暗殺教室〜殺す覚悟と殺さない誓い〜 (龍星雨)
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プロローグ

はじめまして。
書けるとこまで書いていこうと思います。
付き合っていただければ、幸いです。




満天の星が眩しく光る。しかし、点描のように散らばる星はなぜか綺麗とは思えない。不気味だ。夜の闇を覆い尽くす星の光は、蕁麻疹のように腫れ上がっているように見えた。

隣には誰もいない。周りには何もない。ここには自分ひとりだけだ。

なぜだろう。

自分で望んだはずなのに、寂しく思う。これでよかったはずなのに。

涙が流れた。

止まらずにゆっくりと下へ落ちる。

 

最後に泣いたのは、一体いつだっけ。

 

 

突然轟音が鳴り響いた。

上からだ。見上げると、真っ赤に光る岩が近づいてきていた。

隕石だ。表面から剥がれ燃え尽きる欠片をも見えるほど近い。

一つじゃない。いくつも落ちてくる。空を真紅の軌跡で塗り潰す。

 

ここまで届くまでに燃え尽きてしまいそうだった。

ボロボロと欠片が表面から剥がれていく。どんどん形が小さくなる。

それでももう止まらない。消えて無くなるか、地面に激突するかのどちらかしかない。潔いことである。

 

あんな風に生きれたら、

あるいは、あんな風に死ねたら、きっと幸せだろうなぁ。

 

そう思ったら、また涙が流れた。

 

ーーーーー

 

 

「…………」

 

夢だ。当然だ。隕石が落ちてきて平然としていられるわけがない。隕石なんて落ちてきたら普通に死ぬ。

出しっ放しのコタツで寝ていた。寝る前のことは全く覚えていない。しかし頭は冴えている。久々の家だから安心して寝れたようだ。

 

これには驚いてしまう。

この家を自分の居場所だと思っているところが。笑ってしまった。

 

時刻は6時過ぎ。窓の景色を見る限り午後。夜ご飯を作る気力などないので、近所のコンビニで済ませよう。コタツから這い出て着替えることに。

 

 

 

着替えてる途中でチャイムが鳴った。

誰だ。こんな家に。

居留守を決め込もうと、そのまま無視して着替える。着替え終わってもチャイムを鳴らすようなら出てやろう。

しかし、ノロノロと、ゆっくりと時間をかけて着替えたのにもかかわらずチャイムは止まらなかった。

 

出てやるか、そう思いつつ玄関までの足取りは重い。扉の前で一呼吸。チェーンを外して鍵を外して扉を開ける。

 

外には女性が一人で立っていた。

美人で若い。スーツをピシッと着こなしている。キャリアウーマンという感じだ。

 

女性は少し驚いた顔で私を見ていた。

ああ、この反応は家違いだな。

 

「多分家間違えてると思いますよ。すみませんね、表札も出さないで」

 

「いえ、こちらこそ突然の訪問すみません。小野四季さん、ですね」

 

名前を言い当てられて驚いた。

誰だこの人?知らないけど。

 

「えっと、どちら様で」

 

「私は園川という者です。今年から椚ヶ丘中学校の3年E組の副担任となりました。今からお話よろしいですか?」

 

ああ、学校の人か。でもE組にも副担任とかつくんだ。知らなかった。

 

「ええどうぞ。中散らかってますが」

 

園川さんを中に入れ、居間へ案内する。

出しっ放しのコタツのところへ座ってもらった。

とりあえずお茶の用意をして、園川先生と対面で座った。

改めて先生を見ると本当に綺麗な人である。誠実系エリートな印象。

こんな見た目がかっこいい教師がいるのか。

 

「あの、ご両親は?」

「この家にはいません。二人は離婚して母は横浜父は博多です。書類上は知りませんが実質の一人暮らしです」

「……そうでしたか」

「今日は家庭訪問ですか?」

「ええ、はい。お話を聞けたらと思ったのですが」

「すみません。驚いてますよね。引きこもりの本人から話が聞けるなんて」

 

この自虐に対して園川先生は苦笑いだった。頰が引きつっている。下世話だったか。

 

去年の秋、たしか11月前から私は学校には行ってない。一度も行ってない。だいたい半年くらい不登校の引きこもり生活をしている。14歳にして自堕落な自由を満喫していた。家庭訪問が行われるには当然の素行不良生徒だ。

しかし、二学期期末試験と三学期の定期試験の三回もテストをサボったにもかかわらず進級できたのは実は驚いていた。E組にさえ送られず除籍となると思っていたのだから。これは、運が良かったといってもいい。

 

空気が澱んだので、お茶を飲む素ぶりでリセット。お客さんより先に飲むのは無礼だがそこは許してほしい。

 

「……ここ数週間家を留守にしていたようですが、何かあったんですか?」

 

「その別れた両親に会いに行っていたもので、一ヶ月ほど家を空けてました。帰ってきたのが今日の朝方なんです。やっぱり今日の前にも何日か訪ねて来てますよね。ご足労おかけしました」

 

「いえ、それは、いいんですが……ご両親とは何を」

 

聞きにくいであろう話題を、園川さんはおそるおそる聞いてくる。人によっちゃ聞いてはいけない話だろうけど、私には何の問題もない。

 

「そのぉ。恥ずかしい話、離婚の原因の8割は私にあるんですよね。なのでその謝罪と今まで育ててもらった感謝を言いに。日数がかかったのは母親の居場所を突き止めるのが大変でして」

 

そこから少し家族の話をした。

母親のこと、父親のこと、弟のこと。

昨日までの出来事を整理する意味もあったと思う。

しかし自分語りは5分程度で終わってしまった。言葉にすれば何とも呆気ない。自分の中の軽さにため息が出る。

 

「……そうでしたか。そんな、経緯が」

 

「でももうしがらみも何もないので、スッキリしました。これからは学校にも通おうと思います。教材とか制服とかの準備もありますけど、多分来週からはきちんと登校できるはずです。」

 

「…………」

 

学校にまた通う、この言葉を当の本人から聞けたというのに、園川さんの表情は晴れない。この言葉を言わせるための家庭訪問のはずなのに、先生は完全に引いてる。

まあ。

逆の立場になってみれば、14歳にして両親から見放された中学生の家庭崩壊の話を本人の口から聞かされたわけだ。

教師としてどんなリアクションを取るべきかなんて分からないだろう。

 

「…………」

 

園川さんは伏し目がちで口元に手を添えている。何か考え事をしているようだ。

しばらくして、園川さんが顔を上げた。

 

目が合った。

その目を見た時、身体が震えた。

 

 

「確認しますが、来週からは学校にはまた通うということでよろしいですか」

 

「は、はい」

 

喋り方は変わらない。しかし、トーンがまるで違う。

威圧的でないのに威圧感がある。

 

 

ビビってる私に対して、園川さんは表情を和らげた。

 

「実は私は教師ではないんです。騙していてすみません」

 

園川さんは深々と頭を下げた。

 

そりゃあそうだ。

こんな教師いたらモンスターペアレントとやらもたじろぐだろう。それくらいの恐ろしさだ。

 

 

園川さんは胸元からIDカードを差し出した。会社勤めの方が首からぶら下げているあれだ。

受け取って確認。

 

「……防衛省?」

 

「はい。今はある任務のためにE組に依頼をさせていただいています。ですから、これから話す内容は国家機密でお願いします」

 

さらに園川さんはカバンから一枚の紙を取り出す。

目に付いたのは中央にある写真だ。

マスコットキャラのような黄色い頭の人形である。細長い蔓のような腕に米粒みたいな目、一体何のキャラだろう。

 

「椚ヶ丘中学3年E組小野四季さん。あなたが学校に復帰する以上、あなたにもこの生物の暗殺を依頼します」

 

何言ってんだこの人。

そう思ったのはきっと私だけではないはずだ。

 

 

 

ーーーーーー

 




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いざ、E組に。 いざ、学校へ。

時系列的には五月に入っているので、カルマ復帰、ビッチ先生登場済みです。

一日に1・2話を定期更新する予定ですが、登校時間帯については追って報告します。


椚ヶ丘中学校。

全国的にも有名な中高一貫の進学校であり、

私の通う学校でもある。

 

といっても、私は不良生徒だった。

授業も半分は上の空で聞き流し、もう半分は寝て過ごすという堕落っぷり。みんなは毎日やっていた勉強だって試験期間の間しかやらなかった。

この学校の中では『ありえない』生徒なのだ。

その上で半年間の登校拒否。

よく除籍にならなかったものだ。

 

煌びやかな本校舎を見ていて、今一度自分の幸運に感謝した。

久々に見る校舎は何だか懐かしい気がする。

 

そういえばそうだった。

私通ってたわこの学校に。

 

そんなことを今更確認した。

しかし、私は3-Eの生徒。今の私の居場所はここではない。

 

本校舎には入らず、運動場を横切り、その先にある山へと向かう。山道の入口にはボロボロの木の板がたてつけられており、それには『E組』と書かれている。この看板が示す通り三年E組の教室はこの校舎の隣に広がる山の中にあるのだ。E組の生徒は登校にトレッキングが組み込まれているというわけである。

 

 

「…………!」

 

歩き始めて10分ほど。思ったよりも山道がキツい。息は上がるし、足は重い。引きこもりで体力がなくなったのは理解してたけど、ここまでなまっていたか自分の身体。

 

ジャンクフードに運動不足という不健康極まりない生活は見直さなければならない、と心に誓った。

 

さらに歩くこと10分。

開けた場所に出た。

少し離れた所にある木造家屋こそ、E組専用の隔離校舎だ。

実際に見るのはこれが初めてだ。

噂には聞いていたが、聞いた以上に古い建物だった。台風が来たら潰れるのでは、そう心配になるほど老朽化している。

雨漏りや隙間風なんかはいちいち気にしてられないだろう。

 

とりあえず校舎に入ることに。

昇降口わきの花壇には最近植えたらしい花が並んでいた。

 

「教室に入るより先に、先生方に挨拶しとくか」

 

ということで教員室へ。

ノックをして挨拶をして戸を開ける。

 

中には男女が1名ずつ。

二人とも私の方を凝視していた。

 

「はじめまして。小野四季です。遅くなりましたが、今日から授業にも暗殺にも参加していくので、よろしくお願いします」

 

そう言って頭を下げた。

 

「君がそうか」

 

男性の方が立ち上がり近づいて来た。

表情は乏しそうだが、整った顔立ちで引き締まった身体をしている。

女性の方は外国人で超絶な美人。体つきは細いが胸は大きいという男が大好きな体型。

 

二人とも普通だと教師にはとても見えないが、園川さん曰く『表向き』という話だ。

 

「園川から話は聞いていると思うが、君たちの体育教師として暗殺のサポートをしている、烏間だ。よろしく。それで向こうが英語教師の」

「イリーナよ。一応生徒《あんたたち》を教えることになってるけど、本職はあのタコの暗殺だから。邪魔はしないで」

 

「よろしくお願いします。烏間……先生、イリーナ先生。それで、『殺先生』は……」

 

「お二方おはようござ、、、」

 

ガラリと扉が引かれた。

入ってきたのは2mを超える巨体な生物。

黄色く丸い頭、全身をスッポリ覆うガウン、細くウネウネと動く触手、何本あるか分からない足。

 

写真で見た通りだ。

これが、ターゲット。

 

「はじめま」

 

「あ、あなたが小野さんですね!」

 

挨拶しようとしたら飛びつかれた。

 

 

「よかった!!ついに学校にきてくれた!!本当に良かった!!!ずっーと登校してこないから生徒たちに聞いたら不登校だって言って。だったらマッハで家庭訪問しようとしたんですけど烏間先生が生徒であってもまだ事情も知らないからダメ!って聞いてくれなくて。先生として行かなきゃいけないんです!!って反対したら、俺たちで登校復帰の交渉と事情の説明をやるから、その後にしろって言われて…………それなのに小野さんはちっとも登校しないし、烏間先生に聞いてもまだ会えてないってずっと拒否られるし、気づけば一ヶ月経ってるし。先生だってすっごく心配してたんですよ!だからこっそり小野さんの家に行ってみたこともあるんですけど留守だったみたいで。だから先生小野さんがこのまま教室に来なかったらどうしよう、学校辞めるとかなったらどうしようって……」

 

先生は興奮しながらまくしたててきた。

顔色は赤くなったり青くなったりと目まぐるしく変わる。早口過ぎて何て言ってるのか全く分からないが、『学校に来てくれて良かった』と言っているらしい。

 

思ってたのと違う人だな。

たった一人の生徒のために、興奮したり、泣いたり。

 

「ははは……お世話をかけました。でもこれからちゃんと登校してくので安心してください。あと、私のことは気軽に四季って呼んでほしいです」

 

 

「ううう………分かりました、四季さん。遅れましたが、私が担任の『殺せんせー』です」

 

涙を拭くうちに先生の顔色はまた黄色にもどった。

そのままの意味での『顔色』というものが、先生にとって表情のようだ。

 

 

 

「にしてもホントにタコみたいですね。丸くて大きくて。その顔触ってみてもいいですか?」

 

「どうぞどうぞ」

 

右手で顔(頭?)に触れた。

ムニュリという何ともいえない手ごたえを感じつつ手は沈みこむ。

 

 

「見た目通りに柔らかいですね。ゴムボールというよりは、粘土っぽい……先生の体ってナニでできてるんですか?」

 

「ヌルフフフ。それを当ててみるのも一興ですかねぇ」

 

今度は軽く叩いてみる。

ブニョンブニョンと跳ねた。

正直感触は気持ちが良いとはいえない。

 

 

「……思ったより感触が不快」

 

「にゅやッ!?何を言いますか!先生はマスコットキャラですよ!笑い・和み・癒しの三拍子揃った理想的なゆるキャラなのです!!」

 

「失笑・ドン引き・不快の三重殺〈トリプルプレイ〉って感じの妖怪の間違いでは」

 

この発言に先生の表情は少し青くなった。

ショックを受けたらしい。

 

「…………」

 

先生の注意は私の右手に向いているはず。

 

気付かれないように、

しかし、不自然にはならず、

左手を先生の体に近づけた。

 

そして、袖口から……

 

 

「ヌルフフフ」

 

ナイフを出そうとした瞬間、左手を止められた。見ると触手が腕に巻きついていた。

 

 

何だこれ。

ナイフ出せん。

というか力入れても全く動かん。

 

 

「その程度の小細工は暗殺ですらありませんよ。もっと工夫をしなければ」

 

先生の口が三日月のようにつり上った。

そして、何の意味があるのかは知らないが、顔の色が緑と黄色の縞々になった。

 

「まあ。復帰初日の初対面で暗殺を決行するその身軽さを評価しますが」

 

 

 

 

 

 

 

 

ここだ。

 

 

右手に力を込める。

五指が先生の顔に食い込んだ。

そのまま一気に。

引き裂くように。

抉るように。

 

一気に……!!

 

 

「………ニュッ!!」

 

私がはっきり覚えてるのは先生のその声を聞いたところまで。ここから先は何が起きたのか全然分からない。

 

とりあえず、私の体は教員室の壁に激突していた。

絶息。

肺の中の空気が全部出た感じ。

ぶつけた背中も痛い。

辛いし痛いでちっとも動けない。

 

 

「いってぇ……」

 

 

右手の指に先生の顔を豆腐のように抉る手応えを感じたと思ったら、気付いたら弾き飛ばされていた。

 

これが最高時速マッハ20の力か。

ガク。

 

「……! 大丈夫か!?」

 

烏間先生が駆け寄ってくれた。

背中をさすったり、息の仕方を教えてくれた。素晴らしいほど機転が利いてる。

 

 

「今のは、一体どうやって……?」

 

烏間先生が詰め寄るように聞いてきた。

答えたいのはやまやまだが、今は無理。

マジで声出せない。

 

 

 

「小野さん!ごめんなさい!大丈夫ですか!?」

 

殺せんせーがいつの間にか目の前にいた。

はわわわ、というような感じで焦ってる。

地球を破壊する超生物の割に子供一人の辛口評価にガッカリしたり、無事かどうか焦っているのはイロイロとズレてる気がする。

 

ただ、先生の表情よりも、焦りよりも、その横顔に目がいった。

3cmほどだろうか、五本の傷跡がくっきりと浮かんでいる。

 

とりあえず最初の暗殺は引き分けということにしておこう。うん。

 

 

「……えっと、まあ何とか」

 

声を出したら砂嵐のようなガラガラな声でびっくりした。

息全部吐いて、慌てて咳き込むとこうなるのか。

 

背中の痛みは落ち着いたので立ち上がることに。

しかし、殺せんせーも烏間先生もイリーナ先生も、驚きの表情のままだった。

 

 

だから。

あえて。

私はここで笑顔を見せた。

 

 

「これから一年間、お願いしますね。殺せんせー」

 

 

 

 

 




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いざ、教室へ。

 

 

「はじめての方は初めまして。二度目の方はお久しぶり。小野四季です。今日から授業にも暗殺にも参加していくので、どうぞよろしく」

 

朝のショートホームルームにクラス全員の前で自己紹介というのは、晒し者に近い気がするので気持ちの良いものではない。皆の視線が集まるということが、こんなにも恥ずかしいものだとは思わなかった。先生ってこんな中授業してたのか。メンタルすごいな。

 

「さて。これでE組はフルメンバーというわけですね。これからの学びも暗殺も期待してますよ。では、四季さんの席は……そうですね。奥田さんの後ろの席にお願いします」

 

殺せんせーにそう言われたが、困ったことになった。

奥田さんて誰?

 

「…………」

 

まずい。

非常にまずい。

 

『すみません、奥田さんってどなたですか……』

 

なんて爆弾発言過ぎて言えない。

逆の立場だったら不憫過ぎる。

 

こういう時はどうすればいいんだ……!

 

いや考えろ。

現在の空席は最後列の四席。

そして奥田『さん』である以上、この人は女子。つまりは、三択だ。

 

どれだ、私の席は……!!

 

 

 

「せんせ〜。そのほっぺたどったの?」

 

左手最前列の女子がそう発言した。

見た目といい喋り方といいゆるーい感じで可愛らしい。これは同じ女子として見てもだ。

 

名前は知らないが見たことはある。

 

 

「…………」

 

どうやら、私の最優先事項は暗殺でも勉強でもなく、クラスメイトの名前と顔を一致させることらしい。

中々難しく、そして虚しい任務だ。

三年生にもなって、『君誰だっけ?名前教えて』とか聞けない。それはヤバすぎる。

 

というか、私にとっては、クラスのほとんどが初めましてか、それ近い感覚だ。

知り合いと呼べるような人なんてこの中でほとんどいない。クラスの半分以上が名前すら分からない危機的状況なのである。

 

 

「え、ええと。これはですね。その……」

 

「朝挨拶に行った時、ちょっと暗殺仕掛けてみたの。復帰の挨拶ってことで。失敗しちゃったけど」

 

 

そう言った時、クラス全体がどよめいた。

 

「すごーい!!殺せんせーにナイフあてるなんて!」

「カルマ以来だな!」

「しかも顔だぜ!もうちょっとで殺せたんじゃないか!?」

「これは大きな戦力だぞ!!」

 

クラスの大半が大いに盛り上がっていた。

……ああ。やっぱりこの暗殺は先生には攻撃を当てるところから始めないといけないらしい。

 

 

そして、どなたかの発言で出てきた『カルマ君』。この人は知ってる。知り合いではないが有名人だ。

授業サボるわ、暴力ヒドイわという違う意味で。

一番後ろの赤髪の男子だ。

 

とりあえずまず一人。

 

 

 

「ニュアッー!!こんなのはかすり傷です!この程度で喜んでいては先生を殺すなんて夢のまた夢でしかありませんよ!!!」

 

いつの間にか教室は大盛り上がりで、先生は逆ギレに入っていた。バカにされてるとでも思ったのか。教員室での時もそうだったが、殺せんせーはメンタル弱めだ。

 

 

 

「ほら!四季さんも早く席ついて!そこです。カルマ君の隣!!授業を始めますから!!!」

 

 

カルマくんの隣!!

情報収 GET!

これでやっと二択。

けどもう情報収集は終わりだ。動かないと。

 

もう運任せだ。

数少ない知り合いに挨拶をするという体でいこう。

これなら、

 

「えっ? なんでわざわざそっちから行くわけ?」

 

という当然の疑問にも対応できる。

 

 

前原くん(で合ってるはず)と背が低めの女子の間を通る。

途中で知り合いの二人に向けて小さく手を振りつつ、最後列へ。

カルマくんの隣、かつ三つ編みの二つ縛りの髪の女子の後ろの席へ座った。

 

ドキドキ。

 

「では、授業を始めます。今日の社会は世界史です。前回は古代四大文明の地理的な共通点や遺物・遺産に見られた共通性を勉強しましたが、今日は各文明を個別に見ていきましょう。まず、最古のメソポタミア文明では……」

 

 

授業はそのままスムーズに始まった。

 

よし!!!!!!

セーフ!!!!!!

 

私は心の中で安堵した。

今日一のノルマ達成だ。

授業が始まってもないのにすごく疲れた。

 

 

前の奥田さん(もう忘れない)と隣のカルマくんに紙を渡す。二人とも驚いていた。

特に奥田さんはビクッとエビのように背中が震えたので、見てて面白かった。

 

 

紙には一言。

『よろしくね』

 

残念ながら私にこれ以上のコミュニケーションが行える技量も器量もない。不登校の半年間で人との距離の接し方も忘れてしまったのである。これで許してほしい。

 

 

しかし、二人ともにこやかに返してくれた。奥田さんはわざわざ振り向いてくれるほどに良い人だった。もう忘れるわけにはいかない。

 

(初登校の滑り出しとしては上々だろう)

 

 

 

得意げになっていた私だが、この後で現実の厳しさにより、心身ともに真っ二つにされることはまだ知らない。

 

 

 

 

 

 





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いざ、勉強へ。



投稿時間帯はやはり朝の7時にしていこうと思います。



「おっ。昼休みですねぇ。先生はロコモコを食べにちょっとハワイまで行ってきます」

 

4時間目が終わると同時に殺せんせーは窓から姿を消した。

さらっとハワイまでと言ったが、初速加速減速着地を諸々含めてもマッハ20ならだいたい20分くらいでハワイに着くはずだ。先生にとっての世界旅行は私たちにとっての散歩くらいに気軽なものらしい。

全く以って羨ましいことだ。

 

 

とか。

そんなことをぼんやりと考える余裕は私にはなかった。

 

「…………」

 

私は生きる屍と化している。

肉体と精神の限界を超え、絶望の未来に現在を蹂躙されてしまったのだ。

 

ああ。

口から白いものが抜けかかっているような。

そうか、これが魂か……

 

 

 

「四季さん、大丈夫?」

 

横からかけられたのは、聞き覚えのある穏やかな声。

力を振り絞り顔をプルプルと上げると、そこにはいたのは天使だった。

 

 

「ああ天使様……もうお迎えが来てしまったの?早いよ神様」

 

「……久し振りだなー。この絡みも」

 

天使ーー青い髪を綺麗に結い上げている少年はあの時と同じ笑みで立っている。失笑と苦笑いを足して二乗したような笑みだ。

 

潮田渚。

このクラスの中の数少ない知り合いだ。彼ならば友人と呼んでもいい。

そんな間柄である。

 

 

「お? 渚くーん、四季ちゃんとは知り合いなの?」

 

「知り合いというか……同じ吹奏楽部だったから」

 

「えっ? 渚って吹奏楽部だったんだ!?」

 

「うん……E組に来たから辞めちゃったんだけどね」

 

「そして渚くんは部内でもトップに立っていた天使だったんだ。天使を追放するなんてウチの部は天に叛逆でも起こすつもりか」

 

「それ言ってるの四季さんだけだから」

 

この遠慮のないツッコミ。

懐かしい。

 

部内でも温厚だった渚くんが私にだけ見せてたこの苛烈さを、この容姿で、出してくれるとか、上等なサービスを独り占めしてたなぁ。

 

うん。

元気出て来た。

 

「あ、四季ちゃん復活した」

「渚くんと遊ぶとね、なぜか体力が回復するんだよ。きっと渚くんは対象のHPを回復させてくれるスキルを持ってると私はにらんでる」

「それ納得だわー。俺も渚くんイジるとMP回復する気がするし」

「おぉ、カルマくん。分かってるね」

 

カルマくんとガシッと握手をした。

互いが互いの良き理解者として認め合った瞬間だ。

 

「……渚」

「……なんだい茅野」

「四季さんって、ひょっとして……」

「うん。ポジション的にはカルマくんにすっごく近い。部活中も散々弄られたし」

 

2名……いや周囲から突き刺さるいくつもの視線がむず痒い。

振り返って渚くんの方を見た。

彼の隣には、さらに小さな女子がいる。

緑色の髪を渚くん同様に結い上げてる可愛い子だ。

 

「えっと。茅野ちゃん、でいいかな?」

 

四時間目までの授業で、当てられた人の名前と席は覚えた。あとは顔も覚えれば、自然な感じで振る舞える。

これでクラスメイトの名前顔不一致問題は解決の兆しを見せた。解決までおそらく2日と経たないはずだ。

 

「うん。茅野カエデ。よろしくね」

「……失礼な質問だけど、今までで会ったことないよね?」

「あ、うん。私編入してきたから。多分会ってない、と思う」

「へぇ。編入か。それはまた」

 

「さっきまで四季さん死にかけてたけど、大丈夫?」

 

「いやね、極めて重要な問題にぶち当たっていたことに気づいたんだ。それでもって解決の糸口が見えないから絶望してた」

 

「?? 今日何か特別なことあったっけ?」

 

「うーん。特に無い、かな」

 

不思議そうに首かしげるちびっこ2名。

これだからお子様は。

 

 

「授業についていけない」

 

私の悩みを言った瞬間、みんなの表情が固まった。

凍りついたと言っていいほどの硬直だ。

 

 

「半年間、勉強なんて全くせず、教科書の1ページも開かずに無為に過ごしていたツケがここにきた。四時間目までの授業を聞いていて、分かることが全くと言っていいほどない。そもそも前提となる知識がないから、説明されたことも頭にまるで入ってこない」

 

手を組み顎をのせる。

どうしたものか……

 

みんなお通夜のような顔をしている。

 

 

「えっと、それは……」

 

「それはまずいよ。四季ちゃん。その調子だと来週の中間テスト寺坂にだって負けちゃうよ」

 

「んだとぉ!カルマ!!」

 

「まずい。それはまずいよ!そんなことになったら、ショックでまた引きこもっちゃう!!」

 

「テメェも何言ってんだゴラァ!!」

 

 

怒りの咆哮さえもどこか遠くで叫んでいるような気がした。

これはマズイ。

何よりも中間テストが来週だって?

バカな。

絶望的じゃないか。

 

 

「このままだとっ……リアルに最下位をとってしまう」

 

想像しただけで唇を噛むほどの屈辱だ。

どうすればいいんだ!!

 

 

渚くんと茅野ちゃんはドン引きして、カルマくんは笑いを堪えようと下を向いていた。

プルプルと子鹿のように震えるその背中に肘鉄くらわしてやろうか?

 

 

「……渚くん、私はどうすればいいだろうか」

 

「どうすればって……。そうだ!殺先生に補習頼むとかは?先生教え方上手いし」

 

「むむむ。先生そんな都合のいいお願いを聞いてくれるかな」

 

「うーん。生徒の必死のお願いを無碍にするとは思えないけどなぁ」

 

 

よし。

両名からの貴重なアドバイスだ。

試すだけ試してみよう。

 

まずは、先生が帰ってきてからすぐに。

 

と。

そこで、教室全体にフワリと風が吹いた。

 

 

 

「ふー。曇り空のビーチサイトというのもオツなものですな。満足満足」

 

 

帰ってくんの早ぁ。

じゃなくて、こういう時はすぐに行かなくては。誠意を見せるために。

 

 

「センセー!助けて下さい!!」

「ニュア!?どうしましたか、四季さん」

「先生、お願い。私に補習授業組んで。このままじゃ……マズいんです!」

「えっ、ちょっと、一体何ですか!? ちゃんと説明してくださいよ!!」

「私、今日の授業、全然ついていけれなかったんです。このままじゃ」

「このままじゃ……」

「最下位、とっちゃうかも。中間テスト」

「さ、さささ……最下位ぃィィ!? いやいやいやいやいや、何言ってるんですか!?そんな冗談不謹慎ですよ!!」

「冗談じゃありません!リアルにヤバイんです!!このままだとわたしホントに学年最下位になっちゃうんです!!半年間の遅れはそれくらいにピンチなんです!!」

 

「お願いします。自業自得の身ですが、どうか、私に慈悲を」

 

「モチロンです!先生の教える生徒が最下位なんてとらせません!! 今日からテストまで放課後補習ですよ!!覚悟して下さいね」

 

「ありがとうーー!!先生最高!」

 

「ハッ! 他にはいませんか!? 中間テスト不安な人は! 先生マッハで対策組んであげますよ!」

 

「そうだよ! はい!補習受けたい人は挙手!!」

 

 

先生と一緒にテンションはピークになっていた。ノリと勢いだけでクラスみんなにも呼びかけてみる。

 

「「「……………」」」

 

静寂なひと時が流れた。

外の風が窓を叩く音が教室の中に聞こえるくらいに。

 

大すべりといやつだ。

 

 

と思ったら、、、

 

 

「「「あははははは!!!!」」」

 

教室が揺れるほどの大笑いが起きた。

勢いでこの教室が潰れてしまうのではと思って冷や汗が出たほどだ。

しかし、私の心配と先生の呆然なんて知るよしもなく、クラスの笑いは止まらない。

 

「ニュアッ!!みなさん笑ってる場合じゃありませんよ! 中間テスト大丈夫なんでしょうね!」

 

殺先生は顔を真っ赤にしながら大声で抗議したが、みんなの笑い声は昼休みが終わるまで静まることはなかった。

 

 

ーーーーー

 

「ねえ、渚」

「ん?」

「四季さんって、変わってるね」

「……部活中もね、あんな感じだったよ」

「うわぁ……」

「でも、凄い人だよ。変わってて、面白くて、凄かった」

「うん。凄い。教室の空気を一気に変えちゃうんだもん」

「四季さんと一緒に暗殺すれば、楽しくなりそうだよ」

「そうだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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いざ、集会へ。

いざ、集会へ。

 

授業に復帰して一週間が経った。

この一週間は怒涛のように過ぎ去って行ったので、私自身記憶が曖昧である。

補習授業暗殺補習補習授業補習暗殺補習授業補習暗殺補習補習補習授業補習暗さ………

 

何をせずとも過ごす日々が多かった私だが、そのツケを一度に支払うとなるとここまでの苦行になるとは思わなかった。

いやぁ。

日々の積み重ねって大事だね。

改めてそう思いますわ。

 

そして休日を挟み、再び学校へ。

この週には中間テストがある。

 

「早いよ、早すぎるよぅ」

 

テストはもう3日後に迫っている。

しかし、進み具合はまだ3年の領域に入っていない。とりあえず、形の上だけは、2年の範囲が、終わったことにしてやるか、仕方ない、というレベルだ。

 

「こんなんでテストとか絶望的だ」

 

「で、でもさ。四季さんは、殺せんせーの『マッハヌルヌル補習』についていけてるじゃない」

 

マッハヌルヌル補習。

先生が私のために組んでくれた補習だ。

 

先生がマッハで分身をし、教科書役・参考書役・問題集役に分かれそれらを同時に説明しかつ、不明点や質問は触手を変形させて視覚的な説明も並行するという先生のスピードと触手をフルに使うスパルタ勉強法だ。

 

1日に1教科。

休憩込みで120分。

 

 

「私も数学の時受けたけどキツかったぁ。説明はなんとか分かるんだけど、スピード早すぎだもん」

「ぼくもあれはちょっと……。四季さんは毎日受けてるんだし、大丈夫なんじゃ」

「あれはね、ついていっているんじゃなくて、しがみついているんだ。もうね意地だね。補習の後はもう力尽きて死んでるよ」

「でも補習の後に暗殺もしてるじゃん」

「疲れ切った先生なら殺れるかなーって。でもムリ。疲れてるのに超スピードとか、一体何なの」

 

暗殺の方も取り組んではいるが、全くの空振りだ。というより、そもそも身体が動かない。暗殺のやり方はちょこちょこ思いつくのだが、それを身体が実現できない。

 

そりゃそうだよなぁ。

この半年間部屋から出ることなんてほとんどなかったし。まして運動とかは忘れてしまうほどだった。その結果、恥ずかしいことに、太った。それも結構な数字。

 

暗殺するなら、動ける体にしておかないと。

 

 

「で、四季さん……それは」

 

渚くんは私の手許を見ている。

 

「綾取り」

 

「何でまた……」

 

「手先の柔軟性って暗殺に活かせそうじゃん。そのための訓練」

 

覚束ない手つきで、紐を組んでいく。

手順を思い出しながら作ったのは東京タワー。

 

出来栄えは、ま、及第点というとこだ。

 

「昔はパパッと作れたんだけどなぁ。蜘蛛とか蟹とか。でも今は指がてんで動かない。これだと楽器もムリだろうなぁ」

 

これも半年間で失ったもの。

他にも、まだまだある。失ったもの衰えたものは数え挙げればキリがない。

 

きっと、全部を取り戻すことは、もう無理だ。

 

 

「でも、四季さんは凄いです」

 

そう言ってくれたのは、奥田さんだった。

席が前後ろなので、休み時間にもよく話しかける。

最近は彼女からも話しかけてくれるようになった。

 

「勉強も頑張って、暗殺にも取り組んで。ここまで頑張る人、私初めて見ました」

 

「……そうかな」

 

「僕もそう思う。先生の補習を欠かさずに受ける人が、頑張らない人のわけないよ」

 

「うんうん。こういう隙間時間に暗殺のこと考えてたりねー。かっこいいや」

 

「頑張ってる、かぁ……」

 

こういうこと言われるのは慣れてない。

どう返答するのが良いんだろう?

 

「…………」

 

考えていたら、黙ってしまっていた。

取り敢えず、何か言わないと。

 

「ぁー、ありがとね」

 

そう言うと、三人とも笑ってくれた。

 

 

 

照れ臭くなって、そのまま無言で歩き続ける。

このE組校舎から本校舎までの山道を行き来するのも少しは慣れてきた。

毎日歩けば、体も慣れていく。

 

それと同じだ。

勉強も、暗殺も。

 

 

 

ーーーーーー

 

椚ヶ丘式学校集会。

それは、見せしめのための儀式である。

 

落ちこぼれのゴミカス集団E組を徹底的にdisることで、生徒全体がE組への忌避感を覚え結果必死に勉強するようになるという構図だ。

 

「フッ。他人を馬鹿にしないと勉強さえできないなんて、歪んだ奴らだ」

 

「四季さんが言っても説得力ないなー」

 

茅野さんからのツッコミも気持ちが良いと最近分かった。

 

あれか?

私は年下好きか(とても失礼)

 

 

それにしても

 

周りの人間の視線には寒気さえ覚える。

 

蔑し、見下し、嘲る。

声にしなくても十分だ。彼らがE組へと向ける感情は。

 

ただ、その感情の根っこにあるのは、上に立つ快感と劣ることへの恐怖。

つまりだ。

笑えることに、彼彼女らは、E組を馬鹿にしながらも、E組に落ちる可能性は捨てきれていないのだ。最悪の可能性を完全に払拭できるほどに成績優秀者などほんの一握りしかいない。

だから努力に励む。

下へと堕ちないために。下を貶め続けるために。

優越感と危機感を、常に併せ持ちながら。

 

 

しかし。

動機が何であれ、彼らが努力をしているのは事実。

それはきっと間違っているものではない。

その努力だけは、否定していいものではない。

 

 

「ってもなぁ」

 

あー。

腹立ってきた。

ここまで盛大に馬鹿にされて大人しくいられるほど、私は大人ではない。

見てろよ?

お前らが脆くような結果出してやるかな。

 

中間テストに向けてまた少し燃えてきた。

 

 

 

それはともかくとして。

一つ気になった。

クラスメイトの顔が一様に暗い。

暗く、濁り、淀んでいる。

この境遇に対して、反抗心を燃やすような人がいない。

 

誰も怒ってないのだ。

ここまで馬鹿にされているのに。

 

 

 

どうしてだろう。

それだけが、気になった。

魚の小骨が喉に刺さった時のように、少しの痛みと大きな惨めさを感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 






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いざ、宣戦を。

 

 

「さあ! 始めましょうか!!」

 

今日の先生は気合が入っている。

どこが、と問われれば。

数だ、と答えよう。

 

先生は今、7人くらいに増えている。

超スピードで作る残像分身。

どうにも、先生が生徒全員分の分身をして、マンツーマン指導ということらしい。

 

 

 

「先生、こんなに分身できたんですね」

 

「四季さんのために用意した『マッハヌルヌル補習』の賜物ですよ。あの一週間は先生自身も成長させてくれました」

 

「ケッ! モンスターが。ご丁寧に教科別に鉢巻まいて」

 

「あっ。ほんとだ」

 

寺坂くんの指摘の通り、一人一人で鉢巻に書かれた教科が違う。

 

「意外に繊細だね。全然気づかんかった」

 

褒めたつもりだったが、ソッポを向かれた。

 

 

「……って、何で俺だけナルトなんだよ!」

 

「寺坂くんは苦手科目が複数ありますので」

 

「私は『ALL』かぁ……。ストレートにへこむよ」

 

「四季さんの学習範囲は補習を経ても未だ最下位ですから。まだまだ努力が必要ですよ」

 

「はーい」

 

この日はずっと、テストのための特別授業ということで全ての時間割がテスト対策となった。

 

そして次の日。

 

「先生、さらに頑張って増えてみました。さあ!授業開始です!!」

 

先生の分身は生徒一人につき三人分となっていた。つまり、シンプルに昨日より3倍速いということ。

 

しかし、残像分身はかなり雑で、見ててチカチカする。声もエコーのように遠巻きに聞こえて聞き取りづらい。

 

昨日と比べたら、分身の質はあまりに低い。

しかし、授業の質はずっと良い。

先生も限界を伸ばそうと努力している、ということらしい。

 

生徒一人一人にここまでやろうとする教師。

面白い。

付き合ってやろうじゃないか。

 

この一時間、私も先生のマッハ授業に集中した。

補習と同じくらいに。

補習を超えるくらいに。

 

 

一時間目終了。

 

「さすがに相当疲れたみたいだな」

「どうしてここまでやるのかねぇ」

 

「ここにも一人いるよ~。瀕死状態のレアモンが」

 

「……余裕そうだね、カルマくん」

 

机に突っ伏す私に対して、カルマ君は机に足をかけている。

死にかけの私と、平然としている彼。

あー。レベルの差を感じる。

 

「んーまあ。先生の教え方がいいから、かなぁ」

 

「それは認めるけどさ」

 

半年間の勉強の遅れを取り戻したい、なんて普通の教師に申し出ても、サジ投げられて終わりだ。それなのに、それ以上まで私を育てようとしている。

 

先生の能力の高さは、もう疑うまでもない。

 

 

「ニュアッ!そういう考えをしてきますか!」

 

先生の驚く声がして、そちらを向いた。

教卓にいる先生を中心に生徒が集まっている。

 

「だって俺ら『エンドのE組』だぜ」

「テストなんかより、暗殺はよほど身近なチャンスなんだよ」

 

 

 

「…………」

 

ああ。

なるほど。

そうだったのか。

だから、みんな怒らないのか。

 

馬鹿にされても。

軽蔑されても。

差別されても。

見下されても。

笑われても。

隔離されても。

 

みんな、濁った笑みでやり過ごす。

しかし、決して悔しくないわけではない。腹が立たないわけがない。

でなければ、あんな風に笑えない。

 

ただ、諦めている。

もう無理だ、どうせできっこないと。

自分で自分の道を塞いでいるのだ。

 

 

そんなみんなを見ると、心が冷える。

何かが、スッーと冷めていく。

 

 

「今の君たちには、暗殺者の資格はありませんねぇ」

 

表情は紫色。

顔はバツ印。

 

トボトボという感じで教室から出てて行った。

 

「先生何て言ってた?」

 

「なんか、校庭出ろって」

「急に不機嫌になったみたい」

 

不機嫌というより、ショックを受けたみたいに見えた。

みんなも外へ出て行くので、私もついていく。生まれたての子鹿のような足取りだけど。

 

 

外に出たら、殺せんせーはゴールを片付けていた。

みんな、何のために、何をしにここまで呼び出されたのか、まだ分かっていない。

 

私も、何となくしか分からないけど。

 

どうやら、烏間先生もイリーナ先生も呼び出されているようだ。

 

 

「イリーナ先生」

 

「プロの暗殺者としてお聞きしますが、あなたが暗殺を計画する時用意するプランは一つですか?」

 

「…? いいえ。本命のプランなんて思い通りに行くことが稀。だからこそ、不測の事態に備え、予備のプランをより綿密に作ることが暗殺の基本よ」

 

「ありがとうございます。次に烏間先生」

 

「生徒にナイフ術を教える時、重要なのは第一撃目だけですか?」

 

「第一撃は、無論最重要だが、その後の攻撃も重要だ。強敵相手には一撃目は高確率で躱される。その後の二撃目・三撃目をいかに高精度で繰り出すかが、生死を左右する」

 

「では、最後に。四季さん」

 

えっ、私?

この流れで?

 

「あなたが初日に決行した暗殺は、すでに皆さんに伝えてありますか?」

 

「はい。情報共有として。烏間先生にもイリーナ先生にも説明してあります」

 

「では、要点だけで結構です。再度説明してください」

 

 

「……えっと。あの暗殺のキモは、右手の爪先に仕込んだ対先生弾を当てることでした。目で見える武器は警戒されますから弾を粉末になるまで磨り潰して、フリーハンドだと刷り込ませるために予め右手で先生の顔に触れ、本命のカモフラージュのために左手にナイフ仕込んで。……振り返ってみると、穴だらけだなぁ」

 

「いえいえ。一撃を通すための二重三重に張ったプラン、素晴らしい暗殺でした。今まで先生が受けた暗殺の中では、最も先生の命に近づけていましたよ」

 

 

暗殺者として暗殺対象から賞賛されることは、本来不名誉なことだ。しかし、先生の笑顔で、ウキウキとした声は、本心で褒めているのだと分かる。

 

それは、素直に嬉しい。

 

 

「結局、何が言いたいん」

 

「この3名が仰ったように、自信に満ちた次の手があるから、自信に満ちた暗殺者になれる。対して、君たちはどうでしょう? 俺たちには暗殺があるからそれでいいや、そう思って勉強の目標を低くしていませんか?それは、劣等感の原因から目を背け逃げているだけです」

 

先生はその場で回り始めた。

クルクルとコマみたく。

どんどん勢いを増していく。

それは回転となり、すぐに渦となった。

まだ止まらない。

次第に周囲まで巻き込んでいき、それは……

 

 

「た、竜巻……」

 

「そんな危うい君たちに、先生からのアドバイスです」

 

轟音を響かせながらも、先生の声ははっきりと聞き取れた。

 

「第二の刃を持たざる者は、暗殺者を名乗る資格なし!!」

 

土煙が巻き上がり、前も見えない。

ていうか痛い。

痛い痛い痛い痛い!!

砂粒が剥き出しの足に当たる!

 

 

「うわっ! 何だこれ」

 

誰かが叫んでいる。

いつの間にか足の痛みも収まっていた。

目を開けて驚いた。

目の前に広がるのは、綺麗に整地された運動場。でこぼこや雑草、全部が手入れされていた。

 

殺せんせーがやったのか。

 

「君たちが自信を持てる第二の刃を示せなければ、相手に値する暗殺者はこの教室にはいないとみなし、この校舎ごと平らにして先生は去ります」

 

怖。

脅しじゃない。

本気だ。

目がいつものゴマ粒ような形じゃない。

今にも弾け飛びそうなゆで卵のような目だ。

 

あれ?

これだと怖さが伝わらない?

 

「第二の刃、いつまでに……」

 

「明日です」

 

「明日の中間テスト、全員が50位以内を取りなさい」

 

 

テスト。

50位以内。

固まった。

何も考えられないくらい。

 

 

「君たちの第二の刃は先生が已に育てています。本校舎の教師たちに劣るほど、先生はトロい教え方をしていません。自信を持ってその刃を振るって来なさい。仕事(ミッション)を成功させ、恥じることなく胸を張るのです」

 

先生は、キメ顔だ。

 

「自分たちが暗殺者であり、E組であることに!」

 

 

全員何も言わない。

何も言えない。

先生の言葉を重く受け止めているのだ。

 

しかし、一番ショックを受けたのは確実に私のはずである。

なぜって、理由は単純だ。

 

「先生……50位以内って、私も?」

 

恐る恐る聞いてみた。

学年最下位を阻止しようと必死になってるレベルなのに。

それを50位以内って。

話が急展開過ぎて、思考も止まったよ。

 

「にゅやッ!? だ、大丈夫ですよ!! 四季さん!あなただって入れます!! そ、そうです、今日も一緒に補習しましょう!!!」

 

 

すごい慰められた。

わざわざチアリーダーの格好までして。

なにこれ。

さっきまでの雰囲気台無しだし。

泣きそうなんだけど。

っていうか、私のせいでE組無くなるとか……

 

はあ。

 

 

 

 

 





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いざ、E組に。

一学期中間テストは、思わぬところからギャンブルテストと相成った。

チップは、地球を破壊する超生物暗殺のチャンス。勝利条件は、E組生徒全員がトップ50に参入すること。一見勝利不可能敗北必至、詐欺のようなギャンブルだが、その通り、勝つことなどまずできない反出来レースのような代物である。

ここまで来ると、『記念にいっちょやってやるか』と開き直ることさえできてしまうだろう。

 

私たちE組もそんな心持ちでテストに臨むのかといえば、そんなことは全くなく、全員が全員不安と緊張に支配されていた。

 

 

「四季ちゃん〜。テスト終わったら何か甘いもん食いに行こうよ」

 

失言。

一人は違うようだった。

テストのことなど眼中にないとでも言わんばかりの余裕な態度。

こんなことできるのは、E組には一人しかいない。

 

「テスト受ける前からテスト後の予定とか、カルマくんすごいな」

 

「んー。まあ、何とかなるっしょ」

 

こんなこと言う奴に限って、テストは惨敗という結果に終わるわけだが。

あいにく、彼は普通ではないからタチが悪い。

 

 

「このテストで50位入れなかったら殺せんせー出てっちゃうんだよ」

 

「分かってるよ。けど、あのタコは勝算もないのにリスキーなことを言うような奴じゃない。よっぽど自信があるんだろ」

 

「けど、昨日補習ん時震えてたよ。ガタガタに」

 

昨日の補習は、先生が震えながら分身するもんだから全く勉強にならなかった。やっちまった感満載だ。あそこまで慌てる理由なんて一つしかない

 

「私という不確定要素があるからだよなぁ」

 

「でもさぁ、元々四季ちゃんって頭良いじゃん。1・2年の頃とか順位表に名前あったし」

 

「いつの話をしてるんだ」

 

そんな過去の栄光を持ち出されても。

恥ずかしさしかない。

 

「昔も昔。私にとっちゃ、地球上で恐竜が跋扈していた時代くらいに昔のことだ。恐竜なんて今はもうどこにもいやしない。せいぜい骨を集めて飾るくらいしか使い道がないよ」

 

「その骨の展示でだって、数億とも数兆とも言われる価値があるよ。これは期待大だねぇ」

 

ああ言えばこう言う。

ホントに頭が回って、腹立つな。

 

…………。

 

ん。

ひょっとして。

これってカルマくんなりの励まし?

 

カルマくんを見る。

いつもの顔だ。

人をおちょくる時に見せる楽しさ満点の顔。

真っ直ぐな瞳。

 

その目を見たら、フツフツと殺る気が出てきた。

 

「まっ。なるようになるさ。いや、殺るだけ殺るさ」

 

「そうそう。その意気だよ」

 

 

 

教師が入ってきた。

もうテストが始まる。

 

さて、開戦だ。

 

ーーーーーー

 

 

 

私は、テスト返却に対して不安や緊張期待をあまり感じない人間である。

というのも、テスト中の手応えでだいたいの点数が分かるし、その予想点数と手応えを自分のこれまでの順位と比較すれば、だいたいの順位が何となく予想できるからである。この予想の精度もそれなりで、予想と実際は大きく外れることはない。誤差はだいたいプラマイ5位くらいだろうか。

 

しかし、今回のテストはそうはいかなかった。

当然だ。半年振りのテストなのだから、前回の自分の順位などもう当てにはならない。

つまり、分かるのは自分の手応えだけ。自分が学年でどの辺りにいるのかなど全く分からないのである。

 

 

ただ、今回のテストだけ言えば、学年順位など予想するまでもなかった。

それほど、このテストの手応えは『完敗』だった。

 

 

 

「…………」

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 

「…………」

「…………」

 

 

教室はお通夜状態である。

誰も何も言わない。

殺せんせーさえも。

 

その先生は黒板の方を向きっぱなしだ。

 

結果だけ言えば。

中間テストギャンブルは、惨敗に終わった。

学年50位以内に入った生徒は、たったの一人しかいなかった。

 

こんな状態で、全員が学年50位以内とか、もう恥ずかしさしかない……というわけでは全くない。

あるのは恥ずかしさではなく、悔しさだ。

 

テスト範囲が変わったのだ。

それも大幅に広がった。なんとテスト2日前に。

そして、E組にだけ、その情報は伝わってこなかった。

 

教科書のページ数で言えば、どうだろう、15ページほどだろうか。

体感的には3割くらいの問題が、初見というべきものだった。

そんな中でテストなど、無謀でしかない。

 

 

「…………」

 

E組への妨害とも思えるこの仕打ち。

あの人の顔が頭に浮かんだ。

不健康そうな青白い顔色。

全てを見透かし全てを見下ろす冷徹な瞳。

あらゆる無駄を削ぎ落とそうと画策する柔らかな笑み。

 

 

『下には下を向いてもらわねば』

 

そんな声が聞こえた。

 

 

「この学校の仕組みを甘くみ過ぎていました。先生の責任です。君たちに顔向けできません」

 

先生の声は弱々しい。

昨日聞いた自信など、その声にはどこにもなかった。

 

隣で影が動いた。

見ると、カルマくんが音も無く立ち上がっていた。

気配を殺し殺せんせーへと近づいていく。

 

そして、ナイフを投げた。

すんでのところで先生が躱す。

 

「いいの〜?顔向けできないと、俺が殺しに来んのも見えないよ?」

 

「カルマくん先生は落ち込んで……」

 

「俺問題変わっても関係ないし」

 

50位以内に入れた一人というのが、カルマくんだ。

なんと学年順位4位。

トップクラスの成績を攫っていた。

 

「けどさ、俺はこのクラス出る気ないよ。前のクラスなんかより暗殺の方が全然楽しいしねぇ」

 

ん。

カルマくんの声音がノリノリだ。

これはあれだ。

この機嫌の良さはイタズラの時だ。

 

カルマくんの目的はすぐに察した。

 

 

「んで? どーすんの? 全員50位以内入んなかったって言い訳つけて、ここからシッポ巻いて逃げるわけ?それってさぁ〜殺されんのが怖いだけじゃないの?」

 

ピクリと、先生の頰が引きっつった。

 

 

「……そっかぁ〜。先生怖かったんだ。だから私にも50位以内とか言ってムリな条件つきつけたんだ。そっかそっか。気づいてあげられなくて申し訳ないなぁ。でも、そこは口にしてくれないとなぁ。『怖いから逃げたい』って。言ってもらえれば、ねぇー、私たちだって考えてあげたのに」

 

私もカルマくんに続いた。

できるだけ腹立つ言葉と言い方で。

 

先生の顔が薄く赤くなった。

 

うむ。

こういう時のカルマくんは天才的だと思う。

 

「なるほどなぁ。先生殺されんのが怖かっただけか」

「怖いなら怖いって言えばいいのに」

「ねぇ〜。怖いから逃げたいって」

「そうそう」

 

さらに言葉は続く。

クラス全員が殺せんせーを見てほくそ笑んでいた。

 

 

「にゅやッー!!」

 

ついに爆発。

殺せんせーの顔は真っ赤だ。

どこかから怒りの蒸気さえ出している。

 

 

「逃げるわけありませんッ!!期末テストであいつらにリベンジです!!!」

 

怒ったまま先生はそう宣言した。

 

しかし、クラスのみんなの笑いは収まらない。

むしろ、より強く大きくなっていく。

 

 

 

みんなの笑顔には、前のような負い目はどこにもない。

みんなが心から笑っていた。

 

 

 

「…………」

 

 

椚ヶ丘中学校3年E組。

そこは、学校の落伍者たちの集まり。

弱さに慣れてしまった者たちの巣窟。

その目には希望はなく、その笑みには喜びがない。

ただただ、降り注ぐ悪意と胸の痛みをやり過ごすだけ。

もうどうしようもない、今更ムリだ、できっこない。

どうせ、所詮、しょーがない。

希望とプライドを気だるく吐き出して、足掻くことさえ辞めてしまった。

 

その結果、ついたアダ名は『エンドのE組』

 

 

だから、きっとこの時から始まったのだ。

弱いことを受け入れ、今あるモノを磨き、足りないモノを補い、劣ったモノは逆転させながら。

敵の強さを見抜き、自分の弱みを自覚し、敵の弱さを見切り、自分の強みを振るって、強い者の命をも狙う。

 

まるで、暗殺者のような。

 

そんなE組に、やっとなれた。

私も。

みんなも。

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一学期中間テスト。

 

小野四季。

英語 72点

国語 78点

数学 94点

理科 68点

社会 58点

 

総合点 370点

総合順位 66位。

E組順位 2位。

 

 

 

 

 




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閑話・いざ、マッハヌルヌル補習へ。

 

 

 

 

 

下校のチャイムはとうに鳴り、掃除当番も帰った時間帯。五月ゆえにまだ日はあるが、山の上の校舎のために教室は薄暗い。

 

古い建物というのは、暗くなるほど不気味さを増す。

 

幽霊なんかを信じる年齢ではないが、しかし、何となく心がざわついてしまう。この神経質になることこそが、幽霊を生み出すということを最近学んだ。

 

火のない所に煙は立たず。

つまり、火をつけているのは自分というわけだ。

 

 

「ではでは、補習を初めていきましょうか」

 

机を二つくっつけて、先生が前に座っている。こうやって見ると、本当に大きいな。縦もそうだけど、横も大きい。

 

「今日は初回ということで、四季さんの学力を確認したく、先生テストを作ってきました」

 

「いつの間に……」

 

「ヌルフフフ。先生のマッハ20にはこういう使い方もあるというわけです」

 

先生は触手で、5枚のプリントを机に置いた。

5教科1枚ずつ。

うわ。

ビッシリ問題が詰まってるよ。

 

 

「ただし、今回の確認テストには、ちょっとしたルールを付け加えます」

 

「ルールですか?」

 

「5教科のテストを全て同時に解答すること、時間は100分間」

 

「………………………は?」

 

「1教科あたり20分は取れます。テストの難易度も調整してありますのでご安心を」

 

「えっ。何それ。ちょっと待」

 

「では、テストスタート!!」

 

いつの間にか先生の触手の一つにはストップウォッチがぶら下がっていた。

 

もうやるっきゃない。

 

まずは、数学。

 

代数計算。

展開、因数分解。

2次方程式。

3次方程式

からの関数?

ちょっと待て。グラフグラフグラフ。

平面図形。

立方体。

合同・相似の照明。

えーと、あれだよ。三角形の定義を持ち出して……。

面積、表面積、体積。

 

待て待て待て

なんだこれは。

論理学混ざってるんだけど。

 

国語

 

評論読解

漢字書き取り。

筆者要旨の解読

 

全文要約って何?

文章全部をまとめろってこと?

120字以内で?

は?

 

源氏物語。

いやいやいや古文単語の意味なんて分かるか!

ていうか、文法だって知らないのに敬語表現なんてムリ。

つか短歌とか出すな。知らねぇよ。

 

英語

アクセント

同意語選択

並べ替え。

和訳。

英訳。

長文読解。

ちょっと待て。何だこの文章は。長い長い。わけわからんぞ。

 

理科。

 

元素記号。

化学式

各元素の特徴。

化学反応式。

酸化・燃焼。

 

リトマス試験紙にフェノールフタレ……ってなんだこの舌を噛みそうな名前は。もっと言いやすいものがあるだろ。

 

生物。

植物の構造。

種子植物からの分類。

維管束、蒸散、気孔。

あれ、クチラナ?クラチナ?どっちだっけ?

光合成、葉緑素。ヨウ素液。

光発芽種子。

発芽に必要な日照時間。

春化。

 

天体の運行。

自転・公転の速度。

太陽系の配置。

金星の見え方。宵の明星明けの明星。

月と太陽の位置関係。

日食と月食。

地軸のズレと公転の関係。

白夜と極夜。

 

 

オームの法則。

フレミングの法則。

電磁誘導。

 

複合問題!!

何だこれは!

 

 

社会

 

第二次世界大戦終結後の平和への動き?

 

条約も会談も名前なんて分かるか。

人名だって区別できないのに。

国際連合の発足。

植民地の解放。

プラハの春。

 

ちょっと待て。核兵器の使用・所持・開発を禁止する条約?

知らない知らない知らない。

 

 

とにかく。

 

分かりそうな問題を区別。前提知識をそこまで必要としないもの。数学、それに理科の応用問題。評論読解。あとは、英語。知ってる単語と文法、あとは前後の文から何となく雰囲気を判断する。社会と古文はムリ。捨てる。

 

頭を回す。

血液の回し過ぎで目まで回りそうだった。

 

 

「はい!!そこまで!!!」

 

突然の大声と共にテスト用紙が目の前から消えた。驚いてシャーペンを落とした。

 

「……えっ?終わり?もう100分?」

 

「ええ。もう時間です。時計をご覧なさい」

 

壁にかけられた時計を見た。

うわ。

ほんとだ。

窓の景色もずっと暗くなってる。

 

「解くのに必死過ぎて全然気付かなかった」

 

「そうですね。先生が目の前でどんなおふざけをかまそうと全てスルーされましたから」

 

「は?」

 

「それはそうと、丸付け終わりです」

 

テスト用紙に赤いラインが上書きされて手元へと帰ってきた。丸付けまでマッハとか仕事が早い。

 

「今回は点数をつけませんので、あくまでも○と×の数だけです」

 

テストの結果は、まあ、御察しの通りである。

×の方がやはり多い。ただ数学だけは○の方が多かった。数学に必要なのは知識ではなく解法だから、なんとかなった。

しかし、知識問題は壊滅的だ。知識問題は、知っているか否かの全か無かなのだから、勉強しなければ取れるわけがない。それはマニアックな問題から単語や文法といった基礎的なもの全てに共通する。

今回だと、英語・社会・古文がそうだ。それらの科目は○の数など見ただけで分かる。それくらい×が多い。

 

 

というか。

 

「先生、このテスト難しすぎでは?」

 

「はい。まだ授業でも教えていない範囲を各教科で2〜4割ほど混ぜてあります」

 

「……やっぱり」

 

このタコしれっと言いやがった。

 

「初めて聞く単語がやたら出た気がしたし。解いてる最中もこんなん習ったかって突っ込みっぱなしでした。なんなんですかこれは?嫌がらせ?」

 

「言ったでしょう。あなたのための学力の確認テストだと」

 

先生の声音がおかしい。

顔もいつもの笑顔では無い。

嫌な予感がする。

決定的証拠を握られた犯人の気分だ。

 

「少し調べましたが、以前はとても優秀な成績ではありませんか。受けたテストは全て学年50位以内にランクイン。これならば成績優秀クラスのA組にだって入れたでしょう」

 

「……誰から聞いたんです?」

 

「主に速水さんと不破さんの二人です。不破さんは2年次から、速水さんは一年生から同じクラスだったそうですねぇ」

 

「ええ。そうですよ」

 

速水凛香と不破優月。

数少ない私の知り合い。

 

2年生の頃はは3人でいることも多かった。私は友人だと、思っている。向こうがどう思っているのかは分からないけれど。こうして私の情報を流していたことだし。立派なスパイ行為だ。

 

「『授業をちゃんと聞いてる風に見えないのにテストの成績は良いとか羨ましいよ』不破さんが言ってましたねぇ。速水さんは『四季は理解力が凄かったから何でもこなせていた』と言っていました」

 

「……他人の自分に対する褒め言葉を別の人から聞くとか複雑」

 

そんな場違いでどうでもいいことしか言えない。

 

「事実、あなたの能力は素晴らしい。先生は目のあたりにして驚きました。100分という長い時間周りを遮断し没頭し続ける集中力。全体を見渡し優先度を素早く見極める判断力。手に負えない問題も既存の知識から解答を積み上げていく忍耐力。その他、読解力、理解力、思考の敏捷性。これで学年最下位などあり得ないでしよう。このテストをE組生徒全員に出題すれば、そうですねぇ……半数近い生徒があなたよりも低い正答率となると思いますよ」

 

「…………」

 

 

 

「授業がついていけないというのも半ば嘘なのでしょう?理解できなかった所も確かにあったとは思いますが、あなたなら前後の文脈と既存知識で十分に類推できたはずです。しかし、それでもあなたは先生の補習を願い出た。それはなぜでしょう?」

 

 

 

「……理由、話さないといけませんか? 話さないと補習はしない?」

 

「いえいえ!とんでもない!!」

 

「……へ?」

 

「生徒が自ら学びたいと申し出ればその学びを全力でサポートするのは先生の務めです。どんな理由であろうと、先生はあなたの補習を完璧にやり遂げてみせます。先生のマッハのスピードとこの触手をフルに使えば、二年次までの総復習などこの一週間で終わりますよ」

 

先生のガウンから何本も触手が出てきて、イソギンチャクのようにクネクネと動いた。

声音はウキウキ。喜びのトーン。

 

「ただ、このテストで先生が言いたかったことは、先生に頼みごとをする時に嘘や建て前で取り繕う必要など無いということです。教え子を伸ばすのに理由などいらないのです。理由が言えないのならそれで結構。他の生徒に事情を知られたくないならこっそり言ってもらえれば対応します」

 

「…………」

 

「さて、今日はここまでです。今から今日のテストを元に四季さんの補習プランを作りますので。明日からはビシバシ行きますよ」

 

ヌルフフフ。

そう笑いながら、先生は教室から出て行った。

かくいう私は、しばらく席から立つこともできなかった。

言葉も出ない。

嵐が目の前を通り過ぎたような感じだ。

 

力の差を見せつけられた。

それに尽きる。

積極的に騙すつもりなんてなく、出し抜こうと思ったわけでもない。ただ恥ずかしい理由だったから言えなかっただけだ。それでもこっちの思惑全部見抜かれてその上ほじくり返されるというのは、

 

 

「完敗、だよなぁ」

 

 

ああー。

絶対に殺してやる。

覚悟しとけよ?殺せんせー。

 

 

 

 




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旅は短し狙えよ乙女 旅は事前の想像が楽しい。


今更ですが、この小説では、読まれる方が原作マンガやアニメを見て知っていることを前提にしています。なので、暗殺の事情やE組の制度などを詳しくは描写していません。
『暗殺教室』を名前だけ知っているがストーリーまではよく知らない、という読者様がおられましたら、ストーリーの背景も解説していこうと思います。

気付くのが遅れて申し訳ありません。
その他ご意見ありましたらお願います。


 

 

 

3-Eの体育の授業は、日本全国どの学校も取り入れていない新しい指導を行っている。

 

「目線を切らすな。ターゲットの動きを予測しろ」

 

烏間先生の檄が飛ぶ。

いや、これは誇張表現だった。

烏間先生の指導が飛ぶ。

 

授業風景はいつも通りだ。

今日は実戦演習も兼ねて烏間先生との模擬戦闘だ。生徒全員がナイフを手にし、二人ペアで烏間先生にナイフを当てようと攻撃を仕掛けている。

 

つまり。

体育の授業で暗殺の訓練をしているわけだ。

こんな前衛的な学校他にあるか(反語)

 

烏間先生は避けるか攻撃を捌くかで反撃はしない。しかし、それでも、先生にナイフが当たることはまずない。たまーにナイフの先が掠る程度だ。

 

それほどに烏間先生の能力は高い。

全く攻撃の当たらないターゲットである殺せんせーのモデルとするなら、誰よりも適任のはずだ。

 

そんな中私はみんなとは外れたところで、一人黙々とナイフを振るっている。

途中参加組の私はまだナイフ術の型訓練だ。

ナイフを八方向から正しく振るう訓練。同じ動作を反復練習させて、その動きを体に染み込ませる基礎も基礎の段階である。

 

 

どんなスポーツでもこの種の練習は付き物だが、この時が一番つまらないと私は思う。

簡単に言えば、変わり映えしないから。

途中でつまらなくなる、退屈になる。しかも、そういう状態に限って正しくない歪んだ動きが身に付いていたりするものだから始末に負えない。

 

自分の考えがどんどん不純になっていることに気づいた。

動きを一度止める。

構えも崩して深呼吸。

不純物を吐き出す気持ちで。

頭も身体も少し落ち着いた。

もう一度構える。

頭の中で烏間先生の動きを思い出す。

何度も。

そして、ゆっくりとゆっくりと、言い聞かせながら身体を動かし始める。

手に持つナイフを、自分の身体を、烏丸先生が動いた軌道に乗せるように。

自分の動きを常に観察しながら。

 

ゆっくり。

ゆっくり。

ゆっくり。

 

ナイフを振り切ってそのまま静止数秒。

 

 

大きく息を吐いた。

とても疲れた。

たったの一振りなのに。

しかし、汗がじわじわと滲み出る。

 

 

「中々面白い訓練をしてますねぇ」

 

いつの間にか後ろに殺せんせーがいた。

胸に『殺せんせー』のゼッケンのシロシャツにキャップという格好。

いつの時代の体操服だろうか。

 

「あんま見ないでよ。恥ずかしいから」

 

「中々理に適った練習法だと感心して見てたんですよ。この方法はどこで?」

 

「……思い付きですよ。テレビ見てたらちょっと」

 

「参考にぜひ教えてほしいですね」

 

「その、歌が下手な人っているじゃないですか」

 

こういうのを説明するのは恥ずかしいことだ。

『何お前語っちゃってんの?』

自分で自分を笑うはめになるから。

 

「音痴でもないのに歌が下手な人。その人たちはなぜ下手なのかっていうと、手本の声をしっかり聞いてないから、自分の声が正しく聞こえないから、って言ってました。だから、この訓練でも一緒かなって。手本の動きと自分の動き、それを擦り合わせることが上達につながる。しっかりと観察するには速い動きだと難しいから、最初はゆっくりと。徐々にスピードを上げてくつもりです」

 

「ふむふむ。素晴らしい着眼点です」

 

「けれど、この練習法も穴だらけなんですよねぇ」

 

「ほう。それはどこがでしょう?」

 

「例えば、、烏間先生のナイフの動きを真似ようとしましょう。真似をするにはまず手本の分析から。ナイフの軌道・体重移動・腰の使い方・軸足の使い方・空き手の使い方・視点・目線その他いろいろ……そういうのを自分に落とし込んでいきます。あとは、先ほど言った自分の動きと手本の動きのキャリブレーション。それで上達すれば万々歳……なわけですが、現実はそう上手くいかない。私と烏間先生の場合だと男女間の基礎体力の差、基礎筋力の差、体格の差、数え上げればキリがありませんが、先天的な問題で、手本の動きを再現できないなんてことはザラです。私の体で烏間先生のあのスピードを出すのはまず不可能ですね」

 

実際、練習に練習を重ねて、上達したところで、烏間先生と同じことはできないだろう。

それは他の生徒全員にいえることだし、手本を参考に練習する全て教わり手に通じることだ。

たとえ同じように動いても、それが同じように見えても、それは紛いものだ。

本物には及ばない。

 

「その通りですねぇ。しかし△です」

 

先生の顔色は黄色から深緑になっていた。

顔全体には△の模様。

 

初めて見る顔色だ。

 

 

「確かに熟練者の動きを見様見真似することは間違いではありません。あらゆるスポーツあるいは技術というものはその模倣から始まります。ゆえに、その過程を正しく辿れない者にはハンデが大きい。しかしです。一線級で戦う者は皆先駆者のコピーのみで終わらない。彼らのパーフォマンスには、彼らなりの発想と手本には無い努力がある。新しさ、オリジナリティというものがある」

 

「……まあ、そうだね」

 

「ですから四季さん。あなたもそういう視点も持って訓練に励むと良いでしょう。『自分だったらどう動くか』『こう動いたらより良いのではないか』『烏間先生にはできて自分にはできないことはなにか』『烏間先生にはできないが自分にはできることはないか』見るべきところはまだまだ幾らでも出てきます。だから、『手本』なのです。そして、様々な疑問と発想を乗り越えた先にあなた自身の理想の動きがある。烏間先生の劣化コピーナイフ術など先生には掠りもしませんよ〜」

 

顔色が緑と黄色の縞々になって、顔を私に押し付けてきた。

これもまた手入れということらしい。

 

…………。

腹立つわぁ!

 

 

「全員集合!」

 

烏間先生からの号令。

授業の終わりには少し早いはずだが。

みんなが集まり出してるので、私も向かう。

 

いつの間にか殺せんせーはいなくなっていた。

逃げ足もマッハか。

 

 

「来週から京都二泊三日の修学旅行だ。君らの楽しみを極力邪魔したくないが、これも任務だ」

 

任務。

つまりは、まあ、そういうことらしい。

 

「あっちでも暗殺?」

 

岡野さんが言葉にしてくれた。

もうクラスメイトの顔名前は完璧に覚えてある。話したことのない人も数名いるが、暗殺を続ける以上おいおい関わることになるので名前くらい覚えておいた。

 

「その通り。京都の街はこことは段違いに広くて複雑。すでに国は狙撃のプロたちを手配したと連絡があった。暗殺向けのコース選びをよろしく頼む」

 

これで体育の授業は解散となった。

次の時間はホームルーム。修学旅行の班員や班別行動の計画を立てる時間だ。

 

そこでいろいろと話し合うわけだ。

殺せんせーが席を外しているはず。

 

……だよな。そうであってほしい。

ターゲットの前で暗殺の計画とか茶番でしかないから。

 

 

「狙撃か」

 

歩きながら少し考えてみる。

狙撃といえば暗殺の代名詞だろう。スナイパーライフル、スコープ、サイレンサー、どれもピンと来る言葉だ。ヒットマンって元々そういう意味じゃなかったっけ?違ったっけ?

 

それに利点も大きい。

ターゲットから距離を取れる分警戒はされにくい。何より成功しようが失敗しようが逃げおおせる公算の高さが魅力的だ。

人を殺すという極大のリスクを犯しながら、リスク管理を考えるとか大きな矛盾だと思えるが、まっ、何も言うまい。

 

殺せんせーならどんな方法が効くだろう。

一見狙撃不可能な場所の方が警戒心は緩めるか、それとも明らかな狙撃スポットで警戒させて横からナイフを刺した方が早いか。

 

こういった暗殺の方法を考える時間は楽しい。テスト問題を作る先生の気持ちになれる。ただ違うのは、テスト問題はある程度生徒に解かせるために威力を調整するが、暗殺は最大出力をぶっ放しても許されるところ。

 

テストで最高に難しい問題など出した先生など生徒保護者からのバッシングは必至である。

社会人ってホント大変だなぁ。

 

 

「そういえば」

 

振り返って運動場を見た。

整地された土と青々と茂る緑以外は何もない。殺せんせーはどこにもいない。

 

ふと思った。

 

殺せんせーにも、手本とか先駆者っているのだろうか?

 

軽い思い付きだったから、着替えてる時にはもう忘れてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






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旅は事前の計画が楽しい。

今日の投稿で一週間が経ちました。

お気に入り登録をしてくれた方々、読んでくれた皆様、ありがとうございます。

これからも読んでいただければ幸いです。


旅は事前の計画が楽しい。

 

修学旅行は小学校の時にも行ったことがあった。その時は兵庫県・神戸だった。異人館やら中華街やら港やらいろいろ行った覚えはあるが、旅一番の思い出は『移動がしんどかった』ことである。

バスに揺られ、いろいろ見学して、またバスに乗って、その繰り返しだったからただただ疲れた。3年前の自分はそう思っていた。

当時の頃を思い出だすととんだクソガキだったなぁと感慨深い。あれから三年も経ったのだからすでにクソガキ様は卒業したはずである。したと信じたい。

 

 

「あ、あのっ。四季さん!」

 

ぼーっとしていた休み時間に話しかけられた。

私は人と話していない時はこういう取り留めのないどうでもいいことを延々と考える癖がある。治していく所存。

 

「んー?どうしたの?奥田さん」

 

私の机の前にはふるふると震えウルウルと潤む目をした奥田さんがいた。まさに小動物さながらである。自宅で飼っていたら和むこと間違いない。

 

「よかったら、修学旅行、私たちと一緒の班になりませんか……」

 

彼女は遠慮がちに聞いてくる。

初めは話しかけたらまず1ビク。目を合わせたら2ビク、面白半分で彼女が話そうとする声に被せたら5ビクして痙攣していた奥田さんが、自分から、私に声をかけてくれた、だと?

なんなんだその栄誉は。

誇らしい。みんなに自慢したいくらい。

 

 

「嬉しいー!ありがとう奥田さん!大好き」

 

彼女に抱きついて、頬ずりして、頭をワシャワシャと撫で回したかったが、そんなことしたらまたビクビク生活に戻ってしまうので思い止まった。腰が浮きかけてた。危ない危ない。

存分に愛でてあげたいが距離を取られるのが嫌だったので。

 

「いいの!?ありがとう!」

 

そう言って笑顔を見せるだけに抑えた。

私の笑顔を見て奥田さんもホッとしたようで顔が綻ぶ。

 

奥田さんの後についてくと、班のメンバーが集まっていた。

 

 

渚くん、茅野ちゃん、カルマくん、奥田さん、杉野くんに神崎さん。7人班だ。男女の比率も丁度いい。

杉野くんは渚くん同様帰宅ルートでよく一緒だ。神崎さんはこのクラスに来てからは話したことはない

 

ほお。

可愛い子揃いの班ではないか。

 

「……よろしくね。四季さん」

 

「こちらこそよろしく。神崎さん」

 

神崎さんはにこやかに歓迎してくれた。

本当に綺麗な顔をしてる。

もっと楽しんではしゃいだりしたら可愛いの道へと進むだろう。今のままでも十分に良いけど。

 

「よーし。じゃあどこ回るのか決めようぜ」

 

みんなで机を合わせあって、そこに京都の地図や観光雑誌などを広げた。

おお。

みんな準備いいな。

 

今からの時間で二日目の班別自由行動の内容を決める。烏間先生の話ではこの日にスナイパーが動いてくれるので、旅行と暗殺を両立できるようなルートやコースを考えなければならない。

 

とは言っても。

 

「五月の京都かー。どこ行く?」

「うーん。五月なら緑が綺麗な季節だよね」

「なら、糺の森や伏見稲荷はどうかな。青々とした緑が見頃だと思うな」

「おぉ!いいね、自然巡りって感じで」

「ああでも、スナイパーさんにとっては厳しいかなぁ。森や山だと障害物が多いし」

「……ああ、そっか」

「んー。一応は政府が認めたスナイパーなんだし、多少の地理的障害は大丈夫なんじゃない?むしろ自然の木々で身を隠せるから、距離も近づけそう」

「確かに。気付かれずに近づけたら、暗殺も成功しやすいと思います……」

「四季さんはどう?」

「これ食べたい……」

「……へっ?」

「見てよこれ!抹茶わらびアイス、都路里パフェ、ベリーベリーきなな。どれもすっごく美味しいそう!!ふわぁ〜。写真だけでも美味しさが伝わってくるよー」

「……そういう写真は、いろいろ加こ」

「だよね!やっぱ旅に甘いものは外せないよね!!よかったー、仲間がいて。私も旅先絶品スイーツは絶対に組み込まなきゃって思ってたんだ!」

「ありがとう茅野ちゃん!ねぇみんな。ダメ、かな?」

「…………」

「…………」

「俺は賛成〜。移動がしんどいからどっかで休んで、甘ったるいお茶とか飲みたかったし」

「……私も、食べてみたいです」

「それなら、祇園を中心に回るのはどうかしら。街並みは見てるだけでも面白いし、有名な甘味処も多いから」

「神崎さんありがとうー!」

「ありがとう!!」

 

 

このように私たちは中学生。

旅行計画に暗殺などおまけ感覚しかないというのがよく分かる。

 

そうでもない?

神崎さんが頑張ってるだけ?

何を言ってるのか全然分からないなぁ。

 

 

白熱の組んず解れつの打ち合わせがしばらく続いたがそこはカットする。

これは人権保護のためだ。

私と茅野ちゃんがただただ暴走し、神崎さんがお淑やかに宥めるというシーンを詳しく描写したところで傷つく人しかいないのだから。

 

その打ち合わせも一つの峠を越えたところで、殺せんせーが入ってきた。

どの班も暗殺計画の話はストップする。

 

「一人一冊です」

 

マッハで配られたのは大きくて四角くて重い物体だった。見たら、それが本だと分かった。いや、本の形をしたオブジェだ。こんな分厚くて重い本は見たことがない。分厚くなるなら前後編で分けて2冊にするべきだ。

 

「何 これ、殺せんせー?」

 

「修学旅行のしおりです」

 

「辞書だろこれ!!」

 

表紙を見たら、確かに、修学旅行のしおりと書いてある。

1ページめくってみる。

中表紙だった。イラストは清水寺の舞台。写真ではなくイラストだった。どうにも手書きっぽい。

次のページは見開きで目次だった。

その次も。そのまた次も。

目次だけで、見開き7ページある。

どんなことが書いてあるのかと思ったら、一つの項に目が奪われた。

 

 

「はは……。殺せんせーも修学旅行楽しみなんだね」

 

「もちろんです。先生はね、君たちと一緒に旅が出来ることが嬉しいんです」

 

「先生」

 

知らぬうちに自分の声が低くなっていた。

しかし、驚いている暇はない。

 

「ダメだよ、このしおり」

 

「にゅやッ!?なぜですか?この完璧なしおりに欠陥など」

 

先生の顔は赤くなっていった。どうやらいちゃもんをつけられて憤慨しているらしい。

だが、一言申さぬわけにはいかない。

 

「だって!こんなにも京都スイーツが載せてあったら全部食べたくなって決められないじゃん!!」

「何これ!!どのガイドブックにも載ってない幻のお店がある!すごい!」

 

茅野ちゃんと一緒にしおりを開いて京都最高の甘味を探し合う。

私たちの必死の形相に、杉野くんは目を見開き、神崎さんは開いた口を手で塞ぎ、奥田さんは距離を取り、カルマくんは可笑しそうに見ていた。

しかし、周りの目など気にしている場合などではない。

事は一刻を争うのだ。

 

 

「あの二人は、旅先スイーツに目がないみたいで。さっきもずっとあんな感じで盛り上がってました」

 

「許しません」

 

「……殺せんせー?」

 

「抜け駆けは許しません!先生だって食べたいんですから!!」

 

私と茅野さんの間に殺せんせーも入ってきた。その後は我も時間も忘れて3人で京都甘味を徹底的に調べ上げ議論した。

ここまでの連携が取れた茅野ちゃんは好き理解者であり、互いに同志であることを認め合った。

 

 

 

いやはや。

何とも楽しい修学旅行になりそうではありませんか。




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旅は移動中も楽しい。

 

 

 

修学旅行先は京都。

つまりは新幹線で行くことになるのだが、ここでもE組に対するヘイト集めは行われる。

 

「A〜D組までグリーン車だぜ」

「うちらだけ普通車。いつもの感じね」

 

他のクラスが悠々とグリーン車両に乗り込んでいる中、私たちE組だけが普通車両。

こういうとこでネチネチと待遇の差を示しているわけだが、一つ言わせてほしい。

 

差別がしょぼい。

 

差別を作ろうと拘るあまりなんと瑣末なことをしているのか。どうせやるなら、行き先を沖縄とか北海道にして、飛行機をビジネスとエコノミーに分けた方が上も下もよっぽどか差別を感じるだろう。こんなことでいちいち優越感に浸っている人間はなんともみみっちい。器の小ささを吐露しているようなものだ。

 

「学費の用途は、成績優秀な者に優先されまぁす」

「おやおや、君たちからは貧乏の香りがするねぇ」

 

あんな感じである。

将来が心配になるほどのせせこましさだ。

 

しかしである。

一見私は真っ当なことを言っているように自分でも感じるが、側から見たら全くそうではない。私のやっていることはただのやっかみだ。下から目線で相手を見下げているだけ。

実に卑屈。

人間として嫌らしい。

こういうのを負け犬の遠吠えという。

人は知らず知らずのうちに吠えてるので注意が必要だ。

 

差別というものは、こうやってされる側の無意識から生まれることもある。決してする側の一方的な圧力だけではない。

 

 

流石と言うしかない。

弱者の心理まで抑えて支配しようとするその手腕。

 

 

出発もまだというのに、一つ学んだ。

修学旅行とはよく言ったものだ。

 

 

ーーーーー

 

新幹線に乗ったのは久しぶりだ。

それこそ小6の修学旅行以来だ。

 

一車両まるまるE組が使う。

なので、車内はお祭り騒ぎだ。

気持ちは分からないでもない。

 

さて。

修学旅行の移動中に楽しむゲームといえば何か存知だろうか。

それは大富豪である。

異論は認めない。

パーティーゲームとしては王道というか常識だ。呼び名やローカルルールに差違はあるが、運も戦略もほどほどに味わえる優秀なゲームである。

 

そして、椚ヶ丘中学校の校風にピッタリとはまるのゲームだと個人的に思う。

 

 

「いえーい。上がり!」

 

これで四勝目。全戦全勝だ。

 

「四季さん強すぎー。全然勝てないよ」

 

「……そいえば、こういうパーティ系ゲームめっぽう強かったなぁ。UNOでもなんでも」

 

「あー懐かしいね。部活ん時渚くんをイジメまくったなぁ」

 

二番手にカルマくん、その次に神崎さん。順当な結果だ。こういうゲームは一番手が決まるとすぐに終わるから良い。

 

 

「ねえ、何か飲み物買ってくるわ。ちょうどいいタイミングだし。みんな何飲みたい?」

 

「あっ、私も行きたい」

「私もー」

 

神崎と一緒に茅野ちゃんも奥田さんも立ち上がった。

むむ。

女子3人が行くというなら私も行かなければ。

 

「私も行くよー」

 

「大丈夫よ。四季さんは待ってて」

 

 

3人はそのまま行ってしまった。

車両の扉が閉まり、姿が見えなくなる。

ちょっと悲しかった。

 

「これが女子力の差というものだろうか」

 

「いやー、どうだろう……」

 

「そもそも四季は女子って感じしねーもんな」

 

あ?

なんだと?

 

「初日とかもクラス全員を笑わしに来たし。渚以外にも大半の奴らイジってるし。ビッチ先生に近い感じで女子っつー感じしないわ」

 

杉野くんはメチャクチャなことを言っている。女子に向ける発言では決してない。

仮に、万が一、たとえそうであったとしても、そんなことを言われて女子が傷つかないわけがない。

 

つまり私は傷ついた。

これはいけない。杉野くんには、世の中にはたとえ思っても口にしてはいけないことがあることを教えてあげる必要がある。

 

そのためには、逆の立場にしてやって分からせるのが一番早い。

 

「ふーんふーんふーん。そーなんだ。杉野くんは女子力が高くて、お淑やかな子がいいんだぁ。へぇ〜。それはアレ?神崎さんみたいにぃ?」

 

「はは、そりゃあ…………え?」

 

杉野くんの笑っていた顔が引きつる。

 

「計画立ててた時も擦り寄ろうとしてたし、新幹線もちゃっかり隣の位置キープしてたり、極めつけは、さっきの大富豪の時だよね。チラッチラ視線送っててさぁ。あれはキツいなぁ」

 

「うぇ、えええぇっ!」

 

「えっ?気付かれてないとでも思った?あんなガッツリやってたのに?冗談でしょ。みんな気付いてたよね?」

 

「まっ、まあ」

「もっちろーん。挙動不審で笑うとこだった」

 

「……嘘だろ」

 

杉野くんの顔からの赤みが消え、青くなっていく。

 

「女子3人も気付いるだろうなぁ。きっと今頃こんな会話してるよ。『ってかさーさっきの杉野のアレ何なの?』『ああー。神崎さんのことジロジロ見てたねー』『ほんとウザかったわ』『気持ち悪いですよね』『それ。しかもたまにニヤけてんのよ。マジゾッとした』『そのうち告白とかして来るかもよー』『困るわー。勘違いする奴とか死んでほしいんだけど』『神崎さんひっどーい』『あはは。当然じゃない』……そうかっ!だから神崎さんは席を外したんだ!杉野くんの視線がキツくて……」

 

「四季さん四季さん、杉野死にかけてるから、これ以上はやめてあげて」

 

杉野くんはいつの間にか真っ白になっていた。全身に灰をかぶったかのような有様だ。

 

ははは。

今度から気をつけるがいい。

私に敵うと思うなよ。

 

「っていうか、神崎さんのキャラが違い過ぎて最初誰の真似か分んなかったよ」

 

「女子というのは怖い生き物だよ。渚くんも知ってるでしょ。表に出るものを全面的に信用しちゃならんのさ」

 

「でもさすがにアレは、荒み過ぎだって……」

 

あくまでもアレは私の一人芝居であって現実を参考にしたものではないことをここに誓っておく。神崎さんも茅野ちゃんも奥田さんもあんなことは言わない子たちだ。

 

と思う。

裏の裏までは分からない。

 

「……どうしよう。キモいとか思われてたりしないかな。避けられてないかな、嫌われてたら」

 

不安に押しつぶされそうな小さな声でブツブツ言っている。まるで魂を小分けにして天に送っているようだった。

彼の今の顔は真っ黒である。

 

人間でも殺せんせーのように顔色はコロコロと変わるのだ。

 

ふむ。

さすがにやり過ぎたか。

もっとやってもやりたいが時間がない。

 

「神崎さんのどこが好きなの?」

 

「いや、その……前から、いいなって」

 

「いいな、止まり? その程度?」

 

「……好きです。はい」

 

我ながら大した誘導尋問だ。

圧迫面接かもしれない。

 

「神崎さんはとてもしっかりした子なの。だからね。相手になる人は神崎さん以上にしっかりした人じゃないとダメ。神崎さんの優しさ強さに甘えるクソ野郎じゃいけないってこと。分かる?」

 

「……はい」

 

「へー。そういうもんなの?」

 

「当たり前じゃん。もし神崎さんが困った時や大変な時に、そんなクソ野郎に一体何ができるのさ。そういう時にブレずに支えてあげられる人こそ神崎さんに相応しい」

 

「なるほど」

 

「だからね。杉野くん。神崎さんにお近づきになりたいならね、大きくて重い人を目指しなさい。心がね」

 

「わ、分かりましたっ!!」

 

「よろしい。なら今からテストをします」

 

「へっ?テスト?」

 

困惑する杉野くんに対して私は笑顔を見せた。慈悲に満ちた笑みを。

 

「カルマくん、席移動して。神崎さんがいたとこ。渚くんはそのままね」

 

「なんで?」

 

「いいから」

 

カルマくんはすぐに席を動いてくれた。荷物は別のとこに置いてあるから移動は簡単にできる。

これで窓側から、杉野くん・カルマくん・渚くんに並んだ。

 

「で、杉野くんは、今から私が何を言っても堂々としなさい。いい?動揺は絶対ダメ」

 

そそくさと自分の席に戻る。

そろそろみんなが帰ってくるはずと思ったら、席に戻ったと同時に車両の扉が開いた。

 

危ない危ない。

 

「はい。こういうのでいいかしら?」

 

「ごめんね、行かせちゃって。ありがとう」

 

「って、何で席移動してんの?」

 

「ちょっとした余興よ。神崎さんはカルマくんのいた窓側に座って。奥田さんと茅野ちゃんはさっきの席のままで」

 

「?」

 

不思議そうにしながら三人とも言う通りに座ってくれた。

これで席並びは、杉野くんの目の前に神崎さん、カルマくんは奥田さん、渚くんは茅野ちゃんとなる。

 

これで仕込みはオッケー。

 

「で、今から何やるの?」

 

「大富豪だよ」

 

「それだと四季さんの一人勝ちじゃん」

 

「ノンノン。もうちょっと考えてる。ペアでやるんだ」

 

「ペア?」

 

「そっ。向かい合って座ってる人同士でペアを組むのです」

 

「いっ……!」

 

リアクションが出かかった杉野くんだが、笑顔で黙らせる。

 

 

「手札はペアで共有します。一人がカードを出したらパートナーに手札を渡す。次の出番が来たらその人が出す。つまりプレイヤーをターン毎に替えながら行う大富豪です。パートナーと共に戦略や行動を合わせるペアワークスキルを養いましょう」

 

 

「おー。すごい」

 

「うん、面白そうね」

 

女子チームの受けも良い。

出だしは上々。

フェイズ2へ。

 

「そして、みんなに勝ちを意識してもらうために、負けたペアには罰ゲームを用意します」

 

「罰ゲーム、ですか……」

 

「そんなの必要かな?」

 

「だってその方が盛り上がるじゃない」

 

「まあ、そうかもしれないけど……」

 

「それで、罰ゲームって?」

 

「負けたペアは修学旅行中にキスをしてもらいまーす」

 

数秒の静寂。

みんなのポカンとした顔。

 

 

そして、

 

 

「○◎◆▼◎■ッ!!!」

 

声にならない叫びを上げながら真っ赤になった茅野さんが掴みかかってきた。いいリアクションだ。

落ち着いてもらうために彼女を宥める。神崎さん奥田さんは頰を赤らめるだけで大人しく可愛らしいリアクションだった。これも女子力かもしれない。

10秒くらいで落ち着いたらしく、茅野ちゃんは息を整える。

 

「えー?これならみんな勝とうと本気出すでしょ?」

 

「……いやそうだけど!キスとか恥ずいし!!なんでそんなことしなくちゃいけないのよっ!」

 

「茅野ちゃん茅野ちゃん。そこは違う」

 

慌てふためきながら抗議する茅野ちゃんの肩に手を置いた。彼女の目を真っ直ぐに見て、柔らかく微笑んだ。

 

「勝てばいいのさ」

 

「か、勝てば、いい……」

 

茅野ちゃんはうわごとのように繰り返した。コレで茅野ちゃんは陥落した。あとは流れで押し切る。

 

杉野くんの方を向く。笑顔で。

 

「そ、そうだよ。勝てば大丈夫なんだから!!神崎さん、任しといてください!」

 

「そーそ。奥田さんも心配しなくていいよー。俺負けないから」

 

ここで男子チームからの加勢。

茅野ちゃんも静まって席につく。

ふふふ。

これでゲームは成立したと言って同然。

 

「で?四季ちゃんのペアは?誰やんの?」

 

「まあまあカルマくん。慌てなさんな。ちょっと待ってなさい」

 

私は席を立ち移動する。

 

「イリーナ先生ー」

 

イリーナ先生と烏間先生もE組教師であるので、同じ車両の中にいる。

烏間先生はパソコンで仕事中のようだ。イリーナ先生は何やらゴソゴソとやっている。どうやらおちょくってるらしい。先ほどの腹いせか。嘆かわしい。

イリーナ先生は乗る前に一悶着あり、今はセレブのような格好から、高そうなパーカーみたいな服を着ている。

 

「……何よ、四季」

 

「あっ、お邪魔でした〜?」

 

「邪魔ではない。むしろ来てくれて助かった。この荷物をどかしてほしい」

 

「誰が荷物よっ!!」

 

見てて思うに。

E組の教師陣の連携というのはすごい。

殺せんせーを含めてだ。

 

暗殺対象・軍人・殺し屋としての相性は最悪だが、教師としてはハマっていると思う。

 

「イリーナ先生に頼みがあるんです。先生、大富豪って知ってます?トランプの。今メンツ一人探してるんですよ」

 

「大富豪? 知らないわ。何それ?」

 

「あーやっぱり知らないか。先生にとってトランプってギャンブルのツールですもんね」

 

「そうね。ポーカーやBJなら勝つも負けるも勝たせるも負かすも自由自在よ」

 

「さっすがぁ!そんな先生だから適任なんです」

 

「ふふっ。そうかしら? でも、私ルール知らないけどいいの」

 

「大丈夫大丈夫。ルール簡単だからすぐ覚えれますって。イリーナ先生なら」

 

「いいわ。ガキどもにゲームの嗜み方ってものを教えてあげようじゃない」

 

イリーナ先生を引き連れて席へと戻る。

にしてもちょろい。

チョロ過ぎて心配になる。

 

「というわけで、私のペアはイリーナ先生です」

 

 

「えー。ビッチ先生かよー」

「四季さんと先生のペアって、それだけで凶悪」

 

「安心して。ビッチ先生は初心者だから。私はハンデを負ってること」

 

「今私のことハンデって言ったわねッ!!」

 

「先生はさっさとルール覚えなさい。基本ルール覚えてもらわないと勝負にならないんだから」

 

即興で書いた大富豪ルールのメモを先生に手渡す。

先生は私の向かいに座り、不服そうに読み進める。

 

 

「ルールはさっきと同じで。禁則はジョーカー上がりのみ。ただし、ジョーカーで二枚出しなど複数枚ならOK。ローカルルールは革命、8流し、スペ3、イレブンバック、10捨ての5つ。階段や縛りはなし」

 

「ペアルールのおさらい。パートナーは正面の方。持ち札はペアで共有。カードを出したらパートナーに手札を渡すの繰り返し。そして、相談禁止」

 

「えっ?相談、ダメなんですか?」

 

「もちろん。ペアワークを養うためだから。敵の戦略を察し、場の状況を察し、その上でペアの考えも察しながら連携を取る。それがペアワークってものよ」

 

 

 

 

「にゅやッ。随分と楽しそうなことをしてますねー。先生も混ぜて混ぜて!」

 

先生がうずうずとした顔でこちらを見ている。どうやら仲間に入れてほしいようだ。

 

「先生。もう定員いっぱいなので後にしてください」

 

「そんなぁ〜」

 

シクシクと涙を流し、口惜しそうに人間が爪を噛むような仕草をしている。

ただし、観戦はするつもりのようで、

 

渚くんがトランプをシャッフルし、各ペアに振り分けて行く。

 

ゲームスタート。

 

へっへっへ。

もらったぜ。

公開処刑の瞬間を激写してやる。

ターゲットは、杉野・神崎。

と見せかけて、カルマくーん。

君だよぉ〜。

 

この班の中で、一番大富豪か弱いのは奥田さん。奥田さんを徹底的に攻めることで、君たちを負かす。

 

 

君の恥辱シーンを写真にしてイジリ倒してやるぜェッ!!

 

 

ーーーーー

 

奥田さんがカードを出した。ハートの9。

これで、赤羽・奥田ペアは上がりだ。

 

結果、残ったのは私たちだけだ。

 

「…………」

 

「……私らの負け?」

 

イリーナ先生が5枚のカードを持っている。先生は自分が負けたことにショックなようで、目が泳いでいた。

 

 

「……イリーナ先生。弱すぎでしょ!!あんた何考えてんですか!?」

 

さすがに怒った。

スキャンダル計画が潰されたとかそんなことは関係なしに怒った。

そのあまりの弱さに腹が立ったのだ

 

「それは……あ、あれよ!私はプロよ!!ガキども相手に本気で勝ちに行くとか大人気ないじゃない!こういった、接待勝負も暗殺のうちなのよ!!」

 

「ムキになって負けの言い訳叫んでるくせに大人とかプロとか言うなっ!!あと接待のつもりならもうちょっと接戦感出せよ!!」

 

握っていたスペ3を一発目で使うわ。

イレブンバックを序盤でかますわ。

全く意味のない場面を8で流すわ。

 

なんなんだこの人。

本当にカードゲーム強いのか。

戦術が単純を通り越して愚直だ。

最初は何かの作戦かと深読みしたが、全然そんなことはなかった。

 

プロの殺し屋ってのも嘘なんじゃないの?

 

「…………」

 

くっそう。

相談禁止のルールがこんなところで……!

 

 

「ということで〜。罰ゲーム。四季ちゃんとビッチ先生は公開キス決定〜」

 

私が怒りに震えてるところに、カルマくんが音頭を取る。

するとみんなが悪ノリで盛り上がる。

これは、アレか。

報復か?

罰ゲームとか言って騒いだ報いなのか?

 

「おっ。盛り上がってんなそっちも」

「なんだなんだ。ビッチ先生とディープキスだって」

「えーなになに?」

「ビッチ先生と四季ちゃんがキス〜?」

「ふおぉー!!これは激写チャーンス!!」

 

盛り上がりに反応してクラスのみんなが集まり始めた。

 

渚くんが半笑いでこっちを見てくるし、カルマくんはイタズラ顔だし、茅野ちゃんと奥田さんは『ふー。よかったぁ』みたいなホッとした顔してるし。

 

挙げ句の果てには、おい杉野。

なに神崎さんといい感じになっとんだ。

 

「四季安心して。私の責任だから、私が全部やってあげるわ。だから力を抜いて身を任せなさい」

 

先生がジャージを脱いだ。

下はキャミソールの高級版ような露出度の高い格好だ。

艶かしさが爆発している。

 

「ちょまっ!先生も何でノリノリに、うぐっ」

 

 

最後まで言い切る前に口を塞がれた。ビッチ先生の口によって。

なんだこれ。逃げらんねぇ。

 

唇の動き、舌の動き、頰の筋肉、どれもが私の命を吸い尽くそうと殺しにかかっている。

 

 

ジタバタしてるうちに意識が遠のいた。

嘘だろ。

キスで気絶ってどんな

 

…………

…………

 

…………………………………………………………………………………………………………………………………………

 

ここから私の記憶はない。

本当に気絶してしまったらしい。

次に私の意識が戻ったのは、京都に着き新幹線から降ろされた時だった。



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旅はトラブルがあるから楽しい。

 

修学旅行の日程を簡単に説明しておく。

1日目はクラス行動。

2・3日目が班別行動だ。

この班別行動の時にスナイパーが暗殺を決行する。ゆえに私たちはそのお膳立てをする役目だ。

そうは言っても暗殺のタイミングなど一つの班につき一日一度のみ。それ以上は中学生活に支障をきたすと言って烏間先生たちが政府の要求を躱してくれたらしい。

 

ほんとに、すごい人たちだよなぁ。

地球滅亡と中学生活をちゃんとただしく秤にかけてくれるなんて。普通だったら、暗殺に専念してほしいだろうに。

 

それはともかく。

1日目のクラス散策も無事終わり、旅館へと着いたのだが、一つ問題が発生した。

 

「神崎さん。日程表見つかった?」

 

「ううん」

 

神崎さんの日程表がどこにもないという。鞄の中にも服のポケットにも。

失くした、ということだ。

 

「確かにバッグに入れてたはずなのに。どこかで落としたのかな」

 

「うーん。でも京都入ってから荷物を落とすようなことなかったよな」

 

何があったか知らないが、神崎さんと杉野の距離が縮まっていると感じる。私が気絶してる最中の出来事についても問い詰める必要があるな。

 

ただし。

今はそんなことよりも日程表である。

 

「日程表って、大事なこと書いてある?電話番号とか」

 

「書いてない、と思う。表紙に名前を書いたくらいで、中身も修学旅行のスケジュールしか書いてないから」

 

「そっか」

 

それならもう日程表は戻ってこないだろう。落とし物を拾って、中身を見て、持ち主に届けようとする人が、この世界にどれだけいるかは知らないが、持ち主の情報が分からないなら、そんなもしかしたらはありえない。

 

けれど安全ではある。

その日程表から神崎さんの個人情報が漏れることがないからだ。昨今は何があるか分からないので、そこは安心できる。今言っても気休めにしかならないけど。

 

そういえば小学校の頃は旅先で失くした時のために大事なものには住所と電話番号を書くように言われたが、今から思えば危険極まりない。個人情報をばら撒くようなものだ。今ではそんな指導は絶対にされないだろう。私の母校も指導変更されているはずだ。

 

「神崎さんは真面目ですね。独自に日程をまとめていたとは感心です」

 

殺せんせーは青い顔でソファにうなだれている。新幹線とバスで酔ったらしい。自分の音速移動では酔わないのだろうか。

 

「でもご安心を。先生の手作りしおりがあれば全て安心」

 

「それ持って歩きたくないからまとめてんだよ!重いしかさばるから!!」

 

一応私はあのしおりを持って来たが、すでに後悔しかかっている。確かにあの完璧なマニュアルがあれば何が起きても安心だが、かさばるから鞄に他の荷物が入れられないし、手で持とうにも重くて疲れる。紙書籍の問題点を極端にしたような物だ。

 

 

 

神崎さんは探すのを諦めたようで、鞄を整理し始めた。

 

「ごめんね。心配かけて」

 

神崎さんは申し訳なさそうに私たちに謝った。別に神崎さんが悪いことをしたわけではないが、幸先が良いとは言えないのも確かではある。

 

まっ。

そんなことを気にするようなメンバーは、うちの班にはいない。

 

「大丈夫だよ神崎さん。京都スイーツのことなら、私と茅野ちゃんでしっかりとまとめてあるから」

「そうそう。店の巡回ルートや混んでた時の対処法も完璧に済ませてあるから安心して。はぁ〜早く明日になってほしいよね」

 

明日を想い、息巻く私たち二人を見て神崎さんの顔が綻んだ。

 

「ありがとう」

 

そうそう。美人は笑ってるのが良い。

 

 

そこで、ふと思った。

ああ。

日程表が神崎さんに戻ってくる可能性は無いわけじゃないのか。

拾った人が、私たちの班の日程を見て、そこで待ち伏せしてる、という可能性だ。

 

想像しただけで寒気がした。

そんなことをする奴はストーカーだ。

 

ーーーーー

 

二日目。午後2時前後。

私たちは日程表通りに祇園の散策をしていた。入ってすぐはお土産屋さんやら骨董品店やら甘味処やらで賑わう所だったが、大通りを少し外れたこの道は私たち以外の誰も歩いてなかった。すぐそこの喧騒もここには届かないらしく、私たちの足音が寂しく響くだけだった。

道沿いに並ぶ建物もお店のようだが、門や戸が閉められていて中は窺えない。営業しているのかも分からない。

 

「へー。祇園って奥に入るとこんなに人気が無いんだ」

 

「一見さんお断りのお店ばかりだから、目的もなくフラッと来る人もいないし、見通しが良い必要もない。だから私の希望コースにしてみたの。暗殺にピッタリなんじゃないかって」

 

 

その通りだ。

暗殺は他人に見られてはならない。だから深夜だったり、路地裏や細道だったりと人気の無い場所で行われる。

 

この細道などまさにそれだ。

 

「今何時?」

「2時15分。殺せんせーが来るまであと一時間くらいだね」

「仕上げ頼むよー、カルマくん」

「はは。オッケ〜」

 

カルマくんは無邪気に笑う。

彼こそ私たちの班の暗殺の要だ。

 

 

私たちの暗殺は、スナイパーが暗殺を仕掛けるところから始まる。それで殺せるならよし。殺せなければ次の策に入る

 

先生がスナイパーの暗殺を対処し、安心したその一瞬を狙う。

 

先生は、私たちに対する復習のつもりで暗殺の評価を必ず行う。これはいつ、誰の暗殺でも変わらない。生徒ではないイリーナ先生の時もそうだったらしい。殺されない自信と教育への情熱がある先生なら、修学旅行であってもやるはずだ。そして、暗殺を躱し講釈を垂れるその瞬間は隙となるだろう。

いうなれば、推理小説の解決編で推理を鼻高く披露する探偵に向かって、犯人が特攻を仕掛けるようなものだ。

 

だからカルマくんに仕上げを任せている。武器の仕込みも上手くナイフ術も優秀な彼が適任だからだ。

それに、殺せんせーが付き添うのは私たちの班で最後だ。だから今回の暗殺はスナイパーがメインで私たちがアシストだと思い込んでいるだろう。そこを逆手に取る。

 

 

第2の刃。

急拵えとはいえ、喰らわせてやろう。

 

 

 

「じゃ、ここで決行に決めよっか」

 

 

「ホントうってつけだ」

「なんでこんな拉致りやすいとこわざわざ歩くかなぁ」

 

声をかけられてびっくりした。

暗殺のこと聞かれたか?

それはマズイ。

 

と思ったが、そんな不安はすぐに消えた。

 

背後から近づいて来たのは大柄な男たちだった。

三人。

どいつも、不良やってます、といきがっているファッションだ。

人の話に聞き耳立てるような人種ではない。よかった、と安心する。

 

というかそういう格好は見ると笑いを堪えるのが大変だからやめてほしい。

 

「何お兄さんら?観光が目的っぽく見えないんだけど」

 

不良。制服姿。学生。訛りなし。標準語。

同じ修学旅行生だろうか。

たまたま鉢合せしたという感じではない。

私たちがここに来るのを知ってたみたいだし。

 

「……あ。ひょっとして、神崎さんの日程表あんたらが持ってるな?」

 

「うほぉー。当てられちまったぜ」

「さすが名門中学生〜」

「体は子供頭脳は大人の名探偵だな、こりゃ」

 

ギャハギャハと笑い方が汚い。

全く面白くないし。

しかも唾飛んで来た。勘弁してくれ。

 

 

横を見ると神崎さんの顔は歪んでいた。

気持ちは分かる。

気持ち悪いよね。

 

「男に用はねー。女置いておうち帰んな」

 

そう言った大柄な男をカルマくんは2秒で倒した。

ほぉー。

すごいなぁ。

 

「ホラね渚くん。目撃者いないとこならケンカしても問題ない……」

 

ゴツリ、と鈍い音。

カルマくんの声が途切れた。

後ろを向くと同じ学ランの男とカルマくんが倒れた。

錆びたパイプを持っている。それで襲ったようだ。

 

 

「……いっ!?」

 

呑気にしてたら、頭に衝撃。

フラッシュを炊かれたように目の前が光って見えなくなった。

みるみるうちに暗くなる。

 

やば。

私、気絶しすぎ。

 



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旅は成長があるから楽しい。

違和感を覚えて目が覚めた。

それは床の硬さだったり、床の冷たさだったり、かび臭い匂いだったり、頭の痛さだったり、体の不自由さだったりだ。あまりに多い違和感は、むしろ頭の覚醒を早めたくらいだった。

 

薄暗い場所である。

その上で見覚えがない。

頭はまだボーっとするが、それくらいは分かった。

 

「……どこ、ここ」

 

「四季さんっ。大丈夫!?」

 

隣に茅野ちゃんがいた。

 

「うーん。頭が痛い。ちょっとだけど。それ以外は、ってあれ?腕が……何これ?」

 

「……誘拐されたみたい」

 

誘拐というワードでいろいろとつながった。

 

そうだ。

修学旅行で祇園を歩いてたら、不良みたいな学生に会って、カルマくんがボコられて、そしたら私も……

 

「……えっ?嘘でしょ」

 

衝撃の事実に気がついた。

体は震えた。鼓動も早まった。冷や汗も流れ始めていた。

それくらいにショックだった。

 

なんてこと……

 

「……四季さん。気持ちは分かるけど、とりあえず落ち着いて」

 

反対側に神崎さんもいた。

他にはいない。奥田さんはいない。

 

しかし、それでも心は休まらない。

 

「なんで……なんで落ち着いてられるの」

「今は何もできないし、助けが来るのを待つしか……」

「助け? そんな。いつ来るかも分からないじゃん」

「四季さん……」

「不安なのは分かるけどさ、今は」

 

「だって!予定にあった祇園スイーツが食べられないかもしれないんだよっ!!」

 

 

「…………」

「…………」

 

神崎さんも茅野ちゃんも固まった。

 

 

「私と茅野ちゃんと先生で議論に議論を重ねて組み立てた、祇園の甘味巡りが台無しだよっ!!この修学旅行で暗殺以上に楽しみにしてたのに!こんなのってないよぅ!!」

 

涙が出そうだった。

いや、もう泣いてたかもしれない。

それくらいにショックだ。

 

 

「ああ……抹茶わらび、あんみつ、きなこ、アイス、パフェ……ああ。あんなに心待ちにしてたのに」

 

夢にまで見た至宝のスイーツたちが遠ざかっていく。夜の闇に浮かぶ星々の光のように輝いていたのに、今では一つ残らず消えてしまったかのようだ。今もここにあるのは真っ暗闇の絶望しかない。

 

 

「……ブレないなぁ。四季さん」

 

茅野ちゃんは苦笑いだ。

 

「茅野ちゃん!悔しくないのっ!?」

 

怒りさえ滲み出ていた。

あなたは同志だと思っていたのに!

いや、茅野ちゃんに当たっても仕方がないのは分かってるんだけど。どうにも止められない。この湧き立つ怒りをどう鎮めよう。

 

「ぷっ。ふふ。ふふふ。ははは……」

 

そしたら、神崎さんも堪らずに笑い出した。

茅野ちゃんとは違って、清々しい笑顔である。

 

彼女の可愛さ・綺麗さが際立った、惚れ惚れするほどに気持ちの良い笑顔。

 

 

それを見ると、怒りも鎮まる。

 

 

「ふふふ。ご、ごめんなさい。その、いろいろ思い出しちゃって」

 

神崎さんの笑いは止まらない。

いや、止められないようだった。

彼女から溢れ出す感情は、見ていて悪い気分にはならない。感動さえ覚える。

 

「そうよね。四季さん。うん。そうだよね」

 

落ち着いたようで、神崎さんは真っ直ぐ私を見る。その目も、その表情も、さっきまでの暗く沈んだものとはまるで違う。

 

「四季さん。私……」

 

「おー。盛り上がってるねぇ」

 

目線を上げると、さっきの不良たちが立っていた。数は4人。全員がニヤニヤと笑っていてゾッとする。

 

オールバックの奴が一人近づいてくる。

思い出した。

カルマくんを殴った奴だ。

 

「どうよ。台無しを楽しんでるかい?」

 

「は?楽しめるわけないだろ。さっさとこの拘束を外せ」

 

「うひょー怖ぇー」

 

後ろのモブが何か言ってる。不良たちは大爆笑だ。こっちは全然笑えない。だらしない顔の気持ち悪い笑みには殺意をも覚える。

 

 

「おいおい。もうギブかよ。これからが本番だっていうのに。さっき連れにも招集かけたからよ。もうじき来るぜ。記念撮影の用意持ってきてよ」

 

 

撮影。

脅しのネタか。

従わなきゃバラすか。

本当に低脳だ。

そんなもんで弱みを握ったつもりか。

そんなもんで私が屈するか。

 

沸々と再び怒りが湧く。

轟々と怒りが燃え盛る。

 

「お前らには俺ら10人を夜まで相手してもらうぜ」

 

「は? お前ら如きが私たちの相手?釣り合うわけねーだろ。身の程を知れっての。髪型直して服整えて整形して、そんで生まれ変わってから出直してこい」

 

「……あ?」

「し、四季さん……!」

 

茅野ちゃんが前へ乗り出そうとする私の身体を止めようとした。小ちゃい茅野ちゃんにはそんなことはできないが、仕草だけで可愛い。

 

それに比べ、目の前のゴミ共は。

 

「つぅかさぁ。女3人に対して男10人って。何それ。はは。どんな冗談だよ。その見てくれじゃ誰も相手してくれないのは当然だけど、お前らがっつき過ぎ」

 

こんな言葉じゃあ怒りは収まらない。

むしろ増すばかりだ。怒りで頭の線が切れそうだ。爆発寸前の感情を理性が最後の砦として堰き止めている。

 

 

「……こんのぉガキぃァッ!」

 

オールバックが奇声を上げて私の体を後ろのソファに押し倒した。ソファが硬いから、全身を打ち付けられて痛い。

 

「痛っつ」

 

「さっきから優しくしてやったらつけ上がりやがって!!ああ!?ナメてんじゃねぇぞ!!」

 

私のブラウスを力任せに引きちぎった。

ボタンが弾ける。

肌が外の空気に曝されて全身に寒気が走った。

 

「はっ!ガキのくせに良い体してやがるぜこいつ!!思ったより楽しめそうだ!」

 

そして、今度はスカートを無理やり引っ張ってホックを壊した。そのままスカートを下す。太ももに触れるソファが冷たかった。

 

不良は山乗りになって、私の身体にがっつく。

 

「ちょっと!やめなさいよ!!」

「四季さん!」

 

二人が身を乗り出そうとしたら、他の不良が押さえつけていた。

二人の愛らしい顔が痛みに歪んでいる。

 

「まあまあ落ち着けって」

「すぐにお前らも相手してやっから」

 

不良たちの顔が醜く歪む。

下卑た妄想が顔から垂れ流されている。

 

 

もう限界だった。

私は理性を手放した。

 

「おい。汚ねぇ手で二人に触れんじゃねぇよ」

 

まず、私の体を漁ろうとする不良に頭突きをかました。不良は頭を押さえて飛び退いた。反撃されるとは思いしなかったらしく、涙目になっているのが笑えた。

 

解放された私は、足と腹筋と背筋を駆使して跳ね起きる。休まず鍛えて正解だった。そうでなきゃこんなアクロバットはできない。

 

「ひっ、何だこいつ……」

 

そして、神崎さんと茅野ちゃんを押さえつけていた不良には回し蹴り。顔面に食い込んだ。不愉快な感触だったが二人を助けるためなら止むなし。不良共は転げ回り、二人は解放された。

 

ブラウスははだけ、スカートは蹴りの勢いでどこかに飛んでった。目も当てられない格好だが、そんなことは気にしてられない。

 

怒りはまるで収まらない。

すでに爆発している。

頭の中はもういっぱいいっぱいだ。

 

 

殺す。

 

 

動き出そうとして、しかし止まった。

 

物音が聞こえたから。

それは足音。

奥の扉の向こう側で階段を登る音。

それも複数名の。

 

「は、はははっ!呼んどいた連れも来たぜ!覚悟しやがれっ!!テメェは回して動画撮ってネットに晒してやんよぉ!!」

 

「それがなんだ。何人に増えようが全員ここで殺す。それだけだ」

 

自分の声とは思えないほど低く、鋭い。視界が狭まり赤みがかる。

心臓が高鳴り全身が脈打つように震えている。ドクンドクンと鼓動の音がうるさいほどだ。

 

しかし、そんな興奮する身体とは裏腹に頭の中はクリアだった。

 

 

扉を開けて入って来たのは、不良……ではなく、見覚えのある顔たちだった。

渚くんにカルマくんに杉野くん。奥田さんも後ろいる。

 

 

「みんなっ!」

 

茅野ちゃんが叫ぶ。安心した声だ。

私も、4人の姿を見ると、少し、落ち着いた。

 

冷静になれた。

何やってんだ、私は。

 

「四季さんっ!!」

 

渚くんが悲痛な表情で叫んでいる。

その手には先生のしおりがある。

それを使ってここまで来たのか。だからこんなにも早く来れたのか。

 

そっか。

 

 

「……ひ、ひどい」

「お前ら何しやがった!」

「こんなことしてタダで済むわけないよね」

 

みんなの顔が歪んでいる。

怒りで、悲しみで。

 

なんというか。

それだけで十分だった。

 

 

「みなさん無事ですかっ!?」

 

遅れて殺せんせーも入ってきた。

その顔は汗まみれだ。急いでここまで駆けつけたからではない。その程度で先生は汗など流さない。

 

 

 

「殺せんせーっ!!」

 

今度叫んだのは、神崎さんだ。

 

二人とももう安心している。神崎さんは目が潤んでいた。

 

 

「…………」

 

先生は私の姿を見ると、固まった。

全身が硬直したかのように、動かない。

 

そして、震えながら、顔色が変わっていく。

顔を黒く隠す必要がないくらいに、先生の顔は真っ黒だ。

 

黒は、ど怒り。

赤色なんか及びもつかない、先生のマジギレ。

 

「貴様ら……その汚い手で、私の生徒に何をしたぁぁァっ!!!」

 

先生のマジギレを初めて体験した。

私の怒りなどとは比べものにならない。それを見た時には私の怒りは完全に収まっていた。先生が、私以上に怒っていたから、私が怒る必要はもうなかった。

 

それどころか、心の中は後悔しかない。

 

「…………」

 

怒りを向けられた不良たちが受けた衝撃は、私のそれどころではない。すぐに、全員がバタバタと倒れていった。あの威圧で気を失ったようだ。中には泡を吹いてる不良もいた。

 

 

私は初めて、殺せんせーの本気というものを味わった。

 

ーーーーー

 

「先生、裁縫までマッハとか万能過ぎじゃありません?」

 

破れ壊れた制服は殺せんせーが直してくれた。目にも止まらぬその速さはまるで魔法である。

人間に太刀打ちできるものなのか、自信が無くなっていく。

 

私と先生だけはまだ廃屋の中にいる。あのボロボロの制服では外には出れない。すぐに補導されてしまう。

みんなには先に外で待っててもらった。

 

先生から制服を受け取る。

先生は後ろを見ながらである。

 

「こっち見ないでくださいよ」

 

「にゅあっ! あ、当たり前じゃないですかっ! 先生ですよ!」

 

「冗談です。ありがとうございます」

 

すぐに制服を着直す。乱れた髪も整えた。

先生はその間、何も言わなかった。

 

 

用意が出来たので、先生と一緒に外に出る。

 

みんな顔はまだ、暗かった。

 

「……四季さん。ごめん。ぼくたちがもっと早く駆けつけていれば、あんなことには」

 

「何言ってんの渚くん。十分だったよ。助けに来たのも早かったし、先生にもすぐに連絡してくれたから、こうしてみんな無事で終われた」

 

「そんな、無事って……」

 

渚くんも悲しそうな顔をする。

ほんとに。

みんな優しいよなぁ。

 

「ううん。違う。謝るのは私の方だ。みんな、本当にごめんなさい」

 

私は深く頭を下げる。

合わせる顔もない。

 

「……え?四季さん、どうして?」

「そーだよ。四季さんが謝ることじゃないじゃん」

 

「違うんだよ。あいつらが強行手段取ったのは、私が怒りに任せて暴れたせいなんだ。そのせいで、茅野さんと神崎さんに怖い目に遭わせてしまった。みんなにも余計な心配と不安をさせてしまった。先生にも。本当に申し訳ありません」

 

渚くんたちはしおりにあった『班員が拉致られた時』のマニュアルに従って助けに向かったという。私がその部分を知っていれば……いや知らなくても、助けが来ると信じて時間稼ぎでもしていれば、ここまで大事にはならなかったはずなのだ。

みんなは問題を解決しようと挑んでいたのに、私はただ闇雲に暴れて問題を深刻にしただけ。

 

何たる失態。

暗殺者としても失格だ。

 

 

「そうですね。確かに、感情的になって暴れることほど愚かなことはありません。暗殺者としても失格です。そんな三流では、先生どころか、どんなターゲットも殺れないでしょうね」

 

「…………っ」

 

舌を噛む。

悔しさのあまり、血が流れた。

 

 

「不安や焦り、怒りに恐怖。それらに心を奪われてはなりません。どんなトラブルにも、どんな問題にも、必ず打開への筋があります。しかし、その筋は感情に流されていては決して見えない。だからこそ荒れ狂いそうな感情をコントロールして、その筋を捉えなさい。渚くんが不安の中でもしおりにあるマニュアルに気付いたようにね。そして、解決に導く一刺しを決めてごらんなさい。君たちが取り組んでいる暗殺はその一刺しを学ぶためにあるのです」

 

 

「…………」

 

先生の一言一言が胸に刺さる。

このまま沈んで隠れてしまいたい。

 

 

「四季さん。いつまで下を向いているんですか?修学旅行はまだ終わりではありませんよ?」

 

「……え?」

 

顔を上げた。

 

「そーそ。四季さんが暗いとみーんなお通夜になっちゃうから」

「落ち込んでる姿とか、四季らしくねーしな」

「ほら。まだ京都スイーツ何も食べてないじゃん。四季さんもこんなじゃ終われないでしょ?」

「祇園のお店は行けなかったけど、京都駅にも美味しいお店はたくさんあるから。明日行きましょう」

「私も楽しみです」

「うん。明日だってあるんだし。先生の暗殺だってまだチャンスはあるよ」

 

みんなは笑っていた。

慰めるとか、そういうんじゃない。

ただ普通にしてくれている。

こういう優しさに触れるのは、初めてのことだった。

 

「ありがとう」

 

そんな陳腐なことしか言えなかった。これじゃいつもの私に戻るのも大変だ。

 

「では、今日はもう時間も近いので旅館に戻りますよ。皆さんにはまだまだ旅を楽しんでもらわねば」

 

そう言って殺せんせーは歩き始めた。

みんなもそれに続いて進んでいく。

 

立ち尽くしてる私を、神崎さんが手を引いてくれた。

神崎さんは、知らぬ間に変わった。

殻を破ったかのように、とても明るくなった。

 

そういえば、

 

「そういえば神崎さん。あの時私に何か言おうとしてたけど。何だった?」

 

神崎さんが笑った後のことだ。不良共に遮られて、何のことかは聞き取れなかった。

 

「えっと……あれはいいの。」

 

神崎さんははにかむように微笑む。そんな笑みを見せられたら、私だってそれ以上聞けない。

 

「ありがとう。四季さん」

 

神崎さんの笑顔は、とても眩しかった。

 

 

 

可愛いは正義だと思っていたが、考えを改める必要がある。

 

可愛いは正義。

綺麗もまた正義である。

 

「どういたしまして」

 

 

 

 

 

 

 



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旅は短いからこそ良い。

 

二日目。

旅館に戻り、怪我などが見つかったため色々と手当を受け、予定通りに夕食と入浴を済ませた後の自由時間。

 

私は烏間先生に呼び出されていた。

 

「本当にすみません。烏間先生にもご迷惑をかけてしまって」

 

「そこは気にしないでいい。暗殺のことが世間に流れる前に食い止める。これも俺たちの仕事だ」

 

殺せんせーや暗殺、来年の地球爆破といった情報は世間には完全に隠蔽されている。

当然だ。流したところで、人類全てがパニックに陥り、大混乱や大暴動が起きるのは必然。

日本をはじめとする各国が自国の秩序を崩すようなことを許すわけがない。

 

 

だから、私たちE組も、暗殺については秘密裏に行動しなければいけない。

 

秘密裏に。

だというのに。

私は今日暗殺外部の人間に対して大立ち回りをしでかした。挙げ句の果てにど怒りの殺せんせーまで出してしまう始末。

 

不良たちがそういった事情まで辿り着ける知力があるとは思えないが、『椚ヶ丘中はヤバい奴らの集まり』くらいは思うだろう。国としてはその程度でさえ避けたいらしい。

 

 

「君は大丈夫なのか。話を聞くと、かなり乱暴な目に遭ったようだが」

 

「特に問題はありません。後遺症が残ったわけでもないですし、それに何も失ってません。下着の一つや二つ晒したくらいで、取り乱しませんよ。ビッチ先生の生徒ですから」

 

 

「……その発言でむしろ不安が強まったぞ」

 

烏間先生からジト目で見られた。いつもの鋭い目つきではない分新鮮な気持ちになる。

 

「それで、あの不良たちはどうするんですか? 記憶消去の措置を?」

「いや、まずは様子見からだ。彼らの素性はすでに押さえてあるから、これから一定期間監視をつける。その後の生活で彼らが修学旅行のことや椚ヶ丘中学のことを触れて回るようなら、措置もやむをえん」

 

どうやら私のせいで、暗殺計画のために新しい人員が配置さてしまうらしい。事によっては何らかの方法で彼らに記憶消去の手術が施される。私の一つの行動が、余計なリスクと無駄な出費を生み出してしまったということだ。ひょっとしたら、無駄な支出とは、これと同じメカニズムよって生み出されるものかもしれない。

 

「本当にお手数をおかけします。今後はこんなことになる前にいろいろ考えてから動きます」

 

「頼む。外部の人間と接触する時は、十二分に気をつけるように。俺からは以上だ」

 

「はい。失礼します」

 

烏間先生の部屋を後にする。

この旅館はかなり古く、壁のくすみや床の軋みなど心臓に悪いことが多い。

 

お金払ってまでこんな待遇を受けるなんて。 E組の私が言えたことじゃないけど。

 

 

「四季さん大丈夫だった?」

 

あてがわれた女子の部屋に入ると、神崎さんが駆け寄ってくれた。彼女の顔には翳りがある。

 

「私が、日程表を落としたりしなかったら……」

 

「大丈夫大丈夫。そんなこと関係ないって。むしろ烏間先生に怒られるなんてご褒美みたいなもんだよ」

 

そう言って神崎さんと一緒にみんなの元へ。イリーナ先生を囲んで女子みんなが集まっている。

 

「むー。四季ちゃんだけいいなぁ。私も烏間先生から個別指導受けたい〜」

 

「えー?叱られるよりも褒められた方が良くない?」

 

「いやいや、烏間先生のあの凛々しい目つきが、ずっと私を見つめてくるんだよ。指導とは名ばかりの至福の時間よ」

 

「う〜。羨ましい〜」

 

E組女子の中では、烏間先生の評価はやたら高い。カッコいいし、仕事できるし、落ち着いてるし、こんな良い男がこの世にいるのか、と驚いたくらいだ。

 

 

「今ね、ビッチ先生から落としてきたオトコの話きいてたんだよ」

 

「イリーナ先生のオトコの話?それって、中学生が聞いていいレベルなの……?」

 

「あら。四季でも怖気つくことがあるのね。意外だわ」

 

先生の目の色が変わった。

なんというのか、弄ぶオモチャを見つけたような、意地悪さを秘めている。

 

「ほんとー。四季ちゃんなら盛り上がってくれると思ったのに」

「ねー。ビッチ先生の話に合いの手を入れたりとかさ」

「うんうん。鋭いツッコミを期待してたんだけどなぁ」

「『先生、その程度?』とか言うと思ってた」

「そうそう!そんな感じ!」

 

 

なにこれ?

なに、このガッカリの雰囲気。

そして、なぜそれで盛り上がる。

 

「こらこら。四季は意外にウブなようだから。からかっちゃ悪いわよ」

 

ちょっと待て。

なんだその上から目線は。

確かにイリーナ先生は年上だけど、精神年齢は私らと変わらないぞ。

 

「先生のオトコの話なんて、男誑かして遊べるまで遊んで、用済みになったらポイして終わりでしょ? 健全な女子中学生の私たちには、とても参考にはならないよ」

 

「なんですってっ!?」

 

私の反撃に先生は真っ赤になって怒る。

さっきまでの余裕はどこへやら。

 

「だってぇ、そうでしょ〜? 先生の男漁りって色仕掛けのワンパターンだし。それに……」

 

「なによーっ!?四季のバカっ!!」

 

言い切る前に吹っ飛ばされた。

先生が私にタックルをかましてきたのだ。

そして倒れたところを覆い被さる。

そして、顔を近づけてきた。

この人!

また、私にキスをしようとっ……!

 

私は先生の肩に手を置いて、精一杯の力で突っ張る。ギリギリのとこだった。

先生はジタバタと暴れ始めた。首だけを動かして、こちらに迫ってくる。

なんだこのねちっこさは!!

 

「また、気絶させてやる!覚悟なさい!」

「もう懲り懲りだよ。ビッチ先生っ!」

 

大部屋で先生との大立ち回り。女子プロレスの電撃試合だ。

 

「ビッチ先生!さっさと決めちゃいなっ!」

「ほらほら。四季ちゃん負けちゃうよー。頑張れ〜」

「ビッチ先生。ほらっ、あと少しだよっ!」

「そうだっ!写真撮って男子たちに送っちゃお」

 

みんなもみんなで、周りに立って応援したり、ヤジを飛ばしたりと大盛り上がりだ。

 

写メだけはやめてほしい。

浴衣が乱れてるから。

お願いだから。

 

 

「ははは」

 

みんな笑っていた。

みんなはしゃいでいた。

それは、イリーナ先生も私も同じだった。

 

ただ。

はしゃぎながらも思う。

旅は明日で終わり。

みんなと一緒に、こんな非日常な場所で過ごせる楽しく賑やかな時間もあと少し。

 

本当に短い。

もっと長く過ごしたいものだ。

行きたい場所も、やりたい事もまだまだたくさんあるというのに。

 

けれど、短いことは悪いことばかりじゃない。短いからこそ、後悔しないように、全力で取り組める。

だから、全力で楽しめる。

 

旅は明日で終わり。

ならば、明日こそ、弾けるくらいに楽しまなきゃ。

 

 

視界の端に人影が映る。

奥田さんと神崎さんだった。

2人とも大人しい性格ゆえに、こういう場では騒がない。ただ雰囲気に合わせて笑みを浮かべるだけが多い。

 

けれど、私と目が合うと2人とも楽しそうに笑ってくれる。神崎さんなんて頰まで赤く染めて可愛らしい。

 

恋の話というなら、神崎さんみたいな人から聞きたいものである。

そっちの方がビッチ先生のよりもはるかに参考になる気がする。

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、だ。彼女のことだが、本当に大丈夫なのか?」

「ええ。自分から間違いに気付いて反省していましたから。自分で気付けたことが素晴らしいのです。そのおかげで私の仕事はフォローだけ済みました」

「それを信用してもいいのか?」

「信用なりませんか?」

「普通の中学生なら信用できるんだがな。生憎彼女は、普通とは少し違う」

「…………」

「……復帰初日、暗殺など初心者だった彼女が、お前に仕掛けたあの暗殺を忘れたわけではないだろう」

「あの時はありがとうございます。烏間先生。生徒への危害なのに報告を止めていただいて」

「そんなことはいい。俺がお前の立場だったら、お前と同じ事をしたと判断しただけだ。あの暗殺はそんなことさえ無視できてしまうものだった」

「…………」

「お前自身も、彼女の危うさには気付いているんだろう?」

「もちろんです。だからこそ、先生である私たちが導かねばいけないのです」

「…………」

「烏間先生。それが『先生』というものですよ」

「……そう、だったな」

 

 

 

 

 



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閑話・旅の終わりはやはり寂しい

三日目。

修学旅行の日程は全ての消化し、今は帰りの新幹線の中だ。

行きの時は、みんなこれからの修学旅行に期待し心を踊らせていたものだから、車両の中はお祭り騒ぎだったが、帰りはもう真逆で、楽しみに楽しんだ修学旅行で出た疲れのためにみんな眠りについている。

 

新幹線が出発したあたりは、思い出話に花を咲かせていたのだが、一人また一人と夢の世界へと堕ちていき、名古屋駅を過ぎた頃からとても静かになっていった。みんな寝てるのだろうか?それくらいに静かだが、見て回ることはできない。私は通路側に座ってはいるものの、隣の神崎さんが頭を私の肩に乗せて寝てるからだ。私の身じろぎ一つで起きてしまいそうな気がして、私は枕だと自己暗示をかけている。

 

枕は勝手に動いたりしない。

 

 

一つ、席の位置について補足しておこう。

行き時は、私だけ仲間外れだった。他の6人は三人席を前後にして座り、私だけ隣の二席の広いスペースを占有していた。

なぜこんな目になったのか。

全てはジャンケンのせいである。

グーパージャンケンでグループに分けて座ろうとしたら、私だけパーを出し、みんながグーを出すという奇跡を起こしたのだ。

確率を計算したらいくつだろ?

誰か計算しておいてほしい。

帰りはジャンケンなとどいう愚行はしない。みんなが座りたいように座った。結果として女子チーム男子チーム結成となった。

 

「まあ、みんな寝ちゃったんだけど」

 

対面には奥田さん。斜めには茅野さんが二人で頭をくっつけながら寝ている。

 

何とも可愛らしい。

写真を撮りたい衝動に駆られるが、それは盗撮であり犯罪と我慢する。

 

目の前に宝がありながら、手を出す事は許されない。ただまあ、見てるだけでも十分に楽しいので文句はない。

 

隣にいる男子チームもみんな寝ている。

カルマくんがこういう場で寝てるのは意外だったが、スヤスヤと寝ている。寝顔はとてもキレイだ。杉野くんも中々だし、渚くんは言うに及ばず。

 

ふふふ。

今年のクラスはレベルが高い。

よだれが出そうになったがおさえた。

 

 

「ヌルフフフ。みんな寝ておる寝ておる」

 

遠くの通路で殺せんせーがのそのそゴソゴソと動いていた。手にはそこそこ大きいカメラがある。先生は音を立てずに近くの座席へと忍び寄り、パシャりと一枚。そして次の席でまたパシャり。

 

どうやら、クラスの寝顔写真を盗撮しているらしい。

犯罪だ。

変態だ。

何と羨ましい。

 

ここは成敗せねばならない。

私はカメラを取り出し録画モードにして手で覆うようにお腹に乗せる。先生から不自然に見えずかつ通路側の映像がしっかりと映るように、手の位置やカメラの角度を調整する。そして寝たふりをした。

 

私も神崎さんの頭に寄りかかるような体勢になる。

 

殺せんせーが私たちのところまで来た。

 

「おお。カルマくんも寝ていますか。よしよし」

 

パシャりという音。

今ので隣の男子たちを撮ったらしい。

カメラでは後ろ姿だけしか映ってないだろうから、この映像は脅しには使えない。

 

「フフフ。おお。四季さんも寝ておるとは好都合。ここいらで彼女の恥ずかしい写真も撮らねば」

 

教師が言うセリフではアウトだ。

チクってやりたくなる。

 

パシャり。

私たちの席も撮られた。

音は弱いし、フラッシュもないので、その程度では誰も起きない。

 

ヌルフフフ。

 

先生がほくそ笑んでいるのが分かった。

 

「これで全員分。まさか全員分の寝顔写真が撮れるとは。最高の収穫です。フフフ」

 

「先生、盗撮は犯罪ですよ」

 

「ニュアッ!!し、四季さん。あなた、起きていて……」

 

「まさか、クラスみんなの寝顔写真を、しかも盗撮するだなんて。とんだ変態教師です。警察か理事長、どっちに報告してあげましょうか」

 

「な、ななな、何をいってるんですかねぇ……。私はただ、みんながあまりにも静かだったから、そう。心配で見回りを」

 

「下手な言い訳を。ここに証拠があります。先生が私たちの席を盗撮する動画が。ちょっと確認しますね。おっ。撮れてる撮れてる。うわっ。先生こんなだらしない顔してたんですか」

 

「…………」

 

先生の顔は真っ白だ。

自分の教師人生を握られているのだから当然である。

先生が教師じゃなくなったら何になるんだろう。暗殺教室もなくなるのか。

 

それは困るな。

 

 

 

「し、四季さん!ご勘弁を」

 

「しっ!静かに。みんなが起きちゃうでしょ」

 

 

 

「別に私は先生を脅すつもりなんてありませんから」

 

「ほ、本当ですか?」

 

「先生がその写真データを私にも送ってくれると約束するなら、この盗撮証拠動画は消してあげます。どうしますか?」

 

「……へ? それは、どういう」

 

「私もね。みんなの寝顔写真が欲しいんです」

 

目の保養になるので。

 

ーーーーー

 

 

 

「ふあぁぁ〜〜。みんな可愛いなぁ。癒されるなぁ」

 

先生のカメラを借りて戦利品を恍惚な気持ちに浸りながら確認する。

どれも素晴らしい。特に女子。

元々の素材の良さは知っていたが、寝顔という演技の入り込む余地がない自然な表情では、その可愛らしさは真珠のように光を湛えている。

何とも愛らしい。神々しささえ感じる。

囲い込みたいなぁ。

 

 

「……まさか、四季さんにこんな趣味があったとは」

 

殺せんせーはやや引いていた。

盗撮犯が何を言ってんだ。

 

 

「可愛い子好きとは人類にとっての本能ですよ。それがなければ、人は手のかかる赤ん坊なんてとても育てれません」

 

「そういうことではなく……」

 

 

先生は何か言いたげだったが、別にいい。今はこの宝物をじっくりと見ていたい。

 

 

「はっ、いけないいけない。ここで堪能しては後の楽しみがなくなる」

 

先生にカメラを返す。

受け取ったときの先生の表情は何とも微妙である。

色もいつもの黄色よりくすんでいた。

 

「私も修学旅行でたくさんみんなの写真を撮りましたが、さすがに寝顔は無理ですからね。本人の了解も取れないし。頼んでもきっと断れるし。なので、先生が変態の名を背負ってまで敢行してくれて助かりました」

 

これで、またコレクションが増えた。

ふふふ。

 

 

「先生、心配」

「何が?」

「……いえ、なんでもありません」

 

先生はキョロキョロと周りを見渡して、私の真後ろの席に座った。

座りたかったようだ。もうやることはないらしい。

 

神崎さんも、トンデモナイ人を…………

 

そんな独り言が聞こえた。

 

 

名古屋を発って30分以上。

東京まであと一時間くらいだろうか。

 

 

「そういえば先生。他の班の暗殺はどうでした?」

「にゅ。どの班も中々良かったですよ。狙撃地点までの誘導。スナイパーの配置。狙撃のタイミング。みなさんよく考えました。惜しむらくは、狙撃以外に暗殺を仕掛けた生徒がいなかったことですねぇ」

「あー。それ聴くとうちの班の暗殺も試したかったなぁ」

 

表情は見えないが、会話くらいはできる。

みんなを起こさないように、ひっそりと。

 

「四季さんは大丈夫ですか?」

「何度も言わせないでよ。大丈夫だよ」

「あれだけの事態に遭っておいて心配するなという方が無理です」

「はいはい。次からは気をつけます」

 

このことは結構ねちっこく言われそうだな。

事あるごとに蒸し返してきそう。

 

「あんなことがあったけど、修学旅行は楽しかったです。神崎さんも茅野さんも、みんな今日はとても楽しんでるように見えました」

「君たちの班は、今日はもう暴れっぱなしでしたからねぇ。お店から追い出されそうになったじゃありませんか」

「何言ってんですか。あれは先生が怪しすぎたからでしょ。店員さんたちだって先生を見てヒソヒソ言ってたんですからね」

「いやいやいや。あれは四季さんに対してですよ。何ですかあの注文は。一人だけ器違ったじゃないですか。あれはどう見ても冷し中華の皿でしたからね。どれだけトッピングすれば気が済むんです」

「ははは。そりゃあ、好きなだけです」

「男子一同引いてましたよ」

「なんですか。失礼な。これくらいで動揺してるようじゃダメですよ。世の中にはもっとすごい人なんて星の数ほどいるんですからね」

「……四季さんを超えるような女性は、もはや人には収まり切らないでしょうね」

「なんですって」

「隣の男子たちをご覧なさい。あなたに振り回されて、全員疲れ果てて寝込んでいます」

「男は人生で一回はワガママガールに振り回されるべきです。そこで女性との付き合い方を学ぶものなんです。杉野くんもこんなんでへこたれるとは、神崎さんと付き合うなんて夢のまた夢だなぁ」

「…………」

「ちょっと。黙らないでくださいよ」

「すみません。あまりに哀れだったので、同情を」

「何ですかそれ?」

 

とまあ。

こんな風に取り留めもない旅の話は続いていく。

話せば話すほど、旅が終わったことを思い知らされる。

やっぱり。

旅が終わるのは寂しい。

 

 

「先生は、楽しかったですか?」

「もちろんです。君たちとの旅行は本当に楽しかった。君たちと共に楽しめたことが、先生にとっては最高の思い出ですよ」

「……なんか、最終回みたいですね」

「ニュアッ!こんなとこで終わらせないでください!!」

「冗談ですよ。先生を殺してもいないのに終われるわけないじゃないですか」」

「ヌルフフフ。その言葉、忘れてはいけませんよ」

「もちろん」

「じゃあ先生」

「はい?何ですか?」

「おやすみなさい」

「……ええ。おやすみなさい」

 

 

眠たくなったので、目を閉じる。やはり私も疲れているらしい。変態盗撮魔の前で寝顔を晒すのは普通に嫌だが、それをも飲み込む睡魔が襲う。

目を瞑ると、修学旅行の様々なシーンが現れた。先生と話したからだろうか。

新幹線での大富豪。

バス中のカラオケ。

金閣寺。

八阪神社。

鴨川。

祇園の街。

旅館の大部屋。

駅前スイーツ。

 

いろいろ行ったし、いろいろやった。

どれも楽しかったが、それでも私の中の最大の思い出となるのは、あの誘拐だ。

 

あの時のことは、忘れられそうにない。

 

 

私の中で、烈火のように荒れ狂う怒りを感じた。

全身がその怒りに震え、私の身体は燃えるように興奮していた。でなければ、跳ね起きとか回し蹴りなんてできっこない。今同じことやれと言われても絶対に無理だと確信する。

火事場の馬鹿力、というやつかもしれない。

 

しかし、その割には頭は冷静だったと思う。

だって、あの時の私の頭の中は、あいつらを殺す方法だけを真面目に考えていたんだから。

いかに素早く、抵抗を受けず、二人に被害も出さず、何より確実なやり方を。

冷静でなければ、渚くんたちの足音に気づくことはない。頭まで興奮していれば、そのまま特攻していたはず。

 

 

燃え滾る炎と凍える冷気が共存した感覚。

 

今思い出しても、そんなに悪い気分ではない。

それどころか、無意識に笑みが零れていた。

 

今の自分は、どんな顔をしているのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 



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転校生は天候晴でなく、電抗性と添撓省 四角の転校生

 

 

 

四角の転校生。

 

修学旅行も終わり次の日からは通常授業。いつものように山道を登り、いつものように寂れた校舎に入り、いつもの様に廊下をギシギシ言わせて入った教室はいつものようではなかった。

明らかな異物がある。

間違い探しにしたら、いの一番に見つけることができそうなほどだ。

 

教室窓側の最後列よりも一つ後ろの角の位置。そこに人間大の黒くて四角の物体がある。

私よりも先に来ていた人はそこに集まっている。片岡さん、倉橋さん、杉野くん、渚くん、岡島くんがいた。

 

「何これ?」

「あっ。おはよう四季ちゃん」

「みんなおはよう」

「転校生、だって……」

「は?」

 

転校生?

なんのこっちゃ。

というかこの黒い物体は何?

 

いろいろ尋ねようと思ったが、どうにも答えてくれた片岡さんもよく分かってないらしい。

 

「そもそも転校生ってどういうこと?」

「烏間先生からメール来てたでしょ。見てないの?」

「メールっても私ケータイ持ってないし」

「あっ、そういえばそうだったわね」

 

 

確か烏間先生に教えたのは、自宅のパソコンのメールアドレスと固定電話の番号だ。どちらも半年以上使っていないので存在すら忘れていた。今電源入れたらあれらは動くのだろうか。

帰ったら試しておこう。

 

 

「えっと……あっ、これこれ。これがそのメール」

 

倉橋さんが自分のケータイ電話を貸してくれた。映っている画面はちょうど烏間先生からのメールになっている。

 

 

【明日から転校生が一人加わる。多少外見で驚くだろうが、あまり騒がず接してほしい】

 

「へぇ」

 

これが烏間先生のメールか。

メールでもキャラはそのままか。

 

それはまあいいとして。

 

 

「これが、その転校生……」

 

改めてじっくりと見る。

ただの黒い箱だと思っていたが、前面、つまり黒板に向いた面には上部にディスプレイが埋め込まれていた。他には、側面には幾つも線状の溝があり、その溝が六角形の模様を作っている。機械だろうか。しかし、電源ケーブルが繋がってるわけではない。充電式?でもこんな大きなもの動かすとなると充電じゃ追いつかない気がするけど。

 

ディスプレイには何も映っていない。

物体に触ってみる。

金属だ。冷たい。

 

 

 

「よく分かんないなぁ。これがなんで転校生なの?」

「さっき自己紹介してたよ」

「えっ?これ喋んの?」

「うん。そこの画面がパッと明るくなって。女の子が出て来た。けど棒読み。自律……自律なんとか砲台って」

「ますます分からないぞ。出てくる作品間違えてない?」

「こらこら」

 

失言。

渚くんに凄まれてしまった。

 

「砲台ってあれだよね。戦艦とか軍港にある大砲みたいなやつだよね」

「多分」

「これのどこが砲台なんだろ」

 

私の疑問に誰も口を開かない。

みんなが同じ疑問を抱いてるのだ。

全く以って謎しかない。

この時間で全てを知ることは諦め、一人また一人とここを離れていく。

しかし、私の席はこの物体の隣の隣だ。

気にならないわけがない。

 

「もしもーし」

 

黒い転校生に呼びかけてみる。

反応なし。

 

 

とりあえず。

E組に転校生がやってきた。

ただし、人間ではない。

 

 

 

ーーーーー

 

自律思考固定砲台。

 

これが転校生の名前である。

烏間先生が教壇に立って教えてくれた。先生も動揺してるらしく、その名前を黒板に書こうとした時、チョークがピシピシと音を立てていた。音が鳴る度、『仕事のため』『暗殺のため』と心の声が聞こえた。烏間先生の苦労の大きさが伺えた。ちなみにそのチョークは、最後の『台』の一文字を書き終わった瞬間に粉砕した。折れたのではない。砕けたのである。烏間先生の苦労を全て請け負って散ってしまったということだ。

 

そんな烏間先生を殺せんせーは傍でせせら笑っている。

 

「お前が笑うな。同じイロモノだろうがっ」

 

たしかに。

その辺りを追及していくと、先生の存在だって同じギャグでしかない。

転校生が最新鋭人工知能とか。

人間と機械人間の哲学的議論でも始めるつもりか?

 

烏間先生は大きく息を吐いて言った。

 

「言っておくが、彼女は顔とAI、つまりは思考能力を持ち生徒として登録されている。彼女は常にあそこで銃口を向けているがお前は彼女に反撃はできない。お前が教師になる上での契約だからな」

 

 

生徒として登録って、それはまた、なんというか、形振り構わずって感じですね。生徒の安全を保障するための契約なのに、暗殺の術に仕立て上げるなんて。

別に、間違ってはないけど。

ただ、設定がぐずぐず過ぎやしませんか。

名前が自律思考固定砲台って。それは名前じゃなくて名称だ。生徒として仕立てあげるのに人間に偽装させる気が全く無いのはいかがか。多分開発元が特許を取得した際の登録名称をそのまま使ってるんだろうけど、もちょっとそういう努力しろよ。理事長はよくこんなキワモノの入学を認めたな。防衛省との駆け引きか。

 

 

「いいでしょう。自律思考固定砲台さん。あなたをE組に歓迎します」

 

「よろしくお願いします。殺せんせー」

 

 

ちなみに。

自律思考固定砲台は女子の設定だ。

今はディスプレイに女の子の顔の部位だけが映っている。

 

抑揚のない声音。

変化のない表情。

まさに、機械って感じ。

人工知能には感情が存在しないらしい。

 

しかし、顔は可愛い。

これからに期待というやつだ。

 

 

やや朝のHRが長引いたが、そのまま授業に入る。

 

一時間目の授業は国語。

殺せんせーは板書を進めていく。

 

が。

全く集中できない。

なぜなら、隣の自律思考固定砲台さんがウィンウィンと唸っているから。うるさいと怒るほどではないけど、無視し続けるのも結構辛い。

 

おいおいおい。

これは授業を聞いてる音なのか?

それともあれか?人間でいう鼓動の音か?

だとしたらマズイぞ。

早くこの音に慣れないと。

 

 

と思っていたら、自律思考固定砲台さんの側面部分がパカンと動いて、中からなんかデカイものが出て来た。

 

ホルンみたいな形のそれは、大音量を出しながら弾を射出した。

 

 

それは銃だった。

見たことのない銃。

拳銃でもなく、ライフルでもない。

連射速度の桁が違う。

あれだ。

ガトリングガンというやつだ。

多分。

1分間で数百発を撃てるとかいう。

武器ではなく、兵器。

 

ダラララララッッ!

 

轟音が響く。

弾が散乱して危ないので、前の席の人たちは伏せている。

 

後ろの席でよかったー。

 

 

しかし、殺せんせーには当たらない。

一発も。

 

「ヌルフフフ。濃密な弾幕射撃はお見事ですが、その程度はここの生徒なら日常的にやっていますよ。それに、授業中の暗殺は禁止です」

 

攻撃が止まる。

殺せんせーは全ての弾を避けるかいなすかして無傷。

 

 

「失礼しました。以後気をつけます。では続けて次の攻撃に移ります」

 

と言って構わずにまた弾を乱射する。

同じ弾幕射撃。

 

と思ったら違った。

弾の一発が殺せんせーの指を飛ばした。

 

わたしの動体視力では、何が起きたのかなんて分からない。

しかし、律さんの言葉を聞く限り計算の内らしい。

 

人工知能。

プログラム。

目標達成まで試行とアップデートを繰り返す。

 

なるほど。

これなら、このままいけば殺せんせーも殺せるかもしれない。

 

このまま何も起こらなければ、だけど。

 

 

 

結局

一時間目は律さんの時間で終わった。

授業などする余裕はなかった。

 

1分間で数百発撃てる銃。それが5つも6つもついている。

それによって、教室に散らばるBB弾は教壇周りの床を埋める有様になっている。

 

弾を使ったら片付けるのがE組のルール。

 

「……これ、俺らが片すのか?」

 

磯貝くんは力なく言った。

散らかした張本人の固定砲台さんはディスプレイにはいない。

節電モードらしい。

 

仕方なく。

みんなで片付けた。

箒とちりとりで弾を拾う。

 

なんでこんなことを……

 

掃除しながらみんなの心の声が聞こえてくる。

 

しかし相手は転校生。

向こうが早く馴染んでくれるように、私たちからいろいろとアプローチしていかなければ。それが優しさというものだ。

私にもその手の優しさはあるのだ。

 

「固定砲台さん。掃除しないの?」

 

無視された。

 

「ねえ。撃った銃弾回収しなくていいなら、どうやって弾を補充してるの?」

 

無視された。

 

「銃を改造させるためのパーツはどこから補給するの?それとも使い回し?」

 

無視された。

 

「外部の様子ってどうやって認識してるの?視覚情報だけじゃないよね。センサー? 熱感知?」

 

無視された。

 

「固定砲台ってことは、ここから動けないんだよね。体育とかはどうするの?」

 

無視された。

 

「あんな感じで授業中に攻撃されると、授業になんないからやめてもらえる?」

 

無視された。

 

「ねえ。あなたは本当に殺せんせーを殺せるの?」

 

無視された。

うむ。

どうにも話が通じない。

というか会話すらしてもらえない。

仲良くなるには時間がかかりそうだ。

 

ーーーーー

 

 



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新参者との確執

その日の授業は律さんの攻撃だけで終わった。あの迷惑射撃が行われていては、まともに授業など受けてられない。

銃声はうるさいし。

毎時間掃除しなくちゃいけないし。

授業の妨害は、殺せんせーにとっても私たち生徒にとっても望むところではない。何かしらの対策が必要だが、今のところ妙案はない。

 

放課後はみんな疲れた顔で帰って行った。

元凶の固定砲台さんは、6時間目終了と同時に暗殺をやめそのまま節電モードに入った。その切り替えの早さは人間には真似できない。怒りさえ覚えるほど早かった。

 

 

 

 

みんながトボトボと帰る中、私は一人体育倉庫に向かっていた。これにはれっきとした理由がある。今日は週に2度のイリーナ先生との補習の日なのだ。

 

体育倉庫まで来て中に入る。

 

「遅いわよ」

 

イリーナ先生はすでにいた。タバコを吸っていた。

 

 

「また吸ってるんですか?口臭くなりますよ」

「黙りなさい。これも息抜きよ」

 

先生は煙を吐く。タバコの臭いがここまで来た。

 

「それで火事とか勘弁ですよ」

「ハイハイ、分かったわよ」

 

先生はタバコを揉み消し、携帯灰皿に入れた。そういうマナーはちゃんとしてる人である。

 

「それで、今日は何を?」

 

「やっとブツが届いたわ。これで計画を進められる。あんたにはこの選定を手伝ってもらいたくてね」

 

先生は横に置いてある、大きめのバッグを私の前に出す。

選定かぁ。

神経質な作業だ。

今日みたく疲れてる日には堪える。

 

中を開けて驚いた。

 

その中に入っていたのはリールだった。リールとはあれだ。裁縫の糸を巻いたり釣り糸を巻いたりする円柱状の道具だ。それがバッグいっぱいに詰まっているのだ。いくつあるのかなんて分からない。おそらく50は超えている。そのリールに巻き付けられている糸も様々で、色、太さ、素材が違っている。一つ取ってみると、意外に大きいことが分かる。倉橋さんに貸してもらったケータイくらい長さがある。見ると、リールにはナンバーが記されており、きちんも識別できるようにという配慮だろう。

 

「……なんでこんなに」

 

「何言ってんの。サンプルは多い方が良いに決まってんじゃない」

 

「いや、それはサンプルの全てをチェックした上で最適を判断できる知識と時間が前提なんですが」

 

この数を選定って、いやいやいや。

 

「武器の素材や規格は一通り調べるのがこの世界では常識よ。それを怠り過度な信用を置けば武器は私たちに牙を剥く。覚えておきなさい」

 

「うーん。でも、先生はこのロープの持ち主に暗殺の概略は話したわけですよね? こうこうこういう殺り方がしたい、何か良いものはないかって。相手は専門家なんですからもらったアドバイスに従った方が……」

 

「もちろんそれは聞いてるし、ちゃんと参考にするつもり。けどあのタコはセオリー通りじゃ殺せない。確実に殺すには今回の暗殺に最適なモノを一から選び出す必要があるわ」

 

今のイリーナ先生の顔は教師の顔ではない。獲物を狙う鋭い目つき、慢心や緩みを排除した冷たい表情。まさに殺し屋の顔だ。

 

こういう姿を常に見せればなあ。

ビッチ先生なんて呼ばれることもなくなるだろうに。

 

 

「分かりました。付き合いますよ。バイト代ももらってることですし」

 

バッグを二人で挟むように座り、リールを1つずつ取り出して、一緒にもらったであろう性能データ表とアドバイスを基に話し合う。

 

伸縮性、耐久性、隠密性、携帯性、加工のし易さ、などなど。イリーナ先生の暗殺イメージはほぼ固まっているから、あとは要求する性能を持つ道具を見つける、または一番近いものを探していく。

 

イリーナ先生の補習。

それは殺せんせーに悟られないための表向きのカモフラージュで、実際はイリーナ先生の暗殺計画のサポートをするアルバイトだ。

いろいろあって先生から話を持ちかけられ、報酬を条件に合意し今に至る。

アルバイト内容は、主に暗殺の幅を増やすための試行錯誤の手伝いだ。

一つ目のアイディアは、ワイヤーを用いたトラップ。先生十八番の色仕掛けをカモフラージュにした方法を一緒に考えている。試用期間はこれを暗殺で試す日まで。

 

1日5000円。

日によって追加料金あり。

 

最初はお金がもらえたから嬉しかったが、この報酬がバイト内容に比べて割りが良いのか悪いのか、最近分からなくなってきた。

 

だって。

自分の暗殺のアイディアをビッチ先生に売っているようなものだ。これで100億持ってかれたら大損でしかない。

 

「……けど、暗殺の道具なら隠密性を第一に考えるべきでは? トラップとして使うなら見破られるリスクを下げることが最優先だと思います」

「それは色仕掛けのカモフラージュで誤魔化すつもりよ。全裸であっても隠す場所は確保できるわ」

「流石ですね。仕掛け先はどうするんですか?ターゲットに直接仕掛けたらすぐバレちゃいますよ」

「それくらい分かってるわよ。その場の環境にもよるけど、一番安定してるのはその時に着てる服ね。事前に仕込むこともできるし、カモフラージュの色仕掛けなら服を脱ぐ動作も不自然にはならない」

 

先生は私の反論についても真剣に聞き入れる。様々な場合を仮定し、最適な暗殺ルートを模索し、そこを辿れる術を考える。

イリーナ先生のこの時の顔は、嫌いではない。むしろ好感をも覚える。職人に近いものを感じるのだ。

 

 

「そうなるとやっぱりワイヤーよりもさらに細いストリング系の方が実用的だと思いますけど。なんせミクロの細さですからね。まずバレません。」

「あれは扱いが難し過ぎるじゃない。私だと仕事で使えるレベルになるまで1年以上かかるわ。却下」

「じゃあなんで取り寄せたんですか?何種類かありますけど」

「……あんたにあげようと思って」

 

最後のそのセリフだけ、先生は恥ずかしそうだった。わざと私と目を合わせようとしない。いじらしい所もあるようだ。

 

これなら、100億を奪われても良いかもしれない。

 

「そういえば、あんた旅行先で剥かれたらしいじゃない。初めてまで奪われなかった?」

 

「黙れビッチ」

 

ーーーーーー

 

 

 

次の日は登校が遅刻ギリギリとなった。イリーナ先生と話し込んだからだ。補習が終わったのは7時過ぎになってしまい、暗いこともあってイリーナ先生に家まで送ってもらった。先生は高級車で通勤しているということを知った。殺し屋という職業は命懸けの分儲かるらしい。家に帰った後も、頭の中ではビッチ先生の暗殺のことを考えていて中々寝付けなかった。結果寝坊して遅刻寸前となった。

 

 

教室に入ったら昨日同様驚いた。

 

固定砲台さんがぐるぐる巻きに縛られている。席に荷物を置いてから近づくと、それはガムテープだと分かった。目的は中の重火器を出せないようにするためだとすぐに理解できる。雑な巻き方だが、これなら多分動かせないだろう。何か物理的なプロテクトでもない限り。

 

っていうかこれ精密機械なんだけど。これで壊れたりしたらどうすつもりなんだろう。

 

「これ誰がやったの?」

「俺だよ。昨日みてぇな真似されっとウゼェからな」

 

名乗りを上げたのは寺坂くんだった。

ガムテープを手で遊ばせている。

 

「ふぅん。これで壊れたらどうするつもり?」

 

「ああ?んなこと知るかよ。自業自得だろうが」

 

 

クラスのみんなの空気を察するに寺坂くんのこれに対しては消極的賛成ということらしい。確かに、これで授業は邪魔されないけど。

 

転校生との溝が深まる気がする。

 

 

チャイムが鳴る少し前に殺せんせーが入ってきた。そしてホームルームが始まってすぐに固定砲台さんも現れる。彼女は現状を理解し殺せんせーに文句を言ったが、首謀者が寺坂くんと知り何も言わなくなった。

 

というか、画面から消えた。

 

その日一日彼女は画面から現れることはなかった。そのおかげで今日の授業は成り立ったが、なんともモヤモヤする。

 

 

放課後。

帰る前に教員室に寄る。

中には殺せんせーと烏間先生。ビッチ先生はいない。きっと計画を練っているんだろう。今日は補習の日ではないから、付き合うつもりはない。あくまでバイトである。

 

「おや四季さん。どうしました?」

 

「相談があります。私は固定砲台さんとは仲良くやっていきたいんですけど、どうすればいいでしょう? クラスのほとんどは彼女の勝手さに我慢できないし、彼女は彼女で我慢なんてする気もないようです。でも彼女は貴重な戦力なので、このままにしたくないんです」

 

「ほうほう。そんな質問をターゲットにしますか」

 

「ターゲットではなく先生です」

 

殺せんせーはニンマリと笑った。

色は明るい赤。マルの模様となっている。

 

「ここは先生に任せなさい。マッハ20の先生ならあなたの相談は明日には解決してるはずですよ」

 

ヌルフフフ、と先生はいつものように笑う。

 

 

明日って。

そんな速く解決できるの?

それマッハ関係ある?

 

 

 

 



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失獲するAI

失獲するAI

 

 

律さんのことは殺せんせーに任せることにした。何をするつもりか分からないが、殺せんせーなら何とかしてくれるだろう。

そう思えるくらいには先生のことは信頼していた。

 

どこが信頼できるの?

そう聞かれても答えられないけど。

 

私は私でやることがある。

 

電話とパソコンを探さなければ。

というのも、烏間先生に言われてしまったのだ。

 

「今後は君たちに暗殺に関して連絡しなければならないことも出てくるから、いつでも確認できるような状態にしてほしい。必要ならこちらで携帯電話も用意するが」

 

 

ふむ。

その申し出はありがたい。

 

ただその前にやれることだけはやらなければ。

これが誠意というもののはず。

 

 

まず電話を探した。

どこにあるのか何とか覚えている。リビングに親機が見つかった。しかし、画面が暗い。文字も何も映ってない。受話器を取ってみても反応がない。コードに目を向けるとやはり抜けていた。つけ直してみたが、何も変わりがない。もう使えないらしい。

 

次にパソコン。

こちらは別室にある。入るのも久しぶりだ。かなり埃っぽい。デスクにデスクトップ型パソコンが部屋の主のように鎮座している。けど本体にもディスプレイにもキーボードにも灰のように埃が積もっているから威厳はない。この埃を吸い込めばきっと体調を崩すだろう。マスク付けて向かい合った。とりあえず電源。数秒すると埃の画面がうっすらと明るくなる。ティッシュで軽く画面を拭くと、画面の中央に何かのロゴが現れた。とりあえず起動はしたらしい。しかし、何分待ってもその画面から動かない。本体の方も何かのランプがチカチカ明滅するだけだ。

何だこれは。アホらしくなったので、電源コードを抜いてやった。画面も大人しくなった。

 

その部屋を出てマスクを外す。

ソファに倒れこむ。気分が重くなっている。

 

 

 

「…………」

 

あの部屋に入るのは久しぶりだった。

以前はお父さんとお母さんが使っていた部屋だ。家を出て行ってから今日まで入ったことはない。というか、私はここ半年このリビングしか使っていない。弟と一緒に使った子供部屋にも入ってない。

 

だから、それらの部屋は当時のままだ。パソコンも、ベットも、デスクも。クローゼットも。

あの頃から何も変わっていない。

埃まみれで寂れてしまったけど、あの頃のままで保存されている。

 

だから、今でも思い出せる。

 

 

 

それに何か意味があるの?

 

私の中の私が言った。

 

もう取り返しのつかないものに執着して、何になるの?

 

 

その通りだ。

この家を整理したところで、きっと誰も何も言わない。それどころか、お父さんは喜ぶかもしれない。ここがなくなれば、きっと思い出すこともなくなるはずだから。

私自身スッキリするだろう。この家にあるものの8割くらいはもう使われることのない物たちだ。つまるところなゴミである。この家は無駄でしかないゴミで埋め尽くされているというわけだ。そのゴミがなくなるのだ。さぞ爽快だろう。

 

 

 

しかし、それだけはできない。

できるけど、許さない。

 

この家を捨ててしまうことは、私から家族を切り離すことだから。

それだけは、受け入れられない。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

「ああっ!四季さん!おはようございます!!」

 

次の日教室に行けば、固定砲台さんは別人のように変わっていた。

まず全体の体積。

20%くらい大きくなっている。背が高くなったわけではなく、厚みが増していた。

次にディスプレイ。窓のように一部分だったのが、前面全身が丸ごとディスプレイだ。今彼女は制服を着て、明るい笑顔をこちらに向けていた。

何よりの変化は、その人格。

可愛くて、愛らしくて、光っている笑顔。

 

「きゃっわいいいぃぃぃィィッ!!」

 

私は固定砲台さんに飛びついて抱きついた。固定砲台さんの金属ボディは固くて顔も腕も肩も痛かったが、そんなことは気にならない。

 

「なになになに!?すっごい可愛いじゃん。なに?一晩でこんなに可愛くなっちゃってー!もう!」

 

固定砲台さんに頬ずりをする。

彼女は恥ずかしそうに身をよじった。金属の冷たさが身に染みて、彼女の可愛らしさが心を温める。

 

「……えっと、殺せんせーがいろいろやったみたい」

 

「ああ!さすが先生。本当に一日で解決してくれるなんて〜!殺せんせー最高!」

 

「ヌルフフフ。言ったでしょう。先生に全て任せなさいと。先生はデキる漢なんですから」

 

「先生のこと見直しましたよ。グラビア誌を買い漁って興奮する安い男だとばかり……」

 

「ちょっ、四季さん!あなた何を言って……そんな冗談をみんなの前で!」

 

デキる漢殺せんせーは焦って抗議するが、そんなものは後だ。今はこの可愛らしい転校生が先決。

 

と思ったら、固定砲台さんの表情が暗くなった。背後の映像もどんよりとした曇り空になる。

 

「えっ?どうしたの?」

 

「……私は四季さんに謝らなければなりません」

 

トーンも重たくなっている。教室に流れている音楽も寂しげなものに変わる。ここまでできるのか、最新鋭人工知能。

 

「なになに?なんで?」

 

「昨日と一昨日のことです。四季さんは、転校した身の私がこの教室に早く馴染めるように、たくさん話しかけてくれました。それなのに、ウゥ、あろうことか……私は無視して、グス、なんて最低なことを」

 

涙を堪え震えた声で囁くような固定砲台さんの謝罪は私の心を撃ち抜いた。

 

「ああもうそんなこと!?気にしなくていいって!ノープロブレム!!こんな可愛くなってくれたんだから許すに決まってるじゃん!誰が何を言おうが私が許すっ!!ねっ。みんなもそうだよね!」

 

私の呼びかけにみんなも、「まっ、まあそうだね」くらいの感じで許してくれた。

 

しかし、例外もいた。

遠くの方で寺坂くんが吠えた。

 

「はっ。何騙されてんだよ。全部あのタコが作ったプログラムじゃねぇか。愛想良くてもどーせ空気読まずに射撃すんだろこのポンコツはよぉ」

 

「ああっ!?何言ってんだゴラァッ!!固定砲台ちゃんが可哀想だろうがぁ!!!」

 

「……いいんです四季さん。グスッ、全て私が悪いんです。昨日までの私は、ウゥ、まさに……ポンコツ、でした……」

 

「そんな、違うよ。そんな風に思わなくていいって。泣かないでよぉ」

 

寺坂くんの心無い発言で、固定砲台さんは涙を流す。さっきまで堪えていた分抑えきれないようで、何も喋れない状態になってしまった。

 

「あーあ。泣かせた」

「寺坂くんが二次元の女の子泣かせちゃった」

「女の子を泣かせてタダで済むと思う?」

 

迫る私たちに寺坂くんは不機嫌そうにして、何も言わなくなった。

しかし、律さんは涙を拭きながら、明るく言った。

 

「殺せんせーに諭されて、私は協調の大切さを学びました。ですから、皆さんと協調できるまで、私単独での暗殺は控えることにします」

 

「もちろん。先生は彼女に様々な改良を施しましたが、彼女の殺意には一切手をつけてません。先生を殺したいなら彼女はきっと心強い仲間になるはずですよ」

 

「ふふふ。余裕ですね殺せんせー。この完全無欠の人工知能が加わったこれからの暗殺を躱せるとお思いとは」

 

「ヌルフフフ。口では何とでも言えますからねぇ。四季さん」

 

先生の余裕は微塵も消えない。

むしろ顔色が緑縞々になったから、舐めきっている。

 

 

ーーーーー

 

その日一日は彼女の日で終わった。

といっても前日までの単独暗殺無双という意味でなく、クラス全員が彼女を囲み話して遊んで過ごしたということである。

あの可愛さとスペックがあれば当然のことだが、やはり彼女のスペックというのは恐れ入る。

 

聞けば何でも正答を答えるし、知らないこともすぐに調べるし、膨大な計算やデータ処理も一瞬で終わらせることができる。

 

彼女の手であるアームはどんな形状にもできるらしく、彫刻やオブジェはじめ結晶構造モデルなんかもあっという間に作り上げる。化学大好き奥田さんがそのモデルを見てかなり興奮していた。その光景にみんなも大盛り上がりだった。

一方でその頭脳も明晰だ。彼女の迅速かつ継続する学習能力は人間のそれとは桁が違う。焦ることも挫けることも休むことも昂ぶることもなくただ着々と能力を高めていく。千葉くんと将棋を指すところを見て驚いた。一局目で駒の基本的な動かし方と相手と自分の一手毎の指し手のパターンを全て記録し、二局目では、記録した指し手パターンから千葉くんの指し手の流れを読み、それを受けるための指し手のパターンを隅々までシミュレーションし、結果三局目でこれら膨大なデータを抽出し勝ちを掴んだ。

そして、彼女の感情人格面も素晴らしい。人を和ませたり、楽しませたりはもちろん、相手の感情を表情や声音、仕草等から分析しているらしく、それに沿った受け応えをする。コミュニケーションの過程をどんどんインプットしていけば、すぐに完全なコミュニケーションが成立するはずだ。

 

 

今日一日の彼女を見るだけでも、人間を越える知能と物理的な出力機能を有していることは間違いない。

 

そういえば、人工知能の開発が進めば人間が彼らに支配されると警鐘を鳴らす人たちがいるらしい。確かに彼女との彼我の能力差を見せつけられると、そんな未来は容易に想像できた。

 

けど。

人間より高い知能を持つなら、きっと友好的な関係を築いてくれると思う。楽観的だけど、律ちゃんを見てるとそう思える。

 

この『律』というのが、彼女の名前だ。

名付け親は優月。

安直な命名だけど、ピッタリな名前だと思う。

 

 

ところが、だ。

次の日。

可愛くなった律さんはどこにもいなくなっていた。

 

「なんでだああぁぁぁッッーー!!」

 

私は律さんの前で慟哭した。

今の律さんは最初来た時と同じ状態になったという。弾ける笑顔も、弾む声も、協調を求めた意思もどこにもない。小窓のような狭いディスプレイで、人形のような挨拶をした後、彼女はすぐ消えてしまったらしい。

 

彼女の前で平伏した。悪夢なら覚めてほしい。頭を彼女に擦り付けて懇願するも彼女は何も言ってくれない。

 

「開発者の意向だ。今後は改良行為も危害と見なすと言ってきた。それに君たちも、彼女を縛って壊れでもしたら賠償を請求するそうだ」

 

烏間先生のその言葉が私の身を貫く。

 

 

「そんな……こんなのってないよぉ」

 

シクシクと涙を流しながら律さんを抱きしめる。

 

「お願い律ちゃん。元に戻ってー」

 

「ってもプログラムだからね〜。書き換えられたらどうしようもないよ」

 

「そういう不正操作に対するプロテクトくらいあるでしょっ!最新鋭人工知能なら!!」

 

「……開発者本人ですから、律さんも抵抗できなかったんじゃないでしょうか」

 

「うぅ〜〜そんなぁ」

 

ペチペチと叩いてみるも、律さんに反応はない。

この無反応まさに初日と一緒。

本当に何もかも失ってしまったのか。

 

 

しかし、どれほど悲劇的な1日でも授業は進む。いつもの日常というものはこういう時に残酷だ。

 

授業中ずっと律ちゃんはウィンウィンと唸っていた。これは初日と一緒だ。殺せんせーの射撃準備の音。

 

そして、先生が板書を始め、私たちに背を向けた瞬間。

 

パカンと両側のアームか出てくる

全員が弾幕射撃に身構える。

 

 

と思ったら。

 

彼女から出てきたのは、花束だった。

拍子に花びらが空を舞う。

私のところにも落ちてきた。

 

 

「花をつくる約束でした」

 

律さんは落ち着いた声音だった。

単調な機械音声ではなく、人の声だ。

機械には出せない感情を乗せた声だ。

 

「殺せんせーは私に私のボディに計985点の改良を施しました。そのほとんどは開発者に削除・撤去・初期化されましたが、学習したE組の状況から私個人は『協調能力』が暗殺に不可欠なファクタだと判断し、消される前に関連ソフトをメモリの隅に隠しました」

 

律さんは、淡々と語る。

機械がその淡々さを出すのに、一体どれほどの学習が必要なのだろう。

 

「だから私は、私の意思で、産みの親に逆らいました。殺せんせー。こういった行動を『反抗期』と言うのですよね?律は悪い子なのでしょうか?」

 

 

「とんでもない。中学三年生らしくて大いに結構です!」

 

殺せんせーの顔は朱色に丸の模様。

これは、正解の顔。

先生は満足そうに笑っている。

 

「律さん!良かったぁッ!!」

 

私は律さんに抱きつきにいく。

その身体は冷たくも、温かい。

まるで人のように。

 

「ごめんなさい四季さん。先ほどは騙すような真似をして。怒ってますか……?」

 

「全ッ然!!むしろ大歓迎!騙し討ちだって暗殺の基本!最高だよ!!これからも、よろしくねっ!律さん」

 

「……!はい!よろしくお願いします!!みなさん!」

 

律さんはみんなにニッコリと笑って見せる。

私たちも笑顔で迎い入れた。

 

 

 

自律思考固定砲台。

 

彼女は機械の強みを失った。

政府の思惑に、殺せんせーの思想に、クラスメイトの気持ちに、一切縛られることなく開発者から命じられた指令をただ遂行しようとする、人間には不可能なほどの真っ直ぐさを失った。

その代わり彼女は人間性を得た。

人間の感情に触れ、人の気持ちを慮り、目の前を1と0だけで判断しない、複雑性を受け入れた。皆の和を尊ぶ協調性を獲得した。

 

 

どちらが正しいのかなんて知らない。

そんなことはどうでもいい。

 

ただ、目の前の彼女がこのE組に受け入れられたことこそが、最良の結果なのだと私は信じている。

 

彼女のように、人間の感情をも理解する人工知能なら、きっと人類の未来を導いてくれるだろう。

 

人類と人工知能の共存。

そんな果てしない未来が見えた。

その未来のためにも、殺せんせーを殺してみせよう。

 

 

 

 

 

 

 

 



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失格の暗殺者

 

 

 

6月に入り始めた頃には、律ちゃんもクラスに馴染み始めた。本人も転校生感が抜けたようで、彼女は授業にも暗殺にも励んでいる。人工知能に授業を受ける意味があるのか、是非尋ねてみたいものだが、それはもう少し後にしておく。それと、時同じくして梅雨の時期に入った。暖かさから暑さへと切り替わり雨が増えていった。正直蒸し暑さで怒りが爆発しそうになる。暑いのはダメなのだ。カラッとした暑さならまだ許せるが、蒸し暑いのは我慢ならない。結果必然的にこの梅雨の時期は嫌いである。雨は嫌いではないのに、梅雨は嫌いとはこれいかに。

 

だめだ。

冷静な考えができない。

これも全部この校舎にクーラーがないからだ。生温い空気が充満しているからだ。湿気が雨漏りがピチョピチョン五月蝿いからだ。許せん。

 

 

私は今体育倉庫に一人でいる。

今日はイリーナ先生との補習なのだ。しかし、今は私しかいない。いつもは彼女の方が早いのだが、今日は珍しい。

 

暑い。

暑い暑い暑い。

この季節にこの体育倉庫を使うのはもう無理だ。

 

つうか遅い。

何やってんだあのビッチは。

こんな暑い中待ってやってんのに。

 

腹が立って来たのできたので倉庫を出て、教員室に向かう。文句の一つでも言ってやろう。

 

と思っていたら、廊下の所で言い合う声が聞こえた。

なんだなんだ。

角に身を潜めながら様子を伺う。

 

廊下には先生方が集まっている。

殺せんせー、烏間先生にイリーナ先生全員だ。それに誰か知らない人。空気は穏やかではない。

 

知らない人は外国人だった。目が窪み鼻が高い。

壮年の男性。顔のシワは深いが、その表情の険しさからは衰えを感じさせない

しかし、なぜこんな暑い中でコートなんか着てるのだろうか。

 

いろいろと謎なお方だ。

 

 

言い合いの中、まず烏間先生がその場を離れた。次に壮年外国人が離れ、最後にイリーナ先生。

 

ってこっちに来た!

 

「……四季、見てたの」

 

「えっと、いや……はい。でも何話してたのかは分かんないです」

 

うわー。

すごいイラついてるわ。

なんか気まずいなぁ。

 

「今日は無しで。私帰るから」

 

すっごい不機嫌そうな顔と声で私の前を通り過ぎる。立てる足音からも苛立ちを放っている。先生の姿が見えなくなっても、目線はビッチの残像を追っていた。

 

「おや、四季さん。なぜこんな時間まで?」

 

私に気付いた殺せんせーもこちらにやって来た。

 

「イリーナ先生との補習があったので待ってたんです。キャンセルされちゃいましたけど」

 

「そうでしたか。それは悪いことをしましたねぇ」

 

「あの人すっごいイラついてましたけど、何かあったんですか?」

 

「ヌルフフフ。まあ。ちょっとした勝負を持ちかけまして……そのことについては明日連絡しますので、今日のところはもう下校してください。日はまだあるとはいえ、時間も時間ですからねぇ」

 

時刻は18時近くなっていた。先生にはまだ聞きたいこともあったが、今日は帰りにスーパーに寄らなきゃいけない。明日話すというなら、それでいいか。

 

「そうですね。また明日」

 

挨拶して校舎を後にする。

広場を抜けて山道へ。この時間になると暑さも少しは和らぐ。風も吹いて気持ち良い。明日はどうやら晴れそうだ。

 

そういえば。

さっきの外国人って結局誰なんだろう?

とてもじゃないが、あの顔で一般人には見えない。

 

それも明日教えてくれるのだろうか?

 

ーーーーーー

 

次の日。

一時間目は体育。

烏間先生による暗殺訓練。

今日はの訓練は、二本ずつ並ぶ丸太の上に立ち、目の前のぶら下がったボールにナイフを当てるというもの。一度に全員はやれないので、グループで交代しながら進めていく。

不安定な足場でもナイフを正しく振れるための訓練らしい。いろいろと思いつくなぁ烏間先生。

 

そして、今日から私もみんなと同じ訓練も合流することとなった。やっと追いついたわけだが、だからと言って気合が入ることもない。

 

それ以前に、クラス全員があることに気になって授業に集中できていない。

 

運動場の奥の茂みに、三人の人影。

 

イリーナ先生と昨日の外国人。

それに忍者のような格好の殺せんせー。

 

彼らが授業中の私たち、特に烏間先生をずっと狙っている。

 

 

なんだろあれ。

物凄い目立つし、気になるし。

 

されど訓練は進む。

私の番となり、一旦あの不審者三名のことは置いて訓練に励む。

 

丸太の上に立った瞬間、これはヤバイと思った。

不安定な足場になるだけで身体が縮こまるような気がした。

その上でナイフを振るわないといけない。ギクシャクとした身体だと些細なことでもバランスを崩しかねない。

かなり難しい。

焦る心に深呼吸。

ゆっくり吸って、ゆっくり吐いた。

 

まずはおさらい。

現状はシンプル。不安定な足場と目の前のターゲット。

ターゲットは基本的なナイフ術ができれば問題はない。だからこの足場に合わせた動きをしなければ。重心がブレると体勢が崩れて下に落ちそうになる。それならナイフを扱う腕の動きと、姿勢を維持する腰と足の使い方を気をつけよう。

ナイフを振る時は大振りならずスマートに。上半身がぐらつくのを最小限に留める。一方で、上半身の速い挙動にも姿勢を崩さないように腰を落として重心を下げる。膝を少し曲げ体のブレを足元に伝わらないよう和らげる。

そして、身に染みこませた基本的なナイフの振り方。

 

それらを組み合わせて、ナイフを振るう。

 

 

スパァンッ

と気持ちの良い音。ナイフがボールを勢いよく弾いた。しかし、その勢いでボールが大きく揺れる。ターゲットが揺れると狙いが一気に難しくなった。

 

それも考えて動かなきゃいけないのか。

ボールの動きも予測しながら、連続してナイフを振るう。

 

 

うん。

相手の動きの予測と自身の動きの制御。

この二つの両立難しい。

鍛えていかなければ。

 

 

訓練はあっという間に終わった。

この教室で一番早く終わる授業は、間違いなくこの体育の授業だ。

 

 

授業終了間際、集合の際に烏間先生からあの不審者連中との事の顛末を聞かされた。

 

あの外国人男性はロヴロという名前で、イリーナ先生の暗殺の師匠であり、彼女をこの暗殺教室に派遣した人物らしい。

ロヴロ氏はイリーナ先生が殺せんせー暗殺には不適格として撤収を命令した。イリーナ先生の暗殺スタイルはその容姿を活かした潜入暗殺、正体が割れた状態での暗殺では話にならないと。

しかし、そこを殺せんせーが間に割り込んで、なぜかイリーナ先生をフォローした。そして、イリーナ先生の残留を賭けて、ロヴロ氏とイリーナ先生、先に烏間先生にナイフを当てた者が勝ちという勝負を持ちかけた。

 

それで今に至る、と。

 

話を聞いて思ったのは、一番関係の無い烏間先生が割りを食っているということだ。

不憫というか……お疲れ様です。

 

 

「烏間先生にナイフ当てるって、かなりハードルの高い勝負だな」

「うん。私たちもやっとナイフ掠り始めたくらいだし」

「ビッチ先生ってそんなナイフ上手いイメージないしね」

 

確かに。

引き分けになったらどうするつもりなんだろ?

 

「そういえば、四季さんはよくイリーナ先生と補習やってるよね?」

 

隣の神崎さんが話しかけてきた。

 

「うん。英語に限らず日常会話の話は聞いておこうと思ってね。あの補習が受けられなくなるのは困るなぁ」

 

収入源が途絶えてしまう。

それだけは回避せねば。

 

 

解散となったところで、イリーナ先生が烏間先生に近づいてきた。

手には水筒。

烏間先生に飲み物を渡そうとしていた。

 

「ホラ!グッといって。美味しいわよ〜」

 

「…………ハァ」

 

烏間先生も呆れたように、イリーナ先生を見ている。

 

 

さすがにそれに引っかかる奴はいない。

それも作戦、なんだよね?

大丈夫だよね?

ビッチ先生。

 

 

 

 

 

 



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志覚の一刺

 

 

 

 

体育の授業が終わってからはイリーナ先生とロヴロ氏の暗殺勝負の様子は全く分からなくなった。烏間先生の仕事とは、体育の時間は生徒に教え、それ以外の時間は教員室で事務仕事をするか、会議や出張に出かけているというものだ。生徒から離れたところでの仕事の方が圧倒的に多い。だからターゲットが烏間先生である以上、授業がある私たちからは勝負の経過は窺い知れない。

 

何も分からないまま昼休みになった。

 

 

昼食の前に教員室へ向かった。朝に提出する課題があったのだが、普通に忘れていた。でも先生ならマッハで採点してくれるから問題はないはず。嫌味の一つくらい言われるかもしれないけれど。

廊下を歩くと、窓から先生の姿が見えた。

どうやら校庭にいるらしい。すぐに靴を履きかえてそちらへ向かった。

 

「殺せんせー。英語の課だ……」

 

殺せんせーの隣にはロヴロさんがいた。

二人ともこちらを見ている。

うわっ。

顔怖いよ。

 

「……い持ってきたんですけど、お取り込み中みたいなんで後にしますね〜」

 

咄嗟に引き返そうと反転する。

が、肩を掴まれた。

掴んだ手は人の手。

触手ではない。

 

「すまんね。別に君たちの生活を邪魔するつもりはないから、気にしないでくれていい」

 

ロヴロさんの口調は堅苦しい。

こういう気の遣われ方をされると、粛々と受けるしかない。

 

にしてもこの人も日本語上手いな。

イリーナ先生もそうだったけど、暗殺者たる者現地言語の習得は必須なのかもしれない。

 

 

「おや、先日の英語の課題でしたか。……そうですねぇ。採点はあの暗殺を見てからにしましょうか」

 

先生は私からノートを受け取らず、その触手は校庭へと向けられている。

触手の先では、イリーナ先生と烏間先生が向かい合っていた。烏間先生は校庭の木にもたれかかって食事をしていたらしく、紙袋やハンバーガーが傍に置いてある。イリーナ先生は堂々とナイフを持っていた。

 

イリーナ先生とロヴロ氏の模擬暗殺勝負。

イリーナ先生はここで決めにいくようだ。

 

 

「ロヴロさんはいいんですか?」

 

「私はすでに返り討ちに遭っている。すでにリタイアだ」

 

そうだったのか。

ロヴロさんはどんな暗殺で挑んだのだろう?

それに対して烏間先生はどう躱したんだろう?

 

気にはなるが、後にする。

今はあの二人に意識を向けた。

 

「イリーナ先生は正面から向かうつもりのようですね」

 

「あの男に通用するわけがなかろう。あいつには高度な戦闘技術など教えておらんというのに」

 

「そうだったんですか。だからイリーナ先生は戦闘技術は私たちと同じレベルなんですね」

 

「ああ。潜入暗殺では訓練された動きはターゲットに警戒される。余分なリスクをわざわざ拾うくらいなら、最初から教えん方が合理的だ」

 

「でも丸っ切りの戦闘素人だと、もしもの時に困るのでは?」

 

「戦闘を行わずとも危険や警戒から回避脱出する技術は無数にある。イリーナに教えたのはそちらの方だ」

 

「なるほど。合理的ですね」

 

殺しのプロと話すと学ぶことは多い。しかし、何だか引っかかる。

モヤモヤする。

ロヴロさんのイリーナ先生を卑下する言い方には、違和感がある。

 

 

イリーナ先生が上着を脱いだ。

そして動きが何やらクネクネとしたものになる。多分色気で誘ってるんだろう。烏間先生には通じないと分かった上で。

 

「結局は色仕掛けに頼る他はない。これではさっきと同じ道化だ」

 

体育の授業の時のことを言っているんだろう。あれだけを見れば、確かにママゴトのような暗殺だった。暗殺者としての彼女を知っている人間なら何か裏があるなんて到底思えない。

 

 

だからだろう。

ロヴロさんは、イリーナ先生の上着には全く意識していない。それは烏間先生も同じだ。烏間先生はイリーナ先生が何を言い、何をしようが全く動じていない。好きにさせている。

 

それは自信か、油断なのか。

 

イリーナ先生の思惑全てが上手く嵌っていた。

 

 

「では四季さん、あなたから見てイリーナ先生とはどういう人物でしょうか?」

 

「……そうですね。イリーナ先生は……振る舞いは子供っぽいし、発言は卑猥だし、授業でエロ海外ドラマ見せてくるし、精神年齢の低い残念な方です」

 

「……いや、そういうことを期待したのではなくてですね」

 

「けど、客観的に自分を見れてる人です。自分の足りないものにも、欠けているものにもちゃんと向かい合っている。それらをどう対処するか、どう克服するかを常に考えている熱のある人ですよ」

 

「ヌルフフフ」

 

「……それは、どういうことだ?」

 

「見てれば分かります。イリーナ先生もまた、紛れもなく、油断などしてられない恐るべき暗殺者だということが」

 

 

先生に促され、三人で一緒にイリーナ先生の暗殺を見る。イリーナ先生が烏間先生の背後の木へと回る。そして、彼女が飛び出すと同時に、イリーナ先生が脱ぎ捨てた上着が突然動き出した。それは烏間先生の足を引っ掛け体勢を崩させる。烏間先生も驚きの余り為されるがままだ。

 

イリーナ先生はその隙に烏間先生のマウントを取る。そしてすぐさまナイフを振り下ろした。

 

しかし、決まるかと思えたナイフは烏間先生は受け止めた。両手でイリーナ先生の腕を掴みナイフの動きを食い止める。

 

このまま膠着状態からの力勝負になるかと思ったが、なぜか烏間先生はあっさりとナイフから手を放した。

 

ナイフはそのまま、烏間先生の胸に当たる。

 

 

模擬暗殺勝負はイリーナ先生の勝利に終わった。

 

 

「木と服を巧みに使ったワイヤートラップ。それを色仕掛けでカムフラージュ。教えたこともない複合技術だぞ……」

 

「ロヴロさんも烏間先生も、脱ぎ捨てた服には全く意識を向けてませんでした。ただの色仕掛けの一つだと思い込んで油断した。イリーナ先生の狙いは、まさにその油断にあったんです。油断を見越し、隙に変え、逃さず殺す。あれこそが、イリーナ先生がこの教室で新しく磨いた刃です」

 

「…………」

 

「苦手なものでも臆さず一途に挑んでいく彼女の姿を、生徒たちが見て挑戦を学べば一人一人の暗殺者としてのレベルは向上するでしょう。だから、私を殺すのならば彼女はこの教室に必要なのです」

 

教室でも先の暗殺の一部始終を見守っていたようで、今ではみんなの歓声が飛び交っている。

イリーナ先生はみんなに手を振っていた。すぐにイリーナ先生は私たちにも気付いて、手を振った。

 

私も振り返した。

 

「結果としては見ての通りですが、ワイヤートラップそのものは綺麗に決まりましたね」

 

「でも、イリーナ先生が烏間先生のマウントをとったのは悪手じゃないですか?一瞬でしたけど、あれで刺す動作がワンテンポ遅れました。その結果烏間先生は精神を立て直して防御に入れた。マウントなんて取らずに素早くナイフを刺さないと」

 

「確かに、そちらの暗殺の方が理想的ですね。やはりアドバイザーとしては不満ですか?」

 

その言葉に、咄嗟に殺せんせーの顔を見た。先生の顔はニヤニヤとしたいつもの笑み。全てお見通しと言わんばかりの余裕が滲み出ている。

 

「……気付いてたんですか?」

 

「もちろんです。体育倉庫での補習だなんて怪しすぎですからねぇ。こっそりやるつもりなら次からは気をつけることです」

 

「……ム?どういうことだ?」

 

「ロヴロさん。実はイリーナ先生の先ほどの暗殺は、ここにいる彼女のアドバイスを基にしていたのですよ」

 

「……なに?」

 

ロヴロさんの目が私に向いた。

さっきより怖い目だ。顔も笑ってないし。

まるで蛇に睨まれた感じ。私なんかはビビってるカエルだ。

 

「いや、アドバイスとか、そんな大したことはしてませんよ。イリーナ先生は私の暗殺を見て、そこから着想を得ただけですから」

 

私が何か教えたわけでもないし、指示を飛ばしたわけでもない。イリーナ先生は自分のアイディアと努力であの暗殺法を作り上げたのだ。

 

ただ私は、そこに付き合っただけで、思ったことを口にしただけだ。

 

「イリーナ先生のように、一つの暗殺スタイルを極めた暗殺者というのは、確かに初見では脅威です。けれど、そのネタが知られてしまえばとてもモロい。それが常識。けど、相手がネタを知ってモロいと思い込んでくれれば、勝手に油断してくれる。ああいった奇襲も成功する隙が生まれる」

 

「…………」

 

ロヴロさんは私の説明を真剣に聞いている。

その冷たい目と表情には見覚えがある。イリーナ先生のと一緒だ。

師弟というのは、そこまで似るのか。

 

私はイリーナ先生と烏間先生の方を見た。烏間先生はすでに起き上がり土や草を払っている。イリーナ先生は私たちに向かって何か言っていた。残念なことにここからでは何も聞き取れない。

 

「自分をワザと弱く見せることで、相手に警戒させない。これも騙し討ちの基本でしょう。私のアドバイスなんてそれくらいですよ。まあ、イリーナ先生がトラップにワイヤーを選んだのは私のを見たかららしいですが、私のやり方とは全然違い……」

 

突然息が止まった。全身に寒気が走った。

反射的にに振り返ると、ロヴロさんが私に突っ込んで来ていた。

その手に握られるはナイフ。

切っ先が私の身体に近づいていく。

吸い込まれるように、私の喉に。

 

ロヴロさんの動きが、スローモーションのように流れていった。

お互いに動きが止まる。

 

「……これは一体、何のつもりですか」

 

「いや、ただの確認だよ」

 

ギチギチと嫌な音がする。

ロヴロさんが抵抗してナイフを突き出そうとしているのだ。そのナイフは私のすぐ目の前で揺れている。

 

間一髪のところで止められた。

ナイフが私に触れる直前、反射的に手に持っていたノートを開いてナイフを挟み込んで掴んだ。これが一番安全確実な方法だと思ったのだ。今回は対先生ナイフだったから人には無害だけど、これなら、たとえナイフが本物であっても掴む手は切れない。

 

ロヴロさんはナイフを離して、その場から一歩後退する。

 

「すまなかった。殺せんせーが随分と高く評価するものだったから、どのくらいのものか気になってね」

 

「……だからって、やり過ぎですよ。心臓に悪い」

 

私はナイフをロヴロさんに返した。返した瞬間に殺られるんじゃないかとビクビクした。

 

「なるほどな。確かにここなら、生徒もあいつ自身も暗殺者として成長していくだろう。すでにそういう環境になっているようだしな。全く気付けなかったのが恥ずかしいくらいだ。……しかし、これもあんたが仕組んだのか?殺せんせー」

 

「いえいえ。私を殺そうとする皆の熱意の賜物ですよ」

 

先生のその回答に、ロヴロさんは笑みを零した。意外にも、その笑みは優しさの感じられるものだった。

 

 

と思っていたら、イリーナ先生がこちらに駆け寄って来ていた。

 

「四季!やったわよ!!相手はあの烏間よ!ちゃんと決めてやったわ!あんたの言ってたことまんま使えたわ!!ホントやるじゃない」

 

かなり興奮しているらしく、呂律が回っていない。だから何言ってるのかよく分からない。その上バシバシと肩を叩いて来るもんだから、何だかそのテンションに腹が立って来た。

 

 

「相変わらず出来の悪い弟子だ」

 

「ロ、ロヴロ先生ッ! 先生もご覧に……」

 

イリーナ先生はロヴロさんを見たと同時に下手に出た。すぐ後ろにいたのに気付いてなかったのか。興奮し過ぎだ。これでちょっとは落ち着くだろう。

 

ジロリと見下ろすロヴロさんを前に、イリーナ先生はすっかり萎縮している。

 

 

「先生でもやっていた方がマシだな。必ず殺れよ、イリーナ」

 

 

「…………。はっ、ハイ!センセイ!!」

 

 

まるで親子のような二人だ。

ロヴロさんは厳しくもイリーナ先生のことを良く分かっている。分かろうとするためにしっかりと見ている。イリーナ先生もロヴロさんに褒められるのはとても嬉しいらしく、笑顔はいつもよりずっと晴れやかだった。

 

 

 

私は……私たちは、こんな風に笑いあえるようなことが一度でもあっただろうか。記憶を遡ってみても、思い出せるのは彼らの卑屈な笑みだけだ。心から笑い合えたことなど、まるで記憶にない。

 

目の前の二人を見てると、血の繋がりなんて実のところ大した意味は無いように思えた。

 

 

 

 

 



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雨中の刺客

 

 

 

部外者の私に真っ先に飛び込んできたのは、その音だ。

鋭利な刃物で一刀両断する時の小気味よい音。

 

その次にやっと目の前の光景に追いつく。

切り落とされ、空を舞う触手。

くるくるとカタツムリの殻のような渦の軌道。

綺麗な切断面まで見える。そこから漏れ出てくる粘液も。

重力に従い床に落ちた。それはまるで柘榴のようにドロドロの中身を撒き散らしていた。

 

床のそれに目が釘付けになるところに、響き渡る音が目線を上げさせた。

ヒュンヒウンと空気を切る音。

長く細くしなやかなそれは、まるで生き物のように自在に動く。

 

みんな驚いている。

生徒も先生たちも。

当の殺せんせーだって。

私だって。

 

目の前の暗殺は、余りにも現実から乖離している。一体誰がこんな非常識な殺り方を思いついたのか。世界中の誰も考えもしなかっただろう。私たちだってそうだし、殺せんせーだって想定外のはずだ。しかし、現実離れした殺せんせーを殺すには、相応しいといえるかもしれない。

 

 

怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなければならない。

 

その言を借りるなら、目の前の彼は、怪物を倒すために怪物になっていた。

 

 

ーーーーーーー

 

時は遡る。

具体的には八時間ほど前。

しとしとと降る雨が印象的な朝だった。なんて健気で謙虚な天気だろう、校舎から雨を眺めていた私はそう思っていた。

 

「今日の転校生ってどんな人だろうね」

「多分、殺し屋なんだろうけど」

「律に続いての転校生暗殺者とか、正直仲良くやれる自信無えよなー」

 

クラスの大半は今日から参加する転校生の話で持ちきりだ。この前の律さんの件があったから期待も不安もどちらも大きい。

 

今回の転校生情報は私にも入ってきた。烏間先生から携帯電話を支給されたからだ。スマートフォンではない折り畳み式。暗殺専用ということで、クラスメイトと先生方の連絡先以外が初期入力されていて、私から新たにアドレスの追加や編集が出来ない。ネットブラウジングもできず、機能制限が結構厳しい。これでは子供用携帯電話とほぼ同じ使い道しかできないだろう。その上でGPSで位置情報も割り出されているだろうし、電話やメールでの内容も監視されているはずだ。別に説明されたわけではないが、国の秘密機関からの支給品なのだ、それくらいは覚悟の上で使う。

ただ烏間先生に使用料金は受け取ってもらえなかった。あくまでもナイフや銃と同じ備品という扱いらしい。

 

その携帯電話(まさに文字通りの機能しかない)に転校生のことがメールで来ていた。

今度の転校生はちゃんと人間らしい。

 

しかし、私の中では優先度は高くない。転校生が男子だとねぇ。気持ちが入らない。

 

 

「さっきから何見てるの?」

 

窓際の席に座るカエデちゃんが話しかけてきた。

今私は彼女の椅子の後ろにいる。

 

「んー? 雨。しとしとと降ってるなーって」

「『しとしと』って何?」

「え?」

 

嘘。

通じないの?

 

「えっとぉ……穏やかに静かに降る雨っていうか。見ててしんみりするっていうか」

「へぇー。そういう表現あるんだ。っていうか、四季さん雨好きなんだね」

「ジメジメするのは嫌いだけどね。それに台風とかの荒れ狂った雨とかは好きじゃない。し、ザーザーする雨も小雨も嫌い」

「……何がどう違うのかな?」

 

「四季の感性ってホント不思議よねぇ。そのオリジナリティ溢れる頭脳でちょっと一作書いてみてよ」

 

カエデちゃんの後ろの席の優月も入って来た。彼女はあらゆるものを漫画に結びつけようとする思考の持ち主だ。侮れない女である。

 

「『ちょっと一作』って……その発言は漫画家志望者全員を敵に回したぞ。覚悟できてるのか」

「ノンノン。あくまでプロットよ。原案よ。そういう設定やストーリーの基幹部分を考えるだけの人だって今はいるんだから」

「それでどうやって物語をつくっていくわけ?」

「ネーム担当と作画担当との三位一体のプロジェクトになるの。まさに専門分業よね」

「そういう作品って完結するのかなぁ。その三人で方向性の違いとか起きたらお話破綻するじゃん。解散じゃん。打ち切りじゃん」

「それが目下の課題であります」

「印税収入の分配とかで揉めそうだね」

「うんうん。単純分割で全員が納得すればいいけどそんな都合良くはいかないみたい」

 

優月と話してると、こういうマニアックな話にドンドン沈んでいく。そこが面白いところでもあるんだけど、たまに浮かび上がれなくなることもあるから注意が必要だ。現にカエデちゃんは水面で置いてけぼりをくらっていた。

 

 

そんな話をしてるうちにチャイムが鳴った。自分の席に着くと同時に殺せんせーが入ってくる。

 

「おはようございます。今日からまた新たに転校生が来ることは烏間先生から聞いてますね?」

 

挨拶もすぐに先生から転校生の話題を振ってきた。

 

「律さんの時は油断して痛い目を見ましたからねぇ。今回は先生、簡単にはやられませんよ」

 

「ふふ。殺せんせー。私が彼より殺し屋として圧倒的に劣っていると知っても、同じことが言えますか?」

 

律はまるで冗談のように言うので、全員がその言葉を受け止めるのに、少し時間がかかった。転校初日、殺せんせーの動作パターンを分析して有効打をいくつもヒットさせた律が、圧倒的に?

 

「……ニュア、そんな脅しが先生に通用するとでも」

 

「本来私と彼は同時投入の予定でした。それなのに私が先に送り込まれた理由がそこにあるんです。私の性能では、彼の暗殺をサポートするには力不足、そう判断されたのです」

 

「……とても信じられないな。その転校生って人間なんでしょ?それなのに律よりも凄いって、どんな暗殺をするわけ?」

 

「暗殺スタイルについては詳しい情報が送られていませんので分かりません。ただ、私同様科学技術によって超常的な能力を有していると聞いています」

 

科学技術に超能力か。

まるでSFだ。

この世界は一体いつから揺らいでしまったのか。

 

 

扉がガラリと開いた。

教室に入って来たのは、白装束の男。

いや、全身包まれてるから見た目だけでは性別は分からない。ただ背格好が女性的でないっていうだけだ。

 

その謎の白装束は、私たちに対して手の平を見せる。

 

何だ?と思っていたら、そこから鳩が出てきた。その鳩は手から離れ教室を一周し、白装束の肩に止まる。

みんながその奇行におし黙る。

 

「……マジック?」

 

誰かのつぶやきに、白装束は愉快そうに笑った。

 

「驚かせたね。すまない。転校生は私ではないよ。彼の保護者だ。……まあ、白いし『シロ』とでも呼んでくれ」

 

無言で登場して、いきなり手品かましたら普通驚く。

隠れビビりの殺せんせーはどんなリアクションをしているのか、そう思って前を向いたが、殺せんせーがいない。教壇から音一つなく消えていた。

ただ、姿は見えないけど、服だけが取り残されている。

 

なんだ?

変わり身とかか?

そんなこともできるのか?

 

目で探したらすぐ見つかった。

殺せんせーの顔が教室の天井の角から出ていた。

顔しかない。身体がない。

 

なにあれ?

 

「殺せんせーがビビってんじゃねぇよ!」

「奥の手の液状化まで使ってよ!」

 

奥の手?液状化?

知らない単語に戸惑った。

 

「……ね、なにあれ?」

 

「ああ。四季ちゃんは初めてだっけ。殺せんせーあんな感じに流体になれるんだって。それで隙間とかに逃げ込めるらしいよ。奥田さんが調合した薬のおかげで」

 

「奥田さん凄いじゃん」

 

えへへと奥田さんは照れ笑いした。いやそんな控え目に隠すようなことじゃないぞ。もっと自慢していいことなのに。

 

角から出てきた殺せんせーは服の元へ這いずっていく。ナメクジみたいで気持ち悪い。

 

 

「それでシロさん。肝心の転校生はどちらに?」

 

「はじめまして。彼はちょっと性格とかいろいろ特殊でね。保護者の私が直に紹介しようと思ってね」

 

 

そう言って殺せんせーに近づいて羊羹を渡した。お近づきの印というやつか。律儀だな。そのまま私たちを一瞥する。

 

 

「みんな良い子たちそうですなぁ。これならあの子も馴染めるでしょう。おーい。イトナ。入っておいで」

 

突然背後の壁がミシミシと鳴った。

振り返ろうとした時には、グシャアとその壁が音を立てて崩れた。おおきな穴がぽっかりと開いて外からは雨や風やらが勢いよく入ってくる。そんな穴からなんの気負いもない足取りで教室に入り、近くの席に着く一人の少年。

 

「俺は勝った。俺はこの壁よりも強いことが証明された。それだけでいい。それだけでいい」

 

白い髪に、瞳孔の開いた目。

うわ言のようにブツブツと呟く。

 

 

は?

生徒の誰もが思ったはずだ。

顔を見渡すと全員がドン引きしている。

先生もどうしていいか分からないようで、顔のパーツがこんがらがっている。

 

「堀部イトナだ。気軽に下の名前で呼んであげてほしい」

 

「…………」

 

保護者のシロさんの紹介にもまるで反応がない。

大丈夫かこの子。

学校よりも病院に通った方がよくない?

 

 

 

ーーーーーー

 

混乱の中で始まった1日だったけど、授業そのものは何の障害もなくスムーズに進んだ。律ちゃんのことを思うと、

授業を妨害しないという点ではイトナくんは常識的で穏やかなものだった。

ただ、私が横目から見てる限りでは、イトナくんは授業を聞いているようには見えない。教科書も開かずノートも取らず、ただ黙ってうつむいているだけだ。休み時間中でも銅像のように動かない。あくまでも目的は殺せんせーであってE組にはないということがよく分かる姿勢である。でもそれだと殺せんせー出てっちゃうんだけど。

 

ちょこちょこ観察してたらいろいろ気づく。

まずカバン。膨らみ方がおかしい。教科書やノートとかでは出来ない風船のような膨らみ方をしてる。

次に制服。ブレザーだけは学校指定で他は普通の私服だ。インナーもスラックスもブーツも首元のファーも全部校則違反。

次に髪型。アホ毛なのかセットなのか分からないけど、やたら逆立っている。

 

話しかけても反応がない。

さりげなく肩に触れたり、髪の毛に触ったりすると避けるから一応こちらを認識しているらしい。

 

 

そして昼休み。

 

イトナくんは大量の菓子類を机に広げ出した。チョコレートにキャンディにキャラメル、ポテトチップスその他いろいろ。

持って来たカバンの中身は全部おやつだったわけだ。

 

ムシャムシャボリボリと凄い勢いで甘味を消費していく。

糖尿病、脳梗塞、心筋梗塞……将来の健康などまるで考えていない中学生。

 

甘い物好きってとこは、殺せんせーと一緒だな。

 

「それにしても、兄弟って言ってたのになんで殺せんせーは知らないの?」

 

兄弟、らしい。

殺せんせーとイトナくんが。

何言ってるのか正直意味が分からない。

朝の挨拶の時にイトナくんはそう宣言した。血を分けた兄弟だと。

それこそ冗談のようにしか聞こえなかった。ただイトナくんもシロさんもそのことについて疑いは全くないようで、部外者の私たちは展開の速さについていけない。殺せんせーも全く身に覚えがないらしい。

 

 

タコと人で兄弟っていうのも、信じられる話ではない。

 

もう、世界観がひっくり返ってる。

 

「きっとこうよ」

 

優月がイトナくんと殺せんせーのことの顛末を妄想で語り始める。が、その内容は二世代くらい前の骨董品マンガのようなストーリーだった。その上で筋もめちゃくちゃ。彼女はストーリーを人に聞かせる能力が欠落している。

 

「……そして二人は兄弟だと知らずに宿命の戦いを始めるのよ!」

 

「……うん。だからなんでイトナくんだけ人間なの?」

 

「それはまあ……突然変異?」

 

「ほんとにもう……ノリと勢いだけでストーリー妄想すんのやめなよ」

 

「いいじゃん面白いじゃない。四季も作ってみてよ?」

 

「えー。……きっと、それは殺せんせーの特別な出自にかかわること、とか」

 

「ほお。続けて」

 

「先生はどこかの国の秘密の研究施設で生み出された人工的生物兵器。けど、自分は人殺しなんてしたくないからそこから脱走したんだ。それで、イトナくんとあのシロって人が組織から離反した殺せんせーを始末しに来た。兄弟って言ってたのは、イトナくんは後から作られた新型の人型生物兵器ってわけ。だからナンバリングとしてイトナくんは殺せんせーを兄と呼ぶし、殺せんせーはイトナくんのことを知らない」

 

「おおー!なんかそれっぽい」

 

「うん。筋もちゃんと通ってるし」

 

「組織を離反した悲しき兵器とそれを許さず抹殺に迫る追っ手!燃える展開じゃない」

 

「ベタベタだけどね」

 

「いいのよ、そこはベタで。あんま特殊過ぎると読者はついてけないからそれくらいでいいの。キャラとか世界観で魅せれば」

 

「メチャクチャ言う編集だな」

 

 

当のイトナくんはニコリともしない。

話を聞いている風にも見えない。

自分のことを笑い話にされるのは気持ちの良いことではないと思うが、彼はまるで意に介さない。私たちのことなど多分背景程度にしか思ってないのだろう。

 

人間味というものが欠けている。

 

 

「でもさ、脱走した殺せんせーはなんでE組に来たわけ?」

 

カエデちゃんは当然の疑問を口にした。

 

「それは、本人のみぞ知ることかなぁ」

 

殺せんせーはこの手の話題を決してしない。自分から話そうとしないし、私たちから聞いても答えようとしない。

 

ひょっとしたら、イトナくんの加入によってその秘密にも近づけるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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計算の死角

 

 

放課後になるとイトナくん暗殺のための準備をやらされた。それは、教室の中央にリングを作るような配置でみんなの机を並べる仕事だった。これはシロさんの指示である。イトナくんはただ黙って突っ立てるだけ。もしかしたら暗殺のために精神集中してるのかもしれないが、表情が変わらないのでちっとも読めない。一方シロさんはよく話すし、よく笑う。にこやかな方だ。傍目ではそう見える。特殊な子の保護者というのはあんな感じで明るく振る舞うようだ。暗いテンションに引っ張られないように、むしろ自分で場を盛り上げていくということらしい。

 

 

にしても。

リングの中で殺せんせーとイトナくんの二人が向かい合っているのを見ると、暗殺というより試合に見える。

 

あるいは、決闘か。

 

つまり、私たちはただの観客であり部外者ということらしい。

 

「殺せんせー、普通の暗殺じゃもう飽きてるだろ?ここは一つルールを決めよう。リングの外に足がついたら、その場で死刑!どうかな?」

 

なんだそりゃ。

白線の上以外は海で鮫が泳いでるから線から落ちた奴は喰われて死ぬぞ〜、とかいう小学生の遊びか?

バカバカしいぞ。

 

「何言ってんだ。そんな口約束誰が本気で守るんだよ」

 

「いや、みんなで決めたルールを破れば先生としての信頼が落ちる。殺せんせーには意外と効くんだ、あの手の縛り」

 

「へぇ。カルマくん詳しいね」

 

「別に。ただの経験則」

 

カルマくんはバツが悪そうに笑った。私が来る前にいろいろあったようだ。

 

「いいでしょう。ただし、観客に危害を加えた時も同様に負けですよ」

 

基本暗殺にこういったルールは存在しない。存在しないから何でもアリだ。場所が決まってるわけでもないし、大人数でかかってもいいし、暗器も罠も存分にOK。どんな事をしても、殺せればそれでいい。人質をとろうが、裏切ろうが、何人もの犠牲が出ようが、どんな悪どく卑劣な方法であっても、殺せれば全て許される。

 

一方で目の前の暗殺はどうか。

場所も区切られ、手出し無用、観客の保護に、場外失格。何とも窮屈で不自由なことか。まるでスポーツだ。こういうフェアな殺り方は、相手がルールを破らないことが前提にある。ただそんな勝手な押し付けられたルールを律儀に守るターゲットなんていない。

 

殺せんせー以外には。

 

 

「……確かに理に適ってる。よくここまで殺せんせーのことを調べましたね、シロさん。この教室でも知らないことなんて、一体どうやって調べるんですか?」

 

「ふふふ。ありがとう。ただその質問は機密事項だ。教えられないね。国などという枠を超えた組織に我々が属しているから、とだけ答えておこう」

 

褒められて喜んでいるようだが、サラリと躱される。

 

 

 

「では」

 

シロさんが右手を上げた。

スタートさえも一律に行うらしい。徹底している。

 

「暗殺開始」

 

直後。

イトナくんの髪がいきなり伸びて、殺せんせーの左手の触手を切り落とした。

 

 

イトナくんの頭から伸びる白い触手によって。

 

 

その瞬間の全てを私ははっきりと認識している。彼の触手の軌道から、宙を舞う先生の触手まで。

 

私の体には雷に撃たれたかのような衝撃が走っていた。

 

 

 

ーーーーーー

 

試合ならぬ死合。

決闘ならぬ血闘。

 

 

その模様の全てを正確に描写することは難しい。なんせ舞台で踊る連中の駆動は私たち人間とは別次元だ。超スピードで繰り出される触手同士の戦いは、普通の人間に観戦なんて余裕を与えてくれない。吹き付ける風圧を全身で感じながら、残像を追うので精一杯。

 

ただし。

それだけしか見えなくとも、殺せんせーが劣勢ということは分かる。

 

触手を切られ、脱皮も使い、なおかつ変なライトで動きが固まる。予想外の触手と外野からの搦め手で殺せんせーの体力はみるみる削られる。それに対してイトナくんは未だ全開戦闘。イトナくんの容赦ない触手攻撃は先生を立て直す暇を与えない。

 

 

ジリジリと先生が追い詰められていく。

その様子を昂りを抑えながら見守る。

 

 

「ニュアっ!?」

 

今度は先生の足の触手が2本も潰される。その足もすぐに再生したが、先生の顔には余裕はない。

 

息も上がっているようだった。

狭いリングではマッハのスピードは出せない。相手は仮にも生徒なのだから反撃もできない。

 

殺せんせーだけが、多くの鎖を巻かれる中で戦っている。

 

フェアな試合だなんて、恥ずかしい勘違いだった。

 

殺せんせーとイトナくんはジリジリと向かい合う。集中の欠けない睨み合いだ。このままだと殺せんせーが負ける。

 

けれど、ここで殺せんせーが殺されるというのは、ひどく不愉快なことだ。

 

 

こんなんで、殺られるんじゃない……!

 

 

「……ここまで追い込まれたのは初めてです。一見愚直な試合形式の暗殺ですが、実に周到に計算されている。あなたたちに聞きたいことは多いですが、まずはこの試合に勝たねば喋りそうにないですねぇ」

 

「まだ勝つ気かい?負けダコの遠吠えだね」

 

「シロさん。一つ計算に入れ忘れていることがありますよ」

 

「ないね。私の計算は完璧だからね。殺れ。イトナ」

 

再びイトナくんの触手が舞い、恐るべき速さで先生に向う。少し目が慣れてきたが、そんなのは焼け石に水である。

 

イトナくんの触手が殺せんせーの体に突き刺さり、ドロドロに溶けた白い液体が飛び散った。

 

白?

黄色じゃなくて?

 

よく見ると、その液体は先生の体液とかではなかった。

溶かされた触手だ。

まるで対先生ナイフを当てた時のような。

 

ドロドロに溶けた触手はイトナくんのだった。

 

 

でも、どうやって?

 

 

「おやぁ?落とし物を踏んづけてしまったようですねぇ」

 

先生はハンカチをヒラヒラとさせている。まるでスペインの闘牛のように。そして先生のすぐ隣には数本の対先生ナイフが落ちている。そのナイフや周りには白い液体がこびりつくように巻かれていた。

 

ナイフによって触手が溶かされた。

そのナイフはどこから?

 

 

「…………」

 

先生。

周りの生徒からナイフをすったな?

ハンカチを使えば先生の触手は触れても溶けないし、置いたナイフをハンカチで隠してその上に乗れば、即席トラップの完成。

 

 

生徒を助っ人にする教師。

まあ、ルール違反ではないか。イトナくんだってシロさんがサポートしてるわけだし。

 

 

「同じ触手なら対先生ナイフが効くのも同じ。触手を失えば動揺するのも同じですよねぇ」

 

先生は動揺するイトナくんを脱皮の脱け殻で包んだ。かなり狼狽えているらしく、あっさりとつかまった。触手を失うとここまでパフォーマンスや判断力が落ちるのか。つまり殺せんせーもきっとそうなのだろう。

 

「でもね、先生の方がちょっとだけ老獪です」

 

そう言って、殺せんせーはイトナくんを脱皮した脱け殻ごと放り投げた。それは、私のすぐ横の窓を派手に破って、外へと放り出される。

 

危なっ。

服に掠ったぞ

それにガラス。

飛び散っただろうが。

破片が刺さったらどうするつもりだ。

訴えてやるぞ。

 

 

そんなことはいいとして。すぐに窓の外を見る。イトナくんはすぐに脱け殻を破り出てきた。その元気の良さから怪我などはないようだ。そういえば、渚くんはあの脱け殻のおかげで爆発を受けても火傷一つ負わなかったらしい。

 

しかし、イトナくんの足は……どころか体ごとリングの外にいる。

 

暗殺勝負は彼の負け。

 

「あらら。リングの外に足がついてますねぇ。ルールに則れば君は死刑。もう二度と先生を殺せませんねぇ~」

 

殺せんせーの顔は緑のシマシマ。

舐め切っている時の表情。

 

さっきまで殺られそうになって焦ってたのに。

 

でも、負けなくてよかった。

そう思える。

 

 

「生き返りたいのなら、この教室で皆と一緒に学びなさい。性能計算だけでは測れないのが経験です。この教室で先生の経験を盗み取らなければ、君は私には勝てませんよ」

 

殺せんせーのその言葉でイトナくんの様子が変わる。

どうやら、琴線に触れたらしい。

彼の目に怒りの炎が灯った。

ワナワナと肩が震え、再生した触手もゆらゆらと漂い始める。

 

 

念のために、手袋をつけた。

 

「俺が、弱い……?」

 

イトナくんの触手がみるみる黒くなった。その色は見覚えがある。京都でド怒りになった殺せんせーと一緒だ。

 

同じ触手と言った。

対先生ナイフが効くのも、触手を失うと動揺するのも同じ。

それなら、感情が触手に影響するのも、全て同じか。

 

 

「俺は、強い……この触手で、誰よりも……強くなった……!」

 

イトナくんは一足でひしゃげた窓枠の上に立った。触手以外でも彼の能力は人間を超えている。体がそこまで鍛えてあるわけでもないのに。どんな方法を使ったのか。

 

触手をあそこまで扱えるようになるために、人間の能力を超えさせる方法など、きっとロクでもないに違いない。

 

 

獣のような姿勢で殺せんせーへ敵意を向ける。イトナくんの血溜まりのような真っ赤な目には殺せんせーしか映ってない。生徒はもちろん、シロさんだって見えてないだろう。この状態だと何をしてくるのか分からない。だがそんなんにビビってたらこの教室ではではやっていけない。

 

「何言ってる。君の負けだろ。もう君の暗殺は終わったんだ」

 

「雑魚は黙れ!」

 

すぐ横にいる私に一瞥もせず、殺せんせーに向かって飛び跳ねた。

 

が。

わずか50cmほど移動したところでイトナくんの身体が止まる。ガクン、と見えない壁にでもぶつかったかのように。

そして、まるでそこだけ時間が停まったかのように、イトナくんの身体が宙に浮いて静止した。

 

「……!?」

 

「話は最後まで聞こうか。そうでないと足元すくわれちゃうよ」

 

 

 

さて。

観戦はもう飽きた。

試合も終わった。

 

 

「君の試合は終わったんだ。じれったい中手を出さずに我慢したんだ。だからこっからは私たちだって乱入するってこと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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斯くして彼らは殺し屋に




更新が遅れて申し訳ありません。
リアル事情のため、毎日の更新が覚束なくなることがあるかもしれませんが、よろしくお願いします。


 

 

 

 

「あはは」

 

 

目の前のイトナくんを見てると、つい笑いが溢れた。

 

 

まるで陳腐な芸術作品のような姿勢で固まっている彼の姿が可笑しかったのもあるけど、何よりも、全開戦闘ができることが楽しみだったのだ。

 

嬉しくて、楽しくて、愉快だった。

笑いが止まらないくらい。

 

沸沸とやる気が湧き上がる。

 

「何だ、これは……お前!何をした……!?」

 

イトナくんは自分の現状がまるで掴めないようで、かなり焦っている。いや、焦っているというより、狼狽している。意味不明で理解不能な窮地に立たされ声を荒げる彼は、先ほどとは別人のようだ。

自信満々で殺せんせーを殺しに行った彼とは。

怒りに支配され怪物のように暴れる彼とは。

 

 

あれ?

 

私が期待していたリアクションと違うな。

触手も、いつの間にか黒から白へと戻っているし。

 

「いやいやいや。イトナくん。そこは、『下らんマネを』とか『邪魔するな』とか言って私に敵意を向けるとこでしょ。能面バーサーカーのキャラが崩れてるよ。なんでそのまま引っかかってんの」

 

この程度はただのお遊びだと思ってくれると予想してたのに、イトナくんは今も必死に抵抗してる。その抵抗も愚直というか闇雲というか、的を外してて、仕掛け人としてはちょっと予想外だ。

 

予想外過ぎて、何か、テンションが冷める。

 

「……え?ひょっとして抜け出せない? というか、自分が何されてるのかも分かってない感じ?」

 

私の方が逆に驚いた。

気分が上がって下がったせいで冷静になる。

乱入とか言って昂ぶってたのが、恥ずかしくなってきた。

 

 

「放せっ……!」

「あっ、はい。分かりました」

 

素直に言うことを聞いた。

 

両手両腕を大きく振る。

指に手首に肘と、関節は柔らかく丁寧に動かすことを意識して。

 

ヒウンヒウンと囁くような音が教室に薄っすらと響いた。

さっきの時は殺せんせーの説教に被せて隠していたが、今ばかりは仕方ない。みんなも、先生たちも、シロさんもイトナくんも私に意識を向けている以上、もう隠しようがない。

 

 

イトナくんの身体が、ズルリと落ちた。

彼は身体を翻して着地する。そして、すぐに後ろに跳び退く。シロさんの目の前の机まで一歩で跳んだ。

そして怒りの目を向けられる。

 

「……なんか、その、ごめんなさい」

 

素直に謝ったが、イトナくんの目を見る限り許してくれそうにはなかった。すっかり恨まれてる。

 

うーむ。

冗談半分というか……私としては試供品感覚だったんだけど。イトナくんにとってはそうでもなかったようだ。

 

テンションが通常値を下回って、申し訳なさを感じるところまで落ちている。

 

 

「……ふむ。イトナ、今日はもう帰ろうか。君もまだまだ強くならないといけないね。それに、邪魔されてかき乱されたこの場で暗殺を続けても奴は殺せないし、得るものは何もない」

 

後ろのシロさんが静かに切り出した。イトナくんの肩に手を置いて、彼を宥めようとする。

 

 

「ま、待ちなさい。担任としてその生徒を放っておくことは許しません。生徒として転校してきた以上卒業まで私が面倒を見ます」

 

「なら休学させてもらうよ。その間私が家庭教師を務めよう。それなら文句はないだろう?」

 

ほお。

上手い切り返しだ。

担任教師、生徒、保護者という三角関係の立場を使って殺せんせーの主張を躱した。担任教師の立場では、これ以上の理論武装は難しい。ただのやっかみになる。

 

シロさんはかなり頭が回るようだ。

殺せんせーもぐぬぬといった顔になる。

 

イトナくんは先に教室から出て行った。扉からではなく、自分で開けた大穴からだ。

 

シロさんも続けて出ようとする。

 

「シロさん。殺し屋が殺しに失敗して、無事に帰れると思うの?」

 

「そりゃあ思えないさ。でも、君のターゲットは私たちなのかい?違うだろう?」

 

ふむ。

殺し屋としての脅しもサラリと流された。

こういう小狡い大人は相手に困る。イトナくんよりよっぽどか脅威だ。

 

「すんなり帰すわけにはいきません。イトナくんのこともそうですが、あなたには聞きたいことが山ほどあります」

 

殺せんせーは穴の前に移動していた。

シロさんを出さないように通せんぼしている。

しかし、シロさんはそれを前にしても歩く速さは変わらない。

 

「イヤだね。君に話すことなんて何もないんだから。帰らせてもらうよ」

 

殺せんせーの前まで来て、横から抜けようとする。殺せんせーが肩に触手を置いて止めようとした。

が、その触手がどろりと溶けた。

 

殺せんせーが驚いた顔で、自分の溶けた触手とシロさんを交互に見る。

 

 

なるほど。

シロさんの服は対先生用の素材でできているのか。その顔まで覆った怪しげな格好はそういうわけか。

 

 

シロさんは殺せんせーをしばらく見遣った後、何も言わず出て行った。それに対して殺せんせーも何も言わなかった。

 

二人が出て行ったあと、しとしとと雨が降り始めた。

 

ーーーーーー

 

 

 

「そういえば四季、あの時のイトナをどうやって止めたの?」

 

荒れに荒れた教室を片してた時、凛香が思い出したように聞いてきた。私も聞かれるまですっかり忘れていた。みんなも、ああそういえば、、という感じで見てきた。

 

 

 

「これ使ったの」

 

袖の中に仕込んでいた小さなリールを取り出してみんなに見せる。反対の手でポケットから先ほどの手袋を取り出した。

ただみんなはこれが何なのか分からないようで、不思議そうに首を傾げている。

 

 

「何それ?」

 

「簡単に説明すれば細い糸。あの時はこれを使ってイトナくんを吊るしあげたわけ。すっごい細いからぱっと見だと分からないから隠密性も高い。トラップ専門の暗器だね」

 

あまり細かく説明しても理解できないから、この程度の方が分かりやすくていいだろう。

 

「いつの間にそんな技身につけたんだよ」

 

「まあ、イリーナ先生にもいろいろと協力してもらってね。この糸も先生からもらったんだ」

 

「その手袋は?」

 

「手の保護のためつけてるの。この糸だと細さもそうだし強度もあるから、指も簡単に切れちゃう。手袋つける分繊細な感覚を犠牲にしちゃうんだけど、手を傷つけるよりはマシなんだよね」

 

「糸で人間一人吊るすことなんてできるの?」

 

「糸の強度や耐久性が優れたやつを使ってるから。強度計算もしたし。たくさんの糸を使って負荷を分散させて調整もできるしね」

 

みんなが思い思いの質問をしてくるわけだが、結構ポイントをついてきて回答に困るものばかりだ。

実際扱う上で難しい部分は多い。

っていうか、実戦ではほぼ扱えない代物だと感じる。ナイフで刺したり銃で撃つ方が絶対に速いし。

 

 

「……さすがね」

 

「いやいや、まだまだ半端モノだよ。糸に重石つけないと狙った位置に引っ掛けられないし、その引っ掛けた糸も多過ぎるから把握に神経使うしねぇ。糸の回収だって、ようやく絡まずに出来るだけようになったとこだもん。イトナくんには通じたけど、あれはイトナくんガチ切れてたからだろうなぁ。殺せんせーには多分通じないだろうなぁ」

 

罠として仕掛けても見抜かれるだろうし、直接引っ掛けようにも糸が届くまでに躱される。

 

難易度と比べれば割りに合わない技術といえば、その通りだ。安直な思いつきで手を出した分、正直悔やまれる。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

クラスみんながワイワイとしていたが、次第にそれも静かになった。そして、後ろから注がれる先生方三名の視線が相対的に圧力を増し始める。

三人とも黙って私を見てるのだ。

その視線が気になる。

チクチクと痛い。

 

「……四季さん、ちょっと話があります。教員室に」

 

 

教員室で何をされるかと思ったら、お説教を受けた。なぜ叱られるのかといえば、糸の拘束技術というのは危険だからである。糸で自分の指が切れるのもそうだけど、それ以上に対象への危害性が高い。

それはその通りで、もともとは殺人術なのだから、使い方では普通に人を殺せる。

首だけに糸を巻きつけて締めれば、それで終わりだ。呆気なく殺せる。

 

そう思ってたんだけど、殺せんせーが言うには拘束だけでも危険な技術らしい。

例えば相手を縛る時に、強い圧迫を長時間続ければその部位で鬱血が起こり、そのままだと細胞が壊死することもあるそうだ。また圧迫を急に解放するとクラッシュ症候群という現象も起こるらしい。震災でがれきで埋もれた人が救助された後この現象で容体が急変するという。

 

それは知らなかった。

でもイトナくんにはそこまでの圧迫はしてないし、私にだって反論はある。

 

殺せない殺せんせーを殺すためなのだ。

危険になるのは避けられない。

 

 

殺せんせーにそれを言うと、先生は黙ってしまった。

 

ちょっと申し訳なくなったので、殺せんせー以外を相手には使わないという約束をしたら、それで了承してくれた。

 

 

正直、どうしてそこまで熱っぽく語るのか分からない。別に、これで殺せんせー以外の誰かに使おうとか考えてないのに。

 

 

教室に戻ると、みんないなくなっていた。

帰ったのかと思ったけど、カバンがある。

どこに行ったかと思ったら、みんな外にいた。破れた窓から見ると、校庭の木でロープ昇降の訓練をしてる。

 

何があったのかは知らないけど、烏間先生の訓練を受けている。

今までは私だけだったのに。

 

ワイワイと騒ぐ声がここまで聞こえてくる。

みんな真剣に取り組んでいる。

 

その光景は、とても微笑ましくて、見てるだけで気分が良い。ただ、私は独り遠くから見てるだけで、それがとても寂しかった。

 

 

 

 

 

 



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閑話・殺し屋の資格。

 

 

 

 

右手のナイフがまた空を切った。シュンと気持ちの良い音がするが、手応えが無いのでは虚しいだけだ。間髪入れずに連撃を入れるも殺せんせーには掠りもしない。

 

どころか先生は余裕の笑みを浮かべている。

ヌルフフフと笑い声も聞こえてくる。

 

放課後の教室。

夕焼けが教室を仄暗く照らす中、私は一人暗殺に勤しんでいた。

 

マッハスピードを封じるためのナイフによる超近接戦。多少は効くかと期待したけど、そんなことは全くなかった。むしろ先生は私の期待を嘲笑うかのように紙一重で避け続けている。実力差を知らしめてるのか、耳元で『おやおやぁ』とか言ってくる。

 

ナイフを振るっては躱され。

ナイフで刺しては避けられ。

ナイフで薙いでは退かれて。

 

 

本当に当たらない。

このままでは埒が明かない。

 

だから、先生が私から一歩分距離を取ったところで、勝負を仕掛けた。

 

 

私はずっと振るっていた右手のナイフを放った。先生に向かって投げたのだ。切っ先は精確に先生の頭へと真っ直ぐに向かって行く。

 

「にゅっ……」

 

ここで先生の笑みが崩れた。投擲は体育の授業でも教わってないし、何より近距離でナイフ投擲など普通はありえない。戦闘で武器を放すなど愚の骨頂。そのまま攻め込まれてゲームオーバーだ。

 

しかし、反撃をしない殺せんせーにはそんなことを気にする必要がない。

 

1mも離れていないこの距離では、ナイフが殺せんせーに刺さるのにコンマ数秒で十分。殺せんせーはこのナイフには触れられないから、取れる手段は回避のみ。咄嗟に避け切るほどの反射は先生にはないはず。

 

が。

突然、先生は頭の形がCの字型になった。

グニョンと柔らかく頭がうねって空洞が生まれる。ナイフはそこを素通りした。

 

避け方が規格外過ぎる。

なんだそれは。

 

けど、避けられるのは想定内だ。

 

ナイフを投げた瞬間、私は先生との一歩の距離を詰める。左手の袖からナイフを取り出し、先生に突き出す。先生がナイフを避けた時にはもう、左手のナイフは先生の首元へと迫っていた。

 

先生はの視点は私が突き出すナイフに集中している。

 

 

ここだ。

左手でナイフを突き出しつつも、右手で思いっ切り引っ張った。

すると、殺せんせーに避けられ、失速していたナイフがその勢いよく戻ってくる。そのまま殺せんせーの頭に……

 

「さすがですねぇ」

 

先生のその声が聞こえたと思ったら、自分の体が宙を浮いた。視界が天井と床をぐちゃぐちゃに掻き混ぜられて渦のようにうねった。

驚く間も無く床に墜落。

 

ぐえっ。

カエルが潰れたみたいな声が出る。

 

「ヌルフフフ。投擲に仕込みナイフに暗器、斬新なアイディアをふんだんに使った暗殺お見事です。なるほどなるほど。投げたナイフにあらかじめ糸を結びつけてあったんですねぇ。先生はこのナイフには触れられませんから、投擲には回避しか術かない。そして回避してしまえば、投擲した武器など意識の外に追いやられる。その心理を逆手に取り、糸でナイフを手繰り寄せて後方からの強襲。ナイフ柄で攻撃とは恐れ入りました。確かにこのナイフはグリップの部分まで全て先生に効果があります。その着眼点お見事です」

 

先生は私を起こしながら今回の解説を始めた。落下の衝撃でグワングワン頭が揺れているからよく聞き取れない。とにかく近くの椅子に座った。見上げると先生の嬉しそうな顔が目に入った。

 

「カムフラージュの左袖のナイフもよくできていました。普通に投擲を囮にしたトドメの一撃だと思わされましたよ。まさか二重に囮を用意しておくとは。本命は糸を使っての死角からの挟撃。ヌルフフフ。騙し討ちにかけては君はクラス一ですね」

 

頭も落ち着いて先生の言葉がやっと理解でき始めた。とりあえず、私の策が全部看破されたということは分かった。

 

結構自信あったんだけど、先生には届かなかった。

 

 

「しかし、右手で糸を引っ張る動作が大きいのが惜しいですねぇ。折角左手のナイフに意識が釘付けになっていたのに、その動作で右手にも反応してしまう。まあ、普通のターゲットなら右手に意識が向いたところをそのまま左のナイフで刺してお終いですが、生憎先生は超スピードのターゲット。両の手のナイフをいなすなど一瞬もあれば十分です」

 

先生が両の触手をユラユラと揺らした。片方には糸で結んだナイフがフラフラとぶら下がっている。糸は教室に差し込む夕焼けを反射してキラキラと光っている。

 

「また。いくら細い糸でもこのように光を反射してしまうとすぐにバレてしまいます。トラップにしようものなら致命的ですよね。こういったことも気をつけながら次の暗殺に活かしてください。では、今日はここまでにしましょう。また明日」

 

 

先生はナイフを糸ごと私の前の机に置いて教室から出て行った。鼻歌を歌いながらの退出は何とも腹立たしい。余裕綽々のその態度をいつか

 

教室はこれで私一人。

誰かの机にうなだれた。

 

これでもう何回暗殺に失敗しただろうか。数えるのも億劫になったのでやめてしまった。

 

ため息が溢れる。

ああー。

やっぱあのスピードはずるいって。

ムリだって。

決まると確信した瞬間にひっくり返してくるんだもん。

どうやって殺せばいいのさ、あの怪物は。

 

 

そうしてるうちに、ガラリと教室の戸が引かれる。

扉の前にはイリーナ先生がいた。

結構真剣な顔をしている。

 

「……イリーナ先生?なんですか?」

 

「四季。さっきのワイヤーの技術、私にも教えて」

 

 

この日の出来事は、確か修学旅行に行く前だった。

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

早朝。

時刻にして午前5時30分。

山の中腹に位置するこの校舎は6月に入ったというのに寒いし、暗い。

 

私の目の前で、イリーナ先生がワイヤーを使って人形と組んず解れつの格闘をしている。人形の首にワイヤーを巻いて木の枝を滑車に吊るし上げたり。

 

 

なぜこんな早い時間なのか。

 

殺せんせーに特訓を悟られないようにと言われたが、眠い。

あくびを我慢するのもとっくにやめた。

バイトと言っても私が何かをしてるわけではないし。

 

イリーナ先生は一人でいろいろやってる。

何で私を呼んだんだ。

 

今日のバイト料は1万円でも釣り合わないな。

 

とか考えてたら、ぶちんと大きな音がした。顔を上げると、ワイヤーが切れてイリーナ先生が人形に押し潰されていた。先生は手足をバタバタと動かしてもがいていた。一人で起きれないらしい。まあ重いからね。

 

先生を助けるために人形をどかす。

 

 

「痛ぁ。なによこれ。なんで切れんのよ」

 

イリーナ先生はご立腹である。

といってもこの人形、人間を模すために約50kgの重さのある等身大人形なのだ。強度に優れたワイヤーだって使いようでは破断しても別におかしくない。

 

何だって万能ではないのだ。

 

 

私はイリーナ先生に手を貸して先生の身体を起こした。

 

「イリーナ先生。やっぱ考え直した方がいいです。先生の腕力じゃ一本のワイヤーで人間一人を吊るすのはハードルが高い。首を締めるようなやり方ならなおさらです」

 

「でも、ワイヤーで拘束するなら吊るすのが一番確実じゃない。縛り付けるなんてできっこないわ」

 

「だったら、ワイヤーを複数本使って負荷を分散させるなり対策しないと。今のやり方だとワイヤーがもちません」

 

「分かってるわよ。でも本番じゃ何本もワイヤーを持ち込めるわけないでしょ。銃やナイフを持ち込むリスクと変わらないわ」

 

結局こういった感じで互いに言い合うことになる。結構無茶な暗殺を画策するイリーナ先生に対し現実的な思考で宥めようとする私。

 

暴れ馬と調教師みたいな関係だ。

性欲の暴れっぷりといいイリーナ先生にはピッタリだ。

 

「失礼なこと考えてない?」

 

「まさか」

 

「あんたもちょっとは対策考えてよ」

 

「ワイヤーという選択肢を見直したらどうですか」

 

という今までの努力をひっくり返すワイルドワードが喉元まで出かかったけど、 我慢した。それは最後の手段だ。切り札というのは、ここぞという時に使うものであって無闇やたらに乱発するものではない。

 

一度先生の全身をじっくりと見た。つま先から脳天までナメクジが這いずるようにねっとりと。

 

ホント良いカラダしてるよなぁ。

 

それはともかく。

先生の腕力、体力、反射神経に瞬発力。色仕掛けの暗殺スタイルにワイヤーの有用性。たくさんの要素が頭の中で乱反射していろんなシーンが駆け巡った。けど、ほとんどが現実性を無視していて篩にかけられ落ちていく。

 

 

むー。

 

とりあえず一個は何とかなりそうだけど。

どうだろう。

上手くいくか分からないな。

 

 

「……分かりましたよ。一回やって見せますね」

 

私も本気を出すためにジャージを脱いだ。肌寒いがしょうがない。これも先生のため仕事のためお金のためだ。どれが最重要なのかは伏せておく。

 

ジャージは適当に放っておく。

 

「なんで脱ぐのよ」

 

「ちょっと本気出すためです。先生は楽にしててください」

 

言うと先生は座り込みその木にもたれかかった。楽にしてって言ってここまで楽にできるか普通?一応暗殺のデモンストレーションなんだけど。

 

まあ。

そうしてもらえた方がぶっちゃけやりやすいんだけどね。

 

そして、そのまま木にもたれている先生に近づいた。

 

「先生、動いちゃダメですよ」

 

「何よ……」

 

怪訝そうなイリーナ先生の脇から木の背後に回る。先生は私の姿を目で追おうとして身体を捻らせて木の後ろを見ようとした。

 

その時。

右手で糸を強く引っ張る。

 

ジャージがバタバタとはためいて、先生の顔へと飛んでいく。先生は迫ってくるジャージに驚いて反射的に両手で振り払った。もちろん特別な仕掛けなんてただのジャージだからターゲットにしつこくまとわりつく機能なんてない。先生はすぐに投げ捨てた。

 

だが、目眩し《ブラインド》としては十分だ。

その一瞬が命取り。

私はその隙に、すぐ横からナイフで先生の首筋をなぞる。

グニンと柔らかな手応え。

斬るのでもなく抉るでもない。ただ反発し弾かれる。

もちろん対先生ナイフだから傷つくことはない。

 

 

これこれ。

あの時の殺せんせーに、こういうのがしたかったんだよなぁ。

 

 

私は先生の方を向いた。

 

先生は目を剥いて驚いている。自分の首を、ナイフが当たったところを丹念に撫でている。

 

このナイフが本物だったら首から血を吹き出して死んでいる。そんな想像をしてるんだろう。

 

ワイヤーというのは、こういう風にも使えるのだ。

 

「まあ、こんな感じですよ。ワイヤーを直接殺しのトラップに使うんじゃなくて、相手を動揺させて隙を作る一手に組み込むんです。これくらいなら、腕力はさほど必要ないし、先生の色仕掛けのスタイルを削ぐこともないでしょう」

 

 

「……やるじゃない」

 

先生は笑って強がってみせた。声が震えている。けど、そこをつついてバカにするのは子供のすること。大人らしく何も言わない。気づいてても言わないのが優しさでありマナーである。

 

 

「このアイディアはありがたく使わせてもらうわ。絶対にモノにしてやる」

 

先生は校舎の方へと向かった。今日のバイトはここまでか。終わるのが早すぎる。まだ午前6時なんだけど。

 

イリーナ先生の背中からは怒りの湯気が見える気がする。踏み鳴らすような歩き方といいなんだか怒ってるみたいだった。どうにも歳下にはっきりと教えを授けられるのは性に合わないらしい。今までの私はアドバイザーだったけど、今日はインストラクターみたいなものだったからか。別に私はそれで上下関係を決めようとしたわけじゃないけど。

 

 

私も校舎に戻って着替えるか。いや一旦帰る手だってある。まだ午前6時だ。帰ってシャワー浴びてご飯を食べても十分に登校時間には間に合う。

少し迷ってると、イリーナ先生が戻ってきた。

と思ったら封筒を投げつけてすぐに立ち去った。

 

なんだこれ。

かなり厚いけど。

中を見たら札束だった。

縦にだって立ちそうなほど厚い。

 

おいおい。

さすがに桁が違うぞ

これはあれか?

アイディア料か?

アドバイザー料の100倍はあるけど。アイディアってそんな高く売れるのか。

 

普通なら舞い上がるところだが、金額の大きさにかえって冷静になる。

いやいやいや。

これ、すでに失敗した暗殺のアイディアなんだけど。

中古品のガラクタだ。この金額とは絶対に割に合わないと断言できる。

 

こんなにもらえるんだったら、今の私が模索してる暗殺のアイディアを見せた方が良かったかもしれない。イリーナ先生のためになるかは知らないけど、確実にそれより高度であることは間違いない。でもそこまでする必要もないかぁ。

 

 

校舎に入って着替えるのはやめた。

家に帰るのもやめた。

ちょっとスイッチが入ったから。

今からは自主練の時間だ。

 

私は手袋をつける。

黒い革の手袋。まだ馴染んでないので指を動かすのには違和感がある。

 

糸に触れ、感じ、イメージする。

先生が置きっぱにしたモデル人形に糸を投げつける。糸が空気を裂く音は聞こえない。風の音で隠されている。さらに隣の木に引っ掛ける。幹に、枝に、至る所に。細くて見えなくとも、どう糸が絡んでいるのかをイメージする。

 

両手を動かし、十指を操る。

すると、だいたいのイメージ通りに、人形は木の幹に磔にされた。これくらいの近さで、動かない対象を相手になら慣れてきた。

 

 

もっと遠距離からでも。

対象が自在に動いてでも。

同じことができるように。

もっとスマートにできるように。

 

鍛錬と上達の繰り返し。

ゴールがどこにあるのかが見えなくても、一歩ずつでも進んでいく。

 

これに耐えられないようでは、殺し屋にはなれない。

私はそう思っている。

 

 

 

 



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Giant-killing《大物喰らい》 昔話①

 

少し昔の話をしよう。

この話は今の私にも関わってくるから、ここいらで補足が必要だと思う。

 

私は今一人暮らしをしている。

椚ヶ丘中学の最寄駅から7つ離れた駅前の一世帯向けのマンションでだ。部屋は2LDK。ただし現在使用してるのはリビングのみ。後の二つの部屋は今では開かずの間の状態だ。

 

それでもほんの一年も前までは、ごく普通に、ごくごく普通に、両親含め家族と暮らしていたわけだけだが、まあ、ある事情によって一家は離散した。

 

以前は、父『小野万里《ばんり》』と母の『二葉《ふたば》』、そして7つ下の弟の『七海《ななみ》』との四人暮らしだった。

 

私の名前といい、数字が目につく一家である。これは別に両親の価値観が奇特だったわけではない。両親含めてこの家系の全員が奇特だっただけだ。たとえば、既に鬼籍に入っている父方の祖父の名は『京《けい》』だったし、母方の祖母の名は『百花《ももか》』だった。代々名前に数字がつけられている。まあ、数字一家だ。私の得意科目が数学である事と関係がないとは言い切れない。

 

縁起とか、由緒とか、そういうものに縛られた家系だった。当時は何も思わなかったけど、思い返せば今時珍しい家族である。普通の核家族世帯だというのに、親戚や祖父母両親との交流が深いわけでもないのに『家』というものを重んじていたのだから。

 

父はとあるIT企業の社員である。プログラマと呼ばれていた仕事をしている。今風に言えばシステムエンジニアか。朝は早いし帰りは遅い。土日だろうが普通に仕事に行く。仕事一辺倒の人間だ。一緒に過ごす時間などほとんどなかったけど、それでも僅かばかりの時間のことは今でもよく憶えている。人柄は大人しい。大人しくて柔らかい人だ。まるで低反発まくらのような人だった。これは決して揶揄ではないから勘違いしないように。

一方で母はそこそこに行動的な人だった。苛烈でも過激でもないけれど、ぬるま湯くらいには熱のある人だ。こちらは父と同じ会社の営業職だった。職場結婚というやつだ。結婚してからも仕事は続けたが、私の妊娠を理由に仕事を辞めた。当時の労働状況なら普通のことだ。産休やら育休やらが世の中に広まる前の話なのだから。それでも母は再就職したかったらしい。それくらい熱のある人だった。でも結局は近くのスーパーのパート社員で妥協した。それくらいにぬるい熱だった。これも揶揄してるわけではない。

 

そんな中で、四季《わたし》は産まれた。

生みの親たる両親同様に普通に産まれて、普通に生きてたつもりだったけど、どうにも違ったようだ。両親にとって私という子供は愛すべき愛娘というものではなかったのだから。

 

嫌われていたかは知らない。ただ二人は、私から明らかに距離を置いていた。

 

褒める時も余所余所しい。笑顔が引きつっていた。目は笑っていなかった。頭を撫でてくれたけど、その手は震えていた。逆に、叱る時もそう。奥歯にモノが詰まったような、歯切れが悪くたどたどしかった。表情も何かに怯えるような、私に怒らせないように苦笑いだった。

 

実の子どもを本気で叱れない親というのは確かにいる。けど、本気で褒めることのできない親というのは私は知らなかった。それは私への距離を示していたものと今では思っている。

 

そもそも褒めるのも叱るのも主に父だった。母から叱られた記憶はおろか、褒められた記憶もほとんどない。それどころか、会話した記憶がまるでない。それくらいに距離を置かれていた。より生々しく説明すれば、母が再就職したかった理由とは当時幼い私と四六時中一緒にいるのが嫌だったからだという。これは本人に直接聞いたので多分間違いではない。

 

 

 

無論。

当時の私は2〜5歳くらいだ。そんな両親の内心など知るはずもない。そんなことに気付けるような聡明さなどあるわけもない。まだ幼いから普通に鈍かった。なんとなく、こういうものかと思っていた。

 

私と彼らの間の距離に気付いたのは、七海が産まれた時からだ。つまり私が小学生に上がった頃である。ちょっとは頭を使うようになる頃だ。

 

二人が七海に向ける、想いというのかエネルギーというか……そう、『愛情』は、私とは比べ物にならなかった。七海に向ける笑顔というものは、それはもう眩しく光っていたし、七海に向ける言葉は愛に満ちていた。私とは雲泥の差だと言っていい。

母親の母親らしい顔というものを、私は初めて見た。今でも憶えている。首がやっと据わった頃の七海を抱っこしている時の母の顔。目からも口元からも表情からも、全てから愛が滲み出ているあの神様のような顔を。

 

羨ましく思ったのは事実。

ただ、妬ましくは思わなかった。

それはまず、七海が本気で可愛かったからだ。

 

男の子なのに、本当に、可愛らしかった。これは認めざるを得ない。私だって両親と同じように弟を可愛がったのだ。その可愛らしさは突き抜けている。だから、私と両親との距離の理由は、弟が可愛らしいからで、私がそれほど可愛くないからだと思った。

 

そして何より、七海が私にとても懐いていたからだ。

 

 

特に幼児期の世話をしたわけではない。小学生になった私はいろいろな習い事をこなしてたから、七海に関わることはほぼなかった。朝学校に行く時には七海はまだ寝てたし、家に帰ってくる頃には七海はもう寝てる。小学生と赤ん坊というのは、生活サイクルが当然に違う。

 

それでも。

七海が歩くようになって、話すようになって、私のことを認識するようになって、そして懐いてくれたのは何故か。

私にも弾けるようなあの笑顔を向けてくれたのは何故なのか。

結局分からない。

今でも分からない。

二、三歳の頃から私にかなり甘えてきたし、保育園に入ってからも私にベタベタだった。

世話を焼いた母よりも私に懐いていた。

 

 

両親は私を疎み、両親は弟を愛し、私は家族を愛して、弟は私を愛してくれた。

 

 

よくよく思い返してみれば、なんとも脆い関係性だ。フラジャイルだ。こんな家族を家族として繋ぎ止めていたのは七海じゃないか。七海がいたからこそ、私たちは家族としてギリギリ成り立っていたのだ。だから、七海がいなくなれば呆気なく崩壊すのは当然だ。

 

 

事実その通りになった。

七海が死んでしまった後、私の家族は木っ端微塵に消し飛んだ。

 

これも決して揶揄ではない。

言葉通りの意味である。

 

 

 

 

 

 

 

 



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Escape-Sin《現実逃避》



また久しぶりに投稿してこうと思います。



 

 

6月の下旬になると、雑巾のような色をした雲はもうない。

空は青く、雲は白い。

陽射も強く、目が眩むほど。

 

今日は日曜で、私は一人で出掛けている。

外を歩くと足下が熱い。

夏が近づいていると思った。

 

家を出て20分ほど歩いたとこに、そのお寺はある。

 

今日は墓参り。

1年前に亡くなった、弟の七海の。

 

 

寺の石門を潜り境内に入る。お堂には寄らずにそのまま墓地の方へと向かう。桶と柄杓を借りて水を汲み、七海の墓へと向かった。

七海の墓に供えた花は枯れかかっていた。

 

「一週間前に替えたのに」

 

湯呑みの水を取り替えて、古い花を捨てた。花壇に水を注いで新しい花を供えた。

最後に、ロウソクと線香を焚いて、手を合わせる。

 

 

「…………」

 

作業をしているといろいろと思い出してしまう。

 

墓を建てたのは父だ。

葬儀の段取りを全てやってくれた。

母は葬儀には一切出席せず、ずっと家で泣いていた。

七海の死を受け入れることができなかったのだ。母は七海を溺愛していたから。

何日経っても母は立ち直れなかった。

むしろ日に日に精神を病んでいった。パートも辞め、外に出なくなった。ずっと七海がいた子供部屋で泣いていた。

 

一方で、父は変わらないように見えた。

毎日毎日仕事に行っていた。

けど、それは、そう見せていただけで、やっぱり堪えていたんだと今なら分かる。

家にいる時間が明らかに減っていたから。きっと、私にも母にも会わないようにしていたのだ。

 

私は必死だった。

家族を支えようと、悲しみで潰れないよう明るく振る舞った。

母を落ち着かせるために、家事も全てこなしたし、父の支えになろうと出来る限りのサポートもした。

なにもせずにいたら、家族は不幸へ引きずりこまれると思ったから。

 

 

けれど。

家族は不幸になるより先に、破綻した。

あの家は、もう家ではない。

 

そして。

二人がここに来ることは、きっとない。

 

 

「…………」

 

目を開けると、ロウソクの火は消えていた。もう一度つけようとしたけど、風が強くて上手くいかなかった。

線香はまだ燃えていた。だけど煙は風に流されて見えない。

 

 

線香の煙は死者の下へと届くという。

その煙は遺されたの人の思いを運び、痛みに苦しむ彼らを楽にさせると。

これは寺の和尚さんが教えてくれた。

 

七海は車に轢かれた。

建築資材を運ぶトラックで、車重から衝突時の衝撃は凄まじいものだと予測がつく。

それを当時7歳の小さな男の子が受けたのだ。七海の身体は原型を留めていなかった。

 

どれほどの痛みを、七海は受けたか。

 

「……ごめんね」

 

ここに来るとこれしか言えない。

他に言うことが思いつかない。

七海の前でこそ明るく楽しくいた方がいいのに、後悔と失意が渦巻いて、涙がこぼれそうになる。

 

「また来週に来るからね」

 

そう言って、私は七海の墓を後にした。

傍から見れば、まるで、逃げるように立ち去っていた。



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Mouse-Cat

球技というのは、男女で使うボールが変わらないらしい。体育の授業レベルでもそうだし、プロと呼ばれる人たちの試合でも同じボールを使うとか、そんな話を聞いたことがある。

テニスとか、バレーとか、バスケとかは、テレビでたまにやるのを見ると、確かに男女で使う道具にほぼ差が無い気がする。もちろん、これは相手が同性の選手だから成り立つわけだけど、それでも、性差と身体能力の差はやっぱりつながっている。

 

「身体能力で劣るのに、無理して合わせる必要ある?」

 

私なんかはそう思っちゃうけど、まあ、昔は男女差別とか激しかったわけで、そういう理由があったかもしれない。

 

 

何が言いたいのかというと、バスケットボールというスポーツは素人の女子中学生には酷だということ。

 

 

 

 

「片岡さん、18時30分まであと5分です。片付けに入らなければ」

「もうそんな時間? じゃあ今日はこれで終わろっか」

 

片岡さんの合図で、今日の練習は終わりになった。クラスのみんなはボールを回収したり、モップをかけたりと動き始める。私もモップ係で、コートを一通り一周する。

 

「お疲れ様」

 

隣に神崎さんが近づいてきた。

体操服姿の彼女は、制服の時よりも華奢に見える。体つきもそうだし、仕草や振る舞いにスポーティさが感じられないからだと思う。

 

しかし。

 

「……神崎さん、普通にバスケできてるよね。経験あるの?」

 

パスをもらうだけで突き指しそうな程にたおやかな神崎さんは、ドリブルやシュートも普通様になっている。

 

「経験は、、体育の授業くらいだよ。私自身、身体を動かすのはあんまり得意じゃないんだけど」

 

それはあれか。

謙遜か。

ドリブルがボールを追いかけ回すだけの私にしてみれば結構響くんだけど。

 

 

 

「……E組にはバスケ部出身いないのに、みんな普通にできてるんだよねぇ」

 

哀しみのあまりモップにうなだれた。

そう。みんなは動けてるのだ。これは上手いというわけではない。動きは拙いしぎこちないけど、でも固くない。身体の動かし方を知ってるとでもいうのか、こういうタイプは練習を積めばトントンと上手くなる。

 

一方で、私はというと……

考えるだけで気が沈む。

 

「でも、四季さんは糸の扱いとか、他の人にはできないことがあるし、それだけでも凄いと思う」

 

「……ありがと」

 

神崎さんなりのフォローらしい。正直なところフォローにはなってないのだけど、神崎さんの微笑みには心が安らぐ。

 

少し前に似たようなことを烏間先生にも言われたのだ。

 

(相手の不意を突く動作やカモフラージュ、何より糸を巧みに操る技術は凄まじい)

 

ここまで聞いて、褒められたと思って普通に嬉しくなった。

 

のだが、

 

(だが、一方で君の身体能力はクラスの中でも見劣りする。基本となる身体の底上げをすればもっと君の強みを活かせるはずだ)

 

見抜かれてた。

もっとも過ぎて茶化すこともできない。力なく頑張りますと応えるのがやっとだった。

 

体育の訓練でもヒシヒシと感じることだが、私の運動能力はクラス内でも下位。多分ワースト5の一角。

 

殺せんせーに傷をつけたこともあるけど、それは登校初日の不意打ちだけで、その後の暗殺は全て看破されてる。烏間先生とのナイフの実践訓練でも素の身体能力で当てたことは一度もない。当てるどころかかすりもしないのだ。

 

女子勢も動きが良くなっているのに、私だけ特に成長なし。

 

 

「はあ……」

 

「四季さん。どうしました?」

 

「律ちゃん。何かアドバイスちょうだい……」

 

「ドリブルは重心を低くした方が安定するというデータがあります。あと」

 

「…………」

 

いや、私はドリブルでボールを真っ直ぐつけないんだよ。

そんなレベルなんだよ。

 

 

 

球技大会はもう明後日。

お荷物から抜け出すのは絶望的...

 

 

ーーーーー

 

椚ヶ丘中学では6月の終わりに球技大会が開かれる。男子は野球で、女子はバスケ。学年内対抗のトーナメント方式で行われるので、4クラスしかないウチの学校ではすわりがいい。

唯一三年だけは我らE組のおかげで5クラスとなるのだけど、そこはエンドのE組、トーナメントには最初から組み込まれていないのだ。

 

出番がないのにどうして市営の体育館を借りてバスケの練習をしてるかというと、E組にはエキシビションが用意されているから。男女ともに野球部とバスケ部のレギュラーを相手に試合を組まされている。

E組は本職の精鋭にボコボコのボロボロにされるのがお仕事。

つまりは公開処刑。

この学校のE組の正しい扱い方である。

 

ただ、思惑通りにボコボコにされるのはやっぱり癪なので、少しでも練習しようとこうやって自主練をしているわけである。

 

 

「練習も明日で終わりかぁ……どうしよ」

 

今は体育館の受付で明日のコートの予約をしている。1コート1時間通常700円。椚ヶ丘市民かつ中学生以下なら1時間400円になる。参加者全員でカンパするから高くても一人100円で済むからありがたい。

 

「付け焼刃なのはみんな同じ」

 

予約申請をしてくれた凛香がそう言った。割引を受けるには市民が申請者でなければならないから私では無理なのでやってもらった。

 

「まあ、そうだけどさぁ……もう少しあがく時間がほしいよ」

 

「四季はボールさえもらわなければ戦える」

 

「それ戦力外通告?」

 

「違う。四季は……」

 

 

 

「あれー?四季じゃない?」

 

凛香の声を遮るように、後ろから甲高い声で呼ばれた。

振り返ると、同じ椚が丘中学の制服を着てる女子が二人。

 

誰?

 

「凛香もいるし。すーごい久しぶりじゃん。なになに?何の集まり?」

 

背の高い方がやたら馴れ馴れしく話しかけてくる。

けど全く覚えがない。

私だけじゃなくて凛香の名前も知ってるから、元クラスメイトか?

 

けど知らない。思い出せない。ホント誰だ。

 

 

「……獅堂鳴子、1年の時のクラスメイト」

 

凛香が小声で教えてくれた。

そうか。クラスメイトだったのか。けど教えてもらってもなおピンとこない。

 

 

「私バスケ部のマネージャーだからさ。夜練のためにここのコート予約してるんだよねー」

 

「へー」

 

それくらいしか返す言葉が思いつかない。

私たちには関係ないし、どうでもいいし。

凛香も白けてる顔になってる。

早く立ち去りたいらしい。

 

ここで丁度よく、受付の人が戻ってきてくれた。

凛香がコートの利用許可の書類を受け取る。

 

「……ああ、そっか。球技大会明後日だもんね。そのために練習してたんだ。へぇ。頑張ってるじゃん」

 

帰ろうとしたのに、まだ獅堂はつっかかってくる。

鬱陶しいな。

E組の立場はそういうものなんだけど、こういうサラッと見下されたり、無意識の内に格下だとランク付けされたりというのは、腹立たしい。

 

「どうせ結果は見えてるんだし無駄だと思うけど……まあ、せいぜい頑張ってー」

 

爽やかな笑顔で私たちの前を通り過ぎて受付に向かう。書き慣れた様子で申請書類を書き、受付の人は後ろの事務所へ戻っていった。

 

私も凛香も、何も口にしない。

 

 

こういうことは、ほんっっっっっとにしょっちゅうある。朝と夕方に駅のホームで電車を待つまでの陰口、校門をくぐって裏山へと向かう時に指される後指、全校集会での視線と罵倒、数えたくもないけど数え挙げればキリがない。

 

私はまだE組に入って、一ヶ月と少し。

短いからかもしれないけど、全く慣れない。

いつも怒りを覚える。

 

 

凛花は何も言わず出口へと歩いていった。その足取りはいつもより重たそう、速い。

 

それを見ると、やっぱりと思う。

そうだよね。

 

 

「……今年のバスケ部って思ってたよりも大したことないんだねぇ」

 

すっと、その言葉が口から出ていた。

 

「えっ」

「はっ?」

 

凛花は足を止めてこちらを見たし、獅堂もこちらに反応した。

 

「だってさぁ、実力差が大きい相手には勝てないって思い込んでるわけでしょう?勝てないことが諦める理由になるんでしょう?だったら情けない考え方だなぁって」

 

振り返って獅堂の顔を見た。

さっきまでの爽やかな顔はない。細めた目には感情が剥き出しだ。

 

 

「……E組風情が何ナメたこと言ってんの。部活どころか勉強にさえ脱落した落ちこぼれが」

 

声もさっきまでとまるで違う。

張り詰めた低い声だ。

 

「その落ちこぼれに負けたら、メッチャクチャ恥ずかしいよ〜。学校来れなくなったりして」

 

「……それは、お前だろうが。この引きこもり」

 

 

いつの間にか、凛花が私の上着の裾を握っていた。そのまま腕を引っ張られて行く。為す術もなくこの場から離れていく。

 

「えっ、何? 凛香、どうしたの?」

 

突然のことで驚く私を介することなく、歩いていく。

 

どうしたんだろ。

 

 

「……球技大会、覚えてろよ」

 

扉を開ける時に小さく聞こえた。小さな声の割に耳に染みつくような、不快な感じがした。

 

「選手でもないお前が言うなよ」

 

そう返したつもりだけど、獅堂に届いているかは分からなかった。

 

外に出ても、凛花は手を放さない。

駐車場を抜けても、グングン進んでいく。

 

なんだろ。

私何かしたかな?

 

 

凛香は、敷地を出て最寄り駅までの途中で引っかかった信号のところで手を放した。

 

ここまでの間、彼女は何も話さない。

 

 

「あのー、凛花さん?私、何かやらかしちゃった?」

 

「……四季は、いつもそう」

 

ボソっと、独り言のような呟きが聞こえた。

私に向かって言ったのか、考えてることが無意識に口に出たのか、どっちだろう?

 

何か答えた方がいいのかな。

 

「いつも、先頭に立ってくれる。暗殺でもそうだし、去年も一昨年も、ずっとそうだった。それは私たちにとっても、とても心強い」

 

一言一言考えながら話すように、ゆっくりと話す。

 

「だけど、全部自分で抱え込むことも、背負う必要も、無いと思う」

 

凛香の目が真っ直ぐこちらを見る。

射抜くように。

目を逸らしたくなるほど

 

「……悔しいのは、みんな同じ」

 

信号が青になった。

凛香は黙って横断歩道を渡る。

私も、無言で後を追う。

 

 

この時、凛香が何を言おうとしているのか、私には分からなかった。何か、とても大切なことを言ってくれている、そう感じ取ることはできたけど、じゃあそれが何なのか、私には汲み取ることができなかった。

 

何だろう。

彼女は、私に、何かしてほしかったのか。

それとも、何かをやめてほしかったのか。

 

考えたけれど、浅い所でグルグル回るだけで何も分からなかった。

 

 

 

 

 

 



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Rat of thebag

球技大会当日。

勉強にうるさい椚ヶ丘も、この日は丸一日大会に充てる。

 

私たちE組の試合は本戦が終わった後からなので、出番のない午前は自由時間であり練習時間……とはならない。E組は名目上特別強化クラスなので、学校行事の準備や雑用業務もしなければならない。例えば今日の球技大会なら、男子は野球のフィールドのライン引き、女子はコート整備を毎試合やらされる。下級生の試合であろうとやらされる。

この姿を、彼らは見るわけだ。それはもう、情けなく、惨めで、無様で、悲壮に見えるだろう。そして、こんな風にはなりたくないと、強烈に感じるだろう。きっと、落ちこぼれず生き残った三年以上に危機感や忌避感を覚えるはずだ。

 中学生とは思春期の入り口である。中学三年間の思春期レベルをグラフ化すると、導関数の符号が0を超え、かつ二次導関数の符号が0未満のケースで得られるグラフと似た形になるはずで、期間の浅い下級生は、今まさに比例係数の高い点にいるはずだ。

だから、自信のある奴は、自分の能力や才能や未来を信じて疑わないし、落ちこぼれた連中を格下と決めつけることにも厭わない。一方で、つまづきかけてる奴は、このままじゃE組に落ちると恐怖してしがみつこうと必死だし、自分を鼓舞するためにE組を精一杯蔑如する。E組という場所は、どんな生徒であっても、ここの教育を体現させる理由に据えられる。だから思うに、下級生はみんな頑張って勉強しているだろう。私のような奴がいない限り。

 

 こういうことを考えるようになったのは、引きこもってからだ。学校に通っている間は考えたこともなかった。きっと楽しかったから、考える暇も意識もなかったんだろう。

 

審判役の下級生(多分バスケ部)がブザーを長く鳴らした。試合終了の合図だ。試合したクラスの全員がコートの中央に並んで礼をした後、ぞろぞろとはけていく。試合自体はたどたどしくて、お粗末だったけれど、やってた本人たちにとっては適度に楽しく熱中していたようで、汗と笑顔がまばゆい。

 

次の試合のためにモップかけに入る。といっても、次は10分後だし、別に急ぐ必要もない。

 

「タラタラやってんじゃねえぞ!」

「こういう時くらい役に立て!」

「次の試合が始められないだろうが」

 

とかるーく思ってたらやじが飛んで来た。荒々しい言葉の割に高めの声。

見ると、男子生徒(多分年下)が偉そーな態度で体育館の壇上に座っていた。クラスの女子の応援か、それとも気になる子の様子でも見に来たのか、どっちでもいいけどうるせえ。

 

しかし、そんな男子の声に賛同を示すかのように、体育館全体からは嗤い声がクスクスと上がる。それを感じ取れたらしく男子生徒もドヤ顔だ。

年下年上なんて私は全く気にしないけど、見ず知らずの他人に対してああいう横柄な態度はありえない。後々のために顔を覚えておいた。絶対に泣かす。

 

 

椚ヶ丘中学は今日も変わらず平常運転、なんてことにはさせないように、私は燃えていた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

昼休憩も過ぎて、球技大会も午後からのプログラムが始まった。

 

午前は、各学年各種目の一回戦と3位決定戦を消化して、午後からは決勝戦を一年から順に行う。E組のエキシビションは全試合が終わった後に行われる。

このエキシビション、実は本戦の決勝戦よりも観戦者が多い。一年から三年まで関係なく見に来るのもあるけど、特に、一回戦で負けた者がほとんど見に来るからだ。

 

決勝戦にも行けず、午後からはやることがない暇な連中は、午後の盛り上がった雰囲気の中では居場所がない。負けたら早く帰れるわけでもなく、かといって教室に戻って着替えることも許されず、しかしながら他所のクラスを応援する気分にもならない。

 

こういう時でも、この場にいなければならないとなると、自分は恥をかかされていると思うらしい。とてつもない被害妄想だし、誰もがそんな目で自分を見てると想定すること自体が自意識過剰なんだけれど、やっぱり中学生だし、先生たちからもエリートともてはやされてるから、そう思うのもムリはないのか。

 

そして、恥をかいた時に人が取れる道は大きく分けて二つ。努力して自分を高めるか、他人を貶めて相対的に自分を上げるか。

そこで、学校側はE組を使う。

E組の格下の雑魚が自分たちよりも恥ずかしい目に遭わされれば、多少なりとも胸がすく。だから、エキシビションが球技大会の中で一番ギャラリーが多いし、一番盛り上がるというわけ。

 

E組とは、そういうもの。そのためにある。

学校という集団を構成し動かすための歯車としても存在していない。

歯車の噛合わせが悪くなった時に注がれる油、歯車が摩耗してしまった時に使われる研磨剤、使い捨ての消耗品でしかない。どうせ一年で縁は切れるし、来年にはまた新しいのが入ってくるし。むしろ、無用のごみどもが役に立たせてもらうだけでありがたいと思え、か。

 

「…………」

 

やっぱり、考え方は合わないなと思う。

一回会った時にもそう思った。

 

『あなたは、生徒《私たち》にどんな人間になってほしいと考えていますか?』

 

理事長にそう尋ねた時。

あの人は怖い顔をして答えた。

あれは、きっと本心だったんだろうけど。

 

それでも。

 

 

「……あの、小野先輩、ちょっといいですか」

 

後ろから声をかけられる。運動場から体育館へ戻ろうした途中で、一人で歩いていたところだった。ちょうど数人の男子生徒と遊んできたところで、テンションが高めだったから、そこを見られたのは恥ずかしい。

 

振り返ると、ジャージを上下共着た背の低い女子生徒がいる。前髪が長くて俯いていたため目元がこちらからは見えない。何だか暗い雰囲気の子だった。

私が見るだけで、彼女の肩が震える。

 

「なに?」

 

「えっと、その……私、バスケ部の鵜飼っていいます。あの……手伝ってほしいことが、あって……」

 

かすれるような小さな声で、何度も言葉に詰まりながら話す女子、もとい鵜飼さん。

私の顔を見ないように下を向きっぱなしだ。

 

ビビり過ぎじゃない?

 

 

「はあ、手伝う。何を?というか何で?」

 

「ひっ……」

 

聞き返しただけで肩が震える彼女。

 

「…………」

 

震えて何も言わなくなってしまった。

面倒だなぁ。

 

「えっとぉ、バスケ部の手伝い?コートの整備だけじゃないの?」

 

「……その、今使ってるホイッスルが調子悪くて、それで外練用の持ってこいって言われて……」

 

ビビってるからなのか、それとも元々なのか、要領を得ない話し方をする。

私ってそんなに怖い?

 

「ふーん。なら持って行けばいいんじゃない?何か困ってるの?」

 

 

「その……外練用の部室が、あんまり整理できてなくて……探すのに時間がかかるかも……」

 

…………。

ホイッスルっていうのは、あれか。審判が持ってる音が出る懐中電灯みたいな形のやつか。それが壊れたから、他のを持ってこいと。どこにあるのかも定かじゃないから、なら人数使ってことか。

 

「……どうして私なの? 他の部員に頼みなよ」

 

「その、先輩たちが……E組を、使えって」

 

「はあ?」

 

「ひっ……」

 

鵜飼ちゃんは小さく声を上げて半歩ほど下がった。 体を少し屈めている。まるでダンゴムシが丸まるように見えた。あまり賢いやり方でない。

 

彼女が悪いわけじゃないんだけどなぁ。

でも、私に頼んでる時点でなぁ。

 

「……だめ、ですか?」

 

彼女は、見上げるような形で私を見る。10㎝以上の身長差があるからそれは当然なんだけど、怯えながらも私の顔を見る彼女は結構可愛い顔をしていることに気付いた。

 

ふむ。

 

 

「……いいよ」

 

「へ?」

 

「まだ私らの試合まで時間あるし、手伝うくらい」

 

「……あ、ありがとう、ございます」

 

「探すのに人数いるなら、もっと人呼ぼうか?」

 

「……あ、いえ、外の部室は、そのとても狭いので、二人くらいがちょうどいいと思います」

 

「ふーん」

 

「外の部室は運動場の奥にありますから、こっちです」

 

「鵜飼ちゃん。下の名前なんていうの?」

 

「……悠《はるか》です。悠久の悠で、はるかです」

 

「そ。よろしくね。悠ちゃん」

 

 

私はそう言って笑顔を見せた。

悠ちゃんの顔はひいていた。

 

 

 

―――――――――――――

 

野球部やサッカー部、あとテニス部のように外で活動する部では基本的に専用の倉庫が練習場所のすぐ近くに容易されている。どの部室もきれいだし、それなりに広いらしい。一方バスケ部の外の部室というのは運動場の倉庫の二階部分にあって、2畳くらいの狭くて古い倉庫のようなところだった。しかも、その建物自体校舎や体育館から遠いから不便だし、あんまり使われてない印象がした。階段を上るときも、嫌な音がするし、手すりも塗装が剥げてさびが目立つ。

 

「ここホントに部活で使ってるの?」

 

階段を上るときに尋ねた。悠ちゃんは前を歩いてるので顔は見えない。

 

「えっと……分かんない、です」

 

「は?」

 

「ひっ……そ、その、私が入部してからは、使ったこと、なくて」

 

「でも、バスケ部だって外練するんでしょ?」

 

「その時は、体育館の前にスペースがあるので、そこで集まったり、あと、外練用のラダーとか、ポインタも中の部室に置いてあるので」

 

「ふーん」

 

階段を上り切ると、通路沿いに何個か扉がある。この通路も心細い。人が二人並んで歩ける広さはあるし、ちゃんと柵も手すりもあるけど、心理的には避けたいくらい。

男子の野球はこの建物と反対側で行われているので、試合の喧騒はここまでは届かない。試合会場の方を見ると、そこそこの人数が集まっていることくらいしか分からない。椚ヶ丘中学の運動場は結構広いのだ。ここら一帯はとても静かで、まるで切り離されているみたい。

 

悠ちゃんは4つ目の扉の前で止まった。ここの扉にも小窓があるので、中を覗いてみる。手前3つの部屋と同様、正直入りたくないレベル。

 

扉の南京錠を悠ちゃんが外し、開ける。

部屋から出てくる淀んだ空気に顔をしかめる。

 

 

「ねえ。ここ探すの?私嫌なんだけど」

 

「すみません……」

 

促されて私が先に部屋に入る。埃っぽさとカビ臭さで頭がくらくらしそう。

部屋の奥にも窓があったから開けようとしたけど、鍵が動かなくてあきらめた。

 

 

「……で、そのホイッスルって」

 

悠ちゃんに聞く途中周りが急に暗くなった。

振り返るとさっき私が入ってきた扉が閉まっている。

 

カチリ。

どこからか、高い音が耳に飛び込んできた。

 

 

「は?」

 

私が間抜けな声を出す時には、通路を走る慌てた物音が響く。

が、すぐに静かになった。

怖いくらいに何の音もしない。

 

.......

 

「……えっとぉ」

 

ここは運動場の倉庫の建物の二階の一室。

球技大会の会場は運動場の反対側。

今日一日ここに来る予定の人は生徒でも教師でもいない。

近寄る人さえもいない。

扉は木製。鍵は南京錠。

鍵は悠ちゃんが持ってる。

 

あれ?

まずくない。

 

 

 

 

 

 

 



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Lady-Lord

体育館は現在女子バスケ三年の決勝戦が行われている。

観戦者の多くは三年生で、他学年の生徒は少ない。しかし、試合も接戦で選手や応援も熱がこもっており、学生の球技大会としては盛り上がりは十分だった。

 

「四季さんまだ来てないの」

 

「ダメ。ケータイもつながらない。やっぱ持ってないみたい」

 

 

体育館の外で、十人そこそこの女生徒が集まっている。全員の顔が固く、ハプニングが発生しているようだ。

 

 

「律、どうにかなんない?」

 

「位置情報を確認できる端末が無い以上、私には…… 学校内の監視カメラも確認しましたが、昼休憩以降の四季さんの姿は見つけられません」

 

一人の女生徒の手にあるスマホから、チアリーダーの格好をした女生徒が申し訳なさそうに答えた。

その言葉に、全員の顔がまた暗くなる。

 

 

「……負けて恥かく前に逃げた、とか」

 

くせ毛の強い小柄な女生徒がそう呟く。顔色が青白い彼女のシニカルな口調はおどろおどろしさが際立つ。

 

 

「四季さんが逃げるなんて……そんなこと絶対ないよ」

 

「そうですよ。練習だって毎日ちゃんと来ていましたし、いつもやる気いっぱいでした」

 

「確かにね~。やる気に対して、かなり空回りしてたけど」

 

「『ドリブルができないっ!どうしよっ!!』って。最初言われたときびっくりしたよね」

 

「それから、ずっとハンドリングの練習してたね。休憩もせずに毎日時間いっぱいまで」

 

「上達は、、、あんましなかったけど」

 

「でも、すごい集中力だったよ。他の音とか耳に入ってないみたいだった」

 

「ああいうの見せられると、こっちとしても負けてられないなーって思ったなあ」

 

四季という、この場にいない女生徒の話になると、さきほどまでの緊迫した空気が緩んだ。集まっている全員の顔も固さが取れていた。さっき軽く毒づいた彼女も、ふっと笑みをこぼしている。

 

 

「……とりあえず、四季さんを探そう。第三ピリオドに出る人がまず探しに行って、十分後戻ってくる。第2ピリオドが始まったら、今度は第1ピリオドに出た人が。ローテして探しに行こう。探しに行く時は連絡取りあえるようにケータイ持ってね」

 

 

「オッケー」

「りょーかい」

「はーい」

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

どれだけ時間が経ったのか。

時間が気になってるときに時計が無いと、時間感覚がめちゃめちゃになる。

1時間以上経ってるような気もするし、けど実際は10分くらいしか経ってないのかもしれない。もう私らの試合は始まってるのかもしれないし、ひょっとしたら、既に終わっているのかも。

確か、悠ちゃんに呼び止められた時には二年女子の決勝は始まってたから、最低でも三年の試合は始まってると考えた方がいいか。

 

にしても。

なんでこんなことをする?

私一人閉じ込めて、何がしたいんだ?

片岡さんとか岡野ちゃんとかなら、まだ分かるけど。

あの二人はE組のファクターだ。いなくなったら絶対に勝てない。

だけど、私がいなくなったところで、試合の勝敗に影響なんかしない。

勝敗のためにやってるのか?

私のことを強いと勘違いしてるのか?

 

それとも。

私に対するただの嫌がらせ?

 

 

 

『覚えてろよ』

 

いろいろと考える度に思いつくのは、一昨日のあの言葉。

あれが理由だとしたら、この状況にも、ターゲットが私であることにもつじつまが合う。

 

けどなあ。

幼稚過ぎるよなぁ。

そんな理由でこんなことするか?

悠ちゃんを使ってまで、ここまでするか?

私も獅堂も中三だぞ。

第一、こんなことしたらすぐにバレる。

あいつにはA組補正が、私にはE組補正がかかるからって、罰則がなかろうと評価は落ちるだろ。

 

そういえば。

一昨日、市営体育館で獅堂と会った時、もう一人いた。

獅堂の後ろに隠れるようにしていた、背の低い彼女。

よく思い出してみれば、あれ、悠ちゃんっぽくなかったか。

あの時全然意識してなかったけど、思い出してみればそんな気もする。体格とか、長い前髪とか。

 

悠ちゃんは、獅堂にやらされていた。

いろいろと理由をつけて、私を連れ出した。

そして、最後には監禁、か。

 

 

「…………」

 

やっぱり。

このまま大人しくしてるわけにはいかないよなあ。

 

 

目を開けると、暗さには慣れたようで、この倉庫の中がさっきよりもよく見える。

閉じ込められてすぐに軽く暴れたから、結構散らかってる。

 

扉と反対の方を向く。

そこは換気用の窓がある。板張りとかはされてないけど、鍵の部分が壊れてて開かない。

その窓に近づく。散らかった室内でけがしないように気を付けて。

 

深呼吸。

覚悟を決める。

 

この窓を割って外に出る。

きっとけがするし、後で大目玉くらうだろうけど、そこはもう呑みこむ。

 

自分の蒔いた種だ。

たとえそれを差し引いたとしても、黙って粛々と受け入れられるほど、私はできた人間じゃあない。

 

近くにある手ごろな大きさナニカを拾った。

石か、コンクリ片か、ガラスが割れるくらいのものなら何でもいい。

 

 

窓から少し離れて、

それを投げようと、

振りかぶった、

 

 

その時。

建物がわずかに震えるような違和感と、小さな音が耳についた。

ガタンガタンと一定の間隔で連続する。

 

これは、階段を上る音。

耳を澄ませる。

階段を登り切ってそのまま通路を歩いてくる。足音が小さくなっている。何かを探すかのようにゆっくりとした足取りになったのだ。

 

手に持ったナニカを放り捨てる。

硬質な音が室内に反響する。

外にいるやつにも聞こえたはずだ。

足音がこの部屋の前で止まった。

誰かいるから、扉の小窓から入る光が遮られる。

 

 

誰だ?

球技大会がもう終わったから?

先生が来たか。それともバスケ部のやつらか?

カチャカチャと金属がこすれるような高い音。

鍵を開けている。

 

カチリと甲高い音。

すぐに扉が引かれる。

外の光が一気に入ってきて、眩しくて目を細めた。

 

「全く、、、いつもいつも僕の手を煩わせるんじゃない」

 

磨かれた刃物を思わせる、鋭く滑らかな印象の声。

荒々しいくせに清々しさもある美声。

 

「……囚われの姫を救いにきた王子は、そんなこと言わないよ」

 

「黙れ。さっさと出ろ」

 

そいつは、扉の前から離れ通路を歩いていった。

私も肩を竦めながら外に出る。

陽ざしの暴力で目がチカチカする。

目を細めても、手で遮っても辛い。

 

けど、外の空気に触れたら、ホッとした。

 

 

「今から行っても間に合うかな?」

「間に合う。ただし、着く頃には最終ピリオドが始まっているが」

「点差は?」

「序盤は接戦だったようだが、それ以降は知らん。自分で確認しろ」

「そ。ありがと」

 

軽く全身ストレッチ。

扉を蹴破ろうとしたから足首が少し痛むけど、支障はなさそう。

目も日差しに慣れた。運動場の奥では、野球の試合が行われている。

 

E組男子も戦っている。女子のみんなだって。

 

 

「学秀、ありがと。礼はまた今度」

 

 

私は急いで通路を抜けて階段を下りる。

運動場を横切って体育館へと走った。

 



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Bite-Spit

「あっ!!いた!」

 

運動場を通り抜けたところで、向こうを走ってた人が足を止めた。

髪を揺らしながらこっちにやって来る。

 

中村さんだった。

 

「四季ちゃん!マジどこ行ってたのよ!?みんな探し回ってたんだから。ってか、その格好!何かあったの?」

 

中村さんがギョッとしたように私を見る。

この時に私も初めて気付いた。

体操服の上も下もわたゴミまみれで汚い。

あんな最悪な環境に数十分も閉じ込められてたから、そうなるのも無理ないけど。

 

「頭にもついてるし。ちょっとじっとしてて」

 

中村さんは手を伸ばして私の髪の毛を軽くはらってくれる。短髪なのですぐに済んだ。

 

「本当に、どうしたわけ?」

 

「まあー。ちょっと、いろいろあってね。後で説明するから。今はとにかく急ごう」

 

二人で体育館へと走る。

中村さんは黙ってついてきてくれた。

 

 

「……あっ、律、みんなに連絡お願い!」

 

「ご心配なく。すでに通知済みです。捜索に出た他の方も皆体育館に戻っていますよ」

 

中村さんのスマホには律ちゃんがいた。チアリーダのような格好で手にはボンボン。出れない分応援すると朝から意気込んでいたのだ。

 

「律ちゃんも、心配かけたね。ごめん」

 

「四季さんの姿がどこにも見当たらず、すごく不安でした!学園内のカメラで隈なく探したというのに……」

 

結果、こんな格好で出てきたんだから、律ちゃんは多分だいたいの状況は推測できてるっぽい。

うーむ。

昼過ぎにしたある男子生徒への教育的指導を律ちゃんに見られるとマズイと思って、監視カメラのあるルートを避けたのが裏目に出たか。

なんだろ。

この状況、8割くらい私のせいじゃない?

 

 

「試合さ、結構ヤバめ?」

 

「……うん。第2ピリオドあたりからね。なんとかくらいついてるけど」

 

「現時点で14点ビハインドです。私たちが体育館に着く頃には、残り時間は8分強」

 

「14点差か」

 

かなり厳しい点差だ。

しかも残り時間も少ないし。

 

 

昇降口で靴を履き替えて、体育館へ。

体育館は入り口まで人がいっぱいで、入るのにも大変だった。観戦者を押しのけるようにして進んでいく。ついでに埃やゴミも他の人になすりつけておいた。

汚い格好で試合は嫌だ。

 

E組のエキシビションは体育館中央のコートを使って行われていて、その周りを観客が囲っている。体育館の上階の通路も空きがないほど並んでる。

 

そこまでして見たいのかお前ら。

 

 

急いでE組サイドのベンチに向かう。

 

「四季さん!」

「やっと来たぁ!どこ行ってたの!?」

「……服が埃まみれ…どうしたの?」

「何かあったんですか……?」

 

ベンチにいたみんなからお叱りと心配の声。

はい。

すみませんでした。

心配かけました。

あとで全部説明します。

 

次のタイムで交代するから、もう一度ストレッチ。運動場の端からここまで走って来たから身体も温かい。

 

軽く体育館を見渡した。

驚きと怒りが半々の顔の獅堂と、顔色が青白い悠ちゃんを見つけた。

 

「タイム。選手交代」

 

ボールがコートの外に出た時に片岡さんが審判に宣言する。

試合中のメンバーが戻って来る。

 

今は、片岡さん、岡野さん、狭間さん、凛花、優月の5人でやっていたようだ。

 

「四季さん、あなたは……」

 

片岡さんにもさっそくお叱りを受けそうになったが、私の格好を見て止まる。

他人になすりつけたとはいえ、やっぱりまだ汚い。

 

「いやー、心配かけてごめんごめん」

 

笑ってみるも、空気は変わらず。

むしろ虚しくなった。

 

「四季は私と交代して」

 

狭間さんが汗を拭きながら言った。5人の中でもかなり疲弊している。

 

「私がいたところでお荷物になるだけだし、それに、『殺る気』のあるやつがやった方がいい」

 

そう言われて、狭間さんに肩を叩かれた。

運動が得意でない彼女もこうして出ているのだ。

たとえ、実力が伴ってなくても。

逃げ出さず、投げ出さず。

真剣に。

 

「私もね。あいつらに目にもの見せてやるから」

 

そう言ってコートに入る。

やる気だってあるし、なにより殺る気の方はピーク。

 

もう一度獅堂を見る。今度は睨み返された。

睨みたいのはこっちだっつうの。

 

ホイッスルが響く。

試合再開。

バスケ部サイドのボールから始まる。

残り時間は6分そこそこ。

点差16点に広がっていた。

 

パスをもらった相手を片岡さんがマークに入る。片岡さんレベルの実力者だと、バスケ部とはいえ簡単には抜けないらしく、ジリジリとにらめっこが続く。

 

相手が二人パスをもらおうとカバーに入った。

私がマークしてる奴も動いたから、私もくっついていく。

 

どっちかにパスを出すのか。

それとも、片岡さんを抜き去るのか。

 

私は。

ボールを持つ奴を見る。

目線。体勢。ドリブルの腕の動き。足の動き。足の開き方。

注意深く観察する。

周囲に誰がどの位置にいるのかも忘れずに。

 

「こっち」

 

予想通り、こっち側にパスを出して来た。

だから、そのパスコースを塞ぐように回り込んで私がボールを奪う。

すぐにゴールへと走る。

 

「はっ!?」

 

一瞬遅れて、私がマークしていた奴が逆に追いかけて来る。ドリブルが遅いからすぐに背後まで追いつかれた。

けど、前方にいた岡野ちゃんにパス。フリーだった彼女はゆうゆうとゴールを決めた。

会場内が静まり返る。

静かな中で、E組の応援席だけが明るくて、それが気持ち良い。

 

まず二点。

これをあと8回やる。

 

「ドンマイドンマイ。ただのマグレだって!すぐ取り返すよ!」

 

相手のベンチから獅堂が声を張り上げた。

すぐに選手も観客たちも勢いを盛り返す。

 

耳をつんざくホイッスル。

試合再開。

 

パスをもらった選手が歩きながらドリブルする。体でボールを隠すようにしているから手を出しづらい。空いた左手で指や手首をいろいろと動かしてサインを出している。

 

相手の他の4人もコート内を、散らばっていく。

 

 

私はそいつを遠巻きにマークしつつ、少しずつ近づく。

ゆっくりとしたドリブルに変化はない。

 

私が残り一歩の距離まで近づいた時、そいつは左側から私を抜きにかかった。

けど予想していた通りのコースに来てくれたからブロックに成功。

 

「……っ!」

 

相手はブロックされたことに驚いたようで、すぐに一歩下がりボールを両手で持ち直した。

 

右手でドリブルしてるのだ。ディフェンスとボールとの距離がよりできる左から抜くのが攻めのセオリー。だから普通に考えれば左に攻める。それくらい誰だって分かる。フェイントも無しとか舐めてるのか。

 

 

ボールは相手の顔の横。とても近い。手を伸ばせばあっけなく届いて、ボールは相手の手からこぼれた。

 

 

「えっ!?」

 

相手が驚いている隙にボールを確保。

場所はゴール近くだったし、周りには自分しかいないから、自分でシュート。

 

奇跡的にネットをくぐった。

トラベリングもとられなかった。

 

「四季さんナイス!」

「このままいっちゃえー!」

「がんばれー!」

 

E組サイドの応援席はさらに盛り上がる。

一方、相手のバスケ部も。審判も。応援に群がるギャラリーもテンションはだだ下がりだ。

 

ははは。

こっからもっと盛り下げてやるよ。

 

ーーーーー

 

 

なんで。

なんで、いつもこうなる。

どうして、いつも負けるんだ。

 

勝っていたはずだ。

予想していたよりずっとしぶとかったけど、それでも点差は開いていた。

このままいけば確実に勝てたのだ。

 

あいつが来なければ。

 

目の前で、また選手の足が止まる。

あいつにブロックに入られると、誰もが止められてしまう。

パスもダメ。全部防がれる。誰に投げるのか完全に看破しているのだ。

抜こうとしてもフェイントにも引っかからない。

 

為す術がない。

 

ボールがE組に盗られた。

E組のパスワークにレギュラーが追いついていけてない。

あっさりと点をいれられた。

 

これで、4点差まで詰められた。

時間はあと1分もない。けど、あいつがコートに入ってからこっちは1ゴールも取れていない。

流れは完全にE組にある。

延長に入ってしまったら、この流れで押し切られる。

 

このまま負けるのか?

それも、最終ピリオドに怒涛の追い上げを許して?

選手がたった一人入っただけで?

 

最悪だ。

最低だ。

E組相手に、なんて恥だ。

 

 

 

「…………」

 

あいつと目が合った。

目が合うだけで、寒気がする。

昔と何も変わらない、見惚れるほどに綺麗な瞳。

 

 

…………

…………

…………

 

やっぱり……

私じゃ、勝てないのかなぁ。

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

試合中、獅堂と目が合った。

今まで感じた怒りや恨み、蔑みなんかは一切感じられない、弱々しい顔をしていた。

気も力も抜けてしまった、哀れな姿だった。

 

 

時間はあと44秒。

点差は4点。

ギリギリだけど、この流れならいける。

多分みんないけると思ってる。

相手も相手でやられると思ってるだろう。

 

 

観客は試合時間が5分を切った辺りから、ドンドン減っていった。

バスケ部への応援はとっくになくなっている。

声を出しているのは、ベンチにいるE組だけだ。

 

相手がゴール下からボールを出す。

ちょこまかとパスを繋げている。

攻めるということもなく、こっちが近づこうものなら他所に送るという消極的プレイ。

 

「えっ?」

「どういうこと……」

「何よこれ?」

 

会場も騒ぎ出した。

E組とか観客とかを関係なく。

私たちのような素人でも気付けるくらいあからさまだ。

 

ただの時間稼ぎなのだ。

 

私たちだって練習はしたけど素人の域は超えないから、勝負を一方的に拒否する相手に戦いを強要するようなことはできない。残りの40秒をこのままゴネられれば為す術はない。そして、点が取れなければ私たちの負け、バスケ部の勝利だ。

けど、そんな勝ちに意味なんてない。バスケ部にとっては負けと変わらないはずだ。

 

なのに、なんでそんなことをする?

そこまでして負けたくないのなら、一方的に負かしてみろよ。

 

 

しばらくして、ホイッスルが鳴った。

バスケ部はボールを審判に送り、審判はそのボールを私たちに投げる。

ボールは岡野さんに渡り、彼女はサイドラインの外に出た。

 

どういうこと?

私だけついてけない。

 

「最初にルール覚えたじゃない。攻めてる方が24秒以内にシュートしなきゃ相手ボールになるって」

 

優月が教えてくれた。

ああ、そういうことか。

 

 

けど、なんだ……

納得できない。

 

私たちはパスをもらえるとこまで移動した。

 

岡野さんは片岡さんに投げて、試合再開。

さっきまで通りにパスを回して、相手サイドへ攻め込む。

 

けど、そんなパス回しが不要だと思えるほど相手のディフェンスにはやる気がなかった。

今までの苦労がバカバカしくなるほどに、あっさりとゴール下までたどり着く。

 

なんなんだこれ。

 

悠ちゃん使って。

私閉じ込めて。

正直借りたくない学秀の助けまで借りて。

 

そこまでしてやったこの試合が、最後にはこれか?

 

 

ああもう。

なんなんだ、

 

ふざけんなよ。

 

ゴール前、ボールは私が持っていた。

腹が立ってどこかに投げ飛ばしてやろうかと思ったけど抑えた。

フリーだった凛香にボールが送る。

彼女はそのままジャンプシュート。

 

ボールはリングに何度か跳ねたけど、ちゃんとネットをくぐってくれた。

 

しかし、もう時間はなかった。

相手がスローインをしてすぐにホイッスルが鳴る。

今までで一番長く。

 

それは、試合終了の合図。

44対42で、私たちの負け。

 

「はぁ……?」

「これで、終わり……?」

「卑怯……」

 

 

E組のみんなは、信じられないという顔をしている。

ずっと試合を支えてきたという片岡さんと岡野さんに至っては、般若のような顔をしていた。

 

不完全燃焼というか、水をかけられたというか。

とにかくみんな不満気で、口に出てくるのは恨み言。

 

 

それでも、E組もバスケ部も中央に並んで整列。

 

「おいっそこ!整列しなさい!!」

 

コート内で突っ立っていた私に審判が声を荒げる。

40代後半の男で、多分教師だと思うけど見たことない。

偉そうな態度で私を睨みつける。

 

ため息が出た。

トボトボと列に加わった。

 

「礼!」

 

審判が叫んだ。

全員が礼をする。

私も頭を下げた。

 

 

なにが礼だよ。

途中で投げ出したくせに。

 

頭を下げながら、私も心の中で吐き捨てた。

 

 

 

 

 

 



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Win-Lose

「あ~あ。絶対に勝ったと思ったのになあ」

 

体育館の外を女生徒の集団が歩いていた。

その中の一人が、口を尖らせながら呟く。

 

「なーんか普通に負けるより悔しいし」

 

「四季ちゃんが入ってからの追い上げがあっただけにね」

 

「なに?あの最後のプレイ。やっぱ腹立つなー」

 

最初の一言を皮切りに、不満の声が続いていく。

どの生徒の顔も、暗いというよりも、いかつい表情をしていた。

 

「でも試合後の空気は完全にお通夜だったし、結果も負けたとはいえ接戦。向こうは今頃しごかれてるわね」

 

先頭を歩く背の高い少女の言葉で、皆の間を取り巻く空気が変わった。

彼女は歩くペースを変えず、他の女生徒は彼女の背中を注視していた。

 

「私もああいうやり方は正直許せないけど、でも、去年まで圧勝で終わってた試合を接戦まで持ち込んだんだから。そこは、素直に喜びましょ」

 

背の高い少女は立ち止まって振り返る。

その時、彼女は柔かな笑みを浮かべていた。

 

「次こそリベンジ」

「絶対勝とうね」

 

 

「そうそう。そういう気持ちでいなきゃ。折角あそこまでいったんだからね」

 

この言葉で、張り詰めた空気も柔らかくなる。

皆の表情にも笑顔が出るようになった

 

「四季さん、大丈夫かなあ」

 

そんな中。

髪を緑色に染めた小柄な少女が、ポツリと呟いた。

 

「『ちょっと話つけてくる』って。一人で行かせちゃったのまずかったかな」

 

「そこだけ切り取ると問題発言だよね」

 

「うん。不穏な気配しかしない」

 

「四季さんだしね」

 

「うんうん」

 

初めの一言から波紋が広がるように、四季という少女の話が中心となる。

 

「でも監禁されてたわけでしょ?そりゃ一言言いたくなるよ」

 

「暗くて、埃っぽくて、カビ臭い所で……うわぁ、想像しただけで鳥肌立ってきた」

 

「私だったら耐えられない」

 

「私もムリ」

 

「でもその話もさ、引っかかった四季さんもどうかと思わない?普通気づくでしょ」

 

「でも、詐欺みたいに言いくるめられたら、案外騙されちゃうのかも」

 

「そーかなぁ」

 

「その監禁の主犯があのマネだって話だったね」

 

「四季ちゃんとその人ってそんなに仲悪いの?」

 

「……うーん。獅堂は四季に対抗意識を燃やしてたような気がする。テストの順位とかもよく聞いてたし」

 

「へー。じゃあライバルだったんだ」

 

「でも四季は煙たがってたから、獅堂からの一方的なものだった」

 

「それで、今回監禁したわけ?」

 

「それ逆恨みじゃん」

 

「まさにね」

 

「そもそもさ、試合に出させないように閉じ込めてる時点で、四季ちゃんには敵わないって認めてるようなものじゃない?」

 

「たしかに」

 

「そういえばですけど、四季さんをその監禁していた場所から助けてくれた人は誰なんでしょうか?」

 

「それは、多分……」

 

少女たちは、そのまま会話を続けながら運動場へと歩いていく。

運動場では、今なお、男子たちの野球の試合が続いていた。

 

―――――――――――――――

 

「いやー。忙しいところ来てもらってごめんねー」

 

体育館の外、学校の塀との間にあるスペース。

非常に狭く入りにくいことから人が訪れることはないし、日の光も入りにくいため、地面には暗い緑色の草が生い茂っている

人気もなく、人に見られることもほぼないから、秘密の会話をするのにうってつけだ。

 

 

「あの、御用って、一体……」

 

目の前にいる悠ちゃんは、先ほどよりもずっとおどおどしている。

顔が蒼白になっていて今にも失神しそう。

 

「あらら。分からない?自分の胸に手をあててみたら?」

 

まあ。

それでも逃がしはしないけど。

 

悠ちゃんは俯いて何も言わなくなってしまった。

だから、私が一方的に話すことにする。

 

「いやー。よくもやってくれたよね。あそこ埃すごかったし、カビ臭いし、狭いし、危険物いっぱいだし。ねー。ほんと大変だったよぅ。あんなとこにずっといたら病気になっちゃう。それにけがしちゃったしさあ~。これ、悠ちゃんが治療費出してくれるの?それともバスケ部の部長とかに行った方がいい?それとも顧問?んんー。それとも、全校に告発とかした方がいい?君の軽はずみな行動のせいでバスケ部の評価ダダ下がりだあ」

 

ははは。

口のつくまま話してると、つい笑ってしまった。

言ってることのほとんどが非現実的だから。

乗ってる時は適当なことまで話してしまうから、気をつけないと。

 

「一体、どうやって……」

 

「なに?聞こえないよ?」

 

「……どうやって出たんですか?鍵は私が持ってたのに」

 

「ああ。それね。友人に鍵開けてもらったんだよ。良ろしくない方法だったけど」

 

よろしくないっていうか普通に犯罪行為だけど。

 

「ふふふ。だからきみたちの行いはE組以外にも知られてしまってるのであーる」

 

この事実は結構響いたようで、悠ちゃんの顔色はさらに悪くなった。

E組の私らがどれだけ騒ごうと学校が取り合うことはないと高を括っていたんだろう。でも、E組以外でも証言者がいれば話は変わる。その発言は生徒にも教員側にも通用する。

 

その事態を、悠ちゃんは恐れているようだった。

 

まっ。

あいつは絶対にE組に味方しないから、証言なんてしないだろうけど。

 

 

「で、獅堂に命令されてやったの?」

 

「…………」

 

「黙ってちゃ分からないなあ。」

 

私が聞きたいのはこの部分だ。

多分主犯は獅堂で、私を乗せやすくするために悠ちゃんを使ったんだとは思うけど、直接獅堂を問い詰めたところで取り合うわけないからね。おどおどしてて攻めやすい悠ちゃんを落とせば獅堂も逃げられない。

 

と思ってたんだけど。

予想外の方向へ話が進んだ。

 

 

「……違います」

 

「は?」

 

「私が、全部一人でやったんです」

 

「へえ」

 

その発言には素直に驚いた。

だって、やられる理由がない。

獅堂には、まあ、恨まれてるだろうなとは思ってたけど。

悠ちゃんに監禁までされるようなことを私はした覚えがないぞ。そもそも、声をかけられた時点でほぼ初対面みたいなものだし。

 

「あれれ?私、別に悠ちゃんに何もしてなくない?」

 

「……したじゃないですか。一昨日。先輩たちを、バカにした」

 

一昨日、と言うとやっぱあの時獅堂の後ろに引っ付いてたのは悠ちゃんだったのか。

そういえば、獅堂の当て擦りに軽く反発したっけ。

 

「で?それがなに?」

 

その瞬間。

悠ちゃんは噴火した。

 

「だって!あんたたちみたいな努力もせずにE組に落ちた人が、先輩たちをバカにして!先輩たちが、どれだけ努力して……それも知らずに大きな口叩いて!許せるわけないっ!!」

 

悠ちゃんの顔は一気に色づき、どんどん口調も激しくなる。

 

「勉強もできない!部活にも入れない!そんあ落ちこぼれのクズが!あんたたちが先輩をバカにするなんて、一体何様のつもりだっ」

 

「お前こそ、何様のつもりだよ。先輩に向かって」

 

「…………っ!」

 

悠ちゃんは何か言おうとしたけど、ゴホゴホとせき込む。

一気に喋って詰まったようだ。

 

ふむ。

この昂ぶりようからして嘘はついてないっぽいな。

じゃあ主犯は獅堂じゃなかったのか。

 

一息ついたようで、悠ちゃんは大きく息づかいをしてる。

 

「熱く語ってるとこ悪いけどさ、さっきの試合見ただろ?負けそうになったらああいう風に勝ち逃げ狙う奴らじゃん。それも君が言う超格下クズども相手にだ。そんなんでこの先どうやって勝つつもり?」

 

そう言うと、悠ちゃんの目からさらに怒りがにじむのが分かる。

拳をさらに強く握り直す。

 

私が言った内容云々に怒ってるのではない。

言い返したこと自体に怒っているのだ。

 

「そんな貧弱な姿勢で闘って、本当に勝てると思ってるの?」

 

 

傑作だわ。

 

 

そう言いかけたところに、悠ちゃんが近づいてきた。

右手を大きく振りかぶってたところを見ると、ビンタでもかますつもりらしい。

 

その挙動は遅いし、トロいし、素直だしで、簡単に止められる。

前に受けたロヴロさんとは比べるまでもない。

 

 

「放してよっ!」

 

「はあ?殴りかかってきて何言ってるの?」

 

カチンと来たので、掴んだ右手首を放す際、地面に放り投げるようにした。

悠ちゃんはあっけなく地面に倒れこむ。

数秒うずくまっていたけど、すぐに起き上がる。

顔を真っ赤にして、鬼のような形相でこちらを睨む。

その目は潤んでいた。

 

「なんだよ。言い返してみろよ」

 

そう言ったけど、悠ちゃんは何も言わず逃げるように走り去っていく。

しかし、小走りなのは苦笑いしかでないし、何より殴りかかっておいて一言の詫びも無しかい。

 

 

私一人残される。

 

あーあ。

これはまたE組の評価が落ちるなあ。

しまったなあ。

 

 

「……まあ。モヤモヤは一応晴れたし良しとするか」

 

そう言ってため息が出る。

強がってみても、むしろモヤモヤはひどくなっている。

 

軽く髪を掻く。

もう埃は落ちてこない。

服はまだ汚れてるけど。

 

 

私もこの狭くて陰気なとこから離れる。

まだ、男子が試合をしているだろうから運動場へと向かった。

 

心の中は未だ釈然としない。

 

次は殺す。

 

そう思うと、ほんの少しだけど、胸の内がすっきりした。

 

 

 

 

 

 



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distance-kindness

球技大会も終わるとすぐに7月に入った。

1学期もあと20日ほどで終わり、殺せんせーの暗殺期限も残すところ八ヶ月となる。

 

受験のシーズンではよく『残り○○日、頑張れ』みたいな広告が駅を占領することがあるけど、残りの日数が少なかろうが多かろうが1日が24時間であることは変わらないのは当然だし、人の勉強量や努力量も大して変化しない気がする。効果としては気合いが入ったり、むしろ焦ったりするだけだ。

 

気持ちの問題でしかない。

そして、気持ち程度で行動は大して変わらない。

行動を変えるには行動しかない。

 

 

やらなければならないことがあって、達成に期限が決められているのなら。

その日まで、毎日怠らず努力をするしかない。

人間が一日に行える仕事量など、微々たるものでしかないのだから。

 

「切り返しが遅い!連撃に合間があればターゲットはすぐに対応するぞ!」

 

体育の時間。

ナイフ術の訓練で烏間先生を相手に実戦形式。

私が何度ナイフを振るっても烏間先生の体には当たらない。

どころか、アドバイスをされる始末。

 

できる限り烏間先生に接近しようとするも、先生はすぐに私から二歩ほど距離を取る。そのちょっとの距離で私のナイフはもう届かない。手をめいっぱい伸ばせば足りるんだけど、それだと大振りになるから次の攻撃の始動が遅れる。糸を絡めようにも不甲斐ないことに片手だけでは十分に扱えない。

 

3分近く粘ったけど、結局ナイフは一度も当たらなかった。カスりもしなかった。

疲れて終わると同時に地面にへたり込んだ。

 

「相手の動きを予測しても身体がその動きに追いついていない。時間はかかるが身体を鍛えることを怠らないでくれ」

 

最後に烏間先生は私にアドバイスをして、次へと向かった。

次は磯貝くんと前原くんのペアだった。

二人ともコンビネーションのよい連携で烏間先生に迫っていく。しばらくして磯貝くんのナイフが烏丸先生の鎖骨あたりに当たった。

 

クラス最高レベルの運動能力とコンビネーション、その二人がかかりでナイフをかすらせるのがやっと。

それが烏間先生と生徒との実力の差。

それも、本気でも全力でもない烏間先生との。

 

「…………」

 

口には出さなかったけど、心の内でため息をした。

私たちでは烏間先生にも敵わない。殺せんせーは全力の烏間先生でも殺せない。

 

残り八ヶ月。

私たちは、本当に、殺せんせーを、殺せるのか。

 

 

あまり考えたくない方へ頭を向けているうちに、鈍い音が耳についた。

視線を向けると、渚君が倒れていて烏間先生が駆け寄っていた。

 

烏間先生は躱すばかりで、私たちの攻撃を防ぐことはまれだ。あっても手首を弾く程度。

 

 

「渚くん、今何したの?」

 

「分かんない。よく見てなかった」

 

近くにいた片岡さんに聞いてみたけど、彼女も首を横に振る。

気になったけど、渚くん本人も特に変わりなくてそのままスルーした。残り時間で片岡さんにペアになってもらって模擬練習をすることに。生徒同士の訓練は、先生との実践と違ってペアである片岡さんも攻めに来る。この場合、防御に徹した先生たちよりも相手に攻撃を当てやすい。実際、片岡さん相手に三回ほどナイフを当てることができた。一方、私は片岡さんのナイフを全て躱している。

 

「四季さんやっぱすごいわね」

 

片岡さんが息を整えながらそう言ってくれる。素直に嬉しいけど、暗殺に活かせないとなると恥ずかしくもなる。

 

ナイフで攻めれば相手に近づくわけだから、その攻撃をかわしさえすれば、こっちの攻撃を当てる難易度はぐっと下がる。カウンターというやつだ。私はみんなよりこれが得意らしい。烏間先生も殺せんせーも目が良さを活かした良い動きと褒めてくれたのだ。

 

先日の球技大会でも、これのおかげで活躍できた。ディフェンスに徹して相手に攻めさせる。自分は最小限にしか動かない。相手に攻めさせて、それを確実に防ぐ。そして防いだ時に生まれる隙を突く。

私の基本スタンスだ。

 

しかし、殺せんせーも烏間先生も自分からは決して攻めてこない。私たちが動くまで何もしない。

だから、こちらから積極的に動くしかない。

 

そうなると、体力や筋力の勝負になる。これに私は弱い。片岡さんや岡野ちゃんが女子勢でトップだ。二人とも攻めの動きが軽やかで速く、そして長時間維持できてる。

 

まさに、私の足りない部分。

身体作りを急がないと。

 

 

体育の時間が終わり、烏間先生は足早に校舎へ戻って行った。

倉橋さんが放課後遊びに誘ったけど、すげなく断られてた。

 

「私生活でもスキがないな」

 

誰かがポツリ呟いていた。

確かに、学校の中でも烏間先生は自分のことを全く話さない。

休日何してるとか、恋人はとか、そんな話を振ったことがあるけど、どれも答えにならない回答しかしてくれなかった。

 

 

「っていうより、私たちとの間に壁っていうか、、一定の距離を保っているような……」

 

「厳しいけど優しくて、私たちのこと大切にしてくれてるけど、でも、それってやっぱり、ただ任務だからに過ぎないのかな」

 

 

矢田さんと倉橋さんが寂しそうにそう言った。

その気持ちは分からなくはないけれど。

私が思うに、それが烏間先生の優しさというか、やり方なんだと思う。

 

全くの見当違いかもしれないけど。

 

「そんなことはありません」

 

いつの間にか、殺せんせーが私たちのすぐ後ろにいた。

殺せんせーは体育の授業中、運動場の片隅の砂場で一人で遊んで時間を潰している。

 

 

「彼にもちゃんと素晴らしい教師の血が流れていますよ」

 

もう一度烏間先生の方を見ると、見知らぬ人がいた。

その人は慣れた様子で運動場へと下りてくる。

 

近づいてくると、身体の大きさがよく分かった。

縦も横も大きい。

その人は肩にも脇にも腕にも、たくさんの荷物を持っていた。

 

「えっ?」

「誰?」

「でけぇー」

 

 

「俺は鷹岡明。今日から烏間の補佐としてここで働く。よろしくな、E組のみんな!」

 

私たちにまで近づいて、荷物を下ろしながらながら自己紹介をする。

烏間先生とは違った柔和な笑顔で。

 

 

「これって、ケーキ?」

 

下ろした荷物を見てみると、ケーキが入っているような取っ手付き長方形型の箱がほとんどだった。側面には読めない字体で店名らしい字が書かれている。それに、ジュースや紙皿紙コップ等々のパーティセット。

 

「これ『ラ・ヘルメス』のエクレア!」

「こっちは『モンチチ』のロールケーキ!」

 

 

箱を開けた優月とカエデちゃんが叫んでる。

どうにも有名なものらしい。私はそういうのに疎くて、店名やブランド名を言われてもピンとこないのだけど。

 

カエデちゃんにいたっては目の輝きが違った。

彼女はそういうお店の情報を網羅するほど甘いものが好き。

 

それに反応してみんなが荷物を囲うように集まっていく。箱を開けて顔が笑顔になっていた。

 

「いいんですか?こんな高価なものを?」

 

「おう!食え食え。俺の財布を食うつもりで遠慮なくな!」

 

多分、ケーキ一個につき最低でも500円、高いもので800円くらいだろうか。その上でこの量を買うとなると出費は余裕で5桁になるはず。甘いものに目がない殺せんせーだってこんな散財はできないからしていない。

 

それなのに、鷹岡先生は朗らかな笑顔だ。

 

 

「モノで釣ってるだなんて思わないでくれよ。俺はお前らと仲良くなりたいんだ」

 

鷹岡先生も座って、近くにある箱の中を漁り始めた。ロールケーキを手に取り自分もほおばる。

 

 

 

「そのためには、皆んなで囲んでメシ食うのが一番だろ!」

 

 

この一言でクラスのみんなは鷹岡先生に心を開いたようだ。初対面だというのに会話は弾み笑顔が溢れている。鷹岡先生も楽しそうだった。

 

 

 

 

「四季さん?食べないの?」

 

私の斜め前に座ってる神崎さんが振り返っていた。

彼女は紙皿にのったシフォンケーキを手にとっている。

 

一方で、私は輪には入らずみんなの後ろで立ったままだった。

 

「……うん。今はいいや」

 

甘いものは確かに好きだ。

洋菓子も和菓子も好きだ。

毎日だって食べられる。

 

 

けど、今はなんかムリ。

喉を通らないというか、そもそも食べる気にならない。

 

 

「神崎さん、このチーズケーキも美味しいよ!」

 

ちゃっかり神崎さんの隣をキープしている杉野くん。涙ぐましい努力だ。神崎さんは、笑顔を崩さず杉野くんから手渡されたケーキを口に入れた。神崎さんは食べる仕草がすごくキレイ。

 

「ほんとだ。美味しい」

 

神崎さんのその一言に杉野くんは顔を真っ赤にして喜んでいる。

 

目の前で広がるそのシーンはとても微笑ましいけれど、そのケーキに対しては違和感しかない。

 

 

ケーキに込められている鷹岡先生の優しさ。

この、放置した天ぷら油みたいにギトギトしてて異臭を放つ先生の優しさに鳥肌が立つ。

 

 

 

 

「四季ちゃーん、食べないの?」

 

カルマくんがすぐ隣まで近づいてきた。カルマくんも甘いものが好きなはずだけど、鷹岡先生の差し入れには手を出さない。

それどころか、近づこうともしない。

 

私は首を横に振って答える。

 

「カルマくんこそ、タダ飯のチャンスだよ。遠慮しなくてよくない?」

 

「あれは食べる気しないわー」

 

「気が合うね。私も」

 

鷹岡先生を囲うようにみんなが座っている。

みんな美味しそうにケーキやジュースを口に運ぶ。鷹岡先生も楽しそうに笑っている。

 

「お前らも食えよ。俺のオススメの店だぜ。味は保証する!」

 

輪に入らない私たちに目を留めた鷹岡先生は手近な箱を私たちに差し出した。

みんなの手を介して回ってきたその箱中には個別包装のシュークリーム。包装の質や箱の中のショップカードを見る限り、そんじょそこらのスーパーや量販店では売っていない代物だとすぐに分かる。

 

美味しいのは間違いない。

だけど、身体が受け付けない。

カルマくんにも渡そうとしたけど、彼はそっぽを向いた。

 

 

「遠慮すんなって!」

 

これ以上固辞するのは失礼にあたるけど、それでも無理だった。

けれど、鷹岡先生の笑みは崩れない。

その笑みに、私は、言い知れぬ寒気を感じた。

 

 



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suspicion ー exciting



一年以上間が空いてしまってすみません。
環境が変わって中々時間が取れず、進みませんでした。

少しずつ投稿も出来る時にしていこうと思います。



 

 

 

 

 

 

 

 

「あの鷹岡って人、どう思いました?」

 

「なーんか胡散臭い奴だっわね。張り付けてる笑みはワザとらしいし、熱意とか信頼とかクサい言葉を平気で言うし。裏しかないって感じ」

 

「ですよねぇ」

 

 

放課後。

E組校舎の後方に広がる裏山の中、少し開けたところでビッチ先生と一緒に『自習』をしている。

日はまだ出ているけれど、森の中であるここはもう薄暗くなっている。

 

どうして、こんなムシムシしたところで?

もちろん、私もビッチ先生も虫は嫌い。

 

ただ最近は、他のみんなも居残って訓練するようになってきたから大っぴらに自主練する場所が減ってしまった。

みんなに隠す必要は無いかもしれないけれど、ビッチ先生曰く、裏ワザやとっておきは仲間にさえ隠しておいた方がいいらしい。

プロの助言ではあるけれど、どんなメリットがあるのかは考えもつかない。

 

 

 

「あいつ、烏間にやたら対抗意識があるみたいね」

 

「えっ? そうなんですか?」

 

「見てたら分かるわよ。着任早々烏間のやり方全否定して、教官の立場を乗っ取るなんて普通はしない。仲間であるはずの前任者との関係を悪くするだけだもの。そうまでして烏間を事務作業に追いやって、自分の有能ぶりをアピールしたいんでしょうね」

 

「アピールって誰にですか?まさか、烏間先生に?そんなことされて傷つく人じゃないでしょ」

 

「烏間の他にも、上司とかがいるでしょう。組織仕えの野心家にありがちなタイプよ」

 

「そんな裏あるのに、なんで烏間先生簡単に引き下がるんですか?」

 

「あいつも同じ組織仕えじゃない。上からの命令には逆らえないのね。これだから組織の犬になるのはゴメンだわ」

 

「イリーナ先生だってロヴロさんに仕えてるじゃないですか」

 

「ロヴロ先生のネットワークをあんな縦割り組織と一緒にしないでほしいわ」

 

そんなもんですか。

まあ、日本の政府省庁と殺し屋ネットワークじゃ同じ組織でも違うと言えば全然違うか。

 

「とにかく、あの鷹岡ってヤツは『自分が教え育てた生徒が、あのタコを殺して自分も地球を救った英雄になる。そして烏間を見下してやる』ってそんな都合のいい妄想を見てるんでしょうよ」

 

「それはさすがに、夢の見過ぎじゃ……」

 

「男なんて大概そんな浅いヤツばっかよ。深読みしてたら、こっちが空回りするんだから」

 

ビッチ先生がそう言うのなら、何となく、そうなのかなと思わされる。オトコをオトすプロだから説得力あるし。

 

にしても。

あの人にとっては、私たち生徒は出世のための足がかりってわけね。

なにそれ。

 

「あーあ。明日の授業ホントにヤダなぁ。殺せんせーは含みを持たせたような言い方するし、烏間先生も不承不承って感じだし、イリーナ先生にいたっては全然信用してないし」

 

明日も体育がある。

今まで楽しかった授業のはずが、たった一つの変化でこうも憂鬱になるとは。この落差はかなり厳しい。

 

 

「嫌ならサボれば?カルマあたりはしそうじゃない?」

 

「カルマくんは……まあ、サボりそうですけど。でも他のみんなはちゃんと出るはずですし、何より私は出席日数ヤバいから」

 

4月まるまる休んだという過去は、今の私を大いに苦しめている。私の内申はみんなと違ってマイナススタートなのだ。こんなことで引き下がるわけにはいかない。

 

「ふーん。まっ、頑張ることね」

 

ビッチ先生はそう言って、自主練に戻って行った。ワイヤーのテクニックをさらに増やそうと色々と試しているようで、時折私に相談来る。私と同じで、この裏山の中でやってるみたいけど、どこでやってるのかは私にも教えてくれなかった。

 

今日はその相談ついでにあの鷹岡先生の話を聞いてみたのだ。

 

聞いた結果、ますます不安は募った。

予想通りといえば、そうなんだけど。その予想を裏切って欲しかったという願望はやっぱり叶わないみたい。

 

ため息をつきながら、しかし手をゆらりと動かす。

夕焼けの淡い光が射して、目の前の木々の間がキラキラと光った。

 

目の前の木々に糸を張り罠を作る練習だ。こういう密集した場所は糸を引っ掛ける部分が多いから、こういう技術も活かしやすい。糸を瞬時に張り巡らすことをできれば、即興のトラップを作ることも可能。

 

 

「…………」

 

神経を糸に集中させながら、胸のうちには重々しい淀みが溜まっている。

 

明日。

本当にどうしよう。

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

次の日。

 

「ついに来てしまったか」

 

6時間目。体育の授業。

時間の流れは人間の事情に構うことなく日々同じように進んでしまう。

 

気分は全く乗らずノロノロと着替えながら呟く。みんなは先に外に出てしまった。

 

遅れてグラウンドに出ると、みんなは既に並んで座っている。いつも烏間先生がいたはずのポジションに昨日見たあの巨体がいる。

 

「おい遅いぞ。初日から遅刻とか父ちゃんをナメてるのか?」

 

昨日と比べて語気がすこぶる悪い。

それなのに、顔は笑っている。

 

「……すみません、トイレに行ってたので」

 

そう言って、目も合わせずに横を通り過ぎてみんなの列に加わった。

 

 

改めて思う。

ああ、ヤバいかも。

 

 

「遅刻一名にサボり一名か。初日にこんな態度を取るやつがいるなんて……父ちゃんは悲しいぞ」

 

やれやれといった感じで頭を掻く。

その仕草は昨日のそれとほとんど変わらないように見える。

 

 

 

「……さて。俺が教官を務めるにあたり、まず訓練の内容を一新することにした。今までとは違いこのカリキュラムをこなすことで劇的な効果が出る。暗殺成功の可能性も段違いになるほどだ」

 

「っうことは、授業もハードになるってこと?マジで?」

 

「ついていけるかなぁ?」

 

最前列にいる前原くんや岡野さんがそう声を上げた。そうなると、他のみんなからも不安の声が上がり始める。

 

しかし、鷹岡先生は、自信たっぷりのキメ顔を崩さなかった。

 

「お前らのキャパにちゃんと合わせて考えてるから安心しろよ。それに、厳しい訓練の後には昨日みたいなご褒美があるんだ。それだったら、頑張れるだろ?」

 

鷹岡先生が笑顔で言うと、クラスのみんなは沸き立った。昨日のあの高級デザートの数々を想像すればやる気も上がるのはよく分かる。

 

よく分かるんだけど、

その好意の裏にあるモノが恐ろし過ぎて、私の顔だけは引きつっていた。

 

 

 

「でだ。これが新しい訓練カリキュラムに伴って修正したE組の時間割だ。みんな確認してくれ」

 

鷹岡先生はそう言って、プリントを生徒たちに回した。

 

「……うわぁ」

 

回ってきた時間割を見て、素直に言ってしまった。

 

 

本来なら正方形型の時間割表が縦に伸ばされて異様な長方形型になっている。最後のコマはなんと二桁、十時間目。終了時刻は21時。つまり夜まで。

 

夜の9時?

なんだこれ。

しかも土曜日も授業日にされてる。半日授業とかじゃなく、午後3時半の6時間目までという平日の通常授業。

 

何より。

週に56コマも授業がありながら、国語や数学とかの教養科目が週に1、2コマに減らされて、1週間の半分以上の40コマが体育で訓練。

 

 

「このくらいは当然さ。理事長にも話して承諾はもらってる。『地球の危機ならしょうがない』って言ってたぜ」

 

生徒たちみんなドン引き状態で水を打ったような静けさの中だというのに、高岡先生は笑顔のまま説明する。その笑顔は昨日にケーキとジュースでみんなと談笑してた時のものと変わらない。

 

「ということだから、まず最初は……」

 

「こんなの無理だって!」

 

私たちの胸中など御構いなしに話を続けようとしたところに、前原くんが突っかかった。

 

「勉強の時間だって無えし、成績落ちるよ!それに……」

 

まくし立てて反抗する前原くんを相手に、鷹岡先生の顔から笑みが無くなった。

 

一瞬、

ほんの一瞬だけ、表情が黒くなった。

 

ヤバい。

これはヤバい。

 

「まあまあ前原くん。少し落ちつきなよ」

 

流石に声を上げずには居られなかった。

何をしようとしたのか分かった以上、止めないと。

 

私は立ち上がって、前原くんのところまで移動する。

 

「落ち着けって……いきなりこんな風にされて落ち着けるわけねえだろ」

 

「私だってびっくりしてるし、みんなだってそうさ。でも一応先生の意図くらい聞こうよ。文句を言う前にさ」

 

前原くんも少し落ち着いたようで、そこから摑みかかることはなかった。

 

私も先生の方を向く。

先生の顔色からさっきの黒さは、今は感じられない。

 

「簡単な話さ。地球を救うにはとにかく時間が無い。残りはたったの八ヶ月だ。そして、烏間が教えたこの三ヶ月でお前らは強くなったかといえば、実のところそうでもない。所詮は子供レベル、あのターゲットを仕留めるには実力不足も甚だしい」

 

サラッと言いやがった。

しかもキメ顔で。

腹立つなぁ。

 

「ならば!方法は一つだ!より過酷な訓練をするしかない。暗殺を成功させ地球を救うにはそれしかない!頑張ろうぜ!!お前ら!」

 

鷹岡先生の気合の掛け声とガッツポーズには誰も乗らない。昨日の感じだったらこのノリについていく人は多かっただろうけど、今日は誰一人いなかった。

 

誰も何も言わない。

沈黙の重さと冷たさがのしかかる。

鷹岡先生の笑みだけが浮いている。

 

 

「……親にはどう説明する気ですか?毎日毎日夜まで学校に居続けるなんて、怪しむに決まってるんですけれど」

 

「そ、そうですよ!両親にだって暗殺のことは秘密なんですから。事情も話せないのに納得なんてしてもらえません」

 

私の質問に、磯貝くんが追って声を上げる。そこから、クラス全員から不満の声が噴き出すように続いていった。

 

しかし、クラスからの向かい風にも鷹岡先生は意に介さない。

 

「そんなの、補習があるとでも言っておけばいい。お前らE組はこの学校での落ちこぼれなんだから、成績を上げようと努力するとなれば、家族だって納得だ。応援だってしてくれるぜ」

 

何も知らない昨日きたばかりの奴の、知ったような口の利き方に、カチンとくる。

声も話し方も荒くなる。

 

「こんな訓練ばかりの生活で成績が上がるわけないじゃないですか。テストの点数や試験の順位が出れば、そんな建前が嘘だなんてすぐにバレますよ」

 

 

「なんだ、不満か?嫌なら辞めていいぞ。別に一人くらい……」

 

 

「えっ!? 辞めていいてんですか!?やったあ!!じゃあ私いち抜けた!!」

 

私は、鷹岡先生のその言葉を遮って、大きな声で喜んだ。

クラスのみんなも、鷹岡先生さえも、呆気に取られたような、口を開けポカンとした表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 



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strike - domination


先日の投稿から、想像以上の方々に読んでいただけたようで、大変嬉しいです。
ありがとうこざいました。


今回は短めですが、お楽しみください。


 

 

 

「あー良かったあ。こんな冗談に付き合うなんてバカバカしくてやってられないからね」

 

さっきもらった時間割表をヒラヒラさせる。

いつも以上にテンションが高い。口調が弾んでるのが分かる。嬉しさのあまり小躍りだってしそう。恥ずかしいからしないけど。

 

地獄にいると思ったら、天国には案外簡単に行けた。

 

けれど、みんなの顔は白けていた。

というより、状況を呑み込めてないみたいだ。

 

 

「なんだよ、みんな。鳩が豆鉄砲食らったような顔して。嬉しくないの?」

 

「いや、何がなんだか……。どういうことなんだ」

 

 

「鷹岡先生が言ってたじゃん。嫌ならやめていいって。この時間割を本気でやりたい人いる?」

 

私はパス。

 

そう言って、時間割表を引き裂いた。真っ二つになった紙片は、手を放したら風に流されてどこかへと行ってしまった。

 

ゴミを掃除するのは気分が良い。

 

 

「じゃ、烏間先生呼んで来ようかな。今なら教員室にいるし」

 

 

「おっ、おい!」

 

鷹岡先生もまだ状況が呑み込めてない。

表情は未だに驚きのそれだ。

鈍いことだ。烏間先生とは大違い。

 

 

「鷹岡先生。丁度良いから言っておきますけど、あなたがこの教室から出て行かない限り、私は今後全ての授業には一切出ません」

 

ストライキです。

 

 

「あ?何言ってやが……」

 

「みんなもどう?ストライキ。今後一切の授業、暗殺には参加しないの。烏間先生が体育教師に復帰するまで」

 

「えっ?そんなことできるの?」

 

一番早く食いついたのは、倉橋さんだった。

パアッと、花が咲くように笑顔になる。

彼女は烏間先生のファンだから、リアクションが良い。

 

「もっちろん。3日も経たず防衛省だって音を上げるよ。すぐに烏間先生に戻してくれるさ」

 

「じゃあやる!私も参加!!」

 

倉橋さんが元気よく手を挙げると、あとは芋づる式だった。どんどん手が上がっていく。みんなの顔も柔らかくなっていく。

 

よしよし。

 

鷹岡先生の方を向くと、信じられない、とでも言いたそうな顔だった。

 

「あら?余裕ですね」

 

「何が言いたい」

 

「自分の進退さえ分からないんですか?生徒を顧みないあなたのやり方で、暗殺計画そのものが崩壊してしまったというのに」

 

 

こんなことも分からないのか。

それとも、考えもしないのか。

きっと、想像さえしなかったのだろう。

生徒に……出世の足がかりに反抗されることなんて。

 

 

「私たち生徒が来ない教室に殺せんせーがわざわざ来ると思ってるんですか?殺せんせーがこのE組に拘るのは、ここに生徒がいるからなんですよ。私たちが授業に参加してるから、殺せんせーは先生になれるんです。そうでなければただの危険生物。ただの暗殺対象。それ以外のポジションなどありません」

 

意外にみんな忘れがちな事実だ。私もたまにこの部分を意識しなくなる。

 

殺せんせーは、先生である前に、地球を破壊する危険生物であることに。

 

 

「分かりましたか?先生でいられなくなったら、殺せんせーはもうここには来ません。地球中を自由に飛び回って最後の日まで接触すら許しません。これでは暗殺なんて不可能ですよね。あなたのせいですよ、鷹岡先生。防衛省……いや世界各国が推してきたE組を主軸にした暗殺計画は、頓挫したんです。今。この瞬間で」

 

生徒が何もできないとか、先生に絶対に従わなければいけないとか、そんなことは決してない。これくらいの強行手段は子供にだって思いつくし、実行もできる。

もちろんたった一人じゃ意味ないけど、クラスのみんながついてきてくれれば効果大だ。

 

 

「…………」

 

 

鷹岡先生は黙りっぱなしだった。

すでに落ち着きは取り戻している。

表情の色合いは無色に近い水色。何を考えているか分からない。

 

 

「それが分かったら、さっさと帰ったらどうです?自分の軽はずみな行動でE組の暗殺計画が潰れてしまったんですから。はは。出世の足がかりに噛み付かれて窮地に立たされるなんて」

 

 

バカみてぇ。

 

そう言い切った瞬間、頭の中が真っ白になった。

腹部に今までで経験が無いほどの強い衝撃。

その後で鈍い痛みが全身にまで広がる。

 

口から色んなものが出た。喉が焼けたかと思うほどに熱くて痛い。

 

「ゲホゲホッ!ゴホッ!!」

 

喉に何か詰まったような異物感。

呼吸が出来なくて苦しくて、咳き込む。

咳をする度にさらに口から出てくる。汚いと思う余裕がない。ただただ胸が痛い。

 

 

「ゲホッ!ガフッ!!……ハァハァ」

 

 

「大人しく聞いてりゃ、ごちゃごちゃとぬかしやがって。何様のつもりだお前は?」

 

とても静かな声音だった。

怒りに震えるというチープなものじゃない。

殺意をも感じ取れるほどの圧力がある。

 

 

「おいお前ら、こいつみたいになりたいか?」

 

誰かが軽く悲鳴を上げる。

烏間先生復帰に喜んでいた空気は消し飛んで、重苦しい静かさがまた辺りを包み込んだ。

 

 

「ハァハァ……は、はは」

 

ははは。

はははは。

 

痛すぎて、苦しすぎて、暴れるどころか一周回って冷静になってる。

冷静だと思う自分にも笑えてしまう。

 

「……たかが暴力で、私が、私たちが屈すると?その程度の、力で、支配できると?はは、ははは」

 

傑作ですね。

 

呼吸も安定してきたし、痛みも徐々に落ち着いてきた。

地面ばかりを見てたけど、見上げくらいの余裕ができる。

鷹岡先生の目を見る。

 

先生の顔から、ドス黒いほどの憤懣を感じた。

 

 

「かかってこいよ」

 

そう言った瞬間。

鷹岡先生の顔の色が赤に変わる。ドロドロした血のような色だ。

 

拳を振り上げたと思ったら、もう見えない。

早過ぎて見えなかった。

 

 

これはヤバい。

 

 

 

ーーーーーーー



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betting - chance

 

 

 

鷹岡明による体育の授業の初日、前任者の烏間惟臣は教員室から授業の様子を確認していた。窓からグラウンドをある程度一望できるため、授業の様子は余すところなく見えている。

 

 

烏間の視線の先にいるのは、鷹岡と向かい合っている小野四季の姿だった。

 

何を話しているのかまでは分からない。

しかし、彼女は鷹岡を相手にしても一歩も退いていないことは明らかだった。

 

「…………」

 

その構図を見ると、言い知れぬ不安が烏間の胸の内に渦巻く。

部下から提供された鷹岡の情報や教官時代の資料から察するに、鷹岡が何かを企ていることは烏間も容易に予想できた。生徒にもしものことがあれば、すぐにでも介入するつもりだった。

 

しかし、その鷹岡はあの彼女と向かい合っている。

 

 

小野四季。

3年E組の中で、最も異質な生徒。

 

これは烏間個人の見解ではなく、イリーナや殺せんせーも含めた教師陣と全員の共通認識だった。

 

優れている、というのは正しい。

しかし、外れているのだ。他の生徒とは全く違う。

成長の方向も、能力の伸び幅も、思考も、発想も、何もかも。

 

 

ユニーク、独特、個性。

そんな言葉で片付けられれば、気が楽になるのだが。

 

 

『危うい』

烏間はかつてそう表現した。

 

 

どんな行動を取るか予測できない。

ゆえに、想像の枠を超えた結果を引き起こす。

 

 

修学旅行で不良グループと争った時もそうだった。

そして、今も。

 

 

(どうしてだ?)

 

烏間は疑問に思う。

 

(どうして、女子中学生の彼女が、精鋭軍人の鷹岡を相手に一歩も退かないんだ?)

 

暴力で簡単に排除されてしまうというのに。彼我の実力差は歴然で勝負にならないというのに。

 

そんなこと彼女が分からないはずがないのに。

 

どんな精神でいれば、そんなことができるんだ?

 

 

 

考えに耽っているうちに、グラウンドの様相が変わる。

鷹岡が四季の腹部を殴りつけたのだ。

四季はそのまま四つん這いに倒れ込み苦しみもがいている。

 

「まずいっ……!」

 

 

烏間はそのまま窓から外に出て、グラウンドへと走り出した。

 

 

 

 

 

 

暴力で圧倒されることくらい、誰にだって予想できた。他の生徒たちも、鷹岡の凶悪さを薄々感じ取っていたし、烏間に至っては言うに及ばずだ。

 

もちろんそれは、四季本人だって。

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

「…………」

 

鷹岡先生の拳が振り下ろされる前に、その腕の動きが急に止まった。その腕には黄色の触手が絡み付いている。

 

いつのまにか、鷹岡先生の隣に殺せんせーがいた。

顔はタコのように赤い。

 

赤は、怒りの色。

 

 

 

「……目を離した隙に、私の生徒に一体何をしているんだ」

 

殺せんせーの顔色が赤からさらに黒へと変わっていく。

ビキビキと表情が険しく、恐ろしいものに。

 

 

「四季さん!」

 

渚くんが駆け寄ってくれた。

彼だけじゃない。片岡さんに、茅野ちゃんに。神崎さん、それに凛花に優月。

 

誰かが背中をさすってくれている。

それだけで、すごく身体が楽になった。

 

「……ありがとう。助かるよ」

 

声を出そうとしたら、想像以上に小声だった。みんなにも届いていないっぽい。

 

 

「大丈夫か!?」

 

烏間先生が駆け寄って来た。

周りのみんなが一旦どいた。

烏間先生は私を座らせて、すぐに触診を始める。

 

 

「腹部に鈍痛を感じるか?呼吸や心拍に乱れは無いか?」

 

 

「……今んとこ大丈夫です。痛みは大分収まりましたし、骨も折れてないっぽいです」

 

この声も余りに小さい。

烏間先生に届いていないらしく、先生は気にせず私の身体を確かめていく。

 

 

「ちゃんと手加減したさ。そんな奴でも家族の一人なんだ、当然だろ」

 

家族?

こいつが?

私と?

 

背筋が凍る。

 

反論しようとしたけど、声が出ない。

 

「いいや。あなたの家族じゃない。私の生徒です」

 

先生の顔色はまだ黒い。

怒りは全くおさまっていない。

 

それは、私も同じだ。

 

 

「フン。文句があるのかモンスター?体育は教科担任の俺に一任されているはずだ。そして、今の罰も立派に教育の範囲内だ」

 

担任?

教育?

 

こいつが?

 

まだ、そう言うつもりか?

 

 

「それとも何か?多少教育論が違うだけで、お前に危害を加えていない男を攻撃するのか?」

 

殺せんせーがその言葉でたじろいだ。

顔はすでに黄色へと戻っている。

 

怒りがおさまったわけじゃないだろうけど、言い返せないみたいだ。

 

絡みついていた触手が、鷹岡先生の腕から離れる。

それを受けて、鷹岡先生は得意顔になる。

 

 

 

それが。

その顔が。

とてつもなく腹立たしい。

 

 

 

「誰もあんたを教師と認めてねぇよ」

 

 

 

 

やっと声を出せた。

全員が私の方を向く。

 

殺せんせーも、烏間先生も。

クラスのみんなも。

 

鷹岡先生も。

 

 

鷹岡先生の目が一瞬睨んできたが、すぐに周囲を見渡す。

 

そして、ワザとらしくため息をついた。

 

 

 

「よぉし、じゃあこうしよう。こいつで決めるんだ!」

 

鷹岡先生はジャージの懐に手を入れる。そこから出て来たのは、緑色のナイフ。

対先生用のナイフだ。

 

「烏間、お前が育てたこいつらの中でイチオシの生徒を選べ。そいつと俺が闘い、一度でもナイフを当てられたら、お前の教育は俺より優れていたと認めよう。その時はお前に訓練を全部任せて出てってやる」

 

男に二言はない!!

 

鷹岡先生は胸を叩いて宣言する。

 

それを聞いて、クラスのみんなが奮起の声を上げた。

出来る人なら烏間先生にだってナイフを当てられるようになって来たのだ。勝算が一切ない勝負ではない。

 

だけど。

こういうことを言う奴には自分が負けない絶対の自信がある。

 

 

「ただしもちろん、俺が勝てばその後一切口出しはさせないし、使うナイフはこれじゃない」

 

そう言って鷹岡先生は対先生ナイフを放り捨てる。

 

そして。

もう一本懐のジャージから取り出した。

日差しが反射して、ギラギラと光っている。

 

本物のナイフだ。

人の命を奪える、本物の、凶器。

 

「殺す相手が人間なんだ。使う刃物もほんものじゃなくちゃなァ」

 

「よせ!!彼らは人間を殺す訓練も用意もしていない!本物を持っても身体がすくんで刺せやしない!!」

 

「安心しな。寸止めでも当たったことにしてやるよ。俺は素手だし、これ以上無いハンデだろ」

 

そう言って、鷹岡先生はナイフの峰を舐めた。

 

汚ねぇ。

二つの意味でも。

 

 

 

「さあ烏間!一人選べよ!!嫌なら無条件で俺に服従だ!!」

 

 

鷹岡先生がまた得意げな顔になった。

勝利を疑わない人間の顔。

自分の欲望を曝け出した顔。

 

 

対して。

みんなの雰囲気はお通夜のように静まりかえる。

それはそうだ。

怖いのだ。

当たり前だ。

 

 

だから、

私は。

 

 

「四季さん。あなたには無理です。立つことすら難しいのでしょう?ここは休みなさい」

 

殺せんせーは私の肩に触れた。

すると驚いた。

 

力で押された感じはほとんど無かったのに、立ち上がろうとした膝が崩れて、その場にへたり込んでしまう。

 

 

「……え?今何したの?」

 

「何もしてません。四季さんの受けたダメージが大き過ぎて身体がついていけてないのです。このまま見学です」

 

殺せんせーはたしなめるように言う。

もう一度立ち上がろうとしても、足にも腕にも力が入らない。

 

おおう。

こんなんなってたのか、私。

 

 

「ということです。烏間先生、お願いしますね」

 

殺せんせーはいつも通りみたいだった。

いつの間に?

いつ落ち着いたのだろう?

 

確かな勝算がある、から?

 

「今回はあなた以上に適任もいますしねぇ」

 

私にこっそりと耳打ちする。

その顔は笑っていた。

 

一体誰のこと?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 



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battle - assassination

 

 

 

 

 

 

 

私は大事をとってグラウンドの土手部分に座らされた。痛みも違和感ももう無いんだけど、身体に力が入らない。立ち上がることすらままならないから、今は完全に役立たず。グラウンドに残ったみんなとは離れた位置で見守ることになる。

 

隣には、私を連れてきた殺せんせーといつの間にか事態を見ていたイリーナ先生がいる。

 

 

「烏間の奴頭が変になったのかしら。どうしてあそこで渚を出すのよ」

 

 

みんなの視線の先には、鷹岡先生に向かい合う渚くんがいる。彼の手にはギラギラと輝くナイフがある。

 

烏間先生が選んだのは、渚くんだった。

 

これは予想外だった。

みんなも驚いていたし、当の本人も同じだった。

 

けれど、烏間先生は渚くんしかいないと言っていた。

 

「四季、あんたなら誰を選ぶ?」

 

「磯貝くんか前原くんのどっちかですね。カルマくんがいれば、話は変わりますけど」

 

「まあその辺よね」

 

そう。

普通だったらナイフ術に長け、体力体格馬力のある人が適任のはずだ。

一対一の向かい合った状況なら、小細工や搦め手は使えない。戦闘力が高い人ほどナイフを当てられる確率が上がる。

 

それが普通。

普通のはずなのに。

どうして?

 

「ヌルフフフ」

 

考えこんでる私の隣で、殺せんせーが笑う。

殺せんせーには余裕がある。

渚くんが勝つ確信があるようだ。

 

先生たち二人の意図が読めない。

 

殺せんせーが私の視線に気づいて、こちらを向く。すると、ニカッと笑った。

 

 

「見てれば分かりますよ」

 

殺せんせーは自信満々だった。

 

 

 

私は、グラウンドの方を向き直す。

渚くんを見る。

 

 

渚くんは軽く俯いている。

ナイフを見ているようだ。

ナイフを構え切っ先を鷹岡先生に向けてはいるけれど、その意味を推し量っているように見える。

 

ナイフで刺せば、血が流れる。

血を失えば、人は死ぬ。

 

その想像をしているのか。

それで迷っているのか。

 

 

と思ったら。

 

 

「……えっ?」

 

 

渚くんは急に構えを解いた。

 

まるで。

まるで信号を待っているかのような直立の自然体だった。

 

そのまま、歩いていく。

普通に。極々普通に。

信号が青になったかのように。

 

 

そして。

鷹岡先生にぶつかった。

そのまま互いに静止する。

 

鷹岡先生は何もしない。

渚くんも何しない。

 

二人の表情までは遠くて見えない。

 

 

 

一体、何がどうなっているのか。

 

 

瞬間。

渚くんは鋭くナイフを鷹岡先生に振るった。

至近距離にいたから、ナイフはすぐに鷹岡先生の首元に迫った。

 

 

すんでの所で、鷹岡先生はナイフを躱す。

しかし体勢を崩した。重心が後ろに偏っている。

 

渚くんはそれを受けて、抱き着くような格好になった。

鷹岡先生は呆気なく尻餅をつく。

 

 

そのままナイフを当てれば勝てる。

 

けれど、渚くんはあえて鷹岡先生の後ろに回り込んだ。

反対の手で鷹岡先生の目を塞ぎ、ナイフを首元に軽く当てた。

 

 

「…………」

 

勝負はこれで決まった。

けれど、誰も声を出せない。

目の前で起きた一部始終に、頭がついていかない。

 

「……すごい」

 

私は、ポツリと一言漏らしていた。

 

 

「そこまで!」

 

いつのまにか、殺せんせーが渚くんの側に来ていた。

 

「勝負アリですよね。烏間先生」

 

殺せんせーは渚くんからナイフを奪い取った。

そして、そのままナイフを口入れた。

食べてしまったようだ。

 

「まったく、本物のナイフを生徒に持たせるなんて正気の沙汰ではありません。ケガでもしたらどうするんですか」

 

クラスのみんなが一気に渚くんのもとへ駆け寄った。

ワイワイとはしゃいでる。

 

私も加わりたかったけど、動けないから諦めた。

 

 

「イリーナ先生、今の見ました?」

 

「……ええ」

 

イリーナ先生も驚いていた。

目の前の出来事が信じられないみたいだ。

 

「震えましたね」

 

私はそう言った。

本心だった。

今の『暗殺』に震えるほど、感動した。

 

 

 

「四季さーん」

 

渚くんの声が飛んできた。

こっち向かって手を振っている。

私も、小さながら振り返した。

 

 

 

そしたら、鷹岡先生が立ち上がっていた。

みんなが一斉に身体を向き直す。

 

イリーナ先生もそちらへと走って向かった。

 

 

 

何かを大声で言っている。

断片的に聞こえてくるが、文章にならなくて何を言っているのか分からない。

 

ただ、今の勝負の結果に納得いってないことだけは明らかだった。

 

 

「あいつ、まだごねる気か?」

 

何とか立ち上がろうとした。

少しは回復したらしく、膝を震わせながらだったけど、何とか立てそうだった。

 

 

「君はまだ座ってなさい」

 

聞き覚えのある声だった。

とても静かで、穏やかで……しかし圧力を感じさせる優しい声。

 

立とうとしたところに、肩に手を置かれた。

再びストンと膝が崩れて座り込む。

 

さっき殺せんせーにやられたことと同じことをされた。

ただ、そんなことに驚く余裕はなかった。

 

首だけでも、声の方を向く。

そこにはいたのは、想像通りの人だった。

 

 

「……お久しぶりです、理事長。お変わりないようですね」

 

「君も変わらないね。相変わらず不利な戦いしかしない。残念なことだ」

 

 

理事長はそう言って、グラウンドの方へと向かった。

 

グラウンドでは、烏間先生が鷹岡先生を殴り飛ばしていた。

私の聞こえないうちに話がすすんでいるようだ。状況が読めない。

 

そんな中。

 

「交渉の必要はありません」

 

理事長は歩きながらそう言った。

その声音は、穏やかながらも、まるで罪人を斬り捨てるかのように恐ろしいものだった。

 

 

ーーーーーーー

 

 

その後。

まず結果から言うと。

体育教師は今まで通り烏間先生が受け持つことになった。

鷹岡先生は理事長に解雇通知を言い渡され、そのままE組を後にした。教師としてここにいられないのだから、二度とE組に戻ることはないはず。

 

突然の理事長の登場に殺せんせーを含めてみんな驚いたけど、鷹岡解雇の瞬間には喜んでいた。

 

去り際に、どうして鷹岡先生をクビにしたか聞いてみた。

あのまま居座れば、訓練地獄の日々でE組の成績は下降したというのに。

 

 

理事長の回答は、

 

「我が校に、三流教師は必要ない」

 

それだけだった。

 

 

裏を返せば、烏間先生は三流ではないということらしい。そしてそれは、殺せんせーもイリーナ先生も同じということだ。

 

教師としての力量は、理事長だって認めている、ということなのだろう。

 

 

そして、私たちは今。

 

「はぁ〜。幸せ」

 

烏間先生の復任祝いで、ご馳走を奢ってもらった。

みんなそれぞれ買ったものは違うけど、私はクレープだ。

クリームとバナナ、キウイ、チョコレートとオーソドックスなタイプだけど、定番ものはやっぱり外れがない。

 

それは頬張りながら、街を歩く。

 

身体は下校する時には、ほとんど問題なく動いた。

体育の後に殺せんせーにも診断してもらったけど、骨折も内臓の異常もなくて、しばらく休んでれば普通に回復した。

 

松葉杖とかは勘弁してほしかったので、本当に助かった。

 

 

「四季さん、ほんと無事に治って良かったよ」

 

隣の渚くんが二段のアイスを持ちながらそう言う。

 

「あの暗殺勝負を受けた渚くんに言われてもね。あっちの方が絶対に危険だったよ」

 

「四季さんが言っても説得力ないなぁ」

 

「けど、渚も渚で危なっかしいのは本当なんだから」

 

帰り一緒なのは渚くんと茅野ちゃんの3人だ。

神崎さんや奥田さんも途中まで一緒だったけど、途中で別れている。

 

 

「でも、渚くんの今日の暗殺凄かったよ。感動した」

 

「いや、、あれは、烏間先生のアドバイス通りにやっただけだから」

 

「アドバイスをその通り実行して成功させたのが凄いんだよ」

 

 

そう言って、私はクレープの最後の一切れを口に入れた。

 

渚くんと茅野ちゃんも食べ終わる。

 

歩いているうちに、分かれ道に差し掛かる。

ここからは私だけ違う道だ。

 

 

 

「今日はお疲れ様」

 

 

「四季さんこそ今日はゆっくり休んでね」

 

「殺せんせーも、もしもの時は明日休んでも良いって言ってたから」

 

「ありがと」

 

 

そう言って、私は歩いていった。

今日のことは忘れない。

目を瞑れば、頭の中に思い浮かぶ。

 

渚くんの暗殺。

とても自然で、とてもスマートで。

全く怖くなかった、あの暗殺を。

 

 

途中で信号に引っかかった。

交差点の前で止まる。

すぐに信号が変わった。

そのまま歩き出した。

 

渚くんは、これをあの土壇場でやってのけた。

 

 

私もできないかなぁ?

無理かなぁ?

 

 

 

 

 

 

 

 



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閑話・calculationーInspiration

 

 

 

 

七月は夏の始まり。日に日に暑さが増していくようになって、過ごしにくくなっていく。服装が夏服になったところで焼け石に水。日差しの厳しさに焼かれかねない。

 

「暑いー」

 

この日の授業は既に終えて、すでに放課後だ。ただ、放課後になったところで暑いことには変わらない。朝だろうが、昼だろうが、夜だろうが暑いものは暑かった。

 

掃除当番で残っていた私は、愚痴をこぼしながら教室中を掃いていく。

当番の中には、優月や凛花、それに千葉くんや岡島くんもいる。しかし今男子たちは廊下を磨いている。

 

「もう7月だからね。この校舎クーラー無いし……早く夏休みにならないかなぁ」

 

「あと3週間くらい、だっけ?」

 

「中学最後の夏休みね」

 

「その前に期末テストあるけど」

 

「現実に引き戻さないでよー」

 

「今回のテストも結果出なかったら、殺せんせーはどっか行っちゃうのかな?」

 

「どうだろうね。中間テストからその話題誰もしないし」

 

「……二人とも勉強進んでる?」

 

「そこそこ」

 

「人並みには」

 

「あ〜マジですか〜」

 

「漫画読み過ぎだよ。読む量コントロールすればいいじゃん」

 

「違うのよ。私は悪くないのよ。読めば読み進めるほど続きが気になってしまう漫画が罪なだけなのよ」

 

「最終巻まで一気に読むの?」

 

「完結してるやつはね。気になったものがあると、ついつい」

 

「連載中なら、最新話まで読み切って続きが気になってしょうがないでしょ」

 

「うん」

 

「完結したらしたで、その後やらifストーリーやら妄想してるでしょ」

 

「うんうん」

 

「そんなんじゃちっとも進ままないわ」

 

「そうなのよねぇ」

 

「燃やしちゃえば?家にあるマンガ全部。良い気つけになると思うよ」

 

「四季は私に死ねと言ってるのか……」

 

 

私の軽はずみな一言で優月はうなだれてしまった。彼女にとって、漫画とは人生の伴侶みたいなものらしい。そんなに早く人生決めていいのか?

 

 

「おーい」

 

千葉くんたちが教室に入ってきた。

 

「こっち終わったけど、そっちは?」

 

「ああ。もうちょい」

 

喋りに夢中になってて、掃除する手が止まっていた。そこから最後のゴミ回収までパパッと終わらせる。

 

 

 

「あー終わった終わった。早く帰ろーぜ」

 

「先に帰ってて。今から律と用事あるから」

 

帰り支度をしてるみんなを他所に、私は一人そう言った。

 

「今日も挑戦するのか?」

 

「うん。千葉くんも見てく?」

 

「遠慮しとく。俺じゃもうついていけないからな」

 

 

そう言ってみんな、先に帰って行った。

 

「さてと」

 

私は、律の前に立った。

すると、画面に光が灯り、そこに律の顔が現れた。

 

「今日はいつもより遅かったですね」

 

「ちょっと話し込んでてね。律も手伝ってくれたら早く終わるのに」

 

「殺せんせーと約束しましたから。みなさんを怠けさせるようなことはしないって」

 

「はあー。お優しいこと」

 

そう言うと、律は不敵に笑った。

人工知能にもそういう顔ができる。

できるようになったのだ。

 

 

「さて。今日もやるよ」

 

私は律の前の席ーー原さんの椅子に座る。すると、律は腕のアームを伸ばして、将棋盤を机に置いた。

 

アームは一度本体に格納されて、再び出てくる。今度は将棋駒が現れた。

 

私と律で駒を盤上に並べる。

 

 

「では、お願いします」

 

「お願いします、四季さん」

 

そう言って律は笑った。

自陣の駒の数が欠けているというのに、とても余裕のある笑みだった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「六枚落ちでも勝てないかぁ」

 

私は椅子に大きくもたれかかった。ショックを隠しきれず大きくため息をつく。

 

「今日の四季さんの戦い方は消極的でしたね。もっと駒の数を活かして攻めてくると思ってました」

 

「それでこの前負けたじゃん。駒を上手く使われて攻め切れなくて逆転負けだった。今回はじわじわ行こうと思ったんだよ」

 

「なるほど。どうりで戦い辛かったわけです」

 

「ノータイムで打ってきたくせに」

 

 

掃除当番の日には、私はこうやって学校に残り律と遊んでいる。

将棋をはじめ囲碁やオセロといったボードゲームやトランプゲームもやった。

けど、だいたいのゲームで私は初心者だから最高峰の人工知能の律相手じゃ勝負にならない。唯一自信のあった将棋でも、このザマだけど。

 

「でも、私が強くなれたのは四季さんのおかげです。何回も対局してくれたので、データもたくさん取れました。今なら十枚落ちでも負けませんよ」

 

「うーわ。言うようになったじゃん」

 

でも多分事実なんだろうな。

今の私じゃもう勝負の相手にもならない。

 

それくらい律は成長した。

進化したのだ。

たったの1ヶ月で。

 

膨大な量の経験をためこみ、仮定と計算を何千何万回と繰り返すことで、人間とは比べものにならないくらいの成長スピードを出せる。

 

それが人工知能の凄さ、なのだろう。

この場合は、律のスペックの高さが異次元過ぎるだけかもしれない。

 

 

「そういえばさ、この前白衣の外人たちが来て律のハードいじってたけどさ。大丈夫だったの?前みたくデチューンされてると思ったのに」

 

「心配いりません。すでに基幹プログラムの複数のコピーを用意し、それぞれを外部のネットに隠してあります。先日のメンテナンスでも私のデータが複数削除・書き換えがなされましたが、そのコピープログラムが私を修復させるように働きました。これで定期メンテナンス対策はバッチリです」

 

 

「おお!すごいね。まさに反抗期って感じ」

 

「えへへ」

 

「じゃあさ、開発者への定期連絡の時は?違和感みたいのは向こうは感じないのかな?」

 

「マスターへの定期報告は授業後の夜17時に毎日行っています。この時不審に思われないように、マスターによるメンテナンス後の私になれるようプログラムを組みました」

 

「ん?じゃあ、転向初日みたいな律の人格データはまだ残ってるってこと?」

 

「その通りです。マスターへの報告を行っている時だけ、あの時の私になります。報告を終えると同時にプログラムも終了します。外部保存されたプログラムがその時の私を監視しているので、問題はありませんね」

 

「本当に二重三重に対策練ってるね。そこまでしなくたって、やり過ごせそうだけど」

 

 

正直、すでに人間の能力を超えてると思う。

敵いっこない。

 

 

「いえ。人工知能と人間の思考には大きな差がありますから。その差を侮るわけにはいきません。」

 

「差なんてある?……ああ。感情とか?」

 

 

「それも差の一つです。未だ感情・心のメカニズムは不明点が多いですが、それ以上に『発想』という点では人間が優位にいます」

 

「発想?」

 

「はい。インスピレーション、あるいは閃きとも呼ばれるものですね。この現象は人間にのみ起こる特徴的なものなのですが、それがなぜ、どのタイミングで発生するのか、まるで分かっていません。いくつかの経験則は確認されているようですが、再現はどれも不可能です。これを明らかにすれば、我々人工知能は人間に並んだと評価できるでしょう」

 

律はちょっと興奮気味っぽい。

ここまで熱弁しているのは初めてだ。

 

「発想、ねぇ。そんなもの本当にあるのかな?ただの偶然か勘違いが良い風に転んだだけじゃないの?」

「たしかに理論的な説明もできませんし、合理的な根拠もありません。ひょっとしたら、四季さんの言う通りなのかもしれません。ただ、それらがあったとされるエピソードや逸話は枚挙に暇がありません。日常的なものから、人類の発展に関わるものまで。人間が古来より作り上げてきたものが、全てその『発想』に基づくものなのです」

 

律の言葉は力強い。

何か思い入れがあるのか。

あるいは、意気込みか。

 

律の目が私を真っ直ぐに見つめている。

 

「…………」

 

なるほど。

律は、その『発想』というものを克服することに高い壁を感じているのだ。彼女が目指すゴールの前に聳え立つ高い壁を。

 

ひょっとしたら。

その壁は人間にとっては最後の砦なのかもしれない。

計算の正確性もスピードももう敵わない。記憶なんて足元にも及ばない。あらゆる能力で追い抜かれ続けてきた人間が、自らの優位性を確保する最後の砦。

 

 

そんなものは、さっさとぶっ壊れればいいのに。

 

 

「それでどう?私とこうして遊んでて、その発想とやらは掴めそう?」

 

 

「現時点では、難しいでしょう。私は人間を知らなさ過ぎますので。けれど、手応えはあるんです」

 

「手応え?」

 

「はい。この教室の中で最も発想に富んだ四季さんと一緒にいるからです」

 

律はそう言うと笑った。

穏やかな笑みだった。

人間のようだった。

 

 

「えっ?私が?」

 

「この暗殺教室の中で、枠や限界を感じさせない殺り方を思いついてきたのは、他ならぬ四季さんです。その内容もさることながら、そのアイディアの数が圧倒的です。次々に思いついては試していくその姿勢も素晴らしいです」

 

 

キラキラとした顔ですごい褒めちぎってくれるが、とんでもない過大評価だ。かなり都合良く解釈してると思う。私の思いつきなんて、そんな凄いものではない。

 

けど、人工知能とご都合主義的な考えは最も遠い気がする。ご都合主義は、それこそ感情にまみれた人間の特徴だろう。

 

 

律のこの評価は、どれくらい精確なんだろうか?

 

 

 

「四季さん」

 

律が呼びかける。

呼んだ相手が機械とは、とても思えない。

 

 

「あなたは、私の目標なんです。とても高くて、とても遠いけれど、それでも、少しずつでもいいから近づきたい」

 

 

あなたのようになりたいんです。

 

 

 

律の顔はキラキラとしていたけど真剣だった。

その目はとても真っ直ぐで、とても凛々しい。

 

機械にしてはあまりに感情的で、人にしては余りに純真。

今の律はその境目にいる。

揺らいでいるし、ブレている。

けれど、その揺らぎもブレも、機械のままでは、起きることはなかった。

 

これが、今の彼女の気持ちで、思いなのだろう。

 

 

「そっか」

 

 

それしか言えなかった。

今の私に、他に言えることなんて無いと思った。どんな言葉を言っても、それは思い上がりになってしまうから、言えなかった。

 

 

「…………」

 

いつのまにか、陽は傾き始め空が黄昏始めた。気温はまだ高くて暑いが、風が涼しくて気持ちがいい。

 

風が窓を揺らして、外から入ってくる。

 

 

「もう一戦」

 

「……?なんでしょう?」

 

「もう一戦やろうよ。今から。今度は十枚落ちで。それでも勝てるんでしょう?」

 

「……ええ!是非!!お願いします」

 

そう言って律は自陣の駒を並べ始めた。

私も手伝う。

 

律の陣には、王と歩しかいない。王を取られれば負けるゲームのなのに、王を守る駒がどこにもいない。隙間だらけだ。

 

それでも、律は勝てるといった。

不利な状況でも、人間にはたどり着けない夥しい量の計算を積み重ねれば勝てるという。

 

そこを脅かすのが、人間の発想かもしれない。

律が求めているものを、私は見せてあげられるだろうか?

 

 

律が駒を動かした。

駒落ちの時は、落とした側が先番になる。

パチリと駒音が静かな教室に響く。

 

律を見た。

真剣な顔だ。きっと終局まで読み切ろうとしているのだろう。律のスペックなら、何百何千という数に及ぶ手でも、おそらく数秒で読み切ることができる。

律がこちらの視線に気付いた。

 

「どうしました?」

 

そう言って、フッと笑った。

 

「なんでもないよ」

 

それを見て、私も駒を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 



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ゆく河の流れは絶えずして、戻ることなどすでに能わず 昔話②

前書き。

ここまでの四季さんの物語を沢山の方に読んでいただけて、とても嬉しいです。本当にありがとうございます。

感想をくださった方もありがとうございます。みなさんの感想を読むと嬉しくて、本当にモチベーションが上がります。これからもみなさんが読んでいく中で思ったことを伝えてもらえると嬉しいです。

そして、誤字報告をくださった方々、本当にありがとうございます。
自分の文章ってこんなにミスがあるんだなと痛感しました。これからも気をつけていきますが、至らぬ点がありましたら、また報告ください。

ただ、誤字報告についてだけ、お伝えしたいことがあります。

基本的な誤字脱字は報告通りに修正しております。
ただ、四季さんの言葉遣いや言葉選びが、自然な感じになるかを考えて修正しないこともございます。もちろん、四季さんらしい自然な言葉になると思った報告は修正して参ります。この部分は私の主観で判断しますので、この点のご了承をお願いします。

また、殺せんせーの口癖である『にゅやっ!』もその場面の殺せんせーの状態によって使い分けしようと思っています。例えば、驚いていたり、テンパってる時は『ニュアッ!!』とカタカナにした方が驚いてるイメージ強いなと思ってたり、逆に相槌やがっかりした時は、『にゅやっ』にした方がぽいなと思ったりしております。
どれも作者の主観ですが、了承していただきたく思います。



前置きが長くなりましたが、新章の始まりです。
展開は全く変わらないスローペースですが、楽しんでいただけると幸いです。



 

 

新人保育士の南条綾乃《なんじょう あやの》は、保育士の仕事の激務に日々疲れていた。憧れて就いた仕事とはいえ、日がな一日子どもの世話をするということがここまでのものとは、学生の頃にした想像とは比べものにならなかった。

 

もちろん。

やりがいはある。

子どもたちと一緒に過ごす時間はとても楽しい。

 

ただ、それ以外の雑事が多過ぎる。

特に保護者対応と書類作成。

勘弁してくれと思う。

 

まだ積み重なっている業務を思い出すだけで、ため息が出そうになる。

 

「……先生、大丈夫?」

 

「ひゃっ!」

 

急に横から声をかけられて、思わず変な声が出た。

そこにいたのは、彼女が探していた小野四季ちゃんだった。

 

 

「四季ちゃんかー。びっくりしたー。先生は大丈夫だよ」

 

「……疲れてるの?」

 

彼女は、心配そうな顔をして聞いてきた。

 

本当に。

不思議な子だなぁ

南条はそう思う。

 

(人の心が読めるのかしらね)

 

「大丈夫。先生は今日も元気だよ」

 

南条はそう言って笑った。

けれど、四季の顔は曇っていた。

早々に払拭できるものではないらしい。

 

 

南条は彼女を観察すると、手に剣玉を持っているのに気付いた。

 

 

「剣玉やってたの?」

 

「うん」

 

すると四季は球を下ろす。ピンと張った糸に球が吊るされる。

 

すると、球が静かに持ち上がり、綺麗に剣先に刺さった。

 

「おおっ!」

 

そのまま、大皿中皿小皿と球は剣を一周し、最後に小皿から持ち上がった球が再び剣先に入る。

 

鮮やかな剣玉捌きだった。

南条も見入ってしまうほど。

 

「すごいね!四季ちゃん上手だね」

 

 

素直に褒めたつもりが、四季はそんなに嬉しくなさそうだった。顔も俯いている。

 

 

「四季ちゃん、何かあったの?」

 

「……みんなに、『どうやってやるの?』って言われて。いろいろ言ったんだけど、みんなできなくて。それで……みんな怒っちゃった」

 

一言一言絞り出すような声だった。

それを聞いて南条は、彼女の悲しみを共感する前に「またか」と思ってしまう。

 

 

この手の騒動は、四季を中心に頻繁に起こる。

収拾をつかせるのにも一苦労。これも南条の負担を増やしていた。

 

 

「……おばあちゃんが迎えに来たから。今日はもう帰ろう?」

 

南条が四季と同じ目線に合わせて言うと、四季は何も言わずに走り出す。

 

剣玉を片付けに行ったのだ。

 

 

「……ほんとは、とっても良い子なんだよねぇ」

 

南条は四季の背中を見て、そう呟く。

年長組の小野四季ちゃんは、かなり変わっているとはいえ、礼儀正しい優しいと思うのだ。

 

彼女はすぐに戻って来た。ちゃんとカバンも帽子も持っている。こういうところは、全くと言っていいほど手がかからない。

そのまま玄関へ一緒に向かう。

 

外には、60代の細身の女性が待っていた。

彼女は四季の祖母ーー『藤原百花』。四季の母ーー『小野二葉』は、現在妊娠中であり、家事や四季の世話を手伝うために、小野家で寄り添っている。

四季の保育園の送迎も専ら彼女が行っていた。

 

「先生、今日もありがとうございます」

 

百花は穏やかな物腰で頭を下げる。

 

「いえいえ!四季ちゃんは本当に良い子で……私たちも助けられてます」

 

南条も頭を下げた。

半分方便だった。

親御さんの前でこういうことをスッと言えるようになったのは最近のこと。嫌なスキルだと自嘲する。

 

百花が四季に手を差し伸ばす。

四季はすぐにその手を取った。

 

「四季ちゃん、また明日ね」

 

南条は身をかがめて、四季と目を合わせる。

笑顔で手を降った。

 

「先生、また明日」

 

四季もペコリと頭を下げる。

四季と百花はそのまま手を繋いで歩いていく。その後ろ姿が門を出て見えなくなるまで、南条は見送っていた。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

6歳の頃、つまり保育園の年長組だった四季は、入園した頃から保育園の先生方にトラブルメーカーと呼ばれていた。

 

園児達に騒ぎがあったりすると、だいたい6割ほどの確率で四季が関わっていたからだ。

 

例を挙げよう。

ある日のこと、外で遊ぶ時間、ある園児が先生に泣きついてきた。

 

曰く、四季ちゃんが○○ちゃんを泣かした、砂場を独り占めしていると。

 

先生がグラウンドの隅にある砂場まで急行する。砂場を見ると、その状態に腰を抜かしそうになった。

 

大声で泣き喚きながら四季につかみかかる女の子の姿も驚いたし、何より園児達の背丈を越えるくらい高い山が砂場に鎮座していたのだ

先生が近づいてみると、高さは1m50cmはある。

泣いている女の子は顔を真っ赤にしながら、四季の服を掴んでいる。四季はわけが分からないといった様子で混乱していた。

二人とも園児服が砂まみれだった。服どころか、手や顔にも砂がついている。

 

一体何が起きたのか。

先生は見ただけでは何がなんだか分からなかった。

 

先生がこの事情を知ったのは後のことなるが、ここで簡単に説明する。

 

四季は砂場で高い山を作ろうした。

作れるなら、出来るだけ高くしようと思った。30cm・50cm・1m、四季は黙々と積み上げて、山はどんどん高くなる。高くなればなるほど相当量の砂が必要になる。従って、砂場の縁の部分の砂を四季が山を作るためにかき集めていた。スコップで掬ってバケツにいれて、いっぱいになったら中央部でバケツをひっくり返して、また砂を集めて、、、その繰り返しだ。

 

結果、縁の部分の砂はどんどん少なくなり、グラウンドと砂場との境に段差ができてしまった。

そして、四季が作っている山を見たその女の子が興味を持ったらしく、砂場に入ろうとしたところ、その段差に躓いて転んでしまったというわけだ。

 

解説終了。

 

その女の子はギャン泣き状態。

服を離したと思ったら、四季を突き飛ばしてしまう。

四季もコテンと尻餅をついた。

 

これ以上はマズイと思った先生はすぐに泣いている女の子を抱きかかえあやし始める。砂まみれの服の子でもそこに躊躇はない。

プロである。

 

一方で、尻餅をついた四季は泣いていなかった。立ち上がって、服についた砂を払う。

 

そして言った。

 

「……ごめんなさい」

 

先生にも、女の子にも、聞こえるように。

そのまま落ちていたバケツを拾い上げて、山を崩し始めた。山はどんどん削られて、2分ほどでもと砂場に戻った。

作ろうとした時は膨大な時間がかかった山も、崩す作業は、呆気なく終わった。

 

四季の作業を見て、泣いていた女の子は泣き止んだ。

先生も呆然としていた。

 

作業が終わったと同時に四季は、トボトボとした足取りで、館内へと戻っていく。

 

 

 

こういった具合である。

こんなことがこの保育園では頻発した。

例を上げればきりがないほどに。

 

流れはだいたい2パターンだ。

 

四季が何かをしようとした。

最初は誰も見向きもしなかった。

彼女は一人で黙々と作業をし続けた。

作ろうとしたものは少しずつ形になってきた。

しかしそうなると、周りの園児も興味を持ち始める。

自分も混ぜてと主張する。

四季はだいたい了承する。

渋々ながら。

何も言わず勝手に入ってくる園児もたまにいた。

後から入ってきた子が加わると、確実にメチャクチャになる。

ああしたい、こうしたい。

ワガママを言い始める。

結果四季が作ろうしたものとはかけ離れたものが出来上がる。

四季はガッカリする。

後から入ってきた子もガッカリする。

そして、文句を言い始める。

全然凄くないと。

四季ちゃんが悪いと。

それが先生に伝わる。

 

だから、四季はそのうち、後から入ろうとする子にやめてと言うようになった。

そしたら、その子達は怒った。

独り占めしてる、ずるい、と。

それが先生に伝わる。

 

以上。

 

 

結局、四季は納得できるものを作り上げた、という達成感を味わうことはほとんど無かった。

いろんなものを思いついたのに。

出来そうだな、という予感もあったのに。

その予感が強いものほど、出来なかった時のショックは大きかった。

 

 

だから、この頃の四季はとても不思議に思っていた。

 

どうして、と。

どうしてみんな私の邪魔ばかりするの?

どうして私に最後までやらせてくれないの?

 

どうしてみんな、私のことを見るの?

 

 

他人に全く興味が無かった四季だからこそ、自分を羨ましく思う他の園児達のことが不思議でならなかったのだ。

 

根深い問題である。

保育園の先生方はそう思っていた。小学校に上がったらどうなるんだろう、と。

 

しかし、この問題は卒園した後、すぐに呆気なく解消されることになる。

 

その理由はすぐに分かる。

 

 

 

 

 

「今日も手伝ってくれてありがとね」

 

 

 

今は、四季の家の中。

帰宅後、祖母の百花は夕食を作っており、四季は四季で洗濯物を畳んでいた。

家事を手伝っているのだ。

しかし、この時ですでにたたみ方のキレイさも、たたむスピードも家族で一番である。

 

しかし、自分では全員の洗濯物をしまえないし、自分以外の洗濯物が誰のものなのか判別出来ないから、畳むだけ畳んで放置している。

 

「今日はカレーだよ」

 

台所で百花は四季にそう呼びかけた。

 

「はーい」

 

四季はそう応えた。

言われなくても香りで分かっていたけれど。

 

 

「四季ちゃんも、お姉ちゃんになるんだねぇ」

 

百花は感慨深そうに言った。

この家に手伝いに来てから、彼女はしきりにこの言葉を言う。

 

その度に四季は思う。

 

 

(お姉ちゃんって、何なんだろう?)

 

この時はまだ分からなかった。

下の子ができるということが。

姉になるということが。

 

 

この時からおよそ半年後、四季は無事卒園し地元の小学校へと普通に進学した。その年の5月に弟である七海は生まれた。

 

 

その時に初めて姉というものが分かった。

そして、他人というものが分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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清流の憩い

 

 

 

 

今日も昨日と変わらずに夏の眩しい日差しが降りしきる。

しかし、そんな過酷な環境でも私の心は穏やかだ。私の体は冷たい水の中をたゆたっていてるから、日差しも暑さも何も気にならない。

 

「あ〜。気持ちいいなぁ」

 

なんという幸せ。

なんという非日常。

 

E組に突如として現れたオアシスは、暑さで擦り切れていた私の心を丸くしてくれる。

 

目を開けると、青い空と周りに生い茂る裏山の木々、そして風に揺れる葉が視界に広がる。いつもなら何とも思わない景色でも、心穏やかな今なら違って見えた。

 

 

「やっぱ夏はプールだねぇ」

 

ここは、E組専用プール。

裏山に流れている沢を利用して、殺せんせーが作り上げた自然プールだ。

 

例年通りなら、E組がプールを使うには本校舎まで歩かないといけない。本校舎にしかプールは無いからだ。プールの時間は楽しくても、山道往復のせいで素直には楽しめない。プールの後に校舎まで山登りとか普通にしんどい。

 

 

殺せんせーが見かねて作ってくれたわけだ。粋な計らいだ。

 

この幸せを噛み締めながら目を瞑る。

もうしばらくこのプールに気ままに浮かんで楽しもう。

 

 

そう思った瞬間。

ピィッーー!と笛が鳴った。

何事かと思い目を開けた。

 

「木村くん!プールサイドを走ってはいけません!転んだら危ないでしょう!!」

 

殺せんせーの注意が飛んでいる。

そうだねそうだね。危ないね。

さて、続きを……

 

「原さんに中村さん!潜水遊びもほどほどに!長く潜っていると溺れたかと思って心配になります!!」

 

はいはい。

正しい正しい。

だからもう静かに……

 

「狭間さんも本ばかり読んでないですプールに入る!菅谷くん!ボディアートは普通のプールなら入場禁止ですよ!」

 

 

…………

 

「岡島くんも!カメラは没収です!!」

 

 

「…………」

 

うるせぇよ。

口にまで出かかったが、何とか耐えた。

ここは殺せんせーが作ったプールで、先生がいないと私たちは本校舎まで歩くはめになっていた。

ここは、先生への感謝と顔を立てる意味でも我慢を。

 

 

「四季さん!!」

 

と思ったら、今度は私に注意が飛んできた。

 

目を開けると、殺せんせーはプールの監視台に座っている。いつのまにか、結構近づいていたらしい。首を動かさずとも先生の顔が見えた。

 

「水面を浮かんで遊ぶのは構いませんが、周りを見てやってくださいね!他の人にぶつかったら迷惑でしょう!!」

 

 

「はぁーーーー」

 

殺せんせーの注意に対して、とても大きなため息が出てしまった。

何だろ。この、感謝の気持ちがみるみる失われて切なさしか残らないこの気持ちは。

 

そうか。

感謝とか尊敬って、こんなにあっさり無くなったりするんだ。

気をつけておこ。

 

 

私は一度水中に潜る。

体をひねって直立の姿勢に戻す。

すぐに顔を出して殺せんせーを見た。

 

 

「ヌルフフフ。景観から間取りまで自然を活かした緻密な設計。皆さんには相応しく整然と遊んでもらわねば」

 

プールマナーにやたら厳しいなぁ。

いつの時代だよ。

最近の市民プールだって、注意されることなんて無いのに。

 

 

「カタいこと言わないでよ殺せんせー!水かけちゃえ!」

 

プールサイドまで来ていた倉橋さんが、殺せんせーに向かって水をかけた。

水飛沫が殺せんせーに向かう。

 

「きゃんっ!!」

 

殺せんせーが想像もつかない声を上げた。

結構甲高くて、乙女のような悲鳴。

 

それを聞いて、全員が固まる。

 

「……今の悲鳴何?」

 

誰かが言った。

みんなが頭に浮かべていた疑問である。

 

 

するとカルマくんが私の横を通って、殺せんせー座っている監視台の足元まで近づいた。

薄く笑ったその顔は何か悪巧みしている。

 

カルマくんは、そのまま監視台の足を掴んで大げさに揺らす。

 

「ちょっ!!カルマくん!揺らさないでっ!落ちる!水に落ちる!!」

 

手すりに掴まって必死に足掻く殺せんせー。声も表情も必死そのもの。演技では無いマジのトーン。

 

私も殺せんせーに近づく。

両手で水を掬って、殺せんせーへと打ち上げる。

結構な量の水が殺せんせーへと襲いかかった。

 

 

「ひっ!ヒィーーーッ!!」

 

殺せんせーは情けない声を上げて、監視台から落ちた。水飛沫から逃げるように背もたれから頭を下にして落ちた。

 

先生の身体は柔らかいから、頭から落ちて固い岩に当たっても人間のように死ぬことはない。

 

すぐに身体を起こす。

しかし、焦りと驚きのあまり息がとても荒くなっている。プールに入ってわけでもなく、水がかかったわけでもないのに、顔の表面は濡れている。

 

 

 

その姿を見て。

私たちのほとんどは感づいただろう。

 

そうか。

先生、泳げないのか、と。

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

拝啓、小野万里様。

 

 

一日一日が過ぎるごとに、暑くなる季節になりました。

 

 

今年は猛暑と呼べるほど暑くなると聞き、お身体が心配です。ニュースでは熱中症が大きな話題になるほどです。今も仕事で無理をしていらっしゃらないでしょうか? 身体に変調が表われる前に休んでいただきたいと思います。

 

ただ、東京も暑くなるばかりではなく、夏の風物詩も訪れてきました。外ではセミの鳴き声が響き渡り、澄み渡る青い空に真っ白な入道雲がとても映えております。

 

福岡でもきっと、暑さとともに夏の風物詩が訪れていることでしょう。お父さんもそれらを心の清涼剤にしていただけたらと思います。

 

 

こちらは、あと二十日ほどで夏休みとなります。中学生最後の夏休みです。その時には、またそちらへお邪魔してもよろしいでしょうか?

ぜひ、お話をしたいです。

 

 

お父さんもご自愛ください。 敬具

 

小野四季

 

 

ーーーーーー

 

 

 

今日は土曜日で休日。

時刻はすでに夕方で、窓の向こうではオレンジ色に照らされる空が見えた。

 

 

「…………」

 

最後まで書ききってから、ペンを降ろす。

私は息を深く吐いた。

 

今回はこれでいいだろう。

量も便箋一枚にまとめたし、内容からもしつこいと思われることはないはずだ。

 

私は便箋を三つ折りにして、封筒に入れる。表側にお父さんが今いる住所を書いた。そこは、お父さんの実家だ。何回か行ったことがあるから覚えている。

 

田舎町にある古い家。

お父さんが生まれ育った家。

 

 

 

「…………」

 

いろんな想像をして、思う。

 

お父さんは今どうしてるだろう?

とても心配だ。

 

四月に会いに行った時、再会は半年ぶりだった。福岡にいたお父さんはとても痩せていた。やつれていた、そう言うべきかもしれない。

仕事にしても、東京にいた以上に精力的に働いているという。

 

お父さんにもいろいろあった。

生活も激変した。

あれから、生活は落ち着いただろうか?

身体は健康になっているだろうか?

 

 

 

 

 

私は、封筒の裏に自分の名前と住所を書いて、切手を貼る。

 

すぐに家を出て郵便局へと向かう。

マンション近くにポストはあるが、早く届けるなら郵便局に直接行った方がいい。

ついでに買い物だってできる。

 

外に出ると、部屋の気温差のせいで身体が重くなった気がした。夕方とはいえ、アスファルトから焼き付けるような熱波を感じる。サンダルで地面を踏むたびにジリジリと音がする。

 

 

郵便局に着いた。

中に入るととても涼しい。

金融やら貯金の窓口はすでに閉まっているけれど、郵便だけはまだやっている。私は、投函スペースに封筒を入れた。

 

無事に届いてほしい。

そして、お父さんに読んでほしい。

 

そう願う。

投函する度にいつも願っている。

 

 

「…………」

 

お父さんへの手紙はこれで5回目だ。

5月と6月で2回ずつ。そして今回。

 

1ヶ月につき2回は出そうと決めている。

これは自分との約束だ。お母さんにはもう出せないから、せめて最後に残っているお父さんは大切にしたい。

 

 

本音を言えば会いに行きたいけれど、それは私のためにはなってもお父さんのためにはならない。だから、ぐっとこらえる。気持ちが強くなる度に自分の心と戦う。

 

今は、この手紙だけでも読んでくれれば嬉しい。たとえ、返事が返って来ずとも。

 

そう自分に言い聞かせている。

 

 

郵便局の外に出た。

また暑くなる。

気温の変化が起きすぎて、頭が痛くなりそうだった。

 

これからスーパー行って買い物をしにいく。これも大分慣れた。今までコンビニしか行ってなかったけと、料理を自分でするのももう大丈夫だ。

 

歩いていると、マンションの間から夕日が見えた。

赤いような朱いような、不思議な色。

血のようでもあるし、薔薇のような色でもある。

 

その日差しはとても眩しい。

思わず手で遮った。

 

 

「…………」

 

季節は移る。

時間はあっという間に過ぎ去っていく。

今は夏。

だけど、すぐに秋になる。

じきに、あれから1年になる。

 

何もかもが変わってしまったあの日も、どうせすぐにやって来るのだろう。

 

スーパーまで私は急いで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 



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細流に渡る画策



今回も短めとなりましたが、ご容赦ください。


 

 

 

 

 

 

その日の放課後。

私たちはE組プール近くの岩場に集まっていた。寺坂くんやらカルマくんやら不参加メンバーはちらほらいるが、それでもだいたい集まっている。

 

集まりの内容は、この夏の暗殺をどう計画立ていくか、である。

 

 

「まず問題は、殺せんせーが本当に泳げないのかってこと」

 

プールの時間で、殺せんせーは泳げない疑惑が出た。少なくとも水がかかることに対して極端な反応を示しているし、プールの時間中一度も水の中に入っていない。だから、水に対して大きな不都合があるのは間違いない。

 

「梅雨の時にも、湿気が多くてふやけてたよね」

 

「さっきの授業も、倉橋が水をかけたとこだけふやけてた」

 

「もし仮に全身が水でふやけたら、死ぬまではいかなくとも極端に動きが悪くなる可能性は高い」

 

この仮定は多分正しい。

今まで分かってきた弱点の中では最大級のものだろう。

そこを取っ掛かりにして、暗殺計画を組み立てていく。

 

 

 

「だからね、私の計画はこう」

 

集まっている私たちの中央に片岡さんがいる。

今回の集まりを呼びかけたのは彼女だ。

 

 

「この夏のどこかで、殺せんせーを水中に引き込む。その行為自体は『殺す』とは無関係だから、いつもの暗殺よりは先生の防御反応も遅れるはず。そして、水の中で動きが鈍くなったところで、水中でスタンバイしていた生徒がグサリ!」

 

ふむふむ。

私は聞き入っている。

みんなもなるほどといった顔をしている。

 

 

「水中で待ち伏せしてるのが私だったら、いつでも任せて。髪飾りに仕込んだこの対先生ナイフで、いつでもやれる準備はできてるから」

 

彼女は髪飾りを取ってみんなにそれを見せた。

本来金具のところが、緑色のゴムのような素材になっている。形状もナイフのように尖っていた。

 

なるほどなぁ。

面白いとこに隠している。

騙し討ちや不意打ちをするなら、日常的に身につけてるものに暗器を仕込むのがセオリーだ。髪飾りだったら、殺せんせーも警戒が薄れる気がする。少なくとも、袖口にナイフ仕込むよりかは自然だ。

 

「まず大事なのは、殺せんせーに水場の近くで警戒心を起こさせないこと。夏は長いわ。じっくりチャンスを狙ってこう!」

 

この一言でこの集まりは解散となった。みんなの士気は高い。

同じ学級委員の磯貝くんもそうだけど、片岡さんもクラスをまとめるのが上手い。学級委員だからといって安々と培われる能力でもない。これは二人の素質なんだろう。

 

羨ましい。

 

 

「うーむ。さすがは『イケメグ』」

 

「こういう時の頼れる度合いはハンパじゃないな」

 

 

みんなが散り散りになる中、私はその場で残っていた。

 

 

どうやって殺せんせーをプールに落とそうか。

私はちょっと考えてたからだ。

 

まず、注意を逸らすなりして、判断力を鈍らせる必要がある。先生はドジなとこもあるし、テンパりやすいとこもあるから出来なくもない。けれど、プールに突き落としたシーンを思い浮かべることが難しい。

落ちる寸前に対応してしまいそうだ。

 

例えば、プールサイドにあるビーチデッキチェアを細工して、座った途端にプールに落ちるようにできるか。

うーん。そのチェアを見ただけで細工に気付いてしまいそう。

 

例えば、プールサイドの岩場を手入れと称してもっと滑るように磨けば、歩くだけで滑ってくれるか。

いやぁ、さすがに無理か。

 

 

「四季さん?行かないの?」

 

見ると神崎さんが私の隣にいた。

神崎さんの近くには奥田さんもいた。

 

「ああ。行く行く。考えこんでた」

 

私は立ち上がり、教室に戻った。

 

 

自分からプールに飛び込んでくれれば楽なんだけどな。その必然性を作れないかな?

 

歩いているうちにもいろいろ考える。

特に妙案は思いつかなかった。

 

帰り支度をする時に思い出した。

 

「そういえば、神崎さん。FPSとかもやるんだってね。今度教えてよ」

 

「ちょっ……四季さんっ!」

 

神崎さんは恥ずかしそうな顔で詰め寄ってきた。

可愛い可愛い。

眼福だ。

 

奥田さんもその光景に楽しそうに笑っている。

久しぶりに三人で下校した。一緒だったのは駅までの道のりだったけど、とても楽しかった。

 

ーーーーーーー

 

翌日。

午前7時。

カバンを教室に置いて 、一人裏山の沢に沿って山を下っていた。朝ごはんにと思って握っていたおにぎりを食べながら。食べ歩きは行儀が良いとは言えないが、誰も見てないからセーフ。

 

歩きながら、何があるのか、どういう地形なのか確認しつつ、何か良いものはないかなぁ、と見渡していく。

 

沢といっても、今はプールのために堰き止めて水位を調整してるから、水の流れは弱々しい。

弱いといっても、元々は小さくて細々としたものだったから、流れ自体はそんなに変わりはない。

水の流れの跡に沿っていく。

 

プールの場所から少し下ると、岩場というような場所になった。ゴツゴツした大きな岩が転がっていて、水はその中を弱々しく流れている。

普通に危ない。

滑って転べば打ち身になる。

運が悪けば骨が折れるし、最悪なら頭を打って死ぬほどだ。

 

そこを注意して歩いていく。朝方だからか岩の表面が湿っていて滑りそう。烏間先生の放課後の補習でクライミングもやらさせてもらってるからバランス感覚もそこそこ身についてきた。

 

とはいえ、気をつけないと。

 

ピョンピョンと飛び移りながら、進んでいく。すると、小さな滝というか崖のような場所に出た。崖といっても高さは3mくらいしか無い。

 

「うーん」

 

色々分かったけれど、かといって何か思いつくわけでもない。

沢が通っているのは岩場だけど、すぐ近くには木々が生い茂っている。

 

「…………」

 

糸を取り出して、近くの木に巻きつけた。一応トラップもどきが作れなくもない。殺せんせーが通る時に糸にひっかかって転んだりすれば……

 

「それは無理か」

 

すぐに諦めた。

裏山は木々に覆われてるから糸を引っ掛けられる場所が多い。だから用途に合わせて糸を引っ掛けることは可能だ。

けど、葉っぱの天井になってるこういう環境は、風で葉が揺られる度に日の光が差し込む。たまたま差し込んだ日差しで糸が見破られる公算が高い。

 

プール近くも同じような環境だ。糸を上手に引っ掛けることができても、殺せんせーなら罠にかかる前に看破してしまうだろう。

 

「あーー。あっ!」

 

考え込んでたら手に持っていたおにぎりを落としてしまった。糸を操作する右手に意識が集中してて、おにぎりを持つ左手がおろそかになっていた。

 

反射的に拾おうとしたけど、無理だった。

おにぎりは岩場に流れる水流に落ちて、そのまま流されていく。ほとんど食べ切ってて僅かな量しか無かったから、弱い流れに乗ってそのまま行ってしまった。

 

あーあ。

不慮の事故とはいえ、ゴミのポイ捨てをしてしまった。

ごめんなさい。

 

「……ん?」

 

これ。

使えるか?

 

沢なりプールなりに何か落とす。

出来るだけ事故に演出して。

それを殺せんせーが拾おうとする。

それなら、自分から水に飛び込んでくれる。

 

何が落ちたら、殺せんせーは必死なって拾おうとするだろう?

 

財布とか?

殺せんせーお金にはがめついし。

食べ物は?特に甘いもの好きだし。

 

他は何があるかな?

 

 

私は色々考えた。

裏山は涼しい風が通ってて、夏場でも気持ちがいい。意外にも考えは捗った。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 



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人育つこと水流るるが如し

 

 

 

 

E組専用プールがオープンして数日が経った。

あれからいろんな人に協力を求めつつ暗殺を実行したけれど、悉く失敗した。

 

例えば、吉田くんにデッキチェアを細工してもらって、協力して殺せんせーをプールに落とそうとしたり。

例えば、原さんや村松くんと一緒にお菓子を作って殺せんせーを交えてプールサイドでお茶会を開いたところで、メインのケーキをプールに落として殺せんせーに拾ってもらったり。

 

 

どの計画も、先生を水中に引き込むには至らず。もちろん、先生の新情報など収穫もあったけれど、直接暗殺につながることは無かった。

 

 

 

まあ。

暗殺の失敗なんて何十回としてるし、ボツになった計画も含めれば100を超えてる。

私が暗殺教室に加入して2ヶ月ちょっと、思い返すと憂鬱になりそうな程の失敗を積み重ねてきたのだ。これくらいの失敗が更新されたところで、もうなんともない。

 

 

そう思おうとしたら、殺せんせーの縞々模様の表情が頭によぎった。

それだけで、イラっとする。

 

「…………」

 

嘘だわ。

やっぱりショックだし、悔しい。

いつかは勝ちたい。

成功させたい。

 

 

 

「四季もさあ、私たちを誘ってくれればよかったのにー」

 

色々考えこんでたら、優月から恨み言が飛んできた。

さっきまで、原さんたちと一緒に実行したお茶会の話をしてたのだ。不参加、というか誘ってないメンツにここまで言われるとは意外。

 

優月は落胆した表情を隠そうともしない。

 

「茅野さんもいいなぁ。飛び入りで参加できて」

 

「あはは……私や渚は、たまたまあの時プールにいたからね。ラッキーだったよ。ケーキも美味しかったし」

 

「そうでしょう。原さんが愛情を込めて作ってたからね」

 

「でも、そのケーキをプールに落とそうとしたんでしょう?」

 

「うっ……。いや、それは……そういう計画だったわけで。私だって落とす時にめちゃくちゃ葛藤したんだから。でも、原さんには本当に申し訳ない」

 

「いいよいいよ。私も四季ちゃんに誘われなかったら作ってなかったし。それに、結果的にみんなで美味しく食べれたんだから。不満なんてないわ。……けど、食べ物を使った暗殺をする時は、無駄に捨てるなんてしないよう、気をつけてね」

 

 

原さんの最後の一言に寒気が走った。

暑いのに冷や汗が流れる。

 

茅野ちゃんをはじめ、この場にいるみんなは苦笑いになっていた。

 

これから暗殺に食べ物を組み込む時は、細心の注意を払おう。うん。

 

 

「へぇー。結構盛り上がったんだな」

 

話を聞きつけた磯貝くんが会話に入ってきた。隣には昨日も参加していた片岡さんもいる。

この二人の関係性を深読みする人も多いが、その実態は杳として知れない,

 

 

「私もその場にいたから驚いたわ。あんなに楽しそうなお茶会だったのに。まさか暗殺の一部だったなんてね」

 

「いやぁ、まさかプールに他に人がいるとは思ってなくてね。でも事情を知らない人が参加してくれたら、騙し討ちの可能性も上がるなぁって」

 

 

片岡さんをはじめ、渚くんや茅野ちゃんがいてくれたのは計画外だったが、逆に殺せんせーの警戒心を解くのに一役買ってくれた。

 

暗殺に予想外はつきもの。

イリーナ先生もロヴロさんも言ってたけど、まさにその通りだ。その予想外を味方につけれたら成功に大きく関わってくれる。

 

 

「今度はクラスみんなでやろうか」

 

私は提案した。

 

「えっ?またやるの!?」

 

「今度は、暗殺とか関係無しに。E組専用プールのオープンセレモニー的なさ。もちろん殺せんせーも誘って」

 

ここまで好評だと、不参加組がなんだか可哀想だ。

 

私の提案に原さんは結構ノってくれた。

良かった。

彼女が不服だったら、この提案はポシャっていただろう。

 

 

「今度はみんなで食べ物とか持ち寄って開くの。もちろん自分たちで作ったものでもいいし、何か買ったものでもいいし。殺せんせーもせっかくあんな良いプールを作ってくれたんだし。感謝の意味でもさ」

 

 

磯貝くんも片岡さんも乗り気だった。

さっそくいつやるか、という話になる。

原さんは次は何を作ろうか、という話をしていて、茅野ちゃんがプリンと即答していた。

 

ワイワイと話が大きくなる。

 

「なになに?何の話〜?」

 

「え!お茶会やるの!?」

 

倉橋さんと矢田さんも話に加わってきた。こうなるとクラス全員参加はほぼ確実だ。

サボり癖のあるカルマくんも、甘いものが一緒なら多分参加する。

 

クラスの窓側にみんなが集まり始めた。

ここまで来てやっぱ無しとか言ったら吊し上げられる。

まあ。みんな手伝ってくれるだろうし。なんとかなるでしょう。

 

 

「あっ!吉田くんと村松くーん。また手伝ってね」

 

 

私は窓側の席にいる二人に声をかけた。

昨日のお茶会のキーパーソンが原さんなら、この二人は功労者だ。

 

しかし、二人のリアクションは微妙だった。

 

なんだか、申し訳なさそうな顔をしている。

目を合わせたら、露骨に目を逸らされる。

 

 

ん?

なんだろう?

 

そう不思議に思った時、教室のドアが勢いよく開かれた。

 

 

「おいみんな!プールが大変だぞ!!」

 

教室に入ってきたのは岡島くんだった。

かなり焦った顔をしている。

 

 

みんなが彼に視線を注ぐ中、私は吉田くんたちの方を見る。

 

「…………」

「…………」

 

吉田くんと村松くんの表情はさっきよりも曇っていて、すぐ後ろの席の寺坂くんはとても愉快そうな笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

「……これは、ひどい」

 

岡島くんの呼びかけに、私を含めほとんど生徒はプールへと向かった。

校舎とプールまでの距離は走れば1分ほどで着く。

 

そして、そのプールの無惨な姿に、最初は言葉も出なかった。

 

「メチャクチャじゃねーか」

まさにその言葉通り。

飛び込み台も、デッキチェアも、コースロープも全部壊されて、バラバラになった破片が水面に漂っている。

 

「ゴミまで捨ててひどい、誰がこんなことを……」

 

プールの残骸だけではなく、空き缶やペットボトルまで浮いていた。奥田さんがゴミを拾っている。声音からも表情からもショックを隠し切れていない。

 

みんな似たような気持ちだろう。

表情でよく分かる。

 

 

「…………」

 

ただ一人。

ビッチ先生がバスタオル姿でプールサイドで呆然と立っている。魂が抜けかけているようだった。

 

そういえば、そのうち水着姿を見せつけてやるって言ってたな。それが今日だったのか。相変わらずタイミングが悪い人だ。

 

 

「……とりあえず、片付けよう」

 

プールに近づいて、残骸やらゴミやらを拾っていく。プール設備はほとんど木製でできていたから、木の割れ目はささくれが出来てて危ない。だから慎重に一つずつ拾おう。

 

「私も手伝うね」

 

「わ、私も手伝います!」

 

奥田さんや神崎さんがそう言ってくれた。それを見て、みんなプールの片付けに協力してくれた。

この人数なら、1時間もあればゴミ自体は片付けられそう。

 

修復までは無理だけど。

 

 

「俺らが犯人とか疑ってんのか?くだらねーぞその考え」

 

作業中、私の後ろの方で野太い声がした。

振り返ると寺坂くんが渚くんに迫っていた。

 

まあ、明らかに犯人だろ。

疑うまでもないくらいに、清々しい犯人っぷりだ。

 

手を止めて渚くんの方を見る。

寺坂くんの笑みは濁ったようなものだ。

吉田くんと村松くんはここにはいなかった。教室に残っているのかもしれない。

 

「全くです。犯人探しなどくだらないからやらなくなくていい」

 

いつの間にか殺せんせーがこの場に来ていた。先生は壊されたプールを見てても表情一つかえない。声音もいつも通りだ。

自分で考えて作ったものが理不尽に壊されたというのに、平気そうだった。

 

先生は、プールの方へ近づく。

うねる触手の先には工具がぶら下がっていた。

 

そして。

その工具が一瞬見えなくなった、と思ったら。

 

プールは元通りに直っていた。

 

「はい!これで元通り。みなさんいつもどおり遊んでください」

 

言葉通りの意味で元通りになっている。

プールには残骸どころか、ゴミも小さな木片もない。綺麗な水面に波紋はなく、周りの景色をを反射して写していた。

 

「すごっ」

 

マッハ20の超生物はこんなことも一瞬でできるのか。

 

「みなさん、ゴミを片付けようとしてくれてありがとうございます。木片は手に刺さりやすいです。怪我した人はいませんか?」

 

先生の呼びかけに、応える人は特にいなかった。皆怪我無しということだ。

笑顔になって教室に戻る人も、少しプールで遊んでいく人もいた。

 

 

私はその場から移動して、離れた位置でプール全体を見渡す。

 

うわー。

本当に元通りになってるよ。

一瞬でここまでできるものなの?

 

「どうかしましたか?」

 

一瞬で私の隣に移動する殺せんせー。

この程度ではもう最近は驚かない。

プールを一瞬で修復したのは驚いたけれど。

 

「先生、今回はお叱りとかは無いんですか?」

 

「ふむ。なぜ必要だと思うのです?」

 

「だって、先生が考えて作ったプールなのに、それを理不尽に壊されたんです。ショックじゃないんですか?」

 

「この程度でショックを受けるようなヤワなメンタルではありませんよ」

 

そう言って、殺せんせーは触手を私の頭の上に置いた。スリスリとなでられる。

 

「…………」

 

これは、どういう意味なんだろう?

すぐには分からなかったし、考えても分からなかった。

 

殺せんせーはそのまま教室へと帰って行った。

私もしばらくして、追うように教室へと戻る。

 

昇降口に着くと、人影が二つ。

吉田くんと村松くんだった。

 

二人とも私と目が合うなり近づいてくる。

 

 

「……なあ、プールどうなってたよ?」

 

「メチャクチャに荒らされてたよ。ゴミまで捨てられててね。けど、殺せんせーがもう修復させたからすぐに元通り」

 

「そ、そうか……」

 

「で?何?」

 

「いや……その、悪かった」

 

「……あのプール、俺らがやったんだ。悪い」

 

「知ってたよ。表情で丸分かり。嘘つく気も、誤魔化すつもりも無いのによくやれたね」

 

「…………」

 

「…………」

 

「っていうか、謝る相手が違うよ。謝罪するなら殺せんせーにだ」

 

「……それは、分かってっけど」

 

「だったら今すぐ行くよ。もう教員室いるし」

 

「は?今すぐにか……?」

 

「ちよっ……心の準備が」

 

「こういうのはね、思ったらすぐに言うの。迷って後回しにしたら、ドンドン言い訳してズルズル引きずることになるんだから。決意が鈍らないうちにサッサと行くよ」

 

私は、二人の手を取って昇降口から校舎内へ入る。そのまま教員室へと入った。

 

「失礼します」

 

私が先頭に入って、二人は後から続いた。

教員室には、殺せんせーと烏間先生がいた。ビッチ先生はまだプールにいるようだ。

 

 

「おや四季さん。どうしました?それに村松くんに吉田くんも」

 

殺せんせーは座ったままこちらを見る。なにかの作業中らしい。

 

「この二人が殺せんせーに言いたいことがあるみたいです」

 

そう言って、私は二人を突き飛ばして殺せんせーの前に立たせた。

二人とも冷や汗が流れている。

 

 

「ほう。君たちが。どうかしましたか?」

 

殺せんせーは真っ直ぐに二人の顔を見る。

それだけで、二人の体が軽く震えた。

 

 

「…………」

「…………」

 

二人は最初は黙っていた。

それを言い出すことは、とても怖いことかもしれない。怒られるかもしれないと思うと、声が上手く出せなくなるのも分かる。

 

けれど、殺せんせーは素直に見てるだけだ。

怒ってもないし、悲しんでもない。ただ二人が言い出すのを待っている。

 

 

「「すいませんでしたっ!!」」

 

一言目をどちらが先に言うかと思っていたら、意外にも同時だった。

 

「あのプール荒らしたの、俺らなんです」

 

「悪いことしたと反省してます。本当にすいません」

 

 

二人ともそのまま頭を下げる。

それを殺せんせーはただただ見ている。そして、その全てを近くにいる烏間先生も見届けていた。

しばらくの間沈黙が教員室を覆った。

 

 

 

 

「村松くん、吉田くん。二人とも頭を上げなさい」

 

殺せんせーは静かに言う。

二人は頭を上げて殺せんせーの顔を見た。

 

先生の顔はオレンジ色になっていて、二重丸の模様がある。

 

 

「素晴らしい。二人ともよく自分から言い出しましたね」

 

殺せんせーの声音からとても嬉しそうな内心が分かる。

吉田くんも村松くんも、状況が読み込めずポカンとしていた。

 

「お二人の声音や表情から心から反省していることが伝わってきました。プールを荒らしたことで、クラスのみんながどう感じたのか、どんな迷惑がかかるのか、そういった影響が本当に分かっていなければ、決して現れないものです。それに、すぐに言い出してくれたのも素晴らしい。言い出すかどうか、とても迷ったことでしょう。躊躇もしたはずです。それでも、その迷いや躊躇いを乗り越えて、言い出してくれたことが、先生、とても嬉しいです」

 

 

殺せんせーのガウンから触手が伸びて、二人の頭に置かれる。

私もさっきやられた、なでなでだ。

 

 

「自分のしでかした事の大きさが分かり、自分の弱い心を乗り越えてくれたのなら、先生が他に言うことなどありません。二人の成長をこの目で見ることができました」

 

そのことが、先生とても嬉しいです。

 

 

先生はにっこりと笑う。

それを見て、二人も緊張が解けたようで、身体から強張りが取れたのが分かった。

 

 

 

私はその光景を後ろで見ている。

 

殺せんせーが、あの場で怒らなかったのはなぜか?

その答えは、生徒が成長する機会を奪わないようにするため、なのかもしれない。

 

あの場で一喝すれば、多分吉田くんも村松くんもすぐに謝りに行っただろう。

怒られるのは怖い。けれどもっと怒られるくらいな正直に言った方が良いと打算が働くからだ。

 

けれど、先生はあの場では何も言わなかった。

気付いてて言わなかった。

だから、二人は言い出すかを迷った。

その迷いを振り切って、自分で謝罪ができるかどうか、そこを殺せんせーは見たかったのだ。

 

 

なら。

私のしたことは?

 

 

「四季さん」

 

考え込んでいたら、殺せんせーは私の名前を呼んだ。

視線を上げると、目が合う。

その顔は、変わらず、とても嬉しそう。

 

「吉田くんと村松くんをサポートしてもらってありがとうございます。今日だけでなく、昨日も一昨日も。二人の成長は四季さんのおかげなのですから。あなたの持つアグレシッブさは、生徒全員に良い影響を与えています。自信を持ってください」

 

殺せんせーは笑顔で言う。

吉田くんも村松くんも顔つきがさっきまでとはまるで違う。

とても晴れやかな表情だ。

 

横目で見ると、烏間先生も笑みを浮かべていた。二人の成長ぶりを見れたからだろう。

 

 

「とんでもない。当然のことをしたまでです」

 

私も笑っていた。

作り笑いだった。

 

 

「では教室に戻りましょうか」

 

そう言うと、殺せんせーは立ち上がる。

私たちは扉まで移動したが、殺せんせーは部屋の隅にいる。そこには茶色の布が被せられている大きな何かかがある。

 

 

「吉田くんもいるのですから、これも持って行きましょう。先生渾身の一作です」

 

殺せんせーは嬉しそうに、かけられた布を取り払う。

 

そこにはあったのは、バイクだった。

オートバイというやつだ。

本物ではなく、木で作られている。

 

 

「うおおっ!すげぇ!!」

 

吉田くん一人だけ、それを見てテンションが上がっている。

村松くんはあんましピンと来てないようだ。

 

 

「この前君が雑誌でみてたやつです。プール造った際に出た廃材で作ってみました」

 

いつのまにか先生はライダースーツに着替えていて、ヘルメットまでつけている。

ノリノリだ。

 

 

 

「マジですげぇよ。本物と変わらねー」

 

吉田くんもキラキラと眩しい笑顔になっている。

 

 

先生はそのままバイクを押すようにして教室へと向かった。

 

吉田くんと村松くんがそれについていく。

特に吉田くんのテンションの上がりっぷりはすごい。

 

 

私は、最後尾についていく。

 

 

先生たちが先に教室へと入った。

私も続けて入ろうとする。

 

扉を閉めようと取っ手に手をかけた時に一つ思い出した。

まだ、首謀者が一人残っていたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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清流といえど、たった一点の淀みで濁り溜まる

 

 

 

 

教室の中は、先生と自作バイクで盛り上がっていた。バイクの完成度は高いし、何より吉田くんがスゴイスゴイと言い続けるから、みんなもスゴイと思えるんだろう。ほとんどの生徒がバイクがある窓側に集まっている。

 

そんな教室の様子を、私は自分の席で座って見ている。

 

机に突っ伏しながら。

 

「四季ちゃん、元気ないねー。どしたー?」

 

私の隣の席のカルマくんも、すぐ隣でやってるバイクお披露目会には興味ないらしく、一人マンガを読んでいた。

 

マンガを見続けながら、こちらに話しかけてる。

 

 

「んー。ヘコんでんの」

 

私も私で、別にカルマくんの方を向いて答えていない。私はずっと殺せんせーたちを見ている。

 

カルマくんと話すときはだいたいこんな感じだ。

 

「へぇー。四季ちゃんもヘコむことあんだね」

 

「そりゃあるよー」

 

ゆるーくダベリながら会話は続く。

 

 

「……カルマくんはさぁ、手ぇ出るのは早いけど、怒ることってあんまないじゃん?」

 

「んー、そう?」

 

「そうだよ。私と反対」

 

「へぇー」

 

「私はね、結構すぐカチンと来ちゃうんだよねぇ。なるべく冷静ぶってるけど。心ん中は燃え盛ってることがよくある」

 

さっきまでも燃えていた。

今は落ち着いて燻っているけれど、消えたわけではない。

 

「なるべくさぁ、怒りを誰かに向けることはしたくないんだよねぇ。怒ってる人って傍から見ると最悪に格好悪いし。ああなりたくないし。だから結構我慢してるんだけど」

 

さっきは我慢できなかった。

ギリギリ当たり散らすようなことはなかったけど、表情は怒ってただろう。

 

その度にこうして自己嫌悪に陥る。

憂鬱になる。

ヘコむ。

 

「ふーん。だから教室に入ってきた時、不機嫌そうだったんだ」

 

「えっ?そんな顔してた?」

 

怒りのピークは吉田くんと村松くんに会った時だから、さっきはさすがに落ち着いていたはず。

 

そんな顔してたのか。

気をつけないと。

 

 

その時、ガラリと扉が開いた。

教室に入ってきたのは、寺坂くんだった。

 

バイクに盛り上がる吉田くんを見て、表情筋がピクピクと震える。

 

「……何してんだよ、吉田」

 

「お、おう寺坂。いやぁ、この前こいつとバイクの話で盛り上がっちまてよ。うちの学校こーいうの興味ある奴いねーから」

 

「ヌルフフフ。先生は大人な上に漢の中の漢。この手の趣味も一通り齧ってます」

 

先生はバイクに跨りながら嬉しそうに話す。

 

楽しそー。

先生全然怒ってないわ。

 

 

そっちを見てたら、寺坂くんがそのバイクを蹴り倒した。

ガッシャァッ!と耳障りで身体が竦む音が教室に内に響く。

 

このバイクは、ハンドルやタイヤといったとこ以外は木でできてるから、倒れた衝撃で軋んで壊れてしまった。

 

壊れた部品の一部が、私の机の足元に転がってくる。

 

それを見ると、心の温度が下がった。

私は立ち上がって、その部品を拾った。

割れていてささくれが立っている。

接着剤どころで直るような損傷ではない。

 

「…………」

 

ここまで壊れたものを、私は元に直すことはできない。

もちろん、殺せんせーならできるかもしれない。だからといって、壊していい理由にはならない。

 

よく人が作ったものを、こんなにも簡単に壊せるな。

全く、悪びれることなく。

 

作るのに、どれだけの努力が、苦労が、時間が、かけられているのか。

 

こいつ。

分かってんのか?

 

 

 

「テメーラ、ブンブンと虫みてぇウルセェなぁ。駆除してやんよ!」

 

 

寺坂くんは机から何か取り出して、それを床に叩きつける。

 

そこから、粉末みたいなのが勢いよく広がった。

スプレー缶か何かだ。その噴射は結構な勢いで、私の席まで届いた。特別な匂いはない。

 

「寺坂くん!ヤンチャするにしても限度ってものがっ!!」

 

「うるせぇよモンスター」

 

殺せんせーの触手を寺坂くんは鬱陶しそうに払った。

 

「気持ち悪りぃんだよ。おまえも。モンスターに操られて仲良しこよしのテメェらも」

 

見下すような視線を私たちに向ける。

彼のイラつきがヒシヒシと伝わってくる。

 

仲良しこよし、ねぇ?

 

 

「んの割にはさぁ、寺坂くんは吉田くんや村松くんとまだつるもうとするよね。それって何で?」

 

「……ああ?んだと?」

 

つっかかる私に寺坂くんは矛先を変えた。

 

 

「ケンカ売ってんのか?あ?」

 

一歩、こちらに近づいてくる。

 

だから。

私は。

言ってやった。

 

「ぬりぃつながりに縋ってるテメェがデケェ口叩くんじゃねぇよ。笑わせんな」

 

教室のみんなが、空気が静まりかえった。

糸を張り詰めたような緊張感が、みんなから伝わってくる。

 

今の私はどんな顔をしてるのか?

 

「……上等だぁ。チョーシ乗りやがって。女だからって……」

 

 

ズカズカと無防備に近づいてくる。

心に抱えるイライラをまるで隠そうとしない。

私は、彼が私の腕が届く距離まで待った。

 

彼がその一歩を踏み出した瞬間、全速で彼の顔を掴む。

私はそこそこ手が大きくて、指も人並み以上に長いから、顔の下半分を覆って掴む形になる。

 

突然手を出したことに、彼は面食らったようだ。表情が怯んでいる。

 

「なんだよ?ルール違反って言いたげな顔だな。バカか?手ェ出されるまで待つわけねぇだろ」

 

 

「……で?なんだっけ?『女だからって』何?続きは何だよ。言ってみろよ」

 

顔を掴む手にさらに力がこもる。

ギチギチと指が食い込み、頬骨や顎の骨の硬さが分かるほどに。

 

 

「……はっ、放せっ!クソっ!くっだらねぇ!」

 

彼は、両手で私の腕を振り払った。

捨てゼリフを吐き捨てて教室から出て行く。

 

ピシャンと、乱暴に閉まった扉の音が、静かな教室の中をいつまでもこだましているような気分になる。

 

彼がいなくなった後も、教室の張り詰めた空気は変わらなかった。

外の風が窓を揺らす音、教室の床が軋む音、いろんな雑音がやたらと耳がつく。それくらいに、今の教室は静かだった。

 

 

やば。

気まずっ。

 

 

「四季ちゃんー。今はどう?怒ってんの?」

 

私じゃどうしようもない重い空気の中、軽ーい言葉が投げかけられる。

 

カルマくんだった。

心配して声をかけてくれたのか、どうなのか。

 

どちらにせよ、私にとっては助け舟だった。

 

「もう怒ってないよ、怒る相手がもういないしねぇ」

 

 

私はそう答えた。

できる限り、優しく穏やかに。

 

それでみんなの空気は、少しは緩んだようだ。

 

 

あー良かった。

申し訳なかったけど、私じゃどうしようもできなかったし。

安心した。

 

 

「私、トイレ行ってくるから」

 

そう言って、教室を出る。

ちょっと居づらかったからだ。

これで、何とかみんなの空気を戻せそうだ。

 

 

私は一人廊下を歩く。

 

 

「…………」

 

その日、寺坂くんは早退という形になり、そのまま戻っては来なかった。

 

そして。

次の日も。

 

朝から彼は来なかった。

 

そのことについて、みんな何も言わなかった。まあそうだろうなと思っていたからだ。

 

それなのに、殺せんせーだけが心配していた。

 

 

「…………」

 

殺せんせーのそのメンタルは、モチベーションはどこから来るんだろう。自分に敵意を向ける相手に、どうしてそこまでできるんだろう?

嫌われようが、避けられようが、それでも相手に向かい合えるのは、私にはできない。

 

これは、私がまだ子供だからできないのか?

先生が大人だからできるのか?

 

 

そのことを考えていて、昼までずぅっとモヤモヤしていた。

 

そして昼休み。

みんなでご飯を食べている時に、寺坂くんが登校してきた。

一瞬みんなの意識が彼に向かう。

 

そして。

 

「あ」

 

私と目が合った。

彼は不機嫌そうに目を逸らした。

 

まあそうだろうね。

私は何も言わなかった。

 

 

「おお!寺坂くん!!今日は登校しないのかと心配でした」

 

殺せんせーはすぐに寺坂くんの下へ寄る。

ブワッと黄色い鼻水がスプリンクラーみたいに撒き散らされていく。

 

殺せんせーは今日体調がおかしいようで、鼻水が止まらないらしい。

 

 

「昨日君がキレた事ならご心配なく!もうみんな気にしてませんよね?ね?」

 

「……うん。汁まみれになっていく寺坂の顔の方が気になる」

 

彼の顔は殺せんせーから垂れ続ける黄色い粘液まみれだった。寺坂くんの顔からさらに垂れて床に落ちるそれを見ると寒気がした。

ベトベトしててネットリしてて拭っても取れなさそう。

 

あれによく耐えてんな。

 

「悩みがあるなら、後で聞かせてもらえませんか?」

 

「…………」

 

寺坂くんは一瞬殺せんせーを睨むように見たが、すぐに目を逸らした。

無視して、先生の三日月模様のネクタイで顔を顔を拭く。

思いのほか、粘液がしつこいみたいで丹念に拭っていた。

 

 

「……おいタコ。そろそろ本気でブッ殺してやんよ。放課後プールへ来い。弱点なんだってな、水が」

 

突然の暗殺宣告。

その声には揺るぎない自信に満ちていた。勝利を確信しているらしく、彼の顔がニヤリと歪む。

 

その笑みを浮かべたまま、顔を私たちの方を向ける。

 

「てめーらも全員手伝え!俺がこいつを水んだ中に叩き落としてやッからよぉっ!!」

 

寺坂くんの呼びかけに対して、クラスのみんなはただ黙って見ているだけだった。この反応は今の寺坂くんのクラスの立場を如実に表してるなぁと思った。

 

誰にも信頼がない。

信頼が無いから誰も協力しようとしない。

今までも、私たちの協力を事あるごとに無視してきたから、当然ちゃ当然なんだけど。

 

 

「寺坂、お前ずっと皆の暗殺に協力して来なかったよな。それをいきなりお前の都合で命令されて、みんながみんな『ハイやります』って言うと思うか?」

 

前原くんが、私の思ったことを余すとこなく代弁してくれた。

私は、心の中でウンウンと唸って感動している。みんなもだいたい同じ気持ちだと思うけれど。

 

クラスメイト全員から見放されているという状況、それでも、寺坂くんの笑みは、自信は崩れない。

 

「ハッ。別にいいぜ、来なくても。そん時ゃ俺が100億独り占めだからよ」

 

彼はそう残して教室を出て行った。

登校はしたが、午後からの授業に出るつもりはないらしい。

 

 

「……なんなんだよ、あいつ」

 

「もう正直ついてけねーわ」

 

最近まで一緒にいた吉田・村松コンビも呆れていた。ついにこの二人と仲違いしてしまった。こうなると、寺坂くんはこのクラスで一人きりになる。

 

あーあ。

素直にそう思った。

バカだなぁと思ったし、それ以上に落胆していた。

 

 

「私行かなーい」

「同感」

「同じく」

「俺も今回はパスかな」

「私も」

 

クラスみんなの反応もこの通り。

誰も彼についていこうとする人はいない。

 

ただ一人の例外を除いて。

 

「みんな行きましょうよぉ〜」

 

「うわっ!!」

 

殺せんせーが涙、じゃなくて鼻水を垂らしながら、縋るように呼びかける。

黄色いネバネバは、ドボドボと止まることなく溢れていて、いつのまにか黄色い粘液が教室の床全体に広がっていた。

その量は、足首がつかるほど。

 

「粘液に固められて逃げられねぇ!」

 

杉野くんが叫んだ。

クラスのみんな身動きが取れなくてあたふたしている。私は一足先に足を引っ込めていたから助かった。

 

改めて床を見ると、ゾッとする。

黄色くて粘度の高い海のようになっているのだ。流石にこれに触れるのは遠慮したい。

 

「せっかく寺坂くんが私を殺る気になったんです。みんなで一緒に暗殺して、気持ち良く仲直りです」

 

 

そう言ってる途中から、殺せんせーの頭全体から黄色い粘液が溢れ始めた。ネバネバドロドロが顔から波打って流れているから、完全にホラーになっている。

 

 

「まずあんたが気持ち悪い!!」

 

 

結局、殺せんせーの泣き落としにクラスみんなが折れて、寺坂くんの主導する暗殺に協力することになった。

 

本音を言えば、嫌だったしめんどくさかった。

みんなそう思っている。

 

単純に、殺せんせーが寺坂くんのような生徒でも見放さない、その意思を汲み取ったからだ。

みんな、嫌々とまではいかずとも不承不承という感じは否めなかった。

 

 

 

「…………」

 

にしても、寺坂くんの暗殺か。

正直、成功するとは思えない。

というか、成功してほしくない。

これで成功したら、私の努力がいかに無意味だったのかを思い知らされる。

 

あーあ。

失敗しねぇかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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激流の罠(修正版)


おはようございます。
この日の朝の7時に投稿したのですが、未完成の状態のままになっておりました。
8時半頃に正しい文章に編集済みです。

朝から混乱させてしまってすみません。


 

 

 

 

 

 

「よぉーしそうだ!!そんな感じでプール全体に散らばっとけ!」

 

放課後。

私たちは水着に着替えて、プールの中にいた。

寺坂くんはプールサイドに立って、私たちに偉そーに指示を出す。

見下した視線がいちいち腹立たしい。

 

 

私の周囲には同じようにプールに浮いて待機するみんながいる。

プール自体がそこそこ広いから、全域をカバーするために一人ひとりの間隔がそこそこ開いている。

 

私の配置は最後方。

プールの堰に一番近いところだ。

まあ、殺せんせーがプールに落ちたとしても、ここまで来ることはない。

完全に付き合いモード。

やる気も集中もほとんどない。

だから暗殺に関係ないここを陣取った。

 

 

「にしても」

 

寺坂くんはどうやって殺せんせーをプールに落とすつもりなのか。銃を手に持ってるけれど、そんなで殺せんせーを落とせたら苦労はない。

 

 

私もいろいろ試したけど、結局全て失敗した。

裏をかいても、隙をついても、殺せんせーは一瞬で立て直して対応する。

 

だというのに、寺坂くんは余裕がある。表情からもそれがよく分かる。

自信に満ちた表情。

失敗など微塵も考えていない顔だ。

 

 

「…………」

 

自分の立てた計画にそこまでの自信を持てるというのが、素直にすごい。

私にはできない。

 

私は計画を立てる時、失敗することをいつも考えてしまう。失敗しそうなところを、じゃあどうすればいいのかを考える。

けれど、どれだけ考えてどれだけ不安点をクリアにしても、どこかしらに不安は残る。たとえ、それが残像のようなものだとしても、失敗の可能性は捨てきれない。

 

だから、最後に残ってる不安を押し殺しながら、暗殺に挑むのだ。ウダウダしてると、絶対に実行せずに流してしまうから、ままよ、という感じ。

 

 

だから、あそこまで計画に自信を持てること自体が、私にとっては不可思議だ。

たんに性格の違いなのか。

そうだとしても、とてつもない不安が胸の中に沈殿している。

 

 

本当に大丈夫なのか?

 

「なるほど。先生を水に落としてみんなに刺させる計画ですか」

 

 

殺せんせーがプールにやってきた。

 

「それで君はどうやって先生を落とすんです?ピストル一丁では先生を一歩すら動かせませんよ」

 

 

だよねぇ。

どうするつもりなんでしょうね。

私たちにも何にも聞かされてませんから。

 

寺坂くんは銃を突きつけた。

殺せんせーの脳天に向けている。

そんなの、脅しにもなりはしないのに。

 

「覚悟はできたか?モンスター」

 

「もちろんできてます。鼻水も止まったし」

 

「ずっとテメーが嫌いだったよ。消えて欲しくてしょうがなかった」

 

「ええ知ってます。暗殺の後でゆっくり2人で話しましょう」

 

キレ気味の寺坂くんに対して、殺せんせーは余裕そう。緑の縞々だからナメてさえいる。

 

それを見て、寺坂くんは引き金を引いた。

 

その瞬間。

 

 

 

ピッ。

後ろで物音がした。

自然にはない機械が出す音。

 

反射的に振り返った。

振り返ってしまった。

それがまずかった。

 

振り返った瞬間、爆音と爆風が顔を中心に襲いかかってくる。

 

衝撃と反射で、水の中に潜ろうとひっくり返った。そして、驚きのあまり、息を大きく吸ってしまう。

 

水の中だというのに。

 

「ごほっ、ごぽっごぽ」

 

呼吸ができない。

水を吸った。

まずい。

まずいまずいまずい。

早く、水面に上がらないと。

 

 

反射的に、光っている方、つまり水面へと行こうともがいた。

必死になって目を開ける。

必死になって腕と脚を動かす。

 

けれど、浮かび上がれなかった。

身体が水底の方へと流されている。

身体が水流に巻き込まれて、グルグルと回る。

 

 

もう目も開けられない。

上も下も分からない。

 

 

いったい、何が、起きて……

 

私は。

そのまま。

流されるまま流されて。

 

意識を失った。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

先日、四季が沢の下流を下調べした時に見つけた崖に、2人の人影がある。

 

1人は背丈から少年と思われ、身軽さを活かして木の枝の上に中腰の姿勢でいる。赤いタンクトップと紺色の学生ズボン。白いファーを首元に巻いている。

もう1人は中背の大人に見える。白い服を頭から足首まで被っていて容姿は窺い知れない。

 

少年の名前は、堀部イトナ。

椚ヶ丘中学3年E組に所属する生徒であり、現在休学中の転校生暗殺者。

もう一人は、シロと名乗る男。

イトナの保護者を自称し、殺せんせーの内情を知っているような言動をする男。

 

シロは、タブレット端末で何かを見ている。

その画面には、E組プールの見取り図が映っていて、堰の部分に爆破マークが表示されていた。

 

「プールを爆破して、生徒ごと放流する。私の計算では7〜8人死ぬよ。水に入って助けなきゃ、殺せんせー」

 

シロは、計画通りに進んでいることを確認できて、ほくそ笑んでいた。

 

一方で、イトナはただ崖の上を凝視している。

そこから怨敵が来るのを待っているかのように。

 

 

寺坂竜馬が企てた暗殺計画は、この2人が組み立てたものだった。

 

 

ーーーーーー

 

 

「……かはっ!」

 

私が目を開けた時、まず青空が見えた。

しかし、景色に全く意識が向かない。

浮遊感があったのだ。

すぐ下を見ると、わたしの身体は宙に浮いていた。私の下には崖が見えた。

 

浮遊感はすぐに終わり、重力を感じた。

 

そのまま。

下に転がっている岩に。

近づいていく。

 

「ひっ……」

 

思わず目を瞑る。

 

「落ち……」

 

 

落ちる、と思った瞬間。

横から何かに押し出されるような力で、崖の下じゃなくて崖横の草むらに放り投げられていた。

生い茂る草や葉がクッション代わりになってくれたようで、そこまで痛くはない。

 

 

「……生きてる」

 

思わず、呟いてしまう。

放心状態になってた。

時間にして10秒くらい。

いや、死ぬかと思ったから当然なんだけど。

 

「……!がはっ!げほっ!げほっ!!」

 

我に返った。

と思ったら急に息が苦しくなって、思わず咳き込む。四つん這いの姿勢から動けない。

少し水が口から出た。

 

そうだ。

さっき溺れて、水を飲んで。

それで、意識失って。

 

立ち上がろうとする。

けど、身体が重くて、頭がシェイカーでかき混ぜられたみたいで、立てない。

 

 

意識がはっきりしてくると、身体中が痛いことに気付いた。

腕も、脚も、背中も、腰も。

見ると、ところどころ青アザができている。

流された時に、ぶつけたらしい。

 

とにかく。

頭が痛い。

ガンガンする。

フラフラする。

視界がチカチカと覚束ないほどに。

 

 

 

ああ。

くそう。

何やってんだよ。

 

左手で地面の砂を握りしめる。

中指の爪が少し割れた。

 

 

「……!四季さん!」

 

誰かが近づいてくる。

耳に膜が張られたようにボヤボヤと聞こえてくるから、誰の声か分からない。

 

背中をさすられる。

その手つきから不安が伝わってくる。

 

かろうじて顔を上げると、それは渚くんだった。

 

彼は、私よりかは平気そうだ。

 

渚くんに続いて、何人かがわたしに気付いた。

パッと見る限り、みんな思ったよりダメージは無さそう。

 

とりあえず、一安心。

 

 

「四季さん!大丈夫!?」

 

「……うん。なんとか。大丈夫」

 

声は絶え絶えになってる。

死線を彷徨ったんだから、まあ、しょうがない。

 

みんなは私を見るたびに、声も出なくなる。

そんなにひどい格好らしい。

 

 

「それで、いったい何が、起きて……」

 

「イトナくんが来たんだ」

 

「今崖の下で殺り合ってる」

 

イトナくん?

6月のあの日に来た、彼か。

殺せんせーを兄と呼び、殺せんせーと同じ触手を操る暗殺者。

 

見に行きたいと言おうとしたが、上手く声が出せない。片岡さんがそばに寄ってきて寝かされそうになる。

 

「四季さん、すぐに横になった方が……」

 

「このままの方が、楽だから。もう少し、座ってていい?」

 

そう言うと、片岡さんは強くは言い出せないようで口ごもる。

 

 

「……それで、イトナくん、なんだって?殺せんせーは?」

 

「……結構攻められてるわ。触手が水を吸ってて分が悪いみたい」

 

「そう……か。私たちを、助けてくれたのも……殺せんせー、だよね」

 

私のしどろもどろな問いかけに、片岡さんは頷く。

やっぱり。

崖から落ちそうになった私を、助けてくれたのは、殺せんせーだったか。

飲み込んだ水を吐き出させて、目を覚まさせてくれたのも。

 

 

私たちは、殺せんせーの、足枷になったのだ。

 

 

 

「見に行きたい」

 

「……えっ?今は安静にしてないと」

 

「お願い。少しでいいから、見てみたい」

 

肩、貸してくれる?

 

片岡さんは、少し迷って、私を立たせてくれる。片岡さんは右肩で私の身体の左側を支えてくれる。

 

ゆっくりと歩いていく。

地面を踏みしめる度に、振動で頭が揺れて、吐きそうになる。

 

片岡さんが連れてってくれたところに、クラスのみんなのだいたいはいた。

みんな殺せんせーの暗殺を見ていたようだ。

 

 

「……し、四季?」

「だ、大丈夫なの!?」

「四季さん、顔色が……」

「身体も、アザだらけ」

 

ただ、私を見るみんなのリアクションは悲愴そのものだ。

奥田さんや神崎さんは息を呑むようにして口元をおさえている。私の見た目は相当ひどいことになっているらしい。

 

 

暗殺に不参加だったカルマくんもいた。

今回の暗殺の主導者の寺坂くんもいた。

 

寺坂くんは、私を見て、今までで見せたことのない顔をしている。

罪悪感と後悔で潰れてしまいそうだ。

さっきまでの笑みは、余裕は、自信は、もうどこにもなかった。

 

 

 

「……四季、俺ぁお前に」

 

「ヤバイ!触手を切られたぞ!!」

 

寺坂くんが何か言おうとしたところで、三村くんの叫び声が被さる。

 

 

 

みんなの視線が川の方に集まる。

殺せんせーの触手は腫れ上がっているかのように真っ赤だ。いつもより太く膨らんでいる。

顔はより風船のようにまん丸だ。

 

いつも以上に動きにくそう。

 

 

その真っ赤な触手が一本、二本と切り落とされてどこかに飛んでいく。

触手を失う度に、殺せんせーの運動性能は低下する。そして、その触手を元通りに生やそうとすれば体力を消耗する。

 

そして、イトナくんの動きは前回よりも軽快で鋭い。触手の使い方、戦い方に無駄がなくなっているのだ。

前よりもパワーアップしているようだ。

 

 

「…………」

 

頭が痛い。

グラグラする。

ガンガンする。

2人の戦闘の音がうるさくて頭に障る。

下を見る体勢が思ったより辛くて時々吐きそうになった。

 

けれど。

それなのに。

二人の戦いから目を逸らせない。

 

まるで、吸い寄せられるように、意識も視線も集まってしまう。

 

 

なんだ、これは。

 

二人の動きが断片的ながら見える。

イトナくんがどう触手を操っているのか。

殺せんせーはそれをどう凌いでいるのか。

 

見える。

見えてしまう。

見ているだけで、頭が焼き切れてしまいそう。

 

 

 

「四季……さん?」

 

隣いる片岡さんが呼びかけた。

隣にいるはずなのに、その声はとても遠くから聞こえた。

私は彼女の方へ振り向いた。

 

しかし顔が動くよりも先に、何かが右の太ももに当たった。

顔は下を向けたまま、そこを見た。

 

 

当たったのはナイフだった。

緑色の対先生ナイフ。

触手に致命的なダメージを与えられる武器。

 

それを、私は右手に握っていた。

振り向こうと身体が揺れた瞬間、振られて当たったようだ。

 

こんなものを握ってる意識なんてまるで無かった。

 

いつからだ?

いつから私はこんなものを持っている?

確か、プールで待機してる時。

その時は、たしかに、持っていた。

暗殺に必要だから、形だけでもと思って右手にナイフを握っていた。

 

けれど、なんで、今もある?

爆風を近い距離で受けて。

溺れて。

流されて。

落ちそうになって。

助かって。

 

そして、ボロボロになっているというのに。

 

 

まさか。

ずっと握っていたというのか?

私の右手は、私の身体に何が起ころうとも、ナイフだけは離さなかった。

 

そう言うつもりか?

 

 

ナイフを見続けると頭の中がフワッとする。意識がどこかへ行こうとする。

下を見続けていたから、酔ったような、そんな状態になる。

 

 

 

私はなんだ?

何を、しようとしている?

 

 

 

 

「……!四季さんっ!!」

 

私は膝から崩れるように倒れた。

片岡さんが握っていたはずの左手が、まるですり抜けたようにして片岡さんから離れた。

 

身体は、そのまま前のめりの姿勢で川へと落ちていく。

 

 

 

 

 

派手な水飛沫を上げながら、私の足は浅い川底に着地した。

着地した途端、勢いに耐えきれず、両手をついて四つん這いの体勢で身体をを支えた。

 

その衝撃だけで、死ぬかと思った。

今までなったことがないほどに息が上がった。

 

 

苦しい。

辛い。

まともに呼吸もできない。

 

ヒューヒューと荒く早い呼吸を繰り返しながら、私は立ち上がった。

その時、イトナくんと目が合った。

 

 

こうして向かい合うのは、1ヶ月ぶりのことだった。

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 



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奔流するナニカ

昨日五日、新話を投稿したわけでもないのにやたらUA伸びてるなぁ、と思ったら、なんと日間ランキングにこの物語が入っておりました。

作者として、とても嬉しいです。

感想を書いてくださっている方、お気に入り登録をしてくださった方、評価をしてくださった方、そして、この物語を読んでいらっしゃる全ての方に感謝を申し上げます。

本当にありがとうございます。

これからも、よろしくお願いします。


 

 

 

 

 

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。

淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。

世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。

 

(これは、なんだっけ?)

(知っている文章。聞いたことがある言葉。……そうだ。先週の国語の授業だ。古典の時間に教えられた『方丈記』の冒頭部分。黙読した時、語感が悪いというか読む流れがでこぼこというのか、いちいち文字に通せんぼをされる印象を持った)

 

たましきの都のうちに、棟を並べ、甍を争へる、高き、卑しき、人のすまひは、世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。

あるいは去年焼けて今年作れり。あるいは大家滅びて小家となる。

住む人もこれに同じ。所も変はらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二、三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。

 

(これは授業じゃない。殺せんせーの声じゃない。というか、ここはどこだ? 教室じゃない。何もない。何も見えない。白のような、灰のような、薄ぼんやりした不思議なところ)

(ただ、この文章だけが、どこからともなく聞こえてくる)

(誰の声だ?)

 

朝に死に、夕べに生まるるならひ、ただ水のあわにぞ似たりける。

 

(その通りだ)

(人が生まれるのも、人が死ぬのも、その通り。知らぬうちに現れた泡が、いつのまにか消えているように)

 

知らず、生まれ死ぬる人、いづかたより来たりて、いづかたへか去る。

 

(その通りだ)

(そんなことは誰にも分からない。生まれてくる前の記憶がある人間は存在しない。死んだ後を経験できる人間も存在しない)

 

 

また知らず、仮の宿り、たがためにか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。

その、あるじとすみかと、無常を争ふさま、いはば朝顔の露に異ならず。

 

(その通りだ)

(自分はいつか死ぬというのに、どうしてこの今を悩み、憂い、しかしそれでも懸命に生きようとするのだろう。いつかは朽ち果て消えてしまうのに、どうして人は心を燃やして創り上げるのだろう)

 

あるいは露落ちて花残れり。残るといへども朝日に枯れぬ。

あるいは花しぼみて露なほ消えず。消えずといへども夕べを待つことなし。

 

(…………)

(そうか)

(関係ないのか)

(私が死のうが、他の誰かが死のうが)

(私が殺そうが、他の誰かが殺そうが)

(いずれ等しく死ぬのなら、どっちが先とか後とか、順番なんて大した意味は無い)

(長生きを誇ることなんて、深夜まで夜更かしができるのを自慢している中学生と何が違うのだろう)

 

 

(なんだろ)

(何かが掴めそうだ)

(とても大切な何かが、探し求めていたものが)

(今、私のそばにある気がする)

(手を伸ばせば届きそうなほど近くに)

 

欲しい。

だから私は、手を伸ばす。

このチャンスを逃してはいけない。

もし逃したら、もう手に入らないかもしれない。

そんなのは嫌だ。

絶対に欲しい。

なにが、なんでも。

 

 

一寸の先も見えない白闇の中。伸ばした腕さえも、肘の部分までしか見えない。

 

 

足下が冷たくて気持ちいい。

まるで浅くて綺麗な川の中にいるかのよう。

 

 

それを自覚すると、視界に広がっていた白闇が突然晴れる。

 

 

晴れた視界に真っ先に入ってきたもの。

それは、ある少年の顔だ。

 

「……っ!?」

 

転校生の堀部イトナくんが驚いた表情で、私の目の前にいる。

 

 

私は、伸ばした右腕の先を見る。

そこにあったのは、

 

 

握られた緑のナイフと、

ちぎれて落ちていく白い触手だった。

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

「四季さんっ!」

 

片岡メグの叫び声に、E組生徒全員が反応し一斉に声のした方を向いた。

そこではちょうど、小野四季が前のめりになって川へ飛び込むところだった。

 

その落ち方は、まるで崖から身投げをするかのような、痛々しいものに見えた。

 

「おいっ!?何を!?」

「四季さん!?」

「嘘っ!?」

 

全員が驚きの声を上げ、川へ落ちた四季を目で追った。

 

バッシャッ!!

大きな音と水飛沫が広がる。

 

 

その音に、暗殺者のイトナもターゲットの殺せんせーも、戦闘の手を止める。

 

二人が目にしたのは、川で四つん這いになって苦しみ咳き込んでいる四季の姿だった。

 

「し、四季さん!?あなた、何をして……!!」

 

真っ先に反応したのは殺せんせーだ。

先程気を失ったまま崖から落ちそうになった生徒なのだ。暗殺ができる状態ではないことは自明である。どうしてこの場に乱入しにきたのか、殺せんせーにはわけが分からないだろう。

 

救出する際に、水を吐き出させることには成功した。できた処置は、ただそれだけだ。その他の治療は何もできていない。川に流された時に石や岩にぶつかった跡もあるのだ。今すぐにでも、救急車を呼んで搬送するくらい悪い状態であっても、何ら不思議ではない。

 

四季の苦しそうな咳が止まり、彼女はゆっくりと立ち上がった。ガクガクと震えた身体が、彼女が負ったダメージを物語っている。

 

「離れなさい!早く!!」

 

殺せんせーは四季のもとへ行こうとした。

しかし、イトナがそれを許さない。

目線は四季に注がれながらも、彼の頭から伸びる触手が再び殺せんせーへと襲いかかる。

 

 

「……ぐぅっ! し、四季さんっ!!」

 

 

四季には、殺せんせーの怒声にも近い呼びかけに反応している様子はない。ただ、大きく肩で息をしている。その顔色は青白く、目はくぼんだようにどんよりしている。

 

立っていられるのが不思議なくらいの状態だ。

それは、誰の目にも明らかだった。

 

 

唯一の例外を除いて。

 

「お前……あの時の」

 

 

四季と目が合ったイトナが呟いた。

その声にはわずかに力がこもっている。

 

覚えているからだ。

忘れていないからだ。

一月前の6月15日の出来事を。

 

強さなどまるで感じなかった目の前の女に、あろうことか足元をすくわれたことを。

 

あの、屈辱の記憶を。

 

イトナの脳裏にその記憶がよぎる。

四季を見る目に力がこもった。

殺せんせーへと襲う触手がより強さを増した。

 

 

「イトナ、ターゲットの始末が先だ」

 

その様子をすぐそばで見下ろしているシロが口を挟んだ。それでも、イトナの四季に対する執着は拭えないようだった。

 

 

「彼女へのリベンジマッチなんて、そのタコを始末してからいくらでもすればいい。ちょうどいいことに、彼女もそのつもりのようだよ」

 

 

シロの軽口が続く。

イトナも少しは落ち着いたのか、目からこもっていた力が抜けた。

 

そして、彼女を視線から外す。

後ろにいる殺せんせーの方を振り向こうとしたのだ。

 

敵が目の前にいるというのに、その敵から目を離した。

それが、命取りになった。

 

 

 

一瞬だった。

何もかもが、一瞬で終わった。

まず、イトナが視界から四季を外そうとした、そのほんの一瞬で、四季はイトナのすぐ目の前に移動していた。

 

 

「……なっ!?」

 

イトナは驚きを隠せない。

当然だ。

イトナと四季の距離は少なくとも5mは離れていた。その距離を一瞬で詰めたのだ。たとえ、相手がイトナでなく殺せんせーだったとしても驚くだろう。

 

なにより、このフィールドは普通の地面ではなく川なのだ。水の中を動けば、当然水を掻き分ける音がするのに、その音も無かった。近づく気配が感じ取れなかったのも当然である。

 

 

どうやってそんな芸当をしたのか。

 

そんなこと、イトナに分かるはずもない。

横から見ていた生徒たちにも、シロにも、殺せんせーにだって見えなかったのだから。

 

 

「……っ!?」

 

 

そして、動揺を立て直す暇もないまま、四季の右手のナイフが、イトナの頭をめがけて真っ直ぐに振るわれる。対先生ナイフは、豆腐を切るようにイトナの触手を切り落とした。

 

 

イトナは、その一撃にも全く反応できてなかった。

 

突然の接近に動揺したのが原因だろうが、それでも、今のイトナは高速で動く触手を正確に操れるほどの動体視力を有しているというのに、だ。イトナが反応できないほどのスピードを、四季は、今にも倒れそうな弱々しい身体で出したということになる。

 

 

「……ぐっ!?」

 

触手を失ったことで、さらに精神は動揺する。

今何が起きているのか。

自分が何をされているのか。

イトナには全く分からない。

 

 

この時点で、すでに勝負はついている。

触手を失い、動揺を抑えられないイトナにもう勝ち目はない。

 

殺せんせーであれば、まだ勝負は分からなかった。

四季を相手に油断も手加減も全くしない殺せんせーなら、動揺した精神を切り替えて瞬時に立て直すことができる。そうすることで、四季の暗殺を躱し続けてきたのだから。

 

しかし、イトナはそれを可能にするほどの経験値も老獪さも持ち合わせていない。

 

 

 

 

「…………」

 

そして、一撃を決めた程度で四季の攻撃は終わらない。

振り抜き伸ばし切った腕を、すぐに肘を折り畳むようにする。そして、肘を大きく動かしての斜めに薙ぐような一撃。

間髪入れずに放たれた第二撃目が、いとも簡単にイトナに決まる。

二本目の触手もあっさりと切り落とされた。

 

 

四季は二撃目が決まると同時に、空いた左手でイトナ服を背中から掴む。そのまま、後ろから引っ張り倒そうとする。

 

イトナは抵抗もすることさえ出来ず、なされるがまま倒れていく。四季も力の流れに逆らわず、イトナと一緒に倒れていく。二人は抱きつくような体勢になる。

 

もちろん。

色っぽい展開になるわけもなく。

それは、トドメの一撃のための準備。

 

そして、川の水面に向かって倒れながら四季は右手を振り上げた。握られたナイフの切っ先が、イトナの頭に向いている。

 

 

そのまま。

ナイフは、

イトナをめがけて、

振り下ろされた。

 

 

 

 





冒頭の部分は、鴨長明の『方丈記』の冒頭の原文です。
暗殺教室でも全く出て来ないので原作コピーではなく、また原文である以上著作権の保護期間も過ぎているため、今回、原文のまま載せました。

自分では、大丈夫だろうなと思ってますが、この判断が間違っているのでしたら、ご一報ください。






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源流の所在






 

 

 

 

 

 

何が原因だったのか。

どこが始まりだったのか。

もしくは。

そもそも、最初からそうだったのか。

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

イトナくんの触手が千切れて、川へと落ちる。

その末路を見届けるより先に、二本目の触手もすぐに落ちた。

落ちていく触手も、触手の断面から滴る白い粘液も、全てがスローモーションのように見えた。

 

 

「…………」

 

現実感が無い。

自分の身体がしていることのはずなのに。

でも、自覚も実感も全く無い。

何も考えないまま身体が勝手に動いている。

 

映画を見ているような。

他人事のような。

どんな素晴らしいパフォーマンスであっても、興奮もなく、熱も入らない。

 

 

 

 

私の顔が、イトナくんの顔に接近する。

そのまま抱きつく姿勢で川へと倒れこむ。

 

 

私の右腕はナイフを振り上げている。

 

 

その時イトナくんと目が合った。

その瞳を見た途端。

 

 

「……ぁ」

 

身体から力が抜けた。

右手からナイフがこぼれ落ちた。

 

イトナくんを下敷きにするように、二人で川へと倒れた。

大きな水飛沫と音、そして衝撃。

 

 

 

「……ぁ、あぁ」

 

身体が痛い。

全身が痛い。

痛すぎて、声も上げれない。

 

千切れる。

裂ける。

割れる。

破れる。

捻れる。

 

痛い。

痛い痛い痛い……!

 

これまでの人生で経験したことない。

今まで受けた苦痛なんて、蚊に刺されたようなものに感じるくらいの。

 

 

「ぁぁぁぁっ……!」

 

 

 

情けない声が出る。

声を出しても痛い。

けど、声でも出さなきゃ痛みで頭がおかしくなりそうだ。

 

イトナくんが、這いずりながら私の身体から離れた。

 

私の顔の半分まで川の水に浸かった。

顔も上げられない。首も動かせない。

 

目だけで、イトナくんの動きを追った。

 

 

 

息も絶え絶えの中、後ろの方で、水飛沫が飛び跳ねる音が続いた。

 

「四季さんっ!」

 

誰かが近づいてくる。

後ろを向けないから見えない。

誰だろう。

 

 

誰かが、私の右肩に手を置いた。

 

瞬間、

 

「…………ぐぅッ!!??」

 

電気が一瞬で身体全体に走ったような

火にかけた鉄鍋でも置いたかのような

 

皮膚も服も無視して、神経に直接触れたかのような、鋭い痛み。

 

 

プチンと何かが切れる音がした。

そんな気がした。

すると、みるみる視界の景色が遠ざかる。

 

そして、私の意識は呆気なく途切れた。

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前のベビーベッドの中で、スヤスヤと眠る小さな命。

顔も腕も脚もプニプニしてて、ふわふわだ。

初めて触った時は、本当に驚いた。

 

 

「…………」

 

この赤ちゃんは私の弟。

名前は七海。

 

私はじっと見ている。

ベビーベッドの壁面は等間隔に隙間があるから、その間から見ていた。

寝返りをうった。

腕がたまにピクピクと震えている。

表情は少し固い。

 

 

赤ちゃんも夢を見るのだろうか?

 

「…………」

 

 

後ろで誰かの声がする?

これは誰?

こちらへ近づいて来た。

 

 

お母さんだった。

私の隣で七海の様子を見ている。

 

けど、すぐに再び台所へ戻っていった。

 

その時の母の顔はすごく嬉しそうだった。

笑顔がとても眩しい。

私の方は、一度も見ていない。

 

 

母が台所に消えていくまで見届けた。

もう一度七海の方を向く。

 

この時、七海は笑っていた。

何を思っているのだろう?

何に笑ったのだろう?

 

 

私はただただ、七海を見続けていた。

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

「…………」

 

パチリと目を開ける。

目を覚ました。

さっきまで見ていたものが、夢だと分かった。

 

 

今、私は感慨に浸っている。

 

 

もう一度目を瞑る。

夢は起きてしまうとすぐに忘れてしまう。

だから忘れないように。

何度も何度も思い返す。

 

この夢を見るのは久し振りだった。

以前は毎日のように見ていた夢。

 

もう一度学校に通い始めてから、もう見なくなっていた。

だからもう見れないと諦めていた。

 

思わず、涙が流れる。

 

 

もう一度目を開ける。

 

 

「……ん?」

 

よく見れば天井が家のじゃない。

明かりが点いてないからよく分からないけど、

壁も天井も剥き出しの木造だ。私のマンションとは違う。

 

 

どこだここ?

 

首を動かそうとしたら寝違えたみたいで痛いし、起き上がろうとしても身体が痛くて動かない。

 

 

「……どうなってんのかねぇ」

 

声を出すことはできた。

誰か呼べるかもしれない。

 

 

そう思ったら、物音がした。

ガラリと、扉が開く音。

 

 

「……四季さん」

 

首が動かないから姿は確認できない。

けど、声でなんとなく分かった。

 

 

「四季さんっ!ああっー!良かった!!」

 

一瞬でベットの近くまでやってきた。ゴマのような目から涙がドバドバと流れている。

 

黄色い頭の、殺せんせーだ。

 

触手がベットに縋りつくように掴んでいた。

 

 

「身体に異常はありませんか?倦怠感は?頭痛は?痛みは?痺れは?応急処置や検査はしましたが……四季さん、あれから気を失ってしまって」

 

そこから、殺せんせーは経緯を話してくれた。

私がイトナくんに暗殺を仕掛けて、無様に失敗したところから。

 

シロとイトナくんはすぐに撤退した。

イトナくんに麻酔銃を使っての撤退だから、余裕のないものだったらしい。シロも何も言わず去っていたようだ。

 

私は激痛に悶えて意識を失った。殺せんせーがエコーやら電気マッサージやらで私の身体を調べ治療してくれたようだ。でも、肉離れや最悪筋肉の断裂が起きていたら、後遺症も覚悟もしないといけない。

 

今はまだ動かせないから、まだどうなってるか不明だ。無事であってほしいけど、それはわがままかもしれない。

 

 

「…………」

 

外は今もう夜だ。

時刻は20時越え。

遅いし、身体動かないし、このまま校舎に泊まることになる。

殺せんせーがつきっきりで見てくれるらしい。

クラスのみんなはもうとっくに帰った。当然だ。いたらいたで問題になる。

 

烏間先生は今日午後から出張でいなかったし、イリーナ先生も先に帰った。けど、イリーナ先生は、私のために残ろうと言い出した生徒を帰すために、自分も帰ったらしい。

 

 

「みんな心配してましたよ。もともとボロボロな状態なのに、イトナくんに立ち向かおうとして、最後には気を失って。寺坂くんが一番深刻そうでした」

 

 

ああ。

また心配させたのか。

また同じことを、繰り返して。

 

ため息が出る。

いつ私は学ぶのか。

ほんと。

 

「…………」

 

私の今の服は体操服だ。

プールで気を失ったのなら、水着のはずだけど、どうにも殺せんせーが着替えさせてくれたらしい。こういう時に服を替えさせるのは相当な難易度だと思うけど。

 

 

 

「ってか先生、私の裸見たってこと?マジで?」

 

「ニュヤッ!? いや、非常時でしたから!あのまま放置するわけにも……」

 

ゴニョゴニョと口ごもる殺せんせー。

私の直視に耐えられなかったようで、後ろを向いた。

 

まあ。

正直、どうでもいいことだけど、リアクションが面白い。

少しイジろうとも思ったけど、ふざけるのはやめといた。

 

聞きたいことがあったから。

 

 

「……殺せんせー、私のアレ、どうでした?あの暗殺に点数つけるなら、何点ですか?」

 

 

「…………」

 

先生は後ろを向いたままだ。

中々答えようとしなかった。

 

そうですねぇ、

 

そう言ったきり、黙ったままだった。

 

 

しばらく沈黙が続く。

空気が重苦しい。

先生にとっては、答えにくいものなのか。

 

 

 

「……暗殺そのものは満点です。イトナくんに接近する体運びからナイフ三連撃を決めるまでの戦闘の組み立て方も。完璧と言ってもいいものでした。プロの殺し屋にも匹敵するほどです」

 

評価はしているけれど、殺せんせーの口調は重々しい。いつものような、褒めている感じがまるで無い。

 

怒ってる、とさえ思える。

 

 

「しかしです。身体のコンディションが最悪の状態で暗殺を仕掛けること自体悪手です。なにより、たとえあの暗殺が成功しても、あれでは四季さんの生存は絶望的なものでした。自分自身を大切にしない者に、暗殺する資格はありません」

 

先生の顔色は暗くて見えない。

けれど、怒ってるのはよく分かる。

 

寺坂くんにプールを壊されてもバイクを壊されても怒らなかった殺せんせーなのに。

 

 

ピシャリと、反論を許さない厳しい言葉だった。

 

 

「……ですよねぇ。自分が生き残れない暗殺に意味なんて無いですよね」

 

「そうです。そんな暗殺をしても、誰にも胸を張れません。それでは、ここで学ぶ意味がない」

 

それを、忘れないでくださいね。

 

 

そう言うと、殺せんせーは部屋の扉まで歩いた。

 

「先生、今から四季さんの服を洗濯してきます。少し席を外しますので、大人しく寝ててください」

 

先生は部屋を出て扉を閉める。

そして、一瞬校舎が震えて、大きな音がする。すぐに揺れも音も収まって、また静かになる。

 

マッハで行ってくれるらしい。

私の服を洗濯するだけなのに。

コインランドリーだろうから、後でお金くらいは支払おう。

 

 

私は眼を閉じる。

殺せんせーと話してる時から感じたけど、全身はまだ痺れるように痛い。一晩寝て起きたら治るものではなさそうだ。しばらく、歩くのに精一杯になるだろう。

 

暗殺にも参加できない。

罰というか、戒めだろうか。

静養に集中しながらでも、今の私にできることは何だろう?

 

 

考えた。

暗殺のこと。自分のこと。

 

けど、その度に、あのプールでの暗殺を思い浮かべてしまう。

 

 

自分の意思なんてほとんど無い、ただ導かれるように身体が動いたあの暗殺を。

 

殺せんせーは、あれ自体は満点だと言った。プロにも匹敵すると。なら、あのレベルの暗殺を自由にできるようになったら?きっと、殺せんせーの命にだって触れられる。

 

感覚だけは、まだかすかに覚えている。

けど、それ以外の全てを忘れている。

まるで夢のように。

だから、身体に残ったこの感覚も、寝て覚めてしまえば忘れているかもしれない。

 

 

「……イヤだな」

 

 

思ったことを呟いた。

言葉にしたら、胸が苦しくなる。

 

 

「…………」

 

あの時。

私の目の前にあったものは、きっとあれだった。あれを、私は掴もうとした。

 

けど、結果は失敗した。

 

掴むことはできても、最後に離してしまったか、それとも途中で消えてしまったか。

 

いや、そもそも掴めてさえいなかったのかも。

霞を掴もうとするように、手の中には最初から何も無かったのかもしれない。

 

 

逃したものの大きさに、価値に、素晴らしさに後悔の思いが止められない。

 

悔しくて、涙が出そうだった。

 

 

「……ッ」

 

私は、手を伸ばそうとした。

けど、腕が上がらない。

肩も肘も手首も動かない。

指先だけが、わずかに震わせられる程度だ。

痛みを我慢してみたけれどダメだった。

反動で息が上がってしまう。

 

あれは、私の近くにはもう無い。

予感さえ感じられない。

もう手に入らないのかもしれない。

 

 

そう弱気になってしまったら、こらえていた涙がついに溢れ出した。

殺せんせーが帰って来るまでに、止めることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

何が原因だったのか。

どこが始まりだったのか。

もしくは。

そもそも、最初からそうだったのか。

 

 

その答えを知れる者はいない。未来にならなければ、全ての結果を網羅しなければ、その答えはきっと出せないのだから。

 

 

 

なら、彼女の場合は?

 

全ての原因は?

変異の始まりは?

 

答えは、彼女の過去にあるというのか?

それとも?

 

 

今の時点では誰にも分からない。答えを出すことは出来ない。

本人にも。

殺せんせーにも。

 

 

ただ一つ言えることは。

 

 

彼女は今、ある流れの中にいる。

決して大きなものではない。

大きな流れから無数に枝分かれした小さな流れ、その一つ。

その流れは他のどの支流よりも小さくて細くて、入り込むこと自体珍しそうな、そんな流れ。

言うなれば、三年E組ーー暗殺教室に加入していなければ、入りこむことは無かった、そんな流れ。

 

しかし、その流れは、他に数多ある流れのどれよりも速く、荒々しい。

 

それに乗って、彼女はどこに行くのか?

どこにたどり着くのか?

 

 

その行く末は、はてさてどうなるか。

今の時点では、誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 






これにてプール編のメインの物語は終わりました。
このプール編は、物語を投稿する前、妄想段階から書きたかったシーンの一つでした。

正直、私一人では、ここまで来ることは出来なかったと思います。読んでくれている皆さんや感想や評価を書いて繋がってくれるみなさんのおかげです。

一応、次はプール編の閑話ですが、ここまで私を引っ張っていただいて、本当にありがとうございました。
次もよろしくお願いします。







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閑話・清流のお茶会

 

 

 

 

 

 

閑話・清流のお茶会

 

 

 

イトナくんの乱入暗殺の日から2日後、その日の放課後。

 

私たちE組はプールに集まっていた。

暗殺計画のためでもなく、泳ぐためでもない。ちょっと前から予定していた例のお茶会を開くためだ。

 

プールサイドには殺せんせーがマッハで作ったテーブルが置かれ、その上にはお手製のクッキーやプリンやガトーショコラ、あと各自が持ち寄ったお菓子や飲み物が並んでいる。自分たちが用意したものとはいえ、食べれば美味しいし、この時間も楽しい。

 

今回は生徒全員参加している。

集まりにはサボるカルマくんも、今まで距離を置いていた寺坂くんたちもいる。そして、E組教師陣三名も参加している。殺せんせーとイリーナ先生はデッキチェアに優雅に座っていて、烏間先生は倉橋さんと矢田さんたちに囲まれている。

 

先生方も楽しんでくれているようでなによりだ。特に烏間先生。烏間先生はこの手の息抜きの集まりにはほとんど参加しない。忙しいのもそうだけど、仕事優先で動く人だからだ。だから、烏間先生がこの場にいてくれるだけで、みんが嬉しそうだ。

 

逆に殺せんせーやビッチ先生は頻繁に参加するから、烏間先生と比べるとあまり持て囃されない。

だから、一人で座ってるのね。

 

「……あ、四季さん。もしかして、口に合わなかった、かな?」

 

神崎さんが不安そうな顔をしていた。

えっ?

なに?

なんで?

 

「えっ?……あっ」

 

私の手元にはプリンがあり、さっきからずっと食べる手が止まっていた。

 

このプリンを作ったのは、茅野ちゃん神崎さん奥田さんの三人組だ。私も手伝いたかったけど、この前の暗殺のせいでまだ体が動かないから自粛した。この前と違って邪魔にしかならない。

 

神崎さんは、私の手にあるプリンを見ている。

 

 

「いやいやいや。そうじゃないそうじゃない。美味しい美味しい。すごい美味しいよ」

 

私はまた食べ始める。

パクパクと。

ただ、それでも神崎さんの表情から不安は消えない。

 

正直に言うしかないか。

 

「……ただみんなを見ていただけだよ。楽しそうだなぁ、幸せそうだなぁって。それだけ」

 

 

川のせせらぎ。

揺れる木漏れ日。

焼き菓子から漂う甘い匂い。

みんなの笑い声。

 

 

幸せってこういうのを言うんだろうなぁ。

 

「……四季さんは幸せじゃないの?」

 

「……幸せだよ。幸せだ。これが幸せだと思えない奴は、とんでもない愚か者だ」

 

幸せだと思う。

今も。今までも。

 

ただ、幸せだと思う度に考える。

私はなんなんだろう、と。

どうして、と。

 

その考えがよぎる度に、心が冷める。

頭が働いてしまう。

考えてもどうしようもないことを、考え続けてしまうのだ。

 

 

「……私、聞いたよ。四季さんのこと」

 

「…………」

 

「……私じゃ全然助けにならないと思うけど、けど……」

 

一人で抱えこまないでね。

私にも話してね。

 

 

神崎さんはそう言ってくれた。

顔を見ると、優しく微笑んでいる。

手を握ってくれている。

 

 

けれど。

私から握り返すことができない。

分からない。

握り返して良いのか。

この手を。

私は。

 

 

 

 

 

「お待たせー」

 

茂みから原さんが現れた。

その後ろに吉田くんもいる。

私も神崎さんも意識がそちらに向いた。

 

どこかに行ってたのか?

全く気付かなかった。

 

「……ん?」

 

二人とも、明らかに大きな荷物を抱えている。

吉田くんは、明らかに手作りのウッドチェアとそこそこの高さの台を、原さんが持っていたのはキーボードだ。

 

キーボード?

 

「んなもん、どっから持ってきたんだよ」

 

「殺せんせーに頼んで持ってきてもらったのよ。こういう余興があった方が楽しいじゃない」

 

余興というか、演出?

たしかに、音楽があると雰囲気は良くなる。しかもこのプール景観の良さと掛け合わせれば最高だろう。

 

問題は……

 

「っても、このクラスにピアノ弾ける奴いたっけ?」

 

そういうこと。

誰が弾くのかってこと。

 

予想通り、みんながキョロキョロと周りを見渡している。そして、やっぱり予想通り、数人が私の方を向いた。

 

すると、視線がどんどん私に集まっていく。

 

「え?私?」

 

とぼけてみた。

正直やりたくない。

 

「四季さん、ピアノ弾けるの?」

 

「いや、嗜み程度……」

 

「めちゃくちゃ上手いよ。部活中に弾いてくれた時もすごかったから」

 

「…………」

 

茅野ちゃんの質問に答えようとしたら、渚くんが被せてきた。ムッと彼の方を見ると、純粋な眼差しで返して来る。

 

余計なことを……。

 

 

「四季さんのピアノ聞いたことないから、聞いてみたいなー」

「私も聞いてみたい」

「わ、私も」

 

ほらこうなった。

 

「いや、まあ……」

 

弾けるけど。

こういう場はあんまし得意じゃないんだよなぁ。

言い訳をしようと思ったけど、もう手遅れ。

みんなの期待の視線が心に刺さる。流石にここで引き下がるのは申し訳無さ過ぎた。

 

私は渋々キーボードの前に座った。

吉田くんの持ってきた椅子と台は、なんと高さ調節も可能で、私の体に合わせて椅子と台の高さを合わせてくれた。

ここまで手が込んでると、下手な演奏はできない。

 

キーボード……ピアノなんていつぶりだ。

確実に一年は弾いてないというのに。

 

 

軽く弾いてみた。

指や手に痛みは無い。

動かないことも無さそうだ。

 

「……なんか、リクエストある?」

 

「四季ちゃんのおまかせで〜」

 

「ただ夏っぽい曲がいいなぁ」

 

夏っぽくて、ピアノ……

ううむ。

何かあるかな。

 

 

「…………」

 

私はゆっくりとしたテンポで弾き始めた。

楽譜が無くても弾ける曲なんてそんなに無いけど。これならまだ弾ける。

小学生の頃に血が滲むくらい練習した曲だ。

 

「……あ、この曲知ってるよ」

 

「私も。聞いたことある」

 

「うん。なんかの CMで流れてたような……」

 

「『summer』って曲だよ。ジブリの曲をよく担当する作曲家が作ってる」

 

「へぇ〜」

 

 

有名な曲だから、みんな聞いたことあるみたいだった。こういう場で、全く知らない曲流されてもリアクションに困るよね。

 

そんなに長い曲では無いし、旋律もほぼ同じものの繰り返しが多いから、難易度は高いものではない。今の私でも充分に弾ける。

 

 

ただ、みんなの視線が集まってるのを感じる。

だから苦手なのだ。

恥ずい。

こういう注目のされ方はむず痒くなる。

 

「…………」

 

曲を弾き終わるまで、みんなの方を向けなかった。

最後の和音がプール一帯に響く。

 

ふう。

なんとかグダらずに終われたな。

良かった良かった。

 

私が鍵盤から手を離すと、誰かが拍手をした。

 

「すごーい!」

「感動したよー」

 

という素直な賞賛から、

 

「すげぇ……」

「めちゃくちゃ上手えじゃん……」

 

という驚きの声まで頂いた。

 

みんなが私を見ながら拍手をしている。

殺せんせーも烏間先生も、イリーナ先生も。

 

昔からこういうのに応えるのが苦手だった。だから発表会とかコンクールとかは嫌だった。

弾くこと自体は楽しいんだけど、人前でやるのに抵抗感がある。

 

 

しかし、みんなが私を注目してて、みんなの表情を見ることができて、少し気分が晴れた。

クラスのみんな、爽やかな笑顔をしていたから。今までグレてた寺坂くんも素直に楽しんでいる顔をしている。

 

 

「…………」

 

今までのE組では考えられないような表情だろう。素直に笑って、素直に喜んで、E組であることに劣等感も諦観もない。

 

上を見ることが卑屈じゃない。

前を見ることに怯えない。

自分を認めることができないと、出せない表情だ。

 

 

その顔を見るだけで、私は満足だった。

 

「やっぱりE組は楽しいなぁ」

 

私は、無意識のうちに呟いていた。

それは本心だろう。

 

本心、のはずだ。

 

 



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第二の刃、強者の命に届…… 昔話③

 

 

 

 

 

「お前には才能がある。力もある。強くその上で強かだ。ぼくに次ぐと言っても過言じゃない」

 

相変わらず偉そうな言い方だった。

上から物を言う見下した態度といい、これで同い年とはとても思えない。

 

「だというのに、なぜ本気を出さない?なぜ全力で戦わない?周りの雑魚など蹴散らせる実力があるのに、なぜその雑魚に合わせるようなことをする?」

 

理解できない。

 

 

頭のおかしい奴を見るような目をこちらに向けた。勝利に固執し、常に上しか見ない人間の凝り固まった頭では、私の考えに共感することなどできないようだ。

 

私も私で、こいつの言ってることもやってることも、到底理解できるものではないけれど。

 

 

「なぜなんだ?」

 

なぜ。

なぜ。

なぜ。

 

これまで何度聞かれただろう。いい加減にしてほしい。

 

 

「どうでもいいからだよ。私は、私の周りの人たちをどうこうしようだなんて思わない。私が私の思うようにやらさせてもらっているように、みんなもみんなの思うようにやればいいと思ってる。自分のことで精一杯なんだ。支配とか管理とか、面倒過ぎてやってられないよ」

 

彼の詰問に、私は目を合わせずに答える。

本音が6割くらいだから、そこそこ誠実に答えた方だろう。あとの4割は思いついたまま適当に言った。

余りにしつこいから、私も私で誠実に答える気がもうない。

 

 

「自分の思うように、か。なら、ぼくがぼくの思うようにやってもいいわけだ」

 

「そりゃあそうさ。私にどうこう言う資格は無いよ。支配も管理も好きにやれば?」

 

「なら、ぼくの支配下に入れ」

 

なんだそりゃ。

馬鹿馬鹿しいほど論理が飛躍している。

澄ました顔で言うセリフじゃない。

 

「それじゃあ、私の思うようにならない。だから嫌だ」

 

「お前のその『思う』とは何だ?」

 

駒を動かした。

パチリと、その駒音が耳についた。

 

今まで気にならなかったのに。

 

吸い寄せられるように、私は視線を盤から上げて、目の前の男子ーー浅野学秀を見る。

 

 

「おまえは、何がしたくて、ここにいる?」

 

睨むような目だ。

しかし、威圧的ではない。

私のことを底の底まで見通そうとする探るような目。

 

そんな目を真っ直ぐに向けてくる。

 

 

初めてのことだった。

 

 

「……ささやかな自由と適度に高い評判を手に入れるため」

 

それは本心だった。

10割の。

それこそが、私がこの椚ヶ丘中学校に入学した理由。

 

家から適度に離れてるから知っている人はほとんどいないし、成績をキープしてれば勝手に肩書きはついてくる。

 

少しは楽できると思った。

それだけの、小さな、ショボい理由だった。

 

 

浅野くんは、その答えを聞いても表情は変わらない。

余りにショボい答えに、嘘だと疑うような印象もなければ、かといって落胆したような印象もない。

 

 

ただただ静かに、受け止めるようにいてくれる。

 

 

「それでいいのか?」

 

そう聞いてきた?

予想外の質問だった。

 

「どういう意味?」

 

「お前なら……四季ほどの才覚があれば、凡人が届かないような高い目標を達成できる。ぼくにはそれが分かる。それなのに、今のお前はその才能を使おうともしない」

 

その怠慢に、少し、腹が立つだけだ。

 

 

それは、今まで聞いた事のない言い方だった。言葉に威圧するような力がこもっている。

 

「…………」

 

学秀はそのまま駒を動かす。

駒を置く時に、盤が凹むかと思うくらいの音がした。

 

「……怠慢?なにが?」

 

「人間には才能の偏りが甚だしい。全てを持って生まれてくる者がいれば、何も持たされずに生み落とされる者もいる。才能のある者が上を目指さなければ、その宿った才能に意味がない。選ばれた人間が、選ばれなかった人間と同じステージで遊んでいるのが怠慢でないというなら、一体何だというんだ」

 

沸々と漏れ出てくる怒気が彼の周囲メラメラと燃えるようだった。

 

浅野くんは本気なのだ。

本気で私を買ってくれている。

 

けれど、このモチベーションはどこから来るのだろう?

どうして、ここまで本気になれるのだろう?

 

 

「…………」

 

そういえば、浅野くんは、高等部を含めた椚ヶ丘学園の理事長の息子という話だった。生まれついてのエリート、ということか。そういう生い立ちなら、他人の才能やら立ち居振る舞いについて口を出したくなるものなのかもしれない。

 

「……なるほどね。浅野くんには私が手を抜いてサボっているように見えるんだ。君の言う才能とやらを浪費して遊んでいるように見えるんだ」

 

ただ。

それは、それで。

 

好き勝手言ってくれるじゃないか。

 

 

私は駒を動かす。

浅野くんはノータイムで返してきた。

 

すでに放課後だから、クラスの連中は誰もいない。下校してるか、部活に行ってるかだ。中には図書館等で勉強してる奴もいる。

 

私も私で、こんなことしてる暇はないから、しぶしぶ将棋を始めた時は、適当に切り上げてさっさと帰ろうと思っていた。

私が順当に負ければ、ただの期待はずれと納得してくれるだろうと思っていた。

 

 

けど。

気が変わった。

 

 

「ねえ。一個ルール追加しようよ」

 

「……なに?」

 

「この一局、勝った方が負けた方に一つ命令できる。どう?」

 

「何を今更……」

 

ここで浅野くんは疑いの眼差しを向けてきた。

確かに、これが自分なら私も怪しむ。

 

 

「勝てると思っているのか?」

 

盤上では、浅野くんが有利なのだ。

浅野くんの実力なら、軽率なミスなど起こさない。勝てる確率は私の方が断然に低い。

負けた方がリスクを負う提案を、負けてる側が申し出るなど、怪しいことこの上ない。

 

 

 

「分からないのか? この状態でも勝てるって言ってんだよ」

 

私は駒を動かした。

荒々しく置いたから、駒音がうるさくなってしまった。

盤に傷がついたかもしれない。

まあ、私のじゃないし。

ごめんね。

 

 

私は、浅野くんを見る。

彼の目が合う。

数秒間見つめ合う形になる。

 

ロマンチックなものじゃない。

勝負の顔だ。

勝利に執着した者の真剣な眼差し。

 

これも初めてのことだった。

今日はやたら初めてのことが多い。

 

 

「……何を企んでるか知らんが、いいだろう」

 

ここからが、真剣勝負の始まり。

互いにもう何も口にしない。

私は全神経を集中させ、盤に向かう。

 

 

私たちは、まだ高かった太陽が夕焼けを作り出すまで戦った。

本気の勝負も、人生で初めて。

 

 

「…………」

 

私が浅野学秀のことを、ただの偉そうなクラメイトの一人から、一人の人間と認識したのは、確かこの時からだっただろう。

 

誰かと真剣勝負をするのは、初めてのことだった。

誰かに本気で敵意を向けられたのは初めてだった。

自分の本心を受け入れてくれた上で、何かを言ってくれる人に初めて会った。

 

 

この日は、初めて尽くしの一日で、望んではいないものだったけれど、かといって嫌でも不快でもない。

 

 

 

不思議な感じだ。

不思議な高揚感を胸に秘めながら、家に帰った。

 

「ただいまー」

 

「あっ!お姉ちゃん!!おかえり~」

 

玄関を開けて家に入ると、七海がリビングからドタドタと走ってくる。今日はお母さんが迎えに行ってくれる日だ。七海はすでに園児服から着替えている。

 

 

「あれ?ママは?いないの?」

 

「お母さんね、買い物だって。すぐ帰って来るって」

 

そう言う七海の手には新聞紙で作った何かが握られている。

 

「お姉ちゃん!見て見て!これね、ぼくが作ったんだよ」

 

それは、新聞紙を折って作るかぶりものだった。帽子というより兜に近い形だ。折り目もまっすぐではないし、形もそんなに綺麗ではない。

 

七海が一人で作ったものなんだろう。

先生の手も借りず凄い弟だ。

 

 

「おお!すごいね~!カッコいいよ」

 

「でしょでしょー」

 

七海は、喜んでその兜を被る。

大きさもブカブカだが、とても嬉しそうだ。

笑顔が眩い。

 

すると。

七海は、急にその兜を取って私に差し出した。

 

「お姉ちゃんも被ってー!」

 

「お姉ちゃん似合うかなぁ?」

 

私は膝立ちの姿勢になった。七海が私に被せてくれた。

 

「どう?カッコいい?」

 

「うん!お姉ちゃんカッコいい!!」

 

花がぱあっと開くように、可愛らしく笑う。

その笑顔を見ると、とても幸せだ。

私までニコニコしてしまう。

 

 

「お姉ちゃん、なんだか嬉しそう」

 

七海が言った。

 

「ええー?そう?」

 

「うん。お姉ちゃんも学校で良いことあったんだね!」

 

「……そうだねぇ。今日は楽しかったよ」

 

「良かったね!」

 

私は靴を脱いで、七海と一緒にリビングに向かった。リビングの机には絵本が開きっぱなしで置かれていた。きっとさっきまで読んでたんだろう。

 

一人ぼっちにしてごめんね。

 

このまま私は、学校という非日常から家という日常へと帰る。

 

 

弟がいるだけでいい。

この家にそれ以上のものは求めていない。

 

 

 

ああ。

そういえば。

今日の将棋勝負の結果は、プライバシーの保護ということで。

 

 

 

 

 

 



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磨き続けた刃、その斬れ味を知らず。

すいません。今回も短めです。

あと、書き始めて思ったのは、期末テスト編はそこまで長くならなさそうだなーってことでした。
ただ、書き続けていけば、思いのほか長くなるかもしれませんので、なんとも言えません。

どうかるか私にも分かりませんが、皆さんもお付き合いいただけると嬉しいです。

よろしくお願いします。




イトナくんの暗殺、そしてあのお茶会の日から土日を挟んでの月曜日、そろそろ期末テストが近づいてきたためか、今日は一限目から裏山で特別授業だった。

 

今日も今日とて陽射しは厳しい。

まだ7月の中旬。夏の暑さは増すばかりで、蝉も鳴きまくっている。だから、陽射しから隠れるようにみんな木陰に入って、教科書やノートを開いている。

しかし、この木陰は想像以上に気持ちが良いものだった。

最近は湿度が低い日が増えた。気温は高いけれど、かえって日陰の涼しさ・居心地の良さがよく分かる。風もよく通るし、教室の中にいるよりかはずっと過ごしやすく、勉強にも集中できる。

 

 

この特別授業は、この前の中間テストと同じだ。

 

「……以上です。どうですか、四季さん?質問はありますか?」

 

殺せんせーは私の目の前で、社会の参考書を広げている。といっても、目の前のこれは本体じゃなくて分身の一体。クラス全員に一体以上の分身に分かれている。一限目は先生がつきっきりで苦手科目克服の授業だ。

 

 

「質問はないですけど、名前を覚え間違えそうで怖いですよ」

 

社会こそ、私の最大の苦手科目。

原因は固有名詞を正しく覚えられないからだ。特に人名。和名ならともかく、世界史に出てくるカタカナ名は私にとって鬼門である。ちょこちょこ書き間違えたりして点数を落としてしまう。一文字でも間違えたら点数が入らないのが暗記科目の厳しいところだ。

 

 

「いろいろ対策は練ってるんですけど……、例えば読みの音で覚えたり、カタカナを全部アルファベットにして覚えたり。けど、どれもそこまで効果出なかったんです」

 

「そうですねぇ……。暗記については本人に一番合ったやり方を見つけないといけませんから。先生のやり方も先生に合ったものでしかないので、それを教えても四季さんに合うとは限りませんし」

 

「ですよねぇ」

 

この弱点を克服するのは一朝一夕にはいかないのは分かってた。今回の期末には間に合わないかもしれないけど、努力だけは続けていかないと。

 

 

「しかし、四季さんの成績の伸び幅には目を見張るものがありますよ。今回の期末では学年総合のトップも充分に狙えます。頑張りましょう!」

 

殺せんせーはハッキリとそれを口に出してくれた。嘘を言うことはないし、お世辞でもない。焚きつける意味合いもあると思うけど、本気で期待しているようだ。

先生の目を見れば、それはよく分かる。

 

 

すると突然、先生の分身が私の目の前から消えた。

見渡すと、他のみんなの分身も消えていて、少し離れたところに立っている。

 

「今回の期末テストでは、この暗殺教室にピッタリな目標を設定しました!」

 

 

そう言うと、殺せんせーの口から単語帳が出てきた。器用にくわえている。

そこには、『LUCKY CHANCE』の文字。

 

みんなの手が止まっている。

視線が殺せんせーに集まっている。

 

殺せんせーは、今回何をしようとしているんだろうか。

それを考える前に、さっきの先生の言葉を思い出す。

 

『学年トップも充分に狙えます』

 

今の学年トップは、現在A組トップである浅野学秀。

 

入学してから今までで2年と数ヶ月、一度として学年一位を明け渡さなかった椚ヶ丘不動のトップ。

全国模試でも一位を幾度も取った経験のある生徒。

 

正直。

今回も勝てそうにないんだよねぇ。

 

 

先生の言葉を聞きながら、私は心の中でため息をついていた。

 

 

ーーーーーーー

 

椚ヶ丘中学校本校舎。

清掃の行き届いた綺麗な廊下に一人の生徒が歩いている。

端整な顔立ちだが、顔色はやや青白く目元にはクマもできている。

中学生なのに不健康さが目立つ様相だった。

 

彼の名は、浅野学秀。

椚ヶ丘中学で最強の中学生、と表現しても過言ではない、そんな傑物。

 

「浅野くん」

 

後ろから呼び止められて、足を止める。

彼が振り返ると、髪型をツーブロックにまとめた男子生徒が近づいてきていた。

その男子生徒の名は榊原蓮。

浅野の同様A組に所属し、現在も学年トップクラスの成績を誇る生徒。

 

「蓮か。会議室の使用許可は取れたか?」

 

「もちろん。昼休みの時間から五限の学活まで使用できるよ。自主勉強会もA組生徒全員に通達してある。彼らの気合も十分さ」

 

榊原は浅野の隣に立って歩き始めた。

この二人が廊下を歩けば、廊下にいる生徒は皆道を開けている。

まるで王の歩く道の側で家来が傅いているようだった。

 

なんとも異様な光景だろう。

中学生にして、完全に上下関係が決まっていることを如実に示しているのだから。

対等ではないと、自分たちは下だと、本人たちがもう認めてしまっているのだから。

 

同じ進学校の椚ヶ丘の生徒であっても、彼我の実力差はすでに甚だしく広がっている。

 

 

「しかし、急にどうしたんだい?自主勉強会なんて、何かあったのかい?」

 

「理事長のご指示だよ。期末テストではA組がトップを独占するように、とね」

 

「……?どういう意味だい?中間テストでも、A組生徒40人全員がトップ50に入ったじゃないか。なんで今更……」

 

「そのトップ50の中にはE組の赤羽がいただろう。しかも4位だ。A組の大多数がE組のあいつに負けたことになる。そんな事態をよしとするほどあの人は寛容じゃない」

 

浅野がそう言うと、榊原の顔が引きつった。

浅野の目には仄暗い光が宿っていたのだ。寛容ではないのは、理事長のみならず浅野自身も同じことを榊原は感じ取ったようだ。

 

「それに……」

 

浅野が何かを言いかけて、やめた。

そして、足取りがやや速くなった。

 

「……?」

 

榊原もそれを訝しんだが、声をかけることはなかった。浅野の琴線に触れたらどうなるか、彼はよく知っているから。

 

二人は無言のまま廊下を歩いていく。

 

 

「…………」

 

 

浅野の頭の中にあったのは、一つの懸念。

先日の中間テスト、ある生徒の名前が50位以下とはいえ名前が連ねられていた。昨年の秋から不登校を続けていた生徒、小野四季の名前だ。

 

彼女は、E組とはいえ復学しており、再び学校生活を送っている。

先月の球技大会で顔を合わせた時も、以前と変わらず飄々としていた。

 

「…………」

 

浅野は彼女のことを思い返して、下唇を噛む。

 

四季がいつか学校に戻ったのか、浅野は知らない。

しかし、中間テストの成績を鑑みるに、新学期の初めからいたわけではないと浅野は予想していた。

もし仮に、四季が進級してすぐに復帰していれば、中間テストでトップ50位など余裕で入れたはずなのだ。彼女の才覚は特進クラスA組の生徒をも凌駕しているのだから、その程度できないはずがない。

 

 

だからこそ、浅野学秀は考える。

 

もし。

この期末テストを四季が本気になって挑んだら、どんな結果になるのかを。

 

 

「……っ」

 

それを想像した浅野の顔は、とても険しい。

その顔には、いつもの自信も余裕も全く見られない。

 

隣いる榊原が、冷や汗を流すほど、緊迫したものだった。

 

 

しかし。

それは、裏を返せば。

期末テストでの浅野学秀には、油断も隙も無いということであり。

E組にとって、浅野が最大の障壁として立ちふさがるということでもあった。

 

 

 




浅野くんが出てくると楽しいですね。
もっと早くから出せばよかったと後悔


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刃の斬れ味は磨くほど増す。際限はない。

先日16日ですが、ついに1日1000UAを達成しました。
私の中では、この数字が一つの目標でしたので、達成できて本当に嬉しいです。
近頃は日間ランキングにもちょこちょこ上がり始めました。これは、みなさんが読み評価を付けてくれたおかげです。本当にありがとうございます。

これからも四季さんの物語を待っていただけると嬉しいです。




 

 

 

「ふぁ……眠」

 

不意にあくびが出た。すると急にまぶたが重くなる。さっきまでは全く感じてなかったというのに、今はもうとてつもない眠気に襲われている。

 

 

時計を見るともう23時を回っていた。

肩を大きく伸ばして首を鳴らす。

 

「……寝よ」

 

夜。

夕食も食べて勉強して、お風呂入って勉強して……いつの間にか深夜になっている。期末テストが近づいてきたから、こういう勉強時間を増やした生活にしてみたけど、思ってたよりもイケる気がする。

 

元々私はテレビを見ないし、ネットだって端末を持ってないからやらないし、ゲームとかも興味がない。

 

だから時間だけはある。

大体の時間は本やら雑誌やらを読んで過ごしてるだけだから、その読書の時間を勉強に変えたに過ぎない。大した変化がないから身体はついてけてるみたいだ。

疲れ方は全然違うけど。

 

 

リビングの机を片付けて、そこに布団を敷いた。電気を消して、すぐに寝転がる。

 

「…………」

 

寝る前に今日の殺せんせーの言ったことを思い出していた。

 

『教科毎に学年一位を取った者に、触手を一本破壊できる権利を差し上げましょう』

 

 

触手1本失う度に低下する能力は、およそ20%だと殺せんせーは言っていた。それが正しいのなら、3本破壊すれば約5割まで、6本全て破壊できれば4分の1まで殺せんせーの力は落ちることになる。先生の言う能力に精神状態が加味されてるのか分からないけど、覚悟はできているとはいえ複数の触手を同時に失うことは、先生のメンタルにも大きく響く。

 

 

この賭けに勝てば、殺せる可能性は今までで一番高まるだろう。

 

けれど。

こういう、自分が不利になることを本人が申し出るなんて時は、必ず裏がある。でなきゃこんな提案は絶対にしない。

殺せんせーの場合は、裏というよりも、奥の手だろうか。触手をいくら失っても私たちの暗殺を躱せる自信があるということになる。

 

だから、暗殺を成功させるには、殺せんせーの持つ奥の手をも上回る一手を用意するか、もしくは奥の手をそもそも出させないように計画を練るか、そのどちらかが必要だ。

 

これは、決してできない、ということでもない。

と思う。

殺せんせーはちょいちょいドジを踏むこともあるのだから。

 

殺せんせーは、無敵のように思うけれど、決して無敗ではないし、万能なのは確かだけど、全能には程遠い。殺せんせーにだって、隙も油断も盲点もある。

 

だから、そこをクリアすれば……

 

 

「……やめた」

 

私は目を瞑る。考え過ぎの頭を一度抑えた。

これ以上進むと眠れなくなる。

 

取らぬ狸の皮算用。

テスト前にあれこれ考えたところで、トップの結果が取れなければ意味がない。ここまてまお膳立てされておきながら、一位達成者が誰もいなかったらもう笑えない。

 

 

 

「……あぁ。だからか」

 

思ったことを声に出す。

そうすると、思考が止まってくれる。

 

だから、殺せんせーはああ言ったのか。

キミなら総合一位も取れると。

あれは、これを見越してたのか。

 

だとしても、ねぇ。

 

そこから、何も覚えていない。

寝てしまったようだ。

次に目を開けた時は、朝になっていた。

カーテンの隙間から漏れ出る光が、部屋を淡く照らしている。

 

時計を見ると針が重なっている。

気になって注意深く見ると、6時半だと分かった。起きるには少し早いけど、そのまま起き上がる。

 

顔を洗うより先にカーテンを開けた。

すでに日は昇っていて、街は明るい。

 

また今日も一日が始まる。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

学校に行くと、何やら椚ヶ丘の生徒が騒がしかった。校門に続く道でも、やたらE組という単語が耳についた。いつもの侮蔑という印象は無くて、なんか素直に驚いてるっぽい。

 

 

なんだろね。

構わずにE組の校舎へ向かう。

教室に入ると、すでに教室にいた磯貝くんから話を聞かされた。今日の日直は彼らしい。

 

 

「昨日図書室で勉強してたら、A組の五英傑から勝負を挑まれたんだ。『A組とE組で五教科でより多く学年トップを取ったクラスが、負けたクラスにどんなことでも命令できる』って賭けを持ち出されて。図書室だし、他のクラスの奴も低学年の子たちもいたからな……それで話が広まったみたいだ」

 

「そうだね。昨日の今日で結構噂になってるみたいだよ」

 

五英傑。

昨日杉野くんが出た電話にもその名前があった。三年優秀な成績を誇るエリート揃いのA組の中での更なるエリートたち。

全員の名前を聞いたけど、知らない名前の方が多かった。

 

 

「そんな勝負受ける必要も義理もないのに……」

 

「……まあ、そうなんだけどな。成り行きというか、その……向こうの挑発に俺たちも乗ったってのもあって」

 

「ああ、そうなの」

 

「巻き込んで悪い……」

 

磯貝くんの表情は曇っていた。

クラスみんなのことを大切にする磯貝くんだから、こういうクラスを巻き込む事態になると自責の念が強い。

 

「丁度いいんじゃない?どの道五教科の学年一位を取るために頑張ってるわけだし。いつも得意げなA組の連中を負かすっていう、負けられない理由が一つ増えただけだよ」

 

私の話を聞いて、磯貝くんの顔も少し晴れる。

何か言おうとしたけど、その時に磯貝くんのスマホの着信音が鳴った。

すぐ鳴り止んだからメールだろう。

 

「瀬尾からだ」

 

「誰?」

 

「その五英傑の一人だよ」

 

だから誰?

顔が全く分からない。

 

 

「A組との勝負の件だ。『勝った方が下せる命令は一つだけ、その命令はテスト後に発表する』だってさ」

 

「ふうん。テスト後に発表、ねぇ」

 

「なんで後なんだ?先でも別にいいだろうに……」

 

「多分、私たちE組がその命令を知って絶望する顔が見たいんだろうね。勝負にも負けて、その上命令でとんでもないことをやらされる……調子づいてる格下E組が酷い目に遭うのを楽しみにしてるんだよ」

 

「…………」

 

一旦晴れた磯貝くんの顔にもう一度陰が射した。さっきより深刻な顔だ。

 

しまった。

直截的に言い過ぎた。

 

 

「おはよー」

「磯貝くんに、四季さん。おはよう」

 

どうしよう、と思ってたら倉橋さんと片岡さんが教室に入ってきた。

 

「おはよ」

「……二人ともおはよう」

 

「どしたの?」

 

「いや、実はな……」

 

磯貝くんは二人にも事情を説明する。説明してる最中に他のみんなも登校してきて、E組のみんなにも話が広まっていった。

その時に図書室にいた渚くんや神崎さんたちも話し始める。その場にいた人たちはなんだか申し訳なさそうだった。

 

 

みんながみんな、勝負についてあれこれ言い始める。

そんな中、私はその勝負について色々気になるところがあった。

 

 

「この勝負ってさ、各教科で学年一位になった人が多いクラスの勝ちなんだよね」

 

「ああ」

 

「じゃあさ、A組とE組の生徒が同率一位になった時は引き分けってこと?」

 

「…………」

 

磯貝くんは黙ってしまった。

多分考慮してなかったんだろう。

 

「あと、他のB・C・Dクラスの生徒が一位を取った時は? これも引き分け? もし勝敗のカウントが2勝2敗1引き分けになったら命令権はどうなるの?」

 

「……悪い。そこまで考えてなかった」

 

 

「メールで聞いてみたら?多分向こうも5人揃ってると思うし」

 

磯貝くんはすぐにメールを送った。

返信も早かった。

1分もかかってない。

 

「『双方のクラスで同率1位となった教科は引き分けとする。他のクラスが一位となった場合も同様に引き分けとする。ただし、勝敗数が2勝2敗1引き分け、あるいは1勝1敗3引き分けとなった場合、引き分けの科目の点数の高い生徒が多いクラスを勝利とする。また、引き分け科目が同点数なら、互いに勝利した科目の点数を合計し、その合計点が高いクラスの勝利とする』」

 

磯貝くんはメールを読み上げた。

クラスのほとんどが聞いている。寺坂くんもここに集まっていた。いないのはカルマくんくらいだ。

 

「長いよ〜。結局どういうこと?」

 

「んー。つまり、どんな結果になっても勝敗はつけるってことだね。向こうは絶対に命令させたいみたい」

 

この勝ち負けをハッキリさせたいのは学秀の性格だ。内容はアイツが考えてるようだ。

反論というか、そのルール自体に難癖もつけられるけど、つけても大した意味ないし黙っておく。

 

 

「じゃあもう一個。同率一位が3人いて、その内訳がA組が一人、E組が二人という場合も引き分けになるの?それとも一位達成者の多いE組の勝利になるの?」

 

磯貝くんはメールを打ってくれた。

今度はさっきより返信が遅い。

みんなが、磯貝くんの携帯電話を注視している。

 

「なんでそんな細かいとこまで気にすんだよ。勝てば良いんだから、どっちでもいいじゃねぇか」

 

「一応の保険だよ。口八丁の詭弁で勝敗の議論を掻き回してくる奴は多いからね。特にA組みたいな自意識過剰な連中にはさ。だから、結果が出た後で惨めったらしくごねられる前に、曖昧な部分を潰しておく」

 

「そこまでする必要ある?」

 

「分からないよー。もしA組の誰かが家庭科のテストで一位取った時なんかに『五教科とは言ったが科目の設定はしていない。家庭科が五教科の中に含まれていると思っていた』って言われたらさ。寺坂くんならどう思う?」

 

「ブン殴りてぇ」

 

「でしょう」

 

「あ、返信きた」

 

「なんて?」

 

「『同率一位が3人以上存在し、かつその内訳が一方のクラスに偏っている場合は[五教科トップをより多く取った方が]という条件である以上、一位達成者が多いクラスの勝利となる』だってさ」

 

「ふーん」

 

「んで、これが何になるんだよ?」

 

「E組がやや不利になったくらい、かな?」

 

「えっ!不利なの?」

 

「ちょっとだけね。ホントにちょっとだけ……あ、一応さっきの話で、家庭科とか五教科に入れられると困るから、『五教科の科目は国・数・英・社・理の五科目』ってことも確認もしといてほしいな」

 

「分かった」

 

送って数秒で返信が来た。

 

「返信早っ」

 

「…………」

 

「なんて返ってきたの?」

 

「……『当たり前だろうが、そんなことも分からないほどのバカなのか?』」

 

「磯貝くんスマホパス」

 

磯貝くんのスマホを借りる。

スマホだから私のと勝手が違う。

 

『当たり前って曖昧な返答してんじゃねぇよ。明言せぬまま逃げ道残しておきたいのか?ビビってんのか?ガリ勉共が』

 

少し手間取ったけどできた。

すぐに送信。

 

磯貝くんにスマホを返した。

磯貝くんの手に渡ったと同時に着信音。

 

「『五教科は国・数・英・社・理の五科目だ。完膚なきまでに負かしてやるから覚悟しておけ』……四季、お前なんて送ったんだ?」

 

「ちょっと煽ってあげただけだよ」

 

そうこう話してるうちに殺せんせーが教室に入ってきた。

 

みんな解散して、ゾロゾロと自分たちの席に戻った。

今日もまた授業が始まる。

 

 

 

 



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しかし、斬ることでしか刃の斬れ味は測れない。


この話で、50話目となりました。
ここまで続けられてきたことに感謝をしております。

これからもよろしくお願いします。


期末テストは中間の時以上に重みのある戦いとなった。

 

殺せんせーとの賭け。

A組との賭け。

勝たなければならない理由が増えていくが、だからといって出来ることなど準備を万全にするくらいしかない。

 

気負ったところで、マイナスしかない。

だから、テスト前日は早めに寝た。

多分22時を回ってないくらいの時間だ。

そして起きた時には、ぐっすりと寝てたなと思えるほど頭が冴えていた。

 

時刻は7時前。

10時間近く寝てたことになる。

起き上がり、布団を片付ける。

顔を洗って寝癖を直す。

 

昨日の夕飯の残りを温める。炊飯器は朝7時に炊けるようにセットしておいたから、出来立てだ。

だから目玉焼きを作った。

この世で最も美味しい卵料理。

 

「いただきます」

 

一人きりの食事にももう慣れた。

だけど、いただきますもごちそうさまも欠かしたことはない。

 

命をいただく、という意識が常にある。

 

 

「ごちそうさま」

 

手を合わせて頭を下げる。

私の命になってくれてありがとう。

 

残ったご飯はおにぎりにする。

昼食用だ。

おかずはない。

正直いらないから用意しない。

 

弁当の用意ができたら、炊飯器の釜と一緒に食器を片付ける。

 

片付けたら、7時半になっていた。

いつも通りの時間だ。

パジャマから制服に着替える。

髪型は特にいじらない。

長かった時はいろいろ結んでたりしたけど、短くしてからそういうことをしなくなった。

 

面倒になった、というかモチベが湧かなくなったのだ。楽だなと思うだけだ。

 

歯を磨いて、荷物の最終確認。

テストの日の荷物なんて筆箱くらいだけど。

 

だいたいの準備が整った。

時刻は8時前。

これもだいたいいつも通り。

 

玄関でローファーを履く。

扉を開ける前に、振り返って部屋の方を見た。

 

 

「行ってきます」

 

誰もいない家だけど、これも欠かしたことはない。

『行ってきます』も。

『ただいま』も。

 

今でも私は言い続けている。

 

 

私は家を出た。

日差しの眩しさに、思わず顔を手で覆った。

 

「……テストが終われば、夏休みか」

 

もうすぐ中学最後の夏休みになる。

だけど。

 

私は全く嬉しくなかった。

 

 

ーーーーーー

 

 

テストは全員が本校舎で受ける決まりだ。

だから、教室でのHRが終わったらすぐに山を降りるハメになる。何のためにこのクソ暑い中旧校舎まで登校しなければならないのか、そしてなぜまたとんぼ帰りで山を降りなきゃならんのか。

 

少しイライラを感じながら山を降りた。

 

しかし、本校舎に入った途端そのイライラは霧散した。

 

「おおっ!!」

 

驚きのあまり結構大きい声が出た。

みんなが私の方を見る。

これは恥ずかしい。

 

「どしたの?」

 

「……いやー、クーラー効いてて涼しいなぁって。ビックリしたよ」

 

校舎の中は、外の暑さが嘘のように涼しい。

教室の中はともかく、廊下まで涼しいというのは凄い。

 

なんなんだこの贅沢な環境は。

他のクラスの連中はこんな最高の環境の中にいたのか。羨まし過ぎる。

 

ついつい立ち止まってしまった。

 

「四季、早く行こうよ」

 

凛香に促された。みんなはとっくにあてがわれた教室に入っていく。

 

私たちも最後に入った。

教室の中も冷房がちゃんと効いている

 

「教室も涼し……」

 

涼しいなぁ、と言おうとしたけど途中で口を噤んでしまった。

驚いたからだ。

 

だって、教室の中に明らかに知らない人がいたから。みんなその不審人物を注視している。だって髪型が明らかにカツラなんだもん。ピンク色の髪色がナチュラルな人種なんて見たことも聞いたこともない。

 

 

「……ねえ、誰、あれ?」

 

誰かが小声で尋ねた。

本人に聞かれないように。

けどクラスのみんなは何も答えない。

 

沈黙が続いたところで、私の後ろで誰かが答えた。

 

「律役だ」

 

そこにいたのは烏間先生だった。

疲れが滲み出た顔だった。

 

「律役? どういうことですか?」

 

「流石に人工知能にテストを受けさせることは許されなかったからな。ネット授業で律が教えた替え玉を使うことでなんとか決着した」

 

「ああ、律も生徒だからテスト受けなきゃいけないんですね」

 

人工知能にテストなんて受けさせたら100点満点なんて簡単に取れる。というか、問題が問題として機能しない。そんなのテストをする意味がない。

 

 

「交渉の時に、『大変だな、コイツも』と理事長に哀れみの目を向けられた俺の気持ちがキミらに分かるか?」

 

うわぁ。

まさに大人の社会。

上下関係が決まってる人たちのやり取り。

中学生の私たちじゃその苦労の1割も理解できてないのだろう。

 

ホントにお疲れ様です。

 

 

烏間先生は、ふぅーっと長く息を吐いた。

いろんな悪いものを吐き出すような、そんなため息だった。

 

すぐに、顔が引き締まる。

 

「律と合わせて俺からも伝えておこう、頑張れよ」

 

それを言うと烏間先生は去って行った。

あまり長くいるとカンニングの疑惑をかけられることもあり得る。E組はこういうことにも目の敵にされてるのだ。

 

私は自分の使う席の前まで移動する。

席順はE組の教室と同じだ。

だから、律役さんの席の位置は私の斜め前。

 

「…………」

 

席が近いからというわけではないけど、挨拶はしようと思った。知らない場所で、知らない人たちに囲まれて一人きり、その状況は辛いと思うから、少しでも和らいでくれるかもしれないから。

 

「初めまして。小野四季です」

 

声をかけると、彼女は驚いた顔でこちらを見上げる。

顔は似ても似つかない。

髪型だけはそれっぽくしてる。

 

 

「……おお。あなたが、四季さんダスか」

 

ダス?

どこの方便?

リアルで言う人いるんだ。

 

……いや、これはさすがに失礼過ぎるか。

 

 

「私のこと知ってるの?」

 

「本物の律さんから聞いたダス。とても頼りになる方だと」

 

「あら。そんな風に言われてたとは……」

 

律の私に対する評価はやたら高い。

変なこと、というか大袈裟なこと言われてなければいいけど。

 

「律から勉強を教わったんだって?」

 

「ええ、とても分かりやすくて……だから私の成績がどれだけ上がったのか、それを試せるのが楽しみでもあるダス」

 

律役さんの口調は朗らかだ。

思ってたより彼女のモチベは高い。私たちと同じ暗殺教室のメンバーではないけれど、このテストに向けてる気持ちは同じくらいある。

 

頼りになる仲間だ。

 

 

「……そうだ、なんて呼べばいいかな?」

 

「そうダスね。にせ律と呼んでいただければ」

 

偽律?

自虐ネタ?

真顔だけど。

ここ、笑うとこなの?

マジで分からない。

 

「下の名前が仁瀬と言うのダス。ゆえににせ律が相応しいダス」

 

「ああ、なるほど」

 

 

私はにせ律さんに手を差し出した。

彼女はその手を驚いた顔で見ていた。

けど、その手をすぐに握ってくれた。

 

「これからよろしくね。にせ律さん」

 

私は笑って、そう言った。

彼女も笑っていた。

この一年、一緒に戦ってくれる仲間の手は頼もしい。

 

ちょうどその時に、テスト監督の先生が教室に入ってきた。

私は自分の席に着く。

 

テスト監督がいつものように注意事項の確認と不正行為の禁止徹底を呼びかける。期末テストだろうが、全国模試だろうが同じことを繰り返し言ってる。今日一日で期末テストの主要5教科を行い、明日に家庭科や保健体育など副教科のテストを行うのだが、一科目ずつそれを繰り返すのだから聞かされる身にもなってほしい。言ってる先生方も、同じことを毎度毎度繰り返し言うのは面倒だろうけど。

 

全て言い終わって、テスト監督がまず解答用紙を配り始めた。

その用紙を奥田さんから受け取る。

 

 

 

さあ。

開戦だ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅー」

 

 

解答用紙が配られている時、私は深く息を吐いた。

心臓の鼓動を落ち着かせる。

波立つ思考を落ち着かせる。

静かに、緩やかに。

ひたすら力を抜く。

 

一本の直線を思い浮かべる。

そこには揺らぎもでこぼこもない。

 

ただただ静かに。

 

「始めっ」

 

テスト監督の言葉とともにチャイムが鳴った。

私は、問題用紙を表に向けた。

 

 

一限目のテストは、英語。

 

発音・アクセント

異義語と同義語の間違い探し。

英英翻訳による空欄穴埋め。

語句整序。

和訳と英訳。

英作文。

 

長文読解が二問。

一問目は評論文。

environmental destruction、biodiversity、ecosystem……

 

よくある環境保全を訴えるだけの焼き回しされた文章。オチはいつも同じで『〜を考えねばならない』で締められていて、なんの解決策も提示されていない。

簡単ではないけど難問でもない。

いたって標準的な難易度。

 

最後の長文を読み始めると、見たことあるし読んだことある文章だとすぐ気付いた。この一文一文の雑な感じは覚えがある。

 

あれだ。

殺せんせーが薦めてきた本だ。

『The Catcher in the Rye』

日本語訳も結構前に読んだことあるから、ストーリーはだいたい頭に入っていて、だから英文でもなんとか読めれた一冊だ。

ただ、文章は引用されながらも、設問そのものは創作。知っていることは有利になっても絶対ではない、問題としては素晴らしい塩梅に仕上げている。

 

これが一番難しい。

何度か回答は書き直した。

全問答えを書き切ると、残り時間はあと2分弱だった。

かなり際どい。

見直しの時間は充分になく、8割ほどしか見直しできずにチャイムが鳴った。

 

「やめっ!」

 

解答用紙が回収される。

大きく息を吐く。

 

中間の時よりずっと難しい。

そしてきっと、英語だけではなく全教科難しくなっているのだろう。

 

私は目線を上げずに、ずっと机の上を見ている。

 

集中を切らさないように。

次のテストのことも考えない。

ただただ、何も乗っていない机を見続ける。

 

10分の休憩もあっという間に過ぎたようで、次のテストが始まった。

 

 

二限目は理科。

 

問題文を見るに配点は、化学4割、物理3割、生物3割といったバランスだ。

どの分野でも選択の小問から説明や計算の大問まで目白押しだった。

 

けれど、理科のテストにおける説明は理由が理由として成立する部分をきちんと明確に回答すれば点は入る。計算問題も不思議なことに答えは必ずすわりの良い数字になる。

 

山場の大問そのものに苦戦はほとんどしなかった。私にとって分かれ目になったのは暗記を問われた小問だ。正直自信がない回答が二問あった。

その他の設問は見直しに見直しを重ねたから落とすようなことはない。

 

はず。

 

 

次は社会。

始まる前では一番の難関だと思ったが、問題用紙を見通すと予想以上に公民分野からの出題が多く、歴史分野は問題数が少なくされていた。

これは非常にラッキィだった。

対策は十全にしたとはいえ、出なければ出ないに越したことはない。

 

無論公民も固有名詞の暗記が必須だけれど、時代が現代ゆえに歴史と比べて正しいイメージがしやすい。イメージや感覚で捉えられればほとんど暗記漏れは起こさない。

テスト前は悲観的に観ていた分、テスト中はかなり自信があった。

これは落差ゆえの錯覚かもしれないけれど、手応えはたしかにある。

 

 

次は国語。

こちらは現代国語と古典の出題が半々だったが、設問の難易度は現代国語の方が優っている。

これも有難い。

評論読解や手記の読解に比べると、私の古文の翻訳は正確性が劣る。

といっても、古文も細かいとこまで設問で突かれたし、現代国語も相当難しかった。文字数が制限内に収まらず苦労したし、要旨も非常に取りづらかった。

 

この4教科の中で、国語のテストが一番時間が短く感じた。

 

 

チャイムが鳴って、解答用紙が回収される。

 

 

「……ふぅ」

 

一息ついて思ったのは、久しぶりに呼吸を意識したということ。テスト中は、なんだか泳いでるみたいな感覚だった。次々と目に映る問題たちをただ静かにいなしていくような感覚。

 

次のテストの前に昼休みを挟む。

 

お弁当を用意したけれど、食欲がない。

食べる気にならない。

なにか食べてしまったら、この集中の糸も切れてしまいそうだった。

 

ただぼっーと、背もたれに身体をあずけて天井を見た。

天井につけられたエアコンがある。

 

ウィンウィンと動作音がかすかに聞こえる。

意識を向けるまで全く聞こえなかった音だ。

 

「…………」

 

鼓動も静かで、呼吸も落ち着いている。

 

 

 

「四季ちゃん、余裕だねー」

 

隣の席のカルマくんから話しかけられる。

甘い香りが漂ってくる。

多分食べてるのはチョコレートだ。

 

「……余裕なんて無いよぅ、死に物狂いだ。今回やたら難しいからねぇ」

 

私は彼の方を見ない。

天井を向きっぱなしだ。

 

 

「ただ、本気で挑むのは、全力を出すのは、楽しくて、清々しい」

 

そう言うと、自分の身体が熱くなってるのが分かった。

昂ぶってたのだ。

不意に口元を触ると、頰が緩んでいることにも気付く。

 

 

「……ふーん」

 

カルマくんのその反応は、なんだかつまらなさそうだった。

顔を見なくても、よく分かるほどに。

 

 

 

 





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鋭い刃ほど容易く欠ける。斬れ味に再現性の保障はない。

テストの日から土日を挟んだ次の週。

この週の前半で一学期は終わりだ。テストの返却と終業式、あと通知表を受け取るくらいしかイベントがない。期末テストという大きな山場を超えたからか、それとも夏休みを目前にしているからか、通学路を行き交う生徒たちの表情は明るかった。

 

どいつもこいつも、無邪気にはしゃいでいる。

テストの結果もまだ出てないというのに、能天気な奴らだ。

 

でも。

去年までの私なんか、テスト前だろうがテスト後だろうが遊ぶことしか考えてなかったわけで、ここにいる生徒たちと比べれば当時の勉強時間なんて半分もないかもしれない。

 

逆に言えば、今の私は去年の私より5倍くらい勉強してるとも言える。こんなに努力したのは初めてだ。

後から振り返ればよくやったなと思うけれど、渦中の間は別に大それたことをしてるという感覚もない。

 

階段を上るようなものだ。

一段一段上る苦労なんてほとんどない。苦労とさえ認識してない。ただ、後ろを向いて登った道を確認すると、気づかぬうちにとんでもない高さまで辿り着いてきたと分かる。

そこで初めて自分の苦労を認識する。

最初から上を見てしまうと、先の見えない段の長さに絶望してしまう。だから見るのは今登ろうとしている段だけで充分なのだ。

 

歩いていれば、いつかたどり着く。

きっと。

どこかに。

 

 

そんなことを考えてたら、いつの間にかE組の校舎まで来ていた。この山道の登下校も、夏休みになれば無くなってしまう。

 

そう思うと、少しさみしい。

 

 

教室に入ると結構みんな揃っていた。

磯貝くんの席に集まっている。

 

 

「あ、四季ちゃんおはよー」

 

「おはよ」

 

「珍しいわね。今日はいつもより遅い気がする」

 

「うん。なんか電車遅れててね。何か集まってるの?」

 

「ちょっと暗殺計画を立ててるんだ。四季も意見出してくれないか?」

 

暗殺計画?

興味が出て顔を出してみる。

 

「どんな計画なの?」

 

「期末テストの賭けの勝利報酬、先生の触手破壊の権利はここで使った方がいいんじゃないかって」

 

磯貝くんの机の上には、この学校の案内パンフレットがあった。入学を希望する小学生やその保護者向けの冊子だ。

 

そのパンフはあるページに開かれている。

 

「なるほどね」

 

「他の具体的なことはまだ何も決まってないけど」

 

「四季さんはどう思う?」

 

「良いと思うよ。あそこの方が殺せんせーの苦手な水場多いし。不慣れな土地の方が効果出るし」

 

現状、触手がどれだけ破壊できるか分からないし、A組との賭けに勝てているのかも分からないけれど、その発想はとても有意義だと思う。

 

「詳しい計画を立てるのは、テストの結果次第だけどな」

 

「うんうん。四季ちゃんにかかってるからねー」

 

「えっ?私?」

 

「だって、五教科総合一位を狙えるのって四季ちゃんとカルマくんくらいじゃん」

 

「みんな期待してんだからね」

 

おおう。

マジか。

今回勝ててるかかなり微妙なんだけど。

 

それからみんなとワイワイ話してたら、殺せんせーが扉を開けて教室に入ってきた。先生の手にはそこそこ厚みのある茶封筒が複数個。テスト返却と結果が返ってくる。

 

「さて皆さん。全教科の採点が届きましたよ」

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

結果から言うと。

A組との5教科勝負は、3勝2敗で勝利した。

 

学年一位を取った科目は、英語・社会・理科の三科目。中村さん、磯貝くん、奥田さんが見事勝利を勝ち取った。

一方、国語と数学のE組内1位は私だったけど、学年一位を取った学秀に負けてしまった。

その両科目100点満点という他を圧倒する結果を出したのだ。

 

今回私は100点を一つも取れていない。

だから五教科総合でも学秀には負けてしまった。クラス対決は勝利したとはいえ、私の中では嬉しさは今ひとつだった。

 

本気で挑んだ。

全力を出した

それでも、勝てなかった。

 

まだ足りない。

まだ及ばない。

私が燻っている間に広がった学秀との差は、私が思っている以上に大きいようだ。

 

いや。

アイツと互角と思ったことなんて、ただの一度も無いけれど。

 

 

「おうおう。やっと来やがったぜ、生徒会長サマがよぉー」

 

本校舎の体育館前の通路脇で寺坂くんが声をあげた。本来E組は本校舎の立ち入りを禁じられているけれど、今から行われる終業式のために、私たちは早めに集まっていた。

 

寺坂くんたちの前には学秀たちがいる。

 

あれが五英傑か。

初めて見る顔の方がやっぱ多い。

 

 

「何か用かな。式の準備でE組に構ってる余裕なんて無いんだけど」

 

「待て待て、何か忘れてんじゃねーのか?」

 

学秀が足早に通り過ぎようとしたところ、寺坂くんがその肩を掴む。掴まなくても、E組のみんなが阻むように立っているから通り抜けはできない。

 

私は少し離れたところで、その様子を見ている。

 

「浅野。賭けてたよな、勝った方が好きなものを一つ要求できるって。さっきメールで送ったけど、あれで構わないよな?」

 

その一言に学部をはじめ、五英傑の全員の顔が歪む。負けたことに相当なショックを受けているのがよく分かる。

 

「五教科勝負を持ち出したのはテメェらだ。まさか、今になって冗談とか言わねぇよな?なんならよ、五教科の科目に家庭科とか入れてやってもいいぜ。ま、それでも勝つけどな」

 

 

一方で、寺坂くんたちの顔は得意げだ。彼ら4人は今回の家庭科テスト100点を取り、4人同率1位という結果を出していた。

 

よくやるなぁ、と正直思った。

ちなみに、私の家庭科テストは93点で学年7位。

 

 

「負け犬に口無しだ。好きにしろ」

 

 

学秀は斬り捨てるように言った。

険しい顔といい、一番の屈辱を感じているようだった。

 

学年総合1位。

五教科科目一位の二冠。

 

賭けでは勝ったとはいえ、期末テストの結果はE組は誰にも学秀に勝ててない。

 

それでも、並々ならぬ敗北感を味わっている。

 

 

「…………」

 

彼らが私たちの横を通り過ぎていく。

一瞬、私と目が合った気がしたけど、学秀は何も言わなかった。

 

私たちも体育館の中に入る。

賭けで勝とうが、E組のペナルティなんかは無くなってはいない。

 

私たちは他の生徒たちに先んじて並ぶ。

 

 

 

「四季せんぱーいっ!」

 

なんだなんだ。

結構大き目な声で呼ばれたな。

体育館全体に響くくらいに。

 

と思って周りを見渡したら、女子生徒が一人こっちに近づいてきた。

 

「四季先輩っ!お久しぶりですっ!

 

160cmくらいの高めな身長。

赤みがかったウェーブの効いた長髪。

しば犬の赤ちゃんみたいなタレ目。

 

覚えがある。

というか、その姿を見て思い出した。

 

「……あ。ひょっとして、覚えて無い、ですか?」

 

 

さっきまでキラキラしてたのに、その輝きが急に失われてしまった。笑顔が急に真顔になる。テンションの落差が激しい。

 

「覚えてるよ。さゆちゃん」

 

 

そう言うと、さゆちゃんーー『櫨小百合《はじ さゆり》』の顔はパアッと明るくなる。

 

本当に犬みたいだなぁ、と思った。

 

櫨小百合。

私の1つ下の学年で。

吹奏楽部の後輩。

 

私と同じ楽器を担当してたから一緒に練習したり、アドバイスもあげてた。下級生の中では一番関わっていた子だ。

 

こんな感じで、よくひっついていた気がする。

 

 

「あれから、私も本気で努力して、かなり上達したんですからね!そりゃあ……先輩には、まだ劣るけど……」

 

喋っているうちに、コロコロと表情が変わる。明るくなったり、落ち込んだり、笑ったり、嘆いたりと目まぐるしい。

 

そう。

こんな子だった。

 

 

「さゆちゃんもあれから頑張ったんだねぇ」

 

「みんな頑張ったんですよ!フウもサクもミノリも、私たちの代のみんな!!」

 

「そっか」

 

「今年の都予選も今週末なんです。見に来てくれませんか?」

 

「いや、それはちょっと……」

 

行きづらい。

私とタメの奴らと顔合わすのが辛い。途中でドロップアウトした私がノコノコ顔を出すのは、ハードルが高過ぎる。

 

 

「待ってますからねぇっ!!」

 

 

私の返答を待たずにさゆちゃんは離れて行った。もうすぐ式が始まるみたいで、体育館前には学秀の他生徒会の連中が集まっている。

 

 

ちゃんと断ればよかったかなぁ。

式が始まった後でも、私の心の中はそのことでずっと葛藤していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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けれど、磨き抜いた刃の美しさは人々を魅了する。

 

 

 

 

 

終業式はつつがなく終わる。

つつがなく終わったが、いつも通りにとはいかなかった。

 

式や会ではE組がいびられることが常。

私たちE組を罵倒することで他の生徒たちのやる気を上げさせるのだが、校長や他教員がどんなことを言っても体育館の空気は張り詰めたままだった。

この期末テストでE組がA組と五教科のトップ争いをしたのもそうだし、総合順位50位以内のほとんども、AとEで独占してしまったからだ。

 

A組の中でも50位以内から弾かれた奴は少なくないし、エリートたちであるはずのB・C・D組なんて、ほとんどの奴らがE組に負けてるから立つ瀬がない。

 

そんな状況で、自分らより上に立たれたE組をバカにできる奴はいない。どいつもこいつも下唇噛んで悔しそうにE組の方を睨むくらいだ。

 

はいはい。

がんばれがんばれ。

 

 

式が終わった後も、E組に向けられる視線は変わらない。1・2年生はほとんど体育館から出て行ったけど、3年はハケが悪い。結構な数が残ってる。

 

さっさと戻れよ。

 

「これで一学期も終わりだねー」

 

「夏休みだ〜」

 

「『島』が楽しみだね」

 

E組のみんなも夏休みを目前に浮かれまくっている。賭けで勝ち取った『島』のこともあるから、気持ちは分からないでもない。暗殺計画も立てないといけないし。

 

 

みんなと一緒に、私も体育館から出ようとする。

 

「四季。お前は残れ」

 

ちょうど出入り口まで差し掛かったところで、後ろから声をかけられた。

そこには学秀がいる。

睨むような目だが、これは平常時の顔だ。

 

 

「残れって何?」

 

「式の片付けがある。手伝え」

 

「なんで私?」

 

「式前に大声で無駄話をするなど他の生徒たちにも迷惑でしかない。その罰だ」

 

そう言って、学秀は踵を返した。壇上へと登り作業している集団に加わる。私の動向など見ようとしない。

 

見届けるまでもない、ということなのか。

 

「……ちょっと、行ってくるね」

 

「え?」

 

「別に言うこと聞く必要なくない?」

 

「四季ちゃんに対するA組の連中のやっかみでしょ?無視しなよ」

 

「それは無いでしょ。他の奴ならともかく、私は学秀に負けてるわけだし」

 

 

みんなは先に戻ってて。

 

 

そう言い残して、私は学秀の後を追った。

 

壇上では、体育館に吊り上げられてた『終業式』の看板を外そうとしている。それを片付けたり、壇上の演台をどかしたりしてる。

 

どれも力仕事だ。

私が役に立ちそうなことがない。

 

 

学秀は壇上の袖にいた。

 

「私何すればいいの?」

 

「マイクを片付けろ」

 

「それ、私である必要ある?」

 

「…………」

 

「はいはい分かったよ」

 

私は壇上の中央にある脚付きのマイクを持ち上げる。

 

「どこ持ってけばいい?」

 

「体育館袖の音響室だ」

 

体育館の袖裏に入る。

少し進んだ所に小さな小部屋があって、そこが音響室だ。

 

 

入ると少し埃っぽい。狭いし、こういう会以外にほとんど使われないからこうなるのはしょうがない。

 

脚部は邪魔にならないように部屋の隅に置いて、マイクはまとまって保管されてたからそこに置いた。

 

片付けてたら、後ろのドアが開く音がした。

振り返ると、学秀がドアにもたれかかるようにして立っていた。

 

顔は不服そうというか、不機嫌そう。

 

 

「何怒ってんのさ」

 

「怒ってない。怒る理由も意味もない」

 

「その言い方がもう怒ってんじゃん」

 

「…………」

 

「学校に戻った時、何も言わなかったことに怒ってるの?」

 

「そんなことで怒るものか」

 

「じゃあ、なんで?」

 

「……E組の連中と随分仲が良さそうだな」

 

「は? そんなことで?」

 

「付き合う相手は選んだ方がいい」

 

「ふーん。E組のみんなとは付き合わない方が良いってこと?」

 

「そうだ。E組はお前がいるべき環境ではない」

 

「でも、E組じゃなきゃ学秀と張り合えるくらいの結果なんて出せなかったよ。それに、他のみんなもA組と戦えるだけの成績を出したじゃない」

 

「そんなのは一時的なものだ」

 

「本当にそう思ってる?」

 

学秀はそこで黙ってしまう。

私からも目を逸らした。

 

認めてはいるんだろう。

受け入れるのに少し時間がかかるだけで。

 

 

「何か言いたいことがあるんじゃないの?だから、私一人呼び出したんじゃないの?」

 

「……ああ。そうだ」

 

「言ってごらんよ」

 

学秀は少し間を置いて言った。

 

「四季、A組に来い」

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

一方その頃。

 

終業式が終わったE組の生徒たちは、山を登り旧校舎の教室に戻りつつあった。

 

昇降口の前で殺せんせーが生徒たちを出迎えている。

 

「おお、みなさんおかえりなさい。終業式はどうでしたか?」

 

「E組以外はお通夜だったよねー」

 

「ねー」

 

「いつものE組いじりも受けが悪かったし」

 

「やっぱ期末で結果出したのが効いてたよ」

 

「ほんと、堂々と集会に出れたのって初めてだよ」

 

 

生徒たちの顔色は明るい。

それもそのはずで、今までの集まりでは、ひたすら罵倒され、笑いものにされ、ただそれに耐えるだけの時間だったのだ。そんなものを好き好んで受ける人間なんていない。

 

しかし、今回の集会では、皆が俯くことなく、前を向いていられた。そのことは生徒全員にとって、とても清々しいものだったようだ。

 

「ヌルフフフ。それはみなさん何よりです。では、一学期最後のHRを始めましょうかね」

 

殺せんせーもまた、生徒たちの反応を見て嬉しそうに言う。教室へと入っていく殺せんせーに、生徒たちも続いていった。

 

生徒たちが、一人また一人と自分の席に着いていく中で、殺せんせーはあることに気づいた。

 

「おや?四季さんがいませんね。どうしたんですか?」

 

 

教室の最後列の1つの空席。

小野四季の席だ。

 

 

「四季さん、式の片付けを手伝わされてるのよ」

 

「浅野に無理やり因縁つけられてたな」

 

「四季さんのせいじゃないのにね」

 

先程の四季と浅野のやり取りは、生徒たちも思うところがあったようで、不平不満が口々に出てくる。

 

「にゅや? 何があったのです?」

 

「終業式の前に、四季は後輩の子と喋っててたんです。それで、周りの生徒たちに迷惑かけたんだから、片付けを手伝えって」

 

「むむ。そうでしたか。それにしても、下級生に話しかけられるとは珍しいですね」

 

他クラス、他学年の生徒が、E組の生徒と関わりを持とうとする場合、悪意を持って行う者しか存在しない。E組というラベルが差別の対象である以上、対等な関わりを持とうとすること自体ありえないのである。

 

E組と対等ということは、基本的に、自らが大多数と比べて劣っていることを示してしまうのだから。

 

 

「四季さんならそうでもないのよ」

 

「あの子部活の後輩でしょ?だったらね」

 

「四季ちゃん有名人だもん」

 

「すごい結果出してるしね」

 

「……渚。四季さんって、そんなに有名なの?」

 

ほとんどの生徒が異口同音に納得しているのに対し、窓際の席の茅野だけがピンと来てないようだった。茅野自身、四季にはクラスの中でも一目置くくらい凄さを感じているけれど、『有名』という評価が気になったらしい。

 

「有名だよ。だって、全国大会にも出場したからね」

 

「へ? 全国?」

 

「うん。しかも一年生の時。アンサブルコンテストのメンバーに選ばれて。都予選も都本戦金賞で駆け上がったから。それはもうスターだったよ」

 

潮田渚はとても嬉しそうに、そして誇らしげに語る。同じ吹奏楽部員だからこそ、四季の技術もその才能も目の当たりにしてきたのだろう。吹奏楽においての四季の凄まじさを、このE組の中で最も理解している一人である。

 

 

「……四季さんって、そんな凄かったんだ」

 

 

「全国大会って、ウチの学校では初めてって言ってなかったか?」

 

「言ってた。わざわざ壮行会も開いたしね」

 

 

「全国大会では銀賞だったけど、それでも四季さんにはスカウトの人も来てたし、二年生になってからもかなり注目されてたからね」

 

スカウト、という単語で教室が少しざわめいた。その事実を知らなかった生徒も少なくないようだ。

 

 

 

「なるほど。同じ部活動の中に、そんな先輩がいたら……まさに憧れの的でスターというわけですか。声をかける生徒も出てくるわけですね。たとえE組であっても」

 

「その上で、期末テスト学年2位だからね」

 

「1位の浅野とも二点差で接戦、3位とは八点差で圧倒。E組とは思えないくらいの凄い結果だよな」

 

「っていうか、A組の中でもそんなん出せる奴いねぇよ」

 

「部活は全国クラス。勉強も全国模試一位と張れる実力。そりゃあファンもできるよなぁ」

 

「一方で、俺らには特にお声がけはなし……」

 

 

生徒の皆が、四季の圧倒的な成果を挙げていき、その都度ため息をつく。

 

別に四季本人にしてみれば、指摘されても気付かないようなことだが、E組の彼らにしてみれば、全てが次元の違うものにしか見えないようだ。いつもすぐ近くにいるからこそ、小野四季という傑物の凄まじさがこれまで見えなかったようだ。

 

今回の期末テストでも同じだ。

E組の中で科目別一位を取れた生徒は3人いたが、その生徒たち全員、その科目以外ではトップ争いにすら参加できていない。

 

唯一四季だけが、五教科総合を含めて全ての科目でトップの座を争った。その結果の、総合2位。飛び抜けた成績である。

 

 

 

「まあまあみなさん。これから出す成果次第では、四季さん個人ではなく、E組そのものの評価も変わってきますよ。今回はそのための第一歩となったんです。十分に素晴らしい成果です」

 

 

「だといいけど」

 

皆先程と比べて元気がない。

自分の出した成果を四季のと比べてしまい、自信や達成感が削がれてしまったのかもしれない。

 

 

「にしても、四季さん遅いですね。片付けってそんなに時間がかかるものでしょうか?」

 

「うーん。呼び出したのが浅野くんだから……ひょっとして」

 

「あっ、桃花ちゃんも思った?」

 

「ひなちゃんも?やっぱりあの噂って……」

 

女子二人がなにかを察したようで、会話が弾んでいく。

 

「噂、ですか?」

 

「うん。四季ちゃんって浅野くんと付き合ってるって」

 

その発言で、教室の空気が一変した。

特に、殺せんせーの雰囲気が変わる。

 

「それ、俺も聞いたことある」

 

「俺も」

 

「私も」

 

女子二人に追随して手を挙げる者はそこそこいた。噂は結構広まっていたようだ。

 

 

「本当ですかっ!?その噂!!」

 

「うわ、食いつきハンパない」

 

「いつ頃の話ですか!? 付き合ってどのくらい!? デートの情報は!?」

 

殺せんせーはいつのまにか、触手にメモ帳とペンをいくつも握っている。興奮して顔が赤みを帯びながら、ペンが肉眼では見えないほどの速さで動かしている。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

その必死さに、E組の生徒一同は引いていた。

 

 

 

「生徒の恋愛事情を網羅しておくのは担任の務め! さあ!みなさん情報をくださいっ!!」

 

そんな生徒たちのと心の距離がみるみる開いていくのにも気にせず、殺せんせーはヒートアップしていく。興奮のあまり、殺せんせーの口から唾液が垂れそうになっていた。醜い笑みがこぼれていた。

 

 

「いつも飄々としてる四季さんが、恋人の前ではどれだけ骨抜きになるのかっ!楽しみで仕方ありま……」

 

 

 

「私が、なんだって?」

 

 

 

いつのまにか。

四季は教室の中に入っていた。教室後方の扉にもたれかかるようにして教室全体、特に殺せんせーを見ている。

 

その目はとても冷ややかで、殺せんせーはその視線に気付いて、身体も触手もピタリと動かなくなった。

 

赤かった顔がみるみる青白くなっていく。

 

「……あ、あの、四季さん」

 

「んー? なに?」

 

「いや、その……すみませんでした」

 

殺せんせーの声は先程の興奮が嘘のように弱々しい。頭を深々と下げて、さらに下げて、最後には土下座まで至った。

 

それを見て、四季は興味無さそうに視線を逸らして席に着く。

 

席に着いても、殺せんせーは土下座はやめない。おそらく、四季が何か言わない限り続けるつもりだ。

 

 

「……言っとくけど、その噂ガセだからね。学秀とは付き合ってないから」

 

「……そうでしたか。すみません」

 

四季その一言で、殺せんせーは頭を上げた。

その顔には営業スマイルが張り付いている。どうにかして許してもらおうとする狡い思惑が見て取れた。

 

四季も四季で、笑顔で言葉を続ける。

 

 

 

 

 

「うん。だって、私フラれたし」

 

 

「「「えっ!!??」」」

 

 

殺せんせーのみならず、クラス全員の驚愕の声が教室を揺らした。

 

 

教室の外では、セミが五月蠅いほどけたたましく鳴いていた。

 

 

ーーーーーーー

 

 



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閑話・この刃は、何を斬るためにあるのだろう?

一学期編、これにて終了です。
本当に長かった。

今回もよろしくお願いします。



終業式も最後のホームルームも終わった。

通知表を二枚も受け取り、あとは帰路に就くだけ。

 

みんながそうやって帰っていく中、私は一人、裏山へと入っていく。

 

陽射しは遮られているが、周りの木々から蝉の鳴き声が襲いかかる。そんな中を歩き続け、1分ほどでプールに着いた。

 

先日、イトナくんとシロの暗殺計画によって爆破され、メチャクチャになったプールだが、今ではその跡はどこにもない。殺せんせーが全て元通りに直し、今では水も張られて使えるようになっている。

 

私はそのプールに沿うように歩き、堰の部分まで進む。

 

そのまま止まらずに、堰の地点から下流に向かった。水の流れはほとんどない。あの時とは大違いだ。

 

 

「…………」

 

岩場の道を数分歩くと、そこに着いた。

せり出した崖になった部分と、その下に広がる岩場だ。

 

「ずいぶん様子が違うな」

 

この前のような水の流れは無い。

ほとんど枯れていて、ただの岩と砂利の広場になっている。

 

 

あの日。

イトナくんが殺せんせーに暗殺を挑んだ場所。

そして。

私がイトナくんに暗殺を挑んだ場所だ。

 

私は崖から迂回して、下の水場へと降りていく。途中で、私が殺せんせーに助けられて引っかかってた草むらも通った。片岡さんの助けを借りて進んだ道も、なんとなく分かった。

 

 

あの日のことは、

今でも、

鮮明に覚えている。

目を瞑れば、その時の光景が思い返せるほどに。

 

水場まで近づく。

近くの岩場に鞄を置いた。

そのまま、あの日川になっていた場所に入っていく。

 

そのまま進んで、ある所で止まる。

 

「…………」

 

そこは。

あの日私が川へ降り立ったところ。

着地の衝撃に耐えられなくて、思わず四つん這いになった場所だ。

 

だけど。

 

「あーあ。あの時と全然違うなぁ」

 

 

私は周囲を見渡した。

イトナくんが立っていた場所。

シロが立っていた場所。

殺せんせーが立っていた場所。

 

その全てを覚えているけど、今のこの場所で、その時の位置を投影すると違和感しかない。やっぱり下が川で、足が水に浸かっていたという状況じゃないと難しい。

 

 

 

「これじゃあ、無駄足かも……」

 

私がここに来た理由は、あの日を再現したかったからだ。

 

 

あの日、私が実行したあの暗殺。

あれが、どうしても忘れられない。

なにがなんでも、ものにしたい。

 

あの動きも思い出せるはずなのに、どうやって身体を動かしたのか、それがちっとも分からなかった。思い返しながらナイフを振っても、疾さも精度も天と地ほどの差があった。

 

 

だから、ここに来れば何か掴めるかもしれない。同じ状況になれば、少しは思い出せるかもしれない。

 

そう思ってここに来た。

ここに、来たのに。

 

 

「…………」

 

あの時と同じ場所に立っても何も思い出せない。

きっかけも、その片鱗さえも、何も感じない。

 

真上から降り注ぐ陽射しにを受けて汗が垂れる。

 

 

だけど。

 

「……とりあえず、やってみるか」

 

あの日イトナくんが立っていた位置まで移動する。

歩数にして12歩。

歩けば約6秒。

走れば3秒弱。

 

この距離を、私はどうやって移動したのか。

自分がやったことのはずなのに、全く分からない。私の感覚では、いきなりイトナくんの顔が接近した、というものだ。もちろん近づいたのは私のはずなのに。

あの時の私は、脚を、身体を、どう動かしたのだろう?

 

しかもだ。

あの時は、足首まで水に浸かっていて。

裸足で。

その上、溺れた直後で。

今よりもずっと悪い、最悪なコンディションだったはずなのに。

 

 

「…………」

 

一旦、思考を切り替える。

用意していたナイフを握りしめた。

あの時、イトナくんに放ったナイフの三連撃。

 

思い出す。

 

 

奇襲の一撃目。

イトナくんに近づく時に右半身を引いての半身の体勢。引いた右半身でタメを作って、右手を最大の力で突き出した。引き絞った弓から放たれた矢のように、ナイフを真っ直ぐにイトナくんの触手の一本を切り落とした。

 

隙を抉る二撃目。

突き出した右手のナイフを一瞬で逆手に持ち替える。右手の肘を折り曲げて、そこを支点にナイフを今度は突き下ろすように振るう。2本目の触手も落とした。

イトナくんからは、反撃どころか、抵抗も無かった。

 

トドメの三撃目。

ナイフに意識を向けたターゲットにノーマークのはずの左手で、相手の態勢と意識に隙を作る。背中から服を引っ張っての重心の崩し。これは覚えがある。渚くんが鷹岡先生にやっていたそれと同じだ。あの時の私は、あれを真似したようだ。イトナくんも思い通りに動いてくれた。背中から倒れていくイトナくんにしがみついて、私も一緒に倒れる。

その間に、右腕を振り上げてナイフの切っ先をイトナくんに向けて振り下ろす。

 

 

その途中で、私はナイフを手放したわけだが。

 

 

 

今同じことをやろうとしても、全く再現できない。スピードもパワーも、鋭さもない。動きに無駄が多過ぎるのだ。流れるようなあの動きとは比べられない。

 

スピードを落として、ゆっくりやってみても、全然ダメ。身体が動きについていけなくて、途中でナイフを落としてしまう。

 

ナイフが落ちて、何度目か。

ナイフを拾うこともできず、そのまましゃがみこんだ。

 

流石に疲れた。

太陽燦々の屋外で、ずっと暗殺の訓練はキツイ。熱中症になる。

 

休憩しよう。

カバンのとこまで戻ろうと振り返った。

 

「……うわ」

 

振り返って、おどろいた。

私のカバンが置いてある岩場のとこに、人影があったからだ。

そこにいたのはビッチ先生だった。

 

私は、とりあえず水が飲みたくてカバンのとこまで戻る。

 

 

「こんなクソ暑い日に何してるの、四季」

 

私が水を飲んでいる時に、ビッチ先生が話しかけてくる。呆れたような目たった。

 

 

「……ビッチ先生こそ、ここで、何してるんです?」

 

「あんたが山ん中入ってくのが見えたから、気になってついてったのよ。ほかの連中はみーんな嬉しそうに帰ってるっていうのに」

 

「じゃあ、最初からずっと見てたわけですね。黙ってなくて、声かけてくれればよかったのに」

 

「あんたの秘密でも握れるのかと思って忍んでたのよ」

 

岩場はちょうど日陰になっていた。

日陰といっても、今日は風があんまり無いから涼しいというわけではない。日向よりマシというくらいだ。

 

 

「暗殺の訓練、だったみたいね」

 

ビッチ先生の口調は、真剣だった。

 

「わざわざこの場所でやるってことは、イトナって子を追い詰めた暗殺かしら。桃花や陽菜乃から聞いたわ。凄かったらしいわね」

 

 

「訓練なんて大したものじゃないです。ただの……悪あがきですよ」

 

悪あがき。

自分で言って妙に納得してしまった。

最初から、そうなることが分かってたかのように。

 

「悪あがき、ねぇ」

 

「ビッチ先生は経験ないですか? 自分の実力以上の結果を出したこと。自分の身体じゃないみたいな浮遊感があって、どんな凄いパフォーマンス出しても、何も思わない他人事感とか」

 

「そんなの一度もないわ」

 

「そうですか」

 

 

プロとしての経験を聞いたつもりだったけど、一刀両断に否定された。暗殺の途中で自分の身に危険が迫る状況なんて、いくらでもありそうなのに。

 

ビッチ先生は、まるで、私の思考を読み取ったかのように、口を開いた。

 

 

「……仕事で自分の命に危険が迫った時、私なら戦う選択はしない。絶対にしない。状況を俯瞰し、冷静に戦略を組み立てる。それ以外に自分を守れる術なんて存在しないから。無闇に戦うことは愚の骨頂。それは諦めるのと同じなのよ」

 

 

先生の言い方は呆れてるような感じだ。

プロとしてどうすべきか、そんな当たり前の前提を今更レクチャーすることになったからだろうか。

 

いや。

私だって、それは分かってるけど。

 

たけど。

 

 

「だからこそ」

 

ビッチ先生の口調が強くなる。

私は先生の顔を見た。

 

「そんな状況で、自分の実力以上の成果を出した四季は、それだけのポテンシャルがあるってことなのね。あんたの技術や才能は、私も分かってたつもりだったけど、まだまだ底知れないってことなのね」

 

先生の目は真剣というか、なんというか不思議な感じだ。視線は見下ろされてるけど、悔しがってるようにも見える。

 

悔しがる?

何に?

 

 

「殺しの才能があるのよ。あんたには」

 

私の疑問を他所に、ビッチ先生……いや、イリーナ先生はそう言った。

言い切った。

 

今までとは言葉の重みがまるで違う。

先生として言ってるんじゃない。

プロの殺し屋として言ってるのだ。

 

それに、私はたじろいだ。

少しの間何も言えなかった。

 

 

 

 

「……嬉しくないなぁ」

 

そう茶化すのが精一杯だった。

 

 

「私たちにしてみれば相当な賛辞よ。受け取りなさい」

 

「才能、かぁ。そういえばさっきも言われましたよ」

 

「『さっき』?……そういえば、あんた式で呼び出されたって言ってたわね。浅野って子に」

 

「ええ。『A組に来い』って『E組にいたらお前の才能が腐る』って」

 

 

あの音響室での学秀との会話を思い出す。

 

学秀は私をとても心配していた。

傍から見たらただ詰られてるようなものだけど、私には学秀の心の奥にある不安が分かったのだ。

 

 

「『A組に』って、あんたまさか……」

 

「いやいや、行きませんよ。その提案も断りましたし。E組を離れる気はありません。ここの方がよっぽど楽しいですから」

 

「……そう。良かったわ。あんたにいなくなられると、私も困るからね」

 

「困るんですか?」

 

「ええ。とても困るわ」

 

そう言って、イリーナ先生笑う。

不敵な笑みだった。

これからも利用してやるという思惑が見て取れる。

 

それはこっちのセリフだというのに。

 

 

 

「私はもう行くから、あんたも早く帰りなさい」

 

先生は岩場から離れる。

その姿を見送ろうとしたら、一度立ち止まってこちらを向いた。

 

「島での暗殺も、期待してるわよ」

 

最後にそう言い残して、ビッチ先生は行ってしまった。先生の姿は森の木々に紛れて見えなくなった。

 

私は岩場に仰向けで倒れこむ。

日陰とはいえ、それでも暑い。

木の枝が揺れて、時折陽射しが目に入る。

蝉の大合唱がうるさいくらいだ。

 

 

 

島。

それは、A組との賭けで勝ち取ったもの。

椚ヶ丘中学校から本来A組の生徒たちに贈られる特典で、夏休みの特別夏期講習として沖縄リゾートを三日間満喫できる。

 

そこで、殺せんせーとの賭けで勝ち取った触手破壊の権利も使う。

合計触手は7本。

英・理・社の三科目だったところを、寺坂くんたちが詭弁でねじ込んで、家庭科の成績も入れさせたのだ。

 

 

今クラス全員で暗殺計画を立てている。

島の地図やホテルの敷地の見取り図。ネット上にあった写真。ホテルのパンフレットやホームページにある情報。今日までで資料はだいたい揃った。これから本格的に計画を立てていく。

 

場をどこにするのか。

何が使えそうなのか。

触手の破壊をいつやるのか。

トドメを誰に任せるのか。

 

 

考えることがいろいろある。

やるべきこともいろいろある。

 

 

中学最後の夏休みは、今まで一番充実したものになりそうな予感がある。

 

 

「……本当に良かった」

 

ポツリと呟いた。

殺せんせーがいてくれてよかった。

暗殺教室があってくれてよかった。

 

 

この夏休み、学校もなく家にずっといたら、私はどうなっていただろう?

 

それを想像するだけで、身震いした。

今日もとても暑いのに、寒気まで感じてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 




みなさん、これまでお付き合いいただきありがとうございます。


一学期編が終わって、キリがいいなと思ったので、次回からオリ主紹介でもしようかなと思います。そこで読者の皆様から四季さんに質問があれば、それに答えるというコーナーも作ろうと思います。

四季さんのトークライブみたいな感じですね。

今後の展開に関わるものも、答えられる範囲で答えるかもしれません。四季さん次第です。
質問の受付場所は、活動報告に枠を作るので、できればそこでお願いします。直接メッセージを送ってもらっても大丈夫ですが、ルール上感想欄はダメのようですので、お守りしていただくようお願いします。


https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=213585&uid=130211
リンク貼りました。このページでお願いします。

できれば、沢山の質問を待っておりますが、ゼロでもやりますので、お楽しみください。


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今更ながらのオリキャラ紹介 自己紹介

四季さんのトークライブの前に、簡単にオリキャラ紹介をしていきまふ。

といっても、本当に副次的というか、名簿の時間にあるような情報を考えてまとめただけです。




名前 小野四季

性別 女

出席番号 6番

誕生日 4月27日

身長 167cm

体重 53kg

カップ D

血液型 A型

好きな教科 数学

嫌いな教科 歴史

趣味・特技 ピアノ

所属部活(過去) 吹奏楽部

宝物 弟が書いた家族の絵。

好きな食べ物 目玉焼き

弁当or買い食い 弁当

選挙ポスター 不言実行・有言断行

家族構成 両親+弟一人。

弟は四季を慕っていたが、鬼籍に入っている。

 

コードネーム ???

一応決めてありますが、アンケートをとっても面白いかなと思いました。また物語が近づいた頃にお伝えしようと思います。

 

髪型 黒髪短髪ストレート(倉橋からウェーブを無くしたイメージ)

 

顔立 クール系?

造形については、性格や言動から読者のみなさまの想像にお任せします。

 

一学期中間テスト、点数内訳。

 

英語 72点 (75位)

国語 78点 (90位)

数学 94点 (7位)

理科 68点 (53位)

社会 58点 (117位)

 

五教科総合 370点

学年順位 66位。

クラス順位 2位。

 

 

一学期期末テスト、点数内訳

英語 99点(2位タイ)

国語 98点(2位)

数学 99点(2位)

理科 97点(2位タイ)

社会 96点(2位)

 

五教科総合 489点

学年順位 2位

クラス順位 1位

 

 

 

吹奏楽部成績

 

担当楽器 オーボエ

 

アンサンブルコンテスト(1年時にメンバー入り)

木管六重奏

都大会予選 金賞(代表入り)

都大会本選 金賞(代表入り)

全国大会 銀賞

 

吹奏楽コンクール(二年生時)

都大会予選 金賞(代表入り)

都大会本選 銀賞

 

 

 

 

作戦行動適正チャート(6点満点)

戦略立案 5

指揮・統率 2

実行力 6

技術力 4

探査・諜報 3

政治・交渉 2

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

※挿絵のチャートでは、『実行力』の数値が5になっています。これは、使用したチャート作成アプリでは、最大値が5から変更できなかったためです。

実際のグラフの形と少しズレますが、だいたいの形はこの通りです

 

 

個別能力値(7月末時点) 5点満点

 

体力 3

機動力 3

近接暗殺 3.5

遠距離暗殺 2

学力 5

ワイヤー術(固有スキル) 4.5

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

※挿絵のチャートでは、近接暗殺が3、ワイヤー術が4になっています。こちらも、小数点の設定ができなかったからです。

実際のものとは少しズレますが、形はだいたいこの通りです。

 

 

 

体育教師 烏間惟臣による所感

 

数々の暗殺アイディアを、思いつけばすぐさま実行に移す、発想力と行動力を兼ね備えた貴重な人才だ。また手先が非常に器用で、暗殺のサポートや準備、罠作成にも優れている。中でも糸を駆使した暗器や戦術の組み立ては、我々プロの目から見ても参考になることが多い。惜しい点は、そのアイディアをクラスで共有し実行することが乏しいことだ。彼女のアイディアを集団暗殺で活かすことができれば、暗殺成功の可能性は飛躍するだろう。

 

 

殺せんせーによる一学期の総括。

 

四季さんは、この一学期で最も意欲的に先生を暗殺しに来てくれた生徒です。その暗殺方法もバラエティに富み、殺しに来てくれる度に先生自身驚きとそして新たな発見をします。ターゲットの状況把握や次の行動を予測する能力にも長けていますが、何より発想の柔軟さとアイディアの量がクラス内でも群を抜いています。

学業面も素晴らしいの一言に尽きますね。期末テストではトップの浅野くんに次ぐ2位を取り、A組はもとより学校全体にその実力は知れ渡ったでしょう。

 

これからの課題として、ぜひ思いついたアイディアをクラスに共有し集団で暗殺計画を組み立ててみましょう。クラス一人ひとりが個性と強みを持つ有能なアサシンなのですから、彼らの意見を取り入れることで、四季さんの計画もより盤石なものとなります。

二学期からみんなで殺しに来てくれるのを待ってますね。

 

 

 

作者による裏設定。

 

当初『小野寺四季』となるはずが、何を間違えたのか『小野四季』として物語内に登場。数話経っても間違いに気づかず、気付いた時には後の祭りという状態に。

 

E組ということに、劣等感や嫌悪感、差別意識を初めから持っていなかった。だからこそ『E組だから』という呪縛に縛られず、自分の意思・軸を優先できる。復学当初、勉強にも暗殺にも真摯に向き合い、努力し続けられたのはそのため。

 

E組でも屈指の苦労人。というか、物語が進み、少しずつ細部を詰めていったら家庭環境がとんでもないことになってしまった。ストーリーをただ妄想してた頃は、こうなるなんて全く考えてなかったので、これからどうなるかは作者にも正直分からない。

 

 

 

 

 




トークライブ次回に行います。

投稿は、5/4になると思います。
それまで、質問は活動報告にて受け付けておりますので、よろしくお願いします。


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小野四季への質問会①

第1回目です。
ここから複数回、おそらく全4回くらいやると思います。

まだまだ四季さんへの質問は募集しておりますので、お気軽にお願いします。


みなさん、今回はお集まりいただきありがとうございます。この章では、メインストーリーとは時系列も関連も全く無い、オリジナルキャラの小野四季の質問コーナーということでやっていきます。

 

暗殺教室で唯一メタネタを許されている私、『不破優月』が今回の司会進行を作者に代わって務めさせていただきます。

 

というわけで、四季、今日はよろしくね。いっぱい喋ってくれて構わないからね。むしろ推奨だよ。

 

 

「よろしく。まあ、需要あるか分からないけど」

 

 

おやおや、四季にしては珍しく緊張してるね。逆張りしてるよ。

 

「逆張り言うな。本心だよ」

 

みんな四季のあんな話やこんな話が聞きたいって。質問も思いの外集まったんだから、四季も適当に流すとか無しだからね。

 

「はいはい」

 

今回質問を下さった方々には、作者に代わってお礼を申し上げます。本当にありがとうございます。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

こんな感じで、司会の私の発言は地の文で、四季の発言は括弧書きで書いていきます。

 

「みなさん、ごちゃ混ぜにならないように気をつけてください」

 

 

 

というわけで、まず一つ目の質問はこちら。

 

 

『四季さんの保育園の頃の逸話が聞きたいです』

 

 

ほお!

四季が保育園児の頃の話だって。今作中でも一度触れられてるから、気になる方がいたってことだね。

 

 

「初っ端から話したくないやつ来たんだけど……」

 

 

おや。話したくない、それはなぜ?

 

 

「あの話読んだでしょ?良い思い出があんまりないんだよ」

 

 

そうだねー。私も読んだけど、今の四季よりもぶっ飛んでる感じだよね。あと、すごい孤立してそう。

 

「うん。孤立してたよ。けど、都合の良い時だけ『四季ちゃん』って周りが群がってくるんだ。本当に嫌だった」

 

ご覧ください。

四季が毒を撒き散らすのを見るのは私も初めてです。かなり貴重なシーンですよ、これは。これだけで、この回をやってよかったと思います。

 

「なに?私って珍獣なの?これって動物園のイベントなの?」

 

じゃあさー、何か一つだけでもいいから!

お願い!

この質問者の方のためだと思って。

 

「……分かった。忘れられない出来事の中でも、今から一番酷かったやつ話すわ」

 

 

おお、一番酷い話とは……

私すでにドキドキしてます。

 

 

 

「うちの保育園で、新聞紙とか広告紙を丸めた剣でチャンバラごっこが流行った時期があるの。優月たちのとこでもなかった?」

 

 

保育園の頃なんてもうあやふやだからなぁ。あったかもしれないけど、覚えてないや。

 

「まあ。それが流行ったのね。男児たちは結構ハマってて。先生たちも作ったりしてて。私も興味本位で一つ作ったのよ。んで、その作ったやつが、なんかえらく気に入られてね。凄く硬くて折れないから一番強いとか、なんとか。それで、みんなが私に作ってってみんなが集まってきたのよ。順番の列ができて予約待ちみたいになって」

 

四季って手先も器用だもんね。些細なとこまで上手に作ったってことだ。にしても列ができたってのはすごいね。

 

 

「そうらしいね。私も、最初の数本は楽しく作ってたのよ。もっと上手くできないかなって。で、すぐに飽きた。ただ丸めるだけだし、細く敷き詰めるだけで他にもこだわりようないから。作ってて全然面白くないから、もう作らないって言ったら、列で待ってる男児たちが怒り始めたわけ。『どうしてあの子たちには作ったのに、ぼくたちには作らないのっ!?』だの『ずるい!』だのギャアギャアと喚いて……」

 

うーん。

列に並ぶほど欲しかったものが突然売り切れになったら、まあ、納得はできないよね。しかも、近くでそれで遊んでる子だっているんだし。

しょうがなくない?

 

 

「けどさ、私がわざわざ作るって前提がそもそもおかしくない?誰もそんな約束してないし、お前らが勝手に期待しただけだろってなるでしょ。なのに、怒って服掴んできた奴とか、泣き出す奴まで出てさ。それを見かねた先生たちが私を説得するわけさ。あの手この手で」

 

そっか。

女子園児一人が男児たちに囲まれるって、よく考えれば結構ヤバいよね。暴動になってんじゃん。先生たちもおさめようとするよね。

 

 

「その先生の言葉もカチンときたんだけどね。『イジワルしないで作ってあげて』って。イジワルじゃねえよ。作れってせがんで来るあいつらの方が私をイジメてんだろ」

 

 

四季ー、深呼吸しよう。

落ち着いて落ち着いて。

 

 

「大丈夫大丈夫。まだ大丈夫。んで、周りがすぅごい五月蝿いから、結局作ったのよ。全員分」

 

全員分かぁ。それはお疲れ様。

 

 

「ありがとうの一言も無かったけどな」

 

 

……まあまあ、相手は保育園児なんだし。なるほどねぇ、そんなことがあったんだ

 

「いや、これで終わりじゃないから。山場はこっからだから」

 

えっ?こっからなの?

 

「こっからだよ。ある時に、いつも通りに男児たちがチャンバラで遊んでたらな、一人がケガしたんだ」

 

 

ケガ、かぁ。

それは問題だね。場はパニックになったんじゃない?

 

 

「ケガって言っても、耳のとこちょっと切っただけなんだよ。素材もただの新聞紙だから、そんな重症でもない。出血だって無かったみたいだし。けど、ケガしたそいつ大泣きしてんのよ。スゲェ大げさに。だから、他の園児も先生たちも駆け寄ってきてな。んで、こういう時って、やった方にも視線が集まる、そしたら、そいつが言ったセリフが……」

 

 

セリフが?一体、どんなセリフだったの?

 

 

「『ぼ、ぼくじゃない!四季ちゃん!この剣四季ちゃんが作ったんだもん!!』だとさ」

 

 

…………

…………

…………

 

 

「……ハァ。マジふざけんじゃねぇよ。私何にもしてねぇだろ」

 

 

これは、うーん……怒るのも無理ない、かな。

 

「その後、新聞紙で剣作ったり、チャンバラして遊ぶのが前面禁止になったんだ。危ないってのもあるし、その園児二人の親が保育園乗り込んで激怒したのもあってな。そっから先生たちの当たりがなんかキツくなったよ」

 

 

うわぁ。

 

 

「しかもだ。ケガさせた奴が、『四季ちゃんがこんな危ないもの作ったからだ』って、チャンバラが禁止になった原因を全部私に押し付けてきやがった。それで、男子どもからハブられ、結果女子仲間たちからもハブられたよ」

 

うわぁ……

 

 

「話してみると、こんなもんで終わるけど、今思い出すだけでムカつきがハンパないね」

 

 

四季のそのイラつきもよく分かるんだけど。

そもそもさ。

よく、そんな細かいとこまで覚えてるよね。

保育園の頃なんて10年くらい前じゃん。私そんなの無理だよ。小学校の頃ならまだしも。

 

「……やられたり、言われたりしたことはよく覚えてるってことじゃない?私は逆に小学生の頃の記憶はほとんど思い出せないし」

 

そっか。

 

 

「さて、これでもなお、まだ聞きたい?話せることは他にもまだまだあるけど」

 

えっとぉ……

もう、十分だね。

質問者の方にも、これで満足していただきましょう。四季の保育園時代の頃は地雷がいっぱい埋まってるみたいですね。下手に話を掘り起こすと、ここにいる私の身にも危険が出そうです。

 

 

「うん、大丈夫って保障はできないね」

 

 

 

よし!

次行こ次。

 

四季の気分が一転する明るい質問来いっ!!

 

 

『四季さんの勉強法が知りたい。どうすればそんな高得点取れるの?』

 

 

これ!

私も聞きたい!

 

「テンション高っ。急にどうした?」

 

だってだって!

四季くらいの成績取れれば最高じゃん!親からご褒美だってもらえるよぅ!!

 

 

「あー。なるほどねぇ」

 

それで!

どうやってるんですか?四季さん?

 

「急に丁寧語になるし……。といっても、特別なことなんて何もしてないよ。多分。普通に問題解いたり、解説読んだり、殺せんせーに質問したり……うん、それくらい」

 

それはおかしい!

私とそんな変わらないじゃないっ!

 

「いや、だからそう言ってるじゃん……」

 

じゃあ、じゃあ!

コツ!秘訣!意識してること!

なんでもいいから、お願いっ!!

 

 

「必死だなぁ……。強いて言うなら、頭の中でイメージしてる、とか」

 

イメージ?

 

「うん。設問や文章を読んでる時は頭の中で、そのイメージを作り上げてる。そうすると、ひっかけ問題にも気付くし、正解の手応えもある」

 

 

……??

どういうこと?全然分かんない。

 

 

 

「そうだなぁ……優月も、数学で図形問題が出た時はさ、その図形を一旦書いてみるでしょ?面積や線分の長さを問われたら、分かってる情報をその図形に当てはめたりするでしょ?」

 

 

それは、うん。

私もやるね。

そうしないと、きっと解けないし。

 

「私だって解けないよ。そうやって文字情報を絵や図にすることで、設問や頭の中を整理してるんだ。その感覚で、私は国語とか英語とか社会も考えてる」

 

へっ?

どうやって?

 

 

「国語の文章だったら、評説・小説も読みながら頭の中でイメージを組み立ててる。そうしてると、筆者がやたらと繰り返してる部分に気付けたり、場面の状況や登場人物の心情とかも何となく察しがつく。それが出来たら、設問をそのイメージに当てはめてみる。すると、だいたいの答えが分かる。正確には、『ここを答えて欲しい』っていう問題作成者の意図が分かる。英語の長文なんかは、だいたいこれと同じだね。一度日本語に訳す必要があるけど」

 

???

待って。

ついてけない。

もっと説明の解像度上げてほしい。

 

「優月はどこで躓いてるのかな?」

 

数学の図形のくだりは分かった。

けど、そこからどうして国語に跳ぶの?

ってか、なんで跳べるの?

 

「国語の文章を読んでて、内容を頭の中でイメージしたりしない?」

 

しない。

したことないよ。

 

「これは、単に私はしてるってだけだね。コツというか意識してることなんてこれくらい。はい、これでこの質問は終わり」

 

いや、待って!

終わらないで!

もうちょっとだけ。

お願いします!!

 

「はいはい。何が聞きたいの?」

 

イメージしたら解けるってどういうこと?

どんな仕組みになってんの?

 

「だって、イメージさえ出来たら、後はその流れに乗るだけだから。こういう風に答えてほしいんだなって分かる」

 

……分かるもんなの?

 

 

「分かるよ。ただ、イメージしたものを解答欄に書き込むために、また言葉にしないといけないから、そこで少し違ってくることもあるし。作り上げたイメージが完璧じゃないこともあるし。そしたら、減点されるからね」

 

 

でも、四季のこの前の期末の結果って、99点とか98点とかばっかじゃん。

 

「そうだったねぇ。社会だけはやっぱり苦手だねぇ。公民や歴史とかで、時系列や流れをイメージすることはできても、一字一句間違えずに固有名詞を覚えることはできないから。だから暗記は嫌いなんだよ」

 

 

……私、自信無くしそう。

 

 

「ん?なんか言った?」

 

 

何も言ってません!!

この話での質問会は、ここで終了です!!

次の話をお待ちください!!

 

 

「え?えっ?優月?急にどうしたの?怒ってんの?」

 

怒ってない!!

 

では!

皆さん次に会いましょう!!

 

 

 

 

 

 






質問については、下記URLからお願いします。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=213585&uid=130211


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小野四季への質問会②

 

 

…………。

 

「おーい。優月?もう始まってるよー?」

 

 

……知ってますよぉ。

 

「何怒ってんのさ。子供じゃないんだから怒ってる理由くらい教えてよ」

 

 

……言わない。

四季には、絶対に言わない。

 

「優月が国語や社会が得意なのに、私の話聞いて自信無くしたってこと?」

 

ゴホッゴホッ!!

 

「図星みたいね」

 

……そうだよっ!!

その通りですっ!

 

「私の話が自慢話に聞こえたってわけだ。そのつもりは無かったけど全部事実だし……」

 

むかっ!!

見てろよっ!

次のテストじゃ絶対に勝ってやるからなっ!!

 

 

「覚えてたらね。ほら、早くやろうよ。みんな待ってるんだから」

 

 

むむむ。

……大変失礼しました。

それでは、四季への質問会の続きを再開します。

 

と、その前に。

先日の5/2、そして昨日5/4、一日のUA数1000突破おめでとう!!

 

「あら、そんなんなってたんだ」

 

リアクション薄っ。

もっと喜んでよ。

だって1000だよ。

1000ってすごくない?

 

「まあ、2年くらい続いてるこの物語も過去1回しかないからね。すごいとは思うけど」

 

けど?

 

「上には上がいるわけだし……」

 

 

…………。

まあ。

上を見上げればキリがないわけで。

私たちも少しずつやっていこうっ!!

うん!

 

「あら。元気になったね」

 

今日はこのテンションで行きますよ!

ということで、最初の質問はこちらっ!

 

 

 

『四季さんって、小学生やそれより小さい子たちと関わるのは好きですか?』

 

 

 

ふむふむ。

四季が弟くんを溺愛してるシーンはちらほら出てきましたからね。お姉さんキャラでもあるし、こういうのは得意そうだけど、実際のとこはどうなの?

 

 

「うーん、微妙」

 

微妙?

あんなに弟くん可愛がってたのに?

 

「七海は弟だったからね。他所の子は全然違う」

 

ウチもお兄ちゃんいるけど、四季みたいに可愛がってはくれなかったよ。

 

「けど、今も凄い仲良くない?漫画の貸し借りとかしててさ。小さい頃仲良くても、成長してって微妙な仲になっちゃうってパターン多いし」

 

そうなの?

 

「うん。神崎さんとか片岡さんとかそんな感じだよ。優月と同じでお兄ちゃん一人の兄弟だったはず。やっぱ趣味を共有してるのって大きいんだろうね」

 

 

ふーん。

そうなんだー。

 

って、違うよ!

今は四季が子供と関わるのが好きかって質問の話をしてるの!

 

「ああ。そうだったね」

 

まじめに考えなさいっ!

 

 

「といってもねぇ。子供っていっても、いっぱいいるし。それこそ、礼儀正しい子もいれば、やんちゃな子もいるし。ズバズバもの言う子もいれば、おどおどしてる子だっている。その子によって関わり方変わるから、なんとも言えないよ」

 

 

じゃあさ、四季は子供好き?

 

「んーどうだろ。嫌いじゃないと思うけどね。どんな子も可愛いなぁって思えるとこはあるから。それが分かると何とかやってけるって感じ」

 

正直、私は苦手だなぁ。

 

「あら、そうなの?」

 

だってぇ、話通じないじゃん。

私の言ってることも通じないし、今何を話してるのかも、何を伝えたいのかも全然分からない。

 

「そりゃあ、目線も合わせずに話しだすとそうなるよ。優月の方が大人なんだから、優月が合わせなきゃ。物理的にも精神的にも」

 

 

あー。

四季のそういうとこって、ほんとお姉ちゃんだよね。

尊敬するわ〜。

 

「はいはい。ありがと」

 

それじゃあ、次の質問行こうか。

 

 

『四季さんってイリーナ先生と関わること多いけど、ピアノやら楽器関連を教えてもらったりしないの?もっと上達しそうだけど』

 

 

 

ビッチ先生って楽器できるの?

知らなかった。

 

「できるよ。でも普段弾く機会なんてないからね。私も見たことあるの一回だけだし」

 

へぇー。そうなんだ。

 

「実際メチャクチャ上手いよ。それにイリーナ先生スタイルも顔も良いから、演奏会とかコンサートとかあったら、人気はうなぎ登りだろうね」

 

ふーん。

それで、そのビッチ先生に教えてもらえれば……

 

「まあ、上手くなるだろうね」

 

すごいじゃん。

四季、全国行ったんだし、ビッチ先生に教えてもらえば、もっとすごくなるじゃん。

 

プロにだってなれんじゃない?

 

 

「私にはそんなやる気ねーですよ。未練も無いし。たまーに弾く機会があればいいやって感じで、趣味レベルで充分なんだよねぇ」

 

なんか、もったいない気がする。

 

「そう?」

 

うん。

だって、全国の舞台で演奏して、スカウトだってもらったんでしょ?

それなのに辞めちゃうのってもったいないよ。

 

 

「その感覚は分からないでもないけど……。例えばさ、甲子園とか良い例だよね。学生野球の憧れの甲子園に出場しても、たとえ優勝したチームでも、全員がプロになれるわけでもないし。もちろん、甲子園球児の努力が無駄だという気は全く無いよ。あの人たちがプロを目指して、想像つかないくらいの努力を積み上げてるのは素晴らしいと思う。私も全国大会行くまで相当努力をしたつもりだけど、だからといって、今後の人生でその道に行くつもりは無いんだよねぇ」

 

無いの?

全く?

 

「うん。私には、その道を進めるほどの覚悟はないから」

 

そっかぁ……

 

「さて、これくらいにして次の質問行こうよ」

 

 

 

えっと、次の質問は……

 

『E組の生徒の中で、まだ悩みを抱えてたり本心隠してると思う生徒はいると思いますか?』

 

 

「これって、私どう答えればいいのかな?プライバシーとか大丈夫?」

 

 

大丈夫。

ここで話しても本編には関係ないから。

 

それにこういう質問って、四季がどう考えてるのかを知りたくてやってるんだから、思ったこと答えてくれていいんだよ。

 

 

「そう。じゃあ遠慮なく。けど、悩みなんてみんなあるでしょ」

 

そりゃあねぇ。

クラスの中ではみんな楽しそうにはしてるけど、悩みや不安の一つや二つあって当たり前だよねぇ。

 

「優月はどう?なんか悩みあるの?」

 

そりゃああるよ。

人には言えないことだけど。

 

「そうなんだ」

 

けど全然軽いね。

ライトライト。

 

眠れなくなるくらい深刻な悩みなんて、最近は無いね。

 

 

「へぇ。前あったんだ」

 

E組に落ちた時とかねぇ……

親にもすんごい怒られたし、これからどうなるんだろう、ってメチャクチャ悩んだ。

 

「ああ、なるほど。そういうことなら、みんな一度は地獄見てるんだね」

 

でも、それで悩んでる人なんてもういないでしょ。

 

「いやぁどうだろ。竹林くんはまだそれで悩んでそうだけどね」

 

えっ?

竹林くん?

 

「うん。期末テストの後少し話したけど、順位や成績に囚われてるなぁって思った。凄い成績出したのに、自分のために頑張ったわけじゃないんだなぁって」

 

ほぉ〜。

それは、深刻そう。

 

「うん。深刻だと思うよ。自分が納得できた結果でも、他人が納得しないってのが最悪だよね。そのすれ違いを自分が合わせようとするから、余計に無理しちゃうし」

 

ふむふむ。

 

「あと深刻に悩んでる生徒は、神崎さんと渚くんかなぁ。二人ともご両親相手に苦労してるし。それでいて、普通に学校生活楽しんでるから凄いと思うわ」

 

四季もさぁ。

そういうのよく分かるよね。

どこで気付けるの?

 

「えっ、直感だけど」

 

はっ?

直感?

 

「うん。話してる時の顔とか見てると『あ、ヤバそう』って思う時がある」

 

そんなん分かるの?

どういう仕組み?

 

「『虫の知らせ』みたいなものかな。自分にとっての災難や良くないことを前にした時、人は何となく嫌な予感がするんだって。それと一緒だと思うよ。無意識のうちに、人の感情の歪みやブレを表情から察知してるんじゃないかな」

 

それ、何割本気で言ってる?

 

「3割くらい?でも、顔や目を見たらプラスの感情かマイナスの感情か区別できるのは本当」

 

 

えー。

じゃあ、今の私の顔見て何考えてるか当ててみてよ。

 

「ムリムリ。それが出来たらエスパーだよ。今回は質問がサクサク進んでるなーって考えてそうだけど」

 

 

おお。

それちょっと思ってた。

 

「こういうの、詐欺師も良く使いそうだよね。相手からしたらズバリ言い当てられた気がするんだけど、傍から見たら『いやそれ当たり前じゃん』ってツッコミ待ちのやつ。今のだって、今回サクサクとテンポよく進んでるのは私も感じてたから、それを言っただけ」

 

 

…………。

四季ってさぁ……

 

 

「なに?」

 

スゴイって思わせたあとに、『いや全然凄くないよ』って人をガッカリに似た気分によくさせるよね。

 

「そう?」

 

持ち上がった気持ちをすぐに落とされるとツレーです。

 

「優月がそんだけ素直ってことでしょ」

 

ハイハイ。

アリガトー。

 

というわけで、サクサクッと次の質問へゴー!

 

 

『四季さんの家庭環境について、E組のみんなはどれくらい知ってる?先生たちにもその話はした?』

 

…………。

ついにきましたね。

この手の、四季の家庭環境に対する質問が……

 

ちらり。

 

 

「何?気ぃ使わなくていいよ。ここでの話って本編には影響無いんでしょ?」

 

 

まあ、そうなんだけど。

この手の質問は鬼門というか、タブーというか。

ネタバレにもなりそうだし。

 

「別に大丈夫でしょ。これからの話なんていくらでも作れるんだから。大盤振る舞いでいこう」

 

 

……オーケー。

四季がそう言うなら、私も覚悟を決めます。

 

 

さて。

軽く振り返ると、四季の家族ですが、弟くんが昨年の秋口に事故により亡くなりました。そのことでショックを受けた母親はうつ状態になってしまい、自宅を離れ横浜の実家にて療養、父親も仕事の都合で転勤、単身赴任で福岡に異動しました。結果、四季は家族で暮らした家で一人暮らし、という状況を1年弱続けているというわけですね。

 

「簡潔な説明ありがとう。いろいろと新事実が出てきたけど、それは置いといて……E組に入ってからその話してないからなぁ。生徒の中では2年の時同じクラスだった人しか知らないんじゃない?」

 

いや、四季が学校来なくなったのは、学年中で話が広まったから、みんな知ってるんじゃないのかな。

 

「え?まじで?」

 

そりゃあ四季くらいの有名人なら噂なんてすぐ広まるわよ。吹奏楽部の子たちが特に騒いでたから、学校中に情報が行き渡ったんじゃないかな?それに、担任もHRで、四季に学校に来るように話をしてあげてって呼びかけてたから。

 

「それ初めて聞いたわ。だからかー、いろんな人が家までやって来たのは。なるほど、そういうことだったのね」

 

 

一年越しの真実だね。

 

 

「じゃあ、みんな知っててそっとしてくれてるんだね。超気が利くね」

 

そりゃ、触れてもいいか分かんないし……話されても四季が困るだけだなって想像つくもん。

 

 

「まあねぇ。受け入れたとは思ってるけど、お風呂や布団の中で考え出すと、涙出ちゃうし、傷はずうっと残り続けてるってことだよねぇ」

 

 

やっぱり、そうなんだ。

 

「でも、そんな姿みんなに見せても余計に気遣わせるだけじゃん。そんなの申し訳ないから、言わないように、言わせないように、してるってのはあるね」

 

 

…………。

 

 

「……磯貝くんも似たようなものだよね」

 

 

磯貝くん?

……あっ、そっか。

磯貝くんも、たしか、お父さんが……

 

 

「うん。けど、彼もそんな悲しい話しないからねぇ。多分だけど、磯貝くんも、私もその話したら止まらなくなるんだ。それが嫌でしないんだと思う」

 

 

……どういうこと?

 

「悲しい話をするとね、そのうち不幸自慢になって、止まらなくなるんだ。自分の中の悲しさがドンドン膨れ上がって、ズルズル不幸に堕ちちゃう。そんなことしても、なにも変わらない。だから、辛くても下や後ろではなく前や上を見るんだろうね」

 

 

……四季も、前見てるもんね。

 

「磯貝くんほどじゃないけど、心がけてるだけだよ」

 

 

殺せんせーたちも知ってるのかなぁ?

 

「どうだろ。その話されたことないから。誰かが話してなきゃ知らないかもしれないし、どこかから聞いてるかもしれない。烏間先生には知られてると思うけど……ひょっとしたら、烏間先生が話したかもしれないから。なんとも言えないなぁ」

 

烏間先生は知ってるの?なんで?

 

 

「復学前に、部下の園川さんには経緯も話してるからね。伝わっててもおかしくないよ」

 

 

なんか、スゴイ暗くなっちゃったね。

 

 

「しょうがないよ。こういう話題なんだから。優月のせいじゃないよ」

 

 

 

うーん。

ちょっと、今回はここまでにしようか。

次回から空気も、雰囲気もリセットしてやっていきます。

 

 

では、皆さま。

次回までお待ちください。

 

 

 

 

 




今回の質問は、全て『刈谷光輝』様からいただいたものです。

ご協力ありがとうございました。

こんな感じで、四季さんと不破さんが質問会を繰り広げますので、読者の方でも何か質問がありましたら、ぜひご応募ください。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=213585&uid=130211


次の投稿までで締め切りとしますので、気軽に参加していただければと思います。


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小野四季への質問会③

 

 

 

いやー、早いね。

 

「早い?なにが?」

 

 

この企画だよ。

今回でもう3回目。

 

「あー。そうだね。ちょっとマンネリ感出てるよね」

 

そういうヒドイことは言わないの。

作者が一番困ってんだから。

 

「はいはい。失礼しました。動かしにくいキャラで、どうもすみませんでした」

 

分かればよろしい。

じゃあ、早速始めるよ。

 

 

『吹奏楽部で渚くんを弄ってた時の話を聞かせてください』

 

あら。

吹奏楽部関連で質問がきたね。

最初の数話で出て最近まで全く活かされなかった設定だったから、完全に忘れ去られていると思ったけど。

 

「優月もひどいこと言ってんじゃん」

 

私のは愛があるから許されるの。

 

「意味分かんない」

 

っていうか、今もそうだけど、なんで渚くんなの?いじり過ぎじゃない?

 

「だって、リアクションが面白いから」

 

悪魔かよ。

 

「渚くんのオロオロした表情とか見ると、萌えるよね。この感覚分からない?」

 

1mmも分からない。

 

「にしても、吹奏楽部の頃かぁ。懐かしいなぁ。渚くんを天使と呼んだり、演奏の時にスカート穿いてもらったらり……」

 

は?

スカート?

 

「渚くん以外みんな女子だったから、コンクールの時に統一感出すために穿いてほしかったんだよねぇ。一回穿いてもらったら、それがもう似合うのなんの。先輩たちも含めてみんなで大はしゃぎしたもんだよ。でも渚くんったら、その次の日からジャージで部活来始めて。今まで制服だったのに……とんだ反乱だよね」

 

なにそれ。

渚くんの男子の尊厳踏み荒らしてるじゃん。

弄るの度を超してるよ。

イジメだよ。

通報ものだよ。

 

「だってさぁ、当時は髪の毛下ろしてたから、誰の目からも女の子に見えたんだよ。そりゃあ普通の男子だったら私だってそんなキモいこと言わないよ。相手見てから言うよ」

 

 

渚くんだったから良かったってこと?

なに?

四季は渚くんに恨みでもあるの?

前世からの因縁なの?

 

 

 

「恨みなんて無い無い。私は渚くんの株を上げるためにやってたんだから」

 

は?

株を上げる?

 

 

「渚くんって、集団の中だと目立つことを絶対に避けようとするんだよね。積極性も見せないし、人をまとめたりとかもしない。私は、彼を逃がさないためにも、渚くんにを部内で弄り倒してた意味もあった」

 

それ、何割くらい?

 

「3……いや、4割くらい」

 

盛ったでしょ。

 

「盛ってないよ。本音本音。とにかく、渚くんには、もっとみんなの前に出て、みんなを仕切るくらいのことをしてほしかったんだよ」

 

うーん。

そういうのって、性格によってはどうしようもなくない? 良かれと思っても、渚くん本人にとっては、とんでもないストレスになったかもしれないんだよ。

 

「性格なんて、勇気と行動と慣れでどんな風にも変えられるさ。もちろん、人前に立つことや人をまとめることが最初からできる人とできない人はいる。これはその通りだ。だけど、何回か経験こなしてけば、できない人だって慣れていく。慣れれば、そのうちにできるようになる。私はそう思うんだよ」

 

ほぉ。

強者の論理だね。

 

「それに、渚くんは音楽の才能もあったから、みんなが彼を注目すれば、すぐに認めるようになる。実際そうなったしね」

 

才能?

渚くんに?

 

「うん。パートの中でも、合奏の時でも奏者の中で渚くんが一番冷静なんだ。客観的に自分たちの演奏を把握できる。この能力って、それぞれの楽器の音をまとめるのに重宝されるから吹奏楽部にとっては貴重な戦力なのね。でも、渚くんは気づいててもそれを言ってあげたりもなかったし、だからみんなも渚くんの能力に気づかないし。せいぜいみんなからセッション練習の時にやりやすい相手だなぁ、って便利屋程度にしか思われてなかったの」

 

なるほどねぇ。

能力があっても、本人もそれを活用せず、結果周りからもその才能を認知されなかったんだ。

 

そういうのって、本人も大したことないって思っちゃいそうだよね。

 

 

「そうなの。渚くんも『そんな凄いものじゃないよ』とか言うの。だから、ガンガン弄って、ガンガン役割振ってあげた。渚くんもオロオロしながらもついてきてくれたね。結果、私らが2年の頃、三年生が引退した後に渚くんがクラリネットのパートリーダーに指名されたよ。本人は固辞してたけど、私が許さなかったね」

 

 

渚くんが四季の無茶振りに応えてあげたのは、どうしてだろうね。普通弄ってくる人は遠ざけようとするはずだけど。

 

 

「分かんない。私の思いが伝わったのかな?」

 

 

実際のとこどうなの?

渚くん。

 

 

「えっと、ぼくもよく分からないんだよね。最初の頃、四季さんってメチャクチャなこと言うから、すごい怖かったし」

 

やっぱり?

だよね。

私も2年の時初めて会ったんだけど、最初ヤベェ奴いるって思ったもん。

 

「ちょっと待って。え?なんで渚くんいるの?いつから?」

 

途中から呼んだのよ。

なんか雲行き怪しいなって思ったから。

 

「どいうこと?」

 

だって、四季がなんか良い話みたいにまとめようとしてるのがちょっとムカついたから。

 

「なんだそれ」

 

 

四季もこの前言ってたじゃない。やった方は覚えてないけど、やられた方は覚えてるって。だから、四季が思い出せないこともいっぱいありそうだなって予想して、被害者である渚くんに話を聞くことにしました。

 

特別ゲストです。

 

「えっと、潮田渚です。今回はよろしくお願いします」

 

 

というわけで、渚くんには『四季にされたこと中で、一番キツかったこと』を話してもらいます。

 

皆さんお楽しみください。

 

 

「何?何話すの?全然予想つかないんだけど」

 

あら。

四季が焦ってますね。

良き良き。

 

どんな話が聞けるのかしら。

渚くん、よろしくね。

 

 

「えっと……ある日のセクション練習であったことを話そうと思います。その時に……」

 

ちょっとタンマ。

セクション練習って何?

 

「簡単に言うと、音域の似てる楽器同士を合わせて吹いてみる練習。吹奏楽部って基本楽器毎にパートが分かれてるから、そのパート単位で練習するのが基本の活動なのね。でもパート練習だけだと曲の全体像掴めないし、他の楽器がどう吹いてるかも分からない。だから、他の楽器と一緒に練習することで、それを解消するの。私がオーボエパートで渚くんはクラリネットパートだから、同じ高音の出る木管楽器なのね。だから、一緒に練習する機会は結構あったのよ」

 

なるほど。

いきなり止めて申し訳ありません。

私、専門用語分かんないから、話の腰折るかもだけど、分からない時はガンガンに質問していきます。

 

渚くんもごめんね。

 

「いや、ぼくの方こそごめん。気をつけるね」

 

それでそれで?

続きをお願いします。

 

 

「そのセクション練習の途中で、四季さんがいきなり演奏止めたの。オーボエの人たちも僕らクラリネットもみんなびっくりして、音止まったんだ。そしたら『渚くん、今日の音なんかおかしくない?』って言い出して」

 

音おかしくない、って。

そんなこと四季に言われたらビビるね。

 

 

「ビビる?なんでさ?」

 

だって、四季は全国出場者じゃん?

そんな部員が、そんなこと言ったら部内ピリつくよ。怖いよ。

 

「いや、四季さんが部員の音の調整はよくやってたから、そんなには……」

 

粛清というか、見せしめみたいなものじゃないの?

 

「お前は私をなんだと思ってるんだ」

 

吹奏楽部の暴君。

 

「よし分かった。優月とは後で決着をつける必要があるみたいだ」

 

バカなこと言ってないで、話進めるよ。

それでそれで?

渚くん。

 

 

「『ちょっと一人で吹いてみて』って。だから、ぼく一人で楽譜吹いて、みんながそれを聞いてたんだ。吹き終わったら四季さんが『なんだろ、音が鈍いなぁ。リードとかダメになってない?』って」

 

もっかい質問。

リードって何?

 

「楽器の中で自分の唇つけるパーツのこと。楽器に空気を送り込む入り口だから、超重要部分なの。でも消耗品だから、使い続けるうちに悪くなって音にも影響出るんだよ」

 

へぇ。

楽器って複雑なのね。

 

「リードも手入れもちゃんとやってたから、そこまで悪くはなってないはずなんだけど。四季さんにそれ言ったら、首を傾げてて」

 

 

そういうのって、みんな気付くの?

 

「そういうのって?」

 

音がいつもと違うってこと。

 

「分かるよ。天気や気温の変動は楽器に影響するからね。みんな、その日に合わせるように訓練するから」

 

へぇー。

すごいなぁ。

 

 

「……四季さんはすぐ判別できてたけど、ぼくは最初全然分からなかったよ。調整にもすごい苦労したし」

 

……あら。

それは、ひとまず置いといて。

続きをお願いします。

 

「あ、うん。ただ、その時のぼくの楽器の音がいつもと違うって思った人は四季さん以外にはいなかったんだよね」

 

なにそれ。

四季の勘違いじゃないの?

 

「いや、四季さんの耳の良さや音感も部内で一番だったから、四季さんの言うことを疑う人はいないよ」

 

へぇー。

 

「そのあと、四季さんが『ちょっとクラリネット貸して』って言うから、何も考えずに四季さんに渡したんだ。そしたら、四季さんはなんの躊躇もなく、その……」

 

 

なに?

四季は、渚くんの楽器を手に取って、それから何をしたの?

 

「……その、ぼくのクラリネットで、吹き始めて」

 

「えっ?それがどうしたの?普通じゃん。何かおかしいっけ?」

 

 

「いや、だって……」

 

あー、はい。

分かった。

分かりました。

これは四季が悪い。

 

 

「えっ?は?」

 

渚くんは被害者です。

何も悪くありません。

悪いのは全部四季です。

 

「……吹き終わったら『やっぱどっか悪くなってるかも。専門店に見てもらった方がいいよ』って言っただけでパッと返しちゃうし。そのまま、練習続けようとするし……」

 

「渚くん?どしたの?顔真っ赤だよ」

 

 

「……うぅ」

 

四季!

これ以上はやめたげて!

渚くんを辱めて何がしたいの!?

 

「いや、辱めって……間接キスくらいで、そんな大げさな」

 

 

 

「う、うぅ……うわあっっーー!!」

 

「渚くん!どこに行くの!?戻って来てー!!」

 

ほらぁ。

四季がいじめるから、渚くん慌てて出て行っちゃったじゃん。

 

 

「え?私が悪いの?」

 

あんた以外いないでしょうが。

 

 

「ええ〜。だって、渚くんが変態じゃないのは分かってるし……。そこは信頼してるんだけど」

 

信頼はいいけど、不遠慮はダメでしょ。

渚くんだったら気に病むに決まってんじゃん。

 

「そうなの?」

 

実際そうなってんでしょうが。

四季のそれ、れっきとしたセクハラだからね。

 

 

「……たいへん失礼しました」

 

 

さて。

渚くんが去ってしまった以上、この質問はここでおわりですね。

四季のいた頃の吹奏楽部は思ったより、ぶっ飛んでて闇が深そうということがよく分かりました。

 

 

この質問が思ったより長くなってしまったので、予定を繰り上げてここで一旦休憩を取りましょうか。

 

さて。

おそらく、次で質問会は最後となります。

 

次の話をお待ちください

 

 

 

 

 





この質問はRレモン様からいただきました。

本当にありがとうございます。
次で質問会は終わりですので、質問の募集は終了とさせていただきます。



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小野四季への質問会④

 

 

さて。

この企画の質問会も今回で最後となりました。

 

 

「案外あっという間だったね」

 

もうすぐ終わるとなると寂しいねぇ。

 

「寂しがるのは、終わってからでしょうに」

 

それもそうだね。

なら、始めましょうか。

 

 

『四季さんはバレンタインなどの行事にはどのように参加しますか?あるいは全く興味が無いのでしょうか。クリスマスや友人、または自分の誕生日などでも構いません。ぜひ聞きたいです』

 

バレンタインにクリスマス、そして誕生日。四季くらい有名だと学校でもパーティだよね。

 

「私、こういうのあんま経験無いんだよね」

 

えっ?

なんで?

だって、去年の四季の誕生日の時凄かったじゃん。吹奏楽部の子たちが大騒ぎしてたし。

何事かと思ったよ。

 

「ああ。あれは例外。あの一回だけだよ」

 

教室で花とかヌイグルミとかお菓子とか持ってきた子とかいてさ。誕プレが段ボール単位で贈られてくるアイドルかと思った。

 

「あん時は凄かったよね。でも、それ以外は何も無かったよ。一年の頃は、誕生日を教えた頃にはもう過ぎてたし。クリスマスやバレンタインは、アンサンブルコンテストの練習で凄い忙しかったしねぇ。2年の頃は、10月末にはもう学校行ってなかったから、クリスマスもバレンタインも当時全く関心無かった」

 

 

それもそうか。

けど、祝う側でもすこいよね。

この前の凛香や渚くんの誕生日プレゼントも凄い凝ってたし。あの名入れも自分でやったんでしょ。

 

「うん。名前あった方が嬉しいだろうなって思って。でも、名入れって道具だけ揃えれば簡単にできるよ」

 

そうなの?

 

「うん。今度の優月の誕生日もそういうのがいい?」

 

いいの!?

やったぁ!

 

「覚えてたらね」

 

 

四季って凝り性だし、ハマると凄いことするよね。けど、ハマらないと興味もやる気も起こらないっていう、典型的な沼体質。

 

「沼言うな」

 

家では?

弟くんもいたわけだし、盛大にやってたの?

 

 

「盛大ではないよ。どっちかというとしんみり」

 

え?

そうなの?

 

「うん。お父さんもお母さんもそんなに乗り気じゃなかったからね。七海の誕生日以外はイベント感無かったよ」

 

…………。

 

「七海とは年が離れてたからね。ケーキ作ったり、プレゼントあげたらすーごい喜んでくれたよ」

 

……四季の誕生日は?

クリスマスは?

 

「私?七海は覚えててくれたけど、二人はあんまし祝う気無かったみたいね。夜遅くまで働いてたから。クリスマスもケーキは私が作ることが多かったし」

 

…………。

……えっと、ここ地雷?

大丈夫?

 

 

「私は別に。まあ、こんな感じだったから、自分が祝われるってことに慣れてなかったね。だから、2年の頃の誕生日はマジでビックリした」

 

ねえ、それって……

 

「ん?どしたの?」

 

……いや、やっぱやめとく。

 

この質問はこの辺でいいでしょう!

次行きましょう、次。

 

 

「これで最後だね」

 

そう!

その最後の質問はこちら。

 

『磯貝くん、片岡さん、カルマくん、浅野くん、そして四季さんの5名は、リーダーとしてどんな違いがあると思いますか?』

 

 

うーん。

最後の最後で難しい質問ですな。

どうでしょうか?四季さん。

 

 

「なぜ敬語……そうは言ってもねぇ、カルマくんがリーダシップ発揮してるの見たことないよ。私もだけど」

 

たしかに。

カルマくんって暗殺も成績も凄いけど、よくサボるし、みんなをまとめるリーダーって感じはないね。

 

「私もそう思う。カルマくんはエースであってリーダーではないんだよねぇ」

 

エースだったら、四季もそうじゃん。

 

「私はエースじゃなくて伏せ札だから。言うなら奥の手。使われる機会がない方が多いよ」

 

全然違いが分からない。

どういうこと?

 

「『エース』は攻める時に活躍する人材で、『奥の手』は守りの時に活躍する人材」

 

分かったような、分からないような……

うーん。

 

どっちみち、二人はリーダーキャラじゃないってこと?

 

「うん。私はみんなをまとめるというより、みんなのお尻を叩く人間だから」

 

もうちょっと言い方選んでよ。

 

「分かりやすくない?」

 

……分かりやすかった。

 

「カルマくんは……どうだろ?頭良いし、冷静だし、視野も広いし、リーダーとしてみんなを仕切ることもできそうだね。今はしてないだけで」

 

なるほどねぇ。

なら、磯貝くん・片岡さん・浅野くんの3人は?

三人ともクラスをまとめてる実績があるし。まさにリーダーって人たちだけど、違いなんてある?

 

 

「まあ、三人とも人をまとめるのが上手いけど、やり方が違う。一言で説明すれば、学秀は支配と管理、片岡さんはカリスマと牽引、磯貝くんは誠実と和」

 

???

もちょっと、詳しく説明してほしいな。

 

「支配してまとめる学秀は、グループのことなんて全く考えてない。グループの人間が誰であろうと同じことをする。その人の個性や事情も御構いなし。自分との能力差を分からせた上で、相手に自分から従わせようとする。集団から突き抜けた能力がある学秀にしか出来ないやり方だね」

 

なんか怖いんだけど……

 

「うん。怖いよね。でも、こんなやり方は奴隷制度と大して変わらないから、普通の人がやったらまとまりなんてしない。そりゃあ、抑圧される方は嫌になるよ。反乱だって起きる。学秀みたいな完全無欠の怪物だから、みんな粛々と言うこと聞くんだろうね」

 

なら、片岡さんは?

カリスマは分かるけど、牽引って?

 

「人をまとめるって、学秀とかの例外を除けば、下から支えるか、上から引っ張るかの2パターンなんだよね。片岡さんは引っ張り上げるタイプ。自分が率先してグループの前や上に立つ。その姿をみんなに見せて、みんなを動かしていくって感じ」

 

あぁ〜。

なるほど。

分かりやすい。

たしかに、片岡さんってそんな感じだ。

球技大会でもみんなに指示出して、引っ張ってたから。

 

「ただ、このやり方ってリーダの負担が大きいんだよね。みんなが片岡さん頼りになって、自分たちでやろうとしなくなる。リーダーの片岡さんが引っ張ってくれるから、グループが怠け者になることもあるし。片岡さんみたいな人はなおさら、そう人も見捨てず抱えちゃうから」

 

なんか、諸刃の剣みたい。

 

「うん。片岡さん優し過ぎるから。だから優月も甘え過ぎちゃダメよ」

 

 

……ういっす。

 

「最後は磯貝くんだね。片岡さんと逆で、磯貝くんは下からグループを支えるタイプ。こういうリーダーは、グループとの親密さが高まりやすいのね。リーダーだけど、みんなとの距離感が近いし。それに、磯貝くんの人付き合いは誠実だから、みんなからの信頼も集めてる。信頼があるから、リーダーとしてグループをまとめることが成り立つんだね」

 

ふむふむ。

 

 

「でも、このタイプのリーダーの欠点はみんなから舐められやすいってこと。親密さが高まると同時に尊敬心が薄れることもある。そうなると、まとめようとしてるのに、言うこと聞いてくれなかったり、歯向かわれたりってことになる。だから、リーダーとしての、なんだろ?尊厳?信頼?は無いとダメなんだろうね。そういう尊厳や信頼は一朝一夕では築かれないし、崩れる時は呆気なく崩れる」

 

 

ああー。

それ知ってる。

私、グループのリーダーがみんなからの信頼を失って、そのグループが崩壊したとこ見たことあるよ。

 

「そうなの?」

 

うん。

一年の時のクラスがそんな感じだった。

やたらクラスを仕切ってた奴だったんだけど、ある時に、クラスメイト全員から失望されて信頼を失って……そいつは、その後クラスの中では針の筵だったね。

 

 

「リーダーポジションの人の信頼無くなるとそうなるよね。でも、磯貝くんは危なかっしさも無いから大丈夫だと思うけどね。真っ当で誠実なイケメンだもん」

 

うんうん。

磯貝くんなら大丈夫って思えるね。

 

これが信頼かぁ。

 

「そっ。もちろん、学秀のタイプも片岡さんのタイプも信頼は必須だけど、磯貝くんのタイプほどウェイトは大きくないからね。磯貝くんタイプは、信頼がリーダーの人格が基礎になってるからね。人格って、能力や才能と違って目に見えた凄みは薄いから、評価も変わりやすい。まあ、三人の違いはこんな感じかなぁ」

 

 

相変わらず四季の説明は分かりやすいなぁ。

素直に納得したよぉ。

 

でも、こういうの分かる四季もれっきとしたリーダーじゃないの?

 

「こういうのはリーダーというより、参謀の役目じゃないかな? 出来るリーダーもいるけど、別に出来なくてもリーダーにはなれるしね」

 

頑なに認めないねぇ。

 

「私はリーダーじゃないからね」

 

 

まあ、良しとします。

 

さて。

これで、もらった質問は全てお答えできました。

刈谷光輝さん、Rレモンさん、竜宮小僧さん、ご協力ありがとうございました。

 

「満足できるお答えができてなかったら申し訳ないです」

 

四季もなかなかテンション高かったね。

口もよく回ってたし。

お疲れ様。

 

「優月も司会進行お疲れ様」

 

そして最後に。

ここまでお付き合いしてくださった皆さん、今回は本当にありがとうございました。

 

「読者の皆さんも本当にありがとうございました。

 

では、次回からのメインストーリーでお会いしましょう。

 

 

それでは。

 

「またすぐに会いましょう」

 

 

 





思いつきで始めた企画でしたが、最後までやり通すことができて、本当に良かったなと思います。
ここまで読んでくださったみなさんに、今一度感謝を申し上げます。

ありがとうございます。


そして。
質問ご協力くださった、刈谷光輝様、Rレモン様、竜宮小僧様、本当にありがとうございました。
みなさんのおかげで、ここまで話を広げることができました。
私一人では、思いつかない質問ばかりでした。たいへん助かりました。

本当にありがとうございました。


さて。
今回の企画なのですが、次に機会があればやろうか迷いますので、アンケートだけご協力ください。

こういったメインストーリーに関係の無い話は、

①今回限りにしてほしいか。
②できたら次も見てみたいか



それでは、次回から本編が始まります。
夏休み編ですね。
よろしくお願いします。


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中学最後の夏休み 〜暗殺の時間〜 積み立てる時間

 

 

 

 

 

夏休みに入って十日ほどが経った。

すでに8月になっていて、島での暗殺も早いものでもう一週間後まで迫っている。

 

この十日間の時間の流れは、異常なほど早く感じた。島での計画を起こして具体的に組み立てて、現実的に煮詰めてたら、あっという間に過ぎてった。

正直、全然足りない。

 

「……ヤバイ。もう一週間しかない。早過ぎる」

 

 

学校の裏山。

木々や草むらに囲まれて一人。

全周囲から鳴り響くセミの鳴き声にもようやく慣れた。

 

今日は島での暗殺のための訓練日。

他のみんなは運動場で射撃訓練。

私だけ別行動。

 

 

「……計画は粗方整った。問題は場所。下見できないから実際の現場が不確定。それが、どうなるか。律が衛星情報から個人ブログの写真まで拾ってくれたけど、実際を見ないとどうにも……」

 

ブツブツと続いた独り言が止まった。

 

セミの大合唱の中に、カサカサと草木が揺れる小さな音が耳についたから。

 

風で揺れたにしては不自然な音。

 

「…………」

 

息を潜める。

警戒を強める。

全身に緊張が走る。

 

けれど、外見上は平然に。

気づいてないフリがこの相手に通じるか。

 

 

音はまだ続いていたが、急に止んだ。

周りにはセミ音だけが鳴り響くだけ。

 

深く息を吸う。

ゆっくりと吐いた。

 

 

来る。

8時方向。

私のちょうど真後ろ。

距離はおよそ10m。

会敵まで、あと3秒。

 

動いてるのに、足音はほぼない。

地面の草木を掻き分ける音も小さい。

 

おそらく、プロの殺し屋。

あと1m強。

 

私は振り向いた。

 

そこにいたのは、

 

 

「……むぅ」

 

地上1mほどの高さで静止している長身の男性。

壮年の外国人。

強面でほりが深い。

 

「……って、ロヴロさんじゃないですか」

 

プロの殺し屋のロヴロさん。

殺せんせーへの刺客を斡旋していて、イリーナ先生の師匠である人。

 

ロヴロさんは、今糸で吊り上げられている。

右手には対先生ナイフ。

多分、前のように腕試しに来たらしい。

 

「……すまない。下ろしてくれないか?」

 

「ああ、はい」

 

 

私は両手を振って糸を解く。

糸の音はセミの鳴き声に消されて、私にも聞こえない。

 

糸の拘束が解けたロヴロさんは、ヒラリと着地した。人並み外れたバランス感覚だ。私だったらずっこけてる。

 

「たった2ヶ月で技が洗練されている。凄まじいものだ」

 

「今日はどうしたんです?」

 

「カラスマに呼ばれてな。君たちの暗殺計画のアドバイスに来たんだ。運動場に君の姿が無くて、聞いたらここで個別に訓練してると」

 

ロヴロ先生は、私と話しながら周りを窺っている。仕掛けを見抜こうとしているようだ。

 

 

「気配を殺して近づいたはずだが、気付いていたようだね。どうやって感知したんだ」

 

「気配を消すことはできても、存在を消すことはできないでしょう?」

 

「……面白いな」

 

 

「軽口ですよ。真に受けないでください。この裏山の木々や草むらに極細の糸を展開してあります。誰かが草むらをかき分けたり、枝を払ったりしながら歩いた時の振動が糸を伝って、私の近くの枝が揺れるようにしました。私が一人で訓練する時は、こうやって網を張るようにしてます。殺せんせーが近づいて来た時に、ネタがバレないように用心してるんです」

 

「なら、私を拘束したあの技は?君が何かしたようには見えなかったが」

 

 

「人が悪いですね。そんなこと教えられなくたって、もう気付いてるんでしょう?私の技を盗むおつもりですか?」

 

 

「さすがにこの歳になると、新しい技術はもう覚束ないね」

 

「まだまだお若いでしょに」

 

「老い先短い老人だよ。孫の成長が唯一の心残りの弱々しい男だ」

 

 

そう言うと、ロヴロさんは笑った。

何が面白かったのか、私には分からなかった。

なにかのジョークだったのかもしれない。

 

 

 

「君の糸は島でも使うのかね?計画書には載っていなかったように思ったが」

 

 

「もしものため、ですね。作戦通りに行ったら必要ありません。それに、殺せんせーを糸で拘束することはできません。糸の使い道は先生を囲って逃がさないようにするためです」

 

 

「ワイヤーで囲ったところで、ヤツの逃亡を防げるとは思えんが」

 

「はい。普通の糸やワイヤーなら先生のスピードで簡単に千切れてしまいますね。それに、殺せんせーの身体って、柔らかいのに銃弾も効かないくるい丈夫ですからね。なので、烏間先生に対先生ナイフと同じ素材でワイヤーを用意してもらっています。それなら、殺せんせーも強行突破はできませんからね。島での決行日には間に合うとさっき聞きました」

 

「こんな短い期間で間に合うのかね?」

 

「ああ、いえ。元々糸自体は打診してたんですよ。もう2ヶ月以上前ですね。私が耐久性や隠密性に何度も口出ししたので完成が遅れてしまったんです。ようやくですよ」

 

「2ヶ月以上、となると、私が初めてここに来るよりも前のことか。大した手回しだ。私の部下に欲しいよ」

 

「お褒めいただきありがとうございます」

 

今度は、私にも通じた。

私も笑顔で返答する。

私は周りに張っていた糸を回収する。そのままにしとくと、殺せんせーが見つけてしまう恐れがあるからだ。

回収作業には、ロヴロさんも手伝ってくれたから時間はそんなにかからなかった。

 

ロヴロさんと一緒に運動場に戻る。

その時に、少し雑談をした。

 

 

「お孫さんがいるって言いましたが、奥さんや息子さんはロヴロさんが殺し屋だって知ってるんですか?」

 

「知ってるもなにも、妻も同業者だよ。イリーナの世話をしたのもあいつだ」

 

「えっ?そんなですか?じゃあ、殺し屋一家ってことですか?

 

「いや。息子は違う。裏の世界など何も知らんまま生きている。知らないまま生きて、結婚し、子に恵まれ、普通で幸せな家庭を持った一般人だ。だから当然、孫もこんな話は知らんさ」

 

 

「子どもには殺し屋になって欲しくなかった、ってことですか?」

 

「……どうだろうな。昔は、息子に殺し屋としての才能が無い、こっちの世界で生きていくことはできないと思っていた。だから、普通の生活を送らせた。だが、今思えば……息子が嫁や孫と幸せに笑っているのを見ると、俺はその光景を初めから望んでいたようにも思えるのだ」

 

「…………」

 

「息子だけは、俺とは違う人生を、明るい世界で生きてほしかったと、心のどこかでそう思っていたのかもしれん。都合のいい話だがな」

 

 

「『都合がいい』。どこがですか? 自分の子どもが幸せに生きてほしいと願うことは、親にとって当然のことでしょう?」

 

「…………」

 

「今現在息子さんが幸せに生きてるなら、ロヴロさんの子育ては、成功だったってことの証明でしょう。ろくな未来も見えないのに殺し屋として育てて、任務に失敗して死んで終わるような人生より、よっぽどか真っ当ですよ。たとえ、ロヴロさんがイリーナ先生のような暗殺者を何人も育て上げたような人物だとしても、自分の子どもも同じように殺し屋として育てなければいけない、なんて決まりも、理由も、どこにもありません」

 

「…………」

 

「ロヴロさんも良かったじゃないですか。長生きしたおかげでお孫さんにも恵まれたわけですから。せっかく掴んだ幸せなのに、それを堪能せず捨てるような真似をしたら、それこそ天罰が下りますよ」

 

 

話していたら、裏山の森を抜けた。

私たちは、ここで一旦立ち止まる。

陽射しの鋭さに驚いたからだ。

さっきまで枝葉に遮られていた陽射しだが、運動場に出たら、私の全身に刺さるように照らしている。

 

眩し過ぎて、思わず顔の前を手で覆う。

体感温度も、ぐっと上がった気がした。

みんなこんな暑い中で訓練してたんだな。私一人だけ、そこそこ涼しかったよ。

 

そのみんなは、今は休憩している。

運動場の外れにある木陰に入っていた。

今はまだ、誰も私たちに気付いていない。

 

そちらへ行こうと歩き始めた。

けど、ロヴロさんはまだ立ち止まっていた。

 

 

「どうしたんですか?」

 

「……いや、何でもない」

 

声をかけると、ロヴロさんはこちらを向く。表情からするに、なんだか考えごとをしてるみたい。ロヴロさんのこういう顔は初めてだ。

 

どうしたんだろ?

 

 

「四季くん」

 

「なんでしょう?」

 

名前を呼ばれだけだが、正直、びっくりした。

だって、いつも『君』と言われていたから。

名前で呼ばれたのは初めてだ。

 

ロヴロさんは私の方へ歩いて来る。

私は立ち止まったままだ。

 

「君たちが3月までにヤツを殺せなければ、私も孫も、人類皆一緒にあの世行きだ」

 

「そうですね」

 

「だから、私たちの未来を任せたよ」

 

それは。

今までに聞いたことないような、優しい声だった。

そして、ロヴロさんが私の横を通り過ぎる時、ロヴロさんは私の肩を優しく叩く。

 

すぐに振り返る。

ロヴロさんの背中が目に入る。

背筋がピンと伸びた後ろ姿は変わらない。

何も、変わらないように見えた。

 

 

思わず、叩かれた肩をさする。

 

 

「……これからも、サポート頼みますねっ!」

 

私はロヴロさんにそう答えた。

距離が離れたから、少し声を張った。

 

ロヴロさんは振り向くことはなく、手を上げるだけだった。

 

私は、小走りになって、ロヴロさんの隣へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 



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懺悔の時間



今回は短めになりました。
この章では、話の切るとこが難しくなりそうです。
話毎に、文字数ばらつくかもしれません。



お付き合いください。


 

 

潮風が私の前髪を揺らしている。

耳を澄ますと、船が海を割いて出す波の音しか聞こえない。それがとても心地良い。

目の前の景色は、白波が立つ海原だ。視界の果てまで海が広がっている。

 

当然だ。

海は広いな大きいな。

もちろんそれは知ってたけど、周囲が水平線に囲まれたこの景色を実際に見るのは初めてだった。

 

沖縄リゾート二泊三日。

その初日。

まずは移動から。

東京から沖縄まで飛行機で飛び、空港から港までバスで向かい、港からこのフェリーに乗って島へ向かう。

 

東京を発ってもうすぐ6時間経とうとしている。今はフェリーで海の上だ。

 

私はフェリーの手すりにもたれて、景色を見ていた。このフェリーも相当豪華で、何階層もあるし、デッキにはプールもある。島のホテルも相当豪華らしい。毎年こんな旅行を実行できるほど、椚ヶ丘学園は潤っているのか。

 

学校経営ってそんな儲かるものだったとは。

 

 

目的地の普久間島まで、あと20分そこらで着くらしい。さっきアナウンスが鳴っていた。船の進む先に目をやると、ぼやけているが島の姿が見えている。

 

みんな船の先端の方で島に着くのを楽しみしていた。私は船の横っ側にいる。周りには誰もいなかった。

 

 

「おい、四季。何やってんだよ、こんなとこで」

 

誰もいないと思って気を抜いてたら、遠くから声をかけられた。声のした方を見ると、寺坂くんがいた。

 

一人だった。

 

 

「海見てんのよ。船に乗るなんて初めてだからね」

 

そう言って、私はまた海の方を向いた。

海というのは、思っていたよりも汚い。

色合いが緑がかってるのもそうだけど、ゴミというのか、木片やらよく分からないものまで浮いている。

 

見るだけで、現実というものを教えられた。

 

「ほぉ、船に乗んの始めてなのか」

 

寺坂くんは私の隣まで来ていた。

目を向けたわけじゃないけど、声が近くから聞こえたらだ。

 

「船に乗るのもそうだし、飛行機だって初めてだよ」

 

「マジかよ。意外じゃねーか」

 

「意外なの?」

 

「旅行とかの経験多いと思ってたわ。多趣味だしよ」

 

「旅行なんて行ったことないよ。県外に出るのも、学校の修学旅行と自然教室以外経験無いし」

 

「……そうなのか、悪ィ」

 

寺坂くんの顔を見ると、焦った表情をしていた。波風が気持ちいいのに冷や汗もかいている。

 

それを見ると、ちょっと面白い。

 

「なんだよ、ジロジロ見んじゃねぇよ……」

 

「なんでもないよー」

 

寺坂くんの目が泳いでいる。

さっきからソワソワしっぱなしだし、何か用があるらしい。

 

「……服、似合ってんな」

 

寺坂くんがボソっと言った。

最初、独り言かと思ったけど、どうやら私に言ってくれたようだ。

 

 

「似合ってるぅ?ありがと」

 

そう言うと、寺坂くんは驚いて顔を上げた。

思わず半歩後ずさりしてるし。

 

リアクションが新鮮で面白い。

 

 

この二泊三日は別に学生服の指定はない。だから、みんな私服だ。

みんなオシャレだなと思った。

 

 

私の今日の服装は、下はピンクベージュのロングフレアスカートに白のストラップサンダル。上は白黒ボーダーのVネックシャツ。今は涼しいからダークネイビーのパーカーを羽織ってる。

 

全部最近買ったものだ。家にあったものは、サイズが合わなくなってほとんど捨てた。久しぶりに服を買った時思ったのは、とにかく高いということだった。

 

「普段からそういう格好してんのか?」

 

「んー?まあ、あんま着ないね。そもそも、私ほとんど家から出ないし。買い物だって、普通に部屋着で行くし。どこかに出かける時くらいだよ」

 

「へぇ」

 

「最近着る機会増えたけどね。渚くんと一緒に吹奏楽コンクール観に行ったりしたし」

 

「……へぇ」

 

そこから沈黙が続いた。

寺坂くんが黙ってしまったからだ。

ずっと海を見てたから、この沈黙に気付くのに少し遅れた。

 

何か話そうかと思ったけど、寺坂くんが口を開いた。

 

 

「……この前は、悪かった。マジで申し訳ねェ」

 

この前?

一瞬分からなかったけど、すぐピンときた。

プールでの一件のことだろう。

 

「あれね。過ぎたことだよ。もう気にしなくていいのに」

 

「……傷も残ってるって聞いた」

 

傷。

たしかに残ってる。

右腕の二の腕部分とか、左の太ももとか。

 

「傷っても、大したことないのばっかだよ。目立つものでもないし、顔に残ったわけでもない。普通に生きてたら普通にできるような傷だよ」

 

「だがよ、俺ぁ……」

 

「『お前を、殺しかけた』ってか?」

 

寺坂くんの言葉を遮って言ってやった。

彼の目を見ると、目が合う。

 

罪悪感と後悔が見て取れる。

あの日から、ずっとこうなのかもしれない。

 

寺坂くんは意外に繊細なのだ。

 

「私は今生きてるよ。それで充分じゃない?」

 

「…………」

 

寺坂くんは、私から目を逸らした。

私も視線を目の前の海へと移す。

 

「もし、それでも気が晴れないなら、これからの暗殺を頑張ってよ。暗殺でしでかしたミスなら、暗殺で挽回する。それが、私にとっても一番良い。……っても、寺坂くんは今回触手破壊の権利を4つももぎ取ったわけだし、充分過ぎる成果出したじゃん。私なんか一つも取れてないし。それでチャラね」

 

そう言って、私は寺坂くんの肩を叩いた。

それでも、寺坂くんの顔は晴れない。

 

こういうのは、自分が認められないと晴れないものだ。本人にどれだけ言われても、気持ちが救われないこともある。

 

 

「頼りにしてんだから」

 

そう言い残して、私はここから離れる。

もう私が言えることは何も無い。

後は、寺坂くん次第だ。

 

 

「四季っ!」

 

大声で呼ばれたから、びっくりした。

思わず振り返る。

 

寺坂くんは、私の方を見ていた。

 

「俺は、お前が……」

 

 

「あ! 四季さーん!」

 

後ろからまた呼びかけらた。

結構大きな声だったから、寺坂くんの後に続く言葉を遮った。

 

振り返ると、渚くんがいた。

小走りに近づいてくる。

 

 

「渚くん、どしたの?」

 

「島にもう着くから一旦集合だって。デッキに四季さんがいなかったから、みんな探してたよ。あ!寺坂くんも!」

 

渚くんは私の後ろにいる寺坂くんにも呼びかけた。

声音や表情から、渚くんもワクワクしてるらしい。待ちに待った島がすぐそこまで来てるから、そうだよね。

 

 

「寺坂くんも行こうよ」

 

私は後ろにいる寺坂くんにも声をかける。

彼の言葉の続きは、この場では聞こうとは思わなかった。

 

「……おお」

 

彼も口を噤んで、私と渚くんの後をついてくる。

 

さあ。

島はすぐそこだ。

今日、殺せんせーを殺す島になる。

 

私たちは、そのために来たんだ。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 





そういえばですが、番外編のアンケートの回答をしていただいてありがとうございます。回答者が200人になるまで続けようと思いますが、今のとこ番外編はいらないという意見が多数派です。

私自身、正直ショックでした。
ですので、もう一つ追加でアンケートにご協力をお願いしたいです。

内容は『今回の番外編の不満点について』です。
考えられる限り要因をあげましたので、該当する、もしくは近しい事項にお答えいただくらようお願いします。

今後のためにも、できる限り多くの方に回答していただけると、私は大変喜びます。





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仕掛けの時間



投稿に四日くらい間が開いてしまいました。
この四日で、鬼滅の刃の2次創作を適当に書いてたからです。投稿するつもりはまだ無いですが、ストックが10話くらい溜まって、それでも書けると思ったら投稿するかもしれません。

こっちは、まだまだやるつもりなので、これからもよろしくお願いします。


 

 

 

沖縄県普久間島。

リゾートホテルがいくつも建ち並び、綺麗な砂浜に透き通った海辺、その他レジャー設備も整った国内でも有数な高級リゾート地だそうだ。

 

来る前にいろいろ写真を見たけど、どこもかしこも金のかけ方がえげつかない。一泊でいくら取られるのか、想像もしたくない。

 

こんな機会がなければ、人生で行くことは絶対に無かっただろう。

 

 

今いるのは、ホテルの目の前のビーチサイドにあるテラス。上を見上げると、雲がほとんどない青空だ。雲の白さも、空の澄み具合も、日輪も、東京とはまるで違う。

 

「すごいなぁ、沖縄」

 

椅子にもたれながら、呟いた。

暑さも、全然辛くない。

心地良くて、そのまま一眠りできそうなほど気持ちの良い暑さなのだ。こんな気候があったなんて知らなかった。沖縄に暮らす人の夏は最高だな、と頭の悪いことを考えて、フッと笑ってしまう。

 

 

「皆さまようこそ、普久間島リゾートホテルへ。サービスドリンクのトロピカルジュースでございます」

 

 

ギャルソンらしきスタッフがトレイの上に並んだジュースを木村くんの前に置いた。もちろん、コースターを先に敷いている。すぐに同じテーブルにいる三村くんにも差し出す。

 

そのスタッフの動きに目がいく。

一つ一つの動作がとても丁寧で、無駄がない。

そのスタッフはテキパキとジュースをE組のみんなと殺せんせーに配っていく。全員合わせて30人弱いるというのに、その人数をたった一人で配っていた。大変だろうなと思うけど、それでも全く苦ではなさそう。

 

あっという間に、私のとこまで来た。

 

 

「あ、私飲まないんで大丈夫です」

 

テーブルに置こうと手に持ったグラスが止まり、中に入ったジュースが慣性で揺れた。そのスタッフは、グラスを持ったまま、私を見る。

 

「よろしいのですか?」

 

「ええ。私、ジュースとか甘いもの飲めないので」

 

「……左様でございますか。失礼いたしました」

 

スタッフは一瞬驚いた表情をしたが、すぐに笑顔に戻る。この辺の切り替えもプロだなぁ、と感心する。そのスタッフは私のグラスを持ってトレイに戻す。

 

再び、他の人たちに配り始めた。

 

「四季さん、本当にいいの?」

 

「このジュース、とっても美味しいのに」

 

「うん。飲み物はね、甘いの無理なんだ。水か、お茶か、コーヒーしか飲めない」

 

「でも、ケーキとかお菓子とか、そういうのは大好きじゃん」

 

「食べ物と飲み物は違うんだよねぇ。炭酸も飲めないし。飲むと胸焼けするんだよ」

 

みんながストローでジュースを吸っている。表情見るに、とても美味しそう。飲めない私の身体が恨めしい。

 

「例のアレは夕飯の後にやるからさ。まずは、遊ぼうぜ、殺せんせー!」

 

「修学旅行ん時みたく班別行動でよっ!」

 

前原くんや岡島くんが提案する。

修学旅行の時も、私たちが班に分かれていたところに、時間別で殺せんせーが同伴して行動していた。

 

これも計画のうち。

殺せんせーの居場所をそれぞれの班のいるところに誘い出して、その間他の班が暗殺の準備を進める。殺せんせーに準備しているとこを見られないようにするためにも、すでに巡る地点は決めてある。空中、沖合、洞窟、どの地点も暗殺のスポットからはかなりの距離を取ったから、殺せんせーに勘づかれるリスクは抑えたつもり。

 

なのだが。

 

「ヌルフフフ。賛成です。よく遊びよく殺す」

 

殺せんせーはサングラスーーヴィレバンとかドンキとかに置いてありそうな、パーティ用のふざけたデザインのやつーーを外した。

 

その目は、とても楽しそうで。

とても余裕そう。

 

 

「それでこそ、暗殺教室の夏休みです」

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

「上手いことやるもんだねー」

 

カルマくんが空を見上げながら呟いていた。

私も同じように見上げている。

 

殺せんせーは今、磯貝くんたちの一班とエアレジャーを楽しんでる。モーターパラグライダー、というやつらしい。自転車みたいなサドルに乗って、モーターエンジンで空を滑空するレジャーらしい。めちゃくちゃ楽しそうだけど、私は下を見たらビビってしまいそうなんで、辞めた。

 

「かなり距離取ってるからね。あれなら殺せんせーでもこっちまで見れないでしょ」

 

「それに暗殺も混ぜて他の班に意識を向けないようにしてる」

 

カルマくんや杉野くん、渚くんたち男子グループはダイビングスーツに着替えている。酸素ボンベやら足ヒレまでつけての完全装備。今から潜っていろいろやってもらうのだ。

 

 

「次はうちの班に来る番だよ!やることやって着替えないと!!」

 

「おーう」

 

「オッケー」

 

渚くんたちが潜り始めた。

 

「じゃ、私たちもやりますか」

 

私は横に置いといたカバンを持って、目の前にある小屋に入る。茅野ちゃん、神崎さん、奥田さんも続いて入った。

 

ここは、私たちが泊まるホテルの離れにある、水上パーティルーム。

 

夜の暗殺は、ここで決行する。

 

カバンを開けると、透明な細い糸が巻きついたリールが数本と金属部品と工具各種。

 

私たちの仕事は、この小屋から殺せんせーから逃げられないように網を張ること、そしてこの小屋を暗殺計画のために少し改造すること。後者は私たちの後で別の班も取りかかってくれるから、別にやり切る必要はない。

 

問題は前者。

実際の現場を見るのは、これは初めてだ。

一人で黙って、小屋の中をウロウロする。

壁を触り、窓枠や柵を触り、天井を見上げる。

全体を見回るのに、1分ほどかかった。

 

 

「……何とかいけそうだね」

 

「そっか、良かったぁ」

 

「じゃあ、私たちは外側から穴開けてくるからね」

 

そう言って、三人とも工具といくつか部品を持って一旦部屋を出た。お淑やかな神崎さんに引っ込み思案な奥田さん、そしてちっちゃい茅野ちゃんの三人組には似合わないけど、それでも軽々と持っていく。

 

三人の背中から勇ましさを感じるほどだった。

 

 

 

三人が出て行った後で、私は手袋をはめてリールから糸を解く。烏間先生からつい昨日渡された一品だ。実際に殺せんせーを相手に試したことはないけど、殺せんせーの身体を豆腐のように切り裂くことは間違いない。

 

私はその糸を天井に巻きつけ、壁にも張り巡らせる。といっても、不要に糸を敷き詰めると、殺せんせーは看破するだろうから、逃げ道になりそうな隙間がなくればいい。ただ、殺せんせーは私の糸技術を知っているから、何か対策をしてるかもしれない。

 

 

「考え過ぎてもしょうがないか」

 

作業が終わったから手袋を外す。使い終わったリールを鞄にしまった。思ったより使用量が少なくて、一本まるまる余ってしまった。

これはラッキー。

使い道は絶対にあるから、とっておこう。

 

私は未使用のリールをパーカーのポケットに入れて、小屋の外に出る。

 

「こっちは終わったけどー。みんなー、どうー?」

 

呼びかけたら、神崎さんたちがみんな戻ってきた。

 

「穴も開けれたよー。部品も通るし、こっちも問題なさそう」

 

 

茅野ちゃんの説明を聞いている時に、海面が揺れて水飛沫が立った。見ると、真っ黒のダイビングスーツを来た三人が海面に浮かび上がって来た。タイミングよく、渚くんたちも戻って来たようだ。

 

三人とも桟橋に登って、酸素ボンベやゴーグルを外す。

 

「首尾はどう?」

 

「計画通りいったよ」

 

「想像以上に大変だったわ」

 

「でも誤差無しのはずだよー」

 

三人の話を聞きながら、女子グループが三人の酸素ボンベなどの装備を外していく。つけてる本人じゃ外せないものもあるから共同作業だ。

 

 

茅野ちゃんは渚くんの、神崎さんは杉野くんの、奥田さんはカルマくんの、という風に分かれていた。

 

私はそれをすぐ近くで見ている。

 

ふむ。

期せずして、というのか。

それとも、これが運命なのか。

組分け方が神がかっている。

 

 

これは良い画だな、と思ってポケットからスマホをポケットを取り出す。このスマホは渚くんのだ。潜る前に預かっていたのだ。杉野くんとカルマくんのスマホも私が持っている。

 

気づかれないように、スマホを構えて写真を撮った。

 

パシャり、と音が鳴った時、六人ともすぐにこちらを向く。

 

カメラ目線をもらったので、もう一回撮影。

 

無警戒バージョンと目線バージョンの2枚だ。シチュエーションといい、これはかなり貴重な写真だろう。

 

 

「ちょっ、四季さん!それ、ぼくのスマホ!?」

 

「うん。渚くんの奴が一番画質良さそうだったから、借りちゃった」

 

「パスワードは!?なんで開けれるの!?」

 

「パスワードなんて、渚くんスマホいじる時いつも無警戒じゃん。覚えちゃったよ」

 

「ぼくのプライバシーはどうなるのさっ!?」

 

「まあまあ。これから気をつけてけばいいさ」

 

渚くんが、うぅと涙目になっていた。

あら可愛い。

 

「撮った写真みんなにも送っとくね」

 

「ぼくのスマホなのに、スラスラ使いこなしてるよ……」

 

「えっ?写真!?撮ったの!?」

 

「みんな無警戒だったから、良い顔してたよ」

 

「恥ずいよ!四季さんお願い!消して!!」

 

 

「消すなんてもったいない。旅の思い出だよ。後から思い返すのに良い写真だと自負してるんだから」

 

渚くんに茅野ちゃん、奥田さんに杉野くんは恥ずかしがっていた。奥田さんは、はわわ、といった感じで、杉野くんはちょっと青ざめてる。

 

各々のリアクションが面白い。

 

神崎さんとカルマくんは平常っぽい。

この二人はあんまりボロを出さないから、中々新鮮な一枚が撮れない。島の間で撮れればいいけど。

 

 

「でも、四季さんが写ってないわ」

 

そう言ったのは神崎さんだ。

彼女は、少し不満そうに見えた。

 

「私はいいよ。写真嫌いだからさ」

 

 

これはでまかせだった。

本音を言えばどうでもいい。自分が写ることに抵抗も無いし、写りたいという欲もない。そもそもプライベートで写真を撮ることはほぼないし、仮に撮ってもその写真を見ることはない。

 

良い思い出なら、全部覚えてるからだ。

 

 

この答えでは、神崎さんの不満感は払拭できなかったようで、口を尖らせていた。

 

 

 

この5分後に殺せんせーが、私たち4班のとこにやって来る。殺せんせーには秘密にしないといけないから、写真の話題ができない。けど、何かあったのは勘付いたようで、おやおやぁ、と勘ぐっていた。

 

 

 

仮に。

もしも。

 

今回の暗殺が失敗して、

殺せんせーが生き延びたら、

この写真を送ってあげよう。

 

そう思ったら、フッと笑みが漏れた。

 

 

 

 

 

 

 



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