仮面ライダー555 ~灰の徒花~ (大滝小山)
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灰の徒花

 死の間際の光景ほど、美しいものはない。

 それが見納めだとわかっているのだから、印象に残るものを美化させるのだろう。走馬灯と言い換えてもいい。

 

 ――だから、走馬灯の夢から覚めたとき、始めに湧いた感情は、深い虚無感だった。

 自分が一度死んで、蘇ったと聞いても、脳裏に写るのは、一度目の死の記憶。自分を助け出そうとする、気高き戦士の姿だった。

 

 少年はすぐに病院を抜け出した。皮肉なことに、少年はある怪物となっていた。

 

 ――オルフェノク

 

 それは、死を克服して生まれた新たなる人類。抜け出してすぐ、ある大企業に連れられて知った現実も、彼の心には響かない。

 死んだような――実際に一度死んだわけだが――無味乾燥した日々を過ごしていた彼の日常を変えたのは、義務のように人を襲った直後に響き渡る戦闘音を察知した事だ。

 

 何となく、息を潜めてその音の元へと向かう。たどり着いた場所は、車両基地だろうか。青年が携帯電話に何か入力して、銀色のベルトへと装填する。ベルトから赤い光のラインを走らせながら、青年が立ち上がったとき――機械の鎧に身を包んだ戦士がいた。

 身を潜めながら、『ファイズ』という名前を思い起こした。オルフェノクの王の為に作られた三本のベルト、その後期型。高い安定性を誇るその素体は、

 

 ――awakening

 

 高い拡張性を持つ。

 少女からトランクケースを受け取ったファイズは、彼女の指示通りに変身コード――555を入力する。

 全身を紅いフォトンブラッドが包み、真っ赤な姿に転じたファイズ。依然、物陰に身を隠す少年は、その後の戦闘の一部始終を見守り続けた。同族(オルフェノク)を滅ぼされようが、彼には関係がない。それよりも――

 

(これは――――)

 

 走馬灯が走る。一度目の死に見えた戦士たち。燃え落ちる家屋から自分を連れ出すその姿。

 その姿が、ファイズの戦う姿に塗り替えられ、少年の脳裏に強く焼き付いた。

 それは、久方ぶりに感じる熱量。胸を熱くする感情に、名付けることなどできない衝撃。

 一言で言うなら、『魅せられた』のだ。

 灰色だった景色に色彩が戻る。興奮さめやらぬまま、見つからないように彼はその場を抜け出した。

 

 少しでも彼らに近づきたいばかりに、積極的に人を襲った。それはファイズを始めとするベルトの情報は、大企業――スマートブレインの上層部が握っているからだ。ラッキークローバーを始めとする上層部に食い込むには、オルフェノクに貢献する事が、近道に思えた。

 

 だが、少年の日々は再び急変する。立て続けに上層部のオルフェノクが討ち取られ、失踪し、誕生したオルフェノクの王ですら、彼ら――乾巧(いぬいたくみ)木場勇治(きばゆうじ)三原修二(みはらしゅうじ)――に倒された。

 スマートブレインは倒産し、傘下のオルフェノク達は次々と離れていく。身よりのない少年にとって、その事実は重くのしかかった。

 

 ――今更、あきらめる気にもならなかった。

 灰色に戻った日々に、少年は恐怖を抱いた。何もなしていない。生前(・・)も、死後も、自分の日常は何の意味もないものになったのか?

 それだけは、否定したかった。

 

 いや、違う。

 

 最初から、意味などないのだ。それでも、再び自ら命を投げ出す(・・・・・・・・)ことだけはごめんだった。

 

「――だから、一度だけ。もう一度だけ、花を咲かせようじゃないか」

 

 彼は、独りきりのオフィスでひとりごちた。

 

 

 さぁ、咲かせよう。我らオルフェノク、短い命を有効に使おう。

 死の間際の短い煌めき。実を結ばない灰色の徒花(あだばな)を咲かせよう。




続きを書くかどうかは、自分がファイズをおさらいしてから、さらにプロットを詰めて、……といった事前準備をして納得してからになりそうです。
あるいは要望が多いと投稿が早くなる……かも(ボソッ


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第1クール
第1話 A


よし、走りながら555おさらいする(諦め)
序盤のある程度は頭の中で固まっているので、マイペースに投稿していきます。……仮に矛盾しても、そのあたりは基本変えられませんのでご容赦を(土下座)


「はい、ご覧ください! 何の変哲もない白いハンカチ! これを――」

 

 言いながら、青年はシルクハットを脱ぎ、足を止めた通行人達に中身が見えるように掲げる。

 手品の鉄則。“表向き”にはタネも仕掛けもないことを示すこと。

 

「――この中に入れて被りま~す!」

 

 鉄則その2。仕掛けに意識が向かないように、大仰な身振りで。

 青年は抜け目なく観客を確認し、会心の出来を確信しつつ右手を掲げる。

 

「――one」

 

 ネイティブな発音とともに立てられた指。

 

「――two」

 

 二度目の声で立てた指を増やし、三度目のコールの代わりに高らかと指を鳴らした(フィンガースナップ)

 同時にシルクハットのつばを持つ左手で素早く脱ぎ捨てる――!

 

「ご覧ください! ハットからハトが―― あれ?」

 

 青年が怪訝な声を上げたのは、徹夜で考えたギャグが大コケしたからでは無く。ましてや、予定通りにハトが飛び立たなかったから――それはそれで大問題ではあったが――でもなく。

 シルクハットを脱いだ瞬間、観客たちから失笑の声が漏れ聞こえてきたではないか。彼らは皆一様に青年の頭に注目し、スマホで撮影するものまで現れた。

 ここまで疑問符を浮かべていた青年であったが、白いハトが頭上から肩口に降りてくると事態を把握し始める。

 

 ――天気、快晴。朝から現在、午前十一時半ごろまで雲一つなし。そして頭に手をやれば、大きな白い雨粒一つ。

 

 麗しの彼女(・・)はよほどご機嫌らしく、一張羅のジャケットでくつろいでいらっしゃる。「みたきゃみなさい」と言わんばかりのふてぶてしさだ。

 観客は耐える。突然舞い降りた純白の刺客に。今なお己の腹筋に試練を与え続ける白い女王に。すべては、呆然と固まる青年のために。

 

「――あ、これは、ウンがついたようで」

 

 ダム、決壊。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

(万札入ってるのが、よけいに腹立つわ……)

 

 間違いなく、ここ最近の売り上げトップを誇るマジックだ。同時に、過去最大の損失を叩き出したが。

 トランクケースを牽きながら、青年は思い返す。「いやー面白いもん見せてもらったっちゅーか、兄ちゃん、またよろしく!」とわざわざ手渡された諭吉二名。本音を隠して愛想笑いが精一杯だった。

 

(頼まれてもやるかっ、こんな手品!)

 

 焼き鳥の串を腹いせに噛み潰し、次の串に手を伸ばした。が、ふと足を止める。

 

「……西洋、洗濯舗」

 

 要は、クリーニング店だ。

 青年は、そっと自分の格好を見直した。お捻りを受け取る最中も、受けがいいと思って肩に止まらせていたのが運の尽き。まさかの三発目を投下され、左右対称に汚らしくなっていた。

 頭だけは水を被って何とかしたが、生憎、このジャケットは普通に洗濯すると縮みかねない代物だ。位置的に小脇に抱えると被害が広がりそうで、着の身着のままといった有様。はっきり言って、通行人の視線が痛い。

 迷う必要は、無かった。

 

「すみません」

「ああ、いらっしゃい。ご用件はぁっ!?」

 

 店主、菊池敬太郎は絶叫した。仕立てのいいジャケットを無残な姿にしているのを見れば当然かもしれない。そう青年は考え、すぐに説明にかかる。

 

「あの、これの洗濯――」

「いや、それもそうだけど、食べ物! タレがついたらどうするんですか!」

「――あっ、そっち」

 

 少し想像すれば、飲食厳禁であることぐらい分かっただろうに。敬太郎はこの奇妙な客の相手に頭が痛くなりそうだった。

 気を取り直して、ジャケットの検分を始める。どうやら、両肩の白い汚れ以外に目立った被害はない。それどころか、着慣れた様子の割にシワや型くずれもほとんどなかった。

 

「鳥のフンみたいだけど、何があったらこんなことに……? ガラの悪い人にでも絡まれたとか?」

「いや、不幸な事故だった。 犯人は手品のタネだ」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で、しかしあっけらかんと青年は告げた。

 

「手品? もしかして、マジシャン?」

「ああ、ちょっとね」

「スゴいじゃないか! ちょっと見せてよ」

 

 青年の想像以上に食いつきがよかった。この店主、どうもお人好しのきらいがある。鳥のフンから真っ先に最悪の予想をしていたことといい、こんなのでよく世の中を渡ってきたな、と。

 とはいえ、この場ですぐ見せられる手品となると――

 

「ちょっと紙とペン、借りるぞ」

 

 言いながら、手近な紙に縦横三マス、そしてその中に適当な数字を書き入れていく。

 その間、店主が少年のようにキラキラと顔を輝かす様をみて、先ほどの思いを強くする。

 

「じゃあ、俺にわからないよう、どれか好きな数字を選んでくれ」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 青色のワゴン車を走らせ、男は帰路を急いでいた。背後には新たに受注した洗濯物をハンガーでつり下げている。

 ――そんな生活を始めて、そろそろ十年。店主の仕事であった配達を彼――乾巧が受け持つようになったのは、ほんの数年前だった。きっかけは確か、当時自立するために都内のマンションの一室を借りて生活していた園田真理が、久々に敬太郎の店を訪れ、当時の昔話に花を咲かせていたときだった。

 

「そういえば、敬太郎と初めて会ったとき、洗濯物の配達してたよね」

「うん、いまでも結構配達頼まれるよ」

「体よく家政婦として使えるからでしょ」

「――そういえば」

 

 真理が一人暮らしを始めてすぐ、敬太郎の配達スピードが明らかに落ちたような気がする。それをついうっかり口を滑らせたことが、すべての始まりだった。

 具体的には、真理がキレた。それはもう、他でもない本人が台無しだと称するほど、旧交を温めるという目的を見失ったものだった。

 最終的に、巧が配達業務を請け負うことを確約させられ、ようやく真理の怒りを鎮めることができた。敬太郎は、真理にボロクソに言われたためか、微妙そうな顔をして配達に行く巧を見送る日々が続いていた。

 だが、巧はしばらくして明らかに店の売り上げが伸びていることに気づき、そのことについて指摘しないことに決める。後から聞けば、敬太郎が引き受けていた家事というのは、買い物に犬の散歩、果てはちょっとした水道工事まで多岐にわたり、いちいち引き受けていたら日が暮れること間違いなしだ。あのお人好しは、もはや病気の域だろうか。巧は一抹の不安を覚えた。

 

 そうこうしているうちに、『西洋洗濯舗 菊池』の看板が見え、巧はその駐車場にワゴンを停めた。ハンガーを取って店の中へ入る。伝票とともに敬太郎に渡して、今日の仕事は終わりにするつもりだった。

 

「――あっ、たっくんたっくん! 見てよこれ!」

 

 ――ああ、もうしばらく上がれそうにないな。

 長いつきあいになれば、敬太郎の様子から満足するまで離してもらえないだろうと予想がつく。

 

「何だよ、いきなり……てか」

 

 よく見ると、見慣れない青年が立っていた。彼は、巧の顔を見ると、少し驚いたような顔をしてから、軽く会釈する。

 

「キミ、キミ! もう一回やってよ、今度はたっくんに!」

「……えっと」

 

 青年は困った様子でこちらを見てきた。目が助けを求めていた。

 

「何やったらこうなるんだよ」

「ちょっとした、手品?」

 

 何となく合点がいった。

 

「ガキかよ」

「だって、スゴいんだよ! 最後に止まった数字を言い当てるんだもん!」

 

 何というか、感性が子供だった。

 

「稼ぎにもなんないのに、何で俺こんなことしてんだ……」

 

 ブツクサ言いながら、青年は3マス四方の図形を書き、再び数字を書き入れる。

 

「まずは、この中から好きな数字を選んでくれ」

 

 青年は先ほどと同様に巧にも数字を選ばせた。ここから幾つかの操作をさせて、最後に止まったマスの数字を言い当てるらしい。

 

「じゃあ、名前の音と同じ数だけマスを移動してくれ。ただ、斜めに動くのはなしで、必ず上下左右の一マスに動いた時点で一回の移動だ」

「なんか投げやりじゃないか?」

「……今日だけで二十回目なんだよ、これやんの」

 

 言うまでもなく、その相手は敬太郎である。

 その後、移動先のマスに書かれた数字と同じ数だけ移動するよう青年に言われて、指示通りに動かす。

 

「じゃあ、そのまま今止まってるマスと同じ数だけ時計回りに動いてくれ」

「――これ、真ん中の9に止まったらどうすんだ?」

「そう、そうなんだけど、何回やってもそこだけには止まれなくてさ!」

「おまえ、ちょっと黙ってろ!」

 

 後ろでひどい、とぼやく敬太郎を無視して目で時計回りにマスを追いかける。心なしか、青年の顔もひきつっていたが、ふと青年が口を開く。

 

「まぁ、絶対8のマスに止まるようになってるんだけどな」

 

 ちょうど巧の視線は、8のマスで止まろうかというところ。

 ギリギリアウトなタイミングだった。

 

「ああっ! ネタばらししないでって言ったじゃん! せっかく一生懸命考えてたのに!」

「十九回も見せたんだから気づけよな……」

 

 青年はもう、かなりくたびれた様子であった。

 どうしてこうなったのか、少し考えて、本来の目的を思い出す。

 

「と言うか、これ(ジャケット)洗ってほしいんだけど……」

「あっ、ごめん。すぐ準備するね! ――あれ、伝票どこやったっけ?」

「これだろ」

「あっ、おい!」

 

 巧から紙を奪い取って敬太郎に渡す青年。

 なぜ8にしか止まらないのか、必死に考えていたところを邪魔された形だ。巧は不満な様子を見せる。

 

「えっと、名前が木村大牙(きむらたいが)で――」

 

 敬太郎は、思わず目を剥いた。

『西洋洗濯舗 菊池』では、伝票に配達希望と、配達に必要な住所を書く欄が存在する。この配達サービスこそ、『菊池』における最大の売りであり、大きな収入源となりうる。――店主が一文の足しにもならない奉仕活動をしなければ。

 青年――大牙は、配達希望ということで該当欄に丸がかかれている。そこまではいい。

 もちろん、住所も書かれている。これも、まあいい。

 ――その住所が、明らかにどこかの公園のそれでなければ、の話だが。

 

「あの、君、木村君? 家は?」

「ないっす」

 

 大牙は、軽い調子で言い放った。

 思い出したように、焼き鳥を咥えながら。

 

「おまえ、今までどうやって過ごしてきたんだ?」

 

 流石の巧も、本気でこの青年を心配して尋ねる。

 

「まあ、大学出るまでは寮暮らしだったんで、家なくしたっつても……あれ、一年たってんのか」

「お、お金とかは!? なに食べて過ごしてるの?」

 

 今日は臨時収入が有ったんで、と何枚かのお札をひらつかせて大牙は答える。

 

「――おい、敬太郎」

 

 巧はいやな予感がした。この状況にある種のデジャヴを感じたのだ。

 が、時すでに遅し。

 

「じゃあさ、ここで働きながら暮らすってどう!? 家が無いだなんて、そんなのだめだよ!」

 

 巧は頭を抱える思いだった。

 

 何よりも真っ先に削られるだろう自分の時給に、今から気が重かった。




原作キャラの語りがおかしいなどあれば、どんどんご報告ください

4/18 誤字修正
5/8 場面転換の記号を統一(*→◇ ◇ ◇)
6/3 誤字修正9マス四方→3マス四方
9マス四方と言うことは、全部で81マスもあるのか(困惑)


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第1話 B

児童養護施設と幼稚園は別物(プチ修正案件)

というか、結構文字数嵩んだ……
戦闘描写は難しいな、主人公血みどろにするのは得意なつもりだったんだが(オイ)

というわけで、変身と戦いです。


 下宿人に大牙を加えて3日――

 敬太郎は、頭を抱えていた。

 

「ちょっと! 早くしなさいよ!」

「あいあい、もう一手だけ動かして……あ、回復足りない」

 

 大牙のスマホから残念なBGMが流れる。それを境に、一度スマホを置いて、

 

「そんで、そいつを受け取ればいいっすか?」

「『いいっすか?』じゃないわよ! こんな不真面目な店、こっちからお断りよ!」

「す、すみません! ちょっと待ってください! ほら、大牙君も謝って!?」

「ありがとうございましたー」

「ちょっとぉ!」

 

 ……こんな調子で、彼はあまりにも態度が悪かった。十年前の巧よりヒドい。

 

「困るよ、もう~ もっと真面目にしてもらわないと」

 

 なんとか帰ろうとした奥さんを捕まえて、配達サービスの無料化でなんとか手を打ってもらった。

 

 ――これで五回目である。

 

 ごめんたっくん、と心の中で謝る。

 

「……だって、働くなら手品師として生きたいからさ」

「それだって下積み時代とかあるでしょ……」

 

 世間を舐めているとしか思えない発言だった。

 接客に限らず、アイロンがけや配達の準備など、どれをやらせてもギリギリまで遊んでいる。

 ギリギリまで遊んで、――手早く終わらせるのである。

 

 それこそ手品かと思うほどの早業で、むしろその早さをいつも発揮してほしいぐらいだ。なのにギリギリまで遊んでいるために人並みの効率しかでない。

 経営者としては、あまりに見逃せない事態だった。

 

「あんまり怒らせんじゃねぇぞ、倒れちまう」

 

 配達から帰った巧が敬太郎への気遣いをみせる。この状況が続くのは流石にまずいと巧も感じていた。

 

「そうだ、これ。 三原のとこから」

 

 巧が運んできたのは、『創才児童園』の職員の制服や、子供たちの衣服だ。

 

 ――三原修二に、阿部里奈(あべりな)

 二人とも、真理と同じ流星塾で育てられた家族であり、――十年前の戦いを、巧たちとともに駆け抜けた戦友だ。

 スマートブレインの管理から抜けてフリーランスとなった創才児童園の経営は、決して順調とはいえないものの、地域の協力――そして『菊池』でも定期的に衣装のクリーニングを請け負うことで応援するなどで、何とか運営してきていた。

 

「要するに、幼稚園と協力してるってこと?」

「ああ、そうなるな」

 

 幼稚園と養護施設では大分意味合いの違う施設なのだが、巧は特に訂正しなかった。あるいは、彼自身もそれらの施設の差異には興味がないのかもしれない。

 

「いっぱい子供たちがいるんだよね?」

「? ああ」

「俺、行ってみたい。子供って、手品を見せたときの食いつきがすげーんだよ!」

 

 珍しく――といってもまだ短いつきあいだが――大牙は、やる気に満ちた様子で手を挙げた。あと、かなり危ない発言だった。

 これに渋い顔を見せるのは巧だ。

 

「そういうことは、せめてここでの仕事をきちんとしてからにしろよ」

「いや、でもいい考えかも!」

 

 やはりというか、敬太郎が食いついた。

 たまに配達に来たときにいくらか会話をする程度であった巧と違い、敬太郎は頻繁に電話をかけ、近況を報告しあっていた。その中で、一度ぐらい外から誰かを招いてレクリエーションがしたい、と三原がこぼしていたことを敬太郎は覚えていた。

 

「俺、早速二人に連絡してみる!」

 

 敬太郎は善は急げと電話をかけた。

 慌ただしく物事が決まっていく様子を大牙は相変わらず何かゲームをしながら見守り、特に気負った様子はなかった。

 

「……」

「……うん?」

 

 巧は何となく彼の様子を見ていた。どうにも捉えどころのない奴だと。

 

 

 ――大牙が操るスマホの上端に、スマートブレインのロゴが描かれていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 レクリエーションの開催――『お楽しみ会』と名付けられた――は、すんなりと決定した。この催しに一番乗り気だったのは、言うまでもなく三原だ。

 

「三原くん、すごく喜んでたよ。 成功すれば、もっと子供たちの笑顔が見れる、って」

 

 十年前は、敬太郎と三原達の間に接点はほとんどなかった。二人の行く末を心配する真理の意をくんだ巧が連絡をとり、そのときの話の流れで敬太郎は二人と知り合ったのだ。

 その後、電話口とはいえ、頻繁に会話を交わすまでの仲になったことまでは巧も把握していなかったらしい。今朝、出発する前に彼の様子を見ると、大牙にもわかるぐらいに不機嫌そうな様子だった。そんな巧は今、店番をしている。

 

(完全に蚊帳の外だよな……)

 

 一応、心の中で謝っておく。もちろん、何かが変わるということはないが。

 

 打ち合わせのため、創才児童園に向かう大牙と敬太郎。大牙のダメっぷりはかなり理解できたが、まだ足りなかったらしいと敬太郎は思い知った。

 打ち合わせにいくため、創才児童園の位置を教えて一人で行かせようとしたところ、返ってきたのは方向音痴でたどり着けないという、情けない声だった。

 

「いや、スマホがあるんだから、それ見ながらなら迷わないんじゃない?」

「聞いて驚け、遊園地行こうとして雷門にたどり着いたぐらいだ」

 

 ドヤ顔でのたまった。しかも彼が言う遊園地とは、東京ではなく千葉県にある大型テーマパークのことだ。それを教えれば「東京って書いてんじゃん!」ともっともな文句をたれていた。

 

 そんなわけで、彼の外出には必ず付き添いが必要なことが判明した。ホームレスになったのも、ただ単に帰れなくなっただけではないだろうか。そんな疑問も抱きつつ、二人は児童園にたどり着いた。

 

 児童養護施設とは、かつて孤児院と呼ばれていた施設のことで、現在では虐待を受けるなどして親元で暮らせなくなった子供たちが暮らしていることで知られている。

 ただ創才児童園では、スマートブレイン運営時の性質上、他の児童養護施設に比べると両親を失った孤児の比率は大きい。たまに三原や里奈が孤児たちを何処かから引き取っていることもあり、なかなかその比率は小さくならなかった。

 

「仕方ないことだけど、暗い顔の子供が多いんだ。打ち解けられるように、俺たちも頑張ってはいるんだけど……」

 

 敬太郎達を迎えた三原は、応接室で世間話に花を咲かせていた。本来なら、大牙に支払う報酬などについて話し合うはずが、

 

「あ、それならタダでいいよ。財政難でしょ?」

 

 本人の一言でそれは脇におかれることになった。

 

「え、でもいいの?」

「ストリートマジシャンなんて、本来出来高制なんだよ。俺の手品を見て、そこにいくらの価値をつけるかは、観客が決めることだ」

 

 大牙はそういって、スマホをいじりだした。

 彼の言い分では、価値を決めるのは子供達だということになる。

 

「たけどそもそも、報酬ってのは一種類じゃないだろ? 手品を見て、パフォーマンスを見て、それに感激して手をたたくというのも、立派な報酬なんだぜ?」

「それ、いいなあ。俺も、真っ白な洗濯物を受け取って、ありがとう、って言われると気分が上向いて……」

 

 現実問題、それで生活が成り立つかはともかく。

 たが、大牙の意見は、限りなく敬太郎の理想に近かったのは間違いない。二人して自分の世界に入ろうとするのを、三原は苦笑して現実に戻した。

 

「それで、実行は……」

「三原君!」

 

 血相を変えて駆け込んできたのは、里奈だった。

 目を白黒させる敬太郎と大牙、ただ一人、三原は顔をこわばらせる。

 里奈は一瞬言葉を詰まらせ、慎重に言葉を選んだ。

 

「――園に、不審者が来てる」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 男は創才児童園と書かれた施設にやってくると、堂々と中へ入っていった。あまりに堂々と立ち入ってくるので、職員の対応が一瞬遅れる。

 

「あの、許可証はお持ちで?」

 

 それでも一人の職員が素性を確かめるために口を開いた。直後、その口からは、別のものを受け入れることになる。

 

 

 敬太郎達が慌てて入り口にやってくると、すでに何人かの職員が灰と化した後だった。彼らの存在を示すのは、灰にまみれた制服だけだ。

 

「おい…… なんだよ、お前……」

 

 大牙が声を震わせてソレを見る。

 灰色の怪物――オルフェノク。大牙はソレを、信じられないという面持ちで見つめていた。

 

 今更ながら、敬太郎達は大牙を連れてきたこと――それどころではなかったとはいえ――を後悔した。

 

「――木村君、早く逃げて!」

「裏口まで案内するから!」

 

 敬太郎が大牙に逃げるよう促し、里奈が逃げ道を案内する。

 彼らを追いかけようとするオルフェノクを、三原が咄嗟に刺又で牽制する。逃れようとするオルフェノクだが、壁に押さえつけられ、なかなか抜け出せない。

 しかし、このままでは持たないだろう。怪人の姿を曝したオルフェノクの膂力は超戦士――ライダーズギアに匹敵、或いは上回ることがある。

 それがわかっているから、敬太郎の行動は早かった。携帯を取り出して、すぐに登録してある番号にかける。

 

 

 ――♪♪

 

「はい?」

 

 かかってきた電話は、巧が応対に出ようとすると切れてしまった。

 

(――何なんだ? あいつ)

 

 朝から店番を押しつけられ、昼を過ぎても帰ってこない。洗濯自体は敬太郎の仕事なので、一切客のこない日というのは、巧にとって半日もの間を無駄に過ごしたような気がしていた。

 

「――ったく」

 

 巧は手にした携帯電話を少し乱暴にテーブルに叩きつけた。

 携帯の特徴的なカードキーが、鈍いきらめきを返していた。

 

 

(――ダメだっ)

 

 敬太郎は携帯を握りしめ、画面の『たっくん』の文字を見つめていた。

 彼は、呼べばやってくるだろう。あの頃のように、いや、あの頃以上に強い意志を持って。

 そしてファイズに変身し、人を襲うオルフェノクを倒すのだ。

 

 ――その後は?

 

 ベルトの力は、オルフェノクに対して非常に有効だ。――その影響は、巧の体にも現れる。諸刃の剣なのだ。

 十年前の戦いでも、何度も彼は変身した。その体はもう、限界に近い。それでも十年、彼は生きてきた。その危うい均衡は、たった一度の変身で崩れるかもしれない。

 

 見たくなかった。電話をかけて助けを求めようとしたとき、変身を解除した巧が、――灰になって崩れ落ちる姿を、幻視したのだ。

 

 一方で、三原の方も限界が来ていた。丈夫で軽いジェラルミン製の刺又が、大きくゆがんでいた。それに、大きな物音がしているからか、子供達がやってきている。

 

「みんな、早く中に入って! ここは大丈夫だから!」

 

 戻ってきた里奈が子供達を屋内に誘導すると同時、刺又が限界を迎え、けたたましい音とともに割れ砕ける。

 

「三原君!!」

 

 里奈が小さなトランクボックスを開き、その中身をセットする。

 特徴的な機械のベルト――デルタギア!

 

 オルフェノクの大ぶりな攻撃をかいくぐり、素早く距離をあける。それは同時に、ベルトを受け取る絶好の位置取り。敬太郎は、二人が十年間戦い続けてきたのだと直感した。

 受け取ったベルトを三原が腰へと装着する。そしてデルタギアの最後のキー――デルタフォンを構えた。

 

「――変身!」

 

 ――standing-by

 

 ――――complete

 

 青白い光のラインが全身に走り、三原の姿は黒を基調とした超戦士――デルタへと変化した。

 首元に手をやり、ぐるりと首を回す仕草。それは同じ流星塾生の草加雅人の癖だ。

 

(君の強さを、俺にくれ……!)

 

 それは三原の、草加への強い憧れだ。彼の強さが眩しくて、今でも逃げたしたくなる自分を叱咤するためにも、そして彼の姿を忘れないためにも、三原はいつからかこの仕草をとるようになった。

 

 奇妙な威圧感を感じていたのか、オルフェノクは警戒を露わにしていたが、先手必勝とばかりに襲いかかった。

 三原はデルタの高い出力、そして戦い続けてきた経験を元に、オルフェノクの攻撃を避け、拳をたたき込む。何よりも、ここでは場所が悪かった。なんとか外に出さなければならない。

 

(ごめんなさいっ!)

 

 心の中で謝りながら、オルフェノクを抱えて窓ガラスを突き破るようにして外へ転がり出る。躍り出たのは、児童園の運動場である。互いに距離を取って体勢を整えた両者は、再び距離を詰めて殴りかかる。だが、ただ力任せに振り回す大ぶりな拳と、洗練された拳の一突きでは、どちらに軍配が上がるなど自明であった。なすすべもなく吹き飛ばされたオルフェノクを確認し、三原がデルタムーバーにミッションメモリーをセットする。

 

 ――ready

 

「――チェック!」

 

 ――――exceed charge

 

 デルタムーバーにフォトンブラッドがチャージされる。長引かせるつもりはなかった。

 ようやく起き上がったオルフェノクは、直後に動きを制限される。眼前に白い三角錐状のエネルギー場が、体を貫かんと回転する。

 あとは三原が跳び蹴りの要領でこのエネルギー――フォトンブラッドを叩き込むだけだ。

 

 三原は裂帛の気合いとともに跳び蹴りを叩き込む。

 フォトンブラッドの作用とともにデルタはオルフェノクを貫き、オルフェノクの体は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――蒼い(・・)炎と共に燃え盛った。

 

 

「――!?」

 

 慌てて三原は周囲を見渡す。デルタの攻撃によって絶命するオルフェノクは、例外なく赤い炎と共に灰となった。蒼い炎となるのは、三本のベルトの中ではカイザか、ファイズだ。

 となれば、破壊されたカイザではなくファイズ――巧がどこかにいるはずだが、その姿は見えず、燃え盛る背後を振り返れば、黄緑色の紋章が浮かんでいた。

 

「――――θ(シータ)の、文字……?」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ――とあるマンションの屋上。

 

 成果を見届けたライダーは手にしたライフルのスコープを外し、後ろ腰に戻した。

 次いで、バレルを折り畳み、ライフルからθの文字を模した形状――ブレイガンモードに戻す。

 その姿は、今まで巧達が目にしてきたライダーのどれとも違っていた。黄緑色のフォトンブラッドが流れるフォトンストリームには、白い縁取りがなされ、そのパターンは胸部や背部など各所に『θ』の意匠が採り入れられた特殊なものだった。

 

 新たなライダーが、どういうわけか屋上に駐車していたバイクに近づくと、その形状が大きく変わる。

 車輪が九十度回転し、折り畳まれていたのかのようにその全長が伸びる。前後のタイヤに隠されていた推進器によって浮力を得たバイクに、そのライダーはサーフィンボードの要領で乗りこなす。そのままライダーはマンションの外壁を降りていった。

 

 このマンションに住む住民達にしばらく噂されるのは、また別の話であり、ましてやUFOのように飛ぶ機械の存在など、ほどなくして誰も口にすることはなくなったのであった。




Open your eyes for the next riders !

「新しい、ライダー?」
「ここの管理が悪いから、怪物なんておそってくるんだろ!」
「これ以上、ここに子供を預けるわけにいきません」
「次代の王の、手足となる存在だ」
「何をしているんだぁっ!!」

「問題ありません。シータは--」



 ◇ ◇ ◇

タグはしれっと追加するスタイル
(タグにオリジナルライダーを追加)
4/24 細かい誤字と表現の修正
5/8 再びの誤字修正


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第2話 A

三十連ガチャの結果

鈴鹿御前 1体
メルトリリス 2体

パッションリップ 0体


課金のための十三拘束(シールサーティーン)脳内議決開始(デシジョンスタート)……!


そんなわけで、イベント完走もしていない小山です。リップは弱くない、むしろかなり優秀な壁役なんじゃないか……?


今回は前回の補足的な内容からスタート。ぶっちゃけそうでもしないと字数が足りなゲフンゲフン

いよいよ、彼らが本格的に動き出す!
仮面ライダー555 in a flash!(このあとすぐ!)


「ちょっと、おい! 何なんだあの化け物!」

 

 取り乱す大牙の腕を引き、里奈は非常口を目指していた。

 そこまでたどり着けば、デルタギアがある。今は三原が抑えているようだが、彼はデルタフォンしか持っていない。残りのツールはツールボックスに入れて保管しているのだ。

 

「ごめんなさい、あなたを巻き込むわけには行かないの!」

「巻き……」

 

 大牙は思わず言葉を詰まらせた。

 それはすなわち、自分は無力だということだ。

 

「――着いた」

 

 安堵している場合ではない。

 停めてあったバイクからツールボックスをひっつかみ、

 

「あなたは行って! 私たちは大丈夫。手品はまた今度、披露してもらうから!」

 

 それだけ言って、大急ぎで三原に届ける。

 

 三原はなれた手つきで変身し、オルフェノクを追いつめる。

 そこにかつてのような臆病さはなく、ただ強い意志を感じる戦いだった。

 

 

 

 だが、里奈は信じられないものを目にすることになる。

 ターゲットマーカーを打ち込み、そこに跳び蹴りを叩き込むデルタに先んじるように、黄緑色の光弾がオルフェノクを貫いた。

 蒼い炎があがる様子は、トドメは別の誰かによるものだということを物語る。

 

 ――新たな火種の存在を、θの紋章が浮かび上がらせていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「――新しい、ライダー?」

 

 思わず聞き返したのは、真理の理解の範疇にない話だったからだ。

 

「うん、多分そうだろうって。 三原君が」

 

 敬太郎は、顔を正面に向けたまま答えた。鏡に映る自分と真理は、ちょうど正面を向いている。

 オルフェノクの襲撃を乗り越えた翌日、真理に散髪してもらうと共に、話題を共有する。無論、昨日の今日で真理がその事実を知るはずもなく、最初から最後まで説明した訳だが、

 

「でも何でそんな…… やっぱり、スマートブレイン?」

 

 真理は信じられないといった様子であった。

 

 一度、巨大企業「スマートブレイン」は経営陣の失踪が相次ぎ、事実上の解散状態だったことがある。その状態は四年ほど続いたが、突如として新社長が就任した。

 

蛇神大地(へびがみだいち)だっけ? 新しい社長」

「どうして今更、っておもったけど。 あれからずいぶん変わったし」

 

 真理達が驚くのも無理はない。だが、この新社長は、売りに出されていたかつての関連企業を次々と買い戻し、一年後には新たな商品を展開したのだ。

 それまでのスマートブレインの商品は、市場に出回ることはほぼ無く、謎に包まれた印象であった。しかしこのとき、一般市場に向けて発売した新型携帯電話は飛ぶように売れた。

 インターネット接続に対応し、タッチパネル液晶を採用した『コンピューターとして仕事ができる携帯電話』――いつしか、『スマートフォン』と呼ばれるようになった携帯端末だ。

 

 まともな企業なら、経営陣の抜本的な改革による経営体質の変化ととるのだが、――その中身がまともでないことを、真理達は知っている。

 今まで特に困らないという理由で携帯電話の機種変更などはしていないが、さすがに五年もたてば、世間はスマホ一強だ。他社も続けと後追いの機種も現れたが、真理達はいまだに従来型の携帯電話を使っている。

 果たして本当にまともな企業に生まれ変わったのか、確信が持てなかったからだ。

 

「周りは専用のアプリで連絡取るのが当たり前になってるけど、やっぱりみんなとは直接顔をあわせたいし」

 

 結果、真理には同じ美容師の友人が極端に少ない傾向にあるのだが、理性でどうにかできる問題ではないのであった。

 

「そう言えば、さっきの話に出てきた木村君って、どんな人?」

「うーん……」

 

 当然というべきだろう。()()敬太郎がまた新たに下宿人を迎え入れたのだ。かつての自分たちのようで、なんだか放っておけないのと同時に、悪い人間だといけないという思いもある。

 そうとは知らず、敬太郎は大牙のことをどういう風に伝えるべきか悩んでいた。悪い人間ではないと思うのだが、つかみ所のない人間には違いない。

 

「お店はあんまり手伝ってはくれないかな。なんか『やる気マックスファイヤーの時以外は働きたくないでござる』とか言ってたし」

「…………その人、ほんとに大丈夫なの?」

 

 真理はまだ見ぬ木村大牙という青年に大きな不安を抱いた。

 

「い、いや、でもやる気になったらすごいんだよ! ほんとに手品みたいで、パパっと終わらせる感じで」

 

 必死にフォローする敬太郎にため息をつく。

 もっとも、彼に気に入られるぐらいなのだから、実際に悪い人間ではないのだろう。

 とはいえ、一度会わないことにはわからないこともある。

 

「今度、会わせてくれる? やっぱり、ちょっと気になるし」

「あ、うん、えっと……」

 

 そこで敬太郎は、はっきりしない様子で頷いた。流石におかしいと思った真理が、どうしたのかと訪ねる。

 

「実は大牙君、スッゴい方向音痴らしくて」

「……? それがどうかしたの?」

「オルフェノクが襲ってきたとき、ちょっと余裕がなくて、里奈ちゃんの案内で裏口から逃げてもらったんだ」

「そう言えば敬太郎、そのとき逃げなかったんだっけ」

 

 以前なら、助けを求めて真っ先に逃げたはずだ。もちろん、戦う力がないから、という理由が一番だが。

 しかし敬太郎は、少し恥ずかしそうにして、

 

「逃げようとしたんだよ。たっくん呼んで、それで僕も逃げなきゃって。でも、出来なかった」

 

 この気持ちは、真理にも理解できた。

 あのベルトは、オルフェノクを倒すための代償として、変身者の命を要求する。巧は長く生きているが、それだけにベルトの力を行使するには勇気がいるだろう。

 

 今度ファイズになったが最後、彼の身体は灰と化すかもしれない。

 

 その想像は、敬太郎が巧を呼ぶことを踏みとどまる原因となった幻像(ヴィジョン)と同じだった。

 

「それで、大牙君だけど」

 

 物思いに耽る真理を、話題を続ける敬太郎が引き戻す。

 

「裏口から外に出たところまでは里奈ちゃんが見てたらしいんだけど、その後すぐデルタギアを持って行くために戻ったらしいんだ」

「え?」

 

 三原が変身したことは聞いていたが、わずかな違和感が真理の脳裏に引っかかる。それは、直前までファイズギアの性質を思い浮かべていたからかもしれない。

 しかし、そのわずかな違和感は、すぐ別の懸念に取って代わる。

 

 ――方向音痴の木村大牙。里奈はすぐにとって返したという。彼女が見たのは、裏口を出るところまで。

 

「それって……」

「実は大牙君、昨日から帰ってなくて、連絡もとれなくて」

 

 真理は思わず力が抜けた。体勢を整えようとする刹那、ジョギリ、という音とともに、妙な感触が返ってくる。

 

「「あっ……」」

 

 その声は、ほぼ同時に発された。

 真理は、取り返しのつかないミスに顔を青くして。

 敬太郎は、突然の喪失に呆然としながら。

 

 敬太郎の髪は、天辺近くをごっそりと刈り取られていた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 前川裕也(まえかわゆうや)はサラリーマンである。

 それも、平の社員などとは格が違う、一流の企業の、限りなくトップに近い立場――副社長のポストを戴いている。

 

 今日も彼は、ネクタイをしっかりと締め、スーツ姿で出勤する。目的地は、スマートブレイン本社。

 彼は常に誇りを持って、精力的に働いていた。

 ここの社長には大きな恩義がある。彼はスマートブレインのためというよりは、蛇神社長のために働いているのだ。

 

「おはようございます」

 

 出勤するとまずは挨拶。

 彼は上に立つ者ほど礼儀を欠かしてはならないという信念の元、知り合いからほとんど接点のない新入社員にいたるまで、出会った際の挨拶を欠かさない。

 デスクに就けば、その日のスケジュールを確認したあと、関連企業から上ってきた報告書に目を通し、その内容を精査し、社長に向けた報告書類を作成する仕事などが待っている。

 

「ハーイ❤ お待ちしていましたよ、副社長♪」

 

 どうやら今日は、予定外の仕事が入ったらしい。

 鼻にかかったような甘ったるい声で、こちらを小さな子供のように扱う妙齢の女性。

 本名不詳。我が社(スマートブレイン)のイメージCMに出演しているが、その頃と変わらぬ姿を今でも保つ、人間であるかも不明な社長秘書。

 

「――スマートレディ」

 

 前川は、そんな彼女の自称――これが本名とは考えにくい――を口にした。

 彼女は、いつもの奇抜な格好で前川のデスクに腰掛けていた。前川が名前を口にすると、デスクから降りて、タブレット端末を手渡す。

 

「社長から緊急の相談だそうで~す♪ 例の計画について、ですって」

「何ですって!? すぐによこしなさい!!」

 

 言うが早いか、ほとんど奪い取るような形でタブレット端末を受け取る前川。

 

『――止めなよ。夢中になると周りが見えなくなるのは、君の悪い癖だぞ』

 

 突然、端末から声が聞こえてくる。それは、変声器(ボイスチェンジャー)を通して加工された、相談と言うには微塵も本音を語ろうとしない態度であった。

 

「っ! しゃ、社長!」

 

 それでも前川はうろたえた。彼は、大恩のある蛇神に棄てられることを酷くおそれていた。

 

『ああ、いい。話が進まない。僕は会社の経営に関してはすべて君たちに任せている。その意味は分かるだろう?』

「は、はい! もちろん!!」

『ならいい。時間は有限だ、有意義に使おうじゃないか』

 

 そういった後は、電話越しの蛇神との会談は何事も無かったかのように次の話題へ進む。

 

『――それで、計画の進捗はどうだ』

「はっ、すでに収集したデータを解析、その反映についての研究が必要とのことで、現在試作機のテスターを抽選しています」

 

 それは、計画の全容を知る者にしかわからない言い回しだった。

 あるいは、乾巧や園田真理といった、十年前の戦いを乗り越えた者たちなら、その一端ぐらいは捉えたのだろうか。

 

『くれぐれも、滞りの無いようにな。そのベルトの開発は、我々の悲願だ』

「心得ております」

 

 前川は額の汗を拭い、スマートレディはただ静かに微笑んだ。

 スマートブレインの裏の顔、それはすなわち、オルフェノクの王を戴く彼ら(オルフェノク)の巣窟。

 

『我々は、世間一般でいう、悪の存在だと思うかね?』

 

 唐突に蛇神は訪ねた。オルフェノクという存在の意義について、自らの部下に問う。

 

『人を襲う、人類の進化系。歴史を紐解けば、同族殺しなど常に行ってきたというのに、我々だけは《特別》だ』

 

 良くも、悪くも。

 人が死を乗り越えた結果がオルフェノクという存在なら、それは素晴らしい奇跡だろう。

 

「本来なら。

 本来なら、オルフェノクという存在は崇敬すべきだと、私は思っています。だが、人間は狭量だ。ひとたびその姿をさらせば、それは恐怖に変わる」

 

 前川は狂ったような面持ちでまくしたてた。

 否、実際彼は狂信していた。オルフェノクという存在に。そして、蛇神大地という男に。

 

「だが、このベルトが完成すれば、オルフェノクの繁栄を阻むすべての障害を取り払うことができる! 神に等しき種族が、この地上を席巻する!」

 

 モニターの奥から苦笑する気配があった。しかし、それは錯覚かもしれない。

 タブレット端末のモニターの表示は『SOUND ONLY』。実のところ、前川は一度も蛇神大地という男の顔を見たことがない。

 

『ああ、完成を心待ちにしているよ。次代の王の、手足となる存在だ。その能力は、洗練されたものでこそ、さ』

 

 不気味な笑い声が、再びこの世界に恐怖を振りまこうとしていた。




スマートレディは結局なぞめいた存在として、その末路を含めて多くを語られることはありませんでした。そういったキャラクターは少なくなく、つまり何がいいたいかというと、井上さん、伏線残しすぎ!そこから生まれた展開も少なくないんですがっ!

5/8 タグ追加(ネタ成分あり) 伏見つかさ先生、そのパワーワード、勝手に使っちゃいます……すみません
5/11 あのジャンクション、in a flash (訳:一瞬で、ぱっと)ぽいです…in the flash (フラッシュで)じゃあ意味が通じないわけだ…


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第2話 B

仮面ライダー555 YouTube公式配信
第39話、第40話、本日配信!ついに最強フォームの登場です!(それが言いたいがための昼休み更新)

実は難産だった今話。
ストレスが溜まる人が居ますが、これもファイズならではかな、と思います。
一応、苦手な方は注意してください。


 創才児童園では、未曽有の混乱が起きていた。

 

「――おい、子供を親元へ帰らせろ! こんな場所に居ると殺されるだろうが!」

 

 亡くなった職員の葬儀や、引き継ぎといった雑務もままならず、押しかけてくる保護者達の対応に追われていた。

 

「お、落ち着いてください……」

「どうしてこれで落ち着けというのよ!? 私たちは子供のためを思って来ているのよ!」

「す、すみません……」

 

 その応対に三原がかり出されるのは、半ば必然であった。なにせ、ほかの職員は何があったか聞いていないのだ。子供達は恐慌を起こして話すことはめちゃくちゃで、信憑性は低い。三原と里奈は「追い返した」の一点張りで、不審者の実態は謎のままだ。

 となると、実際に不審者と戦ったという三原が適任には違いなく、子供達の意見も、三原が戦ったという一点だけは共通していたことから、彼にこの一件の説明を任せたのだ。

 

「謝れば済むと思ってんのか!」

「い、いえ、そんなことは……」

「ハッキリしなさいっ、私たちは納得する説明を求めてるの!」

 

 ……問題は、三原の性格が根本的に十年前と変わらない、という一点かもしれない。

 

(どうして僕がこんな目に……)

 

 彼も必死になって戦ったのだ。

 自分たちの居場所を守るために、ひいては、人類を守るために。

 

 ――戦え三原!

 ――俺たちに居場所はない。居場所を見つけるために俺たちは戦わなければいけないんだ!

 ――戦え三原! 戦え!

 

 草加は、三原に戦えと言った。

 三原は途中、紆余曲折はあったものの、戦う決意を固め、身を投じた。

 だが、この十年をそうして過ごすうちに、彼の心はゆっくりと、真綿で締め付けるかのように、そして確実に弱っていた。

 アークオルフェノクを討って以来、人知れずオルフェノクたちと戦う三原達は、どうあっても普通の人間が過ごす日常とは別の非日常に身をおいているのだ。

 

「あの、ぼ……私たちも、突然の事態でして、対応はしましたが、なにぶん、その……」

 

 とはいえ、そんな事実を彼らが知るはずもなく。

 勢いづく保護者の言論は止まらない。

 

「聞けば子供達は『化け物が出た』とか言っているようですけど、どういうこと? 何か隠しているのでは」

「そうよ、意味が分かりません! あの日何があったのか、今日こそはっきりしてもらいます」

 

 実際に化け物と呼べる存在が襲ってきたのだ、と正直に話しても、彼らは納得しないだろう。

 オルフェノクを一度でも見ない限り、到底信じられるものではない。

 

「――集団幻覚、ってやつか? 化け物も不審者も、本当は居なかったんだろう?」

 

 やがて訳知り顔に保護者のひとりがそう語った。

 

「ここに何か、良くないものがあって、それで子供たちが何がしか幻覚でも見たんじゃないか? その事実を隠蔽するために不審者が来たことにしてるんじゃね?」

 

 三原は唖然とした。この男は、とうとう自分の納得するような筋書きをでっち上げたのだ。

 そして恐ろしいことに、その筋書きは一定の信憑性があった。

 

「どういうこと……?」

「俺は薬じゃないかと思うがね。職員でも何でもいいけど、麻薬やらなんやらやってて、子供がまねしたとかな」

「――っ!」

 

 それは、児童園に勤める人々を見下すような、最低な発言だった。

 痛くもない腹を探られている、はずだ。それでも三原の心に刺さるのは、この場所に、確かに危険なモノが存在するからだ。

 

「イヤだねぇ、こんな管理の悪い施設だから“化け物”なんてものが襲ってくる」

「そうよ、子供達が危ないわ。あんたたち……」

「――せ」

 

 三原は、限界だった。

 自分に何を言われてもいい。だが、他の職員や児童園を貶める言葉を見過ごすわけには行かない。

 

「取り消せ! このっ……!」

 

 うまい言葉が思いつかない。自分自身にとっての児童園がどんな場所なのか、言葉では言い表せない。

 

「……ここでうちの職員が犠牲になってしまったことは事実です。そんな言いがかりはやめてください」

 

 結局、騒ぎを聞きつけた里奈が言葉を継いだ。

 なおも口々に文句を言ったり反論する保護者達だったが、里奈が冷静で言いくるめることは難しそうだと判断すると、悪態をつきながら児童園をあとにした。

 

「大丈夫?」

「う、うん。ごめん」

 

 気遣わしげに三原を見る里奈に、申し訳なさがたつ。

 

「僕は、やっぱりダメだな……」

「そんなことないよ、三原君はしっかりやってるって」

 

 里奈が慰めるが、事実として、三原が何も反論できなかったことは間違いない。

 

「…………」

「あら?」

 

 里奈は、人の気配に気づいて振り返った。

 半開きになったドアから少年が顔をのぞかせていた。

 

「蒼太くん、どうしたの?」

 

 少年――蒼太は、怯えたように身を震わせていた。

 

「あいつら、もうこない……?」

 

 彼は虐待されていたところを保護された少年だった。

 彼の保護者――父親もあの中に居た。彼に言わせれば、ここは自分の子供を奪ったかたきだ。今回の件で取り返すつもりなのだろう。

 もっとも、抗議に来た保護者のほとんどは元々子供を預けることを良しとしない人々だ。その多くは、家庭として機能していない。

 

「大丈夫よ。何があっても私たちは味方だから」

 

 里奈は蒼太を抱きしめ、優しく語りかけた。

 

「蒼太くんが嫌がる以上、俺たちはあの人たちから君を守る。約束するから」

 

 三原もまた、そう言って笑いかけた。この場所こそが、三原にとっての居場所で、やっと見つけた平穏なのだ。

 

 

 

 ――三原の手に紫電が散ったことに、まだだれも気づかない。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ――カシャッ!

 

「よし、これで……」

 

 男は、児童園を撮影し、自分のSNSで注意喚起として投稿しようとしていた。

 ある程度のフォロワーが居れば、その情報は瞬く間に拡散する。フォロワーの数人が顔見知りなら、なおさらだ。

 

(どんな文章にするかが問題だな……)

 

 なるべくセンセーショナルで、オーバーなぐらいが、人の目に留まって広がりやすいことを、彼は経験上理解していた。

 

 この男は、納得できないことがあればすぐに他人にグチを言うようにしていた。それは周りに広まって、いつしか彼が正義であるように扱われたからだった。その心地よい環境に彼は酔いしれた。

 それはグチの場所がSNSに移ったことでさらに加速した。名前も出自も知らない赤の他人が、ある程度拡散しているから「真実である」と根拠もなく確信して、義憤に駆られてまた拡散する。

 

 ――俺は、英雄になれる――

 

 それは大きな誤り、錯覚である。

 だが、男にとってはそれが真実であり、もはやその自己顕示欲は誰にも止められない。

 

 ――――うわあああっ!

 

(!?)

 

 だが、さすがの男も、聞き覚えのある悲鳴に思わず顔を上げる。先に帰ったはずの他の保護者達の悲鳴だ。

 

 スマホのカメラを起動したまま、彼はかけだした。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 同じ頃、悲鳴を聞きつけた三原は、居てもたっても居られず、児童園を飛び出した。もちろん、デルタギアをいつでも起動できるよう、ベルト一式を装着した状態だ。

 基本的に、オルフェノクの襲撃に法則性のようなものはない。だが、つい先日襲撃されたばかりで、何の備えもないまま立ち向かうなどという愚は犯さない。

 

「――あ、あんた、は……?」

 

 襲われていたのは、やはりというべきか、児童園に詰めかけた保護者達だった。すでに何人かは灰化しているようだ。その様子を見た三原は、迷いを捨てた。

 

「……俺が、戦う!」

 

 これ以上、俺たちの場所を失わないために――!

 

 決意と共にデルタフォンを握りしめた三原は、

 

「――――」

 

 突然の闖入者によって、その出鼻を挫かれる事になる。

 

「――――――――」

 

 無言のままの三点バースト、そのまま流れるような連撃。

 どこからか現れた見知らぬライダーは、()()()()()()()()銃剣一体型の武器で無駄なく、そして容赦なくオルフェノクを倒していた。

 

 ――オルフェノクが灰と消えるまで、あまり時間はかからなかった。

 

 緑色の光を走らせるフォトンストリームには、白の縁取りがなされ、胸部や腕、背中などに『θ』の意匠が施されている。

 その緑色のライダーがこちらを振り返る。アークオルフェノクの姿に酷似していた三本のベルトのライダーと比べると、面長となり、バイザー部分に『θ』の下半分を当てたデザインは、根本的な設計思想から異なる事を、端的に示しているのかもしれない。

 

「た、助かった……?」

 

 スマホを握る男が、恐る恐るといった様子で立ち上がり、そのライダー――『シータ』と呼ぶべきだろうか――に歩み寄る。

 

「た、助かった。助かったんだな! まさか本当に怪物がいたなんて、いや、でも、そうか、あんたがあの無能の尻拭いをしてくれたのか! 追い払うだけじゃまた襲うもんな!」

 

 男は三原に振り返る。

 

「ほ、ほら! あんな所に子供達を置いちゃいけないんだ! あんたは責任を持って親元へ帰らせろ! 子供は親の宝なんだよ! だから……」

 

 まくし立てる男の言葉は、胸を貫く衝撃で中断された。

 

「……は?」

 

 呆けた声は、三原と男、どちらのものだっただろうか。

 男はぽっかりと空いた胸を見下ろし、ちろちろと傷口を嘗める青い炎を最後に意識を断った。

 

(…………あ)

 

 三原が見たものは、シータがその右腕に装着した銃が光弾を放ち、次々と周囲の人々を殺害する、地獄のような光景だった。

 住宅街に悲鳴が響きわたり、逃げようとする人を刺し、撃ち、つかみ上げて放り投げる。そのたびに人が死んだ。

 罪のない人が死んだ。今朝挨拶したばかりの人が死んだ。さっきまで口論していた相手が死んだ。

 

「なにを……」

 

 デルタフォンを持つ手が震える。

 なんだこれは。なぜ殺されなければならない。

 

 かつて、様々なすれ違いと思惑によって、巧は木場に『ファイズの力を楽しんでいる』と誤解されたことがある。

 この光景を見て、三原はそれに近い結論を出した。

 

「――何を、しているんだあっ!!」

 

 それは、純粋な怒り。

 そして、野放しにしてはならないという、三原にしては珍しい、強い敵意の叫びだった。

 

「変身!」

 

 ――Standing-by

 

 その怒りは、

 

 ――Complete

 

 悪魔の付け入る隙となる。

 

「あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ っ!!!!」

 

 デルタの攻撃をかわし、武器と一体となっている籠手型の装甲で防ぐシータ。だが、デルタの苛烈な攻撃は終わらない。

 武器らしいものは互いに一つしかない。だが、シータの武装は、デルタのそれと比べると明らかに取り回しが悪かった。徒手空拳で懐に入られると、たちまちシータは防戦一方となる。

 カタール型の刀剣を振り回し、デルタを引き剥がしても、即座に距離を詰められ、反撃に移れない。

 

 一方で、デルタ――三原も、どれだけ殴られても怯む様子を見せないシータに、不気味さを感じていた。

 

「この……っ!」

 

 湧き上がる闘争心に身を委ね、ただひた押しに殴りかかる三原だが、ついに一撃をもらい、たたらを踏む。

 その隙を逃す相手ではなかった。シータはトリガーを引き、光弾で強引に距離をあける。

 

「Fire!」

 

 ――Burst Mode

 

 戦闘は銃撃戦へと切り替わった。光弾を連射するシータに、三原もデルタムーバー・ブラスターモードで応じる。

 こうなると、相手の異常性はより顕著に現れる。光弾が当たってのけぞる三原と、即座に銃撃を再開するシータ。単純な手数の差が、そのまま消耗度の差となる。まるで死をおそれていないシータの攻撃が、徐々に三原の心を押しつぶす。

 

(――ダメだっ、このままだと……)

 

 三原の心に悲観的な思いがよぎる、そのとき。

 

「…………!」

 

 突然シータが動きを止めた。

 油が切れた機械のような、ぎこちない動きで、かんしゃくでも起こしたかのようにめちゃくちゃな動きで、暴れ出した。

 

(――?)

 

 当然、三原は訳が分からない。

 前後の行動になんら繋がりが無く、突然腕を振り回したかと思えば、こちらに向けて砲撃し、突然苦しむようにうずくまり……

 その様子はまさに狂乱というべき有り様だった。

 

「……っ!」

 

 ――Ready

 

 三原にとって、絶好の機会。

 訳が分からないまま、しかし、罪のない人々を虐殺した事実を思えば、ここですべて終わらせるしかない。

 

「Check」

 

 ――Exceed Charge

 

 三角錐状のポインターマーカーがシータを捉える。狂乱する戦士に、悪魔の鉄槌を下すために。

 

 

 

 

 三原は変身を解除し、辺りを見回した。

 背後の赤い残り火が、戦いの勝者を讃える。

 だが、三原にとっては、それが何も守れない自分を揶揄するかのように見えた。

 狂乱する戦士の様子が、彼にとっては哀れに見えた。あまつさえ、そこに自分の末路を暗示するようなものを感じたのだ。

 

 炎が、立ち尽くす三原を嗤うように、パチリとはじけた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

『……それで、わざわざ報告に来たわけか』

「…………はい、申し訳ありません」

 

 前川は、やはり蛇神の怒りを恐れながら、それでも緊急事態を伝えた。

 

『勘違いしないでくれ。僕は、滞りなくとは言ったが、イレギュラーで遅れた分には理解を示すつもりだ。

 無論、対処できるに越したことはないけどね』

 

 ああ、わかっている。

 自分を拾った社長が、そんなに狭量であるはずがないと、よくわかっている。

 

「それでも、こんなにも早く破壊されるなど、有ってはならない事態でした。申し訳ありません」

『……僕が怒りを見せるとすると、それこそ今の君のような人間に対してだ』

「……っ!」

 

『意味もなく謝るな。人はどうも、過ぎたことに拘りすぎる。謝る暇があるなら、再発防止の為に頭を働かせろ』

 

「……………………」

『――この僕が直々に経営手腕を教えたんだ、もちろん、覚えているな?』

「はいっ」

『ならいい、次の案は有るんだろう?』

 

 前川は、より尊敬の念を深め、無意識に祈るように手を組み――慌てて手を戻す。

 咳払いを一つ、それで気持ちを切り換えた前川は、スマホを取り出して操作する。

 

「実のところ、()()()()()()()。ただ計画を次の段階に進めるのが()()()可能性ができてしまったのかもしれません」

『なるほど、懸念はそこか』

 

 前川の手が止まり、あるファイルにアクセスする。それは、スマホの指紋認証と十六桁のナンバーの二重にロックが掛けられた、極秘ファイルだ。

 そのタイトルは【Commander 444】。

 

「すなわち、第二フェイズ。――シータの量産計画の始動を承認いただければ、と」

 

 王の親衛隊は、ふたたび組織されようとしていた。




Open your eyes for the next riders!

「あなたが、木村君?」
「だってだれも迎えに来ないんだもん」
「私が副社長の前川と申します」
「あの人、何というか--」
「木村君、逃げて! 早く!」

「お前は--」


◇ ◇ ◇


というわけで、変則的な更新となりましたが、どうしても言っておきたくてあんな形となりました。

さて、これでまず一つ目の伏線の回収と相成りました。

次世代のライダー達に刮目せよ!

複数形なのがポイントなのです。
ところでこの作品、主人公どこ……? 誰……?

5/19 タグ追加(量産ライダー)
   また、あらすじを変更しました。


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第3話 A

前回のあらすじ

①創才児童園での出来事を真理に伝える啓太郎。まさかのオリ主不在が判明し、しばらく啓太郎の髪も不在となる。
②やっぱりスマートブレインの経営陣はまともじゃなかった。
③いわゆる毒親の描写のつもりが、気づいたらネットを悪用するデマ発信者になっていた。
④前川さん、アドリブで祈りを捧げるのやめてください。あなたのキャラが決定してしまいました。

……遊びすぎたかな? いや、でも前川副社長についてはマジでどうしてこうなったの……?

そんなわけで、今回も注目していただきたい第三話!

仮面ライダー555 In a flash!(このあとすぐ!)


「お待たせ、たっくん!」

 

 巧は、げんなりしながら食卓についた。

 その上にはここ数日ですっかり見飽きたメニューが並んでいる。

 

「これは……」

「わかめご飯、こんなのもあるんだって、ちょっとやってみたんだ」

 

 明らかに比率がおかしく、真っ黒なご飯が茶碗に乗っかっていた。

 更に巧の追求は止まらない。

 

「これは?」

「わかめのお味噌汁だよ?」

「味噌の色してねぇよ……こっちは?」

「ひじきの煮物だけど」

「他の具はどこ行ったんだ……そっちの、大きい奴は?」

「海草サラダ、どうしたのたっくん? 嫌いだった?」

「……いや」

 

 あまりに彩りがない食卓に、巧はため息をついた。

 

「そんなに今の髪型が気に入らないなら、ちゃんと真理に言えよ」

「だから、これは真理ちゃんのせいじゃないって!」

 

 今の啓太郎の髪は、俗に言う坊主頭な状態だ。

 

「ちょっと気分変えようかな、と思ってこの髪型にしたら、みんなそろいもそろって心配したじゃないか!」

 

 店番をすれば、「失恋でもしたの?」と気の毒そうに声をかけられ、町を歩けばちらちらと注目される。確かに、啓太郎にとっては早く脱却したい状況かもしれない。

 

「前の、金髪に染めたときの方がましだったぞ」

「あのときだれも、なんにも言ってくれなかったじゃん……」

 

 当時は下宿人全員がそれどころじゃなかったのだから、仕方がない。

 ともあれ、巧も席に着くと、二人で朝食を食べ始める。暗黒物質と化したご飯を迷惑そうに睨みながら、巧は口の中へと押し込んでいく。

 啓太郎が海草サラダを取り分けているのを見つめ、その皿が一つ多いことに気がついた。

 

「おい、一枚多いぞ」

「あ、これ? 大牙君の分」

 

 もう一週間ほど帰っていない、もう一人の下宿人の名前が出され、巧は口をつぐんだ。

 

「――ほんと、どこ行ったんだろうね……」

「知らねぇよ、今までだって何とかしてたんだろ? 大丈夫だろ」

「だって、あんな別れ方になったし……」

 

 あのときの大牙は、明らかに動揺していた。それも無理からぬことだが、だからこそ啓太郎は心配だった。

 

「もしかして、あの時のことがトラウマになって僕らのところに居たくなくなったとか、どこかで事故にあったとか……」

「落ち着けよ、電話鳴ってるぞ」

 

 一人パニックのただ中にいる啓太郎を横目に、仕方なく巧が電話をとった。

 

「おう」

『――あれ、もしかして巧?』

「真理か、どうした?」

 

 こんな朝っぱらから電話するなど、今までになかったことだ。巧が妙なこともあるものだと思っていると、真理は少し話しにくそうにして、

 

『ごめんね、啓太郎に渡してくれる?』

「何だよ、そんなに話しにくいことか、え?」

 

 問いつめる際に語調が強くなるのは巧の悪い癖である。しかし、続く真理の言葉に巧は思わず立ち上がった。

 

「たっくん?」

「おい、あいつそこにいるのか? ちょっと変われよ!」

「たっくん? ねぇたっくんってば、どうしたの!」

『ごめん、また連絡する!』

「あ、おい!」

 

 電話は切れてしまった。おそらく、しばらくは応答できないだろう。

 

「たっくん、もしかして……」

「ああ」

 

 聞き間違いでなければ、そういうことだろう。

 

大牙(あいつ)、今真理のところにいるらしい」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ――約一時間前。

 

 出勤する会社員達もまばらな時間帯に、真理はとあるオフィスビルの前に立っていた。

 

(……早起きしすぎたな)

 

 あくびをかみ殺し、眠気をとばすために頬をパチンと叩いた。痛い。

 

 そもそも、真理がこんな場所にやってきたのは、先日受け取ったメールが原因だ。送り主は里奈だった。

 

「三原君が?」

『ええ、そうなの。ちょっと心配で……』

 

 すぐ折り返し電話をした真理は挨拶もそこそこに、メールの内容の確認をした。

 文面は、三原の様子がおかしい、というものだった。

 

『なんだか思い詰めた感じで、デルタの保管場所を聞いてきたの。いつでも使えるようにして欲しい、て』

 

 それを聞いて思い出されるのは、かつて流星塾生の間で起きた、デルタギアの争奪戦だ。まさか、三原もその力に魅了されたのだろうか。

 

『それ、とも違うかな』

「違う?」

『うん、違う』

 

 里奈が言うには、三原は「あいつらが来たときは俺が相手する」と、こちらが言葉に詰まるほど真剣な様子で語りかけたという。

 

「あいつら、ってオルフェノクのことよね?」

『そうだと思う。でも――』

 

 里奈はそうは思わなかった。

 また別の脅威が迫っているのだ、と彼女は思ったのだ。

 

 

「申し訳ございません。現在、社長は留守中で、お取り次ぎできません」

 

 スマートブレインの受付に断られながら、真理はやはりか、と特に落胆することはなかった。

 実際、蛇神大地なる人物はそもそも存在するのかも怪しい。メディアに露出することなく、名前もどこか嘘臭い。真理は、何らかの目的ででっち上げられた架空の人物ではとにらんでいた。

 

(もしそうだとすると、きっと“新しいライダー”が何か関係しているはず)

 

 結局、この新しいライダーが何者かがわからない限り、――味方であるか、わからない限り、動きようがないのだ。

 

 もし、三本のベルトのように、オルフェノクの王の護衛のため、反乱者を粛清するため造られたものだとすれば。

 ――真っ先に狙われるのは、巧だ。

 

 新たなベルト、ライダーズギアが造られたとしても、最初に造られたデルタ、ファイズの価値がなくなったわけではないはずだ。人類の対抗手段となるこれらのベルトをいつまでも放置しているはずがない。

 

(……大丈夫、巧は私が、私たちが守る)

 

 真理は自分の心に言い聞かせる。

 

 

 彼女は、自分が人質としての価値が存在する事に気がついていない。

 乾巧との関係性が知られている以上、彼女の身柄と引き換えにファイズギアを要求する事だって可能だ。思い立ったら即行動に移す点は、彼女の長所にも短所にもなる。

 

 

 幸い、受付の女性は、真理がスマートブレインにとってどれだけ渇望される人間なのかに気づいた様子はない。幸運なことであった。

 

「それじゃ、副社長を代わりにだして。どうしてもすぐに伺いたいことがあるんです」

「そう言われましても……」

 

 ――だめか。

 そう真理が諦めたときだった。

 

「ちょ、ちょちょ、待って待って、落ち着こうぜ? とにかく離せ、()()()()()()()……なんつって」

 

 その騒ぎ声の主は、よく聞けば余裕が有るように思えた。いや、こんなタイミングでボケをかますのは、間違いなく余裕が有るに違いない。

 真理の注目は、騒ぎ声の主に移った。

 彼は妙な出で立ちだった。シルクハットにジャケット、それはまさに手品師といった姿だ。

 彼の商売道具なのだろう。大きなスーツケースを手にし、警備員らしき男達に連れられていく青年。

 

(マジシャン……?)

 

 見たところ、年齢的にも自分と同じか下ぐらいだろう。ここまで特徴が揃っていると、嫌でも想像してしまう。

 

「あの――」

「あ、良かった助けて! 投獄される!!」

「いや、そこまではしない」

 

 警備員の一人が反論した。

 真理は、聞いていた特徴とかなり一致していることに感心しながら、確認するように訪ねた。

 

「もしかして、あなたが木村君?」

「え、何で俺の名前……?」

「――――木村大牙君、ね」

 

 ドンピシャだった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「ごめん、また連絡する!」

『あ、おい!』

 

 巧には悪いが、早々に電話を切った。

 隣に座るのは、木村大牙。行方不明になっていた西洋洗濯舗「菊池」の新たな下宿人だ。

 そしてたった今、対面に座った男は――

 

「まさか、あなたがいらっしゃるとは、思いもよりませんでした」

 

 差し出された名刺には、『SMART BRAIN 副社長 前川裕也』と記されていた。

 この男が、新たなスマートブレインのナンバー2。新たなライダーが、スマートブレインの開発だとすれば、その事情にもっとも詳しい人物だ。

 

「――まずは、そこのあなた。木村君と言いましたね?」

「んお?」

 

 件の大牙は、なにやらタブレット菓子を食べていた。

 

「ちょっと、木村君」

「仕方ないじゃん。朝から何も食ってないんだし」

「……いえ、これは我々の配慮不足ですね。君」

 

 前川は部屋の外にいる社員を呼びつけると、食事の用意をするようにと命じた。

 

「しかし、あのような場所で寝泊まりしては、我が社の社員のみならず、多くの方のご迷惑となります。今後はきちんとご自宅に帰って体を休めることをおすすめしますよ」

「いや、帰れたらそもそも公園で寝泊まりしてないし」

「あなた、どこで何してるのよ……」

 

 これは、疲れる。真理はあの二人に心底同情した。

 ほどなくして、高級レストランもかくや、というぐらいの、立派な朝食がテーブルに並んだ。どうやら、かつてこの場所に案内されたときに食したものとほとんどグレードは変わっていないらしい。

 

「食べていいの?」

「いや、待って大牙君。まず謝らないと」

「かまいませんよ。冷めないうちにどうぞ」

「いただきっ!」

 

「ます」をつけなさい、としかるまもなく大牙は料理に口を付け始めた。真理もただただ呆れるだけである。

 

(手の掛かる弟、というか……)

「あっち! あつつ……」

「ちょっと、もう…… 大丈夫?」

 

 慌ててスープを飲んだ大牙が熱さにうめいた。

 

「本当にすみません」

「いえいえ、悪意はなかったようですし、何より――」

 

 前川は大牙のズボンのポケットに収まっている彼のスマホに目をやった。

 

「我が社の製品をご愛顧いただいているようですしね。そんな青年が、初代社長令嬢と共に現れた。是非とも、お話を伺いたい、と思いましてね」

 

 まだ熱いらしく、「フッフゥーフフゥー、フッフゥー」と妙な韻を踏みながらスープに息を吹きかける大牙。

 

「……単なる偶然ですよ」

「それでもです」

「はぁ……」

ほれよひ、ほのだふぁん(それより、園田さん)ひひはいほとはある(聞きたいことがある)んじゃなかったっけ?」

「――ほう」

 

 食事を頬張りながらの大牙の言葉は不明瞭ではあったが、前川はその意味を理解できたらしい。

 

「聞きたいこと、ですか」

「はい」

 

 ――ここからが正念場だ。

 

「単刀直入に聞きます。――新しいライダーはなんのために開発したのですか?」

「む? 何のことでしょう?」

「とぼけないで!」

 

 真理は立ち上がって彼に詰め寄った。その拍子にテーブルの食器がガチャガチャと音を立てる。

 

「また何か企んでいるでしょ? またオルフェノクの王を復活させるとか」

「落ち着いてください。そもそも、オルフェノクとは何ですか」

「な……」

 

 真理は一瞬言葉を失った。

 この男は、本気で言っているのだろうか。スマートブレインなら知らないはずはないのに。

 

「しらばっくれるつもり!? あなたたちが集めている怪物よ? ううん、あなたたちがオルフェノクを集めて、人を襲うように仕向けてきたじゃない!」

「――なに?」

 

 前川はやおら立ち上がった。

 真理の視点からは彼の目を窺うことは出来なかったが、前川の目は狂気を宿し、異教徒を狩る狂信者そのものである。

 だが、前川は何も言うことは出来なかった。

 真理の隣から、皿が割れる音が響いた。

 

「――か、怪物……? あれが、オルフェノク?」

「木村君? どうしたの、大丈夫!?」

 

 大牙は、その身を震わせ、肩を抱き寄せるようにしていた。

 その様子から、真理は自分の過ちに気づいた。

 創才児童園での出来事は、彼の心に大きな傷を負わせていたのだ。

 

「あいつらが、みんなを……!」

「木村君、しっかりして! 大丈夫、私がついてるから!」

 

 必死に励ます真理。そのかいあって、大牙の震えは徐々に治まっていく。

 

 その様子を、前川は冷ややかに見つめる。

 侮蔑が籠もったその視線に、二人が気づくことはなかった。




なろうのオリジナル作品もゆるりと更新再開しております。
よろしければ、下のアドレスから見ていただければ幸いです。(ダイマ)
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文字だけじゃ伝わらない小ネタ
「フッフゥーフフゥー、フッフゥー」
「プ・ト・ティラーノ、ザウルスー!」


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第3話 B

「所詮は裏切り者の娘、ということですか」

 

 前川は、本社ビルを後にする大牙と真理を眼下に見下ろしてひとりごちた。

 

 かつて、流星塾という児童養護施設があった。

 今もこの本社ビルの地下に眠るというそれは、オルフェノクの王を捜し当てるためのものである。その建設を指揮し、責任者となった人物こそ、スマートブレイン初代社長、花形だ。

 

 その塾生も、今は園田真理を含めた三人が残るのみと聞いている。忌々しい過去の汚点。そんなものが三人も残っていることが、前川には耐え難いことである。

 

(……)

 

 窓から踵を返すと、受話器を取り上げ、なにやら番号を打ち込んだ。

 

(後顧の憂いは、出来るだけ早い時期に摘んでおくに限る)

 

 初代社長の花形は最終的にオルフェノクを裏切り、オルフェノクを滅ぶべき種として暗躍した。そのことを彼は知っていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「――ごめんね、木村君」

「……いや、こっちこそ、俺のせいで……」

 

 二人は非常に気まずい思いをしながら、建物の外に出た。真理は、自分のせいでこの青年にかけた迷惑を思うと、悔やんでも悔やみきれない。

 

「ほんとにごめん、まさか自分でもこんなにダメなんて……」

 

 そう言って、大牙は背後を振り返った。

 血文字(のような赤い文字)が目立つ看板には、まさにお化け屋敷といった具合に様々な幽霊を文字の背景に踊らせていた。

 

「せっかくの遊園地なのに、本当にごめん」

「ううん、私の方こそごめん。その、私が気を使わないといけなかったんだし」

 

 

 

 暗い雰囲気を無くすため、真理は大牙とこの休日を過ごすことにしていた。それは、真理にとって償いの意味もある。

 結局、彼が取り乱してからと言うもの、真理は口にする話題を選ばざるを得なくなった。何か下手なことを口にして、大牙の心の傷を開くようなまねは出来なかったのだ。

 

「今日は、どこかで遊ばない?」

 

 スマートブレインを後にしてしばらく、真理は大牙にこう切り出した。彼はきょとんとした後、遊園地に行きたい、とリクエストしたのだった。

 ――まさか、真理の評価に『絶叫マシンが苦手』『お化け屋敷は無理』といったマイナスがつけられるとは知らず。

 

 

 

「それでも、楽しかったよ。ひとりだったら、あの中でさえ迷って、たぶん死ぬまで出られなかっただろうし」

「その方向音痴、本当に筋金入りなんだ」

 

 今はコーヒカップの乗り物に二人で乗り込み、少し休憩といった具合だ。真理はハンドルを回そうかと思ったが、流石に自重していた。

 

「うん、だから今思うと、でぃず――「わー!? わーわーわー!?」

 

 真理は慌てて大牙の言葉を遮った。

 

「な……何? どうしちゃったの!?」

「う、ううん、何でもない。何でもないから」

 

 大牙は釈然としない様子だったが、それ以上何か言うより早く、コーヒカップが止まった。

 

「ほら、降りよ!」

 

 そのまま強引に真理が大牙を遊具からおろし、また遊園地を回っていく。

 

 

「――あっ」

「なに? 園田さん?」

 

 彼女の視線を追うと、どうやらステージでショーが行われているらしい。

 

「みたいの?」

「うん、いいかな?」

 

 大牙は特に断る理由もなく、二人でショーを観ることにする。

 

(って、マジックショーかよ……)

 

 大牙は観劇開始から五秒で後悔した。何が悲しくて、自分と似たような格好の人間の手品を見なくてはならないのか。

 

「なんか注目されちゃったね」

「そりゃ俺、明らかに関係者だもんな……」

 

 しかもさらに悪いことに、ステージの手品が大牙にとって非常に退屈なものだった。

 

「ああもう、エレガントさに欠けるな…… 誰も気づかねぇのかよアレ……」

 

 しまいには手品のアラが気になって集中できない。

 一応、マナーとして手品のタネだけは口にしないようにしていたが、真理をはじめ、次第に周りの観客が鬱陶しそうに大牙を見る。

 

「木村君、声」

「あ…… ごめん」

 

 真理に指摘され、ようやく我に返った大牙。

 

「でもすごいね。わかるんだ?」

「ああ、俺が同業、ということもあるけど」

 

 その点については、真理も関心した。自分が見ても、どこにタネがあるかなどさっぱりだ。

 

「ただ、気になって仕方ねぇや…… 観るよりやる方が断然面白いし楽しめる」

「そう? ちゃんと楽しんでると思うけど……」

 

 やり方やタネが分かるなら、それをどう隠すか、ということを想像したりするのも、それはそれで一つの楽しみ方ではないだろうか。無論、それを口に出すのはどうかと思うが。

 

「そういうもんか……?」

 

 大牙はやはり釈然としない様子で首を傾げていた。

 

「――次のイリュージョンは、お客様の中からお手伝いいただきましょう! そうですね……」

 

 どうやら、今度は大がかりな仕掛けのマジックらしい。

 周りの人々が誰が選ばれるか、とざわめいていると、手品師の目が止まる。

 

「そこのお兄さん、ずいぶんと気合いの入ったファッションのあなた、こちらへ!」

「って木村君!?」

 

 よく見ると、大牙は一人ピンと手を挙げていた。

 そうして、大牙は壇上にあがる。当然と言うべきか、どちらが手品師かわからないと言う観客もいるようだ。

 

「お名前は?」

「木村大牙、23才。一応、ストリートマジシャンやってます」

「おや、あなたも手品を! これはすごいことになりましたよ、皆さん!」

 

 さすがに場数を踏んでいるからか、突然のカミングアウトも、ショーを盛り上げるスパイスに仕立て上げる。

 

(なるほど、こう言うのも手か)

 

 少しでも得るものがないかと探る大牙の視線を感じたのか、手品師は密かにウィンクで答えた。

 助手が人一人入るほどの大きさの箱と数本の剣を運んでくる。どうやら脱出マジックの一種らしい。

 ステージの手品師は、箱の中にはいると、助手に指示を出した。

 

「それでは、こちらの鍵をかけてください」

 

 渡されたのは、なんの変哲もない南京錠。

 

「これ、ちょっとだけ調べても?」

「さすが、マジシャンの卵! 良いでしょう、納得のいくまでご覧ください」

 

 早速、南京錠を調べ始める大牙。観客たちも固唾をのんで見守る中、大牙はこの手品師の意図を悟る。

 

(そりゃ、同じマジシャンが確認してるわけだし、注目度高いだろうな)

 

 大牙はこの手品師を少し見直した。少なくとも、彼は観客の心をつかむすべを心得たパフォーマーだ。ただ手品の腕だけで成り上がろうとしていた自分とは違う。

 

(その時点で俺の負け、と。まあただ……)

 

 負けっぱなしは面白くない。

 調べ終わった南京錠を何事もなかったかのように箱に取り付ける。が、その前に、マイクに声が入らないよう、細心の注意を払って話しかける。

 

「……っ」

 

 やはり驚いたようで、少し眉を跳ね上げる手品師。しかし、そこはプロと言うべきか、それ以上の動揺は見せなかった。

 

「内緒にしとくよ。次からはうまくやれよ」

 

 

 その後助手によって剣が刺され、手品師はそこから脱出する、お決まりのマジック――彼の言葉を借りて、イリュージョンは、失敗も無く、アマチュアとプロの差を見せつける形で終了した。

 

「いや、これは思わぬ収穫だった。前言撤回だ。あの人は俺なんかよりよっぽど観客の心をわかってる」

 

 まさにホクホクといった様子で満足そうな大牙とは対照的に、真理は何かやらかさないかと気が気でなかったらしい。

 

「結局、あのとき何を話してたの?」

「……え、何のこと?」

「鍵かけるときに、何か言ってなかった?」

 

 真理の指摘に、大牙は「あー……」とうなり、やがて口を開いた。

 

「脱出マジックってのは、ニパターンに分けられるんだが、あれは箱の方に仕掛けがあったんだよ」

「そうなんだ? あっ、じゃあもしかして……」

「見破ったのは確かだが、教えないぞ?」

 

 もはやほとんど教えているようなものだが、核心部分を伝えるつもりはない。わずか数分で、見事な心変わりであった。

 

「ちなみにもう一つのパターンは?」

「そっちなら、練習が必要だからな。素人を呼ぶなんざできないよ」

 

 大牙はそう言って、はぐらかした。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「――今日はありがとう」

 

 唐突に大牙が感謝の言葉を漏らした。

 

「こんなに暗くなるまで一緒にいてくれて、さ。その、こんな時計まで買ってもらって……」

「いいの、前のヤツ、壊れちゃったんでしょ?」

 

 大牙が欲しがったのは、スマホと連動するウェアラブル端末――スマートウォッチという、スマートブレイン製のものだった。

 自分が使う分には過去の確執もあって躊躇する品物であるが、前々から欲しかったのだという大牙の熱意に折れる形での購入だ。無論、あくまで貸しであるが。

 

「でも結構高かったな。いや、ちゃんと返すけどさ」

「そう思うなら、ちゃんと啓太郎のとこでまじめに働きなよ」

「…………」

「ちょっと?」

 

 大牙は無言で目をそらした。子供か。

 

「二人の連絡先も教えたし、今度はちゃんと帰るのよ?」

「大丈夫だって! 子どもじゃないんだから!」

 

 やはり巧あたりに迎えにきてもらうべきだっただろうか。大牙の様子に、真理の不安は高まるばかりであった。

 

「こんばんは、お二方」

「うん?」

 

 黒服の男が、真理達の行き先を塞ぐようにして現れた。

 

(……まさか)

 

 いやな予感に襲われ、身を堅くする二人に、黒服の男はサングラスを外し、

 

「申し訳ありませんが、死んでいただきます」

 

 ――灰色の怪物(オルフェノク)へと変じた。

 

「ひぃっ……」

 

 未だ、恐怖が拭えない大牙をとっさに真理は背後に隠す。

 

「おや……? 男の方は何もしないのですか?」

 

 挑発的な言葉を放つオルフェノクだが、深く刻み込まれた恐怖は拭いようがない。

 

「木村君、逃げて」

「園田さん……?」

「はやくっ!」

 

 真理に一喝され、なんとか逃げ出す大牙。同時に真理も走り出す。

 

「まずは追いかけっこというわけですか」

 

 待ち伏せして一気にしとめる方が効率的ではあったが、彼はどうせならと自分が楽しめるようにいたぶってから始末しようと考えていた。故に、慌てることなく、しかし見失わない程度の早さで追いかける。

 すると、二人は別々の方向へ逃げ出した。

 

「おやおや、そんな事しても無駄ですよ!」

 

 逡巡もわずかに、彼は真理を優先することにした。

 

 

「はあ、はあ、はっ……」

 

 後ろから追いかけるオルフェノクが居なくなったことに気づいた大牙はゆっくりと足を止めた。

 無力感が、彼の心を、そして足すらも重く鈍らせた。

 

(……なんで、また逃げてるんだよ)

 

 どうにもならないことだった。

 自分一人じゃ何とかすることなど出来ない。

 そもそも、あんな怪物に、どうやって立ち向かえと言うのだ。

 

(――言い訳、してんじゃねぇよ……!)

 

 オルフェノクが諦めたわけではあるまい。

 男と女、どちらがしとめるに容易いか、子供でもわかる。

 ただ、園田真理を犠牲にして、自分一人が助かろうとしているというだけの話だ。

 

(くそっ……!)

 

 スマホを取り出し、電話アプリを起動する。咄嗟にどの番号を打つべきか、誰に助けを呼ぶべきか、警察か、それとも別の誰かか――

 

「たたた、“たっさん”! そ、園田さんが! お、襲われてて!」

 

 ――ああ、俺、思いっきり間違えた。

 

 ディスプレイには『乾巧』と表示されていた。

 

 

「くっ……」

 

 真理はなんとかオルフェノクの攻撃をかわす。どうやら、すぐに殺すような真似はしないらしい。

 

(とにかく逃げないと……)

 

 三原達のところへ行けば、デルタに変身した三原に倒してもらうことが出来るだろう。だから今は、逃げなくてはならない。

 

「つまらないですね、そろそろ飽きました」

 

 オルフェノクは突然走る速さを早めて真理につかみかかった。

 

「キャアっ!」

 

 悲鳴をあげて真理が倒れ込む。あとは使徒再生――触手状の器官で心臓を貫くだけだ。

 

 だが、突然割って入った光弾が、オルフェノクの腕を弾いた。思わず仰け反ったオルフェノクとの間に、何者かが割り込み、真理を守るように構える。

 

「シータ、だと? 貴様……何者だっ!?」

 

 オルフェノクは有り得ない事態に混乱する。

 誰何の声に答えず、シータは銃剣で連撃、さらに体術で確実にダメージを与える。

 

「ぐぁっ……」

 

 さらに弾き飛ばされたオルフェノクは、未だ事態を飲み込めず、ただ、自分が死ぬことを直感する。

 

「――」

 ――Exceed Charge

 

 ベルトの上辺に設けられたスイッチの操作でフォトンブラッドを銃剣へとチャージする。システム音声は今までのベルトと違い、女性のものが採用されているようだ。

 あまりの事態に真理の脳裏にズレた思考が走るうちに、戦いは決着が付いた。

 放たれた光弾はオルフェノクを拘束し、シータはすれ違いざまに光剣を一振り。たったそれだけで、オルフェノクは呆気なく灰と化した。

 

「――真理!」

「巧……?」

 

 背後から巧が現れ、真理に駆け寄る。さらにその後ろには青いワゴン車が止まっていた。

 

「どうして?」

「アイツから連絡された。襲われてるってな」

『――だがすでに脅威は去った。そうだろう?』

 

 聞き慣れない、というより、人のものとは思えない声が聞こえてきた。

 それを発したのは、シータと呼ばれた新しいライダーだ。

 

「――お前は……?」

 

 ――その夜、巧はついに、新たな戦いが始まっていることを知る。




Open your eyes, for the next riders!

「おっさん、大丈夫か!?」

「我々の管理外の、シータ」

「や、山吹一です。猟師やってました」

「巧で、俺より年上だから、たっさん?」
「“おっさん”みたく言うな!」

「「「熱っ」」」

「ようこそ、スマートブレインへ」

「あなたには、彼らを始末して欲しいのです」


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第4話 A

前回のあらすじ

①啓太郎、髪は帰ってこないんだ……
②前川「神を侮辱するなど、言語道断……!」
③消される!ディ○○ーに消される!
④モブフェノク「シータァ、オンドゥルルラギッタノカ!?」

番外 じりじりと1200UAを突破。めでてぇ&ありがてぇ……


三分の二程度書き上げたのに、半分ほど消して書き直したなんて経験、ありませんか……?(難産でした、はい)

新キャラ登場で交差する思惑!
仮面ライダー555、 In a flash!(このあとすぐ!)


「お前、何もんだ?」

 

 シータは巧の質問に答えず、傍らにあったバイクに跨がり、エンジンを入れた。

 

「おい!」

 

 業を煮やした巧はファイズフォンを取り出し、

 

「やめて巧!」

 

 彼の意図を察した真理に止められた。

 ――巧の腰には、すでにファイズドライバーが装着されていた。

 

「変身しちゃダメ! 巧!」

 

 もう巧は充分に戦ってきた。彼は隠しているつもりだろうが、それは啓太郎にすら悟られるほどお粗末なものだった。

 巧が、真理や啓太郎に何か隠し事をしているらしいということは、イヤでもわかった。

 グローブで隠された両手から、血の気の失せた灰色の肌を覗かせる巧の身体は、すでに限界に近いことを真理に悟らせるには充分だった。

 

 そうして巧と真理がもめている間に、シータは何処かへ走り去ってしまった。

 

「――いったい、何が起こってるんだ?」

 

 巧の疑問は、宵闇の向こうへと溶けていった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

(さて、何やってんだろうな、朝っぱらから)

 

 大牙は息を潜めつつ、昨夜のことを思い返していた。

 

 巧はどうやら間に合ったらしく、改めて合流した後、数日ぶりに大牙は菊池へと帰ることができた。

 啓太郎からこっぴどくしかられ――坊主頭の彼を見て笑いをこらえるのに苦労しながら――ようやくそれが落ち着いた後、一泊することとなった真理にこう頼まれた。

 

 ――みんなが寝ている間に車に積まれたツールボックスをとってきてくれない?

 

(――これは、アレだよな)

 

 創才児童園で里奈が取りに行った物と酷似している。スマートブレインのロゴが刻印されたシンプルなデザインといい、無関係ではないだろう。

 洗濯物のハンガーに隠されたそれを取り出し、せっかくだからと中身を確認する。

 

「これって……」

 

 ベルト、だろうか。バックルに埋め込まれた、用途もわからない謎の機械と、大きめのデジタルカメラに、懐中電灯。ボックスに入れて持ち運ぶにはちぐはぐなツールだ。

 よく見ると、もう一つ何か収まりそうなスペースがあいている。

 

(どうして園田さんはこんなものを……?)

 

 疑問に思いながらワゴン車を降りて、しっかりと施錠する。必要なものだと思って請け負ったが、少し雲行きが怪しい。というより、どうして仲がいいという二人に内緒でこれを求めたのか――

 

「――何してんだ、お前」

「ひょうっ!」

 

 思わず変な声がでてしまった。巧の声だ。

 慌ててボックスを後ろ手に隠し、

 

「お、おはようございます。ちょっと車に忘れ物しちゃったのを、きゅ~に思い出しちゃって」

「何だよ、言ってくれれば開けてやったぞ?」

「い、いやぁ~、なんかこう、今までだいぶ心配かけちゃったし? こんな事で起こすのもどうかな~って」

「……もっとましな嘘のつき方無いのか」

 

 はったりはマジシャンの十八番だろうに。

 そんな巧の追求に口笛でごまかそうとする大牙。

 

「二人とも、どうしたの?」

「園田さん、頼まれたもの!」

「え、ちょっと……」

 

 渡りに船、とばかりにツールボックスを投げ渡す。真理はもちろん、巧も突然投げ込まれたファイズギアを認めると、驚き戸惑う。

 

 その隙に大牙は逃げるようにして菊池を後にしたのであった。

 

「ああ、焦ったマジで……」

 

 いつものシルクハットはなく、息も絶え絶えにしながら、どこかの橋にたどり着いたらしい。案の定、まったく土地勘のない場所にやってきたようだ。

 

「昨日もそれで怒られたばかりなんだぞ……俺」

 

 電話でもして迎えにきてもらおうかとも思ったが、さすがに爆弾を落としてきたばかりだという自覚はある。自分なら間違いなく怒る。

 

「「はあ……」」

 

 大牙のため息が、欄干(らんかん)にもたれ掛かっている老人のものと重なった。

 ふっと隣に目をやり、慌てて戻した。

 

(やばいやばいやばい、ヤッさんだあれぇ!)

 

 顔に向こう傷を付けた白髪混じりの老人だ。しかも、六十か七十といった年頃で、筋力の衰えを見せないいでたち。

 少なくとも、カタギには見えなかった。

 

(よし、落ち着こう。まずカメラ確認……)

 

 「死ぬのは俺が先だと思っていたが、なあ」

 

(ええっと、こう言うのなんだっけ? ハハッ、いくら探しても撮影クルー見つかんねぇや)

 

 一人パニックに陥り続ける大牙。

 

「――っ!?」

(うぉっと!?)

 

 突然老人の肩がはねたかと思うと、

 

 「うわあああああ!!」

「えっ、ちょっ!」

 

 叫声をあげながら腰を抜かしたように後ろからひっくり返った。

 

(待て待て、頭打ったら事だぞ!?)

 

 早かったのは、思考か、行動か。気づくと老人の後ろに回り込むようにして走り、身体を滑り込ませて受け止めた。

 

「――大丈夫かじいさん!?」

 

 目を白黒させる老人に、なんとか声をかけたのであった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

(これは……)

 

 オフィスで報告書をまとめていた前川は、想定外の内容に手を止めた。

 昨日指示した《要注意人物》の排除に失敗したというのは、まだいい。刺客としてはなったオルフェノクは、彼らの相手としては役不足の感は否めなかったからだ。ただ、撮影された映像を見ると、考えを改めねばならなかった。

 

「我々が把握していない、シータ」

 

 念のため、管理下にあるシータの稼働状況を確認したが、この時間にさかのぼってみても活動していた機体はなかった。そもそも、管理されたシータがスマートブレインに逆らうことなど絶対に有り得ない(・・・・・・・・)

 

(モニター機能を外した機体といえば……)

 

 限りなく低い確率だが、有り得ない事はない。それが事実だとすれば、問題は――

 

「スマートレディ」

『はーい❤』

 

 相変わらず、人を小馬鹿にしたような返事をする社長秘書にいくつかの伝言を頼む。

 

「……一刻も早く、管理外のシータ――“TG”タイプを確保する必要がある」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「――えっと、名前はハジメさん」

「ああ、お……ワシは山吹一(やまぶきはじめ)……漢数字のいちと書いてハジメと読むんじゃ」

「で、いわゆるマタギの人で、顔の傷は熊につけられたもの?」

 

 首肯する老人を見て、ようやく大牙は体の力を抜いた。

 

(怖い人じゃなくて良かったぁ……)

 

 話してみれば、娘夫婦と孫に会うために山を下りて東京にやってきたそうで、連絡が付かない娘たちに途方に暮れていた、というのがここまでのいきさつらしい。

 そうして水面をのぞいていると、自分の顔がかつてしとめ損ねた熊のものに見えたのだという。あまりのことで腰を抜かしてしまったそうだ。

 

「……年をとると言うのも、考え物だな……じゃな」

「無理しなくていいって」

 

 顔のせいで幼い孫に怖がられると語るハジメは、せめて外見とのギャップを埋めたいという。実際、ハジメの性格は「温厚で家族思い」といったところだ。

 

「でも、連絡がつかないのは心配ですよね」

「実は、一度だけメールがきたのじゃ。これを見て慌ててやってきたでな」

 

 従来型の携帯電話(ガラケー)を操作して、メールの文面を表示する。そこには『433322224444』という番号の羅列が映っていた。

 

「暗号かよ……」

「よくわからんよ。こんなことは初めてだ」

 

 しかし、どことなく不穏な雰囲気を感じるメールだった。慌てて打ち込んだような、そんな不自然さだ。

 

「――娘さんの家、行きましょう?」

「えっ、じゃけど……」

「突然押しかけたら迷惑とかじゃなくて、アレだ、サプライズだって思えばいいじゃん!」

 

 サプライズ、そうだ、サプライズだ! いい響きだと一人得心して、無理やりハジメを連れ出した。

 

「ところで、娘さんの家ってどこ?」

「……いつもなら、幸彦くんに迎えにきてもらってたんじゃが」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「――とにかく、巧はもう戦っちゃダメ!」

 

 真理はファイズフォンとツールボックスを掲げ、ヒステリックに叫んだ。

 

「おい、わかったからせめて携帯返せ! 啓太郎もなんか言ってくれよ!」

「僕に言われても……」

 

 結局、大牙にツールボックスを投げられた後、真理がボックスを回収した。さらに取り返そうとした隙をつかれ、ファイズフォンすらも真理の手に落ちた。

 

「大体、どうして今になってあんなのが出てくるんだよ? あれは、ファイズと似たようなもんだろ? え?」

 

 昨夜、真理の危機を救ったシータ。自分たちと同じようにスマートブレインに敵対する者なのか、それとも全く新しい勢力なのか。

 

「わかんない。わかんないよ。でも、もう巧が戦う必要はない」

「なんでだよ……何でそんなこと!」

「――次戦えば」

 

 啓太郎は長い間懸念していたことを口にした。

 

「次、たっくんが戦えば、たっくんが死んじゃうかも、しれないから」

「お前ら……」

 

 真理は涙を浮かべ、三人の中ではムードメーカーのような存在である啓太郎も、沈鬱な表情でうつむいていた。

 

「――巧? どこ行くの!?」

「配達だ、そろそろ時間だろ」

 

 携帯代わりのファイズフォンだけ回収して、巧は“家”を出た。

 

 

 そんなやりとりの結果か、無愛想に拍車がかかった巧の午前中の仕事は、早々に片づいてしまった。

 運転中、信号待ちの時、巧は物思いに耽る。

 

 もはや言うまでもなく、啓太郎や真理はオルフェノクである巧を受け入れてくれているかけがえのない友人だ。――いや、いっそ“家族”と言ってもいい。少なくとも巧はそう思っていた。

 そんな彼らに、オルフェノクの宿命について話したことはない。巧自身、目をそらしていたい気持ちがあったのも事実だ。

 まだ信号が変わりそうにないのを確認すると、巧はハンドルに置いた手を見つめる。

 

(露骨だった、かもな)

 

 こぼれ落ちる(身体)に蓋をするように、グローブで手のひらを隠すようになって、どれぐらいがたっただろう。

 

(せめて、あいつが俺の代わりになってくれればいいんだがな)

 

 真理の依頼を完遂して走り去った大牙の姿を思い浮かべる。

 ある意味、彼の存在は巧にとって救いであるかもしれない。手の掛かる男だが、それはそれで自分が居なくなった後の二人の心の傷を癒してくれるだろう。気を紛らしてくれるだけでも、立ち直るまでの時間は変わってくるものだ。

 

「っと」

 

 信号が変わり、巧は車をゆっくりと走らせた。

 目下の悩みは、このまま帰って二人に顔を見せるのが気まずい事だろうか。行きのハイペースが嘘のように、ゆったりと走っていく。

 

「ん、あれは……」

 

 橋の上にさしかかったとき、巧は見覚えのあるシルエットと、それについて行く老人を見つけた。

 巧は窓を開けて呼びかけた。

 

「おい、木村!」

「っと、わあっ!」

 

 大牙は頓狂な声を上げ、逃げ出した。当然、巧も追いかける。

 

 片や生身の人間、片や自動車。

 その結果について、あえて語る必要はないだろう。




今後の更新について、活動報告をあげています。


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第4話 B

「――たく、メシも食わずにどこ行ったのかと思えば……」

 

 巧はただ呆れるばかりであった。

 三人は今、腹を空かせた大牙の提案で近場の中華料理店に入っていた。

 

「だって……朝のあれで電話できると思う?」

 

 巧も似たような思いで居るため、何ともいえなかった。

 

「それで、この人が知り合ったハジメさん」

「山吹一じゃ、よろしく頼むよ」

「…………おう」

 

 ぶっきらぼうに応える巧に、ハジメの眉がはねる。

 

「自己紹介ぐらいしたらどうじゃ、若いの」

「……乾巧だ」

「もっと砕けた感じでいいんじゃない、たっさん」

 

 今度は巧の眉がはねた。

 

「昨日から、そのたっさんてのなんだよ」

「名前が巧でしょ、啓太郎さんはたっくんって呼んでるじゃん」

「…………」

「五つ年上にくん呼びはどうかと思って」

「わかった。もう――」

「だからたっさん」

「おっさんみたく言うなよ!」

 

 乾巧、二十八才。三十路を前に気になることはいくつもあった。

 

(そもそも、そんなに生きられるかもわかんないってのに)

 

 そんな巧の思いをよそに、

 

「じゃあTAS(タス)さん」

「おい待て」

 

 大牙はまだ呼び方で迷っていた。

 

「それ、大丈夫なのか? なんか別のモンになってないか!?」

「大丈夫だって、Tool-Assisted Superplayの略だってこと知ってるから」

「解説しろって言ったわけじゃねぇよ!」

 

 しかも解説されたことで余計に巧の名前から遠ざかっていたことがわかった。

 

「じゃあどう呼べばいいんだよ、たっちん」

「普通に呼べよ」

「やだ。啓太郎さんだけあだ名で呼んでるのずるい!」

 

 子供か。そんな感想を抱くばかりであった。

 

「君、巧くんだったかね。あまり邪険にすることも……」

「わかってる、ます。けど――」

「なーなー、なんて呼べばいーのー?」

「……もう好きにしろよ」

 

 巧が折れ、たっさん呼びで定着するまで時間はかからなかった。とそこへ、

 

「お待たせしました、チャンポンセットです」

 

 注文していた料理が届いた。

 

「「「…………」」」

 

 三人が三人とも固まり、湯気を立たせるチャンポンラーメンを見ていた。

 この店のチャンポンは、ほどよくとろみのついたスープに様々な具材と麺が絡む絶品だ。――一般的には。

 

 三人とも、意を決して麺に箸をいれる。そのまま麺を口に運んで、

 

「「「熱っ!」」」

 

 三人とも慌てて離した。そして息を吹きかけて冷まし――大牙だけ「ふっふっふー、ふふぅーふっふっふー」と妙な韻を踏んでいたが――なかなか冷めないとろみつきの麺に悪戦苦闘する。

 しまいには巧がお冷やの水を入れて無理矢理冷まし、ほかの二人がそれに続く。真理が居れば行儀悪いとたしなめる行動にツッコミを入れる者は居ない。

 ようやく麺をすすってひとごこちつくと、三人は顔を見合わせた。

 

「なあ、もしかして――」

「お前らも――」

「猫舌、かね?」

 

 大牙、巧、ハジメの三人は、お互いの共通点を確認しあい、しばらくすると握手をかわしていた。

 猫舌が三人を結びつけた瞬間だった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「じゃあ、俺は仕事があるから」

 

 巧がそういって席を立つと、

 

「俺、トイレ行ってくる! 帰りまた連絡するから! あ、お金ここ置いとくな!」

 

 大牙も席を立ち、残ったハジメは会計を済ませて町を歩く。

 

(ひとまず、もう一度電話をかけてみるかね)

 

 彼は彼で、懸念事項が多い。娘たちはどうしているか、否応なく心配になる。

 だが、いくらも歩くことなくハジメは足を止めることになった。

 

「ハーイ❤ はじめまして、お・じ・い・さ・ま♪」

 

 その車が目の前に止まったのは、本当に唐突だった。そして、中から現れたスマートレディ――彼女はそう名乗った――に連れられ、とある企業へと連行されたのだ。

 

(な、何が起きて……)

 

 せめて巧達に連絡をとろうとしても、通された面会室で携帯を開くと【圏外】と表示されていた。ハジメはその詳細を知らないが、そこは密談用の電波暗室であった。

 やがて、重々しく扉が開くと、三十代ぐらいの男が現れた。

 

「――ようこそ、スマートブレインへ。新たなオルフェノクの同胞よ」

 

 男――前川は、大仰な仕草でハジメに言葉をかけた。

 

「な、何かねきみは!」

「もうお気づきでしょうが、あなたは()()()()()()()になったのです。そして、人類を超えて新たなステージ――」

 

 前川はそこで一度言葉を切った。

 そしてそれこそが、“スイッチが入った”合図だった。

 

「――すなわち、神に等しき存在! 汚れた人類を一掃し、新たな地上の覇者となるべき選ばれた新人類っ! ――それこそがオルフェノクなのです」

 

 ハジメは、ただ目を白黒させるほか無かった。

 拉致同然に連れてこられたと思ったら、新興宗教の勧誘にあったようなものだ。無理もなかった。

 

「――オル、フェノク」

 

 しかし、彼の言っていることは事実だった。

 少なくとも、自身の身に起きたことを思えば、全てを否定することは出来ない。

 

(東京に来て、それから――)

 

 右も左もわからない土地で、普段なら迎えにきてくれる義理の息子も来ない状態でハジメは町をさまよった。――事故に巻き込まれたのは、そんなときだった。

 

「やはり、ワシは…… 俺は」

「オルフェノクは今、危機に立たされています」

 

 ハジメの様子をよそに、前川は話し始めた。

 

「至高の存在たるオルフェノクには、頂点たる王の存在が不可欠。しかしかの王は、反逆者たちの手によって弑逆(しいぎゃく)されたのです」

 

 前川は改めてハジメに向き合い、

 

「あなたには、その反逆者の始末をお願いしたいのです」

「な、そんなこと……」

「できます、あなたなら」

 

 前川は恭しい仕草でスマホの画像を見せた。

 

「――むしろ、あなたにしかできないことなのです。オルフェノクの未来のため、何よりあなた自身のために」

 

 ――そこには、乾巧が写っていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「本当にうまく行きます?」

『いかなければ、また別の案を考えるだけだ。これは、僕の計画のために必要なことだからね』

 

 スマートレディは蛇神と話していた。

 彼女は、前川の独断で真理たちに刺客を放ったことなどを余さず報告したが、彼は許容範囲だと切り捨てた。

 

「死ぬかもしれないですよ? 彼」

『それならそれで構わない。誰かが乾巧を襲えば、目的は達成される』

 

 ――ひどい人。

 スマートレディはそう思ったが口にはせず、ただ淡々と――()()彼女が、である――次の議題へと移る。

 

「前川さん、アレのことに気づいたみたいですよ」

『“TGタイプ”、技術検証用試作機が現役で動いている、という事実にだね』

 

 どうやら、蛇神も把握していたようだ。

 

 シータは蛇神の肝いりで、十年の歳月をかけて開発されたものだ。

 これまでとは違い、王の手足と称した大部隊を築くことを目標に掲げ、生産性と高い戦闘能力の両立のためにさまざまな試行錯誤を重ねられた。

 TGタイプとは、それらの中で最初期に開発されたプロトタイプだった。――生産性と機体性能のバランスを計る、試金石(Touchstone)として開発された機体(Gear)だ。

 

 いずれにしても、計画が成就すれば廃棄する予定で、とある施設で厳重に管理されていた。

 

「でもそれは、二年前の災害で施設ごと損失した」

『――はずだった』

 

 スマートレディの言葉を蛇神が継ぐ。

 

『いずれにせよ、単純なスペックでは現行の試作量産機ではかなわない。前川君には充分に警戒するよう通告してくれ。――それともう一つ』

 

 蛇神はさらに続ける。

 

『ここひと月の間に、《現王派》の動きが活発化している。事によると、プロトタイプよりも彼らの方が厄介かも知れない』

 

 スマートブレインとて、一枚岩ではないということを。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 夕方、巧は最後の配達へ向かっていた。

 啓太郎達とはひとまずベルトのことは保留として、今を生きると約束した。

 ただ巧の灰化現象が止まるわけではない。今でこそ小康状態といった具合だが、やはり変身すれば灰化は進むのだろう。ファイズへ変身した後が一番零れる灰の量が多いことから、おおよその予想はついていた。

 

(あいつらの言うことも、わかる)

 

 三本のベルトはいずれも装着者の身に何かしらの変調を与えていた。その中でもファイズは最も安全とされるギアだが、全くの無害というわけではなかった。

 

(だとすると、あいつも……?)

 

 思い出されるのは、昨夜のライダーだ。今までのところ、ライダーズギアを活用できたのは、オルフェノクと流星塾生だけだ。その塾生達も、今や三人しかいない。そうなると、オルフェノクを擁する組織は――

 

「っ、と」

 

 どうやらずいぶん長い間考え込んでいたらしく、後続車のクラクションで我に返った。

 巧は届け先のマンションへと急いだ。

 

 

 今朝よりは幾分丁寧に応答した巧は、車へ戻ろうとしていた。

 

「――――」

 

 しかし、行く手を阻む存在に呆然と立ち止まる。

 灰色の巨体に、巨大な爪を備えた怪物が、巧を待ちかまえていた。

 

「――ゥアッ!」

 

 怪物――オルフェノクは突進するようにして巧に迫る。繰り出される爪を何とかかわし、巧は車へと急ぐ。

 

「ォォオオオオ!」

 

 当然、オルフェノクは巧を追いかけ、車から遠ざけるように攻撃を加える。

 

「くそっ!」

 

 巧はファイズフォンを取り出し、555(変身コード)を入力する。

 

「うわっ!?」

 

 エンターキーを押す直前、オルフェノクは巧に追いつき爪での刺突を試みる。地面を転がるようにして避けた巧は、目まぐるしく変わった景色に一旦動きを止めた。

 

 自分が流れるようにファイズへ変身しようとしていたことに気づいたのは、そのときだった。

 

(何だってんだ……!)

 

 一度入力したコードをキャンセルし、また執拗に追いすがるオルフェノクをかわしながら、今度は状況を打開するためにファイズフォンを操作する。

 

 ――103

 ――――Single Mode

 

 画面を横へ倒し両手で構えた巧は、アンテナを銃口に見立ててねらいを定める。

 フォンブラスター形態となったファイズフォンは、巧がトリガーを引くと光弾を吐き出した。致命傷を与えるにはほど遠い。だが、オルフェノクは衝撃でたたらを踏んだ。

 

「――――っつう」

 

 しかし、巧も異変に気づいた。反動が大きすぎる。

 彼は普段意識していなかったが、本来ライダーズギアに付属するツールギアと呼ばれる武装は、変身した状態での使用を前提に開発されている。特殊金属の繊維で編まれた鎧は、莫大なエネルギーを放つフォトンブラッドとそれを利用する武器の反動に耐えるためのものでもあった。

 ただ、今は泣き言を言っている場合ではない。ふたたびフォンブラスターを構え、しっかりと反動を受け止めるようにして第二射を放つ。

 

「――――ウオオオオオッッッ!」

 

 オルフェノクは、巧の予想を覆す行動を見せた。オルフェノクはフォンブラスターの射線を見切り、爪で切り裂くようにして光弾を受け止めたのだ。左腕の爪は砕けたが、巧に肉迫する。

 振り上げられた右腕が、巧の手からファイズフォンを弾き飛ばす。幸い、爪は巧の腕の表面の浅い部分を切り裂くにとどまったが、オルフェノクは巧の首をつかみ、締め上げる。

 苦悶の表情を浮かべる巧は、徐々に意識が遠ざかっていった。




Open your eyes, for the next riders!

「オルフェノクとは人間を滅ぼし、新たな地上の覇者となるもの」

「貴方は、戦うことが恐ろしいですか?」

「あんなまがい物、私たちは認めない……!」

「オルフェノクは滅ぼす、絶対に!」


◇ ◇ ◇


忙しいと作業がはかどる不思議。ただししわ寄せは必ずくる。

7/31 某映画のシーンでたっさん片手で軽々とフォンブラスター使ってるシーンを発見しましたが、本作ではノーカンです。フォンブラスターを生身で使うのはそれなりに苦労する。いいね?


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第5話 A

前回のあらすじ
①大牙、ベルトとご対面
②見た目ヤ○ザの小心者・山吹一登場
③大牙「あ、tool-assisted speedrunが元々の意味だって」
 巧「だから説明しなくていいって言ってんだろ……」
④意外と心配されないたっくんのピンチ(感想欄の様子)


◇ ◇ ◇


「妖怪アパートの幽雅な日常」、いったいどこにお金かけてるんだ……? キャスト陣が豪華すぎてヤバい……ヤバくない……?
エグゼイドもすごい展開らしいし、色々見たいものが沢山あって時間が足りないや……

というわけで、そろそろ主要人物が勢ぞろいしそうな仮面ライダー555 In a flash!(このあとすぐ!)


「――――かはっ!」

 

 突然解放された巧は咳き込み、たじろぐオルフェノクを盗み見る。

 原因は、オルフェノクの視線の先にあった。

 

『見つけたぞ』

 

 昨夜、真理を助けたライダー――プロトシータが、ライフル型のギアで狙撃したのだ。オルフェノクは、その衝撃で巧の首を絞める手を放してしまった。

 シータの操作で、ライフル型のギアは銃身を畳んだブレイガンモードへ変形する。

 

 ――Ready

 

『お前等は、俺が倒す……!』

 

 加工された音声からもわかるほどの怒りを込めたシータの斬撃は、爪を改めて生成したオルフェノクに受け止められる。だがシータは、蹴りの一撃で距離をあけると、光弾を連射し追撃する。為すすべのないオルフェノクは、ふたたび接近したシータに光刃での一撃を食らい、地面を転がる。

 

「ぐっ……」

 

 その隙に巧は、這うようにしながらも車へ乗り込み、エンジンをかける。みたびぶつかり合った二人の間を縫うようにワゴン車は走り抜けた。その後ろをオルフェノクが追いかけようとして、シータの光弾に倒れる。その気配を背後に、巧は帰路へとついた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「――――が、あっ……」

 

 ハジメはスマートブレインに割り当てられた部屋へと転がり込み、うめき声を上げた。与えられた傷が、そしてそれ以上に心が痛んだ。

 

 

 前川との会談の後、ハジメは大いに迷った。

 彼の言葉を借りるなら、「オルフェノク(神の使徒)となった奇跡」を確実のものとするには、王の存在が不可欠なのだという。抽象的な物言いだったが、ハジメとて一度死んだ人間が蘇るなどという奇跡が、何の代償や犠牲なしに与えられるとは思えない。

 娘達を探すには、どうあっても時間が必要だ。孫の成長を見届けるのであればなおのこと。

 だが、そのために出来たばかりの友人を殺める必要があるという。新たな王の誕生を必ず邪魔しに来るだろう、というのが前川が語る理屈だった。

 

 家族との時間か、芽生えたばかりの友情か。

 悩んだ末に、――しかしその答えは最初から決まっていた。

 

「たっさんが何処にいるって? ちょっと待ってて…… 順番通りなら――」

 

 大牙に連絡を取り、巧が現れるであろう場所を特定する。理由を聞いてくる大牙を適当にごまかし、タクシーを使って先回りしたハジメは、巧がやってくるのを待ち伏せた。

 前川がハジメを遣わせたのは、彼が油断したところを襲え、という残酷な意図が有ったのだろう。だが、ハジメは直前になってまた迷いを見せた。だからこそ、ハジメは最初から本性を見せて巧を襲った。

 

 オルフェノクの力は、死から蘇るというものだけではない。むしろ、蘇ることで新たな力を得るのだという。

 それこそがハジメが川面で見た熊の幻影――自身の“ベアーオルフェノク”としての正体だったのだ。

 自身の能力は――どうやら(クロー)を武器として作り出せるようだったが――わからないものの、それが熊の能力を持つというなら、ハジメはよく熟知していた。巧の反撃は予想外だったものの、銃であるならば彼の対応は悪手だった。

 

(熊をしとめるなら、正確に急所をねらわにゃならん)

 

 かつて、ハジメの師はそう語り、実際痛い目にあったハジメとしてはその困難さはよく理解している。巨体の割に急所が狭く、額を狙ったときさえ弾丸が“滑り”、致命傷に至らない事がある。

 その上、連射も出来ず狙いは素人同然となれば、必要以上に恐れる道理はない。

 

(……すまん)

 

 首をつかみ、呼吸を制限すれば、いずれ巧は死ぬだろう。そう考えて首を締める。

 その爪で直接痛めつけない時点で、ハジメの迷いは続いていた。――だからこそ、割って入ってきたシータに、内心で安堵する思いもあった。だがハジメにとって、本当に衝撃的だったのはその後のシータの苛烈な攻撃だった。

 

 巧が走り去った後、的確にこちらの動きの機先をついてくるシータにベアーオルフェノクは接近すら許されず攻撃を食らい続ける。片手で銃器を操り、仮に接近できたとしても、逆手に構えた光刃がベアーオルフェノクの爪より先に振るわれる。

 戦いに慣れないベアーオルフェノクは、変幻自在に繰り出される遠近両用の武器に体術を織り交ぜた攻撃でダメージを蓄積していく。戦い慣れているような動きを見せるシータだが、実際のところ、彼の攻撃は邪道そのものだ。時には『θ』の形状を模した武器の構造を生かし、次々と握る場所を変えて、本来の間合いの外から斬撃を加えてくる。

 それにたまらず、ベアーオルフェノクは吹き飛ばされ、用水路のそばまで転がってしまう。

 

『――終わりだ』

 

 ――――Exceed Charge

 

 ベルトを操作し、フォトンブラッドをチャージしながら、照準をベアーオルフェノクに合わせるシータ。トリガーを引かれる寸前、ベアーオルフェノクはとっさに用水路の方へ転がり落ちた。身を隠すには充分な水かさがあった。

 

『クソッ!』

 

 シータの罵倒が背後に響き、ベアーオルフェノクは流れに身を任せて離脱する。次に顔を上げたとき、どうやって探し出したのか、スマートレディが待ちかまえていたのだった。

 

 

(まさかこんなことになるとは……)

 

 ハジメはベッドに突っ伏して、あちこち痛む体に顔をしかめた。

 あれほどの怒りと憎しみを、負の感情をぶつけられたのは初めてだ。いったい何が彼を駆り立てるのか、ハジメには想像もつかなかった。

 

「――失敗した、とは聞きましたが、まさかこれで終わりにするなどとは口にしませんよね?」

 

 背後から聞こえた声に振り返ると、いつの間にか前川が立っていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「――とはいえ、オルフェノクとなって経験の浅い貴方に、このような大事な任務を依頼した、こちらにも責任があります。まだ貴方にはご説明していなかったことが沢山ある」

 

 そう言って、前川はオルフェノクについて語り始めた。

 

「オルフェノクは死した人間が蘇ったもの。逆に言えば、人間が死ななければ新たなるオルフェノクは生まれません」

「……それは、そうじゃろうな」

 

 薄々察してはいたことだ。

 実のところ、前川が語るようにオルフェノクが世界を支配できるとは、ハジメは考えていない。

 

「いずれ、巧くんや木村くん、――人間は死ぬときがくる。じゃが、こんな身の上になるまで、オルフェノクという存在を知らなんだ」

「ですから、オルフェノクはその数を増やす手段を備えているのです」

「――――」

 

 ハジメは嫌な予感を覚え、口をつぐんだ。

 人間が死ななければ新たなオルフェノクは誕生しない。ならば、オルフェノクが行う数を増やす手段とは――

 

「力に慣れる必要もあります。そこで貴方には、人間を襲っていただきます」

 

 そう言って、前川は話を進めていく。事態はもはや、ハジメの意志では引き返せないところまで来ていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「――――やっと帰ってこれた……」

 

 大牙は菊池の前で大きなため息をついた。空腹を感じ、いつものラムネ菓子で紛らす。

 

 

 昨日、ハジメから電話を受けた後、大牙は忘れ物に気づいた。よりによってハンカチを店に置き忘れてしまったのだ。

 ハンカチぐらい、と思われるだろうが、大牙が忘れたのは手品に使う白いシルク製のものだ。ポケットから手を拭くために出した、別のハンカチと一緒に出てきてトイレで落としたようだ。

 二人の制止を振り切って、何とか店を見つけ、預かっていたらしいハンカチを受け取り、そこからとって返そうとしたのだが、当然道が分からない。

 

(いつもいつも、道に迷ってばかりの俺だと思うなよ……!)

 

 我に秘策あり、といった様子で、スマートウォッチを操作する。歩数計機能を呼び出すと、来た道を引き返す。

 右手はスマホで表示した地図を持ち、歩数から割り出した距離を使って、正確な位置と帰り道の道のりを頭の中で思い描く。何回曲がり道を曲がったか、どの方向に曲がったかも暗記していた大牙は、心の中ではすでに勝ったつもりでいる。

 

(道に迷うなら、迷った道を正確に戻ればいい! 手品師の卵をなめるなよ、たかだか数十回道を曲がっただけのこと、覚えきれない道理はない!)

「ふふふふふふははははははははは!!」

 

 笑い声も高らかに、意気揚々と“来た道とは逆”に道を曲がる大牙。

 題して【方向音痴何するものぞ、記憶力でねじ伏せてくれるわ!】作戦は、行きとは反対に曲がる事を失念するという初歩的なミスで水泡に帰した。

 

 

(ぬか喜びしてバカみたいだぞ、俺……)

 

 実際、バカなんじゃないだろうか。そんなツッコミを入れてくれる存在は、この扉の向こうに居る。

 

「ただいま……」

「――巧、どうしたのその傷!?」

 

 やっとのことで帰ってきた大牙を出迎えたのは、真理の怒声だった。最初は自分に向けて言っているのかと身構えた大牙だったが、どうも違うようだ。声がした方を見ると、配達に行こうとした巧を、真理が引き留めていた。

 

「……引っかいたんだ、大したこと無い」

「引っかいた、ってそんな訳ないじゃん! そんな、まるで切られたみたいな傷で!!」

 

 どうやら、巧がけがをしているらしく、それを真理に見咎められたようだ。

 

「ちょっと待って、切られたってどういうこと!?」

「ちょっと大牙君、やっと帰ってきたの? 心配したんだからね!?」

 

 詰め寄ってくる敬太郎を押しのけて、大牙は巧の腕をとる。その表面を鋭利な刃物で切られたような傷が三本走っている。何かに引っかけた程度では容易に付かない傷だ。

 

「これは……誰にやられたの? こんなの、通り魔にでもやられたとしか……」

「そんなんじゃない。とにかく大丈夫だ」

「だめ、せめてちゃんと治療して」

「あと大牙君はこっち」

 

 頑なに理由を語ろうとしない巧に、真理が食い下がる。

 その間に、大牙は敬太郎に捕まってどこに行ったのか問い詰められる。

 

「今までどこに行ってたの?」

「いや、今それどころじゃないだろう? たっさんはどこであんな傷つけて来たんだ?」

「そんなの僕にも分からないよ……って、誤魔化そうとしないで!?」

「ちっ……」

 

 舌打ちしながら、大牙は巧に向き合った。

 

「正直に言ってくれ、どこで怪我したの? 俺やみんなに言えない理由は何?」

「巧……」

 

 三対の視線が向けられ、たじろぐ巧。

 ややあって、観念した巧は吐き捨てるように口にした。

 

「……オルフェノクだ。配達の帰りに襲われた」

「そんな……」

 

 敬太郎は呆然とつぶやいた。真理も絶句して、言葉が続かない。

 

「……かよ」

 

 そんな中、ただ一人大牙だけが激情を露わにしていた。

 

「またかよ! あいつら、また人間を襲って!」

「木村君!? どうしたの?」

「創才児童園では職員が襲われた! 園田さんも狙われたし、たっさんまで! 何の目的があってこんなことをするんだ!?」

「木村……」

 

 巧は、大牙の言葉に胸を痛めた。

 

 普段の態度からは想像もつかなかったが、大牙は強い正義感を秘めていた。彼の夢である手品師は、みんなを笑顔にする仕事だと語っていた。

 そんな大牙にとって、オルフェノクが人間を襲って殺戮を繰り返す様を見るのは耐えられないことなのだろう。

 

「大牙君、落ち着いて? オルフェノクだってみんながみんな、そんなことをするわけじゃないんだ」

「あんたに何が分かる!」

 

 敬太郎の発言は、逆効果だった。

 

「オルフェノクのなにを知っているんだ……? あんな化け物達にどうして肩入れする!?」

「それは……」

 

 敬太郎は押し黙った。真理も言葉を失い立ち尽くす。

 二人にとって、オルフェノクでありながら人間として生を全うしようとする巧を当然と思うようになったのは何時頃からだっただろう。いつの間にか、自分たちの認識がずれていただけで、世間の反応は大牙のようになるのが当然。――それだけ、人を殺す怪物という存在が与える衝撃は大きい。

 

「……クソッ!」

「あっ、待って木村君!」

「大牙君!」

「――――止せ、追うな」

 

 大牙は店を飛び出した。慌てて追いかけようとする二人を押し止めたのは巧だった。

 

「たっくん……」

「今は一人にしてやれ。それぐらいいいだろ?」

「巧……」

「それと――」

 

 巧は少し困ったような表情を浮かべ、

 

「悪いが、俺も一人にしてもらってもいいか? 一昨日から、いろんなことが起こりすぎだ」

 

 そう言われてしまっては、二人に反論する理由はなかった。




前川副社長は嘘は言っていませんが、すべてを余さず説明したわけではありません。ひどい詐欺師ですね。


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第5話 B

今回少々長くなってます


 時は少し戻り、ハジメが巧を襲った翌朝。

 

「貴方にオルフェノクとしての生き方を指南していただく方です。これからは、彼に教えを請うように」

 

 そうして紹介されたのは、エリート街道を歩んできたのだろうと分かる、生真面目そうな男だった。ハジメからすれば、娘夫婦と同じぐらいの年代である男が、一度死んでいるという事実に心を重くする。

 

 ただ、この男は奇妙な雰囲気を纏っていた。

 無言のまま促されるように外へ出たハジメだったが、二人の間に会話はない。

 

「貴方は、戦いが怖いですか」

「……!?」

 

 だから、男からの呼びかけが意外で、ハジメの思考に空白が生まれる。

 

「……戦いが、怖いですか?」

「――――恐れぬ者など、いないだろう……!」

 

 それが普通だ。かの大戦こそ経験していないが、困窮の時代は父母から聞き及んでいる。

 

「私もです」

「……なに?」

「私もまた、戦いが恐ろしい。十年前で私はもうこりごりなんですよ……!」

 

 眼鏡を掛けた男の表情が恐怖にゆがむ様が、ハジメの心情と一致する。

 

「十年前?」

「かつて、私も戦ったのですよ。あの乾巧と、その仲間達を相手に」

「何だって……?」

 

 ハジメは違和感の正体を悟った。オルフェノクでありながら人間として生きようとする男。なぜ前川はこんな男をよこしたのだろうか。

 

「私には当てがあります。ともに逃げましょう? ね?」

 

 男は興奮気味にハジメに迫った。身構えるハジメに慌てたように離れ、

 

「す、すみません! まだ名前も名乗っていませんでした。私は琢磨逸郎(たくまいつろう)と言います」

 

 男――琢磨はそう名乗って、必死な様子でハジメを説得しようとする。

 

「……とりあえず、その当てを頼ろう。儂もあの副社長とやらは好かぬ」

「ありがとうございます! すぐに!」

 

 徒歩でも、スマートブレインが用意した自動車でもなく、タクシーを手配する琢磨。

 とある場所で下車し、複雑な道順をたどる琢磨に何とかついてきたハジメは、なぜこのような道を使うのか訪ねる。

 

「追っ手がついていたら大変ですから。――つきました」

 

 そこはとあるマンションの一室だった。

 数人程が生活できるぐらいの広さを備え、スマートブレインが提供した部屋と遜色ない豪華さ――つまりハジメにとっては、分不相応とさえ思える部屋だった。

 

「十年前の戦いの折に、今の私たちのように人間として生きようとしていた、オルフェノクの一派がいました。そのまねごと、というと気を悪くされるかも知れませんが……」

 

 琢磨は申しわけなさそうにしてハジメに語りかけた。

 

「その、人間として生きようとしたオルフェノク達は、どうなったのだ?」

「――ひとりは死に、後の二人については……私は知りません」

「三人か……」

 

 いきなり人を襲えと命じられても、オルフェノクとて元は人間だ。躊躇いを覚える者は多いのだろう。

 ただ十年前と言っても、スマートブレインに反発したのがその三人だけとは思えない。

 琢磨によると、三人はオルフェノクと人間の共存を求め、その方法を模索していた。スマートブレインの刺客から身を隠し、人間を襲わないようにして過ごしていたのだ。

 

「――――当時の私は、離反した彼らを始末するという立場にいました」

「なに?」

「ですが、戦ううちに私ではどうしようもない事が……」

「待ちなさい、君」

 

 話し続ける琢磨を遮る。

 

「君は、どちらの立場にいる? 人間か、オルフェノクか」

「そ、それは……」

「君は、人間を襲ったことがあるのだね?」

 

 琢磨は何も言わず、うなだれた。

 それが何よりも雄弁な答えだった。

 

「――――――貴重な話を聞かせてもらったよ。後のことは、ワシ一人で考える」

「ま、待ってください! 私は――」

「来るなっ!」

 

 近寄る琢磨を制止する。

 

「来るな。ワシは君を、いや、誰を信用するべきかわからん」

「…………」

 

 琢磨が黙り込んでいるうちに、ハジメはマンションを出ていってしまった。

 

(迂闊……)

 

 失敗の理由はそれだけだろうか?

 

「いえ、私の自業自得ですね……」

 

 ラッキークローバーとして、ほかのオルフェノクよりも多くの人間を殺してきた。鬱屈した感情を、人間を襲うことで解消してきたのだ。

 それは歪んだプライドとしてかつての琢磨の性格を形成した。それに見合った教養も力もあったことがその傾向を強めた。

 だが、琢磨のプライドは木村沙耶(きむらさや)が変身したデルタが現れたときから、徐々に崩れていった。そして、オルフェノクの王のおぞましい生態とためらいなく人を捨て去った影山冴子(かげやまさえこ)を目の当たりにした琢磨の心は、ついに恐怖に屈した。

 

 この十年を人間として過ごしながら今とかつての自分を冷静に見つめ直し、琢磨は今の恐怖に震える自分を受け入れた。

 琢磨逸郎という男の本性は、戦いを恐れる小さな男だ。プライドの高さは、その裏返し。周りの人間よりも優位に立っていないと不安で仕方がない、卑怯な人間。なんてこと無い、面倒なタイプではあるが、何も特別なことはない人間だった。

 

 そんな風に折り合いをつけて平穏に過ごしていた琢磨だったが、そんな彼のもとにスマートブレインの勧誘があった。かつてのスマートブレインのやり方を知る琢磨は、逃げても無駄だと悟り、形だけでもと彼らに従ったのだ。

 何時かの平穏を夢みて、雌伏の時と自分に言い聞かせて。

 

 そうして、ようやく得た同志には受け入れられることはなく、琢磨の元から去ってしまった。

 当然だ。人間を襲っていた過去を覆すことは出来ない。平均的なオルフェノクよりもさらに襲った数が多いと知れたら、彼はどう反応するだろう。

 

(人間にも、オルフェノクにもなれない。……彼らは、こんなにも難しいことに挑んでいたわけですか)

 

 そして長田結花(おさだゆか)は死に、それをきっかけに木場勇二は人間に絶望した。

 それでも、半年以上にわたって仲間とともに過ごせていた事実は変わらない。出だしから躓いた琢磨とは大違いだ。

 

「私と、あなた方。同じようにいかないものですね……なんて、無様」

 

 返事など無いただの独り言。

 

 ――――本当に、馬鹿な琢磨君……

 

「……っ!?」

 

 だが気がつけばどこからともなく女の声が聞こえてきた。ひどく懐かしい、妖艶な女の声だった。

 

「っ、ど、どこです! 貴女は、どこから、どうやって!?」

 ――――どうだっていいじゃない。ずいぶん面白いことを始めたみたいね……

 

 からかうように、面白がるように聞こえるかすかな笑い声。その出元はすぐにわかった。

 

(風呂場から……? そんなバカな!)

 ――――あら、見つかったみたいね……

 

 風呂場には異常はないように見える。ただバスタブにはなみなみと水が張られ、琢磨を迎え入れるようにたたずんでいた。

 ――声の主は、()()()()()()()()話しかけていた。

 

「それが、人間を捨てて手に入れた力ですか……!」

 ――――意外と不便なのよ、この力も。やっと直接話せるようになったのに、怖い顔ね。琢磨君……

 

 よく目を凝らすと、人影のような何かが水面に写り込んでいることに気がついた。だがもちろん、バスタブに誰かが潜っているわけではない。

 その灰色の体色は、紛れもなくオルフェノク。それも琢磨がよく知る人物のものだ。

 

「なぜここが分かったのです、冴子さん!」

 ――――偶然よ。私の場所にあの男が転がり落ちてきたから、ちょっと追いかけてみただけ……

 

 その人影は、ロブスターオルフェノクの姿をしていた。

 

「ハジメさんをつけてきたわけですか」

 ――――そうよ。まさか、琢磨君が接触するなんて、思っても見なかったけれど。でもむしろ都合がいいわ……

「まさかこんな形でスマートブレインに居場所が知られるとは……」

 ――――バカにしないで……!

 

 それまで、十年前すら感情を見せず余裕があった彼女の声が、初めて怒りを露わにした。

 

 ――――私は認めない。あんな半端な組織、私たちを侮辱する気……!

「…………」

 ――――ねぇ、琢磨君。私と組まない?

「……なんの、ために……?」

 

 この恐ろしい女怪が、何のために琢磨を仲間に引き入れようというのか。

 

 ――――今のスマートブレインは、私たちオルフェノクの為にならない。貴方達はスマートブレインから逃れたい。手を組めばあの会社をつぶせると思わない……?

「しかし、私もオルフェノクとして暮らせというのでしょう? 人間としてではなく」

 ――――そう……

 

 琢磨は答えると同時に、バスタブの栓に手をかけた。最初から答えは決まっていたし、彼女がどう答えるかも予想がつく。

 

 ――――話にならないわ(「話になりません」)……

 

 二人の声がかぶり、琢磨はバスタブの栓を抜いた。流れ落ちる水に吸い込まれるように、ロブスターオルフェノクの影が消えていく。

 

 ――――今のスマートブレインは、何かがおかしいわ……()()()()()()()()()()()()彼らはね……

 

 その言葉だけが、琢磨の頭について離れなかった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

(はぁ……)

 

 ハジメは気がつくと、大牙と出会った橋に来ていた。昔から、悩みがあるとつい川辺へ向かうクセがあるが、勝手の違う土地でも変わらないらしい。

 結局、ハジメにとって受け入れられないのは、人を襲うこと。この一点さえ何とか出来るならハジメは前川副社長に従い、オルフェノクとしてでも生き延びて娘達に会うつもりだった。生き延びることさえ出来れば、どうにかして娘達の居場所を調べ、会いに行けるはずだ、と。

 琢磨の提案は、スマートブレインから逃げ延びて、人間として余生を過ごすというものだ。そこに行方知れずの娘達を探すことは含まれない。むしろ、探そうと行動を起こすことがスマートブレインに見つかる隙となることを思えば、断念しろと迫られるかも知れない。それでは意味がない。

 

「ワシは、どうすればいいんだろうな……」

 

 そう一人ごち、ハジメは川面を見つめる。

 

「ハジメさん……」

 

 そこに遠慮がちに声をかけたのは、大牙だった。走ってここまできたのか、汗だくで衣服も乱れている。

 

 近くまで来ていいと無言で促したハジメは、ぼんやりと水面を見ていた。大牙も隣で同じ様に見つめる。

 

「どうしたんですか。その、またたそがれて……」

「ああ……ちょっと、ね」

 

 どう言ったものかと思案する。当然、すべてを余さず語ることは出来ない。人間である大牙がオルフェノクであるハジメを受け入れてくれるなど、とうてい思えない。

 

「娘さん達、まだ見つからないですか?」

「ああ」

 

 つい気のない返事をしたハジメに、大牙は向き合った。

 

「本当に、どうしたんですか? 元気ないよ」

「ああ……いや、少し道に迷ってな」

 

 とっさに口をついて出たのが、こんな言葉だった。

 

「……俺、道案内とか無理だよ?」

「言葉の綾じゃて。……少し聞いてくれるか」

 

 首肯する大牙を視界の端に収め、ハジメは語り始める。

 

「ワシは、女房に先立たれてな。男手一つで娘を育てた」

 

 もちろん、男のハジメではどうにもならない部分は、周りの人々に助けてもらいながらだ。

 

「口癖のように『こんな田舎、出て行ってやる!』と言って聞かん娘でな、とうとう家出して、帰ってきたら『私、この人と結婚するから』とな」

「おおう……」

 

 大牙は呻き声をあげた。ハジメは当然の反応だと苦笑する。

 

「そのとき、初めて父娘(おやこ)喧嘩というものをしたよ。そんなことをしたって、止まる娘でないと分かってはおったがな」

「――会いたいんですか」

「ああ、会いたいね」

 

 ハジメは頭の中で話をまとめ、本題へ入る覚悟を決める。

 

「ただ、少し厄介なことがあってな。……ワシは、どうも長くないらしい」

 

 嘘ではないと言い聞かせて。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「ウソ……」

「すぐに死ぬというわけじゃないが、治療は難しいようじゃ」

 

 嘘ではない。

 

「家族にも会えなくなるような、とても遠い場所に行かねば、生きながらえることは出来ないようじゃ」

 

 嘘ではない。

 きっと、人間として大事なものを無くしてしまうから。

 

「巧君や、君にも一生会えなくなるかもしれん」

 

 嘘では、――ない。

 オルフェノク(死者)が、生きた人間に会う方法なんて、無い。

 

「そんな、そんなこと、無いよ……元気になれば、きっと……!」

 

 大牙はそれでも信じられないといった様子だったが、他ならないハジメ自身が会う資格が無くなると考えていた。

 

「ただ、第三の道を示そうとした男が居たんじゃ。余りに胡散臭くて、逃げてきてしまったが……」

 

 これも嘘ではない。琢磨の示す道は、険しく、実現性に欠ける理想だった。

 

「じゃが、必死じゃった。怪しまれることを承知で、それでも偽りなく自身をさらけ出そうとしておった。少なくとも、ワシに対しては誠実であろうとしたのじゃな」

 

 大牙はただ黙ってハジメの話を聞いていた。

 ハジメは嘘は言っていないと自分に言い聞かせ、――ここですべて話してしまうことは出来ないのかという考えをよぎらせる。

 

「――――それに気づいたら、どうすればいいのかわからなくなった。自分がいまどうしたいのか、どこへ行きたいのかさえ見失って……気づけば迷子になっておった」

 

 まだ言えない。口をついて出てきたのが、ただの話の続きだったことを受けて、ハジメはオルフェノクであることを隠し通す。

 

「……どうすれば良いかの」

 

 大牙はしばらく黙っていたが、やがて意を決して口を開く。

 

「俺には、分からないよ。ハジメさんが死ぬなんて、信じたくない」

 

 真剣な表情でハジメを見つめ、

 

「信じたくないけど……だからこそあなたは、家族に会うべきだ」

 

 少し表情を緩めて、そう言いはなった。

 

「俺も家族が居ないから分かる。今は平気でもきっと最後には家族に会いたくなる。だから、えっと……」

 

 大牙は照れくさそうにして、

 

「うまく言えないけど、どうせ最後は自分がやりたいようにやるんだ。なら、今自分の心の思うままに行動した方がいい。その方が後悔しなくて済むと思う」

 

 少し早口で言い切った。

 実際照れているのか、少し顔を赤くしていたが、ハジメの心は少し軽くなったのだった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「ああもう、せっかくだ! 俺の悩みも聞いてくれハジメさん!」

 

 

 どうやら耐えられなくなったらしく、大牙はハジメに詰め寄った。

 

「こんな爺の役割は若者の愚痴を聞くことじゃろ、格好つかないところを見せたしな」

「カッコ悪いのは俺の方だろうがぁ!」

 

 バリバリと頭をかく大牙を止め、ハジメは若者の言葉を受け入れる。

 少し心が軽くなって、いろいろと考える余裕ができた。その礼代わりに話を聞くのもやぶさかではない。

 

「あのさハジメさん、例えばの話だけど……」

 

 

「――――――この世界に怪物が住み着いているって言って、信じられるかな」

 

 

 そんなハジメをあざ笑うかのように、大牙の言葉は心を抉った。




Open your eyes, for the next riders!

「私はもう、戦いたくない! 信じてください!」

「私たちの世界を、創り出すのよ」

「社長の信念、理想的なオルフェノクの世界を理解できない愚か者どもめ……」

「――変身……」
――――Complete

「お前が、おまえ達が罪もない人々を殺した!」


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第6話 A

前回のあらすじ
①まぁ無事なんですがね、たっくん(ちょっと悔しい)
②大牙君の方向音痴は天性のものだよ……(慈愛の眼差し)
③琢磨(バスタブに顔を突っ込んで怪しい会話を繰り広げる男……端から見ると相当にシュールでは?)
④逃 げ ら れ る と 思 っ た か ?


◇ ◇ ◇


昼間、未完原稿を投稿してしまい申し訳ありませんでした。すぐに削除対応しましたが、読者の中にはサイトの設定でスマホに通知が来るように設定している方もいらっしゃるかも知れません。心よりお詫び申し上げます。

気を取り直して、本編をご覧いただこうかと……
仮面ライダー555 In a flash!(このあとすぐ!)


「この世界に怪物が住み着いているって言って、信じられるかな」

 

 ハジメの表情が凍りついたことに気づかず、大牙は言葉を継ぐ。

 

「ちょっとイヤなことがあってさ。たっさんがケガして帰ってきたり」

 

 ――ああ、それはワシがやった事じゃ。

 

「ついみんなで聞き出してさ、そしたらこの辺で悪さしてる奴らだったんだ」

 

 ――オルフェノクはスマートブレインに勧誘され、仲間を増やすべく人間を襲うように要求される。

 

「そいつらは、許せない化け物だ。創才児童園で職員が犠牲になったし、俺や一緒にいた女の子が危ない目にあったし、立て続けにたっさんまで。もう、どうすりゃいいんだろう……」

 

 ――今まさに、その化け物が目の前にいるんじゃ。君はどう思う?

 そんな風に聞いたところで、問答無用で責められるに違いない。それだけつらい目にあって、許せないとまで言い切り、今まさに拳を固めている青年に、自分の言い分など、どれだけ通じるだろうか。

 

「ハジメさん?」

「あ、ああ。どうすればいいか、ときたか……」

 

 悩むふりをして、考える。相談と言いながら、彼が欲しているのは後押しだろう。それはつい先ほどのハジメと同じだ。

 果たして、この状態の彼の背中を押すべきか、否か。いずれ対立するかも知れないと知りつつ、それでも。

 

「答えは、出ておるのじゃろう?」

 

 ――――これは恐らく、人間としてハジメに出来る事の一つだ。ならば、人間として意見するべきだろう。

 ハジメの考えは、ただの人間がオルフェノクに対抗する事は出来ないだろうという、無意識によぎった打算も含まれていた。

 

「さっき自分で言っておったじゃないか。『今自分の心の思うままに行動した方がいい』とな」

「あ……うん、そうだった」

 

 人は時に、分かりきったことでも意見を求めることがある。自分の中に答えがあっても、容易に行動出来ないものだ。

 そんなとき、誰かが味方してくれたなら、それは大きな行動の指針となる。『自分は間違っていない』と胸を張って生きることが出来るから。

 

「うん、やるべき事が見えた。ありがとう!」

 

 大牙は快く手を振り、立ち去った。橋にはハジメが一人取り残される。

 

 ハジメは大牙の心の味方になれたかも知れない。しかし彼は依然として人類の敵(オルフェノク)であった。

 

「はあ……」

 

 何故か大牙と会う前より気が重くなったハジメ。無理からぬ事だと知りつつ、やるせない思いが募る。

 

「――――あなたはまだ、人間を襲ってはいないのですね?」

「っ、誰だ!?」

 

 弾かれたように振り返ると、黒服の男が三人、スマートブレインの社章が刻まれたベルトをして立っていた。話しかけてきたのは、そのうちの一人らしい。

 

「……スマートブレインの差し金か!?」

 

 ハジメの誰何には答えず、立てられたバックルに手をかける。

 

「「「――変身……」」」

 ――――Complete

 ――――――Complete

 ――――――――Complete

 

 社章が本来の向きに倒され、次の瞬間には赤銅色の装甲を纏う戦士――ライオトルーパーへと身を転じた。

 すぐさま転送されたアクセレイガンを引き抜き、襲いかかる三人の戦士に対し、ハジメはとっさにベアーオルフェノクに変身しながらその攻撃をかわしていく。

 

「貴様等、そうまでして……!」

 

 人を殺せと命じ、命令を無視すれば排除する。

 種族の繁栄を掲げながら、意に添わない同族を躊躇なく抹殺するその姿は、嫌悪すら抱く。その感情は、両腕の(クロー)となって振るわれる。

 

「グアッ!」

 

 ただ如何せんハジメには経験が足りなかった。クローをかいくぐったライオトルーパーの一人に斬りつけられ、後の二人がそれに続く。シータにやられたとき以上に執拗な波状攻撃は、ベアーオルフェノクの体を吹き飛ばし、元のハジメの姿となって地面に転がした。

 

「――は、ハジメさん!?」

「……琢磨君、か?」

 

 転がった先に見えた足は、どうやら琢磨のものらしい。琢磨は向かってくるライオトルーパーの部隊を見て、意を決してセンチピードオルフェノクへと変身する。

 

「あなたは逃げてください! 早く!!」

 

 その身体と同様に、無数の棘が生えた鞭を構えると、センチピードオルフェノクは裂帛の気合いをあげて、ライオトルーパーの足止めにかかる。その声を背後に、ハジメは戦場を後にした。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 前川はモニターに写る表示を見て、眉間にしわを寄せていた。蛇神からの助言で、各種ライダーズギアの作動状況を確認しているのだ。

 スマートブレインが開発した戦闘用特殊強化スーツ・ライダーズギアは、各種ツールから発信される信号をはるか上空に存在する人工衛星がキャッチし、分解されたスーツを転送することで装着者を変身させる。すなわち、人工衛星のログをリアルタイムで確認出来るようにすれば、稼働状況の監視は可能だ。もっとも、打ち上げた当初はギアが敵対勢力に奪取される事態を想定していなかったらしく、逆探知や直接の変身妨害は不可能であった。現在地まで特定出来るのは、今のところ試作量産されたシータのみだ。

 

 今、前川の目の前に写るモニターは()()()()()()()()ギアが稼働していることを知らしめていた。消費されたエネルギーや資材から、どの種類のギアが起動したのかは想像がつく。

 

旧世代機(ライオトルーパー)とは、ずいぶんなものを引っ張り出してきたものですね……」

 

 スマートレディによれば、この簡易量産型のギアを開発したのは花形だという。フォトンブラッドを使用せず、純粋な強化服としての機能のみを追求したこのギアを開発した意図を思えば、前川の内心は穏やかではない。

 そのオリジナルとなる六本のベルトは、離脱者のものを除いて十年前の戦いの中で破壊された。それ以降行方が分からなかったベルトと、最低三機は稼働していること、不正な手段が用いられたとはいえ専用コードが登録されていること。

 これらが指し示す意味は明白だ。

 

「現王派のスパイが紛れ込んでいるのは間違いない……」

 

 だが前川は動けない。()()()()()()()()()

 今動いたところで、捕らえられるのはその末端、蜥蜴の尻尾だ。水面下で首謀者と構成員を調べ上げ、一網打尽にするのが理想だ。同時に、シータをはじめとする計画を邪魔させることなく完遂させる。

 

 それでこの世界は終わる。オルフェノクが支配する究極の楽園の完成だ。

 

「馬鹿なものだ。社長の意志、理想的なオルフェノクの世界を理解できない愚か者どもめ……」

 

 まだ計画は動き出したばかりだ。こんなところで邪魔される訳にはいかないのだ。

 

「彼らは、何を怒っているのでしょう? すべてを支配する新たな王とそれによって不死身となったオルフェノクによる永遠の楽園(ユートピア)。これ以上ないほど素晴らしい未来じゃないですか。そのような壮大な計画の一翼を担うことが出来るというだけでも感涙にむせび泣くべきだ!」

 

 いつしか前川の独白には熱が入り、一人きりのオフィスに木霊する。

 狂信者の哄笑が、何時までも最上階のオフィスで響き続けていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「うっ……?」

 

 琢磨は全身を激痛に苛まれながら目を覚ました。見覚えのない天井と数人の話し声から、どうやらどこかの民家であるらしいとあたりをつける。垣間見える窓の向こうは夜の帳が落ち、ソファに寝かされた体は琢磨を叩き起こしたものとはまた別種の痛みを訴える。

 

 あれから無我夢中で戦い抜き、ライオトルーパーの部隊を撤退に追いやったことまでは覚えている。数の不利もさることながら、完成当時のライオトルーパーとは比べものにならないほどの練度の高さ、そして琢磨自身の戦いに対する長いブランクも相まって、元ラッキークローバーとしてはずいぶん不甲斐ない結果ではある。

 同時に、その戦いの結果にどこか安堵する気持ちがあるのも確かだった。だが問題はライオトルーパーの部隊としての完成度だ。何らかの戦闘訓練を施された動きは、例え当時傲慢だった頃の琢磨でも苦戦は必至だ。

 

(ただ、今になってアレが出てくるのもおかしな話ですね……?)

 

 琢磨の耳にも新型ライダーズギアの噂は届いている。眉唾物だと思っていたそれも、テスター候補の話を前川に持ち掛けられた――当然断ったのだが――ことから、笑い事ではすまなくなった。可能な限り情報を集めたが、【オルフェノクの未来を左右する】、【世界を変革する】などといった、抽象的なコンセプトワードばかりが集まっていた。よほど慎重に事を運んでいるのだろう。それでも量産を前提に設計されているという信頼性が高く核心に近い情報を掴み、琢磨は行動を起こしたのだ。

 

(つまりライオトルーパーはもはや旧式……配備が整うまでのつなぎとしてならともかく、あれほど高い練度を保った部隊を組織して運用するというのは、いささか考えづらいのですが……)

 

 しかもすでにテスト機が存在するのだ。普通は試験部隊を結成して、そちらに人員を回す方が自然だろう。

 

(やはり何かがおかしい……これが冴子さんが言っていたこと?)

 

 とにかく、ここにいてはまずい。何も知らない住人をオルフェノクとの危険な戦いに巻き込めば、今度こそハジメは協力しないと言うだろう。今は協力者を募る上で余計な不信感をもたらしてしまうような行動は慎まなければならない。

 身じろぎをした琢磨に気づいた住人がやってきて、話しかけてきた。

 

「大丈夫か?」

「ええ、ありがとうございまあああああああああああああ!?

 

 住人の顔を見た瞬間、琢磨は訳も分からず叫んでいた。いや、訳は分かるがこれはあんまりすぎる。

 

「んだよ、化物でも見るかのように」

 

 不機嫌を隠そうとせずに対応していたのは、乾巧だった。

 

「な、何故!? 何故ここに!!」

「そりゃこっちのセリフだ。なんで店の前で倒れていた?」

 

 どうやら、ライオトルーパー部隊を撤退させた後、傷だらけの体を引きずりあてどもなくさまよっていたようだ。やがて限界が訪れ、倒れ込んだ場所が菊池の前だったというわけだ。

 

「もしかして、当時直接ここを攻めればもっと楽にファイズもカイザも奪い取ることが出来たのでは……?」

「させると思うか?」

「すみませんすみません! 待って、誤解です! 戦うつもりはありませんから! 信じてください!!」

 

 明らかに目が据わっている巧の顔を見て慌てて戦意がないことを強調する。

 

「そんなの信じられない。今更何しにきたの!」

 

 遠巻きに琢磨を責めるのは園田真理だ。その後ろには何故か坊主頭の菊池啓太郎が箒を手に警戒している。

 よく見ると、真理の腰にはファイズドライバーが巻かれ、ファイズフォンを片手に臨戦態勢だ。彼女は変身できないはずなのだが。

 とはいえ、今の琢磨にとってはあまり良くない状態だ。

 

「か、勘弁してください! さっきもスマートブレインの刺客に襲われてひどい目にあったばかりなんですから!」

「何だって?」

「スマートブレイン!?」

 

 巧の疑問に啓太郎の驚愕が続く。

 

「というかお前、ラッキークローバーじゃなかったのか? なんでスマートブレインに追われなきゃならないんだ?」

「今の私はスマートブレインに居たくて勤めているわけじゃありませんよ……そもそもラッキークローバーは解散しています」

 

 ラッキークローバー、幸運を運ぶ四つ葉(CLOVER)。四人一組の、オルフェノクの中でも“上の上”の存在。

 かつての琢磨は、その一員であることが誇りになっていた。

 

「現在のスマートブレインは、完全に社長を頂点とした支配体制です。常に外出中とされていますが、何らかの方法で会社に指示を出している様子があります。ただ指示がない限り、企業の運営は社長の腹心の部下が全権を任されています」

「……じゃあ、蛇神大地は、実在する?」

「――少なくとも、そのように呼ばれる人間が居ることは、確かです」

 

 真理の疑問に答え、ようやく彼女の警戒をとくことに成功する。ファイズフォンを下げただけだが、大きな進歩だった。

 

「――それで、なんでスマートブレインに襲われたんだ?」

「あるオルフェノクを誘って、人間として生活しないかと提案したのです。提案は蹴られてしまいましたが……」

「当たり前じゃない……」

 

 何故か真理に呆れられてしまった。

 

「木場達のようにか?」

「ええ、私はオルフェノクとして生きながらえることに、拘るつもりはありませんから」

「それで、そのあとどうしたの?」

 

 啓太郎の質問に、ロブスターオルフェノクとの邂逅と交わした会話、その後、不安に駆られて隠れ家を飛び出した先で提案を蹴ったオルフェノクがライオトルーパーの精鋭に襲われていた事を打ち明けた。

 

「水辺に影を写して、会話できるってのか?」

「ライオトルーパーって、木場さんと一緒に現れて照夫くんを狙った?」

「精鋭じゃおかしい、ってどういうこと?」

 

 巧に真理に、啓太郎。次々とぶつけられる疑問に一つ一つ答えていく。

 

「――ですから、シータという新型ギアがある以上、ライオトルーパーの精鋭部隊があるのは不自然なのです」

「「「……」」」

 

 黙り込む三人。

 量産型ギア、シータ。

 啓太郎が見た三原に先んじてとどめを刺したであろうライダー。

 真理の危機を救ったライダー。

 そして巧を助けたライダー。

 

「あれが、シータ……」




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第6話 B

「フィギュアライズ6・仮面ライダーファイズ」という代物を見つけてだね、ファンとして見過ごせなかった(言い訳)

衝撃の展開となった後半、いよいよこの章も折り返し(予定)です


 ――どこかの地下施設。

 誰にもその存在を知られず、しかし水路を通じてどこからでも進入出来る場所。ロブスターオルフェノクが十年の月日をかけて完成させた、最高の隠れ家。

 

 ――王の遺体は、そこに安置されていた。

 

(必ず、あなたは生き返らせる……)

 

 決戦の後、ロブスターオルフェノクは密かにオルフェノクの王(アークオルフェノク)の遺体を回収していた。王の強靱な肉体は、ファイズ・ブラスターフォームの強力な一撃にも耐えきったのだ。

 しかし、負わされた致命的なダメージは、王の意識を刈り取り、以来十年近く昏睡状態が続いている。ロブスターオルフェノクは、そんな王のために甲斐甲斐しく世話を焼き続けた。王が死なずにすんでいる(原型を留めている)のは、彼女のたゆまぬ努力のおかげである。

 

 肉体の崩壊を、溶液に漬けることで防ぎ。

 無数に延びたチューブから糧を得て。

 ロブスターオルフェノクの監視によって細やかなケアを受け続け。

 意識がないだけで、王は確かに生きていた。――彼女の認識では。

 

「代替わりなんて、必要ないわ……あんなふざけた真似をする社長の言いなりになんてならない」

 

 今のスマートブレインはおかしい。

 一番の変化として、重役に()()が置かれるようになった。逆に暴れるしか能の無いような人材は、たとえオルフェノクであっても放逐された。

 大企業としては正しい、徹底した能力主義。

 ――それはオルフェノクにとっての楽園の消失(パラダイス・ロスト)だった。

 

 恐ろしいことに、新しい社長は有能だった。関連企業を買い戻すと同時に発売されたスマートフォンは飛ぶように売れ、瞬く間に資金力を取り戻した。これを皮切りに、スマートブレインで秘匿されていた技術の一部を用いた商品が次々と発売された。そのプロジェクトを指導したのは社長をはじめとする経営陣だ。社長自ら発案したスマートフォンのほか、社員から持ち寄られたアイデアを採用された商品も多く、一部のオルフェノクはそれに生きがいを感じていたのも確からしい。

 

 だがオルフェノクの本分は異形の姿、灰色の怪物である。人間狩りを止められる事はなかったが、度をすぎれば粛正された。少なくとも、ロブスターオルフェノクを中心として現王派――王はまだ死んでいないとし、旧体制のスマートブレイン同様、積極的に人間を襲う勢力――が結成されるほど、窮屈で息苦しいものとなったのだ。だが、事態はふたたび膠着状態に陥った。

 新しい社長は、やはり優秀だった。自身は行方を眩ますことで現王派の暗殺を回避し、それでいて情報戦でこちらを上回る。数年にわたって買収工作をしているというのに、一向に敵勢力を切り崩せないのだ。勧誘に成功したほとんどの人材が、それこそ暴れるしか能の無いような者達だった。ババ抜きでジョーカーばかり引かされるような感覚だ。

 ならば、と主要な経営陣の暗殺に乗り出したこともある。その末期は、現王派メンバーの一斉告発だ。やってもいない横領事件で責任を負わされ解雇処分、その後全員が行方を眩ませた。

 あのときほど肝が冷えた事はない。もはや彼女たちが大きな行動をとるということは、現王派壊滅へののろしに他ならない。対抗手段が必要なのだ。

 

(ライオトルーパーの量産だけでは心許ないわ……やはり、ベルトが必要ね)

 

 そろそろ前回の襲撃からひと月がたつ。ライオトルーパーの実戦投入も、決して悪い結果にはなっていない。何よりあそこには、()()()()()()()()()()()

 ロブスターオルフェノクは水路に顔を映した。変化したオルフェノクは、もともと影を通して会話ができる。人間を捨てて完全態となった彼女は、その範囲が拡張され、遠隔地への安全な指示が可能になっていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あのベルトを手に入れたときが、反撃の開始の合図よ」

 

 創才児童園、三度目の危機が間近に迫っていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 同じ頃、真理に呼び出された里奈と三原は、公園のベンチで待ち合わせていた。

 

「お待たせ、二人とも」

 

 真理は二人を見つけ、話しかけた。大事な話があると聞かされてやってきた二人だが、何の話があるかまではまだ聞いていない。

 

「二人とも、創才児童園で助けてくれたライダーは覚えてる?」

「ええ、姿は見えなかったから、本当にライダーなのかは分からなかったけど」

「俺は、その後またやってきた奴をみた。緑色の、白い縁取りがあるラインが走ってた奴」

「――私がみたのと、同じだね」

 

 巧も危ないところを助けられたらしい事をあかし、その名が「シータ」と言うらしいこと、スマートブレインが量産を前提に開発しているらしいこと。

 琢磨から得られた情報を二人と共有する真理。

 

「――どう言うことかわからないけど、ライオトルーパーって言う昔現れた量産ライダーも暗躍してるって」

「……あの人、どうして今になって私たちに協力してるの?」

「それは……もう、戦いたくないからだって」

 

 里奈が訝しげにしている。正直、真理もまだ信用できていない。

 

「巧が大丈夫だからって、あの人は人間だって」

 

 だから真理が信じたのは巧の見立てだ。琢磨は信じられなくても、彼を信じる巧の顔は立てたい。

 

「――そっか」

 

 里奈は真理の様子を見てこの場は引き下がった。納得していないのは真理の様子から分かる。だが里奈も巧の言うことなら信用できる。だからこそ、琢磨と共闘する事に一応納得する事にした。

 

「そうなると、まずいな。また新しいシータが現れるかも知れないし、それが味方とは限らないってことだろ?」

「そうね……」

 

 三原の懸念はもっともだ。創才児童園で三原たちを助けたシータが、都合よく現れるとは限らない。むしろ、確率的にスマートブレインの勢力だと考えるのが妥当だ。

 

「俺は、次にヤツが現れたときに、どうすればいいんだ……?」

「三原君?」

 

 二人の呼びかけにこたえず、三原は自分の思考に没頭する。

 例えば、最初に狙撃でオルフェノクを倒したシータだって、そのねらいはデルタ――三原だったのかも知れない。あるいは、子供たちということも有り得る。

 例えば、真理を助けたシータも何らかの目的からそうしたのかも知れない。巧を助けたのだってそうだ。

 そんな疑念が湧くのは、自分だけだろうか?

 

(俺だけでも、気をつけておかないと……)

 

 人間を虐殺するシータを見ているのは三原だけだ。そして、シータをしとめたのも三原だけなのだ。嫌な予感は拭えなかった。

 

「三原君? 大丈夫?」

「……あ、ああ。何でもないよ」

「ところで、なんだけど」

 

 真理は二人に大牙を見ていないかと聞いてみた。

 

「あの人、また行方不明だったの!?」

「携帯もつながらなくて……」

「電池切れかな……?」

 

 その多機能故、スマホはバッテリーの消費が激しい。とはいえ、スマートブレイン製のそれともなると「ずっとゲームしてても三日は保つ」とは大牙の弁である。

 

「筋金入りね」

「――あ」

 

 周囲を見渡していた三原が、呆然と声を上げた。

 

「三原君?」

「あそこ……」

 

 三原が指さす方向に、いつものシルクハットにジャケット姿の大牙が、ジャグリングを披露していた。

 

「今日はいつもより回ってるよ~、ほら、そのお手玉も」

「うわ、ちょっ……」

「小石まで投げてる……」

 

 他にも空き缶、スマホに子供(観客)から受け取ったお手玉まで器用に回してみせる大牙に絶句する三人。やってることは手品師(マジシャン)というより道化師(ピエロ)そのものだが、それはそれ。見事なパフォーマンスで観客を湧かせる。

 やがて、ジャグリングも終えて一段落ついた頃を見計らい、真理が話しかける。

 

「ちょっと、大牙くん? 何してるの?」

「あ、みんな! 見る? それともやってみる?」

「やらないわよ……」

「相変わらずだね、こんなところで何をしてたの?」

「――俺にやれること、かな」

 

 大牙は子供たちを相手にショーを演じ続けていた。それが自分にできることの一つだと信じて、子供たちが何に興味を持って、何に興奮するのか。

 いずれ創才児童園の子供たちに披露するつもりで演出を練っていたのだ。

 

「……何もしないままだと、あいつらの、オルフェノクの思うつぼというか、負けっぱなしみたいでなんかいやだ」

 

 そんな大牙の言葉にハッと顔を見合わせる三人。

 ――創才児童園の子供たちは、春先の出来事からまだ立ち直ったとは言えない。

 オルフェノクの襲撃を夢に見る子供も少なくなく、暗い顔のままの子供、大人が近づくと時々硬直する子供。反応は様々だが、何より多いのが――灰色を極端に嫌う子供。

 

「また今度、手品を披露しに来ます。……今度は邪魔させないようにしないとだけど」

「ああ、そのときは是非」

 

 三原と大牙が約束を交わす中、不意に里奈の携帯が着信を告げた。

 

「はい。――わかりました、三原君!」

 

 切羽詰まった里奈の声だけで何があったか想像がつく。

 三人は大牙に別れを告げると、それぞれのバイクにまたがり公園を後にした。

 

(……俺に出来ること、か)

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 創才児童園に到着すると、六人のライオトルーパーがまさに子供たちに襲いかかろうとしているところだった。

 

「やめろ! 変身!」

 

 ――Standing by

 ――――Complete

 

 即座にデルタギアを起動した三原が、手近な敵に拳をふるう。強烈な連撃に倒れ伏したライオトルーパーを庇うように、他の五人がアクセレイガンを振り回す。

 

「ぐっ……」

 

 ナイフ一本分というと大したことはないように思うだろう。だが、そのわずかなリーチの差は近接戦において大きな差となった。すれ違いざまに何度も切りつけられるヒットアンドアウェイ、数の優位はそれだけ三原を追いつめる。

 

「Fire!」

 

 ――Burst Mode

 

 デルタムーバーをブラスターモードにして至近距離で射撃する。接近していた三人をまとめて吹き飛ばした三原だったが、次のライオトルーパーの一手に舌を巻くこととなった。

 

 六人の部隊を半分、三人ずつに分け、一方がふたたび接近戦に持ち込み、もう一方はアクセレイガンをガンモードに切り替えての援護射撃を始めたのだ。

 結果、デルタは前衛・後衛の双方を一人で相手しなくてはならず、格闘で前衛を殴ればその穴をつくように狙撃され、隙を見て後衛を狙えばすかさず切りつけられる。

 

(このっ……)

 

 次々と前衛・後衛を切り替えて弾数消費を抑え、決して味方に誤射することのない完璧な射撃といつでもフォローに入れるような立ち回り。恐ろしいまでに完璧な連携と確かな実力。

 ここまで見事な部隊をこんな場所で遊ばせている意味はないだろう。三原は琢磨の予想が正しかったことを身をもって知る羽目になった。

 

「うわああっ!」

「三原君!?」

 

 ついに弾き飛ばされた三原は、何とか意識を保っているものの、疲労とダメージの蓄積でふらついていた。

 

(次はどこからくる? 前か、それとも後ろ?)

 

 疲労から満足に視界も得られず、そして闇雲に射撃を行うことも出来ず、警戒するしかない三原だったが、予想していた衝撃はいつまでもやってこなかった。ようやく眩んでいた視界が戻ってくると、シータがライオトルーパーを撃ち抜いて吹き飛ばした後だった。

 

「……!」

「あなたは……」

 

 里奈が初めて目にするシータの姿に瞠目し、真理は直感的に彼が味方であると理解した。

 

『おまえたちは、ここで倒す! ――覚悟は良いな?』

 

 ――Exceed Charge

 

 チャージスイッチを押してブレイガンにフォトンブラッドを供給する。技の発動を阻止しようとする後衛からの光弾は、変形して飛行形態となったバイクが割り込んで阻止し、そのまま機銃掃射で牽制する。

 前衛の三人は、アクセレイガンを振るって拘束弾を放つより先に武器を弾き飛ばそうと試みる。

 

「――――!」

 

 だが、シータの動きの方が早かった。ライオトルーパーの攻撃は幽鬼のように揺らめいたシータの姿に翻弄され、光刃は死神の鎌のように弧を描き、三体のライオトルーパーの命を刈り取った。

 

「――撤退だ。作戦は失敗、帰投する」

『な、待て!』

 

 残ったライオトルーパーがどこかへ通信をつなぎ、その内容に慌てるシータ。

 

「――おまえは」

『っ!?』

 

 その行く手を阻むのは、デルタだった。

 

「三原君!? どうしたの!」

「おまえは、どっちなんだ!」

『――――』

 

 デルタの――三原の問いかけに逡巡するシータ。左腕のリストウォッチに手を伸ばし――

 

「――っ」

 

 その一瞬の隙を、デルタムーバーが撃ち抜いた。光弾に弾かれたシータの右手を尻目にデルタが吶喊する。

 

『よせ! ヤツラを逃がすつもりか!?』

「黙れ! お前も、敵だ!」

「やめて、三原君!」

 

 二人が三原を止めようと近づき羽交い締めにして引き剥がす。

 

「放せ、二人とも! 俺は……俺がみんなの敵を討たないといけないんだ!」

 

 真理と里奈を振りほどき、デルタが右手を握りしめる。

 

『何のことだ、何を言っている!?』

「――――お前が」

 

 たった一人のシータによって、多くの人々が犠牲になった。騒ぎにはならず、警察もやって来なかった――スマートブレインにもみ消されたのだろう――が故に、三原の他には誰もその真相を知る者はいない。

 ――だから三原だけが知っている。真昼の惨劇を。その犠牲者が、一歩間違えれば子供たちだったかも知れないということを。

 

「――――お前たちが、みんなを殺した!」

 

 デルタの拳は、シータの鼻先を打ち抜いた。

 

 

 ――拳の中に紫電を煌めかせて。




Open your eyes, for the next riders!

「デルタの力が、三原君に……?」

「調べる必要があるわ。あの新しいギアを……」

「あんた誰!?」

「あなたこそ誰ですか!?」

「三原君だけには背負わせないから」

「変身!」
――Standing by



 ◇ ◇ ◇


先行公開・必殺技

 グリムリーパー

 シータブレイガン・ブレイガンモード時の必殺技。カイザスラッシュ(カイザブレイガンの必殺技)同様の拘束弾で相手の行動を制限した後に突進からの斬撃の他、周辺の人物の感覚、及びセンサー類を撹乱し、相手の認識をずらして斬りつけるパターンがある。

――時には慈悲を、時には恐怖を。しかして死神は平等に最期を与える。

 ネーミング及び表現のモチーフは死神(Grim Reaper)。(余談だが(Green)にちなんで「グリンリーパー」としようとしたが、語感の良さから断念。よってシータの他の技名にも影響がでている)


*本作では技名は出さずに、技名から着想を得た代用表現を使っています。(今更)

例)ルシファーズハンマー→悪魔の鉄槌


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第7話 A

前回のあらすじ
①?「あの日投稿ガバッたのも全部乾巧ってやつの仕業なんだよ……」(反省してます。マジで)
②量産ギア、シータ。これで心置きなく呼ばせることが出来る……
③主流派と現王派、互いに過大評価してる説
④頑張れ三原! 創才児童園の未来は君にかかっている!


長らくお待たせした、三原の危機……
仮面ライダー555 In a flash!(このあとすぐ!)


 紫電とともに振り抜かれた拳は、相手を十メートルもの距離を吹き飛ばす威力を持っていた。

 

「……あ」

 

 シータを殴り飛ばした体勢のまま、三原は困惑した。

 体格が大きく変わるオルフェノクはもちろん、ライダーの体重も、その見かけ以上に増加する。本来のデルタの出力では、そんな冗談のような飛び方はしない。

 

(いや、違う……)

 

 デルタ単体の出力ではない、しかしながらデルタの能力といっても過言ではない力がある。

 三原も話には聞いていた、徳本恭輔らをはじめとするデルタの力に飲まれた流星塾生たち。――彼らに残留した、力。

 

(嘘、だ)

 

 我に返ってみれば、思い当たる節はある。デルタを装着している際の闘争心が高ぶる感覚自体は十年前から覚えていた。――同時に飲み込まれないよう自らを戒め、決して怒りや憎しみのままにデルタの力を振りかざさなかったからこそ、三原はデルタの適合者足りえていた。

 だが、今回はどうだ。身勝手に、そして機械的に惨劇を繰り広げたシータを見て、三原はそれでも怒りを抑えきれていただろうか。

 

「うっ、あ――」

 

 デルタ(悪魔)の正体は他でもない。

 装着者に巣くう闘争心、猜疑心、憎悪に赫怒。

 結局のところ、流星塾生たちは自分たちの心に飲み込まれ、()()したに過ぎなかった。

 十年間、悪魔と相乗りし続けた三原は、ついにその主導権を奪われかけた。言ってしまえば、それだけのことだったのだ。

 

『っ、ヤロウ!』

 ――LEGIN-GLIAR get in to the action

 

 シータがリストウォッチを操作すると、命令(コマンド)を受けたバイク――レギングライアー、という名前らしい――が変形し、デルタの方へと向き合った。状況を把握したAIは、即座に攻撃行動に移る。

 

「なっ……!?」

 

 おもむろに突進。空中をトップスピードで滑るレギングライアーは、出が早く、確実にダメージを与える武装を選択していた。

 前輪に搭載された突撃武装。飛行用とは別にフォトンブラッドの供給を受けたそれが、敵を断ち切る刃となる。

 

「――っ!」

 

 すでに前輪は回転鋸(チェーンソー)のごとく唸り、そこからフォトンブラッドを()()()()する事で光刃を形成している。

 すなわちそれは、ライダー達が利用するブレードとは似て非なる発想で製作された溶断武器――その()を、フォトンカッターという。

 

「ぐああああっ!?」

 

 猛烈な勢いで突進するレギングライアーによる衝撃と、腹部を直撃するフォトンカッターの威力が加わり、宙を舞うデルタ。過負荷によってシステムが緊急停止し、三原は生身のまま空中に投げ出された。

 

「三原君っ!」

 

 真理たちが間に入り、間一髪でコンクリートの地面に叩きつけられるのだけは阻止する。

 役目を終えたレギングライアーが主の元へ帰り、シータはどこかへと飛び去ってしまった。

 

「――――――」

 

 気を失った三原を抱え、真理も里奈も呆然としていた。そうしていても、二人が見た事実は変わらない。

 

「三原君にも、デルタの力が……?」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「――それではもう、こちらにスマートブレインに対抗する術が無いじゃないですか!」

 

 翌日、三原の身に起きた異変を語った真理に反応したのは琢磨だった。

 

「そう言われても、もう三原君にこれ以上戦わせるわけにはいかないじゃない!」

「この状況でそんなことが言えますか!? シータもライオトルーパーも、こちらの事情には頓着しませんよ!」

 

 おまえが言うと説得力が違うな、と巧は思ったが、口にはしなかった。皮肉にしても笑えない。

 

「だいたい、こちらにはファイズギアが有るじゃないですか! それが使えないだなんて、冗談じゃない!!」

「だって、たっくんが死んじゃったら元も子もないよ!」

「そんなに言うなら巧さんではなく、私が変身すればいいでしょう!」

 

 琢磨は言ってからしまったと思ったが、もう遅い。

 さすがに信用出来ないらしく、冷ややかな三対の視線。

 

「……」

「…………」

「………………」

「……………………すみませんでした」

 

 すごすごといった様子でソファに座り直す琢磨。

 ――三人とも、内心ではそうするのが一番だと理解していた。巧とほぼ互角のオルフェノクである琢磨なら、ファイズの装着者として不足はない。実際、ファイズギアを奪って変身したことがあり、オルフェノクであることを隠していた巧も手を焼かされた。

 そうは言っても、ファイズギアを託せるかといえば、話は別だ。巧こそその視線は呆れを多分に宿したものだったが、二人にとっては元々敵対していた相手であり、――オルフェノクだ。

 

「ファイズの力を使っても、お前じゃ返り討ちにあうだけじゃないか?」

「うぐ……」

 

 助け舟のつもりで、完全にトドメを刺しにいった巧であった。

 巧も当時のライオトルーパーには手を焼いた記憶がある。彼らを倒すには、連携を取られる前に各個撃破するか、連携が意味をなさないほどの力でねじ伏せるかといったところだろうか。

 オルフェノクの力は、ライダーズギアの単純な出力を超えることがある。オルフェノクはそれだけ個体差があるという事だが、琢磨は間違いなくファイズを越える力を持つ強力なオルフェノクだ。そんな彼がライオトルーパーに後れをとったという事実は、本人が思う以上に重い意味を持つ。

 

(真理達の気持ちは分かる、けどな)

 

 やはり自分が戦うべきだろう。この十年を生きてきた意味は、きっと――

 

(――――……)

 

 そう思って、右手を見つめる。グローブの下でわずかに指を動かせば、返ってくるのは革の質感――だけでは、なく。

 もはや長くないことを、嫌でも自覚させられる。

 

(こんな時、木場なら)

 

 どうしただろうか。人間との共存を模索し、絶望し、それでも人間であり続けた心優しいあの青年なら。

 戦っただろうか。人間を守る為に。

 切り捨てるのだろうか。絶望するままに。

 あるいは、迷いながらも立ち上がるのだろうか。――理想の、その先を求めて。

 木場たちや真理や啓太郎とすれ違いながら戦い抜いた十年が、あまりにも遠い記憶にさえ思えた。そこでふと、何か忘れているような気がして、

 

「――……海堂」

 

 ……自分でも驚くほど自然に候補から外していた男の名が漏れ出ていた。

 

「そ、そうだよ、海堂さんもオルフェノクだった!」

「そうです、彼の協力を得られれば!」

 

 巧のつぶやきを聞いて、啓太郎が名案とばかりに叫び、琢磨がそれに追従する。あるいは彼なら、口では不満を言いながらもファイズとして戦ってくれるかもしれない。

 ――問題は。

 

「連絡もとれないんじゃ意味ないじゃない」

 

 真理の言うとおり、最後の戦いの後、いつの間にか行方をくらましていた海堂に連絡をとる手段がない。携帯電話は解約でもしたのか、一切繋がらなかった。

 

 八方塞がり。もはや四人に良案は思い浮かばず、重い沈黙が降りる。しかし、その沈黙を切り裂くように、琢磨の携帯が着信音を奏でる。

 

「――っ、は、はい」

『二日連続で無断欠勤とは感心しませんが、どうされましたか? 琢磨逸郎君』

「……ま、前川、副社長」

 

 どうにかその言葉だけを絞り出し、宙を見上げる琢磨。

 

『あれから、ハジメさんはどうでしたか?』

「は、その……少しだけ問題が」

 

 琢磨はとっさに自分の置かれた立場と前川から言いつけられた命令を勘案し、必死でうまい言い訳を考える。

 

「何者かの妨害を受けてしまいまして、それ以降彼との連絡がとれていない、のです」

『それは問題だ、オルフェノク(神の使徒)を、不遜にも倒そうとする輩が跋扈している……』

 

 琢磨は耳から携帯を離した。

 

『そのような事があってはならない! 社長の悲願が叶うその日まで、我らが希望は健在でなくてはならないというのに! 何者だというのですか!?』

「それですっ!」

 

 三人が何か言葉を発するより早く琢磨は叫び、受話器を耳に押しつけた。彼らが側にいることを気取られるわけにはいかない。

 

「それが、ライオトルーパー――十年前に誕生した量産ギアだったのですよ! あれはスマートブレインが開発したものでしょう? どう言うことですか!?」

 

 だが電話の相手に引きずられるような形で出した大声は、琢磨が踏み込むつもりのなかった部分まで言葉にしていた。

 

『――――なるほど、あなた方のところに現れたのですね』

「……知っているのですか?」

『それは――』

 

 意外な反応を見せる前川だったが、琢磨がさらに踏み込んだ内容を聞き出そうとすると、

 

『――あなたが知る必要のないことです。そうですね、今日はこのまま休んでいなさい』

「は、はい……」

 

 琢磨が思わず承諾すると電話は切れてしまった。

 

「……あの人、やっぱりオルフェノクの事知ってたんだ」

「そう言えば、貴女は会ったことがあるのでしたね」

 

 真理が言葉を交わしたときはおくびにも出さなかった――実際には正体を見せる前に遮られたのだが――前川の本性は、社長を盲信する、忠実な部下。当然、オルフェノクについても熟知しているという。

 

「経営権について、実質的に彼が取り仕切っていると言いましたが、それはつまり蛇神社長が裏切られる心配のない人物を要職に据えているということです。ただ、その、彼はあの通り何がきっかけで“爆発”するか分かったものではないので……」

「まともな奴は居ないのか……?」

 

 琢磨の対処がやたらと手慣れていたあたり、彼なりに苦労しているのだろう。思っていたより次元の低そうな苦労だが。

 

「それでどうすんだ? ずっと此処にいるわけにいかないんだろ?」

「……与えられた邸宅に戻るしかないでしょう。万一訪問者が来るとごまかしがききません」

「――邸宅?」

 

 そういえば彼らはスマートブレインから与えられる特権を知らないのだった。巧は一時ラッキークローバーに所属したことがあったが、その権利のほんの一部――死者蘇生手術(オペレーション)の要請を行っただけだった。

 捕捉したオルフェノクにはスマートブレインに勤めさせるだけでなく、専用の社宅が与えられる。それがかなりの豪邸であり、勤めるだけで衣食住すべてが保証されるのだ。

 

「な、何それ! もしかしてたっくんでもいるだけでウチより良い暮らし出来るって事!?」

「おい、『でも』ってなんだ『でも』って!」

「もちろん、勤める以上は人間を襲わされるわけですが……」

「論外だ」

「それ聞くまではちょっと良いかなとか思ってたでしょ?」

 

 そんなわけ無いだろ、と呆れる巧。そんな事だろうと高をくくっていた。

 だが逆に言うと、それだけオルフェノクの確保に躍起になっているということでもあった。つまり琢磨もまた、スマートブレインから逃れられない。

 

「かつての木場勇治や巧さんのように、スマートブレインに反逆したとされる事件もありますしね」

「どういうことだ?」

「少し前に汚職事件がありまして、かなりのオルフェノクが解雇されました。あくまで噂ですが、彼らはスマートブレインに離叛の意志が有ったとされ――――」

 

 はたと、気づく。

 離叛の意志が有ったとされるオルフェノク。

 ロブスターオルフェノク(影山冴子)の見せた怒り。彼女の言う、スマートブレインの異常。

 

 ――――()()()()()()()()()()()()彼らはね……

 

(どうして……!)

 

 どうしてこんな簡単なことに気がつかなかった。

 

「違う、私には都合がいいからとずっと見向きもしなかった……!」

「お、おい?」

「すみません、すぐに出ます!」

 

 琢磨は玄関へと走った。

 ここ数ヶ月、スマートブレインに勤めていた琢磨は()()()()()()()()()()()()

 十年間続いたルーチンが少し変わっただけ。琢磨が求めた平穏の形からは大きく逸脱しなかったからこそ、その生活があり得ないものであることに気づかなかった。

 

 すぐにでも調べないと、手遅れになるかもしれない。その焦りが琢磨を突き動かし、

 

「「うわあああ!?」」

 

 ドアを開けた瞬間に驚きで焦りも引っ込んだ。

 なぜか顔に大きなあざを作った、シルクハットとジャケット姿の青年が、同じように驚きの声をあげていた。

 

「あんただれ!?」

「貴方こそだれですか!?」

「あれ、木村君?」

 

 真理が帰ってきた大牙に声をかけると、他の二人が慌てて駆け寄ってきた。

 

「木村! おま、どうしたんだその顔!?」

「どこで作ってきたのその青あざ!?」

「あ、えっと……」

「――し、失礼します!」

 

 琢磨はそのまま走り去ってしまった。

 

「え、いやちょっと……」

「手当てしないと!」

「ああ大丈夫。ちょっとケンカに巻き込まれただけで……」

「……誰にやられた?」

「たっさん落ち着いて! お礼参りとかそういうのいいから!」

「お前人のことなんだと思ってたんだよ!?」

 

 たっくん落ち着いて、と啓太郎に窘められる光景を見ながら、真理が持ち寄ってきた救急箱で手当てを受ける。

 

「それで、さっきの人は?」

「昔の知り合いだ」

「赤の他人よ」

「…………えっと」

 

 大牙は啓太郎に視線を向ける。

 家主は困ったように、ただ曖昧な表情をみせた。



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第7話 B

できれば前半と後半ぐらいはあまり間を空けずに投稿したかった……
お待たせしました、Bパートをお送りします。


(…………)

 

 ハジメは、ぼうっと鉛色の空を見上げ、身に応える寒さに体を震わせた。

 赤銅の戦士に挑まれ、一方的になぶられ、――決別したつもりだった琢磨に助けられ。

 雨が体をぬらし、髪の先からしたたり落ちる雫のように、心すら洗い流せればいいのに。そんな思いが、ハジメの心によぎった。

 

(ワシは、なにを信じればいい?)

 

 この身はすでに人の身ではない。

 怪物でありながら、人殺しは出来ないと逃げ。

 怪物としての自分から決別しようとあがく琢磨を突き放し。

 ――突きつけられた自らの罪から逃げた。

 

「自分の思うように、か」

 

 おもむろに携帯電話を取り出し、折り畳まれたそれを開く。待ち受けにはいつかのように、笑みを浮かべた家族の姿があった。

 

「結子」

 

 我が子を抱きしめ、笑顔でこちらを向く娘。困った子ではあったが、親の心配をよそに彼女は自力で幸せをつかんだ。

 

「幸彦」

 

 娘と共に歩むと決めた青年。楽しそうに家族との生活を語る彼になら、娘を託せると思い、実際に幸せな家庭を築き上げた。

 

「蒼太」

 

 そんな二人の間に産まれた子。ハジメの初孫で、すくすくと育っていった。

 最後に会ったのは数年前で、毎年送られる年賀状やメールのやりとりをのぞけば、距離の遠さも相まってなかなか会いに行くのもままならなかった娘たち。やんちゃ盛りの蒼太に困っている、と報告を受けたのは二、三年ほど前のメールだった。

 

 同年代の友人たちが時代に取り残される中、ハジメは制限を越えない限り読み返すことが出来る電子メールを好ましく思っていた。今のような状況なら、なおさらだ。

 

「――おい、じいさん、風邪引くぞ?」

 

 そうしていると、後ろから声をかけられた。さらに背後からのぞき込むような気配。

 

「な、何だねきみは!?」

「じいさんの家族か? ちゅーかおい、隠すこたぁねぇだろ?」

 

 見せろ、見せないでしばらく押し問答が続き、結局根負けしたハジメは男に待ち受けの家族を共に見る事になる。

 

「しっかしなるほどなあ、この三人がじいさんにとって大事なもんって訳だな」

 

 男はそんなことを言いながら、矯めつ眇めつ。

 思えば今回東京に来てからというもの、奇妙な巡り合わせばかりが続いている。その中でもこの男は極めつけかもしれない。時折ハンチング帽を動かし、ハジメの『大事なもの』を飽きもせず見つめ続ける男。

 

「――君にも、大切なものがあったのかい?」

「ん、なんだ? 俺様のも見せろって?」

 

 少し、いや、かなりクセのある人物のようだ。

 

「俺様の大切なもんはな、最初は音楽でよ、けど続けらんなくなっちまった」

「それは、才能――」

「おう、じいさん。俺様これでもギターにかけちゃ天才だったんだぞ、ホントだぞ!」

 

 では何故、と問おうとして、彼の右手に傷跡を見つける。よく見ると、その指の動きもどこかぎこちなさを感じるものだった。

 

「俺様の大事なもん、ちゅーかあれだ、夢ってやつだったんだけどよ、そいつはまあこの通りでよ」

 

 その後、彼の大事なものは変遷していったという。

 成り行きでできた仲間。時にはある女性に一目惚れし、ある時には新聞のニュースに載って時の人となり。

 嘘かまことか、真偽不明な武勇伝の数々。

 

「んで今はな、そんな俺様にきっかけをくれたヤツのことを広めてるっちゅーか、知って欲しいんだよ、アイツのこと」

「そ、そうか……?」

 

 なんというべきか、ハジメは圧倒されて疑問符を浮かべるしかなかった。

 

「俺様もよ、いろいろやってきたが、やっぱどっかソイツの影を見てるちゅーか、追いかけてんだよ。そんぐらいすげえヤツだった」

「…………」

「――結局、失ってはじめてわかんだよ、大事なもん、大事なヤツの大きさはな」

 

 男のまなざしはどこまでも穏やかではあったが、同時にひどく寂しそうでもあった。

 この破天荒な男でも、大切なものを無くしては人生に迷うのだ。それは、人間でなくなった自分にも当てはまるのだろうか。

 

「君のように、大切なもののために動ければいいのにな」

「じいさん、あんたもそうすりゃ良いだろうよ? あんたにゃ、そのあれだ、待ってる奴らがいんだろ?」

「――――」

「俺様ぁガキは嫌いだし所帯なんざ必要ねぇが、じいさんはそうじゃねぇだろ? それをおめぇ、簡単に手放そうとしてんじゃねぇよバカ」

「!」

 

 その見透かすような――若干馬鹿にされているような――セリフにハジメは振り返る。だが、

 

「居ない……?」

 

 男の姿はどこにもなく、ただ続く言葉だけはどこからともなく聞こえてきた。

 

 ――――知ってるかじいさん、“夢”ってのはな、“呪い”と同じだ。昔はそう思ってた。けどそれをどうにか乗り越えたら、“新しい夢”だってみつかんだよ。つってもあれだ、諦めたらやっぱ夢は呪いのまんまなんだよ。やりたいことがあるんならどんな形でもいい、必ずやり通せ……

 

 徐々に遠くなり、消えていく声は、男が遠ざかっているからだ、と気づいたハジメは、しばらく立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 ――――――人通りのない何処か。

 周囲に誰の目もないことを確認して、男は排水溝の()()から音もなく這いだした。

 もっとも、男の姿は先にハジメが見たものではない。柔軟性に富んだ灰色の肉体は、彼が人ならざるもの(オルフェノク)である、何よりの証拠であった。

 その輪郭がぶれて、男は雨に紛れるように人間の姿に戻り、――途端に体を揺すり始めた。

 

「ああ、痒い(かぃい)……背中痒い……畜生、やっぱなれねぇことはするんじゃねぇなぁ」

 

 その後も痒い痒いとぼやきながら、誰もいない路地を歩く男。

 忌々しそうに背中に腕を回す男の顔が、終始晴れやかな笑みを浮かべていることを指摘する人間は居なかった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「お疲れ、三原君」

 

 警察署から出てきた三原を迎えたのは、里奈だった。

 ライオトルーパー、そしてシータに敗北を喫した三原は、しばらくしてやってきたパトカーを見て、この一件が事件として扱われることを知った。

 当事者のひとりとして事情を説明する事になり、こうして日を改めて事情聴取に応じたのだ。

 

「どうだった?」

「……やっぱり怪しまれたよ」

 

 オルフェノクやベルトの力、迂闊に話しては後々問題になるような情報は多い。それらに関わる話題は避け、黙秘して、何とか乗り切った、といった具合だ。

 

「三原君は、あの後……私たちが最初にシータに助けられた後に、シータとあったの?」

 

 正確には、誰も三原の代わりにオルフェノクにとどめを刺したライダーの姿を見たわけではない。ただ光弾の色が黄緑色だったことを里奈ははっきりと覚えており、『θ』の紋章が浮かび上がったのを関係者たちが目撃している。創才児童園で起きた最初のオルフェノクの襲撃を収めたのは、シータで間違いないだろう。

 

「うん。親御さんたちが抗議に来たの覚えてる?」

「ええ、私が口を出したときだよね?」

「あの後、悲鳴が聞こえて、駆けつけたらあの人たちがオルフェノクに襲われていたんだ」

 

 その後に起こったことの詳細を語る三原。

 奇妙なライダーが出現したこと、彼がオルフェノクを倒したと思いきや、直後に周囲の人間を虐殺しはじめ、それに激昂してデルタに変身したこと、そしてシータが突然苦しみだし、その隙にとどめを刺したこと……

 

「だから、デルタを?」

「もしまたあんなヤツが出てきたら、そんな風に思うと、いてもたってもいられなくて」

 

 その後は無言が続く。三原は傘を叩く雨音を聞きながら、なぜかそれが血が滴り落ちるようなイメージに思えてくる。それは果たして誰のものだろうか。

 

「これから、どうなっちゃうんだろう」

 

 里奈がこぼした言葉に、三原も今後の身の振り方に思いを馳せた。

 児童園は何とか経営し続けることになっている。主に三原や里奈がつれてきた身よりのない子供達の存在が問題だったからだ。中にはわずかひと月足らずの間に保護者が行方不明になった子供達もいる。少なくとも、里親が見つかるまでの間は創才児童園は続いていなければならない。

 児童園の責任者は、当事者とされる二人に()()を言い渡した。十年前、戦いの中で勝ち取った居場所を追われてしまったのだ。

 

「生活費は何とかバイトして稼ぐとして……」

 

 三原が前向きに今後について考える様子を見て、里奈は内心安堵していた。少なくとも、これまでデルタに呑まれた塾生たちと違い、三原の性格が豹変した様子はない。

 

 三原は優しいままだ。少なくとも、今は。

 

「――な、なに?」

 

 里奈の視線に気づいた三原が怪訝な様子を見せる。それが何処かおかしくて里奈は微笑んだ。

 

「何でもないっ」

「……?」

 

 三原は結局視線の意味はわからなかったが、何故か楽しそうな里奈を見て穏やかに笑い――

 

 

 その平穏を引き裂くように、悲鳴があたりに響きわたった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 二人が駆けつけると、オルフェノクが女性を襲い、今まさに触手で貫こうとしているところだった。

 デルタギアは里奈が持ってきていた。素早くドライバーを装着し、フォンを掲げる。

 

「やめろ! 変――――……っ」

 

 三原は音声コードを言い切ることが出来なかった。それは、オルフェノクが人質をとるかのように女性の首筋に刃を当てたから、だけではない。

 三原の脳裏には、シータに殴りかかる自分の姿がフラッシュバックしていた。紫電を纏わせて拳を振り抜き、吹き飛んだシータの姿は――直後に里奈の姿に変わった。

 

(嫌だ)

 

 その思いは、かつてのように戦いを忌避するものではない。

 

(嫌だっ)

 

 過去の再現は繰り返す。吹き飛ぶ体はやはり地面に打ち付けられる頃には別人の、三原に近しい人物の姿へと変わっていく。次第に相手がシータでいる時間は短くなり――ついに幻の自分自身は、真理を、啓太郎を殴り飛ばしていた。

 それがいずれ起こる未来だと、奇妙な確信を得ていた。

 

(嫌だっ!)

 

 フォンを持つ手がふるえる。戦わなくてはならないというのに、その踏ん切りがつかない。

 

「――三原君」

 

 未だ小刻みにふるえる右手を包み込むように、里奈が両手を重ねた。そのままフォンを握りしめた指を解くようにしてデルタフォンを取り上げると、

 

「三原君だけには、背負わせないから」

 

 覚悟を視線に乗せ、里奈は宣言した。いつの間にか、ドライバーは里奈が装着しており、彼女は三原がするように耳元にフォンを掲げる。

 

「変身!」

 ――Standing by

 ――――Complete

 

 デルタフォンがムーバーにセットされ、変身システムが起動する。青白い光の帯が里奈の全身を走り、一瞬でデルタの姿へと変化した。

 

「っ……!」

 

 三原は息をのんだ。ふと一度だけ、彼女がデルタに変身したことがあるのを思い出す。彼女もまた、資格者のひとりだったのだ。

 デルタは、隣に立つ三原に顔を向けると、かすかにうなずいた。後は任せろ、そう言わんばかりに。

 デルタムーバーを構えて液晶パネルを開くと、精密射撃モードに移ったそれで正確にオルフェノクの腕に光弾を当てる。刃を取り落としたオルフェノクは、すでに気絶していた女性を突き飛ばしデルタに立ち向かった。

 手にしていた刃は一振りではなく、もう片方の手に持っていた刃を振りかざす。里奈はひるまず、トリガーを引いた。

 

(三原君……)

 

 くずおれ、ひざを突く三原の気配を背後に、里奈は思う。

 三原は優しい男だ。

 ――その優しさに、いつの間にか甘えていた。優しいからこそ、誰よりも傷ついていたはずなのに。自分なら、その負担を肩代わりする事だって出来たはずなのに。

 

 みんなの危機に無我夢中で立ち向かったあのときとは違う。何故自分が、今まで代わりにデルタになるという選択肢が思いつかなかったのかを痛感する。

 やはり戦いは恐ろしい。

 何より、いつ悪魔(デルタ)に心を喰い尽くされるかと思うと、それが恐ろしくて仕方がない。三原も、こんな気持ちを抱えながら戦ってきたのだろうか。

 

「Fire!」

 ――Burst mode

 

 リロードを兼ねたモード変更のあとも、里奈は容赦しなかった。格闘戦に持ち込むには間合いが不利だ。だが銃撃戦なら、むしろ一方的に攻撃することが出来る。そのまま全弾を撃ち尽くす。

 ――決着に、必殺技すら必要なかった。限界を超えたダメージにオルフェノクは赤い炎を吹き出した。倒れ込んだオルフェノクはゆっくりと灰になっていく。

 

「…………」

 

 その様子を見て、三原はほっとしたような、だが何処か違和感があるような、奇妙な感覚を覚えた。その理由がわからず、困惑する。

 デルタは三原に向き直り、変身解除のためにフォンを引き抜く。

 

「――っ、危ない!!」

 

 三原がみたのはデルタに向かう緑色の光弾だった。その方向は、デルタの背後からの奇襲に他ならない。

 

「くっ……!」

 

 たたらを踏んだデルタが振り向く。予想通り、そこにいたのは、シータ。

 

 

 

 

 

 ――――その数、三体。




Open your eyes, for the next riders!

「戦え、三原!」

「さあ、反撃よ……!」

「ライオトルーパーとシータ、これらが別々の勢力のものだとしたら……?」

「俺だって力になるさ。だから気を落とすな」

「貴様等がシータの使い手だな?」


「「「変身…………」」」


「反逆者にその力、見せつけなさい」


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第8話 A

前回のあらすじ
①悪魔の正体と“相乗り”
 とある二人で一人の探偵ライダー「そういう意味じゃないから」
②スマートブレインは福利厚生の充実した超ホワイト企業です(なお正体)
③謎の男K「誰かが覚えてりゃあ、俺もお前も、人間として生を全うした、ってなるだろ? なあ、――」
④里奈デルタ強化週間、開始


 ◇ ◇ ◇


ガチャは悪い文明。期間限定ゆるすまじ……
ガチャに限らず、お金の使い道は皆さんよく考えるようにしましょう。自分はラノベ買ったり度々買い食いしたりするうちに課金出来るだけの小遣いがなくなりました()

ライダーらしい武器って何だっけ? 仮面ライダー555……
In the flash!(このあとすぐ!)


 シータはデルタに砲口を向けた。

 ――そう、差し向けたのはまさに『砲』と呼ぶべき、長大で、バックパック型の装備から展開されたアームで支えられている物だった。それをさらに脇で挟み、銃把を握って――まっすぐデルタの心臓を狙っているのだ。

 

「危ない!」

 

 三原が飛び込んだのと、引き金が引かれたのはほぼ同時だった。

 上着の端を掠め、光弾が明後日の方向へ飛んでいく。三原が熱を持った上着を脱ぎ捨てると、耐熱限界を超えた繊維が発火、間一髪でやけどを免れた。

 

「三原君、下がって!」

 

 里奈が三原を立ち上がらせ、向かってくるシータに構える。砲撃したシータと同じバックパックを付け、両手に実体剣を構えたシータは、軽く地面を蹴ると()()()()()

 

「――がぁっ!?」

 

 交差させた剣で×の字に傷を刻み、ステップを踏んで横一文字に切り裂く。

 図らずも状況を俯瞰する立場となった三原は、バックパックにブースターのような物が備わっていること、そして四本あるアームの内二本に予備とおぼしき実体剣が付いているのを目撃する。

 今までのシータとは、装備の性質が違う。そんな敵が相変わらずデルタの攻撃に怯むことなく立ち向かってくるのだ。――それも、的確に連携して。

 双剣使いのシータがバックステップで距離を取ると、追撃を防ぐために三体目のシータがブースターを点火して割り込む。デルタの銃撃は()に阻まれた。その装備自体は三原には見覚えがある。カタールと光弾銃の機能を持つ複合武器だ。

 ただし、そのシルエットはかつて三原が戦ったそれとは大きく異なっていた。

 左肩に盾のような増加装甲――しかもその裏側に手榴弾!――を施し、やはり装備しているバックパックに繋いでいるのはグレネードランチャー、だろうか。

 

(……軍隊)

 

 そうとしか表現できなかった。多彩な武器を、たった三人とはいえ分担する事でデルタをその場に釘付けにするシータ。

 

 ならば彼らの狙いは?

 

「っ! 里奈!」

 

 警句は形にならず、シータの砲口が火を噴いた。デルタは今度こそ、その直撃を受けた。

 

「――――――」

 

 大きく、大きく吹き飛ばされるデルタ。三原はその光景がひどくゆっくりとして見えた。

 悲鳴も呻きもなく、デルタは堅いコンクリートの地面に叩きつけられた。ベルトがフォトンブラッドの供給を断ち、スーツが分解されて里奈の姿が露わとなる。

 

「――――里奈ぁ!」

 

 三原は里奈に駆け寄った。そうせずには居られなかった。

 

「里奈! 里奈!」

 

 気が動転した三原は里奈を揺さぶり、それでも目を開かない彼女に最悪の可能性を予感する。

 

「――――」

 

 ――結果として、里奈は生きていた。

 この後しばらくの入院を余儀なくされたものの、後遺症もなく快復することとなる。

 

 だがいずれも、今の三原が知らない未来の話であった。

 

「……キサマラァアア!!」

 

 怒りの矛先はシータ達へと向かい、それに呼応するように三原の右手に紫電が走る。

 電撃は槍となり、三体のシータに向けて駆け抜ける。

 文字通り雷速のそれを、曲がりなりにも防いだのは盾を構えた個体のみ。しかし(いかずち)は三人をまとめて吹き飛ばし、二人がぴくりとも動かなくなる。

 唯一立ち上がった複合武器の個体は手榴弾を前へと転がす。

 三原がぎょっと思わず足を止めると、手榴弾は真っ白な煙を吐き出し、煙幕が辺りを包む。

 

(逃げる気か!)

 

 駆け出そうとした三原は、急に咳き込んでうずくまった。目が痛み、反射的に涙が出る。

 

(催涙弾……!)

 

 もはや追いかけるどころではない。三原はその場で催涙ガスが霧散するまでやり過ごすほか無かった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「――――――報告は以上です。こちらの損害は()()()のみ、想定外の事態は起きましたが支障は有りません。追跡を続行します」

 

 ライオトルーパー部隊の一つ――便宜上、トルーパー(ワン)と呼称している――からの報告を聞きながら、ロブスターオルフェノクはこれまでを思う。

 

 さしもの彼女でも、部隊の調練など出来はしない。反乱を決めた彼女がまず切り崩したのは、スマートブレインの元・傘下である民間軍事警備会社(PMSC)だった。それ以外の選択肢が無かった、とも言える。

 当時は実働部隊のほとんどが人間で、調練の経験があるオルフェノクはほとんど居なかった。後から思えば、とっくの昔に切り捨てられていたのだ。

 ゆえに、調練のためのオルフェノクの選定はかなり時間がかかった。PMSC退職者からさらにオルフェノクを探していかねばならず、国内に住んでいるとも限らなかった。

 運よく引き入れたわずかな軍事部門出身のオルフェノクでその場をしのぎ、フォトンブラッドからの防護服となるライオトルーパーの量産を進め、部隊としての体裁が整ったのは、ほんの二、三年前だった。

 

(諦めてなるものですか……)

 

 今のスマートブレインが何を企んでいるか、それがオルフェノクにとって害となりうるかもしれない以上、彼女は戦い続ける。

 

 王は既に君臨している。ただ傷をいやす時間と方法が不足しているだけ。

 この対立は、継承権争いですらないのだ。王は必ず――――

 

「――――報告、対象を捕捉。接触、及び()()()()()()を開始します」

 

 トルーパー1の報告から、対象――シータに作戦を実行することを知る。

 接触などと、ただの言葉遊び。実際には戦闘になるだろう。

 無慈悲な処刑人の力を剥ぎ、逆にスマートブレインを追い詰める作戦。

 

 ――シータのベルトを奪う。

 

 言葉にすると単純だが、戦力が足りず、容易にはいかない作戦。奇しくも十年前、三本のベルトの奪取がうまくいかなかったように。

 

(けれど、あのときとは違うわ)

 

 十年前はベルトはあくまでも単一の戦力だった。だからこそ強力な“個”であるラッキークローバーなら簡単に取り返せると高をくくっていた。――オルフェノクを粛清するための兵器だとわかった頃には、もはや対抗できるオルフェノクは僅かだった。

 

(使える物は、何でも使うべきだった。それが例え、姑息な集団戦であっても)

 

 三本、三人ですらそれだけの損害を与えうるベルトが、無数にある。その存在が判明する以前から準備は進めていたものの、ライオトルーパーだけで応戦できるのか。

 

「いいえ、これからよ……ここからが私たちの反撃の時……!」

 

 どうあれ、闘わなければ生き残れないのだから。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 琢磨はシータと、最近になって活動が確認されたライオトルーパーについて調べていた。この二種のライダーがどういう関係なのか。

 

(私の予想通りなら、既に完全なオルフェノクと化した冴子さんは、少なくとも普通に出勤する事は無いはず)

 

 琢磨が()()()()と断じて集めなかった怪談だの都市伝説だのを調べてみても、『灰色の怪物がスマートブレインに勤めている』といった類の話は聞かなかった(怪物騒ぎが起きた云々は間違いなくオルフェノクが人を襲った結果だろうから除いているが)。

 次にスマートブレインで起きた最近の事件を調べ直す。琢磨の記憶にも新しい、一斉告発事件だ。

 興味深いことに、そのすべてがオルフェノクで、かつ今のスマートブレインに反感を抱く者たちであった。その後、全員が失踪。しかも警察は動かず。

 スマートブレインが少なくとも二つの派閥を抱え、一方が他方を追い出して始末、さらにそれを隠蔽した、とみることが出来る。

 

(創才児童園でのライオトルーパーの襲撃は事件になった……いや、そのときはシータも駆けつけている)

 

 それでもいつものスマートブレインなら、間違いなく警察に圧力を掛けてもみ消したはずだ。この差はなんだ。

 

「琢磨さん、頼まれてた資料持ってきましたよ? 琢磨さん?」

「……あ、ええ、すみません」

 

 同僚に頼んで持ってきてもらった仕事用の資料を受け取る。ふと、この会社が無くなるとどうなるのか考えた。

 

 例えば、自分の仕事に戻った同僚は、人間だ。

 街に灰色の怪物が跋扈していると語る琢磨を笑い飛ばし、よくある都市伝説だ、とたしなめた彼は、その怪物の庇護にあるこの企業をどう思うだろう。

 

(考えても仕方がない)

 

 怪しまれない程度に仕事を進めよう、そう思って紙束を捲る。

 

「おや……?」

 

 頼んでいた物と違う。どうも間違えて持ってきたようだ。

 

(仕方ない、自分で取ってきますか……)

 

 そもそも資料室の資料ぐらい自分で取りに行けば良かったのだ。そう思いながらなんとなしに資料を捲る。

 その手はすぐに進み、いつしか琢磨は資料を食い入るように読み込んでいた。

 

(これを持ってきたのは……)

 

 同僚ではないだろう。()()()だ。すり替えられていたのは、スマートブレインの対立構造が事細かに記された調査結果だった。

 スマートブレインの対立派閥――現王派と称されるそれの、指導者と目されるのは……

 

()影山冴子……やはり貴女か……!)

 

 慌てて辺りを見渡し、誰も注目していないのを確認すると資料を鞄に潜ませる。必要な情報は頭に叩き込み、資料は処分しなければならない。慌てて適当な理由をつけて退社した。琢磨は玄関ホールを突っ切り、隠れ家へと急ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 玄関ホールを真っ直ぐに走り去る男を、ただ画面越しに見つめるスマートレディは、特に表情を変えることなくそれを見つめていた。




ライオトルーパー(撒き餌、デルタに倒されちゃったけど、シータ来るんかな?)

簡易武器紹介

『砲』フォトンブラスター
 量産型ファイズブラスター(剣携帯への変形と強化変身機能なし)。

『実体剣』高周波ブレード
 安く大量に作れる=配備数が多い。見た目はメタ○ギアソリッドに登場する雷電が持ってる刀。まんまそれ。

『複合武器』カタールガン
 想像しにくいなら「ガ○ダムエクシアのGN○ードの刀身を短剣サイズまで切り詰めて展開状態で固定、その状態で射撃可能な武器」で伝わると信じてる。……そして調べなおしたら意外と可動するらしいGNソー○。

グレネードランチャー
 説明不要。本当は煙幕弾を撃つハズが、不意に浮かんだ追加装備のせいでお株を奪われることに。


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第8話 B

2ヶ月連続無制限ボックスガチャイベントが悪い(言い訳)
大遅刻ですが、新年一発目の更新です。一月も下旬じゃないかぁ……


 顔にケガを作ったまま接客するのもなんだから、と考えた啓太郎は、大牙にクリーニングした衣服を畳ませたりとなるべく裏方に回るように配慮した。

 そして仕事に、日常に戻った訳ではあるが……

 

「木村君、何やってんの?」

「いや、俺ここで何してんのかなと思って。こう、考えたこと無い? 俺には秘められた使命が――」

()()ならあるぞ。さっさとそれ畳め」

 

 大牙の言葉を巧が両断したり、

 

「ここにバイオリンがあって、それが独りでに鳴り出すとどこかで怪物が――」

「お前、なんか映画でも観てきたのか?」

「いや、そうじゃないけどさ……あ、でも怪物が吸血鬼とかだとそれっぽい!」

 

 何というか夢見がちな言動が多いというか。

 

「ねえ啓太郎、どう思う?」

「そうだよ……おかしいよね真理ちゃん」

 

 やはり啓太郎も違和感を感じていたらしい。どうにも今の大牙は――

 

「――あの二人って、いつのまにあんなに仲良くなったんだろう?」

「…………」

 

 脱力。気になるのはそこか、それでいいのか、などなど、様々な感情が渦巻く。

 

「ねえ真理ちゃん、あの二人に何かあったとか知らない?」

「知らないわよっ、馬鹿!」

 

 そんなぁ、と情けない声を上げる啓太郎。

 一応、夢見がちな言動を除けば大牙は普段通り、何らかのゲームなどをしながらギリギリですべてを始めて終わらせる、破滅的なスタイルで仕事をこなしていく。よくこんな働き方が出来るな、と呆れるが。

 

「おい、真理は仕事無いのか?」

「たっさん、今日月曜日だよ?」

 

 真理が反論するより早く大牙が補足する。啓太郎のせいで妙なかんぐりをしてしまう。

 だが真理は、大牙の顔を見て彼の態度の理由に思い至る。

 

「まさかその顔の傷、名誉の負傷とか思ってないわよね?」

「うぐっ……」

「図星かよ……」

 

 巧の追撃にくずおれる大牙に嘆息する。

 

「『弱い者イジメが見てられなくて割り込んだ』、だったか」

「それで殴られるの、ほんと理不尽だ……」

 

 大牙が嘆く様に苦笑する啓太郎がお茶を用意した。

 

「少し休憩しよっか。たっくん、このあと配達頼むよ」

「ああ、わかった」

「たっさん、フーフーしよっか?」

「いいよ、お前の方こそ猫舌だったろ?」

「あ、それで仲良かったんだ……」

 

 啓太郎は十年前の夏の日を思い出す。

 木村沙耶――奇しくも大牙と同じ“木村”姓を名乗る少女がアルバイトの面接に来た日を。この不器用な男は、猫舌という共通点を持つ人間には普段からは信じられないぐらい早く打ち解けるのだった。

 

「……え、なに? どういうこと?」

 

 知らぬは真理、ただ一人。ちょっと悪いけど、内緒にしよう。そう思う啓太郎だった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 最近は車を走らせていると、様々なものが目に留まるようになった。

 それは徐々に迫る死期を前にこの世を名残惜しむ気持ちの表れか、はたまた単なる現実逃避なのか。この日はたまたま河川敷を通って懐かしく思い、ブレーキを踏む。

 

(もう十年も前なんだよな)

 

 アークオルフェノクを打倒し、すべてが終わった――そう思っていたあの日。ここは啓太郎や真理と共にひなたぼっこした河川敷だ。

 既に寿命をすり減らし、もう長くないと悟っていた巧は、それでも生き残った。

 あるいはあのときに灰と散ってしまえば、今のような苦しみはなかったかもしれない。そして同時に、ここまで生き残ったこと自体が巧に求められた運命だったのだろうとも考える。

 

(木村のことを笑えないな)

 

 それこそ真理とファイズのベルトに出会ったばかりの頃だって、ある意味では舞い上がっていたようなものだ。

 だからこそ、次があるのなら覚悟しなければならない。スマートブレインの企みを止めることが正義ならば、その対価は間違いなく己の命だ。

 

 ところで、車を止めた理由はもう一つある。

 いつかの自分たちのように草原に寝転がる老人は、明らかに巧の知り合いだった。

 

「山吹じいさん」

 

 巧の呼びかけに驚いたように目を向けるハジメ。分かっていても顔の傷が与える威圧感がすごい。

 

「巧君か」

「――家族は、見つかったのか?」

 

 言いながら、何で分かり切ったことを訊いているのか、そんな後悔が募る。

 

「……すまん、忘れてくれ」

「いや、良いんだ。心配かけたね」

 

 それからしばらく、二人の間に会話はなかった。巧はふと、これからの命の使い方に思いを馳せる。スマートブレインの暗躍のせいか、最近はそんなことばかり考えてしまう。

 

 

 一方、ハジメもまた巧の様子を見て居たたまれなさを感じていた。

 この青年は、自分がオルフェノクであることを――ましてや、命を狙って襲撃したことを知らないのだ。

 

(そういえば……)

 

 なぜ彼が狙われていたのか、ハジメはほとんど知らない。反旗を翻したというなら、彼も元はスマートブレインの社員だったのだろうか。

 ただ対抗手段を持っているらしいことは確かなようで、直撃しなかったというのに左手は疼き、身体には痣のような火傷跡として銃創が残った。

 それらはすべて、赤銅の戦士につけられた切り傷と同じ痛みをハジメに与える。同質のものだと悟るのに時間はかからなかった。

 常よりなお、治りの遅い傷跡が(うず)く。

 

(どういうことだ……)

 

 スマートブレインが狙う、乾巧。

 任務失敗を口実に抹殺をはかる、スマートブレイン。

 両者の関係がまるで見えない。だが確実に何かがある。

 ――それを訊ねてしまえば、少しは楽になるのだろうか。

 

「なあ、じいさん」

 

 巧の声に思考を打ち切って顔を向ける。

 

「俺にも何か、手伝えることはないか?」

 

 

 それが巧が出した答えの一つだった。

 

 ――世界中の洗濯物が真っ白になるみたいに皆が幸せになりますように――

 

 かつてこの場所で願った夢。

 そのために誰かの涙を払いたい。

 この手が届く限り。未だ形あるうちに。

 

「仕事のついでに車をまわすのもいいし、とにかく俺にも何か出来るだろ?」

「それは……そう、じゃが」

 

 迷うように言葉を継ぐハジメに巧は微笑みかけた。

 

「俺だって力になるさ。だから気にするな」

 

 うまく笑えているだろうか。この老人の不安を払えればいいと巧は願った。

 

 

 

 

 少しして巧は車に乗って去っていった。――ハジメは考えておく、とだけ伝えて送り出したのだった。

 

 巧の笑みは達観したような、その歳に似合わないほど老成したように感じた。

 言ってしまえば、死を予見しているかのような、そんな不吉な態度。

 

(彼は――)

 

 気づいているというのか。その上で助けてくれるというのか。

 あるいは逆襲の機会をうかがおうというのか。

 

(ああ……)

 

 彼とて友人のハズなのに、巧を信じることが出来ない。自業自得の疑心暗鬼。

 

 巧の願いとは裏腹に、洗濯物に付いたシミのようにハジメの心は晴れなかった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 三台のバイクが列をなして通っていく。比較的ゆっくりとした速度で走る青年たちは、揃ってバイクを止めた。

 

「何すか、アンタら?」

「こんなところで止められたらメーワクなんだけど?」

 

 同じく三台のバイクが青年たちの進路を阻み、退路もまたふさがれた。

 無論、彼らはツーリングを楽しんでいただけだ。法定速度も守っていたし、三人の内誰かがヤバい橋を渡っているということもないハズだ。

 

「お前たち――」

 

 ――――シータだろう?

 

 

 突如として青年たち――シータの担い手の表情が抜け落ちるのに前後して、ライオトルーパー隊長はハンドサインを出して、自身もベルトのバックルを倒す。

 都合六度の認証音が響き、さらに銃声が続く。

 

 ――BATTLE MODE

 

 電子音声と共に変形した三台のバイク――レギングライアーが盾となり、手すきとなった一機が旋回とともにマフラーから炎を吹き上げる。

 バックファイアー。本来、エンジンの燃焼不良を原因として起こるそれは、排気筒に偽装されたブースターの作用だ。

 装着者達の周りを月のように回るレギングライアーは、十分な加速を得ると、勢いはそのままに回転のベクトルを上へ。

 ハンマー投げの要領で自身を砲丸としたレギングライアーは、絶妙な姿勢制御で上空へ位置取り、フォトンバルカンを起動させる。

 

 爆炎と砲声、それらが彩る世界でなお、不自然に無感動な青年たちは、バッグから()()を取り出す。

 シータに変身するための装置――ドライバーだ。ただ、他のライダーのそれと違いベルトはなく、バックルにあたるインターフェース部のみの状態だった。

 腰に当てると光の帯が腰をぐるりと周り、分解保管されていたベルトが専用のフォトンストリームを取り囲むように再構成される。運搬の利便性を重視した仕様だった。

 三人は空いた手でデバイスを操作し、待機状態へと移行させる。表示が切り替わり、タッチパネルには現在のステイタスが表示された。

 

 CODE:444

 Transform

 -Standing By-

 

「「「変身…………」」」

 

 シータ、発動。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 出力の面で割を食っている量産型だが、試験機にはなかった機能を与えられてもいる。

 戦闘能力を武装の追加転送に頼ることで実現したベルトの格納機能などはその最たるもので、他にも主に集団戦に特化した調整や機能追加がなされている。

 例えばレギングライアーとの連携を強化する課程で、上空待機した機体を俯瞰カメラとして利用する機能が盛り込まれていたり。

 

 それを本社コンピューターで監視出来るようにするなど、造作もない。前川は反逆者の末路を思い、随喜(ずいき)に震える。

 

「反逆者にその力、見せつけなさい……」




量産型シータ
 形式番号:SB-444
 十年の間研究開発が行われ、量産計画が練られてきた最新鋭ライダーズギア。かつて同じく量産型として造られたライオトルーパーとは違い、フォトンブラッドを用いて動作する。
 それまでのライダーズギア、そして量産前に製作され作中で暗躍しているプロトタイプのシータとは違い、ベルト本体に武器となるツールギアを懸架(けんか)できず、装備はすべてウェアラブル端末型通信装置『シータコマンダー』を用いて追加転送する。
 特徴的な『θ』パターンのストリームは先述の武装を接続するラッチを取り囲むように配置された結果できたもので、「レセプションパターン」と名付けられた。効率よくフォトンブラッドを供給でき、デルタのビガーストリームパターンと同じ理屈で高負荷がかかっても安定して運用できる。
 フォトンブラッドの色は暗緑色。プロトタイプよりは低い出力のようだが、現在詳細不明。バイザーもより廉価なシングルファインダー(ライオトルーパーのものと同等品)に変更されている。その代わり無人偵察機(ドローン)の空撮映像を表示できるなど、外部デバイスとの連携を意識した設計をしている。
 また、ミッションメモリーはデバイスからトランスジェネレーターの機能を解放するために使われるほか、仮想敵である他のライダーからツールギアを奪って運用するためハッキング用の補助プログラムが併せて書き込まれている(この仕様上、プロトタイプと同じくエナジーホルスターが右足に装着されている)。
 スーツ地の黒に白い装甲、フォトンストリームに白い縁取りと随所にがあしらわれたカラーリング。ラッチは両腕、背部肩甲骨部分、胸部、両肩に存在し、フォトンストリームが配置されている他、頭部にも視覚情報を増強させるためのスコープなどを装着できる。バルカンポッドはさすがにちょっとムリかな

 変身に使用するデバイスは【大型タッチパネルを備えた端末】であることが確認されたが……?


Open your eyes, for the next riders!
「ワシの家族をともに探してはくれまいか?」
「デルタを、あなたに預けたいんです」
「もう、俺は戦えない。戦っちゃいけないんだ!」
「いい加減にしてくれ!」
「オルフェノクって何なんだよ! みんな何を隠してるんだ!」
「どうしてなの……?」
「せいぜい、社長の役に立ちなさい。あなた方の価値など、それしかないのだから……」

 ◇ ◇ ◇

ちょっとしたお知らせがあるので活動報告の方もよろしくお願いします。


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第9話 A

①里奈デルタ、活躍終了。何故だ。
②企む彼女と早帰り琢磨。
③大牙「こう、ない? 今自分かっこいいとか最強とか思う感覚?」
 (((中二病……?)))
④You're theta!
 コード〈シータ〉を入力せよ!(Pi…Pi…Pi…STANDING-BY)
 「変身!」(COMPLETE)シータ、発動!
 DXシータドライ(ry


シータとライオトルーパー、二種の量産ライダーが激突する!
仮面ライダー555 In a flash!(このあとすぐ!)


 そもそもライオトルーパー隊は、数の優位、変身の隙を与えない電撃戦といった様々な戦術的優位があったからこそ襲撃を決行したのだ。正面から新型機と戦って勝てる望みは薄い。

 唯一、そして最大の誤算はレギングライアーの存在だった。

 

「総員後退! 作戦は失ぱ――」

 

 声を張り上げていたライオトルーパーが光弾を食らい吹き飛ばされる。そのまま地面へと激突した亡骸から頭部が転がっていく。

 ライオトルーパーであっても、シータが構える長大な火砲――フォトンブラスターの直撃を受けてはひとたまりもなかった。ベルトのシステムが稼動したまま、中身が灰化したのだ。

 

 ライオトルーパーが残りの五人で前後を挟むなか、シータの戦力は健在だ。ただでさえ有利だと考えていた戦力差が埋まった上、航空戦力という性質上、ライオトルーパー側はさらに劣勢を強いられる。

 

 ロブスターオルフェノクの見解では、レギングライアーの量産はまだ時間がかかるとしていた。そもそも現物を見たのが、創才児童園を襲撃した際に割り込んだシータが率いるそれだった。

 ここで現王派は大きな勘違いをしたのだ。『レギングライアーは最近完成した新兵器である』と。

 事実はむしろ真逆。再建したスマートブレインが真っ先に買収したのは――自動車部門。

 

 

 二射、三射とフォトンブラスターが光弾を吐き出し、それらを辛くも避けるライオトルーパー。次いで遊撃手が推進器を吹かして突出する。

 カタールという独特の形状を持つ実体剣がライオトルーパーの装甲を削り、アクセレイガンで反撃するより早く複合武器がマズルフラッシュを(ひらめ)かせる。

 他方、青年たちの行く手を阻んだ三人のライオトルーパーは、長刀二振りを持ったシータを相手にしていた。

 こちらはシータが積極的に近距離戦に挑もうとするために距離をとれず、光弾を叩き込んでも、空中で待機しているレギングライアーが盾となり、たとえ当たっても怯む様子はない。

 

「不死身か、コイツら!」

 

 たまらず叫んだライオトルーパーの一人に、他の隊員が内心で同意する。とんだ貧乏くじを引かされたものだと。

 ――それでも接近戦(インファイト)に持ち込めば、彼らの武器の間合いの、さらに内側にまで入り込めば有利に戦うことが出来る。

 ライオトルーパー達がそんな希望を抱いたときだった。急加速した二刀流のシータの姿を一瞬で見失った。

 

「ど――」

 

 何処だ、と問うより早く気づく。

 けたたましい駆動音とジェット推進の熱気、僅かに陰る陽光と上昇する()()()レギングライアー。二台目は何処に?

 

「上だ!」

 

 太陽は雲ではなく、機械の影に隠されたのだ。落下の勢いを乗せたシータの斬撃は、両肩を切り落とす致命傷。

 シータが追加装備したバックパック――マルチプルプラットフォームは、四本のアームやタンクのほか、簡易設計されたフォトンフィールドフローターが搭載されている。飛行ではなく、突進や跳躍など機動力を増強するための装備だ。

 ゆえにシータは跳んだ。飛行するレギングライアーに向けて、強力な推進力で姿さえ霞ませてライオトルーパーの隙をついたのだ。

 慌てて他の隊員が駆け寄るが、遅い。シータは倒れたライオトルーパーの喉元に刃を突き立てると、再び跳躍。宙返りを交えてレギングライアーに着地するや、低空まで降りてきたシータが刃を振るう。ブレードと装甲が火花を散らし、もう一人の隊員が切りかかれば、別の足場(レギングライアー)に飛び乗って回避。

 立体機動を交えたヒット&アウェイ。空中で距離が開けばレギングライアーのフォトンバルカンがそれを補い、ライオトルーパーが怯むたびにシータが降りて切りかかる。――そしてそのたびに、フォトンブラッドのエネルギーと毒性がライオトルーパー達を蝕んでいく。

 

 やがて、砲戦装備とそのバックアップを担当していたシータらが駆けつけてきた。あちらはすでに終わったようだ。

 それを見た近接型は、一度彼らと合流しようとして――足元で何か柔らかいものを踏みつけた。

 

「――――」

 

 踏みつけた物の正体は、腕だ。周辺状況は空撮で把握していたが、複雑な立体機動を繰り返す内に想定よりも戦場が動いていたらしい。あるいは、死してなお任務を遂行しようとする執念が起こした奇跡か。

 たたらを踏むこと数瞬。ライオトルーパー達は致命的な隙を逃すような愚か者ではない。

 

「っ、おお!」

 

 ライオトルーパーが二人がかりでシータを突き飛ばす。全体重を乗せた突進はシータのブースターの抵抗をなんとか抑え込んで海へと向かう。

 差し違えてでも任務を遂行する。ブレードを突き立てられ、背後から撃たれ、――命が続く限り、なんとしても。

 

 ――オルフェノクの王を目覚めさせるには、複数のオルフェノクの命が必要よ。でも、すでに王は存在する……

 

 だからこれ以上、よけいな犠牲は必要ない。それがロブスターオルフェノクの考えだった。ゆえに今のスマートブレインは、シータは倒さなければならない。

 海へ、水辺へと引きずり込めば、後は彼女が回収してくれるはずだ。そうすれば今回の目的は達成できる。

 けれどもライオトルーパー達は見た。海岸を回り込んでレギングライアーが足場をなす様を。自らの行動が徒労に終わったことを。

 無念とともにシータを海岸から突き飛ばしながら、二人の意識は闇に閉ざされた。

 

 だからシータの体がレギングライアーに乗り上げる直前、空飛ぶ異形のマシンめがけて立て続けにエネルギー弾が飛んでいくのに気がつかなかった。それらが海面から、レギングライアーの機関部を狙って着弾する。

 黒煙を上げて墜落するレギングライアーに巻き込まれ、シータが落ちていく。着水。

 

「……」

 

 シータたちは慌てずに海面を見つめていた。だがしばらくそうしていると、ドライバーからデバイスを抜き取り、画面に触れて終了(シャットダウン)コードを送信する。

 コード認証を受け、スーツが分解される。ベルトも元通り格納されると、青年たちはドライバーをバッグに納める。

 

「――いくぞぉ」

 

 バイクにまたがると、のん気な口調で呼びかけた。もう一人が追従してバイクのエンジンをかける。

 

 消えたもう一人を気にかける様子もなく、先ほど始末したライオトルーパーの遺灰を鬱陶しげに振り払う。

 海面にはおびただしい灰が浮いて、やがて水中に散っていった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 琢磨は豪奢なベッドに埋もれて目を覚ました。カーテン越しの朝日を浴びて、ぼんやりとした頭が回り始める。

 昨晩得られた情報を整理して、暗号という形で隠された情報を紐解き、としている内にいつもの就寝時間が近づき、続きを明日に回して入浴や明日の準備を整え、眠りについた。

 

 情報の精査など、半分も進んでいなかった。

 

(私は、これを持ってどうしたいのだろう……)

 

 今更ながらに気づき、考えてしまった琢磨は苦悩する。

 

 琢磨が気づき、確証を得た事は、琢磨が生きる道を二分するものだ。

 今まで通りの生活が保障されるのであれば、スマートブレインを倒す必要は無い。人間として生きていくことができる可能性が有る。

 では、現王派――ロブスターオルフェノクの一派を倒せばいいのかというと、一概にそうとは言い切れない。今おとなしいのは現王派の存在あってのものかもしれないし、それでなくても前川、蛇神の首脳陣が信用できない。

 

(私は、戦いたくないだけだ)

 

 平穏に暮らしていれば、戦う必要なんて無いのに。そのはずなのに。

 その一方で、ロブスターオルフェノク――影山冴子と戦いたくないという思いがあることを、心のどこかで冷静に見つめる自分がいる。

 

「……起きましょうか」

 

 結局いつも通りの朝を求める琢磨は、これ以上の遅れは見過ごせないとベッドから這い出る。

 そうして寝室をあとにした琢磨だったが、リビングルームで予想外の人物と出会(でくわ)した。

 

「あなた、は……」

「………………」

 

 向こう傷をつけた老人が渋面を向ける。

 琢磨は慌てて部屋に飛び込んだ。ナイトガウン姿で応対するわけにもいかない。

 

「き、着替えますので! 少し待っててください!」

 

 それだけ言って琢磨は自分用のタンスを漁り始めた。

 すでに普段の朝とは程遠い一日のはじまりだった。

 

 

 朝食を済ませた琢磨とハジメの間に、重苦しい空気が漂う。

 琢磨はなぜこの老人が帰ってきたのか分からず、そしてハジメはどう切り出すか考えあぐねて、やはり何も言えず。

 そうしていたずらに時間が過ぎていく。意を決して琢磨は問いかけた。

 

「「あの……」」

 

 老人と声が重なる。

 

「いえ、先にどうぞ」

「いや、君も何か聞きたいのだろう?」

 

 どちらが先に答える答えないと問答が続き、結局琢磨が問う。

 

「ハジメさんは、どうしてここに?」

「………………」

 

 長い沈黙が続く。琢磨は重い空気に耐えかねコーヒーをすすろうとして、マグカップの中身が無いことに気づいた。

 

「ワシは」

 

 ハジメが口を開くのを見て、慌てて居住まいを正す。目測を誤ったマグが皿に当たってガチャンと音を立てる。

 

「……ずっと考えていた。自分が何をしたいのか、なにをすべきか」

「…………」

「その上で聞かせてくれ」

 

 ハジメは意を決して伝える。

 

「――条件付きなら君に協力できる。……それでは、いけないだろうか?」

「っ! いえ、充分、充分です! ありがとうございまっ!?」

 

 琢磨にとってはやっとの事でできた同志、思わず立ち上がろうとしてテーブルに膝をぶつけた。

 

「、~~……」

 

 悶絶する琢磨。ハジメはそれに構わず続ける。

 

「わしはこの東京に、家族に会いに来た」

 

 娘夫婦からの連絡が途絶えたこと、心配になって田舎から出てきたこと。

 ほどなくして、自身も交通事故で死んでしまったこと、オルフェノクとして復活したらしいこと。

 ――いまだ家族は見つかっていないこと。

 

「――あとは君も知っての通りだ。スマートブレインにつかまり、汚れ仕事をさせられかけておる」

 

 事情を話し終え、一息つく。

 

「……自分が何をすべきかも考えてみた。ワシ自身が何をしたいのか、どうありたいのか」

 

 時に琢磨君、と呼びかけられてもう一度居住まいをただす。

 

「君、子供はいるかね?」

「は、え? いえ、いませんが」

「……実は娘婿が君と同じくらいの年だ。孫はまだ小学生にもなっておらん」

 

 そんな孫に胸を張って生きていたい。人殺しに加担するなどごめんだ。

 ハジメはそう言って手を差し伸べた。

 

「――ワシの家族を探してはくれまいか? 娘や孫に、少しでも明るい未来を見せてやりたい」

「……ええ、もちろんです! ありがとうございます!!」

 

 琢磨はハジメの手を取り、固い握手を交わした。

 一方は己の平穏のため、もう一方は愛する者の未来のために。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 結局仕事は休むことにした琢磨だったが、さっそくハジメと情報交換を始める。

 

「――するとスマートブレインは、仲間割れをしているということか?」

「ええ、ハジメさんを襲ったのは現王派と呼ばれる勢力だと思います」

 

 その現王派のリーダーこそロブスターオルフェノク――

 

「影山冴子――私の、元同僚でした」

「……!」

「彼女の手駒こそ、以前ハジメさんを襲ったライオトルーパーです。……推測ですが」

 

 現状、不確かな情報でも動かなければならない。琢磨もハジメも状況の不利を痛感していた。

 

「それで――と、失礼します」

 

 琢磨の携帯が鳴り、席を立つ。どうせ会社からだろうとディスプレイを見ると、見慣れない番号からだった。

 

「……はい」

 

 恐る恐る、電話に出ると今度は意外な人物につながっていた。

 

「あなたにデルタを任せたい。俺はもう――」

 

 戦えない。




更新が遅れた言い訳

さすがに受験と進学準備は許して

(詳細は活動報告にて)


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第9話 B

大滝(「私は今作ではしないと言っていた書き溜めを作ろうとして結局断念しました」と書かれた看板を首から下げている……)



「――本当に、いいのか?」

 

 巧はファイズフォンを受け取りながら、三原に訊ねる。

 デルタはこれまで流星塾生達が悪魔(デルタ)に取り付かれ、殺し合い、それでも勝ち取った力のはずだ。

 奪われるならともかく、自ら手放すということは、その犠牲を踏みにじるような行為なのではないか。

 

「…………」

 

 三原はなにも語らない。手をふるわせながら、病室を見つめている。

 

 ――里奈が入院した。

 

 その事実は既に啓太郎達に伝えてある。個別に呼び出された巧が車を持って行ってしまったため、到着はしばらく後になるだろう。

 

「俺は」

 

 三原が口を開く。相変わらず病室を見つめながら、重々しく。

 

「――三原君! 里奈は!?」

「どういうことだよ! 阿部さんが大怪我って!?」

「――真理、木村」

 

 駆け込んできた二人。三原が開きかけた口は再び閉じられる。

 

「…………」

「たっさん、あの、なに?」

「何でもない」

 

 せっかく何か聞けそうだったのに、とは言えない。

 

「――俺の、せいだ」

 

 三人をよそに、ぽつりとつぶやかれる懺悔。三原が視線を落とし、トランクボックスを見やる。デルタギア。

 

「俺は、もう戦えない。デルタには、もう……」

「――――――」

 

 真理が絶句する。ついで巧に目を向けた。どういうこと? と。

 

「俺もこれから聞くところだった。けどな」

「たっさん、三原さん、園田さんも、何の話してんだよ? デルタって何さ?」

 

 唯一何も知らない大牙がたずねる。巧たちにとってそれこそが一番の問題だった。

 隠し通すか否か。オルフェノクの存在を知っているが、それゆえに精神的に危うい均衡を保っているこの青年に。

 

「――ベルトだよ、オルフェノクを倒す力を持った」

 

 とうとう三原はデルタについて話した。それはもちろん、大牙のために。

 

「ベルト……?」

「ちょっと、三原君!」

「いつまでも隠し通せるわけないだろう! それに――もう、いいんだ」

 

 疲れたように三原は言った。

 本当はとっくに限界を超えていた。戦うしかないと言い聞かせて、園や子供たちを守ってきた。その結果が今の三原で、里奈だ。

 

「何が、あったんだ」

 

 

 巧の問いに答えるように、三原は里奈が負傷した時のことを話した。踏ん切りがつかなくて変身できずにいた三原から引き継ぐように変身した里奈。彼女を襲ったシータ。そして三原自身に残留したデルタの力。

 

「そんな……」

 

 真理は言葉もないといった様子で、そして巧も予想以上に深刻な三原の状態に何も言えなかった。

 人格が変わるほどの症状は出ていない。だけどそれも時間の問題ではないか。

 

「なんで、シータはデルタを――阿部さんを狙ったんだ」

「わからない。でも一般人も狙われたこともある」

 

 まるで、目撃者を残すまいとしているかのように。

 三原は感情がまるでない、ただ無機質に任務を遂行する姿を、機械のようなシータたちを思い出す。

 

「シータには感情がないんじゃないかな? きっとスマートブレインも十年前のような事態を繰り返さないために――」

「待って、感情がないってどういうことだ?」

 

 大牙は信じられないといった面持ちで尋ねた。

 

「想像がつかないよね。あれは一度見ればわかる」

 

 まるで機械のようだった、三原がそう締めくくる。

 

「でも……」

「あの――」

 

 それでも何か言いつのろうとした大牙を遮るように、誰かの声が発せられた。すでに病室前にいた巧たちではない。

 

「お前……!」

 

 巧のファイズフォンを借りて三原が呼び出した琢磨だった。

 三原がデルタを託す相手として選んだのはかつて敵として三本のベルトを取り合った相手だった。それをいち早く理解した真理が血相を変える。

 

「三原君待って! 本気なの!?」

「じゃあ誰がやるんだよ! 誰がみんなを守るんだ?」

 

 三原はトランクボックスを差し出した。訳も分からず、ただ受け取るしかない琢磨。

 

「な、えっ?」

「ほかに託せる相手が思いつかなかったんだ。だから……お願いします」

「おい――」

()()()()()()()()!」

 

 突っかかろうとした巧に三原が叫ぶ。一瞬ひるんだ巧は、その意味を悟って声を荒らげる。

 

「いい加減にしろ! 俺は――」

「巧やめて!」

 

 つかみかかろうとして、逆に真理に止められる。それが巧の怒りをさらに煽る。

 だが真理の(まなじり)を見て不意を突かれる。

 

「真理……」

 

 あの真理が、涙を浮かべている。

 その事実が巧の熱を急速に奪っていく。

 

「それ以上はだめ。私、許さないから」

 

 真理は静かに言った。巧は彼女の手を振り払おうとして、はっと気づく。

 

 彼女は片方の手で巧の手首をつかんでいた。

 偶然ではない。その証拠に彼女は巧の手袋の口へと向かっている。

 みんなに察せられつつも、決定的な証拠はつかまれなかった巧の秘密を握る彼女に今度こそ血の気が引いた。

 

「やめろ!」

 

 体ごとぶつかるようにして振り払い、巧は逃げる。

 

「ちょ、園田さん!? たっさん!!」

 

 倒れた真理を気遣う余裕もなく、巧は逃げた。

 

 いつかは知らせなくてはならない己の命の限界に、そうして走っている間にも零れ落ちる時間()から目をそらして。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 結局、琢磨はデルタギアを受け取ることになった。

 いつもなら強硬に反対したであろう真理は、巧が逃げ去ったあと、自分が何をしようとしていたのかを理解したらしく、茫然と巧の走り去った後の廊下を見つめていた。その様子を見かねて大牙が後を追っていたが、途中で見失ったと電話があった。相手は車だから当然だが。

 こうして一人減り、何とか立ち直った真理が帰路につき、その場は自然解散となった。うやむやになったまま琢磨が持って帰ったというわけだった。

 

(なんという皮肉でしょうね……)

 

 奪い合っているときはほぼ手に入らず、その存在が疎ましい今になって簡単に手に入ってしまった。

 デルタギアは当時北崎が使っていたころが印象深い。すさまじい強さを誇るそれを求めて、取り入ろうとしたりもした。

 

(それと彼が寝ているときに奪おうとしたり、捨てたといわれたときはごみ箱をあさってまで手に入れようとしたり……)

 

 あまりに情けなくて、その場で頭を抱えてしまった。冷静に振り返ることができているあたり、これも成長ということだろうか。あまりうれしくはなかった。

 そんな北崎も、最期はオルフェノクの王に――

 

「――――――っ!」

 

 思わず走った怖気に身震いする。

 かちかちかちと、どこからともなく音がして、それがさらなる恐怖をあおる。

 

(違う、この音は、私が……)

 

 自覚すればその音がより大きく感じられる。恐怖から逃れられない。

 思い出すだけで、これだ。立ち向かうのも、服従することも出来ない。琢磨にとって、王とはそれだけ恐怖の象徴だった。

 

 忘れようと努めて、何とか歩き始めるが、今度は別の要因で足を止めた。

 オルフェノクとしての鋭敏な聴覚で聞き取ったのは、――悲鳴。

 

(戦うのですか? こんなに早く……?)

 

 逡巡。デルタを持つ今だからこそ、力を持つからこそ、琢磨は縫い止められたかのようにその場から動けなくなっていた。

 

「いえ、悲鳴が聞こえたからといってオルフェノクによるものなど、早計じゃないですか」

 

 気のせいだ。そう思って足を踏み出した。――――悲鳴が聞こえた方へ。

 

 

 やはりというか、オルフェノクだった。

 

(ああ……)

 

 何でこんなことに。琢磨が見たのはオルフェノクが使徒再生で人間の心臓を破壊するまさにその瞬間。もはや助からない。

 

(……帰りましょう。やっぱり私は、所詮この程度だ)

 

 オルフェノクが徒党を組んでいないとも限らない。生き残るために最善の行動をとるべきだ。きびすを返す。

 

 

 

「助けてくれ!」

 

「っ!?」

 

 琢磨は足を止め振り返る。

 それはちょうど、襲われた男性が琢磨の方へと走り寄る場面で。

 だがたどり着くことなく、男は灰と散った。

 

 使徒再生時にときたまある、一時的に蘇生した人間が生前と同じ行動をとった後に灰化する現象だった。攻撃を受けて死ぬまでの間際に琢磨を見つけ、助けを求めようとしたのだろうか。

 そしてその僅かな間に襲ったオルフェノクが完全に立ち去っているという都合のいいことはなかった。

 目が合う灰色の怪物と、琢磨。しばらく互いに動かなかったのは、意味不明なこの事態を飲み込むのに苦労したからであった。

 

「……!」

 

 先に我に返ったのは怪物の方だった。見られたのならば口を封じてしまえと、腕を振り上げる。

 

「ひっ……」

 

 数瞬遅れて逃げる琢磨。思わずオルフェノクとしての正体をさらし、エネルギー弾を複数生成、投げつける。

 

「アァッ!」

「な……」

 

 オルフェノクは意に介さず、突進してきた。堅牢な装甲に阻まれ、ダメージが通らなかったらしい。

 琢磨もこのままやられてはいられない。素早く身を引くと、無数のとげが生えたムチを繰り出す。

 手足を絡めて少しでも有利にするための行動だったが、対するオルフェノクは腕を巨大なハサミに転じてムチを切り落とす。

 

「クッ……」

 

 オルフェノクはハサミで殴りつけてセンチピードオルフェノクを弾き飛ばす。

 どうにも相手が悪い。実力から言って確実にオリジナルの個体だろう。それも特に実力の高い上級オルフェノク、特徴から言ってカニあたりの特質を備えて生まれたのだろう。

 

 路地裏まではじき出され、なおも執拗に攻撃するクラブオルフェノクから逃げるセンチピードオルフェノク。コンクリートの壁を粉砕するほどの力を持つハサミを食らえば、元ラッキークローバーの琢磨といえどもひとたまりもないだろう。

 ただそうやって無造作に振り回すのは、追い詰められたことのない、言ってしまえば工夫のないただ力任せの攻撃だけで何とかしてきた証拠だ。

 

「っ――!?」

 

 だから、琢磨の策にはまった。当たるか当たらないかのギリギリを保ち、イラついたクラブオルフェノクは大振りの攻撃でハサミを壁に埋め込んでしまった。

 

「本当に、こんなに早く使うとは……!」

 

 トランクボックスを開き、ひっくり返すようにしてベルトとフォンを取り出す。一度人間の姿に戻り、ベルトをまいたところでクラブオルフェノクがハサミを引き抜いた。

 

「へ……変身!」

 ――Standing-by

 ――――Complete

 

 デルタに変身した琢磨を見て、戸惑うクラブオルフェノク。かくして、初めてデルタに変身した琢磨は――

 

「お、おおおおおおおっ!」

 

 ――あふれる高揚感のまま、クラブオルフェノクに襲い掛かる。

 デルタの性質上、戦闘能力は変身者の格闘能力に依存する。そのため闘争本能を掻き立てて性能を十分に発揮できるような設計になっていたのだが、今の琢磨には少し効き目が強かったのだろうか。

 

(や、やらなければこちらがやられるんです! 徹底的にやらずに、どうするんです!?)

 

 決して、――決して先ほどのSOSが頭から離れないわけではない。ないったらない。

 今の琢磨の心境を例えるなら、やけくそということになるだろうか。滅茶苦茶に腕を振り回し、蹴りだして、引き倒す。

 クラブオルフェノクも片方の腕で突く、斬るといった攻撃を繰り出す。ハサミは左右非対称で左手は鈍器のような巨大なハサミに、右手は主に切断を担当する小ぶりなものにそれぞれ変わっていたのだが、デルタには左手でつかみにくいほど至近距離まで近づかれ、せっかくの右手の攻撃は効いた様子がない。

 クラブオルフェノクはたまらず、大きくはじき出される。距離が開いて我に返った琢磨は、ミッションメモリーを引き抜いてデルタムーバーにセットする。

 

「――Check!」

 ――――Exceed Charge

 

 立ち上がるクラブオルフェノクにポインターマーカーを射出。琢磨は一度飛ぶと、足裏のフォトンマズルを閃かせてマーカーを蹴りだした。

 

 

 

「っ、はぁ! はあ……」

 

 変身を解除し、興奮も収まってくると、またも琢磨は頭を抱えた。

 

「何してるんでしょう、私は……」

 

 やっぱり人助けしようなんて思うものじゃない。痛む体を引きずり、琢磨は隠れ家に向かった。

 

 

 

 

 用水路で、灰色の眼柄(がんぺい)が様子をうかがっていたが、琢磨は気づかなかった。




Open your eyes, for the next riders!
「私たちと一緒に、世界を変えるつもりはない?」
「このベルトの、出力が気になったんです」
『見つけたぞぉ……! オルフェノク(バケモノ)!!』
「社長の理念と、オルフェノクの未来のために……!」


いよいよ次回から第一章も佳境に入っていきます。


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第10話 A

①死闘の果てに散る戦士たち
②ハジメの一歩
 ?「ボクサーは目指さんぞ…?」
③やさしさが生んだ決裂
④デルタの担い手は移ろう

12話で一章を締められるのか、13話までもつれ込むのか、それが問題だ(プロットとにらめっこ)

シータの秘密が明らかに!?
仮面ライダー555 In a flash!(このあとすぐ!)


「っ、はあ、はぁっ……!」

 

 用水路を通って何とか広い場所に這い出ることができた。にじむように灰色の異形が色づき、中肉中背の男の姿へと変わる。

 クラブオルフェノクの本性を持つ男は、直撃の寸前に()()()()()難を逃れていたのだ。

 

「あんのやろう……」

 

 男は悪態をついて地面を殴りつけた。何もかも不愉快だ。

 

 思えば今日はツイてなかった。

 まず女に逃げられた。そればかりか、女の兄を名乗る人物に待ち伏せされて詰め寄られてしまった。どうも“こづかい稼ぎ”に使っていたことがばれたらしい。うまく貢がせていたはずなのだが、何かの拍子に知られてしまったようだ。

 だから殺した。散々なぶって命乞いさせて、異形の姿で貫く快感。

 変身した姿を見た時の愕然とした顔など、そうそう見られるものではない。笑いがこみ上げるほどだった。

 

 次は女の居場所を突き止めて、ふざけた真似をした報いを受けさせてやらねばならない。後生大事にしていたようだから、最期にその身体を味わうというのも悪くない。

 ――などと夢想していた時だった。

 

「くそがぁ!!」

 

 あの男、死んでなお手間をかけさせるとは! よりによって同胞(オルフェノク)に助けを求めるとは!

 

「しかも何なんだよあれはぁ! ああ!!」

 

 ドラム缶を蹴りつぶしてようやく癇癪が収まる。これだけの身体能力がありながら、あの妙な機械一つに勝てなかったのだ。

 

「雑魚が、いきがってんじゃねぇ!!」

 

 おさまりがつかない。ようやく再び落ち着いてきたころにはコンクリートの壁はひび割れてボロボロに、拳はいたるところが裂けて血みどろになっていた。

 

 この男、名前を鎌田堅介といい、これまでの人生で悪逆の限りを尽くしてきた。取るに足らない小さな犯罪で満足していた時期が長かったが、一度目の死に前後して状況は一変。

 むしゃくしゃして売ったケンカの相手がもっとやばい奴だった、死の原因はただそれだけだった。

 ある日拉致同然に連れ去られ、浴びせられる銃弾。命乞いの言葉など一秒足らずで紡げなくなり、あっという間に肉塊に変わる肉体を恨めしく思う暇もなく鎌田は死んだ。人が機関銃に勝てる道理などない。

 自分がよみがえったのはどうしてかなど深く考えたことはない。

 ただ五体満足で体が残っていたのは相手の不始末だろうとはわかる。銃創は胴体に集中していた。頭をつぶされていたら、あるいは。

 なんにせよ、その後数か月は復讐に費やした。銃弾などものともしない甲殻は、機関銃をたちまち豆鉄砲以下の鉄くずにした。

 八つ裂きにした奴を池の鯉のえさにした後、鎌田は狂笑を上げた。――それこそが鎌田堅介という男の産声だといわんばかりに。

 

 ――ひととおり鬱憤晴らしをした後、鎌田は自分がどこにいるのかを探り始めた。溺れるようなことはなかったものの、途中何かに引っ張られるように制御を失い、どこともしれない場所に流れ着いた。

 

「なんだこりゃ」

 

 人ひとりが収まるような巨大な試験管がずらりと並ぶ異様な光景。

 医療目的ではないと即座に判断したのは、コンクリート打ちっ放しの粗末な内装からか、無数のチューブがその中身を吸い出しているからか。

 中身は濁った液体に満たされているが、その奥に納められている“なにか”は、灰色だった。

 

「誰だ、オレをこんな所に連れ込んだのは」

 

 本能が警鐘を鳴らし始める。いつでも暴れられるよう心づもりだけはして、あたりを見渡す。

 

「――あら怖い。そんなに身構えなくても大丈夫よ坊や」

 

 答えたのは女の声だった。声だけで脳を蕩けさせるような、そんな妖艶な声。

 状況によっては、逃れられない力を持つ、悪女の()

 

「どこだぁ……?」

 

 誰何の声に応じて人影が現れる。彼の予想に反して、人影は異形の姿をとっていた。

 

「やるのか……?」

「落ち着きなさい。私はあなたと手を結びたいの」

 

 一瞬意識に空白が生じる。

 

「なら、その物騒な姿をどうにかしろよ」

「それはできないわ」

「てめぇ……」

 

 鎌田は全身に力を籠める。――脱皮したばかりの甲殻は柔らかいのだが、背に腹は代えられない。すぐに殺して、あの野郎を殺す。そう息巻いていた。

 

「私はもう人間の姿はないもの。私は今のところ、完全な不死を実現した唯一のオルフェノク」

 

 続く言葉に興味をそそられるまでは。

 

「完全な不死?」

「そのままだとオルフェノクはいずれ灰になって死ぬの。気づいてた?」

 

 どうやらつくづく世界は気に入らないようにできているらしい。

 舌打ちをして、この女の話を聞くことにする。

 

「どうすりゃいいんだ? 不死身の誰かさんよ」

「オルフェノクには王と呼ばれる個体がいるの。彼によって人間の部分を取り除いて初めて私たち(オルフェノク)は完全になる」

「つまりその王様とやらに会えばいいんだろ」

 

 どこにいるんだ、と問うが、彼女は首を振るだけだ。

 

「王はいま、眠っているわ」

「あん?」

 

 彼女が言うには、王は反発する勢力に重傷を負わされ、昏睡している。

 例え目覚めても、反逆者を倒さねば同じことだ。

 

「そしてそのうちの一人はあなたもよく知っているはずよ」

 

 何せ、ついさっき会ったばかりなのだから。

 

「そういうことか……!」

 

 あの妙なベルトこそが対抗手段、オルフェノクの王を討った兵器。せめて手元に置いておきたいのだという。

 

「利害は一致したようね」

「あいつを()るのはオレだ。そのついでにベルトを盗ってこいってことだろ?」

 

 もとよりそのつもりだったのだ。少しばかり面倒が増えたが、見返りは当然――

 

「オレも不死身にしろ。オレはな、まだまだ生きてやることがあんだよ」

「もちろん、掛け合ってみるわ」

 

 彼女――ロブスターオルフェノクの言葉に鎌田が会心の笑みを浮かべる。

 すべてを自分の下に置かなければ気が済まない性分の男は、身に秘めた狂気を隠そうとはしない。

 

 

 より大きな悪意が渦巻いていることまでは、まだ気づいてはいなかった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

(悪く思わないでね、琢磨君)

 

 より多くの戦力が必要なのだ。その点鎌田は性格に難ありだが、上級オルフェノクの中でも随一の実力者といえるだろう。

 

(村上君風に言えば『上の上』ね)

 

 そもそも嘘はついていないのだ。王を斃した三本のベルトの一角、デルタ。

 所有権が移ったことは予想外の出来事だったが、悪いことばかりでもない。

 

(おかげでファイズがどこにあるのかも把握できたわ。事態が好転したわけではないけれど、こちらのいいように傾きかけているのも事実)

 

 そして、シータも確保できた。その解析も数日が経って、軌道に乗り出した。

 ――逆に言えば軌道に乗るまで数日を要し、危うく()()()も出るところだった。

 

「――少しいいですか」

 

 噂をすれば影、ではないが。

 ロブスターオルフェノクが振り返ると、解析を担当していた研究者だった。

 

「解析が終わったの?」

「いえ、ですが少し気になることが」

 

 そう言って研究者がタブレット端末を操作する。――人の姿を失い、そういった細かい作業はすっかり苦手になってしまった。

 

「これを」

 

 研究者が示したのは、三本のベルトのスペックデータのようだ。そこに重なるようにして無数の数値が並ぶ。

 

「現在わかっている限りで、シータを含めた各ライダーズギアの性能を比較したものです。フォトンブラッドを使用しないライオトルーパーは除いていますが……」

 

 研究者が画面に触れると、シータのものと思われるデータが色づいた。

 

「シータが上回る数値は緑に、下回ったものは赤にしています」

「――ほとんど真っ赤ね」

 

 装甲は材質から変わったらしく、単純比較はできないとのことだったが、およそ戦闘に必要な機能はファイズすら下回っていることになる。

 理由は明白だ。

 

「私もフォトンブラッドの流量が少ない可能性を疑いました。そこで戦闘中に流れると考えられるフォトンブラッドの量をシミュレーションしましたが、技術的に可能な範囲では緑色のフォトンブラッドは生成できませんでした」

 

 三本のベルトを開発した段階で、最も安定してフォトンブラッドを循環させられる量は求められていたのだから、仕方のないことだった。

 

「ただ、安定させる必要がないのなら――」

 

 流量を極限まで抑えるなら。

 

「――当然、全体にいきわたらなければそもそもエネルギー供給を受けれないわけですから、システム全体の動作が不安定になります。それ以前に循環不全で装置に負担がかかって非常に危険です」

 

 製品寿命という観点から見てもそうだが、フォトンブラッドは莫大なエネルギーを有する物質だ。

 きちんと送り込めずに行き場を失えばどんな悪影響があるか、わかったものじゃない。

 

「まだ仮説ですが、動物が余った血を脾臓に蓄えるように、要所で循環を維持できるように保管しているのではないかと」

「それは結構よ、本題があるのでしょう?」

 

 未確定の情報はどうでもいい。

 重要なのはファイズ以下の出力でフォトンブラッドを循環させる意味だ。

 

「第一、量産前提のギアでどうしてそんな面倒な方式をとったの」

「先ほどの仮説が前提になりますが」

「…………」

 

 無言を肯定と取ったらしい。研究者の男は続ける。

 

「シミュレーションはこの方式でシータの稼働状態を再現可能となりました。これをもとに装着者のフォトンブラッド被ばく量を算出した結果――」

 

 あまり愉快ではない結果が、告げられる。




マルチプルプラットフォーム
 量産シータの追加装備。背中に背負う形で装着し、シータ単体では賄いきれないフォトンブラッドの生成をタンクに貯蔵するという形で補う。
 そのほか、四本のアームを備え、大型武器を保持・運搬できる。低下した機動力は簡易式のPFF(フォトンフィールドフローター)で補われる。
 余談だが、フォトンブラスターの出力を支えるにはこの装備に据え付けられた分のタンクでは足りず、コマンダーで呼び出した段階でさらに増加タンクが加えられた(このタンクは二本のアームを使って保持・接続される)。

フォトンブラスター
 砲戦仕様装備。先述の通り燃費が悪く、固定砲台とならざるを得ない。
 こんな無茶な仕様になったのも乾たく……ファイズブラスターのブラスターモードと同じかそれ以上の火力を実現しようとしたせいである。
 増槽を付けてもなおひどいエネルギー効率で、2,3発連射した段階でタンクが干上がってしまった。『第9話 A』でみすみすライオトルーパーたちの目的を達成させた一因である。

*作者の物理力はほぼゼロのため科学的な考証ができていません。シータのストリームはファイズよりフォトンブラッドの流量が少ない事さえ伝わればいいのに、理屈こねた結果がこれだよ!


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第10話 B

なんだか以前に比べてブクマや評価が急に増えた気がしますが、ごらんのとおりマイペース更新なのでゆるりとお待ちください。

ただ一つだけ言い訳していいのなら、別サイトで上げる予定の新作の準備をですね……今後どちらかにかかりきりにならないように調整します……


 傷も癒えた頃、鎌田は町を歩いて憎き女を探していた。

 この男、意外と懲りると言うことを知らなかった。だからこそ、強力なオルフェノクとなり得たのかもしれない。

 

「あいつ……どこだぁ?」

 

 ――その実態は無計画の短慮そのものだった。女の行動は早かったようで、住んでいたアパートはすでに引き払われていた。

 探すあてがなくなり、鎌田の苛立ちは留まることを知らない。人通りのない路地裏のごみ箱を蹴倒す。

 

 そうしていると、偶然にも手品師の手品が目に入った。

 

(くだらねぇ)

 

 おどけた仕草でカードを取り出し、観客が事前に引いていたカードと同じことを示し、歓声が上がる。

 観客も手品師も、どうでもいい茶番をありがたがる道化にしか見えなかった。世の人間たちは()()()()()()()()()というのが、鎌田には理解しがたい感覚なのだ。

 しかしその手品から目を離せなかった。正確には、手品を披露する手品師の青年に見覚えがあったからだ。

 

「あれも、ターゲットだったな?」

 

 木村大牙、正確には『要注意観察対象』である。

 数ヶ月前から排除対象の乾巧らと接触した一般人で、――幼少期の記録が一切無い、不可解な人物だった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「おい、『幼少期の経歴一切不明』ってなんだ、ふざけてんのか?」

 

 鎌田から疑問をぶつけられたとき、ロブスターオルフェノクは素直に感心した。形式的に渡した資料だったが、まさかちゃんと読むとは思わなかったのだ。

 

「私も同じように部下に聞いたわ。本当に、何もわからないのよ」

 

 まるで一切の痕跡が消されていた、木村大牙の記録。彼が乾巧らに接触したのを契機にシータは表舞台に姿を現すようになった。

 偶然にしてはできすぎている。しかし今のところ直接的にこちらに被害は受けていない。不可解ではあるが、今はそちらにかまけている時間も労力も惜しい。

 ベルトも使えない人間など、どうせ脅威にはなりえないのだから。

 

「――――念のため、何かあれば私たちに報告して。些細なことでも、ね」

 

 それでも鎌田にそう言ったのは、言い知れない予感を感じたからだった。

 

 いずれぶつからなければならない、そんな不吉な予感を。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ――実物を見た鎌田が思ったこと、それはとんだ間抜けで、ひどい道化だという印象だった。

 子供に交じってはジャグリング、手品、バルーンアートを披露し、特に見返りを求めない。施設の職員と思しき大人を巻き込んではバカ騒ぎ。

 滑稽で仕方がない。目障りだというのに、そいつを見ていなければならない。

 

「――くっだらねぇ」

 

 時間の無駄だ。この程度なら直接乗り込んで殺してしまうほうが早いのではないか。

 

「……そうだな、何を遠慮することがあるってんだ」

 

 誰はばかることなく自分勝手に生きると決めたはずだ。そうでなくては何のための第二の生だというのだ。

 

「そうだ、そうしよう」

 

 鎌田は独り言ちると、その身を灰色の異形に転じて柵を乗り越えた。

 ロブスターオルフェノクが失念していた、鎌田の悪癖の発露だった。

 

 

「――うわ、なんだっ!?」

 

 大牙が闖入者の姿を見てあげた声が、狂乱の始まりだった。

 

「ひっ……!」

 

 子供たちがひきつった声を上げ、その恐怖が伝播する。

 大人たちも、灰色の異形に既視感を覚え――手近な職員にクラブオルフェノクが襲い掛かる。

 

 

(……は)

 

 鎌田は――クラブオルフェノクは左手を突き入れて心臓を焼く。茫然とした表情で灰と消えた職員の遺灰を投げ捨て、シルクハットの男へと向き直る。

 

「――みんな早く逃げて! ここは俺が何とかするから!」

 

 無謀にもその男はこちらに立ち向かうつもりらしい。商売道具(ステッキ)を振りかざし、一閃。

 

「ハハッ」

 

 自然と笑いがこみ上げてくる。なるほど、こいつは相当な馬鹿だ。

 

「オモシロイ……!」

 

 当然、頑丈な甲殻の前にステッキは折れ、クラブオルフェノクは右のハサミで薙ぎ払った。

 

「ぐわぁ!」

 

 せっかくのおもちゃが壊れてもつまらない。クラブオルフェノクは大牙の声に余裕があるのを確認して、吹き飛んだ体めがけて蹴りを入れる。

 どうせなら自分の力をもっと誇示しなければ。

 

「ひぃっ」

 

 こんな時、子供というのは最高のオーディエンスだ。避難経路をふさぐように吹き飛んできた大牙に足を止めた子供たち、そして背後に気づかず逃げ続ける子供たち。

 どちらを狙ったところで大差はない。ただどちらが効率よく力を見せつけることができるか――つかの間の逡巡。

 

(めんどくせぇ)

 

 ひと飛びで逃げ遅れた子供たちを飛び越えると、逃げ惑う子供たちの背後に降り立つ。

 不吉な死の気配を感じ取った子供がようやく自分たちの状況をつかんだ時、クラブオルフェノクは右手のハサミを振り上げていた。

 しかし不意にクラブオルフェノクは振り上げた腕を止めた。

 

「やめろ……」

 

 クラブオルフェノクの足にしがみつく大牙。あまりに鬱陶しいので振り払おうとするが、存外にしぶとい。

 

「やめろ……!」

 

 蹴りつけるたびに大牙は強くしがみつく。絶対に離さないという強い意志を見せて。

 そのすきをついて子供たちは施設へと逃げ込んだ。

 

「クソッ……」

 

 悪態をついて彼の頭を蹴りつける。シルクハットがへこみ、ジャケットはすでに土埃でひどいありさまだったがそれでも大牙はあきらめなかった。

 その強い意志がクラブオルフェノクにとって理解できない、根源的な恐怖を掻き立てる。

 

「あの子たちには、もう指一本触れさせない……! 絶対に!」

 

 足元で吠える大牙を持て余し、クラブオルフェノクは苛立ちを募らせる。

 

(――ヒーロー気取りか? くだらない)

 

 内心でそう切り捨てるが、大牙の力は弱まらない。

 

 ――切り捨てる?

 

(その手があるじゃねぇか)

 

 その思い付きは、悪魔の発想か。

 クラブオルフェノクは足にまとわりつく腕に狙いを定め、右手のハサミを開いた。

 

「ぐっ……」

 

 そのまま、ハサミを閉じていく。

 一度に切断せずに、あえて少しずつ。

 

(どこまで、持つだろうなぁ?)

 

 食い込む刃に顔をしかめる青年。

 今の鎌田が異形でなければ、口を大きくつり上げた凶相をさらしていただろう。

 

 実際のところ、右手の大ハサミは切断の用途には向かない。オルフェノクの怪力ならやってやれないこともないが、その力のままで左手を使った方が早い。

 そうしないのは自分が絶対的な強者であることを疑っていないから。悪く言えば油断しているからに他ならない。

 

(たいしたこたぁねぇ、俺は強い!)

 

 さぁそろそろ終わらせようか、と力を籠めようとした、その時だった。

 

「グッ……!?」

 

 唐突な衝撃が連続して襲い掛かる。思わず手を離し、なおも続く攻撃にたたらを踏んだ。

 背後を振り返れば、バイク――のような未確認飛行物体――が機銃を飛ばしていた。

 

「テメェ……!」

 

 否応なく想起される、忌々しい記憶。

 

 クラブオルフェノクとして復活した鎌田が、どうしても苦手としていたものがある。

 一つが一方的にただやられること。

 二つ目が甲高い風切り音、モーターの音。

 そして最後に、銃の発砲音。

 

 それらはすべて自身の死因に起因する嫌悪であり、すなわち彼はその逆を求めた。

 自分がただ一方的になぶり。

 発作的に換気扇や室外機などを破壊し。

 何より、障害をすべて近接戦で打ち破ることを求めた。

 

「ウォォオオオオ――!」

 

 飛び続ける機械をただ追いすがった。その間にも機銃の掃射は続いているが、クラブオルフェノクの強靭な甲殻はその弾丸を受け止めてなお軽傷に収めた。

 

(くそ、何だってんだ……!)

 

 そう、傷は負っているのだ。

 かつて自分をひき肉に変えた、設置式機関銃の掃射をものともしなかった最強の鎧が、だ。

 ズキン、とハチの巣となった時の古傷が痛む。かつてヒトであったことを叫ぶ幻肢痛。

 

「ガァアアアッ!」

 

 柵を飛び越え、逃げるように飛び去るバイクをわき目もふらず追いかけた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 残念ながら、鎌田には思慮や配慮といった、他者に合わせたり尊重したりといった社会性は持ち合わせていなかった。

 

「ジャマダ……!!」

 

 空を飛ぶ何かに驚き、追いかける怪物に悲鳴を上げる通行人を、片っ端から殺害して進むクラブオルフェノク。

 騒ぎは大きくなる一方で、そのうち物珍しいだけの飛行バイクから、実害の大きい怪物へと騒ぎの中心が移っていった。

 

「――グゥォオオ!?」

 

 そんな中で、クラブオルフェノクは背中からの衝撃を受けてつんのめるようにして動きを止めた。

 

『見つけたぞ……オルフェノク(バケモノ)!』

 

 背後からひどく加工された音声が叫んでいた。ゆっくりと振り返る。

 

「なるほどなぁ?」

 

 同時に、クラブオルフェノクの影がぐにゃりと踊り、裸身の鎌田を映し出した。

 

「お前が、『シータ』か」

 

 左手で右腕をつかみ、支えるようにしてブレイガンを構えたシータが、その銃口をつきつけていた。

 クラブオルフェノクの誰何(すいか)には答えず、再び引き金を引いた。

 

「しゃらくせぇ!」

 

 光弾をハサミで弾き、吶喊(とっかん)

 光弾の精度はさほどではない。撃つたびにシータの腕が大きくぶれ、ノイズじみた声で歯噛みするのが聞こえる。

 

(使いこなせねぇなら!)

 

 今、たたみかけるしかない。大ハサミが異形の銃をとらえる。

 

「ハッ――!」

 

 ブレイガンをたたき落とし、左手を突き込む。

 

『ぐ……』

 

 胸部装甲を削られ、たたらを踏むシータ。

 もし戦っているのがある程度シータの情報を得たロブスターオルフェノクなら、シータの装甲から白い微粒子状の物質が舞い散る様子を興味深く観察しただろう。シータが一人でない以上、情報収集に徹して、それを持ち帰ることが最優先だ。

 

「ハハ、ハハハ!」

 

 闘争心に火がついたクラブオルフェノクは、ひたすらたたみかける。その声帯から哄笑を漏らしながら、一方的に殴りかかる快感に酔いしれた。

 とどめに右手を一振り、シータを弾き飛ばす。

 

『ぐお、ぁ……』

 

 ブロック塀を突き崩しながら、道路を転がされるシータ。

 クラブオルフェノクはこれで死ななかったことに不満だったが、改めて殺し直せばいいかと思い直す。

 

「オワリダ……」

 

 ――Ready

 

 クラブオルフェノクの声に答えるように、しかし答えたのはシータ本人に輪にかけて無機質な機械音声。

 ふらりと立ち上がったシータは、望遠鏡型のデバイスを手に持っていた。望遠鏡レンズとその下にレーザー測距ユニットが搭載された、厚みのある三角形のような形だ。

 その天面には、シータのもののミッションメモリーが装填され、鏡筒とレーザーユニットが伸長しているようだ。レーザーユニットのカバーが開いているのは放熱のためか。

 右足のホルスターにセットするのを見て、クラブオルフェノクは慌てて駆けだした。

 

 何が起きるかわからずとも、良くないことが起こることだけは直感した。

 

 ――Exceed Charge

 

 吹き飛ばした距離を詰めるより早く、シータはベルトのスイッチを押した。自業自得の窮地。

 虚空を蹴りだすシータを前に、クラブオルフェノクはこの場を放棄することにした。全身に力をみなぎらせて、固い甲殻に亀裂を入れる。ずるり、と体が抜け出す感覚。

 

『はぁっ!』

 

 裂ぱくの気合とともにマーカーが蹴りだされるのと、灰色の巨体を残して鎌田の体が投げ出されるのはほぼ同時で、閃光と爆発によってさらに吹き飛ばされる。ちょうどシータを投げ飛ばしたブロック塀のそばへ。

 

「ぐ、ぅ……」

 

 ただでさえ消耗する脱皮と浴びせられたフォトンブラッドの影響もあって、再変身どころか意識を保つことすらままならない。

 

「おい、大丈夫か!」

 

 呼びかける誰かの声がどこかで聞いたような気がして、しかし鎌田は目を開けることもかなわず、意識が遠のくのに任せた。




Open your eyes,for the next Riders!

「病院から、消えた?」
「じいさん、あいつの相談に乗ったんだってな?」
「俺も、相談してもいいかな」
「さらなる戦力の増強が必要ね……」

「私たちは、――人類の進化系(オルフェノク)……!」


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