゃないんだから」

 

へらっと笑う洸とは対照的に、響の顔は呆然としていた。

 

「そろそろ、自分を許してやってもいいんじゃないか?」

 

指が、頬を撫でる。

大切なものに触れるように、丁寧に、丁寧に。

 

「・・・・ぉ、父さん」

 

さっきから、似たようなことしか口にしていない。

いや、本当はいろいろ言いたいことが、山のように積み重なっている。

なのに、口がうまく回ってくれない。

だからといって、何か返事をしないと、自分がどうにかなってしまいそうで。

結果響は、『お父さん』と呟くしか出来なかった。

 

「・・・・ぁ、ぅ」

 

伝えたいことを言い終えたからなのか、糸が切れるように、ふっつり倒れ込んでしまう洸。

香子と一緒に、慌てて支えた体を横たえさせれば。

先ほどよりも広がった血溜まりが見えた。

 

「――――ッ」

 

脈はある、息もある。

生きている、まだ間に合う。

それでも、まずは。

 

「・・・・Balwisyall Nescell」

 

守りたい人を傷つけた、不届き者へ。

 

「Gungnir tron !!!!!!!!」

 

この怒りを、ぶつけずにいられなかった。

纏えたギアとか、そんなのを気にしている余裕はない。

最速で、最短で、まっすぐに、一直線に。

この憎ったらしい敵を、叩きのめさずして。

どうして、自分の不甲斐なさを。

払拭出来ようか・・・・!!

 

「ハハッ・・・・!」

 

第二ラウンドだと言わんばかりに、キャロルは笑う。

無数の、見えにくい弦が襲い掛かる。

拳で絡め取り、逆に引っ張ってやる。

それを見越していたキャロルは、空いた片手に弦を固めて、杭を突き出してきた。

咄嗟に刺突刃で弦を切り払うと、そのまま放って爆発させる。

回避したキャロルに反撃させぬよう、続けざまに投擲し続ける。

テンポよく途切れない爆発。

キャロルはステップで避け、あるいは障壁で防いでしのぐ。

そうして無傷な様を見せつけるように胸を張ると、にやりと笑って見せた。

 

「ッがあああああああああああああああ!!!!!」

 

挑発は覿面で、響の額に青筋が浮かぶ。

獣のように猛然と突進すると、殴打と蹴打を嵐のように放った。

二度、三度とかわしたキャロルは、響が深く飛び込んできたタイミングで、全身を弦で拘束。

香子と洸が倒れている付近へ、わざと叩きつけてやった。

 

「もはや我が目的は達成された以上、イグナイトに用はない・・・・だが」

 

鼻息荒く、痛みを殺しながら立ち上がる響へ。

再び挑発的に笑う。

 

「それを抜きにして勝てるなどと、安く見られたものだなぁ?」

 

あざ笑ってやれば。

目論見通り、響の手が胸元へ。

イグナイトモジュールへ、伸びた。

 

(そうだ、使え。使って、堕ちろ)

 

――――キャロルは、歪んだ笑みを抑えられない。

 

(絶望する様を、見せてくれ)

 

目の前で、闇が翻って。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

――――やっては、いけなかったんだ。

一度、暗闇に堕ちた者が。

優しいものを、眩しいものを、あったかいものを。

欲しがっちゃ、いけなかったんだ。

ぬるま湯に浸って、ぬくぬくと腑抜けていたから。

だから、お父さんが大怪我をして。

香子も、怖い思いをして。

与えられたら、与えられた分だけ。

救われたら、救われた分だけ。

傷ついて、呪われて、独りぼっちにならなきゃいけなかったんだ。

ああ、なんで忘れていたんだろう。

どうして、思い出せなかったんだろう。

何故、いつも手遅れなんだろう。

自分じゃどうしようもないことにならなきゃ、気付くことすらできない。

結局、歪んだ在り方のナマモノには。

居場所なんて与えられないんだ。

それで当たり前なんだ。

それが当然なんだ。

・・・・・わたし、なんて。

わたし、なんか。

産まれて、こなければ。

 

 

「――――お姉ちゃん!!!」

 

 

はっしと掴まれた手で、我に返る。

呑まれそうな中見下ろすと、左手を握ってくれている香子が見えた。

 

「・・・・もう」

 

恐ろしいのか、震えていた香子は。

口を、そっと開いた。

 

「もう、いいよぉ・・・・!」

 

見上げてくる瞳から涙が零れている。

 

「責任とか、償いとかさ・・・・もうどうでもいいよおおぉ・・・・!」

 

ほっぺたをびしょびしょに濡らしながら、それでも。

 

「犯罪者だって、怪物だって、なんだっていいよ・・・・!・・・・帰ろう、一緒に帰ろうよ・・・・!」

 

わたしの、手を。

バケモノに変わりそうな、触っただけで傷つきそうな手を。

離さないように、握りしめてくれて。

――――泣き声混じりの、その声は。

 

「ずっとずっと待ってたお姉ちゃんは・・・・・わたしが帰ってきてほしいお姉ちゃんはッ・・・・!」

 

闇を穿つ、一矢。

 

「この手を握ってる!!!たった一人なんだよ!!!!」

 

呼吸が戻ってくる。

温度が戻ってくる。

感じる、温もり。

握った、手の、あたたかさ。

・・・・懐かしい、感覚。

けれど、触った感じに違和感を覚えていて。

どうしてだろうと考えて、気が付いた。

 

(――――大きく、なったんだなぁ)

 

目の前、拓ける。

見上げる瞳は、見据える瞳は。

穢れを知ってもなお失わない、輝きを放っていて。

――――分かったかもしれない。

わたしが、ここに、生きる意味。

この、強い瞳を、可能性を。

残酷に刈り取る理不尽から、守り抜くために。

 

「・・・・ふん」

 

イグナイトの闇に、まだ耐えているわたしが面白くないのか。

キャロルちゃんが掲げた手から、炎が翻って。

灼熱が、わたし達を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちいさなてのひらが、ゆびをつかんでいる。

おもったよりもちからづよくにぎったそのこは、きょとんとしていた。

でも、すぐに。

かがやくようで、むじゃきな、とてもかわいいえがおで。

 

「――――ねーちゃ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

駆ける、全力で。

陸上をやっていたあの頃を必死に思い出しながら、未来は神獣鏡を纏い疾走していた。

だが、同じくギアを纏ったマリアや翼には一歩追い付かない。

単純な年季の差もあるのだろうが、焦りを抑えられない今は割り切るだけの余裕はなかった。

一抹の悔しさを覚えながら、更にペースを上げて駆ける。

それでも、努力の結末はあまりにも虚しく。

 

「見えたッ!!」

 

マリアの声に、己を改めて奮い立たせた未来は。

最後の一押しと言わんばかりに二人を追い越し、前に出て。

――――眼前で爆ぜた黒煙に、思考を停止させる。

 

「・・・・ぅ」

 

思わず止まる足。

震えて動けない体を突っ立たせて、両目をかっぴらく。

どれだけ黙ろうと、どれだけ見つめようと。

燃え盛る炎は、勢いを失わず。

 

「・・・・そ」

 

翼とマリアが追い付いたのも気に留めず。

膝から崩れ落ちる。

だって、そんな。

こんな結末、あんまりだ。

 

「うそ、だ」

 

懇願を始めたって、結局炎は消えない。

パチパチと者を焼く音が、現実を叩きつけてくる。

 

「――――ああ」

 

『夢ではない』と、自覚した未来は。

心のまま、絶望のままに慟哭を上げようとして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『響ちゃんのイグナイトモジュール、正常に稼働ッ!!!』

 

『カウント、開始しますッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だと?」

 

風だ。

炎の中で巻き起こった風が、火炎を巻き取っていく。

驚愕に口元を噛み締めるキャロルの目の前で、天高く昇った風と炎。

文字通りの火柱となったそれが、まっすぐ、豪快に倒れて。

キャロルに叩きつけられる。

――――そして。

余った黒煙を振り払って、現れたのは。

 

「響ッ!!ああ、よかった・・・・よかった・・・・!」

「立花め、さんざん心配させおって」

「ええ、でも」

 

未来が喜ぶのは当然として、マリアや翼もほっとした顔。

保護者もかくやという、穏やかに安堵した様子で。

あらわになったその姿を、頼もしそうに見つめた。

 

「・・・・?」

 

直前の灼熱に、死んだとばかり思っていた香子は、ゆっくり目を開けた。

確かに熱いことは熱いが、死んでしまうほどではないし。

熱中症で倒れた時のような苦しさなんて、微塵もない。

だけど死にそうになっていたのは事実で、じゃあ何が起こったんだと顔を上げてみれば。

 

「――――香子」

 

口元を覆う、竜が歯を食いしばっているような仮面。

顔の下半分が隠れているのを見て、香子は武者鎧の顔パーツを思い浮かべた。

籠手は(おそらく具足も)まるで鱗のようにささくれ立ち、随分攻撃的だ。

黒を基調としたカラーリングは、もはや悪役か何かのようなのに。

 

「怪我は?」

「ぅ、ううん」

 

向けるまなざしと声と、支えてくれている手は。

どこまでも、どこまでも。

優しくて、あったかくて、頼もしくて。

 

「よかった」

 

ほら、今も。

仮面に隠れていても分かる、心から安堵した言葉。

 

「響!!キョウちゃん!!」

「未来」

「未来ちゃん?」

 

その後ろから、未来がいの一番に。

続けて翼、マリアと続く。

 

「ッバカ!このバカ!!死んじゃったと思ったじゃない!!」

「のっ!?あてっ、あたたたた!ごめん、ごめんって・・・・!」

「ごめんで済むわけないでしょ!?バカァッ!!」

 

響の頭をどついた未来は、そのままバカを連呼。

おろおろする香子の前で、痴話喧嘩が勃発しようとしたが。

どん、と瓦礫が吹き飛ぶ音。

洸の応急処置をしていた翼やマリアも一緒になって振り向けば、悠然と歩いてくるキャロルの姿。

 

「・・・・香子と、お父さんを、お願いします」

「お姉ちゃん?」

 

それを見た響は、シンプルに告げて立ち上がる。

歩き出した先には、キャロル。

先ほどの苦戦を覚えていた香子は、不安げに引き留めようとする。

 

「香子」

 

その不安に、響は背を向けたまま。

 

「――――これが終わったら、一緒に帰ろう」

 

一つの希望を、託したのだった。

望んでいたものが、急にころんと転がってきたものだから。

一瞬体が硬直して、呆けてしまった香子だが。

次の瞬間には、弾けるような笑顔を浮かべた。

妹の笑顔へ、同じく笑って返した響。

その隣に、未来が立つ。

 

「・・・・」

「ふふ」

 

片や肩をすくめ、片や笑みをこぼし。

言葉はなく。

ただ信頼だけがそこにあった。

香子と父は、やっと駆けつけた緒川が回収しており。

マリア達は、横やりが入らぬよう睨みを利かせている。

もはや悔恨はないと、一度目を伏せて、敵の方に向きなおれば。

なびいたマフラーが、まるで龍の両翼のように広がった。

 

「・・・・死にたがりが、存外抗うな」

「まあ、自分がどうでもいいのは、変わらないけどね」

 

でも、と。

拳を握り、不敵に笑ってやる。

 

「安上りでも、値打ちもんって気づいちゃったからにゃぁ・・・・」

 

それから八極拳特有の、重く、ゆったりとした動き。

 

「――――簡単に死ねんってもんよ!」

 

最後にびしっとポーズを決めてやれば。

キャロルの眉間が、不機嫌そうに皺寄った。

――――決戦が、始まる。



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世界を壊す、歌がある

エルザちゃんもふもふ(挨拶)
少し短めですが、キリがよいので投下。

8/14:加筆


「――――これで、ひとまずは大丈夫ですよ」

「よかったぁ・・・・」

 

S.O.N.G.本部。

仮眠室に医療品一式を放り込んで作られた、即席の医務室にて。

包帯や輸血、点滴を施され、呼吸もずいぶん落ち着いた父を見下ろして。

香子はどっと安堵した。

 

「ありがとーございます、先生」

「いえいえ、本来ならもっと設備の整ったところで治療するべきなんですが・・・・」

 

変わった左腕の持ち主、ウェルに頭を下げると。

彼は眉をひそめて申し訳なさそうにした。

 

「今病院にいくのは難しくて大変だし、そもそも保健室がふっとんじゃったんですよね?なら、こうやって、包帯と点滴してもらえるだけで、安心しないと」

「ははは、まだ小さいのにお強いレディだ」

 

微笑ましい目で告げられた誉め言葉に、香子は照れくさそうにはにかんだ。

が、すぐに不安げに陰ってしまう。

 

「・・・・お姉さんのことですか?」

「は、はい。未来ちゃんや、マリアさん達が来てくれたから、大丈夫とは思うんですけど」

 

語るにつれ、だんだん声も落ち込んでいく。

そんな様子を見たウェルは、少し困ったように再び眉をひそめた。

 

「すみません、基本的にS.O.N.G.の活動は一般人に知らせるわけにはいかないのです。君のご両親は例外中の例外なんですよ」

「あ、いえッ!こっちこそ、なんか変なこと言っちゃってごめんなさい」

 

それきり、『戦闘管制があるから』と部屋を出て行ったウェル。

姉の勇ましい姿を見た影響か。

いかにもインドア派に見える彼でも、忙しいことがあるんだなと意外に思いながら。

 

「・・・・お姉ちゃんが、怪我しませんように」

 

静かになった部屋で父の手を握る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおお!」

 

・・・・なん、や。

なんや、これ?

なんやコレェ!!?

イグナイト重ッ、むっちゃ重ッ!!!

雄叫びでごまかしてるけど、重ーッ!!!!

あの、ほら!!

エンジンかかった鈍器を振り回しているというか!!!むしろ振り回されている感覚というか!!!

油断してると!!!スポーンっとどっかにいっちゃいそうな危うさー!!!

ごめーん香子ー!!お姉ちゃんちょっと怪我しちゃうかもしれません!!

 

「っだぁ!!!」

「ちぃっ・・・・!」

 

そんな焦りをなんとかごまかし続けるために、ストレート一閃。

拳を、ワイヤーを束ねて受け止めるキャロルちゃん。

表情こそひやっとしているようだけど、当てられてないこっちとしてもよろしくない心境なんだよなぁー。

 

「・・・・ッ!」

 

なんてよそ見してる間に、背後から錬金術。

生み出されたでっかい土塊が、頭をかち割ろうと狙ってくるけど。

 

「響ッ!!」

 

未来が援護射撃で退路を確保してくれたおかげで、何とか距離を取れた。

着地と同時に、イグナイトを解除する。

いやぁ、ほんとに重たかった・・・・!

 

「響、大丈夫?すごい汗・・・・!」

「大丈夫っちゃあ大丈夫だけども、いやぁ、なーんでだろうねぇ」

 

ちらっと足元を見れば、水溜りが出来るくらいに落ちる汗。

今が夏だってことを考えても、大分異常な量だ。

 

「バカッ!先輩!無事か!?」

「響さん!マリア!」

 

わたしがひいひいしてると、駆けつけてくれたクリスちゃん達。

頼れる仲間達が勢ぞろいしたことに、一抹の安堵を覚えた。

と、思えば、クリスちゃんがやけに焦った顔してる。

どしたん?

 

「どういうこった!?あたしは確かにレイアを生け捕りにしたぞ!!なのになんでそいつが、チフォージュシャトーが起動してやがる!?」

 

えっ?そうなの!?

そんな気持ちを込めて見上げると、息が整ったらしいキャロルちゃんは得意げににやっとして。

 

「何、造作もない。見抜かれている可能性が浮上したので、策を練り直しただけのこと」

 

キャロルちゃんの言を丸々信用するのなら、万が一に備えて、レイア妹にも譜面を作成する機能を追加したのだそう。

オートスコアラー四機のうち、どれか一つが破壊されないまま無力化された場合。

レイア妹が代役になるよう設計したとか、何とか・・・・。

 

「櫻井了子が一度派手にぶち壊してくれたお陰で、追加も容易だったよ」

 

くっくっく、と、悪役さながらににやにやするキャロルちゃん。

あっ、いや。

さながらっつか、悪役だったわ、この子。

 

「改めて見ると、シンフォギアに似てる・・・・」

 

何とか調子が戻ってきたので立ち上がっていると、調ちゃんのつぶやきが聞こえた。

・・・・確かに。

原作知識(ぜんせのきおく)』がなかったとしても、何となく似てるって思えるデザイン。

っていうか、イグナイトモードの胸回りとかまんまだよね。

とか考えてたら、

 

「見てくれだけだと、思うてくれるなッ!!」

 

言うなり、まるで翼のようにハープを展開したキャロルちゃんは。

息を、吸い込んで。

音色を、歌を、奏で始めた。

みんなが面食らう間もなく、陣を次々展開して。

術による怒涛の連撃が荒れ狂う。

平然と抉られる地面に背筋をヒヤッとさせながら、一度物陰に退避。

 

「この威力・・・・!」

「すっとぼけが利くものか、こいつぁ絶唱だッ!!」

 

翼さんとクリスちゃんのやりとりを小耳にはさみながら、近くにいた調ちゃんを抱えて飛びのく。

さっきまでいたところに溝が彫られて、またぞっとした。

 

「シャトーが・・・・!」

 

着地したところで、未来のそんな声が聞こえたので見上げる。

気が付けば、仏具のお鈴を鳴らすような済んだ音が聞こえた。

よくよく見ると、シャトーがキャロルちゃんの歌に、共鳴するように明滅していて。

・・・・そういえば下の方のデザインといい、音叉っぽいよね。

陣取ってる都庁の形も相まって、余計にそう見える。

・・・・破壊、は、無理っぽい。

っていうか無理。

七人全員で突撃しても、外装の一部を剥ぐだけで終わるだろう。

そもそも、キャロルちゃんが許すわけがない。

ああ、なるほど。

こりゃ、一度は敵の思惑通りになっちゃうわけだ。

 

「来るぞッ!!」

 

クリスちゃんの喝ではっとなって、ほぼ反射的に跳ぶ。

烈風にきりもみしながら見渡せば。

ちょうどわたし、翼さん、クリスちゃんの『LiNKERいらない組』と、マリアさん、調ちゃん、切歌ちゃん、未来の『LiNKERいる組』に分断されてしまった。

その一方で、輝きが最高潮に達したシャトーが、とうとう本領を解き放って。

空も大地も、何もかもを分けて(ほど)く、翡翠の光が。

東京を中心に、縦横無尽に駆け巡ったのが分かった。

今頃世界各地で、あのオーロラのような悪魔の光が。

牙を剥いて、世界を食いちぎっていることだろう。

 

「ッ私達でシャトーを止めるわよ!!」

「はいッ!」

「わかった!」

「合点デース!」

 

なお続くキャロルちゃんの猛攻の中、マリアさんが声を張り上げた。

続けて応える声の中には、未来も入っている。

思わずそっちを見ると、『なんでもない』と言いたげに微笑んでくれていた。

・・・・本当は、嫌だ。

行ってほしくない。

この後なにが起こるのか、分かっているから。

・・・・万が、一も、あるから。

出来るなら、こっちに残ってほしい。

 

(だけどッ・・・・!)

 

だけど、それじゃあダメだ。

未来だって、わたし達ならキャロルちゃんをどうにかしてくれるって。

信じて託してくれてるんだ。

だから、引き留めようものならば。

それこそが、彼女の信頼に対する侮辱になってしまうッ・・・・!

 

「――――世界を壊すッ、歌があるッ!!」

 

歌声の中、わたし達を見下ろすキャロルちゃんを、見据える。

わたしの胸中には、未だに未来への心配事がささくれ立っていて。

けど、引き留めることを選んだとしても。

結局は、状況と、何より自分自身の弱さがそれを叶えさせてくれない。

――――嗚呼、信じるって。

こんなにも痛くて、怖いものだったんだ。

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

「ぅ、わ・・・・!」

 

ごん、と。

遠くで鈍い音が聞こえるたびに、かすかな振動が部屋を揺らしていた。

今のは一際大きく、香子は危うく椅子から転げ落ちそうになる。

なんとか踏みとどまると、手を握ったままの父が気になって慌てて確認。

心配とは裏腹に、父は穏やかに眠ったままだった。

具合が悪化したわけでもないと、素人目ながら判断した香子は、ほっと一息。

落ち着いたところで、なんだかそわそわしてしまう。

 

「・・・・大丈夫かな、お姉ちゃん」

 

いや、ウェルにも語った通り、頼れる味方が続々駆けつけてくれたので。

早々簡単に負傷しないだろうことは、容易に想像できる。

が、実際に『待て』を続けられるかどうかと言えば、残念ながら難しかった。

手を握った父が、未だに目を覚まさないのも後押ししてしまったこともあり。

香子はとうとう、部屋から出てしまった。

開いたドアから廊下を覗けば、なんだか重苦しい空気。

気圧されそうになるが、今は姉の安否が優先的だった。

 

「・・・・ごめん、お父さん。すぐに戻るから」

 

一言告げてから、今度こそ部屋を出ていく。



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チャリで来た

前回の後半を大幅加筆しておりますので、そちらを見てからの方が分かりやすいです。


意気込んだはいいものの。

 

「誰にも、会わない・・・・」

 

迷わない程度の範囲をうろついてみたが、ものの見事に誰にも出くわさない。

人っ子一人見当たらない事実に、早速心が折れそうになっていた。

もう大人しく戻ろうかと考え始めた時、ざわざわと人の気配を感じる場所を見つける。

他に比べてなんだか厳つい感じがしたが、もはや一刻も早く用事を済ませたかった香子。

意を決して、扉を開けてみれば。

 

「シャトーより放たれたエネルギー波は、レイラインを伝って世界中へ伝播!」

「同時に、各地で建物や一般人の消失など、被害報告が相次いでいますッ!!」

 

予想通り、せわしなく指を動かし、大声を張り上げる職員達。

――――一瞬で、入ってはいけない場所だと理解した。

幸い誰もこちらには気づいていないようだし、このまま回れ右してお暇しようと考えるのは当然の帰結。

そうと決まればと、とっとと背を向けようとして。

 

「ッ香子さん!?どうしてここに!?」

 

緒川の素っ頓狂な声に、足を止めざるを得なかった。

 

「ご、ごめんなさい!お姉ちゃんがどうなってるか気になっちゃって、我慢できなくなって・・・・!」

 

気まずさを隠せず振り向くと、案の定戸惑った顔が緒川含めて複数向けられていた。

 

「すぐに出ていきます!お邪魔しました!」

 

こうなった以上、素直に頭を下げるしかあるまい。

その通りに大きく頭を下げた香子は、今度こそ出ていこうとしたものの。

 

「――――いえ、ちょっと待って」

 

女性の声に引き留められた。

見ると、床に直接座り込んでいる白衣の女性が。

 

「立花香子ちゃんだったかしら?私は櫻井了子、よろしく」

「よ、よろしくお願いします・・・・」

「ちょうどよかったわ、こっちに来て頂戴」

「は、はい」

 

手招きされたので、従って寄っていく。

すると、女性に膝枕されている少女がいた。

わき腹に決して浅くない傷を負った、同い年くらいの女の子は。

顔色悪そうに呼吸している。

 

「ちょーっと野暮用が出来たから、その間この子を引き受けてほしいのよ」

「え、でも・・・・」

 

まだ状況を飲み込めない香子は、『自分でいいのか』という戸惑いを見せる。

それに対し、白衣の女性こと了子は、柔和に微笑んで返す。

 

「あなたでいいのよ、まあ、勝手に入ってきちゃった罰とでも思ってちょうだい」

「う・・・・」

 

香子としてはやろうと思ってやったことではないが、それはそれとして罪悪感はあった。

まだ状況を飲み込めない不納得はあるものの、頼み事は基本的に断らない性格である。

故にこっくり頷いて、女の子を引き取った。

膝にずっしりとかかる重みが、まるで命を体現しているようで。

一抹の緊張を覚える。

 

「というか、あなたはどこにいくんですか?」

「ええ、ちょっと」

 

白衣をひるがえして立ち上がる了子。

いつの間にか向けられている、仲間達の心配そうな視線を受けながら、ウェルと並び立って。

 

「世界を救いにね」

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

シャトー内部を進んでいたマリア、調、切歌、未来の四人。

ノイズの群れで賑わっていた外とは違い、不気味なほどに静かだ。

様々な策略を巡らし、今もなお手の上で転がし続けているだろうキャロル一味。

何も仕掛けていないとは思えなかった。

やがて、開けた空間に出る。

中央には制御装置らしき台座。

奪われたヤントラサルヴァスパが納められ、怪しく発光していた。

 

「ひとまず、あれをどうにか出来たら・・・・!」

「そうね、本部に連絡を。櫻井教授なら何かわかるかも――――」

 

言いかけて、気配。

マリアが振り向いた時には、視界いっぱいに拳が見えていて。

 

「――――ッ!?」

 

仰け反って回避すれば、追撃の()()()が伸びるのが見えた。

体を捻って蹴りを叩き込み、距離を取らせる。

・・・・誰もが、驚愕していた。

右袖から見える刃、揺れる黒いコート。

そこにいるのは、対峙しているのは。

未来の震える口元が、名前を紡ぐ。

 

「・・・・ひび、き?」

 

まるで時間が逆行したように、緊迫と殺意で疲弊した目つきを向けた『響』は。

再び身構えて、突撃してくる。

 

「ッ未来さんは下がるデス!」

「ここは私達がッ!」

 

仲間に手出しさせないと、調と切歌が突っ込んでいく。

鎌による連撃と、丸鋸が描く変幻自在の軌道。

生身(?)であるにも関わらず捌いた『響』は、まず切歌の鼻っ柱を打ち、続けて調を蹴り飛ばした。

怯んだ二人の合間を抜けて、マリアが攻め込んでいく。

その合間に何とか立ち直った未来は、攻防の隙をついて、制御装置を直接狙う。

破魔の輝きが、ヤントラサルヴァスパを穿とうとして。

直前で、阻まれる。

はっとした時には、『響』が目の前にいて。

 

「――――ッ!!」

 

咄嗟に、鉄扇で拳を受け止める。

ぎりぎり迫り合ってから、何とか弾き飛ばした。

再び向かおうとする『響』を、短剣と鎌と丸鋸が阻んで。

進みだした足を止めさせる。

 

「――――どうやら、我々の知る響ではないようね」

 

トラウマに硬直している未来を、肩を叩いて引き戻しつつ。

マリアは冷静に分析する。

そもそも、熟年夫婦もかくやという関係を知っている側なので。

今目の前にいる『響』について、あり得ない以外の感想も感情も沸いてこないのである。

 

「ようするに偽物ってやつデスね!」

「あの響さんは、私達に共通した『過去の因縁』・・・・キャロル、性格が悪い」

 

同じく見破っていた調と切歌も、肩を怒らせたり、口をむっと結んだりして。

それぞれ不快感をあらわにしていた。

三人の話を聞いて、未来は改めて前を見る。

 

「・・・・無理は、しなくていいのよ」

「・・・・いえ」

 

震えが治まったとは言えない肩を案じて、マリアが語り掛けるも。

未来は首を横に振る。

 

「大丈夫です」

 

構える『響』を前に発した声は、微塵も怯んでいなかった。

その様子を見て、安堵の笑みを浮かべたマリア。

数歩前に出て、短剣を構える。

当然目の前には、拳を握った『響』。

 

「さあ、リベンジと行きましょう」

 

不敵な笑みを吊り上げて、過去の苦い思い出へ突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「ッだああああああああああああ!」

 

キャロルちゃんの障壁をバキバキ砕きながら連打。

意外といけるもんだね。

例の『ヘルメス・トリスメギストス』とやらにはさすがに手古摺らされたけども。

何とか攻撃は通っている。

でも所詮は『何とか』『どうにか』レベル。

笑えるくらいに決定打が足りない、そりゃあ、もう圧倒的に。

だけど、それでも。

ここで退くのは、この世の全てに負ける気がして。

すっごく嫌なんだよなぁ!!

 

「はああああッ!」

 

キャロルちゃんが、もう何度目か分からない錬金術を発動させる気配。

相手の腕を蹴りつけて飛びのくと、入れ替わるように翼さんが突っ込んでいく。

クリスちゃんの援護を受けた翼さんは、見事、一太刀で発射された烈風を斬り払ってしまった。

っていうか、シンフォギアありきとはいえ、自然現象叩き斬っちゃう翼さんの技量ェ・・・・。

なんてボケてる合間に、無数の鞭のような風が飛んでくるのが見えて。

 

「っとぉ!!」

 

三人一緒に飛びのけば、地面に刻まれる細い打撃痕。

ひぇっ・・・・直撃したらひとたまりもないべよ・・・・。

頭を振って冷や汗をごまかしながら、前を見据える。

空中には、依然キャロルちゃんが健在。

・・・・未来達の方も気になる。

早いとこ手傷を負わせるなりして、大きな隙を作りたいところだ・・・・!

顎を伝ってきた汗を拭う。

意識は胸元に、翼さんやクリスちゃんも同じ考えらしい。

 

「たとえてめぇの策だとしてもッ!」

「エルフナインがくれた希望を、信じるともッ!」

 

――――抜剣ッ!!

もう聞きなれた掛け声とともに、イグナイトを起動させる。

一度発動してしまったからか、さっきみたいな『重さ』は感じられなかった。

早速放たれたクリスちゃんのミサイルを足場に、キャロルちゃんへ肉薄。

拳を叩きつければ、ぎりぎりと火花が散った。

 

「イグナイトの最大出力は把握しているッ!その上で捨て置いたのだと何故分からないッ!?」

「知るもんかッ!!あんたがやんちゃやめない限り、お姉さん達だって何度でも立ち向かうからねッ!?」

「ほざけッ!」

 

弦が向かってきたので、大きく飛びのく。

と、見せかけて、弦をよけ切ってから、足のジャッキと腰のブースターで突撃。

『手』も加えた拳をお見舞いする。

顔面にクリーンヒット、おっしゃ。

はっきりしたダメージに、重圧がほんの少しだけ解消された。

放たれた炎や土塊を避けて、今度こそ離脱。

翼さんの『千ノ落涙』に、しれっと投擲した刃を混ぜながら着地する。

そのまま飛び出していく翼さんの援護をしながら、クリスちゃん狙いの錬金術を対処。

 

「はああああああああッ!!」

 

剣を、弦で次々絡め取られていこうとも、翼さんの猛攻は止まない。

でも、絡まった剣が増えてきているような。

うーん、なんだか嫌な予感。

とか思っていたら、キャロルちゃんはにやっと笑って、手元を引いた。

途端に、いつの間にか張り巡らされてた弦が絞られて、狭まって。

絡まった剣で、翼さんをくし刺しにせんと迫ってくる!!

ぎゃー!!ピンチ!!

 

「翼さんッ!」

「先輩ッ!」

 

思わずクリスちゃんと一緒に飛び出そうとしたけど、同じく思わず足を止めてしまった。

だって翼さんの口元には、いっそかっこいい位の笑みが浮かんでいて。

瞬間、剣が振られる。

振った剣が、絡まった剣を打つ。

打たれた剣は回転して、回って弦を斬るついでに他の剣を打って。

その剣がまた回るついでに、と連鎖が広がって。

あっという間に、周囲の弦を切り裂いてしまった。

キャロルちゃんが呆けた隙を縫って、号令を出すように剣を振り下ろせば。

解放された剣達が、『千ノ落涙』に早変わりして飛び掛かった。

さすが技巧派・・・・御見それしました・・・・!!

なーんて、図らずとも見てしまった先輩のかっこいいところに感動していると。

バリバリゴロゴロ、と、空気を裂くような音。

っていうか、雷の音。

 

「な、なんだァ!?」

 

ど、怒涛の展開が次々と・・・・。

なんだか牛の鳴き声みたいなのも聞こえるし。

とか考えていたら。

ビルの合間からシャトーへ、空中を爆走する物体が現れた。

よく見なくても、誰かが乗っているのが分かる。

定員は二人、操っているのは・・・・ッ!?

 

「了子さぁん!?」「了子ォ!?」「櫻井女史!?」

 

ついでにウェル博士!!!

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッ!!!」

 

雄々、と咆哮を上げ、突進してくる『響』。

体の所々に竜の特徴を発現していく奴に、マリア達は苦戦を強いられていた。

 

「速攻で決めなければならなかったとはね・・・・!」

「でもでも!あんなにすばしっこいの捕まえらんないデース!」

 

勢い良い殴打を蹴り飛ばしていなしたマリアは苦い顔。

切歌も似たような顔で、半ば駄々のようにごちる。

 

「どっちにしろ、時間がないのは私達の方。このままじゃ相手がどんどん強く・・・・!」

 

そんな二人(どちらかというと切歌)を宥める調の目の前で、まさに左腕が鱗に包まれ切った所だった。

頭に角、甲殻に覆われた口元、変貌しきった手足。

この調子だと、そろそろ羽が生えてきてもおかしくない。

 

「――――!」

 

待ちきれないと言わんばかりに飛び出す『響』。

剥き出しの爪が狙うのは、未来。

 

「っ・・・・!」

 

鉄扇で数度打ち合い、何とか攻撃をしのぐ未来。

一回ぶつかる度に、手首が痺れて痛んだ。

動きが鈍ったところへ豪速の攻撃を叩きこまれ、咄嗟に防ぐ。

大きく押し込まれた鉄扇が、胸を強く打った。

咳き込む目の前でもう片手が振り上げられる。

鉄扇を捻って突き放す。

迫る拳が耳元を掠める。

勢いあまって足元に転がってしまった所へ、容赦ない踏みつけ。

 

「やあぁっ!!」

 

もう一度転がって避ければ、調の援護で距離を取ることが出来た。

続いて切歌も突っ込んでいくが、振り下ろした鎌をひっつかまれ、投げ飛ばされる。

何とか受け身を取って立て直したことで、調への激突を免れた。

再び未来へ飛び掛かる『響』の前に、マリアが立ちふさがる。

鱗に覆われた頑丈な手足と、激しい衝撃波を散らしながらぶつかり合い。

 

「はああ――――ッ!」

 

複数の短剣を代わる代わる持ち替えながら、剛腕に対抗するマリア。

中々退かないマリアに、しびれを切らした『響』。

攻防の中で腕ごと握り込んで捕らえると、腕を大きく引いて。

思いっきり、叩きつけた。

 

「ぐううッ・・・・!」

 

派手に吹っ飛ばされたマリア。

紙一重で防御が間に合ったものの、衝撃までは緩和できず。

びりびりと肌を刺すプレッシャーに、顔を歪ませてしまった。

――――先ほどから、『響』は未来を重点的に狙ってきている。

最初に、奴の護衛対象である制御装置を害そうとしたのが原因らしい。

体を段々化け物に変化させながら、敵意と殺意を剥き出しにして襲ってくる。

 

「・・・・ッ」

 

違うと分かっていても、大切な人と寸分違わぬ姿でそんなことをされては。

未来のメンタルが疲弊するのは、仕方のないことだった。

 

(・・・・いや!今はそれどころじゃない!)

 

頭を振って、前を見る。

今こうやって手古摺っている間にも、世界はどんどん分解されて行っている。

もしかしたら、もう手遅れになっているところもあるかもしれない。

何より、この東京を、響以外にも守りたい人達がいる場所を中心とされている以上。

怯んでいる余裕はなかった。

さっと視線を巡らせて、考える。

最優先目標はシャトーの停止、その為には制御装置への接触が不可欠。

現状一番の障害である『響』を、取り除くには・・・・。

 

(やっぱり・・・・)

 

鉄扇を握りしめる。

やはり、自分が対応するしかないのか。

腹を決めようとして、唇を引き締めた時。

 

 

ごん、と轟音を立てて。

シャトーの壁に、大穴が開いた。

 

 

「・・・・はっ?」

 

呆ける目の前。

あれよあれよと飛び込んできたものが、『響』を盛大に跳ね飛ばした。

 

「うわああああッ!!響さーん!!」

「およよよーッ!?」

 

突然の事態に、調も珍しく大声。

違うと分かっていても、知っている顔が吹っ飛ばされて壁に激突する様を見てしまっては。

思わず叫んでしまうのは仕方のないことだった。

 

「――――あら、何かぶつかった?」

 

土煙の中。

雷鳴や牛の鳴き声と共に、覚えのある声が聞こえる。

 

「それよりもこっちを気にかけて・・・・ごふッ」

「言ったじゃないの、『あたしのドラテクは凶暴よ』って」

 

車輪を帯電させ、ゴーレムの牛に引かれた戦車。

その荷台に堂々と佇んだ了子は、ダウンしているウェルを呆れて見つめていた。




了子「チャリで来た!!!!」\ドンッ!/


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屋内の攻防

前回までの評価、閲覧、お気に入り登録。
誠にありがとうございます。
いただいたご感想も目を通しております、重ね重ねありがとうございます。


>了子さんの乖離剣
了子「(前回の戦車やらはあくまで真似て作ったものだし、というか仮にも元上司の持ち物なので恐れ多すぎて持って)ないわよ」


「あら、バッテリー切れ」

 

駆けつけた直後。

ぶすん!と音を立てて機能を停止してしまう戦車。

光の失った牛ゴーレムの目が、なんとももの悲しい。

 

「な、なんでここに・・・・!?」

「なんでって、ここを止めるために決まってるじゃない」

 

ぎょっとなる未来にあっけらかんと答えながら、慣れた足取りで戦車から降りる了子。

その後ろから、へろへろのウェルが続く。

 

「っぐ・・・・対聖遺物が十八番なのは、未来さんだけではないということです」

 

頼もしいといえば頼もしいのだが、すでに満身創痍の状態ではいまいち伝わらなかった。

 

「ともかく、このままではキャロル達の思惑通りよ。早くなんとかしないと・・・・」

 

制御装置を見据える傍ら、瓦礫が崩れる派手な音。

一同が見ると、『響』が一層殺意をたぎらせて復活しているところだった。

 

「ッそっちは任せていいのね!?」

「もちろん」

 

一緒ににやりと笑う了子とウェルを庇うような位置に、マリアは立つ。

彼女に続いて、調や切歌、そして未来も並んで。

改めて、『響』と対峙した。

 

「■■■■■■■―――ッ!!!!!」

 

もはや人でなくなった声を上げ、『響』が突進してきた。

容赦の欠片もない開幕の一撃を、マリアが足元を陥没させながら受け止め。

その両脇から調と切歌がすかさず襲い掛かる。

マリアの障壁を軸に転換した『響』は、挟み撃ってくる刃を素手でひっつかむ。

そうやって動けなくなったところへ飛び込んだ未来が、ゼロ距離での閃光を発射。

『響』に軽くないダメージを与え、マリアから引きはがす。

やられてばかりではない『響』は、悶えながらも足を叩きつける。

間に合わないながらも防御した未来は、何とか直撃を避けた。

ふらついたところへ追撃を加えようとして、飛び掛かってきた切歌に邪魔される。

数度打ち合って足止めすると、調が巨大な丸鋸を二枚放った。

体を捻って避ける『響』だが、無防備を狙ってマリアが雄叫びを上げて突っ込む。

短剣による一閃は、確かにその体を傷つけた。

 

「■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ――― ッ !!!!!」

 

いよいよもって激昂した『響』。

とうとう両翼を背中に携えると、見た目通りの飛行能力を発揮。

爪の斬撃と、拳の殴打が、雨あられと襲い来る。

 

「了子さん!ウェル博士!」

「うわぁッ!?」

「ッ通信で聞いてたけど・・・・!」

 

標的は、今まさに制御装置に手を出すウェルと了子にも及び始めて。

間一髪のところで未来が間に合い、反射を利用したバリアで何とか守り切った。

 

「止められそうですか!?」

「かっこつけといてなんだけど、今すぐは難しそうね・・・・」

「アクセス自体は出来ますが、ロックに阻まれてしまっています!」

 

『響』の猛攻をしのぎながら未来が問いかけると、そんな悔しそうな返事。

左腕でヤントラサルヴァスパに触れたウェルも、その隣で解析を試みている了子も。

苦い顔を隠しきれていない。

 

「シャトーの構造データがあったなら、あるいは・・・・!」

 

それでも、打開のための手は止めなかった。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

S.O.N.G.本部。

雄叫びを上げてキャロルに立ち向かう姉から、香子は目を離せないでいた。

いや、離してはいけないと、必死に耐えていた。

一度は離別した姉の末路から、目を逸らすわけにはいかないと。

目の前で人が傷つく怖さに耐えながら、何とか向き合おうと神経をとがらせていると。

 

「・・・・ぅ、ぁ?」

 

もはや怒号にも思えるオペレーター達の声の中。

やけにはっきり聞こえた、うめき声。

我に返って目を下ろせば、エルフナインのうっすら開いた目とかちあった。

 

「だ、大丈夫?聞こえる?」

「・・・・ぁ、なたは・・・・ここは・・・・どうなって・・・・?」

 

視線を巡らせたエルフナインだったが、直後には痛みに顔を歪める。

苦しそうな様子に動揺を隠せない香子だったが、エルフナインはむしろそのおかげで様々なことを思い出したようだった。

 

「そう、だ・・・・キャロルは、シャトーは・・・・?」

「む、無理しちゃダメだよ・・・・!」

 

不安げに身を起こすエルフナインに、香子は手を貸す。

モニターが見えるようになったところで、エルフナインはようやく状況を理解した。

 

「あの・・・・えっと・・・・」

「ッわたし香子、お姉ちゃん、立花響さんの妹」

「ぁ、はい・・・・・それじゃあ、香子さん・・・・ボクを、あそこへ連れて行ってください・・・・」

 

なんと呼べばいいか戸惑った彼女へ、香子は手短に自己紹介。

こっくり頷いて答えたエルフナインは、本来了子が着いている席を指さした。

 

「でも、いいの?酷い怪我だよ・・・・?」

「行かなきゃいけないんです・・・・ボクは、キャロルを止めるために・・・・だから・・・・!」

「わわっ、と・・・・わ、分かった!」

 

連れて行ってもらえないならと、怪我を押してでも動こうとするエルフナイン。

そんな彼女の危なっかしい様を見せられた香子は、たまらず了承してしまった。

傷口が開かないよう、慎重に立ち上がって歩き出す二人。

途中、こちらに気が付いた女性(ともさと)が手を貸してくれたことで、思ったよりも早くたどり着けた。

 

「どうするの?」

「錬金術の段階は、理解、分解、そして再構築・・・・全世界に干渉するシャトーのシステムを使って、分解された世界を再構築できれば・・・・!」

 

見慣れぬ機器に一抹の不安を覚え、思わず問いかけてしまった香子。

それに対し、エルフナインは律儀に答えながらせわしなく操作を続ける。

 

「・・・・ッ」

 

傍ら、香子はモニターを見た。

半分では姉が、もう半分では未来が。

それぞれの仲間達と並んで、それぞれの敵と戦っている。

優勢に立っているときもあれば、押し返されて苦痛の声を上げることもある。

傷つき、傷つけ、下手をすれば命を失いかねない状況が。

今この時、そう遠くない場所で起こっている。

 

(――――なのに)

 

だというのに。

姉と未来、共通しているのは。

瞳に宿した炎だけは、決して消えていないということであって。

だからだろうか。

戸惑いや困惑はあっても、恐怖だけは不思議と感じなかった。

 

「っよし・・・・これで・・・・!」

 

口元を引き締める隣で、エルフナインは一層キーボードを叩く。

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

『――――聞こえますか!?』

「っええ、聞こえているわ!!怪我はいいの!?」

 

『響』との激戦が続く中、エルフナインの声がする。

突如として進んだ解析に戸惑っていた了子は、彼女のおかげかと冷静に分析した。

 

『それよりも、チフォージュ・シャトーへの干渉、こちらでも補助します!その通信機を、制御装置へあててください!』

「了解!ウェル博士!」

「聞こえてたとも!」

 

了子から通信機を受け取ったウェルは、指示通り画面へ押し当てる。

すると、送られてきたらしいデータが、通信機を、そしてヤントラサルヴァスパを通じて。

制御装置へ注がれていく。

 

「ロックが解除された、これなら・・・・!」

 

ここで仕留めると言わんばかりに指を速めた了子。

自身とウェルの足元に錬金術の陣を加えながら、更に作業を進めていく。

 

「はああああああッ!」

 

もちろん、戦っているのは彼女達だけではない。

すっかり『ドラゴン怪人』と化した『響』の猛攻へ立ち向かう未来。

殴打を捌き、受け止めながらあらわにする表情は、怒り。

初めこそ、罪の象徴たる姿やバケモノに変化する様を見て動揺していた未来だったが。

マリア達と連携できることや、時間経過による慣れなどで、余裕が出来たこともあるのだろう。

しかめられたその顔は、胸中の不機嫌を隠そうともしていない。

 

「ッ・・・・!」

「ギャッ!!」

 

いなしてつんのめった背中へ、レーザーを発射。

放たれた追撃がクリーンヒットし、『響』は悲鳴を上げた。

 

「み、未来さん・・・・?」

 

言いようのない、しかし明らかな変化。

戸惑いを隠せない調は、恐る恐る名前を呼ぶ。

 

「・・・・ぃで」

 

マリアすら困惑を隠しきれない中、なお沈黙を保った未来。

よく見ると、その肩は小刻みに震えていた。

 

「バカに、しないでッ!!」

 

歯を剥いて放った、彼女らしからぬ怒号。

 

「さっきから何なの!?それが響だとでも言うの!?そんな、何もかも見境なく壊す姿が!!響だと言うの!!?」

 

思わず仰け反る味方にかまわず、未来は叫び続ける。

 

「ふざけないで!!バカにしないで!!わたしが大好きだと思った人はッ!!わたしが愛した『ファフニール』はッ!!」

 

激情のままに脚部アーマーを展開。

今更危機を覚えて後ずさる『響』を睨みぬいて。

 

「誰よりも優しい、臆病者なんだからぁッ!!!!!」

 

ため込んだ極光を、叩きつけた。

 

「ひぇ・・・・」

「これが愛・・・・?」

 

いつになく怒りをあらわにする未来を前に、無意識に身を寄せ合う調と切歌。

そんな二人を微笑ましく思いながらも、マリアはすかさず飛び出す。

直撃を受けてもなお立ち上がる『響』、いや、敵。

響の姿では勝ち目はないと判断したのか、向かってくるマリアを見上げて、今度はセレナの姿を取る。

 

「・・・・なるほど、これは腹立たしいわね」

 

だが、思惑通りに踏みとどまってやる道理はない。

 

「お生憎様ッ!」

 

抜剣、イグナイトを起動。

握った直剣を、左腕と一体化させて。

 

「もう弱い私じゃないのよ!!セレナアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」

 

さんざん手古摺らせてくれた幻影を、真っ二つに叩き斬った。

 

「すさまじいというか、何というか・・・・」

「うちの子達、頼もしくってたまらないわ」

 

攻防を間近で見ていたウェルや了子は、気圧されるやら頼もしく感じるやら。

 

「こっちも負けてらんないわよ」

「ええ、もちろんですとも!」

 

そんな彼らの役目も、大詰めを迎えている。

了子が最後の入力を終えれば、展開された陣に呼応して、ウェルの左腕が輝いて。

 

「仕上げは頼んだわよ!『英雄』!!」

「当ッ!然ッ!!応えてこその英雄(ボク)なのですッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「やめろ・・・・やめろ・・・・」

 

シャトーの音が、変化している。

再び走った翡翠の光。

キャロルちゃんの表情から、システムは了子さん達が掌握したというのが分かって。

だったら、この後に何が起こるのかというのも。

 

「やめて・・・・やめてよぉ・・・・」

 

ラスボス然とした態度はどこへやら。

今のキャロルちゃんは、まるで泣きじゃくる子どもの様だ。

だけど、やっていることは。

背後に抱えた陣は。

確実にシャトーの中のみんなを捉えていることが分かって。

・・・・あの規模だ。

脱出は、多分間に合わない。

間に合っても、きっと無事ではないだろうことは分かっていて。

 

『・・・・翼。あなたとはいつか、夜まで歌い明かしたかった』

「マリア、何をッ・・・・!?」

『クリスさん、先輩として手を引いてくれて、ありがとデス!』

「そんなの、当たり前だろ!だから・・・・!」

『響さん、あなたを一方的に攻撃してしまったこと、ずっと謝りたかった』

「・・・・そんなことない、悪いのはわたしだ」

 

まるで、遺言のようなことを言うマリアさん達。

・・・・目を、そらすな。

考えろ、考えろ。

 

『――――響』

 

原作知識(ぜんせのきおく)』なんて知るものか。

 

『大好き』

 

未来を守る方法を、一刻も早く思いつけッ!!!!!!!!!!!

 

「パパとの約束をッ!!!!」

 

――――もう、がむしゃらだった。

両手にジャマダハルを構えて、飛び出す。

引き留める翼さんとクリスちゃんの声を無視する。

 

「壊さないでよおおおおおおおおッ!!!!」

「うおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

放たれた砲撃の前に躍り出て、腕を交差させる。

一瞬でもいい、一秒でもいい。

やけっぱちでもいい、死力を尽くせ。

ここで、こんなところで。

――――失わずに、済むようにッ!!!!!

 

 

だけど。

 

 

「うわああああああああああああッ!!!!」

 

同じがむしゃら同士がぶつかった場合。

火力がある方に、軍配が上がるのは。

必然、の、こと、で。

だか、ら。

 

「――――ぁぁ」

 

吹っ飛ばされた頭上。

止めきれなかった砲撃が、シャトーを貫くのが見えた。



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最弱の

毎度のご感想ありがとうございます。
執筆のモチベーションにさせていただいております。


機能を失ったシャトーが、今度こそ都庁に突き刺さる。

大穴からは太い黒煙が昇っており、被害の大きさを物語っていて。

だからこそ、中にいる人はまず助からないだろうことが、容易に想像できた。

 

「み、未来ちゃん・・・・!」

 

エルフナインを支えたまま、モニターを見つめる香子。

脳裏では、最悪の可能性が激しく自己主張していることもあって。

顔色は芳しくない。

現場では、クリスに助け起こされている響も似たような表情をしているのも、拍車をかけていた。

 

『シャトーが・・・・命題が・・・・』

 

ふと聞こえたのは、キャロルの声。

シャトーを吹っ飛ばし、未来を生死不明にした下手人ということもあり。

香子はやや鋭い瞳と所作で顔を上げた。

 

『パパ・・・・!』

 

キャロルは背を向けているので、どんな顔をしているのか分からないい。

だが、今にも泣きそうな声と、震える肩に。

何故か、あの頃の響が重なって見えた。

 

「・・・・キャロル」

 

エルフナインが、一度閉じていた目を開けた。

 

「キャロル・・・・もう、やめよう・・・・」

『なんだと・・・・?』

 

パスはまだつながっているのか、振り向くキャロル。

モニター越しに、エルフナインと相対する。

 

「パパは、こんなこと望んでないよ・・・・」

『ふざけるな!ここでやめたら、裏切られたパパの無念はどうなるッ!?託された命題はどうなるッ!?』

 

弱々しい説得に、怒鳴り声の返事。

 

「でも、これで答えが得られるの?・・・・パパは本当に、この方法を喜ぶの?」

『・・・・ッ』

 

言葉は依然弱々しい。

しかしキャロルにも思うところがあったのか、眉が上がって目が見開かれる。

 

『・・・・ならば』

 

しばしの沈黙の後。

 

『ならば、お前はなんとする』

 

・・・・モニターを隔てているはずなのに、圧し掛かってくる威圧。

 

『何を以って、答えを得る』

 

怯んで身を引きかけた香子とは対照的に、エルフナインは真っ向から見つめ返して。

 

「世界を知って、理解して・・・・そうして、得る答えは」

 

命を紡ぐ様に、くべる様に。

告げられた『答え』。

 

「――――『赦し』」

 

今度こそ、まあるく開くキャロルの目。

その顔はまさしく、驚愕という他なく。

 

「村人たちに、世界にされた仕打ちを・・・・パパは『赦せ』と言っていたんだ・・・・!」

 

わなわな震える体。

爛々と光る眼に、食いしばった口元。

 

『赦し・・・・だと・・・・!?』

 

その通り、納得がいかないと言わんばかりに。

牙を剥くように口が開いて。

 

『赦せと?村のために薬を作ったパパを殺したッ!!あの連中を!?この世界を!?』

「そう、だよ・・・・けほっ」

 

途中、咳き込むエルフナイン。

口元の血を香子に拭われながら、それでもキャロルから目をそらさない。

 

「・・・・錬金術が目指すのは、世界の理を知ること、それによって、人と人とがつながれるようになること」

 

明らかに狼狽えているキャロルを、まっすぐに見据えて。

 

「それこそが、パパの娘である君と、パパの想い出を受け継いだボクが、やるべきことだったんだよ」

 

精神的形勢は、逆転していた。

なおも見つめ続けるエルフナインに、動揺を隠しきれないキャロル。

オペレーター達が、思わず固唾を吞んで成り行きを見守っている中。

沈黙を、破ったのは。

 

『――――ここらが止め時ってやつじゃない?』

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

疲労が抜けてきた体を立たせて、響はキャロルを見上げた。

 

「投降の勧告だよ、ただちに武装を解除しなさい」

 

吹きすさいで来た風にかき消されないよう、よく通る声でそう告げる。

 

「シャトーは壊れて、君の目的は潰えた」

 

ふと、まばたきの間に。

響の顔が、泣いている子供を憐れむような、痛ましいものに変わる。

 

「・・・・そんな、泣きそうな顔してまで、やるこたないでしょ」

 

事実、キャロルの頬は涙で濡れていた。

指摘されて、泣いていることに気付いたらしい彼女は、乱暴に顔を拭う。

 

「・・・・今更止まれると思うか?」

 

射抜くような目が、殺意を以って向けられる。

 

「灯った復讐を、ここでやめられると思うか?」

「・・・・まあ、簡単には無理だろうね」

 

叩きつけられる威圧をものともせず、ただ参ったなと言いたげに肩をすくめた響。

 

「でも、放置なんて選択は取らない・・・・取れないよ」

「そうだな・・・・仲間達のためにも、立ち止まってやる道理はない!」

「そぉーいうこった!」

 

握った拳が鈍い音を立てれば、賛同した翼とクリスが得物を突き付ける。

二人の頬にはそれぞれ涙の跡があったが、とっくに乗り越えた(あるいは切り替えた)ようだった。

 

「・・・・勝てるとでも?ただの独りで、七十億の絶唱を凌駕する、このオレにイィッ!!!!」

 

あざ笑いながら、キャロルは陣を展開。

ありったけの想い出を焼却した砲撃を放つ。

対する装者達はと言うと、まず響がひるむことなく駆け出した。

翼とクリスがそれに続き、三人一様に胸元へ。

イグナイトモジュールへ手を伸ばして。

 

「イグナイトモジュールッ!!」

「「トリプル抜剣ッ!!」」

 

第二段階(アルベド)をすっとばした、第三段階(ルベド)の開放。

赤黒いオーラを纏った両手が、伸ばされた。

その上で、奏でるのは。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal !!」

 

命を燃やす、うた。

キャロルが放ったフォニックゲインの嵐を、束ねようとしていた。

旋律を紡ぎ終えるか否かのタイミングで、ごん、と圧し掛かってくる衝撃。

瓦礫をさらに踏み砕きながら耐えるも、響の表情は芳しくない。

同じく絶唱を口にした翼とクリスも、苦悶を隠しきれていないようだった。

――――たった三人では、足りないか。

見えてきた『無謀』の文字に、知らず歯を食いしばろうとして。

 

「...Gatrandis babel ziggurat edenal」

「Emustolonzen fine el zizzl」

 

ふいに聞こえた、歌声。

はっと振り向けば、肩を支えてくれているマリアと。

曲げてしまいそうな腕に手を添えてくれる、未来が。

もう少し後ろを見てみれば、調が翼に、切歌がクリスにそれぞれ寄り添っていのが見える。

 

「・・・・ッ」

 

自然と、吊り上がる口角。

比喩でもなんでもなく、『もう何も怖くない』という思いに満ちていた。

 

「ガングニールで束ねてッ!!!!!」

「アガートラームで、制御するッ!!!」

 

吹き荒れるエネルギーの嵐の中。

握った拳が、高く、高く。

天を向いて。

 

「ジェネレイトッ!!!!!」

「エクスッ!!!!ドラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアイブッッッッッ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

破壊の跡が痛々しい街並みを、身を隠すように進んでいた了子。

空に翻る虹霓を見上げて、ほっと安堵のため息を吐き出した。

 

「・・・・」

 

しかし、それも束の間。

表情を曇らせると、徐に握っていた手を開いた。

掌に載っていたのは、小さなメモリーチップ。

・・・・ウェルに託された、小さな希望だった。

シャトーが大破したあの時。

あまりの威力に、シンフォギア装者達は自身を守るのに一瞬で手一杯となり。

距離が離れていたばかりに無防備となった了子とウェルは、あわやこれまでかという状況だった。

そして、『フィーネ』としての力を前面に出すことを視野に入れ始めたと同時に、ウェルが飛び出したところで。

一度意識が途切れている。

次に目覚めた時には、瓦礫に押しつぶされたウェルが、かろうじて虫の息を保っていたのだった。

もう長くないことは一目瞭然だった彼は、一つのチップを了子に託す。

それこそが、今彼女の手の中にある。

『モデルK』はもちろん、『モデルF』すらも凌駕する。

さらに改良されたLiNKERのレシピが記録された、データチップ。

 

――――フィーネ

 

――――ボクは、英雄になれましたか・・・・?

 

再び握り込みながら、ろくな設備もないであろう『深淵の竜宮』で研究を続けた手腕と度胸に感服していると。

彼の、今わの際を思い出す。

返事をする前に事切れてしまったものだから、結局伝えそびれてしまった。

 

「・・・・ああ、認めよう」

 

「貴様は私が出会った中で、最弱の英雄だよ。ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス」

 

せめて天に届くようにと、言葉を風に託して。

了子は再び、歩き出した。




一応、原作の大まかな流れは変えないように心掛けている拙作です。(マムの死亡とか、神獣鏡ズドーンとか)


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伸ばすこの手は

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毎度ありがとうございます。

ご感想もありがとうございます。
いつも皆さんの反応を楽しませてもらってます(笑)


もう三度目ともなると、感慨が薄れちゃう限定解除である。

あ、でも未来のは初めて見るから新鮮だなぁ。

何気に執行者事変の時はいなかったからねぇ・・・・。

羽や腰布が追加されて、ひらひらふわふわな一方で。

頭の装甲はちょっととげとげしい感じ。

いやいや、大変お似合いですよ(にっこり)

 

「ふん、土壇場で奇跡を手繰ったか・・・・」

 

なんてよそ事考えてたら、キャロルちゃんの声が聞こえて。

現実に戻る。

 

「みんなで掴みとったエクスドライブを、奇跡の一言で片づけるデスか!?」

「――――片づけるともッ!!」

 

むっとなった切歌ちゃんが、アームドギアを構えながら肩を怒らせれば。

キャロルちゃんはくわっと目を開いて、どっと咆えた。

おおう、プレッシャーがビリビリと・・・・。

見た目で誤魔化されがちだけど、キャロルちゃん何気に長生きなんだよね。

さすがに了子さんからすればまだまだお嬢ちゃんなんだろうけど。

 

「オレの父は、村の流行病を錬金術によって救った。だが、奇跡を妄信する村人達によって、勲刑の煤とされたッ!!!!」

 

吐き出すように、ため込んでいた怨嗟を語るキャロルちゃん。

 

「故にオレは、奇跡を殺すと誓ったのだッ!!!!!」

 

そりゃあ、人のためにって行動したのを仇で返されちゃったら、怒って当然だよね。

・・・・多分わたしも、同じことをやっただろう。

そういえば、フランスでの魔女の処刑方法は火あぶりらしい。

魔女裁判における『魔女』の基準に当てはまれば、たとえ男性であっても『男の魔女』として拷問され、処刑されたとか、なんとか・・・・。

薬草に詳しくて、ちょっと不思議な術を使う人・・・・残念ながらどんぴしゃですね。

申し訳ないけど。

 

「・・・・お前も、少なからず同じだと思っていたよ。立花響」

 

おっと、話がこっちに来た。

 

「程度は違えども、父を虐げられた者同士・・・・分かり合えると思っていた・・・・!」

 

・・・・死に体の融合症例から復活した、『奇跡の象徴』ってだけの理由で絡んでたんじゃないんだね。

でも。

 

「他でもない君に、お父さんを傷つけられちゃね。残念だけど、すぐには仲良く出来ないよ」

「減らず口を・・・・!」

「でも」

 

――――でも。

 

「なんでだろうね、散々大変な目にあわされたはずなのにさ。不思議と憎んではいないんだよ」

「・・・・何?」

 

キャロルちゃんどころか、仲間達すらもびっくらこいた目で見てくる。

・・・・いや、なんか、こう。

みんなにまで驚かれるのはちょっと落ち込む。

むぁー、味方はなんか優しい目を向けてる未来だけだよう。

とかなんとか考える一方で、不思議な気持ちに首をかしげていると。

 

『――――お姉ちゃん!』

 

・・・・んっ!?

 

「あれっ!?香子!?なんでそこに!?」

『は、入り込んだのは普通に謝るけど、それよりも!!』

 

行動力ある子だと思ってたけど、ここまでとは・・・・。

お姉ちゃんびっくり。

 

『ここに、泣いている子がいるの!!』

「・・・・ッ」

 

なんて思ってるところへ、通信の向こうの香子がそんなことを言ってて。

・・・・頭をよぎったのは、キャロルちゃんと初めて出会ったあの日。

燃え盛る炎を見ながら、声もなく泣いていた横顔が。

何度も思い出されて。

 

「・・・・ああ、そうだね」

 

思わず、苦笑い。

だけど、やりたいことは決まった。

 

「泣いてる子は、ほっとけないね!」

「・・・・はっ、ほざけッ!」

 

ちょっと得意げに、泣いてる顔へ笑ってやれば。

対するキャロルちゃんは、憎々し気に睨むなりアルカノイズの結晶をばら撒いた。

っていうか、相当な数出したねコレ。

 

「ッ放置するわけにもいくまい!」

「ええ、いくわよッ!」

 

翼さんマリアさんの年長者ズの号令で、一斉に散開。

街にあふれだしたアルカノイズを掃討に・・・・って、あっ、あいつ!

『フォフォフォフォフォ!』な宇宙人似の奴がいる!!

わあー、こんな状況だけど感動ー!

倒すけどな!!!!

全力で拳をぶつけると、どかーんと大穴が開く。

そのまま手甲をさらっと『槍』に変形、突っ切って飛行している小型を片づけつつ。

小型を吐き出し続けている、ポケモンっぽい大型を撃破する。

 

「・・・・ッ」

 

ちらっと見えたルンバをなかったことにしながら、次ッ!

 

「響ッ!」

 

また飛行型の群れに飛び込むと、未来の声。

すると、わたしの周囲に無数の鏡が展開された。

とくに考える間もなく、鏡を足場にしてバウンド。

突撃しようと、あるいは逃げようとするアルカノイズを、次々ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。

最後に飛びついた鏡を、未来が砲撃でわたしごと押し出して吹っ飛ばす。

哀れ、飛行型の群れは、拳で思いっきり爆ぜた後。

破魔の光で消し炭にされた。

他のみんなも、今更ノイズに加減なんてしない。

斬って、撃って、貫いて、刈って/伐って(かって)

あちこちでマゼンダの爆発が上がる。

 

(たーまやー!!)

 

なんて、胸中でおどけていると。

 

「あ、アレッ!!」

 

調ちゃんが指さす方を見てみると、陣を展開してるキャロルちゃん。

 

「アルカノイズは時間稼ぎだったか・・・・!!」

「いや、どっちみち『お片付け』はしなきゃですし」

 

判断を誤ったと思ったのか、苦い顔で悔しそうにする翼さん。

何とかフォローを入れていると、キャロルちゃんから無数の弦が、目に見える糸束になってうごめく。

編み込まれて、固まりになって。

翡翠の輝きから聞こえてくる、獣の唸り声。

 

『碧の獅子・・・・太陽を喰らう、または吐き出すバケモノとはね』

 

あっ、了子さん無事だった。

そういえば太陽を食べる獅子って、赤くてちっちゃな錬金術師にも出てきてたね。

確か食べる方が賢者の石を表してるんだっけか。

で、吐き出す方がエリクシールだとか、何とか・・・・。

 

「だったら!やられる前に!」

「やるだけデス!」

「あ、おい!」

 

顕現したライオンさんへ、調ちゃんと切歌ちゃんが果敢に一番槍。

だけど、堅牢な装甲と重たい一撃の前に。

たやすく吹っ飛ばされてしまう。

・・・・君達、ネフィリムの時も似たようなことになってたね?

未来と一緒に、調ちゃんと切歌ちゃんを受け止めていると。

ライオンさんの口にチャージされてた燐光が、解き放たれるのが見えて。

 

「ひゃ・・・・!」

「わわわッ・・・・!」

 

咄嗟に未来の手を引いて、抱えてた調ちゃんごと引っ張ると。

そこそこすれすれのところを、放たれた砲撃が通り過ぎて行った。

一拍おいて、爆発。

暴風にあおられて、たまらずもう少し後退してしまう。

 

「あの威力・・・・どこまで・・・・!?」

「あの鉄壁は金城!散発を繰り返すだけでは突破できない!」

「ならばッ、アームドギアを形成するエネルギーをぶつけて、鎧通すのみッ!!」

 

クリスちゃんと同じく、とんでもないパワーアップに戦慄していると。

翼さんとマリアさんのそんな声が聞こえる。

 

「身を捨てて拾う、突貫攻撃・・・・!」

「ついでにその攻撃も同時収束デース!!」

 

空にいると狙い打たれるので、着地。

降ろした調ちゃんと切歌ちゃんは、やる気たっぷりに身構えた。

ふむふむ。

つまりみんなで力を合わせてドカーンってなわけか。

 

「御託はあとだッ!マシマシが来るぞ!!」

 

なんて理解をしてる合間に、第二射。

牽制だろうけど、当たったらただじゃ済まなさそうな乱れ打ちが迫ってきた。

これは、前に出ざるを得ないッ!!

 

「ッわたしが受け止めている間に!!」

 

手甲を『槍』に変えて、受け止める。

見えない後ろから、六つの波動。

続けて飛翔音がしたと思うと、まるで虹みたいな彩の光が突貫していく。

いけるかな?と期待しちゃいそうな、きれいで頼もしい攻撃なんだけど。

光がライオンの額に直撃する。

殻は砕けたようだけど、それだけだった。

 

「・・・・アームドギアが一振り足りなかったな」

 

剥き出しになったキャロルちゃんが、にやっと嗤ってくる。

そうだね、足りないね。

――――足りないから、

 

「・・・・ッ!!」

 

束ねようね。

まるでそうすることが当然のように集まってくれた、みんなのアームドギア達。

なんだか、未来やみんなだけじゃなくて、それぞれのシンフォギアも信じてくれているような。

そんなくすぐったさを感じてしまいながら、掲げた右手に力を収束させる。

 

「奇跡は殺す・・・・皆殺す・・・・!」

 

再び充填される砲撃。

都市部を一気に吹っ飛ばすエネルギーが、目の前で溢れかえっているんだけど。

右手の、そして後ろのみんなのおかげか。

特に恐怖は感じない。

何より。

 

「オレは、奇跡の殺戮者に!!!!!!」

 

よりどころが無くて、泣いている子へ。

この手を届けたいっていう想いの方が、強い!!

臆せず飛び込む、極光の中。

伸ばした右手が、完成した。

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

「響ッ!」

 

届かなかった一撃をさらに束ねて、放たれた極光へ飛び込んでいく響。

あわややられたかと一瞬身構える一同だったが、

 

「――――伸ばす、この手が」

 

次の瞬間には無用だと悟った。

 

「わたしのアームドギアだッ!!!」

 

『巨大な手』とも言うべき変化を遂げた手甲が、驚愕するキャロルの目の前で極光を振り払った。

 

(当たれば壊す、この拳)

 

――――響にとっての拳とは、邪魔するものを暴力的に砕いて、奪い去るものだった。

 

(だけど未来は、この手が護ってくれたって言ってくれた!)

 

だが、仲間達に恵まれ、望まない殺生をせずともよくなったこの頃は。

『壊す』以外の道を探す余裕も生まれていた。

そんな中立ちはだかった、『世界の分解』(ふくしゅう)を掲げるキャロルの存在。

程度は違えども、同じ壊す者として。

放っておけなかった。

 

「ッ枕をつぶ・・・・!?」

 

響の心情など露知らず。

歯ぎしりしたキャロルは迎え撃とうとして、しかし。

突如、体に違和感。

 

「っぐ、こんな時に拒絶反応・・・・!」

 

初めはそう思った。

ところが脳裏に過ったのは、優しい笑顔。

パパと過ごした、温かくて、大好きだった時間。

 

「違う・・・・これは、オレを止めようとする、パパの想い出・・・・!?」

 

まるで、他でもないパパに引き留められているようで。

だからこそ、

 

「認めるかッ・・・・認めるものかッ・・・・!」

 

駄々をこねるようにかぶりを振り払う。

 

「オレを邪魔する想い出など、いらぬッ!!全て燃やして!!力と変えるッ!!!!!」

 

走り出してしまった、走り続けてしまった復讐心は。

最後の大切な宝物さえも、薪にくべてしまった。

価値あるものを贄とした為か、火力が数段飛ばしで跳ね上がる。

 

「うおおおおおおおおおおッ!!」

 

再び放たれた砲撃へ、響は臆することなく突っ込んでいった。

 

「立花に力をッ!天ノ羽々斬ッ!!」

 

もちろん、指をくわえてみている仲間達ではない。

 

「イチイバルッ!」

「神獣鏡ッ!」

「イガリマッ!」

「シュルシャガナッ!」

「アガートラームッ!」

 

翼を筆頭に、こちらも再びエネルギーを収束して放ち。

響へ与えて、援護する。

キャロルも、装者も、両者一歩も譲らず。

暴風と衝撃と閃光を以って、激しく競り合う。

もはや、地図の書き直しを心配するレベルで崩壊していく都庁周辺。

激突を制したのは、限りある焼却を行うキャロルではなく。

共鳴にて増幅する、シンフォギア。

 

「ガングニイイイイイイイイイイイイイイルッ!!!!」

 

一度は『足りない』と嗤われた一振りを叫びながら、ダメ押しと言わんばかりに『拳』を押し込む響。

哀れ、はち切れんばかりに頬張った『獅子』は。

まっさらな燐光をほとばしらせながら、力尽きてしまった。

 

「ッキャロルちゃん!!」

 

獅子の中。

呆然と自嘲の笑みを浮かべながら涙するキャロルの下へ、駆けつけようとする響。

だが、無数の弦に絡めとられ、動きが鈍ってしまう。

 

「お前にもいずれわかるさ・・・・奇跡では救えぬ世界の真理を・・・・」

「ッそんなことない!!奇跡だって、手繰って見せるッ!!」

 

反論が、口を突いて出た。

だって、今響が見下ろせる場所にいるキャロルが、あまりにも独りぼっちだったから。

 

「奇跡は呪いだ、縋る者を取り殺すッ・・・・!!」

 

そんな必死をなおあざ笑えば、ひときわ大きな爆発。

体を変化させるだけのエネルギーすら消費したのか、元の子供の姿で放り出されてしまう。

激しく消耗した今、地面に激突すれば一たまりもないだろう。

拘束を振り払いながら飛び出した響は、必死になって手を伸ばした。

 

「キャロルちゃん、手を取って!!」

「お前の手で救えるものか・・・・救えるものかよォッ!!!!」

 

半ば自棄のような叫び。

声に穿たれて、響の心にためらいが生じてしまう。

 

「・・・・ッそれでも救う!!!」

 

しかし、それはほんの一瞬のこと。

今まで相対してきた者達が、今まで手にかけてきた者達が。

脳裏をよぎれば、迷いは消えた。

 

「抜剣ッ!!!」

『ダインスレーイフッ!!!』

 

エクスドライブに、更にイグナイトの黒が重なる。

 

「わあああああああああああッ!!」

『キャロルッ!!』

 

雄叫びの中。

キャロルはまず、こちらに手を伸ばすエルフナインの幻影を見た。

それだけだったなら、彼女の心は動かなかっただろう。

 

「・・・・ッ!?」

 

だが、次。

現れた、伸ばされた。

もう一つの手には、思わず息を吞んでいた。

 

「パパ・・・・?」

――――キャロル、世界を知るんだ

 

娘のしでかしたことを知ってか知らずか、あの頃と変わらない優しい笑みで寄り添ってくる父イザーク。

 

――――世界の真理を読み解き、人類の相互理解を実現すること

 

――――それこそが、錬金術師が目指すべき場所なんだ

 

あの時、今わの際に託してくれた『命題』。

そのヒントを与えてくれながら、そっと手を差し出してくれる。

 

――――賢いキャロルなら、分かるね?

 

――――その為にはどうすればいいのか

 

響とエルフナインが見せた現実なのか、それとも自分の都合のいい妄想なのか。

どちらとも判断がつかなかったキャロルは、涙を一筋こぼしながら。

 

「ッパパァー!!!!」

 

――――散々拒否した手を掴んだ。




せ、拙作では次くらいが肝だから・・・・(震え声)


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届いたその手

八話・・・・八話・・・・八話・・・・。
また一週間またされるの・・・・?(ニコニコ勢)


「――――具合はどう?」

「ああ、もう少し入院しなきゃいけないけど、良好だって」

 

あれから五日、都内の病院。

まずはお父さんの病室へお見舞いに来ている。

腕や頭に包帯をぐるぐる巻かれていたけど、とても元気そうだ。

話によると、来月には退院できるらしい。

 

「もっとかかると思ったのに、都会の病院はすごいなぁ」

 

なんてのんびり言うのが、なんだかおかしくて。

思わず笑ってしまった。

 

「響こそ、怪我は大丈夫か?」

「それこそへいきへっちゃらだよ、打たれ強さが取り得です!」

 

心配してくれるお父さんに、得意げに胸を張って見せれば。

安心させることが出来たようだった。

だけど、すぐにまた心配そうな顔になってしまう。

 

「エルフナインちゃん、だっけか?その友達は、どうなんだ?」

 

・・・・ちょっと失敗した。

エルフナインちゃんの名前が出た途端、顔を渋らせてしまったから。

 

「・・・・素人が、軽々しく『大丈夫』だなんて言えないけど」

 

このままではいけないと、言葉を紡ぐ。

 

「でも、わたし達までへこんでたら、エルフナインちゃん気にするから」

 

何とか笑顔を作れば、どうにか雰囲気を持ち上げることは出来た。

エルフナインちゃんの方は、面会時間が限られているので。

お父さんのお見舞いを切り上げて、そっちに移動する。

 

 

 

 

 

 

 

――――薄々、分かっていることだった。

そもそも、伝わっている記録においても、たいていのホムンクルスは短命だ。

産まれた途端しゃべり始めたり、特殊能力を扱ったり。

突出した性能を持つ一方で。

ものの数時間で寿命を迎えたり、あるいはフラスコから出た瞬間に死亡したりと。

その命は、儚いというべき他ない。

そしてそれは、エルフナインちゃんも例外ではなくて。

 

 

 

 

 

 

 

「――――ここだけの話、夏祭り会場でシンフォギアを纏うと、盆踊りの曲が流れるんデスよ」

 

エルフナインちゃんの病室。

ひょっと覗いてみると、切歌ちゃんがそんなことを言っていた。

夏祭りの話でもしてるのかな?

そういえば、近所の商店街でやるっていってたっけ。

 

「そうなんですか?」

「うん、特に翼さんのギアが、すごくノリノリ」

「お前達、天ノ羽々斬をどう見ているんだ・・・・」

 

調ちゃんも珍しく冗談に乗っていて。

翼さんが呆れた声を上げると、みんながどっと笑う。

 

「この世界には、ボクの知らないことがまだまだたくさんあるんですね・・・・」

 

ベッドに横たわったまま、ひとしきり笑ったエルフナインちゃんは。

やっぱり弱々しく、しんみりと寂しそうにしていた。

 

「いつか、世界のことを、もっともっと知ることが出来るでしょうか」

「っ出来るよ」

 

居ても立ってもいられなくなって、エルフナインちゃんの手を握る。

 

「元気になったら、いろんな所に行って、いろんな人と出会って・・・・そんな日常を送れるよ、だから・・・・」

 

笑顔を崩さないように、不安にさせないように。

歯を見せて、にかっとしてやれば。

エルフナインちゃんは、嬉しそうにはにかんでくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

草木も眠る、丑三つ時。

なおもネオンが煌々と照らす中心部から離れた、人気のない暗闇の中。

見合わぬ小さな人影がさまよっている。

 

「・・・・ッ」

「あ?」

 

飲み込まんばかりの闇に疲れてしまったのか、足をもつれさせふらついた彼女。

傾いた体は、運悪く通行人にぶつかってしまった。

そのまま重力に従って倒れてしまう。

・・・・今の彼女における、最大の不幸は。

相手に非礼を詫びる体力もないほどに、疲弊していたことだろう。

 

「おい、コラ。ぶつかって詫びもなしか」

「碌なしつけもしない親だったんだな」

「俺らが言えた義理じゃないべ!」

「違ぇネェ!!」

 

下卑た、不快な笑い声。

髪を掴み上げられた彼女は、顔をしかめることも出来ない。

 

「おい、何とか言えよ」

 

睨まれても、髪を引っ張られる痛みに呻くだけ。

苛立たし気に舌打ちをした男だったが、やがて嫌な笑みを浮かべる。

 

「まあいい、せっかくだから憂さ晴らしの相手でもしてもらおうか?」

「いいねいいね!お布団に入らない悪い子はお仕置きだー!」

「恨むんなら、ほったらかしにした親を恨めよなー」

 

そうと決まれば、と。

更に暗く、奥まった路地裏へ連れ込もうとして。

 

「――――いや、普通に犯罪だからね?ソレ」

 

声が聞こえた、刹那。

一番最後尾にいた男の、『魂』が蹴り上げられた。

まるで風船が割れたような打撃音の後。

白目をむき、ぶくぶくと泡を吹きながら。

大柄の体が、どう、と倒れ込む。

 

「な、なんだお前は!?」

「サンタクロース」

「は、ふざけ、ぶべっ!?」

 

そのまま至極当然の様に、通学でもするようにもう一人に歩み寄ると。

唾を散らしながら怒鳴る顎を、盛大に打ち抜く。

 

「お、おい!止まれ!止まらないとこいつを・・・・!」

 

髪から首に掴み変え、護身用のナイフをか細い首に突き付ける。

突きつけようとしたナイフが、張り手で吹っ飛んで行った。

 

「なんでお前の言うこと聞かにゃならんの?」

 

呆ける間もなく、鼻っ柱を殴られてダウン。

気絶の瞬間、やけにきれいな星空が見えた。

 

「おっと」

 

解放され、倒れかけた少女を抱き止めて。

怪我がないか、確かめようとする。

そこへ、

 

「うわああああああああッ!」

 

まだ無事だった最後の一人が突っ込んできた。

仲間が次々倒されたからか、半ば錯乱している様だ。

普通ならよろけてしまうような勢いで、どん、とぶつかったが。

直後、『それで?』と言わんばかりの視線に射抜かれて。

 

「・・・・ッ」

 

血濡れた先ほどのナイフが、鋭く放たれる。

耳を掠めて飛んで行ったそれは、勢い余って青いゴミバケツを貫いた。

鈍い音を立てて穿たれた穴が、その威力を十二分に語っていて。

・・・・震えながら、ゴミバケツに向けていた視線を戻す。

そいつは、ただただ。

おいたをした子供を叱るように。

その実、唸りながら睨む竜のヴィジョンを背負っていて。

 

「――――いい子は帰れ、な?」

 

しゃべっただけだ。

叫ぶでもなく、怒鳴るでもなく。

ただしゃべっただけ。

それだけで、直近の雷鳴の如き咆哮を浴びた気分になって。

 

「ありゃ、気絶しちゃった」

「・・・・おい」

 

口から大切なものが漏れていそうな男を見下ろして、響がやりすぎたかなと頭をかいていると。

後ろから、か細い声。

振り向けば、探していた少女が。

キャロルが、おずおずと見上げてきている。

 

「どうして、助けてくれた?」

 

・・・・こちらのことを、すっかり忘れているらしい彼女に。

響は、柔く微笑んで。

 

「・・・・君を、護りに来た」

 

まるで騎士の様に、跪いた。

 

「・・・・オレが誰か、知っているのか?教えてくれ、オレはどこに行けばいい・・・・!?」

 

味方だと確信したからだろう。

辛いだろう体を動かして、キャロルは響に縋りつく。

 

「・・・・行くべき場所は、君が一番知っているはずだよ」

 

そんな彼女を抱き止め、頭を撫でながら語り掛ければ。

キャロルはどこか、はっとなった顔をした。

 

「君が何者なのか、どこへ行けばいいのか。わたしからは何も言えない・・・・でも、教えてくれる子のところへ、連れていくことは出来る」

 

まだ不安げなキャロルの手を握る。

 

「たどり着くまで、一緒に行ってあげるから」

 

『ね?』と、改めて笑いかければ。

キャロルは手を握り返しながら、こっくり頷いた。

 

 

 

 

 

――――夜の街を歩く。

心地よい夜風に包まれながら。

握った手の温もりを確かめながら。

相手の体調を気遣って、ゆっくりゆっくり。

一歩ずつ。

会話はない。

だが不思議と、歩みを進める度に。

抱いていた不安は、薄れていった。

 

 

 

 

 

 

「――――ここ?」

 

とある病院、その一室の前。

足が止まったのはそこだった。

響が確認のために目を向けると、キャロルは自信なさげながら、また黙って頷く。

 

「そっか、じゃあ、ここまでだ」

「あ・・・・」

 

自分の役目は、ここまでだと。

握っていた手を離すと。

キャロルは不安げな、そして名残惜しそうな目を向けてくる。

 

「・・・・オレ一人でないと、ダメなのか?」

「うん、君一人で行かないと」

「・・・・そう、か」

 

ついさっきまで繋いでいた手を、顔を曇らせて見つめるキャロル。

やがて目を伏せると、顔を上げて扉を見つめる。

腹は、決まったらしい。

その前に。

 

「・・・・その、なんだ」

「なぁに?」

 

キャロルは口火を切って、少し間をおいて。

 

「・・・・ありがとう」

「・・・・どういたしまして」

 

照れくさそうに告げられた言葉を受け取って、響は今度こそ見送った。

 

「・・・・ッ」

 

扉が閉じた、直後。

響の体がぐらついて、壁にぶつかる。

途中手すりに引っかかりながら、ずるずると座り込む。

背中の、血で濡れた湿気を感じながら。

静かに、まぶたを下ろした。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

――――こんなのは、ただの自己満足だ。

三日で来るはずのキャロルちゃんが、五日経っても来ないから。

勝手に不安になって、焦って、飛び出した結果だ。

そもそもわたし一人が足掻いたところで何になる。

立花響(わたし)』は『立花響(かのじょ)』じゃない。

世界に何か影響を及ぼせるような、だいそれた人間じゃない。

分かり切っていることなのに、理解しているはずなのに。

それでも動かずにはいられないのは、きっと。

立花響(わたし)』が段違いに劣っている証拠でもあって。

だから、そう。

今回わたしがやったことも、きっとただのお節介で。

・・・・だけど。

だけど、やっぱり。

気になったから。

確かめたかったから。

わたしの、この手が。

壊さずに、繋ぎ止められるかどうか。

ルナアタックでも、執行者事変でも、結局殺して解決したわたしが。

胸を張って、『立花響』を名乗れるのか、名乗っていいのか。

来たる、わたしにとっては未知の。

『四期』と『五期』を、前にして。

どうしても、不安になって、たまらなくて。

 

「響ッ!!!!」

 

・・・・未来の声で、意識が浮き上がった。

何とか目を開けて前を見ると、泣きそうな顔でこちらを見ている未来が。

 

「・・・・おはよう、みく」

「『おはよう』じゃない!あなた、なんで、どこでこんな・・・・!」

 

きっと怪我を心配してくれてるんだろう。

未来の慌てようから察するに、壁に付いた血は相当な量らしい。

病院の人たちにも悪いことしたなぁ、と。

いっそ他人事みたいに、のんびり思っていると。

 

「――――響さん」

 

誰かが、歩み寄ってきた。

いや、本当は分かっている。

でも、『どちら』なのか、確信が持てない。

目を向ける、さっきまで一緒だった姿が見える。

 

「・・・・大丈夫ですか?響さん」

「・・・・うん、」

 

まだふらつくらしい体をしゃがませて、心配そうにのぞき込んできたのは。

今回、後に『魔法少女事変』と呼ばれる事件を、一緒に乗り越えた。

エルフナインちゃんだった。

一見キャロルちゃんと見間違える姿。

でも、少し垂れた目尻が、違うと教えてくれている。

 

「・・・・ねえ、エルフナインちゃん」

 

予想通りになったから。

何となく、気になっていたことを聞いてみた。

 

「・・・・わたしの手は、キャロルちゃんに届いたかな?」

 

『救う』だの、『助ける』だのは、なんだか烏滸がましいような気がして。

そんな言い方になってしまう。

 

「――――はい」

 

だけど、エルフナインちゃんは。

間を置かず、確信めいた明るい声で。

 

「届いたはずです」

 

はっきり、言い切ってくれた。

・・・・ああ、我ながらなんて単純なんだろう。

たったそれだけで、こんなにも安心している。

 

「そっか・・・・よかったぁ・・・・」

 

また遠のく意識の中。

最後に見たのは、あの子の笑顔だった。



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ただいま

いや、だって。
あんな、あんな供給受けたら。
書くしかないやん?

というわけで、一日二話更新デース!


「――――派手に理解不能」

 

S.O.N.G.本部、隔離区画。

四肢を失ったまま拘束されていたレイアは、やや呆れた目でエルフナインを見下ろす。

 

「何故私を破壊しないのか・・・・」

「あはは・・・・」

 

何とも言えない苦笑いを零すエルフナイン。

了子や警備が目を光らせる中、機材と機材の間をてけてけと歩き回り。

足りないパーツをレイアの近くに持っていく。

 

「国連や日本政府からすれば、異端技術を知るための貴重の資料ですから。起動した状態で捕獲できた以上、あまり壊したくないそうで・・・・」

「・・・・なるほど、地味だが派手に合理的だ」

「そうですね・・・・でも」

 

コードの一つ一つをより合わせ、あるいは半田ごてで接着。

その傍らで、レイアの『まだ何かあるのか』という視線を、横目で受け止めながら。

 

「キャロルの体を受け継いだボクには、パパの命題を引き継ぐ使命があります」

 

あまり目を離せないので、すぐに手元に集中したが。

レイアが少なからず驚いているらしい様子が、手に取るように分かった。

 

「世界の分解以外の方法で、ボクは世界を知りたい」

 

話している内に、腕を一本繋ぎ終えたエルフナイン。

次に取り掛かる前に、改めてレイアをまっすぐ見上げる。

 

「君には、その見届け人になってほしいんです。いつか、キャロルにこの体を返す時・・・・一緒に見てきた世界の話を、するために」

 

ふと、エルフナインの表情が変わる。

レイアの記憶にあるような、どこか儚げなものではない。

 

「いやとは言わせませんよ?ボクに何かあったら、キャロルに会えなくなるんですからね」

 

まるで、主を彷彿とさせるような。

得意げな笑顔。

 

「――――」

 

何故だろうか。

別人だと分かっているのに。

面影を感じてしまった。

それに気づいたからこそ、我に返ったレイアは。

鼻を鳴らして気合を入れるエルフナインを、呆然と見つめて。

 

「――――ええ、良いでしょう」

 

戦闘力もない相手に、派手に敵わないと思ったのは。

これが初めてだった。

新たな右手を動かすと、警備達が役割を果たすべく銃口を向け、あるいはエルフナインを退避させようとする。

だが、了子が彼らを見渡しながら片手を上げて制する。

疑問に視線に、様子見をしようと頷いて答えた。

 

「マスターが戻るその日まで、あなたと共に・・・・マイスター・エルフナイン」

「はい、よろしくお願いします!」

 

レイアは小さな手を取り、唇を寄せる。

そして(こうべ)を垂れれば、溌剌とした返事が返ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

柄の悪いおにーさんに、背中をぐさーっと刺されてから、さらに一週間。

未来はもちろんのこと、了子さんや弦十郎さん。

果てにはマリアさんや翼さんにまでお説教をくらったとしても、世界は回っていく。

キャロルちゃんの体を譲渡されることで一命をとりとめたエルフナインちゃんは、そのままS.O.N.G.の技術者として籍を置くことに。

しれっと生き延びていたレイアさんも、エルフナインちゃんを新たな主として、主に護衛を担うらしい。

マリアさんと翼さんは、当然ながらイギリスに戻って歌手活動を再開した。

調ちゃんと切歌ちゃんは、初めての夏休みにうっきうきを隠しきれないようで。

何をやろうかなとワクワクしていた。

かわいい(確信)

なお、クリスちゃんが目を光らせているので、だらけた生活にはならないはず。

一方で、キャロルちゃんがどこからあれだけの設備を調達したのか、気になる部分も残っている。

当面は、その調査が主なお仕事になりそうだ。

 

で、今。

わたしはどうしているのかと言えば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

考え事から戻って、前を見る。

相変わらず建っているのは木造平屋。

お父さんの友達が、お仕事の拠点として使っていただけあって。

どことなく、お上品な雰囲気だ。

 

「ここ?」

「うん」

 

分かっているけども、意味なく確認すれば。

隣の香子は、こっくり頷いた。

・・・・ここまで来たというのに、いまだにしり込みしている自分に呆れるほかない。

いや、だって。

何を話せばいいの?

いやいや、あのね。

あのね?あのねのね?

帰っておいでって言われてるから、歓迎されないってことはないんだろうけど。

だから香子も、あんなにアグレッシブに迎えにきたわけだし。

でも、でも、でも、でも。

んむあああああああ、今更になって。

乗り越えたはずのあれこれがぶり返してきて、暗闇に引き戻そうとしてきて。

そうやって、頭が真っ白な状態で突っ立っていたからだろう。

 

「ただいまー!連れてきたよー!」

「えっ、ちょっ、待っ・・・・!?」

 

『いいやッ!限界だッ!押すねッ!』と言わんばかりの香子に、先手を取られてしまった。

あばあばと取り繕うまでの間に、家の中からあわただしい足音。

泡食った様子のお母さんが飛び出してくるのに、時間はかからなかった。

 

「響・・・・!」

 

見るなり、泣きそうな顔で駆け寄ろうとするお母さん。

それに対してわたしは、身を強張らせて後退するという、最悪のリアクションを取る。

 

「・・・・ぁ」

 

気付いた時には、もう後の祭りだ。

抱きしめようとしたのか、伸ばされた手が。

残念そうな顔と共に、下がっていく。

・・・・完全に、しくじった。

暗闇達が『それみたことか』と嘲笑ってくる。

黒い手達が、こちらへ戻れと誘ってくる。

・・・・罪人らしく、踵を退こうとして。

 

「・・・・ッ!?」

 

ぱちん、と、弾ける音。

開けた視界で見下ろすと、香子に手を握られていた。

逃がさないと言わんばかりに、わたしの震えた手を両手で包み込んでいて。

・・・・温もりが、優しさが。

引き戻そうとした暗闇を、あっと言う間に追い払った。

わたしは何も言うことが出来なくて、ただただ見下ろし続けるだけだ。

 

「――――こうすることが正しいって、信じているから、握っている」

 

そんな沈黙を破ったのは、やっぱり香子で。

 

「繋いだこの手は、簡単に離さないよ!!」

 

そう、得意げに笑いかけられてしまっては。

わたしに出来ることなんて、白旗を上げることだけ。

こうなってしまっては、もう、腹を決めるしかない。

 

「――――ただいま」

 

せめて、最初の一歩は自分から。

お母さんと、見守っていたおばあちゃんが。

泣きながら駆け寄って、抱きしめてくれたのは。

そんな意地を張った結果だと、自惚れたかった。




大分長かった三章も、やっとこさ完結です。
この後はまた例の如く小話をちょこちょこ出した後、皆さん(?)お待ちかね(?)のXDU編を予定しております。
どうぞ、お楽しみに!


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閑話:小ネタ8

連日投稿です。
八話の興奮冷めやらぬ・・・・!

9/3:詳しい方が指摘して下さったので、響とエルフナインちゃんのお話を一部修整。
ご教授ありがとうございます。


『幻影』

 

「おねーちゃん!」

 

――――びくり、と。

響の肩が跳ね上がった。

思い切り振り向けば、小さな女の子が、小学生くらいの少女に飛びついているのが見えた。

 

「おててー!」

「もう、しょうがないなぁ」

 

大きく、見開かれた目が。

小さな手と手が、握られる様を凝視して。

一緒にいた調と切歌は、互いを見あう。

響の様子は明らかに尋常ではない。

心なしか、震えているようにも見える。

間の悪いことに、未来は現在別行動中。

こうなれば、と、改めて互いを見あって。

頷いた。

 

「響さん?」

「どうしたデスか?」

「ふぇっ?・・・・あ、あー・・・・あはははっ」

 

一方の響は、意を決した二人に声を掛けられたことで。

やっと我に返ったようだった。

心配げな調と切歌の顔を目の当たりにした彼女は、咄嗟に笑顔。

 

「なーんでもないよ、行こう」

 

微笑ましい姉妹を背にして、歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

『耳かきでよく見る』

 

「ほぁー・・・・」

 

執行者事変がひと段落したころ。

弦十郎に呼び出された響は、ある鉱物を見せられていた。

 

「これが、わたしから出てきたんです?」

「ああ、あの起動実験の後でな・・・・」

「あぁー・・・・」

 

土塊の中に、金色の金属光沢が見られる鉱物。

ネフィリムの起動実験の際、体の半分以上を失った響。

その後再生した際に、胸元の古傷から採取されたということだった。

といっても、響からすればやろうと思ってやったものでもないため。

ただただ感嘆の声を上げて、まじまじと見つめるだけであった。

 

「なんだか、耳かきでとれたものを見てる気分ですねぇ」

「ああ・・・・いや、言わんとしていることは分かるのだが・・・・」

 

――――この後、特級の危険物が納められる『深淵の竜宮』への搬入が決まっている物体。

そんな貴重な品に、のほほんとそんなことを言う響に。

弦十郎は何とも言えない感情を抱くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『風鳴画伯』

 

キャロル一味の決起直後、S.O.N.G.休憩スペース。

 

「――――で、こいつがセンパイをやったっつーノイズか」

 

新たに出現した『アルカ・ノイズ』。

翼がその中の一個体を、イラストに書き起こしたということで見てみたものの。

 

「ああ、上手く描けたと思うん、だが」

 

渡されたスケッチブックに描かれていたのは、なんと言うか。

にこやかなサムライだった。

人間的なようで、そうでもなくて。

この、何・・・・?

いや、本当に何なんだろう・・・・?

 

「アバンギャルドにもほどがあるだろッ!!現代美術の分野にも手ェ出すつもりかッ!?」

「な、なんだと!?これ以上に無いくらい特徴を捉えているではないかッ!!」

「特徴だらけで逆にわかんねーよ!!」

 

何名かはコメントに困りきり、乾いた笑みを零している中。

クリスだけは果敢に突っ込みを入れていく。

なお、響はずっと腹を抱えて爆笑していた。

 

「響さん・・・・」

「はははははははっ!だっへ!!だっ!ひへ・・・・・!!!くふふふふふふふ・・・・ッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

『ついてるの?ついてないの?』

 

「先日保護したエルフナインちゃんの、メディカルチェックの結果ですが」

 

エルフナインが保護された直後。

仮にも『敵側から来た』と主張しているので、当然ながら身体検査も兼ねたメディカルチェックが行われた。

その結果を朗々と報告していく藤尭と友里だが。

 

「彼女・・・・ええ、彼女の身体面には、なんら問題点は見られませんでした」

「メンタルの方もオールグリーン、嘘を言っていないと断定してよいものと、思います・・・・」

 

何だか、特に性別を示唆する辺りで、歯切れが悪い。

 

「どうしたんだ?」

「何か、気になる点が?」

 

当たり前だが、疑問の声が次々上がる。

クリスとマリア以外にも、首をかしげる面々が多い。

そんな現状を見かねてか、あるいは元から言うつもりだったのか。

了子が何の気なしに、さらっと口を開いた。

 

「性別がないのよ、この子」

「えっ?」

 

上がった困惑の声。

観念したように、藤尭が続ける。

 

「エルフナインちゃん曰く『自分はホムンクルスなので性別がないだけであって、怪しいものでは決してない』と・・・・」

 

――――いや、十分怪しいわ。

全員の心が一つになった瞬間であった。

この何とも言えない抜けた部分により、エルフナインへの懐疑が一瞬で瓦解したのだが。

それはまた、別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

『コレクション』

 

「ひゃー・・・・これ全部が?」

 

S.O.N.G.本部の一角。

所狭しと並ぶのは、歴史的価値が高そうな物品の数々。

 

「ほとんどはF.I.S.にいた頃に開発したものだけどね」

 

聞けば、数多の英雄が振るった武器や乗り回した生き物を。

錬金術などを応用して再現してみた品々、ということだ。

その中でも、自爆で廃棄できたり、戦闘向きではないものだったりを。

国連は特別に配備することを許可したらしい。

 

「英雄の・・・・そういえば了子さん、実際にあったことのある英雄とかいます?」

「んー、正直まちまちってところかしら。側近であれた時もあれば、少し離れた部署で遠目に見れた時もあったから」

「へぇー・・・・」

 

話しつつも、目録を記す手を止めない。

 

「ん?あの、了子さん。もう一ついいです?」

「なぁーに?」

 

言う通り、もう一つ気になった響。

首だけで振り返り、話しかける。

 

「フィーネだった頃って、だいたいシュメールとかの時代なんですよね?」

「・・・・語られる伝説と同じ名前はいたかしらね」

 

少し陰った了子の声に、いくばくかの申し訳なさを覚えながら。

降りそうになった暗い空気を払拭すべく、明るく語る。

 

「じゃあこの中に、ギルガメッシュとか、エルキドゥに関係するものがあったりは」

「しないわ、残念ながら」

 

返事は、割と早く来た。

地雷を踏んでしまっただろうかと心配して、今度は体ごと振り向く響。

見える了子の肩は、プルプル震えていて。

 

「仮にも元上司だから恐れ多いってのもあるけど。真似なんてしようものならあの世から狙撃されそうで・・・・」

「あぁー・・・・」

 

あのあたりの時代は、神の息吹が濃いことでも有名だ。

『前世の記憶』の影響で、某金ぴかがちらつくこともあり。

あの世からこの世に干渉するくらい出来そうだなと思った響であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『考えるな、感じろ』

 

「響さん、ちょっと聞きたいことがあるのですが」

「なぁーに?」

 

ある日の午後。

カフェオレを飲みながらまったりしている響へ、とてとて歩み寄ってくるエルフナイン。

 

「その、融合症例時代について少し」

「ああ」

 

了子を始めとした技術班の面々に、あらかたの概要を聞いていたのか。

ほんのり申し訳なさそうに下がった目尻。

『優しいなぁ』と、響が微笑ましさを感じていると。

 

「聞くところによると、二年前の年末、F.I.S.時代のマリアさんと接触する直前まで、シンフォギアを使っていなかったんですよね?」

「うん、ノイズに追い込まれて、やむなく」

「でも、その時点ですでに、融合症例由来の、重度の感覚障害を発症していた」

「色々無理してたからねぇ・・・・未来にも辛い想いさせちゃったっけ」

 

あの時は大変だったと想起する響へ、エルフナインは本題をぶつけた。

 

「それで、響さんはどうやって、歌を使わずに聖遺物の力を引き出していたんですか?」

「それが聞きたいこと?」

「はい、歌や想い出以外のアプローチ手段が気になって・・・・」

「知的好奇心はいいことだ」

 

かわいいやつめ、と頭を撫でまわしつつ。

響は考えをまとめて。

 

「端的に言うと、『気』の応用かなぁ」

「『気』・・・・オーラともいわれるものですか?確か、東洋武術の概念でよく登場してますね」

「そう、それ」

 

そこから響が語るには。

武術の師匠の教えがきっかけだったという。

八極拳と『気』は切っても切れない間柄。

まずは自分の『気』を感じ取る訓練・・・・というところで、内側に眠るシンフォギアの力を、偶然引き出してしまったということだった。

 

「へぇ、それであの超人的な身体能力を手に入れていたんですね」

「でもそのせいで大変な目にあったのは事実だし、散々心配させた側としてはオススメしないかな」

 

曰く、『ディーゼル車に灯油を入れた上に、無免許で運転するようなもの』と言われて。

エルフナインは大いに納得したのだった。

 

「こんな話だけど、どうだったかな?」

「はい!興味深かったです!」

「素直でよろしい、そんなエルフナインちゃんにはジュースおごっちゃろ」

「あ、ありがとうございます・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『らびゅー』

 

「好きだよ」

 

突然の言葉に、未来の手元から洗っていた茶碗が落ちた。

 

「き、急に何・・・・!?」

「んー・・・・」

 

ぼちゃん、と水に沈む横で、顔を真っ赤にしてねめつければ。

一緒になって皿を洗っていた響は、間延びした声で返事した後。

 

「いや、そういえばちゃんと告白してなかったなって」

 

そんなことをのたまいながら、しれっと未来が落とした茶碗も回収。

一方で今までをさっと思い出していた未来は、確かにそうかもしれないと一応納得していた。

 

「だからね」

 

手を拭き終えた響は、同じく拭き終えた未来の手を取って。

贈り物を届けるような、優しい声で。

 

「好きだよ、未来」

 

あんまり嬉しそうに、楽しそうに言うものだから。

さすがの未来も、文句を言うに言えなくなり。

かといって、こんな不意打ちのような仕打ちに、好き勝手されるのもなんだか癪で。

だから、

 

「・・・・そんなの、改めて言わなくても分かるわよ」

 

そんな悪態をつきながら、唇を食んでやれば。

響は結局、幸せそうにはにかむのであった。



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閑話:小ネタ9

先日の日刊ランキング5位。
大変ありがとうございました。
これからも拙作をよろしくお願い申し上げます。



今回の更新から、R15タグをつけさせてもらいます。






ボソボソッ(これ以降書く予定はないけども、公開停止が怖いでござる)


『団らん』

 

「えっ?ナイフ?」

 

久方ぶりに、一家そろっての夕飯づくり。

餃子の皮を準備していた香子は、姉の言葉にきょとんとする。

 

「そそ、スプーンだと空気が混ざって旨味が逃げちゃうからね。バターナイフでぺたっとやるのがいいんだよ」

 

『本場だと専用のへらがある』と解説しながら、響は席について。

早速餃子を包み始める。

 

「包むときも一緒、なるべく空気を含ませないように」

「はい、せんせー!」

 

元気に手を上げておどける香子を微笑ましく見つめて、響は作業を進める。

 

「焼くのもなんかコツあったりするの?」

「一度蒸してからの方が、肉汁が出ておいしいかな。フライパンに、ちょっと多いかなってくらいのお湯を足すだけでいいよ」

「あ、ならいつものやり方だ」

 

姉妹そろって、自炊の機会に恵まれていたからだろうか。

軽快な雑談の脇で、次々餃子が作られていく。

 

「仕上げのごま油も忘れずに」

「マストアイテムだもんね」

 

一拍の後、笑い声。

まるでつい昨日から続いているようなやりとりは、穏やかに流れていた。

――――その後ろで、

 

「かわいい・・・・うちの子かわいい・・・・」

「戻ってきてくれてよかったぁ・・・・」

 

父母が我が子の可愛さに悶え、祖母が宥めるという一幕があったのは。

全くの余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こんなに大きくなりました』

 

「お待たせ―!」

「来た来た、おーい!こっちー!」

 

海沿いの町なだけあって、釣りは子ども達の日常的な娯楽だ。

すっかり町に馴染んだ香子は、竹竿を片手に同級生と合流したのだった。

すでに各々針を垂らす彼らに続いて、香子も早速始めようとして。

 

「あ、餌」

 

しまった、と渋い顔をしたものの、それだけだ。

すぐにあちこちを見まわして、

 

「お、みっけ」

 

目当ての茂みを発見する。

躊躇いなく入り込むと、草木をかき分けてまた何かを探し始める。

と、サンダルをはいた足に違和感。

見下ろすと、丸々太った芋虫が張り付いていた。

普通の少女なら、ここで悲鳴なりなんなり上げるところだが。

 

「よーっし」

 

かつて経験した修羅場や、港町に来てからも鍛えられたメンタルは。

そんなことで揺らいだりしないのであった。

笑顔で芋虫をつまみ上げ、満足げに頷く香子。

しかし、そんな彼女にも困ったことが一つ。

 

「ちょっと大きすぎるかなぁ」

 

放せと言わんばかりにうねる芋虫を見て、また難しい顔。

 

「おっ、立花ー!それ分けてー!オレの取られたー!」

「うーん、いいよー!」

 

すると、釣り糸を引き戻した同級生の一人が、その様子を発見して近寄ってくる。

香子もちょうどいいと言わんばかりに了承して、刃物を取り出す彼の下へ。

暴れ続ける芋虫を、地面に押さえつけて―――――

 

 

 

 

 

ぶちっ!

 

 

 

 

 

「っていうのがこの間付き添った釣りであってなぁ・・・・」

「ヒエッ・・・・」

 

魔法少女事変がひと段落した後の、親子のひと時。

響が何の気なしに香子のことを聞くと、そんなエピソードが語られたのだった。

 

「そうして釣ってくれた魚、美味かったぞ・・・・」

「採れたてぴちぴちだもんね、おいしそうだね・・・・」

 

ちなみに、全くの蛇足だが。

この親子、意外なことに虫が弱点なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今日も平和な技術班』

 

修復作業が終わり、四肢を取り戻したレイア。

様々なリミッターに加え、エネルギー源をバッテリーに変えられるなど。

様々なスペックダウンを施されたものの。

エルフナインの有能な副官として、派手に活躍する日々だ。

今日も今日とて、お茶酌みや書類整理などの雑務をそつなくこなし。

また、覚えている限りのキャロルの記憶を述べて、錬金術研究の助言をしたりなど。

大きなお姉さんと、ちっちゃな主のほほえましい主従を見守りながら。

ふと、ある職員が疑問を口にした。

 

「そういや、エルフナインちゃんって普段はどこに?」

「基本的には本部(ここ)だけど、たまにうちに連れてってるわね」

「そうなんですか?てっきりクリスちゃんみたいに、了子さん家に住んでると思ってました」

 

了子が答えると、また別の職員が会話に加わってきた。

 

「現状で、私含めて二人しかいない。異端技術に明るい技術者だから」

「ああ、狙われやすいってことですか」

「了子さんと違って、自衛が出来るわけでもなし」

「下手にレイアさんを戦わせたりしても、いちゃもんつける輩はつけてきますからね・・・・」

「世知辛いけどそういうこと」

 

『それに』と、了子は伸びを一つ。

 

「雑務要員が増えて助かるわ、おかげで研究に専念出来ちゃって」

「いやいやいや、あんたまずは休みなさいよ」

「そうですよ主任、こないだも徹夜明けに騒ぎ起こして、司令に怒られたじゃないですか」

 

・・・・ルナアタックの際、いろいろ暗躍していた罪悪感からか。

それとも生来の研究者気質か。

了子は一度集中しだすと、一区切りしても止まらない節があるというか。

早い話、徹夜などの無理をしがちだ。

 

「なぁーによう、あなた達も一緒に盛り上がったじゃない」

「そりゃあ、俺達も徹夜明けでしたし・・・・」

「あれだけ怒られたら自重しますって」

「とはいえ、魔法少女事変の事後処理、大変だったなぁ・・・・」

 

少し前を想起した面々が、しみじみしていると。

 

「あのッ」

 

当のエルフナインが、駆け寄ってきて。

 

「この項目で、確認したいことがあるんですけど」

「はいはーい、何かなー」

 

見た目が幼いだけあって、湿っぽい空気が浄化されて霧散する。

技術班の新たなマスコットは、今日も元気に働いていた。

 

「たまには休んで、遊んできてもいいんだよ?」

「響ちゃんとか、クリスちゃんとか、頼んだら連れてってくれると思うな」

「えっと、余裕が出来たら・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『抱っこちゃんセカンド』

 

都内、響と未来の自宅。

遊びに来た香子が真っ先に行ったのが、響の膝に陣取ることだった。

しかも即座に宿題を取り出して、長時間居座る準備も万端で。

響も一度は諦めて、香子の背中を台替わりに勉強していたものの。

かれこれ一時間近く続けば、足に痺れを覚えるのだった。

 

「きょーこ、まだやるの?」

「まーだまーだ♪」

 

グロッキーになる前に、と様子を窺えば。

香子はまだ続行したいらしい。

久しぶりに触れあう妹が、かわいいことにはかわいいのだが。

それはそれ、これはこれ。

というか、いい加減足が限界に達しつつある。

 

「あれ、止めなくていいの?」

「いーの」

 

たまたま同じタイミングで遊びに来ていた弓美が問いかけると、未来はにこにこしながら人数分の麦茶を持ってくる。

 

「もう六年生でしょー」

「まだ小学生だもーん」

 

仰け反って見上げてくる顔は、まさにご満悦。

溢れた音符がぱちぱち当たるような幻覚を見ながら、響はしょうがないとため息をついて。

せめてものお返しにと、思いっきり撫でまわしてやった。

――――やっぱり足は痺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立花 香子

・12歳、小学六年生。

・『本来の響の魂』をもっているであろう少女。

・性格も原作響のまんま・・・・と、思いきや、グレ成分もほんのり入っている。

・いざという時には前に出て啖呵を切るほどの度胸持ち、一方でまだまだ子供な部分も。

・たらし。

 

 

 

 

改造レイア

・なんやかんやで生き残ってしまったオートスコアラー。

・さんざんっぱら暴れた危険物の扱いに困った各国が悩んだ結果、S.O.N.G.の預かりに(に、押し付けた)

・エネルギー源は想い出からバッテリーに、一回の充電で一週間は動ける(戦闘となると二日くらい)(技術班がんばった)。

・大幅な弱体化もされており、主に膂力や脚力など、身体的な面が目立って弱っている。

コインを撃ち出したり、束ねてトンファーなどの鈍器を作ることは以前同様可能。

・現在はエルフナインを主として、主に護衛と補佐を務める。

基本的に『マイスター』と呼んでいる(『マスター』と語呂が似ているので)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『抱っこちゃんアナザー』

 

(どう、したもんかな)

 

キャロルを庇った傷が癒えて、やっと帰ってこれた数日後。

背中の痛みもどうにか収まってきた日の夜に、響は押し倒されていた。

相手は言うまでもないだろう。

いつになく据わった目を向けてくる未来に、響はのんびり『まいったな』なんて考えていると。

 

「――――ねぇ、響」

 

長い沈黙を破って、口火が切られた。

 

「すきよ」

「・・・・うん、わたしも好きだよ」

「すき、すき・・・・だいすき」

「・・・・うん」

「だから、ね」

 

言いながら。

握った響の手を、あろうことか自らの胸に触れさせた。

 

「んみぃ!?」

 

仰天して、がばっと起き上がった響が見たのは。

はらはらと、大粒の涙を零す顔。

 

「・・・・『死なないで』って言っても、あなたは約束してくれないでしょ?」

「そ、そんな、こと、は・・・・」

 

離そうとしても、離れない。

手のひらから伝わる体温にドギマギしたせいか、返事も歯切れ悪くなってしまう。

 

「ほら」

 

気付いた時には、遅かった。

 

「・・・・何度言っても、聞いてくれないなら。だったらせめて、あなたを覚えさせて」

 

涙声を堪えることなく、零れる雫を拭うことなく。

 

「生きていた証拠を、ちょうだいよ・・・・!」

 

肩口に顔を埋めたっきり、静かに嗚咽を漏らし始める未来。

声も、体も震えていた。

実際、未来の胸中は恐怖で荒れ狂っていた。

もう大丈夫だろうと油断した矢先の今回の事件。

何より、(イグナイトの影響もあるとは言え)愛する人が、虚ろに『死にたい』と言う様を見せつけられてしまえば。

もはや、気丈に振る舞うなど出来はしなかった。

 

「・・・・ッ」

 

そんな未来を前に。

『絶対に死なない』なんて、響は軽々しく口に出来なかった。

だって、結局は、命を投げ出してしまう自分を自覚していたから。

それを選択した場合、腕の中のこの人がどれほど悲しむか分かっていても。

それで誰かが、未来が助かるのなら。

きっと、躊躇いなく選んでしまうだろう。

――――それなら。

自分の死を恐れてくれる人を。

どうせ、裏切ってしまうのなら。

 

「・・・・みく」

 

柔く抱いて、名前を呼ぶ。

上がった泣き顔へ、キスを送る。

 

「・・・・痛かったら、ごめん」

「ひび、んっ・・・・」

 

その言葉を皮切りに、何度も唇を啄みあいながら。

ベッドの上へ、雪崩れ込んだ。




次回、XDU編『呪われた聖遺物(マテリアル)』(仮題)。
始動・・・・!


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呪われた黄金仮面《ファラオマスク》
多分世界一有名な死神(失礼)


「ただストーリーに沿うのでは面白く出来なかった」などと供述しており・・・・。



・・・・いや、本当にごめんなさい。
特にクロスオーバー抜きを楽しみにして頂いた皆様。


俺じゃない!

 

俺じゃない!

 

俺じゃない!

 

 

 

・・・・なんで誰も、

 

 

 

 

 

 

信じてくれないんだッ!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

・・・・みく、と、その。

い、っせん、をこぇて、しまって、から・・・・!

よっ、四日後、ぐらい!!!!!!

頼む!触れないで!!!!

油断すると顔面がトバ・カタストロフなの!!!!!

あと、エルフナインちゃんが無事快復してから、三週間経ってます!!!!

経過は良好!!イヤァーッ!めでたいッ!!!!

 

「・・・・それは何の顔?」

「愛よねぇ・・・・」

「何故そこで愛・・・・」

 

呆れるマリアさんと、なんだか察している様子の了子さんの声で持ち直す。

何とか切り替えようと、車の窓から外を見る。

晴れ渡った空の下、白波を立てる青い海。

まさに夏ともいうべき、最高のシチュエーションにある港に。

大きな船が停泊していた。

 

 

 

 

 

 

 

『ギリシャ・エジプト展』

とある二つの財閥が共同で企画した。

その名の通りギリシャとエジプト題材の、考古学の展覧会。

目玉は、ツタンカーメンの黄金のマスクと、船をまるごと博物館にしたことの二つだろう。

了子さんとマリアさんは、そこで行われるトークショーのゲストとしてお呼ばれし。

わたしは、事前の打ち合わせが行われる今日、そのお供としてついていくことになった。

・・・・まあ、ついていく理由はそれだけじゃないんだけども。

 

 

 

 

 

 

了子さんの車から降りて(ちゃんと安全運転だよ!)、停泊している船に乗り込む。

博物館として使われるだけあって、豪華客船もかくやという広さと内装だ。

・・・・なんだか場違い感を覚えてしまうのは、仕方のないことだと思う。

いや、こんなん。

普通乗る機会なんてなくない?

なんて考えている内に、待ち合わせの部屋に着いたようだ。

入っていく二人についていくと、もう何人か到着していたみたい。

 

「おぉっ!?」

 

その中の一人が、こっちにというか、わたしに気付くなり立ち上がって。

近寄ったと思ったら、脇を掴んでひょいっと・・・・って!?

 

「響ちゃんじゃないか!久しぶりだなぁ!!」

「うわっ、ととと・・・・!」

 

急なことだったんで、思わず倒れそうになったけど。

必死に踏ん張ったのと、抱き上げた張本人が支えてくれたのもあって。

何とか落ちずに済んだ。

 

「こないだ、アキの見舞いで鉢合わせて以来か!!」

「久しぶりです、譲二おじさん」

 

肩に乗っけられたまま、わたしが挨拶すると。

抱き上げた人物こと、『井出譲二(いでじょうじ)』さん。

もとい、譲二おじさんは、にかっと笑ってくれた。

 

「また、大きくなったか?ん?」

「それこの前も言ってたじゃないですか」

 

『現代のインディ・ジョーンズ』なんて呼ばれる考古学者の一人で、お父さんの学生時代からの親友。

通り名に負けないくらいの切った張ったを繰り広げて、確保、あるいは保護した遺物は数知れず。

二年、というか、三年前。

わたしの家族に、あの港町のセーフハウスを提供してくれた人でもある。

 

「ふふふ、そうしてると普通の女の子よねぇ」

「それ普段は普通じゃないってことですか!?」

「何をいまさら・・・・」

「マリアさんまでぇ!?」

 

抱えられてるわたしが面白いのか、なんだかあったかい目で見てくるマリアさんと了子さん。

その傍らで、了子さんは譲二おじさんの方を向いた。

 

「初めまして、今回対談をさせていただく、櫻井了子ですわ」

「これはご丁寧に、井出譲二です。教授との対面、楽しみにしておりました」

「こちらこそ、よろしくお願いしますね」

 

そう言って、片やがっしり、片やほっそりした手を差し出して握手する。

二人の手が離れたタイミングで、今度はマリアさんが前に。

 

「マリア・カデンツァヴナ・イヴです。今回は、お二人の講義を受ける、一生徒のつもりでお話させていただきます」

「はははっ、なら、眠らせてしまわないか心配ですな」

「そんな、研究の最前線にいる方のお話。むしろ目が冴えるくらいです!」

「それは嬉しいことだ」

 

そして、また握手を交わしていた。

・・・・というか。

 

「おじさん、そろそろ降ろしてほしいなー、なんて」

「おっと、悪い悪い」

 

謝るなり、またひょいっと持ち上げて降ろしてくれた。

ああ、地面の感触が懐かしい・・・・。

 

「しっかし、『櫻井教授の内弟子』とは聞いていたが、こんなに早く拝めるなんてなぁ」

 

・・・・おじさんには、そういう風に説明している。

一応、これまでのことは話しているけれど。

さすがにシンフォギアのことは話せない。

 

「そうだよー、貴重だからしっかり焼き付けてね!」

「言うねぇ!」

 

ちょっぴり罪悪感を抱きながら、何とかおどけてごまかした。

 

「っと、内輪もいいが、そろそろ紹介しないとな」

 

切り替えたおじさんが振り向いた先、まだまだ初対面の人が複数人いる。

言った通り紹介してくれるのかなと思いながら、そっちに注目していると。

 

「わぁ!ほんとに歌手のマリアさんだぁー!」

 

・・・・この場では聞かないだろうと思っていた、子供の声がした。

振り向くと、小学校低学年くらいの子達がぞろぞろ。

続いて、同い年くらいの女の子二人と、健康的な日焼けがまぶしい男の子。

最後に、大人が三人くらい来ていた。

 

「なあなあ!歌手ってうな重食べ放題か!?」

「それで喜ぶのは元太くんだけですよ」

 

で、小学生の中の、カチューシャをつけた活発そうな女の子が。

嬉しそうにマリアさんに駆け寄った後。

それに続いて小太りの男の子が、さらにやせ型の丁寧な口調の男の子もやってくる。

 

「ほら、そんなにいっぺんに話しかけちゃ、さすがの歌姫も困っちゃうわよ」

 

賑やかな三人組を、茶髪の物静かそうな女の子が。

やけに大人びた口調でたしなめていて。

・・・・極めつけは、

 

「おいお前ら!遊びにきたんじゃねぇんだからな!」

 

女の子に続いて、友達をたしなめたのは。

頭のてっぺんのはね毛と、メガネがトレードマークの男の子で。

 

 

 

 

 

 

あかん、(誰か絶対)死ぬぅ。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

――――俺は高校生探偵の『工藤新一』!

ある日、同級生で幼馴染の『毛利蘭』と、遊園地に出かけた帰り。

黒ずくめの男の、怪しげな取引現場を目撃する。

現場を見るのに夢中になっていた俺は、背後からやってくるもう一人の男に気付けなかった。

頭を殴られて気絶してしまった俺に、男は毒薬を飲ませ。

そして、目が覚めると――――

 

――――体が縮んでしまっていた!

 

奴らに工藤新一が生きているとバレたら、再び命を狙われるだけでなく。

周りの人間にも危害が及ぶ。

そこで俺は、近所に住む『阿笠博士』のアドバイスで正体を隠すことになり。

蘭に名前を聞かれて、咄嗟に『江戸川コナン』と名乗った。

そして、奴らの情報を掴むために、父親が探偵事務所をやっている蘭の家に転がり込んだんだ。

 

 

超常現象を現実にしてしまう、異端技術が相手だって。

探偵が諦める訳にはいかないぜ!

 

 

たった一つの真実見抜く!

見た目は子ども、頭脳は大人!

 

その名はッ!

 

――――名探偵コナン!!!




お好きなバージョンのメインテーマを流してください(白目)
『ゼロの執行人』で殴られ、『紺青の拳』で燃料を追加されてしまったんです(喀血)
劇場版やイベントストーリーのつもりで、十話前後で完結させたいです。


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推理物での人物紹介は基本

様々なご反応ありがとうございます。
返信も追っつかないほどのご感想に、ただただ恐縮するばかりですが。
思ったよりも好意的なお声をいただけて、ほっとしております。

何分『コナン物』を書くのは、これが初回なので。
細かな呼び間違いや解釈違い等々は、寛大な御心でご容赦くださいますと幸いです。
なるべく両作品の良いところを引き出せますよう、誠心誠意努めてまいります。


クロスオーバーが苦手な皆様は、改めて申し訳ありません。
この『アレクサンドリア号事件』だけですので・・・・終わったらいつものチョイワル時空が戻ってきますので・・・・。
何卒・・・・何卒・・・・。


「――――展覧会?」

「うん」

 

工藤新一が扮する江戸川コナンは、同居人にして幼馴染の毛利蘭に告げられたことをオウム返しした。

 

「ほら、この間、飛行船で大変なことになったでしょう?そのお詫びに、次郎吉さんが招待してくれるって」

「へぇー」

 

頷いてから説明した蘭が、『園子が教えてくれたの』と付け加えるのを聞きながら。

コナンは少し前の、『赤いシャムネコ』を騙ったハイジャック犯達や怪盗キッドとの騒動を思い出して、納得。

 

「今度やる展覧会の、公開前の会場だってさ。お仕事で来ている人もいるから、午後になったら帰らなきゃいけないらしいけど」

「邪魔になったら、迷惑だもんね」

「そうだねぇ」

 

えらいえらい、と頭を撫でられながら、ふと。

せっかくだから、これを機に自由研究を片づけてしまおうと思い立った。

どうせ『小嶋元太』や『吉田歩美』、『円谷光彦』などの『少年探偵団』も呼ばれるのだろうし。

彼らとしても、面倒な宿題の一つを終わらせられるのなら、意欲的に取り組むであろう。

ついでに、会場の調整を行っているスタッフの邪魔にもなりにくい。

 

 

 

 

かくして、蘭の父親である『毛利小五郎』にも付き添ってもらった。

一足早い展覧会見学が始まったのだったが。

 

 

 

 

「――――あれっ、平次お兄さん?」

「本当だ、久しぶり服部君」

「よお、こないだぶりやな」

 

来たる日の、いざ港。

今回の目的地である『アレクサンドリア号』にやってきてみれば、見慣れた顔が。

タラップ前に、出迎えるようにたたずむのは『服部平次』。

工藤新一と同じく高校生探偵であり、自他ともに認める好敵手(ライバル)でもある。

さらに付け加えると、コナンの秘密を知る数少ない人物の一人だ。

蘭や少年探偵団を始めとした知己達が、再会を喜ぶ傍らで。

同じくコナンの秘密を知る少女、『灰原哀』が近寄った。

 

「彼、なんでここにいるのかしらね」

「オレはなんも聞いてねぇな・・・・っと」

 

船内のロビー部分に入ると、今回の招待主である『鈴木次郎吉』と、その親戚であり、蘭の幼馴染で親友である『鈴木園子』。

そして、見慣れない優男風の中年男性が座っていた。

 

「園子!」

「あっ、みんないらっしゃーい!」

 

気付いた園子がこちらに手を振り、溌剌とした声と笑顔を向けてくる。

蘭もまた、年相応の嬉しそうな笑顔で駆け寄っていった。

親友同士、ハイタッチを交わしてから。

はっとなって、次郎吉に頭を下げる。

 

「次郎吉さん、今日はお招きいただいてありがとうございます」

「構わん構わん!先だっては、むしろ迷惑をかけた側じゃからな。このくらいやらねば、鈴木の恥じゃ!」

 

そう言って、次郎吉は豪快に笑った。

 

「どうも、鈴木相談役」

「おう、毛利先生にも、苦労を掛けてしまったの」

「いやぁそんな!私だって寝てさえいなければ、犯人達をバッタバッタと・・・・!」

「はははっ、相変わらず頼もしいことだ!」

 

小五郎の強がりすらも笑い飛ばしてから、ともにいた中年男性を手で指して。

 

「紹介しよう、こちら、今回我が鈴木財閥と組んで展覧会を企画してくれた。龍臣造船所社長の・・・・」

龍臣義彦(たつおみよしひこ)と言います。よろしく」

 

メガネの奥で柔和に微笑んだ彼は、丁寧にお辞儀をした。

文面は標準語だが、ところどころのイントネーションが西日本っぽい。

だから平次がいるのかと、コナンはほんのり納得する。

 

「今回の見学は、みなさんの社会勉強も兼ねたものだと伺っております。残念ながら、始まってからでないと展示されないものもありますが、どうぞ楽しんでいってください」

「「「「「はーい!」」」」」

 

コナン含めた子ども達が、元気に挨拶をすれば。

義彦は、微笑ましそうに頷いたのだった。

 

「――――それで、何で服部君がここに?」

「それなんやけど・・・・話してええですか?」

「あまり、子ども達を怖がらせたくはないのですが・・・・」

 

自分たちの自己紹介も済ませた後、蘭が改めて平次に質問する。

対する平次が龍臣に問いかけると、彼は渋い顔をしたのちに。

『やむを得ません』と、口火を切った。

 

「実は情けない話なのですが、大阪で襲われまして」

「襲われた!?」

 

龍臣が語るところによれば。

龍臣造船所の総本部がある大阪にて、社長である彼が襲撃を受けたらしい。

幸い怪我は擦り傷程度の軽いもので済んだものの、大企業のトップが襲われたとあっては、警察も動かざるを得なかった。

ところがだ。

 

「この間、こっちでもごっつい騒ぎが起こりよったろ?」

「ああ、都庁のあたりが吹っ飛びやがった」

 

小五郎の言う通り、東京でも都庁周辺が吹き飛ぶ大事件が起こった。

その影響で、大阪府警も人を抜かれたり。

事態解決にあたったS.O.N.G.からの調査依頼が、日本政府を通じてやってきたりとてんてこまいで。

人員を裂く余裕がなかったのだそう。

 

「そこで、西の高校生探偵であるこのオレに、白羽の矢が立ったっちゅうわけや」

「まだまだ学生と言えども、数々の事件を解決した活躍は、私の耳にも届いておりましたから」

「それにオレやったら、大阪府警本部長である親父に、直接連絡出来るからな。なんかあったら、すぐ対応できるって寸法やねん」

「だから平次兄ちゃんがここにいるんだね!」

 

コナンが納得した旨を伝えると、平次は胸を張り。

龍臣はどこか恐縮した様子で頭を下げた。

 

「社長さん、大変だったんだね」

「でも大丈夫ですよ!ここには平次さんに加えて、眠りの小五郎までいるんですから!」

「そーだそーだ!だから元気だせよな!」

「ははは、ありがとう」

 

幼いなりの慰めに、義彦はほっとした顔。

重くなりかけた空気は、すっかり軽くなっていた。

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

さて、そこからさらに移動して。

展覧会の主要なスタッフと人員を紹介してもらえることに。

特に、元太、歩美、光彦の三人は。

その内の一人の名前を聞いてから、うっきうきを隠しきれていない。

豪華客船らしい、荘厳な扉が開かれると。

三人の女性と大柄な体躯の男性が、親し気に話しているのが見えた。

こちらに気付いて、振り向いた顔。

歩美が、目に見えて明るくなった。

 

「わぁ!ほんとに歌手のマリアさんだぁー!」

 

蘭や小五郎などの保護者組が止める間もなく、一気に駆け寄ってしまう歩美。

それに続いて元太や光彦も行ってしまい。

三人で件の人物を。

世界的な歌姫にして、ノイズを根絶した英雄の片割れ。

『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』を囲んでしまうのだった。

 

「ほら、そんなにいっぺんに話しかけちゃ、さすがの歌姫も困っちゃうわよ」

「おいお前ら!遊びにきたんじゃねぇんだからな!」

 

コナンだって、ホームズを目の前にすれば、同じ行動をとってしまう自覚はあるので。

三人の気持ちはよくわかる。

だが、やはり一気に詰め寄るのはよくないことなので、哀と一緒にたしなめにかかった。

 

「す、すみません、子ども達が」

「いいのよ、みんな元気ね」

 

謝る蘭に対して、首を横に振ったマリアは。

しゃがんで目線を合わせながら、微笑まし気に三人を見る。

ひとまず不快な思いはさせていないようだと、コナンは内心でほっとした。

 

「紹介しよう、こちら、ご存知『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』殿。今回の展覧会にて、トークショーを行ってもらう」

「よろしくね」

 

次郎吉に紹介され、立ち上がって改めて微笑むマリア。

 

「それから、同じくトークショーを行ってくれる考古学者の、『櫻井了子』『井出譲二』両教授」

「どうも」

「よろしくぅ!!」

 

続いて眼鏡と白衣が印象的な女性と、筋骨隆々の男性が紹介され。

了子と譲二の二人は、それぞれに挨拶をする。

それから了子は、少し距離を置いていた、茶髪の少女の手を取って。

 

「それで、こっちは私の内弟子の『立花響』ちゃん、今回みんなの案内をやってくれるわ」

「あはは、よろしくねー」

 

自分も紹介されると思わなかったのか、やや乾いた笑みで、それでも快活に手を振った。

 

「・・・・?」

 

コナンはこの時、やたらと締まった彼女の腕が気になったが。

蘭の腕と似ているので、同じく格闘技をやっているのかもしれないと見当をつける。

 

「そして・・・・」

 

気を取り直して、次郎吉にならって目をやれば。

こちらに歩み寄ってきた、二人の男女。

 

「女性の方は、香港の博物館から来てもらった『リュウ・シャンファ』さん。学芸員じゃ」

「どうモ、よろしク」

「隣の男性は、ルポライターの『卜部良太(うらべりょうた)』殿。今回の展示を、記事にしてくれる」

 

シャンファは若い中国美人。

日本語はまだ不慣れなのか、語尾に中国訛りが見られる。

一方の卜部は黙って顎を引いて一礼。

口元に浮かんだ笑みが、申し訳ないが軽薄な印象だ。

と、思っていたら。

 

「いやぁー、今回はこんな大仕事を任せてもらえて光栄ですなぁ」

 

次の瞬間、イメージ通りの、どこかいやぁな言い方で。

 

「ところで、『かの歌姫マリアはペドフィリアだった』って記事、世間はどう騒ぐと思います?」

「・・・・ッ」

 

一瞬で大人達や、そこそこ知識のある少年少女は凍り付き。

分からない子ども達も、首をかしげていたが、鋭い空気は察していた。

 

「――――なーんてね!ジョークっすよ、ジョーク!さすがに俺の身も滅びますって!」

 

すぐにおどけた卜部だが、マリアの渋い顔は戻らない。

というか、さすがに我慢がならなかったのか。

口を開こうとして、

 

「――――だとしたらへったくそなジョークですね、一瞬で場が凍り付きましたよ」

 

響の声が、それを遮った。

呆ける卜部を不敵な笑みで見据えながら、こちらも両手を広げて。

 

「品も無ぇ、微塵のTPOも無ぇ、誰も笑えねぇ、ここまで来たら一種の才能ですわ。ベガスにでもいってみたらどうです?どこでも珍獣扱いですよ」

 

そう、煽りを叩きつければ。

今度は卜部が忌々しそうに舌を打った。

 

「け、けんかはあまリ・・・・」

 

見かねたシャンファは、そんな二人の間に割り込み。

何とかとりなそうとしていた。

微妙な空気になったところへ、救世主の様に現れたのは。

 

「遅れてすみません、社長」

「皆さん、おそろいでしたか」

 

階級の高い船員服に身を包んだ男性と、スーツを着こなした同じく男性。

 

「展示品の固定を確認しておりました、乾船長とは途中で合流を」

「停泊しているとはいえ、船の上ですから。万が一があっては大変ですので・・・・しかし、少し熱中してしまったようですな」

「乾、滝本、いえ、ちょうどよかったです」

 

龍臣は、これ幸いと言わんばかりに二人を並ばせて。

 

「こちら、私の秘書の『滝本敦(たきもとあつし)』、隣はこのアレクサンドリア号船長の『乾達城(いぬいたつき)』です」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします、どうぞ、快適な滞在を」

 

秘書と紹介された滝本はお辞儀。

乾はそれに加えて一言添えた。

空気が回復したわけではないが、切り替えることは出来たようだ。

 

「・・・・それじゃあ、挨拶もすんだところで、早速打ち合わせと行きましょうか」

「そうですね」

「ですな、響ちゃんは子ども達と行くんだろ?」

「うん」

 

譲二と親しいのか、気安い態度で一言二言交わした響。

マリアや了子とも別れて、コナン達の方へ歩いてくる。

 

「平次君も、よかったら見学してくるといい」

「ええんです?」

「ここには、鈴木財閥が雇った警備員達もいるからね。せっかくはるばるやってきたんだ、ツタンカーメンは見ておかないと損だよ?」

「ほな、遠慮なく」

 

どうやら平次も参加する様だ。

少し遅れて合流する彼を見ていると。

 

「・・・・彼女、いい人がいるみたいね」

「はぁ?」

 

急に哀がそんなことをいいだすので、思わず怪訝な顔をするコナン。

 

「ほら、右手の薬指」

 

促されるまま、蘭や園子とあいさつを交わす響を見ると。

確かに、右手の薬指に指輪が光っていた。

 

「ああ、『左手の薬指』ってやつか」

「ええ、ロシアだと逆になる」

 

意外と純情なのかもしれないと思いながら、なお響を見つめ続けるコナンと哀。

ふと、視線に気づいた彼女は、柔和に笑って見せたのだった。




事件が起こるまで書きたかったのですが、人物紹介だけで長くなってしまった・・・・。
推理作品って、いろんな人物を、辻褄が合うように動かしてるんですよね。
改めて数々の探偵ものを書く(あるいは描く)皆様には、尊敬の念を抱くばかりです・・・・。


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案の定(白目)

長くなるうえに、コナンくんと哀ちゃんがびっくりするほどしゃべらねぇ(白目)
じ、次回からは出番が増えるはずだから・・・・!

あと、きちんと調べましたが、いろいろ突っ込みどころがあるやもしれません。
何卒・・・・何卒ご容赦を・・・・!


ふふふっ。

そろそろ現実を見ようぜ、わたし。

目の前を改めて見ても、そこにいるのは江戸川コナン御一行様。

いやいやいや、アニメや漫画本編は、あくまで彼らの日常を切りとったものだから・・・・。

って、それでも結構な頻度で事件に巻き込まれてない?

あっ、待った、いかん。

ドツボにはまる。

カット!カァーット!!

 

「響お姉さん、どうしたの?」

「なんでもないよー、何から話そうかなって考えてた」

 

自己紹介もしてもらった歩美ちゃんに癒されながら、気を取り直して御一行様を見渡して。

 

「さて、じゃあ改めて初めまして、今回皆さんをご案内させていただきます。立花響です」

「よろしくー!」

 

ノリよく返事してくれる鈴木さんに思わず笑いながら、続ける。

 

「まず最初に、みんなに守ってもらいたい約束事があります」

 

メンバーの半分は、香子より年下の小学生だし。

口調はこれでいいよね。

 

「とはいっても、普通の博物館と一緒で、展示品には触らないこと、食べたり飲んだりはしないこと、大声を出したり、走り回ったりして騒がないこと、とかなんだけどね」

 

頷く子ども達を一人一人見やりながら、指を立てて確認していく。

 

「大人だったら、ここに『たばこを吸わない』も加わってくるけど、みんなはまだ子どもだし、そもそも吸っちゃダメなので、カット!」

「未成年の喫煙は、法律違反になっちゃいますからね」

「光彦くんそのとーり」

 

っていうか、小学一年生で『喫煙』の言葉を理解できてるのか光彦くん。

なんて感心していると、

 

「なぁなぁ、なんで食っちゃダメなんだ?今日は俺達しかいないんだろ?」

「そうだねぇ、でも、こぼれた食べ物や飲み物が展示品を汚しちゃったら大変でしょ?特に今回は、いろんな博物館にお願いして持ってきた『本物』もあるからね」

「そっか、ツタンカーメンが汚れちまったら大変だ!」

 

納得してくれた元太くんは、絶対にやらないぞと意気込んでいた。

うーん、かわいい。

 

「とはいえ、熱中症で倒れちゃったりしても大変だから。展示品から離れて、手早く飲んじゃうのは許します!というか、許可はもらってます!」

 

これは本当。

展覧会本番でも、水分補給のスペースを設けるっていう話だ。

熱中症怖いもんね・・・・。

今年も全国で35度前後を記録したんやでぇ・・・・。

 

「じゃあ、ガイダンスはここまでにして、早速行こうか」

「「「はーい!」」」

 

元気な声を号令に、移動を始める。

 

「にしても、なんでギリシャとエジプトなんや?抱き合わせか?」

「あはは、違う違う。どっちも地中海を挟んで往来できる距離にあるし、それに一回一つの国になったこともあるから」

「ねえねえ、それってもしかして、アレクサンドロス大王?」

 

首をひねる服部くんに解説を入れていると、コナンくんが話しかけてきた。

 

「そうそう!よく知ってるね」

「えへへー、ヘレニズム文化だよね?」

「うん、アレクサンドロス大王の東方遠征をきっかけに、ギリシャ、エジプト、ついでにインドの文化が混ざり合ってできたものだね」

「ほぉー、そんな歴史があるなら、無関係とは言えんのぉ」

 

服部くんは感心した一方で、どこか悔しそうな様子で。

コナンくんは『どうよ?』と言わんばかりに胸を張っている。

・・・・ちょっと、いたずら心が沸いた。

 

「それにしても物知りだねコナンくん、どこで覚えたの?」

「えっ、あ、えっとね・・・・そう!新一兄ちゃんに教えてもらったの?」

「新一兄ちゃん?ご兄弟?」

「ううん、親戚!『工藤新一』兄ちゃん!」

 

ふふっ、ビビってるビビってる。

そして来たな、クドー!

 

「ああ、高校生探偵だっけ?」

「そう!オレと並んで『東の工藤、西の服部』なんていわれるほどの実力でなぁ」

「ついでに蘭の旦那様~♪」

「園子!」

 

多分いつもの調子でからかってくる鈴木さんに、『こらっ』てやる毛利さんだけど。

ぶっちゃけまんざらでもなさそうな感じだ。

 

「でも、工藤君、ここんとこめっきり姿を見かけないのよねぇ。学校にも来てないし」

「そうなの?」

「うん、なんだか事件が忙しいとかって・・・・」

 

へぇ、と相槌を打ちながら。

そこにいるよー、と。

視聴者の誰もが思ったであろうことを、わたしも考えていると。

 

「まったく、待ってる身にもなってほしいわ」

 

なんて、毛利さんが照れ隠しのように言うものだから。

・・・・思わず、だった。

 

「でも、それって、工藤くんなりに毛利さんを大事にしてるからじゃないかな」

「えっ?」

「友情か愛情かはおいといてさ、幼馴染ってことは、普通の友達よりは強い絆なわけじゃん?」

「まあ、そりゃあ・・・・」

 

考察に、毛利さんが頷いてくれたのを確認してから、続ける。

 

「・・・・だったら、守りたいって思って、一生懸命になるのはしょうがないんじゃないかな」

 

・・・・アニメや漫画の『新一』は。

いつも幼馴染の『蘭』を守るために、一生懸命だった。

その想いは、身勝手極まりないのだけど。

とても強い共感を覚えてしまうんだ。

すると、毛利さんは真面目に考え込み始めてしまう。

・・・・なんだか照れくさくなってきたのと、ちょうど会場についたので。

誤魔化しにかかった。

 

「なーんて、湿っぽい話題はここまでー!ほら、会場についたよ」

 

聞いて驚け、このアレクサンドリア号。

かの『ロイヤル・カリビアン・インターナショナル』が誇る『アルーア・オブ・ザ・シーズ』とタメを張れるスペックのお船!

そのイベントホールと吹き抜け、周辺の廊下を博物館に変えちゃってもなお有り余る、癒しとエンターテイメントの宝庫である!!!

乗ったこともッ!!!乗るような縁もッ!!!!ないけどなッ!!!!!

 

「会場の入り口の廊下は、エジプト・ギリシャ、それぞれの神話の神様がお出迎えしてくれるよ」

「ほほぉ、こりゃまた荘厳な」

 

向かって右手側にエジプト神話の、左手側にギリシャ神話の神々の彫像が並んでいる。

これらは全部レプリカなんだけど、素人目に見てもよく出来ているのが分かる。

 

「エジプトの神様達は、お顔が動物さんで面白いね」

「ギリシャの神様は、全体的に薄着ですよね・・・・」

 

宿題のことも忘れていなかったのか、一生懸命記録していく少年探偵団。

わたし達お兄さんお姉さん組は、そんな子ども達に足並みを合わせながらゆっくりあるいていく。

と、

 

「あっ、見て見て!この神様!面白い!」

「なんかあったのかー?」

 

歩美ちゃんが、何かを発見したようだ。

指さす方を見て、みんなが寄っていく。

 

「お顔が虫さんだよ、こんなのもいるんだぁー」

「ほんとだ!なんだこれ、カナブンか?」

 

その神様は・・・・ふふふっ。

カナブンと思うやろ?

 

「どっこい、フンコロガシなんだ、この神様」

「ええっ!?」

「フンコロガシって、あの?」

 

子ども達どころか、鈴木さんや毛利さんも気になっているご様子。

ふふっ、いい顔いただきました。

 

「なんか、ご利益薄そうなんだけど・・・・」

「日本人からしたらそうかもしれないけど、古代エジプト人にとってはものすごく重要な神様だよ。何せ、日の出を司っているからね」

 

神様としての名前は『ケプリ』。

フンコロガシが、名前の通り動物の糞を玉にして転がす様から。

太陽の運行を象徴すると考えられた。

ケプリは、そんな信仰から生まれた神様だ。

また、太陽神『ラー』の姿の一つともされ。

夜のうちに冥界を渡ったラーは、この姿をとって、東の方向から地上に表すとされている。

解説をすると、みんなは感心したようにメモを取っていた。

 

「へぇー」

「でも、解説聞いた後ならわかる気がする」

「どこの国もおもろいこと考えるんやなぁ」

 

毛利さん達高校生組の感想もいただきながら、次に進む。

パルテノン神殿や、アブ・シンデル神殿のミニチュア。

神話が描かれた壷や、日常生活が描かれた壁画。

質問されたり、あるいはこっちから教えたりして。

そのたびにみんなが一喜一憂するのが面白い。

・・・・博物館関係の仕事とか、いいのかもしれないなぁ。

なんて、考えていると。

 

「どうしてエジプト人は、ミイラを作ろうとしたんでしょうか」

 

猫のミイラの前で、光彦くんがぽつっとつぶやいたのが聞こえた。

 

「そういえば・・・・」

「普通にお墓にいれるんじゃ、ダメだったのかなぁ」

 

それを皮切りに、子ども達が次々疑問を口にする。

一方で、やっぱりというか、コナンくんや哀ちゃんは特に疑問は持っていないようだ。

それどころか、はてなを浮かべるお友達に教えてあげていた。

 

「諸説あるけど、有力な説は神話に影響されたから、かな」

「そうなの?」

「うん、あるところにオシリスって神様がいてね?」

 

わたしも助け船を出して、一緒に解説する。

――――昔々、エジプト神話の中でも高位の神様『オシリス』は、人々に農耕や法律を授けて多大な支持と功績を持っていた。

ところがそれを妬んだ弟『セト』に、体をバラバラにされて殺害されてしまう。

夫の死を嘆いた妻『イシス』と医学の神『アヌビス』は、彼の体をすべて集めて、包帯でぐるぐる巻きにして繋ぎ合わせた。

すると、奇跡的にオシリスは復活したのだ。

合間合間に、コナンくんや哀ちゃんが、みんなに分かりやすいよう噛み砕いた説明をしてくれて。

なんだかちょっとした連携プレーをやってる気分。

楽しい。

 

「生き返ったの!?」

「神話の中だとそうだね。それで、この奇跡に肖ろうとした人々が、こぞって死者をミイラにして、復活を願った・・・・ってわけ」

「復活・・・・ってことは、生き返るつもりでミイラになったってこと?」

「そういうこと」

 

古代エジプトにおいて、ファラオとは現人神も同然。

ともなれば、なおさら復活への期待は高かったことだろう。

そこまで説明すると、みんなはまた感心した様子でメモを取っていた。

 

「コナンくんや哀ちゃんは、みんなよりも物知りみたいだね。本でも読むの?」

「う、うん!」

「本は好きです」

 

また反応が見たくて話しかけてみると、年相応の返事をしてくれるコナンくんと哀ちゃん。

演技上手だな、高校生と科学者。

いや、大変かわいらしくてよろしい。

 

「それじゃあ次は、みなさんお待ちかね。いよいよツタンカーメンとのご対面だよ」

 

みんながメモを取り終えたのを確認して、いよいよメインイベントだ。

あえて装飾や照明が少なく設置された、薄暗い廊下を進む。

やがて開けた場所に出れば。

 

「うわぁー!」

「すっげー!金ぴかだぁー!」

 

階段状のディスプレイの上に、ガラスケースに収められたあの黄金のマスクが。

ここは、本来吹き抜けになっている場所だけど。

直射日光はあんまりよくないからとかで、天幕を張られて日光は遮られている。

代わりに、周囲に吊り下げられたライトが照らしていて。

・・・・うん、冗談抜きで綺麗。

一瞬解説とか吹き飛んだ。

筆舌に尽くしがたいとはこのことか・・・・!

おっと、お仕事お仕事。

 

「ツタンカーメン、正式な発音は『トゥトゥ・アンク・アメン』って言って、『アメン神の生まれ変わり』って意味があるんだよ」

 

子ども達は、はしゃいで半分くらい聞いてないようだったけど。

毛利さん達は耳を傾けてくれている。

 

「齢18で亡くなったとされる少年王、最近の研究だと、死因は戦車に轢かれた轢殺だろうって言われてるね」

「戦車ってことは、戦争で亡くなったってこと?」

「っていうか、戦車って古代エジプトにあったんだ」

「あったんだよー」

 

タンク(戦車)』っていうか、『チャリオット(戦車)』だけどな。

 

「元は『トゥトゥ・アンク・アデン』って名前だったんだけど、お父さんである先代ファラオの無理な宗教改革が原因で、国内は荒れていてね。王位を継いだ彼は、その立て直しを行ったんだよ」

 

ちなみに『アデン』というのは、先代『アクエンアテン』が新たに信仰しようとした神様の名前だと付けくわえて、続ける。

 

「だけどさっきも言った通り、混乱を平定する戦いの中で命を落としてしまった。そんな彼の後継だと言い張ったのが、腹心である『アイ』だった」

「哀ちゃんと同じ名前だ!」

「そうね」

 

そういえばそうか。

 

「でも、ごめん。この人はよくない話があってね」

 

ずっとツタンカーメンを支えてきた自信もあったであろうアイは、強引な手段でファラオの座についた。

未亡人となったツタンカーメンの妻を娶り、本来臣下たる自分が入るはずだった墓に、主の遺体を押し込めて。

 

「それってあんまりじゃない?」

「ツタンカーメンさん、かわいそう・・・・」

 

鈴木さんと歩美ちゃんが代表して口を開いたけど、みんなが一様に渋い顔をしている。

この黄金のマスクの持ち主の境遇に、それほど胸を痛めているのだろう。

優しい人たちだと思いながら、さらに続けた。

 

「そんなんで、アクエンアテンからツタンカーメン、そしてアイの三代は、あんまりにも荒れたもんだから。後の時代のファラオ『ラムセス二世』によってなかったことにされようとしたんだけども・・・・」

「墓やミイラが発見され、さらにはこの黄金のマスクや、『王家の谷の呪い』の伝説とセットになり、むしろ世界一有名なファラオになったと」

 

服部君のまとめに、頷いていると。

 

「呪いって・・・・?」

 

知らなかったのか、歩美ちゃんが不安な顔。

むむ、こりゃいかん。

 

「よくある話で、『王家の墓をあばいたら、呪われて死んじゃう』ってやつ。ちゃんと迷信だって証明されてるから、怖がらなくていいよ」

 

哀ちゃんにも慰められて、ほっと一安心した歩美ちゃんに笑いかけながら。

改めて黄金のマスクを眺めて、

 

「それに、アイやツタンカーメンの話も、これはあくまで有力な説の一つであって、真実というわけでもないからね?もしかしたらアイも、国がこれ以上傾かないように、やむなくそうしたかもしれないし」

「権力に目が眩んだんじゃなくて、本当に国を思った行動だったかもしれない・・・・」

「どっちにしろ、真実は闇の中かぁ」

 

哀ちゃんのためにも、何とかフォローを入れると。

うむむ、と唸りながら考え込んでしまった鈴木さんや毛利さん。

重くなってしまった空気を払拭したのは、コナンくんの明るい声だった。

 

「でも、その真実に向かって日々研究してるのが、櫻井先生や井出先生みたいな考古学者なんでしょ?」

「その通り!もちろんその二人以外の考古学者さん達も、日夜頑張って研究しているのです!」

 

個人的に印象に残っているのは、女王卑弥呼が操ったという強力な呪術の正体を、伝染病だと解明した倉太楽々(くらたらら)先生の論文だろうか。

症状が黒死病に酷似していることから、医療分野でも進展があったとか、何とか・・・・。

なんにせよ、

 

「現代と違って、記録が風化していることが多い古代。誰もかれもが忘れ去ったその時間に、何があったのか、何が起こっていたのか、当時の人は、何を考えていたのか・・・・考えれば考えるほど、ロマンに満ちてくるよねぇ」

 

そう締めくくれば、落ち込んでいた空気は何とか持ち直した。

いやぁ、ちょっと暗い話題になっちゃったから、心配だったんだよ・・・・。

 

「というわけで、今日のツアーはここまで!みなさん、お疲れ様でしたー!」

「わー!」

 

最後に明るく声を上げれば、みんなはノリ良く拍手。

何とか役目を果たせてよかった。

この後は、了子さん達のとこに戻って、打ち合わせが終わるまでボディーガードだっけ。

服部君とはもう少し付き合うことになりそうだなと、のんびり考えていると。

 

「・・・・?」

 

耳が、何かの音を拾った。

何かを無機物を引きずるような、重々しい音。

はっと振り向くと、装飾の一つ。

神殿を思わせる巨大な柱が、こっちに傾いてきていた。

 

「ッみんな!離れるよ!!」

 

いきなり怒鳴ったんでびっくりさせちゃったけど、倒れてきてる柱を見て察したらしい。

みんな一斉に、一目散に走りだす。

・・・・普段から事件やらなんやらに巻き込まれているからか、行動が早い。

とかなんとか感心していたら、

 

「大変、マスクが!!」

 

子ども達の背中を押す横で、毛利さんの切羽詰まった声が聞こえたもんだから、勢いよく振り返る。

すると、確かに柱がガラスケースの直上にぶち当たりそうで。

 

「――――ッ!!」

 

考古学的にも価値があるとか、子ども達にショッキングなもの見せられないとか。

色々理由はあるけれど。

とにかくなりふり構ってられない。

 

「ちょっ!?立花さん!?」

「危ないで!!」

 

クラウチングで飛び出す。

背中にみんなの戸惑った声を受けながら、加速する。

 

「はああああああああああッ!」

 

途中の階段は、側転を利用して勢いを殺さないようにして。

 

「ッッダア!!!!」

 

蹴り、一発。

目論見通り、ガラスケースに当たりそうだった上部が、上手いこと砕けた。

蹴りつけた反動に逆らわず、後ろに飛んで着地。

同時に、地響きを鳴らしながら、柱が倒れた。

念のため、ガラスケースに寄って確かめる。

幸い砂ぼこりをかぶってしまったくらいで、傷一つついてなかった。

一応、一安心かな。

・・・・おっと!

一番確認しなきゃいけないことを忘れてた!

 

「みんな、怪我は?」

「・・・・っは!ぃ、いや、俺はなんとも。お前らは?」

「こっちも大丈夫!」

「オレ達だって平気だぞ!」

 

慌てて聞いてみると、それぞれが返事をしてくれる。

こちらも念を入れて一人一人観察したけど、本当に怪我はないようだ。

今度こそ気を抜いて、ほっとしていると。

 

「響さんすっげーな!」

「ヤイバーみたいでした!」

「響お姉さん、かっこよかった!」

 

今度は興奮冷めやらぬといいたげな子ども達に、あっという間に囲まれてしまった。

というか君達、毛利さん(あれ)とか毛利さん(それ)とか毛利さん(これ)とかで見慣れてんじゃないかい?

とはいえ、これだけ元気ならよかった。

・・・・守れてよかった。

なんて、油断していたときだった。

 

 

 

 

「――――――うわあああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!」

 

 

 

 

天幕で塞がれているとはいえ、吹き抜けだからか。

その悲鳴は、よく響いてきた。




ギリシャ・エジプト展という設定なのに、エジプトの解説が多めになってしまった件。
こ、恒例のおまけで保管するつもりだし(震え声)






今日のパロディ
倉太楽々(くらたらら)

くらふと らら

ララ・クロフト(トゥームレイダーより)


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死ぬ一瞬まで振り切れないのが『過去』

その声を聞いて、真っ先に反応したのは服部君とコナンくんだった。

って、おおーい!!どこいくねーん!

 

「みんなはここにいて!」

「わ、わかった!」

 

毛利さんの返事を聞いてから、わたしも駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

「――――これは?」

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

慌ただしい人の流れを頼りに、コナンと平次は船内を駆ける。

やがて見えてきた客室の一つ。

マリアや譲二のような、先ほど出会った主だった人物が対応しているのが見えた。

 

「ッいい加減にしやがれ!!」

「ひぇ、のがッ!」

 

すると、譲二のたくましい腕が何かを放り投げたのが見えた。

卜部だ。

軽々放り投げられた彼の衣服には、所々赤い汚れがついている。

顔色は最悪で、今にも吐きそうだったが。

何か惹かれるものがあったのか、カメラだけはしっかり握っていた。

 

「何があったんや!?」

 

一足先に平次が駆けつけ、卜部の外傷を確認しながら。

部屋の方に目をやって。

 

「――――」

 

目を見開いて、息を吞んだ。

 

「おい服部!何が起こっているんだ!」

 

長年のライバルの尋常ではない様子に、やっとおいついたコナンも同様に見ようとして。

ふと、誰かが立ちはだかる。

しなやかな女性の足。

見上げると、血気迫ったマリアの顔が見下ろしてきていて。

瞬間、首根っこを掴まれた。

 

「来てはダメッ!」

「ぇ、う、わッ!?」

 

あろうことか、まるでボールか何かの様に放り投げられて。

そのまま、追いかけてきていた響に受け止められた。

 

「マリアさん!何が!?」

「いいから!その子に何も見せないで!あなたもよ!見てはダメ!」

「は、はいッ!」

 

歌姫らしからぬ怒号に、言いようのない逆らい難さを感じて。

コナンはただ頷くしか出来ない。

そのあとで、隠しきれない困惑のまま、無意識に響を見上げる。

 

「いい子だから、ここで待ってよう?ね?」

「う、うん・・・・」

 

『不安がっている』とでも思ったのだろう。

響は柔和に笑いかけると、コナンを降ろして件の部屋に向かってしまった。

彼女とすれ違うように平次が歩いてきたので、彼に聞くことにする。

本当は自分の目で調べたいのだが、マリアが見張っている以上難しいだろうと判断してのことだった。

 

「服部、何があった。あの部屋、どうなっているんだ?」

「ああ、工藤・・・・えらいこっちゃで」

 

口元を押さえ、顔色悪く返事する彼は。

 

「殺人や、しかもえらく趣味の悪い部類の」

 

コナンと一緒に、いまだ騒がしい部屋の入り口を振り向いて。

騒乱の訪れを告げて。

大人達の誰かが、『警察を呼べ!』と叫んだ。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「――――被害者は、香港から来ていた学芸員『リュウ・シャンファ』さん。死因は、全身を切断されたことによるショック死」

 

大事になった・・・・。

またまた見覚えのある『目暮警部』や『高木刑事』、そして『佐藤刑事』の三人が。

鑑識や巡査さん達を引き連れて、物々しい雰囲気になっている。

犠牲となってしまったのは、香港からやってきていたシャンファさん。

遺体の損壊が激しかったらしいけど、身に着けていた衣服や、散らばっていた遺留品から判断されたらしい。

・・・・何というか。

敵じゃない分、もの悲しさが半端ないね。

つい二時間くらい前まで、顔を合わせて話したはずなのに。

もういないなんて・・・・。

 

「そのことを、一足先に調べてくださったのが、毛利さんと・・・・」

「私ですわ」

 

了子さんの声がしたので、考え事から戻る。

どうやら、聞き取りが始まったようだった。

 

「医学の心得もございますので、何か一助になればと」

「なるほど、では、改めて見解を聞かせていただけますかな?」

「ええ」

 

一度頷いた了子さんは、集まった面々を見渡しながら話し始めた。

 

「まず、彼女を殺したのは簡単なワイヤートラップと見て間違いないでしょう。それも二段仕掛けの」

 

了子さんが話すには。

まず第一段階として、扉が閉まることで被害者を捕縛。

次の開けた時に締め上げて、趣味の悪いサイコロステーキを生産するのが、第二段階らしい。

・・・・普通の人なら。

始めの捕縛で確実に悲鳴や驚愕の声を上げて、そして助けを求めるだろう。

そして、中の人を助けようと、第三者が扉を開けてしまえば・・・・。

うん、趣味も性格も最悪な犯人だ。

それで、その運の悪い、止めを刺す役になってしまったのが。

 

「第一発見者の卜部さん、あなたということですな」

「え、ええ」

 

卜部さんが言うには。

許可を得て船の中を撮影していたところ、シャンファさんの悲鳴を聞きつけて、例の部屋に向かったらしい。

尋常ではない様子だったので、扉を開け放ったところ。

こう、ぐしゃっと・・・・。

ちなみにその後、スクープだと言わんばかりにシャッターを押しまくっていたとかで。

だからあの時、譲二おじさんにつまみ出されてたんだなと納得。

 

「確かに、押収したカメラの現場写真は貴重な資料ですが。死者を辱めかねない行為は、褒められたものではありませんな」

「ぅっ、す、すみませーん。ははは・・・・」

 

じろっと目暮警部に睨まれた卜部さんは、愛想笑いで誤魔化そうとしていた。

この人、反省しない類の人だな・・・・。

 

「ふむ・・・・では、事件発生当時、みなさんがどこにいたのかお聞きしても?」

 

・・・・なんだろう。

何気ない動作だし、こっちには何の非もないのに。

警察と目が合っただけで、どきっとしちゃうこの緊張感・・・・。

って、そうだった。

あたし凶悪犯・・・・。

い、いや、でも今回の件に関しては無実だし。

せー、ふ?

セーフ、よね?

 

「私は、井出教授や櫻井教授と一緒に、展覧会のトークショーについて打ち合わせを」

「この船のカフェテリアでやったし、飲み物も頼んだんで、ウェイターに聞けば証言は取れるはずです」

 

最初に、マリアさんと譲二おじさんがそう証言。

やらないし、やってないって確信はあるけれど、アリバイがしっかりしていることに安堵する。

 

「私は、館内の見回りを。社長や滝本さんとご一緒していましたので、こちらも乗組員や監視カメラで確認できるかと存じます」

「警部殿の耳にも入っているやも知れませんが、社長が地元で襲われましたので、一人にするわけにもいかず・・・・」

 

続いて、乾船長が代表して証言して。

滝本さんがそれに付け加える。

 

「鈴木相談役は?」

「儂は、龍臣社長と展覧会について打ち合わせた後、館内を見て回っておった。同じく、乗組員や監視カメラで確認できるはずじゃ」

 

鈴木相談役曰く、『見事な船なので、じっくり見て回りたかった』とか。

気持ちはわかる。

 

「で、立花響さん、あなたは?」

 

おっと、わたしの番か。

 

「わたしは、鈴木相談役が招待した子ども達の案内を」

「私達も一緒でした!」

「うんうん!」

「俺もおったで、間違いない」

 

隠すことでもないので素直に証言すると、鈴木さんと毛利さん、服部君が援護してくれた。

と、

 

「目暮警部!ツタンカーメンの部屋の柱が、一部破壊されているとの情報が」

「何?」

 

あっ。

 

「ごめんなさい、それはわたしがやりました」

「はっ?き、君が?」

 

ぎょっと驚く警察官さん。

・・・・うん、驚くのは分かる。

正直わたしも出来るとは思ってなかったし。

 

「はい、子ども達の方に倒れてきて、一刻を争う状況だったので・・・・ごめんなさい」

 

とはいえ、やったことにはやったので、正直に白状して頭を下げる。

 

「龍臣社長、鈴木相談役。せっかくの展示を壊してしまい、申し訳ございませんでした」

 

もちろん。

この船の所有者と、展覧会の主催者のお二人にも。

 

「待って!響お姉さんを怒らないで!」

「そうです!ボク達、本当に危ないところだったんですから!」

「ツタンカーメンだって、ぺしゃんこだったんだぞ!」

 

わたしの前に立って両手を広げてくれたのは、少年探偵団のみんな。

 

「わたし達も、現場にいました!」

「そりゃあ、あんなおっきいものを吹っ飛ばしたのは驚いたけど。でも、あの状況はしょうがなかったと思います!」

「俺も、立花の無実を言い張らせてもらいますわ」

 

さらに、毛利さん達高校生組も一緒になって擁護してくれる。

 

「い、いや、そこまで言うのなら、そうなんだろう。君達を信じよう」

「ですな、子ども達や、展示品のためにやってくれたことなら、そう強くは責められません」

「まあ、まだ替えの効く装飾品で済んでよかったと見るべきじゃな」

 

みんなの勢いに押された警部さん達が、鈴木相談役と龍臣社長を見ると。

二人とも、寛大な言葉をかけてくれた。

これが大企業を背負う器・・・・!

 

「・・・・この度は、私の教え子が大変失礼しました。皆様の寛大な御心に感謝いたしますわ」

 

最後に、了子さんが一緒に頭を下げてくれたことで。

この一件は収まった。

と、思いきや。

 

「それに、倒れてきた柱も、誰かの故意かもしれないんです!」

「何?それは、本当かね?」

 

言うなり、毛利さんはスマホを操作すると、警部さんに何かを見せる。

 

「これは、風船・・・・?」

 

毛利探偵や刑事さんに混ぜてもらって覗いてみると。

柱の台座と思わしきものの上に、パンパンに膨らんだ風船の写真が表示されていた。

聞くところによると、わたしや服部君、コナン君が。

卜部さんの悲鳴を聞いて走り去った直後に、哀ちゃんが見つけたものらしかった。

 

「君、これは本当かね?」

「間違いありません。倒れた柱の根元に、この風船が」

 

柱のことを報告した警察官さんが、目暮警部に確認されてこっくり頷く。

 

「中にはドライアイスが詰め込まれていました」

「なるほど、ドライアイスから出る二酸化炭素で風船を膨らませ、柱を傾けて倒したんでしょうな」

「ふてぇ野郎だ、なんてことしやがる!」

 

毛利探偵の見立てに、譲二おじさんはひどく立腹しているようだ。

まあ、職業柄当たり前、か。

 

「井出先生、やっぱり許せないの?」

「おうともさ!発掘される遺物は、過去からのメッセージだ。時には重大な危機を乗り越えるための、貴重な情報を秘めている大事なもんだぞ!それをぶっ壊そうなんざ、とんでもねぇことだ!」

 

コナン君の質問にも、熱く語っている。

うん、やっぱり考古学者になるべくしてなったんだろうね。

 

「話を戻しましょう。柱の件は引き続き調査を、無関係と判断するのは早計すぎる」

「っは!」

 

目暮警部が手を叩いて、脱線しかけていた話題を軌道修正。

改めて全員を見渡してから、口を開く。

 

「それで、今回の犯人について、何か心当たりはありませんか・・・・?」

「心当たり、となると・・・・」

 

質問を受けた鈴木相談役の目が、申し訳なさそうに龍臣社長へ向く。

対する龍臣社長は、臆した様子もなく。

『そうなるでしょう』と言いたげな、物憂げな顔でため息をついた。

 

「個人的に引っかかっているのは、あの襲撃者でしょうか」

「というと、大阪での?」

「ええ」

 

襲撃者・・・・?

そういえば、さっきも襲われたみたいなこと言ってたな。

 

「突然のことでした、帰宅途中に現れたそいつに・・・・おそらく、殺されそうになってしまって・・・・幸い、近くの人が助けてくださったお陰で、軽傷で済みましたが・・・・」

 

・・・・その時のことを思い出しているのだろうか。

社長の手が震えている。

また、毛利さん達は一足先に事情を聞いていたらしい。

痛ましそうに、気遣いの目を向けていた。

 

「・・・・真っ黒なコートに、右腕に仕込んだ刃」

 

――――――うん?

 

「去り際、そいつは確かに名乗りました」

 

・・・・どうしてだろう。

嫌な予感と、冷や汗が止まってくれない。

 

「――――『ファフニール』、と」

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「『ファフニール』、だってぇ!?」

 

――――その名前が出た瞬間。

主に警察関係者の空気が変わった。

『ファフニール』。

一般的には、北欧神話に伝わる欲深なドラゴンの名前なのだが。

この場合は違う。

つい数年前まで、アジアや中東を中心に暴れまわっていた大犯罪者。

いや、テロリストと言う名の災害とも言うべきだろう。

南米での目撃証言を最後に、ぱったりと足取りが途絶えており。

もう死んでいるというのが、有力な説だったのだが。

 

「龍臣社長!それは、間違いないのですか!?本当に、あの!?」

「本人かどうかは、私には推し量れません・・・・ただ、襲撃者がそう名乗ったことだけは、事実であり、間違いのないことです」

 

思わず身を乗り出す目暮警部に、深く頷いて答える龍臣。

どよめく警察関係者や、事情を知っている大人達の脇で。

コナンは一人、視線を研ぎ澄ませていた。

 

「・・・・工藤君」

「ああ、分かってる」

 

声を潜める哀に答えながら、目を向ける先。

必死に隠しているものの、明らかに狼狽えている響と。

そんな彼女を、気づかわし気に見るマリアと了子の二人。

 

「『ファフニール』の名前が出た途端に、変わった」

 

黙って頷く哀を横目に。

コナンは、未だに動揺を隠せない響の横顔を凝視して。

 

(柱を蹴り飛ばしたことと言い・・・・やっぱりこの人、何かある・・・・!)




コナン「・・・・」(ロックオン)
チョイワル「ッ!?」ゾワワッ


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イッツシンキンターイム

ご感想ありがとうございます。
ネタばれをポロリしてしまいそうなので、お返事出来てませんが。
皆さんの反応を愉しくゲッホンゲッホン励みに頑張っていきます!



本編に入れられなかったので、ここで。

Q.小五郎のおじさんは、事件発生まで何してたの?
A.龍臣社長から、襲撃のお話を聞いた後。
お船の中を見学していたら、迷子になってたそうだよ。
運よく乗組員に出会って、鈴木相談役と合流しようとしてたら。
事件が起きちゃったよ。

ちなみに、子ども達が去った後で、了子さんやマリアさんをお茶に誘ったけど。
案の定フラれたってさ。
二人とも美人さんだからね、お近づきになりたくなっちゃうよね。

小五郎「それにしても、櫻井教授!とってもお綺麗ですなぁー!どうです?この後、お茶でも!」
了子「ありがとうございます、けれどごめんなさい、もう決めたが方おりますので」
マリア「」察した顔


――――切り分けたハンバーグを頬張る。

塩・コショウや、ナツメグ、玉ねぎで彩られた肉汁が、口いっぱいに広がる。

幸せ、と言う他ない味だったけど。

胸のしこりを拭うには圧倒的に足りない量だった。

今わたし達がいるのは、アレクサンドリア号のレストラン。

わたしや鈴木さん、毛利さんだけでなく。

少年探偵団のみんなも一緒だ。

豪華客船なだけあって、どの料理も舌鼓を打つには十分すぎる出来なんだけども。

やっぱり、いまいち堪能しきれていないところがあるようだ。

ちなみに譲二おじさんと卜部さんはもう食べ終わって、今は食後の一服をしに出て行ってる。

あんまり食欲がなかったみたい。

 

(まあ、無理もないかぁ・・・・)

 

お味噌汁を口にしながら、状況を整理してみることにした。

 

 

 

 

 

 

――――因縁深過ぎるというか、覚えしかない『ファフニール』の名前が出た直後のことだ。

龍臣社長のスマホにメールが届いた。

差出人は、『ファフニール』。

そこには、『綾部造船の仇』『一人として、許しなく下船させない』といった脅迫めいた内容が書かれていた。

シャンファさんの遺体が本気の証拠であると念押しされてしまえば。

子ども達みたいな弱い立場の人を、おいそれと避難させるわけにはいかなくなってしまい。

結局、元太君のお腹が咆えたのを皮切りに、お昼でも食べて一息いれようとなった。

 

 

 

 

 

 

 

『綾部造船』というのは、『龍臣造船所』の前身になった会社らしい。

二十年くらい前に、幹部の不祥事がきっかけで倒産。

その後、当時専務だった龍臣社長が立て直して、現在の『龍臣造船所』になったとか、なんとか。

警察のみなさんは、その線からも当たってみるそうで。

あちこちに連絡を取っていたのが印象的だった。

なお毛利先生と、それからマリアさんと了子さんは。

もう少し捜査をするようだ。

というのも、『ファフニール』を無視できなかったお二人が『マリアがファフニールと戦ったことがある』『無関係を装えない』と主張したことで。

(ちょっと強引に)S.O.N.G.スタッフとして捜査に関わることに。

まあ、ほっとくわけにはいかないよね・・・・。

わたしは一応未成年なので、引き続き子ども達のお守りだ。

・・・・相手はかつてのわたしを名乗る物好きなんだし、何やらかすか分からない。

構えておくに越したことはないだろう。

そう思いながら、たくあんを数回咀嚼した後、ごはんを頬張った。

と、

 

「立花さん」

「むぐ?」

 

声を掛けられて振り向くと、毛利さんと鈴木さんがお盆を持っていた。

それぞれの料理は、すでに何口か食べた後だった。

 

「急にごめんね、一緒していい?」

 

どこか困った顔でそういう毛利さん。

別に断る理由もないので、もぐもぐしながら黙って頷いた。

『ありがとう』とはにかんだ二人は。

丸いテーブルで、わたしと向かい合う位置に座った。

とはいえ、なんでまた急に?

思っていることが顔に出ていたのか、二人はまたはにかんで。

 

「『ファフニール』だっけ?初めて知ったんだけど、そんなおっかない奴に狙われてるって思うと、気が滅入っちゃってさ」

「それに、こんなことになっちゃったけど、立花さんともう少し話してみたかったから」

「ああ、なるほど」

 

そりゃあ、そうか。

散々事件やらなんやらで荒事に慣れていると言っても、結局は普通の女子高生なわけだし。

それに今回は、普段と毛色の違う猟奇的な事件。

参っちゃうのも無理はないのか。

 

「まあ、そんなんで力になれるならいくらでも。こう見えて鉄火場には慣れてる方だと自負してるから」

「あははっ、たっのもしい♪」

 

鈴木さんがそう言ったのを皮切りに。

少し賑やかなお昼ご飯が始まった。

最初の方はわたし達だけだったけど、途中からは少年探偵団も加わってきて。

より一層明るくなったように思う。

 

「――――えっ、響ちゃん。学校いってないの?」

「うん、実はそうなんだよ」

 

食べ終えても話し続けたせいか、すっかり名前呼びが定着してしまった。

驚く蘭ちゃんに、苦笑いしながら頷く。

 

「元々不良ってやつで・・・・誰を信じていいのか、誰に助けを求めていいのか、分からなかったところを、今のS.O.N.G.の司令さんが助けてくれて」

 

思えば、弦十郎さんには随分とお世話になっている。

死んでもしょうがないと考えたあの時。

ボロボロだったわたしにも、それを助けてと泣きじゃくる未来にも。

怪訝な顔一つせずに、手を差し出してくれた。

・・・・日向に戻る、一歩を踏み出させてくれた。

『原作』と違って、師匠ではないのだけども。

尊敬している人は誰かって言われたら、真っ先に名前が挙がる人だ。

 

「その繋がりで、了子さんのことも紹介してくれたんだけど。いやぁ、まさか英雄サマの装備をこしらえた人とは、露知らず・・・・」

「へぇ、それじゃあ色々知ったのは結構最近なんだ」

「そうなのです」

 

ちょっと大げさに頷いて見せると、みんなは笑顔を零していた。

・・・・お話がひと段落したところで、気になっていたことを聞いてみる。

 

「それにしても、コナンくん遅いねぇ」

「言われてみれば・・・・服部君もまだ来てないみたいだし」

 

なんでも『ボクトイレ!』と飛び出してったきりだとか。

・・・・これは、もしかしなくても。

なんて思っていたら。

 

「――――まったく!油断も隙もありゃしないッ!」

 

食堂の入り口を見れば、肩を怒らせているマリアさんの姿が。

その目の前で気圧されている服部君と、床に降ろされたコナンくんがいた。

 

「見てはいけないと言ったわよね?確かに、あなたは、頷いたわよね!?」

「そ、そうです・・・・」

「じゃあなんでまた現場に来たのッ!?」

 

案の定、コナンくんは現場を調べようとした様だ。

結果は御覧の通り。

マリアさんは完全にお冠である。

 

「あなたが毛利探偵の手伝いをよくやっていて、何度も助けてきたことは聞いている!だけど、今回の事件は、子供が安易に首を突っ込んでいいレベルではないの!」

 

歩美ちゃん達が見ているにも関わらず、お説教は続く。

 

「ま、まあまあ、歌姫さん、いったん落ち着いて・・・・」

「あなたもッ!!どうして止めないの!?少なくともこの子より年上だと言うなら、あんな凄惨な光景を見せるべきじゃないと分かっているはずでしょッ!?」

「ひぇっ、そ、そりゃあ、まあ、そうですけども・・・・」

 

服部君が宥めにかかるも、焼け石に水。

どころか、飛び火を喰らってしまっていた。

・・・・これはあんまりよろしくないよね。

と、言うわけで。

 

「園子ちゃん、そのパン一つもらっていい?」

「えっ?う、うん、いいけど・・・・」

「ありがと」

 

園子ちゃんのビーフシチューについていたパンを一つ拝借。

熱く説教を続けるマリアさんに、歩み寄って。

 

「はいはい、ちょーっとお口うさ子ちゃんしましょーね」

「んもぐうッ!?」

 

ズボッと、口の中に押し込んだ。

一仕事終えた気分で、手を打ち鳴らしてから。

縮こまっていたコナンくんに、しゃがんで視線を合わせる。

 

「ごめんねー、マリアさんにも悪気があるわけじゃないから、勘弁してあげて」

「う、うん・・・・」

 

さすがに参ってしまっていたのか、どことなく元気のないコナンくん。

 

「今回も、いつも通りお手伝いしようとしたの?」

「うん、平次兄ちゃんや小五郎のおじさんを助けたくて」

「そっか、えらいえらい」

 

・・・・きっと。

犯罪を許さない正義感から、いつも通りの行動をとろうとしたんだろう。

頭を撫でながら、でも、と続ける。

 

「マリアさんがあんなになるくらいだから、よっぽどひどい現場だっていうのは分かるよね?」

「うん」

「マリアさんだって、別にいじわるしたいわけじゃないんだっていうのも?」

「うん、わかる」

 

高校生探偵を名乗れていた時から、ずっと事件にかかわってきたおかげで。

死体に慣れているという『自信』もあったんだろう。

でも、だからこそ。

 

「でも、そういう暴力的な場面が、君みたいな子どもにトラウマを植え付けちゃうことも、分かるでしょ?コナンくん、かしこいんだもの」

 

言いながら、目線を促す。

一緒に見た先には、心配そうに見守る、少年探偵団のお友達が。

 

「お友達のためにも、ここは我慢しよう?ね?」

「・・・・・うん、分かった」

「よし、いい子!」

 

今の彼は、あの子達と同年代の見た目。

彼一人に許可を出してしまえば、少年探偵団を名乗る彼らだって、『ボクもわたしも』と言い張るに違いない。

さすがのコナン君も気付いたのか、悔しそうな一方で、バツの悪そうな顔をしていた。

 

「――――言いたいこと、ほとんど言われてしまったわね」

 

頭を撫でまわしていると、持ち直したらしいマリアさんの声。

去っていくウェイターが、空のコップを持っていたので。

多分、突っ込んだパンをお冷で流し込んだんだろう。

 

「さっきは怒鳴ってごめんなさい、服部君も」

「ううん、ボクこそ、勝手に入ろうとしてごめんなさい」

「俺も、すんませんでした」

 

当事者達が謝りあったことで、事態はひと段落したようだった。

 

「まあ、とはいえ事件は気になるし、考察くらいはいいんじゃないかな?」

「響、あなた関わるなって言っておきながら・・・・」

 

うん、マリアさん。

ジト目で見たい気持ちはわかる。

でもね?

 

「こういう正義感あふれる子は、止めたってまた行きたがっちゃいますよ」

 

というか、コナンくんならやらかす。

とんでもないテロリストが関わっているとなれば、なおさらだ。

 

「ここには現場を見て、冷静に判断できる人間が、わたし含めて三人もいますから」

 

イラストとかならいけるやろ!

そう説得すると、マリアさんも何とか了承してくれて。

かくして、少年探偵団with服部&マリアによる。

事件考察が始まったのである。

 

「っていうか、響ちゃん現場を見たの?」

「見た上で食べるものが、和風ハンバーグ御膳・・・・」

 

そこ!突っ込まない!

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「――――んじゃ、まずは部屋の間取りからね」

 

閑話休題。

マリアが、打ち合わせ用に持ってきていたルーズリーフを一枚借りて。

響が自前の三色ボールペンで書きこんでいく。

部屋は十二畳の一人用。

入って左手にお風呂やトイレなどの水回りがあって、それで少し狭まった通路を抜けると広いベッドルームに出る。

同じく左手側を枕にして置かれたベッドは、窓に近い位置で。

寝転がったまま大海原を楽しめそうだ。

扉に近い手前側には、テーブルとイスで作られた談笑スペース。

壁に設置された大画面のテレビは、これまたベッドに座ってても楽しめそうだった。

 

「寝転がってばっかりじゃない、不健康な・・・・」

「小市民なので、楽しみ方がそれくらいしか思いつかないんですよ・・・・で、シャンファさんの遺体は」

 

説明を聞いたマリアの、どこかたしなめるような視線を受けながら。

響はボールペンの色を赤に切り替える。

散らばっていた頭や腕、胴体に内臓を。

覚えている限り、出来る限り書き込んでいく。

 

「俺は入り口辺りしか見られへんかったけど、大分細切れにされてたんやな」

「そうだね、了子さんの見立て通り、強い殺意を以てして行われてる」

 

単に『腕』や『足』のような大雑把な分類ではなく。

『上腕の手首から先』とか『太ももと股関節の一部』みたいな、細かく、かつ、乱雑なパーツに刻まれていた。

 

「痛かったのかな、あのお姉さん」

「・・・・そうね、とても痛かったでしょうね」

 

眉を寄せて、悲しそうな表情をする歩美。

マリアが慰める一方で、コナンと平次は何か考え込んでいる。

やがて、疑問点はまとまったのか。

まずはコナンが、ゆっくり口を開いた。

 

「シャンファさんは、どうしてここにいたんだろう?」

「まずはそこやな」

 

服部も同じことを考えていた様で、強く頷いていた。

 

「第一こんな危なっかしいもんがあるところに、分かってて行く人間はおらへん」

「考えられる可能性としては、誰かに呼び出されたってところか」

 

何らかの口実で呼び出されたシャンファ。

こんな豪華客船に、殺人トラップが仕掛けられているなどと、露とも思わないだろう。

そして、犯人の思惑通りに、彼女は。

 

「わたしとしては、バラバラにされた状態そのものが気になるかなぁ」

「そうなの?」

 

蘭の問いかけに、一度頷いて答えた響。

ボールペンで図を示しながら、疑問を口にした。

 

「なんでバラけさせる必要があったの?ワイヤーで殺すってんなら、首や胴体を撥ねるだけでもいいし。何なら首を締めあげて、なんて手段でもいい」

「ははぁ、立花は派手さが気になっとるわけか」

「いぐざくとりー」

 

子ども達に不安を与えないように、茶目っ気交じりの態度を見せる響。

 

「S.O.N.G.的に言わせてもらうなら、何らかの儀式の可能性も提言させてもらうかな?」

「儀式・・・・こう、オカルト的な?」

「そう、それ」

 

まさか、オカルトが出てくるとは思わなかったのだろう。

困惑している様子の蘭に、ボールペンの先を向けながら肯定を示す。

 

「ぱっと思いつくのは占星術かなぁ」

「せんせーじゅつ?」

 

こてん、と首を傾げる歩美。

その仕草に微笑ましさを覚えながら、マリアが解説を入れた。

 

「簡単に言うと、星占いよ。朝のテレビでやるような、十二星座だけにとどまらず、木星や火星、月といった、様々な天体の動きを基にして占う方法なの」

「んで、占星術において、人間の体は惑星と照応する・・・・つまり、頭は太陽、足は木星、みたいに、見立てて扱うことが出来るってわけ」

 

術者自身を地球に見立てて、そういった儀式が行われるのだと。

響はさらに付け加えた。

 

「とはいえ、これはないわね」

「了子さんが調べたんです?」

「むしろ真っ先に見ていたわ」

 

あの聞き取り前の検分で。

鑑識に頼んで、散らばった部位の、部屋の中心からの距離を図ってもらったらしい。

結果は、特に関係なし、ということだった。

 

「ありゃ、じゃあ忘れてもらっていいかな」

 

そう言うと、響は解説のために書いたメモを、ボールペンで塗りつぶしてしまった。

 

「けど、せやな。やっぱり一番有力なんは、誰かが・・・・犯人が、シャンファさんをおびき寄せたっちゅーことやな」

 

それも、行かざるを得ないような案件で。

そうでなければ、トラップ以外は何の変哲もない客室に、一人で行く理由がない。

 

「もしかして、あの『ファフニール』が?」

「それはまだ分からないわ」

 

怯える園子の言葉を否定したマリアは、『何より』と続ける。

 

「私は、今回の奴が偽物であることすら考慮している」

「偽物?」

「そっか、マリアさんは実際に会ったことがあるんですよね」

「オレ知ってるぞ!コピーキャットっていうんだよな!」

 

首を傾げる蘭とは対照的に、光彦や元太は、元気いっぱいに知っていることを告げる。

『よく知っている』と一言褒めたマリアは、考察を続けた。

 

「そもそも、『ファフニール』が暴れだすトリガーは、奴の宝物を傷つけることにあるの」

「宝物・・・・っていうことは、何か貴重な品物とか?」

「いいえ、それはないわ・・・・私も、実際に見たわけではないのだけど」

 

そう、前置きしたマリアは。

どこか、憂いを帯びた表情になって。

 

「『ファフニール』には、とても大切にしていた人が居たそうなの」

「大切な、人」

 

繰り返すコナンに、マリアは首肯を返す。

 

「・・・・奴に滅ぼされたという組織は、どれも『ファフニール』を雇い入れた反社会集団」

「え?」

「もちろん、所属している間に手をかけた民間人もいるけど、それでも、どちらかと言えば犯罪者が圧倒的に多いのよ」

「で、でも!人を殺したことに、変わりはないよね!?」

「そうね、あなたの言う通りよ」

 

だとしても、と。

マリアは前置きして。

 

「一度戦ったからこそ、かしら。あの子は、ファフニールは、決して理由なしに誰かを殺めたりしない。それこそ、無差別なんて以ての外よ」

 

彼女の中では、確定しているであろう内容を。

自信をもって、断言したのだった。

呆気に取られて話を聞いていたコナン。

ふと、疑問が口をついて出ていた。

 

「マリアさん、ファフニールが誰か知っているの?」

 

問いかけられたマリアは、失言に気付いたのか口元を押さえて。

響はそんな彼女をやや責めるような目で見ている。

強い感情のこもった視線を受けたからか。

ばつの悪そうな顔をしたものの、

 

「――――ねえ、コナンくん」

 

やがて、マリアの顔には穏やかな笑みが浮かんで。

 

「もしも、もしもの話よ。仕事も、お金も、住む場所も、食べ物もなくて、でも、ひもじくてひもじくて、たまらなくて」

 

突然始まったたとえ話に、今度は困惑が広がるが。

一応、みんなで耳を傾けることにした。

 

「そんな人が、つい、お店から食べ物を盗んでしまった。これは犯罪かしら?」

「・・・・逮捕はされても、情状酌量の余地はあると思う。仕事も、住む場所も提供して、お金を稼ぐ環境を整えてやれたら、その人は二度と盗まないはずだから」

「そこまで考えられるのね、本当に賢い子」

 

頭を撫でてから、再び口を開くマリア。

 

「じゃあ、強盗に殺されそうになって、反撃したら、逆に殺してしまった。この人は、罪に問われるべきかしら?」

「それは、正当防衛が成り立つはずだよ。殺してしまうのはよくないけど、だからって黙って殺されていいわけがない!」

「そうね。でも、殺しは殺しよ。さっきの例えみたいに、強盗の側にも事情があったかもしれない、助けたいと思っていた人達がいたかもしれない」

 

――――そんな人達が、殺した相手を恨まずにいられるかしら?

問いかけに、コナンは今度こそ黙りこくってしまった。

 

「犯罪、と一口に言ってしまえば簡単よ。だけど、それを成すのは無機物なんかじゃない・・・・あなたと同じ、人間なのよ」

 

そんな彼に、少し言い過ぎた罪悪感も含めた笑みで。

諭すように、告げたのだった。

罪は簡単に許されてはならない。

だが、安易な罰は時として糾弾に変わってしまう。

コナンは、改めて考えると難しい課題に、俯いてしまった。

 

「・・・・ごめんなさい、少し難しかったかしら」

 

言う通りのことを思っていたのか、マリアが苦笑いを零した。

その時だった。

 

「――――マリアさん!!大変だッ!!」

 

食堂が勢いよく開き、小五郎が飛び込んでくる。

 

「井出教授がッ!!」

 

関係のある名前に、響は跳ね上がるように立ち上がった。



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動機はだいたい過去にある

難産だった今回。
コナン物以前に、推理物を名乗っていいのかどうか。
悩んできました・・・・。


こんな時に限って、だだっ広く感じる船内を駆け抜ける。

毛利探偵を置いてけぼりにしちゃったけど、途中の警官さんや乗組員が道案内してくれて。

船の奥、エンジンルームにたどり着いた。

 

「ッおじさん!譲二おじさん!」

「ひ、響ちゃんかぁ!?」

 

扉の前の警官さんを押しのけて、扉をほとんど殴るようにして叩く。

向こうから、くぐもった譲二おじさんの声が聞こえた。

 

「おじさん、なんで、なんでこんな・・・・!」

 

・・・・扉が開けられていないということは、そういうことなんだろう。

この向こうには、シャンファさんを仕留めたものと同じトラップが仕掛けられていて。

そこに引っかかってしまったのが、譲二おじさん。

ああ、なんて最悪な展開だ・・・・!

 

「・・・・十分ほど前、卜部さんの携帯にファフニールを名乗るメールが届いたらしい。そこには、ここへ来るようにという指示があったそうだ」

「本来は一人で来るようにと指定されていたそうだけど、シャンファさんのことがあったからと、井出教授が同行して・・・・」

 

目暮警部と、佐藤刑事が説明してくれているけど。

正直、半分も聞き取れていない。

頭の中、高速で流れるのは、どうすればおじさんを助けられるか。

開ければ間違いなく死ぬ。

でも開けないとワイヤーを外すことは出来ない。

自力で・・・・そうだ、おじさん自力で抜けられないだろうか。

か弱いシャンファさんはともかくとして、数々の遺跡を攻略してきたおじさんなら。

何とか抜け出せるかもしれない。

ともなれば、考えることは、わたしに何が出来るか。

何はともあれ、まずはおじさんの状態だ。

それによってやることが変わってくる!

口を開こうとした、その時。

 

「響ちゃん!俺のことは構わず開けてくれ!」

「おじさん!?何言って・・・・!?」

「爆弾だ!爆弾が仕掛けられてるんだ!」

 

ざわっ、と。

みんなが緊張するのが分かった。

 

「爆弾だって!?」

「犯人のヤロウ、どうしても人死にを出したいようだ!」

 

本当だよ!

どんだけ犠牲を出したいのさ偽物さん!?

 

「タイマーは三分切ってる!悠長してると、もろとも吹き飛んじまう!」

「し、しかし、あなたがトラップに引っかかっている状態では・・・・!」

「引っかかったことには引っかかったさ!だが、幸い片足だけで済んでる!あんたらが扉を開けたところで、死にはせんよ!!」

 

よかった、と、反射で考えてしまった。

いや、どっちにしろ失血死やショック死の心配はあるけれども。

少なくとも、即死ではないと分かっただけで。

気分は何とか持ち直す。

 

「何よりな!片足惜しさにダチの娘吹っ飛ばしたなんざ、死んでも死にきれねぇんだ!一思いに頼む!この船にゃ、子ども達だって乗ってんだろ!!?」

 

『子ども達』。

思い浮かんだのは、出会ったばかりの少年探偵団。

・・・・それが、決定打だった。

 

「・・・・おじさん、聞こえる?」

「ああ、聞こえるよ響ちゃん!なんだ!?」

「おじさんを縛ってるワイヤー、扉のどこにつながってる?今のおじさんの姿勢で見えるなら、教えて」

「響ちゃん?」

 

困惑してる佐藤刑事をあえて無視して、おじさんの返事を待つ。

 

「良く見える!ワイヤーは、ドアの上、ドアノブの上の方だ!」

「じゃあ次、この扉は内開き?外開き?」

「確か開けるときに引いたはずだから・・・・外開きだ!」

「そっか・・・・分かった」

 

それだけ聞ければ十分。

念のためにと持ち込んでいた、バタフライナイフを取り出した。

 

「君は、何を・・・・!?」

「今から扉を開けて、譲二おじさんを助けます。爆弾も処理しちゃおうと思うので、皆さんは出来るだけ離れていてください」

「なっ・・・・!」

「無茶を言うんじゃない!井出教授の救出だけならともかく、爆弾までなんて・・・・!」

 

当然、反対の声が上がった。

特に、目暮警部はえらく必死だ。

・・・・この人、なんでかずっとわたしを気にかけてるみたいなんだよな。

現着した時も、わたしを見てものすごく驚いた顔をしてたし。

・・・・それでも、まあ。

本当に、心配してくれてるのが分かる。

だけど。

 

「じゃあ、処理班と爆弾。どっちが早いか確かめてみます?」

「そ、それは・・・・!」

 

しり込みした隙をついて、ドアノブに手をかけた。

呼吸、数回。

どう動くかを、整理して。

 

「あっ、待っ・・・・!」

「――――ッ!」

 

思い切って、開けた。

ギリギリ通る隙間に体を滑り込ませる。

 

「ぐううッ!」

 

ワイヤーがある程度締まったのか、おじさんが苦悶の声を上げていた。

ごめん、だけどこれで・・・・!

ドアノブに乗っかかるように体重をかけて、体を押し上げる。

そして、暗闇で鈍く光っているワイヤーにナイフを当てて、切った。

 

「どあ!?った!!」

「おじさん!」

「大丈夫か!?」

 

一本でつながっていたのか、風を切る音の後で、おじさんが派手に落ちる。

わたしがドアから離れた気配がしたのか、警部達も雪崩れ込んできた。

幸い、足は切断されていなかった。

・・・・ひとまずは、安心。

どっとため息が出ちゃったけど、これで終わりじゃない。

 

「っぐ、ぁ、あそこだ!」

 

痛みを堪えながら、おじさんが指さした先。

今は大人しいエンジンに、シンプルな爆弾が貼り付けられていた。

高木刑事に照らしてもらいながら近づく。

 

「こ、これが・・・・!」

「響ちゃん!井出教授は!?」

 

と、ここで。

了子さんが駆けつけてくれた様だ。

入り口付近で、佐藤刑事に引き留められてるのが見える。

 

「俺なら無事だ!櫻井教授!」

「爆弾も、このタイプなら問題ありません、すぐに解除できます!」

 

サンフランシスコで見たからね。

よく覚えてる!!

 

「・・・・そう、なら任せたわ」

 

信頼してくれる了子さんに、頷いて答えてから。

すぐにとりかかった。

まずはコードをブチッ。

次に制御部を思いっきり突き刺す。

デジタル表示のタイマーがバグって、画面が消えた。

そこからしばらく待ってみたけど、爆発する様子はない。

よし。

 

「解除しましたー!」

 

廊下にも聞こえるようにそう言うと、緊張した空気が一気に晴れ渡ったのが分かった。

・・・・何とかなって、よかった。

とはいえ、譲二おじさんの足は切断されていないだけ。

皮一枚ならぬ骨一本でつながっている、相当な重傷だ。

了子さんが傷口にタオルを巻いていたけど、当てた傍から真っ赤になるほどの出血。

気を抜いていられない。

 

「みなさん、無事ですか!?今、担架を持ってこさせています!」

「ちょうどよかった、怪我人です!医務室で、手当てをしたいのですが!」

「分かりました、案内させましょう」

 

やってきた乾船長によって、担架で運ばれていく譲二おじさん。

了子さんが診てくれるなら、今度こそ気を抜いていいだろう。

 

「またを無茶して」

「マリアさん」

「怪我でもしたらどうするの、あの子が泣くわよ」

「あはは、すみません・・・・」

 

廊下に出ると、早速マリアさんからお小言。

確かに、子ども達が危ないって聞いて思わず飛び出しちゃったけど。

さすがに生身で爆発くらったら死んじゃうよね。

・・・・あの夜も、そんな理由で未来を泣かせちゃったのに。

って、あかん。

その後のアレコレも芋づる式に思い出しちゃった・・・・!

沈まれわたしの顔。

今はASO-4を起こす時ではない・・・・!

 

「・・・・来る時もその顔してたわね」

「出来れば触れないで下サイ・・・・」

 

そんな風に、アホなことに必死だったせいか。

強い疑惑の目を向けるコナン君に、全く気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

(――――なんなんだ、この人は)

 

譲二が被害にあった現場に、駆けつけたコナン。

今は、事態を解決に導いた響の背中に釘付けになっていた。

――――柱を砕く身体能力、身に着けたであろう知識。

それだけならまだいい。

だが、爆弾に対する異常なほどの冷静さや、解体の手際が鮮やかすぎる。

了子の下にいたこと、マリアと知己であること、元不良であったこと。

それらを踏まえたとしても、明らかにおかしいくらいのスペックだ。

 

(オレと同い年って話だが、それにしたって・・・・!)

 

コナンとて、『新一』の頃に培った技術や知識もある。

ハワイで習ったスキルも数知れずであり、同年代に比べて一つ抜きんでていると自負している。

――――それでも。

 

(それでも、この人の能力は異常だ・・・・!)

 

そんな彼ですら、はっきり感じる響の異常性。

コナンの警戒心を跳ね上げるには、十分すぎた。

 

「っと・・・・」

 

響への疑惑も気になるが、今は事件の捜査を優先させる。

人死にが出ていないので大丈夫だろうと思いながらも、マリアをほんのり警戒しながら警官に紛れてエンジンルームへ。

後ろからは平次もついてくる。

佐藤や高木からすればもう慣れっこなもので。

『そこを踏まないように』と注意しながら、コナンにもざっくりと捜査状況を教えてくれたりした。

 

「犯人は、龍臣社長や卜部さんのアドレスを、どうやって手に入れたんだろうね」

「そういえば・・・・」

 

その中で、高木はぽつっと疑問を零す。

 

「確かに、今回の犯人からの声明は、すべてメールで行われている」

「それに、このワイヤートラップのことといい、爆弾といい。計画性も有り」

「やはり、入念な準備をしていたとみるべきでしょうな」

 

目暮、佐藤に続き、小五郎も考察に加わった。

 

「となれば、調べる必要があるのは直近のアクセスデータでしょうね」

 

ここで混ざってきたマリアに、面々が注目する。

人死にが無ければ、そこまでの目くじらは立てないらしかった。

いや、それでも少し険しい視線を向けられたが。

 

「そうか!あんまり前以て手に入れても、変更とかで使えなくなってまうから・・・・!」

「そういうこと、ハッキングにしろ何にしろ、アドレスを手に入れたのはごく最近のはず」

 

平次の考えは当たっていた様で、マリアはこっくり頷いた。

 

「そうとなれば、メールサービスを調べるよう連絡を!」

「頼んだ、佐藤君」

 

飛び出していく佐藤を見送ったコナンは、ふと、入り口の方で哀が手招きしているのを見つけた。

おそらく、今回に関係する情報を集めてくれたのだろう。

 

「行ってきぃ、俺が誤魔化したるから」

「ああ、サンキュ」

「後で俺にも教えてやー」

 

平次に促されたこともあり、コナンは現場から離脱。

『ボウズは御不浄や』なんて言っている平次の声を背中に、哀と合流した。

 

「――――博士にも手伝ってもらって、『ファフニール』について調べていたの。それから、彼女についても」

「彼女?」

 

人気のない廊下で、声を潜めて話し合う二人。

気の利く仲間にコナンは感謝を覚える一方で、哀の口から出た『彼女』という言葉に首を傾げる。

 

「立花響についてよ」

「・・・・ッ!」

 

哀としては『ファフニール』に過剰反応した一人なので、引っかかっただけのようだったが。

コナンからすれば、疑惑が強まった人物ということもあり。

思わず目を見開いた。

 

「まずは『ファフニール』についてだけども」

 

そこから哀が語る内容では。

噂がささやかれ始めたのは、三年前のことらしい。

銃火器が普及している昨今では珍しい、格闘戦に重きを置いたスタイルで。

反社会組織の要人警護や暗殺を担ってきた。

実際、そいつを引き入れた組織は目覚ましい発展を遂げたということだったが。

 

「どの組織も結局壊滅してるんだよな、どうして・・・・?」

「それが、『ファフニール』と呼ばれる所以なのよ」

 

『ファフニール』というからには、当然付随する『財宝』もついてくる。

この場合、奴が庇護下に置いていた少女だというのだ。

 

「滅んだ組織の全ては、この『財宝』の少女に危害を加えようとして」

「返り討ちどころか、身を滅ぼしたってか」

 

だから『ファフニール』か、と。

コナンは納得した。

 

「唯一、『ファフニール』を完全に制御出来たのは、サンフランシスコを拠点にしていた中国系マフィア『山龍(シャンロン)ファミリー』だけという話よ。そして、ここに所属していたという証言を最後に、足取りが掴めなくなっている」

 

ちなみに、そのマフィアも最近はすっかり足を洗い。

食品メーカー『龍飯(ロンハン)カンパニー』として市場に繰り出している、ということだった。

 

「足取りが掴めないってことは、少なくとも死んだってわけじゃなさそうだな」

「そうね、ただ、つい最近まで音沙汰がなかったのも確かよ」

 

今回、このアレクサンドリア号を脅かしている『ファフニール』。

そいつが本物なのか、あるいは名前を無断使用する偽物なのか。

 

「それから、『立花響』のことだけども」

 

考え込むコナンを引き戻すように、哀は話をつづけた。

 

「・・・・彼女、だいぶハードな人生送ってるわね」

「・・・・やっぱり訳アリか」

「ええ」

 

少し、言いにくそうながらも話してくれる哀。

そんな彼女に内心で礼を言いながら、コナンは耳を傾けた。

 

「ことは三年前の、ツヴァイウィングのライブにまで遡るわ」

「三年前でツヴァイウィング・・・・なるほど、生き残りなのか」

「そんな顔をするってことは、工藤君の周りでも?」

「・・・・ああ」

 

よっぽど厳しい顔をしていたらしい。

哀の指摘で気づいたコナンは、力んだ眉間をもみながらかつてを思い出す。

 

「ロクな証拠もなしに、ただ関係あるからってだけで犯罪者扱い・・・・法に則っていない時点で、ただの私刑でしかないってのに、あいつら・・・・」

「・・・・続けるわよ?」

 

切り替えを促してくれた哀に頷きながら、コナンは再び耳を傾けた。

 

「その迫害に耐えられなくなったのか、彼女は失踪。味方になってくれたお友達と二人で、行方知れずになってしまったの」

「・・・・そういえば、新聞で見たな。なるほど、彼女だったのか」

「それで、その捜索を担当していたのが、目暮警部だったそうよ」

「目暮警部が!?・・・・そうか、ということは」

 

『相当気にしているでしょうね』、と、哀が付け加えた。

 

「当時、警察の捜索で最後まで見つからなかったのは、立花響とその友人を合わせた五人。そのうちの三人は、去年のテロ事件の首謀者だとされているわ」

「あの事件の・・・・確か、英雄マリアと翼が誕生したのもそれだったな」

 

顎に手を当てながら、コナンは思考にふける。

 

「・・・・報告はまだあるんだけど、どうする?」

「ん?ああ、悪い、聞かせてくれ」

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

コナンくんが哀ちゃんに連れてかれた後。

S.O.N.G.から通信が来たので対応していた。

今回に関する情報がある程度集まったってことだったんだけど。

了子さんもマリアさんも手が離せないからね。

仕方ないね。

 

「それで、『綾部造船』のことでしたっけ?」

『ああ、こちらでも調べてみた』

 

それから弦十郎さん・・・・じゃ、なかった。

風鳴司令が教えてくれるには。

・・・・いや、一応正式な職員だし。

呼び方くらいそろそろ、ね?

 

『概要はおおむね、そちらに聞いたとおりだった。知らせるのは、その詳細な顛末だ』

 

気を取り直して、耳を傾ける。

事の発端は、週刊誌に届いた匿名の封筒によるタレコミだった。

その中には、当時関西圏で有力企業となっていた『綾部造船所』の幹部の一人が、横領をしているというものだった。

実際、会社が資金難であったこと、帳簿の数字と実在の金額とが合わないという事実があったことも後押しして。

その幹部さんは、内外からバッシングを受けてしまった。

当時社長だった『綾部辰波(たつみ)』さんと、専務にして現社長龍臣さんは。

『何かの間違いだ』『各自冷静な判断を心掛けるように』と宥めていたんだけど。

元々、その幹部さんを含めた三人で興した会社というのもあって、『身内びいきだ』と、むしろ火に油を注いでしまって。

幹部さんへの疑惑や糾弾が、あんまりにも大声で騒がれるものだから。

その二人も、次第に幹部さんを疑い始めてしまったらしい。

結局、そのことが原因で取引が減っていき、芋づる式に収入も減ってしまって、倒産。

当初は、社員の生活を守ろうと奮闘していた綾部社長だったけど。

もはや後の祭りとなった状況で、件の幹部さんの無実が明らかになった。

部下を信じられなかったことを、悩んで、悔やんで、絶望してしまった綾部社長は。

 

『――――倒産の翌年、首を吊って自殺した、ということだ』

 

そこで、報告は一区切りされた。

・・・・感想を述べるなら、似ているなと思った。

ありもしないことなのに、覆せない事実の所為で糾弾された面が。

本当に、よく。

・・・・わたしが、まだ日本を出ないうちに、死んでしまっていたのなら。

お父さんやお母さん、おばあちゃん達が。

後を追ってきてしまったかもしれない。

そう考えると、他人事に思えなかった。

 

『それで、その糾弾された幹部。経営戦略の要となっていた人物の名前は』

 

――――告げられた名前に。

何かがつながった気がして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「灰原、それ本当か!?」

「ええ、間違いないわ」

 

まさか、コナン君も同じ状況だったなんて。

この時は知る由もなかった。




いや、インディなら罠で殺せんやろうな、と・・・・。


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最後のピース

開き直った。


「存外、悪運の強い人ね」

 

「もう時間もない・・・・仕方がないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、意味ありげに電流走らせといてなんだけど。

残念ながらわたしは探偵ではないので、捕まえてひらめきに変えるなんて出来ないんだよなぁ・・・・。

頭を捻り続けながら、蘭ちゃん達がいるであろう食堂への道を歩いている。

爆弾だのなんだの騒がれてたのと、一応わたしの役割が子守だからね。

譲二おじさんはまだ治療中の様だから、邪魔するのは悪いし。

と、言うことで。

 

「響ちゃん!」

 

食堂に顔を出すと、すでにマリアさんが話していたようで。

鈴木相談役他、ひょっこり現れたわたしを心配げに見てきた。

 

「井出先生のことは聞いたよ、その、大変だったね・・・・」

「うん、ありがと。わたしは大丈夫だよ」

 

気遣ってくれる蘭ちゃんに笑いかけてから、マリアさん達の方を見ると。

鈴木相談役が話しかけてきた。

 

「まずは爆弾の解除、ご苦労だった。話を聞いた時は驚いたが、何はともあれ、助けられてしまったな」

「いやぁ、了子さんの教育の賜物ってことで、一つ・・・・」

 

まさか、『マフィアとつるんでたら覚えましたァ!!』なんて言えるはずもなし・・・・。

それに了子さんなら。

あれよりもはるかに複雑な爆弾を、研究の片手間に解除できそうだし。

多少はね?

 

「卜部さんも災難ね、二度も騒ぎに巻き込まれるなんて」

「うん、最初はどうかと思ったけど、ここまでとなるとさすがに・・・・」

 

なんて、園子ちゃんが肩をすくめて、蘭ちゃんが苦笑いを零していると。

 

「まったくだ、こっちとしちゃたまったもんじゃないぜ」

 

当の本人が、頭を掻きながら現れた。

事情聴取は終わったようだけど。

 

「今回の犯行、恨みの線が濃厚だな」

 

恨み?

 

「そうだろ?殺し方が尋常じゃねぇ、わざわざ声明まで出して俺達を閉じ込めて・・・・」

「そりゃあ、そうですけど」

「ターゲットだけじゃなくて、周りの人間を狙うってのも嫌らしいぜ」

 

ふむふむ、なんて耳を傾けていると。

卜部さんの目がこっちに向いて。

あっ、なんか嫌な予感。

 

「お前さん、身に覚えがあんじゃねぇか?おん?」

 

くぁーッ!やっぱりかァーッ!

ルポライターなんてメディア系の職業で、この性格だった時点で何となく予知してたんだよ!

ちっくしょう、さっきの仕返しか!?ええ!?

 

「それってどういうことですか?」

「なんだ、やっぱり言ってなかったのか」

 

そら、言うことじゃないしね!!

 

「こいつは、三年前のライブの生き残りなんだよ」

 

・・・・もはやそれだけで通じるらしい。

マリアさんは『なんちゅうこと言いやがる』って顔してくれてるけど。

それ以外のみんなは普通に驚いてる。

 

「人を踏みつけにしてまで生きのびたんだからな、百や二百は恨まれてるんじゃないのか?」

 

そう見下ろしてくる顔は、どうだとでも言わんばかり。

ちっともかっこよかねぇわ。

っていうか、卜部さんあんた。

子どもらの前でなんちゅー話題繰り出してんだ!

 

「・・・・だったら、それはあなたも同じでしょうね」

「あ?」

 

そんなところへ、一歩前に出てくれたのはマリアさん。

わたしを庇うように片手を横へやりながら。

ガン飛ばす卜部さんを、鋭く睨みつける。

 

「これほど品のないゴシップライターだもの。あることないこと騒がれて、いったいどれほどの人が迷惑被っていることか」

 

・・・・初対面の時の仕返しも兼ねているんだろう。

表情は同じくドヤ顔だけど、卜部さんのに比べたら段違いだ。

もう『たやマ』とか言ってられませんわ。

いよっ!アイドル大統領!輝いてるッ!

頼もしい!優しい!マリアさん!

略して『たやマ』ッ!

アレッ!?

 

「人のことを言う前に、まず自分を顧みてはいかがかしら?」

 

なんて思ってる間に、勝負はついたようだ。

卜部さんは恨めしそうにマリアさんを睨みつけると、食堂から出て行ってしまった。

 

「助かりました」

「だってあなた、このことに関しては強く言い返さないじゃない。危なっかしいったらありゃしない・・・・」

「たはは・・・・」

 

お礼を言うと、お小言をもらってしまった。

いや、だって。

わたしが否定したところで、遺族の悲しみが癒されるわけでも、死んだ人が生き返るわけでもなし。

下手になんか言って傷つけるよりも、黙ってサンドバッグになってた方がよくない?

だいじょぶだいじょぶ、さすがに直接的な手段を取られたらちゃんと自衛するんで!

 

「そういうところよ・・・・」

 

そういう旨の話をして胸を張ると、呆れた顔をされてしまった。

あっれー?

 

「響お姉さん、大丈夫?」

 

首を傾げていると、歩美ちゃんが話しかけてきた。

 

「卜部さんはあんなこと言ってましたけど、僕達は信じてますからね!」

「そうだぞ!ヤイバーみたいな人に、悪い奴はいないんだからな!」

 

続けて、光彦君と元太君が声をかけてくれてっ・・・・!

グワーッ!優しさが身に染みるーッ!

いい子・・・・みんないい子・・・・。

 

「おじ様、なんであんな人を呼んだの?陰口みたいで情けないけど、あんまりだよ!」

「私も、園子と同じ気持ちです!マリアさんにも響ちゃんにも、あんな言い方・・・・!」

 

純粋さに浄化されている横で、蘭ちゃんと園子さんが鈴木相談役に詰め寄っているのが見えた。

一方の相談役は、少し難しい顔をしてから。

 

「実は、儂も彼についてはあまりいい話は聞いておらなんだ」

 

そう、口火を切った。

 

「だが、出版社もこのイベントを報じない訳にはいかなかったんじゃろう。彼を紹介された時、えらく謝られたのを覚えておる」

「もしかして、この前のテロが原因で?」

「ああ、警察と同じく、人手不足でな」

 

まぁじか。

こりゃあ、わたし達も原因に一枚かんでるよなぁ。

思わずちらっとマリアさんを見ると、やっぱり渋い顔。

 

「身から出た錆、かしらね・・・・」

 

物憂げなため息が、なんだか色っぽかった。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「ったく、どいつもこいつもなんなんだ・・・・」

 

苛立ちを隠そうともしないまま、船内を歩き回る卜部。

その足音は、いら立ちを隠そうともしない。

 

「こっちが出す情報をありがたがるくせして・・・・いちいち目くじら立てやがって・・・・!」

 

喫煙スペースでないにも関わらず、たばこを取り出そうとして。

 

「・・・・あ?」

 

前方から歩み寄ってくる人影。

 

「お、お前・・・・!?」

 

彼女を目の当たりにした卜部は。

驚愕のあまり、咥えたたばこを取り落とした。

 

「――――お久しぶりですネ」

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

「――――なるほどなぁ、あの人らにそんな過去が」

 

人目を忍んだ一角。

哀に教えられた情報を、平次と共有していたコナン。

 

「それで、犯人に目星はついとるか?」

「一応・・・・だけど、この事件、変なんだよ」

「変?」

 

コナンから出た新一らしからぬ発言に、平次も首を傾げる。

 

「ああ、誰を犯人と仮定しても、必ずどこかで破綻する・・・・推理がつながらなくなるんだ」

「まだピースが足りとらんっていうことか」

「そうなんだけど、隠れ方が尋常じゃねぇ。しっぽすらつかめないってどういうことなんだ・・・・?」

 

眉間にしわを寄せ、口元に手を当てて頭を捻る。

 

「さすがの工藤も、謎に雲隠れされちゃ。お手上げみたいやな」

 

『かくいう俺もさっぱりや』と、平次は苦笑いしてコナンを慰めた。

 

「最後のピースさえ見つかれば、あるいは・・・・」

 

思考で濁った頭を掻きまわしたコナンは、ため息を一つ。

脳内を一区切りしたときだった。

 

「――――こっちだ!早く!」

「急げ!!」

 

慌ただしく走り回る船員と警官達。

同じ予想をして、互いを見合った平次とコナン。

頷きあって、駆け出す。

 

「何があったんや!?」

「また例のワイヤートラップだ!今度は従業員がやられてるらしい!」

「なんだって!?」

 

トラップも三度目ともくれば、コナンも平次も、驚愕より気構えが勝る。

警備員に紛れて駆け抜ければ、客室の一つにたどり着いた。

だが、様子がおかしい。

トラップが、そして被害者がいるであろう部屋の前には人がおらず。

代わりに、反対側の廊下に人だかりができている。

 

「動くなッ!おとなしくしろッ!」

「くそ、なんて力・・・・うわッ!?」

 

怒号が激しく飛び交っている中から、飛び出してきたのは。

 

「あけさせろおおおおおおおおおおおおッ!」

「ぅ、卜部さん!?」

 

鍛えているはずの警官複数人の体を、軽々跳ねのけながら。

血走らせるその目は、明らかに正気のそれではない。

 

「そこに!そこに!そこに!犯人が!スクープが!」

「だめだ、抑えきれん!」

「警部どのはまだかッ!?」

「毛利探偵でも、その娘さんでもいい!殴ってでも止めさせろッ!」

 

協力して抑え込んでいる警官や船員たちが劣勢に立っている。

どうみても一人で対抗できない人数相手に、善戦どころか圧倒している卜部。

自分達も加勢しようと、コナンと平次が進みだしたところで。

つかつかと歩み寄ってくる人物。

了子だ。

彼女は卜部の頬を両側から掴むと、じぃっと両目をのぞき込んで。

何かを、確信したように頷いて。

次の瞬間。

 

「――――ふんッ!」

 

スパーン!と、いっそすがすがしい位の勢いで。

右頬を張り飛ばした。

 

「ぐへぇっ」

 

思いっきり床に叩きつけられ、束の間呻いた卜部。

やがて、寝起きのような、焦点のおぼつかない目で辺りを見渡しながら起き上がった。

 

「あ、れ?俺、どうしてここに?」

 

『いてて』と頬をさすりながら起き上がった顔は、すっかり正気を取り戻していた。

そろって自分を凝視する面々に気圧され、びくっと肩を跳ね上げて後ずさっていた。

誰もかれもが困惑する中で、了子だけが鋭い目線を解くことはなかった。

 

「な、何があったの!?誰かそこにいるの!?助けてッ!助けてッ!」

 

動きを止めていた面々だったが、客室の中でとらわれていた女性従業員の声で我に返った。

 

「僕がやる!」

 

すぐに行動を起こしたのはコナン。

阿笠製のベルトからボールを吐き出させると、同じく阿笠製のシューズでキック力を増強。

 

「いっけえええっ!!」

 

思いっきり蹴りつければ、ボールがドアを粉砕した。

こうなっては、中に仕掛けられていたワイヤーも締め上げるどころではない。

結果、女性従業員は床にたたきつけられたものの、何とか救出された。

 

「すごいね、さっきの。必殺技みたいだった」

 

怪我がないかを診るために、医務室へ連れていかれる彼女を見送っていると。

響が話しかけてくる。

 

「あ、うん。知り合いの博士が作ってくれたんだ。このベルトがボールを作って、こっちのシューズでキック力をあげるの」

「へぇー」

「それ抜きにしても、たいしたボウズやろ?」

「あはは、うん」

 

(そうと明かせないが)ライバルを自慢する平次にも、笑いながら頷いていると。

 

「響ちゃん!」

「はい?」

 

了子の、どこか芯の通った声。

一緒に振り向いたところへ、何かが投げられる。

響が難なく受け取ったそれは、分厚いスマートフォンの様なものだった。

 

「異端技術の『残り香』を検知するためのものよ。試作品だけど、性能は保証するわ」

 

――――信じられないことを、聞いた気がする。

ぎょっとなったコナンと平次が、了子を改めて見てみれば。

彼女の顔は、何かを確信している表情だった。

 

「それを持って、最初の事件現場に行ってちょうだい。スイッチを押しながら一回りすれば、後は勝手にやってくれるから」

「・・・・りょーかいです」

 

そんなコナンと平次を他所に、響は特に疑問を抱く様子もなく機器をひらひら振って返事。

そのまま軽い足取りで去ってしまう。

ワンテンポ遅れて、コナンと平次も走り出した。

これを逃せば、謎を解く手がかりが永遠に失われる。

二人の脳内には、同じ予感が閃いていた。

 

「――――おっと、ここだ」

 

やがてたどり着いた、最初の事件現場。

まだ濃く残っている血の臭いに、顔をしかめずにはいられない。

だが、響は平然と部屋に入ると、さっそく機器を掲げて。

その場でぐるっと一回転。

コナンと平次が見守る中、数瞬の沈黙を保った機器は。

やがて、けたたましいアラートと共に赤いランプを点滅し始めた。

それを見て、顔を引き締めた響。

コナンが、幾度となく見てきた。

守る者の、戦う者の顔だった。

 

「――――あんたは、何なんだ」

 

だからこそ、口をついて疑問が出てきた。

 

「何者なんだ?何を知っているんだ?今ので何が分かったんだ?」

 

焦りを理性で何とか抑え込みながら、問いを投げ続ける。

平次は、自分より狼狽えているコナンを見て、幾分か冷静でいられているようだったが。

しかし、抱いた疑問は同じだったようで。

遺骸が散乱する中に立つ響を、まっすぐ見据えていた。

対する響は、少し困った顔で沈黙を保っていたが。

ふと、笑みを浮かべて。

 

「・・・・何者かについては、多分、君達と同じだといいな」

 

そう、口火を切る。

 

「わたしには、守りたい人がいるから」

 

いっそすがすがしいまでの笑みは、二人の警戒を削ぐのに十分だった。

 

「で、何を知っているかだっけ」

 

切り替えるように、明るい声を張り上げる響。

ステップを踏みながら、部屋の外に出ていくので、コナンと平次もついていく。

 

「話してもいいけど、その前に」

 

打ち合わせた手を、指だけつけたまま広げて。

得意げな顔に、何を言われるのかと身構えた二人は。

 

「――――耳掃除は済ませてる?」

「「――――へッ?」」

 

思いもよらない言葉に、抜けた声を上げた。

 

「頭をよーっくこねて、柔らかぁーくして聞いてね」

 

そんな二人を面白そうに見守りながら、響はくすくす笑って。

 

「――――ここから先は、オカルトの時間だ」

 

不敵に、口角を上げたのだった。




次回、いよいよ謎解き(予定)・・・・!


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お約束

――――響から一通りの推理を聞いたっきり、黙り込んでしまった。

コナンと平次の様子を見て、一抹の不安を覚えてくる響。

浮かべた笑みが、ひきつりそうになって来た頃。

コナンの口が、ゆっくり動いた。

 

「――――まず言うと、驚いてる」

「せやな、大分突飛やし、『そんなん有りかい!』って気分やし」

「だよねぇ・・・・」

「だけど」

 

一度肩を落とした響を、コナンはまっすぐに見つめて。

 

「悔しいけど、その考えなら筋が通るんだ。バラバラだったピースが、びっくりするほどきれいに纏まった」

 

『悔しい』、というのは。

探偵を名乗ってからの今まで、魔法のようなトリックを暴いてきた自信が。

あっさりと覆されてしまったから。

しかしその上で、納得がいった旨を述べる。

 

「確かに、本物のオカルトなんて出されちゃ、トリックだのなんだのはもはや考えようも証明の仕様もなくなる。でも、響さんの言うその『一点』に目を当てれば、ちゃんと立ち向かえる」

 

現に、響はそれをやってのけた。

受け入れた上で、清々しく笑いながら宣言する。

 

「さすがは本職、といったところだね。今回ばかりは、完敗だ」

「いやいや、それは言い過ぎじゃぁ・・・・」

 

あんまりの称賛っぷりにいたたまれなくなった響は、せめてもの抵抗にやんわり突っ込みを入れようとしたが。

 

「それこそ『いやいや』や」

 

コナンと響の間に、割って入るように乗り出した平次が。

『冗談はおよし』と首を振る。

 

「危うく迷宮入りになるとこやったんを、あんたは見事にひっくり返した。そこは胸張ってくれへんと、謎解きやっとる身としちゃあ辛いもんあるで」

 

・・・・現役の高校生探偵に、そこまで言わせてしまっては。

さすがに無下にできないと考えたようだ。

響は、やや観念した笑みで『ありがとう』を告げた。

 

「そうと決まれば、目暮警部達にも話さなきゃ」

「櫻井センセにも言うてみるんもありやな、もっと詳しゅう教えてくれるかもしれん」

「そうかもね、了子さんならきっとやってくれるよ」

 

コナンと平次と共に、推理をまとめていく中で。

響は、『でも』と切り出す。

 

「思った通りのことが起こるなら、毛利探偵には眠らないでほしいかな」

「そ、そうなの!?」

 

十八番をつぶされかねない提案に、コナンは思わず上ずった声を上げてしまう。

はっとなって口元を押さえたが、響は気づいていないようだった。

呆れる平次の視線を受けながら、反省するコナンの横で。

響は真剣な様子で続ける。

 

「犯人がもろとも消しに来る、なんて事態もあり得るから。なるべくすぐ逃げられる状態でいてほしいんだ」

「な、なるほど・・・・」

 

その上で、言い分を聞いて納得した。

 

「――――ま、今回はあのねーちゃんにまかせよか」

「そうだな・・・・」

 

わざと歩調を遅らせてた平次の耳打ちに、全面的に同意して。

まずは他の面々と合流しようとした時だった。

 

「あっ!みんなここにいたのね!」

「佐藤刑事?」

 

駆け寄てくる佐藤の様子は、だいぶ泡を食っているように見える。

三人が首を傾げたタイミングで、息を整えた佐藤はそれぞれを見渡して。

 

「自首よ、乾船長が『自分が犯人だ』って・・・・!」

「なんやと!?」

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

最初に集まったラウンジへ慌ただしく駆けつけると、ただ事じゃない空気。

 

「じゃ、じゃあ、あんたがこの騒ぎを起こした動機は!?」

「ええ、そうです」

 

毛利探偵が問いかければ、向かい合った乾船長がこっくり頷いた。

 

「父が、綾部辰波が興した『綾部造船』。それを奪った龍臣義彦に、何とか泥を塗ってやろうと思ったんです」

 

そう、どこか決意した表情で話す乾船長。

コナン君と哀ちゃんのこそこそ話から、『乾』は母方の姓で。

元々は『綾部』という名前だということが聞こえた。

 

「た、たつ坊・・・・お前・・・・!?」

 

さすがの龍臣社長も動揺を隠しきれないようで。

完全になまった口元から、だいぶ親し気な呼び方が零れたのが聞こえる。

 

「――――それでは、今回の容疑を全面的に認めるということですな」

「はい」

 

真偽はともかくとして、有力な情報をほっとくわけにはいかないらしい。

目暮警部に、また頷いて答える乾船長。

――――もちろん、犯人はこの人じゃないと分かり切っている。

服部君に目を向ければ、分かっていると言わんばかりに応えてくれた。

そうとくれば、と、『乾船長犯人説』を否定しようとして。

 

「――――バカな真似はよせ!たつ坊!」

「うわっと!」

 

声を張り上げたのは、滝本さん。

大声にびっくりして肩を跳ね上げた間に、乾船長と、それに近づこうとした高木刑事の間に飛び込んでしまった。

 

「何を考えとるんや!お前、自分が何やっとるか分かってへんようやな!!」

「た、滝本さん、落ち着いて!!」

「どうしたんだ、滝本!」

 

複数人係で抑え込もうとするけど、滝本さんの勢いはものすごい。

 

「ッアホ!落ち着け滝本!何があったんや!」

 

龍臣社長の声も届いていないようだ。

 

「ッ滝本さん!冷静に!」

 

例え犯人が分かっていなくても、これはいかんよね、と。

わたしも抑え込みに加勢しようとして。

 

「んにゃッ!?」

 

――――首元の、ちくっとした痛み。

次いで襲ってくる強烈な眠気。

えっ、と思いながら、心当たりに目を向けると。

あの麻酔銃を構えたコナンくんが、『やべぇ』と言わんばかりに目を見開いていて。

 

(おのれ、クドー・・・・!)

 

その思考を最後に、意識がふっつり途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

――――やっちまったあああああああああッ!

それが、真っ先に思ったことだった。

念のために言っておくが、コナンに悪気があったわけではないし。

先ほど響が話していた、『迅速に逃げなければならない事態』も十分に理解していた。

では、何故。

と、考える間でもなく。

尋常ではない様子の滝本を諫める手段として、いつもの行動をとったに過ぎないのである。

あれ以上暴れることになってしまっては、推理どころではなくなるというのもあった。

だが、いざ行動を起こせば。

射線上に割り込んできた響のうなじに、吸い込まれるように針が刺さって。

この結果である。

 

「響ちゃん?」

「響?ちょっと、どうしたのよ」

 

平次の機転で、咄嗟に受け止めた椅子で寝たままの響。

いぶかしんだ了子やマリアが、彼女を案じて寄ってくる。

いよいよ以って『まずい』と感じたコナンは、ええいままよとばかりにテーブルの陰に隠れた。

 

(まさか、ここでやるんか!?)

(やらなきゃいけねーだろ!)

 

響の口調と、語ってくれた推理を必死に思い出しながら。

コナンは、持っていた『蝶ネクタイ型変声機』を手にして。

 

「『あー、大丈夫です』」

 

確認のために声を出せば、全く別人の声。

 

「えっ、歩美ちゃん!?」

「う、ううん!歩美じゃないよ!」

 

当の本人である歩美は、ぎょっとした視線を向けられて。

必死に首を振って否定していた。

 

(悪い、歩美!)

 

しかし今はコナンとして謝る余裕がない。

 

「『いやあ、失礼。倒れた衝撃で喉が変になってたみたい』」

 

必死にダイヤルを調整して、再び声を出してみれば。

なんとか響の声になった。

『ごめんね』と、歩美への謝罪も済ませ、改めて口を開く。

 

「『みなさん、まずは落ち着いてください。乾船長と、滝本さんもです』」

 

ふらついたことで、意識が切り替わったこともあるのだろう。

揉み合いの中にいた面々は、やっと落ち着きを取り戻した。

 

「『乾船長、今回の犯人はあなたではありません。あなたが誰かを庇っているのは、明白ですよ』」

 

『あまり、場を乱さないで下さい』と、諫めれば。

乾は申し訳なさそうに、そして無念そうに肩を落とした。

 

「その言い方をするということは、君には犯人が分かっていると?」

「『ええ、もちろん。服部君やコナン君の助力もあってこそですが』」

「むう、さすがは学者の内弟子ってところか。この毛利小五郎の先を越すとは・・・・」

 

小五郎のぼやきを横目に、目暮の質問をしっかり肯定してから。

『その前に』と、一つ前置き。

 

「『コナン君、例のものを了子さんに渡してもらえる?』」

「はーい!」

 

一度演技を止めたコナンは、響の胸ポケットからあの機械を取り出した。

 

「はい、どーぞ!」

「ありがとう、コナン君」

 

コナンから機械を受け取った了子。

何やら履歴を調べると、納得の頷きをした。

 

「なるほど・・・・今回の事件、やっぱり異端技術が絡んでいた様ね」

「『ええ、その通りです』」

「い、異端技術ぅ!?」

 

高木を始めとした警察の面々に、小五郎や蘭、園子も驚きを隠せない。

 

「こちら、試作品ではありますが、近々警察の皆様へ配布予定の、異端技術の測定器になります」

 

そんな一同に、了子は説明を始めた。

 

「何事も初動が肝心ですから、日頃より市民の平和を守る皆々様に、お力をお借りできればと」

「そういえば、そんな話が来てたわね・・・・」

 

佐藤も肯定したことで、今度は耳を傾ける一同が納得したのだった。

了子も満足そうに笑いながら、指を立てて続ける。

 

「響ちゃんに、これを使った調査を指示していたんです。最初の事件現場、そして先ほどの卜部さん。この事件は、我々の分野のようですから」

 

そう、どこか得意げな顔は。

しかして、どこか逆らい難いものをにおわせていて。

誰ともなく、息を吞んだのが分かった。

 

「とはいえ、ここは教育の一環として、かわいい内弟子ちゃんに解いてもらいましょう」

 

『出来るでしょう?』と向けられた目に、コナンはぎょっとした。

だって、まるで全てを見透かされているように錯覚したのだから。

 

「『・・・・もちろんですとも、了子さん』」

 

だが、探偵として怯むわけにもいかない。

――――金色に見えたような目を、気にしないようにしながら。

コナンは再び響として話し始めた。

 

「『まず語っておくのは、異端技術がらみの事件において、《誰がやったか》《どうやったか》を考えるのは非常に困難。はっきり言って無駄であるということです』」

「確かに、壁抜けやトリックなしでの密室みたいな、『不可能犯罪』を実現できる手段だからね」

「でも、だったらどうやって推理するの?」

 

園子の疑問も最もである。

そんな何でもありの技術を、一体どうやって・・・・?

 

「『それこそが今回の肝であり、根幹にあたる考え方なのです』」

 

そんな彼らを安心させるように、強い口調で断言するコナン。

そして、自身も大いに納得した、響の推理を展開し始めた。

 

「『《誰がやったか》も《どんな手段か》も無意味、ですが』」

 

 

 

「『《何故やったか》、つまり、動機だけは、例え異端技術であっても隠すことは出来ないのですよ』」

 

 

 

「『例えばマリアさん』』

「私?何かしら」

 

それだけでは足りないことは、探偵でなくても分かることだ。

ゆえに、コナンは徐にマリアを指名した。

 

「『何もない原っぱで、死体が発見されたとします。指紋はおろか、足跡や毛髪などの証拠が異端技術で消されています。そんな状況で、被害者の財布が空だったら?』」

「・・・・金銭目的の、強盗殺人だと考えるわね。なるほど、そういうこと」

 

一件はてなを浮かべていた面々も、例え話があれば分かりやすいらしい。

 

「『今回の事件もまた、この考え方に当てはめることができます』」

 

全員が理解したのを確認して、コナンは続けていく。

 

「『この場合は、三つ』」

 

一つ、何故卜部ばかりが狙われたのか。

二つ、何故遺体はバラバラだったのか。

三つ、何故今日この時、この場所なのか。

 

「『一つ、一つ、順番に紐解いて行きましょう。そうすれば必ず、犯人は見えてくるのですから』」

 

――――さあ、始まる。

分厚い『謎』のベールに包まれた。

とてもとても、初歩的な話が。




コナンと言えば、これでしょう。


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初歩的な事だ、諸君

毎度のご感想、ありがとうございます。


あんまり突っ込まれると困る推理パートであります(白目)


「『では始めに、何故卜部さんばかりが狙われるのか』」

 

響を眠らせたまま、コナンは推理を語り始めた。

 

「『今回の事件、どうも卜部さんを執拗に狙っている印象です。最初の発覚時ならまだしも、譲二おじさんや従業員が巻き込まれた現場にも必ず関わっている』」

「付け加えるなら、三度目の事件においては強い催眠状態に入っていたことを報告させていただきます」

 

『どうしても開けてほしかったようですね』。

了子に目を向けられた卜部は、バツの悪そうに逸らす。

 

「『そもそもの話は、綾部造船の事件に遡ります』」

 

そう切り出して、コナンは哀から聞いた綾部造船の経緯を語る。

調査で知っていたらしい警察関係者などは、程度が違うものの。

やはり、一般の人々と同じように痛ましい顔をしていた。

 

「・・・・やはり、切っても切れないのですね」

 

重々しく口を開く龍臣が、印象的だった。

 

「『辛いことを思い出させてしまって、すみません』」

 

当事者達のあまりの落ち込み様に、思わず一言詫びたコナン。

 

「『ですが、このことを誰よりも悔やんでいる人がいる』」

 

それでも、推理を止めるわけにはいかない。

 

「『そうですよね?現社長秘書にして、当時の経営戦略の要だった』」

 

その人物の反応に、十分な手ごたえを感じながら。

 

「『――――滝本敦さん』」

 

名前を、呼んだ。

 

「・・・・な」

「はっ?」

 

龍臣と乾は、『思いがけず』で声が出たらしい。

予想だにしなかった名前が出て、一周回った間抜けな反応をする。

 

「『二十年前、デマのターゲットにされてしまったあなたは、その顛末に大いに苦しんだのでしょう。そして、憎しみをくすぶらせていたところへ、二つの不幸がやってきてしまった』」

 

名を呼ばれた滝本の表情は硬い。

だが、否定も反論もしなかった。

 

「『一つは、当時の仇が、デマを流した犯人が目の前に現れたこと。もう一つは、今回の犯人に、その憎しみに付け込まれたことです』」

「・・・・と、いうことは」

「滝本さんは、あくまで犯人の協力者である、と」

「『そうなります』」

 

その結論に、龍臣と乾はほっとした顔。

観念した滝本は、肩を落として俯いてしまった。

 

「『悪くて傷害未遂か、器物破損でしょう。ツタンカーメンの間の柱に細工をしたのは、あなたなんですから』」

「・・・・ええ、その通りです」

 

『子ども達を遠ざけるためにやったのだ』と、滝本は語った。

展示品の点検と偽って、あの柱に風船を仕込んで。

乾と合流する前のことだったため、知らなくても無理はないとも。

まるで、乾を慰めるような付け加えは、いっそ痛々しさすら感じた。

 

「『とはいえ、重ねて言いますが、彼はあくまで協力者。今回の犯人ではありません』」

 

改めて滝本は主犯ではないことを強調して、推理は続く。

 

「『時に当事者の皆さん、このデマを流した犯人については?』」

「・・・・いえ、見つかりはしたものの、未成年だったので。詳細を聞かせてもらえず」

「当時は犯人と同い年であると聞いていたので、何とか接触できないかと悔しい思いをしたことを覚えています」

 

それぞれ答える龍臣と乾。

特に乾は、拳を握って当時を思い出している様だった。

二人の返答を聞いたコナンは、ふむ、と一息ついてから。

 

「『だ、そうですよ。卜部さん』」

 

――――何でもないように、話を振った。

ぎょっとした面々が目を向けると、目に見えて『やばい』という顔をした卜部。

慌てて取り繕おうとしていたが、後の祭りだった。

 

「・・・・なるほど、ゴシップ好きは昔からということなのね」

 

マリアにひと睨みされて、委縮する卜部。

尤も、強烈な視線を浴びせているのは彼女だけではないが。

 

「どっ、どこで!?」

「『S.O.N.G.の情報網は、大変優秀でしてねぇ』」

 

というのは、響の言である。

 

「『この船に目的があった主犯は、卜部さんを仕留めることを条件に、滝本さんへ協力を仰いだのでしょう。会社を興した親友の、仇を取りたくないかと、甘い言葉で誘惑して』」

 

縮こまっている卜部に若干の同情を感じながら、それでも続けるコナン。

 

「『何のきっかけかは分かりませんが、あなたの軽はずみな行動が、人一人を死に追いやり、幾多の人生をひっかきまわし。挙句、時を経た今、多くの人間を危険にさらしている』」

 

そして、自分の命をも。

指摘された卜部は、今度こそがっくりと項垂れてしまった。

かつての被害者であった、元綾部造船の面々は。

怒りや悲しみよりも、衝撃の方が勝っているらしい。

心ここにあらずといった様子で、呆然としていた。

 

「・・・・だが、卜部さんもまた、あくまで二十年前の犯人。今回の犯人ではないんだろう?」

「『はい、もちろんです』」

 

目暮の言う通り、卜部も犯人ではない。

コナンは肯定して、続けた。

 

「『そもそも、犯人はどうやって卜部さんを殺害しようとしたのか?何故捜査線上に浮上しなかったのか?そのヒントとなるのはやはり、あのバラバラ死体なのですよ』」

 

次に取り掛かるのは、バラバラ死体の謎解き。

コナン自身も、響に聞かされて一番驚いた考察だ。

 

「『一度、服部君やコナン君との考察で疑問に思ったことなのですが、どうしてバラバラなんでしょう?ワイヤーでの殺害ともなれば、首を締め上げたり、それこそ切断すればいい話です』」

 

――――何故、派手な方法を使ったのか?

改めて浮かんだ疑問に、一同は確かにと頷く。

 

「『占星術による儀式的なものも視野に入れましたが、これは了子さんによって否定されています』」

「ええ、遺体の部位と位置に、占星術を含めた様々な異端技術の法則は、当てはまらなかったわ」

 

調査の現場にいたのか、警察関係者たちも首肯で同意していた。

 

「『ならば、この場合はバラバラにすること自体が目的であるとみるべきです』」

「で、でも、バラバラにしてどうしようっていうのよ」

 

蘭の疑問も尤もである。

コナンだって抱いたそれに対する答えを、響は持ち合わせていた。

 

「『呪いですよ』」

「の、呪いぃ?」

「いくら異端技術が関わっているからなんて、そんな無茶苦茶な・・・」

 

素っ頓狂な声を上げる小五郎に、頬を引きつらせる高木。

 

「『そんな、がまかり通るのですよ。今回の場合は、特にね』」

 

だが、話してくれた響も、そして今語っているコナンも至って真剣だ。

 

「『今この船には、とびっきりの触媒が乗っていますから』」

「今のこの船と言えば、ツタンカーメンのマスク・・・・そうか、王家の谷の!!」

 

ヒントを出せば、マリアはすぐに理解した。

了子も、納得の首肯をしてくれている。

 

「えっ、でも、響さん。ツタンカーメンの呪いは、迷信だって・・・・」

「いいえ、この場合は一度でも信じられたものであればいいのよ」

 

戸惑う光彦を主に見ながら、了子は解説を始めた。

 

「今回の犯人がやろうとしているのは、『哲学兵装』の作成。『そうであれ』あるいは『そうである』と信仰を集めた現象を、現実のものにする技術」

「つまり、本来は迷信であるはずの王家の呪いを、実現させようとしたと?」

「ええ」

 

目暮に答えながら、指を立ててさらに続ける。

 

「ミイラ作りで来世の復活を願った古代エジプトにおいて、遺体の損壊がタブーであったことは明白。さらに辱めようだなんてもってのほかです」

 

今回、バラバラ死体を作るために仕掛けられたトラップは三つ。

うち二つは、響とコナンの活躍によって解除されている。

犯人の思惑通りに発動させて、なおかつ遺体を辱めたのはただ一人。

 

「卜部さん、あなただけということですわ。残念ながら」

「ふ、ふざけんな!そんなわけのわからんオカルトでっ、こ、殺されるだなんて!!」

 

激情する卜部。

威勢よく大声を上げているものの、震えているのが手に取るように分かった。

 

「どうにか出来ないのかよ!」

「呪い、と一口に言っても、その種類は様々です。その場しのぎで十全に防げるものではありません」

 

もっと言うならば、儀式とは入念な準備を行うもの。

場を整え、道具を揃え、呪文を覚え。

そうやってしっかりとした術式を組み上げることで、望んだ効果を手繰り寄せるものなのだと、了子は説明する。

 

「今回は、犯人の方に圧倒的なアドバンテージがあります。まあ、人死には望まないので、こちらもやれることはやりますが、無傷で終わるとは思わないことですね」

「そ、そんな・・・・」

 

再び肩を落とした卜部の姿は、なんとももの悲しいものであった。

 

「『ここまで語りましたが、バラバラ死体にはもう一つ役割があります』」

「もう一つ?」

「まだ何かあるのか・・・・」

 

もうお腹いっぱいと言わんばかりに、疲れた顔をする小五郎と高木。

 

「『先ほども語った通り、卜部さんの殺害は、あくまで滝本さんに協力を取り付けるための条件でしかありません。と、なれば、もっと別の目的があったものと考えるのが自然となるわけです』」

「龍臣社長や、卜部さんのメールアドレスを手に入れたんも、本命の足掛かりでしかあらへんからな」

 

服部はさらに、会社用のメールサービスアカウントが、龍臣と滝本の共有であること。

滝本はそこから、犯人へ龍臣と卜部のメールアドレスを渡したことを付け加えた。

アカウントの所有者本人が行うので、疑われないという寸法だ。

 

「じゃ、じゃあ、一体なんだっていうのよ?」

 

ついていくのでいっぱいいっぱいの園子が、疑問の声を上げる。

 

「『――――そもそもの話』」

 

そんな彼女への返事代わりに、コナンは質問を一つ。

警察関係者へぶつけた。

 

「『――――遺体は本物だったんですか?』」

 

事件の根幹に関わる、決定的な質問を。

 

「あ、当たり前じゃないか!どう見たって生きてないでしょう!」

「現場に持ち込めるキットでも、それが人間かどうかくらいは判別出来るもの。鑑識含めて、私達全員が確認しています」

「『ええ、通常の遺体であればそれでいいでしょう』」

 

ありえない、と声を張り上げる高木。

佐藤も強い口調で付け加える。

コナンも、決して否定したいわけではないらしい。

 

「『ですがここに、異端技術が加わればどうなるでしょうか?』」

「えっ?」

 

その上で続いた言葉に、怪訝な顔をした佐藤。

問い詰めようとする彼女を、引き留めるように答えたのは。

 

「――――なるほど、人造人間(ホムンクルス)

 

やはり、了子だった。

彼女が口にした、おとぎ話や漫画などでよく出てくる単語に。

全員の注目が集まる。

 

「本来ならば、特に魂にあたるものの作成が困難を極めるため。人造生物の中では、難易度が非常に高いのですが・・・・(デコイ)として使うのであれば、その必要はない」

「『その通りです。もっと言うなら、自身の血液を材料にすれば、万が一DNA鑑定をかけられても問題ありません』」

 

そうやって、一見本物と変わりない。

いや、確実に見間違える分身を作り出して。

『死人』として、真っ先に捜査線上から消えたのだと。

コナン自身も、めまいを覚えた推理を唱えたのだった。

 

「『《ファフニール》の名前を使って、外部との接触を制限したのもその為でしょう』」

 

困惑する目暮達を見て、『分かる分かる』と内心で深く頷くコナン。

 

「『精巧に作られているとはいえ、所詮は作り物。科学捜査班などに送られて、精密な検査を行われてしまえば、見破られる可能性がありますから』」

「そ、そこまでして、一体何をやろうとしてるんだ。犯人は・・・・」

 

思わず額を押さえて、グロッキー状態になっている高木を見て。

頃合いか、と判断した。

 

「『そうですね・・・・ここからは、本人も交えてお話しましょうか』」

 

――――響の予想通りなら。

きっと、この場の会話が届く範囲にいるに違いない。

こちらが危惧している『いざ』を、発動させるかさせないかを。

息を殺して、考えながら。

 

「『ここまで話したんです、そろそろ出てきたらどうですか?』」

 

自分とは違う視点を持った、同じく守る者の志を持つ彼女を信じながら。

コナンは語気を強める。

 

「『自称《博物館学芸員の香港人》、リュウ・シャンファさん!』」

 

他に呼びようが無いので。

その人が名乗った偽名を、高らかに叫べば。

 

「――――ふ」

 

「ふふふふふふふふ・・・・ッ!」

 

控えていたウェイターの一人が、笑いだした。




そろそろ未来さんが書きたい・・・・。


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暴かれたのは

短めですが、キリがいいので投稿。


あと、前回言いそびれたことをここで。

>お前が寝るんかーい!
寝かせたかったんじゃーい!!!!!!!!!!


「あはははははははっ!はははははははッ!」

 

突然響いた笑い声に、全員の注目が集まる。

視線の先、ウェイターだとばかり思っていた人物。

 

「ここまで見抜かれると、いっそ清々しいですネ。ふふふっ」

 

腹を抱えて笑うシャンファは、さも楽しそうに体を震わせている。

そんな彼女の格好は、初対面の時の、ふわっとしたスカートスタイルから一変。

ウェイターの、黒を基調とした制服を身に着けているからか。

悪っぽい雰囲気が、全面的に醸し出されていた。

 

「『呪いだけならまだしも、人造人間(ホムンクルス)に哲学兵装ともくれば。何者かくらいは当てられる・・・・あなたは、錬金術師ですね?』」

「ええ、その通りです」

 

特徴的だった中国訛りをなくした口調で、コナンの問いを肯定すれば。

マリアが前に躍り出て構える。

超常技術を悪用する輩というだけのことはあると、再確認してから。

推理を続ける。

 

「『あなたの目的は、ズバリ窃盗です』」

「せ、窃盗!?」

「ここまでやっておいて、目的がそれ・・・・?」

「『いえいえ、彼女と、そしてわたし達にとっては割と大事なのですよ』」

 

信じられないと言わんばかりに叫ぶ高木に、難しい顔をする佐藤。

彼らの反応も無理はないが、しかし。

そうならない理由が、響とコナンにはあった。

 

「『何せ今のこの船には、あなたが求める《当たり》が乗っているのですから』」

「まさか、聖遺物!?励起前のものがあるということ!?」

 

マリアが思わず振り向けば、驚愕が全体に広がる。

 

「聖遺物って、確かシンフォギアの材料になるっていう、あの!?」

「マリアさん持ってますよね!?」

「そうだけど、私が持っているのは正確には欠片。経年による劣化で著しく損傷したものを、歌で引き出せるようにしたのがシンフォギアよ」

 

シャンファに向き直って、再び拳を握りつつ。

声を上げる蘭と園子に、マリアは解説する。

 

「だけど、特性や良好な保存状態で、当時の姿と能力を保っているものがある。それを完全聖遺物と呼ぶ」

「付け加えると、完全聖遺物であってもそうでなくても、歌で起動させない限りS.O.N.G.でも見つけることは難しいわ」

「そうか、このアレクサンドリア号には、展示企画で持ち込まれた発掘物がたくさんある!」

「なるほど、その中に狙っているものがあるから、犯行に及んだ・・・・そういうことか!」

 

了子も加わった説明で、なんとか理解が出来たらしい。

表情を引き締めた警官達は、マリアと並んでシャンファを睨みつけた。

 

「窃盗って盗むってことですよね?」

「まさか、ツタンカーメンを狙ってんじゃねーだろな!?」

「そんなぁ!やめて!シャンファさん!」

「いや、それはあらへんで」

 

光彦を皮切りに、誰もが思いつく目標を予想して。

『盗まないで』と抗議する少年探偵団達。

だが、それを否定したのは平次だった。

 

「あら、どうして?」

「『有名すぎる』、理由はこれに尽きるで。大々的に宣伝されとるさかい、なくなれば当然大騒ぎや」

「『何より、世界的にも考古学的にも非常に価値のある品物です。各国から追われかねない以上、まずありえない』」

 

からかうように問いかけるシャンファに、平次と共に答えるコナン。

付け加えるなら、鈴木相談役の、怪盗キッドと何度も対決した経験を生かした仕掛けが。

ツタンカーメンのみならず、展示室のあちこちに施されていることを明記しよう。

 

「『あなたの狙いは、もっと別の遺物でしょう。厳重な警備に守られたものではなく、比較的手薄なバックヤードに保管されている物だ』」

「そう、例えば、開場してからお披露目予定のモンとかなぁ?」

 

ここで、平次が問いかけるように龍臣へ目をやれば。

心当たりがあるらしい彼は、目を見開いていた。

そして、次郎吉と見合って、頷きあう。

 

「アンティキティラの、歯車・・・・!」

「あ、聞いたことある!それってオーパーツよね、おじ様!」

 

知っている単語に反応した園子。

これまでの話で、キャパオーバーになっていたからか。

えらく食いついた。

 

「あんちきー?」

「違うよ元太君、『あのてきてら』だよ!」

「二人とも、『アンチャキチラ』ですよ」

「全員違う・・・・」

 

微笑ましい子ども達を横目に、次郎吉はこっくり首肯を返す。

 

「ギリシャのアンティキティラ島の海で発見された、歯車の遺物です。当時の技術では作り得ないはずの物品なので、オーパーツと呼ばれるようになりました」

「もともとはサプライズ企画として、展覧会の後半に出す予定だったんだが・・・・よもや、それを逆手に取られるとは」

 

龍臣が丁寧に説明すれば、次郎吉は難しそうに唸り声。

 

「資料からの推察ですが、歯車の保存状態から、完全聖遺物と定義しても問題無いでしょう・・・・装備の材料か、はたまた儀式の触媒か」

「どちらにせよ、優秀な素材であることに変わりはない・・・・!」

「『その通りです、了子さん、マリアさん』」

 

より一層警戒を強めたマリアと了子を見て。

聖遺物を始めとした事情に明るくない面々も、事態の重要性に気が付けている。

 

「なるほどなるほど、『高校生探偵』ともてはやされるだけのことはある」

 

そんな一同を見渡したシャンファは、また面白そうに笑い、軽く手を打ちながら。

 

「ただ、少し付け加えさせてください」

「『ほう?』」

 

指を、一本立てた。

 

「卜部さんの殺害も、今回の目的の一つでした。私も彼には苦い目を見せられまして」

「『もしや、あなた自身も何か・・・・?』」

「いえ、私ではなく・・・・『恋人』が」

 

首を振った彼女から、意外な単語が飛び出して。

園子や蘭など、年頃の少女たちは目を見開く。

 

「・・・・人殺しに走るだなんて、よっぽど大切な人だったのね」

「ええ、それはもちろん」

 

佐藤の問いかけに、即座に答えたその顔に。

テーブルの陰からずっとうかがっていたコナンは、ひっかかりを覚えた。

 

「とても、とても・・・・大切でした」

 

だって、まるで。

懺悔をするような、罪を告白するような。

この場に、その対象者がいるとしか思えないような。

そんな、痛みを堪える顔をしていたのだから。

 

「――――ファフニールを名乗ったのも、それが関係しています」

 

自嘲の笑みを浮かべたまま、シャンファはもう一つ告白する。

 

「だって、そうでしょう?手段は暴力的でも、自分が守りたいと思ったものを・・・・たった一つの大切なものを、確かに守り抜いたんですから・・・・!!」

 

言いながら手を掲げれば、あっという間に霜がまとわりついて。

文字通りの手刀となる。

 

「例え、名前を聞けば震えあがるようなテロリストであっても、そこだけは、それだけは、認められて、称えられてしかるべきです」

 

凶器の出現に、全員が身を強張らせる中。

切っ先が狙うは、卜部。

 

「・・・・わたしにも、それだけの覚悟があれば」

 

過去を、思い出しているのか。

彼女の肩は、小刻みに震えていて。

 

「人を手にかけるだけの覚悟が、あの頃のわたしにあったなら・・・・!」

 

ここで一度、落ち着いたらしい彼女は。

肩の力を抜いて、切っ先を少し下げた後。

 

「――――ここまでバレてしまったのなら、もう呪いだなんて手段はいりませんよね」

 

言うなり、突進。

立ちはだかるマリアをするりと避けて、獲物へ。

腰を抜かして後ずさりする卜部へ。

警官達も駆け出すが、いかんせんシャンファが速すぎる。

 

(まずい、このままじゃ・・・・!)

 

コナンとて、犯罪や犯人は許せないものの。

だからといって、死ねばいいだなんて思っているわけではない。

咄嗟に麻酔銃を構えたものの、やはり、間に合いそうにはなくて。

――――だからこそ。

 

「――――そんなに大したもんじゃないですよ、わたしは」

 

その声は、よく聞こえた。

 

「――――ッ」

 

風が吹いたと思った刹那。

シャンファの腕が掴み上げられる。

何事かと目を見開いた彼女を、鋭い眼光と、ニヒルな笑みが見据えていて。

 

「――――最初は死にたくなかったんです」

 

腕を放られて、後退するシャンファ。

 

「その次は奪われたくなかったから、そのまた次は、腹が立ったから」

 

構えられる拳。

握りしめられ、ぎゅ、と音がする。

 

「そうやって好き勝手暴れていたら、いつのまにか」

 

立ちはだかる響を、何故か呆然と見ていたシャンファは。

 

「――――『ファフニール』と、呼ばれていました」

 

まるで、執行人を前にした罪人のようだった。




この世界のシンフォギアに関して、自分用の覚書も兼ねて。
存在は公表されていますが、翼さん、マリアさん以外のメンバーは機密扱いの設定です。
開発者が了子さんであることも公表事項ですが、細かいアレコレはやっぱり秘密。


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Ruuuuuuuuuun !!!

毎度のご感想、評価、お気に入り登録。
誠にありがとうございます。

タイトルは『らーん!』と呼んでください。


おはよぉーございまぁーす!!!!!!!!

針の刺さり方が意外と浅くて、早く起きられたわたしです。

推理の途中で目が覚めて、一生懸命なコナン君の声を『がんばってるなー』って思いながら聞いてたら。

案の定犯人だったシャンファさんが、直接的な手段で卜部さんを狙ったので。

思わず動いた次第。

・・・・勢いに任せて、割と余計なことを言ってしまったけど。

今は置いといて。

いつでも顎を打ち抜けるよう構えながら、改めてシャンファさんを睨みつける。

対する彼女は、なんだか呆然っていうか、愕然としていたけど。

すぐに切り替えて、不敵に笑った。

 

「あらあら、まさか本人がいただなんて・・・・偶然とはいえ、無礼を働いたかしら?」

「全くだよ、子どももいるのに、死ぬだの殺すだのの話をさせてさ。教育に悪いったらありゃしない」

 

そう、文句を零せば。

何が面白いのか、シャンファさんはくすくす肩を震わせて。

 

「ずいぶんお優しいんですね、本物は」

「仮にもお役所務めだから」

 

いや、お役所勤めじゃなくっても、たとえ真似事と言われようとも。

ちっちゃい子達を守らなきゃって思いは、間違っていないはず。

 

「お情けついでに見逃してくれたりしないかしら?」

「寝てないのに寝言を言うなんて、ずいぶん器用な人だなぁー」

 

言うなり、突撃。

・・・・『子どもの前で』云々言っておいてなんだけど。

この人が、錬金術師が相手の場合は、そうせざるを得ないというか。

何かされる前に気絶なりなんなりして制圧しちゃう方がずっと安全なので、予定通り顎を狙う。

初撃は避けられる、予想通り。

なので下から大きく蹴り上げる。

これも予想通り避けられる。

続く三撃目も避けさせた後、片足になって不安定になったところへ。

本命の右ストレート。

これはさすがに避けきれなかったらしいけど、結局障壁で防がれてしまった。

ついでに軽く爆発もして、吹っ飛ばされてしまう。

ひゃー!あちあち!

 

「響お姉さん!」

「はーい、響おねーさんだよー」

 

ごろんと後転しながら立ち上がる。

ついでに心配してくれる歩美ちゃんに、おててをひらひら。

なんてしている間に、どさくさに紛れて動いていたマリアさんが。

シャンファさんの後ろから、蹴りを浴びせようとしていた。

だけど、鞭のようにしなった足に放たれたのは。

何か、玉のようなもの。

それはぶつかった途端、真っ白い煙を吐き出して・・・・って、これあれだ!催涙弾!

煙はあっという間にこっちにやってきて、名前の通り、涙と咳を引きずり出してくる。

前が、前が見えん・・・・!

っていうか、マリアさーん!無事ですかー!?

 

「――――ッ!」

 

無事だった―!!

長身を存分にひるがえして、煙を振り払って出てきたマリアさん。

だけど着弾点にいたせいか、無傷とはいかなかったようで。

だいぶ涙目なのと、呼吸がし辛そうなのが気になった。

 

「マリアさん!容疑者は!?」

「ダメね、逃げられた」

 

『してやられた』と吐き捨てたマリアさんが咳き込む間に、煙は無害な程度に薄まってきて。

いたはずのシャンファさんは、忽然と消えていた。

 

「煙の流れからして、足で立ち去ったようね」

「テレポートジェムを使っていないとなると、目的はまだ果たしていないか。あるいは・・・・」

 

溢れた涙をぬぐいつつ、部屋の入口まで続いている煙の帯を見つめていると。

 

「響さん」

 

コナン君が、傍にきていた。

驚きを隠せない様子の彼は、わたしを警戒するように見上げて。

 

「響さんが、ファフニールって、本当?」

 

そう、おずおずと問いかけてきて。

・・・・って、そうやん。

思わず自分からバラしてしまったんやん。

はっとなって見渡すと、ぎょっとした視線を向けているみんなが。

警部さん達に至っては、なんだか警戒するような目つきで。

えっと、えーっと・・・・。

 

「その、さっきのナシにはならないかな?言っちゃいけないことだから」

 

・・・・視線に耐えられなくなったので。

指をチョキチョキしながら、笑った誤魔化そうとしてみるけど。

 

「えっと・・・・」

「なるわけないでしょうがッ!!!」

「にゃっ!?いひゃややややややや!!!」

 

コナン君が答えるよりも早く、お冠なマリアさんにほっぺたをつねりあげられてしまった。

 

「あなたって子はッ!あなたって子はッ!私と櫻井教授はッ!何のために捜査に首突っ込んだのよッ!!!!」

()ごへんにゃひゃーい(ごめんなさーい)!」

 

ああッ、さすが得物持ちッ。

戦闘中に武器を手放さないだけの握力が今、ダイレクトに攻撃力に変わって・・・・!!

いたたたたたたたたたっ!!!

 

「・・・・あの子の無害は保証します。本人が更生に意欲的なのはもちろん、至るまでの経緯を考慮しての判断です」

 

身構えていいのか迷っている警部さん達へ。

『経緯の方は、みなさんがお詳しいでしょう?』と、了子さんがため息まじりにフォローしてくれてるのが聞こえた。

すみません、ご迷惑おかけします・・・・。

 

「いや、そちらも気になることには気になりますが、今はそれよりも」

「そ、そうだっ!龍臣社長、展示品の確認を!」

「え、ええ」

 

目暮警部の鶴の一声で、ぽかんとしていた龍臣社長が再起動。

慌てて連絡を取ろうと、スマホを取り出したところで。

足元が、鈍く揺れた。

 

「な、何やぁ!?」

 

ふらついたコナン君を支える横で、服部君を始めとしたみんなの困惑する声が聞こえる。

心当たりなんて全くないわたしも、動揺を隠しきれないまま困惑している。

その間に揺れは収まったけど、なんだろう。

足元から、いやあな気配がビンビンと・・・・。

 

「な、何が起こったんだ!?」

「今の揺れ、下からだったよな?」

 

揺れが収まった後、みんなが口々に動揺していた、その時。

ラウンジの入り口。

船員と警察官が慌ただしく入ってきて。

 

「ああ、よかった!皆さん無事でしたか!」

「警部殿ッ!企画展示のスペースから、正体不明の気体が発生ッ!」

「それに加えて、妙な生き物も現れて・・・・!」

「妙な生き物?」

 

怪訝な顔をした毛利探偵に、警官さんと船員さんは、『決してふざけていない』と強く強く主張してからの、曰く。

『アフロを乗っけた、黒い脳みそ』。

 

「・・・・ふざけてないんだよな?」

「当たり前です!私達だってちょっと信じられないくらいに困惑していて・・・・!」

「けれど、奴らが噴き出す黒い気体を浴びた人が、次々倒れてしまって・・・・!」

 

さらに付け加えると。

その気体は、展示室からあふれているものと同じもののようだという話だった。

 

「い、一体どうなって・・・・!」

「櫻井教授、マリアさん!」

 

摩訶不思議な危機ということで、縋るような視線を向けられるマリアさんと了子さん。

うーん、頼ってもらってなんだけども・・・・。

 

「直に見ていない以上、判断を下せません。性急な決めつけこそ、異端技術相手には最たる悪手です」

「そうなの?」

「そーなの」

 

了子さんに言葉に、首を傾げた蘭ちゃんへ。

こっくり頷いている間にも、話は進んでいく。

 

「まずは逃げましょう、避難状況は!?」

「怪我人を優先的に、順調に進んでいます!」

「ならば私達も直ちに脱出を!」

 

マリアさんの仕切りに、異を唱える人はいなかった。

毛利探偵を先頭に、龍臣社長、鈴木相談役、子ども達に卜部さん。

園子ちゃん蘭ちゃん、服部君と続けて。

わたしと、何故かコナン君を最後尾に。

廊下へ繰り出した。

ちなみに了子さんとマリアさんは、鈴木相談役のすぐ後ろ辺りを走ってる。

物々しい緊急事態だけど、みんな割と落ち着いてるし。

段差がありそうなところは、先頭の皆さんが積極的に知らせてくれるおかげで。

今のところ、転んで怪我する人もなし。

・・・・だけど。

こう、『何も起こりません様にー』って願ってるとき程、何かおこるものでして。

 

『――――ッ聞こえるかァ!?』

 

わたし達S.O.N.G.組の通信機から、司令さんの焦った声。

 

『今、その船の周囲で、アルカノイズの反応が――――!』

 

――――言い終えるのと、ほぼ同時だったと思う。

壁を破って飛び込んできた、もはや見慣れた極彩色。

そのうちの一体が、運悪く卜部さんに直撃しようとして。

 

「ッあぶない!」

 

そう叫ぶコナン君も、十分に危ない位置。

・・・・決断は、すぐ出来た。

 

「――――ッ」

「えっ」

「ひっ、ぐべえッ!?」

 

コナン君を抱き上げた後、卜部さんの背中を思いっきり蹴っ飛ばしてノイズから逃がす。

ついでのその反動で後ろに飛んで、わたしとコナン君も脱出。

直後、飛行型が次々突っ込んできて、廊下を完全に寸断してしまった。

・・・・飛び越えるのは、無理そうだ。

 

「コナン君ッ!響ちゃんッ!」

「二人とも、だいじょ・・・・ひっ!」

 

蘭ちゃんは卜部さんを助け起こしつつ、園子ちゃんはノイズにおびえながらも。

こっちを心配してくれる。

 

「ッ大丈夫、コナン君も無事!」

「うん!ほら!」

 

わたしとコナン君は、一緒に手を振って無事をアピール。

向こうのみんなはほっとしていたけど。

飛び越えられない足場を見て、すぐに曇った顔をした。

 

「ど、どうする!?」

「何か、足場になりそうなもの・・・・!」

 

それも束の間、どうにか助けられないかと考えてくれる二人。

・・・・ありがたいけども、今は。

 

「僕なら大丈夫」

「・・・・ありがとう」

 

気になったので、コナン君を見下ろすと。

どうやら同じ考えの様で、こっくり頷いてくれた。

思ったままを呟いて、声を張り上げる。

 

「こっちはこっちで、別ルートから逃げるよ!気にせず先に行って!」

「で、でもッ!」

「大丈夫だよ蘭姉ちゃん!響さんもS.O.N.G.の通信機を持ってるから、どうやって逃げればいいかわかるし!」

「じゃ、そーゆーことでッ!」

 

これ以上足止めさせるのが忍びなかったので、コナン君を担いだままとっとと退避。

背中には、細々とした動揺の声がした後。

『怪我しないで』『頑張って』『また後で会おうね』と、少年探偵団も混じった声援を受け取った。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

「――――ほら、急いで!」

「は、はい!」

 

了子に促され、渋々駆け出す子ども達。

そんな中、平次は漠然とした不安を口にした。

 

「しっかし、大丈夫なんか?」

「大丈夫に決まってるでしょ!響ちゃんだって、なんだかんだ只者じゃないんだし!」

「けどなぁ・・・・」

 

園子の反論にも、どこか納得がいかない様子の平次。

だが、そんな若者二人へ了子は笑いかけて。

 

「あら、この場合は園子ちゃんの方が正しいわよ?」

「そうなの?」

「ええ」

 

不安げに見上げてくる歩美へ、自信たっぷりに笑いかけながら。

 

「『ファフニール』の名前は伊達じゃないもの。守る者があればあるほど、響ちゃんは強くなるんだから」




アレクサンドリア号事件編、あと2~3話で完結させたい所存です。


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これもまたお約束

シンフォギアライブ行きてぇなァーッ!


走るー走るー♪ふふーんふんふーん♪

ってなわけで、コナン君片手に船内を爆走中。

通信機をスピーカーモードにして。

友里さん達のナビゲーションが、コナン君にも聞こえる状態にしている。

だけど、状況はだいぶよろしくない。

というのも、

 

「ッ響さん、まただ!」

「見えてる見えてる!戻ろーッ!」

 

行く先々で待ち構える、あるいは『やあ』と現れる。

例の『脳みそアフロ』達。

ナビによれば、向こうからこっちに近づいてきているらしい。

おかげでじーわじーわと追い込まれている次第なんだけど・・・・。

片手にコナン君を抱えているこの状況では、ひっじょーによろしくない。

いや、抱えていなくても割とピンチなんだけどもね?

とはいえ、一人だったならシンフォギアで強行突破して潜り抜けることは出来るんだよ。

でも出来ないのが現状なのである。

ああ、ううん。

コナン君が悪いってわけじゃないのよ?わけじゃないんだけども。

むわああああああああん!!!!

あいつら、あの黒い煙を、こう、滲み出させながら迫ってきてるけど。

その煙、どうやら例の『王家の谷の呪い』が具現化したものらしい。

ちょっとくらいならまだしも、大量に浴びせられたり、長時間さらされたりすると。

案の定体に悪影響があるものということ。

うちの解析班は優秀だなぁー。

今、『知りたくなかった』って気持ちがじゅわじゅわ沸いてきてるんだけどもね!

 

「こっちも・・・・!」

 

コナン君の声で現実に戻れば、今度はノイズの団体様。

前門の虎、後門の狼とはまさにこのことッ!

うーん、いやーなパーティだ!!!

 

「・・・・響さん!」

 

煙にゲホゲホしながら、何とか間をすり抜けて包囲を飛び出した所で。

コナン君が意を決したように声を上げて、

 

「僕にかまわないで、シンフォギアに変身して!」

 

そんな爆弾発言を放り込んできた。

っていうか、えっ?何?

 

「なんで出来るって、おっと!」

 

お、思わず白状するような発言しちゃったけど。

いや、でも、待って。

確かに怪しまれるようなポジションにはいたけども!それは認めるけども!

ファフニールってこと以外は白状していないはずだよね!?

飛び込んできたノイズを、体を捻って避けて。

走りつつ聞いてみる。

 

「いくら情状酌量の余地があると言っても、『ファフニール』だなんて、名前だけで動揺が走るような犯罪者を、野放しにするなんてまずない!」

 

ぐっほ!初っ端からかましてくるねぇ・・・・!

 

「だけど、響さんを見る限り、特に行動制限が課されているとは思えない。ということは、そうするに足る理由があるってことだ!」

「それがシンフォギアだと?」

「そうだよ!!」

 

と、また前方に脳みそが現れたので、壁をやや走るようにして回避。

 

「危険人物扱いして、なんだけど・・・・!」

 

再三猛ダッシュする中、コナン君はそう前置きした。

 

「響さん達には、ただの仕事仲間じゃない、強い絆があるように感じた!」

 

ノイズや脳みその気配が遠のいてくのを感じながら、耳を傾ける。

 

「響さん自身だってそうだ!装飾の柱が倒れた時も、井出教授がトラップにひっかかった時も、響さんは真っ先に人命を優先していた・・・・誰かを助けるための行動を取っていた!」

 

と、目の前にまたノイズの群れ。

わたしがうまいこと逃げ回ったからか、今度は避けようが無い位にみっちり詰まっている。

これは、もう・・・・!

 

「だから、そんな響さんを、俺自身も信じたいッ!!」

 

――――目の前の光景と、コナン君の言葉が決定打だった。

 

「Balwisyall Nescell Gungnir tron!!」

 

装着フィールドを展開して、壷っぽいのが飛ばしてきた分解器官を弾く。

纏いきってからは、刃を飛ばして進路を確保。

降ろしていたコナン君を、もう一度片手で抱き上げて。

目を合わせる。

・・・・まったく、この子は。

 

「そう信頼してもらったからにゃあ、期待に応えて進ぜよう・・・・だけど」

 

不敵な笑みへ、得意げに笑い返す傍。

右手に複数刃を構えて、ちょっとした仕返しに問う。

 

「君こそなんなのさ?考え方と言い、明らかに小学生の範疇に収まらないよね?普通いないよ、そんな小1」

 

すると、コナン君は一度バツの悪そうな顔をしたけど。

やがて、さっきのわたしに負けないくらいの、得意げな顔をして。

 

「――――江戸川コナン、探偵さ」

 

そんな、お決まりのセリフを言ってくれたのだった。

 

「探偵かぁー」

「うん、探偵なんだ」

「だったらしょうがない・・・・ねッ!!」

 

のんびりした会話の後、刃を放って道を作る。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「はああああああああああッ!」

 

響と同じくシンフォギアを纏ったマリアが、眼前のノイズを一掃する。

そうやって出来た道を駆け抜けて、一行はやっと船の外に出た。

 

「おーい!こっちだぁ!!!」

「急いで!!みなさん!!」

 

一台残っていた、船員の通勤に使われるというマイクロバス。

そこから声をかけているのは、最後のトラップにかかった女性乗組員と、譲二だった。

 

「ここは引き受ける!あなたたちは速く!」

 

バスを背にマリアが叫べば、余裕のある者が頷きながら乗り込んでいく。

 

「お二人とも残っていたんですか!?」

「井出教授も、軽い怪我じゃないのに・・・・!」

「ご心配のとこ悪いが、子ども等置いていく性根は持ってないもんでね!」

 

乾の問いかけに、一度は得意げに返事をした譲二だったが。

すぐに怪訝な顔で乗り込んだメンバーを見渡して。

 

「お、おい。響ちゃんは!?」

「あの、ドアを破ってくれた坊やもいないわ!」

『――――二人は、まだ船の中よ』

 

そんな二人の疑問に答えたのは、いつの間にか運転席に座っていた了子だった。

 

『アルカノイズに進路を分断されてそれっきり、でも心配はいらないわ』

 

車内用マイクで告げられた事実に、ぎょっとなる譲二と乗組員だったが。

 

『マリア以外のシンフォギアが、もう駆けつけているから』

 

断言する了子の手元の通信機からは、戦況を知らせるオペレーターの声がひっきりなしに聞こえているようだった。

 

『というわけで、私達は脱出に専念しましょ。みんな、シートベルトをしっかり締めて!』

 

子ども達を安心させるためか、あえて軽く明るい声に切り替える。

かと思えば、どこか不敵な息遣いが聞こえて。

 

『――――あたしのドラテクは、凶暴よ』

 

全員が席について、シートベルトを締めた刹那。

車体がぐわんと揺さぶられた。

 

 

 

 

 

 

「こ、これ、警察としては止めるべき何だろうけど・・・・」

「ノイズもいる手前、どうも強く言えないわね・・・・」

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「はいはいよっと!!」

 

取り出した刃をぽいぽい投擲。

接近してきた個体は、刺突刃やジャマダハル、ついでにマフラーで薙ぎ払い。

片手に抱いたコナン君が、酔わないよう気を付けつつ。

今のところはこの子を逃がすことを当面の目標にしているんだけど・・・・。

 

「響さん、気付いてる?」

「うん、さすがにネー」

 

蹴っ飛ばした脳みそが、バウンドして飛んでいくのを見送りながら。

コナン君に向けて頷く。

 

「奴さん方、こっちをがっつりロックオンしてる」

 

まるでわたし達を追い込むように、どこか整列しているような動きで迫ってくる連中。

ノイズだけだったならともかく、脳みそまで、と来れば。

ある程度の目的があることを、疑わざるを得ない。

 

「コナン君、大丈夫?」

 

・・・・懸念は、それだけじゃない。

 

「割とシャレにならん状況だから、不調は遠慮なく言いなよ」

「ありがとう・・・・実は少しふらふらするけど、まだ耐えられる」

 

呪いが具現化した黒い煙が、見渡す限りに充満している。

ギアを纏っているわたしですら、眠気のようなふらつきを覚えるんだ。

生身のコナン君は、なおさら影響を受けることくらい。

簡単に予想できた。

 

「ごめんね、とにかく人命優先で動くから」

「響さんこそ、無理はしないでね」

「マカセテー!」

 

言いながら、また刃をぽいっ!

脳みそをうまく避けながら、ノイズだけを何とか狙い打つ。

というのも、脳みそを迂闊に攻撃してしまうと。

敗れた水風船みたいに、あの黒い煙をブシューッと吐き出してしまうからだ。

わたし一人ならともかく、コナン君がいる状況でそれは悪手でしかない。

てなわけで、何とか脳みそを破裂させないよう。

気を付けながら進んでいる次第。

でも、あんまり長居はしていられない。

『死の呪い』だなんて不健康極まりない中にいちゃ、わたしもただじゃ済まないからね。

 

「――――」

 

と、またノイズの団体様。

脳みそは見当たらないので、遠慮なく刃を飛ばしまくる。

・・・・コナン君の顔色は、時間が経つにつれ悪くなっていっている。

『早くしないと』、だなんて、焦りがあったんだろう。

 

「・・・・ッ!」

 

廊下の曲がり角。

てっきりいないとばかり思っていた脳みそが、ひょっこり現れて。

最悪なことに、放った攻撃が直撃した。

 

「ぐっ・・・・!」

 

至近距離で炸裂する煙。

濃い呪いが、一瞬で意識を抉りに来る。

明滅する視界で、何とかコナン君だけは死守。

その隙を見逃さず、ノイズ達が突っ込んできて。

 

 

 

 

 

 

「――――響ッ!!!」

 

 

 

 

 

 

閃光。

通り過ぎた破魔の輝きが、脳みそもノイズも一網打尽にしていく。

 

「ぶっは!」

「はっ!げほげほっ・・・・ふーっ!」

「二人とも、大丈夫!?」

 

一気に軽くなった空気を、コナン君とめいいっぱい吸い込む横から。

一番頼れる、愛しい人が来てくれていた。




コナン君って、抱えやすそうなサイズしてますよね(小並感)


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呪いに打ち勝て

あけましたおめでとうございます!
2020最初の投稿です!


アレクサンドリア号から、遠く離れた道路。

広がる呪いから市民を守るために、また、不用意に近づけないために。

検問で物々しい雰囲気となっていた。

 

「藤尭さん、近隣の避難は完了しました」

「ありがとうございます」

 

警視庁から派遣された白鳥の報告を、同じく派遣された藤尭がお礼と共に受け取る。

 

「それにしても警部達、大丈夫でしょうか・・・・」

「高木さんや佐藤さん達の安否も気になります」

 

市民の安全も確保し、ひと段落にほっとするのも束の間。

これまた同じく派遣された千葉が、白鳥と見合って仲間の安否を気にかけている。

 

「藤尭さんのお仲間も、確か」

「あー、お気遣いありがとうございます。でもこっちは気にしなくても大丈夫です・・・・殺しても死ななそうな人たちなので」

「・・・・頼りがいのある方々なんですね」

 

そう言って遠い目をする藤尭に、同じ苦労の気配を感じた二人は。

そっと同調の言葉を述べるにとどめた。

 

「とにかく、これ以上黒い煙が広がらないよう、監視を継続しましょう。今、この状況にぴったりなシンフォギアが、根っこを叩きに行ってくれているので」

「ええ、もちろん協力させていただきます」

 

気を取り直して敬礼を交わし合い、改めて問題解決への意欲を盛り返したところで。

遠くから、アスファルトが擦れる甲高い音が聞こえてきた。

何事かと振り向けば、爆走してくるマイクロバスの姿が。

 

「わっ、わわわわわわわわわ!!!!」

「退避ッ!退避ーッ!!!」

 

ぎょっとなっている間にも、バリケードを突き抜けそうというか。

とっくに突き破って飛び込んでくるマイクロバス。

S.O.N.G.職員は慣れで、警官達は持ち前の身体能力で。

危なげないながらも、何とか避ける。

一方のバスは派手にドリフトした後、街灯に柔くぶつかったことで停止した。

誰もが思わず身構える中、扉を軋ませながら出てきたのは。

 

「あら、みんなおそろいね」

「了子さぁん・・・・警察だっているのに・・・・」

「なぁによう、こっちはノイズどころか未確認物体にも追い回されていたのよ」

 

白衣をなびかせた了子は、運転の激しい車内にいたとは思えない足取りで着地。

藤尭のぼやきもどこ吹く風な一方で、まだ中にいる子ども達や負傷者の保護をてきぱきと指示していく。

 

「船の方は?」

「はあ・・・・内部は既にガングニールとシェンショウジンが。外のマリアさんの方も、イチイバルとイガリマ、シュルシャガナがもうすぐ到着します」

「上々ね」

 

そうして、受け取ったタブレットを束の間眺めた了子は。

一息、『ふむ』と考えを巡らせて。

 

「・・・・コナン君を逃がしている暇は、なさそうね」

「ちょっ、なんやて!?」

「そ、それってどういう意味ですか!?」

 

零した言葉にいち早く反応したのは、平次と蘭の二人。

特に蘭は、文字通り詰め寄る勢いで食って掛かる。

 

「い、いや、見捨てるわけじゃないから、ちょっと落ち着いてちょうだい」

 

タブレットを庇いながら、何とか蘭を宥めてからの、曰く。

黒い煙に対抗できるのはたった一人だけ。

煙の濃度がだんだんと濃くなっている今、例えシンフォギアであろうと、耐性のない者を置いていくのは悪手。

だからまとまって動く必要があるのだが。

煙の速度を顧みるに、コナン達を避難させるために往復すれば。

今検問を張っているこの付近まで広がってしまうということだった。

 

「幸いなのは、対抗できるたった一人が、呪いや祟りに対して絶対的なアドバンテージを取れること。それこそ、今回のようなケースにはうってつけなの」

「つまり、そいつが傍におる限りは無事やと」

「そういうこと」

 

幸か不幸か、S.O.N.G.本部も同じ結論に至ったらしい。

了子の読み通り、シンフォギアにコナンを伴わせたまま、作戦を続行させているということだった。

説明を受けた蘭は、何とか冷静になったようだが。

それでも、心配だという気持ちはぬぐえない。

 

(新一なら、どうしたんだろう・・・・?)

 

船があるであろう方を見ながら、蘭は指を組んで祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

大ピンチのところにやってきてくれたのは、未来だった。

というか、呪いだのなんだのが出てきてるんだし、むしろ出てこないわけがないよね。

というわけで、コナン君抱っこを交代してもらっている。

エルフナインちゃん曰く、コナン君退避させてる暇はないということで。

連れたまま呪いの根源へ突撃している次第だ。

 

「オッラァッ!!!」

 

両手が開いたならば、本領発揮するしかありませんよネ。

ってなわけで、全力でボコスカ。

室内っていうのもあるけど、こんな豪華な船で暴れるのって抵抗があったからね。

刃より素手の方が楽ってもんよ。

ノイズはわたしが、脳みそは未来に任せて。

神獣鏡は呪い特攻がついてるからね。

近くにいるだけで呪いが浄化されるので、本当に助かる。

ついでにコナン君の安全も確保されて一石二鳥。

いや、ホント神獣鏡先生万々歳ですわー。

 

「そいやっさ!!」

 

拳を突きつければ、スパンッ!と音を立ててノイズが吹っ飛んだ。

この辺りは、これでひと段落かな?

 

「ちょっと、いいかな」

 

未来と見合って、クリアリングを完了したところで。

コナン君が口を開いた。

そういえば何か考えてるようだったけど・・・・。

 

「シャンファさんが、どこに行ったのか。ずっと考えていたんだ」

「口を開いたってことは、まとまったってことでいいのかい?」

「うん」

 

こっくり頷いたコナン君は、周りを警戒しながらも話してくれた。

 

「響さん達のやり取りから考えるに、シャンファさんみたいな悪い人は、テレポートみたいな手段でぱっと逃げられるんだよね」

「うん、捕捉出来なくもないけど、それ使われるとたいていは逃げられる」

「でも、シャンファさんはそれを使わなかった」

「単純に、テレポートを邪魔されたくなかったんじゃないのかな?」

「そうかもしれないけど、それじゃあどうしてこんな状況になってるの?」

 

コナン君の指摘に、はっとなった未来。

確かに、と言いたげな視線をこっちに向けて。

話の続きを聞く。

 

「多分、シャンファさんはまだ卜部さんを諦めていないんだ。だって、本命が窃盗なら、こんなことせず早く達成して逃げればいい」

「なるほど、ワンチャン狙ってるってワケか」

 

あの人相当恨まれてるな・・・・。

 

「それじゃあ、シャンファさんは・・・・」

 

話を飲み込む横で、同じく理解したらしい未来が、コナン君を見下ろしながら問いかける。

 

「うん、多分。この煙の大本・・・・」

 

・・・・自然と、目が同時に動く。

この先は、確か。

――――ツタンカーメンの展示室。

さぁーって、こっからが正念場になりそうだ。

 

「コナン君、大丈夫?」

「うん、ボクは大丈夫。それよりも早く、この事件を終わらせよう!」

 

心配した未来の問いかけに、力強く返事するコナン君。

頼もしさにこっちも勇気をもらいながら、先へ進む。

初撃の牽制用に、刃を数本指に挟んで。

わたしが先頭を行く。

一歩、一歩、踏みしめながら、そっと部屋を覗いてみれば。

 

「――――あら、存外早い到着ね」

 

黄金マスクのすぐそばで、何やら陣を展開していたシャンファさんが口を開いた。

 

「そりゃあ、このスモッグを放置するわけにゃいきませんので」

 

もうバレバレなようなので、隠れることなく突き進む。

いつでも投擲出来るよう指先を意識しながら、やや威嚇するように足を踏み鳴らす。

 

「投降の勧告です、今行っている儀式をただちに取りやめなさい」

 

お役所らしく、投降を促してみたんだけど。

対するシャンファさんは、何というか。

 

「――――ああ、全く」

 

恍惚というか、いっそうっとりしているような。

有体に言って、大分色っぽい顔で。

部屋に充満するような敵意を、遠慮なく溢れさせて。

 

「なんて、吉日なんでしょう・・・・!」

 

瞬間、陣が活性化したと思えば、隣のツタンカーメンが怪しく光る。

この人、あのマスクを媒介になんかしやがったな・・・・!?

神獣鏡ですらギリギリ打ち消せないほど、黒い煙が吹き荒れて。

思わず顔を庇ってしまう。

 

「――――ッ」

 

気流が収まった頃に現れた、威圧。

持ったままだった刃を放って、煙を物理的に振り払えば。

現れたそいつらの姿が見えた。

 

「なんだ、アレ・・・・!?」

 

コナン君が驚愕するのも無理はない。

そこにいたのは、同じ種類のバケモノ二体。

ワニの頭に、ライオンの鬣と前足。

後ろ脚としっぽはカバのそれ。

・・・・知っていたからこそ、驚愕を隠せなかった。

 

「罪人の心臓を喰らう、冥界の獣『アメミット』」

 

分かっていないコナン君に向けてか。

とっくにわたしを眼中から外しているシャンファさんは、ゆったり手を上げて。

 

「超えられないなら、あなたはここまでよ・・・・!」

 

振り下ろされるや否や、二頭のアメミットは飛び出してきた。

 

「・・・・ッ!」

 

一頭には拳を、もう一頭には刃を叩きこんで、ヘイトをわたしに向けさせる。

本当なら、わたしと未来とで分担した方がいいんだけども。

今の未来はコナン君を抱えている、無理はさせられない。

思惑通り、二頭の注目がこっちに向いた。

飛びついてきた方は、刺突刃で鼻っ柱をひっかいてやり。

噛みついてきた方はわざと籠手を噛ませてから、怯んでるもう一方に叩きつけてやる。

その隙に、続けて何かの術を発動させようとしてるシャンファさんへ。

刃を複数本飛ばして牽制。

やむなく中断させたシャンファさんに向けて、未来がダメ押しの閃光を放った。

我慢できず舌打ちしたシャンファさん。

同じ『風』の術式を複数展開すると、発生させた竜巻を未来へ撃ちだした。

わたしはもちろんフォローに回ろうとしたけど、復活したアメミット達に阻まれてしまう。

顎を蹴り上げ、横っ面を殴り飛ばして。

距離を取って、構える。

・・・・発生源なだけあって、煙の、呪いの濃さはピカイチだ。

そんな中での戦闘は、はっきり言って命に関わる。

やっぱり、やむなく連れてきたコナン君がネックになってんなぁ・・・・。

シャンファさんもそれが分かっているのか、未来が庇わざるを得ないような攻撃ばかりをチョイスしている。

そんで、突破力のあるわたしは未来から引き離して動物とのふれあい体験・・・・。

くっそう、ずるいぞぉ!!

 

「・・・・っぁ」

 

ネックはそれだけじゃない。

白状すると、さっきから眠気がひどくって・・・・。

ほら、今も。

目の前がブラックアウト寸前まで暗くなってしまって。

アメミットの爪が掠ってしまって・・・・。

うん、どう考えてもあれですね。

時計型麻酔銃の!!!残り香的なサムシングですね!!!

くぁー、嘘やん。

このタイミングで来るぅ?

困るよぉ・・・・。

 

「っと・・・・!」

 

噛みつきをしゃがんで回避、からの。

ぐるんと横に回って、わき腹へ一発。

バカヤローなめんじゃねぇぞ。

お前らが欲しがってるわたしの敗北は、高くつくんだからね!!!

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「――――逃げてばかりでいいの?」

「くっ・・・・!」

 

次々飛んでくるカマイタチをステップで避ける。

時折腕の中のコナンを気に留めながら、同時に敵への警戒も怠らない。

対するシャンファは余裕の一言に尽きる。

苦い顔をする未来とは対照的に、どこか挑発的な顔で嗤う彼女。

 

(情けないッ・・・・!)

 

二人の対峙を見続けていたコナンは、同じく苦い顔で思案に暮れる。

文字通り荷物となっている状況で、平静で居られるような人間ではないのだ。

だが、何の役に立つかと言えば、言葉に詰まってしまうのが現状だった。

 

(いや、違う!)

 

そんな弱気な考えを、彼自身で一喝する。

 

(確かに腕っぷしは服部にも負けちまう俺だけど、推理だけは、考えることだけは誰にも負けない自信があるんだ!)

 

そして、未来の邪魔にならない程度にかぶりを振ったコナン。

もう一度目を開けば、周囲の状況がよく見える。

 

(あの呼び出されたモンスター・・・・確か罪人の心臓を食べると言っていた。恐らく、古代エジプトでの、死後の裁きに関わる者なんだろう)

 

視線の先では、大分苦戦してしまっている響。

あの二頭さえどうにか出来てしまえれば、シャンファを抑えて、かつ。

ツタンカーメンから発生している呪いを、解除出来るのではと辺りをつける。

 

(死後、冥界、つまりはあの世、死者の世界の生き物・・・・それを弱体化させるには・・・・ッ!!)

 

一通りの思考を終えたコナンの脳裏、ひらめきが過る。

未来が攻防で激しく動き回る中、ばっと上を見上げて。

 

「あ、あのッ!」

『コナン君か、どうした!?』

 

響が持たせてくれた、S.O.N.G.の通信機へ話しかけた。

すぐに、何度も話した司令官が返事をくれる。

 

「今何時か分かりますかッ!?」

『時間か?』

『現時刻は、午後四時半ちょうどよ。それがどうかしたの?』

 

疑問の声が上がるものの、オペレーターが答えてくれた。

その返事に、コナンは確かな手ごたえを。

勝利への活路を見出す。

後は、己自身次第だ。

 

「未来さん!お願いがあるんだ!!」

「えっ?わっと・・・・!」

 

急に話しかけられたので、未来は一瞬呆けてしまうが。

何とか攻撃を回避して耳を傾けてくれた。

 

「ご、ごめんなさい!」

「大丈夫それで、お願いって!?」

「うん、あのね――――」

 

未来が意識を向けてくれている内に、コナンは手短に作戦を伝える。

・・・・当然ながら、ぎょっとした顔を向けられた。

 

「それじゃあ、あなたが危ないじゃない!」

「分かってる、でも、響さんや未来さんが一生懸命なのに、ボクだけお荷物じゃいられない。見てるだけなんて、出来ないッ!」

「それでも・・・・!」

 

未来とて、コナンの気持ちが分からない訳ではない。

むしろ状況が状況なら、首が千切れるほどに首肯していただろう。

だが、それはあくまでもしもの話。

そうでなくても、小学生に命を掛けさせるのはためらわれた。

通信の向こうの本部も、難色を示していたが。

 

『いいんじゃない?やってみようよ』

 

そんな中、通信越しにコナンを後押しをしたのは。

未だ怪物と攻防を繰り広げている響だった。

 

『そういうギャンブル、嫌いじゃない』

 

マフラーをひるがえし、拳と蹴りを叩き込みながら。

こちらに目をやると、にっと笑みを浮かべる。

身内である響の言葉が効いたのか、未来は、まだ心配を拭えないようだったが。

それでも、本部共々腹は決まったようで。

 

『計算の結果、コナン君が未来ちゃんから離れていられる時間は、わずか十秒。これを過ぎれば、いくら勇気があろうとも危険よ』

『ということだが、それでもやるのか、コナン君?』

 

問いかけに、コナンは自信満々に笑って。

 

「――――やるッ!出来るッ!!」

 

己のみならず、見守る面々も鼓舞するように叫んだ。

そうと決まれば、と、未来は一気に攻勢に出る。

銃撃やレーザーを駆使して、シャンファの注目を引き付ける。

コナンはその間、必死に目を凝らして状況を見続けて。

 

(――――ここだッ!)

 

目を見開いて、タイミングを見極めた彼は。

いつでも離脱出来るよう緩められていた、未来の腕から飛び出した。

――――10

両手が開いた未来は、コナンの邪魔をさせまいと飛び出し。

鉄扇による白兵戦も織り交ぜて、攻め手を苛烈にする。

――――9

ここまで来れば、さすがのシャンファも何らかの意図があると気づいた。

自らも蹴り技を中心にした格闘術で応戦を始め、その一方でコナンの行方を探る。

――――8

自らのアドバンテージのはずだった煙が、今度は彼の味方をして、その姿を巧妙に隠していた。

苦い顔をするシャンファの耳に、空気が吹き込まれる音。

――――7

はっとなって目を向ければ、あの強化シューズでボールを打たんとしているコナンの姿が。

 

「・・・・ッ!」

 

突風で未来を弾き飛ばした後。

発射されたサッカーボールを、難なく防ぐシャンファ。

どうやら、御自慢のサッカーボールで昏倒を狙ったらしいと読んだものの。

 

「――――あなたなら、そうすると思ったよ」

 

――――6

その予想は、見事に裏切られる。

コナンの不敵な声が聞こえた次の瞬間。

彼の小さな体が、飛び掛かってきて。

シャンファが展開した障壁を足場に、さらに高く飛び上がった。

――――5

跳躍にも強化シューズを使ったのか、予想よりも高く飛んだコナン。

再び生成されたサッカーボールを見て、本当の狙いに気付く。

 

「邪魔はさせないッ!」

 

――――4

対処しようとすれば、未来が妨害にかかった。

シャンファは苦虫をつぶしたような顔で、鉄扇を蹴りで防ぐ。

 

「うおおおおおおおおおッ!」

 

――――3

かくして、サッカーボールは放たれる。

コナンの渾身のキックでまっすぐ撃ち上がるサッカーボールは。

日光を遮る天幕へ。

――――2

見事ど真ん中を打ち抜き、ワイヤーを引きちぎり。

吹き抜けを飛び越えて。

――――1

天井の窓ガラスを打ち破って、とうとう外へ。

夕方とはいえ、十分な日光が。

展示室に降り注いだ。

その、刹那。

 

「「ギャアアアアアアアアアアアアッ!」」

 

――――0

耳をつんざく悲鳴。

弾かれるように目をやれば、せっかく召喚したアメミットが悶え苦しむ姿が。

――――冥界の、死後の世界に住む彼らにとって。

生命の象徴である太陽が、猛毒であることは。

考えるまでもないことだった。

 

「――――うぉりゃああああああ!!」

 

悔しがる間もなく、雄叫び。

怪物二頭が居なくなったということは、彼らが抑えていた響が解放されることを意味していて。

未来と入れ替わるように突っ込んでくる響。

比べ物にならないほどの攻勢が、シャンファに『応戦』以外の選択肢を許さない。

 

「――――これでッ!」

「――――終わりだぁッ!」

 

そうこうしているうちに、未来が。

無事受け止めたコナンと一緒に叫びながら。

展開した脚部装甲から、破魔の光を解き放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ッシャオラァ!!勝った!!

アレクサンドリア号事件、完ッ!!

なんて。

まだ目が回復していないのに、ガッツポーズを決めちゃう。

呪いの根っこになってしまったツタンカーメンに、未来がごん太レーザーを叩き込んだことで無事浄化。

シャンファさんにはどさくさに紛れて逃げられてしまったけど、ひとまずは事態のひと段落を喜ぶことに。

 

「響!」

「響さん!」

 

一応周囲の警戒を続けていると、未来とコナン君が駆け寄ってきた。

もう抱っこの必要はないので、コナン君は自分の足で立っている。

 

「未来、お疲れ様!コナン君もありがとー!今回のMVPだ!」

「えへへ、でも、響さんや未来さんがいなかったら、ボクだって危なかったよ」

「どういたしまして、それでも、よく頑張ったね」

 

言いながら未来が頭を撫でると、照れくさそうに鼻をこするコナン君。

謙遜している彼だけども、助けられたのは事実だ。

物理的に打ち倒すことばっかりに集中しちゃって、コナン君みたいに知恵絞ること忘れかけてたからね。

それに、冥界のバケモノに対して『太陽を使う』という答えに自力でたどり着いたんだから。

いやぁ、ホント、高校生探偵(頭脳は大人)は伊達じゃないんだなぁ・・・・。

 

「・・・・?」

 

なんて、感心している時だった。

背後で、何かが動いた気がして。

 

「・・・・ッ!!」

 

素早く、振り向く。

そこにいたのは、死んだはずのアメミット。

今まさに体を焼き焦がしながら、それでもなお、わたしに牙を突き立てようとして。

迎撃は間に合わないけど、避けられる。

だけど、避ければコナン君と未来に当たる・・・・!

 

「響ッ!」

「響さんッ!危ないッ!」

 

心配してくれてる二人に、内心で謝りながら。

せめて腕に食いつかせて、被弾を減らそうと。

覚悟を、決めた時。

 

 

『――――騒がしい』

 

 

『――――ここを何処だと心得る?』

 

 

『――――控えよ』

 

 

瞬間、アメミットが目の前で叩き潰された。

すぐ目の前で土煙を上げる、何かの足。

ゆっくり、ゆっくり、見上げれば。

顔が無い、スフィンクスのようなものと、視線がかちあった・・・・気がした。

・・・・え、何?

何これ?

 

「響、あれ・・・・!」

 

未来の、何か驚いている声に促されて。

わたしも同じ方を見てみる。

・・・・ツタンカーメンの、黄金のマスクが。

何だか、自分で輝いている様に見えた。

 

『――――借りが出来てしまったな、遥か未来(さき)の勇者たちよ』

 

驚愕するこっちもなんのその。

若くて、だけど威厳に満ちた声は。

それっきりを伝えると、輝きを消してしまった。

見れば、あのスフィンクスもいなくなっている。

 

「・・・・響さん、今のって」

「・・・・多分、だけど」

 

コナン君と見合って、首を傾げながらもう一度マスクを見てみるけど。

黄金のマスクは、ただ夕日を受けて煌めいているだけだった。




あとはエピローグを残すのみ!


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事件は続くよどこまでも

「すまなかったな、駆けつけてやれなくて」

 

数日後のS.O.N.G.、休憩スペース。

報告のために帰国していた翼は、鉢合わせたマリアにそう切り出した。

 

「いいわよ、そっちこそロケを隠れ蓑にした捜査。お疲れ様」

「ああ、ありがとう」

 

そう、それが翼が不在だった理由である。

キャロルを支援していたとされる地下組織。

その傘下の組織がイギリスに潜伏しているとの情報を受け、翼の漁船ロケを隠れ蓑に捜査が行われたのだった。

危険が伴うため、テレビ局には渋られると思いきや。

予想に反して、大分ノリノリで承諾をもらえたらしい。

 

「とはいえ、捜査自体はエージェント達がやってくれたのだがな・・・・特にレイアが、それはもう派手に活躍したと」

「ああ・・・・」

 

『私に地味は似合わなーいッ!』なんて高笑いしながら、イキイキと敵をなぎ倒していく姿が容易に想像できて。

マリアは乾いた笑みを浮かべる。

 

「そちらはどうだった?確か、錬金術師が現れたと聞いたが・・・・」

「ええ、けれど、こちらも無事に解決出来たから」

「それも聞いている。立花やマリア達に、怪我がなくてよかった」

「ふふふっ」

 

ほっと安堵の息を吐く翼に、マリアは顔をほころばせる。

そして、持っていたアイスティーを一口飲んでから。

 

「まあ、優秀な探偵さんが味方してくれたから」

「探偵・・・・?」

 

首を傾げてオウム返しする翼を見て、マリアはまた微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

『アレクサンドリア号事件』と名付けられた事件から、一週間くらい。

犯人には逃げられてしまったので、協力していた滝本さんが警察に逮捕された。

でも、動機に情状酌量の余地があるということで、割と早く解放されるかもという話だ。

『遠慮なく帰ってこい、また船を作ろう』という龍臣社長と、『俺達は待っているからな、あつおじちゃん』という乾船長の言葉に。

大粒の涙を零していたらしい。

で、元凶とも言うべき卜部さんはというと。

当時未成年だったということと、時効はとっくに過ぎていること。

それを加味しても、今回のような大事件の発端になった以上、無視は出来ないということで。

対照的に、こってりと搾り上げられたそうな。

かくいうわたしも連行案件のはずなんだけども。

事件解決に貢献したことや、S.O.N.G.で真面目に仕事をやっていると認めてもらえて。

お咎めなしになった、よかった・・・・。

そんでもって、肝心の展覧会。

会場で事件があっただけじゃなく、アンティキティラの歯車も盗まれたもんだから。

中止になるかと危ぶまれたけど。

あの毛利小五郎が異端技術の犯罪者と出くわしたってことで話題となり、むしろ連日満員御礼状態らしい。

『怪我の功名とはこのことじゃわい!!!』と、鈴木相談役が毎日高笑いしていることを、園子ちゃんが教えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

で、コナン君はというと。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふあぁ、太陽電池なんですか」

「そうなんじゃ、バッテリー付きだから、昼間しっかり充電しておけば夜も走れるぞい」

「すごいです・・・・!」

 

阿笠博士の自宅兼研究所。

エルフナインちゃんが、あのスケボーを見せてもらいながら目をキラッキラさせている。

かわいい(確信)

阿笠博士もそんなエルフナインちゃんの反応が楽しいのか、すごく生き生きと解説している。

明るいおじいちゃんって見てるだけで癒されるよねぇ・・・・。

 

「博士が水を得た魚の様に・・・・」

「ダイエットもあれくらいやる気になってくれたらいいのだけど」

「あはは」

 

エルフナインちゃんの保護者としてついてきてたわたしは、コナン君や哀ちゃんと一緒にその様子を見守っていた。

 

「まあ、わたしからすれば、それを使いこなす君も相当だと思うんだよね

 

 

――――工藤君」

 

 

「バーロー、褒めてもなんもでねぇぞ」

 

誉め言葉が不意打ちだったのか、コナン君改め工藤君は、照れくさそうにそっぽを向いた。

――――あの後、わたし達と一緒にいた工藤(コナン)君は。

長い間呪いの中にいたので、除染はもちろん、後遺症のチェックやその他もろもろでしばらく本部にいたんだけど。

まあ、バレないわけがなかった。

『すわ未知の敵の策略か』、『よもや例の連中の・・・・?』なんてピリィッとした司令達の威圧に負けて。

ことの経緯をポロリしてしまったそうな。

ひとまず、今追っている連中とは関係がなさそうだとほっとした司令達に。

彼自身も安堵したとか、何とか・・・・。

で、同い年だと分かったわたしも。

二人きり、ないし訳知りしかいないときは、『工藤君』と呼ぶようになった次第である。

 

「そういえば、思い出したんだけど」

「ん?」

 

ことの経緯をおさらいしていたところで、思い出したことがあったので聞いてみることに。

 

「よかったの?司令の申し出断っちゃって」

「ああ、協力してくれるってやつか・・・・あの人にも言ったけど、ただの犯罪に異端技術の専門家の手を借りるなんて、恐れ多いよ」

 

船とその周辺を呪いで満たしたシャンファさんや、都庁を吹っ飛ばしたキャロルちゃん一味みたいな。

異端技術の犯罪者による事件と、その被害の規模を目の当たりにしたのもあるんだろう。

子ども、しかも体が小学生に縮んでしまった工藤君を、当然の様に心配した司令の申し出を断った理由に。

納得を覚えた。

 

「まあ、『江戸川コナン』の戸籍とパスポートを作ってくれた借りはあるからな。立花も、なんか困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ」

「うん、そんときは頼らせてもらうよ。『名探偵』♪」

 

口説くようにそう言うと、また『バーロー』と言われてしまった。

今度のは、相棒に対するようなものだったけど。

 

「むっ、君もこの形に落ち着いたのか?」

「は、はい!酸素ボンベとなると、どうしても『経口』は外せませんから。でも、博士とアイデアがかぶってしまうなんて・・・・」

「いやいや、何の接点もない君が同じ結論に至ったということは、儂の理論が間違っていないことの証明でもある。こちらとしては、むしろ感謝したいくらいじゃよ」

「博士・・・・!」

 

何だか感銘を受けているエルフナインちゃんを見守っていると。

ふと、工藤君の目が細められたことに気付いた。

わたしに向けていた表情は、なんだか悩んでいるようなもの。

『どうしたの?』という意味を込めて、首を傾げながら見つめ返していると。

意を決したように、工藤君は口を開いた。

 

「立花は、自分の罪をどう思っている?」

 

・・・・多分、彼が一番知りたがっていることなんだろう。

向こうで盛り上がっている二人に聞こえないようで、一方で哀ちゃんにぎょっとさせてしまう大きさの声で。

そんな問いをぶつけてきた。

 

「俺は、犯罪を許せない。誰かの大切な人やものを奪って、そうやって悲しみを増やす犯罪者達が許せない・・・・だけど、死ねばいいって思っているわけじゃない」

 

・・・・そういえば。

なんか、過去にそんな人がいたんだっけ?

原作の中で、ただ一人の死亡した犯人。

その人のことが、ずっとひっかかっているとか、なんとか・・・・。

うろ覚えで申し訳ないけど。

 

「アレクサンドリア号や、S.O.N.G.本部で見た反応を見る限り、立花はいつも、自分を顧みない行動を取っているんだろう?」

「まあ、自分か仲間達かって選択肢を迫られたら、迷わないかな」

「・・・・正直、危ないと思っている。せっかく・・・・せっかく償いに前向きなのに、やり直そうと、一生懸命なのに・・・・そこを、誰かに付け込まれるんじゃないかって」

 

ああ、そこを気にしてくれていたのか。

わたしを見つめる工藤君の目は、とても真剣だ。

本気で心配してくれているのが伝わる。

 

「・・・・優しいね、工藤君は」

 

思わず、そう零してしまった。

 

「でも、そうだね。今まさに付け込もうと考えて準備してる人はいるのかも。だけど、そうホイホイ思い通りになってやるつもりはない」

 

まずはそう断言してから。

 

「こう見えて理想の死に方があるから、その為の努力は惜しまないつもりだよ」

 

思ったことを、言葉を選びながらゆっくり吐き出していく。

 

「もちろん、自分の罪から逃げるつもりはない。今のお仕事だって、それが一番償いになりそうだなって思ってやっているわけだし」

 

『それにね』と。

口調がゆっくりになってしまっても、耳を傾けてくれる工藤君に。

出来る限りの、自信たっぷりな笑みを浮かべて。

 

「取り返しのつかないほど、命を奪ってしまったわたしでも・・・・生きていることを、喜んでくれる人達がいるんだもん。その人達といる間は、なんとか死なないように頑張ってみるつもり」

 

そう、わたしなりの考えを。

日本に戻ってから遭遇した三つの事件と、ずっと支えてくれた未来の顔を思い浮かべながら話せば。

工藤君は、なんだかほっとした顔をして。

いつの間にか乗り出していた体を、ソファに沈めた。

 

「納得した?」

「・・・・ああ、一応は」

「それはよかった」

 

何とか伝えられたことに、わたしもほっとしながら。

乾いた口を紅茶で湿らせてると。

右手の指輪がちょうど日の光を受けて、一瞬だけ煌めいたのが見えた。

それが何だか、未来に励ましてもらったように感じてしまって。

口を拭う振りをして、そっとキスを送った。

 

 

 

 

――――工藤君にはばっちり見られて、哀ちゃんには『ごちそうさま』と言われた。

はずかちぃ・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(少し、早まってしまったかしら)

 

夜の帳の一角。

さらに深い闇の中へ身を隠していた彼女は、そんなことを想う。

一方で、主目的がやってきたのだから無理もないことだと。

自身をなんとか宥めていた。

そこへ、足音が三つ響いて近づいてくる。

 

「――――ずいぶん大騒ぎを起こしてくれたワケだ」

「ホント、あーし達のことがバレたら、どうするつもりだったの?」

「ッ申し訳ありません」

 

彼女は咄嗟に膝をついた。

それはすなわち、彼らの方が高い位であることを表している。

 

「待ちなさい」

 

彼女を責める二つの声。

両者を諫めたのは、真ん中の凛とした声だった。

 

「確かに内密にという言いつけは破ったが、それを相殺できるほどの成果を上げている」

「それでは、『例の者』は・・・・?」

「ええ、あなたの占い通りよ。歯車ももちろん手に入れたのでしょう?」

「はい、こちらに」

 

彼女はそう言って、布にくるんでいた歯車を露わにして差し出す。

受け取ったそいつは、手をかざして何かを読み取ると。

満足げに頷いた。

 

「確かに受け取った・・・・それでも気にかかるというのなら、これからの働きに期待すればいいだけの話だ」

「・・・・ま、そろそろ動き出す予定ではあったしね」

「奴らの手が、痛いところまで届かないというワケだ」

 

説得されれば、ほかの二人も納得したようだった。

・・・・銀色の上着をひるがえして、男装の麗人は歩き出す。

 

「さあ、行きましょう。カリオストロ、プレラーティ・・・・そして、イヨ」

 

褐色の肌の女性、カエルの人形を抱えた少女。

そして、跪いていた彼女が立ち上がる。

 

「アヌンナキへの、反撃を始めましょう」

 

月明りに照らされて。

鋭い眼光が夜闇を射抜いた。

・・・・その後ろ。

彼女は胸元をまさぐって、ペンダントを手繰り寄せる。

紐につながれたのは、古ぼけた安っぽい指輪。

 

「――――もうすぐだよ、『 』」

 

――――愛しく、まるで口にすること自体が幸せであるかのように呟いて。

そっと、口付けを落とした。




ということで、別名『まさかまさかのコナンクロス編』完結です。
突然のトンキチにも関わらず楽しんでくれた皆々様には、心から感謝感謝でございます・・・・!
また例の如く小ネタをぽろっとしたら、いつものチョイワル時空が戻ってきますので。
クロスオーバー苦手な皆々様は、もうしばしお待ちください・・・・!


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閑話:小ネタ10

前回への閲覧、評価、お気に入り登録。
誠にありがとうございます。
コナン編の小ネタです。


『大人モード』

 

「・・・・ん?」

「何かなぁ?あれ・・・・」

 

アレクサンドリア号の事件が終わってから、一週間と少し。

展覧会に沸き立つ世間の大騒ぎを、どこか遠くに感じながら。

未来の訓練に付き合った響が、休憩に入ろうとしたところ。

休憩スペースが賑やかなことに気付く。

 

「――――なんつーか、ギリシャ神話の神様って人間臭いとこあるよな」

「オリオンも命知らずね・・・・」

 

そっと歩み寄って覗いてみると。

神話についての資料を広げて話し合う、見慣れない青年と美女二人。

首を傾げそうになった響だったが、青年の横顔に見覚えがあったので。

すぐに理解する。

 

「もしかして工藤君?へぇーっ、本当の姿ってそんな感じなんだ!」

「哀ちゃんも、元の姿に戻れたの?」

「おうッ!って言いたいけど、ちょっと違うな」

 

彼さえ分かってしまえば、ほかの二人もおのずと誰か分かる。

未来と一緒に話しかけると、コナン改め新一はにっと笑って返事した。

 

「臨床試験よ、『APTX(アポトキシン)4869』の解毒剤の手がかりとして、エルフナインに薬を作ってもらえてね」

「それで、ボクもお付き合いしている形です」

「薬効は夕方までなんで、その間異端技術に欠かせないオカルト知識についてあれこれな」

「ああやって明るみに出てきている以上、私達も他人事じゃなくなるだろうしね」

 

落ち着いた女性になった哀に続いて、ファウストローブ時のキャロルに似たエルフナインも一緒になって解説。

ちなみに今回服用したのは、『自身の老化をある程度促進させる薬(仮)』らしい。

子どもに戻ってしまう過程も観察して、解毒剤への手掛かりを掴もうとしているとか。

事情を把握した二人が、納得して頷いると。

新一が、資料を見せながら身を乗り出してくる。

 

「立花と小日向も詳しいんだろ?よかったら、二人も色々教えてくれると助かるよ」

「おぉっ、そういう話ならいいよ。乗っちゃう乗っちゃう!」

「わたしもいいよ、楽しそう」

 

新一の頼みに、断る理由など見出せなかった二人。

ノリノリで卓に着くと、さっそく広げた資料について話し出す。

 

「――――む?」

 

――――それから、少しして。

廊下で立ちん坊になっている了子を見つけた弦十郎。

首を傾げつつ、こちらに気付いた彼女に歩み寄っていく。

 

「何かあるのか?」

「弦十郎君、ええ、微笑ましいのがね」

 

促されて、その先の休憩スペースを覗いてみれば。

 

「――――それ、お后様とばっちりじゃない」

「神様相手でも、約束は守りましょうってことだな」

「そういうことなのよー」

「いや、神様じゃなくても守ろうね?」

 

盛り上がりながら、神話を勉強しているらしい若者たち。

その微笑ましい様に、弦十郎も思わず笑みをこぼして。

彼らを見守った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『遥か過去(うしろ)の話』

 

「――――あなたが、心配よ」

 

黒檀のような髪を床に波打たせながら、彼女はそう言ってくれた。

夕暮れに目を潜めた顔は、言う通りの表情をしている。

 

「誰かの事ばかりで、自分の事は後回し、何度貴女を癒そうとも、目を離せばすぐに傷を作る・・・・まるで罰を受けている様だわ」

「・・・・お気遣い、痛み入ります」

 

首を垂れれば、彼女の悲痛な顔がますます深まった気がした。

 

「・・・・言ったところで止まらないのも、その想いが尋常ならざるものなのも分かっている(みえている)。こんなところにまで飛んできてしまう娘だもの」

 

だからこそ、と。

差し出された手が、頬を撫でてくれた。

 

「どうか、自分を、孤独にしないで・・・・幸せになることを、許してあげて」

 

・・・・差し出してくれた手を、そっと握る。

奇しくも、あの人がよく差し出してくれた方の手だった。

 

「それが、あなたへの・・・・最期の教えよ・・・・」

 

手が、力を失う。

ゆっくり、ゆっくりすり抜けていく。

・・・・また。

大切な人を、失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以下、コナン編オリキャラ解説

 

龍臣義彦(59)

『龍臣造船所』の社長さん。

大阪産まれ大阪育ちの中年優男。

標準語は頑張って覚えたそうな。

 

滝本敦(59)

『龍臣造船所』の社長秘書。

『綾部造船』時代は、船の設計も担当していた。

事件では犯人一味の一人だったが、被害者と言ってもいいかもしれない。

 

乾達城(36)

アレクサンドリア号の船長、旧姓『綾部』。

『お父さん達が作った船の船長をする』という夢を見事叶えた人。

多分『情熱〇陸』とか『プロ〇ェッ〇ョナル』とかで特集されてる。

父の会社倒産後、家族を支えてくれた滝本には、並々ならぬ恩を抱いている。

 

井出譲二(44)

響の父、洸の同級生。

高校時代に、いじめられていた洸を助けたことで交流が始まったとか。

自分の名前に似ているインディ・ジョーンズに憧れて、考古学の道を歩む。

 

卜部良太(37)

20年前のデマをきっかけに、文章には人を動かす力があることを知り。

報道の道へ。

人に伝えるための文章力は確かだったものの、やっぱりゴシップ系のデマばかり書いていた。

実はライブの生存者について書いたのも彼。

コナン編の事件後は、いよいよ信用を失ったものの。

その脚色・逓増能力に目を付けたS.O.N.G.に、一般向けの誤魔化し要員として雇われる。

職を失いかけていた彼に、選択肢はなかった。

今はさすがに反省して、S.O.N.G.のためにペンを走らせている。

 

(リュウ)響花(シャンファ)(???)

自称『香港から来た博物館学芸員』。

その正体は、船の聖遺物を狙ってやってきた錬金術師。

ただ、本人は錬金術よりも占いやまじないのような、呪術の方が得意らしい。

どうしても成し遂げたい目的があるようで・・・・?

また、年齢は四桁を超えるとか、何とか・・・・。




次回、『ギャラルホルン編』。
始動・・・・!


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雷鳴に咆える影狼
始まりの混乱


『平行世界からこんにちは編』、スタートです。


――――鎮座するは、翡翠の法螺貝。

まるで何かを訴えるような様は、言葉足らずな幼児の如し。

 

「留守は任せた」

「ええ、武運を」

「お前らも、無茶すんじゃねーぞ」

「クリス先輩こそ!」

「気を付けてくださいね」

 

その前に立つは、三人の『歌姫』。

仲間達の激励を受けながら、装備を纏って進んでいく。

 

「――――いってらっしゃい」

「うん、いってきます!」

 

最後の一人が、駆け寄って。

()()()()()の三人は、空間に開いたゲートをくぐった。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

さてさて。

アレクサンドリア号の事件から二週間。

後始末の終わりも見えてきて、S.O.N.G.にはいつも通りの雰囲気が戻りつつある。

ついでにわたしの顔面噴火も落ち着いてきた。

あれ以来大きな事件もないので、平和かと思うけど。

割とそうでもないのです。

と、いうもの。

 

「了子さーん、響ちゃんのご家族に出すお菓子。これでいいですかー?」

「あら、それとっておきのサブレじゃなかった?」

「お客には出し惜しみしない主義でしてー」

 

了子さんとスタッフさんの会話で、『もうそんな時間か』と顔を上げる。

パソコンで疲れてきた目頭をぎゅっと押さえてから、さらに伸びもする。

――――めでたく退院したお父さんから、『相談がある』と連絡があったのは二日前の事。

なんでも、香子が変なものを拾ったとか何とかで。

わたし達に調べてほしい、ということだ。

見た目は犬っぽいんだけど、影から出たり入ったりできるらしい。

ばっちり目撃した家族みんなは、十中八九こっちの案件だろうと考えたそうな。

専門家のわたし達ですら『出たり入ったりってなんだ・・・・?』ってなるのに、そっち方面に明るくないお父さん達の困惑は相当だったと思う。

なお、例の犬モドキは、今のところ敵対するようなそぶりは見せていないらしい。

むしろ、疑うのがバカらしくなるほど、香子にがっつり懐いているんだとか、何とか・・・・。

・・・・お姉ちゃん的には、すぐに死ぬみたいな緊急性のない案件でほっとしているかな?

いや、それはそれとして、何か変なことに巻き込まれてないかって心配はあるんだけどもね?

 

「響ちゃんも、そろそろデスクワーク上がっていいわよ。無いと考えたいけど、万が一に備えて頂戴」

「りょーかいでーす、あ、出来た書類そっちに送りました」

「確認しました」

 

エンターキーをタンッと押して、終わらせたかった分を送信。

ちゃんと届いたのを確認してから、待機に移った。

とはいえ、さすがにまだ時間はあるようなので、もはや恒例となった休憩スペースでお茶でも飲んでいることに。

てなわけで、足を運んでみれば。

 

「あ、響!お疲れ様!」

「おや、響さん」

「未来・・・・と、緒川さん?」

 

談笑していたらしい未来と緒川さん。

未来の格好は、装者に支給されているトレーニングウェアだ。

もういくらか動いた後なのか、汗でしっとりした肌が艶っぽい。

・・・・いや、どこ見てんのわたし。

なんて自分に突っ込みいれつつ、自分の分の飲み物を取って座った。

 

「もうお仕事は終わったんですか?」

「いやぁ、この後香子達が来るんで、念のための待機です」

「そっか、相談事なんだっけ」

「うん」

 

会話の傍ら、最近緒川さんにあれこれ教わり始めたんだっけというのを、『そういえば』と思い出す。

攻撃よりも足さばきを主に習っているらしいけど、被弾が確実に減っているとか。

その辺はわたしも確認しているし、何より未来の怪我が減るのは嬉しい。

せっかくきれいな肌してるもんね、傷が付いちゃもったいないってもんよ。

 

「・・・・変な事考えてない?」

「うーんにゃ、何にも」

 

危うくバレそうになったので、何とか誤魔化した。

と思ってたら緒川さんには見抜かれていたようで、微笑ましいような、たしなめているような目を向けられてしまった。

サーセン、気を付けるッス。

なんて、未来から見えないところで舌をペロっとしたタイミングだった。

けたたましいアラートが響いたのは。

 

「――――ッ!!!」

「えっ・・・・!?」

 

ぶわっと全身に緊張が走って、体を飛び出させていた。

未来がワンテンポ遅れて来てるのを背中に感じながら、艦橋へ駆けつければ。

案の定慌ただしく動いている面々が。

 

「来たか、二人とも!」

「状況は!?」

「何が起こっているんですか!?」

「市街地に未知の反応を確認!」

「加えて、反応地点にて火災が発生!規模の拡大スピードが著しく、消防から応援要請が来ています!」

 

表示されたマップには、観測されたっていう反応の大まかな位置と。

火災の発生ポイントが映し出されている。

・・・・もしかしなくても、その出てきた輩が放火魔やってるように思えるんだけど。

 

「現場のカメラに接続完了!映像出ます!」

 

すっ飛んでいきたいのはやまやま何だけど、先に現場がどうなっているかだけでもチラ見しようと考えて。

同じ結論に至ったらしい未来と一緒に、モニターを改めてみてみれば。

 

「――――えっ」

 

――――瞬きを、忘れた。

だって、そこに映っていたのは。

肩や、手、あるいは尻尾から、炎を噴き出している。

 

「燃えるノイズだとォッ!?」

 

さらに連中が通った後には、いっそ懐かしさを覚える真っ黒な塵の山が。

 

「ま、さか・・・・分解ではなく、本当に燃やして・・・・!?」

 

そんな、オペレーターさんの震える声が聞こえた。

 

「ッ未来、行くよ!!」

「ぅ、うん!」

 

いつまでも突っ立っているわけにはいかない。

思いっきり怒鳴りつける形になったけど、未来はしっかり頷いてくれた。

本部から飛び出して、待機していたヘリコプターに乗り込む。

オペレーターさんの声はちゃんと聞こえる状態だ。

 

『ノイズの中に混じって、高エネルギーの反応を確認!』

『これは、アウフヴァッヘン波形!?』

『ッ波形パターン、照合します!』

 

飛び上がるヘリの中で、ずっと報告に耳を澄ませていると。

指令室に駆けつけたらしい了子さんの声。

・・・・このやりとり、どっかで聞いた気が。

いやいや、まさかそんなこと・・・・。

 

『天ノ羽々斬に、イチイバル!?』

『そして、ガングニールだとォっ!?』

 

―――――あったぁ!!!?!??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしよう・・・・!」

 

熱気の中を走り回る。

時折足がもつれそうになりながらも、懸命に膝を上げて、つま先で地を蹴った。

 

「くぅーん・・・・」

「ッ大丈夫だよ、きっとお姉ちゃんが助けてくれるよ」

 

腕の中、『相談事』である黒い子犬を見下ろして。

怖がる自分の心を、何とか鼓舞しながら。

せめて火の手が少ないところを目指した。

伝う汗をおざなりに拭って、ひとまず海を目指そうと進路を定めたところで。

 

「ぐるるるる・・・・」

「クロ、どうしたの?」

 

『クロ』と名付けた子犬が、牙を剥いて唸りだした。

尋常ではない様子に、香子も倣って視線を追うと。

――――巨大な『黒』がいた。

熱にやられてしまったかと目をこするも、風景は変わらない。

大型トラックもかくやというサイズの、巨大な『犬』が。

まばたき一つせず、ただただ害意を以って睨みつけていた。

 

「がるるッ!がうっ!がうっ!がうっ!」

「く、クロ、だめ、逃げよ・・・・ぅわ・・・・!」

 

飛び出したクロを引き留めようとすると。

大型にもほどがある動物に、目に見えた敵意を向けられた腰が。

呆気なくあさっての方向に飛んで行ってしまった。

熱されたアスファルトの上に、力なくへたり込んでしまえば。

獲物の無力化を悟った『犬』が、ゆっくり歩いてくる。

軽く開かれた大きな顎は、剣のような牙がずらりと並んでいて。

香子の小さな体など、一噛みで仕留められるだろうことは。

想像に易かった。

 

「がうっ!がうがうがうっ!」

 

クロの懸命な吠え声も何のその。

とうとう『犬』が、香子の目の前にやってくる。

近づいたことで、奴の体に電気が走っているのが見えた。

いや、見えたところで何になる。

どうせこのままでは、自分はおろか、子犬まで死んでしまう。

 

「あ、う・・・・ぁあ・・・・!」

 

だというのに、この体は動いてくれない。

立ち上がってくれない、走ってくれない。

声を張り上げるべき喉は、情けない音を漏れさせるだけ。

 

「ぐるるるるるるうぅ!!」

 

パニックに陥りかけた思考を繋いだのは、効かぬと分かってもなお懸命に吠える声。

ひゅっ、と音を立てた喉に、力が戻ったのが分かって。

だから、ここぞとばかりに叫ぶ。

 

「――――たすけて」

 

「――――助けてッ!お姉ちゃんッ!!!!」

 

『犬』が飛び出したのは同時。

立ち向かうクロごと飲み込もうと、その大あごを存分にかっぴらいて。

 

 

 

 

「ッだああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 

 

 

人の咆哮、何かの衝撃。

吹き飛ばされ、頭を打った香子が見たのは。

今まさに呼んだ、『お姉ちゃん』の背中だった。




どーっちだ?


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テ→テ↑テッ↓ トゥッ↓トゥーン↑

毎度の閲覧、評価、ありがとうございます。
ご感想も目を通しております、重ねて感謝を・・・・。



>世界蛇「お邪魔してもいいです?」
御帰りはあちらでございます。
お土産にぶぶ漬けもどうぞ・・・・(包みを差し出しながら)


立花響は、()()()()()()()()()()()である。

人助けが趣味といって憚らない、天真爛漫な16歳。

その一方で、彼女にはもう一つの顔があった。

それは、世界を守るシンフォギア装者であるということ。

一年前はノイズから、今は錬金術師から。

大切にしている日常を守るため、今日も今日とて人助けに勤しんでいた。

さて、そんな響が所属しているS.O.N.G.には、『ギャラルホルン』という聖遺物がある。

翡翠のアンモナイトのような、ある種芸術性のある見た目とは裏腹に。

平行世界に異変があり、かつそれが現存する世界に及ぶと判断した場合。

アラートを以って知らせてくるのである。

そして、シンフォギア装者にしか通れないゲートを開いて、異変を解決するよう導くのである。

S.O.N.G.としても、人助けに前向きな面々が揃っていることや、こちら側に及びかねない危機を放置できないということもあり。

積極的に平行世界へ向かっていた。

今回もまた、そんなギャラルホルンが絡んだ任務だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せぇいッ!」

 

現れた燃え盛るノイズと、黒い犬の群れ。

それらを対処する中で見つけた、襲われている少女。

一緒に来たクリスが、少女を回収するのを横目で見送りながら。

響は拳を構えた。

 

「ガルルルルル・・・・!」

 

邪魔されたことが気に食わないのか、明らかに不機嫌そうに唸る『犬』。

口元を食いしばって牙を剥き、今にも噛みつこうとする姿は、まさしく恐怖の対象だったが。

生憎、響はこの程度で怯んだりしなかった。

ただ、一つ誤算があったとするなら。

 

「がるるっ!がぅぶ!!」

「へっ!?いたッ!?」

 

少女を庇っていた小さな『番犬』にも、敵認識されたことだろうか。

脹脛に果敢に噛みつかれ、完全に不意を突かれてしまう響。

その隙を見逃さず、『犬』が顎をかっぴらいて襲い掛かってくる。

 

「ッバカ!」

「うわわッ!く、クリスちゃん!その子をお願い!」

 

未だやる気満々な子犬を抱きかかえて庇う一方で、蹴りで迎撃しようとして。

 

「――――?」

 

クリスが気づいたのは、その時だった。

人影が、上空から降ってきていることに。

落下に身を任せているそいつは体を翻して、片足を高く上げて。

 

「――――伏せェッ!!!!」

 

開いた顎を強制的に閉じつつ、短く上がった悲鳴ごと『犬』を叩きつけたのだった。

土煙の中から、軽く飛んで現れたそいつ。

同じマフラーをなびかせているものの、容赦のない攻撃を行った『彼女』。

響とクリスは、思わず身構えてしまう。

 

「ぐわぅ!!がうがう!!」

「わっ、ちょっと!」

 

そんなやや緊迫した状況そっちのけで飛び出したのは、やはり子犬だった。

度重なる『あやしいやつ』の登場に、興奮がピークを迎えたようで。

毛を逆立てた体が、パチパチと帯電し始める。

さきほどの『犬』と同じ現象に目を見開いている前で、一気にスパーク。

 

「があおうッ!!!」

 

まずは一番危険と判断した『彼女』へ、突撃を叩き込もうとして。

――――しかして、その攻撃はあっさり掴み取られた。

顎を抑えるように拘束され、取れない身動きに困惑する中。

彼は見てしまう。

 

「わたしと噛み合うの?パピーちゃん」

 

にっこり笑ったその裏で、言いようのないバケモノが睨んでいる光景を。

結果、人間よりも動物的な勘が強い子犬がどうなるかと言えば。

 

「ヒュッ、ヒュゥン・・・・」

 

耳としっぽをぺたんとさせて、降参を示すことだった。

 

「あ、あのッ!」

 

ひと段落したのを見計らい、思い切って声をかけたのは響。

未だ威嚇が残る目を向けられて、一瞬だけ固まってしまうも。

何とか持ち直して。

 

「動物虐待はよくないと思う!」

「・・・・いや、それもそうだけどさ」

 

意を決して言うことがそれかと、呆れられてしまう。

後ろのクリスも同様の視線を向けつつ、『またこいつは・・・・』と呟いていた。

 

「わん!」

「おっ、と」

 

そんなやり取りに隙を見出した子犬は、『彼女』の拘束から逃れると。

一目散にクリスの、正確には、その腕に抱えられている少女の下へ駆けつけて。

やや警戒心を残した目で、それぞれを見上げていた。

 

「・・・・そっか、守ってくれてたんだね」

 

一方の『彼女』は子犬の行動に怒ることなく、むしろ納得の後で柔らかく微笑む。

 

「君達もありがと、その子、わたしの妹なんだ」

「えっ!?そうなの!?」

「こっちのバカには妹がいんのか・・・・」

 

改めて響達を見た『彼女』の言葉に、驚きを隠せない響とクリス。

特に響は、妹だと言われた少女をまじまじとのぞき込んでいた。

 

「んー、おんなじ顔とか、『こっち』って言い方とか。色々お話を聞いてみたいところだねぇ」

「えっと、あはは・・・・」

「まあ、一応そのつもりで来たんだけどさ・・・・」

 

会話を重ねているうちに、空気から緊張が抜けていく。

・・・・その隙を、ずっと狙われていた。

 

「グアアアアアアア!!」

「ッ!?」

「ヤロウ、まだ動けて・・・・!?」

 

子犬と同じく体を帯電させて突撃してくる『犬』。

当然ながら、威力が桁違いであることが手に取るように分かった。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

わたしと翼さんとクリスちゃんのそっくりさん達が確認されて。

『な、何を言っているか分からねーと思うが』なんて宇宙猫になってる場合やないなコレ!

 

「下がって、そのまま妹をお願い!」

「えっ!?」

 

そっくりさん達が反応や反論するよりも前に、飛び出す。

広げた右手から一回り大きな手の幻影を出現させて、突っ込んできた『犬』(わんころ)を真正面からにぎにぎ。

同時に電気も避けられるんで、一石二鳥だ。

そうやって抑え込んでいると、わたしのそっくりさんが横合いに回って鉄拳一発。

横っ腹を殴り飛ばされ、怯んで体を傾ける『犬』(わんころ)

すぐに踏ん張ると、標的をわたし達に切り替えた。

よし、狙い通り。

なら、忘れちゃう前に。

 

「えーっと、クリスちゃん?って呼んでいいよね!?その子連れて離脱お願い!」

「ッ、ああ!分かった!」

 

クリスちゃんのそっくりさん。

略して『そっクリスちゃん』は一瞬悔しそうにしてたけど、腕の中の命を見失うほどではないらしい。

 

「ほら!お前も来いよ!」

「うぅ、わうっ!」

 

子犬も、未だ眠る主人に追従することを望んだらしい。

そっクリスちゃんの後を迷いなくついていく。

と思ってたら、目の前で影に入ってった。

あれが例の・・・・こういうとき便利だね。

 

「グワァッ!」

「おっと、せぇいッ!」

 

当然、横っ腹を殴られた程度で倒れる『犬』(わんころ)じゃない。

未だにバチバチしたまま、わたしのそっくりさんに噛みつく『犬』(わんころ)

体を捻って避けたすぐ横で、顎がガチンと閉じられた。

うっへ、あんなんくらったら一溜りもないべよ・・・・。

果敢に反撃するそっくりさんだけど、『犬』(わんころ)は身軽に避けてしまった。

続けてわたしに突っ込んできたので、また『手』を出して身構える。

だけど今度は引っ掴むんじゃなくて、グーにして突き出す。

またニギニギされると考えてたらしい『犬』(わんころ)は直撃しますよね。

 

「だらぁッ!」

「えええええッ!?」

 

ぽーんと空中に上がったところへ、追撃をドーン!

そっくりさんがぎょっとしてる目の前で、『犬』(わんころ)は道路をバウンドしながら転がっていく。

 

「あ、あのッ!やっぱりやりすぎなんじゃないかなッ!?」

「ヒグマの駆除みたいなもんだって、あいつのやる気満々ぶり見たでしょ?野放しする方が危険だよ」

「そ、そうだけど・・・・」

 

まあ、普通は何とか穏便に出来ないかって考えるよね。

・・・・そう、だね。

『普通』はそうだよネー・・・・。

 

「だ、大丈夫?なんだか遠い目になってるよ?」

「あーうん、へーきへーき」

 

なんてのんびり会話してる横合いから、まだまだ元気な『犬』(わんころ)が飛び出してくる。

噛みつきを分かれるように飛びのく。

つま先で地面を摺りながら踏み込み、『手』でまた頭をひっつかむ。

 

「今のうちに・・・・!!」

 

攻撃を、と。

そっくりさんに伝えかけて。

 

『――――そのまま抑えていろ、立花』

 

凛、とした声が通信から聞こえて。

刹那、風が吹いた瞬間。

『犬』(わんころ)の喉元が、一刀のもとに掻っ捌かれていた。

 

「えええええええッ!?」

 

びっくりするそっくりさんの前で、瓦礫をじゃりじゃり鳴らしながら刀を振り払ったのは翼さん。

一連の動作は、まるで枯山水のようなしなやかさ。

いやぁ、結構なお手前で・・・・なんて考えてたら。

 

「立花!無事か!?」

 

後ろから、全く同じ声。

振り向くと、これまた翼さんのそっくりさんが駆け寄ってきてるところだった。

通信が来たわたしはどっちがどっちか何となくわかるけど、わたしのそっくりさんの方はそうもいかないらしい。

喉を掻っ捌いた方と、あとからやってきた方とを交互に見ている。

なので、ちょっとした助け船をだすことにした。

 

「えーっと、翼さんですよね?」

「ああ、お前に蹴られた喉が、とても痛かった風鳴翼だ」

「その節は大変ご迷惑をおかけしました」

 

翼さんも意図を理解してくれたのはありがたかったけど、そんな昔の話が出てくるとは思わなんだ・・・・いや、悪いのはどう考えてもわたしだから、即行で頭下げたけども。

でも、物騒な話をするから、そっくりさん達がびっくりしてるよ。

目に見えてぎょっとしてるもん。

 

「お前達が敵対勢力ではないことは、こちらでも確認している」

 

とはいえ、状況のひと段落には成功したようで。

まだびっくりしてるそっくりさん達へ、翼さんが向き直った。

 

「・・・・皮をかぶっている可能性は否定できないが、ノイズや危険生物の討伐に加えて、人命救助にまで協力されてしまっては無下にも出来ん」

「え、えへへ」

 

対するそっくりさんは、照れくさそうなはにかみ。

翼さんのそっくりさんも、ほっとしている。

 

「ひとまず、本部にて話を聞きたい。同行を願えるだろうか?」

「ああ、こちらに異論はない」

「よろしくお願いします!こっちの翼さん!」

 

・・・・やり取りの横で聞いてた通信によれば、あの燃えてるノイズは全部駆除。

発生していた火災も、消防によって順調に消火されてるとのこと。

ついでに、香子も保護されたらしい。

よかった・・・・。

 

「そうだ、立花。お前のお父様も無事に保護されているそうだ、今は本部で手当てを終えて、妹君に付き添っているらしい」

「・・・・ありがとうございます」

「よかったね!」

「うん」

 

これで懸念事項は無くなったし、一安心かな。

自分の事の様に喜んでくれてるそっくりさんに頷きながら、まずは本部に戻ることになった。

・・・・結局なんで燃えてたんだろう、あのノイズ。



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ギャルのホルンがどうしたって?

毎度のご感想、ありがとうございます。



タイトルはさらっと思いつくときもあれば、割と悩むときもあります。
前回のは元から決めていたのでさらっと、逆に今回は少し悩みました。


「ギャラルホルン・・・・なるほど、さすが平行世界」

 

そっくりさん達の事情を聞き終えてから、真っ先に発言したのは了子さんだった。

ここはS.O.N.G.本部。

保護したそっくりさん達の事情聴取をしていた次第である。

平行世界を渡れる完全聖遺物『ギャラルホルン』。

その影響で、そっくりさん達の世界では先んじてさっきの『犬』(わんころ)と『燃えるノイズ』による被害が出てしまっているらしい。

原因を調べるとともに、根っこを叩いて解決するべく。

こうやってわたし達がいる世界にやってきたということだった。

・・・・始めの内こそ、ちょっと警戒気味というか。

ピリピリした態度を取ってしまっていたのだけど。

ノイズの討伐や、人命救助に勤しんでいる翼さんのそっくりさんがファーストコンタクトだったのが幸いして。

ある程度の蟠りは解消されている。

でもドッペルゲンガーが実現してる様な状況は、やっぱりムズムズするよね。

 

「こっちの了子さんも研究してたんですか?」

「二次大戦中のドイツでね、ただ、『アドルフ君』に渡すと碌なことにならないって結論を出したから・・・・」

 

『自爆ついでに破壊した』と言うことだった。

まあ完全聖遺物と言えど、破壊不可みたいな伝説はなかったはずだからね。

ついでに、『アドルフ君と愉快な仲間達』が碌なことに使わないだろうことも。

なんて納得している横で、そっくりさん達が顔を引きつらせていた。

どしたの?

 

「お前らなんでそんな物騒な話を平然と聞けるんだよ・・・・」

 

あ、そういうこと・・・・。

そっクリスちゃんの言葉に、他のそっくりさん達もうんうんと頷いている。

 

「なんでって言われても・・・・」

「慣れ?」

「それくらいしか思いつかないよなぁ・・・・?」

「・・・・なるほど、こちらの私達は相当な修羅場をくぐっている様だな」

 

こっちのクリスちゃんと見合って、首を傾げ合えば。

翼さんのそっくりさんが感心した様子で顎を触っていた。

 

「だからとて、そちらが弱いというわけではあるまい。救助活動もさることながら、ノイズに振るっていた太刀筋・・・・決して生中な鍛錬では身につかぬ物だ」

 

こっちの翼さんの誉め言葉に、そっくりさん達が照れくさそうにしてるのを横目に。

口を開いたのは司令さん。

 

「それで、君たちが求めている燃えるノイズ・・・・『フレイムノイズ』や、『ハウリング』と仮称されている超大型犬についての情報だが」

 

横にそれた話題を修正しつつ、どこか申し訳なさそうにして。

 

「すまない、あれらに関しては我々も今回が初遭遇でな。現在も調査中だ」

「あ、頭を上げてください師匠!」

「そうだって、こっちはそれくらい想定済みだっての」

 

頭を下げた司令さんに、慌ててフォローを入れるそっくりさん二人。

対する司令さんは、まだ申し訳なさそうにしながらも、『ありがとう』と言いながら顔を上げていた。

 

「・・・・・ただ一つ言うなら」

 

そんな中口を開いたのは、了子さんだった。

一瞬、何故かこっちを気にしてから、意を決したように口元を引き締めて。

 

「今回出現したフレイムノイズとハウリング・・・・どちらの目的も、香子ちゃんか、あるいは連れていたワンちゃんである可能性が高いということね」

「ッ、それってどういうことですか?」

 

思わず前のめりな上、ほんのり威圧する形になっちゃったけど。

謝る余裕はない。

ちょっと聞き捨てならないぞー!?

 

「キョウコって、そっちのバカの妹だよな?」

「なんでそんなことになっちゃってるんですか!?」

「まあまあ、落ち着いて。当てずっぽうでこんなこと言うわけないじゃない・・・・これを見て」

 

同じくびっくりするそっくりさん達をどうどうと宥めながら、モニターを操作。

あるデータを映し出した。

 

「これは?」

「フレイムノイズとハウリング、その行動パターンを再現したものよ」

 

そうしてもう一回操作すると、フレイムノイズやハウリングを示す点が動き始める。

しばらくバラバラに動き回っていた点々だけど。

あるタイミングを境に、同じ方向へ一斉に動き始めた。

 

「響ちゃんのお父さんからの聴取で、香子ちゃんがワンちゃんと一緒に追い回され始めたタイミングが、この『動き』があった瞬間と合致することが分かったわ」

「なるほど、それで立花妹が標的だと」

 

こっちの翼さんから、頷くついでに肩を叩かれたことで、わたしもなんとか落ち着くことが出来た。

 

「――――そのことですが、ご報告があります」

「何か判明したのか?」

「はい」

 

と、ここで現れたのはエルフナインちゃん。

連れているレイアさんに、そっくりさん達がこれまたびっくりしているのを横目に。

報告とやらを話し始める。

 

「香子さんが連れていた子犬、ならびに、翼さんが討伐したハウリングについてですが・・・・」

「あの子犬は、ハウリングの幼体である可能性が、派手に高いことが判明した」

「そうなの!?」

「は、はい」

 

更に言うと、あの子犬との間に契約のような『繋がり』が出来ているかも知れない、とも。

・・・・なんだか、すごいことになってきてしまった。

いや、もしかしたらわたしの怠慢なのかもしれない。

『本来の流れ』にいないからって、だから大丈夫って思ってしまっていたんだ。

そうだよ、わたしの身内なんだから、狙いやすい子供なんだから。

何にもされないわけが――――。

 

「響!」

「ッ!?」

 

肩を叩かれて、我に返った。

目の前の未来越しに、みんなが心配してくれてるのが見えた。

 

「大丈夫?」

「無理はすんなよ、ひでぇ顔してんぞ」

「・・・・うん、ありがと」

 

そっくりさん達にも気を使わせてしまった・・・・申し訳ない。

 

「とにかく、敵の目的がは未だ判明していないが、狙いが香子君であることは明白だ。ギャラルホルンとやらで、平行世界の装者が来たことも無関係とは思えない」

 

空気を切り替えるように、司令さんが手を叩く。

わたし含めて、みんなが注目を集めた。

 

「まずは香子君の保護を最優先事項とし、その上で敵の出方を伺うことにする」

「平行世界の装者もいることだし、こちらが打てる手が多いのが幸いね」

 

『それでも油断は禁物だけど』と言う、了子さんの締めくくりで。

その場は解散となった。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

平行世界からやってきた装者達は、こちらの同一人物と区別するために。

それぞれ名前から一字ずつとって、『フウ』()『ハナ』()『ユキ』(クリス)と呼び名をつけられ。

ひとまずはS.O.N.G.に部屋を与えられ、体をゆっくり休めることになった。

 

「これからよろしくね!」

「うん、よろしく」

 

親睦を深めるべく集まった、休憩スペース。

ハナが差し出した手を、どこか照れくさそうに握り返す響。

次に、ニコニコと見守っていた未来にも、輝く目を見せて。

 

「こっちの未来は髪を伸ばしてるんだね、かわいい!」

「ふふ、ありがとう」

 

『触っていい?』と一言告げ、首のあたりで一括りにされている髪をまじまじと見つめている。

そんなハナに、響は特に嫉妬を抱かず。

むしろ妹を見るような目を向けていた。

 

「そっちのバカは、テンション高めだな」

「ああ、立花の可能性見たり、といったところか」

「そうだとも、最速で最短で、まっすぐで一直線。とても頼れる仲間だ」

「ま、助けられてんのは事実だしな」

 

はたから響達のやり取りを見ていた、それぞれの翼とクリス達。

思い思いの反応ではあるものの、共通して感心していた。

 

「響ちゃ、おっと・・・・」

 

そこへやってきたのは、S.O.N.G.のスタッフ。

そっくりさんが三人もいる状況に一瞬怯んだものの、すぐに持ち直して要件を口にした。

 

「響ちゃん、妹さんが目覚めたよ。今は医務室で、お父さんと話してる」

「ッそうですか、よかった・・・・」

「行ってきたら?妹さん、喜ぶよ」

「うん、そうする」

 

ハナを始めとした仲間達に促されたこともあり。

響は未来に付き添われ、遠慮なく妹の見舞いに行くことにした。

 

「――――あ、お姉ちゃん!未来ちゃんも!」

 

医務室に入ってみれば、気付いた香子が明るい声を上げた。

頭に包帯を巻いているものの、父と談笑をしていた所を見るに、急を要する容体ではないらしい。

 

「元気そうだね、香子」

「えへへ、ご心配かけましたー」

 

頭の包帯がずれそうだと思ったので、頬に手をやると。

まるで懐ききった猫の様に、上機嫌に寄せてくる。

響が妹の愛らしい仕草に胸を弾ませている横で、未来は洸に話しかけていた。

 

「おじさんも、無事でよかったです」

「はは、本当は香子と一緒に逃げられるのがベストだったんだが、どうにも・・・・」

「あの大きな犬は、わたしも見ましたから」

 

『しょうがないです』という未来のフォローに、洸は改めて礼を述べていた。

 

「それで、今後については?」

「香子と一緒に聞いたよ。この後送ってもらうついでに、香子の着替えを用意して、持って行ってもらうことになってる」

「そっか」

 

響がベッドに腰掛けつつ聞けば、少し不安げに答える洸。

未来が香子に目をやると、どこか強張った顔をしているのが見えた。

 

「お姉ちゃん、クロはどうしてるの?」

 

やはり不安を拭いきれなかったのか、我慢ならんと言った様子で問いかけてくる香子。

 

「今はまだ検査中。本当に危なくないか、しっかりデータを取る必要があるから」

「大丈夫だよ。そりゃあ、注射くらいはするだろうけど、それ以上の痛いことはしないはずだから」

「・・・・うん」

 

響が未来と一緒にフォローを入れながら、まだまだ暗い香子の頬をこねくり回せば。

くすぐったい、と笑い声が上がった。

 

「まあ、今夜はわたしと未来が詰めることになるから、たいていの『万が一』は鎧袖一触に出来る。大丈夫、任せて」

「・・・・すまない、頼んだ」

 

頭を下げる洸に、響は一つ笑って返事をした。

 

 

 

 

(そうだ。嘆いている暇も、落ち込んでいる暇もない)

 

(二年前も、この前も、至らなくて、情けないだけだったから)

 

(守るんだ、絶対に)

 

(今度こそ)




香子「お姉ちゃん、今日は一緒に寝ていい?」

響「司令さん達とか、了子さんが『いいよ』って言ったらね」

香子「やったぁ!(≧▽≦)」


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朝の一幕

毎度のご感想、評価、閲覧。
誠にありがとうございます。

ツイッターの方でも、支援絵を度々頂いております。
この場を借りて、改めてお礼をば。


――――歩いていた。

真っ暗で、重みのある闇の中を。

導もない、光も見えない。

だけど、歩みを止められない。

 

(ここは、どこなんだろう?)

 

許された自由など、疑問をぼんやりと抱くことだけだった。

 

(・・・・?)

 

長い長い行軍の末、足元に何かがぶつかった。

何事だろうかと言う、のんびりとした考えは。

 

(――――!?)

 

転がった無数の屍で一気に吹き飛んだ。

驚いて退けば、後ろの遺体を踏んだ。

それを避けようとすれば、まだ別の死体を蹴飛ばした。

気が付けば、真っ暗だった空間は。

おびただしい数の死体に埋め尽くされていて。

 

 

 

 

 

 

 

 

その全てが、こちらを睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――は、は、は」

 

速く、短く、呼吸する。

ほどよく冷房が効いた部屋で、ハナは平行世界一日目の朝を迎えた。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

目を開けて、一瞬家じゃないことに困惑しそうになったけど。

そういえば本部に泊ってたんだと想いだした。

むにゃむにゃしながら目を足元に向けると、同じくスヤスヤしてる香子の姿が。

頭を撫でてやると、幸せそうにすり寄ってきた。

かわいい(確信)

なんてやっていたからか、香子が起きてしまった。

ぼんやりとこっちを見上げていた香子は、やがてふにゃっと笑って。

 

「おはよー、おねえちゃん」

「んー、おはよう」

 

今度は胸元に寄りながら甘えてきた頭を、もう一度なでなで。

うーん、かわいい(二回目)

 

「具合はどう?痛いところとか、熱とかない?」

「えっと・・・・うん、平気だと思う」

「そっか、一応、また検査してもらうことになるから」

「分かったぁ」

 

ふわ、とあくびをして起き上がった香子。

改めて見る限り、症状の悪化みたいなのはない様に思う。

着替えとか、歩行も特に問題はなさそうだ。

一応頭の包帯は整えておいたけど、怪我もほとんど塞がっているっぽい。

何はともあれ、『今死ぬ』みたいな状態じゃなくてよかった・・・・。

 

「それじゃあ、とりあえずご飯行こうか?」

「うん!」

 

香子の検査はご飯の後だし、特にこれといった呼び出しはなかったはず。

あとわたしもお腹がペコペコだったので、食堂へ向かうことに。

 

「あっ、おはよー!」

 

手を繋いで廊下を歩いていると、平行世界のわたし(ハナちゃん)クリス(ユキ)ちゃんが歩いてきてるとこだった。

と、二人を見た香子は困惑した様子で、わたしとそっくりさん達を何度も見て。

最終的に隠れてしまった。

 

「あらら」

「まあ、普通はビビるわな・・・・」

「なはは、ごめんねー」

 

二人に謝りつつ、後ろに隠れている香子へ目を向ける。

 

「だいじょーぶだよ、びっくりするくらい似てるけど、別に危ない人達じゃないから」

「そうなの?」

「うん、ついでに、昨日助けてくれたのはこの人達」

 

『お礼言うとポイント高いよ』と、付け加えると。

しばらく尻込みしていた香子は、おずおずと顔を出して。

控えめに『ありがとう』と伝えた。

 

「いいんだよー!無事でよかった!」

「わわ・・・・!」

「バッカ、やめろ!その子、まだ怪我してんだぞ!」

 

そんな可愛い様を見てしまっては、テンション上がるのも分かるというもの。

にぱーっ!と笑ったハナちゃんは、香子を抱きしめてしまった。

さすがに頭を撫でる様子はなかったけど。

包帯さえなければめいいっぱい撫でまわしていたことだろう。

ユキちゃんが直ちに引っぺがしたので、すぐに解放されたけども。

 

「あはは、ごめんね。すっごく可愛かったから」

「えっと、大丈夫です」

 

ハナちゃんと会話している横で、乱れちゃった髪を整えてやる。

うん、相変わらずのふわふわヘアーだ。

 

「ひとまず朝ごはんかな?」

「だね、怪我を早く治すためにも、たっぷり栄養取らないとねー♪」

「お前は食いすぎな方だろ・・・・」

「わんっ!」

 

さて、では改めて食堂に。

というところで、違和感を抱いた。

・・・・わん?

みんなでばっと振り返ると。

さも当然と言わんばかりにしっぽを振る、あの黒いわんこが。

 

「く、クロ!?なんでここに!?」

「お、おい。こいつまだ検査終わってないんじゃあ・・・・!」

 

なんて、狼狽えているところへ。

艦内に響き渡る警報。

 

『メ、メーデー!メーデー!被検体が逃げ出しましたーッ!』

 

あーもう。

無茶苦茶だよ・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

 

 

 

 

「予想の範疇ではあるけど・・・・やっぱりこの子、人や物の影を通じて移動できるみたいね」

 

大わらわで呼び出された了子さんは、みんなに見守られる中。

香子に抱っこされたわんこ『クロ』をまじまじと見つめていた。

 

「せめて『雷切』を作るまでとは思っていたけど・・・・これは、製作を急ぐ必要があるわね」

 

・・・・何回か、注射やらをされたからだろうか。

了子さんを見る目は、どこか怯えている。

っていうか、

 

「らいきり?」

 

こてん、と首を傾げた香子を微笑まし気に見ながら。

了子さんは指を立てて説明を始めた。

 

「雷の妖怪である雷獣、あるいは雷そのものを叩き斬ったと伝わる刀よ。今回は錬金術で再現したものをさらに加工して、クロ君の拘束具にするの」

「拘束って、首輪みたいな?」

「そう」

 

さらに重ねた質問にも、嫌な顔一つせず答えてくれる。

確か、クロ君が雷を扱うからって理由だったっけ。

 

「そもそも飼い犬の首輪は、『飼い犬ですよ』ってアピールもそうだけど、犬がむやみやたらと噛まないようにするための、安全策の一つでもあるの。特にクロ君は普通の犬じゃないから・・・・」

「なおさら、特別なもので縛らなきゃいけないってことですか?」

「せーかい♪」

 

そして、香子の返事に機嫌よく返事をしてから。

わたしに目を向けて、

 

「まあ、クロ君が香子ちゃんを襲う、なんてのはありえないと考えていいけども、万が一もありえるから」

「その時は相応の対応を取らせてもらいます」

「お、お姉ちゃん・・・・?」

 

そう言ってきた了子さんにはっきり返事すると、不安げに見上げてくる香子。

 

「悪いことしたら『めっ』ってするくらいだよ、こんなにかわいい子を怪我させるなんてヤだしね」

 

なので、安心させるために頭を撫でてやった。

ちなみに、頭の怪我はもう大丈夫と診断されたので、包帯は取れている。

 

「さぁさ、話もひと段落したところで、ご飯にしましょ。みんなまだ食べてないでしょ?」

「そういえば・・・・」

 

ハナちゃんがお腹を触ったところで、ぐぅ、と盛大な音が。

そういえば、わたしもすっかり腹ペコだぁ・・・・。

 

「食べるついでに、香子ちゃんへハナちゃん達の説明でもしておきなさいな」

「あれ、大丈夫なんですか?」

「むしろ内緒に出来ると思う?これからは無関係じゃいられないんだから、話すべきよ」

「まあ、そういうことなら・・・・」

 

そんなこんなで、『内緒』のワードに目を輝かせている香子の頭を。

落ち着かせるように撫でまわした。

 

 

 

 

 

 

と、言うことで。

 

 

 

 

 

 

「――――へぇ、じゃあ、お姉ちゃんだけどお姉ちゃんじゃない人なんだ」

「お、おう・・・・」

 

騒動が鎮まった後の、S.O.N.G.食堂。

意外にも、香子の飲み込みは速かった。

 

「すっごい、わたしなんてややこしくて頭こんがらがっちゃうのに」

「えへへ、友達が大好きなゲームに、似たような設定があるから」

「なるほどな・・・・」

 

みんなに感心した目を向けられる中、だんだん照れくさくなってきたらしい香子は。

照れ隠しの様にオムライスを頬張った。

 

「とはいえ、急を要する事態でなくてなによりだ」

「はい、キョウちゃんの怪我も、何もなくてよかった」

「ご心配おかけしましたー」

 

そう言うのは、あっちの翼(フウ)さんと未来。

この二人は、早朝からシミュレーターで訓練していたらしい。

そういえば昨日、雷切の話が出た時に。

『雷を斬れるか』という質問に即答した翼さんに、びっくりしていたんだっけ。

後で燃えるような目つきになったから、こう『負けてられん!』とやる気になったんだろう・・・・。

でも、未来で相手出来たのかな?

いや、侮ってるわけじゃないんだけど。

やっぱり年季が違うしね?

 

「未来ちゃん達も、朝からトレーニングしてたんでしょ?お疲れ様です!」

「あはは、うん、フウさんもすごく強いから、勉強になりました」

「何、こちらの小日向もまた頼もしい。肩を並べる身として、改めてよろしく頼む」

「はい」

 

未来とフウさんの仲が、改めて良くなったところで。

ユキちゃんが気になっていたらしいことを口にする。

 

「それにしても、雷を斬れるようになるなんて。そっちのお前らはどんな訓練してるんだ?」

「確かに気になるかも、何か、特別な特訓とかしてるの?」

 

ハナちゃんも同じく気になっていたようで、身を乗り出してくる。

口元にはご飯粒がついている。

 

「特訓と言われても・・・・」

「色々あるけど、思いつくのと言えばやっぱり・・・・」

 

ご飯粒を取ってあげながら、未来と顔を合わせる。

未来はちょっと困った顔。

わたしは多分、いたずらを思いついた顔。

――――三名様、ごあんなーい!




XDUでもありそうな、ほのぼの回でした。
次から本格始動する、はずです。


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とってこい

毎度の閲覧、ご感想。
誠にありがとうございます。

何度もアナウンスしておりますが。
当方XDUは引退した身なので、知識は古いままです。
どうかご了承ください。


朝ごはんが終わって、香子は検査にいくことになった。

頭の傷が塞がって包帯が取れただけで、後遺症がないと判断されたわけじゃないからね。

クロだなんて不思議なワンコと契約しちゃってるのもあるし、調べないわけにはいかないってもんよ。

なお、お迎えにはレイアさんが来たんだけども。

香子は一度、レイアさんに襲撃されたことがある。

そのことで怯えてしまうかも・・・・と思ったけど。

結論からして、わたし達の心配は不要なものだった。

『これはわたしの分、これは未来ちゃんの分』と、頭をペチペチ叩くだけで許してしまった。

『長引く恨みの厄介さは、嫌というほど分かってるから』と笑う顔に成長を感じたのは、さすがに身内びいきだろうか。

 

「――――ッおい!」

 

――――なんて現実逃避は、ユキちゃんの声で打ち切られる。

咄嗟に体を捻ると、鼻先を拳が掠めた。

 

「せぇいッ!」

 

すかさずハナちゃんが反撃を放つも、容易に防がれてしまう。

そうしてもたついている隙に、無数のクナイが飛んできて・・・・。

 

「ッ・・・・!」

 

涼しい顔が印象の翼さん、もといフウさんも、今回ばかりは苦い顔。

飛んでくる錬金術を華麗に避けながら、ユキちゃんの弾幕を背負って飛び出した。

そんなわたし達が対峙しているのはというと。

一番手、ネフシュタン装備の司令さん。

二番手、オサレな杖を構えたフィーネさん。

ダークホースの三番手、本格的な忍者装束の緒川さん。

要するに、『装者死すべし(DivaMustDie)』のメンバーである。

ただ、さっきから引っかかっていることが一つあって・・・・。

 

「フィーネさんが、ノイズの弾幕を使ってこない・・・・?」

「というか、そもそもソロモンの杖じゃないよね?」

 

わずかな隙を縫って、一緒にチャレンジしていた未来と話し合いながら。

疑問を確認する。

そうなんだよ。

ソロモンの杖で、巫女や魔女も真っ青になりそうな弾幕を放ってくるはずのフィーネさんが。

なんでか錬金術ばっかり使ってくる。

いつの間に仕様変更がされたのかな?

 

「な、なんだ!?」

 

なんて、のんびり考えていたときだった。

ユキちゃんの困惑している声が聞こえて、意識を引き戻す。

相手を見てみると、黒い霧に包まれていた。

今は攻撃も効かないようで、ユキちゃんの弾幕が次々弾かれていた。

・・・・えっ。

 

「何アレェッ!?」

「ええっ!?知らないの!?」

「お、おい!これ選んだのお前だろ!?」

「わたしだけども!!少なくとも初遭遇だよ!!」

 

動揺している間に、霧が爆ぜるように霧散する。

そうして現れたのは、禍々しいオーラを放つエネミー三人。

衣装の八割が黒くなっているのもそうだけど、爛々と光る赤い目が尾を引いていて。

・・・・こ、これ、まさか。

 

「イグナイ――――」

 

――――最後に見たのは何だったのか。

考える余裕もなく、意識が途切れて。

 

「――――面白いくらいの吹っ飛び方だったわ」

「見てたんなら止めて下さいよ・・・・」

 

目が覚めると、マリアさんと翼さんに介抱されていた。

こっちの気も知らないで、くすくす笑うマリアさん。

思わずジト目で見てしまうのは、しょうがないことだと思う。

 

「だが、此度はお前の抜かりもあるだろう。『ナイトメア』の実装は、つい先日知らされただろうに」

「ぬっぐ・・・・いえ、そうですけども」

 

いつぞや、了子さんが寝不足のノリで作ってボツになった『ナイトメア』。

最近わたし達が、『DMD』で好成績を残す様になったのを受けて。

内容を一新して作られたらしい。

で、その変更っていうのが。

 

「一定時間でのランダムイグナイト・・・・しかも最悪なパターンを引き当てるなんて・・・・」

 

そう。

フィーネさんがソロモンの杖を使わなくなった代わりに、搭載された新機能がそれだ。

開始から一定時間経過すると、三人のうちの誰かがランダムでイグナイト化というか。

攻撃を始めとしたステータスがかっ飛んで強化されるようになった。

その様は、まさに『悪夢(ナイトメア)』と言えるだろう。

 

「ふひぃー・・・・すっごいねぇ、こっちのわたし達はあんなのと戦ってるんだ」

「ああ、これなら雷を斬れるというのも納得がいく」

「っていうか、クリアさせる気無ぇだろこれ・・・・」

 

なんて、平行世界のみんなは感心してくれてるけど。

わたし達も割と苦行めいたものを感じているんだよなぁ・・・・。

 

「まあ、正直、櫻井教授の悪ノリが大半のような気もしなくないけど・・・・」

「それに立花もな」

「えっ、とばっちり」

「発端はあなただって聞いてるわよ?」

「発注して出来たもんがこうなるなんて誰も想像できませんって!!!!」

 

あの時のぼやきがこんなんなるとか思ってなかったもん!

 

「ちなみに、前段階のDMDクリアは、月読と暁が先駆けだ」

「ッマジか!?」

「へぇー!すごいなぁ、調ちゃんと切歌ちゃん!」

 

翼さんの捕足に、キラキラした目を向けるハナちゃん。

一方のユキちゃんは、心底信じられないと言いたげな声を上げていた。

・・・・まあ、原作のクリスちゃんからして、あの二人にはいいとこ見せたい部分があるみたいだし。

平行世界と言えど、追い越されて悔しいとこもあるのかな?

 

「そうなれば、負けてられんとやる気を出すしかないな」

「ああ、当然『後に続け』と勇んだ結果、好成績を残せるようになった」

 

その結果がナイトメアなんだけどな!?

考えてる横で、翼さんが腕を組んだフウさんにも頷いて。

話が締めくくられた。

そのちょうどいいタイミングで響いたのは、けたたましいアラート。

 

「・・・・ッ」

 

一瞬でみんなの顔が引き締まって、空気が張り詰める。

次いで、通信機から司令さんの声がした。

 

『聞こえるか!?またハウリングとフレイムノイズの反応だ!』

「今度はどこです!?」

『市街地から少し離れた場所、過去のノイズ被害で廃棄された地域です!』

 

そこから友里さんの説明によれば。

昨日の騒ぎの原因を調査していたチームが、追いかけられているとのこと。

 

「大変早く助けに行かないと!」

 

ハナちゃんが言うまでもなく、みんな同じ気持ちだ。

戦えなくとも、わたしたち以上に散りやすい命でも。

見捨てる動議なんてないんだから。

 

『ああ、だが今朝の脱走騒ぎもある』

 

そんな風に浮足立ったわたし達の気持ちを、司令さんは今朝のことを持ち出して諫めに来る。

 

『そこで、早速この状況を活用させてもらうことにする!』

 

 

 

 

 

 

――――そして決まった人員は。

 

 

 

 

 

 

「見えてきた!」

「あれだな」

「まだ市街地には遠いけど・・・・時間の問題ね」

 

爆速で飛ばすヘリの中。

開いたハッチから一緒に覗くのは、マリアさんにフウさん。

本部にいた装者はそのまま、その他は現場の近辺でそれぞれ待機。

翼さんは雷切の作成要員も兼ねている。

 

「とにもかくにも、まずは人命を優先しましょう!」

「承知した!」

「合点です!」

 

まー、何にせよ。

人助けをサボるわけにゃあ、行きませんよな!

 

「一番槍、お先しマース!」

 

軽く敬礼してから、ハッチに駆け出して。

 

「Balwisyall Nescell Gungnir tron!!」

 

聖詠を唱えつつ飛び降りる。

もう慣れ切った風圧の中、遠慮なしに加速して。

 

「ハーイルヒューラアァーッ!!!」

 

掛け声は、昨日ちょろっと出てきたドイツの話題から。

振り上げた拳で、今まさにエージェントさんに食らいつこうとしてたハウリングを。

遠慮なく殴り飛ばした。

フウさんやマリアさんも続いてきたのを感じながら、取り巻きのフレイムノイズも一蹴していく。

 

「ヘイヘイ、キスなら順番待ちだよ?」

 

ぞろぞろ現れる敵に、にやっと笑ってやりながら。

さらにちぎっては投げして片づけていく。

 

「グワォウッ!!」

「うおっ、と!」

 

その横合いから噛みついてきたハウリング。

びょんっと飛んで避けて、せっかくだから背中に張り付く。

毛をむしり取るつもりでしがみつきながら、刺突刃でグサグサ。

時折振り落とされそうになるのを耐えつつ、刺しまくる。

 

「うおおおおおおおおおおッ!」

 

仕上げに暴風を叩き込めば、ダウンを取ることが出来た。

 

「ッラァ!!」

 

とどめに踏みつけて首を折れば、ハウリングは動かなくなる。

そこへ突っ込んできたフレイムノイズを蹴り返して、続く二匹目をはたいた。

熱気にちょっと怯んでしまいながらも、向かってくる連中へ駆け出す。

走りながら考えるのは、ノイズの行動について。

何というか、バラけている?

そう、奥から次々沸いてきてるような、そんな感じが・・・・。

って、まさか。

 

「響!フウ!奥に向かうわよッ!おそらくそこに『出現点』があるッ!!」

「ああ、分かった!」

「りょーかいです!」

 

マリアさん達も同じ見解だったようだ。

これは、荒ぶらざるを得ませんな!!

ってなわけで、イグナイトモジュール!!抜ッ剣ッ!!!

 

「活路を開きます!」

 

ウル〇ァリンみたいにグレードアップした刃を出して、突っ込んでいく。

取りこぼしはマリアさん達に任せて、眼前の敵を次々千切りに。

最後の一押しに薙ぎ払えば、前が開けて。

見えたのは、

 

「・・・・壁?」

 

わざわざ加工したようなあとはあるけども、本当に壁としか言いようがない。

お陰でモノリスっぽいビジュアルだ。

そこに開いた、サイケな色合いの裂け目から。

フレイムノイズが今まさに出てきてた。

脇に、消火栓の親戚みたいな装置が見えるんで。

多分あれがスイッチ的なやつだと当たりをつける。

 

「ノイズは引き受ける!やってしまいなさい!」

「アラホラサッサー!!」

 

両手に刃を挟んで、放つ。

ノイズを貫きつつハート型にぶっ刺す。

 

「合わせる!」

「分かった!」

 

ノイズの方はというと。

マリアさんが放った無数の短剣を、フウさんの逆羅刹が拡散して。

周囲のノイズが面白い位に殲滅されていく。

二人のコンビネーションを横目に、わたしはワンテンポ遅れさせた最後の一本を投げて。

手拍子二回。

ハートにくり抜かれたところでキスを投げると、真っ二つに割れた。

うむ、我ながら芸術的!

 

「せいやぁ!!」

 

最後の仕上げとばかりに、駆け抜けたフウさんが装置を一刀両断。

爆発する間もないほど綺麗な切り口は、この後の調査に支障がないだろうことが確信できた。

入り口を壊したことで、これ以上ノイズが沸くこともないだろう。

いや、ほかにもあるのは否定できないんだけどね?

 

「ひとまずクリアでいいんですかね?」

「そのはずよ、念のため本部にも確認を――――」

 

マリアさんが言いかけた。

その時だった。

 

『全員、至急戻れ!香子くんが攫われた!』

『ごめんなさい、してやられたわ・・・・!』

 

 

 

 

 

 

 

えっ?

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

『選んで来い』と、言われた。

だから選んだ、温もりをくれたあの子を。

温かい食べ物と、ほわほわする安心をくれた子を。

どういう意味で『選べ』と言ったのか、分からないけど。

一緒にいるなら、この子がよかった。



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妖精と宝物庫

コナン編と同じく、なるべくさっくり終わらせたいけど。
少し展開が速かったか・・・・?
いや、でもあのまま日常を続けてもぐだぐだしそうだし。
(´・ω・`)ぬーん


「――――何が、あったんですか」

 

自分がどんな顔をしているか、嫌でも分かった。

みんなは悪くないのに、眉間にしわが寄ってしまう。

 

「落ち着け」

 

そんなわたしを宥めるように、司令さんは真っ向から見返して。

静かに口を開いた。

いかんいかん・・・・本当にクールダウンしないと・・・・。

 

「端的に言うなら、ハウリングもクロ君と同じ能力を持っていた」

 

――――わたし達が駆けつけて助けた調査班達が、本部に帰還した途端。

一人の足元、というか、影からハウリングが現れて。

香子のところへ一直線。

一方の香子も、検査が終わって解放されたことや。

怪我を心配する元来の優しい性格と、子どもならではの好奇心が相まって。

近くに来てしまっていたらしい。

結果として、待機していた装者達や、エージェントが何かを講じる前に。

あっという間に連れ去られてしまったということだった。

・・・・本部に戻った時、未来はわたしの顔を見た途端泣き出して。

静かにはらはら涙する姿は、二年前を想起してしまうほど痛々しかった。

 

「クロ君もまるごと連れていかれたのは、一応幸運かもしれないわね。まだまだちっちゃいけど、立派な番犬だから」

 

それでもぬぐえない不安には、了子さんがフォローを入れてくれて。

お陰で、何とか平常心に戻り切れた。

まあ、当然っちゃ当然だよなぁ。

クロは幼体なんだから、成体であるハウリングが同じ能力を持ってるのは当たり前なのに。

なぁんですっぽ抜けちゃってたかなぁ・・・・。

 

「当然だが、現在諜報部の総力を挙げて捜索している」

 

――――わたし達よりも幼い子が、よからぬ輩に攫われたということもあって。

諜報部の皆さんは、些末な証拠も見逃さぬような気合で探し回ってくれているらしい。

 

「司令、我々にも助太刀出来ることがあるなら、是非」

「未だ子ども扱いされるあたしらが言えた義理じゃないが、ちびっこが危険にさらされてんだ。じっとしてられっかよ」

「そういうことだから!」

 

平行世界のみんなも気合を入れる中、ハナちゃんが徐に手を取ってきて。

 

「わたしも、絶対にあきらめちゃダメだよ!」

 

そう、まっすぐで綺麗な目で。

励ましの言葉をかけてくれた。

 

「・・・・うん、頑張る」

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

「――――ぶえ」

 

べっと乱暴に吐き出された香子は、顔面から床に落ちた。

ずっと頬張られた状態での移動だったので、満遍なくよだれまみれとなってしまい。

不快感にただ顔を歪める。

 

「くぅーん」

「わ、と・・・・ありがと、クロ」

 

クロが一緒に来てくれていたのは幸いだろう。

足元から現れた彼は心配げに近寄ると、よだれを拭うように舐めてくれた。

 

「ここ、どこだろう・・・・?」

 

クロが居てくれたことで余裕が生まれた香子は、あたりを見渡してみる。

薄暗い屋内に窓はなく、外の景色はうかがえない。

何となく地下施設だろうかと予想を立てながら、立ち上がってみた。

視点が高くなっても、相変わらず景色は同じ。

ここがどこだか分からず、香子は頭を抱えてしまった。

連れてきた『犬』(確か『はうりんぐ』と呼ばれていた)は、香子を吐き出して早々に立ち去ったので。

もはやお手上げ状態だ。

 

「とにかく、歩いてってみよう」

「わん!」

 

立ち止まっていては埒が明かないのと、不安でどうにかなりそうだったので。

クロに声をかけ、歩き出そうとした。

その時。

 

「おや、ずいぶん幼いお嬢さんを選んだね」

 

カツ、コツと、足音が響いた。

弾かれたように振り向けば、白いローブを纏った恐らく女性が。

ハウリングを引き連れ、ゆったりと歩いてきている。

 

「もう少し年を食っていた方がよかったんだが・・・・まあ、最低条件は満たしている」

 

『良しとしよう』と、混乱する香子をおいてけぼりにして、勝手に納得する女性。

観察するその目つきはまるで、宅配で届いた物品に向けるような無機質さ。

 

「・・・・ッ」

「おっと、失礼」

 

言い様のない恐怖を感じた香子が、せめてもの抵抗に顔をそむけると。

そうされたことで、女性はやっと香子を認識する。

 

「ひとまずはようこそと言っておこうか、お嬢さん。私は『ノア』、とくに覚えなくてもいい」

「・・・・街にノイズを出したのはあなた?」

「ストレートに行くね、直接的手段で害されると思わなかったのかい?いや、あわよくば彼らに情報を伝えようとしているのか」

 

崩れない笑みに、再び寒気を覚えながらも。

香子は『負けてたまるか』と眉を吊り上げる。

 

「なるほど、勇ましい・・・・よほど愛情を受けたと見る」

「悪いですか?」

「とんでもない、素晴らしいことだよ。私にとっても、君にとっても」

 

喉を鳴らして笑うノアは、しかし、怪しく目を細めて。

 

「いや、君にとっては、もしかしたら不幸だろうけどね」

「・・・・どういうことですか?」

「そうだねぇ、これから君には否が応でも働いてもらうのだし。うん、いいだろう、話してあげよう」

 

口元をむっとさせたまま、香子がクロと一緒に睨みつけながら問いかければ。

ノアは特に気にした素振りを見せず語りだした。

 

「お嬢さんは、妖精というものを知っているかい?」

 

急な問いかけに、香子はきょとんと固まってしまった。

その直後に再起動して、おずおず首を横に振る。

 

「はは、いいよ。こちらも語りがいがある」

 

ノアはとくに気にした様子もなく、ただにこやかに笑うだけ。

 

「では、少しばかり授業と行こうか」

 

指を立てられた香子は、何となくバカにされた気がして。

せめてもの抵抗に、むっとしてみせた。

 

「そもそも妖精とは、ヨーロッパにおける精霊の呼び名だ。中国では妖怪のニュアンスでも使われている」

 

止める間もなく勝手に話し出してしまったので、大人しく耳を傾けることにした。

 

「歴史をさかのぼっていくと、ゴブリンや小人のような、ずんぐりむっくりな姿が多かったようだね。羽がついたイメージは、ごく最近になって出てきたものだよ」

「へぇ・・・・」

 

思わず声が出た口を押さえると、ノアがにこにこ微笑んできて。

何だか悔しくなった香子は、またそっぽを向いて抵抗した。

 

「さて、そんな妖精に関する伝承の中には、『洗礼を受ける前の子供が変化した姿』だというものがある」

「洗礼・・・・?」

 

同じく気にしないまま、ノアは続きを語りだす。

一方耳慣れない言葉を聞いた香子は、再び思わずの反応をした。

 

「生みの親や神からの祝福・・・・そうだね、いわば愛とでも言おうか。それを受けられなかった子供の魂が、妖精になってしまう、という話だ」

「愛・・・・」

 

その単語に、家族や友達の顔を思い出した香子。

不意打ち気味に勇気をもらって、口元を引き締めた。

対する幼子の様子を、相変わらずの上機嫌で観察していたノアは。

『さて』と話題を切り替える。

 

「妖精にも、様々な種類がある。レプラコーンやノームあたりは有名だろう」

 

ちらりと動かした目が、クロを収めて。

いやな、予感がした。

 

「――――その中に、ブラックドッグというものがいる」

 

喉が引き絞るのを感じる香子。

神経が無駄に研ぎ澄まされて、声がするする入ってくる。

 

「基本的には怨霊の一種として伝えられていて、死の予兆を告げるとも言われているねぇ」

 

二人の視線が、同時に滑る。

香子を守るように立ちはだかっている、クロへと。

 

「ウェールズでは墓守として重宝されているようだけど、まあ、今は置いておこう」

 

そんなことより、と。

香子の様子を愉しむノアの顔は、笑みが深くなっていく。

 

「この度私が作り出したブラックドッグ達は、これまで語った伝承を元にした『哲学兵装』だ」

「哲学、兵装・・・・?」

「そう」

 

テンションが上がってきたらしいノア。

呆然とした呟きに、小躍りしながら頷いた。

 

「愛されなかった子供の魂を、同じく愛されなかった犬の体に入れる・・・・いやぁ、日本もいい国だ」

 

吠えるクロを無視して、震えだした香子を見下ろして。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――――どちらの材料も、容易く手に入る」

 

もう待ちきれないと言わんばかりに、口元に三日月を描いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香子が攫われて、一晩明けた。

見つからないのは予想通りだけど、やっぱり堪えるものは堪えてしまう・・・・。

だけど、そう落ち込んでばかりもいられない。

今朝もまた、新たな情報がもたらされることになった。

 

「と、いうわけで!香子ちゃんの捜索で忙しい櫻井主任と、チップ解析でお疲れ気味なエルフナインちゃんに代わって、不肖水瀬がご説明させていただきマス!」

 

わたしにとってはなじみの技術班の一人、水瀬さんが言った通り。

いくら頭が良くても、子どもぼでーなエルフナインちゃんは言わずもがな。

了子さんは、異端技術の一つで香子の捜索に精を出してくれている。

なんでも、『アリアドネの道標』という、毛糸の哲学兵装を使っているらしい。

アリアドネの名前は知らなくても、ギリシャ神話のテセウスが、ミノタウロスの迷宮攻略に使ったことで知られているんじゃなかろうか。

その伝説をもとに、行方不明を『迷宮』、香子の居場所を『その出口』と定めることで探してくれている。

さらにわたしの血液を媒介にして縁を辿ることで、発見率を上げているとか、なんとか・・・・。

 

「先日、響ちゃんとマリアさん、そしてフウさんが盛大に破壊してくれた、フレイムノイズの召喚門についてなのですが」

 

閑話休題(はなしをもどそう)

水瀬さんはハイテンションから一転、真面目な様子でモニターを見るように促したので。

大人しく倣って目をやった。

 

「特に要である装置を調査した結果、恐るべき事実が判明しました」

「恐るべき事実?」

「はい・・・・みなさんの死に物狂いを、水泡に帰してしまう、残酷な事実です」

 

・・・・なんだろう。

すごくいやな予感。

 

「あのフレイムノイズ、バビロニアの宝物庫から出てきた様なんです」

 

・・・・・・・・・・・・・!!??!?!?!?!?!?

 

「なんだとォッ!?」

 

司令さんが怒鳴ってしまうのも無理はないと思う。

『ひえっ』と怯んだ水瀬さんが、すぐに持ち直して続けるには。

昨日壊した装置には、次元に干渉する術式が使われていて。

その接続先が、バビロニアの宝物庫になっていたということ。

出現したノイズが燃えているのは、あの時閉じ込めたネフィリムの炎を纏っているからだろうという話だった。

 

「なんてこと・・・・!」

 

こっちはもちろん、平行世界のみんなも驚愕を隠しきれないらしい。

特に閉じた現場にいたこっちのマリアさんは、反応がひとしおだ。

ま、まさか、あの時のアレが今頃になって影響してくるとか・・・・。

くっそ、さっきから最終形態のネフィリムが、いい笑顔で手を振ってて・・・・。

うぅ、お前、そこが顔なんか・・・・。

 

「他の召喚手段があるのか、これ一つだけなのかは、現在も調査中です」

 

水瀬さんの報告が、一区切りしたときだった。

 

「と、取り込み中、しつれ・・・・げほっ・・・・」

 

ドアが開く音。

みんなで目を向けると、だいぶ疲れた様子の了子さん。

走って来たのか、息が上がっている彼女は。

 

「香子ちゃん、見つけた」

 

呼吸を整えつつ、朗報を告げてくれたのだった。




今回登場の水瀬さんは、ある意味中の人ネタです。


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知的好奇心

シンフォギアライブが当たったので、舞い踊りながらの投稿です。


本当は、昨日の夜中のうちに見つけていたということなんだけど。

敵地の通信妨害が大分高性能で苦戦したとかで、捉えた途端に気絶してしまったらしい。

糸電話の要領で聞いた敵の情報を、誰かに伝える間もなかったというのだから。

どれほどの抵抗を受けたのかよく分かった。

で、今。

装者みんなだとさすがに多いので、ヘリに分かれて乗って。

急行している次第だ。

・・・・香子。

どうか無事で・・・・!

 

「見えた!」

 

未来の声に顔を上げれば、森の中にそびえる『いかにも』な廃墟が。

なんでも、かつてはテーマパークだったとか、なんとか。

上空に差し掛かったところで、飛び降りつつ変身。

着地すれば、出迎えたのはフレイムノイズの群れ。

 

「邪魔すんな!!群れ雀共オォッ!!」

「あたしら様のお通ぉーりだアァッ!!」

 

クリスちゃんとユキちゃんが開いてくれた道を駆け抜けて、一番反応があるという管理棟を目指す。

 

「活路を切り開くッ!!」

「負けずに突貫しますッ!!」

 

ハナちゃんがちぎっては投げする横で、わたしも、刃を投擲してばら撒き。

それから両手をジャマダハルに変形させて、せまるノイズを叩き斬っていく。

そうして露払いしたところへ、未来が大きな一撃をお見舞い。

清々しいほどに目の前が開けた。

 

「香子ちゃぁーんッ!!」

「助けに来たデスよーッ!!」

「どこにいるの!?返事をちょうだい!!」

 

ハナちゃんに続いて、声を張り上げる調ちゃんと切歌ちゃん。

だけど、答える者は誰もいない。

・・・・外れてほしかった、予想通りだ。

自分でも、余裕がなくなっていくのが分かる。

目の前の一体をがむしゃらにサマーソルト。

同時に放った刃で次々片づけていく。

夢中になっている内に、管理棟はもう目の前だ。

 

「ッ香子オオオオオォォォ―――!!!」

 

もうこらえきれなくなって、ありったけに叫びながら扉を蹴破ろうとして。

 

「響ッ!!ダメ、右ッ!!」

「――――ッ!?」

 

横合いから、雷撃に吹き飛ばされた。

 

「ぐ・・・・!」

 

派手に転がる中で見えたのは、案の定ハウリング。

だけど、なんだか様子がおかしいというか。

纏っている気配が、尋常じゃない・・・・!

 

「――――おやおや、ずいぶん大勢な」

 

さすがに飛び出し過ぎたことを反省しながら、体勢を立て直してると。

覚えのない声が聞こえる。

顔を上げると、蹴破ろうとした扉から誰かが出てきている。

 

「来るとは思っていたが、存外遅かったね。昨日の時点で、こちらを捕捉していただろうに」

 

歩くたびに揺れる白いローブ。

ウェーブのかかった薄い赤毛は、マリアさんのものよりも赤が濃い。

そして片手には金属製の何かを握っている。

 

「まあ、せっかく来てもらったんだ。悪役らしく口上でも述べさせてもらおうか」

 

現れたその人は、髪へ気だるげに手櫛をかけてから。

改めてこっちを見た。

 

「私はノア、この騒動の主犯だよ」

 

・・・・あんまりにもあっさりした自白に。

うっかり呆けてしまったのはしょうがないと思う。

 

「あっさり白状するんだな」

「今のところ、隠れる気はさらさらないからね」

 

ユキちゃんの睨みもどこ吹く風な主犯こと『ノア』は、肩をすくめた。

この余裕な感じ・・・・自分の手札に、よっぽど自信があると見た。

 

「・・・・貴様の企み『ブラックドッグ』については、こちらも把握している」

 

そんな中で口を開いたのは、翼さん。

 

「犬の遺体に、子どもの魂・・・・斯様な外法を用いて、一体何をするつもりだッ・・・・!!?」

「別にいいよ?教えてあげよう」

 

・・・・ブラックドッグ。

了子さんの『糸電話』で判明した、ノアの手札の一つ。

こらえきれない怒りを滲ませて、怒髪天を衝く翼さんの様子に対しても。

ノアは怯む素振りすら見せなかった。

 

「善悪の基準を、知りたいのさ」

「善悪の、基準・・・・?」

 

片手を広げながら告げられた言葉を、ハナちゃんがオウム返しする。

 

「君達日本人にも、『天罰』という言葉はなじみ深いはずだ。その通り、法や人道に背く『悪』は、必ず裁かれなければならない・・・・だというのに」

 

変わった、と感じた。

ノアの目つきが、剣呑な気配を纏った。

 

「世の中を見てみろ、のうのうと大手を振る連中がどれほどいる?裁きを卑しく逃れてのさばっている?」

 

・・・・いかん。

ぐっさり来た。

心当たりしかない言葉に怯んでしまっていると、隣の未来が手を握ってくれた。

 

「『基準』があるはずだ、裁きを下すための可否の基準が。そうでなければ、バカな人間に救いがないじゃないか」

「随分不遜な言葉ね、己が高位だとでも言いたいの?」

「ああ、高位だとも。私は人より頭がいい、錬金術や呪術にも精通している」

 

マリアさんが睨みつけながらの問いにも、どこ吹く風。

 

「だからこそ知るべき、知らせるべきなんだよ。それこそが、高位である私の責務だ」

「・・・・人間をバカだと言い切った割には、随分世話を焼くんですね」

 

思ったことが、口をついて出てしまった。

 

「頭がいいと言っただろう?見ていて好感を持てる『良いバカ』と、直ちに死んで社会貢献すべき『救いようのないバカ』の違いくらいわかるとも。もちろん、前者を圧倒的に庇護すべきことも、後者を徹底的に処分すべきこともね」

 

そこで言いたいことを言い終えたのか、ノアはいったん話を区切った。

 

「さて、目的に関してはここまでとしよう・・・・お嬢さんを救出に来た君達にとっても、その方が良いだろう?」

 

やっとか・・・・。

妙な雰囲気のブラックドッグが無視できなくて、結局耳を傾けてしまったんだよね・・・・。

 

「香子を、妹をどこへやった?」

 

まあ、向こうが話題を振ってくれたので。

こっちも遠慮なく追及できるってもんよ。

 

「ああ、やっぱりご兄弟だったか、いやはや、よく似ているね」

「御託はいいから」

「随分せっかちだなぁ」

 

ぐぬぬ、挑発なのは分かってるんだけど。

クスクス笑う声に、イライラせざるを得ない・・・・!

 

「安心してくれ、丁重に扱っているよ。こちらとしても死なれては困るからね」

 

『死んではいない』。

まだチャンスはあるということ。

一瞬気が緩みそうになるのを、慌てて持ち直す。

 

「君も彼女を大分可愛がっていた様じゃないか・・・・おかげで、こちらも大助かりだ」

「・・・・どういうこと?キョウちゃんに何をしたの!?」

 

未来の怒鳴るような問いかけ。

それすらも、ノアは笑って返して。

 

「ご存知の通り、ブラックドッグは、愛されなかった犬の体と、同じく愛されなかった子供の魂で作られている・・・・そこへ、溢れんばかりの愛を受け取った記憶を注げば、どうなると思う?」

 

・・・・・・・・・・・・・・ま、さか。

まさか。

 

「自身と他者の、境遇の違い、立ち位置の違い。その認識の差が生み出す感情は、『虚無』と『苦痛』、そして『嫉妬』だ」

 

頭が、理解を拒む。

だけど、現実は否応なく迫ってくる。

 

「そのエネルギーは、ブラックドッグを強くする」

「ゥウ、オオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

開戦の合図は、唐突だった。

ノアが語った通り、今までとは比べ物にならないプレッシャーを放つブラックドッグ。

一見高ぶるように首を振る様が、今となっては苦しんでいるようにも見えて。

 

「そして私の下にいるのは、この一体だけじゃない・・・・先日と同じように、市街地に放てば・・・・さて、どうなるかな?」

 

なんて言っているけど、反応する余裕なんてもうなくなっている。

爪や牙、巨体による突進のみならず。

雷撃はもちろんのこと、実体化させた影による攻撃も多彩で・・・・!

 

「ッ左様なことをさせるわけにはいかん!」

「その通りだ!まずはこの窮地を・・・・!」

 

花の細い花弁の様に広がった影が、わたし達をまとめて叩き潰そうとしてくる中。

翼さんとフウさんが張り上げた声に、その通りだと返事したり、頷いたりしていると。

 

「んんん?大分のんびりした対応だね?」

 

どこか揶揄うような声で、ノアが話しかけてきた。

 

「いや、頼もしい限りでいいことなんだけど。これはカートゥーンでもフィクションでもない現実なんだよ?・・・・ところで」

 

徐に、耳元を指さして。

 

「随分静かじゃないか、君達の銃後は」

「――――ッ!?」

 

驚愕で思わず振り向いた目の前で、ノアが指を鳴らした刹那。

 

『返事をしてくれ!お前達ィッ!!』

 

司令さんの、切実な大声が聞こえた。

 

「司令!?」

『よかった!繋がりました!』

『聞こえているな!?市街地に多数のブラックドッグとフレイムノイズが出現した!』

「何だって!?」

 

・・・・やられた。

やられた!

やられた!!

完全にしてやられた!!!!

市街地の方が本命だったんだ!!

 

「早く戻らないと!」

「おやぁ?妹さんはいいのかい?」

「ならば隊を分けるのみ!調と切歌、翼とクリスは、私と!!残りはノアの拿捕を!!」

 

そう言って、マリアさんはみんなを引き連れて踵を返す。

ノアは特に追いかけることをせず、ただにやにやとわたし達の攻防を見ていた。

くっそ、余裕ぶっこきやがって・・・・!

前足での叩きつけを散開して回避する中、ハナちゃんが連撃の一つを受け止める。

そのまま投げ飛ばそうとしたみたいだけど、横合いから鞭のような音に襲い掛かられる。

見ると、細く長く伸びた影が、弾き飛ばしたのが見えた。

影はそのまま蛇のように鎌首をもたげると、突っ込もうとしていたわたしと、翼さんを打ち据える。

ちらっと見た地面が、大きくひび割れているのが分かった。

もしかしなくても、当たったらひとたまりもない。

 

「ッ邪魔すんなァ!犬っころオォ!!」

 

ユキちゃんが咆えたと思ったら、大きなミサイルを二つ背負った。

なるほど、爆発の煙幕に紛れてノアをひっ捕らえる寸法か・・・・。

確認のため、目線で目的地を指してみると案の定。

ハナちゃんやフウさん、そして未来も気付いた様で。

それぞれの動きが変わった。

 

「寝んねしなッ!!」

 

コンマのやり取りの後で、叩き込まれるミサイル。

狙い通り、当たりが煙幕に包まれる。

これなら・・・・!

ノアの位置は把握済み。

 

「ぅおおおおおおおおおおおおおお!」

 

何も見えない煙の中を、一気に駆け抜けて、飛び出して。

 

「香子をッ!!(かぁえ)せぇッッ!!」

 

ノアに拳をぶつける、刹那。

奴が、にやりと笑ったのが見えた。

 

「――――こうも予想通りだと、一周回ってつまらないね」

 

瞬間、体が止まる。

手足が動かせなくなる。

何事かと見てみれば、四方八方から鎖が伸びていた。

これは、錬金術か・・・・!

 

「まあ、ここまで届いた褒美に、教えてあげよう」

 

抜け出そうと藻掻いている間に、ノアの体がブラウン管のテレビ画面みたいにぶれる。

 

「私も、妹さんも、始めからここにはいないんだよ」

「ッま、待て!」

「それから」

 

怒鳴りつけるも、消えていくのを止められない。

それでも、怒鳴りつけずにいられない。

 

「今まで散々殺した分際で、今更『家族に手を出すな』?随分虫のいい話をするじゃないか、『ファフニール』」

 

・・・・結局、止められないまま。

ノアは姿を消してしまった。

 

「――――」

 

・・・・だ、けど。

だけど、それどころじゃない。

胸に渦巻くのは、自責と、自蔑と、後悔で。

体が一気に重くなって。

だから、

 

「響ッ!!!」

 

未来の、悲鳴のような声。

振り向くと、ブラックドッグが大口をかっぴらいて迫ってきていて。

だけど。

牙が突き刺さる瞬間、割り込んできたのは。

 

「翼さぁんッ!!!!」



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『余震』の後で

お待たせしました。
少し短めですが、下手に長くしても微妙になりそうだったので。


神は理不尽だ。

神は無慈悲だ。

神は残酷だ。

かつて、『たすけて』を無視した出来事に遭遇した。

救うべき人間を見捨てて、殺すべき人間を見逃した。

そんな神の理不尽に対峙した。

だが、神へ唾を吐く一方で、未だ信じている部分もあった。

そもそもこうやって怒りを抱く理由は、『神様が悪を裁いてくれる』と信じていたからだ。

神は、常に人を試しているという。

ならば、人も神を試しても良いではないか。

一体どれほどの悪行なら動いてくださるのか、どの程度なら悪と断じてくださるのか。

外道を以って試す、外道を以って問いかける。

直接の対話が不可能な以上、これしか確実な手段はないから。

 

「さあ、神よッ!聞こえているかッ!?見えているかッ!?」

 

だから、天へ咆える。

 

()はここだぞッ!!早く罰を下せ、裁きを下せッ!」

 

幼い友の『たすけて』を無視し、外道極まる悪童を放置した神へ。

 

「さもなくば、お前の怠惰を呪う者が、また増えることになるだろうッ!!」

 

まだ、信じさせてほしいと。

声を張り上げた。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

市街地の被害は軽微で済んだ。

先の騒ぎで発令された避難指示が、継続していたことも一つであるが。

何より、度重なる特異災害によって、住民たちの危機意識が高かったことも大きな要因だろう。

人的被害の多くも、装者到着までの時間を稼いでいた自衛隊員が占めていた。

だが、決して快勝というわけでもなかった。

まず、本拠地と目された廃墟にて、響を庇ったフウが負傷。

また、市街地に駆けつけた装者も、マリアが絶対安静を言い渡されるほどの大怪我を負った。

フレイムノイズの出現点を攻撃する際、マリア、調、切歌の三人で、アガートラームのベクトル操作を応用した『疑似S2CA』を発動。

その際の負荷は、マリアが全て一人で引き受けた。

お陰で調と切歌は無事だったものの、倒れたマリアが心配でたまらないといった様子である。

 

「元の世界に戻るのか?」

「ああ、報告がてらな」

 

並行世界のクリスこと、ユキの提案に、弦十郎は腕を組んで首を傾げた。

一つ頷いたユキは、説明を始める。

並行世界の翼こと、フウが手傷を負わされ、マリアも戦線から退かざるを得ないダメージを受けた。

別にユキは、こちら側の装者や銃後を侮っているわけでもない。

しかし、大幅に強化されたブラックドッグを目の当たりにした今は、なるべく不安要素をなくしておきたいとのことだった。

考えているプランとしては、並行世界のマリアと交代しようとしているようだ。

あちらの世界の残存戦力や、S2CAの発動要員というのもあるが、

 

「こっちサイドで、ここぞって時の判断を下せる人員が欲しい・・・・あたしとバカじゃあ、正しいかどうかで迷って、足踏みしちまいそうだからな」

 

そう、ユキは自嘲気味に肩をすくめた。

 

「なるほどな・・・・」

「無理だったとしても、あたしを含めて最低一人が来れるように頼んでみる。だからこっちのおっさんには、うちの装者が来れた場合、そいつが滞在する許可を出してほしい」

「・・・・わかった」

 

頼む、と頭を下げるユキ。

対する弦十郎は、束の間思案した後、力強く頷いた。

 

「理由も十分納得できるものだし、戦力の補填も純粋にありがたい。こちらこそ、頼んだぞ」

「ありがとう、任せてくれ」

 

首肯したユキは、善は急げと言わんばかりに踵を返す。

まず向かったのは、同じ世界出身の、ハナの下だ。

 

「――――っていうわけで、あたしはいったんあっちに戻るから」

「わかった、その間こっちは任せて!」

「悪いな、頼んだぞ」

 

元気も力こぶいっぱいに返事をしたハナだったが、そのすぐ後。

なんだか喉につっかえがあるような、困ったような顔をした。

 

「・・・・こっちのバカのことか?」

「うん、大丈夫かなって」

 

ハナの言葉に、ユキは思い出す。

撤退してから本部に着くまでの間。

ずっとフウの傷口に布を当て、塞ぎ続けていた響の姿と。

今にも死にそうな真っ青な顔を。

 

(思い切りがいい分、ヘタレやすいみたいだな)

 

ユキは、ため息と共に内心で判断した。

 

「でも、きっとなんとかなるよ!こっちにはみんなだけじゃなくて、了子さんもいるんだもん!」

「・・・・そうだな、まあ、知ってるフィーネより丸くなってんのは驚いたけど。あれなら何とかしてくれそうだし」

 

・・・・過去のこともあり、複雑にならざるを得ない感情を抱いていたユキ(クリス)

だが、ここできびきび働く姿を見ては、警戒も多少は薄れるというものだ。

 

「っと、そろそろいかねーと」

「そっか、ごめんね引き留めちゃって」

「気にすんな」

 

片手をひらりと振り、ユキは今度こそ踵を返す。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

――――いたい。

それが、最初の記憶だった。

何度も何度も怒鳴られて、機嫌次第で振られる拳。

やり返すなんて考えはそもそもなくて、ただただ叩かれるだけだった。

そんなある日、多分捨てられたんだと思う。

初めて出た外で空を見上げて、あれが星空なんだと思ったのを覚えている。

痛くて、寒くて、お腹が減って。

だけど、それから解放されるんだとも思っていた。

救われるんだと、思っていた。

 

 

でも、世界は優しくなかった。

 

 

気付けば子犬の姿で、歩いていた。

頭痛の様に響く、『選べ』という言葉が苦しくて。

結局、どこまで行っても救われないんだと、諦めてしまって。

――――つめたかった。

長い間雨に晒されて、何とかもぐりこんだ場所でも風が吹きつけた。

つめたくて、つめたくて、たまらなかった。

お腹も空いて、一歩も動けなくて。

 

「大丈夫?生きてる?」

 

そんなところへ、声をかけてくれたのが。

あったかい君だった。

 

「怪我もしてる・・・・ッ神主さーん!」

 

毛並みを濡らす雫を拭って、優しく扱ってくれた。

お医者さんに連れて行ってくれただけじゃなくて、帰る場所になってくれた。

おいしいご飯も、名前も、めいいっぱいの優しさも。

人間だった頃には考えられないほどのものを、抱えられないくらいに、返せないくらいに。

たくさん、たくさん、たくさん。

――――まだまだ響く、『選べ』という声。

何のことなのか、よく分からないままだったけど。

一緒にいるなら、君がよかった。

願うなら、犬として死ぬ瞬間まで。

君の傍にいたかった。

ただ、それだけだったんだ。








梅雨の再来みたいな雨の日。
よく寄り道する神社で見つけたのが、あの子との出会いだったんだ。


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彼女の古傷

毎度の閲覧、ご感想、お気に入り登録。
誠にありがとうございます。
この連休中に終わりそうにないギャラルホルン編を、よろしくお願いします。


そんなこんなの翌日には、ユキがあちらのマリアを伴って戻ってきていた。

ブラックドッグの危険性や、フウの負傷を顧みて。

一人だけと言わず、二人も派遣してくれた。

なお、ユキが懸念していた向こうの守りは、また別の並行世界の装者が引き受けてくれたとか。

その世界の事情も少し絡んでいるそうだが、何にせよ、嬉しい誤算だ。

現在は『マリア(聖母)』に関連して付けられた『マルタ(聖女)』を名乗り、早速戦力に組み込まれているとのこと。

ついでにマリアの『替え玉』的な役割を務め、被災者へのプロパガンダに一役買っているらしい。

そして、嬉しいニュースはもう一つ。

 

「目が覚めてよかったです、翼さん!マリアさん!」

「ああ、心配をかけてしまったな。立花」

 

負傷していたフウとマリアの意識が回復したのだ。

まだまだ警戒を継続しなければならない装者を代表して、いの一番に見舞いにやってきたハナは。

溌剌と二人に話しかけて、快復を喜ぶものの。

やはり、なんだか引っかかりがあるようで。

笑顔に無理があるのは、見え見えだった。

 

「何か、あったのかしら?」

 

案の定、気付いたマリアに指摘され。

図星を突かれて、ぴよっと体を跳ね上げたハナ。

フウにも見守られる前で、最初の愛想笑いから段々と落ち込んだ顔に変わってしまう。

 

「・・・・立花?」

 

やがて、膝の上で手を握りしめた彼女は。

意を決して、顔を上げる。

 

「夢を、見たんです。こっちに来た、最初の夜に」

「夢?」

「はい」

 

オウム返しするマリアに、ハナはこっくり頷く。

 

「暗い中を歩いてて、気が付いたら・・・・死体、が、足元にいっぱいいて・・・・その全部が睨んできたんです」

「それは、また・・・・」

 

マリアとフウ、二人の沈黙はそれぞれだ。

フウは夢の意味を考えふける顔。

一方のマリアは、どこか確信めいた顔だ。

 

「マリアさん」

 

だからだろう。

ハナは、マリアを見据えながら問いかける。

 

「マリアさんは、何か知っていますか?わたしが見た夢、こっちのわたしが『ファフニール』と呼ばれたことと、何か関係があるんでしょうか?」

 

束の間、沈黙を保ったマリア。

少し俯いて思案しているようだったが。

やがて、一つ頷いた。

 

「私の主観な上に、さわりしか語れないのだけど・・・・それでよければ」

 

口火を切って、語りだす。

 

「その前に、少し踏み込んだ質問をするのだけど」

「な、何ですか?」

 

――――前に、マリアがそんなことを言うもんだから。

つんのめりながらも、ハナが耳を傾けると。

 

「あなた、二年・・・・いえ、三年前だったかしら。ツヴァイウィングのライブには行ったかしら?」

「はい、行きました。人生初のライブで、すごく楽しかったのを覚えています!」

「立花・・・・」

 

明るい声で言い切るハナに、心配する一方で感動している様子のフウ。

マリアはそんな二人を微笑まし気に見ながら、質問を重ねる。

 

「それじゃあ、その後のアレコレも?」

「・・・・そう、ですね」

 

『少し踏み込む』と断られたとはいえ、やはり『痛む』ものは『痛む』ようだ。

口元を結んで、耐えるような表情をしたハナへ。

マリアは一言謝罪したが、話を止める気はない。

ハナとフウも聞きたいことを聞けていないので、止めることはしなかった。

 

「あなたの場合、それからどうなったのかしら?」

「その・・・・確かに色々ありましたけど、でもっ、未来が居てくれたから、何とか乗り越えられて・・・・それで、翼さんに会いたくてリディアンに!」

「なるほど・・・・ありがとう」

 

聞きたいことを聞けたのか、マリアはまた一つ頷いて。

知り得た情報を飲み込んだ。

 

「あなた達風に言うなら、あの子は『迫害を耐えられなかった立花響』と言うべきかしら」

「耐えられなかった、立花?」

「ええ」

 

食い入るように身を乗り出すハナとフウ。

 

「あなたと違って、妹がいるのも関係しているかもしれないわね。大切な家族が、自分が原因の理不尽に巻き込まれて・・・・だから、あの子は逃げ出したの」

「逃げたって、どこに?」

「あてはなかったと聞くわ、とにかく距離を取りたがっていたと・・・・」

 

そう言われて、ハナは衝撃を受けていた。

だって、その選択は。

まさにその時、自分が考えていたものだったから。

未来に支えてもらえていたのもあって、結局選ばなかったからこそ。

選んだ場合の話を聞いて、驚いている。

 

「一つ、誤算があったとするなら・・・・その旅路に、未来がついてきてしまったことかしら」

「未来が・・・・」

「さすがは小日向、と言うべきだろうか」

「その様子だと、そちらも愛の度合いは似たようなものみたいね」

 

くすり、と笑みをこぼして小休止。

しかしすぐに表情を引き締めた。

 

「けれど、こちらの響にとっては、それが最大の救いであり、同時に呪いでもあった」

「未来が呪いって・・・・一体どういうことなんですか?」

 

『呪い』だなんて信じられないワードに、また身を乗り出すハナ。

だって、自身にとっての未来は。

傍で支えてくれて、日常の象徴で。

絶対に帰ってこようと思う、あったかいひだまりなのだから。

 

「だって最初の計画では、本当に独りっきりになろうとしていたのよ?そこに、置いていく予定だった未来がついてきてしまった・・・・しかも気付いたのは、お隣の半島に渡ってから」

「・・・・追い返そうにも、帰せない、か」

「そういうこと」

「そんな・・・・」

 

目に見えて落ち込むハナへ、フウが『気を落とすな』を気遣う横で。

ひと段落していたマリアは、なお続けた。

 

「さらに、経験した理不尽の所為で、上手い判断が出来ない未成年よ?『大人を頼る』なんて選択肢が取れるかしら?」

「・・・・出来ない、だろうな」

「それじゃあ、こっちのわたしは・・・・」

「ええ、ショックでしょうけど・・・・未来を日本に戻すために、手段を選べなかった・・・・選ぶわけにはいかなかったの」

 

息を、吞む音。

 

「私があの子と初めて出会ったのは、二年前・・・・そうね、ルナアタックの半年前だったかしら。その頃にはもう、『ファフニール』の通り名で恐れられていたわ」

「『ファフニール』・・・・確か北欧神話の邪竜だったか、己の宝物に指一本でも触れた者は、皆殺しにしたという」

「そう・・・・その場合の『宝物』が何かというのは、もう説明しなくても分かるんじゃないかしら?」

「未来・・・・」

 

ぽつん、と呟いたハナを、マリアは首を振って肯定した。

 

「文字通り身を削って、あの子は未来を守り抜いていた・・・・『新たなガングニール』を確保に来た私を、半殺しにするくらいだから。その覚悟は相当だったでしょう」

「・・・・それでは、こちらの立花は」

「ええ、人を殺した経験がある」

 

それも、一人や二人では収まらない。

ハナは思い出す。

あの夢で、足元に転がっていたおびただしい死体達を。

 

「それで開き直っていれば、まだ生きやすかったかもしれないわね」

「だが、そこまでの外道ではなかったのだろう」

「その通り、自分のやらかしたことを自覚しているあの子ったら、死にに行くような戦い方ばかりで・・・・」

 

『最近になってやっと落ち着いたのよ』、と。

マリアは深々とため息をついた。

それから横目で見てみれば、目を見開いて、驚きを隠せていない二人の姿が。

特に(フウ)は、(ハナ)がそうなっていたのかもしれないと。

大分思い悩んでいる様子だった。

 

「だから、もしよかったら、あなた達も気にかけてやって頂戴。特に身内が絡んだ今回の事件は、あの子が自分を傷つけてしまうでしょうから」

 

マリアは物憂げに話を締めくくり、困ったように微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――あ、おかえり」

 

本部に戻ったハナを出迎えたのは、響だった。

 

「翼さん達、どうだった?」

「あ、うん。元気そうだったけど・・・・その、あなたは大丈夫?」

「ご心配をおかけしたね、わたしは何ともないよ。へーきへっちゃら」

 

香子やフウのことでえらく塞ぎ込み、部屋にこもっていたはずの彼女が。

けろっと働いていることに驚いたハナは、思わず問いかけると。

響は笑って答える。

 

「・・・・ッ」

「おっと・・・・?」

 

そのへらりとした笑みから、どうしようもない痛みを感じ取ってしまったハナ。

たまらず、響の手を取った。

対する響は、急に泣きそうな顔で手を握られたもんだから。

崩さない笑顔に、困惑を隠しきれない。

 

「・・・・あのね!」

「う、うん?」

 

どうしたんだろうと見守られる前で、ハナはどこか決意を込めて。

まっすぐ響の目を見つめて。

 

「あなたは、独りぼっちじゃないから!わたしが、させないから!」

「お、おう」

 

急な宣言に仰け反る響に、気にせず詰め寄る。

 

「わたしに出来ることなんて、こうやって手を繋ぐことくらいだから・・・・絶対に、放さないからね!!」

「――――」

 

鼻息の荒い、やり切った表情。

仔細は分からないが、本気だと悟った響は。

 

「うん、ありがとう」

 

くしゃっとはにかんで、握り返したのだった。




原作世界の守りは、片翼世界の奏さんが担当してくれてます。
最近出来た元気いっぱいの後輩に、経験を積ませるいい機会だと判断したようです。


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立ちはだかる

お待たせしました。


S.O.N.G.のデータベースにて。

あちらのマリアことマルタは、過去の事変の記録を閲覧していた。

響の様子はもちろん、生存している了子も目の当たりにして。

自分の世界との差異を、改めて確認するべきだと判断したのだ。

通常の異変なら先遣隊(この場合、ハナ、フウ、ユキである)がそれとなく聞き出しているところだが。

今回はそんな余裕はなかったようなので、許可を得て行動を起こした次第である。

 

「ルナアタックでのデュランダル奪取、フロンティア事変ではなく執行者事変・・・・やはり、大分違う歴史をたどっているのね」

 

資料から目を離して、ひと段落。

紙と言えど疲れを覚えたので、目頭を押さえた。

紙媒体と聞くと、どうしても前時代的なイメージを抱いてしまうが。

そもそもハッキングをされない、最高のハッキング対策なのである。

 

「はい」

「ん?ああ、ありがとう」

 

伸びもしているところへ、調がコーヒーを差し入れてくれた。

 

「事件の資料・・・・ですか?」

「ええ、こちらとの差異を知っておきたくて。あと、話しにくいなら、敬語をつけなくてもいいわよ」

「う、うん」

 

こっくり頷いた調は、ふと、マルタの手元をのぞき込んで。

きゅっと顔をしかめた。

何かあったのかとマルタは首を傾げながら、たった今読み終わった執行者事変の項目に目を落とした。

 

「・・・・どうしたの?」

「・・・・その、『執行者』の時は、最初のころ迷惑をかけちゃったから」

「そうなの?って、そういえば攻撃を仕掛けたって・・・・」

 

そう言われて、調は今度こそ喉を詰まらせた

報告書では、先んじて発生していた蟠りの所為でひと悶着した、と書かれていたが。

 

「・・・・その、ルナアタックよりも前に、響さんとマリアが戦ったことがあって・・・・それで、マリアが大怪我させられたから」

「突っかかってしまったのね」

「うう・・・・」

 

当時を思い出してしまったのか、調は恥ずかしそうに顔を覆ってしまった。

 

「でも、仲直りは出来たのでしょう?」

「仲直りというか・・・・戦意を削ぎ取られたというか・・・・」

 

再び遠い目をする調。

自分の知っている彼女とは違う様子に、マルタはなんだか微笑ましさを覚えてしまう。

だが、それも束の間だった。

 

「・・・・響さん、ずっと笑ってるの。傷ついても、傷つけられても、ずっとにこにこしてるの」

 

『マリアに重傷を負わせた』と、調と切歌に責められても。

味方を庇って生死の境を彷徨っても。

ただ『大丈夫』と微笑んで、心配すらさせない。

させてくれない

それが、こちらの世界の『立花響』なのだと言う。

 

「・・・・随分厄介な気質みたいね」

「その、否定はしない・・・・正直めんどくさいときもあるし」

 

ぶっちゃけてしまえるほど鍛えられた調の精神に、マルタは一周回って頼もしさすら感じてしまう。

 

「でも、うちの響さんには、それを踏まえてもありあまる頼りがいがある、から」

「ふふ、そう」

 

まるで自分の事の様に締めくくった姿を見て、また微笑みを零したマルタだった。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

わたしを庇った所為で、フウさんが怪我をしてしまったけど。

落ち込んでいる場合じゃない。

まだ香子も助けられてないのに、折れてる余裕もないんだし。

だからアイアム大丈夫。

大丈夫ったら、大丈夫なの!!

それに、こう強がらなきゃいけない状況でもあるんだから!

 

「仕掛けてきたか・・・・」

 

顔を上げる。

モニターには、懲りずに襲撃をかけてきたノアの姿。

前と違うところは、武器らしい短剣(多分儀式用のアゾット剣)を携えていること。

そして、背後に聳え立つ棺桶のような装置。

中身を見ることは出来ないけれど、ちょうど、小学生くらいが入りそうなサイズだ。

 

「ブラックドッグ、ならびにアルカノイズの反応多数!市街地へ侵攻を開始しています!」

「アルカノイズ?フレイムじゃなくてか?」

「ええ、間違いないわ」

 

思っていた疑問を、同じく抱いていたらしいユキちゃんの問いに。

あおいさんが答えてる。

いや、ロクなこと考えてないのは明白なんだけど。

一体何をしようと・・・・?

 

「どちらにせよ、首謀者の確保と252の救出は速い方が良い!行くわよ!」

 

考えようとしたところで、マルタさんがそう檄を飛ばしたものだから。

わたしもみんなに続いて指令室を後にする。

 

『奴に動き有り!』

『一体何を・・・・!?』

 

出撃用のミサイルに飛び乗ってからも、オペレーターさんのわちゃわちゃは聞こえていて。

なんかノアが行動を起こしているみたいね。

 

『フレイムノイズの出現ゲートも確認!?アルカノイズもいるのにどうして・・・・!?』

 

なんだなんだ?

もうミサイルに乗り込んでしまった今、音声でしか外の様子をうかがえない。

 

『開いたゲートに、アルカノイズを干渉させている・・・・!?』

『まさかあいつ、バビロニアを物理的、かつ永久的に開くつもり!?』

 

それやばいヤツゥ!?

 

「早く止めないと!」

「ああ、ノイズがあふれ出せば、日本のみならず、世界すらも滅びかねん!」

 

一緒に乗っていた翼さん、ハナちゃん達と騒いでいる間に。

ミサイルが現場に到着したらしい。

がしゃんと開いたのに気づいて、一気に空へ身を躍らせる。

ちらっと周りを伺えば、ほかの面々も問題なく到着してるらしいのが見えた。

 

「拙速を尊ぶぞ!敵の防衛ラインを突破したものから、順次本陣へ斬り込めッ!!」

 

翼さんがサーフィンしてる剣にお邪魔しながら、飛ばされた指示に頷いた。

そのまま剣から、ブラックドッグとノイズの群れにダーイブ!

だけど、複数のブラックドッグが放電したことで、出鼻を挫かれた。

空中で姿勢を崩してしまったところに、噛みつきが襲い掛かってくる。

ただでさえでっかい口と牙で噛みつかれちゃ、こっちもたまったもんじゃない。

何とか体を捻って回避。

すれすれのところでがちんと閉じた顎に、冷や汗を流しながら。

飛んできた雷をマフラーで何とかいなして、再び迫ってきたブラックドッグを蹴り飛ばす。

叩きつけをバックステップで避けて、足払い。

こけたのを踏みつけて、一気に跳躍。

体を捻りながら雷を避けつつ、ブラックドッグを足場にして前身。

・・・・香子、香子。

香子!!!!

あの子は、あんな目にあっていい子じゃない。

こんな、血生臭い場所に巻き込まれていい子じゃない!

十分辛い目にあったから、恐ろしい目にあったから。

だから、だから、だから・・・・!

絶対に、助け出すッッッ!!!

 

「ッデヤアアアアアアアアア!!!!」

「ギャッ!」

 

目の前に現れたブラックドッグに、鉄拳一発。

衝撃波が後ろにいた連中も吹っ飛ばす。

よし、これで一気に・・・・!

 

「ッ・・・・!」

 

出来た一本道を駆け抜ける。

地面が皹入るくらいに踏みしめて、足元の爆発をそのまま加速に変える。

走って、走って、走って。

だけど、犬どもも立ちん坊というわけじゃない。

四方、八方、六方。

殺意が、気配が、蠢いてる。

だけど、構うもんか、気にするもんか。

一秒でも、一瞬でも早くしないと。

今度こそ、香子が手遅れになるのかもしれないのだから・・・・!

例え、その爪に穿たれようとも、その牙が体に食い込もうとも。

この駆け足を、止めるわけには・・・・!

 

「っせぇい!!」

 

あと少しで食いちぎられるというところで、殺意が遠ざかるのが分かった。

隣を見ると、ハナちゃんが満面の笑みを向けてくる。

 

「行こう!」

「ッうん」

 

たった一言、それだけを告げられて。

わたしは、また前を見た。

 

「っだぁ!!」

「そいやァッ!」

 

入れ替わり立ち代わり。

飛び掛かってくるブラックドッグを迎撃する。

ハナちゃんの拳が、ちょっと迷いがちかな?

まあ、連中の成り立ちを知ってしまっているわけだし。

多少はしょうがないのかも?

今は別に差しさわりはないから、気にしないことにする。

わたし?

可哀そうと言えば可哀そうだけど、向かってくるなら叩くだけだよ。

なんて考えてる間に、開けた場所。

三階建てくらいの、こじんまりとしたビルの屋上から。

ノアが見下ろしてきていた。

よっぽど夢中になって進撃していたらしい。

 

「・・・・投降する気はないんですか?」

「当たり前だろう?ここに来て『やーめた』っていう方が困らないか?」

 

拳を握り直して、ひとまず聞いてみれば。

すぐに返って来る『NO』。

分かっていたこととはいえ、やっぱり力ずくじゃなきゃ止められない事実に口元を噛み締める。

主に、一筋縄じゃいかないのを予想して。

 

「この短時間でここまで駆けつけるなんて、これもまた姉妹愛というやつかな?大変麗しいじゃないか」

「そのノリで降参してくれるとなお嬉しい」

「さすがにお断りだね」

「で、でも!世界中がノイズで溢れちゃったら、あなただって無事じゃすまないですよね!?」

「別にそれでもかまわないさ、むしろそうなってくれた方がありがたいね」

「そんな・・・・!」

 

にべもなく突き放されたハナちゃんを横目に、改めて上を見上げる。

 

「じゃあ、殴られても文句はないですよね?」

「出来るものならね」

「ほざけ」

 

これ以上付き合う義理もない。

まだ諦めきれないらしいハナちゃんが、引き留める前に。

踏み込んで、飛び出して。

 

「――――ふふっ」

 

突き出した拳が、何かに阻まれた。

 

「わたしッ!?」

 

ハナちゃんの心配してくれる声を聴きながら着地。

ぐう、右手がビリビリして・・・・。

 

「・・・・やる気は結構だが、こちらもそうはいかないんだ」

 

今になって見えるようになった、バリアのようなもの。

その向こう側で、ノアは何かを取り出している。

 

「私を裁けるのは神ただ一人・・・・只人には触れてほしくないなぁ」

「ッ触れるような距離にいて何を抜かしてんだか・・・・!」

「そうだね、この距離でないとブラックドッグも各種ノイズも制御できないし、そこは私の実力不足さ・・・・でも効果的だろう?」

 

言いながらノアは、さっき取り出した何かを。

犬笛のようなものを、口にした。

瞬間、空が暗くなる。

太陽が隠れたんじゃなくて。

 

「こいつも加えれば、盤石というものだ」

 

ずしん、と降り立ったのは。

散々見てきたブラックドッグ。

はっきり言って、どれもこれも同じ顔にしか見えなかったんだけど。

だけど『この子』だけは、何故か見分けがついた。

確かな根拠はなく、直観としか言いようがないけども。

確信を以って、問いかける。

 

「・・・・何やってんのさ、クロ!」

 

轟いたのは、雷鳴か、咆哮か。




あと3・4話で終わらせて、AXZ行きたいです。


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群れの主

素早い飛び掛かりを、攻撃を掠めながらも避けて。

雷撃もすれすれのところで、体を傾けて回避。

ぐらりと不安定になった姿勢に逆らわず、慣性のままにバク転して距離を取った。

と、思ったら、ハナちゃんの方にターゲットを変えて突撃していった。

刃を指に挟んで投擲。

ハナちゃんを援護するどさくさに紛れて、ノアの方にもぽいぽい。

でもやっぱり障壁に防がれてしまう。

うぜぇ・・・・。

 

「ふふっ、健気なものだね」

 

ノアもこっちの気持ちを分かっているのか、にやにや笑っていて。

むわあああああああ!癪に障るううううううう!

 

「努力を無為にするようでなんだが、この『タリスマン』の突破はやめておいた方が良い。それこそ神殺しでも持ち出さないように術を組んだから」

 

ご丁寧に説明までする余裕をかまして、クロへジャブを繰り出すハナちゃんを見ている。

 

「バチ当たり代表みたいなやつが神サマ頼りって、世も末じゃない?」

「なかなか便利なんだよ?『神聖なる力』というのは」

「便利アイテム扱いされるなんざ、さすがの神サマも気の毒、だッ!」

「肝心な時に限って使えないんだ、たまには役に立ってもらわないとね」

 

そりゃそうだけどさ!

実在してると言えど、そもそも起きてるかどうかすら分からない神様に頼るって、やっぱりどうよ!?

 

「ッとお!!」

 

鼻先すれすれを掠めていった爪に肝を冷やしながら、蹴り飛ばして反撃。

ついでに、脛(いや犬だから足の甲か)へダメ押しのキック。

良い手ごたえを感じた。

ハナちゃんを狙って帯の様に伸びてきた影を、翼さんリスペクトの回転蹴りで振り払い。

 

「ありがとう!」

「かまわんよー!」

 

再び叩きつけられた影を、散開して回避。

振ってくる雷を、何とかいなしながら再び突撃していく。

 

「すごい!わたしも雷なんとか出来るんだ!?」

「弾いていなすが精一杯だけどネー!」

 

大きく弾けば、明確な隙が出来た。

すかさずハナちゃんが突貫し、クロの目と鼻の先へ。

少し上の方を陣取れてるお陰で、噛みつきも気にしなくていい。

 

「せぇいッ!」

 

鼻先へ思いっきり踵落とし。

怯んだところへわたしも突っ込んで、突風を横薙ぎ。

クロを転倒させる。

そのまま気絶を狙って頭へアームハンマーを叩き込んだ。

クロをうまいこと伸して、今度は二人で障壁に飛び掛かる。

先んじて刃を飛ばす。

阻まれて制止したところを目印にしたと、ハナちゃんも気づいてくれた。

 

「ッぜやあああああああああああああああ!!!!」

「はああああああああああああああああッ!!!!」

 

タイミングを合わせて、一緒にドーン!

散発で敗れないなら、集中ならどうだ!?

杭を打ち込むように二人係で正拳一発。

 

「ッ、これは・・・・?」

 

今まで以上の手ごたえに、『行けるか?行けるな!』と油断しそうになるけれど。

そういう時に限って失敗するので、自分に喝を入れる。

だけど、どうやら一足遅かったようだ。

バチン!と、空気が破裂する音。

気が付けば、大きく吹き飛ばされている。

受け身が間に合わず、地面に強く叩きつけられた、いてぇ。

ド畜生・・・・腐っても神様印ってか・・・・!

 

「・・・・今のは」

 

何だか難しい顔をしているノアを見上げて、口元を拭う。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

『どうして出来ないの!』

 

 

『ぐずぐずすんな、さっさとしろ!』

 

 

『必要なことなんだよ?だってあなたが悪いんだもの』

 

 

『わがままを言わないの!どうして言うことを聞いてくれないの!』

 

 

『反省するまで家に入れないからな!』

 

 

『餓鬼の癖に減らず口を叩くなぁ!!ゴミ屑がぁ!!!』

 

 

『所有物の分際で大人に逆らうなんて、頭がイカレているんじゃないの?』

 

 

『子どもなんていらなかったのに、本当に邪魔だわ』

 

 

『道具の癖して生意気抜かしやがって、うざいんだよ』

 

 

『お前のせいで疑われたじゃねぇか!!クソが!!』

 

 

『この俺を不利に追い込むなんて、とんんだ親不孝者だな!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗くて、寒いところにいる。

空気の全てが針になったように、小さな虫に噛まれているように。

全身がちくちく刺されている。

僕のだけじゃない、みんなの痛みが襲ってくる。

多分、他のみんなも同じなんだろうなと。

理由もないのに、そう感じていた。

そんな僕達をさらに苦しめるのは、あったかい光。

 

『よく頑張ったなぁ、えらいぞ』

 

『上手上手!さっすが香子!』

 

『こっちにおいで、一緒に遊ぼう』

 

『お母さんには内緒ね?』

 

僕達が、全然手に入れられなかったものが。

キラキラと輝いて、体を焼いている。

・・・・欲しかった。

あったかいご飯も、撫でてくれる手も、褒めてくれる笑顔も。

欲しくて欲しくて、たまらなかった。

僕だって、お母さんのご飯を食べたかった。

僕だって、お父さんの大きな手で褒められたかった。

僕だって、友達と遊びたかった。

なのに。

欲しいと願えば願うほど、手を伸ばせば伸ばすほど。

光に焼かれて、痛くなる。

・・・・痛いのは、もう嫌なのに。

苦しいのは、もう嫌なのに。

楽になりたい、静かに寝たい。

なのに、それが許されない。

枯れても枯れても、次々溢れていく涙が。

何度諦めても無視しても尽きない、僕のわがままの様で。

それがひどく、惨めだった。

――――だけど。

だけど、これでいいのかもしれない。

だって、僕がちゃんと出来なかったのがいけないんだから。

ご飯を食べるのも、着替えるのも、お風呂に入るのも。

いつもいつも、ぐずぐずするなって、のろまって怒られていたから

僕がもっといい子なら、お父さんも、お母さんも。

優しいままでいてくれたはずなのに。

僕が、ダメな子だったばっかりに。

だから、これでいいんだ。

悪い子は、怒られなきゃ。

 

「・・・・ッ」

「・・・・!?」

 

思っていたら、急にあったかくなった。

びっくりして見ると、誰かにぎゅっとされている。

耳を澄ますと、泣いてるみたいだった。

・・・・しばらくの間、そのままべそべそしていたけど。

 

「・・・・ゎ、たしは」

 

耳の近くで、声がした。

泣いているせいか、がらがらだ。

 

「わたしは、お父さんにも、お母さんにも、優しくしてもらえて・・・・ッ、だ、から、何を、言っても。あなた達には、届けられないかもしれないけど・・・・!」

 

だけど、と。

何度も何度も声を引きつらせたその子は、ずっと抱きしめてくれていて。

 

「み、んな・・・・みんな、あんな目にあわなくてよかったんだよ・・・・!」

 

自分のためじゃなくて、僕の、僕達のために。

僕が濡れちゃうくらいに、ボロボロ泣いてくれていて。

 

「あんなことで叩かれなくてよかったし、あれくらいのことで怒られなくてもよかった・・・・!・・・・みんなが死ぬ必要なんて、これっぽっちも無かった・・・・!!」

 

・・・・流れ込んでくる、この子の記憶。

 

『お前のねーちゃん人殺し!』

 

『こっちくんな!死ね!』

 

『人殺しがうつるぞ!逃げろーッ!』

 

『やっつけてやる!覚悟しろ!』

 

石を投げられた、教科書を捨てられた、川に突き落とされた。

お父さんがいなくなって、お姉ちゃんもいなくなった。

・・・・だけど。

だけど、立ち上がった。

優しさを持ち続けて、手放さなかった。

記憶が進む、前に進む。

どうしようもできない怖い目にも遭って、それでも足を止めなくて。

 

「・・・・ぁ」

 

そして見えたのは、あの雨の日。

傷だらけで、蹲っていた僕を。

見つけてくれた、あの日。

・・・・ああ、そうか。

この子は知っていたんだ。

傷つけられる怖さも、傷つけてしまう恐ろしさも。

優しさがくれる、温かさも。

確かに、僕達とは違う。

お父さんとお母さんに愛してもらって、お姉ちゃんにかわいがられて、だから。

泣いてる人がいたら、迷わず手を差し出せる。

たくさんもらったから、誰かに手渡すことが出来るんだ。

そんな強さを持った・・・・すごい子だったんだ。

 

「・・・・ここは()なとこだね、やること全部に文句を言ってくる」

 

ふわふわと、いつもブラシしてくれる毛並みを撫でてくれながら。

 

「帰ろう、こんなとこいたら風邪ひいちゃう」

 

よっこいしょと、抱き上げてくれた。

撫でる手は、あったかいままだ。

・・・・いいの?

一緒に帰って、いいの?

 

「もちろん、君はとっくにうちの子だよ」

 

抱きしめて頬ずりされた感覚は。

ずっとずっと欲しかった、家族の温もりそのままで。

 

「・・・・くぅーん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・ッ!?」

 

睨み合って膠着状態になっていた時、それは起こった。

ふいに聞こえた雷鳴と、堅いものが割れる音。

ノアも予想外だったようで、がばっと後ろを振り向いている。

わたしとハナちゃんもそっちを見ると、後ろの棺桶が壊れているのが見えた。

そこからずるりと、香子が倒れ込んでくる。

意識はあるようで、どこか苦しそうに呻いていた。

 

「自力で術式を破った?バカな、精神世界からの脱出はともかく、装置から物理的に出てくるなんて・・・・!?」

「ッぅ雄おおおおおおおおおおお!!!」

 

ノアが何だか驚いてるけど、かまっていられない。

()()()()()()()()()()()()()、さっきの突撃個所へ再び食らいつく。

指を割り込ませて、全力を込める。

肩や腕がぶちぶち悲鳴を上げているけど、気にしない。

・・・・命がどれほど儚いか、分かっているつもりだったから。

だから、助けられる力と立ち位置にいるのなら。

諦めて、なるものかッッッッ!!!!!

 

「ッ、今度はタリスマンが突破されようとして!?ええい、次から次へと!!」

 

歯を剥くノアの目の前で、障壁を思い切り引き裂いてやる。

 

「――――今度こそ」

 

そのまま拳を、握りしめて。

 

「妹を、返してもらうぞッ!!!!」

「・・・・ッまさか、その聖遺物・・・・かみッ」

 

何か言いかけていた横っ面に、思いっきり叩きつけてやった。

装置にバウンドして、あっという間に気絶したノアは。

そのまま地面に倒れ込んでしまう。

・・・・さすがに気になったので脈と呼吸を確認。

よかった、生きてる。

 

「香子ちゃん!」

「・・・・お姉ちゃん?」

「ッ、わたしはこっちだよ。香子、具合はどう?」

「えへへ、ちょっとねむーい・・・・」

 

ハナちゃんに抱えられた香子は、大分弱っているようだったけど。

こっちに笑ってくれるくらいには、余裕がある様だった。

今度こそ、ほっと息をつく。

 

「ノアさんは?」

「頭叩いたから、しばらくは伸びてると思う。何か困ったことが起きても、多少はほっといて大丈夫」

 

いや、そんな事態になっても困るっちゃ困るんだけどね?

・・・・なんて、思ったのがいけなかったみたい。

 

『その困ったことが、今まさに起きたわよ!』

『アルカノイズが止まらない!このままでは、バビロニアの宝物庫が開いてッ・・・・!』

「そんな、ノアさんはもう動けないのに!!」

『それだけではありません!各地で装者と交戦していたブラックドッグ達が、まっすぐ響ちゃん達の下へ!』

 

うっそやん、こんな立て続けに厄介事来るの?

 

「・・・・ッ」

「そんな、クロ君・・・・!」

 

振り向けば、よろよろと立ち上がるクロの姿が。

ブラックドッグ達がこちらに向かってきているというのもあって、警戒を跳ね上げる。

その横で、だるい体を押して立ち上がった香子は。

あろうことか、クロのところへ歩き出した。

 

「香子!?」

「香子ちゃん、ダメだ!危ない!」

 

まさか、まだノアに好き勝手された影響が残っているんだろうか。

まだまだ病み上がりなのに、攻撃してくるかもしれない奴のところへ行かせられない!

・・・・なのに香子は、ゆっくりこちらを振り向いて。

 

「・・・・大丈夫」

 

ひどく、大人びた顔と声だった。

わたし達が呆けた隙に、クロの前にたどり着いてしまう香子。

一方のクロは、黙って見下ろしている。

対して見上げている香子は、そっと両手を差し出して。

 

「・・・・クロ、おいで」

「・・・・クゥー」

 

摺り寄せられた、クロの大きな顔を。

思いっきりハグしたのだった。

・・・・妹の思いがけない成長と、クロの変わりように呆気に取られていると。

遠くの方で、地鳴りの様な音。

見ると、アルカノイズが作った裂け目から、フレイムノイズがあふれ出しているのが見える。

クソッ、あの数捌ききれるか・・・・!?

 

「――――大丈夫だよ、お姉ちゃん」

「香子?」

 

緊張しているところへ、ただただ穏やかに声をかけてくる香子。

接近してきているブラックドッグの群れは、もう見える位置にまで迫っている。

だというのに、クロを撫でる手を止めない香子は。

自信たっぷりに、笑いかけてきて。

 

「――――『みんな』、味方だから」

 

オオーン、と。

クロが遠吠えを一つ。

それに続くように、後ろでいくつも連鎖していく。

――――巨大な群れが立ち止まり、一つの存在に膝をつくその光景は。

彼らにとって、香子がどんな存在になったかを。

ありありと語っていた。




ラストスパートです!


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雷響

前回、ならびに先日の小話へのご反応。
誠にありがとうございます。


い、妹が・・・・。

自力で脱出したと思ったら・・・・。

ワンワン王国の主になっていた件について(白目)

 

「だ、大丈夫!?白目むいてるよー!?」

「っは!!」

 

そーだった!

思わず現実逃避しかけたけど、まだ事件は終わってない!!

わんこ?攻撃してこないならいいや(諦観)

 

「状況は!?フレイムノイズはどうなっているんです!?」

『幸い、まだ裂け目は開ききっていないわ。だけど、このままじゃ時間の問題よ・・・・!』

『現に今も、フレイムノイズが湧き出してきている。速攻で決着をつけないと、不利になるのはこちらだ・・・・!』

 

うーん!相変わらずまずい状況!

翼さん達と合流すべきか、いやそもそも合流できるか。

頭を抱えて悩ませていると。

 

「お、姉ちゃん」

「ッ香子」

「大丈夫!?」

 

まだふらついている香子が、わたしのマフラーをきゅっと握ってくる。

ガングニールって袖とか無いし、そこくらいしか掴みようが無いよね・・・・。

 

「あの、ね。クロが」

「クロ?クロがどうしたの?」

「クロというか、みんなが、任せてって」

「みんな?」

 

えっ、『みんな』?

ばっと香子の後ろを見れば、こちらをじっと見てくる犬の軍勢(ワンオニオンヘタイロイ)・・・・。

いや、なまじでかいのが揃いも揃って目を合わせてくるもんだから。

一種のプレッシャーを感じて、逸らしそうになってしまうけど。

それよりも、なんだか妹を取られた悔しさが勝っていたので、姉のプライドを込めてぐっと見返す。

妹が欲しくば、まずはわたしを倒してもらおうか!?

・・・・ごほん、そんなことより。

 

「任せてって、戦うってこと?」

「多分、そういうことだと思うんだけど・・・・」

 

どこか困った顔をしている香子。

まだまだ子犬のイメージが強いのか、さすがに戸惑っているみたい。

とか言ってる間に、迫って来るノイズの群れ。

アルカにフレイムという嬉しくないチャンポンが押し寄せてくる。

元々裂け目の所で集合するつもりだったので、翼さん達は別ルートで進行中。

・・・・くっそ、やむを得ないか!!!!

 

「わたし!!!」

「見えてる!四の五の言ってる場合じゃないね!!!!」

 

手甲のアンカーを引き上げながら、首だけでクロ達を見やる。

 

「やるっていうなら、しっかり頼んだ!ここを突破されたら、香子だって無事で済まないんだからね!!!!」

「ッガアウ!!」

「バウバウ!!」

「オオオオオオオオオ!!」

 

発破をかければ、やる気十分とばかりに吠えたてるブラックドッグ達。

 

「わふ」

「え?わわわ!」

 

そんな中、ずっと香子の傍に控えていたクロは。

鼻先を器用にひっかけて、香子を背中に乗せる。

一方の香子は、束の間おろおろしていたけど。

視点が高くなったことで見えた、ノイズの群れに。

覚悟を決めたようだった。

 

「クロ!やばくなったら、香子を連れて逃げること!!返事ィ!!」

「オォーン!!」

 

クロが元気よく咆えた時には、もうノイズが到達していた。

香子が乗ってるクロを守る布陣で、ブラックドッグ達が前に。

わたしとハナちゃんが数体片づける間に、雷光と雷鳴が何百と屠っていく。

 

『すごい、この勢いなら・・・・!』

『いや、油断は禁物だ!相手は際限なく出てきてるんだぞ!』

 

耳元の通信に、内心で『そうだそうだ!』と同意しながら目の前の二体を駆除。

まだまだ立ち塞がる群れに、神砂嵐を放った。

その時、

 

「その風、借りるぞ!!」

「翼さん!」

 

やってきた翼さんが、風の上を滑走。

一気に切り込むと、軽く飛び上がって多方面に斬撃。

たまたま高度が低かった飛行型も含めて、文字通り斬り捨ててしまう。

 

「デデデース!まとめて伐採デスよー!!」

「除草のし甲斐がある・・・・!」

 

切歌ちゃんは縦にぎゅるんと、調ちゃんはフィギュア選手みたいに。

それぞれの回転切りが、ノイズを次々片づけていく。

 

「いくぜ!犬っころにゃ当てんなよ!」

「分かってる!全部まとめて、ハチの巣だッッ!!」

 

ダブルクリスちゃんも駆けつけてくれて、器用にブラックドッグの間を縫って狙撃していってる。

すげぇ、こんなドンパチパーティの中を、どうやって当ててるんだ・・・・。

あっ、今ボウガンの矢がカーブした!

ヒューッ!!

 

「キョウちゃん!」

「無事でよかった!」

「未来ちゃん!マリアさん!」

「ふふ、私は並行世界の人間よ。マルタと呼んで頂戴」

「は、はい!」

 

香子のとこに、未来とマルタさんも駆けつけてくれた。

これであっちは気にしなくてよさそう。

 

「おっと!」

 

身体を捻って、ノイズを回避。

すれ違いざまに切り付けて両断、続けてきた奴も蹴りで吹っ飛ばす。

さらにひっつかんでぽーい!と投げると、クリスちゃんズの弾幕で溶けてしまった。

・・・・並行世界含め、装者が勢ぞろいした上。

ブラックドッグという思わぬ援軍もいてくれてるこの状況だけど。

やっぱり無限に湧き出てくるノイズを、中々打ち払えない。

くっそ、このままじゃ、本当に裂け目が開ききっちゃうぞ・・・・!

 

「こうなったら、S2CAで・・・・!」

「早まるな!未だ出現点から離れている以上、消耗の激しい技は却下だ!!」

「けど、このままじゃジリ貧だぞ!なんかでかいのぶっ放さねぇと、不利になるのはこっちだ!!」

 

ハナちゃんの提案を、翼さんとクリスちゃんが却下するのを聞きながらサマーソルト。

 

「じゃ、じゃあクリスちゃん!スカイタワーの時のあれは!?」

「出来るっちゃ出来る!だが、はっきり言って焼け石に水でしかないぞぉ!!」

「そんな・・・・!」

 

ユキちゃんの奥の手の一つも、さすがに太刀打ちできないらしい。

そもそもチャージに時間がかかるだろうし、それまでに裂け目が開ききったら目も当てられない。

とはいえ、打開策がないのも事実。

どうする・・・・どうする・・・・!?

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「うううううう・・・・!」

 

響達と違って、何も防御手段がない香子は。

押し殺せない恐怖に震えながらも、必死にクロの背中にしがみついていた。

毛並みから見える、色とりどりのノイズの群れ。

その中で暴れている姉達の姿も良く見える。

ノイズはまだまだあふれ出てきていて、一向に減る気配がない。

 

「・・・・ッ」

 

風に舞う赤と黒の粉、断続的に響く怒号、敵味方から発せられる熱気。

こんなところで、戦い続けてきたのかと。

幼いながらに戦慄を禁じ得ない。

ごう、と聞こえたのは、咆哮か爆風か。

時折顔をうずめてしまう香子には、判断が出来なかった。

 

「数が、多い・・・・!」

 

終わりの見えない攻防に、音を上げ始めたのは誰だったか。

気付けば、響達との距離も近くなっているように思う。

押されているんだと、直観した。

 

(どうしよう、どうしよう、どうしよう・・・・!)

 

考えても考えても、打開策なんて欠片も思いつかない。

何もできない事実に、胸が痛い位に締め付けられる。

・・・・改めて、自分が如何に無力かを痛感した。

これなら、姉に遠ざけられても仕方がないと。

ぼろぼろ涙を零した。

その時だった。

 

「・・・・うぉふっ」

「――――えッ?」

 

大きく傾く視界。

落ちたというか、落とされたと気づくのに時間はかからない。

運よくマルタに受け止めてもらえたが、困惑を隠しきれなかった。

 

「く、クロ?どうし――――」

 

漠然と伸ばした右手に、大口が迫って。

――――不思議と、痛みはなかった。

代わりに、何か、バチバチと帯電するものが咥えられていて。

すぐに、噛み砕かれてしまう。

『切れた』と、確信めいた直観が告げた。

ただ、今まで漠然と感じていた繋がりが、文字通り感じられなくなった。

 

「・・・・何をするつもり?」

 

呆然と右手を見つめる香子に代わって、マルタが問いかける。

視線が鋭いのは、『もしも』に備えての事。

 

「くぅん」

「クロ?」

 

しかし、そんな心配事を他所に、クロは香子に顔を寄せる。

恐る恐る撫でてくれる手への、甘える声。

・・・・まるで、別れを惜しんでいるかのようだった。

やがて、後ろ髪を引かれながら、足早に離れていく。

 

「あ、クロ!待って!どこに行くの!?」

 

引き留める声を振り払うように、駆け出す足。

叫んだ香子に気付いた面々が、そちらを振り向いた時には。

既に駆け抜けた背中が見えていて。

 

「オオオオオオーン!」

 

遠吠え一つ。

続けざま、応える声が響き渡ると同時に。

各地で応戦していたブラックドッグが、次々迅雷と化して飛び立っていく。

その跡地は、余波で吹き飛んだノイズの残骸で散らかっていた。

 

「グルルル・・・・ガファ・・・・カフ・・・・!」

 

飛び立ってきた同胞たちを吸収し、体内に溜まっていく膨大なエネルギー。

その代償が、負担が、意識を抉り取っていく。

明滅する視界で、それでも尚、己と目標を見失わず走り続けられたのは。

後ろに、大好きな人がいるから。

更に加速する。

光速で流れていく風景は、もはや自分がどこにいるのかすら分からない。

だのに、目標である裂け目は、はっきりと見えている。

――――走れ、走れ、走れ。

危険に晒したのだから、迷惑をかけてしまったのだから。

何より、帰る場所をくれたのだから!!

未だに思い出せるとも、肌寒い中抱き上げてくれた温もりを。

怪我を労わってくれた手を、向けてくれた笑顔を。

欲しくても手に入らなかった、願っても叶わなかった。

だからこそ、それがどれほど尊いか、如何に守るべきなのか。

痛いほどに、分かっている!!!!

 

「―――――――――」

 

――――その、『声』(おと)が。

咆哮だったのか、雷鳴だったのか。

固唾を吞む面々には、判断がつかなかった。

ただ一つ言える、確かなことは。

この先の人生で、二度と聞かないだろう雷声が。

裂け目も、それを開こうとしたアルカノイズをも。

一瞬のうちに消し飛ばしたことだけだった。




次回、最終回。
閑話をちょこちょこ上げたあとは、ついに・・・・!


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二つの結末

普通の人間にとっては大分昔、寿命を超越した錬金術師にとってはつい最近のこと。

幼い自分には、友人がいた。

同世代に比べても頭の悪い子だったが、彼女から湧き上がる疑問は目を見張るものばかり。

 

『どうしてお月さまはついてくるの?』

『どうして食べ物は茶色くなって出てくるの?』

 

どう答えるか、どう説明するか。

考えながらの会話が、とても楽しかったのを覚えている。

だけど、ずっと続いてほしかった世界は、無情な終わりを告げてしまった。

きっかけは些細な事、頭の悪さをバカにした悪ガキたちが、友人を執拗に追い回して川に落とした挙句。

持っていたデッキブラシやモップで、何度も水面に押し込んだらしい。

浮かんでこなくなったところで、やっとしでかしたことを理解したバカ共。

大わらわで呼ばれた大人達が引き上げた頃には、もう手遅れだったそうだ。

・・・・奴らのやったことは、言うまでもなく『人殺し』。

直ちに縛り首にするべき大罪だったが、大人達は『子供のやることだから』と強く戒めるだけにとどめてしまった。

自分自身、両親に『悪いことはしないように、必ず自分に返ってくる』と言い聞かせられて育ったので。

奴らにはとんでもない悪いことが起こるんだと、何とか我慢出来た。

――――しかし。

ハイスクールへ通う頃にはすっかり忘れてしまった奴らは、また手ごろなターゲットを見つけていじめだした。

人の命を無惨に奪い去ったのに、あれだけ大人達に怒号と大目玉を浴びせられたのに。

また、同じことを、過ちを繰り返し始めた。

それを知った途端、『怒り』では表し足りぬ感情が湧きあがったのを覚えている。

奴らの腐り切った思考回路もそうだったが、何より神への憤りが収まらなかった。

いつまで奴らをのさばらせる?いつまで奴らを見逃し続ける?

あんな、人を殺したことをあっさり忘れるような連中を、許すとでも言うのなら。

だったら、何故。

友人の『たすけて』という声に、応えてくださらなかった!?

・・・・認めるか、認めてなるものか。

あの子の命が、ただ玩具になるためだけに産まれたことなど。

認めてなるものか!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、運が良いやら悪いやら」

 

避難指示により人のいない街を、ノアはふらつきながら歩いていた。

響の一撃で昏倒していた彼女だが、幸か不幸か、ノイズの襲来で回収が滞った隙をついて逃げ出せたのである。

 

「それにしても・・・・」

 

考えるのは、今回の顛末の事。

結局目的だった天罰は下らなかったわけだし、今度もまた失敗に終わったようだ。

 

「まあ、取られちゃった実験体ほどの手ごたえも感じなかったし・・・・仕方がないか」

 

つい最近、まんまと持っていかれてしまった実験体。

確か『執行者団』なんて名乗って騒ぎを起こしたようだったが、結局彼らが『駆除』されただけで終わってしまった。

 

「やっぱり私自身が指揮を執るくらいじゃないと、主も反応してくれないんだろうなぁ」

 

ため息一つ。

一緒に止めてしまった足を、また動かし始める。

 

「それにしても」

 

次に考えるのは、防壁が打ち破られた時のこと。

あの時、『火事場の馬鹿力』などで済まされないことが確かに起きていた。

発生装置としてタリスマンを利用していたこと、それに対抗する条件。

――――ワイヤーが悲鳴を上げる。

 

 

「・・・・まさか、あれが?」

 

いや、あり得なくはないと口にする。

シンフォギアに使われる聖遺物ともなれば、その製造がとびっきりの昔であることは言うまでもないだろう。

それこそ、『世界一有名な奇跡』が『最近』に分類されるであろうことも。

 

「鶏が先か卵が先か・・・・ふふふ、どちらにせよ、面白いものが見れた」

 

――――今回の騒ぎが始まった大わらわで、やむを得ずぞんざいに扱われた部分が千切れていく。

 

「とはいえ、今回ばかりは私の抜かりが大きい。今後は『あれ』が本物だと仮定した作戦を練るべきだな」

 

小躍りしそうなステップで歩いていた、その時。

――――甲高い音がした。

弾かれたように見上げれば、降り注ぐ無数の鉄骨。

がらんがらんと、まるで鐘楼のような音が。

脳を揺さぶるように響き渡った。

意識が、飛ぶ。

 

「――――は」

 

暗い世界からは、意外と一瞬で戻ってこれた。

だが、体に強烈な違和感。

何だ、何が起こったと、視線を巡らせる最中。

喉の奥からこみあげたものが、地面を真っ赤に濡らした。

――――嗚呼、と。

納得しながら、振り向けば。

背中の中央から、鉄骨に貫かれているのが見えた。

・・・・現代医療はもちろん、錬金術で以てしても手遅れだろう。

いや、仮に助かったとしても、彼女はそれを拒んだに違いない。

 

(・・・・ああ、よかった)

 

何故なら、これこそ求めて止まなかったものだから。

文句はない、異論もない。

そうするべく、そしてそうなるべく行動を取ってきたのだから。

 

「が、ぼ・・・・」

 

自らの血だまりに崩れ落ちる。

容体とは裏腹に、歓喜に満ちていた胸中だが。

しかし、次第に陰っていく。

そうだ、悪人をきちんと裁いてくれるのなら。

この世から排除し、只人に平穏をもたらしてくれるのなら。

 

(どうして、パティ・・・・)

 

走馬灯の、親友の笑顔を最期に。

ぶつりと、暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フレイムノイズやブラックドッグを中心とした騒ぎ、『影狼事件』は。

並行世界のみんなの協力もあって無事解決。

世間様には、『S.O.N.G.のみんなが大活躍やったで!』ということで押し通すみたい。

並行世界のアレコレも、元々ひた隠しにしていたのが功を奏して。

上手くごまかせそうだという話だ。

 

・・・・主犯であるノアは、あの後遺体で発見された。

ビルの建設現場の真下で、鉄骨に貫かれていたらしい。

後日行われた、建設会社への聴取によれば。

初めてフレイムノイズが観測された日、現場の作業員はだいぶ大慌てして、諸々の後片付けがおろそかになってしまっていたそうだ。

その後避難勧告が出て近づけない状態だったから、直そうにも直せず。

結果として・・・・ということだった。

ちなみにその作業員たち、お偉いさんから、『安全対策を怠ったのはよくないことだ』『二度と起こすな』と強く戒められた上で。

『今回ばかりはしょうがないから見逃してあげる』と言われたとか、何とか。

まあ、相手が悪いとしか言い様が無いしね・・・・。

 

・・・・もう一つあったか。

あの日、自爆特攻をしかけたクロ。

お陰でアルカノイズと、開きそうになっていた裂け目が元に戻ったんだけど。

代償が何もないわけじゃなくて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――と、言うことで。しばらくの間、皆さんの言動を監視させていただくことになります」

 

事件の終息から、一週間。

響と祖母を除いた立花一家は、応接室で了子に説明を受けていた。

両親に間に座る香子の顔は、ずっと陰ったまま。

・・・・事件終了直後に比べれば、随分マシな顔色だった。

 

「まあ、監視と言いますが、我々の活動内容やシンフォギア装者の正体について言いふらさなければそれで構いませんので」

 

『監視も、どちらかと言うと警護の側面がある』、と付け加えて。

話をひと段落させた。

 

「ここまでで、何かご質問等はございますか?」

「えっと、俺はこれで・・・・母さんは?」

「私も、大丈夫です。ありがとうございます」

 

互いを見あって頷く立花夫妻。

その間で、香子も首を揺らして了解を伝える。

 

「ふふ、こちらこそ、ご理解の程ありがとうございます」

 

対する了子も笑って受け止めたが、ふと、悩ましげに眉をひそめて。

 

「それで早速で恐縮なのですが、皆さん・・・・正確には、香子ちゃんにお願いがありまして」

「お願い?」

「わたしに、ですか?」

 

首を傾げる香子へ、微笑まし気に目を細める了子。

すると、ちょうどよいタイミングでドアがノックされて。

 

「失礼する」

「ああ、いいタイミングよ。レイア」

「それは派手に僥倖」

 

入ってきたレイアの手には、バスケットが抱えられていた。

念を入れるように腕時計を見て、時刻を確認した了子は。

こっくり頷く。

 

「実は、クロ君が突撃した裂け目の跡地で、新たな生体型聖遺物が確認されまして。調査の結果、ブラックドッグの進化体であることが判明しました」

「それって・・・・」

 

テーブルに置かれたバスケットから、目が離せない。

釘付けになっている香子の目の前で、封が開けられて。

 

「我々が、便宜上『フェンリル』と名付けたこれは、幸い、危険性が確認されなかったので。護衛も兼ねて、飼育経験のある香子ちゃんに預けたいのですが・・・・どうかしら?」

 

恐る恐る出てきた、ちょっと恥ずかしそうな、申し訳なさそうな顔が。

何だかおかしくって。

涙と一緒に、我慢できなかった笑顔がこぼれる。

 

「はい、やります!引き受けます!」

 

その小さな体を、めいいっぱい抱きしめた。




並行世界編、これにて閉幕です。
あまりギャラルホルン要素を取り込めなかった気がしますが、書きたいものは書けたので(白目)
この後はいつもの如く、小話をちょこちょこ上げます。



オリキャラ紹介
ノア
実は錬金術師としてはだいぶ若い人、キャロルちゃんより年下。
元は信心深い錬金術師の家系で、幼い頃から様々な知識を吸収。
一時は神童と呼ばれたこともある。
だが、友達をいじめ殺されたショックで、いろんなものをこじらせた。
過去にとらわれ、時間が幼女で止まっていることは、本人も自覚していない。
いじめっ子には、それはそれはむごい仕打ちをしたとか、何とか・・・・。


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閑話:小ネタ11

日頃のご愛顧、誠にありがとうございます。
ご感想も目を通しております。

びっくりするくらい筆が進んだ小ネタ達です。


前回のあとがきに、ノアさんの設定をこっそり追加しました。


『甚大な被害』

 

「へえ、こっちの翼さんも海外デビューしてるんですね!」

「ああ、そちらと違って公になっているが、だからこそ、私やマリアが目立つことで、他の装者を庇い立てすることに役立っている」

 

並行世界同士、差異を調べるための情報交換の中。

翼の海外デビューについての話になっていた。

フウの方もイギリスで世界に羽ばたき始めたそうで、ハナは自分の事の様に活き活きと話している。

 

「執行者事変の際に、潰えていてもおかしくなかったのだが・・・・後押ししてくれた現地のファンには感謝する他ない」

「へぇー」

 

翼が感慨深く息をつき、物思いにふけた時だった。

 

「イギリスと言えばねー?」

 

ここぞとばかりに、響がにゅっと現れた。

 

「その昔、おやつの定番と言えばちょうちょだったんだよー?」

「えっ?」

「・・・・立花、それはさすがに」

 

そして飛び出たとんでもない言葉に、ハナの目が点になる。

一方の翼は『またか』と額を押さえて、響を嗜めようとして。

 

「あら、よく知っているわね」

「えっ?」

 

了子のまさかの援護に、今度は翼がきょとんとなる番だった。

 

「素揚げにしてたんですよね?」

「ええ、胴はカリカリ、羽はパリパリで、意外とおいしかったのよー?」

「人気だった味付けは?」

「もちろん、バター!」

 

翼の珍しい表情に、ハナが呆気に取られている間。

とんとん拍子に進んでいく会話。

了子が長生きらしく物知りであることも災い(?)して、聞き耳を立てていた面々も『まさか』と信じ始めている。

 

「そういうわけで、『バターで食べるフライ』、『バターでフライ』、『バタフライ』ってなって、そこから、ちょうちょの英名である『バタフライ』が出来たんだよ」

「ちなみにそれまでは、花と花を飛び交う様から『スプリング』と呼ばれていたの。元々春の象徴でもあったから、『バタフライ』の単語が出てからは自然と春を意味する言葉に変わったわね」

 

そんなある種の緊張が漂う中で、二人は話を絞めたのだった。

束の間、沈黙が下りる。

話を聞いていた一人、クリスが。

真偽を確かめようと口を開きかけて、

 

「へぇーっ、そうなんだ!」

「知らなかったデス!」

「うんうん」

「まだまだボクの知らないことが、たっくさんあるんですね!」

 

それを遮るように、ハナ、切歌、調、そしてエルフナインが目を輝かせた。

口々に賞賛を告げ、無邪気にはしゃぐ面々。

彼女達を前にした響と了子は、ニコニコと笑顔を保っていたものの。

やがて、どこか哀愁を漂わせて、

 

「みんな、そのままでいてね・・・・」

 

どこか切実な声で、響がハナの肩を叩けば。

了子は神妙な顔をして、うんうんと頷いている。

 

「っふっざけんな!!やっぱり嘘じゃねーか!あと了子は組むの禁止ィ!!被害が拡大してんぞ!!!!」

 

滅多に見られなかった了子(フィーネ)のお茶目に、ユキがぎょっとしている横で。

クリスは果敢に突っ込みを入れたのだった。

 

 

 

 

 

 

『どーっちだ?』

 

「未来未来ー!」

「うん?」

 

S.O.N.G.本部。

廊下に響いた元気な声に、未来が振り返ると。

二人の響がニコニコしながら駆け寄ってきて。

 

「「どーっちだ!?」」

 

と、楽しそうに手を広げた。

 

「ああ、ふふふっ」

 

響達を微笑ましく見た未来は、二人をじぃっと観察する。

一見、右が並行世界で、左がこちらの響に見えるが。

 

「んー、こっちがわたしの響で、こっちがハナちゃん」

 

未来は、逆を指さして自信満々に答えた。

すると左にいた響、もといハナの顔が、一瞬でぎょっとする。

 

「すごい、なんでわかったの!?」

「ふふふ、ずっと一緒だったもの」

「うーん、さっすが未来だぁ」

 

『ね?』と目を合わせてくる未来に、響は少し照れくさそうに頬をかいた。

 

「そんな感じの服もなんだか新鮮」

「あはは、やっぱり似合ってないかな」

「まさか、すごくかわいいよ」

「そりゃあ、わたしだからね!」

 

不意打ちの誉め言葉に、虚を突かれた響の肩を。

ハナが満面の笑みで抱き寄せる。

普段は見られない響の表情に、未来はまた笑みをこぼしたのだった。

 

「・・・・すっげーナチュラルに、『わたしの』っつったぞ」

「ああ、言ったな・・・・うん?」

 

遠い目をするユキとフウ。

ふと、視線を感じて振り向くと。

クリスに切歌、それから調が、コーヒー片手に手招きしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『許可証』

 

 

事件から一週間と少しが経った本部にて。

わたしと香子は、了子さんに呼び出されていた。

 

「と、いうわけで。二人、んー、三人でもいいわね」

 

事件のてんやわんやで遅れていた、了子さんお手製の拘束具が。

今日になってやっと完成したのだ。

わたし達の右手首には、同じデザインのブレスレットが揺れている。

クロには首輪だ。

使われている素材が素材だけに、どこか煩わしそうに首元をかいていた。

気持ちは分からんでもないけど、やめといた方が良いと思うなぁ・・・。

 

 

「これからはそれを付けてもらうことになります」

「これで、クロと一緒にいられるんですよね?」

「そうなるわね」

 

説明に曰く。

何だか強化されて帰ってきたクロだったけど、『雷切』で抑え込める分の雷属性を帯びていたとか何とかで。

当初の予定通り、翼さん協力の元で作ったんだそうな。

ちょっとちちんぷいと念じれば、『おしおき』が可能だって。

なるほど、犬〇叉における『おすわり』みたいなもんか・・・・。

 

「もちろん、飼い主である香子ちゃんが責任を以って叱ってくれるのなら、それがいいんだけど。あなたはまだまだ子どもだから」

「そのくらいは、ちゃんと分かってます。わたしも、お姉ちゃんが一緒の方が安心するから」

 

そういって、こっちをはにかみながら見上げてくる香子。

かわいいやつめと頭を撫でまわせば、きゃーっと歓声を上げていた。

クロもつられてハイテンションになってる。

尻尾大丈夫?千切れない?

 

「まあ、クロ君が危ない子にならないように、躾は今後もしっかりしておくように」

「えへへ、でもクロはいい子だもんねー」

「わん!」

 

香子の腕に抱えられたクロが、自信満々に返事した。

うーん、かわいい(確信)

 

 

 

 

 

 

 

『もっふもふやぞ』

 

「・・・・なんだこれ」

 

ある日のS.O.N.G.、休憩スペース。

響とクリスが飲み物を求めて来てみれば、妙な光景が広がっていた。

まず目についたのは、大きな毛玉。

よくよく見ると、クロの戦闘形態だったが。

別に勇んでいる様子は見られない。

むしろ、何だか困っているように見える。

その原因は、考えなくても分かった。

マリアだ。

わざわざ靴を脱いで床の上に正座するという、行儀がいいんだか悪いんだか分からない状態で。

クロのやわらかい毛並みに、顔から倒れ込むようにして埋もれていた。

 

「すぅー・・・・はぁー・・・・」

 

・・・・『猫吸い』の、犬バージョンだろうか。

離れていても呼吸音がはっきり聞こえている辺り、相当夢中になっているようだった。

 

「あ、お姉ちゃん、クリスちゃんもこんにちは」

「おう、元気そうだな」

「えへへ」

 

ぽかんとしているところへ、飼い主である香子が話しかけてきた。

 

「それで、何?これ?」

 

他に聞き方が分からなかったので、ストレートに聞いてみれば。

なんでも、偶然マリアと鉢合わせた香子が、世間話に花を咲かせていると。

クロの毛並みについての話題になったそうな。

毎日のブラッシングを以って、如何にもふもふを保つかを熱弁した結果。

こうなってしまった、と。

 

「さっきまでいた了子先生から、ちゃんと許可もらってるよ」

「うーん、そこまでしてるならいいかな」

「やっぱり、びっくりさせちゃった?」

 

やはり、クロを戦闘形態で置いておくことを気にしていたのか。

おずおずと見上げてくる香子。

響は、一つ唸って。

 

「そうだねぇ、急に弓が張り詰めてるサイズが現れた訳だし」

「いや、どんなサイズだよ。初めて聞いた表現だぞ」

「もののーけーふふんふふーん♪」

「あー・・・・」

 

響とクリスの、テンポの良い会話がひと段落したところで。

マリアがやっとこちらに気付いた。

 

「あら、あなた達いたの?」

「随分お楽しみのようですね」

「そうなのよー、癖になりそう・・・・」

 

普段の引き締まった表情が欠片も見当たらない、いっそだらしない顔で。

クロの横腹の毛をもふもふしていた。

 

「・・・・ちょっとだけ、お邪魔しようかな」

「あたしも」

 

あまりに幸せそうな様に感化された二人は、そろそろ近づいて毛並みに触れて。

――――七名いるシンフォギア装者の、半数近くが脱落した瞬間だった。

 

「アニマルセラピーって、こんな感じなんだな」

「これは無理、反則」

「はあぁ、もふもふもふもふもふもふ・・・・」




了子さんと組んででたらめを言うシーンが、一番書きたかったところです。テッテレテッテレテテテテテ


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閑話:小ネタ12

先日は、二次創作日間ランキングにお邪魔させていただきました。
日頃のご愛顧、誠にありがとうございます。


『おいでませ並行世界』

 

「よっと、ああ、本部に直通してんだ」

「これは便利」

「うちのもこうだったらいいデスねぇ」

 

並行世界のS.O.N.G.本部、ギャラルホルンの安置室。

開いたゲートから現れたのは、響、調、切歌の三人だ。

先の事件で存在が確認された並行世界。

こちらのシンフォギアが協力的なのを幸いと受け取ったS.O.N.G.は。

連携を深めることを目的に、その調査を決定したのだった。

 

「ひとまず、司令さんのとこに行こうか?」

「アポなしだし、まずはそうするべきですね」

「それじゃあ、出発デース!」

 

一つ二つ会話して、行動を決めた三人。

特に調と切歌の二人は、並行世界の自分に会えやしないかと胸を躍らせながら。

まずはこちらの弦十郎をさがすことした。

 

 

 

 

 

 

 

 

『近況報告』

 

「というわけで、お邪魔してまーす」

「うん、いらっしゃーい!」

 

のほほんと手を上げて挨拶する響に、元気に返事する(ハナ)

 

「こっちはうちとあんまり変わんないんだね」

「うん、了子さんとレイアさんがいない以外は、だいたい同じだよ」

 

諸々の挨拶をすませた現在は、食堂で一緒に食事をしている次第。

ちなみにメニューはどちらも『サバ竜田定食』、野菜あんかけが食感にアクセントを加える一品だ。

 

「ってことは、エンジニアはエルフナインちゃん一人か、大変だなぁ」

「うん、楽しんでお仕事してるみたいだけど、やりすぎないか心配でね」

「出来るならいろんなとこに連れていきたいよね。ウニバーサスとか、dedeニーランドとか」

「どんな反応してくれるんだろうねぇ」

 

それぞれの脳裏に浮かぶ、それぞれのエルフナインの反応。

どちらも期待通りにリアクションしてくれるだろうと、顔をほころばせる。

 

「エルフナインちゃんと言えば、そっちはLiNKERの研究はどうなってるの?」

「LiNKERの在庫自体は大分カツカツだけど、データチップの解析が間に合えばどうにかなるかなって」

「それって・・・・」

「うん、ウェル博士。そっちのは結構な困ったさんだったって?」

「あはは、うん」

 

当時を思い出したのか、困った顔になる(ハナ)

あまり長引かせない方がいいだろうなと判断して、話題を変えることにした。

 

「んでも、こっちは了子さんがいる分難しくなってるかも」

「そうなの?」

「うん、たまに発狂して暴れてるから、鎮めるのが大変で」

「あわわ・・・・」

 

なお、響が技術班に配属されている理由は。

八割がたそれが目的だったりする。

 

「この前なんかブリッジで動き回ってて、ある意味ホラーだったよ・・・・」

「ひえ、了子さんも大変だぁ・・・・」

 

遠い目で明後日を見る響に、(ハナ)は普段の苦労を偲んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『荒めのファーストコンタクト』

 

「よっと!へぇ、ここが最近見つかったって世界か」

「こっちや、マリア姉さんのところと、あんまり変わらないみたいですね」

「あたしんとこともそんなに変わってねえなぁ」

 

響が留守にしている頃、ギャラルホルンのゲート。

そこから現れたのは、燃えるような髪の少女と、どこか儚げな少女。

二人の年はだいぶ離れている様だ。

ゲートを通るために纏っていたシンフォギアを解除して、目的地へ。

S.O.N.G.本部へと歩き出す。

 

 

 

並行世界について調査をしたがっているのは、このS.O.N.G.だけではなかった。

元から(メタ的にいうなら)『原作世界』とかかわりのあった、また別の並行世界の少女達。

天羽奏(あもうかなで)』と、『セレナ・カデンツァヴナ・イヴ』の二人もまた。

それぞれの所属している組織から、新たに発見された並行世界の調査を指示されたのだった。

 

 

 

始めこそ死んだはずの二人の出現に驚いた弦十郎たちだったが、そんな事情を聞いて何とか落ち着いた。

調査のための滞在を許可することで、二人を歓迎する。

残念ながら、装者のほとんどが出払っていたが。

マリアが響の妹とシミュレーターにいるので、行ってみると良いと話す。

 

「へぇ、こっちの響にゃ妹がいるんだ」

「ああ、ちょうどセレナ君と一つ違いだから、仲良くなれるかもな」

 

姉のことはもちろん、まだ見ぬ同い年に胸を躍らせるセレナを、奏は微笑まし気に見ながら。

教えてもらったら同じだったシミュレーターへ向かう。

 

「お、ここだな」

 

入ってみれば、現在使用中の様で。

扉一つ隔てた向こうが、密林になっている。

 

「もうやってるみたいですね」

 

『戦える子なのかな』と、セレナが零したその時だ。

茂みをかき分ける音が聞こえた。

揃って気付いた二人が目を凝らすと、飛び出してくる人影。

身長を始めとした見てくれから、彼女が弦十郎の言っていた『響の妹』だろう。

何故か後ろを確認している彼女の様子は、尋常ではない。

何事だろうかと首を傾げ始めたところで、現れたのは。

 

「見つけたッ!!」

「ぅわ!見つかった!!」

 

ギアを纏った、マリアだ。

ぎょっとした響の妹は、木々でマリアの視界を遮ろうと試みていたが。

隠れた全てが瞬く間に伐採されて叶わない。

 

「そんな無茶苦茶な、うっわ!」

「観念なさいッッ!!!!」

 

木の根に躓き、バランスを崩したところへ。

握られた短剣がぎらついて。

 

「何やってんだ!!!!」

「――――ッ!?」

 

怒声と共に飛び込む、撃槍。

その後ろで一度構えたセレナが、響の妹に駆け寄る。

 

「大丈夫?」

 

そう、微笑みながら触れようとして。

瞬間、鳴り響くブザー。

虚を突かれた二人が、ばっと見上げると。

タイマーが赤く点滅している。

 

「え、えっと・・・・」

 

そんな中、響の妹改め香子は。

何も呑み込めていない様子で、面々を見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お手軽最強護身術』

 

「お騒がせしました」

「いや、こっちこそ割り込んで悪かった」

 

変わらずシミュレータールーム。

ホログラムを引っ込めた隅で、水分補給するマリアと香子に頭を下げる奏。

セレナも、その横で申し訳なさそうにしている。

弦十郎と同じく、始めこそ驚いていた二人だったが。

並行世界云々の事情を話せばあっさり納得した。

心なしか、マリアがセレナを見る目が温かい。

 

「しっかし、熱心だな。お前さん別に装者ってわけでもないだろう?」

「はい、弦十郎さんも、『さすがに小学生は戦わせられない』って」

「翼だけだった頃ならいざ知らず、今は私含めて装者はそろっているから。無理に出撃させる道理はないし、あってはいけないわ」

「じゃあ、どうして・・・・?」

 

こてん、と首を傾げたセレナに、香子が少し困った顔をして話す所によれば。

姉の響が装者なこともあり、元から狙われる可能性があった香子。

人質にされてしまうのはもちろんのこと。

シンフォギア装者の身内を根拠とした、フォニックゲインを期待される実験に晒される危険性もある他。

現在はそこに、『ブラックドッグ』改め『フェンリル』を調伏した実績もある。

どこもかしこも、のどから手が出るほど欲しがっているのは言うまでもないことだった。

 

「それで、了子先生が『鬼ごっこ』で鍛えようって」

「クロの検査で、週一でこちらに通うから、その時に手が空いてる者で指導することになったのよ」

 

普段装者がやっているような、やや(という名のだいぶ)ハードな訓練は。

香子の様な、これから成長期を迎える年代の子供に受けさせられない。

身体にかかる負荷はもちろんのこと、鍛えた筋肉も成長を阻害してしまうからだ。

しかし、だからと言って対抗手段がないのでは、最悪の事態を招きかねない。

そこで、『太古の昔からあらゆる生物が選んでいる、一番実績のある手段』として。

逃げて生き延びる練習、『鬼ごっこ』が採用されたのだった。

先ほどのブザーは、『装者が一定の範囲内に入る』という香子の敗北条件で鳴ったものらしい。

 

「なるほどなぁ」

「でも、いつもあんな感じって大変じゃないですか?」

「いや、今日はちょっと特別っていうか・・・・」

 

未だ尽きぬ疑問をセレナがぶつけると、香子はまた苦笑いを浮かべた。

 

「最終段階が、『ギアを纏ったみんなに、手加減なしで追いかけられる』ってやつなんだけど。どんなものかなって、今のうちに試しておこうと思って」

「目標が見えれば意欲も増すかと判断して、わたしも了承したのよ」

 

『もちろん、風鳴司令には許可を得ている』と、マリアが話を絞めたのだった。

 

「普段は普通に鬼ごっこしてるよ。足跡消したり、反対方向に逃げたって勘違いさせたり!結構本格的!」

「ふふふ、そうなんだ」

「結構楽しんでんだな」

「さっきも言ったけれど、戦わせるつもりはないから。楽しいくらいでちょうどいいのよ」

 

きゃっきゃうふふなんて盛り上がる『妹』達に、にこにこと見守る『お姉さん』達。

見る人が見れば、『天国』と称するであろう光景があった。




※なお、姉を始めとして様々な面々から英才教育を施される模様。>香子ちゃん


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閑話:夢の対決

ツイッターでのご反応や、支援イラストにも元気をもらっています。
活きのいいご新規さんを見つけた時なんか、笑みが止められなくて・・・・←


『一度は気になる』

 

「どっちの響が強いの?」

 

それは、何でもなかったはずのひと時の、何でもなかったはずの一言だった。

並行世界に出張調査している響達。

髪が短く、装者でもない未来に出会えて、コーヒー片手に談笑している最中。

未来がぽつりとそんなことを零したのだ。

 

「さあ?どっちだろうね?」

「気にしたことなかったなぁ」

「あ、でも頼もしいのは間違いない」

「そっちこそ!影狼事件だったよね?すごかったよ!」

 

割とデリケートな(めんどくさい)話だが、当の本人たちはのほほんとした反応。

未来も話題を間違えたかと内心身構えていたので、何とか穏便に終わりそうだとほっとしていたが。

 

「・・・・敵の意表を突くトリッキーさなら、うちの響さん」

「デスね、よっぽどのことがなけりゃ、基本思い切りもいいデスから」

 

ぼそりと、調と切歌が呟いてしまった。

当然、むっとなるのは現地のきりしらコンビである。

 

「お、思い切りの良さならうちの響さんだって!」

「誰とでも分かり合おうとする姿勢、とってもいいと思うデス!」

 

勢いよく立ち上がって、食い気味に身を乗り出す現地の調と切歌。

仲間自慢なら負けないと言ったところか。

 

「でもでも、大抵の錬金術士は話を聞いてくれないデス!みんな大なり小なり動機と信念があって事件を起こしてるわけデスから!」

「向こうも譲ってくれないなら、こっちだって実力行使するべき」

「だからって、力ずくばかりじゃ解決しないでしょ!」

「拳出すんじゃなくて、手を伸ばさなきゃ。聞いてもらえる話も聞いてもらえないデスよ!」

 

段々ヒートアップしていく四人。

おろおろする(ハナ)と現地の未来を見て、クールダウンさせるべきだと判断した響。

『まあまあ』とたしなめようとしたところで。

 

「「こうなったらッ!!!」」

「「響さんッ!!!」」

 

ごう、と。

熱気が向けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『装者組手』

 

「どうしてこうなっちゃったんだろう・・・・」

「まー、あの子ら大分ヒートアップしてたみたいだし、これくらいやらないと落ち着いてくれないでしょ」

 

訓練室。

響と(ハナ)が向かい合っている。

二人ともギアを纏っており、準備は万端だ。

 

「響さん!頑張ってください!」

「思い切り市中引き回しデスよ!」

 

それぞれの世界の調と切歌にエールを送られながら、すっかりお熱になっている彼女達に苦笑い。

 

「とはいえ、これもまた修行!お相手お願いします!!」

「あはは・・・・お手柔らかに」

 

それぞれ拳を握って構える。

(ハナ)はアクション映画などでよく見るカンフーの構え。

対する響は、つま先を立てた『猫足立ち』だ。

両者ともに口を閉じて沈黙、呼吸を整える。

同じタイミングで目を閉じて、同じタイミングで切り替えて。

そして、同じタイミングで見開いて、飛び出した。

すれ違いざまに一合。

流れるように連打を放ち合い、防ぎ合う。

ジャブ、腹狙い、足払い。

相手の力量を図るような、軽快な打撃音。

響の手刀が(ハナ)の首に当たる。

だが(ハナ)の攻勢は止まらない。

動きは大きく、ダイナミックになっていく。

正拳突きを文字通り飛び越えた(ハナ)

逆さになった空中で、響と目を合わせながら。

追ってきた足払いを避けて、蹴りを繰り出す。

 

「ぐあッ!」

 

が、響はうまく避けると、その捻りを利用して裏拳のカウンター。

(ハナ)が吹っ飛ばされた。

地面に倒れ、転がり終わったところへ追撃の踏みつけ。

(ハナ)は腕で体を押し上げ、側転の応用で離脱する。

飛び上がり、蹴りを繰り出す。

防がれた個所を起点にまた飛び、反撃から逃れる。

距離を取ったところで、(ハナ)は手甲のバンカーを引く。

それを見た響も刺突刃を出す。

撃ち込まれる迫撃をかわす合間に、刃を繰り出す。

迫る刃を避ける合間に、バンカーを引いて撃ち込む。

攻防の中で、片方の刺突刃が外れて宙を舞う。

すぐに新しい刃が出てきたので、そちらを気にしてしまう。

続けて響の踵落としに注目していれば、突然、視界にぎらつくもの。

 

「――――ッ!?」

 

咄嗟に顔をそらせば、先ほど外れた刺突刃が(ハナ)の頬を切りつける。

痛みに怯むことなく、殴打一発。

響が吹っ飛んで行った。

切れた頬の血を拭う(ハナ)、再び刃を出して悪い顔をする響。

両者は再び距離を詰め、拳をぶつけあう。

飛び上がり、転がり、時には相手を台にして。

攻守が目まぐるしく入れ変わる。

刃がぶつかる甲高い音と、迫撃の力強い音が鳴りやまない。

交わされる拳、交わされる蹴り。

段々互いを認めていく二人の顔には、自然と笑みが浮かび始めた。

 

「捕まえたッ!」

 

攻防の最中、(ハナ)が手刀で刃を叩き折った。

もう片方もうまく圧し折り、ついでに軽く関節を決める。

 

「ぐぅ、そ!!」

 

やられてなるものかと、響が繰り出した拳も受け止め。

互いにプロレスの様に手を握り、押し合う形になった。

指の間からわずかに聞こえる、ギリギリという音。

(ハナ)がこの迫り合いをどう制するかと考えている中、不意に響が笑って。

 

「捕まえた」

 

瞬間、激しく回転し始める籠手。

(ハナ)が、何が起こるかを瞬時に察知した瞬間に、響に顎を蹴られて吹っ飛ばされる。

だが、響を止められない。

 

――――我流・神砂嵐ッ!!!

 

咆哮を上げて迫りくる暴風。

避けても無意味と判断した(ハナ)

弦十郎直伝の震脚で壁を作り、何とかしのごうとする。

攻撃がぶち当たり、容易く削られていく。

やがて止んだ暴風に、ほっと一息ついてしまうのは仕方のないことだろう。

 

「・・・・!」

 

響は、その隙を狙った。

駆け寄ってくる音に、神経を尖らせる(ハナ)

右の横合いから、飛び出してきたものへ、思わず目を向けてしまう。

それが投擲されたらしい刃だと分かったところで、弾かれたように振り向いて。

 

「がッ・・・・!」

 

頭に強烈な一撃、目の前で星が飛ぶ。

蹴りで文字通り叩きつけた響は、明らかに朦朧と仕掛けている(ハナ)へ止めを刺そうとして。

 

「なッ!?」

 

食いしばりと、踏み込み一つ。

振り上げた手を掴み取られた。

一瞬動揺した顎に、さっきのお返しとばかりに拳が飛んできて。

 

「ごッ・・・・!」

 

今度は響の視界が明滅する。

定まらない中で、回し蹴りを放とうとする(ハナ)の姿が、やけにスローモーションに見えて。

 

「ぐはぁッ!!」

 

刹那のうちに、吹っ飛ばされた。

床をゴロゴロ転がってもなお、立ち上がれない響。

今の一撃は相当効いたらしい。

それでも何とか起き上がったところへ、警戒気味に悠然と歩み寄った(ハナ)が。

拳を突き付けて。

 

「・・・・参りました」

「参らせました、お疲れ様」

「そちらこそ」

 

握った拳を開きあい、しっかり握手を交わしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『決着』

 

「やー、ごめんね。調ちゃん、切歌ちゃん」

「そんな!すごかったです!」

「接戦ってああいうことを言うんデスね!」

「いやぁ、ほんとほんと!負けちゃうかもって、結構焦っちゃった!」

 

試合が終わって、響が自分の所の二人に謝れば。

調も切歌もそろって首を横に振り、労ってくれる。

そんな二人に便乗したのは、(ハナ)だ。

スポーツドリンク片手に、弾けるような笑顔で称賛を送られて。

響が照れくさそうに頭をかいていると、現地の調と切歌がおずおずと近寄ってきた。

 

「あの、さっきはごめんなさい」

「・・・・ん?わたし何かされたっけ?」

「その、荒っぽいって貶すようなことを・・・・」

 

告げられたことに、ああ、と納得を返して。

 

「気にしてるなら受け取るけど、別に貶されたなんて思ってないよ。気になるよね、どっちが強いか」

「その通りデスよ!」

「それに、こっちこそごめんなさい。そっちの響さんもすごかった」

 

響の側の調と切歌も謝り返せば、ヒートアップした空気はすっかり霧散していた。

 

「わたしは心配だったかな、大分遠慮なく殴り合ってるのに、すっごく楽しそうなんだもの」

「うっ、ごめんってば。でもわたしってば本当に強かったんだよ?」

「見てれば分かるわよ、世界が違っても響なんだもの」

「さっすが!」

 

若干拗ねた様子の未来と、姦しい会話を交わす(ハナ)

そんな彼女達を見て、ほんのり自分の未来が恋しくなった響だった。



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閑話:小ネタ13

先日の日間ランキング入り。
誠にありがとうございました!!
感想も目を通しております、重ねてお礼申し上げます。


『クリスちゃん』

 

「なあ」

「あ?」

 

ある日のS.O.N.G.。

こちらだけにとどまらず、並行世界からも調査人員が時折来ている。

そんな理由でこちらを訪ねていたクリス(ユキ)は、ふと。

クリスに話しかけた。

 

「お前は、どう思ってんだよ。フィーネのこと」

 

言いながら滑らせた視線の先には、エルフナインに膝枕されている了子の姿。

今日も今日とて発狂したので、居合わせたレイアに沈められた次第。

なお、ちょうどいいからと、エルフナインも休みをもらっている。

 

「・・・・まあ、多少感謝はしてる。そりゃあ、前はいろいろ、利用されてたりしたけどよ」

 

でも、と。

真面目な空気をぶち壊されない様、了子達からそっと目を逸らしたクリス(ユキ)に。

クリスは困ったように笑いかけて。

 

「そんなんでも、いざやられちまったら、それなりに怒るくらいにゃ気に入ってるよ」

「・・・・そう、なのか」

「ああ」

 

クリス(ユキ)は話を聞いている傍らで。

そもそもこちらの響は、当時のフィーネに与するほどのアウトローだったことを思い出した。

それが切っ掛けで、こちらとの差異が生まれているらしいことも。

 

「何より、あの時『また』失くしかけたからな」

「・・・・そう、か」

 

語るクリスの横顔、視線はここではないどこかを見つめている。

目つきの鋭さに、何を思い出しているかを察したクリス(ユキ)は。

それ以上、何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『漢の浪漫』

 

「もっとだ!君の実力はそんなもんじゃないだろうッッ!!」

「ゥゥゥウウウ!!アオーンッ!!!!!」

 

ある日のS.O.N.G.、訓練室。

格闘家の様な出で立ちの弦十郎が、熱く声援を送る先には。

何やら力んでいるクロの姿がある。

身体を激しく帯電させながら、何かを成そうとしているらしい。

 

「・・・・なんだ、あれ」

 

友人を訪ねる感覚でこちらに来ていた奏は。

入った途端に飛び込んできた光景に、困惑を隠しきれなかった。

 

「奏さん、こんにちは」

「おう、香子か・・・・あれ、何かわかるか?」

「ええっとですね・・・・」

 

事情を知っているらしい香子が、乾いた笑みを浮かべて言うには。

先日、未来と共に、弓美の家へ勉強会がてら遊びに行ったとき。

そこにあったゲーム機に、『懐かしのゲーム』というカテゴリで。

数十年前の名作が、ダウンロード版で入っていたらしい。

『人間に味方した悪魔』を父に持つ主人公が、その意思を継いで邪悪な悪魔を退治するというストーリーだったそうだが。

香子が試しにプレイしていたのを見ていたクロが、その中に出てきた、犬型の悪魔にすっかり憧れてしまったそうなのだ。

倒した後で、武器として主人公に力を貸すところが特に気に入ったようで。

その装備を使うときは、終始尻尾がちぎれんばかりだったとか。

 

「この前、皆さんのシンフォギアが、心の持ちようで変化できるって話を聞いたばっかりだったから、なおさらやる気満々になっちゃったみたいで」

「ははは、なるほどなぁ」

 

どちらかと言えば哲学兵装の方に近いと言えど、シンフォギア以上に『そうであれ』という願いに影響されやすいのも事実。

少しでも可能性があるのなら、それにかけたくなる気持ちを。

奏はよく知っていた。

少し昔を思い出しているところで、ふと疑問がわいたので。

香子に聞いてみる。

 

「ところで、武器になるのを目標にしてるってんなら、扱うのはお前になるんだよな?」

「はい、結構変わった形のヌンチャクだったから、わたしもいっぱい練習しないと」

 

『クロのやる気に応えたい』と笑う顔を見て、かわいいやつめと頭を撫でまわした奏だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『セレナの夏休み』

 

「あれ?セレナちゃん?」

 

ある日のこと。

香子が夏休みの登校日から帰宅してみれば、家の前に見知った顔が。

 

「あ、香子、さ・・・・ん?」

 

つばの広い帽子をかぶった彼女、セレナは。

こちらを見るなり、笑顔を向けたが。

すぐに困惑してしまったようだった。

まあ、無理もないだろう。

 

「あれ?知り合い?」

「女の子?しかも外人じゃん!」

「えっと、はろー?」

 

一緒に、友人たちもいるのだから。

 

「――――へーっ、姉ちゃん同士が友達なんだ」

「うん、会ったのはほんの最近だけど。ね?」

「う、うん」

 

セレナがここを訪ねた理由も、もっと仲良くなりたいからだという。

好ましく思ってもらえていることに、香子はなんだか照れくさい気分になった。

 

「でも、みんなこれから宿題をやるんだよね?お邪魔してごめんなさい」

「いいよいいよ、調べものだからそんなにきつくないし」

「そうそう!終わったらそのまま遊ぶつもりだったから、気にしないで!」

 

並行世界と言う事情があれど、突然訪ねてきたのは事実。

申し訳なさそうにするセレナに、友人の一人が身を乗り出して。

 

「っていうか、セレナさんも一緒にいこうよ」

「えっ?」

 

思ってもいなかった申し出に、今度は呆けてしまうセレナ。

 

「いいねいいね!せっかくだし、和を満喫してもらおうよ!」

「いや、どっちかって言うと古臭いというか、うらぶれてる感じだけど」

「ばっかおめー、そこは『のすたるじっく』言っとけよ!」

「一応、観光業で稼いでる町だから・・・・」

 

置いてけぼりにして盛り上がる友人達。

ついていけず、困った顔をするセレナに、香子は苦笑いを浮かべて。

 

「せっかく来てくれたんだし、わたしも一緒にいたいなぁ」

 

『ダメかなぁ?』と、首を傾げての問いに。

セレナは勢いよく首を振って、

 

「い、行きたい!私こそ、皆さんさえよかったら、一緒に・・・・!」

 

勢いが良かったのか、声が大きかったのか。

とにかく、注目されているのに気づいたのは、全員が黙り込んでからだった。

恥ずかしさで真っ赤になるセレナだったが、蔑まれているわけではないのは分かっていたので。

照れくさそうにはにかんだ。

 

 

 

 

閑話休題(書ききれん、許せ)

 

 

 

 

「それで、楽しかったの?」

「すっごく!」

 

並行世界のS.O.N.G.。

微笑ましく見守るマリアに、セレナは息を巻いて話す。

 

「神社で、お盆の話を聞いたの。迎え火って言って、海から帰って来るご先祖様をお迎えするんだって!」

 

普段から閉鎖的な生活をしているだけあって、今日の体験は相当衝撃だったようだ。

 

「それから、その後、『駄菓子屋さん』っていうところにいって、たまごアイスっていうのを食べてね!」

「たまごアイス・・・・聞いたことないわね。おいしかった?」

「うん!でも、ちょっと溶かしてからの方が食べやすかったかも」

 

『姉さんにも食べてほしいな』、と笑う顔は。

年相応の少女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『その奥底で』

 

「やはり、布石は整ってしまいつつある、か」

 

深く、深く、深く。

誰も気に留めようもないほど遠い場所。

 

「その為にこちらも施したとはいえ、叶うならば早々に片づけたいところ」

 

見上げていた視線を降ろして、閉じる。

 

「頼むから、蛇に足をつけてくれるなよ。(わっぱ)共」



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閑話:とある湯の街で

先んじて投稿した番外編を、ほんのり修正したものになります。


「はーあ!足湯気持ちよかったねぇ!」

「うん、何だかお肌もつるつるになった気分」

 

――――ごたごたが落ち着いてきたある日。

『たまにはゆっくりして来い』と、香子含めた一同から後押しをもらったわたしは。

未来とお泊りデートに出ていた。

場所は、とある温泉街。

夏休みシーズンというだけあって、結構な人だかりだけども。

久しぶりのゆったりとした時間に、羽を伸ばさずにはいられない。

 

「夏の温泉街も、なかなか乙なもんじゃないの」

「弦十郎さん達にも、お土産たくさん買っていこうね」

「うんうん!」

 

とはいえ、熱中症が心配になるほど暑いことに変わりはないので、水分補給でもと辺りを見回すと。

 

「飲める温泉?」

「あ、美肌効果があるって」

「へぇー」

 

ちょっと汲んで触ってみると、冷たいとは言えないけど死ぬほど熱くもない感じ。

なんだろう、ほんのり温かいぬるま湯的な・・・・。

とはいえ、せっかくなので飲んでみることに。

 

「んー、どうだろう。響はどう?」

「水道水じゃないことくらいしか分からないね。あ、でも、布で越した泥水よりはおいしい」

「もう、なんて冗談言ってるの」

 

とはいえ喉も潤ったし、これはこれでよかったのかも。

文面ではたしなめてる未来も、楽しそうにはにかんでいる。

うーん、かわいい!

 

「面白いものがあるもんだねぇ」

「ねぇ、温泉飲むなんてなかなかないよね」

 

後ろに並んでいた人に柄杓を渡して、また二人で当てもなく歩き出したところで。

そういえばお腹が減ってるのを思い出した。

 

「お腹が減って来たなぁ、未来は?」

「実は、わたしも。この辺、お蕎麦がおいしいみたいよ」

「へぇ、じゃあお蕎麦のお店探してみようか」

 

人込みを避けて、道端でスマホをぽちぽち。

よさげなお店を見つけたので、そちらに向かうことに。

はぐれないようにって、手を握ってきた未来にきゅんきゅんしながら歩くこと、しばし。

それらしいお店に到着、醤油とお出汁のいい香りが鼻をくすぐる。

これは期待できそうだ・・・・!

 

「いらっしゃいませー!」

「二人ですけど、入れます?」

「大丈夫ですよ、カウンターへお願いしまーす!」

 

大分混んでいたから心配になっちゃったけど、開いてるとこがあった。

よかった・・・・。

一緒にのぞき込んだお品書きから、かき揚げ蕎麦ときつね蕎麦を頼む。

ところで、こういう『和』な雰囲気のお店って、『メニュー』よりも『お品書き』って言いたくなるよね。

 

「未来はきつね蕎麦とかのお揚げって、先に食べる?それともとっとく?」

「うーん、考えたことなかったかなぁ。あ、でもてんぷらはサクサクのうちに食べたい」

「ああ、分かる」

 

なんてとりとめのないことを考えつつ、未来と何気ない会話をする。

聞こえそうで聞こえない有線と、厨房のせわしない物音をBGMに。

時間がゆったり流れていて。

はぁー、こう。

まったりした時間を過ごすのって、久々すぎる気がする。

前に過ごせたのはいつだったか・・・・。

・・・・大分昔な気がする。

ここの所、色々ありすぎたんだよなぁ・・・・。

 

「お待たせしましたー」

 

と、ネガティブになりかけたメンタルを打ち消すように、頼んだものが来た。

 

「お、ありがとうございまーす」

 

ほかほか湯気を立てている二杯のお蕎麦。

かき揚げがわたしで、きつねが未来。

いただきますして、早速てんぷらをがぶり。

うんうん、やっぱりてんぷらはサクサクがうまいよなぁ。

順番は気にしないと言っていた未来も、隣でお揚げをぱくり。

じゅわっとかすかに聞こえた音から、あの味が容易に想像できた。

 

「んん~!」

「うんまぁ~・・・・!」

 

もちろんメインのお蕎麦も最の高。

これは、本当にいいお店を当てたなぁ・・・・。

耳を澄ますと、揚げ油とはまた違うジューッという音。

漂ってきた香りから、『かけ』を作る過程の、熱した鉄を醤油に入れるあれだなと分かる。

なるほど、本格的。

 

「おいしいねぇ」

「うんうん!」

 

舌鼓を打ちながら、つゆまで飲み干してしまった。

 

「次はどこ行く?」

「この近くに、安全祈願の神社があるらしいけど?」

「あー、行っておこうか・・・・職業的に」

「ふふ、そうね」

 

お腹も満たされたところで、次の目的地に行こうとした時だった。

 

「キャーッ!引ったくりーッ!」

 

喧騒を一時停止させる、布を裂くような悲鳴。

はっとなって見れば、人込みを猛然と進むそれらしい人物が。

走るルートを予測しつつ、ささっと移動。

 

「どけぇッ!!」

 

怒鳴りながら掴みかかって来る手を軽く弾いて、ひっつかむ。

そのままわたしの向きを変えて、

 

「どっせい!!」

「う、おおおッ!?」

 

派手に背負い投げを喰らわせてやった。

受け身もまともに取れない引ったくりは、背中を思いっきり打ち付けて。

きゅう、と意識を飛ばしてしまった。

 

「す、すみません。それ、私の・・・・!」

「ああ、どうぞ。念のため中身を確認してください」

 

引ったくりが持ってたバッグを拾い上げて、砂を払っていると。

持ち主らしい女の人がやってきたので、普通に渡した。

ごそごそまさぐったバッグの中身は、財布やスマホを始めとした貴重品共々無事だったらしい。

よかった。

 

「警察です!大丈夫ですか!?」

 

そんなこんなのうちに、お巡りさんが駆けつけてきた。

もうここにいる理由はないね。

 

「それじゃあ、私はこれで」

「え、そんな。せめてお名前だけでも」

「ナナシノゴンベェ」

 

未来と合流して、引き留める警察とお姉さんを置いてけぼりに。

すたこらさっさと立ち去ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閑話休題(ごちそうさまでした!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空に茜色が残っているうちに、宿泊している旅館へ戻ってきた。

取っている部屋にはなんと、貸し切りの露天風呂が着いている。

今日のお風呂はもちろんそこで済ませちゃうことにした。

 

「あ、見て。星が」

「ほんとだ、天の川!」

 

体も頭も洗って、二人で湯船に浸かれば。

見上げた夜空に、満天の星。

時折吹いてくる夜風が、のぼせる心配も一緒に吹き飛ばしてくれていた。

 

「はあー、いーいお休みだぁ。ゆったり観光して、温泉にも入れて・・・・」

「ふふ、ここのところ忙しかったもんね」

「ねぇー・・・・」

 

口元までお湯に浸かって、ぶくぶく。

『行儀悪い』と怒られてしまったので、すぐにやめたけど。

あがるついでに、未来を抱き寄せたりしちゃったり。

 

「もう、人目がないからって・・・・」

「えへへー、未来分は補充できるときに補充しとかないとねー」

 

テンションのままにぎゅっぎゅしてると、ふと。

未来が悩まし気な顔をしていることに気付いた。

 

「未来?」

「っえ?う、ううん・・・・何でもない」

 

なんでもなくない感じなので、未来が見ていただろう場所を見てみて。

ああ、と納得した。

もうだいぶ薄くなっているけど、古傷や生傷で全身ボロボロだったからだ。

いや、後悔があるわけじゃないんだけども・・・・。

それでも、悲しそうな顔をした未来に、何も思わないわけじゃない。

思い出せば、この部屋を取ったのは未来だ。

こんなわたしを見られたくないと思ったのか、それともわたしがほんのり気にしているのを察してくれたのか。

・・・・どっちなんだろうなぁ。

 

「響こそ、どうしたの?ぼーっとしちゃって」

「んー、未来が愛しいなって」

「もう、調子のいいこと言って。誤魔化さ――――」

 

お小言を言いかけた唇を、遠慮なくふさいだ。

 

「――――誤魔化しって言われるのは、ちょっと寂しいかなぁ」

「・・・・ばか」

 

未来が愛しいのはもちろん、かわいいなとかは常日頃から思っている。

むしろ日々更新されていると言ってもいい具合で考えてるので、嘘じゃないもんね。

ってなわけで、かわいい反応に上がったテンションのまま、何度か食み続ける。

・・・・『トンネルと抜けると』で有名な本の中では。

薄明りに照らされた女性の唇を、『輪を描いたヒル』と表現するらしいのを。

ぼんやりと思い出した。

 

「ん・・・・ひ、びき、ここ外・・・・!」

「っは・・・・中ならいいの?」

「そういう話じゃない・・・・!まだ起きてる人だっているのに、誰に聞かれてるか・・・・!」

 

顔を真っ赤にして抗議してくる未来。

んー、まあ、はしゃぎすぎた自覚はあるから、このくらいでいいかも知れない。

ご飯だってまだ食べてない。

 

「あはは、それじゃあ」

 

・・・・でも、『はい、わかりました』と引き下がるのも、何かなぁと思ったので。

耳元に口を寄せて、

 

「続きは『寝るとき』にね」

 

――――反撃の水飛沫は、甘んじて受け止めた。

 

 

 

 

閑話休題(ごめんってば)

 

 

 

 

ここの売りは、食堂で食べられるビュッフェ。

旬のお魚や、新線な野菜、普段は手を出しにくい良いお肉を。

凄腕のシェフが調理してるって話だ。

 

「だから、曲げたへそを戻してほしいなぁ、なんて」

「節操無しのお願いは、しばらく聞いてあげない」

「そこを何とか・・・・!」

 

お揃いの浴衣を着て、並んで廊下を歩きながら。

つーんとそっぽを向いてしまった未来を、なんとか宥めようとしていると。

 

「あれ?小日向?」

 

後ろから、声。

しかもなんかやな感じ。

振り向くと、心臓が一瞬だけ締まる。

・・・・中学の同級生達が、そこにいた。

防衛本能というやつなのか、名前はどう頑張っても思い出せない。

でも、顔だけはどうやっても忘れられないようだった。

 

「やっぱそうじゃん、何してんのこんなとこで?」

 

そのうちの一人、『高校デビュー』でもしたのか、髪を派手に染め上げている奴が。

見下しながら近寄って来る。

っていうか、わたしをわざと無視してるなこいつら。

 

「何って、旅行だけど」

「旅行ねぇ?」

 

ちらりと嫌な目をわたしに向けた、髪が派手な奴。

 

「援交の間違いじゃないか?」

 

案の定、そんなとんでもないことを口にした。

 

「ああ、二人とも家出したもんね。それくらいしか生きる道なさそう」

 

同調するように、一緒にいた女の子がにやにや嗤う。

・・・・いじめっ子って、反省も何もしないと聞いていたけど。

なるほど、これは救いようが無い。

いや、きちんと反省して改心する人もいるんだろうけど。

それをふまえても、これは酷い。

 

「・・・・こんな往来で、会うなりそんなこと言うなんて。マナーがなっていないんじゃない?」

「ははは!援交女にそんな言われても!なあ!?」

 

派手野郎に同調して、嫌な嗤い声が響く。

どうやら連中の中では、わたしと未来は援助交際をしているので確定しているらしい。

 

「どうせこの後そういうことすんだろ?どこの誰?」

「・・・・知ってどうするの?」

「俺達も混ぜてよ、一人二人増えたところで変わらねぇだろう?」

 

・・・・未来がからかわれているのに、さっきからイライラしている。

でもここは旅館で、ほかにお客もいるからと我慢していたんだけど。

これは、ちょっと、無理っぽい。

一緒にいた女子達の、『やぁだぁ』なんて口だけの態度もさらに助長して来て。

 

「金は払うからさぁ」

 

そうやって伸ばされた手が、トリガーになった。

未来を庇いながらばしんと打ち払って、顎をひっつかむ。

 

「なっ、がっ・・・・!」

「いじめっ子が反省も何もしないっていうのは聞いてたけど、品性も失うとはね」

 

顎を握り砕くつもりで力を入れながら、睨みを利かせる。

 

「援交だのなんだのと、そんな発想しか出来ないの?そんなことで笑えちゃうの?お前らの脳みその程度が知れるな」

「ご、ぉが・・・・」

「ああ、それとも新手の自己紹介だった?だったらごめんねぇ、流行りは分からん上にあんまりにも下品だったから、全ッ然気づかなかった」

 

殺気も当てながら、逃げたくってたまらないと言いたげな目を、逃がさないように見据えてやる。

 

「でも安心しなよ?わたしはお前らが思う以上に乱暴者じゃないし、っていうか、ちょうどいいから言っておくけど、あの頃お前らが言ってきたのは全部言いがかりだから」

「は、はあ!?じゃあ今のこれは何なの!?」

「お前は今まで何を見ていた?まさか、自分達がやったことをすっぱり忘れたと?こんな短時間のことを?なんとも都合のいい脳みそだ」

 

めり、とさらに力を籠めれば、くぐもった悲鳴が上がった。

すっかり怯え切っているのをみて、頃合いだなと判断。

 

「ぐ、うわッ!」

「ついでに、その貧相な脳みその叩き込んでおきな」

 

派手野郎を、物を放るように突き飛ばして。

未来をぎゅっと抱き寄せて。

 

「これ、わたしのだから。イカ臭い手で触んな」

 

仕上げの一押しに、また殺気を当てれば。

連中は押し黙ってしまった。

が、面の皮だけは厚い連中だ。

顔を真っ赤にして、目を吊り上げて。

 

「ふざけんな!!」

「家出女の癖してかっこつけてんじゃないよ!!」

 

大声で口々にまくしたて始めた。

もういっそ清々しいくらいの態度に、強風を受けている心持になる。

騒ぎを聞きつけて、ほかの宿泊客も集まってきた。

どうしたもんかと、考え始めた時。

 

「もうやめてください!」

 

横合いから、そんな声。

見ると、昼間引ったくりにあっていた大学生くらいの女の人が。

お友達なのか、後ろに同い年くらいの2・3人の男女がいる。

 

「この人は、ひったくられたバッグを取り返してくれました!あなた達との間に何があったかは分かりませんが、恩人を悪く言わないで!!」

「ずっと見てたぞ!酷い言いがかりつけやがって!」

「あんたら、早く行きな。ここは俺達が引き受けるから」

「昼間はありがとうね、友達を助けてくれて」

 

同級生達との間に、あっという間に割り込んだ彼らは。

連中を抑え込みながら、わたしと未来を遠ざけるべく向きを変えられて、背中を押された。

・・・・こっちの面倒ごとを押し付けるようで、申し訳なかったけど。

奴らから離れられる絶好の機会なので、遠慮なく離脱することに。

 

「すみません、頼みます」

「ありがとうございました!」

「うんにゃ、こっちこそー」

 

大学生さん達に手を振りながら、そそくさと廊下を歩いて行っちゃう。

 

「助けられちゃったね」

「うん、大丈夫かなあの人達」

「大学生だし、やばくなったら旅館の人呼ぶくらいはするでしょ」

「そうだといいけど・・・・」

 

角を曲がったところで息を整えていると、未来が手を握ってきた。

指が振れたことでやっと、わたしの手が震えていたことに気付く。

 

「大丈夫?」

「今は少し・・・・ご飯食べて、ぐっすり寝たら収まるかも」

「・・・・そう」

 

気遣うように撫でてくれる手が、すごく温かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・ん?」

 

まどろみから目覚めた未来は、なおもぼんやりとした後で。

朝の澄んだ空気を感じ取り、ゆっくり身を起こす。

気怠い身体と乱れた布団、そして、はだけた浴衣から覗くキスマークが。

昨晩の出来事を、如実に物語っていて。

今度こそ覚醒した未来は、ぽっと顔を染めた。

羞恥から逃げようと、姿の見えない響を探すと。

露天風呂の方から、水の音。

どうやら、乱れた体を清めている様だった。

望んで合意したとはいえ、未来の体も負けないくらいにどろどろだったので。

布団は後で整えようと考えながら、風呂に入ってしまうことにした。

 

「・・・・やっぱりここにいた」

 

浴場に入ってみれば、まだ日は登っていない様だ。

大分白んだ空の下、右手を見つめる響がぼんやりとしていたが。

 

「・・・・ん?ああ、未来」

「おはよう、響」

 

ほどなくこちらに気付くと、『おはよう』と笑いかけてくれた。

響は手抜きしてかけ湯だけにしたということなので、未来も倣って、主だった汚れを洗い流すだけにとどめた。

浴槽に入ると、なんとなく響に寄りかかる。

 

「どうしたの?」

「ふふ、なんとなく」

「そっかぁ」

 

肩に頭をのせると、水面から出てきた手が撫でてくれる。

優しい指使いに愛しさを募らせながら、さらに頭を摺り寄せれば。

そっと抱き寄せられた。

近くなった唇にそっと自分のを重ねると、驚きながらも受け入れてくれた。

 

「は・・・・珍しいね、本当にどうしたの?」

「・・・・なんとなくよ、本当に、なんとなく」

 

嘘だ。

本当は、さっき浴室へ入った時に見た。

痛みを堪えるような表情を、自分の罪悪感を掘り返してしまっている姿を。

どうしても放っておくことは出来なくなって。

だから、せめて独りにしないように。

過去に呑まれないでと、伝えるために。

 

「お、日の出かな?」

 

響の声に空を見ると、塀の向こうからまばゆい光が一条。

朝焼けをまっすぐ両断している。

 

「今日もいい日になるといいねぇ」

「・・・・そうね」

 

嗚呼、願わくば。

この人が、くすぶる罪悪感で焼き尽くされませんように。




もうのんびりする機会はこなさそうですからね。
存分にいちゃついてもらいました。


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AXZ事変
遥か『未来』の貴女へ


AXZ編、開幕・・・・!


――――目を覚ます。

大岩になったように体が硬く、重い。

痛む節々を叱咤して、なんとか起き上がれば。

記憶とはかけ離れた、随分古ぼけてしまった部屋が。

それほどの時間が過ぎたのかと、喜びと共に呆れが込み上がってくる。

無論、やるべきことがあるのですぐに振り払った。

散らばっていた衣服の欠片に、力を籠める。

すると、一糸まとっていなかった体に、服が復活した。

仕上げに腕を振り、足を動かし。

五体の満足を確認して。

歩き出そうとして、立ち止まる。

自らの隣に眠っている、恩師。

もう開くこともない棺桶を眺めた後、深々と頭を下げて。

その場を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――女だ。

始めはそうとしか思わなかった。

続けて、遺跡の中から出てきたのかとか、よみがえった古代人とか。

意外と美人だなんて考えて。

だけど。

だけど、女がくゆりと笑みを浮かべた。

その時には。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねむれ ねむれ」

 

抉れた石灰岩、へし折れた木々、飛び散った血。

 

「母の胸に」

 

転がる、放られている、事切れている。

屍と、死体と、亡骸達。

 

「ねむれ ねむれ」

 

ゆったり、ゆったり、散歩のような歩調。

 

「母の手に」

 

口ずさむのは、惨状に相応しくない歌。

 

「こころよき 歌声に」

 

安寧を祈る、子守歌。

 

「結ばずや 楽し夢」

 

地獄の中で、柔く、愛おしく、ほがらかに笑うその姿は。

まごうことなき、

 

「m...Monster(バケモノ)...!」

 

瞬間、こちらを見たそいつは。

穏やかな笑みから一転、めいいっぱい破顔させて。

 

「ありがとう、誉め言葉よ」

 

――――それが、最期に見たものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは・・・・酷い・・・・」

「一体何が・・・・?」

「倉太博士!こっちに来てください!」

「こんな状況だけど・・・・すごいわよ、楽々!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでどうですか?」

「えーっと、うん、いい感じ!」

「こっちもナイスに仕上がりましたわ」

「わんッ!わんッ!」

 

板場家。

弓美、詩織、創世、それから香子を加えた四人に。

クロも入れたメンバーは。

キッチンに集まってくるくる動いていた。

 

「それで、ヒナのレシピだとどうなってるの?」

「えっと、次は・・・・」

 

柔らかくしたクリームチーズを練って、さらになめらかにする。

次に、別のボウルに生クリームと砂糖を入れ、角が立つまで泡立てる。

 

「ハンドミキサー使ってると、文明のありがたみを感じるよね」

「何を言ってるの・・・・」

 

それとレモン汁を、先ほどのクリームチーズのボウルに入れて混ぜ合わせる。

この時、水を加えてレンジで温めたゼラチンも忘れずに。

 

「さっきのケーキ型持ってきました!」

「ありがとー」

 

ビスケットの土台生地を敷いた型に、作ったチーズ生地をざるで濾しながら流し込んで。

平に均してから、冷蔵庫で2~3時間。

 

「その間にソースも作っちゃいましょう」

「出来るの?」

「ジャムで作れる、ナイスな方法を見つけたんです。簡単なので、何種類か用意してみましょうか」

「さっすがテラジ、やってみよう!」

 

と、まああれこれやっている間に。

 

「レアチーズケーキ、出来たー!!」

「アオーン!」

 

綺麗に型から外れたケーキを前に、思わず万歳をしてしまう面々なのであった。

 

「あ、食べる前に写真いい?響と未来に送るよ」

「じゃあ、切る前と後とで撮ってみようか?」

「いいですね、せっかくだから、私達のも送りましょうか」

「香子ちゃんも一緒にね」

「えへへ、ありがとうございます」

 

ちょっとした撮影会を挟んで、いざ実食。

優しい甘みと、引き締める酸味、アクセントを加えるビスケット生地。

そして、それぞれの好みで作ったフルーツソース。

全部が合わさればどうなるかと言えば。

 

「おいしー!!」

「さすがヒナレシピ・・・・!」

「元々料理下手だったとか、うそでしょ」

 

一口含んだだけで、この破顔。

おいしいものとは、かくも幸せを生むものなのである。

ちなみにクロは、その横で犬用のおやつを食べていた。

 

「響も食べられたらよかったのにね」

「今は地球の裏側なんだっけ?」

「はい、この前未来ちゃんとバタバタ出かけて。それっきり」

「そうそう、それでうちに泊まったもんね」

「弓美さん、お世話になりました」

「いえいえー♪」

 

話す傍らで、やはり気になるのか。

明後日の方向へ視線を滑らせた香子。

 

(せめて、怪我しないでくれるといいなぁ)

 

そう願いながら、また一口頬張ったのだった。




民謡や童謡は、楽曲コード要らなかったはずなので、そのままで。
いるなら後から付けます。


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南米に向かってこんにちは

先日まで、日間ランキングにお邪魔させていただいていました。
日頃のご愛顧、誠にありがとうございます。
ご感想も目を通しております。
大変励みです。


ここは南米。

近年の森林開発で、環境調査が進みつつあるという皮肉な場所。

その熱帯雨林の中、息をひそめている部隊がいた。

特に書くこともない、典型的な独裁政権の犬である彼らは。

次なる闘争に備えていたのだが。

 

「ッ隊長、この陣地に、高速で接近する反応アリ!」

「何?」

 

観測班の報告に、部隊長が怪訝な顔をする。

 

「何者だ?」

「解析・・・・終わりました、パターン青!シンフォギアです!」

「ッ何だと!?」

「映像出ますッ!」

 

促されて見るモニターには、バイクで疾走する姿が見えた。

 

「一番槍が英雄とは・・・・!」

「ッ仕方があるまい!例の兵器を使え!」

「はッ!」

 

即座に、最近導入された新兵器の使用を指示。

彼女ならば鎧袖一触に出来るだろうが、だからといって無視できないのは事実。

効果的な足止めになるはずだ。

・・・・だが。

 

「ダメだ、速すぎる!」

「進軍、止められませんッ!」

 

その討伐速度が、常識的であればの話だが。

 

「ッ対空砲には近づけるな!!」

 

すれ違う度に両断されていく新兵器『アルカノイズ』を目の当たりにした部隊長は、せめて対空砲への攻撃を防ごうと指示を飛ばしたが。

時はすでに遅く、華麗なバイク捌きで片づけられた後だった。

 

「クソッ!上空を警戒しろッ!敵の航空戦力が来るぞッ!!」

「もう来ています!部隊上空の飛行物体、目視で確認!!」

「モニター、出ます!」

 

モニターを見上げてみれば、そこに映っていたのは。

悠然と空を飛ぶ凧の姿が。

確認できるだけでも、三人の人物が見えた。

そのうちの二人が、シンフォギアであることも。

 

「ジャパニーズニンジャ!?嘘だろ!!?」

「なんで堂々としてるんだ!?忍べよッッ!!」

「Why Japanese people !!?」

 

だが、彼らにとっては凧を操る男性の方が衝撃的である。

そもそも当たれば死ぬノイズが闊歩する中で、シンフォギアと肩を並べている人物。

只者でないことくらい、とっくのとうに明白だった。

 

「ッええい、戦線を死守しろ!ここを突破されれば、今後の作戦に支障をきたすッ!!」

「yes,sir!!」

 

即座に部隊を展開。

百鬼夜行と人車入り乱れた戦力を構えるが。

しかし、それで止められる彼女達ではない。

ノイズは切り裂かれ、戦車は制圧され、兵士は昏倒させられ。

そして機銃は噛んで止められる。

 

「・・・・ッ!」

 

爆発を背負い、向かってくるシンフォギア達。

もうこの場には、彼女達を見た目通りに捉える者はいなかった。

 

「こうなったらアレを・・・・!」

「部隊長!?どちらに!?」

 

部下の声を無視し、『奥の手』の保管庫へ。

パスコードを入力の上起動させて、乗り込んだ。

 

「あれは・・・・!?」

 

見下ろせば、驚いた様子のシンフォギア達。

彼女達からすれば、巨大な戦艦が突如現れたように見えるだろう。

とある組織の支援ありきと言えど、己の国が手に入れた強力な力だ。

いくら彼女らでも、一筋縄ではいくまい。

期待通り、シンフォギアを手古摺らせるミサイル群。

奴らはヘリに乗ってこちらに向かっている様だが、思い通りにさせてやる義理はない。

だが、さすがはシンフォギア。

あちらもミサイルを展開すると、あろうことかそれを伝って接近してくる。

ヘリに当たりかけたものも、連中の機転でかわされてしまった。

 

「ならば、非常識には非常識だッ!!」

 

艦の一部を切り離し、ぶつけんと試みる。

膨大な質量は、人間など一溜りもないだろうが、しかし。

彼女達はそれすらも乗り越えてきた。

英雄の一人が、剣を高々と掲げれば。

刀身が長く、広く、巨大化していき。

あれよあれよと言う間に、天を衝くような。

もはや『剣』と呼んでいいのか、分からなくなるほどのサイズに変わる。

そして、人に扱えぬはずのそれが、軽々と振り下ろされて。

自慢の戦艦を両断、ついでに部隊長のサングラスも切り裂いた。

 

「ぐう・・・・はっ!?」

 

目の前を刃物が通り過ぎた動揺に怯んでいると、何かが接近してくる音に気付く。

弾かれたように見上げれば、ちょうど音源が。

両断された艦の切れ目から飛び込んできた、シンフォギア装者が。

片腕をドリルの様に回転させ、こちらに手を伸ばして。

――――それが、最後の記憶だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「配給を受ける方はこちらへどうぞ!」

「一人一つずつ、ご家族の場合は二つまでです!」

「物資は十分にあります!余裕を持ってお並びください!」

 

バル=ベルデ共和国、海に近い市街地。

周囲のパトロールがてら、意外と対応が速かった国連軍の、人道支援の風景を眺めていた。

フェンス越しに見る現地の人たちは、みんな俯いた暗い顔をしている。

中には、怪我を負った父親に、必死に呼びかけている女の子の姿もあって。

・・・・いつか来たときと、そんなに変わらない光景が広がっていた。

 

「・・・・おい」

「ん?」

 

呼ばれたので目を向けると、圧されたらしいクリスちゃん。

すぐに持ち直して、おずおず口を開いて。

 

「お前、大丈夫か?こっちに来てからずっとピリピリしてんじゃねぇか」

 

・・・・あー、そのことかぁ。

 

「大丈夫っていうなら、クリスちゃんこそ。何かあったら頼ってよ」

「いや、そりゃそうだけどよ・・・・」

「だが、雪音の言う通りだ。何があった?」

 

何でもないことなので、なんとかやり過ごそうとしたけど。

翼さんにまで問い詰められてしまっては、さすがに罪悪感の方が上回る。

んー、でも、こんなどうでもいいことで気を揉ませたままなのもなぁ。

んにゃー!

 

「・・・・その、笑わないでくれます?」

「笑うものか、お前がそこまで思い詰めているんだぞ」

「いや、本当に、しょーもない理由でして」

 

もう、腹をくくるしかない。

 

「えっと、わたし。虫が苦手で」

「ああ・・・・ぅん?」

 

切り出すと、相槌を打った翼さんがきょとんとする。

 

「コバエとか、蚊とか、ゴキブリはそうでもないんですけど。蝶とか蛾の『第一形態』が本当に、どうしようもないくらいダメで。ジャングルは正直地獄なんですよ」

「・・・・だから?」

 

もう察したらしいクリスちゃんの、じとーっとした視線を受けながら。

恥を忍んで、言う。

 

「精神テンションを、それどころじゃなかった頃に戻して。何とか耐えているんです」

「本当にしょーもない理由だったな」

「ああ、そんな荒療治は初めて聞いた」

 

何にもなかったことにほっとしてくれつつ、何だか呆れた視線を二人に向けられたのだった。

うう、御心配おかけしてマス・・・・。

なんて落ち込んでるところに、車のクラクション。

そろってそっちを見ると、マリアさんが運転する軽トラが寄ってきた。

 

「市街地のパトロール、完了デス!」

「乗って、本部に戻るわよ」

 

異論はないので、わたし達も荷台に乗り込む。

走り出した軽トラから見えるのは、やっぱり戦火の爪痕が残る街。

銃弾の跡や血痕を見送りながら、地球の反対側に来た経緯を思い出していた。

 

 

そもそもの話は、キャロルちゃんの騒動にまで遡る。

いくら長生きと言えど、チフォージュ・シャトーやらオートスコアラーやら。

個人でそろえるには難しいものを準備していたことから、彼女に支援した組織があると判断した司令さん達。

お兄さんである八紘さんの情報網や、マリアさん翼さんによる調査が功を奏した結果。

『パヴァリア光明結社』の名前が浮上した。

歴史の影に潜み、その影響力は世界中に及んでいるという。

・・・・『執行者事変』のきっかけである、アメリカへのハッキングも。

こいつらの仕業であることが濃厚なのだそう。

というか、『いたずら』されたパソコンに、でかでかとエンブレムが表示されていたとか、何とか。

で、最近の話。

政府が『反乱軍』を鎮圧する新兵器と称して、アルカノイズを始めとした、異端技術の軍事転用を始めた『バル=ベルデ共和国』が。

連中が次に行動を起こすであろう場所だと推測されたのだ。

 

 

「――――ん?」

 

スマホに通知が来ていたので見てみると、弓美ちゃんからメッセージが届いていた。

『レアチーズケーキ!』と、タイトルまんまの写真に。

にこにこ顔のみんなが写っている。

バル=ベルデ行きが決まった日、ちょうどクロの検査に来ていた香子。

拙速を尊べとばたばたした結果、弓美ちゃんに任せてそれっきりだったんだけど。

何とか元気そうでよかった。

『この前は香子の事ありがとう、おいしそう!』と返事して、視線を景色に戻せば。

ちょうど本部が見えてきた。



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陽動は基本

毎度のことながら、評価、閲覧、ご感想等々。
誠にありがとうございます。

今回初めて楽曲コードを使ってみました。


「はぁー・・・・」

 

港に停泊しているS.O.N.G.本部、そのシャワールーム。

シャワーで砂埃やら汗汚れやらを落としてさっぱりしてしまえば。

しょうもない理由でピリピリしていた心も、ほっと緩んでしまう。

次いで、足元にうっすら出来てる茶色い筋に、どんだけ埃っぽかったんだと戦慄する・・・・。

クリミアの天使が気合入れて掃除するレベルやでぇ・・・・。

 

「S.O.N.G.が国連の直轄と言えど、本来であれば、武力での干渉は許されない」

「だが、異端技術を行使する相手を、見過ごすわけにはいかないからな」

 

そんな横で、翼さんとマリアさんの会話が聞こえてきた。

 

「アルカノイズの、軍事利用・・・・!」

 

・・・・クリスちゃんの、絞り出すような声も。

 

「LiNKERの数さえ揃っていれば・・・・」

「こんなところに来てまで、結局は足手まといなんて・・・・」

 

次いで、調ちゃんや未来の。

どこか弱々しい発言が聞こえたものだから。

何だかほっとけなくなって。

 

「ラスト一発の虎の子です、そう簡単に使うわけには・・・・」

「まー、そう落ち込みなさんなー」

「デデデース!?」

 

ちょうど出てきた切歌ちゃんに絡みに行く。

 

「別にギアやらなんやらが不可欠と言うわけでもなし。っていうか、さっきのヘリを守った機転は超絶ナイスだったよ!さっすが『虎の子』!」

「な、なんだか照れくさいデスよ・・・・」

 

肩を組んで褒めちぎると、切歌ちゃんは赤くなったほっぺをかいていた。

そのまま視線をずらした先には、どこか羨ましそうにしてる調ちゃんの姿が。

 

「め、目のやり場に困るくらいデス・・・・」

 

微笑ましいやり取りを見守っていると、ふと、クリスちゃんの方が気になって。

 

「クソったれな思い出ばかりが、領空侵犯してきやがる・・・・!」

 

何となく目を向けると、トラウマを堪えるような声が聞こえた。

 

 

 

 

「ところで、あなたはいいの?」

「はい、いつも通りの響で安心しています」

「相変わらずだな・・・・」

 

 

 

 

で、夜。

新しい軍事拠点が発見されたらしい。

化学薬品の工場だとかで。

周辺でアルカノイズの反応はもちろん、肉眼での目撃証言もあるらしい。

ちなみに肝心の化学薬品も、安全基準を満たしていない扱いをされているとか、何とか・・・・。

 

「川を遡上して奇襲を仕掛ける。三人とも、心してかかれッ!」

 

――――と、言うわけで。

 

「ぅおらあ!!!!」

 

件の工場に乗り込んでいる次第。

ノイズはいつも通り、戦闘員は銃を破壊の上どついて昏倒。

翼さんは流れるように銃だけを切り裂きながら、クリスちゃんは番えた弓をミサイルに変えて。

それぞれ、不殺を貫いて圧倒していく。

おらおらおら!!

 

「帰れ帰れッ!トゲアリトゲナシトゲトゲみたいに帰れェッ!!」

「いやどうしろと!?ぐへぇ!!」

 

顔を踏みつけて飛び上がると、逃げ惑う人々がよく見えた。

と、横目に見えた建物が倒壊。

倒れる先に、香子と変わらないような年の、男の子がいて。

 

「うわっ、え!?」

 

その子を含めて救助しつつ、次のグループを蹂躙する。

 

「そいやっ!!」

 

サマーソルトで、前方を一気に刈り取った時だ。

建物の向こうが赤く光ったと思うと、いつぞやのバ〇タン型が現れた。

奴はハサミの間から蛍光レッドの液体を垂れ流すと、そこから小型がボロボロ現れて。

くっそ!敵も味方もお構いなしか!!

 

「デカブツまで出すなんて!!」

「みんな頑張れは作戦じゃなーい!!」

早く逃げて!!(get away !! hurry up !!)

 

逃げ惑う兵隊さん達へ声を張り上げて、また新たなノイズに飛び掛かった。

 

「手あたり次第にッ・・・・!!」

「誰でもいいのかよォッ!!」

 

特にクリスちゃんは、怒りを込めた弓サイルをバル〇ンに放つ。

回避もままならなかった〇ルタンは、翼さんにぶつ切りにされてしまった。

後は小物を片づけるだけだと思っていたけど、そう簡単にいかないのが現実である。

 

「おいアレ!」

「プラントに突っ込ませる気か!?」

 

兵隊さんが指さす先。

バドミントンの羽を凶暴化させたみたいな奴が、今まさに落下しようとしている。

 

「このままじゃ、辺り一面汚染されちまうぞ!!」

 

聞くや否や、だったと思う。

考えるよりも先に体が動いていた。

まずは雑魚を殲滅するべく、両手の刺突刃を展開。

続けて、マフラーにフォニックゲインを込める。

そのまま群れの中に突っ込んで駆け巡れば、刃とマフラーで鎧袖一触にされていくノイズ達。

勢いを殺さぬまま、ちょうど真上にきた凶暴バドミントンへと飛び掛かる。

 

「ぶっ飛べえええええええええええええええええええええええええッ!!!!」

 

腰のブースターだけじゃなく、マフラーをも推進機にして拳を繰り出せば。

凶暴バドミントンは体を貫かれて、爆発四散した。

身体をひるがえして受け身を取り、着地。

残りも翼さんとクリスちゃんで片づけちゃってるみたい。

兵隊さん達も軒並み両手を上げて投降してるし、状況は終了でいいかな?

 

(それにしても・・・・)

 

次に考えるのは、本部の事。

いかにほっとけないとしても、(冷たく言って)大した収穫もない施設を制圧したところで何もないはずだ。

パヴァリア光明結社の手がかりをつかみたいっていうなら、なおさら。

ということは、この戦闘は陽動である可能性が高い。

 

「あの」

「うん?」

 

他所で頑張ってるだろう、スタッフさん達の無事を願っているところへ。

さっき助けた男の子がおずおず話しかけてくる。

 

「さっきは、ありがとう・・・・それと、その・・・・悪かった」

「ああ、気にしないで。好きでやってるお仕事だし」

「そうじゃなくて!」

 

何だか緊張している様子の男の子に笑いかけると、彼は声を張り上げて。

 

「俺の名はステファン、あんたに助けられたのはこれが二度目なんだ。『ファフニール』」

 

 

 

 

 

 

えっ?

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

バル=ベルデ共和国、首都。

おおよそ防衛機能がないはずのオペラハウスに、大統領とその補佐官たちはいた。

 

「ダミーの専用機の手配、完了しました」

「うむ」

 

何気に最前列をキープしている大統領へ、補佐官の一人が恭しく報告する。

 

「大統領も、そろそろご移動を」

「要らん」

 

その横から、また別の補佐官が身を乗り出して提案するものの。

にべもなく断られてしまう。

 

「しかし・・・・」

「亡命将校の技術を応用して、ディーシュピネの結界を張ったこの地こそ、一番安全な場所なのだ。動くわけにはいかん」

「ッ、失礼しました・・・・」

 

己を慮っていると分かっているからこそ、それ以上の苦言を告げなかった大統領だった。

 

「忌々しい国連の狗共め、どうしてくれよう・・・・」

 

続けて、ここからどう持ち直すかと。

苦い顔を抑えることもせず、頬杖にて思案に暮れかけて。

 

「――――つまり、ここに目的の者があるのは本当の様ね」

「ッ何者だ!?」

 

この緊急事態に、誰とも知れぬ声。

その場の全員が神経を尖らせて、聞こえ振ってきた先を見上げる。

 

「シンフォギアを焚きつけて、花園を暴く作戦は、成功だったワケだ」

「慌てふためいて自分で案内してくれるなんて、かわいい大統領♪」

 

月明りに照らされた窓。

ちょうど三つあるそこに、三人の女性が佇んでいた。

 

「サンジェルマン、カリオストロ、プレラーティ!」

「大統領、彼らは・・・・!?」

「パヴァリア光明結社の錬金術師だ、我が国に異端技術をもたらした者達でもある」

「あの者達が・・・・!?」

 

狼狽える部下達を宥めるように説明した大統領。

座っていた椅子から立ち上がると、窓に立つ彼らを見上げて。

勲章だらけの上着につけている、カフスボタンを指し示した

 

「同盟関係の条件には、危機的状況に手を貸すことも含まれている!!国連軍がすぐそこまで迫っているのだッ!国内を荒らす連中を、蹴散らしてくれ!!」

 

対する三人組は、束の間沈黙を保った後。

 

「――――Lied der Befreiung verbrennt ein Leben um Dunkelheit.」

 

歌を以って、答えとした。

 

「wie der Abgrund des Todes durch die Flamme zer bohren.」

「Und,die Glocke der Befreiung spielt das Ende.Geben Sie」

 

男装の麗人を皮切りに、エキゾチックな女性と、ぬいぐるみを抱えた少女が歌声を奏でる。

 

 

「Einen Schrei des Siegs zur Freiheit.Machen Sie」

 

「 die Zukunft, zur Ewigkeit dauert,durch den Tod an.」

 

 

艶めかしく、美しく、荘厳な歌声に。

かすかな期待と畏れを以って見上げていた大統領は。

 

「ひ、ひいぃっ!?」

 

部下の悲鳴に、我に返った。

弾かれたように振り向けば、一人が全身をかきむしっている。

まるで何かに抗うようなその様は、しかして何の意味を為さず。

次の瞬間には、光となって消えてしまう。

 

「か、かゆい!!」

「なんだこれは!?」

「ぃ、いやだ、俺にこんな趣味は・・・・!!」

 

彼を皮切りに、次々消えていく補佐官達。

 

「な、何が起こって・・・・ひ」

 

そして、一人残された大統領も。

例外なく同じ現象に襲われる。

 

「かゆい、かゆいかゆいかゆい!!!」

 

全身をかきむしり、のたうち回り。

得体のしれない恐怖に恐れおののく。

だが、ふと。

 

「・・・・で、でも」

 

恐怖以外のものを感じて。

 

「ちょっと、キモチイイ・・・・!!」

 

浮かべた恍惚な笑みが、彼の最期だった。

部下と同じ末路を辿った大統領も含めて、光の粒子を一所に集めた男装の麗人。

 

「73,788・・・・」

 

手にした宝玉を見つめながら、覚え込むように呟いたのだった。

 

(――――調査部からの報告通り。このオペラハウスを中心に、衛星からの捕捉が不可能だ)

 

さて、その騒ぎを物陰から見ている集団がいた。

友里、藤尭、そしてレイアを中心に構成された、S.O.N.G.の別動隊である。

 

(この結界のようなものは、指向性の波形を全て無効化しているのか)

 

響達の作戦を囮に、一番怪しいここへ乗り込んでみれば。

とんでもない拠点に来てしまったと、息を吞みそうになる。

 

「奴らが・・・・!」

 

友里の限界までひそめた声に、我に返った藤尭も一緒になってのぞき込めば。

大統領一味を手にかけた三人組が、床の隠し扉を開けているのが確認できた。

と、そのうちの一人。

エキゾチックな女性が、ため息をついて。

 

「ここまであいつの読み通りだなんて、ありがたいけどなんか癪ねぇ」

「癪なのは同意見だが、背に腹は抱えられんワケだ」

「その通り。目標は眼前、気を抜かないことね」

「はぁーい」

 

もらした愚痴に、残り二人からそれぞれお小言をもらいながら。

地下室へと消えていった。

 

(あいつ・・・・まさか、あの時の?)

 

藤尭が一人、彼女達の会話に、言いようのない心当たりを感じていた時だ。

 

「・・・・ッ」

 

敵の目的を知る好機ととらえたらしい友里が、レイアや他のエージェントにGOサインを出す。

彼らも異論は無かったようで、次々動き出す仲間達。

 

「ちょ、ちょっと・・・・!」

 

『バレたらどうするんだ』とか、『無茶をするのはどうか』とか。

様々な意味を含めた、短い抗議を上げる藤尭だった。



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いい方向には中々行けない

オリガミに夢中になっていました(懺悔)


オペラハウスの地下。

エキゾチックな美女『カリオストロ』に、ぬいぐるみを抱えた少女『プレラーティ』。

そして、男装の麗人『サンジェルマン』の三人はいた。

歴史的価値のありそうな、悪く言えばいまいち価値の量れない骨董品の中を。

探し物を見逃さぬよう、慎重に進んでいけば。

ほどなくして、見つけることが出来た。

通路の突き当りの分岐点、結晶に閉ざされ、琥珀の様な佇まいでそこに()()『そいつ』。

四百年ぶりに見るその姿に、サンジェルマンは特に感慨を感じる様子を見せず。

ただそっと手をかざして、真偽を確かめる。

束の間沈黙した後、やがて小さく頷いた。

 

「やっと見つけたわ、ティキ」

(ティキ・・・・それがあの聖遺物の名前なのか・・・・?)

 

――――物陰からその様子をうかがっていた藤尭達。

ふと、カリオストロ(と、呼ばれていたのを覚えている)がこちらを振り向こうとしたので。

覗き見ていた面々は、咄嗟に隠れたのだが。

 

「――――まったく、ここまでお見通しだなんて」

 

目が合ってしまったのか、隠れきれなかったのか。

とにかく最悪の予想が一瞬で駆け抜けて。

 

「本当に、ヤな女ッ!!!!」

「ッ、派手に退避ッッ!!」

 

光弾らしき何かと、レイアが飛び出すのは同時だった。

指から弾きだされたコインが、そのほとんどを撃ち落としてくれるが。

 

「うわああああああ!?」

「藤尭君ッ!っく!」

 

撃ち漏らしたいくつかが階段や壁に当たり、藤尭は腰を抜かしてしまった。

動けない彼を庇うように立った友里は、他のエージェントに混ざって発砲。

仲間が逃げ切る時間を稼ごうとする。

・・・・幸い、

 

ビービービー!!

「うっひゃ!あッ!動くッ!?」

 

うっかりミュートにし忘れていたパソコンの、解析完了のアラームに驚いたおかげで。

藤尭の腰は早めに戻ったようだった。

レイアや友里達の必死の弾幕で、何とか退路を作って逃げ切れたエージェント達。

一方のサンジェルマン達は、障壁で難なく防ぎ切った後。

S.O.N.G.の面々が大わらわで出て行った先を見つめて、ふと踵を返した。

 

「せっかくだ。実験ついでに、大統領の望みを叶えることにしましょう」

 

向き合ったのは『琥珀』ではなく、恐らく龍を象ったらしい彫像。

かざした手には、先ほど大統領達から搾取した光が。

 

「抽出した荒魂を基に錬成すれば――――」

 

仕掛けを施された彫像の、両の目が怪しく煌めいて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

びっくらこいた。

まさかステファン君が、あの、えっと、名前忘れたけど。

未来を売っ払おうとした組織に、一緒に捕まってたなんて。

で、あの時睨んでしまったことを、律儀に謝ってきたステファン君が言うには。

プラント襲撃のどさくさに逃げた工場長は、近くにある彼の村に潜伏しているかもしれないそうな。

と言うわけで、ステファン君が運転してくれるトラックに乗って、現地に急行している次第。

いや、その年で結構多芸だね?キミ。

 

「見えてきた!」

 

なんて考えていたら、目的地に到着したようだ。

拙速を尊んで、トラックが止まるか否かのタイミングで飛び降りる。

 

「――――動くなッ!!」

 

そのまま村の中へ入っていけば。

片手に怯えた女の子を、もう片手にアルカノイズの制御装置らしきものを握っているおっさんがいた。

間違いない工場長だ。

奴の周囲には、当たってほしくなかった予想通りの光景が広がっている。

 

「動けば村人達がどうなるか、分からないお前達じゃあるまい!」

 

アルカノイズに囲まれている村人たちを横目に、せめてもの抵抗で工場長を睨みつけた。

『あの日一緒に逃げ出した』というステファン君の話通り、子どもがたくさんいるんだ。

なるべく穏便にするのがベストだろうけど・・・・ちくしょう。

どうしようもなく、奴を逃がしたわたし達の落ち度だ。

 

「要求はただ一つ、私を見逃せッ!!」

 

工場長の要求は、非常にシンプルで厄介なもの。

村人達は助けたい、だけど、アルカノイズで味方すらも蹂躙したこいつを逃がすわけには・・・・。

どうしたもんかと、攻めあぐねている時だった。

視界の隅に見えた人影で、そういえば後ろにいるはずのステファン君が居なくなっていることに気付いて。

 

「でりゃッ!」

「な、ぐはッ!?」

 

果敢にもアルカノイズの合間から現れたステファン君は、手作り感あふれるボールを蹴り飛ばす。

綺麗な放物線を描いたボールは、見事、吸い込まれるように工場長の頭にクリーンヒット。

 

「ッ立花続け!雪音はアルカノイズを!」

「はいッ!」

「分かった!」

 

まるで風の様に駆け抜けた翼さん。

あっという間に工場長の懐に入り込むと、右ストレートからの鮮やかな三連撃で意識を刈り取ってしまう。

一方のわたしは、それを横目に女の子を確保。

ノイズからなるべく遠い場所に退避させてから、ギアを纏ってとんぼ返り。

翼さんが、ノイズを片づけているクリスちゃんに合流するのを確認しながら。

わたしは村人を囲っているノイズへ向かう。

 

「頭を守って、なるべく伏せて!」

 

村人さん達が指示通りにしてくれているのを見ながら、一閃。

まずはノイズを吹っ飛ばして引き離し、一番効率のよい順番で殴りつぶしていく。

時に、刃を飛ばして縫い留めるようにするのも忘れずに。

本当に縫い留められるんじゃなくて、多少足止めするだけなんだけど。

そのタイムラグ程度の隙で十分だ。

 

「ぜいッ!はッ!そぉーりゃッ!」

 

震脚に発勁等々、一気に吹き飛ばせるインパクト技で千切っては投げ。

村人さん達には近づかせないよう頑張ってるけど、倒した後の塵がちょくちょくかかってしまっている。

ごめんなさーい、もうちょっとで終わるのでー!

 

「ていッ!!」

 

指に挟めた刃を飛ばす、後ろに仰け反るくらいの勢いでノイズに突き刺さる。

上手いこと村人から離れてるのをしっかり、かつ手短に確認して。

指をパッチン。

瞬間、ノイズは狙い通り爆散した。

 

「『汚ぇ花火だ』、とでも言うべきかな?」

 

なんておどけながら、村人さん達の怪我の具合を確認。

ぱっと見た感じ、軽傷者はいれども、重傷はないみたい。

翼さんクリスちゃん達の方も、危なげなく終わりそうだ。

と、思っていたら。

 

「っきゃあ!」

 

離れた場所に退避させていた女の子に、ノイズが向かってしまった。

距離がある、脚のジャッキを使えばスピードは出るけど。

発進点近くの村人さんとか、着地点の女の子とかが、衝撃波で大変なことになってしまう。

くそ、間に合え、間に合え・・・・!

 

「こっちだ!」

 

哀れ、文字通り塵と消えてしまいそうな女の子を助けたのは。

隣の鉄火場を必死に通り抜けてきたらしいステファン君だった。

恐怖で硬直してしまった女の子の手をひったくるように握って、とにかく距離を取ろうと走り出した足は。

だけど無情に、絡め取られて。

 

「――――ッ!!」

 

咄嗟に取り出した刃は、彼の右足に狙いを定める。

 

「うあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ッ!」

 

悲痛な声が、夜空に響いた。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「のあああああ!!なんだアレッ、なんだアレェッ!!?」

「うるっさい!ベロ噛みたいのッ!?」

「アッハイ」

 

藤尭達別動班が、オペラハウスから脱出した直後。

現れたのは巨大な蛇の様な怪物。

怪獣といっても差し支えのない巨体が、存分に体をくねらせて襲い掛かって来る。

日々の業務で見慣れていると言えども、やはり怯えずにはいられない藤尭。

友里はそんな彼を叱咤しながら、軽トラックを駆る。

荷台に乗ったレイアが、向かってくる怪物へコインを飛ばして牽制し続けているものの。

効果があるようには見えなかった。

仲間の車を、あえてパンクさせるなどして逃がしきれたのは幸いだが。

最後に自分達がやられてしまったのでは意味がない。

市街地をとっくに抜け出した現在。

遥か谷底に鉄道を望む崖際を、なおも追われながら移動している。

 

「ッ、地味に腹立たしい・・・・!」

 

レイアのバッテリーは、戦いが激化すればするほど消費が激しくなる。

エルフナインのためと言えど、そんな仕様になってしまった己へのいら立ちを募らせながら。

それでもコインを撃つ手を緩めない。

と、怪物が上空へ踊り上った。

マシンガンも凌駕するような連射を浴びせるが、焼け石に水。

もはや車を捨てるべきだと、友里達を確保しようとした時。

 

「軌道計算!暗算でええええええッ!!」

 

そんな声が聞こえたと同時に、軽トラックが一気に減速。

姿勢を崩したレイアの目の前で、こちらを仕留め損ねた怪物が地面に潜っていった。

 

「なるほど、派手な奇さ・・・・ッ!?」

 

運転席の屋根に手を掛けながら、ほっとしたのも束の間。

次の瞬間には逃れたはずの難が、足元から襲い掛かってきて。

横転する軽トラックから、大きく放り出されるレイア。

身体は無機物なので、この程度でどうにかなるわけなないが。

人間である彼らはそうもいかない。

接してきたことによって、憎からず思い始めた者達が。

横転した車体から這い出してきたのを見たレイアは、人間で言う『安堵の息』をついたのだった。

だが、状況は依然不利なまま。

 

「追い詰めた」

 

その声に高台を見上げれば、オペラハウスからわざわざ追ってきたらしい錬金術師達。

 

「その命、革命の礎に使わせてもらう」

「ッ派手に止める!!」

 

怪物を傍らに従えながら、サンジェルマンが手をかざしたところに。

阻止するように躍り出たレイアが、両腕を前に突き出す。

すると、肘から先が細かく展開。

大ぶりの大砲として一体化すると、エネルギーを充てんする。

 

「本来ならば、使うべきではないが・・・・マイスターの利益の為、彼らはやらせん!!」

 

ダメ押しに足が固定されたのを見た友里と藤尭が、咄嗟に身をかがめるのと。

同時だった。

雷と間違えそうな轟音が、空気を振動させる。

ノートパソコンで顔を閃光から庇いながら、藤尭が見たのは。

レイアの放った砲撃が、錬金術師たちに直撃する様。

 

(これは、いけるか・・・・!?)

 

なんて、思ってしまったのがいけなかった。

油断なく構える友里の隣で見上げたのは、展開した障壁ごと煙を払う様。

錬金術師達は、当然の様に無傷だった。

 

「木偶にしてはなかなかの威力じゃなーい?」

「ああ、我々でなければ危うかったワケだ」

「そ、そんな・・・・!」

「派手に、無念・・・・!」

 

とうとうバッテリーを切らして倒れたレイアが、さらに焦燥を駆り立てる。

こちらの武器と言えば、友里や藤尭の持つ拳銃のみ。

もちろん、怪物や錬金術師に聞くかと言えば・・・・。

 

(ここまで、なのか・・・・!)

 

ぐ、と。

奥歯をかみしめた時だった。

聞こえたのは、激しいクラクション。

明らかに自分達とは別の軽トラックが、猛然と突っ込んできて。

 

「――――seilien coffin airget-lamh tron」

 

降り立つ、三つの人影は。

まるで、希望の星のようだった。




ステファン「バルベルデは南米、本編一話の舞台は南米のどこか。そんなわけで思いついたのが、俺と響との接点だって・・・・クリスのこともあるから、スパイス程度の要素にとどめたいと考えているそうだぞ・・・・がくっ」

ソーニャ「ステファーンッ!!」


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炎が揺れた

ででにー男子のゲームをやっていました(懺悔)
一番の推しはグリム親分です。


「三人とも無事!?」

「ええ!私も藤尭君も無事!レイアもただのバッテリー切れよ!!」

「間に合ってよかったデス!」

 

動かなくなったレイアを引きずりながら後退する二人を見て、喫緊の怪我は追っていないと確認したマリア。

牽制する調と切歌と並び立ち、頭上を陣取る錬金術師達を見上げる。

一人、銀糸の様な髪を夜闇に靡かせる、男装の麗人。

一人、腿や胸元など、露出の高い服装をしたエキゾチックな美女。

一人、ベレー帽にメガネ、そして抱いたカエルのぬいぐるみが目を引く少女。

当然、見た目通りの人間ではないことくらい分かっていた。

 

「あーらあら、勢ぞろい」

「どうするワケだ?サンジェルマン」

 

美女がからかうように前かがみになれば、少女は麗人を『サンジェルマン』と呼んで一瞥する。

麗人ことサンジェルマンは、冷静にマリア達を見下ろして。

 

「ちょうどこいつの成果を確かめたかった所だ、是非お相手願おうじゃないか」

 

不敵に笑ったと思ったら。

上がった手を号令に、あの蛇の様なバケモノが鎌首をもたげて控えた。

 

「ッ来るわよ!調と切歌は、藤尭さん達を!それまで私が抑えるッ!!」

 

ダガーを取り廻して構えたマリア。

それを合図に、『蛇』が突っ込んでくる。

噛みつきを散開して避けると、調と切歌は後方へ。

マリアは前方へ飛び出す。

永く大きい体を存分にくねらせて迫る『蛇』に臆さず、まずは飛び上がって上空へ。

手始めにダガーの雨を振らせて牽制。

咥えて着地と同時に腹を鋭く切り付け、意識をこちらへ向けさせる。

しなり迫る胴体を回避して、再び一閃。

飛び散る小石すらも足場に、縦横無尽に駆け巡る。

 

「はああああああッ!!」

 

腰のブースターを吹かし、横っ面へ蹴りを叩き込めば。

『蛇』は頭から波打つように地面に倒れ込むが、撃破には中々遠い。

だが、マリアにはそれで十分だった。

顎に追撃を叩き込んで距離を取ると、今度は頭上にダガーを展開。

激しく旋回させれば、竜巻が発生する。

暴風を纏ったマリアがそのまま突撃すれば。

噛み砕こうとして失敗した『蛇』が、大きく引き裂かれた。

身を翻して着地したマリアは、油断なく『蛇』が倒れる様を見届けようとして。

 

「――――ッ!?」

 

瞬間、『蛇』の異変に体を硬直させた。

まるでフィルムが広がるように、錬金術の陣が並んだと思えば。

瞬きの間に無傷となった『蛇』が、こちらを睨んでいた。

 

(自己治癒!?いや、再生か!?どっちにしたって、回復が速すぎるッ!!)

 

驚愕に目を見開いたものの、再びうねり迫る巨体を前に。

苦い顔をして回避する。

 

「マリア、一旦交代デス!」

「友里さん達は、物陰に退避させてる!」

「ッええ!」

 

調と切歌に『蛇』の相手を任せ、一抹の望みをかけて錬金術師達へ。

神速を以って駆け抜けると、牽制のダガーを雨あられと放つ。

美女が不敵に笑いながら前に出て、障壁を展開。

防ぎにかかるが、マリアの攻撃が一つ上手だったようで。

 

「ッやだ、顔に傷」

 

わずかに欠けた障壁の隙間を、刃が一つすり抜ければ。

美女の頬を掠めて怯ませた。

好機と取ったマリアは、更に攻め込もうとしたが。

 

「デースッ!?」

「なっ、くぅ・・・・!?」

 

『蛇』に弾き飛ばされた、切歌達に衝突してしまった。

痛みに怯んでいる間に、麗人が手を上げて『蛇』がマリア達を見下ろす。

決定打が見当たらない中で、いかにして生き残るか。

マリアが奥歯を噛み締めた時だった。

 

『お前達!今より五秒後にそこから飛び降りろッ!!活路はそこにあるッ!』

 

聞こえたのは、本部の通信。

疑問を浮かべた耳に、汽笛がかすかに聞こえてからは速かった。

 

「はああぁッ!!!」

 

砲身に変形させた左腕から、極太の極光を発射。

十分な目くらましを仕掛けてから、踵を返す。

 

「失礼するデスッ!!」

「うわわッ!?」

 

切歌が藤尭、調が友里、そしてマリアがレイアを担ぎ。

なおも必死で走る先には、ぱっくりと口を開けた断崖絶壁。

 

「ま、まさか・・・・!?」

「しゃべっていると、舌を噛むッ!」

 

それぞれのブースターを、思いっきり吹かした跳躍。

藤尭の情けない悲鳴をBGMに、うまく着地したのは貨物列車だ。

一気に距離が離れていく中、見下ろしてくる錬金術師達を見返しながら。

マリアは固唾を吞む。

油断したつもりはなかった、だが、奴らの策に後れを取ってしまった。

 

(いや、後ろに未来を控えさせているからと、気が緩んだのでしょうね)

 

自嘲を含んだため息をつきながら、錬金術師達が見えなくなるまで視線をそらさないマリアだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしが投げた刃よりも早く。

クリスちゃんのボウガンが、ステファン君のノイズに捕らわれた足を打ち抜き切断した。

ちなみにわたしの刃は、打ち抜かれたステファン君がうまく傾いたことで。

背後にいたノイズを切り裂くだけに終わった。

もうとっくにノイズを片づけ切った現在、もちろんステファン君に応急処置は施しているんだけど。

 

「・・・・こうでもしなきゃ、ステファンが助からなかったのは。分かっている・・・・だけどッ・・・・!!」

 

絞り出すような声を出したのは。

応急処置で足を縛り上げている間も、片時も離れようとしなかった。

ステファン君のお姉さん。

ソーニャさんと言うらしいその人は、涙を散らしながら。

迷いなく切ろうとしたわたしと、切ってしまったクリスちゃんを睨みつけて。

 

「あなた達が、ステファンの足をッ!」

 

・・・・遠巻きに同じく睨んでくる村人のひそひそ話から。

ステファン君はサッカーが大好きで、将来は選手を目指しているんだと知った。

ボールを工場長にクリーンヒットさせたことから見ても、素質は十分にあったんだろう。

そんな彼にとって、足が命であることは。

容易に想像が出来た。

 

「分かっている!・・・・言い訳はしねぇ、けどこいつは、響はまだ実行はしてなかっただろ」

 

クリスちゃんは少しばかりの罪悪感を見え隠れさせながら、口を開く。

 

「やったのはあたし一人だ、言い訳はしない」

 

ソーニャさんの睨みつける視線を、真っ向から見返して。

わたしを庇ってくれた。

・・・・ああ。

庇われてしまったわたしが、もう少し早く動いていれば。

そもそも、ステファン君や、人質にされていた女の子をもっと気にかけていれば。

こんなことにはならなかったはずなのに。

 

「・・・・ッ!?」

 

ネガティブになっているところへ、頭に衝撃。

視界に星が弾けて、思わずよろけてしまう。

一番熱を持った、段々痛いと感じ始めた場所を触ると。

指が、赤く濡れていた。

飛んできた方を見れば、ソーニャさんと同い年くらいの男の人が。

腕を振り下ろした姿勢で、ものすごい顔をしている。

・・・・『お前らさえ来なければ』か。

その通りだよ。

 

「や、やめて!」

 

それを皮切りに、爆発しそうになった村人達を引き留めたのは。

人質になっていた女の子だった。

 

「この人達、村のみんなを連れて行って、返してくれなかった嫌な人を、捕まえに来てくれたじゃない!!ノイズから一生懸命、守ってくれたじゃない!」

 

小さい体をめいいっぱい広げて、必死に語り掛けている。

 

「それにッ、ステファンの怪我だって!!わたしが、わたしが人質にさえならなければぁッ・・・・!!」

 

ステファン君のことで、責任を感じていたのか。

とうとう泣き出してしまえば。

その涙を見た、元々悪人じゃなかったらしい村人達は。

バツの悪そうに互いを見たり、俯いたりしていた。

石を投げつけてきたおにーさんは、顔を蒼くして口をぱくぱくさせていたので。

『お気になさらずー』という意味を込めて、薄く笑い返しておく。

 

「・・・・とにかく、彼を病院へ連れて行くぞ。人質解放の功労者、みすみす死なせるわけにはいかん」

 

確かに。

言っちゃ悪いが、ここは衛生状況が良いと言えない。

感染症などの心配が拭えない以上、きちんとした病院で診せるべきだ。

翼さんの言葉に、ひとまず頷いて。

乗ってきたトラックに乗り、今度は翼さんの運転で都市部を目指すことにした。

その前に、

 

「こちらに来い立花、お前も立派な怪我人だ」

「はーい」

 

ステファン君を荷台に乗せる横で、翼さんに手招きされて。

大人しく手当てを受けることにした。

後のことはS.O.N.G.のエージェントさん達に任せて、今度こそ出発する。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、おかえりなさい」

 

本部に帰還したマリア達を、未来が医療スタッフと共に出迎えた。

先んじて戻っていたエージェント達の、応急処置を手伝っていたらしい未来は。

そのまま友里達の手当てをてきぱきこなす。

幸いにして全員が軽傷であったため、医療スタッフが大仰な検査も不要だろうと判断していた。

レイアも、充電すればまた動けるらしい。

 

「留守をありがとう、おかげで気兼ねなく戦えた」

「いえ、出来ることをやっているだけですから」

 

マリアの感謝の言葉に、微笑んで答える未来。

装者達はそのまま連れ立って、司令室へ向かった。

 

「みんな、ご苦労だった」

 

まず出迎えた弦十郎は、真っ先に労いを口にする。

 

「オペラハウスへの潜入任務、収穫があったようだな」

「はい、命賭けた甲斐がありましたよ」

 

対する藤尭は、ノートパソコンを軽く掲げて得意顔。

口元が若干引きつっているのはご愛敬である。

 

「パヴァリア光明結社の構成員と思しき人物も、肉眼で確認できました。やはり、活動を本格化させたようですね」

「四百年もあれば、立て直しもできているか・・・・」

 

友里の口頭報告にぼやいたのは了子。

月の破壊に意欲的だった頃、異端技術の独占を狙って大ダメージを与えたのだと。

出発直前のミーティングで語られていた。

 

「とにかく、奴らの姿も確認したのだし、情報を共有したいわ。響達は今どこに?」

 

マリアが、問いかけた途端。

しん、と静まり返ってしまう司令室。

未来も、沈痛な面持ちで俯いてしまっている。

 

「・・・・何かあったの?」

 

尋常ではない様子に、問いを重ねた時だった。

 

「ッ!?」

「ノイズのアラート!場所は!?」

 

直ちに定位置に飛びついた友里と藤尭が、素早くキーボードを操作する。

 

「位置出ましたッ!!バルベルデ国際空港です!!」

「監視カメラからの映像、来ます!」

 

そして大画面に映し出されたのは。

滑走路を我が物顔で所狭しと闊歩するアルカノイズ達。

 

「ッ、戻って早々にすまない。今度は未来君も出てくれ!!」

「はい!」

「合点デース!」

 

切歌の元気な声を号令に、それぞれが飛び出していく。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

揺らめく炎を見つめる。

樒を振り、炙る亀甲の亀裂を確かめる。

・・・・己の知る未来と当てはめながら、結果を吟味して。

 

「・・・・」

 

黙したまま、立ち上がった。




別に義務ではないけれど、うまっていないとなんか落ち着かない。
それが『あとがき』というものだと思うの。


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空港で邂逅

書きたいとこ書けてテンションがぶちあがった最新話です←
ご感想も目を通しております、いつもありがとうございます。


「あーら、やっと来てくれたぁ」

 

押取り刀で駆けつけた、バルベルデ国際空港。

貨物倉庫の屋根に陣取ったカリオストロは、装者達を見下ろしてにやりと笑う。

その隣には、プレラーティがいた。

 

「傷の借り、返させてもらうわよッ!!」

「ついでにお前の手並みも拝見というワケだ、神獣鏡」

 

言うなり、アルカノイズの結晶がばら撒かれた。

すでに暴れていた分も含めて、人間を鏖殺せんと動き始める。

 

「ここは引き受けるッ!あなた達は速く引きなさいッ!!」

 

怒鳴るように指示を飛ばすマリアを横目に、他の三人は一気に攻め込んだ。

 

「はあぁッ!」

 

未来が散発で牽制し、調と切歌がその隙間を縫うように駆ける。

仕留め損ねた個体を次々斬り捨て、片づけていく。

と、未来の背後にノイズ。

手鏡を展開して周囲を警戒していた未来は、難なく反応する。

ホバー機能も駆使して頭上を取り、飛び掛かってきた個体へ射撃。

止めに、鉄扇で頭を殴打した。

 

「やああッ!」

 

一方マリアは、錬金術師達に果敢に挑んでいた。

時に二方向以上から来る錬金術を、かわし、いなし、見切りながら。

彼らへの攻めの姿勢を崩さない。

 

「侮られては困るワケだッ!」

「ふわっと蒸し焼きにしてあげちゃうッ!」

 

声を荒げたプレラーティが、氷を雨あられと降り注がせれば。

カリオストロが炎を鞭のように振るい、氷礫を不規則に爆発させる。

熱気と衝撃の乱発が踊り狂おうとも、マリアが退くことはない。

身を翻し、衝撃波を裂き、時には礫すらも足場にして。

まず、カリオストロへ肉薄したマリアは。

 

「だあッ!」

「がはッ!?」

 

その横っ面へ、拳を叩き込んでやった。

続けて短剣を振るい、カリオストロを援護しようとしたプレラーティを牽制。

ダメ押しにカリオストロを、展開された障壁ごと蹴り飛ばした。

という所で、やられっぱなしではない彼女は、岩をも切り裂く暴風を放ち。

マリアを引き離すことに成功した。

 

「切ちゃん!あれ!!」

 

そのまた一方。

人のいる方へ進撃するノイズを片づけていた調と切歌は、離陸を強行している機体に気付いた。

彼らとしても、ここでただ死を待つよりはという判断なのだろうが。

案の定、進行方向にノイズの群れが居座っている。

 

「ッ調ちゃん、切歌ちゃん!ここは引き受けるから!」

 

同じく把握した未来の言葉に、頷きを一つずつ返した二人。

善は急げとばかりに、一目散に滑走路へ。

 

「――――離陸急げ!せめてここの乗客だけでもッ・・・・!」

 

機内の操縦士達は、懸命に機器や操縦桿を動かし。

既に乗り込んでしまった乗客達を逃がそうとしていたが。

無情にも、迫ってきたアルカノイズに車輪を破損させられてしまう。

足元から火花を散らし、大きく蛇行する機体。

 

「ここまでか・・・・!」

 

あわや観念すべきかと、覚悟を決めようとした時だった。

 

「き、機長!あれを!」

「今度はなんだ!?」

 

副操縦士が指さす先を、機長が目で追ってみれば。

 

「滑走路の上に、割とかわいい女の子達がッ!?」

 

何を隠そう調と切歌であることは、聡明な読者の皆々様にはご存知のことだろうが。

このままではビルにぶつかると気づいた操縦士達は、彼女達の正体など気にかけている余裕などなかった。

 

「今度は機体の下に?」

「あの子達、一体何を!?」

 

何とか激突だけでも避けようと四苦八苦している横で。

粗方ノイズを倒したと思えば、今度は徐に機体の下に潜り込んでいく少女達。

すると、機体がどんどん上昇していく。

 

「まさか、離陸の手助けを・・・・!?」

「ッぼやぼやするなッ!エンジン出力、最大!」

「ら、ラジャー!!」

 

副操縦士が機長の発破を受け、操縦桿を思い切り引けば。

シンフォギアの補助を受けた機体は、ビルのすれすれを通過して無事に離陸した。

 

「――――は」

 

ノイズを相手にする傍ら、その様を見届けていた未来は安堵の息を吐く。

人の避難もほぼ終わったところと報告も来た目の前で、時間切れとなったマリア達のギアが解除されていく。

敵はまだ健在。

もうひと踏ん張りと、唇を絞めたところで。

足元から、揺れ。

あの長い躯体が現れたのは、ホバーを駆使して振動から逃れるのと同時だった。

 

「時間切れだなんて好都合~♪」

「仲間と人間を庇いながら、この『ヨナルデパズトーリ』と戦えるか。見せてもらうワケだ」

 

好機とばかりに笑う錬金術師達の傍で、控えるように『蛇』が鎌首をもたげる。

 

「・・・・ッ」

 

簡単には負けてやらないと意気込んだ未来は、鉄扇を構えて。

 

 

 

 

 

しゃん、と。

布が擦れる音がした。

 

 

 

 

 

「え」

 

目の前に何かある。

巨大な一つ目模様が、顔を隠す布面だと気付く頃に。

衝撃を感じて、吹き飛ばされていた。

 

「ッ未来!?」

「未来さんッ!!」

 

地面を錐揉みし、やっと止まって立ち上がってもなお。

何をされたのか、理解が追い付かない。

少し離れて立っていたマリア達だけが、彼女が蹴り飛ばされたのを知っていた。

 

「く・・・・!」

 

やっと新手が登場したと気づいて、鉄扇を握り直す未来。

油断なく見据える視線を、新手のそいつは真っ向から見返している。

沈黙の合間に吹いた風が、水干をベースにした衣装と、顔どころか頭をすっぽり覆う頭巾を揺らしていた。

物言わぬまま、風に靡かされるがまま。

じいっとこちらを凝視してくる様に、言いようのない威圧感を覚えた。

いや、それよりも。

 

(マリアさん達から離れちゃった・・・・!)

 

よろしくない状況に、未来は奥歯を噛む。

どう打開するかと、思考を巡らせようとして。

 

「――――ッ」

 

その前に、奴の足元が狙撃された。

刃が突き立てられたのを皮切りに、雨あられと降り注ぐ弾丸。

 

「うおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」

 

続けて轟く雄叫びは。

マフラーをたなびかせて『蛇』に飛び掛かると。

暴風も加えた一撃で、頭を殴って消し飛ばす。

 

「は、効くワケが・・・・」

 

一度は嘲笑った錬金術師だったが、しかし。

さきほどと同じようにフィルムを展開しても、『蛇』は再生することなく。

地響きと共に、巨体を横たえる。

 

「どういうワケだ!?」

「無敵はどこにいったのよー!!」

 

これにはさすがの彼女らも動揺を隠せないらしい。

カリオストロが文句を零す中、一つ、二つ、三つと人影が降り立つ。

 

「響・・・・!」

 

マフラーを靡かせるその姿に、一抹の安堵を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

貫く視線に、気付かないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ステファン君を病院に送り届けるべくトラックで走って、やっと街明かりが見え始めた頃。

空港が襲撃されていると本部から教えられた。

まだLiNKERの効力が残っているマリアさん達と、さっきの小競り合いであえて待機にしていた未来が対応に当たっているけれども。

時間切れ近いのが三人もいるからと、ステファン君を送ったその足で空港へ直行した。

で、いざ着いてみれば、報告に聞いてた蛇っぽい何かと。

カエルを抱っこしたかわいこちゃんに、豊満なボディのおねーさんが。

・・・・未来を出会い頭に蹴り飛ばした、和装の人はまた初遭遇みたいだけど。

 

「うおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」

 

まずは、蛇っぽい何かをとりあえず殴ってみた。

ら、呆気なく倒せちゃってちょっと拍子抜け。

なんか、大分厄介な自己再生能力を持ってるって話だったけど・・・・。

いや、あれかな?

ガングニールことグングニルは、投げれば必中的な伝説があったはずだから。

そんな感じのサムシングでなったんじゃないかな、うん。

ところで、

 

「お久しぶりですねシャンファさん」

「・・・・ええ、お久しぶり」

 

知っている気配だったのでカマをかけてみたら、ビンゴだった。

というか、あっさり認めた。

見えているのか真面目に気になってしまう布面の下で、隠している意味がない位に未来をガン見していたシャンファさん(仮名)。

 

「また随分なイメチェンをなさったようで」

「こちらが元来なの、『イヨ』と呼んで頂戴」

「イヨ・・・・?」

 

・・・・・一瞬80年代のアイドルの方を連想してしまったけれど。

そうじゃなくて。

 

「確か、邪馬台国の女王卑弥呼の後継とされた女性では?」

「あら、よく知っているのね・・・・速攻で国を傾けた、愚か者の名前なんて」

 

歴史やら神話やらの知識が豊富なシンフォギアのみんなは、すぐに結び付けたのだった。

一方のシャンファさん(仮名)改めイヨさんは声こそ笑っているけど、やっぱり顔がすっぽり隠れているせいか表情が読めない。

不気味というか、何を考えてるか分からない。

なんかもにゃるというか、言いようのない不安を感じる・・・・。

 

「何でもいい!こちとら虫の居所が悪くてネーェ!?手加減はナシだッ!!」

「抵抗は止め、神妙に縄に着けッ!!」

 

こっちに合流した未来と一緒に構えていると、目の前に錬金術の陣。

まだ誰か来るのか・・・・!?

身構えるわたしの予想通り、また新たな人物が出現する。

銀色のボリューミーな髪に、凛とした目元。

身にまとった衣装と雰囲気は、まさに『男装の麗人』の言葉がふさわしい。

 

「サンジェルマン!?」

「サンジェルマン様」

 

おねーさんやお嬢ちゃんが驚く一方で、流れるような動作で膝をつくイヨさん。

なるほど、この『サンジェルマン』とやらがイヨさんの上司か。

アレクサンドリア号で泥棒するように指示したのも、多分この人だろう。

こっちを、というかわたしをじぃっと見てきたサンジェルマンさんは。

やがて、息を小さく吐き出して。

 

「全員、ここは撤退するわよ」

「ちょっ、そりゃあ、ヨナルデパズトーリはやられちゃったけど・・・・!」

「雌雄を決するのは、ここでなくても良い」

 

何だか不満げなおねーさんを、静かに諫めたサンジェルマンさんは。

次にこちらに視線を滑らせて、

 

「そういうわけだ、この勝負は預ける」

「ッはいそーですかって頷くとでも!?」

「頷くだろう、お前達なら」

 

そう、噛みつくクリスちゃんを涼しい顔で一瞥したと思ったら。

かざした手が、無数の陣を展開して。

わたし達の遥か後方、空港本体を含めた、一般人達がいる建物達へ狙いを定めた。

あと一モーションすれば、暴風や業火が襲い掛かるだろうと、簡単に想像できる。

なんて速さ、了子さんと渡り合えるんじゃなかろうか・・・・!?

 

「・・・・ちえッ」

「そこまで言うのなら、従うワケだ」

 

わたし達の戦意が揺らいだのを見た錬金術師達は、各々テレポートジェムを使って撤退していく。

それは、サンジェルマンさんやイヨさんも例外ではなく。

 

「――――お前が歩んできた軌跡、掴み取った答え」

 

テレポートの赤い光に包まれながら、サンジェルマンさんが口を開いた。

 

「次にでも聞かせてもらうわ、立花響」

 

何だが意味深なことを呟いて、完全に撤退する。

一方のイヨさんはというと、

 

「・・・・」

 

終始無言でこっちを凝視すると、同じくテレポートジェムで去ってしまった。

・・・・終始顔を隠していたから、確信はないんだけど。

あの人が見ていたの、わたしとか、翼さんマリアさんじゃなくて。

 

「どうしたの?」

「ん?いや、怪我はないかなって。みんなに言えることだけどさ」

「わたしは大丈夫、蹴られたのもバイザーのお陰で何とか」

「そっか、ならよかった」




AXZ編は書きたいとこが多くて、心のヘドバンが止まりません(笑)


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備えあれば患いなし、備えられない場合は・・・・頑張れ

トリックオアトリートッ(感想か評価か)!!


白い砂浜と、蒼い海、そして吸い込まれそうなほどに晴れ渡った空。

最高のロケーションに建つ、リゾートホテルの一室。

せっかくのスイートルームを暗く締め切った中で、サンジェルマンはオペラハウスで手に入れた『者』を。

オートスコアラーをベッドに横たえさせた。

次にテーブルの上に置かれた遺物を、シャンファを名乗ったイヨが無事盗み出してきた『アンティキティラの歯車』へ指を振る。

刹那、纏った石くれを弾けさせて浮き上がる歯車。

そのまま術式を展開させて、オートスコアラーの眠るベッドへ近づけた。

当然の様に開いたオートスコアラーの胸元が、歯車を受け入れれば。

頭部を覆っていたヘッドギアの、部分が光りだす。

途端に、部屋中にあふれ出したのはプラネタリウム。

時間、季節、月や各惑星の周期を示す様々な時計に囲まれて、星空が瞬きの間に巡っていく。

 

「う・・・・ぁ・・・・ぉ・・・・」

 

オルゴールに似た、ポン、ピンという音。

ベッドに横たわっていたオートスコアラーが、ゆっくり起き上がった。

機械じみた、いっそ気味悪くも見える所作の後。

ヘッドギアを自ら取り外して、呆然と前を見る。

 

「久しぶりね、ティキ」

 

サンジェルマンに話しかけられると、なおぼんやりとした後で。

急にぱっと笑顔を浮かべて。

 

「ああ、サンジェルマン!久しぶり!四百年ぶりねッ!」

 

まるで少女の様にからからはしゃぎながら話しかけるオートスコアラーこと、『ティキ』。

 

「相変わらず辛気臭い顔で、辛気臭い夢を追い続けているの?」

「ええ、簡単に諦められない悲願だもの」

「あははッ!」

 

梃子でも動かなさそうなサンジェルマンの横顔に、また楽しそうに笑った。

が、ここでようやく部屋の全貌に気付いたのか、表情を陰らせて。

不満げにサンジェルマンを見上げる。

 

「アダムは?アダムはどこなの?アダムがいないと、あたしはあたしでいられないー!!!」

 

にっこにこだった先ほどとは一転。

己を身を抱き、まるで悲劇のヒロインの様によじらせた。

 

「局長は今――――」

 

サンジェルマンが口を開いたその時。

一際大きな風が、カーテンを吹き飛ばして。

部屋にたっぷりの陽光を取り入れる。

常夏のさわやかな空気が駆け巡る中、聞こえてきたのは。

電話の、音。

ベランダの手すり、眩しい日の光を浴びて。

いつの間にか、クラシックな電話が鎮座していたのだった。

 

「何あれー?」

 

『うるさーい』と零すティキを置いといて、徐に電話へ歩み寄るサンジェルマン。

 

「局長」

『久しぶりだね、サンジェルマン』

 

なり続ける電話の受話器を取って、話しかければ。

返事をする男の声。

 

『成功したようだね、バルベルデでの実験は』

「はい、しかし。せっかくのサンプルを喪失してしまいました」

『だが出来たんだろう? 顕現は。神の力のね』

「はぃ――――」

「なになにー!?もしかしてアダムと話せるのー!?」

 

『局長』と呼ぶ相手との会話へ割り込んでくるのは、ティキだ。

サンジェルマンからあっという間に受話器をひったくると、真似をして耳に近づける。

そもそも電話自体を初めて見たのか、聞き取り口と通話口が逆さまだ。

 

「アダムー!ティキだよ!アダムの為ならなんでもできるティキだよー!」

『相変わらず姦しいね、ティキ。だけど今は代わってくれないか、サンジェルマンと。話があるのさ、大切なね』

「むー、いけずぅー・・・・そーいうところも、好きなんだけどねッ」

 

受話器から顔を話すなり、年頃の女の子の様な笑顔から一転。

つまらなさそうにサンジェルマンへ返す。

 

「局長、今後敵対することになるシンフォギアについてですが・・・・」

『フィーネの置き土産・・・・いや、彼女は未だ健在か』

 

忌々しい、と吐き捨てて。

次の瞬間には元の調子に戻る声。

 

『いいさ、難しく考えなくとも。壊してしまえば解決さ、シンプルにね』

「・・・・分かりました」

 

正直言いたいことは山ほどあったが、戦闘はもはや決定事項なので。

サンジェルマンに出来ることと言えば、頷くだけだった。

 

(幸いと言うべきか、対処法の案はある)

 

相変わらず晴れ渡った空の下、苛立つ自分に言い聞かせながら。

最近手に入れた、『球体』の淡い光を思い浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

さーてさて、あれから更に一週間とちょっとバルベルデに滞在していた。

途中、未来達学生組が帰ったりもしたけど。

まあ、おおむね順調に目的を達成。

現在はその成果である『バルベルデ文書』を入れたアタッシュケースを携えて、プライベートジェットにて帰国中である。

接触ほやほやのパヴァリアが狙ってくるかもしれないってんでの判断だけど、初めて乗る機体に大分わくわく。

太平洋を無事に通過した今は、日本の街並みを眼下に望んでいる。

そろそろなんぞありそうだけど・・・・・。

 

「ッ何!?」

 

とか思っていたら機体が思いっきり揺れたー!!

ごめんなさい、フラグ立てたばっかりに!!

物陰から伺うように窓の外を確認してみれば、お空を所狭しと闊歩するアルカノイズの群れ。

君達とも随分顔なじみになったよね、全く以てこれっぽっちも嬉しかないけどな!!!!!

操縦席を見てみれば、パイロット達はとっくにやられた後。

知ってた(白目)

 

「ッ我々も早く・・・・!」

 

翼さんが、シートベルトを放るように外した時。

飛行型の一体が、機体の側面を掠るように分解させてきた。

一気に流れ込んできた外の気流で、暴れる前髪の間から。

巻き上げられたアタッシュケースを掴んで、そのまま外に飛んでいくマリアさんが見えた。

・・・・・・・・・・・ッ!?!?!?!?!?

 

「マリアさーん!?!!??」

 

マリアさーん!?!!??

あかんあかんあかん!!ギアも無いのにノイズの真っただ中に放り込まれるとか!!!?

こうなったら・・・・!!

 

「翼さん、お先しますッ!」

「待て立花!お前まさかッ・・・・!」

「アイキャンフラーイ!!」

「立花アアアアアアアアアッ!!!!」

 

制止する翼さんの絶叫をBGMに、わたしも同じ裂け目から外へ。

即座にギアを纏って、早速寄ってきたノイズを殴り飛ばす。

 

(マリアさんは・・・・!?)

 

刃を投擲しながら辺りを見渡して・・・・・ッいた!!

だけど、ノイズの方が近い。

どうする!?

巡りかけた思考を制止したのは、

 

『――――加速してやり過ごせぇッ!!』

 

本部からの、そんな信じられない指示だった。

・・・・・いやいやいやいや!!!?

そんな無茶苦茶な!?一歩間違えたら海面に強打されちゃうって!!

とか突っ込みを入れる前に、マリアさんったら両手両足を閉じて加速しちゃうし!!

あーもう!ええままよ!!

駆けつけようにも駆けつけられないところにまで行ってしまったので、諦めて対処に専念する。

マリアさんも、飛行機の爆発を背負った翼さんがあっという間に回収していた。

よっしゃ、これで懸念事項はなくなった!

ぎゅるんと体を翻して、360度満遍なく刃を放つ。

近づいてきた奴はジャマダハルでバッサバサ。

それにしても翼さん、『喉元掻っ捌く』だなんて。

限定解除するごとに歌の殺意上がってません?

 

「でりゃあッ!!!」

 

なんてことを考えながら、一体を踏みつけにして刃を投げつければ。

ノイズは全部片付いてしまった。

・・・・もっと早く動けたなら、パイロットさん達も助けられたのだろうけど。

過ぎたことを悔やみすぎても仕方がない。

今は、空港にいるであろう、大勢の人達が死ななかったことを喜ぶとしよう。

――――ところで。

 

「ッ誰か!!翼さーん!わたしを回収しtッ――――!!!!!」

 

叫び、虚しく。

わたしは派手な水柱を立てて、海に落ちたのである。

これがほんとの『ジャパン』だってか?やかましいわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れの、とある武家屋敷。

 

「――――あれの重要性は確かに高いとはいえ、大げさな」

 

誰に言うでもなく、その小言は零された。

 

「これでは、『何か』あると声高に叫んでいるも同然でしょうに」

「は、しかしながら、あの演算装置の機能性は、頷かざるを得ない点で溢れかえっております」

 

その原因である報告をしたらしい従者が付け加えれば、物憂げに口元に手を当てる。

数呼吸の間、思考。

 

「如何なさいますか」

「・・・・致し方ありませんね。視覚障碍者の誘導や手話に覚えがあるものを招集し、バリアフリーに努めなさい」

 

やがて開いた口が、指示を飛ばす。

 

「せめて押しのけられる彼らが、不自由を覚えないように。よいですね?」

「御意に」

 

頭を下げた従者が出て行った後で。

夕日を取り込む障子越しに、過去を想起した瞳が。

静かに細くなった。




書きたいシーンが思ったよりも遠い・・・・。


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お蕎麦食べたい!!!!

今年最後の投稿です。
一足お先に、『良いお年を』の言葉をお送りします。


トレーラーの窓から、『ぞろぞろ』じゃ利かない数の群衆が歩いているのが見える。

現在わたし達がいるのは、長野県は松代。

翼さんや司令さんのご実家が舵取りする国防の大黒柱、『風鳴機関』の本部が置かれている。

この前命辛々持ち帰ったバルベルデ文書の暗号を解析するべく、ここの演算器で解読しようということらしい。

で、仮にも諮問機関というワケで、一般人の皆さんには一時的に疎開してもらっている次第だ。

一応安全確保のためという建前はあるけれども、『正直ここまでやるか?』なんて感想が無いわけではない。

 

「『風鳴機関』が守ろうとしているのは、人ではなく国だからな」

 

どうやら調ちゃんが似たようなことを口にしたのか、翼さんがそう零したのが聞こえた。

人ではなく国、かぁ。

そりゃあ、領土がなきゃ住む場所がなくて困るし。

実際、それが理由で起こっている紛争は星の数ほどあるけどさ。

だからって、国土を、土地ばかりを大事にして。

そこに住む人に無理を強いるのは、なんというか違う気がする。

国民が居なきゃ、『国』って名乗れなくない?

二千年近い歴史を持つ日本だって、ただの無人島になっちゃうよ。

 

「さあ、そろそろ任務を開始してくれ。敵影はもちろんのこと、些細な不審点も見つけ次第報告すること」

 

なんて素人考えを巡らせている間に、時間になった。

これから人払いした区域の見回りだ。

肝心のLiNKERがない今、マリアさん達(+未来)は二人組を作って繰り出すことになる。

ちゃんと2・2で別れるから、あぶれる悲しい人もおらんで!

 

「一緒に回ろうか」

「はい」

 

調ちゃんに話しかけている未来にほっこりしながら、わたしも外に出た。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

誰もいなくなった松代の町並みを、シンフォギア装者は一人、あるいは二人組を組んで巡回していた。

木々が青々とする中に、住宅や畑が点在する景色は。

のどかな田舎のはずなのに、どこか言いようのない緊張感が漂っている。

 

「こっちは大丈夫そう、そっちはどうかな?」

「えっと・・・・はい、大丈夫です」

 

その中を、未来と調は双眼鏡片手に歩いていた。

今のところ不審な物や人影は見かけていない。

さすがに田舎にはありふれた建造物や設置物に偽装させられていたら、どうしようもないのだが。

忘れがちであるが、彼女達はまだ十代半ばの少女なのである。

なので、シンフォギア装者以外にも巡回している職員がいた。

今はまだすれ違うなどしていないが、頼もしいことに違いはない。

 

「お仕事じゃなくて、観光とかで来たかったね」

「そう、ですね。長野だから、お蕎麦とかがおいしいって聞きました」

「ふふふ、切歌ちゃんなら山賊焼も好きそう」

「スーパーの、焼くだけで出来るやつで食べたことあります。あれ、長野の名物だったんだ」

 

周囲警戒を怠ら無い程度に、緊張しすぎないよう世間話を展開させていく。

 

「長野と言えば、虫料理もそうだね」

「・・・・あの、それって調理法とかではなく?」

「うん、蒸しじゃなくて虫だね。イナゴの佃煮って聞いたことない?」

「ああ、あれ長野(ここ)だったんですか・・・・」

「ほっといたら田んぼを食べつくしちゃう厄介者だから、逆に食べて退治しちゃおうってなったんじゃなかったかな」

「な、なるほど・・・・?」

 

ちなみに件の佃煮、味はエビに近いそうな。

話がひと段落したので、そろそろ職務を全うしようと。

二人一緒に歩みを早めようとした、その時。

 

「デェーッス!!!!!!!」

 

空気を引き裂かんばかりの、悲鳴。

特徴的なその声の主と言えば。

 

「切ちゃん?」

「何かあったのかな?行ってみよう」

「はい!」

 

聞こえた声から判断したところ、幸い切歌とマリアのペアとは近いようだ。

互いを見あって、頷き一つ。

未来と調が急ぎ足で駆けつけてみれば。

農作業用の籠を背負った、老齢の女性と。

彼女に何故か餌付けされている切歌の姿があった。

 

「マリアさん、あの」

「さっきの切ちゃんの叫び声は・・・・?」

「ああ、あなた達。心配させてしまったわね」

 

苦笑いを浮かべたマリアに曰く。

人影を見つけた切歌が『252デース!』と突貫したのが始まり。

ただのカカシであったショックで上げた叫び声が、未来と調が聞いたものだった様だ。

その後カカシと畑の持ち主である老女と遭遇。

この緊急時の中、畑仕事を続けていた老女へ口頭注意をしている最中。

『おひとつどうぞ』と、収穫したトマトをおすそ分けしてくれたそうな。

 

「スーパーで売ってるものより、甘い!」

 

未来が話を聞いている間に、調もおすそ分けをもらったらしい。

普段の落ち着いた雰囲気とは裏腹の、輝かんばかりの笑顔を浮かべている。

採れたての野菜は旨味が格別だと言うし、今回もその例に漏れなかったんだろうなと。

感動を一生懸命伝えようとしている調と切歌を、未来とマリアが見守っていると。

 

「あーら、三色団子に羊羹まで揃い踏みだなんて」

「ッ何者!?」

 

突如振ってきた声に、警戒を露わにした面々が振り向けば。

バルベルデでも遭遇した、パヴァリア光明結社の幹部が。

確かカリオストロと呼ばれていた女性が、こちらを不敵に睨んでいた。

 

「ギアのない装者なんて、簡単に潰せちゃうのよネェー?」

「ッ逃げるわよ!」

 

悔しい限りだが、実際その通りだ。

ギアも何も意味を為さない相手に、マリア達が何か出来るわけではない。

老女を背負ったマリアを筆頭に、一斉に駆け出した。

カリオストロもすぐにアルカノイズを召喚の上、追跡を始める。

本部に連絡は入れた、後はひたすら逃げるだけだ。

・・・・相手もそう簡単に逃がしてはくれないだろうが。

 

「あはははッ!どこまで逃げ切れるかしらーッ!?」

 

大分高揚した様子で追いかけてくるカリオストロ。

彼女が振るう腕に合わせて襲ってくるアルカノイズは、まるで指揮棒に従うオーケストラの様だ。

細々と煽ってきたと思えば、時に大胆に追い詰めてくる。

それに対して装者達は、一緒に蛇行して走ったり、時々散開して攪乱することで抵抗するものの。

やはり、だんだんとジリ貧になっていく。

 

「あ、あなた達、私だけでも置いて――――」

「その提案はナシよ、おかあさん!!『英雄』を見くびらないで頂戴!」

 

自分が荷物になっていると判断した老女が、意を決して口を開けば。

マリアは毅然と却下を称えた。

 

「その通りデス!」

「頼れる仲間はもう呼んでありますから!」

「もうちょっとだけ、一緒に頑張りましょう!」

 

切歌に調、未来も口をそろえて鼓舞するものの。

残念ながらそんなことで現実は好転しない。

 

(ッ引き離せない・・・・!)

 

相手の攻撃が、足元スレスレに迫ってきた。

投擲された分解器官の一つが、とうとう直撃しそうになって。

その全てが、降り注いだ弾幕に貫かれた。

 

「クリスッ!!」

「早く逃げろッ!!」

 

カリオストロを通せんぼする為に降り立ったクリスは、それだけを手短に伝えると。

即座に戦闘へ移った。

ノイズの一匹も逃さないとばかりの弾幕を張り、マリア達が逃げる隙を確保。

一方で、目の前の敵を仕留める腹積もりで攻め込む。

対するカリオストロもまた、アルカノイズを撒く手を止めて応戦。

錬金術で生み出した光弾を負けじと連射しながら、クリスと対峙する。

鉛玉と光が何百と行き交う中、激しく競り合う両者。

攻防の最中、弾丸をすり抜けてきたカリオストロ。

片手に燐光を掲げ、クリスへ肉薄してきた。

 

「ッ近すぎんだよ!!」

 

グレネードによる、一等強い一撃。

爆発に巻き込み引き離したクリスは、アームドギアを弓に変えてつがえたが。

 

「油断は大敵よん♪」

 

あっという間に煙から飛び出してきた、カリオストロが一歩早かった。

不敵な笑みと共に、火炎を叩き込もうとして。

 

「――――ああ、油断大敵だな」

 

真横の気配に気づいたのは、目の前の口角が上がった時だった。

振り向いた時には、すでに拳が胴体に突き刺さっていて。

 

「ゥオラァッ!!!」

「ぐ、はっ・・・・!!?」

 

響の一撃は、カリオストロの体を刹那のうちに吹き飛ばしていた。

その様、大砲から打ち出された砲弾の如し。

 

「ッ・・・・!」

 

地面を水きりの様に跳ねながらも、何とか体勢を立て直すカリオストロ。

高台に揃い立つ響とクリスを見据えながら、立ち上がろうとして。

何の気なしに伸ばした手が、あるはずのないものに触れたことに気付く。

 

「壁?」

「壁とは不躾なッ!(ツルギ)だッ!!」

 

動揺した頭で口を開けば、憮然とした声が振ってきた。

見上げると、壁だと思ったものは巨大な剣であり。

動ける装者の最後の一人である、翼も駆けつけたことの証明でもあった。

 

「飛んで火にいる夏の虫とは、このことだ。――――大人しくお縄につきな、お・ね・え・さ・ん?」

 

口元をぱっくり三日月に割って、悠然と迫る響に気圧されるカリオストロ。

背後には翼も控えているし、よしんば逃げたところでクリスの狙撃に手傷を負わされるだろう。

万事休すか、と、冷や汗を流したその時だった。

 

「――――こんなところにいらしたんですか、カリオストロ様」

 

しゃらん、と布が揺れる音。

 

「あんた・・・・!」

「まだ何も整っていないのに飛び出されて・・・・サンジェルマン様がお困りですよ」

 

カリオストロの背後を庇うように降り立ったイヨは、知己に向けるような口調でたしなめる。

 

「『ご自分に嘘をつかない』、ええ、素晴らしいポリシーですし、理解も示します。ですが、此度貫くのは些か違うのでは?」

「ッ・・・・正論なのがまた腹立つ・・・・!」

 

どうやら彼女達の間には蟠りがあるようだが、サンジェルマンの名前が出ると協力せざるを得ないらしい。

苦々しく歯を剥いたカリオストロが、胸元からテレポートジェムを取り出した。

 

「逃がすか!!」

 

相手の逃走に気付いた装者達。

クリスがグレネードを放ち、響はその牽制に乗じて一撃を叩き込もうとする。

 

「それこそさせません」

「な、ぐあぁ!?」

「バカ!?」

 

が、煙から躍り出たイヨが、まぁるい障壁を展開。

拳とグレネードを受け止めるばかりか、くらったはずの衝撃をそのまま反射。

咄嗟の反応も出来なかった響は、仲間の攻撃を受けたも同然に吹き飛んで行った。

 

「立花!?おのれ・・・・!」

 

地面をバウンドした響に、クリスが駆け寄っているのを横目に。

手傷だけでもと翼が切りかかる。

だが、狙われていたカリオストロとの間にイヨが割り込めば。

案の定斬撃が翼に返されてしまう。

 

「ぐッ・・・・!」

 

防御が間に合ったものの、後退せざるを得ない翼。

追撃を繰り出す余力は十分にあったが、障壁を展開したイヨを前に足踏みをする。

 

「カリオストロ様」

「分かってる!あんたも遅れないでよね!」

「承知しております」

「ッ待ちやがれ!!」

 

今度こそテレポートジェムを叩きつけ、撤退を始める両者。

クリスが、手の届きにくい足元を狙って発砲するも、一歩遅かった。

 

「・・・・ッ!!」

 

彼女らの去り際、少しでも情報を得ようと睨みを利かせていた翼は。

転移の際に発生した突風で、イヨの布面が激しく煽られたのを見た。

 

「・・・・・?」

 

――――刹那。

瞳の色や鼻の位置などを、覚えようもない一瞬に。

何とも言えぬ既視感を覚えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令、今の・・・・・!」

「ああ、間違いない」

 

S.O.N.G.本部では、また別の既視感が確認されていた。

呆然とする友里に、弦十郎ははっきり頷く。

 

「今観測されたアウフヴァッヘン波形を調べろ!未知の敵、イヨの手がかりがつかめるかもしれん!!」

「はいッ!!」

 

指示を飛ばす一方で、素早く思考を巡らせる弦十郎。

パヴァリア光明結社の目的は、依然として掴めぬまま。

男装の麗人(サンジェルマン)エキゾチックな美女(カリオストロ)眼鏡の少女(プレラーティ)の三人ならまだ分かる。

サンジェルマンの目的に、他の二人が賛同し協力しているのだと予想が出来るからだ。

だが、イヨは。

たった今、装者達を圧倒せしめた彼女の存在は。

異質と言う他なかった。

彼女ら三人を上司と仰ぎ、アレクサンドリア号事件での下手人であるということ以外。

何もつかめないのである。

 

(お前は、何を考えている・・・・?)

 

S.O.N.G.の優秀なカメラで、辛うじて捉えた布面の下。

靡く銀髪の下の、爛々と輝く目を見返しながら。

弦十郎は眉をひそめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ねむれ、ねむれ」

 

喉を震わす、歌を紡ぐ。

 

「母の胸に」

 

冷えていく体を無視して、空いた風穴を見なかったことにして。

無くなった片腕を頭の隅に追いやって、乾き始めた赤い水溜りに気付かないふりをして。

 

「ねむれ、ねむれ」

 

ずっとずっと頑張ってきた、諦めないで手を伸ばし続けた。

その果てに、望んだものを掴み取った英雄が。

 

「母の背に」

 

少しでも、ほんの少しでも。

安らかに眠れるように。

 

「こころよき、うたごえに」

 

もう頑張らなくていいのだ、泣かなくていいのだ。

苦しまなくていいのだ。

 

「結ばずや」

 

――――喜ばしいことの、はずなのに。

 

「た、の、し・・・・ゅ、め・・・・」

 

こらえきれなかった涙が。

土気色の頬に落ちていった。




来年もどうぞよろしくお願いします。


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身構えてもどうしようもない時はどうしようもない

あけましておめでとうございます!!(遅)
今年もチョイワルビッキーをよろしくお願いします!!


「――――正直、『反射』だけではなんとも言えないわ」

 

風鳴機関、内部。

バルベルデ文書解読の為に出向していた了子は、受けた連絡に対してまずはそう返事した。

 

「何が由来かも予測がつかないし、情報が少なすぎる」

『そうか・・・・いや、分かった。済まないな、職務中に』

「構わないわよ、そのための知恵袋(わたし)なのだから」

 

と、外部組織の彼女を見張っていた職員の目が、細くなった。

これ以上は危なさそうだと感じた了子は、一言断って通信を終わらせる。

 

「申し訳ないわね、本職をおろそかにするわけにもいかないの」

 

肩をすくめて謝罪を口にすると、仕方ないと言いたげに鼻を鳴らす職員。

諮問機関と言えど、流石に無愛想すぎないかと。

了子は顔に浮かべないよう気を付けながら苦笑した。

一方で、新たな手札を見せたイヨについて考察する。

 

(そもそもとして、あいつには謎が多すぎる)

 

彼女から感じて仕方がない異質さは、サンジェルマン達とは違う和装であるからだけではない。

他の二人に、邪険にされているらしいと言うのも違うだろう。

――――ところで。

今更特筆することでもないだろうが、了子の本名はフィーネと言う。

神々と近しかった先史文明時代から、転生を繰り返してきた古代の巫女である。

人類の転換期には必ずと言っていいほど寄り添ってきた、歴史の生き証人なのだ。

つまり、どういうことかと言えば。

 

(あの子から聞いていた人物像と、あの『イヨ』がどうもあてはまらないのよねぇ・・・・)

 

日本最古の統治者である『卑弥呼』と、直接対面したことがあったのだった。

かつて大陸の国の呪術師として仕えていたフィーネは、使節団の一員として邪馬台国を訪問した。

その際、同じく呪い(まじない)を生業とするものとして、卑弥呼とは仲良くさせてもらっていたのである。

女王と崇められながらも、好奇心を始めとした人間らしさを忘れなかった卑弥呼は。

当時の己が持っていた知識を、目を輝かせながら学んでいたものだと。

一瞬、懐かしい気持ちになる了子(フィーネ)

帰国後も、交流は文通という形で続いた。

やりとりの中で、教え子であるというイヨに関する記述は覚えがあったが。

『心根が清く、他人を慈しむことができる』『一の事柄に十の疑問をぶつけて、理解を深める知性がある』と、卑弥呼がべた褒めしていたイヨの人物像は。

現在S.O.N.G.が対峙している『イヨ』とは、全くかけ離れていた。

 

(まあ、私も直接会ったわけじゃないし、卑弥呼(あの子)の親バカならぬ師匠バカも否めないか・・・・)

 

思考をひと段落させたところで、そういえばと思い出したことがあった。

『アレクサンドリア号事件』。

イヨならびにパヴァリア光明結社と初めて遭遇した事件だ。

その後の警察とのやり取りにおいて、全員で首を傾げた情報があった。

 

(何で彼女、未来ちゃんの遺伝子で、(デコイ)用のホムンクルスを作ったのかしら・・・・?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どーもいらっしゃい!!全日本おまぬけさん選手権大会の会場はここだよーッ!!

なんて、やけくそテンションで失礼します。

いやぁ、流石にさっきのは迂闊すぎたよね!

たんこぶ程度で済んだからよかったものの、あすこでとどめ刺されてたらアウトだったよ。

下手したらクリスちゃんや翼さんも危なかったわけだし、反省反省・・・・。

それにしても、イヨさんリフレクター持ちかぁ。

今後はそれを見越した戦い方しないと、二の舞になっちゃう。

風鳴機関には了子さんだっているし、これ以上の敗北は許されない。

・・・・ところで、あのリフレクターってどこまでが効果範囲なんだろう?

今回返して見せたのはわたしの拳とか、翼さんの斬撃とか、クリスちゃんの爆撃。

どれも『物理』にカテゴライズされる攻撃だ。

となると、ビーム系とかはどうなんだろう?

そりゃあ、効果は物理的なものだけど、攻撃そのものは実体が無いものだ。

もしかすると、ワンチャン狙えるかもしれない。

そうと決まれば善は急げ、マリアさん・・・・は、あのおばあちゃんを避難所に送ってる最中だから。

まずはクリスちゃんに相談してみよっと。

 

「・・・・あ」

 

いざ往かん!と踏み出したところで、ふと思いついた。

いや、リフレクター、つまりは反射だから。

未来も頑張ればできそうだなって。

ほら、『鏡』のギアである『神獣鏡』の装者だから。

もしかしたら、ゲームとかで『テニス』なんて呼称されるカウンター合戦が出来ちゃったりするかもしれない。

・・・・うん、ふざけちゃいけないのは分かっているんだけども。

それは、それで。

見てみたい・・・・!!

絶対白熱しそう。

 

「いやいやいや、集中集中・・・・」

 

溢れる好奇心を頭を振って抑えてから、改めて歩き出した。

 

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

夜になっても警戒態勢は続いている。

聞いてはいたけど、やっぱり数日かかっちゃうものなんだな。

バルベルデ文書、おそるべし・・・・。

一筋縄ではいかないのは十分に分かったから、後は一時でも早く終わることを祈るのみ。

一般の人たちへ、災害でも何でもないのに『立ち退いてください』なんて無理言って、避難所に押し込めているわけだからね。

『はよ帰せや』って募らせた不満が、とんでもない速度でピークに達することだろうくらい。

簡単に想像できる。

なんて、勝手に世知辛い気分になりつつ。

支給された懐中電灯をせわしなく動かして、夜闇を隅々までチェック。

こういう、『二つのことを同時にやる』みたいなことがこなせるようになってくると。

何か、プロに近づいた気がしてテンション上がらない?

あ、うんにゃ。

こんなこと考えてるうちはまだ未熟者だろうな。

さっき『油断大敵!』ってなったばっかりなのに、これはよろしくない。

カット!カァット!

 

『響ちゃん、聞こえる!?』

 

改めて気を引き締めたところへ聞こえたのは、作戦本部からの通信。

 

『風鳴機関直近にて、アルカノイズの反応を確認!』

『そのうちの数グループが、避難所へ向かっています!』

 

そおーら、おいでなすった!!

何て、某宇宙王蛇に肖ったトーンで踵を返す。

目指すはアルカノイズが現れたというポイントだ。

ガングニールを纏いつつ駆けつけてみれば、案の定ひしめく団体様。

避難所に向かっている方は、マリアさん達が対処し始めたらしい。

その中には、当然未来もいる。

 

「・・・・ッ」

 

侮っているわけじゃないけど、やっぱりLiNKER無しなんて危険すぎる。

だから速攻で片づけて、援護に向かわないと・・・・!

施設を壊さない様気を付けつつ暴れている横で、翼さんとクリスちゃんが合流したのも確認できた。

構っている暇が惜しいので、イグナイトを起動。

高出力で蹂躙にかかる。

今のところ、アルカノイズ(こいつら)との初対面時みたいに、『あ、新機能追加しときましたー』みたいなのもないみたいだし。

こうなったら、他に考えるべきは。

 

「ッおい、あそこ!!」

 

クリスちゃんが銃口で指した先。

施設の一角、その屋根の上。

サンジェルマンさん達が、月を背負って立っている。

雑魚をすっかり片付けてから、わたしと翼さんも倣って見上げた。

 

「・・・・バルベルデ以来ね、立花響」

「名乗ってもいない名前を知られてるのはこの際どうでも良いんで、このまま帰ってもらうことって出来ませんかね?」

「あっはは!面白いことを言うわねー!・・・・帰してごらんなさいな?」

「さっき『ハウス』された人がなんか言ってる」

 

三人同時に構えたので、別にわたしの返しに怒ったわけじゃないんだろう。

いや、それにしたって一瞬見せたあの顔はすごかったけど。

 

「舌の根がよく潤っているワケだ」

「もーっ!ぎゃふんと言わせてやるんだからッ!!」

 

やれやれとばかりに肩をすくめたサンジェルマンさんと共に、懐やらぬいぐるみやら胸元やら。

三者三様に取り出したのは、これまたそれぞれデザインが違うアイテム。

共通点と言えば、真っ赤に輝く宝石が埋め込まれていることだろうか。

シンフォギアの聖詠の様な掛け声もなく、発動したそれは。

 

「ファウスト、ローブ・・・・!」

 

銃に、でっかいけん玉。

カリオストロさんのは、ナックルかな?

武器らしい武器は見当たらない。

仮にあったとしても、油断なんて出来ないけどね。

さっき痛い目みたばっかりだもん。

・・・・だけど、なんだろう、この。

キンッキンに冷えた水を背筋にかけつつ、指でなぞられているような悪寒がする。

あれ、もしかしなくてもやばいやつじゃな?

 

「徳と味わうワケだ!!」

「ッ舐めるな!!」

 

無意識に体を強張らせたわたしとは対照的に、飛んできたけん玉の玉へ突っ込んでいく翼さん。

 

「――――かかったワケだ、マヌケ」

 

金属同士がぶつかったものとは別に、何か歌うような音が響き渡って。

 

「があああッ!?」

 

気付いた時には、翼さんが吹っ飛ばされていた。

・・・・・!?

なんだ、何が起こった!?

 

「せ、先輩!?」

「隙だらけ♪」

 

思わず振り向いた隙を逃さず、カリオストロさんが急接近。

また歌うような音が聞こえて、今度はクリスちゃんが地に伏す。

残るは、わたし一人。

 

「――――ッ!!」

 

即効で刃を両手に持って投擲。

接近してきていた三人に投げて距離を確保する。

翼さんもクリスちゃんも至近距離で受けて倒れていたので、一抹の望みをかけての行動だ。

 

「ふふふっ、一転してガゼルになった気分はどうかしら?」

「さぁて、どっこいラーテルかもしれませんよ?」

 

焦りは、後ろで戦っている未来達を意識することで沈める。

まったく、イヨさんに続いてトンデモが出てきたもんだ。

 

「試運転はこれからだ、付き合ってもらうぞシンフォギア」

「上等だファウストローブ、精々噛まれないようにしな」

 

向けられた銃口へ、刃を向け返すことで対抗した。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあぁッ!!」

 

一方その頃。

避難所へ向かう群れを対処していたマリア達。

LiNKERを使わない運用の上、負担が増すイグナイトを使ってもなお、ノイズが減る気配はない。

それに加えて、響達の苦戦も知らされた。

純粋な適合者である彼らがやられてしまうのは、非常にまずい。

 

「・・・・ッ」

 

歌唱の途中、奥歯を軽く噛んで思考を区切ったマリア。

周囲を薙ぎ払い、声を張り上げた。

 

「翼達の救助に向かう!未来は私と!調と切歌はここを食い止めて!」

「了解!」

「デース!」

「分かりましたッ!」

 

調と切歌はお得意のユニゾンを始め、少し離れていた未来は駆け寄ってくる。

彼女達を横目に、マリアも駆け出そうとして。

 

「ッ危ない!!!」

 

未来が上空の何かに気付くのと、マリアが飛びのくのは同時だった。

立て直して前を見れば、昼間こちらを圧倒したイヨが佇んでいる。

 

「・・・・簡単には通さない、ということね」

「邪魔をしないで下さい!あなたにかまっている暇はないの!!」

 

響が危機にさらされていることもあってか、未来が珍しく声を荒げた。

対するイヨは、気迫に保っていた気配を一瞬揺らがせた。

マリアが感じ取れた感情は、苛立ち。

 

「・・・・他人を気にする余裕がない分際で、よくもほざく」

 

予想通りの、とげとげしい声。

刹那。

腕を振るったと思うと、二桁はある錬金術の陣を発動させた。

二手に分かれて飛びのくマリアと未来。

石礫や氷柱が混じった暴風を回避しながら、まずはマリアがイヨへ肉薄。

反射を警戒した斬撃を、胡蝶の様な体捌きで避けられてしまう。

更に、踏み込んだ足元に土の陣を張り、巨大な刺をいくつも錬成。

ステップの度に現れる凶器を前に、マリアは懐から離れることを余儀なくされる。

ちなみにこの間、未来が放つ援護射撃を一瞥せずに防ぎ続けている。

強さを再認識している間に、今度はイヨが突っ込んできた。

咲く花の様に開いた刺の間を駆け、ひらめく布面が当たる距離まで接近。

 

「ぐあ・・・・!?」

 

回し蹴りを叩き込まれ、マリアはふらついてしまった。

硬直した隙を見逃さず、イヨは両手を素早く動かして何かの印を結ぶ。

 

「――――縛」

 

そして、刀に見立てた指を鋭く向けて。

 

「マリア・カデンツァヴナ・イヴ」

「ッ!?」

 

次の瞬間、マリアの体がまるで石にでもなった様に硬直してしまった。

駆け出そうとした前のめりの体勢なのに、声を出すことすらままなっていない。

 

「マリアさん!?」

 

マリアに降りかかった異常に対し、未来が目を見開く間に。

イヨはあっという間に方向転換。

風の錬金術でブーストを駆けながら、まばたきの内に迫った。

 

「・・・・ッ!」

 

振るわれた鉄扇を、錬金術でこしらえた即席の棍を手に迎え撃つ。

両端に炎と刃が付け加えられたことで、未来の警戒は跳ね上がった。

 

「進め恋心 まっすぐに君の下へ・・・・!」

 

歌を紡ぎながら、扇を展開。

同時に反射板も射出しつつ、向かってくるイヨへ構える。

乱反射するレーザーを避けるどころか、時に反射板を利用し返してカウンターを仕掛けてきた。

 

「ッ世界の感情 全部揺さぶって!」

 

降り注ぐレーザーを掻い潜り、鉄扇を一振りして反射板を収めた未来。

自らの攻撃に牙を剥かれては溜まったものではない。

いくらダインスレイフの搭載により、凶暴性が抑えられたとはいえ。

一撃一撃は、聖遺物すらをもそぎ落とす威力を孕んでいるのだ。

重い音を響かせて、イヨの棍を受け止める。

ギリギリと首元を狙ってくる刃。

じっとり汗をかきながら、それでも決して諦める様子を見せない未来。

鍔迫り合いの中、舌を打つような息遣いが聞こえた。

 

「ッ・・・・ぁ、が・・・・!」

 

そんな状況に一石を投じたのは、動きを封じられたマリアだった。

負けてなるものかと闘志を燃やし、手始めに喉を震わせて。

少しずつ、少しずつ声と体を取り戻していく。

 

「ぉ・・・・ぉおお・・・・!」

 

イヨが気づいたのは、マリアが青い光を纏い始めてから。

 

「ッ!?、そんな・・・・!?」

「マリアさ、うあッ!!」

 

未来を弾き飛ばして振り向くのと、マリアが拘束を脱するのはほぼ同時だった。

さっきのお返しだとばかりに再び懐へ飛び込んだマリアは、雄叫びと共に一閃。

回避が叶わなかった切っ先が、布面を引っ掛ける。

びりっ、と甲高い音を立てて大きく避けた布面。

全て引きはがすことは出来なかったが、口元と片目をさらけ出すことに成功した。

 

「――――」

 

まっさらな髪に、赤い瞳。

知らないはずなのに、あまりにもデジャヴを覚えるそれに。

マリアは息を吞む。

 

「――――貴女、何処かで」

 

問いただそうとした声は、不自然に明るくなった夜空に遮られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――評価を、上方修正しましょ」

「同意するワケだ」

 

――――滝の様に流れた汗が、地面に小さな水溜りを作った。

 

「足手まとい二人とも庇いながら、ここまで奮戦するなんてね。さっきの悪口チャラにしてあげたいくらいだわ」

「ラピス・フィロソフィカス・・・・虎の子を相手にこれだけやられては、称賛を口にするのも当然というワケだ」

「はぁッ・・・・はあ・・・・は・・・・!」

 

何度、あの歌の様な音を聞いただろうか。

聞こえる度に活力を取り上げられ、意識を強制的にシャットダウンされかかったけど。

お陰で少しずつ分かってきた。

まず、あれは。

イグナイトの、ダインスレイフの敵だ。

神獣鏡とはまた違った、厄払いの力。

だけど同じくらい凶暴な威力の何かを使っている。

ラピス・フィロソフィカス・・・・聞き覚えはない。

どこかの伝承に伝わっているのか?

あるいは、ガングニールとグングニルみたいに、呼び方が違うものなのか?

 

「ファフニールの名前は、伊達などではなかったということね」

 

ああ、ダメだ。

頭が、もう。

回らない・・・・!

少し意識を飛ばしたと思ったら、次に目を開けた時には地面に倒れていた。

ああ、もう。

言い訳できないほどに、大ピンチだ・・・・!

 

「・・・・立花響」

 

こらえきれない悔しさを、何とか抑え込もうとしていると。

サンジェルマンさんが歩み寄ってきた。

見下ろしてきた瞳には、攻撃の意志は感じ取れない。

 

「・・・・お前は、何故戦う?」

 

二呼吸くらい置いた後、そんなことを聞いてきた。

 

「お前を追い詰めたのは人間だ、歩まなくてもいい血肉の道を強いたのは人間だ・・・・何故、守るために戦える?」

 

・・・・いつか、聞かせてもらうと言っていたのはこれのこと?

 

「・・・・ぐ」

 

・・・・わたしが戦う理由。

わたしが、未来以外の人達も守る理由。

 

「・・・・?」

 

少しでも時間を稼ごうと、口を開きかけて。

ふと、上空に何かいるのに気づいた。

サンジェルマンさん達もわたしの視線を追いかけたことで気づいたらしい。

一緒に、上空を見上げて。

 

「統制局長・・・・!?」

 

心底驚いた声を上げていた。

・・・・寝そべっているせいで、よく見えないんだけど。

あれが、サンジェルマンさん達のボス・・・・?

とかなんとか考えていたら、急に上空の人の服が脱げた。

・・・・・・・お、おまわりさーん!!!!!!!

 

「あれは・・・・まずい!!」

 

突然のキャストオフにびっくりしている目の前で、太陽と間違えそうな火球が現れた。

・・・・まずい。

あんなものが落ちてきたら、ひとたまりもない!!

 

「ッ二人とも!!退避!!イヨも離脱なさい!!」

 

クソ、しまった。

早く立ち上がらないと・・・・!!

腕は何とか動かせる。

立て、立て、立ち上がれ。

翼さんとクリスちゃんだけでも逃がすんだ!!!

 

「ぐ、おおおおお・・・・!」

 

ああああああああ!体が重たい!!

何をしている、この愚図!!!役立たず!!!

動け!!動けったら動け!!

ここで何も果たせないのなら、お前は何のために生きてきたんだ・・・・!

腕や足が擦りむけようが、お構いなしに動く。

・・・・死ねない、死ねない!!

 

(――――死ヌわけニは、イカナイ!!)

 

――――よぎった雑音(ノイズ)に、何もかもが停止する。

 

 

肝心な時に硬直した視界に、見えたのは。

 

 

 

 

 

(了子さん・・・・!!)

 

 

 

 

 

・・・・手を伸ばす間もなく、声を出す間もなく。

膨大な熱量と燐光に、残っていた全ての意識を刈り取られた。




イヨさんに呪術師っぽい戦い方をさせられて満足。

また、今回もう一度楽曲コードを使用。
「ツバサ・クロニクル」というアニメの劇中歌であります、「aikoi」という曲です。
チョイワルワールドの未来さんならこれくらい歌ってくれると信じています(笑)


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ストッパーって大事よね

先日は、日刊ランキングの総合、ならび二次創作にお邪魔させていただきました。
日頃のご愛顧、重ねてお礼を申し上げます。


「・・・・?」

 

熱気の中で、クリスは意識を取り戻した。

背中に乗っていた瓦礫を退かしながら、砂埃から庇った目を開く。

 

「・・・・了子?」

 

開いた端から乾く眼球でとらえたのは、熱風にたなびく白衣。

そして、何か黒いものを天高く掲げている了子。

 

「了子、何があったんだ?バカは?先輩は・・・・!?」

「くりす・・・・?」

 

痛む節々に喝を入れながら立ち上がると、力のない返事が返ってくる。

首を傾げそうになったクリスだったが、同じく倒れている翼と、一際大怪我を負っている響を見て吹き飛んだ。

 

「っ先輩!!バカ!!おい、生きてるか!?起きてくれ、返事してくれ!!」

「・・・・ぐ」

「ぁ、ぅ・・・・」

 

翼は遠慮なく揺さぶり、響は傷を労わり軽く叩いて。

二人の覚醒を促すクリス。

未だ背を向けたままの了子は、その声を聴いたことがトリガーになったようだ。

 

「ぁあ・・・・よかった・・・・」

 

全身の力を抜き、ぐらりと体を傾けて。

 

「了子ッ!?」

 

骨まで炭化した左腕を砕きながら、倒れ伏したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

S.O.N.G.は、まごうことなき敗北を喫した。

次々繰り出された敵の手札に対応しきれず。

その結果が技術主任である了子と、シンフォギア装者の一人である響の負傷。

そして、風鳴機関の文字通りの消失だった。

あの時上空に出現した、パヴァリア光明結社の首魁らしき男性。

彼が放ったツングースカ級の、理不尽極まりないまでの暴力的な火力によって。

跡形もなく消えたのである。

幸い異常に気付いた職員が、即座に風鳴本家が管理する別サーバーへ避難させたため。

電子化されていたデータは全滅を免れたものの。

紙媒体のものや、もちこまれていたバルベルデ文書。

更にはそれを解読していた装置は、塵一つ残らず蒸発してしまったのである。

了子が決死の覚悟で装者を守り抜いた区画は無事だったが、データ保管とは全く関係のない場所だ。

はっきり言って、無意味な事だった。

 

――――さて。

 

そんな始末に、誰よりも腹を立てている人物がいる。

『防人の中の防人』『日本の真の支配者』『怪物』『牙』。

最後の世界大戦から百年余り、今もなお現役にて日本国土を守護せし防人。

『風鳴訃堂』、その人である。

 

「――――聞くに堪えんッ!!」

 

現場の責任者であった弦十郎、ならびに、作戦を認可した八紘。

二人の息子達の報告を聞いた訃堂は、開口一番に吐き捨てた。

 

「風鳴機関の使用を許したのは、国連に借りを作る為。だというのに、何という為体かッ!!」

 

齢百を超える御老公の一喝に、口を結んで怯む弦十郎。

横目で兄八紘が涼しい顔をしているのを見て、『さすが兄貴だ』と一瞬現実逃避してしまう。

 

「夷狄の手がかりを失うばかりか、『被災地松代への支援』という形で借りを作りおって!!これを足掛かりに他国から干渉されれば――――!!」

「――――お言葉ですが」

 

そんな大噴火に、割って入る声があった。

弦十郎達と、訃堂のちょうど相中。

障子側に座っている女性だった。

小豆色に菖蒲や柊、そして千鳥が踊る振袖が。

障子からの陽光に当たって煌めいている。

 

「現在S.O.N.G.が相対しているパヴァリア光明結社は、未だその実態を未知数としております。櫻井了子という生き字引がおりましても、出方の全てを把握しろなどと酷というもの」

「・・・・ではなんとする、生剣(いするぎ)

「作戦自体を隠蔽致します」

 

『生剣』。

そう呼ばれた女性は、訃堂の眼光など意に介さず。

問いかけに即答した。。

 

「風鳴翼以下二名がバルベルデより帰国した際の襲撃にて、連中の先んじた来日は明確になっておりました」

 

確認の様に目を向けれられた弦十郎は、気圧されながらもこっくり頷く。

 

「であるならば、その時点でこちらの手札をある程度把握されてしまっていると考えるべき。風鳴機関本部の居所も割れていたことでしょう、あるいは、我々では対処しようもない方法で尾行されていたやもしれません」

 

『そもそも』と、今度は切れ長の目を訃堂へ滑らせて。

 

「『自衛隊による大規模作戦』などと騒ぎ立てたまでは良いのです。ただ、バカ正直に風鳴機関を中心に据える必要などなかったはず。現に、夷狄に容易く捕捉された挙句、蹂躙されてしまったではありませんか」

「それは、愚息率いる組織が――――」

「敵方の情報が不足しているとさきほど申しましたが、聞こえなかったようですね」

 

目の前にいるのが怪物と呼ばれた男であっても、関係ないらしい。

二の句を一刀両断して、言葉を続ける。

 

「何より、名目上は『善意』にて差し出された手を、『邪な企み』などと罵ってしまえば、日ノ本の敵は益々増えるというもの。よもや、その道理が分からぬ貴方ではございますまい」

「・・・・ッ」

「どこに目耳があるか分からぬのです、発言には十二分にお気をつけなさいませ、御前様」

 

言い切った生剣が恭しく一礼するのと、訃堂が出ていくのは同時だった。

 

「・・・・」

 

御老公の気配が遠ざかってから、もう用はないとばかりにゆっくり立ち上がった生剣。

残された八紘や弦十郎に何を言うでもなく立ち去ろうと、従者が開けた障子をくぐった時。

 

「――――あのッ」

 

背後からの声に、足を止めた。

止めたが、それだけだ。

振り向くことはしない。

 

「・・・・沙汰もなく、すみませんでした」

 

声をかけた本人、翼は。

震えながらも三つ指をついて、必死に言葉を絞り出す。

束の間、両者微動だにしなかったものの。

 

「・・・・本家へ」

「はっ」

 

一方の生剣は、黙したまま何も返さず。

結局、礼儀として一礼する付き人を伴って、去っていくのだった。

 

「・・・・さすが、だな」

「・・・・ああ」

 

やり取りを見ていた弦十郎が一人ごちれば、思うところがあるらしい八紘は静かに同意した。

生剣があそこまで訃堂に意見を出来たのには、その家柄にある。

――――『生剣家』。

その歴史は風鳴に並び、天皇と深く関わってきた名家だ。

風鳴と同じく皇族を主としているものの、別勢力として扱われており。

普段は要人の身辺警護はもちろんのこと、政界や警察、自衛隊などを中心に。

日本の防衛や運営に幅広く携わっている。

風鳴と活動の場が被っているのは、彼らだけに与えられた特別な役目が故。

『防人の監視』を行うためである。

如何に風鳴が優れた守護者と言えど、その権力に溺れ、日本に混乱を招いては元も子もない。

なので、普段は一段格下として膝をつきながらも。

風鳴が国賊となった暁には、即座に首を撥ねる責務が与えられているのだ。

例え、敗戦をきっかけに軍隊を失くした日本を、百年余り守り切った猛者であろうと、である。

もちろん殺すのは最終手段であり。

そもそもそうならないように忠告するなど、基本は穏便な手段を用いているのだが。

畏怖を込めて『防人殺し』『風鳴殺し』とも呼ばれるのは、当然のことと言える。

さきほど訃堂に物申した女性は、そんな一族の本家に名を連ねる一人だった。

 

「翼、大丈夫か?」

「叔父様・・・・ええ、すみません。取り乱しました」

 

弦十郎と八紘も部屋を出れば、暗い顔で何か思い詰めている翼。

先んじて弦十郎が話しかけると、すぐに何でもないように取り繕う様が痛々しい。

 

「・・・・あれに関しては、お前が責められる謂れは欠片もない」

 

言いながら、八紘は手を伸ばして。

立ち上がった翼の頭へ、そっと乗せた。

 

「仮に罪があったとて、それを雪いでなお有り余るほどにお前はよくやっている・・・・風鳴のお役目を、心を、立派に受け継いでいるよ」

「お父様」

 

それから撫でてやれば、翼は照れくさそうに俯いてしまった。

 

(そうだとも、よくやってくれている)

 

これ以上はいい年だからと言われてしまいそうなので、ほどほどにして。

今度は弦十郎に励まされている娘を見守りながら。

八紘は、一人思いふける。

 

(翼はノイズ根絶の英雄として、日本が一目置かれる要因となっているし。弦もまた、特異災害に立ち向かう指揮官として名をはせている)

 

何より、と。

眩しいものを見るように、目を細めて。

 

(敵であった者をも味方に引き入れるという天性の才に、弦は恵まれている)

 

事実、一度は混乱を生み出した櫻井了子然り、キャロルの配下であった自動人形(オートスコアラー)然り。

人を惹きつけ、味方を増やす力があると、八紘は弟を評価していた。

 

(――――私などとは、大違いだ)

 

馳せるのは、一人の女性。

守り切れなかったことが、今なお尾を引く(ひと)

 

(だからこそ)

 

いつの間にか閉じていた目を開く。

翼と弦十郎を視界に収める。

 

(いつか、生剣と事を構える時が来たならば、彼らだけでも逃がさねばならん)

 

今や日本の希望である彼らを、何としても守らねばならない。

 

(それが私に出来る、数少ない事なのだから)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とあるリゾートホテル。

ワンフロアを貸し切った、その一室。

広いダブルベッドのど真ん中に陣取り、ゴロニャンと全力で甘えるティキを侍らせている男性がいる。

 

「お久しぶりです、統制局長」

「ああ、何よりだよ、元気そうで」

 

サンジェルマン達幹部を従える彼こそが、パヴァリア光明結社の創始者にして。

その全てを束ねる統制局長。

無欠の人『アダム・ヴァイスハウプト』だった。

 

「しかし、昨夜の黄金錬成についてはご説明を頂きたく」

「確かに、あのままだとあーし達、『こんがり、サクッ、ジュワッ』だったわよねー」

「何より、あのまま攻めていても勝てたワケだ」

 

三者三様に攻め立てられても、悪びれずに笑うだけ。

強者ゆえの余裕なのだろうか。

 

「みんな!せっかくアダムが帰ってきたんだよ!ギスギスするんじゃなくて、キラキラしようよ!!」

「どうどうティキ・・・・何、しまったのさ、張り切ってね。思ったのさ、あわよくばと」

「まったく・・・・」

 

困った顔をするサンジェルマンに、目に見えて呆れた顔をするカリオストロにプレラーティ。

 

「それで」

 

『参ったねぇ』と、やはり人ごとの様にごちたアダムは。

その目を、膝をついて控えているイヨに向けた。

 

「君か、イヨは」

「はい、お初にお目にかかります」

 

声を掛けられ、より一層頭を下げるイヨ。

アダムは、顔を徹底的に隠す装いについて。

特に思うところがないらしい。

 

「結社の中では一番の新参ではありますが、占いや(まじな)いに秀でているので重宝しています。ティキや風鳴機関の位置を、占いで絞り込んだのも彼女です」

「拾い物だね、とても良い」

 

サンジェルマンの評価に、カリオストロやプレラーティの二人も頷かざるを得ない様だ。

目を細めたり、口を結んだり。

突然転がり込んできた新参者への警戒は、未だ解けていないようだが。

周囲の態度を知ってか知らずか、イヨは『お言葉ですが』と口を開いて。

 

「わたくし一人の力に非ず、すべては御身の威光が導きました結果故に」

「そのとーり!アダムの周りに女の子が増えるのは()だけど、アダムとのキューピッドになったことは褒めてあげる!!」

 

アダムをひたすら立てる彼女の様子に、ティキもご満悦だ。

 

「使ってくれ、力を、これからも。為だからね、悲願の」

「は・・・・付きましては離席をお許し頂きたく、彼奴らの動向を、また探らねばなりません」

「許すよ、もちろん」

 

切りのいいところで断りを入れ、退出したイヨ。

 

(もうすぐ、もうすぐだ)

 

用意された託宣用の部屋へ、足早に向かいながら。

ふと、笑みを浮かべた。

 

「待ってて、■■■」




XVを見てから登場させたかったオリジナル勢力『生剣家』の登場でした。
本格的に動くのは、おじじと同じくXV編になってからです。





P.S.
訃堂おじじ、個人的に一番書きにくい人かもしれません。
一概に悪と言えるかどうかと言うと、『うーん』となってしまうので・・・・。
筆の技量が試される・・・・!


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何度でも上げよう、反撃の狼煙

前回までの閲覧、ご感想、評価。
誠にありがとうございました。
割と攻勢に悩んだ最新話です。


「ん、しょと」

 

S.O.N.G.技術班にあてがわれた、小規模な実験用の部屋。

小さな体で、機材を運び込んでいたエルフナイン。

 

「すごいな、これってウェル博士の?」

「はい!あ、その燭台は平行になるようお願いします」

「はーい、誰かメジャー持ってこーい」

 

準備を手伝っていた職員の質問を肯定しながら、てきぱき指示を出していく。

 

「あのチップの中にあった、装者の強化プランの一つ『ダイレクト・フィードバック・システム』・・・・」

 

『ダイレクト・フィードバック・システム』。

装者育成プランの一つとして、ウェルが構想していた計画の一つだ。

熟練者の経験値を直接脳にインプットすることで、初心者の経験値不足を補おうという趣旨だが。

 

「元々神獣鏡に組み込む予定だったんだっけ?」

「はい。ですが、未来さんがLiNKER有りきと言えど、システム補助が不要な数値を出したことからやめた様です」

 

他にも、心臓と同じく人体の生命線であり、かつより繊細な部位である脳をいじることになるので。

失敗のリスクが高いのはもちろん、倫理的にどうだろうかとなり。

実現こそしなかったらしいが。

本当にどうしようもないほど追い込まれた時の最終手段として、データだけ残しておいた状態だったそうな。

 

「でも、これでどうやってLiNKERを作るんだ?」

「えっと、正確には、レシピを探るんです」

 

――――LiNKERは未だ、改良レシピが確立されていない。

一番の手がかりであるウェルのチップは解析が済んでおらず。

唯一基盤となるレシピを知っている了子は、松代の攻防にて、片腕を失う重傷を負い未だ目覚めない。

 

「とはいえ、ウェル博士のチップは解析がほとんど終わっています。未だ難航しているのは、薬品を何処に作用させるか」

「ああ、そういえば脳をどうこうって言ってたっけ?」

「はい、フォニックゲインを生み出すことも、副作用を抑え込むことも。脳の、同じある領域が関係しているそうで」

 

『話が見えてきたぞ』と、職員は相槌を打って。

 

「それをこのシステムで探ろうって魂胆か」

「はい!」

 

肯定したエルフナインの笑顔に、何人かの同僚達が胸を抑えるのを横目に。

話していた向田は、いつもの風景だなと思いながらさらに質問を重ねた。

 

「具体的にどうやるか聞いても?」

「えっと、フォニックゲインが脳で生成されることは、皆さんご存知のことだと思うのですが・・・・先日の、松代の攻防を思い出してほしいんです」

「松代の?」

 

未だ苦い感覚が新しい地名を上げられて、首を傾げる職員。

記憶をまさぐって、あ、と声を出す。

 

「もしかして、マリアさん?」

「その通りです!イヨとの戦闘の中で、マリアさんの能力値が大幅に上昇してましたよね?」

「ああ、データでだけど見たよ。LiNKER無し、イグナイトも使って負担が大きかったはずなのに、あの一瞬だけ飛びぬけて適合係数が跳ね上がってた」

「私も見た見た!それだけじゃなくて、係数関係ないはずの呪術も破ってたよね!?」

 

会話に割って入ってきた女性研究員を皮切りに、手伝っていた職員達が口々に『そういえば』『すごかったよな』と頷きあう。

 

「加えて、視認出来るほどのオーラ・・・・マリアさんの脳領域を、この錬金術でアレンジした、ダイレクトフィードバックシステムで探ることができれば」

「LiNKERのレシピを、完全に解明することができる!!」

 

彼らが話しているうちに各々の準備が終わったらしい。

 

「よっしゃ、もうひと踏ん張りだぞお前ら!」

「おーッ!!」

 

各々拳を突き上げて、気合を入れ直す技術班なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――チョコ明太子味って大分攻めてるよね」

「ハニーピクルスホイップ食ってるやつが抜かしおる」

「いや、冗談みたいだけど合うのよこれ」

「こっちもおいしいよ食べてみなー」

「ちょ、ま、もががが・・・・!」

 

ギャーッ!!濃いたらことチョコレートがランバダ踊りだした!!

やめろやめろ徒党を組むな『自分チョコバナナっす』って顔でパレードするんじゃないよ!!

・・・・気を取り直して。

おっす、おら響(某御大風に)

松代の攻防でボッコボコにされちゃったので、他のみんなより長めのお休みをもらったわたしです。

いや、絆創膏と包帯まみれになるだけだったわたしはいいんだよ。

問題は了子さんだ。

あの日風鳴機関に出向していた了子さんは、ダウンしてしまったわたし達を庇ってくれたけど。

その代償として、全身に重度の火傷を負うだけじゃなく。

左腕まで失くしてしまった。

現在、二課時代から縁のある病院で治療中。

意識はまだ戻っていない。

倒れるところを直接目にしてしまったらしいクリスちゃんは、鬼気迫る表情で訓練の毎日だ。

翼さんやマリアさんがついてるから大丈夫だとは思うんだけど・・・・ルナアタックの頃の、ピリピリした雰囲気が戻ってきてるからなぁ。

心配だ。

――――『ラピス=フィロソフィカス』。

それがあの日、わたし達を追い込んだファウストローブ、ならびに聖遺物の正体だ。

『賢者の石』の名前で広く知られているそいつの特性は、『徹底した浄化作用』。

あらゆる不浄、害毒、呪いを打ち払うその有り方は。

わたし達の奥の手の一つであるイグナイトモジュールを、完全な泣き所にしてしまっていた。

現在はひとまず戦力不足だけでもどうにかしようと、エルフナインちゃんが頑張っているみたいだけど・・・・はてさて。

 

「あ、これもおいしい。ピクルスの塩気(しおっけ)とポリポリがイイネ」

「でしょー」

 

とはいえ、さんざん心配したり気を揉んだくらいでどうにかなるのなら。

そもそもこんなに問題になってないはずだからね。

言葉をうまく紡げない外野は、黙って見守るしか出来んのですよ・・・・。

ってなわけで、今は弓美ちゃん達と久々におデート。

立ち寄った屋台村で、美食の新境地に挑んでいた次第。

いやぁ、わたしにチョコ明太子は早すぎたなぁ・・・・。

なんて、クレープを頬張った。

 

「・・・・ん?」

 

ふいに、ニュースを垂れ流していた街頭モニターに目をやると。

最近見た覚えのある顔が、車椅子に乗って空港にいる映像が流れていた。

付き添って来たらしいお姉さんが、彼の車椅子を押している。

・・・・手術成功するといいな、ステファン君。

 

「何か気になるの?」

「んーにゃ、なんにも」

 

未来に返事しながら、クレープの最後の一口を放り込んだ。

うん、美味い。

他のみんなも食べ終えて、どこに行こうかと話し合っている。

カラオケか買い物か、絞った二つの行先を、じゃんけんで決めようとした時だった。

街中に響き渡ったのは、ノイズの出現を知らせるJアラート。

・・・・カァーッ!公務員はつらいなァーッ!!

 

「お仕事モードだね、ビッキー」

「そーいうこと!いってきマース!」

「みんなも早く安全なところに!」

 

わたしは現場へ、未来は本部へ。

それぞれの現場へ駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

「パヴァリア光明結社の襲撃!?こんな時に!!」

「いや、敵さんがこっちの都合考えてくれるわきゃねーだろ」

「対話してる間に待っててくれるノイズを見習えよ!!頼むから!!」

 

S.O.N.G.本部、エルフナインがLiNKERのレシピを探ろうとしていた実験室。

響き渡るアラートに、エルフナイン始め職員達が困った顔をする中。

表情を引き締めて考え込んでいたマリアは、次の瞬間目を見開いて。

 

「狼狽えるなッ!!」

 

その一喝で、動揺を一気に沈めた。

 

「慌てたところで戦力差は覆らないッ!ならば抗うのみッ!!やることはこれまでと変わらないはずよッ!!」

 

一人一人と視線を合わせながら、立ち上がるための言葉を紡ぐ。

 

「構うことはないわエルフナイン、実験を始めましょう!戦闘管制を担当する者は、急ぎ司令室へ!!」

「ッわ、分かりました!!技術班で、LiNKER製造に任命された方は、製造準備をお願いします!!マリアさんの脳領域から帰還次第、すぐに作ります!!」

「りょーかい!みんな行くよ!」

「司令室いってきまーす!!」

「マリアさん、エルフナインちゃん、頑張って!」

 

気を取り直したエルフナインと共に飛ばされてきた指示を受け、職員達が迅速に動き出した。

 

「レイアはここに残って、実験の管制を!調さんと切歌さんも、ひとまずこちらで待機をお願いします!!」

「派手に了解」

「分かったデス!」

 

一通り人がはけ、静まり返ったところで。

未だ緊張した面持ちのエルフナインに、マリアが不敵に笑いかけた。

 

「精神に他者を受け入れる危険性は、あなたの説明で重々承知した・・・・だけど、乗り越えなければならないというなら、成し遂げるまで」

「マリアさん・・・・」

 

エルフナインが抱える不安へ、止めを刺すように。

 

「この命、信頼しているからこそあなたに預けるッ!ともに生きて戻るわよ!」

「・・・・はいッ!!」

 

頷きあったその顔に、一切の陰りはない。




某錬金術漫画で、賢者の石の別名を一生懸命覚えた人。
手を上げてください。


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真実の人

本命は未来さんサイド、だけどエルフナインちゃんの活躍手を抜くのはちょっと・・・・。
大分難産でした。


――――りんごはうかんだ おそらに

 

――――りんごはおっこちた じべたに

 

子ども達の無邪気な歌声に、エルフナインは目を覚ました。

体を起こして見渡せば、一面の花畑。

鮮やかな黄色が眩しいその中で、花冠を作って遊ぶ少女達がいる。

幼いながらも、見え隠れする面影はよく知っているものだった。

 

「・・・・マリアさんの脳領域に、上手く入り込めたようですね」

 

この先の人生で待っていることなど、まだ何も知らずに。

屈託のない笑みを浮かべているマリアは、まだ十にも満たないだろう。

隣にいるのは、今は亡き妹か。

 

「・・・・行かなければ」

 

胸に募った、言いようのないやるせなさをなだめすかして。

エルフナインは立ち上がった。

歩みに合わせて場面が変わっていくので、道に迷うことはなさそうだが。

油断は出来ない。

マリアの脳領域は、現在エルフナインという異物に侵入されている状態だ。

いつ命が脅かされてもおかしくないのだ。

 

「何かあるはず・・・・あの日、呪縛すら打ち破ったマリアさんの脳領域になら、きっと・・・・!」

 

一歩、一歩、確実に。

目的を目指して、ひたすら前進する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いて!!でも急いでシェルターに入ってください!」

「シンフォギアがすでに出撃しています!慌てなくて大丈夫です!!」

 

人々が逃げ惑う街中。

S.O.N.G.本部へ向かっていた未来は、途中見つけたエージェント達に混じって避難誘導を行っていた。

シンフォギアの存在が公になっていることが功を奏し、一般人は比較的落ち着いて行動している。

 

「今ので最後?」

「だな、総員指定の位置まで下がれ!逃げ遅れなどの想定外に備えて、待機!」

「了解ッ!」

「未来ちゃんもありがとう、本部まで送るよ」

「ありがとうございます」

 

避難も粗方終わり、目立った怪我人がいないことにほっとする未来。

職員の一人に付き添われ、当初の目的地へ足を向けた。

 

「向こうに車があるから、それで行こう」

「はいッ!」

 

人がまばらになった中を駆け抜けていくが。

段々と大通りから離れているのに気付いた未来は、違和感を抱き始める。

気のせいかと考えもしたが、しかし。

それにしたって、薄暗い方へ薄暗い方へと向かっているこの現状に。

十代半ばの少女が、どうして臆せずにいられようか。

 

「ぁ、あの!」

「何でしょう?」

 

思わず足を止め、先導していた職員を呼び止めた。

声が上ずったのは、急停止したからだと何とか思い込む。

 

「わたし達、本部に向かっているんですよね?」

「ええ、そうですよ?」

「じ、じゃあ、どうして通りから離れて行っているんですか?車はどこに?本部にはいつ着くんですか!?」

 

確信めいた悪寒に従って、一歩一歩後ずさりながら問いかけをぶつければ。

なだめようともしてこなかった職員は、大きくため息。

笑いかけてくれていたはずの表情を、一変させて。

 

「――――存外、早く気付いたものね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

歩めば歩むほど、進めば進むほど。

目まぐるしく変化していくマリアの脳領域、その景色。

まるで嵐の中心にいると錯覚するような、情報の濁流の中。

エルフナインは一歩一歩踏み進めて、手がかりにつながりそうなものを探していく。

幼い足取りで戦火から逃げる様子、白い孤児院(F.I.S.)でのモルモット生活。

そして、妹との死別。

何度打ちひしがれながらも、時には奮起して、時には他にそうするしかなくて。

立ち上がって歩き出すマリアの姿に。

目的のものを見つけられない弱音を励まされながら、エルフナインは走っていた。

 

「時間はどのくらい経ったんだろう・・・・はやく手がかりを見つけないと、マリアさんにも負荷が・・・・!」

 

はやる心を宥めて、次へ進もうとした時だった。

――――突如として、吹き渡る風。

前触れなく現れた奔流が、空間を押し広げるようにうねり、駆け巡っていく。

警戒露わに足を止めたエルフナインの目の前で、瓦礫の街を作り終えると。

最後に人影を一つ添えたのだった。

エルフナインも良く知っている、その顔は。

 

「響さん・・・・!」

 

もちろん本人ではない。

ここがマリアの脳領域であることを考えるなら・・・・!

 

「うわぁッ!?」

 

案の定、襲い掛かって来た。

紙一重を転びながら避けて、砂を払わないまま立ち上がる。

 

「やはり、免疫反応・・・・侵入者であるボクを排除しようと・・・・!」

 

濃い敵意を放つ両目に、うっかり騙されそうになるが。

正当性があるのは、圧倒的にあちらの方だ。

いかなる障害をも排除するという意思は、確かにかつての響がぴったりだが。

今のエルフナインに、そんなことを考える余裕はない。

現れた『響』も当然、あらゆる雑念を捨てて『侵入者(エルフナイン)』の排除にかかる。

背が低いエルフナインに合わせ、蹴りを中心に攻撃。

刃を放つのはもちろん、時には『手』を使って捕獲しようとしてきた。

 

(こんなところで、やられるわけには・・・・!)

 

まだ何の手がかりも掴めていない。

腕っぷしが絶望的なのは理解しているが、それでもやられるわけにはいかない。

 

「ボクは、まだッ・・・・マリアさん達の信頼に、応えていないッ!!」

 

あっという間に距離を詰め、足を天高く上げる『響』。

逃れられない速度のはずのそれが、ゆっくり迫って来るに見える中。

必死に頭を回転させて、活路を見出そうとした。

そんな時だ。

また、風が吹き抜けた。

白銀をきらめかせた『彼女』は、瞬く間に『響』とエルフナインの間に割って入り。

 

「――――はあぁッ!!!!」

 

『響』を、大きく叩き飛ばした。

いっそ桃色がかったストロベリーブロンドが、衝撃に靡いてきらきらと輝く。

呆然とするエルフナインの方へ、振り向いたその顔は。

 

「・・・・ま、マリアさん?」

「さっきぶりね、エルフナイン」

 

マリア・カデンツァヴナ・イヴ、その人だった。

 

「こ、これはボクの妄想?それとも脳領域の記憶・・・・?」

「あら、つれないこと・・・・一緒に戻ろうって約束したじゃない」

 

自信たっぷりの笑みで、容易く本物であると証明して見せたマリアは。

再び飛び掛かって来た『響』の攻撃に、難なく対応して見せる。

掴みかかって来た『手』すらも難なく切り裂いて、

 

「――――ッ!?」

「悪いけど、今過去(あなた)にかまっている暇はないの」

 

驚愕に目を見開く『響』を、あっという間に無力化してしまった。

 

「こっち!」

「あっ・・・・!」

 

そしてエルフナインの手を取って、颯爽と走り出す。

再びうねる空気。

目の前に現れたのはノイズの群れ。

 

「随分なじみ深い顔ねッ!」

 

もちろん、マリアが臆する理由などない。

立ち塞がる者は当然として、エルフナインを狙うものをも。

蛇腹状にした剣で両断していく。

 

「ここが私の中であるというのならッ!!」

 

もう一捻りして、第二陣も撃破。

 

「好き勝手させてもらうわッ!!」

「ふえぇ・・・・」

 

後続もまとめて吹き飛ばす様は、まさに獅子奮迅といったところか。

先ほどまでの緊張感が、感嘆とともに抜けていくのを感じながら。

エルフナインは未だ存在する瓦礫に躓きながらも、マリアの背中を必死に追いかけた。

 

「もうそろそろ、何か見えても・・・・ッ!?」

 

余裕が生まれたことで、見えるものかもしれないと。

わずかな希望を抱いた、その時だ。

 

「うわぁッ!?」

「エルフナインッ!?くっ・・・・!!」

 

足元が、ぐわんとうねって暴れだした。

産まれた奈落に危うく放り出されるところを、マリアが跳躍のちに確保する。

安全な足場を伝って直ちに退避を試みたものの、逃げ切る前にすべてが崩落してしまった。

こうなったなら、もう落ちる他ない。

 

「ッ、しっかりつかまっていなさい!!」

 

文字通りの底なしを前に怯んだエルフナインを、両腕でしっかり抱え直して。

マリアは眼前の暗闇に挑みかかって。

――――――意識を、飛ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・生き、ている?」

 

一体どれほどの時間が経っただろうか。

意識を取り戻したマリアがまず行ったのは、自らとエルフナインの安否確認だった。

寝起きの様なおぼつかない目を何とか動かすと、幸いすぐそばで力なく浮いているのを発見する。

生きていることにほっとしながら、確保と同時に周囲の観察に努めた。

立つべき地面はなく、黒やピンクなどがカラフルに蠢く空間は。

まるでサイケデリックなオーロラの中にいる様だ。

 

「――――お目覚めの様ですね」

 

ふいに、そんな声がかかった。

聞き覚えのある、そして二度と聞くことがないはずのそれに。

マリアが弾かれたように振り向けば。

 

「おやおや、ずいぶん面白い顔をしていらっしゃる」

 

やはり、よく知っている白衣が揺れた。

 

「な、何故お前がここに!?」

「何故だって?そんなの、決まっているじゃないですかッ!!」

 

素直に疑問をぶつければ、そいつは、ウェルは。

舞台俳優の様な所作で両手を広げて。

 

「あなた達が望むものを所有するッ!!僕こそが真実の人ッ!」

 

「ドクタアアアアアァァーッ!ウェルッ!!」

 

運動神経が鈍いと忘れそうなキレのある動きを見せたのだった。




次はもうちょっと早く上げられるはず・・・・!


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見えたもの

もう五期編のネタを考えてしまっていたせいで遅れました。
懺悔します。


「――――ッ」

 

大きく飛び跳ねて、一旦距離を取る。

パヴァリアの連中が、バルベルデでも見た戦艦に乗って現れたのが・・・・どのくらい前だったか。

一時間かもしれないし、二時間かもしれない。

少なくとも日が沈んでいないのは確か。

どっちにせよ。

戦闘が始まってからずっと。

めっちゃ忙しい・・・・!!!

でかいのに加えて、ずっとアルカノイズのおかわりが投入され続けてるもんだから。

さすがに疲労がやばい。

サンジェルマンさん達はりきりすぎじゃない?急にどうしたの?

疲れてる?おっぱい揉む?(錯乱)

・・・・なんて軽口を叩いたところで、状況が好転するわけでもなし。

とにかく、ほっとくわけにはいかないので、ノイズを倒すしかない。

というか、それしか出来ない。

汗を拭って、傾いた体を立て直す。

本丸のヒドラ(1/3)っぽいやつにはまだまだ遠いし、ここでへばっている様じゃこの後が心配だ。

とにかく今は、ノイズを食い止めることを考えないと。

いつだって人死にはシャレにならんのだよ・・・・!!

ささっと思考して結論出して、行動に移そうとした時だった。

 

「っと・・・・!」

 

足元が穿たれる。

見上げると、ビルの上にサンジェルマンさんがいた。

いつぞやの様に、ファウストローブを纏っている。

・・・・やっぱり、カーニバルに混ざってそうなデザインだよなぁ。

なんて、現実逃避はほどほどにして。

 

「お久しぶりです、お元気そうですね」

「・・・・ああ、そちらも息災の様だな」

 

軽口へ律儀に返事してくれるサンジェルマンを見ていて、ふと。

気になることがあった。

 

「そういえばサンジェルマンさん、事あるごとに戦う理由を聞いてきますよね。そういうご趣味なんです?」

「いや、違う」

 

疑問を口に出すと、割と早く来る応え。

 

「違うが・・・・お前には聞いておきたい」

 

どことなく既視感を感じる、強い眼差し。

茶化すことなんてできないから、黙って耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をぐずぐずしているのですッ!?」

 

――――彼女は、初めから優しいわけではなかった。

騎馬鞭片手に凄んでくる顔と、怒声。

『白い孤児院』に入れられたばかりの頃は、むしろその印象が強かった。

 

「フィーネの器に選ばれなかったあなた達は、実験体となることで組織に貢献するのですッ!!」

 

毛布とは名ばかりの布にくるまっては、鞭に打たれた肌をさすり。

『鬼ババ』だの『怒りんぼ魔女』だの、意味のない罵倒を頭でぐるぐるさせて眠るのが常の毎日。

だけど、年月を重ねて、知識と経験が積み重なってくると。

何となくわかるようになってきた。

()()()()()()()()()()怒鳴り声に包まれた、彼女のやるせない思いと、慈しみを。

 

「ごめんなさい・・・・また・・・・死なせてしまった・・・・!」

 

それが確信に変わったのは、ネフィリムの暴走事故で庇われてから。

包帯まみれで病床に伏せた彼女から、半ばうわ言の様な独白を聞いてからだった。

実験動物(モルモット)である自分達を、陰ながら守ってくれていたことを知って。

言いようのないもやもやを抱いたことを覚えている。

寝たきりから快復したものの、本調子ではない彼女が何となくほっとけなくて。

ちょくちょく手伝うようになっていくと。

より、彼女の人格についての理解が深まった。

調と切歌が懐き始めたのも、そのくらいだったか。

自分も同じくらいの時期から、『女上官(Ma'am)』ではなく『(マム)』と呼び始めて。

いつしか、『研究者と実験動物』という上下の繋がりは。

『ちょっと変わった家族』という、信頼関係に変わった。

だから、もう一つのガングニールにも適合出来たし。

F.I.S.の解体と、それに伴う事後処理も、手伝いを申し出たのだ。

そして、執行者事変へと発展した、米国政府からの依頼も。

 

「――――LiNKERの秘密、ですか?」

「ええ、はっきり言ってF.I.S.で使っていたものより上質よ。本当に驚いているの」

 

ゆらりと、泡沫の様に蘇る別の記憶。

 

「何か、いわゆる『秘伝』のようなものがあるのかしら?」

 

問いかけに対して、うーんと唸った在りし日の彼は。

やがて、どこか得意げに口角を上げて。

 

「強いて言うなれば、『愛』ですかね?料理と似た感覚で・・・・って、何ですかその顔はッ!?」

「いえ、ごめんなさい。あなたの口から出ることはないと思った言葉が出てきたものだから・・・・」

「心ッ!外ッ!ですッ!!僕ほど愛にあふれた人間、めったにいるもんじゃないですよ!?」

「分かった!私が悪かったから!近い近い近い!!」

 

喧騒に飲まれて忘れてしまった、いつかの記憶が。

調と切歌に折檻される断末魔とともに、フェードアウトしていく。

 

 

 

 

「――――もう、分かってるんじゃないですか?」

 

 

 

 

揺蕩っていた意識が、引き揚げられた。

マリアが目を開けると、ウェルが佇む風景に戻っている。

 

「時に甘く、時に苦く、されども相手の糧となる、己が立つ理由となる・・・・その感情を、あなたもよく知っているはずだ」

「・・・・・・ええ、もちろん」

 

語りかけに、沈黙を保ってから答えるマリア。

海よりも深く、その幸福を心から願い。

だからこそ、時には傷つくような苛烈さを以て向けられる『感情』。

 

「マリアさん・・・・!」

「ええ、エルフナイン」

 

舞い降りた光を、左手で掴み取りながら。

マリアははるか上方を見上げた。

 

「戻るわよ、行くべきところへ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああッ!!」

 

未来の体が、地面を何度もバウンドしながら転がっていく。

装甲はひび割れ、擦りむいた肌とインナーごと切り付けられた個所は痛々しく出血している。

 

「・・・・」

「うぅ・・・・っく・・・・!」

 

それらを叩き込んだ張本人、イヨは、傷どころか煤一つ付かない有様で佇んでいる。

当然、倒れたままではやられてしまう。

壁に激突した痛みをなんとかこらえながら、必死に立ち上がる未来。

LiNKERを投与出来ないまま始まった戦いは、彼女の体を大いに蝕んでいた。

 

「・・・・ふ」

「・・・・ッ!!」

 

ひゅるり、と。

優雅に手が降られて、何度目かわからない錬成陣。

土で生み出された石礫が、風で速度が上げられて、発射される。

自ら地面を転がり、砂と砂利に塗れながら必死に回避する未来。

直撃は免れても、余波まではどうすることも出来ず。

再び倒れ伏してしまった。

 

「はあ・・・・ぜッ・・・・ハア・・・・うぅ・・・・!」

 

息も絶え絶えに、襲い来る痛みに悶える。

そんな未来を見下ろしたイヨは、布面の下で鼻を鳴らした。

 

「よくもまあ、その体たらくで・・・・」

 

かかとを鳴らして悠然と接近するイヨ。

まともに起き上がれない腕に、狙いを定められたのが分かった。

 

「並び立とう等と思えたもの、ね・・・・!」

「あ"あ"あ"あ"あ"ッ!!」

 

骨が砕けた、嫌な音。

鉄扇を握っていた右腕が踏み砕かれ、負傷は未来の心にまで及び始めた。

揺らぎそうになる戦意。

歯茎が痛むほど奥歯を嚙むことで、何とか意識を繋ぎとめる。

 

「づ・・・・ああああああッ!!!」

 

咆哮を上げ、脚部アーマーからシャトルを射出。

イヨを引きはがす。

未来は動かなくなった右腕をだらりと下げたまま、指先をまだ何とか動かせる左腕で鉄扇を握る。

対するイヨはシャトルを掴んだまま。

と思いきや、そのまま握りつぶしてしまった。

元気に回っていたプロペラが、一瞬で沈黙した様が痛ましい。

 

「は・・・・は・・・・は・・・・!」

 

暗に、『お前をこうしてやる』と宣告された気分だ。

荒く呼吸を繰り返しながら、イヨを見据える未来。

ズキズキと疼く痛みが、飛びそうになる意識を繋いでくれた。

 

「・・・・ここまでよ」

 

すらりと手を上げて、再び陣を展開するイヨ。

炎や氷の礫は、普段なら簡単によけられる攻撃だが。

すっかり弱っている今となっては、容易に命を刈り取れるものだ。

満身創痍ながらも、せめてもの抵抗に睨みつけて。

戦意の健在をアピールする。

些細な抵抗にイヨは苛立ちを隠さないまま、陣を発動させようとした。

その時、

 

「そこまでデーッス!!!」

「未来さんッ!!」

 

翡翠と桃色の斬撃が、雨あられと降り注ぐ。

陣を撃ち抜かれたイヨが後退するのに対し、未来を庇う様に降り立つ調と切歌。

その身には、ギアを纏っていた。

 

「調ちゃん、切歌ちゃん・・・・!!」

「未来さん、待たせてごめんなさい!」

「出来立てほやほやのLiNKER、お届けデース!!」

 

味方が駆け付けた安堵で全身の力が抜け、崩れ落ちそうになってしまうものの。

何とか立て直して踏ん張る未来。

 

「エルフナインちゃん、やったんだね・・・・!」

「マリアも頑張ったデスよ!」

「ひとまずこれを、負荷が軽くなるはずです」

 

調が未来の首元に投薬。

束の間は何もなかったものの、全身を水銀が流れまわっているような倦怠感が段々引いてきた。

これなら二人の足手まといにならないよう、逃げることが出来る。

・・・・さすがに、この怪我で戦い続けようとは考えない未来なのだった。

 

「逃がすとでも?」

「逃がします!」

「これ以上はさせないデス!!」

 

再び陣を展開して威嚇するイヨへ、各々武器を展開返すことで対抗する調と切歌。

先手必勝とばかりに切歌が突っ込み、調が丸鋸を無数に放って援護。

イヨの逃げ道を潰しにかかる。

手の平サイズの鏡を展開したイヨは、迫る丸鋸を捌きながら切歌の攻撃を身のこなしだけで避けていく。

ひらひらと動くその様は、敵ながら美しいの一言だった。

 

「ッ、怖いんデスか!?逃げてばっかりで、アタシらは倒せないデスよ!」

「威勢のいいこと、どうやって崩してやろうかしら」

 

切歌の挑発も何のその。

いっそ舌なめずりさえしていそうな口調で、涼し気に返す。

が、やはりどこか苛立った気配は隠せていない。

もう少しで未来を倒せそうだったところを邪魔されたのは、相当頭にきているようだった。

 

「崩せるもんなら・・・・!」

 

お気楽なりに落ち着いて対処していた切歌。

見抜いたイヨの隙に、大ぶりの攻撃をばっちり当ててやり。

体制を崩すことに成功する。

 

「崩してみろデスッ!!」

「・・・・ッ!」

 

にやりと笑って、一撃を与えた。

イヨは間一髪のところで飛びのいたものの、鎌の切っ先が引っかかって右袖が破ける。

――――その下に隠れていたものが、晒される。

 

「――――」

 

路地の薄暗い明りを受けて、鈍く輝くそれ。

破れたことで一層ひらめく袖の合間から見えたものに、未来は一瞬で呼吸の仕方を忘れた。

――――忘れない、忘れるはずがない。

そんなことは許されない。

あれは覚えていなければならないものだ。

小日向未来が、死ぬ一瞬まで記憶していなければならないものだ。

 

「――――どこで」

 

震える唇で、声を絞り出す。

限界までボロボロなのも忘れて、強く踏み鳴らしながら前に出る。

 

「――――何処でッ!!!!!手に入れたの!!!!!?」

 

自宅で『封印(ほかん)』しているはずのものを見据え。

血混じりの唾を散らしてしまいながら、怒鳴りつけた。




次回、明かされる衝撃の真実ゥ。


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愛してる、黄泉が二人を別つとも

今回はとても楽しく書けました。
次回もわりとすぐ上げられると、いいな・・・・!



それはそうと。
先日、Twitterにてクロのイラストを頂きました。
いい加減ギャラリーなり何なりを作るべきかと考えておりますが、如何せん、そしてありがたいことにたくさんあるので。
さぁーてどうすっぺ。


「・・・・お前は、何故戦える?」

 

皮切りは、いつかも聞いた言葉からだった。

 

「お前が『守りたい』とのたまうものの中には、一度は裏切り、ありもしない罪過を押し付け、徹底的に痛めつけた人間たちも含まれているだろう?」

「そりゃあ、そうですけど」

 

それがいったいどうしたんだろう?

首をかしげていると、サンジェルマンさんの唇が動いたのが見えた。

 

「・・・・・私もかつて、身分を理由に虐げられたことがあった。掃き溜めで足搔き、学び、もがく中で、人類が背負わされた呪いのことを知った」

「――――ッ!?」

 

・・・・それって、まさか。

 

「『バラルの呪詛』・・・・お前もよく知っているだろう」

「ッ、それで何をするつもりだ・・・・!?」

 

人類全体に影響を与えている、言い方を変えれば与えられる代物。

少しいじれば世界征服だって夢じゃないものについて言及したんだ。

警戒するなって方がおかしい。

 

「――――無論」

 

目に見えて身構えたわたしに、『落ち着け』の一言も言わないサンジェルマンさん。

 

「人類の解放だ」

 

必要もないと言わんばかりに、そんなことを告げた。

・・・・なんか、思ったよりも平和な目的。

思わず拍子抜けして、ぽかんと呆けてしまった。

 

「そも、人々が互いを虐げるようになったのは何故か、人々が互いを攻撃するようになったのか・・・・・言うまでもない」

 

指が、高く、向けられる。

はるか上空、ちょうど昼間に顔を出した月へと。

 

「神々の都合で人類に押し付けられた、『バラルの呪詛』こそが全ての原因、あらゆる災禍の源・・・・!」

「・・・・解放って割には、ずいぶん人死にが出ているね?」

「五千年にわたって人類を縛ってきた、神の呪いに手を出すのだ・・・・・犠牲なくして叶えられるわけがなかろう?」

 

いや、そりゃそうだけど・・・・。

・・・・でも、サンジェルマンさんが本気であるのは理解できた。

あの目、思い出した。

わたしだ。

世界を放浪していた頃、何が何でも未来を守ろうと思っていた頃。

なんとなく覗いた鏡で、時々見ていたわたしの目。

目的の為なら、願いの為なら。

どんな汚泥もかぶろうと覚悟を決めた、同じ目。

 

「改めて問おう、立花響」

 

その目が、問いかけてくる。

 

「お前は何故戦える?人の汚濁を知ってなお、何故守ろうと考えられる?」

 

見下ろす視線は、逃げを許してくれない。

 

「私と同じ絶望を知って、何を寄る辺と握りしめる?」

 

震える様に聞こえる声から。

どこか、羨望すらも抱いた疑問をぶつけられた。

わたしが、戦う理由。

ルナアタック、執行者事変、魔法少女事変を経ても、まだ誰かの為に戦える理由。

――――確かに、サンジェルマンさんの言うとおりだ。

世界を三度も救っているんだし、助けてくれた人達への恩なら充分に返せているだろう。

少なくとも、第三者(うぞうむぞう)はそう言ってくれるに違いない。

・・・・・だけど、わたし自身は。

()()()()()()のことで、満足どころか、納得なんて出来ない。

 

「――――証だ」

「証?」

 

伏せていた目を開いて、いつの間にか握り締めていた拳を胸に当てて。

上方のサンジェルマンさんを見上げた。

 

「誰が何と言おうと、被害者のほとんどが同じ犯罪者であろうと。わたしが誰かを殺したという過去はついてくる。わたしだって、否定するつもりはないし、逃げるつもりもない」

 

リセットすることも叶わない事実は、もはや死ぬことでしか逃げ切ることが出来ない。

だけど、

 

「未来は、みんなは、そんなわたしを信じて、手を繋いでくれた。日向に引き上げる価値があると、見出してくれたんだ」

 

だから、

 

「わたしには、信頼を裏切ってはならない義務がある。みんなの選択の正しさを、証明し続ける責任がある」

 

もう、『原作』なんて。

二の次でしかない。

わたしの人生は、命は。

多くの人を巻き込んでしまっている。

とっくに、個人のものではない。

だから・・・・!

 

「選択の正しさを示し続ける為、信頼に応える為に・・・・わたしは、拳を握り続ける」

 

それが、彼らに報いる唯一の方法だ。

これが、『立花響』の新たな生き方だ。

 

「・・・・・証の為。罪に手を染めたからこそ、か」

「お気に召さない?」

「いや、納得出来るものだ」

 

ちょっとクサいこと言っちゃったかしらなんて心配し始めた頃。

サンジェルマンさんが口を開いた。

言動から見るに、及第点はもらえたみたい。

 

「――――嗚呼、故にこそ」

 

ぎらり、と。

眼光が迸る。

 

「我らの障害足りえるよ、立花響(お前)は」

 

向けられる銃口、展開された錬金術の陣。

それら全ての照準は、わたしに定められている。

 

「その証とやら、私にも見せてくれるのだろう?」

「・・・・当然」

 

挑発的な笑顔に、こっちもつられて笑ったのが分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「何処で、ねえ?」

 

露になったものを艶めかしい手で撫でながら、嘲笑うような息で布面を揺らすイヨ。

向けた気迫も何処吹く風といった態度に、未来の口元が軋んだ音を立てる。

 

「自分が一番知っているんじゃないの?」

「ッ、この・・・・!!」

「み、未来さん!!」

「無茶デスよ、その怪我じゃ返り討ちがオチデス!」

 

今にも飛び掛かりそうな未来を、何とか抑え込む調と切歌。

いつになく頭に血が上っている様に、戦々恐々としている。

イヨは、そんな三人をクスクス嗤いながら眺めていた。

 

「ふふふ・・・・後輩さん達の言う通りよ。そんな死に体で立ち向かったところで、無駄死にが良いところでしょうね」

 

最も、と。

袖の下を見せつけるように、右の手をするりとはためかせて。

 

「これが見えただけでその体たらく、万全であってもこちらの負けはないけれど」

 

付け加えられる嗤い声。

明らかな挑発は、未来の怒りに多量の油をぶちまけた。

 

「ッうあああああああ!!」

 

シャトルマーカーを射出。

撃ったレーザーを反射させ、収束して放つ。

イヨは松代で使ったリフレクターを展開。

難なくいなすと、お返しとばかりに炎を放ってくる。

続けて土の陣を展開。

未来のアームドギアを模したものを錬成してみせた。

 

「こ、のぉ!!!」

 

疲労の色濃い腕が放つ攻撃を捌きながら、未来を懐へ誘っていく。

 

「だ、だめデス。完全にお冠デスよ!」

「とにかく止めないと。このままじゃ未来さん、大変なことになっちゃう・・・・!」

「が、合点!」

 

いつにない激昂をする未来に戸惑いながらも、その負傷を気遣い制止を判断した調と切歌。

まずはイヨを引き離そうと、それぞれの飛び道具を牽制で放った。

未来との戦闘の中で、容易くそれを補足していたイヨは。

一瞥すると同時に手をかざす。

現れたのは、巨大な二枚の鏡。

切歌の呪りeッTぉと、調の百輪廻を掬い取るように回転すると。

そのままイヨのもとへ舞い戻っていく。

 

「吸収された!?」

 

驚愕も束の間、一枚は鏡を核としたビーム体の鎌へ。

もう一方はさらに分裂すると、そのまま凶悪なギザ歯を纏って巨大な丸鋸に変化した。

 

「違う、コピー!!」

「そんなんありデスか!?」

 

切歌の素っ頓狂な声を他所に、凶刃が未来へ襲い掛かる。

驚いているばかりではないと立ち直った二人は、ほぼ同時に駆け出した。

 

「ッ、させないデスよ!!」

 

何とか割り込んだ切歌がビーム鎌を受け止め、調が追撃を加えてイヨを引きはがす。

どさくさに紛れてしつこく未来を狙ってきた丸鋸鏡も、直ちに対処。

弾き飛ばして、イヨの方へ突き返した。

 

「後輩二人にお守されて、ずいぶん情けない様ね。『これ』について聞くんじゃなかったの?」

 

イヨは、再び袖の下をちらつかせながら挑発してくる。

 

「未来さん、聞かなくていい!!」

「ここで乗ったら、あいつの思うツボデスよ!!」

「分かってる・・・・二人ともありがとう」

 

上っていた血がある程度引いたことと、調と切歌に諫められたこともあって。

未来は何とか落ち着くことが出来た。

『袖の下』を使った挑発はもう効かないと分かったのか、イヨは何度目かわからないため息を吐きながら。

鎌を握りなおして、飛び出した。

 

「ッ!!」

 

接近してきた鎌に、同じく鎌使いの切歌が応戦。

回転させながら斬撃の応酬を繰り広げる。

さらに分裂した丸鋸鏡も、切り付けるだけではなく。

イヨが放った複数の光弾を反射して、不規則な弾幕を生み出していた。

文字通り刈り取りに来る斬撃に加えて、隙あらば頭や足元を穿ってくる光弾。

だが、切歌は苦い顔を晒さない。

 

「切ちゃん!!」

 

二刃そろったザババには、可能性が溢れているのだから。

調が光弾を防ぎ、弾き、時には斬撃もカバーする。

二人で一つの攻撃は、順調にイヨを押し込んでいく。

イヨも、戦況の傾きに気づき始めた。

彼女自身それなりに研鑽を重ねているので、決して劣っているはずはないのだが。

それでも追い込んでくる二人には、もはや感嘆すら覚えている。

 

「舐めてもらっちゃ・・・・!」

 

イヨが冷静に分析していた様子を、『余裕がある』と思った切歌。

攻撃のテンポを上げ、相手の調子を崩して。

 

「困るデス!!」

 

手傷を追わせるつもりで、強い一撃を叩き込んだ。

上に打ち上げる斬撃は、咄嗟の一手で軌道をずらす。

――――思えば、イヨ自身も油断していたのだろう。

だから、

 

「――――ッ!?」

 

切っ先に、まんまと布面を引っかけて。

取らせてしまった。

舞い踊る、銀糸のような長い髪。

黄ばんだリボンに纏められたそれが、白日の下にさらされる。

瞳はいっそおぞましい位に紅く煌めき、彼女が只人ではないことを示している。

だが、その程度のことは。

実に些細なことだった。

 

「――――ぇ」

 

目を、見開く。

調、切歌、何より未来。

三者三様に言葉を失い、呼吸を忘れ、思考を止める。

 

「――――ふふっ」

 

髪は白くとも、目が赤くとも。

覆ることのないその顔で。

相手の反応を楽しんだ『彼女』は、紡いだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――Rei shen shou jing rei zizzl」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寸分違わぬ、その音色を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この、アウフヴァッヘン波形は・・・・!?」

 

S.O.N.G.指令室。

イヨが放ったアウフヴァッヘン波形の解析結果に、誰も彼もが信じられないと。

目を見開いたり、言葉を失ったりしてしまっている。

 

「――――まさか、君は」

 

走馬灯のように駆け巡った、これまでの情報。

ある可能性を導き出した弦十郎は、呆然と呟く。



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獣殺し

書きたかったシーンパートn!!


――――あなたが好き。

ためらいなく手を差し出せる強さが好き。

傷にそっと寄り添ってくれる優しさが好き。

どれほど折れそうになっても、どれほど追い詰められても。

地を踏みしめて、立ち上がる背中が好き。

だから。

 

 

だから。

 

 

だから。

 

 

 

 

 

 

 

そんなあなたがいなくなることは、どうしても耐えられなかったの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

派手な爆発に吹っ飛ばされちゃったので、フリーフォールの中で体制を立て直して着地する。

ちらちらっと周りを確認すると、懐かしいシルエット。

どうやら、『チフォージュ・シャトーwith都庁』の跡地に来たみたい。

間髪入れずにやってくる、サンジェルマンさんの弾幕。

着弾したそばから爆発やら鉱物やら生えまくるので、余分に飛びのかないと避けられない。

あの問答の後から、完全にギアを上げてきたサンジェルマンさん。

なかなか距離を詰められないで、さすがにちょっと困ってきた。

攻撃が油断ならなくなってきたから、詳細は把握しきれていないけれど。

どうも未来達の方で大きな動きがあったみたい。

まだ耳を傾けられてたさっきの情報によると、未来は相当な怪我を負っているらしい。

翼さんもクリスちゃんも手一杯だし、早く救援に行きたいのに・・・・!

 

「よそ見とはつれないわね」

 

とかなんとか考え事してたら、隙をついての激しい錬金術ラッシュ。

むあー!!油断ならねーッ!!

銃に生成されたブレードを避けて、キック。

ぐりんと前転して後ろに回って、頭を狙ってまたキック。

腕で防いだサンジェルマンさんが、銃口を向けた直後だった。

 

「・・・・ッ!?」

「・・・・ッ!!」

 

確実にサンジェルマンさんじゃない爆発。

音の方に顔を向けると、土煙が上がっている。

そこから不自然に伸びた個所から、出てきたのは。

 

「未来ッ!!?」

 

ああ、なんてことだ。

想像以上にズタボロじゃないか!?

ホバーを駆使して、地面への強打を免れたみたいだけど。

立つこともままならないほどふらふらだ。

先に向かってた調ちゃんと切歌ちゃんは!?一緒じゃないの!?

わたしが把握出来てない間に、何がッ――――

 

「――――ッ」

 

狼狽するわたしに、答えを送るように。

その人は現れた。

銀色の髪を翻して、紅い瞳を鋭く細めて。

振り上げた鎌の切っ先で、未来を両断しようとした。

 

体が、動く。

 

サンジェルマンさんの攻撃が掠ったけど、些細なことだ。

すぐに未来を確保のち、ボロボロになった手を盾にしながら飛びのく。

・・・・とぼけようが、ない。

混乱が一周回って、頭が澄み渡る。

目の前に。

今、わたしの目の前にいるのは。

 

「・・・・・み、く?」

 

堪え切れなかった声が、口から零れ出ると。

髪も目も、すっかり変わり果ててしまった彼女は。

少しだけ大人っぽくなった顔で笑ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、貴女もこちらにいらしたんですか。サンジェルマン様」

「貴女、イヨ?」

 

片腕を犠牲にしてでも味方を庇った響に感心しながら、神獣鏡(小日向未来)を追い詰めた人物を見るサンジェルマン。

見覚えこそなかったものの、相手が口を開いたことで何者かを察する。

 

「はい、面を取っての対面は初めてですね」

「え、ええ・・・・そんな顔だったの・・・・」

 

決して外すことのなかった布面が取り払われたことが、それなりに衝撃だった様だ。

サンジェルマンは、柔和に笑うイヨと響が抱えている未来を交互に見ている。

 

「心中、お察し致します・・・・ですが、私がこちら側であることは変わりません」

 

上司の戸惑いを察してか、苦笑いを浮かべていたイヨは。

『そして』の一言から豹変する。

 

「私が、神獣鏡を仕留めるということも」

「・・・・~~ッ!」

「――――そんなことッ!!」

「――――させない!!」

 

響が叫ぶ前に、調と切歌が駆け付けた。

二人とも煤けていたり、派手な擦り傷があったりとそこそこボロボロだったが。

まだまだ活気に溢れている。

 

「響さん、ごめんなさい」

「あいつのギアに苦戦しちゃったデス」

 

申し訳なさそうに話しかけてきた声に、動揺から立ち直った響。

未来をさらに庇う様に抱きしめた。

だが、

 

「響、大丈夫。離して」

「未来、だけど」

「お願い」

 

他でもない未来が、響の手を取って解かせると。

痛みを堪えながらもゆっくり立ち上がる。

 

「あいつには、聞かなきゃいけないことが山ほどあるの」

 

眼光強く、イヨを見据えた横顔に。

白旗を上げるように、響は手をひらひらさせた。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「切歌ちゃんはわたしと一緒に攻撃!未来は調ちゃんと援護をお願い!」

 

言いようもない怪我人だからね。

いのちだいじに!!

切歌ちゃんと並んで突っ込み、相手の照準が未来達へ向かわないようにかく乱する。

 

「――――壊れた機械は 夢を見ている」

 

イヨさんが歌い始めた傍ら、サンジェルマンさんがガンブレードを翳して突っ込んできたので。

こっちも刃を出して鍔迫り合い。

叩き落とすように相手の得物を押し下げ、滑らせるように一閃。

 

「永遠に醒めぬ時を奏でて」

 

蹴り飛ばしたところへ、切歌ちゃんが大振りの斬り下しを放つ。

わたしが追撃を叩き込もうとすると、鼻っ柱をかすめるレーザー。

一瞥すると、イヨさんが指先をこっちに向けてるのが見えた。

 

「あとどれくらいの 夜を紡げば」

 

放たれる弾丸も対処してる間に、一歩下がったイヨさんが結晶を錬成。

高低様々な空中に配置される。

レーザーが反射されそう。

それで、こう、実写版バイ〇ハ〇ードみたいなサイコロステーキを作りにかかるかもしれない・・・・!!

某先輩?ほら、あの人は糸だから・・・・。

違うにしても、放置すんなって本能がささやいてる。

 

「あなたを照らす 光になれる?」

 

とはいえ、そう簡単にさせてくれるわけないよなぁ・・・・!

イヨさんの思惑を知ってか知らずか、破壊を狙おうとするとサンジェルマンさんが邪魔してくる。

 

「舐めんなッ!!」

「デースッ!!」

 

わたしはジャマダハルで、切歌ちゃんは鎌で。

レーザーを反射しながら、しれっと利用して狙い撃ってやる。

思惑通り、サンジェルマンさんの眉間が鬱陶しいとばかりに皺が寄った。

 

「目をそらさないで あなたの想うわたしじゃなくても」

 

銃を持った腕を、蹴りや手刀で打ちながら。

銃口を向けるのを阻止、徹底的に邪魔してやる。

だけど、イヨさんがレーザーを発射したことで進撃は止められてしまう。

 

「――――空白から未来へ綴る調べを 捉えて」

 

ここで、ついに結晶の仕掛けが発動した。

イヨさんが飛び出したと思ったら、その姿が消えていた。

 

「Just call my name, So call my name.」

「あああッ!?」

「ぐあ、ッ、調ちゃん!」

 

と、認識した直後に悲鳴。

振り向くと、調ちゃんが未来ごと倒れていた。

 

「ア、アイツ、どうやって!?」

「よそ見してる余裕なんてあるのかしら!?」

 

サンジェルマンさんは、驚く暇すら与えてくれない。

で、でも。

何が、起こったんだ。

この一瞬で、どうやって移動を!?

 

「散りゆくひとひらを」

「このッ!!」

 

調ちゃんの下から這い出た未来が、接近してたイヨさんに一撃加えようとするけど。

またまばたきのうちに消えてしまう。

 

「数えてください」

「あああ――――ッ!!!」

「未来ーッ!!」

「あなたのその胸で」

 

今度は未来の後ろに現れて、背中を思いっきり蹴り飛ばした。

・・・・あんまりに刹那的な出来事だったけど。

今度ははっきり見えた。

『鏡面』だ。

結晶に写った、微かな鏡像の世界。

イヨさんはそれらを、光と一緒に渡り歩いて動いている・・・・!!

こうなると、ビルの窓や、水たまりの水面、捨てられた瓶・缶のゴミに、わたし達のギアすらも。

彼女の足場足りえるということになる!!

 

「そんな無茶苦茶な、ぐう!!」

 

同じくからくりに気づいたらしい切歌ちゃんも、素っ頓狂な声を上げていた。

わたし達がサンジェルマンさんに手古摺っている間に、未来への猛攻は続いていく。

・・・・元々限界だった未来は、離れていてもはっきり分かるほど喘いでいる。

聞こえる呼吸は、まるでふいごの様だ。

 

「片手間に勝てるなどと思わないことね」

「な、があッ!?」

 

そうやってよそ見をしてしまっていたから、してやられてしまった。

サンジェルマンさんの錬金術を避け損ねて、切歌ちゃん共々捕らえられてしまう。

 

「わたしはまだ わたしでありたい」

「ッ未来さんから・・・・」

 

ふらふらの状態から立ち上がったのは、調ちゃんだ。

頭の丸鋸に加えて、両手にヨーヨーを構えて。

 

「離れてッ!!」

 

飛び出した。

丸鋸を放ってイヨさんを引きはがすと、ヨーヨーのワイヤーと本体の刃を縦横無尽に展開して。

近づけまいと、奮闘してくれたんだけども。

 

「甘いよ、調ちゃん」

「――――えっ?」

 

また鏡面移動!!

ワイヤーから飛び出たのが見えた。

光を受けて反射するものであれば、本当に何でもいいってか!?

 

「おやすみ」

「調ッ!」

 

結晶から抜け出すまでの間に、首元に一撃叩き込まれて気絶してしまった。

・・・・切歌ちゃん共々、こうしてる場合じゃない。

未来が危ない!!

 

「ぐっ、このォッ!!」

 

片足のジャッキが動いたので、それを突破口に脱出を図る。

一方の未来は、倒れた調ちゃんを庇いながらシャトルを発射。

少しでも時間を稼ごうとしているけれども。

 

「何を無意味なことを、いっそ涙ぐましいわね」

 

イヨさんは、調ちゃんに話しかけた時とは正反対の、冷え切った声でレーザーを放って。

反射で増幅させた弾幕が、あっと言う間にシャトルを全滅させてしまった。

 

「ど、どうして・・・・!?」

 

わたしが何とか両足を解放させた横で、諦めていない未来が問いかける。

 

「どうして、わたしを殺そうとするの!?わたしが死んだら、あなただって――――」

「――――愚問、全く以て愚問だわ」

 

よし、両手もいけた!

 

「未来ッッッ!!!!」

 

多少残った結晶はそのままに。

未来と調ちゃんと助けるべく駆け出す。

頭によぎるのは、ステファン君と了子さん。

一人は片足、一人は片腕。

わたしが不甲斐ないばっかりに、わたしが鈍間だったばっかりに。

もう取り返しができない大怪我を負わせてしまった二人。

彼らを大切に思っていた人達を、悲しませてしまった二人。

――――急げ、急げ、急げッ!!

未来を守れ、調ちゃんを救え!!

これ以上、何も傷つけさせて。

溜まるものかッ!!

走る、進む、駆ける。

一歩でも一秒でも、速く!!

助けるべき人達の下へ、たどり着け!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

だ、けど。

だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしは結局。

肝心なところで、とんでもない役立たずに成り下がってしまって。

 

 

 

 

 

 

「――――神獣鏡の退魔の由来は」

 

イヨさんは、右腕を。

わたしと、未来の家で『封印(ほかん)』しているはずの、手甲から。

刺突刃を伸ばして。

 

「その名の通り、描かれた神獣から来ている」

 

深く、深く。

未来の鳩尾から。

穿ち上げるように、突き刺して。

 

「『獣殺し』は、よく効くでしょう?」

 

無情に、捻った。

 

「~~~~~ッ、未来ウゥ――――ッ!!!!」

 

未来の、空を突き刺すような悲鳴をかき消すほど叫んだ。

激情の横で、『こんな大声が出せたんだ』と。

見当違いに冷静な部分が残っている。

拳を一発、地面を抉る勢いで放つ。

必死に未来を搔き抱きながら。

血が巡りすぎて狭まった視界で、イヨを捉えた。

 

「――――小日向未来」

 

一方のイヨの顔は、高揚している様だった。

笑ってこそいないものの、爛々と光る眼で見つめ返して。

 

「愛しているなら、死ね」

 

テレポートジェムの光に包まれながら、吐き捨てた。




今回イヨさんが劇中で歌いました曲は、天野月子さんの『ゼロの調律』です。
使用に当たりまして、一番と二番を少しツギハギしました。
フルもとってもエモいので、良ければチョイワル抜きでも聞いてくださいな。


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立ち止まるな

毎度の評価、閲覧、ご感想。
誠にありがとうございます。
筆が乗りました、いわゆる説明会です。


「――――そう、未来ちゃんが」

 

S.O.N.G.と提携している病院。

つい先日意識を取り戻した了子は、技術班の後輩からの報告を受け。

沈痛な面持ちを浮かべた。

 

「クリスちゃんに続いて、響ちゃんまでピリピリしちゃって。賢者の石対策もまだ目途が立ってないのに・・・・って、これ愚痴ってもしょうがないですよね」

「いいわよ、大変なときに抜けちゃったのは私だし」

「いや、それこそ了子さんが動いてなかったら、どうなってたことか」

 

――――どこかの世界では間に合っていた、マリアの救援は。

こちらではイヨが邪魔していたことで、決して叶わないものになっていた。

そんな状況でアダムの火球をくらっていたならば。

どうなるかなどど、考えるまでもないだろう。

 

「まあ、いいこともあったんですよね。LiNKERのレシピも分かって、マリアさん、調ちゃん、切歌ちゃんが気兼ねなく戦えるようになりましたし」

 

これからは、LiNKERが必要な彼女たちはもちろん。

連続出撃を強いられていた正規適合者の負担も、大きく減らせることになるだろう。

これは間違いなく、エルフナインの大手柄である。

 

「LiNKERの秘密は『愛』、みんな了子さんらしいって言ってましたよ」

「ふふふ、そうでしょう?」

「特に石川先輩なんか、『五千年初恋こじらせた人は違うなぁ』って!」

「うーん、正直でよろしい」

 

件の石川をどうしてくれようかと了子が考え始めた横で、後輩はまた暗い顔。

 

「でも、やっぱり未来ちゃんがやられちゃったのは痛いです。装者の中で、一番賢者の石の影響を受けないギアだったのに」

「使われた哲学兵装は『獣殺し』だったかしら。未来ちゃんの神獣鏡に描かれていたのは『饕餮』、『白澤(ハクタク)』に比べたら神性だって薄いでしょうね」

 

――――『饕餮(トウテツ)』。

中国にて語り継がれる妖怪の一種。

妖怪の中でも群を抜いて別格とされる四体、『四凶』の一つに数えられている。

羊の体に、人間の顔を持つとされるそいつの能力は、『暴食』。

何でも飲み込み、食べつくすという脅威は。

ほんの一時期だけ、『悪しきものも食べてくれる』と期待され、『聖獣』として信仰を集めていたこともある。

未来が纏う、皆神山で発見された神獣鏡は、そんな時期に作られたものであった。

善悪にかかわらず、聖遺物であるというのなら文字通り喰らい尽くす性質は。

そこから来ているのであろうと、了子(フィーネ)も結論付けている。

 

「でも、あの子が受けてる呪いってそれだけじゃないんですよ。『治癒布』を使っても傷の治りが遅いどころか、浸食してダメにしちゃう様な怪我、獣殺しだけじゃ説明がつきません」

 

治癒布(ちゆふ)』とは、了子がフィーネの一面を隠さなくなってから採用された医療道具の一つ。

負傷個所に貼るだけで、自然治癒を促進させる便利アイテムである。

市販の湿布に錬金術で文様を描けばできるので、コストも安い。

これまで怪我を負った装者達が、割と早く前線に復帰できていた理由である。

 

「・・・・・イヨの正体は、未来(みらい)から来た未来(みく)ちゃん、だったかしら?」

「はい、司令達もそう結論付けてます。二十代半ばくらいの見た目と、ギアのアウフヴァッヘンが証拠です」

 

『それこそ本人じゃない限り、あんなにぴったり一致するなんてあり得ない』と。

後輩も同意ですとばかりに何度もうなづきながら力説した。

 

「そして目的が『自分殺し』となれば、未来ちゃんに叩き込まれた呪いにも影響は出ているでしょう」

「そういえば、どストレートに死ねって言ってました・・・・何が、あったんだろう」

 

そもそも、自分を殺したいだなんて考えることはあっても。

時間を遡ってまで実行に移すだなんて、よっぽどの何かが起こったとしか思えない。

了子と後輩は、奇しくも同時に思い出していた。

当時のモニターや、報告書の画像で見たイヨの姿。

すっかり色落ちしたまっさらな髪に、只人ではなくなった証の紅い目。

自分達が知る未来のそれとは、あまりにも遠くかけ離れてしまった姿。

体を追い込むほどの何かを経験したか、あるいは自ら施したか。

 

「未来ちゃんに関しては、根気強く治癒布を貼っていくしかないわね・・・・在庫は大丈夫?」

「消費は激しいですけど、エルフナインちゃんと香子ちゃんが頑張ってくれてますよ。わんこそばみたいな勢いで作り続けてます」

 

後輩の言葉に、『ハイッ!ハイッ!』と元気よく掛け声を上げる二人の教え子が思い浮かんで。

了子はくすりと笑みをこぼした。

 

「もちろん私達だって負けてられませんよ!賢者の石への対抗手段を、総力上げて捜索中です!」

「ふふふっ、その様子ならもうちょっと休んでてもよさそうね」

「うっぐ、いや、休んでてほしいのは事実ですけど、戻ってきてほしいのも本音・・・・うーん、うん!そうですね、ゆっくり休んでください!」

「あなたのそういうとこ好きよ」

 

きゃーっ!と照れる後輩を微笑まし気に見つめて、了子はこれからの動向に思いを馳せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅん・・・・あんた、そんな顔をしていたの」

 

パヴァリア光明結社が、拠点としているホテル。

布面を取ったイヨが控えている。

カリオストロはそんな彼女の顎を寄せ、まじまじと観察していた。

 

「お気に召しませんか?」

「そおねぇ・・・・あんたの占い結果とやらの、信憑性は薄れるかも」

「同意なワケだ」

 

眼光鋭くねめつけるカリオストロを援護するように、プレラーティが頷く。

 

「お前が神獣鏡装者と同一人物であるというのであれば、ティキの居場所や風鳴機関の場所をピタピタ当てられたのも納得がいくというワケだ・・・・だが、それは同時に、我々の行く末も知っているということ」

 

並び立ち、膝をつくイヨを一緒に見下ろす。

 

「お前の行動次第では、例えサンジェルマンの意に沿わずとも殺す」

 

眼鏡の奥をギラリと輝かせて、宣言したのであった。

 

「――――そんなに身構えずとも、皆様の邪魔建てなど滅相もない」

 

そんな威圧を真っ向から受け止めたイヨは、一呼吸沈黙を保ってから。

ゆっくり口を開く。

 

「私は、神獣鏡(アレ)さえ殺せればそれでいいのです。それが、私の望みを叶えるための、唯一にして絶対的な方法なのですから」

 

そして、己が抱く悲願の片鱗を見せてやった。

効果はあったようだ。

イヨの瞳と笑みに潜んだ、いっそ称賛すら抱くほどの一途な狂気(おもい)を感じ取ったカリオストロとプレラーティは。

目を見開いたり、逆に細めたりして。

ひとまず、S.O.N.G.側に着くことはなさそうだと結論付けた。

 

「それに、占いも嘘ではありませんよ」

 

雰囲気を元に戻しながら、二人の反応をくすくす微笑まし気に楽しむイヨ。

 

「平行世界の概念は、お二人もご存じでしょう?どこかで分岐が発生し、己の知る知識とかけ離れている場合も考慮しなければならないのですから・・・・制約は、むしろ多い方なのです」

 

最後に微笑みかけてやれば、二人は完全に毒気が抜かれたようだった。

それでも疑念が尽きていない様子なのは、無理からぬことだとイヨは一人納得する。

 

「ご安心下さい、私があちら側に着くなどと・・・・・神獣鏡が息をしている限り、世界が滅びようともあり得ないことですわ」

 

ダメ押しにそう告げてから。

イヨはまた、いつも通り占いを行うべく歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

――――パヴァリア光明結社の再三の襲撃から、数日。

はっきり数えているわけじゃないけど、一週間も経っていないのは確かだ。

一向に好転しない状況に、誰もがはっきりと焦りを覚え始めているのが分かる。

かくいうわたしも、その一人。

 

「――――未来」

 

二課時代からS.O.N.G.と提携している病院。

ご厚意でちょっとだけ無理を通してもらって、きっちり決められた短い時間だけ面会を許してもらえている。

ひゅうひゅうと、か細い呼吸を繰り返す未来の手に。

そっと、これ以上傷つけないよう。

わたしの手を沿わせて、重ねる。

ひんやりとした表面ごしに、じんわりと脈打つ温もりは。

未来がまだ生きていることを教えてくれた。

――――あの日、イヨさんから受けたのは。

肺への直接攻撃だけじゃなかった。

神獣鏡を纏っていたところへの『獣殺し』の呪いに、シンプルな『死』の呪い。

その二つが、未来の傷の治癒を蝕んで、回復を阻害しているらしい。

例え治ったところで、装者どころか日常生活を送るのも厳しいだろうと。

主治医は診断していた。

 

「――――」

 

そんな資格はないのに、涙が零れる。

イヨさんが、未来(みらい)未来(みく)が。

時間を超えてまで自分を殺そうとする理由。

きっと、わたしが関わっているんだろう。

・・・・あの時の。

『愛しているなら、死ね』の意味が分からないほど、鈍いつもりはない。

・・・・わたし、が。

わたしのせいで、未来が。

 

「・・・・ダメだ」

 

拭っても拭っても零れる涙を何とか抑え込んで。

改めて未来を見下ろす。

・・・・泣いてどうにかなるのなら、大声を上げて泣くし。

嘆いてどうにかなるのなら、鬱陶しがられるくらいに嘆く。

立ち止まってどうにかなるなら、てこでも動かない。

でも、そんなんで変わるわけがないから。

だから。

 

「・・・・もう、行かなきゃ」

 

面会時間が、もうすぐ終わる。

だけど、ほんの少し名残惜しさがあったから。

 

「またね、未来」

 

酸素マスク越しに、そっとキスを贈った。




Q.妹ちゃん、いつの間に錬金術を使えるようになったの?
A.クロと契約している関係でちょくちょく技術班に顔を出しているので。
自然と興味を持った彼女に、エルフナインちゃんが教え始めたのがきっかけです。
その後、頑張ってる二人を気にかけた了子さんがたまに教鞭を取るようになったとか、何とか・・・・。


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海上の問答

自分が持ってる情報と読者様方が認識してる情報に、差異があると、たまに忘れてしまうことがあります。
精進せねば・・・・。


「こんにちはー」

 

S.O.N.G.技術班オフィス。

トートバッグをガサガサ鳴らしながら、香子はひょっこりと顔を出した。

――――パヴァリア光明結社との攻防が本格化したことで、恒例であったクロの検査どころではなくなり。

戦力に数えられていない香子が、必然と本部を訪ねることは出来なくなったが。

治癒布の制作要因として、束の間だけ駆り出されていた。

制作者にして医療の要も担う了子や、つい先日出撃していた未来が負傷したことが重なったことが原因である。

 

「こんにちは香子さん、こっちです!」

「はーい、今日もたくさん持ってきたよ」

「協力、派手に感謝する」

「ほんとーにありがとう香子ちゃん、めっちゃ助かってる!」

 

袋の中身は、買い込んだ市販の湿布達。

レイアにレシートを渡す横で、職員がお茶を持ってきてくれた

 

「作ったやつ、全部未来ちゃんの治療に使うんですよね?小学生に頼らなきゃいけないほどやばい怪我ってのは、なんとなく察してますから」

 

と、香子は湿布とは別のレジ袋を差し出して。

 

「こっちは差し入れです。おやつ程度で申し訳ないですけど」

「そのおやつがありがたいのよー!もー、うちにおいでー!」

「ばっかお前、そんなこと言うとお姉ちゃん飛んでくるぞ」

「一片の悔いはないよ!」

 

感極まった女性職員が、思いっきり香子をハグ。

響に睨まれかねないと言われてもなんのそのと返すあたり、どれほど可愛がっているかがよく分かる。

 

「ほらほら、その辺にしとけー。香子ちゃんだって遊びに来てるんじゃないんだからなー」

「はぁーい。香子ちゃん、また後でねー!」

「はい、また後で・・・・あっ」

 

職員に手を振り返していた香子だったが、相手の背後で別の職員が横切ろうとしているのに気が付いた。

『危ない』と声を上げる間もなく、両者の距離は近づいて。

 

「うわっ!」

「あたーっ!」

 

案の定、ぶつかってしまった。

腕いっぱいに積まれていた紙の資料が散らばり、床に散乱する。

見てはいけないものではないかと一瞬ためらった香子だったが、結局手伝うことに。

 

「どうぞ」

「ごめんな、ありがとう」

 

文面を凝視しないように、手当たり次第に回収して職員へ手渡していく。

職員達も気遣いをくみ取り、手早く受け取って香子の目に入らないところへ持って行った。

 

「何やってんだよ・・・・ん?」

 

そんな中、ふと書面を見下ろした職員がいた。

彼の手にあるのは、響の融合症例時代の資料。

カルテも兼ねたそこに、響自身がかつて『耳垢見てる気分』と称した。

鉱物状の生成物の画像が添付されている。

確か現在は、国連と日本政府の共同監視下に置かれているはずだが、と考えたところで。

 

「・・・・待てよ」

 

頭の回転が、始まる。

そもそも、今回味方の頭を悩ませている賢者の石(ラピス・フィロソフィカス)は、『一にして全なるもの』と言われている。

錬成にはレイラインを用いられたと考えられ。

世界の生命そのものから生み出されたそれは、文字通り『全』の属性を帯びていると見ていいだろう。

そしてここに、手元の資料にあるのは。

個の、一つの生命体から生み出された(暫定)鉱物。

 

「・・・・・・これだあああああああああああッ!!!!!」

 

雄たけびが、轟いた。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

サンジェルマンさん達への対抗手段が見つかったかもしれないと。

団子になって技術班のみんなが駆け込んできたのが、一昨日の話。

砲弾をガトリングでぶっ放すがごとく、専門用語マシマシでまくし立てられたので。

話の半分どころか1%も理解出来なかったけれど。

要するに、騒音対策でよくある『消したいものと反対の波長のものをぶつけて、無効化しようぜ』という理論らしい。

なるほど。

で、その反対の波長の素になると期待されているのが。

 

「いやぁ、あの時の『耳垢』がこうなるとは・・・・」

「耳垢って、言い方・・・・」

 

すっかり懐かしくなりつつある執行者事変の頃。

ネフィリムにむしゃむしゃされて再生したわたしから出てきた、『耳垢』的な鉱物。

生物と聖遺物の融合の結果の、貴重な資料だからと。

あのヤントラサルヴァスパと同じく、深淵の竜宮に保管されてたって話だけど・・・・。

 

「まさか、クリスちゃんが派手にやった区画にあったとは・・・・」

「こら、わざとじゃないんだから」

「そこは重々承知の助ですよー」

 

マリアさん運転する潜水艇の中で、計器を読んだりして作業を手伝っている。

相方は翼さんだ。

潜水艇で吸い上げた海底の泥を、海上の作業場で漁る。

地味で根気のいる作業だけど、やっとパヴァリアの連中への対抗策が見えてきたんだ。

やるっきゃないでしょ。

 

「あ、ポンプの空気圧。依然正常です」

「水圧計も変化無しだ、気兼ねなく続行してくれ」

「了解」

 

レバーを巧みに傾けて、バキュームの吸い込み口を両手の様に動かしていくマリアさん。

前に『運転は割と得意』って言ってただけのことはある。

・・・・いや、一般車両に留まらず、ヘリやお船の免許まで持ってる人に向かって『下手』なんて言えんがな。

 

「あとは連中にバレなきゃ万々歳――――」

「立花そこまでだ。そういう平穏を願う類の発言は、厄介ごとの引き金になると相場が決まっている」

「翼の言う通りよ。寝ている犬を起こしたくなかったら、口を施錠しておくことね」

「うっす」

 

うっかりフラグを立てるところだった・・・・。

言われた通り口を結んで、しばらく黙っていようとした時だった。

 

「うん!?」

「おっと」

「何っ!?」

 

ごん、と鈍い音。

続けて波打つような衝撃が上からやってくる。

 

「本部!!何が起こっているの!?」

『パヴァリア光明結社の襲撃だッ!!今すぐバキュームを停止させろ、イヨが吐き出し口を凍らせたッ!!』

「なんですって!?」

 

・・・・・・。

 

「・・・・これ、わたしの所為です?」

「いや、パヴァリア光明結社の所為だ」

「いっそ鮮やかな伏線の回収ね」

 

お、お二人のフォローが染みる・・・・!

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

(くそっ、やられた・・・・!)

 

海上に設けられた作業場。

カリオストロ、プレラーティ、イヨの三人によって襲撃されたそこは。

マリア達が乗る潜水艇につながるパイプを、錬金術で凍らされるところから始まった。

 

「なーにをこそこそしているの?あーし達も混ぜなさいなー!」

「あなた達には関係ないッ!!」

「年増はお呼びじゃないデス!!」

「おこちゃまがつれないことを抜かすワケだ」

 

調と切歌が、それぞれの相手と対峙する横で。

クリスもまた、ファウストローブを纏ったイヨと向き合っている。

彼女が佇んでいるのは、唯一の逃げ道だった。

 

「ったく、ずいぶん嫌な手を使いやがる・・・・」

「敵の嫌がることを進んで行う、戦いの基本ですよ」

「あー、そーかい!!」

 

まだ避難できていない非戦闘員達から引き離すべく、クリスは目の前のイヨに飛び掛かる。

左右それぞれの手のひらで拳銃を回転させながら構えて、接近戦を仕掛けるクリス。

対するイヨも手ごろなサイズの鏡を変形させ、オメガ記号の様な見た目の武器『蛇圏』を握る。

互いの手の内でそれぞれの得物を躍らせながら、広がる水面に金属音を響かせる二人。

足払いを踏ん張りでとどめたクリスは、銃口を鋭く向けて引き金を引く。

髪を掠めて避けたイヨは、受け止められた足を軸に回転。

お返しとばかりに斬撃を叩き込む。

一歩飛びのいて、回避ついでに距離を取ったクリス。

得物を拳銃からマシンガンに変えて、ありったけの鉛玉を浴びせかける。

鏡を盾に変えて防御したイヨは、続けざまにほかの鏡も展開。

レーザーを打ち出し反射させ、弾幕を放った。

 

(こいつは前にも見せたって言う・・・・!)

 

複数の攻撃が、複数の方向から。

同時に襲い掛かってくる。

クリスは努めて冷静に体をひねって回避。

その間に得物を拳銃に戻して、逆立ちから流れるように回転。

ブレイクダンスの動きで乱射すれば、そのほとんどが鏡に命中した。

 

「・・・・ッ」

 

策を難なく突破されたイヨは、即座に戦術を変える。

再び鏡を展開し、生き残ったものと共に周囲に配置させると。

倒れこむようにして、背後の鏡に『飛び込んだ』。

 

「・・・・クソッ」

 

それが聞き及んでいた『鏡面移動』だと気づいたからこそ、クリスは悪態を一つ。

咄嗟に腰のアーマーから結晶をばらまくと、フォニックゲインに反応させる。

マゼンダ色に輝き始めた結晶達は、クリスのもう一つの『目』となって。

 

「そこだッ!!」

「――――ッ!?」

 

反応があった方へ、ためらいなく発砲。

手ごたえこそなかったものの、そこには確かにイヨがいた。

再び鏡の中に消え、頭上の死角から襲い来るイヨ。

クリスはこれにも反応し、弾丸を放つ。

銃撃を眉間に受けたイヨの姿をした『それ』は一瞬でひび割れてばらばらに砕け散った。

気を抜かずに後ろを振り向けば、苦い顔をしたイヨがいた。

 

「よォ、驚いたか?」

「・・・・ええ、油断なりません」

 

笑いかければ、硬い声で帰ってくる。

銃口を再び向け、イヨを牽制するクリス。

背後の非戦闘員達に意識を向ければ、攻防のさ中に隙を見つけたらしい。

悲鳴を上げながらも、アルカノイズや戦闘の余波を避けて。

主に海を泳いで退避している様だった。

 

(逃げてくれてるんなら上々、念のためダメ押しでもしておくか)

「お前、なんであの子を狙う?どうして殺そうとするんだ!?」

 

問いかけに、一度目を見開いたイヨは。

しかし、決意した硬い表情を浮かべて。

 

「・・・・そうすることでしか、救えないから」

 

言うまでもなく、響のことだろう。

クリスから見たイヨの顔は、どこか泣いているようにも思えた。

 

「時間がないの。あの人だけじゃない、世界の為にも、アレはここで死んで然るべきよ」

「ッそれが本当にバカの為になるってのか!?あの子を、過去のお前を殺しちまったら、お前が消えるかもしれないんだぞッ!?」

 

身を乗り出して言葉を重ねるクリス。

一方のイヨは、己が未来と同一人物であると知られていても。

特に気にしていない様子だったが。

 

「お前の、未来(みらい)のバカが独りになってもいいってのかよッ!」

 

その咆哮には、明らかな反応を見せた。

強風を受けたが如き呆然から、徐々に徐々に、己への嘲笑へと変わって。

 

「・・・・もう、独りよ。わたし、独り」

 

未来(みく)を思わせる声音で告げた、彼女の様は。

まるで、帰る場所を失った迷子の様で。

 

「あまりにも奪いすぎた、あまりにも傷つけすぎた、だから今度は私の番・・・・それだけ、ただそれだけのことなの」

 

痛々しい気配に、今度はクリスが呑まれる番だった。

一瞬気を取られていたが、すぐに持ち直して睨むクリス。

イヨもまた元の雰囲気に戻り、改めて構えなおす。

 

「・・・・バカが、そんなこと望んでないとしてもか?」

「無論、全て承知の上」

 

・・・・・もう、言葉は届かない。

少なくとも自分には無理そうだと、クリスは小さく歯を嚙み締めた。

刹那、背後で二つの水柱。

一つはプレラーティが叩き落されたらしいもの。

もう一つは、ギアを纏った響が飛び出してきたもの。

 

「大丈夫?」

「ああ、こっちは何ともなしだ」

 

クリスの一歩手前に降り立った響は、視線をイヨにぶち当てる。

少し驚いた様子だったイヨは、しかし。

プレラーティが手負いとなったことで、引き時だと判断した様だ。

足元に陣を展開、周囲の気温を思いっきり下げたところに。

火の玉を一つ、放り込んで。

濃い水蒸気を発生させたのだった。

 

「・・・・ッ」

 

視界が真っ白に染められる中、熱にひるみながらも目を開けていた響。

同じくこちらに目を向けていたイヨと、視線がかち合って。

――――まるで、彼女が。

自分の姿を焼き付けているように感じた。




カリオストロ&プレラーティ戦は、裏で原作通りに進んだということで・・・・。


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準備できる時はきっちりやっておこう

虚淵さん脚本の、台湾の人形劇に誘惑されながらもなんとか仕上げました。
あれほどかっこいい木刀を、どうして今まで知らなかったのか・・・・!


「は・・・・は・・・・は・・・・!」

 

息を切らして、病院の廊下を走る。

途中看護師に注意されながら、通いなれた病室に駆け込めば。

 

「・・・・ぁ、ひびき」

 

そこにいたのは、やや変わってしまった愛しい人。

時折、ひゅう、と喉を鳴らしながら。

慌てた様子のこちらを、おかしそうに、微笑ましそうに笑っていたのだった。

 

「――――未来!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッ」

 

襟をつかみ上げられ、壁に叩きつけられる。

痛みに思わず目を閉じたイヨの前には、鬼気迫る目つきのカリオストロ。

 

「――――どういうつもりだッ!?」

 

イヨが、強打した後頭部にひるむのもお構いなし。

端正な顔立ちを怒りに染め上げて、声を荒げる。

 

「あの襲撃を提案したのはアンタよ、だったら見えていたんじゃないの?プレラーティの負傷がッ!!」

「・・・・ええ、もちろん。見えていましたとも」

 

刹那。

襟をつかんでいた手が、首を捉えた。

痛みを伴う圧迫感に苛まれ、イヨは掠れるような声を出す。

 

「ぐ・・・・」

「こっちの戦力削るような真似して、どうしようってんのよッ!ええッ!?」

「ぐっは、ごほごほ・・・・!」

 

床に叩きつけられ、咳き込むイヨを見下ろして。

カリオストロは険しい声をやめない。

 

「あんたのこと、ますます信用ならなくなってきた。本当にサンジェルマンの味方なの?黒歴史削除が目的とか言いながら、あーし達も消すつもりなわけ!?」

 

倒れたイヨは、ぜいぜいと呼吸を整えることに集中。

やがて、片目をゆっくりとカリオストロに向ける。

犬や猫の爛々と光る眼玉が、絹の糸束の間から覗いている様に見えて。

一瞬、猛獣と対峙したような心地になった。

 

「・・・・単純な話です」

 

一通り落ち着いたらしいイヨが、ゆらりと立ち上がる。

 

「そも、歴史とは未来とは、いつくもの分岐を経て辿り着くもの。いくら私が未来から来たといえど、結局は数多の軌跡の果てに過ぎません」

「・・・・それで?」

「多少は筋書き通りにしないと、我々が不利になりかねないということですよ」

「というと?」

 

雇った責任からか、静観に徹していたサンジェルマンが続きを促せば。

イヨは、役者さながらに片手を振った。

 

「分かりやすいのは今回のことでしょう。彼らS.O.N.G.は、確かにラピスへの対抗手段を得ました。しかし、それは彼らが強くなったわけではありません」

 

つまりイヨが危惧しているのはタイムパラドックス。

ある種の予定調和により、不確定要素が増えること。

何かのきっかけでS.O.N.G.が想定以上に強化されてしまえば、計画が修正不可能なまでに狂わされかねないのだ。

 

「例えば、プレラーティ様が負傷することなく我々が勝利したとしましょう。ですが、S.O.N.G.はそれをバネにして、さらなる力を得るかもしれません」

 

それこそ、パヴァリア光明結社を凌駕するような力を。

いや、この先に現れるであろうあらゆる脅威を打ち払う力を得るのかもしれない。

示された可能性に、圧していたはずのカリオストロは、固唾を吞んでしまった。

 

「困るんですよ、それでは。ええ、とても」

 

顔の髪を払いのけないまま、にっこり笑うイヨ。

 

「そうでなければ、この先出陣するはずの神獣鏡がずっと退いたままになってしまいます」

「何?あんたが呪いをのっけてまで重傷を負わせた子が出てくるっての?」

「出ますよ」

 

怯んだままではいられないと、前に出たカリオストロへ。

自信たっぷりに即答するイヨ。

 

「忌々しくも己だからこそよく分かるのです・・・・アレは、必ず、出てくる」

 

一語一語を強調しながら断言する姿に、カリオストロは今度こそ沈黙してしまった。

そんな彼女を下がらせながら、今度はサンジェルマンが前に出る。

 

「では、今後彼らが新たなものを得ようとしても、放置するべきだというのね」

「ええ、貴女様からすれば心苦しいでしょうが・・・・このまま、このままでいてもらわねば・・・・彼らには」

 

ふふふ、と再び笑ったイヨをしばらく眺めた後で。

サンジェルマンは深々とため息をついて。

 

「・・・・・いいでしょう、ただし次はないわよ」

「サンジェルマン!?」

「カリオストロ、いいの。責任は私が負う・・・・元々、イヨとは『目的を邪魔しない』という条件で契約したのだから」

「・・・・寛大な処置、感謝いたします」

 

それでも納得がいかないカリオストロは、せめてもの抵抗にイヨを睨みつけて。

苛立たし気にその場を去っていく。

 

(局長といい、イヨといい、サンジェルマンってば不安要素に囲まれすぎ!!)

 

足並みこそ踏み鳴らしていても、その胸中はいたって冷静だ。

プレラーティの治療に当てている部屋へ向かう傍ら、思い出すのは盗んで聞いた会話。

 

(・・・・あーしも、そろそろ腹を決めるべきかしらね)

 

口元が、強く結ばれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――とどかない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とどかないんだ

 

 

 

 

 

 

どんなに謝っても

 

どんなに呼んでも

 

どんなに泣き叫んでも

 

 

 

 

 

 

 

もう、君には届かない

 

 

 

 

 

 

わたしのこえは、とどかない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――」

 

目が覚める。

植込みのごわごわとした感触で、訓練中なのを思い出した。

どんなことがあったんだっけと、目線を上に上げたところで。

 

「・・・・Morning, Hibiki」

「・・・・もーにん、マリアさん」

 

木に引っかかったまま、現実逃避気味にネイティブな挨拶をしてくるマリアさんと。

視線がかち合ったのだった。

――――何とか『耳垢』を回収したわたし達。

『賢者の石』に対抗する手段だからと、『愚者の石』だなんてかっこいい名前を付けてもらえたそれを使って。

めでたく復帰した了子さん率いる技術班のみんなが、シンフォギアに新たなバリアフィールドを設定。

これでイグナイトを起動させても、浄化の光でひっぺがされることはなくなった。

で、今何をやっているのかといえば。

バリアフィールドが着いたこともあって、改めて装者みんなで訓練というところに。

何故か司令さんが乱入。

ジャ〇キーの主題歌を流しながら、素手で装者を圧倒していったのであった。

いやぁ、実しやかに囁かれてる三すくみに入ってるだけのことはあるよね。

ほんと相手にならなかったや!

・・・・そうじゃなくて。

司令さんに曰く。

あの海上の攻防で、プレラーティに一撃を加えられたのは。

調ちゃんと切歌ちゃんのユニゾンによるところが大きい。

となれば、次攻め込んできたとき、真っ先に分断を狙ってくるはず。

だから、愚者の石という共通の媒体を搭載した、今の状況を利用して。

イガリマとシュルシャガナのような、神話の繋がりに頼らない。

絆の繋がりによるユニゾンを会得しようということだった。

 

「よろしくね、調ちゃん」

「よろしくお願いします」

 

正直、柄にもなくわくわく。

そもそもコミック版の方で、翼さんと奏さんが『双星の鉄槌』だなんてかっこいい技を披露してるもんね。

それが現実になると分かったら、胸が躍るってもんよ。

 

「その、未来さんほど出来るか分からないけど・・・・」

「危なげなく戦えたなら、それでいいと思うよ」

 

・・・・ただ、心配事もあるにはある。

未来がイヨさんから受けた呪いは、未だ健在。

いくらか症状は治まったとはいえ、酸素吸引器が手放せない状態にある。

体力も戻り切っていないので、もちろん入院は続行。

傷が治りきらないのは承知の上で、もう少し様子見をしようという診断が下ったのだった。

少なくとも、今後の戦いには参加出来ないだろう。

賢者の石に唯一対抗できた神獣鏡が動けない今、パヴァリア光明結社が何もしないわけがない。

・・・・イヨさんが、未来の寝首を掻かないとも限らないんだし。

頑張らないと。

 

「身構えるのもいいけど、緊張しすぎちゃダメ。リラックスリラックス!」

「・・・・はい」

 

まずは、調ちゃんとのユニゾンチャレンジだ!




なお、失敗した模様。

チョイワル「いやぁ、わたしじゃ調ちゃんをリード出来なかったかー!ごめんねー!」
調「いえ、こっちこそごめんなさい・・・・」
チョイワル「でもほら、今ならまだより取り見取りだよ!お互い、次も頑張ろうね!」
調「はい」


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弱い人から狙うのは定石ですよね

待たせたな!(大塚〇夫ボイス)


・・・・いえ、本当にお待たせしました。

Twitter等で、支援絵などの温かい声援を頂きながら仕上げた最新話。
どうぞお納めください・・・・!!


「――――ぁあ」

 

ずっと、ずっと、ずっと。

あなたを縛り上げていた。

 

「ぁぁあああああ・・・・」

 

その人生を、その鼓動を、その呼吸を。

 

「ああああ■■■■ああああ■■■■ああああ■■■■■あああ■■■あああ■■■ああああ■■■■■あああ■ああああ■■■■■あ■■ああああ■■■■■あああああ――――ッッッ!!!!!」

 

悪気無く、それ故に責め立てることを許さず。

 

「どうして、どぉしてッ・・・・どおしてぇよぉッ・・・・!!!!」

 

救われるべきだったあなたを、報われるべきだったあなたを。

命を落とす瞬間まで、捕らえ続けてしまっていた。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃぃ・・・・!!」

 

なんて残酷なことをしてしまったのだろう。

なんて非道な仕打ちをしてしまったのだろう。

 

「響、ひびき・・・・ぃ、いき・・・・ひびきぃ・・・・!!」

 

気づくのが遅すぎた。

『叫び』を目の当たりにしなければ気づかなかった。

もう、何もかもが。

手遅れだった。

 

「・・・・・・・ひびき」

 

 

 

――――だから。

 

 

 

 

正さなければならないと、思った。

 

「・・・・とりもどさなきゃ」

 

命を懸けて守り抜いてくれた人が。

死ぬ一瞬まで人を気遣える優しい人が。

 

「・・・・すくわなきゃ」

 

無惨に死んでしまうなんて。

 

「ひびき」

 

そんなこと、間違っている。

 

「ひびき」

 

取り戻さなければ、取り戻さなければ。

 

「ひびき」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だって、間違っているもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一番蔑ろにされた貴女が、どこにもいない世界なんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――っ」

 

病床に寝ころんだまま、腕で顔を覆った。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

さてさてさて。

相も変わらずユニゾン訓練の日々。

わたしは切歌ちゃん、マリアさんの二人とのユニゾンに成功した。

他の人達も似たような感じだけど、調ちゃんがなかなか組める人いないのが心配かな。

でも、切歌ちゃんとの組み合わせは相手にバレてるから、分断される可能性が大なんだよねぇ。

とはいえ、当の本人も悩んでいることだし。

うまいことを言えない外野は、そっと見守りに徹するとしましょうかね・・・・。

 

「響ちゃん、そろそろ時間じゃない?」

「はい?・・・・ああ、ステファン君!」

 

考え事がひと段落したところで、了子さんに声をかけられてから。

時計を見て気づく。

ステファン君の義足の手術が無事に終わって、経過も良好ってんで。

明日帰る前に、もう一度会って話がしたいってクリスちゃんに連絡が来てたんだっけか。

そういえばわたしも呼ばれてた。

 

「そーそ、はやく身支度済ませちゃいなさい」

「もーちょっとだけ!これがあとちょいで・・・・よし、おしまい!」

 

ちょっとカッコつけて、ッターン!とエンターキーを押す。

文書がちゃんと送られたのを確認してから、席を立って。

ふと、気になることが出来た。

 

「そういえば、了子さんは来ないんです?」

「復帰したばかりだし、今はこっちに集中してたいかしら。それに、あまり大勢でいくのもね」

「なるほど」

 

答えてくれた了子さんも、同じくお仕事がひと段落したのか立ち上がる。

・・・・片腕のままだから、ちょっとふらついた。

大丈夫かな。

――――国連の蓑を借りた世界各国(主にロシア、原作よりそこそこ仲が良いアメリカも四番手くらいにいる)が睨んで、義手の目途すら立ってない状況なんだよなぁ。

それこそ了子さんでないと調整が難しいような、細かい作業がいくらでもあるのに。

今更ルナアタックのことを持ち出されて『待った』をかけられた日にゃ。

S.O.N.G.(主に技術班)一同、『お"お"ん?』とガラの悪いニャ〇ちゅうみたいな声を出したのは、記憶に新しい。

そりゃあ、数千年単位で暗躍してたベテランの大悪党なのは否定しないけど。

今はもたらしてる利益の方が大きいんだから、ちょっとくらいよくない?

そもそも了子さんがシンフォギア作ってなきゃ、今頃まだノイズに悩まされていたのは明白。

っていうか、刑務所の囚人にすら医療を施してもらえる権利があるのに。

収監すらされてない了子さんがダメって、どういう了見なのかな?かな?

 

「まあ、マリアがついてくれるから、そっちに任せておくわ」

「ういっす、りょーこさんも無理しないでくださいよー?」

「はいはい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閑話休題(と、いうわけで)

 

 

 

 

 

 

 

 

都内某所にある、バルベルデ大使館。

そのカフェスペースが待ち合わせの場所だった。

わたし達が入ると、すでにステファン君ソーニャさんの御姉弟が。

 

「ステファン君おひさしー!足の調子はどう?」

「ああ、久しぶり。経過は良好だって」

 

しゃがんで目の当たりにしたステファン君の片足には、素人目でも新品だと分かる義足。

・・・・機械鎧みたいなごついものじゃないか、当たり前だけど。

もっとこう、しゅっとスタイリッシュな感じのやつだ。

 

「かぁっくいいねー、カルバリン砲は撃てるの?」

「そんな物騒なもんないってば、普通の足だよ」

「そっかぁ、ざーんねーん・・・・」

「何が残念なんだよ・・・・」

 

軽口を交わしながら、クリスちゃんをこっそり観察。

当の本人はわたし達を、というかステファン君を。

愁いを帯びた顔で見ていた。

 

「今日にはもう帰っちゃうんだっけ?」

「うん、この後の飛行機で」

 

立ち話もなんだからとテーブルに付き、向かい合う形で座る。

わたしの質問に、ステファン君はこっくり頷いてから。

窓の外へ、しみじみした視線を向けて。

 

「戦争のない国を、もう少し見ていたかったけれど・・・・」

「・・・・また来ればいいよ」

 

なんだか寂しそうだと思ってしまったからだろうか。

思わず、そんなことが口をついて出ていた。

 

「今回は治療がメインだったから、満足に見れたわけじゃないでしょ?そりゃ、今はちょっと大騒ぎしてるけど、そっちはすぐに終わるからさ」

 

びっくりした顔のステファン君が面白いので、にっこり笑いかけて。

 

「だから、またおいで。それが君のやりたいことなら、誰にも止める権利はないよ、政府にも、ゲリラにも、もちろんわたしにも」

「・・・・うん、ありがとう」

 

・・・・なんだかクサいこといっちゃったかな?

なんて、勝手に照れて自爆していると。

マリアさんが口を開く。

 

「そういえば、ソーニャさんは戦争難民の支援活動をしているそうね?」

「えっ?あ、ええ。物資も資金も乏しいから、出来ることは少ないけれども・・・・」

 

へぇー。

そういえば、クリスちゃんのご両親がいた頃は協力してたんだっけ。

で、テロをきっかけに疎遠になってしまったと・・・・。

・・・・そういえば。

爆破を仕掛けたのって、反乱軍だったんだろうか?それとも政府軍だったんだろうか?

わたしはてっきり反乱軍の方だと思っていたんだけど、クリスちゃんの両親の思想や、実際に目の当たりにしたバルベルデを鑑みるに。

どうも政府軍であってもおかしくなさそうだぞ、と。

いや、やめておこう。

これ以上は人類の闇をのぞき込んでしまう。

カット!!

カットったらカット!!

 

「――――」

 

クリスちゃんの様子をコッショリ伺ってみると、なんだか驚いた顔をしていた。

・・・・考えてみれば、無理もないのかも。

さすがに詳細までは分からないけど。

二人の様子を見るに、相当最悪な別れだったのは想像に難くない。

そんな苦い記憶を思い起こさせるようなこと、普通は避けたいはずだ。

だけど、ソーニャさんはそれをしなかった。

きっと彼女の中の、苦い記憶を越える何かが原動力になっているんだろう。

いや、何もかも想像でしかないんだけどね?

けれども事実として、ソーニャさんは人助けを続けている。

クリスちゃんの御両親が思い描いた、平和の願いを。

違う形ながらも受け継いでいると言っていいだろう。

 

(願いは同じはずなのに、同じ方向を向いていない・・・・いや、向き合えないでいる、か)

 

ままならないなぁ、と。

勝手に落ち込んだ時だった。

 

「――――ッ!?」

 

ズ、ズンと。

おなかに響くような音。

続けて、人の悲鳴がパラパラ聞こえてくる。

クリスちゃんやマリアさんはもちろん、ソーニャさんステファン君の姉弟も雰囲気が張り詰めた。

ご姉弟の反応がいいのは、まさに戦地で暮らしているからだろうか。

 

「な、なんだ?」

「分からないけど、なんとなく分かるねぇ」

「ええ、来るッ」

 

ステファン君達を後ろに庇いながら、睨みつける目の前で。

大使館の壁が、赤い塵と崩れていった。

 

「ハァーイ?お久しぶり」

「いぇーい、おひさしでーす!」

 

現われたのは、案の定カリオストロさん。

返事しながら時間を稼ぎ、ご姉弟含めた戦えない人達が逃げられるようにする。

視線を逸らして不意打ちされるのが怖いので、目視での確認が出来ないんだけど。

なんとか逃げてくれているように願いながら、カリオストロさんを見据える。

 

「あははは、元気なこと」

 

ファウストローブ装備でやる気満々の彼女は、そんなわたし達の気持ちを知ってか知らずか。

見せつけるように瞳をぎらつかせて。

 

「このまま消えてもらうわよ」

 

それが、開戦の合図だった。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

一番槍はやはり響だった。

あろうことか生身のまま肉薄した彼女は、握った拳を叩き込む。

展開され防いだ障壁ごと押し込み、カリオストロへ無視できない『圧』を与える響。

その後ろでは、狙い通り安全にギアを纏ったマリアとクリスが順次飛び出していた。

 

「まったくなんて子よッ!?」

 

生身での突撃と抜け目のなさ。

両方に悪態をついたカリオストロは、障壁もろとも響を吹き飛ばした。

放り出された空中で、臆することなく体勢を立て直した響。

着地する頃にはギアを纏い切り、構えを取っていた。

 

「あーも、つくづく厄介だこと!!」

 

カリオストロは地団太一つ。

打ち合わせた両手を広げ、指先から幾筋ものレーザーを放つ。

無数の鞭のように暴れまわるそれらを、ノイズ共々対処する戦姫達。

 

「ぃりゃッ!!」

「ッ・・・・!!」

 

響が相手の周囲に刃をばらまいて、爆発で外に吹き飛ばす。

民間人が避難出来ているのは確認済みだ。

大使館の風通りが良くなってしまったが、S.O.N.G.ではいつものことである。

 

「立花ッ!!」

「クリスさんッ、マリアッ!!」

「斬撃武器、到着デース!!」

 

踵を擦りつけながら着地したカリオストロ。

その視界の隅で、装者達が続々と到着していく。

一見追い込まれているように見える彼女だったが、その内心は意外にも凪いでいた。

 

(この程度。モチのロンで、承知の助!!)

 

むしろそうして油断してくれている彼女らに、ほくそ笑んだカリオストロ。

攻防の中、未だ逃げ切れていない姉弟に目をつけて。

 

「そこよーッ!!」

 

距離が開いた隙を狙い、一つのジェムを。

ノイズの召喚石を投げつけた。

 

「ッまず――――」

 

いの一番に気づいた響が、駆け出す。

続いてクリスが出したミサイルに掴まって、それからマリアが。

 

「早くッ!!手をッ!!」

 

三者三様。

ソーニャ達へ、肩が外れそうになるほど手を伸ばして。

 

 

 

瞬きの間に、虚空へ消えた。




※本編後のCM風に

プレラーティ「お互い手負いのまま半年が過ぎて、大変なワケだ」
未来「ええ、本当に。このまま響の誕生日を迎えられないんじゃないかとドキドキで・・・・」
プレラーティ「そうか、そちらは年越し以前にそんなイベントがあったな」
未来「プレゼント間に合うかしら」
プレゼント(そもそもそんな余裕があるかどうか・・・・)


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自信がない時はとことん落ち込む

年内初の本編更新が、もう四月が見えてくる頃になってる作者がいるってよ(白目)


「マリア!?」

「あーら、よそ見してていいのかしらん?」

 

弾かれるように振り向いた調の目の前で。

同じくノイズの召喚石を当てられた翼と切歌が、まさに飲み込まれてしまうところだった。

 

「ふふふっ、ユニゾン相手がいないザババなんて、赤ん坊みたいなものよね」

 

孤立したところを見て、舌なめずりをするカリオストロ。

窮地に立たされてしまった調は、苦い顔で向き合う。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「――――ぐべぇッ」

 

思いっきり地面に顔をぶつけてしまった。

いてて、鼻擦りむいたかも・・・・。

痛む鼻っ柱をさすりながら立ち上がってみると、目の前にはだいぶ非現実的な光景が。

・・・・・銀河の渦巻きが、はっきり分かるような星空が見える場所なんて。

少なくとも日本には存在しない。

 

「響!」

「ステファン君!ソーニャさんまで・・・・二人とも怪我は!?」

「い、いえ、私達は大丈夫。ごめんなさい、あなた達まで・・・・」

 

そう言って、目に見えて肩を落としたソーニャさん。

いやいや、あなた達のせいってわけじゃないでしょうに。

むしろ抜かりの大きさでいえば、車椅子での移動を考慮しなかったわたし達の方がでかいって。

 

「ソーニャッ、ステファンッ!!」

「全員無事!?」

 

マリアさんクリスちゃんも駆けつけてくる。

仲間たちが、そんなに離されてなかったのが幸いか・・・・。

 

『響さん、クリスさん、マリアさん!!』

 

あ、通信が通じた。

エルフナインちゃんの声が、ヘッドホンと一体化した通信機から聞こえる。

 

「エルフナインちゃん!わたし達、どっかに飛ばされたっぽい!日本じゃありえない空、外国にいっちゃったかも!」

『いえ、それはありません』

 

ちょっと慌てていた心が、意外と落ち着いてるエルフナインちゃんの声で鎮火した。

 

『皆さんの位置情報は、直前までのものと変わっていません。なので、外国に飛ばされたというよりは、閉じ込められたとするのが正しいでしょう』

「な、なるほど?」

 

変わってないって、じゃあここは結局どこになるんだ?

首を傾げていると、『何より』とエルフナインちゃんが続ける声が聞こえて。

 

『皆さんに投げつけられたのは、テレポートではなくノイズ召喚用のジェムでした。つまりそこは――――』

「ノイズによって作られた異空間、ということね。来たわよ!!」

 

言われるまでもなく、気付いた。

地平線の向こうから迫ってくる、アルカノイズの群れ。

ステファン君達がいる以上、のんびりしてる場合じゃないね。

 

「エルフナインちゃん!!脱出方法の見当はつきそう!?こっちはいつまでも戦ってられないよ!?」

『全力で模索します!それまでどうにか耐えてください!!』

「ッおーけい!!」

 

真っ先に突っ込んで、ノイズの群れに肉薄する。

・・・・敵の威勢を圧し折って、戦意をそぎ落とす。

一番槍こそわたしの務め。

ほら!島津豊久も言ってるよ!

『助かるためには敵を倒せばいい』ってね!

 

「長期戦は必至よ響!!あまり飛ばし過ぎないで!!」

 

マリアさんの忠告を背中に受けながら、ノイズの中へ突っ込む。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「ステファン、ソーニャ!こっちに!二人とも絶対に離れるなッ!!」

「え、ええ!!」

 

二人を背後にやりながら、引き金を強く握り締める。

クリスの指示に従ったソーニャは、ステファンを車椅子から降ろし。

さらに覆いかぶさることで弟を庇わんとした。

ちょうどよい位置にある車椅子が、あるだけマシな衝立程度になっていることを横目で確かめたクリス。

大きく跳躍して、まずは姉弟の周りを撃ち抜いた。

接触すれば反応して拡散する、設置型のレーザー。

これである程度の憂いを補ったクリスは、周囲のノイズへ視線を巡らせる。

そして、倒す順番とその手段を瞬時に弾き出して。

再び引き金を握りしめた。

 

「ぅ()おおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

最前列で響が、中間地点でマリアが粘ってくれているものの。

いかんせん相手の数が多すぎる。

何十、何百と撃ち抜く一分一秒が。

まるで千秋の様に感じられた。

だからと言って、クリスが膝を折る理由にはならない。

なり得ない。

 

(二度と、二度と・・・・傷つけさせるかよッ・・・・!!!!)

 

歌が絶えない程度に歯を食いしばり、一歩を踏み込んだ。

――――パヴァリア光明結社を中心とした事件が始まってから。

クリスの脳裏には、傷ついた了子の背中と、足を撃ち抜いたステファンの姿が。

未だ鮮明に焼き付いている。

どちらも十分に助ける余地はあった、どちらも負わなくていい怪我を負わせてしまった。

どちらの現場にも、クリスは居合わせて。

そして、何も出来なかった。

 

(あの日のあたしを、引っ叩きたい・・・・!!)

 

記憶はどんどん遡る。

両親が死んだ、あの頃に戻る。

 

(弱かったお前(あたし)にッ・・・・何も出来なかったお前(あたし)にッ・・・・!!)

 

攻防の最中、必死にうずくまる姉弟が目に入って。

 

(ソーニャを責める資格なんて、これっぽっちもないんだよォッ!!!!!!!)

 

雄たけびを上げながら足元を踏みしめ、周囲を一掃。

開けた空間を作り上げたが、それでも終わりが見えそうになかった。

・・・・二課時代から付き合いのあるオペレーター達が、無能ではないことは考えるまでもない。

だが、中々出て来ない解決策に焦りを感じ始めているのも事実。

それでも。

胸に灯った決意が、消えることなど有り得なかった。

しかし、

 

「クリスちゃん!!!!」

 

気合や決意だけで好転できるのなら、世の中はもう少しだけマシになっているはずなのだ。

響の声に、我に返って振り向けば。

クリスの目の前で、大型が腕を振り上げていて。

いや、既に降ろされ始めたところか。

回避、不能。

防御、間に合わない。

受けたところで、中傷以上のダメージは確実。

 

(ああ、クソッ!また大事なところでッ・・・・・!!!!)

 

ギリっと奥歯を噛みしめながら、来るであろう痛みに身構える。

せめて少しでも負傷を減らそうと目玉をかっぴらき、全神経を前方に集中させるクリス。

だからこそ、背後の動きと静止の声に気付かず。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!」

 

彼女がやっと認識したのは、マリアでも響でもない雄たけびを耳にしてからだった。

弾かれた様に振り向けば、人間の頭より一回り小さいサイズの石が蹴り飛ばされるのが見える。

いっそ芸術的な軌跡を描いて飛んで行った石は、見事。

ノイズの腕を撃ち抜き、断ち切ったのだった。

 

「ステファン!!!!」

「ステファン!!ああ、なんて無茶を!!」

 

いくら従来のノイズよりも位相差障壁が弱いと言えども、若輩の身でとんでもない所業を成したステファンへ。

ソーニャとクリスがそれぞれ駆けつける。

肝心の彼は、無謀の代償にへこんだ義足を、まるで痛覚があるように抑えていた。

 

「お、まえ、何で・・・・!」

「・・・・ぉ、れは」

 

半ば呆然としながら歩み寄れば、幻肢痛に呻く彼は、そのままにクリスを見上げて。

 

「俺はッ!あの時、クリスに撃たれなかったら!!この場にいなかった!!」

 

吼えるような宣言に、クリスも、隣にいたソーニャも虚を突かれる。

 

「痛かったさ!ああ、膝から下が丸々無くなったんだ、痛かったに決まってるだろ!!だけど!!それでも俺は生きている!!だからッ!!」

 

射貫く、視線が。

クリスの迷いを見透かして、撃ち抜く。

 

「俺を理由に、落ち込んだりしないでくれよ!!クリスは何も間違ってないんだからさ!!!!」

 

獲物の無防備な大声に反応して、ノイズ達が群がってくる。

ちっぽけな三匹をあっという間に取り囲む。

体に刻まれた(プログラム)に従い、塵と散らしてしまおうとして。

――――乗り出した身が、弾丸に撃ち抜かれる。

現場にいた者達が、銃声がしたと認識したときには。

もうすでに次が撃たれたところだった。

きれいに貫通した銃創が、芸術的だなと呑気している横で。

五、十、二十五、四十と撃ち抜かれて。

最後の二体が弾け飛べば、辺りは一気に開けて。

残心で構えられた二丁のハンドガンは、十字架を描いているように見える。

今しがた、弾丸のハリケーンを形成したクリスの表情は。

まるで祈りを捧げているようだった。

 

「――――ああ、そうだな」

 

まぶたを重々しく開けて、双眸がソーニャを見据える。

 

「あの日、パパとママが死んで、悲しかった」

 

吐き出した独白が、相手の胸を穿つ。

 

「ソーニャがポカやらなきゃって、ちゃんと見てくれればって・・・・でも」

 

クリスは、泣き止んだ子供のような笑みを浮かべて。

 

「あの日、ソーニャが引き留めてくれなかったら。とっくに黒焦げてたのはあたしだった、それも本当のことで、間違ってなかったんだ」

 

クリスと、ソーニャ。

二人の肩に背負っていたものが、降りていく。

体が重圧が解放される。

クリスは羽根や風もかくやとばかりに軽くなった腕を振るい。

なおも迫ってくるノイズを、再び撃つ。

 

「ソーニャ」

 

すぐ背後で倒れるノイズに気を取られていたソーニャの肩が、不意にかけられた声で一瞬跳ねる。

 

「後で、もう少し話したい・・・・あんたが何を思って、パパやママと同じ理想を目指しているのか。それを聞きたい」

 

だから、と。

両手のハンドガンがぎらついて。

 

「もう少しだけ、耐えてくれ。今度は絶対守るから」

 

次々ノイズが倒れていく光景は、まるで。

研ぎ澄まされた視線が、そのまま弾丸になったかの様だった。

 

『――――みなさん、お待たせしました!!』

「待ってましたー!何か分かったのー!?」

『はいッ!』

 

好転は続く。

通信機から、エルフナインの声。

千秋の思いで待っていたラブコールに、響やマリアの顔が目に見えて明るくなる。

 

『空間が展開した時、観測できた形状は半球。かぶせたお椀や、ドーム状といえば分かりやすいでしょうか』

「よっと、それで!?」

 

当然のことだが、戦っているのは何も現場だけではない。

エルフナイン達銃後だって、響達が閉じ込められてから。

いや、カリオストロの出現が報告されてから。

シンフォギア装者達が気兼ねなく戦えるように、何より被害を最小限以上に抑えるべく。

知識という武器で、ある意味響達が対峙しているより強大な『(なぞ)』と戦っているのである。

 

『再度断言しますが、皆さんにぶつけられたのはノイズの召喚ジェム。つまり、中心部分に要となるノイズがいるはずです!!』

「なるほど!ど真ん中探ってぶち抜けばいいのね!」

『その通りです!!』

 

その『戦果』によって届けられた手がかりが、窮状を打ち倒す一手として顕現する。

 

「――――なら、それこそあたしの出番じゃねェか」

 

笑うマリアの横で、クリスが前に出た。

 

「中心を探れりゃいい、そうだな?」

『その通りです!』

「だったら、話は速ぇ」

 

瞬間、何度目かわからぬ発砲音。

放たれたそれらは、ノイズを撃ち抜くついでに岩壁に突き刺さり。

スピーカーとして展開する。

 

「・・・・なるほど、そういうこと」

 

それを目の当たりにして、クリスの意図を理解したマリアは。

不敵な笑みを浮かべて、ダガーを構えた。

 

「ここは私とクリスで引き受ける、響はそろそろ下がりなさい」

「はいなー」

 

指示にうなづいた響が、姉弟の下へ向かったのを確認してから。

 

「いくわよクリス、最高のライブの幕を開けましょう」

「上等だ、置いてかれんじゃねーぞ」

「それこそ上等」

 

胸元のイグナイトモジュールへ、手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ・・・・はぁっ・・・・!!!」

 

現実世界。

イグナイトを纏ってもなおボロボロになった調は、膝をついて肩で息をしていた。

そんな彼女を庇うように立つレイアもまた、左の腕とわき腹を失っている。

 

「木偶とぼっちにしては、よくやった方じゃない?」

 

二人を見下ろしたカリオストロは、優雅に足を組んで口を開く。

 

「ラピスに対策してきてることといい、この前のガングニールといい。アンタ達って意外性にあふれてるわよねー」

 

レイアが苦し紛れにコインを放つが、あっさり弾かれた。

 

「まあ、その辺はあーしも負けてないと思うんだけども。どう思う?」

 

調達の負傷は、その半数以上が打撲によるもの。

今まで錬金術然として優雅に戦っていたカリオストロが、ボクシングを主軸とした格闘技を解放した証であった。

 

「まさかの武闘派で、びっくりしたでしょ?」

「おのれ・・・・!」

 

レイアが奥歯を噛みしめる後ろで、調の意識は朦朧とし始めていた。

 

(また、迷惑かけちゃう・・・・)

 

彼女の心に引っかかる、絆のユニゾンの難航。

その悩みは確かな重さを伴って、意識を沈めにかかっている。

 

(マリアも、切ちゃんも出来ているのに・・・・わたしだけが、弱いまま)

 

倒れないよう踏ん張るだけでも、やっとの状態すら。

崩れてしまいそうになった、その時だった。

 

「ッ何?」

 

一瞬何のことか分からなかった。

カリオストロが何かに反応しているらしいことだけは理解出来た。

では、何に?

未だぼんやりする耳に聞こえてきたのは、薄く硬いものがバリバリと割れる音がする。

――――何が砕けているのだろう。

両目の焦点を、何とか合わせながら顔を上げた。

その時だ。

 

「――――よォ、ずいぶん楽しそうじゃねェか」

 

降り注ぐ、弾丸、刃、光。

ガラスが割れた音に交じり、カリオストロへ肉薄する。

 

「行くぜマリア、ぜーんぶまとめて片付けるぞ」

「オーケイ、クリス。徹底的に退けましょう」

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

マリアさんを名前呼びだなんて。

クリスちゃん、さては相当ハイになってるな?

まあ、長年のわだかまりが解消したばかりなんだし、そりゃテンションの一つや二つ上がろうものってやつか。

なんてことを考えながら、動けなくなったレイアさんと調ちゃんを抱えて。

現場から迅速にスラコラサッサする。

クリスちゃん復活はめでたいけど、それはそうと負傷者も逃げきれてない民間人もいるからね。

避難ならびに撤退は引き受けましょうね。

・・・・それにしても。

 

「調ちゃん、よく頑張ったね」

「えっ?」

 

明らかに落ち込んでいた調ちゃんが、さすがに心配になったので。

声をかけてやる。

 

「レイアさんも来たとはいえ、それまで一人だったでしょ?」

「そ、そんな。マリア達が間に合わなかったら、やられていたし・・・・」

「それまで耐えたのがすごいのー。切歌ちゃんとのユニゾンが警戒されてるのはわたし達だって把握してたのに、こっちの不手際押し付けて悪かったね」

「まったくだ、派手に相手の思い通りになりおって」

 

俵担ぎしてるレイアさんが、呆れた声。

 

「また破損してしまったではないか、どうしてくれる立花響」

「ぐうぅっ・・・・お手数おかけしました」

「シャトーではパーツ程度、マスターがいくらでも錬成できたが。S.O.N.G.ではそうでもないのだ。私が破損するたびにマイスター(エルフナイン)同士(技術班スタッフ)が頭を抱えていれば、さすがの人形の身でも諸々察するわ!」

 

な、生々しく世知辛いお話・・・・。

一応了子さんや香子が錬金術を使えるけど。

初心者の香子はいわずもがな、了子さんも義手の装着を渋られる時点でお察しというか。

何というか・・・・。

 

「い、いつもお世話になっております・・・・!」

「そうだそうだ、派手に敬え!ついでに月読もだ!」

「あたた、敬うんで叩くのやめてもらっていいですか・・・・?」

 

ぽこぽこ頭を叩かれつつ、調ちゃんに目をやると。

もやもやはひとまず抜けているようだった。

でも一時的なのは目に見えているし、今後も気にしてあげないとだなぁ。

考えながら移動して、S.O.N.G.のスタッフが見えてきたところで。

クリスちゃん達が無事、カリオストロさんを撃破したという報せが入ってきた。

・・・・飛び交う報告を聞く限り、跡形もなく消し飛んでいるらしい。

いや、長い期間生きてるって話だし、悪い組織にいるし、だからとんでもない数の犠牲者が出てるっていうのも想像に難くないんだけどね。

だけど、なんというか。

・・・・今回もまた、相手を倒すことになるのかな。

伸ばした手が、無意味に終わるのかな。




難産ゾーンは超えたので、次からはサクサク行きたいな・・・・(願望)


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ウェルカムようこそウサちゃん天国

前回入れそびれた小ネタ。

チョイワル「たっだいまー!これ皆さんにお土産でーす!!」
技術班A「おかえりー!ありがとー響ちゃーん!」
技術班B「コトブキマフィン?美味そうだなぁ」
技術班C「知ってる!最近話題のお菓子だよね?」
技術班D「どっちかというと、有名なのはイモモチでは?」
技術班E「何でもいいや、お茶にしよーぜ」

技術班一同「「「「さんせー!」」」」


――――心が折れそうになる度、

 

「逃げるんだ?」

 

声が聞こえる。

 

「わたしは逃げさせてくれなかった癖に」

 

 

 

壁に挫けそうになる度、

 

「諦めるの?」

 

声が聞こえる。

 

「わたしは諦めさせてもらえなかったのに」

 

 

 

張り詰めた心が綻ぶ度、

 

「楽しそうだね」

 

声が聞こえる。

 

「わたしを差し置いてさ」

 

 

 

・・・・年月が重なる度。

 

「未来ばかりずるいなぁ」

 

 

 

あの人の誕生日がくる度。

 

 

 

「わたしも生きていたかったなぁ」

 

 

 

声が、聞こえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(わかっている、だいじょうぶ)

 

必死に繋ぎ留める度、忘れないようにする度。

 

(あなたを忘れたことは、一度もないもの)

 

強く、強く、愛を募らせる度。

 

「――――嘘つき」

 

 

 

あなたの。

 

 

 

「真っ先に忘れたわたしの声を、自分の妄想で補ってる癖に」

 

 

 

こえが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――嘘じゃないよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に好きなんだよ。

ずっとずっとずっと、この愛が途切れたことはないの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

ねえ、ひびき。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かなうならば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もういちどだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「みーくちゃん!」

「ああ、キョウちゃん」

 

都内の病院、未来の病室

ひょっこり顔を出した香子を、未来は相変わらず弱弱しい笑みで迎え入れた。

 

「いらっしゃい」

「えへへ、また来ちゃった」

 

その笑顔に、どうにも出来ないやるせなさを覚えるが。

今日は一味違うのよという意気込みで、香子はベッド脇の椅子に座る。

 

「今日もS.O.N.G.に?」

「うん。でね、さっそく渡すものがあるんだけど・・・・」

「うん?」

 

言うなり、おもむろにバッグを弄る香子。

未来の見守る視線が少しこそばゆかったが、何とか平静を保って取り出した。

 

「これは、響?」

「見た目はね、これお守りなんだ」

「お守り」

 

差し出された、マスコットサイズのぬいぐるみを見て。

オウム返しした未来は、首をかしげる。

 

「あのね。未来ちゃんの怪我、呪いのせいで中々治らないって聞いて」

 

そんな未来の様子に、香子は待ってましたとばかりに話し始めた。

 

「それで、お雛様みたいな人形って、呪いの身代わりもすることになるって教えてもらったから。今の未来ちゃんにぴったりじゃないかって思って、了子先生に習いながら作ったの」

「じゃあ、本当にご利益があるんだ」

「うん!」

 

香子が錬金術を習っているらしいというのは、響から聞いていたが。

まさか、その成果を直接見ることになるとは思っていなかった未来は。

ただただ感心するばかりだ。

 

「本当は本人に似せる方がいいらしんだけど。未来ちゃんなら、お姉ちゃんの方が守ってくれそうだなって」

「ふふ、そうね」

 

二頭身にデフォルメされ、ニコニコと笑うぬいぐるみの響を。

そっと胸に寄せてみる。

・・・・いつまでも完治しない不安が、確かに和らぐようだった。

 

「ありがとう、すごくうれしいよ」

「どーいたしまして!」

 

お礼を伝えれば、香子もまた、ぬいぐるみにも姉にも似た顔で笑ってくれて。

そうやって、響を思わせるものを何度も目にした所為か。

今はどうしているのだろうと思いを馳せた。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

――――鳥居をくぐると、ウサギ天国だった。

いや、冗談抜きでそうなんだって。

今わたし達がいるのは、埼玉は調神社。

『調』って書いて『つき』って読むんだって、変わってるよね。

で、『つき』の名前の通り、境内はウサギまみれだ。

狛犬のポジションだけでなく、御手水舎や池の装飾までとなると。

なんだか、こう。

拘りを通り越した執念じみたものを感じる・・・・。

向かってる車の中でちょろっと調べたところによると。

御祭神はアマテラス様に、その食事係とされているトヨウケ姫。

そして我らが翼さんともほんのり縁がある、スサノオノミコト・・・・。

いや、ツクヨミ様おらんのかーい!!

『月の使者』だからって理由でウサちゃんまみれなのに、肝心のツクヨミ様ハブってるんかーい!!

あの人が何を・・・・そういえば刃傷沙汰起こしてたわ。

って、それはスサノオも同じやんけ!!やっぱり不憫だツクヨミ様ー!!

 

 

閑話休題(落ち着こう)

 

 

――――『カリオストロさん撃破』という戦果を挙げたS.O.N.G.。

だけどパヴァリア光明結社は未だ健在だし、絆のデュエットという手札を見せたし。

何より、やっぱり無理くり理論でユニゾンした所為か、シンフォギアが『反動汚染』って状態になっちゃって。

エルフナインちゃんが言うには、そこまで重篤な状態じゃないらしいけど。

そもそも賢者の石(ラピス)の解析も碌に出来ないまま、『とりあえず』で愚者の石を突っ込んでしまったので。

不具合が起こるのは当然と言えば当然だろう。

また使えるようにするためには、いちいちオーバーホールしなきゃいけないそうで。

自動的に、シンフォギア装者が二人、休養という名の後方待機を余儀なくされていて。

何はともあれ、気が緩もうにも緩まない状況が続いている。

でも、それはそうと張り詰めすぎるのもよくないよねと判断した司令さん達は。

わたし達装者にとあるおつかいを頼んで来た。

曰く、『神出門(かみいづるもん)』。

神社本庁から、『ちょっと無視出来ない気がかりがあるの(意訳)』と連絡があったそうで。

その資料を確認に、現地へ足を運ぶことになった。

・・・・資料の内容が内容だから、外部に送るとかは無理なんだってさ。

神社にそう言われると、なんか神秘性感じるよね。

 

「みなさん、ようこそおいでくださいました」

 

今までのことをざざっと思い出していると、話しかける声。

振り返ると、メガネをかけた高齢の男の人がいる。

・・・・白髪でそこそこしわがあると、自動的にご老人だと思っちゃうよね。

ちなみに神主さんは普通にお年寄り召してるけど、背筋がしゃんとしてるし、言葉もはきはきしてるしで。

『元気なお年寄り』って感じ。

 

「いやぁ、これだけお若いお嬢さん達がいらっしゃると、十年前に交通事故で亡くなった娘夫婦と孫娘を思い出します。生きていれば、ちょうどみなさんくらいでした」

 

少し寂しそうに笑う神主さんに、ちょっとしんみりしてしまうけど。

すぐに、うん?と疑問符。

 

「いや、あたしら上から下まで割と年齢バラけてるぞ?」

「はっはっは!ジョークですよ、神社ジョーク」

 

わ、割と洒落にならんジョークですよ。

神主さん・・・・。

き、気を取り直して。

早速応接室?的な和室に通されて、そこでお手本みたいな古文書を見せてもらった。

少し古めの地図に描かれていたのは。

 

「オリオン座?」

「ええ、一見鼓にも見えることから、『鼓星の神門(つづみぼしのかむど)』とも申します」

 

埼玉県に点在する、氷川神社群。

それらを線で結ぶと、ちょうどこの形になるんだとか。

古来の日本では、オリオン座は『神門(かむど)』と呼ばれ、度々門に見立てられることもあったそうな。

それで、『門』というだけあって。

神に通じる、あるいは神いづるといわれているとか。

何とか・・・・。

 

「――――神の力を欲するパヴァリア光明結社が、狙う可能性が高いな」

 

神主さんの解説と文献を照らし合わせた翼さんの、ぽろっとこぼした呟きが聞こえた。

・・・・バラルの呪詛なんかに手を出そうってんだ。

そりゃ、神様の力を狙って当然だよな。

数千年単位で生きてる錬金術士なんだから、レイラインの知識も、日本含めた各地の伝承も知っているだろうことは。

容易に想像できるから、なおさらだ。

 

「神主さん、こちら写真を撮っても?」

「もちろん、神社本庁より許可も下りています」

 

マリアさんがS.O.N.G.のロゴが入ったカメラを見せて聞くと、こっくりうなづく神主さん。

持ち出せない分、撮影はオッケーみたいだね。

よかった。

これでダメだった言われたら、もう手書きで写すしか・・・・。

いや、それはそれで面白そうだからいいけど。

なんて、考えていると。

 

――――ぎゅるるるるるる

 

・・・・お手本みたいな音が、響き渡った。

出所は・・・・なんてかっこつけません、はい。

犯人はわたしです。

 

(けだもの)のような音だな」

「お前なあ・・・・」

「め、面目ない」

 

ううぅ、最近あまり食べてないからなぁ。

・・・・独りの食卓って、結構堪えるのよ。

 

「ふふふ、まあ、実際いい時間ですし。ここは私が腕を振るうとしましょう」

「おおー!」

 

目を輝かせる切歌ちゃんに、神主さんはにっこり笑って。

 

「私の得意料理は、キッシュなんです」

 

い、意外とハイカラな得意料理ですね・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「――――ッ」

 

都内、パヴァリア光明結社が根城としているホテル。

おぼつかない足取りで現れたのは、サンジェルマンだった。

一歩一歩が命がけであるかのように疲弊しきった彼女は、やがて自室となる扉を開けると。

なだれ込むように倒れ伏す。

 

「・・・・失礼します」

 

そこへ、まるで見計らっていたかのように現れたイヨ。

サンジェルマンが、一枚だけ羽織っていた上着をはだけさせる。

そして血が滲んだ背中へ手をかざし、応急手当を始めた。

 

「・・・・降臨の準備は、順調の様ですね」

「ぐ・・・・ええ、そうね」

 

話しかけたことで、意識が戻ったらしいサンジェルマン。

起き上がる気力のないまま、視線だけをイヨに向けると。

徐に口を開いた。

 

「カリオストロが死んだわ」

「ええ、存じております」

「あなたの読み通り?」

「・・・・ええ」

「そう・・・・」

 

沈黙。

イヨが展開した治療術の、澄んだ稼働音だけが響いて。

また、サンジェルマンが静寂を破る。

 

「我々がどうなるかも、見えているの?」

「・・・・そうですね」

「・・・・我々は、正しいことをしているのよね」

「・・・・私は、貴女を否定しません」

「・・・・そう」

 

イヨから見て、珍しく弱気な様子のサンジェルマンは。

また黙りこくったまま、ゆっくり眠りに落ちていった。

 

「・・・・」

 

サンジェルマンを抱き上げると、彼女の寝台へ運ぶイヨ。

そのまま手際よくバスローブに着替えさせて、毛布を掛ける。

去る前に、苦悶を交えながら寝息を立てる様子を少しばかり見守ってから。

静かに部屋を後にした。

 

 

 

 

と、いうことが。

先ほどあったばかりなのに。

 

 

 

 

廊下をイヨが歩いていると、不意に目の前で扉が開いた。

 

「サンジェルマン様、もうお出かけになるのですか?」

「ええ」

 

現れた彼女に慣れた様子で一礼したイヨは、驚きを隠せないままに首をかしげる。

 

「カリオストロがやられた今、余裕を持ったS.O.N.G.が『神出門』を知るのは時間の問題よ。それまでに終わらせる」

 

ロングコート以外、何も纏っていないサンジェルマン。

自らの肩に触れる仕草が、背中に描かれつつある『オリオン座』を意識しているであろうことは。

十分に理解出来た。

だというのに、

 

「・・・・もうしばし、お休みになられてもよいのでは」

 

イヨの口をついて出たのは、そんな言葉だった。

今度はサンジェルマンが目を見開く前で、ばつが悪そうに口元を抑えてしまう。

 

「・・・・失言でした、ご容赦を」

「・・・・いいえ、構わない」

 

頭を下げる他ないイヨだったが、意図したところではないと理解したサンジェルマンは、幸いにも首を横に振ってくれた。

 

「『否定しない』、さっきそう言ってくれたあなたが口にする程なのだから、よっぽど情けない様だったのでしょうね」

 

続けて、自嘲気味に笑いながら言う上司に。

イヨは何かを伝えようとして、しかし何も言えず。

中途半端に開いた口を、結局静かに閉じてしまった。

 

「けれども、立ち止まるつもりは毛頭ない。これだけは、嘘偽るつもりもない事実だ」

 

そんなイヨを慰めるように、まっすぐ見据えて宣言するサンジェルマン。

 

「・・・・どうか、あなたにも見ていてほしい。本懐を遂げるついでで、構わないから」

 

最後に薄く微笑んでから、今度こそ出立したのだった。

離れていく背中を、黙って見送ったイヨは。

静かに、静かに。

顔を覆い、恥じる。

 

(『お休みになられてもよい』?どの口が抜かす・・・・!)

 

ぐしゃりと握れば、髪が幾ばくか乱れたが。

構っている余裕はなかった。

 

(そうだ、否定するつもりなんてない。そんな権利、ない)

 

閉じた扉に額をあてて、己に言い聞かせる。

 

―――――この、裏切者ッッ!!!

 

想起するのは、あの日のこと。

全てをくべて、業火と共に旅立った日のこと。

 

(私は、立ち止まらない)

 

もう一人きりになった廊下で、前を見据えて。

唇を、噛みしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――恥ずかしい女」

 

 

「『揺れた』分際で、何言うんだか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声が、聞こえる。




日本神話の食べ物の神様って、体内で生成した食べ物を口やお尻から出すんですって。
知っていても、あまり見たくない絵面ですよね。
そりゃあ、ツクヨミもスサノオも刃傷沙汰起こす・・・・。


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うさぎやうさぎ、どうやって跳ねる

思ったより長くなりそうだったので、分割しました。
パソコンを新調したので、普段と違う書式になってたり、誤字脱字が多かったりするかもしれません。


言うだけあって、神主さんのキッシュはめっちゃおいしかった。

いやぁ、ごちそうさまでした。

 

「・・・・お前、あんまり食ってなかったのか」

 

息抜きも兼ねているからか、そのままお泊りすることになった夜。

お布団を敷いていると、クリスちゃんが話しかけてきた。

 

「なんで?」

「いやなんでって、お前・・・・めちゃくちゃがっついてたじゃねぇか」

「確かに、いっぱい食べるにしても今日は段違いだったデス」

 

ああー・・・・。

久しぶりの独りじゃないごはんだったとはいえ、人様の家で無遠慮だったなぁ。

 

「・・・・ったく、しっかりしろよな」

「いやぁ、あはは。お恥ずかしい・・・・」

 

こっちの事情を察してくれたのか、それ以上は言ってこなかった。

・・・・おなかも満たされたから、今夜はぐっすり眠れそうだ。

お布団をかぶって、目をつむる。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

しばらく見ない間に。

ずいぶん大きくなっていたのだなと。

見当違いなことを考える。

熱気に炙られ急激に乾いていく目を、細めることで庇いながら。

 

「ぐ・・・・う・・・・!」

 

目の前で倒れ伏す彼女を見下ろした。

 

「・・・・・な、んで」

 

精も根も尽き果てて、もはや気力だけで動いた彼女は。

片手でこと切れた相棒を、もう片手で愛用の杖を搔き抱きながら。

対照的にこちらを見上げる。

 

「・・・・どおして・・・・未来ちゃんッ・・・・!!」

 

問いかける声と顔は、悲痛を隠しきれていない。

 

「どうしてッ、全部焼却しようだなんてッ!?」

 

慟哭が、灼熱の中を響き渡る。

茹だる様な中、一呼吸分質問の意味を考えて。

出てきた答えは、『なんだ、そんなことか』という拍子抜けだった。

いや、この子の疑問ももっともではある。

ずっと彼女の姉(さいあいのひと)の隣にいて、その生き様を最期まで見届けた私が。

どうしてこんな、鏖殺を超えた鏖殺をやらかすのかだなんて。

信じられないのだろう。

 

「――――だって」

 

だから、伝えた。

ありのままの感情を。

 

「この世界には、響がいないもの」

 

目が、見開かれていくのが見える。

構わず続ける。

 

「何度世界が救われたって、何度巨悪が打ち倒されたって。そのあとの平和な時間には、全部響がいないから」

 

そうだ。

あの人を追い込んで、あの人を散々汚して、終いには死なせまでして。

そうしてあさましく生き続けている下女が自分だ。

『あなたを許す』と嘯きながら、呑気に全てを背負わせて。

そして自分の罪に気付くのは、何もかも間に合わなくなった後なのだ。

だから、取り戻そうとした。

S.O.N.G.には資料が揃っており、信用の積み重ねが幸いして閲覧も容易だった。

錬金術を始めとした、土台となる知識は。

あっという間に備えられた。

まずは死霊術に手を出した、響の魂は応えてくれなかった。

次にホムンクルスを使った蘇生を試みた、出来たのは生物ですらない『肉』だった。

死後の世界に渡って、直接連れ戻そうとした。

実行する直前に、S.O.N.G.(かつての仲間達)に感づかれて失敗した。

――――もはや。

残された方法は、一つだけだった。

 

「だから全部薪にするの、全部やりなおすの」

 

過去に戻る。

あの子に起こった辛いことを、全てなかったことにするために。

 

「・・・・そ、んな」

 

よろよろと、首が横に振られる。

 

「それ、は・・・・『それ』、が・・・・何を意味するのか、分かっているの?どういうことか、分かってやっているの・・・・!?」

「分かっているよ」

 

そうだ、分かっている。

これがどれほど道を外れたことで、これがどれほど最低な選択肢なのか。

分かっている。

分かったうえで、やっている。

それは、ひとえに。

 

「全部、響のためだから。だから、躊躇わない」

「――――違う!!!!!」

 

死に体のどこから、そんな大声が出たのか。

業火を振り払うような一喝が、轟く。

 

「違う、違う、違う!!お姉ちゃんはッ、そんなことの為に死んだんじゃない!そんなことの為に、命を懸けたんじゃない!」

 

感情昂るあの子の、杖を握る手元が震える。

 

「未来ちゃんに、こんなことやらせる為に救ったんじゃないッッ!!!」

 

ぎらつく目元が、まっすぐ射貫いてくる。

 

「なのにッ!その未来ちゃんがこんなことしてちゃッ・・・・お姉ちゃんは・・・・何のために死んだのさァッ!!?」

 

その根底にあるものは、願いだ。

やめてくれ、止まってくれ。

そんな、眩いまでの、星のような輝きが。

確かに存在を主張していて。

――――だけど。

 

「それでも」

 

もう、引き返さない。

こっちにだって、譲れないものがある。

 

「響がいない世界なんて、なんの価値もないもの」

 

叫びを見て、『声』を聴き続けて。

救われるべきだった響が、報われるべきだった響が。

あの子が望んだ陽だまりの中で、ただただ穏やかに笑っていられる世界。

これは、そのための一歩。

ずっとずっとずっと、苦しんだまま死んでしまったあの子への。

私が出来る、たった一つの贖罪。

強く、強く。

信じたところで。

 

「贖罪?」

 

――――声がする。

 

「自己満足の間違いでしょ?」

 

頭が、真っ白になった中で。

あの子が、杖を支えに立ち上がったのが分かる。

多分、初めて見る。

激情に満ちた面立ちで。

音叉の様な切っ先を向けて。

 

「このッ・・・・!」(「この」)

 

声が、重なる。

 

「裏切者ッッッ!!!!!!」(「うらぎりもの」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はッ・・・・はッ・・・・はッ・・・・はッ・・・・!」

 

――――あまりにも。

あまりにも、質が悪すぎる。

夢の様で、その実夢ではないと、根拠のない確信を持ち始めた光景を見始めてから。

一番最悪な目覚めだった。

何とも言えぬ不安に駆り立てられるがまま、周囲をきょろきょろしていると。

日中受け取ったマスコットが目に入った。

 

「――――ッ!」

 

半ばひっつかむように手にして、抱きしめれば。

徐々に呼吸が落ち着いてくる。

 

「はあ・・・・はあ・・・・はあッ・・・・!」

 

それでも振り払えない恐怖は、胸を侵し続けて。

 

「・・・・・響・・・・キョウちゃん・・・・」

 

あの光景に、関わりのある二人の名前が。

弱々しく零れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「――――」

 

夜更け、調神社。

中々眠れずにいた調は、布団から起き上がると。

眠っている他の面々を背に、部屋を出る。

廊下に立つと、まだまだ夏の気配が残る空気が漂っていた。

月明かりの下、出てみた境内で星空を見上げる。

考えるのは、やはり『絆のユニゾン』について。

先日の出撃では、ついにマリアとクリスが見事成功し。

カリオストロを撃退するという戦果を挙げた。

代償として、反動汚染により後方待機を余儀なくされたものの。

確かな結果を残したのは大きい。

それにくらべて、自分はどうだろうか。

マリアどころか、切歌も順調にユニゾンを成功させていっているのに。

自分だけが思うような成果を出せない。

・・・・理由は分かっている。

二人にあって、自分にないもの。

それは、人と打ち解けようとする意志。

他人に歩み寄り、分かりあおうとする心。

 

(マリアは社交的だし、切ちゃんは人懐っこい・・・・だけどわたしは、誰かと分かり合うのが怖い)

 

このままではダメだと、頭では分かっている。

自分は立ち止まっている状態だと、頭では分かっている。

しかし、足掻けば足搔くほど、もがけばもがくほど。

前進するどころか、むしろ悪くなる一方だ。

特に先日なんか、緒川が忍者でなければ大変な事故になっているところだった。

 

「どうして、上手くいかないんだろう・・・・」

 

こぼした言葉が、暗闇に溶け込み消えていく。

調の顔が、夜に負けないくらい陰った時だった。

 

「眠れませんか?」

 

話しかけてきたのは、神主だ。

昼間と変わらぬ、穏やかな笑みをたたえて。

彼はゆっくりと歩み寄ってきた。

 

「私の娘も、眠れないがあるときはそうしていたものです。今のあなたのように」

「・・・・神社ジョークですか?」

「お、よく分かりましたね。そうです、神社ジョークです」

 

茶目っ気たっぷりに笑う神主につられて、調も思わず笑みがこぼれる。

 

「何かお悩みですか?」

「・・・・はい」

 

こっくり頷いた調を見つめる彼は、なお息女のことを思い出しているのだろうか。

まなざしは、心地よい温もりを含んでいる。

 

「お仲間のみなさんにも、話せないことなのでしょうか」

「・・・・多分、自分で答えを見つけなきゃいけないと思います。でも」

 

でも、中々見えてこない。

平時ならいざ知らず、今は有事。

こんなことで時間を潰している場合ではないのに。

なのに。

口をつぐんで、考え込む調。

 

「でしたら」

 

そんな彼女の横顔へ、神主は指を立てて提案する。

 

「神様に打ち明けてみるのはいかがでしょう?」

「・・・・かみ、さま?」

 

思いがけない提案に、きょとんとオウム返しする。

調の表情が面白かったのか、神主はくすりと笑みをこぼして。

手のひらで、ちょうど見えていた拝殿を指し示す。

 

「神社とは、必ずしも頼み事をする場所ではないんです」

「そうなんですか?」

 

目を見開く調を静かに導きながら、神主は解説を始める。

――――そも、神社とは。

願望を託すだけの場所にあらず。

常日ごろから見守ってくださることへ、感謝を捧げるのはもちろん。

悩み事を打ち明け、『精進します』と宣言する場でもあるという。

遥か高位の存在に見られているのだという意識を持つことで。

己の行動を戒め、少しでもよりよい方へ向かおうと努力するための。

『心の足掛かり』にする為の場所なのだ。

 

「簡単に答えを求めるのではなく、己の力で光を見つけようとする。素晴らしいことです」

 

まずは調の心構えをそう肯定して、神主が続ける。

 

「ですが、時には誰かに打ち明けることで糸口が見えてくることも、往々にしてあるのですよ」

 

目の前には賽銭箱と、大きな鈴がついた縄。

海外暮らしが長い調もよく知っている、スタンダードな神社の拝殿だ。

 

「どうでしょう?今宵はこの爺の甘言に乗せられて、一つお参りしてみませんか?」

 

ここまで誘導されて微笑まれてしまえば、しないわけにはいかないだろう。

作法を口頭と実践で教えてもらって、調もやってみる。

まずは二度頭を下げ、続けて二拍手。

束の間、相談事を胸中で告げてから、もう一度二礼した。

 

「・・・・お参りの、ご感想は?」

「・・・・少し、面倒くさい。本当にこれで解決できるかどうかも怪しい」

「ふふふ、素直な反応。結構です」

 

正直すぎる感想だったが、それすらも大らかに受け止める神主。

余裕ある有様は、さすが老年というところか。

 

「でも、ただ鈴を鳴らすだけじゃないんですね」

「もちろんです。人間同士だって、始めは『初めまして』という挨拶からでしょう?前置きが長すぎるのも考え物ですが、だからと言って省くのも問題です。初対面同士であるのなら、特に」

 

なるほど、確かに。

調だって、初対面の人に『じゃあこれやっといてね』なんて雑に依頼された日には、むっとなる自信がある。

せめて『初めまして』から、何かしらの概要くらいは説明してほしいものである。

つまりこの面倒くさい所作は、神様への『初めまして』を表しているのだ。

納得した調の隣で、神主は拝殿を見つめている。

 

(・・・・願いをかなえるんじゃなくて、見守ってくれる場所)

 

倣って拝殿を見上げた調は、小さく息を吐く。

 

(ちゃんと見守ってもらえるのかな・・・・そんな価値、わたしにあるのかな)

 

お参りする前の心持に、戻りかけたときだった。

 

「――――月読、ここにいたか!」

「おや、どうかなさいましたか?」

 

駆け寄ってきたのは、慌てた様子の翼。

元からよく似合っていた和装も、心なしかくたびれているように見える。

 

「パヴァリア光明結社が動いた」

「・・・・ッ!」

 

ぎゅ、と。

思考が引き締まるのを感じる。

 

「まずは私とお前で行くぞ。相手は高速で移動している、機動力に長けた我々が適任だ」

「は、はいッ!」

 

神主と、それから拝殿にもなんとなく一礼して。

調は翼と飛び出していく。

その二人の背中を、神主はのんびり手を振って見送った。

 




ネカフェばんじゃい!(独り言)


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風月ノ疾走

毎度のご感想、評価、閲覧。
ありがとうございます。

本当は昨日上げたかった最新話です(システム障害ならしゃーないけども)(運営様、いつもお疲れ様です)


「アダム!アダム!」

 

――――時間を少し遡る。

パヴァリア光明結社が拠点としている、都内の高級ホテル。

一部の『選ばれたもの』にしか許されない、ラグジュアリーなプールスペース。

備え付けのバブルバスにて、相も変わらずアダムと戯れているティキが。

鈴の様な声を上げる。

 

「アタシね、人間になりたい!」

「突然だね、相変わらず」

 

アダムのどこか他人事のような反応を気にも留めず、ティキは続ける。

 

「それでね、アダムの子供を産んでね。ぽこぽこ産んでね!野球チームを作るの!」

「ははは。かかりそうだね、時間が」

 

興味があるんだかないんだか。

頑なに脱がないハットの下は、上手く読み取ることは出来ない。

 

「出来るよね?だってアダムは神様の力を手に入れるんだもの!」

「もちろんさ」

 

一見微笑ましく見えるものの。

どこか、うすら寒い雰囲気を感じる光景だった。

そこへ、

 

「アダム・ヴァイスハウプト!」

 

威圧的なオーラなどものともせず、憤然と歩いて来る者。

プレラーティだ。

トレードマークのカエルのぬいぐるみを、歪むほど握りしめた彼女の眼は。

味方に向けるそれではない。

 

「お前は、神の力を得て何をするつもりなワケだ!?サンジェルマンと同じ願いを、持っているんだろうな!?」

 

――――手負いで床に伏していた時、健在だったカリオストロがぽつりとこぼした懸念。

アダムは、サンジェルマンを切り捨てるつもりではないかという懸念。

少なくとも、同じ組織に置いているということは、サンジェルマンの目的と利害は一致しているはずなのだ。

しかし、『神の力』を固定するために、カリオストロやプレラーティのどちらかを生贄にするよう通告したこと。

アダムがトップであることを踏まえても、味方を切り捨てるような言動には不信感を抱かざるを得ない。

――――犠牲に、生贄になるくらいなら。

プレラーティもカリオストロも別に構わない(サンジェルマンが願った世界を見られないのは少し残念だが)。

だが、サンジェルマンの願いを蔑ろにされることだけは我慢ならなかった。

それぞれ利益や快楽を貪るしか出来なかった自分達に、それ以外の視点を。

『誰かのために尽くす』という価値観を与えて、世界を広げてくれたサンジェルマン。

見たことのない景色を、独りよがりでは見られない景色を。

共に目にしたいから、ずっと付いてきたのだ。

結社の、アダムの目的など。

二の次である。

それらもろもろの積み重ねも相まって。

サンジェルマンの夢が、悲願が。

無残に刈られ、踏みにじられる事を、許容できなかったのだ。

 

「・・・・は」

 

そして、案の定。

アダムは、プレラーティが抱いた不信を肯定する。

たった一言の笑い声をあげた。

 

「渡すものか、当たり前だろう。過ぎているからね、只人に。神の力は」

 

要するに、『幼子に刃物は渡せない』という。

なめくさった傲慢な視点からの物言いだった。

 

「ッお前!やっぱり!」

 

激昂したプレラーティは、即座に風や炎の陣を展開。

生み出したエレメントを叩き込もうとする。

敵意と殺意に満ちた行動を前にしてもなお、アダムは悠長に湯船に浸かり、ティキに至っては緊張感なく『きゃー!』なんてはしゃぐ始末。

余裕の態度にも構わず、解き放った攻撃は。

 

「ッ貴様!イヨ!!」

 

柱の陰から飛び出してきた、イヨによって阻まれた。

 

「・・・・ご無事で」

「ああ、ないよ。なんとも」

「ほめてつかわすー!」

 

鏡を展開し返して、攻撃を防いだイヨは。

アダムとティキを背に、プレラーティと対峙する。

 

「お前、自分が何をやっているのか分かっているワケか!?」

「お言葉、そっくり返させて頂きます」

 

怒鳴り声に固い声で返すイヨ。

 

「その行動が、サンジェルマン様の立場を悪くすると理解していらっしゃいます?」

「・・・・たとえサンジェルマンに嫌われたって構わない!今はッ!私のやりたいことを優先するワケだ!!」

 

プレラーティが何をやろうとしているのか、言うまでもなかった。

『儀式を邪魔するつもり』だ。

向けられたプレラーティの背中へ、丸鋸のように変化させた風を叩き込もうとした。

 

「――――ッ」

 

叩き込もうとして、一瞬だけ指が動かない感覚がした。

その所為かどうかは定かではないが、狙いがズレる。

最初は取るに足らない誤差であっても、距離が、時間が開けば大きくなる。

結果として、プレラーティ愛用のぬいぐるみを切断するだけに留まった。

プレラーティは無残に裂かれたぬいぐるみを、思わず一瞥したものの。

すぐさまこぼれ出たスペルキャスター(けん玉)をつかみ取り、ファウストローブをまとってホテルを飛び出していく。

 

「ッ追います」

「ないよ、構うことは」

 

追いかけようとしたイヨだったが、アダムの一声にたたらを踏んだ。

 

「・・・・よろしいので?」

「ああ、つけようじゃないか、押して。シンフォギアにね」

 

そういって、ゆっくりバブルバスに浸かりなおした。

 

「・・・・承知しました」

 

トップにそう言われては、イヨに逆らう理由はない。

静かに一礼して、先ほどまでのつかず離れずの場所で控えた。

――――傍らで、右手を見やる。

プレラーティを攻撃する直前に感じた、かすかなブレ。

あの時脳裏に過ぎったのは、『躊躇い』。

サンジェルマン共々、ただ邪魔されなければそれでいい存在のはずだった。

目的さえ達成すれ、『ハイ、サヨウナラ』で終わる関係のはずだった。

だというのに、あの時確かに攻撃を躊躇った。

 

(今更、仲間意識を持ったとでも・・・・?)

 

右手を握りしめる。

深くこうべを垂れて、目を強くつむる。

 

(腑抜けている場合ではない、うつつを抜かす暇はない・・・・!)

 

密かに苦悩するイヨを、横目で見ていたアダムは。

静かに嘲笑を湛えて、湯船にもたれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「見えたッ!!」

 

深夜の都市高速。

翼のバイクに、調がギアで追従する形で駆け抜けていると。

前方に目的の人物が見えてきた。

ファウストローブを纏っているプレラーティは、巨大化させたけん玉に跨って公道を爆走していた。

剣の部分に収まった玉を回転させて走っているらしい。

『そんな走り方あるんだ』と、どこか見当違いなことに感心しながら。

調は翼に合わせて速度を上げ、プレラーティに接近した。

 

「そこまでだパヴァリア光明結社!アダム・ヴァイスハウプトの好きにはさせん!!」

「ッそれはこちらも同じなワケだ!!」

「・・・・何?」

 

返答に疑問を持つ間もなく、展開された炎の陣を見て。

翼と調は、それぞれ車体や体幹を傾けて回避する。

バイクを引き寄せ、軽く飛んで一回転して。

体制を立て直した二人は、引き離そうとなお加速するプレラーティを見失うまいと。

エンジンを吹かし、回転を上げて同じく加速した。

 

「ッ待て!!」

 

疑問点はあるが、呆けている場合ではない。

彼女に追いつくまでの道で見かけた、潰された自動車の数々。

ここで止めなければ、被害はさらに増えるばかりだ。

 

「止まれッ!!」

 

翼が大剣を振るい、蒼ノ一閃を放つ。

高速移動の強風の中でも、はっきり分かるくらいに舌打ちしたプレラーティ。

後ろ手で障壁を張って弾く。

タイミングの悪いことに、飛んで行った反対車線には、対向車。

 

「任せて!」

 

敬語を省く程手短に叫んだ調が、ヨーヨーを放つことで斬撃を相殺。

危ういところを何とか回避してみせた。

 

「よくやった!」

 

翼が一言かけている隙をついて、プレラーティが更に加速。

ご丁寧に炎や氷、風などのつぶてを放ち、なお距離を取ろうとしてくる。

翼と調、それぞれ遠距離攻撃手段で再び相殺の上。

負けじと加速して追跡を続ける。

 

「ぢぃッ、しつこいワケだ!!」

「往生際が悪い・・・・!」

 

攻撃の手も、加速も緩めないプレラーティ。

相手をなかなか引き止められない状況に、奥歯を噛む調。

呟いたタイミングは、計らずともプレラーティの悪態と重なった。

耳元の通信機からは、周辺の交通規制は完了したこと。

このまま直進してしまえば、住宅街に差し掛かってしまうことが告げられていた。

 

(あまり、余裕はない・・・・!)

「月読!?待て!!」

 

翼は明らかに逸っている調の様子に気づくも、一歩遅かった。

大きく前に出た調は、『α式・百輪廻』のばら撒きで牽制の上、進路を制限した後。

『Υ式・卍火車』の大きな丸鋸二つで本命の攻撃を放つ。

しかし、対するプレラーティは風の錬金術で牽制を散らしたのち、本命も土をぶつけることで退けてしまう。

 

「お返しなワケだッ!!」

 

放たれる炎と水の錬金術。

始めはそれぞれ別方向から来ていたので、まずはダメージが大きい炎からと調が身構えたところで。

二つのエレメントは大きくカーブ。

 

「うわああッ!?」

 

調の目と鼻の先である着弾点で一つになると、激しい水蒸気爆発を引き起こした。

 

「月読ッ!」

 

木の葉のように吹き飛ばされた調の体を、翼は手を伸ばしつかみ取ることで受け止める。

手をつないだまま、片手でひょいと後ろに乗せると。

追跡を続行した。

 

「・・・・間違いなら、笑ってほしいのだが」

 

見失わないよう気を配る中、トンネルに差し掛かったタイミングで口を開く翼。

おとなしく掴まって二人乗りしている調が、目線を上げたことを知ってか知らずか。

とにかくちょうどよいところで続ける。

 

「気にしているのか?自分だけ、ユニゾンがうまくいかないことを」

「・・・・ッ」

 

図星を突かれたとは、このことだろう。

言葉に詰まってしまった調は、それでも何かを話そうと静かにぱくぱくして。

そして何も言えないことを恥じて、閉口する。

 

「いや、責めるつもりはない。ただ・・・・」

 

振り向けない状況でも、分かり易かったのだろう。

翼は前を見据えたまま、笑みを零す。

 

「お前は、かつての私に似ているな」

「翼さんに?」

 

・・・・思いもよらない言葉に、調は呆けるのを止められなかった。

 

「私も昔、今のお前のように。何をやろうともうまくいかないことがあったんだ」

 

相手はまだ視界内にいる。

後輩の疑問を促す視線を感じながら、翼はアクセルを吹かす。

 

「努めても努めても、思うような結果を出せず。取りこぼしたものだけを見つめては嘆き、今を生きるものへ目を向けていなかった」

 

かつてを思い出す翼の脳裏。

奏と一緒に色を失った周囲の景色と、自身へ向けた呪詛。

片翼がいなくなった痛みに悶えるあまり、塞がってしまった視界。

そして、その結果守れなかった、否、()()()()()()人の。

成れの果ての姿(ファフニールと呼ばれた少女)

あの時の、己の失態にやっと気付いた。

頭から冷や水をぶちまけられた様な感覚。

 

「だが、月読は一つだけ違うところがある」

「違うところ?」

「ああ、っと・・・・」

 

まだ追いすがってくるこちらに痺れを切らしたのか、プレラーティが飛ばしてきた錬金術を避けながら。

翼は言葉を重ねる。

 

「お前はまだ、諦めていない」

 

一言が、調の胸に波紋を呼ぶ。

 

「足掻いて、藻掻いて、その上で届かなくとも。決して折れない、そんな強さがある」

 

語りかける声は、穏やかで、優しくて。

そして、どこか羨ましそうだった。

暗い部分が伺えないのは、きっと。

見守ってくれていると分かり易いから。

 

「きっと、マリアやナスターシャ教授がいたからだろうな。君はきっと、優しいんだ。だから、誰かの為に頑張れるんだ」

「・・・・ッ」

 

違う、と否定しようとして。

再び飛んできた岩塊に遮られた。

調が気付かないうちに、プレラーティに追いついていたらしい。

 

「行くぞ月読!今度こそ食い止めるッ!」

「ッはい!」

 

――――違う。

調が努力をやめないのは、置いて行かれたくないからだ。

大好きなマリアや切歌と、まだまだ一緒にいたいからだ。

そもそも、自分とは違うと言っていたが。

前提からしてまず違う。

調の周りも、確かにいなくなってしまうレセプターチルドレンはいた。

だけど、マリア達を始めとした大好きな人は生き残っていた。

対して翼は、本当に独りぼっちだった。

弦十郎や緒川達も努力してくれたのだろうが、それでも。

奏と同じくらいに支えてくれる人が、いなかった。

そんな状態で、全てを守れだなんて。

土台無理に決まっているじゃないか。

取りこぼしがあっても、しょうがないじゃないか。

・・・・優しいというのなら、それは。

諦めない強さがあるというのなら、それは。

 

(あなたこそ言われるべきなんじゃないですか、翼さん・・・・!)

 

翼の後ろから飛び降り、再び禁月輪で走り出しながら。

調は口元を引き締める。

ヨーヨーを取り出し、プレラーティの側面スレスレを攻撃して牽制。

翼の本命を確実に叩き込めるように援護する。

 

(まだ、誰かに歩み寄るのは怖いけど、自分の内側に

触れられるのは怖いけど・・・・!)

 

例え未熟者であっても、分かるのだ。

ここで、躊躇してはいけない。

ここで、手を伸ばすことを怖がってはいけない。

もう二度と、この人を独りにしてはいけない・・・・!

その為にはどうすればいいのか。

分からないほどお子様のつもりは、調になかった。

 

「「イグナイトモジュール、抜剣!!」」

 

偶然か必然か。

翼と調、ほぼ同時にイグナイトモジュールを起動させる。

 

「本番に叩きつけるぞ!!行けるなッ!!」

「はいッ!!」

 

聖詠が、重なった。

 

「――――ッ!?」

 

悪寒に従うまま、弾かれたように振り向いたプレラーティ。

目に飛び込んできたのは、これまでのちゃちなバイクと自走するお子様ではない。

道路いっぱいのサイズの、二人乗りのチャリオットが。

こちらに肉薄せんと迫ってきているではないか。

 

「くそッ」

 

咄嗟に反対車線に飛びのき、背後からの衝突を避けたのち。

ラピスの浄化の波動をぶち当ててみるが、翼達のイグナイトは剝がれない。

 

(カリオストロを屠ったラピス対策か!!)

 

短く歯ぎしり。

イガリマとシュルシャガナ(ザババの二刃)のユニゾンばかり警戒して、他をノーマークにしていたことを後悔しながら。

その上で『ただでやられてなるものか』と、方針を転換。

道路脇に見えた市民運動場へ飛び込み。

先に、邪魔者の排除を徹底することにした。

土煙を上げてドリフトすれば、向かい合う両者。

 

「多少のズレは援護してやるッ、共に思い切りを出すぞ!」

「はいッ!」

 

合図なく、同時に疾り出した。

けん玉の柄と剣の切っ先が、火花を散らす。

背後を取らせまいと、ひっきりなしに車体を翻すので。

周囲はたちまち煙たくなる。

振り払うように速度を上げると、今度は車体同士がぶつかった。

 

「ッここだ!!」

 

衝撃で、装者側の車輪が跳ねて浮かぶ。

一瞬を見逃さなかったプレラーティは、始めに瀑布の如き水を浴びせ。

次に空いた片手を帯電させる。

相手の意図に気づいた翼は、慌ててハンドルを切るが。

一手遅かった。

 

「見舞ってやるワケだァッ!!」

「ぐあああああああッ!!」

「うああああああッ!!」

 

轟音とともに、稲光が降り落ちる。

もろに水をかぶった装者達は、悲鳴を上げて感電する。

痺れ、怯み、動けないところを。

見逃してやる義理もない。

――――水を電気分解すると、酸素と水素が生まれるのは有名な話だろう。

可燃性たっぷりのガスが充満した中に、火種を放り込めば。

どうなるのかも。

 

「こいつもくれてやるッ!!」

 

指に灯すは、ジッポレベルの火種。

ちゃっかり距離を取ってから、小石を放るように投げてやれば。

気付いた相手の間抜け面が見えた刹那、紅蓮の炎が天を衝いた。

 

「・・・・サンジェルマン!」

 

仮に死んでいなかったとしても、無事ではないだろう。

炎と水蒸気の高熱で、少なくとも要の喉はつぶせているはず。

邪魔者の排除は出来たと、車体を反転させようとした時だった。

――――歌が、聞こえた。

 

「何ッ!?」

 

驚愕のままに肩を跳ね上げれば、信じられないことに健在な装者達が。

黒煙を振り払って飛び出してきたところだった。

満遍なく煤けているものの、歌声も健在の様だ。

 

「おのれッ!!」

 

高らかに歌い上げる彼女達は、そのフォニックゲインを蒼炎と変えて全身に纏う。

慌てて発進して飛び掛かりを避けると、プレラーティ自身も風と雷を迸らせて対峙する。

 

「「おおおおおおおおおおおおおッ!!!」」

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ッ!!」

 

激突。

一瞬拮抗していた炎と雷だったが、やがてプレラーティが押されていく。

 

(負ける?ここで?負ける!?クソッ!クソッ!)

 

張っていた障壁に、剣が食い込む。

ゆっくり噛みついてくる切っ先が、両断せんと迫ってくる。

 

(ここでやられている場合じゃないのにッ!ここで負けている場合じゃないのにッ!)

 

ばぎり、と、嫌な音。

入ったヒビから、蒼炎が侵食していく。

 

「サンジェルマン・・・・!」

 

高熱に晒されながら考えるのは、駆けつけたかった人の背中。

慟哭するのは、世界を広げてくれた恩人の名前。

 

「サンジェルマンッ!!」

 

親とはぐれた子供のような断末魔が。

爆発と業火に飲み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すっかり寝こけてる間に、調ちゃんと翼さんがプレラーティさんを撃破したらしい。

このところの心配要素だった、切歌ちゃん以外とのユニゾンもばっちり出来たので。

調ちゃん本人はもちろん、マリアさんもどこかほっとしていた。

・・・・ところでわたし、あんまり良いとこなしでは?

い、いや。

サンジェルマンさんに、イヨさんに、アダム・ヴァイスハウプトと。

油断ならない人達はまだまだ残っているから・・・・(震え声)

それに、反動汚染で動けない装者がまた増えたので、一概に喜んでもいられない。

わたしと切歌ちゃんしかいないこの現状、兜の緒を締めないと。

油断して足元掬われましたとか洒落にならんぜよ・・・・。

 

「お世話になりました」

「朝ごはんもおいしかったデス!」

 

夜も明けて、今は朝。

すっかりお世話になってしまった神主さんに挨拶して、装者のみんなが車に乗り込んでいく。

と、その横で切歌ちゃんが立ち止まっているのに気付いた。

 

「どうしたの?」

「およ?ああ・・・・それにしても変わった名前だったなと思いまして」

 

倣って見上げた先には、この神社の表札――いや、表柱かな?色んな神社でよく見る、名前が刻まれた石柱――が。

『調神社』、確かに変わってるよね。

これ、前世の方の現実でも実在しているのかしら。

 

(・・・・あれ)

 

というところで、ちょっと引っかかる。

・・・・そういえば調ちゃん、ちいちゃい頃の記憶が無いって言ってたよね。

で、持ち物から今の名前が付けられたって。

・・・・つきよみしらべ、『つき』と読む『しらべ』。

調ちゃんがF.I.S.に来たっぽい時期、事故に遭った神主さんの娘さん一家。

・・・・・・・いや。

 

「考えすぎか」

 

苦笑い一つ。

いつの間にか、わたしが最後になっていたので。

慌ててみんなと合流する。




今回の戦闘シーンを書いている時、クラッ〇ュギアが頭を過ぎっていました。
どのくらいの人が覚えているだろうか・・・・。
いや、当方も幼い頃おつまみ程度に見たアニメの記憶しかないけども。

それはそうと。
次回、ついにあの人が・・・・(予定は変わることがあります、ご了承下さいw)


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始まる、決着

パソコンに加えてエアコンも新調しなくちゃいけなくなって。
お金が・・・・お金が飛んでいく・・・・!

実はこれまでのお話もこっそり書き直したりしてるので、良ければ見返したりしてみてください(ダイマ)


「わたしと切歌ちゃんってさ、割と似てるよね」

「デス?」

 

ある日のトレーニングで。

響はそんな話を振ってきた。

 

「あたしと響さんが、デスか?」

「うん」

 

響の手元で、ドリンクボトルの飲み口が開けたり閉めたりしてもて遊ばれるのを見ながら。

切歌は頭の中をはてなマークでいっぱいにした顔をする。

そんな後輩に、『もう知ってると思うけど』と切り出して。

 

「わたしはさ、もう手遅れなくらいの罪を犯してる。だから、汚れ役は率先して引き受ける様にしてるんだけど」

「未来さん達に怒られるデスよ・・・・」

「それは今触れんといて・・・・」

 

ふふふ、と遠い目で乾いた笑みをこぼしつつ。

続ける。

 

「で、まあ。皆が手を汚さないようにする為には、そういう場面になったとき飛び込めるよう観察する必要があるわけよ」

「ほほう」

「見てて思ったんだよね」

 

ここで、まっすぐ。

切歌を目を見据えながら、響は告げる。

 

「切歌ちゃんも、なんか、こう。誰かの負担を肩代わりする動きしてるでしょ」

 

・・・・切歌は、答えない。

どんな顔をしているのか、響にしか見えていない。

 

「・・・・だからわたし達、きっとうまくユニゾン出来るよ。適合者の中で、一番(いっちゃん)似た者同士なんだもの」

 

目の当たりにしたその顔を、特に追及するでもなく。

響はスポーツドリンクを煽った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プレラーティも無事撃破。

思い返せば、パヴァリアの連中と接触してまだ三週間くらいしか経ってないことに気付いた。

だいぶ濃密すぎひんか・・・・?

 

「あのッ」

 

はー、そろそろ進展ありそうだなと思いながら。

食堂でかつ丼をつつこうとしていると。

切歌ちゃんが近づいてきた。

 

「どうしたの?」

「素敵なことを聞いたのデスよ!響さん、明後日はお誕生日だそうデスね!」

「・・・・ああ、そういえば」

 

忙しすぎて普通に忘れてた。

こないだ九月になったばかりなのに、もうそんな時期?

『感覚が年寄り染みてきたのでは?』と困惑していると、切歌ちゃんは胸を張って。

 

「なので、誕生日パーティをやりませんかと、お誘いにきたのデス!」

「おおー!」

 

ジャジャーン!とばかりに両手を広げる切歌ちゃんの提案。

普通にありがたいので、歓声を上げていると。

一緒のテーブルにいたクリスちゃんが、片眉を吊り上げた。

 

「お気楽がすぎるぞ、パヴァリアの連中の脅威だってまだ無くなっちゃいないのに」

「雪音の言うとおりだ。生誕を祝うのは大事なことだが、パーティをやっている余裕があるかと言うと・・・・」

 

・・・・まあ、二人が言っていることが分からんでもない。

パヴァリア光明結社との戦いは、架橋を迎えている。

決戦の気配が近付く中で、『うぇーい!』って盛り上がっている余裕があるかと言えば・・・・。

・・・・ンまあまあまあ。

 

「わたしも今じゃなくてもいいと思うかな」

「そ、そうデスか・・・・」

「パーティやろうってのは普通にうれしいよ、ありがと」

 

にまっと笑って見せれば、肩を落とした切歌ちゃんもにっこり笑ってくれた。

 

「とはいえ、気を締めろ暁。幹部が二人も討ち取られたた今、パヴァリア光明結社の連中がどんな行動を取ってくるか分からん」

「それこそ、一般人巻き込んで暴れるかもね。対処出来るのはわたしと切歌ちゃんだけ、頑張ろう」

「任せるデスよー!」

 

形だけのマッスルポーズを決める切歌ちゃんに、微笑ましさと頼りがいを感じながら。

かつ丼を頬張ったのであった。

うむ、うまい!

 

 

 

 

 

閑話休題(丼って奥が深いよね)

 

 

 

 

 

 

「――――全員揃ったな」

 

さてさて。

お腹も満たされたとことで、ミーティングである。

寝こけないように気を付けないと・・・・。

議題はもちろん、パヴァリアの奴らの目的について。

調神社で見せてもらった古文書や、教えてもらった伝承から。

やっぱり連中は、神出門を利用した大規模錬成で、神の力を手に入れようとしているってのが濃厚になった。

エネルギー源はやっぱりレイラインだろうとのこと。

連中がキャロルちゃんの支援をしていた=アルカノイズのレシピや、、レイラインを始めとしたデータがあっちに行ってる可能性が高いからだ。

・・・・レイラインを、地上を使った大規模錬成に。

『門』を通じて神を手に入れようとする所業。

あの、某錬金術師の『フラスコの中の小人』を想像したわたし。

悪くない。

 

「いったいどれほどの怪物を創造するつもりなの・・・・」

「それこそ『神様』でしょう、ロクでもないのは明白だけど」

 

軽く食いしばりながらモニターを睨むマリアさんに、吐き捨てる了子さん。

美人が怒った顔って、どうしてこんなにこあいの・・・・?

 

「対抗策はないのか?」

 

気を取り直して、クリスちゃんが問いかけると。

重たーい雰囲気。

 

「・・・・神の力に対抗するなら、神殺しがセオリーだけど」

「実は、その手掛かりがあると目されていたのが、バルベルデ文書」

 

・・・・調査部が調べたところに寄れば。

時は第二次世界大戦末期。

バルベルデに亡命したドイツ軍将校がいて、その人が賄賂的なので聖遺物をいくつか持ち込んでいたらしい。

で、一部があのオペラハウスに安置されていたとか、なんとか。

さてはあのティキとかいうオートスコアラーもいたな?

まあ、とにかく。

それ以上の情報は、バルベルデ文書の解析待ちだったそうなんだけど。

ン燃えてますねぇ!!!(絶望)

あ、だからあの『全裸ーマン』、あんなバチバチド派手な大火力で跡形もなく消し炭にしたんか!?

となると、逆説的に『神殺し』、あるいはそこに確実に通じる手掛かりがあった可能性が高くなってきたな!?

まんまと燃やされたけど!!(白目)

 

「引き続き、全力で手掛かりを探してはみます」

「ああ、頼んだ」

 

緒川さん達も頑張ってくれるんだろうけどなぁ・・・・ちょっと後手後手感が否めないなぁ・・・・。

 

「桜井女史は、何か心当たりは?」

 

まだ眉間にしわを寄せてる了子さんに、翼さんが問いかける。

伊達に五千年生きてないし、何か手掛かりないかなと期待する気持ちは分かるんだけど。

 

「・・・・『神殺し』と聞いて真っ先に思い当たるのは、『ロンギヌスの槍』の逸話だけど」

 

『ロンギヌスの槍』。

某新世紀な凡庸人型決戦兵器のアニメでも有名な、世界的にもトップクラスの知名度な逸話の一つだ。

エルサレムにて、かの聖人にとどめを刺したとされるけど。

実際はその生死を確かめるべく使用された槍。

その時聖人の血を浴びたので、聖遺物に認定されたとか、なんとか。

あっ、思い出した。

担い手だったロンギヌスの、衰えていた両目に血しぶきがかかって。

視力が蘇るという奇跡が起こったんだっけか。

・・・・にしたって。

なんであの宗教、開祖に害を加えたものを持ち上げて大切にするんだろう。

ふしぎ(あたまのわるいかお)

そんなことを考えているうちに、了子さんは物憂げな仕草で頬に手を当てて。

 

「その時代、『エルサレムの奇跡』を目の当たりにする前に死んじゃってねぇ。世紀の瞬間見逃しちゃったのよ」

「そんな『気になってた番組見逃した』」みたいなノリで言うなよ・・・・」

 

あらら、なんてタイミングの悪い・・・・。

一応、後の世でそれとされている品物を見る機会はあったけど。

曰く、『味のしみ込んでいない煮物』。

世界一有名な奇跡なだけあって、集まった信仰でそれらしい力は得ていたらしいけど。

あのバルベルデでぶっ飛ばしたでっかい蛇や、これから対峙するであろう『神の力』に対抗できるかどうかと言えば。

期待しない方が賢明だという話だった。

 

「仮に持ち出そうとしても、歴史的にも宗教的にも貴重な文化財だから。許可を得るのに時間がかかるし・・・・」

「それまでにパヴァリアが大人しくしてくれる保証もない、か・・・・」

 

打てる手が少ねぇ・・・・。

まるきりないわけじゃないけど、絶望的なまでに打てる手が少ねぇ・・・・。

 

「また、相手の出方を伺うしかない、か・・・・」

 

司令さんが、顎髭をなでながら難しい顔をしたところで。

ひとまずお開きになったのであった。

・・・・うっすら聞いた話だと。

松代の敗北について、翼さんの『おじいちゃん』がめちゃくちゃ怒ってたらしい。

『前世の記憶』だと、その・・・・『血を濃く残す』為に翼さんを『産ませる』くらいには国防にお熱な方みたいだし。

国にとって重要な施設、しかも身内とくれば、怒りもひとしおだったろう。

大丈夫かな・・・・考えが『古臭そうなご老公』って、大体の作品で余計なことして事態を悪化させてんだよな・・・・。

頼むから大人しくしちくりー。

 

「――――響さん!響さん!」

 

悩ましいミーティング明け、ひとまず装者みんなは待機になったところ。

そんな感じでこっそりおててを合わせていると、切歌ちゃんが声をかけてくる。

 

「パーティは無理でも、プレゼントは渡したいデスよ!」

「・・・・あ、誕生日の話?」

「デース!!」

 

てっきり終わったとばかり思っていた誕生日の話だった。

 

「切ちゃん・・・・」

「お前なぁ!ンな余裕ねぇって話したばっかだろうがよ!」

「ふぉっ!?よよよよよよよよ!!!」

 

びっくりしている目の前で、クリスちゃんが切歌ちゃんのほっぺをつねり上げる。

 

「ちょっと、何の話?」

「いやぁ、その・・・・わたしが原因っていうか・・・・」

 

マリアさんの困惑も、仕方ないやつですよね・・・・。

ちょっと止めてキマース!!

 

「クリスちゃんクリスちゃん、落ち着いて」

「ったぁくよぉ・・・・」

 

幸いにもすぐに鎮まってくれたクリスちゃん。

ほっとする隣で、目だけ向けて切歌ちゃんを見てみる。

 

「・・・・それでも、誕生日は大事なのデス」

 

・・・・握りしめられた手に、微笑ましさを覚えた。

やっぱり似てるよ、わたし達。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――こんなところで何してるの?何もかも鏖殺しておいて、随分呑気じゃない」

「――――いいえ、この子は疲弊を癒しているだけ」

 

――――あの方が隣にいるときは、不思議と静かだった。

 

「身も心も罅入ったままでは、砕けてしまうわ」

 

星そのものをくべて生まれたエネルギーは、想像以上だった。

この時代に来てしまったと気付いた時、抱いたのは茫然と虚無と、絶望。

 

「甘やかしてもらえて満足?被害者面出来てよかったじゃん」

「もはや手遅れでも、何も手を施せなくても」

 

那由多を犠牲にして得た結果に、全身の力を虚脱させていたところに出会ったのが。

今、頭を撫でてくれているお方だった。

 

「それでも私は、否定しない」

 

ふわり、ふわり。

度重ねてしまった無茶のせいで、すっかり色落ちした髪が撫でられている。

 

「誰にも許してもらえないのに、あなたにまで否定されてしまったら。一体誰がこの子を誉めてあげるの」

 

眠りと覚醒のはざまを行ったり来たりしながら、それでも何とか起き上がろうとする。

 

「――――いずれ、地獄に堕ちる癖に」

 

誰かが、吐き捨てた。

 

「あなたはきっと許されない、あなたはきっと救われない。それでも、あなたはとても頑張ってきた」

 

「選んだ手段が悪しきものでも、抱いた願いまでそうとは言わない。言わせない」

 

見/観/視()てしまった私に果たせる責任は、それくらいなのだから」

 

瞼を揺らしたところで、はっきりと聞こえた。

 

 

 

「――――よく、頑張ったね。イヨ」

 

「あなたの願いが、どうか報われますように」

 

 

 

――――目を開く。

黒曜石のような目が、優しく見下ろしている。

 

「おはよう、お寝坊さん」

「・・・・はい、おはようございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――心は、不思議と凪いでいた。

カリオストロもプレラーティも討たれ、サンジェルマンが背負う犠牲のカウントに加えられた。

神出門の準備は整い、後は発動させるのみ。

高揚もない、落胆もない。

ただただこの心の憎しみを、ひと段落させるだけ。

望んだ結果を、掴むだけ。

――――サンジェルマンが動き出した。

ここは現場から遠く離れた場所であるが、近年の特異災害による甚大な被害を受け。

異端技術が関わった事件においては、余分に避難区域が設定されることが決定し、施行されているはずだ。

証拠に、ほら。

守られた場所から、のこのこと出てきてくれた。

 

「ッ、逃げて!!」

「な、ぐあッ!!」

 

ずどん、と。

分かり易く轟音を上げて着地してやる。

土煙に紛れて、周りの護衛達を始末すれば。

後に残るのはただ一人。

 

「・・・・ッ!」

 

小娘が車いすから立ち上がる。

それだけでも消耗は激しいだろうに、ご苦労なことにギアまで取り出した。

・・・・蛮勇に苛立ちながら、こちらも息を吸う。

 

「――――Rei shen shou jing rei zizzl」

 

歌われる。

黄泉に堕ちようとも、光も闇も何もかもを。

愛し貫くと誓った、覚悟の歌が。




チョイワル時空におけるヒミコ様のイメージは、FGOよりも大神(CAPCOM)の方が近いです。
戦闘力はゼロですが、呪術と占術と千里眼はピカイチ。
しかも母性カンストしているので、143はしょっちゅう『ハイハイホーイ!』と膝枕され、なんならそのまま政務につくこともあったとか。
日本最古の女王は伊達じゃねぇ・・・・。
ただ、彼女の千里眼はオンオフが出来る代わりに常に出力最大な状態。
なので、143を『みた』だけでその人生の大体を把握していました。
だから肯定するような発言をしていたわけです。


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同じ星空の下

前回までの評価、閲覧、ご感想。
誠にありがとうございます。


――――ギアを纏った瞬間から、逃れようのない重みが体にのしかかる。

折れそうになった膝を慌てて立て直して、眼前のイヨと向き合う。

鉄扇を握りしめて構えるのと、相手が陣を展開するのは同時だった。

 

「・・・・ッ」

 

横っ飛びで放たれたかまいたちを回避。

痛む肺で呼吸しながら、緒川に習った無理のない体捌きを必死に思い出して動く。

ばねの様に跳ね上がり、イヨを飛び越える。

口角を喀血で濡らしながら、レーザーを撃った。

羽虫のように弾かれるのは想定内。

続けざまに剣の形を取った氷が、未来を貫かんと迫ってくる。

鉄扇をがむしゃらに振って防ぐ間に、イヨが肉薄。

未来がそれに気付くのと、イヨが胴体に拳を突き刺すのは同時だった。

 

「あ"、がッ!!」

 

インパクトが内臓を揺さぶり、猛烈な不快感と吐き気が襲い掛かってくる。

ふらついた横っ面を蹴り飛ばされ、視界に星が舞った。

ギアを纏った負担と、激しく動き回った反動に。

喉がふいごの様に鳴っている。

戦いが始まってまだ五分と経っていないのに、すでに体は限界を迎えつつあった。

以前よりもずっと役立たずに成り下がってしまった己に嫌気がさしながら、未来は顔を上げた。

 

「あ」

 

見えた靴底に反応できない。

視界に再び星を飛ばしながら、自身も宙を舞った。

地面を何度も跳ねながら転げていく。

肩や膝、あばらがヒビ入る感触を覚えながら。

事切れた護衛にぶつかって飛び越えたところで、やっと止まった。

 

「う"う"ぅ"・・・・ぇぐっ!?」

 

肘を支えに何とか起き上がろうとすると、首を掴み上げられる。

圧迫された骨から、メリメリと嫌な音。

『まずい、死ぬ』。

そんな言葉が頭を過ぎった頃、地面に叩きつけられた。

 

「が、ぁ・・・・!!」

 

呼吸がままならない。

痛みのあまり、息をやめそうになる。

止めたところで、苦しくなって空気を求める。

終わらない。

苦痛が終わらない。

 

「ごほっ、ごっほ・・・・ごほごほごほ・・・・!」

 

攻撃は一旦止んでくれたが、これで終わるわけがない。

ぐゎんぐゎん揺れる頭を押さえながら、きしむ首を動かして顔を上げると。

こちらを無機質に見下ろすイヨと目が合った。

――――心臓を鷲掴まれた気分になる。

挫けそうになる心を何とか叱咤するも、なかなか立ち直ってくれない。

無理も、ないことだった。

だって彼女は、シンフォギアだとか、ファフニールの旅路に付き合ったとか以前に。

一人の、か弱い未成年なのだから。

明確に、はっきりと見えてきた死の気配に、どうして怖気づかずにいられようか。

 

「ぐ・・・・かふっ・・・・・」

 

肺の傷口から、再びせり上がってきた血を吐き出して。

未来は再びイヨを見上げた。

 

「・・・・・何度も、何度も。思ったでしょう」

 

見下ろしながら、イヨが口を開く。

 

「『わたしさえいなければ』って」

 

吐き捨てられたのは、覚えのある後悔。

 

「その通りよ」

 

まるで、体中に凶器が突き刺さっているような声が絞り出される。

 

「わたしさえいなければ、響は死ななかった」

 

一歩。

 

「わたしさえいなければ、響は苦しまなかった」

 

一歩。

 

「わたしさえ、いなければ」

 

憎しみを籠めて踏みしめながら、未来へ迫る。

 

「響が、あのライブを理由にッ・・・・責められることはなかった・・・・!!」

 

頭が掴み上げられる。

万力で圧迫され、脳が警鐘を鳴らすも。

未来には、どうすることもできない。

 

「響は、あんな目に遭わなければならなかったの?あんな重いものを背負わなければならなかったの?それほどのことをやったと言うの?」

 

「――――違うでしょッッッッ!!!」

 

放り投げられる。

口に砂利が入っても、吐き出す力すら残っていない。

あの日叩き込まれた呪いは、未来が思う以上に体を蝕んでいた。

 

「なんて、なんて恥知らずなのかしら。わたしもッ!!あなたもッ!!」

 

顔を両手で覆うイヨ。

指の間から見える瞳には、怒り、狂気、絶望、後悔。

とにかく様々な負の感情がないまぜになって、濃く、鈍く。

爛々と光っていた。

 

「追い詰めた分際で、陥れた分際で!!!!何が『大丈夫』よ!!『気にしないで』よ!!『大好きよ』よ!!挙句の果てには『愛している』!?面の皮が厚いにも程がある!!!」

 

右手、指にスナップが利く。

『獣殺し』が刃を露にする。

 

「人に罪を背負わせてッ、逃れられぬ苦しみを押し付けてッ!!その癖のうのうと善人面をするッ!!」

 

イヨの激情に呼応して、『獣殺し』が禍々しい輝きを帯びて。

 

「醜悪で、自分勝手な、矮小な下女がッ!!!」

 

「己の正体とッ!!!知りなさいッッッッ!!!!!!」

 

振るわれる刃。

逃れることは叶わず。

大きく袈裟切りを受け、噴水の様に出血する未来の体は。

どう、と。

四肢を投げ出して倒れ伏した。

断たれた血管はしゅうしゅうと音を立てて、なお血を流し続ける。

 

(何も、言い返せなかったな)

 

意識が遠のく中で、未来はイヨの言葉に同意している自分に気付いた。

 

(そうよね、だって合っているものね)

 

都会の光に照らされても、負けじと輝く星を見上げながら。

 

(ああ、わたし。死んじゃうんだ)

 

諦める様に、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――埼玉県のビル街に埋もれて、ひっそり佇む神社。

サンジェルマンさん達が動き出したのは、夜中のことだった。

どうやら味方にすら内緒で、S.O.N.G.のエージェント達を配備していたようで。

わたし達が連絡を受けた時には、すでに交戦しているという話だった。

さらに神社本庁との連携で、レイラインを遮断するなんて離れ業もやってのけちゃうし。

なるほど、これもまたOTONAの戦い方・・・・!

代わりにわたし達も閉じ込められちゃったけど、それはそれ。

『敵を騙すには、まず味方から』の真髄、見せていただきました・・・・!

 

「――――さて」

 

さて。

わたしと切歌ちゃんの目の前には、ちょっと控え目なお社と。

そこで『仕上げ』を行っていたらしいサンジェルマンさん。

その傍らには、見覚えのないオートスコアラーがいる。

大方、あれが『神の力』を降ろす先なんだろう。

サンジェルマンさんは、一糸纏わない肢体で恥じることなくこちらと向き合っている。

・・・・『神の力』を降臨させようってだけあって、儀式も負担がかかるんだろうか。

心なしか、覇気がないように見えた。

それにしてもお肌キレイっすね。

 

「・・・・何度目だろうな、こうやって対峙するのは」

「あなた達が悪さする限り、何度だって。こっちだってお仕事なので」

「責務に忠実でよろしいことだ」

「やりがいのある楽しい職場ですよー」

 

おててをひらひらさせつつ、切歌ちゃん共々警戒を解かない。

っていうか、わたしとサンジェルマンさんってそんなしみじみするほど会って無くないか・・・・?

い、いや。

過ごした時間は割と濃密だったから・・・・。

・・・・気を取り直して。

 

「やめろって言っても、やめてくれないデスよね」

「当たり前だろう」

 

切歌ちゃんに即答するサンジェルマンさん。

 

「全人類を、バラルによる支配から解放する。統一言語による相互理解を取り戻すことで、人が人を虐げる歪んだ理を正すッ!!」

「・・・・例え、救いたい命を奪っても、ですか」

「そうだ」

 

『それでいいのか』って問いかけは、多分野暮だ。

わたしも自分のエゴで殺したからっていうのもあるけど。

それ以上に、何度も何度も自問自答してきたであろうことは、予想するまでもなく分かるから。

その段階を乗り越えたから、あの人はここに立っているんだ。

 

「・・・・もはや、言葉は不要だな」

 

目の前で、ファウストローブが纏われた。

わたしも切歌ちゃんも、足元に力がこもる。

場の空気が、研ぎ澄まされていく。

風が通り過ぎて、靡いた髪が落ち着いた頃。

切歌ちゃんと、飛び出した。

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

「「イグナイトモジュールッ!抜剣ッ!!」」

 

イグナイトを起動させ、突っ込んでいく響と切歌。

高らかに歌い上げるは、この日まで磨き続けたユニゾンだ。

一段どころか三段飛ばしでフォニックゲインを上昇させながら迫りくる彼女らへ、サンジェルマンは慌てず銃口を向け、引き金を引いた。

歌うような音、ラピス=フィロソフィカスの浄化が行使された証。

一歩前に踊り出た響が、取り出した『刃』を幅広く変形させて。

見せつける様に構えた。

弾丸が当たる。

『刃』は砕けたが、イグナイトを纏った響が倒れることはなかった。

 

「・・・・ッ!?」

 

サンジェルマンがそれに驚いている間に、接近しきった切歌が斬撃を見舞う。

強風のような攻撃を飛びのいて回避したサンジェルマンは、怯まず機銃の如き反撃を撃ち出した。

防御が間に合わなかった切歌を、響がフォローする。

 

(ラピスが効かない・・・・これが、カリオストロとプレラーティを討った、S.O.N.G.の一手か)

 

やはり、イグナイトが剥がれない彼女達を見てサンジェルマンは目を細めた。

 

(加えて、ザババのような神話的繋がりのない聖遺物同士でのユニゾン。厄介ではある・・・・)

 

だが、と。

スペルキャスターの引き金に指をかけ、顎を引く。

 

(だからとて、彼女達自身の身体能力はこれまでのデータと大差は見られない。勝機を求めるなら、そこだ)

 

油断なく、二人を睨みつけた。

 

(――――次は逃がさない)

 

一方の響も、拳を構えなおしながらサンジェルマンを見据えた。

 

(多分、今ので大体の実力は把握されたと思うべき。ならば、取るべき一手は)

「切歌ちゃん」

「合点」

 

一声かけると、頼もしい返事。

サンジェルマンが、今度は錬成陣を展開して攻撃準備に入る。

・・・・未来のところに、イヨが襲撃しているらしいことは。

すでに響の耳に届いていた。

過保護だの、侮るだの以前に。

未だ死に体の未来が戦うなんて、無謀にもほどがある。

手遅れになる前に、助けに行くためにも。

速攻での無力化を目指すことにした。

 

「デーッス!!!!」

 

切歌と一緒に、刃の弾幕を放つ。

サンジェルマンはもちろん、傍に控えてい入る錬成陣(砲台)も損傷、あるいは破壊するつもりで。

やる気満々ぶりを察知したのか。

響と切歌に加えて、刃にまで意識を割いて対処しだすサンジェルマン。

狙い通り、と口元を締めた響は。

サンジェルマンの意識が離れたコンマ数秒。

まさにまばたきの間に死角へ潜り込む。

 

「なっ・・・・!」

 

気が付かれたが、もう遅い。

胸部のど真ん中目掛けて、拳がうなりを上げる。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

「――――ッ」

 

杭を打つように、内側へ直接インパクトを叩き込んだ。

息が詰まるような、文字に書き起こすにはいささか難しい、短い苦悶を零して。

サンジェルマンが吹き飛んでいく。

派手な土煙を上げて突っ込んだのは、拝殿の賽銭箱。

 

「おのれ・・・・・!」

 

もちろんこの程度で怯まないサンジェルマン。

すぐに立ち上がり、体勢を立て直そうとしたが。

 

「ブン守ろうッ!」

 

切歌の推進力も借りた響が、突っ込んできて。

 

「今日をおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」

「な、ぐぶッ・・・・!!」

 

その整った横っ面を、殴り飛ばしたのだった。

再び土煙を上げて倒れるサンジェルマン。

もうもうと立ち上っている場所を、油断なく見据えていた響達だったが。

やがて煙幕も薄まり、相手が伸びていると分かると。

まだ警戒を続ける切歌とは対照的に、響は焦りから早々に踵を返す。

・・・・すっかり弱ってしまっている恋人が、死にかけている現状で。

冷静でいられるほど、大人ではなかったのだ。

それは当然、大きな隙になって。

 

「ッ響さん!」

 

銃口が向けられる。

気付いた響が、間に合わない防御をするよりも早く。

切歌が飛び出した。




「『うおおおおおお!』って勢いだけで書き上げたのは否めないけど、早く更新したかった」、などと供述しており・・・・。


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わたしのせい

毎度の評価、閲覧、ご感想。
誠にありがとうございます。
Twitterにてファンアートを下さる皆々様にも、大変感謝しております。


n番目の書きたかったシーンですが、私にしては珍しく筆が慎重でした。
まあ、大事な場面ですもんネ!


「響さんッ!!」

 

魔力の弾丸が、弾くように響の頭を掠めた。

割り込んだ切歌が、鎌を高速で回転させて続けざまに襲い来る銃弾の群れを弾き飛ばす。

ふらつきを立て直した響が、弾幕が終わると同時に突貫。

韋駄天もかくやという速度で迫る響を前にして、サンジェルマンは冷静にエネルギー切れを起こしたマガジンを破毀。

慌てず騒がず、肩のアーマーから新たなマガジンを装填し。

響に向けて引き金を引く。

 

「・・・・ッ」

 

放たれた弾丸を、響は避けることが出来た。

しかし、背後には切歌がいる。

響自身が遮蔽物となっているので、反応が遅れて当たってしまうだろう。

結論として、取った行動は。

 

「ぐッ!うううううううううう・・・・!!!!」

 

弾丸を手刀で受け止めて、腕の中を通して受け流すことだった。

手のひらから肘まで撃ち抜かれる形になり、右腕は完全に使えなくなった。

 

「響さん!」

「大丈夫」

 

案ずる切歌を手短に宥めて、サンジェルマンを視線で射貫く。

対する彼女も、肩を大きく上下させて息を吐いていた。

胸、それも心臓に重たい一撃を受け、顔を殴られたことで脳も揺さぶられたのだ。

その上でここまでの反撃を行う相手に、響も切歌も険しい顔をする。

 

(やっぱり、一筋縄ではいかないか)

 

まるで太鼓を叩いているように鈍く響く痛みを、必死に無視しながら。

頭から垂れてきた血を、まぶたを閉じることで目への侵入を防いだ。

 

(胸と頭を叩いてもすぐに復帰される。なら、腕と足を最低一本折る)

「――――切歌ちゃん、あのね」

「はい!」

 

そうすることで、今度こその無力化を企む。

小声で切歌に方針を伝えて、連携の準備をする。

 

(――――やはり、一筋縄ではいかんか)

 

一方のサンジェルマンも、険しい顔で考え始めていた。

 

(右腕をつぶせたのは僥倖だが、『それだけ』。相手は何の対策もないイグナイトでラピスに善戦した強者、加えて)

 

響の隣、依然構えている切歌を見る。

 

(此度、彼女は一人ではない)

 

眉間にしわが寄るのを押さえられないサンジェルマン。

 

(錬金術で回復できるとは言え、油断はならない・・・・!)

 

無意識、引き金にかけた指に力が入る。

かちりと音がして、濁った頭がリセットされた。

 

「――――ッ」

 

再び飛び出す三者。

響の拳と、切歌の斬撃がサンジェルマンを襲う。

切歌の二連撃が、サンジェルマンの左右を塞ぐ。

そこへ響が飛び込んで、回し蹴りを叩き込む。

顔を背ける形で回避したサンジェルマンは、勢いを利用して体を上下反転。

体操選手さながらに手をついて飛びのいて距離を取り、体勢を立て直すどさくさに紛れて錬成した結晶を放つ。

放たれた一矢に、切歌は太股を穿たれたが。

怯むことなく、地べたにしゃがんだまま『呪りeッTぉ』を複数放つ。

響は後輩の攻撃を背負い、自らも『刃』をばら撒いてさらに相手の逃げ場をなくす。

殺意の包囲網に捉えられながらもなお、サンジェルマンは落ち着くことなく銃口を向けた。

両雄ならぬ両雌、共に被弾を免れぬ状況で激突しかけ。

――――突如として、まばゆい閃光が降り注ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

――――響が死んだ(じごくをみた)

 

 

――――背負っているものを知った(じごくをみた)

 

 

――――血を吐くような告解を読んだ(じごくをみた)

 

 

――――何もかもが、手遅れだった(いつかたどった、じごくをみた)

 

 

 

 

 

――――理解を、強制される。

ノイズ(クリーチャーの方ではない)まみれで、内容なんてまともに読み取れないのに。

目の前の紙切れの文章の意味が、否応なく頭に叩き込まれていく。

 

(痛い!!)

 

(痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!!)

 

何の変哲もないどころか、賞賛さえ受けるような内容なのに。

一文字一文字には、海より深い愛が刻まれているのに。

最初の書き出しから、最後の書き終わりまで。

その全てが、内側から蝕んで、抉って、穿っていく。

湧きあがった罪悪感が、留まることを忘れた自責の念が。

自分の心と体を、容赦なく攻撃していく。

やめたいのに、痛くてたまらないのに。

目が、頭が、言うことを聞かない。

遺書(それ)を読むのを、やめてくれない・・・・!!

 

『――――幸せでありますように』

「――――ぁあ」

 

零れて、落ちたのは。

誰の声だったか。

 

『これからの君の人生が、幸福に満ち満ちていますように』

「――――ああああ」

 

――――同じだけの絶望に、身も心も塗りつぶされてしまった未来には。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!!!!」

 

もはや、理解出来ぬことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――どうしたらよかったの。

 

「さあ?どうしたらよかったんでしょうね」

 

――――どうすればよかったの。

 

「さあ?どうすればよかったんでしょうね」

 

――――何が、正しかったの。

 

「さあ?私にもさっぱりだわ」

 

 

背中に問いかけても、返ってくるのはのは同じ疑問(くるしみ)

 

 

「ああ、でも。一つだけ」

 

 

 

 

「確かに間違えたことがある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――■」

 

「よかっ■■、■れ。一緒に■■ない?」

 

 

 

――――一番最初に、その地獄を見た(すべては、わたしのせいだった)

 

 

 

 

 

 

 

 

剥いでも剥いでも無くならない張り紙。

『人殺し』『税金ドロボー』『お前だけ生き残った』。

気が滅入るような言葉の濁流に晒されるが。

爪が割れても、指先が擦り切れても。

剥がすことをやめることは出来なかった。

やめる自由など、存在しなかった。

 

「――――何をしているの?」

 

声を、かけられる。

 

「これを、剥がしているの。そうしないといけないの」

「どうして?」

「だって、わたしのせいだから」

 

話しながら、手を止めない。

ビリビリ、バリバリ。

足元に山と積まれた紙ごみ。

もう、壁の向こうまで掘り抜いてしまうんじゃないかとばかりに剥がし続けているが。

一向に無くなる気配はなかった。

 

「・・・・怪我してるよ」

「うん」

「爪だって割れてる」

「うん」

「血だって止まってない」

「うん」

 

声は、真っ当に心配してくれている。

それでも手は止めない。

 

「やめたら?」

「できない」

「なんで?」

「許されないから」

「誰に?」

「響に」

「・・・・なんで」

 

手が、止まる。

心の底から、悲しそうな声。

指に滲んだ血が、紙に染みこむのを見てから。

恐る、恐る。

振り返った。

 

「なんで、そんな話になっちゃったのさ」

 

泣きそうな顔の、誰かがいた。

 

「わたし、恨んでないんだよ。本当だよ」

 

胸に風穴を開けて、片腕もなくしたその人は。

やっぱりほろほろ涙を流しながら、しゃくり上げる。

 

「あの、二年の旅の中。何度も何度も道を外しそうになって」

 

「衝動のままに、暴れるだけ暴れて、壊れてしまおうとも考えてッ・・・・!」

 

判別出来ない顔を押さえた片手の指の間から、嗚咽も零れていた。

 

「だけど・・・・その、たびッ・・・・その度、ひぎ、引きっ止めて、くれたのが・・・・・未来の手だった」

 

「みぐ、の、声がき、聞こ、え、てっ・・・・こたえることが、でっき、るだけっ・・・・わたしは、まだ・・・・人間、なんだって・・・・思え、てっ・・・・!」

 

手がほどかれて、こちらへ伸ばされる。

涙を受け止めて、びしょびしょになった片手は。

みっともなくぼろぼろな未来の手を、優しく包み込んでくれて。

 

「だから、守りたかったし、幸せになってほしかった」

 

「だって、未来の優しさは、暴力なんかに頼らない強さは・・・・きっと、たくさんの人を助けるから・・・・!」

 

言葉が途切れる。

呼吸が響く。

 

「・・・・ずっと、ずっと、ずっと、悔やんでいる」

 

やがて吐き出されたのは、懺悔。

 

「君が禁忌を犯したことも、世界が薪とくべられたことも」

 

「優しい君を、堕としてしまったことを、ずっと、悔やんでいる」

 

 

 

 

 

 

暗転。

温もりが消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

降り積もっている。

怒りが、悲しみが、後悔が。

雪の様に積もって、融けて、水を吸った体が重くなる。

・・・・自分の罪を突き付けられるなんて、何度もあったはずなのに。

何回目の当たりにしても、痛みに慣れることはない。

進歩の欠片も見当たらない己に、並々ならぬ嫌悪を覚えながら。

動けないまま倒れ伏して、一体どれほどの時間が経っただろう。

ただ一つ分かることは、響に比べたらなんでもないにも程がある苦しみなのだろうということだけだった。

 

「何を、やっているんだろう」

 

自虐が、零れる。

 

「何を、したかったんだろう」

 

自嘲が、零れる。

 

「何が、望みなんだろう」

 

無意味な自問が、零れる。

手足の感覚は既に希薄で、このまま消えてしまいそうだ。

 

(・・・・・それも、いいかもしれないな)

 

彼女(みらい)の記憶を、垣間見てしまった今。

喪失への恐怖は非常に薄くなっていた。

このまま生き延びても、結局は響をこれ以上苦しめてしまうことになる。

・・・・最初は罪悪感から始まった恋でも、今は心からの愛だと断言できる。

自分の罪も、罰も、大真面目に背負っているあの人を、追い詰めてしまうくらいなら。

今以上に、背負わせてしまうくらいなら。

いっそ、ここで。

 

「――――だいじょーぶ?いたいの?」

 

そんな幼い声が降ってきたのは、そんな時だった。

気怠く顔を上げると、くりくりとした琥珀色の目が見降ろしてきている。

 

「わたし、たちばなひびき!いっしょにあそぼ!」

 

――――涙が、溢れた。

覚えている、忘れるわけがない。

初めて出会った時の光景だ。

あの日、幼稚園の初日。

お母さんと離れたのが怖くて、不安で、みっともなく泣いていたところへ。

こうやって手を差し出してくれたのだ。

・・・・今、この手を取れば。

自分は救われるだろう。

死の淵から帰還して、強敵相手に何とか逃げ切れるだろう。

でも、響はどうなる?

 

(これから苦しむことになる響は、どうなるの・・・・)

 

紅葉、あるいはクリームパンのような、ふくふくした手のひら。

こんなに無垢な五指に触れたばかりに、重荷を押し付けることになるなど。

どうして想像出来ただろうか。

 

(やっぱり、いいや)

 

顔を、伏せる。

 

(響を傷つけるくらいなら)

 

嗚咽を殺す。

 

(救われなくても、いいや)

 

そうやって、差し出された手を拒絶する。

だって、これ以外に響を救う方法は思い当たらない。

・・・・迫ってくる。

死の気配が、刻々と濃くなってくる。

けれど。

今は恐怖よりも、達成感の方が勝っている。

他の子供に呼ばれて、去っていく背中を見送っていると。

自然と浮かぶ笑顔。

 

(これでいい、これでいい)

 

再び顔を伏せながら、暗闇に従って意識を手放そうとして。

 

「――――ちょっと待った!」

 

手を、掴まれた。

 

「もー!妹的には婦々(ふうふ)似た者同士がっつり両思いで万々歳だけどさ!?ここまで似なくていいじゃない!」

 

顔は、見えない。

だけど、酷く見覚えがある気がした。

 

「そりゃあ、わたしも悲しかったよ!お姉ちゃん死んでさ、なんで生きててくれなかったかって何度も何度も思ったよ!」

 

だけど!

叫んだ声が、闇を討つ。

 

「お姉ちゃんが、それこそ死ぬほど悩んで選んだ結果だったから!それを理由に立ち止まるなんて、それこそお姉ちゃんへの裏切りだから!!」

 

「だからわたしは、前を見た」

 

琥珀色の目が、潤む。

 

「・・・・でもそれしかやってなかったから、『あなた』の凶行を止められなかったんだろうね」

 

そうして寂しそうな声を、零したのだった。

 

「って、これあなたに言ってもしょうがないか。よかったら忘れて!」

 

次の瞬間には、何でもないような笑みが浮かんだのだが。

 

「それよりもほら!早くしないと戻れなくなるよ!よーいしょっ!!」

「わ・・・・!」

 

引っ張り上げられ、彼女よりも上空に飛ばされる。

ほぼ真っ逆さまになった視界のはるか下方。

 

「ま、待って!わたし・・・・!」

「――――これで、あなたが生還するのはわたしの所為!!」

 

明るく告げられた言葉に、息を呑む。

 

「だから、これからの苦難と不幸も、わたしの所為!」

 

こちらの動揺を知ってか知らずか、笑顔が陰ることはなく。

 

「どうか、独りで背負わないで。そして、どうか・・・・」

 

だけど、別れ際の顔はどこか愁いを帯びて。

 

「・・・・どうか、あなたの道行は、幸福でありますように」

 

絞り出された願いには、言葉以上の祈りが込められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッ!?」

 

振り向く。

仕留めたはずの未来が、起き上がっている。

『何が起こった』と、思う前に。

杖の切っ先が突き付けられた。

 

(・・・・・キョウ、ちゃ)

 

精悍な眼差しが、霞の様に消えたその向こうで。

未来の懐から、真っ二つになった響のぬいぐるみが落ちたのが見えた。

 

「・・・・わた、しの、せいで」

 

ふらふら、立ち上がる。

口元からは、うわごとのような声。

 

「わたしの、所為で。響が死ぬのなら、ここで死ぬ方がいいかもしれない」

 

だけど、と。

落とした視線の先には、無残ながらも誇らしく壊れたぬいぐるみ。

あの暗闇の中、『自分も背負う』と言ってくれた。

どうか、幸福であってくれと願ってくれた、声。

 

「そんなわたしでも、生きてて喜んでくれる人が、幸せを願ってくれる人が、少なくとも二人いる。何より」

 

顔が上がった。

切り傷、擦り傷、打撲、骨折。

全身満遍なく大けがを負っている、何なら肺は依然傷ついたままで、ロクに歌うことすらままならない。

 

「自分に負けている様じゃ・・・・響を支えるなんて、夢のまた夢だ・・・・!」

 

なのに。

向けてくる目は、あの人と同じ。

最速で、最短で、まっすぐに、一直線に。

折れてやるものかと、伝えてくる眼差し。

 

「あーあ、分かりきっていただろうに」

 

――――声が、聞こえる。

 

「何ネン響の隣にタッてきタと思ウの?」

「――――黙れ」

 

雑音(ノイズ)と共に、虫唾が走る。

 

「コノ程度で折れルワケないジャナイ」

「黙れ・・・・!」

 

結晶を次々錬成。

突っ込んでくる未来を取り囲むように配置する。

 

「モウ、ミトメタラ?」

「黙れ・・・・ッ!!」

 

――――そうだ。

本当は、気付いていた。

知っていたとも言う。

 

「――――こんなことしたって、意味はない」

 

ずっと、ずっと、ずっと。

妄想が生み出した(まぼろし)のふりをして、耳元で罵り続けていたのは。

 

「――――『あなた』(イヨ)に響は救えない」

 

他でもない、自分自身だったのだ。

 

「黙れええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッッッ!!!!!!!!!!!」

 

結晶達にレーザーを放ち、巨大な檻を作り上げる。

未来は横目で見やっただけ。

重そうに鉄扇を握りしめ、口元から気炎を吐きながら。

駆け足を止めなかった。

はっきり言って、光の檻はフェイクだ。

本命は、この光を全て収束させて放つ破魔の極光。

 

「結局はただの八つ当たりじゃない。幾千、幾万経っても、あなたは結局弱いままじゃない」

(うるさい!!うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!)

 

嘲笑を必死に否定しながら、手を振り下ろす。

放たれる閃光が、未来の頭上から直撃。

しかし、未来が鉄扇で防ぎにかかったのが一瞬見えた。

一瞬、爆発。

コンマ程の沈黙ののち、土煙から飛び出してくる未来。

 

「~~~消えろォッ!!」

 

手を掲げて、再び結晶を錬成。

巨大な二つで逃げ場を塞いだところに、細かい弾幕を雨あられと浴びせてやる。

これも防いだらしい、甲高い音が響き渡った。

 

「――――ッ!?」

 

『防いだ』と思っていたが、どうやらそれだけではなかったらしい。

巨大な結晶それぞれから、レーザーが奔る。

奔ったレーザーは、いつの間にか射出されていたシャトルと、イヨの結晶に反射して。

収束していく。

どうやら、生意気に同じ攻撃を企んでいる様だ。

 

(一歩下がる、それだけで回避は出来る)

 

たった一歩、たった一歩だ。

下がれば死に体の相手は勝手に転ぶから、そこを叩けばいい。

それで終わる、はず。

なのに。

 

(どうして、体が動かない・・・・!)

 

足が、地面に縫い付けられた様な感覚。

威圧されているわけでもない、恐怖を感じているわけでもない。

だというのに、体が動かない・・・・!

 

「――――そんなことも分からなくなったの?」

「・・・・ッ!」

 

まごついている間にも、未来は迫ってくる。

嘲りを聞きながら、せめてもの抵抗に『獣殺し』を突き刺そうとする。

相手はすっとろいくらい、十分に心臓を貫ける。

 

――――わたしのは、結局のところ暴力でしかないよ

 

記憶が、蘇った。

 

――――叩いたり蹴ったりする以外でも、救う手段を持っている

 

――――それが人間の強さだと思っている

 

雑音(ノイズ)が強い、よく分からない。

それでも。

 

――――未来は、未来が思っている以上にすごいんだよ

 

焼き付いたこの愛は、千年経っても忘れることはないのだ。

 

(本当は、分かっていた)

 

とうとう未来に肉薄される。

胴体に思い切り飛びつかれる。

 

未来(わたし)を殺しても、願った未来(みらい)は帰ってこない・・・・分かっていた・・・・!)

 

慣性に押されるがまま見上げれば、夜を昼にせんばかりの極光が輝いていて。

 

(だけど、だけどッ・・・・・ねぇ、響・・・・!)

 

飽和状態になった、神獣鏡の光が。

振り落ちる。

 

(あなたが何者でもよかったの)

 

(あなたが何を背負っていてもよかったの)

 

閉じた目元、水の軌跡が描かれて。

 

(あなたと笑って、夜明け(みらい)が見たかった)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――未来さん!」

 

緒川が駆けつけた時には、すでに決着がついていた。

ズタボロで倒れ、虫の息になっている未来に。

そんな彼女を膝に乗せて座り込んだまま、茫然と夜空を見上げているイヨ。

 

「――――御覧の通りよ。誤判の仕様はないでしょう」

 

素早く銃口を構えながら、連れてきた部下へ未来を救出するよう指示を出しかけたところへ。

イヨが、不意に口を開く。

 

「敗者は敗者らしく、従うわ」

「・・・・投降する、ということですか?」

 

注意深く問いかける緒川に、イヨは気怠く瞳を閉じて。

 

「好きになさい」

 

心底、疲れた声を返した。




ぬいぐるみ(CV玄〇哲章)「グッドラック!( ´∀`)b」デデンデンデデン!!


以上、頭の中にあったイメージでした(笑)


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今は九月では!?

映画で火が付いたので、ポケモンに現を抜かしてました(懺悔)


「――――は」

 

ホワイトアウトして、一体どれくらい気絶していたんだろう。

重怠さを無視して一気に起き上がると、同じく意識を回復しているらしい切歌ちゃんとサンジェルマンさんが見えた。

・・・・・何が。

何があったんだ?

あれが攻撃だとして、サンジェルマンさんごとっていうのが気にかかる。

仲間割れ?それともここに来て第三勢力?

イグナイトも解除されてしまった状態で、体を立ち上げると。

上空に何か見えて。

 

「お目覚めだね。早いよ、意外と」

 

え、誰?

あっ、いや、思い出した!あれだ!

長野の全裸ーマン!!

服着てるから一瞬分からなかった!

 

「統制局長、何を・・・・!?」

 

隣でサンジェルマンさんも立ち上がる。

そりゃあ、まさか背後から撃たれるとは思わ・・・・いや、割と後ろから撃ちそうな雰囲気だよな全裸ーマン。

 

「好機だからさ、錬成の。地上だけじゃないんだよ、レイラインは・・・・!」

 

そんなアダムの横には、ものすごそうな光に包まれているティキがいた。

っていうか、お空のレイラインとか塞ぎようがないもん使うとか反則じゃないい!?

ズルだよ!ズルズルズル!!

何より!!

 

「まさか、天上のオリオン座を門に見立てて・・・・!?」

 

ゥ オ リ オ ン 座 ァ ッ ッ ッ ッ ッ !!!!!!

お前お前お前!!!!今九月だぞオオォン!!!?

なんでいるの!?なんでさも当然の様に空にいるの!?

アレかい?アダムになんぞ弱味でも握られてるのかい!?

だから残暑の夜空に現れたのかい!?

 

「ッ統制局長!!」

 

テンパってボケとる隣で、意を決して口を開くサンジェルマンさん。

 

「その力で、人類の解放は出来るのですか!?」

 

多分、わたしと同じ。

言いようのない不安を感じたのだろう。

対するアダムは、なんだか意地の悪い笑みを浮かべて。

 

「出来る・・・・んじゃないかなぁ」

 

やっぱり思った通りの意地悪な回答をしたのだった。

サンジェルマンさんは、奥歯をかみしめているみたい。

・・・・数千年単位の悲願が、成就するかしないかというところで裏切られたんだもんな。

そりゃ、ショックか。

 

「せっかくだ、行こうじゃないか。試し撃ちと」

 

げっ、いかん。

しんみりしとる場合じゃない!

レイラインのエネルギーを受け、ギラギラ輝いているティキ。

素人目で見ても、まだ不完全だと言うことや、『ヤババのバ』というのが手に取るように分かる。

・・・・めっちゃまずい。

わたしは右手が使えない。

切歌ちゃんも片足がダメになってて、すぐに逃げられない!

サンジェルマンさんつれてくのもちょっと無理そう。

でも相手は待ってくれない。

ああ、極光が。

わたし達の頭上に顕現して・・・・!

・・・・・否、否、否!!!

泣き言抜かしてる場合じゃない!!

逃げろ、逃げろ、逃げろ!!

 

「立花響!?」

 

自分の怪我も、ダメージも、何もかも考えるな!!

今は!生きてッ!逃げ延びろ!!

――――その、刹那のことだった。

 

「切歌ちゃ――――」

 

足を穿たれて、動けないはずのあの子が。

切歌ちゃんが、入れ替わるように飛び出して行って。

 

「――――Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

その歌を以て、極光に立ち向かった。

 

「Emustolonzen fine el zizzl!!」

 

最初に閃光、次に衝撃。

そして最後に轟音が轟いた。

エネルギーとエネルギーのぶつかり合い。

プラズマが幾筋も走って、バリバリと空気を引き裂き暴れ回る。

 

「――――あたしはッ」

 

音が大きすぎて、いっそ無音にも思える中。

切歌ちゃんの絞り出すような声が聞こえる。

 

「あたしは確かにお気楽で、何にも気負っていないお調子者デスッ!」

 

目の前で、イガリマが砕けていく。

 

「だけど!一人くらい空っぽな奴がいなきゃ!いざというときに、重荷を背負えないじゃないデスか!!」

 

やっと体が動いて、飛び出そうとしたけど。

その時にはもう、全てが終わっていた。

――――これが、一分にも満たない出来事だって。

誰が信じられるだろうか。

 

「――――切歌ちゃん!!!!!」

 

木の葉の様に、ふわっと落ちてくる切歌ちゃんを。

何とか受け止める。

ぼろぼろの右腕が更に砕けたけど、些末なことだ。

呼吸はある、鼓動もある。

だけど、どうみても死に体だ。

 

「切歌ちゃん、しっかり!聞こえてる!?」

「・・・・響さん」

 

大声で話しかけると、呻きながら名前を呼ばれた。

 

「あたし、自分の、ホントの誕生日知らなくて」

「・・・・うん」

「だから、誰かの誕生日は、ちゃんとお祝いしたくて」

「・・・・うん」

 

本当は、こんなことしてる場合じゃないんだと分かっている。

でも、今はこうしなきゃ。

何か、大切なものを取りこぼす気がした。

 

「明日は、響さんの誕生日だから・・・・だから、心置きなく、いっぱい祝福したいデス・・・・した、かったデス・・・・」

「・・・・うん」

 

そっと、切歌ちゃんの頭に手を当てる。

 

「ありがとう、お疲れ様・・・・・後は、任せて」

「・・・・はい」

 

抱えて、一度離脱。

戦闘に巻きこまないとか無理だから、味方が回収しやすい位置にそっと横たえさせる。

それから、もう一度サンジェルマンさんの隣に戻った。

っていうか。

 

「帰らないんですね」

「そういうお前も、逃げていいのだぞ」

「じょーだん」

 

肩をすくめて、夜空を見上げる。

・・・・そうだ、逃げるわけにはいかない。

例え一人になったって、例え片腕がダメになってたって。

この後ろに、守るものがある限り。

一歩も通すわけにはいかない・・・・!!

 

「・・・・私の願いは、人類を支配から解放すること。他者を虐げ、踏みにじる理不尽を終わらせること」

 

だから、と。

見上げた瞳は、きっと同じ輝きを放っていて。

 

「例え、理想が遠のくのだとしても、私は支配を許容するわけにはいかない!」

「いいですね、さしずめ『支配者殺し』といったところですか」

 

反骨精神、ジャイアントキリング、窮鼠猫を噛む。

どれも、これも。

大歓迎だ!

 

「・・・・極まりないね、無謀が。言うのか、挑もうと、『(かみ)』へ!!」

「『(かみ)』ならくちゃくちゃに千切って吹雪になるか、折り込んでお花にでもなるのがお似合いだよ」

「統制局長・・・・いや、アダム!貴様の願望、打ち砕かせてもらうッ!!」

 

と、ここで。

サンジェルマンさんが、錬金術を発動。

使えなくなった右腕が、あっという間に回復した。

あざーっす!

 

「――――お手並み拝見だ、シンフォギア」

「――――上等だよ、ファウストローブ」

 

右腕をグーパーして見せて、一緒の方向を向く。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

――――ついに顕現しつつある『神の力』。

まさに『神々しい』とも言うべきその輝きは、美しくもあり、同時に畏ろしくもある。

運よくサンジェルマンがこちら側についてくれたが、いまだ絶望的な状況に変わりはない。

未来、切歌と、立て続いた味方の戦線離脱(リタイア)

ダインスレイフのユニゾンによる反動汚染は遅々として進まず、切り札に成り得る『神殺し』の手掛かりも依然掴めていない。

S.O.N.G.に集められたスタッフ達は、ありとあらゆる分野のエキスパート。

泣き言を言う銃後ではない、嘆き塞ぐ銃後ではない。

ましてや、役立たずであるなどと、到底見当違いだ。

しかし、これだけは、こればっかりは。

己の無力を、至らなさを。

呪わずにはいられない・・・・!

 

「ッ挫けるな!」

 

飲み込みそうになった絶望を払ったのは、弦十郎の檄。

 

「指令室はこのまま戦闘管制を続行!調査部も、随時結果を報告しろ!どんな些細な手掛かりでも構わん!何が何でも突破口を見つけ出せ!!」

 

防人の一族だからではない、人類最後の砦を任されているからではない。

彼を突き動かす信念は、常に一つ。

 

「最前線で戦っているのは俺達じゃない!響君だ!日本はおろか、外国の成人年齢にすら到達していない!本来なら守らなければならない少女だッ!!」

 

スタッフ達の折れかけていた心が、我に返る。

絶望に濁った視界が、晴れ渡る。

 

「故にッ!!大人の我々が先に折れるようなことは!絶望に屈することは!あってはならん!!!鉄火場でなくとも、死力を尽くせェッ!!!!!」

 

轟、と発せられた一喝を受けて。

もう、臆している者などいなかった。

 

(――――信じている、見届ける)

 

モニターを睨み、見据える弦十郎。

その噛み締めた口元には、血が滲んでいる。

 

(だから、もう少しだけ耐えてくれ・・・・!)

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

す、スピー〇ワゴン!

いや!今そんな場合じゃないんだけど!あの!

アダムが帽子を飛ばしてきて、それがめちゃくちゃ切れ味良くて・・・・!

もう『我々はあの武器を知っているッッ!その担い手の男を知っているッッ!!』みたいな状態だ。

でも、あっちだって万全かといえばそうじゃない。

そもそもわたし達二人程度、松代で見せた理不尽火力であっという間に消し炭に出来るのに。

今回中々してこない。

それに対して、サンジェルマンさんがこう煽ったのだ。

『お得意の黄金錬成はどうなさったんです?』と。

要するに、相手は今、魔力を大きく消費した状態らしい。

いや、それでも一般人をペットボトルにするなら、アダムはダムクラスの容量があるんだろうけどな。

・・・・・アダムはダム。

いや、何でもないです。

 

「うぉっと」

 

サマーソルトして、凶悪帽子を回避。

ついでに刃も投げて牽制しつつ、アダムの懐に潜り込む。

拳、一閃。

体の内側で爆発するように打ち込めば、面白いくらいに吹っ飛んでいくアダム。

・・・・・・うーん、やっぱり気のせいじゃないよなぁ。

アダムを殴った時の手ごたえが、明らかに人間じゃない。

むしろこれ・・・・。

 

「・・・・ッ」

「ッ、何を・・・・!?」

 

ちょっと思い立って、アダムに飛びつく。

そのまま腕を手に取って後ろに持っていき、レバーを押すように下げてやれば。

ゴギっと、鈍い音。

普通なら、折れた骨が飛び出たり、千切れた血管から派手に出血したりするだろう。

だけど、アダムの腕からは。

生き物の骨の代わりに鉄骨が、飛び散るのは血液ではなく火花。

垂れ下がるは肉の筋ではなく、色とりどりのコード。

 

「そ、れは・・・・!?」

 

・・・・驚いた。

了子さんとかみたいな、長生きタイプだとは思っていたけど。

まさかそのパターンだったとは。

へぇ、数千年前にサイボーグがいたんやねぇ。

 

「・・・・まさか、オートスコアラー?」

 

呆然と、サンジェルマンさんが呟いた途端。

アダムの雰囲気が一気に変わった。

その場が、とんでもない威圧感に押しつぶされた。

 

「――――人形だと?この僕が?」

 

奴の怒りという怒りが凝縮されているような声が絞り出される。

黒々とした輝きの瞳で、爛々とこっちを見つめてくる顔を見て。

『ああ、やべぇ』と、嫌な汗が流れた時だった。

 

「人形だとおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!?」

 

どう、と。

アダムの全身から魔力があふれ出して、嵐の様に吹き荒れる。

吹き飛ばされそうになる中、暴風から目をかばいながら前を見る。

一度地面から足が離れてしまったけど、何とか着地。

どうしたもんかと、アダムにばかり気を取られていたから。

 

「・・・・よくも」

 

すぐ傍らで進んでいた儀式に、気付かなかった。

 

「よくもッ!アダムを痛くしたなあああああああああああああああああああッッッ!!!!!!!」

 

まったく別の方向からの、怒気。

見上げると、ティキとやらがめちゃめちゃ輝いていて・・・・。

・・・・・嘘やん。

神様降臨って、こんなに早く終わるものなの!?

 

「消えちゃええええええええええええええええええ!!!!!!」

 

おそらく顔っぽい部分で、さっきの何倍もの光が収束していく。

出来あがあった『玉』は小さいものだけど、凝縮した分威力が倍増しているのは分かっていて。

逃げるか、防ぐか。

決めあぐねたコンマ一秒、足を止めている間に。

サンジェルマンさんが間に入ってきた。




調べてみたところ、九月でもオリオン座は出なくもないらしいですね。
ただ、明け方の東の空に出るそうなので、AXZ本編で見られた様な夜空のど真ん中には出てこれないはずなんですが・・・・。
ふしぎ(あたまのわるいかお)


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神殺し

9月8日の、ハーメルン日刊ランキングにて。
総合23位、二次創作15位を頂きました!
日頃のご愛顧、誠にありがとうございます!!


「はあああああああああああッ!!!」

 

瞬きの間に展開される、七つの障壁。

最初は凌ぐつもりだったらしいサンジェルマンさんだけど、三枚目を破られたところで方針転換したみたい。

障壁を上空へ傾けて、何とかいなすことが出来た。

すごい。

でも、辛そうに呼吸しているあたり全然余裕はないんだろうな。

いや、それはわたしも同じだけど。

突破口が全然見当たらなくて、緊張しっぱなしだ。

・・・・・ところで、今上空に弾いたゴン太ビーム。

何にも当たってないよな?

いや、それこそ気にしてもしゃーないか。

 

「・・・・ッ」

 

サンジェルマンさんと同じタイミングで見上げて、息を呑む。

わたし達の頭上を陣取るのは、随分イメチェンしたティキ。

イメチェンっていうか・・・・トランスフォームというか・・・・・。

でっか・・・・。

四肢が無い、だけど女性的だとはっきり分かるシルエットは。

どこか、ミロのヴィーナスを思わせる美しさを思わせた。

さっきのビームを見せられたら、みんな手のひら返すと思うけど・・・・。

おっと、感心してる場合じゃねぇや。

 

「はあああああああッ!!!」

 

サンジェルマンさんが、様子見でまずは一発仕掛けるみたいだ。

 

「くれるかなぁ!?触れずにね!!」

「ダメと言われるとやりたくなるのが人間!!」

 

当然阻止しようとするアダムは、わたしが抑える。

アダムはもがれてしまった自分の左腕に、魔力が何かを流したようだ。

だらっとしていた腕が指先までピンと張って、振り回せば鈍器になった。

そんな使い方もあるのね!?普通に感心しちまったや!!

振り下ろされた『左腕』をぶん殴る。

一瞬迫り合った後、上に弾いてボディに叩き込む。

びっくりしたけど、片腕な分動きにくいらしい。

怯んだ横顔へさらに一蹴りぶち込むと、アダムの体が大きく傾いた。

その横で、大きな音。

『サンジェルマンさんいい一撃を叩き込んだな?』とそっちに目をやると、離脱するサンジェルマンさんと、頭を大きくえぐられたティキが見える。

だけど、次の瞬間。

映画のフィルムのようなものが展開したと思ったら、瞬きの間に破損が治っていた。

・・・・・いや、なんだそりゃ!?

 

「溢れているよ!隙がね!!」

「お、っと・・・・!!」

 

お返しとばかりに蹴りを撃ち込まれたので、わたしも距離を取ることになった。

背中合わせに着地して、再び一緒に空を見上げる。

 

「並行世界の運用・・・・腐っても神の力ということか」

 

・・・・んっ?

サンジェルマンさん、今めっちゃ聞き捨てならないこと言ったな?

 

「並行世界が神の力・・・・?」

「・・・・お前はまだ知らなかったのか」

 

別に責めるでもなく、情報の共有として話してくれるに曰く。

この世界における『神の力』とは、『並行世界の運用』にあるらしい。

例えば今みたいにダメージを受けると、並行世界の自分に押し付けることでなかったことにしてしまったりとか。

他にも、並行世界を燃料にしてごっつい攻撃を放てたりとか出来てしまうらしい。

なるほど、無限に近い残機を持っていて、それを燃料にすることも可能と・・・・。

っていうか、並行世界の運用って、それ何て『カレ〇ド・ス〇ープ』?

 

「どういうわけだか、お前はそれを無視出来るらしいがな・・・・」

「わたしもびっくりなんですけどね。あれじゃないですか?ガングニールって、投げたら当たるって言い伝えがありますし」

「・・・・必中の逸話、理屈は通りそうだが」

 

サンジェルマンさんは、なんだか腑に落ちない感じだ。

顔が『違う、そうじゃない』って言ってるもん。

 

「まみれているじゃないか!余裕にね!」

 

話してる間に、アダムが左腕に魔力を纏わせてぶっ放してきた!

勝利を約束する剣かよ!?

なんて言うとる暇はないな!!

散開して直撃は免れたけど、余波に煽られた挙句、飛んできた石でほっぺが切れる。

顔の傷くらいは別にいいんだけど。

未だ決定打が見えないのはよろしくない。

S.O.N.G.のみんなも頑張ってくれてるんだろうけど。

ちょっときついぞ・・・・。

いや、ひとまず攻撃を続けよう。

相手の手札をなるべく引き出すんだ。

銃後のみんなは無能じゃない。

ほんの少しでも手掛かりがあれば、すぐにでも答えを導き出せる・・・・!

 

「障るんだよ!!ボクの目に!!」

「お"っら"ぁ"!!!」

 

もう一度ぶっ放してきたので、こっちも神砂嵐をぶっ放して迎え撃てば。

一瞬耳が聞こえなくなるほどの衝撃波。

相殺することは出来たけど、反動はこっちの方がデカい。

くっそ、アダムの野郎ニヤニヤしやがって。

腹立つ・・・・!

 

「行くぞ立花響!原理は未だ不明だが、ティキを破壊できるのはお前だけだ!!」

「了ォー解!!ちょっとかわいそうなくらいスクラップにしてやりましょーよォ!!」

 

アダムとティキの力に充てられてか、瓦礫が浮かびあがって足場になっている。

なんかゲームとかのボス戦みたい。

好都合だから、遠慮なく使うけど!!

相手の攻撃を避けながら、サンジェルマンさんの援護を受けながら。

岩場をびゅんびゅん飛び回って接近していく。

途中アダムが立ちはだかってきたけど、横合いからサンジェルマンさんが飛び掛かって妨害をさらに妨害する。

わたしは順調にティキへ接近出来る、あざっす!!

時折後ろから錬金術で攻撃されながらも、目の鼻の先までたどり着いた。

狙うは一点、まずは一発!!

核らしい水晶の中にいるティキへ、拳を打ち込もうとして。

 

「ティキィ!今だッ!!!やるんだ!消し飛ばしてえェッ!!!!」

 

間近で、あの映画フィルムのようなものが展開されて。

その内の一枚がキラッと消えていく。

――――あ、そうやって攻撃に使うのね?

びっくりして、呑気な感想を抱いた直後。

極光に飲み込まれて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ならぬ」

 

 

「此方へ来ること、未だ許されぬ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「が・・・・ぁ・・・・」

 

――――ぃ、きてる?

生きてる、よな?わたし・・・・。

指、動く。

呼吸、出来てる。

目、見えてきた。

五体満足。

でも、でも。

全身痛ぇ・・・・!!

 

「立花響!!!」

 

サンジェルマンさん、駆け寄ってくる。

手を借りて、何とか起き上がる。

いででで・・・・あんな上空から落とされて、よく生きてたなぁ。

我ながらびっくり・・・・。

でも痛い・・・・。

怪我が酷いところは応急処置してもらえたけど、大ダメージに変わりはない。

えっ、なんで生きてるのわたし?(二回目)

 

「・・・・生きているのか、何故!?」

「こっちが聞きたいくらいだよ・・・・」

 

どうやら敵も味方もびっくらぽんらしい。

自分でも死んだと思ったもん・・・・。

え、なんで?(三回目)

 

「・・・・・炎、蒼の・・・・否・・・・決まっている、幻に」

 

アダムが何かぶつぶつ言いながら考え事してるのは助かるかも。

呼吸整える暇が出来るし・・・・。

とはいえ、ほんとにどうやって攻めましょうかねぇ。

わたしの攻撃なら通りそうなのはいいけど、だからと言ってわたしが強くなったわけじゃないし。

アダムもティキも油断ならねぇ・・・・。

 

「ボスにはボスたる所以があるんだなって・・・・」

「だが折れたわけではあるまい」

「もちのロンっすよ」

 

すぱん、と手のひらに拳を打ち合わせた時だった。

 

『――――響君、待たせたな』

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

S.O.N.G.本部、司令室。

緒川に匿名で接触を図ってきたというその人物は、大らかに語る。

 

『バルベルデで、皆さんが離陸を手助けした旅客機。あれの積み荷には、第二次大戦の際に亡命した将校が持ち込んだ、聖遺物に関する情報もありました』

 

調の顔が、目に見えて明るくなった。

LiNKERが不足していたあの時、切歌と一緒に選択した行動が。

こうやって良い結果を招いた。

現在切歌が重傷を負ってしまっていることもあり、感極まってしまう調。

目じりからは、こらえきれなかった涙が零れて落ちた。

 

『先史文明時代から続く、永い永い人類史の中で。記憶に残る聖遺物もあれば、忘れられる聖遺物もありました』

 

調にマリアが寄り添う中で、『彼』は語り続ける。

 

『有体に言えば、人々の信仰により、権能を上書きされる聖遺物も現れる様になったんです』

「・・・・」

 

何かに気付いたらしい了子の眉が、ぴくりと動いた。

 

『世界で一番有名な奇跡に、それとは知られず関わったことで、《神殺し》の権能を手にした聖遺物。その名こそ』

「――――まさか」

 

エルフナイン始め、目を見開く面々の前で。

モニターに表示されたのは、

 

「――――ガングニールだとォッ!?」

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

まぁじでぇッ!?

おま、おまえッ。

ガングニールあんた!!

そんなにすごいやつだったんか!?

あ、いや!!

人類史って意外と長かったりするし。

あの『世界一有名な奇跡』も、了子さんレベルの人達からすれば割と最近の出来事なんだろうから。

そりゃ、某基督さんなんぞより年上な聖遺物なら、また別の属性がついてもおかしくないんだろうけどさ!!?

 

『なぜ、それを俺達に教えてくれたんだ?』

 

通信の向こう、教えてくれた『親切な人』へ。

司令さんが問いかける。

そりゃそうだ。

教えてくれたのはうれしいと言えばうれしいんだけど、なんで・・・・?

 

『――――歌が』

 

瞬間、『親切な人』の声が明らかに弾んだ。

 

『歌が、聞こえたんです。燃え尽きそうな空に、散って消えてしまいそうな空に・・・・!!』

 

・・・・・この言い回し。

もしかして。

 

『だから、今度は僕の番なんです。ただ、それだけの話なんです』

 

・・・・いや、何も言うまい。

今の彼は、『匿名希望の親切な人』だ。

新たなOTONAに、こっしょり乾杯!

 

「立花響」

「ええ、こうなりゃやるだけですよ!」

 

拳同士を打ち合わせる。

体はボロボロで、万全とは言い難いけれど。

力が湧いて、目の前がはっきり見えてくる。

憂いはない、あとはもう突っ込むだけだ!!

 

「援護する!」

「お願いします!」

 

サンジェルマンさんが打ち出した突風に乗って、一気に接近する。

 

「いるのか!?思って!!させるとでも!!」

「お前が許さなくてもやるんだよォッ!!!」

 

やっぱり邪魔してきたアダムの顔を殴り飛ばして、どんどん先へ進む。

踏み込みの爆発をダイレクトに推進力に変えて、ひたすらに爆進、爆進、爆進ッ!!!

 

「――――あだむ、ジャないノニ」

 

とはいえ、ティキもただじゃやられないよな。

 

「サワらないデエエエエエェェッ!!!!」

 

来たな『並行世界ビーム』!!

でもなめんなよ!こちとら『神殺し』なんじゃい!!!!

 

「う"あ"あ"ッ!!!!」

 

自分でもびっくりするくらい野太い声が出たけど、気にしない!

全力で神砂嵐をぶっ放せば、相手のビームが相殺された。

え、すご。

ガングニール君急にやる気出すやん?

 

「おおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」

 

でもお陰で道が開いた!!

最速で、最短で!まっすぐに、一直線に!

この拳を、叩き込む!!

 

「ッハグだよ!ティキ!」

「ウン!あだむ!」

 

核が分離した!!

腰のブラスターを吹かせて、ダメ押しの加速!!

アダムの下へ辿り着く前に、拳をぶち当てるッッッ!!!

 

「逃がすかああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

「――――ああ」

 

呆然とするアダムの目の前。

彼の悲願が、文字通り打ち砕かれる。

見るも無残に破砕され、地に落ちていくティキ。

束の間放心していた彼は、刹那。

烈火のごとく怒髪天を衝き、響を睨みつけた。

 

「よくも!小娘!人如きが!ッ矮小なくせにィ!!」

 

牙を剥くような剣幕で怒鳴り建てるアダムを、響は真っ向から見つめ返す。

そんな両者の睨み合いを区切らせたのは、ティキから零れた光の粒子だった。

 

「――――え」

 

それらは明らかな目的を以て響を取り囲むと、全身に取り付いて入り込む。

 

「ぐ、ううぅ・・・・!」

 

他人の家へ、不躾に上がり込む様な強引さに、響は苦悶の表情を浮かべて。

 

「ああああああああああああああああああああああああッッ!!!」

 

せめてもの抵抗にうずくまっても、無駄だった。

閃光。

アダムも、サンジェルマンも、同じように顔を庇う。

 

「――――?」

 

光が収まった時、彼らの前に鎮座していたのは。

赤黒い光の筋を浮かべた、巨大な繭。

 

「馬鹿な」

 

サンジェルマンの口から零れたのは、驚愕。

 

「原罪を背負った人類が、神の力を宿すなど。不可能なはずなのに・・・・!?」

 

愕然としたところで、何かが変わるわけでもなく。

『それが事実なのだ』とばかりに、巨大な繭は胎動を続けていた。




「――――そうだ、許されぬ」

「お前の責は、果たされておらぬ」


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年寄りの存在はある種の博打

シンフォギア展よかったです(墓の中にいる)


――――響が繭に閉じ込められた、翌日。

S.O.N.G.本部。

司令部にて、難しい顔で腕を組む弦十郎へコーヒーが差し出された。

 

「風鳴司令、どうぞ」

「む、ありがとう」

 

気を使ってくれたのは、S.O.N.G.こと特異災害対策起動部二課が国連所属になってから配属された、海外出身のスタッフだ。

出身が外国ということもあって、最初期は警戒してしまったが。

現在は信頼できる仲間と断言出来る。

 

「・・・・昨日のことを、気にしておられるのですか?」

「ん?ああ・・・・」

 

あの繭が出現した直後、防人の本部である『鎌倉』から。

弦十郎の父、訃堂からの通信が即座に飛んできた。

『何が起こっている』と、半ば怒鳴りつけるような問いに。

弦十郎は努めて冷静に返そうとしたのだが。

 

 

 

「――――この愚鈍めが!!!」

 

「此度の争乱、すでに諸外国が知るところにある!!先の攻撃で軍事衛星を破壊された露国が、反応兵器の使用すら言及しておるのだぞ!!」

 

「仮に取り下げられたとて、国連の旗を振りながら、外つ国が武力介入をしてくることは明白!!!」

 

「無頼の輩どもに、八島を踏み荒らさせる気か!!?」

 

 

 

まくしたてられ、二の句を告げられぬまま。

一方的に切られてしまったのだった。

 

「・・・・親父の言うことも、一理あるんだ」

 

今は巨大な窓となっている司令部モニターを眺めて、コーヒーを口に含む弦十郎。

その目には、少しばかりの疲労が見えていた。

 

「翼やマリア君のおかげで一目置かれるようになったとはいえ、未だに日本は、抜きん出た聖遺物研究を狙われる立場にある。シンフォギアを始めとして、その威力は全世界が知るところにあるのだからな」

 

響達の、死に物狂いで奇跡を引き寄せた姿。

圧倒的な力、魅力的な力。

まさに『蘇った伝説』は、誰もが欲するところだろう。

今は比較的友好な関係を築いている米国ですら、いつ手のひらを返すか分からないのだ。

 

「『他国を警戒しろ』『外つ国全て敵と心得よ』・・・・・第二次大戦を乗り越えてきた親父の言葉には、確かな説得力がある・・・・それも事実なのは、間違いないんだ」

 

だが、と。

弦十郎の口元が食いしばられる。

 

「常に敵意を発していれば、出会う相手が全て臨戦体勢になるのは必然だ。相手が個人ではなく国家であるなら、なおのこと」

 

そして、戦争という最悪の事態になった場合。

血を流すのは、誰か。

涙するのは、誰か。

犠牲になるのは、誰か。

少なくとも。

国家や『鎌倉』を始めとしたありとあらゆる組織の、長に座している者ではないのは明白であった。

 

「・・・・流れなくていい血を、少しでも減らしたい。そう願うのは、弱さだろうか」

 

しみじみと、胸の内を吐き出し終えた弦十郎。

すぐ我に返り、困った笑みを浮かべた。

 

「すまない、すっかり愚痴になってしまったな!君もそろそろ持ち場に・・・・」

「――――もし!!」

 

努めて明るく振る舞う彼に、女性スタッフは溜まらず声を上げた。

部下の勢いに、弦十郎も圧されてしまう。

 

「もし、ここのボスが、あの御老公であったなら。私は迷わずデータをすっぱ抜いて、母国へ送っていました」

 

そして、告げられた独白に面食らった。

 

「確かにここは、近年活性化する異端技術に対する砦。他に対応出来る組織がない以上、我々に敗北は許されません」

 

だけど、と。

弦十郎の目を、まっすぐ見つめながら。

スタッフは続ける。

 

「だからと言って、ただ敵を討てばいいわけではないはずです。我々は、無機物を相手にしているんじゃないんですよ」

 

まごうことなき、断言。

 

「適合者然り、我々然り、あなたは『人』と向き合っている。そんなあなたのやり方に賛同したから、私はついて行ってるんです」

 

ここで。

言いようのない恥ずかしさを覚えてしまったらしい。

女性スタッフの顔が、気まずげに赤らんで来る。

 

「だから、その・・・・」

 

そっと目線をそらしながらも、

 

「どうか、落ち込まないでください」

 

しっかり、自分の意見を言ったのであった。

一瞬、沈黙が下りる。

――――ところでここは艦橋だ。

弦十郎や彼女以外にも、職員はいるわけで。

 

「お前もそこは自信持って言えよー」

「んなァッ!?」

 

椅子を倒すようにのけ反った、やせ型の男性スタッフが。

茶化すように野次った。

 

「じゃあ先輩は照れずに全部言えるんですか!?」

「できないから下っ端(ヒラ)なんだよ」

「めっちゃ自信満々に情けないこと言う・・・・」

 

自信満々に自信のないことを言うやせ型スタッフに、隣の中肉中背の男性スタッフが思わずぼやいた。

 

「まあいいや、司令ー!俺達どこまでもついていきまーす!」

「確かにあのじいさんか司令かって言われたら、司令だよなぁ。じいさんについてったらメンタル壊れそう」

 

場の空気が明るく賑やかになる。

彼らの様に言葉にせずとも、頷いたり笑みを浮かべたり。

各々の方法で、同じ気持ちであることを示した。

 

「あのッ!」

 

そこへ、更にかかる声。

見ると、了子と共に来たらしい翼が、感情のままに口を開いたようだった。

 

「私も、あなたが司令でよかったと思っています」

 

視線が集まったことで、一度言葉が詰まったものの。

言いたいことを伝える翼。

 

「剣であろうとした私を、あなたはずっと人として扱ってくださった。だからこそ、今日まで歌い奏でることが出来たんです・・・・防人であることも、歌女であることも、出来たんです」

 

・・・・祖父との、生家との因縁。

19という若い美空に背負うには、あまりにも重すぎる宿命。

潰されない為の土台を共に作り上げてくれたのは、他でもない。

奏と弦十郎なのだ。

 

「モテモテね、弦十郎君?」

 

白衣と左袖を翻した了子が、タブレットを片手に笑いかけてくる。

 

「だいぶ落ち込んでいるかと思ったけど、杞憂だったかしら」

「・・・・はははッ、幸運にも部下に恵まれたものでね」

 

笑いながら、残りのコーヒーを一気に飲み干す弦十郎。

コップを置いて立ち上がったその顔は、晴れ晴れとしていた。

 

「気を遣わせてしまったな、おかげで持ち直せた。感謝する」

「い、いえ!お役に立てて何よりです!」

 

勢いよく頭を下げた女性スタッフは、今度こそ自身の持ち場に戻っていくのであった。

 

「さて、ここに来たということは、進展があったんだな」

「ええ、行きましょう。『彼女達』も交えて話さないと」

「ああ」

 

そうやって連れ立った三人が向かった、とある一室。

中に入ると、エージェント達に銃口を向けられ囲まれているサンジェルマン。

そして、収容所から連れ出されたイヨがいた。

 

「よせ、彼女達は敵ではない」

「し、しかし!」

「ギアの反動汚染浄化の目途が立ったのは、サンジェルマン君が持ち込んだ賢者の石のデータのおかげだ。イヨ君にもやってもらいたいことがある」

 

エージェント一人一人と目を合わせながら、強く断言する。

 

「責任なら俺がとる、銃口を降ろすんだ」

 

組織のトップに言われては、従うほかないエージェント達。

警戒は解かないままに、銃口は降ろしたのだった。

 

「・・・・・正気?」

「ああ、本気だぞ!」

 

それに怪訝な顔をしたのは、イヨだ。

今彼女を縛っているのは、腕の拘束具のみ。

手を使わずとも攻撃できる彼女にとっては、それすらもないに等しい。

だというのに、彼は銃口を下げさせ、自分達の安全を進んで脅かしている。

・・・・『風鳴弦十郎』という男を一方的に知っていてもなお、理解がし難い行動だった。

 

「未来君と決着がついたあの時、君は余力が残っているにも関わらず投降した。その決断に至った心を、信じたい」

 

いっそ浄化でもされそうなほどの、快活な笑み。

目の当たりにして、束の間言葉を失ったイヨは。

やがて、観念したようにがっくりうなだれて。

 

「・・・・・敵であっても心配になるほどのお人好しは、健在ということね」

「ああ!世界が変わっても、俺は変わらないつもりだ!」

 

弦十郎に返事に、今度こそ完全に毒を抜かれたようだ。

もう何も言わなかった。

 

「さて、改めて協力感謝する」

「礼は結構よ、本来は彼らの対応が正しいのだから」

 

気を取り直して、サンジェルマンと向き合う弦十郎。

エージェント達を一瞥して、彼女は首を横に振る。

 

「とはいえ、アダムを止めるための協力は、私も望むところ。微力は尽くす所存だ」

「ああ、よろしく頼む」

 

軽く、握手を交わしたその時だった。

 

『――――果敢無き哉』

 

シミュレーションルームのウィンドウが起動し、訃堂の顔が表示される。

 

『夷狄と手を取り合うとは、そこまで腑抜けたか』

「違うな、最善を選んだんだ」

『小童が抜かしおる、よもや善悪の区別もままならぬとは』

「守るために手段を選んでいられないだけだ、あんたと同じだよ」

 

毅然と言い返す息子に面食らった訃堂だが、すぐに平静を取り戻す。

 

『・・・・いずれにせよ、護国災害派遣法を適用した。聖遺物起因の災害を、圧倒的火力で焼き払う!』

「ッまさか、立花を特異災害に認定したのですか!?」

 

『護国災害派遣法』。

頻発する聖遺物起因の災害に対する抑止力として制定された法律。

日本国内で発生した災害に、聖遺物を始めとした異端技術が関わっているのであれば、自衛隊を動かせる法律だ。

ありとあらゆる事態に対応するために、多少の過大解釈が許されている。

その成立と施行には相当な強引と無理を押し通されたこともあり、今もなお野党の攻撃材料となっている。

 

「救出の手段はほぼ確立している、余計なことして場を乱さないでもらえるかしら?」

『こちらの対応が遅々とすれば、待ち受けるのは反応兵器の使用。国を燃やすつもりか』

「合理的観点から見ても、響ちゃんは希少な戦力の一つよ!失うわけにはいかない!」

 

了子が食って掛かっても、歯牙にかける様子がない。

 

「・・・・国を守るのが風鳴ならば、私は友を、命を防人ります!」

『愚か者めが、己が身に流れる血を知らぬか!?』

「知るものかッ!!この身に流るは、天羽奏という一人の少女の生き様だけだッ!!」

 

辛抱溜まらんと声を荒げのは、翼だ。

歯を剥き、大声を上げて訃堂に反発する。

 

「国など所詮、人を守るための枠組み!私の歌と剣は、人を守るためにある!!」

『貴様・・・・!!』

 

訃堂の顔には、明らかに青筋が浮かんでいた。

後継と定めた者が、己と同じ鬼にならぬのが気に食わないのだろう。

憤怒に震えながら、二の句を告げようとして。

――――始めは、何かの違和感だった。

やがて、びりびりとした感覚を認識する。

その時だった。

 

「――――ッ!?」

 

巨大な何かに、踏みつけられているようだと思った。

体が前のめりに傾いた翼は、動揺してしまう。

何が起こっていると、顔を上げる。

 

「――――」

 

イヨだった。

目を見開き、口元を結んで。

ひたすら一点を、訃堂を睨みつけている。

いや、もはや睨んでいると言っていいものか。

恨みという恨み、憎しみという憎しみ。

己の中にあるどす黒い感情をむき出しにするその様は。

未来を前にした時よりも、重く、鋭く、激しい気配を放っていた。

 

「――――イヨ」

 

弦十郎すら圧倒される中、果敢に動いたのはサンジェルマン。

イヨを引き戻そうと、彼女の肩へ手を差し出して。

 

「――――ッ」

 

ほとんど反射だったのだろう。

伸ばしかけた手が、叩き落とされる。

サンジェルマンは気にすることなく、イヨを真っ向から見つめて。

 

「しっかりしなさい」

 

・・・・圧力が、解けていく。

息を、重く、重く、吐き出して。

その場の全てが、威圧から解放された。

 

「・・・・・ッは・・・・は・・・・は・・・・は・・・・・」

 

一番憔悴しているのは、圧力を放っていた本人。

疲弊した呼吸を繰り返して、放心していた。

 

『・・・・作戦開始は二時間後・・・・儂もまた、己のやり方を貫くのみよ』

 

先に気を取り直したのは、訃堂。

一方的に宣言したっきり、通信は途切れてしまった。

 

「・・・・あれもまた、支配を強要する者か」

 

一つ、呟いたサンジェルマン。

もともと、他者を平然と踏みつぶして君臨する者を否定したくて行動を起こした彼女だ。

訃堂の言動には、思うところがあるようだった。

一度目を伏せて、弦十郎達と見合う。

 

「プランはあるのだろう?教えてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閑話休題(いくぜ、反撃だ)

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンチリンカー?」

「そそ、エルフナインちゃん」

「はい!」

 

ミーティングに集められた装者達。

告げたキーワードをオウム返しするクリスに、了子はウィンク一つ。

指名されたエルフナインも頷きを一つ返して、説明を始める。

 

「ウェル博士のチップの中に入っていたデータの一つです。もしも、シンフォギアを悪用する勢力、あるいは一個人が現れた時、抑止力の一つとして提案されていました」

「抑止力、ね」

 

その言葉に、マリアは並行世界と関わった時のことを思い出していた。

向こうの彼女達は、一度二課の陣営と敵対したことがあるという。

その際、同じく敵だったウェルが響達に一服盛ったのが確かそんな名前だったはずだ。

 

「響さんの反応は、あの繭の中に健在です。調べてみたところ、あの光の粒子は響さんのギアに干渉しているようだと判明しました」

「つまり、あれもある種のギアであると?」

「ざっくり言えばそういうことになります」

 

問いかけにエルフナインはしっかり頷く。

 

「つまり、そいつをあの繭にぶち込んで、バカをぽんぽんすーにするってわけか」

「そうそう、もうまいっちんぐにひん剥いちゃうのよ」

 

クリスの解釈に、了子も肯定しながら。

モニターを指し示す。

 

「今、技術班総出でアンチリンカーを作っているから、必要量が完成次第作戦を開始するわよ」

 

『とはいえ』、と。

立てた人差し指を、物憂げに頬に充てて。

 

「それだけではまだ足りないから、もう一押しするわ」

「もう一押し?」

「ええ」

 

また首肯した了子は、すい、と視線を滑らせて。

サンジェルマンと並び立つイヨを見た。

 

「早速、あなたをあてにさせてもらうわよ」

「・・・・と、言うと?」

 

まだ腕を拘束されたままの彼女は、戸惑いというより確認の問い返しをする。

 

「知っているかもしれないけど・・・・あなたの、『小日向未来』の呼びかけで、響ちゃんを内側から覚醒させてほしいの」

「・・・・なるほど、そういうこと」

 

つまり、外からはアンチリンカーで、内からは響自身の覚醒を促して。

二方向からのアプローチで、響を救出しようということだった。

現在、未来はイヨから受けたダメージで、絶対安静の状態にある。

作戦の理屈は通っている。

しかし、イヨは納得出来ていない様だった。

 

「・・・・そういうことなら、私ではなく小日向未来にするべきよ。あれ以上の適任はいないわ」

「で、でも!未来さんは負傷が・・・・!」

「――――私に」

 

反論を述べようとするエルフナインを、語気を強めて制して。

 

「私に、響は、救えない」

 

一つ、一つ。

絞り出すように。

事実を口にしたのだった。

 

「・・・・許可さえ貰えるのなら、錬金術で応急処置をするわ。作戦開始までは、まだかかるのでしょう?」

「・・・・そうね、どうかしら?弦十郎君」

 

イヨが梃でも動かないと判断したサンジェルマンが提案すれば、同じく察した了子も飲み込む。

 

「本当に、いいのか?」

「・・・・・ええ、構わない」

 

彼女の正体も鑑みて、弦十郎が最後の確認として問いかける。

イヨは、静かに首肯して。

 

「最初から、分かり切っていたことだもの」

 

諦めた笑みを浮かべたのだった。




チョイワル「( ˘ω˘)スヤァ」


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アンドヴァリの指輪

想定より長くなったので、分割しました。
前回までの、評価、閲覧、ご感想。
誠にありがとうございます。
次は割と早く上げられると思います。




ボソボソッ(未来さんの誕生日にこれを上げるのはどうかと思いましたが、キリもよいので・・・・)


きゅらきゅらと、力強くキャタピラを駆動させて。

陸上自衛隊の戦車部隊は、指定されたポイントに辿り着いた。

ビルとビルの間を見上げれば、生き物の様に釣り下がる巨大な物体。

『護国災害派遣法』により、攻撃を命令されたオブジェクトだった。

 

「シンフォギアに・・・・若い娘さん達に任せきりというのも、格好がつかないからな・・・・」

 

双眼鏡から目を離した指揮官は、しみじみと零した。

 

「・・・・よし、作戦開始時刻・・・・・総員ッッ!!戦闘用意!!」

 

――――彼らは、知らされていない。

その中に何があるかなど。

ただ、『核がある』としか聞かされていない彼らは。

 

「撃ぅちぃー方ぁー!始めェッ!!」

 

燃える使命のままに、砲撃を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

――――響いた轟音に、S.O.N.G.の誰もが神経をとがらせた。

直ちにモニターを起動させれば、響が入っている繭に砲撃を続ける戦車部隊が。

 

「自衛隊、作戦開始・・・・!」

「彼らは、あそこに何が入っているか知らされていないのか!?」

 

次々砲弾を撃ち込まれる繭を見て、唖然としたり、奥歯を噛むオペレーターの面々。

響が、やっと17歳になる少女が。

兵器を向けられているという光景。

実に嘆かわしいことだが、いつまでも俯かないのが彼らである。

 

「アンチリンカーは!?」

「ばっちり!必要量用意出来てるわよぉー!!」

『私達が!!』

『作りました!!』

 

弦十郎の問いかけに、了子が親指を立てれば。

すかさずモニターに現れた技術班達が、ノリよくポーズを決める。

 

「よし!!総員直ちに配置につけ!!」

「りょオーかいィ!!」

 

オペレーター達は激しくキーボードを叩き、エージェント達はモニターの向こうで慌ただしく動き回って装備等の最終点検を行う。

 

「・・・・ッ」

 

各々が気合を入れる中。

作戦概要を聞くために、司令室を訪れていた彼女は。

未来は、車椅子に座していた。

サンジェルマンのおかげで、こうやって動けるだけの状態に快復したものの。

やはり、ガーゼやギプスなどの重傷箇所が目立つ。

何よりも目を引いたのは、髪だった。

年頃の少女らしく長かった髪は、見る影もなく。

イヨとの激戦により、首元までばっさりと切り落とされてしまっていた。

 

「――――」

 

声もないままに、響の名前を呼ぶ。

神獣鏡を失ってしまった今、駆けつけることすらもかなわない。

・・・・イヨとの決戦で、全力を尽くしたことに悔いはない。

 

(なかった、つもりだったのに)

 

それでも、こうやって何もできない状態に戻ると。

隣に立てていた頃が、責め立ててくる。

 

「――――」

「・・・・ッ!?」

 

今まさに頭の中にいたイヨに肩を叩かれたのは、そんな時だった。

手枷を外された彼女は、『しっかりしろ』とばかりに未来と目を合わせると。

その視線をモニターに戻す。

 

「・・・・・取り戻すわよ」

 

シンプルに告げられたそれは、彼女なりの激励か。

それとも別の何かか。

どちらにせよ、今にも崩れ落ちそうな未来の顔が引き締まったのは確かなことだった。

 

「響君を叩き起こしに行くぞ!!ド派手な誕生日パーティにしようじゃないかッッ!!!」

――――応ッッッ!!!

 

奪還作戦が、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

なおも砲撃は続き、繭はいたる所に砲弾を受けている。

だが、表面には傷どころか焦げすらついていない。

超常の存在であることは理解していても、持てる手段が通用しないというのは焦りを産む。

 

「くそ、こんなの続けて意味があるのですか!?」

「分からんがやるしかない!攻撃は命中している!ノイズではないことは確かなんだ!!」

 

どれほど崇高な使命を抱いていても、どれほど人格者であっても。

こんな不毛な状況でも冷静でいられる人間が、果たしてどれほどいるであろうか。

心が揺らぎ始めた、その時だった。

 

「ッなんだ!?」

 

微動だにしなかった繭が、激しく発光し始めたのだ。

気を抜けば目を潰されてしまいそうな眩さに、思わず顔を庇う面々。

真っ暗な視界の向こう側で、何か巨大なものが降り立つ音と振動が轟く。

 

「一体、何が・・・・!?」

 

痛む目を必死に宥めながら腕をどけると。

そこにいた巨体に、絶句した。

全体的な色合いは、銀と赤。

体系こそは女性的だが、顔周りは人間のそれとは大きくかけ離れている。

見上げんばかりの井出達は、威圧感を放っていた。

 

――――G,rrrrrrrrrr

 

歯を食いしばった『そいつ』は、喉の奥から唸り声を上げると。

 

――――Wooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!!!!!

 

咆哮を轟かせた。

 

「ッ怯むな!!撃て撃て撃て!!」

 

即座に砲撃を叩き込む。

血税を無駄にしないために、これでもかと高めた命中率は。

この場においても健在であったが。

効果があるかどうかは、また別の問題だった。

 

――――oooooooooaaaaaaaaaaaa!!!

 

寝起きへの攻撃に怒りを覚えたのか、『そいつ』は口元にエネルギーを溜めて解き放つ。

 

「っ戦車が・・・・!」

 

放たれた光線は、戦車をいともたやすくひっくり返して破壊していく。

昔々の、昭和の頃の巨大ヒーローを彷彿とさせる姿とは裏腹に。

まるで怪獣のような有様だった。

 

「なるほど、殲滅を命じられるわけだ・・・・!」

 

苦い顔をする傍ら、状況はさらに続く。

 

「ッ後方より接近する車両!多数有り!」

「なんだと!?所属は分かるか!?」

「コード照合・・・・出ました、S.O.N.G.ですッ!!」

「ッ・・・・・・手こずりすぎたか・・・・!」

 

悔しさを隠さず、苦い顔をする指揮官。

そうこうしている内に、S.O.N.G.の部隊が集結してしまった。

 

「これは我々S.O.N.G.の案件です!自衛隊は直ちに撤収してください!!」

「断る!!我々も日本政府の命令で動いているのだ!国連の指令に従う理由はない!!」

 

代表して、翼が前に出て声を張り上げれば。

負けじと指揮官も言い返す。

事実、自衛隊にはまだ余力がある。

ここで退けば、来年にやっと成人を迎える彼女を筆頭に、子ども達が前線に出ることになる。

それだけは、避けたかったのだが。

 

「うわっ!?」

「な、なんだ!?」

 

突如響く、甲高い音。

肩を跳ね上げ振り向けば、各車両の砲塔や装甲が抉られたり切断されたりしている。

人的被害は有りそうにないものの、作戦の続行は不可能なのは一目瞭然だった。

 

「――――理由がなければ」

「くれてあげる」

 

下手人は、確か今回の『侵攻勢力』だと記憶している二人。

それぞれ、銃剣と袖口の暗器を携えて。

いつのまにか自衛隊よりも前の方に躍り出ていた。

 

「・・・・ここまでか」

 

装備がここまで損壊してしまえば、居座る理由は無くなってしまう。

粘ったところで、空しいだけだ。

 

「・・・・総員、撤退だ」

 

結局。

キャタピラをうならせて、無念と共に退くことになった。

入れ替わるようにして前に出たのは、S.O.N.G.の特殊車両達。

背負った砲塔には、アンチリンカーがたっぷり詰められていた。

 

「まったく、随分大きくなったものだな。立花響」

 

『そいつ』を、ディバインウェポンと化した響を見上げて。

サンジェルマンが苦笑い。

 

「笑ってる場合かよ、とっとと叩き起こすぞ」

「・・・・ああ、分かっている」

 

装者と並び立ち、決意に眉を潜めた。

 

「――――響」

 

――――その呟きには、どんな思いが込められているだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

炎が、燃えている。

 

蒼い炎が、燃えている。

 

何も温めず、一欠けらの安堵もなく。

 

ただただ恐怖だけを与える灯り。

 

初めて見るはずのそれを。

 

どうしてだか、知っている気がした。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

「挨拶代わりのッ!!ガトリングだッッ!!!」

 

まずはクリスとサンジェルマンの弾幕で、『響』の気を引きつける。

その隙に車両が取り囲む形で展開した。

 

――――AAAAaaaaaaaaaaa!!!!!

 

苛立たし気に手を振り上げ、叩きつけてくる『響』。

その衝撃と振動に足を取られるも、各々はすぐに復帰して駆け出す。

 

――――OOOOOOOooooooooooooo!!!!

「・・・・ッ」

 

再び光線を放つ『響』。

射線上にいた特殊車両を庇い、イヨが錬金術を放つ。

光線と炎がぶつかり、閃光が迸った。

 

「ッ手伝って!!」

 

アガートラームのバリアを握ったマリアが声を張り上げると、即座に調と切歌が反応して駆け寄った。

まるで巨大な布かフィルムのようにバリアを伸ばして、『響』を拘束せんと試みる三人を見て。

残りの面々はすぐさまフォローの布陣を展開する。

 

「大人しく・・・・しろッ!!」

 

なおも咆える顔面に、サンジェルマンが派手な一撃。

『響』の体が大きくのけ反り、動きが鈍る。

そこが好機とばかりに、マリア達が走る速度を上げる。

翼とクリスも加わった疾走で、見事ぐるぐる巻きにされた『響』は。

煩わしそうに身じろぎをするのみとなった。

 

「今だぁッ!!」

 

翼の、怒声にも似た声を合図に。

特殊車両達が、一斉にアンチリンカーを叩き込んだ。

砲台ごと飛んで行ったアンカーは、『響』の腕や腹に胸元、太ももや尻にまで取り付くと。

中に貯めこんだアンチリンカーを、『響』に注入していく。

 

――――AAAAAA!!....Aaaaa.....uu....!!

 

始めこそ抵抗していた『響』だったが、砲台のアンチリンカーが減るにつれて動きが鈍り始めた。

終いには項垂れて、完全な静止状態になってしまう。

 

『未来ちゃん、今よ』

「――――はい」

 

少し離れた位置の車両。

そこに未来は待機していた。

了子の合図でスイッチを入れたマイクは、『響』の胸元に繋がっている。

何を話すかは決まっているので、どうやって話そうかと考えながら、ふと。

響とゆっくり喋るのは、久しぶりだというのを思い出した。

 

「――――響」

 

まずは、名前を呼ぶ。

 

「誕生日、おめでとう」

 

一つ、一つ。

丁寧に選びながら、言葉を紡いでいく。

 

「あなたは、もしかしたら。『自分が生まれてこなきゃよかった』ってまだ思っているかもしれないけれども」

 

時々見た、カレンダーを見る憂鬱そうな横顔。

自分の命を、疎んでいるかのような眼差し。

未来なんかじゃ到底思いつかないような、『逃げられない何か』を背負い続けている人へ。

 

「わたしは、あなたと出会えて。とても、とても、幸せです」

 

苦しくて、苦しくて、たまらないのに。

溢れんばかりの優しさと、たくさんの愛を注いでくれる人へ。

未来は、同じだけの愛を返すように、語り掛ける。

 

「ありがとう」

 

怖くて泣いていたところに、手を差し伸べてくれた。

苦しくてつらい場所から、連れ出してくれた。

決して見捨てないで、手を離さないでいてくれた。

 

「生まれてきてくれて、ありがとう」

 

「わたしと出会ってくれて、ありがとう」

 

大好きな人へ、ありのままの気持ちを伝える。

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

(声が、聞こえる)

 

(誕生日・・・・そっか、今日なんだ)

 

暗闇に漂いながら、覚醒する。

 

(・・・・ありがとう、か)

 

(お礼を言うのは、わたしの方なのにな)

 

聞こえてきた愛しい声に、耳を傾ける。

 

(・・・・・でも、そうだな)

 

(そろそろ、起きないとな)

 

指、手のひら、腕と。

感覚を取り戻す。

伸ばせば、指先が引っかかる。

 

(行かなきゃ)

 

指先に力を込めて、左右に引っ張れば。

ばりばりと、罅入っていく暗闇。

 

(帰らなきゃ)

 

だって、ここには。

 

(ここには、温もりがいない)

 

痛みも、罪も、何もかもを包み込んで。

抱きしめてくれる、優しい両手がない。

心から守りたいと願う、愛しい存在がいない・・・・!

 

(帰らなきゃ・・・・!)

 

罅の間から、光が漏れる。

あと少し、あと少し。

 

「待ってて、未来。わたしの陽だまり!!」

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

聞こえた。

響の声が、確かに聞こえた。

共にいる緒川や、S.O.N.G.のエージェントには聞こえていないようだが・・・・。

未来には確信があった。

それが当然の様に、手を差し出す。

彼女の視線からは、ちょうど手の間に『響』が収まって。

まるで受け止めているように見えた。

 

「おいで、響。わたしの太陽」

 

口をついて出たのは、そんな表現だった。

『太陽』。

そう、響は太陽だ。

時に優しく温めて、時に苛烈に焼き焦がす。

厳しさと優しさを兼ね備えた、強い人。

・・・・太陽が無ければ、何も生まれない。

命も、自然も、陽だまりも。

もはや小日向未来にとって、立花響は。

それほどなくてはならない存在なのである。

 

「響さんが!」

 

巨人の核が砕け散れば、そこから落ちてくる響。

脱出で体力を使い果たしてしまったのか、頭から落ちているというのに身じろぎ一つしない。

このままでは取り返しのつかない事態になりかねない。

 

「立花ッ!!」

 

いの一番に飛び出し、誰よりも早く駆けつけたのは、イヨだった。

跳躍のち、落下する響を受け止めて、綺麗に着地。

すぐ次に駆け付けた翼共々、最悪の事態の回避に一同はほっと息をつく。

 

「――――無事に、救出完了だな」

『ああ、こちらも無事に終わったよ』

 

本部にて、弦十郎もまたどっと椅子に座りこめば。

八紘が通信で語り掛けてくる。

 

『柴田事務次官が、蕎麦に習ったコシの強い交渉で。反応兵器の発射を食い止めてくれた』

「よかった・・・・」

 

心からの安堵を口にして、弦十郎は顔を綻ばせる。

 

「・・・・?」

 

響は、すぐに意識を取り戻した。

未だ微睡む頭を叱咤しながら、何とか目を開けて上を見上げると。

イヨと、目が合う。

未来と同じ顔で、未来と違う色の髪を揺らして。

未来と違う色の瞳で見下ろしている、その顔は。

まるで、捕食者に追い詰められた獲物の様な。

どこにも逃げ場がないような、愕然とした表情をしていた。

 

「・・・・ィヨ、さん?」

 

何とか声を絞り出して語り掛けると、びくりと、明らかな怯えを見せるイヨ。

それから束の間もなお、狼狽えていた彼女だったが。

やがて一度目を伏せると、諦めたような、何か重大な決断を下したような。

痛々しい笑みを向けてくる。

 

「・・・・未来?」

 

今にも崩れ落ちそうな様に、思わずそう呼んだ時だった。

 

「司令ッッ!東シナ海より飛翔する物体あり!!」

「映像、照合・・・・・ッ反応兵器です!!」

『撃ったのか!?』

 

一気に緊張が走り、通信を繋げたままの八紘も険しい顔になる。

 

「発射は取り下げられたはずだろ!?一体どこが!?」

 

弦十郎が頭を抱えて嘆き、

 

「~~~~~ッッ!!!!!!」

 

遠く離れた風鳴本家にて、訃堂が声もなく怒髪天を衝いていた頃。

 

「――――貴国は何を考えているのだ!?」

 

国連総会にて、各国から追及を受けていたのは。

日本の隣国、中国だった。

 

「仮称『ディバイン・ウェポン』は無事に無力化されたというのに、なぜ反応兵器を!?」

「い、今本国に確認をとっているところだ!!我々としても寝耳に水で、一体どういうことだか・・・・!」

 

それぞれに責め立てられ、冷や汗をかく中国の代表者。

柴田は混乱する会議場を冷静に見つめる一方で、『蕎麦が食いてぇ』と束の間だけ現実逃避をした。

 

「――――国連の決定など、関係ない」

 

件の決定を下した、今代の国家主席は。

執務室の椅子にゆったりと座り直しながら、役目を終えたスイッチを部下に手渡す。

 

「帝国時代の鬼子(グイズ)が生きている限り、かの国へ手心を加えるなど、あり得ない」

 

厳かに頬杖を突きながら、モニターにて顛末を見届ける。

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

怠い体を何とか起こしながら、空を見る。

通信を受けた翼さん達の話から、わたしを狙った核兵器が発射されてしまったということは理解できた。

・・・・心臓のあたりが、一気に冷えるのが分かる。

もう百年近く前になる大戦の末期に、日本で顕現した二つの『地獄』。

人類が長きに渡って背負うことになった、特大の『大罪』。

先人達が、『三度目』は起こすまいと必死に続けてきた努力を。

わたしが切欠で踏みにじる形になるなんて・・・・。

いや、だとしても。

まだ出来ることはあるはず。

・・・・最悪、犠牲覚悟で海に逸らすか?

でも昨今の反応兵器って、都市どころか県とか州を吹き飛ばせる威力らしいし。

・・・・どうすればいい?

どうすればいい・・・・!?

文字通り頭を抱えて、何とか迫りくる脅威に抗おうとする。

 

「――――響」

 

イヨさんが、名前を呼んできたのは。

そんな時だった。

我に返ると、未来と少し違う顔が近付いてきて。

・・・・触れるだけの、キスを送られた。

 

「・・・・どうか、どうか。死なないで」

 

こっちがびっくりするのもお構いなしに、両手を差し出して。

 

「見捨てるのがあなたであるなら、『未来(わたし)』は決して恨まないから。だから・・・・!」

 

宝物を抱える様な、抱擁。

 

「生きて」

 

耳元でささやかれたのは、そんな懇願。

 

「生きて・・・・どうか・・・・」

 

「わたしを、独りにしないで・・・・!」

 

・・・・・何も言えない内に、温もりが離れていく。

何をするのが正解なのか分からなくて、何を伝えるのが正解なのか分からなくて。

ただただ、ここで手放すことが間違いであるという確信だけはあって。

だけど、がむしゃらに伸ばした手は。

彼女が取り出したものに。

・・・・随分と古ぼけてしまった、未来に送った指輪に。

否応なく止められる。

 

「――――さようなら、大好きな人」

 

いっそのこと、見惚れてしまうような。

呼吸を忘れてしまうくらいに。

綺麗な、笑顔。

 

「あなたに貰った愛も、渡した愛も、全部全部」

 

「かけがえのない、大事な宝物でした」

 

そんな、この先一生忘れられないような表情で。

ペンダントチェーンから解き放った指輪を。

左手の薬指に、通した。

 

「ぅゎ・・・・!」

 

一拍だけ、何もかもが静まり返った後で。

溢れるエネルギーが、暴風となって吹き荒れる。

思わず顔を庇って、耐えきって。

腕を、どけると。

 

「――――」

 

龍が、いた。

きらきら透き通った鰭を、まるで羽衣みたいに揺らしながら。

悠然とそこに存在していた。

・・・・どんな馬鹿だって、分かるだろう。

目の前の、泣きたくなるくらいに綺麗な存在は。

イヨさんが変化したものなのだと。

 

「・・・・・ぁ」

 

息を呑んで、馬鹿みたいに呆けていると。

鰭をくゆらせて、イヨさんが近付いてくる。

瞳を閉じて額を寄せる姿は、まるで今生の別れを告げているようだった。

・・・・深く考えないで、ただそれが正しいと思って。

人間でいう鼻筋にあたる部分に、手を当てれば。

嬉しそうに、身じろぎをした。

 

「ま、待っ・・・・!?」

 

その次の瞬間には距離を取って、素早く体を翻すと。

高く、高く、高く。

手が届かないところまで、登っていく。

・・・・頭がぐちゃぐちゃで、情けなく手を伸ばしたままの体はロクに動いてくれなくて。

ぼんやりと、見送ることしかできなかった。

 

「・・・・・はぁ」

「ッ!?」

「ああ、いや・・・・お前に向けたものではないよ」

 

突然聞こえたため息に、思わず叱られたような気持になって振り向く。

視線が合ったサンジェルマンさんは苦笑いして、飛んでいくイヨさんを見る。

 

「・・・・部下の下へ、行ってくるわ。仮にも上司なのだから」

 

シンプルにそれだけを告げて、サンジェルマンさんも飛び立っていった。




哲学兵装『アンドヴァリの指輪』
イヨがペンダントにして持ち歩いていた。
安物だったんだろうなと分かる、だいぶ古ぼけた指輪。
かつて大好きな人に贈られて以降、大事に大事に取っていた。
左手の薬指にはめることで発動。
使用者を龍へ変貌させる。
イメージは、鰭が羽衣っぽく見える東洋龍。
後ろ足はなく、不思議パワーで常に浮遊している。


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今わの際に

高揚のままに更新です。

追記:投稿直後に気づいて、楽曲コードを慌てて追加。
大変失礼しました。
あっぶねぇ……。


(胸のあれ、ラピス=フィロソフィカスに酷似しているけど・・・・まったくの別物か)

 

上空で追いかけながら、サンジェルマンは目を細める。

さきほど、地上で龍となったイヨ。

その胸元に、握りこぶし二つ分の巨大な宝玉が煌めいているのに気づいていた。

そしてそれこそが、彼女が扱う錬金術のエネルギー源であることも。

 

(世界一つを代償にしてなお錬金術を扱うなんて、一体どんなからくりを使ったのかと思ったけど、なるほど・・・・)

 

・・・・・『己の愛を貫くため』と言えば聞こえはいいが、その有様を詳しく知ってなお賞賛できる人間は。

一体どれほどいるのだろうか。

 

(少なくとも、あの子にとっての『立花響』とは。そうする価値があるということか)

 

考察している内に、追いつくことが出来た。

 

「珍しいじゃない、あなたが突っ走るなんて」

 

語り掛けながら顔に触れると、イヨは目だけを向ける。

人語を介する様子はない。

 

(この形態になると、言葉も失うのかしら・・・・・切り札であることは、見当ついていたけれど)

 

イヨが時折見つめていた指輪のペンダントが、何かしらの哲学兵装であることは見当がついていたサンジェルマン。

反応兵器が目視可能距離まで近づいてきたのは、その直後だった。

 

「・・・・雑談の時間は終いね」

 

呟きに、イヨは『くぅ』と喉を鳴らして同意した。

 

「ただ破壊しても、放射能汚染は避けられないでしょう・・・・でも、私の命と、ラピスを使えば、あるいは」

 

ちゃっかりイヨの背に乗ったサンジェルマンは、鬣をそっと撫でながら。

困ったように笑う。

 

「・・・・・貴女も、似たような手段を講じるために、飛び立ったのでしょう?」

 

語り掛ければ、まるで笛か猛禽類の様な一鳴きが返ってきた。

その声に、否定や反抗は見受けられない。

 

「行こう」

 

簡素な言葉に、イヨは再び喉を鳴らす。

それが、合図になった。

 

「――――解放の歌が 命を燃やす」

 

歌を、響かせる。

イヨも耳を傾けている中、反応兵器へまっすぐ進む。

迷いも、躊躇いも。

何もない。

 

(革命の為に駆け抜けた先がこれか・・・・存外、悪くない)

 

己の死期を悟り、腹を括っていたからこそ。

 

「――――漆黒の闇に 炎穿つために」

「――――解放の鐘が 終焉を奏でる」

 

聞こえた声に、目を見開いた。

驚愕のままに隣を見ると、サンジェルマン達と並んで飛行する人影。

カリオストロだった。

反対隣にはプレラーティもいる。

 

「「「自由に勝ち鬨を上げよ」」」

 

「「「曠劫たる未来を 死で灯せ」」」

 

動揺もあるが、時間は有限だ。

ひとまず歌いながら術式を組み上げ、迎撃態勢を整える。

 

《局長があんまりにもキナ臭すぎたから、ちょーっと一芝居打ってね?ここぞってところで、ぎゃふんと言わせてやろって。やられたふりして隠れてたのよ》

《わたし達が付いていこうと思ったのは、世界を広げてくれたお前なワケだ、サンジェルマン。あんな男のたくらみに、みすみす使い潰させるワケにはいかない》

 

『ところで』と。

歌う口は休めない一方で、カリオストロは視線をイヨに移す。

 

《イヨったら、こーんな隠し玉を持ってたのねー?随分イメチェンしちゃって、まあ》

 

覗き込んできたカリオストロに、鼻を鳴らして返事をするイヨ。

ニュアンスとしては、『反応に困るがとりあえず返事しておこう』といったものだろうか。

 

《感傷に浸るのはそこまでにするワケだ》

分かってる(わーってる)わよう・・・・行きましょ》

《ええ、ここを失敗するわけにはいかない》

 

同意するように、プレラーティは掲げた手で指を振る。。

取り出したのは一発の弾丸。

サンジェルマンは、投げ渡されたそれが只『物』ではないことを見ただけで読み取った。

それもそのはず。

間一髪のところでカリオストロに救助された後の潜伏期間に錬成した、プレラーティの最高傑作なのだ。

 

「否定せよ!」

「否定せよ!」

「真理こそ」

「絶対なのだ!」

 

頼もしく思いながら、受け取ったそれを装填。

イヨがぶわりと鰭なびかせ構える上で、狙いを定めて反応兵器を撃ち抜く。

放射能という、人の業に満ち満ちた『穢れ』で溢れた兵器に。

賢者の石の問答無用な浄化の力が、文字通り刺さる。

反応兵器がたまらず爆発してしまうタイミングで、イヨはすかさず鰭を物理的に大きく広げて。

爆発のエネルギーすら焼き尽くす極光を、すっぽり包み込んでしまう。

 

「ピリオドの杭を」

「虚偽に貫け!!」

 

錬金術師達がなおも歌い上げる中で、上空へ、上空へ。

余った鰭をなびかせて、天高く飛び上がっていく。

少しでも反応兵器の影響を最小限にする為、なるべく宇宙に近いところに遠ざけようということなのだろう。

飛んでいる間にも浄化は続く。

破壊の為だけに調整された放射能は、賢者の石を以てしても一筋縄ではいかないらしい。

長い歴史の中で、人間が生み出してしまった末恐ろしい兵器に少しばかり慄いてしまいながら。

それでも、サンジェルマン達が歌をやめることなはかった。

あるいは気に食わないやつの思い通りにさせないため、あるいは愛した人の未来を守るため。

あるいは、いずれ支配から解放される人類に、この先を託すため。

それぞれに、命を懸ける理由があった。

 

(・・・・ひびき)

 

天空から、イヨは視線を滑らせる。

少しだけ目を凝らさねばならなかったが、見えた。

響だ。

口元を閉じ切らず、目を見開いてこちらを見上げてきている。

・・・・・驚愕と、僅かばかりの絶望。

読み取れたその二つで頭を埋め尽くされ、キャパオーバーになっているのだろう。

それでも、緩慢とした動作ながら首を左右に振っているのは。

なお、引き止めようとしてくれているからだろう。

 

(・・・・・変わらないなぁ)

 

(・・・・・やさしい、なぁ)

 

目元が、綻ぶのが分かる。

――――ああ、そうだ。

世界が変わっても、命が尽き果てる一瞬でも。

ずっと、ずっと、ずっと。

優しくしてくれる人だった。

自分だって苦しいはずなのに、それでも誰かの為に尽くすことが出来る。

・・・・そんな響だったから、大好きだったし。

そんな響だったから、愛したんだ。

叶うなら、もう少しだけ触れていたかった。

叶うなら、もう少しだけ近くにいたかった。

叶うなら、もう一度だけ。

抱擁と唇を、交わしたかった。

・・・・・だけど。

響には、もう『未来』がいて。

それは、自分(わたし)じゃないことは分かり切っていて。

だけど、楽観視は出来ないのだ。

だって、もう。

絶望は確定してしまっているのだから。

 

(だから、せめて)

 

せめて、打てる一手を。

少しでも、望んだ未来を掴むための、抗いを。

 

(・・・・ひびき)

 

もう一度、響を見下ろす。

その姿を、目に焼き付ける。

 

(――――さようなら)

 

迸る極光の中。

鰭を、一際大きく羽ばたかせて。

 

 

 

天上へ。

 

 

天空へ。

 

 

 

星の海へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暴力的なまでに白い中。

ふと、目を開く。

誰かがいる。

 

(幻・・・・?・・・・誰?)

 

下から上へ。

ゆっくりゆっくり、視線をたどらせれば。

会いたくて、会いたくて、会いたくて。

たまらなかった人が、いて。

 

「・・・・ッ」

 

何故だか驚いた顔をしたその人は、堪えようとして、堪えられなかった涙を零して。

 

「やっと、届いた」

 

手が、差し出される。

・・・・震えながら、すっかり焼け爛れた手を差し出し返す。

 

「・・・・みく」

 

握れば、温かかった。

 

「・・・・頑張ったね」

 

引き寄せられる。

 

「・・・・ごめんね」

 

その胸に、収まる。

 

「ありがとう・・・・ありがとうッ・・・・!」

 

――――嗚呼。

 

「愛してる」

 

 

 

 

「ずっと、ずっと」

 

 

 

 

「このまま地獄に堕ちたって」

 

 

 

 

「君を、愛してる・・・・!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何て、幸せな。

 

 

 

 

 

 

 

 

死に際だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひびき」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

雲よりも遥か上で、光が瞬く。

仲間の耳元から、時折漏れ聞こえてくる通信によると。

放射能は、発生した傍から焼き尽くされている状態で。

地上への影響はないに等しいだろうということだった。

・・・・サンジェルマンさん達、錬金術師たちの反応も薄れて行っているらしい。

それは、光の中心にいるイヨさんも、言わずもがなだった。

 

「・・・・」

 

触れる。

イヨさんが、キスを送った唇に。

耳に意識を移せば、あの懇願が。

『生きて』という言葉が、リフレインする。

・・・・・・彼女が成したことは、悪だ。

七十億を犠牲にして、こちらに来てからも何人も手に懸けて。

たくさん、たくさん、傷つけて。

・・・・でも。

でも。

その原因が、わたしなのは間違いようもなくて。

・・・・どれほどの、絶望だったんだろう。

どれほどの絶望を、与えてしまったんだろう。

屍山血河を築くことを躊躇わないほどの絶望は、一体どれほどのものだったんだろう。

考えれば考えるほど、分からなくなってしまった。

 

「・・・・そういえば、『神の力』は?」

 

マリアさんが何かを言っている。

 

「――――宿らせたよ、左腕にね!!」

 

アダムが何かを言っている。

 

「ッ貴様!いつの間に!?」

「異次元に潜んでたってか!?」

 

皆の騒ぎ声に、上を見上げると。

今まさに巨大化しつつある腕が見えて。

 

「――――!!」

 

――――怒りで、頭がまっさらになった。

聖詠をちゃんと唱えたか分からないくらいに咆えながら、飛び出す。

 

「や、やめろォ!!」

 

何か言っている。

 

「よくないんだぞ!都合が!神殺しの力はァッ!!」

 

何か言っている。

 

「使えば背負う!!その身に呪いをォッ!!」

 

何か言っている。

 

「あdぁム!」

「ぐぁあ!貴様、ティキ!」

「アdmぅが抱キsめてkれないかRa、あtAしがdぁきしめtyうぅ!!」

「するなよ!邪魔を!木偶如きがぁッ!」

 

何か言っている。

全て無視して、目の前に迫った巨大な腕を。

思いっきり、殴り飛ばした。

 

「あ・・・・・あぁあ・・・・!・・・・ああああああああああ!!」

 

着地して、勢いのままに膝をつく。

漠然と、両手を見る。

 

「・・・・ッ」

 

――――わたしは。

わたし、だって。

未来が笑っていてくれるのなら、どんな選択だって出来るし。

その所為で死んでしまったって、後悔はないのに。

・・・・・・・なのに。

今のままだったら、どうなるかを。

まざまざ見せつけられて。

目の前が真っ暗になる感覚を覚えた。




143の錬金術のエネルギー源は、ずばり『響への愛』です。
汲めども汲めども尽きぬ愛が、文字通り原動力でした。


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植えられた絶望

長くなりそうなので、また分割しました。
おそらく本年度最後の更新です。

今年もたくさんの方々に温かい声援やファンアートを頂き、大変支えてもらった一年でありました。
一時は長く間が空いてしまったAXZ編も、もうすぐ完結致します。
来年もどうぞ、『チョイワルビッキーと一途な393』をお見守りくださいますよう。
よろしくお願い申し上げます。


「――――」

 

S.O.N.G.の特殊車両の中で。

未来は言葉を失ったまま、口を開くことは出来なかった。

・・・・・響とイヨの会話は、聞こえていた。

だから、イヨがキスを落としたことは、割とすんなり納得していた。

だが、その後は。

 

(なんて、ことを)

 

その後のことは、到底許されるものではなかった。

 

(なんてことを、してくれたの)

 

まだ背負わせようというのか。

おぶった業で押しつぶされそうになっていた響に、自分の命まで背負わせようというのか。

怒りで、腹どころか全身が煮えくり返るのが分かる。

知らぬわけではあるまいに、忘れたわけではあるまいに。

響が、奪った命の幻影に未だ苦しんでいることを・・・・!!

だというのに、よりにもよって未来(おまえ)が新たに背負わせようというのか。

未来(おまえ)まで、響を苦しめにかかるのか!!!!??

 

(・・・・せっかく、笑ってくれるようになったのに)

 

せっかく、自分を許せそうだったのに。

せっかく、これからに希望を持てていたのに。

また、暗闇へ引き戻そうというのか。

 

(・・・・・戦えないなんて、言っていられない)

 

ギアは失われ、体は弱り切ってしっまった。

だけど、響が傷ついているというのなら。

暗闇に囚われようとしているのなら。

小日向未来は、寄り添わなければならない。

 

(だって、覚えている。思い出せる)

 

もう三年前になりつつある、あの旅路。

命を奪い、尊厳を踏み躙り、その罪悪感に身悶えていたあの姿。

あの頃一番苦しんでいたのは響だった。

一番傷ついていたのは響だった。

一番悲しかったのは、響だった。

 

(知っているのは、わたしだけ。覚えているのも、わたしだけ)

 

だから、隣に立ち続けなければ。

優しいあの人が、心から笑えるようになるまで。

響が、また自分を好きになってもいいと思えるまで。

繋ぎ留め続けなければならない。

 

「・・・・・響」

 

痛みを耐える表情で、顔を覆う彼女を見て。

未来は、同じ顔で名前を呼んだ。

 

「――――があああああああああああああああああああああッッッ!!!!!」

 

別の誰かの、腹立たしくて腹立たしくてたまらないという咆哮が聞こえる。

アダムだ。

ティキの残骸を無情にも踏みつぶした彼は、頭を乱暴に掻きむしっている。

 

「どこまでも!!どこまでも!!どこまでもおォッ!!!」

 

憤怒のままに、響を見下ろせば。

対する響もまた、重い眼差しを向けた。

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

「いなければッ!お前さえぇッ!!」

 

指を鳴らし、サッカーボール程度の火球を放つアダム。

響は横に跳ねて回避の後、いつもの拳を叩き込む。

インパクトが胴体に撃ち込まれるも、踏みとどまったアダムは。

片手でのアームハンマーを振り下ろした。

手甲に掠めながら、今度はバックステップで回避してみせた響。

反撃にハイキックを放ち、アダムを吹き飛ばす。

 

「くれよッ!消えてねェッ!!」

 

再び手を掲げて、今度は複数の火球を打ち出してくるアダム。

同じく回避に専念する響だが、火球の爆発は予想以上に大きく広い。

 

「立花ッ!!」

 

段々追い込まれていく彼女に手を貸したのは、翼だった。

業火を飛び越えて駆けつけた翼は、響の首根っこを掴むと再度跳躍。

響共々灼熱から離脱し、仲間たちの下へ舞い戻る。

 

「先走るな、怒りを抱いているのはお前だけではないんだぞ」

「その通り、あなた独りの戦いと思わないことね」

「・・・・・ッ」

 

年長者二人に諫められた響。

一度目を伏せ、深く一呼吸すれば。

その両目から、重みが消えて失せた。

 

「いないな、分かって。揃いも揃って・・・・!!」

 

アダムはなお火球を展開しながら、目の前の戦姫達を睨みつける。

 

「近いんだッ!降臨がッ!アヌンナキのッ!!」

『――――なんですって』

 

『アヌンナキ』。

誰もが首をかしげる単語に、唯一反応したのは了子だった。

尋常ではないその様子に、弦十郎達は固唾を呑んでしまう。

 

「していたんだよ!備えを!こっちはッ!!違うからね!巫女とは!色恋に狂ったようなッ!!」

『・・・・・言ってくれるじゃない』

「だっていうのにッッ!!」

 

アダムの、野性的なまでにぎらついた瞳が。

響を捉えて、視線で射貫く。

 

「神殺し!!なんでそんな都合よく現れるんだ!?」

 

まるで、喚き散らすような声。

 

「人類は支配される!アヌンナキが降臨すれば!!だから束ねるのさ!ボクが!!もとよりその為に生み出されたのだから!ボクはッッ!!」

『・・・・まさか、貴方』

 

遠回しに『色ボケ』と言われて険しい雰囲気を放っていた了子は、アダムの言葉に思い当たることがあったようだった。

 

『かつて、アヌンナキと、神々と人類とを繋げるための要として創造されたという生命体・・・・結局、計画は白紙に戻ったと聞いたけれど』

「そうだとも!あらゆる劣等を克服した!完全なる生命体!完璧な生命体!だがされたのさ!破棄を!『完璧すぎる』、それだけでねぇッ!!」

 

・・・・完全であるというのは、一見して良いことの様に思えるが。

それは同時に、これ以上の改善や進化を望めない。

『停滞』を意味する。

アダムはそれ故に破棄されたのだ。

 

「やったというのにッ!産まれてッ!望んだとおりにッッ!!だが捨てたんだ!!奴らはッ!!挙句、後釜に置いたんだ!!不完全な人間をッッッ!!」

 

・・・・それは、彼にとって。

耐えがたい屈辱であったのだろう。

完璧であれ、完全であれと生れ落ちて。

ほどなくして捨てられるという扱いは。

挙句、後釜に据えられたのは。

自らが支配するはずだった。

劣りに劣っているはずの、不完全な人間。

彼が、抱いた憎悪の程は。

果たして、想像の範疇に収まるだろうか。

 

「だから君臨するのさッ!!ボクはッ!!降した後でね!!アヌンナキどもをッッ!!」

「いや、せっかくしんみりしてたのに台無し」

 

それはそうと、独裁で散々痛い目を見てきた人類としては。

それが容易に想像できる支配は、遠慮なく拒否するのであった。

ギャグ漫画の様な展開に、調と切歌は一瞬姿勢を崩してしまう。

――――その瞬きのうちに、動き出したものがいる。

 

「――――ッ」

 

響だった。

一度は引き止められたとしても、怒りは収まっていなかったのだろう。

辛抱溜まらんとばかりにアダムに飛び掛かると、下から抉るような一撃を叩き込む。

 

「――――は」

「――――ッ!?」

 

叩きこもうとして、防がれる。

嘲笑を零したアダムが使ったのは、

 

(左腕!?)

 

響が破壊したはずの左腕で引っ掴み、地面に叩きつけたうえで投げ飛ばす。

 

「ッ立花!!」

 

終始受け身を取り続けたので、致命傷は避けたものの。

痛みがないわけではない。

駆け寄った翼が見たのは、食いしばって痛みを耐える響の姿だった。

 

「あ、あれ!」

 

響も心配だったが、アダムから視線を逸らすことはしなかった仲間達。

調の声に倣って視線を見せると、今まさに変化が起きているところだった。

 

「――――そうなのさ、ボクは」

 

盛り上がり、肥大していく体。

 

「保っていられないのさ、ボクは」

 

筋肉をはちきれんばかりに膨らませた彼は、まばたきの合間にみるみる大きくなっていく。

 

「ボクの完成された美形をおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!!!!」

 

そうして見上げるまでに変化を遂げたその体は、もはや人のそれではなかった。

 

「ここまで計画をおじゃんにされちゃ出すしかないじゃないかもう!!」

 

鳥の様にも見える顔の上には、水牛もかくやという立派な角。

・・・・いっそ駄々ともとれるやけを起こしたアダムの喚き声を聞きながら。

『獣における角とは、冠である』という解釈を、響はぼんやりと思い出した。

 

「本気と!!!全力をね!!!!」

 

二つの剛腕が振り上げられたことで、思考が一気に研ぎ澄まされる。

叩きつけで乗用車大の瓦礫が吹き飛ぶ中、ひらりと体を翻す装者達。

着地するなり、それぞれの飛び道具を放って牽制する。

アダムが巨腕を存分に駆使して露払いするが、本命ではないので大して焦らない。

弾丸や剣が降り注ぐ中、やはり飛び出したのは突破力のある響。

己など簡単に潰せそうな拳と、果敢にぶつかり合う。

束の間競り合う両者。

そうやってアダムが動きを止めているところへ、翼とマリアが接近。

まずは斬撃、次に砲撃が叩き込まれた。

体から煙を立てて下がるアダム。

六対一という状況にありながら、しかしこちらも余裕を崩す様子はない。

 

「調!アタシ達も行くデス!」

 

調と切歌が、マリア達年長者組に続こうとしたとき。

背後からけたたましい音。

 

「何!?」

「電話!?なんでこんなところに・・・・!?」

 

殺伐とした場所に不釣り合い、しかも数十年前にありそうな古めかしいデザインに。

思わずたたらを踏んでしまう二人。

その一瞬の隙に、剛腕が横薙ぎされた。

 

「ッ悪辣さも健在デース!」

「なんて厄介な・・・・!」

 

歯を剥き睨む先で、アダムはマリアを叩き飛ばす。

危うく地面に激突するところを、クリスが受け止めたものの。

追撃を狙うアダムが目の前に。

マリアを抱えているため、防御は不可能。

回避も間に合わない。

腹を決めた顔をしたクリスは、マリアをホールドしたまま攻撃をもろに受けてしまった。

 

「ッおおおおおおおおおおお!!」

 

攻撃直後を狙い、響が突貫。

手甲と連動させてドリルの様に変形した『手』を、アダムの背後から抉り穿とうとする。

 

「――――舐められたものだね」

 

しかし、振り返ることなく突き付けた後ろ手で受け止められてしまった。

タコかイカの足の様に広げた指が『手』を包み込んだことで、しっかりホールドされてしまう。

 

「勝てるなどと、エクスドライブも無しに!!」

「ッぁ、わああああああ!!」

 

そのまま振り回して放り投げられる響は、地面を何度もバウンドしながら転がっていった。

 

「――――ッ」

 

痛みに顔を歪めながら、起き上がる。

経験と感覚から、骨が何本か折れていると直感した。

少し先の方では、仲間達が未だ戦っている。

たかが骨折程度で、怯んでいる場合ではない。

 

(だけど・・・・!)

 

しかしアダムが煽った通り、決定打がないのも事実。

あの形態が時限式である保証も全くない。

このままでは、敗北は確実だ。

 

(何か・・・・何か手立ては・・・・!!)

 

奥歯を噛んで、険しい顔になった。

その時だった。

 

「・・・・?」

 

――――何か、呼ばれた気がして。

表情から力が抜ける。

気のせい、と断ずるにはあまりに存在感のある『声』。

直感のままに視線を滑らせると。

そこには、罅だらけになったサンジェルマンのスペルキャスターが。

 

――――立花響!!

「――――ッ」

 

今度こそ、誘う声がはっきり聞こえて。

衝動に従い、響は駆け出した。

手にしたところで、どうするかなどとは考えていない。

ただ、手にした方がいい。

それだけは確信していた。

 

「――――どうするつもりだい?」

 

――――だが。

あと少しというところで、横やりが入る。

嘲笑し、見せつける様にスペルキャスターを拾い上げたアダムは。

ばぎりと握りつぶして、エネルギーを解き放ち。

 

「使えもしない、こんな玩具で!!」

 

容赦なく、響へ向けた。

制御を失ったラピス=フィロソフィカスの浄化の力が、牙を剥き襲い掛かってくる。

対して、臆せず足を踏みしめて構える響。

迫るエネルギーの濁流を、あろうことか両腕を突き出して受け止めた。

当然尋常ではない負荷が両腕にかかり、骨や筋が軋みと悲鳴を上げる。

 

「っああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

少しでも気を抜くと肘が曲がってしまいそうな中、雄たけびを上げることで何とか体勢を維持しようとする響。

踏ん張った足が一ミリ、一センチと押し込まれ、ギアの靴底が削れていく。

ほぼほぼ考え無しの行動、何の根拠もない行い。

変化は、響が押し込まれそうになった時だった。

 

「立花ッ!」

「響ッ!」

 

両脇から支えられる。

それぞれに視線を向ければ、翼とマリアが見えた。

 

「今度はなぁーに企んでやがんだぁ!?」

「あたし達もかーたらーせてー!デス!」

「私達も、協力します!」

 

背後にも仲間達が続々と駆け付けるのが分かる。

 

「まったく!どういてこうも無茶をするのかしらね!?」

「そういうな!数字で語れぬ思い付きに賭ける価値はあると、マリアとて踏んだのだろう!」

「当然!」

 

響を挟んで不敵な会話が飛び交い、士気が上がっていく。

高まる鼓動のままに、紡いだのは。

 

「――――Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

絶唱。

 

「Emustolonzen fine el baral zizzl」

 

始めに響、続いてマリアと翼。

奔流に押し流されぬもうひと踏ん張りに、命の絶唱(うた)が奏でられる。

 

「――――確かに絶唱なら、でも」

「このままでは」

「ええ、ギアも装者も無事じゃ済まない・・・・!」

「だったら!」

 

S.O.N.G.本部、艦橋(ブリッジ)

固唾を呑んで見守る中で、動いたのはエルフナインだった。

 

「ダインスレイフに焼却させて、肩代わりさせましょう!」

「確かに、このエネルギー量なら焼却してしまうが吉ね。やるわよ!」

 

了子も頷き、二人でキーボードを叩いて処理を始める。

 

(――――負けて、たまるか)

 

奔流に晒されている中、響は目を開ける。

視線の先には、未だエネルギーを放ち続けるアダム。

 

(あんなやつに、負けてたまるか)

 

怒りが、再び燃え上がる。

想起するのは、泣きそうな笑顔。

もう二度と見ることはないだろう、綺麗な表情。

・・・・・己の行いで、後戻り出来ないほど壊してしまった。

大切な、人。

 

未来(みく)のためにも、未来(みらい)のためにも)

 

目元が、視線が。

 

(――――まずはこいつを、倒すッッ!!!!!)

 

研ぎ澄まされる。

 

『本部のバックアップによるコンバートシステム、確率ッ!!』

『響ちゃん!!』

 

口が、自然と動いた。

 

「――――バリアコーティングッ・・・・リリイィースッ!!!!!」

 

取り払われる。

ダインスレイフの闇が、装者達を蝕まぬよう設けられていた。

最後の壁が。

 

「ぐううううううううううううううううう・・・・!!」

 

苦悶の声と共に、あっという間に漆黒に染まる戦姫六人。

 

「あああ■■■■ああああ■■■■■■あああ■■あああ■■■あああ■■あああッ!!!!!」

 

それがただの暴走ではないことなど、アダムにも分かった。

 

「何を、しようと・・・・!?」

 

答える様に、暴走を抑え込んで。

咆哮した。

 

 

「――――抜剣」

 

 

「ラストイグニッション!!!!!!」

 

 

闇が、罅割れる。

それぞれの輝きが、産まれ出でようとする。

 

「――――ッ」

 

――――癪だった。

不完全の分際で、完全たる己に未だ歯向かおうとする彼女達が。

甚だ癪だった。

だから彼は、火球を掲げる。

 

「ほどがあるッ、悪あがきにもッ!!」

 

松代のそれには遠く及ばず。

しかして、一帯を焼き払うのは十分な火力。

 

「受け入れろ完全をッッ!!!」

 

怒りのままに、解き放てば。

想定通りに上がる火柱。

 

「響・・・・!」

 

未だ走り続ける特殊車両の中。

紅蓮を噴き上げる現場を目の当たりにした未来は、固く両手を組んで。

思わず祈りをささげる。

 

「――――補ってきた、錬金術で」

 

――――アダムだって、分かっていた。

それ以上の成長など見込めない己の方こそ劣っていると、薄々分かっていた。

だからとて、到底受け入れられるものではない。

支配者として、統治者として生まれてきたのだ。

 

「いつか完全に届くために、超えるために・・・・!」

 

全ては、自分を捨てた神々を、アヌンナキ達を。

見返すために・・・・!!

そうだ。

そうでなければ、いけすかない巫女が生み出した児戯(れんきんじゅつ)など誰が頼るものか。

自尊心を踏み越えてでも、手に取りたい悲願があるのだ!!!

 

「――――ぅおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

産声にも聞こえる雄叫びが、業火を突き破る。

アダムが呆然と見上げる先で、ミサイルに乗った装者達が空に踊る。

 

「・・・・ッ」

 

怒りと憎悪に歪んだ敵の目を、響は真っ向から見つめ返した。




※場合によっては本年度中に終わるかもです☆


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芽生えた絶望

新年あけましておめでとうございます。
旧年、読者の皆様におかれましては、温かい声援を以て大変お世話になり。
何を語ろうとも陳腐になるほどの感謝を抱いております。
これからもどうぞ、拙作『チョイワルビッキーと一途な393』を。
よろしくお願いいたします。


――――さすがに少し落ち着いてきた。

全身に力を漲らせながら、クリスちゃんのミサイルなう。

エクスドライブとは違うけれど、これもまた限定解除の形なんだろう。

派手さはないけど、明らかに出力が上がっている。

とはいえ、無理をさせてしまっているのは間違いないだろう。

今この瞬間もギアが軋んで悲鳴を上げている。

決着は早いに越したことはない・・・・!!

 

「ッ貴様らあああああああああああ――――ッッッ!!!!!」

 

おっと、アダムが動いた。

手元の瓦礫をひっつかむと、豪快にぶん投げてくる。

調ちゃんと切歌ちゃんの方に飛んで行ったけど、なんと二人はミサイルをぶん回して迎え撃った。

すっご・・・・。

自由落下していく二人を援護するべく、翼さんが『蒼ノ一閃』で牽制。

マリアさんも短剣を雨あられと降らせてアダムの邪魔をする。

ちくちくと刺さる刃物に苛立つ背後へ、迫るはクリスちゃん。

気が付いて振り向いた横っ面に、乗っていたミサイルも含めた銃火器をぶっこんでいく。

ひゃー!相変わらずの硝煙パラダイス!!

男の子ってこういうのが好きなんでしょー!?

 

「よっと!!」

 

わたしもまずはミサイルをぶつけてやる。

炎と煙に巻かれるアダムだけどさすがボス、負けじと錬金術を放ってくる。

それらを足場にしながら接近して、顔を殴り飛ばす。

離脱ついでに反撃を回避すると、入れ替わるように切歌ちゃんが躍り出た。

 

「デーッス!!!」

 

アダムを絡めとる拘束具。

わたしが遮蔽物になったから、反応が遅れたらしい。

『ざまみろ!』と思ったところで、切歌ちゃんの『断殺・邪刃ウォttKKK』が叩き込まれた。

寸でのところで拘束から脱出の上、避けられてしまったけれど。

首元が深く傷ついたのが見える。

 

「やあああああああッ!!」

 

すかさず反対側に駆けつけた調ちゃんが、同じく首元を斬りつけようとするけど。

これはさすがに対応されてしまった。

すぐに反応して振り回された腕。

直撃こそしなかったものの、風圧に煽られて飛ばされてしまう。

幸い、切歌ちゃんが駆けつけたので心配はいらなさそうだ。

 

「消えろオォッ!!」

 

おっと、こちらの反撃を生意気に感じたらしい。

アダムは両腕にエネルギーを溜めると、こっちに向かってぶっ放してきた。

ドラゴ〇ボールの某野菜王子みたいだなと思っていると、翼さんがビームの真正面に立ちふさがって。

 

()ェイッ!!!」

 

上段からの、縦一閃。

ごん太ビームは見事、真っ二つに両断されてしまった。

お見事!

飛び散った流れ弾も、マリアさんが対処している。

 

「ッシンフォギアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」

 

アダムの咆哮に、空気が揺さぶられる。

すごい威圧感・・・・モ〇ハンとかよく見る光景って、実際はこんな感じなんだろうな。

なんにせよ・・・・。

 

「一筋縄でいくと思うなよッ!!」

 

衝動のままに、両手を打ち合わせる。

手甲が合体して、ひと振りの槍に変化した。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「――――ぁ、れは」

 

――――『それ』が顕現した瞬間。

全てが支配された。

現場の敵と味方はもちろん、モニターで戦況を見守っていた面々すらも。

逆らい難い存在と、威厳と、恐怖を放っていた。

見た目は『槍』だと判別できる。

奏とはまた違うデザインの、蒼炎が揺れる一振り。

決定的に違うのは、目にした時に抱く感情だ。

視線を奪われるなんてものじゃない。

『簒奪』か、『略奪』か、それとも『強奪』だろうか。

そんな暴力的な注視を強要される。

 

「あれ、は・・・・何だ・・・・!?」

 

あの弦十郎ですら、明らかな怯みと狼狽を見せる始末なのである。

S.O.N.G.スタッフ達が、歯の根をがちがちと震わせるのも無理はないことだった。

 

(ど、うして)

 

同じく視線を釘付けにされていた了子は、また別の驚愕と動揺を抱いていた。

だって、覚えがあったからだ。

この絶対的な恐怖と、被支配感に。

 

(どうしてッ・・・・!?)

 

確信を持った瞬間、足元の気配が強くなったのは。

今この瞬間に強く意識したからか。

――――あるいは、こちらが感づいたことを察知されたのか。

 

『ッうおおおおおおおおおおお!!!』

「ひいぃッ・・・・!」

 

轟く雄叫びに、とうとう誰かの悲鳴が上がる。

響は、味方であるはずの戦姫や銃後をも威圧してしまいながら。

同じく恐怖に立ち竦んで動けないアダムへ、突撃。

肉薄しようとして。

 

『ぐ、あ・・・・!?』

 

その進撃を、突如止めてしまう。

濁ったオーラに包まれながら体制を崩し、自由落下を始める響。

全てを支配していた威圧も消えて失せ、各々がどっと息を吐いたり、呼吸を取り戻したりしていた。

 

「ッぁ、そ、そうか!響さんはまだ、反動汚染の除去が・・・・!!」

「・・・・・なるほど、それで」

 

喉まで出かけた『助かった』を飲み込みながら、了子は苦い顔をする。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「ぐあぁッ!!!」

 

いっっっっっっっっでぇ・・・・!!!

『わたしもぶちかますぞー!』と意気込んだのがいけなかったのか、ギアが突然不調を起こして。

地面に激突してしまった。

めちゃくちゃ痛ぇ・・・・絶対どっか折れただろこれ。

ここはどこかのアリーナか、あるいはコンサート会場だったりするのかな・・・・。

すまんな、大穴開けて・・・・。

 

「――――フ」

 

屋内の反対側。

わたしと向き合う形でアダムが降り立つ。

くそ、攻撃が来る。

立て、立て!

立って、あいつの野望を断て!

ここで寝転んでいる時間なんてないぞ!

なんて焦っているこっちなんてお構いなしに、アダムはぶるぶる震えたかと思うと。

 

「フアハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッッ!!!!!ハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!ハハハハハッ!!!!」

 

こっちまでびりつくような大爆笑。

え、めっちゃ笑うやん。

 

「嗚呼ッ!!嗚呼ッ!!嗚呼ッ!!」

 

ハイテンションのまま、顔面をバリバリ掻き毟りもしてしまう。

いや、こわ。

何?

何してんのあなた?????

 

「言うのかッ!!無駄だとッ!!言うのかッ!!無意味だとッ!!」

 

多分血液まみれの顔面が、両手で隠される。

だけど、指の間からは爛々と光る眼が覗いていて。

何が何だかよく分からないけど、とにかくブチ切れているというのだけは伝わってきた。

 

「どこまでもッ!!どこまでもッ!!どこまでもッ!!・・・・・どこまでえェッ!!」

 

そのまま地団太まで踏み始めるもんだから、こっちは立ち上がるどころの話じゃない。

とにかく地面にしがみついてやりすごしつつ、相手からは視線を外さないようにする。

 

「アヌンナキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッ!!!!!」

 

・・・・・なんだか。

ただの地団太っていうより、足元にあるものというか。

この星か、あるいは世界のそのものに当たっている様にも見えた。

思えば、あいつもなかなか可哀そうなやつだよな・・・・。

産まれてすぐに『いらない』って捨てられて、見返すために死に物狂いで頑張ってきたんだろう。

それが今、全部ぶち壊されそうになっているんだ。

そりゃやけにもなるか・・・・。

――――んでも。

それはそれ、これはこれ。

同情はしても、容赦はしない。

負けられない理由なら、勝たなきゃいけない理由なら。

こっちにだってある。

事実、あいつの所為で犠牲が山と出てるんだ。

止めるんだ、ここで。

確実に・・・・!

 

「・・・・ここまでだよ、神殺し」

 

癇癪を終えたアダムが、とうとうこちらを捉えた。

あの嘴どころか全身を開いて、チャージを始める。

やべぇ、言われずとも分かる。

とんでもねぇビームが来る!

だけど、くそ。

立ち上がれたはいいけど、今になって気が付いた。

ギアがうんともすんとも反応しねぇ・・・・!!

心なしか、色落ちしてモノトーンになってるし。

くぅッ、ごめんガングニール。

君、もう限界やったんやな・・・・!

 

「立花ァッ!!!」

 

万事休すかと思ったところへ、翼さんの声。

とうとう放たれたビームから、思わず視線を逸らして見れば。

みんながギアのエネルギーを飛ばしてくれている。

・・・・ガングニール。

あと一歩だけでいい。

頑張ろう!!

 

「はあぁッ!!」

 

受け取ると同時に、ビームが着弾。

・・・・一瞬だけ、意識が飛んでしまったけれど。

 

「フフフフフ・・・・アッハハハハハハハ・・・・!!」

 

笑ってるとこ悪いね、アダム。

こっちが一手早かったぞ!!

 

「何・・・・!?」

 

アガートラームのバリアに驚いているらしい。

ふふふ、これだけだと思うなよ!!

 

「借りますッ!」

 

アメノハバキリの蒼ノ一閃に、切歌ちゃんの呪りeッTぉ。

指を落として生まれた分身は、シュルシャガナの禁月輪で次々切り捨てていく!

なんでみんなの技を使えてるかって!?

いや・・・・知らん・・・・こわ・・・・。

あ、あの、ほら!

あれだよ!

ガングニールが頑張ってくれてるんだよ!

みんなにエネルギーもらったし、なんかこう、うまいことやってくれてるんだよ!

 

「いいてもんじゃないぞ!ハチャメチャするも!」

「うわッ!?」

 

なんてアホなこと考えていたからか、アダムにまんまと掴まってしまった。

そのまま握りつぶそうと力を込めてくる。

ぐえーッ!苦しーッ!

 

「吹っ飛ばせ!アーマーパージだ!!」

「ッはあああ!」

 

クリスちゃんの声が、打開策へ導いてくれた。

ギアを解き放ってアダムの指を吹き飛ばす。

そのまま腕に飛び乗って、駆け抜ける。

 

「無理させてごめん、あとちょっとだけお願い・・・・!」

 

アダムが、また捕えようと手を伸ばしてくる。

こちらは丸腰、ガングニールが答えてくれるとも限らない。

だとしてもッ!!

こちらの戦意が揺らぐことなど、有り得ないッッ!!

例えギアを纏えずともッ!みんながくれた手助けをッ!

この拳に、この一撃に!!!

わたしのッッ!全てと共にッッ!!

 

――――ようやく借りを返せるワケだッ!

――――利子付けてッ!熨斗付けてッ!

 

声が、聞こえる。

 

――――支配に反逆する革命の咆哮をッ!ここにッ!

 

「balwiシャル・・・・!ネスケェル、ガングニールッ・・・・!」

 

歩く道は違っても、同じ方向を向いている人達が。

背中を押してくれているッ!!

 

「トロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッッ!!!!!」

 

燃える魂のままに、ギアを掲げれば。

 

――――ひびき

 

そっと、手が添えられたのが見えた。

 

「うあああああッ!!!」

 

掴んできた手を、弾き飛ばせば。

全身に、黄金の輝きが寄り添ってくれていた。

 

「黄金錬成だと!?錬金術師でもない者がァーッ!!」

 

指が縄の様に伸びてくる。

体を翻し、時には足場にしながら。

アダムの懐へ飛び込んで。

 

「うぉあ"あ"あ"ッ!!!」

 

まずは、一発。

続けて、二発。

反撃の隙を与えず三発。

四、十、千、万、億ッッッッ!!!

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!」

 

喉がつぶれるくらいに雄叫んで。

叩き込む、叩き込む、叩き込む。

叩き込むッッ!!!

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッッッ」

 

『やれやれだぜ』な御大にッッ!!捧げつつッッ!!!

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッッッッ!!!!!!!」

 

胴体がべっこべこになろうとッッッ!!勢いのあまり宙に浮かぼうともッッッ!!

例えッッッ!!!泣いて謝ってもッッッ!!!!

この拳を止めることだけはッッッッ!!!!有り得ないと心得ろオオオォッ!!!!!

 

「オオオオオオオオオラアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!」

 

天井をぶち抜く!

天高く放り上げる!

無防備になったど真ん中に、最後の一撃を抉りこむウッ!!!!

 

「はああああああああああああッッ!!!」

 

始めは拳を当てた時、次は腕のバンカーで。

二重のインパクトでッ!!ありったけをッッ!!ぶち込むッッッッ!!!!

 

「――――砕かれたのさ、希望は今日に」

 

勢いあまって貫き通り過ぎた後ろで、アダムの体が罅割れていく。

 

「絶望しろ、明日に・・・・未来にッッ!!!」

 

嗤う目が、こちらを捉えて。

 

「精々足掻け、『尖兵』ッ!ハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

――――そんな言葉を最後に。

爆発四散した。




「――――全ては、想定」

「全て、そうでなければならん」


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根付いた絶望

長く続いたAXZ編。
これにておしまいになります!


『――――やはり、各国は及び腰か』

「はい」

 

国連本部、とある一室。

人目を忍ぶべくこの部屋を選んだ男性は、一通りの報告を終えた。

画面の向こうで難しい顔をするのは、髪がすっかり白みきった老人。

 

「反応兵器の使用に遺憾こそ示していますが、それ以上の追及はありません」

『・・・・神の力、その暴威を目の当たりにしたからか』

「そう判断してよろしいかと」

 

――――生剣(いするぎ)家現当主、『生剣劒厳(けんげん)』。

国連本部に身を置くのは、息子にして嫡男の『正誓(まさちか)』。

それぞれ、()()()()()()()()()()()()()

 

「加えて、あの立花響という少女の・・・・」

『アレ、か』

 

顎髭を撫でながら、顔が更に険しくなった。

国連でも、各国現地でも。

話題にこそ上がらぬものの、誰もが認識している。

恐怖の権化とも言うべき、あの一振り。

 

「・・・・あのご老公は」

『あの力が魅力的に見えておることだろう、手に入れんと動くだろうな』

 

思い出した畏怖に呑まれぬように、すぐに話を切り替える。

二人の脳裏に浮かぶは、同じ人物。

 

『如何なる手段も躊躇わず、確実に』

 

国土を守るためならば、血を分けた身内すら犠牲にすることも厭わない。

――――敗戦から百年余り。

軍隊()をもがれて、力を失った日本の。

文化と、尊厳と、権利を守り続けたことを差し引いても。

まさしく『外道』と呼ぶほかない、『怪物』。

 

『お前も心せよ正誓。最悪、我らの《役目》を果たさねばならぬ』

「父上、それは・・・・!!」

 

生剣の役目。

『もしもの時は、風鳴(さきもり)を殺す』という、役目。

 

「・・・・・姉上は、どうなさるでしょうか」

『・・・・』

 

正誓の問いかけに、目を閉じてしばし口をつぐむ劒厳。

やがて、ゆっくり瞼を開けて。

 

『・・・・あれに降りかかった危難について、お前が責を負う必要はない、婿殿もよくやってくれていた』

 

まずは、そう断言する。

今もなお、忌々しい出来事。

風鳴と生剣。

すわ、両家が事を構えるかと、誰もが緊張した。

その火消しを行ったのは、娘婿。

己も同じくらい傷ついていただろうに、国防が揺らがぬよう骨身を砕いて駆け回っていた。

生剣が刃を収めたのは、その姿を目の当たりにしたからに他ならない。

 

『ましてや、ただ産まれただけの子に罪を問うなどと』

 

そして。

そんな出自でも、命火を守る守護者として大成してくれた。

風鳴翼(孫/姪)の存在。

手心を加えるには、十分な理由だ。

 

『落ち度があるならば、それは儂である。訃堂が魍魎であることを失念していた、この儂一人にな』

「・・・・父上」

 

画面の向こうから、老いてもなお衰えぬ視線が見据えてくる。

 

『もちろん、全て仮定に過ぎぬ。杞憂に終わる可能性もある』

 

しかし、敵対を前提に話をしなければならないほど。

近年の訃堂は、不穏な動きを見せていた。

 

『――――とはいえ、難しいものだの』

 

次の瞬間、参ったなと言いたげに目尻を下げた。

 

『今の風鳴には、失うに惜しい者達が揃っておる。もし事を構えるならば、彼らが死ぬことないように努めねばな』

「・・・・・その時は当然、この正誓もお供いたします」

 

胸に拳を当てて、名にある通り誓いを立てる息子を。

劒厳はどこか微笑ましそうに見つめてから、顔を引き締める。

 

『ひとまず、今しばらくは各国の動向を注視せよ。彼奴が乱心する一番の要因は、外つ国の干渉である』

「はっ」

 

通信が終わり、緊張が解けた正誓は。

ほう、と息を吐く。

続いて思いを馳せるは、己の実姉。

 

(姉上、どうか早まることのないように・・・・)

 

・・・・母が、我が子を手に懸ける。

その最悪の未来だけは、回避しなければならないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あったかいもの、どうぞ」

「ん?ああ、あったかいもの、どうも」

 

S.O.N.G.、技術班オフィス。

一人残っていた了子の脇から、コーヒーが差し出される。

見上げると、弦十郎が見下ろしてきていた。

 

「エルフナイン君は?」

「今日はもう上がらせたわ、なんたって素敵な日なんだから」

 

不思議そうにオフィスを見渡した弦十郎に、了子がカレンダーを指し示せば。

納得した顔で頷いた。

 

「とはいえ、君も根を詰めすぎるなよ」

「ええ・・・・でも、どうしても気になるのよ」

 

キーボードを叩く手を止めないまま、了子が神妙な顔をすれば。

 

「響ちゃんに、どうして神の力が宿ったのか・・・・・『アレ』のこともあるから、どうしてもはっきりさせておきたくて」

「ああ」

 

理由を聞いた弦十郎もまた、同じ表情になった。

 

「バラルの呪詛により、生まれながらに原罪を背負っている・・・・有体に言えば、穢れている。だから人類は神の力を宿すことは出来ない」

 

データを開いては閉じ、閉じては開き。

草むらをかき分ける様に、瞬時に情報を取得していく。

やがて、一つの画像に辿り着いた。

一年前の執行者事変。

黒い竜に噛みつかれている未来の姿。

 

「――――まさか」

「何か分かったのか?」

 

了子の手が止まったことで、何かがあったと確信した弦十郎が、身を乗り出してくる。

少し沈黙してから、『仮説の段階を抜けない』と前置きして。

了子は、件の画像を指さして。

 

「多分、ここで浄化されてしまったんじゃないかしら」

「と、言うと?」

 

素直に続きを促してくる弦十郎を見上げて、了子は続ける。

 

「知っての通り、この頃の神獣鏡はいっそ暴力的なまでの浄化の力を誇っていたわ。その光を大量に浴びたことで、響ちゃんの呪詛が解かれてしまったとしたら・・・・」

「・・・・なるほど。確かに、現状その体験をしているのは響君だけ・・・・」

 

顎に親指を当てて、納得に頷く弦十郎。

だが、すぐに思い出した。

 

「待て、了子君。その理屈で行くとッ・・・・!?」

「・・・・ええ」

 

了子は金色の瞳を細めて、画面を見つめる。

 

「あの時、光を浴びたのは・・・・響ちゃんだけじゃない」

 

荒ぶる竜を、身を挺して鎮めようとする未来。

浮上した可能性に、憂いを禁じ得ない。

そして、

 

(――――もう、一つ)

 

もう一つ。

了子には、懸念がある。

思い返すだけでも悍ましい、あの気配。

響が顕現させた、逆らい難い恐怖。

 

(――――何を、お考えなのですか)

 

足元の遥か奥底。

そこに座す存在に、返事を期待できない問いを投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絡めとって、そっと引く。

指の間を、黒い絹の様な髪が通り抜けて。

想定よりもずっと早くに抜けきってしまった。

 

「・・・・なぁに?」

「ん・・・・短いのも似合うなって」

「ふふふ、そうでしょう?」

 

――――昨日は、一週間遅れた誕生日パーティーだった。

装者のみんなや、香子、弓美ちゃん達も来てくれて。

ご近所迷惑に気が回らないくらい、ものすごく賑やかだったと思う。

・・・・・いや、例えだよ?

みんなちゃんと節度は守ってたよ?

調ちゃんの料理に舌鼓うったり、翼さんの片付けスキルの成長に感動したり。

エルフナインちゃんにガセネタ吹き込もうとして、クリスちゃんにしばかれたり・・・・。

スピード、七並べ、ババ抜きと言ったトランプも存分に楽しんだ。

なんか、人生で一番充実した誕生日じゃなかろうか。

 

「ッけほ・・・・」

 

考えていると、未来が咳き込んだのが聞こえた。

すかさず背中に手をまわして、ゆっくりさする。

幸い、すぐに止まる大したことのない咳だった。

・・・・癒えない傷を、長い間肺に抱えていた未来の体は。

すっかり弱り切ってしまっていた。

慢性的に咳は出るし、微熱に伏せることもある。

香子が、そんな未来を気遣って、クリスちゃん家に泊まりに行くくらいには。

痛々しい様だった。

 

「――――来年も」

 

また咳き込まないよう、慎重に声を出した未来が。

明るく、幸せそうにはにかんで来る。

 

「来年も、楽しい誕生日になるといいね」

「・・・・うん、そうだね」

 

まるで、お母さんみたいに語り掛けてきた笑顔を。

そっと、抱きしめる。

 

「来年も、再来年も、今度の未来の誕生日だって」

 

――――愛しいこの温もりが。

生きて、この腕の中にいる。

 

「きっと、きっと、楽しい誕生日になるよ」

 

これに勝る幸福が、果たしてどこにあるのだろうか。




また例のごとく小話を更新したら。
いざ、XV・・・・!


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閑話:小ネタ14

AXZ編閑話です。
以前(仮)として上げたものの、再投稿となります。


『はじめてのちゅう』

 

海辺の町の立花家。

リビングにて、ただごとではない雰囲気で向き合っている者がいる。

一方は最近新たに家族となり、ご近所さんからもマスコット認定されつつあるクロ。

もう一方は、飼い主である香子だ。

いつもお互いがお互いを大好きと言って(行動もして)憚らない二人が、何故剣呑な雰囲気になっているのか。

それは、香子の手にある空のプリンカップが原因だった。

一見普通の犬に見えるクロだが、正体は錬金術によって生み出された哲学兵装。

その身に帯びた神秘は、ノイズを退けるほど濃い。

なので、それを由来とした普通の犬との差異も多々ある。

例えば、そう。

人間の食べ物を、問題なく食べられるところとか。

 

「・・・・クロ」

 

永きに渡る睨み合いを制し、先ほど負けを認めて視線を逸らしたクロへ。

香子はたっぷり沈黙を保った後で、厳かに名前を呼んだ。

 

「わたしのプリン食べたでしょ」

 

びくん、と体を跳ね上げたのが運の尽き。

香子の頬が、みるみる膨らんでいく。

 

「楽しみにしてたのに・・・・ちょっとお高いとこのプリン」

 

父が職場でもらってきたプリン。

たまごと牛乳にこだわっているというプリン。

先に食べたらしい祖母が、『カラメルが香ばしい』とほころんでいたプリン。

宿題後の楽しみにしていた、有名店の絶対おいしいに違いなかったプリン・・・・!

 

「きゅ、きゅぅん・・・・」

 

今更平伏したところでもう遅い。

必死に許しを乞うてくるクロの目の前で、香子はあの腕輪がはまった右手を掲げて。

 

「さすがに、お仕置きです」

「きゃ、きゃい・・・・!」

 

逃げ出そうとするも、意味はなかった。

大きく息を吸い込んで。

 

「―――クロッ!()ッ!!」

 

クロの目に帯電する腕輪が映るのと、甲高い悲鳴が上がったのはほぼ同時。

――――食べ物の恨みは、いつだって恐ろしいものなのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『最初の贈り物』

 

「うおっ、なんだありゃ?」

「香子ちゃん?何してるんだろう・・・・」

「ワンちゃんまみれデース」

 

S.O.N.G.本部、シミュレーションルーム。

自主練に来たクリス達が見たのは、分厚い本を片手にうんうん唸っている香子の姿。

周囲を同じ見た目の子犬達が囲んでいる様は、どこかの絵画にありそうな光景である。

 

「えーっと・・・・じゃあ、君はみなみちゃん、そっちがななちゃん、あなたはともかず君で、それから・・・・」

 

どうやら子犬達には何らかの法則性があるようだ。

指を向けられて名前を呼ばれた者は、その集まりらしい一団に加わっていく。

 

「君はあおいちゃん」

「ばうっ」

「あれっ、男の子?じゃあ、あおい君でいい?」

「わんっ!」

 

時折ちょっとした抗議(?)を受けながらも、ぶつぶつ呟いている香子。

 

「うーん、どうしよう・・・・」

 

随分長い間、同じ姿勢で頭を悩ませていたようだ。

ぐっと伸ばした両手両足を投げ出して、ごろんと仰向けになってしまった。

 

「よっ」

「あ、クリスちゃん、調ちゃん、切歌ちゃん」

 

何にせよ、ひと段落したのは確かな様なので。

タイミングを見計らっていたクリス達は声をかけた。

 

「さん、だろ」

「何してるデスか?」

「辞書?」

 

最近、姉を真似してちゃん付けで呼び始めた香子を窘めつつ、クリスが手元をのぞき込んでみると。

『人名辞典』と書かれた分厚い本が、まだまだ小さな手に握られていた。

 

「えっと、クロ以外の子たちが、クロと合体しちゃったんですけど」

「ああー、了子がなんか言ってたな。あんときの連中みんなか?」

 

――――影狼事変の後、『フェンリル』と仮称をつけられたクロは、その後様々な検査と実験を経て。

己を核とし、あの日確認された76体全てのブラックドッグを内包していることが判明したのだ。

それに伴い、『あらしのよるに(ワイルドハント)』と名称がさらに変わっただけでなく。

週一でS.O.N.G.に通い、今後も検査や実験などに協力するのと引き換えに。

香子には『国連からの支援』という名目で、響達装者と同じように給料が支払われることとなった。

経験のない数字が並んだ通帳に、香子本人はもちろん両親や祖母も狼狽えたものの。

 

『70以上も怨霊解き放つのに比べたら、お財布痛めてでも抑えてもらう方がよっぽどいいって判断したんだろうね』

 

という姉の一声で何とか収まったのは、香子の記憶に新しい。

 

閑話休題(話を戻そう)

 

そんな事情を響が話していたと思い出しながら、クリスは改めて香子を見た。

 

「で、辞典片手に名前つけてるってか」

「うん、この子達、人間だったころの名前を持ってる子もいれば、持ってない子もいるから」

 

訳を話しつつ、手近にいた子の頭を撫でる香子。

 

「これから、みんなの親みたいなものになるんだし、ちゃんと名前を付けてあげたいなって」

「・・・・そっか」

 

クリスはもちろん、他の子達と遊び始めていた調や切歌も、納得の表情を浮かべる。

『彼ら』の生まれを、知るが故の反応だった。

 

「とはいえちょっとネタ切れ、みなさん手伝ってくれません?」

「はは、しょーがねーな」

 

辞書の補助があるとはいえ、さすがに頭を使いすぎて疲れたらしい。

だらしなく寝っ転がった香子を見下ろして、クリスは顔をほころばせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『親世代以上の親戚が構ってくれるアレ』

 

「・・・・ん?」

 

いつものS.O.N.G.本部。

書類を受け取って技術班に戻って来た響は。

届け先である了子が、エルフナインや妹の香子と話し込んでいるのを見つけた。

 

「何してるんですー?御三方」

 

『香子と了子さんって、名前の雰囲気が似てるな』なんて思いながら、ひょっこりのぞき込んてみれば。

 

「――――とまあ、この仕組みはこんな感じかしら」

「へぇーッ!」

「さすが了子さん、分かりやすい・・・・」

 

ハンディサイズのホワイトボードを片手に、子供二人へ教鞭をとっていたらしい了子がいた。

しかもホワイトボードには、およそ小学校では習わない(少なくとも響は習った覚えがない)レベルの数式や化学式が書き込まれている。

 

「あ、お姉ちゃん。もうそんな時間か」

「ア、ぅ、ウン。香子はそろそろ上がりだけど・・・・え、何してたの?」

 

妹が高度な知識を前に平然としている動揺から抜け出せないまま、響が問いかけると。

香子はあっけらかんと答えたのだ。

 

「了子先生に、錬金術を教えてもらっていたの」

「ウッッッッッッソやん???????」

 

『アインシュタインに数学を教えてもらった』ばりの返答に、大きく目をむいた響。

珍しい反応が面白いのか、了子は声を上げて笑いながら訳を話してくれた。

最初は、香子とクロが受ける実験や検査の趣旨を説明するための工夫として、エルフナインが錬金術の解説を入れていたのが始まりらしい。

そこから興味を持った香子は、検査でなくてもちょくちょく質問をするようになった。

その様子を見つけた了子もまた、彼女らが躓くたびに助け舟を出すようになり。

やがて、自ら教鞭をとる今の状況が出来上がったということだった。

 

「『想い出』をエネルギー源にするのは全力で止められたから、今はそれ以外で扱う方法ないかなって考え中!」

「いわゆる『電源』を外付けにするって発想に自力で辿り着くあたり、将来が楽しみよこの子」

 

妹が褒められてうれしい半分、意外と遠いとこまで進んでると寂しい半分の中。

脱力していた響は。

 

「今のところ最有力候補は、概念を乗せやすい宝石や貴金属などですが。将来的には電池などのローコストなものに魔力をためることができれば・・・・!」

「――――えっ?」

 

エルフナインが放った言葉に、体を強張らせた。

『想い出』を消費しないために、バッテリーを外付けにする。

それはいい。

最適な素材を検討する。

それはいい。

しかし、ローコスト化。

しかも電池など、一般人でも気軽に手に入るものにするだって?

 

(それ、銃弾が簡単に手に入るようなものなんじゃ・・・・)

 

響の背中を、うすら寒いものが滑り落ちる。

弾丸を撃ち出す銃(れんきんじゅつし)さえいれば、後は銃弾(まりょく)をそろえればいいだなんて。

いや、もしかしたらすでにその発想に至っている者がいるかもしれない。

錬金術師は大抵が長生きだ。

ともすれば、香子達の様な発想に至っていても――――

 

「そのための私よ、早まらないの」

「あたっ!?」

 

額を指ではじかれて、我に返る響。

『考え丸見え』と笑った了子は、茶目っ気たっぷりのウインクを投げてきた。

 

「最悪を回避するためにも、子ども達を導くのは大人の役目・・・・中々うまくいかないことも多いけどね」

 

しみじみとした視線の先には、熱く議論を交わす少女達。

了子の目に、彼女達のどんな将来が見えていることだろうか。

 

「まあ、ここは任せて頂戴。人類史五千年の知識と経験は、伊達じゃないのよ」

 

こちらとかちあった金色の瞳が、柔く微笑んだのが見えた。

切り替えて、ヒートアップする香子とエルフナインをたしなめ始めた背中を見る響。

背負いそうになったものを、すっかりかっさらわれたものの。

不思議と悪い気はしない。

 

(いい大人に恵まれたもんだなぁ)

 

笑みを一つこぼして、輪の中に加わるのだった。



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閑話:小ネタ15

実質のAXZ編閑話第一弾です。


『だいたいそんな感じ』

 

――――かの女王が君臨したのは、現代より二千年ほど前のこと。

農業が浸透し、水の需要が増えたことを主な原因とした、戦乱の世に悩まされていた人々は。

武力による支配ではなく、託宣による導きを求めた。

そこで白羽の矢が立ったのが、年若い一人の娘。

中国の歴史書『魏志倭人伝』をして、『卑弥呼(ヒミコ)』と呼ばれた。

日本最古の女王である。

 

「・・・・ん?」

 

邪馬台国、ヒミコの宮殿。

この時代には最先端の、青銅の武器を携えた門番は。

複数の農民たちが近寄ってくるのに気が付いた。

 

「なんだ、お前達?」

 

矛を握る指先に力を込めながら、怪訝に問いかける。

 

「・・・・なあ、番兵さん。女王様は、大丈夫かね?」

「何?」

 

神妙な顔をしていた一人が、意を決して口を開き。

そんなことを問うてくる。

 

「例の『でいだらぼっち』は、何か悪さしてないだろうね?」

「・・・・ああ、そのことか」

 

彼らのいう『でいだらぼっち』とは。

少し(現代の感覚で一月ほど)前、供もつれずに散歩に出たヒミコが連れ帰ってきた。

『おそらく女性』のことだろう。

果たして生き物なのかと疑うような白い髪に、血の如き真っ赤な瞳。

そして、女どころか男すら凌ぐほどの背丈とくれば。

確かに同じ人間と認識することは出来まい。

 

「神様にお伺いを立ててくれるあの方がいたから、あたしらは苦しい戦から解放されたんだ!」

「そうだそうだ!もし何かあって、あの悍ましい日々が戻ってくるなんてことになったら・・・・!」

「まあ、待て待て、落ち着け」

 

矛の柄尻で地面を打ち、彼らを制する門番。

農民達も階級の高い彼に従い、ひとまずは口をつぐんだ。

 

「確かにあの女、見た目も身の上も悉く怪しいったらありゃしない。が!ヒミコ様に何か出来るかどうかというと、そうでもないと思うぞ」

「そ、そうなんですかい?」

「ああ、それどころか、あの方に随分可愛がられて、すっかり牙も毒も抜けたと見える」

 

まず、彼らの心配ごとに寄り添ったうえで、懸念は不要なものだと告げる門番。

虚を突かれて呆ける農民達へ、にまっと笑いかけて。

 

「さっきも女王様にあっという間に転がされて、膝に乗せられとったらしいぞ。最初こそ『起こしてくれ、起こしてくれ』と歯向かっとったが、結局大人しくしてたとか」

「へぇ・・・・」

「だ、だども・・・・!」

 

聞けば聞く程、幼子や犬に対するような扱い。

しかし、あの異様なイメージを完全に払拭出来たかと言えば、否だ。

農民の一人が、なお食って掛かろうとしたときだった。

 

「――――お、お待ちください!御師様!まだお勤めが残っているでしょう!?」

 

門の向こう、宮殿の敷地から二人組が走ってくる。

一人は、大陸からもたらされた青い羽織を着て。

もう一人は、血の様な赤い目を困らせて。

 

「占いはいつでも出来るけど、アケビは今しか食べられないのよ!急ぐわよ!イヨ!」

「あ、アケビは逃げませんから!」

「甘い甘い!動物達に食べられちゃうわ!」

 

賑やかに門までやってきた彼女達は。

 

「あ、ちょっと丘まで行ってくる!イヨもいるから安心してーッ!」

「この人達あなたがいないと安心出来ないんですよーッ!?」

 

あっという間に門を飛び出していってしまった。

 

「な?」

「・・・・確かに」

「さすがヒミコ様じゃ、『でいだらぼっち』を引き回しておったわ」

 

その様を目の当たりにしてしまっては、毒気も抜けようというもの。

とっくに砂粒となった二人の背中を見送りながら、農民達はすっかり肩の力を抜いていた。

――――過ぎ去る二人の、不思議な声の変化が。

『ドップラー効果』と名付けられるのは。

彼らから続く、遥か先の子孫の時代のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Iam an apron girl...』

 

用意するのは鶏もも肉。

筋や骨の欠片を取り除き、血も洗って落とす。

水気をよく拭き取ったら、一口大にカット。

すりおろした生姜とにんにく、醤油、酒を、ジッパー付の袋に入れて漬け込む。

その間に米を炊き、野菜類を用意すれば頃合いだ。

取り出して調味料を切った鶏肉に、全卵一つを揉み込んで。

片栗粉と小麦粉を、一対一で混ぜた衣を纏わせたら。

160℃から180℃の油で、まずは一分半揚げる。

バットに取り出し、余熱で火を通したら再び揚げ。

中まで火が通ったら、仕上げに200℃の高温で3~40秒ほど揚げれば、完成だ。

 

「――――失礼します、サンジェルマン様。軽食をお持ちしました」

「ああ、ありがとう。そこに置いてちょうだい」

「はい」

 

日本、パヴァリア光明結社の根城。

幹部の執務室となっている部屋に入ったイヨは、持っていたお盆を指示通り置くなり。

一礼して去っていった。

 

「な・・・・な・・・・な・・・・ッ!」

 

イヨが入ってきてからずっと、目を丸くしていたカリオストロは。

テーブルに置かれた、輝かんばかりの『軽食』に一瞬言葉を失い。

 

「なにこれーッ!?」

 

素っ頓狂な声を上げた。

まず目を引くのは、蒸気に包まれ亜麻色に輝く『カラアゲ』。

次にピックに刺されたきゅうり、トマト、チーズの『ひとくちサラダ』とでも言うべき野菜類の彩が目を引き。

そして、ふっくらと握られた『オニギリ』のモノトーンが引き締めていた。

 

「うっま・・・・うんんまッ・・・・!」

「くっ、怪しさ満点の分際で滅茶苦茶美味いもの作るワケだ・・・・!」

 

さくさく、ぱりぱり、もひもひ。

悔しい悔しいと口にしながらも、次々手を伸ばして食べ物を口に入れていく。

 

「サンジェルマンも食べてみなって、びっくらこくわよ!」

「分かった、分かったから・・・・」

 

取り分けたものを差し出すどころか押し付けてくるカリオストロ。

そんな彼女を、まるで幼子のようだと思いながら。

サンジェルマンは皿を受け取って、一口。

カラアゲは噛むごとに肉汁が溢れ、オニギリは口に含んだ瞬間ほろりとほぐれる。

油と炭水化物で重くなった口内を、ひとくちサラダがリセットしてくれて。

 

(前から思っていたけれど、料理上手よね。イヨ・・・・)

 

サンジェルマンの下に来てからというもの、イヨはこうやって食事を振る舞ってくれる。

そのどれもが、研究や仕事の合間に摘まめて、かつ栄養や彩も考えられていて。

食べる相手を慮って作ってくれているのがよく分かった。

 

(・・・・もしかしたら、彼女にもいたのかもしれない)

 

手間をかけても惜しくないと思えるような、『おいしい』と綻ぶ顔に幸せを覚えられるような。

そんな存在が。

素性は不明、目的も定かではない。

しかし、確実に過去に何かがあったであろう新入りに思いを馳せながら。

サンジェルマンは、やや行儀悪くオニギリを頬張った。




弥生時代の平均身長は、男性が158cm~164cm、女性が148cm~150cm。
143は160後半のイメージなので、そりゃでかい図体(弥生時代基準)してる。


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閑話:小ネタ16

143エピソード第二弾です。


『贈られたもの』

 

「名前を、贈ろうと思うの」

 

――――望んだ場所に辿り着けなくて。

取り返しのつかなさに、呆然としていたところを拾ってもらった日。

米やどんぐり等の穀物を煮込んだ粥を、舐める様にゆっくり食べているところへ。

かがり火に照らされたその人は、そんなことを言ってきた。

 

「な、まえ」

「ええ」

 

教科書よりも幼い姿の彼女は、頷く。

 

「あなたの目的も、あなたの願いも『見/観/視』()えている。止めたところで、突き進むのをやめないでしょう」

 

だけど、と。

己の目元に、そっと触れて。

 

「あなたが深手を負っているのもまた、『見/観/視』()えているの。身も、心もね」

 

目が向けられる。

彼女を女王たらしめる、森羅万象を見通す視線が。

そっと、気遣うようにこちらを捉えた。

 

「だから、ここに留まりなさい。留まって、いろいろな知識を吸収なさい」

 

朗々と語る声は、不思議と耳に入り。

その言葉は、胸と心に鎮座する。

 

「・・・・・そうすることで、少しでもよい結果を掴めるはずだから」

 

まるで。

賢人が訪ねてきて、どっしりと居座るような感覚だ。

 

「・・・・・私の、目的を・・・・知ったうえで言っているの?」

「ええ」

「・・・・酔狂ね」

「そう思うわ」

 

困ったような笑みに、国の長たる威厳はなく。

あたたかい顔は、どこか懐かしいものを彷彿とさせた。

 

「・・・・・それで」

 

とはいえ、他に道はなさそうだ。

まだ『日本』という名前すらない、まさに黎明期。

仮にうまく断れて集落の外に出たところで、なんの手も入っていない厳しい自然環境が牙を剥いてくるだろう。

野垂れ死ぬのがオチだ。

 

「どんな名前になるのかしら」

 

やや温くなった粥を見つめてから、その人に目を移す。

すると、おもむろに立ち上がった彼女は、積まれていた木簡をあさり始めた。

 

「えっと・・・・これ・・・・ぃゃ、違う・・・・少し・・・・」

 

ぶつぶつ呟きながら流し読むこと、数分。

 

「――――壱与(イヨ)、はどう?」

 

粥を食べ終えた頃に、納得のいく結果を得たらしい。

満足げに笑みを浮かべて、二つの木簡を持ってきた。

 

「大陸の呪い師の、笛音(ディーイン)様に教えていただいたの。これが、一番・・・・最初とか、とても良いという意味で」

 

『文字はこれよ』と、広げたそれぞれを指さして。

伝えてくれる。

 

「こっちが与える、誰かに譲ったり、施したりという意味だそうよ」

 

『そういえばこの時代には紙がないのだった』と思い出している横。

きらきらと、明るい顔で。

彼女は言うのだ。

 

「一番愛したが故に、一番傷ついてきた貴女が・・・・・一番欲したものを、与えられますように」

 

・・・・・いいのだろうか。

与えられても、いいのだろうか。

殺めて、奪って、壊して。

そうまでしてとんでもない失態を犯してしまった自分が。

ずっと、ずっと、切望したものを。

与えられて、いいのだろうか。

 

「いいのよ」

 

そんな心を見透かされたのか、頬が両手に包まれる。

 

「与えられて、いいのよ」

 

病に伏せた我が子へ、母親がするように。

額同士をくっつけあう。

 

「大好きだったのよね、大切だったのよね。だからここに来たのだものね」

 

穏やかに語り掛けてくる声は、生まれた闇を掃ってくれた。

 

「だから、いいじゃない。少しくらい報われたって・・・・いいじゃない」

 

そっと、抱き寄せられる。

・・・・・例え千年前であろうとも、変わらない。

人の温もりと、聞いているだけで落ち着く鼓動に。

音もなく降りるフクロウのように、目蓋を降ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そんな遭遇』

 

――――サンジェルマンが彼女と出会ったのは。

結社に属しながら、他所の組織に情報を渡した裏切り者の始末に動いていた時だった。

戦闘力こそ大したことはないものの、隠れることに関しては頭一つ飛び出た集団だった。

だからこそ、アダムも重宝していたのだが・・・・。

挙句、逃げ足も速いと来た。

既にサンジェルマンは、これまで四回も逃げられている。

 

「――――こんばんは」

 

五度目の正直とばかりに、彼らを追いかけていた頃。

いい加減、この追いかけっこにもうんざりしてきた時だった。

 

「・・・・あなたは?」

「イヨ、と申します」

 

月明かりに照らされて、白い衣装を暗闇に映えさせたそいつは。

探し回っていた集団の構成員を一人、踏みつけた状態で捕獲していた。

 

「これは、あなたが?」

「ええ」

 

『イヨ』と名乗った彼女は足を退けると、構成員の首根っこを引っ掴んで。

サンジェルマンへ投げて渡す。

地面に転がった構成員は、低く苦悶の声を上げた。

 

「・・・・何が目的?」

「率直に申しますと、傘下に加わりたく」

 

そして、怪訝な目を向けたサンジェルマンへ。

恭しく膝をついて一礼したのだった。

・・・・少なくとも、攻撃の意思は感じられない。

だが、同時に意図も分からない。

豹変する可能性も捨てきれないが、判断材料がない。

 

「・・・・結社に入りたいと?」

「その通りです」

 

サンジェルマンは見据える。

大きな目玉が描かれた布面が、静かに揺れる様を。

 

「・・・・あなたを引き入れたとして、こちらに見返りはあるのかしら」

「そうですね、占いや呪いは得意中の得意です」

 

相手を測るべく問いを投げれば、人差し指を立ててすらすらと答えるイヨ。

 

「差し当たって、今貴女が追っている集団を見つけることが出来ますが、如何なさいます?」

 

まるでオススメを紹介する商人のように、両手を合わせて声を弾ませる。

サンジェルマンは、しばし沈黙した。

はっきり言って、まだまだ信用に足らない。

だが、やはり敵と断じるにも情報が足らない。

 

(・・・・手をこまねくくらいなら、いっそ採用してみるのも有り、かしら)

 

結論付けたサンジェルマンは、手を顎から離して。

イヨを見やる。

 

「・・・・・いいでしょう。そこまで豪語するのなら、ひとまず腕前を見せてもらおうかしら」

「まあ」

「ただし」

 

一見糠喜びを装うイヨへ、語気を強めて。

 

「こちらが使えないと判断した場合、採用の話はそれまでとさせてもらうわ。構わないわね?」

「ええ、ええ。一向に構いませんとも、力量を見ていただけるならば、それでも」

 

大きな目玉が描かれた布面が、ころころと心底嬉しそうに笑う様は。

ある種のシュルレアリスムさを醸し出しながらも、どこか可憐で。

 

(また、個性的な奴が現れたものね)

 

既に幹部として活躍している、カリオストロとプレラーティを思い出しながら。

サンジェルマンは、ひっそり息を吐いたのだった。




AXZ編オリキャラ

イヨ
パヴァリア光明結社の手先として現れた錬金術師。
その正体は、並行世界の未来(みらい)から来た『小日向未来』その人である。
AXZ事変後も続いた激しい戦いの末に、命に等しく大事だった響を失い。
結果として、響に甘え尽くしだった過去の自分を激しく憎悪するようになる。
自分が消えても構わない、ただ、響が生きてくれるなら。
他は何もいらなかった。
その愛の深さと重さの一旦は、『想い出』ではなく『愛』の焼却で錬金術を行使していたことから伺える。
なお、計画通りに未来(みく)を殺せていたら、次のターゲットは『鎌倉』だった。
『風鳴本家』の半径数百キロを徹底的に焼き尽くす計画だったようだ。
『あいつぜってぇ逃がさねぇ』という決意を感じる。



ヒミコ
言わずと知れた日本最古の女王様、教科書ほどふっくらしていない。
もはや『魔眼』とも呼べる凄まじい性能を持った『千里眼』の持ち主であり、その双眸に見透かせぬものはない。
それを用いた占いによる政治で、争いの絶えなかった八島に平穏をもたらした。
本人の性格はいたって温厚。
年頃の少女らしい愛らしさもある一方で、慈愛に溢れ、民や臣下を思いやる優しい心根の持ち主だった。
戦闘力は皆無であるものの、イヨが唯一勝てない人物である。


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閑話:小ネタ17

先日は日刊ランキングにて、総合48位二次創作32位を頂きました。
日頃よりのご愛顧、誠にありがとうございます。
これからも『チョイワルビッキーと一途な393』を、どうぞよろしくお願いいたします。


『ピンポイント』

 

「うーーーーーーーん・・・・」

 

ここは港町の小学校。

語学教育がすっかり定着した昨今では、英語に限らず様々な国の言語に触れる学習が多い。

本日六年生の『言語学』は、まさにそれをテーマにしたグループ学習が行われていた。

『くじ引きで当てた単語の、各国の表現を。最低五つ調べて発表する様に』

そんな課題の下、香子達も机と頭をくっつけ合っていたのだが・・・・。

 

「各国の『ごちそうさま』を調べなさいって、またニッチなお題を引いたね」

「今日ほど己のくじ運を呪う日はないだろうな・・・・うごご・・・・」

 

『こんにちは』や『ありがとう』ならまだしも、想像がつきにくい単語となると。

スマホを封じられている小学生には、少々ハードルが高い。

教師の方も、図書室から本を借りてきてくれたり、私物のノートパソコンを貸し出してくれたりと。

手詰まりにならないよう工夫はしてくれているものの。

本は獲物に集るピラニアの様に他のグループに掻っ攫われ、パソコンも長蛇の列が出来てしまっている。

出遅れてしまった香子のグループは、早々に手持無沙汰となってしまっていた。

 

「香子ちゃん、お姉さんが外国語得意だよね?何か知らない?」

「うーん、お姉ちゃんはともかく、わたしは大して知らないなぁ」

 

席替えで、運よく隣同士となった友人に聞かれたものの。

香子自身、出来るような手助けは特に思いつかなかった。

 

「そっかぁー・・・・」

「ごめんね」

 

『いいんだよ』と言ってくる友人に、香子は困った笑顔を浮かべて。

 

「『愛してる』なら、八種類くらいいけるんだけど」

「逆になんでそれだけ知ってるの!?」

 

――――その後。

話を聞きつけた別のグループに、『手伝うから手伝って!!』と頼み込まれたこともあり。

無事に課題をクリア出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『らーぶラーブLooooove!!』

 

「――――Je t'aime.」

 

それが始まったのは、ある日の昼下がりだった。

ソファに座った響の足の間に、挟まるようにしてもたれかかっていた未来は。

上から降ってきた言葉に、視線を上げる。

 

「――――Je t'aime à la folie.」

 

どこか愛おしそうに見つめてくる響の目に、未来もまた同じ目を向けて。

返事をする。

響はころころ笑ってから、未来の顔に手を添える。

 

「Ti amo.」

「我爱你」

 

未来も深く寄りかかって、頬に添えられた手を握り返した。

 

「Te quiero.」

「사랑해」

 

交わされる、様々な言語。

文字が違う、発音も違う、生まれた背景も違う。

そんな言葉達に共通しているのは、交わし合う彼女達が如実に表している。

 

「ふふふっ、Ich liebe dich.」

「Я люблю тебя」

 

あらん限りの語彙で、抱いただけの感情を。

思い切り相手に伝えあえば。

やがて溢れ出した愛情は、行動として表現される。

 

「んっ」

「は、む」

 

響は思い切りかがんで、未来は顎を上げて。

唇を交わし合う。

一つ、二つ。

ついばむ様に、はむ様に。

時折リップを鳴らしてから。

一度、呼吸を確保するために離れる。

上下だけでは物足りなくなり、体勢を変えようとする未来。

その前に響がソファから降りて、すっかり腕の中に収めてしまった。

再び数回キスを繰り返すと、たまらないとばかりに抱きしめる。

 

「・・・・I love you.」

「うん、愛してる」

 

互いの耳元に、囁き合う。

・・・・どちらともなく、内緒話をするように笑い合って。

再三、唇を近づけようとして。

どん!と。

壁が叩かれる音。

 

「よォーッ!邪魔してるぜーッ!!」

「はわわ・・・・」

 

――――今日、遊ぶ約束をしていたクリスと。

いつもの如く泊りに来ていた香子が。

顔を真っ赤にして突っ立っていた。

 

「ぉ、おつかい終わったよ!」

「人を使い走りにしといて、いい御身分だなぁ?ええ?」

「いや、ごめんて」

「二人ともありがとう、おかえりなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『切望』

 

――――その日、響が自宅に帰れたのは。

時計の針が、どちらも頂点を過ぎてからだった。

パヴァリア光明結社の残党処理。

アダムという抑止力を失った分、凶暴になった類の連中が。

夜中になってもなお元気に暴れ回ったために、夜分遅くになってしまった。

クリスや調に切歌といった学生組のフォローもあって、連日激務に追われていた響は。

とてつもなく疲労困憊だった。

そんな一瞬も気を抜けない任務の中でも、ずっと気がかりだったのは。

やっぱり未来のこと。

弓美達が世話を焼いてくれていたらしいので、一人ではないにせよ。

限られた時間だけ許された、メッセージアプリでのやり取りからは。

だいぶ寂しがっているのが見て取れた。

 

(明日は休みにしてもらえたし、未来に寂しい思いさせなくて済みそう)

 

なんて考えながら、リビングに入ると。

ソファの上で、何か動くもの。

暗闇の中、目を凝らしながらそっと覗き込むと。

未来が、何も羽織らないまま蹲って眠っている。

 

(なんでここに!?)

 

いつからそうしていたのか、どうしてベッドで寝ていないのか、風邪をひいてしまう。

一瞬で駆け巡った、いろんな心配事は。

手元のスマホが見えたことで、なんとなく心当たりを生んだ。

帰る直前(といっても十時間も前だが)に、『もうすぐ帰れそうだ』とメッセージを送った。

その直後に新たな残党が現れて、こんなにも遅い時間になってしまったのだが。

 

「・・・・自業自得じゃん」

 

ぽつりと、零れる。

己への落胆が。

深く息を吐き出してから、荷物を置いて。

未来を、そっと抱き上げた。

額同士をくっつけてみれば、最近いつも通りになってきた微熱。

先に寝ていてもよかったのに、体調不良を承知で待ってくれていた恋人を。

響は静かにベッドへ運ぶ。

繊細な品物を扱うように横たえさせて、そっと毛布を掛けると。

規則正しい寝息が一瞬乱れて、目蓋が揺れる。

 

「・・・・ん」

 

まどろんだ瞳が、こちらを見た。

まさに寝ぼけ眼とも言うべき、焦点の定まっていない目が。

ふにゃ、と、綻んで。

 

「ぉかぇいぃ・・・・」

「・・・・うん、ただいま」

 

舌足らずの『おかえり』に、不意打ちとも言うべきかわいさを叩きつけてきて。

思わず、胸を押さえた。

伸ばされた手を握れば、再び夢の中に旅立ってしまう未来。

心なしか、先ほどよりも幸せそうな寝顔をしている。

 

(・・・・・かわいいな、愛しいな、尊いな)

 

破顔を押さえられず、握った手に頬を擦り付ける。

この寝顔を守るために戦っていると言っても過言ではない。

叶うなら、ずっと隣にいられるのが一番だ。

だって、こんなに可愛い人を他の誰かに寄こすだなんて。

どうして出来ようか。

・・・・だけど。

 

――――生きて

 

過ぎるのは、あの姿。

戦いに身を置き続けたがために起きる、もしもの未来(みらい)

未来(みく)のためなら死んだって構わない。

それは紛れもない本心で、今でも変わらない決意だ。

だけど、そのままを貫きすぎてしまえば。

 

(・・・・・君を、無責任に・・・・あんな悲しい未来に、追い込むのだとしたら・・・・)

 

未来が穏やかに寝息を立てる横で、響は沈痛な顔で沈んで。

 

「・・・・・しにたくない」

 

吐き出した願いは、叶わないような気がして。

夜に乗じて静かに現れた恐怖が、心臓を冷やした。




あと1、2話小話を上げるかもしれません。
XVまで意外と遠いぞ・・・・。


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閑話:393のバースデー

『暗雲』

 

「お邪魔しまーす」

「いらっしゃい、みんな」

 

今日は11月7日、未来の誕生日である。

というわけで、例の如くパーティをやることになった。

 

「一足先に。誕生日おめでとう、ヒナ」

「おめでとうございます、小日向さん」

「ありがとう」

 

弓美達いつもの三人が響達の自宅を訪れると、出迎えたのは未来一人。

 

「響は?」

「何か用事があるみたいで、出かけてるの」

「まあ」

 

てっきり響が奥にいるものと思っていたのだが、どこかに出かけているらしい。

 

「代わりに、準備はだいたい終わらせていったけど」

「ぅわほんとだ」

 

リビングを見渡せば、よく見る紙製の鎖や花で綺麗に飾られている。

未来も手伝おうとしたものの、『今日の主役だから』とやんわり止められてしまったそうな。

 

「料理もほぼほぼ終わってる感じ?」

「うん、下ごしらえも終わらせちゃって。あとは本調理だけって」

「ビッキー、気合入れてるねぇー」

 

この頃の未来が、病気がちであることを加味しても。

だいぶ過保護だ。

 

「じゃあ、残りはあたしらで終わらせちゃおうか」

「うん、ありがとう」

 

元々、響もそれを想定してあれこれ済ませて行ったらしかった。

 

「立花さんが何しに行ったか分かりますか?」

 

四人でキッチンに立ち、調味料に漬け込んであった食材や、鍋料理の具材などに手を付ける傍らで。

詩織がふと、至極当然の疑問を口にした。

 

「何も聞いてないけど、多分プレゼントじゃないかなぁ。ここのところ忙しそうにしてて、時間取れないって言ってたから」

「おぉー、いいね。何をくれるのかな」

「うん、楽しみ」

 

ひとしきり笑い合った、その時だった。

テーブルの上で、未来のスマホが着信を知らせる。

 

「なんだろう?出てくるね」

「んー」

「――――はい、もしもし」

 

一度調理の手を止め、通話ボタンを押す。

話し始めた未来の様子を見ながら、響からだろうかと考えていると。

 

「え、警察?」

「ん?」

「えっ?」

 

一気に不穏になってきた会話に、各々も思わず手を止める。

 

「嘘、響が交通事故!?」

「「「・・・・えええええええ!?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ヒュヒュッ♪ヒュヒュッ♪ヒュヒュッヒュッ♪』

 

――――始まりは、坂道を降りていた主婦が。

我が子が乗ったベビーカーを、うっかり手放してしまったことから始まった。

連日の夜泣きでふらふらの状態で、重たい買い物袋を持っていたがために。

計らずともバランスを崩してしまったのが原因らしい。

幸い、ベビーカーが長距離進まなかったことと、赤ん坊はしっかり固定されていたこと。

ぶつかったのが、積まれていた空段ボールがクッションになったことが重なって。

赤ん坊は軽傷で済んだらしい。

が、ベビーカーがぶつかったことで倒れた段ボールが、道路に散乱して。

ちょうど通りがかった車が、急に飛び出してきたそれに驚いて急ハンドルを切った。

コントロールを失って軽い暴走状態になった車は、未来の誕生日プレゼントを持って歩いていた響に一直線。

気付いた響は、車がガードレールにぶつかって止まるのを見越して、ボンネットに飛び乗るつもりで跳躍。

激突は見事回避したのだが、肝心の着地を失敗。

それでもプレゼントだけは死守しようと思いっきり投擲した響は、背後の川に落ちてしまったということだった。

 

「教育番組の絡繰の様だな・・・・」

「ご心配をおかけしまして・・・・」

 

ちょうど仕事で日本に来ていた翼。

顔を出す時間くらいは確保出来そうだったので、響達の家にお邪魔したところ。

『警察から電話が来た』と動転している未来達と鉢合わせた。

響の両親も未来の両親も遠方にいる。

そこで保護者代理が出来る成人として、(ちゃんと変装して)響を引き取りに来た翼なのだった。

連絡の来た警察署に来てみれば、発端となった主婦とその夫が。

響と、車の持ち主である中年男性に、平謝りしている姿を見つけて。

今に至る。

 

「大事はないんだな?」

「はい、着水したときもいい姿勢取れてたみたいで。濡れた以外は特に何も」

「ならばいいのだが・・・・」

 

警察署でシャワーや着替えを貸してもらえたらしく。

困ったように笑う響は、ラッピングされたプレゼントの他に。

濡れた服が入った袋を持っていた。

 

「無事で何よりだが、小日向には謝っておけ。駆けつけた時の狼狽ぶりときたら、痛々しいにも程があったぞ」

「はい、そうします」

 

――――ちなみに。

実はブラック企業に悩まされていた、主婦の旦那さん。

同じく実は中小企業の社長だった中年男性にヘッドハンディングされ、無事に『脱ブラック』出来たそうな。

 

「有休があって、フレックスも使えて、男でも育休を取れるなんて!夢みたいだ!!」

「俺はパソコンがダメだからなぁ、『しすてむえんじにあ』が居てくれると助かるよ」

「一生ついていきますうぅ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ハッピバースデートゥーユー♪』

 

「ったく!どーなることかと思ったよ!」

「ごーめんって!」

 

帰るなり、駆けつけていたクリスにアイアンクローをくらう響。

クリスも響の本意ではないのは分かっていたので、すぐに解放されたが。

 

「響」

「未来!ごめんね、心配させて」

「ううん、いいの。よかった・・・・何もなくてよかった・・・・!」

 

今度は胸に飛び込んできた未来を、よしよしと頭を撫でてあやす。

 

「まったく、アニメみたいなことに巻きこまれちゃってさ」

「弓美ちゃんもごめーん、未来のことありがとうね」

「いーってことよ」

 

謝罪もそこそこに、ひとしきり無事を喜び合ったあと。

場を切り替えるべく、『それで』と切り出したのは創世。

 

「ビッキー、ヒナになにあげるの?」

「おっと、そうだった」

 

腕に収めていた未来を一度解放して、プレゼントを開ける響。

騒動の所為で少しぼろぼろになったものの、おしゃれ感を失わないラッピングから取り出されたのは。

まっさらなリボン。

 

「未来、髪がそこそこ伸びてきたでしょ?またリボンつけてるの見たいなって思って」

 

確かに。

9月の激闘の最中でばっさりと切られてしまった未来の髪は、現在結べるくらいには長さが戻っている。

 

「正直、自己満足なのは否めないんだけども」

「・・・・ううん、そんなことないよ」

 

元々あったリボンは、髪共々焼けてしまっている。

アイデンティティの様に思っていたアイテムが無くなって、どこか寂しそうに見えることもあった。

実際、今まで結えていた髪が結えないという状況は。

未来にとって、なかなか落ち着かないところがあったのだ。

『自己満足』と響は苦笑いするが。

欠けていたものが戻ってきたような感覚は、本心から嬉しく思う。

 

「ね、結んでもらったら?」

「そう、だね。お願いしてもいい?」

「いいよ、どんな髪型がいいですかー?」

 

弓美の言葉にそれぞれ頷けば。

するりと、未来の髪に響の指が差し入れられる。

今まで通りの、一つ結びを言いかけて、ふと。

いつか遭遇した、並行世界を思い出して。

 

「・・・・ハーフアップって、出来る?」

「お、いいね!似合うやつ!」

 

返事するなり、鼻歌交じりに未来の髪をいじりだす響。

昔から香子の髪を結んでいるだけあって、とても手慣れている。

 

「出来たよ」

 

あっと言う間に出来上がった髪型。

気を利かせた詩織が、鏡を持ってきてくれる。

 

「誕生日おめでとう、未来。すっごくかわいいよ」

 

鏡越しに、響が笑いかけてきて。

未来も同じように、笑顔を浮かべた。




もう一話小話を書いたら、XV行きます。


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閑話:小ネタ18

今回で小ネタは終了です。


『実質大怪獣バトル』

 

カァン、と。

杖の柄が打ち鳴らされる。

瞬間、空中に所狭しと展開される錬成陣達。

火、水、風、土、色とりどりの光が瞬いて。

それぞれの属性を吐き出す。

雨あられと降り注ぐ『礫』の中を、彼は臆することなく走り出す。

『礫』を迎撃しながら一気に距離を詰めてきた彼は、握りしめた拳を唸らせた。

衝突、轟音。

鋼をも砕く一撃は、一瞬で展開された障壁に阻まれていた。

 

「――――ッ」

 

杖がぐるりと回転する。

描いた軌跡が、再び陣を張る。

至近距離の爆発。

あろうことか、彼はそれにすら果敢に拳を向ける。

八極拳の技術『発剄』を叩き込むことで、衝撃を無力化してしまった。

 

「ふ・・・・」

 

怯まず杖を振るう。

足元に氷を纏わせ、スケートの様に滑走。

拳の叩きつけが、容赦なくそれを追いかける。

肉薄されたところで、ぐっとかがんで溜めて。

思いっきりサマーソルトを放った。

まさしくスケート靴のように凍てついた足先から、文字通り冷たい斬撃が飛ぶ。

構わず刃面をぶっ叩く彼に引きながら、前面を薙ぐように杖を振れば。

岩が隆起して、二の足を踏ませた。

その隙を逃さず、杖を向ける。

岩壁の一部が鋭利に尖り、更に枝分かれして彼に迫る。

常人なら速攻で貫かれて、千々に裂けるところだが。

 

「雄ォッ!!」

 

大声、一喝。

腹から発せられた声は衝撃波を伴って、棘もろとも岩壁を破砕する。

相手のハチャメチャ具合にやっぱり引きながら、彼女は臆せず次の術を行使。

重力で彼の足を鈍らせて、再び柄を鳴らす。

重ねる様に展開したのは、炎と風の陣。

今度は杖の先端、音叉の様な部分を。

見た目の通り鳴らして共鳴させれば。

まさしく追い風を受けた炎が、紅蓮の大蛇となって彼に襲い掛かった。

マーチングの指揮棒の様に杖を振れば、意思を持って動く大蛇。

彼は拳で虚空を打ち、空気弾を発生させて迎え撃つ。

激しくうねり、彼を飲み込まんとする炎と、次々打ち出され迎撃する拳。

やがて大蛇が崩れ、視界が炎でいっぱいになる。

熱気から思わず目を庇う中、業火の中心から飛び出してくる彼が見えた。

 

「・・・・ッ」

「・・・・」

 

――――静止、する。

貫かんと指先をそろえられた貫手が、喉元に突き付けられている。

しかし、周囲は数多の陣に包囲されていて。

 

「――――引き分け、だな」

「ええ、異論はないわ」

 

弦十郎と了子は、互いに息を吐いたり、かぶりを振ったりして。

試合を終了したのだった。

なお、外野では、

 

(・・・・『ちょっと運動』ってレベルでやることじゃないよね、アレ)

「了子先生すごい!!杖がぐるーんって!でっかい蛇がぐあーって!!」

「ああ、うん。そうだね」

「わたしもなれるかな!?」

「そーれは香子の努力次第かなぁ・・・・」

 

キラッキラな目を向ける妹に、複雑な感情を抱く姉の姿があったとかなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『母想う』

 

――――翼が持つ母との記憶は、父とのそれよりも希薄だ。

覚えているのは、笑みを浮かべる口元と、優しく慈しんでくれる手のひら。

『離婚』の概念すらまだ知らない幼い日に、一度姿を消した彼女は。

数年後、再会したときに。

ぞっとするほど冷たい眼差しを向けて、言い放ったのだ。

 

『鬼を産んだ覚えはありません』

 

父と、同じ。

突き放す言葉を。

・・・・父は。

八紘のそれは、あの暗く血腥い防人の一族から、逃がすための言葉だった。

確かに傷つきはしたが、今はそれも彼の愛だったことがよく分かる。

だが、母は。

果たして、愛してくれていただろうか?

産んでくれたことは感謝している、赤子の自分を世話してくれたことも感謝している。

――――それでも。

夫でもない下郎に操を奪われ、望まぬ子どもを産まされ。

散々っぱら、無惨で、恐ろしくて、屈辱的な思いをさせられて。

欠片も望んだ覚えのない小娘なぞ、心から愛することが出来たのだろうか。

曲がりなりにも同じ女の身。

母が受けた辱めが、どれほど惨いものであったか。

全く理解出来ないわけではない。

だから、恨まれても仕方がないと思っている。

・・・・ただ。

もしも、許されるのなら。

一度だけで、いいから。

 

(私の歌に、耳を傾けていただけないだろうか)

 

褒める必要はない、感想もいらない。

ただ、耳をふさがずにいてくれたのなら。

それだけで、少しは報われる気がするのだ。

己が鬼となっていないことを、確かめられそうなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さいしょのしんわ』

 

むかしむかし、このよがこんとんだったころ。

かみさまたちがあつまって、せかいをつくろうとしていました。

しかし、どだいになる『だいち』がどうしてもうまくできません。

いきなりつまづいたかみさまたちは、こまったこまったとあたまをかかえました。

するとそこへ、ひとりのめがみがすすみでました。

 

「わたしのいのちをつかって、『だいち』をつくってみましょう」

 

かみさまたちはさすがにとめましたが、どりょくむなしく。

めがみはからだをよこたえました。

すると、どうでしょう。

どうがんばってもかたまらなかったこんとんが、みるみるかたまって。

りっぱな『だいち』をうみだしました。

ですが、とうといいのちがうしなわれたことにかわりはありません。

 

「ああ、ねえさま。そんな・・・・!」

 

とくにかなしんだのは、めがみのいもうとでした。

だいちにおおいかぶさり、わんわんとなきだすいもうとのめがみ。

やがて、だいちをあますことなくほうようせんと、こころとからだをちりばめて。

ほしぞらとなったのでした。

のこされたかみさまたちは、しんでしまっためがみのしまいにもうしわけなくおもいながら。

せめてさみしくならないようにと、できあがったせかいにたくさんのいきものたちをうみだしました。

それからです。

このせかいに、いろんなしゅるいのいきものたちがくらすようになったのは。




次回、ついにXV・・・・!!


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最期の神話
ロスアラモスにて


別名『最後なのを良いことにやりたい放題する』編。
スタートです!(白目)


「俺達の魂を、お前に託す」

 

「どうか、頼んだぞ」

 

「八島の野を、山を。守ってくれ」

 

「未来の為に、生きてくれ・・・・!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、任せろ」

 

「約束は、必ずや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アメリカは、ロスアラモス研究所。

かつては人類最大の過ちとされた、名実ともに最凶の兵器が研究されていたという話もある研究機関。

現在は、聖遺物を始めとした異端技術を研究している。

どういうわけだかわたしとマリアさん、そして香子の三人は。

そんな施設に足を踏み入れていた。

 

「ふわぁ・・・・」

「なんかめっちゃ『秘密組織』ーって感じがするよね」

「う、うん」

 

香子がいっちゃん緊張しているので、少しでも気がまぎれるようちょくちょく話しかけている。

前の方では、マリアさんがこっちを見守ってくれていた。

と、

 

「Hey!sis!!」

 

溌溂とした声。

みんなでそっちを見ると、廊下の向こうから思った通りの女性が駆け寄ってくる。

 

「Hi!sis!!久しぶりね、シシー」

「マリアこそ久しぶり!活躍は聞いているわよ!」

 

まさにきゃっきゃうふふとばかりに再会を喜ぶ二人。

・・・・元F.I.S.のレセプターチルドレンというだけあって、割と仲がいいのは本当らしい。

あんなにはしゃいでるマリアさんというのも中々新鮮かも。

ひとしきりはしゃいだ彼女達は、こっちに向き合った。

 

「初めまして!私はセシリア・フォルティー、ここの研究員をやってるの!」

「あ、日本語・・・・」

 

お、日本語。

 

「櫻井理論の原本は、日本語で書かれているからねぇ。頑張って覚えたわ、世界でも屈指の難関言語」

 

ほへぇ、と呑気に感心するわたしの隣で、聞きなれた言語にほっとする香子。

すると、セシリアさんが歩み寄ってきて。

 

「あなたがキョウコさんね?今日は来てくれてありがとう」

「ぃ、いいえ!その、大事なことだって聞いたんで!」

「ふふふ、かわいい。ねえマリア、うちにくれない?」

「私が許しても、そこの保護者が許すかしらね」

 

香子の可愛さに気付くとは見る目がある。

でもわたしが許すかな!?

 

「冗談よ、安心して頂戴」

「は、はい!」

 

慣れた母国語にフレンドリーな態度で、香子の緊張はすっかり解けたらしい。

完全に落ち着いた表情をしている。

 

「それじゃあ、そろそろ本題に移らせてもらおうかしら」

 

セシリアさん的にも、今のやり取りは香子をリラックスさせるつもりでやったみたい。

人差し指をぴっと立てて、場を切り替えた。

 

「今回あなたに来てもらったのは、ある子達と・・・・そうね、あわよくば友人になってもらいたいの」

「友達、ですか?」

「ええ」

 

――――今や懐かしくなりつつあるルナアタック以来。

日本と米国の関係は、シンフォギア原作よりもそこそこ良好・・・・だと思う。

そんな彼らから『ちょーっと手伝ってくれない?』と連絡があったのが、だいたいひと月くらい前のこと。

アダム=ヴァイスハウプトを失って暴徒化したパヴァリア光明結社の残党達。

暴れる彼らの鎮圧に、各国は現在もなお尽力しているんだけど。

その中で、米国が制圧した研究施設の一つで、実験体となっていた若い娘さんを三人保護したらしい。

なんでも、半分怪物になってしまうほどに体をいじくられていたとか、何とか。

で、その内の一人がパヴァリアの元研究員だったので、異端技術の知識と引き換えに。

彼女達の『人間に戻りたい』という目的に協力するという取引をした。

ただ、それまではやっぱり半分怪物として過ごさなきゃいけないし、人間社会に出なきゃいけない時もあるだろう。

だけど、元研究員だったり、家族旅行中に誘拐されたという子はともかく。

小さい頃から組織に掴まって、拷問の様な扱いを受けていた子がいるそうな。

そんな『社会初心者』みたいな子を人間社会に出すのはちょっと・・・・ということで、ある程度人間慣れさせたいらしい。

聞くところに寄ると、みんな年頃の女の子だから『普通の生活』というものに憧れているのと。

元研究員から得られる異端技術の知識が有用なのもあって、出来る限り希望は叶えたいということだった。

あと、ほぼほぼ戦えない香子と接触させることで『ほら!こんなに弱い子が接触しても傷一つない!人間のコミュニティに出しても大丈夫でしょ!』と。

政府だったりロスアラモスだったりの偉い人達を、納得させる為でもあるらしい。

まあ、変な思惑がないならそういう下心は大歓迎ですよ?

 

「――――今日は、来てくれてありがとう」

 

と、これまでの経緯を思い出していると、話しかけられた。

ここはセシリアさんに案内された部屋。

わたしの隣には、褐色のお肌が艶めいてる美人さんこと『ヴァネッサ・ディオダディ』さんがいる。

うーん、エキゾチック。

 

「いえいえ、こちらこそ楽しい時間過ごさせて頂いてます」

「ふふふっ、どういたしまして」

 

ちなみに香子と楽しそうに話しているのは、目が綺麗な『ミラアルク・クランシュトウン』ちゃんと、犬耳が可愛い『エルザ・ベート』ちゃん。

二人とも、香子の手の中にある折り紙に目を輝かせている。

かわいい(確信)

 

「・・・・一時は、本当に何もかも諦めていたの。もう、人間には戻れないって」

 

気を取り直して。

そんな可愛い、『妹分だ』と言って憚らない二人を見守りながら。

ヴァネッサさんは目を細める。

 

「だけど、少しだけ安心したわ」

 

香子達の会話は、セシリアさんやマリアさんと言った通訳を通してのもの。

だけど、三人の笑い声は絶える様子がなさそうだ。

 

「あんな風に受け入れてもらえるのなら・・・・きっと、怪物のままでも大丈夫・・・・」

 

・・・・・人間に戻れないことに、コンプレックスを感じなくても済む、かぁ。

彼女達の望みである、人間に戻る研究は。

セシリアさん監修の元、主にヴァネッサさんが精力的に行っているという話だし。

何より人類でも初めての試みだ。

少なくとも現段階では、芳しいデータも取れていないだろうしねぇ。

プレッシャーもひとしおだろうなぁ。

 

「人間に戻れたら、何やりたいです?」

「そぉねぇ」

 

ありきたりな問いかけをしてみると、ヴァネッサさんは頬に手を当ててしばし考えてから。

 

「・・・・・まずは、両親を摘発したいかしら」

「おぅ、物騒」

「こちとら事故でこの体になったのに、一命とりとめた娘への第一声が『命惜しさに不完全に成り下がるとは、なんたる恥知らずだ』よ!?お姉さん怒ってもいいでしょ!?」

「そーれは怒っていいやつ、その時は手伝いますよ」

「うふふ、ありがとう。頼らせてもらおうかしら」

 

聞けば、実験事故で体の大半を損傷したヴァネッサさんは。

ファウストローブの技術を応用して、全身をサイボーグの様に改造することで生き延びたらしい。

ちょっと好奇心に負けて聞いてみたところ、ロケットパンチ出来るらしい*1

『素晴らしい』って口に出たし、内心スタンディングオベーションだったよね*2

 

「ガンス!こうでありますか!?」

「そうそう、それでここはね・・・・」

 

エルザちゃんに折り紙を教えている香子を見守りながら、改めて考える。

・・・・・これから世界は、もっと異端技術に触れていくだろう。

その過程で、それまで注目されなかったものが表に出てくることもあるかもしれない。

それが吉と出るのならまだいい。

でも、凶と出たら?それが火種となって、戦火になったら?

最近は、割とそんなことを考える。

けれど、ぐるぐるぐちゃぐちゃ思考を巡らせても。

結局は同じ結論に辿り着くんだ。

 

(少しでも、明るい未来にしなきゃな)

 

(少なくともわたしは、それを形成するファクターの一つなんだから)

 

願わくば。

せめて、目の前に溢れる笑顔が。

曇って、陰って、消えることがありませんように。

*1
マリアさんに思いっきりはたかれた、正直すまんかったと思ってる

*2
でもそれはそれとして、ビバ!ロマン!




セシリア・フォルティー
元レセプターチルドレン。
聖遺物には適合できなかったものの、地頭がよかったので研究者としてナスターシャに教育されていた。
F.I.S.解体後はその知識を活用し、ナスターシャの後継としてロスアラモスに勤務している。
現在、ヴァネッサ達三人の後見人として、『別存在を人間にする研究』に取り組む。
性格は明るく溌溂、よくニコニコ笑っている。


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争乱の予感

本作品への評価、閲覧、ご感想。
いつもありがとうございます。
XVの方針をちょっと修正していたら、前回からだいぶ時間が経ってしまいました。
でも多分こっちの方が面白くなるかも・・・・?


暦は十二月。

すっかり冷え込みが厳しい季節となった。

最近のニュースと言えば、『米中共同での月面有人探査』だろうか。

AXZ事変のあれこれで緊張状態になった国際情勢を何とか持ち直そうと、日本が仲介して実現したプロジェクトである。

なんとなく街頭モニターを見上げると。

握手しつつもにらみ合ってる米中首脳の間で、ニコニコ笑いながら手を添えてる日本の首相という。

なんともシュールな光景が流れていた。

笑顔の裏で何を思うのか・・・・お疲れ様です・・・・。

 

「響、どうしたの?」

「んー?何でもないよ、行こうか」

 

気を取り直して。

今日は、月末に迫ったクリスちゃんの誕生日プレゼントを買いに来ている。

あと、未来が珍しく体調が良好なのもあるので、デートも兼ねてね。

今のところ微熱もなさそうだ。

うんうん、良いことです。

 

「クリスちゃんのプレゼントもゲットできたし、どこか行こうか?」

「そうだねぇ・・・・せっかく久しぶりのお出かけだし、もうちょっと・・・・あ」

 

視線を巡らせた未来にならって、わたしも同じ方を見ると。

夜空に輝いている観覧車が。

 

「乗る?」

「乗る!」

 

意見一致、異論はなし!

早速向かおうとした視界に、見えたもの。

・・・・デートでテンション上がっているのも相まって、ちょっといたずら心が湧きあがる。

 

「未来さん未来さん」

「・・・・どうしたの?」

 

『そこ』を指さしながら、押さえきれない笑みを見せて。

 

「ちょーっと悪いことしませんか?」

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「おおー!綺麗!」

 

観覧車の中。

響と未来が乗ったゴンドラは、頂点付近まで上昇していた。

窓の外は、まるで宝石箱をひっくり返した様な景色だ。

ショッピングモールはもちろん、街並みの灯りも相まって。

キラキラと光り輝いている。

 

「うん、こういうのもいいね」

「ねー、ロマンチックだ」

 

響はそんな一種の贅沢である風景を眺めながら、手にしていたものを。

『白玉ぜんざい味』と銘打たれていたたい焼きを、一口頬張った。

通常に比べて甘めに炊かれたあんこの味もさることながら、もっちもちの白玉がアクセントを加えた一品。

響が舌鼓を打つ隣で、未来も無言で食べていた。

人間、味の良いものを口にすると語彙力が解ける。

これは万国共通の認識であると思う。

とはいえ、現実におけるほとんどの観覧車では飲食禁止なので。

良い子のみんなはマネしちゃだめだよ・・・・いや、ガチで。

 

「・・・・」

 

指三本分だけ開けられる窓を開けて、しれっと証拠隠滅を図りつつ。

響はちらりと隣を見やる。

未だゆっくり味わってたい焼きを食べている未来。

今日この日こそ、こうやって出かけられるほど回復しているが。

それでも、昨日はやっぱり微熱と倦怠感で臥せっていた。

健康、とは、言い難い状況である。

別に、看病は負担ではない。

病なんてものは、気を付けていてもどうしようもないものだ。

如何に健康に気を遣って生活していても、がんなどの大病を患うこともある。

ある種の博打とも言えるものであろう。

それに、未来の症状は比較的軽いものだ。

だから、そこまで重く見ていないというところもある。

・・・・しかし、それは響視点での話。

未来の立場から見れば、現状はどうだろうか。

この数か月で、彼女はすっかり謝るのが口癖になってしまった。

原因など言わずもがな、ずっと続いている不健康に参っているのだろう。

響はその度、気にしていない旨を告げているのだが。

最近は口に出さずとも、顔は陰るようになってしまった。

 

(しんどいんだろうな、きっと)

 

なかなか好転しない状況に、一番気を揉んでいるのは未来だろう。

それが、避けられたであろうと考えている事態なら、なおさらに。

 

(でもそれって、わたしにも言えることじゃない?)

 

そもそもとして、未来が体調不良の原因となる傷を負った現場には響もいて。

すでに負傷して動けない未来と、まだ動けた響とでは。

どちらが迅速に動くべきであったかは、明白で。

 

(けど、未来は真面目だから)

 

きっと、誰でもない自分の責任だと思っているのだろう。

だから、こんなに苦しんでいる。

 

(・・・・背負わせてくれても、いいのになぁ)

 

だって、響の体は。

幸運なことに健康体で、当然病人よりはずっと頑丈なわけで。

未来の体が冷えないように、そっと窓を閉めて。

たい焼きを食べ終えた未来を見つめながら、黄昏る。

 

(でも、きっと。背負わせてくれないんだろうな)

 

言ったところで、『響の方がたくさん背負っているから』と。

やんわり断られるビジョンが見えた。

やるせない気持ちを覚えながら、こちらを見てくる未来に微笑みかける響。

 

(・・・・・守らなきゃ、なぁ)

 

――――もう四年前になろうとしている、あの旅路で。

苦しんでいる姿を散々見せてしまったから。

だから、未来も意外と下手なのだ。

誰かに頼る、ということが。

他でもない立花響が、へたくそにしてしまったのだ。

故にこそ、覚悟を固める。

 

(幸せにしなきゃなぁ)

 

今度こそ、彼女が笑っていられるように。

二度と、笑顔が陰ることが無いように。

 

「響?どうしたの?」

「んー・・・・未来はすごいなって、しみじみしてた」

「なぁに、それ」

 

くすくすと笑う未来を、響は『真面目なんだけどなぁ』と言いながら抱き寄せる。

 

「・・・・すごいっていうなら、それは響の方だよ」

 

胸の中、一度俯いた未来は。

夜景に目を向けた。

 

「あの光の中には・・・・響が、今まで殺してしまった以上の命が煌めいている。一緒に戦ったから分かるの、『守る』っていうことがどれだけ難しいか」

 

向き直り、目線を合わせる。

見つめ返してくる琥珀を、『綺麗だな』と思いながら。

 

「どれほど取りこぼしても、どれほど辛くても、響は助けることをやめないし、諦めない・・・・本当に、すごいと思っている」

 

もう一つの癖になりつつある、困った笑みを浮かべる。

 

「うっかり怪我して、ずるずる風邪ひいてるわたしなんかとは――――」

 

唇が、塞がれた。

至近距離に迫った琥珀が、力強く輝いている。

 

「――――未来は」

 

言いかけて、一度つぐんで。

言い直す。

 

「――――未来だって、すごいよ」

 

抱き締められた未来の耳元に、響の声が寄せられる。

 

「わたしのは、結局のところ暴力でしかないんだ。使い方が大衆向けに変わっただけ」

 

反論も許さぬと、己の胸に未来の顔を埋めながら。

 

「叩いたり蹴ったりして敵を倒す以外にも、誰かを救う手段を持っている。それが人間の強みだと思っている」

「・・・・響」

 

落ち込みがちな恋人へ、贈り物を手渡すように。

 

「わたしは、戦えもしない未来に、何度も何度も助けられてきた」

 

落ち着いた声で、優しく言うのだ。

 

「未来は、未来が思っている以上に、すごいんだよ」

 

言いたいことを締めくくると。

それっきり、未来を腕に収めたまま黙りこくってしまった。

 

「・・・・・ぅ・・・・あ・・・・!?」

 

突然のべた褒めに、うれしいやら恥ずかしいやら。

顔を耳まで赤くしながら、それでも何か返事をしなければと。

響から微笑ましそうに見守られつつ、あうあうと呻いていた時だった。

どぉん、と。

背後で轟音。

続けてやってきた衝撃に、ゴンドラがゆらゆら揺れる。

 

「何!?」

 

揃ってそちらを見てみれば、まさに黒煙をもくもくと吐き出す豪華客船が見えた。

 

『響君!聞こえるか!?』

「聞こえるどころか現場からお送りしています!」

『ちょうどいい、各種関係部署から救助要請が届いている!未来君にも迎えを寄こすから、急行してくれ!!』

「はいッ!!」

 

力強く返事をすると同時に、やや回転が速くなる観覧車。

今乗っているお客を、手っ取り早く降ろしてしまおうという算段らしい。

急いでいる現在はとてもありがたいので、遠慮なく従う響と未来。

 

「――――お願いします!」

「ああ、そちらも気をつけてな」

 

降りてすぐに、出迎えのエージェントと合流。

一人に未来を預け、一人に追従して駆け出す響。

 

「響!気を付けてね!」

 

未来の声に、満面の笑みで振り返って投げキッスを送った響は。

勇み足を再開させる。

 

「こちらに、ギアを纏うにうってつけの、人目が少ない場所があるんです」

「はい!いつもありがとうございます!」

 

職員に労いの感謝を言いながら、表情を引き締める。

――――そんな、彼女に。

 

「――――」

 

誰とすれ違ったかなんて、気に掛ける余裕などなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ああ、いよいよだな」

 

「どれほど待ち望んだことか・・・・!!」




いつぞや頂いたマシュマロの、『看病する側、される側の心情』ネタを拝借しております。
この場を借りて、贈り主様にお礼を述べさせていただきます。


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ペンギンっておいしくないらしい

前回までの評価、閲覧、ご感想。
誠にありがとうございます。


みーなさーん!!

突然ですが、わたし達はどこにいるでしょーか!?

せぇーかいはぁー?

こっこでーっす!!こっここっこーッ!!

なぁんとッ!南極にぃー!きちゃいましたーッッ!!!!

・・・・・と、まぁ。

某珍獣ハンターにあやかってハイテンションにお送りしたところで、寒さがどうにかなるわけじゃないんだけども。

それくらいハイにならないとやっていけないんだよ・・・・・いや、クッソ寒い・・・・。

こりゃあ、ロシアやらの極寒地域で、『脳まで凍るから頭も保護しろ』と言われるのがよく分かる・・・・。

――――少し前の爆破事故。

あれは豪華客船じゃなくて、それにカモフラージュした実験施設だったらしい。

当時そこで調べられていたのは、ティキの残骸だった。

異端技術の研究はもちろん、アダムが口走っていた『アヌンナキ降臨』の手掛かりを探すために色々いじくっていたら。

秘匿機能の一つである自爆が起動したそうで。

わたしと未来が、観覧車で見た爆発はそれだった。

ただ、何の成果も得られなかったというわけではなく。

残骸からサルベージ出来たデータの中に、古ーい古ーい時代のサソリの画像があったそうな。

五千年前に生息していたというサソリが、氷漬けにされた様。

添付されていた座標から、『南極になんかあるらしい』という結論を出した司令さん達。

根拠こそだいぶふわっとしてはいるんだけど、我らが大賢者こと了子(フィーネ)さんがとりわけハチャメチャに気にしたこともあり。

『行くだけ行ってみるかぁ?』と、やってきてみれば。

 

「めっちゃ元気に暴れてるのがいますねー!!あれなーんだッ!?」

「なんだろーなァーッ!?めんどくせぇにおいでむせ返るぜ!!」

 

目的座標近くの、ロシアの南極観測基地。

向かっている最中にSOSを拾ったので、ヘリの速度を上げることで駆け足になってみれば。

見えてきたのは、なんか暴れ回ってる何か。

いや、なんだろアレ。

強いて言うなら亀っぽいナニか・・・・?

 

「狼狽えるなッ!想定外など想定内!我々のやることは変わらないわよ!!」

「うぃーっす」

 

何はともあれ、まずはお仕事ですな。

実際逃げまどってる人々がいるわけだし、ほっとくわけにもいくめぇよ。

 

「はいはーい!S.O.N.G.が来ましたよーっと!!」

 

装者みんなで、ギアを纏いつつフリーフォール。

逃げていく職員の流れに逆らって、亀もどきに突撃していく。

って、あいつよく見たら小鳥っぽい何かも引き連れてる?

あ、いや!近づいて分かった、ファンネルだ!

かわいくねー見た目だな!!けっ!!

 

「オッ!!ラアァッ!!」

 

何はともあれ、まずは一番槍突貫。

発生させたインパクトを余さず叩き込んだつもりだったけど、亀もどきはびくともしていない。

硬ッッッッッたぁ・・・・!?

攻撃を回避ついでに退いている横で、クリスちゃんの銃火器を背負った翼さんが斬りかかっているけど。

軽く火花が散るのが見えるくらいで、わたしの拳と同じく大したダメージは与えられてなかった。

うーん、タフだなぁ。

調ちゃん、切歌ちゃんは、飛び回っているファンネル(仮称)を片付けているけど。

やっぱり数が多すぎるみたいで、何十匹も防衛ラインを突破して観測基地の方へ向かっていた。

くっそ、まずいな。

これ以上はキャパオーバーだ。

でも、退くわけにもいかないし・・・・。

うーん!なんとかなれーッッ!!

 

「響!合わせて!」

「はいッ!!」

 

左腕を砲身に変えたマリアさんと一緒に、再突撃。

わたしは暴風を、マリアさんは砲撃を。

いつもなら放つそれを、直接亀もどきに叩き込んだ。

轟音と衝撃、手ごたえも十分。

現に、亀もどきは目の前で大きくのけ反っている。

ついでに、喉元のパーツが破損したのが見えた!

だからといって、『よっしゃ!』と気を緩めたのがいけなかったようだ。

ガンでもつける様に、ぐわんと体勢を立て直した亀もどき。

マリアさん共々回避の用意はしたけれども、向こうの腕降りの方が早かった。

 

「ぐあッ!!」

「あああッ!!」

 

派手に吹っ飛ばされて、仲良く積雪に顔面をこすり付ける。

ぶえぇ・・・・鼻が痛ぇ・・・・!

 

――――!!

 

吠え声の様なものをあげた亀もどきは、緑のビームを吐き出す。

当たった軌跡には、星を木にしたらこんな感じだろうなというオブジェが乱立した。

・・・・うん、直撃は避けた方がよさそう!

再び放たれるビームを、マリアさんを担いで今度こそ回避。

樹状のオブジェを横目に、みんなと合流。

 

『埒外物理学による世界法則への、干渉・・・・!?』

『やっぱり、あそこに眠っているのは・・・・!』

 

銃後のみんなもだいぶ動揺しているのが見て取れる。

特に了子さんは、混乱もひとしおのようだ。

 

『ッ気を付けて!そいつが放つ砲撃は、マイナス5100度、絶対零度の遥か下よ!!ギアのリフレクターでは防ぎきれない!!』

 

だけど、さすがは五千年物の大賢者。

すぐに気を取り直した。

っていうか、絶対零度って。

やっぱり直撃したら大変なことになるヤツー!!

亀もどきはまだ健在。

観測基地の避難も済んでないみたいだし、やるっきゃないっしょ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

「おーおー、苦戦してるナァ」

 

交戦地点から、遠く離れた場所。

白銀に紛れて、戦闘を覗き見ている者たちがいる。

 

がでヴおか(勝てるのか)?」

「あぁん?勝ってもらわにゃ困るだろ、クライアントもご所望してんだからよ」

 

一人は人間というには大きすぎる体、もう一人は、同じく人間というには耳も手も大きすぎる。

両者共々、白い布でしっかり雪国迷彩を施していた。

 

「だが、マァ・・・・」

 

双眼鏡を覗き込みながら、やっぱり人間にしては大きすぎる犬歯をちらつかせて。

レンズの中に、響を収める。

 

「ざまぁみろって感じだよナァ」

「ぐぶぐぶ、ざばびろ(ざまみろ)ざばびろ(ざまみろ)

 

響く、嗤い声が。

他人の不幸を、心底喜ぶ声が。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッ」

 

無意識に、暖を取ろうとして。

鈍く息を吐き出す。

あれからほどなくして、あっという間に絶対零度の冷気に囲まれてしまった。

みんな直撃こそ受けていないけれど、只で寒い中をさらに冷やされたことで動きが鈍くなってきている。

まずいな、有効だは未だ見つかっていない。

どうする・・・・どうする・・・・?

鈍ってきた頭で、だとしてもと打開策を考えようとした。

その時だった。

 

「・・・・?」

 

何か、上空で光ったのが見えた。

目をやると、照明弾らしきもの。

あれは何だと、ぽかんとしてしまっているところに。

また新たな照明弾が撃ち上がる。

弾かれるように、振り向いた。

 

「おい!何をやっているんだ!!」

「女の子がこんなところで!お腹を冷やしたら大変だろ!!」

 

何か揉み合っている職員さん達。

本当は避難してほしいんだけど・・・・亀もどきの注意が逸れた今は、それがありがたい・・・・!

 

「うおおおおおおおおおッッ!!!」

 

雄叫びを上げて、自分を奮い立たせる。

そうだ、こんなところで。

負けてられるか!!

 

「戦場に立つのは、立花一人ではない!」

 

みんなもまだまだやれる!

そうだ、わたし達はまだ。

負けてない!!

亀もどきが向かってくる。

相変わらず腕を振り上げて、まるで殴るように先端を向けてくる!

殴打でわたしに挑もうってか!!相手にとって不足なし!!

 

「おあ"あッ!!」

 

ぶん殴り返すと、さっきとは打って変わって十分な手ごたえ。

よろめく姿は、心なしか動揺しているように見えた。

間髪入れずに、両腕が振り下ろされる。

足元があっという間に割れて、水が迸った。

 

「うわっ!?」

 

そういえばここ湖の上って言ってたね!?

あえなくぼちゃんと落ちてしまう。

亀もどきもこっちを追いかけて、猛然と突き進んで来る。

普通なら、空気を求めて浮上するところだけど。

 

「――――ッ!!」

 

脳内に降臨したイギリス紳士の『あげちゃってもいいさと考えるんだ』という啓示に従って、深く、深く。

潜っていく!

水底に足が付く。

踏ん張れる場所があるなら、十分!!

 

がぼぼ(おおお)ッ!!!」

 

咆哮と一緒に、神砂嵐!!

亀もどきを吹っ飛ばしてやるついでに、生まれた激流に乗って地上に戻る!

 

「立花!」

「無事です!」

 

翼さんに返事している横で、こりない亀もどきが『ぜったいれいど』を放ってきた。

避け、れる。

でも、観測基地に当たる!

 

『大丈夫、響ちゃん!!』

『そのままぶん殴ってください!!』

「ッらアァ!!!!!」

 

通信に導かれるままに、固く握ってぶん殴る!!

あ、意外と大丈夫だ!?

 

『拳の防御フィールドアジャスト!!』

『即席だけど、間に合わせたわよ!!』

『解析からの再構成は、錬金術の原理原則!これがボク達の戦いです!!』

 

なるほど、銃後のみんなのおかげ!頼もしい!!

 

「いい加減にッーーーー!!!」

 

フォニックゲインを高める。

両腕のアーマーが、うなりを上げて回転する。

 

「くたばれえええええええええええええええッッッ!!!!」

 

引き裂くように『ぜったいれいど』を振り払って、亀もどきへ突貫。

ほんのり蒼炎が混じるまで高まった拳を、思いっきり打ち付けて。

上空へ吹っ飛ばした。

標的は自由落下している。

仕留めるなら、身動きを取れない今しかない!

 

「こちらも長時間は持たない。狙うは喉元の破損個所、ギアの全エネルギーを集中してケリをつけるしかない!」

 

確かに、強力な冷気に晒され続けたせいで。

みんなの消耗は激しい。

いい加減ここらで決めるべきだろうけど・・・・。

 

「でもそれ、外したら・・・・!」

「あとがないデス!」

 

決戦機能を、動く標的に。

調ちゃんと切歌ちゃんが心配する通り、外したら後がない。

破損っつったって、ここから見れば豆みたいに小さなものだ。

さらに相手はフリーフォール状態でぐるんぐるん回っているから、当てる難易度は跳ね上がっている。

だけど、

 

「狙いをつけるのはスナイパーの仕事だ!タイミングはあたしが計る!」

 

うちには頼れる狙撃手がいるんだよなー!!

 

「よし、行くぞみんな!」

 

翼さんの合図で、アームドギアをエネルギーに変換。

そろってインナー姿になる。

・・・・・そういえば、わたしこれ初めてでは?

みんなはわたしにエネルギーをくれる形でパージしたことあるけど・・・・。

いや、今はひとまず置いておこう。

集中、集中・・・・!

 

『距離1500!!1200!!』

 

あ、亀もどきがファンネル展開した!

リフレクターのつもりかよ!せこいぞ!!

 

「まだデスか・・・・まだデスか・・・・!?」

「このままだと、わたし達までぺしゃんこに・・・・!」

 

クリスちゃんの合図はないまま、相手は刻々と迫ってきている。

きりしらちゃんの焦る気持ちは分かるけど。

今はただ、肩を並べる仲間を信じるのみ。

証拠に、ほら。

 

「今だ!!」

 

その時は、来た!!

 

――――G3FA!!ヘキサリボルバーッッッ!!!

 

クリスちゃんの声を引き金に、全員でありったけを解き放てば。

ドンピシャで破損個所を撃ち抜く。

エネルギーの逃げ場が無かったようで、亀もどきは内部から爆散した。

よーっしゃ!!勝ったぜ!!

思わず拳を手のひらに打ち付けて、ガッツポーズ!

クリスちゃんの誕生日会も無事に開催できそうだし、何とかなってよかった。

 

「お疲れ様クリスちゃん、ナイス狙い撃ち」

「おう、そっちこそ信じてくれてありがとな」

「それこそいーってことよ!」

 

まだまだ被害状況の確認とか、亀もどきの片付けとか。

色々あるんだけども。

まずはひと段落してよかった。

 

「・・・・ふぅ」

 

ほっと安堵する傍らで、ふと考える。

そういえば、ずっと『亀もどき』って呼んでたけど。

事前情報によると、実は棺桶らしい。

――――世界各地の、貴族や王族の墓に参照される通り。

中にあるものを守るために攻撃手段を持っていると言えば、聞こえはいいんだけど。

それにしたって、アグレッシブ過ぎませんかね・・・・。

 

(まるで、何をやってでも開けてほしくないみたい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「了子君、大丈夫か?」

 

S.O.N.G.、司令室。

一際険しい顔をしている了子へ、見かねた弦十郎が声をかける。

 

「・・・・ええ、何とか」

 

問いかけられた了子は、束の間沈黙を保ってから。

正常な思考を保っていることを伝えた。

 

「・・・・あれが、カストディアン。神と呼ばれた、アヌンナキの遺体」

「まさしく、聖骸と呼ばれるものですね」

 

モニターの向こう、大破した『棺桶』の中に眠るミイラは。

果たして、何をもたらすのか。




みなさんの考察をニコニコしながら見ている反面、誰か正解に辿り着いてしまわないかと戦々恐々としています(笑)


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そぉーら、おいでなすった!!

割と悩んだXV編のキャッチコピーは、『置き去りにした過去が、牙を剥く』と『世界を救うか、最愛を守るか』です。


極寒の攻防の翌日。

政治的なあれこれで、棺桶とその中身は米国に引き取られることになった。

日本が持ってくことも出来たろうけど、『お前らばっかりずるいぞー!』って他の国から突っつかれたら困るしねぇ・・・・。

 

「とはいえ、護衛がいらないって言うのはちょっと心配かも」

「まあな、アルカノイズは前のに比べて銃火器が効くと言えど、気になるよなぁ」

「ねー」

 

本部で休んで、すっかりぬくぬくになったシンフォギア装者達。

わたしは現在、クリスちゃんと一緒に甲板に出て、やってきた米国の砕氷船を眺めていた。

そんな時。

 

「――――おはざーっす♪」

「ん!?あれッ!?」

 

にゅっと後ろから腕が伸びてきて、立てられた人差し指が振られる。

びっくりして振り向くと、ロスアラモスで出会った顔がニコニコ笑っていて。

 

「ミラアルクちゃん!エルザちゃん!」

「ガンス!お久しぶりであります!」

 

場所が場所なので、二人ともあったかい格好をしている。

 

「知り合いか?」

「そうそう。ほら、この前香子連れてったとこの」

「あー」

 

ロスアラモスに行った話はみんなにもしていたので、クリスちゃんもすぐに理解してくれた。

 

「もしかして、向こうさんが護衛いらないっつったのは・・・・」

「ああ、あたしらが付くことになったからだぜ」

「人間に戻ることを目標としていますが、わたくしめら三人共、未だ怪物と呼ばれる身であります」

「ヴァネッサ達の研究を進めさせるためには、えらーい人達を納得させる必要があるからなぁ。うちらだって働かないと」

 

なるほど、世知辛い・・・・。

 

「それに。セシリアがくれた、日本の漫画で読んだのであります」

 

エルザちゃんは自分の指をちょんちょんしながら、もじもじして。

でも、明るい顔をして。

 

「わたくしめらと同じように、怪物って呼ばれたキャラクターが、『仲間の役に立つ怪物になりたい』って頑張ってる姿が。とってもかっこよかったのであります!」

 

あー、あれか。

麦わら帽子の、世界一有名な海賊。

『ゴムゴムの』って真似したやつ、一人はいるじゃろ?

 

「とまあ、こんな感じでエルザも前向きになってるし、うちも腐ってるわけにはいかないなと」

「そっかそっか」

 

むふー!とやる気を見せるエルザちゃんが可愛いので、うりうり撫でまわす。

・・・・香子と会いに行った頃は。

ヴァネッサさんはともかく、二人ともまだ周囲を警戒しきりだったのに。

こんなにも他人を思いやれるようになって。

あの日出会ったセシリアさんだけじゃなくて、他の研究員さんにも優しい人がいたんだろうというのが。

よく分かる光景だ。

そりゃぁ、『貴重なサンプルだから』とか『へそ曲げられて反抗されたら困る』とかの下心もあるんだろうけど。

でも、やけになって無差別に傷つける様になるよりはずっといい。

 

「まあ、そこまでいうなら、変に心配しすぎるのも悪いか」

「そうだねぇ。頑張って!今日の任務も、人間に戻れるのも、応援してるよ!」

「にひひ、あざまぁーす!」

 

聞けば、今回に合わせて米国が独自に開発した哲学兵装も装備しているとのこと。

そこまで準備しているなら、クリスちゃん共々見守りに徹するとしましょうかね。

――――まさか、そんな。

こんな分かり易いタイミングで、『何か企んでますよ』みたいな襲撃をするやつがいるわけが・・・・・。

 

「――――米国戦艦より、救援要請!」

「多数のアルカノイズが取り付いています!」

「切歌ちゃんと調ちゃんを先行させます!ほかの装者も、各自人命救助を!」

 

いたーーーーッ!?

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「み、ミラアルク・・・・!」

「しゃべんなエルザ、やばい怪我してんだろ」

 

壁に穴が開く程大破した、米国戦艦の中。

横腹から多量に出血するエルザを庇い、ミラアルクが睨みつける先。

通路の天上まで届く巨体が、こちらを見下ろしてきていた。

 

「・・・・ぐぶぶ」

 

縫合跡でぐずぐずの顔面を歪ませて嗤うそいつは、明らかに彼女達を嘲っている。

 

よばい(弱い)よばい(弱い)

「言ってること分かるのが腹立つぜ、滑舌悪い癖に・・・・!」

ずおい(強い)えばい(偉い)よばい(弱い)ぼみ(ゴミ)びね(死ね)

 

目の前で両手が組まれて、高く掲げられる。

 

びね(死ね)ぼみ(ゴミ)

 

剛腕による、容赦ないアームハンマーが叩き込まれようとして。

 

「――――させないデスよ!!」

 

間一髪。

駆けつけた切歌と調によって、二人は回収された。

 

「あ、あんたら・・・・!」

「お助けに参上デース!」

「あとは任せて、下がってて!」

 

巨漢から大きく距離を取り、負傷したエルザとミラアルクを横たえさせてから。

二人に近づけさせまいと、前に躍り出る。

 

だますぶば(邪魔するな)!」

「何言ってるのか分からんデス!」

 

全身から迸った雷が、通路いっぱいに溢れかえってもなんのその。

襲い掛かってくるプラズマを切り払いながら、切歌が猛進する。

翡翠の刃が剛腕とぶつかり、発生した衝撃が通路に何度も反射してこだまする。

束の間競り合っていた両者だったが、巨漢はにやりと笑うと腕をずらす。

すると刃が剛腕を滑り、切っ先が狭い通路の壁に食い込んでしまう。

 

「んなぁ!?」

びね(死ね)

 

岩塊の如き拳が、しなやかな乙女の躯体に容赦なく襲い掛かった。

 

「切ちゃんッ!!」

 

床が砕けた塵が煙の様に立ち上って、視界が塞がれる。

煙で見えない中、調が相方を案じて声を上げれば。

彼女の心配を裏切るように合わられる、巨漢。

 

「・・・・ッ!」

ごべで(これで)ぼあぃ(終わり)

 

切歌にも襲い掛かった拳が、調にも襲い掛かって。

 

「――――む」

「・・・・ッ」

 

しかして、技術もへったくれもないパンチは、破壊をもたらすことはなかった。

調はヨーヨーを縦横無尽に張り巡らし、器用に拳を受け止めている。

 

「ッばがいぎだ(生意気だ)!!」

 

力任せにワイヤーを引き抜き、後ろのミラアルク達ごと叩き物層とするも。

 

「――――背中ががら空きデスよ」

「アガァッ!?」

 

斬撃、二閃。

巨漢の背中が、交差する様に掻っ捌かれる。

――――拳を受けたその時。

咄嗟にアームドギアをダウンサイズすることで、うまく攻撃を回避していた切歌だった。

 

「ほっ、よっと!!」

 

痛みに藻掻く股下を、ごろんと転がって潜り抜けて。

その先で、アイコンタクト。

すぐさまヨーヨーが巨漢を拘束し、ワイヤーのたわみで吹き飛ばす。

 

「ウガアアアッ!!!」

 

人らしからぬ、ヘドロの様な緑の肌に青筋を浮かべて。

飛び出そうとした肩口に、ハンディサイズにまで小さくなった鎌が突き刺さって。

 

「んーっ!まっ!!」

 

先輩の一人を見習った、茶目っ気交じりのキスが両手で投げられた。

刹那。

閃光と、爆発音。

通路は再び煙で満たされた。

 

「やっ、たのか・・・・!?」

 

攻防を見守っていたミラアルクが、茫然と呟いたその時。

 

「ガアアアアアアアアッッッ!!!!」

 

怒りに満ち満ちた咆哮が、煙を吹き飛ばす。

手傷は負っているものの、まだまだ戦えそうな様を目の当たりにして。

『口に出すんじゃなかった』と、後悔した時だった。

 

《――――まあまあ、待ちたまえ》

 

ぴたりと、巨漢の動きが止まる。

 

ぎやだ(いやだ)ぼごず(殺す)ぼごず(殺す)ぼごず(殺す)ううううううううッッ!!!」

《ああ、気持ちはよく分かるとも。だが、ここで退場するのはつまらなくないか?》

「うううううう・・・・うううううううううううう!!!」

 

何をするつもりだと、調と切歌は神経をとがらせて警戒する。

 

《我々にとって、今はまだ序章ですらない。今後とも君の腕っぷしをおおいに頼りたいところだし。ここは一度退いて、万全の態勢で本番に挑もうじゃないか》

「ぐううううう・・・・」

 

ほぼほぼ蹲るように俯いた巨漢は、やがてゆっくり顔を上げた。

憤怒に満ちた視線に見据えられて、得物を握る指に力が籠る。

 

「・・・・・ずばえお(伝えろ)

「あっ」

 

目の前で、これ見よがしに摘ままれるのはテレポートジェム。

 

「ま、待て!!」

 

声を張り上げたところで、止められるわけもなく。

 

「――――ずごくにおぢぉ、ふぁふにーう」

 

それだけを言い捨てて、巨漢は去っていったのだった。

 

『調ちゃん!切歌ちゃん!』

『二人とも、怪我は!?』

「な、ないデス!でも・・・・!」

『二人ともまずはご苦労、襲撃者を追い払っただけでもお手柄だ』

「は、はい!」

 

まんまと逃げられ、ふがいなさを感じていた調と切歌だったが。

弦十郎が労った通り、まずは撃退を素直に喜ぶことにしておく。

 

「・・・・切ちゃん、あいつ」

 

だが、それはそれとして引っかかることはあるのだ。

後始末である人命救助に乗り出そうとして、浮かない顔をする調に。

切歌も同じ表情で頷く。

 

「響さん、また大変なことになりそうデスよ・・・・」

 

他の装者と共に、同じく人命救助と応急手当をしている響を臨みながら。

そっとため息をついたのだった。




本編に入れ損ねたやつ。

軍人A「いた、無事か!?」
ミラアルク「軍人のおっちゃん!」
エルザ「面目次第もないであります・・・・」
軍人B「いいや、二人ともよくやってくれたよ。お陰で想定よりも被害が小さい」
軍人A「最初はどうなることかと思ったが、クールだったぜ!」
ミラアルク「へへへ、そこまで言われちゃ悪い気はしねぇな。あざまーす!」
エルザ「ガンス!恐縮であります!」


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惨劇

前回までの評価、閲覧、ご感想。
誠にありがとうございます。


ロスアラモス、メイン研究室。

南極より運び込まれた異物を前に、何人もの研究者たちが慌ただしくしている。

 

「緊張してる?」

「・・・・少し」

「私もよ」

 

その中に、ヴァネッサとセシリアもいた。

こそりと話しかけてきた隣の彼女に、同じくこそりと返事をすれば。

くすくすと微笑みが返ってきて。

ヴァネッサは、肩の力が抜けるのを感じた。

――――『いい話と悪い話がある』と持ち掛けられたのが、つい二日ほど前の話。

エルザとミラアルクの負傷に心を乱し、そしてS.O.N.G.に保護されて治療を受けていることに安堵していたところへ。

いい話である、南極で見つかったカストディアンの遺体の調査メンバーに選ばれたこと。

悪い話である、人間に戻るための研究を中断せざるを得ないことを伝えられた。

 

(それでも、少しでも受け入れられているのだろうというのは、存外うれしいものね)

「――――終わらせるぞ神代!!叡智の輝きで人の未来を照らすのは、アメリカの使命なのだ!!」

 

プロジェクトリーダーの演説を聞きながら、改めて気を引き締めなおすヴァネッサだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

煌びやかなスポットライト、軽快な音楽。

ステージの上でその人は、翼さんは踊っていた。

だけど、何だか心ここにあらずと言った感じ。

演奏が終わった後、わたしの引っかかりを裏付ける様にスタッフさんが首を横に振っていた。

でしょうな。

――――わたしは今、翼さんのライブのリハーサルに来ている。

年末の南極の攻防に、米国戦艦の襲撃。

不穏な気配が近付く中で、翼さんみたいな真面目な人が『よっしゃ!ライブだ!』なんてやれるかどうかと言われれば。

まあ、難しいよなぁ・・・・。

エルザちゃんとミラアルクちゃんも、負傷が激しくてうちの預かりになったし・・・・。*1

わたしと同じく、護衛に来ていたマリアさんが話しかければ。

やっぱり想像通りの懸念を口にしていた。

あ、ちなみに今は年も明けて、2045年。

かの終戦から100年だってんで、各メディアその話題でもちきりなのが印象的だった。

なんだかんだ世界規模の大戦が百年も起こってないって言うのは、割とすごいことなのでは?

いや、途上国とかでのいざこざを含めるとちょっとコメントに困るんだけど・・・・。

 

「今更中止というのも難しいでしょう。当日には私だって同じ舞台に立つし、響だって詰める、もう少し肩の力を抜いてみたら?」

 

柔らかく微笑みながら、翼さんの緊張をほぐしにかかるマリアさん。

そんな彼女も、今回サプライズゲストとして登場予定だ。

ついでにわたしも、舞台裏で有事に備えて待機する。

・・・・ツヴァイウィングの時みたいな悲劇を、繰り返させるわけにはいかないからね。

それに、度重なる異端技術の事件を受けて、色んなガイドラインが見直されているから。

観客の意識も変わってきている。

何とかなる、と、いいなぁ・・・・。

 

「響さん、当日の配置について、ちょっと・・・・」

「あ、はーい!」

 

ひとまず目の前の仕事を片付けようと、緒川さんの方に行くことにした。

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

『――――報告書には、目を通した』

 

S.O.N.G.本部。

 

『政治介入があったとはいえ、先史文明時代の貴重なサンプルを米国に掠め取られるなどと・・・・なんたる無様かッッ!!』

「恐れながら」

 

モニターの向こうで怒髪天を衝いているのは、訃堂だ。

南極にて発見された、神代製造の棺桶とアヌンナキの遺骸。

それらを日本が確保できなかったのが、お気に召さなかったらしい。

攻防以来、ちょくちょく『お叱り』の通信を繋げてくるようになった。

 

「昨今の日本は、抜きん出た異端技術研究について、各国より羨望の視線を向けられる立場にあります。その上先史文明時代の研究にまで手を伸ばしてしまえば、それこそ攻撃の口実を作りかねません」

『国力が劣ると判断されて攻め入られることも有り得る!!果敢無き様がいつまでも見逃されるとでも思うなッ!!』

 

訃堂の様々な部分に思うところがあるとはいえ、その政治的手腕は本物と言わざるを得ないと、弦十郎は考えている。

敵にも味方にも痛みを与える、荒神の如き方針。

もはや妄執とも言うべき信念。

納得できないが、理解は出来るのだ。

 

『さらには新たな夷狄をのさばらせおって!防人の血をこれ以上辱めるなッッ!!』

「・・・・っは」

 

訃堂が向ける目は、決して身内に対するものではなかった。

それどころか、人間と認識しているかどうかも怪しい。

そんな瞳を崩さないまま、怒鳴るだけ怒鳴り散らしたご老公は。

一方的に通信を切ってしまった。

 

「あったかいもの、どうぞ」

「・・・・ああ、すまない」

 

力尽きる様に座った弦十郎へ、友里がコーヒーを差し出す。

口に含んだ苦い味が、よどんだ頭をすっきりさせてくれた。

 

「最近増えましたね、鎌倉からのお叱り。今までほとんど無かったのに」

「そうだな・・・・」

 

藤尭もおやつのチョコレート菓子をそっと差し出しつつ、慰めの声をかける。

弦十郎はそれも早速口に放り込んで、咀嚼しつつ思考にふけった。

 

(・・・・・何か、胸騒ぎがする)

 

活発になったように思う鎌倉の干渉に、弦十郎が眉を潜める脇で。

友里と藤尭以外のオペレーター達は、やや行儀悪く『うっせぇわ!!』と古の楽曲を熱唱していた。*2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

さてさて。

泣いても笑っても、ライブ本番の日ですよー!

わたしは今、奈落の一つを待機場所にさせてもらっている。

まさに頭上では、ステージを跳ね舞い踊っている翼さんがいるのだ。

いや、分かっていたことだけど、音がやべぇ。

耳栓を兼ねた通信機をつけてなかったら、『キーン!』って音に悩まされたんじゃかなろうか。

まあ、今をときめく『英雄サマ』の舞台だし、襲撃がないとも言い切れない。

少なくともこっちの世界では、『翼さんのライブでは何かしらトラブルが発生する』なんてジンクスが囁かれてるんやで・・・・。

さすがに本人も気にして、マリアさん共々御祓いに行ってたし・・・・。

何より、クリスちゃんや調ちゃん切歌ちゃんと、他にも優秀な子達が揃っている中から。

わたしを指名してくれたんだ。

頑張る他ないってもんでしょ。

 

「・・・・ん」

 

通信機(みみせん)越しに、翼さんとマリアさんの歌声が聞こえてくる。

シメのサプライズ演出が始まったな?

始めこそ困惑していた観客達が、何が起こっているのか理解したらしい瞬間が。

大歓声を以て、手に取るように分かる。

んふふ、わたしがステージに立ってるわけじゃないんだけど、なんかうれしいね。

やっぱり、歌には力があるんだよ。

そりゃあ、時には暴力の方が手っ取り早かったりするんだけどさ。

だとしても、やっぱりわたしは歌の方がいい。

敵を討ち取るだけじゃない、傷ついた人を癒すことが出来る歌の方が。

ずっと、ずっと、いい。

 

「・・・・そろそろかな」

 

曲も終盤にかかり、翼さんとマリアさんがより一層魂を込めて歌い上げているのが聞こえる。

そして、後奏も終わった。

会場は万雷の拍手と歓声に包まれて、興奮冷めやらぬといった状況。

通信機は未だうんともすんとも言わない。

うん、今回はなんとか無事に終わりそう。

・・・・なんて思ったのが、間違いだったらしい。

 

「――――ごきげんよう、紳士淑女の皆々様!!」

 

警備するにあたって、直前まで叩き込んだセトリならびにスケジュール。

そのどれにも入っていない事態が起こったと、すぐ分かった。

 

「Balwisyall Nescell Gungnir tron...!」

 

すぐにギアを纏って、飛び出せば。

空を覆いつくすアルカノイズの群れ、群れ、群れ!!

 

「――――貴殿らに恨みはないが」

 

舞台セットの、塔部分の頂点。

まさに『吸血鬼』な風貌のそいつは、言葉とは裏腹のぎらついた目でわたしを射貫いてきて。

 

「我らの都合により、死んでくれ」

 

まるで、指揮棒の様に降ろされた指を合図に。

理不尽な死が、雨あられと降り注いだ。

 

「させるかあッッ!!!!!!」

 

轟、と咆えた翼さんが。

マリアさん共々ギアを纏って、攻撃をスターマインよろしく打ち上げる。

やっぱり、装者として公表されていることが功を奏しているらしい。

一度恐慌状態に陥りかけた観客達だけど、わたし達が対応していると分かるや否や。

各々で声を掛け合って、努めて冷静に避難移動を始めた。

総勢十万ちょいにしては、割かしスムーズに動いているんじゃなかろうか。

 

「・・・・ッ!」

 

そうやって観客に意識を向けているところに、『吸血鬼』が突っ込んで来る。

血を固めたんだろうと分かる色と臭いの、鋭い爪が。

わたしの喉元を狙って突き出されていた。

めっちゃ硬いなこれ!?押さえている手甲が火花散らしてるべよ!?

そのまま二撃、三撃と激突して。

一度距離を取る。

観客はまだ避難しきれていない。

早期収束を狙って、突貫する。

 

「ははっ!」

 

爪と拳がぶつかり合う。

顎を狙って蹴り上げる。

避けられてカウンターが飛んでくるけど、こちらも負けじとカポエイラを叩き込む。

 

「がぶッ!?」

 

振り回した足が、横っ面を蹴り飛ばした。

よし、クリーンヒット。

手ごたえを感じて、体勢を立て直しつつ相手を見据える。

と、

 

「・・・・ふ、ふふふッ」

 

口元の血をぬぐった相手が、急に笑い出す。

な、なんだ?

 

「・・・・何?」

「相変わらず・・・・いや、『相変われず』の方が正しいか・・・・いい打撃を繰り出すな、ファフニール」

 

やつは崩れた髪をかき上げなおして、狂気じみた笑みを見せてくる。

・・・・こいつ、昔を知っているやつか!

 

「ああ、今でも思い出せるとも・・・・・ファミリーを鏖殺された、あの日のことをッッ!!」

 

絶叫が確かな圧を放つ。

思わず圧されて、下がってしまう。

 

「お前にとっては障害物でも、私にとっては『家族』だった!!」

 

『だから』と、『吸血鬼』は指を向ける。

 

「お前にも、教えてやるよ」

 

わたしではなく。

依然避難移動をしている観客へと。

 

「ただただ一方的に奪われる、絶望というものを!!!」

 

目の前で、ぱきんと指が鳴らされた。

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

「ノイズだあああああああああああああああああああッッッ!!!」

 

その時、響の耳を悲鳴がつんざいた。

 

「避難路にもノイズが!!」

「ここはダメだ!別の道を!!」

 

異常事態に慌てた観客は、道を引き返そうとするものの。

 

「何してんだ!!?」

 

何故かその場で棒立ちになるものが多数現れる。

 

「お、おい!立ち止まるな!」

「ち、違う!動かない!!体が動かない!!」

 

逃げたいという気持ちに反して、体が動かない。

当然、逃げる誰もが『そんなことあるのか』と思うのだが。

銅像のようになっている彼らの顔を見て、本当らしいと感づく。

他にも、

 

「なんで!?やめろ!!そっちはノイズが、ぎゃあッ!!!!」

「離せ!!離せ!!離してくれ!!!人殺し!!!!」

「離れないんだ!!手が!!言うことを聞かないんだ!!」

 

逆にノイズに向かって突っ込んでしまったり。

最悪の場合、他の人をホールドしたままもろともに死んでしまったり。

混乱は大波の様に伝搬していき、順調だった避難移動はあっという間に足並みを乱してしまう。

その末に起こるのは、やはり。

 

「ど、どいてくれ!!早く先に行かせてくれ!!」

「死にたくない!!死にたくない!!死にたくない!!」

 

四年前の様な、群衆の暴走だった。

――――こうして、緊急時なりの秩序を保っていた避難通路は。

一気に地獄絵図と化してしまったのだ。

 

「――――何も驚くことはないだろう?」

 

驚愕している響をあざ笑って、『吸血鬼』は自慢げに口を開く。

 

「私は『吸血鬼』だぞ?血を介して出来ることは、星の様にある」

 

例えば、そう。

 

「販売されるドリンクに血を混ぜて、それを飲んだものを操ったり。なんてな!!」

 

ライブでは、事前に持ち込む飲み物ももちろんあるが。

中には現地での飲食を楽しむ人だっている。

彼は、そこを突いたのだという。

販売用のタンクに、ほんの数滴。

たったそれだけで、この阿鼻叫喚を生み出したのだと。

自慢げに両手を広げていた。

 

「・・・・・そ、んな」

 

いつ仕込んだとか、警備をどうやって掻い潜ったとか。

色々問い詰めいたことが渋滞して。

 

「そんなッ、無茶苦茶な!!反則にも程がある!!」

 

響の震える唇は、怒鳴り声を発するしか出来ない。

 

「ワーハッハァ!!その顔が見たかったぞ!!いい気味だ!!」

 

恨みを持つだけあって、そんな相手の様を見た『吸血鬼』は。

さも愉快そうに大口を開ける。

奥歯を噛み締めた響は、激情のままに突っ込もうとして。

 

「立花ッッ!!」

「ッ翼さん!?」

 

砲撃で一掃するマリアを背後に、翼が『吸血鬼』に斬りかかった。

 

「訳は聞こえていたッ!!お前の胸中、察するに余りあるところだが、今は人命を優先してくれ!!」

 

数撃切り結んで隣に立った翼は、強い瞳を向けて響を落ち着かせにかかる。

 

「操られている者は意識を落としても構わん!!四年前の焼き増しを、止めてくれッッ!!!」

「・・・・はい!!」

 

響は依然『吸血鬼』を睨んでいたが、翼がやってきたことで冷静さを取り戻したらしい。

すぐに踵を返して、観客をダイレクトに狙うノイズを対処し始める。

 

「ふん、なかなかのカリスマだな。あの野蛮な化け物の手綱を、こうも手繰って見せるとは」

「訂正しろ、立花は化け物ではない」

 

鼻を鳴らす『吸血鬼』に、翼は鋭く切っ先を突き付ける。

 

「人命の危難を機敏に悟り、真っ先に駆け付ける。我ら自慢の一番槍だ!!」

「ッハ!!随分な高評価じゃないか!!俺達の時と同じだな!!」

「何?」

 

翼の啖呵を嗤い飛ばし、己の血液をオーラの様に纏う『吸血鬼』。

会場の照明は未だ生きていると言うのに陰りがさす様に見える顔は、瞳が爛々とぎらついている。

 

「俺達も、奴の残虐さを評価して取り立てた。そして、裏切られた」

 

周囲を舞う血液が沸騰する様に荒ぶり、マゼンダ色に輝きだす。

 

「貴様らS.O.N.G.も、今にそうなる。奴の、身勝手で、自己中心的な事情で、滅ぼされるぞ・・・・!」

「ッ戯言を!!!」

 

確かに響は人を殺めている。

それは翼でも庇いきれぬ事実だ。

しかし、だからといって無下に扱っていいわけではないと考えてもいる。

翼が、咎人である響を同胞と呼んでいるのは。

響自身が罪から逃げずに背負い続け、贖罪し続けているからに他ならない。

もはや言葉は不要と、剣を霞に構えて飛び掛かる。

刃を翻して、下から切り上げ。

対する『吸血鬼』は血液を鎖の様に変化させて受け止める。

そのまま鞭さながらに振るわれる鎖に対応する目の前で、二本、五本と増えていく。

 

「・・・・ッ」

 

剣がぶつかる度に、血液らしからぬ音を立てる相手の武器。

翼は警戒を高めると、己も二刀流に変えて手数を増やす。

鎖達は不規則な軌道を描いて襲い掛かってくるが、努めて冷静に対処する翼。

一つ一つの軌道を予測し、剣の振り具合や、体の傾き具合や、足捌き。

持てる技術の全てを注いで、眼前の敵を討ち果たさんとする。

 

「ふっ!」

 

血液が追加される。

鎖の中で、主に翼に向けられているものが、まるで有刺鉄線の様に変化。

刀身をちょくちょく引っかけて、攻め手のリズムを崩しにかかる。

翼は最初こそ眉をしかめたが、すぐに調子を整えて適応した。

 

「なるほど、化け物を庇うだけのことはあるということか!!!」

 

また嗤って翼を揺さぶりにかかる『吸血鬼』。

『同じことしか言えないのか』と、短い吐息を以て一蹴した。

その時だった。

 

「ならば、これはどうかな!?」

 

ここで、翼は己の失態に気付いた。

鎖の一部が、攻め手に参加していないことに。

それが、何かを引き寄せていることに・・・・!!

 

「――――きゃあああああああああああああッッ!!!」

 

魚の様に引きずられてきたのは、観客の少女だった。

翼のことをよほど慕っているのか、髪型も寄せている。

あちこちを擦りむき、傷だらけの痛々しい彼女。

そのか細い首が、乱暴に引っ掴まれる。

 

「貴様ァッ!!」

 

頭が真っ白になって、憤りのままに絶叫する翼。

しかしてその技術を乱さず、少女の四肢の合間を縫って突きを放つという。

針に糸を通すが如き離れ業を放って、人質を速攻で救出。

 

「後ろにいてくれ!離れるな!!」

 

すぐ様背後に庇い、『吸血鬼』へ切っ先を突き付けるも。

 

「――――言ったはずだぞ」

 

束の間の安堵すら、潰される。

 

「血を介して出来ることは、星の様にあると・・・・!!」

 

瞬間。

 

「ぃぎあ・・・・!?」

 

ぐしゃりと、水分を含んだ何かが潰れる音。

背中に無数の痛みを覚えた翼が、茫然と振り向けば。

体の内側から、己の血に満遍なく貫かれた少女が。

赤く混ざった涙を流しながら、こちらに手を伸ばしている様。

 

「ぁ、あ・・・・!」

 

痛みも構わず、手を差し出し返す翼の目の前で。

瞳から光を失った少女は、べしゃりと倒れ伏したのだった。

 

「ッあああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

喉が潰れんばかりに咆哮する。

視界は針の穴もかくやと狭まり、『吸血鬼』ただ一点を収める。

 

「翼!落ち着きなさい!翼!!」

「おのれおのれおのれェッ!!その外道掻っ捌かずにいられるかアアアァッ!!!」

 

マリアが駆けつけ羽交い絞めにしてもなお、怒りのままに暴れる翼。

駄々っ子の様に乱発した蒼ノ一閃は、ひらひらと撤退を始める『吸血鬼』に掠りもしない。

 

「・・・・潮時だな」

「おおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」

 

自ら発生させた暴風に乗り、突貫してきた響を。

『吸血鬼』は血のネットで受け止める。

 

「――――可哀そうに」

 

同じく修羅の如く怒りを募らせる響を、鼻で嗤い飛ばした彼は。

わざと顔を寄せて挑発したのち、言い放つ。

 

「お前さえいなければ、この会場は狙われなかったというに」

 

次の瞬間、憤怒の形相はどこへやら。

反論出来ぬまま、口をぱくぱくさせる響を容赦なく叩き落とした『吸血鬼』は。

再び手を上げて、上空の残ったノイズに号令。

まだ逃げまどう人々を、丁寧にすりつぶす様に鏖殺していくと。

戦意を挫かれた戦姫達の目の前で、悠々と立ち去って行ったのだった。

*1
なお、治療には異端技術の専門知識が必要なためというのが主な理由。厄介払いでは決してない・・・・と、信じたい

*2
XVの時代設定は2045、あの曲と彼女のデビューは2020。立派な懐メロ入りしているのでは




本編後CM的なおまけ。
オペレーターA「はあーん!」
オペレーターB「うっせぇ!」
オペレーターC「うっせぇ!」
オペレーターD「うっせ――――」
藤尭「それ以上はいけない!!」
友里「気持ちは分かるけど!気持ちは分かるけど!」


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一夜明けて

前回までの評価、閲覧、ご感想。
誠にありがとうございます。
特にご感想は、お返事出来ていませんがきちんと目を通しています。


『風鳴翼、惨劇のライブ再び』

 

『ライブ会場で大規模テロ、十万人死ぬ』

 

『十万死亡、警戒空しく』

 

 

 

惨劇の翌朝、自宅マンション。

どこのチャンネルも、まさに昨夜起こった惨劇に夢中だ。

・・・・それもそうだろう。

一般の生存者は両手の指で足りるかどうか。

そのわずかばかりの命達も、残らず致命傷により生死をさ迷っていると言う。

そんな大事件を、放っておくわけがない。

テレビを消して、未来はソファに深く倒れ込む。

クッションをきつく抱きしめて思うのは、ここにいない響のこと。

センセーショナルな現場にいた彼女は今、S.O.N.G.で治療を受けているはずだ。

幸い軽傷(S.O.N.G.基準)なので、今日にも帰ってくるそうだが。

未来が気にするのは、そこではなかった。

 

「・・・・響」

 

友里からの通信で聞かされた。

襲撃犯が、響を、『ファフニール』を恨んでいるらしいということ。

おそらくそいつらが徒党を組んでいるらしいということ。

『何か知っていることがあったら教えてほしい』と言われたので、未来は覚えている限りのことを答えた。

 

「・・・・・どうして」

 

かつて、文字通り死にたくなるほどに後悔した過去が。

容赦なく牙を剥いて襲い掛かってきている。

身を抉り、心を抉り、ボロボロになった様をあざ笑われる。

そんな記憶と常に向き合いながら戦わねばならない響を思い、考えることは一つ。

 

(どうして、わたしはそこにいないの?)

 

響が戦うと確信すると同時に、悔しさに奥歯を噛む。

あの旅路が原因であるのなら、響だけに押し付けてはいけないのに。

思うように動いてくれなくなったこの体は、隣に立つことを許されない。

・・・・傷つく響を、癒すことすらできない。

 

「ッごほ・・・・!」

 

咳き込む。

それだけならいつも通りだが、今日は喉の異物感が強い。

 

「げぇ、ほ・・・・!」

 

手に、濡れた感覚。

震えながら、目をやれば。

真っ赤な液体が、鉄のにおいを立ち上らせながらこびりついていた。

 

「・・・・なんで」

 

拭わないまま、握りしめて。

うずくまる。

 

「なんで、今なの」

 

響に試練が降りかかるのも、自分の命が削れるのも。

 

「なんで・・・・今なのよ・・・・!!」

 

握って絞られた血が、腕を伝ってソファに落ちる。

円形の赤いシミが出来てしまうが、構う余裕はない。

 

「ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・・!」

 

体を震わせながら、届かぬ謝罪を絞り出す。

 

「ひびき・・・・ひびき・・・・ひびき・・・・!!」

 

どうにも出来ない現実を目の前に。

少女は苦しみを吐露するだけ。

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

惨劇から一晩、S.O.N.G.本部。

運び込まれたわたし達は治療を受けていた。

幸い身体はそんなに傷ついていない。

わたしは全身打撲、翼さんが背中に怪我を負ったくらいだけど。

治癒布を使ってしまえば一日も経たずに治っちゃうから、S.O.N.G.では『軽傷』の域に入る。

・・・・・だけど、心の方は割とやられている。

マリアさんは不測の事態に対応できなかったことを悔やんでいて、翼さんは四年前の焼き増しを止められなかったことを悔やんでいて。

そして、わたしは。

自分の自業自得が、無辜の人々を食い荒らしたことに。

浅はかにも心を乱していた。

 

「――――あの日会場に現れた『吸血鬼』は、ルーマニア系のマフィア『銀の杭(グラマダ・デ・アルジント)』の『ヴラゥム・ドラグリア』。あの芝居がかった口調と声は聞き覚えがあります」

 

泣いてしまわないように、声が震えてしまわないように。

感情を殺しつくして、あの日の下手人の情報を話す。

・・・・四年前の旅路が、中東に差し掛かった頃のことだ。

すっかり『ファフニール』の名前が定着して、恐れられていたわたしに。

人のよさそうな顔で話しかけてきたのがヴラゥムだった。

すっと耳に入ってくるような、少し不思議な声をしていたあいつは。

わたしの心をあっという間に懐柔して、組織に引き入れたんだ。

・・・・秘密裏に未来を殺して、あたかも誘拐されたかのように振る舞った後。

居もしない未来を捜索するという名目で、わたしを飼い殺すというマッチポンプを企てていたので。

期待通りもろともに潰してやったんだったか。

 

「・・・・喉を裂いたので、殺したと思っていたんですけどね」

 

向かい合う司令さんは、どこか泣きそうな顔をしつつ。

耳を傾けてくれている。

 

「多分、アメリカの戦艦を襲撃したのもその類ですよ。わたしをファフニールだなんて呼ぶのは、わたしを恨んでる連中ぐらいなもんで」

「・・・・そうか」

 

開いた古傷と、新たに出来た傷。

二つの痛みは、想像以上にわたしを蝕んでいるらしい。

司令さんの表情は、一向に明るくならなかった。

 

「情報提供感謝する、あとはゆっくり休んで次に備えてくれ」

 

それでも、やっぱり優しい人だから。

次の瞬間にはぱっと笑って、頭を撫でまわしてくれる。

 

「奴らに好き勝手させたくないなら、怪我したままより、完治してからの方がいいだろう?」

 

そして、納得しやすい言葉で落ち着かせてくれた。

 

「・・・・はい」

 

逆らう理由もないので、こっくり頷くと。

司令さんも同じく何度も頷きながら、休む決断を誉めてくれた。

それから、『まだやることがあるから』と病室を出ていく。

手を振ると、振り返してくれた。

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

一瞬立ち止まってから、歩き出す。

歩みを進める毎に、表情は段々と険しくなっていって。

すっかり泣きそうな顔に変貌した。

 

(何故だ・・・・何故だ・・・・!!)

 

荒々しく踏み鳴らしながら、頭を掻き毟る。

 

(何故、あんな子供にばかり・・・・試練とは名ばかりの、地獄が与えられるんだ・・・・!!)

 

一度堰が切られてしまうと、止まらなくなる。

今年でやっと成人する者や、あるいは少し前に成人したばかりの。

まだまだその胸に、夢と、希望と、眩いばかりの光を抱いている年頃の少女達。

そうだ、まだたったの二十年前後しか生きていない。

若い美空の、子ども達なのだ。

だというのに、現状はどうだ。

響も、翼も、マリアも。

いや、他の適合者達も。

下手したら、弦十郎よりも重い因果を背負っている。

 

(・・・・いや)

 

ふと、足を止めて。

数瞬だけ表情をなくした弦十郎は、

 

(その片棒を担いでいる俺も、同罪か)

 

次の瞬間、自嘲に満ちた笑みを浮かべたのだった。

 

(・・・・せめて)

 

再び歩き出しながら、口元を引き締める。

 

(あの子達が、これ以上苦しむことが無いようにしなければ)

 

大人としての責任を、改めて覚悟しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閑話休題(問題は山積み)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マリア、大丈夫デスか?」

「無理はしないで」

「ありがとう二人とも、もうピンシャンよ」

 

そのまた翌日、S.O.N.G.。

怪我が完治した響、翼、マリアの三人も含めた装者達が勢ぞろいし、情報整理の場に並んでいる。

 

「・・・・先輩も、その、なんかあったら言ってくれよ」

「・・・・ああ」

「あ、もちろんバカもな!」

「・・・・うん、ありがと」

 

それぞれが、先の襲撃で傷ついた者たちを気遣う中。

ミーティングが始まろうとしたところで。

 

『――――果敢無き哉』

 

モニターに露得たご老公に、何人かは『うへぇ』と言いたげな顔をした。

 

『夷狄の思うがままにさせおって、装者を三人も動員しておきながらこの体たらく。防人の血を辱めるなといったはずだぞ』

「・・・・面目次第もございません」

 

弦十郎に異論はなく、ただ頭を低くする他ない。

現場にいた翼、マリア、響の三人も。

俯いたり、口元を噛み締めたり、眉間にしわを寄せたりと。

各々が自分の不甲斐なさを改めて痛感していた。

 

『翼』

「ッはい」

 

矛先は、翼へも向けられる。

 

『此度のことで、骨身に染みたことだろう。歌で守るなぞ、夢のまた夢であると』

「それは・・・・!」

 

心の主軸を、真っ向から否定する言葉。

翼が何か返そうとする前に、たたみかけられる。

 

『では何故十万も死んだ?何故十万程度守れなかった?』

「そ、れは・・・・私が、下手人の行動を、読めなかったから・・・・」

『違う、その体に流る血を軽んじたからだ』

 

訃堂が言葉を投げる度、冷酷に責め立てる度。

翼の視界が、ちかちかする。

赤く、赤く、明滅する。

 

『いい加減に現実を見よ、歌では何も守れぬと』

「・・・・ッ」

 

頭がぼうっとして、目の前が真っ赤になりかけて。

 

『――――お言葉ですが』

 

メインモニター。

刀身に北斗七星が描かれた剣と、天秤を掲げた家紋が。

訃堂を押しのける様に並ぶ。

 

『先のライブにおいて、警備責任は日本政府にあったはず。S.O.N.G.は装者三名を貸し出したに過ぎません』

『――――生剣(いするぎ)

 

訃堂の忌々し気な声に、画面が切り替わる。

現れた女性に、そこにいた誰もが声を上げた。

翼に年月と貫録を備えさせたような顔。

有体に言って、そっくりだったのである。

――――それもそうだろう。

 

『そも、風鳴翼が適合者として知られた時点で、この程度の事態は想定出来て当然です』

 

彼女の名前は、生剣伴薙(はんな)

()()()()、その人なのだから。

 

『だが、愚息共が対応出来なんだこともまた事実!!防人の血を継いでおきながら、この体たらくをなんとする!?』

『此度現れた賊は、己の血液を介して他者を操る能力を持っています。初見で十全に対応しろという方が、土台無理な話かと』

 

双方一歩も譲らず。

両者の間にある因縁を知っても知らずとも、剣呑な空気が濃く深くなっていくのが分かる。

 

『《歌では何も守れぬ》などと、釈迦に説法をする暇がございましたら。御下の警備体制を見直しては如何です?』

『・・・・ッ』

 

無機質な目に、再び忌々し気にした訃堂。

今度は舌打ちをして、通信を切った。

 

『――――無論』

 

そこで終わるかと思いきや、次は弦十郎が標的になる。

 

『貴方達も二度目はありませんよ。同じ失態を続けようものなら、《風鳴殺し》が黙っていないこと、努々忘れぬように』

 

翼の目と、温度のない視線で向き合いながら。

 

「・・・・ああ、分かっているよ。義姉さん」

 

弦十郎の視線に、鼻を鳴らした伴薙は。

そのまま実の娘へ何か言うでもなく、通信を終わらせたのだった。

 

「・・・・翼さん?」

「ッ、ぅ、あ・・・・ああ、案ずるな」

 

通信が途切れてもなお、モニターを見つめ続けていた翼に。

尋常ではない気配を感じた調が話しかけると。

翼は肩を跳ね上げて我に返り、笑顔を見せる。

・・・・明らかに、大丈夫ではない顔だったが。

それ以上追及してしまえば、更に傷つけてしまいそうで。

だから、調は何も言えなくなった。

 

(・・・・でも)

 

しかし、それで諦めるつもりはなかった。

だって、誓ったのだ。

かつて歌を重ねたあの日に。

一人にしないと、決意したのだ。

もちろん、マリアや響も気がかりだし。

切歌のことも蔑ろにするつもりはない。

しかし、それを踏まえても。

翼の様子は尋常ではなかった。

 

(私はもう、誰かに歩み寄るのは怖くない)

 

誰も見ていないところで、静かに口元を結んだ。




オリキャラ解説

ヴラゥム・ドラグリア
名前は『ブラム・ストーカー』と、ドラキュラの語源『ドラクリア(竜の子供)』から。
戦闘力はないが、人心掌握が得意だった。
作中で語られたように、マッチポンプで響を組織に定着させ。
ついでに己の地位も確率させようとしたが、見事に失敗した。


生剣伴薙(はんな)
AXZ編で名前を出しそびれていた翼ママ。
翼さんを老け・・・・もとい、大人っぽくしたらこんな感じだろうなというビジュアル。
今のところ、元夫にも実の娘にも塩対応。
訃堂にも辛辣。
着物の小豆色はもちろん、菖蒲、柊、千鳥は全て厄払いのゲン担ぎ。
イメージCV久川綾。


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うごめくもの

前回までの評価、閲覧、ご感想、お気に入り登録。
誠にありがとうございます。

あんまり話が進んでいませんが、これ以上は長くなりそうだったのであげちゃいます。


「――――お前の言う通り、私は何の不自由をしていない」

 

「食うに困ることもなく、学びたい時に学べ、金だって自由に扱える」

 

「それは士族であるが故の特権、だが、そこには同時に義務も発生する」

 

「浪費はならぬ、有り余る金は御国の為に使わねばならぬ」

 

「怠惰はならぬ、得た知識は御国の為に振るわねばならぬ」

 

「傲慢はならぬ、身も、心も、魂も、全て御国に捧げねばならぬ」

 

「・・・・我が家は、代々国を防人って来た一族。現当主たる父や、兄上方も、大変優れた御方だ」

 

「戦況奮わず、人も、武器も、食料も乏しくなりつつあるこの日ノ本で」

 

「大した権限を持たぬ三男坊に出来ることなど、限られてくるのだ」

 

「だから、私はここに来た」

 

「特攻出撃に駆り出されることなど、百も承知」

 

「この身は、この心は、この魂は」

 

「髪の毛先から、爪の一欠片に至る、あらゆる全て」

 

「八島を防人る為にある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――理屈は分かったけどよ」

 

「そんな御大層な志持ってても、罰則くらってちゃ世話ねぇよな」

 

「ッッ誰の所為だ!誰のッ!!」

 

「ああ!?俺が悪いってのかッ!?」

 

「他に誰がいるというのだッ!?」

 

「――――ゴラァッ!!貴様らッ!!反省が足らんようだなッッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、戻ってくることはない。

遠い、遠い。

ある日の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――?」

「ッドクター、患者の意識が!」

 

ばたばたと人が動き回るのを聞きながら、ヴァネッサはゆっくり目を開けた。

陽光に何度もまばたきしながら、辺りを見回す。

 

(ロスアラモスじゃない・・・・?)

 

始めに感じたのは、そんなことだった。

なんというか、天上や柱のつくりなど。

部屋の雰囲気が違うのだ。

 

「おはようミス、自分の名前は言えるかい?」

「な、まぇ・・・・・ばねっ・・・・ヴァネッサ・・・・ヴァネッサ・ディオダディ・・・・」

 

顔を覗き込んできた医師と、ぼんやり会話をしながら。

何があったのだっけと、頭をまさぐる。

 

――――突然の爆発。

 

――――次々引き裂かれる研究員達。

 

――――自分の手を引くセシリア。

 

――――外の施設に繋がっているという転送装置。

 

――――そして。

 

――――自分を庇って、攻撃をもろともに受けたセシリア。

 

「・・・・~~~~!!!」

「ミス?ミス!動いてはいけないよ!」

 

ベッドに戻そうとしてくる医師の腕をひっつかんで、ヴァネッサはありったけの声を上げた。

 

「セシリアは!?セシリア・フォルティー!!一緒に来たはずなんです!!彼女の安否は!?」

「それは・・・・」

「それは私が伝えよう、ドク」

 

セシリアの名前に、どこか狼狽えた様子の医師に声をかけたのは。

ちょうど入って来たらしい軍服の男性だった。

 

「ふむ、ミス・ディオダディか・・・・私はアメリカ陸軍グランツ・スミス中尉。ここはアメリカ国防総省こと、『ペンタゴン』だ」

 

グランツと名乗った軍人は、看護師が差し出したカルテを見て。

ヴァネッサの名前を呼ぶ。

――――『ペンタゴン』、正式名称『アメリカ国防総省』。

その名の通り米国の国防の要を担う軍事施設。

『ペンタゴン』の通称は、建物の五角形から名付けられた。

セシリアが試作機だと言っていた転送装置の行き先だ。

ロスアラモスと直接往来することで、研究所の機密性を高めようと試みていると話してくれていた。

 

「恨まれるのが軍人の仕事だからな、はっきり言ってしまおう」

 

ヴァネッサの目を、真正面から真摯に見つめながら。

グランツは口を開く。

 

「セシリア・フォルティーは、君とここに転移した直後に死亡が確認された」

「――――ッ」

 

胸、心臓の周囲が。

一気に冷え込む。

 

「ミラアルク、エルザ。この二つの名前に覚えは?」

「・・・・・か、ぞく・・・・です・・・・・わたしの・・・・家族・・・・」

「そうか・・・・」

 

呆然と視線を落とすヴァネッサに、さすがのグランツも気づかわし気な声になる。

しかしすぐに切り替えて、力強く言葉を紡いだ。

 

「彼女はロスアラモスの襲撃と、君達の保護を頼んだ後に息絶えた」

 

『恨まれるのが仕事』と言うだけあって、粛々と事実を述べていくグランツ。

 

「最期の瞬間まで、隣人を愛する心を持ち続けた、セシリア・フォルティーに敬意を表すると共に、その冥福を心から願っている・・・・・本当に、惜しい女性を亡くした」

 

最後に、心からの哀悼の意を述べるものの。

ヴァネッサの慟哭を、止めることは叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

――――ブラック企業もかくやとばかりに、問題が湧いてくる。

米国のロスアラモス研究所が、襲撃を受けて壊滅したというのだ。

捜査資料として、米国から送られてきた監視カメラの画像には。

まさに『狼男』といったビジュアルの実行犯が写っていた。

生存者は、一人だけ。

 

「セシリア、そんな・・・・」

「ヴァネッサ・・・・」

 

S.O.N.G.艦橋。

一緒に報告を聞いていたミラアルクちゃんとエルザちゃんも、重い顔を隠しきれない様子だ。

――――ロスアラモスに、ペンタゴンに直通している転送装置(試作型)があったので。

それを使うことで何とか逃げられたらしい。

だけど、ロックの解除と座標の入力中*1に『狼男』に追いつかれた。

ヴァネッサさんがやむなく交戦したけど、主に体格差が原因で圧倒されて負傷。

でも戦った甲斐あって、解除と登録が間に合った。

コンマ数秒の攻防を切り抜けて、脱出事態には成功したんだけども。

セシリアさんは、ヴァネッサさんを。

届いてしまっていた相手の攻撃から、身を盾にして庇って。

 

「シシー・・・・!」

「セシリア・・・・」

 

マリアさんは、出血せんばかりに口元を噛み締めていた。

調ちゃんや切歌ちゃんも、セシリアさんとは仲良かったみたいで。

悲しそうな顔をしている。

 

「それで、アヌンナキの遺体と遺品は?」

『遺体は完全に焼失、遺品である腕輪は盗み出されたらしい。これを狙って襲撃したと見て、まず間違いないだろう』

 

問いを重ねる司令さんに、答える八紘さん。

米国政府も同じ見解なんだそうで。

今後も捜査を続けていくそうな。

ちなみにヴァネッサさん達の身元は、本格的にS.O.N.G.の預かりになるってさ。

まあ、数少ない異端技術の専門機関だもんね。

当然の帰結だね・・・・。

 

「腕輪について、他に分かっていることは?」

『襲撃直前まで送られていたデータによると、腕輪には《シェムハ》と解読できる部分があったらしい』

「・・・・ッ」

 

あ、了子さんが反応した。

 

『・・・・こちらから提示できる情報は以上だ、健闘を祈る』

「ああ、ありがとう。八紘兄貴」

 

公式な記録では、了子さんとフィーネさんがイコールであることは内緒なので。

その辺察してくれた八紘さんは、キリのいいところで通信を終わらせてくれた。

 

「で、なんか心当たりあんのか?」

 

変化を目ざとく察したクリスちゃんが問いかけると、了子さんは何か少し考え込んでから。

 

「・・・・アヌンナキのメンバーの中に、『シェム・ハ』と呼ばれる方がいたはずよ」

「そうなのか!?」

「・・・・ええ」

 

了子さんが言うに曰く。

そもそもアヌンナキ達は『生命の神秘』を研究する為、その実験場として地球を創造したらしい。

シェム・ハはその中の一人、生み出す生命の設計を担当していたという。

つまり、恐竜を始めとした古生物はもちろん、人間も生み出した存在なのだと。

むかーし昔の巫女(げんえき)時代に、あのお方こと『エンキ』に教えてもらったんだそうな。

要するに『ママ』ってことですね、把握。

 

「・・・・・ただ、だとすると尚のこと不可解なのよ。どうして南極に埋葬されていたのか」

「何故、厳重な警備に守られていたのか、か」

「っていうか、そもそもなんで埋葬されるような事態になってんだ?アヌンナキにも『死』があんのか?」

 

クリスちゃんが何気なくこぼした疑問に、みんながはっとなった。

確かに、少し変だ。

造物主ことアヌンナキは、昔、その・・・・フィーネさんが、エンキに『身の程知らずの恋』を抱くだけでなく。

その想いを告げようと、人間の分際で同じ高みに上ろうとしたことに怒って。

統一言語の破壊という世界規模の呪い(ばつ)を与えたはず。

そんな超常的な存在が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

いや、『そういうもんですよ』って言われたら『そっすか』という他ないんだけども。

・・・・・謎が深まるどころじゃなくなってきたように思う。

なんというか、こう。

覗いてはいけないようなものを覗いてしまいそうな、漠然とした不安が渦巻いている。

何だろう。

故人(というか、故神?)のことを考えたからか、足元におっきいナニかがいる感覚ががが・・・・。

 

「とはいえ、さすがに手掛かりが少ないわね」

 

考え込んでいたけれど、了子さんの声で現実に戻される。

そうだった、まだミーティングの最中だった。

 

「・・・・また、後手に回らざるを得ない、か」

「同じ後手でも、予め身構えているのとそうでないのとでは段違いのはずよ。落ち込まないの」

 

これまでがこれまでなだけに、先手を取れなさそうことに肩を落とす司令さんを。

了子さんが慰めたことで。

ひとまずお開きとなったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「――――戻ったぜ」

「やあ、お疲れ様」

おばえい(おかえり)

 

どことも知れぬ場所。

戻って来た『狼男』に、『吸血鬼』と『フランケン』が声をかける。

 

「収穫はどうだね?」

「へへへっ、ばっちりだぜ」

 

ごとん、と置いたアタッシュケースを開くと。

中には威圧感を放つ腕輪が。

 

「おぉー」

「ふむ、美術品としても謙遜ない作りだな」

 

歓声を上げる『フランケン』の横で、『吸血鬼』はまじまじと観察する。

 

「そもそもとして、五千年も前の品物がこれほどの輝きを残して現存しているとは。神の異物であることを加味しても、素晴らしい保存状態。売れたら相当な額になったろうに」

「ふぅん?俺にゃ分かんねぇや」

 

さすがに手に取ることはしなかったが、楽しそうに評価する『吸血鬼』。

欠片の興味もないものの、その饒舌っぷりを見た『狼男』は『そういうもんか』と思いながらアタッシュケースを閉じる。

 

「そういえば、お前さんはもうやりあったんだよな?『ファフニール』と」

「ああ、そうだよ」

 

何気ない問いかけに、口元を押さえる『吸血鬼』。

先ほどとは打って変わって、面白くて面白くて仕方がないと言わんばかりの笑みを浮かべる。

思い出すのは、ライブ会場でのこと。

事実を突きつけてやった時の、あの表情。

 

「――――実に、実に。良い気分だった」

「ヘーェ?」

 

くつくつ鳴りだす喉に、『狼男』の顔もつられて凶悪になる。

 

「いいなぁ、俺も早いとこやり合いてぇなぁ」

「何、焦るんじゃない。どのみち依頼主殿は彼らと戦ってほしそうだったからな」

「分かってらぁ」

 

けたけた、げらげら。

嗤い声を上げる様は、まさしく怪物であった。

*1
あくまで試作型だから、実験の度にリセットしていたんだそう。




いい加減に次回から話が動く、はず。


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守りたいのは

日頃よりのご愛顧、誠にありがとうございます。
筆が乗り始めた最新話です。


「――――ただいま」

 

深夜。

ヴァネッサの受け入れ準備をあれこれ片付けてきた響が自宅に帰れたのは、あと一時間で日付が変わる頃だった。

 

「さすがに寝てるかな」

 

予想通り、部屋は真っ暗。

病弱な未来を一人にしがちな現状に落ち込みつつ、手を洗うべく荷物を置いた時だった。

 

(・・・・・血の臭い?)

 

ふわりと鼻に触れた空気に、神経を尖らせる。

体をこわばらせながら、そっと部屋の電灯スイッチに触れた。

かちっと音がして、明るくなる。

注意深く視線を巡らせると、テーブルの向こうに何か見えた。

ゆっくり覗き込んだ先に、いたのは。

 

「ッ未来!?」

 

ぐったりと倒れ伏している未来を、頭を揺らさないように仰向けにさせる。

喀血だろうか、口元は真っ赤に濡れていた。

床で赤黒くなっている血だまりが、どれほどの時間が経っているのかを雄弁に語っていて。

響の背筋が凍り付く。

 

「未来!!未来!!聞こえる!?」

 

頬を軽く叩いて覚醒を促すものの、未来のまぶたは固く閉じられたまま。

呼吸と脈はあるがとてもか弱く、油断は許されそうにない。

 

「ごめん、ごめん、ごめん!!独りにしてごめん!!」

 

記憶よりか細い体を抱きしめて、取り乱しながらも通信機を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

S.O.N.G.、戦闘シミュレーター。

ホログラムの街並みのあちこちで、連鎖的な爆発が発生する。

黒煙を振り払い、重々しく着地した切歌。

その腕から降りた調と一緒に、頭上を注視する。

 

「たあああああッ!!」

 

案の定、まだまだ元気な対戦相手が、煙を吹き飛ばす形で飛び出してきた。

 

「ガンスッ!突貫するでありますッ!」

 

エルザの腰のアーマーからケーブルで繋がるのは、巨大な虎鋏。

怪物の噛み付きとも言うべき猛撃を避け、左右に避ける調と切歌。

 

「ナイス分断だッ!エルザッッ!!」

「――――ッ!」

 

エルザの背後から現れたミラアルクが、調に飛び掛かる。

腕の装甲から杭を乱れ撃って、切歌との距離をさらに開かせる。

 

「調ッ!」

「行かせないであります!!」

 

身を乗り出す切歌だが、エルザが行く手を阻む。

巨大虎鋏に加え、グローブから伸びたビーム状の爪も合わさって。

合流を許さない。

 

「はッ!」

 

相手が距離を詰めてくるので、ヨーヨーで応戦する調だが。

ロスアラモスでもある程度訓練を積んでいたらしいミラアルクは、難なく捌いていく。

 

「まずは一人!もらったぜ!」

 

ミラアルクは大きく腕を振りかぶって、調に叩き込もうとして。

 

「――――うん、まずは一人」

「なッ、わぁッ!?」

 

浮かんだ笑みに、背筋を凍らせる。

即座に全身の自由が奪われた。

慌てふためくミラアルクの目に見えたのは、縦横無尽に張り巡らされたワイヤー。

 

「いつの間に・・・・!?」

「ミラアルク!!」

 

仲間の危機を機敏に察したエルザは、思わず振り向く。

切歌から視線を外してしまう。

 

「こーら、よそ見は禁物デスよ♪」

「っあ、しま・・・・!」

 

発射された鎖に捕らえられるエルザ。

引き倒されて呻いたところに、甲高い音。

目を開けると、巨大な刃が寸前で止められていた。

 

「エルザッ!」

「・・・・あなたも毎日、規格外と訓練するといいよ」

 

余裕を失ったミラアルクへ微笑みながら、調は手元に指を添えて。

 

「そうすれば、嫌でも経験が積めるから」

 

ワイヤーを、弾く。

 

「うわわわわわわッ!?」

 

瞬間、ギリギリと音を立てて縛り上げられていくミラアルクの体。

抵抗空しく、あっという間に関節技を決められて。

 

「あだだだだだだだだだだッッ!!!」

 

割と容赦なく締め上げられ、悲鳴を上げる他許されなくなったミラアルク。

きっと、敵対していたのなら。

腕の一本はへし折られていただろう容赦なさに、味方ながら慄いてしまう。

 

「降参!降参!ぎぶあーっぷッ!!」

「ガンス、同じく参ったのであります・・・・」

 

だからこそ、二人とも素直に白旗を上げたのだった。

 

 

 

 

 

 

――――ヴァネッサとミラアルク、そしてエルザ。

パヴァリア光明結社における人体実験を受け、半分怪物と化してしまった三人。

その力の源は、『パナケイア流体』という霊薬である。

それぞれに授けられたモンスターパワーとを繋げ、拒絶反応を抑える目的で血中に仕込まれているのだが。

時間経過で徐々に濁り、澱み、死毒と転じてしまうという。

冠した名前とは全く逆の効果を発揮してしまう*1、致命的な欠陥を抱えている。

なので、彼女達が生きていく為には、定期的な人工透析が必須となっている。

特に戦闘行為を始めとした、大きく力を行使する局面の後では。

血液を丸々全て入れ替えないといけないという、問題を抱えていた。

更にその血液も、『RHソイル式』という貴重な稀血でなければいけないという、悲しい金食い虫。

一方で、結社では『兵器としてすら運用できない』と判断されていたからこそ。

脱出、ならびに米国政府への保護がスムーズに進んだという側面もある。

――――さて。

元身元引受先である、ロスアラモス研究所では。

そんな彼女達を何とか兵器運用出来ないかと*2、試行錯誤が成された。

結果生まれたのが、『HW式特殊兵装』である。

バッテリーによるエネルギー源の代替を行うことで、パナケイア流体の消費を大幅に削減することに成功したのだった。

ちなみに『HW』は『ハロウィーン』の略。

祭りの間は仮装を以て怪物に転じ、そして終われば仮装を解いて人間に戻る様に。

いつか人間に戻る彼女達への、セシリアからのエールでもあった。

所属をS.O.N.G.へ変更された現在。

先の米国軍艦での攻防で破壊された装備が、了子率いる技術班により修理されたので。

早速手すきだった調と切歌に相手を頼み、リハビリついでの手合わせをしていたミラアルクとエルザだったが。

 

 

 

 

 

 

「うーん、やっぱり本職にゃ敵わないか・・・・」

「ガンス、行けたと思ったのでありますが」

 

休憩スペース。

それぞれ飲み物を手にしたミラアルクとエルザは、ぐったりとテーブルに突っ伏していた。

 

「そりゃあ、アタシ達ってば修羅場をいくつもくぐっているデスからね」

「簡単には負けてあげないよ」

 

それぞれ奢ってもらったジュースを上機嫌で口にしながら、調と切歌はにっこり笑った。

 

「でも、二人ともすごいセンスだった。絶対弱いわけじゃないから、落ち込まないで」

「デスデス!弦十郎さんとか、響さんとか、翼さんとか、S.O.N.G.の名だたるトンデモに比べたら、アタシ達なんて可愛いマスコットが精々デスよ!」

「「あぁ~」」

 

『自分で言うか』と突っ込みたくなるが、事実切歌が上げたのはS.O.N.G.の中でもぶっちぎって規格外(あたおか)なので。

ミラアルクもエルザも、納得の声を上げる他なかった。

 

「それに、今晩にはヴァネッサさんも来るんでしょう?三人ご自慢の連携技、楽しみにしてる」

「へへへ、おうよ!リベンジさせてもらうぜ!」

 

片やにまっと笑って、もう片や鼻を鳴らしながら耳をぴこぴこさせて。

やる気満々の様子に、調と切歌も笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「具合はどう?」

「・・・・ぅん・・・・調子はいいよ」

 

S.O.N.G.と提携している病院。

運び込まれた未来は検査の結果、古傷が原因となった慢性的な肺疾患が悪化していると診断されて。

再び入院生活になってしまった。

力なく横たわった体は、半分ベッドに沈んでいて。

記憶よりも細くなっていた腕には、色とりどりの点滴が刺さっていた。

 

「ごめんね、心配かけて」

「そんなのいいんだよ」

 

折れてしまいそうな手が、壊れないようにそっと握って。

潜めた眉が戻る様に願いながら、何とか笑いかける。

 

「わたしこそ、気付かなくてごめん・・・・・未来が、苦しんでいたのに」

「もう、落ち込まないでよ。響だって大変なんだから」

 

未来の手が、わたしの手を握り返す。

 

「響の手はもう、わたしだけのものじゃないんだもん」

「未来・・・・」

「ふふっ・・・・・いつの間にか、こんなにかっこいい手になったんだねぇ」

 

楽しそうに顔を寄せて笑う様は、微笑ましいけれど儚かった。

・・・・・だけど。

だけど、わたしは。

 

「・・・・・わたしの手が、強くなれたのは」

「響?」

「強く・・・・なったのは・・・・未来の、為だよ」

 

思わず、握る力が強くなる。

未来の手を、わたしのおでこに当てる。

 

「今も、昔も、わたしが、守りたいのは・・・・ずっと、ずっと、ずっと・・・・未来、だよ」

 

・・・・・いや、違う。

結局のところ、わたしは矮小で、俗物で、臆病者で。

全部、自分の為だ。

わたしと、家族と、未来さえ生きてくれていればいいという。

突き詰めた自己満足だ。

 

「・・・・・本当は、もう疲れているんだ。誰かを守るのも、その為に傷付くのも」

「響・・・・」

「でも、そうしないと誰にも許してもらえないような気がして・・・・わたしの大事なものを、全部、取り上げられる様に思えて・・・・」

 

口を滑らせてから、気付く。

わたし、また。

未来に背負わせようとしていた・・・・?

この弱り切った体に?

わたしの独りよがりで?

 

「ぁ、ぇと・・・・」

 

訂正しなきゃいけないのに、取り消さなきゃいけないのに。

頭は真っ白になって、情けなく口をパクパクさせるしか出来ない。

ダメだ、こんなのダメだ。

また、未来に甘やかされる。

甘えてしまう・・・・!

 

「・・・・ッ!?」

 

――――そうやって、神経を尖らせていたから。

上から聞こえた、僅かな音に反応できた。

 

「響ッ!?きゃああッ!!」

 

砕けて、罅割れて。

振り落ちてくる天井。

咄嗟に覆いかぶさって、未来を庇うと。

背中に瓦礫がいくつもぶつかった。

 

「・・・・ッ!」

 

あばらがやられたっぽい痛みを耐えながら、瓦礫を振り払って上を見る。

吹き抜けになってしまったその向こう。

ちょうどライトに照らされて見下ろしてきていたのは。

まさしく『狼男』と言う他ない風貌の、敵。

 

「お前、ロスアラモスのッ!!」

「ヨーオ!!ファフニールゥ!!久しぶりだなァ!?」

 

煽る様に、にんまり笑ったそいつは。

鋭い鉤爪付きの手を、大きく広げて。

 

「――――じゃあ、死んでくれや」

 

天井を破ったであろう、猛撃を放ってきた。

コンクリートが砕ける音、配管が裂かれる音、窓ガラスが破れる音。

色んな騒音の中を、未来を抱えて何とか病室から飛び出した。

だいぶ高さがあったけど、震脚を応用してどうにか着地。

 

「――――きゃあああああああああッ!!」

「バケモノだあああああッ!!」

「助けて!!誰か助けて!!」

 

相手が追いかけてくるかと身構えたけど、最悪なことにそのまま病院内で暴れているらしい。

 

「響!」

「ごめん、未来。ここにいてッ!!」

 

ほっとく選択肢はない。

 

「Balwisyall Nescell Gungnir tronッ!!」

 

聖詠を唱えて、とんぼ返りする。

不運にも奴から離れた場所に入ってしまった様で。

看護師さんが、患者さんを瓦礫から救助している。

 

「助けにきました!敵は!?」

「ああ、よかった!あっちに行きました!!」

 

大きめのやつだけ除ける手伝いをしながら、看護師さんに話しかけると。

近くにいた一人が、一方向を指さす。

 

「ここはいいので、狼男を優先してください!!(みかど)さんッ、患者さんがッ、囮になっているんです!」

「ッ分かりました!」

 

手に持っていた瓦礫を退けてから、踵を返す。

『お願いします!』という悲痛な叫びを背負いながら駆け抜けた先には。

 

「鬼ごっこは終いだぜ」

 

患者さんに襲い掛かる『狼男』。

 

「ッやめろおおお!!!」

「うおぉッ!?」

 

躊躇わず飛び込んで、振り下ろされた豪腕を真正面から殴り飛ばす。

 

「あ、ああ・・・・!」

「立てますか!?んにゃ、立てなくてもいい!!逃げるまで絶対に守りますから!!」

「ハッ!いっちょ前抜かしやがる!」

 

完全に腰が抜けている様子の患者さんを背に、声を張ると。

『狼男』は牙を剥いて嘲笑う。

 

「こないだのライブで、まるで役立たずだった奴がヨォッ!!」

 

――――頭が、クリアになる。

怒りでどうにかなりそうだったけど、後ろにいる人のことを思い出して何とか抑える。

 

「ッ抜かしてんのはどっちだか!!観客マリオネットにして、散々遊んだ連中がさァッ!!!」

 

踏み込んで、飛び出す。

一歩で懐に飛び込んで、拳をぶち込む。

インパクトを余すことなく喰らわせてやれば、わたしが突っ込んできた穴から外に吹っ飛んでいく。

これで、少なくとも患者さんや医療関係者から離せたはずだ。

追いかけて外に飛び出せば、地面にうずくまっている奴の背中が見えた。

 

「はあああああああッ!!」

 

そのまま全力の拳で、背骨を破砕してやろうとして。

 

「おーい!!前方注意だぞオォーッ!?」

 

奴の手に鷲掴みにされた、未来が見えた。

 

「――――ッ」

 

拳がブレる。

隙が出来る。

 

「ハハッ、バーカ」

 

ゴミか何かみたいに放り投げられた未来を注視していたから。

『狼男』の攻撃に、対処出来なくて。

 

「ぐうぅッ・・・・!」

 

・・・・何とか、防御は間に合った。

けど、両腕はズタズタになってしまった。

痛い、でも戦える。

けど、奴の方が未来に近い・・・・!

 

「どーしたどーしたァ?さっきの勢いはお留守番かぁー!?」

 

相手もそれを織り込み済みなんだろう。

一歩、また一歩と、わたしじゃなく未来に近づいていく。

・・・・一見、分からなかったけど。

この悪辣さ、忘れようがない。

 

「シュバルツ・ホンド・・・・!」

「・・・・思い出してくれて嬉しいゼェ、雌犬」

 

・・・・どうする。

どうする・・・・!?

未来の所に向かったところで、きっと奴の方が速い。

・・・・・どうしたらいいんだ!?

 

「ヒヒャヒャヒャヒャッ!いい顔してるなぁファフニールよォ?ずっとずっと楽しみにしてたんだゼェ、俺ァ」

 

歪む。

まさしく、おとぎ話に出てくるような。

邪悪な笑みで、顔が歪む。

 

「お前に、仕返し出来る。この時をヨォ・・・・!」

 

時間はない。

このまま手をこまねいていたら、先手を取られる・・・・!

未来も、点滴や輸血が外れてしまっているんだ。

危険な状態にある。

 

「・・・・ッ」

 

何とかしないと、何とかしないと。

何とかしないと・・・・!

生唾を呑み込んで、頭をフル回転させていた。

そんな、時だった。

 

「――――ええ、私もずっと待ち望んでいたわ」

 

振り落ちる、声。

 

「――――貴方に復讐する時を」

「あ?」

 

シュバルツが、ガラ悪く見上げた鼻っ柱。

グレネードが、叩き込まれた。

 

「ッガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

「エルザちゃん!!」

 

もんどりうってのたうち回る横を駆け抜ける、小さな影。

 

「ガンス!252の確保、バッチリであります!!」

 

ちっちゃな体でパワフルに未来を抱えたエルザちゃんは、どうだと言わんばかりに鼻を鳴らしていた。

 

「遅くなってごめんなさい」

「・・・・ヴァネッサ、さん」

 

その脇で、ヴァネッサさんがわたしの隣に着地。

労わる様な視線が、見守る様に向けられている。

 

「こ、の!!テメェ、ロスアラモスの死にぞこないかッ!?」

「汚い言葉、悪い子ね。躾けの程度が伺えるわ」

 

・・・・ヴァネッサさんの煽りが、完璧に突き刺さった。

こいつ、挑発に乗りやすいんだよな。

 

「――――クソがよォッ!!!」

「――――クソだろォッ!!!」

 

激情のままに飛び出したシュバルツ。

その出鼻を挫いたのは、横っ面に叩き込まれたパイルバンカー。

ミラアルクちゃんだ。

 

「まずはセシリアの分、叩き込んだゼ!!」

「ご、お・・・・この・・・・!!」

 

素人目で見ても、マズルが明らかに曲がっている。

・・・・・ちょっとかわいそうかも。

なんて、一瞬の同情は。

奴が握りしめたものに吹き飛ばされる。

 

「オラァッ!!!」

 

アルカノイズの召喚ジェムが、まずはわたし達を飛び越えて病院の中に。

それからあいつとの間にばら撒かれる。

後者は、気持ち未来達の方が多めに喚び出されていた。

クソッ、最後まで期待を裏切らない悪辣さ!!

本人はしっかりテレポートジェムで逃げてるし!!

追いかけたいけど、病院の方が先か!

 

「エルザちゃん!そのまま未来をお願い!」

「ガンスッ!了解であります!!」

 

返事するや否や、未来を抱えて走りさるエルザちゃん。

モチーフが人狼なだけあって、アルカノイズも簡単に振り切っている。

よし、これで未来は大丈夫。

 

「人命救助は私とミラアルクちゃんで引き受けるわ!貴女はアルカノイズを!」

「はいッ!!」

 

拳同士を打ち付けて、目の前の群れを睨んだ。

*1
パナケイアはギリシャ神話の治癒の女神、アスクレピオスの娘

*2
この場合は彼女達の希望によるものである




『HW式特殊兵装』
ヴァネッサ達を引き取ったロスアラモス研究所で開発された、パナケイア流体の消費を抑えることを目的とした装備。
開発には、S.O.N.G.から各国に一部公開されている異端技術を使用している。
『HW』は『ハロウィーン』の略。
本文にある通り、セシリアが命名している。

HW式特殊兵装『ヘルシング』
ミラアルク専用の装備。
両腕に展開された装甲から、杭を発射する。
装甲自体も頑丈なので、防御はもちろん、そのまま殴りつけるパワフルな戦闘もアリ。
始めはシンプルな色だったが、本人の希望でマゼンダを基調としたカラーリングに塗装されている。

HW式特殊兵装『ケルベロス』
エルザ専用の装備。
尾てい骨に作られたジョイントを保護する腰アーマーと、ビーム状の鉤爪が出るグローブのセット。
腰アーマーがワンクッション担っているので、直接ジョイントするよりパナケイア流体を消費しない設計。

ヴァネッサさんはそのうち・・・・。


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微かな凪

前回までの評価、閲覧、ご感想、応援イラスト。
いつもご愛顧ありがとうございます。
これからも精進します。


「――――未来」

「響」

 

シュバルツを何とか追い払った後、保護された未来のところに行く。

ものすごく乱暴に連れ出したので、点滴の針が折れてないかと心配したけど。

そんなこともなかったらしい。

今はまた、新しい点滴が繋がっている。

そっと、土気色に近い顔に手を添えて。

おでこを引っ付ける。

 

「・・・・どうしたの?」

「・・・・ううん、ただ」

 

ただ、

 

「決めただけ」

 

もう傷つけさせない覚悟を、背負わせない覚悟を。

固く、固く。

誓うだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――と、いうことで」

「ヴァネッサさん、ミラアルクちゃん、エルザちゃん!」

「S.O.N.G.技術班へようこそー!!」

 

騒動から一夜明けた、いつもの技術班。

ようやく三人そろったヴァネッサさん達へ、水瀬さんがクラッカーを鳴らした。

テーブルの上の横断幕には、彼女達が名乗ることにしたユニット名『ノーブル・レッド』が。

『歓迎!』の文字と並んでいた。

 

「ずいぶん賑やかね、いつもこんな感じなの?」

「いや、今日は輪に懸けてるぜ」

「か、歓迎は大変ありがたいでありますが。いいのでしょうか、こんなお祭り騒ぎ・・・・」

 

お昼ご飯を兼ねた、三人の歓迎会。

さすがにこの後もお仕事があるから、おつまみ程度のお菓子やジュース程度のささやかなものだけど。

控えめながらもどんちゃんしてる面々に、そこそこドン引きしてる三人娘。

まあ、普通はそうだよね・・・・。

 

「それはごめーん!でも騒がせて!!」

「ちょっと今回の案件重たすぎて騒がないとメンタル持たないの!!」

 

紙コップ(ジュース入り)片手にひんひん泣く久野さんに、ぎゅーっとエルザちゃんに抱き着く高垣さん。

 

「もう、もう・・・・あいつらなんなの、今までの敵とは明らかに毛色が違うんだけど・・・・!!」

「サンジェルマンさんとか、キャロルちゃんとか、比較的正々堂々なお行儀のいい人達だったんだなって・・・・」

「いや、どれも一般人の犠牲は出てるんだけどさ・・・・出てるんだけどさ・・・・!」

「お、お疲れ様であります・・・・」

 

まるで酔っぱらいの様な悲壮感溢れる有様を見て、エルザちゃんも慰めざるを得なかった。

かわいこちゃんによしよしされる大人・・・・ちょっと通報されてもしょうがない絵面かも。

 

「まあ、ひとしきり騒いだら気も済むでしょう。まずは食べちゃいなさい」

「・・・・そうさせてもらおうかしら」

 

了子さんも困った笑顔をしながらも、紙コップを掲げて。

ヴァネッサさんと乾杯してた。

 

「そうだヴァネッサさん、この後時間ある?HW式についていろいろ聞きたいんだ」

「修理とか調整とか、もちろん真面目にやらせてもらってるんだけど。やっぱり慣れてる人に教わる方がこっちも安心出来るから」

「ああ、そういうことなら喜んで。なんなら今でもいいわよ?」

「助かるー!!」

 

元々技術畑の人なだけあって、割と早く馴染めそうだ。

 

「あ"あ"~、終わらないでほしい。このまま楽しい時間が続いてほしい・・・・」

「現実を見ろー、まだまだやることあるんだぞー」

「夢 く ら い み さ せ て く だ さ い よ !!」

「ワァ、ア・・・・!」

「泣いちゃっタァ・・・・」

 

なんかちいちゃくて可愛いのが通り過ぎた気がするけど、多分気のせいでしょう。

おにぎりうま・・・・落ち着く・・・・。

 

「にしても、あいつらもヴァネッサさん達みたいな改造を受けたんかね」

「響ちゃんが言うには元人間って話だし、そうじゃないの?パヴァリアかどうかは分からんらしいけど」

 

と、そんな会話が聞こえてきたので、耳を傾ける。

 

「チョイスも『フランケンシュタイン』に『吸血鬼』に、『狼男』だしなぁ。案外同じところかもしれないな」

「まあ、その辺は今後の捜査で明らかになるだろうな」

「ちくしょう、何でかぶってるんだよ、可愛げの欠片もねぇ。うちの子達を見習えや・・・・」

「もう君達が癒しだよ・・・・oh・・・・YOSHIYOSHI・・・・」

「わわわッ!?」

 

ライブ会場とか、昨日の病院とか。

司令室に行かない人達にも、惨状は伝わっていたらしい。

心を痛めているスタッフさんの一人が、エルザちゃんを撫でくりまわす。

気持ちは分かる(深く頷く)

撫でたくなる頭だよね・・・・もふもふ・・・・。

 

「あ、響ちゃん。この後装備の試運転に付き合ってもらえる?ミラアルクちゃん達の調整具合も見ておきたいし」

「もちろんですよ、ヴァネッサさん。シミュレーターでいいです?」

「ええ」

 

さて、何にせよこれから忙しくなるだろう。

・・・・落ち込んで不調になる暇が無くなりそうなのは、よかった。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

S.O.N.G.、車両格納庫。

道具を持ち込んだ翼は、愛車のバイクのメンテナンスを始めた。

外せる部品を外し、丁寧に汚れを落とし。

軍手をオイルで黒くさせながら、考える。

 

(また、襲撃が発生した)

 

今度は、未来が入院していた病院を狙われたという。

幸い、居合わせた響が即座に応戦したことで、被害は最小限に食い止められたものの。

以前ライブ会場に現れた『吸血鬼』のように、戦う術のない一般人を重点的に狙っていたらしい。

ヴァネッサ達が応援に来たにもかかわらず取り逃がしたのも、それが理由だとか。

 

(あの時、私が十全に応戦できていれば)

 

翼を始めとしたシンフォギア装者を、侮れない存在として刻み付けれていたのなら。

こんな、舐め腐られるような事態にはならなかったのではないか。

無辜の人々が、率先して狙われることが、なかったのではないか。

流れ出ていく古いオイルを、ぼうと眺めながら。

そんな後悔を巡らせていた時だった。

 

「・・・・ッ」

 

翼の通信機が鳴り響く。

司令室からの連絡かと思ったが、表示されていた家紋に息を呑んだ。

 

(御爺様?)

 

『鎌倉』が?何故?私個人にか?何の用で?

不意を突かれ、まんまとパニックになってしまった翼。

それでも応答するだけの理性を取り戻した彼女は、通信に応じた。

――――応じて、しまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――刻印、掌握!!!』

 

 

 

 

 

 

 

視界が、赤に染まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

「俺には妹がいるんだけどよ」

 

――――あれから少しずつつるむ様になった男。

学もなく、粗暴で、お世辞にも行儀がいいとは言えない。

だが、なんとなくうまが合うので、自然と行動を共にするようになっていた。

 

「兄貴の贔屓目なのは否定出来ないんだが、これまた器量よしの別嬪でな!本家のご嫡男に是非嫁にって、この前目出度く嫁入りしたんだ!」

 

そんなある日の昼下がり。

『お前の動機を聞いたから』と、彼は口火を切っていた。

 

「・・・・俺には、子どもがいなくてな。どうも原因は嫁よりも俺にあるらしいんだが、まあ、とにかく」

 

磨いていた軍銃を一度おくと、視線が前を見る。

 

「無いものねだりしても苦しいだけだ、だったら俺は、妹家族の未来を守る。あの子の子々孫々が笑って野山を駆けまわれる国を遺すために、俺は命を懸ける」

「・・・・未来の為に、か」

 

風鳴として、防人として。

守るために命を賭すのは当たり前だと思った。

しかし、今改めて考えてみれば。

一族の使命だから、従うのが当たり前だからと、己だけの明確な理由を抱いていないことに気付いた。

この男が、まぶしく見えた。

 

「まあ、お前さんに比べりゃ、大したもんじゃないだろうけどな」

「・・・・・いや」

 

ゆるり、と首を横に振っていた。

 

「命を賭す所以に、貴賤は無い・・・・故に、お前の道理を、私は敬う」

「お、おう、そっか・・・・」

 

照れくさそうに作業を再開する友人を見て。

己もまた、手を動かし始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――御前様、『きさらぎ』より連絡が届きました。『例のもの』、起こす手筈が整ったそうです」

「・・・・分かった」

 

静かに立ち上がって、歩き出す。

 

「『きさらぎ』に向かう、支度せよ」

「はっ」

 

風鳴訃堂は、止まらない。

止まれない。




おじじの末路は二パターンで迷っています。


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違和感

前回までの、評価、閲覧、お気に入り登録。
誠にありがとうございます。

Twitterの方でも、たくさんのご声援とファンアート。
ありがとうございます。

お待たせしました、


「おじゃましまーす」

「あ、お姉ちゃんだ」

 

S.O.N.G.と提携している病院、その一室。

響が顔を覗かせると、先客で賑わっていた。

 

「お母さん!香子に、おばさんまで!」

「こんにちは、響ちゃん」

 

響の母に香子、さらに未来の母まで。

ベッドに横たわった未来の周囲は、だいぶ大所帯になっている。

 

「仕事は?」

「ちょっと抜けてきたんだ、上司にはちゃんと許可貰ってるし、すぐに戻るよ」

 

香子の問いかけに答えながら、ベッド脇に座る響。

――――喀血するほど重症化した未来。

検査の結果、実際は咳のし過ぎによる気管の損傷と診断された。

狼男(シュバルツ)の襲撃という横やりが入りはしたものの、適切な処置を施されたことにより。

何とか快復しつつある。

 

「あ、これ技術班のみんなから」

「ありがとう、皆さんにもお礼言わないと」

「伝えとくよ」

 

りんごの盛り合わせをやり取りして、クスクスと笑い合う響と未来を見て。

未来の母はほっと安堵のため息をつく。

重症だと聞いていた我が子が、大好きな人と一緒に笑い合っている。

何でもない風景は、とても尊いものだった。

 

「響ちゃん、いつもありがとうね」

「いえいえ、娘さんお預かりしてますし、やりたくてやってますし」

 

感謝を述べると、のほほんと手を振る響。

そんな娘の様子を見た響の母もまた、一息つく。

 

「・・・・未成年だけで暮らしてるって、正直心配してたけど。ちゃんとやれてるようね」

「そりゃあ、ね。頼れる大人もいるし、身の程は弁えてるつもりだよ」

「ちゃんと身の程弁えてる子は大怪我こさえてこないの」

「うぐっ・・・・」

 

指先で頭を小突かれて、苦い顔をする響。

一見年相応の表情を見せる娘に、ほんの少しだけ目を細める。

 

「ところで、時間は大丈夫?」

「おっと、そろそろ戻らないと。またね、未来!おばさんもごきげんよー!」

「うん、また明日」

「またね、響ちゃん」

 

指摘されるなり、腕時計を見て立ち上がった響。

未来とその母に手を振って、病室から出ていくのだった。

 

「お姉ちゃん、元気そうだったね」

「そうねぇ」

 

香子のつぶやきに、未来の母は同意するが。

響の母はというと、難しい顔をしている。

 

「どうだか・・・・」

律香(りか)ちゃん?」

 

呆れた声の彼女は、未来の母にいぶかし気な目を向けられると。

肩をすくめて、響が去っていった方を見る。

 

「あの子、見たことないくらいピリピリしてた」

「ええっ?」

「そうですね、すごく気を張っていました」

 

全く予想外だったのか、驚いた声を上げる未来の母。

だが、負けないくらい一緒にいる未来にも言われて、本当なのだと納得する。

 

「・・・・・今度こそ、あの子を守れるといいけれど」

 

物憂げにつぶやく響の母の横顔を、未来の母は心配そうに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「――――そォすると起動すんのか?」

 

首都郊外、まだまだ自然が残る(うち捨てられた)工場跡地。

風鳴お抱えの、異端技術の技術者の手元を覗き込みながら。

シュバルツは興味深そうに質問する。

 

「ええ、これもまた聖遺物ですから。他と同じくフォニックゲインを注ぎ込めば十分に」

「へぇ?でも、カミサマクラスとなりゃぁ、大喰らいなんじゃないのか?」

 

タイピングを止めないまま、『その通りです』と技術者は続ける。

そのまま説明を続けようとしたところに、新たな足音がして。

 

すばぅつ(シュバルツ)ぶあぅむ(ヴラゥム)

「おー、来たのか」

「出迎えご苦労、ヴィクター。そして」

 

『フランケンシュタイン』こと、『ヴィクター・カーロフ』の大きな図体の後ろから。

付き人を伴った訃堂が現れた。

 

「ようこそお越しくださいました。雇い主殿」

「――――御託は良い」

 

コートを翻して恭しく頭を下げるヴラゥムを一蹴し、訃堂は簒奪した『シェム・ハの腕輪』を見やる。

 

「守備は?」

「順調そうだぜ?カラクリはよう分からんが・・・・」

 

シュバルツもヴラゥムも、同じ位置まで下がって事の成り行きを見守ることにした。

 

「――――先ほど、起動の為のフォニックゲインをどこから調達するのかという話をしていましたね?」

「あー、そんな話してたな」

「簡単です、フォニックゲインが集まりやすい場所から、少しずつ失敬していけばいい」

 

『始めます』と、エンターキーを押して。

腕輪への注入を開始しながら、技術者は続ける。

 

「一度に採取出来る量は微々たるものですが、この国だけでもどれほどのミュージックライブが開催されていると思います?」

「ああー、なるほど、年間でも相当量だよな。もしかして年数かけてやってたりするんか?」

「もちろん、なんなら先日の翼様のライブからも少々頂きました」

「ヒュゥ。いいねェ、古き良き『モッタイナイ』というやつか」

 

ケラケラ笑ったシュバルツだったが、訃堂のねめつける視線を受けて肩をすくめる。

その表情は、微塵も悪いと思っている様子が見受けられなかった。

 

「フォニックゲイン充填、そろそろ終了・・・・ッ!?」

 

そんなやり取りを背後に、技術者が淡々と作業を行っていた時だった。

これまでなんでもなかった数値が、いきなり危険域まで跳ね上がる。

荒れ狂うエネルギーに、ずっと平坦だった技術者の顔に初めて『焦り』が浮かんだ。

 

「これは、『腕輪』の力がセーフティを上回って・・・・!?いかん、『ディーシュピネ』が破れる!!」

 

バルベルデより持ち帰った異端技術の一つ、あのオペラハウスを守っていた絶対守護の結界が。

耐え切れずに、破れ散る。

 

「ぐああッ!!」

 

轟音、衝撃、極光。

三様の暴力に見舞われて、技術者は木の葉の様に吹き飛んだ。

 

「『ディーシュピネ』が破れたってことは・・・・」

「ああ、彼女達が感づくだろうな」

 

転がった技術者を、ヴィクターがつついているのを横目に。

冷静に状況を確認するヴラゥムとシュバルツ。

事実として、今しがたのエネルギー反応はS.O.N.G.に捕捉されていた。

歌女どもも、時期にここへ来るだろう。

 

「っつーわけだ、じいさんはここでお暇しとけ」

「『シェム・ハの腕輪』も、お忘れなきよう・・・・ひとまず今は、『おめでとうございます』とお喜びを申し上げます」

「ふん、言われずとも」

 

怪物たちの進言に、訃堂は鼻を鳴らして。

部下たちを伴って踵を返す。

 

「『客人』は私がもてなそう、その方が彼女達も冷静さを欠くだろうから、時間稼ぎになるはずだ」

「俺も出る。じいさん達は任せたぜ、ヴィクター」

「あいあい」

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

――――郊外の山林地帯に、アウフヴァッヘンと思しき高エネルギー反応が観測された。

元より放置できないのは当然として、ロスアラモスから奪われた腕輪の可能性も否定できないので。

出撃することに。

ヘリから飛び降りてみれば、案の定なノイズの群れと。

 

「これはこれは、こんなところまでご足労頂くとは」

「ヨーオ!こないだぶりだなァ!?」

 

ヴラゥム、シュバルツの、因縁ありまくりな二人が待ち構えていた。

片や優雅にマントを靡かせて、片や牙を剥いてにんまり嘲笑して。

明らかにこっちを煽ってきていた。

この野郎・・・・。

 

「逃げられると思うなよ」

 

自分でもびっくりするほどドスの利いた声が喉から出て、それが開戦の合図になった。

飛び出して、シュバルツの拳と撃ち合う。

殴打とは思えない、硬く重たい音が響いている中で。

翼さんはヴラゥムと斬り結んでいた。

ライブのこともあるから、少し心配していたけれど。

マリアさんとミラアルクちゃんが連携を取ることで、何とか理性を保っている様だった。

でもやっぱり顔がやばいよ・・・・。

目なんかだいぶ血走ってるように見えるし・・・・。

 

「よそ見たぁいい御身分じゃねぇか!!」

「・・・・ッ」

 

シュバルツの『みだれひっかき』を避けたり受け止めたりして。

わたしも戦闘に集中する。

叩きつけを殴り上げて、ガラ空きの胴体に一発。

続けざまにもう一発ぶち込めば、さすがのシュバルツも体をよろめかせる。

 

「逃がさないッ!!」

「オラァッ!!」

 

その隙を見逃さず、クリスちゃんとヴァネッサさんが一斉掃射。

奴は素早い動きで逃れたけど、ペースを崩し続けることは出来ている。

ちなみに、調ちゃんと切歌ちゃんは、ヴィクターを追跡中だ。

エルザちゃんがばっちり臭いを覚えていて、『臭いはするのに姿が見えない』ってんで。

一緒に追いかけている次第。

いやぁ、優秀!!

 

「せやッ!!」

 

足払いで大きく傾いたところへ、ダメ押しの蹴り飛ばし。

シュバルツは俊敏な動きで回避しつつ立て直すけど、その直後へヴァネッサさんが肉弾戦をしかける。

まずは鼻っ柱に一発。

右の薙ぎ払いを受け止めると、胴体に叩き込む。

 

「ぐえ、ッこの・・・・!」

「ッああ!」

 

一瞬えづいたシュバルツだけど、すぐに反撃のストレートを繰り出す。

もろにくらって吹っ飛んだヴァネッサさんを、クリスちゃんがキャッチするのを横目に。

またわたしが突っ込む。

相手がサマーソルトを放ってきたので、一度踏みとどまってから。

スカしたところへ一発。

だけど、受け止められてお返しとばかりに拳が来る。

 

「づッ・・・・!」

 

クソッ、一撃が重い・・・・!

バケモノに改造されてるだけあって、膂力が半端なくなってる・・・・!

何とか後ろに飛んで勢いを殺したけど、こりゃ痣になってるな。

いってぇ・・・・!

 

「ハッハァッ!いい気味だな!!あのファフニールが屁でもねぇや!!」

 

這いつくばるわたしを見て、ゲラゲラ笑うシュバルツ。

覚えてろよクソ犬がよ・・・・!!

 

「ぐあッ・・・・!」

「翼ッ!!」

 

必死に立ち上がろうとしている横に、翼さんが転がってくる。

ヴラゥムの方を見ると、自分の血液を羽衣の様に漂わせている姿が見えた。

なるほど、ああやって循環させて貧血防いでるのか。

いや、感心してる場合じゃねぇ!!

 

「ッおのれ・・・・!!」

 

――――あのライブ以来、翼さんはどうもメンタルがガタついてる節がある。

本調子じゃないのが、素人目でも手に取る様に分かる。

普段なら、あんな奴鎧袖一触なのに・・・・!!

・・・・・いや。

 

(ちょっと、待て)

 

おかしくないか?

そりゃ、目の前で助けられなかった悔しさは痛いほどに分かるし。

ショックをしばらく引きずるのも分かる。

でも、ここまでなるか?

ここまで、調子が崩れる人だったか?

 

「・・・・・ッ」

 

凝視していたからか、翼さんと目が合う。

その瞳は相変わらず充血・・・・・いや、違う。

染まっている?

 

「――――翼さん?」

 

思わず、問いかけた時だった。

 

「よそ見たぁ随分余裕じゃねェーか!!ファフニール!!」

「ッ、しまっ――――」

 

シュバルツが、爪を存分に奮って斬撃を飛ばしてくる。

わたしは避けられる、でも翼さんが直撃コースだ・・・・!

 

「おのれ・・・・!」

 

翼さんは迎撃する気満々だけど、まともに起き上がれる様子はない。

・・・・しかたない!

 

「翼さん!!」

「立花!?」

 

『突き飛ばす』と結論付けるまで、コンマ数秒。

『弱っていて』『自分よりも強い人』を、少しでも庇うために。

自分の体を、盾にする。

 

「ッ立花アァ!!!」

 

一瞬、暗転。

体が燃える様に熱くなって、すぐに冷えてくる。

背中もちょっと痛い、地面に撃ったなこりゃ・・・・。

 

「立花、気を確かに!しっかりしろ!」

 

泣きそうになってる翼さんが、顔をぺしぺししながら声をかけてくる。

ああ、すみません。

大変な時に、こんなことになっちゃって。

 

「――――む」

「ヴィクターか?」

「ああ、『無事に退避完了』、だそうだ」

 

・・・・・奴らの会話が聞こえた。

まずい、逃げるつもりだ。

 

「あ、ぐ・・・・!」

「立花!立花!」

 

ダメだ、口も声も思い通りにならない・・・・!

 

「逃げるつもりか!?」

「ッさせるものですか!!」

 

クリスちゃんとヴァネッサさんの声。

逃亡に気付いたか・・・・よかった・・・・。

 

「響!聞こえる!?眠ってはダメ!起きて!起きろ!寝るな!!」

 

マリアさんの容赦ないバシバシに、何とか意識を繋ごうとしたけれど。

やっぱり無理だった・・・・。

 

「・・・・ッ」

 

薄れる意識の中、もう一度翼さんを伺い見てみる。

必死にわたしを起こそうとしているその瞳は、やっぱり赤かった。




XVを象徴するアレは、多分次回くらいですかね・・・・。


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開花

いつもご愛顧、ありがとうございます。
長くなりそうだったので分割しました。
次は割と早くに上げられそうです。


「――――さて、どうかしら?」

 

現場から引き揚げた翌日の、医務室。

翼さんを庇ってまんまと負傷してしまったわたしは、了子さんに治療を受けていた。

展開されてた青い陣が引っ込められて、促されるままに肩をひねってみる。

うん、動作良好。

 

「うん、ばっちり。さすがですね」

「そう、よかった・・・・」

 

――――ところで。

いつもなら、こんな『魔法でぱぱっと』みたいな方法は取らない。

そりゃ、『治癒布』みたいに促進させたりはするけれど、それ以上のことはしていなかったというか。

『意図的にやっていなかった』が正しいか。

なんでも、ぱっと治すことは出来るんだけど、患者の体の負担が大きいんだとか。

まあ、術者本人もエネルギー使うだろうし、血管や神経も繋げるとなると心労もたまるだろうし。

さらに曰く、『普段からそうしてたらますます自分を蔑ろにするやつがいるから』って・・・・・うっす、いつもすみません(平伏)

で、なんで今回その避けている方法をとったのかと言えば。

 

「悪いわね、あんな大怪我負った後に」

「いえいえ、シェムハの腕輪が、神の力が悪用されてるかもしれないんでしょ?」

 

それに尽きた。

わたし達が出撃する理由になった、巨大なエネルギー反応。

解析の結果、米国から分けてもらってた腕輪の波形の一部と一致したらしい。

『神の力の敵対』という最悪の状況が、高確率で想定される中。

人類側の切り札が、『神殺し』が不在なのはものすごくまずいという、司令さん達の苦渋の決断によるものだった。

・・・・・そう考えると。

 

「取り逃がしたのはやっぱりまずかったですよね、もっといい判断出来たはずなのに・・・・」

「それこそ、翼ちゃんが本調子じゃないことを分かっていたはずの、私達大人の領分よ。子供はまず、自分を大事にしなさい」

「はぁーい」

 

こつん、と、おでこを指で小突きながら。

お小言を言われてしまった。

素直に返事する裏側で、ふと。

翼さんの『充血した目』が過ぎって。

 

(充血っていうか、あれは・・・・)

「どうしたの?」

 

考えていることが顔に出ていたのか、了子さんが覗き込んで来る。

 

「・・・・あの」

 

信頼出来る大人だし、普通に話そうとしたんだけど。

あの、人でなしの御老公が頭を過ぎって。

なんか、こう。

根拠のない確信めいた予感がして。

 

「響ちゃん?」

「・・・・・その、誰が聞いてるか分からないので、うまく言えないんですけど」

 

それでも、何も言わないのもいけない様な気がしたから。

 

「――――翼さんを、独りぼっちにしないで下さい」

 

限界ギリギリまでオブラートに包んだ、あいまいな表現。

正直通じなくてもしょうがないと思ったんだけど。

 

「・・・・ええ、もちろんよ」

 

了子さんは、確かに頷いてくれたのだった。

 

 

 

 

 

 

閑話休題(やることがおおい)

 

 

 

 

 

 

「――――すみません、お待たせしました」

「立花」

 

艦橋に入ると、真っ先に翼さんが話しかけてきた。

 

「お疲れ様です!」

「・・・・あの時は、すまなかった」

「お気になさらず、こっちこそご心配おかけしちゃって」

 

・・・・会話する傍ら、翼さんの目を覗き伺ってみる。

充血、というか、明らかに不自然な赤色は鳴りを潜めていた。

でも、あれが見間違いだなんて思えないんだよなぁ・・・・。

了子さんの方を見ると、任せてとばかりに小さく頷いていた。

頼れる(確信)

懸念もそこそこに、いつものミーティングが始まる。

 

「いい加減、振り回されるのはうんざりだ。こちらから打って出るぞ!!」

 

し、司令さんが、滅茶苦茶やる気満々だ・・・・。

でも、打って出るって・・・・。

 

「勇み足が過ぎねぇか?あいつらの根城も分かってないんだろ?」

「――――大丈夫、そこは抜かりないわ」

 

そりゃ、そろそろぶちかましたいところではあるけど。

クリスちゃんの疑問も当然のもの。

だけど自信満々に答えたのは、司令さんじゃなくて、マリアさんだった。

 

「実は、事前に話をもらっていてね。一服盛っておいたの」

 

自慢げに笑う手元には、ちいちゃなマイクロチップ。

どこからどう見ても発信機だった。

一服盛ったってことは・・・・。

 

「あのいけ好かないジェントルに仕込ませてもらったわ」

「マジか」

 

さっすが!出来る女!

頼れるお姉さんは伊達じゃない!

 

「もうとっくに位置も捕捉してる、後は出撃するだけだよ」

「知っての通り、相手はこれまでとは毛色が違う!今一度、兜の緒を締めて取り掛かってくれ!」

――――はいッ!!

 

さぁて、やってやろーじゃん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、兜って尻尾があるんデスか?」

「・・・・・『勝って兜の緒を締めよ』という、『油断大敵』と似た意味のことわざがある。この場合の『お』とは尻尾ではなく、固定するための結び紐だ」

「なるほどー!ありがとデス、翼さん!」

 

 

 

 

 

 

(今のところは大丈夫そうだな、翼さん)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおい!花村ぁ!」

 

ある昼下がり。

昼食を終えて、次の訓練に向かおうとしていた時のこと。

親友を呼ぶ声に揃って振り返ると、同期の一人が駆け寄ってくる。

 

「お前の妹さんが門前に来てるんだ」

「ッ■■(NXG)が?」

 

普段から反応(リアクション)が大きい彼が、今回はすこし毛色が違う驚き方だった。

 

「次の訓練までまだあるだろう?上官殿も許可を出してくれたから、ちょいと会ってやれ」

「・・・・私は先に行っている、兄妹水入らずで語ると良い」

「ああ、そうだな!」

 

親友が、如何に妹を可愛がっているか、誇らしく思っているか。

妻の話と共によく聞かせてくれるので、多少は分かっているつもりだ。

だから、己なりに気遣って遠慮したのだが。

 

「あっ!いやっ!待った!お前も来てくれ!」

「何?」

「前に手紙でお前のことを書いたら、会ってみたいって返事が来たんだ。お互いいつ死ぬか分からんのだし、いいだろ!?」

「・・・・そういうことなら」

 

言い分に納得できるし、特に断る理由も見当たらなかったので。

素直に頷いた。

あと、人に尊敬の目を向けられるのは、ちょっと嬉しい。

堅物と呼ばれる自分でも、『ふふっ』となる。

 

「おお!いたいた!■■ー!!」

 

物思いにふけっていると、件の人物が見えてきたらしい。

親友が童子のように手を振る先、自分も倣ってそちらを見れば。

 

「――――お兄ちゃん!久しぶり!」

 

■■■■の髪と、■■■の瞳が。

嬉しそうに揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連中の潜伏先は、山中の不法投棄所だった。

赤茶けた車の中に混じって、錆び一つ吹いていないものもある。

未だに捨てに来る奴がいるってことか・・・・後で司令さんにチクっとこ。

――――まあ、今は。

 

「ストーカーかよ、しつけぇ連中だな!」

「お前らが諦めてくれたらすぐ終わるよ?」

「減らず口めが」

 

こいつらを片付けることを優先しよう。

 

「――――」

 

飛び出す刹那、視線だけで仲間たちとコンタクト。

無言の応答が返ってきたのをコンマ数秒で確認して、いの一番に突っ込んで行く。

向こうの一番槍であるシュバルツの腕と、わたしの蹴りが交差。

顔のぴりつきで、衝撃が散ったのが分かる。

続けざまに打撃を応酬して、一度距離を取る。

入れ替わる様に突っ込んだのは、きりしらちゃんコンビ。

丸鋸を立てに振り下ろした後、シュバルツが傾いたところへ大鎌が逃げ道を塞ぐように襲い掛かる。

 

「舐めんな!!」

 

大鎌を引っ掴んで抑え込んだシュバルツ。

そのまま飛び上がって『みだれひっかき』を飛ばしてくる。

それぞれが対処する中、シュバルツをすり抜けたマリアさんがヴィクターに肉薄。

ごん太の拳を軽やかに避けて、腕を駆けあがる。

反応が遅れた鼻っ柱に拳をお返しすると、巨体が大きくのけ反った。

 

「ッ・・・・!」

「させるか!」

 

ヴィクターを援護しようとしたヴラゥムに、翼さんが一閃。

クリスちゃんの大乱射に後を追われて、ヴラゥムは忌々しそうに舌打ちしていた。

・・・・よし、よし、よし。

このまま、さりげなく、しれっと。

連中の注意をそらし続けて・・・・!

 

『みんな、伝言!』

 

友里さんの声が、耳元から聞こえる。

 

『包囲完了!』

「ッ退けぇー!!!」

 

マリアさんの、怒号ともとれる号令で。

思い切り飛びのいて。

 

「な・・・・!」

 

三方から迫る、光の壁。

効果は知らずとも、自分達がはめられたことには気づいたらしい。

・・・・分かったところで、もう遅いんだけどね!

 

「ふっ・・・・!」

「よいせっと!」

「たあッ!」

 

周囲の木立から飛び出してくる、ノーブルレッドのみんな。

血色が思わしくない顔に、紫色の血管を浮かべているけど。

それぞれ掲げた両手を、しっかりヴラゥム達に向けて。

 

「「「――――ダイダロスエンドッッ!!!!」」」

 

光の壁がピラミッドを形作っていく。

化け物三人の逃げ道をあっという間に塞いで、閉じ込めてしまう。

そして石積み模様の間から、光を漏れさせた後、衝撃。

以降、沈黙した。

――――ダイダロスエンド。

ロスアラモス時代に、ノーブルレッドのみんなが考え出した必殺技だ。

クレタ島の迷宮に始まり、フィクションやゲームなどですっかり馴染みとなった、『迷宮の中には怪物がいる』という概念。

それをヴァネッサさん達なりに解釈して、『怪物がいるんだからそこが迷宮たりえるに決まってんだろ!(意訳)』という力業で実現させた。

理想は対象を閉じ込める結界なんだけど、今の三人では十分程度しか維持できないうえ。

消耗も絶唱並みに激しいらしい。

そこで発想を逆転させて、『捕獲して逃げ場を無くして、膨大なエネルギーをぶつける』という必殺技にしたわけだ。

説明を受けて、『アリの巣に熱湯注ぐようなもんか・・・・』と思ったわたし、多分間違っていない。

 

「「「フルスロットルウゥーーッ!!」」」

 

思い出している間に、追撃も決まったらしい。

目の前で派手な土煙が上がっていて、クレーターも出来ている。

・・・・・少なくとも、無傷じゃないだろうな。

なんて、フラグを立てたのがいけなかった。

 

「ッ構えて!」

 

マリアさんの鋭い声に、弾かれたように振り向けば。

 

「――――怪物にもなれず、人にもなれぬ」

 

わたしの、胴体を貫く。

腕。

 

「そんな半端者の技で狩れるなどと、随分低く見積もられたものだな」

「ッ響さん!!」

 

ヴラゥムの、次の行動を注視しようと。

顔を上げると、視界の隅にシュバルツが見えて。

 

「そらっ、追撃ィッ!!!」

「が・・・・!」

 

衝撃。

多分横薙ぎに殴られた。

視界のあちこちが真っ赤に染まって、呼吸がおぼつかなくなる。

 

「クソッ、喰らいやがれ!!」

「テメーがな!!」

「おのれ、よくも立花を!」

 

仲間達の声が聞こえる。

動かなきゃいけないのに、動けない。

指先にすら力が入らない。

 

「ハハハハハハハハハハッ!!ザマァねぇなあ!!!」

「がばばばばばばっ!!ぞぼばば(そのまま)びね(しね)!!」

 

くそ、好き勝手言いやがって・・・・。

連中の言う通りなのがまた腹立つ。

簡単にくたばるわけないって、わたしが一番わかっていたはずなのに。

なんて、情けない・・・・!

 

――――寒い、冷たい、痛い

 

立て、立て、立て。

 

――――苦しい、怖い、嫌だ

 

寝ているなんて、許されない。

 

――――なんで、わたしばっかり

 

わたしだからこそ、戦わなきゃいけない!!

重たくても、しんどくても、苦しくても!!

命ある限り、死ぬ一瞬まで。

ずっと、ずっと、ずっと!!!!

罪を背負って、過去と向き合わなきゃいけないんだ!!

だから、立て。

動け!

起きて、戦え!!

そうでなきゃ、わたしは何のために。

何の、ために・・・・!!

 

(何のために、生かされてるんだよ・・・・!!)

 

心とは裏腹に、意識が闇へ遠のいていく。

眠る直前の、断続的に回線が切れるような感覚がする。

まずい、眠る。

寝てしまう・・・・!

くそ、クソ、クソッ!!

こんな。

 

(こんな、ところで・・・・!!)

 

――――どれだけ、悪態をついても。

掴みかかってくる、死神の手に抗えないまま。

沈みかけて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『その不屈、相変わらずだな。立花響』

 

 

 

 

 

 

『――――安心した』

 

 

 

 

 

 

『一度は戦場に肩を並べたよしみだ』

 

 

 

 

 

 

 

『私が手を貸す』

 

 

 

 

 

 

『望み通り、もう一度立ち上がると良い』

 




うっかり忘れていたキャラ紹介

シュバルツ・ホンド
元は北欧系マフィア所属のシリアルキラー。
暴力こそが快感であり、殺戮こそが生き甲斐。
一方で、『おまんま貰ってるから言うことを聞く』というある種義理堅い部分もある。
『ファフニール』時代のピリピリしていた響を気に入っていたが、案の定組織の幹部が未来に手を出したことを切欠に壊滅。
シュバルツ本人も生死をさ迷う重傷を負わされた。
メタ的に言うと、一番名づけに苦労したキャラでもある。
あと、とても動かしやすい。


ヴィクター・カーロフ
フランス系マフィアに所属していた、所謂『鉄砲玉』の一人。
巨人症であると同時に、著しい発達障害も持ち合わせていた。
とても純粋だったので、組織の命令に欠片の疑問を持つことなく従う優秀な駒だった。
なので、ある日突然居場所を奪った響は仇敵である。
名づけは、フランケンシュタインの開発者と、演じた俳優さんから。




なお、作者は現実の巨人症や発達障害の皆様に対して差別意識を持っているわけではありません。
繰り返します、現実の巨人症や発達障害の皆様に差別意識を持っているわけではありません!!!!!


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アマルガム

「このデュエットちがくない?」と思われるやも知れませんが、「チョイワル世界ではこんな感じ」ということでここはご容赦を・・・・(平伏)


始めから殺すつもりの攻撃と、あくまで無力化を主軸にした攻撃とでは。

前者の方に軍配が上がりがちだ。

攻撃の鋭さもさることながら、『躊躇いのなさ』も威力に関わってくる。

それこそ、肉を裂き、骨を断つつもりの攻撃なら、なおのこと。

 

「・・・・ッ!」

 

装者達が普段通りであったなら、この程度の猛攻など容易く払うことが出来る。

しかし、響にノーブルレッドと、負傷者を四人も抱えている今。

それは難しいものとなっていた。

ノーブルレッド達もそれをよくよく理解していたので、一番重傷の響を連れて撤退しようと試みていたが。

全て妨害されてしまっていた。

 

「――――もう、止めにしないかね」

 

満身創痍の戦姫達へ、ヴラゥムが穏やかに語り掛ける。

 

「そんなお荷物を背負うから、そこまで追い込まれるんだ。足手纏いさえいなければ、もっと戦えたはずだ」

「あ"あ"ッ!?」

 

こんな状況にしたのは貴様らだろうと、青筋を浮かべてメンチを切るクリス。

 

「何を怒るのかね、何も違っていないだろう?」

 

ぱっくり、顔の下半分を割る様に笑って。

ヴラゥムは段々と高揚していく。

 

「そもそも君たちの目的は何かね?『人類を守る事』、これ一つに尽きるだろう?だというのに今はどうだい、取るに足らない何億分の一に構うばっかりに、窮地に立っているじゃないか」

「論外ね!その何億分の一すら守れないで、どうして人類を救えるのかしら!?」

「塵も積もればなんとやらデス!!」

 

声を張り上げて反論するマリアと切歌だが、ヴラゥムの余裕は崩れない。

ふと、視線が交差する。

翼と、目線を合わせてくる。

 

「ご高尚なことだ・・・・・だが、理想だけでは、心だけでは何も成せない。それは君達とて理解しているのではないのかね?」

「そ、れは・・・・」

 

手元がぶれる。

心が揺らぐ。

()()、目の前が赤くなっていく。

 

「結局は力なのだよ、何物をも置き去りにし、何物をも圧倒する力!それで他者が死んだとて、弱いそいつらが悪いのだ!!」

「ッざっけんな!!」

 

引き戻したのは、クリスの咆哮だった。

 

「それで生まれるのは争いだけだ!!潰して潰して潰して、終いは空っぽのつまんねー世界だけだ!!」

 

翼が光に気付いたような顔をする横で、クリスは獰猛に笑う。

 

「てめーら、それっぽいこといいながら、その実ビビってるだけだろ!!人と関わって、自分が変わるのが怖いんだ!!」

「・・・・何?」

「そりゃそーだよな!暴力の方が簡単だよな!!頭使わなくていいんだからよォッ!!あいつに!『ファフニール』に見限られて当然だよな!!置いてけぼりの三下共ッッ!!!」

「ヴウゥ・・・・!ご、ごの・・・・・!」

 

青筋を浮かべる『怪物』達の怒りへ、盛大に油をぶちまけるクリス。

誰にも気づかれないまま精神を持ち直した翼も、鋭く彼らを睨みつけた。

 

「・・・・仮に、そうだとしても」

 

『充血』が引いたことを苦々しく思いながら、それを悟られまいとヴラゥムは言葉を重ねる。

 

「君達が殺人を肯定し、容疑者を庇い建てしているのは事実だろう?」

「違う!!同じにしないで!!」

 

なおも心を揺さぶろうとしてくる怪物へ、声を荒げたのは。

辛抱ならんと前に出た、調。

脳裏に浮かぶのは、出会ったばかりの頃の響。

こちらの憎悪など、へいきへっちゃらとばかりにニコニコしていた彼女。

親しくなった今だから分かるのだが、響は受け流したりすることはあっても。

逃げることは決してしなかった。

そうやって、自分達の憎悪を受け止めて。

『マリアを殺しかけた』という罪に、きちんと向き合っていた。

思えば、彼女を信頼したのは。

そんな一面を見続けていたからかもしれない。

 

「人を殺して、へらへらしている貴方達とッ!!罪から逃げずに向き合ってる響さんをッ!!」

 

故にこそ、連中の言い分は我慢ならない。

かつて同じ反社会的組織にいたというのなら、己らだって罪を犯してきたはずなのに。

それを棚に上げて、さも『自分達かわいそお』とばかりに被害者面している。

響が真面目に受け止めてしまっているのをいいことに、更に助長しているのが。

尚のこと質が悪い。

 

「同じにしないでッッ!!!」

 

だから、咆えた。

貴様らと響が同じだと、思い上がるなと。

 

「――――」

 

その、刹那だった。

 

「うわぁっ!?」

「ぐっ・・・・!」

「何ッ!?」

 

地面から突き上げるような揺れ。

跳ね上がって自由が利きにくくなったところへ、ワンテンポ遅れて衝撃波が襲い掛かる。

体勢を崩したところへ、追い打ちとばかりに隆起した岩塊が駆け抜けて。

装者達を吹き飛ばした。

 

「・・・・・うぶざい(うるさい)

 

下手人であるヴィクターは、静かに、されど確かに苛立った様子で。

もう一度腕を振り上げる。

 

うぶざい(うるさい)うぶざい(うるさい)うぶざい(うるさい)!!!!ごばいぶべに(弱いくせに)!!ばげべぶぶぜに(負けてるくせに)!!」

 

癇癪を起こし、何度も、何度も、何度もアームハンマ―を叩きつけるヴィクター。

元々消耗していたところを、インパクトに止めどなく襲われて。

装者達に成す術はない。

 

ばごめべ(まとめて)びね(しね)!!」

 

とどめとばかりに、腕が振り下ろされて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黄金に、阻まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――は」

 

間抜けな声は、殴打によって吹き飛ばされる。

 

「てめっ」

 

狼ゆえの嗅覚で、何者かを察したシュバルツも。

反撃の間もなく蹴りを叩き込まれて。

 

「――――ッ!!」

 

ヴラゥムは、驚愕諸共に。

顔面を殴り抜かれた。

 

「・・・・な・・・・はっ!?」

 

次に仲間達は、己を包む球体に驚いていた。

シンフォギアの装着フィールドに酷似しているが、幾千と使用してきた感が違うものだと告げている。

これはなんだ、何が起きているんだ。

そもそも、あの『怪物達』を圧倒したのは、誰だ!?

 

「・・・・・ぁ」

 

回らない頭で目玉を動かして、必死に情報を処理して。

気付く。

背中に黄金の両腕を携えたそいつは。

変わらぬ一番槍として敵へ立ち向かった彼女は。

 

「響さん・・・・!!」

 

振り向かぬままでも、答える様に拳を構えると。

狼狽える『怪物達』をまっすぐ見据える。

 

「――――あの姿は、一体!?」

 

S.O.N.G.本部。

司令室では、安堵と驚愕が半々といったところか。

響の復活は喜ばしいものの、新たに顕現させた力に戸惑いも隠せない。

 

「――――直前に計測されたエネルギー反応からして、恐らくラピス=フィロソフィカスの力が混ざっている」

「ッ、あの時か!!」

 

了子のつぶやきに、すぐにアダムとの決戦を思い出した弦十郎。

あの日装者達が手繰り寄せた『奇跡』が、こんなところでも発揮されるとは・・・・!

 

「さしずめ、シンフォギアとファウストローブの融合症例・・・・そうね、『アマルガム』とでも名付けようかしら」

 

研究者らしく、了子がどこか恍惚と見つめるモニターの向こうで。

『怪物達』と一通りにらみ合った響は、体を前に傾ける。

 

――――行くぞ

「――――はい」

 

そして、『見えない誰か』(サンジェルマン)と言葉を交わして。

爆音とも取れる足音を鳴らしながら、飛び出した。

 

「真正面ど真ん中に 諦めずぶつかるんだ」

「クソッ、死にぞこないがよォッ!!」

 

怯まず飛び掛かるシュバルツの鼻っ柱が、文字通りへし折られる。

 

「全力全開で 限界」

―――突破して!

「アアアアアアアッ!!!」

 

ヴィクターの叩きつけを真正面から殴り返して、腕をくの字に曲げた。

 

――――互いに握るもの 形の違う正義

――――だけど

「今はBrave!」

――――重ね合う時だ

 

相変わらず『見えない誰か』(サンジェルマン)とデュエットしながら。

血の鎖を破壊し、ヴラゥムの胴体をぶち抜く。

 

「支配され」

――――噛み締めた

「悔しさに」

――――抗った

「その心伝う気がしたんだ」

「ウガアアアアアアッ!!!」

「ガルルァッ!!!」

 

復帰したヴィクターの拳を『黄金』で受け止めていると、間髪入れずにシュバルツが飛び掛かってくる。

響は努めて冷静に自らの両手でそれも受け止めるが。

 

「全て、塞がったな?」

「――――ッ!」

 

膨れ上がる殺意。

血を手に結集させ、鬼もかくやという凶暴な爪を携えたヴラゥムが。

響の四腕が塞がったのを好機とばかりに、背後から迫る。

 

「極限の」

――――極限の

「想い込めた一撃・・・・!」

 

ヴィクターか、シュバルツか。

どちらかを引きはがそうとするが、どちらも最初からそれが目的だったのか。

指が食い込むほど組み付いて離れない。

 

「まずは致命傷だ!!」

 

無防備なわき腹が、引きちぎられそうになって。

 

「――――共に 一緒に 解き放とう!!」(――――共に 一緒に 解き放とう!!)

 

しかし、鮮血が散ることはなく。

新たに現れた、『幻影の腕』に阻まれたのだった。

 

「さ、三対目!?ぐああッ!!」

「ッソが!!そんなんアリ・・・・ぶっがッ!!!」

ぞんば(そんな)、グバァッ!!!」

 

『幻影の腕』がヴラゥムを投げ飛ばし、怯んだシュバルツは自らの手で殴り飛ばす。

そしてヴィクターは拘束を振り払ってから、『黄金の腕』で拳を叩き込んだ。

 

「I trust!! 花咲く勇気!!」

――――Shakin'hands!!

「握るだけじゃないんだ!!」

――――Shakin'hands!!

 

自らのものに、黄金と、幻影の腕を備えて。

まるで阿修羅の様に佇む響。

 

「こぶ!!」――――しを!!

「開いて繋ぎたい!!」(――――開いて繋ぎたい!!)

 

六つの拳を自在に操る猛者を前にして、『怪物達』は身も心も追い込まれていく。

 

「この、ざっけんな!!」

 

シュバルツが大顎を開いて、エネルギーを充填。

 

「ッゴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」

 

咆哮による攻撃を試みるが。

 

「I believe!! 花咲く勇気!!」

――――Shakin'hands!!

「信念は違えども!!」

――――Shakin'hands!!

 

響は三対の腕を前に出し、あろうことか音の攻撃を物理で引き裂いてかき消してしまう。

 

「嘘だろ!?」

「さあ!」

――――今!

「誰かの為なら・・・・!」

 

――――敵わない。

今、目の前に立つ。

死にぞこないであったはずの小娘は。

己らが持ち得る、あらゆる手段が通用しない・・・・!!

 

「『だとしても』と吠えたて!!」(――――『だとしても』と吠えたて!!)

 

その場を動かぬまま、六つの拳が虚空を殴る。

瞬間、衝撃が空気の壁となり。

豪速で『怪物達』の下へ駆け抜けて。

 

「ぼがああああッ!!!」

「ぐばァッ!!」

「ああああああああああッ!!!」

 

諸共に、実在の岸壁へ衝突したのだった。

 

「・・・・」

 

少し小高い所から、苦しみ悶える『怪物達』を見下ろす響。

今度こそ、彼らを無力化するべく。

その意識を刈り取ろうと、飛び出しかけて。

 

『――――止まれ、響君。作戦は中止だ』

「――――っへ?」

 

弦十郎からの、信じられない通信にたたらを踏む。

 

「ど、どうして司令さん!?あとちょっとであいつらを・・・・!」

『理由は後で話す・・・・・頼む、今は急ぎ帰投を』

 

どうして、何故、何が起こった?

混乱は響だけではなく、装者やノーブルレッド達にも伝播する。

――――本当に、彼女達は知る由もなかったのだ。

まさか、そんな。

味方であるはずの、日本政府所属の特殊部隊に。

S.O.N.G.本部が制圧されたなどと。




チョイワルXV編はここから盛り上がっていきます。
そう、『渋谷事変』のようにネ!()


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崩壊

「局長、これは・・・・!」

「ああ・・・・はっきり言って、我々業界の信頼を揺るがしかねないものだ」

「だったら・・・・!」

「だが、従わざるを得まい・・・・四年前の大罪を、引き合いに出されてしまってはな」






「――――何の為の、報道(われわれ)なのだろうな」


本部に戻ったわたし達が見たのは、銃口を突き付けられる司令さん達だった。

中には抵抗してしまったのか、明らかに殴られて気絶している職員もいる。

・・・・射撃された人がいないだけでも、不幸中の幸いと思わないといけないだろうか。

 

「何故今になって活動の制限などかけてくる!?現状が分かっているのかッ!?」

 

今目の前では、政府から派遣されたという、お手本通りの『いけすかねぇお役人』が。

司令さんと言い合いをしている。

 

「しかし、そこの装者が発動させた未知の機能についてはどう説明するつもりかね?我々日本政府は、報告を受けていないぞ!!」

「ッ確かに、S.O.N.G.は報告を逐一提出することによって、日本国内での活動を認められている・・・・!」

「その通り!報告を受けていない、未確認事項が明らかになったのだ!そちらの不手際を追及するのは当然のことではないかね?」

 

この野郎、重箱の隅つつくようなこと言いやがって・・・・。

『人に指向けちゃいけません』って、ママに習わんかったんか!?おおん!?

 

「けれど、異端技術において想定外なんて日常茶飯事」

 

司令さんを援護する様に口を開いたのは、了子さんだ。

 

「特にシンフォギアは、適合者の精神状態に大きく左右されるのだから。ある日突然新機能が生えてくるなんて、十分にあり得るわ」

 

にやけ顔をやや睨みながら、まっすぐお役人を見据える。

 

「日頃の報告には、毎度そのことを含めて明記しているのだし。日本政府(そちら)もその程度重々承知していると認識しているのだけど?」

「ふむ、一理ある・・・・しかしだね」

 

しかし、賢者様の威圧もなんのその。

今だ余裕を崩さないお役人は、意地の悪い目をわたしに向けてきて。

 

「――――何よりも問題視しているのは、その小娘が『前科持ち』であるということなのだよ」

 

――――ッ!!

それ、今持ち出すゥッ!?

 

「『ファフニール』であったかね?国際的にも大々的に指名手配されている、凶悪な連続殺人犯。そんな危険人物を匿っているのはーーーー」

「響君の罪状については、国連、日本政府共々再三に渡り散々説明したはずだッッッ!!!!」

 

お役人の話をさえぎって、司令さんの怒号が轟く。

落雷みたい・・・・。

 

「何より、翼、マリア君と肩を並べて四度も大きな事件を解決に導いているッッッ!普段の救助活動だってそうだッッ!!」

 

司令さんは掴みかかってしまいそうな剣幕で、腹の底から声を出す。

 

「手にかけてしまった以上の命を救ってきたことッッ!!!国連はもちろん、日本政府もその功績を認めていたんじゃなかったのかッッ!!!?」

「――――本人の償いの意思が強いこと、何より犯罪に走った切欠が、個人の努力ではどうにもできない環境こそが原因であったことを、耳にタコが出来るほど散々っぱら話したはずだけれど?」

 

・・・・・・(こあ)い。

了子さんの目が、ガチだ・・・・。

いや、今わたしが理不尽に追及されてる大変な場面なんだけれども。

そんなん吹っ飛ぶくらいの怒気というか、殺意というか・・・・。

ちょっと他人ごとにならないと狼狽えてしまうそうになるほどの、プレッシャー・・・・!!

 

「そんなのは私だって承知の上だ!だが、それが日本政府の決定だ!」

 

『そもそも!』と、お役人はますます調子づいて両手を広げる。

舞台俳優のつもりか?似合っとらんぞー。

 

「先だっての、最終決戦で見せた『青い炎』についての報告もまだ上がっとらんではないか!!お前達、まさか日本の国家転覆を謀っているんじゃないだろうな!?」

「ッ言いがかりも甚だしい!!」

 

とうとう了子さんも声を荒げる。

金色の目を鋭く釣り上げて、お役人に詰め寄っていく。

 

「あれに関しては、我々としても未知の部分が多いのだッ!本人が自在に制御できるわけでもない!発動条件が何かも分からない!」

 

心なしか、毛先もフィーネさんになりつつあるように見える。

 

「今のこの状況が切欠に成り得るやもしれんのだぞッ!!?」

 

流石のお役人も、大賢者様の威圧を受けて後ずさっていたけれど。

やっぱり権力を笠に着ているだけあって、退いてくれることはなかった。

 

「それはますます放置するわけにはいかんな!不確定要素が満載の危険物ッ!!なおのこと改めねばならんッ!!」

 

鬼の首を取ったような、勝ち誇った笑みが腹立たしい。

 

「今後、アマルガムとやらの使用は全面禁止、立花響は拘束とさせてもらうッ!!」

「・・・・了解した、だが今は有事!装者達のギアの所有は認めてもらうぞ!!」

「ふん、落としどころは必要か」

 

とはいえ、あんまりごね過ぎれば立場が悪くなるのはこっちだ。

結局、S.O.N.G.は一部活動を制限されてしまうことに。

未知の機能であるアマルガムを理由に、緊急査察が入ることになってしまった。

・・・・拘束されることになったわたしの留置場所が、本部のものであるのは幸いと考えるべきか。

 

(・・・・そんでもって、この騒動っていうか、一連の裏にいるのは)

 

手錠をかけられながらも、なんとなくを装って翼さんを見る。

・・・・・なんというか。

 

(黒だって言ってるようなもんだよなぁ、あのお爺さん)

 

襲撃された米国の砕氷船、鏖殺が行われた翼さんのライブ会場。

ライブ会場以降の、翼さんの不調。

そして、今回の。

『怪物達』を助けるような、本部への緊急査察。

引っ立てられつつ、『お年寄り』への疑念を強く持つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――走る、走る、走る。

脱走による懲罰なんて、考える余裕はない。

それ以上に優先するべきことがある、確かめなければならないことがある・・・・!!

玄関を開け放つ。

普段は当主がいる執務室に飛び込む。

 

「――――父上!!兄上!!」

 

腹の底から、雷鳴の如き怒号を轟かせて。

渦中の人物を呼ぶものの。

答えたのは本人達ではなく、次兄一人だった。

 

「訃堂、か?」

 

すっかり憔悴した様子の彼は、想像通りの疲れ切った声を出す。

 

「はは・・・・まさか、駐屯地から走って来たのか!?流石は、『今為朝(いまためとも)』!!」

「そんなこと、今は良い!!それよりも、報せは本当なのか!?本当に、父上と兄上は・・・・!?」

「・・・・ああ、事実だ。なんの偽りもない」

 

身を案じる余裕もなく、肩をひっつかんで揺さぶれば。

次兄はこの世の終わりのような顔をしたのちに、うつむいて。

 

「――――父上と兄者は、連合国と密だった」

 

信じたくなかったことを、肯定したのだった。

 

「・・・・何故」

「訃堂」

「・・・・何故だ!?」

「訃堂、落ち着け」

「何故だ!!!何故、何故そんな・・・・!!」

 

信じられなかった、信じたくなかった。

誇りある大八島を、千年に渡って防人ってきた一族。

その当主である父と、後継ぎである長兄が。

心の底から尊敬していた二人が。

国を、一族を、己を。

――――何より。

今この瞬間も、命を懸けて戦っている多くの帝国臣民を。

裏切っていたなどと!!!!

 

「訃堂・・・・」

 

頭を抱えた己を、次兄がそっと労わる様に触れてくれる。

背中に温もりを感じる中、考えたのは。

 

「・・・・私は」

 

厳しくも正しく指導してくれる上官。

それぞれの理由で、確かな覚悟を持って訓練に挑む仲間達。

そして、共に国を防人ろうと誓った、親友の顔。

 

「・・・・私は、どんな、顔でッ・・・・彼らに・・・・!!」

 

理由は違えども、信念は違えども。

祖国の為にと立ち上がった、仲間達に。

なんと伝えればいいのか。

 

「――――訃堂、よく聞け」

 

うずくまる己に、次兄が芯を持った声で話しかけてくる。

 

「私はこれから、風鳴の当主として事態の収拾に当たる。その暁には、切腹を以て一族のけじめをつける」

 

思考が、止まった。

頭が理解を阻み、視界が狭まる。

 

「そ、れは」

「ああ」

 

それが意味するところは、即ち。

 

「私の次はお前だ」

 

「その先からは、お前が防人となるのだ」

 

――――双肩に。

語り尽くせぬ重さがのしかかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(お姉ちゃん、大丈夫かな)

 

首都圏郊外の港町、立花家。

もきゅもきゅとご飯を頬張りながら、香子は浮かない顔をしていた。

先日、高圧的な役人から電話が来て。

S.O.N.G.が報告不備を咎められて、活動制限を設けられたこと。

それに伴い響達装者が動きづらい状況になってしまったこと。

――――そして。

それを理由に、有事の際には香子も戦闘に駆り出されることが知らされた。

戦闘に駆り出される件については、両親や祖母がものすごい剣幕で抗議していたが。

『あくまで有事の場合であり、出撃を要請しないこともある』と、あしらわれてしまっていた。

結局、次の週末から。

響の家に詰めることが決定してしまっている。

 

(具合悪い未来ちゃんを、一人にしないでいいのはいいんだけど・・・・)

 

何が起こったのか、何が起こっているのか。

詳細が欠片も分からないので。

一晩明けた今でも、漠然とした不安が残り続けていた。

香子自身、何か出来ることがあるのなら、積極的に手伝いたいと考えている。

しかし、幼稚園よりは大きくなっているはずだが。

それでも、姉達に比べればまだまだなんだと思い知らされる。

肉刺もなく、柔らかく、まだまだ小さい。

厚みだってない。

 

(・・・・わたし、本当に子どもなんだな)

 

ほう、とため息をついて。

『ごちそうさま』と、食器を下げる。

鬱屈とした気持ちのまま、ランドセルを背負って。

玄関を開けた。

 

「――――え」

 

その目に、飛び込んできたのは。

 

「――――あ、出てきた!!」

「この家の住人でしょうか!?玄関から人が出てきました!少女でしょうか!?」

 

向けられる。

レンズ、フラッシュ、目線、音響マイク。

不躾で、無遠慮で、無作法な。

好奇心による暴力。

 

「――――ッ!!」

 

本能の警鐘に従って、即座に扉を閉めた。




「――――人に戻る場所など」

「兵器には不要であろう」


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雌伏

すみません、『ひろがるスカイ!プリキュア』の虹ヶ丘ましろに沼っていました(切腹)


どうして。

 

ねえ、かみさま。

 

どうして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――S.O.N.G.に査察が入り、情報規制を担当していた部署が機能不全に陥ったところを突かれたな。こちらでも漏洩元を調べている』

「ああ、ありがとう。八紘兄貴・・・・」

 

ここは、どこにでもある普通のたばこ屋。

その正体は、風鳴ゆかりのメッセンジャーの一人が拠点としているところである。

そこの古めかしい公衆電話から、兄八紘とコンタクトを取っている弦十郎は。

誰が見ても分かる通り、弱っていた。

無理もないだろう。

言いがかりにも等しい緊急査察に寄る活動制限どころか。

守るべき味方が、S.O.N.G.の事情を知る響の家族が、かつての地獄に再び晒されてしまっているのだから。

どこから漏れたのか、響が世界的に指名手配されている『ファフニール』だと漏れてしまった。

このセンセーショナルな話題に、まるでピラニアの様に食いついた各メディアは。

テレビで、新聞で、雑誌で。

生肉に集るピラニアの様に、彼らの尊厳を貪っていた。

 

『・・・・あまり気に病むな、弦。今回ばかりはお前の責任ではないだろう』

「だが、子どもを守るのは大人の役目だ。何にも責任が無いわけじゃない」

『・・・・そうだな』

 

しばしの、沈黙。

ややあって、弦十郎意を決した様に口を開く。

 

「――――なあ、兄貴。今回の査察を指示したのは」

『そこまでだ、弦』

 

少々強い口調で、弦十郎の言葉が遮られる。

 

『私とて、考えなかったわけではない。しかし、それでもあの方は、責務を成し遂げてきた防人であり、私達の父親ではないか』

「兄貴・・・・」

 

――――言うまでもないことだが、八紘は無能ではない。

確かに、風鳴の男児、しかも嫡子でありながら、腕っぷしこそ他の兄弟に後れを取っているが。

外交という武力よりも難しい伏魔殿にて、凡夫を遥かに凌ぐ活躍を見せている。

そして、何より。

常日頃から、敵味方関わらず、人の醜い部分を目の当たりにしてもなお。

人の善性を強く信じる、その精神性。

そこが兄の強さであり、尊敬できるところだと、弦十郎は考えている。

 

『なぁに、いざとなったら国際社会からの圧力を盾に追及するさ。実際、今回の査察に関して疑問視する声が多く出ているからな』

「ははは、さすが八紘兄貴だ。兄弟の中で、一番おっかない」

 

笑い声を零せば、受話器の向こうでも微笑みが零れたであろうことが分かる。

 

「本当に、兄貴はすごいよ・・・・」

『・・・・・そう、思ってくれているのなら。兄として気を張り続けている甲斐があるというものだ』

 

弦十郎につられてか、八紘はやや沈んだ声。

 

『結局のところ、私が人の善性を信じるのは。意地であり、信念であり、覚悟だ』

 

既に『護国の鬼』の支配下にあった、暗い家に生まれて。

人の醜悪な様を何度も見せつけられて。

守りたいものを守れず、拠り所であった嫡子の立場も取り上げられて。

それでも、それでもなおと。

高尚な心を、手放さないよう握りしめるのは。

鬼になってたまるかという、最後に残った意地なのだ。

 

『――――話が逸れたな』

 

気を取り直して。

声を引き締めて、八紘は語り掛ける。

 

『気を抜くなよ弦、此度のこと、生剣の琴線に触れた様だ。何やら動きがあると情報を掴んでいる』

「まさか、義姉さん達が・・・・?」

『おそらくは・・・・』

 

二人して、同じ女性を。

翼の実母にして八紘の元妻、伴薙を想起した。

彼女と訃堂の間には、『浅はかならぬ』では片付かない因縁がある。

流血沙汰も十分にあり得ると、弦十郎は険しい顔をした。

 

『お前も風鳴の本家に名を連ねるものだ、何かしらの接触、あるいは追及が成されるやもしれん。あまり、追い込むようなことは言うべきではないが・・・・』

 

八紘も同じく険しい声色になったと思いきや、こちらを気遣う穏やかなものに変わる。

兄の優しさに感謝しながら、弦十郎は改めて気を引き締めた。

 

「ああ、ありがとう兄貴。こっちはこっちで、何とかしてみるよ」

『・・・・・分かった、どうか武運を』

「そっちもな」

 

互いに気遣いあったあとで、通話を終えた。

 

「・・・・いつも、お世話になってます」

 

去り際、メッセンジャーである老女へ一声かけると。

彼女は穏やかに微笑んで、軽く頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「――――ふぁ」

 

早朝、響と未来の家。

あてがわれた部屋で、香子はあくびを噛み殺しながら起床した。

着替えを済ませて、寝癖を直して。

リビングに出る。

 

「おはよー・・・・」

 

覗き込めば、やはり誰もいない。

当然、返事もない。

 

「・・・・未来ちゃん」

 

陰った声で、この部屋の住人を呼んだ。

――――立花家が、不躾なメディアに突撃を受けて数日。

香子が住んでいる漁師町は、思ったよりも味方が多かった。

そもそも、ガソリンスタンド店員の父に、スーパーの店員な母と。

両親が、普段から町の人と接する機会の多い仕事に就いているのが幸いしているようだった。

それでもやはり、四年前の様に白い目で見てくる人はいるにはいるのだが。

・・・・ありがたいことに、学校の先生や友達は。

香子達の無実を信じてくれている。

姉響が、あのマリア・カデンツァヴナ・イヴと行動している姿がちょくちょく見かけられることも根拠になっているようだった。

とはいえ、何が起こるのか分からないので、こちらから接触を控え始めたところへ。

また高圧的な役人がやってきて、香子をここへ連れてきたのだ。

 

(だいたい、『保護のためだ』とかなんとか言ってたけど、要するにわたしをさっさと懐にいれたかったんでしょ。魂胆見え見えなんだよ、ばーかばーか)

 

未来がいないことをいいことに、行儀悪くぶすくれながら。

朝食の準備を始める。

弦十郎達が手をまわしてくれたようで、響の家が待機場所になったのは幸いだろう。

その時、出迎えてくれた未来は。

幽霊の様な、顔と、声で。

 

――――ごめん

 

――――ごめんね

 

・・・・耳元でささやかれた、あの謝罪が。

今でもはっきりリフレインする。

彼女はこの世で一番、『ファフニール』について罪悪感を抱いていると言っても過言ではない。

香子とて、家族をおいて自分だけ安全地帯へ来たことを気にしているが。

それでも、今はここに来てよかったと考えている。

 

(未来ちゃん、明らかに一人にしちゃいけない雰囲気だもんね)

 

食パンをトースターに放り込み、ベーコンエッグでも作ろうかしらと考えたところで。

 

「――――キョウちゃん」

「ッあれ!?未来ちゃんおはよう!!」

 

まさか出てくると思わなかった未来に、素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

「・・・・だいじょうぶ?」

「うん、大丈夫」

 

恐る恐る問いかけてみると、こっくり頷く未来。

しかしその顔は、やっぱり大丈夫じゃない表情で。

一見なんでもないように思えて、どこか儚い気配を纏っていた。

 

「ごめんね、せっかく来てくれたのにほったらかしで」

「そんな、いいんだよ!未来ちゃん具合悪いんだし、自分のお世話くらい自分で出来るし!」

「それでも、だよ。こんな時にほったらかしにするのは良くないもん」

「まあ、そうだけど・・・・」

 

そりゃあ、香子の本音としては構ってもらえる方が嬉しい。

だって子供だもん。

しかしだからといって、未来のフォローをしなくていいかと言われたなら。

香子は全力で否定する所存だった。

さすがにそこまで求めれば、質の悪い我儘でしかないのだ。

 

「朝ごはんは・・・・もう作ってるんだ」

「う、うん!あ、未来ちゃんの分も作るよ!」

「ふふ、お願いしちゃおうかな」

「任せて!」

 

せめて、未来がこれ以上落ち込まないように。

努めて明るく振る舞う香子だった。

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

――――てっきり、拷問的な何かをされるかと覚悟していたんだけど。

今のところ意外と何もない。

やっぱり『神の器』だからだろうか、下手に傷つけらんないんだろうね。

まあ、要するに何が言いたいというと。

 

「ひまぁ・・・・」

 

それに尽きた。

いや、みんなは冗談抜きで大変なことになってるんだろうけどね。

あのいけすかないお役人が、鬼の居ぬ間にとばかりに好き勝手やってるのが容易に想像できる。

でも今のわたしは絶賛牢屋の中だし、お外に出られないし。

本すらない状態だからね。

鼻歌で気を紛らわそうとしたけど、逐一他所のお役人に怒鳴られるのでやめた。

ちくせう。

・・・・正直。

このくらいの鉄格子なら、簡単にぶちやぶれるんだけども。

出たら出たで、また難癖付けられるのが目に見えてるからね。

おとなしくぼんやりするしかない次第・・・・。

 

「はあ・・・・」

 

腕を顔にのっけて、考える。

・・・・どっかの、バカが。

わたしがファフニールであるっていう情報を、メディアに流したらしい。

なんてことしてくれやがる。

あまりの怒りに『怒ッ気怒気♡』が止まんねぇよ、ハハッ。

 

「・・・・ッ」

 

気付けば手に力が籠っていたので、深呼吸しながら手を開いた。

指の爪が食い込んでいたのか、手のひらにちょびっと血が滲んでいる。

そのまま見つめていると、じわじわ痛くなってきた。

静かにため息をつきながら、またぼんやりと天井を眺める。

 

「・・・・負けるもんか」

 

落ち込んだ心を、強がりの言葉で持ち直しながら。

残してきた人々を思うのだった。




ひろプリで何かしら書きたいな・・・・()


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弱くても

10/16日の日刊ランキングで、28位を頂いていました。
日頃のご愛顧、誠にありがとうございます。

大変お待たせしました(ひれ伏し)
プリキュアに浮気してました・・・・(切腹)


「やっほー!遊びにきたぜーい!」

「お邪魔します!」

 

響の家。

玄関を開けて、元気よく入って来たのは。

弓美とエルフナインの二人だった。

 

「いらっしゃーい!」

「二人とも、いらっしゃい」

 

もちろん出迎えるのは、未来と香子だ。

歩いてきた未来を見て、弓美は『おっ』と声を上げた。

 

「未来、今日は調子良さそうだね」

「うん、今朝からずっと平熱が続いてて、記録が更新できそうなの」

「うーん、外野が喜んでいいのか分からない記録ー!」

「よろこんでくれると嬉しいなー」

「じゃあ喜ぶー!」

 

高校生二人が、そんなやり取りをしている横で。

香子はエルフナインの手を引いて、室内に導いていた。

 

「家から桃〇とスマ〇ラ持ってきてるの!やろう!」

「〇鉄とス〇ブラ・・・・どちらも人気タイトルですね、やります!」

 

ちびっこ二人がテレビの前に座るのを見守りながら、未来と弓美もテーブルにつく。

 

「・・・・響が難癖付けられたって聞いた時は、びっくりしたよ」

「うん、わたしも」

 

ゲームの中で大乱闘を始めた香子とエルフナイン。

香子はピンクの悪魔、エルフナインはペンギンの大王を選んで。

試合を始めた。

 

「なんで、今更になって言ってきたんだろうね」

「さあ、偉い人の考えることは分からないわ」

「そりゃあ、そうだけどさ」

 

交わされる拳、絶え間ない駆け引き。

香子はハンマーを、エルフナインはハリセンを手にして互いに襲い掛かる。

 

「真面目に更生してる人の罪を蒸し返すのって、卑怯じゃん」

「ありがとう弓美ちゃん・・・・でも、文句を言ったら不利になるのはこっちだもん」

「何それ、変だよ」

「うん、おかしいね」

 

どかんっ!と吹き飛ぶ音とともに、『ゲームセット!』の音声。

勝ったエルフナインは、両手を上げてガッツポーズをした。

 

「あーん!エルフナインちゃんもう強くなってる!次々!」

「受けて立ちます!次ゼ〇ダ使いますね!」

「それリ〇ク!まあいいや、わたしメタ〇イトにしよ」

 

心配げな弓美の前で、未来はどこか諦念を以て笑う。

 

「でも、わたしと響にとっては、これが当たり前だったから・・・・・誰も耳なんて傾けてくれないものよ?」

「未来・・・・」

「結局人間って、自分さえよければ他はどうでもいいの。誰がどこでどんな目に合おうが、自分に類が及ばなければそれでいいのよ」

「それは・・・・!」

 

椅子を倒して立ち上がる弓美。

物音に気付いた香子とエルフナインも、揃って視線を向けてくる。

 

「・・・・分かっている、そうじゃない人達がいるのも、分かっている」

 

未来は静かに目を伏せて、自らの両手を握りしめる。

 

「そうじゃない人間でいてくれて、ありがとう。弓美ちゃん」

 

――――その、疲れ切った瞳に。

諦めきった笑顔に。

弓美は何も言えないまま、それでも何かを言わんと口を開閉させて。

言葉を必死に探していた。

その時だった。

 

「・・・・ッ!?」

 

部屋に、マンションに、地域全体に。

 

「ッサイレン!」

「ノイズが出たんだ!」

 

緊張が走る室内に加わる、無機質な呼び出し音。

こわばった顔で、香子は通信機に手をかけた。

 

「・・・・はい」

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

やっぱりノイズが出たか・・・・。

変ないちゃもんでS.O.N.G.が動いていない今、仕掛けない手はないよな。

そして、敵の狙いは。

 

(――――多分わたし)

 

正確には、『神の器』がほしいってところだろう。

AXZ事変で、あれだけの強さを見せつけたもんなぁ。

そりゃあ、みんな喉から手が出るほど欲しくなる。

・・・・だから。

他所に取られる前に確保しておこうって魂胆なんだろうなぁ。

あんのクソジジイ・・・・。

 

(おそらく、この戦闘に乗じて確保。あとは家族を盾に言うこと聞かせようってところだろうな・・・・)

 

牢屋の中で、考え込みながら。

出撃を待っているんだけど・・・・。

 

「・・・・・なかなか来ないな」

 

さっきから警報が鳴りっぱなしなのに、政府職員の誰も呼びに来ない。

独房についているメガホンも、うんともすんとも言わない。

・・・・・いやな想像が、頭を過ぎる。

 

(・・・・まさか、まだ足りないなんて抜かすつもりじゃないだろうな)

 

わたしを追い詰めるための算段は、まだまだ終わっていないと言うつもりじゃないだろうな・・・・!?

考えろ、考えろ。

そうだった場合、狙われるのは・・・・!

 

「未来、香子・・・・!!」

 

 

 

 

 

 

◆   ◆   ◆

 

 

 

 

 

 

「――――ぅわ」

 

大きくなったクロに跨り、香子が現場についた時には。

すでに、翼が応戦しているところだった。

緊張と殺意が満遍なくいきわたった、緊迫感のある戦場の空気に気圧されながら。

それでも香子は口元を結んだ。

 

「ッひとまず、練習通りにやるよ!」

「ワンッ!」

 

クロの力強い返事を聞きながら、現場を指をさして。

 

「――――『かげぶんしん』!!」

「ウオオォォーン!!」

 

遠吠えが一つ、響き渡れば。

足元の影が広がって、他の個体が唸り声を上げながら現れる。

 

「とにかくノイズを片付けよう!『でんじは』で邪魔しながら、各自の判断で攻撃!ただ、翼さんが近い場合は『10まんボルト』とかは使わないように注意して!!」

「ワンワンワン!!」

「ガルルルルッ!!」

 

某大人気タイトルにあやかったコマンドを混ぜて、手早く指示を出せば。

各々がやる気十分とばかりに吠えたてた。

 

「それじゃあ、作戦開始!」

 

もう一度、指を前に向ければ。

雷鳴を置き去りにして散開していく。

 

(ここ、お姉ちゃんのマンションに近い。早く片付けないと・・・・!)

 

暴れ出したクロにしがみついて、香子も戦場に身を投じていく。

向けられる、無機質な。

殺意、殺意、殺意!

ノイズに目が付いていないはずなのに、はっきりと『見られている』感覚がする。

 

「ひ・・・・」

 

当たればアウト。

それが分かっているだけに、香子はとにかく振り落とされないよう努めるのに必死だった。

 

「はあああああああッッ!!!」

 

翼の、聞いた事もない様な怒声が聞こえる。

訓練の時とも違うそれもまた、更に恐怖を駆り立てた。

 

「は、は、は・・・・ぁ、す・・・・!」

 

怖い、怖い、怖い。

恐怖のあまり、助けを求めてしまいそうになって。

 

「・・・・んっぐ!!」

 

舌まで乗っていた『助けて』を、喉を鳴らして無理やり飲み下す。

何故なら、分かり切っているからだ。

助けを求めたところで、駆けつけてくれる姉は来ないのだと。

心配してくれる大人達は、いないのだと。

 

(今、わたしの周りはみんな敵だ)

 

弱味など見せようものなら。

『彼ら』の毒牙は、大切な人達諸共に喰らいつくしていく・・・・!!

 

(なんでもないって顔で、怖くないって態度で)

 

クロに号令をかける。

雷光を纏った爪が、ノイズを切り裂く。

口からレールガンを吐き出させたりもする。

 

(あいつらがやってることに、意味は無いって思わせなきゃ・・・・!)

「ックロ!!『かみなり』!!」

「オオオオオオオオオ――――ンッ!!!」

 

大きな一撃を叩き込んでから、深く呼吸。

後ろに誰かが立ったことに気付いて、振り向くと翼がいた。

彼女もまたこちらに背中を預けて、目の前の敵を注視している。

 

「・・・・ッ」

 

数少ない、信頼できる人物を視界に入れたことで。

余裕が出来た香子は。

ふと、閃きの様に気が付いた。

 

「あ、あのッ!!」

『――――どうしましたか?Ex-666』

「未来ちゃん、こ、小日向未来さんと、エルフナインさんは、ちゃんと避難出来たんですか!?」

 

通信機から聞こえる、ひたすら事務的な態度に怯みながらも。

聞きたいことを、きっちり聞いた。

 

『何故そんなことを聞くのですか』

「だって、アルカノイズって基本的に囮なんですよね!?今この場所に出してる人もいない!!っていうことは、他に狙いがあるはずです!!」

 

通信の間、無防備になった主と本体を他の個体がしっかり護衛する。

 

『戦闘に関係のない事項です、集中してください』

「なんでですか!?未来ちゃんもエルフナインちゃんも、さらわれたら困るんじゃないんですか!?」

『民間協力者でしかないあなたに、それを知る権利はありません』

「身内の無事を確認してるだけでしょ!!何がいけないんですか!!」

 

言い合いに夢中になっていると、隣に降り立つ人影。

翼だ。

 

「翼さん・・・・!」

 

彼女なら、自分に賛同してくれるのでは。

そんな期待を抱いて、目を向けたが。

 

「立花妹、今は目の前に集中しろ。左様な些事は銃後に任せていればいい」

 

――――その、冷徹な言葉に。

希望が打ち砕かれた。

 

「・・・・・分かりました」

 

手元が、強く握りしめられる。

主人を意を組んだクロは踵を返し、分身体は本体の下へ集まってくる。

 

『何をしているんです、Ex-666。直ちに行動を中止しなさい』

「立花妹?何を――――」

「――――ごめんなさい」

 

口うるさい大人たちの言葉をさえぎって、香子ははっきりと告げる。

 

「立花香子、命令を無視して勝手な行動を取ります!」

 

言うや否や、クロが韋駄天の如く飛び出した。

 

「ッ待て!!」

 

そのまま一目散に未来の下へ駆けつけようとするが。

やはり翼が追いかけてくる。

稲妻の様な速さのクロに、あっという間に追いついた翼。

 

「止まれッ!!」

 

峰打ちが迫る。

翼の()()()に射貫かれて、香子は身を強張らせた。

その時、

 

「ッダア!!」

 

跳び蹴りが割り込む。

剣が叩き折られ、翼は後ろに交代する。

・・・・何かが罅割れるような音がしたが、今の香子に気にする余裕はなかった。

 

「お、お姉ちゃん・・・・!」

 

こちらを庇って仁王立ちする姉は。

振り向きこそしないものの、無事を喜んでくれているのが分かって。

香子は一度、ほっと息を吐く。

 

「――――味方に、しかも子供に。何やってんですか」

 

すぐに、少なくとも香子は聞いた事がない。

底冷えするような声に気圧されたが。

 

「・・・・ッ」

 

対する翼は、顔を押さえて狼狽している。

先ほどまでの苛烈な様子が、まるで嘘みたいだと香子は感じた。

三者三様に、束の間動けない時間が流れて。

 

『――――聞こえますか!?』

 

それを破ったのは、友里の声だった。

 

「と、友里さん!戻って来たんですか!?」

『ええ、大人のやり方には、大人のやり方で対応よ。遅くなって、ごめんなさい!』

「いえっ!あの、それよりも!未来ちゃんとエルフナインちゃんが危ないかもしれなくて!!」

 

信頼できる人間が戻って来た、安心感もあるのだろう。

通信機へ、香子が必死にまくしたてると。

ちゃんと耳を傾けてくれた大人達は、何某かざわついて。

 

『――――では香子君、そのまま未来君達の安否確認だ!済まないが、頼んだ!』

「はいっ!!」

 

弦十郎からのゴーサインに、力強く頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

閑話休題(いそげいそげ!)

 

 

 

 

 

 

 

「あーもう!こんな時に!」

 

 

――――果たして。

香子が案じた通り、未来達は追われていた。

弓美とエルフナインは、未来を庇いながら街中を逃げまどう。

追手は、シュバルツ。

 

「ハハハッ!どぉーこに逃げよってのかナァッ!?」

 

奴は煽る様に笑いながら、当たりそうで当たらない攻撃を繰り出してきている。

まるでいたぶるのを愉しむ様に、悪趣味さを感じながら。

それでも止められない足を動かして。

逃げて、逃げて、逃げて。

 

「ああ、しまった・・・・!」

「行き止まり・・・・!」

 

追い込まれたのは、袋小路だ。

両側は建物、前方はフェンスに小高い道路と。

人間の足では到底進めない場所だ。

 

「ヒヒヒヒッ!なぁんだぁ!?鬼ごっこは終いカァーッ!?」

 

分かっているだろうに。

鋭い爪を見せびらかして、ニヤニヤ笑いながら迫るシュバルツ。

せめてもの抵抗に、弓美が前に出て両手を広げる。

 

「弓美ちゃん・・・・!」

「大丈夫!二人には手出しさせないんだから!!」

「ハーッハッハッハッ!!口だけはいっちょ前だナァッ!?雑魚がよ!!!」

 

シュバルツの嗤い声が響く中、エルフナインはふと。

建物の陰から誰かが出てくるのに気付いた。

 

「ふん、余計なのがいるな」

「ああっ、あなたは!?」

 

S.O.N.G.にやって来た、高慢ちきな日本政府の役人だ。

 

「なあ、こいつらどうする?」

「様があるのは後ろの二人だ、前のはいらん、殺せ」

「あいヨォ・・・・!」

 

ねっとりとした問いかけに、シンプルに答えた役人。

シュバルツは待ってましたとばかりに牙を見せて獰猛に嗤い。

一歩、一歩。

近付いていく。

 

「弓美ちゃん!!」

「ぃ、いやだ!!逃げないからね!!」

「でも!!」

 

未来は弓美に逃げるよう促すも、応じてもらえない。

・・・・本当は足がすくんで動けないのだが。

エルフナインという年下もいる今、精いっぱいに強がっているのだった。

それすらも察しているシュバルツは、嘲笑いながらゆっくり歩み続けていた。

弓美が恐怖している様が、面白くてたまらないのだ。

 

「――――なあ、本当に逃げなくていいのか?」

 

巨体が、とうとう眼前に迫った。

文字通り高い位置から見下ろされながら、弓美は静かに震える。

 

「今ならまだ許してやる。そいつら見捨てるなら、命は見逃してやるよ」

 

『サア、サア』と。

赤ずきんの童話にある様に、大きな口をガパリと開けて。

わざとよだれを垂らしながら、煽ってくるシュバルツ。

対する弓美は、思惑通り恐怖に飲まれそうになっていた。

顔はすっかり下を向いて、心が参っている様をありありと物語っている。

――――だが。

強く閉じた目を、見開いた時。

その瞳には、強い輝きが宿っていて。

 

「――――ッ」

 

ぱすん、と。

毛深いものを叩いた音。

弓美が、シュバルツの横っ面を張ったのだ。

 

「し、しつけのなってないワンコの分際で!!エラソーにすんな!!!」

 

そして、ありったけの声で叫んだ。

・・・・それが、彼女に出来るだけの。

精いっぱいの、抵抗だったのだ。

 

「そおかい、死ね」

 

シュバルツの反応は、実にシンプルだった。

生意気に抵抗してきた雑魚に思い知らせるべく。

人間なんか簡単に八つ裂きに出来る腕を振り上げて、

 

「――――『ほえる』ゥッッ!!!」

 

刹那。

轟音が轟いた。

 

「ギャアッ!!!」

「きゃああああッ!!」

 

敵も味方も、耳を塞いで怯む中。

唯一動けた影が。

轟音を発した張本人が、飛び込んで。

 

「『つじぎり』ッ!!」

「ガアウッ!!!」

「ぐあああああああッ!?」

 

シュバルツの巨体を、容易く吹っ飛ばしたのだった。

 

「未来ちゃん!みんな!!無事!?無事だよね!?間に合ったよね!?」

「――――キョウちゃん!!」

 

未来が、飛び込んできた希望の名前を呼ぶと。

香子は、はぁーっと安堵の息を吐いたのだった。

 

「テメェッ!!チビがよ!!」

「チビだからって甘く見ないことだね!!『きゅうそねこを噛む』んだよ!!」

 

向けられる怒気と殺意に、一瞬怯みながらも。

香子は果敢に言い返して、一歩前に出た。



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