東京喰種 そこそこ強い(自称)捜査官 (ディルク)
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第1話

2区の某工場跡。ここはある喰種の集団が喰場として利用していた。いつも補食される人間の叫び声が響き渡っていたが今日は違った。

 

「死ね!クソ白鳩が!」

 

10人の喰種が彼等が白鳩と呼んだ1人の人間に襲い掛かった。それぞれが赫子を使い、男に攻撃を仕掛ける。

 

「血気盛んだな」

 

それに対して男は右手に持ったクインケを展開する。瞬く間に男の手に薙刀型のクインケが握られる。

 

その瞬間喰種達に一閃が走る。

 

「え?」

 

喰種達全員が呆ける。目の前の男を殺そうと襲い掛かったのに今自分の目に映るのは自分の切断された下半身だったのだから。

 

男のした事は至極簡単、ただ薙刀を横に薙ぎ払っただけだった。男は2つに分かれた喰種達に興味がないとばかりに目の前に歩き始めた。

 

喰種の死体を越えて扉の前まで移動し、扉を蹴り破る。男が中に入ると1人の喰種が全身を補食している人間の血で赤く染めていた。

 

「おっ、白鳩は片付けたかっ!?」

 

喰種が食べるのを中断して顔を上げて扉の方を向き、驚きの表情を浮かべる。自分が部下に殺しに行かせたはずの人間が目の前に立っている。それを認識した瞬間に喰種が戦闘態勢にはいる。目が赤くなり、両肩から羽のように赫子が広がる。スピード特化の羽赫の喰種だ。

 

喰種は男を忌々しいものを見るように睨み付ける。白いコートを羽織り、アタッシュケースを持った喰種の天敵。彼等の武器であるクインケは刃物や銃弾を通さない喰種の体を容易く傷つけ死へと誘う。

 

「赫眼を確認」

 

喰種の目が赫眼になったのを確認すると男はクインケ[カタナシ]を構える。

 

「たった1人で俺を殺しに来たのか?」

 

「ああ」

 

「この俺を白蛇と知ってのことか?」

 

アルビノのように体全体が白いことと白髪からこの喰種はCCGに白蛇と呼ばれていた。そんな自分を1人で狩りに来るとは馬鹿な男がいたものだと喰種が思っていると

 

「いや、知らないね」

 

男は即座に知らないと言う。実際には捜査資料に書かれていたのだが男はそもそも眼中に無かったので既に忘れていたのだ。

 

当然そんなことを言われた白蛇が黙っているはずもなく、顔を怒りで赤くして、男に襲いかかる。恐らく下級捜査官では目で追うことも出来ないスピードで男へと接近する。狙いは両足である。自分を虚仮にした仕返しに体をバラバラにして殺してやろうと考えた。

 

地面すれすれの地を這うような動きで男に迫る。男が動かない様子を見て半ば勝利を確信する。今まで殺してきた捜査官達と全く同じ反応だと。

 

「死ね!クソ白鳩ぉぉぉぉ!!」

 

もうすぐ赫子で切り裂ける、そんな距離まで近づいてふと男の顔を見て白蛇の顔が驚きに包まれた。笑っていたのである。それも明らかに白蛇の顔を見て。

 

「わざわざ懐に飛び込んできてくれてありがとう」

 

待っていたと言わんばかりに男がクインケを白蛇に対して上から振り下ろす。

 

「くそッ!」

 

流石に2つ名をつけられているだけあってその攻撃にも反応する。咄嗟に地面に手をついて横に跳ぶことで男から距離を取る。

 

しかし男に白蛇を逃す気などなく、そのまま白蛇との距離を詰める。その勢いを利用してクインケで突きを放つ。白蛇が顔を上げた瞬間だったので反応できずに左肩に突き刺さった。

 

「があぁぁッッ!!」

 

そのままクインケを上に跳ね上げて皮膚を引き裂き、蹴りを腹にいれて白蛇を吹き飛ばした。何回かバウンドした後に地面に転がる。

 

白蛇には目の前の男が本当に人間とは思えなかった。今の蹴りで内臓が滅茶苦茶にされた。喰種である自分が非力な人間に。しかもクインケではなくただの蹴りで。

 

(こいつ人間じゃねえ!)

 

そう思いながら必死に立ち上がる。体内の傷を何とか回復させている状況だったが今すぐにでも行動しなければ殺される。そんな思いで何とか体を動かしていた。

 

しかし男はそんな喰種のことなど知らずに早く仕事を終わらせようと思い、喰種へと歩き始めた。

 

(遠距離から赫子で圧倒できれば勝機はある!)

 

男の反応速度と身体能力の高さを見て、接近戦に挑もうという気はとっくに失せていた。

 

男から距離を取るために体に力を入れる。こんなところで死ぬわけにはいかない、そんな思いが白蛇の体を突き動かしていた。

 

後ろへと飛び退き男と距離を取る。それに対して男は何もしようとはせず、ただクインケを構えている。

 

「間抜けが!羽赫の喰種を相手に距離を取らせたこと後悔するがいい!」

 

ようやく男に対して攻撃を仕掛けることができる。そう思い、赫子を弾丸のように高速で打ち出す。

 

(勝った!死ねい!)

 

弾丸を超えるスピードで男へと突き進む。このまま進めば男を貫き、男に死をもたらすはずであった。男がなにもしなければ。

 

「チェンジ」

 

男がそう呟いた瞬間、手に持っていた[カタナシ]からチューブが伸びて男の腕に突き刺さった。チューブから血が吸いとられて[カタナシ]の中に一瞬で送り込まれていく。[カタナシ]に血が充填されると赤く光だしその形状を薙刀から巨大な盾に変える。

 

「なっ!?」

 

男に当たるはずだった赫子は全て盾に弾かれた。この攻撃で男を殺せると思っていた白蛇の動きが止まる。男がその隙を見逃すはずもなく、再び「チェンジ」と呟き、チューブを腕に刺して[カタナシ]へと血を送り込む。

 

赤く光だした[カタナシ]を見て、白蛇はハッとして更に距離を取ろうとする。しかし、この行動は誤りであった。そのまま攻撃していれば白蛇に対して直接的な攻撃はすることができなかったはずだ。

 

[カタナシ]の形状が変わり、長い槍へと変形する。クインケを白蛇に向けると槍が伸びはじめて物凄いスピードで白蛇へと突き進んだ。白蛇も回避しようとするがとても間に合うスピードではなかった。

 

「ごはッ!」

 

[カタナシ]が白蛇の胸を貫く。そのまま槍を上にむけて串刺しにする。串刺しにされ何とか抜け出そうとした白蛇だったが槍を抜くことはできず、また出血も止まらずしばらくすると串刺しにされたまま動かなくなった。

 

「チェンジ」

 

[カタナシ]の形状を刀へと変える。その時、白蛇はその辺に放り投げられた。男は白蛇の生死を確認するために動かない喰種の元へと向かう。

 

「脈はなし」

 

ちょうど男が喰種の脈を確認している時に工場入口から物音が聞こえてきた。振り返り喰種共が来たかと警戒するが、白いコートとアタッシュケースが見えたので警戒を解いた。どうやら部下が到着したらしい。

 

「うわ、喰種が真っ二つになってるよ」

 

「間違いなく班長のクインケだろ」

 

「だろうな。ところで班長はどこだろう?」

 

入口で男が殺した喰種を見て、部下が騒ぐが、直ぐに自分達の上司である男の姿を探す。

 

「おい、こっちだ」

 

男が部下達の方に声をかけ、自分の方に来るように手招きする。

 

「あっ、班長だ」

 

「あの近くで倒れている喰種、白蛇じゃないか」

 

「本当だ」

 

呼び掛けに応じて部下達が男の元へと集う。男のすぐ側で倒れている白蛇を見て、1人の部下が苦笑いを浮かべる。

 

「また、1人で討伐なされたのですか?」

 

「ああ」

 

「いつもなら大丈夫だと思うんですけど、今回は他の班と合同捜査だったのに大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫だろ。仕事はこなしたんだし」

 

至極どうでもよさそうに言う自分達の上司を見て、班員3人はおかしそうに笑う。自分達の班長のマイペースな態度はいつも通りだと。

 

「班長、心配させたおわびとして俺うな重が食べたいです。おごってください」

 

「俺は刺身で」

 

「俺はいいです。と言いたいですけどとりあえず海鮮丼で」

 

「……。どこに年下にたかる大人がいるんだ」

 

ちなみに男は17歳、他の班員は全員25歳だ。班員の期待したまなざしにため息をはく。報償金も出るだろうし、別にいいだろうと考える。

 

「支部から回収班が来たらな」

 

男の言葉に3人が笑顔を見せる。そんな3人の笑顔を見て、男は苦笑いを浮かべて呆れたように肩をすくめた。

 

「約束ですよ!白石上等!」

 

無邪気に喜ぶ3人を白石と呼ばれた男は呆れたような目で苦笑いしながら眺めていた。



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第2話

「白石上等来ねーなー」

 

「本局のほうから呼び出しがかかったんだとさ」

 

「えっ、じゃあこの飯代俺達が払うの?」

 

「いない人がどうやって払うんだよ」

 

白石達の行きつけの店で白石の部下3人はそれぞれ注文した品を食べながら話している。話題は勿論たかろうとしていたのに急に来れなくなった白石のことだ。

 

「やっぱ、他班を完全に無視して勝手に討伐したからかな?」

 

「でもよー。他班と組んだらこんな直ぐには討伐できなかっただろ」

 

「建前の問題じゃないか?結果がどうこうではなくて」

 

そもそも捜査会議すら参加していないのだ。問題にならないほうがおかしい。

 

「白石上等誰に怒られてるのかな?」

 

「聞いた話によると鬼ツネ」

 

「マジか。上等も大変だなー」

 

彼等は今頃お叱りを受けているであろう自分達の班長の姿を想像して合掌した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また合同捜査を無視して1人で討伐に赴いたらしいな」

 

直立不動で立っている白石の前には喰種対策局総議長和修常吉が椅子に腰掛けながら鋭い視線を向けていた。

 

「他の班と仕事をしているようでは喰種を討伐するのに無駄な時間がかかりますので」

 

白石のどこか不貞腐れたような態度に常吉の額がピクリと動く。しかしまだ言いたい事があるのか怒りをあらわにすることはせず話を続ける。

 

「前にも言ったがお前にかしている合同捜査は他班との連携を学ぶためのものだ。特例でアカデミーを出ていないお前はそのようなことを経験する機会もなかった。それゆえにこうして機会をもうけているのだ」

 

「いらないお世話です」

 

白石の反抗的な態度を見て、とうとう常吉の堪忍袋の緒が切れる。

 

「お前は一度でもはいとは言えぬのか!」

 

その後切れた常吉によって1時間にもわたり説教が続いた。さすがにこれには白石もこたえたのか目の焦点が定まっていなかった。

 

そんな白石の様子を見て満足したのか、本来もっと早く伝えるべきだったことを白石へと告げる。

 

「今回の命令無視によって白石上等は期限付きで一等へと降格させる。また白石班は一時的に解散し、現在の班員はお前の期限付き降格が終わるまで他班へと移ってもらう」

 

「はい、総議長」

 

何を言っているのか聞いていなかったが怒鳴られるのを嫌がり白石は返事をしておく。

 

「お前を誰の下につけるのかは後日通達する。それまではどこでもいいからおとなしくしていろ。いいか、絶対に喰種狩りには行くな」

 

「はい」

 

今度はちゃんと聞いていたのでしっかりと返事を返す。内心では何故か誰かの下につけられるという話に混乱していたが。

 

話が終わったと思い白石は部屋から出ようと頭を下げて後ろを向いて歩き出す。扉まで歩いていき出ていこうとしたその時、総議長から声がかかる。

 

「白石、過程はどうであれ結果は上出来だ。よくやった」

 

「……。ありがとうございます」

 

今度こそ扉をあけて部屋をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

降格を告げられた次の日、家で寝ていた白石に直ぐに本局まで来いと電話がかけらたので寝起きで機嫌を悪くしながらしぶしぶと白石は本局を訪れていた。

 

「すみません。出頭しろと言われた白石一等なんですけど、どこに行けばいいんですかね?」

 

いかにも不満が有りますという雰囲気で受付に自分の上司がいる場所を尋ねる。

 

「しゅ、出頭ですか?白石一等ですね。ありました。第3会議室です」

 

「ありがとうございます」

 

受付の人から自分の目的地を聞き、そこへ向かうために歩き始める。

 

(さてさて、俺の上司には誰がなるのかね?)

 

疑問を胸に第3会議室へと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、期限付きで一等になりました白石です。よろしくお願いします。黒磐特等」

 

「うむ」

 

白石が目の前にいる特等捜査官黒磐巌に頭を下げる。総議長は彼の独断専行を止められる、そして彼をきちんと指導することができる人物、黒磐特等を彼の上司としたのだった。

 

黒磐特等にはすでに五里二等捜査官がパートナーとしているのだが白石の教育のために3人で行動することになったのだ。

 

「五里二等です。よろしくお願いします。白石一等」

 

厳つい雰囲気を放つ高身長の女性、五里美郷二等捜査官が白石に対して挨拶をする。彼女の睨み付けるような視線に思わず白石は一歩後退してしまった。

 

(彼がわずか16歳にしてSSSレートを討伐したCCGの生ける伝説)

 

憧れていた白石に会えて感動を覚えていたのだが緊張が上回りつい威圧感が出てしまい、睨み付けるような視線を送ってしまっていた。

 

「よろしく。五里二等」

 

無口な上司、目付きの悪い威圧感のある部下、白石は本当に自分はここでやっていけるのかと不安でしかたなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

顔合わせが終わった日から10日後、白石達の姿は13局支部にある会議室にあった。周囲には白石達の他に3人の捜査官がいた。

 

「我々の捜査対象はジェイソンと呼ばれる喰種です。この喰種は非常に危険性が高く、つい最近上等捜査官が率いるチームがやつによって全滅させられています」

 

「現在までの捜査状況はどうなんだ?中津二等」

 

白石が捜査資料を読みながら、前で説明をしていた対策Ⅱ課の中津二等に質問をする。捜査資料にはジェイソンに対する基本的なことしか載ってなかったからだ。

 

「現在までに分かっていることはその資料に書かれていることが全てです。未だやつの潜伏場所も活動範囲も何も分かっていません」

 

元々喰種の活動が活発な13区では補食事件が多く起きる。ジェイソンが捜査官を殺したことでさらに喰種の活動が活発になり、補食件数も増え始めていた。そのせいでどれがジェイソンの喰場なのか判別するのにも時間がかかっていた。

 

「ジェイソンが暴れているせいで他の喰種も活発に活動していますのでそちらにも人員を割かなければならずジェイソンの捜査を担当するのはここにいる我々だけです」

 

そう言われて白石は周囲を見回す。白石と行動を共にしている、黒磐、五里、そして黒磐のチームの中津と柿沢、田中の6人のみだ。この人数でジェイソンの捜査をしているのでは探すのにどれだけ時間がかかることやら。

 

「どうしますか黒磐特等、13区は喰種の喰場が多すぎて範囲を絞り込めませんよ。そもそもジェイソンは喰場をあまり固定しない見たいですし」

 

「うむ」

 

どうやら黒磐特等も解決策が浮かばないらしい。

 

「とりあえず監視カメラ等で潜伏場所や喰場を特定していきましょう」

 

その後中津二等からそれぞれ役割を言い渡されて会議は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よりにもよって俺は張り込みかよ」

 

会議が終わってその日のうちから白石は張り込みをすることになった。まだ13区に来たばかりで喰種達に顔も知られておらず、万が一捜査官だとばれても問題なく対処できるであろうということでこの人選となった。

 

現在の白石の張り込み場所は喰種達行きつけのクラブだった。ここには数多くの喰種が出入りしており、ここでならジェイソンを見つけることができるのではないか、ということで張り込み場所になったのだ。

 

ちなみに白石はクラブの近くにある建物の一室を使って監視をしている。

 

「12時から開始して現在23時、ジェイソンらしき人物の姿は確認できず」

 

今日はもう無理だろうとモニターから目を離そうとした瞬間、モニターにオカマっぽい何かが写った。なんだか強烈だったので思わずモニターに目が釘付けになってしまった。

 

「オカマの喰種なんて初めて見たな」

 

眠気も吹き飛んだのでしばらく監視を続けているとさっきのオカマが出てきた。それを見た瞬間に思わず笑みがこぼれる。なぜならオカマは一人で出てきた訳ではなかったからだ。

 

「もしかしてジェイソンは男好きなのかもしれないね」

 

オカマと腕を組みながら楽しそうにクラブから出てくる大男、ジェイソンを見ながらそう呟いた。



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第3話

「さてさてさっそくジェイソンを発見したけどどうしますかね」

 

ジェイソン達に見つからないようにかなり距離をとりながら建物の屋上から監視を続けていた。攻撃を仕掛けたい気持ちもあったが周りに一般人も多く、また中津二等から発見しても攻撃するなと言われていたため監視に専念していた。

 

ジェイソンとオカマは腕を組んで楽しそうに街を歩いている。それに置いていかれないように建物の屋上から別の建物の屋上へと跳び移る。

 

さっきまであった眠気も吹き飛び、とても生き生きしている。その理由としてジェイソンが鱗赫のSレートだったからだ。白石はクインケを集めることを趣味としている。そのコレクションの中には数多くのクインケがあるが、未だにSレート以上の鱗赫のクインケは持っていなかったのだ。

 

ジェイソンを倒して所有権を確保できれば念願の全種類Sレート達成となる。絶対に逃してなるものかと血走った目でジェイソンを追う。

 

「早く家に帰れ。こっちは早く支部に戻って討伐の準備をしたいんだよ」

 

そんな白石の願いが通じたのかジェイソン達が街の中心部から離れ始めた。さすがに建物の上から監視するのは限界なので地上で尾行することにした。

 

しばらくついていくとそこそこ大きい廃れた屋敷が見えてきた。ジェイソン達はやはり仲良さそうにその屋敷に入っていった。

 

「よしよし、気づいた様子もないし大丈夫そうだな」

 

双眼鏡で中を覗きこんで2人が寝たのを確認すると、屋敷を写真におさめて、現在位置をGPSで確認して支部へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけでジェイソンの居場所が分かりました」

 

白石のジェイソン発見の知らせをきいて直ぐに捜査会議が開かれた。まさかたったの1日で発見できるとは思っていなかったので皆が驚いていた。

 

「まさか1日で発見されるとは、流石は有馬特等の後継者といわれる御方です」

 

中津が驚きながらも白石を褒め称える。この捜査は長くかかると予想していたためこんなに早く発見できるとは思っていなかったのだ。

 

「黒磐特等、早く討伐に行きましょう」

 

白石の急かすような言葉に対して黒磐が首を横に振る。それを見て、てっきり直ぐに許可をくれると思っていた白石は目を丸める。

 

「白石一等、ジェイソンの追跡ご苦労だった。君は昨日から寝てないようだし体を休めたまえ」

 

「自分なら大丈夫です。ですので討伐に行かせてください」

 

黒磐の言葉に納得できない白石は自分は大丈夫だから早く討伐に行こうと黒磐に言う。しかし、それに対してまたしても黒磐は首を横に振る。

 

「まだ何の作戦もたてていない。行き当たりばったりでうまくいくほどSレートは簡単ではない」

 

「では早く作戦をたてましょう」

 

「いいや、例え今作戦をたてても少なくとも今日は討伐には行かん。そもそも君の体が万全でないときに行けば君だけでなく他の者まで危険にさらしてしまう」

 

黒磐の話を聞いて今日はもう無理かと顔を俯かせる。そんな白石の肩を黒磐が優しく叩く。

 

「君は両親を喰種に殺されたと聞いている。復讐心が君を駆り立てているのだとしたらもう少し冷静になるべきだ。君の両親も君が復讐のために早死にするのは望むまい」

 

黒磐のそんな言葉にこの場にいた捜査官は黒磐に対して尊敬の眼差しを送る。たった一人、張本人である白石を除いた。

 

(やばい。これはただ早くクインケが欲しいだけなんて言える空気じゃない)

 

「とにかく白石一等は今日は休め、五里二等と柿沢二等、田中二等はジェイソンの拠点周辺を調査、中津二等は私とともにここで待機だ」

 

いつもと違いやけに話す黒磐の指示を聞いて皆が行動を開始する。結局白石は今日1日は大人しく休むことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで俺は今日休みになったんだよ」

 

「へー、黒磐特等いい人ですね」

 

「それは班長が悪いんじゃないですかね」

 

「そうですよ、いくら鱗赫Sレートのクインケが欲しいからって無茶は禁物ですよ」

 

軽く仮眠をとった白石は暇だったので本局にいる部下達の元へ訪れていた。食堂で昼食をとりそこで今日の愚痴をこぼしたのだが白石の話を聞いた3人、上原二等、丸岡二等、赤坂二等は黒磐に対して理解を示した。

 

「へいへい、ところでお前達誰の下につけられたの?」

 

白石が今の上司を尋ねると3人が一緒に顔をしかめた。そんな3人の反応を見て、白石は首を傾ける。こいつらがこんなに面倒くさがる人間がいただろうかと。

 

「「「有馬特等です」」」

 

「へー、じゃあお前達は俺の後輩か」

 

「あ、やっぱり班長有馬特等の下にいたことあったんですね」

 

「ほんの少しの間だけな」

 

あの地獄の日々を思い出して白石の目から光が消えていく。それを見た3人が慌てて白石のそばに近づく。

 

「班長、帰ってきてください!!」

 

「死ぬには早いですよ!!」

 

「過去を思い出しただけで何処かに逝かないでください!!」

 

「お、おう、帰ってきたから、あと君達近いよ」

 

3人で白石の体を揺さぶっていると目には活力が戻った。帰ってきた白石は3人にもみくちゃにされている現状に驚いていた。

 

「そんなにきつかったのですか班長?」

 

「ああ、休みなしで喰種狩り、喰種狩り、少しの休憩を入れて喰種狩り、喰種狩り、それの連続だ」

 

「うわー、そんなことしてたら精神が死にますよ」

 

「実際に死んだんだよ。まあ、あれのおかげでたくさんクインケが手に入ったんだけどな」

 

今となってあまり良くない思い出となった過去をしみじみと思い返す。

 

「クインケの所持制限はどうなったのですか?」

 

「爺が特例として許可してくれた」

 

有馬の下についていたのが二等だった頃なのでそうでもしなければクインケは1つだけ、それもレートが低いものになっていただろう。

 

「とりあえず有馬特等の下は色々大変だろうけどまあ頑張れ」

 

「俺の下につくのは大変なのか」

 

「ええ、有馬特等は自分が規格外なのを自覚していなくて周りに自分と同じレベルを求めて……あれ?」

 

「元気そうだね、白石」

 

途中から聞こえてきたすごく聞き覚えのある声を聞き、白石の首が錆びたギアのようにぎこちなく後ろへと振り向く。するとそこには見慣れた顔があった。

 

あまり変化の見られない表情、色素の抜けきった白髪、底の知れない眼差し、間違いなく自分の記憶の中にあるCCGの死神、有馬貴将特等捜査官。

 

その有馬の後ろには苦笑いをした有馬班のホープ、副班長宇井郡准特等捜査官がいたがそんなことは白石にとってどうでもよかった。

 

「あ、ああ、有馬特等、お久しぶりえす」

 

「そんなに動揺して、どうかしたのか?」

 

さっきまでの白石の言葉をまるで気にしていない様子で話しかけてくる有馬に逆に恐怖を感じていた。

 

(お、終わったー!!)

 

「い、いえいえ、ところで有馬特等、自分の部下がお世話になっているみたいですけど何かご不満などはありませんか?」

 

「不満?3人とも優秀だから不満なんてないよ。むしろなんで二等なのか疑問なぐらいだよ。もし良かったら俺が推薦状を書こうか?」

 

有馬の誘いに対して部下3人が慌てて反対する。

 

「あのー、有馬特等そんなことしないでいいですよ」

 

「そうです、もし階級上がったら班長の下にいられなくなっちゃうので」

 

「自分達は班長の下で仕事をしたいんです」

 

「そうか、慕われているな白石」

 

「あはは、そうみたいですね」

 

冷や汗をかきながら返事をかえす。内心ではあの失礼な物言いを指摘されるまえに早く話終われと必死に願っていた。

 

「有馬さん、そろそろ会議の時間です」

 

白石の必死な願いを読み取った宇井が有馬に会議のことを知らせる。この声を聞いて白石の顔が笑顔に変わる。そんな態度に宇井が苦笑いを浮かべる。

 

「もうそんな時間か。白石久しぶりに会えて良かったよ。また会おう」

 

「はい」

 

白石が返事をかえすと宇井と一緒に会議室へと向かった。その姿を見届けると白石は椅子に崩れ落ちた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「疲れた~。あの人苦手なんだよな」

 

赤坂の声に疲れきったように返事をする。完全に非は白石にあったのだが本人はそう思っていないようだった。

 

「まあ、有馬特等はCCGで一番優秀な人だ。お前達も色々と学んでこいよ」

 

「あの有馬特等から学べることなんてあるんですかね?」

 

「もはやレベルが違いすぎますし」

 

「俺達に再現できるようなことがありますか?」

 

「…………」

 

部下達の疑問に白石は答えることが出来なかった。



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第4話

『こちら白石一等、第1班配置完了』

 

捜査会議から1週間後ようやく作戦が実行にうつされた。白石は複数の捜査官を率いてジェイソンの屋敷の正面口で待機している。辺りは夜のためか非常に静かだ。

 

結局時間をかけたわりには作戦は単純と言っていいものになった。すなわち黒磐と白石でジェイソンを挟み撃ちにするのだ。

 

現在は黒磐達第2班が配置につくのを待っている。黒磐達が配置につき次第突入開始だ。

 

『うむ。配置完了』

 

通信機から黒磐の知らせが届く。

 

『確認しました。これより作戦を開始します。第1班、第2班突入してください』

 

通信機から中津の突入の合図が聞こえると白石率いる第1班が屋敷の中へと侵入する。サブマシンガンを装備した捜査官達を先頭にして、白石、柿沢、田中のクインケ持ちは彼等の後に続いた。

 

屋敷の中に入るが暗すぎて状況がよく分からない。捜査官達がライトで周りを索敵するがジェイソンの姿が見当たらない。

 

「全員気を付けろ。どうやらジェイソンは俺達を奇襲するつもりらしい」

 

白石の言葉に捜査官達の顔が恐怖に歪む。ジェイソンのレートはSレート、奇襲されればとてもではないがひとたまりもないだろう。

 

そんな捜査官達をよそに白石は感覚を研ぎ澄ませる。視覚、聴覚、嗅覚、ジェイソンをさがすために全神経を注ぐ。しかし、集中しても何も分からない。

 

音は自分達と少し離れた黒磐達のものしか聞こえない。気配もそれに同じくだ。匂いに関しても血の匂いが全然してこない。

 

(どういうことだ?ジェイソンはここにいないのか)

 

そんなはずはないと頭を振る。ジェイソンがこの屋敷に入ったのを確認したから作戦が決行させたのだ、肝心のジェイソンはこの屋敷にいるはずだ。そう思いながら屋敷の探索を進める。

 

「白石一等、ジェイソンはどこに行ったのでしょうか?」

 

「このフロアにいなければ地下とかじゃないか」

 

田中の疑問に白石が答える。これだけ探して見つからないのだから地下室などしか隠れ場所もないだろう。

 

(本当にどこにいったジェイソン。もしかして監視に気付いて……となると罠か!)

 

その可能性が頭に浮かんだ瞬間、後方から赫子が飛んできた。咄嗟にクインケを展開する。

 

「チェンジ!!」

 

[カタナシ]から白石の腕にチューブが伸びて血が充填され、形状を巨大な盾に変える。盾が展開されて白石達を覆った瞬間に赫子が殺到した。

 

(羽赫……ジェイソンじゃないのか?)

 

「各員よく聞け、もうすぐしたら盾を解除して反撃にうつる。俺の合図で攻撃開始だ」

 

「「「「了解!!」」」」

 

班員の返事を聞き、解除のタイミングをはかる。喰種達は攻撃が通らないことに慌てているのかずっと攻撃を続けている。もうすぐガス欠になるはずだ、そう思いずっと待ち続ける。

 

「くそッガス欠だ!」

 

「こっちもだ!」

 

(こいつら馬鹿か)

 

「今だッ!!」

 

[カタナシ]の形状を盾から刀へと変化させる。その瞬間捜査官達が喰種に攻撃を開始する。

 

「ごっぱ」

 

「げ」

 

サブマシンガンから放たれる銃弾に体を撃ち抜かれて喰種達が打ち倒されていく。

 

「田中!、柿沢!」

 

白石のハンドサインを読み取り田中は左側、柿沢は右側にいる喰種達へと襲いかかる。田中は扇の形をしたクインケ、[クジャク]で喰種を切り裂き、柿沢は手斧の形をした[ヒーター]で喰種の首を撥ね飛ばす。

 

(田中も柿沢も意外とやるな)

 

自分も喰種を殺しながら、横目で2人を見ながらそう評価する。余所見をしている白石を狙った甲赫の刃をしゃがむことで回避し、そのまま[カタナシ]を横に振り抜く。

 

「ごはッ」

 

攻撃を受けた喰種は腹を切り裂かれ絶命する。そのまま次の喰種を殺しにかかる。鱗赫の赫子をスライディングで避け、喰種の足を通り際に切断し、起き上がる瞬間近くの喰種の首を切り飛ばす。

 

「ひっ、た、助けてくれ!!」

 

足を切断された喰種が命乞いをするがそれを無視して首を撥ねる。

 

(にしても数が多い。黒磐特等の方はどうなっているのか?)

 

もうすでに白石だけでも10人は殺した。他の班員もそこそこ殺したはずだ。なのにまだ15人はいる。こちらは既に3人が死んで、負傷者も出始めている。あまり時間をかけるのは得策ではない。

 

『黒磐特等応答を、……黒磐特等応答してください』

 

『中津二等、黒磐特等から連絡はあったか?』

 

『いえ、入っていません』

 

(連絡が出来ない状況なら急いだ方がいいな)

 

前方から襲ってきた喰種の首を撥ね飛ばし、さらに奥の方にいる喰種に向けて突進する。自分に迫ってきていると気付いた喰種が甲赫を前にして防御にはいるがそんなもので防げるわけもなくあっさり[カタナシ]に貫かれる。

 

(残りの数も少なくなってきた。ここは任せて大丈夫そうだな)

 

「田中ここの指揮はお前に任せる。俺は第2班の救援に向かう」

 

「了解しました!」

 

田中に指揮を任せて第2班のいる屋敷の反対側に向かう。近付くにつれて向こう側での戦闘音が聞こえてくる。

 

(やっぱり向こうも戦闘中だったか)

 

ようやく彼等の姿が見えてきた。どうやら白石の班より被害が甚大のようだ。負傷者が多く、彼等を守るために守勢を強いられている。そして黒磐だが五里と共に白スーツの大男、ジェイソンと戦闘中のようだ。

 

まずは雑魚共を片付けようと[カタナシ]の形状を巨大なハルバートに変化させる。そのまま捜査官に攻撃しようとしていた喰種を横凪ぎで真っ二つにする。

 

「し、白石一等!どうしてこちらに?」

 

「俺のところはだいぶ片付いたから救援に来たんだよ。それより早く雑魚共を片付けるぞ」

 

「了解!」

 

話が終わると白石は[カタナシ]を片手に持って喰種の集団に突撃する。[カタナシ]を片手に持って、スピードを生かして横凪ぎの一撃を放つ。それだけで3人の喰種が2つに別れた。さらに横凪ぎの勢いを利用して更に離れたところにいる喰種達に回転切りを放つ。またしても喰種達の胴体が2つに別れた。

 

「す、すげぇ」

 

「おい、一等の姿に見惚れてないで早くこいつらを始末するぞ」

 

「あの人がいれば勝てる、勝てるぞ!」

 

白石が次々と喰種を殺していく姿を見て捜査官達が勢いづき始め、守勢を強いられていた捜査官達は攻勢に転じる。

 

(もう大丈夫そうだな)

 

守りにはいっていた先程とは打って変わって攻め始めた捜査官達を見てそう判断する。近くにいた喰種を上段から叩き切り真っ二つにしてから黒磐の方へと向かう。

 

黒磐とジェイソンの様子を見るとどうやら黒磐が攻めあぐねているようだ。黒磐が距離を詰めようとしてもジェイソンは赫子で牽制して黒磐を近づけさせない。

 

(今のところジェイソンが俺に気付いた様子はない)

 

そう判断した白石は[カタナシ]の形状を刀に変える。そして全速力で駆け出した。

 

「五里二等、前に出るぞ!」

 

「白石一等!?」

 

五里の後ろからジェイソン目掛けて凄まじいスピードで突進する。ある程度近づくとジェイソンが白石に気付いた。黒磐に向けていた4本の赫子のうち1本を白石へと向かわせる。

 

白石は自分に迫ってきた赫子を斜め前に出ることでかわし、[カタナシ]を斜め上に切り上げ赫子を切断しスピードを落とさずジェイソンへと迫る。

 

「へえ、やるねえ」

 

赫子を切断されたジェイソンは軽い驚きを見せ、黒磐の方に向けていた赫子をもう1本白石へと襲いかからせる。また半ば切断された赫子を挟み込むように白石を攻撃させる。

 

ジェイソンは白石に赫子が挟み込むように迫るのを見てニヤリと笑みを浮かべる。あれではもうかわしようもない、と。ところが直ぐにその笑みも凍りつく。白石は逃げ場がないと知ると左手で[カタナシ]を振るって赫子を切断し、右手で赫子を受け止める。

 

(ちっ、流れに乗って胴体切断してやろうとしたのに止められちまった)

 

ジェイソンを驚愕させた本人はその場に止められたことを残念がっていた。しかし、と笑みを浮かべる。

 

(奴の意識はこちらへと向きました。ここは譲りましょう、黒磐特等)

 

白石に注意が向いている隙に黒磐がジェイソンへと迫っていた。本来であれば戦っている敵から目を離すなんて致命的なことをジェイソンがするはずがないが、生身の体で赫子を止めるという行為を目の前にして完全に意識をそちらに向けてしまっていた。

 

「なっ!?」

 

「ふんっ!」

 

黒磐の[黒磐special]がジェイソンの胴体へと叩き込まれる。血を撒き散らしながらジェイソンが後方へと吹き飛ぶ。

 

(浅いか)

 

[黒磐special]を叩き込んだ時の感触からそう判断する。ジェイソンは攻撃を受ける瞬間に後ろに自分で跳んでダメージを減らしていたのだ。

 

「がっ、ごほっ、くそっ!!てめーらぶっ殺す!!」

 

血を吐き出しながら殺意の言葉を口にする。目が血走り殺意を撒き散らしている。

 

「チェンジ」

 

[カタナシ]の形状が刀からハルバートに変わる。次の一撃で仕留めるためにジェイソンが攻撃を仕掛けてくる瞬間を狙う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(くそっ!、くそっ!、くそっ!、くそっ!、落ち着け!落ち着け!あの人間と思えない化け物と特等を相手じゃ分が悪い)

 

未だにジェイソンの頭の中には怒りが渦巻いているが幾分か冷静さが戻ってきた。今のジェイソンの状態から戦っても勝ち目がないと悟り逃げ道を探る。

 

(何か、何かないのか?……うん?)

 

自分が吹き飛ばされた場所、森林を見回す。その時名案が閃いた。思わずにやけが止まらない。尻餅をついた体勢から膝に力を入れて立ち上がる。

 

正面にいる黒磐と白石に向けてニコリと笑いかける。そして赫子を使って周りの木を引き抜く。それを見て白石と黒磐は防御のためにクインケを構える。

 

「そうじゃないんだよ、そうじゃ」

 

にやけながら引き抜いた木を白石達に思いっきり投げる。白石が黒磐の前に出て[カタナシ]を巨大な盾に変える。白石達の視界が完全に遮断された瞬間彼等の後方、戦闘中の捜査官達へと木を投げる。何本も投げ続ける。

 

ジェイソンの狙いに気付いた白石が[カタナシ]を後方の捜査官達を覆う巨大なドームへと姿を変えさせる。完全にジェイソンから意識が外れたその瞬間ジェイソンは赫子をバネのようにして凄まじいスピードで逃走を開始した。

 

(いつか絶対にこの借りは返す!絶対になぁ)

 

その胸に白石達に対する憎しみを抱きながら。



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第5話

「結局ジェイソンには逃げられてしまいましたね」

 

「うむ」

 

ジェイソン討伐戦から2日後、白石の姿は13区支部の会議室にあった。あの作戦に参加していた喰種捜査官6人で情報の整理をしていた。

 

「問題は我々の作戦が敵に知られていたことです。今回の作戦で最優先討伐目標のジェイソンを伐てなかったのも死者が13人も出てしまったのはそれが原因です」

 

「ただこちらの偵察が敵にばれただけじゃないのか?」

 

中津の言葉に白石が疑問を抱く。作戦がばれていたのは敵に偵察が発見されたからなのでは、と。しかしそんな白石に中津は首を横に振る。

 

「偵察がばれただけなら敵にはいつ我々が来るかなど分からないはずです。作戦は白石一等が拠点を発見してから1週間後に行われました。偵察は発見後2日以内で終わらせました。その前もその後もジェイソンの様子に変化はありませんでした」

 

「ところが1週間後の作戦決行日にはなぜかこちらの動きを完全に読んでいた」

 

「そうです。我々を待ち受けていました。こちらの奇襲は完全に失敗でした」

 

何故なんですかね、と中津は上を仰ぎ見て額に手を当てる。中津からすれば昇進のチャンスだったのだ。単体のSレートを特等と特等並の一等で圧殺する。もしもの時のために40人の局員捜査官も動員した。

 

ところが運はちっともこちらに味方しなかった。討伐数だけ見れば54体とかなりの数だがレートはB~Cレート程の喰種しかいなかった。それに対してこちらは13人の死者を出してしまった。ちっとも良い戦績とは言えない。

 

「まあどうしようもないですね。この件は本局の方に回しましょう」

 

それから1時間ほど情報交換を行い会議を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

13区支部での会議が終わった後、白石は本局の方に来ていた。総議長からお呼びだし受けたからだ。呼び出しを受けた本人は一体何を言われるんだと不安になってきていた。

 

もう何回も通った総議長室への道を辿る。今まで何回も説教を受けたので総議長室への道筋はしっかりと覚えている。

 

(何だろうな?もしかして降格終了かな?まだ何も学んでないけど)

 

そんなことを考えているうちに総議長室の前に到着した。総議長からは14時に来いと言っていた。手元の腕時計を見る。時刻は13時47分、少し早く来すぎたようだ。

 

「あれ、白石君じゃない?」

 

「本当ですね」

 

「ん?」

 

声のした方を見てみると離れたところから本局局長和修吉時と対策Ⅱ課課長の丸手特等捜査官が白石の方へと歩いてきていた。

 

「お久しぶりです、和修局長、丸手特等」

 

「久しぶりだね。そういえば最近降格させられたらしいね」

 

「けっ、一体何やらかしやがったんだ?」

 

「うーん、合同捜査完全無視で単独で喰種を討伐しに行っただけなんですけどね」

 

そんな白石の返答に吉時は面白そうに、丸手は胡散臭いものを見たような反応を示す。

 

「あははは!やっぱり変わってないね、入りたてだったあの時から何も変わっていない」

 

「笑い事じゃないですよ吉時さん。おい白石、いいかよく聞け。合同捜査を組むってことはそれだけ危険性の高い任務につくってことだ。それを単独でこなそうとするなんざ馬鹿のすることだ。例え討伐に成功しても無視された班は次からは心から協力してくれなくなる。周りに敵ばかり作ってどうするんだ?そんなんじゃ早死にしちまうぞ」

 

「これはマルの言う通りかな、確かに白石君は強いけど無敵のスーパーマンじゃないんだからもう少し周りと協力してみなよ」

 

「はあ」

 

吉時と丸手が白石へと忠言を送るが白石に納得した様子は感じ取れない。そんな態度を見て、吉時は苦笑いを浮かべ、丸手は舌打ちをする。

 

「ところでどうしてこんなところにいるんだい?」

 

「総議長からお呼びだしがかかりましたので」

 

「あー、そういえば親父殿が何か言ってたような」

 

吉時が顎に手を当てて思い出そうとするが全然思い出せない。

 

「ごめん、忘れちゃった」

 

「構いませんよ局長、すぐ爺から聞くことになるんですから」

 

「爺?」

 

「総議長です」

 

白石の暴言に吉時は爆笑し、丸手は横で顔を青ざめさせる。

白石はそんな2人の様子をどうでもよさそうに見ている。

 

「では早く爺の所に行ったほうがいいのではないかな?」

 

「そうですね。では失礼します」

 

吉時と丸手に頭を下げて別れを告げ、総議長室の扉をノックする。

 

「入れ」

 

常吉の声に従い部屋の中に入る。そのまま奥の机にいる常吉のもとまで歩いていく。

 

「それで、一体何の用事ですか?」

 

白石は他の人が聞けば青ざめるようなことを平然と口にする。それに対して常吉の額がピクリと動くがいつものことだと思いつつ話を始める。

 

「黒磐特等のもとでしっかりとやれているらしいな」

 

「まだちょっとしかやってませんけどね」

 

「それでもお前が人の言うことを聞くようになったのだ。それだけでも成長したと言えよう」

 

「そんなことを言うために呼び出したんですか?」

 

珍しく常吉が誉めたのにも関わらず白石はそれをどうでもよさそうにしている。早く本題に入れ、と暗に言っているのだ。

 

「……。そうだな、では本題に入るとしよう。白石一等、貴君をジェイソン討伐作戦の功により上等へと昇格させる。また黒磐特等のもとから離れて白石班として行動してもらう」

 

常吉の言葉に首をかしげる。つい最近降格させられたのにこんなに直ぐに昇格なんてあるのだろうか、と。

 

「別に俺は構いませんけど良いんですか?」

 

「構わん。それよりもお前に頼みたいことがある。白石、白日庭を知っているな」

 

「あー、優秀な人間を集めてる教育機関だったような」

 

「その認識であっている」

 

「それと俺に頼みというのが何の関係があるんですか?」

 

「もう察しているのではないか?」

 

ここまで話しているのだからおおよそのことは分かるだろうと常吉が問いかける。しかし一切理解していない白石には何のことだか見当もつかなかった。

 

「知りません。早く教えてください」

 

「察しが悪いな。お前には庭の新人の教育を任せたい」

 

「新人?なぜ俺が」

 

「お前が適任であると判断されたからだ」

 

「はあ、まあ良いですけど」

 

自分のどこにそう判断する要素があったのかは知らないが仕事であれば断ることもできないのでとりあえず了承の返事を返す。

 

「そうか。では顔合わせといこう」

 

「ここに来ているんですか?」

 

「ああ、お前が入ってきてからずっと外で待たせている。入ってきなさい」

 

常吉が扉へと声をかけるとゆっくりと閉じられていた扉が開き始める。白石もどんな人物か気になるのかまじまじと扉の方を見つめる。

 

(あれ?)

 

入ってきた人物を見たとき思わず唖然としてしまった。そうさせた原因は入ってきた人物の服装だ。自分もかつては袖を通していた0番隊の白装束、それを目の前の人物が着ている。

 

あらためて入ってきた人物をよく見る。おっとりとした垂れ目。ピンク色の髪。ふわふわしたような雰囲気。本当に0番隊、いやそもそも捜査官なのかすら疑うような印象だった。

 

「彼女が自分が教育する新人ですか?どうやら0番隊みたいですけど、本当に新人なんですか?」

 

「入局してからまだ1年だ。充分新人と言えよう。それよりお互いに挨拶でもしたらどうだ?」

 

「……これから君のパートナーとして君の教育にあたる白石上等だ。よろしく」

 

とりあえず常吉の言葉に従い挨拶をしてみる。そんな白石に対してふわふわした少女、伊丙 入はニコニコと笑いながら挨拶を返す。

 

「こんにちは白石先輩、伊丙 入三等です。これからよろしくお願いします」

 

入はそう言って白石へと手を差し出してきた。白石も嫌がる理由もなかったので素直に握手をする。そして気になったことを聞いてみる。

 

「ところでなんで先輩?」

 

「先輩は0番隊出身でしょ、だからです」

 

「なるほど」

 

白石が疑問がとけて頷いていると常吉から用は済んだ、退室しろ、と言われたので白石はハイルを連れて総議長室を後にして廊下を歩いていく。

 

「楽しみですね白石先輩」

 

「いや、一体何が?」

 

「これから始まる私達の成長物語です」

 

「……俺も入ってるの?」

 

「有馬さんからは一緒に成長してこいと言われましたので」

 

そしてそのままハイルは有馬について目を輝かせながら話し始める。白石もしばらく有馬さんから離れていたのでハイルの話に耳を傾ける。そうしてしばらくハイルから有馬の話を聞いていると突然ハイルが止まって白石の方を向いた。

 

「そういえば白石先輩、なんて名前なんですか?」

 

白石の方へとぐっと顔を近づけさせる。ハイルにとっては何気ない行為だったが突然そんなことされた白石は驚いてハイルから数歩離れる。

 

「あれ、どうしたんですか?」

 

若干頬を赤くしている白石に純粋な目を向けて尋ねる。からかっている様子もない。白石はそんなハイルを見て悟る。

 

(こいつ天然か)

 

やっかいなだな、とため息をつく。そんな白石を首をかしげながら見ていたハイルだったが質問に答えてもらえていないのを思い出して白石に返答を迫る。

 

「白石先輩名前教えてください、名前」

 

「俺の名前?そうだな、……もう少しお前を信頼できるようになったら教えるよ」

 

「えー、まだたりてないってことですか?」

 

「今会ったばかりだから当然だろ」

 

「ふーん、分かりました。だったら直ぐにでも教えてもらえるように頑張りますので早く仕事しに行きましょう」

 

そう言うとハイルは白石の手を引っ張って廊下を走り出した。突然のことに文句を言おうとした白石だったが鼻唄を歌いながら楽しそうにしているハイルの横顔を見るとそんな気も失せてしまった。

 

(これから大変そうだな)

 

苦笑しながらそう思わずにはいられない白石だった。



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第6話

白石とハイルの顔合わせから1週間がたち、白石達の姿は本局の彼等のオフィスにあった。この1週間地味な捜査ばかりで1体も喰種を狩れていなかったのでやる気をなくしている白石は机の上で寝ており、ハイルは頬を膨らませてただ椅子に座っていた。

 

「白石先輩ー、何で私達こんなに地味な仕事しか与えられてないんですか?」

 

「……」

 

「て、寝てるし」

 

一向に起きようとしない白石の様子を見て不満を感じたのか静かに白石へと忍び寄る。その片手にマジックペンを持ちながら。

 

「あと少し♪あと少し♪」

 

じわじわと白石との距離をつめて顔へと近付いていく。後もう1歩近付けば白石に落書きが出来る距離まで近付いた。

 

「おい白石いるか?」

 

ところがそんなハイルの努力もノックもなく入ってきた丸手によって台無しにされてしまった。

 

「おいハイル、お前の手にあるマジックペンは何だ?」

 

「いやー、そのー、……えへへ」

 

「そんな可愛くしたところで無駄だ」

 

「おい、いちゃついてないでこっちを見ろ」

 

白石達の様子を見て早く話をしなければと判断した丸手は2人の会話を打ち切り自分の話を始める。

 

「白石、今度俺が指揮をとる作戦にお前を引き入れたからよろしく頼むぜ。今回の作戦、強力な羽赫持ちがいなくて困ってたんだ」

 

「まあ暇だったから良いですけど」

 

「それなら暇潰しは提供してやるからきっちり働けよ」

 

「へーい」

 

「明日の10時までに第4会議室に来いよ」

 

それを告げると丸手はさっさと部屋から出ていってしまった。

 

「ハイル、仕事ができたぞ。それも楽しい仕事だ」

 

「楽しみですね。やっぱり私は書類じゃなくて実戦がいいです」

 

「俺もそうだよ。そして何より今回の仕事は……」

 

「仕事は?」

 

「勘だが良いクインケが手に入りそうな気がする」

 

楽しみだと白石が笑みを浮かべる。その表情には喰種に対する恐怖心など微塵も浮かび上がっていない。自分が負けるとは思っていないのだ。

 

そんな白石の様子を見て、ハイルはこのパートナー兼上司は自分とは相性が良さそうだと内心で喜ぶ。やりずらい上司よりやり易い上司の方が良いのは当然だ。

 

(最初は有馬さんから離れるのも嫌だったけど少しの間だったらこの人と組んでも悪くないかな)

 

「ハイル、俺達の初仕事だ。足を引っ張るなよ」

 

「それはこっちのセリフですよ白石先輩」

 

お互いに笑みを浮かべながら挑発的な視線を交わす2人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

丸手から呼び出しを受けた次の日、白石達の姿は喰種対策局本局の第4会議室にあった。会議室では丸手が捜査官達の前でモニターを使っての説明をしている。

 

「今回の俺達のお仕事はSSレートファルコン率いる自由の翼っていうダサい名前の喰種の集団を殲滅することだ」

 

丸手の言葉に会議室に動揺が広がる。大部分はSSレートという点に驚き、残りはファルコンという名に驚いていた。

 

「白石先輩、ファルコンってそんなに有名なんですか?」

 

「まあ、そこそこに」

 

「ふーん」

 

周りの捜査官達の様子を見てハイルが白石へとファルコンについて尋ねる。それに対する白石の返答はすごく適当なものであったがハイルもあまり興味がないのでながされてしまった。

 

「自由の翼は大体100人位の戦闘員と300人程の非戦闘員で構成されている。こいつらによる被害はいたるところで起きている。喰種捜査官の多数殺害、大量の捕食事件、そして捕食目的以外の殺人などもはや屑というべき存在だ」

 

丸手の説明を聞いた捜査官達の目に憎しみの炎が宿る。それだけ喰種という存在は彼等にとって受け入れられる存在ではないのだ。

 

「構成メンバーについてだが首領のSSレートファルコン、S+レート鬼瓦、Sレート首狩り、Sレート落武者、S-レートジャッカル、こいつらが最重要討伐目標だ。絶対に逃がすんじゃねぇぞ」

 

「そして次に部隊の編成だがまず総指揮は当然俺がやる。副指揮は篠原に任せる。部隊は正面に1つ、裏に1つ、そして支援に1つだ。正面の第1隊の隊長は白石、裏の第2隊の隊長は篠原、そして支援の第3隊は千之でいく」

 

「ちょっと待ってください丸手特等!第1隊の隊長が上等だなんて何を考えているんですか!?この討伐隊には彼の他にも准特等だっているじゃないですか!」

 

丸手が挙げた部隊編成に関して1人の捜査官が声を張り上げる。彼は自分の上司を差し置いて白石が隊長に抜擢されたのが納得いかないのだ。

 

「何でかだって?一番適任だからに決まってんだろ」

 

至極当然という様子で捜査官へと告げる。それから丸手は周りを見渡し全員に語りかける。

 

「第1隊は激戦になることが予想される。隊長はそんな中戦闘をこなしながら現場の指示もこなさなきゃならねぇ。それを確実にこなせそうなのが白石しかいなかったから隊長に抜擢したんだ。白石の討伐実績は知ってるだろう?」

 

「それは……」

 

白石の功績を知っているため誰も何も言うことができない。上等なのにも関わらず特等級の実力を持つ男、それが白石の評価だった。

 

「どうやら誰も文句は無いらしいな。よし、今から作戦の細部を説明していくぞ」

 

それから1時間ほどで会議は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白石先輩とっても有名なんですねー」

 

「物凄く目の敵にされてたけどな」

 

会議が終わった後2人は休憩と称して20区に軽めの昼食をとりにきていた。

 

「で、何が食べたい?」

 

「奢ってくれるんですか?」

 

「良いよ。金はそれなりに持ってるから」

 

喰種捜査官になってから今までの間に数々の高レートの喰種を狩ってきたため金銭にはそれなりの余裕があった。

 

「えっと、じゃああの喫茶店に行きたいです」

 

白石はハイルが指を指した方を見てみる。そこには『あんていく』という看板のある喫茶店があった。それを見た白石は喫茶店だったら小腹を満たすには丁度いいだろうと判断した。

 

「じゃあ行くぞ」

 

「はい」

 

2人があんていくに入るとウェイターが2人に対応する。

 

「2名様ですか?」

 

「そうでーす」

 

「あちらの席にどうぞ」

 

ウェイターの声に従って席へと腰かける。座って直ぐにメニューを開いてウェイターに注文をする。

 

「俺はサンドイッチとココアで」

 

「白石先輩って甘いものが好きなんですか?」

 

「まあね、苦いものよりは好きだよ」

 

「ふーん、じゃあ私も同じもので」

 

「かしこまりました」

 

注文を聞いたウェイターが下がるとハイルが白石へと話しかけお互いに談笑を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「店長、ようやくお客さんも少なくなってきましたね」

 

「そうだねトーカちゃん」

 

白石達の注文を受け付けたウェイター、霧嶋董香があんていくの店長である芳村へと話しかける。いつもなら彼等の他にも店員がいるのだが今日は2人しかいなかった。

 

「入見さんがいてくれればかなり楽になるんですけどね」

 

「古間くんもね」

 

「ハハハ、そうですね」

 

話をしつつもお互いに仕事を止めることはしない。てきぱきと仕事をこなしていってる。

 

「ところで白石先輩、羽赫のクインケ持ってたんですね」

 

しかしハイルの一言によって思わず2人の仕事の手が一瞬止まる。なぜなら今のハイルの発言は喰種である2人にとって聞き逃せる内容ではなかったからだ。

 

「店長、聞こえましたか?」

 

「ああ、聞こえたよ。まさか白鳩とは思わなかった」

 

白石達に気付かれないように小声で話ながら手を動かす。とりあえずは彼等の注文の品物を作るのが先だ。

 

「一応S+レートを1つ持ってるけど」

 

「良いなー、私は鱗赫のS+だけなんですよね」

 

「それで十分だと思うけど何が不満なんだ?」

 

「有馬さんは甲赫と羽赫のS+持ちじゃないですか。だから私も甲赫と羽赫のクインケが欲しいんですよね」

 

「ああ、IXAとナルカミね。あれは確かに凄い性能だよな」

 

この会話を聞いている董香は思わず冷や汗が出てくる。2人は平然とS+と言っているが公式ではこの20区にSレートより上のレートの喰種はいない。しかし2人はS+が大したことではないように話している。何故だかは分からないが董香にはそれがデタラメだとは思えなかった。

 

「お待たせしました。注文の品です」

 

そんな董香の様子を見た芳村が自ら注文の品を2人へと持っていく。

 

「わー、美味しそうですね」

 

「ただのサンドイッチなのにどうして分かるんだ?」

 

「匂いですよ」

 

2人の様子を見て芳村は思わず頬が緩みそうになるが警戒は解かない。2人の会話に出てきた有馬という名前、恐らくはCCGの死神、有馬貴将特等捜査官のことだろう。

 

2人の様子からどちらも有馬の姿を間近で見ていたように感じれる。つまりはどちらも0番隊に所属していたのではないかと芳村には思えた。

 

「美味しー♪」

 

「おお、うまい」

 

「ありがとうございます。お客様は20区にはよく来られるのですか?」

 

「いや、今回は昼休憩で来ただけだよ。20区には高レートの喰種もいないし」

 

「そうなのですか。では、またいらしたときは是非ともご来店ください」

 

そう言うと芳村は白石達のもとを離れた。どうやら捜査が目的でないことが分かったので安心することができた。

 

「いい店だな、ファルコンを討伐したらまた来ようかな」

 

「そうですね」

 

最後にサンドイッチを飲み込み、ココアを流し込む。そのまま席を立ち会計を済ませて2人は店を後にした。

 

「ふぅー、あの2人行きましたね」

 

「そうだね、でも……」

 

「店長?」

 

突然黙りこんだ芳村に董香が声をかける。それに対して芳村は何でもないよと微笑んで返した。しかし彼の中にはまたあの2人とは何かありそうだという予感がしてならなかった。



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第7話

「さてさて、自由の翼が拠点にしてる廃デパートにやって来た訳なんだけど……俺はいつまでここで待機していればいいんだ?」

 

作戦決行当日、白石とハイルの姿は第12区にあった。両手にアタッシュケースを持ちやる気に満ちていた白石であったが現在待機の命令を下されていた。

 

「まあまあ、白石君そう焦らないで。丸手特等がマスコミからインタビューを受けていますのでそれが終われば直ぐに貴方の出番がきますよ」

 

うずうずしていた白石を千之准特等が諌める。もうすぐインタビューも終わり作戦が始まる。それまでは気持ちを落ち着かせろと。

 

そんな千之の言葉を聞き入れたのか白石は目を閉じて黙りこんだ。その様子を見た千之は安心したようにため息を吐き、早く丸手が作戦を開始するのを願った。自分では次は白石を押し止められそうになかったからだ。

 

「よーし、てめえら待たせたな!これより喰種殲滅作戦を開始する!第1隊進軍開始!!!」

 

「「「「うぉぉぉぉぉぉッッッッッ!!!!!!!」」」」

 

そんな千之の願いが届き、丸手から作戦開始の指令が響き渡った。その声に気持ちを昂らせた一部の捜査官達が白石の了承も得ずに突撃を開始する。彼等は白石の指揮下に加わりたくなかったのだ。

 

「あらら、血気盛んな奴等が突撃していったよ」

 

「しっ、白石上等、彼等を止めないで大丈夫なんですか!?」

 

「俺の指示も聞かずに突撃していったやつらのことなんかどうでもいいさ。それに見てみろ」

 

「えっ?」

 

白石に言われた通りに捜査官が突撃した捜査官達を見てみる。

 

「ごぺッ」

 

「かぴょッ」

 

「がッ」

 

次々と羽赫の赫子をうけて倒れていく。デパートの2階から羽赫の喰種が捜査官達を狙撃している。捜査官達は反撃を試みるもその数に対応できずにとうとう全滅してしまった。

 

「という訳でお前達はここで待機。……ハイルお前もだ」

 

「りょうかーい」

 

こっそりついていこうとしていたハイルに釘をさすとハイルは頬を膨らましながらも渋々頷いた。

 

「ではでは久しぶりにお見せしましょうかね」

 

左手に持っていたクインケを展開させる。赫包が形状を変えて武器の形になる。アタッシュケースの中から現れたクインケは有馬が所持している[ナルカミ]に酷似していた。

 

羽赫のS+レート[t-human]、それが白石が左手に持っているクインケである。

 

その場で[t-human]を2階にいる喰種達に向ける。バチバチと[t-human]から電撃が生じ始める。これでもかというぐらい電撃を貯めて、とうとう限界が来たというタイミングで電撃を放出した。

 

すさまじい速度で電撃は2階にいる喰種達の元へと向かう。禍々しいほどの電撃に喰種達は思わず頬をひきつらせる。リーダー格の喰種が逃げろと叫んだがそれに反応できた喰種は数体だけであり、ほとんどの喰種が電撃により体を切断され、消し飛ばされた。

 

「よし、これで少しは通りやすくなったな。第1隊俺に続け」

 

そんな惨状を引き起こした本人は第1隊についてくるように指示を出し突撃を開始した。

 

「す、すげぇ」

 

「あの人なら敵なんていねえな!」

 

「よし、皆行くぞ!隊長に続けぇぇぇッッッ!!!」

 

圧倒的な強さを見せた白石の後を第1隊の隊員が続く。そんな彼等の様子を見て白石は思わずニヤリと笑いそうになる。あまりにも簡単に第1隊の隊員達の心を掴めたので内心驚きもあったが。

 

「鱗赫、尾赫は前衛へ、羽赫は後方、甲赫は羽赫の近くで護衛だ。なるべく羽赫は甲赫から離れるな。Qバレットは中衛から後衛にかけてクインケ持ちを援護しろ」

 

走りながら全員に聞こえるように指示を飛ばす。それに隊員達は了解と大声で返す。

 

「そら、敵が現れたぞ。各員戦闘開始!」

 

左手に[t-human]を持ったまま、右手のクインケを展開させる。白石の相棒である[カタナシ]だ。刀の形状をした[カタナシ]を横に一閃する。すると白石に攻撃を仕掛けようとしていた3体の喰種の首がとぶ。

 

そんな彼に続くように第1隊の隊員達が喰種達に攻撃を開始する。クインケが喰種達を貫き、切り裂いていく。

 

喰種達が前衛の甲赫、鱗赫のクインケ持ちを狙うが羽赫のクインケとQバレットに邪魔をされてうまく攻撃を仕掛けることが出来ない。また、羽赫のクインケ持ちは甲赫に守られているためこちらにもそう簡単に攻撃することが出来ない。

 

「何かおかしいな」

 

右手の[カタナシ]で近くの喰種の体を上下に真っ二つにし、左手の[t-human]で少し離れた位置にいる喰種達を撃ち抜く。順調に喰種を殺していっているが白石には疑問が浮かんでいた。

 

(ここにいる喰種だけでも100体以上、第2隊の方にも同程度の数がいるらしいし、確か非戦闘員が300体ほど、となるとこいつらは捨て駒か。大人ばかりなのを見るとこいつらの目的は……)

 

「白石先輩、伏せてください」

 

考え事をしていると横からハイルの声が聞こえる。その声に従い上半身を伏せる。すると白石にギリギリ当たらないという距離でハイルのクインケ[アウズ]が白石を攻撃しようとしていた喰種を切り裂く。

 

「あり「白石先輩、その羽赫のクインケ下さい!」へっ?」

 

お礼を言おうとした白石の声を遮り、ハイルが目を輝かせて自分の願望を口に出した。そんなハイルに白石は思わずポカンと口を開けて固まってしまった。

 

自分の憧れである有馬のクインケに酷似した[t-human]をハイルが欲しないわけがなかった。戦闘中にも関わらず白石の肩をつかんで揺らし続ける。

 

「下さい!下さい!下さい!」

 

「ちょ、揺らさない、で」

 

何とか動揺した状態から抜け出した白石は、ハイルのもとから逃れようとする。

 

「あのクインケくれたなら離してあげます!」

 

「分かった、分かったから。お前が重要討伐目標を1体でも討伐できたらくれてやるよ」

 

「やったー!」

 

周りでは殺しあいが起きているのにも関わらず、ハイルは白石が今まで見たなかで一番の笑顔を浮かべていた。

 

(やべ、これで本当に討伐してきたらどうしよう)

 

実力的にもそれが可能そうなのでもしそうなったらどうしようかという思いが白石の中に生まれた。

 

そんな白石のことなど気にせずにハイルは次々と[アウズ]で喰種を切り殺していく。早く重要討伐目標が現れないかと心待ちにして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第1隊も第2隊も今のところ順調そうだな」

 

戦闘が繰り広げられている現場からかなり離れた位置にある作戦室の中で丸手がモニターを見ながら呟いた。

 

「そっスね、丸手さん」

 

丸手の呟きに馬渕一等捜査官が同意する。それはこの作戦室にいる全員の気持ちを代弁した言葉だった。

 

敵の数に誤算があり最初はどうなるかと思っていたが第1隊は白石とハイルが敵を蹂躙して、第2隊では篠原を中心に堅実に喰種を討伐していっていた。

 

「第1隊の中継映像入ります」

 

「おう」

 

現場をよく見たかった丸手が第1隊の戦闘区域にカメラマンを何人か投入していた。そのカメラマン達が撮っている光景がモニターへと写し出された。

 

「おいおい、白石と伊丙は化け物か何かか?」

 

モニターの映像を見た丸手の第一声はそれであった。モニターには白石とハイルが喰種を次々と蹂躙していく光景が写し出されていた。

 

(マジで白石は今回入れといて正解だったな)

 

白石がいなければ最初の羽赫の喰種達によって第1隊はかなりの犠牲を強いられただろうし、突入までそれなりに時間がかかったはずだった。

 

「第1隊は大丈夫そうだな。おい、第2隊はどうなってる?」

 

「はっ、順調に討伐を進めていると……待ってください、篠原特等より通信が」

 

『聞こえるか、マル』

 

「ああ、聞こえてるぞ。どうした?」

 

『落武者とジャッカルがこっちに現れた。他の重要討伐目標はまだ現れていないから注意してくれ』

 

「おう分かった。お前も気を付けろよ」

 

『ああ』

 

篠原からの通信の内容を頭の中に再度思い浮かべる。

 

(落武者とジャッカルだけ。ファルコン、鬼瓦、首狩りは一体どこに?それに残りの非戦闘員はどこに行ったのか?)

 

考えても情報が足りていないため答えは出てこない。とりあえず丸手は第1隊に警戒するように通信を入れることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『篠原の方に落武者とジャッカルが現れた。そっちにもSレート越えが現れるかもしれないから注意しとけ』

 

「了解」

 

(とは言ったものの、もうすぐ敵さんは全滅しそうなんだけどな)

 

戦闘開始からおよそ1時間ほどで正面の喰種達はほとんど壊滅状態に陥っていた。だいぶ余裕を持って戦えている状況なので突然敵が現れても大丈夫だろうと白石は思っていた。

 

「全員、作戦完全遂行まで一瞬たりとも気をぬくな」

 

「「「「了解!」」」」

 

一応隊員達に注意するように呼び掛けておく。クインケを持たない局員捜査官達は奇襲でも受けたらひとたまりもないだろう。

 

しかし、そんな彼の思いを読み取ったのか突然赫子が隊員達に降り注ぎ、着弾した場所が爆発し始める。直接体に被弾した隊員は体が爆発によって弾けとんだ。

 

爆発によって更地になった場所に1体の喰種が舞い降りた。その喰種に続いて2体の喰種も現れた。

 

「避難は大体終わったみてーだからこいつら殺して俺達もさっさと引き上げるぞ」

 

「任せろ」

 

「了解だ、首領」

 

真ん中の喰種が羽赫、両脇の喰種が共に甲赫の赫子を出し、臨戦態勢へとはいる。

 

「どうやら大本命がこっちに来たみたいだな」

 

「そうですね。でも私にとっては朗報です」

 

「俺にとってもだよ」

 

2人共臆することなく笑みを浮かべて自分のクインケを構えた。白石は新しいクインケ発見と、ハイルはこれで[t-human]が手に入ると内心で思った。

 

「うん?よく見ればハイルじゃねえかよ。何でここにいるんだ?」

 

「おいハイル、あれはお前のこと知ってるみたいだけど知り合いか?」

 

「喰種の知り合いなんていませんよ」

 

「それもそうかね」

 

「それよりも行きますよ」

 

「ああ、ぶっ殺してやろう」

 

ファルコンの言葉に疑問を感じた白石だったが、すぐにその事を頭から消し去りハイルと共にファルコン達へと斬りかかった。



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第8話

白石は凄まじい速度で突進して右手に握った[カタナシ]をファルコンに向けて横に振り抜く。人間離れしたスピードに鬼瓦と首狩りは反応が遅れる。それを見て防御が外れたファルコンの首を撥ね飛ばすために首へと[カタナシ]を向かわせる。

 

「うおッ、危ねぇ」

 

しかしファルコンが両腕に纏わせた赫子で作ったブレードによって受け止められてしまう。すると白石は左手の[t-human]をファルコンの顔に向けて電撃を放とうとする。

 

「残念でした~(笑)」

 

[カタナシ]を押さえ込んでいたファルコンの赫子が突然爆発する。それによって白石は遠くに吹き飛ばされてしまう。

 

「鬼瓦と首狩りはハイルと戦闘中か。さっさとあいつを殺して加勢に向かうか」

 

再び自らの腕に赫子を纏わせて白石の首を切断しに向かう。ファルコンが近付いてくるが白石が起き上がる様子は見えない。仰向けに倒れたままだ。他の隊員達が援護に向かおうとするが喰種達の増援に阻まれて白石の元へ向かうことが出来ない。

 

とうとうファルコンが白石のすぐ側に到達してしまった。動かない白石に向けて赫子のブレードを向ける。

 

「俺とたいしてかわらない歳だな。もしかしてお前も転生者か?まあ、人間だし捜査官だから生かしておけないんだけどな。悪く思「長いんだよ、屑が」がッ!?」

 

気絶したふりをして攻撃しようとしてきたところにカウンターをいれようとしていたのにファルコンの話が長すぎて我慢できずに攻撃してしまった。

 

白石の蹴りによってファルコンは体をくの字にかえて吹き飛んでいく。そのまま地面を転がりしばらくしたら止まった。

 

わざわざ近付く必要もなかったのでその場で[t-human]をファルコンへと向けて電撃のチャージを始める。しかしファルコンも自分の危険に気付いたのかすぐに起き上がり白石へと赫子を飛ばす。

 

「チェンジ」

 

チューブが白石の血を吸い上げて[カタナシ]へと充填する。赤い光を放ち[カタナシ]が形状を縦長の盾へと変える。その瞬間に赫子が[カタナシ]へと殺到する。着弾してすぐに赫子が爆発する。

 

「やったか?」

 

そんなファルコンの呟きへの返答に白石は[t-human]の電撃を向かわせる。巨大な電撃がファルコンへと迫る。

 

自分へと迫る電撃に流石のファルコンも頬をひきつらせる。だが未だに余裕を残しているのかそこまで必死そうな様子は見られない。

 

「これを見せるのはお前が初めてだよ」

 

両腕の赫子のブレードを電撃の方へと向ける。すると赫子が炎を纏い始めた。ある程度炎が大きくなると赫子を電撃に打ち出した。

 

巨大な電撃と深紅の爆炎が正面からぶつかり合う。一時は拮抗したように見えたがすぐにファルコンの赫子が[t-human]の電撃に打ち勝った。そのまま赫子が白石へと迫る。

 

まだ距離が離れていたため白石は回避行動をとろうとする。しかし赫子は白石が回避した方向へと真っ直ぐ向かってきた。

 

(追尾か!)

 

回避しようとしたが距離があまりにも近すぎたため避けることが出来ずに白石の体が爆炎に包まれる。

 

「ふぅ、ちょっと焦ったけど万事解決」

 

「そうかい」

 

「え?」

 

脅威を排除したと思って一息ついていたファルコンの肩を後ろから白石が掴む。

 

「とりあえずくらっとけ」

 

「がッ!?」

 

ファルコンが振り向いた瞬間白石が拳を振り抜く。頬を思いっきり殴られたファルコンは回転しながら吹き飛んでいく。地面をバウンドしながら何故白石が生きているのかと混乱する。

 

(赫子は完全に当たったはずだ。避けられるはずがねぇ!)

 

地面に倒れたままの体勢で白石の方へと視線を向ける。そこには全身にかなり薄い鎧のような物を装着した白石が立っていた。

 

「な、なんだ……それは」

 

「[ヴィズル]SSSレート甲赫のクインケだ。俺の血を動力に動いている。まあ、[カタナシ]と赫包の持ち主が一緒だからな。見ての通りかなり薄いから日常生活で使っていても不便じゃなくてな」

 

「アラタと似たようなやつか。それにSSSレート、エトと芳村以外にいたか?」

 

「なーんか色々知ってそうだな。まあ、コクリア送りにする気はないからどうでもいいけど」

 

話を終えると白石の体が前のめりになりファルコンの視界から消えた。自分の探知能力を越えている白石にファルコンはかなりの恐怖を覚えていた。必死になって白石の場所を探す。しかしいっこうに白石の居場所が分からない。

 

(クソクソクソ!どこに行きやがった!?)

 

「ここにいるぞ」

 

ファルコンは突然自分の耳元に聞こえてきた声に驚き声がした方を振り向く。その瞬間ファルコンの視界に写ったのは白石の拳だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「首領!?」

 

「主!?」

 

ハイルと戦闘中の2人は白石に殴り飛ばされて宙を舞っている自分達の首領の姿を見て、驚愕の声をあげる。彼等にとっては無敵の存在であったファルコンが白石に宙に吹き飛ばされているのが信じられないようだ。

 

「よそ見してると死んじゃいますよ」

 

ファルコンの方を見ていた2体に[アウズ]を振るう。とっさに気付いた2体は間一髪のところでハイルの攻撃をかわす。だがハイルはそのまま避けた鬼瓦達に[アウズ]で攻撃を続ける。

 

(くそっ、こいつ隙がない!)

 

(なんて速さの攻撃だ)

 

つい先程まで有利だったはずなのに一瞬で形勢逆転されてしまった。鬼瓦達は反撃の隙を窺っているが攻撃を休めることなく続けるハイルにそんな隙はない。

 

「そーれ」

 

大振りの一撃。受ければ致命傷だろうが歴戦の2体にとって避けることは造作もない。軽くワンステップで攻撃をかわし、ようやくできたハイルの隙をつく。それぞれの赫子がハイルを切り裂かんと迫る。

 

「かかりましたね」

 

ニヤリとハイルが笑みを浮かべる。それを見た鬼瓦達は背筋が凍りつくような感覚がしたが今さら攻撃を止めることもできずハイルへと赫子を振るう。

 

自分に迫り来る危険など気にもしないでハイルは振りおろした[アウズ]の刃先を反転させ首狩りに向けて切り上げる。その凄まじいスピードに自分が切られたことも分からずに首狩りの体が縦に真っ二つになり絶命する。

 

そして一呼吸をおくこともなく再び刃先を反転させ横に一閃する。首狩り同様反応することさえできずに鬼瓦は[アウズ]で頭を真ん中から切断される。

 

あまりにも一瞬、そこそこの実力の持ち主であっても同時に斬り込んだように見える剣閃を放ったハイルは満足そうに笑顔を浮かべている。

 

「まだ少し遅いですけど有馬さんと同じことができた。うふふ、嬉しいなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方白石とファルコンの戦いは白石の圧倒という形になっていた。いくらファルコンが攻撃をしてもそれをすべて避けきり、全てにカウンターの一撃をくらわせている。もはやファルコンは心身共に限界に近かった。

 

(思いの外硬いな。雑魚だったら簡単に四肢を切断できてるんだがな)

 

ファルコンの異常なまでに硬い皮膚、それこそが白石がファルコンを未だ殺せていない理由だ。普通の喰種であれば致命傷になる攻撃を何度も繰り出しているのだがまだ腕の一本もとれていない。

 

(まあ、反応速度もずいぶんと落ちてきたからそろそろだな)

 

最早ガードも出来ないファルコンを見てそう思う。[カタナシ]の形状をハルバートに変える。[カタナシ]を後ろに構えて地面を強く蹴り、ファルコンへと接近する。

 

「じゃあなファルコン、久し振りにやりがいがあったよ!」

 

死へと誘う刃がファルコンへと迫る。白石が接近しているのにも関わらずファルコンは身動きひとつしない。

 

(諦めたか)

 

白石とファルコンが交差する。その瞬間白石は[カタナシ]をファルコンの首へと振り抜いた。しかし

 

「?」

 

ファルコンの首は繋がったままだった。白石としても手応えが無かったから仕留められたとは思っていなかったが理由が分からない。

 

「アヒヒヒ」

 

「赫子か?」

 

白石はファルコンの姿を見て驚きの表情を浮かべる。[カタナシ]で切りつけた首には赫子がびっしりと覆われていた。そしてファルコンの顔にも仮面の様なものが取り付いていた。それを見て白石はかつて自分の師と戦った存在を思い出した。

 

赫者。「共喰い」により『RC細胞』が増加し、全身にまとうような赫子を扱う者。だがファルコンは全身にではなく、身体の一部にまとっている。

 

(半赫者か)

 

「アアアアアアゥゥゥエエエ!?!?オマエハナンデイキテルンダァ?ハトハシナナキャダーメダローゥゥゥ!!」

 

その言葉と同時に白石へと赫子が飛来する。前の状態よりも赫子の大きさ、スピードもかなり上がっていた。足に力をいれて地面を強く蹴り、赫子の攻撃を横へと回避する。

 

ファルコンが白石へと先程の消耗具合が嘘のように赫子を飛ばし続ける。中途半端に避けると赫子の爆発に巻き込まれるし、立ち位置を間違えると味方に被害が出てしまう。若干白石もイライラし始めていた。

 

「アハハハーヒッヒアヒヒ、ハヤクシンデクレヨォォォ!」

 

更に攻撃の密度が増す。[カタナシ]を盾にして防ごうかと白石は思ったが動きを止めてはファルコンの思う壺だと回避を続ける。

 

(いい加減めんどくさいな。使うか)

 

「リミッター第一段階解放」

 

避けながらボソッと呟いた白石の声を[ヴィズル]が認識する。

背中にある吸血菅から血が更に多く[ヴィズル]へと送り込まれる。血が充填されると[ヴィズル]が赤い輝きを発し始める。

 

「ナンダァ?アカクナレバツヨクゥナレェルンデスカー?モシカシテパワーアップデスカァァ?」

 

「全くもってその通りだよ」

 

ファルコンの発した言葉に答え、[カタナシ]の形状をハルバートから刀へと変える。そして軽く地面を蹴る。

 

「アレ?」

 

次の瞬間には白石の姿は刀を振り抜いた体勢でファルコンの後ろにあった。そしてファルコンは右腕と右足を切断されていた。

 

「言ったじゃないか、パワーアップだって」

 

「ナンダッテェー!?」

 

痛覚が鈍っているのかファルコンに苦しそうな様子は見られない。地面に倒れ伏してくねくねと動いている。

 

「カグネカモーン」

 

ファルコンの右腕と右足に赫子がまとわりつきそれぞれの部位の形になる。さらに右腕に赫子を重ねていき徐々に巨大になっていった。

 

「隊長、援護に!」

 

「大丈夫だから来るな!ハイル、お前も待機しておけ!邪魔するなよ!」

 

すでにほとんどの喰種が討伐されていたので手が空いた捜査官とハイルが援護にはいろうとするが白石が止める。白石の戦闘スタイルは[ヴィズル]を使った超高速戦闘なので下手に援護がはいると邪魔でしかないのだ。

 

白石の意識が捜査官達にずれた瞬間ファルコンが右腕を振るう。白石は上にジャンプすることでそれをかわす。そのまま体を反転させて天井を軽く蹴り、ファルコンへと迫る。

 

巨大化した右腕を勢いにのせて[カタナシ]で切断する。さらに床を蹴って、ファルコンの両足を切断して横を抜ける。

 

「オッ?オッ?」

 

何が起きているのか分からないと言うようにファルコンが戸惑いの声をあげる。気が付けば右腕と両足を切断されていたのだ。

 

「これで、終了!」

 

壁を蹴ってファルコンへと高速で接近する。[カタナシ]を横に構えて首を切断しにかかる。にも関わらずファルコンは未だに白石の姿を見つけられていない。

 

(能力と実力が比例してないんだよな)

 

そう思いながら[カタナシ]を軽く振り切る。今度こそファルコンの首が宙を舞う。その瞬間その場が捜査官達の歓声に包まれた。

 

「はぁ、疲れた。よくお利口にできたな、ハイル」

 

「白石先輩は私を何だと思ってるんですかー?」

 

私不機嫌ですという雰囲気を出しながらハイルが白石へと話しかける。鬼瓦と首狩りを倒してからずっと待機していたのに白石からは馬鹿にしたような言葉がかかったのだ。不機嫌になるのも仕方がない。

 

「そんなに機嫌を悪くするなよ」

 

「ふーんだ」

 

「すまん、すまん。ところで丸手特等、逃げ出した喰種達はどうなりましたか?」

 

『おう、千之が第3隊を率いて今掃討中だ』

 

「そんなことよりも白石先輩!クインケちゃんとくださいね!」

 

「はいはい、帰ったらね」

 

和気あいあいとした雰囲気が広がる。普段であればその雰囲気は浮くが喰種達に圧倒的な勝利を得たためか皆がそんな雰囲気を作り出していた。

 

『殲滅率100%我々の勝利です!』

 

Ⅱ課の捜査官から通信が入り、あちこちで歓声があがる。

 

「ハイル」

 

「はい?」

 

「鬼瓦と首狩りを倒したあの技は凄かったぞ」

 

「ありがとうございます」

 

白石の賛辞に対してハイルが笑顔を浮かべる。そんなハイルを見て白石も笑顔を浮かべる。

 

「どこかで夕飯食べていかない?」

 

「賛成ですー」

 

何だかんだ言いつつも捜査官になって良かったと白石は感じていた。



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第9話

「お、やっと来たね白石上等、伊丙三等」

 

「遅くなってすみません知行博士」

 

「すみませーん」

 

白石とハイルは白石の新しいクインケを受けとるためにCCGラボに訪れていた。

 

「素晴らしい赫子だったよ!流石はSSレート、かなり凄いのが出来上がったよ!」

 

興奮したように知行が白石の方へと語りかけてくる。ハイルとの約束により[t-human]をハイルに譲渡したためファルコンの赫包を使ってクインケを作ってもらっていた。

 

「形状に特に注文が無かったからこっちで良さそうだと思った形にしておいたよ」

 

「構いませんよ」

 

白石としては性能が高ければそこまで形状に注文をつけようとは思っていなかった。

 

「ではお披露目しよう。これが君のクインケだ!」

 

白い布をどかすとそこにはただの剣が置いてあった。特に装飾などもないただの剣だ。

 

「ただの剣ですか。せっかく燃えたり爆発したりしてたのにもったいない」

 

「ただの剣な訳がないだろう!?見た目は普通でもこれは凄い性能を秘めているんだよ!」

 

「分かりました知行博士、だから落ち着いてください」

 

「コホン、では説明といこう。このクインケは近接モード、遠距離モードの2つがある。近接モードは見ての通りだよ。手元にあるスイッチを押せば刀身から炎が出てくるよ」

 

知行の説明を聞いて白石は思わずまじまじとクインケを見る。見た目は普通だが性能はかなりいいのかもしれない。

 

「そして遠距離モードについてだけど、ちょっとモードチェンジするよ」

 

知行がモードチェンジを行うと剣の先端が二つに別れた。

 

「この遠距離モードだけどかなり危険だから注意して使ってね。これはこの先端から凝縮した赫子を放つんだ。そしてここからが重要。赫子が射出された後赫子は炎を噴出して加速、着弾後広範囲を爆発に巻き込み辺りを炎が包み込む。それと爆発は手元のボタンでオフにもできるよ」

 

「へー、凄いですね白石先輩」

 

「そうだね」

 

「あれ、何か反応が薄いな。まあいい、とにかくこのクインケの性能は分かっただろ。もう調整も済ませてあるから持っていってもいいよ」

 

「ありがとうございます」

 

「うん、大切に使ってあげてね」

 

知行博士へとお礼を言い、白石とハイルはCCGラボを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死ねクソ白鳩!」

 

「お前がな」

 

ラボを出た後の2人だったが性能を試してみようということで近くの裏路地へと来ていた。見た目が若い2人だったせいかアタッシュケースを持っていてもすぐに喰種は釣れた。しかも7体。

 

「ハイル、なるべく中央へ寄せてくれ」

 

「分かりました」

 

ハイルが[t-human]をかすらせるようにして喰種達を攻撃していく。喰種達も2人の強さに気付いて逃げようとしているがハイルの攻撃で前には出られず、後ろは白石がいるため抜けることが出来ない。

 

「ハイル、退避!」

 

白石の声を聞いてハイルは喰種達と距離をとる。ハイルが離れたのを見ると白石は新しいクインケ[ガーンデーヴァ]を中央に集まった喰種達へと向ける。

 

「showtime」

 

白石の一言と同時に[ガーンデーヴァ]から赫子が射出された。炎の加速により凄まじい速度で喰種へと飛んでいき貫いた。

 

「ごッ!?」

 

「哲郎!?」

 

「野郎よくも!」

 

仲間を殺されて激昂した喰種達が白石へと襲いかかろうとする。しかし、白石が赫子を爆発させたためそれは叶わなかった。爆発で近くの喰種は即死し、その後の爆炎で残りの喰種も全員即死した。

 

その様子を見ていた白石は満足そうな様子だったが少し予想外の出来事が起こる。爆発の衝撃で辺りの建物の壁が破壊されていったのだ。

 

「やってしまった」

 

「すごい衝撃でしたしね」

 

後始末をどうしようかと悩んだが隠し通せるはずがないと諦めて処理班へと電話をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿者がァァ!!」

 

怒りの声が総議長室に響き渡る。あの後処理班にお願いして隠蔽してもらおうとしたが被害が大きかったためすぐに総議長の耳に届いてしまった。

 

「お前には[カタナシ]と[ヴィズル]があるじゃろうが!何故路地裏で破壊力の高い羽赫を使った!?市民からの苦情が殺到しておるぞ!」

 

「新しいクインケでしたので強敵を相手にする前に雑魚で試しておきたかったんです」

 

「場所を考えんか!」

 

白石の言い訳に雷が落ちる。白石もさすがに今回は反省しているのか決まりが悪そうにしている。

 

「はい、すみません。新しいクインケが手に入ったので浮かれてました」

 

「うん?お前が反省するなんてどういう風の吹き回しだ?」

 

この一言に思わず白石の額がピクリと動いた。が、今回は反省しているのでなにも言わなかった。

 

「まあ反省しているのなら今回は不問としよう。次からは考えて行動せよ」

 

「yessir」

 

ようやく話が終わったと思わず肩の力が抜ける。首を回して骨を鳴らし、部屋から出ていこうとすると総議長から声がかかった。

 

「待て、まだ話がある」

 

「まだあるんですか?」

 

扉の方へと向いていた体を常吉の方へと向ける。まだ説教があるのかと思ったが常吉の顔を見る限りそうではないらしい。

 

「白石、S1班、S2班、S3班は知っているな?」

 

「はい、何か捜査官のグループか何かじゃなかったですかね」

 

「まあそんなものだ」

 

「で、それが一体何だって言うんですか?」

 

「…今S0班を新たに創設することが計画されている」

 

そこまで言うと常吉は白石へと視線を向けてくる。言わなくても分かるなと問いかけるように。

 

「で、それが一体何だって言うんですか?」

 

しかし、そこまで察しも良くなく、頭も普通である白石は分かっていなかった。

 

「……察しの悪いやつめ。お前にはS0班の班長を任せたいと思っている」

 

「それ俺がしても良いんですかね?階級とか、俺上等ですよ」

 

「階級に関してはファルコン討伐の功績があるからすぐにでも准特等へと昇進させられる。そして儂はお前ならこれを無事こなすことができると思っておる。やってくれるか?」

 

「……分かりました」

 

そこまで話をして白石は大事なことを聞いていないことを思い出した。

 

「ところでこのS0班は何が目的なんですか?」

 

「喰種の捜査、討伐。そして儂からの依頼を遂行することだ」

 

「……まあ引き受けた以上はやりますよ」

 

「期待しておるぞ」

 

これで話は終わりだろうと思い扉の方へと向かおうとしたが聞いておきたいことを思い出して常吉の方へと体を向けた。

 

「有馬さんのところにいる部下を呼び戻してもいいですか?」

 

「構わん」

 

常吉の返答を聞いて白石は一安心した。白石にとってあの部下3人はCCGの中では一番信頼できる者たちであった。

 

聞きたいことを聞いた白石は今度こそ総議長室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「短かったですね」

 

「ああ、2時間で終わって良かったよ」

 

そんな会話をする白石とハイルはCCGの食堂で昼食をとっていた。ちなみに白石はカレー、ハイルは親子丼だ。

 

「何かS0班作れって言われたんだけど、ハイル入ってくれない?」

 

「私がですか?うーん、良いですよ」

 

「返答が早いな。本当に悩んだのか?」

 

「はい、でも白石先輩といると楽しいので」

 

「そうかい、ありがとさん」

 

嬉しいことを言われたため照れて赤くなった頬を隠そうとそっぽを向く。ハイルはそんな白石の様子を見て首をかしげている。

 

「この親子丼美味しいですよ。一口どうですか?」

 

「カレーとあわなそうだからいいよ」

 

「そう言わずに」

 

ハイルが手に持ったスプーンを白石の口へと押し込んだ。突然そんなことをされて驚いた白石はジト目でハイルの方を見た。

 

「美味しいしょや」

 

何か一言言ってやろうか思っていたがハイルの笑顔を見てそんな気も失せてしまった。

 

「確かに美味しいよ。ありがと」

 

「えへへ、どういたしまして」

 

(うん?よく考えたらこれって間接キス?)

 

そう考えたら頬の赤みがかなり増した。白石は少し、いやかなり恥ずかしかった。

 

(こいつ何も考えていないんだろうな)

 

美味しそうに食べているハイルを見てそう思わずにはいられなかった。

 

「同席してもよろしいかね」

 

2人で話ながら食べていると突然声をかけられた。2人組の捜査官でどちらも手にはカレーがある。

 

「ええ構いませんよ」

 

「ありがとう。では座ろうか亜門君」

 

「はい」

 

亜門と呼ばれた男がハイルの隣に、もう一人の痩せこけた男は白石の隣に座った。

 

「君達は捜査官補佐か何かかな?」

 

無言で食べていると痩せこけた男が白石へと話しかけてきた。

 

「いえ、特例で入った喰種捜査官ですよ」

 

「ほお!では君が白石上等か、噂はかねがね聞いているよ。私は真戸だ。よろしく」

 

「自分は亜門鋼太郎一等捜査官です!あの白石上等に会えて光栄です!」

 

突然の自己紹介に少し驚いたが真戸の名前で思い出した。

 

(たしかクインケ狂いの真戸だったっけ)

 

「ところで白石上等、君のクインケを見せてくれないか。こう見えて私はクインケには目がなくてね」

 

「今度捜査をご一緒にされる機会があればお見せしますよ」

 

真戸は白石の返答に満足そうな顔を見せた。そしてハイルのことを思い出したようだ。

 

「白石上等、彼女は?」

 

「伊丙入三等捜査官ですよ。彼女は庭出身です」

 

「なるほど、優秀なパートナーですな」

 

「ええ」

 

白石と真戸の2人が話している間、ハイルは親子丼を美味しそうに、亜門は真戸が持ってきた中辛のカレーを汗を滝のようにかきながら食べていた。

 

「おや、そろそろ我々は行かなくては。白石上等またお会いしましょう」

 

「ええ、真戸上等」

 

お互いに声を掛け合うと真戸は亜門を連れて食堂を後にした。

 

「変わった人でしたねー」

 

「そうだね」

 

真戸達がいなくなってしばらくして白石達も食堂を後にした。



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第10話

「やっと白石上等のもとで戦うことができますね!」

 

「この瞬間をお待ちしていました!」

 

「やっと24から解放された!」

 

上から順に赤坂二等、丸岡二等、上原二等だ。白石が降格処分を下されたため有馬班に配属されていたがS0班設立にともない再び白石の下に配属されていた。

 

「お前達が来たのは嬉しいけどまだ全然人が足りてないんだよね。優秀な人材はすでに持っていかれてるし」

 

「そうですよね。だれかそこそこに優秀でかつまだ持っていかれていない人がいないですかね」

 

白石と赤坂が2人で条件に合う人を探し始めていた。しかし、そんな都合のよい人など簡単に見つかるわけがない。

 

「ハイル、お前誰か知らない?」

 

「うーん、いないですね」

 

「だよねえ」

 

ハイルにも尋ねるがやはりいい返答はない。そもそもずっと有馬班にいたハイルが他の捜査官のことなど知っているはずがないのだが。

 

「となると本当に誰もいなくないか」

 

「もう優秀で地味な人とかいないですかね」

 

「優秀で地味な人?そんな都合のいい人がいるわけがないだろ」

 

「ですよね。ハハハ」

 

白石と丸岡がそんな都合のいい人はいないと互いに笑い合う。

 

「まあまだ時間はあるんだ。ゆっくりと探していこう」

 

「そうですね」

 

とりあえず発見次第勧誘していこうということに決まり、全員がCCG本局、支局を回ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に誰もいないな」

 

「いませんねー」

 

白石とハイルは本局でめぼしそうな人を人事部に聞きに行っていたがやはり見つからなかった。

 

「腹も減ったし昼食食べに行かない?」

 

「賛成です」

 

時間もすでに12時をまわっており白石達も空腹を感じていた。ハイルの賛同も得られたので食堂へと向かう。この時間帯は皆が食堂へと集まるので食堂内はかなり混雑していた。

 

「混んでるな、誰か知り合いが近くにいればいいんだが……あっ」

 

「見つかりましたか?」

 

「……見つけた。見つけたぞハイル」

 

「じゃあ早くそこに行きましょう」

 

早く昼食を食べたいハイルが白石を急かして動かそうとするが白石はちっとも動かない。

 

「もう、どうしちゃったんですか?」

 

「……で優秀な人」

 

「え?」

 

「地味で優秀な人が見つかったんだよ!」

 

興奮したように話す白石にハイルは戸惑いをおぼえる。つい先程そんな都合のいい人はいないと話していたのにと。

 

「それで誰なんですかそれ?」

 

「あれ」

 

白石の指を指した方を見てみる。そこには糸目の軽そうな雰囲気の男と村人その5のようなとにかく普通といった男が昼食を食べていた。

 

「あの糸目の人と一緒にいる人ですか?」

 

「ああ、間違いない。どうして今まで忘れてたのか」

 

「すごい人なんですか?」

 

「平子 丈上等捜査官。有馬さんのパートナーだった人だ」

 

白石の説明を聞いてハイルは首をかしげる。有馬のパートナーにしては地味すぎると。しかし、白石にとっては地味だろうがどうでもいい。ようやく探していた条件に合う人を見つけたため急ぎ足で平子のもとへと向かう。

 

「タケさん、このカレー美味しいスッね!」

 

「そうだな」

 

どうやら2人ともカレーを食べているらしい。伊東が平子へと話しかけて平子は特に何も感じていないような雰囲気で答えている。

 

「タケさんッ、S0入ってください!」

 

「何のことだ?」

 

伊東と平子の会話を遮るようにして白石が平子へと話しかける。当然突然話しかけられた平子は何のことか分からずに白石へと問いかける。

 

「実はですね……」

 

「……」

 

白石の説明を平子が無表情で聞く。話している白石も平子がどう思っているのか全然感じとることができなかった。

 

「で、どうですか?」

 

「いいよ」

 

「おー、これからよろしくお願いします。タケさん」

 

「あのータケさん、これは一体?」

 

勝手に白石と平子の間で話が進んでいったため話についてこれていなかった伊東が平子へと尋ねる。

 

「俺達は新しく設立されるS0班に配属されることになった」

 

「S0班?聞いたことがないですね」

 

「新しく設立されると言っただろう」

 

「あっ、そうでしたね」

 

平子の話を聞いて納得したのかウンウンと頷く。しばらくして白石達のことを平子へと聞いた。

 

「タケさん、彼等って何者なんですか?」

 

「男の方は白石上等、かつて有馬班に所属していた。そっちの方は知らない」

 

「伊丙 入三等捜査官ですよ。彼女は庭出身です」

 

白石がハイルのことを説明する。伊東は少し驚いた表情をしていたが平子は表情筋を少しも動かすことなく静かに白石の説明を聞いていた。

 

「とりあえず自己紹介っスね。伊東倉元一等捜査官っス。適当によろしくお願いします」

 

「白石上等捜査官だ。こんな餓鬼の命令なんて聞きたくないだろうが我慢してくれ」

 

「いやいや、良いですよ。白石上等ってSSSレート討伐者でしょ。下につくことに不満なんかないですよ」

 

「そうか。よろしく」

 

「こちらこそ」

 

そう言うと白石と伊東が互いに握手をする。なんとか人材を確保することができたと白石は内心喜んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、何とか集まったな。うん」

 

手元の名簿を見てそう呟く。平子達をスカウトしてから1月が経った。各支局をまわって何とか人材をかき集めた。最初はどうなるのだろうかと思った白石だったが思いの外人は集まった。

 

「有名な人でいえば鉢川准特等、真戸上等、平子上等ですね。それにしても鉢川准特等はよく引き込めましたね」

 

「自分より上の階級だったからどうなるかと思ったけど爺に頼みに行ったらOKが出た」

 

赤坂と話ながらかなり優遇されていると白石は思う。頼んでみたら直ぐに許可が出たのだ。白石にとっては爺様様だった。

 

「真戸上等はどうやって勧誘したんですか?」

 

「入りませんかって聞いただけだよ」

 

丸岡の疑問に白石が答える。真戸も鉢川同様にあまり人に好かれるような人物ではないため、ちょうど空いていたのだ。

 

「そしてお前達が連れてきた捜査官達も加わるからそこそこ戦力は整ったな」

 

「そうですね。ところで伊丙二等はどこに?」

 

「風邪引いたらしいから今日は休むとさ」

 

「あの伊丙二等でも風邪はひくのですね」

 

「まあ、あいつも人間だしな。風邪ぐらい引くだろ。さてと、それじゃあ俺は今から鉢川さんと真戸さんの所に挨拶しにいってくるからこの書類よろしくね」

 

「了解」

 

「了解しました」

 

「お任せください」

 

上原、赤坂、丸岡が白石へと答える。白石はそんな彼等の様子を見てウンウンと頷いて部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、穂木ちゃん」

 

「なの」

 

鉢川班の捜査室へと向かっていると穂木が反対側から歩いてきた。ちょうどいいと思い声をかける。

 

「鉢川さんって今捜査室の方にいる?」

 

「なの」

 

白石の問いに首を縦にふる。

 

「ありがとう。じゃあまたね」

 

お互いに手を振って別れる。穂木と別れてしばらくすると鉢川班の捜査室へとたどり着いた。ノックもせずに部屋へと入る。

 

「鉢川さーん、いますか?」

 

「ノックぐらいしろ」

 

白石が部屋に入ると正面にある机に足をのせた鉢川の姿があった。どうやら白石が突然大声で入ってきたことで不機嫌になっているようだ。元々友好的に見えない顔がさらに凶悪化している。

 

「ただでさえ凶悪な顔してるんですからそんなに怒らないでくださいよ」

 

「けッ、知ったことか」

 

そんな鉢川の様子を見て苦笑いを浮かべる。このまま鉢川と話しているのも面白そうだしそうしようかと白石は思ったが、仕事の件を思い出して話を切り出す。

 

「S0に加入してくれてありがとうございました。鉢川さんが入ってくれて助かりましたよ」

 

「お前の提案に乗っただけだ。黒狗、奴に関する捜査情報を最優先で俺に渡す。S0の捜査対象に黒狗を入れる。発見次第俺に連絡する。これだけやってもらえればお前のところに行くのも悪くはないさ」

 

「あいかわらず黒狗に対する執着心がすごいですね」

 

「奴には同僚も師も殺された。何としてでも奴を殺してやりたいだけだ」

 

殺意に満ち足りた目で白石を見つめる。

 

「黒狗も大事ですけどちゃんと他の喰種も討伐してくださいね」

 

「ああ」

 

「ではまた会いましょう。あっ、そうだ。月1の会議には顔出してくださいね」

 

白石の言葉に手を振って返す。それを見て大丈夫だなと判断した白石は真戸のもとへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはこれは白石上等、どういったご用件で?」

 

手に資料を持ちながら笑みを浮かべて真戸が白石に話しかける。隣では亜門が白石へと軽く頭を下げる。

 

「挨拶に来たんですよ。真戸上等」

 

「それはどうもご親切に。これからは協力してクズ共を殺していきましょう」

 

「任せてください」

 

お互いに握手をする。真戸は不気味に、白石は楽しそうな笑みを浮かべている。

 

「亜門一等、これからよろしく」

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

「真面目だね」

 

大きな声で白石へと答えた亜門を見て、白石は感心したように言った。それを聞いて真戸もその通りですと笑いながら言った。

 

「では自分はこれで」

 

「ああ、また今度お会いしましょう。その時には白石上等のクインケを是非とも見せていただきたいものですな」

 

「ご健闘お祈りしています!」

 

真戸と亜門に見送られながら自分の捜査室へと向かう。白石としては特等を誰か1人でも呼びたかったがいまだ実績のないS0では厳しいらしい。

 

「早く功績をあげていい人材を引き込まないとな」

 

よしやるぞと頬を叩いて気合いを入れる。目指せ月100体討伐と言いながら自分の部下達が待つ場所へと歩みを進めた。



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第11話

「ハイル、右よろしく」

 

白石が[カタナシ]を振るって喰種の体を両断しつつハイルへと声をかける。

 

「了解でーす」

 

白石の指示を聞いたハイルが白石へと攻撃を仕掛けようとしていた喰種に[アウズ]で横凪ぎの一閃を放つ。白石にのみ意識が向いていたその喰種に避けることなどできず容易く切り裂かれた。

 

ハイルの仕事ぶりを横目で見つつ目の前に立ち塞がる喰種達を次々と殺していく。20体以上いたはずなのにすでに5体しか残っていない。喰種達も10体を殺された時点で逃げようとしたのだが背を向ければ[ガーンデーヴァ]で容赦なく撃ち抜かれるので逃げるには白石をどうにかするしかなかったのだ。

 

もっともBレートほどの喰種がどうあがいたとしても特等級と言われている白石にはかすり傷さえあたえることはできないのだが。

 

「もういいや。飽きた」

 

左手の[ガーンデーヴァ]を放り投げて形状をハルバートに変えた[カタナシ]を両手で持つ。そして生き残っている5体の喰種へと飛び込み回転切りの要領で[カタナシ]を振り抜く。甲赫の喰種が前に出て防ごうとするが、殆ど意味をなさずに体を両断される。

 

そのまま勢いをいかしてもう一度回転切りを放つ。今度は先程よりも速度をあげたため反応することさえもできずに4体の喰種はその生を絶たれた。

 

「よしっ、今月37体駆逐達成で新記録だ」

 

「私も28体で新記録達成です」

 

「イエーイ」

 

「イエーイ♪」

 

2人が楽しそうにハイタッチを交わす。白石の権限が大きくなったことで自由に討伐に行くことができるようになってから2人は毎日のように喰種を探しに町へと出向いていた。

 

「しっかし最近暴れすぎたせいか全然喰種を見なくなったよな。こいつら見つけ出すのにも1週間かかったし」

 

「確かに最近は喰種1体を探すのにさえ苦労するようになりましたよね」

 

死体となった喰種達を探したときの苦労を思い出しながらしみじみと呟く。S0の局捜を総動員してようやく見つけた喰種達だったのだ。

 

「喰種達も慎重になってるしな。まあとりあえず処理班を呼ぶか」

 

喰種達の血で惨殺現場のようになっているこの場をどうにかするべく携帯を取りだし処理班へと連絡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「伊丙二等と合わせて総討伐数27体。いやはやお見事。流石は白石上等」

 

「ありがとうございます真戸上等」

 

仕事を終えた白石達は本局へと戻ってきていた。ハイルは着いてそうそうに有馬の元へ誉めてもらおうと走っていった。白石はというとS0の捜査室で真戸と話をしていた。

 

「しっかし最近は赫子も悪質な雑魚しかいないんですよね。ファルコンを最後にクインケ作れてませんし」

 

「ふむ。それは気の毒なことで」

 

「そういえば真戸上等新しいクインケを手に入れたって聞きましたけど」

 

白石がそう言うとよくぞ聞いてくれたという顔をする。

 

「ああ、私は今ジェイソンの担当についているのだがその途中で良質な赫子を持つ喰種がいてね」

 

「クインケにしたと?」

 

「その通りだよ。これがまた使い心地の良いクインケでね。早く使いたいものだね」

 

「そこまで言うほどのものですか。ぜひ見てみたいものですね」

 

そう白石が言うと真戸がちょうどいいと笑みを浮かべた。その笑みを見た白石はどうしたのだろうかと首をかしげる。

 

「ではしばらくの間合同で捜査をしないかね?私も君のクインケを見たかったからちょうどいい」

 

「……なるほど分かりました。では明日からそちらに加わりましょう。よろしくお願いします」

 

そのままお互いに笑みを浮かべて握手をする。そんな彼等の様子を見て周りの捜査官達は変なものを見るような目をするが2人は気付かない。

 

「そうだ。今日は飲みに行かないかね?」

 

「自分まだ未成年ですけど」

 

つい最近誕生日を迎えて18歳になったとはいえまだ子供の白石が酒を飲むわけにはいかなかった。

 

「別に酒を飲めと言っているわけではないよ。まあ一緒に食事でもということだ」

 

「ハハハ、ですよね」

 

「ところで亜門君も連れていきたいのだが構わないかね?」

 

「全然大丈夫です」

 

真戸が亜門を連れてくると聞いて白石はハイルを連れていこうかと思ったが居酒屋のような店は嫌だろうと思い、思い止まった。

 

「ではのちほど」

 

「ええ」

 

そう言って2人はそれぞれ自分の仕事を片付けるために机へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしてすみません。真戸さん」

 

「いやいや、私達も今来たところだよ。なあ亜門君」

 

「はい」

 

白石が走って待ち合わせ場所へと行くと既に真戸と亜門がいた。遅れてしまったと思い2人へと謝罪を入れるが真戸は笑って許した。

 

3人が揃ったので店へと向かうと3分もしないうちに店へと到着した。

 

「ここは私がよく飲みに来る店でね。近いし、安いし、美味しい。すばらしい店だよ」

 

「なるほど」

 

店に入り3人共席につく。真戸と亜門はビールと唐揚げを、白石はジンジャーエールと串焼きを頼んだ。頼んで10分もしないうちに料理が運ばれてきた。

 

「では乾杯といこうか」

 

真戸の声で3人は乾杯をする。白石は串焼きにかぶりつく。真戸は静かにビールを飲み、亜門は唐揚げをゆっくりと食べている。

 

互いに何かを言うことはなくただ静かに時間が過ぎていく。白石は話題をふろうかと悩んだが結局一言も話さず串焼きを食べた。そんな彼等に店主の方から声がかけられた。

 

「真戸さん、今日はお連れの方が2人ですか。珍しいですね。そちらのお兄さんは甥っ子か何かですか?」

 

「職場の同僚兼上司だよ」

 

「じッ、上司!?」

 

真戸の言葉を聞き白石の顔を凝視する。白石はまだ18歳。どこからどう見ても子供にしか見えない。そんな店主からの視線を白石はまったく感じていないように串焼きを食べ続ける。

 

「ていうか、真戸さんの上司ということは彼は」

 

「ああ、彼は喰種捜査官だよ。白石上等捜査官。喰種対策局の未来の希望の1人さ。ここにいる亜門君同様にね」

 

「私など」

 

真戸が白石と亜門を誉めると亜門は照れたように顔を伏せる。白石は変わらず串焼きを食べ続けている。

 

「亜門君、何か白石君に話をふってあげたまえ」

 

「えッ!?私がですか?」

 

「私はときどき彼とは話すが君は白石君と話す機会も多くないだろう?」

 

「はぁ、では白石上等今よろしいでしょうか?」

 

「いいよ」

 

ようやく食べるのを止めて亜門の方を向く。白石はいつも通りだったが、亜門は何を話そうか頭の中が混乱していた。

 

「何が聞きたい? 」

 

「捜査では何が一番大事だと思いますか?」

 

「うーん、そうだなぁ。やっぱり情報じゃないかな。敵の赫子の種類が分かれば対策もできるし、年齢層が分かればそいつの闘い方もなんとなく想像できる。若ければ大胆」

 

そこまで言うと亜門の視線が尊敬の眼差しに変わる。そんな亜門の様子に首をかしげる。

 

(このくらいのことだったら真戸さんも言ってそうなんだけどな)

 

白石の考えとは違って真戸は勘と経験とクインケを第1に捜査を行っている。亜門はようやく自分の捜査のイメージと合う言葉を聞けて安心していた。

 

「なるほど、ためになりました」

 

心からの感謝を表し白石へと頭を下げる。白石はそれをジンジャーエールを飲みながら不思議なものを見るようにして眺めている。

 

「おや、もう終わったのかね?」

 

「はい」

 

「では明日から頑張るために」

 

そう言って真戸は亜門と白石へとジョッキを向ける。白石と亜門は真戸に合わせてジョッキとグラスを掲げる。

 

「乾杯」

 

「「乾杯」」

 

3人がジョッキとグラスをぶつけ、一気に中身を飲み干した。そして真戸が白石の方を見て話しかける。

 

「白石君、これは勘なのだが君がいることで何か良いことが起こりそうだよ」

 

そう言われた白石はポカンとしていたが直ぐに笑みを浮かべた。

 

「ええ、起こしてみせましょう」

 

そして3人は明日からの喰種達との闘いに備えるためにそれぞれ注文していた物を食べ始めた。



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第12話

「で、親子を追って20区にやって来たと」

 

「はい」

 

白石とハイルは真戸と亜門と合流するために20区のCCG支局へと訪れていた。ちなみに先日真戸達が本局にいたのは真戸が呼び出しをくらったためであり、彼等の今の拠点は20区だった。

 

この捜査室には白石とハイル、亜門しかおらず真戸の姿はない。しかもハイルが寝てしまっているので実際はずっと2人で話しているようなものだった。

 

「それで目星はついてるの?」

 

「こちらを」

 

亜門から白石へと捜査資料が渡される。白石は受け取った資料に目を通す。

 

「我々は723番がクロだと見ています」

 

「何か動きは?」

 

「まだ何も、しかしこの後捜査会議がありますのでそこで何か進展があるかもしれません」

 

「なるほどね」

 

亜門の言葉に納得し再び資料に目をおとす。723番笛口リョーコ。そしてその娘。女子供を殺すのはこれが初めてではないにしろあまり気分的に良いものではない。

 

「そろそろ会議の時間です。行きましょう白石上等」

 

「そうだね。おい、起きろハイル」

 

「うー、ご飯ですか?」

 

「そんなわけないだろ。仕事だ」

 

とりあえず考えるのを止めてハイルを連れて会議室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「723番はどうですか?20区の担当方」

 

真戸が20区の局員捜査官、中島と草場に尋ねる。何かしら動きを見せたか、と期待が若干こもった声だった。

 

「は、はい。723番は午前中は特に行動はなく、日がくれてから石碑のようなものに立ち寄る姿を確認しました。その後知人の車に乗り帰宅しました」

 

「車のナンバーは?」

 

亜門が話していた草場へと話しかける。突然話しかけられた草場は焦ったように答える。

 

「あ、えっと、すみません。確認していません」

 

その草場の発言を聞いて亜門が眉をしかめる。かなり苛ついた態度を出していたが口には出さなかった。

 

「それと石碑は実際は墓では?埋蔵品が696番の喰種と関連付けられれば723番は喰種と確定する。何故そこまでやらまなかったんです?」

 

「わ、私に墓を漁れと!?そんなこと倫理に反しますよ」

 

「本局と我々とではやり方が違うんです」

 

亜門の言葉に思わず草場と中島は言い返す。しかしそんな2人の言葉に怯まずに亜門が言い返す。

 

「倫理?」

 

何を言っているんだとというふうに亜門が呟く。そして草場達の方を目を見開いて見る。

 

「倫理で悪は潰せません。我々は正義、我々こそが倫理です」

 

そう亜門が言い切った瞬間に草場達は思わず息を飲んだ。自分達との認識の違いを改めて思い知らされたのだ。

 

「ふむ。他に報告することはありますか?」

 

「い、いえ」

 

「では今日は解散としましょう」

 

真戸の提案に草場達は思わずほっとする。その様子に亜門の額がピクリと動いたが亜門は黙って会議室を後にした。

 

「私達空気でしたね」

 

「言うな。そもそも今日から合流した俺達が混ざるわけにはいかないだろ」

 

「ですよねー」

 

「とりあえず真戸上等のところに行くか」

 

「はーい」

 

先に会議室から出ていった真戸と亜門を追いかけるために白石とハイルは椅子から立ち上がり駆け足で会議室を後にした。そこには草場と中島だけが取り残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白石達が真戸達のもとにたどり着くと真戸が亜門を落ち着かせている光景が見られた。どうしたのだろうかと白石は思ったがまあいいかと考えることを止めた。

 

「真戸上等」

 

「ああ、白石上等。すまなかったね、これと言った進展がなくて」

 

「いえ、構いませんよ」

 

「そう言ってもらえると助かるよ。今日はもう遅いから捜査に関してはまた明日ということで構わないかね?」

 

「分かりました」

 

白石が了承すると真戸はまた明日と言って亜門と白石達を置いて一足先に支部を後にした。白石も帰ろうとしたのだが支部で保護された子供を見て走り出した亜門のことが気になっていた。

 

「ハイル、もう帰っていいよ」

 

「白石先輩はどうするんですか?」

 

ハイルはいつもは一緒に帰っているのに今日は先に帰らせようとする白石に疑問を抱いた。そんなハイルに白石は肩をすくめながら言った。

 

「ちょっと土掘ってくる」

 

「宝探しでもするんですか?」

 

「まあ、そんな感じだな。汗はかくし、汚れるし、宝も大したものではないけどな」

 

頭に?を浮かべたハイルを放置して白石は亜門を追いかけるために支部を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人目のつかないひっそりとした場所に亜門はスコップを持って来ていた。孤児の姿を見た時に浮かんだ怒りの感情。欲望のままに人を喰らう喰種達への怒り。それが亜門の体を突き動かしていた。

 

(彼等のように幼くして親を殺される子供がいていいはずがない!喰種は悪だ!この世から最後の一匹まで駆除しなければならない!)

 

局員捜査官が報告していた石碑の前に立つ。墓を漁るような行為、普通であれば亜門のような正義感の強い人間がすることではないが、彼は今怒りの炎で燃えていた。ましてやこの墓は喰種のもの。まだ断定できたわけではないが亜門の勘は間違いないと言っていた。ならば躊躇する必要はない。

 

「ずいぶんと仕事熱心だね、亜門一等」

 

スコップを突き立てていざ穴を掘ろうというタイミングで亜門の後ろから声がかけられる。民間人に見られたのではないかと一瞬焦った亜門だったがしばらくすると自分の上司の1人であることに気が付いた。

 

亜門は振り上げていたスコップを下ろして後ろを向く。そこにはやはり白石がいた。亜門は何故ここに白石がいるのかと疑問に思いながら声をかける。

 

「白石上等、何故ここに?」

 

「亜門一等のことが気になってね。支部に連れてこられた孤児を見て、いてもたってもいられないっていう顔をしてたから多分ここなんじゃないかなって思ったけど、正解だったみたいだね」

 

やれやれというように白石は肩をすくめる。そして右手に持ったアタッシュケースからクインケを展開する。[カタナシ]を手に持った白石の方を見て亜門が疑問の表情を浮かべる。

 

そんな亜門を無視して白石は[カタナシ]に血を吸わせて、形状を巨大なスコップへと変える。スコップへと姿を変えた[カタナシ]を見て亜門は目を点にした。

 

「俺も手伝うよ。埋められている場所までは俺が抉るから後の細かいのはよろしく」

 

「そ、それはありがたいのですが。その」

 

「うん?どうした?」

 

「白石上等のクインケはどのようなものにでも形状を変化させられるのでしょうか?」

 

ずっと思っていた疑問を口にする。人間の技術力では喰種のように赫包を自由な形にすることは出来ない。だからクインケは形を1つにして作られているのだ。

 

しかし白石のクインケはそんな事を無視しているかのように形を変える。武器だけではなくスコップにまで。これにはさすがの亜門も聞かずにはいられなかった。

 

「うーん、俺も詳しい話は聞いてないんだよね。これは一応SSレートから作り出されたクインケなんだけど日本産じゃなくてドイツ産なんだよね。なんでもとてつもなく燃費が悪くて普通は1回のチェンジに要する血の量は人間1人分」

 

「なっ!?」

 

白石から告げられた言葉に亜門の表情が驚きに染まる。白石の言葉が正しいのであれば白石は今人間1人分の血を消費したことになるのだ。亜門は白石の体調が心配になった。

 

「大丈夫なのですか?」

 

「まあね。俺がこんな年で捜査官してるのはそこんところも関係しているんだよ。まあ、俺のことはどうでもいいからはやく掘るぞ」

 

白石は[カタナシ]を地面に突き立てる。その瞬間に何か固いものが刃先に当たる。その地点の手前まで地面を掘り起こす。

 

「あと少し掘れば何かあるよ。石じゃなければいいけど」

 

「分かりました」

 

かなり掘られた地面を亜門がさらに掘っていく。しばらく掘っているとコツンと何かにスコップの刃先が当たった。亜門は勢いよくそれを掘り起こした。

 

(696番のマスク!723番は喰種!)

 

その時の亜門の表情は白石が見てきた中で一番輝いていた。そんな亜門の様子に白石は思わず苦笑いをする。

 

(そこまで嬉しそうにするかね)

 

そう考えたが真面目なのだしそうなのであろうと判断した。そしていつまでもマスクを見て達成感溢れる顔をしている亜門に帰ろうかと声をかけた。

 

「はい、白石上等!明日にでも723番を駆除しましょう!」

 

「はいはい」

 

帰り道は白石がやる気に満ち足りた亜門を落ち着かせながら帰るはめになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では我々はここに待機しているのでここまで追い込んでくれ。君達が捜査をしているものだと気付けば君達から離れようと正反対の方へ行くだろう。そして人目が少ないこちらへとやってくる」

 

「そして来たら俺の[ガーンデーヴァ]で無力化して真戸上等の新しいクインケで止めを指す」

 

「その通りだよ白石上等。私は君のクインケも笛口の絶望の顔もどちらも早く見てみたい」

 

「白石先輩、これどっちが悪者か分かりませんね」

 

「それは言わないで」

 

真戸の邪悪な笑みを見たハイルがふと白石へと話しかける。確かにどっちが悪人か全然分からない顔をしていた。

 

「それでは君達頼んだよ」

 

真戸の指示を聞いた中島達が行動を開始した。監視カメラの情報で笛口達がどこにいるのかは把握できている。中島達はあえて笛口達に気付かれるように彼女達の近くで聞き込みを開始した。

 

それに気付いた笛口リョーコが娘のヒナミの手を引いて早足で歩き始める。突然の母親の様子に疑問を抱いたヒナミだったがリョーコはそんなことを気にしてはいられない。

 

(ここをもう少し進んで曲がれば逃げられるはず)

 

ふとリョーコが後ろを振り返ると中島達が近づき始めていた。それも真っ直ぐリョーコ達の方を見て。

 

(気付かれている!?)

 

そう思わずにはいられなかった。そしてその思いがリョーコの足を早めさせた。死地に自ら向かっているとも知らず。

 

ようやく曲がり角に着くことが出来た。ここを曲がれば人目も少なく道も複雑なので逃げ切ることが出来る。曲がるまではそう思っていた。

 

(これで逃げッ!?)

 

曲がった道にはアタッシュケースを持った人間が4人いた。白鳩、喰種達の天敵である喰種捜査官達である。その姿を目におさめたリョーコは目の前が真っ暗になり足が止まった。

 

後ろから中島達も追い付いてリョーコ達の背後を塞ぐ。まだ出してはいないが手にはQバレットを握っている。リョーコにはこの場を切り抜ける策は思い付かなかった。

 

「雨ってのは嫌なものですな」

 

白鳩の1人がリョーコ達に話しかけてくるがリョーコにはそれを聞く余裕がない。自分は逃げられないにしてもヒナミだけは何としても逃がさないと、その思いだけがリョーコの中を占めていた。

 

(この娘だけは逃がさないと)

 

「ちょっとお時間いただけますかな。笛口リョーコさん」

 

怯えた様子でヒナミがリョーコに抱きついている。そんな娘の姿を見たリョーコは覚悟を決める。自分はここで犠牲になり、ヒナミを逃がすのだと。

 

「ヒナミ……逃げて」

 

俯いていた顔を上げる。その目は喰種の証である赫眼だった。娘を守るために赫子を広げる。リョーコの表情は覚悟を決めた者の顔だった。

 

そしてそれを見た真戸は笑みを浮かべ、白石は女子供の姿をした喰種を殺さなければならないことにため息を吐いた。



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第13話

「赫子だ。白石上等頼むよ」

 

「了解です」

 

娘を守るために赫子を出したリョーコを見て真戸が白石へと声をかける。その声を聞いた白石は右手を上げて返事をした。

 

「おか……さん?」

 

いつもの優しい様子とはかけ離れたリョーコにヒナミは戸惑いの声をあげる。しかしリョーコはヒナミに説明をする暇などなく、ヒナミの声に返事をすることはせず、後ろの中島達を赫子で攻撃した。

 

「ぐあッ」

 

「中島さん!」

 

リョーコの赫子が中島の腕を切り裂く。パートナーが傷を負ったことで草場が中島のもとへと向かう。

 

「行きなさいッ!!」

 

いつまでも逃げようとしないヒナミにリョーコは口調を強くして言う。そんなリョーコの言葉に驚いた様子でヒナミはリョーコの顔を見る。

 

「……ッ!」

 

そして母親からの気持ちを理解したのか涙を流しながら中島達の横を走り抜けていった。

 

「……」

 

そんなヒナミの姿を白石はただ眺めている。追おうと思えば目の前で立ち塞がるリョーコを無視して直ぐに捕まえることが出来たのだが、そうはしなかった。

 

ヒナミから視線を外して目の前のリョーコを見る。絶対に通しはしないという表情をしている。

 

「白石上等、どうしたのかね?」

 

立ったまま動こうとしない白石に真戸が声をかける。早く白石のクインケを見たいためか少し急かすような声だった。

 

「問題ありません。行きます」

 

真戸へと返事を返した白石は右手に持ったアタッシュケースから[ガーンデーヴァ]を展開する。そして[ガーンデーヴァ]の刃先をリョーコへと向ける。

 

それを攻撃の準備段階と思ったリョーコは白石へと赫子を当てにいく。リョーコの赫子が白石へと近付いた。しかしその瞬間にリョーコの視界から白石の姿が消えた。

 

「なッ!?」

 

リョーコが驚きの声をあげる。彼女の伸ばした方の赫子が真ん中から綺麗に両断されていたからだ。そしてそこには刀身から炎が出ている[ガーンデーヴァ]を振り切った姿の白石がいた。

 

白石は[ガーンデーヴァ]を遠距離モードへとモードチェンジした。そしてそれをリョーコへと向け、赫子を撃ちだした。炎と化した赫子がリョーコへと迫る。

 

炎を飛ばしてきたことにリョーコの目が見開かれるが直ぐに危険を感じて赫子を自分の前に持ってくることで[ガーンデーヴァ]の攻撃を凌いだ。

 

「へぇ」

 

白石が感心の声をあげる。白石としてはこれで半殺しにするつもりだったのだが予想よりもリョーコの赫子が優れていたようだった。

 

「すばらしい」

 

真戸も顎に手をあてて笑みを浮かべる。戦い慣れていないリョーコの赫子がSSレートのクインケの攻撃を防いだのを見て真戸は是非ともあの赫子をクインケにしたいと思った。

 

しかしリョーコからすれば今の一撃でかなりダメージを受けていた。赫子の爆発はリョーコの赫子の防御を通り抜けてリョーコにダメージを与えていた。

 

「ならばこれはどうかな?」

 

白石が[ガーンデーヴァ]を近接モードに切り替えて頭上に構える。何が来るのかと身構えたリョーコだったがそれを見て唖然とする。[ガーンデーヴァ]を中心に炎の渦が生じていたのだ。

 

リョーコが見ている間にも[ガーンデーヴァ]の渦の回転数が上昇する。白石も流石に熱さに堪えるのか顔にはかなりの汗をかいている。

 

そんな白石のクインケを見て真戸は狂ったように賛辞を送り、亜門はただ唖然としていた。

 

「草場三等、中島三等そこから退避してください。巻き込まれますよ」

 

その言葉を聞いた草場は負傷した中島に手を貸してリョーコの後ろから退避した。

 

その姿を確認した白石が[ガーンデーヴァ]をリョーコに向ける。リョーコはそれを見て自分の死を悟った。

 

(……ヒナミ、頑張って生きてね)

 

そのリョーコが思うのと同時に[ガーンデーヴァ]から炎の渦が放たれた。それはリョーコの赫子をあっという間に燃やし尽くした。辺り一面を炎が包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったか!?」

 

亜門が周辺の熱に顔をしかめながら叫ぶ。そんな亜門の声に返事を返す人はいなかった。真戸は笑みを浮かべており、白石は無表情でその場に立っている。

 

「白石上等、素晴らしかったよ。後は私がやろう」

 

「お任せします、真戸上等」

 

「えっ?」

 

真戸と白石の声を聞いた亜門が驚きの声をあげる。2人の会話ではまだリョーコが生きているように話している。もう死んだのではないのかと亜門は思う。

 

「亜門一等やつはまだ生きているよ」

 

亜門が白石が顎でしゃくった方を見てみると煙の中に人影が見えた。次第に煙が晴れてきたのでその姿が鮮明と見えた。

 

「なッ!?」

 

亜門が見たのはボロボロになりながらも生きていたリョーコだった。赫子は熱で溶解し、片腕もちぎれている。しかしリョーコはまだ生きていたのだ。

 

そんなリョーコに真戸が近付いていく。顔にニヤニヤとした笑みを浮かべて、クインケを片手に持ってリョーコの前で立ち止まった。

 

「喜ぶといい。どうやら我々はクズを取り逃がしたらしい。だが、お前というクズを殺せるのだから良しとしよう」

 

真戸の言葉を聞いてリョーコがざまあみろという顔をする。彼女は目標を無事達成することが出来たのだ。

 

「今から殺されるのにずいぶんと嬉しそうじゃないか」

 

「……」

 

「まあいい。だがこれを見てもそうしていられるかな?」

 

「どういうこと?」

 

「こういうことだよ」

 

真戸が手に持っていたクインケを展開する。クインケはまるで人の背骨のような形をしていた。

 

「あ……ああッ……あ……あなた……何を……ッ」

 

真戸のクインケを見た瞬間にリョーコが涙を流しながら絶望の表情を浮かべる。さっきまで見せていた余裕の表情などどこにも見られない。

 

「ああ……嫌よ……そんなの……」

 

「白石先輩、なんであの喰種は真戸上等のクインケを見て泣いてるんですか?」

 

「真戸上等のクインケはあの喰種の旦那さんで作ったクインケだから」

 

「へー、なんだかかわいそうですね」

 

(まあ、確かに哀れではあるよな)

 

娘を逃がすために必死で身を張って白石に片腕まで消し飛ばされたのにここにきて自分を殺すために出されたのは彼女の旦那のクインケ。確かに救いはない。

 

「時間切れだ」

 

(うん?)

 

白石が上の空でいた間に真戸がリョーコの首をクインケで切断していた。リョーコの首が宙を舞った。しかし、白石にはそれよりも気になることがあった。

 

真戸達は気付いていなかったが、奥の曲がり角にヒナミと男が除きこんでいた。男はヒナミにリョーコの死体を見せないように目元に手をあてていた。

 

(娘の他にも誰かいるな。……まあ別に構わないが)

 

元々狙いがあってヒナミを見逃した白石に今彼等を殺す気などなかった。ゆえに真戸達に話しかけて注意が彼等にいかないようにする。

 

「お疲れさまでした。素晴らしいクインケでした」

 

「ありがとう。君のクインケもとても素晴らしいものだったよ。ところでこいつの所有権は貰っても構わないかね?」

 

「自分は構いませんよ」

 

「おお、ありがとう。それでは処理班を呼んでこの場を片付けるとしよう」

 

真戸は携帯を取り出して処理班へと電話をかけた。その間に白石はチラッとヒナミ達のいた方を見る。もうすでに彼等はその場からいなくなっていた。

 

(たくさん釣り上げてきてくれよ)

 

自分の思惑通りにいくことを願って白石は真戸達の所へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私達は会議に行かなくてもいいんですか?」

 

「真戸上等にはちゃんと伝えてきてるから問題ないよ」

 

白石とハイルは真戸達と別れて帰路についていた。2人共1区に住んでいるのでいつも途中まで一緒に帰っている。

 

「そういえばどうしてあの喰種逃がしたんですか?殺そうと思えば直ぐに殺せたのに」

 

ハイルが首をかしげながら白石へと尋ねる。ヒナミが逃げ出した時、ハイルは[t-human]で撃ち抜こうとしたのだが白石がハンドサインで攻撃するなと指示を出したため、ヒナミを逃したのだ。

 

「大物を連れてきてくれないか期待してるだけさ」

 

「大物ですか?」

 

「まあ、別に大物じゃなくてもいいんだけどね」

 

「?」

 

白石の言葉にハイルが頭に?を浮かべる。そんなハイルの様子を白石は笑いながら眺めている。餌は投げ入れた、後は釣れるのを待つだけだ。気長に待つとしよう。ハイルと一緒に歩きながら白石はそう思った。



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第14話

どこにでもありそうな普通の部屋で白石は布団にくるまって寝ていた。時刻は12時35分。完全に寝坊である。しかし依然として白石に起きる気配はない。しかも白石の家を知る人は殆どいないため人が起こしに来るということなどない。今まではそうだった。

 

「しーらーいーしーせーんーぱーい、朝ですよー」

 

今ではうるさい後輩がいるため1日中寝ているなんてことはなくなった。ハイルの大声に目を覚ました白石はゆっくりと布団の中から這い出た。

 

「う……今何時?」

 

よろよろと動きながらスマホの電源をつける。ロック画面に出た時計の時刻を虚ろな目で見る。

 

「12時38分……どうしよう。ものすごく寝たい」

 

「せーんーぱーい、お腹すいたんで早く開けてくださーい」

 

「……起きるか」

 

布団から起き上がり玄関へと向かう。近付くにつれてハイルの声がより大きく聞こえてくる。その声に少しイライラしながらも扉を開けた。

 

「あっ、やっと起きましたね」

 

「起こしに来てくれてありがとう」

 

「うふふ、完璧に見える白石先輩にも意外な弱点があるんですねー」

 

「俺のどこが完璧に見えるのかね?まあいいや。とりあえず家にあがるか?昼飯食べてないんだろ。何か出してやるよ」

 

「ありがとうございます」

 

やったーと手を上に挙げて喜ぶハイルを尻目に白石はキッチンへと向かう。冷蔵庫を開けて中を漁る。

 

(これでいいか)

 

昨日の夕飯の残りである親子丼を冷蔵庫から取り出した。多目に作っておいたので2人分でも十分な量がある。電子レンジで温めてハイルの元へと持っていく。

 

「ほら」

 

「ありがとうございますー」

 

白石も椅子に座って親子丼を食べ始める。白石が無言だったのでハイルの声だけが部屋の中に響いていた。しばらくすると2人共食べ終わり、食器を片付ける。

 

「よし、準備完了」

 

白石が出発の準備を終える頃にはもう2時を過ぎていた。しかし、白石はそんなこと気にせずに仕事場へと向かう。その隣ではハイルが機嫌良さそうにスキップをしていた。

 

「何でそんなに機嫌が良いんだ?」

 

「えへへ、初めて白石先輩の手料理を食べたので」

 

「……」

 

白石は思わず口をポカンと開けてハイルの方を見る。特に変わった様子は見られない。そして直ぐにこいつはこういうやつだったと思い出した。

 

「あれ、白石先輩顔赤くないですか?」

 

「気のせいだ」

 

赤面した顔を見せないようにしながら白石は仕事場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白石が本局でお叱りを受けたあと、彼等は真戸の元へと行くために20区のCCG支部へと来ていた。白石達が中へ入るといつもよりも暗い雰囲気に包まれていた。何故こんなことになっているのか気になった白石は近くの職員に聞いてみた。

 

「凄く暗い雰囲気が漂ってるけど何かあった?」

 

「白石上等ですか。……草場三等が昨日喰種に襲われて死亡したそうです」

 

「……」

 

(なるほど、釣れ始めたな)

 

まさかこんなに早く動き出すとは白石も考えていなかったので驚きはしたが、それもまたいいかと思い納得した。白石としても草場が死んだのは残念だという気持ちもあるがそこまで関わりもなかったので悲しみにくれるほどの衝撃は受けていなかった。

 

「白石先輩?」

 

「……何でもないよ。とりあえず真戸上等の所に行こうか」

 

職員に頭を下げて真戸達のいる捜査室へと向かう。ハイルは鼻唄を歌いながら、白石はこれからのことを考えながら神妙そうな顔をして歩いている。

 

しばらく歩いていると目的地である捜査室へとたどり着いた。ノックをして部屋の中へと入る。

 

部屋の中にはいつも通りの真戸と少し俯きがちな亜門の姿があった。どうやら草場のパートナーの中島はいないらしい。

 

「白石上等、少し話したいことがあるのだが構わないかね?」

 

白石が部屋に入って来た瞬間に真戸が声をかける。

 

「話ですか?」

 

「ああ、できれば君と2人で話したいんだが」

 

「……分かりました。ハイル、ここで待っててくれ」

 

「はーい」

 

ハイルにそのまま部屋に留まるように指示を出して真戸と一緒に隣の部屋へと移動する。

 

「君が狙っていたのはこれだね?白石上等」

 

「何のことですか?」

 

「ああ、別に君を責めてるわけじゃないんだ。むしろ私は効率的だと思っている。喰種一匹を餌に他の喰種を釣り上げる。なかなか良い発想じゃないか」

 

「……ハァ、ばれてるみたいですね。ええ、そうです。あの時、あの喰種を逃がしたのはあいつが他の喰種をおびき寄せてくれるのではないかと思ったからです」

 

「20区は他の区と違って比較的おとなしい場所だと聞きました。死体の発見数も少ない。しかし、行方不明者数はそこそこに多い。だから誰かが20区を抑えている、そう思ったわけです」

 

「なるほど」

 

「あいつを逃がして周りの喰種に助けを求めれば抑えられている喰種が派手に動き出すかもしれない。母親の方は戦い慣れていなかったので周りの喰種が助けていたのでしょう。そんな彼女が殺されて娘から復讐を頼まれたら心情的にも動きたくなるはずです」

 

「ほう、確かに」

 

「また復讐を頼まれていなくても勝手に復讐を果たそうとするかもしれません。どちらにせよ構いません。出てきてさえくれれば。できれば喰種共がボロをだして奴等のグループの全容が分かれば一番いいのですが、あまり期待はしていません」

 

「自分としては幹部くらいのやつが出てくればラッキーかなと思っています」

 

「……」

 

白石の話を聞いて、真戸は顎に手を当てて考え込んでいた。しかし、しばらくすると笑顔を浮かべて白石の方を向いた。

 

「なるほど、君の考えは理解できたよ。私も協力は惜しまないよ。これまで通りに喰種を殺していこう。何かあれば直ぐにでも君に連絡するよ」

 

「ありがとうございます。自分は常には20区にはいられませんので、助かります」

 

(さて、できるだけ早く動きを見せてほしいものだな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『白石上等、奴等が動きを見せたようだ』

 

「いくらなんでも早くないですか?」

 

白石としても1週間ほどかかるかなと思っていたのだが3日後には真戸から連絡が入っていた。真戸が白石に情報提供に来た2人組のことを話した。

 

『確認してみたが身元もでたらめ、現場も何も出てこなかった。恐らくは撹乱、そして誘き寄せだろう。私はこれに乗ってみようと思っているんだ。できれば君にも来てほしいのだが』

 

「分かりました。どこで合流しますか?」

 

『位置を送ったから、重原の河というところに18時ぐらいに来てくれ』

 

「はい」

 

電話を終えると隣の机で寝ていたハイルに声をかける。

 

「ハイル、仕事だ。起きろ」

 

「……うぅん……ふぁ……なん……ですか?」

 

「喰種狩りに行くから起きて準備しろ」

 

「うー」

 

ハイルがよろよろと起き上がる。まだ完全には覚醒していないようでふらふらしていた。白石はそんなハイルを見てため息をはいた。

 

「ハァ、まだ寝ててもいいぞ。喰種が現れたら呼ぶから」

 

「はーい」

 

そう言って再び眠りにつくハイルを見て、白石はため息をはく。ハイルがいなくても白石だけで対処は可能であるが楽ができるため、白石としてはいてほしかったのだ。

 

(まあ、これじゃしょうがないな)

 

幸せそうな顔をして寝ているハイルを眺めて、白石は自分の装備を整えるべく、白石個人に用意されている装備室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は17時55分。白石は真戸が言っていた重原の河へと向かっていた。両手にクインケを持ち、念のためにQバレットも用意してきた。

 

(ここが重原の河か)

 

しばらく道を歩いていると真戸の言っていた河へと到着した。白石は辺りを見渡して真戸の姿を探す。しばらく白石が目線を色々な所に向けていると、奥の方から真戸が現れた。

 

「白石上等、こっちに来てくれたまえ」

 

真戸が白石を手招きして呼び寄せる。白石も河へと降りて真戸の近くによった。

 

「奥の方で何をしていたんですか?」

 

「ああ、ちょっとした仕込みをね。さて、少し離れた所から様子を見てみよう」

 

そう言って真戸が歩きだした。白石はそんな真戸の隣を歩いていく。しばらく無言で歩いていたのだがふと気になることがあった白石は真戸に話しかけた。

 

「本当に喰種は現れるのですか?捜査の撹乱が目的だと思うのですが」

 

「ああ、私もそう思っている。なに、奴等がここに来るというのは私の勘でしかない」

 

「なるほど。でしたら現れるまで待つとしましょう」

 

聞きたいことも聞けたため白石は口を閉じた。先程2人のいた場所からそこそこ離れた地点で監視をすることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真戸上等、娘の方が現れました。奥の方へと向かっていきました」

 

「やはり来たか。もう少し様子を見てみるとしよう」

 

「分かりました」

 

白石は双眼鏡を覗きこんで辺りを注意深く見渡す。しばらく双眼鏡を覗きこんでいるともう1人の姿が見えた。即座に真戸へと伝える。

 

「真戸上等、2体目が来ました」

 

「ほう、現れたか。ではそろそろ行くとしよう」

 

「これ以上待たないんですか?」

 

「ああ、私の勘がこれ以上待ってても意味はないと言ってるからね」

 

「分かりました」

 

白石がそう言うと2人はトーカ達のいる場所へと歩き始めた。近づくにつれて2人の姿がよく見えてきた。白石はトーカの顔を見て、どこかで見たことがある気がした。

 

「白石上等、準備はいいかね?」

 

「もちろんですよ。真戸上等も油断しないでくださいね」

 

「ああ、もちろんだとも。喰種ごときにやられてやるわけにもいかないからな」

 

2人は歩きながらお互いに声をかけあう。2人に共通して見られるのは喰種ごときに負けるわけがないという絶対の自信だった。

 

「ヒナミが見つかったよ!」

 

2人が近づいていることにも気付かずにトーカは電話でカネキへと話しかけている。白石達にとってはそんなことは関係がなく、徐々に距離が縮まり始めていた。

 

『そ……それで今どこなの?』

 

「重原小の近くの……」

 

そこまで話してトーカの言葉は止まった。ふと視線を向けた先にいたのはかつてトーカが殺すのに失敗した真戸、そしてあの芳村が警戒していた白石だ。

 

そんなトーカの様子を見て、真戸はニタァというような笑みを浮かべ、白石はいつもと変わらない様子で立っていた。

 

「さて、喰種共、死ぬ準備はできたか?」



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第15話

「亜門君、重原の河まで来てくれ。喰種だ」

 

『この前の重原の河ですね!?私もすぐに向かいます!それでは……!』

 

真戸が亜門へと連絡を送る。トーカがその隙に攻撃を仕掛けようとしていたが白石が牽制していたため実行は不可能だった。

 

「この間ぶりだね。笛口の娘に……」

 

そこまで言って真戸はトーカへと視線を向ける。正確には彼女の持つ携帯のウサギのストラップを。

 

「ヤマグチ……いや、これは偽名か」

 

「こう呼ぶべきかな」

 

「ラビット」

 

その言葉を聞いたトーカの頬に一筋の汗が流れる。彼女は悟ったのだ。彼女達はここに誘き寄せられたのだと。

 

「こいつが支局に偽情報を流そうとした喰種ですか?」

 

「ああ、どういう意図で敵陣に潜り込んだのか考えたが、どうやら笛口の娘の為のようだ」

 

「CCGがたいした情報も持ってないから俺達を殺せば直接顔を見たものはいなくなる」

 

「そして以前に近い比較的平穏な生活が送れる可能性がある……」

 

そこまで言って真戸はニヤリと笑みを浮かべてトーカ達の方を見る。

 

「反吐が出る。バケモノの分際で穏やかな暮らしを望もうなどと!そうは思わないかね?白石上等」

 

「そうですね。人を貪り喰うことしか能のない喰種が平穏な生活を望むなんて笑える話ですね」

 

真戸と白石の侮辱の言葉にトーカの顔が怒りに歪む。殺気だち、今にも2人に襲いかかりそうな雰囲気を身に纏っている。

 

そんなトーカを無視して真戸はリョーコの腕を大事そうに抱き抱えているヒナミの方へと視線を向ける。突然真戸の視線を感じたヒナミが体をビクッと震わせた。

 

「……そうそう『贈り物』は喜んで頂けたかな?母親が恋しいかと思ってねェ……クク」

 

「まんまと掛かりおった」

 

「……ッッ」

 

真戸の言葉を受けてとうとうヒナミは耐えきれずに目から涙を流し始めた。声を出すことはなく、噛み締めるようにして泣いていた。

 

「ハハハ、ハハハハッ」

 

そんなヒナミの様子を見て、真戸が耐えられないというように笑い始める。それでもトーカに注意を向けるのは止めていない。いつでも対応できるように意識を向けていた。

 

「てめェッ!!」

 

当然トーカがそんな真戸の様子を見て、我慢できるはずがない。一刻も早く真戸の口を閉じるために距離を詰める。白石が手を出そうと動き出そうとしたが、真戸が手を向けて手を出さないよう指示を出す。

 

そして自分の持つクインケのスイッチを押してクインケを展開する。背骨の様な形をした[フエグチ壱]だ。

 

「そらッ!!」

 

[フエグチ壱]がトーカの命を奪わんと襲いかかる。真っ直ぐ迫り来る[フエグチ壱]をトーカは地面を強く蹴り、空中で体を捻ることで回避に成功する。

 

「ほう!見事!!そこらの雑魚とは違うな!!」

 

伸びきった[フエグチ壱]を再び自分の元へと引き戻す。

 

「今日死ぬ運命でなければ過日の20区の梟のようにさぞかし厄介な喰種となったであろうッ!!」

 

さらに近付いてきたトーカに再び[フエグチ壱]で攻撃する。左側から勢いをつけてトーカを殺さんと襲いかかる。しかし、トーカにあたる直前に柱に激突してその動きを止める。

 

「おっ……」

 

それを見た真戸が動きを止める。その隙にトーカは真戸との距離をさらに詰める。

 

(コイツがここへ来る可能性を作っておいて良かった。アンタの武器はここでは闘りにくい)

 

真戸達に誘い出されたとはいえ、ここは何本も柱があり、真戸のクインケ[フエグチ壱]では闘いにくい。トーカはCCG支局に偽の情報を渡し、真戸がここに来るきっかけを作った過去の自分に感謝していた。

 

(ここなら殺れる)

 

トーカにとって気掛かりだったのは真戸に止められてクインケすら展開していない白石だったが、真戸さえ殺せれば自分の力なら直ぐに殺せるだろうと思い、白石のことを頭の中から追いやった。

 

(この距離なら!)

 

とうとうトーカは真戸の懐へと飛び込んだ。この距離なら避けられないだろうと赫子を翼のように展開する。確かにこの距離なら普通はどうしようもないだろう。しかし、真戸にはこれに対処する手段があった。

 

ポイッ

 

「は……?」

 

[フエグチ壱]を投げ捨てた真戸を見て、思わずトーカの動きが止まる。その隙に真戸はもう1つのクインケを展開した。アタッシュケースから花弁の形をしたクインケが出てきた。それを見たトーカは後ろに大きく跳んで真戸と距離を取る。

 

「!!!」

 

「!?」

 

それを見たトーカとヒナミの反応は違った。ヒナミは恐ろしいものを見たように目を見開き、トーカは驚きつつも疑問が浮かんでいた。

 

(もう1個?……というか、さっきの武器も今度のヤツもまるで……)

 

「嫌……」

 

「ヒナミ?」

 

そんなトーカの考えをヒナミの小さな呟きが遮った。トーカがヒナミの様子を伺うとヒナミは頭を抱えて俯いていた。

 

「急いで拵えたからケースが2つになってしまったが……クク……どうだ?見覚えがあるだろう?」

 

そこまで言って真戸はヒナミの方を見て、今までで一番というほど愉悦で顔を歪ませながら笑いながら言う。

 

大好きなお前の母親だ

 

クインケは喰種(お前たち)の赫子から作るものだからなァァ!!

 

「いやだぁぁあぁあぁぁあぁ」

 

とうとう耐えきれなくなったヒナミが頭を抱えて、涙を流しながら叫ぶ。もうこれ以上は耐えられない、止めてくれというように。

 

「あぁぁぁぁああぁあぁあ」

 

そんなヒナミを見て、真戸はますます顔を愉悦に歪ませる。そして真戸の顔を見て、トーカの怒りは最高点に達した。

 

「……こ……んのッゲスッ野郎ォ」

 

怒りで我を忘れたトーカを見て、笛口リョーコの赫包から作られたクインケ[フエグチ弍]の開いていた花弁を閉じてトーカの赫子を防ぎきる。

 

「学習していないなラビット。相変わらず直情的で思考が短絡」

 

[フエグチ弍]を頭上に持ってきて、回転させる。4つの花弁がそれぞれ別の動きをして、トーカの注意を散漫させる。トーカの注意がそらされたところで最も注意が向きにくい位置の花弁をトーカの足に巻き付かせて、動きを止めさせる。

 

「果てしなく愚かで……」

 

残りの3つの花弁を焦らすようにゆらゆらと動かす。それを見たトーカは額から一筋の汗が流れる。

 

「それゆえ命を落とす」

 

1つの花弁がトーカの脇腹を抉り、後ろの柱へと縫い付けた。

 

「お前はいい材料になりそうだ」

 

トーカの表情は痛みに、真戸は愉悦に歪み、ヒナミは純粋に驚きの表情を浮かべる。

 

「あぁあぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」

 

「うむ……調節段階だが夫婦揃って素晴らしい使い心地だ。ところで……」

 

そこまで言って、真戸は後ろに立っていた白石の方を向く。今までの間白石はずっと立っていただけなのだ。

 

「退屈させてしまって申し訳ないね白石上等。私の無茶を聞いてくれてありがとう」

 

「構いませんよ。良いクインケを見るのも勉強になりますので」

 

「そう言ってくれると助かるよ。では、君のためにも早くこいつを始末してみせようと言いたかったのだが、少し待ってくれ」

 

「さて」

 

振り替えって柱に縫い付けられているトーカの方を向く。

 

「死肉を貪るハイエナ……ゴミめ。1つ聞いておきたかったんだ。一体なぜ貴様らは罪を犯してまで生き永らえようとする?」

 

首を傾けながら真戸はトーカに問いかける。心底不思議そうに、全く分からないというように。

 

「…………っ……て……生きたい……って……思って……何が悪い」

 

頭に浮かぶのは自分を大切に育ててくれた愛しい母の顔。あまり記憶に残っていないが、それでも深い愛情を注いでくれたのは覚えている。

 

「こ……んな……んでも……せっかく……産んでくれたんだ……育ててくれたんだ……」

 

「ヒトしか喰えないならそうするしかねえだろ……こんな身体で……どうやって正しく生きりゃいいんだよッ」

 

「どうやって……!」

 

噛み締めるようにして呟く。

 

「テメエら何でも上からモノ言いやがって……テメエ自分が喰種だったら同じこと言えんのかよッ……」

 

「ムカツク……死ね!死ね死ね死ね死ねックソ白鳩野郎みんな死んじまえッッ!!」

 

「クソ…が……畜生……ちくしょ……」

 

「喰種だって……」

 

「私だって……アンタらみたいに生きたいよ」

 

そこまで聞くと真戸の表情から感情が消えて、無表情になった。

 

「……それはそれは……聞くに耐えんよ。もう十分だ、死ね!」

 

そこまで言い切ると先程拾っていた[フエグチ壱]でトーカの首を跳ねるために振るう。刻一刻と迫るトーカの死。それを見て、とうとうヒナミが行動にうつる。赫子を出して、真戸の右手へと向かわせる。しかし、後ろで見ていた白石が[ガーンデーヴァ]から炎を纏った赫子を放とうとする。

 

(悪いな。お前は急所をはずしてッ!?)

 

赫子を放とうと[ガーンデーヴァ]を構えた状態で白石の動きが止まる。何が起こったと熱を放つ自分の首筋へと手を寄せる。首筋に手を当てると熱い液体が手に触れた。

 

(馬鹿な……少しも気付けないなんて)

 

白石の目には右手を切り飛ばされた真戸の様子が見てとれた。助けに行こうにも白石の体は言うことを聞かず、膝から崩れ落ちる。

 

(真戸上等……気を付けて……)



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第16話

「白石上等!?」

 

白石の崩れ落ちた姿を見て、真戸は驚きの声をあげる。白石が倒されるのは真戸にとって自分の右手が無くなったことよりも驚くことだった。真戸は白石の実力を特等以上と評価していたため、その白石が不意を突かれたとはいえ、地に倒れ伏しているのは真戸からすれば予想外だった。

 

「上手く1人倒せたね」

 

「もう1人もさっさと倒してトーカ達を連れ帰るわよ」

 

その声のしてきた方へと真戸が視線を向けると、真戸にとって今までに何回か目にしたことのある存在がいた。

 

「魔猿……それに黒狗ッ!」

 

猿と犬のマスクをした2人の喰種。共にSSレートであり、過去に20区で縄張り争いをしており、その名を東京中に響かせていた。しかし、そんな2人はある時を境に姿を消していた。それ以来彼らの姿は1度も見られることはなかった。今この時までは。

 

「古間さん、入見さん」

 

トーカが思わずといった様子で2人の名前を呟く。体にはまだ痛みが残っていたが2人が助けに来てくれたので先ほど感じていた死の恐怖は忘れ去られようとしていた。

 

完全に安心しきっているトーカと違って、真戸は隙を見せてはいないが内心ではかなり焦っていた。いかに真戸がすぐれた捜査官であっても、1人でSSレート2体を相手取ることは不可能だった。

 

(流石にこの状況は厳しい。1体だけでも苦しいSSレートが2体、とてもではないが私1人では手には負えん。増援は今こちらに向かっているのは亜門君1人だけ。それも彼は相手が魔猿と黒狗という事を知らない。当てには出来ん)

 

これだけの悪条件に加えて、今の真戸は右手を失っている。敵が真戸を殺そうとすれば数分持てば良い方だろう。

 

「とにかくあの白鳩をさっさと殺してトーカ達を連れ帰りましょう」

 

「そうだね。早くあの2人の安全を確保しようか」

 

そこまで言うと2人は真戸を正面からとらえた。そんな古間達の視線を受けて真戸も[フエグチ弍]を放り捨てて、[フエグチ壱]を手に取り戦闘態勢に入る。せめて死ぬにしても1体でも道連れにしてみせよう、そんな意思を見せながら。

 

お互いに視線をぶつけ合い隙を探りあう。どちらも動きはほとんど見られない。ただ、お互いのクインケ、赫子がゆらゆらと動いていた。

 

このまま均衡は破られないと思われたが思わぬ所で均衡が破られた。それは今まで柱に縫い付けられていたトーカの声だった。

 

「古間さん、うしろッ!!」

 

「なッ!?」

 

一瞥することもなく古間と入見は横に跳躍する。すると先程まで古間のいた場所を炎に包まれた赫子が斜め下から通過した。赫子はそのまま天井にぶつかり、爆発する。

 

古間と入見は先程自分達が倒した捜査官の倒れていた方へと視線を向ける。そこには倒れたまま[ガーンデーヴァ]を構えていた白石がいた。ゆっくりと立ち上がって首を振る。そこには入見から受けたはずの傷が存在していなかった。

 

「どういうこと?確かに致命傷だったはず」

 

そんな白石の様子を見て、思わず入見がそう呟く。完全に不意を突いての奇襲。誰がどう見ても致命傷だという傷を与えたのに何故生きているのだと。

 

「ああ、確かに致命傷だったよ。俺じゃなきゃ死んでた」

 

「君じゃなきゃ死んでた?」

 

白石の言葉に古間が反応する。白石に対する警戒は続けたままであるが、古間は白石の言葉の続きを聞きたがっていた。

 

「まあな。まあそれをお前達に説明してやる必要は無いんだがな」

 

「どういうッ!?」

 

白石へと聞き返していた入見が後ろから聞こえた音に反応して、直感的に横へと跳ぶ。その後直ぐにその場所を[フエグチ壱]が通過した。入見は横凪ぎを警戒してバク転で[フエグチ壱]から距離を取った。

 

「惜しかったですね。真戸さん」

 

「せっかく引き付けてくれたのにすまないね」

 

「いえいえ、チャンスでしたらまたいくらでも作りますので」

 

そこまで言い切ると[ガーンデーヴァ]を投げ捨てて前傾姿勢をとって古間目掛けて勢い良く飛び出した。[カタナシ]を突きの型で構えながら古間へと接近する。古間は一瞬で距離をつめてきた白石に目を見開く。

 

しかし、直ぐに首を曲げて顔を狙った突きを回避する。そのまま白石の胴体へと蹴りを入れる。そんな古間の蹴りを白石は左腕を防御に使って胴体への直接のダメージを回避する。

 

それでも人間の数倍以上の身体能力を有しており、また肉弾戦に優れている古間の蹴りは完璧には防ぎきることは出来ず、壁まで吹き飛ばされる。

 

当然白石もやられて終わるのではなく、即座に反撃に移る。飛ばされた勢いを利用して壁を蹴って、再び古間に切りかかる。今度は安易には回避できない横凪ぎの一撃だ。

 

「おっとぉッ!!」

 

そんな白石の攻撃を古間は天井に赫子を突き刺して体を引き寄せて上に回避することで防いだ。さらに赫子を使って自分を離れた場所まで飛ばすことで白石とさらに距離をとる。

 

それを見て古間への追撃を諦めた白石は再び壁を蹴って、先程まで自分が立っていた場所まで移動する。そして、古間への突進の時に落とした[ガーンデーヴァ]を拾って、遠距離モードで炎を纏った赫子を飛ばした。

 

それを見て、古間が回避しようとするが、赫子の軌道で狙いが自分でないことに気が付いた。

 

「入見ッ、避けろッ!!」

 

「ッ!?」

 

間一髪の所で回避に成功した。髪に掠めて入見の後方へと赫子が飛んでいき、柱を数本破壊した。しかし、入見の危機は去らない。白石の攻撃に意識を持っていかれた隙に入見と距離を取っていた真戸の一撃が迫る。

 

「くッ!!」

 

[フエグチ壱]を体を捻って避け続ける。真戸は攻撃を緩めることなく、縦横無尽に攻撃を仕掛ける。白石の攻撃によって柱が破壊され、より自由に[フエグチ壱]を扱っていた。何とか懐に入って攻撃を仕掛けようとしても、後ろから白石の攻撃が迫ってくるので、遠距離から赫子で攻撃するので精一杯だった。

 

「ちッ!!古間、さっきからこっちに流しすぎよ!サボってんじゃないわよ!」

 

「サボってないよ!?こっちも必死で頑張ってるさ!」

 

近距離では[カタナシ]、遠距離では[ガーンデーヴァ]で絶え間なく攻撃される。自分に攻撃してくると見せかけて、後ろの入見へ。またはその逆を。それも一撃でも食らえば致命傷になりかねないものばかりなのだ。

 

(この魔猿が押されるだなんてね)

 

はたから見れば均衡が保たれているように見えても、実際に戦っている古間には分かる。このまま時間をかけて戦っていればいずれは押しきられてしまうだろうということが。

 

「ならばッ!!」

 

白石の[ガーンデーヴァ]の攻撃が止んだ瞬間に白石のもとへと駆け出した。そして戦っている最中に入手した壁の破片を出来るだけ小さく、しかし、しっかり殺傷力のある大きさに握りつぶして白石の顔目掛けて放つ。

 

思いの外接近する速度が速かったので、避けるのを止めて腕を顔の前に構えて、破片を防ぐ。その一瞬で古間は白石との距離をさらに詰める。そして、白石が腕を下ろそうとした瞬間に古間は足下の水に蹴りを放つ。それは激しい水飛沫を生じさせ、白石の視界を塞ぐ。

 

(右か左か、または前か)

 

白石の感覚が研ぎ澄まされる。白石の世界から色が消えて、動きはスローモーションになり、余計な音は消え去る。極限までに集中して情報を分析する。

 

0.1秒経過。動きなし。0.2秒経過。動きなし。0.3秒経過。

 

(左に動きあり)

 

チラッと白石の視界の端に何かが映る。全体像は見えなかったが白石は別にそれでもよかった。

 

(獲った)

 

古間が行動を起こしてからほとんど1秒もかけずに[カタナシ]を振るう。これは避けようがないだろうと白石は確信していた。[カタナシ]の刃が対象に当たるまでは。

 

(ッ!?しまったフェイクか!)

 

魔猿のマスク。斬ったモノは肉とはほど遠いものであった。故に直ぐ体勢を立て直そうとする白石だったが、大振りの一撃であったために直ぐには体勢を戻すことはできない。

 

そんな白石の事情など知らんと言わんばかりに水飛沫の中から古間が割って現れた。赫子を構えて白石の首を狙う。白石はそれに抗おうと[ガーンデーヴァ]の矛先を古間へと向けようとする。この距離で赫子を放てば自分にもダメージがあるがそんなことを言ってはいられない。

 

感覚を研ぎ澄ませているせいで白石は余計に恐怖を感じていた。さすがの白石も首を切断されては生きてはいられない。だから、必死に体を動かす。死の運命に抗うために。

 

古間の赫子が、白石の[ガーンデーヴァ]の矛先が、共に相手へと向かい、その空間は紅く染まった。



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第17話

少し終わりが雑で申し訳ありません。


「「ぐッ!!」」

 

白石と古間の2人がうめき声をあげる。その原因は古間の赫子でも白石の[ガーンデーヴァ]でもなかった。彼等2人にダメージを与えた存在は白い電撃だった。

 

白石は[ヴィズル]によってそこまでダメージを受けていなかったが古間はそうはいかない。生身で電撃を受けたせいで、体の至るところが電撃によって引き裂かれて裂傷が生じていた。それでもたったそれだけの傷ですんだのは古間の正面に白石がいて、ある程度電撃によるダメージを軽減してくれたからだ。

 

お互いに自分の攻撃は失敗したと判断して、後ろに退いて距離を取り合う。

 

「ハイル、助けてくれたのはありがたいけど、できれば俺ごと撃ち抜かないであいつだけを狙ってほしかったな」

 

「そんな時間ありませんでしたー。白石先輩が危なかったからとっさに[t-human]を撃ったんですよ」

 

「……そうか、すまない。助けてくれてありがとう」

 

「別にいいですよー。私達はパートナーですので」

 

白石と古間を撃ち抜いたのは白石が倒れている間に呼んだハイルだった。CCG支部で寝ていたハイルだったが、白石の救援要請で慌てて支部を飛び出してきたのだ。

 

「他の人達も急いでここに向かってきてます。とくに鉢川さんなんて公道をスピード違反間違いなしのスピードでとばしてきてるみたいです」

 

「それは頼もしいな」

 

白石には憎悪に満ちた顔で車をとばしている鉢川の様子が簡単に想像できていた。先程までの切羽詰まった状態と違って今の白石には余裕ができていた。

 

そんな白石とは違い、古間と入見はかなり焦っていた。白石1人にいいようにやられていたのに追加の白鳩などが来ればトーカ達を連れ帰るどころか自分達も殺られかねない。

 

「これは……まずいね」

 

「ええ、これじゃトーカ達を連れ帰るのも厳しいわ」

 

理想としては真戸を殺して白石とハイルを無視して逃げることだが、真戸が殺されれば白石は[ガーンデーヴァ]を抑えることなく使うだろう。この閉鎖的空間でそれをされると彼等に逃げ場はない。丸焼きにされて終わりだ。

 

トーカは重傷で自力では動けない。ヒナミは恐怖感で再び萎縮してしまっている。さらに片手のない真戸を援護しても古間と同等以上に戦える白石。そして新たにやって来た羽赫持ちのハイル。片手がなくても執念で入見に何とか食らいついている真戸。

 

「最初は簡単に終わると思ったのにね」

 

「上手くいかないものね……でも」

 

「まだ諦めるわけにはいかない……か」

 

「そうよ。ここで私達が諦めたらトーカ達はどうなるの?あの話が本当ならろくな目に遭わないわよ」

 

「やれやれ、ついにこの魔猿の真の実力を見せるときがやって来たみたいだね」

 

「やる気を出してるところ悪いけど相手を交換よ。私があの2人を殺るわ」

 

「それはどうしてだい?」

 

「私の方があんたより仕事が早いからよ」

 

「そんなことはないと思うけどね。まあ、分かったよ」

 

2人が位置を入れ換えてそれぞれの相手と向き合う。2人にとって厄介だったのは白石だけなので、彼等は白石を殺したらトーカ達を連れてさっさと逃げようとしていた。

 

「覚悟はいいかい?これは時間との勝負だよ」

 

「うるさい。さっさと始めるわよ」

 

そこまで言うとお互いに戦闘態勢に入る。そんな彼等の様子を見て、白石達もそれぞれのクインケを構える。今にもぶつかり合わんという空気が流れていた。

 

『た……ど……ピ……』

 

そんな声が聞こえてくるまでは。

 

「なんだ?」

 

途切れ途切れではあるが大勢の声が聞こえてきていた。白石は入見にいつでも反応できるよう警戒しつつも後ろを見る。

 

「なッ!?」

 

ゆらゆらと動く人の波。その数は200を下らない。マスクをつけた喰種達がゆっくりと白石達を目指して歩いて来ている。

 

「ピエロ……ッ!!」

 

かつては3区を拠点にしていた喰種集団。目的などは一切不明で、1つ分かっているとすればピエロが娯楽主義者であることのみ。

 

『楽しいピエロはどんなピエロ?楽しいピエロはどんなピエロ?』

 

「最悪だな」

 

そう言うと白石は横目で古間の方を見る。彼も目を見開いていた。

 

(こいつらとはグルではないみたいだな)

 

「白石先輩、どうしますか?」

 

ハイルが入見達をどうするのか尋ねる。ピエロは後2分ほどで白石達と接触するだろう。このまま戦闘を続けるのか。またはピエロ殲滅に専念するか。ハイルはどちらを取るのかと白石に尋ねていた。

 

「………………」

 

白石は悩んでいた。黒狗と魔猿を討ち取れる機会などそうはやってこない。しかし、彼等を相手しながらピエロと戦闘になればこちらも無傷でというわけにはいかない。最悪ハイルと真戸のどちらかが、または両方が死ぬかもしれない。

 

(ピエロォッ!!)

 

怒りに心が染まる。ここまで自分の思い道理にならない展開は白石にとって初めてだった。しかし、いつまでもそうしてはいられない。

 

「黒狗、取引がある」

 

「……何かしら?」

 

「……ラビットとフエグチの娘を連れて退け」

 

「ピンチなのはあなた達だと思うけど?」

 

「あのピエロはお前達の仲間じゃないだろ。さっさと退け。見逃してやる」

 

「……古間、トーカ達を連れてきて。私はここでこいつらを見とくわ」

 

「了解」

 

「真戸さん、こっちに来てください」

 

「ああ」

 

古間と真戸が入れ替わるようにして歩いていく。真戸は白石の隣に、古間はトーカ達の下へと。

 

「大丈夫かい、トーカちゃん」

 

「は……い、古間……さん」

 

「トーカちゃん、少し痛むけど我慢してね」

 

そう言うと直ぐに古間が[フエグチ弐]をトーカの脇腹から引き抜く。壁に縫い付けられていたトーカは古間の方に崩れ落ちた。

 

「ヒナミちゃん、こっちに来て」

 

古間はトーカの近くで俯いていたヒナミを自分の方へと寄せる。トーカを背負って、入見の下へと歩いていく。

 

「連れてきたよ」

 

入見はトーカ達の状態を確認した後、白石の方を見る。

 

「取り引きちゃんと守りなさいね」

 

「分かってるから早く行け」

 

ピエロはすぐそこまで迫ってきていた。入見にしても味方ではピエロ達からは早く離れたかった。

 

「ええ、行くわよ」

 

入見がヒナミを抱えて、古間と一緒に凄まじいスピードで白石達から離れていく。あっという間に白石達からはその姿が見えなくなった。

 

「よかったんですか?見逃して」

 

「ピエロをほっとくわけにいかないからな。はぁ、うまくいかないな。すみません、真戸さん。手を犠牲にしていただいたわりに全然、成果を出せませんでした」

 

「いや、構わないよ。私の手を犠牲にして、こんなにもピエロが釣れたのだ。安いものさ」

 

「ここからは自分がやりますので、治療に専念してください。ハイル、真戸さんの治療を手伝ってくれ」

 

「分かりました」

 

3人の前にはすでに大量のピエロが溢れかえっていた。しかし、白石にとってはただ数だけの雑魚でしかなかった。

 

「……よくもまあ邪魔してくれたな。クソピエロがああぁぁぁあぁぁあぁぁぁ!!!」

 

白石の怒りを表す[ガーンデーヴァ]の炎がピエロの集団を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「以上が今回の作戦の結末です。ピエロの妨害により黒狗、魔猿、ラビット、フエグチの娘を取り逃がしました。」

 

白石は現在、ある一室で2日前の出来事の説明をしていた。部屋の中にいるのは白石と和修吉時を除いて、皆が特等捜査官。この会議は特等会議と呼ばれるものだった。

 

「黒狗に魔猿か、ずいぶんとまあ懐かしいやつらが帰ってきやがったな」

 

「ンン、ボーイ。問題はそれだけではない。257体のピエロが現れたことも問題であろう」

 

「俺はボーイじゃねーよ」

 

丸手が報告書を読みながらまだ黒狗達が暴れまわっていた時のことを思い出す。そんな丸手にピエロのことを注意したのは立派なリーゼントをしている田中丸望元特等捜査官だ。しかし、丸手の考えはモーガンとは違っていた。

 

「ピエロのことなんか考えても無駄だぜ。あいつらの行動は全然読めないからな。今回もどうせ気まぐれだろ」

 

「むむむ」

 

「ピエロのことは置いておくにしても黒狗達の対応はどうするのですか?」

 

このむさ苦しい男しかいない空間で清涼剤となる安浦清子特等捜査官が丸手とモーガンの話に割って入る。

 

「うーん、難しいね。今までほとんどノーマークだった20区だからね。しかも相手は黒狗と魔猿、討伐するなら相当の戦力を割かなきゃ」

 

「吉時さん、そこに暇なやつがいますよ」

 

「うん?」

 

吉時が丸手の指差した方へと視線を向ける。そこにはジュースを飲みながらノートに何かを書き込んでいる白石がいた。

 

「白石くん、何してるんだい?」

 

「何って、勉強ですよ。貴方達が言ったんじゃないですか。世間体が悪いからせめて現役の高校生並みの学力を身に付けておけと」

 

「だからって特等会議でそんなことしてんじゃねーよ」

 

丸手からの注意がとんだので白石は手を止めてノートを閉じた。

 

「で、何ですか?」

 

「丸手特等は20区の対応を君に任せるべきだと言ってるんだよ」

 

「S0だけでですか?対処できないとも思いませんが万全をきすならもう少し戦力が欲しいところです」

 

白石の言葉に吉時は考え込むような素振りを見せた。

 

「それはS0の戦力を増強したいと?」

 

「はい」

 

「どのくらい?」

 

「特等1人、准特等3人、上等10人がいれば問題ないかと」

 

その言葉を聞いた吉時は渋い顔をして悩みこんだ。

 

(うーん、できれば叶えてあげたいけど今回大物を逃してるからあまり白石君にサポート出来ないんだよねー。役員達もうるさいだろうし)

 

「准特等2人、上等5人は?」

 

「……局長、俺はそれでも構いませんよ」

 

「……いや、今のは忘れてくれ。白石准特等、S0を率いて、20区での指揮をとってくれ。君の要求は最優先で叶えさせよう」

 

(ふぅ、私は何を考えていたのやら。確かに役員達も大事だが、私達にとってはこんなことで白石君に不信感を持たせてしまうよりも重要ではないはずだ)

 

「ありがとうございます」

 

その後の内容に白石が関係するものはなく、会議も30分ほどで終了した。

 

「白石君、ちょっとついてきてくれないかな?」

 

会議が終わり、帰ろうとしていた白石の元に吉時がやって来た。今からハイルとの食事の約束があったため行きたくなかったが吉時の顔が真剣だったため諦めた。ふてくされながらポケットにいれていた携帯を取り出してハイルへとかける。

 

『もしもし、白石先輩まだですかー?』

 

「その……ごめん。用事ができたから一緒に行けないんだ」

 

『えー。白石先輩が一緒に食べに行こうって言ったんじゃないですかー』

 

「本当にごめん。今度埋め合わせはするから」

 

『知ーりーまーせーんー。もういいです。有馬さんと食べに行ってきます』

 

「……」

 

電話が終わり白石は携帯をポケットにいれた。どこか気を落としたように見える白石の姿に吉時が苦笑いを浮かべる。

 

「はは、悪いことをしちゃったかな?」

 

「いいので早く行きましょう」

 

どうでもよさげに言う白石の落ち込んだ様子に吉時は心の中で大爆笑する。白石が吉時の前でこのように振る舞うことがないので吉時にとって今この瞬間はとても新鮮なものだった。

 

「そうそう、遅れてしまったけど昇進おめでとう」

 

「傷心ですか?」

 

「それは多分字が違うんじゃないかなー。ところでさっき話してたのは彼女かい?」

 

「違いますよ」

 

「ハハハ、そういうことにしとくよ」

 

話していくうちにどんどんしらけていく白石を吉時が笑いながら見ている。

 

(できればこのまま良い関係を築いておきたいけど……まっ、それも白石君次第かな)

 

吉時としても幼い頃から白石の成長を見ていた身として白石を害したくはなかった。吉時は自分達と行動を共にする白石の姿を想像する。

 

(これが理想かもね)

 

彼はそう思わざるをえなかった。



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第18話

「えー、皆注目しろ。本日よりS0に加入することになった捜査官達だ。仲良くしろとは言わないけど、しっかり協力して仕事しろよ」

 

特等会議の翌日、白石達S0のメンバーは20区のCCG支局に集まっていた。現在、白石が新しくS0に加わるメンバーの紹介をしていっている。

 

「じゃあ、右から順番に。篠原特等と鈴屋三等、チノムツさんと田井中上等」

 

「なんで私だけチノムツさん」

 

「コホン、法寺准特等と滝澤二等。そして、そこで1人でいるのが真戸二等だ。以上」

 

白石の説明を聞いていた班員達はとりあえず歓迎の拍手を送る。どこか戸惑っているような雰囲気があった。

 

「どうした?折角交渉して引っ張ってきた人員だぞ。もっと喜べ」

 

「はぁ、でも白石准特等、要求していた数より少なくないですか?」

 

班員達は白石が自信満々に言うものなので要望は絶対に叶えられるだろうと予想していた。しかし、実際見てみれば人数も白石の要望より少なく、二等や三等が新たに送られてくる始末、戸惑わずにはいられなかった。

 

そんな班員達の気持ちを赤坂が代弁して、白石へと問いかける。

 

(何か久しぶりに見たな赤坂達)

 

久しぶりに見た、白石の最初の部下達に対して失礼な事を思いながらも白石はその問いかけに答えた。

 

「あー、あれね。……やっぱ無理って言われてさー。いやー、自分でも無茶ぶりしすぎかなと思ったけど、やっぱり駄目だったな」

 

ハハハと笑っている白石に対して、班員達が呆れたような視線を向ける。しばらく笑っていた白石もばつが悪くなったのか黙りこむ。そのため会議室は沈黙に包まれた。

 

「いや、あれだよおまえ達、ちゃんと代わりは確保してきたからな」

 

「代わりですか?」

 

「そうそう。今、扉の外に待機させてるから」

 

「何でそんなことしてるんですか?」

 

「サプライズに決まってるだろ。おーい、入ってきてくれ」

 

白石の言葉と同時に扉が開いてぞろぞろと一団が入ってくる。彼等の姿を見て、班員達にざわめきが起こった。一団はそんな班員達を無視して、白石の元まで歩いていく。

 

「そんなわけで、お前ら、こいつらが代わりだ」

 

「いやいや、誰ですか?」

 

今までずっと黙っていた初期の頃の白石班班員の丸岡がつっこむ。これには班員達も同じ意見なのか首を揃えて縦に振っている。

 

「実は俺もよく知らないんだ。というわけで、自己紹介よろしく」

 

「ああ」

 

白石の言葉を聞いて、1人が前に出る。この会議室の至るところから視線が男に集中する中で男が口を開く。

 

「我々は本局特殊捜査官だ。局長から白石の下で動けとの指示を受けている。白石の指示次第ではお前達とも行動を共にすることもあるだろうから、その時はよろしく頼む」

 

男がそこまで言い切ると、男と同じように黒いコートに身を包んだ男達が同時に帽子を外して頭を下げる。突然頭を下げられた班員達は戸惑いの表情を浮かべていた。

 

「ちなみに今話してたのはゼンっていう名前だそうだ。聞きたいこともあるだろうけど答えられることがあまりないらしいから詮索しないでやってくれ」

 

「というわけで他に聞きたいことがあるやついるか?」

 

白石のその言葉に返事を返す者はおらず、しらけた雰囲気が会議場を満たしていた。

 

「で、では、よろしいでしょうか?」

 

誰も話すことがなく沈黙に包まれていた空間に声が響き渡る。その声の主は周りの視線に気まずそうにしている滝澤だった。

 

「ああ、もちろん。滝澤二等何が聞きたいんだ?」

 

「その、そこの真戸二等は一体どういう立場なのですか?パートナーもいないみたいですし」

 

「…………ああ、真戸二等ね。…………あれだよ、伊丙二等と入れ換えになったんだよ」

 

滝澤の言葉を聞いた瞬間に白石のテンションが目に見えて下がった。

 

「伊丙二等の教育は十分だから、次は真戸二等を強化してくれって、局長がね。というわけで真戸二等は新しい俺のパートナーだ。はぁ、滝澤二等、これで十分かな」

 

「……はい」

 

「じゃあ、他に聞きたいことある人いるか?」

 

その声に応えるものもおらず白石の解散の言葉で各々の仕事に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「班長と会うのも何だか久しぶりな気がしますね」

 

「そうだな。ハイルとペアになってから2人でずっと支局の外にいたからな」

 

あの会議の後に白石と赤坂が支局の廊下を歩いていた。白石が話したいことがあるといって呼び止めたのだ。

 

「その、なんだ……書類仕事とか地味な仕事ばかりおしつけて悪かったな」

 

「……プッ、あはははは!どうしたんですか班長。頭でも打ちましたか?」

 

「人が素直に謝ってるんだから笑うな」

 

赤坂の笑い声を聞いた白石は不機嫌そうな雰囲気をはなつ。そんな白石の様子を見て、慌てて手を振って、話し始める。

 

「ハハハ、冗談ですよ。ところでどのような用件でお呼びになったのですか?」

 

「ああ、ちょっと調べてもらいたいことがあるんだが」

 

「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白石上等来ませんね」

 

「彼はS0班の班長ですからね。きっと忙しいのでしょう」

 

捜査室の中に滝澤と法寺の声が響く。この部屋の中には今回新しくS0に編入された者達が集められていた。2人の会話をきっかけにそれぞれ話を始めた。

 

「ところで本局特殊捜査官なんてもの本当に実在したんですね。てっきり都市伝説か何かだと思っていましたよ。ねえ、ムツさん」

 

「そうですね。私も本当に存在しているとは思っていませんでした」

 

「篠原サーン、退屈ですー」

 

「もう少しで白石准特等が来るはずだからそれまで我慢しなさい」

 

「はーい」

 

田井中とチノムツは会話を続け、什造は菓子を食べ、篠原はそれを注意し、滝澤はチラッと真戸を盗み見し、法寺はそれを微笑ましそうに眺め、真戸は視線には気付いていたが無視して、書類を眺めていた。

 

それぞれが自分の好きなように過ごし、非常に和やかな雰囲気が漂っていた。しかし、そんな時間もすぐに終わった。

 

「遅れてすまん」

 

少し慌てながら白石が入ってきたからだ。真戸と什造以外は背筋を伸ばして白石の方へと体を向けた。

 

「そんな緊張しなくてもいいよ。何人かは一緒に戦ったこともあるだろうし。では、改めて名乗ろう。白石准特等捜査官だ。S0班班長で現在は20区、というより黒狗達の担当になっている。まあそんなわけでよろしく」

 

白石がそう言うと什造以外は返事を返した。白石は自分に一切関心を示さない什造の態度に頬をひきつらせたが気にせずに話を続けた。

 

「ここ20区はつい最近まで比較的穏やかで喰種の補食事件も少なかったけど、黒狗達と抗争状態になってしまったからにはそんな状態も長くは続かない。これからは他の区と同じくらい面倒な場所になるだろう。それにここだけの話、上の方はこの20区には黒狗と魔猿以上の地雷があるんじゃないかって予想している」

 

「黒狗と魔猿以上の地雷ですか?あの2体を越える喰種がいるのですか?」

 

「ええ、篠原特等。犬猿の仲と言われていたあの黒狗と魔猿が勝手に手を組むと思いますか?」

 

「いえ、そうは思わないですが……」

 

「上の方はあの2体を越える力を持った喰種が2体を従えたとみています。……心当たりありませんか?」

 

「……あの2体を越えた……まさかッ!?」

 

考え込んだ篠原の頭の中に1体の喰種が浮かび上がった。かつて自分も対峙したあの最強と言っても過言ではない喰種を。

 

「篠原特等、心当たりがあるのですか?」

 

チノムツが篠原へと問いかける。そんなチノムツの問いかけに篠原はゆっくりと頷いた。

 

「ああ、恐らくね。白石准特等、その喰種とは……」

 

「梟ではないですか?」

 

「その通りですよ。まあ総議長から話を聞いたときは何言ってんだこいつは、と思いましたが話を聞いてみれば理解できなくもないかなと思ったのです」

 

白石も話を聞いたときは驚き、疑ったが吉常、吉時の2人から詳しい話を聞くにつれて何だか正しいのではないかという思いが生まれ始めた。

 

「まっ、あくまで可能性の話だ。そこまでびびらなくてもいいぞ。滝澤二等」

 

「なッ!?じ、自分はびびってなど」

 

梟という言葉を聞いてから青い顔をしていた滝澤を白石がからかう。からかわれた滝澤は青かった顔を赤くして白石に反論した。

 

「ハハハ、篠原さん、あの人顔が青くなったり、赤くなったり忙しいですねー」

 

「何だと鈴屋!」

 

「まあまあ滝澤くん、落ち着いてください」

 

「賑やかな職場ですね。ムツさん」

 

「そうですね」

 

「そもそも会議中に菓子なんか食ってんじゃねーよ!」

 

「うるさいですねー」

 

「へぶしッ」

 

「おいッ、什造ッ!?」

 

「あれ、俺わりとシリアスな話をしてたんだけどな。まあ、種を撒いちゃったのは俺だからしょうがないか」

 

一瞬にして騒々しくなった部屋の様子を見ながら白石は苦笑を浮かべる。梟の話をして士気が下がり続けるよりは遥かにマシな状況だ。

 

(さてと、こっちの戦力は整い始めた。せいぜい首を洗って待っていろ、クソ喰種共)



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