『とある魔術の禁書目録』は美少女まみれの素敵なライトノベルです (icoi)
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『とある魔術の禁書目録』は美少女まみれの素敵なライトノベルです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――それは、『彼女』の日常にとってはもはや絶滅危惧にも等しいような、いたって平凡かつ心地の良い目覚めだった。

 

 

 

「……う、ふぁああ……。朝かあ……」

 

 布団を積み重ねたバスタブで、一晩じゅう丸まっていた体をぐぐっと伸ばす。

 現代日本の光景とは到底思えないような極限環境の睡眠にも、悲しきかなとっくに慣れてしまっていた。ガチ戦場での仮眠や不眠不休の殴り合いと比べたら、一人の空間でまとまった時間寝ていられるだけまだ幾分と人間的なのだ。

 寝ぼけ眼で洗面所に移動し、木のブラシで乱れた黒髪をガシガシ梳きはじめるその支度姿には――およそ年相応の『愛らしい少女』っぽさは皆無である。

 寝癖や縺れを解けるだけ解いて、大雑把に顔を洗うついでに髪の毛全体も濡らしてしまう。ドライヤーでブローしてから後ろ髪をヘアゴムで一つにまとめて、ちょっとの整髪料で整えたらこれでいつものスタイルが完成。清純と言えば聞こえだけはいい、化粧っ気ゼロな庶民派『女子』高生上条(かみじょう)当麻(とうま)ちゃんの完成だった。

 女子高生、とはいえ今日はまだ春休み、なおかつ土曜日であるため普段通りの授業はない。だがしかし午前には当然のごとく小萌(こもえ)先生のありがたーい補習があるので、どっちにせよ制服を着用する必要はあるわけだった。ハンガーに引っ掛けていたセーラー服を頭からかぶって、スカートに足を通す。

 ケータイの画面でちらりと確認した日付は、まだ実感こそ限りなく薄いが――新学年の始まりを告げていた。

 

(今日は四月一日、かぁ……。学園都市でも色々ありまくったせいでというかおかげというか、半ば善意のゴリ押しでギリギリ進級させてもらえるワケだからつくづく先生には頭上がらないよなあ。てかあの人自身はいつ休んでんのさ?)

 

 心入れ替えて真面目に生きまーす、と新学期特有の(いつまで続くか分からないような)抱負を胸に抱いて、『彼女』はいそいそと靴下を履いた。

 ドアを開け、この部屋本来の居住空間へと鈍間な歩みを進める。光の差し込む窓の前でちょうど朝の祈りを捧げていたのは、同居人のシスター見習いだった。

 朝日を受けて宝石のように輝く銀の髪をサラリと揺らして、彼女は屈託のない笑みでこちらに振り返ってくる。

 

「……あ、おなかへって死んじゃいそうかもとうまおはよう! いい朝だね!」

「挨拶とおねだりの順番が見事に裏返ってますよーインデックスさん。ホレ、目玉焼き焼いてやるからお前はせめて食パンを二枚トースターに突っ込んでおくれ」

 

 実用性のみに溢れた地味めなエプロンを首から掛けて、『彼女』はあくびを噛み殺しながらキッチンへ向かった。

 鼻歌交じりで冷蔵庫から卵を四つ取り出したところで、まだ眠っている仔猫を警戒しながら寝床から這い出てきた美少女フィギュア――もとい十五センチの『魔神(まじん)』オティヌスが、緑色の瞳をくしくしと擦りながらこちらを凝視しているのに気づく。

 その仕草は毛繕いするハムスターのように愛らしいものだ。が、たった今『理解者』へと向けている視線は随分と……懐疑的というか怪訝とした不機嫌そうなもので、上条は首を傾げる。

 

「おはようオティヌス。どうした? 寝違えてどっか痛いとか?」

「……いやお前こそそのナリはどうした人間……」

「???」

 

 低い声でそんなことをコメントされても、上条の首はますます斜めに傾ぐのみである。なんだろう、『私』の顔に何か付いているだろうか? でもさっき鏡を見たばかりなんだけどな。

 どうしたと言われても『彼女』は変わらずいつもの上条当麻だ、と思う。ちょっと特殊な右手を持っただけの平凡な高校生……それに伴う不幸体質は悩みの種だが、例の記憶喪失から八ヶ月も経ってしまえば多少のトラブルとはそれなりに愉快に付き合っていけるものである。

 まぁ、なぜだか一人で悶々と黙り込んで自分のほっぺをつねったりしているオティヌスの方には、後で朝食を食べながら事情を聞いてみれば良いだろう。朝の時間は有限なので、とりあえず物言いたげな同居人は置いて野菜を洗って切ることにする。

 熱したフライパンに卵を落とし、傍らの洗い場で丸のままのレタスを水に晒す。流水の勢いを借りてペリペリと葉を剥きながら、『彼女』はふと、ある違和感に気付いた。

 

「……、あれ?」

 

 なんか、左右の手の大きさが違う気がする。

 寝ている間に下敷きにしたりして浮腫んでしまったのだろうか、と一瞬だけ考えるが、明らかにそういう問題ではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()。普段からハンドクリームなどで保湿して手入れを怠っておりませんとか宣えるわけではないが、それでも辛うじて『少女』らしく華奢で滑らかなラインを描く左手の甲とは裏腹に――右手は、上条自身の記憶にもそぐわないほど、ガッチリしていて節くれだった形をしている。

 

「え? あれ? ……あれー?」

「とうまどうしたの? あんまり長く火をつけてると目玉焼きが焦げちゃうんだよ」

 

 無邪気なインデックスの甘い声をも無視して、己の右手首を握り締める上条当麻は、不意に莫大なる違和感に襲われて目をぐるぐるさせ始める。なんだか、非常に非常に大事なことをすっぽり忘れてしまっているような、そんな漠然とした不安が暗雲のごとく立ち込めだす。

 そりゃ、この右手は元々かなり特殊だ。科学も魔術も問わず『異能の力』ならなんでも消してしまうし、学園都市第一位の『少女』だろうが容赦なくぶん殴れるし、ちょん切られた時には勝手にニョキニョキ生えてくるし、去年の冬あたりに新たに判明したアレソレを加味しても明らかに普通の右手ではない。それはそうだが、一晩でこんな――まるで『少年』みたいな手にメタモルフォーゼするようなオモシロ機能は搭載されてないはずで……。

 

「あ」

 

 ふと、気付く。

 この右手――『幻想殺し(イマジンブレイカー)』はあらゆる異能を消す。

 それは転じて言えば、たとえ『魔神』による世界改変が幾度実行されようとも、使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「おい人間」

「何さ『魔神』代表サマめ今更ふてぶてしく声掛けてきちゃって!! 『私』はだなー今まさに持ち前の推理力でとんでもない世界改変の真実に至ろうとだなー!!」

「御託はいい、その右手で今すぐ額を叩け。それでも駄目なら小指で頑張って鼓膜でも突き破ってみるんだな」

「相変わらずぞっとしねえ言い分だよ畜生!!」

「この空間でたった一人『正気』を維持してその気味の悪い姿を朝から見せつけられている私の身にもなってみろ馬鹿者!! ああくそ、これも私への『罰』の一環だと言うのならよほど趣味が良いじゃないか大統領め!!」

 

 青ざめた顔で激昂するオティヌスはちょっぴり涙目だった。

 取り乱して食事用の爪楊枝を振りかざす『魔神』に促されるまま、混乱の中にある『彼女』はそのゴツゴツした掌を――先ほど顔を洗った時よりは幾分かしっかりと、自分の頭に押し当ててみる。

 

 

 

 ぺちっ、と。

 

『少女』らしく瑞々しいおでこが奏でる小さな音。それと同時にぶち殺されたとある幻想のあまりの壮絶さに――ひっくり返った『少年』の足先はフライパンの取っ手にぶつかり、搭載されていた目玉焼きと魚肉ソーセージを空中へと思いっ切り吹き飛ばした。

 

 

 

「――な……ッ、」

 

 無心でぶっ倒れていく上条当麻をよそに、その光景にすぐさま反応したのはインデックスだった。

 テコの原理で宙を舞うホカホカの朝ごはん。緑色に輝くその瞳は――三〇分の一秒ものコマを一枚一枚視認する観察能力とそれに伴う常軌を逸した分析力を以て、食材が散らばる予測ラインやそれぞれが食べ頃まで冷めるタイミングをも、瞬時に弾き出す。

 普段は完全記憶能力の影に隠れているが意外にもハイスペックであるその白い体躯は、一切迷うことなく着地点まで駆け出していた。

 ガシャーン!! と落下したフライパンがようやく派手な音を立てたのと、ほとんど同時に。

 

「私のごは――――――――――んッ!!! あむもがむぐむぐむしゃむしゃごくんッッッ!!」

「言ってる場合か!?」

 

 獣のように空中へ飛翔するシスターの姿を見てしまっては流石にツッコまざるを得ない『魔神』だったが、すぐさま派手にズッコケた『理解者』の方へと駆け寄っていく。

 キッチンで尻餅をついてわなわなしている『少年』の姿は、先程までと変わらず、お年頃の『少女』のそれだ。

 

「……おい、その姿を戻すのは二の次だ。せめて『認識』だけでも元に戻ったのか確かめておこうじゃないか人間」

「あ、あわ、あわわわ……」

 

 学校指定のセーラー服と質素なエプロンに身を包み、肩甲骨ぐらいまで伸びた黒髪をポニーテールにまとめた――傍から見たら結構なレベルの美少女が、紛れもない『上条当麻』として相変わらず存在している。

 だが、『幻想殺し(イマジンブレイカー)』によってその頭の中は……えらく強引ながらきっちりと『少年』として()()()()()()

 

「お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお俺ッ!! おれ、俺、ななな何この体、なななななななななななななななな何で女にっっっ!?」

「知るかコラ胸揉んでんじゃねえよ、いいからそこの禁書目録のデコにもすぐに一発食らわせてこい。……というか、そもそも髪を整えたり洗顔したときにもその右手で頭を触ったんじゃないのか……あぁ、いつもの不幸で触りどころが悪かったのか。難儀だなお前も」

 

 ブツクサ呟くオティヌスの声を遠くで聞き、女の子座りで頬いっぱいの卵とソーセージを貪っているインデックスによろめきながらも近づく上条(美少女)。

 騒音に目覚めてフシャーと威嚇する三毛猫を横切って、一見して小動物でしかないモグモグシスターのおでこに右掌を優しくスタンプする。パキン、と何かを壊すような錯覚と同時に、相対する少女は不思議そうに目を丸くした。

 

「あれ……? とうま、そういえばどうして今日は女の子になっているのかな?」

「…………………………ははーん、なるほど読めてきたぜこの新年度初の不幸傾向。これアレだろ、『御使堕し(エンゼルフォール)』や『位相(いそう)』と似た認識レベルでの改変だろちくしょうどいつの仕業だ面白いマネしやがって!!!」

 

 付けっぱなしのテレビ画面をよく見ると、ニュース番組に映る天気予報の背景――学園都市内の中継映像には不自然な程に、女子学生しかいない。

 朝の顔としておなじみの男性キャスターは、どこか面影の似た女性キャスターに置き換えられている。むんずと掴んたスフィンクスをひっくり返してお股を確認したところ、予想通りというか、ごく平凡なメス三毛猫になってしまっていた。トドメにチャットアプリFUKIDASHI(ふきだし)の通知では、ニヤけた青髪少女のアイコンから『補習忘れてる? せっかく小萌先生に会えるからってウチも付き添ってんのに、役得出来んやんかー』とメッセージが示されている始末だ。

 無礼に対する抗議のつもりかみゃーみゃーと鳴いてる仔猫を抱えて、インデックスは窓を開けて静かに周囲を伺う。場に漂う魔術の気配を感知しようと意識を傾けているようだ。

 

「……これはちょっと、笑い事じゃ済まないと思うんだよ。事象から察するに『アダムの肋骨』の系統かな……。とうまの右手に触られるまでは、違和感に気付きもしなかったかも」

「この異変……学園都市内だけか? 実家や国外にも電話して現状を確かめたいけど、万一ウチの父さんが母さんになってたらと思うと……うーん、ちょっと勇気がいる……」

「世界規模だとしたらとっくにイギリス清教(せいきょう)が動いているだろうさ。まぁ、それでなくとも……これはどう見たって魔術だ。学園都市内に潜伏している連中は一体何をしているんだ?」

 

 それについては居候の魔道書図書館さえ探知できなかったことなのであまり責めてもいられないが、オティヌスの言うことも一理ある。

 とにかくまずは情報が欲しい。ステイル=マグヌスか土御門(つちみかど)元春(もとはる)か、学園都市慣れしていて話の通じる魔術師とコンタクトを取る必要があると判断して、すぐさまケータイの電話帳機能を開いた上条当麻(美少女)だったが――。

 

「ヘイヘイカミやーんちょっくらお邪魔するぜーい!! そのものズバリ学園都市の危機なのだーっつーかとっとと右手貸せこの野郎!!!」

「ごがァ!!?」

 

 冬が終わる前にようやく修復を完了させていたはずのドアを突き破って……というか上条(美少女)の背中に思いっ切り投擲して、金髪のグラサン少女が突如として殴り込んできた。

 曲がりなりにもスパイを名乗っている者だとは到底思えない、荒唐無稽な登場の仕方にビクッと震える純正の女性陣。土足のままクラスメイトの部屋に押し入り、卒倒寸前でぶくぶくと泡を噴いている上条当麻(美少女)に跨る土御門元春(美少女)は襟を掴み上げながらなおも陽気かつ早口でこう続けた。

 

「にゃー、いやあ悪いなカミやんヘマしちまった。秘密裏に追っていた魔術師がこの街で何かヤバい魔術を仕掛けているところまでは特定できているんだが、忌々しいことにその正体がまだ分かっていないんだ。『アタシ』までもが自覚しないままその魔術の影響を食らっちまってる有り様だぜい。おそらくヤツの霊装はポイントの地脈(ちみゃく)から『天使の力(テレズマ)』を汲み上げる方式で、小規模な記憶改変のみならず、その土地の文化様式や文献までにも作用する二段構えになっていやがる。個々人の認識汚染の方は単なる古典的な洗脳魔術と大差ないんだが、現実改変の方はどうもカミやんの反則的な右手で『本体』を叩かなきゃ解決しないって仕様みたいなんですたい。てワケで悪いが協力しろ、なぁに二時間でカタはつく」

「……ハッ!? 待ってくれ思わず意識を失いかけてたけど話の理解が全然追いつかねえ! そして思いのほか知り合いの女体化(にょたいか)って気味が悪いなこんにゃろう吐きそうだ!!」

 

 つい数分前のオティヌスよろしく青い顔で叫ぶ上条(美少女)だったが、焼き上がったパンを勝手にモソモソと食しているインデックスはいたって冷静だった。

 彼女は細い指を指揮棒のように揺らして、いつものようにその叡智を惜しげもなく披露する。

 

「話を聞く限り、やっぱりモロッコ性教(せいきょう)系の『アダムの肋骨』だね。でもこれだけの規模、使われているのは霊装ではなくおそらく神殿かも。大地の恵みを得た巫女が、放蕩で乱れた街から荒ぶる男たちのみを排したという伝承にちなんだ――」

「……『キマシの(とう)』。連中は既にその境地まで達している、か。にゃー、この数秒でそこまで割り出すとは、やはり禁書目録の名は伊達じゃないな」

「ねえ置いてけぼりの上条さんから一つだけツッコんでもいい? いちいちネーミングセンスが酷えッッッ!!」

「……心の底からどうでもいいが、そこの露出狂の金髪女はいつまで人間の上に覆い被さってにゃーにゃーと囀っているつもりなんだ?」

 

 あからさまに拗ねた表情で苛立ちをアピールしてくる露出狂の金髪『魔神』が苦言を呈するものの、胸をはだけたアロハシャツ姿の土御門(美少女)は意に介さない。

 

「忌まわしい統括理事長は不在だが、一応『アタシ』も仕事の立場上……何より、可愛い義妹のためにこの街を守らなきゃならない。おっ建てられるモノが剣のフリした十字架だろうと得体の知れない塔だろうと関係ないさ。この街にいる舞夏(まいか)の心を弄くろうとする連中を、『お姉ちゃん』として見過ごすワケにはいかないからにゃー」

「うーんとさ、土御門。そういうキメっぽい台詞を吐く前に頼むから正気に帰ってくれねえかな?」

 

 ……直後、青筋を立てて微笑むポニーテール少女によって一発食らわされたグラサン少女はすぐさま本来の性別を自覚して表現不能な絶叫を奏でていたが、そんな些事に取り合う者は上条家において皆無であった。

 しかし――世の中には、冷徹な個人主義と見せかけておいて、ある意味上条当麻(ヒーロー)以上に面倒見のいい連中もいるのだそうで。

 結論から言ってしまえば、早朝の傍迷惑な来客は、何も土御門元春(美少女)ひとりだけではなかったのだ。

 

「……なンか豚みてェな悲鳴がしたンで見に来たが、そこで転がってンのはまさかここまで『私』を引っ張ってきたグラサン女じゃねェだろォな……?」

鈴科(すずしな)百合子(ゆりこ)ちゃんッ!? そ、そんな……実在していたなんて……ッ!」

「言ってることは分からねェがテロリストより先にオマエを殺すわ」

「おいおい、そんなことでバッテリー無駄にしてんなよなー火力担当さん。よう大将、運転手が必要だって言うから渋々『あたし』が来てやったぜ」

「…………………………えっ怖……誰……? 鼻ピアスが似合う美人なヤンキーおねえさんに知り合いはいませんけど……?」

「その鼻ピごと殴り飛ばした張本人が随分な言いようだなあ!?」

「ふっ、あなたに手を貸すのは癪ですがコトは『原典(オリジン)』に関わる大魔術のようですからね。御坂(みさか)さんのことも心配ですし、所属上土着的魔術のプロトコルにも詳しい『自分』が参加することになりました」

「お前の顔は女の子でも違和感無いのが逆に腹立つんだよ海原(うなばら)光貴(みつき)ッッッ!!」

「何ですかいきなり!?」

 

 ……などと、怒涛のやりとりで一悶着ありながらも一見して美少女まみれのこの空間、対魔術師の学園都市メンバーとしてはかなりの高水準なメンツが集まりつつあった。即席で招集したにしちゃいい仕事ぶりだろ、というのはやや引きつった表情で自分の胸を隠しながらの土御門の弁だ。

 幻想殺し(イマジンブレイカー)に魔道書図書館に『魔神』、元多角スパイと『原典(オリジン)』複数持ちの現役魔術師、そして学園都市第一位に『計画(プラン)』のイレギュラー。いかに学園都市総女性化とかいう面白おかしい大魔術を操る謎の魔術師が相手だろうと、この布陣ではむしろ相手の方が気の毒なほどのオーバーキルだとすら思う。まぁそんな『彼女』らも、既に魔術の影響で恥ずかしい姿を晒してしまっている――という事実が知られてはむしろ士気が駄々下がりしてしまいそうなので、全員の頭を叩いて回るプランはひとまず保留とした上条当麻(美少女)だった。

 食パンを二枚とも食べてしまったインデックスは口元にお弁当をくっつけたまま、狭いワンルームに集結した闘志盛んな野郎ども(美少女)を顧み、改めて概要を伝える。

 

 

「みんな、舐めていると痛い目を見るかも。ほぼ確実に、今回の騒動を引き起こしたのは伝承に残る『キマシの巫女』……神殿たる『キマシの塔』を介して地脈の力を借り、人の身では成し得ない『位相』への上塗りすら限定的に成し遂げているんだよ。その強引な変革を社会に受け入れさせるための補助として、人々に代替記憶を差し込んでくる『呪い』付きでね。これについてはとうまの右手で一人一人解除していくことも出来るけど……」

「悪りぃシスター、ちょっと待ってくれ。……おい、ありゃ一体何だ……!?」

 

 最初にその異変に気がついたのは、小難しい説明パートが大の苦手な浜面仕上(美少女)だった。

 (ごう)ッッッ!!!!!! と泣き叫ぶ大地。

 開け放した窓の先に見えるのは、雷光を模した蠢く触手……のような何か。晴天だったはずの空はいつの間にか混沌と渦巻く雷雲に満たされ、その遥か上空には――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()

 もっと悪いことに。その背には冒涜的な悪魔の翼、A.A.A.さえも接続されている。

 

「(は……? あれは……まさか、御、坂……ッッッ!?)」

 

 予想だにしない友人の変わり果てた姿に、ポニーテール少女の思考が真っ白に染まる。なんでまたお前がここに、というかどう考えたってそういうクライマックス目前みたいな局面じゃないだろうこれ。俺達今美少女だぞ。

 だが、脳を突き刺すようにあまりにも超展開的なその存在すらも――今回のメインディッシュではなかった。

 

「呆けてンじゃねェぞヒーローッ!!」

 

 一見して美少年っぽいパンキッシュな服装のアルビノ少女が上条(美少女)の体を容赦なく突き飛ばし、ベランダに躍り出る。

 四本の竜巻を翼に替えて飛び立った一方通行(アクセラレータ)(美少女)は、どう見ても正気を失っている殺戮人形めいた御坂美琴(みこと)の元から放たれる異次元の攻撃を必死で上空へと逸らす。あんまりにも容姿が原型を留めていないからか、あの人外の殻の下が美琴であることにハッキリと気付いている者は上条(美少女)以外には居ないようだったのがせめてもの救いではある。

 成層圏近くまで強引に引き離された場所にて展開される、悠久なる銀河を捏ねて投げるかのような桁違いの砲撃と粒子加速器との衝突は、ビッグバンの再来すら予感させる。さすがの魔神オティヌスも緊迫した面持ちで手近なフォークの柄を握るが、生憎とそれは無限の可能性を出力する絶対性を誇ったかつての『主神の槍(グングニル)』ではない。

 

「……うふふふ。学園都市ご自慢の厄介な戦力も、愛らしい少女と化してしまえばなんとも滑稽。愚かですわね」

 

 ついに――絶対能力(レベル6)寸前の怪物すら意のままに飼い慣らした、全ての事件の首謀者たる『巫女』は、一行の目前に惜しげもなくその姿を現した。

 鈴の鳴るような魅惑的な笑い声は妖しく響き、この場にいる全員を怖気立たせる。

 

 土御門元春(美少女)は『それ』を受けて、魔術による自滅も覚悟で懐の折り紙にそっと触れた。

 海原光貴(美少女)は黒曜石のナイフを構えながらも、己を蝕んで疼き続ける『原典(オリジン)』の囁きを強く意識した。

 浜面(はまづら)仕上(しあげ)(美少女)は自身がまったくの無力であることを認めながらも、階下で待機中の『アネリ』へ、ポケットの中の電子錠から信号を送った。か弱い子供のようにしか見えない真っ白なシスターを、いざとなったら少しでも安全な後方へ送り飛ばせるように。

 

 そして。

 そして。

 そして。

 

 真正面から忌々しい『巫女』に対峙する、セーラー服にポニーテールスタイルの上条当麻(美少女)は――可憐で華奢な体躯には不釣り合いな拳を固く握り締めて。

 たった一つの幻想をぶち殺すために、その肩を大きく後ろへと振り上げていた。

 

 彼我の距離は十メートルほど。

 向かいのマンションの屋上へと舞い降りた美しき『巫女』はと言えば、そんな暑苦しい美少女どもの決死の形相を見下ろして――不敵に、くすりと笑った。

 その背後には。

 目を覆いたくなるほど眩く輝く『塔』のシルエットが、摩天楼とはかくあらんと主張しているかのように雄々しくそびえ立っていた。

 

「ええ、ええ、認めましょうとも。『貴女(あなた)』方はわたくしの行く手を阻む障害――そう呼ぶに相応しい目をしています。ですが、所詮わたくしには敵いません」

 

 口元を隠しつつも露出の多い、豪奢な異国の巫女衣装をしゃらりと鳴らして。

 品のいい仕草で指先をこちらへ突き付けながら、『彼女』は――跳ね上がる大声でインスタントな美少女たちへ、そして全世界に向けてこんな宣言をしたのだった。

 

 

 

 

 

「わたくしとて、通信講座で眉唾モノの魔術とやらを一生懸命学びましたのっ!! わたくしはこの学園都市にて大いなる『キマシの塔』を建立して!! 女の園を作り上げ……これでようやく大手を振って麗しきお姉様と結ばれるんですのよ――――――――――ッ!!!!!!」

「うるせえこんな茶番に付き合ってられるかクソ馬鹿野郎がッッッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 ドゴンッッッ!! と凄まじい音がして。

 

 ポニーテールの女子高生上条当麻(美少女)は――あろうことか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、揺れる脳みその無事を祈りながら自室のフローリングへと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………最悪の目覚めだ」

 

 四月一日の朝。

 当たり前のように今日も等身大の男子高校生である上条当麻は、自分の拳にぶん殴られて覚醒するという世にも奇妙な目覚ましをまさに今体感していた。

 あんまりにもエグい夢を見てしまったせいで、気分は朝っぱらからどん底である。いくら美少女補正が掛かっていようと、自分自身が女になった姿を見てしまったというだけで相当にキツいものがあるが、それ以上に当分知り合いの野郎どもの顔がマトモに見られなさそうな謎の気まずさがあった。

 土曜に補習なのは夢も現実も同じかー世知辛いなーなどと考えながらおざなりに顔を洗い、廊下へと重たい足を踏み出す。

 

「――ぷぎゅ、と、とうまー! 何やらうなされていたようだったから様子を見に来たっていうのになんなのこの仕打ちはー!!」

「うぁ!? インデックスそんな所に!?」

 

 と、遠慮なしに開いた洗面所のドアの影にはいつの間にか、見慣れた同居人の白いシスターが隠れていたようで、小柄なその体を軽く押しつぶしてしまっていた。

 フードの取れた銀色の頭をひょこりと覗かせてくるインデックスに思いっ切り平身低頭の姿勢を見せる上条だったが、意外にもその顔は穏やかそうなものだった。

 

「……、それだけ元気なら心配いらないかも。ふふふ、そんなに顔を青くしちゃって、今朝のとうまはいったいどんな怖い夢を見てたのかな?」

「あ、あぁ……いや、めちゃくちゃ脈絡が無くて変な夢なんだけどさ。モロッコ性教仕込みとかいう妙な魔術に掛けられて、俺や土御門たちが女の身体になっちまう夢で。あ、インデックスやオティヌスは女の子のまんまだったんだけどな」

「……なんなのかなーその全十字教徒とモロッコの人にケンカを売ってるようなふざけた宗派名は? ……でもまあ、生まれ持った性別が変わっちゃうなんて確かに変な夢なんだよ。だって――」

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()! ――と。

 

 ニマニマしながら楽しげにドアの影から飛び出してきたインデックスの、美しい髪の毛は。

 腰あたりまで靡いていたかつての姿がまるで嘘だったかのように、うなじ辺りですっきりと短く切り揃えられていた。

 

 

 

「…………………………」

「…………………………」

「……いや、エイプリルフールだよとうま? ほらこれ、雑貨屋さんで買ったウィッグ」

「本気で心臓が止まったからそういうジョークはやめてくれませんかねえインデックスさんッ!!!???」

 

 腹の底からそう叫んだ上条の抗議の声に、居間で眠りこけていたオティヌスがすわ何事かと慌てて体を起こす。

 一方で、みゃーと鳴いた三毛猫は我関せずとばかりに丸くなり――差し当たってとりあえずは『平凡』な上条当麻の新学年一日目が、ようやく始まろうとしていた。

 

 

 

END



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