Steins;Gate/輪廻転生のカオティック (ながとし)
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本編
絶体絶命のトゥルー


 信じられるだろうか

 俺は信ずることしか出来ない。

 選択する余地すら残されていない。

 

 彼の言葉を借りるならばこうだろうか。”これは断じて厨二病の妄想なんかじゃない”

 尤も、彼、岡部倫太郎にはモニター越しでしか会ったことが無いのであるが。

 

 とにかく俺は最も平和で厳しい世界に再び誕生していたらしい。

 

 気付いた時にはもう神を冒涜する物語は始まっていた。

 俺は彼のように迂闊で、慎重さに欠けていた。

 気づく要素なら幾らでもあったはずだ。ドクター中鉢、SERN、@ちゃんねる、牧瀬紅莉栖――。

 

 ただ俺は気づこうとしなかっただけかもしれない。

 

 これは俺に対して神からの最後通告と言えよう。

 

 

 

 

 俺が新たな人生を誰かさんから拝領してニ十回目の、それはもううんざりするほどの夏。照り付ける日差しの中俺はやることもないので図書館目指して健康的に走り回る子供たちを横目に歩いていた。

 こんな環境では歩けるものも歩けはしないと落ち込む気分を励まそうと、ショルダーバッグに入れておいたお茶を取り出すがもう既に中身は空。

 

「…………」

 

 自然と目は自販機を探し出したが、その誘惑を心の奥に押しやった。

 此処で買う癖がついてしまえば思ったより多くの金が吸い込まれてしまうのを去年思い知らされたからだ。

 

 もっと大きいペットボトルにお茶を入れてたら良かったのにと数十分前の俺と、これくらいならすぐ着くだろと歩き始める浅はかな思考をしたこれまた数十分前の俺を恨むが、図書館の休憩室にはウォータークーラーがあるのを思い出し、不毛な思考をやめにして地面に焼き付いてしまいそうな足を前に出した。

 

 

 古そうな外観の割には新しい設備が整う図書館に入り喉を潤した後、暫くエアコンの真下の椅子で涼むことを決めた俺はさっさと本の返却をして手頃な本を手に取り本棚の隅にある椅子に陣取った。

 当たり前にことであるのだが適当に取った本を読むことには少々のギャンブル性がある。今日の俺は見事にハズレを引いたらしく数分もしないうちに元の場所に本を返していた。

 目立つように配置されている本の中にも興味を引くような本は無く、仕方なく借りる本を探しに専門書等が並ぶエリアに入った。

 

 前世では専門書等を見れば頭が痛くなること間違いなしであったのだが俺、瀧原浩二として生まれ変わる前に見た走馬燈とかいう現象を体験してからと言うもの不思議と記憶力が飛躍的に向上したのだ。自分が下のお世話をされた回数さえはっきり思い出せるものだからいい事ばかりではない事を先に言っておこう。

 ともかく、その完全記憶能力もどきを体得してしまった後、勉強とは記憶することが基本というわけで、ある程度すらすらと解けたならば気持ちがいいもので、その優越感と爽快感のおかげでこの一般人お断りとでもいう様なオーラを放つコーナーに自信をもって入ったと言うわけだ。

 

 まぁ、その優越感から生まれるものは良いものだけではないわけで、この通り連日一人で本を探しているわけである。悲しいね。

 

 それなりの数の分野の棚をまわった後、手には数冊の本が存在していた。

 さっさと帰ろうとカウンターに向かう時、あるコーナーが視界の端をよぎった。

 

「――ん?」

 

 海外で発行されている数々の雑誌を纏めたコーナー。

 その中の科学雑誌『Science』その表紙。

 

「牧瀬紅莉栖……?」

 

 雑誌を手に取り該当するページを探す。

 あっ……た。

 

 ――『側頭葉に蓄積された記憶に関する神経パルス信号の解析』

 

「ハハッ――」

 

 20年に及ぶ疑念が今さら頭を出しやがった。

 俺が生まれた世界は何処かの創作物と共有点があるのではないかという疑念だ。二次創作界隈では定番の一つである例の『転生』というやつだ。幼いころは体と環境に引っ張られた精神によりそのような妄想を繰り広げていたが、こうも現実になって来ると笑えない。

 

「どうせなら長門有希ちゃんの消失でも良いじゃないか……」

 

 この世界に酷似しているであろう作品名はSteins;Gate。

 幾多、幾億の可能性の内の一つにしか幸せが訪れないという、正しく未来を知る俺にとって流刑地にも等しい世界。

 

 思わず頭を抱えた。

 

 原作で椎名まゆりはある日になるとどんな事をしようと死んでいた。

 もしかしたら、俺ももうすぐ死ぬ運命にあるとすれば、これから行われる世界線移動によって何度も死を経験することになるだろう。

 いや、それよりも、おそらくこの世界の未来は間違いなく俺の望むものではない。下手をせずとも死んでしまうことも大いにあるだろう。

 そんなの嫌だ。誰だって嫌だ。

 どれだけ助けを願おうとも世界線が変動しない限り数十年も経たないうちに死ぬかあるいはそれに近い状態になることだろう。

 

 俺が死ぬ? また? 俺が?

 

「……あの、大丈夫ですか?」

 

 本を落とし、呆然と立ち尽くす俺に声をかけてくるのは何ら不思議な事ではなかった。

 ふと、スイッチが入ったように図書館を飛び出した。

 今は何も考えたくはない。

 通行人が引いた目で俺を見るがそんなものは気にもかからず、ひたすら来た道を走った。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 家に着いたらそのままシャワー室に駆け込んで、服が濡れるのも気にせずにコックを捻った。

 流れてくる水によって衣類がぴったりと張り付き気持ち悪いが、少しは頭が冷えたようだ。

 現在の自宅の惨状を改めて考えると悲惨なものだ。ドアは半開きで靴のまま入ったせいで床は汚れ、そのまま濡れたせいで今日、明日は履けないのは明らかだった。

 だか、混乱したままあの場にいるよりは良かっただろうと一旦区切りをつけて、取り敢えずびしょびしょの服を脱いで再びシャワー室に入った。

 

 ここがSteins;Gateの世界だとすればここはどの世界線なのだろう。

 α世界線? β世界線? γ世界線? δ世界線? SG世界線?

 それとも、さっきの論文はただ単に偶然同じ名前であるだけでSteins;Gateと全く関係のない至って、普通の世界である可能性もある。

 

 尤も、Steins;Gateの世界であってもδ世界線、もしくはSG世界線であればいいのだが。

 

 いや、希望的観測は碌でもない結果を呼ぶことは明らかだ。

 となると自分が今すぐ積極的に未来ガジェット研究所に関わっていくべきだろうか?

 

 ダメだ。

 せめて最初の、岡部倫太郎が初めて世界線移動するあの7月28日まで少なくとも待つべきだ。

 リーディングシュタイナーが無ければ考えた所で世界線移動によって無かったことにされることだろうし、つまりは7月28日には未来の岡部倫太郎が全てを解決してくれるのかもしれない。

 

 そんな淡い願いを抱きつつ7月28日俺はラジオ会館四階の通路の陰に隠れていた。

 上の階ではドクター中鉢によるタイムマシン発明会見と銘打たれた会に集まった人たちが退屈そうに開始時刻を待っている事だろう。なんてことを思いながらバッグに用意した血糊とスタンガンの確認をする。

 本来ならば必要のないものだが、未来にてムービーメールを受け取った岡部倫太郎がもし再び失敗してしまったらなどと考えると恐ろしくて仕方がなくあくまで保険。他の言い方をすれば俺の精神安定のために用意したのだ。

 

 もうすぐここに岡部倫太郎と牧瀬紅莉栖が踊り場で鉢合わせに――

 

「すいません」

 

「っ!?」

 

 階段から現れた白衣の青年、岡部倫太郎が辛そうで泣き出しそうな顔で牧瀬紅莉栖を見つめる。

 再びタイムトラベルした岡部倫太郎であることを祈りながら、期待から来る興奮と未来への不安に俺は手を握り締めた。

 

「紅莉栖……!」

 

「……私、あなたと面識ありました?」

 

「いや……」

 

 この後だ。

 大半の話を聞き流しある一言にだけ耳を研ぎ澄ませる。

 

「俺はお前を――」

 

「なんです?」

 

「……」

 

 首を振った後、岡部倫太郎は確か八階を目指して駆け上がっていった。

 

「あ、待って! 待ちなさい!」

 

 牧瀬紅莉栖も追うように四階の踊り場から消えた。間違いないこの世界線はβ世界線、つまり執念オカリンの世界だ

 ここで、SG世界線に向かうように動き回るのも良いのかもしれないがもしそれをやってしまえばどうなる? 世界線移動の辻褄が合わなくなり執念オカリンも無かったことになるのかもしれないそして、SG世界線への道が閉ざされる。それとも無事にSG世界線に突入することが出来るのかもしれない。

 悩んだ末、消極的に静観に徹するとチキンな決定を下した俺はラジオ会館から出た後、岡部倫太郎と椎名まゆりが来るであろう中央通りの秋葉原駅が見える位置に先回りした。

 

 秋葉原駅の人の邪魔にならないであろう建物の脇で立ち止まる。

 世界線移動まではまだ少し時間がある筈だと、俺は壁に背中を預けた。

 

 さっきの岡部倫太郎が「俺はお前を助ける」であれば、すなわちムービーメールを見た後再びタイムトラベルをした彼でありSG世界線突入ほぼ確定だったのだが、今来た彼は決意できていない方の彼だ。

 つまりSteins;Gateのプロローグ時点の方の岡部倫太郎だと考えられる。

 これから岡部倫太郎は、まだ知る由もないがSteins;Gateに向かって時空を漂流するというわけだ。

 しかし、彼がSteins;Gateに到達するのはとても難しいことはゲームをプレイしてよくわかっている。始めてトゥルーエンドに到達したときは興奮のあまり鼻血が出た。

 メールの返信内容。各個別ルートのヒロインとの思い出、苦悩。それらの試練を乗り越えて沢山いるうちの一人のオカリンが到達できる確率はどれほどの物だろうか?

 

 優しく言っても厳しいとしか言えないだろう。

 初見で寄り道せずにトゥルーエンドまで行けた奴は真のオカリンだよ本当に。

 

 だから俺が目指すのはフェイリスルート。

 多くのルート内、SG世界線へ移動する事よりも簡単でディストピアも第三次世界大戦も確定していない、作中で二番目にマシな世界線。

 

 δ世界線も平和な世界線であるのだが、行きかたがさっぱりわからない。

 岡部倫太郎が”調子に乗っていっぱい送りすぎてわからなくなる程Dメールを送った”と比翼恋理のだーりんで描写されていたのみである。

 調子に乗せるのは簡単かもしれないが、下手に送りまくってもらっては原作と乖離しすぎて俗に言う”詰み”の状態にでもなったら笑い話にもならない。

 タイミングとしては漆原るかがラボメンになった後なのは分かっているのだが………

 まさしく、それは―――あったかもしれない、ラボメンたちとの物語なのだ。

 

 もうそろそろだろうか? 右腕にはめられた時計を見てタイミングを計る。

 人ごみにまぎれ後は世界線移動をま待t――

 

 ふと、今まで歩いていた筈の大勢の人々が神隠しにあったかのように姿を消した。

 

「人が、消えた……?」

 

「―――っくぅ」

 

 これが、世界線移動の衝撃……。強烈な違和感が脳を刺激する。

 いや、そんなことよりも、これはつまり、リーディングシュタイナーが発動した!

 発動などしなくても間違いなく他世界線の俺も岡部倫太郎のサポートに入らざるを得ないだろうからあまり心配していなかったが、都合がいい。

 取り敢えず今はバレないように様子を伺うしかない。

 




なんとなく、原作にもっと救いがあってもいいじゃないという考えのもと書いちゃったものです。
るか君は男の子でもオカリンと付き合えるし、トゥルーエンドで一番不幸なのはフェイリスだと思うんです。
だーりんも最高なんですが、できるだけ原作沿いでやってみたかった。
この話の都合上原作のセリフを流用しないといけないところがあるのですが禁止事項に触れないか内心びっくびくです。

-追記-

誤字報告ありがとうございます。

主人公の記憶に関する部分を追記しました。


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前途多難のワールドトラベラー

「おい、そこの貴様。俺たちが見えているか? ……なぜ何も答えない。貴様に聞いているんだぞ? モニタのそっち側にいる、貴様にだ」

 

 まさかこんな近くで岡部倫太郎の奇行を目にできるとは思わなかった。

 奇妙な感動を覚えながら少しリラックスする。

 

「ごめんねー。オカリンはいっつもこうなんだー」

 

 俺の隣ではコスを作りながら椎名まゆりが明るく微笑む。

 つられて俺もひきつったような笑みを浮かべた。

 

「瀧原氏も早く慣れた方がいいと思われ。因みに僕は諦めたお」

 

 橋田至は俺の方を気にしながらもキーボードをたたく手は止めない。

 岡部倫太郎はちゃちゃを入れられながらもモニタに映るキモいアルパカに話し掛け続けている。

 

「……ラボメン、すなわちラボラトリーメンバーは、俺を含めて4人である」

 

 最初に岡部倫太郎が自己紹介をして次に、椎名まゆり、橋田至と紹介する。

 

「最後に謎の情報を知る男にして俺と同じ被験体、ラボラトリーナンバー004瀧原浩二だ」

 

「はは……せめてラボメンナンバーは009にしてくれない?」

 

「何故だ」

 

「……特に意味はないんだけどね」

 

「おや、やはり瀧原氏もオカリンと同じく厨二病ですか?」

 

「黙れスーパーハカー、俺は厨二病ではない」

 

 岡部倫太郎は平然と前髪をかき上げ―――

 

「鳳凰院……凶真だっ!」

 

「そういう設定っしょ?」

 

 橋田至の厳しめの指摘にも慣れた様にけろりとしている。

 俺かなんでラボメンに入れられてるんだろうとため息をつきながら一時間前のことについて思い浮かべた。

 

「―――っくぅ」

 

 世界線移動。岡部倫太郎はこれをリーディングシュタイナーと名付けていた。

 世界線を越えて記憶を保持し続ける力。

 

 俺はその力のせいで起きた脳の違和感に耐えながら岡部倫太郎を陰から観察していた。

 いまのところ原作と大きな違いはない。

 当たり前だ。俺という存在が生まれてはいるが直接彼らに接触したことはまだ一度もない。

 

 彼らの様子を伺えば岡部倫太郎が椎名まゆりを揺さぶっている。

 人が消えた現象について問いただしているのだろう。

 

 それにしても暑い。この世界線の俺はいつからここにいたのだろうか。世界線移動のせいもあるだろうが頭がボーっとしていた。いつの間にか背負っていたバックからペットボトルを取り出し一口飲んだ。

 体勢を立て直すため一度日陰に入るべきだろう。

 仮に、万が一にでも見つかって彼らと話をしたとしよう。そうなれば原作との差異が出来るわけで先読みがしづらくなる。つまりだ、俺が安全に暮らせる世界線への道が遠のくというわけだ。

 そんな、無様なことをするわけには―――

 

 こっそりと数歩後退した時、足の端に妙な感触。それと共に弾ける様に転がってゆく小石。

 

「……誰だッ!」

 

 俺は走り出す。何処でもいい、取り敢えずにげることが先決だ。

 

 クソっ。俺はここで現れるべきではないイレギュラーだぞ。

 とにかくこれ以上の接触は避けなければいけない。

 

「まゆり!、あいつを捕まえてくれっ!」

 

「えー、まゆしぃはね――」

 

「頼むッ! どうしてもだ!」

 

 その言葉がスタートを切るピストルだった。

 青い姿が俺にとってはあり得ない速さで迫って来る。

 

「オカリーン! 捕まえたよー」

 

 必死に走るも虚しくそしてあっさりと捕まってしまった。

 原作の描写の通りの走力だ。勝てる気がしない。此処は何事もなかったかのように出ていくべきだったか。

 頭がボーッとする。さっきよりもひどくなってきた。

 

「ごめんねー オカリンがつかまえろっていうんだもん」

 

 しょんぼりした顔を見せるが、腕の拘束はかたいままだ。

 直ぐに岡部倫太郎も追いつく。

 

「今数千人の人が一瞬で消えたんです! あなたも見ただろ!?」

 

 とにかく否定せねば。

 

「岡部倫太郎。すまないが君の言っていることが分からない」

 

 あっ、マズい。

 ぼんやりした意識が危機感ではっきりと冴えてくる。

 

「見て……ない? いや、その前に」

 

 大層怪しいものを見るような口調で

 

「俺、名前言いましたか? まゆりか?」

 

「オカリン。まゆしぃもオカリンとしか言ってないよー」

 

 どうしたらいいだろうか。

 ボーっとしてもういっそのこと全部言ってしまえばいいんじゃないかそんな思考さえ浮かんでくる。

 非常にマズいぞ。

 

「そこの君たち!」

 

 いいところに来た警官Aさん!

 しかし、逃げられない事には変わりはない。

 

 結局俺はUPXまで連れていかれた後、岡部倫太郎と問答するうちに”謎の男”と気に入られて今に至る。

 岡部倫太郎も俺と同じく一時間前あたりのことに考えていたのだろうか。

 変な顔をしている。

 

 彼も、テレビやラボメンの言葉を聞いて人工衛星が落下してあの辺りは封鎖されていて人がいなかったことは納得はしていないが理解したようだ。

 

「そうか……そういうことか……! これもすべて、”機関”の隠蔽工作ということだな! 警察にすら圧力を―――」

 

 そこで何か思い当たったのだろう俺によって来ると

 

「というか、貴様吐け! 明らかに何か知っているだろう。俺の名前も既に機関に知れ渡っていると言うことなのか!」

 

「あー、コウくんちょっとびくっとしたー。でもーコウくんはまゆしぃ達よりも年上だからコウさんって呼んだほうがいいのかなー」

 

「べつにどっちでも気にしないですよ」

 

「それじゃあ、コウくんってよぶね」

 

「オカリン、ほぼ無理やり連れて来られても文句すら言わない瀧原氏にすこしは感謝すべきだと思うお」

 

「―――ッチィ」

 

 おもむろに白衣から携帯を取り出し。

 

「俺だ―――ああ、このラボに”機関”からのエーィジェントがついに送り込まれた」

 

 隠さなければならないことがあるせいか妙に否定しにくい。

 

「―――大丈夫か。だと? フッ、この俺を誰だと思っている。あえてラボメンとして迎え入れることで奴を油断させ、逆に情報を手に入れて奴らの所業を暴き、その支配構造に終止符を打ってやるのだ! フゥーハハハ!!」

 

 高笑いを終えた後一息ついて、

 

「エル・プサイ・コングルゥ」

 

 独特な発音でそうつぶやいた後、無駄に洗練された無駄のない動きで携帯をしまうと冷蔵庫からドクターペッパーを取り出しグッと飲んだ。

 

「ダルよ。例の計画はどうなっている」

 

「え、計画って何ぞ?」

 

 そのまま話を聞いていくとここ最近作った未来ガジェット8号機『電話レンジ(仮)』の調整についての話のようだ。

 ここでまた知らない筈のことを知っている風に見られるのもまずいだろう。

 一応聞いておいた方がいいな。

 

「椎名さん電話レンジって何ですか?」

 

「えっとねー電話レンジちゃんは電話レンジちゃんだよー」

 

「まゆ氏それじゃわからないって」

 

「うおっほん、それではこの俺が直々に説明してやろう。我がラボにて生まれた未来ガジェットにして最新作!『電話レンジ(仮)』! それは携帯によるリモートコントロール機能を電子レンジに追加し、お出かけ先から帰ってくる頃には中に入れた物が温まっているという画期的なガジェットなのだ!」

 

「つまり、ガラクタってわけで、でもまゆ氏が『ジューシーから揚げナンバー1』を温めようとしたらカチンコチンに冷凍されちゃって、そんでバナナを冷凍してみようって入れたら……まぁ、見てたら分かるお」

 

「まゆり! まゆり! バナナを持て!」

 

 抗議する椎名まゆりをよそにババナを一房ごと電話レンジの中に入れた。

 岡部倫太郎は携帯を取り出しまゆしぃガイダンスにあえて従わずに120#と打とうとする。

 

「むっ、むむむっ、なぜだ!」

 

「オカリン不器用過ぎじゃね。10回は間違ってるお」

 

「うるさい! ほら、起動したぞ!」

 

 ヴォンという音と共にバナナが回転するのを四人で黙って見守る。

 よく見ているとレンジされている一瞬のうちにバナナの色が黄色から緑に転じて重力によってドロッと垂れた。

 デモンストレーションとしてはもう十分だ。電気ももったいなく感じてきた。

 

「もういいんじゃないですか?」

 

「あ、え? そうだな」

 

 岡部倫太郎が取り出したバナナはバナナではなくなっていた。

 気色の悪い透明の緑、垂れている以外に中に気泡も入っているように見える。

 まさしくゲルバナと呼ぶにふさわしい風貌。

 椎名まゆりは何故か文句の言葉とは裏腹に完成を喜んでいるようだ。

 

 そう言えば原作の、牧瀬紅莉栖が来る少し前にバナナを1本だけ入れて実験するとバナナはゲルバナとなり元の房に戻った。つまり120時間まえに在るべき場所に戻ったわけだ。

 しかし、よく考えてみるとおかしくないだろうか?

 一房の実験でもどこかに移動するはずだ。電話レンジの中に5日間もあったわけではないだろうから。

 そう考えると1本の時でもおかしい?

 

 うう、ダメだ。これ以上考えると神の意志で潰されそうだ。

 

 元はバナナだというので食べてみろと橋田至と岡部倫太郎で揉めている間、椎名まゆりに頼んでスプーンを持ってきてもらった。

 なにせゲルバナだ、これ以上ないくらいの珍味だろう。見た目を模した料理もできていたのだから、まあ、大丈夫だろ。

 ゼリーのように掬い一口。

 

「なっ、食べたのかそれを」

 

 味わう味もなく、あるべき食感もなく、うむ。これが時空の味か。

 

「まずいけど、食えなくはないかも……」

 

「うわぁ、瀧原氏も相当な変態だって今わかったお」

 

「おいしくないよねー。でろでろで、ぶにゅぶにゅだもん」

 

 俺も初見では到底手を出したくない代物を実食しているとは流石椎名まゆりだ。

 

「味もしないし、ねー」

 

「ぶにゅぶにゅ……バナナ……」

 

 橋田至がうわごとのように何かを呟いた後、鼻血がつつーと垂れる。見なかったことにしておこう。

 電話レンジの謎の機能について話し合いをした後、岡部倫太郎と橋田至はATFのセミナーに向かうというので、俺はひとまず帰らせてもらうことになった。

 

「お前には例のことに関して吐いてもらう必要がある。近いうちにまた来るがいい」

 

「……またしばらくしたら来ます」

 

 メールアドレスを書いた紙を渡しビルから出た。

 大分、干渉しすぎた気もするがあれはしょうがなかった。うん。間違いない。

 結果的に言えば大した変動もなくラボメンに入ることが出来た。

 逆に言っても干渉しやすくなったと言える。

 原作展開への収束範囲内であることを俺は祈った。

 




-追記-

誤字報告ありがとうございます。


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半信半疑のラインオブサイト

 あれから4日後の朝。俺は再び未来ガジェット研究所の前に来ていた。

 日付で言えば8月2日。

 チャプターで言えば蝶翼のダイバージェンスあたりだ。

 

 この、4日間俺は考えた。いや、考え直したと言ってもいいだろう。

 これまで俺は彼らに干渉しないように避けようとしてきた。

 しかしそれは無意味なことなんじゃないだろうかという疑問が生まれた。

 世界線は全て収束する。それはこの世界線でも同じ。

 決定的な情報を明かさない限り世界線はそう簡単に変動せず、原作展開への影響などほとんどないというわけだ。

 つまり怪しまれるかもしれないが、少しづつ彼らの有益になる情報を流していった方が平穏な暮らしに近づくのではないかという考えに至ったのだ。

 ただ、俺の言葉を信じてもらう為には準備が必要だ。今日来たわけはその布石だ。

 

 よくあるマンションに使われているドアを少し強めに叩く。

 

「誰だ!」

 

 岡部倫太郎の声が少し上ずっている。

 その声から夏の朝特有のヒヤリとした爽やかな時間に似合わない暗い空気が感じられた。

 

「瀧原浩二です」

 

 少し間が開いた後、カチャリとドアが開いた。

 岡部倫太郎と橋田至だけではなく初対面である牧瀬紅莉栖もそこにはいた。

 3人とも顔には疲れが見える。

 

「岡部、この方は?」

 

「ああ、ラボメンだ。つい4日前に入った新人だがな、たしか名前は……」

 

 さっき言った名前を忘れた?

 しかし見る限り本気で頭を捻っているようだ。

 無理もないのかもしれない、一度だけしか会ったことがないうえに、原作の展開から考えると彼らは徹夜明けで思考が回らないのだろう。

 

「瀧原浩二です。よろしく」

 

「よろしく、瀧原さん。牧瀬紅莉栖と言います」

 

 持っていたコーヒーをデスクに置いて差し出される手を取って握手する。

 軽く微笑まれ単純かもしれないがドキッとする。

 

「何処かの誰かさんと違って礼儀正しそうでよかったわ」

 

「誰かさんとは誰の事を言っているのだ!」

 

「さあ、誰の事かしらね」

 

 先ほどとは違い得意げに微笑む牧瀬紅莉栖。

 岡部倫太郎はうぐぐとしか言えずに撃沈している。

 

「可愛らしい人ですね」

 

「何処がだ! お前もこの助手の本性をみれば恐れ慄き第二の被害者となるだろう」

 

「人聞き悪い事ゆーな」

 

「……それはともかくとしてだ、瀧原を巻き込むわけにはいかないだろう。今日のところはお引き取り願おう」

 

「まあそうね、まゆりは……その時にかんがえるとして」

 

「タイムマシン、SERN、Zプログラム」

 

「ちょ、予言ってレベルじゃねーお。瀧原氏まさかどこかでずっと聞いてたん?」

 

「まさか盗聴器じゃないだろうな!?」

 

 そりゃおどろくよな、知らないはずの言葉しか言ってない。

 奇妙な物でも見るような視線。

 

「ええ、まぁ、盗聴器ではないのですが。この通り僕ももう引き返せません。話に参加させてもらえませんか?」

 

 重い空気が流れる。

 3人とも俺の動きを伺うようにじっと見ている。下手なことをしたら取り押さえられそうな勢いだ。

 大方SERNかなんかの手先かとでも思っているのだろうか?

 

「僕が怪しいものじゃないってもうすぐ証明しますから取り敢えずお願いします」

 

 思いついたように言葉を付け足す。

 

「あえて言うなら超能力みたいなものでして」

 

 テレビから流れてくるのんきなインタビューがこの空間を支配している。

 張り詰めた空気の中ドアがガチャリと開いた。

 

「トゥットゥルー♪ あーコウ君だー。ひさしぶりー」

 

 一度俺の顔を見てキョトンとした後まるで人気マスコットであるかのようにペタペタと触れてくる。

 

「まゆり――」

 

「オカリン、もうコウ君に迷惑かけちゃだめなんだよー」

 

 コンビニの袋を持った手でわさわさと訴える。

 

「何だか空気もどよーんとかずずーんしてるよ。空気入れ替えるねー」

 

 開かれた窓からは外の厳しい日差しが伺え、空は見事な真っ青。本日も快晴である。

 椎名まゆりの登場によって張り詰めた空気が一気に和んでしまった。

 

「……まぁ、いいだろう。ラボメンも集まったことだし、これより第164回円卓会議を始める」

 

「……なによそれは」

 

「ラボメンによるラボメンのためのミーティングだ」

 

「えんたくなんてないよー?」

 

「まゆりよ! 円卓はラボメンの心の中に存在するのだ」

 

「まゆしぃにもあるのかなー」

 

「ああ、あるとも」

 

「そうなんだー よかった。えへへー」

 

「これはひどい。ミーティングなんて164回どころか10回もしたことない罠」

 

 岡部倫太郎の中二病発言にそれぞれが突っ込みを入れる。

 

「とにかく! 始めるぞ。まゆりは知らないから説明するとしてとして瀧原。お前は何らかの方法で俺達が昨日手に入れた情報は把握しているんだな?」

 

 うなずきで返す。

 

「昨夜、俺たちがSERNにハッキングを仕掛けた結果、奴らがタイムマシン実験を行っていることが判明した」

 

「やっぱり、わるいことはよくないよー」

 

「……いいから最後まで聞くのだまゆりよ。SERNのタイムマシン実験通称Zプログラムの計画内容に人体実験が含まれていた。そしてもう何度も実験を行っているらしくゼリーマンズレポート……解かりやすく言うと過去に飛ぼうとしてゲルバナ化した人間の資料がまとめてあった」

 

 椎名まゆりも不安そうな顔をしながらちゃんと話を聞いている。

 

「それらは国のトップシークレットになっていて、もしかしたらごつい黒服共が我がラボを襲撃するかもしれん。つまり悪いやつはSERNの方なのだ。わかったか? まゆり」

 

「私も同意するわ。あいつらがやっていることは人としても許せないし何よりも同じ研究者として許せないもの」

 

 牧瀬紅莉栖の同意もあって椎名まゆりは勢いを無くしてゆく。

 

「それで、助手よ。俺が命じたSERN調査についてはどうなっている」

 

「あんたに命じられた覚えはないけど」

 

 牧瀬紅莉栖はそう言いながらも調査結果について話してくれた。SERNが抱えるタイムマシンの問題点。『リフター』という電子を注入する施設の調整不足とゼリーマンズレポートに載っている被験者の数と見つかった被験者の数から考えられるタイムトラベルの場所指定の不安定さについて。そしてLHCが世界一大きな電子レンジという異名があること。

 

「それじゃあ。電話レンジちゃんはそのえっーとLCLのちっちゃい版ってことー?」

 

「LCLじゃなくてLHC。……LHCの縮小版って点はあながち間違いじゃないかもね」

 

「放電現象が起きたときに過去にメールが送れたわけだが、その放電現象って『リフター』ってやつの電子注入が関係してんじゃね?」

 

「もしそうだとしてだ。その『リフター』の働きをするものがどこにあるのか分からなければ意味がないではないか」

 

「少なくともSERNと同じように時空転移させた物体がゲル化しているからカーブラックホールのリング状特異点を通過しているのは確かね。というか電話レンジで過去に送れるメールはデジタルデータであって、物体じゃない。そこがSERNのタイムマシンと決定的に違う」

 

「いいや、やっている事は同じだ。デジタルデータもゲル化した物体と同じで大半がどこかへ吹き飛んでいる。それに人を過去に送るよりもデジタルデータだけの方がよほど簡単に思えるが?」

 

「たしかに……そうだけれども」

 

「まゆしぃはもうついて行けないのです」

 

 そう言いながらおかかのおにぎりをほおばっていた。

 

「提案なのだが”過去に送れるメール”じゃ言いにくい。名前を付けようではないか」

 

「はいはい。厨二病、厨二病」

 

 と、ここである言葉を書いて折りたたんだメモをそれぞれに渡す。

 

「これは、何だ?」

 

「まだ見ないでくださいね。それはある種予言のようなものです。さっき言った盗聴器なんかで聞いてないっていうことの証明になると思います」

 

「えーまゆしぃもう見ちゃったよー」

 

 好奇心旺盛な子はスルー。

 それぞれに”過去に送れるメール”の通称を頭に浮かべてもらってメモを開いてもらう。

 種も仕掛けもない酷いマジックだ。

 

「なっ!」

 

「えっ!」

 

「マジっすか!」

 

 戸惑いを隠せないのだろうそれぞれ話し合っている。

 

「まず最初に岡部さんが」

 

「ノスタルジアドライブ」

 

「そして分かりにくいと抗議した牧瀬さんがもっと分かりやすいのをと」

 

「遡行メール」

 

「まゆりさんが遡行の意味が理解できなくて、次に橋田さんが出した案が」

 

「時を駆けるメール」

 

「岡部さんが固いと言って、却下といった感じでしょうか。ノスタルジアドライブにはロマンがあるからいいんでしたね」

 

 岡部倫太郎は何度もメモと俺を交互に見ている。牧瀬紅莉栖は理解不可能といった感じだ。

 

「最終的にデロリアンメールという案を略してDメールという名称になった」

 

 牧瀬紅莉栖はまだ納得できないのか―――

 

「デロリアンメールという案を考えていたのは?」

 

「橋田さんです」

 

 橋田至に目線が集中する。

 

「丁度思い浮かんだ所に言われた。超能力とかそんなちゃちなもんじゃねぇもっと恐ろしい何かを感じた」

 

 ネットスラングが少し抜けて本気加減が伺える。

 今度こそ牧瀬紅莉栖は諦めたらしい。

 が、すぐに天才少女らしい鋭い指摘が飛ぶ

 

「もしかして、このタイムマシンの問題点。あなたならその解決策だって解かる。いや……知ってるんじゃない?」

 

「………確かに知っています。でも今話すわけにはいかないんです。これは悪意があって言わないわけじゃ無いんです。」

 

「根拠はその、”超能力みたいなもの”ってやつなのね?」

 

 俺は黙ってその通りだと言うことを首を振って示した。

 牧瀬紅莉栖はソファーに身を投げ出して、上の方を見つめたままうわごとのように呟く。

 

「取り敢えず、こんな結果を見せられたら信じるしかないって言うか、いつも心の中をのぞかれているようで気味が悪いっていうか……」

 

「心が読めるわけじゃないから安心してください」

 

 呆然としたままの岡部倫太郎に話を進ませるために催促する。

 

「ほら、岡部さん。Dメール実験について何か気づいたことがあるんじゃないんですか?」

 

 手首にはめられた腕時計を指さす。

 

「……ああ、そうだったな」

 

「取り敢えず、僕がここにいたままじゃ話が進まなそうなのでここで一度帰らせてもらいます。それと牧瀬さん、頭上に気をつけてくださいね」

 

 目的は達成した。

 帰りに岡部倫太郎と橋田至が行っていた牛丼屋にでも寄ってみようという余裕ができるくらいには上出来だった。

 



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主観移動のアニクスペクティド

 あの日から俺は数えて4回の大きな世界線移動を”瞬間移動”という形で実感していた。

 あり得ない事ではない。全て世界線においてすべての俺が同じ行動をしているわけではないのだから。

 

 一度目は目の前に金が現れた。総額70万。これはおそらく原作中で書いてあった宝くじのナンバーを利用して手に入れたロト6の三等の賞金だろう。まぁいずれにしても買う予定だったから何も問題はない。

 それにしても70万か、やはり俺もチキンだったと言うことだ。

 

 後の、二度目と三度目は主観的な瞬間移動はしているものの変化は少なかった。

 

 そして四度目。

 

「ニャッ。たきニャンはつぎはどうするのかニャン?」

 

 瞬間移動まではいい。いつも突然だが慣れたものだ。

 

「なな、フェイリスたんが押されている……だと?」

 

 壁一面がガラス張り。街のビル群が作る少し歪な地平線。今座っているソファーもフカフカ。

 

「ううー、コウ君がんばってー。まゆしぃの仇をうつのです」

 

 目の前には雷ネットの盤面。対戦相手は猫耳娘フェイリス。

 

「どうしたのかニャ。早く次の手を打つニャ」

 

 世界線移動して取り乱している岡部倫太郎も気になるが、今は雷ネットを何とかしなければ。自分の配置したカードの種類さえわからない。でも諦めるな。この世界線の俺の思考をトレースしろ、いつだって俺は変わらないはずだ。

 

なら……このカードを―――

 

 

「やったニャー!」

 

 負けた。為されるがままっていうわけじゃ無い。リンクとウイルスのカードの位置はほぼ考えていた通りに配置されていた。

 互いにターミナルカードを使い、試合は全くの運にかけられることになったのだ。

 

「いやー、瀧原氏がフェイリスたんとこんなにいい勝負をするなんてびっくりだお。弟子にしてください!」

 

「それにしても、たきニャンはどんな考えをしてるのかニャ? 途中から全く先が読めなくなったニャ。さすが凶真が認める謎の男ニャ。今度の大会に一緒に出てほしいくらいだニャン!」

 

「うはー、フェイリスたんに雷ネットパートナーとして誘いを受けるなんてマジ裏山。僕に変われ!」

 

「でもでもー、ダル君はフェリスちゃんと、ここまでいい勝負したことあるっけー?」

 

 椎名まゆりの子供の様な純真な疑問により橋田至は崩れ落ちた。

 

「でも、さすがフェイリスたん。どんな強敵でも倒してしまう、そこにしびれる憧れる!」

 

「当たり前ニャ。それに今度の大会で優勝するってパパに約束したのニャ! たとえ、たきニャンの様な強者でも負けるわけにはいかないのニャン!」

 

「パパ?」

 

 椎名まゆりの問いにフェイリスはしっぽをぶんぶんと振り回しているかのようにうなずいた。―――犬娘ではなく猫娘であるのだが。

 

「フェイリスが優勝したらどんなに仕事が忙しくてもフェイリスのために時間を作ってお祝いしてくれるってそう約束したのニャン!」

 

「僕も全力で祝福したいのだがその日―――」

 

 セクハラ発言はあまり見逃すべきではないだろう。阻止しよう。

 

「―――その日の夜はパパと二人でお食事。ですよね。フェイリスさん」

 

「ニャニャ! 何で知っているのかニャン!?」

 

「ちょ、また例の超能力ってやつなのかお!」

 

「……超能力ニャ?」

 

 橋田至が以前俺がやったマジックみたいな予知のことをフェイリスに説明した。そして予想通り”チェシャ猫の微笑”を持っているのかと聞かれ、笑ってごまかしているうちに椎名まゆりが話を進めてくれた。

 

「ぜったい、決勝戦はラボのみんなで応援にいくからねー」

 

「ありがとニャー♪」

 

 決勝戦は『ヴァイラルアタッカーズ』というコンビと当たる。これも変わっていなかった。フェイリスのライバルであった『イディヨナ』もそいつらに負けているようだ。少しばかりびっくりしたが、どうやら無事に世界線移動したようだ。

 話の流れはフェイリスの優勝を応援するといったものになっていた。

 

 その時ドアがノックされた。

 出てきたのはカッコイイ初老の男性。街に出たら『オジさま』と周りの注目を集めそうだ。

 

「失礼。留未穂、少しいいかね?」

 

「あ、パパ」

 

 サッと立ち上がるとそのパパと共に隣の部屋に出て行った。

 

「あれが、フェイリスのパパさんか。もしもの時ために挨拶しに行った方がいいのかな」

 

「フェイリスちゃんのパパさん社長さんなんだってー」

 

 話しているとフェイリスはすぐに戻って来た。

 

「ごめんニャ! フェイリスはパパと外に出かける用事ができたのニャ」

 

「それじゃ、そろそろおいとまさせてもらうお」

 

 記憶が確かならここでダルがまたセクハラ発言擬きをしたのだがさっきので懲りてやめたのだろうか?

 

「オカリン、そろそろ帰るよー」

 

「ああ」

 

「それにしても、凶真はやけに静かだったニャン」

 

「岡部さんにはほかの人にはわからない悩みがあるんですよね?」

 

 岡部倫太郎以外はきょとんとしているが彼には俺の言わんとしていることは分かったのだろう。

 

「ああ、その通りだ。……瀧原よ後でしっかりと事情は聴かせてもらうぞ」

 

「お手柔らかにお願いするよ……」

 

「オカリン……今日も意味不明ナリ」

 

 フェイリスについて行って玄関まで行った。俺の主観的にはこの家に入ったことすら記憶にないわけだから。

 リアル執事さんとフェイリスパパ名前は確か―――秋葉幸高さんも玄関まで見送りに来てくれた。

 ”また来なさい”との紳士な言葉にさすがオジさまと言いたい。

 

 岡部倫太郎らと共に出て今歩いているのは秋葉の駅前。

 さすが秋葉だ。様々な人たちがごった返すように歩いている。ビシネスマンと思われるスーツの人や外国人が大きな荷物をもっていたりとこの街のごちゃまぜ具合はいつも驚かされる。

 椎名まゆりがふらっと駅の方向に歩き出した。意識してても自然すぎて見逃すところだった。

 

「椎名さん何処へ行くんですか?」

 

「ん? まゆりがどうかしたのか瀧原」

 

「いえ、ただ駅へといきなり方向転換したので」

 

「全く気付かなかったお。まゆ氏の気配を消していなくなる能力は異常」

 

 椎名まゆりはこの技能? で岡部倫太郎をいつも困らせているんだっけか。

 

「家に帰るついでに中野に寄って行こうと思って。そのことで頭がいっぱいになっちゃってごめんねー」

 

「そもそも中野に何の用事があるのだ?」

 

「あのね、昨日、『哀ソード』の同人誌が出たんだ―」

 

「エロ?」

 

「ううん。でもね絵師さんは甲賀ゆいさんなんだー。まゆしぃは久々に本気を出さないといけないんだよ」

 

「へー。甲賀ゆいって去年のガンバムのキャラデザだったような。僕のぶんも買っといて」

 

「分かったー」

 

「おいおい、お前たち何を言っているんだ。同人誌ならそこにある店で……あれ?」

 

 やっと気付いたらしい。

 

「ない……ない? まさか萌え系ショップがすべて消えているのか!?」

 

「ちょ、オカリン萌え系ショップはないお。秋葉は電気街。万が一そういう系の店ができたらすぐに暴動が起きるレベル」

 

「なぁ、瀧原。お前はここにショップがあったことを知っているよな?」

 

「知っています」

 

「瀧原氏も何言ってんの。ここに萌え系ショップなんてあったはずがないお」

 

「いいから黙っていろダル。瀧原、今すぐ事情を話してもらおうか」

 

 

 椎名まゆりはそのまま駅へ、俺と橋田至は岡部倫太郎によって未来ガジェット研究所へ連行された。

 ずっとお留守番していたらしい牧瀬紅莉栖も交えて話が始まった。

 

「で、岡部が言うそのリーディングシュタイナーってのが瀧原さんにもあるっていうの?」

 

「その通りだ助手よ。これで俺の妄言だという可能性は消えたな」

 

「私は瀧原さんに聞いてるの。岡部はちょっと黙ってて」

 

「はい。確かに僕もそのネーミングはどうかと思いますが確かに世界線を移動してる記憶はあります」

 

「秋葉原はもともと、つまり岡部たち主観の過去では萌の聖地だったってことか……」

 

「僕はいまだに信じられないお、でもフェイリスたんの店があったら常連になってるのは間違いないだろうから少しは理解できる罠」

 

 俺はなぜフェイリスの店、メイクイーン+ニャン2が無いのに橋田至がラボメンとなっているのかが信じられない。

 橋田至を動かすほどの物がここら近辺にあっただろうか? ブラウン管工房? ないない。

 

「それで、そのフェイリスさんが送ったDメールの内容は何なの?」

 

「分からん」

 

「え?」

 

「だから、分からんと言っている」

 

「ちょっと、岡部。あんたの話では実験として参加させたのよね」

 

「ああ、しかしまんまと猫娘にしてやられてな。ダルとまゆりの反逆もありDメールの中身を確認しないまま送信させてしまった。そして、秋葉から混沌が薄らいだ……しかし案ずるなクリスティーナ。二人目の魔眼適合者が現れた今この鳳凰院凶真に敵はいないっ!フゥーハハハ!!」

 

 牧瀬紅莉栖は呆れ顔で”ダメだコイツ早く何とかしないと”等とつぶやいた。

 ラボメンたちに「え?」と聞き返されるも顔を赤くしながら強引に話をつづけた。

 

「とにかく! 岡部はDメールの危険性について十分に理解しているはずじゃない! それでもサイエンティストなの?!」

 

「うるさい! 俺はマッドサイエンティストだ! って今は俺じゃなくて瀧原について聞くときじゃないのか? 趣旨を間違えるんじゃない助手よ」

 

「っ……そうね。確かに岡部の言う通りね。で、瀧原さん率直に聞きますがあなた、何を知ってるんですか?」

 

 ここはどういうべきだろうか。ほとんど正直に話してもいいんじゃないだろうか。

 

「ここから先、岡部さんが辿る可能性世界をいくつか知っています」

 

「どういうことだお?」

 

「橋田さんに解かりやすく言えばヒロインルート全攻略済みってところでしょうか?」

 

「おk把握」

 

「ちょっとまって、つまりあなたは未来から来たとでも言うの?」

 

「まさか、お前がこのジョン・タイタ―なのか!?」

 

 興奮したように岡部倫太郎が座っていた椅子から立ち上がる。

 そして携帯を取り出してジョンタイターとのメールを俺に見せる。

 

「いいえ、ジョン・タイターは別の人です。そして未来人でもありません。……いえ、もしかすると未来人は半分アタリかもしれません」

 

 一応ここは2010年なのだから前世の俺からすれば過去に当たるだろう。

 

「取り敢えず僕が言いたいのはこれから起こることに対してどういうことをすれば回避できるかについて助言することがあります。その時は理解できないかもしれませんが従ってほしいんです」

 

「……なるほどね。前に私たちの考えを当てて見せたのも全部今日のお願いのための布石というわけね。納得した」

 

「ならば、その起こることについては教えてはくれないのか?」

 

「たぶん……瀧原さんはこれからの事は言えないはずよ。私達とこうして話すのもリスクなのかもしれない。その未来で起きたことと違う行動をすればそれだけ瀧原さんは未来を予測できなくなるもの。そうですよね」

 

 ……さすがだ。何というかこっちが心を覗かれている気分になったぞ。

 でもこれだけの頭脳がこちら側についているんだ。俺の世界の収束との戦いももう終わりが近いのかもしれない。




-追記-

メイクイーン+ニャンの後に二乗の2を付けていたのですが表示されない場合があるらしく、普通の2に代えさせてもらいました。


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幻惑のマリオネット

 8月8日の朝、布団の中にいる俺はメールの着信音で起きた。いつも起きる時間より遅い。

 着信は岡部倫太郎か、メールの内容は何だろうか。

 

 ”俺のケータイに知らないアドレスから赤いゼリーの画像が添付されたメールを受けた。これは一体何なのだ誰からなのか。お前は知っていないのか。このままで大丈夫なのか”

 

 たしか原作でも同じメールが届いたが基本的には直ぐにどうこうなる物ではなかった。襲撃をされるまでまだ時間はある。

 ……返信としてはこうだろうか。

 

 ”今のところ心配しなくても大丈夫です。落ち着いてください”

 

 送信ボタンを押した。

 ふと、何かを忘れているような気がした。寝起きだからだろうか頭が回らない。いつもならすぐに思い出せるのだが。

 パッと物騒なワードが浮かぶ。

 

 ―――岡部倫太郎が死ぬ。

 

 それはないだろう。間違いなく無い。岡部倫太郎は少なくともα世界線では2025年まで生きることは約束されている。

 でもあまり間違っている気がしない。何でだ? 死ぬ?

 

 ……社会的に死ぬ?!

 

 確か今日は岡部倫太郎がメールに恐怖してラボに帰り、文字通りラボメンガールズとプールに行くような話をして、それから、漆原るかのデリケートゾーンを弄る?

 

 これはダメだ。ゲームの絵面的にもダメだった。漆原るかの心にも傷は残るし、岡部倫太郎は紅莉栖に分厚い洋書で頭をぶっ叩かれる。

 ここも阻止すべきところだろう。直ぐに服を着替え部屋を飛び出る。

 昨日の話し合いの時にこのことを言うのを忘れていた。あの時牧瀬紅莉栖が鋭い指摘を入れてくれたせいで今慌てる羽目になっている。

 

 メールが来てからそんなに経ってないが時間が惜しい。ここはタクシーだ。

 これは俺が話すのをすっかり忘れていたから起こったことだ。多少金銭が飛ぶくらいは覚悟しよう。それにロト6のおかげで懐も温かいため何も問題はない。

 

 出来る限り飛ばしてもらいブラウン管工房前に着いた。慌ててラボに向かうのがよほど怪しかったのか、自転車を磨いていた阿万鈴羽が目の前に立ちふさがる。

 そりゃそうか、阿万音鈴羽とは初対面だ。

 

「君。何か未来ガジェット研究所に用があるの?」

 

 未来ある男の娘いや、女の子のためだ。無理やりにでも押し通らせてもらおう。

 

 いや待て、阿万音鈴羽は強い。原作では屈強なラウンダーを一息のうちにノックダウンさせている。どうあがいたって取り押さえられるだろう。

 ここは、しょうがない。少し強気にいこう。

 

 しかし、明かす情報はしっかり考えなければならない。阿万音鈴羽も物語において重要な人物だ。

 

「少しどいてくれないか、バイト戦士。いや、ジョン・タイター」

 

「なぁっ! なんで知ってるの!?」

 

「それはあとで説明する。これでも僕はラボメンだ、今行かなければ一人の少女が大変なことになる」

 

「ちょっ、まあっ!」

 

 ちょっとまってとでも言おうとしたのだろうが、動揺が過ぎて言葉になっていない。

 岡部倫太郎だったら”フハハハ、ではさらばだ!”とか言うんだろうなと考えるが、今は一刻を争う。

 

 階段を駆け上がりドアを開ける。

 

「ルカ子、お前……女なのか?」

 

「最初っからそう言っとるだろーが!」

 

「牧瀬さん! ストーップ!」

 

 玄関で声をかけるも止める気配はないその洋書は岡部倫太郎の頭めがけて落ちていく。

 ―――ことなく何とか止めることに成功した。

 止めてしまったのは仕方がないが岡部倫太郎はその報いを受けるべきじゃないのか? いいや、元はと言えば俺があの時伝えなかったのが悪いんだ。気は乗らないが助けてやろう。

 

「ちょっと、瀧原さんこのHENTAIの味方するの!」

 

「ちょっと落ち着いて、さすがに……その。岡部さんがやったことは下劣極まりなく、男の風上にも置けないようなクズの所業ですがそんな凶器で殴るのは流石にやめてあげてください。どうか理性的にお願いします」

 

「あのー、瀧原なにもそこまで言うことは―――」

 

 ここで口を出すことは悪手だと思うぞ岡部倫太郎。せっかく助けているのに意味がなくなるじゃないか。

 

「HENTAIは、だまってろ」

 

「あっ、はい」

 

 牧瀬紅莉栖の強い口調とその鋭い睨みに岡部倫太郎は完璧にひるんでしまって声が上ずっている。

 

「そうね…… 確かにこの本でぶっ叩くのはやりすぎたかもしれないわ。でもこいつは!」

 

「ちっーす。さっきここに怪しい男が飛び込んできたはずだけど……」

 

 そんな時にやってきた阿万音鈴羽。

 

 さて、この状況が客観的に見てどう見えるか考えてみよう。

 まず可憐な少女漆原るかが泣いている。そしてそれを慰めるように背中をさすっている椎名まゆりはこちらを責めるような目を向けている。

 牧瀬紅莉栖は洋書を振り下ろそうとした手を俺に捕まれている。屈んでいる岡部倫太郎は俺の陰に隠れていて彼女からは見えにくいだろう。

 

 泣いてる少女、慰めるまゆり、反撃した紅莉栖、反抗する暴漢。

 

 どう考えても俺が不審者です。

 阿万音鈴羽の目が鋭く俺を射抜く。そこまでしか覚えていない。いや、もう一つあった。笑っていた橋田至、許さない絶対にだ。

 というかなんで俺はこんなに苦労してまで必死に止める必要があったのだろうか。寝ぼけていたとしか思えない。本当に意味が分からない。

 

 

 ……顎が痛い。

 目が覚めるまでそう時間はかからなかったらしい。岡部倫太郎は結局調子に乗って牧瀬紅莉栖にあのでかい本で叩かれたらしく頭を気にしている。

 ほんと、何のために此処までしたんだか。

 

「ほん~っとうに、ごめん!」

 

 阿万音鈴羽は非常に申し訳ないッ。といった形で頭を下げて手を合わせている。

 こんなにされてはどんな人も怒るに怒れないだろう。

 

「いや、気にしなくていいよ。丁度、寝ぼけてたところだったから」

 

「ホントにいいの?」

 

「いいよ」

 

「よかったー。君っていいやつなんだね」

 

 君っていいやつなんだね? それは聞き覚えがあるぞ。たしかサイクリングに行って相談を聞いてくれた岡部倫太郎に言うセリフにとても似ている。

 ―――というかサイクリングに行くイベントを潰しちゃったんじゃないか?!

 

 あのイベントは岡部倫太郎が阿万音鈴羽の父親を探そうと決心するきっかけの大事なイベントだ。

 まずい、修正しなければ。

 

「やっぱり! まだ怒ってるよ!」

 

「ええ!?」

 

「そうだ、サイクリングに行ってきなさい。岡部さんと一緒に! そうしないとやっぱり気が済まない! ほら、さっさと行くんだ!」

 

「わ、わかった!」

 

 語気を強めて言ってやるとすぐさま岡部倫太郎をひったくるようにして外へ出て行った。

 外から岡部倫太郎の抗議ともとれる騒ぎ声がするが気にしない。

 

「ねぇ、瀧原さん」

 

 牧瀬紅莉栖が可愛そうな子を見る目で俺を見つめる。

 

「例の奴ですよ」

 

 きわめて冷静にそう答える。

 

「そう、そうよね。気絶した拍子におかしくなっちゃったとかそんなんじゃないですよね」

 

「牧瀬氏、全部口に出てるお」

 

「あっ、えっ。……ごめんなさい」

 

「まゆしぃ、るかちゃんを送ってくるねー。ほんとにもー、いくらオカリンでも許せないのです」

 

 ホントに今日、何しに来たんだろう俺。

 

 

 8月9日。

 

 岡部倫太郎の招集を受けて今日はラボに来ていた。集まっているのは椎名まゆり、牧瀬紅莉栖、漆原るか、岡部倫太郎、そして俺だった。

 ホントによかった。あんな強引にサイクリングに行かせてもちゃんとこうしてイベントが起きてくれるんだから。

 今まで仮説の域に過ぎなかった世界線収束と同じように原作の展開にもある一定の収束が存在するという考えも現実味を帯びてきた。

 まぁ、俺がこの世界にいるからこれ以上確かめようがないのだが。

 

 岡部倫太郎が俺たちを集めた理由やはり阿万音鈴羽のために開く宴会の事だった。

 厨二的センスの光る作戦名『エルドフリームニル』には反応すら示さず次の説明を待つ。

 牧瀬紅莉栖も岡部倫太郎の扱い方をマスターしたようだ。

 

「これからお前たちだけで宴会用の買い出しに行ってもらう。俺はその間に別の事を済ませる」

 

「別の事って何よ」

 

「決まっているだろう。父親を捜す阿万音鈴羽の尾行をするのだよ。そしてその状況を―――」

 

 その言葉に対して牧瀬紅莉栖が趣味が悪いだの、親子水入らずにしてやれだのと言っている。

 ここで岡部倫太郎の後押しをした方がいいだろうか?

 そうすれば俺の目指すフェイリスルートへの近道だ。それに阿万音鈴羽があんな思いをせずに済む。しかし世界線が変わるほどの事だ。原作通りに進めないことでどんな不具合が起きるか分からない……

 悩んでいるうちに班分けは決まったようだ。

 俺は何も言えなくて、流されるだけだった。

 椎名まゆりと漆原るかに連れられて来たのはスーパーだった。勿論来るのは初めてなので商品の配置が分からない役立たずだ。事実俺は荷物持ちだった。

 

「どんな料理がいいかなー」

 

「や、やっぱりカレーとかが、いいんじゃないかな」

 

「そうだねー。せっかくだからいろいろ買っていこうよ」

 

 中々に俊敏な動きで棚と棚の間を椎名まゆりは抜けてゆく。

 それを追うように漆原るかが走る。

 

「まってよ~。まゆりちゃ~ん」

 

「あんまり走ったりしたら危ないですよ」

 

 何だか子供のお守りをしている気分だったが案外と早く買い物は終わり、俺たちがラボに帰っても岡部倫太郎や牧瀬紅莉栖はいなかった。

 

「あれーオカリン達おそいねー、まあいっかー。それじゃー、早速作っちゃおー」

 

「ちょっと、まゆりちゃん。まずこれ着けて」

 

 さっとエプロンを差し出す漆原るか。女子力が高いな。あるルートでは岡部が結婚するだけのことはある。

 その後何度も漆原るかに注意されるも椎名まゆりは気にしてい無い様だ。

 今のうちに自分の分だけは確保しておいた方がいいだろう。なに、自炊くらいはできる。

 

 何ともにぎやかにやっているうちに岡部倫太郎と牧瀬紅莉栖が橋田至を引き連れて帰って来た。

 キッチンの俺たちを見るなり橋田至はラボ中を見渡した後こう言った。

 

「あれ? フェイリスたんは? フェイリスたんは何処に?」

 

「橋田、あんた岡部に騙されてるわよ」

 

「ちょ、マジでふざけんな! オカリン! 行くはずだったタイムマシンオフ会にはプロの作家だって来る予定だったんだぞ!」

 

 オフ会の件でキレている橋田至と岡部倫太郎はこれからヒートアップという所で動きを止めた。

 

「何か異臭がしないか?」

 

「異臭?」

 

「多分キッチンの方だと思うよ、ほらこの通り」

 

 俺が示した先には椎名まゆりが暴走している姿。

 包丁の持ち方すらままならず、漆原るかがおろおろしている。

 と、ここで牧瀬紅莉栖がとどめとばかりに参戦。

 

 この惨状から、出来る料理の味はそれはもうひどいだろうと言うことが伺える。

 

「あ、瀧原氏、自分の分だけ小分けにしてるお」

 

「なにぃ? 貴様ぁ、料理ができたのか、この裏切り者! その飯をよこせ!」

 

 騒がしく心配ながらも料理は一応完成し、後は阿万音鈴羽を待つのみだった。

 

「……遅いな」

 

 ラボメンの中にはあくびをする者も現れるくらいに時間はたった。

 料理もすっかり冷めきっている。

 

 その時、岡部倫太郎の携帯にメールが入った。

 

「阿万音さんから?」

 

「―――っチィ!」

 

 牧瀬紅莉栖の問いに答えず岡部倫太郎はそのままラボを飛び出した。

 

 しばらく……30分ぐらいだろうか。それほど経った後岡部倫太郎が帰って来た。

 そう、次の日の朝。岡部倫太郎はあのDメールを送る。それは間違いなく誰も幸せにならない絶望の狼煙。

 

「岡部さん!」

 

「どうした、瀧原よ」

 

 俺は……俺は……

 手を思い切り握りしめる。

 

「いえ……すみません……何でも……ないです」

 

 結局俺は己が身の可愛さで何も言えなかった。

 運命を決定づける雨が強く窓をたたいている。その音が俺を責めているように聞こえた。

 

 翌日の朝。きれいさっぱりに晴れた朝。俺と岡部倫太郎は世界線移動を観測した。



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意思行動のアンチノミー

 8月10日。

 

 岡部倫太郎と共に過ごした夜は忘れられない。

 どれほど自分の犯した罪が辛くても、まだ誰にもバレていないとしても。

 忘れちゃいけないんだと俺は思う。

 

 Dメールを送り世界線移動をした直後岡部倫太郎は階下のブラウン管工房へと半ば確信を持った笑みで向かう。俺も向かうべきなのだろうが今面と向かって阿万音鈴羽と面と向かって話なんかできない。

 

 それなのに俺はラボの窓際に寄って座り込んだ。

 原作通りに世界線は変動したということを、会話から確かめずにはいられなかった。

 

「昨日は楽しかったなあ」

 

 阿万音鈴羽はぽつりとつぶやくように言った。

 

「酷いものが沢山あって、特に牧瀬紅莉栖の殺人的アップルパイ。その次に何だかわからない野菜を炒めたらしいモノ。あんなの醤油で味付けるだけなのにどうやったらああなるのかなあ?」

 

「…………」

 

「でも、漆原るかと瀧原浩二の料理は最高だった。瀧原浩二ってさ、いいやつだよ。小分けにしといた料理を何故か私にだけくれたんだよね、惚れられちゃったのかな?」

 

 楽しそうで、でも少しおどけた口調だ。

 

「君たちの、ええっとサークルだっけ。なんかさ、ああいう場所ってすごくいいよね。なんだか羨ましいよ」

 

 俺は手で顔を覆った。こうして会いもせずに会話を聞いてるだけの俺は、情けない。

 もうそこからは聞いていられなかった。でも岡部倫太郎の大声だけはしっかりと聞こえた。

 

「お前は今日から、ラボメンナンバー008だ!」

 

 世界は間違いなく正しく変動していた。

 

 

 俺は机のそばにずっと座っていた。

 あれから帰って来てずっと寝ていた岡部倫太郎が目を覚ましてから、少し後に橋田至はここからSERNと直通回線が繋がっていることを発見した。

 

 そして、牧瀬紅莉栖も電話レンジについてある一定の解が導き出せた様だ。

 説明によると電話レンジは化け物であり、東京を丸々電子レンジの中の状況にしてしまうほどの威力があるそうだ。

 そして何よりもブラックホールがこの電話レンジ内にて生成されているとは明言はしなかったが、牧瀬紅莉栖の反応からはどうやら発生していると考えられるようだ。

 

「ただ、まだわからない点があって―――、SERNのブラックホール問題で言われた通りミニブラックホールは発生したとしてもすぐに蒸発してしまうはずなの。でもバナナがゲルバナになっていることから、電話レンジはそうじゃないってことは明らか」

 

 少し間を置いた後不可解そうな顔でこう続けた。

 

「LHCと同じようにミニブラックホールをカー・ブラックホールにまで変化させている」

 

「たしか、SERNの極秘資料によるとブラックホールにカー・ブラックホールの効果を出させるには電子注入が必要だったはずだな」

 

「その、注入される電子がどこから来るのかが分からないのよ。LHCはリフターによって重力場をコントロールしている。それに代わる何かがこの電話レンジの中のどこかにあるのよ」

 

「その、どこかって?」

 

「分から―――」

 

「ブラウン管だ」

 

 思わずつぶやいた。

 

「―――えっ?」

 

「この未来ガジェット研究所の階下にあるブラウン管工房。そのど真ん中に鎮座している42型ブラウン管テレビがリフターの代わりだ」

 

「もしそうだとして、だ。深夜に電話レンジがDメールを送れなかった原因は何だ」

 

「ブラウン管工房はそんなに遅くまで開いているのか? 違うだろう」

 

「……なるほど、ブラウン管に使われている電子銃から放出された電子が、たまたまブラックホールをカーブラックホールするだけの丁度いい出力だったっていうわけか」

 

「それなんてご都合主義?」

 

「セレンディピティと言えダルよ、つまりこの未来ガジェット研究所はタイムマシンが最も完成しやすい場所でありそしてたまたま我らが未来ガジェット8号機『電話レンジ(仮)』がそのタイムマシンたりえる代物だったというべきか、これを運命石の扉の選択と言わずしてなんというのだ。ククク……フフフ……フゥーハハハ!!」

 

 ここら辺の話は略してしまってもよかったはずだ。世界線の変動も関わることもない。これで岡部倫太郎がリフターの代わりを見つけるイベントはなくなってしまったが結果的にタイムリープマシンが完成するのは変わらないだろう。

 

それが遅いか早いかの違いなわけで。

 

もしかしたらタイムリープマシンが完成する時間までも世界線の収束によって定められているのだとしたら俺の行動で起きる原作との差異は誤差程度に済むだろう。

 岡部倫太郎のいつもの奇行に牧瀬紅莉栖と橋田至がやれやれと目線を向けているのに椎名まゆりが俺を見つめている。

 

「コウ君どうかしたのー? いつもと様子がちがうよー。それにねー、なんだかとっても悲しそうな顔をしてるもん」

 

「そう言えば、いつもはもっと丁寧な口調だったような気がするな」

 

「……そうでした。タイムマシンの凄さに思わず口調がおかしくなったみたいです。気を付けます」

 

 牧瀬紅莉栖が怪しむような顔を見せるが岡部倫太郎と橋田至は騙されてくれたようだ。

 すかさず次の話題を振る。

 

「では次に人間をどうやって過去に送るか考えてみませんか?」

 

「だから、瀧原氏。SERNでさえそれをやって人間をゼリーマンにしてるんだお。こんなおんぼろな環境でできるはずないだろ常考」

 

「いやまて、電話レンジで36バイト+α送れたんだ。人間を丸々データにして超圧縮してしまえば過去に行けるんじゃないか?」

 

「……人間をデータに……でも……」

 

「人間をデータ化ってどこのSFだお。仮にできたとしても天文学的な数字になると思われ。それにどうやって圧縮するんだお」

 

「ダル。お前が頼りだ」

 

「いくら僕がスーパーハッカーだとしてもできることとできないことがあるお」

 

 やはりタイムトラベルの壁は厚いのかなどと言って岡部倫太郎はおとなしくなった。

 

「……そうか、それなら!―――」

 

 ”できるかもしれない”そう牧瀬紅莉栖はいってのけた。

 

 彼女の説明によるとこうだ。

 

 牧瀬紅莉栖の論文。そうあの俺がこの世界がSteins;Gateの世界だって気づいたきっかけ、『側頭葉に蓄積された記憶に関する神経パルス信号の解析』という論文にも書かれている通り牧瀬紅莉栖が所属する研究チームは人の記憶に関する神経パルスパターンをすべて解析したのだ。

 

 その研究と彼女が通う大学、ヴィクトル・コンドリア大学の精神生理学研究所が開発したヴィジュアル・リビルディング略してVR技術、神経パルス信号と電気信号をコンバートする技術とで組み合わせることで記憶のデータ化を実現できるそうだ。

 

「データの超圧縮については簡単。データの波形をそのままブラックホールでアナログ的に36バイト+αまで圧縮その後は―――」

 

 岡部倫太郎が牧瀬紅莉栖の発言にかぶせるように言う。

 

「電話レンジ発生したカー・ブラックホールの特異点を通過させ、携帯電話を通して過去の被験者の脳に記憶をぶち込む―――」

 

「記憶だけの時間跳躍」

 

 SERNの物理学を中心とした研究チームでは到底思いつかない離れ業。

 続くように牧瀬紅莉栖がこのタイムリープの危険性について話した。受け取る側からすると未来の自分が作った記憶が自分の脳の中へぶち込まれるわけだ。

 果たしてその記憶データが記憶として認識されるのか、それとも異物としてノイズになるのか。

 万が一そのデータを受け取る人が送った人と違う人物だった場合深刻な人格障害まで引き起こす危険があるのだと言う。

 

 タイムリープによる記憶のみの時間跳躍それが実現すればもうタイムマシンと一緒だと思ったのだろうか、それともここに至るまで大いなる意思に導かれたとでも思ったのだろうか、いつもの高笑いをした後、携帯をサッと岡部倫太郎は取り出す。

 

「俺だ。全ての事柄は線のようにつながっていた。ああ、これより計画は最終段階へと入る。……無論『現在を司る女神』作戦(オペレーションヴェルダンディ)の事だ」

「フッ、クリスティーナには散々振り回されたが、彼女がラボに来たことすらも運命石の扉の選択というわけだったのだな。案ずるな。今の俺たちに敵はいない。エル・プサイ・コングルゥ」

 

 満足したように紅いストレート型の携帯電話を白衣へとしまう。

 

「助手よ、今言ったとおりだ。『現在を司る女神』作戦(オペレーションヴェルダンディ)の実行を許可する!」

 

「少しは、どういうことか説明しろよ」

 

「分からないのか? お前の言ったタイムリープ案をすべて採用すると言ったのだ。ここまで力説しておいて今更できませんなんて言わせないからな」

 

 牧瀬紅莉栖は少し戸惑うも、直ぐにタイムリープマシンに必要なパーツを考え始めた。牧瀬紅莉栖もいくら天才とはいえ人間であり科学者だ。タイムマシンを自分の手で作れるかもしれないと思うと好奇心が止まらないのだろう。

 

「人類史上初のタイムリープマシンを完成させるぞ……!」

 

 そのあと一旦ラボメンは解散することになった。

 

 俺は帰るふりをしてドアの前でラボの中の会話に耳を傾けた。中に残っているのは岡部倫太郎と椎名まゆり。ここは聞いておかないとだめな場面だ。俺も背負わなくちゃダメなところだ。

 ゲームの知識だけじゃなくて生の声で。受け止めなくちゃいけない。

 

「どうした……まゆりは帰らないのか?」

 

 少し間を置いた後椎名まゆりは話し始める。

 

「あのね、オカリン。このごろラボのみんなが眩しいんだー」

 

「眩しい?」

 

「うん。紅莉栖ちゃんとコウ君がラボメンになってもう10日経つよね。紅莉栖ちゃんはとっても頭が良くて、コウ君はちょっと変だけどオカリン達のために頑張ってるし」

 

「そしてそんな素晴らしき人材を発掘したこの鳳凰院凶真の功績もまた素晴らしいものだと言わざるを得ない」

 

「だからね、眩しいの。紅莉栖ちゃんもコウ君もラボとオカリンのために頑張ってるでしょ?」

「まゆしぃもせめて紅莉栖ちゃんみたいに頭が良かったらいいなー。そうしたらオカリンの役に立てるのに」

 

 暫く無言の状態が続く。

 

「まゆり、今日は星がきれいだぞ」

 

 窓際に行ったらしい岡部倫太郎がそう言った。すると足音が聞こえた。

 どうやら岡部倫太郎のそばに椎名まゆりも行ったらしい。

 

「ラボができたばっかりの頃、おぼえてる? ダル君もまだいなかった頃にね、2人でこうして静かにすごしてたよねー」

 

「ああ、そうだな」

 

「まゆしぃは、これからもここにいていいのかなー?」

 

「下らないことを言うな。お前はいるだけでいいんだ。」

 

「いるだけ……?」

 

「そうだ、お前がいるからこのラボは楽しくやっていける。ほら、俺と紅莉栖は水と油のようなところがあるからな。意見がぶつかったときお前の能天気なコメントで場が和むのだ」

 

「褒められてるのかなー?」

 

「勿論褒めているさ。何、心配することは無い。お前がここにいることを含めて全てこの俺の計算のうちなのだからな。フゥーハハハ!」

 

「そっかーありがとーオカリン♪」

 

 この俺に、こんな俺に、彼と彼女の純粋な気持ちを背負ってこの先、俺が望んだフェイリスルートに岡部倫太郎を突入させることができるだろうか。

 いや、阿万音鈴羽のあの時点でもう選択するときは過ぎたのだ。覚悟を決めるしかないんだ。

 

 そっと、足音を立てないようにラボから離れた。

 帰り道、電灯が道を明るく照らす中、視界が明瞭になることは無かった。

 



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傷心のカタルシス

 8月11日。

 

 俺は牧瀬紅莉栖のタイムリープマシンの制作の手伝いを申し出た。

 そしてそれと同時にタイムリープマシンを二人同時に跳べるようにお願いもした。

 岡部倫太郎だけタイムリープして行かれてはサポートをすることができないからだ。

 

「それで、かかる費用とかなんですけど予算としてこれを使ってください」

 

 俺が封筒から取り出したのは70万円。

 

「ちょっと、いきなりこんな大金渡されてもこっちが困るわよ」

 

「そんなに気にしなくていいですよ。ほら、以前岡部さんがロト6の番号を漆原さんに言って4等が当たったことがありましたよね」

 

「なっ、まさか貴様。あの時の三等を当てていたのか!?」

 

「そうです。そんなわけで買い物、よろしくお願いします」

 

 牧瀬紅莉栖が元々書いていたメモに”×2”と書き足して、なんでもないように岡部倫太郎に渡した。ジャンク屋さんでブラウン管のリモコンを買うように言うのも忘れない。

 驚くというか納得しているというか、微妙な顔をしたまま岡部倫太郎は椎名まゆりを連れてラボを出て行った。

 俺もそのあと階下のブラウン管工房にでも行こう思い、牧瀬紅莉栖に留守番を頼んだが、返ってきた言葉は俺と話がしたいとのことだった。

 

「それで、瀧原さん、昨日はどうしたんですか?」

 

「どうしたとは何です?」

 

「とぼけないでください。あなた、昨日の話し合いの時ひどい顔でしたよ」

 

「…………」

 

「また、例の超能力みたいなものが関係しているんですか?」

 

 答えられない。どう答えたらいいか分からない。

 

「まぁ、いいです。でも、一つだけいいですか? あんまり気負わない方がいいですよ。どれだけあなたが未来に起こることを知っていたって、あなたが神になったわけでもないんですから」

 

 そういうと牧瀬紅莉栖は、パソコンに向かって何やら操作をし始めた。

 優しい女性だ。なんというか心にキた。こんな言葉を使うのもアレだと思うが事実、きゅんとした。

 

 牧瀬紅莉栖の言葉をなんとなく頭の中で反芻しながら、下の階へ降りた。

 ブラウン管工房前のベンチに座る。

 空は青く、こうしてだらけているだけでも素晴らしい時間に思える。雲がゆっくりと流れてゆく。

 

「よっ、若造。こんな真昼間からどうしたよ?」

 

 店の中から現れたのは天王寺裕吾。このブラウン管工房の店主だ。

 

「ただ、自分って何だろうなーっと考えていただけです」

 

 見知らぬ人に話しかける天王寺裕吾、それにこたえる俺も相当へんな奴だとおもう。

 

「悩み多き青年期ってやつかぁ? おい」

 

「そんなところです」

 

 天王寺裕吾が俺の隣にドカッと座る。でかい。

 しばらく言葉を交わさないまま天王寺裕吾の筋肉の熱量を感じる。

 

「なんでまた、こんなところで黄昏てるんだ?」

 

「……上の階の未来ガジェット研究所のメンバーなんですよ。それで外の空気が吸いたいなーっと」

 

「かーっ。こんなまともそうな奴があの岡部とつるんでるなんて信じられねえ。悪いことはいわねぇ、岡部とは縁を切るこった」

 

 天王寺祐吾は軽く笑いながらそう言った。

 

「あんなのでもいいやつなんですよ。幼馴染を大切にしているし、何よりも―――」

 

 俺よりも―――

 

「強いんです」

 

「そうか? ひょろい生意気なガキにしか見えないがな、俺からみりゃお前の方がよっぽどしっかりしている様に見えるね」

 

「僕は……全然ですよ。決意は出来ないし、結局流されてたどり着いた場所でも本当にこれでよかったのかって考えてしまうんです」

 

「若いのにまぁ、難しいことを考えてるもんだ」

 

 若い、か……

 

「俺もこんなナリしてるけどな、選択出来ずに流されてしまうことばっかりだったよ」

 

 天王寺祐吾は子持ちだ。それでいてラウンダーでもある。妻らしき人もいない。やはり過去に何かあったのだろうか?

 

「力ってもんは恐ろしい。腕っぷしじゃねぇ、見えない力の方だ。俺は立ち向かうことすら許されなかった。……いいや、立ち向かおうとしなかったんだ」

 

 天王寺祐吾も空を見上げる。

 

「こうやって、過去を思うことはいつだって出来る。あの時必要だったのはその時を思う気持ちってやつだったんだろうな。もっとも、もう遅いがな」

 

 よっと、声を出し天王寺祐吾は立ち上がった。

 

「ほら、若造。しゃきっとしやがれ、そんなんじゃまた流されちまうぞ。俺ができなかったことを託すわけじゃ無いが、せいぜい後になって後悔しない選択をするこった」

 

 そのでかい巨体がヌッと店の中に入ったあと先ほどの威厳のある声ではなく甘えるような天王寺裕吾の声が聞こえてきた。天王寺綯と話しているのだろう。

 

少し耳を澄ませると綯の尻に敷かれているような印象の会話が聞こえてくる。

 

 思わず吹き出す。

 

 いくら、娘がかわいくても、あの容貌でそれはないだろうと改めて思った。折角こっちが感動してるっていうのに、これはない。

 

 でも―――

 

「結局、何とか守ろうとか救おうとか頑張っても俺も同じ人間なんだなぁ―――」

 

 俺は、自分の平穏な暮らしのために、他人の命を天秤にかけるなんてことをしているのに、どうしてこんなにもこの世界の人たちは暖かいんだろう。

 

 また俺は泣いた。あまり泣きたくないのに。何度も泣くとその涙が安っぽく感じられるから嫌なのだ。

 しかしこれは昨日の様な苦しい涙じゃない。何かから解放されるような涙だ。

 

 くそっ、このままじゃ直に帰って来る岡部倫太郎と椎名まゆりに見られてしまう。せめてラボメンの前ではしっかりした瀧原浩二であらねばならない。

 

 目をこすり、顔を叩き、気合を入れる。俺の戦いはこれからだ。

 

 

 帰って来た岡部倫太郎と椎名まゆりと共にラボへと入った。もちろん、ちゃんとドアはノックしてあげた。

 そのあとゴチンと鈍い音がしたが俺は何も知らない。だからそんなに睨まないんでほしいんだ牧瀬紅莉栖。@ちゃんねらーであることが決定的にならないようにしてあげたのに。

 

 買ってきたパーツを持ち牧瀬紅莉栖と開発室に入る。開発室と言ってもカーテンで仕切られているだけなのだが。

 俺にはどのパーツがどんな機能を持つのかは知らないが組み立てるのを見て覚えることができる。解説もしてくれたら機能もバッチリ覚えられる。

 そんな特技を牧瀬紅莉栖の前で披露すると大層驚かれた。

 

「あんた、どこの大学に行ってるのよ。そこまで物覚えがいいならどこへだって行けるでしょうに」

 

「家から一番近い大学ですよ。紅莉栖さんほど頭も良くありませんし」

 

 どれだけ膨大な知識があろうともそれを使う頭がなければ意味がない。俺の記憶能力だって転生したときの後付けだ。もともとそんなものを持っていなかった脳がそう簡単に対応できるとも思えない。

 

「それと、紅莉栖さん」

 

「なに?」

 

「さっきはありがとうございました。おかげで気が楽になりました」

 

「そう? 役に立ったのならよかったわ」

 

「よかったら、何かお礼をさせてくれませんか?」

 

「そんな、いいわよ。でも、そうね。私も何か悩み事があれば相談させてもらうわ」

 

 会話をしながらも止まらない手。こうしてタイムリープマシンが着実に完成へと近づいていく。

 

 それから椎名まゆりは今日ラボに泊まるだとか臀部に蒙古斑だとか部屋にある芳香剤がきれているだとか話した後、俺たちは一時間ほど集中的に作業をこなした。

 今はその後の休憩中だ。岡部倫太郎は夕食を買いに行っている。

 そして椎名まゆりと牧瀬紅莉栖は”岡部がいない間にシャワーを浴びさせてもらうわ”と絶賛シャワー中だ。

 

「ひゃっ! ちょっとまゆり! やめて!」

 

「えへへー。紅莉栖ちゃんの肌はすべすべなのです」

 

「ちょっ!」

 

「よいではないかー、よいではないかー」

 

 俺は耳をふさいだ。

 椎名まゆりが遊んでいるせいだろうか? 中々あがって来ない。

 そう思いながらシャワー室の事を頭から追いやろうとテレビを見る。

 階段を駆け上がる音。

 ドアが開いた。

 

「っはぁ……っはぁ……、紅莉栖とまゆりは!?」

 

 傍から見たら変な格好をしていた俺を見るなり岡部倫太郎が叫ぶ。

 

「シャワーに入ってます」

 

 岡部倫太郎は数歩ラボに入った後、床に伏せた。

 そう言えば脅しのメールが来るんだったか。作業に必死で忘れていた。

 

「メールが来たんですよね? それも脅しですから今のところ問題ありません」

 

「それを先に言ってくれよ……」

 

 それから、二日間、俺と牧瀬紅莉栖は岡部倫太郎と橋田至のサポートを受けながらタイムリープマシンの完成を急いだ。

 俺が頼んだ二人でタイムリープするための機能、通称デュアル機能は橋田至の尽力もあり何とか実用のめどが立った。

 後は最終調整を残すのみだ。

 

 つまりあの地震のような揺れを起こさなければいけないわけだ。

 岡部倫太郎だけが行かされそうになったが俺もついて行くことにした。

 

 ブラウン管工房に入るとカランカランとドアに取り付けられたベルが鳴った。

 天王寺裕吾と阿万音鈴羽。そして天王寺綯が42型ブラウン管を囲んでテレビを見ていた。一応営業中だよな?

 

「おっ、岡部と前の兄ちゃんじゃねえか、ブラウン管でも買いに来たか?」

 

「おっすー岡部倫太郎。それと瀧原……あぁー!!、いやなんでもない!」

 

 今頃俺がジョン・タイターと言ったことを思い出したのだろうか。しかし今は言えまい。

 

「そう言えば自己紹介をしてなかったな。俺は天王寺裕吾。見てのとおりこのブラウン管の店長をやってる。こっちの可愛いのが娘の綯だ」

 

「初めまして……天王寺、綯です」

 

 俺はしゃがんで目線を合わせる。

 

「初めまして。瀧原浩二です。よろしくね」

 

 手を差し出すとゆっくりとだが握り返してくれた。岡部倫太郎はこんな子をいじめていたのか。

 

「さて、僕が岡部さんとここに来た理由は今日の限りでいいですからあの揺れを起こす事を許してほしいんです」

 

「あの揺れって……地震みたいなやつか?」

 

「そうです。大変申し訳ないんですがお願いします!」

 

 崩れ落ちそうなブラウン管の位置は掴めた。俺は頭を下げ岡部倫太郎の頭も掴んで下げさせる。そしてとどめだ。

 

「少ないですが、どうぞ」

 

 五十万ほど包んだ封筒を身を近づけて渡す。勿論ロト6の賞金の余りだ。タイムリープマシンにはそこまでお金はかからなかった。

 

「なんだ、おめえ、分かってるじゃねえか」

 

 中身を少し出してペラペラと弾じく。

 思わずにっこりと笑った天王寺裕吾は、いわゆる時代劇のお代官様の様な顔だった。

 

「ひっ、お父さん悪い人なの?」

 

「ち、違うぞ綯。これは大人の取引ってやつでな、ほ、ほらビジネスってやつだ。だから何もわるいことはしてないんだ!!」

 

 慌てふためく天王寺裕吾の様子に笑いを堪える。

 

「お父さんはいっつも綯のために頑張ってるんだよ。ほら、このお金で何かおいしいものを食べに行こうな」

 

「……もう悪そうなことはしないでね、お父さん」

 

「ああ、もちろんだよ、綯」

 

 その後、阿万音鈴羽から牧瀬紅莉栖に関することを聞かれたり、岡部倫太郎が父探しについて聞いたりしていたりするうちに例の揺れが来た。

 怯えた天王寺綯は天王寺裕吾に抱き着いた。

 落ちてくるブラウン管を地面に落ちる寸前に胸で受け止める。

 

 重いぃ!

 

 直ぐに天王寺さんが助けに入ってくれて事なきを得たが……背骨が折れるかと思った……

 

「おめえ、体張ってブラウン管を守るたぁ、気に入った! 今日は盛大に揺らしやがれ」

 

 俺は取り敢えず、ありがとうございますとだけ言って呆然としたままの岡部倫太郎を連れてラボへと戻った。

 



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世界線上のサイトカイン

 あれから俺たちは直ぐにタイムリープマシンの仕上げに取り掛かった。

 ヘッドギアの数が原作とは違い二つになるのでその分時間は多くかかるはずだ。

 でも俺がタイムリープマシン制作にかかわっていることで時間的には違いはない筈。俺が足を引っ張っていなければの話だが。

 

 制作していくうちに『電話レンジ(仮)』の内部構造について詳しく知ることができた。

 興味があったタイムリープに関する脳科学の話もだ。さすがにVR技術についても理論だけは知っているからと教えてくれたことには驚いた。

 記憶に関する神経パルスパターンの資料を見せてくれたことよりは驚きは小さいが。

 

「できたー」

 

 隣から声が聞こえてきた。椎名まゆりがコミケ用のコスを完成させたようだ。

 ちょっと焦りつつも、製作段階で失敗していてちゃんと飛べませんでしたーでは、笑い話にもならないので慎重にヘッドギア最後のパーツを組み込んだ。

 

「こっちは二人がかりだっていうのに、負けたわ、まゆり」

 

 俺が知らない間に勝負を持ち掛けていたらしい。

 

「でも、こっちももう終わりよ。ね、瀧原?」

 

「はい」

 

 電話レンジを監視するパソコンとヘッドギアを結ぶコネクタを二本繋げる。

 

「完成」

 

 本当に完成させてしまった。俺が、俺たちがタイムリープマシンを作ったのか。

 Steins;Gateをやって、こんなのがあればいいなーって思いながらテキストを読み進めていた物ががほんとに作れてしまった。

 ツインタワー型の特徴的なフォルムは再び新時代の象徴の一部となったのだ。

 

「……私たちは、とんでもないものを作ってしまったかもしれない」

 

 俺がしみじみと達成感を感じる中、ラボメンたちは、ばつの悪そうな顔をしていた。

 記憶だけのタイムトラベルとはいえタイムマシンはタイムマシンだ。SFの象徴の一つと言ってもいいだろう。

 それだけ夢のある装置であるが、子供ではない。同時に悪夢を生む装置になりえることを理解している。だから微妙な反応なのだろう。

 

「取り敢えず、正式名称を決めようではないか」

 

 俺は黙って聞いていた。案を出すように促されるが俺はいいと言ってその様子を見守った。

 原作の通り、”天国への弾丸列車”、”電話レンジ3rd Edition ver1.00”、”帽子付き電話レンジちゃん”、名称を出すのんきさに呆れながらも牧瀬紅莉栖が”タイムリープマシン”

 結局、椎名まゆりが最終決定をしてタイムリープマシンが正式名称となった。

 

「タイムリープマシンに決定だ。では助手! タイムリープマシンの概要について今一度分かりやすく説明を頼む」

 

 一度うなずいた後、牧瀬紅莉栖は壁に掛けられたホワイトボードに絵をかきながら説明をしてくれた。

 

「一言で言えば、データ化した記憶を、電子注入したカー・ブラックホール特異点を通過させ過去に飛ばす装置」

 

 牧瀬紅莉栖の書いた可愛らしい顔文字の様なキャラクターが”カイバー”と言っている。

 そしてそれに続くように”記憶データ走査(3.24T)神経パルス信号→電気信号へエンコード”と書かれた。

 

「そして、そのエンコードした記憶データをネットで転送」

 

「その3.24Tバイトの転送かかる時間は?」

 

「ここから、SERNに直通回線が通ってるからそんな時間がかからないと思われ。しかも64本束になってるから並列して送れば大体45秒くらいだお」

 

「これが、一人の場合。二人同時に跳ぶ時にはヘッドギアA、Bの順番にLHCへの転送が開始されるけどそんなに変わらないから安心して。でも絶対にヘッドギアA、Bを間違えちゃダメよ。前に言った通り重大な人格障害になる可能性があるから」

 

 次々に絵と説明が書き足されてゆく。内容としては、ブラックホールで3.24Tを36バイト以下まで圧縮し、それをまた電話レンジまで戻す。そしてDメールの要領で過去の自分の携帯電話へ着信。時限式のデコードプログラムにより電気信号が神経パルス信号に戻り過去の被験者自身の脳に未来の記憶情報が携帯電話を通して発信される。

 と同時に前頭葉を刺激して強制的に未来の記憶を思い出させる。といったものだ。

 

「それで、どうするの。実験するの?」

 

 岡部倫太郎はしばらく悩んだ後、実験をしないことを選んだ。そしてしかるべき研究機関に託すとも言った。強迫メールの事もあるのだろう、いくら俺が大丈夫だと言っても不安なことに変わりはない。

 

 その後、今日は宴会みたいなことをやろうという話になる。

 得体のしれない恐怖から目を背けたいからだろうか。不自然なくらいに直ぐ決まった。

 

 牧瀬紅莉栖と岡部倫太郎が買い出しに行っている間、俺はこの後のラウンダーの襲撃に備えるために電話レンジが落ちて空いた穴を少し広げた。これでジャンクショップで買ってきてもらったリモコンも問題なく使えるだろう。

 階下に人の気配がないことを確認してから一度付ける。

 キーンという独特な音の後に刑事ドラマの声が聞こえてきた。直ぐに消す。

 問題ない様だ。

 

 後は、簡単なトラップでも用意しておこう。

 

 作り方は簡単。ラップと押ピンだ。確かラウンダーの集団は一瞬で部屋の中に入って制圧した筈だ。その際ドアを蹴破ったとあるが、ここは日本だ。外国のドアのように内開きじゃない、外開きだ。

 あくまで俺のイメージだが、天王寺さんでも外開きのドアを蹴破ろうとしてもせいぜいへこむぐらいだろう。

 なので、秋葉原駅爆破テロ予告のテロップが流れた後。阿万音鈴羽がラボから出て行った直後、俺は丁度頭が通るだろう位置と足元に、このラップトラップを仕掛ける。すると扉を開けて勢いよく入って来たラウンダーはどうなるだろうか。”筋肉ダルマのラップ巻き、銃を添えて”の完成だ。三分クッキングも真っ青だろう。

 それに先頭が詰まれば少しは時間も稼げる。直に阿万音鈴羽も加勢に来るだろうし、その間にタイムリープだ。

 

 椎名まゆりが死ぬところを岡部倫太郎に見せる必要はない。ただ死ぬかもしれないと思わせるだけで大丈夫だろう。足りない分は俺がサポートする。世界線は今までの干渉結果から考えるに多少は融通が利く。

 

 そんな考えをもって、始まった宴会へと参加した。

 

 今回の宴会も酷いものだ。ラボメンガールズ達は前の失敗から何も学んでいない。自分で自分の料理を食べたことがあるのだろうか?

 そして何よりも。ピザだ。

 

「おい、ダル! 届いたピザ全部同じ味じゃないか。前の時にも同じ奴買っただろ! 俺達の生命線になんてことしてくれるのだ!」

 

「ズバリ僕の好み」

 

 フェイリスは、雷ネットの大会。漆原るかは、コスプレさせられるのを警戒して来なかったようだ。

 話はそれからコスプレに関するものになっていった。

 

「ねぇねぇ、紅莉栖ちゃん。今度のコミマに、コスプレして出てみないー?」

 

「えっ!?」

 

「新しいのはもう作れないけどね、去年作った、星来覚醒後バージョンコスがあるんだー。まゆしぃの感覚はクリスちゃんにぴったりだと言っているんだよー」

 

 まゆりはどこぞのエロい中年オヤジのように手をワキワキさせる。

 

「あぁ! まさかあの時!」

 

「えへへー」

 

 まさかあの時とはシャワー室でのことだろうか。牧瀬紅莉栖の顔に赤みが差す。

 

「……まゆり、恐ろしい子。でも……ちょっと、興味あるわ。あと、先に言っておくけど、人前には出たくないからね」

 

 話は牧瀬紅莉栖の改造制服に及び、ついに椎名まゆりは、明日コスプレをするという約束をさせたのだ。

 しかし、橋田至の発言により椎名まゆりが勧めているコスプレが、パンモロのコス。つまり、パンツがもろに見えていると言うことが牧瀬紅莉栖を躊躇させていた。

 

「絶対着てね。絶対だよー」

 

 これは断りづらいだろう。ここでやめると言ったならば、椎名まゆりが涙目になって”約束したよねー”と言って責めてくる事が俺の目にも見えていた。

 そんな和やかな空気を一変させる言葉を阿万音鈴羽は発した。

 

「やめておいた方がいいんじゃないかな。牧瀬紅莉栖を信じると間違いなく後悔する事になるよ」

 

「ちょっとそれ、どういう意味よ」

 

 正しく犬猿の仲。いや、彼女たちの発するプレッシャーからは龍と虎というべきだろう。

 しかし、この喧嘩はおそらく勘違いによるものだ。阿万音鈴羽は未来の牧瀬紅莉栖。つまりSERNタイムマシンの母としての姿しか知らないのだ。

 ここはひとつ脅してやろう。

 

「阿万音さん。たった一つの視点ではなく自分の目で見たことも信じるべきです」

 

「うるさいなぁ、瀧原浩二はあたしの何を知ってるっていうの!?」

 

「ピンバッジ。ワルキューレ。……僕、知ってたでしょ?」

 

「あ……」

 

 阿万音鈴羽の目から怒りの色が消えてゆく。そりゃそうだ。何も知らないはずの男から言外に全て知っていると言われたのだ。彼女には時を超えたストーカーにしか思えないだろう。

 俺でもこんなこと言われたら怯えるしかない。

 

「また、瀧原の予言か?」

 

「予言ってなに?」

 

「ああ、瀧原は何でもこの先に起こることを知っているらしいんだ。実際俺も考えを読まれた。それにこいつは鈴羽より早くラボに来たにもかかわらずナンバーは009だ。今考えるとほんとうに恐ろしい男だ」

 

「へぇー、そうなんだ」

 

 短く言葉を切って、警戒しながらも俺を見つめる阿万音鈴羽。牧瀬紅莉栖に向き直る。

 

「ごめん……あたしちょっとどうかしてた」

 

「……まぁ、いいわ。私としても阿万音さんとも仲良くなりたいもの」

 

 牧瀬紅莉栖は何とか怒りを収めてくれたようだ。

 

 宴会もほとんど終わり、みんなダラダラしている。ソファーの前の机あたりにラボメンは集まっているものの疲れているようだ。

 岡部倫太郎、橋田至、牧瀬紅莉栖は、タイムリープマシンを今まで徹夜で頑張って制作していたし、椎名まゆりもコミケに向けてコスを作っていたからだろう。

 ソファーにドクぺを持ちながらゆっくりと椎名まゆりの横に岡部倫太郎が座った。

 

 俺は一人警戒しながらテレビを見続けていた。

 

 つけていたテレビから警告音のような音と共にテロップが流れる。緊急速報だ。

 ”爆破テロ予告で山手線、総武線、京浜東北線の全線が運転見合わせ”

 

「岡部さん、タイムリープマシンの方にいてください」

 

「なんでだ?」

 

「いいから早く行ってください」

 

 万が一タイムリープする前に銃弾がタイムリープマシンに当たったりしたら事だからだ。なるべく早く飛んだ方がいい。

 阿万音鈴羽もタイムリープマシンの状況を聞いて玄関に向かう。

 

 俺もタイムリープマシンの設定をしようと開発室へ―――

 

 いきなりドアが開き屈強そうなラウンダー共が乗り込んできた。

 思わず振り返る。

 

 何でだ!? まだ時間は早いはずだろ!?

 

 一見何の関係もなさそうな外国人観光客の姿をしているが手には自動小銃が握られている。

 

 一番前にいた阿万音鈴羽は必死に押しとどめているが、すぐにやられて部屋の中に入られるだろう―――

 

「紅莉栖! ジャンクリモコンの電源を入れろ! 岡部! 跳べぇえええ!!」

 

 牧瀬紅莉栖はおたおたしながらも電源を入れ、岡部倫太郎は、俺の叫びにハッとしてすぐにタイムリープマシンの設定を打ち込み始める。

 ヒールの走る音の後に女の声が聞こえた。

 

「殺せッ、使わせるな!」

 

 岡部倫太郎を狙う銃口。

 

 阿万音鈴羽は押さえるので必死で動けない。視界を覆うモアッド・スネークによる水蒸気も無い。

 

 岡部倫太郎が……死ぬ?

 

 それは無いと、もう言い切れない。

 

 俺がいるせいで未来が悪い方向にまさに今、傾いている。

 

 ―――せいぜい後になって後悔しない選択をするこった。

 

「―――!!」

 

 誰かの声が聞こえたと思ったら、俺は岡部と銃の直線上に飛び出していた―――。

 飛ぶ俺の胸からあふれる血。

 

 奴、適当に何発も撃ちやがった。

 

 椎名まゆりもその銃弾の一つに頭を撃たれていた。これが、世界線の収束?

 倒れる中、岡部倫太郎と目が合ったような気がした。

 

「跳ぉべよぉおおおおお!!!!」

 

 掠れる視界。青い放電現象を俺は最後に確認した。

 

 

 8月13日 19時53分

 

       ↓

 

 8月13日 16時53分

 

 

 

 

 

 




-追記-

誤字報告ありがとうございます。


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認知把握のショートカット

 8月13日。

 

 俺は今日、牧瀬紅莉栖と共にデュアル機能搭載のタイムリープマシンを完成させた。

 

 そのあと岡部倫太郎の提案でこのマシンの正式名称を考えるが、それぞれが自分の趣味丸出しであり、最終的は原作と同じ牧瀬紅莉栖の案、”タイムリープマシン”とこのラボの議長、椎名まゆりが決定したのだ。因みに俺は参加を遠慮させてもらった。

 

 話はそれから完成祝いの宴会をしようと言う話になり、集合は7時ということになった。

 買い出し役となったのは牧瀬紅莉栖と岡部倫太郎の二名だ。俺も行ってもいいのだが、8時前のラウンダー襲撃のことがある。早めに準備をしておいた方がいいだろうということでパスさせてもらった。

 その他のメンバー、椎名まゆりは漆原るかのところに誘いに行き、橋田至はどこかに行ってしまった。

 

 まだラボ内に牧瀬紅莉栖と岡部倫太郎がいる。

 2人が買い出しに出かけてから準備を始めてもいいだろう。ソファーにゆっくりと腰を掛けた。

 

「岡部、何してんのよ!?」

 

 いきなり大声を上げた牧瀬紅莉栖に思わず俺はビクっとした。

 

「今、壊そうとした?」

 

「…………」

 

 俺は自分の耳を疑った。岡部倫太郎がタイムリープマシンを壊そうとしている? そのイベントはまだ早い筈だ。なんてったってタイムリープしてからじゃないとそんなこと岡部倫太郎はしない―――

 

 ……まさか未来の俺が失敗した? 

 

 岡部倫太郎の様子を見るに一人でタイムリープを繰り返しているようだ。つまり椎名まゆりは何度も死んでいる。

 俺が一人でタイムリープさせなければいけないほどの状況にこれから陥るのか?

 

 分からない。

 

 ただ、俺は原作の知識を元にしか動かないはずだ。ラウンダーに襲撃されて岡部倫太郎がタイムリープする予定の時刻は19時56分。それ以前に何かがあったことは確かなようだ。

 つまり、俺が居るせいで未来が悪い方向になっている?

 

 俺が調子に乗って都合の良いように干渉してきたからなのか?

 

 そう考えると背筋が凍るような感覚がした。

 今までの自分の行動がすべて否定されたような気がしたからだ。

 俺がこの世界に来てから考えてきた、原作展開への収束論も危うい。もしこれからまるっきり原作の展開と違うことが起き始めたらどうしよう。

 

 恐怖。

 

 今までは神の視点のごとくこの先が読めていたが、いきなり全てが見えなくなるような錯覚に陥った。

 

 岡部倫太郎がラボを飛び出していった。

 

 いや、まだだ。まだ原作の展開のうちに入っている。こうしてパイプ椅子でタイムリープマシンを壊そうとしたり牧瀬紅莉栖の言動をウザがって飛び出していく展開は確かにあった。

 まだ、何とかできる。

 逆に考えれば、原作のままじゃないか。

 

「………何よあいつ」

 

「紅莉栖さん、岡部倫太郎を追ってあげてください」

 

「はぁ? なんであんな奴を追わなきゃならないのよ」

 

「紅莉栖さんも薄々感づいてる筈ですよね? 岡部さんがタイムリープしてきたことに」

 

「確かに、そうだけど……。瀧原さんは行かないの? 一番事情を知ってるのはあなたなんじゃない? 私よりよっぽど適任だわ」

 

「僕は、出ていくことができません。これから先、僕にも予知ができない不測の事態があったことは、岡部さんとタイムリープして来なかった事からもわかる筈です」

 

 牧瀬紅莉栖は考えるようなしぐさをする。

 

「分かったわ、それじゃ、しょうがないから行ってくる。ちなみにどこら辺に行くか分かる?」

 

「駅前の遊歩道です。でも時間を少し置いてから会いに行ってあげてください」

 

「さんきゅ」

 

 白衣をさらりと脱いでラボを出て行った。

 俺は、階下のブラウン管にリモコンが使えるよう、タイムリープマシン下の穴を少し広げた後、タイムリープマシンの設定を電話番号と5時間前に跳べるように入力して済ませておく。

 飛ぶのはもちろん俺と岡部倫太郎だ。

 

 橋田至、椎名まゆりがラボに帰って来たそのすぐ後に、牧瀬紅莉栖も岡部倫太郎を連れて帰って来た。

 今の時刻は18時35分。

 丁度いい時間だ。橋田至と椎名まゆりの両名には、牧瀬紅莉栖と岡部倫太郎が買い出しを忘れていた事にして、代わりに行ってきてもらった。もちろんお金は多めに持たせて。

 

「瀧原が設定してくれていた通り、岡部たちにはタイムリープマシンが完成する少し前、つまり午後2時前に跳んでもらう。瀧原は作業してる途中になっちゃうけど、岡部は私たちがタイムリープマシンを完成させるまで何もしてはいけない。マシンが完成しなかったら、きっとこの時間までの流れが大きく変わってしまう」

 

 牧瀬紅莉栖は俺が入力した設定を見直している。

 

「完成したらすぐに”実験はしない”といって皆を解散させる。そのあとに私に話しかけて。……未来から来たと言ったら私はたぶん信じる」

 

「なぜ、分かる?」

 

「そもそも電話レンジを改良してタイムリープマシンを完成させたのは瀧原とこの私なのだぜ」

 

 確認し終えたのだろう。立ち上がりそう言った。

 

「それじゃ、準備できた。いつでも行ける」

 

 岡部倫太郎はそれを聞くと電話レンジに電話をかけだした。

 

「気を付けて。私はいつだってあなたたちの味方よ」

 

 そういって俺と岡部倫太郎の肩にそっと触れた。

 

 

 8月13日 18時44分

 

      ↓

 

 8月13日 13時44分

 

 

 初めてのタイムリープ。

 自分の存在の輪郭がぼやけているような感覚と共に脳が激しい不快感と痛みを訴える。

 苦しい。しかしこれがタイムリープの代償だと言うのなら安いものだろう。

 

「ちょっと、瀧原? 大丈夫?」

 

 気づけば俺はタイムリープマシン製作の最中だった。何でもないと告げると、苦しんでいた時間分を取り戻すように作業に熱中した。

 一度作っていたおかげか作業は数分で終わった。

 

「できたー」

 

 椎名まゆりがコミマ用のコスを完成させたようだ。

 

「こっちは二人がかりだっていうのに。負けたわ、まゆり」

 

 そうだった。この二人は競争をしていたのだった。

 

「でももうこっちも終わりよね、瀧原」

 

「はい、もう終わりました」

 

「これで、完成」

 

「実験はしない」

 

「えっ!?」

 

 いきなり、岡部倫太郎はそう言った。牧瀬紅莉栖は戸惑っている。

 

「―――あのな、いきなり全否定とか。私と瀧原が何のために作ったと思ってるの」

 

「タイムリープには問題が山積みだ。その点を考慮してだ」

 

「へ、へえ……。あんたにしてはまともな意見だな」

 

「何が問題なのー? 完成したんだよねー?」

 

「今日は、みんな疲れているだろうから解散にしよう。詳しくは後日に説明する」

 

「完成祝いにパーッと宴会ひらいたりしないん?」

 

「それも後日にしよう」

 

 岡部倫太郎は椎名まゆりと橋田至をラボから追い出した。

 椎名まゆりには携帯の充電器を持たせたようだ。岡部倫太郎はもう何回タイムリープしたのだろうか。

 帰ろうとしている牧瀬紅莉栖をこっそりと引き留める。実験をしないと言われて大分不満そうだ。

 

「俺たちは、五時間後から来た」

 

「ホントなの? 瀧原?」

 

 岡部倫太郎が言ったのになぜか俺に聞き返していた。

 

「はい。”未来から来たと言ったらたぶん信じる”と言っていました。それに”タイムリープマシンを作ったのは瀧原とこの私なのだぜ”とも」

 

「なに、その馬鹿っぽいセリフ。私はそんなこと言わない」

 

 牧瀬紅莉栖の態度は急に疑いを強めた。あれを言おう。

 

「牧瀬さんが一番欲しいものはマイフォーク」

 

「ちょっ!」

 

「マイスプーンは既に持っているんでしたね」

 

 牧瀬紅莉栖は頭を抱えた。

 岡部倫太郎が小声で聞いてくる。

 

「……そんなこと言っていたか?」

 

「言う予定だったんですよ」

 

「……そうか」

 

 理解するのを諦めたらしい。

 

 そんなやり取りをしているうちに気を取り直したようだ。

 

「私が、そんなことを話すなんて……。確かに過去の自分に信じさせるにはいい手だけれども。恨むぞ五時間後の私」

 

 どうやら信じてくれたらしい。

 そのあと岡部倫太郎が、この時間から言えば、未来の牧瀬紅莉栖が言っていたことを話した。それに椎名まゆりが死ぬことも。

 世界の構造だとか因果律とかの話になって来たので、5時間後に椎名まゆりが死ぬと岡部倫太郎の叫びを聞いて逃げ出される前に、ここは登場してもらおう。

 俺は、その疑問を全て解消するにはうってつけの人物がいると話に割り込んだ。

 ここで大声で俺は話す。

 

「聞いていますよね。阿万音鈴羽さん。今すぐ上がってきてください」

 

 ポカンとしている二人をよそに俺はラボの玄関を見つめた。

 ドアはゆっくりと開き、阿万音鈴羽がじっとこちらをにらみつけた。

 

「なぜ分かった、瀧原浩二。あたしが下にいるって知ってたみたいな口ぶりだったけど」

 

「ちょっと、今、阿万音さんは関係ないはずでしょ?」

 

「いいえ、彼女こそが、2036年からやって来た、タイムトラベラー。ジョン・タイターです」

 

「何っ? ジョン・タイターはたしか男のはずだぞ」

 

「カムフラージュですよ。ね、阿万音鈴羽さん」

 

 目線が阿万音鈴羽に集まる

 

「その通りだよ。なんでお前が知っているのかは知らないが、確かにあたしがジョン・タイターだよ」

 

「ちょっとまって、全然意味が分からない」

 

 牧瀬紅莉栖の声を無視して俺は話を続ける。

 

「僕と岡部さんは5時間後からタイムリープしてきたんです」

 

「そっか、君たちのタイムマシン完成したんだ。それで、私がジョン・タイターだって初めから知ってたってわけ?」

 

「厳密には違いますがそんな風に思ってくれたら幸いです。でも確かなことが一つはあります。椎名まゆりがラウンダーに襲撃されて死にます」

 

「えっ! 本当なの? 岡部倫太郎!」

 

「そうだ。俺はまゆりの死を回避するためにタイムリープをしてきた。それをどの世界線でも支えてくれたのが瀧原と紅莉栖だ」

 

 それを聞くと阿万音鈴羽は顔を少し伏せ、呟く。

 

「……あたしのせいだ。あたしがグズグズしてたからこんなことに」

 

 走り出そうとする阿万音鈴羽を掴んで引き留める。

 

「離してっ! あたしは行かなきゃいけないんだ!」

 

「タイムマシンは現在壊れています。あの大雨で何処からか浸水して―――」

 

「嘘だ!」

 

「……嘘だと思うなら確認してきてもいいですよ。でもそのあとは絶対に帰ってきてくださいね。あと、触るときには気を付けて」

 

 そう言って手を放した。

 阿万音鈴羽がラジオ会館に確認しに行った十分と少し後に、椎名まゆりと橋田至が帰って来た。

 たまらず、岡部倫太郎が声を出す。

 

「お前たち、なんで戻って来た!」

 

「えーっとね。やっぱり、タイムリープマシンの完成をお祝いしてパーティーを開こうと思うのです」

 

「だから僕たち、近所のスーパーに買い出しに行ってきたんだお」

 

「いいか、お前たち、今から大事な話があるから帰るんだ」

 

 その時丁度、阿万音鈴羽が帰って来た。

 岡部倫太郎が二人を家に帰そうと言い訳を考える。

 

「いいよ、岡部倫太郎。椎名まゆりと橋田至にも関係のある話だし。それと瀧原浩二、忠告ありがと」

 

 それから、阿万音鈴羽はラボメンたちの前で自分の正体や未来の事について明かした。自分が@ちゃんねるに出現したタイムトラベラーだと言うこと。この世界の未来がSERNによってディストピアとなること。牧瀬紅莉栖がSERN所属でタイムマシンの母と呼ばれていたこと。岡部倫太郎がテロリスト扱いされていると言うこと。

 ラウンダーの事も話したが岡部倫太郎の反応を見て大分ぼかして話していた。

 

 そのあと牧瀬紅莉栖の疑問により世界の構造の理論アトラクタフィールドの説明に入った。

 

 もしかすると俺も何か勘違いしている部分もあるかもしれない。よく聞いて理解しよう。

 

「世界は”より糸”みたいなものなんだ。全体を見ると1本なんだけど、ミクロな視点で見るとさらに細い糸で構成されている」

 

 椎名まゆりの裁縫セットから赤い毛糸を取り出して、阿万音鈴羽はそういった。

 

「そしてその細い糸は最終的に一つに収束する。過程は違うけど結果は同じ」

 

「それって、決定論ってこと?」

 

「ううん、似ているけど違うよ。もう少しアバウトなんだ。多世界解釈とコペンハーゲン解釈のいいとこどり」

 

 分岐はするが、結果は同じというわけか。つまり、世界は1つだ。

 

「例えばこの糸をアトラクタフィールドαだとして、この青をβ、そして黄色がγ、白がδと、こんな風に世界は存在していてアトラクタフィールドごとに、起きる事象も収束する結果も違う。干渉性は喪失していて、それぞれが独立を保ってる」

 

 色んな糸の毛糸をより合わせて少し太い糸ができている。

 橋田至から”でもその話じゃ世界を変えるなんてできなくね?”とヤジが飛んだ。

 

「アトラクタフィールドが完全に分岐しちゃったらの話だよ。でも、今まさに分岐しようとしている瞬間だとしたら?」

 

 別のアトラクタフィールドに移動できるということか。

 

「その、アトラクタフィールドって言うのは、平行世界っていうわけじゃ無いのよね」

 

 牧瀬紅莉栖が疑問をぶつけた。

 

「そうだよ。幾つもの可能性世界が重なりあっているだけ」

 

「だとしたら、その世界観の観測はどうするの? それこそまさに神の視点でも持ってないと不可能だわ」

 

「普通ならね、でも―――」

 

 リーディング・シュタイナー、世界線を越えて事象を観測する力が俺と岡部倫太郎にはある。

 

「岡部倫太郎が持っている特殊な力がSERNの支配という呪縛から世界を解き放つ鍵。今の君は神に匹敵する存在なんだよ」

 

 岡部倫太郎は興奮するように震えていた。

 

「このアトラクタフィールドαからアトラクタフィールドβに到達すれば、収束する”結果”も変わるんだ」

 

 その言葉は、言外に椎名まゆりを助けられると言っていた。




ホントに端折りすぎて申し訳ない。

ちゃんと、どういうことか伝わるか不安です。



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最大効率のリブート

 そのあとタイムリープマシンでタイムマシンが壊れる前に飛べばいいという案が出たが、そのタイムマシンが壊れたと思われる原因の大雨が降っていたのが10日の朝、夜明け前から降っていた。

 タイムリープマシンが跳べる限界はどれだけ頑張っても11日の14時まで。タイムリープマシンでは届かない。

 

 橋田至が直してみようと声を上げるが、そうはいかない。椎名まゆりがあと二時間もしないうちに死んでしまうことが確定しているからだ。

 今からラジ館に忍び込んでも残された時間は多くても1時間だろう。直せるはずがない。岡部倫太郎もここまで考えられたのだろう。

 椎名まゆりと橋田至に一万円を持たせてラボから追い出した後こう切り出した。

 

「今から、タイムリープできる限界まで行ってタイムマシンの修理を試みる」

 

「当てはあるの?」

 

「ない。今から修理しに行くよりはましだという程度だ」

 

 そのあと岡部倫太郎と牧瀬紅莉栖は少し議論した後、タイムリープマシンで跳べる限界まで過去に飛んで、タイムマシンを修理すると言うことへ希望をかけると結論を出したのだ。

 まだ、ジャンクリモコンが使えるように電話レンジ下の穴を広げていないので阿万音鈴羽に頼んで42型ブラウン管テレビの電源を入れてきてもらった。

 

 岡部倫太郎に習い、俺も黙って再びタイムリープマシンのヘッドギアを被る。

 マシンが起動した。

 

 

 8月13日 17時38分

 

      ↓

 

 8月11日 14時21分

 

 

 一度跳んだ後、再び俺たちは跳んでタイムリープマシンが完成する二日前までやって来た。

 阿万音鈴羽に対する説明は岡部倫太郎がやってくれたので、俺は必要以上に疑われることは無かった。

 俺が言うとあんなに不信感を持っていたのに岡部倫太郎が言うと余りに事がさらっと済んだ。……少し心にダメージを受けたが、文句を言ったとしても当然、今の阿万音鈴羽には伝わらないので少しの理不尽さを感じながら、タイムリープという現象を実感した。

 

 そのあと、帰って来た椎名まゆりと橋田至にタイムリープ前と同じことを説明してもらった。

 タイムマシンが今壊れていることも含めてだ。

 

「じゃあ、さっそくラジ館に見に行くべき」

 

 タイムマシンを修理する事に、やる気のある橋田至にみんなついて行こうとする中、椎名まゆりが声を上げた。

 

「ちょっと、待ってー。みんなもう一つ忘れているよー」

 

「もう一つ? なんかあったっけ?」

 

「もー、みんなひどいよー。スズさんのお父さんを探さなきゃいけないでしょー」

 

「……父さんのことは、今はどうでもいいでしょ」

 

 そう言う阿万音鈴羽だったが、椎名まゆりは納得いかないようだった。

 岡部倫太郎も阿万音鈴羽の言うことに助勢しようとしたが、この時間から言うと一昨日の夜。つまり8月9日の夜にやった残念会の時に岡部倫太郎が”ラボメンのみんなで鈴羽の父親を捜す”と約束をしていたらしく、それを言われ岡部倫太郎は椎名まゆりの意見を聞くしかなかった。

 

「あのね、スズさんがここに来たのはね、未来を変えなくちゃいけないーっていうのもあるけど、やっぱりお父さんに会いたかったからかなーって思うのです。もしそうなら、まゆしいは会わせてあげたいのです」

 

 この言葉を聞いて岡部倫太郎は椎名まゆりの意見を飲むしかなくなった。

 

「椎名まゆり、君っていい子だね」

 

 阿万音鈴羽はそう言って顔を隠すように鼻をすする。

 彼女の情報によると、バレル・タイターというのは実際の父親の名前ではなく、レジスタンス時代のコードネームなんだそうだ。

 だから、外国人っていうわけでもなく日本人。でも、本名は教えてくれなかったようだ。名前を娘に言うことすらリスクになる壮絶な時代だったのだろう。

 

 この時間、この場所へタイムトラベルしてきたのも2010年の秋葉原に父親がいたことだけはわかっていたかららしい。

 

 唯一の手掛かりは、父親の形見であるピンバッジ。中央に歯車があしらわれ、それを大きく弧を描いた矢印が貫いている。

 淵には、記念メダルに刻印した時のようなイメージで、”OSHM***AT 7010”と浮き彫られているように見えた。

 すぐに岡部倫太郎が橋田至にググるように言うが、検索結果は海外のよくわからないサイトが出てくるのみだった。

 

 俺は、阿万音鈴羽の父親が誰か知っているが、今言うなんてことはしない。ここから先の時間が、阿万音鈴羽にとって一番幸せな時間だろうと思うからだ。

 

 そのあと椎名まゆりのスズさんのお父さんを探すという採決は、全会一致で賛成となった。

 

 でも、阿万音鈴羽はタイムマシンの修理のめどが立つまででいいと言った。彼女としても椎名まゆりが死ぬことは望んではいないからだろう。

 

 こうして、牧瀬紅莉栖と俺を残してラボメンのみんなはそれぞれの行動に移った。

 岡部倫太郎は、阿万音鈴羽と共にアキバにあるアンダーグラウンドなショップを巡ってピンバッジの出所を探す。椎名まゆりは一人で父親捜し。橋田至はタイムマシンの修理。

 そして俺と牧瀬紅莉栖の役目は前のリープと時間的に大きな差を付けないためにタイムリープマシンの完成を急ぐことだ。

 

 作業を進めていくうちに夜になった。橋田至はラボには帰ってきていない。そのまま帰ったらしい。夜になっても明るくして作業すればいいかとも思うが、あのタイムマシンは常時人の注目を集めている。警察に通報されたらそれで終わりだ。

 

 椎名まゆりの姿もなく、結局帰って来たのは岡部倫太郎と阿万音鈴羽だけだ。

 顔を見る限り、成果はなさそうだ。

 そのあと、岡部倫太郎は橋田至のパソコンを使いピンバッジの情報をBBSに求めることにした。

 明日はその情報をもとに探すらしい。

 

 

 8月12日、6時52分。

 

 牧瀬紅莉栖がソファーで寝ている岡部倫太郎の耳元でアラームを鳴らした。

 もちろん、たまらず飛び起きた。

 

「―――SERNの襲撃か!?」

 

 俺たちの姿を確認すると目をぱちくりさせている。

 

「グッモーニン」

 

 ちっともよくなさそうな顔で牧瀬紅莉栖はそう言った。

 岡部倫太郎は少し迷惑そうな顔をしたが、起こしてくれたことに対して、牧瀬紅莉栖に礼を返した。

 

「岡部倫太郎にはさ、見てほしいものがあって、起こしてもらったの」

 

 ソファーの前にあるテーブルにはニキシ―菅8個で構成されたメーターがあった。ダイバージェンスメーターだ。いつか確認したいと思っていた。

 

「……これは?」

 

「世界線変動率メーターっていうんだ。今、あたし達がどの世界線にいるかを数値で表示してくれる物なんだ」

 

 メータの数字は0.337187。原作と変わりはない。俺は間違ってなかったんだ。

 そんな安心感に包まれた。

 

 話を聞くとやはり、これは岡部倫太郎が未来で作っていたものらしい。でもダイバージェンスメーターの変動を確認できるのはリーディングシュタイナーを持っている者だけで、俺と岡部倫太郎以外には役に立たないという致命的な欠陥を抱えていた。これも正しく未来ガジェットの一つと言えるだろう。

 感心していた牧瀬紅莉栖はすぐに呆れの表情に変わった。

 

「でもそいつ、あたしがこの時代に来たころなんだけどさ、表示がちらついてたんだよね。今は安定してるみたいだけど、もしかしたら壊れてるかも」

 

 原作と同じ数値を表しているのだから壊れてはいないはずだ。大方、タイムトラベルしてきた影響だろう。

 

「で、このメーターを俺に見せた理由は?」

 

「このメーターが1%を超えたとき、君はβ世界線にたどり着いたことになる。ディストピアが回避され、椎名まゆりが救えるんだよ」

 

 あとたった0.6%ほど、しかしこのメーターには小数点以下が六つあるのに対して十の位がない。世界線を変えることの難しさを物語っていた。

 

 それから再び岡部倫太郎は阿万音鈴羽を連れて外へ出て行った。父親探しにいったのだ。

 

「さぁ、瀧原。私達も頑張りましょうか」

 

 俺たちは再び作業に戻った。

 

 

 8月13日。

 

 岡部倫太郎がラボにこもっている。昨日の椎名まゆりの話によると何でも警察に一時間ほどこってりと絞られたらしい。その原因は椎名まゆりが父親捜しのためにビラ配りをしていたのだが、誘拐事件と銘打っていたのがまずかったらしい。

 それに、この日は岡部倫太郎が怪しい外国人の露天商から手に入れた情報、ピンバッジの制作を頼んだ人物を確かめるためにタイムリープするつもりのはずだ。

 

 俺と牧瀬紅莉栖は予定の通り、午後2時ごろにタイムリープマシンを完成させた。

 直ぐに岡部倫太郎が跳ぼうとしたが、俺は止めた。

 

「何故止めるんだ。俺はタイターのピンバッジについて重要な手がかりを掴んだ。それを確かめに行くのだ。というかお前は一緒に跳ばないのか?」

 

「今回、僕は跳ぶ必要はないんです。それにまたタイムリープマシン制作するのは骨が折れますよ……。まぁとにかく夕方までは待ってほしいんです。いつ飛んだって岡部さんからすれば変わらないはずでしょう?」

 

 そう言って夕方まで待ってもらった後、8月11日の6時30分ごろに着くようにタイムリープマシンを設定して跳んでもらった。

 

 直後、予想通り、主観的な瞬間移動が起きた。場所はラジ館の8階。ドクター中鉢の記者会見が行われるはずだった場所だ。壁には大きな穴が開き、それを埋めるようにしてタイムマシンが鎮座している。下から見たときには分からなかったが、マシンに幾つもの亀裂が見られた。

 

「そうだ、これあげるよ」

 

 そう言って取り出したのは阿万音鈴羽自身が、父親の形見と言ったピンバッジだった。

 状況的に見れば、タイムマシンの修理が完了して阿万音鈴羽がもうじきタイムマシンで1975年に跳ぶころだろうか。

 

 橋田至の機転により、阿万音鈴羽ピンバッジのデザインを元にしてラボメン全員分を作るということになり、ピンバッジは阿万音鈴羽の手元に残った。

 

 それから、椎名まゆりによる重大発表が行われた。

 橋田至が阿万音鈴羽の父親だと言うことを見事に証明して見せたのだ。始めはみんな疑いを持っていたが、ピンバッジの記号の意味。

 

 Oは岡部、Sは椎名、H橋田、Mは牧瀬、Aは阿万音、Tは瀧原だというと途端に納得したように話を聞いていた。

 

 そして何よりも、タイムマシンの名前”FG204 2nd EDITION ver.2.34”というのが決定的だった。それは正しく橋田至のネーミングセンスだったからだ。

 阿万音鈴羽は橋田至に抱き着いた。

 

「父さん、あたし……来たよ。父さんが作った……タイムマシンに乗って」

 

「うん」

 

「父さんが託してくれた使命……あたし、ちゃんとやり遂げるから……」

 

「うん」

 

「だから、ちゃんと見ててほしい」

 

「うん、見てるよっ、絶対、見逃さないから!」

 

 泣きそうな顔で阿万音鈴羽はまだ橋田至に抱き着いている。

 たまらず、橋田至が未来のお嫁さんのことについて聞くがはぐらかされた。阿万音鈴羽の容姿を見る限り、橋田至の希望通りなのはわかっているだろうに。

 

「じゃあ、そろそろ行くよ」

 

 覚悟を決めた顔でそう言った。岡部倫太郎が父親と積もる話はないのかと引き留めるが決意は固いらしい。

 

 しかし、このまま行かせてしまっていいのだろうか。俺はこの先の事についても知っている。過去に行って失敗して、失意のうちに自殺する。

 今から岡部倫太郎に、尾行メールの打消しをさせるか?

 

 ダメだ。それではこの数日間の思い出が消えてしまう。この、父親との奇妙な再会さえも消えてしまう。

 俺はどうする?

 

「未来の運命は君たちにかかってる。あたしは使命を果たして必ずこの秋葉原に戻って来るから……」

 

 原作の流れを捻じ曲げてもいいのだろうか。俺は……

 

「……お願い―――」

 

 俺は……

 

「未来を―――」

 

 原作を……

 

「変えてほしい」

 

 ―――変えるんだ。

 

「……待ってください。阿万音鈴羽さん」

 

「何? 瀧原浩二。行くなって言われても私は絶対に行くよ」

 

「いえ、これからあなたは過去に行っても使命を思い出せずに失敗して自殺します」

 

「なッ! 何でお前なんかに分かるんだ!」

 

 俺の言葉に阿万音鈴羽は激昂する。

 

「ちょっと!瀧原! 冗談じゃ済まされない事言ってるわよ! あんたはそれを分かって言ってるの」

 

「はい。牧瀬さん。これは事実です」

 

「いいかげんなこと言わないでよ! あたしはいかなくちゃいけないんだ!」

 

 タイムマシンに飛び乗ろうとする阿万音鈴羽を岡部倫太郎は止める。

 

「待て! 鈴羽。こいつの話は一度聞いたほうがいい。何故だか知らんが瀧原は予言ができる」

 

 阿万音鈴羽はよろけるようにその場に崩れ落ちた。

 

「僕の言っていることはラボに戻れば正しいと証明されます。皆さん行きましょう。嘘ならばそのあとすぐに跳べばいい話です」

 

 俺の言葉によってみんなでラボに帰った。

 帰る最中、誰も口を開かない。誰だってこんなことは認められないからだろう。

 

 ラボについて数分。ドアをノックした後、ヌッと天王寺裕吾が現れた。阿万音鈴羽がいることに対してなにさぼってるんだと怒鳴り声をあげたが、俺が呼んだことにしてやり過ごした。

 岡部倫太郎と少し話した後、手紙を残して去って行った。

 

 岡部倫太郎は封を空け、それぞれに聞こえるように読み上げ始めた。

 その手紙は、絶望の色に塗りたくられ、聞いていてこちらの気持ちをも引きずり込んでしまうほどの物だった。

 

「―――こんなっ……人生は無意味だった……」

 

 岡部倫太郎が読み終えた途端に阿万音鈴羽は泣き崩れる。

 

「あたしはどうしたらいいって言うのよ……」

 

「安心してください。まだ手段はあります」

 

「……手段ってなんなの?」

 

「タイムリープマシンを使うんです」

 

「でも、タイムリープマシンでは雨があった朝まで届かないはずじゃ……」

 

「牧瀬さんと阿万音さんの二人で跳んでもらうんです。あの日に向かって。そして牧瀬さんにはタイムリープマシンを完成させる時間をもっと早くしてもらいます」

 

「……なるほど、過去へ梯子を掛けるように、タイムリープマシンで届くようになるまで完成する時間を早めろって言うのね?」

 

「そうです」

 

 牧瀬紅莉栖にはとても負担がかかる話だ。しかし、俺が過去に行くよりもよっぽど成功率は高いだろう。

 阿万音鈴羽は泣きながらも立ち上がる。

 

「あたし、行くよ。そこに希望があるって言うのなら」

 

「私も、跳ぶわ」

 

 牧瀬紅莉栖も覚悟を決めてくれたようだ。

 

 俺はタイムリープマシンの設定は最大の48時間に設定した。

 もう2人はヘッドギアを被っている。

 

「済まない……」

 

 俺のしたことは脅しだ。未来の現実を突きつけて、言う通りに跳ばざるを得ないようにしたのだ。

 

「いいんだよ。瀧原浩二、これは君なりの最善策ってやつなんでしょ? あたしはこの時代の思い出をもって過去に行けるんだ。感謝することはあっても、謝られるようなことは無いよ」

 

「済まない……」

 

 俺はタイムリープマシンを起動させる。

 青い放電現象が始まった。阿万音鈴羽の目は赤いが笑顔で俺を見ている。

 

「それじゃ、行ってくるね」

 

 阿万音鈴羽の指が携帯のボタンに添えられて押された。

 

 視界が縦と横に大きく引き伸ばされ、そして縮む。あの存在自体がぼやけるような感覚も俺を襲った。

 俺と岡部倫太郎は世界線移動を観測した。

 

 俺の隣には岡部倫太郎がいた。ここはラボのようだ。俺たち以外のラボメンは何事もないように過ごしている。

 

「変わったのか?」

 

「そのはずです」

 

 談話室のテーブルからダイバージェンスメーターは消えていた。牧瀬紅莉栖と阿万音鈴羽はあの無茶な作戦を成功させてくれたようだ。

 

「……岡部さん。話があるのでちょっと外に歩きに行きませんか。大丈夫です、椎名まゆりの死は今日は来ません」

 

「別にいいが、その話本当なんだろうな?」

 

「はい。信じてください」

 

 岡部倫太郎を連れてやってきたのはラボの近くにあった公園だ。

 俺は未だに話を切り出せずにいると岡部倫太郎が問いかけてきた。

 

「それで、話ってなんだ」

 

「……これはいわば遺言の様なものです」

 

「何?」

 

「岡部さんが最初に一人でタイムリープした原因は何でしたか?」

 

「ラウンダーに襲撃されてだ。たしか俺はお前に庇われてタイムリープに成功した」

 

「そうですか、……僕はそんなことをしてたんですね。……この後、具体的には8時前に岡部さんをかばった僕に上書きされて消えます」

 

 もうそんなに残された時間はない。

 

「消える……!? リーディングシュタイナーのせいか!」

 

 リーディングシュタイナー。それは世界線を越えて記憶を継続する力。別の言い方をすれば移動した世界線にいた自分を塗りつぶしてしまう力。

 

「そうです。せめて岡部さんには、この数日間僕が……元の瀧原浩二とは違うこの俺が……確かに此処にいたことを覚えていてほしいんだ」

 

 岡部倫太郎をかばった瀧原からすれば、岡部倫太郎がタイムリープした直後にリーディングシュタイナーが発動するわけだ。つまり元々この世界線にいたこの俺は別の世界線の瀧原に上書きされるということになる。

 

「瀧原……」

 

「これが、報いなのかもしれない……神でもないのに世界を変えようとした事に対する。でも安心してくれ、この俺が消えても、移動してくる瀧原浩二が岡部を助けてくれるから」

 

 素が出ている、もう取り繕うことすらできない。

 涙が止まらない。自分が消える恐怖。俺とは違うもう一人の俺がこの体に入り込んでくるという不快感。逃げ出したかった。でも、逃げられない。

 

「でも、俺がこんなになって消えたことはこれから来る瀧原浩二には言わないんでほしいんだ。きっと俺は動けなくなるから……」

 

 俺は岡部の手を握る。暖かい。

 

「それじゃあ岡部、また何処かの世界線で会おう」

 

 できるだけ笑顔を意識して別れを告げる。きっと歪な笑顔だろう。

 

「瀧原っ! 待て!」

 

 俺は走った。秋葉原の人ごみに紛れて岡部倫太郎を撒くまでにそう時間はかからなかった。

 

 時刻は19時53分。俺の足は止まった。

 

 




-追記-

何度も誤字報告ありがとうございます。

17/04/26/19:26
わかりにくいので少し書き直しました。今後も物語に影響のない範囲で、内容を変えるかもしれません。


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再誕のイデアル

8月13日、19時53分。

 

「跳ん……だ?」

 

俺の胸から血は出ておらず、あの信じられないくらいの痛みも引いていた。

しかし、息が乱れて冷汗も止まらない。世界線移動の不快感も合わさり非常に気分が悪い。

落ち着くために、取り敢えず近くの建物の壁に沿い座り込む。

 

まず、ここは何処の世界線だ? 順当に世界線移動ができたのだろうか。

岡部倫太郎がタイムリープしたのが原因なのは確かだ。どんな事をしたか、岡部倫太郎に聞くのが一番早いだろう。

携帯を取り出した時、岡部倫太郎から電話がかかって来た。

 

「……瀧原、今どこにいるんだ?」

 

もしもしの言葉も無くいきなり居場所を聞かれ少し驚く。

声が少し暗いのも気になるが、取り敢えずここがどこか目印を探す。

人の流れを追うように目をやると秋葉原駅が近くにあることに気が付いた。

 

「秋葉原駅です。丁度、僕も連絡をしようとしていたところなんですよ」

 

「なら、ラジ館前で落ち合おう。……逃げるなよ」

 

岡部倫太郎がそう言った後、電話が切れた。

 

逃げるなよって、この世界線の俺は何かやらかしていたのだろうか?

そんな不安を抱えながら俺はとりあえずラジ館の方へ向かった。

 

少し暗くなっているラジ館前を見て俺は少し違和感を感じた。この時間ならまだ、あれから日が経ったとはいえある一定数の人間が下から人工衛星を見物していたというのに、人がいないのだ。

 

ふと、ラジ館を見上げるとタイムマシンが消えていた。

 

何故だ?

さっきの世界線移動は阿万音鈴羽のタイムトラベルで起きたというのか?

いや、そんなはずはない。

まだ阿万音鈴羽がタイムトラベラーだということすら言っていないんだぞ俺は。

それに壊れていたタイムマシンで過去に跳んでも阿万音鈴羽の使命は失敗し、世界線は変動しないはず。

 

岡部倫太郎にはしっかりと話してもらわなければいけないことが出来たなと思いながら、走って来る岡部倫太郎を見つめるのだった。

 

岡部倫太郎と俺はラボの方に向かってゆっくりと歩きながら話していた。

俺が丁寧に問いただしたところ、岡部倫太郎はこの世界線の過去の俺の発案によって世界線が変えられたのだと言う。

鈴羽もあの絶望の35年間を過ごすこともなく、みんなで父親捜しをした記憶を持ったまま過去へ旅立ったと言ったのだ。

 

その話を聞いたときに俺ならやりそうなことだなとか、消えてしまった俺は不安だっただろうなとか思うのと同時に、激しい達成感に身を打たれた。

 

俺が知らないところで起きたこととはいえ、俺が干渉した事で起きた事象の中で初めて、ハッキリと良い結果だったと言える事が起きたのだ。

鈴羽の話を岡部倫太郎から聞いて、しばらくの間、一つ枷が外れたような、そんな高揚感が心の中にあった。

 

「……憶えていないんだな」

 

「はい。今の僕とこの世界線にいた僕は違う存在ですから」

 

様子がおかしい。が、すぐに切り替えたように俺を真っすぐに見つめた。

まだ悲しみの色が顔から抜けていない。

 

「俺からすると、過去の瀧原が言っていたことなんだが、何故今日まゆりは死なないと言えるのか教えてくれ」

 

岡部倫太郎の質問がその浮かれた気持ちを冷めさせてくれた。

そうだ、まだ俺にはやらなきゃいけないことがある。この世界線はまだ安全ではないのだから。

何よりも岡部倫太郎にとって大切な椎名まゆりの生存が確定したわけではないのだ。

 

「鈴羽は多分岡部さんに、ダイバージェンス1%の向こう側、アトラクタフィールドβでは椎名まゆりが救えると言っているはずです」

 

「ああ、確かにそんなことを言っていた」

 

「その世界線に近づけば近づくほど椎名まゆりの死が遠ざかるんです」

 

「と言うことはまだ、まゆりが死ぬ未来が確定しているのか!?」

 

「残念ながら。でも世界線変動によって椎名まゆりのデッドラインは一日ぐらいの猶予ができました。アトラクタフィールドβへはあと数回、Dメールによって歪められた世界を元に戻してもらう必要があります」

 

「Dメールが原因でまゆりが死んだのか?」

 

「そうとも言えます。でもDメールのおかげで牧瀬紅莉栖が生き延びたとも言えるんです」

 

「何?」

 

「岡部さんが最初に送ったDメールを思い出してください」

 

「牧瀬紅莉栖が刺された……。まさか、アトラクタフィールドβでは紅莉栖が死んでしまうとでも言いたいのか!?」

 

「…………」

 

血だまりの中に倒れる牧瀬紅莉栖の姿が頭に浮かんでいるのだろう。

それと同時に、何回も死んでゆく椎名まゆりの姿も思い出しているのだろう。

 

「俺はどうしたらいいんだ」

 

「はい?」

 

「俺はどうしたらまゆりと紅莉栖を助けられるんだと聞いているんだ。あるんだろう? その策が」

 

岡部倫太郎の頭はとても冴えているようだ。俺が何のために未来の事を言ったのかよく分かっているらしい。

しかしこのまま俺が次の説明するよりも実際に体験してもらいながらの方がいいだろう。

 

「あります。でも、明日にしましょう。岡部さんもまだ精神的に疲れているはずですから一晩、ゆっくり休んでください」

 

岡部倫太郎が早く言えと俺に言うが、俺だって休みたいのだ。今は傷がないとはいえ穴だらけにされたんだ。安全と分かっている今、休まない方がおかしい。

俺はそのまま家に向かったが、ようやくあきらめた岡部倫太郎はラボにいったん戻るそうだ。

 

翌日、俺はラボに来たが、回れ右して帰りたくなった。

椎名まゆりと牧瀬紅莉栖の修羅場オーラとでも言うのだろうか? とにかくそんな雰囲気を出しながらニコニコしているのだ。怖い。

そんな空気になった原因は牧瀬紅莉栖が言ったこの言葉だったようだ。

 

「岡部って尽くすタイプだったのね」

 

昨日、岡部倫太郎は椎名まゆりを家まで送って行き、今日の朝もわざわざ秋葉に来るタイミングを聞いて迎えに行ったのだそうな。

ご飯も毒見をして、ここに来るまで手をつないできたのだと牧瀬紅莉栖が言う。

にこにことしている椎名まゆりのオカリンに愛されちゃってるねーとの発言から岡部倫太郎は椎名まゆり自身が話したのだと分かったようだ。

 

「まゆりよ、なぜわざわざクリスティーナに話したのだ」

 

「あれ、オカリン言っちゃいけない事だったかなー? 別に紅莉栖ちゃんに教えたって何も問題ないよねー。それなのにオカリンはそんなこと言うんだー。おかしいねー」

 

表情はいつもと変わらないが椎名まゆりの目が笑っていない。いたずらにしてはひどいと思う。

 

「それで、岡部とまゆりは、付き合ってるわけ?」

 

「そう見えるのか?」

 

「え、ええと、それじゃ付き合ってないわけなのよね? そ、そうよねこんな痛い人と付き合う人なんていないわよね」

 

「まゆしぃとオカリンはちっちゃいときから友達だったんだよー」

 

全く関係のない俺から見たら、椎名まゆりが牧瀬紅莉栖を牽制しているようにしか見えない。

友達だったんだよーの言葉の後に、だから紅莉栖ちゃんは諦めてね。と、ついてもおかしくない無言の圧力だ。

 

そう言えば椎名まゆりは芯の強い子だった。ここはそっとしておいた方が無難だろう。

助けを求める視線を俺は知らんぷりを決め込んで開発室へ逃げる。戦略的撤退だ。

未来のことは分かっても女の心は誰にも分らないのだ。

 

タイムリープマシンに設定を打ち込んで、しばらくした後、岡部倫太郎が疲れた顔で入って来た。

 

「裏切り者め」

 

「羨ましいくらいですよ」

 

「……まあいい、これを見てくれ」

 

岡部倫太郎が紙袋から取り出したのはダイバージェンスメーターだった。今日の朝、天王寺さんに橋田鈴について聞いたらしく、そのまま家に行かせてもらって譲り受けたのだという。

しかし、そのメーターは表記がおかしかった。数字が、二つのニキシ―管だけ数字が重なったようになっている。

何故だ? 考えても答えは出そうにない。

 

「俺がミスターブラウンから譲りうける前もこうだったらしい」

 

「そうですか」

 

今はとにかくタイムリープをするべきだろう。

そこから岡部倫太郎にフェイリスルートへ入ってもらったら余計な事を考えなくて済むはずだからだ。

 

俺はヘッドギアを被った。岡部倫太郎にもヘッドギアを渡した。

隣から牧瀬紅莉栖が顔を出して実験はしないんじゃ無かったの? と、問いかけてくるが、俺たちはそのままタイムリープを決行した。

 

 

8月14日 17時38分

 

     ↓

 

8月13日 10時38分

 




-追記-

誤字報告ありがとうございます。


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漆黒のフォール

 これが、強制的に記憶を思い出す苦痛なのだろうかとプスプスと脳を刺す痛みに思わず声を上げる。

 俺にとって初めてのタイムリープとなるため不安があった。

 岡部倫太郎は慣れているのか携帯で時刻の確認をしている。どうやら成功したようだ。

 

 俺たちは揃ってラボにいた。何もおかしいことは無い。まだ俺はタイムリープマシンの制作途中のはずだからだ。

 岡部倫太郎の話によると、牧瀬紅莉栖と鈴羽がタイムリープして大雨の日に届くようにタイムリープマシンの完成を早めたそうだが、世界線移動の際になかったことにされたらしい。現に隣の開発室で牧瀬紅莉栖が作業を続けている。

 ラボにいる人にバレないように小声で岡部倫太郎に用件を伝える。

 

「いいですか? これから岡部さんにはフェイリスさんのメールの内容を打ち消そうとしてもらいます」

 

「フェイリスのメールをか?」

 

「はい。内容は岡部さんが自分で探って下さい。でも動き出すのは14時くらいになってからでお願いします」

 

「何故だ?」

 

「僕の知識ではそのように岡部さんに動いてもらうのが、椎名まゆりと牧瀬紅莉栖が助かる可能性の高い世界線に移動しやすいからです」

 

 俺はそういうと牧瀬紅莉栖の作業に参加した。

 わざわざこの時間に跳んだわけは主にタイムリープマシン及び電話レンジの構造についてもっと詳しく知るためだ。前回の制作だけではまだわからないところがあったのだ。なんて言ったってこれはタイムマシンだ。自分の知的好奇心を満たすにはこれ以上のものがないだろう。

 無言で手を動かす。前回やった部分の制作はお手の物だ。

 

 時間は刻々と過ぎて行き、再び俺は仕上げの二本のコネクタをつないだ。完成だ。

 談話室に戻るともう岡部倫太郎の姿はなかった。居るのは椎名まゆりと牧瀬紅莉栖と俺だ。橋田至はいない。

 

 今頃岡部倫太郎はフェイリスの家に向かった後追い返されてUPXの方に歩いているころだろうか。どう転ぼうともフェイリスのストーカーに近い橋田至に連絡を取るのは間違いないから何も問題はないだろう。

 橋田至のパソコン前の椅子に座って一息つく。

 

「ねーねー、コウ君。ちょっとこのコスをびろーんってひろげてみて欲しいんだー」

 

「これでいいですか?」

 

 襟の部分と右の方をつかんで広げた。

 椎名まゆりは広がったコスプレを見て唸っている。時折自分の手のひらを物差しのようにかざしている。芸術家の様だ。

 そう言えば原作で椎名まゆりが作るコスはレイヤーに人気があると言われていたな。確かに近くから見ても安っぽさはなくクオリティーも高いように見える。

 

「うん。できたーコウ君ありがとー」

 

「私の勝ちね、まゆり」

 

 そう言えば競争をしていたのだった。それに徹夜も。

 持っていたコスを椎名まゆりに返した後、再び椅子に座った。

 

「そう言えば、瀧原は私たちの事を知っているらしいけど、私たちはあんまり知らないのよね。不公平だわ」

 

「まゆしぃもコウ君のこと興味があるなー」

 

 2人は俺が何か話すまで目を離す気は無い様だ。何を話そうか。

 

「別につまらない話になりますがいいですか?」

 

「うん。いいよー」

 

「では、小さいときの頃の事でも話しましょうか。信じられないかもしれませんがこれでも僕は問題児だったんですよ。無駄な知識を大量に持ってましたから」

 

「無駄な知識って、未来の記憶も含めてってこと?」

 

「はい、その通りです」

 

「えー、それじゃ強くてニューゲームだねー」

 

「ホントにそんなかんじだったんですけどね。知識はあっても使う頭がなかったですからどれだけ頑張っても周りの人たちと対立して、結局は親が呼ばれてというのを繰り返していました。そのころはこんな風に丁寧な話し方じゃなくて、自分の事は俺って言ってたんですよ。それで、結局友だちもできなかったんですけどね」

 

 図書館に通っていた日々を思い出す。高校、大学に入っても結局小さいときの時を思い出してクラスメイトとかと仲良くできなかったんだよな。

 そのおかげで今、椎名まゆりと牧瀬紅莉栖と話せているわけだが。

 

「でもでもー。もうまゆしぃ達が友だちだから問題ないよねー」

 

 きっと言ってくれるだろうと分かっていたが、やはり直接言われると嬉しいものだ。

 

「コウ君もまゆしぃのことは椎名さんじゃなくてもっと気楽に呼んでほしいのです」

 

「私も牧瀬さんじゃなくて紅莉栖でいいわよ」

 

 ほんとにいい人たちだ。何としてでも救わないといけないと思う気持ちが強くなる。

 

「それじゃ、早速。まゆりちゃん、クリスティーナ、今後ともよろしく」

 

「ちょっと、瀧原まで岡部みたいに呼ばないでよ! 結構はずかしいんだからな! それ……」

 

「ははは、冗談ですよ。紅莉栖」

 

「まゆしぃだけちゃん付けなのが納得いかないなー。なんだか子供みたいだよー」

 

「子供みたいに可愛いからですよ」

 

 これは口説いているわけではない。前世を含めるともう年寄りもいいところだ。だからその規格外の立派なものには断じて興味はないのだ。と自分に言い聞かせるが、どうも顔が赤くなっているような気がする。ニコニコしている椎名まゆりと牧瀬紅莉栖。いや、まゆりと紅莉栖にもう話は終わりだと告げてパソコンをいじる。

 

 温かい目で見られている気がするが、何とか振り切った。岡部倫太郎が帰って来たらすぐにタイムリープマシンを使ったのは言うまでもない。

 でも、やらなければならないこととはいえ、この思い出もなかったことにされるのは寂しい気がした。

 

 

 8月13日 17時32分

 

     ↓

 

 8月13日 10時32分 

 

 

 タイムリープが成功した後、俺は岡部倫太郎にやるべきことの確認を取った。フェイリスを雷ネットの決勝戦に勝たせるためにサングラスと耳栓を買っていってフェイリスに渡すのだと岡部倫太郎はしっかりと理解しているようだ。

 

 すぐに出かけた岡部倫太郎を見送ったあと俺は紅莉栖とタイムリープマシンの制作作業を急いだ。

 

 そして再び俺は二つのコネクタを電話レンジを制御するパソコンにつなげ、タイムリープマシンは完成した。

 時間は午後二時。俺はある準備をするために買い物に走った。

 

 今頃、岡部倫太郎はヴァイラルアタッカーズとフェイリスの試合を見ているのかもしれないな。そんなことを思いながら試着を繰り返し強要された。

 

 それから、買い物と借り物を終えた俺はできるだけ急いで、午後四時ごろフェイリスと岡部倫太郎が4℃率いるDQN軍団に絡まれる陸橋まで来ると俺は機を伺った。

 

 岡部倫太郎がフェイリスに事情を説明しているようだ。未来のフェイリスがヴァイラルアタッカーズに卑怯な行為をされ一度負けたこと。そのフェイリスが雷ネットの決勝で勝てればDメールの内容を思い出せると言っていたらしいのだが、事情を聞いたフェイリスによるとそれはやはり嘘だったらしい。

 

 原作を思い出してみると、それは見事な色仕掛けだったな……。あれじゃ4℃にシャム猫を気取ったメスと言われても否定できないような気がしたが気にしないことにした。

 

 それからしばらくじっと見つめ合っている岡部倫太郎とフェイリスを囲むように”黒い集団”が集まりだしていた。俺もそれに混ざるように岡部倫太郎とフェイリスに近づいて行く。

 最後に現れたのは4℃だった。

 

「チャンピオンに言わなきゃならねぇ事がある。そう、ガイアが俺に物言いをしろとささやくのさ。この雌猫がよぉ、相手の心を読むなんてイカサマをしてやがるってことおよぉ」

 

「フェイリスはそんな卑怯な手は使わないニャン」

 

「イカサマなんてしてるはずがないだろう! 卑怯な手を使って妨害していたのは貴様らの方ではないか!」

 

「なんだと、テメェ。この黒の絶対零度こと4℃様は黒き神に誓ってイカサマなんかしねぇ! ……それ以外にどんな方法を取るかはしらねえがなぁ」

 

 ニヤリと笑った4℃は続けるように言葉を発した。

 

「それに、知ってるんだぜ。テメェの父親はこの秋葉原で幅を利かせている権力者ってことをなぁ! 大方そのコネを使って雷ネットABグラチャンのスタッフに自分が勝てるように圧力をかけてるんだろう?」

 

 その言葉に雷ネットABグラチャンから帰ろうとしていた観客たちの野次馬がざわめきを見せた。

 さらにヴァイラルフリークスたちは集まってきた観客を煽るように適当なことを大声で吹かす。

 

「やっぱり出来過ぎだと思ってたんだよなぁ、やっぱりやらせだったか」

 

「全く最悪だぜ、あの猫女」

 

 ここで俺もヴァイラルフリークスに成りすましてあることを大声で言ってみようか。

 

「ところで、知ってるか? 4℃様の頭にある10円ハゲって就職が上手くいかない事を親にしつこく怒られたからなったらしいぜ」

 

「マジかよ、知らなかったぜ」

 

「いっつも4℃様が黒点って言ってたけど、あれってどう見ても白点だよなぁ……」

 

「てか、テメェ誰だよ!」

 

 あまりにノリがいいヴァイラルフリークスに感動を覚えながら俺は輪の中心に出た。

 俺は、抑圧されていた時期が多いから、変身願望が元々あったんだ。それにいつもの口調だと舐められるだろうからここはインパクトで勝負だ。だから、ご了承ください。

 

「俺は、この世界に舞い降りた黒き予言者、フォール様だ!」

 

 時が止まった。

 黒い革ジャンにピッチピチの黒いパンツ。体のいたるところにシルバーアクセサリーを付け、歩みを進めるごとにジャラジャラと鳴る。

 髪はカツラにより真っ白で目には赤いカラーコンタクトがはめられている。

 しまいには化粧まで……。

 店員さんに”ガイアが俺にささやいてる感じで”ってお任せした結果がこれだった。簡単なのでよかったのに本気を出されてしまって、気づけば時間も迫っていたからしょうがなくこのまま来たというわけだ。ほんとに恐ろしい街だ。

 某魔神のように手を斜めに振り下ろす。

 

「お、お前、瀧原なのか?」

 

「ちょっと似合ってるのがウザイニャン」

 

「僕の事はいいですから早く逃げてください」

 

 未だに戸惑ったままのヴァイラルフリークスたちの横をすり抜け岡部倫太郎とフェイリスが逃げ出す。俺もそのあとに続くように逃げ出した。

 

 ようやく4℃の声で再起動を果たしたヴァイラルフリークスたちが俺たちを追いかけ始めた。

 

「いいですか! 困ったらメイクイーン+ニャン2に行ってください!」

 

「分かった!」

 

 それだけ岡部倫太郎に言うと、俺は下に止めておいた借りバイクで走り出した。

 




-追記-

少し不自然な所があったので編集しました。

誤字報告ありがとうございます。

メイクイーン+ニャンの後に二乗の2を付けていたのですが表示されない場合があるらしく、普通の2に代えさせてもらいました。


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幻影のコンプレックス

 秋葉原前駅広場に背を向けてバイクを運転していた。

 だが、俺はペーパーライダーだ。正直言ってまともに運転できる気がしない。

 それならなぜ乗ったと思うだろう。でもこれぐらいがいいのだ。岡部倫太郎とフェイリスにかかる追っ手を分散させるには下手なくらいでいい。

 

 タイムズタワーがある交差点で左に曲がり、中央通りに出た所で南へと走る。

 ちらほらとヴァイラルフリークスたちと思われる黒い影が大体一定間隔ごとに見えた。ほんとにヴァイラル組織の規模はどうなってんだと思いながらも運転に集中する。もしかしたらラウンダー並みに秋葉原に散らばっているのかもしれない。

 時間を考えながらスピードを調節する。全く違う方向にもバイクを走らせてさらにかく乱を計った。

 

 万世橋に差し掛かる前に、右へ曲がりこの世界線ではラーメン屋さんになっているメイクイーン+ニャン2の前を通過するようにもう一度曲がった。

 まだ岡部倫太郎はとフェイリスが来るには早すぎた様だ。再び中央通りに向かい同じようなルートを選択しバイクを走らせた。

 気のせいか奇妙なものを見る目でいろんなところから見られている気がする。

 

 爆竹の様な音がした後、メイクイーンからラボの方に向かう岡部倫太郎とフェイリスを発見した。

 おそらく、紅莉栖からの助言で粉塵爆発でも起こしたのだろう。

 

 俺は回り込むように蔵前橋通りから、ラボに向けて走る。2人は完全に囲まれているようだ。更にバイクを加速させた。

 蜘蛛の子を散らすように歩いていた人達が横にそれる。

 

「くっ、ぐぁあああっ、右腕がっ暴走しているっ! お前たち早く逃げろっ、秋葉原が血の海と化すぞ……」

 

「俺様、黒き貴公子4℃様が黒と言ったならそれは黒なんだよ……ってコイツ大丈夫なのか?」

 

「4℃騙されんな! そいつは典型的な厨二病だ!」

 

 反社会的なDQN系の厨二病と、特別な力に憧れる邪気眼系の厨二病の妄想バトルなんて傍から見れば面白いことをしている。

 

「暴走バイクがとおりますよーっと!」

 

 そう叫びながら岡部倫太郎とフェイリスの間に割り込み、ヴァイラル達を蹴散らすために目の前で急停止してやろうと思った。

 ブレーキを掛けた途端にゴッという衝撃と共に前につんのめりそうになる。

 咄嗟にバイクを横に寝かせるようにしたら、物凄い勢いで前輪を軸に後輪が前へと出た。砂煙が辺りに漂う。

 怖えぇ!!

 結果的にヴァイラル達を怯ませられたからよかったが一歩間違えれば大事故だ。

 まだ、助けが来る気配はない。時間稼ぎをしなければ……。2人ともバイクに乗せて逃げようとも考えたが一人でも大変だったのに3人乗りとなると間違いなく事故る。

 

「フッ、黒き予言者、再び見参。お前たちは俺の前からは逃れられない」

 

 心の中で逃げてたのは自分だろとセルフでツッコミを入れる。

 

「テメェ、よくもさっきはこの黒い孔雀、4℃様の黒点を大勢の前で暴いてくれたな……」

 

 どうやらさっきのようにポカンとはしてくれないらしい。空き缶を持っている奴を確認した。

 岡部倫太郎は再びフェイリスを守りに入ったようだ。

 2人とも心配そうな目で俺を見るが出来るだけ気にしていないように演技をつづけた。

 

「それが、貴様の大切な秘密だったのかよんどしー?」

 

「テメェ舐めてんのか!」

 

 その言葉と共に投げられると分かっていた空き缶を掴む。ヴァイラル達にざわめきが起きた。

 

「殴りかかってきてもらっても構わないが、俺は全てを見通している。返り討ちにあうのは覚悟してもらおう」

 

 ハッタリだ。空き缶が投げられてくるという所までしか俺はヴァイラル達の行動は予測できない。

 しかし、こいつらも立派な厨二病患者の一員だ。それらしく思わせてやれば”ホントにそうなのかもしれない”と思って躊躇してくれる。

 僅かな間にらみ合い。この時間が俺たちの勝敗を分けた。

 

 エンジン音が響く。バカでかい車が狭い道を走って来る。クラクションが連打されている。

 さっきの俺のバイク暴走とは比にならないくらいの迫力に野次馬たちも悲鳴を上げて逃げ出した。

 急ブレーキにゴムが焼けるような匂いがした。

 

「乗りなさい」

 

 後部座席から身を乗り出したのはフェイリスのパパさんだ。

 すぐさま岡部倫太郎とフェイリスは乗り込む。俺も乗ろうとしたらフェイリスパパさんから物凄い眼で睨まれた。

 ドアを閉めようとするのを見てフェイリスがパパさんの勘違いを指摘した。

 

「待って、パパ。この人もフェイリスたちを助けてくれたのニャン」

 

 疑う様に俺を見たパパさんが素早いながらも渋々と開けたドアに俺は乗り込んだ。

 

「クソッ、待ちやがれ!」

 

 叫ぶ声を置き去りにして車は急発進した。

 

 

 車に乗ったはいいが、岡部倫太郎は緊張が切れたのか横になる。俺が来る前に何発かパンチを食らっていたようだ。

 そんな岡部倫太郎をフェイリスは膝枕していた。

 

 俺はもちろん入ってすぐにカツラとカラーコンタクトは外した。そのとたんに、君だったのか! と言われてしまい苦笑いした。

 フェイリスパパさんの話によると原作通り、雷ネットABグラチャンに優勝したフェイリスを祝おうと車で移動している最中にヴァイラル達ともめているのを目撃したそうだ。

 

「君達にはお礼を言わなければいけないね。岡部君、瀧原君、本当にありがとう」

 

 謙遜する岡部倫太郎だったが、パパさんは本当にありがとうと言って俺たちの手を取った。

 

 本当は岡部倫太郎一人でここは切り抜けられたのにその功績をかすめ取ったみたいで俺は何とも微妙な気分だった。

 

 その日の夜はパパさんの好意であの高層タワーマンションに泊めてもらうことになった。

 食事中、IBN5100について岡部倫太郎が聞くが、やはりフェイリスのDメールによる嘘の誘拐事件の身代金、一億円のためにフランスの実業家に売り払ったのだという。

 売った相手とは連絡が取れるらしいが、SERNに繋がっている可能性が高い。そんな危険は取るべきではないと判断したのだろう。丁寧にお断りをしていた。

 

 いつもの偉そうな口調が抜けちゃんとした敬語が使えているように思える。何故その口調を電話口でできないのだろうか。そうすれば原作でフェイリスのDメールを送る際に紅莉栖に電話を即切られることもなかっただろうに。

 

 その後、俺たちは部屋に案内された。フェイリスパパさんの隣の部屋で、この家でもかなりいい部屋だと言うことがそれだけでも分かる。

 着替えも用意してもらって俺は無事にあのへんてこな衣装を脱ぐことができた。

 

 岡部倫太郎がこれでよかったのかと聞いてきた。おそらく紅莉栖とまゆりが生存できる世界線に行くためにはという意味だろう。俺が考える限り完璧に近い。

 

「何も問題ありませんよ。あとは世界を変えるだけです。紅莉栖とまゆりちゃんが死なない世界へ」

 

「世界を変えるって、Dメールか? 更に変えてしまったらまゆりが死ぬのが早まるだけじゃないのか?」

 

「いいえ、鈴羽は1%の向こう側の世界線を目指していましたが、僕たちはその逆を行くんです」

 

「逆だと?」

 

「ダイバージェンス0%の向こう側。鈴羽が来た世界線から相対的にマイナスの世界線。ほとんど未知のアトラクタフィールド」

 

「そこに行けば紅莉栖とまゆりが助かるんだな?」

 

「少なくとも8月14日のデッドラインは越すことは確認しています。でも、その世界線では未来ガジェット研究所が作られず、ほとんどの人間関係が無かったことになります」

 

「ほとんどって、どれくらいなんだ」

 

「フェイリスさん以外の交友関係がなくなります」

 

「…………」

 

 つまり、岡部倫太郎が鳳凰院凶真として生きてきた理由がなくなるも同じ。自分だけが相手との思い出を覚えているが、相手からすると自分は見知らぬ人。

 椎名まゆりが原作で岡部倫太郎とタイムリープマシンの部品を買いに行った時に交わした言葉。

 

「まゆしぃがね、タイムリープマシンを使ってもしも今日友だちと遊びに行くことにしたらどうなっちゃうの?」

 

「それは……今ここにいる事実がなかったことになり、俺は一人で買い物をしていることになるな」

 

「まゆしぃはこの事を覚えてるんだよね」

 

「ああ」

 

「それじゃあ寂しいね」

 

「俺がか?」

 

「ううん。まゆしぃがだよ」

 

 原作のテキストを読んでいるときは正直よく意味が分からなかった。でも今ならよくわかる。たった数日間ラボメンとして過ごした自分でさえ寂しいと思うのだ。長い間椎名まゆりと過ごした思い出を持っている岡部倫太郎からしたら、それは今まで生きてきた人生が半分無かったことにされるも同じで寂しいどころではないだろう。

 

 岡部倫太郎は間違いなく二人の命を優先するだろう。それが分かっていてそんなことを突きつけている自分が嫌いになりそうだ。

 

「どんな内容を送ればいいんだ?」

 

「……フェイリスさんが送ったDメールに関連させてIBN5100を売らないように誘導させるんだ」

 

「具体的には?」

 

「分からない」

 

「分からないだと!? ここまでやってきてそれはないだろう!」

 

「本当に分からないんだ! でもその世界線に突入する前準備として状況は出来るだけ再現したんですよ……」

 

 岡部倫太郎が傷つくのを見逃すことはできなかったがそれ以外は出来るだけ再現したんだ。

 

「明日、フェイリスさんと、どんなメールを送るか相談してください。基本的な考えとしてIBN5100が僕たちの手元に来るような文面を考えたらいいです」

 

「…………」

 

 部屋のドアがノックされフェイリス、いや、今は秋葉留未穂の、入っていい? という声が聞こえてきた。

 俺は入って来た秋葉留未穂と入れ替わるように部屋を出た。俺に感謝の言葉を言われる筋合いはない。むしろ罵られるべきことをやって来た。秋葉留未穂が呼び止めてくるが、全部岡部さんに言ってあげてくださいと言ってリビングの方で夜景を見ながら俺はソファーにもたれた。気付いた時にはもう寝ていたのだろう。

 

 8月14日の朝。俺は起きるなり執事の黒木さんに挨拶をしてラボへと戻った。流石にもうヴァイラル達は周りを囲んではいなかったようですんなりと帰れた。

 

 数時間後、紅莉栖に電話がかかってきた。岡部倫太郎が実験をすると言っているらしい。間違いなくフェイリスルートへと導いてくれるDメールだろう。

 

「岡部、準備できたわよ」

 

 電話レンジの放電現象が部屋を青白く染めた。

 

 今まで以上の衝撃と痛みが大幅な世界線移動を予感させた。




-追記-

最後の部分を少し削除しました。

誤字報告ありがとうございます。


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交線上のシュタインズゲート

どうか最後までお読みください。


 リーディングシュタイナーによる強い不快感が収まった。

 世界線移動に成功したようだ。しかし……おかしい。

 

「岡部、放電現象終わっちゃったわよ。実験するんじゃなかったの?」

 

 何故、紅莉栖が岡部倫太郎とまだ電話しているのか。

 

「えっ? 送った? それじゃ何で私がそのことを覚えてるのよ」

 

 何故、ラボがまだあるのだろうか。フェイリスルートの世界線ならば未来ガジェット研究所は存在しない筈なのに。

 

 送った内容が些細なことで世界線が変わらなかったのだろうか?

 いや、それはない。あれほど強い世界線移動の反動を受けたのだ、変わっていないはずがない。

 しかし、フェイリスルートの世界線ならばラボは消えているはずだ。

 では、何故?

 

「瀧原ならここにいるわよ。えっ、替われ?」

 

 紅莉栖から携帯電話を渡された。

 取り敢えず、耳をあてた。

 

「どういうことだ。お前の言う通りにDメールは送った。世界線移動はしたようだが、変わった様子が見られない」

 

 ダイバージェンスメーターの存在を思い出し、紙袋の中から本体をのぞかせた。

 最初の0.以外の数値が読み取れない。複数の数字を一つのニキシー管で無理矢理に表示させているように見える。

 世界線が重なっているのか? もしそうだとしてだ。こんな表示は原作にはなかった。

 

「瀧原?」

 

「秋葉原は今も電気街ですか?」

 

「ああ、マンションから見た限りはそのようだ」

 

 意味もない質問をしてしまう。世界線移動が失敗したことは分かりきったことであるのに。

 確認もしないで通話を終了させた。

 

 ラボのソファーに座って力を抜いた。何か鳴った気がしたが気にする余裕はなかった。

 一縷の望みをかけて俺は夜まで待ったが、希望が潰えただけだった。

 

 外国人のクルーカットの男を筆頭に数人の男たちが銃器をもって部屋に突入してきた。

 

「両手を上げろ!」

 

 もう鈴羽は助けてくれない。

 桐生萌香が現れる。原作のあの状況と同じ。ヒールを履いている。

 

 片手を上げていない俺に気付いたクルーカットの男が脅してくる。今しかない。

 あらかじめ用意しておいたモアッド・スネークを使かってから、俺は開発室に向かう。

 水蒸気によって視界不良の中、銃が乱射された。

 

「まゆ……り?」

 

 椎名まゆりが撃たれたようだ。早くこの時間から逃げよう。

 ジャンクリモコンでブラウン管は点灯済みだ。俺は無理矢理、岡部倫太郎にもヘッドギアをかぶせタイムリープマシンを使用した。

 

 

 8月14日 19時53分

 

     ↓

 

 8月14日  8時53分

 

 

 俺のせいだ。

 前の世界線で見たダイバージェンスもおかしいところが少しだが、あったのだ。

 そのことをしっかりと考えもせずに岡部倫太郎にメールを送らせてしまった。そのせいで原作から大きく外れた世界線にたどり着いてしまったのだとしか考えられない。

 こんな世界線は知識にない。つまり俺には修正することすらできない。

 

 失敗した。

 

 俺は失敗したのか。

 

 そんな考えが何回もめぐる。

 やはり俺には荷が重すぎることだったんだ。

 この世界がSteins;Gateの世界であると気づいてから、俺はディストピアの未来から逃れるために岡部倫太郎をはじめとするラボメンたちに干渉したのだ。身勝手だったのだろう。

 俺が何もしなくても、ディストピアが回避されたのかもしれない。俺が何もしなかったら、無事にSteins;Gate世界線1.048596%にたどり着いたのかもしれない。

 

「……は…」

 

 まゆりが死んでしまうを事を確定させてしまったのは俺だ。

 

「た…はら」

 

 こんなめちゃくちゃな世界線で俺はあと何ができるのだろうか。

 

「瀧原!」

 

 肩を揺さぶられた。俺の目の前にいたのは紅莉栖だった。

 

「携帯電話、鳴ってるわよ」

 

 岡部倫太郎からかと思ったら、橋田至からの電話だった。彼がかけてくるような用はない筈だが。

 

「もしもし」

 

「……瀧原氏。阿万音鈴羽がジョン・タイターだったって知ってる?」

 

 もちろんだ。でもまたおかしい。自分が直接かかわらなかったとはいえ世界線の移動で橋田至がそのことを知ったことはなかったことにされているはず。

 何故だ? なぜこの世界の橋田至がそのことを知っている。

 

「橋田さん、あなたこそなんでそのことを知っているんですか?」

 

 声が大きくならないように努めて喋った。

 

「ラジ館の地下でまってるお」

 

 電話が切れた。

 

 そう言えば橋田至は岡部倫太郎がDメールを送った際にいた筈なのだが世界線移動の後に消えていた。

 それに今の発言。行くしかないようだ。

 

 バイクで走り回った中央通りを抜け、タイムマシンが飛び去った後のラジ館へと入る。

 地下なんて無かったはずだが確かに続く階段があった。

 

 暗い。いつもは倉庫かなんかに使われているのかと思うほどに広い。

 一つの方向から光が差している。その下にいるのは橋田至と思われる影だ。その周りには、本やディスプレイが大量に置かれていた。

 

「ようこそ、ワルキューレへ、瀧原浩二」

 

 ワルキューレ。それは未来でSERNに対抗しているレジスタンスの名称。

 この時代にはまだない筈だ。しかし橋田至はそう名乗った。つまりコイツは未来からタイムトラベルもしくはタイムリープしてきた未来の橋田至。バレル・タイター。

 

「何の用ですか。バレル・タイター」

 

「君の方が、よく知っているんじゃないか? この世界線がディストピアに収束すると言うことを。そして僕は君に世界を救って貰いに来たんだ」

 

「冗談は程々にしてください」

 

 世界を救う? 笑い話にもならない。失敗してどうしよう出来なくなった俺に?

 携帯電話がメールの着信を伝えた。タイミング的に考えればこれは……

 

「メールを開いてくれ」

 

 バレル・タイターにせかされるままに携帯を開いた。ムービーメールだった。

 最初は砂嵐だけだったが徐々にカメラに映る人物の像が見えてきた。

 

『初めましてですね。過去の俺』

 

 ……多少老けているが、俺か?

 

『このメールが届いていると言うことはダルと接触できたということですね。それでは、早速説明を始めましょう』

 

 どういうことだ。俺がこのバレル・タイターとこの場所で会うというのが何かのトリガーになっていたとでもいうのか?

 

『あなたは、未来を都合の良いように変えようとして失敗した。原作とはまるで違う世界線に突入してしまい打つ手が無くなったと思っている。そうですね?』

 

『……結論を先に言いましょう。俺という存在がいる時点で元々Steins;Gate世界線に移動することは不可能でした』

 

『しかし、紅莉栖もまゆりも死なず、第三次世界大戦もディストピアも起きない世界線に変更することはできます』

 

『それでは彼に習い、こう言いましょうか。これよりオペレーションアダムの概要を説明する』

 

『あなたは世界を自分の意志で歪めて今の世界線に至った。その結果世界線が重なるという例外が発生した。それを逆手に取るのです』

 

『過去の俺の行動をDメールで制御して、因果を重ね互いに打ち消し合わせ、望む世界を手繰り寄せる』

 

『―――第二のシュタインズゲートに到達するのです』

 

『過去を重ねて結果を変える。あとは俺ならわかりますね? それでは使命の遂行を頼みます。エル・プサイ・コングルゥ』

 

 再生は終了した。

 送られてきたムービーメール以外にも数十件のDメールと思われる文章が送られてきていた。時間も大体指定されていてこのメールをこの時間に送れと言うことだろうか。

 それにしても、世界線変動も考慮してDメールを作成したとすればどれほどの計算が必要になったのだろう。

 

「Dメールを同時送信できるように改良は済ませてある。タイムリープと同じ方法を採用したらすぐにできたよ」

 

 さすが未来から来たスーパーハッカー。やるべきことはやっていたらしい。

 ならば、すぐにでも送るべきだろう。しかしまだおかしい点がある。それを聞いてからではないと送れない。

 

「なぜ、未来の僕はその時間からDメールを送らなかったのでしょうか。……いえ、送れない理由があったのではないですか?」

 

「…………」

 

 Dメールの文面がすべて完成した時間から送ってしまえばそれでいいはずなのだ。わざわざ過去の俺に託して送らせる物でも何でもない。そこが気がかりだった。

 黙り込んだ後、バレル・タイターは橋田至の口調で話し出した。

 

「はぁ、瀧原氏はホントに心の中読んでんじゃないかといつも思うんだよね。……分かった、言うよ」

 

 橋田至はやはり口が軽い。原作の阿万音鈴羽のタイムマシンの件もそうだった。

 

「驚かないできいてほしい。……この作戦で瀧原浩二の存在が消えてしまう可能性が極めて高いんだ。僕も初めて聞いた時は何の冗談? って思ったよ。でも、この時間からして、未来で見せてもらった実験の資料からするとホントの事らしいんだ。瀧原氏って転生者ってやつなんでしょ? それもほかの可能性世界からじゃなくてまるっきり異世界からの。だからさ、この世界という器が瀧原という存在を受け止めただけでも奇跡なんだって言ってたよ」

 

 先ほどまでの威圧的な話し方が和らぎ何だか申し訳なさそうにしている。

 そう言えば世界線移動の度に薄れていくような感覚があったが、存在が消えるか……。

 

「これから行こうとしている世界線はとても不安定なんだ。そこでは、瀧原氏が水だとすると世界がざるに等しくなるってさ。未来の瀧原氏はどうしても自分で送信できないから過去の自分に託すんだって言ってムービーを撮ってたお。きっとあの頃の自分ならやってくれるって。今の自分にはもう何かが欠けてしまったからって」

 

 未来の俺は橋田至にも送るように頼んだらしいのだが断ったらしい。

 

 もしここで、俺が送らなかったとすればどうなるだろう。一つの時間の環が出来てしまい、岡部倫太郎がまゆりの死を見て絶望する事を永遠と繰り返すのだろうか。

 つまり、ここで俺が送らなければ本当の”詰み”というわけか。

 

「ごめん。瀧原氏。僕らにはこれが限界だったんだ」

 

「いえ、ありがとうございます。橋田さん」

 

 できるだけそっけなく言ってラジ館から出た。

 俺は、外に出た後、思い出の地を巡りながらラボへと戻った。案外とゆっくりしていたらしく帰るころにはもう夕方だった。

 

 

 俺の目の前にはタイムリープマシンが鎮座している。

 これが、全ての元凶。これが、全ての思い出の始まり。散々このマシンにも振り回されたが、それは俺が愚かだっただけだろう。

 ラボのみんなにはお金を多めに持たせて買い物に行ってもらった。紅莉栖に怪しまれそうだったが、食い気の強いまゆりに引っ張られていったからしばらくは帰ってこないだろう。

 流石に岡部倫太郎は騙せなかった。何かしようとしているのは丸わかりだっただろうから。

 俺は、橋田至が用意してくれた、Dメール同時送信機能に送るメール文章を黙々と打ち込んでいった。

 

「何をするつもりなんだ。わざわざラボメンたちを追い出して」

 

「世界を変えるんですよ。誰も死なない世界に」

 

 追い出したのは俺の決心を鈍らせないためだ。

 

「今度こそ、確かなんだろうな」

 

「はい。確かです」

 

 なにせ、未来の俺が頑張って考えた策らしいからな。

 受信していたムービーメールを岡部倫太郎にも見せた。

 それきり、会話は止まった。

 何件もあるメールを打ち込むうちに俺は沈黙に耐えきれなくなって岡部倫太郎に話しかけた。

 

「あの、岡部さん。きっと、この先、素晴らしい未来が待ってますよ。ディストピアも第三次世界大戦も起きない素晴らしい世界が」

 

「第三次世界大戦?」

 

「言ってませんでしたっけ。紅莉栖が死んでしまうアトラクタフィールドの未来では核戦争が起きていたんですよ」

 

 さらっと言ってしまった核戦争という言葉に岡部倫太郎は驚いて口を閉じてしまったようだ。ムービーメールでも言っていたはずだがよく理解していなかったのだろうか。

 カタカタとキーボードの音だけが響いている。

 

「沢山の事をしてきましたね。ロト6を当てようとしたり、漆原るかを女の子にしたり、鈴羽を過去に送り出したり、そのほかにも……全部楽しい思い出でした。」

 

「ああ、そうだな」

 

「僕は最初からどんな未来があるか知っていたんですよ。どんな行動を誰がすればどんな世界に行くのかも……すべて知っていました。だから、毎日の自分の行動が人類の未来に直結するっていう不安に押しつぶされそうでした。世界のターニングポイントがこの僕の手に握られているんだって」

 

「…………」

 

「だけどね、この世界の人たちが僕を救ってくれたんですよ。優しい言葉で僕を慰めてくれたんです。だから、僕もその人たちを助けなければいけないんです」

 

 全てのメールを打ち終えた。あとはエンターキーを押すだけだ。

 改めて岡部倫太郎に向き直った。

 

「今までありがとうございました。ラボメンにしてくれて本当にうれしかったよ。……僕の事をどうか忘れないでくれ」

 

 俺にとってこの人生は余分みたいなようなものだ。これだけでラボメンのみんなが幸せになるのなら消えたってきっと、惜しくない。

 

「忘れないでくれ?……!」

 

 何かに思い至り、慌てて俺を止めようとしたらしいがもう遅い。エンターキーはもう押されている。

 世界の輪郭が歪み。認識を司る器官が悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が世界線移動を観測して、瀧原が消えてから数日が過ぎた。

 

 憶えていた電話番号にかけても誰も出ることは無く、現在使われていませんと言う無機質なアナウンスが応答するだけだった。

 瀧原が最後に言った忘れないでくれという言葉は、俺には聞き覚えがあった。

 リーディングシュタイナーで移動してくる瀧原に塗りつぶされて消えてしまった、もう一人の瀧原も消える前にそんなことを言っていたのだ。

 

 あいつはまた俺が何もできないところで頑張って、そして消えてしまった。

 でも、そのおかげで俺たちは今こうして生きている。まゆりも紅莉栖も死なない世界で。

 

 アキバを歩いて見れば、再び萌えの聖地としての姿は復活しており、懐かしいというのもおかしいかもしれないが、メイクイーン+ニャン2も存在していた。

 フェイリスのパパもこの世界には存在しているようで、雷ネットの大会で優勝したら祝ってもらうニャンとか言っていた。

 俺が知っていたいつもの秋葉原。でも瀧原が存在していたという痕跡だけは見つけられない。

 

 ポケットの中に手を突っ込むと残された二つのピンバッジを取り出した。

 ラボメンナンバー008と009の分だ。

 

 まゆりとダルと紅莉栖には、いつも通りラボにいるときに手渡した。桐生萌香はラボの下にあるブラウン管工房で、こんな所でバイトを始めていたのでびっくりはしたが、いつでも我がラボを尋ねるがいいと言って渡した。その後柳林神社まで歩いてルカ子に、フェイリスの分はパパさんの生存を確認するときに渡してきた。

 鈴羽には7年後、生まれたときに渡す予定だ。

 

 そして、今いるのはあの始まりの場所。ラジ館前。

 

 俺がダルに牧瀬紅莉栖が刺されたみたいだとメールで送ったことからすべては始まったのだ。

 そして、瀧原ともここで初めて会ったのだ。

 

 ラジ館にはタイムマシンが突っ込んだことによる穴は存在せず誰もその上部には目をやらない。

 俺はそのタイムマシンがあったであろう場所をじっと眺めながら、瀧原と奔走した世界線の思い出に浸った。

 

 




思いつきで書き出してここまで書けるとは思ってもいませんでした。

走り書きの様なもので、見苦しい点が多々あったかと思いますが、読んで下さりありがとうございました。

これにて、完結で―――















 珍しく過去の思い出に浸っている俺の足を誰かが突いている。
 目をやると、小さな男の子だった。

「どうした、坊主。迷子にでもなったのか」

 話し掛けた途端。男の子が泣き出した。
 ……だから、子供は苦手なのだ。あの小動物も少し脅かしただけで泣き出す。この子に至っては声を掛けただけだぞ。
 微妙な気持ちになりながら、慌てて頭をなでてあやそうとした。

「ひっぐ……おじちゃんの名前って岡部倫太郎?」

 泣きながら、俺の名前を当ててきた。
 俺の名前を教えた奴は誰だか知らんが、ここは訂正しておこう。

「フッ、俺は岡部倫太郎という間抜けな名前でも、おじちゃんでもない! 狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真だ!」

「……岡部倫太郎なんだね」

 グッゥ、この子供、俺の名乗りを前にしても華麗にスルーして見せたぞ……。
 将来は大物になるに違いない。

「何だかね、おじちゃんの顔を見ているとね、ごめんなさいって気持ちとありがとうっていう気持ちで一杯になるんだ。それとね、まゆりちゃんとか、くりすちゃんとか、いたるくんとかいろんな人の名前も出てくるんだ……」

「なっ?」

 なぜ、ここまで知っている?
 ……まさか!

「坊主、名前はなんていうんだ?」

「僕の名前は―――」

 言いかけた所で、保護者らしい女性が、コウちゃんと呼びながら駆け寄って来た。

「ごめんなさい。うちの子がご迷惑をおかけしたようで」

「いいんですよ、気にしないでください」

「ママ! 会えたよ、岡部倫太郎に!」

「ごめんなさいね、この子ったら数日前から秋葉原に行きたいって言うもんですから連れて来たらすぐに飛び出しちゃって」

 そういうとサッと坊主を胸に抱いた。

「坊主、これをやる。いつだって我がラボはお前を歓迎しよう」

 俺が取り出したのはピンバッジ。その小さな手に握らせた。

「いいの? ぼくがラボメンでもいいの?」

「ああ、当たり前だ」

 喜ぶ坊主の様子にママさんがお礼を言ってきた。
 少し言葉を交わした後、二人は人ごみの中へと消えて行った。

 あいつの事だ。前の世界線で転生者とかいう存在だったのならば、こんなことになっていてもおかしくはないだろう。全く、ファンタジーな奴だ。
 涙を拭い再びラジオ会館を見上げた。

 レッドのストレート型携帯を耳にあてる。

「俺だ、……ああ、全く謎の男も粋なことをしてくれる。これもすべて運命石の扉の選択だとでも言うのだろうか、最後の最後まで振り回してくれたな……」

 俺はせいぜい幸せに生きていくとしよう。お前が託してくれた、この世界で。




 Steins;Gate/輪廻転生のカオティック 完


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番外編
孤独のリスタート


 カセットコンロの火をつけてお湯を沸かす。

 今日のカップ麺はチーズ味のラーメンだ。あまり食欲が沸かない。

 窓の外には、インスタント系食品の容器をこれでもかというほど詰め込んだ袋が大量に積み上げてある。

 

 熱湯を容器に注いだ後リモコンで蓋をした。

 野菜とか、肉とか新鮮な食材が恋しい。あっという間に腐りやがった。

 ソファーに座り、うーぱのぬいぐるみを抱きしめた。

 この頃、外に出ることすら億劫になって来そうだ。なにせ変化が非常に乏しい。

 

 長い間ラボ周辺に住み着いているが、鳥すら見たことがなかった。

 

 ここは多分、R世界線。まさか第二のシュタインズゲートにも存在しているとは思わなかった。

 この世界線が登場するのは劇場版だ。そのイベントがあったとして、始まるのはなんと2011年8月。いまはもうすっかりレジェンドになった気分だ。

 生物以外のすべてが幸いなことに存在していた。どういう理屈で人間がいないのに建造物があるのかはわからないが、とにかく助かったことは事実だ。

 歩きさえすれば何でも手に入ったから俺はここまで生き延びている。

 

 すっかり今の生活になじんでしまった俺だが、人がいる世界をあきらめたわけではないのだ。

 

 原作の岡部倫太郎は劇場版では、リーディングシュタイナーの過負荷状態によってこのR世界線に飛ばされた。

 過負荷状態というというのは、他の世界線の強烈な記憶に引きずられて世界線に留まれなくなる現象だと俺は考えている。

 

 つまりだ、自身の認識次第で世界線を超えることが可能だということ。そのような仮説を俺はたてたのだ。

 実際にシュタインズゲート世界線にいるのであれば俺はこんなことをしているだろうという妄想を繰り返して意図的に他世界線の記憶をデジャヴという形で思い出してR世界線から脱出しようと試みた。

 

 しかし、今こうして一人で3分待ちしていることから結果はお察しだろう。

 

 デジャヴの一つくらい起こってもいいと思うのだが何も起きはしない。たしか、劇場版で紅莉栖はデジャヴという現象を通して他世界線の記憶を思い出すという考えをしていたはずだ。

 なぜ、他世界線の記憶を、脳に記憶データをぶち込んでいないのにも関わらず、思い出せるのだろうか?

 

 俺の考えとしてはこうだ。

 

 すべての世界線の記憶は元々脳に収められている。実際に経験をすることによって、思い出し方を覚えるのではないか、と。

 脳科学関係はさっぱりなのであくまでも素人の考えだが、仮にこうすると全ての現象に大分説明がつく。

 

 この仮説が合っていれば、デジャヴを意図的に引き起こしてR世界線を脱出するという試みは僅かながらでも成果があってもいいはずだった。

 もしかしたら俺は、因果律の環から外れたのかもしれないな。この世界線以外に俺という存在が居なかったことにされているのかもしれないということだ。

 

 考えているうちにもう3分以上たっていたらしく容器の中は、ほぼチーズスープと化していた。

 

 

 白衣をなびかせ中央通りの車道ど真ん中を歩く。何日か分からなくなった頃からこうして、もしかしたら来るかもしれない岡部倫太郎を待ち続けている。

 人工の光が消えた街。

 この光景は原作のプロローグ。岡部倫太郎が初めてDメールを送った時の光景によく似ている。

 

「フゥーハハハ―――」

 

 なんとなく、岡部倫太郎の真似をしてみる。

 何度も繰り返しているからもう慣れたものだ。電源の切れた携帯に報告するまでがセットだ。

 

「―――ハハ、ハ?」

 

「瀧原……なのか?」

 

 高笑いしている最中に人が現れた。

 無精髭と無造作にかき上げた髪。ヨレヨレのシャツに白衣。イケメン。

 苦しんでいるように見えるのは―――

 

「岡部倫太郎!?」

 

 正直に言って予想外だ。

 待っていたのは確かだが、岡部倫太郎がこの世界に来ることは無い筈だった。

 リーディングシュタイナーの過負荷の原因となる強烈な記憶は大幅に削減できたはずだ。だから、過負荷状態になることは考えづらい。

 

「瀧原! 生きていたのか!」

 

 俺の手を取る岡部倫太郎。暖かい。……ん?

 お互い困惑していたようで、落ち着くのにしばらくの時間を要した。

 話を聞くと、岡部倫太郎は劇場版の通りリーディングシュタイナーの過負荷を起こしていたようだった。

 

「それで、瀧原。ここは一体どこなんだ?」

 

 もちろん、土地の事を聞いているのではなく世界線の事を聞いているのだろう。

 

「多分ですが、R世界線と呼ばれる世界線です」

 

「R世界線?」

 

「はい。岡部さんが元々いた世界のすぐそばにある世界線です。おそらくリーディングシュタイナーによってほかの世界線の強い記憶を持っていることが原因で、この世界線に移動してしまったのではないかと考えられます」

 

「お前は俺が世界線移動した時からここにいたのか?」

 

「そのとおりです。今までラボを拠点にして生活していました」

 

 俺と言う主観と岡部倫太郎の主観が限りなく近いとはいえ、別の世界線にあったというのに二人ともなぜだか記憶がある。

 基本的にはR世界線と第二のシュタインズゲート世界線は同じ世界線だと考えた方がよさそうだ。

 

 俺たちは取り敢えず、ラボへと帰った。

 

「本当に俺たちしかいないんだな」

 

 道中しきりに周りを気にしていた岡部倫太郎がそう言った。

 俺にとってはもう当たり前の景色となってしまったがために、少し違和感を覚えながらも同調するように言葉を返した。

 

 第二のシュタインズゲート世界線は紅莉栖もまゆりも平和に暮らしていたそうだ。そうでなくては困る。

 約一年ぶりの奇妙な再会にお互いの認識をすり合わせるように話を進めて行った。

 この世界線について俺が知っていることを大まかに話した後、岡部倫太郎から衝撃の言葉を聞いた。

 

「僕が子供になっていたんですか?」

 

「ああ、同じ名前で、しかもわずかながらに世界線の記憶を持ち越していたようだから、間違いないだろう」

 

 俺が子供か。R世界線脱出の実験が上手くいかない理由が分かった。

 残響と言えるその子供の姿こそがその世界線での瀧原浩二の正しい在り方なのだろう。きれいさっぱり消えてしまうと思っていたが、予想は見事に外れていたようだ。

 実験も、”今”の自分ならこうしているだろうと考えて、デジャヴを起こそうとしていたのがそもそもの間違いだったのだ。

 ”子供”の自分を想像しなければかすりもしないというわけだ。

 

 景色が歪み一瞬、母親の様な女性の姿が見えた。

 

 成功だ。何というイージーミスをかましていたのだろうか俺は。早速成功したのは驚きだが、それほど第二のシュタインズゲートが不安定だということなのだろう。

 

「どうした?」

 

 一瞬、めまいでよろめいた俺を心配してくれたようだ。

 

「……今、岡部さんが元いた世界線に多分、一瞬移動しました」

 

「何!? そんな簡単に戻れるのか!」

 

「岡部さんはこう簡単にいかないでしょう。まゆりの死を目撃したという強烈な記憶がある筈ですから、僕よりも記憶に引きずられる力が強い筈です」

 

「そうか……」

 

 ラボメンのみんなに幸せになってもらうためにあの選択をしたというのにリーディングシュタイナーの過負荷という理由で幸せを終わらせるわけにはいかない。

 劇場版のように紅莉栖が岡部倫太郎を取り戻すために奔走するはずだが、第二のシュタインズゲートは何が起こるか分からない。俺が行くしかないだろう。

 

「何をしょんぼりしているんですか岡部さん。……これよりオペレーションミズガルズを開始する。戦いのときは再び来た。再びあの栄光のもとに導いて見せようではないか!」

 

 白衣が広がるように意識しながら手を振り上げた。

 流石に厨二病歴が長い岡部倫太郎。俺がこの状態をどうにかする案があると言うことに気がついたようだ。

 

「……似合わないな」

 

「……そこは黙っていてくださいよ」

 

「そういえば、俺がこの世界線に来た時、鳳凰院凶真の真似をしていたな」

 

「ぐっ……」

 

「ヴァイラルアタッカーズから逃げてた時も素晴らしい衣装だったなぁ、瀧原よ。やはりお前も俺の同類というわけか、フゥー―ハハハハハ!!」

 

 調子を取り戻してくれたのはいいが、封印していた黒歴史をほじくり返されるとは……。

 orz状態から回復した後、俺は岡部倫太郎に当面の生活に必要な物資があるところを念のために伝えていた。

 

「水はシャワー室。カップ麺は開発室に。外に発電機も設置してありますから暇なときは映画を見てたらいいと思います」

 

「ああ、感謝する」

 

「それじゃ、行ってきます」

 

 部屋の中心辺りで目をつぶる。

 俺は出来るだけ童心を強く思い出しながらデジャヴ、もしくはリーディングシュタイナーの不快感を感じた。

 

 




遅くなって申し訳ございません。

番外編始めました。

これからは遅くても週一の不定期更新とさせていただきます。



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再動のノスタルジア

「……ッは」

 

視界が一気にクリアになった。

 

机も窓もテレビも全部大きい。

パソコンに熱中している橋田至もいつもより大きく感じる。

冷蔵庫の上にファンがついているヘンテコなものもあった。未来ガジェット10号機クールビジターだろう。

となると、ここは……ラボか?

 

「だいじょうぶー? コウくん」

 

俺はまゆりの膝に座っていたようだ。

 

不意に”まゆりちゃん”という言葉が浮かんで消えた。

 

「大丈夫ですよ。まゆりちゃん」

 

驚くほど高い声が出た。

子供の声の雰囲気と大人の瀧原浩二としての雰囲気が混ざって何とも奇妙。

気を付けたほうがいいだろうか? いつもと同じように話していては不自然になってしまうが。

 

「もー、まゆしぃの方がお姉さんなんだから、”まゆりおねーちゃん”って呼ばないとだめなんだからね」

 

ほら、言ってみて、と言わんばかりにまゆりは俺の顔を覗き込んだ。

この距離は中々恥ずかしい。さっさと言ってしまおう。

 

「ま、まゆりおねえちゃん……」

 

「今日のコウくんはいい子だねー」

 

圧倒的なメロンに抱き着かれた。

何故だ。言われた通りにしたのに余計に恥ずかしい状況になったぞ。

 

「あら、まゆり。ようやくおねえちゃんって呼んでもらえたのね」

 

コーヒーカップを片手に開発室から出てきた紅莉栖。

その表情はとてもにこやかだ。

 

やはり、最も危惧していたことが起きているのかもしれない。

岡部倫太郎がいなくなったことに対して劇場版よりも違和感がとても薄いみたいだ。

 

元々、フェイリスルートに突入させることを目標としていたため、ラボメンの関係性をあまり重要視して来なかったせいだと考えられる。

今いる世界線には無理矢理来たわけだから、岡部倫太郎との思い出の数が原作に比べて薄いということか。

 

「えへへー まゆしぃの大勝利だよー」

 

密着度がさらに増えた。

子供の俺はまゆりのことを元々おねえちゃんって呼んでいなかったのか?

……いや、確かに呼んでいなかった。友達みたいだったからだ。紅莉栖は大人みたいな人だからおねえちゃんと呼んでいた。

他にも通っている小学校の名前や友達の名前も出てくる。

 

子供の俺の記憶を引き継いでいるのか? R世界線と第二のシュタインズ・ゲート世界線、仮にSGβ世界線は同一と言ってもいいくらいの世界線だ。まるで世界の表と裏の様な。脳の認識次第で移動できるほどの不安定さだからありえないことではないのだろうか。

聞きたかったことを子供のように言葉を出してみる。子供の記憶が出てきたせいか気恥ずかしさはだいぶん薄れた。

 

「紅莉栖おねえちゃん、講演のお仕事は終わったの?」

 

「そうね、あと少し残ってるわ。それがどうかしたの?」

 

「ううん」

 

首にかかっていた携帯電話で確認してみると8月7日。劇場版よりも岡部倫太郎が消えたのが遅れている?

 

まぁ時間的には劇場版と大きな差はないだろう。

しかしだ、今から大体一週間後に岡部倫太郎から貰ったスプーンとフォークをきっかけに劇場版ではタイムリープマシンを作ったわけだから、そのイベントを潰してしまっている以上その展開は望めない。鈴羽も未来から来たかも怪しいというわけだ。それに、岡部倫太郎をあまり待たせるわけにはいかない。

 

となれば、俺がそのきっかけを作るしかない。

 

「紅莉栖おねーちゃん、岡部倫太郎って知ってる?」

 

「……聞いたことあるような気がするわね。どんな人なの?」

 

しゃがんで目を合わせて話してくれている。

ここは、インパクトのあることをすべきだろう。思い出せなくてもなんとなく他世界線の記憶が俺の行動を補助してくれるはずだ。

 

まゆりの優しい拘束から逃げ出し、そこらへんに放ってあった白衣をサイズが合わないのも気にせずに決めポーズ。

 

「狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真だッ! クリスティーナよ、作戦の状況はどうなっている」

 

「ティーナじゃないって言っとろーが、……あれ?」

 

「まゆりよ、ドクペを持て!」

 

「はい、コウ君」

 

「マイフェイバリットライトアーム、ダル・ザ・スーパーハカーよ、SERNへのハッキングはどんな調子だ」

 

「ハカーじゃなくてハッカーだろ常考。てかなんでハッキングしてること瀧原君が知ってるんだお」

 

あの無駄に練習してきた鳳凰院凶真の真似は一応通用したようだ。

橋田至は、劇場版の通りにハッキングを誰に言われずとも始めていた。岡部倫太郎との思い出は少なくなってはいるが消えたわけじゃない。確かに絆はここにある。

手渡されたドクペを一口飲み、ラボメン達を見つめる。

 

「ラボメンナンバー001にしてこのラボの創設者。数々の未来ガジェットを生み出してきた天才」

 

「滝原君、このラボと未来ガジェットを作ったのは僕だお」

 

「本当はもう一人いたんです。新しいガジェットの名前も普通クールビジターなんて厨二病みたいなのはつけないでしょう? さっきのドクペだってそうです。まゆりおねえちゃんもなんでわざわざ冷蔵庫に常備しているんでしょうか」

 

「誰かのむかなーって思って……」

 

「好んで飲む人がこの場にいますか? 橋田はコーラが好きで、紅莉栖おねえちゃんだって飲めるけどそんなに好きじゃなかったはずです」

 

この言葉でラボメン達の中にある岡部倫太郎がいないという違和感が大きなものになったはずだ。

 

「なんだか、コウ君がいきなり大人になったみたいでまゆしいはよくわからないのです」

 

「確かに不自然だけど……なんて言ったらいいのかしら」

 

「瀧原君が某名探偵みたいなわけだが」

 

そっち方向に違和感を感じてほしいんじゃないんだ。確かに子供がこんな話し方してたら俺も不思議に思うが。

ここで”身体は子供! 頭脳は大人! その名も瀧原浩二!”と言う感じにやってしまえたら楽なのだが、そうするとただの子供の妄言になってしまう。

よし、ごり押しで行こう。

 

「SERN、携帯電話、電子レンジ……紅莉栖おねえちゃん、何か思い出すものはないですか?」

 

「……わからないわ。何も関連性がないと思うけど?」

 

「全てを組み合わせるとタイムリープマシンが出来るんですよ。手順を説明しましょうか? 携帯電話を電子レンジの二つの機器に共通する電磁波を飛ばすためのリード線をマグネトロンと結線してしまいます。その状態で融合した個体を機能させると、まず電子レンジの機能、レンジ内の見えない水素に対して電磁波のエネルギー準位が上昇します。そこに携帯電話の拡散型の電磁波が加わることによってレンジ内のあらゆる素粒子が衝突を繰り返して質量を増して、光速に近い円運動を始めます。その結果としてマイクロブラックホールが生成されるんです」

 

「……ねぇ、それって電話レンジ(仮)って名前じゃなかった?」

 

「そうです」

 

「なんだか、不思議な感覚ね。説明されていくうちに、だんだんと思い出してきたわ」

 

「僕もなんだか作ったことがあるような希ガス」

 

「ばなな?」

 

うまくいったみたいだ。正直これで思い出してくれなかったら、独力で開発するしかなかったからひやひやした。

これで岡部倫太郎を救う足掛かりは出来た。全ては再びタイムマシンから始まるのだ。

 

紅莉栖と橋田至の尽力により二日後の夜にはタイムリープマシンは完成した。デュアル機能は実装できなかったが。

俺はラボに泊まると親に連絡してもらって一緒に制作した。さすがに夜になると体に引っ張られて眠ってしまったが。

手探りで作るよりも一度作ったものだから手際がいい。紅莉栖は鈴羽のためにタイムリープマシンの完成を過去へと梯子を掛けるように何度も作った記憶も、うっすらと思い出していたのかもしれない。

 

「本当に浩二君がいくの?」

 

「はい」

 

心配そうに見つめる紅莉栖。

劇場版では紅莉栖がタイムリープして岡部倫太郎を救いに行ったが、今の紅莉栖ではそれも難しいだろう。タイムリープマシンのキーワードを言った時の反応からして鈴羽もタイムトラベルしてきていないみたいだからだ。

 

劇場版で使われた解決方法。紅莉栖が過去に行って子供の岡部倫太郎にキスをするという方法は使えないが、他に何もないわけじゃ無い。

 

まず、岡部倫太郎が消えてしまう前、厳密に言えば8月3日にタイムリープする。原作では限界が48時間と言っていたが劇場版の今は違う。電話レンジの制作から紅莉栖がかかわったせいか、限界なんて存在しないのだ。携帯電話を持っているならばどの時間でも行けるらしい。

 

そしてリーディングシュタイナーの過負荷によってR世界線移動が起こる前に強烈な記憶を植え付けてやるのだ。

 

「行ってきます」

 

「気を付けて」

 

俺はヘッドギアを被り、携帯電話のボタンに指を添え―――押した。

 

 

8月9日 21時44分

 

    ↓

 

8月3日 11時44分

 




-追記-

ミスしてた部分があったので修正しました。


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片鱗のシーキング

「おい、そこの貴様、俺たちが見えているか? 何故答えない? モニターのそっち側にいる間抜け面の貴様だ!」

 

「トゥットゥルーまゆしぃです」

 

 いつかの再現のように、画面に映るアルパカに向けて喋る岡部倫太郎。アルパカの前を争うようにまゆりが割って入った。

 橋田至は変わらずパソコンをいじっている。

 

 タイムリープは成功したらしい。

 

 俺は携帯電話を片手に立ち尽くしていた。

 

「ん? どうかしたのか? 瀧原」

 

「何でもないです」

 

「そうか」

 

 再びアルパカに目を向ける岡部倫太郎。

 

「相変わらずおしゃべりしないねー」

 

「しかし、進展はあった。一年に及ぶ研究により遂に子孫が誕生したではないか!」

 

 画面に映るのはおっさん顔のアルパカと妻と思われる美人なアルパカ。その間に子供アルパカが一人、もしくは一匹いた。

 三匹になった分ステータス画面も増えているが、どれも変わった様子は見られない。

 

「かわいいねー」

 

「リア充爆発しろ」

 

 子供アルパカの笑顔が輝いているが相変わらず無言だ。

 本当に喋る機能がこのソフトに備わっているのか疑問に思えてくる。数百円のソフトだから仕方がないのかもしれないが。

 

「やはりこのソフトには、世界の支配構造を変革するための隠された暗号があると見るべきか……」

 

 スッと立ち上がり岡部倫太郎は頭に手を添える。

 

「……必ず暴いてみせるぞ、この鳳凰院凶真が!」

 

 体を捻るようにしながらポーズを決める事によって白衣の裾がなびく。

 そして岡部倫太郎自身も小さな声で”ふぁさ”と擬音を付けることでいかにもはためいているように感じる。

 素晴らしい厨二病だ。

 

「コウ君、麦茶のむ?」

 

「おねがいします」

 

「まゆ氏、僕にもおねがい」

 

「はいはーい」

 

「それと、お茶を入れるときは、お茶ドゾーでよろ」

 

 たしかネットスラングで議論が熱くなりすぎたり、一人で何か突っ走っている人に向けて、落ち着けという意味を持った言葉だっただろうか?

 

「お茶ドゾー?」

 

「そうそう、もしくはお茶置いておきますねでも可」

 

「オカリンはいる?」

 

「フッ、麦茶などと言う大衆的低俗な飲料が飲めるか、俺が飲むのは選ばれし飲料!」

 

「綾鷹だねー」

 

「違うわッ!」

 

「まゆ氏、グッジョブ」

 

 パソコンのモニタから目は離さないものの橋田至はサムズアップをした。

 

 その後、劇場版の展開通り未来ガジェット10号機クールビジターという疑似クーラー。

 実際には空気を送るモーターの排熱で逆に暑くなってしまうという欠陥機を、岡部倫太郎の提案で起動された。

 

 冷蔵庫の上に取り付けられた幾つものファンが力強く庫内の冷気とモーターの熱気を排出している。

 

「どうだぁ? 快適だろう?」

 

「それ、普通の扇風機とあまり大差無くね?」

 

「麦茶もあんまり冷えなくなっちゃったしねー」

 

 俺もまゆりに抱っこされてファンの前にあてられる。

 確かにちょっぴり涼しいような気がするが、奥の排熱ファンからの風の方が強い。

 

 突然、ラボ内を照らすライトが消えた。

 これは、ビル全体のブレーカーが落ちたのか? とりあえずこのクールビジターが原因なのは明らかだろう。

 

「ぬなぁぁぁああああ!! 今のはセーブデータがやばいパターンだお。……このォ!」

 

「なッ」

 

 橋田至は叫び岡部倫太郎をガラクタが積んである棚に押しやった。

 その激しさに幾つか物が落ちてきている。

 

「もしこのCGコンプデータが破損してたらオカリン殺して僕も死ぬ!」

 

 橋田至は涙を流している。岡部倫太郎はその様子に困惑気味だ。

 

「ちょっとーコウ君の前で殺すーとかいう言葉は、きょーいくじょー良くないんだよー」

 

 俺をかばうようにしながらまゆりはそう言った。

 

「岡部ェ!! ちょっと降りてこい!!」

 

 外から天王寺さんの怒鳴り声が聞こえてくる。慌てて窓に向かう岡部倫太郎。

 

「ミスターブラウンよ、用があるなら自ら出向くべきではないのか?」

 

「うっせえ、家賃5000円上げっぞ!」

 

「今すぐ参りますっ」

 

 窓の外を見ると天王寺さんと綯ちゃん、そして桐生萌郁も表に出てきていた。

 

「あ、綯ちゃん。トゥトゥルー」

 

「まゆりおねえちゃんとコウ君!」

 

 綯ちゃんが元気よく手を此方に振った。

 

 ここまでの展開で考える限りでは、この仮称SGβ世界線でも劇場版と同じ展開になっていると考えられるだろう。

 本当にどうやって未来の俺がこの世界線を見つけたのか不思議に思う。

 

 後は、強烈な記憶をどのような形で植え付けるかが問題だろう。

 

「ほら、コウ君も行くよー」

 

 まゆりに引っ張られて俺も賑やかな階下に向かった。

 

 

 

 8月3日、午後。

 

 俺とまゆりは漆原るかを連れて牧瀬紅莉栖を迎えに空港に来ていた。

 到着する時間は、あらかじめまゆりの携帯の方に連絡が来ていたのですれ違うと言うことは無いだろう。

 

 それにしてもこの低い視点は慣れない。空港という多くの人が集まる場所のせいなのか、圧迫感がすごいからだ。

 人にあてられるとでも言うのだろうか?

 ともかく、そんな感触から逃れるようにひたすらゲートを見続けた。

 

「あっ!」

 

 変なサングラスをかけているが間違いなく紅莉栖だ。

 駆け寄るまゆりについて行く。

 

「紅莉栖ちゃん、おかえりー」

 

「まゆり? それにコウ君も、わざわざ来てくれたの?」

 

「待ちきれなかったもん。ねーコウ君」

 

「うん」

 

「ご無沙汰しております、牧瀬さん」

 

「あなたはたしか漆原さんでしたよね?」

 

「はい」

 

 漆原るかは美しい微笑を見せた。

 

 ラボに向かう途中、橋田至の新しい友達の阿万音由季の話題がまゆりの口から出る。

 その人物が美人コスプレイヤーだということを知らされた紅莉栖は、真っ先に詐欺をしていると踏んで、近くの店から出てきた橋田至を問い詰めたりしていた。

 橋田至が変態だからと言っても扱いがひどいと思う。

 

「相変わらずここは散らかっているわね」

 

 停電騒ぎの後の事もあり、まだラボ内は綺麗とはとても言えない。

 ビット粒子砲やタケコプカメラーなどのガジェットも床に転がっている。

 

 まゆりがコップにお茶を入れて現れた。

 

「紅莉栖ちゃんお茶ドゾー」

 

「ドモドモー」

 

「……紅莉栖おねえちゃん。それじゃ@ちゃんねらーだって、自分で言ってるようなものだよ?」

 

 赤面する紅莉栖。やはり原作で言われていたと通り魂までねらーに染められているのだろうか。

 さすがに子供の俺には、うるさいと強く言えないのだろう。ぐぬぬ、とうなりながら立ち尽くしている。

 

「それにしてもオカリン遅いね」

 

「オカリンならブラウン氏のお使いの後、その足でアメ横までいくってさ」

 

「せっかく牧瀬さんが来たのに……」

 

 紅莉栖に対して岡部倫太郎が居なくて寂しいでしょうと言外に言っているようだ。

 

「別に! あんな奴来なくても私はどうでもいいわよ!」

 

 一気に麦茶をあおる紅莉栖。慌てて飲んだせいかむせていた。

 

「紅莉栖ちゃん大丈夫?」

 

 息を整えながら

 

「だ、大丈夫よまゆり。あいつが居なくてむしろほっとしたっていうか、無駄なエネルギーを使わなくて済んだっていうか」

 

「ツンデレ乙」

 

「誰がツンデレかぁ!」

 

 不意にラボのドアが開いた。

 

「全く、ミスターブラウンめ、この俺をパシリにするとは……ん?」

 

「あ……」

 

 窓から差し込む夕日を間にして見つめ合う紅莉栖と岡部倫太郎。

 きっと様々な想いが二人の中で交差していると思うのだが、どちらも素直な性格ではないから何も言えないのだろう。

 

「俺だ。機関が再びエージェントを送り込んできたらしい、何? 緊急要請だと? クッそれがシュタインズ・ゲートの選択なら仕方ない。エル・プサイ・コングルゥ」

 

「相変わらず厨二病してるな」

 

「サーセン」

 

 何故か反応した橋田至。

 

「久しぶりだな助手よ。いや、クリスティーナ! いや、実験大好き、天才変態蒙古斑少女よ! 略して変態!」

 

「いきなり失礼だな! それに略してないし!」

 

「それより、なぜクリスティーナがここに居る? ここはかの許されざる聖域、未来ガジェット研究所と言うことが分かっているのか?」

 

「私だってラボメンよ! 別にいたっていいでしょう」

 

「ハッ、一年間顔も見せなかった奴がどの口でほざいているのだ」

 

 喧嘩をしているかのようだが、その口調はどちらも満足げに思える。

 

「いつものラボに戻ったって感じですね」

 

「そうだねーまゆしぃはとっても嬉しいのです」

 

 岡部倫太郎と紅莉栖の言い合いはまだ続く。

 

「なぜ、日本に来たんだ? 助手よ。長らく来なかった事に対する謝罪にでも来たか」

 

「なんで私が謝罪しなきゃなんないのよ。私が来たのはたまたま日本で学会があっただけで、まゆりにも会いたかったしね」

 

 キャリーケースからラッピングされた小箱を紅莉栖は取り出した。

 

「はい、まゆりお土産。漆原さんもどうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとー中身は何なのかな?」

 

「ソーイングセットよ。あと、浩二君にもお土産」

 

 渡された小箱のラッピングを少し剥がすと見覚えのあるキャラクターの絵が見えた。アメリカのヒーローのフィギュアみたいだ。

 

「これ好きだったでしょ?」

 

「あ、ありがとう紅莉栖おねえちゃん」

 

 俺に向かって微笑んだ後、スッと紅莉栖は立ち上がる。

 

「あんたたちには何もないわよ、私はまゆり達に会いに来たんだから」

 

 岡部倫太郎の白衣のポケットでプレゼントの様な小箱が見え隠れした。

 

「そんなものはなから期待していないわ! 渡し終わったのならとっととここから去るがいい!」

 

「なっ! ……言われなくもすぐに出ていくわよ」

 

「えーもう行っちゃうのー?」

 

「しばらくは日本にいるからまた会えるはず。ホテルにチェックインしてくるわ」

 

 紅莉栖がキャリーバックのチャックを締めて出て行こうとするときドアが開いた。

 

 フェイリスと桐生萌郁だ。

 

「凶真ー、来たニャー」

 

「…………」

 

 岡部倫太郎はギクリとしたような顔をしている。

 

「桐生さんにフェイリスさんまで、なんで……」

 

「ニャニャ? 紅莉栖ちゃんが今日ラボに来るからバーベキューやるぞって」

 

「……岡部くんに誘われた」

 

 表情が一転して若干の笑みを見せる紅莉栖。その様子をまゆりがニコニコと見つめる。

 

「オカリンは素直じゃないんもんねー」

 

 突如携帯を取り出し例の報告を始める岡部倫太郎。その姿はどう見ても照れ隠しをしているようにしか見えなかった。

 

 そんなこともあり、無事開催された紅莉栖歓迎会のバーベキュー。開催場所はビルの屋上だ。

 まだ何も焼けていないので、飲み物だけ貰ってのんびりとしていると岡部倫太郎にラボに行こうと言われそのままついて行った。

 

 電灯一つついていないラボ内は少しの不気味さを感じさせる。

 早速用件を聞く。早いところあの場には戻ってもらわなければいけないからだ。

 

「岡部おじちゃん、どうしたの?」

 

「……瀧原、お前瀧原なんだろう?」

 

 えっ?




-追記-

誤字報告ありがとうございます

余りに最後が雑すぎたので修正しました。


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起源鳴動のレディネス

前話の最後の展開を修正しました。


「どういう意味ですか?」

 

「瀧原、お前タイムリープしてきたんだろう?」

 

 岡部倫太郎は確信を持っているような口調でそう言った。

 これでは予定が台無しじゃないか。

 

「何のことだか僕わかんないなー」

 

「やめてくれ気持ち悪い」

 

「……なんでわかったんです?」

 

「なんで分かったんです……だと? あんな下手な芝居は誰でもわかるわ!」

 

 その後、俺の不審だった点を散々言った後、岡部倫太郎はこう切り出した。

 

「いつ記憶を取り戻したんだ? いや、それよりも……なんでタイムリープしてきたんだ?」

 

「それは……」

 

「この世界線でもまゆりが死んでしまったとか言わないよな?」

 

「誰かが死んでしまったからタイムリープしたわけではありません」

 

 いくらかの緊張がほぐれたみたいだ。

 岡部倫太郎はゆっくりとソファーの背に体重を預けた様に見える。

 

「……この世界線の未来で消えてしまった人を救うために来たんです」

 

「消えてしまったとはどういうことだ?」

 

「この世界線からはじき出されると言うことですよ。そして消えてしまったのは―――」

 

「俺か……」

 

 少ししか情報を与えていないのに、もうわかったのか。

 いや、たしか原作で紅莉栖に因果律から外れてしまう可能性について聞かされていた筈だ。しかしよく覚えているものだ。

 それとも俺が消えてしまった事から自分も消えてしまうのではないかと考えていたのだろうか?

 

「……そのとおりです。世界線を越えて、人が目の前で死んでしまうといった強烈な記憶を保持しているせいで他の世界線に引きずられるんです」

 

「対処方法はあるんだな?」

 

「もちろんです。ある可能性世界では紅莉栖がタイムマシンで過去へ行き、子供の岡部さんにキスをして、つまりこの世界線だけの強烈な記憶を刻んで助けました」

 

「それならばわざわざ瀧原がタイムリープしてくる必要はなかったんじゃないか? いや、そうならなくなったから来たのか」

 

「はい。この世界線ではタイムマシンを利用するということは出来なさそうですし、もしあったとしても世界線変動の危険性があるため使いたくありません」

 

「それで、俺はどうしたらいいんだ?」

 

「牧瀬紅莉栖を落として下さい」

 

「え?」

 

「牧瀬紅莉栖を恋愛的な意味で落として下さい」

 

 これほど強烈な思い出となることは無いだろう。愛は岡部倫太郎を救うのだ。

 

 元々は自然とイベントが増えるようにラボメンに働きかけるつもりだった。

 そしてその中で自然と恋に落ちてもらおうとしたのだ。

 余りに不確定すぎるとも思うが、よくよく考えてみればSteins;Gateのゲームの分類は恋愛アドベンチャーゲームだ。その主人公である岡部倫太郎がヒロインの一人や二人落とせないことがあるだろうか? いや、ないだろう。

 

「なぜ、俺が助手などとくっつかねばならんのだ!」

 

「別にまゆりちゃんでもいいんですよ? 岡部さんの心の向くままにすればいいんです」

 

「まゆりは俺の人質であって、断じてそういう対象ではない!」

 

「なら、紅莉栖おねーちゃんですね」

 

「ぐ、ぬぬ……」

 

 諦めてくれたか?

 

「そもそも、何故この俺がそんなスイーツ(笑)な事をしなければいけないのだ!」

 

「それ以外に強烈な記憶を作れることがありますか? あるならその方法でもいいですよ。アインシュタインにも匹敵する頭脳を持つ鳳凰院凶真さん」

 

「気のせいだと思うんだが、俺へのあたりが強くないか?」

 

「七日になればわかるんじゃないですかね?」

 

 決してあの日、黒歴史をほじくり返されたことを根に持っているわけじゃ無い。

 

「……本当にそれしか方法はないのか?」

 

「僕にはそれしか思い当たりません。でも安心してください、紅莉栖さんも岡部さんに少なからず好意を抱いていますから」

 

「それも予g―――」

 

 消えた。

 

 岡部倫太郎が消えた。

 

 何故だ? 確かに劇場版の岡部倫太郎が一時的に消えるタイミングと合っているが、この世界線でそれはおかしい。このタイミングで一度消えると言うことは劇場版と同程度に他世界線に引っ張られていると言うことだと考えられる。

 つまり、8月4日―――明日には消えてしまうと言うことか?

 

 しかし、俺がタイムリープしてくる前は8月7日まで岡部倫太郎がこの世界線に存在していたことは確かだろう。

 

 俺がタイムリープしたせいでタイムリミットが縮んだと言うことか? それとも―――

 

 俺の前に再び岡部倫太郎が現れた。

 世界線移動の衝撃に頭を押さえている。

 

「今のは……」

 

「岡部! 早く上に戻りますよ!」

 

「な、いきなりなんだ」

 

「いいから!」

 

 岡部倫太郎のでかい体を引っ張って無理矢理階段をのぼりバーベキューをしている屋上へと出た。

 もう肉は焼けているものもあるようでみんなぞれぞれ皿にとって食べている。

 

「あー岡部ぇ……見つけたぁ!」

 

 紅莉栖が岡部倫太郎に迫る。

 その隙にフェイリスが焼いている焼きそばの台へと逃げる。

 

「ぬわっ! なんだ、クリスティーナ……」

 

「やっぱりぃ、納得できない」

 

「なんの話だ」

 

「タイムマシンよ、ありぃえない、理論的に考えてぇ」

 

 紅莉栖が持っていたビール缶を岡部倫太郎の鼻先に突き付ける。それを彼は取り上げた。

 

「おまえ、まさか、いや用意したのはノンアルコールビールだけのはず……なっ!」

 

 俺の近くの椅子では紅莉栖と同じくすっかり出来上がった様子の天王寺さんと桐生萌郁。どうやらアルコール入りのビールを持ち込んだのは彼らのようだ。

 

「ねぇ、きいてるの? このまえの事よ。あんたアメリカに来た時もわたしに言ったでしょ? 他の世界線だとかその世界線で私となにかあっただとか、私が分からないことをいいことにしてあんなことまで……」

 

「あんな……こと?」

 

 何かを思い出して動揺したらしい岡部倫太郎は地面に置かれていたビール缶を蹴って倒してしまった。

 

「な、な、待て、今ここでそれを言うつもりか!?」

 

「なに? やっぱり言われちゃまずいんだ……」

 

「あ…いや……」

 

「私、あの時結構……」

 

 紅莉栖が顔を両手で覆ってしまった。

 

 俺が介入したことによって大分思い出が少なくなったはずなのだが展開は変わらなかったらしい。SGβ世界線(仮)に来るためのDメールが何かかかわっていたのだろうか?

 

「ニャ、どうかしたニャ? もうすぐフェイリス特製の世紀末焼きそばが完成するニャーン」

 

 酔っ払い特有の機嫌がころころ変わるとかいうやつなのか、紅莉栖が怒り出した。

 

「こいつさぁ! 去年の夏からメール一つ寄越さないのよぉ! 散々助手だとかクリスティーナだとか言っておいて、好きだとかなんだとか、全部別の世界線のせいに―――」

 

「お、お、落ち着けクリスティーナ!」

 

 岡部倫太郎が牧瀬紅莉栖の口をふさぎ階段の方へと連れ込んだ。

 普通誰か気づくはずなのだが、天王寺さんと桐生萌郁がご機嫌に歌を歌っていたためそちらには目が向かなかったみたいだ。

 

 そっと後ろからついて行く。

 

 暴れる紅莉栖に押され岡部倫太郎は階段をよろけるように数段降りた。

 

「危ないだろ」

 

「ふふーん、おーかべ。……抱っこ」

 

 落ちるように身を傾ける紅莉栖。もちろん岡部倫太郎は抱きとめた。

 頬ずりしだす紅莉栖。

 

「じょりじょりー」

 

「なっ、離せっ」

 

「ちくちくするー」

 

「やめろっ。人が来たらどうするんだ」

 

「嫌なの?」

 

「へ?」

 

「人に見られたら嫌なの?」

 

「別に嫌というわけではないが……」

 

 この後確か一緒に階段から落ちて行く筈だ。助けてもいいだろう。

 

「わー紅莉栖おねえちゃんと岡部おじちゃん夫婦みたいだねー」

 

「なっ、瀧原助けてくれ!」

 

「わたしたちお似合いの夫婦だなんて……えへへー」

 

 そういうと紅莉栖は岡部倫太郎の腕の中で眠ってしまった。

 

 岡部倫太郎に紅莉栖を落とせとか言ったが、もう既に落ちているように見える……気にしないことにしよう。本人が気づくまでは問題ないだろう。

 

 眠ってしまった紅莉栖をラボのソファーに寝かせ頭に濡れたタオルを置いてあげた。

 劇場版では階段から落下したせいで大分酔いがさめていたが、この様子だとずっと眠ったままだろう。

 

 多分これで岡部倫太郎が消えるのが8月7日になってくれたはずだ。

 紅莉栖との思い出が原作より少ない分この岡部倫太郎は初心だから、こういった事でもリーディングシュタイナーの過負荷を軽減できたのだろう。

 

「岡部さん。さっき言った紅莉栖さんの件やってくれますね?」

 

岡部倫太郎が白衣から携帯を取り出した。

 

「俺だ、……ああ、今俺は危機的な状況に追い込まれているらしい。不本意だが覚悟を決めなけれなならないようだ。ああ、へまはしないさ。エル・プサイ・コングルゥ」

 

「本当はよろこんで、ですよね」

 

「う、うるさい!」

 

 小さめに怒鳴る岡部倫太郎。紅莉栖を見つめる目は優しいように見えた。

 




-追記-

誤字報告ありがとうございます。


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諜報のイミテーション

 バーベキューをした翌日。岡部倫太郎に協力してもらって円卓会議を開くことにした。

 もちろん紅莉栖本人は参加させない。劇場版の通りならば今頃コインランドリーにでもいるのだろう。

 昨日覚悟を決めてくれたはずなのにまだ岡部倫太郎は苦情を言っている。

 

「瀧原、本当にまゆりとダルに相談するのか? 正直気が進まないんだが」

 

「ここまで来てなに言ってるんですか、もう2人とも来てるじゃないですか、行きますよ」

 

 開発室から岡部倫太郎を引っ張り出す。

 注目を浴びたことでようやく観念したのか岡部倫太郎は話を始めた。

 

「これより、円卓会議を始める。来てもらったのは、ほかでもない紅莉栖に関係することだ」

 

「紅莉栖ちゃんに?」

 

「う、うむ。で……あの、その、えっとだな」

 

 早速怖気づいてしまったようだ。

 岡部倫太郎は恋愛関係の事はある条件下を除き、頼りなくなってしまうのは、知っていたから予想は出来ていたが、はぁ。

 

「岡部おじちゃんは紅莉栖おねーちゃんが好きなんだって」

 

 出来るだけ無邪気にと心の中で唱え岡部倫太郎の言葉にかぶせるように言った。

 

「なっ、瀧原、お前!」

 

「どうしても付き合いたいから会議を開いたんだって言ってた」

 

「それなんてエロゲ?」

 

「まゆしぃも紅莉栖ちゃんとオカリンはお似合いだと思っていたのです」

 

「てかさ、なんで僕らに相談したわけ? 選択肢ぐらい自分で考えるべき。攻略サイトは甘えだお」

 

 ぶっきらぼうに橋田至が言うが無理もない。

 橋田至からしたらリア充爆発しろとでも言いたいようなことだろうし、これでも優しい方だろう。

 

「そこを何とか頼むダルよ、この作戦には貴様の助力が必要不可欠なのだ」

 

「そうだよーダル君、恋を邪魔する人は馬に掘られて死ぬんだよー」

 

「アッー、それだけは勘弁だお」

 

 ……もしかしてまゆりは狙って言っているのか? 原作での”しょたいんざげーと”発言に続き今度はこれだ。

 子供となった俺からすると背筋に寒いものを感じざるを得ない。

 当の本人はかわいく頬を膨らませているのだが。

 

「で、僕は何をすればいいん?」

 

「それは、未来ガジェット11号機『バーローのアレ、その2』を作ってもらいたいのだ!」

 

「バーローっていうのは、体はこどものひとのことかなー?」

 

「意味分からん」

 

 変な抑揚をつけて橋田至はそう言った。

 

「説明しよう! バーローのアレ、その2とは、ある少年探偵が使用しているピンバッジ型無線機だッ」

 

「なっ、なんだってーって、あんなん作れるわけないだろ常考。もし作れたとしても性能はお察しで、すぐに電池切れになるのは目に見えてるお。それにタイーホされるお」

 

「タイーホ?」

 

「あれ、オカリン電波法知らないん? たしか、懲役一年とか罰金百万以下だったような……ほら」

 

 キーボードをたたく音の後、総務省の電波法に関するページを表示されたようだ。

 橋田至は呆れたような顔を見せて、ディスプレイの前から体をどけた。

 

「……そこを何とかできないか?」

 

「僕に法律を変えろと? んな無茶な。まぁ、そこらへんに転がってる携帯電話で回線契約してイヤホンに音声を届けるくらいならできると思うけど」

 

「流石、マイフェイバリットライトアーム、その線で頼む」

 

「てか、そもそも何に使うん? 牧瀬氏攻略には何の関連もないと思われ」

 

「フッ、ダルよそんなこともわからないのか」

 

 無駄に中二病を発動させて頭に手を当てる岡部倫太郎。

 

「このラボの長である俺が行くのだ、ラボメンたちのバックアップを常時受け、いかなる異常事態にも対応できるようにするために決まっているだろう」

 

「つまり、牧瀬氏とのデートが不安だから僕たちに助けて欲しいというわけですね、分かります」

 

「うるさい! 助手にどぎまぎするマッドサイエンティストがどこにいるというのだ!」

 

「オカリン、素直じゃないねー」

 

 こうして橋田至、椎名まゆり両名からの支援が受けられることとなったのだが、本当にこれでよかったのだろうか? そう今更ながら考えてしまう。

 

 椎名まゆりも少なからず岡部倫太郎に好意を持っているのだ。

 幼馴染で、イケメンで、優しくて、ずっと寄り添ってくれた岡部倫太郎の事が嫌いなはずがないのだ。

 

 万が一、岡部倫太郎の事が諦めきれなくて紅莉栖との間に入っていったらどうなるだろうか。それは正しく修羅場だ。少なくとも楽しい思い出とはならないだろう。

 それを防ぐ意味でもまゆりには会議に参加してもらったのだ。岡部倫太郎と紅莉栖をくっつける作戦に参加しておいて後から、やっぱり駄目だとは言いづらいだろうから。

 

 本当はこんなまどろっこしいことはせずに過去に行って『だーりんのばかぁ』を作ればいいのだが、他世界線にて作られた未来ガジェットを作ると世界線が変動してしまうのではという考えがその方法を否定したのだ。

 

 タイムリープでは世界線は変わらないと原作では言われていたが、岡部倫太郎の話では紅莉栖と鈴羽がタイムリープしたことで世界線が変動したと聞いたのも大きな要因だ。

 何か条件があるのかもしれないが、SG世界線に来た以上、変動する確率が高いことはできない。

 

 

『バーローのアレ、その2』の製作を頼んでから一日が経った。

 出来るだけ早くと頼んだおかげで、見た目はともかく実用出来るまでに完成したらしい。

 コードが見えていたり絶縁のためかビニールテープも見える。不安だが橋田至が作ったものだ。問題はないだろう。

 

「ほい、これを耳につけて、白衣のポケットに本体を入れれば誰も電話してるなんて気づかないお」

 

「おお! 素晴らしい出来じゃないかダルよ。未完成な感じが実にたまらんな」

 

「オカリン、そろそろ行かないと間に合わないんじゃないかなー」

 

「ああ、分かっている。では……頼んだ」

 

 紅莉栖と出かける約束は昨日の会議の後に取り付けていたらしい。

 それにしてもデートだっていうのに白衣で行くとか正直ひどいと思う。まさか、紅莉栖にはデートだっていうことを伝えずにただ出かけるだけだとか言ってないだろうな?

 そんなことを思いながら俺たちは『バーローのアレ、その2』から送られてくる音声を聞くために携帯電話のスピーカー機能をオンにした。

 




-追記-

誤字報告ありがとうございます。


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永遠のアガペー

しばらくの間布が擦れた音と、人ごみの中にいるような音しか聞こえなかったが、音の様子からして無事待ち合わせ地点に着いたらしい。

 

『はろー』

 

『待たせたな助手よ』

 

大きな雑音もあるが、聞き取れないことは無い。

 

『で、呼び出したわけは何よ?』

 

『ああ、確か貴様には海外に住む母親がいたな? 日頃の感謝でも込めてお土産でも買って言ったらどうだという崇高な考えのもと―――』

 

『余計なお世話だ。ちゃんと毎回ママへのお土産は買ってるわよ。で、それだけ?』

 

『ぐ、折角なので秋葉のアンダーグラウンドな店を案内してやろうと思っているのだが……どうだ? 電気街などあまりじっくりとみたこともないだろう?』

 

『……ここまで来て何もせずに帰るのも癪だし、しょうがないからついて行ってあげてもいいわよ?』

 

片手を顎に当てて、得意げに微笑む紅莉栖の姿が浮かぶ。余程岡部倫太郎に誘われたのがうれしいのだろうか?

なんとか、岡部倫太郎の我慢が続けばいいのだが。 

 

「紅莉栖ちゃんは素直じゃないんだねー、なんだかこっちまでムズムズしてくるよー」

 

「リアルツンデレキタコレ!! ……まじでオカリン死ね、氏ねじゃなくて死ねぇ!!」

 

「だめだよー、ダル君そんな言葉使ったらー、前にも言ったよね?」

 

エロゲーのテキストを進めるマウスのクリック音の間隔が明らかに早くなった。橋田至はロリ顔で巨乳美人嫁が将来できるんだから少し黙ってほしい。

ニコニコしているまゆりも気のせいかもしれないが目が笑っていない。

 

たった数秒の会話を聞いただけでここまで荒れるとは恐るべし岡部夫婦。

というか、この場所の空気が段々と重くなっている気がする。珍しく致命的な欠陥のない未来ガジェットが完成したと思ったらこんな所に大きな落とし穴があるとは……

 

極力気にしないようにしながら携帯電話の音声に耳を傾けるがほとんど雑音しか聞こえない。

 

途中トイレに行く振りなどして此方に助けを求めてきたがあいにく嫉妬に狂うハッカーと何もわかっていないような二人しかいないのだ。

とにかく頑張れとだけ言っておいた。まゆりも仲良くねーといった事しか言っていない

 

どこかに着くたびに岡部倫太郎が説明したり個人的なオススメなどを言ったりして、それに紅莉栖が興味を示したり示さなかったりしながら街を歩いているようだ。

多分タイムリープマシンの材料を買いに行ったところにも寄ったのだろう。貴重な基盤類などに紅莉栖が興奮する様子も聞けた。

 

岡部倫太郎が紅莉栖を連れ出したはいいが、いつもより異性として意識しているせいで話を切り出すことができないでいるのだろうか。

案内しながらも、歩きながら時間がたつごとに岡部倫太郎が感じる気まずさという空気がなんとなくこちらまで流れてきた。

 

しかし紅莉栖はそういう事情を知らないので何気なく話し掛けていく。

 

『そう言えば全然聞いたことなかったけど岡部の実家ってどこにあるの?』

 

『え、ああ、池袋駅らへんにある。ちなみに言えば親父が八百屋をやっているな』

 

『へぇ、そうなの。今までのあんたの言動からは到底思いつかない事実ね。……自称マッドサイエンティストの実家が八百屋さんってちょっと笑えるわね?』

 

『うるさい! そういう貴様の父親は何の仕事をしているのだ!』

 

『…………』

 

地雷だ。完璧なまでに地雷を踏んだぞ岡部倫太郎。父親と不仲なのは知っているだろうに。

 

ん?待てよ。

 

そういえば、大まかに考えれば原作で紅莉栖をドクター中鉢から守って岡部倫太郎はシュタインズゲート世界線に辿り着いたのだろう?

 

しかし俺の干渉で岡部倫太郎が紅莉栖を守ることなく、過去の俺自身に大量のDメールを送ることでこの世界線にたどり着いた。

この世界線でドクター中鉢―――紅莉栖の父親に刺されていたとすれば、たとえその時の記憶が無くてもおのずと岡部倫太郎は事件の犯人が紅莉栖の父親だと言うことを知るだろう。

 

ならばこの世界線での紅莉栖との出会いはなんだ? ドクター中鉢の立ち位置はどうなっている? どのように世界は収束したんだ?

 

『物理学者よ。でも残念なことに世間では色物発明家として有名ね』

 

『色物発明家?』

 

『ドクター中鉢、知ってるでしょ? 去年記者会見に来てたじゃない』

 

『あのタイムマシン発表会のドクター中鉢か!』

 

『ちょっと、あんまり大きな声で言わないでよ。岡部に話すのだって結構勇気のいる事なんだからな……』

 

『す、すまん』

 

話しぶりからして岡部倫太郎はドクター中鉢からは刺されていないのだろうか。

後ろから聞こえるまゆりの、”お醤油ちゅるちゅるー”や”たいむましん”の緩い響きには少々力が抜けた。

 

『確か……以前父親との仲を取り持つために青森へ一緒に行ってやると言ったよな』

 

『そうなの?』

 

若干間が開いた。岡部倫太郎も記憶の齟齬に気がついたようだ。

 

『……すまない勘違いだったようだ。気にしないでくれ』

 

『もしかして前にも言ってたほかの世界線の記憶?』

 

『……そうだ。でもこの世界線にとっては夢や幻と変わらない。アメリカでも言ったが忘れた方がいい』

 

『……体験してきたっていう岡部が言うことなんだからそれが一番正しいんでしょうけど、私としては今も一緒に来てほしいこともなくはない……なんちゃって』

 

聞く気力がなくなった二人の代わりに悶えながら二人の会話を聞いているとき突如ラボの玄関ドアが開いた。

 

「まゆしぃ! 大丈夫かニャ!?」

 

「ほえ? フェリスちゃん?」

 

フェイリスはまゆりの姿を認めるとすぐに抱き着いた。

 

「うニャー、心配したにゃー。いつもならメールがすぐに帰ってくる時間にメールしても返信が来ないから電話してもつながらなくて、てっきりまゆしぃの犯罪的な体に目を奪われた許されざる者たちに漆黒の門へと連れ去られたかと思ったニャ」

 

「つまり、ハイエースですね分かります」

 

「ダルニャンは、一か月メイクイーン出禁ニャ」

 

鼻血を出しながら絶望を叫ぶ橋田至。

これは仕方ない。でも前向きに考えればメイド喫茶を断って阿万音由季さんと距離を縮めるチャンスだと思うんだ。

 

「ごめんね。今まゆしぃの携帯は紅莉栖ちゃんとオカリンのデートの内容を聞くために使われているのです」

 

「ニャニャ!? クーニャンが凶真とデート!?」

 

すると机に置かれていたまゆりの携帯を取ってフェイリスは大声で、

 

「キョーマァ!! このフェイリスを差し置いてクーニャンとデートとは何事ニャ!」

 

『ぬわぁぁああ!! 耳がぁ!!』

 

硬質な物に携帯がぶつかった音がした。これはまさか落ちたのか?……

 

『ちょっと岡部どうしたの……って携帯?』

 

紅莉栖の声が段々と近づいてくる。

ガサゴソとバーローのあれその2を調べられているようだ。冷ややかな声が響く。

 

『これは無線モジュールね? 岡部、耳見せなさい?』

 

『あの……これは、そのだな』

 

『岡部のバカぁ!』

 

それからのラボメンの行動は速かった。

紅莉栖の怒りに巻き込まれないように即時解散という流れになったのだ。俺もまゆりに抱えられて家に帰されそうになったが、岡部倫太郎に送ってもらうと子供らしくダダこねて帰ってくるまでブラウン管工房でお世話になった。

 

少し日が傾き始めたころ岡部倫太郎が帰ってきた。一緒にラボに入る。

しばらく様子を見ていると、冷蔵庫からドクぺを取り出した後、話し掛けてきた。

 

「なぁ、瀧原―――」

 

おおよそ自分が消えるかどうかの事だろうと当たりを付けて言葉を重ねる。

 

「まだ岡部さんは消えません。まだ少し時間はあります」

 

「いや、そのこともあるんだが……」

 

「なんです?」

 

「俺が紅莉栖と一緒になったら、紅莉栖は幸せだろうか?」

 

「はい?」

 

思わず聞き返す。

 

「俺が紅莉栖と一緒になった後だ。もしその後に俺が消えてしまったら、お前が言っていたように紅莉栖が俺がいたことを覚えていたらそれはとても辛い事だからだ。紅莉栖が俺の事を忘れられるうちに離れてしまった方があいつのためじゃないかって」

 

劇場版と同じだ。あの苦悩を今の岡部倫太郎も感じているのだ。

 

「でも、紅莉栖のこと好きなんでしょう?」

 

「好きだからこそだ! お前だってわかるだろう? 俺を救ってくれたお前なら?」

 

「…………」

 

「なに、私の事が好きだとか勝手なこと言ってくれてんのよ、バカ岡部」

 

声の方向を見ると紅莉栖が仁王立ちしていた。知らぬ間にラボに入られていたらしい。

 

「紅莉栖がなぜここにいる!? 怒ってたんじゃないのか?」

 

「なんであんなことしたのか聞きたくて来たのよ。まったくもうメールぐらい見ろ」

 

俺は紅莉栖に迫られ事情を話すように言われた。子供のようにとぼけたりもしたが完璧にバレてしまったらしい。洗いざらい話してしまった。

……演技がそんなに下手だったか?

 

「なるほどね。またあんたは一人で突っ走って一人で何とかしようとしてるのね。呆れた」

 

「…………」

 

「つまり岡部が消えないように私がそばに居ればいいんでしょう?」

 

「それではお前が―――」

 

「その……ね、私も好き、岡部の事」

 

「なっ」

 

「いいから目を閉じろ」

 

「今ここでやるのか!?」

 

「なによ、人に見られたらいけないってわけ?」

 

そう言っていたずらに微笑む紅莉栖。酔っぱらっていた時のことも覚えていたらしい。

窓から差し込む夕日の中二人の唇が重なる。岡部倫太郎の目は見開かれている。

まるで原作のあのシーンのようだ。

 

顔を離し見つめ合う二人。

 

「もう一回よ、今度はしっかりと覚えてもらうわよ」

 

「海馬に……だったか?」

 

もう一度紅莉栖が背伸びをして岡部に迫った。

 

「もう何処にも行かせないんだから」

 

呆然とその光景を見ていたわけだが、この結末でもいいだろうと俺は思う。

R世界線に行ってしまった岡部倫太郎も俺と同じように、いずれこの岡部倫太郎に統合されるだろうし当初の目的は達成した。

 

俺は二人の邪魔をしないように外に出た後、携帯電話を取り出す。真っ赤な光が俺の影を強く映し出す。

一年間練習したお決まりのアレだ。

 

「ああ、全ての任務が完了した。これで俺も呪縛から解放されるというわけか……ああ、分かっている。後は彼らの選択に任せるとしよう」

 

―――エル・プサイ・コングルゥ

 




番外編もお読みいただきありがとうございました。

Steins;Gate/輪廻転生のカオティック 番外編 完

-追記-

誤字報告本当にありがとうございました。


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Steins;Gate/輪廻転生のハイド

結果と言う物全てには過程が存在する。

幾多の因果を重ね、第二のシュタインズ・ゲートに至るという事象にもそれはある。

人の身で神のごとき所業を行ったがために世界は歪みを生んだ。

これは重ねられた因果の果てに、無かったことにされた物語の一つに過ぎない。


注意、この話の舞台は本編終了直後です


 

 引きつるような感覚が痛覚のない筈の脳を襲う。

 平衡感覚が大いに崩れるが、すぐにその症状も収まった。目に入るのは紅莉栖と橋田至、そして岡部倫太郎だ。ラボの談話室を中心にのんびりと過ごしている。

 これがいつもの通りの、俺達が望んだ日常なのだろうか。

 未来の橋田至、バレルタイターから聞いた話だと俺は消えていなくなってしまうと言っていたが、未来の俺の考えが間違っていたのか、それとも奇跡と言う物が起きたのか。

 

 しかしなぜだろう。岡部倫太郎はさっき起こった大幅な世界線移動にまったく苦しむ様子がない。

 それどころか此方を心配そうに見つめている。

 

「どうした、瀧原。眩暈でも起こしたのか?」

 

「え、あ、大丈夫です。気にしないでください」

 

 そうか、というと岡部倫太郎はソファーに戻る。

 リーディングシュタイナーの効果が俺だけにしか現れていない?

 そんなことがあり得るというのだろうか、この能力とも言い難いものは自分の力で制御できると言う物ではない。世界線が変動すれば否が応でも記憶が他世界線の自分に移る。という事は世界線は変動していない? 

 いや、そんなことはもっとあり得ない。世界線移動の酷い感覚は確かに感じたし、何よりも追い出した筈の紅莉栖と橋田至が此処に、俺にとっては瞬間移動したかの如く存在している。

 

「それで結局リフターに替わるものってなんなわけ?」

 

「話は以前にもした筈だぞ、橋田。替わるものは電子レンジ内には存在せず、正体は不明。ある時間帯に実験すれば送れたのだから一応の再現性は十分。あまり気にすることは無いだろう」

 

「そうなんだけどさ。判らないものがあると何だかモヤモヤするじゃん」

 

「橋田の意見はとてもよくわかるわ。私も早く解明して論文として公表したいもの」

 

「余計な真似はするべきではないぞ、紅莉栖。SERNに目を付けられでもしたらお前の両親が危険な目に合う可能性がある」

 

 俺からすると、過去にもうその話は終わったはずだ。やはりおかしい。岡部倫太郎が紅莉栖の事を助手だとかクリスティーナだとか呼ばないのもそうだし、橋田至の呼び方も変だ。いつもはヨレヨレの白衣とズボンそれにスリッパという何とも言えないファッションであったというのに、今はセンスの良さが感じられる少し大人な感じのコーディネイトで、俺が知っている岡部倫太郎とは一瞬、別人のようにすら感じるまでだ。

 

 それに、いつもいるはずのまゆりがいない。

 

 ある、いやな予感が俺の頭を駆け巡る。

 会話がひと段落するのを待ち、話しかける。

 

「あの、まゆりちゃんはどうしたんですか?」

 

「どういう意味だ?」

 

 気のせいかもしれないが俺の事を少し睨んだ様に感じる。

 

「いつもここに居ましたよね?」

 

「岡部から話は聞いたことあるけどここには来たことがない筈よ」

 

「この暑さに頭をやられてしまったのか? まゆりはずっと入院中だろう」

 

 それから俺はこの世界線についての情報をそれとなく聞き出したが、やはりここはγ世界線、もしくはそれに近い世界線なのだろうという結論が出た。

 第二のSteins;Gate世界線を決死の覚悟で目指したというのに、結局はディストピアに向かう世界で、ほとんど先が見えない。

 しかも、此処での岡部倫太郎はラウンダーだ。

 

 という事は、未来ガジェット研究所内で怪しまれるような行動をすれば、鉛玉、監禁、ゼリーマン、この内どれかをこの身で体験するというわけだ。

 

 当然この世界線の俺は全てのルートの記憶があるとは伝えていないだろうし、記憶に基づいた指示をラボメンにしたとしても前の世界線のようにすんなりとは事が運ばないだろう。

 そして何よりも問題なのが、やり直しが利かないことだ。

 

 この世界線の電話レンジにはタイムリープ機能は搭載されていない。タイムリープ機能は俺の良く知る岡部倫太郎の気ままなアイデアから生まれたものだからだ。俺一人で作れないこともないが、タイムマシンの在るこの部屋に監視がない筈がない。岡部倫太郎に見つかり、結果的には襲撃までの時間が早まってしまうことは目に見えている。

 

 なら、Dメールで世界線移動すれば、とも思ったがそもそもγ世界線になってしまった原因であろう2000年クラッシュをメール一通でどう防げばいいのだ。それにもうDメールを送るのは遠慮したい。俺はそのせいでわけが分からない世界線に跳ばされどうしようもなくなったのだ。送るとすれば最後の最後と決めている。

 

 後は他の世界線の岡部倫太郎がこの世界線に来てくれればまだ望みはあるが、もし来たとしてもこの瀧原浩二を知っている岡部倫太郎なのだろうか? もし違うのであればすなわち俺の存在しない世界線に跳ぶことになり俺の消滅は確実だろう。

 

 何と素晴らしき世界線であろうか。感動のあまり泣けてきそうだ。

 

 

 翌日、岡部倫太郎がユーロポールの捜査官を殺したところを見たと、紅莉栖が逃げ帰ってきた後、岡部倫太郎が姿を現すこともなかった。

 つまり他の世界線から岡部倫太郎が跳んで来ていないという事。

 気付くのが遅れたが、阿万音鈴羽もこの世界線のこの時間には存在していないらしく、ドラマCDのγ世界線というわけでは無い様だ。

 此処で、一人で逃げてしまえばいいという案も浮かんだが直ぐに否定する。

 

 少しの時間とはいえ共に過ごして、ラボメンは覚えていないだろうが、思い出があるのだ。俺はそこまで薄情になれなかった。

 

 

 襲撃される筈の日、俺は最後の賭けとしてのDメールを用意した後、俺はその時を待っていた。

 そして、あの日のようにドアは強引に開けられて外国人の屈強な男たちが入ってきた。

 

「動くな!! 大人しく手を挙げろ!!」

 

「ヒッ、う、動かないから、撃たないで―」

 

 違うことはただ一つ、その後ろから岡部倫太郎も桐生萌香と共に登場したことだ。

 襲撃者という割には何だか顔色が悪そうに感じたが、今気にしている暇はない。

 

「岡部ッ! あんた何で!」

 

「黙って。あなただって死にたくないでしょう?」

 

 モアッド・スネークはこの世界では発明されていないが視界を遮るまでもなく俺は電話レンジの前に立っている。

 後はいつものようにジャンクリモコンの電源ボタンを……

 

 ―――無い?

 

 そうだ、ここは今までの世界線ではない。ジャンクリモコンを買ってきたという事象さえもなかったことにされている。

 迂闊にもほどがある。今ここで自分を呪い殺したい衝動に駆られる。

 

 俺は何もできないまま、死を宣告する号令が桐生萌香の口から放たれた。

 

「使わせるな! 撃て!」

 

「待て!!」

 

 容赦なく降り注ぐ銃弾。しかしそれは俺にではなく射線上に飛び入った岡部倫太郎に全て命中していた。

 彼の体を突き抜けた弾は全てあらぬ方向へと飛び出した。素人目から見ても致命傷だ。紅莉栖も橋田至も叫びをあげている。

 

 まず、感じたのは疑問。そして驚愕。

 

 倒れた岡部倫太郎に駆け寄る。ラウンダーなんて構わない。

 

「岡部! なぜ俺なんかを庇った! お前はラウンダーなんだろう!? 何故だ!」

 

「……これで……借り…は返した…」

 

 その一言で俺は理解した。今ここに居るのは俺と共に世界と戦った岡部倫太郎だと。しかし、なぜ今になって?

 ……デジャヴのせいなのか?

 

「岡部ッ! 死ぬな!」

 

「……済まな……かった」

 

 岡部倫太郎から離れない俺をラウンダーの一人が銃で殴り、強制的に大人しくされた。

 桐生萌香の方も魂が抜けたようにへたり込んでいる。

 

 外国人の男の指示でこの場にいたラボメン全てが抵抗も許されず拘束され車に無理矢理乗せられた。岡部倫太郎の死体は処理班を呼んで始末させるそうだ。

 

 荒い運転に揺れる車内で俺は考える。

 

 死んでしまったのか? ……岡部倫太郎が、何故?

 

 この物語の主人公である彼が死んでしまえば誰も救えなくなってしまうと言うのにだ。

 そして世界線が変わってもおかしくない事象が発生したというのにリーディングシュタイナーが発動する気配すらない。つまりこの世界線でこの時間に岡部倫太郎が死んでしまうことは確定しているという事か?

 仮に未来の俺がこの世界線も計算に入れてメールを送らせたとすれば、どんな意味があるというのだ。

 

 もし意味なんて何もなければ―――

 

 いや、意味なら必ずある筈だ。無いわけがない。よく考えろ……

 

 未来の俺はムービーメールで因果を重ね望む世界を手繰り寄せるとか言っていたか?

 頭の中で何かが弾ける感覚がした。

 

「フフ、フハハハッ―――」

 

 そういう事か……。全く未来の俺は何とも無茶な役目を押し付けてくれる。

 

 この世界で重ねられるべき因果は何か? それはディストピアが存在し、三百人委員会に鳳凰院凶真がその名を連ね、阿万音鈴羽がこの時代にタイムトラベルをしてくること。

 しかし、岡部倫太郎はもういない。つまりだ。

 

 ―――俺が岡部倫太郎、鳳凰院凶真としてディストピアを形成する事が未来の俺が望んだ事。

 

 ならば、頭の中に詰まったタイムリープに関する基礎技術、思い出を武器に、全身全霊をもってこんな世界を否定しよう。

 

 いつかラボメンと楽しく過ごす日々を夢見て。

 

 たとえそれが、間違っていたとしても俺はもう止まることなんてできやしない。



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