太陽のような君へ (こやひで)
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目覚めと再会
静寂の病室


人物紹介

駒井 博人(こまい ひろと)
中学一年生の時、家族を事故で亡くす。胡桃と維織とは小学校からの幼馴染。

栗山 胡桃(くりやま くるみ)
交通事故に遭い二年前から昏睡状態になっている。

白瀬 維織(しらせ いおり)
胡桃が事故に遭ってから疎遠になっており、博人とは違う高校に通っている。

宮本 薫(みやもと かおる)
博人が通う高校の教師。担任を務めており、博人たちを気にかけてくれている。

橋本 祐子(はしもと ゆうこ)
胡桃が入院している病院の看護師。薫とは昔ながらの友人。



 コンコン

 

「胡桃、入るぞ」

 

 ……返事はない。

 もう何度目かも分からない期待がため息と共にまた消える。

 

 ガラガラッ

 

 今日も相変わらず胡桃は静かに眠っていた。

 二年間ずっと変わらない光景だ。

 鞄を置き、ベッドの横の椅子に座る。

 

「今日は高校の始業式だったんだ。でも、二年生だから特に新しいこともなく退屈なだけだったよ」

 

 こうして今日あったことを胡桃に言うのが俺の習慣になっている。

 開いている窓から暖かい春の風が流れ込んでくる。

 その風が俺と胡桃の髪を揺らす。

 

「もう春だなぁ。……胡桃が事故に遭ってからもう二年か」

 

 胡桃が事故に遭ってから毎日この病室には通っている。今日まで二年前のあの日を忘れたことはない。

 

「いつになったら目を覚ましてくれるんだよ」

 

 誰も答えをくれない小さな問いかけは外から聞こえてくる小鳥の鳴き声で消えていく。

 

 ガラガラッ

 

 突然扉が開いた音に驚いて振り返る。

 入ってきたのは、ここ都病院の看護師、祐子さんだった。

 祐子さんとは両親が死んだ時に都病院で知り合い色々お世話になった人だ。

 今は胡桃の担当看護師として身の周りの世話をしてくれている。

 祐子さんは病室に誰もいないと思っていたらしく俺を見て少し驚いた表情を見せる。

 

「あれ?博人君、今日は早いね。学校は?もしかしてサボったの?薫ちゃんに言いつけちゃうよ」

 

 いたずらっ子のような顔で祐子さんは言う。

 俺の担任の宮本先生と祐子さんは幼稚園時代からの親友だ。

 

「違いますよ。今日は始業式だけだったから午前中で終わったんです」

「そっか、もうそんな時期か。博人君も高校二年生なんだね。時間が経つのなんてあっという間だね~。私も年を取るわけだ」

「年取るって、祐子さんまだ二十七じゃないですか。若いですよ」

「十六の子からしたら二十七歳なんておばさんでしょ。学校にはピチピチの若い子が沢山いるもんね~」

 

 祐子さんはニヤニヤしながら俺を見てくる。

 

「……別に、興味ありませんから。それより何か用事ですか?」

「そうそう忘れるところだった。今日は胡桃ちゃんの定期検査の日でね。その準備をしに来たの。だから今日の面会時間はもう終わりなんだ。早くに来てたのにごめんね」

 

『そういうことは昨日に言って欲しかったな』

 

 心の中でそう思うが大人しく従うことにする。

 

「まあ、分かりました。顔は見れましたから。また明日来ます」

「分かった、また明日ね。そうだ、薫ちゃんに会ったら休みの日にまた一緒に飲もうって言っておいてくれない?」

 

 祐子さんからはよく宮本先生への伝言を頼まれる。

 

「メールで言ったらいいんじゃないですか?」

「この時期は薫ちゃんも忙しくて中々連絡できないんだよ」

 

 確かにこの時期は新学期だから先生達も忙しそうにしている。

 

「分かりましたけど、たまには男の人と飲んだりしないんですか?いつも先生と飲んでますよね」

「残念ながら私も薫ちゃんもそんな人はいないんだよな~。……じゃあ博人君一緒に飲む?」

「俺はまだ未成年ですよ。お酒なんて飲めません。まあ、あと四年で二十歳ですし、そうなったらいくらでも付き合いますよ」

「分かった。じゃあ約束ね」

「はい。じゃあ、先生には伝えておきますね。それじゃあ、また」

「またね」

 

 ガラガラッ

 

 病室の外に出ると一つため息がこぼれた。

 

『思ったより早く帰ることになっちゃたな。……買い物にでも行くか』

 

 人の声のしない病室を一瞥してゆっくり歩き始める。

 外では相変わらず小鳥達が楽しそうに歌っている。

 それを聞きながら俺はもう一度ため息をついた。



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止まったままの時間

「じゃあそこに座ってくれ」

「失礼します」

 

 今日は学校で宮本先生との二者面談の日だった。

 

「まず成績の話だが、駒井は頑張っている方だな。成績もそこそこ取れているし提出物もきちんと出せている」

「ありがとうございます」

「しかし、時々授業中にぼーっとしていることがあるな」

「あー……少し考え事をしていることがあって。すいません」

「色々あるのは分かっているが授業はしっかり聞けよ」

 

 宮本先生は呆れたようにため息をつく。

 

「でも、このまま頑張っていれば校内推薦も狙えると思えるぞ」

「そうなんですか?頑張ります」

「駒井は部活も委員会にも入っていないんだったな。委員会に入ってみたらどうだ?」

「え~と、委員会に入ると放課後時間を取られてしまうので」

 

 放課後は毎日胡桃の病室に面会に行っているから時間を取られるのはあまり嬉しくない。

 

「そうだったな。……その子の様子はどうなんだ?」

「相変わらずですね。良くも悪くも何も変わりません」

「もう二年だったか。目が覚める可能性はまだあるのか?」

「……医者はほぼ無いと言っています。でも、一%でも可能性が残っているなら俺は信じ続けます。大切な幼馴染ですし……維織との約束もありますから」

 

 もう一人の幼馴染の顔を思い浮かべる。

 維織とはもう二年近く話していない。

 

「その子も元気なのか?」

「分かりません。あの後すぐに引っ越しちゃいましたから。そう遠くには行っていないと思うんですけど、今の状況で見つけても何も変わりませんよ」

 

 先生が苦笑いする。

 

「本当に大変だな。君たちは」

「別に大変ではないですよ。頑張っているのは胡桃です。胡桃が目を覚ませば全部元通りになります。……きっと」

 

 そうなるかは分からない。

 でもそうなると信じている。

 ……信じていなければやっていけない。

 

「まあ、私が口を挟むことではないな。私が言えることは教師らしく色々大変だろうが勉強も今まで通りしっかりやれよということくらいだ」

「……俺は勉強よりも胡桃と維織の方が大切なんですけどね」

 

 ちょっとした冗談を言うと先生は少し遠い目をする。

 

「彼女たちは羨ましいな……。そんなこと言ってくれる男がいて」

「宮本先生も後五年くらい経ったら出来ますよ。あっ、でもそれだともう手遅れで—―」

 

 殺気を感じる。

 チラッと前を見ると宮本先生が笑っていた。

 でも目は笑っていない。

 その笑顔は見た人を凍らせるような迫力があった。

 

「……なんだと?」

「い、いや。ええと……勉強の方は大丈夫です。いつも病室で勉強してるんですよ。静かで集中できるので」

 

 冷や汗をかきながらなんとか話を逸らそうとする。

 そこで祐子さんに頼まれていたことを思い出す。

 

「そ、そう言えば、また今度の休みにまた一緒に飲もうって祐子さんが言っていましたよ」

「祐子が?なんであいつはわざわざ駒井に伝言を頼むんだ?直接私に言えばいいのに」

「俺に言われましても。でも、この時期は先生が忙しくて連絡が取りにくいからとは言ってました」

「まあ確かにこの時期は家でもやることが多くてすぐに寝てしまうことが多いからな。分かった、また祐子に連絡しておくよ」

「はい。それじゃあ俺はこれで失礼します。ありがとうございました」

「ああ、お疲れさん。あと、その話題次にしたら……分かってるな?」

「……はい」

 

 そそくさと扉を閉めて進路室を後にする。

 すると、後ろから扉が開く音が聞こえ振り返る。

 

「一つ言い忘れていた。野菜もしっかり食べて体調には気を付けろよ」

 

 クラスの人間には両親が死んでいることは隠している。

 このことを知っているのは幼馴染の二人と宮本先生、祐子さんだけだ。

 だから宮本先生はよくうちのことを心配してくれる。

 

「はい、ありがとうございます」

 

 お礼を言ってまた教室に歩き始めた。

                   ・

                   ・

                   ・

 コンコン

 

「入るぞ」

 

 ガラガラッ

 

「よう。……また来たよ」

 

 鞄を床に置いて椅子に座る。

 二年間寝続けて昔よりも白くなっている胡桃の手を握る。

 胡桃の体温を感じ、鼓動を感じ生きているということに安心感を覚える。

 

「今日は宮本先生との二者面談だったんだ。勉強の話より胡桃と維織についての話の方が長かったな。胡桃のことも心配してくれてたよ。相変わらずいい人はいないみたいだけどな」

 

 俺の小さな笑い声は病室の中に消えていく。

 病室に広がる静寂。

 その静寂はいつものことなのにいつもより心に堪える。

 久しぶりにあの二人のことを他人と話したからかもしれない。

 

「可能性が0じゃない限り大丈夫、きっと目を覚ます。……そうだろ?」

 

 胡桃は眠っている、眠り続けている。

 これまでずっと。

 これからもずっと?

 

「頼むよ。早く目を覚ましてくれよ……」

 

 もちろん胡桃が目覚めることを信じている。

 でもいつだ?

 いつになったら胡桃は目覚める?

 二年間何も変わらないというのは精神的にしんどいものがある。

 

「……俺も維織も胡桃がいないと進めないんだよ」

 

 もう一度胡桃の手を握り締める。

 

「俺たちは……二年前からずっと止まったままなんだ」

 

 何も変わらない毎日。

 それは俺の心を少しずつ削っていった。



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変わらない笑顔

 五月も終わりに近づいてきた。

 テレビで来週あたりから梅雨入りと報道していたので、今日みたいな晴天もしばらくは見ることが出来なくなるのかもしれない。

 そんな晴天の中を俺は全力疾走していた。

 それはほんの十分前にかかってきた電話を聞いたからだった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 今日もいつもと変わらず購買で昼食を買い教室に帰る途中だった。

 携帯がポケットの中で震えだす。

 

『誰だ?こんな時間に』

 

「はい」

 

 不思議に思いながらも電話に出ると聞こえてきたのは聞き慣れているが、普段とは雰囲気が違う祐子さんの声だった。

 

《博人君?祐子です》

「祐子さん?どうしたんですか?こんな時間に」

 

 話しながら自分の心拍数が上がっているのを感じる。

 今まで俺が学校にいる時間に祐子さんから電話がかかってきたことはない。

 ……胡桃に何かあったに違いない。

 

《とりあえず状況だけ伝えておいた方がいいと思って。落ち着いて聞いてね》

 

 珍しく真剣な祐子さんの声に嫌な汗が出る。

 

《胡桃ちゃんが一回、目を覚ましたの》

「……えっ?ほ、本当ですか!?」

 

 祐子さんが言ったことを理解するのに数秒固まる。

 しかし理解したところで祐子さんの言葉に少し違和感を覚える。

 

「……一回?一回ってどういうことですか?」

《その通りの意味だよ。十時頃に一度目を覚ましたの。しばらくは意思疎通を図ることは出来てたんだけどその後すぐに苦しそうにして気を失っちゃって》

「‼ い、今はどうなっているんですか!!」

《今は安定してる。でもいつまた状況が変わるか分からないから油断は出来ないわ》

「……分かりました。今日は病院には――」

 

 その時電話から祐子さんではない女の人の慌てている声が聞こえてくる。

 その人が何を言っているのは聞き取れない。

 でも、何かが起こっているようだった。

 

「ゆ、祐子さん」

《ごめん、博人君。胡桃ちゃんの具合が少し変わったみたいで行かなくちゃ。今日は病室に来るのは控えてね。また連絡は入れるから。それじゃあ》

「え!?ちょっ、ちょっと待っ――」

 

 ツーツーツー

 

 早口で捲し立てた後祐子さんは電話を切った。

 電話の切れた携帯を持って呆然と立ち尽くす。

 

『胡桃が目を覚ました……。やっと、やっと目を覚ましてくれた』

 

 喜びが身体中を駆け巡る。

 しかし、胡桃の今の状況を思い出す。

 

『でも、今また胡桃は苦しんでる。なら――』

 

「そんな時に呑気に授業なんて受けてられるか!!」

 

 手に持っていた携帯と買い物袋を放り出して走り出す。

 靴を履いて玄関から飛び出した時に後ろから怒鳴り声が聞こえたが構わず走り続けた。

                   ・

                   ・

                   ・

「はあっ、はあっ、はあっ」

 

 病院までは十分程で着いた。

 あまりの苦しさに病院の玄関の椅子に倒れこむ。

 汗が顔を滑り椅子の上に落ちる。

 

『心臓が破裂しそうだ。でもこんなところで休んでいられない。あと少しなんだ』

 

 呼吸を荒げながら階段を駆け上がり胡桃の病室の方を見る。

 そこには沢山の人が集まっているのが見えた。

 

『……なんであんなに人がいるんだ?看護師も医者もあんなに。目が覚めただけなら関係のない人がいる必要なんてないはずだろ?』

 

「ま、まさか……死っ――‼」

 

 嫌な想像を頭から払い落とす。

 必死で病室前まで走り、入り口に集まっている人たちをかき分けて中に入ろうとする。

 

「どけ‼どいてくれ‼」

「な、なんだね君は‼今はまだ――」

「うるさい‼どけ‼」

 

 止めようとする人たちを押しのけて病室の中に飛び込む。

 

「胡桃‼」

 

 急に飛び込んできた俺に病室の中にいた何人かの看護師が悲鳴をあげる。

 そこには祐子さんもいて、俺を見て目を丸めているのが見える。

 そんなものは意識の外に置いて慌てて胡桃の方を向く。

 そして、目に飛び込んできたのは

 

「あっ、ひーくんだ~」

 

 二年前と変わらない笑顔を浮かべた胡桃だった。



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安堵と罰

「今日来るのは控えてって言ったのに。きちんと連絡は入れるって言ったでしょ?」

「すいません……。居ても立ってもいられなくなってしまって」

 

 病室に突入した俺はその後すぐに祐子さんに追い出され今は絶賛説教中だ。

 

「まあ……気持ちは分かるけど。それでもだよ。まったく、病室に飛び込んでくるなんて。医療器具が倒れて壊れたりしたらどうするの!!」

「本当にすいません……」

 

 すっかり絞られてしゅんとなっている俺を見て祐子さんは苦笑いする。

 

「大切なことだから私もこんなに怒ってるんだよ。これからはちゃんと気を付けてね」

「はい。本当にすいませんでした」

「反省してくれてるならもういいよ。じゃあ、私はもう行くけど博人君はどうするの?ていうか学校は?」

「その……昼休みに抜け出して来てしまって……」

「ああ、だから薫ちゃんあんな怖い顔してるんだ」

「ははっ……えっ!?」

 

 慌てて振り返った目線の先には恐ろしい顔をした宮本先生がこっちに来るのが見えた。

 

「駒井!!何をしているんだお前は!!」

「げっっ!!痛っっ!!」

 

 先生の平手が頭に炸裂する。

 あまりの痛みにその場に蹲る。

 

「薫ちゃ~ん。病院の中では静かにね」

「ああ、悪い祐子。まったくこの馬鹿者が」

「まあまあ。私からもいっぱい言っておいたし勘弁してあげて。じゃあ、私はもう行くよ。仕事がまだ沢山残ってるからね~」

「ああ、迷惑かけたな。本当にすまなかった」

「大丈夫だって~。薫ちゃんは真面目だな~。いつもは大雑把なのに」

「駒井の担任として当たり前のことだ。あと、一言余計だぞ」

 

 祐子さんは宮本先生に何か耳打ちをし、それを聞いて先生は驚いたような顔をする。

 笑いながら「じゃあね」と言って祐子さんは歩いていく。

 先生は複雑な顔をしていたが祐子さんの姿が見えなくなるとじろりと俺を睨み付けてくる。

 

「本当にお前は……」

「す、すいません。……でも、よくここが分かりましたね」

「生徒が一人学校から脱走したと他の先生から報告があってな。事務の人に玄関の監視カメラの映像を調べてもらったところ、走っていくお前の姿が映っていたんだ。お前だったら行く場所は一つだろうと思ってな。あと、ほらっ」

 

 先生が投げたものをキャッチする。

 それは俺の携帯だった。

 

「落ちていたのを拾ったんだ。あとパンも一緒に落ちていたがそれは職員室に置いてある」

「そうなんですか?ありがとうございます」

 

 先生は相変わらず不機嫌な顔だったが少しだけ微笑んで言った。

 

「まあ、良かったな。目が覚めたんだろ?」

「……はい、本当に良かったです」

「栗山には会えたのか?」

「はい、チラッとだけですけど。でも三、四日は検査とかで面会拒否らしいです」

「まあ、それは仕方ないな」

 

 そう言うと先生はまた真剣な顔に戻る。

 

「しかしどんな理由があろうと無断で学校から抜け出すことは許される行為ではない。学校に戻ったら反省文もしっかり書いてもらうからな」

「マジですか。……まあ分かりました。今回は俺が悪いですからね」

「じゃあ今すぐ学校に戻って説教と反省文だな。どうせ今は栗山にも会えないんだろ?」

「えっ……。あ、あの説教はもう……」

 

 先生は笑いながら諦めろとばかりにポンと俺の肩を叩いた。



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聞きたかったこと

 結局、また胡桃に会えたのはあの日から一週間が経った後だった。

 

 コンコン

 

「は~い」

 

 胡桃のどこか気の抜けた返事を聞いて胡桃が目覚めたことを改めて実感する。

 

 ガラガラッ

 

「……久しぶり」

「ひーくん!!来てくれたんだ!!」

 

 胡桃は二年前と比べて体は痩せ、髪は長くなった。

 俺はベッドの横の椅子に座る。

 

「当たり前だろ、やっと面会出来るようになったんだから。……まあ、とりあえずお帰り、かな?」

「うん、ただいま。ごめんね、ずっと待っててくれたのに」

「起きてくれたんだし、もうそれで十分だよ。それより身体の方は大丈夫なのか?」

「うん。昨日までずっと検査してたけど大丈夫だって先生は言ってた」

「そうか、良かった。……元々の方は悪くなったりしてないのか」

「そっちも大丈夫だって。先生には奇跡だって言われたよ」

 

 椅子の上でほっと胸をなでおろした。

 身体の何処かに後遺症が残っていないかを心配していたからだ。

 ……元々の病気のことも。

 

「そりゃそうだよ。まず二年間ずっと眠ってた人が起きるってことがすごい奇跡なんだからさ。でも何も悪くなってなくて安心したよ」

「うん、でももう二年も経っちゃったんだね……」

 

 胡桃は少し悲しそうな顔をするがすぐに笑ってこっちを向いてくる。

 

「ひーくんは変わったね!!声も低くなって背も高くなってる」

「二年も経てば身長も伸びるし声変わりもするよ。まあ自分ではよく分からないけどな」

「すごくカッコよくなったよ。でもやっぱりひーくんはひーくんのままだね」

「そりゃな。俺は俺のままだよ」

 

 おれは苦笑し、胡桃も笑う。

 そのはにかんだように笑う仕草も二年前のままだった。

 

「そういえば祐子さんが教えてくれたんだ~」

「何をだ?」

「ひーくんがずっと毎日私のお見舞いに来てくれてたって。ありがとね」

「別に俺がしたかったからしてただけだしな。だからお礼なんていらないよ」

「うん。でもありがと」

 

 ……。

 お互いが何かを言おうとして病室につかの間の沈黙の時間が流れる。

 その沈黙の後、二人が同時に口を開く。

 

「なあ――」

「ねえ――」

「っ悪い。なんだ?」

「ううん。ひーくんからどうぞ」

 

 俺はゆっくり口を開く。

 

「じゃあ……おじさんとおばさんのことはもう聞いたのか?」

 

 今まで笑顔だった胡桃の顔が少し強張る。

 それを見て俺は慌てて謝罪する。

 

「あっ、わ、悪い。無遠慮な質問だった。本当にごめん」

 

 胡桃は少し泣きそうな顔をしながらも静かに首を振る。

 

「ううん、謝らなくても大丈夫だよ。……聞いたよ、二日前に祐子さんから」

「……そうか」

 

 胡桃の両親は二年前の事故で急死している。

 あれはひどい事故だった。

 車で出かけていた三人は高速道路を走行中に反対車線を走っていた居眠り運転の運送トラックに正面衝突されてしまった。

 そして燃える車の中から胡桃だけが奇跡的に助け出されたのだ。

 

「……悪かったな。思い出したくないようなこと聞いちゃって」

「大丈夫だよ。でも泣かなくなるまでは時間がかかっちゃうかもしれないけどね」

 

 胡桃は静かに笑う。

 

「……そうだよな」

 

 俺も今まで両親が死んだ日のことを忘れたことはない。

 あの日を思い出して泣かなくなる日はまだまだ先になるだろう。

 

「……それで胡桃から言いたいことは何なんだ?」

 

 俺の言葉で胡桃は少し真剣な顔になる。

 

「ひーくんにね、一つ聞きたかったことがあるの」

 

 俺は久しぶりに見た胡桃の真剣な顔を見つめる。

 何かと聞いてはみたが何を言いたいかは大体察しが付いていた。

 胡桃が今知りたいことなんて一つしかない。

 そして胡桃は俺が考えていた通りの言葉を口にした。

 

「いーちゃんはどこにいるの?」



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誰も悪くない

「いーちゃんはどこにいるの?」

 

『やっぱりそれを聞いてくるよな。まあ当たり前か。昔はいつも三人一緒だったからな。さて……どうしようかな』

 

 まだこの話を胡桃にしたくはなかった。

 起きたばかりでまだ不安定な胡桃に変な心配をかけたくないということもあるが、これを言ったら胡桃がどうするかも大体分かってしまうからだ。

 

「どうしてだ?」

「だって祐子さんもずっとお見舞いに来てくれてたのはひーくんだけだって言ってたし、いーちゃんを見たのは私が事故に遭って直ぐだけでそれからは一回も会ってないって。それにいーちゃんだったら今日絶対にひーくんと一緒に来てくれるもん」

「……」

 

 俺が沈黙するのを見て胡桃の顔が少し青ざめる。

 

「……もしかして……いーちゃんに何かあったの?」

 

『これ以上は誤魔化せないな。というよりも維織のことで胡桃に誤魔化し続けるのは無理だな』

 

 俺は意を決して話し始める。

 

「そういう訳じゃない。維織は普通だよ。高校が違うからあんまり詳しくは知らないけど」

「高校違うの?」

「ああ。でも高校はしょうがないだろ」

「いーちゃんだったら絶対にひーくんと一緒の高校に行ってると思ったから。……やっぱり何かおかしいよ」

 

 胡桃のこういう時の勘の良さには脱帽するしかない。

 

「……はあ、分かったよ。ちゃんと話すよ。でもわかって欲しいのは胡桃は悪くない、維織も悪くない。誰も悪くないってことだ」

「……うん、分かった」

 

 俺はゆっくり語り始める。

 

「正直言って維織が今どうしているのかは分からない。元気なのかそうじゃないのか。でも分かるのは胡桃のことをずっと心配してるってことだ。それだけは確かだよ。……でも維織はここには来ない」

「……どうして?」

「維織は怖がっているんだ。また大切な人が自分の目の前からいなくなるのを。本人は強がってるけど昔の出来事が無意識にトラウマになっているんだよ」

 

 維織の父親は維織が三歳の時に病気で亡くなった。

 その後維織の母親が女手一つで維織のことを育てていたが、維織が十歳の時に「もう自由になりたい」と書いた置手紙を残して会社の同僚の男と駆け落ちしてしまったのだ。

 維織の母親は親の反対を押し切って亡くなった旦那と結婚していたため親から勘当されており、維織は助けてもらうことが出来なかったため、市からの児童扶養手当を受けながら元の家で一人暮らしすることになった。

 俺は家が近所ということもあり物心が付く前から一緒に維織と遊んでいたが、あの日に初めて見た維織の泣きじゃくる顔は未だに忘れることは出来ない。

 

「そのことがあったからまた自分の身近で親しい人がいなくなることを維織は怖がってるんだ」

「……家には行ってみたの?」

「いや、高校の入学と同時に引っ越したみたいでな。どこに行ったのか分からないんだ」

「えっ?そんな……。病院に来たくないだけだったら別にひーくんと離れる必要はなかったんじゃないの?」

「……俺と一緒に居ると三人でいた楽しい頃を思い出すんだってさ。それがつらいんだろ」

「……じゃあやっぱり私が悪いんだ。私が事故に遭ったからいーちゃんが……」

「違う!!」

 

 俺の大きい声に胡桃はビクッと体を震わす。

 

「ご、ごめん、大きい声出して。でも言っただろ、誰も悪くないんだって」

「でも……」

「過去のトラウマのこともあるけど、維織は胡桃が事故に遭ったのは自分のせいだって思ってるんだよ」

「え?」

「あの日は三人で遊ぶ予定だった。でも急きょ胡桃が家族で出かけることになってそのことを維織に電話で伝えただろ?もしあの時胡桃のことを止められてたら事故には遭わなかったって、そのことを維織はずっと言ってたんだ」

「そ、そんな、いーちゃんは何も悪くないよ!!だってそんなの分かんないじゃん!!」

「俺だってそう言ったよ。それはお前のせいじゃないって。でも人間心が弱ってる時は考えること全部がネガティブになっちゃうんだよ。そして維織は俺達から離れて行った。……もし胡桃に何かがあっても耳に届かないようにするために」

「……それからは一回も話してないの?」

「いや、卒業式の後に少しだけ話した」

「どんなことを?」

「進学する高校とか……約束とかな」

「約束?」

 

 胡桃にこのことを言うかどうか迷う。

 言えば胡桃はきっと無茶をしようとする。

 俺の少しの沈黙を感じて胡桃は追及してくる。

 

「どんな約束したの?」

「……約束というか俺が一方的に言ったんだよ。必ず二人で迎えに行くって」

「いーちゃんはなんて?」

「何も言わずに帰ったよ」

 

 そこまで聞いて胡桃は考え始める。

 小さく「そうか」という呟きが聞こえてくる。

 

『はあ、やっぱり言わなきゃ良かったな』

 

 起きたばかりの胡桃は絶対安静だ。

 もちろん外に出るなんてことは言語道断だ。

 でもそんなこと胡桃は考えていない。

 言ってしまったことに後悔を覚えるが後悔は先に立たずだ。

 胡桃は今にも外に飛び出して行きそうな勢いで言う。

 

「そうだよ!!二人でいーちゃんを迎えに行こう!!」



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優先すべき方

「そうだよ!!二人でいーちゃんを迎えに行こう!!」

 

 俺は小さくため息をつく。

 

『こうなると思ったから言いたくなかったんだ』

 

「今からでもすぐ……」

 

 ベッドから出ようとしながら言う胡桃の言葉を遮る。

 

「行けるわけないだろ。お前はまだ起きて一週間しかたってないんだぞ」

「で、でも検査したら大丈夫だって言われたし」

「でもじゃない。今無理に体動かして何かあったらどうすんだよ。そもそも病院から外出許可が出るわけないだろ」

「なら隠れて行けば……」

「そういう問題じゃないだろ。今無理に動くのは体に悪影響だって言ってんだ。病気が悪化したりしたらどうすんだよ」

 

 真っ向から反対されて胡桃は黙り込む。

 

「今はまだ安静にしてろって」

「でも……」

 

『焦ってるな。いつもならこんな無茶なこと言わないのに』

 

「とりあえず落ち着け。どうしたんだよ、なんか変だぞ」

「変なのはひーくんだよ!!昔のひーくんだったらこんな時すぐ行こうって言ってくれるじゃん!!」

 

 胡桃が声を荒げて怒り出す。

 怒っている胡桃を見るのは初めてで少したじろぐ。

 

「……それは昔の俺が後先のことを考えないガキだったからだ。でもこの二年で少しは大人になった。だから今はどっちを優先すべきかって話をしてるんだよ」

「じゃあいーちゃんのことはどうでもいいの!?」

「そういうことじゃない!!俺は胡桃が元の体調に戻ることを優先すべきだって言ってるだけだよ。維織に会うのはそれからでも行けるだろ」

「……違うよ、それは間違ってる」

 

「間違ってる」と言われて言葉に詰まるがなんとか言葉を続ける。

 

「……間違ってないよ」

「……なんで、なんでひーくんは私のことばっかりなの?いーちゃんのことも考えてあげてよ。ひーくん、さっき私が事故に遭ったのは自分のせいだっていーちゃんが悩んでるって言ってたよね。なら今すぐ会っていーちゃんに違うって言ってあげなきゃ。……いーちゃんが可哀そうだよ」

 

 胡桃の必死な声が心に刺さる。

 

「でもそれは……」

「なんで!?ひーくんはさっきからでもでもって!!もういい、なら私一人で行く!!」

「……はあ!?な、なに言ってんだ。そんなこと出来るわけないだろ」

「だってひーくんに言っても意味ないじゃん!!なら私一人で勝手にする!!」

 

 自分の中で何かが切れる。

 

『……好き勝手言いやがって』

 

「ふざけんな!!さっきからずっとしんどそうにしてるくせに!!お前は――」

 

 ガラッ

 

 勢いよく扉が開き祐子さんが病室に入ってくる。

 

「病室でなに騒いでるの!!博人君も胡桃ちゃんも静かにしなさい!!」

「祐子さん……。すいません……俺はもう帰ります」

「ちょっと待ちなさい。一体何を――」

 

 俺は祐子さんの言葉を無視して胡桃の方を見る。

 

「……勝手にしろよ」

 

 そう言って出て行こうとする俺に胡桃が言葉をぶつける。

 

「……ひーくんは大人になったんじゃない、昔に比べて臆病になっただけだよ。そんなのが大人なんだったら……ガキのままの方がいい」

「!!……」

 

 ガラガラッ 

 バンッ

 

『ふざけやがって。そんなこと自分で分かってんだよ。俺だって早く……。……もう胡桃なんて知るか』

 

 俺は速足で病院の廊下を歩く。

 一刻も早くここから離れたかった。



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正しい答え

「何なのよ一体」

 

 博人君が出て行った扉を見つめて呟く。

 

『でも、この二人が喧嘩してるところなんて初めて見たなあ』

 

 そんなことを考えていると後ろから苦しそうな声が聞こえる。

 

「ゴホッゴホッ!!」

「胡桃ちゃん!!落ち着いて、ゆっくり呼吸するのよ!!」

「ハッ、ハッ、ハッ……」

 

 胡桃ちゃんは苦しそうになんとか抑えようとする。

 そして十分ほどたってやっと呼吸が落ち着いてくる。

 

「大丈夫?」

「は、はい。大丈夫です。昔からだからもう慣れました」

 

 少し疲れたような顔で微笑する。

 

「もう、あんなに興奮して話すから。二人の声外まで聞こえてたよ。博人君の様子も変だったし」

「……ひーくんなんてもう知りません」

 

 博人君の様子もおかしかったけど、胡桃ちゃんも少しいつもと違う感じがする。

 

「……博人君と何かあったの胡桃ちゃん?」

 

 胡桃ちゃんはゆっくり話始める。

 そして話を聞き終わって博人君の態度に少し納得がいく。

 

「……そう、そういうことね」

 

 小さく息を吐く。

 

『どっちの言うことも分かるなあ……。また同じことが起こるのを恐れる博人君と維織ちゃんの所に行って早く元の三人に戻りたい胡桃ちゃんか』

 

 博人君も、悩んでいるのだ。

 必死で正解を探している。

 

「分かってるんです」

「?」

「ひーくんの言ってることの方が正しいって。今無理したら駄目だって。でも……でも嫌なんです。ひーくんだって早くいーちゃんに会いたいはずなのに……私のせいで」

 

 胡桃ちゃんは涙を流し始める。

 しかし、涙を拭いて何かを決心したように顔を上げる。

 

「お願いです、祐子さん!!私達をいーちゃんの所に行かせてください!!」

 

 胡桃ちゃんのまっすぐな瞳が私を見つめる。

 もちろん私だって行かせてあげたい。

 それが胡桃ちゃんの願いであり、博人君の今日までの心の支えだったと知っているから。

 ……でも。

 

「……それは出来ない。私はこの病院の看護師として、そして胡桃ちゃんの担当看護師としてあなたの体を守る義務があるわ。まずは体が元に戻ることを優先すべきよ。博人君の言う通り今無理をしたら取り返しのつかないことになるかもしれないんだよ?」

「大丈夫です。だから……」

「大丈夫じゃない!!事故に遭ってあなたの体には大きなダメージが残ってる。昔よりも確実に弱ってきてるのよ。これ以上無理したら……」

 

 ここまで言う必要はないと思い言葉を途中で止める。

 

「……分かってます、自分の体ですから。でも……だからこそ早く行きたいんです」

 

 胡桃ちゃんは頭を下げる。

 

「お願いです、祐子さん。一度だけでいいんです。一度会って駄目だったら次はちゃんと退院してから行きます。だから……お願いします」

「今無理するのは本当に危険だよ?何度も言うようだけど取り返しのつかないことになっちゃうかもしれない」

「分かってます。それでも私は会いたいんです。今いーちゃんに会いに行かなくちゃ私が起きた意味がありませんから」

 

 ……彼女は本当に二人のことが大切なのだ。

 自分の体のことより優先するほどに。

 だからもう一度私は考える。

 どちらの方が彼女にとっての正解なのか。

 ……そして。

 

「……分かった。でも私の判断では決められないから担当の医師に決めてもらう。私もできるだけ胡桃ちゃんの味方をするから」

「ありがとうございます!!よろしくお願いします!!」

 

 胡桃ちゃんはもう一度深く頭を下げる。

 胡桃ちゃんの嬉しそうな顔を見ながら本当にこれが正しい答えなのかと思う。

 私の胸の中にはモヤモヤが残った。



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悩み

今回は宮本先生と祐子さんがメインです。


「本当だったら看護師として止めるべきだったのに。それなのに……私は看護師失格だよ!!」

「そんなことを言うためにあんな所で座り込んでたのかお前は」

 

 私が家に帰るとうなだれた祐子が扉の前に座っていた。

 面倒くさいのでさっさと部屋に入れて飲みながら話を聞くとどうやらそういうことらしい。

 ちなみに私と祐子は同じアパートのお隣さんだ。

 

「そんなことって……。薫ちゃんは冷たいね。ちょっとくらい慰めてくれてもいいのに」

「慰めるもなにもそれは栗山が望んで決めたことなんだろ?なら別にいいじゃないか。何が起こっても自己責任だよ。言葉は悪いかもしれないけどな」

「……やっぱり冷たい。そんな簡単な問題じゃないんだよ」

 

 祐子はふくれっ面になる。

 今はマシになったが酒に酔うと学生時代のぶりっ子が戻ってくる。

 

「それに栗山は一人じゃないだろ。駒井がいる」

「そうだけど……。今日あの二人が喧嘩してたんだよ。二人が喧嘩してるところなんて初めて見たからびっくりしちゃった」

「そんなことは関係ない。喧嘩していようと大切な人のためならなんでもするものなんだよ。男ってのはそういうもんだ」

「へー、カッコいいね~。相変わらず薫ちゃんは昔から言うことすることが男らしいなあ」

「余計なお世話だ。……はあ、私にもそんな男がいればいいのにな」

「あっ、そういえば婚活パーティーはどうだったの?この間行ったって言ってたやつ」

「……婚活パーティー?ハハッ……」

 

『あっ、地雷踏んじゃったっぽい。でもまたこのパターンか。薫ちゃんは本当に男運がないなあ』

 

「また駄目だったんだ」

「あいつら、はじめはあっちから声かけてきたくせに最後の方になったら端っこの方で……」

 

「今日いい人いた?」

「いや、駄目だったな」

「あの人は?宮本さん。めっちゃ美人だったじゃん」

「ああ、宮本さんかあ。確かに美人だったけどなんか男らしすぎない?酒も俺達より飲んでたし」

「確かにな。しっかりしてるというかしすぎてるというか。なんか一人でも生きていけそうって感じ?(笑)」

「そうそう、分かる分かる。あはははは……」

 

「一人で生きていくんだったら婚活なんてしてないわ!!」

 

 聞いちゃったんだね……。

 しかもめちゃくちゃ笑われてるし。

 

「男の方から話しかけてきたから今回は行けると思ったのに。人に期待させやがって!!」

「はあ……。だからパーティーでお酒は飲みすぎないようにした方がいいって言ったのに」

「そ、そんなに飲んでない」

「じゃあ何杯?」

 

 今まで強気だった薫ちゃんは急に慌てだす。

 

「えっと……三杯くらい」

「……本当は?」

 

 薫ちゃんの目は泳ぎまくっていた。

 

「……覚えてない」

「はあ、いい?婚活パーティーは出会いを求める場であってお酒を飲みに行く場所じゃないんだよ?」

「そ、そんなこと分かってる。ちょっと酔っていた方が話しやすいと思ったんだ」

「それがちょっとじゃないじゃん。はあ……もう諦めたら?」

 

 薫ちゃんは必死に首を振る。

 

「嫌だ、結婚したい……。もう家族と親戚からお見合いとか結婚話を聞かされるのは嫌なんだ!!」

「みんな心配してくれてるんだよ~。いい人たちじゃん」

 

 薫ちゃんは恨めしそうな顔でこっちを見てくる。

 

「お前だって言われてただろ」

「私は結婚出来ても出来なくてもどっちでもいいもん。今は仕事が楽しいし」

「私だって楽しいが……このままだと仕事が恋人になりそうで怖いんだよ」

「いいじゃんそれでも。それに結婚するんだったら婚活パーティーよりもちゃんとした出会いの方がいいしね~」

「はっ、甘いな祐子。三十に近くなったのと私たちの職業柄で男との出会いも少ないから誘われることも少なくなってくるんだよ」

「そうかなあ?私結構男の人から食事に誘われるけど」

 

 そう言った瞬間薫ちゃんの顔が固まる。

 

「……えっ?だ、だってお前いつも普通に帰ってきて……えっ?」

「まあ、断ってばっかだからね~」

「な、なんで?」

「だってこの歳になったらお付き合いする人なんて結婚前提でしょ?だったらお誘いとかも慎重に考えなくちゃ」

「……」

「薫ちゃん?」

 

 急に黙りこくった薫ちゃんの顔を覗き込む。

 

「う……」

「う?」

「裏切り者めー!!」

 

 薫ちゃんはそう叫ぶと自分で買ってきたお酒を勢いよく飲む。

 

「び、びっくりした。急に大きい声出さないでよ~」

「うるさい!!そんなの勝ち組の発言じゃないか!!私なんて誘われることもないのに!!」

「まあまあ、ゆっくりいい人見つけていこうよ。人生まだまだこれからだよ」

「くそっ、余裕な顔しやがって!!もういい、今日は飲むぞ!!祐子も付き合え!!」

「明日まだ平日だよ?」

「そんなの知らん!!」

「ハイハイ、お手柔らかにね」

 

『ていうか私が相談してたのに最終的に薫ちゃんの相談になっちゃったな。まあ気持ちは少し楽になったかな。薫ちゃんは無意識だろうけどね』

 

 結局この飲み会という名の愚痴会は深夜の一時まで続き、薫ちゃんは酷い二日酔いで次の日の学校を休むことになりましたとさ、ちゃんちゃん



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男なら

『……顔合わせづらいな。胡桃と喧嘩したのなんて初めてだからな』

 

 俺は病室の前で中に入る勇気を持てずに佇んでいた。

 本当は昨日の今日だったので病院に来るつもりはなかったのだが、昨夜祐子さんから電話がかかってきたのだ。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「はい」

《博人君?ごめんね、夜遅くに》

「どうしたんですか?ていうか、なんか騒がしくないですか?」

《ああ、今薫ちゃんの家にいるの。薫ちゃん今少し荒れてて》

 

 すると急に祐子さんの声が遠くなり小さく声が聞こえる。

 

《えっ?博人君だよ。喋る?駄目だよ、薫ちゃんベロベロでしょ?ちょっと水飲んできたら?はいはい伝えておくから、行ってらっしゃい》

 

 また祐子さんの声が近くなる。

 

《ごめんね、薫ちゃんに電話代わったら話が長くなりそうだったから》

「いや、ありがとうございます。確かに長そうですからね。それで何か用事ですか?」

《……胡桃ちゃんから話は聞いたよ》

「……そうですか。すいません、我が儘ばっかり言ってて。でもこれで胡桃も諦め――」

《違うの》

「えっ?」

《……外出する許可を胡桃ちゃんに出したわ》

 

 祐子さんの言った言葉に耳を疑う。

 

「な、なにを考えてるんですか!!胡桃の今の状態、祐子さんが一番知ってるでしょ!!」

《私の独断ではないよ。担当の医師とも話し合って許可をもらった》

「そういう問題じゃないですよ。今胡桃に無理させたらどうなるか分からないでしょ」

《それは私達も胡桃ちゃんも分かってるよ。それを分かった上でこの決断を出したの》

「どうしてそんなことを……」

 

 祐子さんは普段は緩いが仕事に関してはしっかりしている。

 そんな祐子さんがこんなことを許すはずがないのに。

 

《胡桃ちゃんの話を聞いてあの子に今一番必要だと思ったから。あの子にはあなた達二人が必要なんだよ》

「だからって……」

《それに私たちは胡桃ちゃんに外出するための条件を二つ出した》

「条件?」

《一つ目、二日後にある定期検査で異常が見つからないこと。二つ目、博人君が外に行くことを許可して胡桃ちゃんと一緒に行くこと》

「……俺が?」

《うん。胡桃ちゃん一人で行かせるわけには行かないし。それに維織ちゃんを迎えに行くなら二人でないとね》

「……でも。俺は……」

《博人君の気持ちはよく分かる。私も本音を言えば外出なんてさせたくない》

「祐子さん……」

《でも……私は胡桃ちゃんの意見を尊重してあげたい。あの子にとっての幸せを叶えてあげたい。博人君はどうなの?胡桃ちゃんのことを気遣うのはよく分かる。でも本当にそれが本心?博人君の本当に思ってることは何?》

「俺の……本心……」

 

 俺だってそうだ。

 胡桃の言う通りにしてあげたい。

 そして、早く維織に会いたい。

 

「俺は……昔の三人の関係に戻りたいです」

《そのためには博人君が必要なんだよ。博人君がいなかったら時間は動き始めない。君たちは三人で一人なんだから》

 

 三人で一人。

 その言葉にハッとする。

 小学校の頃からずっと三人でいる俺たちを見て胡桃の母親がよく言っていた言葉だ。

 

《明日もう一度胡桃ちゃんに会ってあげて。そして、博人君が思ってる本心をぶつけてあげて》

「……分かりました。もう一度話してみます」

《うん、ありがとう。それじゃあね。夜遅くにごめんね》

 

 それじゃあ、と言い電話を切ろうとする俺を祐子さんの声が遮る。

 

《そうだ、一つ言い忘れてた。薫ちゃんからの伝言があるんだった》

 

 コホンと小さな咳払いが聞こえる。

 

《”喧嘩していようと大切な人のためならなんでもするものなんだよ。男ってのはそういうもんだ。”だってさ。似てた?》

「いや……あんまり似てませんでした。でも、本当に先生は男らしくてカッコいいですね」

《だから結婚できないんだろうけどね~》

「ですね。先生はそこら辺の男より男前ですからね」

 

 祐子さんとクスクス笑いあう。

 

「先生には分かりました、ありがとうございますって伝えといて下さい」

《分かった。じゃあね》

「はい、また」

 

『男なら・・・か』

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 覚悟を決めて扉を叩く。

 

 コンコン

 

「はーい」

「博人だ。入るぞ」

 

 ガラガラッ

 

「ひ、ひーくん……」

「……よう」

 

 重苦しい空気の中、いつもの席に座る。

 

「えーとだな……」

 

 言葉が上手く出てこない。

 すると先に胡桃が口を開く。

 

「昨日はごめんなさい!!酷いこと言っちゃって」

「いや、俺も胡桃の話もちゃんと聞かず自分の意見ばっかりぶつけて悪かった」

 

 お互いが謝りあうとまた部屋が静かになる。

 しかしすぐに胡桃が言葉を続ける。

 

「それでも私の気持ちは変わらない。身体に何かあったとしても私はまたいーちゃんに会いたい。……二人で!!」

 

 胡桃のまっすぐな瞳を見つめる。

 

『あの胡桃がこんなにはっきり言ってるのに……。やっぱり俺は駄目だなあ』

 

「だから、その……」

「分かってる。昨日祐子さんから全部聞いたよ」

「……そうなんだ」

 

『ここは覚悟を決めないとな。……男なんだから』

 

「……行こう、二人で。維織を迎えに」

「!! いいの!?」

「ああ……なんたって俺たちは三人で一人だからな」

「!!……ママの言ってた」

 

 俺はニッと笑いながら頷く。

 ありがとう、と胡桃は涙を浮かべながら言う。

 

「まあ、それも明日の検査に通ったらの話なんだけどな」

「絶対大丈夫だよ!!」

「それなら良いんだけどな」

 

 その後は昔の思い出話に花を咲かせ、次の日の検査に備えて早めに病室から出た。

 そして次の日、胡桃は検査に通り維織に会いに行けることが無事に決まったのだった。



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再会

「大丈夫か?」

「うん!!車椅子って楽だね」

「押す方は結構しんどいけどな」

「……重い?」

「いや、軽い」

「良かった~」

 

 胡桃は久しぶりの外にテンションが上がっているようだ。

 顔色もいつもより良い。

 

「あんまりはしゃぐなよ。しんどくなるぞ」

「うん!!」

 

『はあ、急がないとな。時間までに帰れなくなる』

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「七時までには絶対に帰ってきてね」

 

 俺は病院の前で祐子さんから注意することを聞いていた。

 

「分かりました。ちゃんと時間は守ります」

「ひーくん早く行こうよ~」

 

 胡桃は早く行きたくてウズウズしているようでさっきからずっと服を引っ張ってくる。

 

「ちょっと待てって。祐子さんと話してるんだから静かにしてろ。すいません、祐子さん」

「いいよ、いいよ。あと車いすはなるべく揺らさないように注意して動かしてね」

 

 胡桃は起きたばかりでまだ足の筋力が戻っていないため車椅子で移動ですることになっている。

 

「分かりました、気を付けます」

「あとは……頑張ってきてね!!」

 

 祐子さんから力強いエールをもらう。

 

「はい、絶対に三人で帰ってきます」

「うん、待ってるよ。じゃあ、いってらっしゃい」

「いってきます」

「いってきま~す」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 電車から降り改札を抜け維織が通っている学校の方へ車椅子を押す。

 

「学校はこの辺りなの?」

「ああ、もうすぐだと思う。てか、シュシュ着けて来たんだな」

 

 去年の胡桃の誕生日に買って置いておいた黄色いシュシュを見ながら言う。

 

「うん、せっかくのひーくんからの誕生日プレゼントだったから。似合ってる?」

「似合ってるよ。その色にして良かった」

「へへへ~。ありがとう!!」

 

 維織の学校は電車で一時間くらいの所にある。

 

「ここだな」

「わー、大きいね~」

「有名な進学校だからな。維織はめちゃくちゃ頭良かったし」

「確かにいーちゃん賢かったよね。私いっつも勉強教えてもらってたもん」

「俺もよく助けてもらったな」

 

 そう言いながら校門の方を注意深く見る。

 

「問題は維織がまだ学校にいるかってことなんだよな。ここまで来たけど別に会う約束をしてるわけじゃないし入れ違いになってる可能性もあるからな」

「そうだね。……学校の中に入ってみる?」

「いや、警備員に捕まって色々聞かれても面倒臭いからな。外で待っとくしかないかな」

「じゃあ、待っておこうか」

「そうだな」

 

 

 三十分後

 

 

「……来ねえな」

「もう帰っちゃったのかな?」

「そうかもな。どっちにしろ電車の時間を考えるとここに居られるのもあとに十分くらい……」

 

 その時校門から見たことのある少女が出てくるのが見える。

 

「どうしたの?」

「……維織」

「えっ!!」

 

 校門から出てきた維織を見つめる。

 面影は残っているが二年前と比べて大人っぽくなっている。

 

「お、俺が声をかけてくる。胡桃はここで待っててくれ」

「わ、分かった」

 

 俺は少し小走りで維織の方に向かう。

 

「維織……」

「!!……」

 

 維織は俺の方を見て驚いたような様子を見せるがすぐに無視して歩いて行こうとする。

 

「ちょ、ちょっと待てよ。無視すんな」

 

 維織はため息をついてこちらを見る。

 

「……何の用なの?」

「相変わらず冷たいな」

「用がないなら私は帰るわ」

「待てって。用もないのに来るわけないだろ」

「じゃあいったい何なのよ……」

「二年前の約束を果たしに来たんだ」

「? どういう……」

 

 俺は胡桃のいる方向を指差す。

 指差された方を見た維織は目を見張る。

 

「……胡桃?胡桃なの?」

「うん、そうだよ。いーちゃん、久しぶり」

「胡桃……胡桃!!」

 

 維織は鞄を放り出して胡桃の胸に飛び込む。

 

「維織……。ごめんなさい……ごめんなさい……」

「ううん。いーちゃんは悪くないよ」

 

 しばらくの間、顔をうずめていた維織は顔を上げて目に涙を浮かべながら少し微笑んで言う。

 

「胡桃……お帰りなさい」

「ただいま、いーちゃん」

                   ・

                   ・

                   ・

 維織の鞄を拾って二人を見ていると少し涙が出てくる。

 

『やっと元に戻ったな。長かった、けど本当に良かった』

 

 時計を見て時間を確かめる。

 電車の時間が迫っていた。

 

「再会も済んだし二人ともそろそろ帰ろうぜ」

 

 そう言うと二人がこっちを向く。

 

「もうそんな時間?」

「ああ、次の電車まで時間がないから」

「胡桃と話していたのに……空気読みなさいよ」

「……相変わらずの毒舌だな」

「悪かったわね」

「はあ、仕方ないだろ。祐子さんに言われてんだよ。守らないと俺が怒られる」

「祐子さんって看護師の?」

「そうそう。ほら」

 

 維織に鞄を手渡す。

 

「……ありがとう」

「じゃあ行こうぜ」

「うん、行こう行こう」

 

 三人で歩き出す。

 

「三人で歩くの久しぶりだね。昔に戻ったみたい」

「そうだな」

「……そうね」

                   ・

                   ・

                   ・

 病院に戻ると祐子さんが出迎えてくれた。

 

「お帰り~。維織ちゃんは久しぶりね」

「ご無沙汰しています、祐子さん」

「まあ丁寧に。大人になったね」

「そんなことありません」

「謙遜しちゃって~」

「……祐子さん、おばさんっぽいですよ」

 

 俺がそういうと祐子さんは自分の口を押える。

 

「本当?」

「はい」

「危ない危ない、気を付けないと。まあ、二人とも今日は疲れたでしょ?家に帰ってゆっくり休んでね」

「はい。じゃあ俺たちはおいとまします。胡桃もまた明日な」

「うん。二人とも今日はありがとう。バイバイ、ひーくん、いーちゃん」

「ええ……」

 

 維織と病院の外に出る。

 外はかなり暗くなっていた。

 

「今日は病院まで来てくれてありがとな」

「今まで行けなかったから……。それじゃあ」

 

 一人で帰ろうとする維織を引き留める。

 

「いや、家まで送っていくよ」

「いいわよ、別に」

「結構暗いし、女子一人で帰るのは危ないから。送る」

「……分かったわ」

 

 並んで静かに歩き出す。

 

「……そういえば、どこに引っ越したんだ?」

「ここから五分くらいの所にあるアパートよ」

「へえ、近いな」

「ええ」

 

 また静かに歩く。

 しばらく歩くと少し古めのアパートが見えてきた。

 

「ここか」

「ええ。……送ってくれてありがとう」

 

 そういうと維織は階段の方に歩いていく。

 

「ああ、また胡桃に会いに行ってあげてくれよ。それじゃあ」

「……博人」

 

 帰ろうと振り返った俺を維織が呼び止める。

 さっきまでの雰囲気と少し違うことに気づく。

 

「ん?どうし――」

 

 頬を伝った涙が光る。

 ……維織が泣いていた。

 

「約束を守ってくれてありがとう。最後に昔みたいに三人で歩けて楽しかった」

「……最後?これから何回だって出来るだろ」

 

 維織は静かに首を振る。

 

「……私はもうあなた達には会わないわ」 「大丈夫か?」

「うん!!車椅子って楽だね」

「押す方は結構しんどいけどな」

「……重い?」

「いや、軽い」

「良かった~」

 

 胡桃は久しぶりの外にテンションが上がっているようだ。

 顔色もいつもより良い。

 

「あんまりはしゃぐなよ。しんどくなるぞ」

「うん!!」

 

『はあ、急がないとな。時間までに帰れなくなる』

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「七時までには絶対に帰ってきてね」

 

 俺は病院の前で祐子さんから注意することを聞いていた。

 

「分かりました。ちゃんと時間は守ります」

「ひーくん早く行こうよ~」

 

 胡桃は早く行きたくてウズウズしているようでさっきからずっと服を引っ張ってくる。

 

「ちょっと待てって。祐子さんと話してるんだから静かにしてろ。すいません、祐子さん」

「いいよ、いいよ。あと車いすはなるべく揺らさないように注意して動かしてね」

 

 胡桃は起きたばかりでまだ足の筋力が戻っていないため車椅子で移動ですることになっている。

 

「分かりました、気を付けます」

「あとは……頑張ってきてね!!」

 

 祐子さんから力強いエールをもらう。

 

「はい、絶対に三人で帰ってきます」

「うん、待ってるよ。じゃあ、いってらっしゃい」

「いってきます」

「いってきま~す」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 電車から降り改札を抜け維織が通っている学校の方へ車椅子を押す。

 

「学校はこの辺りなの?」

「ああ、もうすぐだと思う。てか、シュシュ着けて来たんだな」

 

 去年の胡桃の誕生日に買って置いておいた黄色いシュシュを見ながら言う。

 

「うん、せっかくのひーくんからの誕生日プレゼントだったから。似合ってる?」

「似合ってるよ。その色にして良かった」

「へへへ~。ありがとう!!」

 

 維織の学校は電車で一時間くらいの所にある。

 

「ここだな」

「わー、大きいね~」

「有名な進学校だからな。維織はめちゃくちゃ頭良かったし」

「確かにいーちゃん賢かったよね。私いっつも勉強教えてもらってたもん」

「俺もよく助けてもらったな」

 

 そう言いながら校門の方を注意深く見る。

 

「問題は維織がまだ学校にいるかってことなんだよな。ここまで来たけど別に会う約束をしてるわけじゃないし入れ違いになってる可能性もあるからな」

「そうだね。……学校の中に入ってみる?」

「いや、警備員に捕まって色々聞かれても面倒臭いからな。外で待っとくしかないかな」

「じゃあ、待っておこうか」

「そうだな」

 

 

 三十分後

 

 

「……来ねえな」

「もう帰っちゃったのかな?」

「そうかもな。どっちにしろ電車の時間を考えるとここに居られるのもあとに十分くらい……」

 

 その時校門から見たことのある少女が出てくるのが見える。

 

「どうしたの?」

「……維織」

「えっ!!」

 

 校門から出てきた維織を見つめる。

 面影は残っているが二年前と比べて大人っぽくなっている。

 

「お、俺が声をかけてくる。胡桃はここで待っててくれ」

「わ、分かった」

 

 俺は少し小走りで維織の方に向かう。

 

「維織……」

「!!……」

 

 維織は俺の方を見て驚いたような様子を見せるがすぐに無視して歩いて行こうとする。

 

「ちょ、ちょっと待てよ。無視すんな」

 

 維織はため息をついてこちらを見る。

 

「……何の用なの?」

「相変わらず冷たいな」

「用がないなら私は帰るわ」

「待てって。用もないのに来るわけないだろ」

「じゃあいったい何なのよ……」

「二年前の約束を果たしに来たんだ」

「? どういう……」

 

 俺は胡桃のいる方向を指差す。

 指差された方を見た維織は目を見張る。

 

「……胡桃?胡桃なの?」

「うん、そうだよ。いーちゃん、久しぶり」

「胡桃……胡桃!!」

 

 維織は鞄を放り出して胡桃の胸に飛び込む。

 

「維織……。ごめんなさい……ごめんなさい……」

「ううん。いーちゃんは悪くないよ」

 

 しばらくの間、顔をうずめていた維織は顔を上げて目に涙を浮かべながら少し微笑んで言う。

 

「胡桃……お帰りなさい」

「ただいま、いーちゃん」

                   ・

                   ・

                   ・

 維織の鞄を拾って二人を見ていると少し涙が出てくる。

 

『やっと元に戻ったな。長かった、けど本当に良かった』

 

 時計を見て時間を確かめる。

 電車の時間が迫っていた。

 

「再会も済んだし二人ともそろそろ帰ろうぜ」

 

 そう言うと二人がこっちを向く。

 

「もうそんな時間?」

「ああ、次の電車まで時間がないから」

「胡桃と話していたのに……空気読みなさいよ」

「……相変わらずの毒舌だな」

「悪かったわね」

「はあ、仕方ないだろ。祐子さんに言われてんだよ。守らないと俺が怒られる」

「祐子さんって看護師の?」

「そうそう。ほら」

 

 維織に鞄を手渡す。

 

「……ありがとう」

「じゃあ行こうぜ」

「うん、行こう行こう」

 

 三人で歩き出す。

 

「三人で歩くの久しぶりだね。昔に戻ったみたい」

「そうだな」

「……そうね」

                   ・

                   ・

                   ・

 病院に戻ると祐子さんが出迎えてくれた。

 

「お帰り~。維織ちゃんは久しぶりね」

「ご無沙汰しています、祐子さん」

「まあ丁寧に。大人になったね」

「そんなことありません」

「謙遜しちゃって~」

「……祐子さん、おばさんっぽいですよ」

 

 俺がそういうと祐子さんは自分の口を押える。

 

「本当?」

「はい」

「危ない危ない、気を付けないと。まあ、二人とも今日は疲れたでしょ?家に帰ってゆっくり休んでね」

「はい。じゃあ俺たちはおいとまします。胡桃もまた明日な」

「うん。二人とも今日はありがとう。バイバイ、ひーくん、いーちゃん」

「ええ……」

 

 維織と病院の外に出る。

 外はかなり暗くなっていた。

 

「今日は病院まで来てくれてありがとな」

「今まで行けなかったから……。それじゃあ」

 

 一人で帰ろうとする維織を引き留める。

 

「いや、家まで送っていくよ」

「いいわよ、別に」

「結構暗いし、女子一人で帰るのは危ないから。送る」

「……分かったわ」

 

 並んで静かに歩き出す。

 

「……そういえば、どこに引っ越したんだ?」

「ここから五分くらいの所にあるアパートよ」

「へえ、近いな」

「ええ」

 

 また静かに歩く。

 しばらく歩くと少し古めのアパートが見えてきた。

 

「ここか」

「ええ。……送ってくれてありがとう」

 

 そういうと維織は階段の方に歩いていく。

 

「ああ、また胡桃に会いに行ってあげてくれよ。それじゃあ」

「……博人」

 

 帰ろうと振り返った俺を維織が呼び止める。

 さっきまでの雰囲気と少し違うことに気づく。

 

「ん?どうし――」

 

 頬を伝った涙が光る。

 ……維織が泣いていた。

 

「約束を守ってくれてありがとう。最後に昔みたいに三人で歩けて楽しかった」

「……最後?これから何回だって出来るだろ」

 

 維織は静かに首を振る。

 

「……私はもうあなた達には会わないわ」



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願い続けた日

「……私はもうあなた達には会わないわ」

 

 維織の涙は止まらない。

 俺は維織の言葉が理解できず呆然と立ち尽くす。

 

「……は?な、なに言ってんだよ。なんでそんなこと……」

「……私は卑怯者だから。待ってくれている胡桃を裏切って、苦しみをすべて博人に押し付けて……私は一人で逃げた。昔何度も私のことを助けてくれた二人を見捨てた。……私はもうあなた達に合わせる顔なんてなかった」

 

 維織がずっと悩んでいるのは分かっているつもりだった。

 でも、こんなに深刻だったなんて……。

 

「でも、今日博人はあの時の約束を守って胡桃を連れてきてくれた。夢かと思ったわ。……本当に嬉しかった。最後に良い思い出を作ることが出来たの」

「だから思い出ってなんなんだよ!!俺たちの時間はやっと動き始めたんだぞ。これから今までの分の思い出を三人で作っていくんだろ?!」

 

 維織はまた首を静かに振る。

 

「それは二人で作っていって。二人から逃げた私にそんな資格ないわ」

「そんな……。それはしょうがないだろ?だって維織には昔のことがあるんだから」

「博人だってそうでしょう?あれだけのつらいことがあって、誰よりも大切な人を亡くす悲しみや恐怖を知っているのにあなたは二年間胡桃のことを見守り続けた。……裏切った私と違って」

 

 維織の言葉は続く。

 悲痛な声は聞いているこっちが辛くなってくる。

 

「私はあれほど嫌っていたあいつと同じことをしているのよ。自分のためだけに私を捨てて逃げた母親とね。……所詮、蛙の子は蛙なのよ」

 

 維織は自虐的に笑う。

 

「そうじゃないだろ。ちゃんと俺の話を-」

「やめて!!何も聞きたくない!!私はもう胡桃にも……博人にも嫌われたくないの」

 

 こんな維織を見るのはあの日以来だった。

 あの日も維織はずっと泣きじゃくっていた。

 ……身体が勝手に動く。

 そして、俺はあの日と同じように維織を抱きしめた。

 

「!! 離しなさい!!離して……離して!!」

 

 維織が腕の中で暴れる。

 そんな維織を抑えるようにさらに強く抱きしめる。

 

「……お願い。これ以上私に優しくしないで……」

「するに決まってるだろ!!お前は大切な奴なんだから!!……頼むから話を聞いてくれ」

 

 そう叫ぶと維織の身体の力が抜けて大人しくなる。

 

「……違うんだよ。胡桃が起きたのは俺だけのおかげじゃない。あいつは俺達二人に会うために頑張って起きてくれたんだよ」

「……」

「胡桃は起きた後ずっと維織に会いたいって言ってた。今無理に動くのは良くないって俺や祐子さんに言われて胡桃はなんて言ったと思う?」

「……」

「胡桃は自分の身体はどうなってもいいから維織に会いたいって俺達に言ったんだ。あの引っ込み思案な胡桃がだぞ?」

 

 腕の中の維織の身体が震える。

 

「……あの……胡桃が?」

「そうだよ。……嫌う訳ないじゃないか。胡桃はずっと維織に支えられてるんだから。俺だってそうだよ。また三人で笑いあえる日が来るって信じてたから今日までやって来れたんだ」

「私は……私は一緒に居ていいの?私はあなた達を裏切ったのに」

「誰も裏切ったなんて思ってないよ。だからまた俺達と一緒に居てくれ。俺たちは三人で一人なんだからさ」

「あっ……」

 

 維織は俺の胸に顔を押し当てて泣き続ける。

 俺はその背中を優しくなで続けた。

                   ・

                   ・

                   ・ 

「まったく、急に抱き着いてくるなんて」

 

 目を擦りながら維織は文句を言ってくる。

 もういつも通りの維織に戻っていた。

 

「……体が勝手に動いたんだよ」

「勝手に動いたって、犯罪者の言い訳みたいね。知らない人にしていたら今頃警察行きよ」

「知らない人に抱き着いたりなんてしねえよ……」

「どうかしら?それより女子に勝手に抱き着いてきたなら言うことがあるでしょ?」

「言うこと?……柔らかかった、とか?」

「・・・警察に電話するわ」

 

 維織が携帯を取り出す。

 

「冗談だよ!!悪かったって!!」

 

 維織は本気でやりかねないから怖い。

 

「柔らかかったって……あなた……」

 

 顔を赤くしながら維織は自分を抱きしめる。

 

「はあ、悪かったよ。背中とか触って……」

「……えっ?背中?」

「えっ?違うの?」

 

 維織の顔がさらに真っ赤になる。

 

「……どこだと思ってたんだよ」

「う、うるさい、なんでもない。もう部屋に入るわ」

「あっ、ちょっと待って。渡すものがあるの忘れてた」

「何?」

 

 鞄の中から包みを二つ取り出す。

 

「はい、誕生日おめでとう」

「えっ?二つも?」

「うん。去年と今年の。今年の誕生日も一か月前に終わっちゃったけどな」

「……開けていいの?」

「いいけどあんまり期待すんなよ」

 

 維織が包みの中の物を取り出す。

 

「シュシュと櫛?このシュシュ今日胡桃がしていた」

「よく分かったな。胡桃と色違いのやつなんだ。胡桃は黄色で維織のは青。維織も髪長いから使えるかなって。櫛は女子がよく使うものだから。……微妙だったかな」

「ううん、嬉しい。ありがとう、大切にするわ」

 

 維織が笑う。

 その笑顔はとても綺麗だった。

 

「……維織はやっぱ笑ってる方がいいよな」

「な、なによ急に。……もう帰るわ」

「ああ、遅くなって悪かったな」

 

 階段を上った維織が振り向く。

 

「……また明日」

 

 維織から言われたことに少し驚きすぐに返事出来ずにいると睨まれる。

 

「……なによ」

「い、いや、なんでもない。また明日な」

 

 そういうと維織は少し笑って部屋に入る。

 それを確認してから帰路に就く。

 ふと見上げた空には三つの星が楽しそうに瞬いていた。




次回は小学校編を投稿する予定です。


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小学校編
初めての出会い


今回から小学校編を挟みます。


人物紹介

駒井 博人
維織とは0歳の時からの付き合い。
栗山とは席が隣になったことがきっかけで仲良くなる。

栗山 胡桃
小学六年生の時に博人と維織の学校に転校してくる。
幼いころに重い病気を患い倒れたことがある。

白瀬 維織
博人の近所に一人で暮らしている。
博人とは幼馴染。

花園 麗香
クラスの女子の中心人物。
胡桃とすぐに仲良くなる。

高田 洋平
イケメンで性格も良い。
すごいモテる。

駒井 美由紀
博人の母親。
いつも明るいが怒ると怖い。

栗山 香苗
胡桃の母親。
胡桃のことをいつも心配している。



胡桃と初めて出会ったのは小学六年生の時だった。

その日は始業式も三日前に終わり通常授業が始まる日だった。

生徒たちの喧騒の中、青白い肌をした可愛い女の子が先生に連れられて教室に入ってきた。

 

「みんな静かに。今日はみんなに新しいお友達を紹介します。それじゃあ自己紹介してくれる?」

「は、はい。え、えと東京から引っ越して来ました栗山胡桃です。よ、よろしくお願いしましゅ。あっ、す、すいません」

 

クラスから笑い声が起こる。

栗山の顔が真っ赤になる。

 

「みんな笑わない!!緊張しなくても大丈夫よ。自己紹介ありがとう。栗山さんの席はあそこの空いているところね」

「は、はい」

 

先生が指差した席は左の一番後ろ、俺の後ろの席だった。

ちなみに維織は俺の隣の席だ。

指差された席に栗山が座る。

 

「よ、よろしくお願いします」

 

席に座った栗山は丁寧にあいさつしてくれる。

 

「よろしく、栗山。俺は駒井博人。で、こっちが・・・」

「白瀬維織です。よろしく、栗山さん」

「よ、よろしくお願いします。駒井君、白瀬さん」

「別に君とか付けなくていいよ。同い年なんだから」

「で、でも私呼び捨てとか出来ないので」

「そうなの?なんで?」

「栗山さんは博人とは違うのよ」

 

維織が厳しい言葉をぶつけてくる。

 

「どこがだよ」

「博人は初対面の人にも呼び捨て、ため口でしょ?そういうところよ」

「しょうがないだろ、癖なんだから。目上の人にはちゃんと敬語だよ」

「常識よ」

「・・・」

 

維織から逃げるために話題を変える。

 

「栗山は東京から引っ越してきたんだよな。元々京都に住んでたのか?」

「えっ?は、はい。小学校になる前まで住んでいました」

「へえ。じゃあ行って帰ってきたってことか。どうして東京に行ったんだ?」

「え、えっと・・・。そ、それはその・・・」

 

するとまた横から維織が話してくる。

 

「答えたくないなら無理に話す必要はないわ。博人も聞きすぎよ」

「・・・悪かったよ。ごめん、栗山。ちょっと気になったから」

「だ、大丈夫です。気にしないで下さい」

「まったく博人は昔からそうだけれど遠慮がないのよ」

「・・・好奇心旺盛って言ってくれ。それに維織だって遠慮ないだろ。よく毒吐いてくるじゃないか」

「だって事実じゃない」

「い、いやそんな真顔で言われても困るんだけど・・・」

 

すると栗山がクスクスと笑いだす。

 

「どうした?」

「どうしたの?」

「す、すいません。二人とも仲がいいなあと思って」

「・・・生まれた時からの付き合いだから。家も近いし私はよくお世話になっているの」

「まあ、腐れ縁ってやつだな。俺と維織は」

「腐っているのは博人だけだけどね」

「だからなんでお前は一々毒を吐くんだよ」

 

すると栗山は不思議そうな顔をして聞いてくる。

 

「・・・二人は付き合ってるんですか?」

「はっ?」

「えっ?」

「す、すごく仲がいいからそうなのかなって」

 

それはよく周りから言われることだ。

 

「私は博人みたいな頼りない人はちょっとね」

「俺だって毒を吐かない優しい子がいいな」

「よく言うわね。そもそもあなたが私にそういうことを言わせるようなことばかりしているからでしょ」

「お前だって俺がなんか言ったりしたりするたびに文句ばっかり-」

「け、喧嘩しないでください!!」

 

栗山が慌てて止めに入る。

 

「大丈夫大丈夫、いつもこんな感じだから」

「こんなのは喧嘩にも入らないわ」

「そ、そうなんですか?」

「うん。まあ、付き合ってはないけど仲は良いよ。なっ?」

「・・・まあ、そうね」

 

維織が照れくさそうに答えるのを見て栗山は楽しそうに笑った。



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遠足

今日は遠足の日だ。

維織と集合場所に着くと栗山が近づいてくる。

 

「おはよう」

「・・・おはよう」

「おはよう、晴れて良かったな」

「うん。空中アスレチックだよね。楽しみ」

「そうだな。でも栗山は見学だろ?」

「うん・・・。私もしたかった・・・」

「まあ、しょうがないって」

「・・・羨ましいわね」

 

栗山も俺たちに敬語を使わないくらいには打ち解けてきた。

 

「白瀬さんどうしたの?具合悪いの?顔色悪いよ」

 

維織の顔は暗く目は虚ろだ。

 

「維織は高所恐怖症なんだよ。だからアスレチックとか苦手なんだ」

「そ、そうなんだ。先生に行って私と一緒に見学にしてる?」

「大丈夫よ、、、多分。昔、一度観覧車に乗ったこともあるんだから」

「いや、あの時も無理して乗ってずっと俺の腕に掴まって震えてたじゃん」

「・・・覚えてないわ」

 

維織は顔を逸らしながら言う。

 

「まあ無理だったらちゃんと言えよ」

「大丈夫だって言ってるでしょ」

 

維織の意地っ張りは昔から変わらない。

すると、先生からの集合がかかりバスに乗り込む。

 

「博人だってバスの中では大人しくしときなさいよ。バス酔いするんだから」

「今日は酔い止め飲んできたから大丈夫、、、だと思うけど。まあ大人しくしとくよ」

「駒井君、バス弱いの?」

「ああ、電車はいけるんだけど、車とかバスとかの揺れる系はちょっとな・・・。栗山はそういう苦手なものとかないのか?」

「苦手なもの?う~ん、、、高いところも大丈夫だし車酔いもしないから・・・。あっ、でもお化けとか虫とか苦手かも」

「俺も無理だ・・・。お化け屋敷とかホラー番組とかあんなのいじめだろ。あと虫は生理的に無理」

「そうね。あれは法律で取り締まるべきだわ。虫もすべて駆除してほしい」

「・・・二人とも苦手なもの多いね」

 

栗山の少し呆れた声と共にバスが出発し遠足が始まった。

                       ・

                       ・

                       ・

「おっきい~!!」

「へえ、結構でかいな」

「・・・」

 

アスレチックはなかなかの大きさだった。

綱を登ったり丸太の橋を渡ったりする所もある。

俺たちが話している横で維織は顔を引きつらせている。

 

「・・・無理すんなよ」

「む、無理じゃないわ」

 

『嘘だな』

 

先生からの説明が始まる。

 

「一組の人から順番にアスレチックに登ってもらいます。安全ベルトは着けてもらうけど絶対に上ではふざけないように。じゃあ一組の人立って」

 

俺たちは一組なので先生についてアスレチックの下まで行く。

 

「頑張ってきてね~」

 

見送ってくれる栗山に手を振ってアスレチックの下まで歩いて行く。

そこで担当のおじさんにベルトの付け方、アスレチックをする際の詳しい注意事項を聞く。

 

「維織出来るか?」

「で、出来るわよ」

 

そう言いながらも手が震えていてなかなかベルトが金具に通らない。

 

「ほら、貸して」

「・・・」

 

意地を張ってベルトを渡さないので取ってさっさと付けてやる。

 

「・・・ありがとう」

「どういたしまして」

 

おじさんの説明も終わり名簿順に登り始める。

俺、維織の順番だ。

維織は平気そうな顔をしているが少し震えている。

 

「・・・大丈夫か」

「だ、大丈夫だから早く行きなさい。つ、次、博人の番よ」

「分かってるけどさ。・・・昔のお化け屋敷みたいに二人で手を繋いで行くか」

「な、なに言ってるの?そんな恥ずかしいこと出来る訳ないでしょ」

 

そう言いながらも維織はもじもじしている。

 

「・・・いいの?」

「維織がいいならな」

「・・・お願いします」

「分かった。その代わり暴れるなよ。維織が暴れたら俺も一緒に落ちるから」

「落ちっ・・・。わ、分かったわ。が、頑張る」

「別に頑張ることでもないんだけどな」

 

俺は維織の手を握り登りだす。

 

「ひ、博人、なるべくゆっくり歩いて。は、速い」

「いや、結構ゆっくりだけど・・・。なるべく下見ないようにして落ち着いて歩いたら大丈夫だって」

「だ、だって揺れるんだもの・・・」

「そりゃ空中アスレチックだからな。ほら栗山が手振ってくれてるぞ」

「そ、そんな余裕ないわよ」

 

栗山は下で楽しそうに手を振っている。

 

「でも栗山さん残念がってたわね」

「まあでもしょうがないだろ。理由が理由だしな」

「そうね・・・」

 

俺たちは栗山から東京に引っ越した理由を教えてもらった。

小さい頃に病気を患った栗山は家で倒れ病院に搬送されたことがあるらしい。

しかし、特殊な病気でその病院では治療することが出来なかったため治療が出来る東京の病院に移った。

それから東京の病院で数年治療した後、病気が少しマシになったことや京都にも治療が出来る病院が出来たということで京都に戻ってきたということらしかった。

激しい運動はドクターストップがかかっているため普段の体育もずっと見学している。

病院でずっと治療していて学校に通えていなかったため今日は初めての遠足ということで親と医師にお願いしていたらしいが駄目だったと悔しがっていた。

 

「まあとりあえず急ごう。後ろが詰まる」

「わ、分かったわ。ゆ、ゆっくりね」

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                       ・

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「し、白瀬さん大丈夫?」

 

グロッキー状態で座り込んでいる維織を見て栗山は心配そうに聞く。

 

「・・・」

 

維織は無言で首を振る。

目にはちょっと涙が浮かんでいた。

 

「まあ、維織は頑張ったと思うよ。最後まで行けたんだし」

「駒井君も大丈夫?さっきから手を気にしてるけど」

「いや、維織がちょっと揺れたり不安定な所に行くとめっちゃ強く手を握ってくるからちょっと痛い」

「博人が握っても良いって言ったんじゃない・・・」

「言ったけどまさかあんなに強く握るなんて思わないだろ」

「ふ、二人とも終わった人からお弁当食べてもいいって先生が言ってたから食べに行かない?」

「そうだな、お腹も減ったし。維織立てるか?手貸そうか?」

「・・・大丈夫よ。行きましょう」

 

『相変わらずの意地っ張りだな・・・』

 

俺たちはスペースの空いている場所にレジャーシートを敷く。

 

「じゃあ、いただきます」

「いただきます」

「いただきます、、、あれ?駒井君と白瀬さんお弁当そっくりだね」

「私も美由紀さんに作ってもらっているから」

「美由紀さん?」

「俺の母さんの名前」

「へぇ。でもどうして駒井君のお母さんに作ってもらってるの?」

 

栗山が無邪気に聞いてくる。

 

「あ~、、、それはだな、えっと・・・」

 

言うかどうか迷っていると維織があっさりと言ってしまう。

 

「私には親がいないから。だからお弁当は美由紀さんに作ってもらっているの」

 

維織の言葉に胡桃が狼狽える。

 

「えっ・・・?ご、ごめんなさい・・・。変なこと聞いちゃって」

「別に栗山さんのせいではないわ。死んでいる訳ではないし。・・・死んだって別に構わないけれどね」

「維織!!・・・そうこと言うなって言っただろ」

「・・・ふん」

 

空気が凍り付く。

 

「ご、ごめんなさい・・・」

「栗山は悪くないから。まあ、そういうことだ。早く食べようぜ、お腹減ったよ」

 

微妙な空気の中弁当を食べ終わる。

午後は帰る時間まで自由時間だったので、俺たちは何をすることもなくぼうっとする。

 

「ちょっとトイレに行ってくるわ」

「オーケー」

「行ってらっしゃい」

 

維織が歩いて行くと栗山が話しかけてくる。

 

「さっきはごめんね。変な空気にしちゃって」

「大丈夫だって。あれは維織の言い方も悪かったしな」

「・・・さっきの話詳しく聞いちゃ駄目かな?」

 

少し考える。

 

「・・・まあ、維織がこのことを俺以外に言ったことなかったから多分栗山には言ってもいいんだろうな。ええと維織の言う通り母親の方は生きているんだよ。父親は維織が小さい頃に病気で亡くなったんだけどな」

「!! そうなんだ・・・」

「それで親一人子一人で生活してたんだけど、、、ある日維織のお母さんが出て行っちゃったんだよ」

「・・・どうして?」

「新しい恋人が出来たとかなんかでな。お母さんが大好きだった維織は結構落ち込んじゃってさ。将来はお母さんみたいになりたいって言ってたのに今じゃ憎しみしか残ってないんだよ」

 

栗山がポツリと言う。

 

「・・・悲しいね」

「・・・ああ。でも今はどうすることも出来ないからな」

「そうだね・・・」

「まあ、そういうことだから。維織にはあんまり言わないで-」

「聞こえているわよ」

 

急に背後から声がする。

 

「ビックリした!!なんで後ろから帰って来るんだよ!!」

「博人が余計なことを言っているんじゃないかと思ってね。違うルートから帰ってきたのよ」

「ご、ごめんなさい!!私が駒井君に聞いたの。だから駒井君は悪くないんだよ」

「別にこのことは栗山さんに言うつもりだったからどちらでもいいわ。そのことよりも・・・」

 

維織は俺を睨みつけてくる。

完全に怒っている顔だ。

 

「私はあの人のことは好きじゃないわ」

「いやだってお前、昔は-」

「あの人のことは嫌いよ。今も昔もね」

「・・・分かった。悪かったよ」

 

『今の維織に何言っても無駄か』

 

「分かればいいのよ。」

「ご、ごめんなさい。私が無遠慮に聞いたから」

「だからいいのよ。そういうことで私は博人の家にお世話になっているのよ」

「えっ?一緒に住んでるの?」

 

維織は慌てて言う。

 

「い、一緒には住んでないわ!!ご飯をご馳走になっているだけよ!!」

「へえ、そうなんだ。ご飯までは何してるの?」

「博人と宿題をしたり本を読んだりかしら」

「いいなあ。楽しそう」

「良かったら栗山も遊びに来るか?何もないけど」

「いいの!?行きたい!!」

「いつでも来てくれていいからさ」

「うん!!」

 

そこで先生から集合がかかりバスに乗り込む。

席に座り窓の外の景色を見ているとバスが出発する。

楽しかった遠足ももう終わりだ。



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放課後(博人の家)

「どうぞ。何もないけれど」

「なんで維織が言うんだよ・・・」

「お邪魔します」

 

今日はこの間約束した通り三人で俺の家で遊ぶことになった。

 

「いらっしゃ~い」

 

ドアを開けると母さんが出迎えてくれた。

 

「は、初めまして。こ、駒井君とは同じクラスで仲良くしてもらっている栗山胡桃です」

「博人の母の駒井美由紀です。胡桃ちゃんね、博人と維織ちゃんからよく話は聞いてるわ」

 

そう言いながら母さんは栗山の顔をじろじろと見る。

胡桃は気まずそうにたじたじとする。

 

「えっ、、、あ、あの・・・」

「胡桃ちゃんかわいいね~。モテるでしょ」

「そ、そんなことありません!!」

「へえ、そうなんだ」

 

今度は俺の顔を見てニヤニヤし始める。

 

「・・・なんだよ」

「博人あんたいいねえ~。胡桃ちゃんと維織ちゃんなんて可愛い子二人と仲良くなって、両手に花じゃない。・・・どっちにするの?」

「なっ!?」

「えっ!?」

 

母さんがそう言った瞬間、栗山と維織が変な声を出して凄い勢いで喋りだす。

 

「博人は頼りなくてあの私には会わないというかでも嫌いという訳でもなくてじゃなくてあのその・・・」

「わ、私は引っ越してきたばっかりでえと駒井君のこともまだ全然知らなくてだからその・・・」

 

二人の動揺の具合が半端じゃない。

慌てている二人を見ながら母さんはケラケラと笑っている。

 

「・・・母さん、そういう冗談言うのやめろよ。二人とも凄いことになってるぞ。あと笑いすぎだ・・・」

「あははは・・・。思ったよりも反応が面白かったから」

 

栗山と維織は顔を真っ赤にして肩で息をしている。

 

「み、美由紀さん!!そういう冗談はやめてください!!」

「う~、、、私そういう話は苦手なんです・・・」

「ごめん、ごめん。でも胡桃ちゃんはお付き合いとかしたことないの?」

「あ、ありません!!わ、私なんてそんな・・・」

「へえ、意外。胡桃ちゃん可愛いのに。ねえ、博人」

 

『こっちに話を振るなよ・・・』

 

「まあ、そうだな」

「えっ!?あ、ありがとう」

 

胡桃が照れているのを見て母さんはなぜか頷いている。

 

「ひ、博人もう部屋に行きましょうよ」

 

三人で話していると維織が何故か焦り気味に言ってくる。

 

「なんで焦ってるんだ?」

「あ、焦ってないわよ」

 

それを聞いてまた母さんがニヤニヤし始める。

 

「維織ちゃん、焼きもち?」

「ち、違います!!そんなのじゃありません!!」

「本当に~?博人どう思う?」

「俺?」

 

なんで俺?

 

「ひ、博人は関係ありません!!」

「そうなの?てっきり博人が胡桃ちゃんにしか可愛いって言わないから嫉妬してるのかと思った」

「えっ?そうなの?」

「ち、違うわよ!!私先に部屋に行ってるわ!!」

 

維織は走って階段を上がっていく。

 

「あいつどうしたんだ?」

「ちょっとからかいすぎたかな?後で謝らなくちゃ。それで博人の部屋で遊ぶの?」

「うん」

「じゃあ後でジュースとお菓子持っていくよ」

「ありがと。じゃあ栗山行こうぜ」

「うん」

 

二階に上がり部屋に入る。

しかし維織の姿が見えない。

 

「あれ、白瀬さんどこ行ったんだろ?」

「・・・維織、ベッドから出ろ」

「えっ?」

 

布団がモソモソと動く。

栗山は維織の意外な面を見て驚きの声を出す。

 

「白瀬さんってこんなことするんだ」

「維織は恥ずかしがると何か被って丸まるんだよ」

「・・・別に恥ずかしがってないわよ」

 

維織が布団から顔を出す。

その顔はまだ少し赤い。

 

「まあ、母さんの言うことなんて気にしなくていいよ。昔からだろ?」

「・・・気にしてないわ」

 

俺たちの会話を尻目に栗山は本棚を見ている。

 

「わあ~、本がいっぱいある」

「父さんが本好きでさ、読みやすい本とかを貸してくれるんだよ」

「凄~い。私も本は読むけどこんな難しそうなの読んだことないなあ」

「その難しそうな本は維織しか読んでないよ。俺は普通の小説しか読まないから」

「そうなんだ。白瀬さん凄いなあ」

「そ、そんなに難しい本ではないから」

 

維織は栗山から褒められて嬉しそうに話している。

少しは元気になったようだ。

 

「栗山は普段家でなにしてるんだ?」

「う~んと・・・絵を描いたり、本を読んだり、ママとかパパと喋ったりしてるかな。・・・外では一人で遊んじゃ駄目だから」

「まあ、俺達なんて外で遊べても遊ばないけどなあ。疲れるの好きじゃないし。ずっと本読んでるだけだしな」

「いいじゃない。本を読むことは将来的に絶対役立つわ」

「まあ、そうだけどな。さて何する?」

 

俺の家にはゲーム機などの遊ぶものがない。

 

「本を読むんじゃないの?」

「それはいつでも出来るだろ。せっかく栗山が来てるんだし違うことやろうぜ」

「それもそうね。博人の家に何か遊ぶものあったかしら?」

「え~と、、、トランプ、UNO、オセロ、将棋・・・あと何かあったかな?」

「ほとんど二人用ね」

「しょうがないだろ。普段やるとしても母さんとしかやらないんだから」

「じゃあトランプでババ抜きする?」

「そうだな。トランプと一応UNOも持ってくるよ」

 

立ち上がった時にドアがノックされ返事をする前に開く。

 

「ふっふっふっ、お困りかなお三方。そんな君たちにこれを貸してあげよう」

 

そう言って謎のポーズをきめた母さんが後ろから取り出したのは人生ゲームだった。

 

「あっ、人生ゲームだ」

「懐かしいわね」

「そういえばそんなのあったな。てかそれは何キャラ?」

「救世主!!みたいな?あとジュースとお菓子持ってきたよ」

「ありがと」

「そうだ、良かったらお母さんも一緒にやりませんか?」

「いいの?私は強いよ」

「・・・本気出すなよ、大人気ないからさ」

「大人気なんて関係ない!!これは人生をかけた勝負だよ!!」

「そうよ博人。そんな甘いことを言っていたらこの厳しい世の中を生きていくことなんて出来ないわ。勝った者が正義なのよ」

 

母さんと維織の盛り上がり具合が半端じゃない。

ただの人生ゲームとは思えない。

ていうか維織は本当に小六か?

 

「ふ、二人とも凄い迫力・・・」

「悪いな栗山・・・。母さんはこういうイベント好きで、維織は負けず嫌いなんだよ」

「わ、私人生ゲームなんて二回くらいしかしたことないんだけど・・・」

「大丈夫だって。人生ゲームなんて運ゲーだからさ」

 

母さんから合図がかかる。

 

「三人とも準備はいい?」

「はい!!」

「はい!」

「おお」

「じゃあ、人生をかけたゲームの始まりだ!!」

 

だから何キャラなんだよ・・・。

                       ・

                       ・

                       ・

そして結果は・・・。

 

一位 俺

二位 母さん

三位 栗山

四位 維織

 

となった。

 

「いや~、博人に負けちゃったか。ちゃっと手加減しすぎちゃったかな。胡桃ちゃん楽しかった?」

「はい!!とても楽しかったです!!」

「ちゃっかり言い訳するなよ・・・。でも、やっぱ人数が多い方が盛り上がるな」

 

そう言いながら盛大に落ち込んでいる維織を横目で見る。

 

「負けた・・・。栗山さんにはともかく博人に・・・負けた」

「・・・維織にとっての俺の立ち位置ってどこなんだ?人生ゲームなんてほとんど運ゲーなんだからしょうがないだろ」

 

しかし、俺のフォローも維織の耳には届いていないようだ。

 

「・・・もう一回やりましょう」

「やらねえよ。もう暗いからそろそろ栗山も家に帰らないと」

「えっ!?本当だもうこんな時間!!まだご飯作ってない!!」

「な、長居してしまってすいません!!もう帰ります!!」

「栗山は悪くないって」

 

栗山を玄関まで送る。

 

「じゃあ、、また-」

「何言っているの博人。胡桃ちゃんの家まで送ってあげなさい」

「えっ、だ、大丈夫です。一人で帰ります」

「いいから。もう暗いし女の子一人じゃ危ないよ。男が女の子を家まで送ってあげるのは当たり前だよ」

「そうなの?分かったよ、送ってくる」

「じゃあ私も行くわ」

「ありがとう、駒井君、白瀬さん。じゃあ、お邪魔しました」

「またいつでも来てね~」

 

外は少し暗くなりかけていた。

 

「結構時間経ってたんだな」

「夢中だったから全然気付かなかったよ」

「でも春だからそんなに暗くなってないわね。良かったわ」

「そうだな。栗山の家はここから遠いのか?」

「え~と、、、ここからだと十五分くらいかな」

「結構遠いな」

「うん。これだったら二人の家の近くに引っ越してこればよかったな~」

「そうだな。それなら一緒に帰れたのにな」

 

三人で栗山の家まで歩いて行く。

見えてきた栗山の家は綺麗な一軒家だった。

 

「二人共、送ってくれてありがとう。また明日ね」

「ええ、また明日」

「また明日な」

 

手を振りながら栗山が扉の向こうに消える。

 

「じゃあ、帰ろうぜ。お腹減った」

「そうね、今日のご飯は何かしら」

「・・・カレーがいいな」

「博人は本当にカレーが好きね」

「しょうがないだろ。美味しいんだから」

「まあ、確かにね」

 

今日も普通に流れていく。

これからもそうだと思っていた。

しかし、暗い影が俺たちに静かに覆い被さった。



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前兆

「席離れちゃったね」

「そうだな」

「くじ引きだからしょうがないわよ」

 

席替えが行われて俺達と栗山は席が離れてしまった。

 

「いいなあ、二人は近くで」

「まあ、他の人と仲良くなるチャンスだと思えばいいんだよ」

「・・・そうだね。班の人も女の子ばっかりだから仲良くなりたいな。あっ、じゃあまた後でね」

 

授業のチャイムが鳴り栗山は席に戻る。

 

「俺たちはまた近いな」

「そうね。栗山さんの近くが良かったわ」

 

俺と維織は隣の席になった。

 

「・・・悪かったな」

「冗談よ。・・・それより栗山さんはあの人達と仲良くなるのかしら」

「なんだよ、寂しいのか?」

「そ、そうじゃないわ」

「まあ、維織に出来た初めての女の子の友達だからな。大丈夫だよ、休み時間には来てくれるって」

「・・・それならいいんだけれど」

 

しかし、俺の予想に反して栗山は休み時間もずっと席の周りの女子と話していた。

特にクラスの女子の中心人物でもある花園麗香と仲良くなったようだ。

今日は給食も花園と食べるらしい。

 

「ごめんね。一緒に食べようって花園さん達に誘われちゃって」

「いいよ、気にすんな」

「ごめんね。明日は一緒に食べようね」

 

栗山は花園達に呼ばれ席に戻っていく。

 

「・・・博人の嘘つき。休み時間にはこっちに来てくれるって言ってたじゃない」

 

維織がむくれながら凄い目で睨んでくる。

 

「しょうがないだろ・・・。てか、寂しくないんだろ?」

「さ、寂しくないわ。・・・寂しいというよりは、、、花園さん達が私達より仲良くなるのが嫌なのよ」

「我が儘というか独占欲が強すぎるのは嫌われるぞ」

「そ、そんなこと、、、気を付けるわ・・・」

「冗談だよ」

 

維織がまた睨んでくるのを笑って誤魔化す。

 

「まあ確かに俺もちょっと・・・嫌かな」

 

そうやって少し胡桃と一緒に居る時間が短くなっていた中である出来事が起こった。

 

「じゃあ帰るか」

「うん」

「ええ」

 

三人で帰ろうと校舎を出た所で知らない男子が話しかけてくる。

 

「栗山さん、ちょっといいかな」

「えっ!?わ、私ですか?」

「うん。話があるんだけどいいかな?」

「え、えと。わ、分かりました。駒井君、白瀬さんちょっとだけ待ってて」

「分かった」

「分かったわ」

 

男子が横を通り過ぎていく時にチラッと見ると会釈される。

そして栗山はその男子と歩いて行く。

 

「・・・誰?あの人」

「いや知らないやつだから他のクラスだと思うけど。礼儀正しくて結構イケメンだな。・・・モテるんだろうな」

「・・・博人の方がカッコいいから大丈夫よ」

 

いつも俺に文句ばっかり言う維織だが時々冗談でこういうことを言ってくる。

 

「ありがと。そんなこと言ってくれるのは維織だけだよ」

「そ、そうでしょうね。それより話って何なのかしら?」

「え~と・・・まあ放課後に男子が女子に話があるって言ったら一つしかないだろ」

「・・・告白?」

「多分な。まあ、栗山は可愛いからな。モテるんだろ」

「・・・まあそうね」

 

そう言いながら維織はこっちをちらちらと見てくる。

 

「どうした」

「何でもない!!」

「お、おう」

 

急に不機嫌になった維織を不思議に思いながら栗山を待つ。

そして五分くらいして栗山は帰ってきた。

 

「待たせちゃってごめんね」

「早かったわね。すぐ終わったの?」

「そ、そのことなんだけど今から駒井君の家に寄ってもいいかな?」

 

栗山がそんなこと言うなんて珍しいな。

 

「良いけど、どした?」

「ちょっと二人に相談したいことがあって」

「分かった、行こうぜ」

 

三人で俺の家に帰る。

 

「あれ?胡桃ちゃんいらっしゃい。また遊びに来てくれたの?」

「今日は遊びに来たんじゃないんだって」

「そうなの?また後でジュース持っていくね」

「い、いえ。すぐ帰りますから、気にしないで下さい」

「良いから、良いから」

 

部屋に入ってとりあえず俺は椅子に座り、二人はベッドに座る。

 

「それで話ってのは?」

「えと、さっきの話なんだけど・・・」

「ああさっきの。結局あいつは誰なんだ?」

「あっ、え~と、五組の高田君だって」

「全然知らないな・・・」

「それよりさっきって栗山さんが告白されたことかしら?」

「う、うん。そのこ・・・!! な、なんで知ってるの!?」

「分かるだろ、なんとなく」

「そ、そうなの?二人とも凄いなあ」

 

話が進まないので少し急かす。

 

「で、それがどうしたんだ?」

「えと、それでねどうやって断ればいいのかなって思って・・・」

「断るの?」

「う、うん。知らない人だったし」

「イケメンだったのに?」

「・・・なぜ博人はそんなにイケメンに反応するの?」

「えっ?だって女子はイケメンが好きなんだろ?」

 

イケメンで性格も良いなんて優良物件だと思うけど。

 

「わ、私、顔は気にしないから」

「私も関係ないわ」

「そうなのか?二人が珍しいんだと思うけどな」

「珍しいのかなあ?そ、それよりもどうすればいいと思う?」

 

困り顔の胡桃に維織が質問する。

 

「まず、ちょっとした疑問なのだけど。そもそも、その場で断れば良かったんじゃないかしら」

「考えてって言われちゃったから・・・」

「・・・なるほどね、やっぱり栗山さんは優しいわね」

「や、優しいのかな?」

 

俺も質問する。

 

「明日にでも普通に断りに行くんじゃ駄目なのか?」

「いい人だったから理由もなしに断るのはなんか失礼かなって気がして・・・」

「そんなに気を使わなくてもいいと思うけどな。まあ、つまりは断るための良い理由を考えて欲しいってことでいいのか?」

「・・・うん、お願いします」

 

『どうしたものかなあ』

 

三人で考え始めると栗山からも質問される。

 

「二人は告白されたこととかある?」

「俺は残念ながらないな。でも維織は昔何回かされてなかったっけ?」

「そうなの?」

「昔ね。でも全員その場で断ったわ」

「す、凄い!!カッコいい!!」

 

栗山は維織に尊敬の目を向ける。

 

「でも断るのも結構疲れるものよ」

「そうなんだ・・・」

「維織は見た目は良いから初めはモテるんだけど、性格がきつすぎるから段々引かれるんだよな。」

「悪かったわね。顔にしか興味ない男なんてどうでもいいわ」

「そういうところなんだよなあ~」

 

口を開けば毒を吐く。

でもその言葉の大体が本当のことだからさらに質が悪い。

昔からずっとそうだ。

 

「だからいまいち参考はならないわね」

「まあ、維織と栗山では性格が全然違うからな」

 

三人で頭をひねっているとドアがノックされ母さんが入ってくる。

 

「はい、ジュース持ってきたよ」

「わ、わざわざありがとうございます」

「ありがと」

「ありがとうございます」

「いえいえ。それでどうしたの?三人でそんなに悩んで」

 

三人で考えても良い案は浮かばないだろうということで母さんにも意見を求めることにする。

 

「実はかくかくしかじかと言うことなんだよ」

「な~るほど。大変だね」

「他人事だな・・・他人事だけど。それで良い案ない?」

 

母さんは宙を見つめて考える。

 

「胡桃ちゃんは断る理由が欲しいんだよね?」

「は、はい」

「なら、私に良いアイデアがあるよ」

「本当に?何?」

「教えて下さい!!」

 

そう言うと母さんは俺を見てキメ顔を作る。

 

『あっ、嫌な予感』

 

「博人が彼氏のふりをして断ればいいんだよ」

「え、え~~!!」

「え、え~~!!」

 

維織と栗山の叫び声が綺麗にハモる。

 

「な、何を言ってるんですか美由紀さん!!」

「そ、そんなの駄目です!!」

「駄目なの?なんで?」

「な、なんでと言われても・・・」

 

栗山が口ごもるのを見て助け船を出す。

俺もそんなことはしたくない。

 

「当たり前だ。そんなこと出来る訳ないだろ」

「そ、そうです。それにそれだと高田君のことを騙すことになっちゃいます。・・・傷つけることになっちゃいます」

 

栗山の言い分に母さんは首を傾げる。

 

「別にいいじゃん。どう言っても相手を傷つけることになるんだからさ」

「うっ・・・そ、そうですけど」

「なるべく相手にダメージが少ないようにした方が良いと思うけど?」

 

・・・確かにそれは正論だな。

 

「まあ、それは二人が決めることだけどね。私は案を出しただけだから」

 

母さんが俺たちをからかっている可能性もあるが、確かにそれが今の最善策でもあるな。

 

「・・・俺は別にいいよ。このまま考えてても時間の無駄だろうから。もちろん栗山が良いならだけど」

「わ、私は・・・白瀬さんがいいなら・・・」

 

そう言って栗山は維織を見る。

 

「なんで維織?」

「だ、だって・・・。」

 

すると、維織は即答する。

 

「私は別に良いわよ。関係ないもの」

 

しかし、言葉には少しトゲがある。

 

「何怒ってんだよ」

「別に怒ってないわよ」

 

意見が揃ったところで母さんが手を叩く。

 

「じゃあ決まり!!詳しくは二人で決めてね。私は夕飯の支度があるから」

「分かった、ありがとな」

 

母さんが部屋から出て行こうとすると支度を手伝うと言って維織もそれに付いていく。

 

「白瀬さん怒っちゃったかな」

「気を利かせてくれたんじゃないか?」

「・・・それなら良いんだけど」

 

気を利かせてもらったけれど栗山との話し合いはすぐに終わった。

 

「とりあえず付き合ってる人がいますからって言えばいいんじゃないか?そう言えば相手は何も言えないだろ」

「そうだね。日にちは・・・」

「明日でいいだろ。面倒ごとは早めに越したことはないからな」

「分かった。・・・駒井君も付いてきてくれるんだよね」

「当たり前だろ。俺も一緒に行った方が信ぴょう性も増すからな」

「うん、ありがとう」

「お礼は母さんにでも言っとけ。それにまだ成功するかも分からないからな」

「うん、そうだよね。明日よろしくね」

「おう」

 

栗山は言っていた通り用事が終わるとすぐに帰っていった。

 

「・・・栗山さんとちゃんと話し合えたの?」

「おう。明日さっさと終わらせようってことになった」

「まさか博人が彼氏役なんてね。大抜擢じゃない」

「母さんの案が良かったから乗っただけだよ」

「そう、まあ頑張りなさい。仮にも彼氏なんだから」

「仮にだけどな」

次の日の放課後、栗山に高田を校舎裏に呼び出してもらい二人で待つ。

維織は私にはやることがないからと言って先に帰ってしまった。

 

「・・・緊張してきた」

「すぐ終わるって。おっ、来たな」

 

高田がこっちに走ってくるのが見える。

そして、俺を見て不思議な顔をする。

 

「・・・君はあの時の。なんでここに?」

 

そんなに不思議なことか?

 

「僕が栗山さんに話をした日に一緒に居たよね。確かもう一人の女の子と」

 

高田が疑問に思っていることが分かると同時に冷や汗が背中を流れる。

確かに俺はあの日あの場所にいた。

そして何も言わずに栗山のことを見送った。

彼氏ならあの時何も言わずに彼女のことを見送るだろうか。

いや、見送らない。

あの時の状況を見て誰も俺が栗山の彼氏だとは思わないだろう。

俺だって思わない。

 

『これは不味いな・・・』

 

思わぬ落とし穴を見つけた俺が慌てて栗山に耳打ちしようとする前に栗山が急に喋りだす。

 

「わ、私はこ、駒井君とつ、付き合ってるんです!!!」

「・・・えっ?」

 

高田が素っ頓狂な声を出す。

 

「だ、だから私は高田君とはそのつ、付き合えないんです!!ご、ごめんなさい!!」

「え、えと・・・付き合ってるの?」

 

困惑した顔を俺に向けてくる。

良い案は浮かんでいないが彼氏役に任命された以上上手いこと言うしかない。

というよりここで失敗したら後で母さんと維織が怖い。

 

「ああ、付き合ってる、、、一応」

「ならなんであの時僕を止めなかったの?」

 

考える暇なんてない。

それにしても俺の言ったことは酷かった。

 

「あの時は、、、栗山のことを信じてたからな。その、、、俺たちはお互い強い愛で結ばれてるから。お、俺は栗山のこと大好きだから。だから、、、大丈夫かなって・・・」

 

何言ってんだ俺は、テンパりすぎだ!!

穴があったら入りたい・・・。

 

「・・・そうなの?」

 

高田が聞くと栗山は顔を真っ赤にしながら答える。

 

「う、うん。わ、私も駒井君のことだ、大好きだよ」

 

それを聞いて高田は大きく息を吐く。

 

「そうか、分かったよ。・・・てっきり君はもう一人一緒に居た女の子と付き合ってるんだと思ってたよ」

「そういうんじゃない。維織は友達だよ」

「・・・維織ね。」

 

ぼそっと高田が何かを呟く。

 

「ん?」

「いや、なんでもない。栗山さん、返事してくれてありがとう。それじゃあね」

 

そう言って高田は歩いて行く。

見えなくなったところで息を吐く。

 

「・・・悪いな。上手いこと言えなくて」

「ううん、ありがとう、一緒に来てくれて。でも、、、」

 

でも?

 

「・・・恥ずかしかった」

 

俺もだ。

 

「もう疲れたよ。帰ろうぜ」

「うん、、、私も疲れちゃったな」

 

色々疲れた。

主に精神が。

 

「もう告白されるのは懲り懲りだな。白瀬さんの気持ちも分かるかも」

「次があったらもっと良い手を考え・・・!!」

 

気配を感じて振り返る。

 

「どうしたの?」

 

しかし誰もいない。

今日は調子が悪いみたいだ。

 

「いや、なんでもない」

「でも駒井君、さっきのは白瀬さんに言っちゃ駄目だよ」

「さっきのって?」

「維織は友達ってやつだよ」

「なんで?だって友達だし」

「いいから。また白瀬さん怒っちゃうよ」

「よく分からないけど、まあ分かったよ」

 

そんなことを話しながら校門を二人で出ていく。

それをじっと見つめる陰には気づかないまま・・・。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

二人が校門から出ていくのをじっと見つめる。

そして二人の姿が見えなくなった時、口から言葉がこぼれた。

その無意識に発せられた言葉で明日から起こる楽しいことを想像し思わず笑みがこぼれる。

小さく鼻歌を歌いながら二人が通った校門に歩いて行った。

 

 

「絶対に許さない」



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異変

「あれ?き、教科書がない」

 

異変は突然現れた。

 

「忘れたのか?」

「き、昨日の夜ちゃんとランドセルに入れたはずなのに」

「うっかりしたんじゃないの?」

「う~ん、、、そうなのかな」

 

するとその様子を見ていた花園がこっちに寄ってくる。

 

「胡桃ちゃん教科書忘れたの?私が見せてあげるよ」

「えっ?花園さんありがとう」

「麗香でいいよ。友達なんだから」

「う、うん。れ、麗香ちゃん」

「嬉しいな~」

 

楽しそうな会話をしながら席に戻っていく。

そんな二人の様子をぼお~っと見ていると横から維織の呟きが聞こえてくる。

 

「・・・胡桃ちゃん?もうそんな仲になったのね・・・」

「そこかよ・・・。気にすんなって」

「・・・だって私は白瀬さんなのに」

「栗山に呼んでって言えばいいじゃん。呼んでくれるよ、維織ちゃんって」

「そ、それは、、、恥ずかしいから」

「・・・なら我慢しとけ」

 

しかし栗山の教科書が無くなることがこの日から頻繁に起こるようになった。

嫌がらせはそれだけには留まらない。

 

それから数日経った朝・・・

維織と一緒に登校してきた俺は渡り廊下を歩いていた。

 

「栗山の教科書盗ってるやつ誰なんだろな」

「分からないけれど・・・」

「けれど?」

 

維織は少し言いにくそうに言う。

 

「・・・いじめかしら」

「う~ん・・・。熱狂的な栗山のファンとかならいいんだけど。まあ、とりあえず俺たちが目を光らせとこうぜ」

「そうね・・・あら?どうしたのかしら、教室が騒がしいわ」

 

維織と顔を見合わせる。

確かに教室からいつもとは違うざわめきが聞こえていた。

急いで教室に行き中に入る。

 

「!! うわぁ・・・」

 

教室にいる人の目線の先にはペンキをぶちまけられた机があった。

唖然とその場の状況を見ていると栗山が走り寄ってくる。

 

「こ、駒井君、白瀬さん」

「これ栗山の机か?どうなってるんだ、いったい」

「ひどいわね・・・」

「朝来たらもうこうなってて・・・。周りの人の机にまでペンキがかかっちゃってて」

 

見ると確かに栗山の周りの机にもペンキがとんでいる。

花園達も心配そうに栗山の机を見ている。

 

「ごめんなさい、みんなにまで迷惑かけちゃって」

「そんな、気にしないで胡桃ちゃん」

「そうだよ。胡桃ちゃんは悪くなよ」

「そうそう。こんな酷いことをした人が悪いんだよ」

 

花園達は本気で栗山のことを心配しているようだ。

その後騒ぎを聞きつけた先生が来て騒ぎはなんとか収集した。

その日に緊急クラス会が開かれ犯人探しが始まったが結局最後まで見つかることはなかった。

                      ・

                      ・

                      ・

「誰がやったのかしら」

「一番初めに教室に入ったやつが既になってたって言ってたからな。他のクラスのやつの可能性もあるな」

「候補は多いわね」

 

栗山と別れた後、家に帰り維織と話し合う。

 

「そんなこと言ったら全校生徒が怪しいからな。候補を絞らなきゃ」

「・・・ちなみに博人は誰だと思う?」

 

俺はそう言われ可能性があるやつを考えてみる。

 

「う~ん・・・。まず一人目は教室に最初に来たやつ、つまり第一発見者だな。第一発見者が実は犯人ってことはよくあることだからな」

「推理小説だけじゃないかしら」

「だから可能性だよ。二人目は高田かな?栗山に振られた逆恨みでやったのかも。でも、、、話してみた感じからその可能性は薄いかな?」

「・・・私はその男子の方が怪しいと思うわ」

「あとは・・・周りにいる女子達かな?」

 

それを聞いた維織は失望の目を向けてくる。

 

「あなた・・・あの人たちは違うでしょ。あれだけ栗山さんのことも心配していて、クラス会の時にも犯人探しに一番積極的だったじゃない」

「人は疑ってかかれがモットーの維織がそんなこと言うなんて珍しいな」

「・・・私はそんなモットー言ったことないのだけれど。でもどこを見て思ったの?」

「いや、確かに心配はしてたんだけどなんだかな~。これは俺の勘だな」

「考えすぎじゃないの?」

「だといいんだけど。まあ、俺達で色々調べてみるか」

「そうね」

 

それからも栗山に対しての嫌がらせは止まることはなく、その頻度も頻繁になっていた。

そしてそれは意外な形で俺たちにも影響を及ぼしてくる。

 

「どうしたんだ?こんなところまで連れてきて」

 

ある日の放課後に俺たちは栗山に呼び出され人気の少ないところに連れてこられた。

 

「・・・駒井君と白瀬さんは私に嫌がらせをしている人を探してくれてるんだよね」

 

栗山は昔から悪かった顔色がさらに悪くなっていた。

精神的なダメージがたまっているようだ。

 

「ああ、まだ誰か分からないけどな」

「必ず見つけ出してみせるわ」

 

しかし、俺たちの言葉に栗山は首を横に振る。

 

「もういいよ、探さなくてもいい」

 

栗山の言葉に耳を疑う。

 

「えっ?」

「ど、どうして?」

「ごめんね、一生懸命探してくれてるのに。でも、、、もう大丈夫だから」

「大丈夫って誰がやってたのか分かったのか?」

「・・・ううん。でももういいの」

「ど、どういうことなの?ちゃんと言ってくれないと分からないわ」

 

維織も混乱しているようで珍しく焦っているようだ。

それでも栗山は言葉を濁す。

 

「・・・ごめん」

「どうしたのよ、栗山さん。何かあったの?」

 

栗山は一度もこちらを見ようとはしない。

ずっと下を見ながら言葉を続ける。

 

「・・・私はもう二人とは一緒に居れない」

「えっ?な、何を言っているの?」

「私は花園さんと一緒に居るから。だから、、、だから私は一緒には居れない。・・・居ちゃいけないから」

「そ、そんな。わ、私たちが何かしたの?」

「ううん、二人は何もしてないよ。・・・でも、ごめんね」

 

さっきから栗山の言ってることは支離滅裂だ。

多分、言いたくて言ってるわけじゃないんだろうな・・・。

 

「誰かに何か言われたのか?」

「・・・何も言われてないよ。これは私が決めたことだから」

 

栗山の目から涙がこぼれる。

 

「ごめんね、白瀬さん、駒井君。・・・バイバイ」

 

栗山が走っていく。

 

「ま、待って栗山さん!!」

 

追いかけようとする維織の肩をつかむ。

 

「な、何するの!?早く追いかけないと」

「落ち着け。今追いかけて何か言っても無駄だよ」

 

『さっきの栗山の言葉から大体分かってきたな。後はちゃんとした証拠が必要か・・・』

 

「・・・じゃあどうするのよ」

「とりあえず家に帰ろう。話はそれからだ」

 

さて、ここからだな。



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調査

少し投稿が遅れてしまってすいません。


家に帰りひとまず維織を落ち着かせる。

 

「落ち着いたか?」

「・・・まだ信じられないわ。なぜ栗山さんはあんなことを」

「まあ、、、何か理由があるんだろうな」

「・・・なんで博人はそんなに悠長なのよ」

「悠長というか色々と考えてるんだよ」

「こんな時に何をよ」

「どうやって犯人って証拠を見つけるかなって思って」

「証拠ってまだ犯人も分かってないのに・・・まさか、分かったの?」

「ああ、多分当たってる」

「誰なの?!」

「花園だ。今回はちゃんと考えもある」

「何なの?」

「簡単なことだよ、栗山が俺達から離れるって言ったことだ」

 

維織はあまりピンと来ていないらしく首を傾げる。

 

「言ってただろ栗山が、俺達とは一緒に居れないって。おかしいと思わないか?調べるのを止めて欲しいならそう言うだけでわざわざ俺達から離れる必要はない」

「それはそうだけど、でもそれがどう花園さんに繋がるの?」

「それも栗山が言っていた『花園と一緒に居る』っていうセリフからだよ。栗山は花園達とって言わなかっただろ?何でだ?」

「何でって、それは・・・」

「花園はクラスの女子の中心人物だ。だから花園と一緒に居るってことは周りの女子とも居るってことだろ?なのに栗山は花園としか言わなかった。まあ栗山は無意識で花園としか言わなかったんだと思うけどな」

「・・・どうしてなの?」

「ここからは俺の想像なんだけど」

 

そう前置きをしてから話し始める。

 

「多分栗山はやってるのが花園だって気づいたんだ。その現場を見たのか、誰かに聞いたのか、自分で考え付いたのかは分からないけど、まあ多分見たんだろうな」

「どうして?」

「考え付いたなら俺達に相談しに来てるだろ。気づいたからって何も考えずに行動するような奴じゃないから」

「確かにそうね、博人とは違うものね」

「話の腰折るなって。まあそれでその現場を偶然見た栗山は同時に見ていることを花園に気づかれた。多分そこで花園に何か言われたんだろ」

「・・・私たちに言ったら酷い目に会わせるとか?」

「いや、俺達に何かするって言ったんだろ。そう言われたら何もできなくなるって花園は分かってたんだろうな」

「・・・最低ね」

 

維織の目に怒りの火が灯る。

 

「だから栗山は俺達から離れることにした。俺達が花園から危害を加えられないように。それでも相談の一つでもしてくれたらよかったのにな・・・まあそこが栗山らしいと言っちゃらしいけど」

「・・・そうね」

「まあさっきも言ったけどこれは俺の想像だから。合ってるかは分からないよ」

「分からないなら直接聞けばいいのよ。花園さんにね」

 

完璧に臨戦態勢だ。

 

「待てって。ここではっきりとした証拠もなしに突っ込んでもし違ったら栗山に危害が及ぶかもしれないだろ」

「それは・・・」

「だから取りあえず証拠を見つけよう。花園の所に行くのはそれからだ」

「・・・分かったわ。それじゃあ、まずはどうするの?」

 

聞かれるだろうと思ってあらかじめプランは考えてある。

 

「今必要なのは花園が栗山のことをいじめている理由だ。だからまずは高田の所に行く」

「・・・高田?誰?」

 

・・・忘れるの早いな。

維織は記憶力はいいがどうでもいいと思ったことはすぐ忘れる。

 

「栗山に告白した男子だよ。栗山がいじめられ始めた時期はその後位からだからな。栗山にそれ以外に目立ったことは特になかったと思うから」

「それに関係があるのかしら」

「分からないけど何かしら分かることはあるだろ」

「・・・そうね。なら明日にでも行きましょうか。何組の人なの?」

 

痛いところを突かれた。

 

「・・・いや知らない。維織は知らないか?」

「名前も知らなかったのに知ってる訳ないじゃない。というよりこの前呼び出した時に教室まで行ったんじゃないの?」

「その時は栗山一人で行ったから・・・。明日探すか」

 

いきなり前途多難だな。

                       ・

                       ・

                       ・

次の日、休み時間を使ってクラスを調べた。

時間がかかるかと思っていたが流石のイケメンとあってすぐに見つかった。

そして放課後に会う約束をし、話を聞かせてもらった。

 

「栗山さんのことは聞いてるよ。酷いやつもいるもんだな。僕が出来ることなら何でも協力するよ」

「助かるよ」

 

早速、質問に入る。

 

「まず、栗山に告白した後に何か変わったことはなかったか?」

「変わったこと?う~ん・・・特に何もなかったよ」

「そうか・・・」

 

『花園が何かアクションを起こしてるかもと思ったけど。やっぱりこのことは関係ないのかな?』

 

「高田君は普段から告白することは多いの?」

 

こっちが色々と考えている間に維織は聞きにくいことをずけずけと聞いていく。

流石の高田も少し苦笑いしている。

 

「・・・いや、告白したのは栗山さんが初めてだよ」

「なら、告白されることは多いのか?」

 

俺も質問をする。

 

「自分で言うのは少し変だけど、まあそうかな」

「・・・ちなみに誰からとか覚えてないか?」

「え~と、、、あんまり覚えてないな」

「まあそうだよな」

 

いまいち良い情報がないため、少し核心に触れてみる。

 

「高田は花園ってやつ知ってるか?」

 

少し考えるかと思っていたが高田はあっさりと答える。

 

「花園さんって一組の?もちろん知ってるよ」

「あいつってそんなに有名なのか?」

「有名というより友達が多いんだよ。五組にもよく友達と話に来てるから。ああ、そう言えば・・・」

 

高田が何かを思い出したようだ。

 

「なんだ?」

「こんな事勝手に言ってもいいのか分からないんだけど、、、実は昔に花園さんにも告白されたことがあるんだよ」

「えっ?」

「えっ?」

 

維織と声がハモる。

 

「そ、それはいつのことだ?」

 

思わず高田に詰め寄る。

 

「え、え~と、、、一か月前くらいかな?」

 

一か月前ということは栗山が告白された少し前ということになる。

維織もそれに気づいたらしく小さい声で話しかけてくる。

 

「それが原因?」

「直接的な原因かは分からないけど無関係じゃないとは思う」

 

その事が関係している可能性は高い。

それが聞ければ十分だ。

 

「ありがとう、話を聞かせてくれて」

「いや、役に立てたなら良かったよ」

 

別れを告げて帰ろうとすると高田から呼び止められる。

 

「・・・一つ聞いてもいいかな」

「なんだ?」

「君は本当に栗山さんと付き合っているのかい?」

「・・・なんでそう思う」

「前も言ったけど君は栗山さんのことは栗山と呼ぶのにその子のことは維織って下の名前で呼ぶ。それにもし彼氏なんだったらこんなチマチマと情報なんか集めてないで突撃すればいいじゃないか。自分の彼女がやられてるにしてはえらく慎重すぎないか?君は本当は栗山さんのことをどう思っているんだい?」

「・・・そういうことか。確かにこの前のことは謝るよ。でも俺がどう思ってるかなんてお前には関係ないだろ?行こう、維織」

「え、ええ」

「誤魔化すのかよ」

 

高田の挑発のような言い方に立ち止まり振り返る。

 

「・・・好きだよ」

「!!ひ、博人・・・」

「俺は栗山も維織も同じくらい好きだ」

「二人とも?随分と自分勝手だな」

「・・・そうかもな。じゃあな」

 

足早にその場から立ち去る。

すると後ろから維織が追いかけてくる。

 

「博人待って」

「あ、悪い。早く歩きすぎた」

 

維織は戸惑いながら聞いてくる。

 

「ひ、博人さっきのは・・・」

「そのままの意味だよ。二人は大切な友達だからな」

「・・友達?・・・そういうことね」

 

維織は安心したようながっかりしたような顔をしている。

 

「そうそう。さっ、家に帰って色々考えようぜ」

「そうね。・・・博人」

「ん?」

「私も・・・好きよ」

「・・・ありがと」

「と、友達としてだけどね」

「分かってるよ」

 

その後、家に帰り維織と話し合った。

結局、今日色々と聞きまわったが高田の意見以外はいいものがなかった。

その結果、好きだった高田が栗山のことが好きだということが分かり、その恨みからいじめているのではないかという結論に達した。



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追及

「二人ともどうしたの?こんな朝早くに」

「ちょっと話があってな」

 

高田と話した三日後の朝に俺達は花園を呼び出した。

 

「話?」

「ああ。・・・栗山のことだ」

「胡桃ちゃん?そう言えば最近二人とじゃなくて私とずっといるね。喧嘩でもしたの?」

「!!それはあなたが・・・」

 

食って掛かる維織を制止する。

 

「落ち着け維織。ここは俺がやるから」

「くっ!!・・・分かったわ」

 

改めて花園を見る。

 

「俺達は別に喧嘩している訳じゃないよ。というより理由は花園が一番知ってるんじゃないか?」

「えっ?知らないよ。心配して胡桃ちゃんに聞いても教えてくれなかったから」

 

『遠回しに言っても無駄か・・・。なら・・・。』

 

「なら単刀直入に言うよ。・・・栗山をいじめているのはお前か?」

 

花園の様子を観察する。

しかし、動揺した様子はない。

 

「私が?違うよ~、胡桃ちゃんにそんなことする理由が-」

「理由ならあるわ」

 

耐えきれなくなった維織が花園の言葉に割り込む。

 

「・・・何?」

「あなたは一か月前に五組の高田君に告白しているわね」

「うん、したよ。好きな人がいるからって振られちゃったけどね。でも何で知って-」

「その後、あなたは高田君の好きな人が栗山さんだということを知った」

 

その時花園の体がピクッと動くのを見逃さなかった。

 

「その逆恨みで栗山さんのことを-」

「止めてよ!!私は高田君の好きな人が胡桃ちゃんだったなんて知らなかったし、そんな理由でいじめたりなんてしたりしないよ!!そんなことが言いたいことなら私はもう行くから!!」

「待ちなさい!!話はまだ-」

「いや、もういい」

 

熱くなってきた維織を止める。

 

「博人!?」

「これ以上言っても無駄だよ。悪かったな花園、朝早くから呼び出したりなんかして」

「ホントだよ。しかもそれで急に私のことを犯人扱いなんて」

「本当に悪かった」

「・・・もういいよ。じゃあ私はもう行くよ」

「分かった。そうだ、花園に一つだけ」

「何?まだ何かあるの?」

 

花園は少し怠そうにこっちを見てくる。

 

「お前が何しても栗山には勝てないよ。何もかもな」

 

花園は目を見開く。

 

「!!! わ、訳分かんない」

 

怒って走り去っていく花園を見てため息をつく。

 

「・・・いらないこと言っちゃったかな」

「いいわよ、事実なのだし。・・・結局、花園さんが犯人なの?」

「多分。一瞬動揺した時があったから」

「でも、もし花園さんが犯人なら今のことで栗山さんに何かする可能性があるんじゃないの?」

「・・・だな。維織を止めたのは間違いだったかな」

 

でも後悔先に立たずだ。

 

「今日はいつもよりも花園のことを注意して見張っておこう」

「そうしましょうか。・・・それと博人は間違っていないわ」

「・・・だと良いんだけどな」

 

その後授業が始まり何事もなく三限目まで終わった。

四時間目の音楽は忘れ物をした生徒に対してとても厳しいことで有名な先生の担当でみんな忘れ物には細心の注意を払っていた。

しかし・・・

 

「胡桃ちゃん教科書忘れたの?今日の先生は忘れ物に厳しい人だよ」

 

栗山はまた教科書を隠されたらしい。

最近は起こっていなかったため今朝のことが影響しているのかもしれない。

俺は花園の心配そうな顔をじっと見つめる。

 

「ほ、他のクラスの人に借りてくるから花園さんは先に行ってて」

「うん、分かった。急いでね」

 

花園は引き止めない。

栗山に他のクラスの友達がいないことを知っているからだ。

 

「本当に最低ね。自分で隠したくせに。人間の屑だわ」

「まあ、俺のせいでもあるからな」

「私もよ。あの時ちゃんと言えていればこんなことには・・・」

「・・・何とかするよ」

「えっ?」

 

俺達以外の生徒が教室から出た瞬間に栗山の方に歩いて行く。

話すのは一週間ぶりだ。

 

「栗山、俺の教科書を持っていけ。名前は書いてあるけど内側だから見えないようにしろ。あとは頑張って適当に誤魔化してくれ」

「えっ?で、でもそれじゃあ駒井君が!!」

「気にするな。維織行くぞ」

「え、ええ」

 

栗山を教室に残しさっさと音楽室に向かう。

万が一花園に見られていたりしたら面倒だ。

 

「だ、大丈夫なの?」

「怒られるくらいなんでもないよ。俺のせいでもあるし、なにより栗山がこれ以上花園に踊らされているところなんて見たくないからな」

 

音楽室に到着してすぐに教科書を忘れたことを先生に報告する。

 

「先生、教科書を忘れてしまいました」

「あれほど忘れ物はするなって言ってただろ!!」

 

噂通りの剣幕で説教をしてくる。

その途中で授業開始のチャイムが鳴る。

 

「駒井、授業が終わってからもう一度来い!!」

「・・・分かりました」

 

『面倒だな・・・。』

 

心の中で舌打ちをする。

 

「じゃあ授業を始めるぞ。駒井は隣の席の奴に見せてもらえ」

「分かりました」

 

教室と同じ席順なので隣は維織だ。

 

「悪いな。教科書見せてくれ」

「ええ、どうぞ」

 

授業が始まってしばらく経った時、維織が教科書に何かを書く。

 

“博人ばかりに迷惑をかけてごめんなさい”

 

ちらっと維織を見ると申し訳なさそうな顔が見える。

 

“俺がしたいからしてるだけだよ”

 

そう書いて維織に笑いかけ安心させる。

                      ・

                      ・

                      ・

「じゃあ駒井来い!!」

 

授業が終わり先生に呼び出される。

 

「はい」

「外で待ってるわ」

「大丈夫、先に帰っといてくれ」

「・・・分かったわ」

 

説教は十分くらい続きやっと解放された。

 

「はあ、めちゃくちゃ疲れた。教科書忘れたくらいで説教が長いんだよあの先生は」

 

ぶつくさ文句を言いながら教室に帰る。

音楽室がある階は美術室、コンピュータ室しかなく昼休みになると人が全くいない。

 

「・・・トイレ行くか」

 

音楽室は四階にあり俺達の教室がある二階に行くまでに我慢できそうもない。

 

「ふう、すっきりした」

 

無事にトイレを済ませ教室に帰る。

 

『そう言えば、隣の女子トイレは清掃中の札がかかってたな。なんでこんな時間に掃除なんてしてるんだろ。・・・まあ、どうでもいいか』

 

教室に帰ると維織が教室の前でうろうろしていた。

俺に気付いた維織がこっちに駆け寄ってくる。

 

「博人!!」

「どうした?」

「栗山さんが帰って来ないの・・・」

「えっ!?」

 

中の人に気付かれないように教室を見渡す。

 

「・・・本当だ、いない」

「私はあの後すぐに教室に帰ったのだけど、まだ二人とも帰ってきてなかったの。でもしばらくしたら花園さんだけが帰ってきて、、、栗山さんがいなくて・・・」

 

今日花園はずっと栗山と一緒に行動していた。

いつも一緒に居る周りの女子ともバラバラだった。

 

「このためにいつもいる女子達とは別行動をしていたのか・・・。周りに気付かれないように」

「私がちゃんと見ていたら・・・」

 

維織の顔は後悔と自責の念にかられている。

 

「反省は後だ。早く栗山を探すぞ」

「ええ、早く見つけないと」

 

維織と手分けをして栗山を探す。

 

『どこにいるんだ、栗山!!』

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

『寒い・・・』

 

身体が動かない。

借りた教科書は濡れてぐちゃぐちゃになって床に捨てられている。

 

『私のせいで駒井君の教科書が・・・。せっかく貸してくれたのに・・・』

 

身体が痛むがそれが一部分なのか全身なのかが分からない。

頭がぼおっとして身体を動かす力が出てこない。

 

『・・・あの時と同じ。私は死ぬのかな・・・』

 

小学校に上がる前に家で倒れ生死をさまよった時と同じ感覚だ。

 

「うっ、うっ・・・」

 

涙が零れ落ちる。

これはきっと罰なんだ。

私を助けてくれようとした二人を拒絶した。

大好きな二人を傷付けた。

 

「助けて・・・」

 

口から震えてかすれた声が零れる。

 

「助けて・・・白瀬さん・・・駒井君・・・。・・・助けて」

 

何分経ったか分からない。

どこからか私の名前を呼ぶ声が聞こえる。

大好きな人の声。

その声が近付き・・・

 

「栗山!!!」

 

扉を開け駆け寄って来てくれたのは・・・駒井君だった。



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真実

『どこにいるんだ、栗山!!』

 

見つからない。

焦りが思考を邪魔してくる。

 

『焦るな。焦ると頭が上手く回らない』

 

しかし、それに反してどんどん焦りが募る。

栗山がまだ帰って来ていないってことはどこかで動けないようになっている可能性もある。

無理やり思考を巡らせる。

 

『栗山はまだ誰にも見つかっていない。ならいるのは人の往来が少ない場所って可能性が高い。昼休みに往来が一番少ないのは四階だけど音楽室も美術室もコンピュータ室も鍵が掛けてある。それ以外の場所は・・・駄目だ、分からない』

 

これ以上考えている時間はない。

とりあえずまだ行っていない所に行こうと思い走り出そうとした瞬間、一つの記憶が引っ掛かる。

こんな時間に清掃中の札がかかっていた四階の女子トイレ。

特に気にしていなかったがあれなら放課後の掃除時間まであそこに入る人は誰もいない。

 

『あそこか!!』

 

階段を全力で駆け上がる。

たどり着いた四階には誰の姿もない。

清掃中の札がかかった女子トイレの扉を躊躇なく開ける。

 

「栗山!!!」

 

そこには全身びしょ濡れになって床に横たわっている栗山がいた。

 

「栗山!!大丈夫か!!」

「・・・駒井君?なんでここが・・・」

「さっきこの階のトイレに行ったとき女子トイレに不自然な清掃中の札がかかっているのを思い出したんだ」

 

栗山は苦しそうな息をしている。

それを見て怒りが沸々と湧き上がってくる。

 

「・・・ごめんなさい」

「えっ?」

「駒井君に貸してもらった教科書、ぐちゃぐちゃになっちゃった・・・」

 

栗山の目線の先には濡れてぐちゃぐちゃになった紙くずが落ちている。

 

「そんなの気にするな。栗山は何も悪くないだろ。身体は動くか?」

「・・・動かないの。自分の身体じゃないみたいに・・・。なんでだろ・・・」

「分かった。とりあえず保健室行くぞ」

 

自分の上着を栗山に被せて、お姫様抱っこする。

 

「・・・駒井君、汚れちゃうよ」

「気にするなって。出来たらどっかに掴まっといてくれ」

「・・・うん。・・・ありがと」

 

ゆっくり俺の袖を掴む。

栗山は話すのもしんどいようだ。

保健室まで急ぐ。

 

「はあっ、はあっ、はあっ・・・」

「・・・駒井君、重い?」

「いや、軽い。大丈夫だ」

 

なんとか保健室に辿り着き中に入る。

周りを見渡すが先生はいないみたいだ。

とりあえず栗山をベッドに寝かせる。

 

「とりあえず服を着替えた方が良いな。・・・栗山?」

 

栗山はさっきよりも息が荒く、顔が赤い。

 

「お前、、、熱があるんじゃないか?」

 

おでこに手を当てる。

 

「熱いな。くそっ、どうしよう・・・」

 

『こんな時に先生がいないなんて』

 

右往左往しているとドアが開き、維織が入ってくる。

 

「栗山さん!!」

「・・・白瀬さん」

「酷い・・・。なんでこんな・・・」

「維織!!いい所に来てくれた。栗山が熱あるみたいなんだ」

「え!?・・・本当ね、熱い」

「だから栗山の服を着替えさせてやってくれ。俺は薬とか冷えピタとか探す」

「分かったわ。・・・見ないでよ」

「見る訳ないだろ」

 

後ろを見ないように薬を探す。

                     ・

                     ・

                     ・

「ふう、とりあえず落ち着いたかな」

 

栗山の服を着替えさせ、薬も飲ませた。

 

「・・・ごめんね、二人とも。迷惑ばっかりかけちゃって」

「何を言っているのよ。あなたは何も悪くないのよ。悪いのは・・・」

 

維織は唇を噛み締める。

 

「・・・栗山、真実を教えてくれないか?」

「・・・うん」

 

栗山がゆっくりと話し始める。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

あれは忘れ物をして授業中に教室に取りに言った時だったの。

体調が悪いと言って保健室に行ったはずの花園さんが私の机から教科書を取ってどこかに持って行こうとするところを偶然に見てしまった。

 

『あれは花園さん?確か保健室に行くって言ってたはずじゃなかったっけ?それにどうして私の教科書を・・・。・・・まさか!!』

 

駒井君と白瀬さんに相談しようと思ってそっと戻ろうとした時、足が掃除道具箱に当たってしまい鈍い音が廊下に響く。

 

「!! 誰!?」

 

慌てて逃げようとするが目が合う。

花園さんはいつものように笑いながら話しかけてくる。

でも、まるで知らない人のように見えた。

 

「胡桃ちゃんじゃん。どうしたの?まだ授業中だよ?」

 

乱れてきた呼吸を落ち着ける。

 

「・・・花園さんこそ保健室に言ってたんじゃなかったの?そ、それに何で私の教科書を。」

「これ?これはねぇ教室で拾ったの」

 

バレバレの嘘を笑いながら言う姿に背筋が凍る。

 

「・・・今までのこと全部花園さんがやってたの?」

「あれ、いつもは麗香ちゃんって言ってくれるのにどうしたの?そんな他人行儀に」

「胡麻化さないで!!」

「・・・今までのことって?」

「教科書隠したり机にペンキかけたりしたことだよ!!」

 

思わず大きい声が出てしまう。

そうしないと足の力が抜けそうだ。

花園さんは諦めたように息を吐く。

しかし、顔は笑ったままだ。

 

「はあ、まさかよりにもよって胡桃ちゃんが教室に戻ってくるなんてね・・・。少し強引になりすぎたかな」

 

花園さんは他人事のように話し続ける。

 

「・・・どうして?花園さんはあんなに仲良くしてくれたのに・・・」

「仲良く、ねぇ・・・。確かに最初は胡桃ちゃんとも友達になりたいと思ってたけどね。・・・あの事がなかったら」

「あの事?」

 

花園さんの顔が怒りで歪む。

 

「忘れてるでしょ?胡桃ちゃんは沢山の人の中から選ばれたくせにそれを無下にして騙して、そのことすら忘れてのうのうと生活している!!私はそれが許せない。・・・許さない、絶対に!!」

 

彼女が何を言っているかは分からない。

でもいつもの花園さんはもういなかった。

私は怖くなって逃げようと後ずさる。

 

「あの二人に言ったらどうなるか分かってるの?」

「えっ?」

 

足が止まる。

 

「もし胡桃ちゃんがあの二人に言ったら・・・あの二人も胡桃ちゃんと同じ目に遭っちゃうかもよ?」

 

彼女は相変わらず笑っている。

しかし、目は笑っていなかった。

 

「そ、そんな・・・。あの二人は関係ないよ!!」

「それは私が決めることだよ。胡桃ちゃんが決めることじゃない。で、どうするの?」

 

答えは決まっている。

駒井君と白瀬さんを巻き込むわけにはいかない。

 

「・・・分かった」

「物分かりが良くて良かったよ。でもこれだけじゃあな~」

 

彼女は楽しそうな笑顔を浮かべる。

その顔はまるで何かのゲームをしているように楽しそうだった。

 

「じゃあまずはあの二人から離れてもらおうかな」

「えっ!?そ、そんな・・・」

「あの二人と一緒に居られると色々面倒だからね。今日の放課後にでも二人に行って来てよ。分かった?」

 

ここで何か言っても無駄だと分かった。

 

「・・・・分かった」

「じゃあ頑張ってね」

 

彼女は私に笑いかけて教室を出て行った。

私の教科書は床に捨てられていた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「それでその日の放課後に二人と話をしたの」

 

やっぱり犯人は花園で合ってたみたいだ。

話を聞いて怒りがさらに湧き上がる。

維織も言わずもがなだ。

 

「そうか・・・。でも、俺達のことなんて気にするなよ。そんなことくらいで俺達はどうにもならないよ」

「そうよ。それでも私達に相談してくれれば・・・」

 

栗山は困ったように笑いながら静かに首を振る。

 

「言えないよ。大好きな友達なんだもん。迷惑かけられないよ」

「・・・栗山の気持ちは分かったよ。俺達のことを考えてくれたんだな。ありがとう」

「ありがとう、栗山さん」

「・・・うん」

 

本題はここからだ。

 

「・・・それで、今日はいったい何があったんだ?何でこんなことに・・・」

「・・・私が音楽の教科書を持っていたことについて花園さんが責めてきたの」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

授業が終わってすぐに周りの人達に気付かれないように四階のトイレに連れ込まれる。

 

「何で胡桃ちゃん、教科書持ってるの?他のクラスに貸してくれる人なんていないでしょ?」

「こ、これは・・・」

 

駒井君からは誤魔化せって言われていたけど良いアイディアが思い付かない。

頭が真っ白になって何も話せずに居ると、彼女は何かを思い出した。

 

「・・・そう言えば今日、駒井が教科書忘れて怒られてた。教室では持っていたはずなのに。・・・まさか!!」

 

私が手に持っていた教科書を奪って中を見る。

 

「あっ!!」

「駒井、、、博人。へえ、そう言うことね・・・」

「こ、駒井君は関係ないよ!!私が勝手に!!」

「へえ、胡桃ちゃんは馬鹿だとは思ってたけどここまで馬鹿だとはね・・・」

 

彼女は教科書を半分に引き裂き、地面に投げ捨てる。

 

「な、何して・・・!!」

「ふざけるな!!」

 

彼女の目は怒りで燃えている。

 

「私がせっかく情けをかけてやったのにこういうことするんだ。ならもう知らないよ?あの二人がどうなっても」

「!! 止めて!!お願い、あの二人には何もしないで!!」

 

服を掴んで懇願する。

 

「離せ!!」

 

振り払われバランスを崩し壁にぶつかって床に倒れる。

 

「痛っ!!」

 

倒れた私を見る彼女の目は泥のように黒く淀んでいた。

 

「駒井もムカつくのよ。人のことを馬鹿にしたようなこと言って。私が、、、こいつより劣ってる?」

 

彼女は水の入ったバケツを見つけると、私に勢いよくかけてくる。

 

「!! やめっ・・・ゴホッ、ゴホッ・・・」

「ははっ・・・ははは・・・」

 

笑い声がトイレに響く。

 

「惨めだね。でもお似合いだよ。こんな女を好きになるなんて高田君の目も節穴だなあ」

 

バケツを私の近くに投げ捨てて入り口に歩いて行く。

 

「じゃあね、胡桃ちゃん」

 

笑顔でそう言うと彼女は扉を閉めた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「それで身体が動かなくなっちゃって、昔倒れた時と同じ感覚で、、、私死んじゃうのかなって思って・・・」

「大丈夫よ。あなたは死んだりなんかしないわ」

 

維織は目に涙を浮かべながら栗山の手を優しく握る。

 

「教えてくれてありがとう、栗山。あとはゆっくり休んでな」

「うん・・・。」

 

栗山の頭を優しくなでる。

 

『結局今回起こった原因はほとんど俺のせいだな。ちゃんと責任はとらなきゃな』

 

「維織、昼休みはあと何分だ?」

「えっ?あと十五分くらいだけど」

「分かった、ありがと」

 

ゆっくりと立ち上がる。

 

「ちょっと行ってくるよ」

「えっ?どこに行くのよ」

「お花摘み」

 

保健室を出る。

お花摘みというのはトイレに行くことの隠語だ。

しかし、もちろんトイレに行くわけじゃない。

俺が摘むのは花は花でもクラスに咲く、、、悪の花だ。



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成敗

人々の喧騒を抜けてクラスに歩いて行く。

どこもかしこも昼休みの騒がしさはまだ続いている。

教室に入ると花園も例にもれず周りの女子達と楽しそうに喋っているのが見える。

自分のしたことなどまるで忘れたかのように。

 

「花園」

 

花園のもとに歩み寄り、声をかける。

俺の呼びかけに花園はこっちを振り向く。

 

「駒井君?どうしたの?何か-」

「殴られるか栗山に謝るかどっちがいい?」

「・・・えっ?な、何急に-」

「どっちがいいかって聞いてるんだ。答えろよ」

 

教室が静かになりクラスの人全員がこっちを見ている。

 

「答えろ」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「はあ、はあ、はあ・・・」

「栗山さん、大丈夫?」

「・・・うん」

 

廊下に人の気配はない。

そろそろ保健室の先生も探してきた方がよさそうだ。

なにより・・・

 

「博人、なかなか帰って来ないわね。いくらなんでも長すぎよ」

「・・・白瀬さん」

「どうしたの?」

「・・・さっき駒井君が言ってた“お花摘み”ってどういう意味なの?」

「ああ、あれはトイレに行くっていう意味よ。普通は女子が使う言葉なんだけどね」

「・・・またなんだ」

「どういうこと?」

「・・・駒井君、さっきもトイレに行ったって言ってたから」

「えっ?」

 

栗山さんの言葉を聞いてさっきの博人の言葉に違和感を覚える。

 

『そう言えば博人は普段あんなことは言わない。ならこんな状況で言うはずがない。・・・ということは何か意味があった?お花摘み・・・花、、、摘む、、、摘み取る・・・』

 

「・・・まさか!!」

 

嫌な予感がする。

 

「・・・どうしたの?」

「ごめんなさい栗山さん。少し席を外すわ」

 

言うや否や立ち上がり、扉に向かう。

扉を開けると保健室の先生と鉢合わせる。

 

「ビックリした!!何して-」

「先生、栗山さんのことお願いします」

「えっ?ちょ-」

 

教室まで走る。

博人を止めるために。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「答えろよ」

 

花園が少し慌てだす。

きっとこれは演技ではないのだろう。

 

「き、急に何言ってるの?よく分からないんだけど」

「ならはっきり言ってやるよ。栗山をいじめていたことを謝るか、俺に殴られるかどっちがいい?」

「!!」

 

クラスの人達の間でざわめきが起こる。

 

「誤魔化しはいらないぞ。・・・全部栗山から聞いてるんだからな」

 

花園の顔がさらに驚愕の色に染まる。

 

「・・・胡桃ちゃんが喋ったのね」

「ああ。だから諦めろ」

 

そう言うと花園は諦めたように下を向く。

すると小さく笑い声が聞こえてくる。

 

「・・・何笑ってるんだよ」

 

花園が顔を上げる。

しかしその顔はまるで仮面が剥がれたかのように別人のように見えた。

 

「うん、そう。全部私がやったんだよ」

「・・・えらく正直になったな」

「こんな教室のど真ん中ではっきりと全部言われちゃったら誤魔化しても嘘くさく聞こえちゃうだけだからね~」

 

余裕をかましている花園の態度にそろそろ我慢の限界が近付いてくる。

 

「お前、、、悪いと思ってるのか?」

「思ってないよ。だって悪いのは胡桃ちゃんなんだからさ」

「・・・なんだと?」

「私は胡桃ちゃんとお友達になりたかった。でもまさか胡桃ちゃんがあんな人だったなんてね。失望したよ」

「・・・何の話をしてるんだ」

 

花園の言っている意味が分からない。

 

「高田君のことだよ。駒井君も一緒に居たから知ってるでしょ?」

「!!」

「私が高田君に告白して振られたのは知ってるよね。私もそれは仕方ないと思ってる。だってそれは高田君が考えて出してくれた答えだから。でも、私は胡桃ちゃんが高田君の告白を断るところを見た。駒井君を彼氏役にしてね」

 

あの時感じた嫌な気配。

あれは花園だったのか・・・。

 

「それが許せなかった。胡桃ちゃんが高田君のことを好きじゃないのは分かってた。でも自分を好いてくれている人のことを騙してまで断る?」

「・・・そんなことで栗山をいじめたのか?」

「そんなこと?確かに部外者からしたらそうだろうね。でも一番ムカつくのは高田君の好意を騙して断って、挙句の果てにはそのことを忘れていたこと。だから少しだけ罰を与えたんだよ」

「・・・罰だと?栗山がどれだけ苦しんでると思ってんだ。今だって熱まで出てるんだぞ?」

「なんだその程度なんだ。何かもっと面白いことになると思ってたのな~。残念」

 

花園がつまらなそうに言う姿を見てついに堪忍袋の緒が切れる。

その瞬間、花園に殴りかかる。

花園の顔にパンチが当たる瞬間・・・

 

「止めなさい、博人!!」

 

手が止まる。

振り返るとそこには息を荒くした維織が立っていた。

 

「維織・・・」

 

息を切らしながらこっちに歩いてくる。

 

「男子が女子に暴力を振るったなんてことになったら大問題になるわ。そうなってしまったらそいつの思う壺よ」

 

維織の言葉で頭が冷静になっていく。

そして腕をゆっくりとおろす。

 

「博人は後先考えずに突っ込みすぎなのよ。少し頭を冷やしなさい。後は私に任せて」

「・・・ああ、任せたよ」

 

長く息を吐く。

 

『完全に我を忘れてた。今回のことはほとんど俺が招いたことなのにまた迷惑をかけるところだった。維織のおかげで-』

 

バシッ!!

 

短い乾いた音が教室に響く。

慌てて見ると花園が頬を押えて驚いた顔をしながら床にへたり込んでいる。

どうやら維織の見事なビンタが炸裂したらしい。

 

「私の大切な友達に酷いことをして、挙句の果てには責任を認めない。恥を知りなさい!!」

 

へたり込んでいる花園を見下ろして一喝する。

 

「・・・えっ?え~!?な、何してるんだよ!!人がせっかく見直してたのに!!暴力は駄目なんじゃないのかよ!?」

「私は暴力が駄目だとは言っていないわ。男子が女子に暴力を振るうのが駄目と言っているの。男子が女子を叩くのは事件だけど女子が女子を叩くのは喧嘩として処理されるから大丈夫よ」

 

維織は昔から時々とんでもない理論を展開してくる。

 

「い、いや大丈夫じゃないだろ。ていうか暴力は駄目だって」

「博人だけには言われたくないわね」

「・・・ごもっとも」

「痛~・・・」

 

そんな話をしていると蹲っていた花園が顔を上げ、維織を睨みつける。

 

「暴力振るうなんて最低!!白瀬さんっていつもはすました顔してるのに実は暴力女なんだ。男たらしと暴力女の二人と一緒に居るなんて駒井君も趣味が悪いね」

 

基本、人間はそう簡単には変わらない。

昔からとんでもない理論を展開してきたり毒舌だったりする維織も、こんな状況になっても喧嘩を売ってくる花園も、考える前に手が出る俺も、簡単には変われない。

 

バシャ

 

近くにあった皆が給食の牛乳パックを濯いだバケツの水を花園にぶっかける。

 

「栗山と維織のことを馬鹿にするんじゃねえよ。あとお前が言うな」

 

俺の台詞を聞いて呆然としていた花園が我に返る。

 

「・・・え?」

 

そして自分の今の状況を見て・・・

 

「キ、キャーー!!」

 

花園の大きな悲鳴が教室に響き渡る。

流石のこれにはクラスの人達も騒ぎ出す。

 

「・・・博人はやっぱりいつまで経っても博人ね」

「・・・お互い様な」

 

その後、騒ぎを聞きつけた先生が来て俺たち二人は指導室に連れていかれた。

                      ・

                      ・

                      ・

放課後になり母さんも学校に呼び出される。

 

コンコン

 

「失礼します」

 

母さんが指導室に入ってきて俺と維織の顔をチラリと見てから俺の隣に座る。

 

「それで今回はうちのバカ息子と可愛い娘が何かしましたか?」

「いや、差別だろ・・・」

「私、娘じゃないんですけど・・・」

「まあまあ、細かいことは気にしないで」

 

三人で喋っていると先生が咳払いをする。

 

「今回はかくかくしかじかの理由でお母さんに学校に来てもらいました」

「・・・なるほど、二人とも相変わらずだな~」

「人間はそう簡単には変わらないものだと思います」

「俺は成長しただろ。手出してないし、バケツだし」

「そういう問題じゃないでしょ。」

 

母さんのゲンコツが頭に炸裂する。

 

「痛!!いきなり殴るなよ!!」

「博人がしょうもないこと言うからでしょ」

「絶対遺伝だよ。俺が先に手が出るの」

「今はそんな話をしているんじゃないんですよ」

 

先生がイライラし始める。

 

「二人は反省しているのか?」

「していません。私は悪いと思っていませんから。花園さんの自業自得です」

「してませんけど教室を汚してみんなに掃除させてしまったことは反省してます」

「ふ、ふざけているのか!!」

 

先生が怒鳴り散らし始めた時に母さんが話し出す。

 

「確かに今回のことはこの二人に非があります。しかし、この二人はなんの理由もなく人を傷付けるような子達ではありません。何か理由があったのではないでしょうか?」

「理由はちゃんとある。俺が全部話すよ」

 

今まであったことを母さんにすべて話す。

栗山がいじめられていたこと、そして今日のことも。

 

「・・・分かった」

 

そう言って母さんは改めて先生の顔を直視する。

 

「それを聞いたらなおさらこの二人がしたことも仕方がないと思います」

「仕方ないじゃ済まされないことなんですよ。白瀬は花園を叩いて、駒井なんて牛乳バケツの水をかけたんですから」

「花園さんもそうですよね。胡桃ちゃんの教科書を隠したり、トイレで水をかけた。まったく同じことじゃないですか。」

「・・・確かに花園にも問題がありました。今、他の部屋で話を聞いています。だからと言ってこの二人がやったことも許していいことではないんですよ」

 

先生と母さんの会話はまだまだ続く。

 

『話長いな~。早く栗山の所に行きたいんだけどな』

 

横をチラッと見ると維織も少し退屈そうにしている。

 

「先生がいくら言っても私はこの二人の味方をしますよ。母親ですから」

「・・・はあ、もう分かりました。今日はもうお引き取りいただいて結構です」

 

ついに先生も母さんのしつこさに折れたようだ。

 

「それじゃあ、失礼します」

「失礼します」

「失礼しましたー」

 

外はもう夕方で空が赤く染まっている。

 

「はあ、二人ともちゃんと反省はしなさいよ。学校に呼び出されるなんてもう嫌だからね」

「・・・ご迷惑をかけてすいませんでした」

「ごめん・・・」

 

母さんは俺達の頭を優しくなでる。

 

「でも、友達を助けたのは立派だよ。流石は私の自慢の子供達だね」

「私は違いますけどね」

「も~、維織ちゃんは真面目だな~。私にとって維織ちゃんは大切な愛娘だよ」

 

母さんは維織のお母さんがいなくなってからずっと維織のことを大切にしている。

 

「そ、そんな。あ、ありがとうございます」

「あっ、でも娘になっちゃったら駄目だよね」

「なんでだよ。いつも娘にしたいとか言ってるじゃんか」

「だって兄妹になっちゃったらできないじゃん。結-」

「わ、わーーーーー!!」

 

維織が凄い声を出して母さんの言葉を遮る。

 

「美由紀さん!!止めてください!!」

「ごめんごめん。博人には内緒だったね」

「えっ?何の話?」

「博人はいいの!!」

「お、おう」

 

突然怒られて困惑する。

 

「やっぱり面白いな~、維織ちゃんは。じゃあ私はご飯作らないといけないからもう帰るよ。二人はどうする?」

「保健室に寄ってから帰るよ」

「私もそうします」

「分かった。気を付けて帰って来なさいね。じゃあね」

 

母さんが手を振って帰っていくのを見届けると維織に話しかける。

 

「じゃあ保健室行くか」

「ええ」

「そう言えばさっきはなんで怒ってたんだ?」

「・・・何でもないわ」

 

『そんな言い方されると気になるな』

 

あまりしつこく聞くと怒るのは分かっていたので大人しく維織と一緒に保健室に向かう。

 

「・・・いないな。もう帰っちゃったのかな」

「あれからかれこれ三時間以上経っているから。明日にするしかないわね」

「そうだな」

 

しかし、栗山はこの日から三日経っても学校には来なかった。

 



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名前

「栗山さんどうしたのかしら」

 

栗山が学校に来なくなって三日が経った。

 

「先生に聞いたら体調不良らしいけど」

「大丈夫かしら。・・・元々の病気が酷くなっているのかも」

「う~ん・・・。今日の帰りに栗山の家に寄ってみようか。場所はこの前栗山を送っていった時に分かってるし」

「迷惑じゃないかしら」

「とりあえず行ってみて会えるかどうか聞いてみよう。もし会えないって言われたらいつ会えるか聞いてみればいい」

「・・・そうね。行ってみましょうか」

                       ・

                       ・

                       ・

放課後になり栗山の家に維織と共に訪問する。

 

ピンポーン

 

インターホンを押すとドアが開く。

出てきたのは栗山の母親らしき人だった。

 

「えっと、どちら様ですか?」

「栗山さ、、、胡桃さんと同じクラスの白瀬と駒井と申します。今胡桃さんはいらっしゃいますか?」

 

全部言われた俺はぺこりとお辞儀だけする。

 

「ああ、駒井君と白瀬さん?いつも胡桃から話を聞かせてもらっているわ。どうぞ上がって」

「え?い、良いんですか?」

「大丈夫よ。胡桃も二人に会いたがっていたから、会ってあげて」

 

そう言われ維織と顔を見合わせる。

 

「それじゃあ、お邪魔します」

「お邪魔します」

 

栗山の家に入れてもらう。

するとリビングのドアが開き栗山が顔を出す。

今日もずっと寝ていたようで着ている服はパジャマのようだ。

 

「ママ、誰が来・・・こ、駒井君と白瀬さん!?な、なんでここに!?」

「いや、学校に来ないから大丈夫かなと思って来たんだよ。そうしたら家に上げてもらえて」

「心配して来てくれたの?ありがとう!!」

「せっかく来たもらったんだし三人で胡桃の部屋で話して来たら?お菓子とジュースも持って行ってあげるから」

 

栗山のお母さんの提案にはさすが遠慮する。

 

「いやいや、栗山が元気なのが分かったので大丈夫ですよ。そこまで迷惑は掛けられません」

「そうね。ここでお邪魔します」

「二人とも何かこの後用事があるの?」

「いや、特に何もないけど」

「だったら寄っていってよ。久しぶりに二人とお話ししたいな」

 

そう言われてしまうと無理に断れなくなる。

玄関で靴を脱ぎ、二階に上がり栗山に部屋まで案内してもらう。

 

「どうぞ。ちょっとだけ散らかってるけど」

 

栗山の部屋は女の子らしい可愛い部屋だった。

 

「可愛い部屋だな。維織の部屋とは大違いだ」

「・・・悪かったわね」

「ありがとう。白瀬さんの部屋はどんな風なの?」

「机と本棚とベッドしかない殺風景な部屋だな」

「必要最低限のものがあれば生活できるもの」

「でも、俺が昔あげたぬいぐるみはずっと置いてあるよな」

 

雰囲気に似合わないでかいクマのぬいぐるみが維織の部屋に鎮座している。

 

「せ、せっかくもらったものだから。捨てるのはもったいないでしょ」

「いいなあ。どんなぬいぐるみなの?」

「昔、祭りでもらったクマのぬいぐるみを維織にあげたんだ。三~四年前くらいだけどな」

 

しばらく三人での雑談が続く。

すると栗山が嬉しそうに言う。

 

「三人でこんなにお話しするの久しぶりだね」

「・・・そうね」

「そうだな。色々あったから」

 

聞きたかったことを聞く。

 

「身体は大丈夫なのか?」

「うん。昔から身体が弱いから風邪とか引くと人より長引いちゃうんだ。でももう熱もないから明日から学校に行けると思う」

「そう。良かったわ」

「心配かけてごめんね」

「俺達こそごめんな。もっと早く花園に白状されられていたらこんなことにはならなかったのに」

「そんなことないよ。二人がいなかったら今もずっと続いてただろうから。本当にありがとう」

 

コンコン

 

扉がノックされ栗山のお母さんが入ってくる。

 

「はい、お菓子とジュース」

「ありがとう、ママ」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます」

「二人ともそんなに礼儀正しくしなくてもいいよ」

「うん。二人とももっと楽にしてて。あっ、ちょっと私トイレ行ってくるね」

 

そう言って栗山が部屋を出ていき、部屋に三人取り残される。

 

「えっと、じゃあいただきます」

「いただきます」

「どうぞ」

 

お菓子を食べている途中に栗山のお母さんが話しかけてくる。

 

「今日は来てくれてありがとう。二人にはお礼しに行かないとと思っていたから」

「そんな、お礼を言われるようなことじゃありません」

「そうです。こうなったのも俺達が栗山に気を使わせてしまったからなんです。俺達がもっと上手くやっていれば・・・」

 

トイレで倒れていた栗山を思い出すたびに花園への怒りと共に後悔と自分への不甲斐なさを感じる。

もっと良い方法はあったはずなのに。

俺達が選んだ選択より栗山が傷付くことがなかったもっと良い方法が沢山・・・。

 

「・・・二人は胡桃の病気のことは知ってる?」

「はい、栗山から聞きました」

「元々胡桃は人見知りで引っ込み思案だったの。病気で倒れてからそれがさらに酷くなって病院でもいつも一人だった」

「・・・」

 

そのことは栗山も言っていた。

病院では先生以外誰とも喋れなかったと。

 

「あの子は倒れて東京の病院に移ったから一年生から五年生まで学校には行っていないの。それもあって京都に戻ってきて学校に通っても友達ができるかずっと心配だった」

 

確かに栗山はみんなと比べて授業の理解するスピードが遅い。

 

「でも初登校の日、学校から帰ってきた胡桃はとても楽しそうだった。優しい人達が話しかけてきてくれたって嬉しそうに話してくれたわ」

「それはたまたま席が近かったからですよ」

「それでもよ。あの人見知りの胡桃が話せているんだもの。きっと良い人達なんだなと思ってたけどやっぱり予想通り」

 

栗山のお母さんはクスクスと笑う。

 

「駒井君はさっき胡桃に気を使わせたからって言ってたけど、それはあなた達が胡桃にとって大切な人になってくれたからよ」

「それは栗山さんもです。私にとって栗山さんは初めてできた同性の友達で、、、大切な人ですから」

「俺もそう思っています」

「・・・ありがとう、二人とも。家では私が守ってあげられるけど学校では何もしてあげられないから。これからもずっと仲良くしてあげてね。」

「はい」

「こちらこそです」

 

扉が開き栗山が帰ってくる。

 

「あれ?何話してるの?」

「胡桃の言っていた通り二人共いい子だなってね」

「でしょ!!二人共優しくて良い人なの!!」

 

目の前ではっきりと言われると流石に照れる。

維織も少し顔を赤くしている。

 

「じゃあ私は失礼するわ。ごゆっくり」

 

栗山のお母さんはお盆をもって部屋から出ていく。

 

「そう言えば二人に聞きたいことがあったんだ」

「なんだ?」

「・・・今、花園さんどうしてる?」

 

花園の名前が栗山の口から出たことに驚く。

維織も驚いているようだ。

 

「・・・なぜ?」

「ちょっと気になったから・・・」

「・・・花園も学校には来てないよ。もしかしたらもうずっと来ないかもしれないな」

「そっか・・・。・・・花園さんともお友達になれるかなって思ってたのにな」

 

淋しそうな声で言う。

 

「栗山・・・」

「・・・大丈夫よ。私達がいるわ」

「白瀬さん・・・。」

「そうだよ。維織なんて栗山と花園の仲に嫉妬してたくらい栗山のこと大好きなんだからな」

「そ、その話はしなくていいわよ」

「嫉妬?」

「ああ。栗山が花園に“胡桃ちゃん”って呼ばれるのを・・・どうした?」

 

急に栗山の顔が真っ赤になる。

 

「あ、、、お、男の子に下の名前で呼ばれるのなんては、初めてだったから・・・」

「そうなのか?」

「う、うん。・・・も、もう一回呼んでほしいな」

「・・・え?」

「・・・・嫌?」

「い、嫌とかじゃないけど」

 

『普段から維織を下の名前で呼んでるから抵抗はないんだけど・・・。そんな正面から頼まれると照れるな』

 

「・・・胡桃」

 

・・・顔が熱い。

 

「・・・ありがとう」

 

栗山も顔が赤いままだ。

微妙な空気が流れる。

視線をうろうろさせていると視線の端で維織がむくれているのが見えた。

慌てて話題を繋げる。

 

「えっと、、、あ、あれだよ!!これを機会にみんな下の名前で呼べばいいんじゃないか?なあ、維織!!」

「・・・ええ、そうね。良いと思うわ」

「いつまで経っても名字にさんくん付けだとなんか他人行儀だからな」

 

無理矢理空気を変えようとするが維織はまだ少しだけ不機嫌のようだ。

 

「維織も呼んでみろって、なっ?」

「わ、分かったわよ。んっ!」

 

軽く咳払いをして喉の調子を整える。

 

『どんだけ緊張してるんだ・・・』

 

「・・・く、胡桃」

「うん!!えへへ、なんだか照れるな~」

 

胡桃が照れる以上に維織の方が照れている。

 

「私は二人のことなんて呼べばいい?」

「胡桃が呼びやすいように呼べばいいよ」

「う、うん」

 

まだ下の名前で呼ばれるのは慣れていないようで少し動揺しているが真剣に考え始める。

 

「そんなに考えなくても簡単で良いわよ」

「でもせっかくだから・・・」

 

しばらく待つと胡桃が顔を上げる。

 

「ひーくんといーちゃん!!」

「へっ?ひ、ひーくん?」

「い、いーちゃん・・・」

 

胡桃の考え付いた渾身の名前に思わず変な声が出る。

 

「呼び捨ては恥ずかしいし、博人君、維織ちゃんだと二人が呼び合う時と被っちゃうから」

「被ってても良いとは思うけど・・・。まあ、胡桃が良いならいいけど」

「なんだかむず痒いわね」

 

二人で照れていると胡桃が俺達を笑顔で見てくる。

 

「いーちゃん」

「な、何?」

「違うよ~。名前だよ」

「あっ、ご、ごめんなさい」

「もう一回。いーちゃん」

「・・・胡桃」

「うん!!ひーくん」

「胡桃」

 

『なんだこのやり取りは・・・。でもまあ、悪くはないかな』

 

この後、少し話してから胡桃の家を後にする。

 

「じゃあまた明日」

「また明日ね」

「うん!!ひーくん、いーちゃん、また明日。バイバイ」

 

胡桃は俺達が見えなくなるまで手を振ってくれた。

 

「元気で良かったな」

「ええ。安心したわ」

「それにしても、、、ひーくんといーちゃんか。胡桃らしいと言うか何と言うか斬新だな」

「私は慣れるまでにしばらく時間がかかりそうだわ」

「俺もだよ」

 

そんなことを言いながら空を見上げる。

そこには綺麗な夕焼け空がどこまでも広がっていた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「二人とも帰ったの?」

「うん。また明日もう一回お礼言わなくちゃ」

 

ママにさっきの話をする。

 

「へえ。駒井君も胡桃って呼ぶの?」

「えっ?う、うん」

「へえ、そうなんだ」

「私はまだ恥ずかしいけど、ひーくんはいーちゃんのこと昔から下の名前で呼んでるから慣れてるみたい」

「仲が良いんだね」

「家が近かったから生まれた時からずっと一緒なんだって。羨ましいなあ」

 

ママは少し笑いながら聞いてくる。

 

「胡桃はさ、駒井君のこと好き?」

「えっ!?な、なんで!?」

「初めてできたお友達だし、さっき少し照れてるみたいな感じだったから。ちょっと気になっちゃった」

 

確かにパパ以外の男の人と話すのはお医者さん以外初めてだから少し照れることもある。

でも、、、

 

「・・・分かんない。同じ年の男の子と話すのが初めてだから。話すのは楽しいし名前を呼ばれると少し恥ずかしい。でもそれはいーちゃんにされても同じだから。・・・ひーくんのことはお友達としては大好きだけど、男の子としたら、、、そんなのじゃ・・・ないのかな?ん~、、、よく分かんない」

「・・・そうなんだ。まあそうだよね、まだ分かんないよね」

「それに・・・」

「ん?」

「ううん、なんでもない。部屋に戻るね」

「明日から学校だから無理しないようにゆっくり休んでおきなさいね」

「うん。お休みなさい」

「お休み」

 

部屋に戻りベッドに横になる。

寝ようと目を閉じるとさっきママに誤魔化した言葉を思い出す。

 

『それに、、、ひーくんにはいーちゃんがいるから。好きになんてなれないよ。なっちゃ、、、駄目だから』

 

そう考えているうちに私はゆっくりと微睡みに落ちていった。



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修学旅行~1日目~(1)

学校生活最後で最大のイベントである修学旅行の日がやってきた。

俺達のグループは俺、維織、胡桃の三人だ。

本来は四~五人で一グループなのだが前に俺と維織が教室で起こした事件の影響でクラスの人達が俺達のことを怖がり一緒のグループが嫌だと言ったため溢れてしまったのだ。

しかし、この三人でいる方が楽なので結果オーライなのかもしれない。

 

「修学旅行だね!!」

「落ち着け、胡桃」

「バスではしゃぐと昔の博人みたいになるわよ」

「・・・悪意のある言い方だな」

 

維織の毒舌はどうにかならないのか?

 

「二人共元気ないね。どうしたの?」

 

胡桃は朝の集合場所からずっとはしゃいでいる。

 

「俺はバスの中ではしゃぐと死ぬから」

「私は普段からあまりはしゃいだりしないから」

「確かに維織がはしゃいでるところ見たことないし想像もできないな。逆に胡桃はいつもよりテンション高いな」

「初めての友達とのお泊りだから」

 

胡桃は病気のせいで学校に行けていなかったため、まだ学校の合宿を経験したことがない。

 

「俺達は去年に行ったな」

「楽しかった?」

「私も博人も友達がいないから。基本二人で行動していたわ」

「夜寝るときは男女バラバラだからしんどかったな」

「あれは苦痛だったわね。でも今回は胡桃がいるから安心だわ」

「俺は相変わらず一人だけどな・・・。あと肝試しもヤバかったよな」

 

思い出しただけで背筋が凍る。

俺も維織もホラーが苦手なのであの時は死ぬかと思った。

 

「あれは、、、思い出したくないわ」

「いいなあ。私も行きたかったな」

「まあ、今まで行けなかった分、今日と明日楽しもうぜ」

「うん!!」

 

『何事も起こらず平和に終わればいいけど。胡桃の初めての合宿だからな・・・』

 

バスは順調に目的地に向けて進んで行く。

バス酔いしないように俺は静かに眼を閉じた。

                    ・

                    ・

                    ・

「・・・くん、ーくん、ひーくん!!着いたよ、起きて!!」

 

肩を揺さぶられる振動と胡桃の声で眼が覚める。

横には呆れた顔をしている維織もいる。

大きく欠伸をする。

 

「ふあ~・・・おはよう。もう着いたのか?」

「ひーくんすぐに寝ちゃったから。もうみんなバスから降りちゃったよ」

 

見渡すと確かにバスには俺達三人しかいない。

 

「わざわざ待っててくれたのか。悪いな」

「同じ班なのだから当たり前でしょ。早く降りるわよ」

「はいはい」

 

バスを降りると他のクラスの人達も集まりかけている。

少し急いで自分のクラスの場所に座る。

しばらく経つと先生の話が始まる。

 

「じゃあ集合が完了したので移動しましょう。まずは昼食です」

 

坂の下にある大きな食堂で昼食をとるらしい。

先生の指示でみんなが移動し始める。

 

「じゃあ俺達も行こうか。」

「うん!!」

「ええ。」

 

坂を下っていく。

その途中にもたくさんの甘味処が並んでいてお腹が鳴る。

 

「おいしそうだね」

「そうだな。昼食の後自由時間があるらしいからちょっと寄ってみようかな」

「そんなにたくさん食べれるのかしら」

「大丈夫だって。甘いものは別腹だよ」

 

昼食を食べる場所に辿り着く。

大きく昔ながらの建物だ。

手を洗い席に着く。

メニューは牛丼で俺の好きな料理の一つだ。

 

「おかわりもありらしいな」

「私そんないっぱい食べれないよ」

「私もよ。この後もバスに乗るのだからあまり食べ過ぎないようにしなさいよ」

「分かってるって」

 

結局お腹がすいていたことや好物だったこともあって二杯も食べてしまった。

 

「ひーくん、いっぱい食べてたね」

「博人が好きなものだったからね」

「美味いからな」

 

その後はしばらく班で自由時間ということで辺りをぶらぶらと歩く。

 

「昔の建物ばっかりだね」

「ここは昔ながらの建物が残っている場所なのよ。といっても火事で消失したものを復元しているらしいけれど」

「詳しいな・・・。調べたのか?」

「事前学習で調べたでしょ?博人は真面目にしていなかったから知らないでしょうけどね」

「いや~、、、俺も調べたつもりだったんだけどな」

「よく言うわよ」

「まあまあ。でも京都も昔の建物多いよね」

「京都は昔から古都と呼ばれているくらいだから。その名残が残っているのよ」

「こと?楽器なの?」

「・・・誰が引くんだよ。巨人か?」

 

維織も頭を押さえている。

 

「・・・古い都と書いて古都よ」

「あっ。そ、そっちか」

「それしかないだろ・・・」

 

呆れた声で言うと胡桃は照れたように笑う。

 

「京都は古都と言われるだけあって他にも伝統的なお寺も多いから」

「あれだよね、金閣寺、銀閣寺とか?」

「そうね。正式には鹿苑寺、慈照寺と呼ばれているわ」

「へえ~。いーちゃんはいろんなこと知ってるね」

「一般的な知識の範疇よ」

 

『また照れてる。維織は褒められるとすぐに照れるな』

 

思わずクスリと笑うと維織が睨んでくる。

 

「・・・何よ」

「いや、なんでも。ほら京都の話は京都に帰ってからすればいいだろ?今はこの場所を楽しもうぜ」

「そうね」

「行こうよ、ひーくん、いーちゃん」

 

胡桃に言われ、その後もしばらく古い建物の風景の中を歩きながらおいしそうな甘味処を覘いていた。

しばらくして集合時間になる。

この後はまたバスに乗りここから少し離れた所に向かう。

 

「今は寝ちゃ駄目だよ、ひーくん」

「いやもう眠くないけど。でも別に話す話題もなくないか?」

「そうね。特に話題があるわけではないけれど」

「そ、そうだけど。せっかくの合宿なのに・・・」

「そうだな~。さっきはバスの中でなんの話をしてたんだ?」

「ひーくんといーちゃんの小さい時の思い出話をしてもらってたよ」

「そんな話をしてたのか。変なこと言わなかっただろうな」

 

維織に確認を取ると視線をそらされる。

 

「・・・おい」

「・・・別に変なことは言ってないわ。全部本当のことよ」

「いーちゃん、すごく楽しそうに話してくれたよ」

「あ、あまり言わなくていいわよ」

「全然気付かなかったよ。起こしてくれれば良かったのに」

「気持ちよさそうに寝てたから」

「昨日ちゃんと寝たんだけどな・・・。じゃあさっきの話の続きでもしといてくれよ。聞いとくから」

「も、もう話は終わったわ。他の話をしましょう」

「他の話か~。そう言えば二人は卒業アルバムの質問書いた?」

 

今月はもう十月で卒業アルバムのクラスのページ制作が進められている。

その中で将来の夢は?という質問があったのだ。

 

「あれか?俺はまだだな」

「私もね」

「私も今考えてるとこなんだけど二人はなに書いたのかな?って思って」

「てかあれ締め切りまだまだだろ?まだ考えなくても大丈夫だって」

「駄目よ。博人、いつもそう言ってぎりぎりになるじゃない。夏休みの宿題だって-」

「わ、分かったよ。帰ったらやるから」

「いーちゃん、お母さんみたい」

「本当だよ。維織がずっと言ってくるから母さんもなんも言ってこなかったからな」

「美由紀さんからは勉強のことはよろしくと頼まれているから」

「・・・母さんはまた余計なことを」

 

『母さんは維織に信頼を置きすぎなんだよな・・・』

 

「二人はなんて書く?」

「そうだな、、、この歳で将来の夢なんて考えても高校生くらいになったら絶対に変わっていると思うけどな」

「そうかしら。将来の夢が変わらない人だっていると思うわ」

「そうだよね」

「そうか?だいたい小学校の頃に野球選手とかサッカー選手になりたいって言ってても高校くらいになるとみんなが目指すのは薬剤師とかの安定した職だからな。みんな現実を見るもんなんだよ」

「夢の話をしているのに夢のない話をするわね」

「悪かったな。でも維織は教師とか向いてそうだよな」

 

頭が良いから教えるのもうまい。

性格も教師に向いていると思う。

 

「いーちゃんの説明分かりやすいもんね」

「あまり乗り気はしないわね。それに私の将来の夢は決まっているから」

 

その言葉に少し驚く。

そんなことは初耳だ。

 

「そうなのか?なに?」

「言わないわよ。言ったら叶わないかもしれないじゃない」

「えっ?なんで?」

「それってあれだろ?神社でした願い事を他人に言うと叶わないってやつ。迷信だって」

「そんなのあるんだ」

「そんなことは信じてないわよ。単純に言いたくないだけ」

「そんなに言いたくないならいいんだけど。ちょっと気になっただけだからさ」

「いつか必ず言うわ」

 

そう言って維織は優しく微笑む。

維織がそう言うならいつか教えてくれるのだろう。

 

「楽しみに待ってるよ。胡桃は候補は考えてるのか?」

「う~ん、、、少し考えてはみてるんだけどこれっていうのがなかなか思いつかなくて。実は私今まで将来のことを考えたことがないんだ・・・。・・・ずっと明日生きてるか分からない毎日だったから」

「・・・でも、今はマシになって京都まで帰ってきたんだろ?だったら将来のことも考えなくちゃ。ネガティブになったら駄目だよ」

「うん、分かってる。でもやっぱり考えちゃうんだよね。・・・私はいつまで生きてるんだろうって」

 

マシになったと言っても胡桃の病気は治ることのない一生付き合っていかなければならない病気だ。

次また酷くなれば命も危ない。

 

「ごめんね、暗い話して。私が始めた話なのに。二人は私に合う職業って何だと思う?」

「そうね・・・。今何か興味がある事あるの?」

「興味があること・・・。絵を描くこと、、、くらいかな?」

「なら単純だけど絵を描く仕事というのはどうかしら」

「例えば?」

「そうね、イラストレーターやパソコンを使うならCGクリエイターかしら」

「いっぱいあるんだね。でも私は全然上手くないし・・・」

「俺達まだ12歳じゃないか。就職するのはまだ十年後なんだから。まだまだこれから練習すればいいんだって」

「そうよ。時間はたっぷりあるわ。それにこれも一つの選択肢ってだけだもの」

「そうだよね。頑張ってみようかな」

「頑張れ頑張れ。また絵も見せてくれよ」

「そ、それはちょっと恥ずかしいかな。ま、また今度ね」

「楽しみにしてるよ」

「そういう博人の夢はなんなのよ」

 

そう維織に言われ考えてみる。

 

「・・・まったく思いつかないな。俺って何に向いてるんだ?趣味なんて読書くらいしかないんだけど」

「博人は、、、そのうち何か見つかるでしょ」

「そうだよ。大丈夫だよ」

「えっ?俺何もないの?」

 

二人は他の話を始め俺は一人取り残される。

 

『・・・家帰ってから考えよ』

 

窓の外を見ると周りは森に囲まれている。

今度は寝ないように到着まで二人の話を聞き続けた。




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修学旅行~1日目~(2)

目的地に到着した。

周りが森に囲まれアトラクションや今夜泊まるところも森の中にある。

この後の予定はアトラクションをして夕食を食べ、入浴し、集会があって寝るだけだ。

 

「今年も森林なのね・・・」

「虫が多いから嫌なんだよな~」

「でも空気きれいだよ」

 

去年の合宿も森に囲まれたところに宿泊した。

しかし一つ違うのは去年は普通の宿舎だったのに対し今年はテントでの就寝となっていることだ。

 

「なんで今年はテントなんだよ。普通の宿舎でいいじゃないか」

「最後の遠足だからじゃないかしら。その方が親密度が上がりやすいとか」

「親密度なんて俺達二人は地の底だろ」

「まあそうでしょうね」

「そんなことないよ」

「胡桃以外はそうは思ってないよ」

「まあとりあえず集会場に荷物を置きに行きましょう。そのあとアトラクションみたいなのをしに行くんでしょ」

「何があるんだろな」

「どうせ私はできないけどね」

 

胡桃が少し不貞腐れたように言う。

 

「しょうがないだろ。一時的な楽しみより身体の方が大切だよ」

「分かってるけど、、、やっぱりみんなと一緒に楽しみたいよ」

「我慢してちょうだい。今無理して胡桃が倒れるようなことになった方が私達は悲しいわ」

「・・・分かった。二人のことちゃんと見てるから」

 

集会場に荷物を置きに行き、アトラクションの場所まで移動する。

そのアトラクションは山の地形を利用し空中に設置されているものが多い。

空中に設置されているということは・・・言わずもがなだ。

 

「・・・維織ちゃん大丈夫?」

「・・・」

「胡桃と一緒に見学してたら?」

「・・・どうしようかしら」

                      ・

                      ・

                      ・

 

「思ったより楽しかったな」

「ひーくん楽しそうだったね」

「よかったじゃない」

 

胡桃といつもより余裕がある維織が出迎えてくれる。

 

「お前はやってないからな」

 

維織は結局胡桃と見ていることにしたらしい。

 

「私もやりたかったな~」

「胡桃の身体が治ったらまた来ようよ」

「それだったら一生来れないよ」

「そんなことないよ。いつか来よう三人で」

「うん!!」

「その時までには高いところに慣れるようにしておくわ」

「多分無理だと思うけどな~」

「・・・頑張れば多分大丈夫よ、、、多分、、、きっと・・・」

 

維織の声がだんだん小さくなっていく。

維織の高所恐怖症が治る日はこないだろう。

みんながアトラクションを終えた頃、日も暮れ始め夕食の時間が近付いてくる。

夕食は定番のカレーをグループで作る。

 

「料理か~。俺は母さんの手伝いでちょっとしたことあるくらいなんだよな」

「よく言うわよ。手伝っているのはほとんど私でしょ」

「ちゃ、ちゃんと手伝ってるから。胡桃はどうなんだ?包丁とか使える?」

「私もお手伝いするよ。だから包丁も少しだけ使えるよ」

「なら分担するか。俺は火をつけておくから維織と胡桃で材料を切っておいてくれないか?」

「そうね。その方が効率はよさそう」

「分かった。いーちゃんのお手伝いしてくる」

「頼んだよ」

 

ここからは別々の作業に入る。

俺は火の付け方の説明を聞く。

薪のくべ方にも色々あるらしいが今回は井桁型という方法でするらしい。

言われた通り薪をくべ安定するように小石を脇に置く。

後は長い小枝と新聞紙を敷き詰め火をつけちゃんと燃えるのを待つだけだ。

 

「ふう。後は待つだけか。維織と胡桃の様子でも見に行こうかな」

 

タオルを首にかけ、軍手を外しながら二人を探す。

みんなが野菜や肉を切っている調理場で二人を探すとみんなが和気藹々と調理している中で黙々と作業をしている二人を見つける。

 

「もう少し楽しそうにやったらどうだ?」

 

そう言いながら近付くと二人が同時に振り向く。

維織は少し疲れたような顔、胡桃は安心したような顔をしている。

 

「ひーくん!!」

「別に静かにしたくてしてるわけじゃないのよ」

「あっ、そうなのか?」

 

何故か維織の声が小さい。

 

「・・・居心地が悪いのよ」

 

そう言われて隣のテーブルを見ると花園と仲が良かった女子達のグループがいる。

 

『これは・・・気まずいな』

 

「ま、まあ気にするなって。ところで作業の方はどうだ?」

「順調よ。もう終わるわ」

「いーちゃん凄いんだよ。切るのとかすごく速いし、手際とかもすごくいいの!!」

「いつもうちで母さんの手伝いしてくれてるからな。元々手先も器用だし」

「手際よくしないと時間がなくなるじゃない。それに胡桃もお米を洗ってくれたのよ」

「私洗うだけだったんだよ。包丁は危ないっていーちゃんが・・・」

「維織は心配性だからな。胡桃には特に」

「だ、だって少し危なっかしかったから」

 

確かに胡桃が器用だとはあまり思わないけど。

 

「でも私がやってたらすごく時間がかかってたと思うから良かったんだけどね」

「心配しなくてもこの班が一番速いよ」

「悠長に話しているけどあなたの方は出来てるの?出来てないなら持ち場に戻りなさい」

「全部終わってるよ。俺がやることはちゃんとやるの知ってるだろ?」

「知ってるわよ。その代わりやるべきこと以上のことは全くやらないこともね」

 

さすがは小さい時からの付き合いだ。

 

「・・・よく知ってるな。とりあえず準備はできてるから後は米炊いてカレー煮こむだけだよ」

「そう。じゃあさっさと取り掛かりましょうか」

 

切った肉と野菜を鍋に入れる。

 

「そうだね。じゃあ私お米持っていくよ」

「じゃあ俺は鍋運ぼうかな」

「私も運ぶわ」

「いいよ。頑張って切ってくれたんだろ?今は休憩しとけよ」

「うん。休憩してて」

「・・・分かった、今は言葉に甘えさせてもらうわ。その前に・・・」

 

維織は俺が首にかけているタオルで俺の鼻を擦る。

 

「な、なんだよ」

「鼻に炭が付いてるわよ」

「そう言えばさっきから気になってた」

「まじで?ありがと」

 

『さっき作業してる時に付いたのかな?』

 

火のところまで運び、鍋を火にかける。

胡桃も洗った米を三つの飯盒に分けて火にかける。

 

「後は様子見ながら待つだけかな」

「そうね」

「うん」

 

他のグループも続々と煮込み始めている。

 

「でもキャンプでカレーって定番だよな」

「そうなんだ。やったことないから分かんないや」

「まあ定番と言えば定番ね。でもそこまで手間も時間もかかる料理でもないしみんなで協力しながらできるからもってこいなんでしょ」

「なるほどな」

 

煮込み始めて二十分くらい経ってからカレーの素を入れしばらくかき混ぜる。

その間に調理場の片づけに行っていた維織と胡桃が戻ってくる。

 

「いい匂い、おいしそう」

「もう少しかしら」

「そうだな。ご飯の方はどうだ?」

「見てみるよ」

「熱いから気を付けてね」

 

維織にそう言われ胡桃は慎重に飯盒の蓋を開けると大量の湯気が出る。

 

「できてるみたいだよ。凄い湯気だなあ」

「じゃあ皿によそうか。鍋運ぶよ」

 

カレーの入った鍋をテーブルまで運ぶ。

そしてご飯の盛られた皿にカレーを注いでいく。

 

「出来上がりだな」

「おいしそう!!」

「食べましょうか」

 

席に着き三人で手を合わせ食べ始める。

 

「おいしい!!」

「うん、おいしいな」

「なかなかね」

 

元々料理が上手い維織の手にかかるとカレーくらいは余裕なのだろう。

 

「ご飯もおいしいな。こういうの結構ご飯がべちゃべちゃになったりするんだけど」

「それは胡桃のおかげよ。水の量もきちんと量ってくれたから」

「それも全部いーちゃんが教えてくれたんだよ。いーちゃんって本当に色んなこと知ってるよね」

「普段から料理に関しては美由紀さんに教えてもらっているから」

「私もママに料理教わろうかな」

「料理は覚えておいて損はないからな」

 

食べ終わって皿と鍋を洗う。

 

「この後は風呂入って寝るだけか」

「寝る前に集会があるけどね」

「テントで寝るんでしょ?私初めてだからちょっと楽しみだな」

「俺達も初めてだよ。・・・嫌だな~。他の人みんな普段喋らないんだよな」

「仕方ないじゃない。それはどうしようもないわ」

「分かってるけどさ。・・・憂鬱だよ」

 

気分が落ちていく中すべての食器と鍋を洗い終わる。

みんな食べ終わったらしく風呂に入るようにと先生から指示が出る。

 

「はあ・・・。お風呂入らなくちゃな」

 

クラスごとに入るのだが入る順番はクラス順だ。

俺達は一組なので最初に入る。

集会場に置いていた荷物の中から入浴セットと歯ブラシ、歯磨き粉を持って風呂場の途中まで二人と向かう。

しかし胡桃だけなぜか表情が硬い。

 

「胡桃どうしたんだ?なんか様子が変だけど」

「わ、私同じ年の人とお風呂に入るのって初めてだからき、緊張する」

「緊張って。お風呂入るだけじゃないか」

「他の人と一緒に入るのって緊張する気持ちは少しわかるわ。他人に裸を見られるって恥ずかしいもの」

「そんなもんなのかな?俺にはよく分かんないけど」

「男には分からないのよ」

「花も恥じらう乙女ってやつか」

「意味は違うけどね」

 

そんなことを言っていてもお風呂に入らないわけにはいかないので別れてお風呂場に向かう。

基本俺は一人になると誰とも喋らず自分の世界に入るのでさっさと服を脱ぎ、大浴場に入る。

周りの人達は大浴槽の中ではしゃいだりしているがそれを横目で見ながら頭を洗い身体を洗いちょっと浴槽に浸かってからすぐに大浴場から出る。

寝巻きに着替えドライヤーで髪の毛を乾かして歯を磨いてから集会場に戻る。

まだ人は少なく俺と同じようにさっさとお風呂から上がってきた人が二、三人いるだけだ。

全員がお風呂から戻ってから集会が始まるのでとりあえず維織と胡桃が戻ってくるまで鞄を枕に寝転びながらしおりを見る。

十分くらい経ってやっと二人が戻ってくる。

 

「遅かったな」

「あなたが早いだけよ。それに私達は髪を乾かすのに時間がかかるんだからしょうがないでしょ」

 

二人共髪が長いので確かにドライヤーは大変そうだ。

 

「それにしてはまだ髪の毛湿ってないか?」

「みんないたからすぐに代わらないといけなかったんだ。だからまだ乾ききってないの」

「少し寒くなってきたから風邪ひかないように気を付けろよ」

「うん、ありがと」

 

クラスは五組まであるのでまだ少し時間がかかる。

 

「全員集まるまで結構時間あるな」

「何してましょうか」

「私UNOとトランプ持ってきたよ」

「あっそうなの?じゃあUNOでもしようか」

「そうね」

「分かった。準備するね」

 

そこから時間まで三人でUNOをする。

意外にも胡桃が強く結果終わってみれば胡桃が俺達より少し勝ち越す結果に終わった。

全員が集会場に集まったらしく先生から集合がかかる

 

「胡桃、なかなか強かったな」

「そうね。少し意外だったわ」

「いつもママとやってるから。少しだけ自信あったんだ」

 

胡桃が得意げな笑顔を作る。

 

「またやろうな」

「うん!!」

「そうね」

 

明日の予定とこれから寝るテントのことを聞いて一日目はもう終わりだ。

これから自分の寝るテントに移動する。

 

「はあ、今日ももう終わりか。・・・テント行くか」

 

足取りが重い。

 

「ひーくん頑張ってね」

「・・・うん、頑張るよ」

「寝るだけよ。すぐ終わるわ」

「そうだよな。今更言っても何もならないし大人しく寝てくるよ。おやすみ」

「うん、おやすみ」

「おやすみなさい」

 

二人と別れて自分が寝るテントに向かう。

既に二、三人はテントに居た。

総員八人で寝ることになるので相当狭くなりそうだ。

次第にメンバーが集まり全員が集まったところで寝る場所を決める。

みんな俺のことを目の上のたんこぶみたいな目で見てくるので一番入り口に近い端っこで寝ると言い了承を得たので寝袋を準備して一人先に床に就く。

 

『明日で修学旅行も終わりか。二泊三日じゃなくてよかった。もう一回ここで寝るなんて地獄だよ。・・・そんなこと考えてても仕方ないか。寝よ』

 

十分程眼をつむっていると段々と眠くなってくる。

そして静かに眠りについた。

 



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修学旅行~2日目~(1)

外から漏れてくる日光と鳥の声で眼が覚める。

欠伸をしながら寝袋から出て周りを見るがまだ全員寝ているみたいだ。

時計を見ると起床時間の三十分前くらいでこのまま二度寝をすると起きれそうもないので眠気覚ましとトイレを兼ねて外に出る。

トイレはテントから少し離れた所にあり周りの景色を見ながら歩く。

山の上の方なのでなかなか良い景色が広がっている。

トイレを済ませ戻ろうとすると向こうから維織が歩いてくるのが見える。

 

「維織、おはよう」

「おはよう。博人もトイレなの?」

「そうそう。もう終わったけど。維織も?」

「ええ。眼が覚めてしまったから」

「じゃあ、待ってるよ」

「分かったわ」

 

トイレから出てきた維織と途中まで一緒に帰る。

 

「昨日は大丈夫だったの?」

「まあ、なんとかな」

「心配だったのよ。揉めたりしてるんじゃないかって。胡桃も心配してたわ」

「俺もそこまで子供じゃないよ。そっちはどうだったんだよ」

「特に問題なかったわ。まあ私がいるからね」

「確かに維織がいれば安心だな。そう言えば今胡桃は?」

「まだ寝ているわ。起こすのも悪いから静かに出てきたの」

「言ってももう時間だけどな」

「そうね。もうそろそろ戻らないと」

「そうだな。じゃあまた後で」

「ええ、また後で」

 

自分のテントに戻ると何人かはもう起きていた。

もちろん俺がどこに行っていたかを気にする奴も聞いてくる奴も一人もいない。

まあ、俺も言う気はないが。

寝袋を片付け、寝巻きを着替えて外に出る。

これから朝食を食べに行く。

本当はちゃんとした宿舎というのがこの近くにありそこでご飯を食べることになる。

それなら昨日宿舎に泊まればよかったと思うが、せっかくテントにも泊まれるということでテントで宿泊にしたらしい。

宿舎に着くと既に維織と胡桃が居る。

 

「おはよう」

「おはよう、ひーくん」

「さっきぶりね」

「維織はな」

「さっき?」

「朝トイレに行ったときに会ったんだよ」

「そうなんだ。だから私が起きた時、外から帰ってきたんだね」

「そうよ。じゃあ席に着きましょうか」

 

席に座って時間を待つ。

 

「今日するのってオリエンテーリングだよね。オリエンテーリングってどんなのなの?」

「まあ簡単に言えばスタンプラリーみたいなものだな。地図をもらって描かれている場所に行って全部回った後ゴールに行くだけだよ」

「でも胡桃、道中山道だけど大丈夫?」

「うん。走ったりとかしなかったら大丈夫だよ」

「まあ順位とかないんだからさ。時間までに戻ればいいんだからゆっくり行けばいいだろ」

「まあそうよね。私も体力があるわけではないし」

「そうそう、ゆっくり行こう。その前に朝食食べなきゃ」

 

運ばれてきた朝食を食べる。

 

「修学旅行も今日で終わりだなあ」

「楽しかったね」

「そうね。まだ残ってはいるけれど去年の合宿に比べたら楽しかったわ。胡桃がいてくれたお陰ね」

「確かにそうだな。胡桃がいたお陰で雰囲気が明るかった気がするよ。去年は二人共淡々としてたからな」

「そう言ってもらえると嬉しいな。でも私も楽しかったよ。だから今日も楽しもうね!!」

「そうだな」

 

朝食を食べ終えて、オリエンテーリングのために必要な飲み物とタオルを小さな鞄に入れる。

しかし人があまり密集しないようには五組から一グループずつ出発するため出発まで時間がある。

指示が出るまで集会場で昨日のトランプの続きでもしていると先生から出発地点に行くように言われる。

 

「じゃあ行くか」

「ええ」

「うん」

 

出発地点まで移動するとチェックポイントの場所が載った地図とコンパスとチェックポイントで押すスタンプのシートが配られる。

 

「え~と、、、回る場所は六ケ所か。でも地図が地図帳のやつみたいだから見つけるの大変そうだな」

「そうね。周りの地形をちゃんと気にしないと迷うかもしれないわね」

「そうだね。気を付けないと」

「まあ、途中に矢印とかもあるだろうからそうそう迷わないと思うけど」

 

順番が回ってきて俺達の出発の時間になる。

 

「レッツゴー!!」

「おー」

「行きましょうか」

 

まずは道をまっすぐ登った場所にあるチェックポイントに向かう。

 

「最初のところは簡単だね。この道登るだけ」

「まあ最初からいきなり込み入った場所にしないだろ。段々と難しくなっていくんだよ」

「でもこれ全体を通すと結構歩くわね。二、三キロくらいかしら?」

「そのうえ山道だからな。けっこうしんどいぞ」

 

そんなことを話しながらもチェックポイントに到着しシートにスタンプを押す。

 

「次は、、、あっちね」

「行こう」

「うん」

 

そこまでの道中には浅い川にかかった橋もあった。

 

「水綺麗だね」

「そうね。こういう森林は空気も綺麗だし景色もとても綺麗だわ」

「結構高いところだからな」

 

普段から運動をほとんどしないため体力はあまり多くない。

二つ目のチェックポイントに到着した時には三人とも少し息が上がっている。

 

「結構しんどいな」

「まだ二つ目じゃない。男が一番初めに音を上げてどうするの」

「維織も息上がってるじゃないか。お互い様だよ」

「でも疲れるね。久しぶりにこんなに運動してるよ」

 

地図を確認する。

 

「ゆっくり行こう。次のところはちょっと遠いから急ぐと余計しんどいからな」

 

山道でデコボコしている場所は歩きにくいため地面が木質のもので舗装されており端には鉄の手すりが付けられている。

そして手すりの先は斜面で森が広がっている。

 

「この先は、、、こっちかしら」

「道の形からしてあっちだな」

 

俺と維織が地図を見て行き方を確認している時も胡桃は色々な所を見回っている。

初めて来たので色々なことに興味をそそられるらしい。

手すりの向こうもじっと見つめている。

 

「こっちの方は森しか見えないん、、、きゃ!!!」

「!!! 胡桃!!」

 

バキッという大きな音が聞こえ反射的に振り返る。

すると手すりが前に倒れ、もたれかかっていた胡桃も落ちていこうとするところが眼に入る。

とっさに手を掴んで引き寄せようとするが所詮小学生の力ではどうすることも出来ない。

胡桃の手を掴んだまま斜面を滑り落ちる。

 

「博人!!!胡桃!!!」

 

維織の悲鳴にも近い声が聞こえてくる。

 

「ぐっ!!く、胡桃!!」

 

渾身の力で胡桃を引き寄せ抱え込む。

色々なものが身体にぶつかり意識が飛びそうになるが胡桃を守るためになんとか耐える。

 

「かはっ!!」

 

しかし背中に何か大きいものがぶつかった時、肺の中の空気が全部吐き出される。

そして眼の前が真っ暗になった。



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修学旅行~2日目~(2)

「くん!!ーくん!!ひーくん!!」

 

どこからか胡桃の声が聞こえてくる。

身体が痛くて頭がくらくらする。

 

「うっ・・・。痛・・・」

 

眼を開ける。

辺りを見ると完全に森の中だ。

 

「ひーくん、、、ひーくん!!」

 

泣きじゃくりながら胡桃が抱き着いてくる。

 

「泣きすぎだよ、胡桃」

 

胡桃の頭を優しくなでる。

それでも胡桃は肩を震わせて泣いている。

 

「俺は大丈夫だよ。ちょっと背中痛いだけだから。それより胡桃は大丈夫か?」

「・・・うん。ひーくんが守ってくれたから」

 

泣いている胡桃がやっと顔を上げる。

確かに大きな怪我はないみたいだが顔に小さな切り傷が付いている。

 

「ちょっと怪我してる」

 

鞄の中から絆創膏を取り出し頬に貼る。

 

「これで大丈夫かな」

「ひーくんは大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫。でも胡桃が無事で良かったよ。てかよく見たらここ凄い場所だな」

 

後ろを恐る恐る見るとどうやら俺達は山に刺さっている岩に背を預けているみたいだ。

あの大きな衝撃はこの岩に思い切り背中をぶつけたかららしい。

 

「運が良かったな。あと少しずれてたら奈落の底だ」

「ひーくんが気を失ってる時、落ちないかずっと心配だったよ」

「支えてくれてたのか。ありがとな」

「ずっと守ってくれたから私も少しくらい役に立たないと」

 

と言ってもこれ以上はどうすることもできない。

下手に動くと二人共一緒に落ちかねない。

 

「大人しく待ってるしかないな。変に動くこともできないし」

「うん。・・・ひーくんは凄いね」

「何が?」

「こんな状況でも落ち着いてて」

「落ち着いてるって言われても。こんな状況どうすることも出来ないし、大人しく待ってるしかないからな」

「私が一人だったらそんなに落ち着いていられないよ」

「まあ、それは人それぞれだろ。俺がこういう性格なだけだよ。それより早く誰か助けに来てくれないものかな」

「そうだね。早く帰りたいけど・・・。でもなんで落ちたんだろ。急に手すりが前に倒れて・・・」

 

そう言われてさっきの状況を思い出す。

バキッという大きな音。

前に倒れていった手すり。

 

「あれは手すりが、、、金属が折れた音じゃなかったな。どちらかと言うと木が割れたみたいな音だった」

「木の割れる音・・・。そう言えばいーちゃんが地面が木質のもので舗装されてるのが珍しいって言ってたような」

「そんなこと言ってたな。ていうことは手すりの根元の木質の舗装部分が腐っていて胡桃の体重がかかったことによって落ちたのかもな」

「た、体重・・・。私重いのかな・・・」

 

胡桃が目に見えて落ち込む。

 

「い、いやそういうことじゃないから。あれは誰がやってもそうなるくらいになってたんだよ」

「いいもん。どうせ私はいーちゃんみたいに細くないもん」

「い、いや、それは知らないけど」

「一緒にお風呂入った時、いーちゃん昨日凄かったよ。肌も白くて綺麗で凄い細かった」

「そうなんだ。まあ、昔からだろ」

「そうなん・・・えっ!!み、見たことあるの?」

「ち、違うから!!昔プール行ったりした時はそうだったって話だよ」

「あっ、そ、そうなんだ。びっくりした・・・」

「ずっと一緒だからそんなこともあるよ」

「いいよね。昔からずっと一緒の友達がいるって」

「まあ確かに他の奴らよりはお互いのことがよく理解しあってるから一緒に居て楽ってのはあるな」

 

鞄に入れていた時計で時間を確認するとここに落ちてから約三十分程が経った。

この岩はなかなかの安定感なので落ちる心配はなさそうだが、うっそうとした森の中に取り残されるという状況が長引くのはあまり気が進まない。

それに・・・

 

「くそっ、降ってきたな」

 

ちょっとずつ曇ってきていて心配はしていたが面倒なことになった。

 

「オリエンテーリングが始まった時は晴れてたのに・・・」

「山の天気は変わりやすいって言うからな。とりあえずこれ羽織っとけ」

 

着ているフード付きパーカーを胡桃に掛ける。

 

「でも、ひーくんが・・・」

「結構降ってるからな。これ以上降ってきたらあっても意味ないかもしれないけどないよりはマシだろ」

「本当にいいの?」

「胡桃をちゃんと守ってないと維織に怒られるからな」

 

そう言うと胡桃が少し頬を膨らます。

 

「・・・私を守ってくれるのはいーちゃんのため?」

 

胡桃から予想外の言葉が出てくる。

 

「!! 違うよ。ごめん、俺の言葉が悪かった。胡桃のためにやってることは全部胡桃のためだよ」

「・・・私もごめん。変なこと言っちゃって」

 

雨はさらにきつくなってくる。

二人共ずぶ濡れになってしまって体温が下がってきている。

時間を確認する。

ここに着いてからもう一時間が経つ。

 

「ふう、そろそろ助けかなんかが来てくれてもいい時間なんだけどな」

「何時?」

「一時間くらい経ったな。胡桃は大丈夫か?結構雨に濡れちゃってるから」

「うん。でもちょっと寒いかな」

「こんだけ濡れてたらな。俺も少し寒くなってきた」

 

『どうしたものかな。』

 

「でもくっ付いてるところだけ温かい」

「これだけ狭い場所だとどうしてもな。・・・でも温まるならこれしかないかな」

「どうするの?」

「・・・胡桃はくっ付かれるのは大丈夫か?」

「えっ!?ど、どのくらい?」

「・・・かなり」

「え、え~と、恥ずかしいけどひーくんなら大丈夫だよ」

「そうか?なら失礼して」

 

胡桃を少し前に行かせ、その隙間に入り後ろから胡桃を抱きしめる。

 

「!! あっ、うっ、ほえ」

 

胡桃が変な声を出す。

 

「少しの我慢だから。でも、これで少し温かくなるだろ」

「う、うん、温かい。なんか身体全身が急に熱くなってきた」

「そ、そうか」

 

『それはまたなんか違くないか?』

 

その後しばらく会話もなく助けを来るのを待つ。

 

「・・・誰も来ないね」

「・・・そうだな」

「・・・もう誰も助けに来てくれないのかな」

「・・・それは困るな」

 

そろそろ雨で体力が失われてきた。

 

「・・・いーちゃんどうしてるかな」

「大人しくして、、、くれてればいいんだけどな。大人を呼んでくれてるとは思うけどこんな雨の中無茶すると維織の方も危ないから」

「そうだね。でもいーちゃんもいつも冷静だから大丈夫だとは思うけど」

「どうだろうな。胡桃や周りの連中が思ってるほど強い奴じゃないから」

「そうなんだ。そうは見えないけど」

「俺と一緒の時はああいう性格だから強がってるところがあるけど一人になると弱いからな」

「そうなの?」

「弱いというとちょっと語弊があるかもしれないけど。維織の中には信頼できる、心の支えみたいな人がいるんだよ。昔は維織のお母さんで今は、、、多分俺かな?それが自分の近くからいなくなるといつもよりも気弱になるらしいよ。それは母さんが言ってたんだけど」

「でも、分かるかも。いつも近くにいる大切な人が急にいなくなるってすごく心細いことだと思うもん」

「まあな。俺も今胡桃と一緒だから良いけど一人だったらもっと心細いかもしれないし」

「そうなの?そう思ってくれるのは嬉しいな。こうなっちゃったのは私のせいだけど」

「誰のせいでもないよ」

 

相変わらず雨は降り続いている。

 

「・・・ひーくんはいーちゃんのことどう思ってるの?」

「どうって。まあ、幼馴染でもあり親友でもあるような大切な存在だよ」

「それだけ?」

「それだけって。・・・それだけだな」

「ひーくんはさ、昔からずっと一緒なんだからいーちゃんの気持ち分かってあげないと駄目だよ」

「なんだよ、気持ちって」

「そ、それは言えないけど。でもね、私もこの間お母さんと話しててひーくんのことどう思ってるのかな?って考えてたの」

「ど、どんな会話になったらそんなこと考えることになるんだ?」

「・・・それは色々あって。そ、それでねその時はあんまりぴんと来なかったの」

「何が?」

「ひーくんはすごくやさしくて頼りになって大切な存在なんだけどそれはいーちゃんも同じで、でもひーくんは何か違うの」

「そんな恥ずかしいことをよく簡単に・・・」

「わ、私だって恥ずかしいの!!だから静かに聞いてて」

「分かったよ」

「でね今日こんなことになっちゃって色々ひーくんに助けてもらえて分かったの。私もいーちゃんと同じ気持ちだよ」

「だから維織の気持ちが分からないんだってば」

「それはいいの。でもこういうことなんだね」

 

頭の上に?が浮かぶ。

すると遠くから男の声が聞こえてくる。

思わず二人顔を見合わせる。

そして、あらん限りの力で叫び続けた。

                         ・

                         ・

                         ・

救助されてやっと森の中から出る。

 

「はあ、やっと帰って、うっ!!」

 

びしょ濡れの維織が胸に飛び込んでくる。

震える維織の濡れた髪を優しく頭をなでる。

 

「何でこんなに濡れてるんだよ」

「うるさい、人に散々心配かけておいて・・・」

「悪かったよ。だから泣くなって」

「泣いてないわよ。雨で濡れただけ」

 

続いて胡桃も上がってくる。

 

「胡桃!!」

 

それを見て維織は胡桃のところに走っていく。

そして胡桃にも抱き着いている。

 

『はあ、やっぱり大人しくはしてなかったみたいだな。そうだとは思ってたけど』

 

大丈夫と言っていたが背中を強く打ち付けた痛みが残っていたため救急車に乗って病院に直行する。

検査の結果は打撲ということで特に異常はなかった。

そして、胡桃もなんとか風邪をひくこともなかった。

こうして俺達の修学旅行は幕を閉じた。




次話で小学校編完結です


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卒業式

「これより卒業式を始めます。最初に卒業生の入場です」

 

教頭先生のセリフで卒業生が入場する。

俺達は一組なので先に長椅子のところまで到着する。

六年生全員で百十四人くらいいるので二~三分経ってやっと全員の入場が完了する。

卒業式が始まり国歌斉唱、校歌斉唱、卒業証書授与とどんどん式が進んで行く。

今日で小学校生活も最後ということもあってクラスメイトも他クラスの中にも泣いている人達が何人かいる。

胡桃のその中の一人だ。

 

「何で胡桃泣いてるんだよ」

「だってなんか色々思い出して」

「思い出してって俺あんまりいい記憶がないんだけど」

「そ、そんなことないよ。いっぱいいい思い出があるよ」

「・・・あなた達式中くらい静かにしなさい。美由紀さんと香苗さんがビデオを撮っているのよ」

 

母さんと香苗さんは前に授業参観の時に会い、意気投合し仲良くなった。

今日も二人で並んでカメラを回している。

 

「いやなんかもう疲れてきたんだけど」

「静かにしてなさい」

「・・・は~い」

 

俺達も順番に名前を呼ばれ壇上に上がり卒業証書を受け取っていく。

卒業証書を受け取り壇上から客席を見てみると母さんと目が合う。

そして手を振られるので小さく振り返す。

維織も俯きながら恥ずかしそうに小さく手を振っている。

多分母さんに手を振られているのだろう。

席に戻り維織から静かにしておけと言われたのでせっかくなので六年間の小学校生活を振り返ってみる。

と言っても思い出のほとんどが今年に集中している。

胡桃が転校してきて仲良くなってからそれまでよりも俺と維織の毎日は確実に楽しくなった。

確かに花園のことで俺達と胡桃の仲が怪しくなってしまったり、修学旅行の時に思わぬ緊急事態に見舞われるなど色んなことがあったがそのおかげで互いの仲も以前よりよくなった。

そのことも時間も経てば俺達の人生の中でいい思い出になるのかもしれない。

 

「学校長式辞」

 

卒業生全員が卒業証書を受け取り、この後は知らない人たちが祝辞を読み続ける。

式ももう終盤に差し掛かっている。

今こうして卒業式に出席しているが終わっても半月くらいすればまた中学校生活が始まってしまう。

受験のない中学校に進学するため同じ小学校の奴が沢山いるのできっと今までと変わらない生活を送ることになると思う。

 

「これをもちまして卒業式を閉会いたします」

 

でもこの二人と一緒に居れば平凡な楽しい毎日を送れるだろう。

 

「卒業生が退場します。大きな拍手でお見送りください」

 

その声で卒業生全員が起立し盛大な拍手に囲まれながら体育館から出ていく。

この後は卒業アルバムを貰うために教室に戻る。

 

「あ~、やっと終わった」

「疲れたわね」

「やっぱり維織も疲れてたのかよ」

「いーちゃんも卒業証書受け取ってた時美由紀さんに手を振ってたの?」

「・・・ええ、そうよ。無視なんてできないし、したら後で怖いから」

「確かに母さんは後でネチネチと言ってくるかもしれないな」

「でしょ?恥ずかしかったわ」

 

担任の先生が教室に入ってきて卒業アルバムを配ってから最後の話をする。

それが終わるとみんなは友達同士で記念に卒業アルバムのコメント欄にコメントを書きあう。

 

「私達もやろうよ」

「やろうたって中学も一緒なんだしコメントなんて書く必要なくないか?」

「そうよね。どうせ毎日会うわけだし」

「記念にしようよ。言葉はいつか忘れて消えちゃうけど文字はずっと残ってるから一生の記念になるよ」

「・・・凄い良いこと言うな」

「確かにそうね。まあ、減るものでもないししましょうか」

 

胡桃の提案に乗って維織と胡桃の卒業アルバムにコメントを書く。

 

「できた」

「俺もできた」

「私も」

「見てもいい?」

「良いけど、普通のことしか書いてないぞ」

「そうよね」

 

胡桃が自分の卒業アルバムを見る。

 

「ひーくんからがこれからもよろしく-」

「よ、読まなくていいから!!」

「えっ?ご、ごめん」

「は、恥ずかしいからさ。俺は家に帰ってから読むよ」

「私もそうするわ。もうそろそろ教室から出ないといけないから」

「本当だ」

 

最後は校門前に集まり親や友達、先生などと写真を撮ったりする。

卒業生全員が校門前に集まり各々写真を撮ったり先生と話したりしている。

俺達も行くと母さんと香苗さんに出迎えられる。

 

「三人ともお疲れ様~」

「博人!!あんた卒業式くらい大人しくしてなさいよ」

「し、してたから」

「だから静かにしてなさいって言ったのに」

「わ、私も喋っちゃったから」

「胡桃ちゃんは良いのよ」

「・・・理不尽だ」

「まあまあ、じゃあ最後に三人で記念写真撮りましょう」

「そうね。じゃあほら三人ともそこに並んで」

 

母さんと香苗さんに急かされ慌てて三人横に並ぶ。

右から俺、胡桃、維織の順番だ。

いつの間にかこれが俺達が一緒に居る時の順番になっている。

 

「行くよ~、はいチーズ。・・・オッケー!!」

「いい写真撮れたわね」

 

少し伸びをしながら自分が六年間通っていた学校を見渡す。

 

「さて、帰ろうか」

「そうね」

「せっかくだから遊ばないの?」

「またうちで遊ぶのか?」

「博人の家くらいしか遊ぶ場所ないじゃない」

「そんなことはないとは思うけど・・・。まあ、じゃあ行くか」

「うん!!」

「じゃあ私達はもう少し話してから帰るから先に帰っといて」

「分かった、じゃあ行こうぜ」

 

三人で俺の家まで帰る。

部屋に戻り卒業アルバムを本棚にしまうついでにさっき二人が書いてくれたコメントを見る。

胡桃のコメントは“いつも仲良くしてくれてありがとう!!これからもよろしくね!!”と可愛い文字で書いてあり、維織のコメントは“中学生になるんだからもっとちゃんとしなさいよ”と整った綺麗な文字で書いてあった。

二人らしいコメントと文字だなと少し笑いながら本棚にしまおうとすると、一階から胡桃の呼ぶ声が聞こえてくる。

本棚に卒業アルバムをしまい返事をしてから階段を下りて行った。




今回で小学校編最終回です。
次話から高校生に戻ります(`・ω・´)


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編入と転入
相談


今回からまた高校編です(`・ω・´)


「夏休み明けか」

「はい。まだ当面の目標っていうだけなんですが」

 

六月も半分を過ぎた頃、俺は進路室に来ていた。

主な要件は胡桃の高校への入学についてだ。

 

「胡桃とは色々話し合っているんですけどやっぱり高校には通いたいって言っているんです」

「ふむ。確かに高校に通うことは大切だと思うが身体の方は大丈夫なのか?」

「はい。身体に後遺症が残っているということはなかったです」

「しかしリハビリなどもあるだろう?」

「・・・そうです。筋力が衰えていて今のままじゃ鉛筆も持てないので。そのリハビリがどのくらいで終わるかがまだ分からないので夏休み明けを目標にと・・・」

「なるほどな。学期途中に入学するということは編入という形になるわけだからもちろん編入試験も受けてもらうわけだがその辺りは大丈夫なのか?中学校の範囲はもちろん高校の一学期までの範囲も入るぞ?」

「その辺りは俺達で何とかします。維織という家庭教師もいるので、多分大丈夫だと思いますよ」

「なら後は目途がつき次第、学校長との面会も、、、まあその辺りは追々でいいだろう。詳しいことはまた話すよ」

「はい、ありがとうございます」

 

話が一区切りしたところで先生は足を組み替える。

 

「しかし、そんな話で安心したよ。もっと深刻な話をされるのかと思った」

「どうしてですか?」

「君がいつもより暗い顔で職員室に来たからね。私も少し緊張していたよ。もしかして他にも何か話すことがあるのか?」

 

先生は真面目な顔で聞いてくる。

 

「・・・ばれてましたか。よく分かりましたね」

「これでも伊達に進路指導部長をしていないからな」

「流石です。・・・実はちょっと面倒なことになってまして」

「どうした?」

「実は・・・」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「私も京峰高校に転入するわ」

 

その突拍子もない発言は三人で胡桃の編入について話している時にいきなり発せられた。

 

「・・・は?」

「本当に!?また三人で同じ学校に通えるの!?やった!!」

 

会話は普通に進んで行く。

俺の止まっていた思考が動き出す。

 

「な、、、何言ってんだ?」

 

言っている意味が全く分からない。

 

「何ってそのままの意味よ。国語は得意なんだから分かるでしょ?」

「そういうことじゃねえよ!!てか、そんなの無理に決まってんだろ?」

「出来るわよ。転入届を出せばいいだけだもの」

「い、いやそうかもしれないけど。せっかく進学校に入ったのに・・・」

「勉強なんてどこでもできるわ。それにあの学校に入ったのは、、、博人から離れるためだったから。何もなければ博人と同じ高校に入学していたもの」

「と、友達とかどうするんだよ!!」

「友達なんていないわ。二年間、勉強と読書しかしていなかったから」

「・・・そんなこと言われても困るけど」

 

『堂々と言うことじゃないだろ・・・』

 

「昔言ったでしょ?私には二人がいればそれでいいって。だからまたあなた達と一緒に居たいのよ。駄目?」

「い、いや、駄目とかじゃないけど・・・」

 

こういう維織の突然の言葉にはいつも反応に困る。

 

「ひーくん、お願い。私もいーちゃんが近くに居て欲しい。」

「そ、それは・・・」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「と、言うことなんです」

 

先生は苦笑する。

 

「確かに大変だな。白瀬は今どこの高校に通っているんだ?」

「西ノ宮高校です」

「立派な進学校じゃないか。確かにここに来るのは少し勿体ない気がするな。しかしそのレベルになるとどんな理由があっても簡単に転入なんてできないだろう」

「そう言ったんですけど、、、“正直に言ったら分かってもらえるわ。”って。幼馴染と一緒に居たいから転校しますなんて言って許可されるわけないのに・・・。そういうところは無駄に自信満々と言うか、無謀なことばかり言ってくるんですよね」

 

俺が困り果てた顔で言うと先生は優しく笑う。

 

「確かに無茶苦茶なことだが、そんなことを言ってくれる友達が近くに居てくれてるなんて幸せじゃないか。・・・白瀬は本当にお前たちのことが好きなんだな」

「・・・そうですね。俺もそうだと思います」

「だろ?栗山もそうなのか?」

「胡桃も多分そうですね」

「へえ」

 

そう言って先生は組んでいる自分の足に肘をつく

 

「二人は可愛いのか?」

「えっ?」

「私は見たことがないからな。前から気になっていたんだよ」

「まあ、、、可愛い方だとは思いますけど」

「そうなのか。じゃあ駒井はどっちの方が好きなんだ?」

「どっちの方がって・・・。先生なんか勘違いしてませんか?」

「どういうことだ?」

「好きっていうのは別に恋愛感情とかじゃないですよ。俺達にとってお互いは家族みたいなものですから。家族として好きってことですよ」

「ふむ、なる程な。あの二人に直接聞いたことはあるのか?」

「直接はないですけど。二人ともそう思ってると思いますよ。・・・もうこの話は止めませんか?」

「そうだな。関係のない話をしてすまなかったな」

「まあ、そういうことで。また相談に来ます」

「ああ、いつでも来てくれ」

それじゃあと言って駒井は進路指導室から出ていく。

それを見送ってから次の授業の準備に戻る。

作業をしながらふとさっきの駒井との会話を思い出す。

 

「・・・そう思っているのはお前だけだと思うがなあ。まあ気付いているのか気付いていないのかは知らないがそれも若さってことなのか。・・・羨ましいな」

 

少し笑いながら独り言がボソッと出てしまい前の机の先生がチラッとこちらを見てくるので慌てて顔を引き締め準備に集中する。

栗山の眼が覚めてから駒井は以前よりも格段に明るくなった。

その前はいつも思いつめたような顔をしていて、入学する時から祐子から少しでいいから気にかけてあげて欲しいと言われていたあの頃に比べると別人になったようだ。

特にあの二人のことはとても楽しそうに話してくれる。

 

『一度二人にも会ってみなくちゃいけないな。時間ができた時に行ってみるか』

 

そう決めてから、教科書と出席簿を持ち次の授業の教室に向かった。



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訪問

六月も過ぎ夏休みまであと半月ほどになった。

一学期も終わりということで俺の学校も維織の学校も期末考査が近付いてきた。

胡桃も編入試験のために必死に勉強中だ。

 

「維織、この問題分かる?」

「えっ?え~と、、、これは仮定法の文ね。If it were not for A の構文を使うのよ」

「あ~なるほど、ありがと。悪いな、集中してたのに」

「本当よ。少しは自分で考えなさい」

「・・・はい」

 

また問題に集中しだすと今度は胡桃が質問している。

 

「いーちゃん聞いてもいい?」

「なに?ああ、これは平方完成して頂点を求めるのよ」

「ど、どうやるの?」

「こうやって、、、こう。これで頂点のx座標とy座標が出るの」

「あっ、分かった!!ありがと、いーちゃん。私も聞いてばっかりでごめんね」

「良いのよ。分からないことがあったらなんでも聞いてちょうだい」

「うん、ありがと」

 

『・・・態度が全然違うな』

 

維織は有名な進学校である西ノ宮高校で一年生の時からテストの順位一位を守り続けている。

「凄いな」と言うと「勉強しかすることがなかっただけよ」と特に自慢気もなく言っていた。

しかし期末考査が三日後に差し迫った日、いつものように胡桃の病室で三人で勉強をしていると思わぬ来客がやってきた。

 

コンコン

 

『祐子さんかな?』

 

「はい」

 

ガラガラッ

 

「お邪魔します」

 

入ってきたのは宮本先生だった。

 

「先生?どうしたんですか?」

「話だけでなく栗山と白瀬にも二人にも会っておこうと思ってな。テストを作り終えて時間ができたから来たんだ。あと駒井がちゃんとテスト勉強しているかのか確認も兼ねてな」

「心配しなくてもちゃんとやってますよ。え~と、この二人が前話した-」

「白瀬維織です。よろしくお願いします」

「く、栗山胡桃です。お、お願いします」

「京峰高校の教師で駒井の担任の宮本だ。よろしく。テスト前の忙しい時期に来てしまってすまないな」

 

先生はそう言いながら二人の顔をじっと見る。

 

「ふむ。確かに駒井が言っていた通り可愛い二人だな」

「えっ!?ひーくんが!?」

「本当ですか?」

「ああ。前に二人のことをどう思ってるんだ?と聞いたんだ。そうしたら二人共可愛い子ですってな」

「か、関係ない話をしないでくださいよ!!あれは先生が可愛いか?って聞いてきたんでしょ!!」

「でも可愛いといったのは事実だろ?」

「うっ・・・。ま、まあ、それは事実ですけど」

 

俺が動揺している横で胡桃と維織はもじもじと照れている。

 

「ひーくんが・・・可愛い。えへへ」

「博人が私に可愛い。ふふっ」

 

だんだん恥ずかしくなってくる。

 

「も、もうその話はいいですよ。本題に入ってくださいよ」

 

ニヤニヤしている先生に訴える。

 

「そうだな。面白い駒井も見ることができたことだし本題に入るか」

 

先生は真剣な顔になる。

 

「駒井からある程度の話は聞かせてもらった。二人は夏休み明けにうちに編入あるいは転入することを考えているんだよな?」

「はい」

「は、はい」

「それに関して二人にはいくつか質問がある」

 

先生は胡桃の方に身体を向ける。

 

「まず栗山は身体の方は大丈夫なのか?今はリハビリを頑張っているみたいだが」

「は、はい。今のところは定期検査でも異常はありません。リハビリのおかげで鉛筆も持てるようになってきました」

「そうか、それは良かった。あとは・・・元々重い病気を患っているとも聞いたが」

「そっちの方も今は大丈夫です。無理をしなければ悪化することはありません」

「分かった、ありがとう。身体に気を付けながら編入試験の勉強を頑張ってくれ」

「は、はい!!ありがとうございます!!」

 

次は維織の方に身体を向ける。

 

「白瀬は今西ノ宮高校に通っているんだったな」

「はい」

「京峰学校に転入したいということ言っていると駒井から聞いたがうちの高校に来るということは学校としての偏差値がかなり下がってしまうがいいのか?」

「はい。私は勉強するために西ノ宮高校に進んだわけではありませんから」

「人間関係はいいのか?」

「私はあの学校に友達は居ません」

「えっ?そ、そうなのか」

 

この維織のはっきりとした発言にさすがの先生もたじろぐ。

 

「だから堂々と言うことじゃないって」

「仕方ないじゃない。事実なのだから」

「そうなのかもしれないけど・・・」

「大丈夫よ。私には大切な人が二人いるから。それだけで十分よ」

「私もいーちゃんのこと大切だと思ってるよ」

「ありがとう」

 

維織は時々こっちが恥ずかしいことをさも当たり前のように言う。

 

「まあ、仲がいいことは良いことだ。駒井の言っていた通りだな」

「・・・まあそうですね」

「話を戻そう。白瀬は転校したい旨を担任には伝えたのか?」

「はい。しかし、引き留められました」

「当たり前だ。そんな理由で簡単に転校なんてできるわけないだろ」

「でも私は諦めないわ。何と言われようとも納得してもらうしかないもの」

「転校するには学校長の許可もいるからな」

「できるだけ早く済ませます」

「まあ、話が進んだら駒井を通じて教えてくれ」

「はい」

「じゃあこれ以上いても邪魔になるだろうから私はこれで失礼するよ。勉強頑張ってくれ。栗山は身体も大事にな」

「はい。ありがとうございます」

 

先生は病室から出ていく。

 

「・・・宮本先生ってなんかひーくんのお母さんに似てるね」

「そうね。私も少し思ったわ」

「・・・そうかな?まあ少しだけ似てるかもな。さて勉強を続けようぜ」

「うん」

「そうね」

 

一週間頑張って勉強したおかげで俺もテストで良い点数を取ることができた。

維織も無事一位を守り切ったらしい。



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隠し事

「あれ?今日は珍しく早いな」

「ええ。学校が早く終わったから」

 

珍しく病院の前で維織と鉢合わせたので一緒に胡桃の病室まで行く。

 

「あれ?いない」

「まだあそこなのかしら」

「そうかもな。行ってみるか」

 

一階に降りてリハビリ室の前まで行くとやはり胡桃は居た。

 

「栗山さん。ゆっくりでいいからね。今日はいつもより長い時間やってるから」

「はい」

 

胡桃はリハビリの先生とリハビリ中のようだ。

いつもは俺達が病院に着いた時にはもう病室に戻っているためリハビリの様子を見るのは初めてだ。

少し辛そうな顔をして汗を流しながらリハビリをしている。

それから十分が経ってリハビリが終わったらしい。

 

「じゃあ今日はここらへんにしておきましょうか。無理してもいけないし」

「はい、ありがとうございました」

 

その先生がこちらに気付き会釈してくれる。

 

「お友達来てるよ」

「えっ?あっ、ひーくん、いーちゃん」

「よっ。頑張ってるみたい、、、どうした?」

 

胡桃が近付いてくる足をピタリと止め、自分のことをチラッと見る。

 

「どうかしたのか?」

「き、来ちゃ駄目!!」

「・・・えっ?」

「ふ、二人は先に部屋に行ってて」

 

そう言うと胡桃は女の先生に車椅子を押されてどこかに行く。

それを見ながら俺は呆然と立ち尽くす。

 

「・・・」

「胡桃もああ言っているし先に戻ってましょうか」

「お、おう」

 

病室に戻り維織と並んで椅子に座る。

 

「・・・俺なんかしたかな」

「さっきの胡桃?」

「うん・・・」

「心当たりあるの?」

「・・・いや、何もない」

「なら聞いてみればいいじゃない」

「そ、そんな簡単に。・・・そうだな、聞いてみるか」

 

しばらくして胡桃が帰ってきた。

シャワーを浴びてきたようで髪が少し湿っている。

 

「待たせちゃってごめんね」

「気にしなくていいのよ。リハビリ頑張っているのね」

「うん。早く昔みたいに動けるようになりたいから」

 

会話が始まるとさっきのことを聞きづらくなる。

しばらくタイミングを見計らっていると維織に横腹を小突かれる。

それに促されて口を開く。

 

「え、えっと胡桃?」

「ん?何?」

「俺なんかしたか?してるんだったら謝るけど」

「えっ?ひーくんは何もしてないよ」

「えっ?だ、だってさっき」

 

胡桃と話が合わなくて二人共困惑する。

すると維織が助け船を出してくれる。

 

「さっき胡桃が博人のことを避けるような態度をとったでしょ?その事をずっと気にしているのよ」

 

胡桃はその言葉で合点がいったようだ。

しかし、胡桃はなおさらはっきりと答えなくなった。

 

「えっとあれは、、、なんでもない・・・」

「なんでもないことないだろ。言いたいことがあるならはっきり言ってくれよ」

「ほ、本当になんでもないよ。気にしないで」

「そんなこと言われたらもっと気になるんだけど・・・」

「・・・まあいいじゃない。別に胡桃は怒っている訳じゃないんでしょ?」

「うんうん。怒ってなんてないよ」

「・・・それなら良いけど」

 

モヤモヤした気持ちのまま今日はそのまま解散した。

しかし、次の日・・・

 

「やっぱりモヤモヤするんだよなあ・・・」

「しょうがないじゃない。言いたくないことを無理矢理聞き出すわけにもいかないのだし」

「まあそうだけどな~。維織は理由分かるか?」

「さあ?でもそんな深刻な話ではないと思うわよ」

「そうだと良いんだけど」

 

そんなことを話しながら胡桃の病室の前に辿り着いた。

そしてそこで事件が起こる。

昨日のことが頭を占めていたせいでいつもはちゃんとしているノックをうっかり忘れドアを開けてしまったのだ。

 

ガラガラッ

 

「!!!」

「あっ!!」

「あら」

 

そこにはベッドに座り、昨日のリハビリの先生に背中を拭いてもらっている半裸の胡桃がいた。

 

「キャーーーー!!」

「なっ!!ノックくらいしなさい!!」

「す、すいませ-」

「ひーくん早く出て行って!!!」

「わ、分かった!!」

 

俺だけ慌てて病室から飛び出す。

維織は病室の中に残ったようだ。

 

『はあ、ぼおっとしすぎだ。昨日のこともまだちゃんと胡桃から教えてもらってないのにもっと怒らせるようなことしちゃったな』

 

ガラッ

 

そんなことを考えていると扉が開きリハビリの先生が出てくる。

 

「君、気を付けなさい!!栗山さんは女の子なんだから!!」

「本当にすいませんでした・・・」

 

深く頭を下げる。

リハビリの先生が歩いて行くとまた扉が開き維織が出てくる。

 

「・・・胡桃怒ってるか?」

「怒っているが四割、照れているが六割といった感じね」

「結構怒ってるな・・・。入っても大丈夫そうか?」

「ええ。胡桃からも話したいことがあるそうよ」

「・・・そう言われると怖いな」

「私はここで待っているから」

「えっ?一緒に来てくれよ」

「いいから」

「・・・分かったよ」

 

病室の前で深呼吸する。

そして意を決して病室の中に入る。

扉を閉めそうっと胡桃の方を見るとこっちを見て少しむくれていた。

それを見て慌てて謝る。

 

「胡桃、本当にごめん!!その、、、うっかりしてたというかその-」

「見た?」

「えっ?な、何を-」

「見たの?」

 

胡桃が真剣な顔で聞いてくる。

 

「え、えっと、、、み、見た。で、でも背中だけだから!!それ以外は見えてないから!!」

「・・・ほんと?」

「本当だ!!」

「なら、、、いいんだけど・・・」

 

病室が静かになってしばらくして胡桃が口を開く。

 

「・・・ひーくん、昨日のことずっと気にしてるの?」

「・・・うん。だって胡桃は何もないのにあんなこと言わないじゃないか」

 

胡桃が大きく深呼吸する。

 

「・・・実は私、ひーくんに隠していることがあるの」

「分かってるよ。昨日のことだろ?」

「ううん、昨日のことじゃないんだ。いや、昨日のこともあるんだけど・・・」

「俺は言えるなら言って欲しいよ。何のことだろうってずっと気になっちゃうから」

「言ったら気持ち悪がられるかもしれないから言えなかったの。・・・嫌いにならない?」

「嫌いになるわけないだろ。なんでも言ってくれよ」

「・・・うん。じゃあちょっと後ろ向いててくれる?」

「? 分かった」

 

言われた通りに後ろを向く。

すると、後ろから衣擦れの音が聞こえてくる。

 

「く、胡桃?なにして-」

「まだ見ちゃ駄目!!」

「み、見てないよ」

「・・・いいよ」

 

ゆっくり振り返る。

顔を真っ赤にした胡桃は上のパジャマのボタンの下二~三個を外して胸の下まで捲っている。

 

「あ、あんまりじろじろ見ないでね。恥ずかしいから」

 

目に飛び込んできたのは少し白すぎる綺麗な肌とか微妙に見えている胸とかではなく、、、胡桃の左脇腹に縦に刻まれた大きくてまっすぐな傷跡だった。

 

「・・・それは事故の痕か?」

「・・・うん。やけどの痕とか小さな切り傷は全部消えたんだけど、この傷だけは消えないって・・・」

 

身体に一生の大きな傷が残るというのは深刻な問題だと思う。

 

「・・・触ってもいいか?」

「えっ?」

 

胡桃は少し迷ってから小さく頷く。

 

「・・・いいよ」

「ありがとう」

 

胡桃に近づきゆっくり肌に手を触れる。

 

「んっ・・・」

 

触れた瞬間胡桃の身体がピクッと震える。

 

「大丈夫。ちょっとくすぐったかっただけだから」

 

触った胡桃の肌はスベスベだ。

しかし、傷跡の上だけが分かるくらいに他のところとは明らかに違う感触がする。

 

「この傷跡を見せたらひーくんが気持ち悪がっちゃうかもしれないって思ってたの。ひーくんはそんなこと思わないって分かってるのに怖かった」

「胡桃・・・」

 

胡桃は少し困ったように笑いながら俺を見る。

 

「私はひーくんに嫌われたくないんだあ。だから昨日もあんな態度をとっちゃったの」

「・・・どういうことだ?」

「昨日はいつもより長い時間リハビリしてたからすごく汗かいてたの。だから、、、身体汗臭くないかなって思って」

「そ、そんなこと気にしてたのか?」

 

理由が思っていたより単純なことと分かって拍子抜けする。

 

「ひーくんにとってはつまらないことでも私にとっては大切なことなんだよ」

 

そう言われると俺は何も言い返せない。

胡桃がそう言ってるなら大切なことなんだろう。

ありがとう、と言って手を離す。

 

「確かに胡桃の気持ちも分かるよ。でも隠し事されるのは嫌かな」

「うん・・・。いーちゃんにも言われた。だから勇気を出して言ったの。・・・隠しててごめんなさい」

「なんでも言ってくれればいいんだよ。絶対に嫌いになんてならないからさ」

「・・・うん。ありがとう」

「こっちこそ教えてくれてありがとう。俺も理由が分かって良かったよ。もう隠してることはないよな」

 

そう言うと胡桃が少し動揺する。

「・・・あるのかよ。何だ?」

「・・・これは駄目。私だけの話じゃないから」

「どういうことだ?」

「いつか絶対いーちゃんと言うから。それまで待ってて」

「維織と?維織も関係あるのか?」

「あっ!!な、何でもない!!」

「・・・まあ、分かった。約束な」

「うん」

 

話が終わったことを病室の外に居る維織に伝えに行き、また戻る。

 

「全部終わったの?」

「うん、ありがとういーちゃん。いーちゃんのお陰でちゃんと言えたよ」

「良いのよ。隠し事なんてしててもお互い良いことなんてないもの。それに言うならちゃんと一対一で言った方がいいから」

「えっ?維織は知ってたのか?」

「ええ。前に教えてもらったの」

「知ってたなら教えてくれよ・・・」

「勝手に言っていいことじゃないでしょ」

「私がひーくんには内緒にしてって言ったの」

「女の子同士でしか話せない悩みよ」

「まあ、、、そうだな」

 

その後は三人で少し話し病院を出る。

歩いているとふと疑問が湧いてきた。

 

「・・・俺ってそんなに信用ないのかな?」

「どうしたの?急に」

「胡桃も維織も俺に嫌われたくないって言うけどさ、胡桃は五年、維織なんて生まれた時から一緒なんだぞ?今更嫌いになる訳ないじゃないか」

 

維織の顔が少し赤くなる。

 

「そ、それは思い出さなくていいわ。・・・昔からずっと一緒に居る相手だからこそ嫌われて離れ離れになるのが怖いのよ。胡桃も、、、私も」

「へえ、そんなものなのか。まあ、俺が二人のことを嫌いになることなんてないから安心しろよ」

「ええ、信じてるわ」

 

そのまま歩いているとさっき胡桃が言っていたことを思い出す。

 

「そういえば二人は俺に隠してることがあるんだろ?」

「隠していること?」

「いやなんか維織といつか一緒に言うからそれまで待っててって言われたんだけど」

 

何のことかと少し考えていた維織は急に狼狽えだす。

 

「そ、それは内緒よ」

「それは良いんだけどさ。いつか教えてくれるんだろ?」

「・・・ええ」

「じゃあそれまで楽しみに待ってるよ」

「そうして頂戴」

 

しかしその話を聞くのが思っていたよりもずっと先になることをこの時の俺が知る由もなかった。



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夏といえば

「よう」

「こんにちは」

「ひーくん、いーちゃん。いらっしゃい」

 

期末テストも終わり夏休みに入ってしばらくが経った。

夏期講習があって学校に行ったりはしているが夏休みに入っても変わらずほぼ毎日、維織と一緒に胡桃の病室を訪れている。

 

「勉強捗ってるか?」

「うん、頑張ってるよ」

 

胡桃が眼を覚ましてからもう二ヶ月が経ち、身体の状態もリハビリのお陰で元の状態に戻りつつあるようだ。

編入試験の勉強も順調に進み、学校復帰に向けて頑張っている。

 

「二人はお家では何してるの?」

「俺は夏休みの宿題かな。休みの終わりにまとめてやろうと思ってたのに維織が早く終わらせとけって言ってきてな・・・」

「当たり前でしょ。昔からそう言ってぎりぎりになって適当に済まそうとするじゃない」

「そ、そんなことはないと思うけど・・・」

 

何回も維織から言われたお陰で宿題ももう少しで終わる。

 

「いーちゃんはお話ししに学校に行ってるんでしょ?」

「ええ。先生と話し合って学校を辞めた後について話してるのよ」

「話し合いの調子はどうなんだ?」

「担任の先生と学年主任の先生と話し合ってやっと納得してもらえたから。あとは退学届を提出するだけよ」

「よくあんな理由でよく納得させられたな」

「これくらい朝飯前よ」

 

維織の得意げな顔を呆れながら見る。

維織の説得に学年主任や校長まで参加したらしいが止めることはできなかったらしい。

 

『学年トップがいなくなるなんて学校も可哀そうだな・・・』

 

考えている間に二人の会話は進んでいる。

 

「でも、毎日勉強ばっかりだから疲れてきちゃって。外に出たのいーちゃんに会いに行った時だけだし。・・・どっか行きたいな」

「確かにそうね。どこか行きたい場所はあるの?」

「海!!」

「行っても泳げないだろ。それに絵を描いたりして気分転換はしてるじゃないか。試験まであと少しなんだから今は勉強に集中しとけ」

 

すると胡桃はむくれて言う。

 

「してるよ!!それに絵は夢中になっちゃうから最近は抑えるようにしてるもん。だから何か他の気分転換しないと頭爆発しそう」

 

胡桃は唸りながら髪をくしゃくしゃにする。

そこまで言われると無視するわけにもできないので祐子さんに聞きに行く。

 

「というわけなんですけど」

「う~ん。まあリハビリも順調に進んでるし、確かにずっと病院に籠っているのはストレスたまるだろうからね。あんまり遠くには行っちゃ駄目だけど近くならいいよ」

「・・・分かりました。ありがとうございます。相談してみます」

 

病室に戻り二人に話す。

 

「やった!!どこ行く?」

「あんまり疲れない所がいいだろ。買い物とかはどうだ?」

「え~!!せっかくだから夏っぽいことしようよ」

 

『夏っぽいってなんだよ』

 

「夏っぽいことと言えば、、、海、山、お祭り、、、くらいかしら」

「少ないな・・・」

「う、うるさいわね」

「とにかく山なんて体力使うところは駄目だし、海なんて行っても誰も泳げないじゃないか。祭りは、、、この辺りで祭りやってるところなんてあるか?」

「そうね・・・。ああ、確かそろそろ桐谷神社でお祭りがあるんじゃなかったかしら」

 

桐谷神社はこの辺りでは有名な神社で俺達も昔は祭りや元旦の初詣に行っていた。

 

「桐谷神社のお祭りって昔みんなで行ったところだよね。またみんなで行こうよ!!」

「ああ、あそこか。あそこなら近いし大丈夫かな。あの祭りっていつから始まるんだっけ」

「・・・確か今週からじゃなかったかしら。もう何年も行っていないからあまり正確には覚えていないけど」

「俺もまったく覚えてないな。でもそれなら今週は人が多いだろうからとりあえずその祭りは来週にでも行こうか。だからそれまで勉強頑張れ」

「分かった。約束だよ?」

 

そう言って胡桃は小指を俺に向けてくる。

 

「はいはい。約束だ」

 

俺は胡桃の小指に自分の小指を絡ませ、軽く振る。

 

「じゃあ頑張れ。俺も宿題頑張るからさ」

「うん!!」

 

その後は胡桃の質問に答えたり少し雑談をしてから病室を出る。

すると廊下を歩いてきた祐子さんと鉢合わせる。

 

「帰るの?どこ行くか決まった?」

「はい。桐谷神社のお祭りに行くことにしました」

「ああ、あそこのお祭りね。私も昔は薫ちゃんと一緒に行ったな~。最近は私も薫ちゃんも忙しいから全然行ってないけど」

「俺達も全然行ってませんよ。前行ったのは確か・・・」

「中二の時じゃないかしら。次の年は・・・」

 

そこで維織が黙り込む。

祭りには胡桃が事故に遭った年から行っていない。

 

「そう思うと行ったの結構前だな」

 

空気を察してわざと明るい声で言う。

 

「・・・ええ、そうね」

「維織ちゃんは浴衣とか持ってないの?せっかくだから着て行ったらいいじゃない」

「そういえば昔は着てたな。中二の時は着てなかったけど」

「もう入らないわよ。小さい頃に買ったものだから小さいわ」

「確かに身長も伸びてるもんな」

「お祭りにはいつ行くの?」

「来週です。今週から始まるっぽいんですけど初日は人が多そうですから止めとこうってことになって」

「そうなんだ。胡桃ちゃんも楽しみだろうね」

「そうですね。凄く喜んでました。じゃあまた明日来ます」

「二人共気を付けて帰ってね」

「はい、それじゃあまた」

「祐子さん、さようなら」

「またね~」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

二人を見送った後、受付に戻り仕事の続きをする前に薫ちゃんにメールを送る。

さっきの会話でとあることを思い出したので薫ちゃんにも協力を頼んだのだ。

 

「久しぶりの三人でのお祭りなんだからこのくらいしてあげなくちゃね」

 

そう言いながら微笑む。

しばらくして薫ちゃんから一言「了解」と返信が来た。



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夏祭り

「ここに来るのも久しぶりだな」

 

胡桃との約束通り今日は桐谷神社の桐谷祭に来た。

天気予報で夜から雨だったがなんとかもってくれて一安心だ。

しかし、来たと言っても今は一人だ。

本当は維織と病院に行き三人で神社まで来る予定だったのだが維織に祐子さんから電話がかかってきて維織だけ病院に行って俺は先に神社へ行くようにと指示があったらしい。

 

「一体何の用事なんだろうなあ」

 

そうぼやきながら周りを見渡す。

先週から始まっていた桐谷祭は今日が最終日にも関わらずこの辺りで一番大きなお祭りなだけあってたくさんの人達で賑わっている。

眼に入る人達はみんな楽しそうに顔を輝かせている。

男や女同士の友達で来ている人、恋人同士で来ている人、そして、、、家族連れで来ている人。

早く行きたくて両親の手を引っ張っている子供に少し困ったような顔をしながらも大人しく連れられて中に入っていく。

その微笑ましい光景をぼおっと見つめる。

そう言えば俺達も昔、母さんと早苗さんと一緒に桐谷祭に来たことがあった。

あの時も確か今の家族みたいに、、、。

頭を軽く振る。

 

『こんなこと考えてても無駄だな。結局は二度と戻ってこない過去だ』

 

柱にもたれて眼を閉じる。

 

「こんな周りがお祭り騒ぎの中よく寝ることができるわね」

 

真正面から皮肉が聞こえてくる。

 

「・・・寝てないよ」

 

眼を開ける。

眼の前には浴衣を身に着け、髪の毛も丁寧に結っている二人が立っている。

 

「待たせちゃってごめんね。支度に時間が掛かっちゃって」

 

何も言えずに二人をじっと見つめる。

 

「ひーくん?どうしたの?」

「何か言ったらどうなのよ」

 

ハッと我に返る。

 

「い、いや、綺麗だよ二人共。良く似合ってる」

「ありがとう!!」

「・・・ありがとう」

「祐子さんが呼んだ理由ってそれだったんだな。やっと合点がいったよ」

「私のが祐子さんのでいーちゃんの浴衣が宮本先生のなんだって」

「先生の?先生そんな浴衣持ってたんだな」

 

白を基調とした浴衣を着た胡桃と水色を基調とした浴衣を着る維織。

・・・正直言って可愛すぎてあんまり直視できない。

 

「じゃ、じゃあもう行こうか」

「うん!!行こう、行こう!!」

「そうね」

 

三人で並んで鳥居をくぐる。

神社の中は様々な屋台が立ち並んでいて活気に満ち溢れている。

 

「・・・変わってないわね。あの時から」

「そうだね。私覚えてるもん」

「屋台はそう簡単に変わったりしないんだろうな。さてどこから行く?」

「綿あめ食べたい!!」

「維織は?」

「私はどこでもいいわ」

「俺も特に行きたいところもないからとりあえずは綿あめ買いに行くか」

「うん!!」

 

とりあえず綿あめが売っている店を探す。

見渡すと様々な店が出店されている。

りんご飴、たこ焼き、かき氷などと様々でラーメンを売っているお店まである。

食べ物屋さん以外では輪投げ、金魚すくい、射的など定番のお店が立ち並んでいる。

店はすぐに見つかった。

 

「いらっしゃい!!」

「すいません。綿あめを、、、一個でいいか?」

「ひーくんといーちゃんは食べないの?」

「私達は大丈夫よ」

「じゃあ一個ください」

「まいどあり」

 

お金を渡し、綿あめを受け取る。

 

「ひーくんお金いいの?」

「これくらいいいよ。はい」

 

胡桃に綿あめを渡す。

 

「ありがとう。はむ」

 

胡桃はさっそく食べる。

 

「おいしい!!ひーくんといーちゃんも食べる?」

 

そう言って胡桃が差し出してくるので維織と顔を見合わせる。

 

「お先にどうぞ」

「・・・じゃあ」

 

綿あめを食べる。

甘い味が口の中に広がる。

維織も少し躊躇しながら食べる。

 

「・・・甘いわね」

「甘いな」

「え~それがおいしいのに」

 

そう言って胡桃は綿あめをおいしそうに食べていく。

その後は色々なお店を見回りながら気になったお店に寄っていく。

 

「久しぶりに射的でもやってみようかな」

「ひーくん上手かったよね」

「せっかくだし二人もやろうぜ」

「やる!!」

「私は良いわよ」

「へえ、自信ないのか?」

「・・・やるわ」

「そう来なくちゃな」

 

店主に三人分のお金を渡し銃と玉五つを受け取る。

胡桃は力が弱いので銃のレバーを引くのに苦戦しているようだ。

 

「んっ!!で、出来ない」

「これ結構力いるからな。貸してみ」

 

玉を入れレバーを引く。

 

「はい」

「ありがとう。よしっ!!」

 

胡桃は意気込んで標品を狙い撃つ。

 

「当たった?」

「いや。外れた」

 

玉は商品にかすることもなく後ろの布に当たる。

 

「難しいな~」

「じゃあ次は俺だな」

 

弾を込めよ~く狙う。

玉は狙い通り商品に当たり下に落ちる。

 

「よしっ」

「ひーくん凄い!!」

「これくらい朝飯前だよ。さて次はあれを狙う-」

 

俺が次の目標を指差した瞬間その商品が撃ち落される。

横を向くと維織が得意げに笑っている。

 

「あら。どれを狙うのかしら?」

「・・・相変わらずだな」

 

負けず嫌いの維織が顔をのぞかせる。

 

「さて次は-」

 

そこで今度は維織が狙ったものを俺は狙い落す。

 

「・・・あなたも人のこと言えないわね」

「負けず嫌いはお互い様だ」

「・・・」

「・・・」

 

ここから俺も維織も意地になってどんどん商品を落としていく。

結果二人で大量の商品を獲得した。

 

「二人とも凄いね。私なんて一つしか当たらなかったのに」

「これにはコツがあるんだよ」

「えっ、なに?」

「上の方の大きいやつを狙ってもなかなか落ちないからさ。下の方の小さいお菓子ばっかり狙うんだよ」

「なるほど~」

「でもこれには弱点があるんだよな」

「えっ、なに?」

「店主にめちゃくちゃ嫌な顔される」

「当たり前じゃない。ずるいだけよ」

「・・・維織もやってじゃないか」

 

さっきも思っていた通り店主にはあまりいい顔はされなかった。

そして夕食がてらにたこ焼きや焼きそばなどを買ってベンチに座る。

 

「こんなに買わなくてよかったんじゃないかしら」

「そうだよ。全部ひーくんがお金出してくれたのに」

「いいんだよ。一個一個が大きいわけじゃないからお腹すくじゃないか。それに結構おいしいし」

「確かにおいしいね」

「まあ、そうね」

 

三人で食べ始めてしばらくが経つと向こうの方が騒がしい声が聞こえてくる。

どうやら外を周っていた神輿が神社に戻ってきたらしい。

 

「凄い声!!なんだろう」

「お神輿ね。今日はお祭りの最終日だから桐谷神社に戻しに来たのよ」

 

みんなその神輿を見に行ったらしい。

どうりで周りに人が少なくなったわけだ。

 

「私達も見に行こうよ!!」

「そうだな。じゃあ見に行こうか」

「そうね」

 

容器をゴミ箱に捨てみんなが集まっている所に行く。

そこではお神輿を囲んで沢山の人達がいる。

 

「凄い人だな」

「盛り上がってるね!!」

「多すぎるわ・・・」

「しょうがないだろ。祭りなんだから」

 

維織はあまり人込みが得意ではない。

俺達も得意というわけではないのだが。

しかしもう終わりの方だったらしく神輿は普段置かれている場所に飾られ、人込みも段々と少なくなっていく。

 

「もう祭りも終わりだな。俺達もそろそろ帰ろうか」

「私トイレ行きたいかも」

「そうなのか?じゃあ維織付いていってやってくれ。俺はここで待ってるから」

「分かったわ。じゃあ行きましょうか」

「うん。ごめんね、すぐ戻ってくるから」

「別に急がなくて大丈夫だよ」

 

歩いて行く二人を見送る。

周りを見るとさっきまでの喧騒はなくなりもうほとんどの人が家路についたようだ。

それでもまだ何人かの人がちらほらといて、子供たちのはしゃいでいる声が聞こえてくる。

ここで立って待っているのはしんどいのでさっきのベンチまで戻る。

 

「ふう、結構疲れた-!!」

 

急に後ろから下半身に衝撃が走る。

慌てて後ろを見ると小学校低学年くらいの男の子が地べたに座り込んでいる。

どうやらこの子が後ろからぶつかってきたらしい。

 

「だ、大丈夫か?」

 

急いで起き上がらせようとするがその子は大きな声で泣き始めてしまう。

 

「うわあああん!!」

「えっ!!お、おいどっか痛めたのか」

 

しかし何を言っても泣いているだけで埒が明かない。

 

「何か言ってくれないと分からないよ・・・」

 

途方に暮れていると向こうから母親らしき人が走り寄ってくる。

 

「まーくん何してるの!!だから走り回ったら駄目だって言ったのに!!すいません、大丈夫ですか」

「ああ、はい。俺は大丈夫ですけど」

「本当にすいません。ほら行くよ!!」

 

男の子は母親に手を引っ張られて歩いて行く。

 

「あの歳の子供は元気だな」

 

俺も昔はよく母さんに怒られたものだ。

流石に泣いたりはしなかったが母さんを本気で怒らせると本当に怖かった。

戻ってこない楽しかった頃の思い出。

その時あの時の記憶が走馬灯のように駆け巡る。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

《駒井君、こっちよ》

 

看護婦に手を引かれ病院の廊下を歩く。

 

《嫌だ、行きたくない!!》

 

しかし俺の必死の声は看護婦には聞こえない。

 

そして部屋の前に辿り着き、扉が開かれる。

 

《さあ入って》

 

抵抗しているつもりだが足が勝手に前に進む。

眼に入ってきたのは二つのベッド。

そしてそこに横たわる、、、

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「博人!!!」

 

そこで我に返る。

 

「維織、胡桃・・・」

 

息が急に苦しくなる。

あまりの苦しさに思わず膝を付いてしまう。

 

「はっ、はっ、はっ・・・」

「どうしたの!?しっかりしなさい!!」

「過呼吸だよ!!ひーくんゆっくり息を吐いて大丈夫落ち着いて!!」

 

胡桃の言った通りゆっくり息を吐くように心がける。

二人が背中をさすってくれる。

しばらく経ってやっと呼吸が正常に戻ってきた。

 

「ひーくん大丈夫?」

「ああ、もう大丈夫だ。悪いな、心配かけちゃって」

「・・・本当に大丈夫なの?」

「うん、本当に大丈夫」

「・・・ならいいのだけど」

「だいぶ遅くなっちゃたな。帰ろうか」

 

心配そうな顔をしている二人を安心させるように明るく言う。

 

「うん」

「・・・そうね」

 

病院まで三人で帰る。

その道中ではあまり会話もなく歩き、十五分ほどで病院の前までたどり着いた。

 

「じゃあな胡桃」

「また明日」

「うん・・・。ひーくん本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だって。心配するな」

「・・・うん。じゃあまた明日ね」

 

胡桃が病院の中に入っていくのを見送ってから今度は維織を送ろうと声を掛けようと思ったが維織は真反対の方へ歩いて行く。

 

「お、おい。どこ行くんだよ」

 

維織はそのまま歩いて行ってしまう。

 

「無視かよ・・・」

 

仕方なくついて行く。

 

「てかこっちって俺の家じゃないか」

 

坂を上り自宅近くまで着く。

維織は昔自分が住んでいたアパートをチラリと見たがそのまま俺の家の門を開け中に入っていく。

 

「おい。何がしたいんだよ」

 

俺も慌てて門を通る。

 

「鍵を開けて頂戴」

 

ドアの横にもたれかかっていた維織が言う。

 

「は、はあ?何言ってんだよ。早く家帰ろうぜ」

 

しかし維織は動く気はないようだ。

 

「はあ、分かったよ」

 

諦めてドアを開ける。

 

「お邪魔します」

 

何の抵抗もなく中に入っていく。

玄関で下駄を脱ぎ、リビングの椅子に座る。

 

「・・・変わってないわね」

「何もしてないからな。それよりそろそろここまで来た理由くらい教えてくれてもいいんじゃないか?」

 

そう言うと維織はこっちを向く。

 

「お風呂」

「・・・へっ?」

「お風呂に入ってきたら?さっきのでたくさん汗をかいたでしょ?」

 

どうやら今話すつもりはないみたいだ。

経験から何を言っても無駄だと分かったので「・・・分かったよ」と言って大人しく従う。

 

「なら維織も浴衣着替えたらどうだ?ずっと着てるのは窮屈だろ?」

「着替える服がないのよ。それくらい分かるでしょ?」

「そりゃそうだな。悪い」

 

自分の部屋に行き荷物を置いてからパジャマと下着とタオル、そしてもう一着服を持って一階に戻る。

 

「これ。俺のだけどとりあえず着といたら?」

 

服を渡す。

 

「・・・ありがとう」

 

維織が受け取ったのを確認して風呂場に向かう。

服を脱いで洗濯機に放り込む。

夏なので湯船に浸かる訳でもないため十五分ほどでさっさと風呂場から出る。

タオルで身体を拭いてから服を着て、頭を拭きながらリビングに戻る。

リビングでは着替えた維織が浴衣を丁寧に畳んでいた。

 

「着替えたんだな」

「結構締め付けられていたから。でもこれ、、、大きいわね」

「しょうがないだろ。俺がいつも着てるやつなんだから」

「・・・そうなのね」

 

維織は自分の着ている服をチラリと見る。

 

「それで?風呂も入ってきたしもういいだろ?」

「・・・こっちに来て」

 

タオルを首にかけ維織の横に座る。

すると維織は俺が首にかけていたタオルで俺の頭を拭き始める。

 

「もう、ドライヤーで乾かして来なさいよ。風邪ひくじゃない」

「だ、大丈夫だよ。夏だからすぐに乾くだろうし」

 

しばらく黙って拭いていた維織がやっと口を開く。

 

「・・・両親のことを思い出していたの?」

「えっ?」

 

手を止め俺をじっと見つめる維織を見る。

 

「さっきのことよ」

「・・・なんでそう思ったんだ?」

「だってあなた私たちがすれ違った親子を見ながら凄い顔していたもの。今にも泣きだしてしまいそうな顔を」

「すれ違った?ああ、あの二人か」

「気付かなかったの?」

「維織達二人とすれ違ったのは気が付かなかったな」

「それでどうなの?」

 

俺は力なく笑う。

 

「その通りだよ。と言っても楽しい思い出って訳じゃないんだけどな」

「そうでしょうね。そんな人があんな顔しないもの。・・・簡単に忘れることなんて出来ないものね」

「・・・そうだな。せめて思い出せるのが楽しい思い出だったら幾分かましなんだけどな。楽しい日々を思い出そうとしてもすぐにあの時が思い出されちゃうんだよ」

「あの時?」

「・・・あの時は名前も知らなかった祐子さんに手を引かれて病院の廊下を歩てる。行きたくないって何回も言って抵抗もするんだけど俺の足は止まらないんだよ。そして辿り着いた部屋の扉が開かれ中に入って見えるのがベッドで眠る、、、母さんと父さんだ。少しだけ見える手は赤い痣が無数に広がってそれで俺は、俺は、、、」

 

どんどんと記憶が迫ってくる。

逃げても逃げてもけっして振り切ることができない悪夢のような現実。

 

「博人!!」

 

維織の顔を見る。

その苦痛を耐えるような顔を。

 

「もう分かったわ。ごめんなさい、嫌なことを聞いてしまって」

「・・・何がきっかけなのかは分からないけど時々思い出すんだよな。一番多いのは命日が近くなったときか。夢を見て嫌な汗をかいて起きる。維織はそういうことないか?」

「私も昔はあったわ。でも最近は全然ね」

「そうなのか。・・・いつかそういう時がこればいいと思うんだけどな」

「私はもう悲しいという感情を持っていないから。あるのは憎しみだけ。・・・だからかしらね」

 

沈黙がリビングを支配する。

すると外からザーという音が聞こえてくる。

どうやら予報通り雨が降ってきたらしい。

 

「ほら雨降ってきちゃったじゃないか。もうお風呂入っちゃったよ」

「一人で帰るから大丈夫よ」

「駄目だ。暗いし雨降ってるし危ないから」

「それならどうするのよ」

「・・・うちに泊まっていくか?布団は一応あるし、母さんの部屋にでも敷けばいいから」

「と、泊まるの?・・・そっちの方が危なくないかしら」

「・・・どういう意味だ?嫌なら家まで送ってもいいけど」

「雨も降っているし風邪をひかれても困るから。・・・今日はその言葉に甘えさせてもらうわ」

「そうしとけ。タオルとかは置いとくからさっさとお風呂入って寝なよ。まだ時間は早いけど特にやることもないからな」

「分かったわ。ありがとう」

 

二階にタオルを取りに行き洗面所にある洗濯機の上に置いておく。

この後は母さんの部屋に布団を敷いてからいつものように自分の部屋で勉強や読書をする。

そろそろ寝ようと思いお茶を飲もうと部屋から出るとちょうど階段から上がってきた維織と鉢合わせた。

 

「お風呂使わせてもらったわ。あとお仏壇にも線香をあげさせてもらったわ」

「うん、ありがとう。明日また家まで送るから」

「ありがとう。・・・押しかけたみたいになってしまってごめんなさい」

 

維織は少し申し訳なさそうな顔をしている。

 

「いいよ。確かにあのまま一人になるのは心細かったからいてくれて心強いよ」

 

そう言って笑いかけると維織は安心したように微笑む。

 

「そう。そう言ってもらえるなら良かったわ。おやすみなさい」

「おやすみ」

 

維織は母さんの部屋に入っていく。

お茶を飲んで部屋に戻り電気を消す。

 

『・・・よく考えたら家に泊めるのはちょっとまずかったかな』

 

そんなことを考えているとすぐに睡魔に襲われ眠りについた。

                  ・

                  ・

                  ・

「と、ろと、博人。起きなさい。もう九時よ」

 

維織の声で眼が覚める。

 

「んっ・・・。い、維織なんでここに、、、そうか泊まったんだったな・・・」

 

一瞬驚いたがすぐに昨日のことを思い出す。

 

「なに寝ぼけたことを言ってるの?朝食は作っておいたから早く食べなさい」

「分かった。ありがとう」

 

欠伸をしながら一階に行くと確かにおいしそうな朝食が並んでいる。

 

「凄いな。何時に起きたんだ」

「八時ころよ。一回起こしに行ったのに全然起きないんだもの」

「そ、そうなのか?悪いな」

 

おいしい朝食を食べ、支度をしてから維織を家まで送る。

そしてアパートの前まで着く。

 

「送ってくれてありがとう。服はまた洗濯して返すわ」

「こちらこそ。この後また胡桃の所行くのか?」

「ええ。きっとあなたのことを心配しているだろうから」

「そうだろうな。また行く時連絡するよ」

「ええ。それじゃあまた後で」

「またな」

 

維織と別れ家に戻る。

 

『そういや祐子さんと先生のお礼も兼ねて祭りでなんか買った方が良かったかな。・・・まあいいか』

 

そんなことを考えながら俺は大きく伸びをした。



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試験と雑談

本文の最後及びタイトルを変更しました。



「い、行ってきます」

「行ってくるわ」

「おう。頑張れ」

 

今日は維織と胡桃の編入試験の日だ。

俺も付き添いということで日曜の朝っぱらから学校まで一緒に付いてきた。

終わるまで図書室で本でも読んで待っていようかとも思ったが、テストは全部で5教科もありかなりの時間がかかるので家に帰ることにする。

 

「駒井じゃないか。二人を見送りに来たのか?」

 

帰ろうとすると向こうから宮本先生が歩いてくる。

 

「はい。先生は仕事ですか?」

「ああ、休日出勤だよ。まあ特に用事があったわけじゃないから良いんだけどな」

「なるほど。お疲れ様です」

 

そう言えばとこの間のことを思い出す。

 

「そういえばこの前浴衣を貸していただいてありがとうございました」

「ああ、役に立てたなら良かった。急に祐子から電話が掛かってきた時は何のことかと思ったよ」

「でもよく浴衣なんて持ってましたね。今は実家じゃないんですよね?」

「桐谷祭には昔祐子とよく行っていてな。また行くかもしれないって言われて一応実家から持ってきていたんだ」

「そうだったんですか。昔から桐谷祭に行ってたってことは実家も近い所なんですね」

「そうだな。今住んでいるアパートからそう離れてはいない」

「じゃあなんで実家から出たんですか?」

 

そう言うと先生は少し恥ずかしそうに笑う。

 

「まあ、元々どこに就職が決まっても一人暮らしはすると決めていたんだよ。それに、、、その時ちょうど付き合っている男がいてな・・・」

「えっ!?そ、そうなんですか!?」

「・・・なぜそんなに驚く」

「いや、、、先生って付き合ったことあったんですね」

「失礼だな。こう見えても学生時代は祐子二人でモテたんだぞ」

「確かにそれは分かりますけど・・・。なんで別れたんですか?」

 

先生は少し渋い顔をする。

 

「・・・君には遠慮とか配慮の気持ちというのがないのか?」

「す、すいません。確かに無遠慮でしたね」

「まあいいが。ふう~」

 

先生は壁に寄り掛かる。

 

「些細なことだよ。私は無事就職できたがあいつは失敗してしまったんだ。それからあいつは少し荒れてしまった。それに私も就職したてで色々とストレスが溜まっていてな。それが積もり積もってなある日些細なことで大喧嘩になりそのまま・・・という訳さ」

「な、なるほど」

 

思っていたよりも重い理由で反応に困る。

 

「まあ元々私の就職が決まって暫くした時から浮気していたらしいがな」

「も、もう大丈夫です。変なこと聞いてすいませんでした」

「なんだその反応は。君が言うから話してやったというのに」

「い、いや。そんな重い内容だと思っていなくて。てっきりもっとどうでもいい理由かと。もしくは彼氏がいたという話自体が妄想とかかなって思っ痛ててて!!」

 

がっちりと頭にアイアンクローを決められる。

 

「君が私のことをどう思っているのか本気で頭の中を覗いて見たくなったな」

「わ、割れる!!頭割れます!!じょ、冗談ですから!!」

 

やっと離してもらえた。

頭がズキズキする。

 

「い、痛え・・・」

「余計なことを言うのが悪い」

「すいません・・・」

「まあ、いいさ」

 

先生は俺の頭をポンポンと撫でる。

 

「人は些細なことですぐに喧嘩してしまう。そこからどうなるかはお互いの信頼度の問題だ。君達だって私と同じように喧嘩をして離ればなれになってしまうかもしれないからな」

「まあそこら辺は大丈夫だと思いますよ。俺もあの二人も離れる気は全くないんで」

「そういうことをはっきりと言えるのは羨ましい限りだよ」

「先生だって祐子さんがいるじゃないですか。幼稚園の頃からずっと一緒なんですよね?」

「祐子は同性だからな。異性でそれができるのは凄いと思うぞ」

「俺達は友達同士ですからね。確かに恋人同士となると難しいかもしれませんが」

「君たちだっていつかそういう関係になるかもしれないじゃないか」

 

その先生の軽い一言に言葉が詰まる。

 

「・・・それは、、、多分ないと思いますよ」

「駒井はこの話題になると頑なに否定したがるな。何故なんだ?」

「・・・さあ、なんででしょうね」

 

誤魔化したように笑いながら肩を竦める。

 

「じゃあ俺は帰ります。帰って維織に言われてる勉強もしなくちゃいけないので」

「・・・ああ。しっかり勉強するようにな」

「はい。それじゃあ」

 

靴を履き歩いて行こうとすると先生が声をかけてくる。

 

「駒井はあの二人と出会って何年だ?」

「えっ?え~と、維織が十六年で胡桃が五年ですかね。どうしたんですか急に」

「そんなに付き合いが長いなら察しの良い君ならとっくに気付いているんじゃないのか?」

「・・・何がですか?」

「二人の気持ちにだよ」

 

呆れたような少し笑ってしまう。

 

「先生は本当にその話題好きですね」

「君がそうやってはぐらかすから気になってしまうんだよ」

「はぐらかしてるつもりはないんですけどね。ないと思うってちゃんと言ってるじゃないですか」

「そこでないと言うのがおかしいと私は思うんだよ。普通そんなに長期間の付き合いがあるならお互い意識しあったりするものじゃないのか?」

「それは、、、どうなんでしょうねえ」

 

とことんまで誤魔化す。

あまり明言はしたくない。

先生も仕方なさそうにため息をつく。

 

「まあこれは君達の問題だな。介入ばかりしてしまってすまない。どうも歳をとると若い人のそういう話に首を突っ込んでしまうタチのようでな」

「普段は歳のこと言ったら怒るのに。こういう時だけ使うのはずるいですよ」

 

今度こそ少しお辞儀をして玄関から出る。

そして歩いている時に今更ながら二人が試験を受けていることを思い出す。

胡桃は不安がっていたがきっと大丈夫だろう。

維織は言わずもがなだ。

夏休みもあと二週間ほどで終わる。

一変するであろう新学期に期待で胸を膨らませ青く晴れ渡る空を見上げた。



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引っ越し

「これで最後か?」

「ええ。他は全部運び終えたわ」

「てか、これくらいの荷物に手伝いなんているのか?」

 

維織は学校を転校するのと同時に住む場所も昔住んでいたアパートに戻ると言い出した。

 

「悪かったわね。わざわざ手伝ってもらって」

「いや、暇だったから別に良いんだけどさ」

 

そこまで広くない部屋には机、ベッド、その他家電製品など必要最低限のモノしか置いていない。

 

「それよりもお礼は先生と祐子さんに言えよ。せっかくの休みにわざわざレンタカーまで借りてもらってるんだから」

 

荷物が多いわけではないのでわざわざ引っ越し屋さんを呼ぶのはお金がもったいない。

しかし子供の俺達で運べるような量でもない。

そんな時、話を聞いていた祐子さんが車で運べばいいじゃんと言ってレンタカーを借りて手伝ってもらえることになった。

しかし当日になるとなぜか先生まで駆り出されていたのだった。

 

「分かっているわよ。本当に迷惑ばかりかけて申し訳ないわ」

「まあ。大丈夫だとは思うけどな。仕事以外やることもないだろうし」

「ほお。それはいったい誰のことを言っているんだ?」

「いや~、あはは。せ、先生のことではないですよ」

「・・・そうか、ならいいんだが」

 

先生の刺すような視線から逃れるようにさっきまとめた荷物を見る。

 

「こ、これで荷物は最後です」

「分かった。じゃあ車に運んでくれ」

「了解です。よっと」

 

段ボールをかかえ部屋から出る。

振り返ると維織は何もなくなりガランとした部屋を見つめている。

 

「名残惜しいのか?」

「・・・そういう訳ではないわ。それでも一年半ほど過ごした場所だから何とも思わないと言ったら嘘になるわね」

「それなら無理に戻らなくてもいいと俺は思うぞ」

 

今更言っても無駄なことだが一応言ってみる。

維織は俺の言葉に笑って答える。

 

「でもあっちの方には十五年分の思い出があるから。比べ物にならないわよ」

「思いで、ね」

「ええ。良い思い出も悪い思い出もすべて。それは私にとって、なくてはならないものだから。それに、、、」

 

そこで維織は並んでいた先生をちらりと見る。

 

「それに?」

「・・・それに学校にも近いから」

「確かにそうだな」

「さあ話はここまでにしましょう。博人は先生と車に戻っておいてちょうだい。私は大家さんに鍵を返しに行かないといけないから」

「分かった」

 

維織は先に階段を下りていく。

 

「俺達も行きましょうか」

「そうだな。祐子もずっと待たせているし」

 

俺も先生と一緒に一階に戻る。

 

「お待たせしました、祐子さん」

「大丈夫だよ。荷物はまだあるの?」

「いや、これで最後だ。白瀬が鍵を返しに行っているから帰ってきたら出発しよう」

「了解。じゃあ博人君荷物乗せちゃって」

「分かりました」

 

祐子さんの車に荷物を運び入れる。

その間に維織も戻ってきたようだ。

 

「お待たせしました」

「お疲れ様。荷物は全部積み終わってるから出発しようか」

「はい。今日はありがとうございます」

「いいよ、いいよ。ねっ、薫ちゃん」

「ああ。気にするな」

 

俺は先生の車、維織は祐子さんの車に乗って目的地に向かう。

 

「今日はありがとうございました。まさか先生までいるなんて思ってなかったですよ」

「祐子に一台では足りないから手伝って欲しいと言われてな。・・・しかし、この夏はずっと君と会っていた気がするよ」

「色々お世話になってしまってすいませんでした」

「別にいいさ。彼女たちのことは全部私の仕事だからな」

 

そう言うと先生は笑う。

 

「それにしても彼女の行動力には目を見張るものがあるな」

「そうですね。維織は昔からやると決めたことは何でもやるんですよ。簡単なことから難しいことまで全部です。しかもそれをやり切ってしまうからこっちとしても何も言えないんですよね」

「彼女は優秀なんだな」

「それはもう。維織の何が凄いって周りから何と思われようと気にしないところなんですよね。普通何かしようとすると他人の眼を気にしてしまうものですよ。でもそれが維織にはない。何も気にせずやると決めたことを完全にやり切る。頭が上がりません」

「確かにそれは素晴らしいな」

「人間は成長するにつれ他人の眼が気になってしまうようになる。そのせいで昔は平気だったことができなくなったりするんですよ。俺もそうです。昔は無茶なこともできていたんですが今は安全策ばかり選んでしまう」

「それが間違っていることとは思わないがな」

「もちろんそう思っています。でも昔の俺を知っているやつからしたら違和感を覚えるらしくて・・・。胡桃にも一回怒られました」

「あの温厚そうな栗山がね。何と言われたんだ?」

 

二か月前ほどの記憶を呼び起こす。

 

「胡桃が起きてすぐに維織に会いに行くって無茶を言い出して、引き留めたら昔の俺なら一緒に行こうって言ってくれるって。それは俺が何も考えてない子供だったからって言ったら、大人になったんじゃなくて臆病になっただけだって言われました」

「栗山は結構厳しいことを言うんだな」

「そうですね。あんなこと言われたの初めてだったので結構ぐさりと来ましたよ」

 

あの時の場面を思い出し軽く笑う。

 

「でも俺は大人になるっていうのは臆病になるのと同じ気もしますけどね。すべてのことに勇敢だと自分の身を滅ぼすことになるかもしれませんし」

「へえ。・・・君は自分のことを大人だと思うかね?」

 

信号が赤に変わり車が止まる。

こちらを向いている先生の顔をじっと見返す。

 

「・・・思います。俺は大人でないといけないんですよ」

「・・・どういうことだ?」

 

信号が青になり車がまた動き出す。

しばらく車内には沈黙が降りたが俺は口を開く。

 

「俺は決めたんです。大人にならなくちゃいけないって。大人にならなきゃこれから生きていけないって。両親が死んだ日にそう、、、決めたんです」

「・・・」

 

先生は何も喋らない。

俺は言葉を続ける。

 

「分かってるんです。なると言ってなれるようなものではないことは。でも小さくて馬鹿だった俺にはこんなことしか思い付かなかった。大人にならなきゃこのまま野垂れ死ぬんじゃないかなんて思ってました。今思うと相当精神に来てたんですね」

 

あの頃は本当に絶望だった。

あの二人や祐子さんが支えてくれていなければきっと俺は今ここにはいない。

この世界のどこにも。

 

「・・・今でも君はそう思っているのか?」

「え~と、少しだけですね。でも俺には支えてくれる人達がいるって分かってるので昔ほどではありません。今は目の前にある当たり前の毎日をゆっくり楽しんでます」

「それがいいよ。君の言った通り大人かどうかを判断するのは自身ではなく他人だからな」

「もちろんです」

 

坂に差し掛かる。

ここを上ればアパートはすぐだ。

 

「・・・先生は俺のこと、大人だと思いますか?」

 

気になったことを聞いてみる。

すると先生は少し驚いたような顔をした後、笑いだす。

 

「君はまだまだ子供だよ。大人とは呼ぶには早すぎる」

「まあ、そうでしょうね。そう言われると思ってましたよ」

 

坂を上り切り、元々維織が住んでいたアパートに到着する。

 

「君はまだまだ子供でいることができるんだ」

 

シートベルトを外していた手が止まる。

先生は俺の頭に手を乗せる。

 

「だからこそ子供でいる間に色々なことに興味を持って、色々なことを体験しておくがいいよ。これは子供だからこそやるべきことだ。君達の悪いところはこの世界には君達三人しかいないと思っていることだからな。自ら見える範囲を狭めてしまうのは勿体ないじゃないか。なんたって」

 

後ろから祐子さん達の車も見えてくる。

先生はシートベルトを外し、車のドアを開ける。

車を降りた先生は夏の風に流される髪の毛を押えながらこちらに振り向く。

 

「世界は君達が思っているよりもずっと広いんだからさ」

 

得意げに笑う。

そのまま先生は到着した祐子さんの車の方に歩いて行く。

俺もその後を追うように急いで車から降りる。

到着したアパートは河見荘と言って名前の通り流れる川が見えるアパートだ。

 

「じゃあ大家さんにカギを貰ってくるわ」

 

そう言った維織が戻ってきてから荷物を運び入れる。

途中、先生が俺が昔維織にあげたクマのぬいぐるみについて維織に聞いている時に照れている維織が可愛かったくらいしか特に何もなく変わったこともなく淡々と作業をしていたため、一時間程で荷物の運び入れは終わった。

そして全部が終わったところで先生と祐子さんを見送る為にまた外に出る。

 

「今日は手伝っていただいて本当にありがとうございました」

「役に立てたのなら良かったよ」

「うん。二人もお疲れ様」

 

祐子さんは手を振って車に乗り込み、先生も乗ろうとしたところで声をかける。

 

「先生、さっきはありがとうございました」

 

先生は振り向き、軽く笑う。

 

「なに気にするな。年長者の若者への説教だと思ってくれればいいさ。じゃあまたな」

 

先生も車に乗り込み二台の車は坂を下っていく。

 

「さて、じゃあ俺は帰るから。そう言えば試験の結果っていつ出るんだ?」

「二日後ね。宮本先生が直接結果の紙を持ってきてくださるそうよ」

「二日後ってことは胡桃の退院の日と同じ日か。てかまた先生と会うことになるのか」

 

流石に先生とは会いすぎだと思って苦笑してしまう。

 

「しょうがないでしょ。それよりさっきって?」

 

言おうかどうか迷ったがとりあえず自分の中で正解が見つかるまで秘密にしておくことにする。

 

「特に大したことじゃないよ。それじゃあな」

「ならいいけど。博人も今日は手伝ってくれてありがとう」

 

手を振って維織と別れる。

夏休みもあと一週間。

あと少しで二学期のスタートだ。

 

「世界は広い、、、か」

 

上を見上げると真っ青でどこまでも広がる空が広がっている。

 

「そうなのかもな」

 

そう呟き、俺は家のドアを開けた。



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退院

今日は胡桃の退院の日だ。

リハビリを毎日ずっとやっていたお陰で体の状態は事故の前とほぼ変わらないところまで復活した。

 

「なんか今週はずっと誰かの荷物をまとめてる気がするな」

「文句言わないの。男なんだから力仕事はお手の物でしょ?」

 

衣類やその他置物などを袋に入れていく。

 

「俺は周りの男子に比べたら細身な方だよ」

「私よりは大きいでしょ」

「当たり前だ。というより胡桃は仕方ないにしろ維織は痩せすぎなんだよ」

「確かにいーちゃんって昔から全然体型変わらないもんね」

 

胡桃は昔からの病気のせいで痩せているよりはやつれているという方があっているかもしれないが維織は昔からずっと細い。

 

「しょうが無いじゃない。食べても太らない体質なんだから」

「・・・全国のダイエットを頑張っている人にとったら何とも羨ましいセリフだな」

「夜食と言ってカロリーの高いものを食べずに、一日三食腹八分目野菜多めを心がければ大丈夫よ」

「簡単に言ってもできない人もいるんだよ」

「だいたいあなただってそうじゃない。食べても大きくならないじゃない。横も縦も」

 

その言葉に思わず顔が引きつる。

 

「・・・170cmあるから。高校生の標準平均ぴったりだよ」

「あらそうなの。良かったじゃない。中学の時は平均よりも低くて悩んでたから」

「・・・お前が何回も言うせいでな。俺に身長の話はタブーだよ」

「でもひーくんくらいの身長くらいのほうが私はいいな。大きい人ってちょっと怖い気がするから」

「ありがとな。やっぱり胡桃は優しいな。酷いこと言わないから話してて落ち着くよ」

 

少し維織に当てつけ気味に言う。

 

「うっ・・・。わ、悪かったわよ」

「反省してるなら良し。さあ作業再開だ」

 

と言っても衣類以外はほとんど何もないのでそんなに時間はかからない。

すると少し大きいノートを見つける。

 

「胡桃、これは?」

「えっ?ああ、絵を描いてたノートだよ」

「あれっ?こんな色だったっけ?」

「今使ってるのは二冊目だから」

「そんなに描いてたのか。見てもいいか?」

「うん、いいよ。あんまり上手くないけど」

 

ノートを開く。

空や木々、車が走る道路などほとんどがこの病室から見える風景画だ。

それが胡桃の独特のタッチで鮮やかに描かれている。

 

「やっぱり上手いな」

「そうね。私達には到底描けないわ」

「そんなことないよ。まだまだ練習しなくちゃ」

「俺にはこれで十分な気もするけどな」

「まあ向上心があることは大切なことよ」

「そりゃそうだな」

 

そのノートも紙袋に入れる。

これで病室はスッキリと片付いた。

 

「完了だな。じゃあ行こうか」

 

荷物を持って一階の受付に行くと祐子さんが出てきてくれる。

 

「部屋の片づけ終わった?」

「はい」

「今日までありがとうございました。またお世話になると思いますが」

「定期検査もあるからね。でも退院おめでとう」

「ありがとうございます」

 

祐子さんに見送られ病院から出る。

すると向こうから宮本先生が歩いてくるのが見える。

 

「おはよう。間に合って良かった。栗山、退院おめでとう」

「ありがとうございます、宮本先生」

「これを君達に届けに来たんだ」

 

そう言って先生は二つの封筒を取り出し、維織と胡桃に渡す。

 

「試験の結果だ。いつ見るかは君達次第だよ」

「ありがとうございます!!」

「ありがとうございます」

「さて私はまだ仕事が残っているからな早いがここらで退散させてもらうよ」

「先生、わざわざありがとうございます」

「大丈夫さ。また学校でな」

 

先生はまたUターンして学校まで帰っていく。

 

「これだけのためにわざわざ来てくれたのか」

「本当に先生には感謝してもしきれないわね」

「またちゃんとお礼言わなくちゃ」

「さてとりあえず荷物置きに行くか」

「そうね」

 

家に帰ろうと思い歩きかけるが胡桃が付いてこないのを不思議に思い振り向く。

 

「どうした?早く行こうぜ」

「あ、あの!!私行きたい場所があるんだけどいいかな?」

 

突然の胡桃の大きな声に驚く。

 

「ど、どうしたんだ大きい声出して」

「良いわよ。せっかく退院したのだし胡桃の好きな所に行きましょう」

「そうだな。荷物もそんなに多いわけじゃないし」

 

と言ってもどこに行くのか分からないので胡桃について行く。

方向的に維織の元アパートに行くのかと思ったが胡桃はその場所を知らない。

そのまま維織と首を傾げながらついて行くと昔よく見た場所に辿り着き、やっと胡桃がどこに向かっているのか理解できた。

維織も分かったようで胡桃のことをじっと見つめる。

 

「・・・着いた」

 

そう言って胡桃が立ち止まった前には一軒の家。

 

「全然変わってないな~」

 

昔俺達も何回も遊びに行ったことがある胡桃の家だ。

と言っても今はもう違う。

家の所有者であった胡桃の両親が亡くなり、唯一生き残った胡桃も病院で昏睡状態。

このまま放っておくわけにもいかなくなったので胡桃の親戚の人が家を売ることにしてそのお金を全部胡桃のために残したらしい。

ぼおっと見ていると扉が開き、今の住人であろう家族が出てくる。

こちらを少し気にしたような目線を向けてきたが時に気にすることもなく子供を手を繋ぎながら歩いて行く。

 

「・・・もう私の家じゃなくなっちゃったんだね」

 

俺も維織も何も言えず黙り込む。

しかし胡桃は笑顔でこちらを振り返る。

 

「しょうがないよね。あれからずっと経っちゃってるし」

「な、なんでそんな割り切ったように話せるんだよ!!」

 

その言葉に思わず胡桃に詰め寄るように言ってしまう。

維織の少し驚いたような顔が視界に入る。

胡桃も驚いたような顔をしたがまたすぐに笑顔に戻る。

 

「・・・だってここで私が何をしてももうしょうがないから。これが正しい選択なんだよ。それにこの家が無くなってもあの時の思い出はなくならない。ずっと私の中に残ってるから」

 

胡桃の顔を見つめる。

すると照れたような顔をして笑う。

 

「えへへ、この前ひーくんが貸してくれた本に書いてあったんだ。カッコいいセリフ。でも私もそう思うよ」

 

胡桃は少し小走りで先まで行き、クルリと振り返る。

 

「寄り道しちゃってごめんね。早くいーちゃんの家に行こう」

 

そのまま胡桃は先を歩いて行く。

それを俺と維織は慌てて追いかける。

その後の胡桃はいつもと変わらない様子で楽しそうに話している。

やっと維織の家に辿り着く。

 

「ここ来るの久しぶり!!やっぱりひーくんといーちゃんの家って近いね」

「そうだな。目と鼻の先だ」

「さあ。荷物を運んでしまいましょ」

 

実は胡桃は維織の家で一緒に暮らすことになったのだ。

理由は家がないというのと、万が一病気の影響で倒れても近くに人がいる方がいいということで決まった。

俺の家も候補には挙がったが維織のさりげない反対により却下された。

・・・自分はこの前泊まったくせに。

 

「ここも久しぶりだな。あっ、やっぱりクマさんもいる!!」

 

そう言って胡桃はベッドの上のクマのぬいぐるみと遊んでいる。

胡桃はこう見ると子供っぽくてさっきの言葉が嘘のようだ。

 

「博人その荷物はあっちの部屋に置いておいてちょうだい」

「えっ?あ、ああ分かった」

 

少しぼーっとしていた。

 

「あっ!!ごめん。私も手伝うね」

「大丈夫だよ。ゆっくりしてな」

 

維織が言った部屋に胡桃の服と絵を描く道具などをまとめた紙袋を置く。

 

「さてと、これからどうする?」

「そうね。そろそろ試験の結果でも見ようかしら」

 

そんなことを話しているとベッドに寝転んでクマと遊んでいた胡桃はまたがばっと起きる。

 

「ひーくんの家行きたいな。美由紀さんとお父さんにちゃんと挨拶しなくちゃ」

「お、おう。そうするか?」

「ええ。良いんじゃないかしら」

 

胡桃の希望で俺の家まで行く。

 

「ここも懐かしいな~。お邪魔します」

 

胡桃はトテトテと仏壇が置いてある和室まで歩いて行く。

維織もそれについて行き二人で手を合わせている。

その間に俺はお茶を用意しておく。

そして二人が戻ってくる。

 

「ありがとな。二人共」

「美由紀さんにはお世話になったから。当然だよ」

 

胡桃はお茶を飲む。

 

「それにしても今日の胡桃は何時にも増してテンション高めだな」

「うん!!やっと退院できたからなんだかワクワクしてるの!!」

「元気になった証拠よ。良かったじゃない」

「そうだな」

 

その後は少し雑談で盛り上がる。

その途中で胡桃がトイレに行ったところで維織が少し怖い顔で話しかけてくる。

 

「さっきなんであんなこと言ったのよ」

「さっき?なんのことだ?」

「胡桃の家に行った時のことよ」

「・・・。ああ、あれのことか」

 

どうやら維織はさっきの俺が胡桃に問い詰めるように言った時のことを言っているらしい。

 

「あんなことをわざわざ言う必要があったの?」

「・・・悪かったよ。あんなこと言うつもりなんてなかったんだ」

 

本当に思わず出てしまった言葉だった。

自分が考え付かなかった考えだったから。

 

「俺が両親が死んだ後いとこの伯母さんの誘いを断って今の家に居続けてる理由は言っただろ?この家から離れたら三人で過ごした思い出が消えると思ったからだよ。それなのにあんなこと言われちゃ聞きたくもなるさ。もちろん反省はしてるよ」

「しょうがないでしょ。博人と胡桃は違うんだから考え方だってそれぞれよ」

「分かってるって。それにしても胡桃って俺が思ってるよりもずっと強いんだな」

「胡桃は昔からそうよ。それにこの前だって、、、」

 

胡桃が起きてしばらくしてから胡桃の親戚の人が病院に来た。

家のことなどを話した後、自分の家で暮らさないかと言ったらしい。

その場に俺達はいなかったが俺達と一緒に居たいという理由で断ったらしい。

帰っていく親戚の人によろしくお願いしますと深々お辞儀をされた。

 

「そう言えば話は変わるんだけど、なんであの人俺達にあんな態度だったんだろな」

「それは曲がりなりにも自分の親戚が一人で暮らすと言ったのだから、心配するのは普通じゃないかしら」

「そうだよな。なんかえらく俺達のことを信用してたなと思って。もうちょっとあなた達で大丈夫かとか言われるのかと思ってたからさ」

「もう、話を誤魔化さないで。とにかくあんまり胡桃にああいうこと言わないように。分かった」

「はいはい、了解です」

「お待たせ~」

 

胡桃が戻ってくる。

 

「てかそろそろ結果見たらどうだ?」

「はっ!!すっかり忘れてた!!」

「なんでだよ・・・」

 

こういうところはやっぱり胡桃だ。

二人は封筒を取り出す。

 

「う~、ドキドキする!!」

 

緊張している胡桃と淡々と封筒を開ける維織。

その結果は・・・

 

「合格だ!!やったー!!」

「受かってるわね」

 

叫んだ胡桃が俺に飛びついてくる。

それを受け止めた衝撃で後ろに倒れる。

 

「おめでとう。ずっと頑張ってたからな」

 

頭をなでる。

 

「また三人で一緒の学校だね!!」

「そうだな。二人共よろしくな」

 

はしゃぐ胡桃ともじもじしながら俺に抱き着いている胡桃を見ている維織を見る。

 

『二学期からの学校が楽しみだな』

 

そう思い俺達は笑いあった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「私の家で一緒に暮らしましょ。一人でいる時に病気が酷くなったらどうするの?私は専業主婦だからずっと見ていてあげられるし」

「伯母さんには本当に感謝します。私のために色々してくださって。でも私はここに残ります」

「どうして?あの子達だってずっと見てくれる訳じゃないでしょ?子供同士じゃどうしようもないことだってあるじゃない」

「・・・私は二人と一緒に居たいんです」

 

自分の胸に手を当て、伯母さんの顔を見つめる。

 

「最期までずっと」



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新学期の苦悩

『眠いなあ・・・』

 

皆が久しぶりに友達と再会し盛り上がっているのを眺めながら欠伸をする。

長かった夏休みが終わり学校生活が再び始まった。

色々とやることがあるといって胡桃と維織は先に行ってしまったので、いつも通り登校時間ぎりぎりに学校に着いた。

特に喋るような友達もいないので(授業中に少し隣の人と喋ることはあるが)朝礼が始まるまで机に突っ伏して待つことにする。

しばらくしてチャイムが鳴り、同時に先生も入ってくる。

 

「ほら、皆席に着け。寝ている者も起きるんだ」

 

その声でもぞもぞと顔を上げる。

 

「みんな今日は久しぶりの登校だ。全員が来てくれていて嬉しいがちゃんと宿題はやってきたか?」

 

もちろんと言う人や挙動不審になる人など反応は人それぞれだ。

俺は維織に言われ、さっさと終わらせたため特に問題はない。

みんながざわざわとし始めたのを見て先生は手をパンパンと叩く。

 

「ほら皆落ち着け。実は今日は朝礼の前に皆に紹介したい奴がいるんだ。入ってくれ!!」

 

その声を合図に扉が開き維織が入ってくる。

その顔は付き合いの長い俺から見ると珍しく少し緊張しているみたいだ。

しかし、周りのクラスメイトはそんなことよりも、この学校でトップクラスの美貌を持っている維織にさっきよりも大きなざわめきが男女問わず起こっている。

 

「可愛すぎ!!」

「ヤバい!!」

「綺麗!!」

 

その声を尻目に維織はチョークを手に取り、黒板に自分の名前を書き始める。

皆が静かになりチョークと黒板がぶつかる音が教室に響く。

そしてチョークを置き、こちらに正面を向く。

 

「転校してきました白瀬維織です。中途半端な時期ではありますがよろしくお願いします」

 

深々とお辞儀する維織にクラスメイトの大きな拍手が起こる。

 

「というわけで新しくクラスの一員に加わった白瀬だ。皆仲良くしてやってくれ。白瀬の席はあそこの空いている場所だ」

「分かりました」

 

維織は鞄を持ち指定された机へと歩いて行き、椅子に座る。

その一挙一動をクラスの皆が見つめる。

 

「よろしく」

 

あの維織が隣の席の人にちゃんと挨拶をする。

・・・・まあ俺なんだけど。

 

「・・・おう」

「何よその気の抜けたような返事は」

「いや、なんか新鮮だと思ってな」

「確かにこうして同じ制服を着て博人と話すのは久しぶりね」

 

そう言って笑う。

その笑顔を見て周りの男子達からおおっと言う声が聞こえてくる。

しかし、先生が仕切り直し、今日の予定などを言った後朝礼が終わる。

先生が教室から出て行ったとたんに維織の周りに人が集まる。

色々な人の様々な質問攻めに流石の維織も顔に焦りの色が見える。

 

「ご、ごめんなさい。私少し行かなくちゃいけない場所があるので」

「そうなんだ。ごめんね、引き留めちゃって」

「いえ、大丈夫です。博人行くわよ」

 

急に手を引っ張られ、前につんのめりながら維織について行く。

 

「お、おい!!どこ行くんだよ」

 

人が少ないところに着くとすぐに手は離され、維織は立ち止まる。

 

「どうしたんだ。急に」

「・・・ごめんなさい。色々な人に囲まれて少し動揺してしまって」

「前の学校の時もそうだったんじゃないのか?」

「そうだけど・・・。あそこまでじゃなかったわよ」

「テンション高い奴多いからなあ」

「でも博人がいてくれて助かったわ。・・・ありがとう」

「どういたしまして。とりあえず教室戻ろう。授業がもうすぐ始まる」

「ええ」

 

授業はいつもと変わらず滞りなく進む。

維織はまだ教科書を持っていないので俺の教科書を見ながら授業を受けている。

そしてやっと昼休みになった。

 

「やっと昼休みか」

「そうね。少し疲れたわ・・・」

「慣れない環境ってのもあるだろうけど、、、維織退屈そうだったからな」

「・・・しょうがないじゃない」

 

学校のレベルが違うので授業の進むスピードも違うらしく、今日やった範囲はもうすでに前の学校で習ったらしい。

 

「さてご飯でも買ってくるか」

「お弁当作ってないの?」

「学校で買えるからな。作るのもめんどくさいし・・・」

「そんなことだろうと思ったわ」

 

そう言うと維織は鞄からお弁当を二つ取り出す。

 

「胡桃のか?」

「胡桃にはもう渡してあるわ。あなたの分よ」

「えっ?ありがとう。わざわざ悪いな」

「いいのよ。二つ作るのも三つ作るのも変わらないわ。それに買ったものばかり食べていても栄養が偏るでしょ」

 

ありがたく弁当を受け取る。

維織の料理の味は昔から知っているので楽しみだ。

 

「じゃあ胡桃の様子でも一回見に行くか。久しぶりの学校だから緊張してるだろうから」

「しているでしょうね。行ってみましょうか」

 

胡桃は二年間眠っていたため、高一からのスタートになってしまった。

一年のクラスは一つ下にあるので弁当を持って階段を下りる。

歩いているとさっきからずっと周りの人達の視線が凄いなと感じる。

 

「ここだな一年三組。胡桃いるかな」

「どうかしら」

 

ドアについている窓から中を覗いてみる。

すると一番後ろの席でポツンと座っている胡桃が見える。

維織と顔を見合わせ、教室のドアを開ける。

その音にクラスにいた人達がこちらを向く。

胡桃も同様にこちらを向き、眼を大きく開く。

 

「よっ。大丈夫かっ!!とと」

 

急に胡桃が抱き着いてくるのを受け止めた衝撃で少し後ろに下がる。

 

「ど、どうしたんだ?」

「・・・もう、、、嫌だ」

「えっ?」

 

胡桃はぎゅーと制服を掴んで、顔をうずめてくる。

胡桃の背中をゆっくりと摩りながらもう一度維織と顔を見合わせた。



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慣れない環境

「・・・もう、、、嫌だ」

 

俺達にしか聞こえないくらいのか細い声。

思わず維織と顔を見合わせる。

 

「く、胡桃?どうしたんだ」

 

突然のことに驚きを隠しきれず問いかける。

維織も戸惑ったように胡桃を見ている。

しかし、胡桃は俺の問いかけでハッとしたように慌てて俺から離れる。

 

「ご、ごめんね!!ごめん・・・」

「い、いや。大丈夫だよ。それより、、、」

「な、何でもないの。気にしないで」

 

そんなことを言われて気にならないやつなんていない。

 

「そんなこと言われても—」

「胡桃。ご飯はもう食べたの?」

 

維織は俺の言葉をさえぎる。

 

「えっ?ま、まだだよ」

「なら一緒に食べましょうよ。この学校には食堂があるらしいから。そうなんでしょ、博人?」

「そ、そうだけど」

「だから一緒に食べましょ?」

「・・・うん。分かった。お弁当持ってくるね」

 

そう言うと胡桃は自分の席に戻っていく。

 

「・・・色々聞きたいことはあるけれど、、、ここじゃ話しづらいわ。場所を変えましょう」

 

維織の視線の先を追うと色んな人がこちらをちらちらと見ている。

思ったよりも注目を集めてしまったみたいだ。

 

「そうだな。その方が良さそうだ」

「お待たせ!!」

 

胡桃がお弁当箱を持って戻ってくる。

 

「じゃあ、行きましょう。博人お願いね」

「はいよ」

 

もちろん二人は食堂の場所など知らないので俺が先導して案内する。

お昼真っ只中の食堂は学年性別問わずたくさんの人でごった返している。

なんとか席を見つけることができた。

 

「さて、食べようか。いただきます」

 

維織にもらった弁当を開く。

色鮮やかなおかずははとてもおいしそうだ。

卵焼きから食べてみる。

 

「うん、おいしいな」

「そう。良かったわ」

 

維織はほっとしたように微笑む。

 

「いーちゃんの作ったご飯は本当においしいね!!私もこのくらいの作れるようになりたいなあ」

「練習すればなれるわよ。胡桃、手先は器用なんだから」

「絵が上手いくらいだもんな」

「あんまり関係ないんだけどね」

 

そう言って胡桃は笑う。

お昼の時間も少なくなってきて、大量にいた生徒の数も段々と少なくなってくる。

俺達もお弁当を食べ終わり、片付ける。

人がすくなってきたのを見計らい、維織の方をチラリと見る。

維織は小さく頷き、あのことについて聞く。

 

「ところで胡桃、さっきは一体どうしたの?」

「えっ?な、なんでもないよ!!本当に!!」

「そんなわけないでしょ。・・・まさか、クラスの人に何か?それなら、、、」

 

それなら、、、。

その後の言葉は聞かなくても分かる。

もしそれが本当なら俺も強行策は辞さない。

 

「そ、そんなことないよ!!みんな凄く優しくて、声も掛けてくれて・・・」

「ならどうして」

 

胡桃は少し狼狽えていたが、俺達の視線に耐え兼ねゆっくり口を開く。

 

「ひ、久しぶりにひーくんといーちゃん以外の大勢の人達と接して、、、その、、、不安になるというか、、、怖くなっちゃって・・・」

「怖い、、、か」

 

元々胡桃は引っ込み思案で人見知りだ。

その上病院ではほぼ決まった人としか会うことはなかったので、胡桃からすれば俺達以外の歳が近い人に会うのは二年半ぶりということになる。

胡桃の性格を加味しても人と触れ合うのが怖いというのは起こってもおかしくない感情だ。

 

「色んな人が話し掛けてくれても頭が真っ白になって、上手く話せなくなるの」

「仕方ないわよ。胡桃はそういうことが苦手なんだから」

「・・・確かに仕方のないことだろうけど、直さなくちゃいけないことだとも思うぞ。俺達がずっと近くにいないと駄目なんて」

「わ、分かってるよ。今日は一日目だから・・・」

「そりゃいきなりは無理だよ。でもこれからずっとは一緒にはいられないんだから、俺達がいないことにも慣れていかないとな」

 

ガチャ

胡桃が片付けようとしていた箸箱を机に落とす。

 

「・・・どういうこと?」

「えっ?」

「なんでそんなこと言うの?私は一緒にいられるよ。ずっと、、、一緒にいたいよ・・・」

 

自分の言葉が足らなかったことに気付き慌てて訂正する。

 

「ち、違う!!これからっていうのはそういう意味じゃなくて学年が違うから俺達の方が先に卒業するだろ?そうなったらって話だよ」

 

胡桃はハッとしたような顔をする。

 

「あっ!!そ、そうなんだ。ごめんね、私が勘違いしちゃって。うん、そうだよね。私も頑張らないとだね」

「まあ、胡桃なら大丈夫だよ」

「あっ、そろそろ授業が始まるわよ」

 

言われて時計を見ると授業が始まるまであと十分くらいだ。

そろそろ教室に戻ろうと席を立つ。

 

「ちょっと俺トイレ行きたいから先帰っといてくれ」

「ならお弁当箱持って行っておくわ」

「ありがとう」

 

お弁当を維織に渡し、トイレに行く。

さっさと済ませて教室に戻る。

その途中で先生に会う。

 

「やあ。君のことで色々と噂になっているぞ」

「噂ですか?」

「転校してきた美少女と手を繋いで教室を出ていったり、転校してきた一年生の美少女と抱き合ったりとな」

 

な、なんだそれ・・・。

 

「それだけ聞くと凄い奴ですね・・・。てか朝のは分かりますけど昼のはなんで知ってるんですか?」

「ああ。うちのクラスで昼休みのを見た奴がいたらしくてな。教室に少し用があっていった時に聞いたんだよ」

「嫌な情報ですね。教室に戻りたくないな・・・」

 

そんなことは言っても先に維織が教室に戻っているため、俺も早めに戻ったほうが良さそうだ。

 

「君たちにとっては当たり前かもしれないがここは学校だぞ。ああいうことは少し自重してもらわないとな」

「別に当たり前ってわけじゃないですよ。とっさに、無意識にってやつです」

「その方が少し困るな」

 

確かに。

 

「まあ久しぶりの学校ですから、色々とまだ慣れないんでしょう」

「だからと言って君達ばかりに助けてもらうわけにはいかないだろう。君たちのほうが先に卒業するんだから」

「全く同じことを胡桃に言いましたよ。胡桃は頑張るって言ってたんでそれを信じるしかないですね」

「それならいいが。ほら、授業始まるから早く教室に戻れよ」

「はい」

 

教室に戻ると色々な人の視線が気になる。

気にせず椅子に座り、静かに座っている維織に声を掛ける。

 

「大丈夫だったか?」

「何が?」

「いや、色々聞かれてないかと思って。先生に朝のこととか噂になってるって言われたからさ」

「別に、平気よ」

「ならいいんだけど」

 

授業が始まり、シャーペンを握る。

胡桃とは学校が終わってからでもまた話せばいい。

それにしてもと隣で真面目にノートをとっている維織をチラリと見る。

しかし、すぐに気付かれ前を向くようにシャーペンで黒板を刺される。

へらっと笑いながら前を向き、頬杖をつく。

初日から色々なことが起こり、これからが少し不安だなあとため息をついた。



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体育祭(前半戦)

《宣誓!!僕達・私達は》

 

 白の服に青色のズボンを履いた全校生徒700人が選手宣誓している各団団長を見つめる。

 

《スポーツマンシップにのっとり》

 

 空は雲一つない快晴。

 夏の暑さも少なくなってきた九月中旬。

 

《正々堂々と戦うことを誓います!!》

 

 京峰高校の体育祭が開催された。

 その後の校長先生の話を聞き、準備体操をするために手を広げて広がる。

 気合を入れて袖を捲っている人や、やる気なさそうに欠伸をしている人など体育祭に対する態度は人それぞれだ。

 

「博人」

 

 俺もどちらかと言うとやる気がある方ではないが、今回は頑張らなくてはならない。

 なぜなら……。

 

「こっちをずっと見てるわよ」

「……そうだな。羨ましそうに恨めしそうにな」

 

 そう言いながら遠くの方でのビニールシートに一人不貞腐れながら座っている俺達の幼馴染を見つめる。

 

「楽しみにしていたものね」

「だからってどうこうなる話じゃないからなあ」

「そうよね……」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「私も体育祭出たい~!!」

 

 時々出る胡桃の駄々こねを俺と維織で抑える。

 

「馬鹿なこと言うな。普段の体育だって見学してるのに体育祭なんて出来る訳ないだろ」

「大丈夫だもん。できるもん」

「駄目よ。そもそもお医者さんに止められているのだから議論の余地もないわ」

 

 胡桃は駄々はこねるがそのうち大人しくなるのでゆっくりと諭す。

 

「走ったりしても大丈夫だよ。何もないよ」

「駄目だ。学校にもそういう風に言ってるんだから無理だよ」

「む~!!」

「む~って言っても無理なもんは無理だ」

 

 頭をポンポンと撫でる。

 

「応援しててくれよ。胡桃に応援してもらえれば俺達も頑張れるからさ」

「そうよ。胡桃に応援してもらえるのが一番嬉しいわ」

 

 そう言ってなだめると胡桃は小さく頷く。

 

「……分かった。その代わり二人共頑張ってね」

「ああ。頑張るよ」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「ああ言ったからには頑張らないとなあ」

「そうね」

 

 しっかりと準備体操をすまし、全員自分達のブルーシートの場所に移動する。

 各団は学年ごとに3クラスごとで構成されており、順番にビニールシートに座っていく。

 俺達のクラスと胡桃のクラスは同じ赤組だったので、三人で固まって座る。

 

「準備体操の時、こっち見過ぎだよ」

「だって暇なんだもん」

「まあ確かにそうよね。気持ちは分かるわ」

 

 プログラムを取り出し見ていると胡桃も覗き込んでくる。

 

「ひーくんといーちゃんはどの競技出るんだっけ?」

「え~と、俺は100m走と二人三脚、借り物競争だな」

「私は50m走と二人三脚よ」

「いーちゃんは二種目だけなの?」

「別に私から言い出した訳じゃないわ。競技は全部くじで決めたから」

「そうなの?」

「ああ、中々決まらなかったから先生がくじにしようって言い出してな。二つの人と三つの人がいるんだよ」

 

 俺は何でもよかったのでくじでさっさと決まるのはどちらかと言えばありがたかった。

 競技が三つになってしまったのは残念だったが。

 

「二人共二人三脚するんだね」

「維織とはペアだからな」

「そうなの?」

「ええ。博人以外にやりたい人がいなかったら」

「別にペアは同じ組なら誰とでも組んでいいらしいから」

 

 話しているとアナウンスがかかり、50m走の競技者たちは指定された集合場所に集まる。

 

「じゃあ行ってくるわ」

「いってらっしゃい」

「いってらっしゃい」

 

 競技者達が集まり、始まる。

 

「みんな速いなあ」

「運動部の人はみんな鍛えてるからな」

「私も一度でいいから思いっ切り走ってみたいなあ」

 

 ボソッと胡桃が呟く。

 

「ん~。少し難しいな」

「みんなが当たり前にできることができないなんておかしいよね」

「おかしいというかはしょうがないからな。わざわざ自分の身を危険にさらす必要なんてないんだよ」

「うん……」

 

 やりたいと思うこともすべて病気のせいでできなくなる。

 昔からずっとだが慣れはしてもその状況に納得できる訳じゃない。

 それを背負って胡桃は一生、生きていかなくてはいけないのだ。

 

「もう維織の番だ。応援しよう」

「うん。私ができることをやらなきゃね」

 

 胡桃はスタートした維織に懸命の声援を送る。

 俺もそれを見ながら同じように応援する。

 結果は五人中四位という微妙な結果だった。

 

「お疲れ様」

「お疲れさん」

「全然駄目ね。普段から何もしていないから……」

「俺もそうなるよ」

 

 100m走の集合がかかる。

 

「じゃあ行ってくる」

「頑張って!!」

「頑張りなさい」

 

 手を振って集合場所に向かう。

 場所を探していると外部の人が座る応援席から声を掛けられる。

 

「博人君」

「祐子さん。来てたんですね」

「今日は休みでね。来てみたんだ。今から走るの?」

「そうです」

「頑張ってね!!」

「ありがとうございます」

 

 順番が回ってきてスタートラインに立つ。

 向こうから胡桃の声援が聞こえてくる。

 

『結構恥ずかしいな』

 

 そう思いながら頬を掻く。

 

『これだけ応援されてるんだから頑張らなくちゃな』

 

 軽く袖を捲り、スタートの合図と同時に力強く踏み出した。

                      ・

                      ・

                      ・

「はあ、はあ、はあ……。勝てねえ」

「あなたも運動しなさいよ」

「だな。体力が全然なくなってるよ」

 

 見事に惨敗し座り込む。

 

「ひーくん速かったけど」

「サッカー部には勝てないな……」

 

 その後、どんどん進行していき俺達の二つ目の競技二人三脚の集合がかかる。

 胡桃に手を振って集合場所に向かう。

 

「じゃあ行くか」

「やるからには勝つわよ」

「体力のない俺達でいけるかな?」

「二人でやればいけるわよ」

 

 維織は俺と自分の足をひもでしっかり結ぶ。

 

「いける?」

「おう。いち、に、いち、に……」

 

 維織と肩を組む。

 こちらをチラッと見てきたが維織も肩を組んでくる。

 その状態で少し周りを歩いてみる。

 

「大丈夫そうだな」

「よし。頑張りましょう」

「そうだな」

 

 スタート地点に向かう。

 

「位置について……よ~いスタート!!」

 

 パンッ!!

 

「いち、に、いち、に……」

 

 こけないように慎重に走る。

 維織も少し息が上がっているようだがなんとかついてきているようだ。

 

『このままいけば一位いける……』

 

「うわっ!!」

 

 急に体勢が前のめりになり地面に衝突する。

 

「痛~」

「っつ……」

 

《赤組転倒してしまいました!!》

 

 実況をしているやつの声がグラウンドに響く。

 

「う、うるせえな……。維織大丈夫か」

「だ、大丈夫よ」

「嘘つくな。膝から血出てるじゃないか。歩けるか?」

「……分からないわ」

 

 二人の足を結んでいたひもをほどき、抱え上げる。

 

「ちょ!!博人、どこ行くのよ!!」

「怪我の治療。二人三脚は途中棄権だ」

 

《おおっと。転倒した二人はコースを外れていきます!!棄権でしょうか!!》

 

「なんでいちいちうるさいんだ……」

「と、とにかく行くなら早く行って頂戴!!」

「急かすなって。疲れてるんだからそんな早く走れないよ」

「は、恥ずかしいのよ!!」

 

 顔を真っ赤にして俯く。

 そりゃそうだ。

 男子に抱えられているところを色んな人に注目されているんだから。

 俺も意識するとちょっと恥ずかしくなってきたので出来る限り急ぐ。

 保健室に連れて行き、とりあえず俺だけ戻る。

 

「いーちゃん大丈夫だった?」

「ああ。膝擦りむいただけだよ」

「ひーくんは?」

「俺?大丈夫、大丈夫」

 

《これをもって体育祭、前半の部を終了します。この後昼食の時間になりますので自分の教室に帰り食事をとってください》

 

「もうそんな時間か」

「早いね。あっ、いーちゃんだ」

 

 維織が少し足を気にしながら歩いてくる。

 

「いーちゃん大丈夫?」

「ええ。どうってことないわ。それにもう後半は何も出ないし」

「もう昼食の時間なんだって」

「そうなの?じゃあお弁当持ってきたから。取りに行きましょう」

「うん!!あっ、祐子さんだ!!」

 

 元気が有り余っている胡桃は見つけた祐子さんのところまで歩いていく。

 

「ごめんなさい……」

「えっ?」

「足元を変に気にしすぎてつまずいてしまって」

「良いんだよそんなこと。それよりお腹減ったな。今日のお弁当の中身はなんだ?」

 

 維織は小さく微笑む。

 

「色々よ。でも博人が好きなものを多めに入れてみたわ」

「それは楽しみだな」

 

 戻ってきた胡桃と教室に向かう。

 昼休みの後に体育祭の後半戦が始まる。



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体育祭(後半戦)

 おいしい弁当を食べ、またグラウンドに戻る。

 維織の足がまだ少し痛むらしいので早めに着たつもりだったが、既に胡桃は戻って来ていて空をぼーっと眺めている。

 

「空は綺麗か?」

 

 そう言って近づいて行くとこちらを向いて微笑む。

 

「うん」

 

 ぼーっとしているところを見られていたのが恥ずかしいのかちょっと照れながら言う。

 俺と維織も空を見る。

 確かに綺麗だ。

 

「ほんとに天気が良くて良かったね」

「そうだな。でも後半はあっという間に終わるぞ。俺は出るのも後一つしかないし」

「私は前半で終わりだから。後は応援しているだけね」

「いーちゃん、足は大丈夫なの?」

「ええ。もうマシになったわ。まだ少し痛むけれど」

「大人しくしてろよ」

「分かってるわよ」

 

 そんなことを言っている間に続々とグラウンドに人が集まって来る。

 時間が来てチャイムが鳴り、後半戦が始まる。

 綱引きや玉入れ、棒倒しなど定番の競技が行われていく。

 そして俺の最後の競技、借り物競争の集合がかかる。

 

「頑張って、ひーくん!!」

「頑張るのは俺じゃなくて二人だよ」

「どういうこと?」

 

 二人は不思議そうに首を傾げる。

 

「いやだって、借り物競争で一番大切なのは足の速さとかじゃなくて、いかにモノを貸してくれる人が多いかだからな。俺、貸してくれる人維織と胡桃しかいないぞ」

「そ、そうなんだね」

「それはもう祈るしかないわね」

「まあ、高校の体育祭でそうそう変なやつなんてやつないだろ。じゃあ、行ってくるよ」

 

 その時、俺は忘れていた。

 高校には性格曲がった奴が少なからずいることを……。

                 ・             

                 ・

                 ・

《借り物競争ではまず地面に置いてある紙を取ってください。そしてここに書いてあるものを誰かから借りて来てください。しかし、書いてあるモノは一つしか借りることができません。そこを注意してください》

 

 その話を聞きながら、俺は拾った紙に書いてある文字を見つめながら立ち尽くす。

 

《赤組、足が止まってしまった!!紙には何と書いてあるのか!?》

 

 また実況者のうるさい声がグラウンドに響く。

 しかし、今回はそんな事に反応している暇はない。

 

『ど、どうすればいいんだ、これ……』

 

 もうほとんどの人がゴールしている。

 後ろの二人を見る。

 俺が立ち止まっていることを不思議に思いながら、必死に声をかけてくれている。

 

『……でもあの二人は駄目だ』

 

 頭をフル回転させ一つの解決策を思いつく。

 周りを見て、来てくれていた祐子さんの元に走る。

 

「祐子さん!!来てください!!」

「えっ、わ、私!?」

 

 無理矢理手を引き、はるかに遅れてゴールする。

 

《今赤組がゴールしました!!》

 

「はあ、はあ、はあ……。本当にふざけるなよ」

 

 息を荒げながら、体育祭の実行委員会らしき人を睨む。

 

「すいません、祐子さん。巻き込んでしまって」

「いいよいいよ。久しぶりで楽しかったし。ところで紙にはなんて書いてあったの?」

「えっ!?い、いや、そ、尊敬してる人、ってちょっと!!」

 

 後ろに隠していた紙をパッと取られる。

 それを見て祐子さんはニヤッと笑う。

 

「なるほど。上手く逃げたんだね」

 

 そう言って俺の頭をポンポンと叩く。

 

「……こういう意味にも取れるじゃないですか」

「確かにね。でもちゃんと博人君が二人のどちらかを選べる日が来ればいいと思うけど」

「……さあ?手伝っていただいてありがとうございました」

 

 祐子さんにお辞儀して席に戻る。

 

「ひーくんどうしたの?大丈夫だった?」

「ああ。ちょっと迷ったけど大丈夫だよ」

「何が書いてあったの?」

「ああ。えっと、尊敬してる人っ書いてあったんだよ。それで祐子さんを……」

 

 二人はこれを信じてくれたみたいだ。

 紙を丸めてポケットに突っ込む。

 

「そうだったんだ~。借り物競争ってモノだけじゃないんだね」

「本当だよな。性格曲がった奴もいるもんだよ」

「尊敬してる人って書かれてても別に曲がってないじゃない」

「そ、そういうことじゃなくてさ。……まあいいんだよ。応援しようぜ」

 

 借り物競争も終わり最後の競技、色別対抗リレーが始まる。

 結果は青組が僅差で赤組に勝ち、結果、青組の優勝で体育祭は幕を閉じた。

                 ・             

                 ・

                 ・

「はあ、疲れた。普段運動しない人間にとったらキツイもんだな」

「そうね。もう少し運動した方がいいのかしら」

「そうだな」

「私もちょっとだけ付き合いたいなあ」

「……リハビリ程度ならな」

 

 渋々そう言うと胡桃は嬉しそうに笑う。

 

「うん!!」

「今日のところは解散しましょう。無理してもいけないわ」

「そりゃそうだ、今日はもうへとへとだよ。じゃあな」

 

 二人に手を振り、家に帰る。

 体操服を洗濯しようと袋から取り出した時にズボンのポケットから丸まった紙が落ちる。

 

「すっかり忘れてたな……」

 

 もう一度紙を広げる。

 

【好きな人】

 

 紙の真ん中に書かれた汚い字を見つめる。

 多分書いた奴は恋愛感情を持ってる人を連れてきて欲しかったのだろう。

 俺は誰でもいいという好きな人に意味を置き換えてやったが。

 

『……どっちかなんて選べるわけないんだよ。でも、祐子さんが気付くのはさすがだな』

 

 また丸めてゴミ箱に投げ捨てる。

 

「俺はそんな日が来ない方が嬉しいんだけどな」

 

 体操服を洗濯機に突っ込んでから、自分の部屋に戻りベッドに倒れこむ。

 三人で何をしようかなあと考えながら静かに眼を閉じた。



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ありきたりな日常

「じゃあこれで終わりだ」

 

 挨拶をして今日の学校も何事もなく終わった。

 今日は胡桃が病院に定期検査を受けに行く日なので、胡桃が来るまで宿題でもしながら待つことにする。

 国語の時間に学習した子供の名前についてを題材にした内容にちなんで、自分の子供にどんな名前を付けるかとその理由を考えるというものだ。

 そんなことを考えたこともない俺にとってはなかなかの難題だ。

 理由を書かなくて良いなら適当に書けるのだが……。

 

「そんなに悩むなんてあなたらしくないわね」

「そうか?」

「いつもなら簡単に考えて仕上げるじゃない」

 

 そう言われて頭を掻く。

 

「それをしたらちゃんとやれって言うじゃないか。ちゃんとしてるんだから、らしくないって言うなよ」

「別に悪い意味で言っている訳じゃないわ。珍しいと思っただけ」

「まあ、宮本先生の宿題だからな。先生はちゃんとやってるか否かをすぐ見破ってくる。……よく見てるよ」

「経験済みなのね」

「ご想像にお任せするよ」

 

 ドアの方を見る。

 教室から人はほとんどいなくなり、外からはサッカー部の声が聞こえてくる。

 

「胡桃、遅いな」

「そうね。でもクラスによって終わる時間はバラバラだから多少の誤差はしょうがないわ」

「そうだな」

 

 紙を見る。

 案ならいくらでも浮かんでくる。

 でも、その理由となるとなかなか浮かばない。

 

「名前っていうのは大変なんだな。自分で考えると難しい」

 

 両親のことを考える。

 俺の名前を付けてくれた、今はもういない両親のことを。

 

「……これなら一度くらい自分の名前の由来くらい聞いとけば良かったな」

「聞いたことないの?」

「ああ、ないな。維織はあるのか?」

 

 そう言って維織の顔を見ると少し苦い顔をしている。

 

「……ええ、まあ。昔に一度だけ」

「へえ。覚えてるか?」

「……覚えてないわ」

「嘘つくなよ」

 

 維織は教えられたことをそうそう忘れたりしない。

 

「……維織の維が四維のことで、織がその四維を織りなすということらしいわ」

「む、難しいな。四維ってなんなんだ?」

「四維というのは礼・義・廉・恥の四つの道徳のことよ。国家を維持するのに必要な四つの大綱らしいいわ」

「す、凄いな……」

「さあ?……まあ、いい名前だとは思うわよ」

 

 そう言って維織は紙に向かう。

 俺も書こうと思った時に、教室の扉が開く。

 

「ひーくん、いーちゃん、待たせちゃってごめん!!」

 

 胡桃が謝りながら、教室に入ってくる。

 

「大丈夫だよ」

「ええ。私達も宿題やっていたから」

「宿題?何の?」

 

 紙を覗き込む。

 

「将来、子供に付けたい名前とその理由……。難しそう」

「難しいよ。名前だけだったら何とでもなるけど、理由とまで言われるとな」

「う~ん……」

 

 筆記用具や紙を鞄にしまう。

 

「じゃあ、病院に行こうぜ。時間決まってるんだろ?」

「うん。そうだね」

 

 維織も片付けを済ませ、教室を出る。

 しかし、胡桃は何かに頭を捻っている。

 

「何考えてるんだ?」

「さっきひーくんといーちゃんの宿題。私も考えようかなと思って」

 

 そう考えている胡桃にさっきと同じ質問をする。

 

「胡桃は自分の名前の意味知ってるのか?」

「えっ?うん、知ってるよ。ママに聞いたことあるから」

 

『やっぱりみんな聞いたことあるのか……』

 

「胡桃は花言葉で知性、知恵っていう意味があるんだって。……私にはないけど。あと胡桃は未来が来るっていうことも表してるらしいよ。……私にあるか分からないけど」

「なるほど、来る未来っていうことか。あとそのネガティブな発言止めろ」

「冗談だよ」

「冗談でもだよ」

「うん……ごめん」

 

 まあまあ、と言いながら維織は胡桃の頭を撫でる。

 

「でもいい名前ね。香苗さんが付けてくれているだけあるわ」

「ありがとう!!いーちゃんも素敵な名前だよ」

「ありがとう」

 

 二人が話しているのに耳を傾けながら病院まで歩く。

 

「でも、自分の子供なんて全然想像もできないな」

「まあ、そうね。私達はまだ十七歳だもの」

「でもひーくんの子供ならすごく可愛いんだろうなあ」

「それはどうだろうな。それは奥さん次第なところもあると思うけど」

「お、奥さんかあ~」

「奥さんね……」

 

 冗談で言ったつもりが微妙な雰囲気になってしまった。

 

「も、もうすぐ病院着くな。今日は長いのか?」

「うん、色々するから。だから先に帰ってていいよ」

「分かった」

 

 病院に着き、胡桃を見送って俺達も家に帰る。

 

「宿題はネットで調べてそれっぽく書いておくか」

「出来る限り自分で考えなさいよ」

「はいはい」

 

 維織に手を振り家の扉を開ける。

 

「それと……」

 

 振り向く。

 

「こちらが反応に困るような冗談は止めて欲しいのだけれど」

 

 さっきの奴か……。

 

「悪かったよ。じゃあな」

「ええ」

 

                     ・

                     ・

                     ・

 

 夜に胡桃から電話がかかってきた。

 いい名前を思いついたらしい。

 

《円まどかっていうのはどうかな?綺麗な名前だし、良い縁がありますようにっていうのにもかかってるんだって》

《それはいい名前だな。というかずっと考えてたのか》

《考えたら楽しくなっちゃって》

《いいことだとは思うけど。その案、貰ってもいいか?》 

《うん!!》

《ありがとな。じゃあ》

 

 そう言って電話を切り、紙に胡桃が教えてくれたことを書く。

 そして、もう一度見る。

 

「円か。確かにいい名前だな」

 

 そう思いながら紙を鞄にしまった。



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残された砂の数

時系列は「ありきたりな日常」と同じ日です。


「お疲れ様、胡桃ちゃん。疲れたでしょ?」

 

 検査を終えて、待合室で座っていると祐子さんが隣に座る。

 

「お疲れ様です、祐子さん。もう慣れちゃいました。小さい頃からずっとやっていることですから」

 

 検査はもう今まで何度したか分からない。

 未だに治す術が見つかっていない病気のため、今は悪化していないかを調べることしかできない。

 

「さっきも聞いたけど身体の調子はどう?気になったことがあれば何でも言ってくれればいいからね」

「身体の調子……。他の人にとってはしんどいのかもしれないですけど、私には普通になっちゃってます」

 

 自分でもよく分からない。

 少し体がしんどいのも、胸が苦しくなるとも昔からずっとだからこの状態が当たり前みたいになってしまっている。

 

「……それは大変なことだけど、胡桃ちゃんが一生付き合っていかなくちゃいけないことだよ」

「……そうですね」

 

 一生付き合っていかないといけない。

 その言葉はずっと色んな人から聞いてきた。

 お医者さん、ママ、パパ。

 その言葉を初めて聞いた時、私は一度、気になったことをママに聞いたことがある。

 私にとっては何気ない疑問だった。

 しかし、ママはそれを聞いて泣き出してしまった。

 それ以来ずっと聞いてはいけないことだと思って誰にも言わなかった。

 でも今は違う。

 本当に知りたいと思った。

 

「祐子さん。……私の一生ってどれくらいですか?私は何歳まで生きていられますか?」

 

 祐子さんはこっちを向く。

 

『やっぱりこの顔。みんな同じ。悲しそうに可哀そうな人を見ているような顔』

 

 祐子さんは少し顔を反らす。

 

「全貌が解明されていない病気だから、人によって進行するスピードも具体的には分からないからはっきりと断定することはできないよ」

「それでもいいんです。それでもいいから自分がいつまで生きていることができるのか知りたいんです」

「……私はただの看護師だから勝手には言えないよ」

「お願いします」

 

 頭を下げる。

 

「おばあちゃんになるまで生きられないことは分かってます。それよりももっと早くに……。それも分かってます」

「ならそんなことを気にせずに人生を楽しむべきだよ。だから……」

「だからです」

 

 祐子さんの言葉を遮る。

 

「だからこそいつまで二人と一緒に居られるかをちゃんと知りたいんです」

 

 昔は気にならなかった。

 気にしていなかった。

 少し不便な生活をして、そして病気で他の人より早く死ぬ。

 早く死ぬのは嫌だけれど、生まれつきの病気のせいだからしょうがないなと思っていた。

 ただ漠然とそう思っていたが、今はやりたいことができた。

 大切な人のために何かをしたいと思い始めた。

 他の人ならいつかやればいいと思うかもしれないが、私にはそんな余裕はない。

 砂時計の中の人よりはるかに少ない砂がゆっくりと下に落ちている。

 落ちる砂はあとどれくらい残っているのだろうか。

 

「お願いします」

 

 もう一度頭を下げる。

 祐子さんは頭を押さえ、ため息をつく。

 

「……分かった。少し待ってて」

 

 立ち上がり検査室に戻る。

 多分お医者さんに言ってもいいか聞きに行ってくれたのだろう。

 五分ほどして祐子さんが戻ってくる。

 

「お待たせ」

「聞いてくださってありがとうございます」

「……うん。さっきも言ったけどこれは絶対じゃないよ。胡桃ちゃんと同じ病気の人の症状と進行を考えてのことだから」

「はい」

 

 お腹に力を入れ、今から聞くことに身構える。

 

「この病気も進行が早い人もいれば遅い人もいる。遅い人であれば三十歳くらい。早い人であれば二十五歳前後で亡くなっている人が多い」

「三十歳……」

 

 しかし、それで祐子さんの話は終わらない。

 

「……でも胡桃ちゃんは違う。三年前に遭ったあの事故は胡桃ちゃんの身体にも病気にも大きな悪い影響を与えた。これは紛れもないな事実だよ」

「はい。分かっています。起きた時にも言われましたから」

 

 事故に遭って私の身体の機能はほぼ停止にまで追い込まれた。

 元々病気で身体が弱いことも重なって、目覚めたことは奇跡だと皆から何度も言われた。

 

「あの事故のせいで胡桃ちゃんの身体に加えられた負担を考えれば、普通に病気の人より少し……」

 

 言葉が途切れる。

 でも、続きは言わなくても分かる。

 

「私の場合ならあとどれくらいですか?」

「……二十歳くらいまでかもしれない」

 

 二十歳。

 あと二年と少し。

 

「何度も言うようだけどこれはあくまで絶対じゃない。可能性の話だよ。病気の進行の具合では遅くなるかもしれないし……早くなるかもしれない」

「分かってます。教えてくださってありがとうございます」

 

 私が思っていたより残っている砂はずっと少ないみたいだ。

 

「このことは二人には言うの?」

「……言わないです。二人には最期まで普通に接して欲しいから。あの二人の悲しそうな顔は見たくないですから」

「……そうだね。あの二人は同じ歳の子に比べてずっと大人なのに、胡桃ちゃんのことになると駄目だからね~」

 

 そう言って祐子さんは少し笑う。

 

「そんなことありませんよ。二人は頼りになってカッコよくて。そんな二人が大好きで、いつか二人みたいな人になりたいと思ってます」

 

 でもそんなことを言って、二人が何て言うかは大体分かる。

 「胡桃は今のままでいいと思うよ」

 きっとそう言ってくれる。

 だから私はあの二人のことが大好きなんだ。

 

「何もできない、迷惑しかかけてこなかった私のことを二人はずっと支えて、助けてくれました。だから私は二人に恩返しをしたいんです。……しなくちゃいけないんです」

「そう……。そんなふうに思える人と出会えて本当に幸せだね。これもきっと何かの縁なんだろうね」

「はい。そう思います」

 

 笑顔でそう答えると祐子さんも笑う。

 その後少し話してから、お礼を言って病院を出る。

 冬が到来している外はもう暗く、冷たい風が吹き荒んでいる。

 冷たい風を受け、マフラーに顔をうずめ足早に家に帰る。

 家の扉を開けると、調理する音と暖かい空気が流れてきた。

 

「ただいま~」

 

 リビングに入るといーちゃんが迎えてくれる。

 

「おかえりなさい。寒かったでしょ。手を洗ったらご飯にしましょう」

「うん!!」

 

 手を洗ってからご飯を食べる。

 いーちゃんのご飯はとてもおいしい。

 こういうところも尊敬する。

 

「検査はどうだったの?」

「大丈夫だったよ。いつも通り無理しないように健康にしててねって」

「そう。良かったわ」

 

 いーちゃんは安心したように笑う。

 その笑顔から少し顔を反らす。

 

「ねえ、いーちゃん。ご飯食べた後にパソコン借りてもいい?」

「いいけれど。どうして?」

「良い名前の案思い付いたから、調べてみようかなと思って」

「あら。まだ考えていたの?」

「うん。楽しくなっちゃったから!!」

「胡桃のそういうところ良いわね。何にでも夢中になれる」

「そうかなあ~」

 

 食べ終わってお片づけを手伝ってから、パソコンを借りて部屋で調べる。

 さっきの祐子さんの縁という言葉で何かいい名前はないかなと思ったのだ。

 

「縁……円でまどかって読むんだ。可愛い名前だなあ。うん、これにしよう!!」

 

 ひーくんに良いのがあったと電話をした後、いーちゃんにも教えに行く。

 

「円……。良い名前ね。胡桃の方がそういうのを考える才能があるみたい」

「ありがとう!!じゃあ私部屋戻るね。パソコンも貸してくれてありがとう」

「どういたしまして」

 

 部屋に戻り、今度は机にスケッチブックを広げ、ペンを握る。

 まずは一つ目。

 残された時間で大好きな人のためにやってあげたいことをする。

 それが私にとっての大好きな人への恩返し。



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メリークリスマス

「これも買う?」

「そうね。買っておきましょうか」

「はーい」

「ケーキは帰りに取りに行けばいいんだよな?」

「ええ、予約しているから」

「ケーキ楽しみだなあ」

 

 胡桃はずっとルンルンだ。

 それもそのはず今日はクリスマスで、今はクリスマスパーティーのための食材を買いに来たのだ。

 

「あんまり買いすぎても持って帰れないから考えて買えよ」

「分かった~」

 

 本当に分かっているのか分からない能天気な返事を聞き苦笑いする。

 俺は荷物持ちのために来たようなものなのであまり荷物を増やされるのは嬉しくないのだ。

 その途中、食材を選んでいる二人を後ろから眺めていると後ろから嫌な気配を感じ、後ろを振り返る。

 

「どうしたの?」

「い、いや。なんか変な視線を感じたような……」

「えっ?本当?」

 

 花園の時もそうだが、俺の嫌な気配は結構当たる。

 しかし、今回も怪しい人は目に付かない。

 

「勘違いかな」

「そう……。これくらいにしておきましょうか」

「うん」

 

 買い物を済ませ、ケーキをお店で受け取ってから家に帰る。

                   ・

                   ・

                   ・

 最後にツリーをイルミネーションで飾り出来上がりだ。

 

「できた」

「わ~い!!」

「お疲れ様、二人共」

 

 気が付くとあっという間に夜になっていた。

 昼間から俺の家に集まり、俺と胡桃は飾り付け、維織は料理作りと役割を分担しパーティーの準備を進めていた。

 

「ご飯もできたから食べましょう」

 

 テーブルの上にはクリスマスらしく少し豪華な料理が並んでいる。

 

「凄いね。いーちゃん一人でこんなおいしそうなの作れちゃうなんて」

「本当にそうだな」

 

 これには俺も脱帽するしかない。

 

「ありがとうな、維織」

「いいのよ。二人も飾り付け頑張ってくれたじゃない」

 

 こうして三人でクリスマスを迎えるのは二年ぶりだ。

 二年前までは胡桃の家にお呼ばれしてクリスマスパーティーをしていた。

 

「いただきま~す!!」

 

 三人で手を合わせる。

 

「おいしい!!」

「うん。おいしいな」

「ありがとう」

 

 こうして三人で食卓を囲んでいると少し感慨深くなってくる。

 

「でも、こうして三人でクリスマスを迎えるなんて去年は思ってもなかったよ」

 

 その言葉を聞いて維織は優しく微笑む。

 

「それは私もよ。まさか二人と再会できるなんて思ってもいなかったもの」

「私は分からないなあ」

「……胡桃はそうだろうな。でも俺にしたら維織に会うのは二年ぶりだからな」

「そうね。……生まれた時からずっと一緒にいたから、二年離れるだけでも……」

「……俺もだよ」

 

 もう経験したくない体験だった。

 すると、胡桃がポツリと呟く。

 

「いつまでこうして一緒にいられるんだろう……」

 

 胡桃の顔を見る。

 俺と目が合うと少し慌てたように眼を反らした後、俯く。

 変な態度だなと思ったが一応自分の意見を言う。

 

「まあ、何があるかは分からないけれどこうやって三人で過ごせるのはあと……十年くらいかな」

「十年……。短いわね」

「予想だよ。祐子さんと先生みたいにずっといられるかもしれないけど、恋人ができたり結婚したりしたらそうそう一緒にはいられないだろ?」

「恋人……ね」

 

 維織は小さく笑って見せる。

 

「できるかしら……私に」

「できるよ。俺は分からないけど、維織と胡桃は可愛いからな」

「……あなたは本当に」

 

 維織は照れて下を向く。

 昔からこの手の言葉に弱い。

 そこでさっきから全然反応のない胡桃が気になり、そっちの方を見る。

 

「胡桃?」

「……えっ?ご、ごめん。何?」

「どうかしたのか?ぼーっとして」

「う、ううん。なんでもないよ」

「……そうか?」

 

 やはり、胡桃の反応には違和感を拭えない。

 そこで照れて俯いていた維織がさっと立ち上がる。

 

「さ、さあ、ケーキを食べましょう。あと、せっかくのクリスマスなのだからもっと楽しい話をしましょうよ」

 

「わ~い、ケーキだ~」と言って胡桃は維織を手伝いに行く。

 そのいつも通りの態度に俺の考えすぎかと思い、二人を手伝う。

 その後はケーキを食べる。

 ふと外を見ると雪が降り始めて来た。

 

「わあ~!!ホワイトクリスマスだ~」

 

 胡桃も外を見て眼を輝かせる。

 

「ひーくん、いーちゃん、メリークリスマス!!」

 

 その笑顔を見ながら、来年もこうして三人で過ごせればいいなとしみじみと思った。



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メリークルシミマス

「薫ちゃん、これも買う?」

「私はシャンパンさえあれば別にいい」

「そんなこと言わないでよ~。折角、休みが取れてパーティーできるのに」

「……なんでこんな日まで祐子と一緒に過ごすんだ」

「しょうがないじゃん。私も薫ちゃんも一緒に過ごしてくれる人がいないんだから」

「くっ……!!」

 

 仕事もなく、かと言って一緒に居てくれる男もいない私は家で一人、ビールでも飲んで過ごそうと思っていたが、祐子に誘われ渋々買い物に付いてきた。

 クリスマスなだけあっていつもより家族連れやカップルが多い気がする。

 

「はあ……。だから外に出たくなかったんだ」

「現実から眼を背けてちゃ駄目だよ~」

「……うるさい」

 

 一人で先に歩いて行くと、楽しそうに買い物をしている三人組が眼に入る。

 そして、追いついてきた祐子が「あれっ?」と声を出す。

 

「あれ博人君達じゃない?」

「なに?」

 

 確かに改めて見ると知っている顔だ。

 三人とも笑顔で買い物に勤しんでいる。

 

「せっかく楽しんでるみたいだし、声かけるのは悪いかな」

「そうだな。……幸せそうなやつらだ」

 

 無意識に睨みつけてしまう。

 

「駄目だよ、人の幸せを憎むのは。ほら、行こう?」

「ああ……」

 

 角を曲がる寸前に駒井の方を見ると、あちらもこっちを向く寸前だった。

 かなり人の視線に敏感ようだ。

 

「もう買うものは買っただろ?帰ろう」

「うん。そうだね」

 

 買い物を済ませ、店から出る。

 ……さて、夜まで何をして時間を潰そうかな。

                   ・

                   ・

                   ・

「大体、なんでクリスマスなんてものがあるんだ……」

「なんでって言われても。ずっと昔からあるものだからね~」

 

 買ってきたものを二人で食べて、その後はシャンパンやビールを開ける。

 薫ちゃんは既に出来上がっているようだ。

 

「はあ……。やっぱりさっき駒井に声かければ良かったな」

 

 散々愚痴を言いまくって疲れたらしい。

 

「だから駄目だって。三人の生活を邪魔しちゃ悪いよ。博人君達も嫌がっちゃう」

 

 そう話す私の顔を薫ちゃんじっと見てくる。

 お酒に酔ったその顔は少し赤い。

 

「……お前はずっと駒井のことを気にしながら生きていくのか?」

「……えっ?」

 

 予想もしていなかった言葉に動揺する。

 

「あいつはもう高校生で大人なんだ。いつまでも支えてやらないと生きていけないような奴でもない」

「べ、別にそんなつもりは……。それに博人君だけじゃなくて胡桃ちゃんや維織ちゃんも……」

「本当にか?駒井がうちの高校に入学するとなった時、えらく私にあいつのことをよろしく頼むと言ってたじゃないか。それに後で駒井に聞いた話だと入学したきっかけというのが、家が近いというのもあるがやけに祐子から勧められたと言っていたぞ?……私の眼があるからか?」

 

 薫ちゃんの視線を受け止めきれずに眼を逸らす。

 

「……だって放っておくことなんてできないよ」

 

 私が都病院に勤め始めて僅か半年後に大きな事故の被害者が病院に運ばれてきた。

 事故に遭った二名は即死。

 その一時間後、一人残された男の子が病院にやって来た。

 私はその男の子を霊安室に連れて行く。

 ぎゅっと握られた手は緊張と動揺に震えている。

 そして、変わり果てた両親の姿を見た男の子は「母さん……。父さん……」と呟いた後、崩れ落ちた。

 慌てて私は、介抱するためベッドに運び寝かせた。

 

「その後に病院の先輩が言ってたけどそういう子はやっぱり多いんだって。ショックで気を失っちゃうことが」

「……そうだろうな。小さい子には刺激が強すぎる」

「先輩達もそう言っていたけど私にとっては初めてだったから。やっぱり気にはしちゃうよ」

 

 その後目覚めた男の子、博人君には支えてくれる幼馴染が二人いることを知って少し安心した。

 結局、私は少し話を聞いてあげたりしてあげることしかできなかった。

 もう会うことはないのかなと思っていたが……その僅か二年後再会することになった。

 いや……なってしまった。

 

「その時にちょっと思ったんだよ」

「なにがだ?」

「親を失った三人がお互いを支えていたのにそのうちの一人が事故に遭っちゃって、残された二人がバラバラに……。まるで小説みたいによくできた話だなってね」

 

 もしそうならあの三人にこれ以上苦しめないで欲しい。

 そんなどうしようもないことを考えてしまった。

 

「なるほどな……。もしこの世界が誰かに書かれている話なら、もう少し私にいい男の一人くらいを見繕って欲しいものだが」

 

 薫ちゃんの能天気な答えに思わず笑みが漏れる。

 

「も~!!私は真剣に話してるのに」

 

 そういう私に薫ちゃんは優しむ微笑む。

 

「……残念ながらそんな都合のいい話はないよ」

「うん……。そうだよね」

「……でもある意味ではそうかもな」

「えっ?」

「人はみんな自分で自分の物語を紡いでいく。そして、その物語がハッピーエンドになるかバッドエンドになるかは自分次第だ」

「うん……。ありがとう、薫ちゃん」

 

 薫ちゃんは少し得意気に笑い、コップにシャンパンを注ぐ。

 薫ちゃんの言う通り彼達は自分の物語を紡いでいる。

 私はその物語の読者として三人のことを見守りたいと思う。

 少し気分が晴れた私は自分のコップにもシャンパンを注ぐ。

 

「メリークリスマス!!」

「……私にとってはメリークルシミマスだけどな」

 

 苦笑いする薫ちゃんとコップをぶつけ合う。

 外を見ると雪がゆっくりと降り始めていた。



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謹賀新年

 ピンポーン

 

「……んっ」

 

 ピンポーン

 

「ん~」

 

 ピンポーン

 

 三度目のインターホンが鳴ったところでのそのそとベッドから出る。

 時計を見るともうすでに九時をまわっている。

 カーテンを開けると元気に手を振る胡桃と、ジト目でこちらを見ている維織の姿が見えた。

 

「……ヤバッ」

 

 慌てて下に降り、玄関の扉を開ける。

 

「明けましておめでとう~、ひーくん!!」

「お、おめでとう、今年もよろしくな、二人共」

 

 そう笑いかけるが維織はジト目のまま

 

「昨日、初詣に行くから九時にあなたの家に集合と言ったのは忘れたのかしら?私には今起きたように見えるのだけど」

「……悪い、寝坊した。十分で用意するから待っててくれ」

 

 二人を家に上げ、慌てて準備するためまた部屋に戻る。

 

「急がなくても大丈夫だよ~」

「胡桃、甘やかしては駄目よ」

 

 そんな会話が下から聞こえてきて、苦笑いしながら支度をする。

 そして、急いで支度を終わらせ二人の所に戻る。

 

「お待たせ。悪いな、待たせて」

「大丈夫だよ。行こう~」

「行きましょう」

 

 歩いて初詣に向かう。

 場所は夏にお祭りに行った桐谷神社だ。

 到着すると境内は多くの人であふれている。

 

「凄い人だね~」

「正月だからな。あんまり俺達から離れるなよ。はぐれるから」

「うん」

「急ぎましょう。あまり人込みは……得意ではないわ」

「そうだな」

 

 維織は人込みに酔う。

 人の流れに乗り、なんとか賽銭箱の前まで着き、お参りを済ませる。

 

「ふう。何とかできたな。あとはお守りでも買って帰ろうか」

「私おみくじも引きたいなあ」

「そうね。せっかくだし引いていきましょうか」

 

 歩いていると向こうから見知った二人組が歩いてくる。

 向こうも気付いたらしくこちらに近付いてくる。

 

「みんなも初詣来てたんだね。明けましておめでとう」

「おめでとうございます、祐子さん、先生」

 

 俺が祐子さんに会うのは体育祭ぶりだ。

 

「博人君と維織ちゃんは久しぶりだね」

「そうですね。体育祭の時はお世話になりました」

「お二人も初詣ですか?」

「ああ。誘われたものでな」

 

 先生は肩を竦める。

 

「今からお参りですか?」

「ああ。そのつもりだったんだが……人が多いみたいだな」

「私達、今からおみくじに行くんですけど一緒に行きませんか?」

「そうだな。先に行こうか」

「うん、そうだね。結構時間かかりそうだし」

 

 そういう訳で五人でおみくじの所まで歩いて行く。

 先生と胡桃が話しているのを見ていると祐子さんが話しかけてくる。

 

「そう言えば博人君と維織ちゃんは今年は大変だね。受験でしょ?」

「はい、大変ですよ。維織にも結構言われますしね」

「それはあなたがあまり勉強しないからでしょ」

「……俺は維織よりも学力が低いところに行くんだから維織程勉強しなくてもいいんだよ」

「二人共行きたい大学とかは決めてるの?」

「いやまだ全然です。何しろやりことが見つかっていないので」

「私もです……」

「家で調べたりしてる?」

「してるんですけど、あんまりこの話題が好きじゃない奴もいて……」

 

 そう言ってチラリと胡桃の方を見ると、その視線で祐子さんも察してくれる。

 

「……なるほどね」

 

 そう言って苦笑いする。

 胡桃はこの話題があまり好きではない。

 一学年下の胡桃は俺達が卒業すれば、一人で高校生活を送ることになるからだ。

 胡桃自身は無意識だろうがこの話題を維織としていると少し寂しそうな顔をする。

 

「仕方ないことなんですけどね。……やっぱり寂しいみたいです」

「君達はずっと一緒に居たからね」

 

 そんなことを話しながら歩いていると、あることを思い出す。

 

「俺達、もうすぐ修学旅行に行くんですけど何かお土産いりますか?」

「へえ、どこに行くの?」

「え~と、沖縄です」

「沖縄かあ。いいね~」

 

 祐子さんはそう言い俺の顔を見たが少し首を傾げる。

 

「……行きたくないの?」

「えっ?い、いや、そういう訳ではないんですけど」

「ふうん。まあ、余裕があればでいいよ。大人がねだる訳にはいかないからね」

 

 そう笑って祐子さんも先生の所まで歩いて行く。

 別に行きたいわけではない。

 しかし、沖縄には少し嫌な思い出がある。

 実は中学の修学旅行でも沖縄に行ったのだが、それが胡桃が事故に遭った一週間後だった。

 事故の日から全く話さなくなっていた維織と夜の海岸で話し合い、俺から離れると維織に言われた。

 そんな思い出がある少し因縁の場所だ。

 

「ひーくん、いーちゃん!!おみくじ引こー!!」

 

 胡桃が笑顔で手を振っている。

 俺も行こうとすると維織に袖を引っ張られる。

 

「どうした?」

「言い忘れていたと思って。明けましておめでとう」

「あ、あれ?言ってなかったっけ?」

「ええ。誰かを怒ることに頭が一杯で忘れてしまっていたわ」

「そ、それは悪かったな。今年もよろしく」

「よろしく」

 

 維織と一緒にみんなに合流する。

 そして、おみくじを引くが凶という文字が眼に入る。

 維織も凶、胡桃に至っては大凶という初めて見るようなものを引き当てた。

 逆に珍しいななんて言いながら三枚を木の枝に結び付ける。

 それを見ながら今年が良い年になればいいなと思った。



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修学旅行~二度目の沖縄へ~

「祐子さんに迷惑かけないようにな」

「……うん、分かってる」

 

 俯き気味の胡桃は元気がない。

 今日から二泊三日で俺と維織は修学旅行で沖縄に行く。

 一人きりで何かあったら心配なので、俺達がいない間だけ祐子さん家にお世話にならせてもらうことになっている。

 

「お土産買ってくるわ」

「……ありがとう」

 

 今日は関西空港に現地集合で、そろそろ出発しないと電車に乗り遅れてしまう。

 

「じゃあ、行ってくるよ。学校に遅れないようにな」

「行ってくるわ。胡桃も気を付けて」

「うん……」

 

 名残惜しそうな胡桃の頭に手をポンと置く。

 

「二日間だけだからさ。そんな顔しないでくれよ」

 

 そう言うと胡桃は少し浮かんでいた涙を拭き、無理に作った笑顔を見せる。

 

「ごめんね。いってらっしゃい。お土産楽しみにしてる」

「うん。いってきます」

 

 手を振りながら駅に向かう。

 

「胡桃、大丈夫かしら」

「心配だけどしょうがない。ちょくちょく連絡してあげよう」

「そうね……」

 

 最寄駅から京都駅へ行き、関西空港まで向かう電車に乗り込む。

 

「でも、こうして博人と二人きりになるのはいつぶりかしら」

「いつも三人で行動してるからな……いや、久しぶりでもないぞ」

「そう?」

「去年の夏に俺ん家に泊まったじゃないか」

「……そういえばそうだったわね」

 

 あのことは結局、胡桃には言っていないらしい。

 別に隠すことでもないと思うが、わざわざ言うことでもないと言われ納得した。

 空港までは一時間くらいかかる。

 外の景色を見たりすることしか時間を潰す術がないため、自然に維織との会話が多くなる。

 

「胡桃の気持ちが表情に出るのは羨ましいと思うわ」

「そうか?でも維織も……そんなことないか」

「ええ。いつも不機嫌な顔をしていると思うから」

「俺達の前ではそんなこともないと思うけど。けどそう思うなら今回の修学旅行では全部顔に出してみたらどうだ?」

 

 そんな冗談に維織は思いの外真剣に悩んでいたが

 

「止めておくわ。それでなくても普段話さない人達との泊りがけで疲れるというのに、余計な負担は勘弁だから」

「負担って……。もうちょっと喜怒哀楽ははっきりした方が良いと思うけど」

「昔からだもの。もうしょうがないわね」

 

 そう少し諦めたように笑う。

 

「でも、維織は笑ってる方が可愛いと思うぞ」

 

 そう言って維織の顔を見て、クスリと笑う。

 

「ほらっ、俺達の前ではちゃんと顔に出る」

「あ、あなたはいつも唐突なのよ」

 

 昔からこうやってからかうのが少し癖になってしまっている。

 そんな話をしていると到着のアナウンスが響く。

 

「行くか」

「ええ」

 

 キャリーバッグを引き、しおりを見ながら集合場所に向かう。

 その地点に近付くと、ざわざわとうるさい私服の集団見えてくる。

 そこに近づくと先生の姿が見える。

 

「おはようございます」

「ああ、おはよう。じゃあ、クラスの所に並んでおいてくれ。あとこれと」

 

 キャリーバッグに付けるタグを渡される。

 

「分かりました」

 

 並びに行こうとすると先生に呼び止められる。

 

「栗山は大丈夫だったか?」

「ええ、まあ。何とかって感じですけど。連絡はちゃんとします」

「そうか。まあ、君たち二人ではあまり楽しめないかもしれないが、せっかくなんだから楽しみなさい」

「大丈夫ですよ。いっぱい楽しんで胡桃に話してあげないといけないので」

 

 そう言って笑う。

 大人しく待っていると全員が集まったらしく、荷物を預け、飛行機に乗り込んでいく。

 そして、飛行機が飛び立ち、歓声が上がる。

 

「すげえ景色だな。なあ」

「……そうね」

 

 完全にあっちを向きながら答える。

 そういえば維織は高所恐怖症だった。

 

「本でも読んでたらどうだ?」

「ええ。そうするわ」

「……前の時もずっと本読んでたのか?」

「前は……ぼおーっとしていたわ。眼をつぶると思い出してしまうから」

「そうか……」

 

 俺もあの時はずっと外の景色を見ていた。

 なんて維織に話しかけるかずっと考えていたような気がする。

 取りあえず、しおりを取り出し今日の予定を見る。

 

「今日は……まずは着いてバスに乗って移動か。へえ……」

「へえって。しおり読んでないの?」

「……持ち物のところは熟読したんだけどな」

「予定くらいは読んでおきなさいよ」

「は~い」

 

 一通り眼を通しとりあえずの予定を頭に入れておく。

 

「まあ大体分かったよ。じゃあ俺は寝るから」

「ええ。……胡桃がいないと静かになるわね」

「俺達は元々あんまり喋らなかっただろ?こういう時はいつも俺は寝て、維織は本読んでた」

「確かにそうね。おやすみなさい」

「うん、おやすみ」

 

 関西空港からは二時間半ほどで那覇空港に到着するらしい。

 眼を閉じる瞬間に維織が本を取り出すのが見えた。

 やっぱり本読むのが好きなんだなと思いながら眼を閉じた。

                   ・

                   ・

                   ・

「博人。行くわよ」

 

 肩をゆすぶられる。

 

「んっ……。おう……」

 

 飛行機から降りる。

 ドアから一歩出ると二月とは思えない暖かい風が身体を抜けていく。

 

「やっぱり京都に比べたら暖かいよなあ」

「そりゃそうでしょ。沖縄だもの」

「だな」

 

 必要なものだけを入れたバッグを持ち、俺達はバスに乗り込んだ。

                   ・

                   ・

                   ・

「ふう」

 

 大浴場の脱衣所で髪を乾かしながら、息を吐く。

 今日は平和祈念公園、祈念資料館、ガマなど沖縄の歴史に関するところを周った。

 明日も色々な所を周るらしい。

 ホテルの部屋に帰る前に胡桃に連絡をいれておく。

 メールなどはしていたが電話をするのは今日初めてだ。

 

《ひーくん!!》

 

 大きめの声が聞こえてきて、耳から携帯を少し話す。

 

「胡桃?元気か?」

《うん。今からお風呂入ろうと思ってたとこなんだ》

「そうか。俺は風呂から上がったとこでもう寝るんだよ。祐子さんは?」

《いるよ。代わる?》

「ああ、頼む」

《分かった》

 

 ちょっと待っててと言って声が遠くなる。

 そしてすぐに祐子さんの声が聞こえてくる。

 

《祐子です。修学旅行楽しんでる?》

「はい。といってもまだ初日なんですけどね。胡桃の様子はどうですか?」

《特に問題ないよ。ちょっと寂しそうだったけど今はましになったかな》

「そうですか。頼りきりになってしまってすいません。胡桃を一人にするのは心配だったので」

《大丈夫だよ。ふふっ》

 

 祐子さんの笑い声が聞こえる。

 

「?」

《いや、さっき維織ちゃんからも電話があってね。博人君と同じこと言ってたから》

「そうだったんですか。まあ、やっぱり心配ですよ」

《気持ちは分かるけど、こっちのことは私に任せて思いっ切り楽しみなよ》

「はい、ありがとうございます」

 

 じゃあねと言って電話はまた胡桃に渡される。

 

「維織も電話してたんだな」

《あっ!!言うの忘れてた。ひーくんから電話掛かってきたのが嬉しくて》

「別にいいよ。じゃあ祐子さんに迷惑かけないようにな。また、明日連絡する」

《うん!!おやすみ》

「おやすみ」

 

 通話を切り、まだ少し湿っている髪を触る。

 この暖かさなら自然に乾くだろう。

 明日も早い。

 さっさと寝ようと部屋まで歩いて行った。



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修学旅行~懐かしの砂浜~

「胡桃、これ喜ぶかな?」

「そうね。でもあの子ならなんでも喜びそうだけど」

「……確かに」 

 

 今は国際通りに来ている。

 ここには沢山のお土産屋さんや飲食店があり、今はここで自由行動の時間だ。

 

「やっぱり置物とかの方が良いのかな?消耗品じゃないし」

「そうね……。とりあえず一通り見てから決めれば良いんじゃないかしら。まだ時間はあることだし」

「そうだな。色々見回ってみるか」

 

 焦らなくても時間はまだまだある。

 だからまずは周ってみようと思い、色んな店を見てみることにする。

 

「綺麗……」

「ん?」

 

 しばらく歩いた後、維織が足を止めたのはとあるアクセサリーショップの前だった。

 

「ああ、確かに。ちょっと中覗いてみようか」

「そうしましょう」

 

 確かに女の子が好きそうなアクセサリーが沢山並んでいる。

 でも……

 

「維織がこんなのに興味あるなんてなんか意外だな」

「どういう意味よ……。そりゃあ私だって綺麗なものは好きよ」

「そうだよな。女の子だもんな。……これ胡桃に買って帰ろうかな」

「そうしたら?私は外で待ってるわ」

「維織は買わないのか?」

「胡桃へのお土産であなたと同じものを買っていっても意味ないでしょ」

 

 そう言って維織は外に歩いて行く。

 俺も迷った挙句、一つだけ買って店を出た。

 

「お待たせ」

「かかったわね」

「ちょっと迷ってな。ほらっ」

 

 維織に紙袋を渡す。

 驚いた顔の維織を促し、袋を開けさせる。

 

「これ、さっき私が見ていた。それに一つだけ?」

「欲しそうだったから。それにいつも胡桃と揃いだからたまにはいいだろ」

 

 少し照れながら言うと、維織は満面の笑みで

 

「ありがとう。大事にするわ」

 

 そう言って早速鞄に付ける。

 

「喜んでもらえて嬉しいよ。じゃあ、お土産探しに行こうか」

 

 昼ご飯を挟みながら胡桃へのお土産を買う。

 その後、時間が来てバスに乗り込んだ俺達は、多分この修学旅行でみんなが一番楽しみにしているであろう海に向かう。

 と言ってもまだ二月なので海に入ることは出来ないが。

 それでもバスの中のクラスメイトのテンションは上がりっぱなしだ。

 そして海に辿り着く。

 バスのドアが開き、降りたクラスメイト達が一斉に海に走り出す。

 俺達はゆっくり歩きながら視界一杯に広がっている青色を眺めた。

                   ・

                   ・

                   ・

「ふう、これで二日目も終わりだな」

 

 バーベキューも終わり、二人で少し辺りを歩く。

 みんなはキャンプファイヤーを囲み、はしゃいでいる。

 

「早かったわね。思ってたより……」

「楽しかったか?」

 

 そう言うと維織は頷く。

 静かに揺れる水面を眺めながら、静かに呟く。

 

「……あの時と変わらないわね。次来るときは胡桃も一緒に来たいと思っていたけれど」

「しょうがない。それはまたの機会だよ。来年は……胡桃が受験だから、再来年かな」

「遠いわね……」

 

 二年。

 胡桃が起きるのを待っていた時間と同じだ。

 でも今回違うのは、二人が近くに居るということ。

 

「いつもみたいに三人でわいわいしてればすぐだ」

「そうね。三人で過ごす日々はとても充実しているから。一人の時に比べたらずっと早いんでしょうね」

「きっとそうだよ」

 

 そうだと思い出し胡桃に電話を掛けることにした。

 

「胡桃に?」

「ああ、一回は電話してあげないとな」

「出たら代わって頂戴」

「分かったよ」

 

 しかし、しばらく経っても電話がつながる様子はない。

 

「……出ないの?」

「もう寝たのかな?」

「もう?まだ九時だけど」

「駄目だな。……明日またかけてみるか」

 

 そう言って、電話を切る。

 この時は何も知らなかった。

 こんな当たり前の幸せな生活がずっと続くと俺達は餓鬼みたいに思っていた。

 知らないうちに物語が終わりに近づいていることも知らず……。



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修学旅行~最終日~

 翌日、集合場所に行く前に胡桃から電話がかかってきた。

 

「胡桃か?」

《ひーくん?昨日も電話してくれた?》

「ああ。でも出ないから何かあったのかと思って心配してたんだよ」

《ご、ごめんね……。き、昨日は早く寝ちゃって。私は大丈夫だから。楽しんできてね》

「ああ。ありがとな。じゃあ――」

《あっ!!ちょ、ちょっと待って!!》

「えっ?」

 

 電話を切ろうとしていた手が止まる。

 

「どうした?」

《え、えっとね。今日は何時くらいに帰ってくるの?》

「そうだな……。五時くらいだと思うよ。胡桃が帰ってからだと思う」

《そ、そっか。分かった。……帰れるかな》

「えっ?なんだって?」

 

 最後が小さい声で聞き取れなかった。

 

《う、ううん。じゃあね。いーちゃんにも楽しんでねって言っといてね》

「……分かった。じゃあな」

 

 少し首を傾げながら、電話を切る。

 しかし、集合時間が差し迫っているため、まとめた荷物を持ち、集合場所に向かう。

 そこで今日のスケジュールを聞き、バスに乗り込んでから、維織にも胡桃に電話が繋がったことを報告する。

 

「そう。良かったわ」

 

 昨日からずっと心配していたので安心した顔を見せる。

 

「でも、何かおかしかったんだよな」

 

 さっき胡桃と話していて覚えた違和感を話す。

 

「何が?」

「なんというか……やけに俺達の帰る時間を気にしてたような気がしてな」

「ただ単に早く帰ってきてほしいとかじゃないの?」

「……そうなのかな?」

 

『少し違ったような気もするけど。……まあ、帰ってから聞いてみればいいか』

 

 そんな風に気楽な考えを持って今日の予定を楽しむことにする。

 といっても今日は水族館に行き、あとは帰るだけだ。

 しばらくしてバスは、水族館に向けて発進した。

                   ・

                   ・

                   ・

「綺麗ね」

 

 目の前をゆっくりと泳ぐ魚たちは、上からの光を浴びてキラキラと光っている。

 

「そうだな。……でも、こういうところに来るとガラスが割れたらどうなるんだろうって考えちゃうんだよな~」

「割れることはないわよ。……まあ、割れてしまったらどうすることもできないだけね」

「そうだよな……」

 

 そんなつまらないことを話しながら、水族館を周る。

 

「維織。これするか?」

 

 ナマコを触るコーナーを指差す。

 

「わ、私はいいわ……」

「せっかくだしやろうぜ。ほらムニムニしてる」

 

 ナマコを指で触りながら言う。

 そう誘うと、維織は恐る恐る手を近づける。

 そして、手がナマコに触れる瞬間……

 

「わっ!!」

 

 維織の背中を押す。

 

「きゃ!!」

 

 思わず大きな声が出てしまった維織は顔を赤らめながら口を押え俺を睨む。

 

「あ、あなたは……!!」

 

 ポカポカと俺の胸を叩く維織を見ながら俺はクスクス笑ってしまう。

 

「ごめん、ごめんって。そんな驚くとは思わなかったんだよ」

 

 まだ笑いが止まらない。

 

「……次したら怒るわよ」

「わ、分かったよ」

 

 少し顔の赤い維織に怒られたところで次のところに進む。

 そこはお土産売り場で可愛いぬいぐるみなどを買う。

 買い物を終了するともうここで最後らしく、外に出て全クラスで写真を撮り、俺達の修学旅行の全日程は終了した。

                   ・

                   ・

                   ・

「じゃあな。胡桃によろしく」

「会っていかないの?」

「会いたいんだけど……。だいぶ疲労がな……」

「分かったわ。じゃあ胡桃にも伝えておく。ゆっくり休みなさいよ」

「ありがと。じゃあな」

 

 二日ぶりに帰った家は寒い。

 やっぱり沖縄に比べて京都は寒いなあと思いながら使った着替えを洗濯機に投げ込む。

 かなり疲労が溜まっていたみたいで、もうこのまま寝てしまおうと思いベッドで眼を閉じた時、携帯が鳴る。

 誰だ?と思いディスプレイを見るとそこに映るのは維織の文字。

 まだ別れてから五分も経っていないのにどうしたのだろう。

 

「どうした?なにか――」

《博人!!》

 

 俺の声に割り込んで維織の必死の声が聞こえる。

 

《胡桃がいないのよ!!》

「えっ?まだ学校とかじゃないのか?」

《だってもうこんな時間なのよ?まだ学校に居るなんてありえないわ》

 

 確かにもう五時だ。

 いつも俺達が学校から帰る時間より一時間も遅い。

 遅くなる時はちゃんと連絡をしてくれるがもちろんそれもない。

 そのことを認識した瞬間、ぞっと寒気がする。

 家にいないとなると思いつく場所は一つしかない。

 

「病院に行こう!!そこしか思いつかない」



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彼女たちの涙

 胡桃は不貞腐れたような顔をして何も話さない。

 ため息をつき、祐子さんの方を見る。

 維織はさっきから黙ったままだ。

 

「祐子さん。一体何があったんですか?」

 

 一番事情を知っているであろう祐子さんに話を聞くことにする。

 

「昨日の八時頃にご飯ができたから胡桃ちゃんを呼びに行ったの。そうしたら部屋で倒れていたんだ。病院に運んですぐ意識を取り戻したんだけど、様子を見て一週間程入院することになったんだよ。ちゃんと見てあげられてなくてごめんね」

 

 祐子さんは頭を下げる。

 

「止めてください。祐子さんがいてくれてなくちゃ、どうなっていたか分かりません。ありがとうございます。でもなんで連絡してくれなかったんですか?」

「起きた胡桃ちゃんに言われたんだよ。今はまだ二人には言わないでって」

「何でそんな……」

 

 胡桃の顔を見る。

 

「だって……言ったら二人は心配してくれるでしょ?」

「当たり前だろ!!だから――」

「だからだよ」

 

 下を向いて話していた胡桃がこちらを向く。

 

「言ったらきっと二人はとんでもない無茶をしてでも帰ってこようとする。せっかく沖縄に行ったのに私のことを気にして楽しめなくなるのは嫌だから。……だから言わなかったの」

「……それで朝、あんな嘘の電話までしてきたのか?」

 

 「……そうだよ」と小さい声で呟く。

 

「二人は私のことをずっと守ってくれてる。……花園さんの時から」

 

 花園……。

 今でも思い出すと湧き上がってくる彼女への怒りと自責の念。

 

「でも……二人は私のことを心配しすぎなんだよ」

「……は?」

 

 何を言われたのか一瞬理解できなかった。

 

「二人はもっと自分のことを考えて――」

 

 バシッ!!

 

 乾いた音が病室に響く。

 俺も祐子さんも頬を押える胡桃も驚いた顔で維織のことを見る。

 

「な、何やって――」

「私に言うのは分かるわ。私はあなたを一度裏切ったのだから」

 

 俺の言葉など聞かず、叩いた自分の手を握りながら、震えた声で言う。

 

「でも、それを博人に言うのは止めなさい!!博人がどれだけ胡桃のことを考えて……。あなたのために博人はずっと……」

 

 また維織が胡桃に一歩踏み出すのを見て、流石に制止に入る。

 

「おい!!もう止めろ!!今日はもう帰るぞ。胡桃、また明日来るから」

 

 維織を引っ張り、病室を出る。

 扉が閉まる隙間から胡桃の涙が見えた。

 そして、静寂が支配する廊下で俺は口を開く。

 

「やりすぎだ」

「……胡桃も悪いわ」

 

 下を向いたまま、維織は答える。

 しばらくして扉が開き、祐子さんが出てくる。

 

「胡桃は大丈夫そうですか?」

「まあ、大丈夫とは言えないけど、さっきのは胡桃ちゃんにも非があるからね」

 

 困ったように笑う。

 

「すいません。色々と迷惑を掛けて……。それで」

 

 色々あったせいで聞けなかったことを聞く。

 

「……胡桃が倒れたのは病気のせいですか?」

 

 その問いに祐子さんは真剣な顔になる。

 

「そうだよ。二人も知っている通り、胡桃ちゃんの病気は治ることなく、ずっと胡桃ちゃんの身体を蝕み続けている。いつどうなるかは誰にも分からない」

 

 自分の顔が引きつるのを感じる。

 そんな俺の顔を見て祐子さんはわざと明るく話してくれる。

 

「でも今回は少し様子を見て、何もなければ一週間くらいで退院できると思うから。安心して」

「……分かりました」

 

 「それじゃあまた明日来ます」と祐子さんに伝え、病院から出る。

 二月の冷たい風が吹き、沖縄に居たのが随分と昔のように感じてしまう。

 

「寒いな」

 

 俺の言葉への返答はなく、向くと維織はポロポロと涙を零している。

 

「お、おい維織?大丈夫か?」

「わ、私は……胡桃に酷いことを……」

 

 そう言い泣き続ける維織を優しく抱きしめる。

 

「俺のためにやってくれたんだろ?ありがとな。でも胡桃も倒れて少しパニックみたいになってるだけで、本当に思って言ったわけじゃないよ」

「分かってる。でも……どうしても我慢できなかった。今は安静にしていないといけない時なのに」

 

 胸の中で泣く維織を抱きしめ続ける。

 胡桃がまた倒れ、誰もが動揺しているのだ。

 大切な人を失ったあの時の気持ちが蘇ってくる。

 またこんな気持ちをする時が来るなんて思ってもなかった。

 胡桃がいる病室を見上げる。

 彼女もまだ、あそこで泣いているのだろうか……。



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無駄なもんか

「よっ、元気か?」

「……うん。来たんだね」

「そりゃな。心配だから」

 

 そう言って椅子に腰かける。

 胡桃は苦笑いしている。

 

「……昨日はごめんね」

「昨日?何か言ってたっけ?」

 

 わざとらしく首をひねる。

 

「……もう。そうやってすぐ庇おうとするんだから」

「別に庇ってるわけじゃないよ」

 

 花瓶に生けられている花にそっと触れる。

 細く今にも折れそうな茎で一生懸命生きている。

 ……胡桃みたいだな。

 ふとそう思う。

 

「……身体の調子はどうだ?」

「もう大丈夫だよ」

 

 そう言って微笑む。

 多分小六で出会ってから何十、何百回このやり取りをしてきたと思う。

 ずっとこの言葉を信じてきた。

 でも昨日で分かった。

 胡桃は俺達を安心させるためなら平気で嘘をつく。

 

「本当か?」

「うん。祐子さんも言ってたでしょ?一週間くらいで退院できるって」

「何もなければだろ」

「何もないよ」

 

 「大丈夫だから」そう言って胡桃はもう一度微笑む。

 

「……そうか」

「そういえばいーちゃんは?」

「ああ、ちょっと体調崩してな。今は寝てると思うよ」

「えっ?だ、大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。昨日まで久しぶりの泊りがけの遠出だったからな。あんまり得意じゃないからさ」

 

 今日の朝、一緒に病院に行こうと連絡すると「体調を崩してしまったから行けないわ。ごめんなさい」と言われた。

 心配なので一応維織の家に行き、色々と看病をしてきた。

 

「で、今から寝るから博人は胡桃の所に行ってあげてと言われたわけだ」

「ちゃんと付いててあげなくちゃ」

「俺もそうしようと思ったんだけどな。そう言ったら寝ている私に何かするつもりかしら?って言われたんだよ」

 

 やれやれと首を竦める。

 

「いつものいーちゃんの照れ隠しだ~」

「そんなこと言われちゃな。てことでこうして胡桃のお見舞いに来たってわけだよ」

「そうなんだ。ありがとね」

「別にお礼言われるほどのことでもないよ。前までは毎日ずっと来てたわけだし」

 

 そう話していると昨日の胡桃の言葉を思い出す。

 「二人は私のことを心配しすぎなんだよ」

 今まで胡桃のことを守ろうとしてきた俺達にとってぐさりと刺さる言葉だった。

 

「昨日の言葉は胡桃の本心なのか?」

「えっ?」

 

 はっと口を押える。

 言うつもりは無かったがずっと考えていたため口に出てしまった。

 

「い、いや何でもない。気にするな」

 

 慌てて誤魔化したが、胡桃は俺の眼をまっすぐ見つめながら言う。

 

「うん。私はずっとそう思ってた」

「!! ……そうなのか。なら俺達が胡桃のためにしてきたことは全部無駄だったのか?」

「違う!!それは違うよ。私はひーくんといーちゃんにずっと救われてきた。それは無駄じゃないし凄く感謝してるよ!!」

「じゃあ、昨日の言葉はどういう意味なんだよ」

 

 問い詰めるが胡桃ははっきりと話さない。

 

「ちゃんとは言えない……。でも、これからひーくんたちが私のためにすること、費やす時間っていうのはきっと……無駄になっちゃうと思うから」

 

 なんでそんなことを言うんだ。

 

「俺が胡桃のためにしてきたことで無駄なことなんて一つもない。これまでも、これからも」

 

 胡桃は驚いたように眼を見開く。

 

「……どうしてひーくんはそう思うの?」

「香苗さんと約束したんだ。胡桃のことを守るって」

「ママと?」

「ああ。家では守ってあげられるけど学校とかでは無理だからって」

 

 胡桃の頭を撫でる。

 

「それに俺達は特に趣味も何もないからな。他に時間を費やすこともない。だから、胡桃のために何かしてあげられているこの時間が俺は大切なんだよ」

「……ありがとう。私もひーくん達と過ごす時間は大切だよ。でも……そういうことじゃないんだ。……ごめん、ちゃんと言えなくて」

「いいさ。別に焦らなくていい。話せるようになった時、話してくれればいい。時間はあるから」

 

 あまり長居しても悪いと思いそれじゃあと部屋をあとにする。

 維織にご飯を作ってあげるために何か食材を買いに行こう。

 そう思いスーパーに足を進めた。



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忘れられないこと

 扉が閉じ、足音が遠ざかっていく。

 

「ふう~」

 

 その途端、緊張の糸が切れ、ベッドにもたれこむ。

 少しの時間でこんなにも身体が疲れていただろうか……。

 

「……時間はある……か。あと、どのくらいあるんだろう」

 

 やっぱり祐子さんの言っていた通り、刻一刻と終わりに近づいているみたいだ。

 カレンダーを見ると二月ももうすぐ終わる。

 来月からひーくんたちは高校三年生になり、受験生になる。

 今よりもずっと忙しくなるだろうから、二人の邪魔にならないようにしなければいけない。

 

「……そういえば二人はどんな大学に行くんだろう」

 

 よく考えるとそんな話は全然しないような気がする。

 確か二人とも文系だったからそれ方面の大学に行くんだろうとは思うけど。

 いーちゃんは頭が良いから国立に行くかもしれない。

 ひーくんは……普通の私学かな?

 

「私がもし行けるなら……絵の勉強ができる所が良いな……」

 

 二人が進学の話をしない理由は大体分かる。

 きっと私の気を使ってくれているのだ。

 確かに二人にしか分からない話をしている時は少しモヤモヤする。

 それが顔に出てしまっているんだろう。

 

「はあ」

 

 ひーくんが来るまで開いていたスケッチブックを手に取り、ペラペラと捲る。

 色々な景色が描かれているが、途中からほとんど同じような風景ばかり。

 病室の中から見える道路を走る車。

 患者さんたちが談笑している広場。

 

「最近、ここから見える景色しか描いてないなあ」

 

 ため息をつき、寝ようとまたベッドに潜り込む。

 眼を閉じる前にそういえばともう一度カレンダーを見る。

 まだ二ヶ月あるがまたあの日がやってくる。

 彼はもう憂鬱気持ちになっているかもしれないと考えるともっと負担にならないようにしなきゃなと思う。

 

「……ちゃんと挨拶に行かなきゃな」

 

 そう思い眼を閉じた。

                   ・

                   ・

                   ・

 自宅に戻る前にもう一度だけ維織の家に寄ることにする。

 そっと部屋に入ると、少し苦しそうな声が聞こえてくる。

 

「維織?」

 

 ベッドに近付き、手を伸すとその手を掴まれる。

 

「維織?どうした――」

「……お母さん……」

「!! えっ?」

 

 ゆっくりと眼が開く。

 少しぼおーっとしているようだがすぐに眼が合う。

 

「……博人。お帰りなさい」

「ただいま。大丈夫か?うなされてたみたいだけど」

 

 近くにある乾いたタオルで額に浮かんでいる汗を拭いてあげる。

 

「ありがとう。……何か夢を見ていた気もするけれど……忘れてしまったわ」

「……そうか。まあ、しんどいときは嫌な夢を見たりもするさ」

 

 温くなってしまっている濡れタオルをキッチンに持って行き、また冷たい水で濡らしてから部屋に戻る。

 

「具合はどうだ?」

「さっきよりもましになってきたわ」

「それは良かった。でもまだ寝とけよ」

「ええ」

 

 また頭に濡れタオルを乗せる。

 

「胡桃はどうだった?」

「元気だとは言ってたよ。顔色も悪くはなかったかな」

「そう。良かったわ」

 

 することも済んだので俺もそろそろお暇することにする。

 

「じゃあ、俺は帰るから」

「ありがとう。手間を掛けさせてしまってごめんなさい」

「いいよ別に」

 

 部屋から出ると「あっ。ちょっと待って」と維織に止められる。

 

「どうした?」

「言い忘れていたと思って。またお墓参りに行かせてもらうわ」

「気が早いな。命日までまだ二ヶ月くらいあるぞ」

「二ヶ月なんてあっという間よ」

「……そうかもな」

 

 流石に毎日考えながら生活をしている訳ではないが、この日が近付いてくると憂鬱な気持ちになってくる。

 

「今年は親戚で集まったりするの?」

「いや、今年は集まらないよ。でも来年は集まるかな。七回忌だし」

「……もう五年も経ったのね」

「……だな」

 

「じゃあ」と言って家を後にする。

 

「五年か……」

 

 そう呟く。

 もうなのかまだなのかも分からなくなってきた。

 でも、分かることはあの日のことを忘れる日は来ないということだ。

 ……あれは雨が降る休日のことだった。



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一本の電話

「じゃあ行ってくるから。なるべく早く帰ってくるよ」

「うん」

「分かりました」

「ごめんね、維織ちゃん。わざわざ来てくれたのにかまってあげられなくて」

「大丈夫です。私が勝手に来ただけですから」

 

 中学校の入学式も終わり、早いことで一ヶ月が経ったある休日に維織が遊びに来た。

 しかし、タイミング悪く俺達は買い物に行くところだったのだが、維織の相手をするため俺は家に居残ることになったのだ。

 すると階段を上ってくる足音がする。

 

「車出せたよ」

「パパ、ありがとう。じゃあ行ってくるね」

「ごめんね、維織ちゃん。博人をよろしく」

「はい」

 

 そう言って二人は買い物に出かけて行った。

 階段を下りる途中で「維織ちゃんは良い子だな」「あんな子がお嫁さんに来てくれたらいいのにね~」という、明らかに聞こえるように話している声も聞こえてきたが……。

 維織が照れを耐える時間がしばらく続き、ようやく落ち着く。

 

「さてと何をしようか。雨も降ってるし外で遊べないからなあ」

「何言ってるの。外で遊んだことなんてないじゃない」

「確かにな。まあ、いつも通りのんびりとするか」

 

 維織も最初からそのつもりだったらしく持ってきた本を開ける。

 三十分ほど無言で本を読んでいたところで維織が口を開く。

 

「そういえば、久しぶりに悠斗さんを見たわね」

「父さんか?まあ基本平日は仕事だからな」

「胡桃なんて会ったこともなんじゃないかしら」

「あ~、そうかもな。胡桃も誘おうかと思ったけど……」

 

 窓の外を見る。

 どんよりとした灰色の空から大粒の雨が大量に降り注いでいる。

 五月になり梅雨入りしたことで雨は毎日のように降っていたが今日が一番降っているかもしれない。

 

「この雨じゃあな」

「雨の中一人で来るのは危ないものね」

「でもまあ会おうと思えばいつでも会えるから。別に今日じゃなくてもいいだろ」

「確かにそうね」

 

 暫くして本を読むのにも飽きてきたので、維織に教えてもらいながら宿題を進めることにする。

 そして、時間が経つこと二時間……。

 

「……遅いな」

「そうね。雨で道が混んでいるのかもしれないわ」

「かもな。まあ、もうすぐ帰って来るか」

 

 そんなことを話してから更に一時間が経った。

 

「……流石に遅すぎるな」

「何かあったのかしら」

「連絡してみようか」

 

 立ち上がり電話を掛けようとした時、タイミングよく電話が鳴る。

 

「おっ、ちょうど良かった。母さん達からかな?」

 

 電話に出る。

 

《駒井さんのお家ですか?》

「えっ?」

 

 聞こえてきたのは聞いたことのない女の人の声がする。

 

「誰ですか?」

《都病院の者です。実は……》

 

 その女の人の話を聞く。

 すると、自分の顔が固まっていくのを感じる。

 維織も俺の異変に気付いたらしく少し心配するような眼差しを向けてくる。

 

「……分かりました。すぐ行きます」

 

 震える手で電話を切り、玄関に走る。

 

「ひ、博人!?どうしたの!?」

 

 維織も慌てて追いかけてくる。

 

「……母さんと父さんが事故に遭ったらしい。だから病院に来いって」

 

 維織の顔色も変わる。

 

「!! じゃあ、早く行かなくちゃ!!私も付いて行くわ!!」

「悪い。頼む」

 

 雨の中傘もささずに病院まで走る。

 病院に着き、受付の人に聞くと俺だけ付いて欲しいと言われた。

 維織も付いて行きたいと懇願していたが叶わなかったようだ。

 看護婦さんに連れられ、ある部屋の前に辿り着ついた。

 

「ここだよ」

 

 扉が開く。

 扉の上に貼ってあるプレートが眼に入る。

 霊安室。

 

「あっ……。あぁ……」

 

 吸い込まれるように足が動き、部屋に一歩踏み出す。

 中には二人の男女が横になっている。

 

「母さん……?父さん……?」

 

 横になっている両親であろう二人に俺は声をかける。

 しかし、何も答えない。

 ゆっくりと近付きぼーっと腕を見つめる。

 白かった肌には赤い無数の斑点が広がっている。

 

「じょ、冗談だろ?母さん。父さん」

 

 信じたくない。

 しかし、はっきりとした現実が襲い掛かってきた。

 動悸がどんどん速くなる。

 

「うわああああぁぁ!!」

 

 ふっと意識が遠くなる。

 連れ添ってくれていた看護婦さんが慌てて駆け寄ってきてくれるのを感じるが、その後どうなったかは覚えていない。



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ずっと一緒に

 皆が泣いている。

 親戚の人達、見たことはないが多分二人の知り合いだったのであろう人達、来てくれた維織と胡桃。

 皆が涙を流し、二人がいなくなったことを嘆き悲しんでいる。

 そんな人達を見ながら思う。

 

『どうして俺は泣いていないんだろう……。どうして涙が出ないんだ』

 

 そんなことを考えながらまた遺影を見つめる。

 母さんと父さんが死んでからもう二日が経った。

 あの日家に帰った俺は、母さんのお姉さんである伯母さんに連絡をした。

 とても驚いた様子だったが伯母さんは俺のことを気遣い、お葬式やお通夜のことは私がするから大丈夫と言ってくれ、それにありがたく頼らせて貰うことにした。

 電話を切りベッドに倒れ込む。

 維織が一緒にいると言ってくれたが断った。

 今は誰かと話す気分にはなれない。

 その代わり胡桃への連絡を頼んでおいた。

 

「静かだな……」

 

 静寂がこの家を支配している。

 

「これからずっとこうなのかな……」

 

 そう言葉にした瞬間、全身を寒気が襲う。

 恐怖、不安、色んな感情が一気に起こる。

 

「うっ……」

 

 布団に潜る。

 今日はもう寝てしまおう。

 このまま起きていても気が滅入って変になりそうだ。

 その日は無理矢理眠りについた。

                   ・

                   ・

                   ・

 葬式も終わり、来てくれた人達もほとんどが帰宅の途に就いた。

 俺はもうしばらくここで二人のそばに居ようと思い、一時間近くが経った。

 ぼーっと棺の近くに座っていると、伯母さんと伯父さんに呼ばれる。

 要件は一つだ。

 

「博人君。本当に一人で暮らすの?私達と一緒に暮らそうよ」

 

 前から何度も言ってくれた言葉。

 しかし、ずっと断られてきたからこれが最後のチャンスだと思ったのだろう。

 でも何度言われようともあの家から離れる気はない。

 

「ありがとうございます。でもあの家から出る気はありません。俺がいなくなったらあの家はどうなるんですか?あの家には思い出がたくさんあるんです。……捨てることなんてできない」

「で、でも一人でなんて……」

「大丈夫ですよ。もう中学生なんですし。それに維織だってずっと一人で生きてきたんだ」

 

 泣いている胡桃を優しく抱きしめている、維織の方を見る。

 

「でもそれは美由紀がいてくれたからじゃない」

「……そんなことありません」

 

 はぁとため息を付く。

 何を言っても無駄だと思ったのだろう。

 

「……分かった。でも何か困ったことがあればすぐに連絡して。ちゃんと頼ってね」

「はい。ありがとうございます。……すいません」

 

 そう言って下げた頭を伯父さんと伯母さんは優しく撫でてくれる。

 

「じゃあ私達は少し用事を済ませるために一旦帰るけど、すぐに戻ってくるから、博人君はもう帰りなさいね。後のことはやっておくから」

「分かりました。ありがとうございます」

 

 そして、出発した車が遠ざかっていくのを見つめる。

 一人で生きることなんて簡単だ。

 近くにそうして生きてきたヤツがいる。

 そうやって生きていけばいい。

 空を見上げる。

 これ以上蓄えきれなくなった雲から雨が零れてくる。

 顔を冷たい雨が打つ。

 

「……また雨か」

 

 悲しいことが起こる場面では雨がよく降っていると昔、何かの本で読んだ気がする。

 悲しい気分を雨として表現しているらしい。

 もちろんあれは本の設定だが、実際にそうなのかもしれない。

 維織の時も今も雨が降っているのだから。

 しかし、雨は傘に弾かれ止む。

 

「……悪いな」

 

 傘を差してくれている維織と胡桃を見る。

 二人とも涙を溜め、目の下は擦ったようで赤くなっている。

 

「今日は来てくれてありがとう。きっと二人も――」

「どうして……ひーくんは泣いてないの?」

 

 言葉が途切れる。

 

「みんな泣いてるのに、ひーくんだけずっと苦しそうな顔をしながらずっと……二人の遺影を見てた」

 

 胡桃の眼から涙が溢れる。

 ずっと言わなかった気持ちを漏らす。

 

「……怖いんだよ」

 

 そう、怖いんだ。

 泣くことがじゃない。

 

「二人がいないってことを認めるのが怖いんだ。俺はこれからずっと一人なんだと考えるのが怖い。……維織なら分かるだろ」

「……ええ、分かるわよ。一人になる恐怖、これからずっと一人で生きていかないといけないのかという不安。それが怖くてあの日私は、あなたのところへ行った。あなたと言う存在に縋りに行ったの」

 

 維織の顔を見る。

 

「でも、その時あなたは言ってくれたわ。維織は一人じゃない。俺がいる。周りの色んな人がいなくなっても俺だけはずっと一緒に居るって。嬉しかった」

 

 維織は俺の手を取り、ニコリと微笑む。

 

「だから私も同じことを言うわ。博人は一人じゃない。あなたのそばには私も胡桃もいる。ずっと一緒に居るわ。約束よ」

「うん。私達はずっと一緒に居るよ。ひーくんが嫌だって言うまでずっと一緒に居るから!!」

 

 二人の言葉が身体に染みていくのを感じる。

 

「……言う訳ないだろそんなこと」

 

 それと同時に眼から涙が溢れてくる。

 それを見た維織と胡桃の眼からも涙が零れ、俺達三人は抱き合いながら泣きじゃくった。

                   ・

                   ・

                   ・

「雨上がったかな」

 

 鼻をすすりながら空を見上げる。

 

「そうね」

「太陽も見えるよ」

 

 二人も眼を擦りながら上を見る。

 雲の隙間から太陽も覗いている。

 

「はあ、なんだかすっきりしたな」

 

 そう言って二人に笑いかける。

 

「帰ろうか、二人とも」

 

 二人の顔も明るくなる。

 

「うん!!」

「ええ」

 

 駅に向かって

 

「そうだ。維織、胡桃」

 

 そう言って手招きする。

 そして不思議そうな顔をしながら近付いてきた二人を優しく抱きしめる。

 

「ありがとな。大好きだよ、二人共」

 

 照れながら笑う二人をもう一回ぎゅっと抱きしめた。



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遠くない未来

「駒井」

「はい」

 

 教壇の前に行き、先生から紙を受け取る。

 

「もう少し頑張れよ」

「……分かりました」

「次、白瀬」

 

 呼ばれた維織とすれ違い自分の席に着く。

 そして、今もらった模試の結果を見てため息をついた。

                   ・

                   ・

                   ・

「参ったな……」

 

 維織の部屋で寝転びながらさっき返してもらった模試の結果を眺める。

 

「結果、良くなかったの?」

「まあ、良くはなかったな」

 

 覗き込んでくる胡桃に紙を渡す。

 すると、飲み物を取りに行ってくれていた維織が戻ってくる。

 

「床に寝転ばないでちゃんと座りなさい。行儀悪いわ。あと汚れるわよ」

 

 お盆をを机の上に置きながら言う。

 

「俺の部屋よりましだと思うけどな」

 

 そう言って勢いよく起き上がる。

 

「部屋はきちんと掃除しなさいよ。また行きましょうか?」

「大丈夫、大丈夫」

 

 時々維織が家に来て掃除をしてくれる時がある。

 「別に大丈夫だぞ」と言っているのに「掃除は好きだから」と世話を焼いてくれるのだ。

 

「全然いい点数だと思うけどなあ」

 

 胡桃が俺に紙を返しながら言う。

 

「何の話?」

「模試の点数が悪かったって言ってるけど、凄くいい点数だから」

 

 維織もチラリと見る。

 

「まあそうね。別に悪い点数ではないと思う……あら?第一志望の大学って私と同じ」

「えっ?そうなの?」

 

 「ばれちゃったな」と頭を掻く。

 別に隠していたつもりは無いが、普段進路の話なんてしないし、同じと言うのは少し気恥しくて言っていなかった。

 維織のは前から知っていたのだが。

 

「ここって難しいの?」

「そうね。まあ一応国立の難しい大学よ」

「とは言っても維織なら余裕だろ?」

「余裕と言うわけではないけど。でもどうしてここなの?」

「高校だって奨学金貰って行ってるわけだし、元々私立は無理だから。国立にするならやっぱり維織と同じ大学が良いかなって。まあ身の程知らずなのは分かってるけどな」

 

 頬を掻く。

 維織の驚いたような顔を見ると更に恥ずかしくなってくる。

 

「そ、そんなに驚くか?」

「あなたがそんなこと言うなんて……少し意外だわ」

「そうか?やっぱり小、中、高と普段もずっと一緒じゃないか。だからやっぱり一緒の方が落ち着くかなって」

「そ、そう……。まあ、私もその方が嬉しいけれど」

 

 変な空気が流れる。

 

『……この空気になると絶対に胡桃がむくれるからなあ』

 

 そう思いチラッと見ると、胡桃は微笑ましそうに笑っている。

 その反応が意外でまじまじと見つめてしまう。

 

「ど、どうしたの?何かついてる?」

「い、いや、なんでもない。……なんかいつもと違うな」

「そう?やっぱりひーくんといーちゃんは仲良しだなって思って」

 

 胡桃は笑う。

 

「どこの学部なの?」

「俺は文学部。特にやりたいこともないし、この大学では一番偏差値が低いから。それでも五分五分なんだけどな」

「ひーくんってまだ将来の夢とか決めてないの?」

「えっ?」

「だって昔言ってたじゃん。まだ将来の夢決まってないって」

「い、言ってたっけ?」

 

 全然覚えていない。

 本当にそんなこと言ったか?

 

「言ってたよ。小学校の修学旅行のバスの中で」

「そんな前のことよく覚えてるな……」

「よく分からないけど昔のことは凄く覚えてるんだよね。多分、ひーくんといーちゃんより二年分記憶が少ないからかな」

「単純に胡桃の覚えが良いだけよ」

「そうだな。まあ、俺の夢はまだ決まってないよ。だから大学で頑張って探すさ」

 

 話を変える。

 

「ところで維織はどこの学部なんだ?」

「私は……医学部よ」

「医学部?」

 

 意外だ。

 てっきり維織も俺と同じような学部に進むと思っていた。

 確かにあの大学は医学部で有名な所だが。

 

「そんな話は初めて聞いたな」

「言ってないもの」

「……どうして?」

「私は医学部に入って、将来は医療系の仕事に就くわ。そして胡桃の病気を治す。これが私の目標よ」

「いーちゃん……」

「治らない病気なんてきっとないわ。治し方が分からないなら見つけるまでよ」

「すごいな。維織ならきっとなれるよ」

「当たり前よ。私だもの」

 

 そう得意気に言う。

 しかし胡桃は急に大きな声を出す。

 前の病室と同じだ。

 

「どうして!?前に言ったよね。私のことじゃなくてもっと自分のことを考えてって!!」

 

 はあはあと肩が上下する。

 胡桃の剣幕に俺は圧倒され言葉が出ない。

 しかし、維織はの頭を優しくなでる。

 

「無理よ。私はこういう性格だから。自分のことなんてどうでもいいんだもの」

 

 維織はやっぱり維織だ。

 自分のためじゃなく誰かのために動く。

 いや、誰かじゃなくて俺と胡桃を中心として行動を考える。

 たとえそれが膨大な時間を費やすことだと分かっていても、それを無駄だとは思わない。

 俺も同じだと祐子さんや先生に言われるが、維織に比べて俺には勇気も実力もない。

 本当にすごいと思う。

 

「私は胡桃と博人とずっと一緒に居たいから。その為だったらなんでもするわ。きっとあなたのことを救ってみせる」

 

 優しく微笑みかける。

 

「そんな……駄目だよ。大切ないーちゃんの時間を私のためなんかに使うなんて。……無駄になっちゃうよ」

 

 前にも言っていた、無駄になるという言葉。

 胡桃はどうしてそんなことを言うんだろう。

 すると胡桃は少し苦しそうに胸を押える。

 

「大丈夫か!?維織、救急車を――」

「大丈夫だよ。時々あることだから。薬飲んだらましになるから」

 

 そう言って鞄に入れていた沢山の錠剤を取り出し、飲む。

 

「ごめんね。私少し横になってくる」

「だ、大丈夫?」

「うん、平気だから。二人で話してて」

 

 そう言って胡桃は部屋を出ていく。

 見送るながらふと気づく。

 

「胡桃、少しやつれたんじゃないか?」

「そうね。前に倒れて以来少しずつだけど」

「そうか……」

 

 ずっと胡桃を蝕み続けているもの。

 それはいつの日か胡桃の命までも喰い尽くしてしまうのだろう。

 いつその日が来るのかは分からない。

 でも、もしかしたらそんな遠い未来ではなくなっているんじゃないか。

 そんなことを思ってしまった。



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