やはり俺の受けた祝福はまちがっている ( サキラ)
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第一章
このアンデッドもどきに祝福を!


 

「ようこそ、死後の世界へ。比企谷八幡さん、残念ながらあなたは死んでしまいました」

 

 

は?

 

唐突に朝起きたような感覚に襲われて目を開けると、俺の前には青い髪の美しい女性が立っていた。

無論、初対面だ。さすがに青い髪した女とかいくら俺がぼっちでも覚えている自信はある。

……ん?ぼっち?俺ってぼっちなの?どうも記憶がはっきりしない。

 

 

「どうやら混乱されてるようですね。無理もありません。日本でのあなたの人生は幕を閉じてしまったのですから」

 

 

青い髪の女が心中お察しします、と言わんばかりに俺に告げ、右手を俺にかざす。

すると途端に、俺が死ぬまでの過程というか、それまでの俺の人生すべてが走馬灯のように脳裏に流れ、正直思い出したくない記憶まで鮮明に思い出させてくれた。

 

 

「……にしてもまさか過労死とはなぁ」

 

 

自分の死因に思わず声が漏れてしまう。

まさかクリスマスイベントの企画で死んでしまうとは思わなかった。

こうなるくらいなら最初から雪ノ下と由比ヶ浜に頼んどくんだったな……。

おお……八幡よ。こんな理由で死んでしまうとは情けない。

 

 

「私もこの仕事長いけど、その歳で過労死なんて半世紀ぶりくらいよ?苦労したのね?」

 

 

いや、なんつうかアレは俺の下らない意地の末路なんで、恥ずかしいから言わないでもらいたい。

 

 

「えっと、それであんたは?」

 

「あら言ってなかったかしら?んんっ、私はアクア。若くして死んだ者の魂の導きを行う女神です。比企谷八幡さん、あなたにはいくつかの選択肢があります」

 

 

俺が尋ねると、口調を素っぽいものから丁寧なものに変えてそう名乗った。

なるほど、女神アクアってのか。聞いたことねえな。

 

 

「選択肢っていうとアレか?天国か地獄かっていうよく聞くアレか?」

 

「いやいや、そんなファイナルジャッジメントなものじゃないわよ。まぁ確かにあなたの目は地獄の住人してた方が違和感ないけど」

 

「おいこら。さっきから素が出てるぞ女神」

 

「あなただって女神たる私に敬語使わないからいいじゃない」

 

 

そう言われると反論できない。

まぁいいか、俺としても変に敬語とか使う必要のない分こっちの方が接しやすいし。

 

 

「で、天国か地獄かじゃないなら選択肢って何だ?」

 

「そうそう!忘れてたわ!一つ目が記憶を消して日本で赤ん坊として生まれて一から人生をやり直すこと。メリットとしては、アンデッドさながらのその目とも、別の顔になるから綺麗さっぱりお別れできるわ!」

 

「却下に決まってんだろうが。喧嘩売ってんのか」

 

 

そもそも俺の自我が無くなる時点で論外だろ。あと俺は自分の顔のことをコンプレックスになんか思ってない。むしろ目が腐ってること以外は割と整っている方だと思う。

 

 

「えー私としては一番お勧めなんですけど。あなたホント目がアンデッドそっくりなのよ?私思わず出会い頭に浄化魔法叩き込んじゃったんですけど」

 

「ちょっと?なに物騒なことやってんの?」

 

 

しれっと恐ろしいことカミングアウトしたよねこの神サマ。

咄嗟にペタペタと自分の体に欠けてるところがないか確認する。

というか死んでる身で体の心配というものもおかしい話だが。

 

 

「だ、大丈夫よ!浄化魔法は悪魔やアンデッドにしか効かないから!」

 

 

えっと、なんで俺は死んだ上に神サマにまで罵倒されてるのん?

さすがに生前言われてきた悪口にもそんなレパートリーはなかった……はず?

 

 

「……本当に人間には効果ないんだよな?もしかして記憶がとびかけてたのはそのせいじゃないよな?」

 

「……じゃあ次の選択肢を言いますね。八幡さん」

 

「ちょっと?アクア様?」

 

 

固まった後に、女神口調で話し出したアクアに俺も敬虔な信徒のような口調で口を挟む。

二人だけしかいない空間は当事者同士が押し黙ったことにより、当然のように沈黙が生まれた。

 

 

「仕方ないじゃない!うっちゃったんだから!いい!?悪魔やアンデッドは神が決めた理に反する虫けら以下の不燃ごみなの!!視界に入れたら即滅ぼさなきゃならないの!勘違いした私は悪くないわ!!」

 

 

なんつう言い分なんだ。

というか俺は虫ケラ以下の不燃ごみと勘違いされたってわけかよ。

 

 

「勘違いで滅ぼされかけたのなら、もはや記憶の混乱程度で済んで良かったとさえ思えるな」

 

「でしょう!?」

 

「でしょう!?じゃねえよ。頭わいてんのか」

 

「うぐぐぐぅぅぅ……!ゾンビモドキの癖にっ……ニッポンゾンビモドキの癖にっ……!!」

 

「おい、やめろ。人に変な学名つけんな」

 

 

しまいにはぐずり出してしまったアクア。

いま俺の中で神という存在の株価が暴落してる。なんなんだこいつは……。

 

 

「ったく、それで二つ目の選択肢はなんなんだよ?」

 

「……天国に行く」

 

 

こちらを向かない体育座りの背中からぼそっと拗ねた声が聞こえてくる。

一応、あるにはあるんだな天国。

でも実際天国がどんな所かなんて全然想像つかない。

アレだっけ?悟空が修行しに行ったとこだっけ?えっでもセル編であそこのおっさん死んだし……あれ?

 

 

「……天国って何があんの?」

 

「なにもないわよ」

 

「詳しく説明聞いても?」

 

「……」

 

 

……これはアレだな。拗ねて説明する気がないってやつだな。

子どもかコイツは。

 

 

「おい聞こえてんだろ?天国のことについて教えてくれよ」

 

「……謝って」

 

 

……なんですって?

 

 

「日本担当のエリートな私に酷いこと言ったの謝って!ほら早く謝って!!」

 

 

この女、ヒステリー起こしやがった!!

 

どこから取り出したのか、アクアはビー玉やら茶碗や指人形などの何に使うか分からないガラクタをこちらに投げつけてくる。

 

 

「はぁ、悪かった。俺が悪かったからもの投げんな。サクッと教えてくれませんか女神様」

 

 

もはやまともに取り合うのが面倒臭いので、ガラクタを躱しながら形だけでも頭を下げアクアに説明を促す。

 

 

「ようやく反省したようね!えっとそれでね、天国っていうのは本当に何も無いところなの!日がな一日ゴロゴロするしかない所なの!」

 

「ならそれで」

 

「えぇっ!?」

 

 

いや、何で驚いてんだよ。一日ゴロゴロ。素晴らしいじゃないか

 

 

「あのね?一日ゴロゴロ出来ると言ってもそんな素晴らしいものじゃないの。天国にはゲームやマンガ、ネットとかなんにも無いからハッキリ言って暇よ?日向ぼっこしながらモゴモゴ何言ってるか分かんないお爺ちゃん達と世間話するくらいしかする事がないわ」

 

 

おいおい、なんだよそれ……地獄より地獄じゃねえか。

 

 

「……つっても赤ん坊からやり直すなんてしたくないぞ?そうなるくらいなら天国で引きこもっとくまである」

 

 

「でしょう!?でしょう!?でも安心して!選択肢はもう一つあるから!」

 

 

本格的なヒッキーになる覚悟を決めた俺に、アクアがニコニコと笑顔を向けてくる。

この笑顔は新聞の勧誘やテレビショッピングの人の向ける笑顔と同種のものだ。

なんだかすごく嫌な予感がする。

 

 

「三つ目の選択肢はね?実は今ある世界がまずい事になってるから、そこの世界に転生して貰いたいのよ」

 

「断るに決まってんだろうが」

 

 

なんでまずい事になってる世界に好き好んで行かなきゃならないんだよ。

それくらいなら平和な日本に赤ん坊として生まれた方がマシだ。

 

 

「まぁまぁそう言わずに話をもうちょっと聞いて?その世界には魔王軍がいて人間が随分と減っちゃってるの。魔王軍を恐れてその世界で死んじゃった人は、その世界に生まれ変わりたがらないし。だからこの際、別の世界で死んじゃった若者を送り込んでしまおうってね」

 

「それ行ったはいいけど、また死んだら意味ねぇだろ」

 

「その通り。でね?だから転生者にはなんでも一つ特典を付けてあげることにしたの。強力なスキルだったり、神器級の装備だったり、身体能力の異常な強化だったりね?どう悪くない話でしょ?」

 

 

いわゆるチート能力か。

チート使って俺TUEEEEは男の子の憧れだしな。

材木座あたりは喜んで飛びつきそうな話だが、生憎と俺はそこまで真っ正直じゃない。

旨い話には裏がある。

中学の頃、当時好きだった女子の委員会の仕事を代わってやって遅くなった帰り道。その娘が不良と二ケツして遊び回ってたのを見てから、俺はいくらメリットを積まれてもデメリットを優先的に考えるようになった。

 

 

「ひとつ聞くけど、そのチート持ちの連中は結構送り出してるのか?」

 

「うん。割とこのプランは人気でね。こないだも1人イケメンを送り出したわ」

 

 

……オッケー、決めたわ。

 

 

「そんならやっぱ天国で」

 

「そうやっぱりチート能力にするわよね!それじゃあこのカタログから……なんですって?」

 

「天国でいいつったんだよ。正直見知らぬ世界に行ってまで危険冒したくないし」

 

 

女神は今まで結構な数のチート能力持ちの転生者を送り出してると言った。

つまりそこまでしても異世界の魔王軍とやらは滅ぼせず強力なのだ。

そんな世界に行くくらいなら天国でヒッキーしとく方がいいだろう。

 

 

「ちょっ……ちょっと待って、いいの?天国には本当に何も無いしエッチな事も出来ないのよ?」

 

 

うっ、うぐ……でもやっぱり自分の命には変えられないじゃん?

うんうん。大丈夫、揺らいでなんかない。これっぽっちも揺らいでないから!

 

 

「それか何か前の世界に心残りは無いの?魔王を倒すとなんでも一つ願いが叶えられるのよ!?」

 

 

心残り……。

心残りか。……そう言えばアイツらは俺が死んだ後、どうなっているのだろうか?

死んだのは俺の手前勝手な意地だし、今更蘇らせてくれなんて都合のいい事は言えないが……。

せめて、アイツらが責任も何も感じずに……。

俺の事は忘れてくれれば俺は……。

 

 

「はぁ……。分かったよ、やってやる」

 

「お願いっ!お願いよっ!いま年末でこのままじゃ自己ノルマに満たないの!査定に引っかかっちゃって昇給なくなっちゃうの!……え?今なんて?」

 

 

もはや女神の言葉というより、営業職の嘆きとしか思えない残念な事を口走ってたアクアの動きがピタッと止まる。

 

 

「異世界に行ってやるよ」

 

「ほんとに!?行ってくれるの!?あなた意外といい人ね!」

 

「そんなんじゃねえよ。魔王討伐したら女神様が願い事かなえてくれんだろ?それ目的だ」

 

「あっ、ふーん。私知ってるわよ。捻デレってやつね!」

 

「おい待て。どこにデレがあったんだよ。言っとくがお前の査定とか知ったこっちゃないからな?」

 

 

というかなんで小町の言ってた謎属性が出てくるかが気になる。

もしかして小町は天界レベルの発想力とか。

やだ。俺の妹容姿だけじゃなく発想まで天使じゃん!もはや天使そのものである。

 

 

「はいはい、そういうことにしとくから。ほら、この中から何か一つ選んでね?」

 

 

微妙に腹立つ言い方しながらカタログを手渡してくる女神。

 

【ゼロから始める異世界生活~冬の大ボーナススペシャル!~】

 

……なんだこの妙に既視感のあるタイトルは。そして表紙を見ただけで小町がよく読んでいた雑誌をどこか彷彿とさせてくる。偏差値低そうだなぁ……。

いろいろ不安を感じながらも、とりあえずざっと目を通していく。

おぉ……どこかで聞いたような聖剣、魔眼、チート能力のオンパレードだなこりゃ。

 

 

「なぁどういうのが人気なんだ?」

 

「うーん……一番人気はやっぱり装備系かしら。特典の装備はその人だけにしか効果ない物が多いし。そういえばこないだのイケメンも魔剣を持って行ってたわね」

 

 

となると武器系は駄目だな。

雑魚無双は出来るだろうけど魔王軍相手には使えないんだろう。それに失った時の代償がデカすぎる。

となると後はチートな固有スキルか。

と言ってもこちらも正直微妙だな。魔眼とか目潰し受けりゃ終わりだし、使えなくなった局面で詰んでしまう。

 

……いっそのこと生存能力に特化した物の方がいいのかもしれない。

 

 

「なんか生存率上がる特典とかないのかよ?」

 

「どういうこと?盾とか鎧とかあるじゃない?」

 

「あるけどお前これ、全部似たようなのばっかじゃねえか。最高の防御力持ったもん多すぎだろ」

 

 

ありとあらゆる物をはじく盾とかまである。もはやさっきのどんなものでも切り裂ける魔剣と競わせたいくらいだ。

 

 

「となると後は回復系統とかになるわね……。あっ!そうそう!女神の祝福なんてどうかしら!?」

 

 

ちょっ!近い近い!!

 

ずずいっと身を乗り出して薦めてきたアクアに思わず後ずさる。

なんか目の色がおかしい気もするが、とりあえず話だけでも聞いておこう。

 

 

「女神の祝福っていうのはね!?ありとあらゆる回復魔法、蘇生、浄化魔法を扱えるようになる特典なの!レア職業のアークプリーストにもなれるからオススメよ!!」

 

 

なんだそれ。結構よさそうじゃないか。

回復役というのは重宝されるだろうし。

 

 

「デメリットとしては?」

 

「失礼ね!女神からの祝福なのよ!デメリットなんてあるわけないじゃない!手先も器用になって芸達者にもなれるようになるんだから!」

 

 

ぷんすかと怒り出す目の前の女神。

芸達者っていうのはよく分からないが、この様子だと嘘は言っていないのだろう。

 

 

「よし、決めた。ならその女神の祝福ってのを頼む」

 

「分かったわ!あなた見た目に反して信心深いようだから、とびっきり強力な本気の祝福をかけてあげる!!」

 

 

大喜びしながらアクアが立ち上がると、俺の周りに神々しい水色の魔方陣が幾重にも浮かび上がった。

 

 

「汝、敬虔なるアクシズ教徒よ。あなたのこれからの活躍と輝かしい未来を願って―――」

 

 

浮かび上がった魔方陣が美しく輝きだす。

目が眩むほどの光の中でその声は高らかにそう告げた。

 

 

「祝福を!!」

 

 




という訳でプロローグです。
最初に言っときます。八幡のチート能力は劣化アクアです。
チート能力と言えど八幡は人間ですしアクアからの祝福なんで本家本元の女神には到底及びません。
そしてタグにはカズマとアクアがいます。後は分かるな?


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この転生者に洗礼を!

お気に入り登録、感想などなどありがとうございます。今後の糧にしていくつもりです


 

まばゆい光が収まり周囲を見渡すと、そこには中世風の街並みが広がっていた。

 

 

「おお……!ほんとだ。ほんとに異世界だ」

 

 

思わず声が漏れる。日本に住んでアスファルトの道と鉄筋コンクリートに慣れた身からすると、この光景は感動ものだ。

 

しばらく周囲を散策する。

 

道端では無邪気に子どもたちが遊び、大通りでは商売人達の威勢のいい声が上がり、車ではなく馬車が行き交っている。

 

恐らくここはゲームで言うところの始まりの町的な所だろう。

始まりの町は割と寂れてる印象があったのだが、そういう訳でもないらしい。

とても魔王軍が攻めてきていて世界の危機になってる風には見えない。

 

まぁ、なんにせよまずは当面の拠点を見つける事からだ。

始まりの町だ。駆け出し冒険者用の安い宿の一つや二つ……。

 

そこまで考えてピタッと動きを止め、おもむろにポケットの中を確認する。

……上着ポケット、空。

……ズボンポケット、空。

 

…………俺、一文無しじゃん。

 

 

それどころか現在俺は住居不定、身元不明の完全不審者である。

今は夕方。これは夜になる前になんとか最低限の寝床と身分証みたいなものを作らないと、今夜の寝床がブタ箱になるなんて笑えないことも起きかねない。

 

これはまずい。

 

周囲を見回し何とかできないかと考えていると、唐突に後ろから肩を叩かれる。

恐る恐る振り返ると、そこにはガタイのいい憲兵の様な格好のお兄さん2人が立っていた。

 

 

「もしもしそこの君、少しいいかな?よければ身分証になるようなものを提示してもらえると助かるんだけど」

 

 

……。

 

拝啓、小町ちゃん。お兄ちゃんは初めての異世界で無事、今夜の寝床を見つけることが出来たようです。

 

 

▼▼▼

 

 

「じゃあ君は冒険者になりに今日この町にやってきた、ということで間違いないんだね?」

 

「はい……。今日来たばっかりで一文無しなんです」

 

 

俺が答えると警官はチラリと小さいベルのようなものに目を向ける。

シンと静まった屋内にふう、と一息つくような溜息が漏れた。

 

 

「しかしチバって地名は聞いたことがないな?」

 

「おそらく遠い辺境の村かなにかだろう」

 

 

おい。それはグンマーだ。千葉は実の兄妹で恋愛できる未来都市だぞ?

千葉県民として口を挟んでやりたくなったが、下手に言葉を発して妙な疑いをかけられたくない。

 

俺は現在、異世界の留置所で二人の警官から事情聴取を受けていた。

 

身元不明の不審者の言うことがなぜにすんなり受け入れられてるかというと、この世界には超高性能な嘘を見破る魔道具があるらしく、それにより俺の言い分が少なくとも嘘ではないと証明されているからだろう。

 

なんとか疑惑を晴らしてくれた異世界の謎技術に感謝なのだが、正直こんなことで異世界らしさを体感したくなかった……。

 

 

「いや疑って悪かったよ。ゾンビのような目をした男が徘徊してるという通報を受けたのでね?」

 

「まあともかく、今日は遅いから泊まっていきなさい。それで明日冒険者ギルドに行くといい。そこで冒険者登録をしたら、それが君の身分証になるから」

 

「はい。いろいろお手間をかけさせて申し訳ありませんでした……」

 

 

ファンタジー系の世界のようだしゾンビも当然のようにいるんだろう。

そんな世界の人間にもゾンビ扱いされてるのか俺は……。

 

少し悲しい気持ちになりながら奥の部屋に案内されると、そこには小さくはあるがベッドが置かれていた。

 

警察署内とはいえ鉄格子がついていないだけだいぶマシだろう。

異世界に来ての初イベントが取調べだったのは悲しいが、冒険者ギルドの場所を知ることができ、なりゆきとはいえ心配だった今日の寝床まで手に入れたのだ。

この世界の法律は全く知らないが、取調べを受けて署内で一泊するだけで前科者扱いにはされないだろうと信じたい。

 

とりあえず明日こそは冒険者ギルドに行って身分証の確保と拠点を見つけなくては。

この世界に来て数時間しか経っていないのに既に心が折れそうなのだが、頼れる人、甘えられる環境がないぶん必死に生きていかねばならない。

 

どうか冒険に出る前に野垂れ死ぬなんて事になりませんように。

 

とりあえず、いるとだけ分かった神に祈り俺は眠りについた。

 

 




文字数って難しいですね。
自分の中の区切りで書こうとしたら足りなかったです。
もうちょっと文字数増やしたいですね。


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やはり比企谷八幡はぼっちである

閲覧、お気に入り登録ありがとうございます。
ゆったりと進めて行きます


 

 

「ここがギルドだよな?」

 

 

警察署でもらった地図と目の前の施設を何度も見返す。

 

ここで間違いないはずなのだが、ここから俺の冒険者ライフが始まると考えると妙に気恥ずかしいというか……間違えてたらどうしようって気にもなる。

 

 

意を決して中に入ると、そこには鎧を着こみ剣を背負ってる人や、逆に身軽な服装で腰にナイフを差した人、魔法使いのような大きな杖を持った人がそこそこ見受けられ、食事なり世間話なりをしていた。

 

なんというかまさにザ・冒険者ギルドといった感じだ。

 

 

「いらっしゃいませ。お食事でしたら席にお仕事案内を希望されるのでしたらカウンターへどうぞ」

 

「あ、えっと……冒険者登録ってのをしたいんですけど」

 

 

愛想よく声をかけてくれたギルド職員のお姉さんに若干緊張しながら答える。

 

 

「それなら奥のカウンタ―ですね。こちらへどうぞ」

 

 

お姉さんに案内されるがまま大人しくついていく。

それにしてもそこかしこから視線を感じる。やっぱ新参者は目立っちゃうのね。

ふぇぇ……視線が痛いよぅ。

 

 

「えー、冒険者登録には手数料が千エリスほど発生しますがよろしいでしょうか?」

 

 

……今、なんと?

 

 

「えっと、田舎から出てきたばかりで一文無しなんです。……なんとかツケとかにできませんかね?」

 

 

「すいません。特例を許すわけには……」

 

 

ですよね、ははは……。

 

乾いた笑いがこぼれると職員のお姉さんも困ったような笑みを返してくれた。

 

 

「何か日当の出る仕事とかは……」

 

「すいません。規定により冒険者カードの発行されてない方にはお仕事紹介が出来ないんですよ」

 

 

……これ詰んでね?

 

 

「……えーと、街へ出られたらどうでしょう?もしかしたらなにかお手伝いのような事で稼げるかもしれませんが」

 

 

現状それにすがるしかないよな……。

見ず知らずの男に金を貸してくれる人間がいるとも思えんし。

 

 

お姉さんに礼を言いギルドを後にする。

 

 

それにしても、当面の問題を解決しようとしたら、さらに問題が深刻化するとは思わなかった。

お先真っ暗じゃないか。これは2日連続で警察のお世話になっちゃうかもだぞ。

 

 

「とりあえずなんとか金を工面しないとな」

 

 

とは言うものの、やれる事など思い浮かばないのだが。

都合よく困っている人など現れるはずもないし、変に徘徊でもすると通報される。

いっそ大道芸みたいな事でも出来りゃおひねりとかも期待できたのだろうが、そんな無駄スキルを身に着けてる訳もないしな。

 

溜息をついてダメもとで指をパチンと鳴らす。

するとカコンと頭に軽い衝撃が走った。

 

 

「痛っ!……なんだこれ?」

 

 

目の前には安っぽい茶碗が転がっていた。

たぶんこれが俺の頭に当たったのだろう。

 

 

……試しにもう一度指を鳴らしてみる。

 

 

すると今度は茶碗の中に指人形が転がった。

 

 

「おお……マジで出てきたぞ。これってあの女神が持ってたもんだよな?」

 

 

そういえば転生する時にアクアの投げたガラクタがそこら中に転がっていたのだった。

おそらくそのガラクタも一緒に送られてきて、女神の祝福の芸達者になれる性能にあいまって出て来たんだろう。

 

今度は手を叩いてみると、思惑通り茶碗と指人形は目の前から消えてくれた。

 

 

イケる!

 

 

こんなもの冒険の役に立つかどうかは不明だが、最終手段で大道芸まがいのことを行いお金を稼げる。

後は俺が恥とプライドを投げ捨てればいいだけなのだが……。

 

正直ぼっちにそれはハードルが高い。

 

 

「ほら、あの目絶対アンデッドだよ!」

 

「え、でも今昼間ですし……」

 

 

背に腹は代えられないのでやってみるかどうかを悩んでいたら、なにやら前方から失礼な会話が耳に入ってきた。

言ってろ、言ってろ。今はそんなのいちいち構ってられない。

アレだ。修学旅行前のクラスの雰囲気みたいなのと思えばなんてことない。

 

あん時は戸部るが超流行ってたなぁ……

 

 

「それなら尚更アンデッドは弱ってるじゃん!いいから、とりあえず浄化魔法うってみて!」

 

「えーと、わかりました。ターンアンデッド!」

 

 

えっ!?ちょっ!待っ……!!

 

反論する間もなく、俺の周りに魔方陣が浮き上がり眩い光に包まれる。

 

まじか、こいつら初対面の人間に魔法うってきやがったぞ!

 

 

「えっ!?効いてない!」

 

「そんな!?私、見ず知らずの人に魔法うちこんじゃいましたよ!」

 

「いや、効いてるからね?少なくとも心は深く傷ついた」

 

 

俺の一言に通り魔二人が固まる。

 

 

「「どうもすみませんでした!!」」

 

 

そして仲良く頭を下げてきた。

まぁ素直に謝ってきたぶん根は悪い人たちじゃないかもしれない。

 

俺に浄化魔法を打ち込んできた彼女は見たところ聖職者のような恰好をしているので、恐らくプリーストか何かなんだろう。

もう一人の方はなんというか身軽な少年のような恰好で銀髪と幼さが残るような顔の……

 

 

「戸塚ぁ!!」

 

「え!?うぇぇ!?」

 

 

そう戸塚だった!

まさしく戸塚だった!え?なんでここに戸塚がいるの!?まあいいや今日から神信じちゃう!!

これが祝福と言わずなんと言えようか!!

ようやくあの女神からの祝福に感謝するイベントが起きた!

 

 

「ちょっと落ち着いて!あたしはそのトツカって人と違うから!」

 

「……マジ?」

 

 

戸塚似の人をよくよく見れば、その頬に小さな刀傷が付いており瞳の色も違っていた。

 

本当だ……。戸塚じゃない……。この世界はどこまでも残酷だ……。

 

 

「あははは。よっぽどそっくりだったんだろうねー。それでそろそろ手を放してくれると嬉しいんだけど」

 

 

視線を下に向けると、どうやら気づかぬうちにしっかりと手を握っていたらしい。

冷や汗が背中を伝っていく。

 

 

「マジですみませんでした」

 

 

慌てて手を放し今度は俺の方が深々と頭を下げるハメになった。

 

 

▼▼▼

 

 

「えーと、とりあえずあたしはクリス。職業は盗賊だよ。そしてこっちの娘はこの町のエリス教会のプリーストの娘だね」

 

「どうも。あの先ほどは本当にすみませんでした」

 

 

クリスから紹介されてもう一人の少女がぺこりと頭を下げる。

 

「あーいや、俺も見苦しいところ見せちまったし互いに忘れる方向で行ってもらえると助かるんだが……」

 

「あははは……そう言ってもらえると助かるよ。けしかけたのはあたしなんだし。お仕事中連れ出してごめんね?後はあたしがなんとかしとくから」

 

 

クリスがそう言うと、エリス教のプリーストはもう一度こちらに頭を下げそのまま町の奥へと姿を消した。

 

 

「さてと。ところでキミどこの誰なんだい?珍しい恰好してるしここらじゃ見かけない顔だけど」

 

「あー……ハチマンだ。冒険者になりにこの町に来たばっかりでな」

 

「ハチマン?変わった名前だね?あ!もしかしてキミ、近縁者に紅魔族とかいない?それだったらなんか色々納得だけど」

 

「悪い。よく分からねえや。俺かなり遠くの国からやってきたから」

 

 

とりあえず分からないことがあれば遠くの国から来たのだと答えとく。

これで多少世間知らずな事を言っても問題ないだろう。

 

 

「ふーん、そうなんだ。それじゃあ早速、冒険者登録しにいかないの?ギルドはすぐそこだよ?」

 

「いや、さっき行ったけど手数料取られるとは思わなくてだな……」

 

「あっ。キミ文無しなんだ」

 

 

うぐっ!痛いことを容赦なく言ってくれる。

まあ実際その通りなんだけど……。

 

 

「それじゃあ、あたしが登録料くらい出そっか?」

 

「断る。俺は養われるのはいいが施しは受けない主義だ」

 

「うわっ。文無しの癖にプライドだけはいっちょまえだ……」

 

 

割とあっけらかんと心に刺さること言われてしまったが、たとえ異世界だろうと俺の信条は曲げられない。

 

 

「それじゃさっきの間違えて魔法打っちゃったお詫びってことで。これならどう?」

 

「……それなら、まぁお言葉に甘えて」

 

「ねえ、キミって捻くれてるってよく言われない?」

 

「うるせえ。ほっとけ」

 

俺の反応を楽しむように、にんまりと笑みを浮かべるクリスを置いてさっさとギルドに足を運ぶ。

 

なんにせよ、ようやくこれで俺も冒険者デビューだ。

 

 

▼▼▼

 

「はい。ではこちらのカードに触れてください。するとステータスが表示されるのでそれに応じてなりたい職業を選択してください」

 

 

クリスに手数料を出してもらい書類に身体情報などを書き終わると、受付のお姉さんが1枚のカードを差し出してきた。

 

そういやあの女神はレア職業になれるだとか言ってたな。

貰った祝福の効果を期待しつつカードに触れる。

 

 

「はい、ヒキガヤハチマンさんですね。えっと器用度と知力が非常に高いですよ?逆に幸運は低めですね。けど冒険者に幸運はあんまり必要ない数値なので気にしなくてもいいかと思います。他の数値は平均より少し高いくらいですかね」

 

 

……まあ、日本の学生なんだ。

正直肩透かしを食らった気分だが、大体こんなもんなんだろう。

 

 

「この数値だとオススメはウィザードかクリエイターですかね。……ってあれ?このステータスじゃ普通なれないんですが、何故かアークプリーストの適性もありますね?……どういうことでしょうか?」

 

「アークプリーストだって!?」

 

 

突然、今まで黙って見守っていたクリスが異様なまでの食いつきをみせ冒険者カードを覗き込んできた。

その声にギルド内にもざわめきが広がってゆく。

レア職だとは聞いていたがこれほどまでとは。

 

 

「……うわホントだ。ほんとにアークプリーストの適性がある。普通のプリーストが何年かかってもなれるか分からない上級職なのに……キミ何者?」

 

 

マジで?そんなに珍しいの?

それだと特典チートなのがちょっと申し訳ないな。

 

 

「なんにせよこれなら職業はアークプリースト一択ですよ!あらゆる支援魔法を扱え前線に出ても問題ない強さを誇る上級職ですよ!」

 

「お、おう。ならそれで」

 

 

興奮気味の二人と周囲の反応を見てアークプリーストを選択する。

最初こそ先行き不安な冒険者ライフだったが、何やら幸先が良くなってきた。

 

 

「はい、それでは登録しておきます。初期のスキルポイントはありませんがスキルはいくつか覚えてるみたいですね。初期能力から回復魔法が扱えるなんて凄いですよ!回復魔法は覚え手が少ないのでパーティーにも引っ張りだこですし!あとよく分かりませんが『花鳥風月』というのも扱えるみたいです」

 

 

そういやアクアも回復魔法が扱えると言ってたな。

もう片方の方も大層な名前をしているし期待しても大丈夫だろう。

 

 

「うわーホントだ。これならすぐ冒険に出ても大丈夫だよ。ゾンビみたいなアンデッド系のモンスターになら回復魔法は反転して有効だし。あたしの知り合いのエリス教会の人紹介してあげよっか?」

 

 

マジか、どうすっかなぁ……。

正直、申し出はありがたいのだが経験則からして、うまく馴染める気がしない。

それでも文無しな今の状況から脱するためにはお言葉に甘えるべきなのだが……。

 

 

「あっ……えっと、クリスさん。その、言いづらいのですが……やめておいたほうがいいと思います」

 

 

俺が悩んでいると受付のお姉さんが何かに気づいたのか、すごく曖昧な表情で口を挟んできた。

 

 

「……この方、アクシズ教徒です……」

 

 

その一言でギルド内が静まり返った。

不思議に思い周囲を見渡すも、聞き耳立てていた他の冒険者達は目が合おうとした途端にサッと顔を背けて目を合わせないようにされた。

 

ギルド内は先ほどまでの期待と興奮はなく、重苦しい沈黙が漂うだけとなった。

 

えっと……どういうこと?

 

…………なにかよく分からないが、俺の冒険者ライフがぼっちスタートとなった瞬間だった。

 

 




【アイテム紹介】
・安物っぽい茶碗、指人形、ビー玉
転生の際、八幡の周囲に散らばっていたガラクタの数々。八幡が転生する際に巻き込まれて付いてきた言わばサブ特典。
元は水の女神が芸を披露する際の小道具だった。
一応、天界の物で神器にはなるのだが絶大な効果などなく宴会芸くらいにしか使い道がないガラクタである。
唯一茶碗だけが液体を聖水に変化させる効果を持っているが一週間ほどかかり茶碗1杯分しか製造できない為やっぱりこっちもガラクタなのである。


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このろくでもない教団に同居者を!

お気に入りが100件に届きそうで驚いてます。
読んでもらえてると思うととても嬉しくやる気を出させて貰ってます。
さて今回は原作未読者やスピンオフ未読者にはちょっと分かりづらい話になるかと思います。
というかプロット完成した状態でスピンオフ読んだから個人的にも手直しが必要でした。
タグに原作既読推奨ってつけたがいいかも……


よし、こんなもんか。

今日の依頼を終えた俺は一つ大きな伸びをする。

今日は特にいい調子だった。

もはや異世界に来たばかりとは雲泥の差だと実感する。

これも日頃の鍛錬の成果って奴だ。

成長が実感できるものほど面白い。適度な疲労感も、日毎に腕が上がってくのを見ると達成感となって心を満たしてくれる。そのうえ報酬まで出るのだ。

これが労働の喜びというものなのかもしれない。

 

この世界は日本のように、理不尽な業務で正当な報酬が支払われないということもない。

 

異世界に来て一ヶ月。

最初こそ不安しかなかったが、今の俺は充実した異世界ライフを満喫していた。

 

 

▼▼▼

 

 

造花の内職は本当に楽しい。

 

もともと器用値の高い俺は細かい作業が得意らしく、尚且つ誰にも会わずに済む内職はまさに天職とも言った具合だった。

その出来はもはや芸術品の域に達しており、一つあたりの単価も上げてもらえた程だ。

腕が上がり周囲に認められ報酬が増えていく。

なんと充実した異世界ライフだろう。

 

働くって青春だ!!

 

その日のノルマを終わらせて買出しのために外へ出る。

昨日の夕飯で肉を切らしていたので向かう先は肉屋だ。

 

「お、ハチマンか。今日はカエル肉が安いぞ。どうだ一つ買ってくか?」

「おいおい、先週もカエル肉が安かったろ。なに?この店にはカエルしか売ってないの?」

 

それともなに?お前みたいなヒキガエルはカエルでも食ってろ!ってこと?いやさすがに違うだろうけど。

 

「ガハハハ!言ってくれるじゃないか!つっても今はカエル肉くらいしか安いもんはねえぞ?なんでも近くの森に上位悪魔が出たらしくて、冒険者がカエル討伐か土木作業しかやりたがらないんだとよ」

 

マジか。普通そういうのを討伐するのが冒険者の仕事だろう?

 

「それでカエル肉ばかり出回ってんのね。冒険者の数だけは居る街なんだから、物量作戦でさっさと退治すりゃいいのに」

「いやお前さんも冒険者だろう?それに、こういうのは神に仕えるプリーストさんが率先して倒しに行くべきじゃねえか?」

「まだレベル1なもんで。それよりも他にサービスしてもらえる肉ないか?ロクでもない同居人がカエル肉は飽きた!って駄々こねてうるさいんだよ。悪魔よりタチの悪いそいつの方が俺的には問題だ」

 

ロクでもない同居人と口にすると、肉屋のおっちゃんも、あー……と遠い目をして頷いた。

どうやら来て一週間も経たないのに、あの女は相当有名になってるらしい。

 

「お前さんも大変だな。そういうことなら羊肉をサービスしてやるよ」

 

羊肉か。そういや日本じゃ食べたことがなかったな。

せっかくの異世界だ。いい機会かもしれない。

 

「ならそれで。今夜はジンギスカンだな」

「おう、毎度!ジンギスカンがなんのことか分からねえけどお前さんも頑張れよ!……その色々とな」

「お、おう」

 

……妙に案じられてるのが悲しい。

 

一通り買い物を済ませて商店街を抜け、アクセル中央区に向かう。

ここは役所や消防、警察のような行政機関が集まってる区画だ。

その中にある建物に慣れた足取りで向かう。

目的はろくでもない同居人の引き取りだ。

 

「すいません。うちのバカ引き取りに来ました」

 

受付の人に早く行ってあげてくださいと困り顔で通され、取調室へ向かう。

ごめんなさい。うちの変態が迷惑ばかりかけてごめんなさい。

取調室からは2人の女性の怒声が響いて来ていた。

……どうしよう、すごく帰りたい。

 

「私は何も悪いことはしてないじゃない!いつものように布教活動してただけよ!宗教の自由は認められてるはずだわ!!」

「なにが布教活動ですか!エリス教会の前で子ども相手に迫っていたって確認は取れています!反省しないのなら本当に逮捕してもいいんですよ!?」

 

部屋に入ると金髪のプリーストと眼鏡をかけた女性検察官が声を荒げて言い争っていた。

ちなみにどちらも俺の知り合いである。ほんと帰りたい。

 

「おいこらセシリー迎えに来たぞ。セナさん相変わらずうちの上司が迷惑かけてすみません。ほらお前もちゃんと謝れって。頭下げろ」

「嫌よ!私は偶然エリス教会周辺でいつもの布教活動に勤しんでただけなのに、『アクシズ教徒がいると教会に人が近づかなくなる』なんて言われたから、『差別用語だ!エリス教徒は差別主義者だ!』って反論したら『いい加減にしろ』とか言われて警察にここに連れて来られたの!私は悪くないわ!」

「俺からしてもマジでいい加減にしろよお前」

 

形だけでも反省する素振りすら見せないセシリーの頭を抑えつけ強引にでも謝らせようとするが、必死に抵抗してなかなか頭を下げようとしない。

レベル1で低ステな俺の問題点だ。

 

「ハチマン君聞いて!?お姉さんはね、本当に何もしていないの!それにこの眼鏡は色々やらかしてアクセルに異動になった前科持ちなの!こないだも我らがアクシズ教団の最高責任者を誤認逮捕とかしてくれちゃってるのよ!?こんな人間の言葉を鵜呑みにするっていうの!?」

「そ、それは事実ですが、そもそも日頃から問題ばかり起こしていて信用ゼロのアクシズ教団がそれを言いますか!」

 

セナさんの言う通りだ。少なくともアクシズ教徒にだけは信用とかそういうのを語られたくない。

どうしても謝ろうとしないで、どこ吹く風と言わんばかりに口笛を吹くセシリーに代わり俺から頭を下げる。

 

「すみませんセナさん。俺も教徒に会う度言っているんですが全く聞いてくれなくて」

「い、いえ!ハチマンさんの事は信用しております!アクシズ教徒でも貴方は例外ですから!」

 

おどおどとフォローしてくれるセナさん。

そう言ってもらえると素直に可愛い。間違えた嬉しい。

妹にダメ人間の烙印を押されつつあった俺も、さすがにこんな頭の狂った連中と同視されるのは嫌だからな。

 

「ちょっと?うちの新人教徒に変な色気使わないでもらえません?この淫乱眼鏡。ハチマン君にはこれから立派なアクシズ教徒になってもらって、お姉さんを養ってもらうの。ちょっと目が腐ってる所はポイント低いけど、よく見ればそこそこイケメンだし、立派なアクシズ教徒になれば目の腐れだってきっと治るから。このくらいで妥協しようかなって」

「張っ倒すぞお前」

 

養ってもらいたいとか言いつつ妥協とかよく言えたものだ。

そもそも俺の将来は養う側じゃない、養われる側だ。

 

「だ、誰が淫乱眼鏡ですか!自分はまだ異性とお付き合いしたこともないんですよ!」

「なんだ。行き遅れが焦ってるだけなのね」

「〜〜〜!!逮捕っ!侮辱罪で逮捕してやる!!」

「落ち着いてください!セナさん!アクシズ教徒のいつもの妄言ですよ!ほらセシリーも前科つきたくなきゃ謝れって!!」

 

激昂して手錠を取り出したセナさんをなんとか宥め、強引にセシリーの頭を下げさせる。

騒ぎを聞きつけた他の職員さん達も駆けつけてくれて、なんとかその場を収めることができた。

 

「す、すみません。お見苦しい所をお見せして……。あの……仕事も溜まってるので、今日のところはそろそろお引き取りしてもらって大丈夫ですよ」

 

恥ずかしそうに顔を紅くして謝ってくるセナさんを見てると、逆にこっちが申し訳なくなってくる。

というか悪いのは全面的にセシリーなんだし、やっぱりコイツが謝るべきなのだが……。

 

「ほら、早く帰りましょう?小さい子ども達は今が一番元気な時間だから活きのいいロリショタがいると思うわ!!」

「……すいません。こいつもう今日はここに一泊させてもらえませんか?明日の朝迎えに来るので」

 

反省の欠けらもないセシリーを見て半ば本気でお願いしてはみたが、セナさんも困った顔をするだけだった。

そうだよなぁ。絶対に仕事の邪魔にしかならないだろうしなぁ……。

仕方ないので諦めて大人しく持ち帰る事にする。

 

「ハチマンさんもお疲れ様です。なにかあれば連絡くださいね?いつも苦労されてますし、ご相談くらいには乗りますから」

「えっ。まあ、はい。いつかそのうち……」

 

優しく微笑まれ不覚にもドキッとしてしまう。

よし、落ち着こう。単なる大人の社交辞令だ。訓練されたぼっちは騙されない。

 

 

▼▼▼

 

 

夕暮れの街をセシリーと並んで教会に向かう。

 

となりのセシリーは小さい子がいないかキョロキョロと周囲を探していたが、俺らを見かけた町の人は出来るだけ目を合わせようとはしない。

俺一人だともうなんともないが、やっぱりアクシズ教徒が二人もいると関わり合いたくないのだろう。

 

アクシズ教徒。

 

この世界で魔王軍に並ぶほど恐れられ、迷惑さにかけては魔王軍ですら手を出したくないと言われている頭のイカれた集団だ。

教義はまさにダメ人間製造機。今をひたすら楽に生きたい。という姿勢は俺としても同意出来るのだが、実際に信者達の頭のイカれた生き様を見ると、流石に一緒にされたくない気持ちの方が強く湧いて来てしまうほどだ。

例えば子どもを叱るときに『そんなことばっかり言うとアクシズ教徒になってしまうぞ!』と言うと、途端に我儘をやめ素直に反省しだし、娘が『交際相手との結婚を認めないならアクシズ教徒になってやる!』と言えば親は泣きながら認めざるを得ないとまで言われるほど、評判の悪い宗教団体だ。

 

 

アクシズ教には関わるな。というのがこの世界の常識である。

 

そんな存在のアクシズ教徒に、俺は転生特典の効果とはいえなってしまったのだ。

 

 

寝床としているアクシズ教会に着くと、早速夕食を作り始める。

 

職業がアクシズ教のアークプリーストに決まってから、今後のことはアクシズ教会に行った方が手厚く歓迎してくれるだろうと紹介(やっかいばらい)され、何も知らなかった俺がバカ正直に訪ねてみた結果……

 

 

炊事、洗濯、掃除を行い家賃月々五万エリスを払うことで、なんとか教会に住まわせてもらえるようになったのだ。

まぁいいように使われてる気がしなくもないが、他の駆け出し冒険者は馬小屋で寝泊りしているのを聞くと、これでもはるかに高待遇なのかもしれない。

 

「「いただきまーす」」

 

俺の後ろで、料理が出来るのをまだかまだかと待ちわびていたセシリーに料理を運ぶのを手伝ってもらい、2人でテーブルにつく。

 

聖職者である俺達が食前の祈りとかしなくていいのかって話だが、生憎俺は立場上アクシズ教なだけで、あの女神を崇める気など微塵もない。

セシリーに至っては、教義第7項に飲みたい時に飲み、食べたい時に食べなさいと書かれてると主張し、美味しいものを前に祈りなど出来るか!と開き直ってかっ込んでいる。

それでいいのか聖職者。

 

「あら?今日はカエル肉じゃないのね?お姉さん嬉しいわ」

「あぁ。昨日お前も飽きてきたって言ってたからな。造花の単価も上がったし、ここからは色々とバリエーション増えてくと思うぞ」

「素晴らしい!素晴らしいわ!これもアクア様の祝福のおかげね!」

 

俺の努力をあの女神の手柄にすんな。

と言ってやりたい所だが、アクシズ教徒相手に抗議したところで、更に理不尽な事を言い出すに決まっているのだから、大人しく気のいいままにさせておく。

俺が一ヶ月で学んだアクシズ教徒への対処方法の一つだ。

 

「とはいえ、安い肉はカエルばっかなんだよなぁ。なんか近くの森に上位悪魔が出たとかで、冒険者の連中がカエル狩りばっかやってんだと」

「おへーはんほふぃふぃははふぉ」

「飲み込め。飲み込んでから喋れ」

「んぐっ……。お姉さんも聞いたわよ?なんでも魔王軍の幹部クラスなんですってね」

「そんなレベルなのか。駆け出しの町付近にそんなもんが出たんじゃ、そりゃカエルばっか狩るのも分かるな」

 

ジャイアント・トードは、主に家畜などを捕食すると言われる巨大カエルである。

俺はまだ見たことは無いのだが、繁殖期になると餌を求めて人里近くの草原などに現れ、ときには人までも丸呑みにするらしい。

 

その生態は恐ろしいのだが、牙も爪もなく鉄製の物を嫌う事から駆け出し冒険者パーティーには丁度いいくらいの相手なのだ。

肉も割と美味しく、そのこともあって冒険者ギルドでの買い取り額も悪くないらしい。

 

そんなカエルと魔王軍幹部クラスの上位悪魔。

生息域も違うし、そりゃみんなカエル狩りをするに決まってる。

 

「まぁ献立増やしていけばいいか。スキルポイントがちょっとでもありゃ料理スキルとか取得したいもんだけど」

「もう少しすると春キャベツの時期が来るから楽しみね!」

 

そう言ってセシリーがもう一口肉を頬張る。

キャベツかぁ。キャベツを使った料理なんてロールキャベツくらいしか知らない上に作り方は分からないんだよなぁ。

まあ旬が来るというのなら練習もできるだろう。将来の為に専業主夫スキルを上げていかなくては。

 

「内職の要領も掴めて来たし、本格的に家事覚えるか」

 

どうせゲームやネットなんかない世界だ。

コツコツ腕を磨けて、自己満足出来る実益も兼ねた趣味を身に着けるのもいいかも知れない。

そしてゆくゆくは資産家か貴族に婿入りし…………専業主夫に俺はなる!!

 

「けどハチマン君は冒険者よね?クエストに出なくていいの?」

 

…………はい?

 

「なに言ってんのお前?」

「いやだからハチマン君はレベル1とはいえアークプリーストじゃない?お姉さん的には早くレベル上げて、立派なアクシズ教のアークプリーストになってほしいんですけど」

 

……そうだ。ここ一ヶ月の間生きることに精一杯で忘れてしまっていたが、俺は冒険者になるためにわざわざ異世界まで来たのだった。

決して内職や教会の雑務、問題児の引き取りのためなんかではない。

「けどなぁ、アークプリーストつっても、ステータス普通でろくなスキルも取ってないレベル1の駆け出しにギルドはソロでクエスト受注させてくれないし。どうしようもないだろ」

「パーティー組めばいいじゃない?」

「…………」

 

確かにその通りだが、俺が周りから避けられぼっちになる原因となった教団の人間にそれを言われたくはない。

俺がアクシズ教徒というのは既にギルド内で浸透していて、なんの迷惑行為もしてないのにアクシズ教徒だからって誰も関わろうとしないんだぞ?

 

「……お前が付いてってくれればいいだろ?」

 

セシリーはプリーストとはいえ俺よりも高レベルだ。

使えるスキルも多く俺よりステータスも高い。

 

「え、嫌よ。お姉さんはろくに布教活動もしない誰かさんと違って忙しいの。これからあなたも布教活動をするというのなら考えてあげてもいいですけど?」

 

……というのにこいつときたら。

一応、アクシズ教団の本部から派遣されてきたセシリーの方が立場は上なのだが、俺はこいつの言うことをろくに聞いてない。

俺がアクシズ教徒なのはあくまで立場の上でだけだ。

 

「お前が昼間何してるかは知らないけど、布教とか言ってどうせまたエリス教会への嫌がらせか、小さい子どもに息荒くして声かけてるだけだろうが。アクシズ教の評判悪いのってお前らのこういうところだからな?この変態」

「なんですって!このっ!あんたなんて!このっ!」

「痛っ!殴んな!ステータスはお前のが高いんだからやめっ痛っ!痛ぇって!」

この後、俺は自らの転生特典を殴りかかってきた上司から受けた傷を癒すという用途で初使用することになった。

うん、このままじゃだめだ……。

 

 

 




【補足説明】
・セシリー 
アクシズ教団に所属している金髪の女性プリースト。かなりスタイルがいい。好物はところてんスライムと少年少女。性格はアクシズ教徒らしく欲望に忠実で自由奔放、エリス教徒を目の敵にしている。
爆焔二巻に置いてめぐみん、ゆんゆんと出会っておりアクセルの町にはアクシズ教団から調査の為一時的に滞在中。


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このぼっち少年にパーティーを!

感想、評価ありがとうございます!
引き続き頑張っていきます!


 

 

翌日、本気を出して内職を早めに切り上げた俺は、久しぶりに冒険者ギルドへ足を運んでいた。

 

目的はパーティーメンバー募集の貼り紙が出てないかと、俺でもやれるようなプリースト向けのクエストが出てないかの確認だ。

 

まずはパーティー募集の掲示板に向かいざっと目を通す。

臨時含めてのメンバー募集の貼り紙はそこそこあったが、どれもアクシズ教徒お断り!!とデカデカ書かれていた……。

 

そんな中一枚の貼り紙が目に留まる。

 

 

『パーティーメンバー募集しています!どんな職業、駆け出しの方でも構いません!ただ多少の沈黙でも苦にならない方、複数人での会話に参加しても嫌な顔しない方、みんなで遊ぶ時は必ず声をかけてくれる方、街で偶然会っても声をかけてくれる方、一緒にいて別の知り合いと会った時さりげなく紹介して会話に混ぜてくれる方、1人でいるときに声をかけてくれる方がいいです!出来れば歳の近い方!当方13歳のアークウィザードです!よろしくお願いしますっ!!』

 

 

……なにこのぼっちのトラウマ全集みたいなの。

読めば読むほど、まだ友達が欲しかった小学生の頃の思い出が蘇ってくる。

このメンバー募集者間違いなくぼっちだ。それも重度の。

 

ギルド内を見回すと、端っこのテーブルに1人ぽつんと寂しく座ってる少女が目に入った。

 

声かけられねえよあんなの……。

 

レベル上げのために臨時のパーティーでも組めるものなら組みたいが、あいにく四人がけのテーブルに独り寂しそうに座ってる女の子への声のかけ方なんて俺の辞書には載っていない。

 

それに目の腐った男が13歳の少女に話しかける。

……どう考えても事案です。捕まった男性はアクシズ教徒でした。

なんて事にもなりかねない。

 

もう一度掲示板の募集をよく見るが、やはり他にアクシズ教徒を受け入れてくれるようなパーティー募集は見つからなかった。

 

 

「あのちょっとよろしいですか?」

 

 

肩を落とし、今度はクエストの掲示板でも見に行こうとした時、後ろから声をかけられる。

振り返ると、そこには冒険者登録をした際にお世話になった受付嬢が立っていた。

このギルドで一番人気の受付嬢で、名前は確かルナさんだったと思う。

 

 

「えっと、なんすか?」

 

「実は今、冒険者の皆さんに声をかけて人探しをしていまして、ハチマンさんは確かアクシズ教のアークプリーストでしたよね?」

 

「不本意ながら立場上は」

 

 

悪態をつくように答えると、ルナさんは乾いた笑みを浮かべた。

 

 

「あははは……けどちょうど良かったです。あのハチマンさん、アクシズ教徒で青い髪の女性アークプリーストはご存じないですか?」

 

 

青い髪の女性アークプリースト?

青い髪と聞いたとき真っ先にあの女神が浮かんだが、仮にも女神なアイツがこの世界に来てるとは思えない。

女性プリーストならうちの同居人がそうだが、アイツは金髪だしな。

 

 

「ちょっと知らないな。青い髪ってなら見たら忘れないだろうし」

 

「そうですか、つい先日冒険者登録をされた方でアクシズ教徒でしたから、もしかしたら面識があるのかと」

 

 

先日ということは俺と同じ駆け出し冒険者って事か。

しかし、なんでそんな駆け出しをわざわざ他の冒険者に声をかけてまで探しているんだろう?

 

 

「なんで探してるかとか教えてもらえます?ひょっとしてなにかやらかしたとかじゃ……」

 

 

そうなってくると俺のパーティー探しがまた難しくなってしまう。

どこの誰だか知らないが、ただでさえ悪いアクシズ教の評判を地に落とすような事はしないでもらいたい。

 

 

「いえ、そんなことはないですよ。ただ上位悪魔が最近アクセル近くの森で目撃されたので、討伐の依頼をお願いしたいんです」

 

 

そういえば確か昨日そんなこと話したな。

なんでも冒険者がカエル討伐か土木工事しかやりたがらない様な凄いのがいるとか。

 

 

「その上位悪魔とやらは、駆け出しのアークプリーストでも討伐できるようなもんなのか?」

 

「普通は無理ですね。魔王軍幹部級ですし、いかに相性がよくてもステータス差で押し切られてしまいます。ですがその方はレベル1にして、知力と幸運以外のステータス値が最高ランクでして、アークプリーストに必要な全スキルを既に取得しているのです!」

 

 

マジかよ、何その超絶チート。絶対転生者じゃねえか。

というかあの女神もなんて奴を俺の後に送ってくれてんだ。

 

俺の転生特典意味なくなっちゃっただろうが……。

 

 

「……あの、ハチマンさん。つかぬ事をお聞きしますが……今レベルはいくつですか?」

 

 

……それを今言いますか。

 

無言で冒険者カードを差し出す。

受け取ったルナさんはなんとも曖昧な表情になった。

そりゃそうだ。初期と変わらねえんだから。

 

 

「あー……。クエストに出られないんですか?」

 

「あいにく、駆け出しのアクシズ教団の冒険者を受け入れてくれるパーティー募集とかもなくってな」

 

「うぅ……。その節は大変ご迷惑をおかけしました」

 

 

ホント多大な迷惑を被ったのだが、深々と頭を下げられると怒るに怒れない。

というか好き放題してる頭のおかしい教団が遠因なんだし。

 

 

「いや、そこんとこはもういいから。アンデッド系モンスターなら回復魔法は反転して効くし、ソロでもやれるようなクエストがないか探してたんだよ。なにか簡単そうなの斡旋してもらえるか?」

 

「すみません。ゾンビみたいな下級アンデッドには痛覚が働かないらしく、駆け出し冒険者がソロで行くと気付かぬうちに囲まれてムシャムシャと……。せめて浄化魔法だけでも覚えているようなら違うんですが……」

 

 

なにそれこわい。

 

可愛らしくムシャムシャとか言ってるけど、それ要は食われてるってことじゃねぇか。

下手すればアンデッドみたいな目がアンデッドそのものの目になってしまう。

 

 

「使い道のあるスキルは今のところ回復魔法しかないな。と言ってもアンデッド系が難しい以上、やっぱり臨時でもパーティー組まないと話にならないか」

 

「あれ?ハチマンさんはもう一つスキルを持っていなかったですか?」

 

「……アレはたぶん俺の人生の中で最も必要ないスキルだから」

 

 

花鳥風月

 

俺の第二スキルであり、紛う事なき宴会芸のスキルだ。

これを初使用した際に一緒にいたセシリーが手を叩いて喜んで

 

『素晴らしい!素晴らしいわ!あなたはアクア様に選ばれた言わば救世主とも呼べる人間ね!さあ一緒に邪なエリス教徒共に神に選ばれしものの力を見せに行きましょう!』

 

などとトチ狂った事を言い出したので人を喜ばせるのには使えるかも知れないが、ぼっちの俺には無縁のスキルだった。

名前だけは大層なスキルのくせして……。俺の期待を返してほしい。

 

 

「そ、そうなんですね……。それならせめてパーティーが組めるようお手伝いしましょうか?」

 

 

まぁそう言ってくれるのは正直ありがたい。

だけど俺がパーティー組めないのも、この人がアクシズ教徒って漏らしちゃったのが原因だからな。

ここはそのぶん頼らせてもらうとしよう。

 

 

「じゃあ頼んでいいっすか?」

 

「任せてください!実はもう目星はつけてあるんですよ?」

 

 

ウインクをしてルナさんが先にギルド内を歩いていく。

大人しくそのまま後を付いて行くと、端っこの四人掛けテーブルの前で立ち止まった。

 

おいおい、この席は……。

 

 

「もしもし、ちょっといいですか?パーティーメンバー希望者を連れてきたのですが?」

 

「えぇっ!?」

 

 

案の定紹介先は最初に目に入ったぼっち少女の所だった。

ぼっち少女は立ち上がりルナさんと俺の顔を見て慌てふためいている。

 

 

「え、えええっと……」

 

「こちらの方アークプリーストなんですけども実はまだレベル1でして、例の上位悪魔の件もありますから一応レベル上げをしてもらいたいんです」

 

 

えっ?ちょっと待て。そんなの聞いてないんだが。

というかステータス差で低レベルのアークプリーストには無理だったんじゃなかったの?

いきなり呼び出されてエヴァに乗せられたシンジ君の気持ちがよくわかる。

早く逃げなきゃ!早く逃げなきゃ!

 

 

「えっと、やっぱ見ず知らずの男がいきなりパーティーに入りたいと言ってもダメだよな。俺は別にどうしてもレベル上げしたいって訳じゃないから気にしなくていいぞ。それじゃ悪かったな無理言って」

 

「いやいや何言ってるんですかハチマンさん!?どこのパーティーにも所属できないんでしょう!?この子は入れてくれますって!」

 

 

いや、そういう問題じゃねえから。

早口で立ち去ろうとした時、ルナさんが俺の服を掴んできた。

 

 

「……いや、俺にとっちゃあんたがさっき口走ってた上位悪魔がどうとかの方が何言ってるんですか?だから」

 

「……あくまで保険ですよ?もしもそのアークプリーストが見つからなかったら、この町にアークプリーストはあなた一人しかいないんです」

 

 

……やれって言うのか。レベル1の俺に。

 

静かな口調で笑うルナさんと目が合う。

顔は笑っていたがその目は笑っていなかった。

 

 

「……ちなみにそのアークプリーストは見つかりそうなのか?」

 

「…………」

 

 

おっとこれは駄目そうですね。

というかレベル1の俺に話が来る時点で望み薄なのだろう。

 

 

「ならちょっと俺も探してきますね……!」

 

「逃がしませんよ?ハチマンさんはアクシズ教徒でしょう?『悪魔倒すべし、魔王しばくべし』じゃなかったんですか?」

 

「いや俺、所属だけのなんちゃってアクシズ教徒だから……!」

 

 

なんとか逃れようとすると、ルナさんもぐっと近づいてきて逃がすまいと抵抗してきた。

 

嫌だ!止めろ!離せ!近い!離れろ!嫌だってば!近い!離せ!近い!近い!いい匂い!!

 

 

「あ、あのう……」

 

 

俺が欲望とルナさんを相手に必死の抵抗をしてると、黙って様子をうかがっていたぼっち少女が口を挟んできた。

その紅い瞳には涙が溜まり今にも零れ落ちそうになって震えている。

 

 

「パーティー……組んでくれないんですか?よ、ようやくまともな人が来てくれたとおもったのに……。私、からかわれてたんですね……?」

 

 

…………。

 

アクシズ教徒、13歳の少女にトラウマを植え付け人間不信に陥らせる。

そんな噂が立たないためにも、俺はパーティー加入を決意する他なかった。

 

 

 

 




5話目においてタグの大半が登場していないという詐欺作品があるらしい。
しかもサブタイ詐欺までしているらしい。
相変わらずの進みの悪さです。申し訳ありません。
ただ八幡がいきなり話し掛ける様が浮かばなかったのでこんな遠回りになってしまいました。
次回、ぼっちとぼっちが交差する時新たな物語が始まる!

感想、評価お待ちしております。


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このぼっち少女にパーティーを!

評価、感想ありがとうございました!
相変わらずのスローペースですがよろしくお願いします。


 

「そんじゃ改めて、俺はハチマン。職業はアークプリーストだな。さっきルナさんと言い合ってた通り、レベルは1だからあまり期待しないでもらえると助かる。一応回復魔法は使えるから簡単なケガとかなら任せてくれ」

 

「す、凄いですね……。初期からアークプリーストなんて。それにその目と名前……もしかして親戚に紅魔族の方は居なかったですか!?」

 

 

紅魔族?

そういやこの世界に来たばかりの時にクリスにも同じようなことを言われていた気がする。

あの時は余裕なくて気にしてられなかったが。

 

 

「すまん。その紅魔族ってのはそもそもなんなんだ?遠い国から来たばっかだから知らない事が多いんだよ」

 

「あっ……えっと紅魔族っていうのは生まれつき高い知力と強い魔力を持っている部族でして…………紅い瞳と……その、変わった名前の人が多い種族なんです」

 

 

……つまりこの目の濁りはその紅魔の血を薄く引いてるからじゃないかって事か。

いや実は末裔でした。って展開なら男子的にはちょっとこう、眠る遺伝子の覚醒的な惹かれる部分があるけど。

生憎、我が父は今日も別世界で小町やお袋を養うためにあくせく働いてるんだろう。

 

 

「悪いけど親戚にそんな特長の人間はいないな。この目はアレだ。社畜の血を色濃く引いてるからだと思うぞ」

 

 

むしろ過労死してるから色濃く引き過ぎたまである。

やだ俺超優秀な血族じゃん。

 

 

「シャチク……?」

 

 

どうやら渾身の自虐ネタもぼっち少女には全然通じていないらしい。

これが異世界ギャップってやつか。

いや知らないなら知らない方がいいんだけどね。

 

 

「社畜ってのはアレだな。自分の主に命懸けで仕える今風の武士道的なものだな」

 

 

心臓を捧げよ!とか言うアレである。いや違うかも、知らんけど。

 

 

「えっと、王国の近衛騎士団みたいな方々の事ですか?」

 

 

うん。俺はそれを知らない。

異世界ギャップを前に互いのコミュニケーションがうまく運ばない。

でもぼっち同士の意思疎通が難しいのは異世界であろうと変わらないようだ。

 

なんとも悲しい共通点が世界線を越えていた。

 

 

「まぁともかくその紅魔族ってのは親族に居ないな」

 

 

というか一家全員生粋の千葉人である。

体はサイゼで出来ている。血潮はマッカン、心は柿ピー。

 

 

「す、すみません!かなり失礼なこと言いましたよね!?」

 

 

深々とぼっち少女が頭を下げてくる。

俺としてはさほど気にしてない。というか周囲の目がきついのであまり謝らないでほしい。

 

 

「いや、そこまで気にしてないから謝ることもないぞ。むしろ今までのヤツらの反応に比べりゃだいぶマシだし」

 

「ほ、ほんとうですか?『なんて失礼な奴だ!こんなのと関わったのが間違いだった!!』なんて思ってませんか……?」

 

 

……この子は過去に何があったのだろうか?

いろいろトラウマを抱えている俺も、さすがにここまで人間不信を拗らせてない。

 

 

「いや、思わないから。というか変わった名前くらい思うのは普通だろ。面白半分でからかってる訳じゃないんだし」

 

「ハチマンさんは名前で笑ったりはしないんですか……?」

 

「その保証はないけどな。けどまぁ寄ってたかってからかうような真似はしねえよ」

 

 

なんてったってそんな寄ってたかれるような友達が居ないからな。

ぼっちは苛めを促進しないのだ。みんなぼっちになれば争いなんて起こらない。

 

 

「……そ、それならありがたいです」

 

 

当の未だに名前の分からないぼっち少女は、どこか安心したように息を吐いた。

きっとこの子の名前も変わってるのだろう。

それに眼の色も綺麗な紅い色をしている。

 

 

「それじゃ、あんたはその紅魔族ってやつなのか?目も紅いし」

 

「は、はい……。私はすごく変わり者って陰で言われてましたけど」

 

 

陰で言われちゃってたのかよ。

しかも本人知っちゃってるじゃねえか。自らの陰口の内容を知ってしまうほど悲しいものはない。

なんかこの子の話を聞けば聞くほど、俺の過去のトラウマまで触発されてとても辛くなってくるんだけど。

 

 

「えっと、恥ずかしいだろうけどよければ自己紹介してくれ。何て呼べばいいのか分からん」

 

「……え?」

 

 

そんなやらなきゃダメですか?みたいな目で見られても……。

相当やりたくないようだが、このままぼっち少女と呼び続けるわけにもいかないし。

 

やがて意を決したのか、ぼっち少女は小さく咳払いをして立ち上がりバッとマントを翻した。

 

 

「わ、我が名はゆんゆん!アークウィザードにして中級魔法を操りし者!やがては紅魔族の長となる者!」

 

 

…………おう。

 

 

「…………おう」

 

「~~~~っ!!!」

 

 

突然の奇天烈な自己紹介に、思った事がそのまま口に出てしまう。

そして名乗った側のゆんゆんは俺の反応に顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

 

「いや、悪い。さすがに今のは予想してなかったから。えっと……今のも紅魔族流ってやつか?」

 

「は……はいぃ…………紅魔族の自己紹介はカッコいいからってこんな感じです。私は恥ずかしいから嫌なんですけども」

 

 

……なんとなく紅魔族の連中が軒並み残念だというのは理解できた。

この子はその中で唯一の常識人だから浮いてたのだろう。

……なんというか不憫な子だ。

 

 

「まあおかげで。と言ったら変かも知れんが、名前の方はそんな気にならなかったぞ?えっと、ゆんゆんだったっけ?」

 

「は、はい。でもやっぱり変な名前ですよね……?」

 

 

というよりなんかあだ名っぽい。

由比ヶ浜がつけそうな感じの。

 

 

「まあそこは否定しないけどな。でも俺は人の名前とか覚えるの苦手だし、多少変わってる方が覚えやすいまである。ゆんゆんも知り合いに名前間違えて呼ばれるよりマシだろ?」

 

「そ、そうですね!私もこないだ町で知り合いを見かけたので勇気を出して声をかけたら『えっ……誰?』とか言われて咄嗟に人違いでしたって謝った事があったので、それに比べると全然……!」

 

 

おい、やめろ。なんでお前が中学生の時の俺のトラウマ知ってんだよ。

なに?もしかしてこの子は並行世界の俺だったりするの?この世界の俺はTSしてんの?

ひょっとして今『並行世界の自分と出会う時、物語が始まる!』とかなってる状況なの?

 

 

「ま、まあともかく今日はよろしく頼むわ。ゆんゆん」

 

「えっと……その、こちらこそ……す、末永くよろしくお願いしますっ!!」

 

 

なんか変に重い返しを受けてしまったが……なんにせよ、ようやくパーティーが決まってくれた。

上位悪魔とやらも気になるし、少しでもレベル上げないとなあ……。

 

 




ゆんゆん可愛い。けど書きづらい。
ぼっち同士の会話は難しいです。お前らもっと社交性を持て。
たまにぶっ混むぼっちネタは作者の実体験だったりします。
ゆんゆんは爆焔を!の時間軸では上級魔法を取得していません。とある事情で中級魔法を先に取得しています。
SSだし無視しても良い設定かなとも思ったんですがどうせなら出来るだけ原作沿いで進めたかったので中級魔法にしています。

評価、感想お待ちしております。


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このぼっちとぼっちでパーティーを!

お気に入り、評価ありがとうございます。
増えるたびに面白くしなきゃというプレッシャーがかかるのですが中々むずかしいです。頑張ります。
今回説明会です。
独自解釈の設定とか入ってます。
原作設定ガン無視という程では無いですが一応気をつけてお読みください。


 

 

「ファイアーボール!」

 

 

ゆんゆんが巨大カエルことジャイアント・トード相手に火球を放つ。

一瞬で炎に包まれたカエルは既に瀕死らしく、俺が安物のショートソードを振り下ろすだけで簡単にとどめをさせた。

 

冒険者カードを見ると、またしてもレベルが上がっていた。

上級職はレベルが上がりづらいらしいが、湧き出てくるカエルをゆんゆんが弱らせ俺が仕留めるという方法で早くもレベルは4になっていた。

 

なんでも養殖と呼ばれる紅魔族で行われている経験値稼ぎのやり方らしい。

弱ったところにとどめを刺すだけでレベルが上がるのだからすごい楽だ。いいぞもっとやれ。

 

 

「とりあえずアークプリースト用のスキルは全て習得できたぞ」

 

「えっ!?こ、こんなに早くですか!?」

 

 

ゆんゆんが駆け寄ってきて俺の冒険者カードを覗き見る。

 

 

「すごい……本当だ。というかプリースト用スキルの取得ポイントがタダ同然ですね。こんな人初めて見ました」

 

「まぁアークプリーストのスキルは支援系ばかりだけどな。これ以外のスキルはどうやってとったらいいんだ?」

 

「職業専門以外のスキルは他の人にスキルを教えて貰い、スキルポイントとステータスが足りてれば取得できるんです。唯一冒険者はステータス関係なしにスキルポイントだけで取得出来るんですけど。ただそういう専門外のスキルは職業補正が効かないので、威力がどうしてもスキルレベルとステータスに依存してしまうんです」

 

「なるほど。だから全てのスキルを覚えられる冒険者には皆なりたがらないのか」

 

「そうですね。スキル取得ポイントも専門外なので1.5倍くらいかかりますし。極端な例ですけど、冒険者が魔力50%を使って撃ったスキルレベル10の上級魔法よりも、アークウィザードが魔力をほぼ使わないで撃った取得したての試し打ちの方が威力出たりとかもするんで、職業補正のかかる専門職を皆取るんです」

 

 

そんなに変わってしまうのか。

全てのスキルを覚えられるとはいえ、普通はパーティーを組んで足りないところを補っていくものだし、冒険者が器用貧乏の最弱職と言われるのも頷けるな。

 

 

「とりあえず上級破魔魔法も覚えたけど、この際威力が気になる所だな。あの様子だと例のアークプリーストは見つかりそうもないし、実力くらいは確認して対策練らないとなぁ」

 

「あ、あれ?行きたくなかったんじゃ……?」

 

「そりゃあ誰だって死ぬかもしれないってのに行きたくねえだろ。でも行かないで済むとも考えにくいし。そうなったら死なないために最善を尽くすしかないからな」

 

「後向きなのか前向きなのか分からない意見ですね……」

 

「命がかかってるからなぁ。嫌でも真剣にならざるを得ない」

 

 

愚痴の一つでも言いたくなるのだが、命がかかってる以上うだうだ言ってる暇があるのだったら、少しでも対策を練らねばならない。

 

 

「す、すいません。ハチマンさんは無関係なのに巻き込んでしまって……」

 

「いや巻き込んだのはゆんゆんじゃなくてギルド職員の連中だろ?というかゆんゆんも俺のレベル上げに巻き込まれてんだし。だから俺たちが巻き込まれたのは世界が悪いくらいに思っときゃいい。じゃないとやってられないから」

 

 

ほんと今朝までレベル1だった男に上位悪魔倒せとかどんなクソゲーだよ。

アークプリースト用のスキルは取得したとはいえ、ステータスはまだまだ貧弱だし。

一撃でも食らえば死んじゃうんじゃねえのこれ……。

 

うんざりしたように言う俺にゆんゆんは曖昧な表情を浮かべていた。

 

 

「ゆんゆんは破魔魔法の威力とかって見てわかるか?」

 

「すいません。専門外なのでちょっと……あっでも最上位の破魔魔法なら一度だけ見たことがあります!」

 

 

最上位となると『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』か。

上位悪魔戦に向けて試しておくつもりだった魔法なので丁度いいかもしれない。

 

 

「とりあえず撃ってみるから、前見たのと比べてどうだったか教えてもらえるか?……セイクリッド・ハイネス・エクソシズム!」

 

 

レーザーのような魔力光線が右手から放たれた。

特に狙いをつけていなかった魔法は草原の一画に勢いよくぶつかる。

魔法の当たった場所には青い魔法陣が浮き上がり青い炎が煌々と天高く突き上げられた。

 

 

おお……!凄いなこれ!

初めて魔法らしい魔法を撃ってみたがやはり興奮する。

 

 

「す、すごいです!高レベルのアークプリーストの破魔魔法と遜色ないですよ!」

 

 

どうやら威力の方も申し分ないみたいだ。

 

 

「だけどだいぶ疲れるなこの魔法。たぶんこれ日に三発くらいが限度だぞ」

 

 

どこの千鳥だって感じなのだが、襲って来た疲労感にはあらがえず草原に寝転がる。

ひんやりした草の感触がなんとも心地よい。

 

 

「最上位の魔法はどれも消費魔力が膨大ですからね。それでも駆け出しだと撃とうとしてもそもそも魔力量が追いつかなくて撃てなかったり、撃てても魔力と体力使い果たして動けなくなっちゃう事もあるんで、三発撃てるだけでも凄いですよ?」

 

 

なるほど撃てなくなる事もあるのか。

となると魔力値が平均ほどの俺が三発も撃てるのはチート能力のお陰だろう。

 

『女神の祝福』の能力もだいぶ分かってきた。

まずアークプリーストの適性及びアークプリースト用スキル消費ポイントの大幅軽減。

またアークプリースト用の魔法威力の大幅上昇に消費魔力の大幅軽減。

そして器用値の大幅上昇とついでのような宴会芸の取得。

デメリットとしてはアクシズ教への強制入信。

……改宗不可。

 

他にもいくつかあるかも知れないが、現状分かるものといえばこのくらいだろう。

チート能力に頼りきりなのが情けないが、駆け出しで上位悪魔の相手をしなきゃならないんだ。

唯一の武器に頼らざるを得ない。

 

 

「最上位魔法は奥の手だな。疲れて動きが鈍くなるし、低ステで当たったら終わりなんだから出来るだけ身軽に…………なぁ不意打ちとかする方法ないか?」

 

「えぇ!?不意打ちする気なんですか!?」

 

 

えっ?ダメなの?俺としてはかなりいい案だと思うんだけど……。

 

 

「だって俺、紙耐久だぞ?まともに相手なんかすると瞬殺される自信すらある。それなら敵が気を抜いてる所にさっきの食らわせてワンチャン狙った方がいいだろ?」

 

「た、確かに効率的ですけど……。わたし敵から見えなくなる光の屈折魔法なんてまだ使えませんよ?」

 

「それなら身を隠すスキルとか気付かれにくくなる魔法とかないか?」

 

「身を隠すスキルなら確か潜伏スキルっていうのがあった気がします。たしか盗賊のスキルで成功率は幸運値に依存してたかと」

 

「うん、そっちもダメだな。俺は幸運値低いし」

 

 

……なんとまあ不向きなスキルだった。

なぜか幸運値だけ低いんだよなぁ。

いや、他の値もほとんど平均だけどさ。俺そんな運に見放されてたっけか……?

 

 

「あの、もしかしたら魔道具店に使えるアイテムがあるかもしれないです」

 

「魔道具店?アイテム屋みたいなものか?」

 

「はい。ポーションや魔法の込められたマジックスクロールの中にそういった効果のものがあるんじゃないかなって……」

 

 

足りないところはアイテムで補うというわけか。

今まで忘れていたが、アイテムドーピングは縛りプレイでは欠かせないからな。

この世界のアイテムにどういうものがあるかは分からないが、見てみる価値はあるだろう。

 

 

「そっ、それでですね……!も、もしご迷惑じゃないようでしたら、明日よければ……一緒に……その、お店を……見て回れたらなんて……」

 

 

オドオドと小声でゆんゆんが誘ってきた。

 

……これはデートとかそういうのじゃなくて、誰かと買い物に行きたいっていうぼっちの潜在意識というか憧れ的なものなんだろう。

ぼっちは家族以外と出かける事が極端に少ないため、誘うのが基本的に苦手なのだ。

だから大体誘われるのを待つ事になるのだが、誘われるようならぼっちやってない。

 

そして念願の誰かと買い物に行く事になったとしても、だいたい一緒に来た奴の買い物にばかりつき合わされ興味のない商品棚を何度も往復し、結局一人の方が気楽に買い物を楽しめた、来るんじゃなかった、なんて悟るのだ。

ソースは俺。あの頃は俺も若かった。

 

俺としては変にゆんゆんに気を使わせたくもないし。逆にこっちが気を使うのもやりたくない。

普段なら何かしらの理由をつけて断るのだが……。

 

俺、魔道具屋の場所知らねえんだよなぁ。

それに詳しい効果や使い方だって分からない。最悪、粗悪品を買わされる可能性だってある。

やっぱり魔法に詳しい人がいる方が買い物も捗るだろう。

 

 

「そうだな。俺はそういうところ詳しくないから頼むわ」

 

「は、はいっ!任せてください」

 

 

ぱぁっと嬉しそうに意気込むゆんゆん。

 

……まぁただの買い出しだ。変に気構えることもないだろう。

 

 




かなり自己解釈加えています。
原作でもアクアが近接格闘スキル取っていたりアークウィザードで鍛冶スキル持ってる紅魔族の鍛冶屋だったりいるのですがどういうことなんですかね?
スキルによっては冒険者以外でも取得できるスキルがあるとかそういう解釈でいいんでしょうか?
専門職のメリットが語られていないのでかなり独自解釈を作り込む事になってしまいました。
冒険者が最弱職と言われる理由付けのようなものです。
カズマさんの凄いところはその最弱職の利点を活かし機転を利かせて勝ってる所ですよね。
このSSでもカズマはちゃんとカズマさんさせるつもりなのでご安心ください。

長い後書きになってしまい申し訳ありませんでした。
感想、評価お待ちしてます。


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やはり異世界転生はチーレム無双が王道である。

 

 

「お姉さんはエリス教会に行って来ようと思うの」

 

 

クエストを終え教会に戻ると、セシリーがいきなりそんなことを言い出した。

この子珍しく補導されてないと思ったら一体なに企んでいるのかしら……?

 

 

「……行ってらっしゃい」

 

 

なにか嫌な予感がしたので、深く聞くこともせず送り出すことにする。

するとセシリーはキョトンとした顔を浮かべた。

 

 

「何言ってるの?ハチマン君にも来てもらうんだから」

 

 

……ほら、やっぱり。

 

 

「あのな、前にも言ったろ?俺はアクシズ教の布教活動もエリス教団への嫌がらせもしないって。警察に引き取りには行ってやるから行くなら一人で行って来い」

 

「それはアクシズ教徒としてどうかと思うのだけれど。今回は違うわ。真面目な話なの」

 

「おう、そうか。行ってらっしゃい」

 

「なんでよ!今のは聞く流れだったじゃない!」

 

 

むしろ場の空気を読んだから聞きたくないのだが。

ぼっちは話の流れは読まないが場の空気は割と読むのだ。

クラスの不穏な空気とか読み取って、先に安全地帯に避難したり背景に溶け込むのとか超得意。

だけど今はセシリーと一対一。ハチマンは逃げられない!

 

 

「厄介ごとは上位悪魔の件で充分なんだよ……」

 

「それよ!」

 

「は?」

 

 

うんざりしたように言うとなぜがビシッと指差してセシリーが食いついて来た。

もしかして、こいつ自分が討伐に行くとか言い出さないだろうな?

 

 

「その上位悪魔にやられた冒険者達がエリス教会で治療を受けてるらしいの!それが中々上手くいってないみたいで。ここは私たちの出番だと思うわ!」

 

「嫌だ。断る。そんなもんエリス教会のプリーストに任せとけばいいだろ」

 

 

なんでよりによってそんな面倒な事しなきゃならないんだ。

ただでさえ今日はクエストに行って疲れてんだよ?トドメ刺してただけだけどさ。

 

 

「なんでも負傷者の中には勇者候補の人や、アクセル一の腕利きパーティー達がいるらしくて、少しでも早く回復させたいんですって」

 

 

待てよ……?

急ぎということは回復させればそいつらがまた上位悪魔討伐に出向くという事だろうか?

 

 

「でも一度負けてんだろ?任せて大丈夫なものなのか?」

 

「なんか勇者候補も腕利きパーティーも不意打ちでやられちゃったみたいなの。だから治ったらリベンジするとか言ってるそうよ?」

 

 

という事は、回復だけしてやれば後はそいつらが勝手に戦いに行ってくれるのか。

うまくいけば俺に討伐の話が回ってくる事もないだろう。

 

 

「それでね?私たちがサクッと治してアクシズ教団の優秀さを見せつけてやるの!エリス教徒達の悔しげな顔が目に浮かぶわ!!」

 

 

確かに上位悪魔討伐に比べれば怪我人の回復なんて楽な仕事だ。

セシリーの言う通りサクッと終わらせて引き継がせるに越した事はない。

 

 

「よし、それなら行くか。善は急げってな」

 

「それでこそだわ!ようやくあなたもアクシズ教徒らしくなって来たわね!」

 

 

いやそういう事じゃないからね?

反論しようとしたがセシリーはウキウキと上機嫌で先に行ってしまう。

 

ほんと分かってるのかしらこの子は……。

 

 

▼▼▼

 

 

「帰ってください」

 

 

……おう。

 

セシリーと共にエリス教会の前に着くと、教団関係者の男性から開口一番にそう告げられた。

エリス教徒とアクシズ教徒は仲が悪いと聞いていたが、まさか取りあってすらもらえないとはな。

 

 

「なんですって!?せっかく人が親切で来てあげてるってのに邪悪なるエリス教徒めっ!」

 

「ひぃっ!?」

 

 

今にも飛びかかっていきそうなセシリーを羽交い絞めにする。

……なぜだろう。女性と密着しているはずなのに全くドキドキしない。

…………女性というよりは狂犬だからか。

 

セシリーに任せても話が進まないどころか悪い方に転がっていきそうな予感しかしないので、怯えきってしまってる関係者さんに頭を下げて俺から話を切り出す。

 

 

「ここで例の悪魔にやられた冒険者の治療をやってるって聞いたんだけど、何か手伝えることはないか思って来たんだ。俺はアークプリーストだしこっちのプリーストも回復魔法はかなりの腕だから迷惑かけることは……ないとは言えないだろうけど、役には立てると思ってな?」

 

「ねえ、ハチマン君?なんでお姉さんを見て迷惑かけないとは言えないなんて言ったの?」

 

「そ、そうでしたか。遂に二人がかりで嫌がらせに来られたのかと……」

 

 

日ごろの行いのせいで完全に警戒されているようだった。

納得いかないと言わんばかりのセシリーだが、完全にお前のせいなんだからな?

 

 

「そんなつもりは毛頭ないんだが、とりあえず責任者に話だけでも通してもらっていいか?なんならセシリーは帰らせるから」

 

「ちょっと!?私は帰らないわよ!もし帰らせようとするものならいつものように石投げてやるんだから!」

 

「やめてください!やめてください!分かりました!ちょっと相談してきますから待っていてください!」

 

 

困り果てた様子で教会の中に駆け込んでいく関係者さん。

隣の一仕事したかのようなドヤ顔のセシリーが腹立つ。

お前脅してただけじゃねえか……。

 

教会の中からは先ほどの関係者さんと責任者の人とのやり取りが聞こえてきた。

 

 

「だからあれほど言っておいたでしょう!アクシズ教徒が来たら追い返せって!今はあの連中に構ってやる暇はないんです!猫の手も借りたい現状なんですよ!?」

 

「し、しかし彼らはアークプリーストと回復魔法を得意とするプリーストらしいのです!手が回らないのであれば尚更……」

 

「それでも本当に猫の手を借りた方がマシですよ!彼らは何かしようとすれば必ずまた別の問題を起こすんです!早く帰ってもらいなさい!」

 

「そ、それが帰らせるなら石を投げると言っておりまして……」

 

「こ、これだからアクシズ教徒は……!分かりました。私が直接行って話をつけてきます」

 

 

それを言ったのはセシリーなんですがねえ。

一緒にしてもらいたくはないが、責任者の人には通じないのだろう。

苛立ちを隠せてない足音が近いてくる。

嫌だなぁ……怒られたくないなぁ。

 

「お引き取り願えませんか?」

 

 

扉から出てきた責任者のお姉さんは笑顔だった。

……それはそれは恐ろしい笑顔を浮かべてらっしゃった。

 

 

「上等よ、見てなさい!今からこの石をエリス像の虚乳めがけて投げて真実の姿にしてやるんだから!」

 

「やめろ馬鹿。これ以上怒らせてどうすんだ」

 

「あだっ!?」

 

 

セシリーの頭を叩いて止める。

というかなんで野球もない世界なのにこんな洗練された投球フォームなんだ。

もっとなんかロッテの始球式に投げる野球したことない女タレントみたいなものだと思ってたんだけど、変に器用だなこいつ。

 

 

「なにすんのよ!?エリス教徒なんかに気を使えって言うの!?」

 

「こっちは頼みにきてる立場だろうが。それ相応の礼儀くらい示せよ」

 

「なに言ってんの!?不甲斐ないエリス教徒を見かねて手伝ってあげようって言ってるんじゃない!追い出すどころか感謝されるべきだわ!」

 

「それをありがた迷惑って言うんだ。もういいからお前は口挟むなよ」

 

 

やっぱりセシリーがいると話すらもまともに出来ない。

強引に黙らせて一から説明しようと責任者さんの方を見ると、彼女は不思議生物を見るような目で俺を見ていた。

 

 

「えっと、あなたはアクシズ教徒では……?」

 

「不本意ながら立場上だとな。でも俺はセシリーや他の信者と違って嫌がらせとかはする気はないから、話だけでも聞いてくれないか?」

 

「……言ってみてください」

 

 

まだ疑いの目は消えていないが、なんとか話だけは聞いてもらえるようになったので、ここに来た目的をもう1度説明する。

 

 

「……分かりました。何も問題行動を起こさないようなら正直助かります。我々だけでは現状維持が精一杯でしたので」

 

 

渋々といった様子だったがなんとか責任者さんの了承は得られた。

というかセシリーが変に口挟まなければもっとスムーズに話を進められた気がする。

こちらも無理を言ってる身なんだし、出来るだけ早く回復を終わらせてお暇しよう。

もう既にちょっと疲れちゃったし。

 

 

「私は最初からそう言ってたのに!謝って!教会は万人に門を開くべきなのに私だけのけ者にしたことを謝って!早く謝って!!」

 

「こ、この人は……!」

 

 

ようやく話がまとまりかけた所でまたもセシリーがお姉さんを挑発した。

こいつは協力しに来たのか邪魔しに来たのかどっちなんだ……。

 

 

「あんまり言うようなら本当にお前だけでも帰らすぞ?それが嫌なら大人しくしてろ」

 

「私共としてはセシリーさんにはお引き取りになってもらって一向に構わないのですが……」

 

「あら?ということはやっぱり石投げても構わないということね?」

 

「構います!構います!あぁもうあなたもついてきてください!」

 

 

……大丈夫なんだろうか?

先行きに不安しか感じないんだけど。

 

 

▼▼▼

 

 

教会では怪我を負った冒険者達が床やベッドに寝かされ応急手当てを受けていた。

実際に見たことはないが、野戦病院という言葉がしっくりくる。

 

 

「よし、まずは勇者候補から始めるか。どこにいるんだそいつは?」

 

「彼は重症なのでカーテンの奥のベッドで寝かせてます。ほらあちらです」

 

 

お姉さんが指した先のカーテンに仕切られた方に向かう。

ふとセシリーを見ると、あいつはあいつで手頃な怪我人から治癒を始めていた。

どうやら本当に問題を起こすつもりはないらしい。

 

 

「あー……ちょっといいか?治癒魔法かけたいんだけど?」

 

「「え?」」

 

 

言いながらカーテンを開けると、ベッドには半裸の若い男が寝かされていた。

そのそばには顔を赤らめて鼻息を荒くしている二人の女性が……。

 

おっと、お邪魔しちゃいましたね。

 

 




ゆんゆんの霊圧が消えた…!?
お待たせしてすいません。そしてデート回はしばらく先です。
皆さんGWどうお過ごしでしたか?
私は後半から休みだったのでこのすば新刊とCCCコラボを完走させてました。
CCCはコラボも良かったのですが本編は素晴らしい出来なので是非プレイしてみてください。
そしてどなたかBBとザビが協力して戦うSSを紹介してくれませんかね?

感想、評価お待ちしてます


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やはり異世界転生はチーレム無双が王道である。続

 

 

「お、お邪魔しました……」

 

 

サッとカーテンを閉め直す。

うん、アレは治さなくていいな。気まずいから二度と会いたくないし。

見なかったことにして腕利きパーティーの方に向かうとしよう。

 

 

「ちょっと!?汗をふこうとしただけで全然そういうことないから!!」

 

「そ、そうよ!あなたプリーストなんでしょ!?キョウヤの傷癒せるの!?」

 

 

踵を返して去ろうとした時、カーテンが開けられ中にいた女性に掴まった。

なに?癒しちゃっていいの?君たちまだお医者さんごっこ続けなくていいのかよ?

 

 

「正直そのへんの加減はよく分からんけどな。でもこの位ならたぶん上位回復魔法で充分だろ。一応、アークプリーストだし」

 

「「アークプリースト!?」」

 

「駆け出しの低レベルだけどな」

 

 

言いつつ回復魔法をかけようとベッドに近づくと、パーティーの二人はササっと身を引いた。

怪我に手をかざして回復魔法を唱える。

苦し気な表情を浮かべていた勇者候補だったが、魔法が効いてるのか次第にその顔色は良くなっていった。

 

 

「…………ここは?」

 

 

ぐぇっ!?

 

イケメンが目を覚ますのと同時に、取り巻きの二人に弾かれるように押しのけられた。

ちょっと?あんまりじゃありませんかね。せっかく治したってのに……。

 

 

「大丈夫キョウヤ?怪我はもう平気なの?」

「すっごく心配したんだから!もうキョウヤが目を覚まさないんじゃないかって」

 

 

……刷り込みかな?

我先にとイケメンに話しかける取り巻き二人を見て、そんなことを考えてしまう。

卵から孵った雛が最初に見た者を親だと認識してしまう鳥とかに見られるアレだ。もっとも今まさにピーチクパーチク話しかけてる取り巻き二人も鳥のように見えるのだが。

 

 

「心配かけてごめん。フィオ、クレメア。でも、もう大丈夫だよ。ありがとう看病してくれたんだね?」

 

「「キョウヤ~!!」」

 

 

どうやら刷り込みには失敗したようだが、取り巻き二人はイケメンにお礼を言われ感極まったのか抱き付いて泣き始めた。

抱き付かれたイケメンも顔を赤らめながら困ったなという表情で頬を掻いてる。

回復してもらい女の子に抱きつかれてる勇者候補と、片や回復させ女の子に弾き飛ばされ心にちょっとした傷を負った俺……。

……なんだこれ。俺は何を見せられてるんだ。

 

 

「実はね、夢の中で女神様に会ったんだ。そして女神様の癒しの力を感じてね?だから僕が治ったのは女神様のおかげかな」

 

「ざけんな」

 

 

終いには訳の分からないことを口走りだしたイケメンのベッドを蹴る。

その衝撃でようやくこいつは俺のことに気が付いたみたいだった。

 

 

「えっと、君は……?」

 

「お前の怪我を治してやったアークプリーストだが?悪かったな女神様じゃなくて」

 

 

皮肉気味に教えてやると勇者候補は気まずそうな顔を浮かべた。

そしてベッドから立ち上がり頭を下げてくる。

 

 

「すまない。治して貰っておいて知らず知らず君に失礼なことを言ってしまった。許してほしい」

 

 

え?なにこいついい奴じゃん。

ここまで素直に謝られると頭にきていた自分が恥ずかしくなってくる。

 

 

「あー……傷の具合はどうだ?まだ何かあるようなら追加で回復かけるけど」

 

「いや、おかげで大丈夫みたいだよ。ありがとう。僕の名前はミツルギキョウヤ。職業はソードマスターだ。えっと、君の名前を教えてもらっていいかな?」

 

 

ミツルギと名乗ったイケメンは爽やかな笑みを浮かべる。

その名前からして日本から来た転生者なんだろう。

上級職のイケメンで勇者候補。女性にもおモテになる。異世界転生チーレム無双のお手本みたいなやつだな。

 

 

「ハチマンだ。さっき女神がどうとか言ってたけど、アンタ女神に会ったことあるのか?」

 

 

ミツルギは俺の質問にこくりと頷いた。

やっぱ転生者か。良かった。フルネーム教えなくて。特典目当てで付きまとわれても鬱陶しいもんな。

 

 

「誰も信じてくれないんだけどね。僕はアクア様に魔王を倒す勇者に選ばれたんだ」

 

 

そういやアクアは魔剣を特典にしたイケメンを送り出したとか言ってたな。

その時にどうせまた適当な事を言って送り出したんだろう。

それを真に受けちゃってるこいつもこいつだが。

 

 

「まあ、でもまずは上位悪魔からだけどね。必ず僕が街に平和を取り戻してみせるよ」

 

 

その上位悪魔にやられてさっきまで寝込んでた奴が何か言ってるが、水を差さないでおいてやる。

こいつの頭の中では既に自分が悪魔を倒しているイメージが出来上がってるらしい。

頭の中お花畑とはいえ、やる気があるようならなによりだしな。

 

 

「そんじゃ他の奴らも治さなきゃならんし、俺はこれで」

 

「あっ待ってくれ!」

 

 

要件も済ませたので去ろうとするとミツルギに呼び止められた。

……なんだろう。すごく嫌な予感がする。

 

 

「君はアークプリーストだろう?よければ宗派を教えて貰えないかな?」

 

 

ミツルギは何故か期待を込めた眼差しで聞いてきた。

なにを考えているかは分からないが、嫌な予感もするので正直に答えておくとしよう。

頭のおかしい宗派な方のプリーストだって知ったら、こいつも関わろうとはしないだろうし。

 

 

「…………アクシズ教徒だけど」

 

「なんだって!?」

 

 

え?なにこの反応?予想外なんだけど……

てっきりこれまでの冒険者のように頬を引きつらせて足早に去って行くかと思ったら、探し求めてた相棒に出会えたかのような反応をされた。

 

 

「実はアクシズ教のプリーストを探していたんだ!僕の怪我もあっという間に治して貰ったし、君が占われた『大切な存在のアクシズ教プリースト』に違いない!!ぜ、是非とも僕のパーティーに入ってくれないか!?」

 

 

なんてこった!小町ちゃん!お兄ちゃん異世界でイケメンにナンパされちゃったよ!

 

興奮を抑えきれてない目の前のイケメンにバレないように後退りをする。

占い?大切な存在?何イッちゃってんのこの人!?!?

日本で海老名さんが唐突に鼻血噴き出してる様が変に霞んで目に浮かぶ。

もしかして少し泣いちゃってるのかもしれない。ヤバい、戸塚タスケテ……。

 

 

「い……いやお前は良くてもそこの2人はいいのかよ?ほ、ほら見ず知らずのアクシズ教徒がいきなり加入とか不安じゃねえの……?」

 

 

助けを求めて取り巻き二人に話を振る。

見ず知らずの男が自分達の空間に入ってこようとしてるんだ、反対してくれるに違いない……!

 

 

「私はキョウヤがいいって言うなら文句ないよ?紅魔の里の占い師さんからアクシズ教徒のプリーストを勧められたって聞いてるし」

 

「それにまた女の子じゃないだけマシよね。キョウヤの事だからどうせプリーストもウィザードも女の子になるような気がしてたから。男の方が私達的に安心かな」

 

 

俺的にはキョウヤさんには是非とも正規チーレム√を辿ってもらいたいんだけど。

いいの?キョウヤさん男にまで手を出し始めてるんだけど?

 

 

「良かった、うちのメンバーに異論はないらしい。一緒に魔王討伐を目指さないか?」

 

「断る」

 

 

無理に決まってんだろうが。

俺の青春ラブコメにホモ√はなくていい。そんなの海老名さんくらいしか需要ないし。やべぇ、だけど誰よりも強く望んでいそう。

心の中で何度も戸塚の笑顔を思い浮かべて心を強く保とうとする。

え?戸塚?戸塚は聖天使√だから。

 

 

「えっ……そ、即答かい……?君はプリーストだろう?アクシズ教は魔王を目の敵にしてなかったっけ……?」

 

「俺はなんちゃって教徒だからな。我が身が心配なんだよ」

 

「そこはチームワークでカバーさ。僕の剣に誓って君のことはしっかり守ってみせるよ」

 

 

ミツルギはそこらの女なら即落ちしそうなイケメン朗らかスマイルで笑いかけて来た。

やめろ、やめろぉ!僕の剣ってなんだよ。考えたくねえよ……。

 

 

「いや、そうやって足引っ張るのもやだし。攻撃職のお前が他のメンバーを守ってやられなんてしたら、それこそどうしようもないだろ」

 

 

俺の言葉にミツルギ一同は押し黙る。

今までパーティーを組んできた中で、思い当たる節でもあったのかもしれない。

その様子を見ていると、今日コンビを組んだばかりの少女の事を思い出した。

 

 

「まぁともかくそういう訳だから、悪いけどメンバーは他あたってくれ。俺も成り行きとはいえ、ようやく仲間を見つけることが出来たばかりだし、他のパーティーに移籍するつもりはそもそもねぇよ」

 

 

もし俺が勝手に加入したらあのぼっち少女はどう思うだろうか?

……仲間になった時と、明日出掛ける約束をした時のゆんゆんが浮かべた嬉しそうな顔を思い出してしまう。

自意識過剰かも知れないがショックを受けるだろう。下手すればトラウマになる。

というか、あれくらいの歳の頃のトラウマが原因で俺はここまで捻くれたまである。

……守らなきゃあの笑顔。

 

 

「……そうか、君にはもう仲間がいるのか。残念だけど一足遅かったみたいだね…」

 

 

本当に残念そうにしているミツルギを見ていると少し申し訳なく思ってしまう。

……待てよ?そういやアクシズ教のプリーストならいらんのが一人いるじゃないか!

 

 

「なんだったら一人知り合いのアクシズ教プリーストがいるけど、紹介してやろうか?ちょうど一緒に来てるし」

 

「本当かい!?是非お願いするよ!」

 

 

計算通り……!

待て……まだ笑うな……こらえるんだ……。

教会内を見渡し知り合いのアクシズ教プリーストことセシリーを探してみると、アイツはテーブルに座りお茶を飲んでいた。

 

 

「ちょっとー?このお茶熱いんですけどー?たくさんヒールかけて疲れた人間にエリス教徒は熱いお茶飲ませよっての?キンキンに冷やしたお茶持ってきなさいよー?」

 

 

……なにやってんだ、アイツは。

 

まぁでも見た感じ、俺が話してる間に随分と回復させていたようだ。

ちょっとくらいの休憩は大目に見てやるべきかもしれない。

なにせもう居なくなるんだからな……!

 

 

「ほら、あそこで休憩してる金髪の姉ちゃんだよ。今呼んでくるから待っといてもらえるか?」

 

「えっ……」

 

 

ミツルギがなにやら固まってるが、かまわずセシリーの方へ向かっていく。

これでうちの問題児の引取先が見つかった!

 

 

「セシリーちょっといいか?」

 

「なーにー?ハチマン君も休憩?ねぇー?冷えたお茶もう一つ追加ねー?さっさと持って来て欲しいんですけど!」

 

「いや、違うから。お前に紹介したいやつがいるんだよ」

 

 

セシリーが「は?」と言いたげな怪訝な顔を浮かべる。

 

 

「紹介したい?もしかして女じゃないでしょうね!?まさかあなた傷を癒すのを口実に口説いてたりしてたんじゃ!?」

 

「するわけねーだろ。てかなんだそれ、チンピラの発想じゃねーか……」

 

「え?アクシズ教の男プリーストはみんなやってるわよ?なんだったら必要以上にベタベタ触ったりする人とかもいるわ」

 

 

ちょっと?異世界の警察は何やってんの?

さっさとこの悪質宗教団体摘発しちゃえよ。

 

 

「それで?紹介したい女って誰よ?事と場合によっちゃアクシズ教秘伝の聖なるグーが炸裂する事になるわ」

 

「言っとくが紹介したいのは男だぞ?」

 

「なんて事!!よりにもよってまさか男に走るなんて!でもアクシズ教では同性愛も容認されてるし……。ハッ!!まさか教会でお姉さんがあられもない格好で誘惑しても一向になびかないのは元々男しか眼中になかったから……!?」

 

「ざけんな」

 

 

女性扱いしてないからに決まってるだろうが。

だが、そういう俺の思惑は周囲の人間には伝わってないらしくヒソヒソと囁き声が聞こえてくる。

出されたお茶どころか運んで来てくれたプリーストさんの視線まで冷たい気がする!

 

 

「お前を男に紹介するんだよ。なんでもアクシズ教のプリーストを募集している奇特な奴でな。冒険者やっててパーティーメンバー募集してんだと」

 

「えーー?お姉さん的には年下のイケメンで玉の輿狙えるような男にしか興味ないんですけど。収入の安定しない荒くれ冒険者なんてアウトオブ眼中なんですけど」

 

 

なんだろう……少し同意できてしまう自分が悲しい。俺も将来働かずに養われたい。

どこかに貴族の令嬢とか居ないものなのか……。

 

 

「いや、例の勇者候補とか言われてる奴だぞ?装備も高そうなもん持ってたし収入もいいと思うけど。あとイケメンだったな」

 

 

なんて言っても異世界転生チーレム無双そのものの様なやつなんだ。

未来の成功は約束されてる様なものだろ。

 

 

「どこにいるの!?高収入の将来有望株なイケメンはどこなの!?」

 

 

清々しいほど欲望に真っ正直だなこいつ。

いや、俺も養われる気満々でしたね。人の事言えないですね。

 

 

「奥のベッドの方だぞ?ほらあそこの……」

 

俺のやって来た方を指差して教えてやる。

セシリーも指の動きに合わせて視線を動かしていくとその先には……。

 

 

「……誰も居ないんですけど」

 

 

あれ……?

セシリーの言う通りそこには既にミツルギの姿はなかった。

取り巻き含めて綺麗さっぱり居なくなっている……。

あれれー?

 

 

「あ、先程の勇者候補の方々は明日にでも再戦したいとか言って足早に出て行きましたよ?あなたに改めて礼を伝えてくれと頼まれました」

 

 

通りすがったプリーストが教えてくれた。

マジか。いらん話をしているうちに逃げられてしまった。

まぁ、こんなやりとり聞いてたらそりゃ逃げるよね……。

俺だって逃げたい。

 

 

「……悪い。紹介したいって話はなしの方で頼む」

 

「うーん……お姉さん的には今の状況でも割と満足してるんだけどね?仲のいいロリっ子もいるし、養ってもらえてるし」

 

「……そうかよ」

 

 

俺は今の状況に不満しかないんだけどなー。

むしろ俺こそ養われたいのになんでこんなもん養ってるんだろうなぁー?

不思議だなぁー……。

 

 




【補足説明】
爆焔2においてミツルギは紅魔の里で評判のいい占い師からアクシズ教のプリーストを守るよう占われています。アクシズ教プリーストを探していたのはそのせいですね。
更にそのつながりでセシリーとも面識があります。逃げ出したのはその際いろいろあったからなんですよね。詳しくは爆焔2を。

感想評価ありがとうございました!
ミツルギとの邂逅回ですね。相変わらず進みは遅いですが必要かなと思ってねじ込みました。
ミツルギとはいつか声優ネタでも絡ませたいです。

感想評価お待ちしてます。


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いつだって彼女は自由奔放である。

遅くなってしまい大変申し訳ありませんでした!
遅くなった理由を言いますと筆が乗らなかっただけです。ほんと申し訳ない。
考えてる展開を文章に起す力がもっと欲しいです。
マジですぐ書ける作者さんが羨ましい。

このすば勢はキャラが強過ぎて八幡のキャラが埋もれてしまうというのが最近の悩みの種でこれが原因で何度も書き直したりして結果遅くなってます。
更新が滞ってた中でもお気に入りが増えたり感想を言って貰えたのは本当に力になりました。

今後もスローペースながら進めてくのでどうかよろしくお願いします


 

「……そんじゃ俺は回復に戻るわ」

 

 

ガックリ肩を落としセシリーに告げる。

もうせめて、さっさと終わらせて帰ってしまおう。

 

 

「あっそういえば来るとき言ってた腕利きパーティーの面々は私が回復させといたわよ!エリス教徒じゃ現状維持が精一杯だったのを、私が頑張ってなんとか動けるレベルにまで回復させてあげたわ!」

 

「あ、そう。ちなみにそいつらはどこいんの?」

 

「あっちで帰る準備してるわ!」

 

 

誇らしげに言ったその先を見てみると、確かに一組のパーティーが荷物をまとめているようだった。

確かにあれなら追加で俺が回復魔法かけてやるだけで充分そうだな。

 

 

「ねぇねぇ、それよりもハチマン君?私は他にもたくさん回復させたし、お姉さん的には褒められてもなにもおかしくないと思うの?」

 

「ん?あぁすごいね偉いね」

 

「そんな適当な感じじゃなくって!もっとちゃんと褒めなさいな!」

 

 

……鬱陶しい。

 

 

「ったく帰りなんか奢ってやるから」

 

 

うんざりしながら言うとセシリーは「やった!」と小さくガッツポーズをとる。

現金な奴だよな。ほんともう。

 

 

「じゃあ俺は行くから。お前は休んでてもいいけど、くれぐれも揉め事とかは起こすなよ?」

 

「お姉さんに任せてちょうだい!」

 

 

……ほんと任せていいのかしら?

ドヤ顔でサムズアップをするセシリーだが正直、不安でしかない。

まぁでも回復なんてすぐ終わるから大丈夫だよな。

 

 

▼▼▼

 

 

よし、帰るか。

 

腕利きパーティーの回復を終え一息つくこともせず、やる気スイッチをONにして帰宅モードに切り替える。

ちなみに俺のやる気スイッチはONにしても帰巣本能が強くなるだけだ。

むしろいつだって帰りたいと思ってるあたり俺のやる気スイッチは常にONなのかもしれない。

 

やだ俺いつもやる気満々なのかよ。

これはもうちょっとくらいサボっても誰にも文句言われる筋合いなくない?

 

自分でも酷い理屈だと思うが、今回ばかりは本当にさっさと帰らせてもらいたい。

じゃないとセシリーがなにしでかすか分からないし。

彼女が休憩してたテーブルに目を向けるが、そこには既に彼女の姿はなかった。

 

……なんだろう、嫌な予感がする。

 

慌てて教会内を見渡すといつの間にやらセシリーは回復作業に戻っていたようだが……。なにやら回復させた冒険者と揉めているようだった。

 

……とても嫌な予感がする!

 

 

「勘弁!勘弁してくれ!治してくれたのは感謝してるから!」

 

「ならそれを形で示しましょう!寄付を!アクシズ教団への寄付という形でアクア様に感謝の気持ちを表しましょう!さぁ!さぁ!!」

 

 

……うわぁ。

 

逃げ出そうとする冒険者の腕を掴んでセシリーが迫っていた。

しかもよく見ると、回復した冒険者に逃げられないように中途半端に回復させている。

聖職者とは思えないあくどいやり方だった……。

 

 

「そんなに余裕ないんだよ!!装備も壊れちまって明日から土木工事でもしないと冬を越えられないんだ!」

 

「それなら仕方ないですね……」

 

「あ、あぁ……悪いな。でも感謝してるのは本当だから……」

 

 

そう言った瞬間、セシリーの目が怪しく光った。

 

 

「なら!アクシズ教への入信という形で感謝を示しましょう!たとえ借金が国家予算並みにあったとしても拒まないアクシズ教は開かれた教派です!入信書とペンさえあればどなたでも入れます!そして私は今偶然にも入信書とペンを持っているんです!これはもう偶然というより運命ではないのでしょうか!?さあ今すぐ入信を!」

 

「ヒィっ!!?そ、そっちの方が無理だって!アクシズ教に入ったら親に合わせる顔がねえ!分かった!金なら払う!金なら払うからもう関わらないでくれ!!」

 

 

服のいたるところに入信書をねじ込まれ始めていた男は、懐から一万エリスを取り出してセシリーに押し付けると、一目散に逃げ出した。

 

……そこらのチンピラよりタチ悪いじゃねえか。

まさかコイツ、今までずっとこんなやり方で回復魔法かけてったんじゃないだろうな?

 

結局、一万エリスを手に入れたセシリーは気を良くしたのか、さっそく次の獲物を見つけそちらに行こうとしたが……。

 

 

「なにをやってるのですか貴女は……?」

 

 

強張った笑みを浮かべて怒りで震えている教会の責任者さんに掴まった。

 

 

「なにって、アクシズ教への感謝を募ってるだけですけど?ダメなの?そっちは大して効かない回復魔法を有料とかにしてるってのに、ちゃんと治した私達がちょっと寄付を集めようとしたら止めるのね?お金に拝んでる神様の名前をつける拝金主義のエリス教徒らしいわ!」

 

「だ、誰が拝金主義ですか!私達は貧しい人達への配給などで出費をしてしまうので仕方なく有料にしているんです!それにあなたは寄付といっても少額だと満足せずに更にたかっているでしょう!?」

 

 

やめて!仲良くして!!

いい歳した女性二人が怒鳴りあう様は見るに堪えない酷さがあった。

……あなた達聖職者ですよね?

 

 

「うちの教団はそちらと違って貧乏なんですー!それに配給の資金だってちょろまかしてるに違いないわ!私ならそうするもの!」

 

「あんたと一緒にしないで!」

 

 

あー、誰か止めに入ってくれねえかなぁ。

俺の願いもむなしく、周囲は遠巻きに視線を向けるだけで動く気配はない。

そりゃみんな関わりたくないよなぁ。

しかし自然鎮火していってほしいという願いとは裏腹に、二人はどんどんヒートアップしていく。

……もういっそ、先に帰ってしまおうかな。

 

 

 

「プークスクス!私だって拝金主義のエリス教徒なんかと一緒にして欲しくないんですけど!」

 

「このカルト集団め!言わせておけばっ!!」

 

「カルト集団!?おのれ邪教徒の癖して!アクシズ教徒の本気を見せてやるっ!」

 

 

ちょっと!?なに取っ組み合い始めてんの!?

 

 

 

▼▼▼

 

 

 

「ったく、仮にも聖職者だろうが。信者に教えを説くお前らが感情任せに怒鳴りあうとかどうなの?」

 

「うぅ……。ご迷惑をおかけしました」

 

 

冷静になった責任者さんが申し訳なさそうに頭を下げてくる。

 

まぁ、元はと言えばうちのセシリーが問題行動を起こしたのが原因だし、怒鳴り合いになってしまったとはいえ元々挑発したのもセシリーだし……。

というか、よくよく考えると悪いのはセシリーだな。

……当の本人は反省の素振りすら見せてないけど。

 

 

「やーい、怒られてやんのー」

 

「よし、とりあえずお前は正座しろ」

 

「ちょっと?なんで私がエリス教徒より悪者扱いされなきゃならないの?ハチマン君はアクシズ教徒でしょう!?もっと私を甘やかしてよ!!」

 

 

……どうやらこいつは反省するどころか、エリス教徒の方が怒られてない現状が気にくわないらしい。

 

 

「痛い!」

 

 

殴ってやった。グーで。

セシリーは打たれた脳天を抑えて恨めがましく睨んでくるが、ほっといて話を進める。

 

 

「それじゃ俺たちは帰ります。結局迷惑かけることになってしまってすいませんでした」

 

「いえこちらも助かりました。色々ありましたが手伝って頂いて感謝します」

 

 

うん。やっぱりこの人いい人だ。

 

他所の教会に来て好き勝手やった挙句、喧嘩までした連中なんて追い出すのが普通なのだが、それでもこう言われるとほんと悪いことをしたと思ってしまう。

今度、セシリーを置いて俺だけでもお詫びの品とかを持っていこう。

 

 

「うっ、うぅっ……ハチマンくん酷い。お姉さんは悪くないのに、アクア様のために日夜がんばってるのに……」

 

 

その頑張りが要らないんだけどなぁ……。

 

 

「ほら立てって。もう帰るぞセシリー」

 

 

蹲ってグズグズ泣いているセシリーを連れて教会の出入口へ向かう。

門の外に出て振り返り、もう一度頭を下げて立ち去ろうとすると……。

 

 

「ぺっ!」

 

 

セシリーがエリス教会の中に唾を吐き捨て走り出した。

呆気に取られているうちに彼女は人混みの中へと消えていってしまう。

 

 

アイツ逃げやがった!!

 

 




【補足説明】

・腕利きパーティー
アクセルの町一番と言われている冒険者パーティー。爆焔3にてめぐみん、ゆんゆんらと共闘。その後アクセルを離れ王都で活動している。


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当然ながらぼっち二人の買い物は盛り上がらない。

感想、評価ありがとうございました!
やっぱり反応を貰えるとモチベ上がりますね。
相変わらずのスローペースな不定期更新ですがよろしくお願いします。



 

 

結局、昨日逃げ出したセシリーは帰って来なかった。

まぁ荷物一式纏めて持って逃げているので心配しなくてもいいだろう。

たぶん腹が空いたら何食わぬ顔でしれっと戻ってくるはずだ。

……説教はその時にしてやろう。

 

今日はゆんゆんとの約束もある。

 

別に心配とかいう訳でもないが、いつまでもセシリーが戻って来るのを待っていても仕方ないので、待ち合わせ場所に向かう。

時間通りに来たはずだが、ゆんゆんは既に着いておりそわそわと周囲を伺っているようだった。やがて俺の姿を捉えたのか、その顔には安堵の色が浮かび上がった。

 

 

「うす。待たせたか?」

 

「と、とんでもないですっ。私が早く来過ぎただけなので……」

 

 

どうやら割と待たせていたらしい。

っていうかサラッと早く来過ぎただけとか言ってたけど、この子いつから待ってたのだろう?

 

 

「ちなみに着いたのどれくらいだ?」

 

「えっと、たぶん一時間前くらいです」

 

 

……俺、もしかして時間間違えた?

 

 

「あっ、いえ!私が早く来過ぎちゃったんです!だからハチマンさんは何も気にしないでください!待たせると悪いなぁとか、もしも待ちくたびれさせちゃって帰られてしまったら悲しいなぁ。なんて考えてたら居ても立っても居られなくなっちゃって……!」

 

 

思った以上に悲しい理由だった……。

相変わらずゆんゆんは変な方向にぼっちを拗らせてるな。いやまともな拗らせ方も知らんけど。

 

 

「と、とにかく早速行きましょう!」

 

 

俺のなんとも言えない視線に気づいたのか、誤魔化すようにゆんゆんが言う。

 

 

「と言っても俺は魔道具店とか全然分からんぞ?」

 

 

アクセルの町には日常生活用の商店街と冒険者ご用達の商店街の二つがある。

この世界に来て一ヵ月。全く冒険者としてクエストをこなして来なかった俺は、普通の商店街に関してはタイムセールの時刻まで把握している程に精通しているのだが、冒険者街の方に関してはからっきしだ。

定番の展開だが変な路地に迷い込んで恐喝にあうような気がする。

 

うわ、めっちゃ帰りたいんだけど。

 

 

「大丈夫です!行ってみたいところや話題のお店とかはリストアップして来てるので任せてくださいっ」

 

 

ということは今日俺はひたすらついて周るだけでいいのか。

自分で店とか考えなくていいのはありがたい。

 

なんで女子ってなんでもいいとか言っておいて、ラーメン屋とかサイゼとか言うと冷めた目で見てくるのかしら?

 

 

▼▼▼

 

 

 

魔道具店には様々な小瓶や巻物、一見何に使うか分からないような小道具まで所狭しと置かれていた。

俺達はそれぞれ店の中を散策し出す。

応急セット、携帯食料、万用カギ型フック、採集セット、宴会芸セット。

……宴会芸セット?

 

 

「あっ、探していた光の屈折魔法用のスクロールありましたよ?」

 

 

スクロール棚の方を見ていたゆんゆんから声をかけられる。

 

そう言えば昨日そんな話してたよね。

まぁ今頃回復させたミツルギや腕利きパーティーらが上位悪魔討伐に向かってるのだろう。

腕利きパーティーの実力は知らないがチート持ちのミツルギがいるんだ。上位悪魔なんて今日の夕方には倒されているだろう。

 

まぁそれでも保険は打っておくに越したことはないし、魔法のスクロールとやらには興味がある。

ファンタジー系のゲームで慣れ親しんだものだが、実際にはどういったものなのだろう?

ゆんゆんの所へ行き棚に並べられた巻物を一つおもむろに手に取ってみる。

 

 

「……高くね?」

 

 

値札を確認してみるとこれが想像以上に超高かった。

その価格は軽く昨日のカエル討伐の報酬金額を超えている。

80万エリスとか……俺の内職何回分だよ。

 

 

「マジックスクロールは特殊な技術を使っているのでどれも高価なんです。そのうえこれは特殊系統の魔法ですから」

 

 

さすがにこの価格は手が出ない。まさか昨日の報酬の取り分をひっくるめても届かないとは。

マジか。リアルだとそんなにすんのか。これなら地道にレベル上げをしていった方がマシな気がする。

 

手にしたスクロールを棚に戻そうとすると、隣のゆんゆんがオドオドしつつも口を開いた。

 

 

 

「どうします?三つくらい買っておきましょうか?」

 

 

えっ……。

ゆんゆんの言葉に一瞬思考が止まる。

待って。八幡が八万だとするだろ?つまり八十万のスクロールは俺が十人いるってことだ。そしてそれを三つ。ということは三十人の八幡か。

やだ、俺だけで一クラス作れちゃうじゃん。めちゃくちゃ鬱陶しいなそれ……。

 

脳裏に嫌な光景を思い浮かべ強制的に頭を冷やす。

 

 

「……ゆんゆんってもしかしてどこぞのお嬢様だったりするのか?」

 

 

そういえば族長の娘とか言ってたな。

意外とお嬢様なのかもしれない。

やだっ!俺ってばちょっと養ってもらえるかもなんて期待してる!

相手は年下の女の子なのに!

 

 

「へ……?そんなことないですよ?族長の娘って言っても、紅魔族は滅多に外部の人のやってこない辺境に住んでるので基本的にみんな質素ですし」

 

「……お前、パパとか呼んでる男とかいないよな?」

 

「??お父さんならいますよ?もうしばらくパパなんて呼んでませんけど」

 

 

その質素なはずの一族の娘が、こんな高価なものを気軽に買おうとしてるものだから、何か妙な事をしているのではないかと心配になってしまう。

 

 

「……ちなみに今日いくらぐらい持ってきた?」

 

「えっ……その、一千万エリスくらいです」

 

「ちょっとまってなにいってるかわかんないよ?」

 

 

あまりの額に脳がフリーズを起こす。

今なんてったのこの娘?一千万?それって俺だと何人分になるか分かってる?

 

 

「一応聞いておくけど真っ当なお金だよな?」

 

「…………はい、たぶん」

 

 

……どうやら真っ当なお金じゃないらしい。

 

 

「ち、違うんです!このお金は友だ……ライバルが工面してくれたもので……!」

 

「ゆんゆん、友達ってのはいくらなんでも一千万を工面してくれるような奴じゃない。いくら一人が寂しいからって誰彼かまわずついていったりするなよ。世の中には下心を持った危ないやつもいるんだし。俺でよければ買い物とかクエストとかなんでも付き合うから。頼むから不用心に知らない人についていくなよ?何されるか分かったもんじゃないし」

 

「なんだろう!すごく嬉しいことも言われたのに素直に喜べない!!」

 

 

涙目になりながらもゆんゆんが弁解を始める。

なんでも、一緒に紅魔の里からやってきたライバル兼友人が上位悪魔討伐の為と言って、どういう方法か知らないが本当に工面してくれたらしい。

 

 

「どうですかね!?やっぱりあの娘、人には言えないような方法で用意しちゃったんですかね!?」

 

「どうだろうな。この額とまでなると個人というより団体とかから借りたって方が信憑性あると思うけど。どっかの貴族か、商業組合、宗教団体とかにコネがあれば用意できなくもない額だと思うけど」

 

 

俺の言葉に心当たりがあるのかゆんゆんはほっと胸をなでおろした。

 

というかそんな訳アリの金を、上位悪魔討伐をしないかもしれないというのに使ってしまっていいのだろうか?

 

……まぁ、最悪準備している段階で倒されるとは思わなかった。

とか言って言い逃れたらいいか。

実際、上位悪魔討伐の為に使ってるんだしマッチポンプな気もするけど詐欺じゃないと思う。たぶん、きっと!

 

一抹の不安を脳内の端っこに追いやり再び順々に店の商品を見て回っていく。

 

 

「見てください!妨害魔法のスクロールもあります。中々お目にかかれないレア物ですよ!」

 

「妨害魔法?」

 

「はいっ。特殊な系統の魔法で相手の魔法を無効化するんです!魔力を込めれば込めるほど性能が上がって理論上ならどんな魔法も一度だけなら打ち消せるんですよ!」

 

 

マジか。理論上だと最強だな。

実戦で打ち消せるだけの魔力の余裕があればだが。少なくとも俺には向かないな。

 

 

「なるほど。魔力容量の多い紅魔族にはうってつけかもな。在庫が一つだけって言うのが心許ないが」

 

「すごく稀少なものですし仕方ないですけど。でもあって良かったです。買っておきますね」

 

「そういやウィザードやプリーストの御用達というか、オススメのアイテムとかってあるのか?」

 

 

魔法の威力上昇とか、魔力を回復させるポーションとかあるのならそちらも見ておきたい。

俺の魔力容量は高いとは言えないし魔力補充の手段はあるに越したことはないしな。

 

 

「聖水を使うと浄化魔法や破魔魔法はだいたい威力が上がりますね。悪魔やアンデッドには聖水だけでダメージが入りますし。あとは魔法が使える職業全般だと消費魔力を肩代わりしてくれるマナタイトは欠かせないです」

 

「じゃあそれも買ってくか」

 

 

店内をぐるっと見回して探してみる。

やっべぇ全然分かんねえ。せめてどういう形か分かれば見当もつくのだが。

 

 

「あっありましたよ!」

 

 

ゆんゆんが声を上げる。

その手には野球ボールほどの紫色の丸い水晶が握られていた。

あれー?俺もそこは見たはずなんだけど……。

 

 

「置いてあるのは中級魔法用のマナタイトですね」

 

「用途が決まってるのか?」

 

「はい。マナタイトには純度というのがあって、高純度なものほど肩代わりしてくれる魔力が多いんですよ。そのぶん高価になっちゃうんですけど」

 

 

なるほど。確かに初級用のマナタイトと見比べてみると、中級用のマナタイトの方が澄んだ紫色をしている。

ふと隣のゆんゆんを見ると、店頭にある中でより純度の高いものを厳選し始めている。

やだなにこの娘、マジで詳しい。これなら一人で回るより一緒に見て回る方が効率よさそうだ。

 

 

「とりあえず一緒に見て回っていいか?素人目な俺がいいアイテム選べるとは思えないし」

 

「えっ!?いいんですか!?」

 

「いや聞いてるのは俺の方なんだけど。まぁ、一人で見て回った方が気楽だしな」

 

「い、いえ!とんでもないです!こちらこそお願いしますっ!」

 

 

嬉しそうに爛々と目を輝かせるゆんゆん。

……お願いされても困るんだけどなぁ。

 

 




【補足説明】
ゆんゆんの持ってきたお金はめぐみんがセシリーから貰ったお金です。この作品だけでのご都合主義な独自展開というわけではないのであしからず。相変わらず詳しくは原作を。この作品の中では逃げ出したセシリーが向かった先がめぐみんの宿という感じですね。

【所感】
遅い上にこのクオリティいやはや本当に申し訳ない。
まだゆんゆんを動かすのが下手くそですね。ぼっち同士の絡みな上にゆんゆんは基本敬語。苦肉の策でほぼ説明ばかりになっています。
ほんともっとらしさを出して行きたいんですが。
まだまだ頑張って行こうと思います。


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そして彼はようやく始まりに立つ

 

それから俺達は更に幾つかの店舗で魔道具を補充し、冒険者ギルドでちょっと遅めの昼食を取っていた。

最初に運ばれてきたネロイドのシャワシャワを受け取るとゆんゆんが小さく咳払いをして。

 

 

「そ、それでは私達のパーティー結成のお祝いと今後の活躍を祈って……か、かんぱー……ってなんでもう飲んでるんですか!?」

 

 

えっ?これってそういうモンだったの?

 

 

「いやだって聞いてねえし」

 

「うぅ……。夢だったのに……。パーティー結成のお祝い会とか憧れてたのに……」

 

「あー……なんかその、スマン」

 

 

具体的に何が悪いかはよく分からんのだが、健気なぼっち少女の夢を一つ壊してしまった事を考えると、先に生きるぼっちとして謝っておくべきなんだろう。

 

 

「……やり直させてもらっていいですか?」

 

 

乾杯の挨拶をか?

まぁそれくらいなら全然いいけど。

 

俺がグラスを持ち上げると、ゆんゆんはパァッと嬉しそうに顔を綻ばせグラスを手に取り、

 

 

「そ、それでは気を取り直しましてパーティー結成と」

「……乾杯」

 

 

ゆんゆんが言い終わる前にカコンとグラスを当ててやる。

 

 

「な、なんで先にやっちゃうんですか!?私まだ喋ってましたよね!?」

 

「いやだって一度聞いたし。なんか恥ずいし」

 

「~~~っ!わ、私だって恥ずかしかったのに!」

 

 

顔を赤くしながら涙目で訴えてくるゆんゆん。

いや、恥ずかしいならわざわざそんな慣れないことせんでいいのに。

 

 

「別に二人だけなんだし前置きとかいらんでしょ。ほら、乾杯」

 

「うぅ……。それもそうですけどせっかく仲間になったのに」

 

 

言いつつゆんゆんもカコンとグラスを合わせる。

そしてそのままシャワシャワを口に運び一口飲んで「はわぁ~」と顔を綻ばせた。

 

仲間、ね……。

 

思えばパーティー結成自体が成り行きなんだよな。

元々関わろうとしなかったのに、こうやってペアになってるあたりが実にぼっち同士らしい。

社会科見学の班分けで余り物同士が組まされている状況と似たようなものだろう。一緒に行動してるとはいえ、終わってしまえば自然と消えてしまうものなのだ。

だからこそ俺達は歪で噛み合わずどこまでも、偽物だ。

 

 

「あ、あの……えーと……その」

 

 

ふとゆんゆんがオロオロとしながらチラチラとこちらに視線を向けているのに気づく。

えっと、……なに?

 

 

「きょ、今日はいい天気でしたね……?」

 

「……おう」

 

 

……身構えるだけ無駄だった。

 

おそらく退屈させまいと、話題を探したものの見つけられなかったんだろう。

俺の反応を見て話のチョイスを間違えたと悟ったのか、ゆんゆんは再びオロオロとうろたえ出した。

 

 

「……別に何か話題探そうとかしないでいいぞ?」

 

「えっ!?で、でも『こいつほんとつまらねえ奴だな。一発芸の一つでもやれねぇのかよ』なんて思ったりしませんか?ハッ!?私、一発芸しますねっ!」

 

「いやしなくていいから。あとそんな事も思わねえし」

 

 

唐突に指芸を披露しようとしたゆんゆんを止める。

この子、ぼっち拗らせて変な方向に突っ走ろうとする節があるから気をつけとかないと。

 

 

「でも退屈させないような話をしなきゃならないって本に……」

 

 

……悲しい努力をしているようだった。

というかいきなり話題を振れだなんて、ぼっちに無理な事を進めている本とか捨ててしまいなさい。

 

 

「俺は別に沈黙とか苦にならないぞ。むしろ得意なまである」

 

「えっ?ほ、ほんとうですか?」

 

「というか盛り上げたりする方がぼっちの身としては苦手だな。ウェイ勢のノリとかほんと無理」

 

 

ほんとアイツらなんであんなに煩いのかしら。

しかし、ウェイウェイと同じ言葉を繰り返しながらコミュニケーションを取ってるのを見ると、そのコミュ力は相当高いのだろう。

きっと53万とかあって高まるにつれ変身とかしてくのだ。そして最終形態は肌が黒光りしている金髪のゴールデンパリピとかだ。

……地獄絵図じゃねえか。ぼっちでよかった。

 

 

ふと前に座るゆんゆんを見ると、彼女はポカンとした顔でこちらを見ていた。

 

 

「……なに、どした?」

 

「あっ。いえ、その……」

 

 

言いづらそうにしどろもどろになるゆんゆん。

えっ。なんなの?逆に気になってきちゃうんだけど。

 

 

「別に言いたくないことなら言わんでいいけど。遠慮されると俺も接しづらいし」

 

「えっと、じゃあ……ハチマンさんってぼっちだったんですか?」

 

 

うぐっ!

……いや実際その通りなんだけどね?

遠慮するなと言った手前でなんだが、歳下の女の子にそうハッキリ言われてしまうと流石に応える。

 

 

「……まぁアレだな。はっきり友達と呼べる奴は居なかったのかもな」

 

 

奉仕部しかり他に関わってた奴らしかり。

はっきりと友達だなんて言った人間なんて居なかった気がする。

……思えばあの関係はなんて言えば良かったのだろう?

飾り気もなく、不安定で、壊れやすくて。

 

それでも居心地の良いものだと感じていたあの場所は……。

 

 

「……まぁそういう訳だから。お互いぼっちなんだし、ゆんゆんも変に気を使って盛り上げようとしなくていいぞ」

 

「わ、私は別にぼっちなんかじゃ…」

 

「おいおい、ぼっち舐めるなよ?人生の勝ち組だからな?」

 

 

へ?とゆんゆんが目を丸くする。

某英雄王や騎士王さんも王とは孤高と言ってたんだ。

つまり同じく孤高なぼっちも王になる資質を秘めているとさえ言える。

さて、王の話をするとしよう。

 

 

「時は金なりっていうだろ?つまり時間はお金と同等と言っていいまでの価値があるわけだ。そしてぼっちはその貴重な時間を他人に割かずほぼ全て自分の為だけに使える。つまりぼっちは勝ち組だ」

 

「……なんだろう。めちゃくちゃなのにちょっと納得してしまう自分がいます」

 

「それに、ぼっちでいいと思うようになると人間関係に悩まなくて良くなるしな。すれ違いも諍いも対立も起きない平和な日々だ」

 

 

畳みかけるように口から出た言葉は誰に向けようとしたのだろう。

誤解を与えてすれ違うことも、勝手に期待し失望することも、理解を押し付け裏切られることも。

……一人で居た頃には経験せずにすんだのだ。

 

 

「……けどやっぱり、一人ぼっちは…………寂しいです」

 

「────。」

 

 

ポツリとゆんゆんの口から言葉が洩れる。

聞き逃してもおかしくない程に、か細く消え入りそうな声量だったが、何故だかはっきりと聞き取ることが出来てしまった。

 

それはぼっちなら誰しもが感じたことのある感情なんだろう。

何度だって経験した。誰かと一緒にいたくて、見つけようとした温もりは紛い物で、心無い行動に傷ついて、いつしか本物なんてありもしないと思うようになっていた。

強がって、捻くれて、認めないようにしようとしていた。

 

けれど、それでも探しているんだ。

 

分かりたい。知って理解し安心したい。そうでないと不安で仕方がない。誰からも理解されることのない孤独は不安で恐ろしいものだから。

 

それを俺はゆんゆんより先に痛いほど知っている。

それなら、俺と彼女は──。

 

 

「……なぁ、ゆんゆん。俺とコンビ組まねえか?」

 

「……えっ?」

 

「いや、なんか始まりはなりゆきみたいな感じだったろ?だからまた改めて。きちんと始めようか……なんて思ってな」

 

 

────かつて彼女は言った。

 

始まりが間違っているなら終わらせてまた始めればいい。

誤解は解けない。その時点で既に解が出てると言った時に、それなら改めて問い直せばいいと芯の通った声で答えてくれた。

 

……だったら、もう一度やり直すっていうのも間違った選択ではないのかもしれない。

 

 

「……まぁ、ゆんゆんがそれでよければの話だけど」

 

「は、はいっ。勿論ですっ!」

 

「……あぁ、今後ともよろしく」

 

 

頼んでおいて口にしていなかったネロイドのシャワシャワを一口飲む。

炭酸とも言えない独特な感触が口の中に心地よく広がった。

 

その嬉しそうな笑顔を覚えていよう。どこまでも残念で色々と間違っているこの世界で。

───それでも俺が間違えてしまわないように。

 

 




感想評価ありがとうございました。
あんまりシリアスな話はこのすばの良さを消すと思い控えたかったんですが今後の展開で八幡を動かす上では仕方ないかなと思い挟みました。ですが心理描写難しいですね。うまく書けてる自信ないです。

感想評価お待ちしてます。


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思わず比企谷八幡は姿を重ねる

前回はお気に入りと感想たくさん貰えてビックリしました。ありがとうございました。
お気に入り1000件行ったら何か特別編考えましょうかね。次話投稿以外のやり方分かんないんですが。


 

マッカン飲みてえなぁ……。

 

食事を終え、お茶を啜りながらしみじみ思う。

そういえばこの世界にはコーヒーはあるのだろうか?

酒やお茶、ジュースなどは日本と同じようにあるのだが、コーヒーを見かけた記憶はない。

もしもなかったらマッカン以前の問題だ。糖分が足りないんだけどぉ!!

 

仕方ないのでメニューのデザートを開いてみる。

そこには色とりどりのアイスやケーキ、パフェなどが並んでいた。

というかなんかファミレスのメニューと大差ないな。日本から来たチート持ちの影響だろうか。

 

デザートを選んでいると、目の前に座っていたゆんゆんも食べたくなったのか興味深そうに覗き込んできたので、彼女にも見えるように机の真ん中に横向きにしておいてやる。

ほら、これで見れるでしょ。

 

 

「ん?この横線で消されてる『ところてんスライム』って」

 

「あー……禁制になったんでしたね。そう言えば」

 

 

なぜか遠い目をしてゆんゆんが答える。もしかしてセシリーのように好物だったのだろうか?

そういえば禁制になった時のセシリーの暴虐ぶりはすごかった……。

 

 

「ハチマンさんは甘いものお好きなんですか?」

 

「まあ普通に好きだぞ。甘ければ甘いほどいいな。デザートも人生も」

 

「なんか意味を理解してしまうと悲しくなりそうなので深く聞きません……」

 

「まあ実際は人生とは甘いどころか苦いもので、思い出は甘酸っぱくなく酸っぱいものだからな。デザートくらい甘くなきゃやってられない」

 

「やっぱり悲しい理由だった!ていうか深く聞かないって言ったのにどうして言っちゃうんですか!?」

 

 

共感できる節があるのか、泣きそうな顔になりながらゆんゆんが抗議してくる。

俺としては甘いものが好きな理由を答えただけだったんだけどね?

 

 

「そんな事よりデザート何にするか決まったか?別々に注文するのも店員さんに迷惑かかるし、まとめて頼みたいんだけど」

 

「あっ、ごめんなさい。まだどっちのケーキにしようかなって悩んでて」

 

 

そういや小町もよく悩んでたっけなぁ。なかなか決めきれず結構待たされた記憶がある。

そのたびに『お兄ちゃんは何選んだの!?』なんて聞かれてたっけな。

 

 

「ちなみに参考までだけど、俺はチョコの方を選んだから」

 

「あっそれなら私はチーズケーキの方にします」

 

 

……それは暗にお揃いなんて気持ち悪いから嫌です。なんて意味合い混じってないよね?

大丈夫だよね?そういや小町も結局、いつも俺が選ばなかったやつを頼んでたけど……お兄ちゃん信じていいんだよね?

 

生きていく気力の大半を崩しかねない疑惑が生まれてしまったが、とりあえず頭の隅に追いやりデザートを注文する。

大丈夫、大丈夫。小町を信じろ。たとえ小町を信じられなくとも貯めに貯めた小町ポイントを信じろ。

『ゴミいちゃん』『え、やだよ。なんかキモいし』『バカ!ボケナス!八幡!!』

やべぇ。なんも信じらんねえ。ポイント貯まってるとは思えない言葉のレパートリーなんだけど……。

 

なんて考えてるうちに運ばれてきたケーキを一口頬張る。

うん。やっぱデザートくらいは甘くあるべきだよな。しょっぱくなってた心が癒される。

ふとゆんゆんを見ると、彼女の紅い瞳がちょろちょろと俺のケーキを見ては外れ見ては外れを繰り返していた。

 

 

「なに?こっちも欲しいん?」

 

「ち、違いますよ!めぐみんじゃないんですから!ただもう片方はどんな味がするのかなぁなんて思っただけでっ」

 

 

そういや結構悩んでたっけな。

っていうかめぐみんって何?ピクミンの亜種?でもピクミンは食われる方だよね?

 

 

「そんな気になるなら一口いいぞ。まだ一口しか食べてないし」

 

「いいんですか!?ありがとうございます!そ、それでは……」

 

 

恐る恐るといった感じだったが、嬉しそうにゆんゆんがケーキを頬張り「はわぁ~」と幸せそうな声を上げた。

まぁ気に入って貰えたならなによりだけどさ。

 

 

「あっ!それじゃあお礼にハチマンさんにも私のケーキ一口どうぞ!」

 

「ん。それならまぁ、ありがたく貰っとく」

 

 

お礼というなら断るのも失礼だしな。

うん、なかなかうまい。いい甘さだ。

 

 

「えへへへ、なんだかこういうのってお友達同士みたいですよね?」

 

「……いや、知らんけど」

 

 

ゆんゆんは嬉しそうに言うが、残念ながらこちらにはソースがない。

いや、雪ノ下と由比ヶ浜あたりはやってた気もするな。でもなんかあいつらはキマシいというか既に友達の関係超えちゃってた気もするけど。

……うん、深く考えるのは止めとこう。なんかほら、アレだし。

 

妙な気恥ずかしさを誤魔化すために再びケーキを食べようとすると、またもゆんゆんが物欲しそうな目でこちらを見てきた。

 

 

「……そんなに気に入ったんなら、このケーキ全部食べていいぞ」

 

「えっ!?で、でもそしたらハチマンさんのデザートが」

 

「いや、俺は味を知りたかっただけだし、もういいから」

 

 

というかそんなに見られたら落ち着いて食えないし。

でも、そういえば小町にも結局俺の分のケーキをやったりしてたんだよな。

ん?ひょっとすると小町の事だから、俺の分のケーキを貰うのを見越して別のケーキを頼んでいたのかもしれない。

我が妹ながら小賢しいな。でも悪い気になれない兄属性が悩ましい。小賢しいのに可愛いってマジ小町こざかわいい。

 

皿を渡すと、申し訳なさそうにお礼を言ってからゆんゆんは嬉しそうに食べ始めた。

 

……やっぱり普通な女の子だよなぁ。

 

買い物の時とかも何度か思ったが、ゆんゆんは少しぼっちを拗らせてるだけで根は普通の女の子なのだ。

正直、小町と大差なく感じる時もある。まぁ一部分は小町どころか大町なんだけど。

 

 

「……別に言いたくないなら言わんでいいけど、ゆんゆんはなんで冒険者になろうと思ったんだ?」

 

「えっ?その、たいした理由じゃないんです。私って族長の娘だから次期族長として見聞を広めることも大事かなって。あと里ではあんまり友達出来なかったけど、里の外なら出来るかなぁなんて」

 

 

……前はともかく後の方は知らなくていい情報だった。

同じ中学の奴が進学しない高校を受けた受験生かよ。

おいおい、それどこのナニタニくんだよ。

 

 

「そういや一緒に里から来たって子はどうしたんだ?先にパーティー見つけてしまったとか?」

 

「あっいえ、あの子は例の上位悪魔討伐のために仲間を集めてるんです。私は知らない人に話しかけられないんで」

 

 

……会話の節々に悲しい情報が入ってくる。

それにしても仲間集めね。セシリーと回復させた連中の殆どは、上位悪魔にビビってたというのに熱心な奴だ。

 

 

「ずいぶんとやる気なんだな」

 

「……そういうわけじゃないんです。ただちょっとした事情があって」

 

 

何気なくこぼした言葉に、ゆんゆんは目を逸らし言い淀んだ。

 

……知ってる。これは厄介ごとのパターンだ。

そう言えば前にも『巻き込んでしまって』なんて言ってたし関係者なんだろう。

というか同じパーティーメンバーが偶然にも関係者とか運悪すぎない?

スタンド使いが引かれ合うくらい理不尽。ぼっち同士で引かれ合っただけなのに。

 

 

「……はぁ、何があったんだよ?」

 

「えっ……いいんですか?」

 

「本音を言うとめんどくさそうな案件だから聞きたくないんだけど、もう乗り掛かった舟だからなぁ」

 

「……正直そんな理由は聞きたくなかったです」

 

 

ゆんゆんは呆れたように僅かに苦笑し、深呼吸をしてから再び口を開いた。

 

 

「上位悪魔の狙いはあの子なんです」

 

「……その一緒に里からやってきた子ってことか」

 

 

こくりとゆんゆんは首を縦に振る。

なるほど。数少ない友達が狙われてるとなっては、ゆんゆんの性格からしてほっとけないんだろう。

 

 

「何やったか知らんけど、悪魔に目をつけられるってのも災難だな」

 

「いえ、正確にはその子の飼ってるペットの子ネコなんですけど」

 

「いや、待ってくれ。全然分からん」

 

 

……その悪魔はもしかして雪ノ下さんだったりするのかしら。

あいつネコ大好きフリスキーさんだし。それにほら、姉は魔王やってるし。

 

 

「私もなんで狙われてるのかよく分からないんですけど、なんでも昔仕えてた主人を探してて、その匂いがネコからするらしいんです」

 

 

……なんだそりゃ。

ここ最近ギルドを大騒ぎさせていた元凶が、まさかそんな理由で出没していたとは……。

いい迷惑にもほどがあるだろ。

 

思わず溜息を吐くと、ゆんゆんが申し訳なさそうに頭を下げてきた。

 

 

「ごめんなさい、私達の事情なのに巻き込んでしまって。あ、あのっ……ハチマンさんは元々無関係ですし無理に付き合ってもらわなくても……その、大丈夫なんですよ?」

 

「……別に。俺だってギルドの連中に依頼されたし。それにパーティーだからな。仕事の範疇でもあるし仕方ねえよ」

 

 

なんでか分かんないけど、仕事って言われると普段は絶対にしない事でも結局やる事になるんだよね。むしろ面倒な事でも、仕事仕事と言い聞かせれば不思議とやれてしまうまである。

ほんとなんでだろうね。

 

 

「…………ありがとうございます」

 

 

いや別に感謝されるような事じゃないでしょ、仕事なんだし。

 

 

「……と言っても、実際討伐に行くことになるとは思わないけどな」

 

「えっ?それって?」

 

「いや実は、昨日カエル狩り終えてからエリス教会に負傷した冒険者の手当に行ってだな?そん時、魔剣使いと腕利きパーティーを全快させてたんだよ。今頃はそいつらが悪魔討伐行ってるから、俺たちの出番なんてたぶん来ないぞ?」

 

「…ほんとなんですか?」

 

「嘘ついてどうすんだよ。回復させたらまた討伐行ってくれるって話だったし、そっちの方が楽だからな。だから色々準備してたとこ悪いんだけど、たぶん無駄になっちゃうぞ」

 

「いえ……。それなら良かったです」

 

 

ほっと胸を撫でおろすゆんゆん。

経緯はどうあれ友達が悪魔に狙われていたんだ、今まで気が気でなかったのだろう。

ともあれ、俺達に出来るのはもう朗報を待つくらいのものだろう。ちょうどギルドにいるんだしな。

 

すると突然、ギルドの扉が勢いよく開いて男性冒険者が駆け込んで来た。

 

 

「た、大変だ!魔剣使いと腕利きパーティーがやられたぞ!!どっちもこの前以上の重症だ!!」

 

 

……もうやだ、この世界。

 

 

 




今回はゆんゆん回ですね。
ゆんゆんは泣き顔が印象的ですが嬉しそうにしてる顔が一番可愛いと思います。
今回で割と第一章の終わりが見えてきた感じですかね。
あと3、4話くらいで終わるかと思います。
そしたら第一章完結記念で特別編挟んで第二章といった流れで進めていこうと思います。
第二章ではようやくあの人達と本格的に絡んでいきます。

それでは感想評価お待ちしてます。


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行き詰まった二人に幸運を!

続き書いてたら思いのほか長くなっちゃいそうだったのでとりあえず1話だけ更新します。
前回、二話まとめて更新するとか言っておいてすまない。



 

「……ダメだったみたいですね」

 

「ソーダネ」

 

「……どうしましょうか?」

 

「どうすっかねぇ……」

 

 

重苦しい沈黙がのしかかる。

そんな俺達とは対照的にギルドは阿鼻叫喚のドッタンバッタン大騒ぎだ。

「そんなにお前らが行きたくないなら、もう俺が行くよ!」

「いやここは俺が行くよ!」

「待て、俺が行くよ!」

「しょうがないな俺が行くよ!」

「俺だって行ってやるよ!」

 

どうぞどうぞ!!だ。

そんなに行きたいなら代わりに行ってきてくれませんかね?

というか日本から来た先人達はロクな文化広めてないな……。

 

 

「……とりあえず作戦はなくもない」

 

「例の不意打ちですか?でもそれだと一撃で倒せないとかえって……」

 

 

その通りだ。

そして残念ながら、一撃で倒せるかどうかなんて分からないし、そもそも成功するかも怪しい。それどころか失敗すると普通に戦うより危険だ。

かと言って、正面切って戦うなんてことも出来ない。魔術師と聖職者はどちらも後衛型だし、前衛職に守ってもらわなければすぐにやられてしまう。

 

 

「いっそのこともう遠くの町に逃げてしまおう。その紅魔の里から一緒に来た子も誘って夜逃げするんだ」

 

「なにも解決してないじゃないですか!?」

 

 

いや、ほんとどうしようもないんだって。

それに働きたくない俺からしたら、むしろこっちの方が性に合ってるまである。

 

 

「いやだって、俺達より遥かに強い奴らが負けてんだぞ?ぶっちゃけ勝てる未来が見えない」

 

「そ、それはそうなんですけど……」

 

 

というかミツルギは魔剣持ちだろうが。

そういうのって当たれば必殺じゃないの?

特典チートってそういうもんでしょ。

 

 

「仮に戦うとしても、屈折魔法以外にも身を潜める手段は欲しいし、せめて盾役になれる前衛職がいないとどうにもならん」

 

「でも今日買ったアイテム使ったら…」

 

「それでやるしかないな……」

 

 

言ってて不安になってくる。

確かに高額なマジックアイテムは数多く入手できた。

しかし、そんなアイテムとは比べるまでもない強力な武器を持ち、高価な装備に身を包んでいたミツルギらがやられてるんだ。

思わず深い溜息を溢してしまう。

 

 

「話は聞かせてもらったよ!!」

 

 

突然横から声をかけられる。

見るとそこには、見覚えのある銀髪に頰に小さな刀傷のある女の子と、フルプレートに身を包んだ金髪碧眼の女性が立っていた。

 

 

「えっと……エリスだっけ?」

 

「えっ!?ええええええ!!?ちちち違うよ!なに言ってんの!?私の名前はクリス!!」

 

 

あぁ、そうだったな。クリスだクリス。

というかなんでそんな驚いてるのん?

 

 

「悪い、うろ覚えになってた」

 

「も、もうっビックリしたなー!よりにもよって神様の名前と間違えないでよね!畏れ多いよまったく……」

 

 

ふーっと汗を拭い、手で顔をパタパタと扇ぐクリス。

そういえば最初に会った時もエリス教徒といたし、クリスもエリス教徒なのかもしれない。

それならエリスなんて呼ばれたら畏れ多いよな。

 

 

「それでそっちの人は?」

 

「私はダクネス。まだ駆け出しだがクルセイダーだ。今はクリスとコンビを組んでいる」

 

 

凛とした声で礼儀正しく頭を下げられ、思わずこちらも会釈を返してしまう。

クルセイダーは確か聖騎士と呼ばれる前衛の上級職だった気がする。

なるほど、確かに騎士らしい佇まいだ。

 

 

「はぁ、ども。俺はハチマン。一応アークプリーストだけど、まだ駆け出しだから期待しないでもらえると助かる。で、コンビ組んでるこの子はーー」

 

「は、初めまして!我が名は……い、いえっ私はゆんゆんと申します!職業はアークウィザードで趣味はトランプタワーを作ることです!まだ中級魔法しか使えないんですがすぐに上級魔法だって覚えるのでよろしくお願いしますっ!」

 

 

クリスとダクネスが来てから話し出せなくなっていたゆんゆんが、かなり気合の入った自己紹介をした。

というか自己紹介くらいで目を紅くするなよ……。二人とも引いてんじゃん。

 

 

「それで何の用だ?なんか話は聞いてたみたいだけど」

 

「そうそう。君達、上位悪魔の討伐考えてるけどメンバー不足で困っているんだよね?」

 

「まぁ、有り体に言えばそうなるな」

 

「実は私達も上位悪魔討伐を考えててね?よければ今回合同でやらない?私は盗賊で潜伏スキルを使えるし、ダクネスはクルセイダーだから前衛になれるよ」

 

「本当ですか!?やった、ついてますよハチマンさん!……ハチマンさん?」

 

 

さて、どうするかね……。

クリスの言うことが本当ならありがたい。

ゆんゆんも賛成みたいだし正直、合同でやれるならそれに越したことはないのだろうが……。

 

俺はこの世界に来て嫌というほど味わってる。

 

せっかくの転生特典チートは、アクシズ教徒への強制入信で改宗不可とかいう、祝福どころか呪いのようなもので。

けれど、そのおかげで宿が手に入ったかと思えば、今度はセシリーという変態のろくでなしに付き纏われ。

ようやくパーティーが決まったかと思ったら、上位悪魔討伐をすることになり。

わざわざ回復させた連中は呆気なくまた負けて帰って来た。

 

うまい話には裏があるどころじゃない。

何故か起こるイベントが次々と悪い方向へ転がっていく現状、この一見、幸運の神の思召しとも思える提案にも疑いの目を向けて望むべきなのだ。

 

 

「んっ……そ、そんな目で見るな……。いや違う、もっと見ろ!その下卑た視線を向けて見ろ!!」

 

「は?」

 

 

ちょっとこの人なに言ってんの?

突然わけわかんない事を言い出したダクネスにちょっと……いや、だいぶ戸惑ってしまう。

というか下卑た視線とはなんだ。

俺は雪ノ下以来になるが、いきなり失礼な事を言ってくれたダクネスを警戒の意も込めて威嚇をしておく事にした。

 

 

「がるるるるる!」

 

「きゃうんっ!」

 

 

えっ?なんで頬赤らめて嬉しそうにしてるのん?

ちょっとこの人怖いんですけど。雪ノ下と違う意味で。

 

 

「クリス!彼は想像以上だぞ!想像以上に逸材だ!!」

 

「うん。ダクネス、君はちょっと黙っていようね?」

 

 

なにが想像以上なんだろう……。

鼻息荒く興奮し始めたダクネスを見て、言いようのない不安感を覚える。

いや深く考えるのは止めておこう。きっとガッカリする。

 

 

「あー……ちょっといいか?さっき上位悪魔討伐を考えてる言ってたけど、なんでなんだ?普通なら関わらないだろ」

 

「えっ?悪魔だから当たり前じゃん?殺さないと」

 

「うむ。私達はつい先程クエストを終えたばかりで知らなかったからな。よくもまぁ現れたものだ、ぶっ殺してやる!」

 

 

理由を聞くとクリスはハイライトの消えた目で当然のように答え、一方のダクネスは目を血走らせて怒ったように答えた。

……なんでリアクションは正反対なのに言ってる事は同じなのん?

というか怖い。怖いんですけど。

そういえばアクアとクリスにはアンデッドと勘違いされて浄化魔法を撃たれた事もあったし、教会関係者は悪魔やゴーストといった類のモンスターには容赦がないのだろう。

にしても怖いんだけど。ゆんゆんも怯えてるし。

 

 

「けれど私達は決定打を持っていないのでな。嬲られるのは好きだが嬲るのは趣味じゃないんだ。羨ましくなっちゃう」

 

「こら、ダクネス擬態……。それで君を見かけたわけだよ。経緯としてはこんな感じかな」

 

 

なるほど。とりあえずダクネスがドMな残念な奴ということが分かった。

アレだな。オープンなドMってキツいんだな。

 

第一印象の凛々しい女性像は何処へやら、正体はただのド変態キャラだったのだが、とりあえず致命的な欠点はなさそうだ。

まぁ正直関わりたくない部類の人間だけど、どうせその場限りのパーティーだし。

なによりも現状、やっぱり合同でやる以外にいい手が浮かばない。

 

 

「分かった。変に疑って悪かったな。協力してくれると助かる」

 

 

席を立ってゆんゆんの隣に移動する。

隣に座っただけなのだが、ぼっちの初期スキル人見知りを発動して今までなかなか会話に入れずにいたゆんゆんは、心なしか嬉しそうな顔をした。

そんなゆんゆんを無視するようで心苦しいのだが、クリスとダクネスを空いた対面する座席に座るよう促す。

 

 

「さっそく作戦会議始めるぞ。なんか頼むか?」

 

 




ようやくタグ付けした主要メンバーと出会わせることが出来ました。
今回クリス、ダクネスと臨時パーティーを結成させましたがこの作品では基本的にカズマパーティーはそのままの形で進めていくつもりなのでご安心ください。
カズマさんがまだ冒険者として活動していない土木工事中の時系列だからこそ出来る組み合わせですね。

日刊ランキングに載ることが出来ました!
不定期更新でろくに進んでもないのに読んで支えて下さっている皆々様のお陰です!ありがとうございます!
そして申しわけないのですが前にチラッと言っていたお気に入り1000件記念の特別編なんですが一章完結の特別編と合同でやらせてもらおうかと思います。
まさかあんなに早く1000件越えちゃうとは思わなかったので……。
日刊ランキングの強さを思い知りました。今後とも期待に添えるだけの話を作れるよう頑張りますのでよろしくお願いします。

さて、話はこのすばや俺ガイル関係なくなっちゃいますがFGO2周年熱いですね。
地方民なので現地勢が羨ましい限りでニコ生見てます。
自分は確定ガチャを引く際、
まずホームズを当てていい流れにしたあと福袋を引き神引きを呼び寄せる!
と完璧な計画を立ててガチャを回してましたが二万が無くなり傷心の末に引いた福袋はジャックの宝具レベルが上がるだけの結果となりました。
同じ殺鯖ならヒロインXが欲しかったですね。復刻が待ち遠しいです。
見事、目当ての鯖や限定鯖を当てた方にはアクア様からの祝福があらんことを切に祈ってます。

それでは感想、評価はお待ちしておりますがガチャ大勝利報告なんかは受け付けておりませんのでよろしくお願いします。


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上位悪魔と決闘を!上

このすば新刊読んでテンション上がっちゃったんで更新します。
いや元々プロットは出来てたんですけどね。今回の話は一番最初から考えてた話だったんで割と出来上がりは早かったんです。
いつもこれくらい早く更新したいものです。


現在、俺とクリスは身を寄せ合って互いの手を握っていた。

紅潮した彼女の頬から一筋の汗が流れ、陶器のような首筋を伝っていき、握りかえす指の力が僅かに増すのを感じる。

 

「………怖いのか?」

 

 

静かに、緊張をほぐすように、出来るだけ優しく尋ねる。

 

 

「……うん。あたし、こういうの初めてだから。この後どうなっちゃうんだろうって」

 

 

答えた言葉は僅かに震えていた。

しかし、こういう時に掛ける言葉を俺は知らない。

逡巡しながらも、本心を語るのが一番誠実だと思い口を開いた。

 

 

「……初めてなのは俺だって同じだ。だからまぁ、なるようになるだろ」

 

「なにも安心できないんだけどそれ」

 

 

可笑しそうに困り顔を浮かべるクリス。

多少の緊張はほぐれた様だが、安心させるには至らなかった様だ。

だからせめて、握りかえす手に力を込める。

高なっている鼓動が、繋いだ手から伝わってしまうのではないかと心配になってくる。

 

 

「ありがと。やっぱり君は捻デレだね?」

 

 

照れ臭そうにクリスが言う。

薄い微笑みを浮かべた彼女は一度、深呼吸をして意を決したように口を開いた。

 

 

「さあ、いってみよう!」

 

 

▼▼▼

 

 

ドゴン!!

 

 

前方の草原から爆発音が響いてくる。

見ると、ダクネスとゆんゆんが対峙している大きな影から硝煙が上っていた。

その様子を、少し離れた位置で俺とクリスは身をかがめながら伺っている。

 

 

「まずは手筈通りだな」

 

「ぬいぐるみに爆発物仕込むなんて発想は、最低だと思うけどね」

 

 

なんでだよ。漫画とかじゃ常套手段じゃねえか。

それにせっかく誘き出す用にゆんゆんが買っていた黒猫ぬいぐるみなのだ。最後まで利用させてもらおう。昨日、最後に行った魔道具店に爆発するポーションが置かれてて助かったな。

 

 

「やってくれるじゃねーかァァァアアア!!」

 

 

怒声が響くのと同時に、硝煙の中から飛び出してきたのは紛れもなく悪魔といった風体のモンスターだった。

金属のような光沢を持った漆黒の巨大な体躯。一枚だけにはなってるが、蝙蝠に似た大きな羽。そして禍々しさを感じさせる角と牙。

えっ、うそ……あんなんと戦えっての?カエルにとどめをさした事しかない俺があんな階層ボスみたいなのと?

 

 

「……めっちゃ怒ってんじゃん、俺もう帰りたいんですけど」

 

「怒らせようって言ってたの君だよね!?今更何言ってんの?」

 

 

そりゃそうだけどさ。あそこまで激昂しちゃうとは思わなかったんだよ。

まぁクリスの言うとおり、怒らせて冷静さを失くすって作戦は一応成功してる。

これでこっちに気づかないといいんだけど。

 

物凄い勢いで飛び出して来た上位悪魔は、ぬいぐるみを投げ渡したゆんゆんに迫っていき、熊のような腕を振り上げる。

 

ガギンッ!!

 

降ろされた腕はゆんゆんに当たることはなく、咄嗟に間に入ったダクネスの剣の腹で受け止められていた。

顔をしかめた上位悪魔がさらに攻撃を繰り出すが、その全てをダクネスが確実に受け止めていく。

 

 

「すげぇ、マジで耐えてんな」

 

「ダクネスは本当に硬いからね。スキルも全部防御系に注ぎ込んでるし、耐久だけなら高レベル冒険者にも負けないと思うよ」

 

「その代わり攻撃はからっきしなんだってな?」

 

「あはは……そうだね。かなり不器用だし止まってる敵にも外しちゃう事あるんだよね」

 

「……まぁそれでいいんじゃねえの?」

 

「えっ!?いいの!?」

 

 

いや、さすがに止まってる敵に外しちゃうのはどうかと思うけど。

ここで言ってるのは長所を伸ばしてるという所だ。

 

 

「変に攻撃に行って隙を作っちゃうくらいなら、盾役に徹してぴったり張り付かれてた方が、相手からしてみればやりずらいだろ。現に今回は攻撃をしないで、ぴったりゆんゆんに張り付いて守ってやってくれって伝えてるしな」

 

「あぁだから自分から斬りかかりに行かないんだね」

 

 

だいぶ葛藤してたけどな。物理で殴るだけが戦いじゃないって言って説明したら納得してくれた。

 

耐え続けるダクネスに嫌気がさしたのか、上位悪魔は舌打ちして後ろに跳び距離を置く。

その瞬間、後ろに控えていたゆんゆんが中級魔法を放った。

 

 

「『ライトニング』!!」

 

 

突然放たれた中級魔法に反応が遅れた悪魔は、咄嗟に腕を出しなんとか直撃を防ぐ。

しかし相当な威力があるのか、防いだ腕からはプスプスと黒い煙が上がっていた。

 

 

「いっっってえなァ!!これだから紅魔族の相手はしたくねえんだ!」

 

 

ガードの上からであっても、ゆんゆんの魔法は確実にダメージを与えてるらしい。

いい具合だ。出来るだけ消耗させてもらいたい。

 

 

「クルセイダーは馬鹿みたいに硬ぇし埒あかねえ、接近戦はダメだな。『ファイアーボール』!」

 

「『ファイアーボール』!」

 

 

悪魔が放った魔法にゆんゆんが同じ魔法をぶつけて相殺する。

相手は上位悪魔と言えどさすが紅魔族。

どうやら威力負けもしていないらしい。

 

 

「よし、今のうちにもうちょっと近づくよ」

 

「……マジで?この辺でよくない?」

 

「ダメダメ。もっと確実に殺れる距離まで行かなきゃ」

 

 

発言がおっかない気がするが、大まかクリスの言う通りでもある。

今のところ上手くいってるとはいえ、即席パーティーの連携だしいつ穴が空いてもおかしくない。それに見えなくする屈折魔法の効果時間だってある。

近づいておくに越したことはないのだが……。

 

……手を繋がなきゃならないんだよなぁ。

 

潜伏スキルは触れていないと周囲の人間には効果がない。

万が一のことも考えて匍匐前進で近づきたいが、互いの手を握り合ったまま進まないと潜伏の効果が切れてしまうのだ。

女子と手を握るなんてトラウマしかないからな。エアオクラホマミキサーとか……。

いやアレは手なんて繋いでいませんでしたね。それ以前の問題でしたよね……。

 

 

「ほら、早く」

 

「…………」

 

 

観念してクリスの手を握る。

上位悪魔とゆんゆんの魔法の撃ち合いがどんどん近くに迫ってくる。

ふぇぇ……怖いよぉ。手が汗ばんじゃうし心臓もバクバクだよぅ。

 

 

「あークソ、魔法も通じねぇのか。本当にめんどくせぇ奴らだな」

 

 

一通り魔法が相殺されたのを見て、悪魔は悪態をつきながら大きく息を吐いた。

やる気をなくしたのだろうか?それに越した事はないんだけど……。

 

 

「こっちはウォルバク様を渡せば手出しはしねえつってるのによぉ……そんなにやり合いてぇならやってやろうじゃねぇか!!」

 

 

途端に悪魔から放たれる圧が増す。

やる気をなくすどころか本気になっちゃったようだ。

魔力が高まっていると言えばいいのか、周囲の空気が重くなるのを感じる。

悪魔は大きく両手を振り上げ、

 

 

「くたばりやがれ!『インフェルノ』!!」

 

 

叫ぶと同時に振り下ろした!

すかさずゆんゆんがポーチからスクロールを取り出し一気に広げる。

 

 

「『マジックキャンセラ』ー!!」

 

 

前に突き出されたスクロールは、ゆんゆんの声に呼応して光を放った。

封じられていた魔法が発動したのだろう。

悪魔の振り下ろした手からは魔法は発動せず、代わりにゆんゆんの持っていたスクロールがボロボロと崩れていく。

 

ゆんゆんが使ったのは先日買っておいた妨害魔法のスクロールだろう。

相手の魔法に込めた魔力と同じだけの魔力を消費し、どんな魔法でも打ち消すことのできる魔法。

魔力量の低い俺からしてみれば、そんなもん使うくらいなら相性のいい魔法で相殺狙うわって感じなのだが、紅魔族の様に魔力容量の多い人間には確かに有効な魔法なんだろう。

しかしそれでも魔力の消費は多かったのか、ゆんゆんはポーチからマナタイトを取り出した。

 

 

「……なるほど、上級魔法は使えねぇようだな。それに魔力の残りもそう多くないらしい」

 

 

ニヤリ。と上位悪魔の口角が吊り上がる。

……マズい、妨害魔法のスクロールは一つしか買えてない。

次に今の魔法を撃たれたらもう防ぐ手立てがない。

 

 

「……クリス」

 

「分かってるよ」

 

 

用意していた聖水とマジックポーションを飲む。これで少しは魔法の威力も上がるだろう。

俺達が奇襲を掛けるタイミングは二つだ。

一つは上位悪魔に大きな隙が出来た時、

 

 

「それじゃあ二発目はどうする?『イン「『バインド』!!」なにぃっ!!?」

 

 

悪魔が再び両腕を広げようとしたその時、鉄製のワイヤーが悪魔の身体に巻き付き、あっという間に縛り上げた。

突然身体を縛り上げたワイヤーを見て上位悪魔は驚愕の声を上げる。

 

奇襲を掛けるもう一つの条件。それは、先に戦ってる二人が危機的状況になった時……!

 

 

「『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』ッ!!」

 

 

俺の右手から放たれた破魔魔法は、ワイヤーに縛られて無防備な上位悪魔へと直撃し、青白い魔法陣から破魔の光が天高く打ち上げられた。

 

 

 




感想ありがとうございました!色々思いながら読んでくださってる方々がいて返信書くのも楽しいです。
Twitterも始めました。自己紹介の所にリンク張ってます
更新情報や裏話、ゲームの話など呟いてく予定です。
こちらの方にも感想など頂けると嬉しいです。

それでは読んで下さりありがとうございました。


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上位悪魔と決闘を!下

大変お待たせして申し訳ありませんでした。仕事が忙しくて時間が全然ないため今後も不定期になります。
さて今回ですが内容は削除した中とほぼ一緒です。ほんとは下はゆんゆん視点で進めたかったのですがあまりにも短くなったので一緒にすることにしました。




 

気を引いてくれていた二人と合流すると、ゆんゆんが嬉しそうに駆け寄ってきた。

最上位破魔魔法を撃ちこんだ箇所には土埃が立ち上っている。

 

「やりましたね!ハチマンさん!」

「そっちが上手く気を引いてくれてたからな。俺はなんもしてねえよ」

「でも作戦考えたのってハチマンさんじゃないですか?」

 

いや、だとしても本当に褒められるべきは他の三人なのだ。

ゆんゆんの魔法がなかったら、上位悪魔は二人を敵として見ていなかったかもしれないし、ダクネスが攻撃を受けてくれていなかったら、そもそも戦いにすらなっていない。クリスの拘束スキルのタイミングが完璧だったからこそ、二人は無事なうえに俺の魔法も当てられたのだ。

それに俺の魔法は転生特典だしな。俺自身の力で為した事なんて何一つありゃしない。

 

「……そんな事より残りの魔力はどのくらいだ?」

「えっ?だいぶ消耗しちゃいましたけど、マナタイトはまだたくさんありますし問題ないと思いますよ?」

「そっか、なら少しマナタイト分けてもらっていいか?俺、魔力量少ないし」

「あっはい、どうぞ」

 

ゆんゆんから幾つかマナタイトを受け取る。

 

「大丈夫かとは思うけど、怪我とかしてねえよな?なんなら回復魔法使うけど」

「あ、いえ大丈夫です。ダクネスさんが守ってくれたので」

 

そうか、それなら安心だ。

ダクネスにも礼を言っとかないとな。

 

「なら俺はダクネスを診てくるから」

 

短く礼を言いダクネスの居る方へ向かう。

ダクネスもなにやらクリスと談笑しているようだった。

 

「お疲れさん。体の方は大丈夫か?」

「ん?ああ堪らなかったぞ!どれも今までに受けたことのないくらい強力な一撃だった!」

「お、おう。そうか。……一応聞いておくけど回復魔法はいるか?」

「バカ言うな!そんな事したら余韻が消えてしまうだろ!!」

 

……バカ言ってるのはアンタの方だ。

 

「まぁそんだけ元気ならいらんよな」

「くっくうっ……!なんだその蔑むような目は!?くっそう!ただでさえ身体はボロボロだというのに、そのうえ心まで責めるというのか!だがしかし私は負けはしない、負けはしないぞお!!」

「ヒール」

「あぁ!?なんてことを!!?」

 

問答無用で回復魔法をかけてやる。

どうやら重症なのは頭だったようだ。もう手遅れかもしれないけど。

 

涙目になって項垂れたダクネスをほっといて、上位悪魔の居た場所から隠すようにクリスに近づき、そっと耳打ちする。

 

「……悪いけどこっそり敵感知使ってみてくれ。一応、俺の背中で隠してはいるけど出来るだけ気づかれないようにな」

 

まさか。と言いたげな表情を浮かべたクリスだったが、こくりと小さく頷き目を閉じる。

再び目を開いた彼女は、いつになく真剣な表情でゆっくりとこちらを見てきた。

 

……まぁそんな予感はしてたんだけどね?

なにせ俺の幸運は最低ランクなのだ。いかに相性のいい強力な魔法といえど、駆け出し冒険者がレベル差も大きい魔王軍幹部クラスの上位悪魔を相手に、一撃で倒せるなんて都合のいい展開なんか端から期待しちゃいない。

 

左手に持ったマナタイトの一つが砕けている。どうやらさっきの回復魔法の魔力消費を肩代わりしてくれていたらしい。

それならば……!

 

「『エクソシズム』!」

 

振り向きざまに、未だ晴れていない土煙の中に破魔魔法を打ち込む。

その途端、左手に握った中級魔法用のマナタイトが砕けた。

回復魔法といい破魔魔法といい、一番下位の魔法だというのに、プリーストの魔法はコスパが悪いらしい。

 

「チッ!気づいてやがったか!!」

 

煙の中から慌てて上位悪魔が飛び出してくる。

いや、巨体の至る所から煙を上げているのを見ると、中からという表現はあまり正しくないのかもしれない。

 

「なっ!?アレを受けて生きてるだと!?」

「そんなっ!?直撃ですよ!?」

 

ダクネスとゆんゆんが驚愕の声を上げている中、しれっと最後尾に移動する。

決してビビって隠れた訳じゃない。本来プリーストは支援職なのだ。

見た目完全に女性を盾にしちゃいるが、最後尾に下がるというのは冒険者として正しい行動なんだ。

 

「ワイヤーも千切られてるな。大方俺達が油断したところを襲うつもりだったんだろ」

「へっ、卑怯とは言うなよ?そっちだって散々不意打ちかまして来てんだからな?まぁやり返す間も無く見破られるとは思わなかったが。……ったくどっちが悪魔だってんだ」

 

いや、そんなこと言う気は毛頭ないけどさ。さすがに正真正銘、本家本元の悪魔さんにそれ言われるとショックなんだけど……。

 

「はぁ?卑怯?悪魔の癖に何言ってんのさ。悪魔なんて人間に寄生するアンデッド以下の寄生虫の癖に。ハチマンくん気にしなくていいからね?寄生虫の駆除の仕方なんてなんだっていいのよ」

 

お、おう……。

クリスのフォローがおっかない。

というかそれ、俺の人間性へのフォローにはなってないよね?むしろ傷口抉られてんだけど?

俺の人間性って寄生虫レベルなのん……?

 

「あ?誰がなんだって?もう一度言ってみろ。坊主」

 

ブチッ……と何か大切なものが切れてしまったかのような音が聞こえた気がした。

恐る恐るその音が聞こえたかもしれない方向を見ると、ハイライトの消えた目をしたクリスが何かを確認するかのように顔を下に向け、微動だにせず固まっている。

嫌に重い沈黙がのしかかり、耐えかねたように冷や汗が一筋背中を伝った。

 

「『バインド』ッ!!」

 

いきなりクリスが拘束スキルを放った。

鉄製のワイヤーがうねりながら上位悪魔に向かい勢いよく飛んでいく。

 

「またそれか!そう何度も掴まるわけねえだろ!」

 

しかし上位悪魔は警戒していたのか、直ぐに横に跳びワイヤーを躱す。

躱されたのを見たクリスは、間髪入れずに腰に差していたダガーを抜いて上位悪魔に切りかかろうとした。

 

「お、落ち着けクリス!!」

 

咄嗟にダクネスがクリスを羽交い絞めにして止めに入る。

 

「ダクネスどいて!そいつ殺せない!!」

 

振り払おうと暴れるクリス。

ステータス的にはクルセイダーのダクネスの方が上なはずなのだが、怒りで我を忘れてるクリスは今にも振りほどきそうになっていた。

 

「ゆんゆんっ!クリスを抑えるのを手伝ってくれ!!」

「は、はいっ!クリスさん落ち着いてくださいっ!ひ、ひぃっ!ごめんなさい!ごめんなさい!!」

 

ダクネスに助けを求められ加勢に入ったゆんゆんだったが、クリスに物凄い目つきで睨まれ、泣いて謝りながらもなだめ始める。

まだしばらく暴れ続けるかに思えたクリスだったが、ゆんゆんが入ってきて少し経つと思いのほかすんなり大人しくなった。

しかしその目は酷く濁っている。

 

「……おい、どした?大丈夫か?」

「サンドイッチされた……。大きかった、柔らかかった……」

 

え?そんなに?

万乳引力の法則に逆らえず、視線が自然に三人の胸に向かっていってしまう。

くそう!乳トン先生め!異世界でも大活躍じゃねーか!

鎧の上からでも一目見てわかる大きな双丘。

ローブの上からでもはっきりとわかる見事な双丘。

……見渡す限りのアクセル大平原。

 

 

「……ほらアレだ。女性の魅力というのは一部分でだけで語られるべきでないと思うし、やっぱり全体のバランスこそ重要だと思うから気にすんなよ」

「そ、そうだよね!いい事言うじゃんキミ!」

 

うん。その台詞言った人も関東平野だったんだけどね?

 

「あ、あの、とりあえず陣形を組み直しませんか?お話し中に邪魔しちゃって悪いんですけど、その一応戦闘中ですし……」

 

そうだね、そういえばそうだったよね。

ゆんゆんに言われて再び上位悪魔に向き合うが、当の悪魔は気まずそうにポリポリと角を掻いて微妙な表情を浮かべ口を開いた。

 

「……お前らさっきの空気でよくもまぁ続ける気になるよなぁ」

 

おい、やめろ。俺だってこうしててなんか恥ずかしいんだからな?

呆れたように言う悪魔の言葉に概ね同意できてしまう。

なんというかもう戦う空気じゃないのだ。このままなんかなし崩し的に解散とかならないかなぁ……。

 

「フッ……舐められたものだな。聖騎士(クルセイダー)聖職者(プリースト)を前に悪魔が見逃してもらえると本気で思っているのか?」

 

そんな空気も読まずに不敵な笑みを浮かべ剣を構えるダクネスだが、あなた自分が攻撃当てられない事を忘れてませんかね?

そしてなぜか知らんが、俺も見逃さないメンツに入れられてしまっている。

 

「……いや正直俺としてはもうこの町に近寄らないってなら見逃しても構わないんだけど?」

「「はぁ!?」」

 

嫌な予感を感じつつも、そう言うと食って掛かってきたのは案の定クリスとダクネスの二人だった。

 

「ちょっとハチマン君!自分が何言ってるか分かってるの!?悪魔滅ぼすべし!聖職者の基本でしょ!?それなのに事もあろうか悪魔と取引しようだなんて!背教者だって言われちゃうよ!?」

 

なにそれ言われたい。背教者と言ってもアクシズ教徒だからな。

むしろ言われた方がお得な気がする。

 

「えっと、ハチマンさん。それだとちょむすけちゃんが狙われたままなんじゃ……」

 

ちょむすけ?……あぁネコのことか。

確かゆんゆんと一緒に、紅魔の里からやってきた子の飼っている子ネコが狙われてるんだったな。

 

「まぁそれもこの町に今後近寄らないってなら安心していいだろ。その猫がアクセルから出ていかない限りは問題ないしな」

「ま、まさか本気で悪魔と取引しようと言うのか!?約束を守る保証なんてないんだぞ!?」

 

その時は仕方がない。改めて対策を考えないとな。

しかしそれでも悪魔が再びこの町付近に現れるまでの時間は稼げるはずだ。

それまでにレベルも上がってるだろうし、もっとマシな戦いが出来るはずだ。

なんにせよこのままじゃ……。

 

「おい、聞き捨てならねえな?悪魔にとっては契約や取引は絶対だ。むしろお前ら人間の方が踏み倒したり誤魔化そうとしたりするだろ。まぁどっちにしろその話には乗れないんだがな」

「……理由を聞かせてもらえるか?」

「シンプルだぜ?その条件は飲めない。俺はウォルバク様を探しに来てんだ。ようやく手がかりを見つけたってのに、手出し出来なくなったら意味ねえだろうが」

「いいのか?猫違いかもしれねえのに。こっちには破魔魔法がある。次は拘束してゼロ距離から撃ってやってもいいんだぞ?」

「逆にそこまで自信満々ならなぜ交渉なんか持ち出す?お前の提示した条件は、ここで俺を倒せりゃなんの問題もなく解決するはずだ。つまりそっちにはこれ以上戦闘を続けたくない理由があんだろう?……見た所駆け出し冒険者の寄せ集めって感じだし、継戦能力に不安ありってところか?」

「……」

 

……しまった。完全に墓穴を掘ってしまった。

思わず黙り込んでしまうと、悪魔の口角がニヤリと吊り上がる。

 

「それに見逃すわけには行かねえ理由がもう一つある。そこのお前だ。見るからに駆け出し冒険者だってのに、最上位破魔魔法を使いやがった。たまにいるんだよ、そういう神に選ばれたかのような才能の持ち主が。そういう危険分子は出来るだけ早く摘んどかねえと、後々脅威になりやがる」

 

……マジですか?

 

「よし、今日は引き分けってことで互いに手を引かないか?そっちも消耗してるだろうし、こっちもお前の言うとおりこれ以上やり合える自信がない。今日だけ互いに手出しはしないって条件ならどうだ?」

 

なにやら冷たい視線を仲間から送られている気がするが、そんなの知ったことではない。

なんで標的になってんの?俺のチート能力なんて最近登録されたプリーストに既に超されてんのに……。

あのくそ女神、なにが祝福だ。もはや完全に呪いじゃねえか。

 

「……お前、俺の言ってたこと聞いてたか?」

 

むしろちゃんと聞いてたからこそ、この提案をしているわけだが。

俺としては何とかこの場を切り抜けて……。

 

「どうせ夜にでも町から出ていこうって算段だろ?」

 

……おっしゃるとおりで。

 

「それに俺が消耗してる?確かにその通りだけどよぉ……忘れてないか?」

 

上位悪魔が大きく腕を振り上げる。

その見覚えある動作に、緩んでいた空気が強引に引き締められた。

 

「さっき邪魔されたからなぁ。もう一発くらいは撃てるんだぜ?」

「させません!『ライトニング』!!」

 

咄嗟にゆんゆんが中級魔法を放つも、悪魔は大きく後ろに跳び魔法を躱す。

……マズい、奴の攻撃を邪魔しようにもこの距離だとこちらの魔法は届かない。

 

「言っとくがこっちは射程圏内だぜ?『インフェルノ』!!」

 

腕を振り下ろす悪魔の姿が一瞬だけ目に移り、すぐに視界の全てが炎に埋め尽くされた。

まるでそれは火の濁流。灼熱の嵐が全てを焼き尽くしつつ目前へと迫ってくる。

 

「みんな!私の後ろに隠れろ!!なんたる熱量……耐えきってみせる、耐えきってみせるぞおおお!!」

 

無理だ。この状況で興奮している変態(ダクネス)は本当に耐えきりそうなのだが、炎に飲み込まれたらいくらアレを盾にしてもゆんゆんやクリスが無事でいられるはずがない。

……なら一つしか方法はねーじゃねーか!

意を決して、身体を大の字にして受け止めようとしているダクネスの前に出る。

 

「な、何をする気だハチマン!?いいから私の後ろに隠れてろ!私は大丈夫だ!というか正直楽しみで仕方ないんだ!邪魔しないでくれ!!」

 

バカなこと言ってるのは無視だ。右手を前に突き出し支えるように肘を左手で固定する。

ここを凌ぐにはプリーストのあの魔法しかない。

これまで散々苦労させられたんだ!せめてこの魔法くらいは役に立たないと本気で駄女神扱いだからな!

 

「分かってんだろうなアクア!『リフレクト』ッッッ!!」

 

声の限りに叫び魔法を発動させる。

リフレクト。

聖職者専門のスキルで、相手の魔法を跳ね返すことの出来る魔法なのだが……。

 

「ぐっ!?がっ……ァァァアアアア!!!」

 

業火が光の壁に触れた瞬間、飲み込まれこそしなかったものの凄まじい熱量が手のひらを襲う。

熱い。熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いッ!!!

 

受け止めた右手に、みるみるうちに火傷が広がっていく。

熱さが激痛に変わるのは一瞬だった。

 

「ッッッーーーー!!」

 

歯を食いしばり、支える左手に力を込める。

ここで引くわけにはいかない。

痛みがなんだ?自身へのダメージなんて後でいくらでも治癒できる。

転生チート?実力じゃない偽物の力?そんなものは百も承知だ。

それでもここを凌がなければ、ここに居る全員が炎に飲まれる。

だったら幾らでも縋ってやるッ!!

 

どれほどの時間が過ぎたのだろうか……。

一瞬の出来事だったのかもしれないが、腕を焼かれる痛みがその時間を異常なまでに長く感じさせた。

視界を覆っていた業火は晴れ、元々草原だった焼け野原からは煙が立ち上っている。

だらんと腕を下す。右腕はもはやまともに力が入らず、支えていた左手にも火傷は広がっていた。

 

意識が朦朧とする中、何を言ってるかは定かではないがゆんゆんの声が耳に入ってくる

よかった……どうやら無事らしい。後はこの腕を治療しなくては……。

 

「驚いたぜ。……まさか上位魔法すら防ぎきるとはな」

 

……唐突に底冷えするような低い声が頭上から浴びせられた。

危険信号が全身から発せられ意識が強引に呼び戻される。

 

しまっ……っ!

 

鳩尾に、車に轢かれたかのような衝撃が突き刺さる。

聞いたことのない音が体の中から響くのと共に、意識は闇へと消えていった。

 

 

▼▼▼

 

 

何が起きたか分からなかった。

 

ホーストに鳩尾を殴られたハチマンさんがボールのように吹き飛ばされる。

5,6メートルほど離れた地面に落ちたハチマンさんは、そのままピクリとも動かない。

そこに完全にとどめを刺そうとホーストが迫っていき――。

 

「っ!させません!!」

 

咄嗟に我に返り特大の『ライトニング』を撃ちこむ。

 

「チッ!!」

 

避けきれないと判断したのかホーストは後ろに大きく跳んで魔法を躱す。

続けざまに『ファイアボール』『ブレイド・オブ・ウインド』を連続でいくつも撃つも全て躱されてしまった。

だけど、もともと当たれば御の字。結構魔力を使ってしまったけど、狙い通りに上位悪魔を引き離すことが出来た。

今のうちに!

 

「ハチマンさん!しっかりしてください!ハチマンさん!!」

 

すぐさま駆け寄って体を揺するも反応はない。

だけどヒュー……ヒュー……と力ない呼吸はしている。

よかった……辛うじてだけどまだ生きてる……!

 

「……マズいよ。このままだと手遅れになる!」

 

だからこそクリスさんの一言が重くのしかかる。

そうだった。一命を取り止めてはいたとはいえ瀕死なんだ……。

すぐにでも回復させないと……!

 

「ダ、ダクネスさん、聖騎士でしたよね……?回復魔法は覚えていませんか……?」

「すまない。魔法への適性はほとんどないんだ。本当に申し訳ない」

「……教会に連れていってプリーストの子に回復してもらうしかないね」

 

クリスさんの言う通りだ。事は一刻を争う。

今すぐにでも教会に連れていかなきゃいけないのだけれど……。

 

「逃がすと思ってんのか?駆け出しの町の連中に連日襲われ、しかも毎回取り逃してるとあっちゃ俺のメンツに関わる。その男よりも自分の身の安全を心配すべきだと思うがなぁ?」

 

ホーストから発せられる威圧感が増す。

確かにこの状況は絶体絶命だ。ホーストは本気で一人も見逃すつもりはないらしい。

それでも、絶対にハチマンさんをこのまま見殺しになんてできない。

 

……だってハチマンさんはやっと出来た私の仲間だから。

 

「クリスさん、ダクネスさん。ハチマンさんの事お願いします」

 

驚いた様子の二人。でも今は言い争ってる暇はない。三人を庇うようにホーストの前に立つ。

正直すごく怖い。上位悪魔と言われるだけの圧倒的な威圧感の前に無意識に体が震えだしている。

 

「ダ、ダメだ!クルセイダーの私が残る!耐久力のある私が残った方が長く引き止められるはずだ!」

「ダクネスの言う通りだよ!それにあなたは魔法使いでしょ!?一撃でも喰らうと危ないんだよ!?」

 

二人の言う通りだ。私はダクネスさんのような耐久力なんてないし、クリスさんみたいに拘束系のスキルも持ってない。足止めだけを考えると私より二人の方が向いている。だけど……

 

「それだとハチマンさんが間に合わなくなるかもしれません。私より体力も敏捷性も高いお二人が教会に連れていってください」

「けどそしたらゆんゆんは!」

「私なら大丈夫です!」

 

震える声で精いっぱいの強がりを言う。

私だってバカじゃない。今の私に決定打になるような魔法は使えないし、残った魔力もほとんどない。勝ち目のない戦いだって事くらい分かってる。

それでも……!

 

「我が名はゆんゆん!!紅魔族のアークウィザードにして中級魔法を操る者!いずれは紅魔族の長となる者!ここは私に任せて二人は早く行ってください!!」

 

そうだ。私はいずれ紅魔族の長になるんだ!

……だから絶対に、かっこ悪い姿なんて見せられない!

 

 

 




ゆんゆんはやるときはやってくれる子です。だけどサブタイトルが何よりのネタバレになっちゃってるという不憫な子です。
次の更新は一週間前後に。ではまた


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しかし彼は嫌いになれない。

ずいぶん間の空いた投稿()だったのに沢山の方に評価してもらえてとても嬉しい限りです。
今回はちゃんとした投稿です。



▼▼▼

 

 

 

「で、ここどこですのん?」

 

知らない天井だ。いや天井どころか思いっきり知らん部屋だわ。

とりあえず直前の記憶を思い出す。

 

確か上位悪魔と戦っていてそれで……!

あいつらは!?上位悪魔はどうなった!?

 

「ッッ――!!」

 

咄嗟に起き上がろうとするも、全身に激痛が走り言葉にならない声を上げる。

こんな時に!だけど体は当分動ける状態じゃないらしい。

それならばと回復魔法を自分にかけようとした時、

 

「ハチマンさん目を覚ましたんですか!?」

 

シャッとカーテンが開き、ゆんゆんが駆け寄ってきた。

なんだ……無事だったのか。

 

「痛つつ……えっと、とりあえず状況を説明してくれ。俺が倒れた後どうなったんだ?」

 

そう聞くとゆんゆんが気まずそうに目を逸らす。え、なに?俺もしかして気を失った後、恥ずかしいことになってたりしないよね?失禁とかやっちゃってないよね?

 

「えっと……かいつまんで言うと、私が囮になって、その隙にクリスさんとダクネスさんにハチマンさんをエリス教会に運んでもらったんです」

「なるほど。それじゃここは教会ってわけか」

 

となると俺が今寝てるのは、先日ミツルギを回復させたときの重傷者用ベッドスペースの一画なんだろう。

回復させた俺が今こうして回復してもらう立場とは、ゾンビからミイラに転職した方がいいかもな。

 

「……ごめんなさい。無茶しないようにって言ってたのに一人で戦うようなことして」

「いや、そもそもは俺が原因だろ。上位魔法を防いだ後も、結局気を緩めちまってあの様だ。ゆんゆんの気にすることじゃねえよ」

「ち、違います!上位魔法だって普通の紅魔族は使えるんです!だけど私は中級魔法で学校を卒業しちゃったから。だから上位魔法さえ覚えていれば……」

「仮定の話をしたところで仕方ねえだろ。それ言ったら、俺がレベル上げサボってなけりゃ浄化魔法で瞬殺だったんだ」

「いえいえそんな!私がもっとしっかりしてれば!」

「いやいや、だから俺がサボってなけりゃな」

 

なんだこれ。一向に話が平行線だぞ……。

というか責任の押し付け合いならまだしも、責任の被り合いってほんとになんだよ。

 

「ま、いいか……にしてもよくあの悪魔を倒せたな?」

 

とりあえず責任の被り合いは置いといて、ずっと気になっていた事をゆんゆんに尋ねる

すると、彼女の表情が苦虫を噛み潰したような気まずそうなものに変わる。

え?まさか倒せてないとか?

 

「えっと……実は上位悪魔を倒したのは、私じゃないんです」

 

実に言いづらそうにゆんゆんが告白する。

いや、別に盛大にかっこつけてもない限り恥じるような事でもないと思うんだけど?

 

「ってことはダクネスやクリスが増援を呼んで来たって事か?」

 

まぁそのあたりが無難なとこだろう。

しかし、ゆんゆんは首を横に振る。

 

「そうでもなくて、あっでも確かに増援は来てくれてですね……えーと……順を追って説明するとですね、こないだ最後に行った魔道具屋で買ったマジックポーションを使ったんですよ」

 

あー……そういや行ったな。

あのやたら爆発物を多くそろえている魔道具屋。なぜか店長さんにかなり親切にしてもらったからよく覚えている。あと何がとは言わないけどとてもデカかった。よく覚えている。

 

「そのポーションは麻痺魔法の威力と効果範囲を物凄く強化するもので」

 

ぬいぐるみに入れた爆発ポーションの他にも、そんなのが置いてあったのか。

もしかしたら、浄化魔法の威力が上がる聖水なんかも置いてあったのかも知れないな。

 

「その効果は聞いてた通り凄い強力でした。麻痺魔法が効かない悪魔を……私諸共麻痺させちゃうくらいに」

「……なにやってんの?」

「わ、私だってこうなるなんて思ってなかったんですから!!」

「まぁ……そりゃそうだよな。ていうかそれ結構ピンチだろ?よく無事だったな」

 

魔力を無駄にしただけならまだしも、アイツの方が先に動けるようになったりしたらそれこそ大惨事だ。

 

「あっはい。それで困ってた所に紅魔の里から来た子が来てくれて」

 

あぁ、それで協力して倒したってやつか。まぁ一緒に里から来るくらいだしやっぱり仲いいんだろう。

 

「……その子が一撃で倒してしまいました」

「……は?」

 

え?なにそれ。

 

「えっと……その子凄く強力な魔法を使えるんですよ。だからそれで」

「倒せちゃったのかぁー……」

 

そう言えばゆんゆんは、その子のことをライバルとも呼んでた気がする。引っ込み思案なゆんゆんが言うほどだ、かなり優秀な魔法使いなんだろう。

それでもなんか納得がいかない。

ならもう最初からそいつ一人で良かったんじゃね?なんて思ってしまう俺がいる。

なんかもう考えれば考えるほど気が滅入ってしまいそうだったので、とりあえずいいことの方を考えることにした。

 

「……ってことは、もう上位悪魔とは戦わなくていいってことだな」

 

退院したら早速再戦とかにならないでホント良かった。

あんなの一回きりで充分……てかもう二度と行きたくないレベルだし。

 

気が抜けたのか溜息を漏らすと、不意にゆんゆんが深く頭を下げてきた。

 

「あの、改めて協力してくれてありがとうございました」

 

……その礼を受け取る資格が、俺なんかにあるのだろうか?

そもそも俺の力なんて転生特典の紛い物だ。パーティー加入できなかったからという理由をつけて、レベル上げもしてこなかった。今回の怪我もそのツケだろう。

 

「……いや、俺は大してなんもしてないだろ。回復役のくせに真っ先にやられて気絶してたし、浄化魔法でも結局倒せなかったしな」

 

我ながら振り返ってみると酷い内容だ。

作戦も穴だらけだし結果も中途半端、死人が出なかったのはよほど運が良かったからだろう。

だとすると、日ごろの不幸もイーブンってところだな。

 

「えっと、そういうお礼じゃないんです。どれだけ活躍したとか、もっとレベルを上げてたらとか、そういうのじゃなくて。その……なんていうか、買い出しに行った日の事覚えてますか?」

 

ゆんゆんの言ってるのは、悪魔討伐の為の買い出しの事だろう。ほんの数日前の事だが、忙しかったからか随分と懐かしく思えてしまう。

 

「あの時、コンビになろうと言ってくれて嬉しかったんです。事情を知った後の時にも協力してくれるって言ってくれて嬉しかったんです。だからありがとうございました」

「……別にそれだって俺が勝手にやったことだぞ?気にすることでも、ましてや感謝するような事でもない。俺がやりたくてやっただけで、ゆんゆんを助けようと思って動いたわけじゃないからな」

 

そうだ。本気でコンビを組もうとした事だって、別にゆんゆんを同情して言った言葉ではない。

あくまで自分の為。彼女となら、あるかどうかも分からない本物を見つけられるかもしれないと思ったからだ。だからゆんゆんが礼を言う必要なんてどこにもない。

 

「だから――」

 

『気を使って礼なんか言うのは止めろ』と、続けて言おうとしたところで不意に口が止まった。

あの日の彼女の顔。夕焼けに染まる帰り道で、目に涙を浮かべて去っていった彼女の姿が脳裏を横切る。

 

「……いやだから俺の意思だし、ゆんゆんは気にしなくていいんだよ。ほんとマジで」

 

結局、出てきたのはそんな言葉だった。

上手く言葉に出来た気はしないが、言いたいことは言えた気がする。

すると、ゆんゆんはどこか嬉しそうに顔を赤らめた。

 

「……どした?」

「い、いえその……つまりハチマンさんは、純粋にコンビを組みたいと思ってくれたって事でいいんですよね……?」

「?……まぁそうなるな」

 

意図はよく分からないが間違ってはないので同意すると、ゆんゆんは「えへへへ……」と今度は照れたように笑いだした

…………まぁ気にしてないようならそれでいいか。

 

「あ、あのっハチマンさんは何か私にしてもらいたいこととかありませんか!?」

 

突然にゆんゆんが上機嫌で聞いてくる。

なんだろう。お礼とかのつもりならほんと気にしなくていいんだけど。

 

「いや、だからお礼とか考えてるならマジでいいって」

「そうじゃなくて、さっきのハチマンさんと一緒で、これは私がやりたいからやるんです。だから遠慮せずになんでも言ってください」

 

頑張るぞいポーズをして意気込むゆんゆん。

しかしどうしたものか……。

こうやる気を出されると断るのが却って申し訳なくなっちゃうし、素直に応じさせてもらうことにするつもりだが、正直これと言ってやってほしいことなんてない。

というかさっきなんでもと言いましたよね!?つまりそれは『なんでも』っていう事なんですよね!?

 

とはいえ本当に『なんでも』させるわけにもいかないので、うーん……うーん……と悩んでいると腹の方からぐぅ~と気の抜けた音が聞こえた。

 

「あっ!それじゃお見舞いに果物持ってきたんでリンゴ剥きますね!」

「お、おう。……頼むわ」

 

なにこれめっちゃ恥ずかしい!

そう言えば昨日から何も食ってないんだもんな!そりゃ腹減ってるよな!!だからって鳴るんじゃねえよ!!

今すぐ布団に潜って喚き散らしたいけど、怪我のせいで体が動かない!

しかも目の前にはゆんゆんがいる。なんの罰ゲームだよこれ……。

 

「お待たせしました。どうぞ食べてください」

 

しばらくやり場のない恥ずかしさに悶えていると、ゆんゆんが剥いたリンゴを差し出してきた。

皿の上に並べられたリンゴは綺麗にウサギの形に剥けている。

 

「へぇ器用なもんだな」

「そ、そうですか?友達がいつ訪ねてきてもいいようにおもてなしテクニックを磨いてきましたから、その成果ですかね!?」

「そ、そうかもな……」

 

素直に感心しているとこに、なにやら悲しげな情報が耳に入ってきた。

というかウサギリンゴっておもてなしテクなのか?

そして、そもそもそれを披露する機会が今まであったのか?

 

幾つか疑問が浮かんできたが、聞いてみると余計悲しくなりそうだったので、胸のうちに仕舞い込んで、剥いてくれたリンゴを頂くことにする。

 

「痛っ!」

「だ、大丈夫ですか!?」

 

しかし手を伸ばそうとした瞬間、激痛が腕に走った。

……そうだった。包帯で見えないけど大やけどしてたんだったな。

 

「あー……そういや腕動かせなかったわ。悪いゆんゆん」

 

せっかく剥いてもらったのに、これではあんまりだと思いゆんゆんに頭を下げる。

好意を無碍にしてしまって本当に申し訳ないが、食べ物を無駄にするのもどうかと思ったので、ゆんゆんに代わりに食べてもらおうと思い顔を上げると……

 

「……なにやってんの?」

「え?だって悪いけど食べさせてくれって意味じゃなかったんですか?」

 

そう。リンゴにつまようじを刺してこちらに差し出してくるゆんゆんがいた。

 

「いや。アレは悪いけど食べれないって意味のやつで、仕方ないからゆんゆんに食べてもらおうかと」

「そ、そんなダメです!これはハチマンさんへのお見舞いなんですから!」

「とは言ってもだな……」

 

このまま食べないと悪くなっちゃうし、捨てる事なんてさすがに出来ない。俺が自分で食べられないとなると、もうゆんゆんに食べてもらう以外選択肢なんてないだろ?

 

「わ、私は別にいいんですよ?その……食べさせてあげる事くらい」

 

顔を赤らめてゆんゆんが言う。

やめて!そんな風に言われると余計意識しちゃうから!

 

「い、いやだけどだな……」

「その……それにこのままだとせっかく剥いたのに悪くなっちゃいますし」

「それならゆんゆんが食べればいいだろ。気持ちだけ貰っとくから」

「でもハチマンさんお腹空いてるんですよね……?」

 

……それを言われると言い返せない。

正直、ゆんゆんが食べてるのを見ているだけで、また腹が鳴る気がする。

 

「……だけど食べさせるなんて、ゆんゆんもしたくないだろ?」

 

自分で言って悲しくなるが、俺に食べさせるのなんて罰ゲームもいいとこだろう。

むしろ罰ゲームの女の子が泣き出して罰ゲームすら成り立たないレベル。てか俺の方がもう泣きそうなんだけど……。

ともかくそんな行為を怪我を口実にやらせるわけにはいかない。あとが怖くなっちゃうし。

 

「……別に私、嫌じゃないです」

「…………はい?」

 

すごく変なことが聞こえた気がする。

嫌じゃないって?いやいや、そんなの小町でもやってくれないんだぞ?たぶん。

 

「たしかに恥ずかしいですけど、ここにはその……私達だけですし……大丈夫です」

 

……なにが大丈夫なんだろう?

いやむしろ、ゆんゆんは大丈夫でも俺は大丈夫じゃない。

というか正直ぼっちにはハードルが高過ぎる。ていうか、今時のラノベ主人公でも「あーん」なんてやらないぞ……

 

「あの、もしかして迷惑でしたか……?」

 

いや迷惑とかじゃなくてですね……。と返そうとして思わず口をつぐむ。

その顔はずるくないですかね……。

少なくとも、「嫌われたんじゃないか?」と言いたげな顔をされると断るわけにもいかないだろ……。

 

「……じゃあ頼むわ。」

 

短く答えると、ゆんゆんはほっと安心したような顔をしてリンゴをこちらに差し出してきた。

 

「は、はい……あーん」

 

いかん。ただでさえ小っ恥ずかしいのに、ゆんゆんの方も恥ずかしがりながらやってるもんだから余計に恥ずかしくなってくる。

だけど差し出されたままにしているわけにもいかないので、観念して口を開けてリンゴを咥える。

無心だ。無心で咀嚼しろ。もしもこの状況でゆんゆんと目があったりしたら恥ずかしさで死ねる。

 

ろくに味も分からぬまま一つ食べ終わると、今度は無言でゆんゆんはリンゴを差し出してきた。

その顔は爪楊枝の先のリンゴ以上に赤く染まっている。どうやら最初の一回でゆんゆんのキャパシティーでは限界だったらしい。

まぁこっちも何かリアクションを取れる余裕なんてあるわけないので、手早く無心でリンゴを咀嚼する。

 

10分ほどだっただろうか。ようやく皿の上のリンゴは綺麗さっぱり俺の腹の中に消えていったが、お互い無言の状態はなお続いてる。俺はまともにゆんゆんの顔が見れない状態だし、チラチラと様子を伺った限りだと、ゆんゆんの方は顔を真っ赤にさせたままプシュ~と湯気をあげていた。

 

沈黙が解かれたのはエリス教会のプリーストが面会時間の終了を告げに来た時だった。

まだ気恥ずかしさが残ってる中、短く言葉を交わしてゆんゆんが病室から出ていく。

 

「なんか……めっちゃ疲れた」

 

天井を仰いでポツリと言葉が漏れた。

そういえばこの世界に来てから、ぼっちらしく一人でゆっくりした時間なんて初めてじゃないんだろうか?

来たばかりは毎日生きていくことに精いっぱいだったし、セシリーやゆんゆんに出会ってからはかなり騒がしいかったからな。なんかそういうの全部含めて色々疲れた。

 

……けど意外な事に不思議と悪い気はしない。

 

勿論、今回みたいな騒ぎは二度とごめんだが、それでも何故かこの世界を嫌いになれない俺がいる。

……まぁどうでもいいか。

その理由付けを探したところで、俺には結局分からないんだろう。

だから俺は今抱いてる感情を否定しない。

理由は分からなくとも、そう思ってることは事実なんだ。

だったらこの場はそれでいいんだろう。

 

俺は疲れてる。けど悪い気はしない。

 

そして否定しないと決めた以上、疲れてる俺がこのままダラダラと眠りに落ちた所で何の問題もないはずだ。

やってくる睡魔を拒まない理由をつけた所で、俺は意識をまどろみの中に手放した。

 

 

▼▼▼

 

 

……寝苦しい。

 

あれからずっと眠っていた俺は、のしかかる様な重みに嫌気がさし目が覚めた。

既に陽は落ちているらしく、枕元に置いてあるランプが病室を優しく照らしている。

他の怪我人たちだろうか?周囲から寝息が聞こえてくるのを考えると、もうだいぶ遅い時間らしい。

 

こんな時間になんだってんだいったい……。

 

昼にはなかった体調不良に思わず溜息が出る。

夜になって症状が悪化するパターンかも知れない。

 

こういう場合はナースコールでよかったのか?でもここ教会だし、そもそもこの世界に呼び鈴みたいなのってあんのかな?

 

体を起こして周囲を探ってみるも、それらしいものはない。

それならいっそだいぶ楽になってるし、自分で回復魔法を使ってみるのもいいかも知れない。

 

……いや、ちょっと待て。

 

違和感を感じて火傷した腕や起こした上半身をゆっくりと曲げてみる。

……特に痛みは走らない。

 

「回復してんのか……?」

 

ポツリと言葉が漏れる。

昼間は激痛で起き上がることすら出来なかった身体は今では難なく動かせるし、心なしか普段より軽く感じられる。

にわかには信じられないが、どうやら間違いないらしい。

けれどなぜこんなに早く回復できたんだろう?

回復魔法を使おうにも俺は魔力が尽きてたし、こう言っちゃ悪いがこの教会のプリーストの回復魔法は大したことない。

あの女神の事だ。回復能力が上がるようなメリットがあれば絶対に言ってくるに違いないから、転生特典って線も薄い。

 

いくら考えてもそれらしい理由は見つからない。

もうとりあえず回復してるしいいや。と投げやりになっていると、ふと最初の疑問を思い出した。

 

そういや回復はしてるのに体が重いのはなんでだ?

 

最初は怪我のだるさかと思っていたが、意識がはっきりしてくるとそういった類のものではなく、なんというか物理的に重たい。

ちょうど下半身。腰から足にかけて何ががのしかかってる感触がある。

 

「……なにやってんだコイツ」

 

思わずそんな言葉が洩れた。

枕元にあるランプを手に取り確認すると、そこにはセシリーが俺の足を枕にして眠っていた。

……どうりで重たいわけだ。

すやすやと呑気に寝息を立てているセシリーを見ると、なんだか無性に腹が立ってくる。

とりあえず叩き起こしてやるかと、さらに体を起こして手を伸ばすとセシリーは寝苦しそうに身を捩り、

 

「んっ…うんんんっ…ル…ヒール……ヒー……」

 

…………。

 

伸ばしていた手をそっと彼女の頭にのせる。

ほんっと、なにやってんだよお前は……。

こんな夜中にエリス教会に侵入しやがって……バレたらどうするつもりだったんだ。

 

「……少しは後先考えて動けよ、お前は」

 

言いたいことは山ほどあるが、ひとまずそう悪態を言っておく。

まぁだけど、当のセシリーには聞こえてるわけもなく、相変らず呑気な寝息を立てているのだが。

 

それにしてもほんと人騒がせな奴である。

突然帰ってこなくなったと思ったら、いきなりこんなタイミングで現れやがって……。

思えばセシリーには今まで散々苦労をかけられた。

自分勝手で能天気で騒々しくて、いつも何らかのトラブル起こしてて……

 

……だけど、そんな彼女に俺はどこか救われていた。

 

コイツと出会ってなかったら、きっと俺はこの世界に耐えらなかっただろう。

すやすやと眠る彼女の頭を優しく撫でる。柔らかな感触が何とも心地いい。ほんと治って良かった。

頭を撫でてもセシリーは当分起きそうにない。

それなら、丁度いい機会かもしれない。

普段のコイツにそんな事を言ったら、絶対に調子に乗るから言わないけど、寝入ってるのならその心配もないだろう。

だから初めてセシリーにその言葉を口にする。

 

「……ありがとな、セシリー」

 

 

 




とりあえず一章エピローグ第一話的な。
次回の投稿でとりあえず一章終わりです。
二章始めるにあたって悩みが一つ、めぐみんとのやり取りどうしよう……
誤字脱字等あればご報告ください。それでは。


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この素晴らしい世界は間違っている。

エピローグ二話目。今回で一章終わりです。


▼▼▼▼

 

 

翌日、朝起きるといつの間にかセシリーはいなくなっていた。

大方、教会の人間にバレて摘み出されたか、俺に見つかると怒られると思い退散したかのどちらかだろう。

今度アクシズ教会のドアに

 

『もう怒ってないから帰ってきなさい。夕飯はハンバーグですよ』

 

って張り紙でも貼っておくか。……お母さんかよ俺は。

 

怪我の方は完治しているので、責任者のプリーストさんに礼を言ってエリス教会を後にする。

本音としてはまだまだ入院生活をだらだらと満喫していたかったのだが、アクシズ教徒がエリス教会にいつまでも居座ってると、周囲からの視線で逆に胃に穴が空いちゃいそうだったので、早々に退散することにした。

 

ひとまずそのまま家に向かう。

さすがに悪魔討伐の時のままの身なりだし、戻って色々身支度を整えたい。

それに数日留守にしてるから、色々教会の仕事も貯まってるだろうし。

うわ、めっちゃ帰りたくなくなってきたんだけど……。

日本に居た頃は毎日発生していた帰宅イベントに心踊らされてたっていうのに、この世界に来てまさか嫌なイベントになってしまうとは……。

しかし、立ちはだかった仕事というのは決して逃げることの出来ないモンスターのようなものなわけで、倒さない限りは付き纏ってくる。

しかもまわり込まれる度に厄介になっていくのだから、もはや人生の敵とも言える相手だ。

仕事の事を考えてどんどん気が重くなりつつある中、頭の片隅でセシリーがもしかしたら帰ってきてるかも。と現実逃避しつつ、俺は寝泊まりしてるアクシズ教会へ足を進めた。

 

 

▼▼▼

 

 

「……ま、さすがにいないか」

 

久しぶりの我が家は、まともに人が出入りしていた形跡はなく閑散としていた。

この様子を見ると、俺の留守中に戻っていたということもないだろう。

とりあえず掃除から始めるとするか。

 

掃除を終え教会のポストを覗くと、大量の手紙が中に入っていた。

まぁ大方、苦情の手紙だろうけど。

開ける前から嫌になりつつも一通ずつ手紙を整理していく。

 

手紙の整理を一通り終わらせて、ぐーっと体を伸ばす。

案の定、手紙のほとんどはアクシズ教徒への苦情を記した物だった。

 

『酒場でアクシズ教徒が客に悪絡みして困っている』

『バイトで雇ったアクシズ教徒の女が手品で商品を消滅させた。弁償しろ』

『道でアクシズ教徒にぶつかって一万エリスを支払わされた』

 

そういった読んでいてげんなりするような手紙にお詫びの返事を書いたり、教会の予算から補償を出したりしていくうちに、気づけば時刻は昼頃になっていた。

もうキリがいいし、整理終わらせてから飯にするか。なんて思いつつ最後の手紙を開く。

するとそこには見慣れた文字で……。

 

『ハチマン君!突然だけど私旅に出ることにしたわ!この騒ぎで私ももっと成長しなきゃって思ったの!

それに優秀なプリーストになれば教会支部の責任者って事で在中できるから、帰ってくるの楽しみに待っててね!―――あなたのセシリーより。』

 

と書いてあった。

 

……なんだそりゃ。アイツ散々迷惑かけてどこまで自由なんだよ……。

いや、そういえばセシリーはアクセルの町には調査の為に一時的に来てるって言っていたしな。

もしかすると滞在期間も残り僅かになっていたのかもしれない。

アイツの事だ。帰りづらいしいい機会だと思ったのだろう。

……子どもかアイツは。

 

 

▼▼▼

 

 

「あれ?ハチマンさん?」

 

あれからなんとなく家にいる気分にもなれなかったので、上位悪魔討伐の報酬でも出てないかとギルドに向かう道中、商店街を歩いてると聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。

振り返ると、ゆんゆんが結構な荷物を抱えて立っている。

 

「えっと、もう退院できたんですか?」

「ん?あぁ回復魔法を使ってだな。強引に治したんだよ」

 

まぁ正しくはセシリーがだけど。

なんにせよ往来で立ち話するのもなんなので、近くの広場のベンチに移動して腰かける。

 

「それじゃもう体はなんともないんですか?」

「……おかげさまでな。もう普通にやってけるぞ」

 

主にカエル狩りとかめっちゃやれる気がする。

俺見とくだけでいいし。

 

「そ、それなら良かったです」

 

少し顔を曇らせてゆんゆんが言う。

あれ?なんかマズいこと言ってしまったか俺?

 

「……えっと、もしかして俺なんかマズいことしたか?」

「へ?い、いやそんなことないんです!ただこれからハチマンさんのお見舞いに行くつもりで、お見舞いの品とか買っちゃったから……」

 

え、マジで?

言いづらそうに言うゆんゆんの気持ちもわかる。

俺としても既に退院しちゃってるし、無駄金使わせたようでなんか申し訳ない。

 

「悪い。いくらだった?わざわざ買わせちゃったんだし金払うわ」

「いえいえそんな!そうだ!お見舞いの品は退院祝いって事にしたらいいですし!それじゃどうぞ退院祝いです!」

 

あたふたとしながら、腕に下げられたかごをそのまま押し付けられるように渡される。

 

「……まぁそういう事なら。その、ありがとな」

「い、いえ大したものじゃないんですけど……」

 

少し気恥ずかしくなりながら礼を言った瞬間、一筋の風が横から吹いてくる。

その風にあおられ、籠に被せてあった布がそのまま飛んでいき、中から昨日散々恥ずかしい思いをさせられたあいつが顔を出した。

 

「……リンゴなんだな」

「は、はいっ。ちょっと迷ったんですけど、まだ腕治ってないかなと思って、食べさせやすいしいいかなって……あっ」

「…………」

「…………」

 

墓穴を掘ったことに気づいたのか、ゆんゆんが顔を赤らめて目を逸らす。

やめて!気になっちゃうから!

 

「あー……そういや上位悪魔の討伐で報酬とか出てんの?」

 

ひとまず話題を逸らそうと、ギルドに向かう目的だったことを聞いてみる。

コンビを組んでるし、ゆんゆんだったらその辺りどうなったかも知ってるはずだろう。

 

「えっと出たのは出たんですけど、その……全部借りてたお金返すのに友だ……ライバルが使っちゃって」

「あー……そりゃそうか」

 

よくよく考えれば一千万エリスも借りてたのか。

そりゃ討伐報酬なんて全部消えるよな……。むしろ返せただけ良かったのかもしれない。

だけど結果的には無報酬と何ら変わりないのはどうかと思う。俺、死にかけたのに……。

 

「あの、ハチマンさん。ちょっと相談があるんですけどいいですか?」

 

少しナイーブになっていると、ゆんゆんが真剣な様子で改めて切り出してきた。

 

「あのっ……旅に出たいんです!」

 

その言葉を聞いた瞬間、セシリーの手紙が自然と脳裏に浮かんできた。

 

「今回の件で、やっぱり一日でも早く上位魔法を覚えなきゃいけないって思ったんです。それにこのままだと、ライバルにどんどん差をつけられそうで……あの子に負けないためにも、もっと強いモンスターの居る環境で鍛えたいんです」

 

ゆんゆんの言っていることは分かる。

もともと、ゆんゆんは上位魔法を使えない事に多少のコンプレックスを抱いてる節が幾つかあった。

それにどんな魔法を使ったかは知らないが、ライバルが上位悪魔を一撃で倒してしまったのを見て、焦りも感じているんだろう。

 

「あの、やっぱり迷惑ですよね……?」

 

……いやそんな事はない。

ゆんゆんの言ってることには筋が通ってる。強くなりたいという彼女の想いは決して間違ってるものじゃない。

それに……俺に引き留める権利なんてあるのだろうか?

言ってることが正論な以上、俺が口出しすることじゃない。

それでも引き留める理由を作るとすれば、もはやそれは俺の私情になってしまう。

 

「……いや、ゆんゆんが決めた事なら俺が口出しするのも違うだろ」

「え?でも……コンビの事ですし」

 

……それを理由に止めてもいいんだろうか?

……いやダメだろう。コンビに限らず、パーティーとはお互いを支えるために組むものだ。

それを理由に引き留めるのなら、支えるどころか足を引っ張ってしまう。

だからゆんゆんのコンビである俺は尚更、彼女を送り出してやらねばならない。

 

「俺の事なら気にする必要ないぞ。なんとかやっていくし」

 

今回の件でアークプリーストの魔法とかは一通り覚えれたから、墓所の除霊とかゾンビ退治くらいならできそうだし、最悪、造花の内職をまた始めればいい。

 

「ほんとに、ほんっとうに大丈夫なんですか?」

「いやそんな念押ししなくていいから。大丈夫だ。ちゃんと考えて言ってるから」

 

もしかして引き留めて欲しいのだろうか?

ゆんゆんだったら十分ありえそうだけど、あいにく長年ぼっちをしている俺にそんなスキルは一生かかっても覚えきれないだろう。

 

「……ありがとうございます。私、ハチマンさんとコンビ組めて良かったです」

 

いきなりまっすぐな瞳で礼を言われ、思わず目を逸らしてしまう。

そんな事を言われると、どう返したらいいか分からない。

返す言葉を探しているとゆんゆんが再び口を開いた。

 

「それじゃ今日中にお互い旅の支度を整えて、明日の朝に南の城門に集合でいいですか?」

 

……え?

お互い??

 

「いや待ってくれゆんゆん。ちょっと整理させてくれ」

「?はい大丈夫ですけど?」

 

なんのことですか?とばかりに首をかしげるゆんゆん。

その動作は素直に可愛らしいのだが、今はそんな事を気にしていられない。

 

「まず最初に、その旅ってのは誰と行くつもりだったんだ?」

「え?ハチマンさん以外にいませんけど」

 

QED。まず最初にっていうか第一問で答えが出た。

というか俺も参加前提で話してたのかよ。

 

「マジか。俺はてっきりゆんゆんが一人で旅に出るんだと思ってたぞ」

「ええっ!?あっそういえば来てくださいって言ってなかったような……」

「いや、俺も一人で行くだなんて一言も言ってないのにそう思ってたし」

 

……なんともぼっち同士らしい勘違いコミュニケーションだった。

ぼっちは少し話しただけで、噛みあっていなくとも会話が成立してると勘違いしてしまう生き物だ。

普通の人との会話でそうなるんだから、ぼっち同士だと尚の事だろう。

なんかちょっと真面目に今後の事とか考えてた俺がばかばかしく思えてくる。

 

「あの……それじゃ一緒に来てもらえないんですか……?」

 

恐る恐るといった様子でゆんゆんが尋ねてくる。

その問いに対する答えは悩むまでもなくとうに決まっていた。

 

「んなわけねえだろ。コンビなんだろ俺達は」

 

ぱぁっと花が咲いたように嬉しそうな顔になるゆんゆん。

その顔が正式にコンビを組んだあの時と重なった。

それだけで良しとしよう。

納得のいかない理不尽な展開も、常識はずれで人騒がせな同居人の事も些細な問題だ。

ここにいる事をこんなにも喜んでくれるというのなら、たとえ異分子だとしても俺はここに居続けよう。

 

あぁ―――まったく、この素晴らしい世界は『間違っている』

 




一章はここまでです。
次から二章になります。
ようやくカズマさんパーティー出せる……

誤字報告等お願いします。


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第二章
この旅路の果てに新たな出会いを!


第二章1話目です。
感想や誤字報告等ありがとうございました!
特に誤字報告は読みやすく訂正までしてもらってほんと感謝の気持ちでいっぱいです!


「ゆんゆん……やれ……」

「そんなっ……!私には出来ません!」

「いいからやるんだ……ここでやらないと全てが無駄になる……!」

「けどそしたらハチマンさんが!ハチマンさんが!」

「どの道俺はもう長くない……だったら、一思いにやってくれ!」

「うぅっ……!ブ『ブレイドオブウィンドウ』ー!」

 

 

▼▼▼▼

 

「いやぁお見事!大漁ですな!」

 

キャベツ狩りを終え、村に半玉にされたキャベツを運び終えると、村長が上機嫌で出迎えてくれた。

旅の途中、俺とゆんゆんは立ち寄った村で駄賃稼ぎにキャベツ収穫の手伝いをしていた。

俺がモンスター寄せの魔法でキャベツを引き付けたところに、ゆんゆんが風魔法を撃って、その魔法を『リフレクト』で乱反射させて仕留めていく。

この作戦は見事にハマり、この村で育てていたキャベツの大半を俺達は収穫する事ができた。

キャベツの引渡しを終え、報酬金を貰いゆんゆんの元に戻る。

 

「だいぶ貰えたぞ。キャベツって本当に儲かるんだな」

「この時期のキャベツは高級食材ですからね。キャベツを作ってる村があって助かりました」

 

ほくほく顔でゆんゆんが言う。

それにしても、まさかキャベツが空を飛んで襲いかかってくるとはな……。

囮役はもちろん俺が行く。って勢いでモンスター寄せの魔法を使ってみたけど、四方八方から飛んでくるキャベツの群れがいつの間にか、小学生の頃の体育のドッジボールを思い出させて結構辛かったぞ……。

あの時、避けまくって最後まで残ってしまった俺に対して、敵チームはおろか味方だったやつまで囲んでボールぶつけて来たからな。

 

「あっ!見てくださいハチマンさん!ポイント!ほらっ!」

 

過去のトラウマが思わぬ形で刺激されて涙ぐみそうになっていると、突然ゆんゆんが嬉しそうに冒険者カードを差し出してきた。

覗き込んでみると、確かにかなりのポイントが貯まっているようだ。

 

「これだけあれば足りるのか?上位魔法のポイントって」

「はいっ!キャベツ狩りでレベルが一気に上がったみたいです!」

 

なるほど。そりゃあんだけ倒したらレベルも一気に上がるよな。

俺達が収穫したキャベツは200個以上。しかも仕留めたのは全てゆんゆんの魔法だから、レベルが一気に上がっていてもおかしくない。

 

「これで私もやっと……やっと一人前の紅魔族に……!」

「まぁなんだ……おめっとさん」

「えっ?こめっこちゃん?」

「いや誰だよこめっこちゃん。おめでとうって言ったんだよ」

 

妙な名前を言ってきたゆんゆんをよそに、いい機会だし久しぶりに冒険者カードを開いて自分のステータスを確認してみる。

旅に出た当初よりはレベルも多少上がっていて、それなりに見られるステータスにはなっていた。

『器用度』が一番高く、次いで『知力』。冒険者に必須な『筋力』『生命力』『魔力』『敏捷性』は普通で、『幸運』が一番低い。

……というか『幸運』に至ってはレベル1から全く伸びてない気がするのだが、気のせいだよな?

 

「それで、この先どうする?旅の目的は上級魔法を覚える事だったよな。一旦、アクセルに帰るか?」

「そうですね。私もあの子と決着つけないといけないし……はっ!あの子、私と決着つける前に飢え死にとかしてないですよね!?」

「いやしてないだろ。普通」

 

いやどんな奴だよ。たとえ金がなくてもあそこじゃエリス教徒が炊出しやってるんだし、一日一食は困らないはずだぞ。

 

「まぁそんなに心配なら、明日にでもアクセルへ向けて出るか。ここからなら数日だろ」

「べ、別に心配ってわけじゃ……でも決着をつけなきゃいけないですし、戻る事には賛成です」

 

はいはい。そういう事にしといてやろう。

 

相変わらず変な所でめんどくさいゆんゆんだが、そんな事を言いつつ嬉しそうにしてるのを見ると、やはり久々に友達に会えるのが楽しみなんだろう。

その思いに水を指すのも悪いので、再び自分の冒険者カードに目を落とす。

アークプリーストの魔法は全て取得済なので、手付かずのまま放置していたスキルポイントが結構溜まっていた。

 

さて、なんに使うかな……。

 

 

▼▼▼

 

 

「そうだ!この先に綺麗な湖があるみたいなんですけど、お昼ご飯はそこで頂きませんか?」

 

村を出て数日、アクセルまであと僅かと言った所でゆんゆんが提案してきた。

 

「確かにいい天気だしな。もうちょいでアクセルに着くんだし、ピクニック気分で寄ってみるか」

 

どうせ食べるんならいい景色見ながらの方が美味いだろうしな。

いや、普通に食べてもゆんゆんの弁当は美味いんだけど。

 

「わぁっ……すごいですね!」

「確かに絵になるなぁ……」

 

麗らかな春の日和を満喫しつつ丘を越えると、目の前に大きな湖が広がっていた。

数日前に雨でも降ったのか水は少し濁っているが、澄んだ空と森の新緑によって、そんな事が気にならないくらい美しい風景を作り出していた。

 

ここからなら湖が一望出来る。

昼飯を食べるなら絶好のスポットだな。

 

「あのハチマンさん……アレなんでしょう?」

 

ふと、ゆんゆんが訝しげに声をかけてくる。

彼女の指差した先を見てみると、少し離れた岸で何やらバチャバチャと水面が暴れていた。

 

「なんか……ワニっぽいモンスターが何かを群れで襲ってるな。暴れ回ってるせいで、何を襲ってるかまでは見えないけど」

 

双眼鏡を取り出しゆんゆんに報告する。

なんにせよ今から飯食おうって時に、モンスターの生々しい捕食シーンなんか見ていたくない。

 

「とりあえず追っ払うか……。俺のモンスター寄せの魔法じゃこっちが襲われかねないし、ゆんゆんの魔法で追い払えそうか?」

「この距離からだと上位魔法しか届きそうにないですけど、離れてるぶんコントロールが……」

「別に倒す必要はないんだし、近くの水面に向けて撃ったら驚いて逃げてくんじゃないか?」

「あっそうですね。それじゃあとりあえずやってみます。『ライト・オブ・セイバー』!」

 

ゆんゆんの手から光の剣が現れ、凄まじい勢いでワニの群れに向かっていく。

魔法が水面に触れた瞬間、まるで魚雷でも使ったかのように水面が爆発した。

 

「……すっげぇな」

 

というかもはや俺の方が逃げ出したいんだけど。

どんだけだよ紅魔族……。

 

まぁそのおかげで暴れ回ってたワニ達は逃げ出している……どころか、プカプカと水面に浮かんでいた。

え?まさか爆発の余波で倒しちゃった?

 

「……ごめんなさい。ちょっと近すぎたみたいです」

「……いや結果オーライだろ。……ん?」

 

暴れ回っていたワニ達が大人しく(物理)なったからか、ワニ達が襲っていたものがはっきりと分かるようになった。

 

「「なにあれ?」」

 

俺とゆんゆんの声が重なる。

ワニ達が襲っていたのは大きな鉄製の檻だった。

よく見ると、その檻は湖に浸されるように置かれていて、流されないようにか近くの大岩に鎖で繋がれている。

これ絶対に誰かが設置したやつだよな?

ということは……

 

「……どうする?逃げる?」

「えっ!?い、いやダメですよそんなこと!」

「いやよく考えてみろよ。檻があるってことは中に何かが入ってたって事だろ?ワニ達はその何かを襲っていたはずだ。そしてさっきの魔法で周りのワニ達は全滅。檻の中にいるやつは……?」

「……逃げちゃいましょうか」

 

檻の中に何が入ってかまでは定かでないが、ワニ達が襲ってたのを見るに生物であるのは間違いないんだろう。

モンスターならまだしも人間だったりする可能性まで出てくる。

 

「まぁ……何かが起こってたら最悪、蘇生魔法試してみるわ」

「お、お願いしますね……!」

 

中のヤツが無事なのを願いながら、恐る恐る檻に近づいていく。

そして『見せられないよ!』になってないこと祈りつつ檻を覗いてみると……

 

「……何やってんのお前?」

 

見覚えのある青い髪をした女が檻の中で震えているのを見て、思わず俺はそう問いかけた。

 

 




カズマさんパーティー出せる。出すとは言ってない。
前々から行き詰まった時に書いてた部分なので早く投稿できました。
書き溜めを作るより書き上がったそばから投稿してった方がモチベーション続くのかもしれないですね。
次はまた書き上がった時に。
誤字報告等よろしくお願いします。


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この旅路の果てに更なる出会いを!

ようやく、ようやくです。
前回の感想、誤字報告等ありがとうございました!


「いや、ほんとお前何してんの?」

 

そこにいたのはアクアだった。

うちの教団の主神であり、俺に祝福をかけた張本人がでっかい檻の中で体育座りをしながら死んだ目をして震えていた。

 

「し、知り合いなんですか?」

「いや知らない。こんなやつは知っていても知らない」

 

ゆんゆんが引き気味で尋ねてきたものだから、つい反射的に否定してしまう。

 

「……知り合いなんですね」

「いや違うから。ほらアレだ、近所の野良猫とかは知り合いって言わないだろ?それみたいなもんだから」

「えっ言わないんですか?」

「えっ?」

 

悲しすぎる情報が入ってきたが敢えて何も言わないでおくことにする。

下手に指摘して黒歴史作っちゃうのも可哀相だし。

少女の夢を壊しちゃいけない。

 

「ひっぐ……ひっぐ……ひっぐ……」

 

よりゆんゆんに優しくしようと心の中で誓っていると、檻の中のアクアが蹲って嗚咽を漏らし始めた。

檻の中に入れられて泣き始めるうちの教団の女神様……。

敬虔なアクシズ教徒がこの光景を見たらどう思うんだろうか?

ちなみに俺は今、欠片ほどの信仰心をドブに捨てた。

 

「ほら、ハチマンさんが知らないなんて酷いこと言うから泣き出しちゃったじゃないですか!」

「いやいや、これ状況から見てワニに襲われたショックが今になって溢れだしてきたとかそんな感じだろ」

 

というかそもそも、こいつ俺達に気づいてないだろ。

しかし目の前のゆんゆんはワナワナと震えだす。

 

「で、でも私だってそんなこと言われたら……そんなこと言われたら……」

「マジですまんかった。いやめっちゃ知ってる。むしろ大切な恩人なまである」

 

何か過去のトラウマを刺激されてしまったのか、泣きそうになっていくゆんゆんを見て慌てて謝る。

この状況で彼女まで泣き出したら、いよいよ俺には収拾がつけられない。

 

「とりあえず、これどうする?」

 

チラリと横目でアクアを見る。

悲壮感を漂わせて檻の中で泣いてる女神を見ていると、なんだかこっちが泣きたくなってくる。

俺はこんなのに祝福を貰ってたのか……。

 

「檻はギルドの備品っぽいですし、鍵は……掛かってますね」

「だとするとさすがにぶっ壊すって選択肢はダメだよな」

 

いや、俺が言ったこれとは檻じゃなくてアクアの方なんだけど。

まぁなんにせよ、下手に壊して弁償とかさせられてもやだし。

それに檻を壊すとすればゆんゆんの魔法になるから、中のアクアの安全までは保障出来ない。

……というか無事だったんだし、もう放っておいてもいいんじゃないかな?

 

「すいませーん。ちょっといいっすか?」

 

自分の教団の女神を見捨てようと決意を固めていると、不意に後ろから声をかけられた。

振り返ってみると同じくらいの歳だろうか、少し茶色がかった髪をしたいかにも冒険者と言った身なりをした男と、その後ろにパーティーメンバーだろう魔法使い風のちびっ子と騎士っぽい鎧を着た金髪の……。

 

「あれ?ダクネス?」「めぐみん!?」

 

ゆんゆんと二人して声が揃う。

 

「「え?なに?お前ら知り合い?」」

 

今度は話しかけてきた男と声がハモった。

気恥しい。こっち見んなこっち。

 

「この二人とは前にクリスと組んでいたとき、クエストを共にした事があってだな」

「そこでお前が迷惑かけたわけか」

 

お察しとばかりに男が言う。

同じパーティーメンバーの様だし、彼女の欠点も分かっているんだろう。

 

「ち、違う!その時はちゃんと作戦通りに動いていた!言われた通り強敵の攻撃を受け続け反撃することも許されず……んんっ!……アレはほんと凄かったぞ……!」

 

ちょっと?誤解を招くような言い方しないでね?

最初は否定していたダクネスだったが、上位悪魔との一戦を思い出したのか興奮しながら身体をくねくねと悶えさせる。

……相変わらずダクネスの変態性は健在だったようだ。

ほんと勘弁してほしい。

 

「め、めぐみん!なんでこんなところにいるの!?」

 

一方でゆんゆんは魔法使い風のちびっ子を問いただしてるようだった。

どうやら知り合いらしいし、ゆんゆんと同じく黒い髪に紅い瞳をしているのを見るに、同郷の紅魔の人間なんだろう。

めぐみんと呼ばれたちびっ子は目の前のゆんゆんの顔をじっと見つめ、目を細めて、首を傾げ……。

 

「えっと、どちら様でしょう……?」

 

いや、知らないのかよ。

 

「ええええ!?ほ、ほら紅魔の学校でいつも勝負してた……!」

「覚えてませんね。私、下は見ない主義なんで」

 

おっとこれは覚えてますね。

覚えてる上で敢えて遊んでますね。

というかさっきチラッと出てきたトラウマを容赦なく刺激してる辺り、このちびっ子中々の大物だ。

 

「た、確かにめぐみんが一番で私はいつも二番だったけど……!」

「覚えてませんよ。名乗ってくれたら思い出すかもしれませんけど」

「ええええ!?だ、だけど知らない人の前で恥ずかしいし……あっ」

 

オロオロしだしたゆんゆんと目が合った。

その目は助けてくださいと涙目で訴えてきている。

 

「えっと……俺はハチマン、そんでこっちがゆんゆん。二人で旅をしていて、今からアクセルに戻ろうとしてたところだ」

 

さすがに見ていられなかったので助け舟を出してやる。

まぁ俺の自己紹介のついでだったし。

 

「ほ、ほらこれで思い出したでしょ!?」

「……あーそういえばそんなのも居ましたね」

「そんなの!?」

 

そんなの扱いされたゆんゆんが再び泣きそうになる。

どうやらどれだけ助け舟を出しても、ゆんゆんはこの子に敵いそうにないらしい。

 

「と、とりあえず我々も自己紹介をしていくか。とはいえ私の事は二人も知っているだろうから、私からはそこで泣いてるのを紹介しよう。彼女の名はアクア。ハチマンと同じアークプリーストだぞ?」

 

俺と同じアークプリースト?というかそもそもなんでコイツがここにいんの?

俺の疑問を置き去りにしたまま自己紹介は続いていく。

 

「じゃあ次は俺だな。このパーティーのリーダーをやってるカズマだ。よろしく」

「ん?お、おお……」

「よ、よろしくお願いします!」

 

ゆんゆんが礼儀正しく頭を下げて挨拶を返す。

ゆんゆん程じゃないが、俺もここに来てまともな挨拶をされ若干戸惑っていた。

見た目も日本にいてもおかしくないくらいだし。

まぁ知ってるうちの二人は既に相当なイロモノだから、リーダーくらいはさすがにまともなんだろう。

 

「そして最後の一人が……」

「我が名はめぐみん!アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法『爆裂魔法』を操る者!!」

 

カズマの言葉に続けてゆんゆんで遊んでいたちびっ子がバサッとマントを翻し、ビシッとポーズを決めてそう名乗った。

あ、本名なのね。やっぱり紅魔族の名前って変わってるな。人のこと言えないけど。

 

「ふーん。よろしく」

「反応薄くないですか!?」

 

いやどうしろっていうんだよ……。

どうやらめぐみんは俺の反応が気に入らないらしい。

とは言ってもなぁ……。

 

「別に紅魔族ならそんなもんだろ。その口上も似たようなのゆんゆんで聞いてるし」

「そんなもん!?私の自己紹介をそんなもんと言いましたか!?しかもよりによってゆんゆんなんかと一緒にしましたか!?」

 

やべ、言選ミスったか。

地味になんかと呼びされたゆんゆんがダメージを受けているのだが、気にする素振りもなくめぐみんが詰め寄ってくる。

いや、近い。近いから。

 

「いいですか!?私はゆんゆんとは比べものにならないほど優秀な魔法使いなんですよ!?今までの勝負だって一つを除いて全て勝ち越してます!」

「お前が優秀?冗談も休み休み言えよ。お前みたいな一発屋と違ってゆんゆんは魔法使っても倒れてないだろ?」

 

いきり立っためぐみんにカズマが挑発するようなことを言ってしまう。

おいおい勘弁してくれよ。俺としてはどっちが優秀とかどうでもいいんだけど。

ていうか魔法使って倒れるってなに?

 

「ふ……ふふふ……いいでしょう。そこまで言うなら見せてあげますよ。最強の攻撃魔法……『爆裂魔法』の真の威力を!!」

 

爆裂魔法……?

聞いたことのない魔法の名前に首を傾げると、泣きじゃくっているアクアを除いた全員がめぐみんを止め始めた。

 

「おいバカやめろ!このクエストは湖の浄化だろ!ようやく終わりが見えてんのにお前が魔法撃ったら爆音を聞きつけてモンスターが寄ってくるだろ!」

「カズマの言う通りだ!せっかく何事もなかったのにこのままではモンスターに襲われ……るのもいいかも知れないな……」

 

訂正。一人賛成に回ったみたいだ。

なに言ってんだお前は!?と叫ぶカズマをよそに、めぐみんは詠唱を始め周囲に今まで感じたことのない膨大な魔力が漂い始める。

 

「め、めぐみん?ここではやめない?ほらここ水辺だし、水飛沫でみんなびしょ濡れになっちゃうし、下手したら地形が変わって怒られるかも……」

「ゆんゆん。そういえばあなたは事あるごとに私に勝負をふっかけてきましたね。それなら今日の勝負は魔法の威力勝負といきましょう。あなたがさっき撃った上級魔法と私の爆裂魔法、どっちが上か見せつけてあげますよ!!」

「ず、ずるい!そんなの勝ち目あるわけないじゃない!!」

 

ゆんゆんの抗議の声をよそに、周囲の魔力は際限なく濃くなっていく。

おいおい、これ上位悪魔の比じゃないぞ……。

 

「ハチマンとか言いましたね?結構センスのあるいい名前ですが、紅魔族は売られた喧嘩は大人買いします。見せてあげましょう、私がゆんゆんとは比べものにならないほど優秀な魔法使いということを!」

 

さりげなく褒められたのかディスられたのかなんかよく分からないことを言われたが、今はそんな事を気にしてる暇はない。

膨大した魔力によって、いよいよ周囲の空気がビリビリと震えだした。

……やばい。なにか知らないが、とてつもなくやばい事が起ころうとしている。

 

「全てを破壊し消し飛ばす究極の攻撃魔法『爆裂魔法』の一撃を!天を裂き、地を砕く滅びの具現の真名を!刮目せよ!」

「『エクスプロージョン』ッ!!!」

 

めぐみんが高らかに叫ぶと、湖に一筋の閃光が走った。

直後に雷の何十倍かと思うような轟音が身体を突き抜け、遅れてきた爆風が水飛沫を伴って体を濡らす。

あまりの衝撃に動けなくなっていると、バタリと視界の端でめぐみんが地面に突っ伏した。

そのめぐみんを急いでダクネスが回収する。

 

何事かと思っていると、不意に俺達の体に影が差した。

見てみると、爆発によって発生した高波が今にも俺達を飲み込もうとして……!?

 

 




ようやくカズマさんパーティーを出せました!
初めて書くものだから違和感とかありませんかね?ちょっと不安です。
なんにせよこれでようやくタグ詐欺じゃないと大手振って言えます。
というかこのすばクロス書いてんのに一年以上メインキャラ出ない作品ってどうなの?

誤字報告等よろしくお願いします。


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必ずしも再会というのは成り立つものではない

大変お待たせしました。このすば新刊の発売と映画化でテンション高マルフォイ!!な作者だったんですが筆が早くなるわけでもなく大変お待たせしてしまうことになりました。申し訳ないです。


 

別行動してぇなぁ……。

 

アクセルの町を汚れた格好で歩いてる俺は、周囲から寄せられる白い視線に晒されながらため息をついた。

 

それにしても酷い目にあった。

あのあと波に飲まれた俺達は、爆音を聞きつけて集まってきたモンスターの群れに襲われ、ボロボロの状態になっていた。

リザードランナーとかもう二度と見たくない。

 

まぁそれはいい。……いやよくないけど。

なんにせよ、ボロボロの冒険者なんてアクセルじゃ珍しくもないから、今更白い目で見られるようなことはないのだ。

 

問題は俺達の……いや、カズマのパーティーの積み荷だ。

あのアクアを入れていたデカい檻は馬車で運んで来たらしく、帰りも同じく馬車に積んで運んでいる。

 

……その檻の中にアクアとめぐみんを入れてだが。

 

めぐみんはどうやら爆裂魔法を放つと、魔力切れを起こして倒れて動けなくなるらしい。

普段は撃った後はカズマにおぶられて帰還するらしいのだが、今回は罰として檻の中に入れられたわけだ。

ちなみにアクアの方は檻の外の世界が怖いから出たくないらしい。

これが天岩戸というやつなんだろう。違うか?違うな。

 

なんにせよ精根尽き果てた美少女二人を檻に閉じ込めて進む姿は、事情を知ってる身からしても奴隷商人にしか見えない。

だからこそ別行動を取りたかったのだが……。

 

アクセルに着く直前、ゆんゆんと今後の事を話してる最中にダクネスからギルドに帰還報告をしなきゃならないと教えられ、それなら一緒に行かないかと誘われたのをゆんゆんが二つ返事で了承してしまったのだ。

 

さすがに人見知りのゆんゆんを一人残して別行動をとるわけにもいかなかったので、なし崩し的に俺はゆんゆんの隣を歩いているわけだ。

 

 

「出涸らし女神が運ばれてーくよー……きっとこのまま売られていーくよー……」

 

馬車の積み荷、もとい檻の中ではさっきからアクアがドナドナを思い出させるメロディーの哀しい歌を口ずさんでる。

そのせいで周囲からさらに危ない目で見られてるが正直、無理やり付き合わされてる俺もアクアと似たような心境だった。

なんでこいつらはこうも悪目立ちするんだろう?

 

「女神様!?女神様じゃありませんか!?」

 

相変わらず白い目を向けられながらアクセルの町中を進んでいると、ふいに聞き覚えのある声が響いた。

思わず足を止め目をやると、上位悪魔討伐の時に回復してやったのに結局なにも出来ずにやられて帰ってきたミツ……ミツナガ?ミツムラ……?うん。ミツなんとかさんが血相を変えてこちらに駆け寄ってきていた。

 

「一体どうしたのです!?なぜあなたのようなお方がここに!?そしてなんで檻の中に!?」

 

おぉ……俺が結局聞けず終いで引っかかっていたことを、ミツなんとかさんがそっくりそのまま代弁してくれている。

そういやこいつも転生者だったな。なんだったか剣か何か貰ってた気がする。忘れたけど。

 

しかし呼びかけもむなしく、檻の中のアクアは無表情のままあの悲しげな歌を口ずさんでいる。

唯一、事情を知っているだろうカズマらもいきなりの乱入者に呆気に取られたままだった。

 

「待っててください女神様!今から僕が助けますから!!」

 

痺れを切らしたのか、女神を救う勇者にでもなったつもりかは分からないが、ミツなんとかさんは檻の鉄格子を両手で掴み力を込め始める。

いや開くはずないだろ。モンスター用の檻だぞこれ……。

 

「……ぬんっ!!」

 

うっわ、マジかよ開けやがった。

なにこの人、バスター3枚のゴリラか何かなの?日中三倍でぬんぬんぬんぬん言っちゃうの?

ゴリラみたいなミツなんとかさん……あぁそうかゴリラギさんか。

 

「待て。私の仲間に馴れ馴れしく触るな。貴様何者だ?」

 

俺達が唖然としてる中、ただ一人ダクネスがゴリラギさんの肩を掴む。

肩を掴まれたゴリラギさんは払いのけようとするが、ダクネスはしっかりと掴んだまま離さない。

 

……どうやらダクネスの方もゴリラだったみたいだ。

 

驚いた様子のゴリラギさんに、ゴリネスは挑発するかのように勝ち誇った顔を浮かべる。

 

「……ぬんっ!」

「……ふんっ!」

 

そしてそのまま力比べを始めた。

そんな二匹のゴリラをよそに、カズマはアクアに近づいて声をかける。

 

「……おい、アレお前の知り合いなんだろ?女神様とか言ってたし、アレが前に言ってた先に送り出した敬虔な信徒とやらじゃないのか?」

「……女神?」

 

……女神?

くしくもアクアと同じ反応になってしまった。

それでも自分を見失ってるアクアと違って、俺が気になったのはカズマがアクアを女神と呼んだことだ。

 

カズマのパーティーの面々を見ると、アクアの事を女神と呼ぶゴリラギさんを可哀相な奴を見る目で見ている。

この反応を見る限り、アクアの正体を知っているのはカズマだけらしい。

ということはカズマも転生者か。よくよく考えれば名前や見た目も日本人っぽいもんな。

 

「そうだよ!お前女神なんだろ!アイツどうにかしてくれよ」

「……ああっ! 女神! そう、そうよ、女神よ私は。それで? よくわかんないけど女神の私にこの状況をどうにかして欲しい訳ね? しょうがないわね!」

 

自分を取り戻したアクアがもぞもぞとゴリラギさんの空けた隙間から這い出てくる。

そして目の前で相変わらずダクネスと力比べをしている男を見て……。

 

「え、あんた誰?」

 

お前も忘れてるのかよ。

 

「なにを言ってるんですか!?僕です、御剣響夜ですよ!あなたにこの魔剣グラムを頂いた!!」

 

あ、そうかミツルギか。

そういやこいつ自分の事をアクアに選ばれた勇者だとか思い込んでたな。

 

「…………?」

 

ミツルギの自己紹介に首を傾げるアクア。

どうやらアクアはそれでも思い出せないでいるらしい。

 

引きつった顔を浮かべているミツルギがさすがに不憫に思えてきた。

そんなミツルギを他所に、そもそもこれはどんな状況なの?とばかりにアクアはキョロキョロと周囲を見回しだす。

 

そして俺と目が合った瞬間、

 

「あーーーー!!!」

 

うおっビックリした!

突然アクアがこちらを指差して大声をあげた。

 

「こんなところに居たのね!こっちに来てからずっと探してたんだから!!」

 

馬車から飛び降りたアクアがそのままズカズカとこちらに迫ってくる。

なんかめっちゃ怒ってません?

 

「……ど、どなたですのん?」

 

なんとなく嫌な予感がしたので、詰め寄ってきたアクアから視線を逸らして苦し紛れに答える。

 

「なにすっとぼけてんのよ!私がアンタにどれだけ尽くしたか分かってんの!?」

「……え、なんの事?」

 

尽くされた?

そっちは本当に知らないんだけど?

 

「はぁぁぁ!?なに言ってんのよ!私の一番大切なものまで奪った癖に!」

 

いやマジで知らんのだが……。

もういっそ誰かと勘違いしてるんじゃないかと思っていると、ゆんゆんが未だに檻の中にいるめぐみんに近づいて声をかけた。

 

「ね、ねぇめぐみん。これってどういうことなのかな?」

「どうもこうも見たまんまでしょう?ハチマンはアクアの元カレか何かでアクアを捨てたんですよ」

 

めぐみんの一言に周囲の空気が一気に凍り付く。

……おいおい、お前氷結系の魔法まで使えたのかよ。

空気まで凍らすとかマジ半端ないって。そんなん出来ひんやん普通……。

 

「大切なものを奪ったということはアレか!?ハチマンはアクアを大人の女性にしておきながら『お前とは所詮遊びだ。酒飲ませたらチョロかったぜ』と言って捨てたのか!なんという鬼畜の所業だ……!」

 

なんだその頭のおかしい妄想は?

だけど不思議と簡単に想像できてしまう。

それだけアクアがチョロいんだろう。

 

「いやありえないから……」

「じゃあ二人はいったいどういう関係なんですか!?」

 

えっなんでそんなに怒ってるの?

いや怒ってるというか若干涙目というか、なんか『そんな事をする人だなんて!』みたいなニュアンスが視線に込められてる気がする。

ヤバい。何もしていないのに何故か俺の信用がどんどん落ちていってるのだが……。

 

だけどこういうとき責められている側がなにを言っても納得しないのだ。

 

ソースは俺。

小5の頃、クラスで人気者だった女の子のリコーダーが無くなり、結局、本人が忘れて来てるだけと分かるまで俺が犯人扱いされていた。しかも散々疑っておいてあいつら一言も謝りに来なかったし。

 

「『ターンアンデッド』!」

「……なにすんだよ?」

 

いきなりアクアが浄化魔法を撃ってくる。

アンデッドにしか効かない魔法なのでダメージこそないのだが、若干イラッとしたので聞いてみると、

 

「なんかいきなり目が腐り出したからついにアンデッドになっちゃったんじゃないかって」

 

……ほっとけマジで。

なんにせよ疑われてる側が何を言おうと周囲は納得しないのだ。

だから痴漢免罪はなくならないし、風評被害も収まらない。

こういう場合、ぼっちにはハードルが高いが事情を知ってる他人に誤解を解いてもらうのを期待するしかない。

 

つまり諦めてアクアに説明してもらうしかなさそうだ……。

 

「はぁ……てかなんでお前がここにいんの?」

「やっぱり覚えてたじゃない!返してよ!あんたが盗ってった私の宝物返してよ!」

 

俺の疑問を置き去りに、アクアは俺が盗ったらしい物を返せとせがんでくる。

あんまり言うものだから念のためもう一度頭の中で思い返してみるも、やっぱり心当たりはない。

 

「いやそもそも覚えがないんだが」

「はぁぁぁ!?宴会芸グッズよ!あんたをここに送り出したとき持ってったじゃない!アレ私の宝物だったんだから!!」

 

分かるかそんなもん。というかお前その宝物俺に投げつけてたよな?

 

「アレはお前が俺と一緒に送り付けたんだろうが。まぁいいや、ここにあるから勝手に持ってけよ」

 

ポーチの中に入ってあるガラクタをアクアに返す。

なぜわざわざ持ち運んでいるのかと思われるかも知れないが、俺の意志ではない。

このガラクタ、これまで何度も捨てたのに翌朝になると俺のポーチに入ってるんだよ……。

正直、かさばるし捨てたくとも捨てれない呪われた系のアイテムかとも思ってたほどだったから、引き取ってくれるというなら大歓迎だ。

 

「それで?どうしてお前はここにいるんだよ?左遷?」

 

俺からガラクタを取り返しホクホク顔のアクアに尋ねる。

 

「そ、そんなわけないじゃない!確かに勤務態度は悪かったかもしれないけど、原因はそこにいるヒキニートなわけで私が悪いわけじゃないわ!」

 

ヒキニート?

 

一瞬、俺の事かと思ってしまったが俺は専業主夫になるつもりだからきっと違う。

専業主夫は決してニートなんかじゃないんだ。どちらかと言えばヒm……でもない。うん、立派な職業だ。

 

「で、ヒキニートって誰?」

 

俺の事じゃないよな……?と不安になりつつ尋ねるとアクアは振り返ってビシっと指差し、

 

「カズマよ!カズマ!!あのヒキニートは身の程をわきまえず、特典にあろうことか高貴なる私を選んでここに連れてきたの!」

「「……はぁ!?」」

 

アクアの一言に俺とミツルギは揃って声を上げ、ヒキニート呼ばわりされたカズマはぷいっと俺達から顔を逸らした。




書いてるうちにミツルギさんが空気になってしまいました。
登場人物増えると会話が難しいです。
最近、他の作品を書いてる方とやり取りする機会があったのですが執筆速度早くて羨ましいです。
なんであんなに早く文章に起こせるんだ……

誤字報告等よろしくお願いします。


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この転生者達に馴れ初めを!

あれからパーティーリーダーで大事な話があると各メンバーから少し離れて、俺とミツルギは事の経緯を説明されていた。

そしてアクアがこの世界に来た理由をあらかた聞かされて、

 

「いったい何を考えてるんだ君は!?」

 

今、サトウはミツルギに詰め寄られていた。

胸倉を掴まれたカズマは気の毒だが、正直俺も似た想いである。

いやほんと何を考えてんだよコイツ。

 

「ちょちょ、ちょっと!? 確かに最初は土木工事のバイトしたりカエルに呑まれたり大変だったけど、それもいい思い出っていうか今となっては結構楽しい毎日送ってるし、ここに連れてこられた事はもう気にしてないから!馬小屋生活も悪くないものよ!」

 

……それフォローになってないだろ。

いや、アクアにしてみればフォローのつもりなんだろうが、当のミツルギは今にもサトウに殴りかかりそうになっている。

 

「おい落ち着け。だいたいの初心者冒険者は土木工事みたいなバイトしてるし、金のない冒険者は馬小屋で寝泊まりするのが普通らしいからあんま責めんなよ?」

 

喧嘩沙汰とか勘弁なので仕方なく仲裁に入る。

ただでさえ悪目立ちしてたのに続けざまに喧嘩とかほんとに止めて欲しい。

だけど馬鹿なアクアにフォローは期待できないし、事情も分からないままに胸ぐらを掴まれてるサトウを見て、ダクネスとめぐみんは敵意を持った目でミツルギを見ている。

ゆんゆんに至っては期待するのが酷だからな……。

 

「ッ!し、しかし君は納得がいくのか!?君はアクシズ教徒だろう!自分の崇拝してる神様がこんな仕打ちを受けてるんだぞ!?」

 

……あんまり大きい声で俺の宗派を言わないでほしいのだが。

けれどミツルギの言うことにも一理ある。仮にも女神なのだ。セシリーみたいな熱心な信者からしてみれば、アクアのこの状況は許しがたいものなのかもしれない。

そう考えてアクアに目をやる。

そしてうちの主神が汗水たらして土木作業したり、カエルに丸呑みされたり、馬小屋で腹出して寝てる姿を思い浮かべて……

 

「……フッ」

 

思わず鼻で笑ってしまった。

 

「ねぇなんで私みて笑ったの?私の顔になんかついてるの??」

「いや結構似合ってると思ってな」

「よく分かんないけど、その程度じゃ私の女神としての魅力は消えないって事ね!」

 

ん?まぁその解釈でいいんじゃない?

全然違うのだが本人がおめでたく受け取っているのでそのままにしておく。

 

「………バカな。君はそれでもアクア様の信者ですか!?」

 

そういうそちらは随分と熱心な信者な事で。

俺が言うのもなんなのだが、これだから宗教ってのは厄介なんだ。行き過ぎた信仰心は時に人を暴走させる。

そうなると人は教義なんて関係なしに動いてしまうものだ。

 

「いや別に、本人が気にしてないって言ってんだしいいだろ?」

「丸め込まれているだけだ!彼女はそんな扱いを受けていい存在じゃない!」

 

この通りだ。

というかなんで仲裁に入った俺が責められてんだよ。

やっぱ慣れない事なんてするもんじゃない。

強引にでも話題を変えないと俺が殴られてしまう。

 

「いや、その辺は特典に持ってきたサトウに言えよ。ていうか特典の件に関してはたぶん俺だって被害者だし」

「……どういうことだい?」

 

俺の言葉にミツルギの動きが止まる。

見ればサトウも特典の話には興味があるようだ。

やはり転生者なら気になる話題なんだろう。

 

「アクア。覚えてるなら俺の転生特典を二人に説明してやってくれ」

「え?なんで私が言わなきゃなんないの?自分で言いなさいよ」

「俺が言うよりお前が説明した方が伝わりやすいだろ?それに自分の祝福なんだし女神アピールするチャンスじゃねえか」

 

それに俺の口から言うと、説明してるうちにどんどん虚しくなってしまうだろうし。

それでもアクアは俺の言葉に納得したようで「それもそうね」と呟きながら口を開いた。

 

「じゃあ説明してあげるわ!ハチマンの特典は『女神の祝福』!一言でいうと祝福を授けた神、つまり私なんだけど、その私の特性を得られるのよ!!」

 

自信満々に言うアクア。

その言葉にサトウが訝しげに口を開く。

 

「ん?それってお前みたいなダメな奴になるって事か?」

「ハァ!?ダメな奴はあんたでしょ!このヒキニート!この特典は人の身では扱えないスキル以外、私がやれることは大抵出来るようになるわけ!しかも彼にかけた祝福は本気も本気。どんな呪いや蘇生だってお手の物、支援魔法の効果も絶大!普通のアークプリーストとは比べものにならないほどの実力を得れるのよ!!」

「アクア様からの祝福だって!?くそっ僕もそっちにしておけば……!」

 

アクアの説明を聞いて本気で羨ましがるミツルギ。

ていうかさっきも言われてたけどサトウは日本ではヒキニートだったのか。

まともな奴居ないなこいつのパーティー。

 

まぁそれはともかく、こうして聞くとかなり当たりな部類の特典なんだろう。

……本来はだが。

 

「……なぁ、比べものにならないほどの実力って、つまりお前より上って事なのか?」

 

ついにサトウが核心をつく事を聞いた。

その問いにアクアはパチクリと瞬きして……。

 

「アハハハハハ!そんなわけないじゃない!カズマさんったらボケてるの?女神と人間よ?対等になる事すら在りえないのにあろうことか上だなんて!プ―クスクス!!常識すら分かんないのー?」

 

と、めちゃくちゃ爆笑しながら俺の特典を全否定する事を言いやがった。

途端にサトウとミツルギが哀れみの視線を向けてくる。

 

「ま、まぁそれでも凄い特典じゃないか!アクア様に次ぐアークプリーストなんだろ?凄いことだよ!」

 

ミツルギの言う通りなのだが、普通こういった転生物では上位互換がいちゃいけないだろ。

俺いらない子になっちゃう。

まさか異世界でおめーの席ねぇから!をやられるとは思わなかった。

 

「その、悪かったな。俺が腹いせにこんなの連れてこなければ」

 

さすがに悪いと思ったのかサトウが頭を下げてくる。

とはいえサトウもある意味被害者だ。

元はと言えば、アクアが真面目に仕事をしていればこんな事にはならなかったはずだ。

サトウはまともな特典を選び異世界冒険を始め、ミツルギは勇者だと信じたまま主人公を続け、俺はカルト教団で飼い殺されてたはずなんだ。

……おかしい、なんか俺だけ悲惨なんだけど。

 

ともかくこうなった元凶はアクアだ。

しかし当の本人といえば、サトウの言葉がかなりツボだったらしく引きつけを起こしながら笑い転げている。

……ほんと腹立つなこの駄女神。

 

「えっと、つまりハチマンさんとアクアさんはどういった関係なんですか?」

 

俺達のやりとりを少し離れた所で見守っていたゆんゆんが尋ねてくる。

さてなんと説明したものだろう?

横目でチラッとアクアを見る。

ヒーヒー言いながら横腹を抑えてるこいつを神だと言っても誰も信じそうにない。

それどころか俺まで頭のおかしい奴だと思われる。

 

「簡単に言うと故郷で俺の先生をしてた人、みたいな感じだな」

 

平塚先生ごめんなさい。

さすがにアクアと一緒にするのは失礼なので心の中で平塚先生に謝っておく。

 

「つまりアクアはあなたの師匠という事ですか!?」

 

紅魔族的琴線に触れたのか、めぐみんが食い気味に尋ねてきた。

 

「まぁ俺の出来ることは全部アクアの受け売りだし、あながち間違っちゃないけど」

 

俺の言葉にめぐみんは、おおー!と感嘆の声を漏らす。

そして笑い疲れてピクピクと痙攣してるアクアに目を向け、

 

「……私が言うのもなんですが、アクアに弟子入りするなんて頭大丈夫ですか?」

「いやしてない。確かにアクアの受け売りだけど弟子入りも何もしてないからな」

 

危ないところだった。

色々と説明するのが億劫だったのでテキトーに流そうとしたらこれだ。

 

「とりあえずお互いの事情も分かったことだし、そろそろギルドに向かわないか?」

「……それもそうだな。いい加減ゆっくりしたい」

 

サトウの言葉に賛同して歩を進めようとする。

ミツルギの話はめんどくさそうだったからこの際、有耶無耶にしてしまおうって算段だろう。

さすが色物揃いなパーティーのリーダーなだけあって頭が回る

勿論俺も同行しよう。

 

「待てサトウカズマ!僕はまだ納得してないぞ!」

 

……マジめんどいん。

ミツルギがサトウの前に立ち塞がる。

やっぱり有耶無耶には出来なかったか。

おそらくミツルギの狙いはアクアの引き抜きだろう。

あいつはアクアの境遇に不満があるようだったし、そもそも物好きな事にアクシズ教のプリーストを探していたはずだ。

 

「あ、あのハチマンさんどうしましょう?」

 

目の前で口論をしているサトウとミツルギを見て、ゆんゆんがオドオドと聞いてくる。

だけど仲介なんて出来ないってさっき分かったばかりだしな。

あと俺に出来ることと言えば……。

 

「一応、穏便に場を収める方法はある」

「ほんとですか!?」

「ああ。もういっそのこと通報したらいい」

「最終手段じゃないですか!」

 

いやだってもう何言っても収まらないぞこれ。

それにさっきからまた徐々に人集りが増えてきている。

冒険者同士のトラブルなんて日常茶飯事の街だが、あまり目立ちたくない身としてはこれ以上の騒ぎは願い下げだ。

騒ぎの度合いを知るためにひとまず人集りの会話に耳を傾ける。

 

「おい、なんの騒ぎだよ?」

「冒険者同士の痴情のもつれっての?一人の女の子を取り合って喧嘩してんのよ」

「なんでもあの見るからに馬鹿っぽい女プリーストを、彼氏の駆け出し冒険者とストーカーしてるイケメン勇者候補が取り合ってんだと!」

「それだけじゃないぞ!あそこで腐った目をして見守ってるプリーストは女の元カレらしい!」

「キャー!修羅場じゃない!!」

 

……もうこいつら放っておいてギルドに向かいたいんだけど。

 

しかしそんな野次馬を他所に、サトウとミツルギはさらにヒートアップしてた。

なんかミツルギはアクアだけじゃなくカズマのパーティー全員を引き抜こうとしているし。

ミツルギが断られたのを見て、サトウはいよいよミツルギを置いて去ろうとする。

しかしミツルギはそれでもしつこく食い下がる。

 

もうこのあとの展開なんて予想するまでもない。

 

「どうする?アイツら放っておくと決闘とか始めちゃうぞ?」

 

ルールを守って楽しくデュエル!なんて雰囲気には既にない。

ミツルギは馬鹿だから真正面から戦おうとするだろうし、サトウは絡め手を使ってミツルギを出し抜くつもりだろう。

高ステータスで有利なミツルギと、出し抜く気満々のサトウ。どちらが勝ったとしても、今度は互いのパーティーメンバーが黙ってなさそうだ。

 

「ちなみに通報しちゃうとめぐ……パーティーメンバーは?」

「事情聴取の為、一緒に連行だろうな。いや下手に暴れるとまとめて逮捕だ」

「だ、ダメですよ!友達を通報なんて絶対ダメです!!」

 

……それは友達としてどうなのだろうか?

いや、友達の在り方とかはこの際どうでもいいとして、ゆんゆんの心配通りきっとアイツらは暴れるだろう。

 

そうしてる間にもミツルギは勝負をサトウに持ちかけていた。

そして条件を聞いたサトウは、了承と同時に剣を抜いてミツルギに斬りかかる。

一方、完全に不意を突かれたミツルギだったが、さすが高レベルのソードマスター。

咄嗟にサトウの剣を避け、不敵に笑って魔剣を抜いてサトウに向ける。

 

「『スティール』!!」

 

その瞬間、サトウが左手を突き出しスキルを唱えた。

 

「は?」

 

ミツルギが間抜けな声を上げる。

見るとミツルギの魔剣はいつの間にかサトウの左手に収められていた。

 

「ほいっ」

 

そのままサトウは手にした魔剣の腹の部分をミツルギの脳天目掛けて振り落とした。

ガィーンと鉄のしなる音が響き、ミツルギが白目を剥いて力なく倒れ込んだ。

 

おいおい瞬殺だよ。

最初はどうなるか心配だったが、蓋を開けてみれば意外とあっさり決着がついたものだ。

 

「なぁゆんゆん、さっきの『スティール』ってやつ任意の物を奪えるスキルなのか?」

「いえ……あれは確か相手の持ち物をランダムで奪うスキルだったはずです。運が良かったとしか」

「マジか、どんな幸運値してんだよアイツ」

 

幸運値が伸びない俺としては羨ましい限りだ。

旅の途中、山の麓にある薬草を取りに行く依頼を受けて山奥で遭難しかかった苦い思い出が蘇る。

 

「「卑怯者ーーー!!!」」

 

気づけばミツルギの取り巻き……もといパーティーメンバーがサトウを大声で非難していた。

高レベルのソードマスターが駆け出し冒険者に決闘を挑む方がよっぽど卑怯で大人げないと思うが、女性二人が大声で喚くにつれ徐々に野次馬にもその声が広がっていく。

 

思い出すのは文化祭後の相模グループの比企谷ネガティブキャンペーンだ。

別に今更あの時の事がどうという訳ではないのだが、膨れ上がった大衆の声というものは厄介で個人で対処するのは難しい。

 

「……おい」

 

そんな中、サトウが口を開いた。

 

「俺は真の男女平等主義者だ。文句があるようなら相手になってやるけど、手加減して貰えるなんて思うなよ?この公衆の前で俺の『スティール』が炸裂するぞ?」

 

何を言っているんだコイツは。

サトウの言葉の理解した二人が顔を青ざめて後ずさる。

 

「勿論泣いて謝っても許さない。まず下着を剥ぎ取ってから一枚一枚上から剥ぎ取ってやる」

 

ぐへへへ……と気味の悪い笑みを浮かべながら指をワキワキと動かし近寄っていくサトウ。

対するミツルギパーティーの二人は、もはや目に涙を浮かべてガクガク震えながら後ずさりし、仕舞いには逃げ出してしまった。

 

「ふっ……虚しい勝利だ」

 

女性にセクハラどころか公衆の面前で脱がすぞと脅し、ニヒルを気取って黄昏てる変質者の姿がそこにはあった。

 

とはいえ、あれだけ騒ぎ立ててた二人を一瞬で散らせたのだ。

俺には出来そうにない事を平然とやってのける手腕はある意味見事だろう。

……そこにシビれもしないし、憧れもしないけど。

 

そんなサトウに心底軽蔑するような視線を向けているアクアと、警戒するようにスカートを抑えるめぐみん、ダクネスに至っては何故か羨ましそうにしている。

そんな仲間の視線を受けてか、サトウは気まずそうに目を逸らした。

そして怯えてるゆんゆんとバッチリ目が合う。

 

「ヒッ!」

 

ちょっ!?ちょっと!?ゆんゆんさん!?怖いのは分かるけど、そんなしがみつかれるとたわわな部分がですね!なんというかですね!?

 

 




お待たせしました!相変わらずスローペースで進めています。
今回はミツルギとの決闘回でした。
相手は変わらずカズマさん。ルール展開ともに特に変更なし。
八幡視点で描写こそ省いてますが魔剣もしっかり頂いてます。
あと日本人って知ってからカズマの事を名字呼びにさせてます。

感想返信出来てなくてすみません!しっかり読ませてもらってます!
誤字報告等も待ってます。


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相変わらず彼女の奔放さは変わっていない。

お待たせしました!
いや本当にお待たせしました!いろんな意味で!
その分、今回はネタ多めにしてます。
それもこれも全部今季のアニメが豊作なのが悪い…


「入り辛ぇなぁ……」

 

ギルドに帰還報告を済ませた俺は、アクシズ教会に戻っていた。

いや……戻ってきたはいいが、中々教会の門を開けられずに悶々としていた。

 

「……さっむ」

 

ふいに吹いてきた北風に思わず身を揺する。

冬が終わり春が顔を出してきているとはいえ、この世界の夜はまだまだ冷える。

三寒四温とか言われてるが、こちらは四寒三温くらいな春の遅さだ。

馬小屋で寝泊まりしている冒険者達はさぞ寒かろう。

 

なんで俺がこんな寒空の下、自分ん家の前で入るのを躊躇っているのかというと、俺が旅をしている間にセシリーが帰ってきているかも知れないからだ。

一応、旅に出る前に書き置きは残してきたが、アイツに言わせればそんな事は関係ないのだろう。

留守にした事に付け込んで、どんな理不尽な要求をされるか分かったものじゃない。

 

そう考えるだけで気が重くなってくる。

とはいえ、いつまでもこうしている訳にはいかない。

ギルドで夕食を済ませてきたのもあり、日はとっくに落ちている。

野宿の準備もやろうと思えば出来るのだが、何が悲しくて自分の家の前でテントを立てなきゃならんのだ。

だけど外泊するお金も勿体ない。

深夜まで飲んで帰ってくる全国のお父さんとか、こんな気分で帰ってきてんのかなと思いつつ、意を決して教会の門を開ける。

 

アクシズ教会の中はしんっと静まり返っていた。燭台に灯された蝋燭が教会の席を優しく照らし、一番奥でアクア像がランプの灯りに包まれて神々しく佇んでいる。

そして、そのアクア像の前で一人の修道女が膝をついて祈っていた。

 

「あぁアクア様、どうか私を捨てて逃げたあの男に天罰をお与えください。旅先で夜な夜なアンデッドに襲わせてください。山の麓の薬草を取りに行くだけで遭難させてください。妙な連中と知り合って街中で根も葉もない噂を流させてください。どうかどうか……」

 

うわ、めっちゃ怖い。

後ろからでもはっきりわかる。

未だになにやらブツブツと呟いているが、アクア像の前で呪詛を唱え続けてるのは紛れもなく同居人のセシリーだった。

というかアイツの呪い全部叶ってんじゃん。後で『ブレイク・スペル』唱えておかなきゃ。

 

やっぱ同居人の修道女ってロクなのいねぇな。大食らいだったり、噛み付いてきたり……。

やっぱり時代は女神官なんだろう。いや声は牛飼娘なんだけど。

 

なんにせよ幸いなことに、セシリーは呪いをかけるのに夢中でこちらの存在に気づいてない。

よし、逃げよう。

そっとバレないように教会の扉を閉めようとする。

その時、ふいに一陣の風が教会内に吹き込み燭台の灯りを消していく。それに気付いたセシリーがこちらをハッと振り返った。

 

「ハ、ハチマンくん……?」

 

……不幸だ

 

「よ、よう……」

 

ぎこちなく声を返す。

するとセシリーは手を胸の前でぎゅっと握り、恐る恐る口を開いた。

 

「ほんとに……?ほんとにハチマンくんなの……?」

「お……おう。久しぶりだ……な?」

 

様子を伺いつつ答えると、セシリーは一歩、二歩と歩を進めだし、次第に速度を増して最後にはほぼ走った状態でこちらに突っ込んできた。

握った拳で殴られる!と思い、咄嗟に目を閉じる。

 

しかし衝撃は顔には来ず、腹部に走るだけだった。

それも鋭いものではなく、ぎゅっと包み込むような感触が腰回りにやってくる。

 

恐る恐る目を開けると、セシリーは俺の腰に手を回して顔を腹の位置に埋めていた。

密着した彼女の鼓動が直接、冷えた体に温かな体温を伴って伝わってくる。

途端に、殴られると思った自分が恥ずかしくなった。

セシリーの身体はプルプルと小刻みに震えている。

さっきまで散々呪詛を唱えていたが、もしかしたら本当に捨てられたのかと思ったのかもしれない。

 

それに……俺はもしかすると、どこかでセシリーが居ないことを恐れていた。

 

教会の門を開けた時、そこに広がっていたのが閑散とした光景だったら俺は何を思っただろう?

きっとセシリーはそんな教会で何日も待ち続けていたのだ。

本来、言って貰える言葉も言われぬままに。

だとしたら、俺は彼女に言うべきだろう。

怒られるのは分かっている。それは俺が負うべき責任だ。

だから勝手に家を空けた俺は、待っていてくれた彼女に言うべき言葉があるはずだ。

 

「ただい「だらっしゃぁぁああああ!!」

 

まセシリー」と続けようとした瞬間、世界が回った。

そして何が何だか分からないままに後頭部に凄まじい衝撃が走る。

 

「よくもおめおめと戻ってきたわね!これは天罰よ!これに懲りたらもう二度と逃げ出さない事ね!」

 

遠のく意識の中、セシリーが言い放つ。

いや天罰っていうかただのジャーマンスープレックスじゃねぇか……

 

▼▼▼▼▼

 

目を覚ました俺は教会のベッドに寝かされていた。

セシリーにやられた頭はまだズキズキと痛んでいる。

 

「『ヒール』」

 

痛む頭に回復魔法をかけつつこれからの事……もといセシリーの機嫌の直し方を考える。

といっても女性の機嫌のとり方なんて分からない。

小町だったら素直に謝って好きな食べ物でも買ってきたらコロリと良くなるのだが……。

 

セシリーの好物禁制されてんだよなぁ。

 

まぁ手に入らない訳では無いのだろうが、わざわざその為に危ない橋を渡るのも馬鹿馬鹿しい。

投獄された理由はスライムだった件ーーなんてのはさすがにゴメンだ。

となると高級なアクセサリーとかが喜びそうなところなのだが、生憎俺の財布はエリス様から愛されてないのでそれも無理だ。

 

それから色々と考えてはみるものの、どの案も実現出来そうにないか、やりたくないものばかりだった。

とはいえ、機嫌が悪いままだとセシリーが何をやらかすか分からない。

もういっその事、アイツに埋め合わせ何がいいか聞いてみるか。

悩むのも面倒だし、その方がもう手っ取り早いだろ……。

 

▼▼▼▼▼

 

……そう思っていた時期が俺にもありました。

 

「ハチマンくん!今日はエリス教徒が炊き出しをする日よ!二人でたんまり持ち帰ろうじゃない!!」

「断る。俺は養われるのは構わないが、施しを受けるつもりは無い」

 

翌日、俺はセシリーに付き合わされアクセルの街に出ていた。

あれからセシリーの部屋に行き、埋め合わせを尋ねた結果、俺の休日は死んだ。

 

『今日1日セシリーに付き合う事』

 

いや、元々今日は溜まっているだろう教会の仕事を片付けたかったので、ゆんゆんに話し休みにしていた。仕事をしなきゃならない休みだったので元々死んでるかのような休みだったのだが、仕事以上に面倒な事をする羽目になった。

 

そういう訳で、俺とセシリーは二人並んでアクセルの街を歩いている。

まぁ1日付き合うと言っても、セシリーのやりたい事に付き合うってことだから行き先を決めないでいいだけマシである。

しかし周囲を行き交う人々からは奇異な目で見られ、自然とこちらを避けるように歩かれているからか、足の動きに反して如何せん居心地が悪い。

しかも、まずセシリーの口から出てきたのがエリス教徒への迷惑行為だったから尚更だ。

……通報されたりしないよね?

 

「何言ってんの!せっかくタダ飯が食べれる上にエリス教徒を困らせられるのよ!敬虔なアクシズ教徒なら行くべきだわ!」

「タダ飯は魅力的だけど、アレは今日の糧すら賄えない可哀想な冒険者にお情けで分け与えてる物だろ?俺はそんな施しを受けるつもりはない。それに敬虔な信徒じゃないし」

 

むしろ信仰心とか欠片も無い。

無さ過ぎてもはやゼロの信望人とか名乗れるレベルだ。

 

「まだそんなこと言ってんの!そんなんだから久しぶりだっていうのに目がアンデッドのままなのよ!」

「あのな?割と皆に言われまくってもはや座右の銘みたいな気もしてきたけど、そこまで酷くはねえからな?」

 

旅をしてる時に3日に1回くらいの頻度で夜中アンデッドの群れに襲われたから分かる。あそこまで酷くは無いはずだ。

というかこの世界ゾンビ居すぎだろ。あまりに多く襲われるから結界魔法覚えなきゃなんなかったし。佐賀にだってそんなに居ねぇよ。

 

「え?ウソ。私、寝起きにハチマンくんの顔見ると思わず浄化魔法撃ちそうになる時あるんだけど?」

 

思った以上にゾンビ扱いされてた。

というか俺は今まで朝になるたびに魔法を撃たれそうになってたのか。

そうなると少しはこの目の濁りも治した方がいいのかもしれない。

ハリウッドレベルの特殊メイクでなんとかならないかしらん?

 

「つっても、敬虔なアクシズ教徒になれば目の濁りが取れるとも思わんけど」

 

むしろ俺の場合、ダメ人間に拍車がかかり尚更腐りそうだ。

ゾンビのような人間によるひたすら怠惰なだけの日常系ダメ人間ストーリー!ゾンゾンびよりあんでっど!

いけるか?……いけねえな。

 

「何言ってんの!!」

「うおっ!?」

 

ちょっ!?近い!近い!

突然、セシリーがずいっと顔を近づけてきて思わず変な声を上げてしまう。

 

「ほら私の目を見なさい!この一点の曇りもない澄んだ目を!これが日頃からアクア様に感謝を捧げてる敬虔な信徒の瞳よ!」

 

ずずいっと更に顔を近づけてセシリーが言う。

やっだから近い!近いって!

 

「お、おぅ……そうだな」

 

と言いつつ二、三歩後ずさりする。

するとセシリーは、それに合わせて再び距離を詰めて両手を俺の頬に添え顔を覗き込んできた。

 

「ちょっ……えっ、なに……?」

 

もしかしてコイツ俺の事好きなの?ごめんなさい。確かに春の日差しを浴びて優しくきらめく金髪と、空のように澄んだ青い瞳に一瞬騙されかけましたが、すんでのところで悪魔のように男心を弄ぶ後輩の手口を思い出したので無理です。

あっぶねー……危うくみてくれに騙されるとこだったわ。

一度も告ってないのにフリまくってくれた一色に感謝だな。

……どんな感謝だよ。

 

「……やっぱり。よく見るとハチマンくんの瞳も青いわよ?濁ってて分かりにくいけど」

「へ?」

 

そうだったか?

いやいや、うちは親父もお袋も日本人だし小町の瞳もそんな色じゃなかったはずだ。

だとしたら転生の影響か?そういやアクアの瞳も青だったし。

 

「だからあなたも敬虔な信徒になって目の穢れを祓いましょう?きっとアクア様みたいな美しい瞳になれるわ!」

「……やめとく」

 

正直これ以上変にアクアの影響を受けたくない。

いつか髪色まで頭の悪い水色とかになりそうで怖いし。

 

「まぁまぁ聞いて?ハチマンくんはその目でだいぶ損してると思うの。目以外はそこそこ整ってるし、アークプリーストっていう上級職だから、その目さえなんとかしたらきっとモテモテよ?」

「マジか、最悪じゃねえか。やっぱこのままでいいわ」

 

ふっ甘いな。去年までの俺ならともかく、今の俺にはそんな勧誘は通じない。

伊達に三浦やら一色やらの葉山争奪戦を見て来ていない。部外者の俺ですら見てて怖かったのに、仮に当事者とかになったら胃に穴空いちゃう。

あぁいうのは葉山のようなリア充が受けるべき苦痛なのだ。

これがリア王の受難とかいうやつなのだろう。葉山まじシェイクスピア。

 

「え……えっ?なんで?まさか……前々から怪しいと思ってたけどやっぱりホモ─」

「違う。てかお前は俺をなんだと思ってるんだ」

 

なんでこいつは事ある毎に俺をそっちに持っていこうとすんの?

 

「えー?でもアクシズ教徒の男ってだいたいアブノーマルな性癖の持ち主よ?実の母だったり、妹だったり、オッサンだったり、魔物だったり」

「一緒にすんな。レパートリーがハード過ぎんだろ」

 

唯一、共感出来そうなのは妹くらいだな。

いや小町は誰にもやらんけども。例え自分自身でも兄として俺なんかには小町はやれない。

……我ながら卑屈な事だが。

 

「でもアクシズ教徒はそれくらい開かれた宗派なの!特に恋愛には力を入れていて、前にも『恋に年の差や血縁関係、性別も種族の壁も関係ない!ゆりかごから墓場まで!アクシズ教徒でも恋がしたい!』っていう触れ込みで宣教した事もあったくらいだわ」

「最低なキャッチフレーズだな」

 

まだ中二病の方が可愛げがあっていい。

モリサマSS復活しねぇかな。

 

「それに私の無垢なる瞳によると、ハチマンくんは一度くらい同性を意識した事があると思うの」

「……いや、ねぇから」

 

一瞬ドキリとしたが冷静になって考えてみると、戸塚と俺が同性な訳がないので否定しておく。

だって戸塚(天使)に性別なんてねーし、あったとしてもその性別は戸塚だ。

え?ハヤ×ハチ?なにそれ知らない。

ちなみにザイ×ハチはもっとねーから。

 

「ほんとに?でもそうなるとますます分かんないわね……」

 

否定するとセシリーは急に真剣な顔をしてブツブツと小声で呟き出した。

 

「なんで私がお風呂上がりにアラレもない姿で誘惑しても無反応なのかしら……?」

「……」

 

……いや、アレは普通に目の毒だからやめてね?

確かに見た目はいいんだ。

柔らかい金髪に澄んだ青い瞳。俺より歳上だというのに幼さが残る可愛らしい顔立ちと、それに反するかのようにダボついた修道着の上からでも分かる抜群のスタイル。

初めてあった時は思わず見惚れてしまったのを覚えている。

しかし、そう言うとコイツはさらに得意気になるだけだろう。

だから褒めたりせずに、ここは強引に話題を戻す事にする。

 

「……で?結局これからどうすんの?俺、炊き出しなんて行きたくないんだけど?」

「えぇー?でも私お金持ってないんですけど?」

 

……今なんと?

 

「は?いやお前は正規のシスターなんだし教会から給料出てるだろ?」

 

教会の責任者なセシリーは安定した収入があるはずだ。

それこそ冒険者の俺なんかよりよっぽど貰ってる筈である。

 

「え?そんなのとっくに使っちゃったわよ?」

「なにやってんのお前?」

 

あっけからんと言うセシリーに思わずノータイムで突っ込む。

コイツに計画性というのはないのか?……ないよな、アクシズ教徒だったわ。

 

「ともかく私はお金ないから、エリス教徒にたかりに行くわよ!」

 

俺の呆れた視線を気にするそぶりも見せず、セシリーが決定事項とばかりに高らかに告げる。

 

「……まぁ仮にそうするとして、その後の予定は?」

 

そもそもコイツは金もないのにいったい何をするつもりだったのだろう?

何か嫌な予感がするので念のため一応聞いておく。

 

「とくには決めてないわよ?エリス教徒を馬鹿にして、ついでに炊き出しのパンを掻っ攫って、お店の人にイチャモンつけてただでご飯を食べて、純粋な子ども達に布教をして、捕まってなかったら酒場で飲み代をギャンブルで稼いで大騒ぎするつもりだったわ!」

「セシリー……」

 

……驚いた。思わず彼女の名が口から零れる。

そして自信満々な彼女に俺は万感の思いを乗せて言葉を続けた。

 

「却下で」

 

いやマジ驚いたわ。想像してたものの数倍悪かった。

なんなんだこのプラン……どこで通報されてもおかしくないだろ。

 

「じゃあどうしろっていうの!?私にはお金がないの!お金を使わず遊ぶなんてこれ以外できっこないわ!」

 

開き直って人目も気にせずギャアギャアと叫びだすセシリー。

心なしかさらに通行人との距離が開いた気がする。

……はぁ、しょうがないか。

 

「とりあえず金は俺が出すから気にすんな」

「へ……?」

 

俺の言葉が予想外だったのか、セシリーが目を丸くしてこちらを見てくる。

 

「いいの……?」

「……ん。まぁさすがに警察沙汰とか勘弁だし、それにもともとお詫びの付き合いだからな。費用はこっちが負担すんのが当然だろ」

 

普段の能天気な振る舞いから一変して、しおらしく聞いてくるセシリーに少し戸惑いながら答える。

 

「あっでもあんまり高いやつとかは無理だぞ?なにせ財布に三千エリスくらいしか入ってない」

「えっそれで足りるの?」

 

まぁ昼と夜の飯代くらいにはなるだろう。

最悪、旅の途中で手に入れた金目の物を売ればいいしな。

 

「じゃあ早速エリス教徒への嫌がらせ……もとい炊き出しに行きましょ!」

「なんでだよ」

「ぐえっ!」

 

意気揚々と向かおうとするセシリーの襟首を掴んで止める。

後ろから襟首を掴まれたセシリーは、とどめを刺されたジャイアント・トードのような呻き声を上げ動きを止めた。

 

「なにすんのよ!?」

「こっちのセリフだバカ。お前、俺の話聞いてた?」

 

なんでわざわざ金を出してやるつってんのに炊き出しに行くんだよ。

 

「あっ!バカって言った!アクシズ教の聖典によるとバカって言った方がバカなんだからね!?やーいバーカ!」

 

聖典ってより小学生の悪口ノートだろそれ。

そしてその理屈で言うならやっぱりお前もバカだ、バーカ。

 

「いやそんな事よりも、なんで俺が金を出すのにわざわざ炊き出しいくんだよ?やっぱりバカだろお前」

「バカはあなたですハチマンくん。例えハチマンくんが今日お金出してくれたとしても、明日以降の私の糧はどうなるんですか?」

「バカはおまえだ。そんなもん俺が用意すればいいだろ」

 

今さら何を言ってんだコイツ。

これまでそうして来ただろうが。

 

「えっ!?そ……そうよね……ハチマンくんと一緒だもんね……」

「?」

 

いやなんで照れんだよ。

相変わらずコイツの思考はよく分からん。

 

「……まぁなんにせよ、警察沙汰になりかねないのはダメだ」

「う、うん……ならまずはご飯からよね……そうだ!ハチマンくんは普段いったいどこで食べてるのかしら?」

「家」

「は?」

 

いや……普段とか言うから。

後は旅の時のキャンプ飯くらいだし。

だからそんな冷たい目で見ないで……。

 

「あー……サイゼとか」

「なにそれ?」

「あ、悪い。今のもなしで」

 

えー?サイゼ知らないのー?うっそー?なんて思ったけど、そりゃ知ってるわけないな。異世界だもんな。

しかし、家以外で俺が食べに行く所となると……

 

「あとは……ギルドくらいだな」

 

こう言ってはなんだが、あんまりなラインナップだった。

家かギルドって。家か会社でしか飯を食わないうちの親父みたいな選択肢だ。やだ遺伝って怖い!

 

「ふーんギルドね……まぁいいわ一度行ってみたかったし!」

 

え?いいの?

てっきり冷たい目で却下されると思っていたんだけど……。

行き先が決まりセシリーは鼻歌交じりに先を歩き出す。

 

「ほらハチマンくん早く行きましょう!ほら早く!」

 

先を歩くセシリーが振り返りウキウキと嬉しそうに声をかけてくる。

まぁ納得してくれてるようならそれでいいけど。

……っていうかアレ?これ結局行き先俺が考えてね?

あっれー?

 

 




というわけでセシリー再登場です!
本当はセシリーの再登場は原作ではもっと後だったんですがそれまで出さないのもあんまりだと思い『脚光を!』基準でかなり早く出すことにしました!
今回はアニメネタ多く使っちゃったんで分からない人いれば申し訳ないです。
今期はほんと面白くて困ります。皆さんは今季のイチオシなんですか?

誤字脱字等あればご指摘よろしくお願いします。


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