暗殺教室 ALTERNATIVE (アンチメシア)
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0時限目「超生物の時間」

最初から1万文字を超えるとは自分でも思いませんでしたが、書きたいことを詰め込んでいったらこうなってしまいました。

この小説は暗殺教室を自分なりに再構成したものです。
故に原作ではボカされたり、無かった描写などを幾つものオリキャラや独自設定等で埋めていく予定ですが、あくまでこの作品の主人公は殺せんせーと渚のつもりです。

更新は不定期となりますが、読んでくれる方はよろしくお願いします。


昭和初期頃に立てられたのであろう前近代的とも言える程に古ぼけた校舎、その中のたった一つの教室に「3-E」と書かれている表札が掛けられている。

その教室の中では、それぞれの席に着くクラスの生徒達の全員が緊張を隠せない面持ちで一つの教壇に目を向けて何かを待ち構えている。

やがて、教室と廊下を隔てる戸が開け放たれるとヌルヌルと歩く…否、幾本の足を器用に這わせながら教室に入ってきたそれは教壇に立つ。

明らかに2mを超えているその巨体は何もせずとも中学生の子供達が気圧されるのに十分な威圧感を放っていると言っていいだろう。

が、その巨体以上に目が行くのはその奇妙な姿形であろう。

アカデミックドレスに三日月のネクタイをあしらっているその服装は学問に携わる者を表していると言える、問題なのはそれを纏っているのは全身が黄色くツヤツヤした皮膚、服から伸びる無数の触手、そして何よりも注目が向けられる丸い頭部には点のような眼と整然と並ぶ白い歯が三日月状に並び、妙な愛嬌を漂わせている。

まるでタコをモデルに戯れに描かれた低年齢層向けの漫画のキャラクターといっても過言ではない存在が教壇に立っているその光景は正に場違い極まりない…それどころか物語のジャンルが違うのではないか?と言うしかないだろう。

もちろん、そんな存在に相対する子供たちも普通ではなかった。

 

「起立!」

 

ここまでなら普通の学校でも見られる日直の号令なのだが、問題はその子達が手に持っている物だった。

それは、拳銃(ハンドガン)散弾銃(ショットガン)突撃銃(アサルトライフル)狙撃銃(スナイパーライフル)機関銃(マシンガン)――(ガン)(ガン)(ガン)ガンがんGUNgun

 

銃規制の厳しい日本国内で銃刀法違反なんのそのと言わんばかりに、銃火器を両手に構えて教壇に立つ存在に銃口を向ける子供達。

構え方は拙く素人丸出しだが、これだけの銃を向けられ、その引き金が引かれればどんな達人だろうと避けることは不可能だろう。

しかし、目の前に立つ存在は怯むこと無くニヤニヤと舐めるような笑みを見せつけている。

 

「気をつけ……」

 

そんな対象を睨みつけながら、子供達は引き金に掛かった指に力を込める。

 

「礼!!」

 

その瞬間、彼らは遂に目の前の存在に向けて一斉に引き金を引いた。

 

ドパパパパパと轟音を立てて一斉射撃が始まるが、銃撃音にしては音撃の一つ一つは妙に小さい……それもそのはず、銃口から放たれてるのは弾丸は全てBB弾だ。

 

―――――――――――――――僕らは、殺し屋―――――――――――――――

 

まだ慣れない銃を、それでも真剣な表情を崩すこと無くM16モデルの電動空気銃(エレクトロエアソフトガン)の引き金をフルオートで引き続ける一人、潮田渚はこの異常な空間に今の自分を当て嵌めつつ、心の中で呟いていた。

男女どちらともとれるその名前とセミロングの水色の髪をピッグテールにした髪型が特徴的な中性的で可愛らしい顔立ち、加えて小柄で肉付きの少ない華奢な容貌からよく女子と間違えられるが、れっきとした男子生徒である。

 

―――――――――――――――標的(ターゲット)は、先生―――――――――――――――

 

その奇怪な生物――彼らに“先生”と呼称されているものは、無数に放たれ続けるBB弾を目にも留まらぬ速さで回避していく。

しかも、その表情には余裕の笑みを讃えたまま器用に出席簿を人の手に相当しているのだろうアカデミックドレスの袖から出ている触手に取って開く。

 

「おはようございます。発砲したままで構わないので、出席を取ります」

 

朝の挨拶をすると、もう片方の触手()にボールペンを取り、弾幕を残像が出る程のスピードで目の前の子供達――生徒らの名前を読み上げていく。

 

「磯貝悠馬くん」

「……!!」

 

出席番号“2番”、学級委員長を務めるクラスのリーダー的存在たる磯貝悠馬が返事をするが銃声にかき消されてしまい、教室内の誰の耳にもよく聞き取れない。

 

「すみませんが、今は銃声の中なのでもっと大きな声で」

「は、はいっ!」

 

誰のせいだよ!と愚痴を零したい気分になりつつも、磯貝は言われた通りにいつもより声を張り上げて返事をする。

返事を受け取ったその生物は笑顔で頷いてボールペンを用いて出席簿に記すと再び生徒達の名前を読み上げる。

 

「岡島大河くん」

「はいっ!」

「岡野ひなたさん」

「はい!」

 

こうして、その生物は今まさに自分を蜂の巣にせんとする弾幕にさられている中、朝の点呼をありふれた日常のように何食わぬ顔で悠々と終えていくその光景はこの世の物とは到底思えないものだ。

“先生”というのは比喩でも何でもない。目の前の弾丸を避け続ける謎の生物は、このクラス……椚ヶ丘学園中等部こと椚ヶ丘中学校、特別強化学級『3年E組』正真正銘の担任教師である。

 

「潮田渚くん」

「はい!」

 

自分の名前が呼ばれるのと同時に銃声に消されぬよう強く声を発して返事を返す渚だが、声の大きさとは裏腹に当に諦観の淵に意思を沈めていた。

 

――何やってるんだろう僕達……

 

どうせ、今日も命中することなんてないのに……渚がそう思ってしまう程、この光景は既に何日も繰り返されてきたものに過ぎなかった。

ならばどうして、受験生たる彼らがこのような特殊部隊じみたことをしなければならなくなったのか。

 

ことの発端は約1週間前に遡らなければならない――

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

東京都西部にあるベッドタウン、椚ヶ丘市。

その西部に今や市の象徴の一つとも言っても過言ではない程の広大な土地を構える学校法人、椚ヶ丘学園。

今年で創立10周年を迎える中高一貫のその巨大な学園は『教育界の風雲児』と名高い理事長、浅野學峯が唱えた「高度成長教育」の理念を元に全国でも屈指の進学校として名を馳せており、現在も度々ニュースで取り上げられ、文科省の有力者や海外からも視察が絶えないくらいの注目を受けている。

理念通りの教育レベルの高さもさることながら、学園の誇る数々の施設も新時代の名門校に相応しい最新の設備が整えられており、アメリカのアイビー・リーグを始めとした有名大学らと遜色ないとされ、入学を希望する生徒も都内はもちろんのこと北海道から沖縄までといった都外からも訪れるなど、生徒数は年々増加している傾向から、近々高等部、中等部に続いて初等部の設立も計画されているという学園の成長は留まることを知らない。

そんな学園の一角である、体育館で椚ヶ丘学園の始業式が行われていた。

壇上で校長、松村茂雄による長い挨拶も春休み明けの生徒達が欠伸を噛み殺している最中、ようやく終えようとしている所だった。

 

「……ということで、今日から新学期を迎えることになりますが、この1年をどう勉強に取り組むのか?特に3年生の皆さんは今後の人生が決まるといっても過言ではありません。

くれぐれも彼ら……えー、何でしたっけ? ああ、そうでした思い出しました…3年E組の方々のようにはなってはいけませんよ」

 

明らかな悪意が込められたその言葉が発せられた先にいるのはE組の生徒達だった。他のクラスの生徒達から浴びせられる嘲笑、冷笑に怒ることなく只々と俯いて心の暴力に耐え忍んでいる。

そのうちの一人である潮田渚は、何か気になったのか自分たちを嘲笑う同級生たちに密かに目を向ける。

E組とは何から何まで正反対の位置にいる最優秀の特進クラスであるA組の列にマッシュボブの髪型に大きな瞳と細い顎の可愛らしい美少女――渚にとって小学校からの幼馴染である斎藤綾香と目があった。

彼女は一瞬、悲痛な表情を浮かべながらもすぐに渚から目をそらしてしまった。

 

――綾香……

 

中高一貫の椚ヶ丘学園では、高等部への進学は基本エスカレーター式となっている。

ただ、一クラスを除いてだが……

それがE組である。

一流の名門である高等部に進学すればもはや将来は約束されたも同然となるが、中等部に入った時点でその切符を容易く渡してしまったり、そして高等部に進学した生徒も既に人生は成功したものと勘違いして油断と慢心に囚われ、堕落しかねない。

それを懸念した理事長が編み出した仕組みがあえて一握りの落ちこぼれを生み出すことで差別対象とすることで、他の生徒らが“ああはなりたくない”という緊張感と、“自分たちはこいつらと違う特別な人間だ”という優越感を抱かせることで競争心を刺激させ、より勉学に励むようになるという特別強化学級システム――通称、終わり(END)のE組だ。

実際、まだ10年しか歴史を持たない新設の学園がここまで巨大化する程の成果が得られたのも、このシステムに(もたら)された恩恵がとても大きい。

しかし、そのための生贄に差し出される側としてはたまったものではなく、差別待遇に打ちのめされたもの生徒達は身も心も疲弊して暗く沈んでしまう。

彼女とは去年まで同じクラスだったが、授業についていけなかった自分とは違い苦難を乗り越えて成績を上げ、今年遂にA組に編入した綾香とは離れ離れになってしまった。

綾香は他の生徒とは違い渚との絆は捨てていないことは先程の表情から見て取れたが、成績至上主義のこの学園では成績上位者と成績下位者が明確に分けられてしまうせいで、学内では表立って顔を会わることもできない。

渚は小さくため息を付いて、再び顔を床に向けて俯くのだった。

 

こうして始業式が終わり、渚たちは陰鬱な空気の中で汗水垂らしながら長く険しい山道を登る。

まるで処刑台に向かうような気分のまま山の中腹に辿り着く、そこで先輩である高等部のE組と途中で別れることになる。

高等部のE組校舎はこの中腹のさらに裏側にあるからだ。

 

「んじゃ、また放課後」

「ええ、先輩たちも一年間よろしくお願いします」

「厳密には1年と二週間だけどな」

 

高等部と中等部の3年E組のそれぞれの学級委員長として山縣侑斗と磯貝悠馬が挨拶を交えると各々が通うべき校舎へ向かって歩を進める。

そして、中等部の3年E組が目にしたのは恐らく昭和の頃に建てられたと思われるほど年代を感じさせる程の古い木造の旧校舎であり、建物のあちこちが素人目でも分かるほど傷んでいるのが見え、ろくに手入れも行き届いていないのは一目瞭然であった。

これは予想よりも酷い一年を過ごすことになりそうだ、と皆がやるせない気持ちも抱いて旧校舎へと入っていった。

 

教室に入って一息ついたものの、そんなことでこの陰鬱な気分が晴れるわけではない。

感受性の強い思春期真っ只中の時期にある中学生がこんな仕打ちを受けて希望など持てるわけが無かった。

その時、戸が開け放たれ中に乗り込んできたのは黒いスーツを着こなした精悍な面持ちの男性だった。

丹精な顔立ちにありながら野性味溢れるような雰囲気を身に纏い、スーツ越しでも体格がガッシリしているのが分かるその姿は、一言で表すなら古き良きの日本男児を体現していると言ってよかった。

そんな明らかに只者ではない男が無駄のない足取りで教壇に立って、生徒たちを見据える中、クラス内に困惑が広がるのは当然だった。

 

「誰?」

「何事?」

「あの人、かっこいい」

「新しい先生か?」

「それなら雪村先生はどうなんの?」

 

普通じゃない状況に生徒達があれやこれやと私語が飛び交う中、男は意に介さず廊下に向かって手短に告げた。

 

「入れ」

 

促されたソレは今にも壊れてしまいそうな古めかしい戸を潜るように教室に入ってきたのと同時に、思わず生徒達は沈黙してしまった。

それはそうだろう、彼らの眼前に現れたのは時代錯誤と言っていいアカデミックドレスを纏い、つるりとした丸い顔、服からウネウネと伸びる無数の触手といった異形の生物だったのだから。

男がその場から退き、生物が代わって教壇に立ってゆっくり生徒達を見渡したかと思ったら、口を開いた。

生物の口から発せられたのは信じがたい程に流暢な日本語であった。

 

「初めまして。私が月を破壊した犯人です。来年には地球も破壊する予定です。そういうわけで今日からこの椚ヶ丘中学校3年E組……皆さんの担任になったので1年間どうぞよろしくお願い致します」

 

言うまでもなく生徒達は思わず目が点になるほど呆気にとられて頭の中が真っ白になっていた。

 

(月を壊した?)

(地球を破壊?)

(俺たちの担任?)

(何より……)

 

―――――――――――――――五、六ヶ所ツッコませろ!!―――――――――――――――

 

何が何だかさっぱりわからない!

理解が追いつかない!

一体、何がどうなっている?

自分たちは何されようとしている?

何に巻き込まれた?

 

クラス全員が頭を混乱させている様子に、男は頭を抱えて「やはりこうなるか……」と言葉を零した。

 

「あれ……もしかして上手く伝わりませんでしたか?」

「とりあえず、そこをどけ」

 

目や口にはほとんど変化は無いが、どうやら声色から察するに心配しているようだ。

しかし、このままでは話が進みそうにないので異形の生物を押し退けて彼?に代わって再び教壇に立つ。

 

「混乱させてしまってすまない。コイツにいきなりこんなことを言われた所で頭が追いつかないだろうから、私の方から説明しよう。私は防衛省の特務部に所属する烏間という者だ。ここから先は国家機密に抵触することだと理解して頂きたい。

まず単刀直入に言う……この怪物を君達に殺して欲しい」

 

「はあ!?いきなりんなこと言われたって意味わかんないだけど……」

 

ボソリと聞こえた声はロングヘアーの髪を金色で染めた整った容姿を持つギャル風の帰国子女の生徒、中村莉桜だ。

 

「あー、確かに特殊メイクでも着ぐるみでも無い本物なのは見て分かるんスけど、地球を侵略しに来た宇宙人の類スか?」

 

橙色(オレンジ)に染まったマッシュルームヘアーが印象的だが、それ以外は何の特徴もない平凡な容姿の男子生徒である三村航輝が言う。

長年テレビ業界に身を置いてきた両親を持つ生粋のテレビっ子だからこそ、幼い頃からその手のものに触れてきた見識から、その生物が作り物ではないことやこの状況がドッキリ番組のようなやらせでもないことが彼にはよく分かっていた。

「失礼な!生まれも育ちも地球ですよ!」と生物が側で抗議しているが、それはさておきと烏間は話を続ける。

 

「今はまだ詳しいことは話せないのは申し訳ないが、こいつが言ったことは真実だ。

先日月が破壊されたことについてはニュースで知っているな?」

 

そう、この数日前に地球上の誰もが見慣れた月の7割が突如消滅し、三日月となってしまった人類史上類を見ない大事件で今や大混乱の最中にある天文学者を始め、世界はこのニュースで持ち切りだった。

巨大隕石の衝突か?それとも、異星人の攻撃か?もう二度と満月は見れないのか?等々といった月の崩壊が招いた影響で自然環境の変動や人間社会への混乱で、今や世界が揺らがされているのは周知の事実。

その犯人が目の前に居るこの珍妙な姿形をした謎の生物の仕業だというのか?

 

「そして来年の3月にはこの地球をも破壊するつもりでいる。他にこのことを知っているのは各国の首脳クラスを始めとした一握りの権力者達、そしてこの任務(ミッション)を遂行するのに全面協力の依頼を必要としたこの学園の理事長くらいだ。ただでさえ、今は月の崩壊で世界中でパニックが起きている最中にこれ以上追い打ちをかけるような情報を世間に晒す訳にはいかない。

故にコイツは秘密裏に始末しなければいけない……つまり暗殺だ!」

言い終えない内に懐からナイフを取り出すと同時に超生物めがけて斬りかかった。

そういう戦いとは無縁で育った生徒達には目で追うこともままならない程の速さだったが、刃を振るった先には既に超生物はおらず気がつけば彼の背後に立っていた。

 

――しゅっ…瞬間移動!?

 

その光景に生徒達が驚くが、さらに続けて驚かされる形で次の出来事が目に飛び込んできた。

 

「……っ!」

 

舌打ちして攻撃を止めた烏間の髪と眉毛が、いつの間にか綺麗に整えられており、その出来栄えは名うての美容師も顔負けな程だ。

質実剛健を絵に描いたような男の見違えた面持ちにどう反応したらいいものかと生徒達の思考は固まってしまっていた。

烏間はこめかみを引く付かせてはいたが、すぐにため息を吐いて気を取り直すとナイフを懐にしまって説明を再開する。

 

「このようにコイツはとにかく速い。殺すどころか全部避けられた上に身なりまで丁寧に手入れされる始末だ……なんせ、コイツの最高速度はマッハ20。

しかも満月を三日月に変える程の破壊力を持っている……つまり、コイツに本気で逃げ続けられれば我々人類は地球破滅の時まで手も足も出ないということだ」

「ま、それでは面白くないので、私の方から国に一つ提案させてもらったんです」

 

超生物がしたり顔で割って入ってきた。

 

「椚ヶ丘中学校3年E組の担任ならやってもいいとね……」

「……そういうわけでこうなってしまったわけだが……分かってくれたか?」

 

と、一度締めくくってから烏間は生徒達を見渡したが、案の定ポカーンとしている彼らの様子に「無理もないか…」と今日でもう何度出たかわからないため息を付いた。

いつまでも呆けさせているわけにもいかないので、パンパンと手を叩いて「話を続けるぞ」と彼らの意識に覚醒を促して改めて自分に向けさせると、廊下に目を向けて「入れ」と声をかけると烏間の部下たちと思われる黒服を纏った男女が入ってきて、その内の一人である女性がアタッシュケースを教卓に置いて中を見せる。

 

「コイツの暗殺には、防衛省が開発した、この特殊生物用BB弾と特殊ナイフを使用する。いくら君達に暗殺を義務付けるとはいえ、普通の中学生が本物のナイフや銃を持っていたのでは危険極まりないし、それ以前にコイツにはほとんどの通常兵器がまず効果がないがな。だからこそ、この武器が必要なんだ。これならこのように一般の人間には害はない」

 

そう言って烏間は彼らの目の前で再び取り出したナイフの先端を押すと、それは呆気なくグニャリと歪み、それを見せた後はナイフをしまい、アタッシュケースから取り出した一丁の銃も一発を床に向けて撃ってみせるとパン!と軽く弾かれた音がしたが、床には弾痕も何もなく傷一つ付いていなかった。

こんなもので本当に月を破壊するような超生物を殺せるとは思えないと誰もが思ったが、烏間もその心中を察しているようで話を続けた。

 

「それでも、コイツにとっては死に至らしめる効果のある数少ない武器だ」

 

そのまま銃を超生物に手渡すと、躊躇なく片方の触手に向けてパン!と撃ち抜いてみせた。

黄色い血飛沫を撒き散らして千切れた触手がビクビクと教室の床をのた打ち回る。

 

「うわぁ!?」

「きゃあああ!?」

 

目の前でいきなり繰り広げられたグロテスクな光景に女子を中心にそういうものに耐性のない生徒達が悲鳴を上げ、ある者は席を倒してしまう程に飛び退き、ある者は目を背けた。

剛胆な気質を持つそういうのに耐性のあるタイプである生徒らも思わず顔をしかめており、異形とは言え先程まで生物の一部だった飛沫を撒き散らしながら跳ね回る触手は見ていて気分がいいものではない。

そんな生徒たちをよそに超生物は無事の触手で跳ね回る触手を切れた傷口に合わせると、瞬く間にくっついて再生し、元通りとなったのだ。

その高い再生力に驚愕している生徒たちに向き直ると再び流暢な日本語で喋りだす。

 

「別にくっつけなくとも数秒で新しい触手が生えてくるんですが、この方が消耗が少ないですし、それに来たばかりの教室をあまり汚したくないので…それとも生えてくる所が見たかったですか?ご希望とあらば……」

「結構だ」

 

超生物を黙らせて気を取り直すと、烏間は話を続けた。

 

「こいつが何を考えているのかはわからんが、日本始め各国政府は、絶対に君らに危害を加えないことを条件に、この不可解な承諾することにした。

こんな異例極まりない決断を下したのには二つの理由がある。

一つは教師として毎日コイツが学校に来るのなら監視が非情に容易になること。

もう一つは君達26人の生徒が、常に至近距離からコイツを暗殺するチャンスを得られる、ということだ」

 

烏間は生徒達の目を真っ直ぐに見つめつつ、真摯な態度で話を続けたが、既に頭の中がパンク寸前の彼らに目の前の事態を処理できるはずもなかった。

「仕方ないな」と呟き、生徒達を心をここにあらずの状態から引き戻すため、伏せていた次のカードを切ることにした。

 

「もちろん、タダでとは言わない。コイツを殺した暁には成功報酬として我々日本政府より100億円を差し上げよう。やってくれるかな?」

 

―――――――――――――――100億円!?―――――――――――――――

 

落ちこぼれとはいえ名門私立に通っている彼らの家庭の経済事情は基本的に一般のそれよりも裕福な方であるが、億単位……それも100億となると国家事業レベルの仕事や世界レベルの億万長者の豪遊でもない限りは無縁の金額だ。

あまりにも目や耳を疑うしかない事柄がやって来すぎて「これは夢か何かだろう」と頬を始め自分の体をつねる生徒は沢山いたが、その際にちゃんと感じた痛みはこれが紛れもなく現実であることを示し、防衛省から派遣されてきたという烏間たちの真剣な表情、そして何よりも目の前で先程まで真っ黄色だったはずの顔を緑色の縞模様に変えて如何にも人を舐め腐っているかのようなニヤついた表情を浮かべている件の超生物の存在……もはや疑うことはできず、無理矢理にでも納得するしかなかった。

それができたのは、これから中学校最後の学園生活を地獄のような環境で1年を過ごさなければならないことやその1年を乗り切れても将来はあまり明るいとは言えないだろう人生の展望に憂鬱な気分になっていた矢先に思春期真っ盛りの彼らの心を(くすぐ)る非日常の到来による刺激や余程使い道を謝るようなことをしない限り一生遊んで暮らせる程の莫大な懸賞金を提示されたことによる欲望を湧き上がらせたことが大きい、様子の変わった子供らの様子に烏間も頷くとこれまでの説明の中で最も伝えなければならないことを告げるため最後の締めくくりに入った。

 

「事情を飲み込んでくれたようで何よりだ。最後にもう一度確認させてもらうが、今回の一件はどんな法律も超越する超法規的措置にして、最高機密事項(トップシークレット)だ。故に君らの家族や友人にも絶対に秘密だ。何かの拍子でバレそうな時、もしくはやむなく明かさざるを得ない状況に陥ってしまった時は我々にちゃんと相談すること。

あまりやりたくはないが……もし、故意に秘密を破った場合は話した相手もろとも記憶消去措置を受けてもらうのと同時にこの校舎からも去ってもらうことになる……話はこれで以上だ」

 

ようやく烏間が話を終えて、教壇から降りるとこのクラスの担任の就任した超生物が再び教壇に舞い戻って、口を開いた。

 

「というわけで、さあ皆さんこれから残された一年を有意義に過ごしましょう!ヌルフフフ……」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

そんなわけで、落ちこぼれ達の教室が暗殺者の卵達の教室として生まれ変わり、目の前の超生物を殺すべくこの一斉射撃を始め、色々やってきたわけだが――

 

「吉田大成くん」

「はいよっ!」

 

E組における最後の出席番号である26番を務めるドレッドヘアーが特徴的のガタイのいい男子生徒、吉田大成が返事をすると同時に出欠を終えた先生(超生物)は、「それまで!」と言ってパタンと出席簿を閉じて、一斉射撃に昂じていた生徒達の撃ち方を止めさせた。

 

「今日も遅刻は無し……と。

素晴らしい!先生とても嬉しいです!

暗殺の方は残念ながら今日も命中弾は0でしたが、ちゃんと銃と弾を片付けるように」

「速すぎる!!」

「クラス全員の一斉射撃でも駄目なのかよ……しかも、この狭い教室で」

 

今日こそはと懸命に暗殺に励んでいたにも関わらず失敗に終わり、徒労と落胆から様々愚痴を零しつつも、1限目の授業の準備をするべく箒と塵取り、ダンボールを持つと手に手分けして空気銃と散らかったBB弾の回収作業に入っていく。

 

「いたずらに数に頼るからですよ。物量に依存しすぎては個々の思考を疎かにしてしまいます。

目線、銃口の向き、指の動き……一人一人が単純すぎてまだまだ工夫が足りません。

つまり今の君達は殻すら破れていない卵の状態です。

なので、まずは殻から破ることを始めましょう。

ですが、時間は限られてますからあまりモタモタしてもいけませんよ」

 

超生物はそう言って怪しげに口元に笑みを浮かべて――

 

―――――地球最後の日まであと、355日……殺せるといいですねぇ……卒業までに―――――

 

この超生物教師の手入れによってENDのE組だったこの教室は暗殺教室のE組へと変わった。

標的(ターゲット)暗殺者(アサシン)らの奇妙な学校生活―――始業のベルは今日も鳴り響いていった。



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1時限目「暗殺の時間」

――キーンコーンカーンコーン

 

昼休みの到来を告げるチャイムが鳴り響くと同時に超生物は生徒達から回収した小テストの用紙を器用に封筒に詰めると窓を開ける。

 

「昼休みですね。先生はちょっと中国に行って麻婆豆腐を食べてきます。暗殺を希望する場合は携帯で呼んでください」

 

そう言い捨てたかと思うと、次の瞬間に教室内で業風が巻き起こり皆が咄嗟に腕で顔を庇った直後に音がドシュッと何かが飛び去った音が聞こえた。

音が後から来るということは瞬時に音速を超えた証であろう……最高速度はマッハ20だというのだから四川省まで10分程度で着くから昼休みが終わるまでには戻ってくるに違いない。

 

「確かにあんなもんミサイルでも落とせんわな」

 

明るい茶髪に染めた髪と整った顔立ちというルックスが目を引く良く言えばいかにも今風のイケメン男子、悪く言えば現代のチャラ男という雰囲気を放つ出席番号22番の前原陽斗がため息と共に言葉を吐露する。

 

「しかも、あのタコ音速飛行中にテストの採点までしてるんだぜ」

「マジで!」

「うん、俺なんかイラスト付きで褒められた」

 

先程4時限目において授業中では禁止されている暗殺を決行したことで立たされていたことで固まった身体をほぐしていた所に三村から(もたら)された情報に目を丸くして驚く中村とそれを聴いて理想の回答とタコのイラストで二重丸を貰った英語の小テストを思い出して苦笑を浮かべる磯貝。

 

「てか何気に教えるの上手くない」

「わかるー私も放課後に暗殺行った時ついでに教わってさぁ。次のテストよかったもん」

 

呆れた口調の中村に対して出席番10番を務める薄い橙色(オレンジ)の掛かったセミショートの髪をソバーシュにした天真爛漫を絵に描いたようなゆるくふわふわとした柔らかな印象が特徴的な女生徒、倉橋陽菜乃が得意げな笑顔で答えた。

 

「確かに前の先生よりも授業わかりやすいけどよぉ……所詮E組の俺等が頑張った所で仕方ねえけどな」

 

このクラスで唯一人の坊主頭の男子生徒で出席番号3番を務める岡島大河が愚痴を零すのと同時にクラスは陰鬱な空気に包まれる。

そんな自嘲が漏れてしまうのも仕方ないだろう。当初は非日常の到来と提示された莫大な懸賞金で目が眩んでいたが、学校のスクールカーストにおいて最底辺としての扱いまで変わるわけではなかったのだから。

今の自分たちも殺し屋の卵であることを除けば、普通の生徒でしかない。

故に結局は相手を勝て(殺せ)なければこの状況を何も変えられないのだ。

 

「おい渚、ちょっと付き合えよ」

 

渚が教科書と文房具を机にしまっていた時に一人の生徒が肩をたたいてくる。

大の大人にも引けを取らないだろうこのクラスで一番の大柄な体躯を誇り、無造作に刈り上げた髪型のみならずシャツの前のボタンも大きく開け、正に素行の悪さが滲み出している不良学生ともいえる外見の出席番号16を務める寺坂竜馬だ。

その取り巻きに寺坂とは1年生の頃からの付き合いであるドレッドヘアーがトレードマークの吉田大成と2年生の頃からの付き合いで、このグループの中では寺坂に次ぐ高身長を誇る出っ歯が目立つにやけた表情を浮かべている村松拓哉がいた。

そんな光景を横目に見ているウェーブをかけたミディアムヘアーの黒髪と見えないはずなのに今にも目に見えてしまいそうな負のオーラを放っている姿が黒魔術を扱う魔女を思わせる不気味な雰囲気を漂わせている女子、出席番号18番の狭間綺羅々を含めて寺坂軍団という一つの派閥を形成している彼らだが、狭間は自分属するグループの男衆が「一緒にあのタコを殺す計画を考えようぜ?」と言いながら渚を外へ連れ出すのを見てため息を付いて首を振ると「愛と憎悪の経典」というホラー・サスペンスの本を取り出して本の世界に没入していった。

 

「あのタコのこと、ちゃんとメモっておいたか?」

「うん、僕にできるのはコレくらいだから?」

 

外の校庭に出ると寺坂がそう言うと渚は彼から依頼されていた弱点メモをポケットから取り出す。

 

「あの先生は機嫌によって顔色は変わるのは覚えているよね。今分かっている範囲だと……

余裕の時は緑の縞々模様。

回答が間違っている時は黒い紫。

逆に正解の時は明るい朱色。

面白いのは昼休みの後で……」

「くだらねえことばっかだな顔色のことばっか知ったって殺れなきゃ意味ねえだろ」

 

村松が顔を(しか)めていく寺坂の機嫌を伺うように言う。

 

「そ、そんなことないよ。顔色を通して油断している時の色が判ったんだから」

「そういうのを最初に言えよ。弱点以外のことは別に知らなくていーんだ」

 

そう言って寺坂はナイフを渚に突きつけて

 

「ちと閃いた作戦がある。お前あいつが一番()()している時に()りに行け」

「え?」

 

その後、寺坂が得意げに話す計画を聞き終えて渚の顔色が不安げな色へと変わっていく。

 

「そ、そんなの本当に上手くいくの?」

「少なくとも今までのよりはずっと可能性はあんだろ。何よりここでビビって何もしなけりゃクソ見てえな人生を送るだけだ。

抜け出すにはどんな手を使ってでもあのタコを殺して100億手に入れる以外はねぇんだよ」

そう言うと寺坂は「次の国語だ。しくじんなよ」と渚に小袋を手渡すと背中を向けて去っていく。

受け取った小袋をただ呆然と見つめていた矢先のこと、何かが落ちてきたような轟音と共に砂煙が舞う中を咄嗟に小袋をズボンのポケットにしまった。

そこにいたのはミサイルを抱えて意気揚々と日本へと帰ってきた件の超生物(先生)だった。

 

「…お、お帰り先生。どうしたの?そのミサイル」

「お土産の04式空対空誘導弾です。日本海で航空自衛隊に待ち伏せされまして」

「…た、大変ですね標的(ターゲット)だと」

「いえいえ、このくらいことなら慣れっこです」

 

そう言って近くの木にミサイルを立てかける超生物(先生)

そんな所に物騒な物を放置しようとする彼に向かって「大丈夫なんですか?そんな所に置いて…」と思わず尋ねるが、

 

「大丈夫ですよ。信管を抜いて、絶対に爆発しないように弄っておきましたからこれはもうタダの筒です。

せっかくなので何処かにオブジェクトとして飾ろうかと思いますが、それは後で考えるとして……」

「先生は怖くないんですか?いくら凄い力を持ってるからって世界中から四六時中命を狙われてどうしてそんなに余裕でいられるんです?」

「もちろん先生だって死ぬのは嫌ですし、怖いですよ。でも、人間というものは長いこと万物の霊長として君臨してきたこともあって他の生物を舐めがちなんですよね。

これらの兵器だって元は同じ人間を殺すべくして作られたもの……そんなもの地球を破壊できる超生物を殺せるわけがないというのに偉いお方たちは頭が固くていけない。

要は彼らはまだまだ私のことを舐めているんですよ。そんな連中なんて今はまだ恐れる必要はありません……それに」

 

緑の縞々模様を浮かべて超生物(先生)が答える。

 

「皆から狙われるのは…力を持つ者の証ですから」

「!」

「さあ、そろそろチャイムが鳴りますから教室に入って。五時限目を始めますよ」

「……はい」

 

校舎へ向かっていく彼のを余所に渚は苦々しい気持ちで俯いていた。

 

「先生は、分からないよね」

 

彼も言っていたように皆から標的(ターゲット)にされるということは、裏を返せばそれだけ皆に実力(ちから)を認められているということだ。

そんな期待も警戒も…ましてや認識すらされなくなった人間の気持ちなんて分からないだろう。

 

『渚のやつE組行きだってよ』

『うわ…終わったな、アイツ』

『俺あいつのアドレス消すわぁー…』

『同じレベルだと思われたくねーし』

 

E組行きだと知れ渡るにつれて、正に潮が引くかの如く、クラスメイトや友達だと思っていた人達は同じE組送られる人間を除いて渚から離れて行った。

 

そして、それは担任教師だった大野健作も同じであった。

 

『お前のお陰で担任オレの評価まで落とされたよ。唯一良いことは――もう、お前を見ずに済むことだ』

 

極めつけは――

 

『私がここまで身も心も砕いてるっていうのにあなたって子は……」

 

()()が鬼のような形相で渚を責め続ける言葉――

 

(もう残ってる繋がりは強いて言えば綾香と部長くらいか……けど)

 

椚ヶ丘学園のシステムによってA組いる綾香とは引き離されてしまい、特進クラスの勉強は凄まじく大変なようで帰り道などで出会っても疲れ切ったかのような彼女の表情を見るたびに声をかけるのは気がひけ、綾香の方も渚の置かれている状況に対して何もしてやれない無力感による後ろめたさから二人の間で口数は今やすっかり減ってしまった。

自分にとって姉のような存在であった吹奏楽部の部長も今は高等部に通っているようだが、昨年から何一つ連絡がなく何かあったんじゃないのだろうかとは思うが、単に心細いからという理由で今はおそらく大変な状況にあるであろう部長に声を掛けるのは憚られた。

今の自分にはもはや誰かとの繋がりは無いに等しかった。

それを知らしめる度に暗い感情が渦巻いていき、闇を帯びた一つの目的へと結実する。

 

「……殺れるかもしれない」

 

――だって、この先生にも今の僕の姿は見えていないのかもしれないのだから。

 

不意に浮かべたその微笑みは、愛らしいと称されることが多い彼の顔にドス黒い何かが籠っていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

――そして、五時限目「国語」の授業。

 

「今日はお題にそって短歌を作ってみましょう。最後の七文字を『触手なりけり』で締めてください」

「「「「はぁ?」」」」」

「『触手なりけり』ですか?」

 

大柄でふくよかな体型と大らかさを醸し出す女生徒、出席番号20番の原寿美鈴が質問の手を上げた。

 

「はい、書けた人は先生のところに持ってきてください。チェックするのは、文法の正しさと、触手を美しく表現できているかです」

「どんな感じに?」

「そうですね~。こんな例文は如何でしょうか?」

 

花さそふ嵐の庭の雪ならで

はえゆくものは触手なりけり

 

「解説すると『鮮やかに映え、力強く生きていく生命とは、庭の桜を散らす花吹雪などではなく、触手だったのだなぁ』ということになります」

「触手だったのだなぁって……」

と、配られてきた短冊を受け取りながらあまり想像したくない風景に一人ごちる磯貝。

 

「出来た者から今日は帰ってよし!」

「「「「え~」」」」」

「そんなの思いつかないよぉ~」

「そもそも触手って季語なの?」

「さあ…」

「ほぉらヌルヌルと素晴らしい句が浮かんできませんかぁ?ヌルヌルヌルヌル!」

「ヌルヌルうるせぇよ!!」

 

こんな独特な空気の中で授業は続くが、いきなり触手をテーマとした短歌を作れと言われた所で素人が文章を思い付けるはずがなく、生徒達は頭を抱える最中、「先生、しつもーん!」と声のする方へ皆の意識が向いた。

その先にいたのは渚の隣の席に座っている緑色の髪をツーサイドアップにしたこのクラスで最も小柄の体格と可愛らしい顔立ちを兼ね備えたE組のマスコット的存在の美少女、出席番号7番の茅野カエデだ。

渚にとってはE組に来て最初に仲良くなった女子で、現在は疎遠になってしまっている綾香に変わって最近よく一緒にいるようになった娘だ。

 

「……はい?何でしょうか茅野さん」

「今さらだけどさあ、名前何て言うの?他の先生と呼び分ける時に区別できないから言いづらくてしょうがないよ」

 

茅野の言葉を聴いて他の生徒達がハッとなる。

言われてみれば、とこのクラスの誰もがどうして今までこんな大事なこと失念していたんだろうと首をひねった。

怒涛の非日常を前に頭が一杯になってしまっていたのかもしれない。

 

「名前ですか……そう言われましても名乗るほどの名前はありませんからねぇ。何なら皆さんで名付けてください。とにかく今は課題に集中ですよ」

「はーい」

 

返事をして茅野は再び短冊に顔を向けるのと同時に彼女から目を離した渚は後方に座っている寺坂の視線を感じてこっそりと振り返る。

目のあった寺坂が「行け」と言わんばかりに顎を動かして合図を送るのを見た渚は呼吸を整えて短冊を書く振りをしながら超生物(先生)の顔色を伺う。

そして「それでは一休み一休み」とその顔がある色に変わった瞬間、「今だ」と判断して静かに手を上げて立ち上がった。

 

「できました」

「おや、早いですね渚君」

 

教壇に向かってゆっくりと歩いていく渚の背後で寺坂がにやりと笑みを浮かべつつ、ポケットの中身に手を入れて()()を始める。

その一方で茅野が、渚が持つ配られた短冊の裏に対超生物(先生)用のナイフを隠し持っていることに気付くが、何も言わない。

渚は薄いピンク染めた超生物(先生)の顔色を見て確信する。

昼食の後で自分たちが眠くなる頃に時折、この顔色になることがある。

それはこの怪物が一番油断している時なのだとその証拠に茅野の質問への反応が一瞬遅れた。

 

(1年以内で殺せなければ地球を破壊すると言っているけど、そういったことさえ除けば僕の今まで見てきたどの先生よりも良い先生だと思う――でも、だからこそこう思ってしまう)

 

――どこかで見返さなきゃいけない。殺れば出来ると、親や友達や先生たちに――

 

――再び周りに認めてもらって繋がれるように……そのためなら例えどんな手を使ってでも――

 

―――――――――――――――――――殺らなければ―――――――――――――――――――

 

教壇の正面に立つのと同時に呪詛のような思いをその手に乗せて、渚は「見せてください」と目の前に触手を伸ばしてきた怪物教師を目掛けて振りかぶって模造ナイフを振り下ろした。

しかし、残念ながら当前の如くそれは触手で搦め取られる。

 

「言ったでしょう?もっと工夫を――」

 

ニヤニヤとした超生物(先生)の声と共に虚しくナイフが渚の手から零れ落ちる。

 

(単純過ぎるよ!)

(そんなんで殺せるような奴じゃねえの分かりきってるだろ!?)

(渚は何考えてんだ?)

 

生徒達の誰もがそんなことを思っていた寺坂達と渚を除いて。

次の瞬間、渚は超生物(先生)の胸に倒れこんだかと思うとその体を両腕で抱きしめる。

 

「…渚君?」

 

ただでさえいつもと様子がおかしかった彼のさらに不自然な行動に訝しむ超生物(先生)が思わず渚の顔を覗き込む。

 

よく見れば首に何かぶら下がっている、ペンダント?いや、それにしては大きすぎる。

パイナップルのような形のそれは……

 

――手榴弾(グレネード)!?

 

(まずいっ!?)

「もらったっ!!」

寺坂が叫ぶのと同時に取り出したリモコンのスイッチを押した次の瞬間、大きな破裂音が鳴り響くと共に超生物《先生》の身体が吹き飛ぶ。

同時に3mもある大柄の怪物すら吹き飛ぶような衝撃にただでさえ小柄の渚の身体が耐えられるはずもなく何mも後方目掛けて吹き飛んで床に転げ落ちる、BB弾が教室中に飛び散った。

他の生徒達も思わず、悲鳴を上げて伏せる。

中でも間近にいた磯貝、岡野、前原、倉橋は強い耳鳴りと爆風によって普段の空気銃のそれの比ではない勢い良く飛んできたBB弾が咄嗟に顔は庇ったとはいえむき出しの手の甲に当たった部分はヒリヒリする程に痛かった

 

「よっしゃあ!やったぜ!!」

「これで100億いただきぃ!!」

「まさか自爆テロまではコイツも予想してなかっただろ!」

「おい寺坂ぁ!!」

「何やったんだ!?」

「ちょっとアンタたち、渚に何を持たせたのよ!!」

 

天に向かって拳を突き上げている寺坂達に磯貝と前原、茅野が食ってかかる。

あれだけの爆発の中で超生物(先生)は元より渚も無事でいられるわけがない。

 

「あぁ?何って玩具の手榴弾だよ。吉田に作らせた特別性だけどな」

「特別性?」

「300発のBB弾がすげえ速さで飛び散るようにちょっと火薬を使って一瞬で弾が飛び散るように改造しただけさ。もちろんちゃんと死なねえ程度には威力を調整してるさ」

 

詰問してきた茅野に対して寺坂に得意げな促された吉田が嬉々とした表情で答えた。

 

「多少怪我してるだろうが治療費くらい払ってやるよ。それよりもあのタコは……」

「治療できればいいけど……」

「あん?」

 

勝利の余韻に浸っていた所へ急に冷水を浴びせかけてくるような声をかけてきた方を向くとそこには自分の軍団の紅一点である狭間の姿があった。

 

「人って案外簡単に死ぬものよ。あいつの体小さくて細いし、アンタ達みたいに頑丈じゃないから打ち所が悪ければ流石にまずいでしょうね」

「お、おい狭間……」

 

彼女の不吉な物言いに顔を引きつらせる村松。

 

「仮に死ななかったとしても、もし後遺症でもあって訴えられれば金をたんまり積んで示談に持ち込んだとしても最低でも良くて退学、悪ければ鑑別所送りじゃないかしら。悪いけど私もそこまでは付き合えないわよ」

「な、何だよ狭間!形はどうあれ俺は地球を救ったんだぜ!それに元々俺等に碌な未来なんてねぇんだ!今更らしくもなく何をいい子ぶってん……」

 

己のグループの頭脳役を務めることの多い女子の容赦ない苦言に頭を冷やされたことで自分のしてしまったことの重大さをようやく感じ始めて焦りだした寺坂と狭間が口論を始めたを見て茅野はそれ以上何も言うことなく、渚の方へと駆け寄った。

 

 

「な、渚!大丈…夫?」

「うっ……ん?」

 

倒れていた渚の身体を慎重に抱き起こそうとして、気がつく。

よく見ると皮膜のような物が渚を包んでおり、中の渚には怪我どころか火傷一つ見当たらず、制服にも焦げ跡はもちろん汚れすらない。

茅野が意識が朦朧としている渚の背に手をやり、抱き起こす。

 

「先生は?」

「そういえば……」

 

渚に問われて膜を辿って超生物(先生)の姿を探すが何処にも見当たらない、既に死体は弾け飛んで原型を留めていないというのだろうか?

()()()()()()()()()()()()()なのにも関わらず他の周囲は未だ、眼の前で一気に起こった事態を前に混乱しているようで状況が上手く掴めずにいた。

 

「実は先生、月に一度ほど脱皮をします」

 

混乱を叩き潰すかのように、天井から突然、大きな声がした。

生徒達は皆、声が響いてきた天井を見上げてみる……すると、そこには全くの無傷の超生物(先生)があった。

 

「うわぁ!?」

「きゃああ!?」

 

生徒達は狼狽え、寺坂達に至っては腰を抜かして無様にその場でへたり込んでしまった。超生物(先生)はタコのように教室の後方の壁を這ってヌルリヌルリと気味の悪い音を立てながら降りてくる。

 

「脱いだ皮を被せて爆発の威力を殺すことで渚君を守りました。これは月に一度しか使えない先生の奥の手です。しかし、今はそれよりも……」

 

いつもの黄色を始め明るい色だった超生物(先生)の顔がこれまで見たことのないようなドス黒い色へと染まっていく。

渚には今まで見てきた超生物(先生)の顔色の記憶やメモを辿るまでもなく彼の抱いている感情は分かった……分からざるを得なかった。

それは渚だけでなく他の生徒にも一目瞭然の顔色だった。

それは間違いなく――ド怒りだ。

 

「寺坂、村松、吉田。首謀者は君らだな……」

 

先生の口調はいつもの丁寧語ではなく、寺坂達のことも呼び捨てだ。

これだけでもその怒りの度合いは分かるというものだろう。

 

「えっ…その…」

「い、いや……」

「渚が勝手に――」

 

あっさりと見抜かれたことはもちろんのことそれ以上にその怒気に当てられ寺坂達は、もはや身動き一つできなかった。

その次に起こったのはほんの一瞬の出来事だった。

 

超生物(先生)は怒りの表情を浮かべたまま――消えた!?と生徒達が目を瞬きする間に、いつの間にか背後にある教壇に移動している。

そして、超生物(先生)再び現れるのと同時に教壇の上に無造作に置かれていた板の山。

これは一体?と訝しんでよく見ると、その正体が分かるのと共に生徒達の顔色が血の気が引いた事のわかる真っ青へと染まった。

 

――――――――――――――――自分((俺)(僕)(私))達の家の表札――――――――――――――――

 

超生物(先生)はただ教壇に移動したわけではない……マッハ20の超スピードを用いて一瞬にも満たぬ時間でクラス全員の家を巡り、表札だけを持ち去り、教室へ戻ってきたのだ。

 

「政府と交わした契約がありますから、私は()()()()()危害は加えない。しかし、今後このようなやり口で殺しに来ようものなら君たち以外に何をするかわかりませんよ?

家族、友人、いや……最悪、地球ごと消しましょうかねぇ」

 

この瞬間、渚たちは思い知らされた。もはや自分達にどこにも逃げ場はないのだと。どんな手段を使って逃げたとしても、この恐ろしい怪物から逃れることはできない。

どうしても逃げたいのなら、この怪物(先生)を殺るしかないのだということを―――

その理不尽な現実とそれを(もたら)超生物(先生)の力を前に生徒達は恐怖で震え上がってしまう。

 

「…な、何なんだよてめぇ!迷惑なんだよぉ!!いきなりやって来て地球破壊とか! 暗殺しろとかッ!そんな迷惑なヤツを迷惑に殺して何が悪いんだよッ!!」

「迷惑?とんでもない!君達はまだ殻すら破れていない暗殺者の卵ですが……アイデア自体は今までの中で一番良かった。特に渚君の、肉薄までの見事な体運びは満点です。あまりの自然さに、先生はこの教室に来て以来初めて隙を突かれました」

 

超生物(先生)が渚の頭を撫でるように、ちょん、と頭に触手が置く

こんな形で褒められるなんて……と渚は少し複雑な気分のようだった。

 

「ただし!君達三人は渚君を。渚君は自分を大切にしようとしなかった。そんな人間を先生は暗殺者として認める訳にはいきません!人に笑顔で胸を晴れる、自分に恥ずかしくない暗殺をしましょう。そういう殺しを持って初めて暗殺する資格は得られるというものです。

現に寺坂君、狭間さんからも注意されてましたが彼女の言うように一歩間違えば、君は最悪殺人犯となっていたんですよ。

そうなってしまったら、仮に賞金を得られたとしても引き換えに国内に君の居場所がなくなっていたかもしれせん。

狭間さんも寺坂君たちとはもうそれなりの付き合いなのでしょう?今はちゃんと反省しているようですが、今後このようなことが無いように彼らが不穏な素振りを見せた時には見て見ぬふりをしては駄目ですよ」

 

そう叱られて、罰の悪そうな顔で寺坂達は彼らなりに反省した態度を見せていた。

それを見て頷くと超生物(先生)は締めくくりに入る。

 

「人に笑顔で胸を張れる暗殺をしましょう。君達全員、それが出来る可能性を秘めた有能な暗殺者(アサシン)の卵達です。

しかし、先生とて大人しく殺されるつもりは微塵もありません。皆さんと一緒に3月まで学校生活をエンジョイしてから地球を爆破します。

それが嫌ならどうしますか?ねぇ、渚君」

 

呆然としていた所を声をかけられて我に返った渚は息を呑みながらも彼と向き合う。

正直に言ってこれまでの人生で喧嘩すらろくにしたこと無いし、ましてや暗殺なんて想像もつかない。

けれど……

 

「その前に……」

 

―――――――――――――――――――この先生なら―――――――――――――――――――

 

「先生を――」

 

―――――――――――――――――――――僕達の――――――――――――――――――――

 

「――殺します」

 

―――――――――――――――殺意すら受け止めてくれる気がする―――――――――――――

 

この教室は、あまりにも殺伐とした空気に包まれている異常な空間だ。

教師と生徒たちが殺し合いながら授業をしている。

片や標的の教師。片や暗殺者の生徒。

 

「ならばやってみなさい、今日殺せたものから帰ってよし。さあ、皆さん席に戻りましょう」

 

これまた不思議な言葉を投げかけられたものだが、生徒達は皆、悪い気がせず、むしろ僅かながら、ほんの僅かだが殺る気を湧き上がってきたような気がしたのだ。

渚もまだ頭に残っている触手の重みを感じて頭に手を触れながら短冊を片手に再び机に向かう。

そんな不可思議な空気を切り替えるように茅野がふと呟いた。

 

「殺せない先生……そうだ!」

「ニュヤ?茅野さん」

「先生の名前さぁ、殺せない先生って意味で“殺せんせー”にしない?」

「殺せんせー…おお……良いでしょう、先生、嬉しいです!」

超生物…いや、()()()()()はそう言って、今まで以上に喜びの表情を浮かべていたのだった。

 

――キーンコーンカーンコーン

 

場が和んだ所でこれにて一件落着とばかり終業のベルが鳴り響く。

今日の暗殺はこれで終わり……でも、殺せんせーと自分たちの暗殺教室はまだ始まったばかり―――

 

 

―――――――――――――――新たな始業のベルが明日も鳴る―――――――――――――――

 

 



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