彼を思う (お餅さんです)
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第一章 諦めて始まり
プロローグ


 意識が戻ったのを、他人事のように思った。

 

 戻って一番に感じたのは、体のだるさや精神的な疲れ。それでもふらつきながら、ゆっくりとでもベッドから降りる。着ていた服は滴るぐらい汗ばんでいて気持ち悪い。それはこのまま立ち止まれば水溜りが出来るんじゃ、なんて意味もなく考えてしまうぐらいに。

 なんとなく肩越しに振り返れば、そこにはついさっきまで寝ていた自分のベッド。ネットで評判だったシーツは、寝ている間に暴れていたのかと思うぐらいしわくちゃ。むしろ所々引き裂かれてるみたいに破れた箇所、もう使い物にならないのが一目で分かった。

 

 だけど、そんなことはどうでもよかった。幸いと言っていいかは分からないけど、別にお金には困ってない。だからもうこのシーツが使えないとしても、それでもまたどこかで新しい物を買えばいい。どれほど質が良いと言っても、所詮はお金で買えるもの。もし力を入れて探せば、これよりいい物なんて幾らでも手に入る。

 そんなことよりも体の方が問題だった。それこそ鎖か鉄球か、すごく重い何かに体中が雁字搦めになっているのかってぐらいに動き辛い。全身が今までにないほど重たくて、それでも痛む関節に無理をして一歩。体に鞭を入れてなんとか歩こうとする。

 

 ――世界がひっくり返ったのかと思った。

 

 背中側が何故かさっきよりも痛くて、次に立っていた自分が寝転びながら天井を見ているのが分かった。転んだことに気づいたのは、視界の端で空のペットボトルが転がっていたから。

 ろくに床も見ないまま歩こうとしてた。多分気づかずにペットボトルを踏んで、そのまま滑って転びでもしたんだろう。とりあえず寝転んだ状態から何とか腕をついて、ベッドに上半身の体重を預けて座ろうとする。その時に転んだのも当たり前だと、床一杯に落ちているペットボトルを横目に自嘲した。

 

 空のペットボトルは全部同じメーカーの水。見れば空いた段ボールが部屋の隅に積み重ねられている。それに自分がネットで大量に箱買いしたことを、回らない頭で何となく思い出した。

 今は埋もれてるのか目につかないけど、探せば一緒に買った缶詰の空もそこらに落ちてると思う。空腹に死にそうになりながら、手づかみで必死に胃袋へ叩き込んだ覚えがある。

 

 それから何もせず、ただそのまま座って動かない。いや、トイレや食事ぐらいは流石に動いた。危ない時もあったけど、足元にさえ気を付ければどうにかなりはした。

 ただやっぱりその後は、何となくまたそこらに座って動かない。動かずに、締め切ったカーテンの隙間から漏れ出る光を眺めてた。そうしてたらそのうち光が見えなくなって、また気づいたら隙間から光が差し込み始める。それを見てようやく、自分が一日座り続けていたことに気づいた。

 

 それを何回も、何十回も続けた。意味もなく時間を使い潰して、それでも光はなんの支障もなく差し込んでくる。たまにどこからか工事の騒音、人の騒めき。防音を最条件に選んだはずなのに聞こえて来るそれら。カーテンの向こう側で当たり前に送られている日常と、高級ホテルの限界を知った気がした。

 それはもしかしたらこの世界に、自分っていう存在なんて必要ないと言われているみたいな感覚。自分を置いて、自分が何をしなくても、変わらず進んでいく幸せに満ちた日常。

 

 それらを感じられる時間が、とても心地よかった。

 

「……そろそろ、か」

 

 久しぶりに出した声は掠れてた。最後に出したのはいつだったか。あまり覚えてないけど、意識しない間に何か言っていたような気もする。

 この部屋には自分一人しか住んでない。でももし傍から見たら、きっと不気味極まりないのかもしれない。それでも言葉を忘れることがなかったのは、そのお陰でもあるのかな。また意味もなくそんなことを考えながら、未だに重い体を部屋の一角に動かした。

 

「あー、アー」

 

 部屋の一角――そこに立て付けらた姿見に立って声を出す。異常がないかを確かめるように、思い浮かべる理想に重ねていくように。

 生まれて十何年か、使うたびに違和感を感じずにはいられなかった声。それを今さら、慣れない自分に染み付けていく。やっぱり何度も、何十回でもそれを繰り返した。

 

「うん、これで大丈夫」

 

 違和感は、まだ取れてない。きっとこれから先、ずっと取れることはないんだと思う。それでも、今までずっと付き合って来た声には違いなかった。

 それもあって始めてから半日ぐらい。馴染んだのは考えていた最低限だけ、でも予想していた時間よりは全然早い。ただこの体の性能を改めて実感して、少しだけ憂鬱になりはした。

 

 一旦シャワーを浴びてから、その後外に出るために服を着替える。今までずっと着ていた服は脱ぎ捨てた。多分もう使わないだろうし、文字通り部屋にあった空っぽのゴミ箱に捨てておいた。

 普通のホテルなら怒られるかもしれないけど、ここの買い占めはもう何年か前に済んでる。部屋のゴミ屋敷みたいな惨状に嫌がられそうだけど、連絡するホテルマンが手を抜くとは考えられない。そんな考え方の変わった自分に、また少しだけ憂鬱になる。だけど部屋の扉を前にして、これほどではないなと逆に気が楽になった。

 

 扉はシンプルな木製だけど、簡素ってほど手抜きなわけでもない。無駄に豪華な飾り付けのないそれは、自分の好みによく合ってた。それはきっと、自分で手配したんだから当たり前なんだろうけど。

 でもそんな自分で選んだ扉を前に、中々取っ手に手を付けることが出来なかった。時間もないんだから早く行かなきゃならないのに、その一歩がどうしても踏み出せなかった。

 

 結局、なんとか外に出た時には日が暮れていた。

 

 昇っていた太陽はとっくの前に落ちていて、空には代わりに満点の星々と大きな三日月。ホテルを出て見上げたそれに、なんとなく落ち込んでため息を吐いた。

 それから昼間と比べて人のいない街を、自分のペースで歩き始める。歩いていく先、詳しい場所は決まってない。というよりむしろ、行きたくない場所だけが決まっていた。だから見覚えのある、候補の場所以外をゆっくり見て回るつもりだった。

 

「あなたが、マーレリングの適応者ですね」

 

 遠い昔に、聞いたことのある声に立ち止まる。

 

「やっと見つけました」

 

 また自分の背中へ続けてかけられた言葉に、今度は不思議そうな顔を作って振り返った。するとそこには二人の女性。二人ともベールを被って、その下には黒い仮面と占い師みたいなお揃いの服装。

 そんな二人が、()()()()歩く自分に声をかけて来た。何となく、そのことに少しだけまた気が楽になる。だけどそれも現実逃避なのだと直ぐに気づいて、また何となく嫌になった。

 

 夜に歩けば、声をかけられないんじゃないのかって。記憶にあるあの場所以外を歩けば、無視してくれるんじゃないのかって。かけられたとしてもその時その場所なら、違うんだと自分に言い訳できたのかなって。

 結局声はかけられた。言い訳も、他でもない自分が違うのだと直感で分かってしまった。そのことに――主人公とは違って中ボスの自分は持っていないのにと、自分にしか分からないことで少し嗤った。

 

「……何がおかしいのです」

 

 話は聞いてなかった。元から知っていた内容ではあるけど、それ以前に意味もない反抗として聞いてなかった。彼女たちがそれに気づいていたのか、それとも気づいてないまま言ったのかは分からない。

 それでも嗤ったことは見過ごされなかった。勘違いしてるかはやっぱり分からないけど、気分を悪くしてしまったことには違いなかった。

 

 だからってわけじゃないけど、()は――。

 

 

 

「やっと、きたと思って」

 

 思ってもないことを、言うことにした。

 

 

 

 

 これは、少年が成長する物語何かじゃない。

 

 理不尽への復讐でも、暴君の怒りでもない。

 

 世界が玩具に見えた筈の僕が、諦めた物語だ。



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一話 「従順な雲」

「ふざけるなぁ!」

 

 罵声と共に頬に衝撃が走る。まさか殴られるとは思わなかった私は、驚きこそすれなんの気構えもしていなかった。そのためいきなりの動きに受け身をとることさえ叶わず、無様に勢いよく顔から床へと倒れる。

 普通なら、ここは他の人に助けを求めるかやり返すのだろう。だが生憎と、ここは某国某所の高層ビルの社長室。部屋の中にいるのは倒れる私と、その私を殴った――この会社の社長しかいない。

 

 助けを呼ぶことはできない。なら、やり返すか? 出来るものならいくらでもしてやりたい。今日に限らずとも、取引先と上手くいかなかった際は当たり前。酷いときには機嫌が悪いというだけで殴られるのだから。

 しかし、やり返すなんてそんな事は出来ない。いくら低能、厚顔無恥、人として屑と言えるような人間でも私が勤める会社の社長。それも秘書として勤めている私の直属の上司なのだから。

 下手に逆らえば直ぐにクビを切られる。それは社会的には勿論、物理的にも同様だ。たとえ海外に飛んだとして、行く先々で執拗にいたぶられるのだろう。

 

 そしてその他にも、この男がマフィアと繋がっているらしいと言う噂。そんなものが、社内ではバイトの清掃員に至るまで公然の秘密として広まっている。

 コーヒーを社長の目の前で溢したという前任の秘書などがいい証拠だ。見なくなったかと思えば、しばらく後に海外のスラムで撃たれていたとニュースで流れていた。社長がマフィアと繋がっているという噂はまず間違いないだろう。

 

 だから逆らうことはしない。

 出来ない。

 

 私にはこの男とは違い、マフィアとのコネなんぞ欠片もない。大学で新入社員応募の説明会を聞き、ノコノコとやって来てしまった極普通の一般家庭出身。さらに数か月前に最後の親族すらいなくなった私は、男にとって何時でも切り捨てられる駒の一つでしかない。

 

 けれど、今日の様子はいつもより少し可笑しかった。

 

 昨日の取引では、私がプレゼンを行った事で上手く承諾を取り付ける事ができた。男はそんな当日や翌日は一日中ニタニタと笑い、自身の机で取引によって得るであろう金額を計算している。だが、さっき殴られる前に出た電話からいきなり様子が可笑しくなったのだ。

 いきなり室内で鳴り響いた悪趣味な金塗りの固定電話に、男は楽しみを邪魔されたとばかりに顔を歪めた。だがその電話は男の机に固定された、社長への緊急連絡用の物。

 仕方ないと言わんばかりに受話器を耳に当てた途端、机をけ飛ばす勢いで立ち上がり、見ていた私が驚くほど表情が真っ青になったのだ。そして終わったのか受話器を置いた後も、顔色を変えず呆然とした様子で立ち尽くす。

 

 だがそこで、つい気になって何があったのか尋ねてしまったのは失敗だった。

 男は一瞬体を震わせると、私の顔を見て今度は青から赤へと徐々に顔色を変えていく。それを見て私が失敗したと思った時には、男は既にその拳を振り上げていた。

 

「何の許しもなく尋ねてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 殴られた後何時までも倒れてはいられない。サンドバッグになるつもりのない私は、男から何を言われるでもなしに立ちあがり腰を折る。

 その際にチラリと男の顔色を伺うが、その色は残念ながら変わらず赤一色だった。

 

「貴様だな! 貴様の仕業に違いない! あれほど目をかけてやったというのに、この恩知らずが!!」

 

 男は尚も声を荒げて怒鳴るが、一体何があったというのか。

 

 私が何かしでかしたと思っている様なのは間違いない。なにかあったかと、私が秘書になってからのここ半年の事を思い返す。だが思い当たる事と言えば、三ヶ月前に最後の家族だった祖母の葬儀に出る際に休暇を頂いた事ぐらい。

 あのときは申し出た途端、根性がないと殴る蹴るの酷い有様。銃こそ出しはしなかったものの、最後には飽きてもう終わったものと思ったのだが。

 

「ッ、貴様聞いているのか!!」

 

 思い返しているとそれを聞いていないととったのか、さらに怒り私の胸ぐらを掴む。そこまでならまだいい。決して歓迎できたものではないが、多少の暴力には既に慣れている。

 だが今回の男はそれだけでは終わらなかった。私の胸倉を掴んだままの男は、自身の胸元へと手を伸ばす。数秒しない内に出てきた物は、黒光りする武骨な一丁の銃。

 

 ――死ぬのか。

 

 男に何があったのかわからないが、どうやら私の人生はここで終わってしまうようだった。それは無残に、理不尽に。男の指が少しでも動いた瞬間に、終わってしまうのだろう。

 順風満帆とはお世辞にも言い難い人生だった。だが親戚家族は私一人だけ、友人は昔から内気であり就職してからは仕事ばかりで誰もいない。

 私が死ぬことで、悲しむ者など誰もいない。いたとして精々、私の後任として選ばれる秘書ぐらいだろうか。恐らくいつだったかの私のように、損な役が回ってきたと嘆くのだろう。

 

 別にこの世に未練もなければ、後悔もない。ただ来世があるなら、いい上司の下に就きたいとは思う。誰に覚えられることもなく死ぬのではない。その上司の下で、誰かの記憶に残る一生を送りたい。

 

 ――なんだ、あったじゃないか。

 

 未練も後悔も、叶えたいと思う願いさえ。今さらと思わないでもないが、死んでやっとと言うよりは幾分ましなのだろう。でもそうか、それなら――。

 

 

「死ねるものかぁぁあ!!」

 

 

 私の叫びに驚いたのか社長は動きを止め、その隙を逃さず銃を遠くに弾き飛ばす。その一連の出来事に、男の顔は受話器を置いた後のように呆然とした。

 その後直ぐに顔を真っ赤にしたかと思えば私の後ろに目を向け、また直ぐにその顔を真っ青に変える。百面相をし出した男に何事かと、注意しながら後ろを振り向き、驚いた。

 

 いつの間にか人が四人、扉を開け放ちそこに立っていた。それもただの人ではない。内一人は髪も服も真っ白の少年。そしてその後ろの三人は、シルクハットにボロボロのマントで体中を白い包帯で覆っている。

 文字を並べれば仮装した可笑しな奴らだ。だが今はハロウィンではないし、何より後ろの三人は見てるだけで寒気がするほど恐ろしい。

 

「助けてくれ、お願いだ! 私は何もやっていない! 全部あそこにいる秘書が、私の知らないところで勝手にやった事なんだ!!」

 

 異様な四人に呆気に取られていると、男は私よりも先に現実へと戻る。四人の前で膝を着きながら、脇目もふらず必死に何かを懇願していた。

 

「証拠はとれている」

 

 男の言葉は何の意味もなかった。ただ一言を真ん中の包帯が言い、左右の他二人が懐から鎖を取り出す。その後次いで投げ出された鎖は、まるで生きているかのように男の首へとかかった。

 男は恥も外聞も捨てたように、全力を持って抵抗していた。嘘や懇願、果てに脅しをかけるも、包帯の三人は気にも止めない。首元の鎖で呻く男を引きずりながら、見せつけるかのようにゆっくりと部屋を出ていく。

 暫くもすれば、あれほど大声を上げていた男の声が聞こえなくなった。部屋には立ち尽くす私と、全身真っ白の少年のみ。

 

「ごめんね、少し遅れちゃった」

 

 部屋に二人だけになると少年が話しかけてきた。言葉の内容からして、あの包帯の三人を連れてきたのはこの少年らしい。

 

「いや、助かったよ。お陰で命拾いした」

 

 確かにもう少しで殺されかけたが、実際この少年が連れてきた三人によって助かったのは事実。何より、今私は生きている。ただそれだけでも、礼を言うには十分すぎるほどだ。

 

「それは、僕は違うと思うよ」

 

 いきなりの否定に私は驚くも、少年は気にせず続ける。

 

「あなたはあの時、少しだけど諦めてた。けどもしあのとき本当に諦めていたなら、あなたは間違いなく死んでいたよ。僕はあなたの危機に、間に合わなかったんだ」

 

「だからきっと、僕があなたを助けた訳じゃない。かといって、あの三人が助けた訳でもない。ただ貴方が生きようとしていたから、今もこうして話すことが出来てる。……遅れてあれなんだけどね、少なくとも僕はそう思うよ」

 

 聞いて頭に浮かぶのは、最後の家族。三か月前に亡くなった祖母の――その最期の言葉。

 

 私は仕事だからと、祖母が病気で衰弱しているにも関わらずろくに見舞いに行かなかった。休むことが出来なかったのは本当だ。葬式の際に休暇を取ることすら命がけだった。

 会えたのは本当に死ぬ間際。文字通り血反吐を吐く思いで向かった私に、それでも祖母は笑ってくれた。

 

『ああ、やっと会えた』

 

 嬉しそうに、笑って逝った。ただあの時は、ろくに見舞いに行こうとしなかった自分を心のなかで罵った。

 

 本当は行けたんじゃないのか――と。

 仕事を言い訳に使ったんじゃないのか――と。

 

 今でもそれは変わらない。私は酷い孫なのだろう。だけどただ少しだけ、あのときの祖母の気持ちが分かった気がする。

 必死だったのだ。生きることに。生きて最期に、私に会うことに。他でもない私などに、自分を覚えていてほしくて。

 

 死にゆく中、誰かに自分を覚えていてほしい。これを死にゆくものの傲慢だと、一体誰が言えようか。少なくとも、私はそうは思わない。死にかけた際、真っ先にそれを願った私にできるはずもない。

 生きた証を願うのは、人として当然なのだ。そしてその相手に選ばれた私は、やはり祖母を傲慢だとは思わない。

 

 私とは違い、他にも知人はいたはずだ。

 苦しい中、見舞いにすら行かない孫だ。

 私には、何故祖母が私を選んだのか分からない。

 

 

 だが、誇らしく思う。

 

 他の誰でもない、私を選んでくれたことに。

 私の一生が、意味あるものだったということに。

 

 

 涙も鼻水も流れ出る私に、それでも少年は構わず喋り続けた。

 

「僕は、あなたを助けられるほどすごくはないよ。良く言っても、漫画で言うと中ボスぐらいかな。最初は強いけど、終盤の方じゃ弱く見えちゃって、突然目覚めた主人公達の新しい力で倒される。きっと今はそうでも、その内弱く見えてくるんだと思うよ」

 

「だけどあなたは違う。生きようとしたあなたは、僕何かよりもよっぽど強い。諦めることのなかったあなたは、僕なんて比べ物にもならない。そんなあなたはとても――とてもすごい人なんだ」

 

 

「だから良ければ、ついて来てくれないかい?」

 

 

 少年はそう言うと、自嘲気味に笑った。いきなりの連続のせいか、前半は特に何を言ってるのかさっぱり分からない。だけどきっと、私はあのとき本当に死んでいたのだろう。

 

 何故なら私は――。

 

 

 

 

 

「私の名前は桔梗と申します」

 

「どうか貴方様に、一生お供させて下さい」

 

 こんなにも素晴らしい上司に出会えたのだから。



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二話 「荒れる嵐」

 始まりは両親が死んだ日だった。

 

 住んでいた村はドがつく様な田舎。ビルもなければ電化製品も何一つありゃしねえ。山で獣を狩り、畑で野菜を耕す。たまに近くの村々と交流するぐらいの、何の変哲もないちっぽけな村だった。

 家族は両親、妹、俺の四人で、人が少なくなった他所の村から知り合いの伝手を頼ってこの村に越して来たばかり。村ってのは余所者はあまり歓迎しないからか、初めは少し距離を置かれていた。

 だが腕のいい狩人だった両親が、獲った獲物を皆で分けあったりして徐々に打ち解けていった。俺は近くの牧場で見習いとして働かせてもらい、妹は他の家の子どもと一緒に編み物を習う。

 

 代り映えのしない、平和な日々を過ごしていた。

 

 だがこの村に来てから二度目の冬、両親が狩りをしている山で雪崩が起きた。俺と妹は直ぐにでも探しに行こうとしたが、二次災害を恐れた村人たちが行かせる筈もない。

 そして両親が見つかったのは、山の安全が確認できてから数日も後。冷たくなったその体は、まるで氷の彫像を見ているような気分だった。

 

 狩人として、冬の山の危険性は両親もよく知っていた。それでも無理を押して奥へと獲物を探しに行ったのは、村の備蓄が冬を越すのには不安があったから。

 ただそれでも、切り詰めれば無理というほどでもない。だけど両親へ無茶を承知で狩りを頼んだのは、村の中でも発言力のある年寄り連中。逆らえば村に居ずらくなると考えた両親は、俺たちのこともあり断ることはできなかった。

 

 葬式では流石に年寄り連中は苦い顔をしている。だが逆に、諸々の事情を知らない若い連中は違った。

 

「……調子に乗るからんな事になんだよ」

 

 普段ならとても小さな、それでも静かな葬儀中にはやけに通る声だった。

 

 村の狩人、特に若い男連中はいきなり村に来た俺たち家族にいい感情は持っていなかった。余所者っていうのもあるが、狩人として両親に良いところを取られたと思い込んでいたからだ。

 そしてそんな中、両親が死んだという知らせ。連中からすれば、備蓄もあるのに調子に乗って狩りに行ったら死んだ。多分その事で、溜まっていた苛立ちがつい溢れ落ちちまったんだろう。

 

 決して、見逃せる理由にはならねぇとしても。 

 

「てめぇ、今何つった」

「ああ?」

 

 目の前の男を、俺は知っていた。年寄り連中の内一人の孫だからって、昼から酒を飲んで碌に働きもしねえ。そしてそうにもかかわらず、上達させる気もない狩りの腕を持つ両親を何時も態々聞こえるように陰口をしていた。

 そんな男が、俺たちの両親を嗤った。事情を知らないとはいえ、俺たち家族や村のことを想って動いた両親のことを。両親とは、人として比べる価値もないこの男が。

 

「何つったって言ってんだよ!!」 

 

 頭の中は、怒りで一色に埋め尽くされていた。ただそれは、両親を嗤った男だけじゃねえ。男を咎めることのない他の村人たち、村人を心配させまい、なんてのたまって真相を伏せた年寄り連中へも向けて。

 

 抑えようのない怒りが、紅に燃え上がった。

 

「うわっ、何だよこれ!? 誰か消してくれ!!」

 

 それは決して比喩なんかじゃなかった。横たわる両親を嗤った男へ向けて、真っ赤な炎が俺から溢れ出す。その勢いは留まることを知らず、むしろ徐々に増してさえいた。何故か一切の熱を感じない俺を中心に。俺の近くから離れた他の村人とで、まるで火柱を囲んでいるかのようになっている。

 もちろんこんな炎を出すつもりはなかった。というより、出るとは思ってもいなかった。怒ったら体から勢いよく炎が迸る。当たり前と言えばそうだが、予想できるはずもねえ。

 

 そして本当にいきなりの事で俺は驚き、逆に頭が冷えて冷静になっていった。

 

「うぅ……」

 

 そのせいか俺から出ていた炎も、男に纏わりついていた炎も収まった。だが、見たところ男には一生消えることのないだろう火傷が残っている。体の至る所が焼け爛れたその男は、見るも無残という言葉がよく似合った。

 

 ――俺が、やったのか。

 

 気づき、ハッと辺りを見渡す。ついさっきまで俺を火柱として囲んでいるかのようになっていた村人たち。今では正真正銘、俺を取り囲むように立っていた。

 どいつの目にも映っている恐怖感、体も緊張に硬く強張らせている。葬儀ともあって銃や農工具を持っている者はいない。だがもし持っていたのなら、構えたその先には俺がいたに違いねえ。

 

 村が頼る両親は死に、俺はひと一人を燃やした。

 

 漠然としたものだが、この先どうなるかはよく分かる。頭の中では両親が亡くなったショックで家に引きこもっている、たった一人の家族の姿が思い浮かんでいた。

 

「……あ、悪魔の炎だ」

 

 今日から妹を守れるのは、俺だけだ。

 

 

 

 

 

 俺達兄妹は村人から敬遠され、遠ざけられた。

 

 俺はまだ狩人としての知識を少ししか両親に教わっていない。だからまだ、自分達の分すらまともに獲物を得ることも出来なかった。

 仕方なく未だに牧場で働かせて貰っているが、期間は朝早くから晩遅くまでずっと。それも今までよりも少ない報酬で、よりつらい重労働のみをやっている。

 

 通りがかりに聞いた話だと、何かあった時に抵抗する余力を残さないためだとか。

 村人は未だに俺を怯えているが、あれから炎を出す何て事ないってのに。俺が言うことじゃないんだろうが、少し過剰だとは思う。だが過剰だろうと何だろうと、働かなければ俺達兄妹は暮らしていけねぇ。

 

 妹も俺の炎のせいで仲間外れにされちまった。お陰で好きだった編み物をする事すら出来ず、つまんねぇ家事だけをこなしてる。

 ……妹には、本当に悪いと思ってる。何も狙ったわけじゃねえが、それでもまだ幼い妹には辛いだろう。ただ多少は暮らし辛くともいつだったかみたいに、時間をかければまた仲良くは出来んだろ。そんな事を考えながら、その日もまた仕事に向かった。

 

 また時間が過ぎて数年。

 

 今日は働き先の牧場から久しぶりに休みを貰った。まだ俺に怯えている大人達は何人もいるが、少しはマシになったんだろう。今日だけでなく、他の日もたまに休みを貰って狩りに出ている。

 両親程ではないが、歳を重ねて俺の狩りの腕も上がってきたように感じる。それは今回でいつにもまして大量の獲物がとれたことからも確か。だが、そんな事は今じゃもうどうでも良かった。

 

 捕らえ、縄で縛ってきた獲物を落としたが気にも留めない。何時だったかの俺と村人たちのように。往来でナニカを取り囲むように輪になっている、妹と同い年の餓鬼共を押しのけてその中心にまで辿り着く。見ればそこに――。

 

 

 打撲痕が身体中に残る妹が横たわっていた。

 

 

 無言で近づき脈をはかる。けれど既に脈はなく、身体は冷たくなっていた。

 

「お、俺は悪くねぇぞ」

「急に何言ってんだよ。一番やってたじゃねぇか」

「こいつら兄妹悪魔の子なんだろ? 大体、何人かに見られたけど誰も怒ってこねえぜ」

「なら別に良いじゃねぇか。兄貴の方も動かねぇしついでにやるか?」

 

 餓鬼どもはやったことなど知らないとばかりに、口々にその虫唾が走る声を上げていた。その意味はやっていないという嘘が一つ、やったことが悪くはないという戯言で二つ。

 ただ、そんなことはどうでもよかった。手の内にある赤く濡れた角材に、いつかの男のような胸糞の悪い戯言。これ以上一秒たりとも、何一つ聞くつもりはなかった。

 

 俺は一言、吐き捨てるだけでよかった。

 

 

「――燃えろ」

 

 

 またあの日、両親が死んだときと同じだ。頭の中が怒りに染まり、目の前が悪魔の炎とやらで真っ赤に燃え上がる。

 前と違った事と言えば、その規模が尋常ではなかったこと。逃げることも、叫ぶことすら許さないその炎は、俺の目に映る全てを燃やしていく。気がつけば人も、村も、森も、山にも広がっていた。

 やっぱり熱を感じることのないその炎は、俺からすれば胸糞の悪さしか感じない。俺から出てるってことを考えても、そもそもこうなった原因はこの炎から。好きになれるはずもない。

 

 だから何を考えることもなく、ただ燃え盛る炎を眺める。そのうち灰色に染まった世界に、俺と俺が抱える妹だけが残った。

 

 

 

 

 

 もう動く気力も起きず、そのまま次の日の朝を迎えた頃。灰だけが残る地に足音が聞こえる。

 視線だけをその方向に向ければ、二人の人間がこちらに歩いて来ていた。一人は全身真っ白の餓鬼、もう一人は緑色の髪の優男。

 

「お気を付けて。恐らくあの男がそうでしょう。この近辺の荒れ具合からみてかなりの力です」

「大丈夫、話すだけだからね」

 

 そんな会話をしながら俺の前で立ち止まった。

 

「さっさと元いた場所に帰りやがれ」

 

 俺に用があるみたいだが、そんなのは知らねぇ。もう、放って置いて欲しかった。これ以上何も。ただこの場で燃え尽きるように、静かに妹と終わりたかった。

 だが、全身真っ白の餓鬼がそれを許さなかった。そいつは俺の目の前に手を伸ばした。指輪が嵌められている以外は至って普通。何がしたいのか分からなかったが、そんな俺の考えは直ぐに吹き飛ぶ。

 

 燃えたのだ。

 

 指輪から、勢いよく炎が噴き出した。俺は驚きに目を見開きながら、炎が噴き出し続けている指輪を見つめる。俺の出していた赤い炎とは違う。オレンジ色をした、どこか温もりすら感じさせる炎を。

 

 それでも一目で分かった。

 これは俺の炎と一緒だ――と。

 

 もしかしてと思い、餓鬼の少し後ろにいた優男の方を見る。男は視線に気づいたのか、特に勿体ぶることもなく片手を俺へと伸ばした。やっぱりその手には指輪がはめられていて、今度は紫色の炎が噴き出した。

 色こそそれぞれ違うが、どうしてだろうか。どれも別物だとは思えない。年寄り連中が話していた悪魔の炎ってのは、一体何だったっていうのか。そうしていきなり現れた同類の二人に驚愕していると、真っ白の餓鬼が話し始めた。

 

「僕はこの炎の事を知ってる。この場所があなたの炎で起こったという事も、僕はそんな人達を集めてるんだ」

 

「あぁ警戒しないで、利用とかじゃないよ。中にはこの炎の事を知らずに暴走を起こす人もいるから、そんな人達に炎をコントロールするやり方を教えているんだ。そうすれば暴走を起こす事も無くなって炎をコントロール出来る」

 

 真っ白の餓鬼はそう言った。

 

 俺の炎はどうやらコントロールできるらしい。初対面の奴等が言う事だが、同類のせいかやけに納得出来た。正直な話、悪魔の炎なんてオカルト染みたやつよりかはよっぽど信じれる。

 

 だからきっと、言ってることは本当なのだろう。

 

「……俺の炎は、コントロール出来るのか」

「そうだよ」

「そうか。そりゃ、よかったなクソが……!!」

「ッ!?」

「な、貴様何をする!?」

 

 妹を寝かせると素早く立ち上がり、全力で餓鬼の頬目掛けて拳を振り抜く。狙いは外れず餓鬼の頬に直撃し、灰の敷かれた地面へ体が吹っ飛んだ。

 優男の方が何か喚いているが、餓鬼の言う事を聞いているらしい。馬鹿正直に動こうとしねえから放っておき、餓鬼の元まで歩くと胸ぐらを掴む。灰に汚れたその顔面に、生意気にも真っすぐ俺を見つめてくる餓鬼に向かって腹から声を張り上げた。

 

「コントロールだぁ!? 今この場を見てよくそんな言葉俺に向かって吐けたな! んなもん必要ねぇんだよ、見て分かりやがれ!!」

 

「もう全部終わったんだよ! 終わった後にノコノコ出て来やがって! ふざけてんじゃねえぞ!!」

 

「そんなもん――今更どうしろってんだ!!」

 

 吐き出した声は、文字通り空気を震わせていた。出している俺が分かるほどに、ビリビリとした感覚が餓鬼の肌を突き刺していく。

 だが餓鬼は、全く堪えた様子じゃねえ。変わらず俺へと、光ある二つの瞳を向けていた。そんな餓鬼に、俺は言いようのない苛立ちを覚えた。

 するとさっきの男が、俺たちの方へ叫んでいるのを背中越しに感じた。なんだと思えば、視界の端に揺らめく紅い影。それにああ、そうかと一人納得する。あの炎が、性懲りもなくまた出て来やがったんだ。

 

 餓鬼どものように指輪からじゃなく、体全体から噴き出す俺の炎。それは確かに、俺が抑えつけている餓鬼を燃やしていた。

 同類だからか、村人のようにすぐさま燃え尽きはしない。ただ痛みに歪んだその表情、黒く焦げだしてきた餓鬼の白い服。辛くない筈がなかった。

 

 ――この、餓鬼……。

 

 ただそれでも、餓鬼は俺を見つめていた。言いようのない何かを感じさせるその力強い視線は、変わらず俺へと向けられている。

 気づけば空気の震えが止んでいた。次に遅れて、俺がもう叫んでいないことに気づく。何度も行われる荒い呼吸に、今までにない程胸が大きく痛む。限界を超えてなお叫び続けていたせいか、少なくとも視界に映る中では炎も既に鎮まっていた。

 

 だが声が掠れようと、言葉は自然と繋がった。もう、ついさっきまでの力強さは嘘のように。ただ他のなにより――(意思)のこもった言葉が。

 

 

「なんで、もっと早く来てくれなかったんだ」

 

 

 餓鬼の顔が大きく歪んだ。かと思えば、頬を何かが伝う感触。目から熱い何かが滲んできていた。拭えば餓鬼の顔が元に戻った。すぐに歪んだ。また拭った。拭えども拭えども、それにキリはなかった。

 胸ぐらを掴んでまた殴るつもりが、腕に力が入らなくなったせいで餓鬼がまた地面に落ちる。すると餓鬼は、自分の上に馬乗りになっている俺に面と向かって話し出す。その顔には、ただただ後悔の念しか浮かんでなかった。

 昔からの友人でも、産まれた時から一緒の家族ってわけでもねえ。ついさっき会ったばかりで、いきなり殴り飛ばしてきた俺に向かって。

 

「……本当にごめん、僕はまた間に合わなかった。もっと早くここに来ることも出来た筈なのに、覚悟が出来たつもりだったのに。まだ、僕には無理だった。どんなに危険でも仲間を信じる主人公のようには、やっぱりなれてなかった」

 

「だからお願いだ。綺麗事なのは分かってる。上手くいく保証何て殆んどない、こんな情けない。いつか必ずいなくなる無責任な僕だけど――」

 

 

「助けて、くれないかな」

 

 

 本当は、わかってんだ。さっきから俺が言ってんのは、ただの八つ当たりにしか過ぎねえって。こいつがもっと早く来たならとは、思わねえって言えば嘘になる。だが暴走したのは、結局俺自身だ。

 にしても大の大人が殴って怒鳴って、泣きながら弱音吐くなんてな。自分のせいのくせして、自分より一回りも小せぇやつにだぜ? おまけにビビって炎出したと思ったら、それも直ぐに鎮まりやがって。

 

 あぁ、情けねぇったらありゃしねぇ。

 

 だから、しゃあねぇから――。

 

 

 

 

 

「ザクロだ」

 

「ついて行ってやるぜ、バーロー」

 

 もう後悔はしねぇ。今度こそ守ってみせる。



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三話 「寂しい雨」

 普段この病室で私が聞けるのは、真っ白な壁に掛けられてる時計の音。他にあるとしたら、一週間に一回だけある病院の先生からの診断ぐらい。

 何となく寝返りをうったら、窓のない病室の隅に置かれた鏡に私が映った。手足がすっごい細くて、今にも折れちゃいそうな私の体。

 

 もう二度と歩けない、私の体。

 

 昔はまだ違ったんだ。怒ると怖いお父さんに、偶にだけど怒るとお父さんより怖いお母さん。いつも楽しく遊んでた友達に、いつだって優しかったお兄ちゃん。私はそんな大好きだったみんなに囲まれて、毎日がすっごく楽しかった。

 

 特にお兄ちゃんと泳ぐ事は好きだった。川や海に近所のプール、色んな所で一緒に泳いで競争してた。お風呂で泳いだ時は……ちょっと怒られちゃってたけど。

 でもやっぱり楽しかったから、お兄ちゃんと二人でお父さんたちにお願いした。近所のプールで聞いた、大人の人が教えてるスイミングスクールに通いたいって。今思うと呆れられてた気もするけど、行けるって分かった時はとにかく嬉しかった。

 

 やっぱりスクールでも泳ぐのは楽しかった。知らない人たちばっかりだったけど、一緒に泳いでるといつの間にか友達になれたし。私とお兄ちゃんは周りの子達よりも早く泳げてたみたいで、大会で一着を取ったらその度に皆ほめてくれたから。

 そしてその日も、私が一着を取れた大会からの帰り道。家族も見に来てて、車の中で沢山話してた。二人とも、私達をいっぱい褒めてくれる。それに私たちは嬉しくて、いっぱい笑った。

 

 笑いながら、前を見た。

 真っすぐ突っ込んでくる、トラックが見えた。

 

 後から聞いたけど、居眠り運転だったらしい。運転手のおじさんは配達のお仕事。偶々昨日の配達が遅くて、偶々今日の配達が早くて。偶々、私たちが乗ってる車にぶつかった。

 お父さんとお母さんは大丈夫。怪我はしてたみたいだけど、暫く入院したら二人とも前みたいに元気になってた。だけど、私とお兄ちゃんは違う。私は今みたいに、もう足が動かなくなってた。病院のベッドで起きてから気づいたとき、大声で泣き叫んだのを覚えてる。

 

 泣いて、泣き疲れて寝て、起きたらまた泣いた。

 

 お父さんとお母さんは、自分たちも怪我をしてるのにずっとそんな私のそばにいてくれた。朝も、昼も、夜も。辛いねって、頑張ろうねって言って。一日中ずっと、()()()()()()のそばにいてくれた。

 

 お兄ちゃんの事を知ったのは、それから少し後。

 車椅子で、お兄ちゃんのお葬式に行った時の事。

 

 信じられない様な事が、想像もしてなかった事がいきなり二つも。それにやっぱり私はまた泣いたし、突っ込んできた運転手の人をすごく恨んだ。

 けどお兄ちゃんと同じで、運転手の人はあの時亡くなってた。恨んでた人は、何か言ってやろうと思ってた人はもういない。私もお墓に向かって怒鳴ろうとは、いくらなんでも思わなかった。

 

 

 運転手の人の家族が泣きながら謝ってきた。

 でもこの人達を責めるのは、私の中で少し違う気がした。

 

 一年過ぎたら来なくなった。

 

 

 友達がお見舞いに来てくれた。

 皆心配してきてくれて、寂しかった私は凄く嬉しかった。

 

 一年過ぎたら来なくなった。

 

 

 お父さん達は退院してからも毎日来てくれた。

 

 一年経って一週間に一回になった。

 二年経ってひと月に一回になった。

 三年目は暫く来なかった。たまに来たときは、お母さんのお腹が大きくなってた。もうすぐ私の妹が産まれるらしい。

 

 

 四年目からは――病院の人以外来なくなった。

 

 

 それから私は独り。この病室で、きっとこれから先も。もしかしたらそれは、私が死ぬまでずっとそうなのかもしれない。

 だけどもう、辛くはない。涙も出ない。本当に辛かったのは、あの事故が起きたすぐ後。お兄ちゃんがいなくなって、私の足が動かなくなったときだけ。それ以外はそうなるかもって思ってたし、本当にそうなったときはちょっとウルってきかけたけど。でもやっぱり、どこかでわかってたから。

 

 そんな風に今日も一人で過ごしてると、段々話し声が聞こえてきた。事故のすぐ後は色々な病院を回ってたけど、この病院の人達は会話もなくて本当にお仕事って感じ。それにこの近くの患者は部屋を出ないから、聞こえてきた話し声は不思議だったけど関係ない。どうせ、独りの私には関係ない事だから。

 けどそう思ってたら、私の病室の扉が開いた。少し驚きながら、上体を起こして扉の方を見る。扉には白衣を着た男の人達が三人。私の病室をキョロキョロ見渡しながら、入った後も話を続けてた。

 

「ほれ見ろよ、俺の言うとおりにすりゃ着いたじゃねぇか」

 

 一人目は赤い髪に髭の生えたオッサン。

 何でか分からないけどイラッてきた。白衣が全っ然似合ってなくて、絶対に病院の人じゃない悪そうな顔をしてる。

 

「ハハン、何を言ってるのです。そのせいで二時間も病院を彷徨ったではないですか」

 

 二人目は緑の髪でキリッとした感じの人。

 白衣は似合ってるけど、何だか性格がちょっと怖そう。あと笑いかたが少し変。

 

「二人ともここ病院だし、着いたんだから少し静かにしなきゃ」

 

 最後に私より少し年上ぐらいで白い髪の人。

 白い髪に白衣で、パッと見た感じ全身真っ白な変わった人。けど優しそうなその顔は、何でかお兄ちゃんを思い出した。

 

「……はっ、あんた達誰よ!? 見たことないし、この病院の人じゃないわね!!」

 

 いきなりやって来て話出した三人に驚いたけど、直ぐにナースコールを持って声をあげた。

 

「はっ、震えてるくせにそんな強がってんじゃ――」

「オッサンは黙ってなさい!」

「なっ、オッサン!?」

 

 オッサンが何か言っているけどそんな事は知らない。本当に何でか分からないけど、このオッサンを見るとイライラする。だからきっと私は悪くない。とにかくこのオッサンが悪い。

 

「……お、オッサンかあ」

「オッサンらしいです、よ……」

「てめぇら何笑ってやがる!」

 

 そこから私っていう患者がいるこの病室で、いきなり来た三人はまた気にせず大きな声で喋り出した。どちらかと言えば白髪の人はなだめてるみたいだけど、それでもここが病院っていうのを忘れてるようにしか見えない。

 

「……はぁ」

 

 ため息を吐いてもういいやと、ナースコールを元あった場所に戻した。起こしてた上半身も大人しくベッドへもたれかからせる。

 この三人が何をやりにきたのか、何がしたいのか分からない。本当は聞きたいこともあったんだけど、もう何ていうか疲れてきた。

 

「ごめんね、何か騒がしくしちゃって」

 

 声のした方に顔だけ向ける。そこには真っ白な男の人が、申し訳なさそうな顔で私の方を向いてた。他の二人はまだ言い争ってるけど。

 

「いいわよ別に。それで? わざわざこんな所に何しに来たの?」

 

 でもチャンスだと思って聞いてみた。何だかタイミングを逃してた気がするけど、これだけは聞いておきたかった。

 

 私のいるこの病棟は、他の場所とは少し違う。もう治らないって思われてる人や、すごく難しい病気にかかっている人たちが集められてる場所。他の患者の人達に何かあるとダメだって、受付や売店だってすごく遠い。

 私も集められた人たちの中の一人。病院の人達の話だと、足が動かないっていう、その理由が全く分からない。原因が事故だっていうのに、もしかすると他の人に感染するかもしれないからとか言ってた。

 こういうのを、隔離病棟だって何かの本で見たことがある。だからここに来たって事は、その理由は一つしかないはず。

 

「君に会いに来たんだ」

 

 私に会いに来た。

 彼は、確かにそう言った。

 

 いつ振りだったか、もうそんなことも忘れちゃってる。仕事の義務とかじゃなくて、ただ私に会いに来るためだけに来た人は。

 初対面の人だ。名前も知らない人だ。本当の事を言ってるのかもわからない。だけどその一言は、一人きりの私にはどうしようもなく響いた。

 

「っ、……それで? 私に会いに来たんならもう叶ったわよ。こんな足じゃなにも出来ないし、もう帰ってもいいんじゃないの?」

 

 本当にどうして、私はそんな事しか言えないんだろう。話すってことだけでも久しぶりだけど、それにしても酷いと自分でも思う。

 仲が良い人とでもなのに、彼とは初対面。嫌われていないかな、それだけが気になった。

 

「あ、今のはその……何ていうか」

 

 言い直そうと思ったけど、何でか上手く言葉が出てこない。昔は初めて会う人だってもっといっぱい話せてた気がするのに、どうしてか今では話せれる気もしない。

 

 折角、わざわざ会いに来てくれたのに。

 もっと、話したかったのに。

 

「君の足は治るよ。僕達は君の足を治しに来たんだ」

 

 ――彼が、私に向かってそう言った。当たり前のように、それが出来て当然だって具合に。それこそお兄ちゃんを思い出す笑顔で、この私に向かってそう言った。

 多分、知らなかったんだと思う。だって私も、今みたいに言われるまで全く知らなかった。言われてすぐに感じた、胸のあたりからするズキズキとした痛みを。お腹の奥から湧き出て来た、ドロドロと濁ったよく分からないものを。

 

 言われて気づいた。

 私はそれに、怒るんだ。

 

「――ふざけんじゃないわよ!!」

 

 後ろの二人が驚いてこっちを見てきた。だけどそんなこと、全く気にならない。また上半身を起こして全く気にせずに、目の前の彼へ向かって大声を叩きつけた。

 

「この足は治らないの! 絶対に!!」

 

「どこの国の、どの医者に診せても言われたわ! 原因不明、何がどうなってるか分からない、何故動かないんだって!!」

 

「それなのに、あんたみたいなやつに出来るわけないじゃない! 事故に遭ったことも、大切な人を亡くしてもないやつに――」

 

 

「独りになったこともないやつに、私を治せれるわけがないじゃない!!」

 

 

 吐き出した。多分よかれと思って言った彼に。理不尽で滅茶苦茶。醜いぐらい嫉妬や羨望が剥き出しの言葉で、これでもかと吐き散らかした。彼はそんな私を黙ってみていた。後ろの二人と違って、私の怒鳴り声に驚くこともなかった。

 

「治すよ」

 

 そして一言、そう続けた。絶対に、必ず。そんな想いがこもっている気がした。

 

 けれど、それでも私は否定し続ける。実際もう彼が、本当に私のことを治せるかどうかなんて事はどうでもよかった。

 ここで否定しないと、駄目になりそうな気がしたから。そうでもないと事故に遭ったあの日からのこれまでが、途端に馬鹿らしく思えてきて。

 

「治らない! 治らないったら治らないんだから!!」

 

 子供が駄々をこねているような幼稚な言葉。

 いつもの私なら絶対にしないような言葉。

 見捨てられても、仕方のない言葉で。

 

「絶対に、治してみせるよ」

 

 なのに変わらず、そう言い切られた。呆気にとられる私を気にもしないで、私に向けてまた話し続ける。人のことはあまり言えないけど、そんなの自分勝手ですごく我儘。だけど、だからこそ本心から何だとも思った。

 

「事情は全部把握してる。本当に、悪かったと思ってる」

 

「あれから僕は直ぐに動き始めた。なのに僕ほど遅く動き始めた()()がいなかったから、君を見つけるのに時間がかかった。いや、他のボクの君も大体そうだったから、どんなに早く動き始めてもそうだったのかもしれない」

 

「あぁ、ごめん。何言ってるかわかんないよね。でも、これだけは言わせて欲しい。今更遅いかもしれないけど、これだけは僕も得意だから――」

 

 

「僕に君を、治させてくれないかな」

 

 

 彼の表情は、今直ぐにも泣きそうだった。

 何で彼が泣きそうなのか何て分からない。

 彼が何を言ってるかも、全然分からない。

 

 でも何でか――。

 そんな顔、して欲しくないって思う。

 

「……誰が、あんたみたいなのにやらせるのよ」

 

 私は俯きながら小さな声で、呟くように言う。彼はそれをちゃんと聞いてたみたいで、だよね――と顔を暗くした。

 

 

「だけど……だけどさ」

 

 目の端から、何かが滲んでくる。

 

 

「こんなに、口悪くて足も動かない……私だけど」

 

 それはいつからか、枯れたかと思ってたもの。

 

 

「独りぼっちで……友達もいない、私だけど」

 

 それは私のもとで、まるで――。

 

 

 

 

 

「あんだ達に、づいでっぢゃダメがな……!!」

 

 声に交じって、大粒の雨のように降り注いだ。

 

 返事はない。だけど、むしろそれでよかった。返す言葉なんて、どうせ今はまだ出せそうにない。

 何より皆の表情は、憎たらしいぐらいに笑顔。だから悪いけど、自己紹介はまた落ち着いたら。そうして落ち着いたら、私から一番に声をかけるんだ。

 

 

 ――私はブルーベル、あんた達の名前は?



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四話 「欲しい晴」

 僕は孤児で、今日も独りで生きてる。

 

 普段僕が住んでる所はスラムって言うらしい。外から来た高そうな服を着た大人の人が、笑いながらそう言ってるのを聞いたことがあった。

 僕は長い間ここにいるけど、本当の所あんまり住みやすいとは思ってない。それでもここ以外の住み方を知らない僕みたいに、ここには色んな人達がいっぱい住んでる。

 

 目的があってここに来た人。

 産まれた時からここにいる人。

 何か失敗してここに来ちゃった人。

 

 そういうのもあって、僕みたいな孤児はここじゃそんなに珍しくない。

 むしろ外で産まれたはいいけど、親が育てられなくてここに捨てられたり。ここに親といたけど、度々起こる揉め事に巻き込まれていなくなったり。他にも色んな理由があって、住んでいる人の殆んどは孤児だったりする。

 

 けど孤児の子達の殆んどはまだ小さい。ここで独りで生きていくなんて、とてもじゃないけど出来ないぐらいに。

 だから孤児の子達は仲間、グループを作って暮らしてる。たまに仲間同士で喧嘩したり、他のグループの子達ともめてたりするけど。ただそれでも偶に見かける笑い合った様子は、見ていてとても楽しそうだった。

 

 けど僕は、他の子達とは違った。僕は他の子達より内気で臆病だし、話しかけられても直ぐにどもる。見た目も緑にボサボサの長い髪のせいで、同い年ぐらいの子達は怖がって殆んど近寄ってもこない。

 

 気づいたら孤児の中でも、僕は独りだったんだ。

 

 独りで仲間のいない生活はすごく大変。最近人さらいも増えてるらしくて怖いけど、特にまともな食べ物なんていくらあっても足りないし。

 だから他の子達が食べ物を持ってくるのに後ろからこっそり追いかけて、騒ぎを起こしてる間にそれを見てる人のお店から盗ってくる。少し悪いとは思うけど、そうでもしなきゃ僕はとっくの前に死んじゃってるだろうし。

 

 でもそんな生活ももう終わる。何日か前に、他の子達の後をつけて食べ物を集めに行ったときの事。いつもより気分が悪かったせいか、音を立ててお店の人に見つかっちゃったんだ。

 その後は追いかけられたけど、急いで近くの屋根の上に逃げたから捕まるまではなかった。けど気分が悪いのに、そうして無茶したせいなのかな。逃げ切れたところで足を踏み外しちゃって、そのまま屋根の上から落ちちゃった。

 

 硬い地面に打ち付けられた僕はすぐに立ち上がろうとした。逃げきれたはいいけど、まだ近くで店の人が僕を探してるかもしれない。だからすぐにその場所から離れようとして――またその場所で崩れ落ちた。

 不思議に思いながら、ズキズキと痛む自分の体を見る。見えたのは普通じゃ曲がらない方向に曲がってる僕の右足と左手。それに驚いて口から出てきたのは、声じゃなくてたくさんの真っ赤な血。

 

 曲がってる手足を動かそうとした。

 痛くて動かすことができなかった。

 

 動く右手で口から溢れる血を止めようとした。

 隙間から溢れる血が水溜りを作ろうとしてた。

 

 僕は、その場所から動こうとするのを辞めた。

 

 このままだと血が足りなくなって死んじゃう。そうじゃなくても、ここで片手片足無しに生きていけるとは思えない。

 だけど、僕みたいな孤児を治してくれる人はいないんだ。それは単純にお金がないと思われてるからで、実際に僕は持ってなかった。治すのにお金が要らないなんて、そんな人が外にもここにもいないのは僕でも良く分かる。

 

 死にたいわけじゃない。けど、もう僕にはどうしようもない。こんな時に誰か友達がいたらって思うけど、やっぱり僕は独りだから。

 

 ただそれでも、今だからこそ強く思った。

 

 

 友達が欲しかった。

 仲間が欲しかった。

 独りは、いやだった。

 

 そのためにまだ――。

 

 

 まだ、生きていたかった。

 

 

 いきなり体が勢いよく燃え出した。驚いた僕は直ぐに右へ左へ、体を何度も地面に転がす。なんでいきなり燃え出したのかも、見えた炎の色が黄色だなんてことも気にならない。ただでさえ痛む体を動かすのは辛かったけど、燃え死のだけはもっと嫌だったから。

 暫くして炎は燃え尽きた。僕が消火したって言うよりかは、急に引っ込んだみたいだったけど。それでも焼け死にだけでも防げた僕は、大きくため息をつきながら()()()顔に流れる汗を拭った。

 

「……ぼばっ!?」

 

 驚いて変な声を出した僕は直ぐに()()()口を覆った。だけどいくら待っても、口から血は全く出てこない。それに気づいて、ハッとした僕は自分の体をまじまじと見つめる。

 曲がってた手足はいつも通りの方向に。手足以外にも出来てた擦り傷は傷跡すらなくなって、思えば悪かった気分も良くなってる気がした。

 

 正直自分でも単純だし大雑把だとは思う。だけど、あの黄色の炎は怪我を治すことができる。難しいことは良く分からないけど、なんとなくそんな気もした。

 きっとこの炎は他の人にも使える。使えば怪我をして困ってる人を治せる。そしたらその人と友達になれる――と、そう思った。

 そこから僕は頑張ったよ。人を治したいけど、その前に炎の出し方すら分からなかったから。まずは自分の考えで炎が自由に出せるように。

 

 死なない程度の高さから何日も何度も落ちて、その度に出る炎の感覚を掴むんだ。大分無茶苦茶だったけど、それぐらいしか思いつかなかったから。

 実は一回だけ、本当に死んじゃいそうになった時もあった。けど、深い傷は完璧に治せなくて傷跡は残っちゃう。そんな新しい事が分かったから、顔に傷跡が残ったけど別にそこまで気にはしなかった。

 

 それにもう、黄色の炎は体のどこからでも出せるぐらい上手くなったし。

 まだ他の人には試した事無いけど多分大丈夫。ちょっと自分の腕に切り傷を付けた後、あの黄色の炎を灯した指を押し付けたらあっという間に治ったから。

 

 さぁ、今日から僕は変わるんだ。

 

 

 

 

 

 僕は運がいいみたい。変わるんだと決心して少し歩いた所で、僕よりも年上の男の人がうずくまってた。

 

 怪我してるらしいお腹辺りの服が真っ赤に染まってる。元々が全身真っ白の服だったみたいで、直接見なくても滲む赤で余計に辛そうだった。服を巻くって見てみると銃で撃たれたみたい。ここではよくあることだからそんなに珍しくはないけど、気絶してるし顔色も悪そうだから早く治さなくちゃ。

 

 それから少し時間をかけて、何とか上手く治せたと思う。初めてで不安はあったけど傷口はちゃんと塞がったみたい。見れば顔色も良くなったから安心した。ただ一回治してる途中に目を開けてたけど、まだ辛かったみたいでまた直ぐに気絶しちゃった。

 

 このまま起きるまで待っていよう。

 そしたら、友達になってくれるかな?

 

「にゅ~、どこ行ったの~」

「確かこっちに向かったと思ったんですが」

 

 そんなことを考えてたら、誰かを探してるような声が聞こえてきた。

 

 突然の事だったから僕は慌てて物陰に隠れる。すると少しもしない内に、外に続いている道から人が二人出てきた。一人は黒いマントを羽織った、僕と同じような緑の髪をした男の大人と、同じ格好をした水色の髪の女の子。

 二人はさっき僕が治した男の人と知り合いだったみたい。着直させた服に血の跡が残ってる男の人を見ると二人とも凄く驚いた顔をしてた。けど直ぐにどこかへ電話したら、男の人の方が抱えて外の方に行っちゃった。

 

 二人とも、あの男の人がすごく大事そうに見えた。もし逃げずにあそこにいたら、あの人達とも友達になれたかな。

 ちょっとそう思ったけど、もう終わっちゃったから仕方ない。流石に外にまで追いかけて行くわけにはいかないしね。

 

 だけどちゃんと誰かを治せるって分かったし。今日は緊張していつもより疲れてるみたいだから、友達作りはまた明日にしよう。

 

 

 

 

 

 あれから何日も困ってる人を探しに歩いてる。けど、中々そんな人は見つからなかった。

 それで思ったけど、そもそも医者が必要なぐらい怪我してる人ってその辺を一人で歩いたりしてない。グループに入ってたら周りの子が警戒して僕を近寄らせないし、独りの子はそんな弱み見せようとしないしね。

 

 だから今日は、普段からあまり近寄らない方に行くことにした。最近人さらいがいるって噂のある、ここでももっと奥の方に。その分やっぱり僕も危ないけど、一息で死ななかったら治せるし、怪我してる人も多そうだから。

 

 そんな事を考えながら歩いてると、少し離れた所に何人かの大人達を見つけた。内の一人は少し前からここにきて生活してるヨレヨレのスーツの大人。他は本当に知らない大人達で、ヨレヨレのスーツの大人をピシッとした感じ。

 けど怪我して困ってる訳じゃないみたいだし、何か嫌な感じがして静かに離れようとする。すると、大人たちの話声がここまで聞こえてきた。

 

「お前がこの辺りで見たっていうのは本当なんだろうな?」

「う、嘘じゃねぇ。本当にこの辺りで見たんだよ! 黄色の、晴れの死ぬ気の炎を使って怪我を治してる餓鬼を!」

 

 大きな声と一緒に鳴ったのは、何かが倒れたようなちょっとした音。

 

 静かに離れようとした僕が、その声を聞いてつい足元にあった木箱を蹴っちゃった音。振り向かなくても後ろから大人の人達に見られてるのが分かった。

 ただもしかして、本当にもしかしてだけど僕の事じゃないよね。死ぬ気の炎何て聞いたことないし。

 

「あいつだ! あの餓鬼に間違いねぇ!!」

 

 勘違いでもなく僕だった。

 

 

 

 まだ僕がいつも暮らしてる辺りだったらよかったんだろうけど、この辺りは僕も今日初めて来たばかり。怖くて逃げたはいいけど、廃墟のような所の行き止まりで直ぐ追い詰められた。

 

「この餓鬼がっ、手間かけさせてっ、くれやがって!」

「ッ!?」

 

 近寄ってきた大人の内の一人が何度も僕のほっぺたを殴ってくる。初めはほっぺたが腫れて、口の中を切っただけで済んだ。だけど何度も殴られる内に、顔の骨が折れて形が変わろうとしてくる。

 

 ――早く、治さないと。

 

 そうして僕は黄色の炎を体から噴き上がらせて治そうとする。大人達はそれに少し驚きながら、殴るのを止めさせてまた話し出した。

 

「うおっ、本当に使えんのか」

「それも見た感じかなりの炎圧だな。この歳でこれほどとは……間違いなく逸材だな」

「だから言ったろ! ファミリーの金に手を付けたのは悪かったから許してくれよ!」

 

 話を聞いてると、僕の使ってる炎はやっぱり普通じゃないらしい。ヨレヨレのスーツの人がそんな練習してる僕を見て他の大人に教えたみたいだった。そしてその大人の中の一人が――。

 

 取り出した銃でヨレヨレのスーツの人を撃った。

 

「え、なん……で」

 

 ヨレヨレのスーツの人はとても驚いた顔をしながら倒れた。崩れ落ちたその場所にはいつか見た赤い水溜り。そこから指一本、動きはしなかった。

 

「話を聞いて想像してたよりも段違いだった。いつかもし敵に回ると厄介だからな。念のためにここで殺しておく。だから、お前を許す義理もない」

 

 そう言って僕にも銃を向けてくる。

 

 逃げたときの疲れと顔を殴られたときの痛み。それにそんな状態で無理に治そうとして炎を沢山使ったからか、体がダルくて瞼がとても重い。

 

 ――今度はほんとに、ダメ……みたい。

 

 最後に何日か前に治した、真っ白な男の人が見えた様な気がした。

 

 

 

 

 

 目が覚めた。

 

 頭や顔がまだ少し痛いけど、死ぬよりは全然マシだし本当によかった。見逃されたのかと思ったけど、直ぐにおかしなことに気づく。自分がベッドの上で、上体だけ起き上がった形で寝ていたんだ。

 白くて大きなベッドだ。勿論僕のじゃない。僕はいつもならその辺に落ちてる木板を屋根や壁にして、そのまま汚れたシーツにくるまるだけだし。

 

 それに、最後にいたのは確か廃墟のような場所。間違ってもこんな外でも中々なさそうなベッドは置いてないだろうし、そんな物が置いてある部屋は絶対にない。

 どうしてと思いながら部屋中を見渡そうとする。その中でふと横を見たら、見覚えのある水色の髪をした女の子。その子がベッドの隣で中腰に、ベットにいる僕をジッと見てた。

 

 服をなにも着ずに。

 

「ぼばっ!?」

 

 驚いた僕はいつかみたいにまた変な声をあげた。顔がとても真っ赤になっているのが自分でもわかる。

 閉じればいいのに目を忙しく動かして、隠せばいいのに両手を右往左往。覚えてないけど何か変なことも言ってたかもしれない。そんな僕を見た女の子は、笑いながらこの部屋の扉を開けて出ていった。

 

 暫くして落ち着いてきた頃、女の子が三人の人と一緒に入ってきた。いきなり出てって不思議だったけど、多分この人達を呼びに行ってたのかな。

 

 新しく入ってきた人の内二人は知ってる。真っ白な治した人とその人を連れてった人だ。今思い出したけど確か、赤い髪の大人の人と言い争ってる女の子もその時にいたよね。

 

 けどその赤い髪の人は誰なんだろう。優しそうな他の男の人達とは違って、赤い髪の人はちょっと怖そう。水色の髪の女の子と怒鳴りあってて余計にそう見える。

 あれ? よく聞いたら言い争ってるっていうより、女の子に服を着させようと頑張ってるみたい……やっぱりいい人なのかな?

 

 そんな事を考えてると、前に真っ白な人が話かけてくる。

 

「昨日治してくれたのは君だよね?」

 

 僕を殴ってきた大人達とは違う。それどころか、今まで会ったことのあるどの大人たちとも違った。

 口調も表情もすごく優しそう。不思議だけど何となく、安心した気分になってくる気がする。

 

「あ、その……えっと」

 

 だけどいざ話そうにも、やっぱりどもっちゃって上手く言葉にできない。

 折角僕なんかに話しかけてくれたのに。後ろにいる三人も不思議そうにしてるし。やっぱり、僕に友達何て無理なのかな――。

 

「ありがとう」

「……えっ?」

 

 急にお礼を言われて少し驚いた。ただ僕がびっくりしてる間にも、真っ白な人は続けて話していく。

 

「困ってた所を助けて貰ったんだ。お礼を言って当然じゃないか」

 

「それに僕らは君を探してたんだ。でもやっぱり遅くてね、色んな所を探して回ったよ。まさか拠点にしてる街にいるとは思わなかったけど」

 

「ありがとう、怪我を治してくれて。本当に、ありがとう……僕らの前に現れてくれて。今度、ばっかりはさ……ほんと、ダメだと思ってて」

 

 いきなりお礼を言われたと思ったら、今度は真っ白な人が泣きながらお礼を言ってくる。僕が何でここにいるのかも、何でこの人が泣いているのかも全く分からない。

 だけど今は、とりあえずそのことはよかった。話を聞いてる内にそんなことより、どうしても聞きたいことがあった。

 

 この人だけじゃなくて、ここにいる人達からも。

 

 

「ぼ、僕を探してたの?」

「えぇ、中々見付からなくて焦りましたよ」

 

 緑の髪の人が心底ホッとしたような顔で返事をしてくれた。

 

 

「何で僕な、の?」

「さぁな、でも何かわかるぜ。お前以外はあり得ねぇ」

 

 赤い髪の大人が不思議そうに、けどこれだけは譲れないとばかりに返事をしてくれた。

 

 

「僕はあ、なた達に必要なの?」

「にゅにゅ、じゃないと探さないって!」

 

 水色の髪の女の子がとても明るい笑顔で返事をしてくれた。

 

 

「それに、元はと言えばウジウジしてたこいつの所為だしなっ」

 

 そう言いながら、赤い髪の人がまだ少し泣いてる真っ白な人を叩いた。

 痛そうにしてる真っ白な男の人を見て、他の三人がおかしそうに笑う。それを見てちょっと怒った男の人を見て、三人がまた楽しそうに笑った。

 

 髪の色からして、誰一人血は繋がっていない。でもそれは本当に、一つの家族のように見えた。そしてそれを見て、僕にはそれがすごくいいなって、そう思った。

 

 

「ぼ、も……」

 

 僕も。

 

 

「あにゃ……ち」

 

 あなた達のように。

 

 

 

「僕チ、んを家族にしてくれませんか!!」

 

 なれますか。

 

 

 

 言った。何の脈絡もないけど。どもってしまったけど。考えてた事とも少し違うけど。どうしようもないぐらいの意地汚い本心を。

 

 

「勿論だよ。僕の名前は()()、君の名前は?」

 

 

 あなたのお蔭で、初めて口にできた。

 

 だから――。

 

 

 

 

 

「ぼ、僕チンの名前は、デイジー」

 

「よろ、しく」

 

 

 これは僕の記念(ことば)

 

 初めて本心で喋れたことと、もう一つ。

 

 

 僕は家族で、今日から皆と生きていく事への。



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五話 「認めた晴」

 いつだったか僕の家に来た子ども――ランボ君。

 

 彼との出会いは、僕の中でとても衝撃的だった。まだ幼い子どもがマンション上階の窓ガラスを突き破って、なんて出会い方を忘れるはずがないんだけど。ただそれよりも、もっと衝撃的なことがあったんだ。

 

 ――十年バズーカの弾。

 

 それを部屋の掃除中にうっかり落とした僕は、気づけば見知らぬ大学の中。新聞や身分証でそこが十年後の世界だと分かった時は驚いたよ。まさかタイムトラベルを実際に自分が経験するなんてね。

 

 それから僕は色々と試しながら、何度も十年後の世界に行った。その一番の理由は、夢だったミュージシャンになっていなかったのが不満だったから。ただそれを抜きにしても、このタイムトラベル自体に一人の人間として興奮していたんだ。

 なんたって今までアニメや漫画の中だけの話。それが実際にあったっていうだけじゃなく、僕自身で体験することが出来たから。

 

 それにいつか自分一人の力で試したい。

 僕も男だし、そう思っても仕方ないよね。

 

 ただそういえば、一回目に行った時に特徴的な人がいた。初めてタイムトラベルに気づいた僕は、何故か無性に怖くなって当てもなく必死に走ってたんだ。その時にぶつかってしまったのが彼。

 服はどこにでも売ってるような普通の私服、だけど髪は外国の人でもびっくりするぐらい真っ白だったような。まあ恥ずかしい話、タイムトラベルに興奮しててあまり詳しくは覚えてないんだけど。

 

 ただその人の、僕を二度目に会ったときに見た顔がとても辛そ――

 

 

 ――えっと、あれ……? 僕は、何を考えてたんだっけ。

 

 

 

 

 

 少し違和感を感じながら、けれど僕は無事に高校へ進学することが出来た。何か、大切なことを忘れてるような気もするけど。まあ、忘れるぐらいならそこまで大したことでもないさ。

 

 そんなことより、僕は今すごくハマっていることがある。それは音楽とは全然関係ない、広く言えば工学系のもの。元から機械いじりにも興味があった僕は、その中でも特にロボットにハマっていた。

 だからクラブでもそういったのに入ったし、ロボット大会にも今までに何度か参加してる。大会が近づくと徹夜なんてザラだけど、それでもやりがいはある。元々好きなことなら苦に思わない性格だし。そのかいあってか国際大会にも出れて友人も増えたしね。

 

 ただまあ、少しクセが強いんだけど。

 

「スパナ、ねぇスパナっ!!」

「ん、あぁごめん。ちょっと面白そうなのあったから」

「……ケーキのオーブンレンジや飴の写真がかい?」

 

 彼はロボットを通じて友人になったスパナ。初めてあったのは国際大会の時で、それから大会とかで何度か会う内に一緒に開発したりするようにもなった。

 いいやつではある。それはまだ短い付き合いだけど何となく分かる。けど興味が有るのと無いのとで態度が極端、それに一度熱中すると他が上手く見えない時も。

 

 今だってパソコンで何に使うのかよく分からない写真を見てるし、話しながらもこっちを見ようともしない。もう慣れたと言えば慣れたんだけどさ。せめてチラッとでも視線をくれればいいのに。

 

「はぁ……進路だよ。もう僕らも卒業だからさ。これからどうするのかなって」

 

 少し呆れながらも聞いてみる。ただ機械弄りや何故か日本以外、その殆どが興味の薄いスパナのこと。大体何を言うかは分かってるけど。

 

「んー、ウチは特に何も決めてない。その内どこかに拾われるの待つよ」

 

 ほら予想通り、やっぱり適当だった。でも、スパナなら近い内絶対そうなるような気がしないでもない。というより腕前は十分すぎるぐらいあるんだから、自分から探しさえすればどこにでもいけるだろうに。天才なのに憎めない性格だけど、それでもほんの少し恨めしく思う。

 

「ならそっちはどうなの?」

 

 単純に僕の進路が気になったのか、それとも話の流れで仕方なくか。そのあたりはよく分からないけど、未だに写真を見ながらスパナがそう聞いてきた。

 

「僕かい? 僕はアメリカにある工科系の大学に行くつもりだよ。とは言っても、かなり厳しいって話だけどね……」

 

 そう、確かに行きたい大学はあるんだ。けどその大学は工学系でも難関、しかも場所が外国だから親や先生にも言いづらいときた。

 スパナみたいに高卒でどこかの企業にいくのも悪くはないと思う。ただそれでも、もっと最先端の技術や環境の下で学んでみたい欲もあった。

 

 でもやっぱりお金を出してくれるのは僕の両親。きっと頼んだら行かせてくれるんだろうけど、姉さんもまだ学生でお金がかかる時期。僕一人のためにそこまでしてもらっていいのか――

 

「――大丈夫。ウチが保証する」

 

 スパナと僕は友人だ。だけど流石にお互いの家庭事情、特に家計事情までは知ってるわけでもない。だからきっと、この返事は単純に難関か異国の地ってことに対してのもの。

 それでもこの無性に照れくさい、けれど湧いてくる力強い自信。それはスパナっていう一人の人間が、こんなところで嘘をつかない、心の底から思っているという事実。短い付き合いの中、そんなことも何となく分かるようになった。

 

「ありがとう、スパナ。何か自信がついたよ」

 

 僕は心からそう思いながら、写真を見つめるスパナの背中へと声をかけた。ただやっぱり、僕の方を見ながら言ってくれれば尚良かったのだけど。

 

 今生でなくとも、最後までブレない友人だった。

 

 

 

 

 

 スパナのお蔭で自信がついた僕は、早速両親や先生と相談した。

 

 断固反対とまではいかなくても、少しは渋ると思ったそれは何の滞りもなく進むことに。相談して一言目に快諾されたとき、思わず目が点になるぐらい驚いた。

 本人の意思を尊重すると言ってくれた先生はともかく、そもそも家族にはだいぶ前から何となく分かっていたらしい。何だか一人意味もなく悩んでたみたいで無性に恥ずかしかった。

 

 ともあれ、色々な人たちからの応援を受けた僕はその期待に応えるべく猛勉強。そのかいあって希望していた大学には無事入学、それも特待生として学費も免除と順調すぎるスタートを切った。

 

 初めての海外はやっぱり戸惑いも大きい。言語はもちろん、料理やマナー等々の異国特有の文化。今はともかく、行って暫くは勉強よりも環境に慣れるまでが大変だった。

 だけど暫く経てば、人間案外慣れるもの。その殆どがこっちで新しく出来た親友のお陰でもあるけど。そしてそんな彼と出会えたのは、大学内で道に迷っていた時。日本人っていう物珍しさもあってか、色々と案内してくれたのがはじまりだった。

 

「あの、それ僕のマシュマロなんですけど……」

「君が僕の前に置いておくのが悪いんだよ♪」

 

 彼が新しく出来た僕の親友――白蘭さん。

 

 どこから見ても真っ白なその髪色に、話しかけられた時はすごく驚いたし正直怖かった。というのも彼は僕と同じ学年だけど、実際に入学したのは飛び級制度でずいぶん前。

 理由は入学してから暫く、いきなり休学届を出したと思ったら何年も来ずに留年の連続。なんでもその間にヤバい人たちと関わっていたらしく、本人は気にしてないけどお世辞にも良い噂はなかった。

 だけど、実際に話せば全然そんなこともない。確かに急にフラッと数週間いなくなるときもあるし、僕の買って来たお菓子もよく勝手に食べられられる。でも髪はあれで地毛らしく、普段の物腰も柔らかで面倒見のいい頼れる人だ。

 

 でも何だってこう、一癖も二癖もあるような人ばかり僕の周りに集まるんだろうか。

 

「君って確か日本人だったよね?」

 

 僕のお菓子を食べながら彼がそう聞いて来た。そしてそれに僕は思わず首をかしげる。なんたってそんなこと見た目で直ぐに分かるし、なんなら初めて会った時に僕から自己紹介したぐらいだ。

 

「はぁ、そうですけど。いきなりどうしたんですか?」

「なら二次小説読んでるよね?」

「……何ですかそれは」

 

 いきなり質問されたと思えば、帰ってきたのは凄い理屈。スパナといい、この人といい、外国の人は日本人を普段どう思ってるんだろうか。……確かに好きだしたまに読んでるけど。

 

「あれ、知らないの? 二次小説っていうのはね――」

「いや、知ってますよ」

 

 そう僕が言えば、なら何で言ったのと本当に不思議そうな顔をされる。この人はこれをわざとじゃなく、むしろ素でやってるからこそ質が悪い。そんな顔をされれば僕からは何も言えず、諦めて話にのるしかないのだから。

 

「それで、その二次小説が一体どうしたんですか?」

 

 特に心構えすることもなく、何の気なしにそう聞き返す。すると、いつもはヘラヘラしてる彼の顔が引き締まった。口調も心なしか厳かに変わり、その変わりように置いて行かれた僕を気にもせず話し出す。

 

「二次小説って色々種類があって面白いよね。勘違い、最強、TS、転生……それに成り代わりの憑依物。色んな主人公がいて、元々の原作のキャラと一緒に泣いたり笑ったり戦ったり」

 

「でも自分がなりたいとは思わないんだ。少なくとも僕は、だけどね。だってそうじゃない……?」

 

「漫画や小説の中の話は、その登場するキャラで成り立ってるんだ。完結してるんだ。逆に言えば、そうじゃないと成り立たないんだ。介入することで一つでも何か致命的なズレがあれば、一体どんな最終回を迎えるか見当もつかない」

 

「でもまあ、知らない原作の世界ならまだいい。理想とする結末に怯えなくて済むしね。だから一番怖いのは――下手に知ってしまっている世界だよ」

 

 彼が矢継ぎ早に僕へと話しかけてくる。そしてそれを聞いている僕は、ただ後悔していた。

 理由は分からない。だけど確かに心の底から、それも本能ともいえる部分で。それ以上先を聞いてはいけないと、僕の中にいる何かがそう叫んでいた。

 

 耳を塞ぎたかった。

 声を上げたかった。

 逃げ出したかった。

 

 けれど体は動かない――動けない。

 まるで、自身の間違いを指摘される事に恐れる子どものように。これから放たれる何かに怯えながら、続く言葉にただ身を縮こまらせるしかなかった。

 

「原作から修正された作品。例えば、アニメの方が原作の途中の話で終わったもの何て結構あるよね。そんな中もしアニメだけしか見てなくて、さらに自分が介入する事で変わった悲しい結末だけを知るキャラがいたとしよう」

 

「多分ね、その人は演じるんだろうさ」

 

「知る筈もないエンディングを目指して。あるかも分からないハッピーエンドを夢見て。与えられた役割を演じ切ろうとする。必死だと思うよ。頑張ってるとも思う。だけどその人は、事情を知っている人達からすれば――」

 

 

「きっと、酷く滑稽に映るんだろうね」

 

 

 そう言って、彼はやっと笑った。けれど、いつものように楽しげでは断じてない。そしてその表情を張り付けたまま、彼は静かに僕へと問いかける。

 

「ねぇ、どう思う?」

 

 所詮想像上、小説や漫画の中だけの話。そう答えることが出来たのなら、一体どれだけよかったか。

 何故なら今までに見たことのない彼の笑みは、そういったものにしては酷く自嘲的。まるで、自分の事を話しているのではと思わせるほどに過ぎていた。

 

 とても悲しそうに、辛そうな顔で()()僕に――ま、た……?

 

 いや、待てよ。僕は白蘭さんのこんな表情、今までに一度として見たことなんてない。初めて会ったときから、ずっと彼は笑ってた。僕の隣で――ずっと楽し気に笑っていた()()なんだ。

 

 

 ――なら、なんで僕は……!!

 

 

「なっ、頭が……っ!?」

 

 予兆なく始まった頭痛に頭を押さえ、その場に崩れ落ちるかのように倒れた。

 それは割れるなんて比喩では表現しきれない。あえて言うなら、内側から砕け散るのではと思うほど。まるで今まで閉まっていたものが、無理やりこじ開けようとしているかのように僕の頭を痛めつけてくる。

 

「どうしたの!? 大丈夫かい!?」

 

 どこかすごく遠くの方から、焦りに日頃の態度を忘れた彼の叫び声が聞こえた。それに僕は、不思議と気持ちを少しながらも落ち着かせる。

 

 ――あの人でも、こんな声出せるんだ。

 

 そんな事を考えながら、僕は意識を失った。

 

 

 

 

 

 目が醒めて直ぐに自分の居場所を把握する。それは見覚えのある部屋のベッドの上。徹夜で体調を崩したときなんかによくお世話になる、大学内に置かれた保健室に見間違いない。

 

 教員は用事が出来たのか、部屋の中には僕一人。そうした部屋の中の様子に加えて、簡単に盗聴器やカメラが取り付けられていないかも確認する。

 不自然にならないよう、体の調子を確かめるのように確認してしばらく。少なくとも今分かる範囲ではないことに安心し、そのまま両手で頭を抱えた。

 頭はもう痛くないけど、それは単純な痛みという意味ではというもの。思い悩むという意味なら、それはさっきとは比べ物にならないほど痛んでいるのがよく分かる。

 

 

 思い出したんだ。

 

 十年後の僕に、忘れさせられていた記憶を。

 

 

 本当に、心の底から頭の痛い話だと思った。中学生時代の時に行っていたタイムトラベルが、まさかこんな形で返ってくるなんて。よく漫画なんかでタイムトラベルの危険性が説かれてたりするけど、本当にこんな形で知りたいとは全く思わなかった。

 

 ただ、十年後の僕の判断は正しかったと思う。こんな記憶が初対面からあるなんて、まともに話せるわけがないから。

 

 

 幾つもの世界が、僕のせいで滅んだんだ。

 

 ……僕は、どうしたらいいのかな。

 

 

 

 

 

 スパイとして生きていく。

 

 あれから暫くしてそう決めた僕は、普段こそ今まで通りに白蘭さんと過ごした。勉強し成績を競いあい、たまに自分たちでゲームを作ったりして楽しむ。ただの親友のように、残された大学生活を一緒に過ごした。

 実際彼との日々は、人生で一番楽しいといえる。そう思えるぐらいに僕は、彼と親友でいることに誇らしさすら感じていた。そして同時に、そんな親友を裏切っていることに後ろ暗く思うことも。

 

 ただそんな時は一言、心の中で静かに唱えた。

 

 

 ――白蘭さん()悪だ。

 

 

 彼の笑顔にほだされそうになった時。

 自分の罪に押しつぶされそうになった時。

 このままでいいのではと、思ってしまった時。

 

 そう自分に言い聞かせ、彼との日々を過ごした。

 

 

 卒業する直前、というより本当に卒業式の数分前。首席卒業生として挨拶するはずの彼が僕に話しかけてきた。

 最近は罪悪感以前に論文を作るのに忙しく、あまり会話らしいことはしてなかった。だからか懐かしい気さえするけど、なにも今じゃなくていいのに。

 

 そんな事を考えていた僕は、彼の言葉に驚く事になる。

 

「マフィア、ですか?」

「そう、僕って実はあるファミリーのボスなんだ♪」

 

 いきなりの事だけど、これについては正直そこまでの驚きはなかった。彼は他の全パラレルワールドを独裁者として世界征服するぐらいなんだ。それぐらいはやっている、やっていて当然。

 

 ――むしろ、それぐらいやって貰わないと困る。

 

「それでさ、君に僕のファミリーの幹部になってくれないかなって」

「……何でそれを僕に?」

 

 流石の僕でもこれには驚くしかない。確かに僕と彼の仲は親しい。彼の大体の人となりを知っている分、よっぽど専門外でもなければ補佐することもできるだろう。

 

 それでもいくら知り合いとはいえ、いきなり幹部にならないかなんて。マフィアの事情にそこまで精通していない僕でもおかしいことは分かる。

 元々の幹部やこれから入る幹部たちの事を考えても、冗談にしては全く笑えないような話だ。

 

「君が一番相応しいと思ったからだよ。何となくだけどね、君しか思い浮かばなかったからさ。ちょっと手伝ってくれないかい?」

 

 ただ、渡りに船ではある。距離が近い分動きづらい時もあるだろうけど、もしもの時の権力はあって困ることもない。この人を追い詰める以上、幹部という席ほど都合のいい場所はないとも思う。

 

 だけど、そんな信頼しきった笑顔で言われたら――いや、僕は止める。この人を必ず止めてみせる。

 

 そして、いつか言うんだ。

 

 

 

 

 

「分かりました、僕の方こそお願いします」

 

 

 僕は入江正一。

 

 白蘭()の親友で、白蘭()を作った――ただの悪だと。

 

 

 そう、彼との会話を忘れた僕は思っていた。



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六話 「約束と雨」

 白蘭()()がちょっと前に大学を卒業した。

 

 それに一緒に住んでる私や桔梗にデイジー、それとザクロは大喜び。

 昨日なんて久しぶりに帰ってきた白蘭さんを玄関先で待ち伏せ。クラッカーを鳴らして驚かせた後、みんなで作った料理を食べたりしてお祝いした。

 

 それから次の日になって、今日はまたみんなで一緒に遊ぶ日。今まで論文とか新入りの世話とかで忙しかった分、暫くはいっぱい遊んでくれるって聞いてた。

 集まる場所は私の部屋。住んでる家の中でも白蘭さんの部屋の次に大きくて、住むことになったときザクロと散々揉めて譲ってもらった(勝ち取った)部屋。

 

 ただ自分から誘ったはいいんだけど、改めて見たらすごく汚い。服は脱ぎっぱなしで、本やゲームも散らばって床の上。流石の私も焦ってみんなに手伝いをお願いする。それにザクロだけは少し渋ってたけど、最後にはなんだかんだみんな手伝ってくれた。

 掃除は私とデイジーで手分けして、お菓子や飲み物の買い出しは桔梗とザクロ。みんな朝ごはんを食べ終わったらすぐにやってくれて、今は約束の時間まで待機。まだ時間はあるし、一応主役の白蘭さんもきてない。だけどみんな私の部屋で何をするか話してた。

 

 昨日も少しやってた、トランプにすごろくやテレビゲーム。最近はまだ夕方も明るいし、時間があったら外に行くのもいいかもしれない。

 そう言って私の部屋だっていうのに、いつだったかみたいに皆でわいわいガヤガヤ。約束してた時間を、皆で楽し気に白蘭さんを待ってた。

 

 

 だけど、白蘭さんは時間になっても来なかった。

 

 

 朝ごはんの時は一緒に食べてた。だからまだ寝てるわけじゃないと思う。

 なら案外、普通に遅刻なのかもしれない。普段は時間にしっかりしてる。だけど自分の部屋にいた時に限ってよく時間を忘れて引き籠ってたから。

 

「ちょっと見てくる」

 

 みんなに言い残して、返事を聞かないまま部屋を出る。そうやって駆け出す私が向かうのは、当然この家にある白蘭さんの部屋。

 この家にある部屋の中で、一番大きくて狭いところ。場所は階段を上がって、そのまま突き進んだ廊下の一番奥。中には沢山の本棚と、中央にぽつんと置かれた二人掛けのソファ。

 

 普段あまり本を読まない白蘭さんは、なのに部屋を決める時わざわざこの部屋を選んだ。部屋自体は大きいけど、いっぱいの本棚のせいでむしろとても狭い部屋を。

 

『図書室が部屋ってなんかいいよね』

 

 私達はよく分からなくていつもみたいに苦笑い。だけど気にせず、子どもみたいな事を言いながらわらう白蘭さん。私達は仕方ないなって、またそんな白蘭さんを見てた。

 

 全くと言ったら違うけど、正直心配はそこまでしてなかった。白蘭さんに限って、まさかこの家で、何が起こるのかってはなし。

 そんなことならむしろ、時間を忘れてた方がまだ信じれる。確かに普段はしっかりしてるし、約束だって今まで破ったことはない。だけどやっぱり、ちょっと抜けてる所もあったから。

 

 そう考えながら部屋の前。私はためらいもなく、その両開きの扉に着けられてる取っ手を掴んだ。そしてそのまま、両手を使って力任せに勢いよく開く。びっくりして目を丸くしながら、私の方を驚いたように見る白蘭さんを想像して。

 

 そしてその時、ふと思った。

 

 ――そういえば、これで二回目だ。

 

 私の目に入ってきた部屋の中、置いてある幾つもの本棚。それは一度目に入った時――白蘭さんがこの部屋を選んだ時と何も変わらない。扉からは真っすぐに見えるソファの置かれた部屋の中央、そこを囲うように何重にも置かれた大きな本棚たち。

 

 一度目に来た時と、何も変わらない。

 

 ()()()()本棚たち。

 

「なに……これ」

 

 思わず口に出た。でも私が見てるのは、本棚なんかじゃない。確かに私は本に興味何てないし、それ()あってこの部屋に入ったこともない。だから本が一冊も無いだなんて、()()()()()()()すごく驚いてたと思う。

 

 だから私が驚いたのは、もっと別のもの。

 

 私が開けた扉から、真っすぐ見た先に置かれてるソファ。それに私の方へ背中を向けて座ってる白蘭さん。疲れてるのか背もたれに深く体重をかけて、仰いでるみたいに高さのある天井の奥を見つめてる。だけど、私が見て驚いたのはこれでもない。

 それはそんな白蘭さんの目の前、私の視線の先にいるひとりの人。座る白蘭さんと向かい合うように立ってる、天井ギリギリまである大きな身長の人。温かみも、冷たさも感じない。ただそこにいて、ただそれだけが全てのように思える人。

 

 ただ、その人はまるで――。

 

「――やあ、ブルーベル。もしかして……時間過ぎてたかな」

 

 聞き覚えのあるその声に視線を少し下げる。そこには肩越しに疲れた顔で、気まずそうに私を見てる白蘭さんがいた。

 

「来ないから、呼びにきたんだけど……」

 

 途中まで言って言葉につまる。それだけじゃなくてチラチラと。意識した訳じゃないのに、視線が何度も大きな人の方に動いた。

 白蘭さんはそんな私に気づいたみたい。私から見ても無理をしたような、とってつけたようなえがおで答えを返した。

 

「ああ、これかい? やっぱり怖いよね」

 

 ()()。指をさした訳でも、視線を向けた訳でもない。だけど白蘭さんが私の事を分かったみたいに、私もこれが何のことを言っているのかはよく分かった。

 

 だから、もう少し聞いてみた。

 

()()、白蘭さん……?」

 

 見間違えはしない。私の知っているのは目の前にいる、私と喋ってる人で間違いない。だけどそれも、間違いなく白蘭さん。身長も、目つきも雰囲気も全然違う。だけど何故か、白蘭さんに違いないと思った。

 

「うん、これは別のパラレルワールドの僕だよ」

 

 ――パラレルワールド。

 

 あまり聞きなれたとは言えないその言葉に、自信なさげに繰り返し呟く。

 それを拾った白蘭さんの説明は簡単に、私にでも分かりやすいように一言。今この世界とは、何かが少しでも違う世界――と。ていうことは、それはまた別の世界の白蘭さんってこと。でもそれなら、また不思議に思うことがある。

 

「なら、なんでここにいるの?」

 

 それは単純に、ただの興味本位からの疑問。別の世界の自分が、自分と一緒の世界にいる。あまり詳しくは知らない私だけど、それがおかしいことは何となく分かった。

 そう思ったのは多分、白蘭さんも同じ。疲れたような顔をいっそう強くして、うんざりしたような口調だけど答えてくれた。

 

「僕以外の僕は、なんていうかヤバくてね。色々と伝えても『それならそれでいいんじゃない?』って、人の話なんて全く聞かなくてさ」

 

「最後にはこれなんだけど。他と違う僕に興味湧いたらしくて、自分のいた世界に連れてかれかけたんだよね」

 

 そんなことよりみんなの所に行こっか――()()()()付け足して、白蘭さんはソファから扉前の私に近づいてきた。

 だけど私はそんな白蘭さんを待たない、どころか自分から近づいてく。パタパタと、そんな音がつくぐらいの小走り。白蘭さんはそんな私を不思議そうに、キョトンとした顔で見て来るけど気にしない。

 

 そして目の前で一拍、空けて大きく声を上げた。

 

「気をつけ!!」

 

 言った後、白蘭さんの前へ後ろへと大慌て。体にどこか可笑しなところがないか、気にせずペタペタ触って確認していく。白蘭さんはそんな私に少し驚いてるみたいだった。石像か何かみたいに固まったまま、慌てる私にされるがまま。

 そうやって一通り確認した後、真正面から白蘭さんを見る。身長に差があるから見上げるような形。だけど自分でも、これでもかってぐらいに力強く睨み付ける。

 睨み付ける私に、白蘭さんは少したじろいだように見えた。そんな白蘭さんが一歩下がって、私が二歩進む。二歩下がったなら、今度は三歩進んだ。そうやって何度か繰り返せば、私と白蘭さんとの距離が殆どなくなる。

 

 上目遣いに睨み付ける私。

 

 冷や汗を流す白蘭さん。

 

 足を治して、居場所もくれた人。そんな人に嫌な態度はとれないし、それもあって名前に()()づけ。私自身しっかり意識した訳じゃないけど、桔梗に不思議がられて、ザクロに気味悪がれるぐらいにはよそよそしかったらしい。

 だけど、私はそんなことも忘れるぐらいに怒ってた。それこそ初めて白蘭さん達と会った時、何も考えずに怒鳴り散らしていた時なんて比べ物にならない程。だから私は――。

 

 

 私は――勢いよく抱き着いた。

 

 

「……バカ。本当に、バカなんじゃないの」

 

 初めこそ小さく、それこそ蚊の鳴くような声で。それから背中に回した腕にもっと力をこめて段々と強く、口から出てきた言葉を繋げてく。

 

「分かってないんだから。私も他の皆も、今更あんた抜きで生きていけるわけないじゃない」

 

「もっと、自分のことも考えてよ。残る私たちの事も……考えてよ」

 

 はじめは戸惑ってた白蘭さんも、言い終わる頃には私の頭に手を伸ばしてきた。

 多分、このまま撫でてて誤魔化すんだと思う。誤魔化して、今回のことを有耶無耶にして、また普段みたいに()()()()()

 

 

「必要なんでしょ、私達のことが」

 

 ――させないんだから。

 

 

 私の頭に置かれた、今にも優しく動こうとしていた白蘭さんの大きな手。それが不自然に、急に固まって動かなくなる。

 

「桔梗やザクロに聞いたし、デイジーだって知ってる」

 

(リアル)6弔花。難しいことはよく分からなかったけど、私たちがそれで――にゅっ!?」

 

 頭に置いてる手とは逆の手を、私の背中に回して力をこめられた。いきなりだったから少し声を上げて、私たちの距離はもう本当になくなった。

 一緒に引き寄せられた私の顔が、包み込む白蘭さんのお腹に埋もれた。そうなったら当たり前だけど、喋れなくなった私の代わりに白蘭さんが話し出す。

 

「……僕は確かに、君たちが必要だ。君のいた病院に行ったのも、元々はそのためだった」

 

「ひどいよね……足を治させて欲しい、なんてさ。僕なんかじゃ想像もつかないぐらい大切なことで、僕は君の事を……利用しようとしたんだ」

 

 声は小さいのに、大きく震えてる。

 体は大きいのに、小さく潰れそう。

 

 こんな白蘭さんを見るのは久しぶり。私と、デイジーと初めて会った時の二回だけ。今にも壊れちゃいそうな、そんなどこか危ない雰囲気。

 いつだって、どこか強がってる感じはあった。だからこんな格好を見せてくれるのは、信頼されてるみたいで素直に嬉しいとも思う。だけどいつだったかよりも、もっと弱々しく感じる白蘭さん。

 

 なにも泣いて欲しいわけじゃない。

 無理してわらって欲しいわけじゃない。

 そんな顔、して欲しいわけなんかじゃない。

 

 

 私は――。

 

 

「もしかしたら、数年後には僕じゃない誰かがブルーベルのことを――っ!?」

 

 話してる途中で白蘭さんが変な声を出した。それもそのはず、私が白蘭さんのほっぺたを勢いよく両方から叩いたから。抱きしめられてた私は、抜け出してから挟んでそのまま。呆然としてる白蘭さんの顔を両手で私の顔近くまで持って来る。

 文字通り目の前にいる人は、私のやったことに目を白黒させた。多分自分がなにをされたのか、いきなり過ぎてよく分かってないんだと思う。だけど、私はそんなことも気にせず――叫んだ。

 

「話はまだ終わってないのよ!!」

 

 白蘭さんの目が、それこそ本当に丸くなる。悲しそうな、偶に白蘭さんが話す中ボスみたいな雰囲気はどこかに吹き飛んだ。それにとりあえず満足した私は、またゆっくりと話し出す。

 

「何となくだけど、分かってたわよ。大体理由もないのに、会ったこともない私を治すわけないじゃない」

 

「その理由が私の力で、私を戦わせるため? いいわよ。義務なんかじゃなくて、私自身が目的で会いに来てくれたんだから。それだけで――私は嬉しかったから」

 

 私は少し、自分の足を見た。

 

「リハビリは大変だし、もう少し時間がかかるかもしれない」

 

「でも、色々とアドバイスしてくれる桔梗。不愛想だけどなんだかんだ手伝ってくれるザクロ。転んだ時一番に心配してくれるデイジー。いつも忙しいのに、わざわざ私の部屋にまで遊びに来てくれるあんた。そのためなら――私は何が相手だって戦える」

 

 もう一度、目の前にある顔を見た。

 

「だけど……ちゃんと治ったら離れなきゃいけないと思うと、もう会えないと思うと辛かった」

 

「そんな時、桔梗とザクロに聞いたわ。これから起こる戦いの事も、あんたがこの部屋で力を使ってるってことも。私もデイジーも、悲しくなんてない。むしろ、これからも一緒に居られることが嬉しかった」

 

「だからそんな、私だけ仲間外れみたいなこと言わないでよ。そんな、私が行けないような所へ連れてかれかけたのに――()()()()()()()

 

 言い終わると、ほっぺたを挟んでた私の手が握られた。大きくて、暖かい白蘭さんの手で。

 握られた手はゆっくり下ろされる。それに合わせて白蘭さんは腰を下ろしていって、その目線が私のものと重なった。

 

「心配してくれてありがとう。でも、本当にもう大丈夫だよ」

 

「僕自身よく分からないけど、僕の方が格が上だったのかな。連れてかれないように踏ん張ってたら、呼んでもないのに向こうがこっちに来ちゃったんだ。流石に他の僕もああはなりたくないみたいで、それから何もしてこなくなったし」

 

 聞いて安心した。

 だって、白蘭さんは嘘をつかない。

 

 また来るって言ったら、本当に来てくれる。

 足を治すって言ったら、本当に治してくれる。

 

 だから――。

 

 

「私達の前から、いなくならない?」

 

「ごめん、それは出来ない」

 

 

 これも、きっと嘘じゃない。

 

 

「今すぐにじゃないよ。だけど僕は、いつかみんなの前からいなくなる」

 

「どうなるか、何時になるかもよく分からない。だけど僕は、いなくならなきゃいけない。でも、これだけは約束させて欲しい――いや、約束する」

 

「桔梗もザクロにデイジーも。これから会う仲間たちに、もちろんブルーベルだって。絶対に、幸せになれるようにしてみせる。だから、いつか僕がいなくなるその日まで――」

 

 

「僕のそばにいて、ついてきて欲しい」

 

 

 目に涙を滲ませながら。

 握る手を震わせながら。

 絞り出すような声で、そう私に言って来た。

 

 別に泣かせる気なんてなかったのに、これじゃ私が悪者みたいじゃない。途中から扉近くで隠れてるみんなに後でからかわれそうだし。

 

 本当に、そんな顔をして欲しい訳じゃなかった。

 

 でも、どうしてもそうなるなら――。

 

 

 

 

 

「仕方ないわね」

 

「だから()()()()()、明日も遊んでよね」

 

 

 私たちが、笑わせてあげなきゃね。



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七話 「忠義の霧」 修正済

 元はただのしがない剣士。

 

 いや、恐らくは剣士と自称することすら烏滸がましいのかもしれない。何故なら俺は、自身の研鑽のために引き留める家族が残る故郷を捨てた。そしてその折に、いっそとばかりに両親から与えられた名すらも置いていく。

 そうまでして行ったことも、やはりお世辞にも良いとはいえないもの。各地を歩き回り、行く先々で剣と己の身を振るったのみ。それはいつか出会う、あの野蛮なヴァリヤーの剣士とさして変わらない。己の腕だけを信じ、奪うことで生きてきた。やはり愚かな生き様だったと、今ではもはや自嘲する他ない。

 

 そんな日々が変わったのは、徐々にではなくむしろ突然に。俺がイタリアのとある町の片隅で、まさしく行き倒れていた時のこと。

 幾年経っても慣れることない旅路での疲労に、度重なる戦闘での少なくない怪我。故郷を出て旅をすること数年、一度に返ってきた報いともいえるそれら。俺はその時すでに這いずるだけ、立ち上がることすらできなかった。

 

『あんた、うちにおいでよ』

 

 そんな時に声をかけたのは、一人の女性だった。

 

 自らの事をジッリョネロファミリーのボス――アリアと名乗ったその女性。後に聞いた話では、お忍びで歩いていた所を偶然見かけたとのこと。

 それが今に至るまではぐらかされていた謎。出会って早々、人の気配に視線を上げた俺にその一言だけをアリア様は告げた。見るからに厄介ごとでしかない俺に向けた、その何もかもを省いたような一言。なんだこいつは――それが正直な俺の思いだった。

 だが謎というのなら、きっと俺もそのうちに入るのだろう。死すら覚悟していた時の、初めて出会う女性からのその言葉。俺は見つめてくるその女性の瞳を見返し、気づけば首を縦に振っていたのだから。

 

 それから送るのは、とても満ち足りた日々。

 

 端的に言って余所者な俺を、それでも知ったことかと構うジッリョネロの仲間たち。一人の時間が長かったせいか、囲まれる俺はひたすら戸惑うばかりだった。

 ガンマという男と出会ったのも、そんな日々の中でのこと。ジッリョネロの中でも同年代の彼は、慣れぬ生活を送る俺にとても良くしてくれていた。ただ俺がファミリーに入った経緯を聞いた時、何故だか暫くの間目の敵にされてはいたが。

 

『そういえば、あんた名前なんだっけ』

 

 すでにファミリー内でも打ち解けつつあった時。用あって入ったアリア様の自室の中、そう声をかけられたことがある。

 場所はアリア様の自室。そのため人は俺とアリア様だけだったのだが、他に誰かいたならば今さらかと驚いていたことだろう。そんなことを考えながら、俺は頭を悩ませた。正確に言えば捨てたのだが、今さら堂々と名乗れるはずもない。結局は他に聞いて来た仲間たちにも話した通り、思い考えるままにそう語った。

 

 すればアリア様は俯き出す。もしやお体に障ったのかと思ったが、否定するアリア様の言葉通りならそうではないらしかった。そうして手持無沙汰に、かといって勝手に部屋を出るわけにもいかない。

 それから一時間近く経っただろうか、流石にそろそろと再び声をかけようとした時の事。顔を上げたアリア様が、表情に笑顔を浮かべながら言った。

 

『よし、決めたよ。今日からあんたは――』

 

 その日俺は新しい名と、その意味を与えられた。

 

 今となっては俺以外に誰も知らぬその意味。それは何も欲しかったわけでも、願ったわけでもない。裏の人間として生きるのに、無駄な恨みを買わぬよう名がない者は少なくない。そしてそれは俺としても同じこと。拾われた恩を返すのに、名声など必要ないのだから。

 ただそれでも何故か、俺の内心は暖かな心情に埋め尽くされていた。ファミリーを思うのならば、名を貰うというのはきっと違うはずではある。だが自分で自分のことが分からないと言う、今までにない初めての感覚。そしてやはり、最後に感じたのがいつかすらも覚えていないその感情――。

 

 

「……俺が剣を捧げたのは、あなたお一人です」

 

 

 次に感じるのは、いつになるのか。

 眠る様に横たわるアリア様に、俺はそう告げた。

 

 

 

 

 

 朦朧とした意識の中、遠くから声が聞こえた。

 

「感染レベル……5だ」

「残念だが、この患者も」

「ああ、旅行者とは気の毒に……」

 

 聞こえてきたのは、お世辞にも良いとは思えない事。恐らくは管を繋がられながら横たわる俺に、医者辺りが防護服越しに眺めながら話しているのだろう。そのお陰で意識が多少戻ったことに、俺をして何とも言えない虚しさだけが残る。

 

 

 アリア様が病によって亡くなられたあの日から、およそ数週間が経ったといったころ。俺は仲間たちに断りを入れ、また各地を回る旅を始めた。そのせいでワクチンの発見されていない流行病にかかる、などとは思いもよらなかったが。

 ただ、たとえそれが分かっていたとしても俺は旅に出ていたことだろう。無論、回る地域を変えるの自体は当然ではある。そしてそれはひとえに、今のジッリョネロファミリーに疑問を抱いてしまったことから。

 

 亡くなられたアリア様に実の娘――ユニ様がいたという事実。DNA鑑定からも間違いのないそれに、誰一人知る筈のなかった仲間たちは驚愕を隠しきれなかった。

 それは俺も例にもれず、その中の一人として。だが裏の世界の住人であるアリア様が、短い間だろうが一人の女性としての幸せも送っていたということ。そのことに喜ばないファミリーは少なくない。そして俺は、その例にもれた少ない一人であった。

 

 ユニ様が悪いわけではない。ただ時期が悪かった。今でなければと、思わずにはいられない程に間が悪すぎた。

 何故ならボスのいなくなったジッリョネロファミリーは、掟として直ぐにでも次のボスにユニ様を据えなくてはならない。話を聞く分には、つい最近までアリア様がマフィアであることすら知らなかった一般人。それも未だに少女の域を出ることのない、まだ幼い身であるにもかかわらず。

 

 そんな少女にファミリーがまとめられるとは思えない。そしてそれ以前に、アリア様がユニ様を一般人として育てていたということ。それらから、俺はユニ様をボスに据えるのは反対であった。

 だが掟とは、それこそファミリー結成時に作られたもの。破った前例を容易くつくってしまえば、それこそ将来ファミリーの崩壊を招く恐れがある。それに俺はアリア様直々のスカウトとはいえ、他のファミリーと比べれば入ってからの日も浅い。厳粛な掟に対する影響力は、俺にはなきに等しかった。

 

 だから、ガンマだった。生まれつきということもあってファミリー内でも古株。若くこそあるが、それでも実力については申し分ない。そしてアリア様に特別な感情を持っていたように見えたガンマなら、恐らく彼女をボスにしようとは思わない。

 どれも、そう考えての言葉だった。全てはファミリーの、そしてなによりアリア様の娘であるユニ様の未来を思って。そのためにガンマを煽り、危ない時は身を挺してでも庇うつもりではあった。

 

『俺があんたを、命がけで守る』

 

 その筈が、ガンマがユニへ向けた言葉。それによって全てが無に帰した。推し進めるかのような発言をしていた俺に、もうそれを止めることはできない。

 足りぬ頭を振り絞るべきではなかったのだろう。その結果がファミリーに対しての疑問を感じさせ、何よりガンマに対してそれを強く思わせた。さらにはそこから少しの間ファミリーを離れようとして、結果は今のような生き地獄。

 

 体の所々から滲み出てくる血に、また意識を失わせんと暴威を振るう高熱。痛みこそないが、むしろだからこそ恐ろしい感覚のなさ。見かけにしても、体中は音に聞く怪物のように包帯まみれ。感覚から包帯によって片方だけ見えている俺の目、恐らくは充血に赤く染まっていることだろう。それはいつか倒れたときよりも惨い、まさに生き地獄といった言葉に相応しく感じる。

 しかも情けないことに、ここにきて涙が止まらなかった。熱による生理現象以上に、片方の目だけから溢れるそれ。止めようとは思っても、初めてのことに何をどうすればいいのかも分からない。

 

 いつだって覚悟はあった。それこそアリア様に拾って頂くよりも前から。剣をふるって、剣を握りしめたまま果てるのだ――と。だが、今はどうだ。剣を振るうどころか、持つことすらもできない。それに情けなさを、悔しさを感じずにはいられるはずもなかった。

 ただ、それでもだ。今の俺には、もっと情けないことが別にある。そもそも俺は、この街に何故来た? それは考えの掴めないファミリーから離れ、自身の頭を冷やすため。行動はどうあれ、ファミリーのことを考えてだ。

 

 だが、今の俺はただ怖い。

 このまま死んでしまうことが、ただ恐ろしい。

 

 ファミリーの心配など欠片もなく、ただそれだけが占める俺の内心。仲間に最強の剣士と謳われた俺が聞いて呆れる。旅に行き倒れた時すら、確かそうは思いもしなかったことであるはずなのに。

  

 そしてそうまで考え、俺はふと思い出した。

 

 それはアリア様も、病によって亡くなられたということ。果たしてそれは、どのような気持ちであったのか。気を遣って終ぞ、連想するようなことも聞いたことのないそれ。それが突然気になった。

 何故なら俺とは違い、アリア様にはユニ様がおられた。マフィアのボスにしてお優しいあのお方、そんな人間が実の娘をマフィアの世界に一人置いていく。たとえ本人が望んでいるとはいえ、俺達がいるとはいえのその行動。一体どれほどの、覚悟と心の強さがあったというのか。

 

 事が起こってから今になって。それも少しの間とはいえ、ファミリーから離れた俺の思いではある。だがもし過去に戻ることが出来るのなら、せめてその最期に立ち会えたのなら。一言だけでも言わせて頂きたい。今までの感謝と、これからのこと。安心して俺たちに任せて頂きたい――と。ただそれだけでも、アリア様に伝えたかった。

 だが、またこの意識が薄れようとしていく感覚。恐らくもう、さっきのようにまた目覚めることはない。結局ファミリーには帰れなかった。行き先は告げていないのだから、ガンマ達が報せを聞くのは恐らくは時間の経ったあと。

 

 きっとその時、怒るのだろう。

 

 

 アリア様にも、怒られるのだろうな。

 

 

 

 

 

 意識が戻ってくるのを感じた。

 

 再び意識が戻ったということ、それに少しの動揺を覚えながらも目を開かせる。鉛のように思い瞼を上げ、見えたのは不思議な光景たち。

 それは用途の分からない、複雑な多くの機械。ダルさのある体の代わりに視線を動かせば、俺の体に包帯ではなく真っ白な病院服も映った。

 

「あの世というのは、存外近代的なのだな」

 

 呟くように出した、自分でもそこまで本気ではない言葉。思いのほか掠れていたが、それでもあの状況から出せた言葉ではある。ただそれだけに、意識を失ってから随分と時間の経っていることが分かった。

 

「それは、ちょっと物騒過ぎないかな……」

 

 聞こえて来た、呆れたような声の方へ視線を向ける。独り言を聞かれていた事。それに少しの気まずさを感じながら、移ろう視界に映ったのは一人の男。

 防護服こそ着ていないが、それでも白一色に染められた上下の白衣。一見医者のように見えるが、目を引くのはその髪色。白衣と同じに際立つその白。それを視界に収めた俺は、驚き以上の警戒心をもって目を限界まで見開いた。

 

「えっと、初めましてだよね?」

 

 男は俺達ジッリョネロファミリーが近頃その動きを警戒している、ジェッソファミリー――そのボスを名乗っている白蘭という男。その白蘭が今、敵対しているファミリーの幹部である俺の前にいる。動けない俺は何の抵抗もできないだけに、警戒するのは当然と言えた。

 だがその警戒も直ぐに収める。何故なら今の俺の体調、どう考えても何をされようが抵抗のしようがないのは確か。なおかつ未だ酷いとはいえ回復に向かっている体調に、あからさまな思惑が見て取れる白蘭の服装。

 

「俺を……治したのは――」

「うん、僕だよ」

 

 言い辛くしている俺に気づいたのだろう。わざわざ俺の言葉を遮り、白蘭がそのまま語り続ける。

 

「別に何も気負うことはないよ。偶々僕が担当してる所に君がいただけだし」

「担当……?」

 

 回復してきているとはいえ、やはりまだ弱っていることには変わりないのだろう。瞳から嘘偽りがないのを確信した俺は、けれど疑問に思った単語そのままを気づけば口にしていた。だが白蘭は、そんな疑問にひとつ微笑むと分かりやすいよう説明をし始める。

 端的に言ってしまえば、それはファミリーを挙げての慈善事業。俺のかかった病を完治させるワクチンが見つかったため、流行る町に赴いては無償でワクチンを配り回っているという。

 

「重ねて失礼だが、あのジェッソファミリーが?」

 

 我ながらではあるが、こう尋ねてしまうのも無理はない。何故なら近頃勢いに乗るジェッソファミリーは、マフィア界においてその黒い噂に事欠かない。中でも際立ったものが、最近になって注目され出した死ぬ気の炎。その兵器実験を数多の企業を買収して行い、素質ある難病者や孤児の兵士化なども行っているという。

 それらはジッリョネロファミリーお抱えの情報屋からの。ジェッソファミリー自体からそんな悪評を流したものでもない限り、その真偽は限りなく確か。間違っても慈善活動などをするファミリーではない。

 

「まあ、そう思われてるのは知ってるよ。だけど、話は変わっちゃうんだけどさ。実は僕、今までとんでもない失敗を何度も繰り返してきたんだ。あと一歩間違えたら、大切な人がいなくなってしまうような――本当に大きな失敗をね」

 

「相手を思いやるのは確かに大切だと思う。それだけは、絶対に忘れちゃいけないことだ。だけど、しなくちゃいけない時があった。無理やりじゃなくても、動くことで変われたこともあったはずなんだ」

 

「だから――僕は決めたよ。一線は守るけど、もう絶対に自重だけはしないってね」

 

 この活動もただそれだけだよ――そう語る彼の表情はとても苦く、心からの悔しさを表している。だがその瞳には、それ以上の強い意志や決心が見て取れた。

 そしてその瞳は、以前もどこかで見た覚えがある。ただ思い出すのはすぐだった。他の誰でもないこの俺が、その瞳を通して見る誰かを忘れることのできるはずがなかった。

 

 ――()()()()になら。

 

 あることを決心して直ぐ。会話の中で戻って来た、なけなしの力をこめて横たわる体を起き上がらせようとする。それによって数こそ減っていたが、それでも繋がられていた幾つかの管が自然と離れていった。

 それを見ていた彼は俺の事を慌てて止めようと動きだす。それに思った通りの男だと、嬉しく思うがこそ止められるわけにはいかない。止めてくれるな――そう、今にも閉じてしまいかける視線だけで訴えた。

 

 彼はそれに動きを止めた。視線を察してくれたのだろう、それにひとまずの満足を覚える。そしてその後、また再び悲鳴をあげる体を無理やり動かし始めた。

 脛の部分で体重をかけて基点を取り、彼に向かって面と向かいながら足を揃えて腰を下ろす。両手は自分の前へ、肘を僅かに曲げ伸ばしそのまま。

 

「恥を承知で、お願いさせて頂きたい」

 

 視線同士を交差させながら言葉を出していく。遊びなど一欠けらもない、誠心誠意をもっての言葉。

 

「どうか――」

 

 言葉を、相手へ語りかけながら状態をおもむろに倒していく。筋肉が、関節が叫ぶように悲鳴を出そうが関係ない。それら一切合切を無視し、ただひたすらに心から浮かぶ言葉を繋げた。

 

「我らジッリョネロと合併して頂きたい」

 

 それは、『土下座』というもの。

 

 極東の島国にて、最上級の懇願を意味する一つの礼儀作法。いつだったかアリア様に教えられた、俺の出来る文字通り最高の懇願法。

 ただそれだけで、いきなりで何のことか分からないだろう。そんな彼に向けて、頭を下げたそのままでどういう意図があるのか説明をする。

 

「ボスであったアリア様が数週間前に死去され、今は一人娘であるユニ様にボスを務めて頂いています。しかし、ユニ様はあまりに幼い。裏の世界にて。あのような御心では耐えられるとは思えませぬ。叶うのであれば、アリア様のご息女には人並みの幸せな人生を送って頂きたい」

 

「そのためどうか、お願いいたします。せめてユニ様が成年なさる頃まででも、合併もしくは同盟でも構いませぬ。我らジッリョネロに、ユニ様に助力をお願い頂きたい」

 

「であれば、このようなことをボスのおらぬ場で話すような我が身。どのような苦行だろうと受け持つ――貴方だけの剣となりましょう」

 

 そう言い切り、少しの間を無言の空間になる。自分から言い出したことはいえ、何とも心落ち着かない時間。幾度となく死線を潜り抜けて来たが、恐らくこの時以上に緊張した瞬間は今までにないだろう。

 

「顔を上げなよ」

 

 ほどなくして声をかけられ、その言葉通りに軋む体に鞭打って動かす。図らずも見上げる形となった彼の顔は、どこか心苦しいように見えた。

 

「何でもするんだよね」

 

 俺は僅かな間を開けることなく、すぐさまに首を縦に振り肯定した。発した言葉を変えるつもりはない。それは文字通り、どんなことだろうと受け入れる覚悟で言ったのだから。

 

「なら、マーレリングとってきてよ」

 

 そうしたら、君なら分かるよ――言い残した彼は、それ以外に言葉はないとばかりに俺のいる病室を去っていった。俺は一人で、下された命令について心の中で反芻する。

 

 ――マーレリング。

 

 代々ジッリョネロの守護者たちに与えられる、かのボンゴレリングとも力や価値が同等のリング。ジッリョネロの紛れもない宝であり、象徴そのもの。

 それを盗む。一つだけなら今も俺が持っている。だがそれを知っているだろう彼は、恐らく全てのことを言っているのだろう。

 

 迷うことはない。条件を下されたと言うことは、それすなわちこちらの提案にのって頂ける余地があるということ。全てはファミリーのため、ユニ様のため――アリア様のために。

 ただもし今度こそ死んでしまえば、怒られるだけでは済まないだろう。それだけが、俺の中で唯一の不安だった。

 

 

 決まればことは早い方がいい。そうして体を癒した後、彼と接触したという噂の流れる前にジッリョネロへ帰る途中。

 そのとき偶然ヴァリヤーの剣士と出会ったが、これは逆に都合がいい。幻術を用いてある程度善戦したように敗北し、怪我を負ってしまったという体でジッリョネロの拠点に着いた。

 

「どうした!?」

「お前ほどの男が一体誰にやられた!?」

 

 ガンマたちファミリーの仲間が口々に俺の容態を心配する。これから行おうとしている裏切りを前に、心苦しいがそれでも背に腹はかえられん。

 少々手荒にはなるが、恐らく駆け寄ってくるだろうユニ様を人質に。その後リングを持つそれぞれから差し出させる形が理想的だろう。

 

 そう考えれば、案の定ユニ様が駆け寄ってくる。

 

「姫、申し訳ありません……」

 

 紛れもない、本心からの言葉。ただそれは独断でヴァリヤーの剣士を倒そうとした、ここに来る前に考えておいた嘘偽りではない。これから行うことへの、本人へ向けた前提の謝罪。

 伝わる筈もないだろう。万が一に伝わったとて、ふざけるなと罵られることだろう。だが俺の中にいるせめてもの、今さら良心とすら言えないちっぽけな何か。それに俺は、言わざるをえなかった。

 

「何も話さないで、傷に良くないです」

 

 駆け寄ったユニ様は、幻術で作られた偽りの傷を負う俺にそう言葉をかけた。お優しい、口から溢れかけた言葉を必死に押しとどめさせる。

 今バレてしまっては、俺はただの裏切り者として始末されるのみ。一歩とは言わない、せめて後半歩ユニ様が近づいた時。それだけの距離ならば、確実に身柄を抑えることができる。

 

「それに――」

 

 踏み出した。ユニ様が、言葉と共に俺の方へと一歩踏み出した。

 それをしかと認めた俺は、悟られぬよう手に死ぬ気の炎を集める。霧の炎で構築するは、俺自身日頃から慣れ親しんでいる一振りの剣。その剣をもってして、ユニ様の身柄を抑える()()()()()

 

 

「あなたの気持ちは分かりました」

 

 

 体が硬直する。偶然とは決して思えない、紛れもなく俺がせんとすることに対して語った言葉に。俺は手に集めていた霧の炎を離散させ、体を固まらせた。

 一体いつから、どこから漏れたのか。いや、それ以上に何故――何故分かっているのに放って置く。俺が行おうとしたことは、決して許されざること。たとえ元は一般の出だったとはいえ、それさえ分からない筈もないだろうに。

 

「そうさせたのは、私ですから」

 

 内心で混乱する俺へ向けたその一言。それは先ほどとは違う。俺だけに聞こえるような、とても小さな声。

 

 だがそれで分かった、ようやく気づけた。

 

 俺は、勘違いしていたのだ。アリア様の娘は、我々が何に変えても守り抜く存在だ――と。一般家庭出身のユニ様には、マフィアの裏世界にはとても耐えられないのだ――と。

 そんなことがある筈もない。何故なら俺は目の前で俺を見つめる、そこから見える面影を知っている。拾われたあの日から、それこそ嫌というほどに。

 

 ただ、面影だけではなかったのだ。その苦悩と覚悟をたたえた瞳。そしてそこから伝わる心の在り方。彼女は俺が思っていたよりも――ずっと強かった。

 たとえ足りない部分があったとして、それがどうしたというのか。俺が、俺たちが支えればいいだけだ。それがファミリーなのだから。

 

 ああ全く、今日ほど霧の属性をもって生まれたことに感謝したことはないだろう。

 

 

「本当に、申し訳ありません……」

 

 きっと今の俺の顔は、見れたものではないから。

 

 

 

 

 

「ただいま戻りました」

 

 ミルフィオーレ日本支部、メローネ基地から本部へ。ことの報告をするため急ぎ戻った俺は、目当ての部屋にて膝をつき言葉をかける。

 

「あ、おかえり。十年前のボンゴレⅩ世はどうだった?」

 

 俺はあの一件でユニ様のことを改めて知ることが出来たが、それでも一度は誓ったこと。

 それに元々合併はするつもりだったらしい。もういいとも本人から言われたが、押し売り気味に合併に向けて色々と奔走した。そしてその結果と言っていいのかも分からないが、本物の霧のマーレリングも預からせてもらっている。

 

 ただ、元ジッリョネロの仲間たちからすれば裏切り者に変わりない。ガンマ達の視線や言葉に、時に耐えがたく思う時もある。

 だが失いかけた命を救ってもらい、見失いかけた忠義に気づかせて頂いた。これを返さねば剣士だけでなく、ただの人としても名乗ることができなくなってしまうだろう。

 

「未だ力及ばぬところはありますが、修行次第で近いうち期待にも応えられましょう」

「うん、君がそういうのならきっと大丈夫だね」

 

 俺は白蘭様の行おうとしている、その計画の全てを知っている。それは他の(リアル)6弔花も変わらない。他ならぬ、その計画を考えついた本人から聞いたのだから。

 そしてだからこそ、やはり思ってしまう。俺にもっと力があれば――と。いつだったか手に入れた、献上した際に封印されたヘルリング。それが使用できたのならもしくは――と。何もあれがなかったとして、今の俺なら十分に大戦装備を扱うことはできる。だがやはり、あるのとないのとでは明らかに差が出るもの。どうにか使用の許可を得られないだろうか――と、そう切に思う時がある。

 

 そんな俺のことを見透かしてか、葛藤している俺に白蘭様が声をかける。

 

「君は十分よくやってくれてるよ。それは他のみんなも同じ。だから実力を疑ってるわけじゃないんだ。でもやっぱり僕は、主人公にはなれないから」

 

「全く、本当によく出来た世界だよ。主人公でもなけりゃ救える気にすらならないなんてさ」

 

「ごめん、話がそれちゃったかな。ただこれだけ話してなんだけど、言いたいことは本当に少しだけだよ。それも全部知ってる君に言っても、きっと全然説得力なんてないんだろうけどさ――」

 

 

「無理だけはしないで欲しいんだ。それだけでも、覚えてくれると嬉しいかな」

 

 

 言葉通り白蘭様の言葉は、俺をして少しだが説得力がないと思わせるもの。そしてとても弱々しく、今にも砕けてしまいそうな表情だった。

 そのためアリア様、申し訳ありません。俺はまだ、そちらにいく事はできそうにありません。まだやるべきことが残っているため、お会いするにはまだ時間がかかりそうです。

 

 それに新たに二人、忠誠を誓ってしまいました。

 

 

 ただ俺には――。

 

 

 

 

 

 四つも剣がありますから、少しはいいですよね。

 

 

 幻騎士。

 敵を欺く忠義の騎士。

 

 あなたに頂いたこの名前。

 

 今は新しき主たちの為に振るってみせましょう。



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八話 「稀有な霧」

 

「面、ですか?」

 

 いつも通り訓練を済ませた後、呼ばれたので主の部屋を訪れれば珍しく命令…というよりかはお願いのようなものをされた。

 

 

「そっ、なんか最近出るらしくてさ。何か怖いし見つけ次第壊しておいてくれないかな」

 

「あぁ、別に直ぐじゃなくていいから。最近忙しそうだしね、むしろゆっくり休んでからにして」

 

 そしてついでに会ったら他のみんなにも言っておいてと言い、話しは終わった。

 

 

 

 

 

 主の部屋を出て真6弔花が普段暇なときに集まる部屋へと向かう途中考える。

 主が言っていた面のことについて。

 

 偶に廊下ですれ違う部下達が似たようなことを話していたのを聞いたことがある。

 

 何でも夜中に廊下を歩いていてふと後ろを振り返ると鬼のような面を被った大男がおり、お前ではないと言って消えるらしい。

 成る程確かに不気味だ。

 

 だが所詮は噂、このミルフィオーレ本部には主の力のお陰でかなりのセキュリティが施されている。

 

 術師ならあり得なくもないがこのセキュリティを騙せる程になると俺と同等なものだ。

 驕る訳ではないが、そうそういないだろう。

 

 気づけば目の前に目指していた部屋の扉があった。

 どうやらかなり長い間考え込んでいたらしい。

 

 以前雲の真6弔花である桔梗に悪い癖だと指摘されたのを思い出し、少し反省してから扉を開ける。

 

 

 

 

 部屋の中は作戦を立てる会議室のように仰々しいものではなくソファやテレビなど真6弔花や主が持ち込んで来たもので溢れ、生活感すら感じられる。

 だが部屋の中には誰もいなかった。

 

 

 

 桔梗は事務仕事に追われているのだろう、さっき主の部屋には多くの書類の山が四、五ほどそびえ立っていた。

 

 普通のファミリーならそこまではいかないがミルフィオーレは今やあのボンゴレと同等の規模を誇り主の力によって様々な技術の使用、開発が行われている。

 

 真6弔花の中で唯一事務仕事が出来る桔梗は他と比べて優秀な分その仕事量は他よりも多く、見ていてつい同情してしまうほどだ。

 俺は剣しか取り柄がなく手伝うことは出来ないが…今度何か奢ってやろう。

 

 

 

 ザクロは考えるまでもない。

 部屋に取り付けられている冷蔵庫に酒が一本もなく、部屋の中を見渡しても酒がないからな。

 どうせ何処かで酒を飲みながら酔い潰れているに決まっている。

 

 ただ酒を飲むだけならいいのだ、俺だって偶に仲間を労うときや今はもう合併されてなくなったがジッリョネロであったときはガンマと二人で飲み比べをしたこともある。

 

 だが煩い。

 酔えばしつこく絡んできて煩い。

 物理的に寝かせてもいびきで煩い。

 

 あいつと飲んでしまったときは部下からも苦情がきたほどだ。

 覚えてないとはいえ何故俺が部下に頭を下げなければいけないのだ。

 あいつとはもう二度と飲まん。

 

 

 

 ブルーベルとデイジーはついさっきまではいたようだ。

 さっきも言ったがこの部屋は真6弔花が集まる部屋としてそれぞれが私物を持ち込んでいる。

 

 その中でも一番持ち込みが多いのはやはり主だろう。

 

 ソファに冷蔵庫、テレビ、様々な機種のゲームとそのソフトに人数分のコントローラー。

 俺はやる側よりも見ている方が多いのだが仲間が楽し気にしているのは見ていて気持ちがいい、いつまでもそうしてありたいものだ。

 

 そしてそのときやっていたゲームの電源がついてテレビに映っており、ソファ近くのテーブルに飲みかけのジュースが二つ置いてあることから誰かに呼ばれたかブルーベルの気まぐれで出て行ったのだろう。

 

 

 どちらにせよもう数時間しない内に誰かはここに来る筈だ。

 探しに歩いてもいいがここは本部というだけあってそこらの支部とは段違いの広さだ。

 もし知らない内に行き違いになったら目も当てられない。

 

 最近は色々と計画の為に動いて忙しかったし主からのお言葉もある。

 人が来るまで休憩するのも悪くないだろう。

 そう思い自身の定位置であるソファの端に座り目を瞑る。

 

 久しぶりのゆっくりとした時間というのもあって自分でも驚く程の早さでその意識は沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 意識が浮かび上がる。

 

 少しの間休むつもりだったがかなり眠っていたらしい。

 窓から見える外は暗く、壁に掛かっている時計を見れば夜中の十二時ごろ。

 

 自分らしくない失態に驚き、焦る。

 主からのお言葉だとしても一度命じられた事を遂行せず、あまつさえ惰眠を貪るなど部下としてあり得ない。

 

 まだ起きているか分からないが直ぐに謝罪に向かおうと部屋から出れば、

 

 そこにはついさっき向かおうとしていた主がいた。

 

 

「っ、申し訳ありません。主のお言葉に甘え未だ命令を果たせておりませぬ。この無礼はいかようにも」

 

 直ぐに片膝をつき謝罪を口にする。

 すると主は何時ものように笑い、言葉を発する。

 

 

「全然大丈夫だよ、僕もさっきまで寝ちゃってて桔梗に怒られたばっかりだしさ♪」

 

 その口調はどこまでも無邪気で

 

 

「でも幻ちゃんそういうお咎めなしって絶対いやそうだよね〜」

 

 その顔はどこまでも笑顔で

 

 

「そうだなぁ、僕も大事な部下に手をあげるなんてしたくないし…そうだ‼︎」

 

 その言葉は…

 

 

 

 

「霧のマーレリング返してよ」

 

 俺に深く突き刺さった。

 

 

 

 

「マーレリング、ですか。それはつまり…」

 

 顔が能面のように無表情を保ち、

 言葉が上手く出せない。

 

 

「そう、幻ちゃん真6弔花やめなよ♪」

 

「使えない駒は僕のファミリーには必要ないよ。それに分からないかなぁ、君と他の真6弔花の、差ってやつ? ハッキリ言って一番弱いよね。僕が持ってるヘルリング使えばまだマシになるだろうけどそれでも彼ら以下。だからさぁ…」

 

 

 

「返しなよ」

 

 そう言い手のひらを俺に見せるように右手を伸ばしてくる。

 

 

 やはり間違いなかった。

 この主は俺にマーレリングを返せと、

 真6弔花を降りろと言ったのだ。

 

 それならば

 

 …俺は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 自分に何が起こったのか理解が追いつかず惚けた表情と声を出すが体はそうはいかない。

 

 右腕と右脚が無くなったことで体が地面に崩れ落ちる。

 

 

「グアアアァああああ⁉︎」

 

 続いて上がる叫び声。

 圧倒的上位から出していた声音と一緒だが出していた右手と右脚を切られたことで這いつくばる様は先ほどと比べて見る影もない。

 

 さらにその姿も変わっていく。

 

 先ほどまでは白髪に白い服と全身真っ白だったが今は体格が一まわりも大きくなり、全身を黒のローブで覆って顔の見える所には鬼のような恐ろしい仮面をつけていた。

 

 

 それを上から見下し吐きすてる。

 

 

「白蘭様は俺たちの事を駒などとは決して呼ばない。術師としての腕は本物のようだが真似る相手を間違えたな。正面から術師として戦えばまだ分からなかっただろうに」

 

「お前の目的はマーレリングと…まぁいい、噂の面とはお前の事だろう。見つけ次第破壊せよとのご命令だ。そして何より…」

 

 

 

「お前は俺を怒らせた」

 

 言葉と共に剣を振るえば仮面の男の体は霞となって消え、割れた仮面が残り世界にヒビが入る。

 

 仮面の男を屠った事で幻術で作られた世界が終わるのだろう。

 

 意識が今度こそ浮かび上がる感覚を感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 目の前には割れた見覚えのある仮面を無理矢理顔にあてがった赤髪の男。

 

 

「あがっ⁉︎」

 

 無言でその横っ面を殴る。

 

 

「あぁ、起きましたか幻騎士」

 

 少し強く殴り過ぎたか吹っ飛んでいったザクロを無視しながら桔梗がコーヒーを渡してきた。

 

 

「すまない…悪いが何があったか教えてくれるか?」

 

 手渡されたコーヒーに少し口をつけ聞いてみる。

 時計を見る限り休憩しようとしてからそこまで経ってはいないようだが。

 

 

「もちろん、ですが驚きましたよ。私達四人は偶々食堂ではちあったんですがね、貴方が私達を探してると聞いてこの部屋に来てみればソファで眠る貴方の近くに割れた仮面と地面に横たわっている体中に文字が書き巡らされた部下が一人」

 

「仮面は以前潰した東洋のマフィアが所持していた呪われた品でしてね、倒れていた部下が勝手に持ち出していたみたいです」

 

「それにしても…結構いい所に入ったみたいですね。あそこで倒れている男は貴方を驚かそうとしてふざけただけですよ。もう何もなさそうですが、よくあんな物被れますよ」

 

 そうやって心底理解出来ないと床に転がって動かないザクロを見る。

 

 

「そうか、この事を主は?」

 

 

「知っていますよ。ですがブルーベルとデイジーには少し刺激が強過ぎたみたいでしてね…もう大分落ち着きましたが、あちらでゲームをしてあやしてるところですよ」

 

 そういう桔梗の視線を辿れば確かに三人でゲームをしている所だった。

 

 コーヒーを飲み終わり桔梗に美味かったと一言告げそちらへと向かう。

 無愛想に見えるが桔梗とはもうそこそこの付き合いで俺がそういう人間だと分かっているのだろう、いえいえと返しカップを下げてくれた。

 

 

よっぽど熱中しているのだろう、ブルーベルとデイジーはまだだが主は直ぐそばまで来てやっと気づいた。

 

 

「あ、幻騎士起きたんだね。もう大丈夫かい?」

 

 顔を若干此方に向け、声をかけて下さる。

 その声音も口調もあの幻術世界の主と変わらない。

 

 

「はい、ご迷惑おかけしました。…お忙しい中申し訳ありませんが一つよろしいでしょうか?」

 

 迷惑をかけたと自ら言ったにも関わらずさらに続けようとする。

 無礼なのは承知だが何故か今聞いておきたいと思った。

 

 

「ん?珍しいね。いいよ、なんだい?」

 

 そう言ってわざわざゲームを中断したために一緒にしていた二人から不満の声が上がり、少し悪く思いながらも尋ねる。

 

 

「我々は…」

 

 

 

「貴方にとってなんでしょうか?」

 

 その言葉に主だけでなくさっきまで不満の声をあげていたブルーベルとデイジー、倒れていたザクロ、カップの片付けをしていた桔梗までも珍しい物をみたような顔で見てくる。

 

 

「…ほんとに珍しいね。でもそうだね、強いて言うなら…」

 

 

 

 

 

「家族かな? 」

 

「…そ、それよりさ、新しいソフト持ってきたんだけど幻騎士もやらない?」

 

 自分で言っていて照れたのか少し顔を赤くして普段は誘っても見るだけでやらない俺にゲームを誘ってきた。

 

 俺はゲームをあまりやらない。

 別に悪く言うつもりはないがそれをするならば訓練をする方が有意義だと感じるからだ。

 

 でも

 

 今日はなんでだろうか、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やり方を教えて頂けますか?」

 

 彼らと過ごす事より有意義な物はない。

 

 俺の返事に驚いたのかまた驚いた顔をした彼らを見て、

 

 少し笑いながらそう思う。

 



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九話 「羨望す嵐」

 

 

 気にいらねぇ

 

 自分こそが王子だっていう幻術で逃げたつもりの弟も

 

 餓鬼に負けた癖に目の前で踏ん反り返るこの雑種も

 

 どいつもこいつも好き勝手ふざけやがって

 

 …そういや、あいつもそうだったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は死んだ事になってる。

 

 あのどうしようもねぇ弟に殺された事になってんのは癪だしこんな辺鄙な所でコソコソと暮らすのは気にいらねぇが、仕方ねぇ。

 

 俺の執事のオルゲルトが言うには今弟はボンゴレとかいうマフィアの中の組織で幹部にまで上り詰めてるらしい。

 あんな弟が何人来ようが叩きのめしてやるが今の俺にはマフィア何かの組織と表立ってやりあう力はねぇからな。

 

 

 そんな風にイライラしながらもつまんねぇ日々を過ごしてるとある日オルゲルトが俺の前まできて言いやがった。

 

 

「ご報告致します。どうやら侵入者が二名訪れたようです」

 

 多分知らずに紛れ込んだのだろう、そんな奴もたまにだがいる。

 普段ならオルゲルトに始末させてたが今日は特にやる事もなく暇だったから言ってやった。

 

 

「シシッ、ここまで連れて来い。俺様直々にぶっ殺してやる」

 

 

「はっ」

 

 

 

 

 

 オルゲルトが俺様のいる所まで連れてきたが、二人は王子である俺様の目の前で好き勝手喋りやがる。

 

「あいつがそうなのか?」

 

 一人は赤い髪に黒いマントで悪そうな顔のオッサン。

 

 

「そうだよ。仲良くするようにね」

 

 もう一人は白い髪に白い服の真っ白な男。

 

 少しぐらいは器の大きさを見せつけようと黙っていたが、オルゲルトの額には青筋が浮かんでるし流石の俺様もこうも当たり前にされると我慢ならねぇ。

 

 

「てめぇら、いつまで俺様の前で喋りやがる」

 

 少し威圧感を出しながら言う。

 その辺のやつならそれだけで喋るどころか気を失ってもいいぐらいだ。

 それなのに、

 

 

「あぁ、ごめんね。今回も遅かったと思ったんだけどメモしてた場所にそのままいたからさ、ちょっと嬉しくて」

 

 っと余裕そうに笑いやがる。

 

 俺の弟ならここでブチ切れるだろう。

 だが俺様は弟とは違って正統な王子だ。

 

 さっきは少しキレちまったが俺様の居場所を掴んでいたみたいな事を言いやがった。

 この場所は人里からもかなり離れた森の中でオルゲルトの手によってカモフラージュもしてある。

 自慢にもならねぇが、それこそここ何年もの間ここに来たのは偶然彷徨って辿り着いたような奴だけだ。

 

 俺様の言葉で会話も止めたし有能そうだ。

 俺様の部下になるんなら許してやらなくも…

 

 

「て言うことで、ここにいるザクロの影武者としてだけど僕の部下にならないかな?」

 

 

「…オルゲルト、やれ」

 

 あろう事かこいつは王子の俺様にそれも影武者として部下になれとぬかしやがった。

そんなやつはいらねぇ。

 面白そうな奴だと思ったが、こんな事なら始めからオルゲルトに始末させるんだったな。

 

 

 …ん?

 

 可笑しい。

 俺の隣で控えていたオルゲルトから返事もないしあいつらに対しての攻撃もねぇ。

 あいつに限って裏切りはありえねぇとは思うが、何をしてるんだと隣を見ると、

 

 

「なぁ、こいつやっちまってもいいのか?」

 

 ここに来た奴の内の一人、赤い髪の男が俺と同じ嵐の死ぬ気の炎を纏わせた手でオルゲルトの首の薄皮一枚の所で握るように止め、オルゲルトが動けないようにしていた。

 

 

「なっ⁉︎」

 

 慌ててこの男が元いた場所を見ればそこには未だに笑いやがる全身真っ白な男とその近くの床に少し焦げ付いた跡が残ってやがった。

 

 

「ダメだよザクロ。その執事さん、かな?執事さんはその人の大切な人みたいだし。それにその顔でそんな事言うなんてデイジーが見たら泣いちゃうよ」

 

 

「…はぁ、相変わらず甘いこって」

 

 呆気に取られた俺様を置いて二人が喋り、オルゲルトの拘束が解かれた。

 オルゲルトは直ぐに二人から俺様の盾になるように立ち位置を変えると

 

 

「お逃げください。この二人はこの場で私がお止めします。どうか、貴方様だけでも」

 

 俺様と同じで力量を悟ったのか額から大量の汗をかきながらそう言う。

 

 

 …冗談じゃねぇ

 

 

「っなにを⁉︎」

 

 オルゲルトを座ったまま足で横に吹き飛ばす。

 そこまで強くしてないっていうのはあるが直ぐに体制を整えて喋ってきた。

 

 そんなオルゲルトに俺様は、

 

 

「このまま舐められっぱなしでいられる訳ねぇだろうが‼︎」

 

 この二人が、特に赤い髪の男。

 同じ属性の炎だからこそ分かる、あれは俺様とはレベルが違う。

 炎は覚悟の差なんて聞くがどれ程の覚悟を持てばあそこまでなるのか想像も出来ないぐらいに。

 

 だが何処の馬の骨とも分からねぇ奴らにこの俺様が背中を見せる何て事はありえねぇ。

 それにあいつらがここに来る前に忍ばせておいた嵐蝙蝠で攻撃すればいいだけだ…

 

 

「なぁ、どうするよあれ」

 

 

「ザクロが急に攻撃するからじゃないか。まぁとりあえず、」

 

「連れて帰ろうか」

 

 その言葉とともに意識は薄れ、最後に隣で同じように倒れ行くオルゲルトが見えた。

 

 

 

 気がつけばベッドに寝かされている俺様の近くに警戒しているオルゲルトも含めて四人の人が立っていた。

 

 

「ニュ〜、これがザクロの偽物? 私の時も思ったけど弱そうじゃない?」

 

 聞き捨てならねぇ事を言いやがった水色の髪の餓鬼と

 

 

「そ、そんなこと言っ、ちゃ可哀想、だよ」

 

 無自覚なのかさらに深く抉ってきやがる緑色の髪の餓鬼。

 

 

「二人とも寝起きだしその辺にしておいてあげよ。そしたら後で遊んであげるから」

 

 そう見覚えのある真っ白な男が言うと男の両隣にいた餓鬼共は嬉しそうに返事をして部屋の外に出て行った。

 

 

「さて、執事さんにはもう説明したけど君にも教えるね」

 

「ここは数あるマフィアのうちの一つ、ミルフィオーレファミリーの本部だよ。それで僕はここでボスをやってるんだ。それでね…

 

 

 倒れた時に打ったのか痛む頭を抑えながら説明を聞く。

 この場でこいつをオルゲルトと二人がかりでやってもいいが、ここが本部だっていうんならあの赤い髪の男もいる筈だ。

 悔しいが下手な事は出来ねぇ。

 

 説明を聞くにこいつが俺様にやって欲しい事は二つ。

 一つがあの赤い髪の男、真6弔花のザクロの影武者の6弔花として振る舞うこと。

 次にザクロの部下っていう形になり命令されればその通りに動く。だが特に命令とかがないときは基本何をしてもいいが下手をしたら速攻で抑えにくるって事だけ。

 

 あのザクロって男やこいつに頭下げんのは気にいらねぇが仕方ねぇ、暫くはしたがってやる。

 

 

 

 

 

 

 それからはいつものコソコソとした生活とは違い、本部内だけだが自由に行動出来るようになった。

 それに本部内だけだと言ってもあの男のファミリーは俺様が思っていたよりも大きかったようで俺様専用のそこそこの広さの一室もあるしそれに関しては特に不満もねぇ。

 

 

 だが、

 

「あぁ、貴方ですか。申し訳ありませんがこの書類を逃げたザクロまで運んで貰えますか?」

 

「あ、書類? てめぇがやっとけ」

 

「貴様何者だ、答えによっては…」

 

「にゅにゅっ、ザクロの偽物の癖に私を無視するなんて許さないわよ、この前髪王子‼︎」

 

「や、やめなよブルーベルゥ」

 

 

 何なんだこいつら⁉︎

 本当に真6弔花ってやつなのか⁉︎

 

 雲の桔梗って男は分かる、偶々見かけたから頼んだだけだろ。

 晴れのデイジーって餓鬼もたまに遊びに誘うぐらいで今も止めてる。

 

 だが嵐のザクロと霧の幻騎士、それに雨のブルーベル‼︎

 自分に任された書類を俺様にさせんじゃねぇし、見たことねぇからって斬りかかったり、毎日毎日寝起きに遊びに誘ってくんじゃねぇ‼︎

 

 

「誰が前髪王子だ餓鬼どもがぁ‼︎」

 

「怒ったわ、逃げるわよデイジー‼︎」

 

「ぼばっ⁉︎ 僕チン何もやってないのに⁉︎」

 

 こうやって本部の中を走り回るのも初めは何だといった顔をされたが今じゃまたはじまったと呆れ顔をしてくる奴もいやがる。

 まさかオルゲルトまでその中の一人とはおもわず餓鬼共にクッキーを作って渡していたときは本当に驚いた。

 

 

「わっ⁉︎」

 

「ぼばっ⁉︎」

 

「げっ⁉︎」

 

 全員炎まで使って全速力ではしってたから曲がり角から曲がってくる人影に気づいても急には止まれず、

 

 

「へ?」

 

 今日も全身真っ白のここのボスに向かって突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

「今回は僕だからよかったけど、もう炎を使って廊下じゃ走っちゃダメだよ?」

 

 念のため来た医務室で真っ白の服の男が餓鬼に言い聞かせるような声音で優しく注意してくる。

 

 

「わるかったわよ…」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

 デイジーは素直に謝り、ブルーベルは不満気だがどちらの目にも涙が溜まっておりもうする事はないだろう。

 

 

 だが俺様は謝らず、ぶつかってから一言も喋っていない。

 

 そんな俺様を見て餓鬼共は不思議そうにしているが真っ白の男は何か分かったらしく、

「反省したならもういいよ。先に帰ってて」と言い、チラチラとこちらを伺う餓鬼共を帰らせた。

 

 邪魔な餓鬼共がいなくなり二人きりになった事で俺様から切り出す。

 

 

「なんで、何も言わねぇ」

 

「どういうこと? 注意ならついさっき言って…」

 

 真っ白の男は不思議そうに聞いてくるが…それがどうしても腹立たしい。

 

 

「ふざけんじゃねぇ‼︎ お前はここのボスだぞ‼︎ 頂点だぞ‼︎ 王なんだぞ‼︎ そんな奴がふざけて走り回ってた部下とぶつかったってのにヘラヘラしやがってよ‼︎」

 

「そんなんじゃねぇだろ‼︎ 王ってのは絶対なんだ‼︎ 軽んじられちゃなんねぇんだ‼︎」

 

「それなのに‼︎」

 

 

『弟君は素晴らしいですね』

 

『えぇ、まさに天才です。それに比べて兄君は、おっとこれは失言を』

 

『いえいえ、事実ですからな』

 

『兄貴これ一緒に…出来ないんだっけ』

 

 

「それ、なのに‼︎」

 

 

『どう思う? そうですね、理想の上司ってやつですかね』

 

『あ? 仲間に決まってんだろ』

 

『全てを捧げられる主だ』

 

『にゅー、お兄ちゃん…かな』

 

『家族、だよ』

 

 

 

「何が、何が違うってんだ‼︎ 俺様とお前と、一体何が‼︎」

 

「…何が、俺様の何が…いけなかったんだ。俺…はどうすりゃ、認めて貰えんだ。親に、部下に…弟に」

 

 言葉が小さくなるごとに顔を俯かせ、その所為で常に頭につけていたティアラも、前髪で隠れていた両目からも滴が地面に落ちる。

 

 王子であるこの俺様がこんな凡百の前で、ダセェな。

 きっとこいつも呆れてんだろうな。

 こいつも、他の奴らみてぇに離れてくんだろうな…

 

 

「…ごめん、僕に君の事は分からない。他のみんなとは違って君の事はよく知らないんだ」

 

「君が僕に何をみているのか、君が僕と何が違うと思っているのか、僕には何も分からない」

 

 ほら見ろよ。

 わざわざあんな森の中に来たのに居たのがこんな奴だからな、当たり前っちゃあ当たり前か…

 

 

「多分みんなもそうだよ。だからみんな君に構ったりしてるんだ。君のことを、もっと知ろうとしてるんだ…流石にブルーベルはやり過ぎだと思うけどね」

 

「最近は僕も少し忙しくて此処に中々戻って来れなかったけど、暫くは此処にいるつもりなんだ。今日もね、このあとみんなで室内だけどバーベキューするつもりでさ、」

 

 

 

 

 

「一緒にどうかな?」

 

 …けっ。

 またヘラヘラ笑いやがって。

 こんな奴が俺様の王だなんて認めねぇよ。

 

 だが、

 

 

「肉は俺様に合う最高級だろうな」

 

 つれぐらいには思ってやる。

 それ以上はこれから先、見てってやるよ。

 

 

 

 

 

 

 それから何年もこいつらと過ごした。

 桔梗の手伝いをしたり

 ザクロに書類仕事を覚えさせたり

 幻騎士と訓練をしたり

 餓鬼共の遊びに付き合わされたり

 怪我して帰ってきたときに救急箱片手のあいつに心配されたり

 

 

 オルゲルトには最近、

 

 

「ご成長なされましたな」

 

 って号泣されたな。

 直ぐぶっ飛ばしたけど。

 

 

 悪くはねぇよ。

 少なくとも森で引きこもってた頃と比べたら。

 

 だからこそ忘れてた。

 俺様達は仲間で家族だが、

 

 裏の住人、マフィアだって事を。

 

 

 

 

 

 

「イタリア?」

 

「そう、君には部下を連れてそこで近々起こりそうなボンゴレ達の反乱を抑えて欲しい。これは命令だ」

 

 珍しく命令をしてきた。

 実際出会ったあの日から命令らしい命令はなかった。

 控え目に言ってもお願いの態度を崩さなかったこいつが。

 

 …そういうことか。

 

 

「分かったぜ。どうせ部下の俺様には拒否権何てねぇからな」

 

 全く分かりやすい奴だぜ。

 そう思いながら出口のドアに手をかけ思い出したように言葉を続ける。

 

 

「…それとな、俺様はお前の力は知ってんだ。お前に聞いたしな」

 

 あいつの肩が揺れた気がする

 

 

「だからよぉ、」

 

 

 

「そんな面されたら俺様がどうなるかぐらいわかるんだぜ?」

 

 っ⁉︎

 気づかれると思ってなかったのか驚愕の表情が顔に表れる。

 

 あいつの顔は命令を続けてる最中これでもかと歯を食いしばり何かを耐えているようだった。

 あれに気づかない奴なんていねぇよ。

 

 

「っぁ、「俺様は‼︎」 っ⁉︎」

 

 何か言おうとしてたがそれを許さずあいつに背中を向けながら先に声を上げる。

 

 

「…俺は、わりと楽しかったぜ」

 

 

 

「ボス」

 

 そう告げて部屋から出る。

 後ろから嗚咽が聞こてくるが、無視する

 

 気にしたら

 足が止まりそうな気がして。

 

 

 廊下を歩いて行くと待っていたオルゲルトが隣に侍り、口を開く。

 

 

「準備は既に整っております」

 

「先行って待ってろ、寄るところがある」

 

 

「…かしこまりました」

 

 伊達に何年も俺様の執事をやってねぇ、どこに何をしに行くか分かったんだろう。

 それ以上何も言わず先に向かう。

 

 

 向かった先は俺様の直属の上司って事になってる男の部屋。

 もう昼頃だが何もないときは酒を飲んでるか眠ってるかだから扉を蹴ってこじ開ける。

 

 

「うおっ⁉︎ 何だ、ってお前かよ。何のようだ?」

 

 予想通りコートを羽織ったままベッドで寝ていたらしく扉が吹き飛ぶ音に驚いたのか不満そうな顔で此方を見てくる。

 だがそんな事は知った事かと俺様は目の前までヅカヅカと部屋に入り胸ぐらを掴む。

 

 

「…失敗しやがったら、容赦しねぇぞ」

 

「…っ⁉︎ 、あぁ」

 

 初めは何の意味か分からなかったみてぇだが察したのか神妙な顔で頷いた。

 

 それに甚だ不服だが満足し、オルゲルトが待っている飛行船まで向かう。

 

 

「…無駄にはしねぇよ」

 

 扉の破片が飛び散る部屋から聞こえるザクロの呟きを背中に受けながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でもあぁ、やっぱりあいつの思ってた通りになったな。

 無事に帰ってきて泣きながら笑うだろうあいつの顔に見たかって一発打ち込むつもりだったってのに。

 

 弟に会えるとは思ってなかったから驚いた。

 隣にいたカエルとの関係が俺様と餓鬼共みてぇでつい笑っちまったが。

 ただ幻術で凌いだと思ってるみてぇだった、俺様なんかに見抜かれるのに気づかないようじゃこの先痛い目見るってのに。

 

 でもこの目の前で踏ん反ってやがるこいつはどうしてもイラつくな。

 オルゲルトを殺しやがったし、今もほら

 

 

「ミルフィオーレの情報を全部吐け。そうすりゃ見逃してやらん事もない」

 

 何て言いやがる。

 

 前の俺様なら知ってる事全部言っただろうな。

 ここで俺様が言ったらあいつの計画は全部ぶっ壊れる。そんな事も気にせずに…

 

 だがな、

 

 

 

 ほぼ石になっても体勢は変わらない

 

「俺様を‼︎」

 

 

 手を手掛けに乗せ、足は組んだまま

 

「誰だと思ってやがる‼︎」

 

 

 ボロボロ崩れていくのが分かるが変わらず

 

「俺…は‼︎」

 

 

 

 俺の望んでいた

 

 あいつの様な

 

 

 王の姿で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「6弔花の一角、ラジエル」

 

「白蘭様の部下だぜ?」

 

 動かない口角を無理矢理釣り上げる。

 もう体の八割は石になったが、最期まで目の前の男を嘲笑う。

 

 

「…覚えておく」

 

 それだけ呟き手に溜めていた憤怒の炎を俺様に向かって解き放つ。

 

 もう体全てが石になった。

 動く事も出来ず向かってくる炎をただ見つめる。

 

 

 死ぬかもってのは二度目だが

 

 相変わらず怖ぇな。

 

 でもまぁ、本当に

 

 

 

 悪くは、なかったな…

 

 



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十話 「悩む大空」

 

 

「ここからは僕と二人だけにしてもらおうかな♪」

 

 

 そう彼が言った瞬間私の守護者達は一様に反対し声を荒げた。

 特に雷の守護者であるガンマは猛烈に反対していた。

 罠に違いないと、行く必要等ないと。

 

 

 私もそう思う。

 だけどそれはここに来る前から予想がついていた。

 

 私は初めから罠にかかる気でいたから。

 

 そうする事で最良の未来に繋げる事が出来ると分かっていたから。

 

 

 きっと私はこの後部屋に入るなり何かしらの罠によって白蘭に操られる。

 ガンマ達は悲しむだろう。

 分かっているにも関わらずその事を告げられない事が申し訳なく思う。

 

 だけどこうでもしないと白蘭を倒す事など出来はしない。

 しかるべき時に来る十年前のボンゴレファミリー、沢田綱吉さん達の為にも

 

 私は喜んで罠に向かおう。

 

 

 

 

 そう、ここにくるまでは思ってた。

 

 守護者達を説得し部屋に入る所はよかった。

 暫く他愛のないやり取りをしたのも。

 そして形だけでも本題に入ろうとする私に何かしようと近づいて来るのも。

 

 だけど、

 

 何故そんなにも、

 

 

 

「つらそうな目をするのですか」

 

 彼がここに来て初めて目に見えて動揺し始めた。

 図星だったんだろう。

 バレるとは思ってなかった。

 そんな驚き

 

 仕方ないか。

 次いで直ぐに納得した表情を取り、話し出した。

 

 

「やっぱ騙せなかったか。流石現大空のアルコバレーノだけあるよね」

 

 そう言って彼は少し罰の悪そうな顔で微笑み、それに対し私は純粋に驚いていた。

 

 何か様子が可笑しいとは思っていたがあの彼がこんな表情をするとは思っていなかった。

 

 

「あれ、その顔からして本当に可笑しいと思っただけかな? しまったなぁ、また桔梗に怒られる。てっきり幻騎士の時の様な感じだと思ったんだけど…」

 

「…全てを、話して頂けますか」

 

 彼は少し考えた素振りを見せるも、もう隠す必要は無いと判断したのか静かに話し始めた。

 

 

「ユニちゃんは、もう僕が持ってる力の事を知ってるよね?」

 

 無言で首を縦にふる。

 白蘭の力、それは『別のパラレルワールドの自分との情報や意識の共有』。

 それだけを聞いてもよく分からないし自分が存在する並行世界に限るといった欠点もあるがその有用性は計り知れない。

 

 

「この力はね、正ちゃんって言う僕の親友が十年前に十年バズーカーで何度か僕に会ったせいで偶々発現した力なんだ」

 

 それも知っている。

 彼が言っているのは彼の晴れの守護者、入江正一さんの事だろう。

 一度沢田さんや雲雀恭弥さん達と一緒に非公式の場で会ったことがあり、その際に全ては僕の責任だと涙ながらに謝罪を受けた。

 

 そんな予想もつかない、更に言えば一般市民だった入江正一さんの手元にマフィアの重要武器が渡ってしまい、そのせいで此方の世界に足を踏み入れる様になってしまったとくれば明らかに此方側の不手際だ。

 

 そのときは最終的に雲雀恭弥さんの非難の視線に耐えきれなくなった綱吉さんと正一さんによるジャパニーズドゲザの応酬が私が止めるまでつづいた。

 

 

 

「僕はその力を使って早速見たよ。ここ以外の世界を。そのお蔭でほら、それしか能の無い僕でも今じゃ一つのファミリーのボスをやってるし他の世界の僕はもう世界を征服しちゃった」

 

「だけどね、気になったんだ。少し進んだ世界の僕。つまりは…未来は見えないのかな、って」

 

 彼は言葉を区切るたびに声を小さくし顔を俯かせていく。

 

 

「それで、どうだったんですか」

 

 そんな彼に私は非情にも続きを求める。

 

 彼の反応を見れば大体の見当はつく。

 

 だけど聞かなければならないと思った。

 

 例えこの情報を持ち帰る事が出来なくとも、

 

 私だけの自己満足に終わるとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「滅んでたよ。僕を含めて、全部」

 

 彼は顔を上げる事なくそう告げた。

 

 

「ボンゴレはね、Ⅰ世の時に何かやらかしてたみたいでさ。ボンゴレを潰した後直ぐに行き場を失った怒りとか恨みっていうのかな、そういうのが僕達に全部向かってきてね」

 

「抵抗はしたけど、ボンゴレは世界有数のファミリー。そんな所を相手にしてた後にいきなり来たからさ。やって来た奴らは全員倒したけど、僕や僕のファミリーの幹部はみんな死んだかずっと集中治療室にいないと生きていけなくなって、」

 

 

 

「僕のファミリーは空中分解」

 

「ボンゴレ、そしてその頃にはボンゴレと同じくらい成長していた僕のファミリーの突然の消滅。これを機にのし上がろうとする有象無象のファミリー達。行き場を無くしたボンゴレや僕のファミリーの残党達。その動揺は大規模な抗争になり、裏の世界に収まり切らず表へ。やがて暫くしない内に世界全土に広がり」

 

 彼の顔が上がってくる。

 

 

 

「世紀末って訳だよ」

 

 その口元は上がっており、笑っている様にも見えるが目はどこまでも哀愁を帯び、自身の無力さに苛まれているのが分かる。

 

 

「ですが、貴方の力があれば…」

 

 

「そう、僕の力ならその滅んだ世界達を徹底的に分析して自分達に訪れた時に活かす事が出来る。…でもやっぱりだめなんだ。いくら分析してその脅威を凌いだとしても直ぐに別の勢力が向かってきて同じ事を繰り返す」

 

「シモン、エヴォカトーレ、バルテスカ、他にも色々ね。僕の力にも限界はある。僕の存在する世界の全てが滅べば失敗を活かす何て事ももう出来ない。…僕を倒せばこの世界も含め、僕に支配された世界が全て元に戻る君達はそう思ってたんじゃないかな?」

 

「…それは少し違うよ。この世界が最後なのは君達だけじゃない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「正真正銘、僕もこの世界が最後なんだ

「さらに言うなら僕を倒しても世界は元に戻らない。他の世界は僕の仕業によって滅びたんじゃなくて僕以外の要因が介入してきた事で滅びたからね」

 

 

 驚愕、疑惑、憤怒、悲哀。

 

 頭の中で様々な思いが浮かんでは消える。

 

 彼が、あの白蘭が言ったんだ。

 

 信じられる訳がない。

 

 だけど彼の今の顔は、

 

 あまりにも残酷過ぎる真実を私に突き付けてくる。

 

 私は知っているだろう。

 

 彼の力の有用性を。

 

 ならもし本当にそうなのだとしたら、

 

 私には

 

 

 

 一体何が出来るというのだろうか。

 

 自身の死ぬ気の炎を使い尽くす事で亡くなった、これから亡くなるであろうアルコバレーノを蘇らせる?

 

 本当にそれだけで解決出来ることなのか、

 

 この世界だけならまだ分からないが他の世界は?

 それに彼は本当に倒すべき存在なのか?

 

 

 

 …私は、何が出来るんだ。

 

 ボンゴレのみなさん、ジッリョネロのみんなに

 

 一体、何が出来るというんだろうか…

 

 

 

「ごめんね、泣かないでよ」

 

 彼が近くにまで寄り、ハンカチでいつの間にか頬を伝う涙を拭ってくれた。

 

 少しくすぐったくあったが、気分が晴れる訳ではなかった。

 

 

「それに、全部が丸く収まる方法はあるよ」

 

 だけどそれも彼が告げた一言で変わる。

 

 彼の顔にはさっきまでは無かった本当の笑みが浮かび無条件で私を安心させてくれる。

 

 もう大丈夫だと、そう言われてる様な気さえするほど。

 

 

 だけど

 

 何処かで見た事がある気がする。

 

 何処だったろうか。

 

 …あぁ、そうだ

 

 思いだした。

 

 この笑顔は確か

 

 

「僕がみんなを守るから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ユニ』

 

『うれしい時こそ、心から笑いなさい』

 

 お母様が亡くなる頃にしていた顔だ。

 

 



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十一話 「溢れた雲」

 チョイスも終わりボンゴレ達が逃げる際に転送システムを壊していったので安全の為暫くこの孤島から脱出出来なくなった。

 

 だがこの一見失態にも思える状況も今も口元に笑みを浮かべているこの方からすれば予想の範疇を出ない。

 

 この方の力の詳細はここにいる全員が知っている。勿論私も。

だがその力はもはや意味をなさない。

 

 別のパラレルワールドと繋がっている感覚はあるのだがあくまで別のパラレルワールドに存在する自分と記憶や知識を共有する力が故に、既に他のパラレルワールドのこの方が滅んでいる為使ったとしても何も知る事はない。

 

 そうにも関わらずここまで正確に状況を予想出来るとは流石と言わざるを得ない。

本人は自分自身の力ではないと謙遜しているが何も知らぬ我々からすれば十分過ぎる。

 

 だからこそ

 

 

「本当に、これしかないのですか」

 

 聞かざるをえなかった。

 

 真6弔花だけでなくこの作戦を知っている者全てが思いつつも言わなかった事を。

 

 幸いザクロは負傷が激しい幻騎士の治療に行き、ブルーベルとデイジーは破壊音が聞こえてる事から最終戦に向けて今も訓練を行っており、他の部下達は転送システムの修理に励んでいる。

 

 現在私と彼の二人きりだからこそ言えた事だがだからと言って不用意に出していい言葉ではなかった。

 

 でも、

 

 貴方ほどの力を、知識を、技術をお持ちならばもっと別の方法があったのではないかと。

 

 自分の無知を棚に上げた考えなのは分かっている。

 

 だが悔しいのだ。

 

 彼の言う事を忠実に実行するしかない自分が。

 

 進言はしよう

 

 助言もいとわない

 

 だがいつもと違いこればっかりは私には思いつく事が出来なかった。

 

 そしてそんな私を彼は何も責めなかった。

 

 

「そうだね…みんなには悪いと思ってるよ。きっと他のみんなも僕を気遣って言わないだけだろうからね」

 

「…言った君を責めてるんじゃないからね? まぁ、ちょっと空気読めないかなとかは思ったけども、想像してたのと実際なるのとでは違うからね。そう思うとよく言ってくれたとも思うよ」

 

「みんな最近ピリピリしてて気まずかったし、さっきだって非道な悪役って事で幻騎士を殺した様に見せたり骸君が足止めしたときにみんなの視線でメンタルボロボロだしさ」

 

「流石真6弔花のリーダーだよね」

 

 

 …違うのです。

 

 茶化さないで下さい。

 

 そんな言葉が聞きたいのではないんです。

 

 貴方はいつもそうだ。

 

 いつも私達の事を第一に考えられて、

 

 自分を最後に持ってくる。

 

 そんな貴方だから今まで私達はついて来ました。

 

 だけど、

 

 

 

「もう、やめませんか?」

 

「え、」

 

 

 

「他の世界何てどうでもいいではないですか」

 

「私達には分かりませんし、今の貴方様には僅かに感じる事しか出来ない。それに聞けば他の世界の貴方様は傍若無人の人でなし、その他の人間も自分の私利私欲に囚われ勝手に滅んだ愚か者達」

 

「…何故そんな世界を貴方様が助けなければならないのですか。これから来る敵なら私達が全力で排除します。必要なら転送システムが治り次第ボンゴレ達に協力を申し出ればいいのです。あちらには事情を知るユニ様がおられます。それにあのボンゴレⅩ世なら誠実に頼めばきっと…」

 

 私は何を言っているんだろうか。

 

 今まで仲間が誰も死ななかった訳ではない。

 真6弔花のメンバーですら死にかけた者はいた。

 

 もしこれで彼が頷けば彼らの思いを無駄にする事になる。

 

 消えていった彼らは恐らくそれでも責める事はしないだろう。

 

 そんな打算的な考えをした自分が、

 

 仲間の死を損得勘定に入れてしまうような汚い自分が、

 

 

「…申し訳ありません。失言でした」

 

 たまらなく恥ずかしい。

 

 

「…」

 

 俯く顔を上げられない。

 合わせる顔が無いとはこの事だ。

 ザクロ達は早く戻らないだろうか、今すぐここから離れたいのに足が縫い止められた様に動かす事が出来ない。

 

 

「このファミリーは僕と君とで作ったんだ。覚えてるかい?」

 

 急に喋り出した彼の問いに顔を見返す事しか出来ない。

 

 

「僕は知識はあってもそれをちゃんと扱う為の自信がなくて、仕方なく資金稼ぎの序でにやってたマフィアと繋がってる悪党狩りをしていたときに偶然君を見つけたんだ」

 

 勿論覚えている。

 私はあのとき死にかけた。

 彼は私が生きようとしたからだと言っているが彼のお蔭で今の私があるのは事実だ。

 この記憶と事実だけは何年経とうとも色褪せることはない。

 

 

「君を見つけた時、僕はショックだったよ」

 

 …聞いたことがない。

 普段自分の事は滅多に話すことがない彼からの告白に少し動揺する。

 

 

「君達表の人間を裏の世界に引っ張ってはいけないって勝手に思っててさ。あのときファミリーをつくる目処が立ってなくてそれなのに時間だけはどんどん過ぎてく、そんなときに今みたいに大きくなっても一人で運営をこなせるような君に会えたからさ」

 

「…どれだけ恨んだかわからないよ。表の君に頼るしかなかった自分を、自分が本当にどうしようもなくなったときに君と会わせるような世界を」

 

「…君の言う通りだよ。僕だって他の世界はどうだっていい。この世界すら恨んでる…でも、」

 

 

 

 

「ここには君達がいるから。他の僕のように壊れかけてた僕を、君達が支えてくれたから」

 

 

 

「…一応もう一回聞いておこうかな。もうすぐ主人公達にやられるような中ボスの僕だけど、」

 

 

 

 

「桔梗、一緒に来ないかい?」

 

 …あなたはズルい人です。

 

 そんな事を聞いてしまえば

 

 ついて行くしかないじゃないですか、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「元よりそのつもりでございます」

 

「白蘭様」

 

 

 最後の最期まで。

 

 



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十二話 「待望む晴」

 

「思ったより情けないね」

 

 痛い

 

 

「君が死にたくても死ねないのは晴の活性の炎が体内を巡っているからだろ?」

 

 辛い

 

 

「これは風紀委員が没収する」

 

 苦しい

 

 

 それにリングもとられちゃった。

 

 みんなには無理するなって言われてたけど、太陽サイもやられて真6弔花のみんなで黙ってつけた修羅開匣まで使ったのに。

 

 みんなが知ったら怒るだろうな。

 

 修羅開匣は全身匣兵器、強力だけどその分炎を凄く使って危険だから一人では絶対するなって言われてたし。

 

 

 もしかしたら…嫌われたかな。

 

 このまま誰も助けにきてくれなくて、

 

 ボンゴレに捕まって二度とみんなに会えなくなるのかな。

 

 それは…いやだな、

 

 会いたいな

 

 もう隠し事もしないし

 

 わがままも言わないから

 

 

 また、会いたいな…

 

 

 

 

 

 

 

「…ゴホッゲホっ⁉︎」

 

 急に体中を締めつけていた手錠がなくなった。

 それに指にリングがはめられて体に晴の死ぬ気の炎が回って傷も治り出した。

 

 いきなり肺に空気が入ってきたから少しせきこんだけどさっきと比べればすごく楽だ。

 

 一体どうしたんだろう。

 連れてくのに手錠を解くのは分かるけどリングまではめさせるなんて。

 

 倒れたまま視線を変えると、そこにはバラバラに散らばった僕を縛ってた手錠

 

 

 

「やぁみんな」

 

 コートを羽織った背中

 

 

「見た事ないのもいるけどまぁとりあえず…」

 

 服だけじゃなくて髪も合わせて全身真っ白の

 

 

「久しぶり♪」

 

 僕達のボスがいた。

 

 

 

「何でお前がここにっ⁉︎」

 

 僕がやっつけたキャバッローネのディーノって人が驚きながら言った。

 

 その人だけじゃなく部下みたいな人達や隣の雲の人もみんな驚いてる。

 

 もちろん僕もそう。

 こんなの始まる前に教えてもらってた計画の中になんてなかった。

 今の時間なら確か失敗するだろうからってGHOSTを牢獄から出す為に二回目の取引の準備をしなくちゃって言ってたのに。

 

 

「んー? デイジーの修羅開匣見たでしょ? こんな便利な駒ここで終らせるにはちょっと勿体無いかなって」

 

 …嘘だ。

 修羅開匣はどんな副作用があるかわからないって言って無くなった案だ。

 それを僕達真6弔花が見つけて黙って自分達につけた物だから絶対に知らないはずなのに。

 

 

 みんなが僕をまるで物みたいな扱いをした口調に顔を歪めていると雲の人が間に入ってきた。

 

 

「君がそこに転がってる彼を物扱いしようがどうでもいいよ。ただ部下の始末は上司がつけるものだろ? 彼のせいで壊れた学校の分だけ、君をここで噛み殺す」

 

 そう言ってトンファーを構えてきた。

 …でも確かこの人も僕を吹き飛ばして壊してたよね。

 

 

「別に付き合ってあげてもいいんだけどさ…」

 

「っ…待ちなよ」

 

 雲の人がこっちに走り出したけどもう遅い。

 もう僕も抱えられてミルフィオーレが作った炎を噴き出して飛ぶ靴、F(フレイム)シューズで宙に浮いてる。

 ディーノって人はまだ動けないだろうし雲の人は出来ないこともないけど基本は近距離、周りも深追いさせないように言い含めてる。

 

 

「どうせやるならもっと整った場所じゃないとね。次会うときまで楽しみにしててね♪」

 

 そう言って本格的に高度を上げて今僕達が使ってる基地めがけて飛び立った。

 

 

「…話は向こうに着いてからにしようか」

 

 僕だけに聞こえる声を発しながら。

 

 

 

 

 

 

「大体の事は聞いたよ。それで、何か言いたい事はあるかな?」

 

 桔梗やザクロ、ブルーベル、怪我が治ってきた幻騎士、そして僕だけ横たわってソファに座ってる。

 基地に戻り、内容が既に大凡分かってたのか真6弔花が集まると座らせて、向かいの椅子に座りながら喋り出した。

 

 

「…恐れながら申し上げます。まず幻騎士はこの事を知りません」

 

「全て彼がメローネ基地へ向かった後の事でしたので彼は本当に身に覚えがない筈です。そしてその間に私が偶々処分行きの書類を見たときに目に映り、これならばより強くなれると他の面々にも伝えた末に起こった事です」

 

「ですので全ての責任は私にあります。真6弔花のリーダーとしても、ここは私一人を罰するという形でどうか矛を収めて頂きたく存じます」

 

 真6弔花を代表したような形で桔梗が言った。

 他の僕達はみんな黙ってる。

 桔梗ほど上手に言えないからっていうのもあるけどここに来る前に桔梗から任せて欲しいって頼まれたから。

 

 それに罰とか言ってるけど多分何もされたりはしないと思う。

 今までそんなことは聞いたこともないし、すっごく優しいから。

 

 けどそれが一番つらい。

 いっそのこと本当に何かやって欲しいと思っちゃうくらい。

 

 …だって僕達は何もされないって分かってて言ってるから。

 

 

「…もし少しでも不調を感じたら直ぐにやめるんだ。何度も言うけど自分をもっと大事にしてね」

 

「それさえ分かればもういいよ、じゃあ明日も早しそろそろ寝ようか」

 

 そう手を叩いて締めくくった。

 

 

「…寛大な処置、痛み入ります」

 

 辛そうな声。

 本当に罰して欲しいって思ってるのが簡単に伝わってくる。

 

 他のみんなも部屋を出て行くとき歯を食いしばったり服の裾を握りしめててとても辛そうだった。

 

 

 部屋にはもう二人だけ。

 寝ようって言われたけど元々ここは僕の部屋。

 今では傷はもう治って少し疲れてるぐらいだけど一番重症だったし修羅開匣もしたから動かなくてもいいように僕の部屋で話し合ってた。

 

 無言が続く。

 寝るから動かないとダメなんだけど体が動かない。

 傷はもう治ったのに。

 どうしてかすごく辛くて、苦しくて。

 

 

 

「…ごめんなさい」

 

 先に話しを切り出したのは僕。

 

 この重苦しい空気に耐えられなかったから。

 

 

「なんのことに対してだい?」

 

 何でか質問された。

 ていってもさっき話してたことだけど。

 

 

「僕チン達が、勝手に修羅開匣つけたこと…」

 

 そう言うと椅子から立ち上がり僕が横たわってるソファの空いてる所に座って話し出した。

 

 

「さっきも言ったけどそれはもういいんだよ。元はと言えば不安にさせた僕のせいだし、君達は僕のことを考えて動いてくれただけだしね」

 

「ただ一つ言うことがあるとしたら…デイジーが一人のときに修羅開匣を使ったことかな」

 

「桔梗に聞いたよ、少なくとも周りに味方が一人はいるときに使うようにって伝えてあるって。それに君達の実力なら無理しなければ逃げ切れる筈なのに捕まってたし、僕が異常な炎の出力に気がつかなかったらボンゴレに連れてかれたかもしれないじゃないか」

 

 

 

 言葉が出てこない。

 言ってることは全部本当。

 

 太陽サイがやられたときは焦ったけど僕なら逃げ出すことも出来た。

 それをしなかったのは僕がもっと出来ると思ったから、

 

 もっと役に立ちたいと思ったから。

 

 

「明日はいよいよ大詰めだよ。デイジーの出番は後になるから、それまでゆっくり休んでなよ」

 

 

 脱落した人は一旦休むために離れることになってる。

 

 けど、それでも僕の炎は晴。

 少し無理すれば明日も始めから参加することも出来ると思う。

 

 最後だけじゃない

 

 もっとみんなの役に立ちたい。

 

 もっと、みんなと一緒に…

 

 

 

 そう考えてると手が置かれた。

 

 僕の頭に

 

 暖かくて優しい手が

 

 僕の気持ちを抑えるように

 

 

 …意識が遠のいてく感じがする。

 僕が思ってたよりもよっぽど疲れてたみたい。

 

 

「だから安心して。明日でやっと終わるんだ」

 

「そしたらきっと…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんなが笑顔でいられるから」

 

 

 …みんな、やっぱり僕行けなさそうだよ

 

 ごめん、でも僕の番には絶対戻るから

 

 だからいつか、

 

 

 今みたいな辛そうな物じゃなくて

 

 どうか白蘭様も、本当に笑えますように。

 



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最終話 「まだ見ぬ大空へ」

 あつい

 

 それに体がいまにも消し飛びそうだ

 

 これ以上は耐えられないと全身から悲鳴が上がってる

 

 全然笑えないね

 

 もういっそ楽になりたいよ

 

 でも

 

 もう少し

 

 

 あと少しで…

 

 

 

 

 

 

 

 気づいたのは五歳の頃。

 両親をマフィアに目の前で殺された時に思い出した。

 

 その時駆けつけて助けてくれた警官が言うには両親は麻薬密売の取引現場を偶然見てしまい口封じに殺されたらしい。

 

 

 その後僕は孤児院で過ごす事になった。

 周りの人達は歳の割に落ち着いた俺を見て目の前で両親を殺されたのがよっぽどショックだったんだろうと思ったのかそっとしていてくれた。

 

 でもいい方は悪いけどそんな事を気にする余裕がなかっただけだった。

 

 

 

 自分があの『家庭教師ヒットマンREBORN!』の未来編に出てきたシリーズの中でも特に性格が酷かった白蘭だと気付いたから。

 

 自分に与えられた部屋の中にある鏡を見れば直ぐに分かった。

 元からなのか精神的にショックを受けたのかはそれまでの記憶がないから分からないけど白く染まった髪、左目の下に独特な形の痣がある。

 

 それだけならただ似ているだけかもしれないけど間違いようのないこともあった。

 

 

 別のパラレルワールドの自分との情報や意識を共有する力。

 

 史実通りなら過去からやって来た入江正一に二度会うことで自覚する力だけど僕は自分が本当に白蘭なのならそうなると初めから知っていた。

 そのせいだろうか、まだ入江正一に会っていないにも関わらず力を使う事が出来た。

 

 

 …だけどよく考えればそう慌てることはないか。

 記憶はリボーンの事しか覚えてはないけど僕は史実の白蘭のように世界征服にも神にも興味ないから。

 

 精々不思議がられない程度に力を使って過ごすさ。

 

 

 

 

 

 

 両親が殺されてから十三年、力を偶に使いながら過ごしていた僕は孤児院を出てアメリカの工科大学に進学した。

 

 確か史実の白蘭もそうだったけど興味あったしアメリカには工科大学がいくつもあるから同じ大学になる事はそうそうない、なっても何もする気ないしね。

 

 

 

 そんな風に過ごしていたらふと気になった…

 

 僕が史実通りに動かなかったのなら

 

 物語はどう進んで行くのだろうか。

 

 僕が持つ力の対象は自分の存在するパラレルワールド

 

 なら

 

 

 少し進んだ僕がいる世界も

 

 見れるんじゃないか

 

 

 

 

 

 

 

 上がる怒号

 

 悲鳴

 

 嗚咽

 

 

 家は崩れ

 

 ビルは倒れ

 

 山は燃える

 

 

 マフィアだけじゃない

 

 一般人まで

 

 裏も表も関係なく

 

 

 

 

 

 

 

 もうあの光景が終わったのに息が荒く、苦しい

 

 前に力を使ったときも凄く疲れたけど今ほどじゃなかった

 

 それはきっと、気づいてしまったから…

 

 

 この僕がいる世界は入江正一が主人公である沢田綱吉と偶然出会った世界。

 つまりは漫画やアニメの舞台となった世界だということに。

 

 

 パラレルワールドの数は入江正一の言う通りなら約八兆は少なくともある。

 

 その中からたった一つの世界、まずあり得ないと思ったし別に何もする気はなかったから気にも止めてなかった。

 

 だけど少し時間をかけて調べれば直ぐに分かった。

 

 僕がいる世界以外は全て他の白蘭によって征服されている。

 これだけで僕が今いるのが唯一征服されていない世界、物語の舞台だと分かる。

 

 でもそれは問題ない。

 問題なのは…

 

 

 

 他の征服された世界全てが

 

 

「ハハハ…知らないよ、そんな奴ら」

 

 

 全く知らない奴らに滅ぼされてた。

 

 

 

 アニメは原作の途中で終わった。

 僕は漫画やゲームを買ってないからそのぐらいしか知らないけど、多分そういう事だろう。

 

 未来編の最後は主人公である沢田綱吉が白蘭を倒す事で他の世界の白蘭も消え去って過去に至るまで白蘭がしてきた事が無かったことになり終わる。

 

 …なら沢田綱吉が白蘭を倒さなかったら?

 

 この世界も他の世界もそのまま進む。

 それだけだ。

 

 

 そう…

 他の白蘭に支配されていた世界が全て原作かゲームのオリキャラ達との戦いで滅ぶだけ。

 

 

 

 そしてこの世界にもいつか来る。

 

 このまま未来編を経験しないボンゴレはほぼ間違いなく負ける。

 

 そしてその戦いの影響を受けて裏表の世界関係なく巻き込まれ、やっぱり滅ぶ。

 

 

 …ただこの世界だけを救うのなら簡単だ。

 そこそこ戦って最後にネタばらしすればいい。

 

 貴方達を強くするための嘘でしたって。

 思うところもあるだろうけど一緒に仲良くこれからやって来る敵と戦いましょうって。

 

 実際にその時が来れば賞賛すらされるだろう。

 

 

 だけど他の世界はそうはいかない。

 他の世界は僕以外の要因で滅んでる、その要因を取り除けたとしてもその世界の白蘭が消えなければ世界は支配されたままだ。

 

 それはつまり

 

 

 

「僕に、死ねってか…」

 

 嫌だ

 

 死にたくない

 

 心から断言出来る。

 少し前の僕なら誰に頼まれたって断るだろう。

 

 

 

 …だけど見てしまった。

 

 本当にこの世界が原作の舞台なのか確かめるために。

 

 

 態々大学に休学届まで出して何年もぶっ続けで、

 

 もしかしたら他の世界がそうじゃないのかと

 

 もしかしたらどこかの世界では解決出来ているのではないかと

 

 

 

 

 

 

 約八兆にも及ぶ、世界が滅びゆく様を全て。

 

 

 馬鹿だよね。

 

 あんなのみたら

 

 もう見捨てられるわけないじゃないか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …っ‼︎

 

 声が聞こえてくる

 

 

 …まっ‼︎

 

 ずっと遠くから、聞き覚えのある声が

 

 

「白蘭様っ‼︎」

 

 っ⁉︎

 

 

 いつの間にか最後の撃ち合いも終わってた。

 

 

 危なかった

 

 桔梗の声が無かったらそのまま気を失って全部台無しになるところだった。

 

 でも頭以外の右半身がかなり吹き飛んで残った体も火傷だらけなら仕方ないよね。

 

 あぁ、痛いなぁ…

 

 自分でもよく立ててると思うよ。

 

 

 …ハハッ

 みんなすごい目で見てくるね

 

 やったの綱吉くんなんだけどな

 咄嗟に雨属性の炎で鎮静してなかったらアニメみたいに消し飛んでたよ。

 

 

 

 そんな事考えてたら体が崩れ落ちちゃった

 

 右足がないからね

 

 

 でも、

 

 進まない訳には行かないから

 

 

 それでも前に進もうと体を引きずり出すと固まってた桔梗が空へと合図を出す。

 

 すると計画通りバッテリー匣を開けた真6弔花が僕の周りに集まってくる。

 

 桔梗とブルーベルは周りを警戒してザクロと幻騎士は僕に肩を貸し、デイジーは必死に治療を進める。

 

 みんな何も言わないけどそんなに泣かれるとすごく申し訳ない。

 

 ゆっくりと全員で進んでく中、周りは武器を構え直し警戒してる。

 

 そりゃそうだよね、自分達はGHOSTのせいでもう炎がないのに真6弔花のみんなは炎を回復して敵の親玉である僕と一緒に自分達のボスに向かうんだから。

 

 

 ここで攻撃してこないのは綱吉くんへの信頼かな?

 

 全く羨ましいよ、

 

 僕は信頼してくれてる仲間を何人も看取ったこともあるのに、君は誰一人欠けてないんだから。

 

 漫画の数十分もあれば読み終わるような数話分だけの修行しかしてないわけじゃないのは知ってるけどさ、

 

 それでも主人公の仲間っていうのもあると思うからどうしてもそう考えちゃう。

 

 

 

 そう思ってるとやっと着いた。

 

 この漫画の主人公、中ボスだった僕を倒したボンゴレⅩ世沢田綱吉、そしてその隣の僕の言う通り何もせずに終わるのを待っていたユニちゃん達の前に。

 

 

「改めて…初め、まして綱吉くん」

 

 うん、やっぱりデイジーはすごいね。

 まだ少し苦しいけどこの短時間で喋る程度なら申し分ないよ。

 

 

「…ん、少し時間がないから省くけどとりあえずおめでとう。君は僕達の期待通りに成長してくれた」

 

 周りから驚きの声が上がる。

 さっきまで散々暴言を吐き散らしていた僕が賛辞の言葉を送ったからか、それともこの結果を僕が望んでたと知ったからか。

 

 別にどちらでも構わない。

 

 もう終わるのだから。

 

 

「分からない事はあとでユニ達が教えてくれることになってる…君には損なことばかり押し付けることになって申し訳ない。けどどうか頑張って欲しい、そして不甲斐ない僕を許してくれ」

 

「それと真6弔花のみんなは元々表の人間で僕が勝手に引っ張ってきただけなんだ。殺しどころか犯罪は何一つ、誰一人犯していない。今回のも僕の命令なんだ、それだけでも心に留めておいてくれ」

 

「…他にも言ってたらキリがないね。そろそろ終わろうか」

 

 そう言うとユニのからだが大きく震えた。

 

 彼女は優しい

 

 他のパラレルワールドでは一般人の盾になるぐらいに

 

 だから

 

 自分がそれをすればどうなるか分かってるから

 

 

 

 

 

 

 

 震えながらも僕におしゃぶりを渡した。

 

 

 それを見た周りの反応は様々。

 

 驚き固まる者

 遠慮なしに攻撃を繰り出す者

 その攻撃から僕を守る者

 何かを察し周りを諌める者

 

 それらを歯牙にもかけずユニにお礼を言い何かの一部が出ているおしゃぶりを受け取ると崩れ落ちて泣き出した。

 

 それを見て申し訳なく思いながらもさっきから一番ついていけてないであろう、慌てた顔をしている主人公に向き直り喋り出す。

 

 

 

「僕は君のようになりたかったよ」

 

「あらゆる世界が終わりを望むような中ボスなんかじゃなく、」

 

「誰もが認める」

 

 

「君のような主人公に」

 

 

 

 今の僕の顔はどうなっているだろうか

 

 これから先無理難題を押し付ける事になってしまった中学生の少年に対して

 不安を残さないよう、

 

 

 ちゃんと笑えているだろうか。

 

 

 

 

「さぁ、そんな凄く羨ましい君にいい事を教えてあげよう」

 

 空気を変えるように口調を明るくするとそれに合わせて肩を貸してくれていた二人が少し離れ、匣から車椅子を取り出し僕に座らせる。

 

 

「僕が何年もかけて得た未来の知識に何年もかけて形にしたとっておきの技術をね」

 

 僕が残せるのはこんな物ぐらいだから。

 

 

「大空の属性は唯一全ての匣を開ける事が出来る」

 

「だから僕はこう考えた。…大空の死ぬ気の炎を扱う人間とは全ての属性の炎を持ち、その炎を無意識に調和という素質をもって纏め上げる事の出来た人間が扱える物なんじゃないかとね」

 

「そして僕のその仮説が正しければ調和という性質は炎に依存するのではなく扱う人間にある。だからこうやって…」

 

 ⁉︎

 

 ここにきて周りを諌め、成り行きを見守っていた世界最強のヒットマンリボーンが声こそあげなかったが目に見えて驚いた。

 

 それもその筈、

 

 何故ならこの炎は

 

 

 

「ユニの炎だよ」

 

 

 

「炎は指紋のようなもの、個人によってその色や形、強弱は異なる。だけど僕のように何年も見続け、調和の素質を持ち、それを扱う技術をもつ人間なら、」

 

「全く同じ炎を灯す事が出来る」

 

 

 両手にのるおしゃぶりを包む程度の炎は次第に大きくなりボク一人を丸々包む程になって留まる。

 

 戦ったあとだけどGHOSTで吸収した炎は殆ど使わなかったしアニメではユニと吸い取られたガンマ二人分の炎で成功したから何とかなるだろう。

 

 

 これは維持はともかく灯す際はとても集中力を使う物だから周りを気にする事が出来なかったけど、周りを見た限りリボーンから説明があったらしい。

 

 高密度の炎が周りを覆ってるからあまり聞こえないけど綱吉くんも計画を知ってたユニやブルーベル、デイジーまで僕を止めようとして周りに組み伏せられてる。

 

 

 みんな目から涙を流してる。

 

 それを止めようとする他の真6弔花のみんなも歯を食いしばり何かに堪えようとしてる。

 

 ボンゴレ側の人間もようやく事情を知ったのか顔を俯かせたり、

 

 正ちゃんに至っては顔が真っ青じゃないか。

 

 

 でもああ、

 

 不謹慎かな、よかったと思った。

 

 ずっと不安だったんだ。

 

 

 僕みたいな物真似でいいのかって、

 

 君達が苦しんでる姿を上から見下ろしていた僕なんかでいいのかって、

 

 

 みんなのせいだよ

 

 笑っていくつもりだったのに、

 

 目の前が滲んできたじゃないか。

 

 

 

「…ありが、とう」

 

 

「僕の為に…泣いてくれて、」

 

 

 

 

 

「僕、は…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幸せだったよ

 

 

 

 もう目が霞んできてどんな顔してるか見れないや

 

 みんなには、聞こえたかなあ…

 



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エピローグ

 

 何度目か分からない歓声が後ろから聞こえてくる。

 

 祝勝会の盛り上がりはすごいね。

 若干何処かの中学生男子の悲鳴が聞こえるけど。

 

 

 僕は途中で抜けてきた、元々敵だったしいきなり味方だって言われても気まずいだろうしね。

 

 …決して巻き込まれたくなかったからじゃないよ。

 

 

 でも今回の世界は今までと比べて楽だったからよかった。

 

 というよりかは慣れてきたのかな。

 初めの数回は本当に危なかったし。

 

 

 

 

 

 

「やあ、久しぶりだね。元気かい?」

 

 

 そうして祝勝会の会場である沢田家から離れて行くといつの間にか隣に人が歩いていた。

 その帽子は鉄で出来てるように見え、怪しげな仮面を被ってるけど初めて会う訳でもないし気にせず返事を返す。

 

 

「ああ、久しぶりだね」

 

 それでも少し素っ気なくなってしまうのはこの人が、というよりはこの人の役目と呼べるような物に思う所があるからだろう。

 

 

 

 

「フフフ、相変わらずだね。これでも私は君に感謝してるんだよ。全パラレルワールドの自分を消滅させる為にユニの代わりにアルコバレーノを復活させ、他の世界が滅びないよう死んだ身でありながら力と技術を頼りに他の世界に転生して移動し続ける…」

 

「それもその数ゆうに八兆」

 

「普通の人間なら発狂ものだよ。というより二回目からは消滅させる必要がないから君もユニもおしゃぶりに炎を灯さず移動するだけだったけど、一回目はどうやって二回目の世界に転生出来たんだい? 君あのとき死んでたよね?」

 

 仮面でわかりづらいが笑っているのが分かる。

 生粋の地球人である彼ならどうせ大体分かってるだろうに、態々僕の口から聞きたいんだろう。

 …やっぱり性格も苦手かも。

 

 

「強いて言うなら、経験かな」

 

 

 

「…ふむ、まぁ君には滅びかけた多くの世界を救ってもらった貸しがある。君がそう言うならそういう事にしておこう」

 

 全く、これで悪気がなく素でそう思ってるからタチが悪いよ。

 

 

 それよりも、

 

 

「何で僕の前に出て来たんだい? 一回目はともかくあまり介入をよしとしない君はもう僕と会わないのかと思ったけど」

 

 

 彼と初めて会ったのは二回目の世界に来て暫くしてからだ。

 世界にやって来た異物に気づき向こうからやって来た。

 

 恐らく彼もアニメには出て来なかった原作かゲームのキャラなんだろう、一回目のときにあったGHOSTが吸収した炎全てを使っても勝てるとは思えなかった。

 

 事情を話せばむしろ推奨してくれたけどそれまで気が気じゃなかったよ。

 

 でもそのときにあまり介入はしないって言ってたんだけどどうしたんだろうか。

 

 

「そのことなんだがね。君も分かってると思うが君は今回の世界でついに八兆に及ぶ滅びかけた世界全てを救ったわけなんだが…そこまでしてもらって何もしないんじゃ私も心苦しくてね」

 

「君も元いた世界に戻るとしても八兆分の一の世界、今までは滅びた世界を目印に移動していただろうけど次はそういうわけにはいかないだろう?」

 

「私なら君を確実に君が望む世界へ連れて行くことが出来る。準備がいいのなら今すぐにでも連れて行ってあげよう」

 

 そう言ってまた笑う。

 

 

 だけど僕は何も世界を救う事しかしてこなかったわけじゃない。

 

 次の世界ではもっと確実に、もっとリスクなく救えるよう知識や技術の獲得を怠った事はなかった。

 

 

 

 だから

 

 

「アルコバレーノの継承が近いのかい?」

 

 

 この男の役目も知っている。

 

 

 

「…正直驚いたよ、まさかそこまで掴んでいたとはね」

 

「ああ、君は沢田綱吉くんに次ぐ筆頭候補だよ。アルコバレーノはその世界のトゥリニセッテの管理者、その世界で生まれた者じゃないと何かしらのバグが発生しそうだからね。…意味は分かると思うけど、それでも来るかい?」

 

 心底驚いた風にして聞いてくる。

 うん、何だか気分がいいね。

 いつかはこうやってやり返してやりたかったからさ。

 

 

 それにどうせ、返事は決まってる。

 

 

 

 

 

 

 

 目の前から人が一人消えていった。

 

 髪も服も含めて全身真っ白、

 

 別のパラレルワールドの世界からきた何処か歪な少年が。

 

 

 

『もちろん、ただ…』

 

『貴方の思い通りにいくとは限らないけどね♪』

 

 

 

 フフッ、稀に見る興味深い少年だった。

 

 期待しているよ、

 

 君と君の言う主人公とやらに。

 

 …でも全く、君のお蔭で私は驚きっぱなしだよ。

 

 だから

 

 

 少しならふざけても構わないだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が浮かび上がる。

 

 少し気だるいけどこればっかりは何兆繰り返しても慣れる気がしないね。

 

 さて、

 

 世界はともかく場所は彼に任せたけどここはどこだろうか

 

 

 立っている所は、砂かな。

 少し温かみが感じる砂の上に立ってる。

 

 徐々に照りつけてくる光に目が慣れていく。

 目の前には僕の足元まで寄っては遠ざかっていく波。

 

 

 (マーレ)、か。

 僕への彼なりの皮肉かな。

 

 

 そう少し苦笑してると後ろから聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 

 

 

「ハハン、手紙なんて何かの冗談かと思ってましたがね」

 

 

「ちゃっかり一番に来てたじゃねぇか、バーロー」

 

 

「にゅー、二人とも煩い‼︎ もう何処にも行かないよう捕まえるんだから‼︎」

 

 

「ぼ、僕ヂン…」

 

 

「主よ、お待ちしておりました」

 

 

 

 振り向けばそこには見知った顔が並んでいた。

 

 

 誰の仕業かは考えるまでもないね。

 

 やってくれたよ、

 

 ギリギリまで会わないつもりだったのにさ。

 

 

 そう思ってるとさっきまで黙っていた一人が僕へと向かって歩いてきた。

 

 十年後の世界でも幼い姿だったけど過去だからかさらに幼く感じる。

 

 

 

 

 そんな少女が僕の前で止まり

 

 

 

「おかえりなさい、」

 

白蘭さん

 

 

 

 笑顔で迎えてくれた。

 

 

 

 

 ああ、

 

 やっぱり視界がぼやけてきた

 

 だから直ぐに会う気はなかったのに。

 

 

 ハハッ

 

 格好わるいなあ

 

 

 でも、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ただいま、みんな」

 

 

 こういうのも

 

 たまにはいいかな。

 



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番外編
「伝える虹」


 違和感はあった。

 

 いや、むしろ本当は分かってたのかも知れねぇ。

 

 多くの財閥の買収、田舎の村での兵器実験、素質のある難病者や孤児の兵士化。そんなこれでもかと出てくる黒い噂に。

 

 なにより明らかでないものの、時折見せるどこかで見たことのあるその眼差しに。

 

 

 確かに証拠はねぇ。

 

 だけど、これだけは聞いてやってくれ。

 

 

 あいつが最期に遺した言葉だけは

 

 

 

 

 

 緑に恵まれ豊かだった森の木々はその大部分がなぎ倒された。近時代のアスファルトによる舗装もなかった自然そのままの大地は高熱により、一部を巻き上がった土煙で隠れながらも大きく捲り上がってる。

 

 ついさっきツナ達がお互いの全力で放った一撃によって出来てしまった痕跡。

 この惨状から分かるにその一撃はどっちもとんでもねぇ威力で競り合ってた。だが、初代が枷をといたボンゴレリングのお蔭もあってツナのやつが何とか押し切って白蘭のやつをふっ飛ばした。

 

 これで今いる十年後の未来での戦いが終わり、みんな無事に過去へと帰る事が出来る。

 

 そう、出来るはずなんだ。

 

 元凶が取り除かれた今現在も何故か表情を曇らせ、ボロボロのツナに心配されてるこの時代の大空のアルコバレーノ、ユニを見る。

 

 ユニはアルコバレーノの再構成、復活(リ・ボーン)を使わなかった。

 別にそれは構わねぇ。確かにそれをしねぇとこの世界の秩序は回復しねぇが、そんなことしちまえばユニは死んじまうからな。

 

 でも何故か辛そうな顔を隠そうともしないユニを見ると……忘れちまってる気がする。

 

 何か、大切なことを。

 

 

 そう考えていたとき誰のだったか短い悲鳴が上がる。

 

 それに驚き振り返ると、視線の先にそれはいた。

 

 

 

 目は朧気で何処を見ているのかすら分からねぇ。頭以外の右半身の殆どはさっきの一撃で吹き飛んだのか見当たらず、火傷だらけの左足一本で同じく焼けただれた残りの体を支えている。

 満身創痍どころかもう死んでるんじゃねぇかと思うような状態でも、確かに立っていた。

 

 そんな異様な光景に誰も、雲の真6弔花の桔梗ってやつがそいつの名前を叫ぶも誰も止めることすらしねぇ。

 

 何度目かの呼びかけでそいつの目に光が戻った気がした。

 それからほどなくして歩くような動きを見せるも、当たりめぇだが右足がないせいで崩れ落ちる。だがそれでも尚進もうとして体をツナとユニがいる方へと引きずっていく。

 

 するとさっきまで叫んでた桔梗が空へと雲の死ぬ気の炎を打ち上げ、白蘭の周りに今まで倒してきた幻騎士やデイジーを含めた真6弔花が全員集まった。

 

 情けねぇがここにきてやっと体を動かし全員が武器を構えなおす。

 だが確かバッテリー匣だったか、真6弔花全員が開けたことであっちは炎を回復するも、オレ達の殆ど全員はGHOSTのせいで炎をもってかれちまってる。

 

 白蘭は致命傷を負ってるものの少しづつ回復しちまってるし、そうでなくてもその強さはここにいる全員が知ってる。

 恐らく唯一対抗できるのがあそこまで追い込んだツナぐらいであり、自分たちが行けば邪魔にしかならないということも……

 

 一部のプライドがたけぇやつらは不満そうだが、それぐらいはわかってんのか何も言わず、ゆっくりとツナ達のところへと肩を借りながら進む白蘭達を止めようとはしない。

 

 

 それからたった十数メートルの距離にもかかわらず、数分という時間をかけてやっと二人の前に立った。

 

 途中でそこそこ回復したらしくしゃべれるぐらいにはなったみてぇだ。

 少し遠くて本人の声も怪我のせいか小さくて一部しかはっきりと聞こえねぇ。だが、それでもかすかに聞こえてきた声は感慨深そうに、何故かどこか少し嬉しそうな声でしゃべりだす。

 

 

「おめでとう……君は僕たちの期待通りに成長してくれた」

 

 また声が上がる。

 今度は悲鳴ではなく驚きの声が周りから。

 

 だがオレは驚くことはなかった。今までのが嘘みてぇな口調で、オレ達だけでなく初代がボンゴレリングの枷を解いたことまで全てがこいつの掌の上だったってのに。

 

 疑うなんてこともねぇし、むしろ今までの違和感が解けていく気さえした。

 

 

 そして次にそれは確信へと変わる。

 

 

 

 ユニが、震えながらおしゃぶりを渡した。

 

「……!? やめねぇかお前ら!」

 

 その瞬間今まで様子を見ていたやつらが我慢できなくなったのかあいつらに向かって攻撃をしようとしていたが、それを見て白蘭が何をしようとしてるか察したオレは滅多にしねぇ大声を出して止める。

 

「で……でもリボーンさん、あの白蘭におしゃぶりが渡ったんですよ!」

「ゔぉおおい! てめぇはあの意味がわかってんのかアルコバレーノ!?」

 

 それに対して反発はあったが仕方ねぇ、なんせついさっきまで全力でお互い戦ってたんだからな。

 

「とにかく、黙って見てろ」

 

 それでも少し本気で脅すように言うととりあえずは黙って見てるようになったが、正直オレもやろうとしてることはともかくどうする気のかが分からねぇ。

 

 

 そう、若干の不安を感じながら成り行きを見ていると、おしゃぶりを持つ白蘭の両手から炎が灯った。

 

「……!?」

 

 他のやつの殆どが何をしてるのか分からねぇのか不思議そうな顔をしてるが、似たような炎を見たことがあるオレだけは声こそあげなかったものの本気で驚いた。

 

「なあ、あいつなにやろうとしてんだ?」

 

 さっきの時も黙ってた山本がオレの様子に気付いたのか、この場に似合わねぇ不思議そうな顔で聞いてくる。周りを見れば他のやつらも何をしているのか当たり前だが分からないらしくオレの方を見てきた。

 そんなやつらにオレは自分へ少しのやるせなさを感じながら説明する。

 

 恐らく白蘭がしようとしているのはアルコバレーノの再構成、復活(リ・ボーン)

 

 アルコバレーノの復活はオレ達が過去の世界に無事に帰るために必要なことであり、本来なら大空のアルコバレーノであるユニが自身の命と引き換えに行う事を。白蘭がユニの炎を再現することで肩代わりしようとしていることを

 ……オレ達があいつに、無事に過去へ戻れるよう助けられようとしてるってことを。

 

 それを聞いたやつらは信じられないといった風に驚き、中には止めようとしてほかのやつらに押さえつけられてるやつもいる。

 

 

 中でも正一のやつはひでぇ有様だった。

 

 今まで自分のせいで始まってしまった白蘭の野望は絶対に止めるんだ、と誰よりも意気込んでいた。

 なのに詳細はまだ分からねぇが本当はその相手がツナ達を助けようとしてくれるなんて、思ってもなかったろうな。

 

 

 

 それでもそんなオレ達を嘲笑うかのように炎の熱はさらに上がっていく

 

 その規模も始めは掌に収まるほどだったにも関わらず、今では灯した本人すら包み出していくほど

 

 何か言ってる気がするが炎の壁のせいか、そもそもの声量のせいか上手く聞きとれねぇ

 

 

 それでもこれだけは何をおいても聞かなきゃならねぇ。

 

 そう思い、急いで近寄り口の動きを確かめようとすると……

 

 

 

『幸せだったよ』

 

 

 そんな言葉とずたぼろになったコート

 

 そして最後に、何人もの嗚咽を残して消えた。

 

 

 ……さっきまであいつがいたところに向かっていつも被ってる愛用の帽子を脱ぎ、胸に当てる。

 

 呪いにかかる前も含めて今まで一度もやったことのない感謝、そしてなにより尊敬の念を込めて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

grazie(ありがとな)…」

 

 

 

 確かに伝えてやる。

 

 なんたってオレは、あいつらの家庭教師だからな。



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「夢見た晴」

 考えるより先に体が動いた。

 後ろから家族が呼んでる気がするけど止まらない。

 

 でも普段まともに運動をしていなかったせいだろうか、まだほんの少し走っただけなのにもう息が荒く、脇腹がズキズキと痛む。

 

 たまにジョギングぐらいするべきだったと思うけども、そんな痛みや疲労を無視して走り続ける。

 

 

 

 彼にどうしても伝えたいことがあったから

 

 

 

 

 

 彼を包んでいた炎が一際勢いよく燃え上がりそのまま消えてしまったそのとき一瞬、僕を含めて全員が言葉を出すことすら出来ず固まった。

 

 時が止まったというのはこういうことを言うのかな。何処か現実味がわかず、夢でも見ているような気分の中そう思った。

 

 他の人がどう思ってたかは分からない。それでもやっぱり目の前で起こったことは夢じゃなく現実で、ひとりまたひとりと我に返りまた時が動き出す。

 

 でも僕はまだ現実に戻ることは出来ず、やっぱり何処か夢見心地の中周りを見渡せばやるせなさそうに下を向く人や顔を腕や掌で覆い何かが溢れそうになるのを必死に押しとどめている人。

 さらに耳を澄ませば荒れ果て散閑とした大地の上に顔を覆っている人たちの嗚咽やすすり泣く声が小さく聞こえてくる。

 

 そこまでしてようやく頭が回ってきた気がする。けど、むしろずっと夢の中にいたかったように思う。

 

「ぁぁ……あ」

 

 さっきリボーンさんが言ってた彼が行ったことを思い出し、そしてさっきまで彼がいた場所に落ちているズタボロのコートで……それだけで察してしまったから。

 

 

 目の前で彼がこの世界どころか、この世界含めて全ての世界から消えさったということを。

 

 

「――――――!!」 

 

 声にならないような叫び声。

 多分文字に起こすとしたらそんなものを上げ、誰かが必死に僕を支え呼びかけてくるのを何処かすごく遠くで聞こえてくるように感じながら……ゆっくりと意識を失った。

 

 

 

 夢心地の中、ふと気づけば慣れ親しんだ椅子の上。目の前には大学時代に寄せ集めの部品で作った自作のパソコン画面にYou Winの文字が浮かんで僕の勝利を示しており、両手はパソコンに繋げられたキーボードとマウスに添えられている。

 

 おかしいな、確かすごく大事な何かをしていた気がするんだけど……僕は何をしていたんだっけ。

 そんな突然のことに戸惑っている僕を不審に思ったのか、向かい側からパソコン越しに心配そうな顔で白髪の男の人が声をかけてくる。

 

『ねぇ、ぼーっとしてるけど大丈夫かい? 最後だしはりきっちゃうのは分かるけど体調が悪かったらやらなくてもよかったんだよ?』

 

 ……そうだ、確か目の前の彼が僕をマフィアに誘った後折角だから最後にって大学時代に作ったゲーム、チョイスで勝負して僕が勝ったんだった。

 

『あぁ、ちょっと寝不足だったみたいです』

 

 まだ違和感はあるけど少し気まずげにそう答える。すると目の前の彼は気にしないで、と笑った後ふと思い出したかのようにそのまま続ける。

 

『そういえば僕から言い出してあれだけどいきなりだったから支払う物がないね。……そうだ、次にチョイスで遊ぶ時にハンデとして『すいません』どうしたの?』

 

 自分でも何故彼の途中で口を挟んでしまったのか分からない。

 確かに毎回やるときにはお互いに何かかけてやっていた。けど正直僕も彼もゲームだからってだけでやってたわけで、今彼が言おうとしてただろう事でも何でも良かったのに。

 

『僕に決めさせてくれませんか?』

 

 そう言ってしまった。

 自分でも珍しい事をしてると思うからきっと彼は余計そう思ってるんだと思う。実際彼は驚いたみたいでキョトンとした顔になってた。

 

 だけどまた笑って続きを促すところを見ると改めて彼の器は広いと思い、そのままさらに口を開ける。

 

『僕はあなたの親友、ですよね』

 

 本当に何言ってるんだろう。もう物どころか質問にもなってないしいくら彼だってもう呆れてるんじゃないかな。

 若干自分でもやらかしたと思い、心配そうに目の前の彼を見ると

 

『当たり前じゃないか』

 

 とても綺麗な、優しい顔で言ってくれた。

 そしてそれを聞いた僕はさらに踏み込んでしまった。

 

 

『なら、僕に全部話してくれますか』

 

 それを聞くとさっきまで笑っていた彼の表情が固まったと思ったらゆっくりと僕の隣の席にまで来て座りなおし、息を吐いた。

 だけど今度こそ本当にやらかしてしまったと思った僕が急いで撤回しようとしたとき……彼は僕の撤回を止めて、どこか覚悟を決めたような顔で語りだした。

 

 

『――、――』

 

 

『――――、…』

 

 

『――――――‼』

 

 それは静かに、泣きながら、激しく僕に語っている。筈なのに、何故か僕には何も聞こえてこない。

 ただ、だからと言ってそんな彼を止める事はなく、彼が心に貯めていた全てを吐ききるその時まで黙って彼の聞こえぬ話に耳を傾けた。

 

 それはもう分かってしまったから。これはいつだったかの出来事を僕の都合のいいように見せている……ただの夢にすぎないって。

 だけどそんな夢の、現実では決してあり得ない、捉え方によっては彼を侮辱するかもしれないようなことだとしても止めるなんてことはしない。出来るわけがなかった。

 

 これはきっと、僕への罰だから。

 彼自身の言葉を聴くことなく、未来の自分からの知識というだけで踊らされて親友を裏切った僕への。

 

 

 だから止めることはない。

 たとえ夢だとしても、覚めた後数分という短い時間で忘れてしまうような一時の出来事だとしても

 

 

 

 もう二度と、彼の言葉を聴き逃すことなんて出来るわけがなかった。

 

 

 

 それでもやっぱり夢は夢で、徐々に視界が暗くなり何処かへと意識が浮かび上がっていくのを感じる。

 

 それでも僕は彼の話を聴き続けた。

 頬に何か湿ったものが流れたとしても、今すぐ彼に言葉をかけたい衝動に駆られても。もう彼以外に、彼すらも薄っすらとしか見えなくなってもただ黙って聴き続けた。

 

 

 ついに彼は話し終えた。

 よっぽど力を込めていたんだろう、彼は肩で息をしており顔も汗や涙で普段の姿は見る影もなかった。

 

 でも、とても笑顔だった。

 

 

『――――――』

 

 そしてやっぱり最後も聞こえることはなかったけどきっと、その言葉は……

 

 

 

 目が覚めるとそこはどこかの医務室のベッドの上のようだった。

 きっと倒れた僕を心配して誰かが運んでくれてたんだろう。それにありがたく思うも僕がいるベッド以外が全て空いてることに気づき、気絶したのは僕だけなんだと察してほんの少しだけ恥ずかしく思う。

 

「ん、起きたか。気分はどうだ?」

「ワッ!?」

 

 いきなり話しかけられたから驚いたけど僕以外にも人がいたみたいだ。

 まだ少し体がだるかったから心配かけさせまいと呼びに行く手間が省けて少し助かった。

 

「その様子だと大丈夫みてぇだな」

「……ははは」

 

 僕に話しかけてきたのはアルコバレーノの一人、リボーンさん。

 少し格好悪いところを見せてしまったから苦笑いでしか返せないや。

 

 そんな風に考えてたらもうユニや真六弔花からことのあらましを聞いたらしく、一から順に丁寧に教えてくれた。

 本当に無茶してきたんだな。彼が今までやってきたことを聞くと怒るどころか呆れてしまうようなことばかりだった。

 

「……でもって、次があいつの最期の言葉だ」

 

 話終えて一息つくとリボーンさんがそんな風に切り出してきた。

 僕の状態を見て今なら大丈夫と思ったんだろう、早く聞きたい僕にとってその気遣いはすごくありがたかった。

 

 

 そしてゆっくりと口を開いて教えてくれたその言葉は

 

 

 

 『幸せだったよ』

 

 何処かで聴いたことのある言葉で、また頬に何かが伝った気がした。

 

 

 

 

 

 ある日思い出すように僕の中に入ってきた記憶を振り返りながら息を切らせて目的の場所にたどり着くと、そこは浜辺だった。

  もう既に僕以外にも集まってるらしく目当ての人の周りには人が集まってる。

 

 まだ痛む脇腹や肺を抑えつつ明日から絶対に何か運動を始めようと考えながら近づいていくと集まっていた人の内の一人と目が合い、それを皮切りに全員が僕が来たことに気付いた。 

 来たばかりの僕に気を遣ってくれたのか目当ての人へと続く道を開けてくれる。……中には話の途中だったのか、ほっぺを膨らましてる子もいて少し申し訳ないけど。

 

 そうして周りの、特に赤髪の男の人に少し茶化されながらも歩いた先には彼がいた。

 目の前の彼は記憶の中にある結局忘れることのなかった夢と同じ……ただ笑顔で僕を見つめている。

 

 それを見てつい僕も笑ってしまう

 

 ここに来て正直周りに人がいるから少し恥ずかしく思ってたけど

 

 

 あのとき

 

 もう二度とないと思ってた機会が目の前にあるから

 

 

 きっと彼なら

 

 嗤うことなく、笑ってくれるだろうから

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして、僕は入江正一」

 

あなた(親友)の部下で、あなた(親友)を裏切った」

 

 

「あなたの親友です」

 

 

 そう、いつかの彼との夢を忘れなかった僕は意味が分からない筈なのに

 

 とても笑顔で、僕と同じで涙を流してる白蘭さんにそう言った。



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第二章 彷徨って半ば
プロローグ


最後に投稿してから一年と数か月、続編を期待してくださる声もあったので遅ればせながら書かさせていただきました。
人によっては蛇足と思われるかもしれませんが、また少しの間この自己満足にお付き合い頂けると幸いです。

……継承式編と代理戦争編期待してたらごめんなさい。


 感じた眠気に何となく目をこすった。

 

 こすった後、また開いた目に映ったのは大きな液晶の画面。少し前に白蘭がハッキングをしていたそれが目に入るように、俺たちは部屋に並べられた机の席にそれぞれ座ってた。

 最近はそれぞれで修行を始めたせいなのかな。食堂以外ではあんまり見ない光景だった。だからそれにほんの少し、もしかして夢を見てるんじゃないかと思う。だけどまだ眠気の抜けきってない頭が、段々と何でここにいるのかを思い出して否定していった。

 

 今俺たちがいるのは、元いた世界から十年経った後の世界。その十年後の世界で、白蘭たち(リアル)6弔花とのトゥリニセッテをかけた正式な力比べ――チョイスまであと数日もない今日。その戦いに向けてそれぞれが修行なり準備してた時、俺たちはいきなり受けた呼び出しにこの会議室で集まった。

 そんなことを思い出して、そういえばそうだったと一人頭の中で納得する。それから夢と現実の区別のつかない、今の自分の体調を少し不安に思った。

 

「こっちはアホ共の世話で忙しいってのに。こんな大事な時に一体何事っすかね」

 

 十代目は何か聞いてますか――まだ少し頭がボーっとしていた俺に、獄寺くんがそう聞いてきた。

 

「……あー、俺もさっきリボーンに聞いたばっかりなんだ」

 

 言いながら思い浮かんだのは、この会議室に来るよりも少し前のこと。それは修行合間の休憩に入ろうとしていた時。でもってその時に、いきなりハリセン状態のレオンで張り倒してきたリボーン。

 それも狙ったのか、やられたのはわざわざ差し入れの飲み物を飲んでいた最中。不意打ちだったのもあるけど、床に向かって勢いよく吹き出したときは何事かと思った。

 

『入江のやつが会議室に人を集めてたぞ。ツナもその床掃除したら行ってこい』

 

 そう言われて掃除したのがついさっきで、俺がこの会議室に来た頃にはもう殆ど集まってた。

 遅れた原因はもちろん掃除のせい。正直、というか実際に飲み物溢したのは俺のせいじゃないんだけど。でも言ったら言ったでまた叩かれたんだろうな――なんてことを、嫌な慣れだなんて感じたことまで思い出した。

 

「なら誰も分かんないってことか。早いとこ戻んねえとスクアーロが怖えんだけどな」

 

 苦笑いしながらそう話す山本。それにあのスクアーロを苦笑いで済ませてるのに内心驚いて、俺が来る前も似たようなことを話してたのが何となく分かった。

 

「俺も極限に我流(ガリュウ)とスパーリングをせねばいかんというのに!!」

「……京子ちゃんたちと、夕飯を作る約束が」

 

 続けて話すお兄さんにクローム。呼ばれたのはみんな俺と同じでいきなり、それも当たり前だけどそれぞれに予定はあった。

 それに少し目を凝らしたら、程度はあってもみんな目の下に隈が出来てる。実際見つけた俺も最近寝不足で出来てたし、結局リボーンに邪魔されたけどあの時も少し休憩しようとしてた。

 だからみんなにはゆっくり休んで欲しいし、そうじゃなくてもやりたいことをやって欲しいと思う。でもチョイスのことやみんなの思いを考えると、認めてはないけど一応ボスの俺からは少し言い出しづらい。それはもう今みたいな時間なんて尚更。でもこの部屋から出られない今なら、ある意味休憩にはなってるかもしれないのかな。

 

「ったく、集めといて自分は来てねえとか。入江の野郎はどういうつもりなんだ」

 

 俺や獄寺くんと山本、それにお兄さんにクローム。今この会議室にいるのはこの五人で全員。俺を張り倒したリボーンはもちろん、俺たち全員を集めた入江くんすらいない。それにさっきから皆で話してる通り。俺達が何のために集められたのか、それすら知っている人はいなかった。

 

 白蘭との戦いを控えた状態で、訳も分からないまま集められた。それにすぐ話し合うのかと思ったら、そのままなにも言われずに放置されてる。今の俺たちは、多分そんなよく分からない状況。だから獄寺くんの少し苛立った言い分も、たぶんみんな分からなくはなかったんだと思う。よく獄寺くんとケンカするお兄さんですら、それに直接何か言ったりはしなかった。

 ただそれでも席を立って、そのまま誰一人部屋を出て行かない。入江くん自身誰よりも今回の戦いに意気込んでたみたいに見えた。それもあって絶対にチョイスに向けた必要な会議になる、なんて思いもあるのかもしれない。

   

 そんな感じで修行の進歩なんかを話し合ってて暫く、廊下の方から足音が聞こえて来た。コツコツとゆっくり、全然慌てた様子を感じさせないその歩調。

 部屋にいた殆どが来た――で済んだそれは、獄寺くんに限っては違った。獄寺くんの頭からは何かがブチっと千切れたような音。それが聞こえたと思ったら、顔をこれでもかってぐらいにしかめて部屋の出入り口の方へ歩き出した。

 

 俺が席を立って慌てて止めようとした時には、もう出入り口から人影が見えた時。怒鳴る獄寺くんに怯える入江くん。俺の中で、そんな少し先の未来が思い浮かんでいた。

 

「てめえ、遅れて来たんなら少しぐらい急いで――」

 

 獄寺くんの言葉は最後まで続かなかった。それは何も俺が止めたからってわけじゃない。実際はじめから大声って訳でもなかったし、そこまで止める必要もなかったかもしれないけど。

 ただ止まったのは、獄寺くんだけじゃない。俺も他のみんなも、驚きながら出入り口に獄寺くんと向かい合ってる人影を見ていた。

 

「じゃまだよ」

 

 そう言った、向かいあった獄寺くんのせいで部屋に入れずにいる――雲雀さんが、どこからかトンファーを出して構えた。

 

 何で群れるのが嫌いな雲雀さんがこの基地にいるのか、それもわざわざ人が集まって使うこの部屋に来たのか。気になること、おかしなことは直ぐには言い切れないぐらい沢山ある。でもこのままは流石にまずい、そう思って今度こそはと声を上げながら止めに入ろうとする。

 

「ちょっ、待ってください雲雀さ――ていったー!?」

 

 けど、そうしようとしたところで何かに躓いて床へと突撃。漫画のように両手を前に突き出して、顔面から二人の丁度真ん中へスライディングしたのが何となく――日頃の嫌な慣れで分かった。

 声を、というよりかは悲鳴を上げながら一体何が起こったのか。痛みや恥ずかしさで真っ赤になってる顔を抑えて、転ぶ少し前まで自分がいた足元を見てみる。そしたらそこにはピンと張られた一本の太い糸――見覚えのある緑色をした糸が、どう考えても場違いなこの会議室に張られていた。

 

「もしかして、レオン……?」

 

 言い終わる前に糸に目が付いたように開かれた、かと思ったら張られた片方の側へ縮むように動き出す。床からよろよろと立ちながら目で追うと、糸から段々元のカメレオンに戻るレオンが部屋の出入り口の方へ。

 さらに追えば心配そうにこっちを見ながら雲雀さんを警戒する獄寺くんに、白けたみたいにトンファーを仕舞う雲雀さん。そしてそんな雲雀さんの、もっと奥の廊下に人がふたり。

 

「待たせたなお前ら」

「えっと……これ、どういう状況なのかな?」

 

 困ったように聞いてくる入江くんと、俺を転がしたドヤ顔のリボーンがいた。

 

 

 

 

 

「いや、待たせて本当にごめん。ちょっと説得に時間かかちゃって」

 

 改めて全員が席に着いたところで入江くんが話し出した。獄寺くんが何か言うか心配してたけど、そんなこともなく大人しく話を聞いてる。まあ、あの人を説得するのに一日もかからないなんて早過ぎるぐらいだし。

 納得しながら、むしろ何て言ったんだろうと雲雀さんの方を見る。そうすれば気づいたのか、俺の隣に座るリボーンがそんな考えを訂正してきた。

 

「一応言っとくが、入江が説得したのは雲雀じゃねえぞ」

 

 リボーンたちが来るまで、会議室に集められてた人はみんなボンゴレの守護者だけ。だから俺も含めてみんな、入江くんは守護者の人を集めてると思ってた。そしてそれはまだ子どものランボや復讐者(ヴィンディチェ)の牢獄にいる骸、性格的に来ないだろうと考えてた雲雀さんたちを除いて。

 なのに誰も来ると思ってなかった人が来て、集めた人が説得に時間がかかったと言った。俺たちもまさか、ただ頼んだだけで雲雀さんが来るとは思えない。だけどそれは違うっていう話。それに俺だけじゃなく、元からいたみんなも本題そっちのけで首を傾げてた。

 

「リボーンさんの言う通り、彼は説得してたところを偶々通りかかったんだ。まあ、来てくれれば嬉しいとは思ってたけどね」

 

 そんな入江くんの言葉にも、雲雀さんは我関せずって風に俺たちとは少し離れた席に座ってた。けれどその言葉に、雲雀さん以外の俺たちはみんなそろって体を硬くする。

 

 なにせ今回の集まりはただでさえ大切な話だと思ってた。そこへさらに、よっぽどの用でもなきゃ俺たちに近づきもしないあの雲雀さんが、偶々少し聞いた話だけでここにいる。

 それだけで予想してたよりも大事な話だって言うのは十分。今から入江くんが始める話を前に、感じてた眠気もいつの間にか消えていた。

 

「じゃあまず、聞きたいことがあるんだけど――」

 

 神妙そうに話し出す入江くんを前に何となく、場違いに思い浮かんだのは昨日俺の所に来た二人。それはなんでも絵を描きたかったらしくて、結局完成した絵は見せてくれなかったランボとイーピンのこと。白と黒のクレヨンや画用紙を持って、楽し気に見本になれと休憩中の俺に言ってきた。

 いきなり思い出したそれに緊張はどこにいったんだろうと、相変わらず続かない集中力にバレないよう一つため息。そうして自分でもやっぱり場違いだと思いながら、ほんの少しだけ笑った。声には出さずに、ちょっと口元がにやけた感じ。周りに見られてたら気持ち悪く思われるかな。

 だけど今は、いつ白蘭が嘘だなんて言ってこの基地に乗り込んで来るかも分からない。そんな少し緊迫した日々に、変わらない日常があることが嬉しかった。

 

 ただ本当に今考えることじゃないし、真剣に話してる入江くんには悪いと思う。だけど俺は、そんな何気ない日々をみんなと送りたくて戦ってる。

 だからその時もそうだったけど、自分が何のために戦っているのか。そんなことが改めて分かった気がする。最近は京子ちゃんやハル達のこともあったし、そのことに対して思うところがあった分も余計に。

 

 そしてだからこそ、俺は動揺を隠せなかった。

 

「みんな――最近、変な夢を見たんじゃないかな」 

 

 気づいたら俺の頭の中は真っ白になった。何も考えられなくて、どうすればいいのかも分からない。心当たりがあれば教えて欲しい――そんな入江くんの言葉が、どこかすごく遠くの方から聞こえた気がした。

 意識が会議室にいる俺に戻った後も、寒くもないのに体の震えが止まらない。傍からみたら分かりやすいぐらいにがくがくと、心当たりがあると言っているものだった。

 

 それは実際、俺は入江くんの言葉に心当たりがあった。入江くんが何を聞きたいのかも、俺が何を話せばいいのかも。そんなことが何となく、そこまでの理由もなしに直感で分かった。

 だけど、それでも俺は言おうと思わなかった。言おうと、知っているとこの場所で手を挙げようとは決してしなかった。だってそれは、ただ怖かったから。単純に俺が、心当たりのある()()話をして、みんなが何をどう思うのか。それを考えてしまえば誰にも、ましてやこんな大勢の場所で言えるわけがなかった。

 ただそれでも、知らないとは言えない。入江くんが言うのなら、この話は絶対に下らないことなんかじゃない。とても大事で、大切で、俺たちのことを考えてくれてのこと。そんな入江くんに俺は、嘘をつこうとは思えなかった。でも、それだけ分かっていてもまだ言えない。

 

 ――だから俺は、黙って俯いた。

 

 暫くはそのまま、一時間近く無言の時間が続く。途中で京子ちゃんがクロームを探しに来たけど、様子のおかしい俺たちに気を遣ってすぐに戻って行った。そうして時間も経てば気持ちもいくらか落ち着いてくる。だからこそという訳ではないけど、何となく座ったままのみんなを視線だけで見渡してみる。

 見た先にいるみんなの表情は、俺と同じように俯いてるせいで見えなかった。そんな様子に心当たりがあるのは俺だけじゃないと何となく分かって、一人じゃないと喜んだ自分が嫌になる。それでもただ一人、雲雀さんだけは変わらずに同じ様子で座っていた。だけど座ったまま一時間近く、何もせずにいるのがむしろおかしく思えた。

 

 そうして意味もなく時間が過ぎていく中、いきなり一人が切り出した。

 

「どうか、僕に教えて欲しい」

 

 それはこの部屋に俺たちを集めた、俺たちを見つめる入江くんの声。話した言葉は一時間前のと合わせて二回目の――疑いようもないぐらい真剣な、たった一言だけのお願い。

 

「夢だなんて、今の時期を考えれば馬鹿らしいと思うかもしれない。だけど、ちゃんとした意味はあるんだ。その理由もよろこんで説明するし、むしろ僕の方から説明させて欲しい」

 

 俺も合わせて、そんな入江くんが話す言葉に何人も反応した。下心のない、心から思ってるんだろう言葉。それに俯きがちだった顔を少しづつ上げて、視線も入江くんに向かって集まってくる。

 

「あと、本当に少しなんだ。それさえ分かれば、きっと僕の考える何もかもに説明がつく。それは君たちが元の世界へと帰るために十分な手助けにも――それ以上に重大な事実を知ることも出来るはずなんだ」

 

 視線が合わさってよく見れば、入江くんの目の下には誰よりも深い隈。チョイスに向けてジャンニーニやスパナ達と夜遅くまで準備してたのは知ってる。けどその時の休憩も潰して今回の話に臨んだのが、またなんとなくだけど分かった気がした。

 

「だからお願いだ。ほんの少しでも心当たりがあるなら、どうか僕に教えて欲しい。僕はこれ以上、大切な人が傷つくのを見たくない。僕は、もうこれ以上――――」 

 

 思えば今まで、入江くんには助けられてばかりだった。十年後の俺が考えた作戦に預かっていたボンゴレ匣、最近じゃ白蘭の打倒に向けたチョイスの準備。

 何で入江くんがそこまでしてくれるのかは、正直まだよく分からない。それでも確かにずっと、支えて助けられてた。だから、俺は思った。こんな機会でもなければ何て訳じゃないけど、確かに俺は入江くんに対して思ったんだ。

 

 

「間違えるわけにはいかないんだ」

 

 ――助けになりたいと思ったんだ。

 

 

 入江くんのそれは、何かの宣誓にしては少し小さな声だったように思う。途中までの力強い声は嘘みたいに掠れて、絞り出すように出した小さな声。

 だけどこの部屋は外に音が漏れないよう設計されてる会議室、元々の広さもそんなに大きい訳じゃない。だからなのか、やけにその声は俺の耳に深く響いた気がした。

 

「おめえら、いつまで黙ってるつもりだ?」

 

 それは俺の隣にいる、話の中で殆ど黙っていたリボーンから。疑問ともいえないような、だけど俺たちに尋ねてるみたいな声。言葉の中に見下したようなものはなかったけど、どこか呆れたような雰囲気は感じた。

 きっと俺だけじゃなく他のみんなも、リボーンにだって心当たりがあったんだと思う。それを知ったうえで、入江くんやリボーンが俺たちを待っていたことに気づいた。

 

「俺から話すよ」

 

 話すとしたら何を、どこまでを、なんて話せばいいんだろう。そんなことを考えるよりもずっと早く、気づけば俺の口からはそんな声が出てた。

 

「……いえ、十代目の後に話したとあっては右腕の名折れ! 不肖この獄寺、自分から話させていただきます!!」

 

「それなら、獄寺の次は俺が話すぜ。前から誰かに相談しようとは思ってたし、この際丁度いい機会だってな?」

 

「正直なところ気は進まん。だが、この逆境を乗り越えてこその漢! 極限にこの俺の話術を披露してくれるわ!!」

 

「私も……頑張る」

 

「僕は元からそのつもりだよ。いい加減イライラしてるんだ」

 

 思わず出した俺に続くように、他のみんなもどんどん声を上げていった。さっきまでのお通夜みたいな雰囲気は嘘みたいに、むしろ少しうるさいぐらいに和気藹々としている。

 それに俺もつられて笑った。見たら呆れてたリボーンも、根詰めた様子だった入江くんも笑ってた。だからもう、俺が怖がることはない。たとえどんな話をされようと、どんな話をしようと、もう怖くはなかった。

 

 

 

 

 

 そうして俺たちは話した。

 

 最近になってよく見る、ただの夢の話を。

 

 

 ただその殆どが、少しだけ違うこれまでの日常。

 

 もしかして、こんな日々を送ったかもしれない。

 

 そんなありふれた――悪夢のような話を。



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一話 「荒れ狂う嵐の夢」

 気づいた時、また俺はここで目を開いた。目を開く前、最後に覚えているのはベッドの上。アホ牛と芝生頭の世話に疲れ、一旦仮眠を取ろうと自分の部屋のベッドに向かったところ。その時にあのアホ共はサボりだとか言ってきたが、カンガルーに蹴り飛ばされた上に牛の突進。流石の俺も体の限界を感じずにはいられなかった。

 ただそれは自分が思っていたより、それ以前のも含めてよっぽど体にガタが来ていたらしい。体の所々で響く痛みや鈍い関節の動き、そんな不快感を感じながら俺は自分のベッド寝転がる。そうして一番に感じたのは、尋常じゃないぐらいに重量を増した二つの瞼。そして次に、これはもう寝るな――なんて自覚したことすら朧気な記憶。それらはただ単に、修行で疲れた時のようないつも通りの感覚なんかじゃない。意識が今までにないぐらいに、どっぷりと沈み込んでいくような気がした。

 

 ただ、意識が本当に薄れていく一瞬の間。疲れを取るため寝にきたのとは裏腹に、満足のいく休憩にはならないだろう――そんなことを考えながら、それでも俺から望んで寝に入ったのも確かだった。

 

 そうして寝に入った事を感じた次の瞬間、俺の目がこの見覚えのある部屋で見開く。そこは間違っても俺が寝に入った場所、ボンゴレ地下基地の部屋の一つなんかじゃない。まだ夜も明けてすぐなのか、閉じたカーテンの隙間から薄っすらと差し込む日色の光。それが、今俺がいる部屋が地上にあることを教えていた。

 

 体が慣れたようにこの部屋の、俺が目を開いたベッドから抜け出る。その後左右に少しふらつきながら、ノロノロとしたペースで歩き出した。まだ寝ぼけてんのか、自然に目をこすりながらカーテンで閉められている窓の近く。そうして辿り着けば、両手で視界を遮るカーテンを勢いよく開く。開いて見えたのは想像していた通り。昇り出している朝日、そして眼下に広がる幾つもの建物。

 眩い光に顔が無意識にしかめられた。ただそのお陰で、多少は頭も回ってきたらしい。さっきまでよりも心なしかきびきびと動きながら、自分の体が自然と今日という日の準備を始めようとする。

 その時朝早いせいか少し曇った窓に映る、産まれてから今までも散々見て来た俺の姿――それは覚えているよりも、ほんの少し若く見えた。

 

  このおかしな()を見始めたのは、覚えている限りじゃメローネ基地から帰ってきた辺り。

 

 寝に入ったかと思えば、普通ならいるはずのねえ部屋の中。そうして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。こうして考えるだけならともかく、見始めた時試したように怒鳴り声一つ挙げることもできない。

 ただ自分の姿は当たり前だが、この部屋にも見覚えがない訳じゃなかった。無駄に装飾の多い、成金なんかが好んで住みそうなこの部屋。それは一時期――俺が十代目と出会う前に過ごしていたホテルの一室と同じ。他にも覚えてる今より若く見える自分に、多少違いはあっても覚えのある日常を送ろうとする自分。

 

 意識を保ったまま、過去のことを夢見ている。

 そう考えたのは一度目、夢の終わり頃だった。

 

 それでも今の時期、白蘭達による何らかの幻術攻撃だと考えなかったわけじゃねえ。ただそれにしては、何でこんなことをする必要があるのか分からなかった。

 確かに俺の意識とは無関係に、覚えがあるとはいえ勝手気ままに動く自分は気味が悪い。ただ、それだけ。意識があるとはいえ痛覚を感じなければ、二度と現実で目を覚まさないわけでもねえ。精々が夢のキリがいいとき、同時に現実で起きた時にうなされた程度の疲れが残るぐらい。白蘭達がチョイスでという約束を破り、わざわざ敵陣のど真ん中で眠る俺に過去の夢を見せる――それに何の意味があるのか、俺には見当もつかなかった。

 

 このことを十代目、あるいは十代目に負担をかけないようリボーンさんに相談することも出来た。実際ただの夢にしては、明晰夢にしてもはっきりしすぎているこの夢。文字通り未来をかけた戦いを前に、少しの憂いも残さないのは当然だった。

 ただ俺は、この夢を誰に対しても相談することはなかった。余計な負担をかけたくはない――そんな考えは確かにある。それだけは間違いねえ。ただそれ以上に、夢のあらましを聞かれた際に言いづらいことがあった。

 

 それは合わせて二つ。

 そしてその一つが、丁度今この時の事。

 

 準備も終わったのか、部屋を出た俺は受付を通してホテルをチェックアウトした。そしてそのまま、見るからに治安の悪そうな裏路地へと進む。何もそこに用事があった訳じゃねえ。意識を保ってるとはいえ、勝手気ままに動く俺の考えが分かるなんてこともない。ただそんな俺でも、過去に幾らか経験があるから今の状況はよく分かる。

 というのもホテルを出た俺は、歩いてすぐのところから今も何人かの男達に囲まれている。俺もこの付近で過ごしていた時期、よく似たやつらに絡まれていた。治安の良くない所では割とある、ホテルで泊まれるような金持ち連中を狙うチンピラたち。見た目から、俺に交じっている東洋の血に絡みやすいとでも思ったんだろう。チンピラたちはニタニタと笑いながら、その内の一人が路地裏に進めと命令してきた。

 そしてそれに俺は、一つ頷くだけで躊躇いもなく路地裏に進んでいく。せかそうとでも思っていたのか、チンピラたちは膨らんでいるポケットに手を突っ込みながら驚いた表情をしていた。だがそれも直ぐに収まる。いいカモだとでも思ったのか、また下種な笑いを始めながら先を進む俺に着いていったからだ。

 

 俺の時はこういった連中を、躊躇いなくシメてきた。一度でも素直に言うことを聞いて舐められれば、この先ずっと付き纏ってくるのがこいつら。当時の俺は既にボンゴレの一員だっただけに、舐められるようなことはファミリーの名を考えても出来るはずがねえ。

 ただそれだけに、やり過ぎないようにも注意していた。この時期の俺は荒れていたが、それでも自分の所属するボンゴレの名を意識してはいた。だから決して舐められないように、ただそこいらのチンピラに本気になったなんて思われないように。決してやりすぎないようにとだけは決めていた。

 

「果てろ……!!」

 

 だが、夢の俺は違った。

 

 路地裏に入り、そのままどんどん奥へと進んでいく俺。そうして行き止まりまで歩調を一切緩めずに来た時点で、チンピラたちはおかしいと気づくべきだった。

 その結果がこれ。俺の目の前には、五体満足のチンピラは一人もいない。誰しもの、どこかしらの四肢には深い火傷の跡。そこらにチンピラたちの悲鳴が響くが、ホイホイと着いて来たここは路地裏のさらにその奥の突き当り。悲鳴を誰かが聞きつけるなんてことはあり得ねえ。

 

 そしてその事実を知っている夢の俺は、躊躇いなくまたチンピラたちの四肢を焼いたダイナマイト――その導火線に火を点す。

 浮かべているだろう表情は、間違っても目の前の光景に対するものなんかじゃねえ。それは傍から見ればきっと、歪んでいた。目は愉悦に、口元は嘲笑に。不気味なほどに歪んで、(いびつ)なぐらいに弧を描いている。今でこそ見えてはねえが、前回もまた似たことがあった夢を見た時。偶然近くの割れた鏡に、そんな見たこともねえ俺の表情を見てしまった時を思い出す。

 

 これが相談できない、一つ目の理由。初めて見た時は、聞こえもしねえだろうに怒鳴り散らした。その次には動く筈もねえのに、必死に止めようとした夢の中の俺の行動。少なくとも殺さないようには手加減していた。それは俺にも分かる。ただそれでも、未だにチンピラ同士のケンカの域を出ないこれにダイナマイト(簡単に人を殺す武器)。俺にはどうにも、ただ恥を晒しているようにしか思えねえ。

 そうして思い浮かぶのはリング争奪戦で十代目に教えて頂いた、勝利以外の大切な事。状況や相手に場合、そのどれもがあの時とは違う。だが夢の中の俺がしていることは、間違いなく十代目の顔を歪める。たとえそれが他愛のない夢の話だとしても、話すことなんざ出来るはずもなかった。

 

 そして、続けてもう二つ目。

 

「そのへんにしとこうよ」

 

 阿鼻叫喚ともいえる中、ダイナマイトを握っていた俺の手を横から止めるように手が添えられる。

 

「……チッ」

 

 俺は一度、いつの間にか消えていた導火線を見て舌打ち。その後手を大げさに振り払い、自分のやっていることを諫めて来た相手を真正面から見る。それは一人の、青年と言っていいぐらいの男だった。

 男の格好自体は至って普通。この状況を止めようとするぐらいなら、ガタイのいい黒服を来たマフィアみたいな野郎がまず想像つく。だが男はそれこそ、そこらにいる学生が偶然迷い辿り着いたような見た目。ただあえて一つ、何とか挙げるとするのなら――。

 

「じゃないと死んじゃうよ?」

 

 雪のように真っ白なその白髪。

 それは男――白蘭で唯一普通とは言えなかった。

 

 俺は真正面から見るその白蘭を、穴が開くんじゃねえかってぐらいに睨み付けた。その白蘭にしても、睨み付けるまでとはいかねえが黙って俺を見つめ返す。ただ心からかどうかは兎も角、その表情からチンピラたちを心配しているのだけは分かった。

 

「……悪かったよ」

 

 先に折れたのは俺だった。

 

「別に……なんて言っていいかは分からないんだけど。あんまり気にすることじゃないよ。これぐらいなら全然正当防衛の内に入るだろうしね」

「てめえにかかれば足が吹っ飛ぼうがくっつくしな」

 

 口では何でもねえように言う白蘭だが、その視線はチラチラとチンピラたちの方を向いてる。それを見た俺は一つため息を吐き、自分でやっておいてだがさり気なく助けを促していた。

 もちろん、前より健康にしてみせるとも――それを知ってか知らずか、白蘭は自身満々に言いながらどこかへと電話をかけ出す。そしてそれを見た俺は呆れたようにだが、さっきとは比べ物にならねえ穏やかな笑みを溢したのが分かった。

 

 これが二つ目。夢の中の俺は、何故か白蘭と知り合い。それも互いに気心の知れた仲のようだった。

 これには、すわ新種のUMAの仕業かと内心期待してもいた俺も驚く。そして十代目に忠誠を疑われることこそねえだろうが、夢だろうと想像できねえそれにますます相談をする気は失せた。夢は人の欲しいもの、望んでいることが思い浮かぶとか聞いたことがある。過去の夢を見るぐらいならまだしも、次に戦う敵の親玉と仲良くなりたい。十代目の右腕として、そんなもん俺自身が認めれるはずもねえ。

 

 そしてこの夢の中で俺と白蘭が知り合った理由だが――それは分からない。何故なら俺の見る夢は産まれてからこれまでを見ているわけじゃなく、あくまで十代目と出会う少し前の時期。それも時折見かけるカレンダーとかの日付を見て分ったことだが、必ずしも続けた日を見ているわけでもねえ。

 だからどういった風に出会ったのか、どうしてこうも仲が良くなっているのか。何故夢を見るたびに必ず現れるのか。そのどれもが分からねえばかりだったが、それでも少しだけ分かったこともある。

 

「大丈夫だよ」

 

 それは白蘭が電話で呼んだ、チンピラたちを治療するために回収した男達も去った後の言葉。

 

「僕はね獄寺くん、君の考えていることが分かるわけじゃない。だけど将来、君は誰しもに誇れる君になってる。そんなことが僕には分かる。そうなると、他の誰よりも断言できる」

 

「そりゃあ、失敗することだってあるさ。間違え何て僕にとっても日常茶飯事だよ。でも君は、そこから立ち上がれる。立ち上がって、ボロボロになって。それでも帰ってくることができる、すごくかっこいい人だ」

 

「ただやっぱり、一人じゃ無理なんて物語じゃよくあることだよ。主人公でもそんなことは無理なんだから。だから、その時は――」

 

 

「その時はいつでも、僕を頼って欲しいな」

 

 

 笑う白蘭の言葉は確証もなにもねえ、ただの絵空事だった。それに薄っぺらくもあった。俺の知っている白蘭とは似ても似つかない、話に聞いていたカリスマも感じねえ。そこらの三流小説によくある、ごく平凡な励ましのように思った。

 姿かたちが俺の、俺たちボンゴレの敵だっていうのもあるかもしれねえ。俺がもう既に九代目に拾われ、十代目に忠誠を誓ったって言うのもあるのかもしれねえ。当の俺は無理やり見させられている感覚に近かったから、そうだからなのかもしれねえ。

 

 ――そうだから、なんだろうか。

 

 そんなありふれた、今までにいくらでも使いまわされたような言葉。理に適っているわけでも、しっかりとした説得力もねえ言葉。第三者だからこそ、客観的に感じることの出来た言葉。だからこそ、分かった気がする。それは少なくとも、当時の俺がなにより望んでいた言葉だった――と。特別でも何でもない、一人の人間として言われたかった言葉だったのだ――と、そう改めて気づいた。

 それからこの白蘭は、ボンゴレを潰そうなんぞ思わねえ。ましてや好き好んで誰かを害そう何て思いもしねえ。ただ普通に、平凡に。何気ない、変わり映えのしねえ毎日が良く似合うように感じた。

 

「……馬鹿じゃねえの」

 

 ぶっきらぼうに、顔を隠しながら言う俺。

 

 俺と仲の良い理由が、少し分かった気がした。

 

 

 

 

 

 視界が暗転した。

 

 

 

 

 

 視界の暗転――それは普段なら夢の中の俺が寝に入って、現実での俺が起きる時の合図。それが何故か、夢の中の俺が起きている間。それもかなり中途半端な所で始まった。

 できもしねえだろうが、身をすこし引き締める。自分でも詳しくは分からねえし、分かるわけもねえんだろう。ただ何となく――かなり嫌な予感がした。

 

 目が開くと、そこはさっきまでと変わらねえ路地裏だった。ただ変わりないっていうのも、それは場所に限って。違う点を挙げるんなら、それは天気と状況。

 さっきまでは昼間だった。路地裏ってことで薄暗くはあったが、それでも所々で日が差し込んでいた覚えがある。けれど今は夜。月明りこそあって、昼間と見える範囲にそこまで大差はねえ。だがそれでも、昼間とは比べ物にならねえぐらい雰囲気が落ち込んでいる。それからついでに言えば、さっきまでは雨が降っていたようだった。暗くて分かり辛いが、俺を中心に大きな水溜り。そしてそんな()()()()()()()俺を覗く白蘭の白髪が、悲痛そうな顔へ無造作に張り付いていた。

 

「どうして、こんなことをしたんだ……」

 

 白蘭が言葉を詰まらせながら、俺にそう聞いてくる。だが前後の状況を知らねえ俺には、夢の俺が何をしたかも分からない。ただ白蘭の目に映る夢の中の俺は、心から申し訳なさそうな顔をしていた。ただそれだけが、今の俺に分かる全てだった。

 

「一体、どうして――」

 

 何も話そうとしねえ俺に、それでも白蘭は聞いてきた。さっきまでの飄々としたような、穏やかな印象は欠片もねえ。追いつめられ、取り返しのつかねえことをしてしまった時のそれ。そしてその内容は俺としても気になっていただけに、文字通り他人事とは思えねえほど真剣に聞き耳を立てる。

 だが俺は、直ぐ後にそのことを後悔した。言葉を遮れねえまでも、ただ自分の耳にだけは入らねえよう怒鳴り散らしていれば――と。もしくは全く別の事、起きたら次はアホ共に何を教えるか。そんな他愛もねえことを考えてればよかった――と、俺は強く後悔した。

 

 ただ俺は、聞いてしまった。

 この夢を、ただの夢として思えなかったから。

 この夢を他人事とは――思えなくなったから。 

 

「どうして、ボンゴレ十代目を殺したんだ……!!」

 

 まず俺は、叫ぶように言った白蘭の言葉の意味が分からなかった。いや、むしろ分かっていて考えることをやめたのかもしれない。それから少しでも意識の纏まった俺は次に、誰が何を――と。聞こえもしねえだろう疑問を、答えの知っている問いを一人で呟いた。

 そして最後、人知れず呟いた俺の疑問。それにはっきりと答えるには、まだ俺には時間が足りなかった。ただそれでも、夢の俺が言う心からの言葉。それに俺は、また嫌でも現実()に引き戻される。

 

「……誇りに、なりたかった」

 

 顔をいつものようにしかめながら出たのは、それでも絞り出したような、とてもか細い声だった。

 

「てめえと……出会う前まで、俺は荒れてた。いや……会ってからも、大して変わらなかったが。ただそれでも、ボンゴレ九代目のお眼鏡に適わなかった俺には……確かに生きる気力になったんだ」

 

 夢の俺自身が口にした言葉。呆けていた俺はそれに――勘違いをしていたのが分かった。

 

「いつか、聞かせてくれたよな……? 誰しもの、誇りになれるって……。こんなチンピラ紛いの俺に、そんなことを言ってくれたやつは……てめえが初めてだった」

 

 それはそもそも、俺と夢の中での俺は前提としていたことが違ったということ。

 俺はともかく、夢の俺は()()()()()()()()()()()()()。ただ荒れた状態で拾われず、そしてそのまま生き続けて――この白蘭と出会った。

 

「……それからこの路地裏での後、アルコバレーノに会った」

 

 徐々に明瞭になっていく事のあらまし。そしてその言葉に凡そのことが把握できた俺は、意識だけの筈なのに血の気が引いていく感覚がした。

 そうして無意識にでも思い浮かんだことが一つ。それは俺が十代目と出会い、初めて忠誠を誓った時の事。そして夢の中の俺が話すアルコバレーノ――恐らくはリボーンさんが言った言葉。

 

「十代目候補を殺せば……俺がボンゴレ十代目だと」

 

 俺はリボーンさんに言われたとき、その言葉を本気では取らなかった。それは十代目という地位よりも、自分の上に立つ男がどれほどか気になったというのが強かったから。むしろ、それ以外には興味がなかったと言ってもいい。

 だからこそ十代目に全力で挑みはしたが、元からつい最近まで一般人だった男を殺そうとは思わなかった。だが夢の中の俺が悔やむように話し続けるその言葉。そこから夢の俺は本気で殺しに行ったんだろうことが、痛いほど伝わってくる。

 

「てめえに教えられた……ミニボムや三倍ボム、ロケットボムまで使った。元一般人の男一人殺すのに、暴漢を痛めつけるのすら躊躇う……てめえの教えてくれた技で。……それで、このざまだ」

 

 この時期には使っていなかった技を俺が使っている。だがそんなことはどうでもよかった。このざま――そう言った俺の言葉に視線を自分の体へと向ける。

 見ればそこに幾つもの銃創。まだ真新しく、服はそこから真っ赤に染まっていっているのが分かる。そして水溜りだと思っていたもの。よく考えれば遮蔽物の多いこの裏路地に、水が溜まるほど雨が降り注ぐはずもなかった。そうして薄暗く分かり辛かったそれは、紛れもない俺の血。

 日本で十代目を殺し、ここイタリアに戻ったところを狙われた。その相手がリボーンさんなのか、そこまでは分からねえ。その時白蘭に助けられたのかも、もう報復が終わった後なのかも分からねえ。ただ、俺がもう死にかけているのだけは分かった。

 

「でも、だからって――」

 

 分かっているだろうに。それでも認めたくないのか、そう聞いてくる白蘭の言葉を俺が遮った。

 

()()()()、誇りになりたかった」

 

 ただそれはどちらかと言えば、白蘭が譲ったと言った方が近かった。何故ならもう俺の声は、会話のさなかでそんな心配をしてしまうほどに、脆くも弱々しい様子だった。

 

「他の奴らは、どうでもいい。ただ……ボンゴレの十代目になることが、それで誰かの……誇りになれるのならよかった」

 

「そうすれば、きっと俺は――俺自身を誇れるようになる。そしてそんなチンピラ紛いだった俺が、てめえの誇りになれたのなら――」

 

 声は、息も絶え絶えがいいところだった。俺は喋っているのが分かるが、顔を覗き込むだけの白蘭に全部聞こえていたのかどうか。それが疑問で仕方なかった。

 ただ出来るのなら、届いて欲しくねえと思った。それは敵の白蘭を意識してでも、十代目を殺した俺を意識してでもねえ。夢の俺の残した言葉。そして俺だからこそ分かる――俺が残していくだろう言葉。それは紛れもねえ、俺自身の本心なんだろう。ただそれだけに、この優しくどこにでもいるような――平凡な(白蘭)には重すぎると思った。

 

 ただそれも、(白蘭の友人)ではねえからなのか――。

 

 

 

「俺は――お前に頼って欲しかった」

 

 俺にはもう、分からなかった。

 

 

 

 その言葉を最後に、視界がまた暗転していく。少なくとも起きてこの後、午後からの修行は中止にしようと決めた。それから何となく、暫くはまともに寝れねえだろうとも思った。

 

 そうして現実で目を開こうといった時。

 

「■■■■■■■■」

 

 誰かの声が、聞こえた気がした。 

 

 

 

 

 

 チョイスも終わり迎えた夜明け――最後の戦い。

 

 それは少し後味の悪さを感じながら、それでも戦いは終わった。最後の白蘭と、十代目のX(イクス) BURNER(バーナー)の打ち合い。それを制した十代目のX BURNERが、あの白蘭を打ち抜いたことで。

 

 これで少なくとも、この世界で白蘭の世界征服はなくなった。けれど詳しくはいつだったか、チョイス目前に十代目に謝り倒しながら話した夢の話。それを今改めて思い出す。

 十代目と戦っていた白蘭は、夢の中で見た白蘭とは何もかもが違っている風に見えた。チョイスでは唯一6弔花と(リアル)6弔花を()()()()()()幻騎士を桔梗に命令して殺し、最後の戦いでは現れていきなりザクロとブルーベルを持っていた銃で()()()()()

 それからそのことに対して募る俺達になにをしたかと思えば、天使のような翼を生やして唯一生き残った桔梗に悪魔と呼ばせる。復活(リ・ボーン)()()()()()()()()ユニへの暴言にしても、そもそも人とすら思ってもいねえようなもの。それとこれは少し違うが、結局分からなかった雷の真6弔花が誰だったのかも気になった。

 

 ただ、それももう終わった。後味は、確かに悪い。俺だけじゃなく他の夢の白蘭を知っているだけに、どうしても十代目と戦っていた白蘭と重ねてしまっていたから。

 それでも戦いの終わった今は、ただ喜ぶ以外にねえ。十代目や他のやつらと一緒に、誰一人欠けずにこの世界から十年前の世界へ――平和な過去へ戻ることが出来るから。

 

「十代目! お体は――」

 

 ご無事ですか――そう続けようとした声が止まる。それは今までにねえ、さっきまでの白蘭と相対していた以上の圧力を感じたせいで。

 こっちに来てからの修行の成果か、無意識にその圧が放たれている方へ視線が向く。ユニの炎のバリアを破ろうとした時のせいで炎こそ残ってねえが、それでもいつ何が来てもいいように構えもとる。向ける視線の位置こそ変わらねえが、それは視界の端に見える他の奴らも同じ。俺と同じで何かを感じてるのか、炎が残ってねえだろうに構えを固めて解こうとはしていない。

 

 それはこの世界最大の敵、白蘭を倒したにしては過剰に過ぎていたかもしれねえ。ただそれは、()()()()()()()()()という話。

 確かに十代目のX BURNERが白蘭を打ち抜いていくところ。それは俺以外にも誰もが見ていた。ただ俺たちが今見ている、その視線の先。そこは未だに土煙が上がって詳しくは見えねえが、白蘭が十代目に打ち抜かれたところと寸分の狂いもなかった。

 

「あ~、危なかったなあ」

 

 緊迫した空気の中、間延びしてとぼけたような声が流れた。俺たちはその声が聞こえた方向、土煙の向こうから片時も目を離そうとしねえ。

 

「でもまあ、とりあえず――」

 

 土煙が徐々に晴れてくる。見えてきたのは白。その色が、薄く土煙が舞っているせいかさっきまでよりも余計に映えているように感じた。

 白は事もなげに俺たちの方へ、正確には十代目のいる所へ歩いてくる。小走りすらすることなくゆっくりと、自分を待つのは当然だってぐらいに堂々と。そしてその白は――。

 

 

「第2ラウンド、始めよっか」

 

 

 浮かべているのは、いつかの俺のような歪な嗤い。夢で見た白蘭と瓜二つの姿で、夢で見た白蘭は絶対にしねえよな嗤いを浮かべていた。



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二話 「謳歌した雨の夢」

 夢の中でも、俺は変わらず刀――時雨金時――を握っていた。そんでもって、夢の俺は着流し姿。そして両手に俺の刀を握りしめ、右足を一歩その場から前へ出す。同時に振り下ろされた刀はなんもねえ宙を切って、そのあと一つだけ呼吸をおいて残心。それをたまに形を変えながら、何度もまた刀を振り直す。

 見てる夢の場所は見覚えのある、リング争奪戦の時によく使ってた俺ん()の道場。でもって、そんな場所で修行してんのはいつも俺ひとり。時雨蒼燕流を教えてくれた親父も、気絶させて何度もこの夢を見させるスクアーロのやつもいねえ。修行で気絶するたび、休憩ってことで仮眠をとるたび。俺は昼も夜もひたすらここで、時雨蒼燕流の剣を飽きもしねえで振っていた。

 

 少なくとも現実の未来の世界から、ツナ達みんなで過去へ戻るまでの間。俺は期間限定で野球を止めて、剣一本でやってくことをスクアーロと決めてる。だからなのかは分かんねえけど、最近の俺が見る夢は全部こんな感じ。夢だから自分の好きなように動けねえってのは分かんだけど、それにしたっておかしな夢だとは思わずにいられねえ。

 ただそんな現実だけじゃなく、夢ですらまともにキャッチボールの一つも出来ねえ毎日。俺はそれを悪いとも、ましてや辛いとも思わなかった。何でかって、そう思ったのは入江やスクアーロの話から。白蘭や(リアル)6弔花達と戦うのに、修行はいくらしても足りやしねえ。むしろ寝てる間もできるっつうんなら、それこそ四六時中ってわけなのな。

 まあ、多分獄寺のやつには言ったら馬鹿にされそうではある。実際俺がやりたい修行はできねえし、感覚もねえからいまいちどう動いてんのか分かりづれえ。

 

「時雨蒼燕流 攻式八の型――篠突く雨」

 

 ただそれでも、無駄になってねえことは分かる。

 

 夢の中で振るった俺の、その周りに用意してたいくつかの的。それは俺が刀を鞘の中に収めるころ、その時にはもう縦に幾筋も割かれて断面が見える。その後も、地面に落ちるかどうかってぐらいの瞬間。切られた的はおが屑みてえになりながら、そのまま粉になって宙に散っていった。

 

 俺は十年後の世界に来てから、ラルミルチや小僧にスクアーロ。色んなやつらから修行を受けて来た。だから間違いなく、俺はリング争奪戦の時以上に強くなってる。それは自信をもって言えた。

 だけど夢の中の俺は、そんな俺と比べもんにならねえぐらいに強い。もっと言うんならメローネ基地で俺が負けた幻騎士、その幻騎士と戦ったことのあるスクアーロ。そんな十年後の世界でも強い剣士たちですら、もしかしたら相手にならねえんじゃって思うぐらいに強く感じた。

 

 ただこれは夢なんだし、現実じゃねえからなんでもありなのかもしれねえ――初めて見た時はそう思ってた。だけど夢の中の俺が振るう剣や、その体の動かし方。何度も続けてこの夢を見てる、実際に体を動かしてる俺だからこそ分かる。これは夢によくある無茶苦茶な動きなんかじゃねえ。覚えさえすれば、もしかしたら俺にだって出来るんじゃねえか――そう考えさせるぐらいには有り得そうなもの。

 まあ、現実でやってみたけどそう上手くはいかねえ。なんならスクアーロにだって、お前にはまだ早えって怒られちまったりもした。そういうわけだから、無駄にはならねえけど参考にするぐらい。足(さば)きなんかは見てっけど、まんま真似るってことは流石にやめた。すげえことには違いねえけど、なんとなく違和感もあったから。

 

 そんなことを考えていると、また刀を振るってた夢の俺が勝手に動き出す。ただ今度は、また修行のために振るったわけじゃなかった。むしろ舞踊かなんかの手本みてえに、綺麗に無駄なく刀を鞘へ納めた俺は無手。息を吐いて体を完全に脱力させた後、ゆっくりと何も持たない右腕を真横に突き出した。

 刀を抜く素振りが一切ないそれは、どうも剣術を使おうとしてるようには見えねえ。かと言って、先輩がやってるようなボクシングをやろうとしてるようにも見えやしねえ。だけど俺はその見覚えのある動きに、これから起こることに少しだけワクワクしてるのが分かった。

 

 ――風切音が鳴った。

 

 次に、道場中に乾いた音が広がった。速い何かを受け止めたみてえな、その大きな音は俺の右手から。きっとこれが現実なら、一緒に覚えのある衝撃が腕にきてたように思う。ただこれはやっぱり夢でしかねえから、流石にそこまで分からねえ。それに内心苦笑いしながら、右手の中に納まってるものを見た。

 握る右手の隙間から見えるのは、白い玉に幾つもの縫い目の跡。似たような間隔で、よく見たら変わった形に縫われてるそれ。それは今までの人生で、散々に受け止め投げて来たものに間違いねえ。この道場にこそ合わねえが――硬式の野球ボールに違いなかった。

 

「ナイスキャッチ!」

 

 聞こえて来た嬉しそうな声。それは野球ボールが投げ込まれて来た、夢の俺から見て右側の出入り口から。見たらいつからそこにいたのか、声をかけて来たやつがそこにはいた。

 そいつの向こうは暗がり。夢の見はじめは昼だったはずだけど、いつの間にか日も落ちてたらしい。ただ道場の明かりで暗がりの中、むしろそいつが際立ってるみてえに照らされてた。だからか俺は、全身真っ白のそいつが誰なのか分かった。現実じゃありえねえぐらいに純粋な笑顔のそいつが――白蘭だと分かった。

 

「……何しに来やがった」

 

 それは当たり前だろうけど、夢の俺も同じ。声をかけて来たやつが白蘭だと分かった俺は、少しだけ間を置いて聞いた。修行を邪魔されたからか、話し方は本当に俺かってぐらいにおっかねえ。ただ繰り返してるみてえに何度もこれを見てる俺は、初めて見た時みてえにそこまで焦ることはなかった。

 それは初めて見た時と同じで、そんなに時間も経たず直ぐに分かる。目の前にいる俺が尋ねた白蘭が、その白蘭の答えから感じる俺の反応ですぐに分かった。

 

「野球、するでしょ?」

 

 夢の俺は、ただ呆れてただけ。それが簡単にわかるぐらいに、あからさまにでっけえため息を吐いた。ただそれも分からなくはねえな――なんて、きょとんとした顔の白蘭を見て思う。

 

 夢の俺は、同じように夢のこの白蘭と仲が良い。毎回一人黙々と修行している俺に、決まって途中からキャッチボールなんかに誘ってくる白蘭。はじめは機嫌の悪そうな俺に、毎回気にせずよく何度も誘えるな――そんな風に、夢の中の白蘭は良いやつなんだなぐらいにしか思ってなかった。

 だけど、ただそれだけじゃない。ため息を吐きながらではある。けど今みてえに白蘭の持ってきたグローブを受け取って、自分から進んでキャッチボールの準備をし始める夢の俺。呆れながらでも俺が見た今まで、夢の俺は白蘭からの誘いを断ったことがねえ。それに気づいたのは何度目の夢を見た時だったか、なんでか二人が年の近い兄弟みてえに見えだした。こんなこと、夢だろうとツナ達には言えねえんだけどな。

 

 そう考えてる内に、夢の俺たちが道場の外に出てキャッチボールを始める。外でも修行できるよう、現実と同じで本当に開けただけの場所。そこでお互いに距離を取って、先にボールをそのまま持ってた俺から投げ出そうとする。

 軸足の左足を白蘭に向けて、ボールを持ってる右腕は逆に引いてく。そのあと腰を鞭みてえに捻らせながら、勢いよく振り下ろされた俺の右腕。腕が体の前に出る頃には、もう手首も利かせて投げたボールが手から離れてく。そしてそのボールは真っすぐ――構えてた白蘭の真上に向かって突き進んだ。

 

「と――ったぁぁああ!!」

 

 白蘭はそのボールを()った。ただ、やっぱそれは簡単にじゃねえ。体のバネを使いながら勢いよく跳んで、グローブを付けた腕を限界ギリギリまで伸ばす。見間違いでもなけりゃ、足元から一瞬噴き出したオレンジ色の炎。それだけしてようやく届くぐらいに、夢の俺がしたのはどう見ても大暴投(だいぼうとう)

 その後何もなかったみてえに、それでも白蘭は額に汗を浮かべながらボールを投げ返してきた。それに俺は落としこそしなかったけど、それでも危なっかしくオロオロと受け止める。責めこそしねえけど苦笑いな白蘭。それに夢の俺は、バツが悪そうに視線を背けた。

 

 その後もキャッチボールは続いた。だけどその俺が投げた大体が、一回目みてえなお世辞にも良くはねえもの。ただ俺はそれを、やっぱりいまさら驚きはしねえ。それはなんでって、この夢を見始めた一度目の白蘭とのキャッチボール。その時にはもう、夢の俺が野球が下手だって分かってたから。

 ただ何も俺自身が滅茶苦茶上手いとは言わねえし、言えるわけがねえよ。まだ校内ならともかく、他校には俺より野球が上手いやつなんてそりゃ何人もいる。それに当たり前ではあんだけど、野球をやり始めた時は俺だってこんぐらい下手だった。ただそんなことを、夢の俺は思ってなかったらしい。何度か言いづらそうに口を開きかけた後、小さく何とか聞こえるぐらいに呟いた。

 

「……なあ、いつまでやるんだ」

 

 また白蘭から何とかボールを受け取ったと思えば、投げ返さずに夢の俺がそう呟く。それは呆れてるというよりは、どこか気落ちしてるみてえな声。それに白蘭は何に対してか分からなかったのか、投げ返さない俺に無言で首を傾げる。

 それに理解してねえと分かって、今度はもう少し大きな声で俺が話す。白蘭に届くように、何とか理解してもらえるように。自分の気持ちをゆっくりと話し出した。

 

「別にこうしてるのは構わねえよ。どうせここに来るやつなんて、今じゃもう俺とお前の二人だけだ。だからこうしていくら恥をかこうが、俺は別になにも構わねえ。何よりお前は、俺にそれができるんだからな」

 

「だけど、だからこそ分からねえ。何でこうも毎日来る。何でこうも毎日こんなことをさせる。何でお前は、俺に――」

 

 それは俺が夢を見はじめて、夢の俺が初めて溢したような言葉。弱音と言っていいのかもしれねえ、だけど心からそう思ってるだろう言葉。野球が下手だからやりたくない、少しだけ考えてたようなそういうわけでじゃない。夢の中の俺の言葉通りなら、それは恥とは思ってもそこまで。大本の理由じゃねえことが分かる。

 だからきっとこんなことを言い出した理由は、もっと俺の知らないような深いもの。夢の中の俺と白蘭しか知らない、俺が見始めたこの夢の時期からもっと前にあったらしいこと。

 

「嬉しいからだよ」

 

 気になりはしたけど、それは白蘭に遮られた。

 

「山本君、僕は今とても嬉しいんだ。君とこうしてキャッチボールが出来るなんて、正直思っても見なかったからね」

 

「君はどうだろう。楽しいかな、面倒くさいかな。やっぱり言ってる通り、辛かったりするのかな。だけど僕はさ、こうしてる君も悪くはないと思うんだ」

 

「刀を握る君も、僕とキャッチボールをしてくれる君も。どっちも変わらない、僕がよく知ってるただ一人の君だから――」

 

 

「それが見れる僕は、今とても嬉しいんだ」

 

 

 白蘭が夢の中の俺に向けた言葉を聞いている内に、俺はこの夢をただの夢だとは思えなくなってるのが分かった。どうしてかは分からねえ。根拠なんてものは何一つねえ。ただ、なんでかそう思った。

 夢の中の俺と、白蘭しか知らないこと。二人だけが知ってる、きっとすっげえ大切なこと。それを無断で覗こうとしてるみてえで、自分でもびっくりするぐらいに嫌な気持ちになったのが分かる。

 これを獄寺辺りに話したら、きっと馬鹿にされんだろうな――そう考えながら珍しく、ムキになって言い返すんだろう自分が簡単に想像できた。そんで夢の中の二人には分からねえだろうに、少しだけ笑った。

 

 夢の中の俺の悩みなんてどうでもいい。夢の中の白蘭の考えなんてどうでもいい。この夢が本当に夢かどうかなんて、そんなことはどうでもいい。

 ただこの夢の中の二人が送ってる毎日。俺が朝から晩までひたすらに修行して、そのどこかでやってきた白蘭とあまり上手くねえキャッチボールをして終わる毎日。そんな、どうしよもねえぐらいに何でもねえ日々。

 

「お前が、飽きるまでだ」

 

 投げたボールが、真っすぐグローブに収まる。

 

 こんな二人を、俺もずっと見ていたいと思った。

 

 

 

 

 

 目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 夢が終わったんだ――と、一瞬だけそう思った。中途半端であったけど、これ以上は俺だって見なくても分かる。きっとまたキャッチボールを続けて、どちらともなしに終わってそれぞれの家に帰るんだろうって。

 だけど、夢はまだ終わってなかった。真っ暗になって、その後直ぐに見えた光景。ある意味いつもと変わらない道場のそれが、ここがまだ夢の中だと嫌ってぐらい俺に教えてくる。

 

 なんとなく嫌な予感を感じていると、いつもより俺の視線が低いことに気づいた。現実で修行してる時と比べても半分ぐらい低いそれに、少ししてから夢の俺が刀の傍で正座してることが分かる。

 その次に、着ている服装が違うことにも気づいた。夢の中では大体着流しか、それに近いような和装の服。だけど今回に限っては、何故か夢の中では初めて着るシャツ。どこかで見たことのあるそれは、よく見れば未来に来た最近は着てない並中(なみちゅう)の学生服だった。

 

 学生服を着ながら、道場の真ん中で刀を脇に置いて正座。多分ついさっきまで見ていたのとはまた違った時期の今回の夢に、この夢の前後を知らない俺はどんな状況にいるのか分からなかった。

 ただそれも、暫くして分かることになる。俺自身だから分かる、手持無沙汰に表情を作ることもなくただその場で座り続ける夢の俺。そうして何もせず数十分経った頃。座る俺の真正面になっている道場の出口から、人の気配が現れたのを感じた。俺の修行不足か、ここが夢だからか。感じて分かるのはまだ気配だけ。ただそれでも体の端だけでも見えて来た人影に、俺は一人の男を思い浮かべていた。

 

「山本君……!!」

 

 その人影は俺自身想像していた通り。ついさっきの場面まで、夢の俺とキャッチボールをしていた筈の白蘭。ただ服装こそいつも通り真っ白な白蘭だが、その他はさっきまでと全く違って見えた。

 この道場に来るまで、もてる全力で走り抜けてきたんだろう。息は過呼吸を起こすぐらいに荒く、流れてる汗も滝みてえに止まる気配がねえ。それからなにより、白蘭の浮かべるその表情。真っすぐ俺を見つめながら名前を呼ぶそれには、普段にない鬼気迫るものを確かに感じさせた。

 

「よう、悪いな白蘭」

 

 それは俺自身、間違いなく場違いだと思わせる口調。今まで聞いて来たのとは似ても似つかないぐらい気安いその言葉は、言葉通りかなり穏やかなもの。必死の様子を見せる白蘭と見聞き比べ、明らかに態度の合わないそれ。夢の俺とは見てる光景が違うんじゃないか――と、本当に少しだけ不安に思った。

 ただ俺が聞こえたその声は幻聴何かじゃなく、間違いなく本当に聞こえたもの。それは聞こえた言葉の後、辛そうに顔を歪めた白蘭を見て確信に変わった。そしてその後、そんな俺を心配に思ったのかもしれねえ。表情を歪めたままの白蘭が、道場入り口から一歩近寄ろうとする。

 

「――止まれ」

 

 それはどう聞いても、ついさっき軽く声をかけてきたやつと同じだとは思えねえ。背筋が伸びる程冷たく、一切の有無も言わせねえようなたったの一言。それは現実で寝ているはずの俺自身、思わず息が止まったんじゃねえかと思ったほど。

 でも流石っつうんなら、それは直接投げかけられた白蘭に対して。いきなりだったからか、動きこそ一瞬止めてはいた。ただ、それだけ。動くなと、圧をもって夢の俺に言われはした。だからか出入り口その場から動きはしねえけど、それでもゆっくりと口を開いた。

 

「本気、なのかい……?」

 

 それは疑問だった。何に対しての疑問なのか、やっぱり俺には分からねえ。ただそれは、問いかけられた夢の俺に限ってはそうじゃなかった。その疑問に対して、刺さるような雰囲気を幾らか柔らかくさせた俺。けれど決意を固めたような表情を浮かべながら、白蘭に向かって一つ頷く。それを見てさらに表情を歪めた白蘭は、思わず一歩動かそうとして思い出したのかまた止めた。

 二人の、何とも言えないこの雰囲気。未だに前後の状況が分からない俺には、その理由を自信もって言うことなんてできやしねえ。だけど思い当たる節が全くない何て言うには、俺もまだ剣士として戦おうとしてない訳でもなかった。

 

 夢の俺が刀――時雨金時を掴んだ。

 

 それに俺は、まずないだろうとも思ってた一つの可能性。ただ俺も考えたことがない訳でもなかった、俺ならやってもおかしくないだろう可能性が確信に変わった。

 

(わり)いな、白蘭」

 

 やめろ――そう呟いた。

 動くな――そう叫んだ。

 止まれ――そう荒げた。

 

 少しでも、ほんの一声でも夢の中の俺に届けば。そう願って、必死に声を喉から吐き出した。

 これが夢だからか、いくら出しても喉が潰れる様子はなかった。だから俺のもてる全力で、ただひたすらに。最後の方はもう言葉にすらなってなかった。届けばそれでよかった。ただそれだけでも誰かが叶えてくれれば、俺は本当に何でも出来るような気がした。

 

「俺、神さんに見捨てられてたらしいわ」

 

 ――届く筈がなかった。

 

 鞘から抜いた俺は、時雨金時の刀身を()()()首元に当てていた。声や表情は、また人が変わったみてえに穏やかに戻る。もう何も思い残すことはねえって、全身でそう言っているような気がした。

 だから白蘭が力づくで抑えようとするには、もうあんまりにも遅すぎた。それは多分、刀を抜く前でも同じ。夢の俺の腕は、俺以上に白蘭の方が知ってるんだろう。俺から出入り口の白蘭までにある距離。それだけあれば、十分に刀を抜いて首を切れることを。そしてだからこそ、さっきの言葉一つに白蘭が動けなかったんだとようやく気づいた。

 

「なんで、どうしてこんなことを……?」

 

 ただ、白蘭は諦めねえ。ここまでくれば、夢の俺が白蘭をなんかの方法で呼び出したのが分かる。それは一つの宣言でもあるけど、それ以上に白蘭と話すことがあるってことも。

 当たり前なんだろうけど俺が気づいたみてえに、白蘭もそのことには気づいてたらしい。言葉こそ本気で、何でこんなことになっているのか分からない様子だった。それでもその視線だけは、首元に当てられた刀身を一心に見つめてる。隙があれば――そんな考えが皮肉に感じるぐらい、俺でもよく分かった。

 きっと、夢の俺もそんなことは分かってる。ただもしかすれば、それこそが白蘭に伝えたかったことなんだろうか。俺はそんな白蘭を気にした様子もなく、ただ懐かしむみてえに話し出す。

 

「小学生の頃、親父が病気でしんだ」

 

 夢の俺が語り出したのは、今度こそ俺が全く思ってもみなかったこと。

 

「死ぬ直前、親父が俺へ最後に残したのが――時雨蒼燕流。ただ、まだ歳が二桁にもなってねえ俺にだぜ? 途絶えさせたくなかったのか、その辺は聞けずじまいだったけどよ。正直、未だに殺人剣なんて教えた意味が分かんねえのな」

 

「それに、そんなの覚えてる俺がまともな生活なんざ送れるわけもねえ。自分の身を守ってただけのつもりが、それこそ二桁になる頃には立派なフリーの殺し屋(ヒットマン)だ」

 

 夢の俺の親父が、十年後の世界よりも前にもう死んでる。しかもその時に覚えた時雨蒼燕流のせいで小僧と同じ殺し屋になった。いきなりのことに頭が追い付かねえことだけが良く分かる。

 ただそれ以外にも、もう一つだけ分かったことがあった。それは、言葉自体は死んだ親父への恨み節。言葉通りならまず間違いなく、恨んでるんだろうことが分かる。だけどその口調は、変わらずにいつかの思い出を懐かしんでるみてえにも聞こえた。

 

「そんな時に会ったのが――白蘭、お前だったな」

 

 白蘭の体が、少しだけ震えた。

 

「何種類も受けて来た依頼の、その中でも特に請け負ってた暗殺の依頼。標的としてお前を狙った時が初対面だったっけか」

 

「まあ結局、余裕かました割にはあっさりやられちまったけどな。しかもどうやったのか、気づいたら俺は裏の世界から足抜けしたことになっちまってる。やることなくなって修行している俺に、毎日キャッチボールだとかで絡んでくるお前。正直な話、あの時は混乱して仕方なかったのな」

 

 聞いちゃいけねえと思ってたことが、俺の意思に関係なくどんどんありもしない耳に入ってくる。だけどそれに、元々どう思ってたかはもう何一つ関係ねえ。俺はそうして、夢の俺の話を漏らすことなく聞こうとする。

 聞いちゃいけねえと思ってた。多分聞かれたくねえことなんだろうって。柄にもなく気をつかった気でいて、だけど二人の何気ねえ日々を見れればそれでよかった。それでも気づいた。鈍い俺でも、ここを聞き逃しちゃいけねえってことは嫌でも分かった。

 

「嬉しかった」

 

 きっと、今日で終わっちまうから。

 

「あの日、お前にそう言われた日から変わった。変なやつだとは思ってたけど、まさか俺が中学に通うことになるなんてよ。まあ同い年にアルコバレーノの教え子はいるし、後からスモーキンボムも来るわで大忙しだったけどな」

 

「ただそれでも学校でツナや獄寺とつるんで、部活で野球をやって、休みの日にはお前とキャッチボール。今までの生活と比べりゃあ、悪くねえ毎日だったと思うぜ」

 

 本当に、心の底からそう言ってる。むしろ言ってる以上に楽しい日々だった。そう思ってるのが簡単に分かるぐらいには、夢の中の俺の口調は弾んでいた。

 

「なら――」

「でも……ダメなんだ」

 

 だから、白蘭もイケると思ったんだろう。説得して、こんなバカな真似を止めさせれると思ったんだろう。踏み出しこそしねえが、それは意識して堪えていた。俺が許せば、直ぐにでも傍に寄ることが良く分かる。

 だけどそれが、また人の変わった声で遮られる。今度は今までとはまた違った。穏やかでも、冷たくも、弾んでもない。夢の俺は、ただ嘆いていた。

 

「あいつらと過ごしてると、嫌でも分かっちまう。どう取り繕っても、どうしたって俺は裏の人間。それも獄寺とは違って、つま先から頭のてっぺんまでどっぷり浸かっちまってることを。どうしようもねえ、どうしようもない人間だってことを」

 

 静かで小さい、それでも感情高ぶった心情まんまの大きな声。出した俺の、その刀を握る手は震えていた。そのせいで、当てた首元から赤色が一滴だけ伝って流れる。伝って流れた赤色が白色のシャツに届いて、出来た真っ赤な染みがじんわりと広がっていく。

 だけど、夢の俺はそれを気にも留めねえ。それどころか、今度はもう語りは辞めて白蘭に話しかけた。ただそれも、話しかけたのはあくまで形だけ。全部が全部、夢の俺の中で終わってる。だからそれに返事は、きっと期待なんてしちゃいなかった。

 

「なあ、お前なら知ってんだろ? この前黒曜で骸達と戦った時。その時に俺と戦った、金髪の男を()()()()()時だよ」

 

「それを当たりめえにやってのけた俺に、ツナ達がどんな顔して見てきたか。あの場にこそいなかったけど、お前なら知ってるんじゃねえか?」

 

 白蘭は、きっと無意識だったんだろう。真っすぐ見て逸らさないままでいた視線を、夢の俺の問いかけを聞いて少しだけだが逸らす。

 本当に、それは気づくかどうかっていうもの。だけど面と向かって話し合ってる相手に、それが気づかない訳がねえ。それが分かっただろう夢の俺にとって、白蘭がしたのは何よりの答えに違いなかった。

 

「……あの後ビアンキの姐さんにも言われたよ。『気をつけろ』って。やり過ぎないようにじゃねえよ。きっと、()()()()()()()()気をつけろってこった」

 

 あの人はよく分かってたんだ――そう悔やむみてえに溢しながら、躊躇うみてえに視線を戻してきた白蘭を見た。多分何気ない、無意識の仕草で傷つけてきた白蘭に対して。そんな罪悪感に駆られてるだろう、青い顔した白蘭と合うよう視線を寄越した。

 

「でも、ダメだった……!!」

 

 二人の視線がかち合う。白蘭と俺との間でかち合って、その刹那に夢の俺は口を開ける。怯えるみてえな表情の白蘭を気にもしねえで、そのまま叫び声を上げた。それはきっと、咆哮に近かいぐらいに大きな声。静まり返ってた道場中に、聞こえねえ所なんてねえだろってぐらいに響き渡った。

 

「きっとあいつらは変わらずに、いつもみてえに接してくれる! あいつらが黒曜の後から逃げてる俺なんかを、一月経った今でも朝から晩まで探してんだ! そのぐらい、ずっと一緒にいた俺が一番知ってる!!」

 

「だけどダメなんだ! ()()()()()()()()()! 俺の手は、もうどうしようもねえぐらいに血まみれだって! もうあいつらのいる世界に――俺なんかがいていいはずがねえんだって……!!」

 

 白蘭からは言葉が出なかった。出せていなかった。言葉も出ねえぐれえに口を半分だけ開けて、何かを言おうとしてはやっぱり閉じた。全くではねえと思う。だけど、ここまで思い詰めてたとは思ってなかったんじゃねえんだろうか。

 そう考えてたら滴が、また首元を伝いながら落ちてく。けどそれは、首元から出た赤い滴何かじゃあなかった。それは夢の俺の両目から、ゆっくりと流れ落ちていく透明な滴。それがシャツにまた新しい染みを作るたび、夢の俺の声はどんどん落ち込んでいく。それに感じるわけもねえのに、なんでか俺まで目頭が熱くなってる気がした。

 

「……けどあの毎日を知った俺には、もう裏にすら戻れる気がしねえ。なによりあんな顔見ちまったら……もう、ただの一人も切れるはずねえのな」

 

「だから……決めちまったんだわ。でもお前にだけは……伝えときたかったことがあったから。だからほんとに(わり)いんだけど、後ほんの少しだけ……こんな俺に付き合ってくれよな」

 

 言いながら夢の俺が、刀を握る手に力を込めたのが分かった。それに気づいたのか白蘭は、もう俺の言ったことも気にしねえで走り出す。真っすぐに青白い顔をした必死の形相で、止めるよう叫びながら俺の方へ駆け出してきた。

 それに夢の俺は、言ったことを破った白蘭にもう何もしなかった。はじめみてえに言葉で圧をかけることも、握る刀を向けて脅すこともしなかった。ただそのまま、なんの心配もねえぐらいに穏やかな表情。その表情で、自分を心配してくれている白蘭を見ていた。

 

 でもって俺は、もうそんな二人に対して何もしなかった。実際何が出来るってこともねえんだけど。ただそんなことを抜きにしても、二人に対して何一つしようとも思わなかった。だけど、それは別にどうでもよくなったからってわけじゃあ決してねえ。

 何もしねえで、全力で夢の中の俺を止めようとする白蘭を見てた。何もしねえで、また最後に口を開けようとする夢の中の俺の動きを感じてた。何もしねえで、そんな二人を頭ん中に必死で焼き付けようとしていた。

 

 そりゃなんでって――。

 

 

 

「お前と過ごせて――嬉しかったんだぜ」

 

 二人(親友たち)を、ずっと見ていたいと思ってたから。

 

 

 

 それだけ聞こえて、また目の前が真っ暗になってく。それに今度こそ起きるんだと分かって、駄目もとでスクアーロにもう少しだけ休憩を頼もうと決めた。多分だけど今剣を持っちまうと、震えて握れないような気がしたから。

 ついでにその間、小僧辺りに相談にでものってもらおうと思う。やっぱもう、流石にただの夢だとは思えねえんだわ。

 

 そうやって現実で目を開こうとした時――。

 

「■■■■■く■■」

 

 誰かの声が、聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 第2ラウンド――そう現実の白蘭が言った通り、まだ戦えねえ俺らを置いてツナ達二人の戦いが始まった。場所は変わらねえ。ツナのX(イクス) BURNER(バーナー)で少し地形は変わっちまってるけど、そんなこと気にもしねえで白蘭が襲い掛かってきたから。

 ただ俺たちは、始めこそまた始まった戦いに心配はしてなかった。一緒に戦えねえことに申し訳なさはあっても、多分ここにいる全員がそんな風には思ってなかったように思う。実際そう思っちまうぐらいには、さっきまでのツナと白蘭との戦いは圧倒的。パワーアップしたツナのやつに、白蘭は誰の目から見てもついて行けてなかった。

 

 ――だから、俺たちは余計無力感に苛まれた。

 

「くっ……!」

 

 白蘭に吹き飛ばされてうめき声を漏らしたツナ。そんなツナに向かって、獄寺達がツナの名前を叫んだ。応援ってわけじゃねえ。それは正真正銘の、ツナへの心配から出て来た叫び声。

 そんな声が、耳を澄ます必要もねえぐらいにそこら中から聞こえて来る。当たりめえだけど、俺も当然その中の一人。白蘭と戦うツナに向かって、傷ついて倒れそうなツナに向かって声が無意識に出た。心配してねえ筈のツナへ、みんながみんなそうしてた。

 

「どうしたんだい綱吉君? なんだかさっきよりも遅くなったんじゃないかな?」

 

 片膝つきながら立ち上がろうとするツナに、白蘭がそんな風に煽りながら近づいていく。一度目の戦いみてえに、翼みてえなのを広げながら空を飛んでるわけじゃねえ。しっかりと一歩ずつ、ゆっくりとと踏みしめながら近づいていく。

 それは本当に、さっきまでの追いつめられてた白蘭には見えねえ。夢の事もあって元から違和感はあったけど、そのせいで余計にまた別人に思えた。

 

「……どうしちまったんだ」

 

 気づいたら声が俺の口から洩れてた。でもってすぐに、その馬鹿やった口を自分の手まで使って閉じる。考えてたのは多分全員一緒なんだろう。だけど、それを言っていいはずがなかった。少なくとも炎を使い切って戦えもしねえような俺なんかには、今も必死に戦ってるツナに言っていいいはずがなかった。

 だからこの漏れた言葉に、周りからの反応は期待してなかった。むしろ場違いでもいいから、この戦いが終わった後に怒鳴り散らされれば――なんて自分でも思ったぐらい。だからまさか、返事が返ってくるとは思わなかった。

 

「俺と、同じなのか……?」

 

 聞こえて来たその呟きは、俺の立ってるすぐ隣から。ついさっき俺と一緒に、襲い掛かってきた白蘭を見たツナにまた下がってるよう言われたそいつ。言われて渋々と遠巻きに戦いを見守ることにした、まだ戦うには怪我の多い獄寺から聞こえて来たもの。

 その聞こえて来た呟きには、どこか驚きと疑問が混じっていたように思う。でもってその呟きから察したことに、冗談だと思いながら戦いを続ける二人をもう一度注意深く見る。その時は丁度、立ち上がったツナの一撃が白蘭の腹に突き刺さったところ。それに一瞬、注意するのを忘れて歓声を上げかけた。

 

「これで、どう――」

「うん。今のは悪くない拳だった――よっと!」

 

 腹に一発まともに貰いながら、だけどそんなものなんて気にもならねえ。そう言いたいみてえに、同じようにツナの腹を殴ってまた数メートル先に吹き飛ばす。上げかけた俺たちの歓声は、すぐに起こったその白蘭の反撃にかき消えた。

 

 だけど、今のやり取りで理解した。

 

「あいつ、大空以外の炎が使えんのか……!?」

 

 ツナの拳が腹に決まる直前、見えたのは腹回りに薄くだが見覚えのある水色。それも実際にツナの拳が当たった腹の部分、そこには迸る様に緑が見えた。もっとよく見れば、所々破れた服の隙間から見える肌。そこにはある筈の、一度目の戦いで負っている筈の傷が一切見当たらなかった。

 でもってそんだけあれば、さっきからツナが押されてる理由が嫌でも分かる。ツナの攻撃は全部雨の炎で鎮静され、残ったなけなしの威力も炎の中で一番硬い雷の炎を纏って防御。それで負ってしまった傷だって、晴の活性で治していたんだろうこと。

 

「――大空の炎所有者は、その他全ての炎を扱うことができる」

 

 そうして驚いてる間に、また聞こえて来た呟き。それは静かになった一度目の戦いの終わり、その様子を見に来た入江から。

 

「でも確か、それは無名の学者が提唱した一説に過ぎなかったはずなんだ。なのに、いつの間にこんな実践で使えるようにまで……いや、それ以前になんで――」

 

 入江は他の俺たちと比べて、純粋に驚いてるみてえに見えた。俺たちも驚いてることには違いない。それは白蘭の知る筈もなかった新しい技に、それがパワーアップしたツナを軽く捻るぐれえの熟練度に。

 ただ入江の驚きは、それも踏まえてなお冷静だったように思う。だからか目の前で起こってる、ツナの劣勢に焦る俺達には見えねえものが見えていたんだろう。

 

「なんで、今なんだ?」

 

 俺の時とは違って、その呟きには誰も答えようとはしなかった。全員が入江の声なんて聞こえてないみてえに、ただ近くにいた俺みてえな奴だけがそれを拾っただけで何も言わない。

 入江の言葉に反応しようとするには、少なくとも俺にはその入江が言ってる意味が分からなかった。ただそれ以上に、攻撃の時に嵐の炎の分解まで使いだした白蘭。その戦いに、ツナの事を心配してどうしても目を逸らすことが出来なかった。

 

「大丈夫かい綱吉君?」

 

 それは、白蘭がツナに向かってかけた言葉。思ってもねえだろうことはよく分かる。声をかけるその少し前、ツナの横っ面に嵐の炎を纏った蹴りを叩きこんで分からない筈もなかった。

 だけどそんな茶番みてえなことを、呻くツナを気にもしねえで白蘭は続ける。それはもしかしたら、本当にそう思ってるんじゃないか――そう考えちまうぐらいに、むしろ行き過ぎたように俺は聞こえた。

 

「でもね、いつかのボクもすごく痛かったんだよ」

 

「君は知ってるはずもないだろうけど、あの時はまだ全然扱い切れてなかったからさ。君がボクに撃ち込んだ全力のX BURNERは、どう間違っても笑えないぐらいに痛かったんだ」

 

「だからさ、これぐらい構わないだろう? 君からの拳を、雨の鎮静と雷の硬化で無力化したって。僕の拳に、嵐の分解を混ぜながら殴り飛ばしても。そのせいで君が死んでしまったとしても。たとえそのせいで――」

 

 白蘭は淡々とツナに話しかけていた。微笑みながら、気安く、世間話でもしてるみたいに何気なく言葉を続けている。言ってる通り、少なくとも俺には訳の分からねえ言葉を。だけどだからこそ、それが本心から言ってるみてえでなにより怖かった。

 夢の俺が自殺しようとするのを、必死の形相で止めようとしてくれた夢の白蘭と比べて。姿かたちはどう見ても同じなのに、どうしても別人にしか思えねえ白蘭が怖かった。

 

 声が聞こえるぐらいとは言っても、白蘭の場所からはそこそこ離れている。なのになんでか、震え出した体が止まらなかった。しかもそれは、見えた限り俺以外にも何人か。夢を見たってやつは、あの雲雀さんすら少し震えていたように見えた。

 怖い。チョイスで初めて直接会った時や、一度目の戦いの時なんて目じゃねえ。それぐらいに、視線の先にいる白蘭が怖かった。だけど、ただ怖い訳でもなかった。怖いと同じか、それ以上に感じる物がこの白蘭にはあった。無意識に体が震えてしまうのも、もしかしたらそのせいかもしれない。

 

 

「この世界(物語)が滅んでも、構わないだろう?」

 

 

 そう言って白蘭は、はじめと同じように嗤う。心底楽し気に、さも愉快だと俺たちを嗤っていた。

 ただ当たり前だけど、俺たちは全く笑えねえ。それどころか俺はそんな白蘭を見て、いつかの夢と比べてどこか哀しかった。



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