Turbine's Mother (Scorcher)
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Phase-1 『傷跡』
おおまかなストーリーは原作に沿った内容になりますが、ラフタ関連の設定は大幅なオリジナル要素が含まれています。
その点を留意した上で、本作を読むことをお願いしたいと思います。
・登場人物
エーコ・タービン
タービンズの整備士。ラフタやアジーとモビルスーツパイロットが信頼を寄せる同僚。歳も近いため良き友人でもある。
アジー・グルミン
中性的な容姿の女性パイロット。戦闘ではラフタとコンビを組んで行動をすることが多い。当然ながらプライベートでも仲は良い。
名瀬・タービン
タービンズの代表。多くの女性を部下、そして妻として受け入れ、彼女たちの居場所を作っている。
ラフタ・フランクランド
本作のヒロイン。エドモントンにおける戦闘で重傷を負い、長期に渉る治療とリハビリを受けていた。外傷の治療はほぼ完了したものの、決して治ることのない「傷」も負っている。
「ラフタぁっ!ねぇラフタ・・・返事をしてよ・・・ねぇっ・・・!」
平原で鎮座をしているモビルスーツ、漏影。その機体のコックピット部分に開けられた大穴に向けて彼女、エーコ・タービンは声を上げていた。
「ウソ・・・ウソだよね・・・こんな、こんなところで・・・ねぇっ!」
巨大なドリルのような穴からエーコは内部へと潜り込む。幸いにも内部からコックピットハッチの解放が出来そうであったため、彼女は強引にコックピットへと進める。
「うっ・・・熱っ・・・!」
モビルスーツの装甲を貫くほどの攻撃を受けた風穴は未だに熱を帯びていたが、それでもエーコは必死に内部からハッチを解放しようする。
「・・・あ、あった、お願い・・・だから・・・開いてっ・・・!」
ハッチの解放レバーを見つけた彼女は祈るようにそれを動かす。そして、その祈りが通じたようにハッチは解放され、パイロット席へ光が差し込む。
「ラフタっ!聞こえているんだったら何か言ってよ・・・ラフ・・・」
開いたハッチの中へ声を掛けるエーコ。しかし、その中を目の当たりにして彼女は言葉を失う。
「ラフ・・・タ・・・」
解放された漏影のコックピット。辺り一面は血の海と化しており、それはこの機体の搭乗者、ラフタ・フランクランドから流れているものであった。
「あっ、ああ・・・ああっ・・・!」
下腹部を中心に抉られたような傷、全身には機体が大破した際に飛散したであろう金属片が突き刺さっており、その姿にエーコは声を掛けることを躊躇うのであった。
「ラフタ・・・ラフタ・・・!っ・・・くっ・・・!」
絶望によって目から大粒の涙を零すエーコ。しかし彼女はそれを振り切って、コックピット内に横たわるラフタを慎重に救出する。
「絶対に・・・絶対に死なせたりしない・・・!みんなで一緒に、名瀬のところに帰るんだから・・・そうでしょ・・・ラフタ・・・!」
自らを奮い立たせるように言葉を紡ぎ、血に染まったラフタを担ぎながら、エーコは自らが乗ってきたモビルワーカーへと向かうのであった。
◇
「・・・」
治療施設の待合席。頭に包帯を巻き、祈るようにして一人の女性が座っている。
「ラフタ・・・あんたがいなくなったら、私は・・・!」
俯いたまま祈りを続ける彼女、アジー・グルミンは応急手術を受けているラフタを思い、ただただそこに座っているのであった。
「どうして私じゃなくて、あんたが・・・」
自らと運命を呪う言葉を口にするアジー。そんな彼女の声を前に、治療をしていた部屋のドアが開き、中から女性医師が出てくる。
「・・・ラフタは!?ラフタは大丈夫なのかっ!?」
手術を終えたであろう医師は暗い表情を変えることなく、しばらく間沈黙する。その様子に痺れを切らしたアジーは医師に対して食って掛かる。
「どうなんだよっ!生きているのか、そうじゃないのか・・・なぁ・・・どうなんだよっ!」
無意識のうちに「死」という言葉を避けるアジー。彼女にとってラフタがそうなることは、決して向き合うことは出来ないのであった。
「結論から言うと、一命は取り留めてはいます。瀕死の重傷で出血も相当な量でしたが、早期に処置を取ることが出来たのが幸いしたというものです。」
「あっ、ああっ・・・」
その言葉に彼女は医師の胸ぐらを掴んでいた手を放して安堵する。ラフタが生きていたという事実を前に、自らの心を懸命に落ち着かせていく。
「ほ、本当に大丈夫なんだな・・・生きているんだな・・・!?」
「はい。ですが、生きているというだけであって、予断は決して許さない状況です。それに・・・」
医師が躊躇いを見せながら言葉を続けようした矢先、アジーと彼女の背後から1人の足音が近づいてくる。
「名瀬・・・」
アジーはその方向へと振り向き、そこにいる男の名前を呼ぶ。
「その様子だと、お前のほうはずいぶんと元気そうだな。」
「ああ・・・そんなことより、聞いてくれ名瀬。ラフタも無事だったんだ!生きていたんだ!本当に・・・本当に・・・!うっ、ううっ・・・」
嗚咽を漏らすアジーに対して彼、名瀬・タービンは優しく彼女の背中を擦る。普段は表情を崩すことがない彼女の喜び泣く姿を、名瀬は苦笑いを浮かべて見ているのであった。
「ラフタ・フランクランドさんの上司の方ですね。詳しいお話をさせていただきますが、よろしいでしょうか。」
「・・・分かった。」
冴えない表情のまま名瀬に声を掛けてくる医師。その様子に彼は表情を硬くして、彼女の後をついていく。
「話は俺が聞いておく。アジー、お前はもう休んでいるんだ。」
彼の言葉にアジーは頷き、ラフタがいる手術室を見やりながらその場を後にする。そして、彼女の姿が見えなくなったのを確認すると、名瀬は医師へ言葉を口にする。
「あいつも・・・無事ではあるんだな。」
「ええ・・・一応は、ですが。」
含みのある言葉に、彼は表情を変えることなく彼女の話を聞く。手放しに喜べることではない、それだけを理解して話を聞こうしていた。
「損傷をした臓器も再生は可能です。数か月もすれば回復はするでしょう。基本的には、これまで通りの生活を行うことは出来ます。ただし・・・」
「女として、取り戻せないものがある・・・ということか。」
「・・・はい。」
名瀬の言葉に、彼女はただ肯定の一言を述べる。その返答に彼は下唇を噛み、表情を苦々しいものとする。
「本人とっても、非常に受け入れがたいことです。おそらく、長く辛いものとなるでしょう。」
「そう、だろうな・・・俺がそれを受け入れたって、あいつは受け入れるのに時間が掛かるだろうな。」
これから彼女が向かい合う現実に、彼は覚悟を強いられているのであった。
◇
「ラフタ、準備は出来ているかい。」
「もうちょっと待って・・・あー、やっぱり先に行ってて。」
「・・・分かったよ。」
火星、クリュセ自治区に構える鉄華団の本拠地。アジー・グルミンと彼女、ラフタ・フランクランドは鉄華団団員の教育指導を行うため、タービンズから派遣されていた。
「シミュレーターでリハビリはしていたけど、実戦は久しぶりだっけね。阿頼耶識持ちの連中も多いから、気を抜いていると負けちゃうかも。」
アジーと同じ長袖の作業服から、パイロットスーツへと着替えるラフタ。衣服を脱ぎ捨て、下着姿となった彼女は、鏡越しに自らの身体を見る。
「・・・っ。」
映し出される姿に表情を曇らせる。彼女はまだ、自らの身体を受け容れることが出来ていないのであった。
「やっぱり私は・・・姐さんの足元にも届かないのかな。」
全身に刻まれた夥しい数の傷。とりわけ下腹部付近には大きな跡が残っており、それは彼女にこれまでのような露出度の高い衣服の着用を拒ませていた。
「こんなんじゃ・・・ダーリンにも見てもらえないのに。鉄華団のみんなにも・・・変に思われるかもしれないのに・・・!」
自身を抱くよう傷跡に触れながら、彼女は不安と自嘲の言葉をつぶやく。
「みんなはどうとも思っていなくて、私ひとりで悩んでいるかもしれないのに・・・バカなのかな、私って・・・」
歯を食いしばり、込上げ来るものを堪えて、ラフタはパイロットスーツへ袖を通すのであった。
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Phase-2 『悪夢』
戦闘シーンってのは書くのが大変ですな。ただ動作を書くだけではなく、言葉だけで演出をするのは難しいというもの。書き手の技量が問われるシーンだった気がします。
「んっ、ふぅぅ・・・はぁ、はぁ・・・あっ、あぁぁぁぁぁっ・・・!」
「ま、またか・・・!?すぐに呼んでくるから・・・!」
高熱を発し、息も絶え絶えに苦悶の声を上げる彼女。顔から大量の汗を吹き出し、顔色は悪くなる一方であった。
「あ、がっ・・・いっ、痛いっ・・・痛い、痛いのっ・・・あぎっ・・・いやぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」
全身に打たれていた鎮痛剤の効果が切れ、絶え間のない激痛が彼女を襲い始める。
「いやぁっ!いやっ、いやぁっ・・・いやぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」
「・・・ラフタっ!おい、早く・・・早くしてくれっ!」
アジーに呼ばれた医師とエーコが戻ってきた彼女と共に駆けつけ、速やかに彼女に鎮痛剤を打ち込もうと身体に触れる。しかし
「いぎっ・・・ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!!」
「ラフタ、お願いだから我慢してね・・・じっとしてくれないと、針を打つことも出来ないから・・・!」
「あがっ・・・がっ・・・あ゛っ・・・あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!!!!」
全身の傷に触れられて抑え込まれ、おおよそ女性が出せるような声ではない声で、ラフタは絶叫と悲鳴を上げる。
「いやぁっ!もういやぁっ!もうこんなのいやぁっ・・・!もう許して・・・あぎっ、ぎぃぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!!」
「くっ・・・ら、ラフタ・・・うっ・・・!」
髪を振り乱して激しく暴れる彼女を見るアジーであったが、あまりにも痛々しい姿に目を背ける。生きていることが苦痛であるかのような彼女の姿は、決して多くの人に見せられるようなものではなかった。
「ねぇ・・・どうして私、生きているんだろう・・・?アジー・・・私、なんで生きているの・・・!?」
「・・・!!」
「・・・っ!」
その言葉にアジーも、彼女を抑えつけていたエーコも返事をすることは出来なかった。死に直面した彼女は、今この時も死を迎える以上の苦しみに身体を蝕まれているのであった。
「もう、イヤだよ・・・!えぐっ・・・だって私もう・・・ダメなんだよ。こんなに辛いの・・・もう・・・いやぁっ・・・!」
鎮痛剤が効き始め、落ち着きを取り戻し始め彼女は涙を流しながら訴える。無数に出来た生傷からは暴れたために赤い血が零れ、彼女が横になるベッドを朱に染める。
「こんなに苦しいのが続くんだったら・・・もう私・・・死にたいっ・・・!死んで楽になりたいよっ・・!お願いだから・・・死なせてよぉっ!」
受け入れがたい現実と再び襲い来る激痛の恐怖に襲われる彼女は、悲痛な声を上げて安息を求めるのであった。
◇
「っ・・・はぁっ!はぁ、はぁ・・・んっ・・・はぁ、はぁっ・・・!」
自室のベッドから勢いよく起き上がる。全身から大量の汗を吹きだし、息を荒くして意識を起こさせていく。
「んっ・・・ふぅぅ・・・また、見ちゃった。最近はあまり見なかったんだけどな・・・」
右手で頭を抱えながら、ラフタは久しぶりに見た夢に対して苦々しく言葉をつぶやく。悪い夢から覚めた安堵と、未だにそれを見ることへの嫌悪感に襲われての起床であった。
「戦いに出ればいつだって命が危ないのに、どうして・・・」
頭を抱えたまましばらく俯き続ける。とうの昔に捨てていたはずの死への恐怖を、ラフタは夢を見るたびに感じていた。
「また・・・あいつと一緒に戦いたいな。今度はいつになるだろう・・・」
戦場で共に戦う仲間の事を思いながらベッド降りると、彼女は誰もいない部屋で汗に濡れた衣服と下着を脱ぎ捨て、傷を負った身体を隠すことなくシャワー室へと向かうのであった。
◇
「くっそぉぉぉぉ!!!!当たれっ!当たれっ・・・!当たれよこの野郎ぉぉぉっ!!!!!!」
「おいライドっ!そんなに撃ちまくっているとすぐ弾切れになるぞ!」
苛立ちを露にした言葉が小豆色を基調としたモビルスーツ・獅電のスピーカーから響き渡る。ひたすらライフルを目標へ撃ち続ける機の獅電の近くから、もう1機の獅電が目標との距離を伺いながら様子見をする。
「なーによ、本当に狙って撃ってんの?そんなんじゃ動かなくたって当たらないわよ。」
最低限の回避行動で獅電から放たれるライフル弾を回避し続ける、薄い黄土色に塗装された3機目の獅電。それに搭乗しているラフタは2機の獅電を相手に軽口を叩きながら、機動戦を繰り広げていた。
「ほらダンテっ!あんたもうろちょろしてるだけじゃなくて撃ってきなさいよっ!」
様子を伺う2機目の獅電に対して、挑発をするかのようにライフルを撃ち放つ。回避しながら射撃であっても、放たれた訓練用のペイント弾は的確に機体を捕らえる。
「んがぁぁぁっ!!!!ち、畜生・・・!同じ機体のはずなのに、どうしてこんな・・・!」
実戦経験の乏しい鉄華団の団員と、タービンズの主要戦力であるラフタの技量差は歴然としていた。長期のブランクを感じさせることなく、ラフタは新米に等しいライドとダンテの2人をあしらい続けているのであった。
「おいラフタ、そろそろ勝たせてやってもいいんじゃないか。このままだとあの2人、今日だけで10連敗だよ。」
呆れた声でラフタへ通信を入れるアジー。彼らの根性に感心を見せながらも、不甲斐ない結果であり続けることに業を煮やしていた。
「分かっているわよ。でも、こうもヘッタクソだと、当たり用がないって・・・ああもうっ!じゃあ2人いっぺんに殴りかかって来なさいよっ!」
彼女のさらなる挑発に対して、見事に反応する2機のパイロット。すかさず手持ちの銃器を投げ捨てると、携行していた訓練用の片手メイスをそれぞれ獅電に握らせ、ラフタの駆る獅電へと襲い掛かるのであった。
「こんのぉぉぉぉぉっ!!!!!!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!」
「へぇ・・・やっぱり接近してからのほうがいい動きじゃない。」
ラフタもまた獅電の武器をマウントして徒手空拳になると、2機から繰り出させる打撃を片腕で防ぎ、蹴りや体当たりをして反撃をする。
「さすがに素手は舐めすぎだろ・・・と思ったけど、案外どうにかなっているのは考え物だね。まぁ、腕が鈍っていなくてよかったよ。」
アジーは遠距離から2対1の戦闘を見守り、武器を持った2機のMSに丸腰で相手をするラフタに安堵をしていた。
「さすがに・・・2体いっぺんは厳しいわね。でも、私だってこれくらいじゃないと、リハビリには・・・!」
振りかざされるメイスによる打撃を的確に防御をしていく。自身の機体へ攻撃が命中する度に鈍い金属音が鳴り響くが、ダメージと衝撃は最小限に抑えられていた。
「そろそろ私も・・・本気を出させてもらうわよっ!」
防戦だったラフタが2体の獅電を振り払い、若干の距離を置いて本格的な反撃に出ようする。しかし、それを1体の獅電が追撃をして許そうとはしなかった。
「そんな無造作に突っ込んで来たら、敵のいい的に・・・」
機体の体勢を整え、追い打ってくるライドの攻撃を捌こうするラフタ。だが、彼の機体が放って来たメイスの先端による打突は、彼女の思考を瞬時に止めてしまう。
「・・・っ!」
コックピットに迫りくるメイス。その瞬間、ラフタの脳裏に「あの時の」記憶が甦り、自らの身体が動かなくなる。
「もらったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!」
「い、いやぁっ・・・!」
掘削機のような音と共に迫りくる巨大な鉄塊。コックピットを突き破り、その先端が自らへと触れ、肉を裂き、鮮血を噴き出した恐怖と痛みを思い出し、ラフタは戦意を喪失する。
「うぐぅっ・・・!」
豪快な金属音を鳴らしながら、彼女の搭乗していた獅電は訓練用メイスの一撃を受けて突き飛ばされると、そのまま地面へと倒れ込むのであった。
「ラフタっ・・・!」
思いも寄らぬ一撃を受けたラフタに対して、アジーが咄嗟に通信で叫ぶ。
「あ、当たった・・・」
「あ、ああ・・・でも、今のラフタさんの動きって、なんだか・・・」
ラフタを打ち倒したことへの達成感よりも、予想だにしなかった一撃を加えてしまったことへの違和感を口するライドとダンテ。一瞬とはいえ棒立ちとなっていた彼女に対して、彼らは不安を覚える。
「大丈夫かい?」
「いたたぁ・・・う、うん・・・大したことないよ。やっぱり丸腰で2体を相手にするのは厳しかったかな。」
「そう・・・だね。まだ、あまり無理はしないほうがいいだろうな。」
アジーの通信越しに応答をするラフタ。明るく振舞う彼女の言葉を離れた場所で聞くアジーの表情には、隠しようのない不安が滲んでいた。
「さてと、あんたたちの成長を見ることも出来たし。今日はここまでにしましょうか。」
「は、はい。」
「ありがとう・・・ございます。」
スピーカー越しに聞こえたラフタの言葉に、訓練を受けていた2人も訝しさを感じながら返事をするのであった。
◇
「・・・本当に大丈夫かい。」
「平気だって。もう・・・アジーは心配性なんだから。」
訓練を終えて基地へと帰還し、合流したアジーにラフタは心配される。彼女のことを全て知る者として、アジーはラフタの言葉に大きな不安を持つ。
「急に動けなくなったりするんだったら・・・まだモビルスーツには乗らないでくれ。ラフタ、私はあんたのことを信頼して背中を預けたいんだ。」
「・・・」
突き放すように厳しい言葉をぶつけるアジー。自らのためという言葉の中には、ラフタの身を案じる彼女の気遣いが含まれていた。
「分かってるよ・・・アジーだって、私だって、戦いに出ればいつも命が危険に晒されるんだし。死ぬ覚悟だっていつも出来ていた。でも・・・」
軽口を叩いていたラフタの顔が次第に暗くなる。長い付き合いとなるパートナーの前で、彼女は取り繕うことは出来なかった。
「やっぱり・・・怖かったよ。痛くて、苦しくて・・・もう、あんなのはイヤなんだから・・・!」
死に直面をした時の苦痛、それを思い起こすたびに彼女は心の傷を深めていくのであった。
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Phase-3 『戦友』
今後も昭弘には出番があります。ラフタのSSである以上、外すわけにはいきませんからね。ヒロインと同じくらいに肉付けをするキャラとなる予定です。もう筋肉は十分についているけd(ry
「・・・帰ってきたみたいね。」
火星衛星軌道の宇宙ステーション「方舟」。彼女たちが待つ港に鉄華団の旗艦・イサリビが到着する。ラフタとアジー、そして火星本部にいた鉄華団の団員は、地球遠征から帰還する本隊、そして撤収をしてきた団員たちを出迎えていた。
「みんな顔が暗いね。やっぱり・・・ギャラルホルンにしてやられたのが堪えているのかな。」
「当然だろう・・・地球支部の戦闘部隊は、帰ってこれたやつのほうが少ないんだからさ。」
艦のハッチが開き、団長のオルガを始めとした団員が続々と降りてくる。各員の面持ちは冴えず、言葉も少なく火星のシャトルへと向かっていく。
「あっ・・・昭弘。」
その中でラフタは一際暗い表情となっていた大柄の男、昭弘・アルトランドの姿を見つけ、声を掛ける。
「おかえり、昭弘。あんたは・・・無事だったんだね。」
「ああ、戦闘は大したことなかったからな・・・」
「そう・・・あ、でもやっぱり、疲れてはいるでしょ。何か私たちに出来ることがあったら言ってよね。」
「そうか・・・でも、今は大丈夫だ。俺たちだけでどうにかする。」
ラフタの出迎えにも言葉にも、昭弘はどこか上の空であり、気のない返事をするだけであった。
「ご、ごめんね。なんだか・・・余計な事ばかり言っちゃって。それじゃあ、また・・・」
彼女の気遣いに彼は小さく頷き、思い詰めた様子のままシャトルへと向かっていく。ラフタはその背中を不安な表情で見つめていたが、咄嗟に声を上げる。
「昭弘っ!」
ラフタの声に昭弘はゆっくりと彼女のほうを振り向く。そして彼に向ってラフタははっきりと言葉を口にする。
「私ね、あんたが無事で・・・生きていて本当に嬉しかったよ。死なないでいてくれて・・・本当に・・・よかった。」
自らが死に直面をしたことで、ラフタは親しき者の生死に過敏となっており、昭弘に対して抱いていた感情を吐き出さずにはいられないのであった。
「ああ・・・俺も、またお前に会うこと出来てよかったよ。」
「っ・・・う、うんっ!」
顔は暗いままであったものの、彼は口元を少しだけ緩めてラフタの言葉に応え、その場をあとにした。
「自分が助けた子たちが死んで、相当堪えているんだろうね。ああ見えて思い詰めることは多いみたいだし、立ち直るにも時間が掛かるかもしれないよ。」
明弘の背中を見送るラフタの傍にアジーが寄り、彼の今後を気に掛ける。
「うん、そう・・・だね。」
「・・・何か、言いたそうな顔だね。」
アジーの問いかけに対し、ラフタは恐る恐る口を開く。
「私があいつのために出来ることなんて、本当にあるのかなぁ・・・とか思ったりしてさ。実戦は全然していないし、身の回りの世話なんて柄じゃないし。ただ・・・足手まといになるだけなんじゃないかなぁ・・・とか考えちゃって。」
思い詰めた顔でラフタは誰にも言えない胸の内をアジーに明かす。自身が戦士として、MSのパイロットとして彼の信頼を得られるかと不安に襲われているのであった。
「安心しな。私はあんたが立ち直れると信じているし、サポートもする。もちろん・・・昭弘との関係も含めてな。」
ラフタの事を気に掛けつつも、昭弘との関係を茶化す言葉を含ませるアジー。それに対して彼女は否定をすることなく返事をする。
「うん、ありがとう。アジー・・・私も、がんばるから。」
「おいおい、そこは躍起になって否定してくれないと張り合いがないよ。」
「だって・・・あんなこと言えるのなんて、昭弘くらいなんだもん。ダーリンの前だったら私、いつも元気じゃないとダメだって・・・」
『傷』を負ってからというもの、ラフタは名瀬の前で無理をすることが多くなっていた。彼自身はそれに気付きながらも、彼女の弱さに触れようとすることはなかった。
「まったく・・・不器用な女になっちまったものだね。」
「なによ・・・別に、気を使ってもらいたいなんて思ってないんだからね。」
俯くラフタの頭を優しく撫でるアジー。ラフタはそれを言葉で拒みながらも、振り払おうとはしなかった。人気(ひとけ)が少なくなった方舟で、彼女は信頼を置けるパートナーに自らの弱さを隠そうとしないのであった。
◇
数日後。この日も鉄華団の拠点で団員のモビルスーツ訓練を終えたラフタとアジー。2人に加えて整備を担当していたエーコの3人は話をしながら宿舎へと戻っていた。
「それじゃあ、テイワズの本社からも機体を?」
「うん・・・一体何と戦うつもりで調達しているのか分からないけど・・・団長さん、地球から撤収して浮いた資金のほとんどをモビルスーツの調達に充てているみたい。」
「確かによくは分からんが・・・何か焦ってはいるみたいだね。」
地球支部の撤収後、鉄華団の団長であるオルガ・イツカは組織の拡大という名の戦闘力強化に奔走していた。タービンズから出向をしていたエーコも新規に調達した機体の整備に回るように頼まれ、忙しさが増していた。
「マクギリス・・・だっけ。セブンスターズの1人で、2年前から鉄華団に協力していたあの男の話で動いているみたいだけど・・・」
「ああ・・・私も顔だけ見たことがあるが、何を考えているか理解出来ない男だ。」
「2人ともヒドい言い方ね。まぁ確かに顔が良いけど、どこか怪しい感じはあるし・・・」
鉄華団の団員ではないものの、彼らの上部組織に所属している彼女たちにとっても鉄華団とギャラルホルンの関係は気がかりなものとなっていた。
「名瀬と違って、あいつはまだ器用な立ち回りってものを知らないだろうからね。」
「何か厄介なことに巻き込まれないようにしないと・・・嫌な予感しかしないよ。」
「ああ。ま、そうならないように私たちが見守っている必要があるということだな。」
彼女たちが今後の展望についての会話をしながら歩いていると、向かいから十数人の団員と共に顔馴染みがこちらへと歩いてくる。
「あ、昭弘・・・」
「おう・・・今日の訓練はもう終わったのか。」
「うん。あ、もしかして昭弘も久しぶりに参加したかった?この後時間があれば久しぶりにシミューレーターで戦う?」
ラフタと昭弘は鉄華団とタービンズが協力関係となった頃からの付き合いであり、その当時モビルスーツでの戦闘が不慣れであった彼の訓練に、彼女が相手を担当することは非常に多かった。
「いや・・・俺もまだ自分のことに手を回せるような感じじゃないからな。すまない、また時間があった時にしてほしい。」
「あ、うん・・・そうだよね。ごめん。」
「いや・・・俺のほうこそすれ違ってばかりで・・・」
互いにばつの悪い表情となって目をそらす2人。その様子を傍から見ていたアジーとエーコにラフタが目を向ける。
「な、何よ・・・私はただ仲間を心配しているだけなんだけど。」
「ねぇ、アジー。ラフタって名瀬にゾッコンだったよね。」
「言ってやるな。あと、名瀬にも何も言わないでおくんだぞ。」
信頼以上の関係を持とうとしている彼の前で、アジーはラフタのことを見守るようエーコを窘める。その発言に彼女は頬を赤らめて言い放つ。
「ちょ、ちょっと・・・!わ、私はただこいつがみんなことで一杯いっぱいみたいで、心配をしているだけでなんだからっ!ダーリンは関係ないでしょ!?」
「ぷっ、ふふっ・・・分かっているよ、ラフタ。あんたが名瀬を思う気持ちも、そいつを思う気持ちも私は分かっているからさ。」
「も、もう・・・!」
「・・・?」
彼女たちのやり取りに昭弘は首を傾げ、なぜ不機嫌となったかを分からぬままラフタを見ているのであった。
「そんなことより昭弘、あんたと一緒にいるその子たちって、あまり見かけない気がするんだけど・・・」
ラフタが目を向けた見慣れない鉄華団の団員。歳は全員が10代半ばであり、身体はやせ細っていて、目つきが良いとは言えない子供たちばかりであった。
「新しく雇った団員だからな。この前俺たちが潰した夜明けの地平線団でヒューマンデブリとして扱われていたやつらだ。」
「この子たちが・・・それじゃあ、この前の戦闘にも・・・・」
「生き残りは全員鉄華団で面倒を見ることになった。オルガがギャラルホルンに頼んでくれたおかげだ。」
昭弘は自らと同じ境遇であるヒューマンデブリを積極的に鉄華団に受け入れ、彼らの居場所を作ろうとオルガに働きかける努力をしていた。
「そっか・・・昭弘はこうやって、家族を増やしていこうとしているんだね。」
「ん・・・どうかしたのか?」
「ううん・・・なんでもないわ。あ、私はラフタ。タービンズのモビルスーツパイロットよ。そっちが整備担当のエーコで、こっちの男みたいなのがアジーね。」
「みんな、よろしくね。」
「おい、会って早々に変な印象を与えるんじゃないよ。」
ラフタたちの挨拶に対して小さく頭を下げる新たな団員達。満足に他人とはおろか、異性とも話したことがないであろう彼の様子にはぎこちないものがあった。
「なんだか・・・初めて会った時の昭弘を思い出すね。」
「そう・・・か?」
「あの時のあんたは、まだ自由になれたってことに戸惑っていた感じもしていたよ。今よりもずっと・・・素っ気なかったかな。」
「・・・初めて会ったのは戦場だろ。俺は・・・男か女かも分からなかった。」
「あっ・・・ふっ、ふふっ・・・そうだね。私たちも初めて会った時は殺し合っていたんだよね。懐かしいね・・・あの頃が。」
変わったと言われたことに対する照れ隠しなのか、ラフタの発言を訂正しようとする昭弘。そんな彼に対して、彼女は笑みを浮かべて言葉を返すのであった。
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Phase-4 『距離』
なお本作はすでにPixivで完結済みの内容を投稿しております。アカウントをお持ちの方は同サイトで「Turbine's Mother」と検索していただければ思います。
ちなみにこちらでの投稿は毎日1~2話ずつ程度の投稿が出来たら考えております。
鉄華団の地球支部撤収から1か月後。火星に支援要員として派遣をされていたラフタ達は、機体整備のためにテイワズの拠点「歳星」へと帰還していた。
「今はハンマーヘッドも帰投しているってさ。久しぶりに名瀬やみんなと会うことも出来そうだね。」
「うん、そう・・・だね。」
アジーの言葉に生返事となるラフタ。彼女は名瀬と会うことに負い目を感じているようであった。
「なんだい・・・昭弘のことが気になって、名瀬に合わせる顔が無いって感じか?」
「ち、違うよ・・・ただ、火星にいる時より落ち着かなくて・・・」
火星での生活が長くなっているため、彼女が歳星やタービンズの母艦・ハンマーヘッドで他のクルーと会うことは少なくなっていた。それは自然と火星の鉄華団の団員との距離が近くなり、タービンズのクルーと距離が離れることを促してもいた。
「それに私、あの時からずっとダーリンに・・・」
「・・・あいつの気遣いも、この子には悪い薬だったのかもしれないね。」
ラフタには聞こえない程度の声で、アジーは名瀬の判断を苦々しく思い言葉を呟くのであった。
◇
「よお、久しぶりだな。」
「ああ、あんたも元気そうだな。」
「ダーリン・・・姐さんも、お久しぶりです。」
ハンマーヘッドの艦長室。ラフタとアジーはその部屋の執務椅子に座る名瀬と、彼に侍る正妻、アミダ・アルカと久方ぶりの対面を果たしていた。
「火星での生活はどうだ。四六時中、身体に重力を感じるっていうのにも大分慣れてきたか。」
「そうだね。最初は煩わしいと思っていたけど・・・今じゃ無いほうが変な気分だ。」
「っ・・・ははっ、まぁ・・・火星の重力も自然な物じゃないが、コロニーや艦の重力比べれば地球に近いものだからな。」
火星での生活に慣れ親しんでいるアジーの言葉に、名瀬は笑って言葉を返す。その安堵して緩めた口元を締めると、彼はラフタへと声を掛ける。
「お前も・・・元気そうだな。もう、実戦に出ることも出来たのか?」
「うん・・・少し不安だったけど、大丈夫だったよ。アジーにも文句言われちゃったけど、割と平気だったかな。」
「そうか・・・そいつは良かった。ああ・・・安心したよ。」
夜明けの地平線団との一戦でラフタは実戦に復帰をしていた。戦果報告を受けて彼女が出撃したとの情報も把握はしていたが、ラフタ自身から話を聞くこと望むくらいに気がかりなことであった。
「ねぇダーリン・・・私ね・・・」
「ラフタ、あんた・・・」
申し訳なそうな顔となってラフタが口を開こうとする。その彼女の言葉を遮るように名瀬はさらに言葉を続ける。
「こっちの事なら心配ないさ。オルガたちが多少派手にやらかしたとしても、まだケツ持ちは出来る。ま、そうはならないためにも、お前たちにはもうしばらく、あいつらのサポートをやっていてもらおうか。」
「う、うん・・・ありがと。」
承諾ではなく感謝の言葉を述べるラフタ。彼女は名瀬に対して鉄華団の団員と懇意となっていたこと、とりわけ昭弘・アルトランドとは親しい間柄となっている話を言い出せないのであった。
「うちのクルーではない連中・・・それも男と話す機会なんてことも滅多にないだろうからな。嫌な顔をしていなくて、何よりだ。」
「・・・うん。」
名瀬はある程度のことを理解して、彼女たちに引き続き鉄華団の補佐をさせようとしていた。タービンズとは対極に位置するであろう、男が大きく割合を占める組織への派遣には、彼なりの狙いがあった。
「整備にはもう少し時間が掛かる。それからラフタ、お前の新しい機体のロールアウトがもうすぐ完了する。火星に戻るときはそいつを持っていけ。」
「私に・・・新しい機体?」
「なんだ、扱いきれる自信がないのか?だったらアジーに譲っても俺は構わないが・・・」
名瀬の提案に彼女は首を横に振る。そして彼に対して答える。
「ううん・・・私が乗るよ。タービンズの中で一番戦えるのは、私なんだからね。」
久方ぶりに自信を垣間見せるラフタの言葉に、名瀬は満足そうに笑みを浮かべる。彼は彼女に対して女としての心配をするのと同時に、戦士として立ち直ることも期待していた。
「そういうわけだ。もう少しの間、こっちに滞在して羽を伸ばしてくれ。」
「ああ、そうさせてもらうよ。」
「うん・・・それじゃあ、またね。」
アミダに軽く頭を下げ、名瀬に一瞥して2人は艦長室を後にした。
◇
彼女たちが部屋をあとにするのを見ると、彼の傍にいたアミダが口を開く。
「本当に良かったのかい?」
「ん・・・?辟邪をアジーじゃなくて、ラフタに託すことか?」
「・・・とぼけるんじゃないよ。あの子の言いたいこと、しっかりと聞いてあげなかっただろ。」
ラフタの言葉を遮った名瀬。彼女はそれを理解した上で彼を問い質す。
「何も言えなくたって、あいつが過ごしやすい場所だったらそれで構わないさ。言いたくないことを俺に伝える必要だってないだろう。」
「それでも、女の話をしっかりと聞いてやるのが男の務めなんじゃないかい?それとも・・・あんたが聞くのが辛かった、なんて言われたくはないよね。」
「・・・」
アミダの言葉に名瀬は無言の肯定を示す。傷付いたラフタがタービンズではなく、鉄華団にいることで癒されていることに、彼は安堵しつつも目を背けようとしていた。
「あいつは・・・お前ほど強くはないさ。俺がしっかりと受け止められるほどに強くは・・・な。」
「・・・あんたも、まだ青いわね。」
名瀬の弱気な言葉にアミダは笑みを浮かべて返す。彼女の愛する男は、彼女の前ではいつまでも不器用なのであった。
「そうだな・・・お前と2人でいる時だけは、ガキのままでいさせてもらうことにするよ。」
傷付いた女を持て余している男は、傷を負っても強い女に甘え、彼女たちの帰る場所を支えていた。
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Phase-5 『拒絶』
子供は無垢で残酷ですからね。錆びたナイフを標準装備しているようものです。
名瀬とアミダへの顔見せを終え、ラフタとアジー、そしてエーコは歳星に停泊しているハンマーヘッドの居住区へと足を運んでいた。
「でも・・・こんなに長く艦を留守にするなんて考えられなかったよ。」
「心配だったかい?エースの自分がいなくて、みんな無事でいられるかって。」
「それは・・・不安にならないことなんて、なかったよ。」
アジーの意地の悪い問いかけに言葉を詰まらせながらも、ラフタは言葉を返す。その彼女に対して、アジーは言葉を続ける。
「正直、満足にモビルスーツへ乗れるのが私とあんた、それに姐さんだけでは十分ではないだろう。だからもっと、私たちは強くならなきゃいけないんだ。」
エドモントンでの戦い以降、テイワズ、タービンズ以外の組織にも、モビルスーツが急速に普及をしていた。ギャラルホルンの信用失墜は、地球圏だけではなく外宇宙の勢力膨張を加速させ、それに伴い相対的にテイワズ系列の組織はその優位性を下げているのであった。
「名瀬が新型機をラフタに使ってほしかったのも、あなたに発破をかけるという意味だけなく、私たちの置かれた状況を考えてのものだったりするのよ。」
アジーに続き、エーコも言葉を口にする。ラフタ達が戦闘指導をしている鉄華団同様、タービンズも戦力の増強を図っていた。テイワズから新たにモビルスーツを調達し、それを操縦出来るパイロットの育成にも力を入れているのであった。
「鉄華団と違って、私たちは荒事に巻き込まれることなんてそうはないけど、自分たちの身を守る力くらいは持っておかないとね。」
「そう・・・だよね。私だけじゃなくて、みんなが強くならないといけないんだよね。私だけじゃ・・・みんなを守ることなんて、私なんかじゃ・・・みんなを・・・」
俯きながら自らの下腹部に手を当てるラフタ。タービンズの主戦力としての自負に対し、戦士として、そして女として負った深い傷跡が彼女に圧し掛かる。
「そうすぐに塞ぎ込むんじゃないよ。私はあんたを信頼しているし、エーコも他のみんなだって頼もしく思っているんだ。だからさ、あんたも私たちをもっと信じてくれてもいいんじゃないかね。」
「う、うん・・・でもね・・・やっぱり、信じるよりも、私はみんなのことを・・・」
アジーの言葉に対して、生返事で肯定をするラフタはさらに言葉を続けようとする。しかし、それを遮るかのように彼女たちの前方からけたたましい声が響いてきた。
「あっ、ラフタだー!」
「ママー!」
「アジーとエーコも帰ってきたー!」
ラフタ達に駆け寄る幼い子供たち。名瀬の子供であり、タービンズの子供たちが、騒がしく彼女たちを出迎えるのであった。
「ラフタおかえりー」
「ただいま。みんな、良い子にしてた?」
「うんっ!してたっ!」
「だから抱っこ!抱っこしてー!」
「あーっ、ずるーいっ!わたしがさきー!」
「もう・・・やっぱりみんな甘えん坊さんじゃない。」
我先にと甘えてくる姿に頬を綻ばせるラフタ。前線に出ることの多い彼女やアジーが産んだ子供はいないものの、名瀬の息子や娘である子供たちに対しては、並々ならぬ愛情を注いでいた。
「鉄華団のおにいちゃんたちは元気?」
「うん、みんな元気だよ。仲間もたくさん増えて、もっと賑やかになっているね。」
名瀬の弟分ということもあり、タービンズの中でも鉄華団と面識のあるメンバーは少なくなく、子供たちとも懇意となっている団員もいるのであった。
「おかえりなさい、エーコ、アジー、それに・・・ラフタも。」
「うん・・・ただいま。」
子供たちの後を追ってくるように、複数の女性がラフタ達を出迎える。幼い子供たちの生みの母親である彼女たちは、ラフタの様子を目にして僅かながらに安堵をしているようであった。
◇
「それじゃあ・・・怪我も治って、この前は久しぶりに戦闘に参加したんだ。大丈夫だったの?」
「大丈夫よ。それまでも鉄華団のみんなを相手に訓練をしていたんだから。それに・・・夜明けの地平線団なんて、あいつらに比べたら全然大したことなかったわ。」
アジーとエーコが子供たちの相手をしている中、ラフタは複数の団員と会話を続けていた。彼女が2年前の戦闘で重傷を負ったことも、「決して癒えない傷」を負ったことも、母親たちは知った上で話をする。
「でもなんだか、安心したわ。少し寂しい気もするけど、あんたが元気みたいでさ。」
「うん・・・火星は・・・火星も、居心地が良いからからね」
「名瀬とも話はしたんでしょ?」
「ちょっと・・・それは・・・!」
彼女たちの一人がしたラフタへの問いかけに、別の一人が小声となって慌てて諫める。それを見た上でラフタは彼女たちに答える。
「うん・・・さっき、話したよ。私のために新しい機体を用意してくれたって言ってた。鉄華団の訓練も一段落しそうだし。もう少ししたらこっちに戻って来れるといいかな・・・」
「あ・・・そ、そう・・・それなら良かったわ。」
男女としての会話があったことは一切口にしなかった。そもそもそういった話は、彼女の方から切り出すことを中々躊躇い、名瀬もそれを聞こうとはしなかったのである。
「ママーっ!」
「ねぇママー、ママも一緒に遊ぼうよ。」
「もう・・・本当のママが目の前にいるのに、私のことばっかり・・・」
駆け寄ってくる子供たちの手を引かれ、ラフタは呆れながらもそれを受け容れる。子供たちにとってラフタは実の母親と同じか、それ以上に親しさを持つ存在でもあった。
「ふふっ・・・ごめんなさいね、せっかく帰ってきたのに、ゆっくり出来そうになくて。」
「平気よ。それに、こうしてみんなと一緒にいる方が色々と考えなくて済むんだから・・・」
そう言葉を続けようとしていたラフタ。しかし、それを言い終える前に子供の一人が放った言葉が彼女を凍てつかせる。
「今日はママと一緒におふろはいるー!」
「あー!ずるーい!わたしもいっしょにはいるっ!」
「わたしもー!わーたーしもー!」
「・・・っ!」
無垢な願望を口にする子供たち。以前から男女を問わず、ラフタとは共に風呂に入っていたこともあり、今日も子供たちはそれをラフタに求めてくるのであった。
「ちょ、ちょっと・・・!3人とも帰ってきたばかりなんだからダメよ。」
「えー、なんでー?」
親の制止も聞かずに幼子は抗議の声を上げ、素肌を見せ合う必要がある入浴を求める。
「おふろー!おーふーろー!」
「ラフタママといっしょにはいるのー!」
「・・・」
衣服の上から全身に纏わりつく子供たちの手。悪意の無いその感触に、沈黙するラフタは全身に負った傷を感じて、無意識のうちに身体を震わせていく。
「ねぇママー、いいよね。いっしょにお風呂はいろーよー!」
「い、いやっ・・・!」
「ママのからだもあらってあげるー!」
消え入りそうな声で拒む言葉を口にするラフタ。しかしそれを子供たちが聞くことはなく、さらに彼女の下腹部へと小さな手が当たった瞬間
「いやぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「きゃっ!」
「あっ!」
叫び声と共に、彼女は咄嗟に纏わりついていた子供たちの手を振り払い、青ざめた顔となっていた。あまりの突飛な行為に子供たちも驚きの声を上げ、声を上げた彼女から身体を退けているのであった。
「はぁ、はぁ・・・」
「ま、ママ・・・?」
「どうしたの・・・ママ?」
息を荒げ、尋常ではない様子のラフタに不安の色を見せる子供たち。今にも泣きそうな顔となっている彼らに対して、彼女は懸命に息を整えながら言葉を返す。
「ご、ごめんね・・・大丈夫、私は・・・大丈夫、だから。」
「ママ?」
「だいじょーぶ・・・なの?」
気不味さだけが残る子供たちとラフタの間に、堪らずそれを見ていた子供たちの母親が声を上げる。
「だ、大丈夫よ。ほら・・・ラフタお姉ちゃん、いっぱいお仕事をして疲れていたから。だから、今日は一人でお風呂に入らせてあげてね。」
「う、うん・・・」
「わかったー」
実の母親に諭され、子供たちは渋々という感じに納得をする。そこへ異変に気付いたアジーとエーコも駆けつけ、彼らに声を掛ける。
「だったら、今日は私とエーコと一緒に入るか。それでいいだろう?」
「えー・・・だってアジー、遊んでいるとするに怒るし。」
「じゃあエーコといっしょがいいー」
「うっ・・・わたしとじゃ・・・ダメ、なのか・・・」
アジーに対しても無垢であり、無常にも拒否権を行使してしまう子供たちに、彼女は膝が折れるほどに落ち込む。
「まぁまぁ・・・私とアジーが一緒に入れてあげればいいじゃない。」
「あ、ああ・・・そうだな。頼んだよ。」
苦笑いをするエーコのフォローにアジーは立ち直り、子供たちは母親たちと共にその場を離れる。残ったのは彼女たち2人と、俯いたまま座るラフタの3人だけであった。
「・・・本当に、大丈夫かい?」
「う、うん・・・大丈夫、だよ。」
「全然・・・そうは見えないね。」
落ち込む彼女の隣に座るアジー。言葉を発することなく、さらに項垂れるラフタに対し、話を切り出す。
「あの子たちだったら、どんなあんただって受け入れてくれるさ。いや、まだ理解出来るような歳でもないってだけかもしれないがね。」
「分かっているよ・・・自分でも、どうしてこんなに弱いのかって、情けないんだから。」
傷を負った身体を見せることへの抵抗。それは自らが愛する男に対してだけではなく、我が子のように接していた幼い子供たちに対しても同じなのであった。
「あの子たちはあんたを女だなんて見ていない。どんな身体だったとしても、あんたを見る目が変わることなんてないんだよ。」
「そんなこと、言われなくたって・・・!でもね・・・私は、変わっちゃったんだよ。わたしは、わたしはもう、『ダメ』なんだから・・・!」
愛おしく思っていた子供たちを突き放し、拒んでしまった自らを激しく後悔するラフタ。目からは光るものが零れ落ち、自らが履いている作業ズボンを濡らしていく。
「安心しな。少なくとも、私は受け入れてやるからさ。変わっちまって、弱くなったなったあんたでもさ。私だけは、受け入れてやるよ。」
「ううっ・・・ぐすっ、ごめん・・・ごめんね、アジー。」
泣き続けるラフタの背中に、優しく手を添えるアジー。その姿に掛ける言葉を見つからないエーコと共に、彼女たちは久しぶりに帰ってきた我が家で孤独となっているのであった。
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Phase-6 『浮気』
残念ながら今回は、戦闘シーンというか訓練シーンが僅かだけになってしまいました。一応状況は進んでいますので、次回には対モビルアーマー戦までいきたいと思います。
色々とすっきりした状態で挑むことが出来るヒロインですので、デカ物相手にも善戦出来ると思います。まぁ止めを刺すのは本編の主人公になる予定ですけd(ry
歳星周辺のテブリ帯を飛び回る一機のモビルスーツ。スラスターを最大出力で噴射しているにも関わらず、その機体は開放空間を駆け抜けるように高速機動を展開する。
「ラフタ、新型機の乗り心地はどう?」
「すごい・・・獅電は当たり前だけど、百里とも比べ物にならないくらいに動ける。まるで、自分の手足が動いているような感じ。」
大型の障害物を蹴り上げ、さらに機体速度を上げていくラフタ。彼女が搭乗しているテイワズの最新型モビルスーツ・辟邪の運用テストは順調に進んでいた。
「そりゃあ、あなた専用に調整がされているモデルだからね。これで使いにくいなんて口にしたら、整備班のみんなが怒っちゃうわよ。」
「へへっ・・・私ために頑張ってくれて、嬉しいよ。」
通信でエーコの声を聞きながらも、最大速度を維持して宇宙空間を移動し続ける辟邪。新たな機体を受け取り、より強い力を手に入れることが出来たことに、ラフタは戦士として喜びを感じていた。
「これなら・・・また、昭弘と一緒に戦うことも・・・!」
「ん?いま何か言った?」
「な、なんでもないよっ!ねぇエーコ、戦闘テストはまだ出来ないの?」
独り言を聞かれて僅かに狼狽えるラフタ。それを誤魔化すように彼女はエーコに対して問いかける。
「既存の武装は装備出来るけど、専用武器の完成はもう少し先になるわね。機体を同時に開発は進めていたのだけど、軽量化に思ったよりも時間を取られた感じよ。」
「武器が使えるだけで十分だよ。あとは私の力で補うから。」
「頼もしいわね。期待しているよ、エースパイロットさん。」
デブリ帯を抜けて広大な宇宙空間で緩やかに機体を静止させるラフタ。息を整えると彼女は再び、たった今通り抜けてきたデブリ帯に向かって辟邪のスラスター出力を全開にして突入するのであった。
◇
「それじゃあ、マクギリスの後ろ盾を完璧に得られたということ?」
「そうね。少なくとも、鉄華団が火星で行うことに関して、ギャラルホルンが横槍を入れるということは無いと思うわ。」
歳星へと戻る輸送機の中、ラフタはエーコから鉄華団の近況を聞いていた。火星で勢力を伸ばしている鉄華団の躍進は、少なくとも彼女たちタービンズにとっては吉報であった。
「地球圏での活動はしばらく無理だと思うけど、火星周辺での活動を容認される程度に、ギャラルホルンに気を使わせているということね。」
「うん・・・オルガも、ダーリンの伝手を上手く使えているみたいね。もう少し不器用な奴だと思っていた。」
団長のオルガもまた、名瀬とその背後にいるテイワズの存在を示唆することで、ギャラルホルンを交渉のテーブルへ着かせ、マクギリスだけでなく組織全体の鉄華団への敵愾心を削ぐことに腐心しているのであった。
「でも・・・なんだか上手く行き過ぎていて不安になってくるかも。」
「え、そう・・・かな?」
ラフタが口にする言葉へエーコが疑問を向ける。そしてさらに彼女は言葉を続ける。
「オルガたちがギャラルホルンを丸め込むことに不安はないよ。でも、私たちタービンズ・・・テイワズも一枚岩じゃない。むしろ気を付けないといけないのは、私たちの身内なような気がしてきたんだ。」
「なーによ、頭まで筋肉になっててそんなこと考えてないかと思った。」
「なっ・・・そんな言い方はないでしょ!?私だって、タービンズがどんな立場になるかくらい分かるんだからっ!」
深く考えようとする自らを茶化すエーコに憤るラフタ。さらにエーコは笑みを浮かべて言葉を続ける。
「後ろのことは名瀬や私たちに任せて、あなたはもっと前だけ見ていればいいのよ。」
「でも、私だけそんなことは・・・」
「そのほうが昭弘とももっと上手くやっていけるでしょ?名瀬のことも私たちに任せればいいの。」
「あっ・・・!な、何を言って・・・!べ、別に私はあいつのことなんてなんとも思って・・・!」
露骨に狼狽える様子を見せ、言葉を詰まらせるラフタ。シャトルの舵を取りつつ悪戯な笑みを浮かべるエーコに対して、彼女は頬を赤らめて憤るのであった。
「んっ・・・あれ、歳星からの通信?どうしたんだろう、そろそろ着くっていうのに・・・」
シャトルの操縦席から通信音が響き、エーコは些か訝しく思いながらそれを受信する。コックピットのガラス越しに仮想ディスプレイが展開さえると、そこには神妙な面持ちとなったアジーが現れる。
「アジー、どうかしたの?歳星にはもう少しで到着するけど・・・」
コックピット席に座るエーコの後ろから、ラフタはディスプレイに映るアジーに声を掛ける。深刻な表情となっているアジーはゆっくりとシャトルにいる2人へ口を開く。
「2人とも、落ち着いて聞いてくれ。こちらの整備ドックで事故が発生した。火星から運んできた発掘機体が暴走したんだ。」
「なっ・・・!暴走って・・・!」
「そんな・・・みんなは大丈夫なの!?」
エーコは言葉を失い、ラフタは仲間の安否を堪らずアジーに問う。それに対して彼女は冷静を保ったまま言葉を返してくる。
「落ち着けと言っただろ。大丈夫だ、怪我をしたやつはいるけどみんな生きている。すまないね、シャトルに通信を入れたのは少しでも早くあんたたちに知らせる必要があると思ったからだ。」
「あっ・・・そ、そうなんだ。ありがとう。うん・・・みんな無事でよかったよ。」
「詳しい話は帰ってから聞くわ。こっちの輸送機を止めることは出来るのかしら?」
「ああ、停泊スペースに被害は無いよ。だから、慌てずに帰ってきてくれ。」
僅かに顔を緩ませて返答するアジー。その言葉にラフタとエーコは無言で頷き、彼女との通信を終えた。
「火星で発掘した機体って・・・鉱山に埋まっていたっていう、あのモビルスーツみたいなやつことよね。」
「ええ・・・ガンダムフレームに似たような期待だったけど、無人で動くなんて・・・」
突如としてテイワズ、そしてタービンズへ襲い掛かった凶事。それが鉄華団のいる火星から持ち運ばれこと。現状と原因を突き付けられた彼女たちは、大きな不安を抱き始める。
「あいつら・・・大丈夫かな?」
「きっと・・・大丈夫だよ。鉄華団は・・・三日月や昭弘は強いから。きっと・・・ううん、絶対に大丈夫。」
脳裏に過る不安を懸命に振り払おうとするラフタ。それでもシャトルの中には、先程までとは打って変わり、重苦しい空気が漂うのであった。
◇
「アジー!」
歳星の艦船ドッグに降りたラフタとエーコ。2人は到着を待っていたアジーを見るや否や駆け寄り状況を聞く。
「そう焦るんじゃないよ。万が一を備えて、暴走した機体の周辺に人はいなかったんだから。まぁ・・・壁をぶち破られていたら危なかったけどね。」
「そんなに暴れまわったの・・・?」
「まぁ、実際に現場を見てみれば分かるよ。」
エーコの問いに対し、アジーは2人に対してついてくるように促す。言葉に従い彼女たちは足早に件の場所へ向かうのであった。
◇
「何よあれ・・・まるで砲撃でも当たったような跡じゃない。」
「あそこにいる黒いやつが暴走した機体ね?」
整備区画の壁が深く抉り取られた光景に絶句をするエーコ。そこから少し離れた場所に鎮座する、複数のワイヤーに拘束された小型の機動兵器らしき機体を目にしたラフタはアジーに聞く。
「ああ。起動してすぐに暴れ始めたが、エネルギーが不足していたのかすぐに壁に突っ込んですぐに止まっちまった感じだよ。それでも・・・凄まじい衝撃だったけどね。」
沈黙をしても尚、敵意を感じさせる黒色の小型機動兵器。その姿に彼女たちは恐怖と不安、そして疑いの目を向けているのであった。
「確か・・・火星のレアメタル鉱山で発掘された機体よね?ということは、すでに鉄華団には連絡を?」
「もちろんしているよ。似たような機体を発見したら最大限の警戒をするようにとね。あと・・・モビルスーツは絶対に近付けさせるな、と。」
「モビルスーツを・・・?」
ラフタがアジーの言葉を訝しく思う矢先、彼女たちの近くへ2人の男女が近寄ってくることに気が付く。
「ダーリン・・・!」
「すまないな、帰ってきてこんな騒ぎに巻き込まれるなんて。」
「私は別に・・・艦も無事で、みんなも怪我はなかったみたいだし。」
名瀬の姿を見たラフタは負い目があることも忘れ、自らの抱いていた安堵感を言葉にする。その様子を見る彼は話を切り出す。
「親父にはすでに報告している。火星から持ち運ばれた機体ということも分かっているから、対モビルアーマー用の装備をテイワズ本部から支給するとのことだ。」
「モビル・・・アーマー・・・?」
「あの小型機を生み出す親玉のことさ。並のモビルスーツでは相手ならない、とんでもない化け物だってことだよ。」
名瀬の傍にいたアミダが彼女たちに言う。最悪の事態に備え、テイワズは傘下であるタービンズ、そしてその下部組織である鉄華団に事態の収拾を行わせようしていた。
「すでに鉄華団と火星のギャラルホルンには連絡をしている。あとは、俺たちのほうから万が一の場合を備えて増援を送るという算段だ。まぁ、何も起きないのに越したことはないけどな。」
「ラフタ、あんたの辟邪が整備を終え次第、火星に戻ってもらうことになるよ。アジーとエーコと一緒にね。」
「姐さん・・・は、はい・・・!」
『火星に戻ってもらう』。その言葉をラフタへと口にしたアミダの顔には、どことなく含むものがあるのを彼女は理解するのであった。
◇
整備ドッグの片隅。ラフタは一人、急ピッチで行われる辟邪の調整を見つめていた。
「・・・・・・」
待ち構える大いなる脅威。懐かしくも思える赤き大地と、そこで待つ仲間たちのことを思い、彼女は呆けているのであった。
「ずいぶんと落ち着いているね。」
「・・・そうですね。焦ったって、いいことなんてないですからね。」
背後より掛けられる声の主、アミダの言葉にラフタは落ち着いた様子で返事をする。
「傷の具合はどうだい。まだ直るには時間が必要だと思うけど・・・」
「・・・もう大丈夫ですよ。だって2年前ですよ。戦闘に支障は無いし、何もかも元通りですから。」
「そんなに・・・強がるんじゃないよ。」
とぼけるラフタに対して、アミダは真剣な声音となって言葉を発する。それを聞いたラフタは顔を俯かせ、しばらくのあいだ言葉を詰まらせるのであった。
「私は・・・姐さんほど強くないです。ダーリン・・・名瀬と正面から向き合うことだって、私にはもう・・・」
「私だってそんなんじゃないよ。支え合うように見えるかもしれないけど、あいつには助けられてばかりさ。」
アミダはラフタが言う自らに対する言葉を否定し、愛する男に対する思いを吐露する。タービンズを背負う男の傍に立つ女は、大きな傷跡が目立つ褐色の肌を露にした姿で堂々と立っているのであった。
「っ・・・ふふっ、あんたも名瀬も、やっぱりまだまだ若いね。同じように悩んで、同じ顔になるだなんて、私には羨ましく思えるよ。」
「なっ・・・う、羨ましいって・・・!どうしてそんな・・・!」
憤りを見せようとするラフタに対して、アミダはそれを遮るように言葉を続ける。
「互いに大切なことを話すことが出来ない間になっても、思いは一緒だってことは分かるだろう。愛しているから言うことが出来ないなんて、よくある話だよ。」
「そんなの・・・姐さんが言うのはずるいですよ・・・!」
整備ドッグの鉄柵を強く握り俯き続けるラフタ。目からは涙が零れ始め、それは留まることなく彼女から溢れていく。
「『同じ傷を背負った』としても、私とあんたは違う。強がって生きるだけじゃ、誰からも助けてもらうことが出来なくなっちまうよ。」
本音をぶつけ合うことが全てではない。自らを取り繕い、相手の心を思うこともまた愛の形なのではないかとアミダはラフタに対して説き、彼女の頭を優しく撫でる。
「ぐすっ・・・ひぐっ、でも・・・でも私、私は・・・!」
「名瀬が受け止めることが出来なくたって、他に受け止められることが出来る奴はいるかもしれない。お前さん、それも分かっているんじゃないのかい?」
「でも・・・だって、私はダーリンの・・・」
自らの思いを頑なに認めようとしないラフタ。タービンズの一員、名瀬の女として、名瀬以外の男に心を許したなど、認めることは出来ないのであった。
「一途だねぇ。でも・・・それを貫けるほど、あんたの思いは弱いはずないだろうさ。」
「こんなの・・・ダーリンには絶対、言えないよ・・・!」
「安心しな。あいつは浮気だなんて思わないし、あんたの気持ちを大切にしてやれる男だよ。」
「そんなの、いいよ・・・!私の気持ちなんて、分からなくたって・・・いいんだからぁっ・・・!」
背中を抱き寄せられ、アミダの腕の中で泣きじゃくるラフタ。愛する男には決して表すことが出来ない思いを、彼女はその女にぶつけ、自らの感情を零し続けるのであった。
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Phase-7 『戦狂』
ハシュマルの兵器で一番強いと思うのはやっぱりビームキャノンだと思うんですよね。だって射程が半端ないですもの。普通のガンダムシリーズなら戦略兵器級の性能ですよ。なおナノラミネートアーマー
次回は降下戦から火星地表でハシュマルとの直接戦闘という予定です。果たしてラフタは男ロマンである鉄塊で強大な敵を倒すことが・・・出来ないかなぁ。
「火器管制、姿勢制御、異常なし。戦闘システム、オールクリア。これでようやく実戦への投入が出来るわ。」
整備中の辟邪のコックピット内。機体の最終調整を終えたエーコは満足気に笑みを浮かべる。エースが乗る機体を仕上げた達成感に、彼女はこの上ない喜びを感じていた。
「アジーの獅電も大丈夫ですか?」
「ああっ!全く問題ないぞ。武装に関しても120%OKだ。」
機体内から彼女は、外で整備を続けるメカニックへ通信で問いかける。コンソール越しに聞こえる男の声からは、自信に満ちた返事が返ってくる。
「これで準備は完了ね。あとは何も起きずに穏便に事が終わるのを願うだけ・・・か。」
エーコがそう呟いていると、辟邪の近くにその搭乗者が現れ、開かれたコックピットへ顔を覗かせる。
「ありがとうエーコ。この機体を使うことが出来れば、どんな敵にだって負けたりはしないわ。」
「ラフタ・・・ええ、もちろんよ。この辟邪にはタービンズの誇りが詰まっているんだから。戦いになったとしても、絶対に帰ってきてもらうわよ!」
「うん・・・!でもさ・・・少し、気になることがあるんだよね。」
「えっ、どうか・・・したの?」
覇気に満ちた声を上げるラフタとエーコ。しかしその言葉の後に、ラフタは辟邪の外観を見ながら申し訳なそうに口を開く。
「機体の仕上がりが万全だというのは分かるよ。うん。ただ・・・あの腕に付いているあれは・・・何なのかな?」
ラフタが訝しい顔となって見つめる辟邪の右腕。本来シールドを装備するであろうその箇所には、機体バランスを損ねる程に巨大な釘打ち機が備わっているのであった。
「何って・・・あれよ、固くてぶっといのをぶち込む強力な・・・」
「なんでそんな変な言い方するのよ!あれ、私が負けたグレイズに装備されていたやつよね。」
「ええ。エドモントンであなたたちが戦った機体、グレイズアインに搭載されていたパイルバンカーを参考に制作された装備よ。」
一切の悪意もなく、エーコはラフタに向かって包み隠さず物事を話す。ラフタの負った傷を理解してなお、彼女はその装備を辟邪の腕に取り付けているのであった。
「やっぱり・・・怖いかしら?どうしてもあなたに抵抗があるのなら、取り外して火星に向かうことも出来るけど・・・」
エーコの提案にラフタは首を横に振る。その顔、その目には、自らの身に降りかかった惨劇を乗り越えようする覚悟の色が宿っていた。
「そんなことを気にしていたら、命がいくつあったって足りないよ。ドリルだってパイルバンカーだって、敵を倒すためだったら使ってやるんだから・・・!」
「そうだぁっ!鉄塊は男のロマンっ!銃なんか捨てて両腕にそいつ付け・・・」
「2つもいらないわよっ!まったく・・・あのメカマニアジジイの尻にぶち込んでやろうかしら・・・!」
コンソールから響くメカニックの男の叫びに対して、エーコは激怒しながら声を発する。その姿に気圧されながら、ラフタは彼女に声を掛ける。
「ほ、本当に大丈夫なの・・・?」
「それなら心配いらないわ。むしろ、高出力のナノラミネートアーマーを打ち破るには、必須となる装備ね。あんなバカみたいなおっさんだけど、兵器に関する研究ならテイワズで右にも左にも出る人間がいないやつが制作した物だから。」
「まぁ、エーコがそう言うのなら・・・」
パイルバンカーの信頼性を説き、再度不安となり始めたラフタは納得をする。大型の釘を打ち込むのにわざわざ接敵して使用をする必要はあるのか。遠距離から打ち込む手段は無いのか・・・と、無粋な考えを彼女は口に出そうとしないのであった。
◇
「それじゃ、気を付けるんだよ。」
「はい。姐さんもダーリンのこと、お願いしますね。」
「ああ・・・任せておきな。」
「おいおい・・・ずいぶんな扱いをしてくれるじゃねぇか。」
シャトルのモニター越しに、名瀬とアミダの見送りを受けるラフタ達。彼女の軽口に名瀬は笑みを浮かべて不満を述べる。
「ふんっ・・・ダーリンにはもう、本当の私なんて見せてあげないんだから・・・!」
「ははっ・・・ずいぶんと嫌われちまったな。」
「安心してくれ。ラフタのことは、私とエーコがしっかり助けるからな。」
「ああ・・・頼んだぞ。必ず、生きて帰ってこい。必ずだ。」
アジーの言葉に対し、名瀬は3人へ強い口調で静かに声を上げる。それに対してシャトルの3人はしっかり頷く。無言の肯定は、家族としての信頼を確かめ合うに十分なのであった。
「うん・・・行ってくるよ。あいつらを・・・ダーリンの大切な家族を、私が守るから。」
通信が切れた後、ラフタは静かに言葉を放つ。前を向くラフタを乗せたシャトルは、火星へと飛び立っていった。
◇
「もうすぐギャラルホルン火星支部の通信網に入るわ。そこで火星の最新状況も分かりそうね。」
「なんだか・・・本当に妙な感じね。2年前までは敵同士だったのに、今は協力してくれる間柄になるなんて。」
「形式上だけど、2年前に地球圏で戦った時も鉄華団とギャラルホルンが戦っていただけで、テイワズは無関係だったからね。その鉄華団も、今ではマクギリスと良好な関係というわけで・・・」
ラフタ達を乗せたシャトルは火星の周辺宙域へ到達していた。着陸にはギャラルホルンの許諾が必要ではあったものの、鉄華団と協力関係にあるタービンズの艦船が止められることはなく、これまでも民間船と同様に航行しているのであった。
「あら・・・早速、通信が入ったわ。ずいぶんと早いわね。」
シャトルのコンソールから通信音が響き、操縦をしているエーコがそれに応じる。
「こちらはタービンズの輸送シャトルよ。マクギリス・ファリド司令に火星着陸の許可は得ているはずだけど・・・」
「ギャラルホルン火星支部、新江・プロトだ。事情はファリド中将から聞いている。しかし、今はそれとは別に早急に伝えておく必要あってだな・・・」
「早急に・・・?」
「ああ、落ち着いて聞いてくれ。」
ギャラルホルン火星司令の言葉に、シャトルの3人は訝しく思い身構える。そして、次に彼から発せられる言葉は彼女たちにとって良からぬ話であった。
「現在、火星地表で戦闘が発生をしている。場所はクリュセ近郊のレアメタル採掘場。鉄華団の管轄している地域だ。」
「なっ・・・!」
「そんな・・・まさか、もう・・・!」
淡々と告げられる状況に絶句をするラフタ達。それを意に介さず、男はさらに言葉を続ける。
「我々ギャラルホルンからも既にファリド准将とその僚機が支援に向かっている。しかし、戦況を変えられるかは微妙なところだ。」
「やはり、モビルアーマーが暴れているってことなのか・・・!」
苦虫を潰したような顔となるアジー。同様にエーコとラフタもまた、緊張と不安が彼女以上に顔へと出る。
「火星へのシャトル着陸許可はすぐに出すとしよう。しかし・・・そこからモビルスーツを出撃させるほどの猶予は残されていないだろう。」
「それじゃあ、私とアジーは・・・」
一刻を争う状況に、彼女たちの取るべき手段は限られていた。
「戦闘区域の座標を送信する。周辺宙域へと向かい、機体を火星へ直接降下させたほうがいいだろう。」
◇
赤き星の上空。ラフタ達を乗せたシャトルはギャラルホルンに指定された大気圏降下ポイントに到達していた。
「広域レーダーに複数のエイハブ・ウェーブ反応。まだ戦闘は続けているようね。」
「それじゃあ、鉄華団はまだ・・・」
僅かに安堵をした声を発するエーコとラフタ。戦闘が行われているということは、友軍が健在であることを意味しており、鉄華団が生き残っているということでもあった。
「モビルスーツにはナノラミネートアーマーが施されているから、余程のことが無い限り熱暴走を起こして爆発はしないわ。念のため、2機ともグレイズ用のシールドを携行させておくわ。」
「念のためって・・・私たちが大気圏内で喧嘩でも始めるっていうのかい。」
「何バカなことをいっているのよアジー。無いよりかはマシ。気休め程度にはなるってことでしょ。」
「そういうこと。降下後はすぐにパージして戦闘態勢に移行してね。」
すでに自機へと乗り込んでいたラフタとアジー。彼女たちの乗機、辟邪と百錬の前面のハッチが開かれ、発進の体勢を取る。
「2人とも、必ず生きて帰ってきて。ううん・・・みんなで、必ず帰ってきて。」
「ああ・・・分かっている。まだ死ぬつもりはないさ。ラフタの惚気顔を見るまではな。」
「ちょっとアジー!こんな時に何を言っているのよ!」
「ラフタ、名瀬への別れ話は自分の口から切り出さないと。」
「エーコまでっ!も、もう・・・バカっ!」
張り詰めた緊張感を解そうと、3人は互いに冗談含みの言葉を絶やそうとはしなかった。
「必ず帰ってきてよね・・・約束なんだから・・・!」
「ええっ!ラフタ・フランクランド、辟邪、出るわ!」
エーコの言葉に返事をした後、ラフタは辟邪のスラスターを噴射させてシャトルから飛び立つ。
「アジー・グルミン、百錬、出るぞっ!」
それに続いてアジーが搭乗する百錬も発進をする。漆黒の空間へと飛び出した2機のモビルスールは、スラスターを全開にして火星の地表を目指すのであった。
「本当に・・・約束だからね、ラフタ、アジー・・・・」
シャトルのコックピットから、エーコは小さくなっていく2つの光を見つめていた。
◇
「新型の調子はどうだい?」
「大丈夫、いい感じよ。テストの時よりも調整が出来上がっているわ。」
「そいつは何よりだ。たが、武器の運用テストは・・・・」
出撃後から大気圏へと突入する束の間の会話。アジーは辟邪の駆るラフタに問いかける。
「右腕のこいつ以外は百里のものと同じだし、問題は無いわよ。ただ・・・モビルアーマーに通用するかは分からないけど。」
「確かに・・・そいつを言ったら何も聞けないな。ま、私の方も背中のこいつでどれだけ効果があるか、という感じだからな。」
アジーが搭乗する百錬の背には、機体重量を増大させるほどの巨大な砲塔が備え付けられていた。
「こいつも男のロマンってやつなのかねぇ・・・まったく、理解し難いものだ。」
「一発限りの大口径徹甲弾・・・鉄華団の連中だったら目がキラキラしそうな代物よね。」
男のロマンを理解出来ないことに愚痴を零す2人が乗るモビルスーツは、大気圏への突入準備を開始する。
「姿勢制御には十分に気を付けろよ。いくらナノラミネートアーマーがあるとはいえ、機体が損傷をしたら熱暴走でお陀仏だからな。」
「分かっているわ・・・それくらいどうってこと・・・」
そうラフタ言葉を返そうとした直後、辟邪のコックピットに突如として警告音が鳴り響く。通信越しにそれを聞いたアジーは咄嗟に声を上げる
「おい、どうしたんだ・・・!?」
「ロックされた?何これ・・・まさか、地表から・・・」
訝しいと顔となりながら、ラフタは火星の地表を凝視する。するとそこからは小さな光が発せられ、彼女はその光源に異常なまでの恐怖を感じて辟邪の大きく変える。
「っ!?」
「ラフタっ!?」
次の瞬間、辟邪が通っていた軌道上を極太の光線が駆け抜け、数秒後には何事もなかったように、その空間は漆黒に包まれていた。
「な、何なのよ・・・あれ。」
「地表からの攻撃なのか・・・ウソだろ、こっちはまだ大気圏外にいるんだぞ・・・!」
見えざる敵からの先制攻撃。それは歴戦のモビルスーツパイロットアジーを戦慄させ、彼女が対峙するものへの恐怖を増大させていた。
「あんなものを降下中に当てられたら一発で終わりだっ!ラフタ、ここは軌道を大幅に変更して戦闘区域から離れ場所へ降下を・・・」
その言葉を遮るように、ラフタは彼女に対して言葉を放つ。
「アジーは軌道を変えて降下して。私はこのまま突っ込むわ。」
「ばっ・・・何を言ってるんだ!」こんなところで死ぬつもりかい!?」
声を荒げるアジー。それに対して冷や汗を流しつつ、ラフタは言い返す。
「面白いわ・・・やってやろうじゃない。私と辟邪の力・・・見せてあげるわ!」
「おい、ラフタっ!ああもう・・・!調子が戻ってきて、私は嬉しいよ!」
自らの言葉に聞く耳を持たなくなった相棒に対して自棄となりながら、アジーは彼女の言葉に従って降下ポイントから離脱していく。
「さぁ・・・掛かってきなさい。火星に降りて、あんたの面(ツラ)を見るまで、私は絶対やられたりしないわよ・・・!」
恐怖を乗り越えた先に訪れるのは闘争の心。見えざる敵からの挑戦に対して、ラフタは戦士として臨もうとしていた。そして、軌道を修正した辟邪は彼のものが待ち受ける赤き大地へ突き進むのであった。
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Phase-8 『邂逅』
尻尾はオミットしています。あんなの文章で書いていたらキリがないですからね。
ハシュマルに関しては装甲も分厚いものとなっていますが、辟邪が使う装備もバ火力になっています。男のロマンが書きたかったんだよ
次回は三日月・オーガスさんによるモビルアーマーの解体ショー。そして終盤へと突入をします。ちなみにモビルスーツによる戦闘シーンに関しては今回と次回で最後になります。熱い原作リスペクt(ry
「うっ・・・!熱い・・・これが火星の大気・・・」
ラフタの駆る辟邪は火星を覆う大気の熱に晒される。機体内の温度が上昇することに臆しながらも、彼女はそれ以上の脅威に備え、集中力を切らさないのであった。
「荷物にしかならないと思った、こいつが役に立ちそうだなんて。」
機体左腕に取り付けられたシールド。回避が困難、あるいは機体の保護のためと装備した気休めの盾は、心の拠り所となっていた。
「くっ・・・ダメ、火星の重力に機体が持っていかれ・・・!」
再度モビルアーマーが放つであろう極太の光線に備えようとするラフタ。しかし火星の引力は辟邪の動きを鈍らせ、機動力を奪われる。
「いま撃たれたら・・・避けようが・・・!っ・・・!!」
まるでその様子を見ていたかのように地表から再び光源が発生し、辟邪を飲み込むような光線が眼前へと迫りくる。
「・・・・っ!!!!!!」
咄嗟の判断で左腕を前方に出し、シールドによってビームを防ごうとする。辟邪を襲った光線は機体へ直撃することなく、シールドによってその周囲へと分散されていく。
「くぅっ・・・あ、あああっ・・・!」
実弾のような衝撃はなく、辟邪は直撃を回避した光線を押し返すようにして降下を続ける。しかし、機体内の温度はさらに上昇し、搭乗しているラフタの体力を容赦なく奪うのであった。
「こんなの・・・あの痛みに比べたらどうってこと・・・!」
かつて自身の身体を貫いた、回転する暴力的な凶器。肉を引き裂き、骨を削られた激痛を思い起こし、彼女は自らを奮い立たせて突き進もうとしていた。
「何度でも撃って来なさいよ・・・全部、避けてやるんだから・・・!」
その言葉に呼応するかのように、3射目の光線が辟邪へと襲い掛かる。しかし、既にその攻撃を見慣れたラフタは、地表に光が発せられるのと同時に機体のスラスター出力を上昇させ、軌道を変えると余裕で回避する。
「っ・・・ふぅ。そろそろ大気圏内・・・機体速度を緩めないと地表に激突するわ。」
熱圏を過ぎ、機体が火星の中間圏へと到達をする。遥か下方に戦闘と思わしき衝突を確認し、彼女は着地と戦闘への集中力を高める。
「待ってなさいよデカブツ・・・私がぶっ飛ばしてあげるわ。」
ラフタが息を整え、成層圏へと侵入する辟邪。地表に複数の機影が確認出来るほど接近し、その中でもとりわけ大型の機体が動き回るのを目にする。
「あれがモビルアーマー・・・!あんなに大きいのを相手に・・・でも、やるしか・・・」
そう覚悟を決めた直後、ラフタの目に思わぬ光景が映る。
「えっ・・・?」
地表で暴れまわるモビルスーツが上空へと向き、彼女が乗る辟邪へと見つめる。
「・・・っ!」
全てを理解した彼女は、自らの出来る最大限の行動を取る。それをするか否かという瞬間、地表から4射目の光線が放たれ、無防備となりかけていた辟邪へと襲い掛かる。
「くっ・・・うううっ・・・!」
焼け焦げていたシールドを前面に出し、スラスターを全開にして回避行動を取る。しかし光線は辟邪の軌道と同じように方向を変え、膨大な熱量によって吹き飛ばそうと迫りくる。
「あっ・・・ダメッ、防ぎ切れな・・・」
ラフラは死を覚悟した。大気圏を突破した直後の状態の機体熱量でビーム兵器の熱を受ければ、それは機体が熱暴走によって爆散することを意味していた。
「いやぁぁぁっ・・・!」
だが、死への恐怖に悲鳴を上げた矢先に、辟邪を襲っていた光線は角度を変えて逸れ、機体への直撃が回避される。
「っ・・・はぁ、はぁ・・・た、助かった。」
息を荒くして生の実感を得るラフタ。しかし、その最中も機体の自由落下は続き、彼女が気付いた時には戦闘中の鉄華団とモビルアーマーがはっきりと見えるほど地表に近づいていた。
「損傷は軽微・・・スラスターも正常に作動する。さぁ・・・ここからが本番よ・・・!」
自らを奮い立たせるように声を上げ、辟邪の体勢を整えたラフタは、これまで一方的に攻撃をしてきていた巨体に向かって照準を合わせるのであった。
◇
火星のレアメタル採掘場。広大な砂漠地帯でその巨体は襲い来る者たちを退けていた。
「これほどの力を有しているとは・・・!准将、小型機の殲滅は?」
「粗方終わっている。やつが再生産を行わない限り、これで打ち止めだろう。」
鋼鉄の巨体と対峙する青いモビルスーツ、ヘルムヴィーゲ・リンカーに搭乗する石動・カミーチェは、上司であり自身の露払いを行っていたマクギリス・ファリドが駆るシュヴァルベ・グレイズに通信を行う。
「さすがです准将。しかし、グレイズの出力ではやはりモビルアーマーは・・・」
石動が見つめる先で様子を伺うモビルアーマー・ハシュマル。怪鳥を彷彿とさせるその巨体の周囲には、無残に破壊された多数のモビルスーツが横たわっているのであった。
「やはり、彼らには重過ぎる荷だったか・・・!」
「ガンダムフレームが使えない以上、鉄華団の戦力は我々以下です。最悪の場合、アリアンロッドへ救援を要請するべきかと。」
戦況は芳しいものではなかった。既に交戦していた鉄華団のモビルスーツ部隊は多数が撃破され、戦線からの離脱を余儀なくされていた。
「ラスタル子飼いの部隊・・・確かに、彼らであれば状況を覆せるかもしれないが。」
政敵の助力を請うことなど以て他。そう言葉を口に出せるほど、状況は良いものではなかった。
「しかし、我々に出来るだけのことはやらねば。ファリド准将に与えられたこのヘルムヴィーゲ・リンガー、木偶の坊などで終わらせるわけには・・・・!」
「石動・・・!」
意を決したかのように石動は自らの駆る機体をハシュマルへと突き進ませる。両手で抱えられた大剣を振りかざしながら、ヘルムヴィーゲは巨体へと襲い掛かる。
「はぁぁぁっ!!!!!」
鈍い金属音と共に、大剣がハシュマルの胴体へと直撃する。僅かに怯むハシュマルであったが、すかさず足元へと接近したモビルスーツを巨体は脚を蹴り上げるようにして薙ぎ払う。しかし石動は大剣を盾にその攻撃を凌ぎ、再びハシュマルから距離を置くのであった。
「ぐぅっっ!!!やはり・・・これだけの質量武器であっても装甲の破壊は困難か・・・!」
機動装甲(モビルアーマー)の名を冠する通り、ハシュマルの防御力はモビルスーツのそれを遥かに上回っており、四方八方から攻撃を物ともせずにその巨体を躍らせるようにして、その圧倒的な戦闘力を誇っているのであった。
「厄祭戦下のモビルスーツは、このような敵を相手に戦っていたというのか・・・」
手応えのある一撃は何度なく与えていた。戦闘中にも関わらず、上空へビームを放つという謎の行動の隙を突き、大剣による打撃を繰り返し与えていたが、機体の動きを止めることは出来ずにいた。
「んっ、また空を向いて・・・」
眼前に敵がいるにも関わらず、ハシュマルは頭部を上空へと向け、再びビームの発射体勢を取る。再度訪れたその隙を、石動は決して見逃すことはなかった。
「今度こそ・・・仕留める!」
スラスターを全開にして、大剣を地表に付くほど振りかぶると、彼はそのまま機体をハシュマルの左側面へと突き進ませる。
「・・・っ!!!!」
大剣による一撃は、ついに逆関節となっている脚部の装甲を破損させる。しかしハシュマルはそれを意に返すことなく、頭部から極太の光線を空へと照射する。
「何度も同じことを・・・その頭、打ち砕く!」
石動はさらに機体を跳躍させ、脚部へ一撃を加えた大剣を左斜めに振りかぶり、ビームを照射するハシュマルの頭部へと叩きつける。
「―――――!!!!????」
不意の一撃を受けたハシュマルはその巨体を大きくのけ反らせる。そして怒りを露としたかのように、懐へ潜り込んでいたヘルムヴィーゲを破損した左脚で蹴り飛ばす。
「うぐぁぁぁぁっ!!!!!」
防御の体勢を取る間もなく、ヘルムヴィーゲはハシュマルの直撃を受け、大きく吹き飛ばされて倒れる。両手に持っていた大剣を落とし、無防備となった状態でハシュマルの視界へと映っていた。
「石動っ!」
「くっ・・・まだ、まだだ・・・!生ある限り、立ち向かわねば・・・!」
全身を強打し、頭部から血を流してもなお、石動は機体を立ち上がらせ、迫りくる敵と対峙しようとする。
「下がれ!もうこれ以上、私に付き合う必要はない!」
「まだです・・・私が、私の夢を・・・准将の夢を・・・!」
しかし、先程の一撃を受けたヘルムヴィーゲはすでに戦闘を継続することが出来ないほどに破壊されており、パイロットである石動と同様に満身創痍となっていた。
「准将の夢を・・・我々の夢を果たすまでは・・・!」
呻くように声を上げる石動の視線の先に、対峙していた巨体がビームの発射体制を取る姿映る。ハシュマルは虫の息となった彼とヘルムヴィーゲに止めを刺すべく、その砲口を向けているのであった。
「くぅっ・・・!」
全てを諦め、目を閉じる石動。そして、ハシュマルの頭部砲塔からビームが照射され、彼の機体が火に包まれるその直前、上空から巨体へ対し、無数の弾丸が浴びせられ、モビルアーマーの注意は再び空へと向かうのであった。
◇
「次発・・・来るっ!」
モビルアーマーの頭部から放たれる光源を確認したラフタは即座に回避行動を取る。襲い来る光線を見切り、彼女が駆る辟邪は下方に構える敵へ向かって携行火器による火力を集中させる。
「避けようともしないなんて、どんだけ頑丈なやつなのよ・・・!」
辟邪の右手に握られたライフルを撃ちづけるものの、モビルアーマーはそれを意に介さず悠然と彼女の機体が降下するのを眺める。それは単なるビームキャノンの排熱処理をする隙であったものの、ラフタにとっては強大な敵の余裕として目に映る。
「・・・って、いい加減に速度を落とさないと。あんな挑発に構って激突なんて間抜けでしか・・・」
地表が迫る中、辟邪を着地体制にしてスラスターを逆噴射するラフタ。先程までの自由落下による機動戦がなかったかのように、機体は戦場へと降り立つのであった。
◇
「これが、モビルアーマー・・・遠くからしか見てなかったけど、こんな大きいやつだったのね。」
降り立った辟邪を見つめるモビルアーマー・ハシュマルの巨体に唖然とするラフタ。しかし、その周囲に打ち捨てらたように転がる多数の獅電の残骸を目にして、彼女は敵に対して憎悪を向ける。
「鉄華団のモビルスーツ・・・!よくもあいつらを・・・やってくれたわね・・・!」
怒りに身を任せてハシュマルに襲い掛かろうとするラフタ。しかし、それを制止するように辟邪へ通信が入り、彼女はモビルアーマーに目を向けつつ耳を傾ける。
「援軍か・・・助かる。しかし、すまないが劣勢だ。こちらの僚機も戦闘不能となってしまった。」
「マクギリス・ファリド・・・あんたたちがあいつを食い止めていたのね。ねぇ、鉄華団の連中・・・三日月や昭弘はどうしたの?」
僅かな沈黙の後、マクギリスは苦々しい声で現在の状況を説明する。
「現状、モビルアーマーを相手にガンダムフレームの使用出来ない。グシオンが近接戦闘を試みたものの、パイロットに対する負荷の増大で戦闘不能となった。」
「な、なによ・・・それ。こんな肝心な時に・・・!昭弘は大丈夫なの?」
「他の団員によって回収された。しかし、この分ではバルバトスの出撃も厳しいだろう。」
頼りにしていた戦力であり、心配をしていた戦友の安否を知り、ラフタは呆れと怒り、そして戦意を増幅させる。
「本当につっかえない男ね・・・!いいわよ、こんなやつ私が倒してやるわっ!」
「おい待て・・・ここはさらに援軍が来てから戦線を整えて・・・」
「そんなもの出来ないわよっ!アジー・・・そう長くは持たないかも。」
絶望的な状況でありながら、彼女は果敢に眼前の強敵に立ち向かう。辟邪のスラスター出力を全開にして、悠然と待ち構えるモビルアーマーに突撃するのであった。
「やりたい放題やってくれたわね・・・でも、近接戦闘に持ち込めば・・・!」
辟邪が右手に持つライフルを構え、薬莢が空となるまで撃ち尽くす。放たれた無数の弾丸は回避行動を取ることのないハシュマルの全身へと突き刺さり、その装甲へ埋まっていく。
「やっぱり、普通の装備だと効果はないのね。」
接近しつつ肩部にマウントをしていた片手用メイスを左手に持ち、ハシュマルの足元へと接近する。接敵を確認したモビルアーマーは片足を上げ、それを潰さんと大地を踏みつける。
「っ・・・!そんなの、当たってやれないわよ・・・!」
踏みつけてきた右足を回避し、辟邪はそのままハシュマルの足元を抜けて左側面に位置取りをすると、破損をしている左脚部を容赦なく滅多打ちにする。
「こんのぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!!!」
ラフタの叫びと共に辟邪の左手から振りかざされたメイスは、ハシュマルの足を幾度となく殴り続ける。鈍い金属音とともに破損をしていた装甲が更に砕け、白銀の機体は摩擦熱で焼け焦ると黒へと変色をしていった。
「―――――」
足元へ張り付かれることへ煩わしさを感じたのか、ハシュマルは自らの巨体を旋回させ、辟邪を振り払おうとする。
「くっ・・・!」
ラフタは即座にハシュマルから距離を置き、牽制を兼ねてライフルを乱射する。しかしハシュマルはその弾丸の発射元へと目測を定めると、跳躍をして彼女が駆る辟邪へと襲い掛かる。
「そんな・・・!」
想像を埋まった俊敏性と跳躍に思考が止まりそうになるラフタ。だがそうなることを生存本能が拒み、彼女は無意識のうちに機体をさらに後退させて距離を取っていた。
「うぐぅぅっ・・・!」
捕捉されることは回避出来たものの、意識せずの行動であったためか、辟邪の右手に握っていたライフルを落としてしまったラフタ。落としたライフルがハシュマルの足元に転がり、それが自らに仇名すと理解をしたかのように、モビルアーマーはその足でそれを踏み潰して破壊する。
「っ・・・!!」
気休め程度だったとはいえ、牽制用の武装を破壊されて間合いを取りづらくなるラフタ。そしてハシュマルは自らの距離だと言わんばかりに頭部のハッチを解放し、彼女が乗る辟邪に光源を定める。
「またビーム・・・このっ・・・!」
メイスを握る左手を前面に出し、放たれる光線に備える辟邪。その直後に発射されたビームは機体左腕へと直撃し、辟邪は大きく体勢を崩す。
「あぁっ・・・!」
仕切り直す間もなく、モビルアーマーは跳躍する格好となり、隙を見せた辟邪に襲い掛かる準備をする。だが、その巨体が大地から足を離す前にハシュマルの胴体へ衝撃が走り、その装甲が轟音と共に破壊されるのであった。
「遅いじゃないのよ・・・アジー。」
「すまないね。だが、最高のタイミングで来たと思うんだけどな。」
辟邪のコンソール向かい、ラフタは駆けつけた相棒に不満をぶつける。そして彼女は笑みを浮かべ、体勢を整えた辟邪のスラスターを全開にして、モビルアーマーへと突撃をする。
「行けぇっ、ラフタっ!」
「ええっ!」
大口径スナイパーキャノンの直撃を受け、胴体部に損傷を負いながら倒れ込むハシュマル。再度接近を試みたラフタはこちらへと向いた巨体の頭部に狙いを定め、右手に装着した鉄塊を構える。
「撃ち貫いて・・・あげるんだからぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
開放されたままのハッチから光源は発せられ、再びビームを放とうとするハシュマル。しかし、それをさせまいと辟邪はさらに加速をして、その間近へと迫る。そして
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!」
殴りつけるような動作と共に、右手に装着された杭打ち機、大型パイルバンカーの先端をその頭部に打ち込む。極太の杭はハシュマルの顔面へと深く突き刺さり、ビーム砲が放たれることを遮る。
「爆ぜろぉっ!」
その一言と共に、杭の中に満載された火薬が炸裂し、凄まじい閃光が放たれた直後に大規模な爆発が発生する。
「っ!!!!!!!!」
盛大な炸裂は辟邪の右手を大破させ、機体本体は爆風によって大きく吹き飛ばされる。辟邪と共に叩きつけられたラフタは、痛みを堪えながら即座に状況を確認しようとする。
「いっ・・・たたたた・・・何よあれ、あんなもの使わせるなんて、やっぱりバカじゃないの。」
「ラフタ・・・!おい、大丈夫か!」
転倒した辟邪に近寄るアジーの百錬。爆音の後に聞こえる相棒の声に対してラフタは返事をする。
「まだ、生きているわよ。まったくもう・・・せっかくの新型機がボロボロじゃない。」
自らの攻撃の爆風に巻き込まれ、すでに辟邪は戦闘不能な状態にまで破損をしていた。しかし、彼女が安堵をしようとしていた矢先、コックピット内にはアジーのさらなる声が響き。
「おいラフタ、聞こえているのか!」
「聞こえているわよ・・・もう、さっさと帰りましょうよ・・・」
「あれを見ろ!あいつ・・・まだ・・・!」
「・・・えっ?」
倒れ込んだ辟邪を起き上がらせ、ラフタはそのコックピット越しに爆煙が晴れ始めた場所を見つめる。
「そんな・・・!ウソ・・・でしょ・・・」
頭部を吹き飛ばされる程に破壊され、戦闘能力を奪われたはずの巨体。しかし、そのモビルアーマー・ハシュマルは首を落とされた状態で大地に立っているのであった。
「あいつは、本当に・・・化け物だね。」
「冗談じゃないわよ・・・こっちはもう、まともに戦えないってのに・・・!」
一瞬にして絶望に縁立たされるラフタとアジー。沈黙が続こうとする中、2人の機体へマクギリスからの通信が入る。
「やつの戦闘能力は十分に奪えた。あとは救援を待ち、我々は一旦体制を整え・・・」
その言葉を嘲笑うかのように、頭部を失ったハシュマルは以前と変わらぬように動き始める。そしてその巨体を怒り狂わせようにして、彼女たちの機体へと迫らせる。
「くそっ・・・!」
スナイパーキャノンをパージして、アジーは携行したライフルで応戦をする。しかしその程度の攻撃が効くわけもなく、ハシュマルは怪物のような動きで彼女たちに襲い掛かろうとする。
「アジー!逃げてっ!」
「逃げるたって・・・そんなこと・・・!」
迫りくるハシュマルを見つめながら、ラフタは覚悟をする。ここで死ぬのだと。あの巨体によって蹂躙され、鉄塊の中に閉じ込められる肉塊と化すのだと。彼女は覚悟をしていた。
「・・・・・・っ!」
その瞬間に思い浮かべたのは2年前の光景であった。自らの身体に凶刃が突き刺さり、「女として死んだ」あの時の記憶。ラフタ・フランクランドにとって、この瞬間は再び訪れる死を迎える入れる瞬間・・・そうなるはずであった。
「―――――!!!!!!!」
彼女たちへ襲い掛かろうとしたハシュマル。その巨体は一つの機影によって、ラフタの眼前で大きく吹き飛ばされる。
「・・・・・・あれ。一体、なに・・・?」
死を覚悟して閉じた目を開けるラフタ。その彼女が見た光景は、死よりも信じがたいものであった。
「・・・・・・」
「――――――――――」
大地に構える首の無い巨体。それに対峙していたのは白を基調とした細身のモビルスーツ。手には大振りの太刀が握られており、静かにハシュマルを睥睨していた。
「そんな、モビルアーマー相手には戦えないはずじゃ・・・」
その機体のコックピット。搭乗している少年はハシュマルを見つめながら口を開く。
「ねぇオルガ、あいつを倒せばいいんだよね。」
目的を確認する少年。そして彼は機体が握る太刀を両手で持ち構えると、敵と定めた相手にその切っ先を向ける。
「それじゃ・・・いくよ。」
白を基調としたその機体は、戦意を高揚させるかのように全身から青白い炎を吹き上げて纏う。コックピットの少年は僅かに口元を歪ませると、気炎を纏わせた自らの機体を踊るようにして、敵へと襲い掛かる。
悪魔の名を冠したその機体は、天使を狩るために彼と共に舞い降りたのであった。
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Phase-9 『破壊』
前回も書きましたが、ハシュマルの一部兵装はオミットしています。まぁ尻尾が1本2本あったところで、本作の三日月の相手ではないでしょうけどね。尻尾なんて切断すればいいんですよ(ハンター脳)
終盤にネガティブヒロインが戻ってきますが、生暖かく見守ってあげてください。次回以降にそこら辺の話が一気に動き出す予定です。
戦場に舞い降りた悪魔の名を冠するモビルスーツ、ガンダムバルバトスのパイロットに向かい、ラフタは咄嗟に通信を行う。
「三日月・・・大丈夫なの!?昭弘がグシオンで戦えなかったって聞いていたけど、あんただって・・・」
「大丈夫。ちょっと頭が痛いけど、すぐに終わらせるから。」
バルバトスのパイロット、三日月・オーガスは彼女の言葉に対して抑揚のない声で返事をする。平素の会話と変わりのない、痛みなど感じていることを思わせる声ではなかった。
「そんなの・・・阿頼耶識が使い過ぎれば、あんたはそれ以上・・・!」
ラフタの声などと意にも介さず、彼は損壊の激しいモビルアーマーに迫ると、手に持った太刀を振るう。斬撃は巨体の装甲に叩きつけられると弾かれ、すかさずバルバトスに対して格闘による反撃を繰り出す。
「・・・へぇ、けっこう固いな。」
バルバトスは余裕を持ちながらその反撃を回避する。回避に専念をすることはなく、三日月はハシュマルの攻撃を捌くと同時に、無数の斬撃を繰り返して装甲に損壊を与える。
「そんな・・・一撃をねじ込むが精一杯だったのに・・・」
モビルアーマーの巨体に吹き飛ばされれば、その一撃でモビルスーツは致命傷となる。それを理解した上でラフタは回避を最優先に戦闘を行っていた。それはラフタだけでなく、彼女が来るまで善戦していた石動、そしてハシュマルに討たれた鉄華団の団員達も同じなはずであった。
「・・・遅いよ。」
足元で動き回るバルバトスに対して、その巨体で踏み付け、蹴り上げ、一撃で葬らんとするハシュマル。しかし三日月はその全てを躱し、両手に握られた太刀でハシュマルを挑発するかのように軽い斬撃を与え続ける。
「――――――――――」
業を煮やしたかのように、金属音を立てて跳躍をするハシュマル。距離を置いてバルバトスの間合いから離れることを狙うが、三日月はそれを許そうとはせず、スラスターを噴射して着地をした直後のハシュマルの上半身へと斬りかかる。
「・・・・・・」
振りかざされ、一気に下ろされた太刀はハシュマルの胴体関節部分に直撃をする。羽のように広げられた左右胴体部分のうち、右の装甲が大きく切り落とされ地面へと落下する。
「――――――――――!!!!!!!」
バルバトスが放った渾身の斬撃に、ハシュマルは体勢を崩して後退する。しかし守勢に回ることを三日月が見逃すことはなく、太刀に携えた悪魔は片翼が千切れた天使に向かい容赦なく襲い掛かる。
「やっぱり・・・これが一番殺せる。」
頑強な巨体の装甲を支える無数の関節。そこへ向かって三日月はバルバトスの太刀を振るい続け、ハシュマルの上半身を切り刻む。
「な、何よあれ・・・私たちが傷を負わせるので苦労したやつを・・・あんな簡単に・・・!」
次々と身体中を切断され、もがき苦しむように暴れるハシュマル。怪鳥を彷彿させた形状の巨体は見るも無残に切り裂かれ、2本の足で首を失った胴体を支えるだけという滑稽な姿へと変わり果てていた。
「――――――――」
「・・・終わりにするよ。」
鉄屑同然となったハシュマルから距離を置いていたバルバトス。接近する悪魔に向かい、最後の抵抗を試みようするモビルアーマーに対して、その左脚を一撃で切り落とす。
「――――」
立つことすら出来なったハシュマルは、残った壊れかけの右脚を軸にしながら地に倒れる。それでもなお戦いを続けるべく、その敵だったものは残された右脚を動かして地を這っていく。
「――」
右脚を動かすことで発せられる、油が切れたような不快な金属音。それがモビルアーマーの鳴らした最後の声となる。破損していた胴体を太刀で貫かれ、それは沈黙するのであった。
「・・・・・・」
悪魔の周りに四散する天使の残骸。鎮座するモビルスーツのパイロット、三日月・オーガスはしばし沈黙した後、機体のコンソールに向けて声を発する。
「ねぇオルガ、敵はもう残っていないの?」
傷一つ負うことのなかった白いモビルスーツ。その中で彼は、次の命令を求めるのであった。
◇
火星。鉄華団の本拠地で呆然とするラフタとアジー。第2の実家ともいえる場所であった2人は、大きく損壊した辟邪と軽微な損傷の百錬の前で立ち尽くしていた。
「終わったん・・・だよね。」
「ああ、終わったな。」
自らが繰り広げた死闘が嘘のように思えてくるラフタ。あまりにも呆気なかったモビルアーマーの最期を、激戦で怪我をしている彼女は思い起こし続けていた。
「ラフタさーん!」
佇む彼女たちを呼びながら、一人の小柄な少年が走り寄ってくる。
「ライド・・・」
「良かった・・・無事だったんですね。火星に降下してきた援軍がいると聞いて、すぐにタービンズのメンバーだと思ったんですよ。でも・・・あいつ相手に無事では済まないとも思って・・・」
「ええ・・・でも、どうにか生きて帰って来れたわ。ライド、あんたも無事だったようね。」
「は、はいっ・・・!」
顔を綻ばせて声を掛けるラフタに対して、ライドもまた笑みを浮かべて言葉を返す。しかし、2人はすぐに真剣な面持ちとなって、彼女は彼に状況を聞く。
「かなりひどい損害みたいね・・・」
「はい。大破したモビルスーツが8機。採掘作業中に突然起動したので、パイロットだけじゃなくて、その周りにいた作業員もみんな・・・」
鉄華団の被害は甚大であった。人員が死傷したのはもちろんのこと、テイワズから調達したモビルスーツの多数がモビルアーマーとの戦闘で鉄屑と化していた。
「三日月さんがいなかったら、俺たちは・・・いや、火星が滅茶苦茶なことになっていました。」
「ホント・・・頼もしいやつよね。でも・・・」
ラフタは戦闘中に聞いたマクギリス・ファリドの言葉を思い出す。ガンダムフレームを使用してのモビルアーマー戦は困難であるという言葉。その制限を打ち破り、バルバトスは強大であった鋼鉄の化け物を倒していた。
「三日月は?戦闘の後、私たちと一緒に基地までは帰って来れていたけど・・・」
「今は医務室にいると思います。本人は相変わらずな感じで元気ですよ。」
「そう・・・なら、良いんだけど。」
ライドの言葉に引っ掛かるものを感じながらも、ラフタは彼に対して生返事する。その様子を見たのか彼は悪戯っぽく言葉を続ける。
「昭弘も元気でしたよ。肝心な時に戦えなかったって、へこんでいましたけどね。」
「なっ・・・べ、別にあいつのことなんて聞いてないじゃない!」
「あれ、心配してたんじゃないんですか?」
「そ、それはまぁ・・・仲間に運ばれたとかって聞いていたら、心配は・・・って、もうっ!ライドっ!余計なことは言わなくていいから!」
「へへっ。」
ライドは茶化されて狼狽えるラフタを見て、屈託のない笑顔を浮かべる。その様子を見ていたアジーが彼女を窘めつつ声を掛ける。
「ほら行くよ。あんたも怪我をしているんだし、ここで話し込んでいたら、みんなの邪魔になっちまうよ。」
「わ、分かっているわよ。それじゃあ、また後でね。」
思いの外元気であったライドと別れると、彼女たちは治療も兼ねて三日月のいる病室へと向かうのであった。
◇
「あっ・・・ラフタさん、それにアジーさんも。」
ラフタとアジーが医務室へ入ると、そこにはベッドで横となる少年、三日月・オーガスと、その傍で彼の世話をする少女、アトラ・ミクスタがおり、入室した2人へと会釈する。
「おつかれさま。いつものことだろうけど、大変そうね。」
「はい・・・って、ラフタさんも怪我をしているじゃないですか!すぐに手当てを・・・」
「これくらい平気よ。それに・・・もっと怪我の酷い子たちもいるんでしょ。私は後でいいから。」
「は、はい・・・それじゃあ。三日月、また後でね。」
アトラの言葉にベッドの上で横になる三日月は小さく首を縦に振り、病室を出る彼女を見送っていた。
「怪我はしていないようだけど・・・ずいぶんと無茶をしたようね。」
「平気だよ・・・オルガが倒してくれと思っていたんだから。俺が出来ることをやっただけ。」
主体性のない性格。目の前にいる少年は自らの意思などなく、ただただ人の命令、そして願いで動くだけの機械のような人間であった。
「ねぇ、それ・・・取ってくれる。」
「えっ?」
彼が目を向けた先、棚の上に置かれた瓶の中には乾燥された紫色の実・火星ヤシが入っていた。
「アトラが食べさせてくれないんだ。もっと栄養のあるものを食べろってうるさくて。」
「なによ・・・アトラちゃんはいないんだし、自分で取ればいいでしょ。」
会って早々に不躾な頼みをしてくる三日月に対して、ラフタは不機嫌そうに言葉を返す。しかし、次に彼から発せられる言葉は彼女に言葉を失わせる。
「なんでもいいから取ってよ。ほら・・・こっちの手以外、自分じゃ動かせないからさ。」
「・・・え?」
ラフタは理解していた。かつて彼が阿頼耶識の影響により彼は右手と右目の機能を失っていたことを知っていた彼女は、彼の平然と言った言葉を理解していた。
「三日月・・・あんた・・・!」
「あれだけの力を引き出していたんだ。タダでは済まないと思っていたが・・・」
冷静を装いながらも、その声とは裏腹にラフタ以上の苦々しい顔をしているのはアジーであった。それに対して呆然とするラフタは、しばらくすると彼の頼みを聞き容れ、棚の上に置かれた火星ヤシを取るのであった。
◇
「それじゃあ、バルバトスに乗っている間は動けたけど、阿頼耶識の接続が解除されると左手以外は動かせないのね。」
「うん・・・まぁ、そんな感じ。」
アジーが出ていく、ラフタと三日月の2人となった病室。彼女に手渡させる火星ヤシを口へ運びながら、彼は他人事のように話を続ける。悲惨ともいえる状態となった自らの身体を、彼が気に留める様子は一切なかった。
「ごめん・・・私たちも出来るだけのことやったんだけど、足止め以上のことは出来なくて・・・」
「いいよ、どうせ俺がやるつもりだったし。」
そう言いつつ、唯一動く左手を差し出し、ラフタに対して火星ヤシを催促する。気負いしている彼女のことも気にすることなく、三日月ただ左手と口を動かすだけであった。
「・・・・・・」
食事の様子を黙って見守るラフタ。目の前にいる少年が自身の敵わなかった強大な敵を討ち、自ら以上に深い傷を負ったことに対して、彼女は彼を見ながら考え浸る。
「三日月は強いね・・・私なんかよりも、ずっと酷い目に遭っているのに。」
下腹部を擦りながら、自嘲するように言葉を呟くラフタ。暗くなった表情を見る彼女に対して、三日月は口に含んだ物を飲み込むと言葉を返す。
「んぐ・・・んっ・・・別に、俺は悪いとは思ってないよ。俺が出来ることは、この身体でも出来るから。」
機械的に左手をラフタに差し出す三日月。彼女は彼の言葉を聞きながら、瓶から火星ヤシを取り出して、その手の上に置く。
「この身体でも、オルガやみんなのために戦うことが出来る。俺はそれが出来れば構わないよ。」
「でもっ!そんなのって・・・辛いでしょ?みんなが出来て、自分に出来ないことがあるのって、辛いことだよ・・・!」
自らが深く負った『傷』の場所を強く握るラフタ。それ以上に、人としての自由を奪われた目の前の少年に対して、彼女は涙声となって同意を求める。
「俺は・・・楽しいよ。」
「えっ・・・」
否定ですらない、予想外の言葉が三日月の口から出たことに、ラフタは目に溜まった涙を戻して彼の言葉に耳を傾ける。
「俺は、戦うことが出来て楽しい。この身体でも、まだ戦うことが出来る。それが俺にとっては楽しいことだから。」
生粋の戦士である彼らしい言葉。無機的な人間である三日月の言葉にラフタは言葉を返すことが出来ない。しかし、続けて彼が口にすることはそうではなかった。
「俺、前にさ・・・殺すのを楽しんでいるって言われたことがあったんだ。」
「・・・うん。」
ただ相槌を返すラフタ。それを聞いているのか定かではないが、彼は言葉を続ける。
「俺は楽しいよ。殺すことも、戦うことも。そうすることがみんなためになるから、俺は楽しんでいる。」
「三日月・・・」
表情こそ変わりはしなかったが、彼の中にある煩悶と呼べる思いが言葉となり、ラフタの耳へと届く。
「俺が楽しいと思うことが出来るから、生きているって感じることが出来る。それをさせてくれているのは、オルガやみんながいるからなんだと思う。」
鉄華団のため、オルガのため、その為に自らの行いを肯定し、彼は生を実感していた。それは紛れもなく、三日月・オーガスという一人の人間が持つ考えであり、答えなのであった。
「ねぇ、あんたは楽しいこととかあったりするの?」
「えっ・・・わ、わたし?」
続けて彼が口にしたのは、ラフタにとって不意となるような問いかけであり、彼女はその答えに言葉を詰まらせる。
「わ、わたしは・・・別に、楽しいことなんて考えてしたりなんて・・・」
返答に困っているラフタに対して、三日月はさらに言葉を続ける。
「タービンズの仲間と一緒にいたり、話をしている時は楽しいんでしょ。それに、俺と一緒で戦っている時も。あとは、昭弘と一緒に戦っている時も楽しそうだよね。」
「なぁっ・・・み、三日月、あんた・・・!」
普段と変わらぬ口調のまま、三日月は彼女の核心を突くような言葉を続ける。戦友の名を出されたラフタは動転し、頬を赤らめながら三日月の顔を見る。
「鉄華団のみんなだって知っていることだし、焦る必要なんてないよ。昭弘だって、あんたのことを特別だと思っている気がする。」
「う、うん・・・そうだよね。そうなんだよね・・・」
『彼』の出されたラフタは恥じらいを見せていたものの、その表情は次第に暗いものとなっていく。それを見た三日月は彼女に聞く。
「どうかしたの?」
「ねぇ三日月、あんたは好きな人と・・・例えば、アトラちゃんやクーデリアさんとずっと一緒にいられたら、何がしたい?」
ラフタの問いに三日月はしばらく沈黙して、考える。そして彼は、あえて彼女が求めていない答えを出す。
「一緒にいられるだけでいいかな。アトラだってクーデリアだって、何かが欲しいとか言うことは・・・」
「嘘だよっ・・・!」
『何かが欲しい』という三日月の言葉に、ラフタは声を荒げて彼の言葉を遮る。そして彼女は嘘を付こうとする彼に声を上げる。
「好きな人と一緒にいたら・・・絶対に欲しいって思うよっ!好きな人と一緒にいたら、絶対に・・・普通は『出来る』んだよ・・・!」
互いに主語の抜けた会話を続ける2人。しかし三日月はそれを理解しており、自らの身体を抱くようにしてうずくまるラフタを光の宿った左目で見つめる。
「じゃあ・・・出来なかったら一緒にはいられないの?」
「・・・えっ?」
その問いにラフタは零れ落ちる涙を途切れさせ、彼の言葉に耳を傾ける。
「俺はアトラやクーデリアと、ずっと一緒にいたい。欲しいものとか関係なく、好きだから一緒にいたいと思うよ。あんたは違うの?」
天然ともいえる三日月の言葉に、ラフタは顔を上げ、うずくまっていた身体を正す。その言葉は彼女が背負う重たいものを軽くし、閉ざしていた心に光を差し込ませようしていた。
「うん、一緒に・・・いたい。」
「だったら、今のままでいいんじゃないかな。失くしたものを取り戻せないんだったら、今あるものを大切にすればいいよ。」
「三日月・・・」
感謝の言葉を口に出そうとするが、彼女は彼の名を呼ぶことが精一杯だった。そして彼は、彼女に同意を求めるように言葉を述べる。
「俺もあんたも、まだ戦うこと出来る。出来ないことがあるかもしれないけど、生きていれば出来ることはある。でも、もし俺が戦うことも出来なくなったら・・・その時はまた、出来ることを探すよ。」
「・・・うん。」
人として出来ることを限りなく失った少年。それでも彼は目に光を宿し、彼女に生きて前へ進むと言う。その姿と言葉に、女として癒えぬ傷を負った彼女は静かに、感謝を込めた短い返事するのであった。
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Phase-10 『謀略』
暗殺の手段としては、生身の状態を襲撃という手もあったんですけどけど。会社の先輩に「ガンダム作品だったらMS使って殺そうよ」と言われ、この展開にしました。
あとついでにイオク様が若干有能キャラになっています。たぶんラフタの次くらいにキャラが変わっているかもしれない。
火星圏内、ギャラルホルン管轄のコロニーに降りた彼らは、窮地に陥っていた。
「これは、一体何の真似だ?」
ギャラルホルンとの商談を行うとしていた名瀬・タービンとアミダ・アルカは、多数の兵士に取り囲まれていた。
「名瀬・タービン、お前には複数の不法行為、及びギャラルホルンの条約に違反する嫌疑が掛かっている。我々アリアンロッド艦隊は、お前たちを拘束する任を受けている。」
複数の自動小銃を突き付けられ、抵抗が出来る状況ではなかった。指揮官と思わしき褐色肌の男は、さらに言葉を続ける。
「モビルスーツ及びエイハブ・リアクターの輸送は、ギャラルホルンのみが行える特例行為。それをお前たちは堂々と、それも繰り返し行っていたようじゃないか。」
「何をいまさら・・・そんな罪状だけで、俺たちをしょっ引くっていうのかい。」
「拘束する罪状としては十分だ。地球圏外の治安を預かる者として、動かない理由はない。」
半ば呆れた口調で指揮官の男に声を上げる名瀬。しかし、不用意に抵抗をすれば命の危機となることは明白な状況なことは変わらず、彼らは兵士たちの言葉に従うのであった。
「名瀬、ここはとりあえず・・・」
「分かっている。こいつらがどう俺たちの動きを掴んだのかも気になるからな。」
囁くように言葉を交わした名瀬とアミダが大人しく彼らに捕捉されると、指揮官の男が近寄って話し掛けてくる。
「飲み込みが早くて助かる。お前たちの背後にいる組織を考慮すれば、大事にはならないだろう。」
「ああ、丁重にもてなしてくれよ。」
冗談交じりの言葉を口にしながら、名瀬はアミダと共にギャラルホルンが用意をしたシャトルへと乗るのであった。
◇
「お疲れさまでした、イオク様。」
「私は何もしていないよ。彼らが大人しく捕まってくれて本当に助かった。」
「しかし、テイワズ幹部の身柄をこうも簡単に拘束出来るとは・・・」
部下の言葉を聞きながらギャラルホルンの指揮官、イオク・クジャンは面白くなさそうに言葉を返す。
「クジャン家の繋がり合ってこその成果だ。私個人の成果ではない。それに、罪状を掘り下げ過ぎると彼らと真っ向からの対立となる。それを避けるためにも、今回は出来るだけ穏便に話を・・・」
イオクが話を続けている中、彼の傍に置かれた通信機へと連絡が入る。
「イオク様!本コロニーに所属不明のモビルスーツが接近しています!」
「なに・・・機数は!?」
「確認出来るだけで2機。迎撃をなさいますか?」
「ああ、私が出る・・・と言いたいところだが、こちらは指令室に戻る。速やかに戦闘準備にかかれ。」
突然の連絡を受けたイオクは、可能な限りの指示を出してコロニー内の指令室へ向かう。
「状況は?対象はどこへ向かっている?」
「それが・・・どうやら拘束したテイワズ幹部を乗せたシャトルへ向かっているとのことで・・・」
「っ・・・!?迎撃部隊をシャトルの護衛に回せ!あれには私の部下も乗っているのだぞ!」
彼は瞬時に理解した。所属不明のモビルスーツが何を目的としてコロニー周辺へ接近したのか。そして、彼がそれを察知した時には、敵である者達の動きは機先を制しているのであった。
◇
「・・・あいつらに連絡くらいは取ってやりたいな。」
「あいつらねぇ・・・ラフタ達のことか、それとも鉄華団のことかい。」
護送されるシャトルの中、名瀬とアミダは残した家族のことを気にかけていた。
「オルガたちは大丈夫さ。あいつらはテイワズで収まるような奴らじゃない。きっと、俺を越えていくさ。」
「ラフタは、どうなのさ。」
「・・・・・・」
アミダの問いかけに、名瀬は沈黙を貫く。それ以上、彼女も彼に対して問おうとはせず、シャトルの中にはしばらく静寂が訪れる・・・はずだった。
「おい、なんだあれ・・・モビルスーツか?」
「よく見えんが、俺たちの友軍機ではないような気が・・・」
2人を護送する任務に就いていたギャラルホルンの兵士たちがそう話をした直後、シャトルに大きな衝撃が走り彼らは皆、座席から大きく吹き飛ばされていた。
「・・・っ!!!!!」
「ぐぅっ・・・・!!!!」
機体が大きく揺れ、船内の壁に激突する名瀬とアミダ。それによる負傷など気にすることなく、彼はアミダの元へ寄り声を掛ける。
「どうやら・・・俺たちを嵌めた連中がおいでなさったようだ。」
「落ち着いているね・・・ここから生きて帰れると思っているかい。」
アミダの言葉に名瀬はただ笑みを浮かべるだけであった。周囲で狼狽するギャラルホルンの兵士たち。その喧騒も聞こえないかのように、彼らは残された時間で話を続ける。
「ラフタのことだけどよ。俺は、あいつのことをお前と同じくらいには・・・」
「ああ、知っているよ。でも、もう少し見てやってもよかったんじゃないかね。」
シャトルが被弾したためか、周囲で爆炎と煙が立ち込め始める。その最中に、彼は困り顔となって彼女を見つめる。
「・・・お前ほど面倒な女は、一人で十分だよ。」
その言葉に、彼女は満足気に笑みを浮かべる。
「ははっ・・・やっぱりあんたは、いつまでもガキのままだね。」
緩やかに流れるような時の中、2人は静かに抱き合って口付けを交わす。そして、彼らはそのまま爆炎と閃光の中で、永遠に愛を確かめ合うのであった。
◇
「ウソ・・・でしょ?」
その凶報に、彼女たちは愕然としていた。名瀬とアミダが謀殺されたことを、ラフタ達は鉄華団の拠点である火星で知るところとなった。
「はっきりとしたことは分からねぇ。だが・・・兄貴と姐さんがギャラルホルンに拘束されて、そのシャトルが消息を絶ったというのは確実らしい。」
鉄華団の団長、オルガ・イツカは険しい表情で彼女たちに現在の状況を伝える。彼の話がテイワズ経由ということもあり、彼女たちはその受け入れがたい事実に唖然とするしかなかった。
「どうして名瀬が・・・タービンズはギャラルホルンと協力関係を築いていたはずじゃ・・・」
「マクギリスからの情報では、兄貴たちを拘束したのはアリアンロッドの連中とのことだ。指揮系統が異なる連中のやったことだから、事前に防ぐことは厳しいものだったと言っていた。」
「防げなかったって・・・それじゃあ、だからって指をくわえて見殺しにしたっていうのかい!?ふざけるんじゃないよっ!」
オルガに対して胸ぐらを掴み、食って掛かるアジー。冷静さを欠いている彼女に対して、彼はただ小さく声を上げる。
「すまねぇ・・・本当に何も出来なくて情けねぇ。ああ、俺だって何も言えねぇんだよ・・・!」
「聞きたいのはそんな言葉じゃないよ・・・!あんただって、名瀬が死んで、あいつが死んで・・・うっ、ううっ・・・!」
オルガを問い詰めながら、嗚咽を漏らし始めるアジー。その様子を見ていたラフタは、アジーと入れ替わるようにして彼へ問う。
「タービンズの・・・他のみんな大丈夫なの?」
「えっ・・・あ、ああ・・・それなら大丈夫だ。マクギリスの手配もあって、ハンマーヘッドは無事歳星へと戻っている。」
「そう・・・なら、よかったわ。」
「ラフタ、あんた・・・」
オルガもアジーも見ることなく、ラフタは遠い目となってそうつぶやく。冷静とも虚無ともいえるような彼女の様子に、取り乱していたアジーは訝しさを感じているのであった。
◇
凶報から数時間後。ラフタとアジーは彼女たちの自室で歳星に帰還していたエーコと通信していた。
「本当に大丈夫かい?」
「うん、平気よ。みんなまだ落ち込んでいるけど、あんたたちが戻ってくるまでの間は私が頑張るから。」
「無理、しないでね。」
「それは私があんたに言いたいことよ。悔しいけど・・・今はまだ、動いちゃいけない時期だと思う。」
エーコの言葉に首を縦に振る2人。続けて彼女は、わずかに表情を曇らせて話を続ける。
「ねぇ、いま周りには2人以外に誰が・・・鉄華団の団員はいる?」
「いや、私たちだけだが・・・」
「そう・・・だったら伝えても大丈夫ね。」
アジーに対してそう確認をすると、エーコは2人に対して真剣な表情となって話を続ける。
「火星にいた2人とタービンズの団員には伝えていないのだけど、ギャラルホルンからテイワズに入った情報には、あまり良くない・・・ううん、悪い話も含まれていたの。」
「悪い話・・・?それは、もちろん私たちにとって悪い、ということよね?」
そう問いかけるラフタに対して、エーコは無言で頷く。そして彼女はさらにラフタとアジーに対して事実を伝えていく。
「名瀬と姐さんを乗せたシャトルを襲撃した所属不明のモビルスーツだけど、それを追撃したギャラルホルンが確認した機体は・・・イオフレームに類似していたとのことよ。」
「えっ・・・!?」
「お、おい・・・まさかそんな話が出ているって言うのは・・・!」
イオフレーム。現在、鉄華団の主戦力となっているモビルスーツの一つである獅電。その機体に採用されているのがイオフレームであった。そしてテイワズ傘下組織で、その獅電を最も多く使用しているのも鉄華団であった。
「テイワズの幹部は皆、鉄華団に疑いの目を向けているわ。おそらく・・・この話が私たちタービンズのみんなにも伝わったら・・・」
先刻のオルガ以上に苦々しい顔となるエーコ。ラフタとアジーはその表情から察するに、彼女は鉄華団を信じているようであった。
「いま火星にいる、私たちの処遇は?」
ラフタの問いに対して、エーコは首を横に振る。
「テイワズ本部からは、まだ何も言われていないわ。現状、疑いがあるというだけで、鉄華団が反乱分子として公にされることはないはずよ。」
「そんな状況が、少しでも長く続けばいいけどな。」
「ええ・・・あなたたち2人は鉄華団と関わり過ぎた、それがテイワズの目にどう映るか・・・十分に気を付けてね。」
「ええ・・・分かったわ。」
そして通信が終わり、ラフタとアジーはタービンズのことを思いながらも、自分たちの立場を改めて考える。
「オルガたちがダーリンを襲うなんて、考えられないわよ・・・!」
「ああ、少なくとも獅電が使われているということは、テイワズ傘下の組織ならどこでも出来るという話でもある。」
それでも疑いの目が鉄華団へと向かう理由。そうなることを望む何者かが存在するであろうことに、彼女たちは自ずと辿り着くのであった。
「わたし・・・そんなことをする連中に心当たりがあるのよね。」
「あたしにもあるぞ。さっきからあの下品な男の顔が、頭から離れないんだ。」
顔を見合わせるラフタとアジー。そして、彼女たちは行動を開始する。名瀬・タービン亡き今、タービンズと鉄華団の未来は彼女たちの行動に掛かっているのであった。
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Phase-11 『流血』
アニメ本編では描かれませんでしたが、ラフタやアジーの生身での戦闘能力はどれほどのものなんでしょうかね。やはり三日月クラスはあるのか考えてみたりも。
そして今回は死体が転がります。明確に生身の人間が死ぬ描写を描くのは初めてだった気がします。
次回最終話はもっと転がります。たぶん生きている人間より死体のほうが出てくると思います。置いておくだけで演出になるなんて、死体は便利だz(ry
自室の椅子に座り、組んだ足を机に乗せ、片手に電話を持つ男がいる。
「それで、お前さんは俺たちに手を貸すということか。」
「我々にとっては協力というわけではない。しかし現状、お前たちが存続することには利がある、それだけのことだ。」
「どの面下げて、そんなことを都合の良いことを言ってくることが出来るんだか・・・」
彼は話をしていた。相手は決して好ましいとは言えない、敵ともいうべき人間ではあったものの、交渉するに値する人間でもあった。
「名瀬・タービンの死に、私の責があることは承知している。だが、我々にも犠牲が出ているのだ。表立っての糾弾が出来ない以上、こうする以外に手は残っていなかった。」
「ああ、あんたらにも意地ってものがあるのは理解出来るよ。」
男の言葉に彼は納得をする。苦境に立たされた自分たちの状況を顧みれば、無碍にすることなど出来ないのであった。
「我々は既に血を流している。次はお前たちが流す番であると、理解をしてもらおうか。」
「生憎だが、俺たちの血は俺たちのためにしか流せねぇ。あんたたちのことは利用させてもらう。だが・・・血を流すのは他の誰でもねぇ。俺たちのためだ。」
「ふっ・・・勝手するがいい。」
そうして彼らは通信を終える。組んでいた足を降ろし、静かに受話器を戻す彼、オルガ・イツカの目には、怜悧で残忍な復讐の炎が宿っているのであった。
「話は終わったの?」
「ああ・・・この話に乗っちまえば、あとは引けねぇ。だが、乗るしかねぇだろうな。」
椅子に座る小柄な少年に返事をするオルガ。彼はさらにオルガに命令を求める。
「で、次はどいつを殺せばいい?」
「落とし前を付けるのはもう少し後になる。その前に、少し気がかりなこともあるからな。ミカ、準備も兼ねて手伝ってもらうことがある。」
些か訝しそうにオルガの顔を見る少年。しかし、彼がオルガの望むことを拒むことはなく、鉄華団団長であり、家族でもある男の残忍な表情に期待を膨らませているのであった。
◇
「対象を発見。ああ、一人で街中を歩いている」
火星の都市・クリュセ。黒のスーツを着て、小型のインカムを装着した一人の男は、一人の女を尾行していた。既に日は暮れ、人影は少なく、周囲に彼を怪しむ人間はいなかった。
「一人で街へ出歩くとは・・・大した度胸なのか、ただのバカなのか・・・」
物陰に隠れ、男が見つめる先にいる女。金髪を2本に結び、少女ではないが、女にもなりきれておらず、肌を見せる事を嫌うように露出の少ない衣服を着た彼女は、周囲を気にすることなく男の前方を歩き続けていた。
「まもなく繁華街から離れる。対象が死角に入り次第、実行に移る。」
スーツの内ポケットに忍ばせた小型の拳銃。人間を殺傷するには十分な威力があり、急所ではなくとも人体に命中をさせれば確実に動きを鈍らせる代物であった。
「・・・・・・」
息を殺しながら女の尾行を続ける男。戦闘訓練を受けているためか、女は良い姿勢で、服の上からでも鍛えられた身体である見ることが出来た。
「・・・」
辺りに人影はなくなり、女は男が望む通り人目の届かない路地裏へと入っていく。計画の成功と期待に逸る心を落ち着かせ、彼は女が入った路へ歩みを進める。
「対象が死角に入った。これより計画を実行する。」
インカムに連絡を入れ、スーツに忍ばせていた銃を取り出し安全装置を外す。そして、路地裏の入り口に背中を預け、男は目標を確認すべく路地へと顔を覗かせる。しかし
「っ!?」
男の視界には誰が映ることもなかった。目標を見失ったことによる動揺。それを満足に抑え込むが出来ないまま、彼は手に持った銃を構え、その路地へと足を踏み入れる。それが命取りであった。
「っ・・・・!!!」
「なっ・・・うぐぅっ!?」
男の視界に人影が入り、その直後に彼は驚きの声を上げる間もなく銃を手放し、咄嗟に両手で股間を抑えながら地に膝をつく。だが下半身から駆け上がる激痛に呻くことも許されず、跪くのと同時に顔面へと重い一撃を受け地に伏していく。
「あっ・・・がっ・・・お、おぉぉぉ・・・!」
ようやく痛みを訴える声を上げた時、男は無様に倒れ込んでいた。しかしそれも長くは許されず、彼は先程目に入った人影に胸座を掴み上げられ、建物の壁に叩きつけられ、自らの頭部に銃口を突き付けられているのであった。
◇
火星の都市・クリュセ。人目に付かぬであろう路地裏で、ラフタは一人の男に拳銃を突き付けていた。
「あんた、JPTトラストの人間なんでしょ。後を付けられたこと、バレてないとでも思っていたの?」
「ぐっ・・・うぅぅっ・・・」
満足に声を出そうとしない男に対して、ラフタは怒気の含んだ声を発し、右手に持った拳銃の銃口をさらに強く、男の頭に押し当てる。
「な、何も話はしないぞ・・・!どうせ名瀬がおっ死んでお前らは、組織としてお終いなんだからな・・・!」
「うるさいっ!誰が・・・誰が終わらせるもんか!ダーリンの・・・名瀬の守ってきたものは私が・・・!」
「ははっ・・・あいつの飼われていたお前らに、何が出来・・・」
そう男が言葉を言い終える前に、ラフタは彼の頭に当てていた銃口を足元へと向け、容赦なく引き金を引く。
「うぐぅっ・・・!お、おおっ・・・」
路地裏に銃声が鳴り響き、男の左足甲を銃弾が貫通する。苦悶の表情と共に呻く彼の頭に対して、ラフタは再び硝煙の臭いのする銃口を擦り当てる。
「答えて。名瀬を手に掛けたのはあんたたちなんでしょ?私たちにはそうとしか考えることが出来ないの。テイワズの中でも・・・あんたたちのボスが私たちを目障りに思っていたのだって知っているだから・・・!」
「ふんっ・・・だがそこまで分かっていて、お前らには何が出来るというんだ。俺を捕まえて、バラして憂さを晴らすだけか。」
「あんた一人を殺したところで、私たちの立場が変わるわけじゃない。少なくとも・・・生きていることに価値は与えてあげるわ。」
あくまでも嘲笑する構えを崩さぬ男に対して、ラフタは底冷えするような声で言葉を言い放つ。その最中、2人が問答をしている路地裏に一人の女が入ってくる。
「・・・アジー。」
「上手くいったようだね。まぁ、名瀬と姐さんの次に狙うとすれば、あたしがあんたのどちらか、だろうからね。」
「そっちは?」
「殺しはしていないさ。まぁ・・・やり過ぎて声を出すことは出来なくなっちまったけどね。」
「そう・・・でもまぁいいわ。こいつはまだ口を利くことが出来る。」
歩み寄ってきたラフタの相棒、アジーに対して首尾を聞く。些か不満を持ちながらも、彼女は自らが得た「成果」をアジーに見せ、その動きを完全に止めるべく右足を撃ち抜く。
「あがぁぁっ!あっ、あぁぁぁっ・・・!」
「おいおい・・・私みたいにやり過ぎないでくれよ。」
「分かってるわよ・・・!あとはこいつと、あんたの捕まえたほうを鉄華団に引き渡して、私たちの話を・・・」
彼女たちの計画は順調だった。名瀬を謀殺した組織の人間が次に狙う標的。そしてそれがどこで行われるか。ラフタとアジーはそれを完璧に予測しており、その刺客となる者たちを捕らえることに成功していた。そう、この時までは
「・・・ん?おいどうしたんだ、ラフ・・・」
ラフタが言葉を止めたことに訝しさを感じ、声を発するアジー。しかし、その時ラフタの目には映っていたのは、アジーの背後で彼女に銃口を向ける第3の男の姿であった。
「っ・・・!!!」
咄嗟の判断であった。アジーに向けて銃を構える男を見たラフタは、彼女と入れ替わるように2人の間へと割って入る。そして次の瞬間、男の前に立ちはだかったラフタの身体へと無数の銃弾が突き刺さる。
「・・・!!!」
骨が折れ、突き刺さるような痛み。しかしそれを感じる間もなく、彼女の身体は空へと向き、仰向けとなって地へと倒れ込む。暗くなり始めた視界で最後に映ったのは、狼狽えて泣き叫びそうになる親しき仲間、家族の顔であった。
◇
「っ・・・!!!!!」
アジーは涙を堪えて自らの銃を手に取ると、ラフタを銃撃した男に向かい発砲する。撃った弾丸は男の眉間へ突き刺さり、頭部から少量の血を流しながら地に伏していく。
「お前ら・・・よくも・・・!」
さらに彼女が後ろを振り向くと、そこには両足を撃ち抜かれて重傷を負っていた男が這い蹲り、地面に落ちた銃を拾って反撃しようとする光景であった。
「このっ・・・!」
アジーは振り向きざまに男の顔面を蹴り飛ばし、拾おうとしていた拳銃の元から吹き飛ばす。そして、空いた左手で地面に落ちていたそれを拾い上げると、倒れ込んだ男の両手に向かって容赦なく発砲する。
「簡単に殺してなんてやらないよ・・・!全部、洗いざらい吐いた後に殺ってやる・・・!」
そして、両手に持った銃を捨てたアジーは、自らを庇って倒れたラフタの傍にしゃがみ、彼女を抱き上げる。
「ラフタ・・・おい、ウソだろ・・・!?どうして、どうしてお前なんだよ・・・!」
いつかと同じ光景。自らではなく、仲間であり家族が死に直面することに、アジーは再び自らを呪い、そして物言わぬ彼女に問いかける。
「名瀬がいなくなったタービンズを守るんだろ?姐さんの代わりを務めるんじゃないのかよ・・・!おいっ!何か言ってくれよっ!」
大粒の涙を溢し、アジーは彼女に対して声を上げ続ける。彼女と同様に自らも血に染まることを意に介さず、アジーは必死に問うのであった。
「守ってなんて死ぬなよ・・・死ぬんだったら、戦って、戦って・・・!」
落涙するアジーの元に、再び何者かが近寄ってくる。存在を隠そうとせず、敵意を剥き出しにした数人の男たちは、路地裏の惨状を見るや跪き泣き叫ぶ彼女に銃を構える。
「・・・・・・」
男たちのほうへと向き、彼女は抗おうとした。抱きかかえるラフタが手に持つ銃を取り、敵対する者達へ銃を向けようとする。しかし、彼女が握り締めた銃は、決して彼女の手から離れようとはしなかった。
「・・・ふっ。」
その瞬間、アジーは泣くことを止め、口元に笑みを浮かべる。それは、戦士として倒れた彼女に対する満足感を得た微笑みであった。
「ああ、笑って死んでやるよ。あんたのため・・・」
そう言い終える前に無数の銃弾が放たれて血肉を飛び散らせる。彼女が眺めるその先には、亡き者となった男たちの血の海が広がっているのであった。
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Phase-12 『報復』
というわけで処刑回です。ちょっとグロテスクな描写あります。頭が吹き飛んだり、脳みそが飛び散る描写がありますが、ちょっとだけです。え、十分だって?いや、手加減しないとR-18Gにカテゴライズされちゃうかr(ry
コメディ色が強いと思ったら負けです。ネットに毒され過ぎているんだと思います。あともう1回くらい続きます。グロは今回で最後です。次回は若干のエロがあるかもしれません。とりあえず書いておきました。それでは
「・・・やったか?」
「ああ、もう動いている奴はいねぇよ。デイン、確認をしてきてくれ。」
倒れ込むラフタと、それを抱きかかえるアジー。彼女たちが蜂の巣となる寸前に、彼らは敵となる人間たちを全て無力化していた。
「あんた、鉄華団の・・・ええと・・・」
「ハッシュです。ハッシュ・ミディです。もう入って半年は経つんですから、覚えてくださいよ。」
小銃を片手に持った青年、ハッシュは半ば呆然とするアジーに苦笑いを浮かべながら声を掛ける。
「アジーさんは、どうにか無事みたいですね。ラフタさんは・・・」
「・・・あ、ああ!私は大丈夫だ!だからこいつを・・・ラフタを早く・・・!」
「わかっています。ザックが車で待っていますから、早く運びましょう。おいデイン、そっちは・・・」
ハッシュがそう言い終えるまでに前方から銃声が響く。その音に彼とアジーが思わず振り向くと、そこには平然とした顔で倒れていた男の頭を銃で撃ち抜く巨漢の姿があった。
「ああ、すまない。また息をしていた奴がいてな。いま終わったところだ。」
「そ、そうか。あとは、そいつを連れ行けばいいんですね。」
ハッシュはラフタが捕らえた男に目を向け、アジーに確認をする。
「そうだ。そいつに洗いざらい吐かせないと、私たちの立場は悪いままだ。」
「ということだデイン、そいつだけは生かしておいてくれ。」
「ああ、わかった。」
巨漢の男、デインは頷くと倒れ込んでいたラフタを抱え、彼らが乗ってきた車へと向かう。そしてその後からハッシュはアジーと共に彼の後を歩き始める。
「どうしてここが分かったんだい。ジャスレイの子飼いを捕らえる計画は、鉄華団の連中に話していなかったが・・・」
ハッシュたちが駆け付けたことに安堵しながらも、アジーは彼らのことを訝しく思う。それを彼も理解した上で、些か話しづらそうに言葉を返してくる。
「すいません、俺たちもラフタさんやアジーさんのことを監視するように指示されていたんです。」
「監視・・・?」
決して穏やかではない言葉にアジーは彼に対して不信の目を向ける。それを察したハッシュは弁解をするように、慌てて声を上げて言葉を続ける。
「あっ・・・いえ、別に信用していないとか悪い意味じゃなくて。2人がタービンズの人間ということですから、団長と三日月さんに目を離すなと言われたんですよ。」
「オルガと・・・三日月が?」
彼を不信に思っていたアジーの目が丸くなり、虚を突かれたような顔となる。そんな彼女を見ながらハッシュは頷き、さらに言葉を続ける。
「はい。特に三日月さんは、ラフタさんのことを特別気にしていた感じですから。」
「ラフタのことを・・・?一体なんて言っていたんだ?」
アジーの問いかけにハッシュは照れ臭そうにしながらも、三日月の言葉をそのままアジーに伝える。
「いつもよりも真剣な顔で俺に言ったんです。『俺の代わりに昭弘の家族を守ってくれ』ってね。」
◇
クリュセでの襲撃事件から数日後。街の外れに建つ廃倉庫には、人間の身体を痛めつける音が鳴り響く。
「ごふぅっ・・・!はぁ、はぁ・・・げほぉっ!がっ・・・あっ、あがぁっ・・・!」
地面に固定された鉄の台座に縛り付けられ、身ぐるみを全て剥ぎ取られた体格の良い男は、複数の年端もいかない少年たちから暴行を受け続けていた。
「はぁ、はぁ・・・てめぇら、自分たちが何をやっているのか分かったんだろうな?てめぇらみてぇがガキが、俺らテイワズに楯突いてのうのうと生きることなんざ・・・がぁっ!」
言葉を遮るように一人の青年が男の割れてしゃくれた顎を、勢いよく横から蹴り上げる。その衝撃で数本の歯が折れ、地面へと転がり落ちる。
「分かってねぇのはあんたのほうだぜ。のこのこと火星まで出向いて、自分トコの兵隊を皆殺しにされてとっ捕まってんだからな。」
「ぐぅっ・・・!」
言葉を失うその男、JPTトラストの代表でありテイワズのナンバー2であるジャスレイ・ドノミコルスを冷徹な目で見るのは、鉄華団の副団長、ユージン・セブンスタークであった。
「なぁ、どんな気分だよ。罠にハメたと思った連中にハメられて、身ぐるみ全部引っぺがされて捕まるって気分は・・・」
ジャスレイにもたらされた情報。彼が企てた離間策により、後ろ盾であるタービンズ、さらにはギャラルホルンと仲違いをした鉄華団は孤立化、火星に駐留していたタービンズの幹部も彼らを装ったジャスレイの部下に殺害されテイワズの敵となった鉄華団を、テイワズナンバー2として彼は粛清に向かったのであった。
「おかげであんたのトコの物資や人員は全部、俺が頂戴出来たってものさ。まぁ、あんたらが宇宙ネズミとバカにしていた奴らにまで裏切られるとは、思っていなかっただろうな。」
全てはジャスレイを火星に向かわせるための偽報であった。それだけでなく、JPTトラストに「利用」されていたヒューマンデブリは鉄華団に呼応して造反。彼らによってジャスレイ配下の正規戦力はその悉くが無力化され、満足に戦闘が出来ないまま、首領であったジャスレイは鉄華団の実働部隊によって捕縛されていた。
「俺たちみてぇなガキに、こんな惨めな姿を晒すことになるなんて・・・あんたの気分を考えるだけで最高な気分だぜ。」
広い廃倉庫の中にいるのは彼らとジャスレイだけはなかった。彼を嬲る鉄華団の団員の背後、そこにはジャスレイの部下「だった」肉塊が無造作に転がっていた。
「おいユージン、もう生きてるのはそいつだけなんだからよ。もっと優しく扱ってやったほうがいいんじゃねーの?」
「わかってるよ。つっても俺だって、日頃から鬱憤が溜まっていて・・・」
ジャスレイを嬲りながら、ユージンは愚痴を零す。彼を窘める青年、ノルバ・シノは苦笑いを浮かべてそれを見ているのであった。
「ん・・・来たみたいだな。」
その場にいながら彼らの私刑とも呼べる行為を、ただ黙って見ていたのは鉄華団の団長、オルガ・イツカ。音がした廃倉庫の入り口へ彼が振り向くと、そこには一人の体格良い筋肉質の青年と、一人の若い女が立っていた。
「遅かったな昭弘。こいつらが殺さないかと、焦っていたんだぜ。」
「そんな風に思ってたようには・・・見えないな。」
仏頂面のまま言葉を口にしながら、屋内へと歩みを進める男とその後に続く女。昭弘と呼ばれた青年は横に並んだ彼女に向かい、表情を変えることのない女へ静かに声を掛ける。
「ラフタ・・・」
「うん、ありがと。私は・・・大丈夫だから。」
その言葉を聞き、昭弘は自らが所持していた大型の拳銃を彼女に差し出す。虚ろな目のまま差し出されたグリップを握り、彼女は彼の手から銃を受け取ると、若い男たちに拘束され暴行を受けている惨めな巨漢へ近づいていく。
「あぁクソっ!いくら殴っても気が済まねぇ!デインのバカが兵隊を簡単に始末しやがるからこいつだけがオモチャに・・・んっ?」
ジャスレイを鬱憤の捌け口として嬲っていたユージンが、背後から近付いてくる気配に気づく。振り向いてその姿を見ると、彼は呆気に取られた表情となりつつも彼女の名を呼ぶ。
「ラフタ・・・さん。」
彼は言葉を失っていた。銃を片手に握り立ち尽くす彼女、ラフタ・フランクランドは、あまりに直視することが躊躇われる姿なのであった。
「がはっ・・・ゲホッ、ゲホッ・・・!イかれたガキ共が・・・あぁ?」
私刑を受けていたジャスレイが青痣と血に塗れた顔を上げると、そこには露出度の高い服を着た、一人の女が銃を片手に自らを見下しているのであった。
「てめぇは、名瀬んところの・・・」
腕や肩には新しい銃創が。露わとなった肌に刻まれる夥しい数の傷跡。とりわけ臍を中心とした腹部辺りには、再生医療でも修復が不可能であっただろう大きな貫通痕が残っており、目にする者に嫌悪感すら与え、降りかかった凶事の凄惨さを物語っていた。
「なんだよ・・・おめぇのことも仕留め損ねていたのかよ。まったく・・・使えねぇ連中だな。」
「ええ・・・無能な『男』ばかりで気の毒になりそうだったわ。」
男、という個所を強調するようにしてジャスレイへ言葉を返すラフタ。女を蔑むテイワズナンバー2の男を前に、彼女は女として傷に塗れた身体を隠すことなく、自らの全てを見せて対峙していた。
「調子こいてんじゃねぇぞ・・・てめぇらみてぇな女とガキだけで、世の中が回せるとでも思っているのかよ。」
「・・・・・・」
「所詮お前らは名瀬のバカに使われているだけの道具だったんだよ。俺達テイワズを敵に回したカス共に、生きていく場所なんて無ぇんだからなぁっ!」
愉快そうな笑みを浮かべ、下卑た声で彼女と鉄華団を貶めるジャスレイ。屈辱的な姿になっても尚この男の威勢が衰えぬのは、テイワズという大組織に身を置き、それを誇りとしているからなのだろうか。
「家族だ兄弟なんてぬかす甘っちょろい奴らが見れる世界なんざ、クソみてぇに狭いものにしかならねぇだろうな・・・!」
計略と打算によって生きてきたであろう彼らしい言葉に、その場にいる鉄華団の団員たちは青筋を立ててその男を睨む。
「おい、おめぇもこんな連中に先があると思っているのか?兄貴分だなんて慕っていた男のためだけに頭のネジが外れるような奴らだぜ?」
ジャスレイはさらに、目の前に立っているラフタに向かって声を掛ける。
「先が無ぇのは分かってんだろ。いっそのこと俺の女にでもならねぇか?あのバカと違って、戦わせることなんかねぇし、食うには困らせねぇ。」
挑発なのか籠絡なのか、彼の言葉は聞くにことすら耐えがたい下劣なものであった。この期に及んで誇りを捨てることがないこの男、ジャスレイ・ドノミコルスは彼女や鉄華団と対極に身を置いて、自らを貫く男であるのかもしれない。
「お前だけじゃねぇ、名瀬が囲んでいた女ども全部面倒を見てやる。だからよ、そいつでこの頭のおかしいガキ共を・・・んぶぉぉっ!!!!!!」
その言葉を遮るように、ラフタは手にしていた拳銃の銃身をジャスレイの口内へ押し込む。二度と言葉を出せないように、名瀬を貶め、鉄華団を陥れ、何よりも愛する者を殺したその男の口を彼女は塞いでいた。
「十分よ・・・あんたは私たちを、みんなをバカにした・・・!頭がおかしくたっていいわよ・・・あんたは、殺してもいいやつなんだから・・・!」
「・・・・っ・・・・っ・・・!」
何か必死に訴えかけるジャスレイに向かい、ラフタは目に光を宿してそう言い切る。そして、恐怖で小水までをも垂れ流した男を前に、彼女は宣言する。
「生き抜いて見せるわ。ダーリンの・・・名瀬が見る事の出来なかった世界を。生きて、生き続けて、絶対に止まらないで・・・絶対に生き抜くわ!」
その言葉を言い終え、ラフタは引き金を引く。鈍い銃声が鳴るのと同時に放たれた弾丸はジャスレイの後頭部を突き破り、その衝撃で頭の上半分が宙へと舞う。辺りには血肉が舞い、大量の血液が銃を撃ち放ったラフタへと降り注ぐ。
「・・・・・・」
表情を変えることなく、ラフタはジャスレイだった肉塊を見つめる。頭部の上半分を失ったその身体は、僅かに躍動を見せた後に機能を止め、吹き飛んだ眼球や頭蓋骨、鼻などの人体の一部は彼女の足元に落ちていた。
「殺し続けるわ、生きるために。そして楽しんであげる、生きることを。」
物言わなくなったジャスレイ・ドノミコルスだった肉片を前に、ラフタはそう言葉を述べる。そして、足元に落ちていたそれを彼女は渾身の力で踏み抜いた。脳髄が飛び散り、頭蓋骨が砕け、人間の身体であったそれは廃倉庫の汚れと化すのであった。
◇
廃倉庫に通信音が鳴り響く。その発信源である電話をオルガは手に取り、椅子に拘束されたままの死体を眺めながら応対する。
「ああ、いま終わったぜ。親父・・・いや、マクマード。」
『オルガ・・・お前、自分が何をしているのか分かっているんだよな。』
電話の相手はマクマード・バリストン。テイワズのトップであり、先程この場で亡き者となったジャスレイ・ドノミコルスの上司であった。
「殺ったのは俺たちじゃねぇ。こいつは名瀬の敵討ちで、俺たちはそれに手を貸しただけだ。」
『覚悟は、出来ているんだな。』
「覚悟?笑わせんじゃねぇ。てめぇの部下も満足に扱えねぇ耄碌したあんたに、覚悟なんざ問われる筋合いは無いぜ。」
父親同然の人間を相手に、オルガは決定的な挑発を行う。電話越しに歯ぎしりの音が聞こえるほどに激しているマクマード。そして彼が声を発する前に、オルガはスーツの内ポケットに手を入れ、さらに言葉を続ける。
「名瀬の女は俺たちが面倒を見てやる。老いぼれた爺さんは野心なんざ捨てて、精々食い扶持が無くならねぇように気を付けることだな。」
電話の電源を切り、スーツの内ポケットからオルガが取り出したのはマクマードと交わした契りの盃。彼はその盃を右手から滑り落とし、廃倉庫の汚れた床で割り捨てるのであった。
「へっ・・・俺も、色々とスッキリ出来たぜ。」
「おいおい、あんな言い過ぎちまったら、あの爺さん血管切れて死んじまうじゃねぇの?」
「俺らが抜けたところで何とも思わねぇだろう。まぁ・・・ジャスレイを野放しにした落とし前はあいつらにも付けてもらうけどな。」
シノの言葉へ愉快そうに返事をするオルガ。そして彼はその場にいる鉄華団の団員に向かって声を上げる。
「これで俺たちは最初に逆戻りだ。だがゼロになったわけじゃねぇ。あの時にはなかった戦う力が俺たちにはある。大切なものを守れる力がある、手段と選択がある。決めるのは俺だ。お前らの意思で俺が決めてやる。」
彼の目は真っ直ぐだった。迷いはなく、貫き通そうとする意志が宿っていた。同時に悪魔へ魂を売ったような笑みに、彼らは惹きつけられるのであった。
「勝ち取れるかなんて知らねぇ。だが俺たちは俺たちの意思で生き続ける。生きている限り前に進み続ける。だからよ・・・絶対に、止まるんじゃねぇぞ!」
彼は覚悟を示した。示すべき者たちに示した。見せるべきものは希望ではなく結果。鉄華団の団長として彼、オルガ・イツカはそれを見せる覚悟を彼らに示したのであった。
◇
オルガの言葉を聞きながらも、昭弘は血に塗れた彼女に目を向けていた。
「・・・ラフタ。」
名を呼ばれた彼女は彼へと顔を向ける。血で汚れたその顔には虚無感が漂い、虚ろな目で彼を見ていた。
「お前は・・・これでよかったのか?」
「私は、迷わないよ。ううん・・・もう、迷えないんだよ。」
笑みを浮かべるラフタに、彼はさらなら不安を覚える。死線を越え、何かが壊れたような雰囲気を漂わせる彼女へ、彼がそれ以上問いかけることはなかった。
「これから大変になりそうね。でも・・・これからもよろしくね、昭弘。」
微笑みながら言葉を口にするラフタ。返り血を浴び、銃を片手に握ったまま気丈に振舞う彼女に対して、昭弘はただ頷くのであった。
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Phase-13 『覚悟』
中途半端な場面で終わっているのは仕様です。一応全年齢向け作品として投稿をしているので、露骨な性描写は避けました。極めてソフトな表現を心掛けたつもりです(当社比)。
そんなわけで次回がエピローグとなります。またまた続いてしまい申し訳ないです。ラフタの出した答えを書ければいいなと思う所存であります。
「そうですか。それでは、彼らは・・・」
「はい。テイワズとの協力関係を解消しても、クリュセとアドモス商会の防衛・警護は続けるとのことです。」
恰幅の良い中年の女性、アドモス商会の秘書ククビータ・ウーグに結果を伝えられ、その代表、クーデリア・藍那・バーンスタインは安堵の表情を浮かべていた。
「彼らにはまだ、生きていてもらわなければなりません。一人でも多く、より強い力を得てもらわねば。」
「しかし・・・彼らは今後テイワズとも事を構えるという可能性も出てきてしまいました。敵の多い身内を抱えるのは、あまり良いことではない気もしますが。」
椅子に座り、机に両肘をついたまま、クーデリアは真っ直ぐ前を見つめる。
「確かに、大きな後ろ盾を失った鉄華団に失望の念を抱くのも無理はありません。ですが私はまだ、彼らが大きな間違いを犯したとも考えてはいません。」
机の上に飾られた写真。クーデリアと共に写るのは、彼女が作り上げた会社の名前ともなった、クーデリアの家族。それを見ながら彼女はさらに言葉を続ける。
「テイワズは地球圏外で力を発揮する組織。火星と地球の対等な関係を目指している私たちにとって、所詮は甘い匂いを嗅ぎつけたハイエナに過ぎません。」
JPTトラストの壊滅とタービンズ、そして鉄華団の離脱を受け、マクマード・バリストンが権勢を誇っていたテイワズは斜陽となり始めていた。直に圏外圏での勢力維持に固執を始めるであろう彼らとの関係は、クーデリアにとって招かれざる客を受け容れるに等しいのであった。
「そうであるならば、私たちはより『地球に近しい者たち』と関係を結ぶべきです。例え彼らが暗闘に明け暮れていても、私たちを利用しようとしていたとしても。彼らの好意的な黙認を、私たちも利用するだけのことです。」
鉄華団とギャラルホルンの協力関係は、テイワズの衰退というギャラルホルンの相対的な利益の発生より維持されていた。そしてその相対的利益が他ならぬギャラルホルンの意図するものであったことを、クーデリアは理解しているのであった。
「もう少しの間、火星は慌ただしくなりそうですね。」
「ええ・・・願いと暴力の双方が権力に立ち向かう者として必要であることを、私は誰よりも知ってしまった。如何なる謗りを受けることも、流される血でこの手が汚れようとも、私たちは力を振るい続けます。彼らと、『彼女たち』と共に。」
かつて『革命の乙女』と呼ばれた少女は、血と暴力、そして嘘に塗れた世界に身を捧げ、さらなる戦乱を起こそうとする。自らの打ち立てた旗に覚悟を示すため、クーデリア・藍那・バーンスタインの戦いは続くのであった。
◇
鉄華団の基地内。慌ただしく走る一人の女は声を荒げながら医務室へと駆け込む。
「昭弘っ!」
そう男の名を叫びながら彼女、ラフタ・フランクランドはベッドに座る筋肉質で体格の良い青年、昭弘・アルトランドの元へ足早に寄っていく。
「なんだ、うるさいぞ。どうしたんだそんなに慌てて。」
「どうしたって、あんたが戦闘で負傷したって聞いて・・・!」
モビルワーカーによる、他都市の非協力的な民間警備会社へ襲撃作戦。そこに傘下していた昭弘が負傷したとの報告を受け、ラフタは帰還した昭弘の元へ血相を欠いて来たのであった。
「あばらが何本か折れただけだ。誰も心配なんかしてない。」
「そんなの・・・私は違ったんだから、もう・・・バカ。」
恥ずかしさに頬を赤らめ、憎まれ口を叩くラフタ。その様子を困り果てた様子で見ていた昭弘に、彼の傍にいたチャドが苦笑いを浮かべて声を上げる。
「どうやら、邪魔な感じ・・・だな。」
「ん・・・おい、どこに行くんだよ。」
昭弘の肩を軽く叩くと、チャドは背を向けて医務室から出ていく。そしてラフタとすれ違う際に、彼女に対して小さな声で言葉を告げる。
「危なっかしい奴だが、よろしく頼むな。」
「・・・・・・」
彼の言葉にラフタは小さく頷く。そしてチャドが医務室のドアを閉めると、彼女と昭弘は2人きりとなるのであった。
「なんだ・・・あれで気を使ったつもりなのかよ。」
「べ、別に・・・私だってあんたとゆっくり話がしたいなんて・・・」
すれ違う機会が多かったラフタと昭弘。名瀬の死後、2人が話す機会は「廃倉庫での一件」からしばらくなかった。
「怪我の具合はどうだ?」
「それ、いまのあんたが言えること?私は平気よ。モビルスーツに乗ることも出来るし、また訓練に付き合うことも出来るわよ。」
「ああ、そいつは・・・助かる。」
会話が止まり、重苦しい雰囲気が漂い始める。平静を装っているラフタに対して、昭弘は彼女のことを直視しようとしないのであった。ジャスレイを惨殺し、血に塗れたまま笑みを浮かべる彼女の顔が彼の脳裏には焼き付いていた。
「ジャスレイのところにいた子たちも、助けてあげたんだね。」
「ああ・・・当然だ。俺たちと同じヒューマンデブリがいる以上、家族として受け入れない理由はないからな。」
「いつかは凄い大家族になりそうだよ。」
昭弘にとって敵対勢力に所属するヒューマンデブリの少年たちを保護することは、鉄華団の人員として雇用をする以上の意味があった。
「タービンズのメンバーはどうした?」
「みんな元気だよ。アジーやエーコ以外は火星の重力に馴染むのに時間が掛かりそうだけど、ダーリン・・・名瀬のことはもう大丈夫。前を向いているよ。」
「お前も・・・か?」
昭弘の言葉にラフタは目を背けようとする。実質的な鉄華団の傘下となったタービンズであったが、その統括を任せられたのはラフタであった。その彼女に対して、昭弘は未だに不安を感じていた。
「大丈夫・・・だよ。アジーもエーコも助けてくれるし、テイワズからこっそり連れてきたみんなもいるから・・・うん、平気だよ。」
「・・・・・・」
「・・・ううっ。」
目を泳がせるラフタ。昭弘はその顔を真っ直ぐ、言葉を発することなく見続ける。その様子に彼女は追い詰められ、声を詰まらせる。
「無理はするな。お前に無理をされたら・・・その、なんだ・・・困る。」
「・・・・・・」
不器用な彼なりの気遣い。気恥ずかしそうになりながらも言葉を口にした昭弘に対して、ラフタは自らの抑えていたものを少しずつ放ち始める。
「ごめんね・・・私、昭弘のこと、ダーリンの代わりだと思ってた。『あのこと』があってからさ、あまりダーリンと上手く話せなくなって・・・ちょっとだけ、後悔しているかも。」
俯き、苦笑いを浮かべながら口を開くラフタ。それに対して昭弘は抑揚なく彼女に言葉を返す。
「俺は、名瀬の兄貴の代わりにはなれない。それくらい分かっているだろ。」
「うん・・・分かってるよ。でも私、ダーリンに・・・名瀬に迷惑を掛けたまま何も出来なくて・・・何も言えなくて・・・ぐすっ。」
苦い笑いすらも浮かべることが出来なくなり、ラフタは大粒の涙を溢し始める。自らの全てを受け容れぬまま先立った名瀬に対して、彼女が負う後悔と自責の念は限界を迎えた。
「昭弘・・・本当に、ごめんね。あんたに頼って、迷惑掛けるのも良くないって思ってた。思ったけど、もう私一人じゃ・・・もう・・・」
心の叫びが声として上がりそうになるラフタ。しかし、それを遮るかのように昭弘は彼女に対して、落ち着いた声で語り掛ける。
「確かに俺は名瀬の兄貴の代わりにはなれねぇ。だが・・・お前を家族として受け容れることは出来る。一緒に戦う仲間じゃない、一緒に生きる家族としてだ。」
「っ・・・!!!!」
上げようとしていた悲鳴を忘れ、彼女は目の前にいる男に対して、全てが包み込まれたような感覚へと陥る。それまで押し殺していた感情、誰かの助けを求めていた自ら思いを受け容れる、ラフタの重い心は解き放たれていた。
「昭弘・・・ありがとう。でもわたし・・・もう、あんたのことを仲間だなんて思えない。」
顔を上げた彼女の目は据わっていた。ラフタはベッドに座る昭弘を真っ直ぐ見据えたまま、羽織っていたジャケットを脱ぎ捨てる。
「おい、ラフタ・・・」
「あんたには見てほしいの。私の・・・私の全部を、あんたにだけは見てほしい・・・!」
傷だらけの腕や腹部が露わとなるタンクトップとホットパンツ姿となり、昭弘に言葉を続ける。そのまま彼女はそれら身に着けている衣服も脱ぎ、飾り気のないスポーツタイプのショーツを残して素肌を露にする。
「見て、昭弘。わたしの身体、ダーリンにも・・・名瀬にも見せなかったわたしの身体。」
全身に刻まれた夥しい数の傷跡。無数の金属片が刺さることによって作られた数々の痕跡は、彼女の美しかった肌を容赦なく穢し、醜いものへと変えていた。
「自分の心と一緒で、もう・・・隠そうとはしないんだな。」
昭弘の言葉に無言で頷くラフタ。そして彼女は最後に残っていたショーツも脱ぎ捨てると、多くの傷の存在を忘れさせるほど大きな下腹部に出来た貫通痕に自らの手を当てる。
「これがいまの私。私の心もこの身体と同じ。あの時からずっと・・・ずっとなんだよ。」
女として深い傷を負い、『母親になれない』自らの身体を呪い続けた彼女。傷付いた肌を見せることは弱さを見せることであり、傷を隠すことは弱さを隠すことであった。
「でも・・・もう逃げないよ。私が受け入れないと、ずっと私は強くなれないから・・・!」
目の前にいる男に対して全てを許した彼女は、自らの一糸纏わぬ姿を見せることで、その弱さを露にする。そして彼女は自らの胸に手を当てながら、彼に対して言葉を放つ。
「おねがい昭弘、私と・・・私とずっと、一緒にいて。こんなに弱くて、戦うことしか出来ない私と、ずっと一緒に・・・いてほしいのっ!」
ラフタの懸命に紡いだ言葉。それを聞いた昭弘はおもむろに立ち上がり、一糸纏わぬ彼女の前に立つ。そしてその背中に手を回すと、筋骨隆々な肉体に似つかわしくないほど優しく彼女の身体を抱き締めるのであった。
「お前は弱くなんかねぇ・・・!俺が知っている女は・・・絶対に弱くなんかねぇからな・・・!」
「うっ・・・えぐっ、ぐすっ・・・だったら、だったらもっと・・・ギューってしてぇっ!もっと強く・・・ギューってしてよぉっ!」
再び涙を溢し始め、ラフタは泣きじゃくりながら昭弘の身体を強く抱きしめる。上半身が裸の彼に肉感を伝えようとするものの、それに反して彼は悲鳴を上げる。
「うぐっ・・・だ、ダメだ・・・やっぱり傷に響く・・・んぐぅっ!」
「知らないわよぉっ!絶対・・・絶対に離してなんかやらないんだからぁっ・・・!」
一方的に昭弘の身体を文字通り抱き締め続けるラフタ。痛みと困惑に襲われつつも、彼はそんな彼女が気の済むまで、それを受け容れ続けるのであった。
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-Epilogue-
本作はあくまでもラフタを主役としていますので、世界情勢その他諸々はいい加減な設定となっています。
傷付いたラフタがどのような選択をするか、名瀬を失ったラフタがどのような生き方をするか。それを書くことが本作の目的でした。ストーリーはそれに付随する要素という感じでしたね。
執筆開始からしばらく放置をして8か月ほどが経過してしまいましたが、どうにか書き終えることが出来ました。
当初の予定とは大分異なりましたが、ここまで読んでいただいた皆様、本当にありがとうございました。
本作は完結となりますが、またお目に掛かることが出来れば思っております。それでは。
火星のギャラルホルン駐屯基地前。一台の車から護衛2人を連れ、肥え太った男が降りる。
「クーデリア・藍那・バーンスタイン・・・よくもワシをここまでコケにしてくれたな・・・!この仕打ち、必ずやお前の命を以て返させてもらおうか・・・!」
基地へと向かいながらその男、ノブリス・ゴルドンは自らを追い込んだ女へ呪詛の言葉を連ねていた。
「連中と協力関係にあるギャラルホルンの保護を受ければ、再起のチャンスはまだあります。ノブリス様、ここは耐えて彼らの助力で地球へ向かいましょう。」
護衛する部下の言葉に頷くノブリス。そして基地へ入ろうとする前に、一人の兵士が彼の元へ近寄ってくる。
「ノブリス・ゴルドン様ですね。お待ちしておりました。プロト中将から話は伺っております。どうぞ、こちらへ。」
「うむ・・・しかし、貴様のような若輩が警備に配置されているとは、ギャラルホルンの質も落ちているというのか。」
「あれ、そんな頼りなさそうに見えます?参ったなぁ・・・やっぱり俺じゃ役不足だったのかも。」
傲慢な態度のノブリスに対して、若い兵士は軽口ともいえる返事をする。その言葉にノブリスは苛立ちを募らせ、さらに兵士へと食って掛かる。
「おい貴様、ワシが誰だか分かっているな。たかが一兵士ごときが、無駄口を叩かずさっさと基地内へと案内せい!」
恫喝するように兵士へ案内を命令するノブリス。しかし、その兵士は不敵な笑みを浮かべ、彼に対して理解し難い言葉を口にする。
「残念だが、案内をするのは基地の中じゃない。あんたが案内されるのは、地獄への入り口だよ。」
「おい、何を言って・・・」
そうノブリスが食って掛かろうした矢先、背後から何かを叩きつける鈍い音が複数回聞こえる。彼がその音を聞き後ろを振り向くと、そこには頭部から血を流して倒れる護衛の部下と、大振りの金槌を握った巨漢が立っているのだった。
「な、何だお前は・・・わ、ワシに何をしようというのだ・・・!」
「・・・・・・」
金槌を持った巨漢は言葉を発することなく、狼狽するノブリスへ的を絞る。そして、逃げようともせずに声を荒げる肥え太った男の頭へ携えた得物を横へ振りかぶり、その顔面へ一撃を叩き込む。
「――――――!!!!!」
断末魔を上げることなく、金槌で顔面を撃ち抜かれたノブリスは吹き飛んで倒れる。顔は原型を留めておらず、肉と脂肪に保護されていた顔骨を粉々に打ち砕き。頭部の前半分は無残な肉塊と化しているのであった。
「ふぅ、これで一仕事終わりだな。」
何事もなかったかのように、血が付いた金槌を持った巨漢、デイン・ウハイはそう言葉を口にする。
「おいデイン・・・いくらなんでもそいつはエグ過ぎたんじゃないか?」
「極力音を立てずに殺せと言われたんだ。確実に仕留めるのであれば、これが一番だったと思うぞ。」
「そりゃあ・・・そうなんだけどよ。まぁ、とりあえずお姫様に報告をしておきますか。」
平然と惨殺を行う相棒に呆れながらもギャラルホルンの兵士に扮していた彼、ハッシュ・ミディは任務の完遂を報告するため、速やかにその場を離れるのであった。
◇
「ど、どういうことだ・・・は、話が違うではないか!?」
クリュセの郊外。その男は自邸にて銃を構えた女に追い込まれ、抗議の声を上げる。
「話?そんなの聞いてないな。」
「ええ。私が聞いているのは、前にあんたが自分の娘さんをギャラルホルンに売り飛ばそうとしたってことくらいかしらね。」
その男、ノーマン・バーンスタインに対して大柄の青年、昭弘・アルトランドと銃を構えた女、ラフタ・フランクランドは彼の行いを確認する。
「そ、そうだ・・・だが、それの謝罪の意味を込め、私はクリュセの代表を辞して、すべての権限をクーデリアに譲って隠居をしたのだ!その私がなぜ、殺されねばならないのだ!?」
ノーマンの言葉に偽りはなかった。火星においてクーデリアと鉄華団が台頭を始め、彼は自らの身を案じてクリュセ代表の座を降りていた。それにより、彼は全てが水に流されるものである考えていた。しかし
「そんなことで自分のやったことが許されると思っているの?あんたの言うことやることなんて、もう誰にも信用されていないのよ。」
「我が身可愛さに自分の娘を・・・家族を売り飛ばそうとしたんだ。覚悟は出来ているんだよな。」
2人がノーマンを問い詰めていると、一人の少女が彼のいる部屋へと入ってくる。その姿を見たノーマンは思わず彼女の名を声に出す。
「く、く、クーデリア・・・!」
表情ひとつ変えずに部屋へと足を踏み入れたのは、ノーマンの血を引く少女。そして、彼が忌避して亡き者にしようとした革命の乙女、クーデリア・藍那・バーンスタインであった。
「・・・・・・」
「本当に・・・いいのね?」
ノーマンに対して銃を構え続けるラフタは、クーデリアに対して問いかける。
「はい。ギャラルホルンはもちろん、テイワズを始めとした圏外圏の諸勢力と渡り合うためにも、後顧の憂いは経たねばなりません。」
血を分けた肉親ではなく、あくまでも目の前にいる男を自らの障害と見るクーデリア。その目は彼を見ておらず、どこまでも冷たい感情を放っていた。
「クーデリア・・・!お前は・・・お前というやつはどこまで親不孝な・・・」
娘なのだ。そう言い終える前に銃声は鳴り響き、放たれた銃弾は彼の眉間を撃ち抜く。頭部から鮮血を迸らせて膝を折ると、抗議の声を上げていたそれは仰向けとなって床に伏すのであった。
「親の死に目に会ったんだ。親不孝なんかじゃないと思うぜ。」
皮肉交じりに息絶えたノーマンへとつぶやく昭弘。我が身可愛さに実の娘を亡き者にしようした惰弱な卑怯者は、その娘の意思によって凶弾に倒れた。
「・・・恨んでくれても、いいんですよ。」
引き金を引き、未だ硝煙の噴き出す銃を降ろしながら、ラフタはクーデリアに対して声を掛ける。
「いいえ。でも、ごめんなさい。私では出来ないことを行ってくださった。そのことに恩こそあれ、恨みを抱くことなどあってはなりませんから。」
「・・・無理、し過ぎないくださいね。」
表情を変えることなく、父親の亡骸を眺めるクーデリアに対して、ラフタが掛けられる言葉は少なかった。そして涙を流すことないクーデリアの姿に、彼女は恐れとも哀れみともなる目を向けていた。
「んっ・・・通信が・・・ああ、どうした。」
静粛が漂う中、昭弘が所持していた通信機に連絡が入る。それを手に取り速やかに応答する。
「そうか、わかった。こっちも今終わったところだ。お前たちは先に帰還していてくれ。死体の処理は基地でする。・・・ああ、必要なのはノブリスのだけだ。それじゃあ、気を付けろよな。」
報告を受け終え、昭弘は通信機をしまうとラフタとクーデリアに声を掛ける。
「ハッシュたちがノブリス・ゴルドンの暗殺に成功したとのことだ。一応ノブリス本人であるかを確認するため、死体は本部に戻って検査をする。こっちのは・・・必要ないな。」
「はい。ようやく、ノブリス・ゴルドンも仕留めることが出来ましたか。これで火星に残る不穏分子は全て取り除けました。ありがとうございます。」
「いや、俺たちは礼をさせるようなことをしちゃいないが・・・」
些かばつの悪い顔をなる昭弘。その表情を伺うクーデリアは何か思うことがあったのか、彼に不躾な質問をする。
「明弘さん、疲れていませんか。」
「えっ・・・いや、別に俺は何とも。」
「少しやつれたようにも見えますし、目の下にクマが浮かんでいます。それほど忙しいのでしょうか?」
昭弘の身を案じるクーデリア。その善意からの心配に対して、昭弘は言葉を濁そうとする。
「ほ、本当に大丈夫だ。そいつが寝かせてくれないことなんて、大した問題じゃ・・・ぐおっ・・・!」
そう言いつつ昭弘が目を向けた先にいたラフタ。彼女は彼が言葉を言い終える前にその足を踏みつけ、声が出ないように悶絶させていた。
「大丈夫よ、クーデリアさん。昭弘の面倒は私がしっかり見ているから。こいつの家族も、私たちの家族も一緒に・・・ね。」
「ほ、本当に・・・大丈夫なのでしょうか。」
ラフタの言葉に嘘偽りはなかったものの、信頼するパートナーを物理的に黙らせる彼女の様子にクーデリアは苦笑いを浮かべ、期待と不安を抱くのであった。
◇
夜のクリュセ、人影が疎らとなった路地をラフタは荷物を抱えて歩いていた。
「もう・・・人数分の食材は無いって言っておいたのに。」
夕飯で足りなくなった食材の買い出しをしていた彼女。両手に荷物を抱え、アジーの待つ車へと足早に歩を進めていた。
「私も・・・早く料理が上手くならないとね。少しくらい、みんなママって感じを出さないと・・・」
名瀬が遺したタービンズの団員、そして昭弘が面倒を見る鉄華団のヒューマンデブリであった少年たち。多くの家族を世話することに、彼女は心が折れそうになりながらも、充実した生活を送っていた。
「でも、あんなに忙しいと昭弘と一緒にいる時間すら満足に・・・ん?」
憎まれ口を叩きながら近道であった路地へと入り、そこを抜けようとするラフタ。その前方に1人の少女らしき人影が立ちはだかり、彼女の行く手を遮る。
「・・・・・・」
訝しさを感じ、彼女は歩くことを止める。そして行く手を塞ぐ少女に対して声を掛ける。
「何か御用かしら。こんな時間に出歩くのは危ないわよ。」
ラフタの言葉に対して返答はなかった。その代りに少女は自らの右太股に手を伸ばすと、そこに備え付けられていた光り輝く刃物を手に取る。そして、餓えたような目をラフタへ向けると、その切っ先を向けたまま彼女の元へと走り込んでくる。
「っ・・・!!!」
その寸刻の後、彼女が抱えていた食材は地へと散らばっていた。
◇
「まったく・・・危ないわよ、こんなものを持って人に襲い掛かるなんて。」
ラフタの手に握られた1本のナイフ。自らを襲ってきた少女を無力化して取り上げたその刃を見ながら、彼女は呆れたように言い放っていた。
「残念だったわね。襲うにしても、もっと相手を選んだほうがよかったと思うわ。」
「・・・・・・」
ラフタに打ちのめされ、地に伏す少女。やっとの思いで彼女は身体を起こすと、近くの壁に背中を預けて座り込む。
「何が欲しかったのかな。私の命?それとも・・・」
そう問いかけながらラフタは座り込んだ彼女を見下ろす。顔立ちは整っていたものの身体は痩せ細っており、身に着けているものは決して良いとは言えず、肌には無数の傷が見え隠れしていた。
「あなた・・・」
その姿にラフタは少女の境遇を察した。脳裏に浮かぶのは自らのパートナーが家族として受け容れ続ける少年たちの姿。眼前の幼さの残る少女がどのような目に遭ってきたのか、痩せた身体を震わせる彼女を問い詰める言葉を持っていなかった。
「・・・・・・・」
沈黙を貫く少女。そんな彼女に対してラフタは自らが落としていた食材の中から、一つの果物を手に取り、しゃがみ込んで少女の前に差し出す。
「・・・なに?」
「お腹、減っていたんでしょ?」
虚ろな目でラフタを見ながら、差し出された見つめる少女。訝しそうにラフタの顔を見つめつつ、ゆっくりと目の前に出された食事に手を伸ばす。そしてそれを手に取ると恐るおそる口へと運んでかじり始める。
「もう・・・お腹が空いているんだったら、最初からそう言ってくれればいいのに。まぁ、その様子だと人に助けを求めることなんて無理かしらね。」
果汁が滴り落ち、口元が汚れることも意に介さず、少女は彼女から与えられた食事を一心不乱に貪る。空腹を満たせることに感動か、人間らしく扱われることへ安心感か、彼女の頬からは涙が零れ落ちていた。
「ねぇ、私と一緒に来る?ううん・・・来てほしいかな。」
「・・・?」
手に持った果物をほとんど食べ終えた少女は、ラフタの声に顔を上げる。その言葉に、虚ろだった少女の目に僅かな光が宿る。そう2人がやり取りをしている最中、大通りから一人の女が駆け寄り、ラフタに声を掛ける。
「おいラフタ!どうしたんだ!何かあったのか!?」
散乱する食材を目にして、慌てながらラフタの元へ寄ってくるアジー。相棒の無事を確認すると、彼女はそのまま座り込んで顔を上げる少女に目を向ける。
「この子は?」
「うん・・・お腹が減っていたみたいだから、買ったものを分けてあげていたの。」
「助けていたって、そいつは・・・!」
ラフタの右手には少女が携えていたナイフが握られたままであり、アジーはそれを怪訝な表情で見る。
「大丈夫よ。私は無事だから。それよりもこの子、連れて帰りましょう。」
「お前また・・・はぁ、分かっているよ。それが『あいつ』の意思であり、お前の意思なんだからな。」
「うん。さぁ、帰りましょう。ほら、あなたもいつまでも座ってないで、私についてきて。」
「で、でも・・・私・・・」
申し訳なそうな顔となり、ラフタから目を背ける少女。そんな彼女の手を掴むと、ラフタは強引に彼女を立ち上がらせて言う。
「放っておけるわけないでしょ。放っておいて、もっと酷い目に遭ったり、酷いことをするのだったら・・・私たちが一緒にいてあげるから。」
真剣な眼差しで少女を見つめるラフタ。その目に安堵したのか、彼女は小さく頷く。それを見たラフタもまた、表情を柔らかいものにして言葉を続ける。
「大丈夫よ。最初は戸惑うかもしれないけど、それはみんな同じだと思うから。きっと、今よりずっと楽しくて、幸せになれるはずよ。」
彼女が発する言葉の意味を理解しきれず、首を傾げる少女。無垢ともいえるその姿にラフタは笑みを浮かべる。そして、彼女は星空を見上げて語り掛ける。
「そう・・・こうやって、家族が続く世界なんだよ。だから、見ていてね。」
失ったものを思いながら、ラフタは自らの下腹部に片手を当てる。夜空を見上げ、決して癒えぬ傷を負う彼女の顔に曇りはなかった。
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