どうやら神様は俺の事が嫌いらしい (なし崩し)
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プロローグ

 

 

 ……転生してしまった。

 そう、してしまった。別に俺の意思じゃないのに、転生してしまったのだ。

 だがしかし、その転生先が普通に元いた世界であればなんの文句もない。

 でも、転生させてくれちゃった神様は俺に優しくなかった。

 

 

 

 

 

 

「五体、六体、七体っと」

 

 人も寝静まった夜。

 人気のない空き地で敵を狩る。

 俺たちエクソシストの敵、AKUMA。人の魂を内蔵し縛り付ける、人に擬態する胸糞悪い兵器。AKUMAの放つ弾丸に当たってしまえば、ウイルスに犯されすぐに死す。そんな危険な兵器とほぼ生身で戦うのが俺たちエクソシストだ。まぁ一部には盾型のイノセンスとかもあるけど。

 七体破壊したところでマガジンを取り替え、再び狙い撃つ。

 

「八、九、十――――――って、多いなぁオイ」

 

 見ればワラワラと、まるで黒いアレみたいに出てくるAKUMA達。所詮レベル1とザコではあるが、その数は敵対者のやる気を削ぐ。……ソカロ元帥とかは喜びそうだけどさ。

 仕方なくコートの懐をあさって、楕円形の物体を幾つか取り出す。

 そしてピンを抜き投擲。手榴弾だ。

 ソレはすぐに炸裂し、AKUMAの数を一気に減らす。

 後は残った数体のAKUMAに鉛玉を撃ち込んで終わり。

 残りの弾数を把握しながら少しだけ警戒し、ホルスターへ。

 その瞬間――――――

 

「そぉーい♪」

 

 可愛らしくも無邪気な声が背後から聞こえてくる。

 しかし、声とは裏腹に放たれている殺気は洒落にならない。冷や汗を流しつつも、大きく横に飛ぶ事で距離をとる。そして直後に聞こえてくる地を抉る音。しかも複数回だ。

 やめてーとキリキリ痛み出す胃を誤魔化しながらゆっくりと後ろを振り向く。俺のいたところには、様々な色のロウソクが突き立っていた。色々突っ込みたいところもあったが、それよりもこれを俺に向けて放ってきた奴が問題である。

 

「ヤッホー、遊びにきたよぉ?」

 

「はっはっ、遊びで殺されても困るんだけど?」

 

 クスクスと笑いながら俺の周りをぴょこぴょこ歩く。

 正直気が気じゃない。空間移動に精神汚染的な技が使えるノアの長女だ、マジ怖い。

 

「それくらいじゃぁ死なない癖に。千年公がボヤいてたよ、あの狸めェ♥って」

 

 胃の痛みが増した!!

 ぐぅ、余計な心労を与えんなッ!!

 

「まぁ、なんだ? 俺を殺したいならもうちょい痩せろって話だ」

 

「ダメだよぉ。あのぷにぷにがいいんだからさ」

 

「ならそのままでいいんじゃないか? 俺もやりやすいし。……というかさロード、一応聞いておくけどなんの用だよ?」

 

「前から言ってるじゃん。遊びにきたんだよ。それと、ランスロット卿の話も聞きたいなぁ~」 

 

「ヤメイ! その名前で呼ぶな恥ずかしい! 俺の羞恥心が刺激されるだろうが!!」

 

 神様が俺に優しくない例1。

 名前がランスロット・デュ・ラックであったこと。

 俺を恥ずかしさで悶えさせて殺すつもりなのだろう、有り得ない。

 

「はははッ♪ 恥ずかしがってる恥ずかしがってる♪」

 

「つうか、俺は円卓とは全くもって関係がない。……せめてラックと呼んでくださいお願いします」

 

「ホント、エクソシストっぽくないよね。というか、何でランスじゃないの?」

 

「……俺、鬼畜王目指してるわけじゃないし」

 

 コテンと首を傾げるロード。

 意味が分からないって感じだな。それでいい。

 

「まぁ、どうせ俺のイノセンスが気になってるんだろ?」

 

「ピンポンピンポーン! せいか~い♪」

 

 俺に神様が優しくない例2。

 ノアに目を付けられるような厄介なイノセンスをくれちゃったこと。

 能力は強いのに、対価として胃がマッハとか有り得ない。

 

「とぉ言うわけでぇ~実験開始~」

 

 ロードがヒラヒラと手を振ると、出現する大量のロウソク。

 きっとあのロウソクは鉄で出来ている。コンクリに穴開けるとか、有り得ない。

 というかそもそも、アレが全部俺に向かってくるとか有り得ないッ!!

 

「こなくそっ!!」

 

 数的に銃では迎撃できない。

 ならば剣だ。腰にかけてある何処にでもあるような無骨な剣を鞘から抜き取り、振るう。

 出来るだけ一撃で多くのロウソクを落とせるように、出来るだけ、攻撃回数を少なくやり過ごせるように動く。

 

「はっ、これくらいなら朝飯前――」

 

「――じゃあもっと行ってみよ~♪」

 

 ふざけんなっ!

 バン! と増えたロウソク。数は数えるだけ無駄じゃねと思うほどに。

 しかも何かギュンギュン言ってる。ねぇアレ回転してない? よく見るとロウソクに螺旋状の溝とかない?

 

「なぁロード」

 

「な・ぁ・に♪」

 

「……飴やるから手打ちにしねぇ?」

 

「……ぷっはははは! あははは! お腹、痛いよぉぷくく」

 

「俺割と本気よ? あの回転してるロウソクとか絶対トラウマもんじゃん、有り得ない」

 

「アハハ♪ あぁー本当に面白いなぁラックわぁ。それじゃあ、ほい」

 

 にゅっと突き出される手。

 どうやら俺の提案は飲まれたらしい。

 

「ん、ちょっと待ってろ……ほれ、好きなの選べ」

 

 ゴソッと飴の入った袋を取り出す。

 そんなサイズの袋どこに入ってた的な視線が送られてくるがノーコメントです。ロードはうずうずしていたが、すぐに飴の入った袋に目をずらし覗き込む。

 

「わぁお、ドロリアの最新作だ。それじゃぁこれとこれとこれとこれ~後は……」

 

「待てコラ。お土産用はコッチだ。あのぽっちゃり伯爵にはやめとけ、きっと太るから」」

 

「ラックって地味ぃに千年公をけなすよねぇ。それじゃあこの飴に免じて帰ってあげるよぉ。バイバ~イ、ラック」

 

 するとバタンとロードの後ろに扉が出現し、開かれる。

 トンとバックステップをとったロードは、ゆっくりと扉に吸い込まれていき消える。同時に扉が閉まり消失。俺の胃が復調し始める。女の子一人相手するのにこの胃痛とか、有り得ない。

 

「くそ、全部あのぽっちゃり伯爵のせいだ。……頼むから、早いとこアレンとかが倒してくれないかな」

 

 他人任せ? 大いに結構だ。

 あ、俺に任せるのとか無しね。俺、例外。

 

「……はぁ、帰ろ」

 

 剣を鞘に納め、イノセンスの発動を止める。それからファインダー部隊に一報入れてからその場を後にした。別にファインダー部隊と合流してもいいんだけど、不良師匠にバレたら撲殺されそうだ。居場所特定されんの嫌がってるし。

 

「宿、どっちだっけか。……まぁ帰ったら帰ったで酒瓶飛んできそうだし、アレンに任せて別に宿とるか。すまんアレン、俺は弟弟子を売り渡すよ」

 

 神様が俺に優しくない例3。

 転生してから、イノセンスを受け取る際の元帥がクロス・マリアンだったこと。俺まだ小学生にもなってないですよ? って時にバッタリ出くわした。有り得ない。

 まぁ、アレンがいるから大丈夫さ。俺は一足先に独り立ちするよ。

 悪魔!鬼! とか聞こえた気がするが、実際聞こえる訳もないと無視。

 だって、考えてみればソロソロ原作開始の時期だし。教団を離れてたほうが安全だよね!

 

「そうと決まれば、取り敢えず中東の方に――」

 

 ――ガチャン。

 

「行かせると思ってたのか馬鹿弟子?」

 

「……ガチャン? あれ、しかもこの声はッ!?」

 

「丁度いい。お前、コレ持って本部に帰れ。ああ、俺は優しいからな。行きの金くらい払ってやる」

 

「は、ははは。えっと、師匠? ちなみに、幾らくらい貰えるのかなーって」

 

「ジャッジメント一発。どうだ、破格だろ?」

 

「死ぬわ! って待ったまった、どうして酒瓶振りかぶってるん? それ高級ワインのですよかさ増しで分厚いのですよ!?」

 

「ああ、スマンスマン訂正だ。高い酒を頭からぶっかけてやる。なに、気づけば教団行きの船の上だ。それじゃあ……逝ってらっしゃい」

 

 降り下ろされる酒瓶。

 迫りくる脅威から逃げようと足を動かそうとしたが、何か手錠かかってた。ガチャンってコレか! 逃げ足封じるためかっ! 鬼、悪魔! 髭不良――――――!!

 なんつう展開の速さですか!

 そして襲い来る激痛と衝撃。

 俺は抗うことも出来ずに、あっけなく意識を手放した。

 

 

 

 

 

 目を覚ますと暗かった。

 ジメジメしてるし揺れてるし、ああ懐かしいなこの感覚と思いながら拳を天井に向けて放つ。すると案の定手応えがあり、天井は吹き飛び光りが差し込んでくる。ノソリと起き上がれば貨物置き場の中。

 

「何ヶ月ぶりだ、密入国。……てか、俺教団に戻るんだしエンブレム出して乗せて貰えば良かったんじゃね?」

 

 痛む頭を抑えながら呟く。

 何時も国と国の間を移動するときは密入国が当たり前だった。……俺とアレンは。師匠は一人優雅に女を自室に連れ込んで豪遊してた。遊ぶ金あるなら俺らを普通に入国させろやと何度思ったことか。

 コッソリと貨物室を後にして甲板に出る。どうやら時間帯は正午。お腹も空いた気がする。何かないかと懐を漁る。

 

「ん、何だこれ……」

 

 俺の知らない茶封筒があった。

 少し迷うが開けてみると、中からは銃弾が一発と手紙が二枚入っていた。

 

「なになに、ああ、これはアレンの紹介状か。俺が届ける事になったのな。それと二枚目は……」

 

 ピラリと捲る。

 そこに書いてあったのは数字の羅列。

 0がひいふうみいよ……と続いたあと、下には請求書と書かれている。見れば血印が押してある。つまるところ、借金である。

 

「あ、ああ、あの馬鹿師匠――! またやりやがったっ!! 俺の気絶してる間に血印まで押しやがって!!」

 

 もう言い逃れは出来ない。契約してしまっているのだから。そう、例え俺が気絶していたとしても! ていうか俺に対する手紙とかないんかい! まぁ元々期待してないけどさ!

 

「ちくせう、次あったら覚えとけよ……まぁ、負けるビジョンしか浮かばねえけど」

 

 こういうのは反骨精神が大事なんだ。

 そして一つ、虚しさからくるため息をついて、最後に入っていた弾丸へと視線をずらす。

 銀色で、十字架の入った特殊な弾丸。

 師匠の持つジャッチメントで無ければ使えない、イノセンスの弾丸だ。見れば少し血に染まり、形が歪んでいる。ついでに言えば、何故か弾丸の後ろの部分に小さな穴が。ちょっとしたチェーンなら通りそうな穴だ。

 

「……もしかしてこれって――――――くそ、少しうるってきた。人心掌握術まで覚えてる神父ってなんだよ」

 

 懐を探り、合いそうなチェーンを取り出し穴に通す。

 それを首にかけて終わりだ。

 今は感傷なんていらない。ただ、少しだけ師匠に感謝してもいい。

 ……三日くらいはな!!

 

「さてと、そろそろ行くか」

 

 前に見えてきた断崖絶壁。原作アレンはよじ登っていたが、教団のコートを着ている俺ならば普通に隠し通路を通してもらえる。見張りと思われる団員に話をつけて、数年ぶりに戻ってきた教団の土地を踏みしめた。

 

『レントゲンチェック! って、アアアアー! 帰ってきたーァ!! 元帥の弟子が帰ってきたァー!?』

 

 ぎゃあぎゃあうるさい門番も久しぶりだ。

 師匠、この門番が嫌いだから戻ってこないんじゃないか? ……いや、なくても戻ってこないか。基本、豪遊が好きだから仕事とかしない人だし。にしても、大丈夫かなアレン。俺が抜けた分生活費は軽くなるが、二人で金稼いで何とかなってた師匠との生活に暗雲が立ち込めてるんじゃないだろうか。……定期的に仕送りしようかな?

 

『開門ー!』

 

 開く門から中を覗く。

 するとパチクリと中にいた団員が瞬きしている。

 

「「「いっ……」」」

 

「いっ?」

 

「「「「生きてた――――――!!!???」」」」

 

「!?」

 

 ドタドタと団員達が動き始め、数人が俺の両腕を確保――って何で確保?

 

「ラ、ラスロが帰ってきたぞ! 室長の所へ連れて行け! 絶対に逃すなッ」

 

 ラスロとは偽名です。

 ランスロット→ラスロ。教団には賢い人が多いから、俺のイノセンスとラックという名で本名が露見しそうなので偽名である。嫌だよ、ランスロット! とか呼ばれるの。恥ずかしすぎる!

 

「クロス元帥について何か知ってるはずだ。なんとしてでも室長のところへ!」

 

「え、いや、俺も師匠の居場所とかについては――って待って待って! もう手錠は嫌! 後棒状のものは俺に見せんな! 頭の痛みがッ!!」

 

「確保成功! 連行します!」

 

「お前ら、俺の扱いあんまりだろが――――――!」

 

 連行された俺は室長室に下ろされ椅子に縛られた。

 流石に泣けてきた。なんで俺がこんな扱いうけなきゃならないのだろうか。うん、間違いなく師匠のせいですね。マジ覚えてろエセ神父。

 

「さて、と。久しぶりだねラスロくん」

 

「お久しぶり、コムイ室長。早速で悪いんだけど、この拘束解いてくれません? 放置してたら十秒ごとに強化されてる気がするんだけど」

 

 周りにはロープ、手錠、虫網をもった科学班。

 交代交代に縄やら手錠をかけていく。そんなに信用ないか俺。

 

「少し我慢してくれるかな。いや~滅多にないクロス元帥に関する情報を得るチャンスだからね。話せることを話してくれれば開放するよ」

 

 それからは渋々と話し始めるしか無かった。

 これまでの経緯、どんな国に行ってどんな事をしてきたか。最終的にはどうして俺が戻ってきたか。

 

「つまり、元帥から逃げようとしたら逆に捕まって気絶させられて、気づいたら教団行きの船の中と。……相変わらず刺激の多い生活を送ってるね~。分かった、開放しよう」

 

「ったく、信用ないな。まぁ師匠に関してはそれくらいでいいと思うけどさ」

 

「あはは! まぁそれよりも、だ。ラスロくん」

 

 室長たちは俺に向かって言った。

 

「「「おかえり!!」」」

 

 それに対し、俺は何を言うまでもなくただ苦笑で返した。

 おかえり、帰るべき場所に帰ってきた際にかけられる言葉。本来なら返す言葉は、ただいま。ただ、俺にはその言葉は中々重い。なまじ、本来住んでいた世界を覚えている分には。

 

「ラスロくんも疲れただろうから、部屋でゆっくり休むといいよ。部屋はそのままにしてあるからね」

 

「ども。ああ、それとコレ師匠からの手紙ですんでよろしく。……渡しましたからね?」

 

 ようやく椅子から開放された。

 体が痛いぜ畜生め。痛む場所をさすりながら、自室への道を辿る。

 

「……あ、れ?」

 

 道中、一人の少女とすれ違う。

 黒いツインテを持つ、室長の宝物。手を出そうとして室長に沈められた愚か者は数知らず。エクソシストでありながら科学班の給仕までやっている心優しい少女である。

 そう言えば彼女を見たのも数年ぶりだ。

 

「もしかして、ラスロ?」

 

「ん、久しぶりリナリー。それじゃあ俺は自室に戻る」

 

「ちょ、ちょっと待って。えと、何時帰ってきたの? それに、クロス元帥は?」

 

「帰ってきたのは今さっき。ちょっと前まで科学班に拘束されてた。それと師匠は俺を殴ってアレンと逃亡、行方は分からん」

 

「拘束って、兄さんたちね。まったくもう。それにしても、本当に久しぶり。よかった、元気みたいで」

 

 そう言ってニコリと笑うリナリー。

 ホント、あの兄と血がつながっているのか疑わしい。

 

「まぁ、師匠と一緒に旅してれば嫌でも丈夫になる。もう数年は風邪引いてない」

 

「あ、あはは。クロス元帥も相変わらずだね。って、ごめんね、疲れてたでしょ?」

 

「いや、平気だ。貨物と化してずっと寝てたし。俺が気づいたのだって教団近くに来てからだから、ずっと寝てたと言っても過言じゃない」

 

 事実、さっきまで寝てましたから。

 疲れたってよりは体が痛い。主に頭、部分は後頭部。

 

「そう? でもちゃんと休まないとダメだよ? ……じゃあ私は今から任務だから行くね。それと、おかえり、ラスロ!」

 

「……おう。それじゃ気を付けてな。怪我して帰ってきたら室長が仕事しなくなるからな」

 

「うん。それじゃ行ってきます」

 

「頑張ってこい」

 

 そう返すと、ほんの少し寂しそうな顔をして去っていく。

 何故とも思ったが、一つ心当たりが。

 

「あー、行ってらっしゃいって言うべきだったか」

 

 でもなぁ、今の俺が行ってらっしゃいという言葉を思い浮かべると連鎖的にあの酒瓶振り下ろす師匠の顔が……。やめよ、打たれたところがまた痛み出した。マジ遠慮ない。

 まぁ、行ってらっしゃいくらいなら別にいいんだけどさ。行ってらっしゃいは、宿とかに泊まったときにでも言う言葉だ。家だけで言うことではない。おかえりもまた、同じかもしれないが俺の中での比重が違う。帰るべき場所、帰れる場所は、いつだって……。

 

「さぁてと。折角の休日だ、今日くらいはゆっくりと休もう」

 

 懐を漁り、暫く使っていない鍵を取り出す。少し錆びたその鍵は、ピッタリと扉に差し込まれる。回せば鍵が開き、濁った空気が内側から流れ出てくる。

 

「ゲホッ!? ぬ、放置しすぎて埃が溜まってたか。……先ずは掃除から始めないとダメか」

 

 息を止めて室内の窓を開ける。

 濁った空気を入れ替えつつ、懐に手を入れて取り出したるは箒とちりとりに埃叩き。何故出てきたか? これが俺の武器だからだ。師匠との生活では掃除は大切。埃が落ちてると酒瓶飛んでくるから。

 

「んじゃ、頑張りますか!」

 

 埃と俺の戦いの幕が上がる。 

 

 

 ――――当面の目標 本名がバレないように隠蔽すること。

             

 

 

 

 




修正です。


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第一話

 

 

 

 

 

 翌朝、綺麗になった自室を出て軽く身だしなみを整える。

 その後迷うことなく食堂へと向かい朝食を摂る。

 

「あら~久しぶりねん! 帰ってきたって聞いてたけど本当だったのね! たっぷりサービスしちゃう!」

 

 オネエが現れた。

 うんジェリーさんだ。相変わらずすぎて安心した。

 

「それじゃあ適当に和食を。飲み物は緑茶で」

 

 任せて! と言って厨房に消える。

 それから数分後、出来立てホヤホヤの美味しそうな和食が出てきた。久しぶりの白米に心が躍る。きっと、後にアレンがやってくるから頑張って。奴は俺の数倍は食べるから。

 一言礼を言って適当な席に座って白米を頬張る。ホカホカテカテカ素晴らしい。箸が止まらない。続いてサケの切り身に手をつける。箸を入れて少し裂けば、じゅわりと肉汁が溢れてくる。肉厚だ。口に含めば絶妙な塩味が白米とマッチ。これまた箸が止まらない。そうやって漬物、味噌汁とあっという間に至福の時間が終わる。

 最後に熱い緑茶を飲んで一息。ホロリと涙がでた。

 

「うぜぇ、何で泣いてやがる」

 

「いや、師匠との旅では飯も碌なの食えなかったからな。ああ、幸せだ」

 

「ち、食い終わったならさっさと帰れ」

 

「急くな急くな。余韻を楽しまないと」

 

 師匠との旅、食事は摂れたには摂れたがあんまりだった。何せ大食いのアレンがいるのだ。食費パナイ。一ヶ月で日本で言う諭吉さんが数枚飛ぶとか、有り得ない。御陰で俺は質素な食事。アレンは遠慮していたが、彼には沢山食べて頑張ってもらわないといけないのでしっかり食べてもらった。

 ……にしても殺気が痛い。

 鋭い眼光とチラチラと刀が見える。

 

「それにしても久しぶり、神田。元気してたか?」

 

「話しかけんな狸。さっさと帰れ」

 

「いや、六幻ちらつかせんなよ。……冗談だろ?」

 

「もう一度言う、話しかけんな。飯が不味くなる」

 

 あんまりだ。まぁ彼は普段からこれがデフォなので気にしないが。久しぶりにあったが、俺を覚えていてくれただけマシだと思う。それにしても、やっぱり蕎麦か。

 

「っと、そうだ。これやるよ」

 

 取り出したのは髪紐。

 生活費を稼ぐために賭博してたら貰った物だ。全部中古だが、使い古されておらず新品同様。長年貯めてきたので結構な量がある。神田は少し逡巡したが、フンと言って髪紐を持っていく。なに、気にするな。神田にも頑張ってもらわないといけないからな! 俺の分まで頼む。

 

「んじゃ俺は行く。邪魔したなー」

 

 ギン、と一段と強い視線で睨まれたが気にしなーい。借金取りに比べれば……いや、神田の殺気の方が強い。え、そこまで嫌われてます? ま、まぁいいさ。

 食堂を後にした俺はやることもないので自室に戻る。

 それから荷物の荷解きをして数個の植木鉢を取り出す。中に土と肥料を入れてしっかり混ぜてから、指で穴を開けて種を放り込む。種は全て、日本産の花がメインである。コッチだと江戸だが、咲いている花は変わりなかった。これくらいしか、日本を連想させてくれるものはない。着物などもあるにはあるが、俺には縁が薄いものだったし。

 

「ホント、考えてみれば凄い女々しいな俺」

 

 故郷が恋しすぎて花を育てる男。

 うん、師匠に見られたら爆笑される。とはいえ、今まで種を集めるだけだったから育てるのが楽しみだ。

 

「それと、コイツを植えてっと」

 

 一段と大きい植木鉢。

 そこには苗木を植える。 

 日本に咲き乱れる、桜。

 まだ小さいが、花をつけることは出来る。時期になれば、きっと綺麗な花を咲かせてくれるだろう。本来なら温度差とか大事だが、俺のイノセンスで作り出した神秘の肥料が使われてるから相当強くなってるので問題はない。きっと神田に言ったら『馬鹿にしてんのか』とぶった斬られる。

 

「後は陽の光が入ればな……。ここって日当たり悪いし、一日数時間くらいしか差し込まないんだよな」

 

 呟きながら、植木鉢を窓際に寄せておく。

 これで荷解き終了。部屋に増えたのは植木鉢のみ。いや、師匠っていきなり旅立つから荷物とか持っていけない。それに置いておくと何時の間にか売り払われていることもあるので持たないことにしている。

 

「これで終わりと。……やべぇ、暇すぎる」

 

 やることが無い。

 ……あれ、もしかして師匠たちとの旅って充実してた? いやいや、そんなことは……あれ……え?

 

「不毛だな。うん、何かやること探しに行こう。最悪、鍛錬でもすればいいよな」

 

 そう決めた俺は適当に歩き回る。食堂だったり科学班のところだったり。どうやら室長はリナリーの安否が気になりすぎて仕事が手につかない状況らしく、ぐったりとしていた。リーバー班長ファイト。

 少しだけ書類整理を手伝った後、その場を後にした。

 

「はぁ、ここまで暇だとはなぁー」

 

 誰もいない廊下で一人呟く。

 ……師匠が帰りたがらない理由が分かるかもしれない。

 

「食堂でお茶するか。緑茶と饅頭だな」

 

 結局食堂に戻りお茶と饅頭を食す。

 うむ、美味。

 そうやってもしゃもしゃと饅頭を食べていると、俺の正面に赤毛で眼帯をつけた――っていうかラビがやって来た。正直言って驚いた。何せ、未だ会合したことのない重要人物だったからだ。ゴクンと饅頭を飲み干して、緑茶で口の中を潤す。するとタイミングを見計らっていたのか、ラビが俺に声をかけてくる。

 

「ども、オレはラビ! 初めましてさ」

 

「ん、初めまして。俺はラスロ、よろしく」

 

「ふぅん。滅多に帰ってこないっていうからどんな不良かと思ったけど、案外普通だったさ」

 

「不良は師匠だけだ。俺は意外と普通で真面目な人間だぞ?」

 

 ラビの目が一瞬細まる。何かを探るような目。

 そんなんで揺らぐほど、伊達にノアの襲撃を受けてないのさ。ロード相手にしてれば、こういう状況で本心を隠すのは簡単だ。ラビは無駄だと感じたのか肩をすくめてニカッと笑った。

 探り合いはもうおしまいと言うことだろう。

 するとラビの背後にパン――ではなくてブックマンが現れラビの脳天に拳を落とす。

 

「ぐえっ!? なにするさジジイ!!」

 

「こっちのセリフじゃボケ! 初対面でいきなり警戒し警戒させる馬鹿がおるか未熟者め! ……君がラスロか。私はブックマン。気軽にブックマンと呼んでくれ。この度はこの阿呆が失礼した。行くぞラビ、まだ早計じゃ」

 

「って放せジジイ! 引きずってる引きずってるって!!」

 

 引きずられていくラビ。

 取り残された俺は、なんかやるせなさに襲われていた。

 

「……部屋に戻ろ。明日からは任務あるみたいだし」

 

 色々と消化不良のまま、自室でゆっくりと休養をとった俺だった。

 

 

 

 

 翌日、ファインダーの一人も連れずに任務へと赴く。

 とある街で奇怪な現象が起きているというので調査をしにきた。本来ならエクソシストはファインダーを連れていくべきなんだろうが、ノアに目を付けられている以上、言い方は悪いがファインダーは足でまといでしかない。とは言ったものの、俺は教団にノアの事を知らせていない(・・・・・・)。師匠は無論知ってる人だが、それと同じだ。知らせるな、この一言で止められている。しかも親切に魔術まで使って。故に、俺のイノセンスをネタにファインダーの同行を拒否している。

 やりすぎではとも思ったが、よく考えれば正しい。黒の教団自体に知られるのはいいが、教団が知れば確実にヴァチカンまで知らせが届いてしまう。そうなるとルベリエとか面倒なのが俺や師匠、アレンに群がってくるだろう。信用ならない相手、しかも便宜上の味方である上層部は不味い。

 

「それに、コッチが知らない以上はまだ手を出してこないだろうしな……」

 

 知らせてエクソシストを強化する? 否、その前に潰される。では知らせず、ほのかに存在を漂わせてエクソシストの強化を促す? 俺が選ぶなら後者だ。取り敢えず今から頑張って、そういう風に勧めてみる。まぁ不良の弟子の言葉を信じてくれるか分からないが。

 そうして悩んでいると遂に目標の場所に辿り着く。

 

「この街か。確か、外れの教会付近でおかしなことが起きてるんだったか?」

 

 ファインダーによる調査書に目を通しながら、教会があるであろう方向に歩いていく。ある程度近づいた時点でイノセンスを発動させ、左手をコートのポケットへと入れる。右手には資料を携えたままだ。

 そして後数歩で教会の敷地だと言うときに、目の前に野次馬らしき人々が現れる。

 

「おや、アンタも噂を聞いて見に来たのかい?」

 

「ああ。確か、教会に入ろうとすると気づかぬ内に知らない所に立っているだっけか?」

 

 書類から得た情報を会話に織り交ぜる。

 

「そうさ! さっきも挑戦する奴がいたんだが、教会に入った瞬間消えちまった! そしたらソイツ、何処にいたと思う?」

 

「さぁ、見当もつかない。何処にいたんだ?」

 

「はは! それが公園の噴水の中さ! ビショビショになりながら帰ってきやがった!」

 

「それは大変だな。風邪は引いてなかったか?」

 

「平気さ平気! なんたってそれは俺の事だからな!」

 

 ガッハッハと笑う野次馬の男性。

 チャレンジャーだなと思いながら、教会の方へと足を進める。

 

「お、アンタも挑戦するのか。精々いいとこに出るといいな!」

 

「俺もそう思う。何処かの屋根上なんて考えるとゾッとする」

 

 そして、足は教会の敷地内へと入った。

 同時に俺の団服がほのかに揺れる。ちょっとした干渉が外部からあったらしい。きっとイノセンスだ。同類であると判断されたからその程度の干渉ですんだのだろう。軽く後ろを振り返れば、ポカンとした表情で野次馬達が俺を見ている。

 

「見ろ、何ともない。きっと酒の飲みすぎだ」

 

 カァッと顔を赤くするのが数人。

 笑い出したのが数人。

 つまらなそうに帰っていくのが数人。

 残っていた前者の二つの野次馬もまた、俺を一瞥して帰っていった。

 

「さてと。何処にあるのやら」

 

 まぁこう言う場合、メインの物は中央にあるパターンだろうなと建物の中へ。念の為にちょっとした仕掛けを置いておく。

 講堂内に入れば、すぐにそれは見つかった。

 

「まぁここにあるイノセンスなら妥当だな」

 

 それは十字架だった。

 シンプルながら、神聖な雰囲気を持つ、一線を画した十字架だ。ぎゅっと握ってみるがなんの問題もない。少しビビリながらも、飾られた十字架を祭壇から外して懐に入れる。その後、何かアクションがあるかと警戒していると教会の正面がバンと開かれ数人の人の形をしたナニカ(・・・・・・・・・)がやってきた。

 それは直ぐ様人の皮を捨て、醜く変貌していく。

 基本は丸く砲台がたくさん付いたレベル1だが、見れば数体、各々独特な形を持ったレベル2まで存在した。

 

『感謝するぜエクソシストォ! お前の御陰で中に入れた、後はお前を殺してクソイノセンスを持って帰るだけだ。クッヒヒ♪』

 

 代表するかのようにペラペラ喋り出すレベル2。

 それを傍目に、入口に仕掛けておいた仕掛けを起動させる。

 その瞬間、火薬の炸裂音が響きわたり入口が崩れAKUMAを下敷きにする。

 

『テメェエクソシスト! これくらいで俺達をやれると思ってんじゃネェゾ!!』

 

 ググッと瓦礫を押しのけ立ち上がろうとする。

 そんなことは知っている。破壊できるのはイノセンスだけ。しかし、結界装置などであれば十分に足止めは出来る。使用するイノセンスが銃であれば尚更足止めは効率を上げる。

 

「これだけあれば十分だ」

 

 その隙に、俺は自身の武器を取り出す。

 それは鉄の塊。ソレから吐き出される弾丸は、人体に軽く穴を穿つ。

 本来なかったハズのソレは、飛び抜けた頭脳を持つ科学班によって生み出された唯一の短機関銃。世界中の誰も持っていない、俺だけのもの。

 全長僅か27cmのサブマシンガン。別名の方が知ってる人が多いかもしれない「スコーピオン」と呼ばれる銃だ。それが二つ、左右の手に握られている。

 これはイノセンスではなく、鉄の塊だ。AKUMAにはダメージなんて殆ど与えられないような物。しかし、使うのが俺であれば話は別だ。スコーピオンを握る俺の手は、黒い鎧の腕に包まれている。そこから伸びた線とスコーピオンは繋がっている。そう、これが俺のイノセンスの力。三つある内でも最も多用するイノセンス。

 寄生型イノセンス、『ランスロット』の能力の一つ、『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』だ。基本は俺の両腕に宿っており、発動時にはラインが走るので鎧の腕で素肌を隠している。この黒い鎧の腕もまたイノセンスだ。攻撃力とかは無いが隠蔽に長けたあの宝具がイノセンスと化したもので、幻影によって出来ている。ちなみに、どの能力もFateの四次に出てきたバーサーカーの宝具まんまである。違うことと言えば、『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』で擬似宝具化が擬似イノセンス化に変わっていることか。

 腕は隠している御陰で、ヘブさんと室長と他数名を除いた団員には装備型のこの黒い鎧の腕がイノセンスだと認知されている。ノアでさえ、俺のイノセンスが寄生型だとは知らないはずだ。まぁ、腕がアレンみたいになってないことも起因するだろうけど。

 ふはは、これで不意打ちが可能になる! 装備型だと思って腕に何も装備されていないと油断してくれた時など絶好のチャンスだ。

 

「まぁ何にせよ、銃火器でAKUMAを倒せるって事って楽だよな?」

 

 戸惑うことなく引き金を引く。

 そして吐き出される弾丸の嵐は、あっという間にAKUMA達を飲み込み、チリへと帰した。

 

『テ、メ、エクソシスト、め……』

 

 声のする方を見れば、ペラペラ喋っていたレベル2がしぶとく生き残っていた。俺は近づくことなく、スコーピオンをAKUMAに向け引き金を引く。

 ダンッ! という音と共に、AKUMAは崩れ落ちた。

 その後も、生き残っていないか調べたが、全て破壊した事を確認してスコーピオンを確認する。見れば、有り得ない程に熱を持ちイノセンス化を解いた瞬間ボロボロになって崩れ落ちた。

 

「やっぱり、擬似とは言え持たないか」

 

 剣もまた、無骨で無銘な物を使う理由がこれである。

 本来、装備型はイノセンスから作り出されるもの。普通に作られた唯の武器じゃイノセンスの力を受け止めきれず破損してしまう。一つの武器につき三十分が限界な事が多い。または荒く使ったりすればスコーピオンの様にすぐに壊れてしまう。

 故に俺は常に複数武器を持ち歩く。その場で調達できればいいが、意外と見つからない事が多い。何より、俺がそれを武器だと明確に思えない。あの平和な国で、電信柱とか看板とかを武器に思えるわけも無く、コッチでも同じだ。ガラスの破片とかは案外擬似イノセンス化できるけれど。

 

「やっぱ安物の拳銃でいいな。いちいち科学班に頑張ってもらう訳にはいかないし」

 

 まさか二日で作ってくれた科学班には感謝している。しかし、同時に目の下に隈が出てたのにも気づいた。これはもしもの時だけにしておこうと心に決めた。

 

「これでイノセンスも回収したし、AKUMAも破壊したし任務終了だな」

 

 しかし、ちょっとやりすぎたかもしれない。

 教会の入口とかポッカリ穴空いちゃって大変なことになってるし、講堂内もまた、スコーピオンによる弾痕が酷い。……教団に報告して直してもらおう。

 俺はイノセンスの感触を確かめながら、そそくさと教団本部へと帰っていった。

 

 

 




修正しました。


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第二話

 

 

 

 あの任務の後、イノセンスをヘブラスカに渡して報告も終えた。

 その後は任務が入ってこなかったのでのんびりと過ごしていた。植木鉢の方も、ようやく芽が出始め成長を感じさせてくれる。桜の方は、あまり進展はない。まぁ仕方ないか。

 それからの毎日は、適当に歩き回って飯食べてお茶して自室で花の世話してと教団本部から一度も外に出ずに過ごした。……別にニートじゃないよ? 偶然仕事が回ってこないと言うか、任務に出したらそのまま帰ってこなそうとか疑われているわけじゃないよ? そう、偶然なのだ。昨日、神田、ラビ、リナリーが各々任務に赴いてたのとか見てない。

 

「……はぁ、まさか俺ってワーカーホリックだったか?」

 

 最近、本当に暇でウズウズしてしまう。

 師匠との旅では常に働くことが当然の事だったため、動いていないと落ち着かない。それに気づいたとき、師匠の恐ろしさを知った。本人に自覚なくワーカーホリックにするとかどこの悪魔? 有り得ない。

 

「まぁ、燻ってるのももうおしまいだな。もう直ぐアレンが教団に来るはずだし……始まるんだな」

 

 千年伯爵との、本格的な戦争。

 暗黒の三日間と呼ばれる終末を避けるための戦い。正直関わりたくないと思っていたが、イノセンスを持っている時点で関わらないとか無理だ。ロード辺りなら、イノセンス渡してしまえばオモチャとして生かしてくれるかもしれないが残念なことに寄生型故に破壊されると不味い。俺が持つイノセンスの力は三つ、場所は心臓に宿っている。うん、ノアに狙われる=命の危険大。

 

「どうせ特典とか言っても信じてもらえないだろうし。というか、俺も特典だよーってはっきり言われた訳じゃないし」

 

 自然と俺のもとに集まってきた。

 それを俺が特典と言っているだけ。実際、俺を転生させてくれやがった神様には会ったことがない。だがきっといる。そしてソイツは間違いなく俺のことが嫌いだ。じゃなきゃ、この世界が俺に優しくない訳がない。第二の人生の方が死亡する確率高いとか有り得ない。

 

「原作の知識とかも、結局曖昧っていうか途中までしかないしなぁ……」

 

 俺が覚えているのは、ジャンプ掲載時にあった本部襲撃事件で、ノア側の方舟に遮られ孤立した科学班がスカルとかいう番人に変えられる所に、アレンが自身の方舟に乗って科学班を助けに来たところで終わっている。それ以降とか知らない。しかもそれ以前の記憶もまた曖昧だ。何せ俺って好きな漫画読むだけでその他は気がむいたら流し読むってタイプだったからな。

 

「……頑張ろう。生き残るために。ついでに、まぁ手が伸びれば近くの人位は守ってみせるさ」

 

 胸元に下げてある弾丸を握りしめる。

 血がついているが、これを落とすことはない。俺がふっきれるその時まで。

 

「さて。行きますか。どうせ巻き毛室長の事だし、師匠の手紙とか資料の底に沈んでるんだろうし」

 

 そう考え腰を上げた瞬間鳴り響くアラーム。

 俺は悟った――遅かったなぁと。窓から外を見れば、鋭い眼光を携え神田が飛び降りていくところだった。ここから俺が走っても、きっとアレンは攻撃される。すまん、そう呟きながら両手を合わせて室長室まで走り出した。

 

「あ、ラスロ。大丈夫、もう神田が向かったわ」

 

 入ってすぐ、リナリーが正面にあるモニターを指さした。そこには六幻に襲われている懐かしい弟弟子の姿が。あ、斬られた。

 

「あー、室長少しいいですか?」

 

「ん? どうかしたのかい?」

 

「あの白髪の少年、敵じゃないですから」

 

「そっかそっか、敵じゃないのかそれは良かった――――――って、アレ?」

 

 室内にいた全員がカチンと固まる。

 特にリーバー班長がギギギと錆びたブリキの様な音を出しながら俺の方に首を向けてくる。

 

「ほら、以前俺が渡した師匠からの手紙あったでしょ? アレに書いてあるはずなんですけど」

 

「ラスロくん…………マジで?」

 

「マジでマジで」

 

「………………」

 

「………………」

 

 視線が全て、室長へと突き刺さる。

 

「そこの君! 僕の机の上を探して!」

 

「え!? は、はい!」

 

「というか、その前に神田止めません? アレンが三枚おろしにされそうなんですけど」

 

 結局シリアスになりきれず、何時も通りの科学班とその他数名だった。

 

 

 

 

 その後、なんとか誤解をとき師匠からの手紙も見つかりアレンが教団内に入ってきた。俺は少し話しかけようかとも思ったが、神田が殺気まき散らしていたのでやめた。一歩進めた途端ギラリと睨まれるのだからたまったものじゃない。どうせ後で会うことになるし、今は機会を見送ろう。

 そうして踵を返すと、少し歩いたところに見慣れない少女が立っていた。その少女は俺の方を見続け、目があった途端プイと顔を逸らし早足に去っていった。

 

「え、なんで? しかも今ハッキリ嫌悪感吐き出してたよね?」

 

 全く心当たりがない悪意。

 というかあんな娘原作にいただろうか。

 

「ま、まさか師匠関係じゃないだろうな? いや、それはない、か?」

 

 横暴で自由奔放な師匠だが、アレでも一応紳士。女性を泣かせることはあっても、嫌われるような事はしない。……その変わり、男たる俺たちには異常に厳しかったが。アレ、教育委員会に訴えれば勝てたね。……きっとその前に沈められるだろうけど。

 

「男とか雑巾の様に扱うからな、あの人……」

 

 御陰でおかしな知恵ばかり付いた。

 ちょっと内心で項垂れながら自室へ戻る。

 するとコンコンとノックの音が。

 

「開いてる、入っていいぞ」

 

 そう言うと扉が開き少し遠慮がちに白髪の少年、アレンが入ってくる。

 

「お久しぶりです、ラスロ」

 

「ん、久しぶりアレン。師匠は息災か?」

 

「ええ、それはもう。僕の頭をトンカチで打って姿を消すくらいには元気ですよ」

 

 ニコニコと笑っている割に、にじみ出る黒い気配は留まることを知らない。きっとオデコには黒と書かれているのだろう。

 

「それにしても驚きました。突然消えたラスロが此処にいるなんて」

 

「師匠に聞いてないのか?」

 

 するとアレン、何をですとパチクリと瞬きをする。マジかあのエセ神父。 

 

「実を言うと、俺もアレンと似たような目にあった」

 

「え?」

 

「俺も唐突に本部に行けと言われてさ。有無を言わさず酒瓶で頭部を強打されて気絶した。しかも、だ。俺の場合は箱に荷詰めされて出荷されたよ。目を覚ましたら箱の中、有り得ない」

 

 唯一の心遣いはあの茶封筒と俺の荷物を一緒にしてくれたことか。……すげぇ狭かったけど。見ればアレンは同情というより仲間がいたと言う視線を俺に向けていた。

 

「……と、まぁ散々な目にあってここにいるわけだ」

 

「流石師匠、えげつないですね……」

 

「ホントにな。ああ、そう言えばアレンは食堂に行ったか?」

 

「いえ、まだです。食堂がどうかしたんですか?」

 

「ああ。あそこの料理長凄腕だから、マジで美味い。しかも早い。きっとアレンも気に入――」

 

「――行ってきます」

 

 見ればアレンはすでに部屋にいない。ここまで腹ペコキャラだったか? もしかして、俺が居なくなってから大変だったんじゃなかろうか。……沢山食べてこいアレン。きっとすぐにマテールまで任務だから。どうせ俺は留守番だ。ホント、師匠と変わらぬ扱いってどうよ。まぁ、確かに中東に逃げようと思ったことはあったけどね?

 

 

 

 

 

 翌日。

 

「――と言うわけで、今回は神田くん、アレンくんは合同任務。ラスロくんは別の任務に行ってもらうよ」

 

 なんか外出許可が出た。

 

「ここにアレンくんが居るってことは、ラスロくんも逃げる気はないってことだと判断します。元帥からの手紙にも書いてあったしね。それじゃあ頼んだよ?」

 

 巻き毛室長はそう言って資料を渡してくる。

 俺はわなわなと手を伸ばし目を通す。

 

(な、なんであんなにやる気があるんですか?)

 

(いやー暫く外に出てなかったから鬱憤が溜まってるんじゃないかな? ほら、クロス元帥みたいにまた姿を消すかと思ってたから)

 

(あー、納得です)

 

 コソコソと耳打ちしているアレンと室長を無視して目を資料に走らせる。今の俺は、神田の殺気すら凌駕してみせる。

 見ればまたイノセンス回収任務だ。これを成功させれば、原作以上に教団の所持イノセンスを増やせるかもしれない。そうなれば戦力が増強され良いことづくし。心配なのは、ノアが出張ってこないかだ。多分、復活してるノアはロードを入れて五人に満たないはずだし早々出てこないと思うけど。そう軽く考えながら、久しぶりの外を楽しみに任務へと出発した。

 

 

 

 

 

「楽勝――そう思っていた時期が俺にも有りました」

 

「どぉしたのラック。余所見してたらダメだよぉっ!」

 

 飛来するロウソクを剣で払う。ついでに片手に持ったハンドガンでAKUMAを数体屠っていく。

 どうも考えが甘かったらしい。ワクワクしながら任務に赴いたら、駅出た途端に襲撃にあった。駅は跡形もなく、周りにいた一般人が全員レベル1へと変化していくのをみてウンザリしたものだ。そこに見覚えのある扉が現れて胃が痛み出したときには色々と嫌になった。なんでこうもノアに襲われなきゃならないんだろうか。

 

「ああ、胃が痛い」

 

「とか言いながら手が止まらないね。ねぇ、そのイノセンスどうなってるのさぁ?」

 

 まるでオモチャを見るような目。

 それは俺の両手にある武器へと注がれている。

 

「何度も言うけど、ネタバラシなんてしないぞ。俺死んじゃうし」

 

「ぶー、つまらない事言うね。もっとボクと遊ぼうよぉ♪」

 

「ロウソク増員させんな! マジ怖いわ!」

 

「ついでにAKUMAも投入~!」

 

「ざけんなテメッ!?」

 

 剣と銃で落ち落とす。しかし如何せん数が多い。神田なら受けてでも進むだろうし、リナリーなら跳んで軽々よける。ラビなら槌を巨大化させて防げるし、アレンもまた腕で防げるだろう。しかし、俺にはそんな便利なものはない。

 であれば作りだすしかない。銃を仕舞って開いた手でコートの内ポケと同化したように埋め込まれた刃の潰れたナイフを掴む。これによって、ナイフだけでなく、同化しているコートもまた若干ながらイノセンスと化す。その瞬間、俺に砲弾とロウソクの群れが殺到した。一瞬で飲み込まれ、コンクリートが抉れて砕け空を舞う。俺もロードも互いに視界が遮られる。

 鈍い痛みを感じながらも、チャンスとばかりに粉塵に紛れてその場を離脱した。 

 

 

 

 

「……撒いたか? それにしても、上手くいってよかった」

 

 一応よけることは出来たが、状況は余り変わらなかっただろう。故に、敢えて受けて粉塵に紛れて逃げることにした。俺に騎士道とか無いし。咎落ちの予兆も見られないしね。そう、戦術的撤退だから大丈夫。

 路地裏に紛れ込み、コートの状態を確認する。どうやら劣化はしてないようだ。ナイフの方はダメだったみたいだが。これは師匠の案を採用したちょっとした裏技だ。俺がイノセンス化できるのは武器と認識できるもののみ。裏を返せば、俺が武器だと認識できれば何だってイノセンスに出来ると言うこと。

 そこで、コートとナイフと一つの物とし武器として認識することでコートの方もイノセンス化させようという試み。実際成功しているが、やはり認識の甘さからコートの方はイノセンス化が完全には出来ていない。まぁ仕方ないと思う。 

 

「どうするかな。ロードもいるし、こうなったらバレずに行くしかないか」

 

 目的地は近いが、どうせ待ち伏せされているに決まっている。正面から戦ってもいいが、死なないロードに大量のAKUMA。大体はレベル1だが、レベル2もそこそこいるし危険。ロードさえいなければと思うがどうしようもない。

 ならば潜入だ。嬉しいことに、俺のイノセンスはランスロットに関するものだからあの隠蔽特化の宝具も再現している。ただ、使用には中々集中力が必要になるので後が疲れるが贅沢は言っていられない。

 

「イノセンス、発動――『己が栄光の為でなく』」

 

 同時に、『騎士は徒手にて死せず』が解除される。それから俺の体を黒い霧が包み始めその姿を幻影へと変えていく。

 ランスロットが友の名誉のため、姿を偽って代わりに戦ったときの名残り。姿を惑わし、真実を捉えさせない幻影だ。ソレはやがて俺を包み込み、幻影から実像へと。

 霧が晴れれば、そこにいるのは何処にでもいるような冴えない中年男性。更にイノセンスの効果で気配を捉えられないよう稀薄にして、そのまま恐ることなく目的の場所へと歩く。欠点と言えば、集中力を要することと同時に他の力とは使用できないことか。正直コントロールが効かない。戦闘に支障なく使えても両腕を化かすくらい。師匠は二つの別々のイノセンスを同時に使って見せているが、結局アレもマリアに系統命令だしてその通りに使わせてるだけだし。まぁだからと言って師匠に勝てるなんてことないけど。

 そして俺は、呆気なくイノセンスを手に入れ、堂々とロードの真横を通って本部へと帰った。ちらりと振り向かれたときは気が気じゃなかった。調子にのってごめんなさいとつい謝りかけたくらいに。

 ちなみに、本部に帰った俺は頭痛に悩まされることになった。維持するのに集中力が半端じゃなく必要なのだ。何せ、俺のイメージから出来ているのだから。少しでも崩れると瓦解する。以前、アレンの前で師匠に化けて見たのだが、途中でイメージが崩れ酒場にいた酔っぱらいへと切り替わってしまい鼻の下辺りが情けない師匠へと変化してしまったことがあった。

 吹き出すアレン、鏡を見て爆笑する俺。そして、ゆらりと現れる師匠。俺たちの結末は決まっていた。それからは、絶対に失敗しないように必死に練習したものだ。失敗すると後ろから酒瓶飛んでくるし。理由を聞けば、

 

『お前がそれを覚えれば、借金取りからの囮になるよな?』

 

 だった。マジで泣いた。

 ノアとか伯爵から逃げるためでなく、借金取りというところで泣いた。 

 その日の夜、夢に出てきた師匠に酒瓶持って追いかけられた、有り得ない。

 

 




主人公の口癖、有り得ない。


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第三話

 

 

 

 

 

 ランスロット・デュ・ラック。

 これはノアにとって頭の隅に入れておかなければいけないエクソシストの名。クロス・マリアン同様、圧倒的な力を持つノアが警戒しなければいけない厄介な敵であった。言ってしまえば、元帥並みという認識。実際はそんなにシンクロ率も高くなく、元帥となれるほどの力は有していない。

 しかし、問題はシンクロ率より彼の持つイノセンスの方だった。

 どういう原理かは分からないが、彼は奇しくも円卓の騎士と同じような伝承の力を扱う。イノセンスでしか破壊できないAKUMAを、普通の変哲もない武器で破壊する。イノセンス(武器)を使わず、意味の無い物(楡の枝)でくぐり抜ける。例え何であれ使い、AKUMAを破壊してきた。

 これは前提を覆す、最悪逆転の手口になりかねない問題である。何故ノア側が悠々と仲間を増やせるか。それは人の心に漬け込むだけでなく、AKUMAそのものを破壊されないからだ。AKUMA完成の途中反抗されようが、唯の人間は抗えない。ダークマターで出来たAKUMAには通常兵器は意味をなさないからだ。だが、それが破られればどうなるか。そんな可能性を持つのが、ランスロットとそのイノセンスの力だった。

 そして先日、新たな問題が発覚した。

 イノセンスの奪取に動いていたノア、ロードがランスロットと遭遇し戦闘となった。その後数回攻防を繰り返した後、ロード側の攻撃によって視界が遮られ戦闘が中断される。視界が晴れればそこにランスロットはおらず、先を越されるかとイノセンスがあろう場所で待ち伏せをしたのだが――彼は現れなかった。

 しかし、現れなかったにも関わらず、街で起きていた奇怪な現象が治まりイノセンスも消えた。これが意味することは、多くのAKUMAにノアすらも欺いてイノセンスを回収する異常な隠密能力を彼は有するということになる。

 流石にこれには当の本人、ロードも驚いた。確かにコソコソするのが上手いとは思っていたがよもやここまでとはと、より一層彼に対する興味が深まった事を、ランスロット本人は知らない。同時に、彼を『狸』と称した某伯爵は言った。

 

『あァの狸、遂に尻尾を出しましたカ?』

 

 現在、ノアで彼に興味を持つ者が後をたたない。

 その事実を知ったとき、彼の胃がどうなるか神のみぞ知る。

 

 

 

 では、彼個人としてはどうなのか。

 イノセンスや厄介事を除けば、普通に紳士であると言える。これはノア、教団のどちらもがそう思っている。……少しエセ神父に染まってるとは、教団の仲間は誰一人として口にしない。また、クロス・マリアンを知る者からすれば弟子に当たる彼がどういう生活をしてきたか想像が容易に出来てしまい同情の視線を送ることがしばしば。

 同時にクロス・マリアンの傍に長く居たものとして彼の居場所を探る切り札にしようと画策巻き毛もいる。特にもう一人の弟子、アレン・ウォーカーが来た時などガッツポーズを取るほど。かの元帥がどれだけ教団を冷や冷やさせているかが知れる。

 しかしそれは案外ランスロットにも言えることだった。何せその行方不明者と一緒にいた事でどうすればバレることなく密入国出来るかなど知ってはいけないことを知っているのだから。故に、クロス・マリアンからの手紙とアレン・ウォーカーが来なければ今もなお教団内に軟禁されていたかもしれない。

 ちなみに任務の成功率は非常に高く、どうするか迷ったという経緯もある。

 

 続いて男性視点からの彼の印象。

 それはラビとよく似ている。馴染みやすく、軽口を叩ける。基本は温和だし友人と接しているものは多い。

 しかし、ある部分から一線引いているところまで同じである。そこにさえ触れなければ関わっていても楽な人間なので悪い印象は抱かれていない。

 女性から見た彼は、枯れている、だった。

 言い方が悪いので訂正すれば、達観している。何処か諦めにも似たような雰囲気を漂わせうことがあり、無理だと悟れば呆気なく諦める事が多い。原因は恐らくクロス・マリアンとの生活が原因だと思われているが真実の程は知られていない。それも重なり、ミステリアスという言葉が付くこともしばしばあったりする。

 先の達観の真実に加え、団員にも知らされていないイノセンスの能力に、ホームと呼ばれる教団本部に帰ってきても『ただいま』と口にしない事も助長しているのだろう。『いってらっしゃい』は聞いた団員が何人かいるが、それもまたレアである。

 纏めてしまえば、温和で社交性が高いのだが何処か一線引いたミステリアスな一面を持つ男。

 それがランスロット・デュ・ラックだった。

 

 最後にノア。

 現時点でだが、これは実に様々だった。

 まず最初に千年伯爵。彼から見たランスロットの印象は『狸』であった。これにはちょっとしたエピソードがあったりするが今は置いておく。兎に角、師弟揃って伯爵に嫌われるという仲良しぶりを発揮している。

 続いてティキ・ミック。正直彼はあまり面識が無いので特に思うことはないのだが、先のロードの報告から興味を持ち始めた。今後は彼が接触することも増えるだろう。その際、命の取り合いか賭博かによって今後の印象が決まると予想される。

 次はスキン・ボリック。甘くないので興味なし。

 ルル=ベル。主たる千年伯爵からの印象が悪いので出会い次第抹殺する気満々。

 最後にロード・キャメロット。彼女はノア側で最もランスロットと接している時間が多い。最初は彼の持つイノセンスに興味を持ったが、何度が遊びに行き回数が重なる事彼の態度が変わっていき、自然と興味は本人へと移っていった。名前、戦い方、しかし騎士道なんて持ち合わせていない円卓とは無縁そうな性格。出会った当初は憮然としていてつまらなかったのだが、数日連続して遭遇したある時プツンとキレた彼が本音というか本性をさらけ出した。

 その時、ロードがからかう事に楽しさを感じてしまったのが運のつき、ランスロットは完全に目をつけられていた。

 

 

 

 総じて、統合されない印象。

 それはある意味、この世界に馴染んでいないと言えるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「へっくしょんッ! ぬ、風邪引いたか? ……ないな」

 

 自分で口にした言葉だが、すぐに否定する。

 こんな普通の生活で風邪なんてひいてたら、師匠と共に旅していた時に死んでる。あの旅の途中で風邪なんてひいても師匠は遠慮などしてくれる訳がないのだ。きっと借金取りに捕まって売り飛ばされるに違いない。

 

「取り敢えず噂ってことにしとこ。それより報告書出さないとな」

 

 数日前のイノセンス回収任務の報告書。一度出したのだがどうやら不備があったらしく返されたのでこうして修正してから科学班の所にいるであろうコムイ室長の所へと向かっている。どうやら、もう直ぐアレンも帰ってくるらしい。マテールの人形、だったか? なんだかとても悲しい結末が待っていた気がするが、アレンは大丈夫だろうか。確か神田も一緒だったはず……喝入れられてるか。

 

「っと失礼しまーす。報告書を修正して提出にきましたーって、なんです、コレ」

 

 俺の目の前には巨大な鉄の体に、六本もの巨大な手足の様なものを装備したロボ。頭はシャープで、チャームポイントは室長とお揃いの帽子。……なんぞこれ。というか、無駄にでかい。見れば、他の科学班の人も驚いている。

 

「おや、ラスロくん! いいところにきたね。これは我が科学班の救世主こと「コムリンⅡ」でーす!!」

 

 正面にやってきたコムリンⅡは、足をたたんで低姿勢で停止した。何だろうか、ボディの真ん中にある扉の様なものは。非常に開けてみたいが、開けると取り返しのつかないことになりそうな気がしてならない。それに、このロボの名前何処かで聞いたことのあるような気がする。はて、何だったか。

 

「室長ぉ……何スかそのムダにごっついロボは……」

 

「だからコムリンだってば! たった今、やっと完成したんだよ――」

 

 皆の気持ちを代弁したリーバー班長。返答したコムイ室長は変な踊りを踊りながらクルクルとコムリンⅡの周りを回っている。

 

「コムリンⅡは、ボクの頭脳と人格を完全コピーしたイノセンス開発専用の万能ロボットさ♪ あらゆる資料の解析はもちろん、対アクマ武器の修理に適合者のケアサポートも行うんだ。そう、まさにもう一人のボク!! これで仕事がラクになるぞ――!!」

 

 それを聞いた科学班のメンバーは嬉し涙を流しながら室長へと抱きついた。

 

「室長ぉ~マジですかっ!!」

 

「救世主だ」

 

「一生ついていきますっ」

 

「うんうん、ボクってすごいよね。はっはっは! うやまいなさい褒め称えなさい」

 

 その光景を傍目に、コーヒーを持ってきてくれたリナリーと会話をする。

 

「なぁリナリー、一つ聞いてもいいか?」

 

「どうしたの? 何か気になったことでもあるの?」

 

 差し出されたコーヒーを受取りながら、コムリンと言うロボについて記憶を漁る。既に大事な所以外は摩耗しかけている記憶であるから思い出せないのは仕方ないのだが、一歩間違えると大変ですよ? と俺の中で警戒心が高まりつつある。

 

「あのコムリンってロボ、室長曰く二号機ってことだよな? じゃあその前、一号機はどうなったのかなって」

 

「えーと、確か一号機は……って、あ、それ兄さんのコーヒー……」

 

「……………………」

 

「……………………」 

 

 本来室長の為に用意されたコーヒー。それは第二の室長たるコムリンⅡに持っていかれた。二人して顔を見合わせる。

 嫌な予感しかしない。例えるなら、朝起きたら師匠がおはようと声をかけてきた時の様な……。

 

「兄さん兄さん」

 

「何だいボクのリナリー!!」

 

「ねぇ兄さん。コムリンてコーヒー飲めるの?」

 

 すると室長は両手を肩まで上げて、笑いながら言った。

 

「なにを言ってるんだいリナリー。いくらボクにそっくりなコムリンでも、結局はロボットだよ? コーヒーは……」

 

「えっと、兄さん?」

 

「な、なぁリナリー。あの体勢で固まった室長の心配もいいけど、何かぴくりとも動いてないぞあのコムリン」

 

 皆固まった。

 ギギギと錆びたような音をたてながら此方を向いた室長は、冷や汗を垂らしながら問うてきた。

 

「……飲んだの?」

 

 その瞬間、俺たちが頷くよりも早くコムリンの頭部からドンッ! と嫌な音が聞こえてきた。次の瞬間、コムリンの体内から無数のマジックハンドが謎の注射器を持って現れ襲いかかってくる。事前に、嫌な予感でいっぱいだった俺は何とか回避に成功するのだがリナリーはブスリと刺されフラリと倒れてしまう。

 

「キャ――――――リナリー!!」

 

 シスコンである室長は全力でリナリーの元へ駆けつけるが意識はないようだった。

 

《私……は、コム……リン。エクソシスト強く、する……この女……、そこの男……は、エクソシスト。麻酔により行動、不能、成功したのは、女のみ……優先順位設……定。まず、この女をマッチョに改良手術すべし!!》

 

「「「な、なにぃ――――――!?」」」

 

 そして輝き出すコムリンアイ。

 対して、マッチョなリナリーを想像して絶叫する科学班に俺。コムリンアイから放たれた光線は呆気なく俺たちに命中し、その大半を吹き飛ばしたのだった。

 

 

 

 

「くっそ!! 巻き毛室長め余計な事をッ!」

 

「ラスロ、いいから走れ! この状況でリナリーを守れるのはお前だけだ!」

 

「リーバー班長、それは体よく行った時であって、ハッキリ言えば囮でしょうがっ!」

 

「仕方ないだろ! 俺たちにはどうすることもできねぇ! 今日に限って他のエクソシストはいないんだよ!」

 

《発見、発見。改造すべし、改造すべしッ!!》

 

「き、来たぞっ! ラスロ、お前は右に、俺とリナリーは左だ」

 

「あ、ちょ早!? 俺も逃げ――」

 

《エクソシスト、一名ロスト。ターゲットを切り替えます》

 

「……………………」

 

《……………………》

 

 コムリンの目は、俺を捉えていた。

 

《手・術・だ!》

 

「ぬぉぉぉぉぉぉぉ!!??」

 

 六本の足が駆動し、まるで虫の様な機動で迫り来るコムリン。コムリンが通ったところは半壊し、このままでは教団が崩れ落ちるんじゃないかと嫌な想像をしてしまう。

 

「来んなポンコツぅぅぅぅぅ!!」

 

《ニゲルナ狸ィィィィ!!》

 

 俺には突っ込む余裕もない。

 くそ、覚えてろよ科学班。俺を囮にした罪は重いぞ。

 

「しかし、囮が染み付いてる俺って一体……んぉ?」

 

 逃亡していると、当然明かりも破壊されるわけで。

 そんな中、背後から光りを感じた。ああ、コレあれだわ、と思ったときにはまたもや遅く放たれた光線は俺の足元を破壊尽くした。

 

「おぉぉぉぉぉ!?」

 

 瓦礫と共に落ちる。

 だが、俺だってエクソシストである。瓦礫を蹴って無事に着地くらいしてみせる。ただ、下が水だったのが不味かった。御陰で水しぶきを浴びてコートがびしょ濡れだ。こうなると動きを阻害するので脱いで水を絞ってしまった方がいい。

 脱いだコートは少し絞ってから再び纏う。それから、逃げ切ったことからくる安堵のため息をついて、落ちてきたその穴に目を向けると……いた。

 目を光らせ、跳躍したヤツがいた。

 

「ま、じか……」

 

 再び走り出す俺だった。

 前方にアレンの姿が見えたとき、擦り付けようと思った俺は悪くない。

 

 

 

 

 



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第四話

よく見ればランキングに入っていたり。
誠に感謝です。


 

 

 

「ラスロ、無事だったのは喜ばしいが連れてくるなよ!」

 

「無茶言うなよ!? アイツの光線背後から浴びかけた俺の身にもなれ!」

 

「そ、それより一体アレはなんなんですか!? 追いかけてきますよ!?」

 

 並走して走るのは俺、リーバー班長、アレン、それとファインダー部隊のトマ。現在疲弊しているリーバー班長に変わって俺がリナリーを背負っている。本当ならアレンに任せたいのだが、余裕がないのが現状である。走り、避け、走り避け隠れを繰り返し一息ついたところで、何があったのかをアレンとトマに伝えると、

 

(ア、あほくさっ!)

 

 口に出していないが、表情から簡単に読み取れた。

 都合の良いことに、コムリンを破壊できる奴がここにいるし強行を図ってもいいのかもしれない。……俺だって壊そうとしたのだが、生憎武器は任務で使い切ったし、武器庫も維持していない(・・・・・・・・・・)ので部屋に置きっぱなし。そもそも教団本部でこんなことになるなんて思ってなかったので補充を後回しにしていた。

 

「ったく、やっぱりバチがあたったのかなぁ~。……悪いな、お前らが命はってるのに楽したいとか考えて、さ。まぁなんにせよ、おかえりアレン」

 

「え、あ……ただいま」

 

「はは、アレンは素直でいいな。どっかの誰かさんと違って」

 

「それって俺? 俺のこと言ってる?」

 

 というかチャンスだ。アレンにリナリーを引き渡そう。

 そして立ち上がろうとした瞬間、俺の体は無意識のうちに左に飛んでいた。自分でも意味が分からなかったのだが、それはすぐに正しかったのだと理解する。なぜならば、俺がいた場所の壁が吹き飛んだから。そこから現れるコムリンは、しっかりとそのセンサーカメラに俺を、否、俺とアレンにリナリーを捉えていた。

 

『おおーい! 無事かー!』

 

 それとほぼ変わらず同時に、昇降機が上から降りてくる。乗組員は科学班。

 

「リナリー、リナリーは何処に!?」

 

「落ち着いてください室長!」

 

「班長無事でしたか! 早くコッチに!」

 

 見た限り無事らしい。……頭が天パになってるのはご愛嬌か。

 すると、昇降機の中から巨大な砲身が出現しコムリンに狙いを定めた。どうやら搭載されていた火器らしい。あれならきっとコムリンだって破壊できる。そう喜んだ。

 

「やれジョニー!」

 

「了解、インテリなめるなよぉ!!」

 

 そして遂に、コムリンに向けて攻撃が放たれる――という瞬間に裏切り者が出た。

 

「ボクのコムリンに何をするんだあ!!」

 

 製作者だった。

 コムイは銃身の操縦コンを握るジョニーに取り付き、狙いもなにも関係なしに無駄玉を撃ち出し始めた。それはもうコマの様に回り続け、弾が撃ち尽くされるまで止まらない。当然、それは俺たちの方にも飛んでくるわけで――

 

「た、退避ぃぃぃ!!」

 

「アレン、腕で防げ!」

 

「無理ですって! 腕損傷してるんです! それこそラスロがやればいいじゃないですか!」

 

 言い争うが何も解決しない。

 俺たちは弾が撃ち尽くされるその時まで必死に逃げ続ける事になった。……なんで敵が増えてるんだろうね?

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぐれたっ! アレン達は何処だ!?」

 

 瓦礫の山から顔を出し様子を伺う。

 あの後、あまりに適当に弾が飛んでくるものだから滅茶苦茶に逃げ回った。その結果誰がどこに行ったか分からないという状況に陥る。一応リナリーはまだ無事に背負われているので。コムイによるやっかみはないはずだ。

 

「というか、怒られるべきは製作者本人だろが」

 

 瓦礫を踏みしめながら慎重に中央への道を進む。それにしてもリナリーはよく寝ている。どれだけ強力な麻酔が搭載されているのだろうかあのポンコツ。しかもそれはエクソシスト用だというのだから驚きだ。

 

「象じゃあるまいし……馬鹿と天才は紙一重か……お、いたいた。リーバー班長にアレ……ン?」

 

 ガチャンと言う音と共に、アレンがコムリンの胴体中央にある禍々しい部屋に連行された。中ではロボコムイが数体、物騒な装備を持ってアレンを招いていたが……ドリル? チェーンソー? あそこに書かれている手術室って?

 

「いや、流石に止めないと不味いよな……しかし」

 

《アレン・ウォーカー収容完了しました。続いて、リナリー・リー、ラスロ・ディーユに目標を設定。収容します》

 

 ビコーンと目が光り、ホラーの様に首が俺たちを見据えた。あ、ディーユも偽名な。デュをちょっといじった結果だ。

 その下ではリーバー班長たちがアレンを引っ張り出そうとしつつ、俺に逃げろと訴えてくる。いやいや、もう無理でしょ。逃げれる場所ないよ。

 

「やれるだけ、やるか。っと、リナリーはここで待ってろよ……んじゃ、行ってきます」

 

 念の為に俺のコートをかけておく。

 濡れていたはずなのに、あの乱射とコムリンビームで見事に乾いている。どれだけ紙一重で回避していたのだろうか、俺。一歩間違えればあの天パ集団の仲間入りをしているところだった。

 コムリンが、俺に向かって走り出す。俺はそれに対して、そこらへんにある瓦礫、特に尖っているものを手に取り念じる。そうこれは武器! がんばれ俺頑張れ瓦礫やれば出来る絶対できる! 諦めるな瓦礫、お前ならきっとイノセンスにだってなれるッ!! キングオブ瓦礫にだってなれるんだ!

 しかし結局――――――バカみたいに必死になることしか出来なかった。

 コムリンが俺の眼前に到着する。同時に湧き出てくる無数のマジックハンド。それは間違いなく俺の両足を掴みとり宙吊りにしてくる。ウィーンと開くコムリンの胴体。そこから見えるマミーというか、包帯でグルグルまかれたアレン。目が合う。

 

 ――いらっしゃい。

 

 ――やっぱりお勘定お願いしまーす。

 

「やっぱ無理! 来んなポンコツぅぅぅぅ!!??」

 

 クソ、こうなったらもうイノセンスをっ!

 こんなAKUMAでもノアでもない奴に最終兵器(リーサルウェポン)使う時が来るなんて屈辱すぎる!

 しかし、変な改造されてムキマッチョとかにはなりたくない!

 覚えていろコムイにコムリン。この屈辱は忘れない。

 

「イノセンス、発動。『無毀なる――……」

 

 他の能力二つを封印してでしか発動しない最終兵器。

 一度封印してしまえば、暫くは二つの能力は使用できないが、それ以上の結果をもたらす最高の剣。臨界点突破をしてしまえば、永遠に二つの能力が封印されかねない程の効果を持つ。まぁ今の俺じゃあ臨界点突破なんてできないがな。あれってシンクロ率高くないと出来ないし。

 右手を胸に差し込み、イノセンスを取り出そうと握りしめる。

 後は抜き出すだけ。と、言うときに不意に、俺を掴んでいたハズのマジックハンドが消失した。

 

「……――湖って、は!?」

 

「ラスロッ!」

 

 そして落ちると言うときに、ふわりと体を支えられる。

 振り向けば、そこには俺のコートを羽織っているリナリーがイノセンスを発動した状態でそこにいた。どうやら、俺を助けてくれたのはリナリーらしい。マジ女神。

 彼女は地に降り立ち、俺を下ろしてくれる。

 

「た、助かったー。サンキュ、リナ……ッ!?」

 

「それより胸! さっき胸に穴が!」

 

 ズイッと接近されペタペタと触診してくるリナリー。くすぐったいわこの天然! やめてー男の理性削ろうとしないでー。というか殺気、殺気がすごいから。きっと今、室長の顔を見れば血の涙を流し呪詛を吐いているに違いない。ああ、憂鬱だ。じけんが終わろうとしているのに憂鬱だ。

 俺はどう室長を諌めようか考えつつ、俺が無事だと理解しコムリンを潰しに行ったリナリーを眺め続けた。 

 

 

 

 

 

 

 リナリー・リー、彼女にとって教団とは牢獄でしかなかった。

 幼い頃、家族と引き離され戦わせられ傷ついた。たった一人しかいなかった家族と、幼いながらに引き離されたのだ。すぐに精神は疲弊し、疲れきり、自らを傷つける。御陰で縛り付けるものは増えるしで悪循環でしかない。そんな時に、兄はやって来た。『遅くなってゴメンね、ただいま』の言葉と共に。

 それからは教団は家になる。三年の月日をかけて、兄が来てくれた教団が帰るべき場所になったのだ。故に、リナリーに取って帰るべき家になった教団にいる皆が家族である。

 そしてそれは「世界」になる。

 戦場に居続けた彼女にとって、教団にいる仲間であり家族である皆の顔が大切だった。それが彼女にとっての世界。 

 仲間が一人死ぬ。それは彼女にとって、世界の一部が欠けると同義だった。

 

 

 

 

 

 

 トクントクンと鼓動が聞こえた。

 ハッキリしない意識の中でも、人の生きている証拠であるその音は聞こえていた。誰かの背中。背負われている。何故、誰、と疑問が湧き出るが確かめようにも体は動かないし声もでない。

 しかし、聞こえる。

 それは男の声だった。

 聞きなれたリーバー班長の声に、最近入団した白髪の少年の声。そして、しばらくぶりに帰ってきた金髪の少年。元帥と共に出ていった全く連絡を寄こさなかった、非常に心配をかけさせてくれたあの少年の声。

 本当に何気なく帰ってきたのを叱るにも叱れず流れてしまったが、その際の怒りがフツフツと湧き出る。どれだけ心配したか、まるで分かっていない笑顔。リナリーにとっての世界の定義を知っているにも関わらずの所業。動くようになったら一発蹴らないと気が済まないと考える。

 続いて爆発音が聞こえ、体が揺れる。

 話し声はとぎれとぎれになり、いずれ聞こえなくなる。唯一聞こえるのは彼の心臓の音のみ。鼓動から、そうとう焦っていたのだと分かりクスリと笑いそうになるが、やはり動かない。

 ガラガラと瓦礫を退ける音。そしてそれを踏みしめる音。それから、少年――ラスロが体勢を立て直そうと体が一瞬上に持ち上げられる。それと同時に顔が肩に位置も持っていかれ、視界が広がった。

 惨状。何がどうなってこうなったか。

 それはすぐに分かったし、思い出した。彼女の兄の名前がつけられた巨大なロボ。それがアレンを収容していた。それを見ていたリナリーは助けないとと力を入れるがやはり動かない。するとラスロがブツブツと何かつぶやいたあと、肩を落としてコムリンへと向き直った。  

 すると、いきなり視線が低くなる。

 リナリーは下ろされたのだと理解する。そしてパサリとラスロのコートをかけられる。その時、リナリーは聞いていた。ラスロにしてみれば深い意味は無くとも、リナリーにしてみれば大事な言葉を。

 

『行ってきます』

 

 神田でさえ、人が少なければ渋々言っていく言葉。 

 しかし、社交性が高く親しみやすいと言われるラスロは先ず言わない。彼は滅多に『ただいま』『おかえり』を教団内で誰かに言うことは油断しているとき以外はまずない。それはまるで、否定するかのように。

 そんな彼が言った言葉は偶然にもリナリーの耳に入った。

 やがて遠くなるラスロの背中。

 そして呆気なくコムリンに掴まる。

 次の瞬間、リナリーの背筋が一気に冷える。

 胸に穴が空いていた。意味が分からないが、ポッカリと穴が空いていた。場所は左胸の心臓部。そこにあろうことかラスロは手を突っ込み何かを引き出そうとしているように見えた。

 リナリーの体が動いた。

 少し強引にだが、麻酔が弱まっていた体をイノセンスを使って動かし、俊足でラスロを助けだし地面に降ろす。ラスロは少し戸惑った様子で礼を言ってきていたが、彼女はそれどころではなかった。仲間が死ぬ、そんなイメージが脳内に浮かんでいる。

 ラスロを下ろしたリナリーは人目など気にせずにラスロの胸に飛びつき、感覚を確かめる。恐ろしいことに、天然。自身が女であることを一時的に棚に上げての行動。彼女は兄がどれだけ妹を心配しているか理解してきれていない。そしてその妬みが何処に向かうのか。冷静な彼女なら分かったのだろうが、それどころではないためラスロに災厄が降り注ぐのは決定していた。

 アタフタするラスロを見て、大丈夫だったと安心したリナリーは対象を切り替え元凶であるコムリンに向かって飛翔する。ラスロの件はきっと意識がぼやけてそういう風に見えていたということにして。

 それからは早かった。

 コムリンを切り裂き、コムイを突き落とし、包帯だらけのアレンを回収してその場を去る。

 ちなみに、ラスロは切り裂かれ落ちてきたコムリンと突き落とされたコムイの下敷きになりかけたが彼女の知るところではない。

 

 

 

 



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第五話

 

 

 

 

 桜が舞い散るその下で、見覚えのある人々がシートを引いて笑いあっている。

 彼らはわいわい騒ぎ、楽しそうに飲み食いし始める。すると、その内の一人が俺を見つける。

 

「ん、遅いぞ『――』。悪いが先に始めてるぜ?」

 

 ――酷いな久司。少しくらい待ってくれるような優しさはないのか?

 

「はっはっはっ! 目の前にはご馳走にお酒。ついでに楽しい友人たち!」

 

 ――ああ、それは確かに無理かもしれないな。

 

「だろう? 取り敢えず、お前もさっさと座れよ。なんと今日のこのご馳走、(ながれ)が作ってきたらしいぞ?」

 

 ――ほう、あの流が。……ちょっとそこらの出店行ってくるわ。

 

「なんですって!? ちょっと待ちなさいよアホ『――』! 折角私が料理を作ってきたのに食べない気!?」

 

 ――待て待て首を締めるな首をっ。分かった、食べる食べさせてもらいましょう。

 

「そ、そう? まぁ、好きなだけ食べてもいいわよ。私は寛大だし」

 

 ――そうかそうか。じゃあちょっと待っててくれ。薬局で胃薬買ってくるから。

 

「そこに座れアホ『――』!」

 

 何処から取り出したか分からないハリセン。

 それは見事に俺の頭に命中し、膝から崩れ落ちる。

 

 ――寛大どこ、いった? しかも、そのハリセン、威力、おかしいって、絶対ッ。 

 

「まだまだね『――』! これはハリセンが凄いんじゃなくて私がすごいの!」

 

 ――はっ、ナイチチ張って言われても。

 

「死ね、もう死ね。アンタなんか湊の胸に溺れて死ねッ!!」

 

「あら、それは無理ね。だって『――』君に触られたら蕁麻疹ができちゃうもの」

 

 ――湊さんや。どうでもいいから取り敢えず助けて。

 

「それも無理ね。だって流ってば離そうとしないんだもの」

 

「ち、違うわよ? そう、処刑するのはこの私ってだけで……って、馬鹿にされてるの私だけだから当然よね?」

 

 ――久司、お前の部屋の本棚。

 

「ん?本棚がどうかしたか?」

 

 ――上から三段目。右から五冊目位にある辞典なんだけどな?

 

「……OK、今助けてやるよ『――』! だから春香には言わないでっ!」

 

「あ、もしもし春香? ええ、私よ湊。今何処にいるの? 久司君の部屋? あらちょうど言いわね。少し本棚を調べてみたらどうかしら。『――』君の話だと面白い物が見つかるらしいのだけれど……」

 

「Noooooooォォォォォォォ!? 待って春香そこで待ってて!今迎えに行くから動かず座って大人しく待っててェェェェェ!!」

 

 ――待て久司! 俺を置いていくのか!?

 

「とるなら断然男より彼女だろうが! グットラック!」

 

 消える親友。

 残される受刑者。

 

「さて、どうしてくれようかしらこの唐変木」

 

 パンパンといい音をたてているハリセン。

 これからくるであろう痛みは壮絶なものだろう。

 しかし、笑いが込み上げてくる。

 

 ――ああ、本当に楽しくて懐かしいな。

 

 だからこそ、夢だと分かっていても、過去の記憶だと分かっていて、覚めないで欲しいと願ってしまう。

 あそここそ、俺が帰りたいひだまりの中なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イノセンス、探しに来たら、拉致監禁」

 

「字余りだっけ~?」

 

 状況を整理してみる。

 懐かしい夢を見た。原因は不明だが、桜がほんの少し成長していたことが関係しているのかもしれない。目をこすればなにやら湿っぽく、情けないなとつぶやくことに。

 その後、呼び出しがあったのだがアレはやはり夢というショックな事実に打ちひしがれ無視。遂に迎えにやって来たリナリーに引きづられて室長室へ。あとは流れるままにアレン、リナリーと共に不思議な街へと調査に送り出された。そして巻き戻しの街とかいう所に足を踏み入れた――所までは覚えている。

 そこからの記憶がない。

 気づいたら独特な空間の中に囚われていたし、目の前にロードがいた……なんで?

 

「アハハハ♪ 会いに来ちゃったよォラック?」

 

「アハハハ♪ 来んなよ人類の敵」

 

「ろーとたま! そんなナマモノと喋っちゃダメレロ!」

 

「待てや傘、どうやら折られたいらしいな?」

 

「あー、ダメだよいじめちゃぁ。それよりさ、ちょっと暇つぶしに付き合ってよぉ。面白いオモチャを見つけたんだぁ」

 

 オモチャ。

 それはきっとアレンだろう。ああ、そうか。これは巻き戻しの街ってことはミランダ・ロットーが出てくるアレか。穴あきだらけの記憶から引っ張ってくる。

 

「なんか元気ないね? あっ、もしかしてヤキモチやいてるのぉ? アハハ♪ 大丈夫だよ、ラックとも遊んであげるから!」

 

 結構です。

 どうぞアレンで遊んでください。

 

「無反応じゃつまらないな。何時もみたいに的当てでもする?」

 

「その的が俺じゃなければな? ああ、その傘とかどうだ? 広げれば円形だし、生意気だし」

 

「まつレロ! 今私情がはさまってたレロ!」

 

「どうでもいいよ傘。無機物黙ってろ」

 

「……ろーとたま、いつにも増してナマモノの様子がおかしいレロ」

 

 するとロードは椅子に縛れている俺の前にやって来て、俺の顎を掴んで強制的に目を合わせてくる。

 

「んー、なんだろうねぇ?」

 

 クスクス笑いながら離れていく。

 どうせ俺の目から葛藤でも読み取ったのだろう。

 ホント、醜態晒してばっかりである。

 

「はぁ、OK切り替えよう。スマンな傘、ついつい、何時も心の中だけで留めている罵詈雑言の一部が漏れ出した。謝るよ、この通りだ」

 

「……このナマモノ謝罪しつつ貶すとかふざけてるレロ。はくしゃくタマが敵視してるのが分かったきがするレロ」

 

 傘はブツブツ言った後、空洞の目で俺を睨みつけてくる。

 そうしていると、ロードが俺の拘束を解いて目の前にテーブルを出現させる。相変わらず便利かつ不思議な能力だ。

 

「さてと、何して遊ぼうかなぁ……うん、ティキがやってるポーカーとかラックとなら面白そうだよね」

 

 言うと同時にトランプが現れる。

 

「なんだ、ルール知ってるのか?」

 

「うん、知ってるよぉ? ティキってば大人げないんだよ? ボク相手に本気になっちゃうんだからぁ!」

 

「いや、それは正しい。賭博は、命を繋ぐ掛け橋ですヨ?」

 

「……それは多分、理由が別レロ」

 

「それじゃあ始めようか。あ、カード配るのはボクだよぉ?」

 

 こうして良くわからないまま、ノアVSエクソシストのポーカー対決が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、アレンたちと言えば。

 

「いませんね……」

 

「いない、わね……」

 

 確かにこの巻き戻しの街に入ったときはいたはずだった。

 それは隣にいたアレン自身がよく知っている。

 

「まさか、師匠みたいにバックれたんじゃ」

 

「何か事情があったんじゃ……そう言えば、今日のラスロ、少しおかしくなかった?」

 

 アレンはそう言われてみれば、と今朝のラスロの様子を思い浮かべる。

 外に出ることに歓喜していた彼が、今日は異様に外に出るのを嫌がっていた。結局、任務には出向いたが結果がこれだ。何かあったのだろうかと少し心配になる。

 

「ねぇ、アレンくん。ずっと気になってたんだけど、ラスロとは何時からの知り合いなの?」

 

「何時から、ですか。えーと、僕が師匠に拾われてからずっとですから相当になるかと」

 

「へ? ラスロって、アレンくんよりもっと前にクロス元帥といたの?」

 

「そうですね。そう言えば、何時から師匠と一緒なのかは聞いたことありませんでした」

 

 自分でそう言いながら考える。

 ラスロの年齢は大体19だと言われている。そこから、自分が出会った時の年齢を引けば……

 

「最低でも10の時にはエクソシストとして十分にやって行けてました。……その時以前の話は僕も知らないんです。ただ、さまよってるところを師匠が引き取ったってことくらい」

 

 アレンは自身の兄弟子について何も知らないことに気づいた。 

 知っているのはおおよその年齢とエクソシストであること。ついでに同じ師を仰ぐものと言ったところか。実のところ、リナリーは勿論アレンもラスロのイノセンスについてよく分かっていない。

 不思議なイノセンスであり、通常兵器でもAKUMAを破壊できるという特殊な物ではあるがまだ何か隠しているとアレンは師匠であるクロス・マリアンが課した、ラスロの修行内容から予測はつけていた。それはひたすらイメージする修行。あるときは動物を、あるときはAKUMAを、あるときは借金取りをと様々なものを想像する日々。

 

「リナリーは、ラスロについて知ってる事はありますか?」

 

「私? 私が知ってる事と言えば……中央庁と仲が悪いくらい、かな?」

 

 リナリーは以前の出来事を思い返す。

 以前、彼の元にやってきた中央庁の人間に対して彼らしくない態度を取り距離を置いていたこと。また、相対したとき双方沈黙を選んでひたすらにらみ合っていたりと、本当にらしくない彼の姿。

 

「それと……ラスロは一人で任務に行きたがること、かな」

 

 以前、直接聞いてみたところラスロは言った。

『俺のイノセンスは効果がバレると非常によろしくない』

 言ってしまえば、ファインダーや味方に効果を知られ、それが流れる事を恐れていると言うこと。言い換えれば、彼はあまり教団の仲間を信じていないのかもしれないと言える。

 

「……案外分かっていたつもりなんですけど、上辺だけだと思い知りますね。長年一緒にいたはずなんですけど」

 

「やっぱり、クロス元帥なら知ってるのかな?」

 

「恐らく。ラスロは基本師匠を敵視してますが、それと同じくらいに信用していると思います」

 

 ならば、とリナリーは思う。

 クロス元帥であれば、ラスロが仲間をあまり信用していない理由、そして何より、帰る場所を決めない理由を知っているのかもしれない。

 何処に行っても彼はそこを帰る場所だと定めない。教団の自室でさえ、ラスロは仮宿程度にしか思っていないのだろう。

 何故おかえり、ただいま、と言った言葉を使わないのか。以前聞いて返ってきたのは、言葉でなくなんとも言えない笑顔だけだった。 アレンなら知っているかもと思い聞いてみようとしたが、止めた。

 自身で聞くべきことであると、そう思ったからだ。

 アレンは一瞬、口を開きかけたリナリーを不思議に思ったが見なかったことにして歩き続ける。

 

「リナリー、少し考えてみませんか?」

 

「えっと、何を?」

 

「ラスロのイノセンスです。ラスロが一緒に行く任務を避けるのは、味方がイノセンスの事を知らないからで知ってしまえばこっちのものだと思うんです」

 

「でも、いいのかな?」

 

「話を統合すれば、情報漏洩が怖いからって話になります。今いなくなったのもそれが原因かも。それに、別にリナリーは言いふらしたりしないでしょ?」

 

「それは勿論。……そうだね、アッチから来ないならコッチから行くしかないよね」

 

 リナリーは一度頷くと、強気に笑う。

 まるで戦線布告するかのように。

 此処に、ラスロ調査に関する不思議な連帯感が生まれた。 

 当のラスロは、実際のところ誘拐されていると言うことも知らずに。

 

 

 

 

 

「先ずはイノセンスですね。ラスロの性格上、普通に聞きに行ってものらりくらり躱されるだけですから」

 

「確か、通常兵器でもAKUMAを破壊できて――」

 

「師匠がイメージトレーニングを徹底するような効果を持ちます」

 

「……通常兵器は見せかけで、実は違うところから攻撃してるとか?」

 

「それは無いと思います。ラスロが剣で斬れば、そこが斬れますし。それは撃っても同じです。……イメージってことは、イメージを具現化するとかどうでしょう」

 

「つまり、剣で斬るイメージをイノセンスを使って実現させる?」

 

「はい。剣自体は効かなくとも、斬ったというその結果を上塗りするのがイノセンスによるものであれば……」

 

「あれ、でも確かイメージ内容って……」

 

「……そう言えば武器とか一切無かった気がします」

 

「…………………………」

 

「…………………………」

 

 理解への道はまだまだ長そうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、場面は戻り。

 

「またボクの勝ちぃ! あはははは!」

 

「待て、もう一戦だ。というか、素の運でその結果とか有り得ない!」

 

「いいよ、もう一回やろ? でも普通にやっても面白くないし……何か賭けようよ」

 

「む、いいだろう。それじゃあ俺はこのコートを賭ける」

 

「それじゃあボクはぁ――コレ!」

 

「まつレロろーとたま! レロは景品じゃないレロ!」

 

「その通りだ。それは廃材だ、いらん」

 

「ナマモノが生意気レロ! 負けて腐ればいいレロ!」

 

「よぉーし、それじゃあ始めよっか!」

 

「どれどれ、はっ、今回はいただいたぞロード! フルハウス!」

 

「あは♪ 残念ボクはロイヤルストレートフラッシュだぁ」

 

「いや待て、何でスペードの1が二枚ある!? 一枚は俺が使ってるから有り得ないだろ!?」

 

「ここはボクの作った空間だよ? 有り得ないことなんて有り得ないんだよ?」

 

「つまりイカサマ!? このっ、俺が我慢して正々堂々やってのに!」

 

「イマサマってするしない我慢することだったレロ?」

 

 アレンたちが心配していたと言うのに、シリアスなにそれと寝起きの葛藤を忘れてひたすらポーカーを興じているエクソシストが一人いた。名を、ランスロット・デュ・ラックと言う。ある意味、裏切りだったのかもしれない。

 

 

 

 




感想でもありましたように、ヒロイン未定の小説でして。
まぁ、まだ余裕はあるのでゆっくり行きますです。


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第六話

 

 

「さぁてと。準備は出来たし、ボクはそろそろアレンと遊びに行ってくるよ」

 

「おい傘、止めなくていいのか?」

 

「……仕方ないレロ。既にこのナマモノと接触した時点でどうしようもないレロ」

 

 ロードは賭けの商品である俺のコートを羽織りながら立ち上がり、レロを片手にぶら下げて床を突く。

 するとそれを起点とし円が描かれ、そこに黒い穴がポッカリと開く。ロードはそれを一瞥して、俺に向けて手を翳し横に振る。すると、再び現れたロープにギッチリと椅子に縛られる。どうやらロードは、俺をここから出さないつもりらしい。

 

「邪魔しないでねラック。AKUMAの魂の見えるエクソシストなんて珍しいんだからさぁ。それに、可愛いお人形もいるし」

 

「……一応言っておくが、俺はエクソシストだ。アイツらに何かあれば容赦しないぞ?」

 

「あはは! 無理してるねラック! その顔は面白いよ。もっと、興味が出てきた、アイツらを傷つけたときラックはどんな顔をするのかなぁ?」

 

 そういうロードの目は、純粋な好奇心から来ているものもあれば、ノア独特の考え方からくる狂喜が見て取れる。……なんか火を付けちゃったっぽいんだけど大丈夫だろうかアレンたち。 

 

「さ、決まり決まり! ラックはそこでゆっくり見てなよ。大丈夫、ラックの表情は何時でも確認しておくからさ!」

 

「待っ!?」

 

 俺が静止の声を上げる前に、ロードはバイバイと手を振って穴へと足を踏み入れた。よく見れば、俺がいる空間の床が透けてみえる、更にその奥を見れば幾つもの不思議空間がアチコチに存在している。

 

「……ホント、マズイなぁこれは」

 

 呟けば、希望であった出口であるロードの通っていった穴が塞がってしまった。

 つまり出口は、ない。

 

「取り敢えず、縛りだけでも解いておかないとなッ!」

 

 コートの袖を何度か揺すり、隠しナイフを掴み取る。念のためイノセンス化しておいて手首を動かし切り刻む。これで両手は自由になった。後は足のロープを切って自由の身だ。

 その後、座りっぱなしで固まった体を簡単にほぐしてから脱出の方法を考える。

 

「っりゃ!」

 

 試しに先ず蹴りを入れてみる。

 するとガン! という音と、俺の足に激痛が走っただけでなんの変化もない。

 

「っつ~~! 固いな、これ!」

 

 続いて腰の剣を取り外し、イノセンス化して振るう。

 しかし、これもあまり効果をなさない。やはり、純粋なイノセンスでもない擬似化状態では手も足も出ないのだろうか。そんな考えを振り切るように、何度も何度も剣を振るい続ける。

 

「くそ、ヒビ入れるのが限界か……これ以上やっても間に合わないし……」

 

 乱れた呼吸を整えながら、眼前の空間で起こっている戦いに目を向ける。

 一つの箱の中にはロード、そしてレベル2のAKUMAが数体おりそれとアレンが一人で戦っている状態だ。リナリーはなにやら豪華な服に着替えさせられてロードの傍で目を虚ろにしてなすがままにされている。要は人形扱いだ。

 確か、ここ戦いの終盤にアレンに対しての精神攻撃が行われるはず。すなわち、救うべき対象の抹殺。AKUMAはエクソシストにより破壊されれば魂の束縛は解け開放されながら逝ける。だが、そうでない場合は最悪だ。今回行われるのは、ロードによる自爆命令でAKUMA一体が自爆しダークマターごと魂が消滅すると言う事態。

 その光景をアレンは見てしまうし、救えなかったことを痛感させられる。

 

「流石に、放っておけんだろ」

 

 見えない俺ですらこうなのに、見えてしまうアレンの心情は計り知れない。それを糧に進めるのかもしれないが、救いたい。

 

「でも、ここからでないとどうしようもない……使うしか、ないのか?」

 

 心臓の辺りに手を置く。

 確かにコレを使えば必ず出られる。

 だが、同時に世界に馴染みゆく。恐らく、あの夢だってそれが原因だ。馴染めば馴染むほど、過去の『名前』なんて必要なくなる。すでに俺は自分の名前を失いつつあるし、もしかしたらあの友人たちの名も忘れるかもしれない。

 

「……選べってか。こういう時、どうするんだっけな」

 

 ――迷ったとき? 私好みに当たって逝けばいいのよ! あ? 逝けの漢字が可笑しい? 気のせいよ!

 

 ――迷ったとき? は、俺は俺の好きなようにするだけだ。お前はどうしたい、馬鹿弟子一号。

 

「……うわぁー、どっちにも同じ様な考え持つ人がいたよ。……ん、それじゃあ俺も――」

 

 好きなようにやる。

 今は兎に角、アレを助けたいから剣を抜く。

 

「――イノセンス、発動『無毀なる湖光(アロンダイト)』!」

 

 心臓の鼓動が消える。

 普通ならば死ぬのだろうが、イノセンスに犯されてきたこの身。法則やらはあまり関係ない。心臓は無いが、動ける。要は心臓の取り外しが可能になったと言うところだ。無論、剣壊されたら俺の心臓も壊れるけど。実にスプラッタ。

 噴出する黒い光り。

 本当にイノセンスかと疑うような黒い気配。

 ズブリと抜け出てきたソレは、圧倒的な存在感を辺り一面にまき散らし、放出される黒い光りが収まればその赤黒い刀身を露出させる。

 聖剣であったが、魔剣の属性を得てしまったランスロット本来の武器。

 かのエクスカリバーと同様起源を同じとする神造兵装。

 

「ぅ……あー、やっぱり完全開放は無理か。シンクロ率が足りないんだよな」

 

 まぁその御陰で完全封印ともならないのだから良しとしたいが。

 この剣大っぴらに使ってたら更に目を付けられる。何せイノセンスの筈なのにこの気配。神気とかどこ行ったのって感じだ。ルベリエとかがコレを見たら、

 

『エクソシストを偽った、ノアの内通者ではないかね?』

 

 とか言って投獄とかありそうで怖い。

 そうやって考えると、ノア側に見られたほうが幾分かましだ。

 

「しかし、この空間の壁を斬り裂くくらいなら完全じゃなくてもいけるだろ?」

 

 パラメーターのアップはないし補正もない。

 しかし、神造兵装たる『無毀なる湖光(アロンダイト)』ならば武器の力だけで十分だと持ち手である俺は確信している。

 

「どこぞの腹ペコ王みたいに一掃とか出来ないが、常時発動型なんで――――斬り裂けるまで斬り続ける」

 

 そして俺は、力の限り『無毀なる湖光(アロンダイト)』を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 それより少し前、ミランダの発動したイノセンスによって怪我を一時的に回復したアレンとリナリーがロード達との戦闘を再開させる。

 ミランダの発動させたイノセンスは奇妙な空間を作り出し、その中に入ったものの時間をある一定の時まで吸い出す。そのある一定の時と言うのは恐らく無傷であった時。

 その空間の中には入れば、怪我を負っていた時の時間は吸い出されその前の状態に戻る。

 

「へぇ、変わった力持ってるんだねあのイノセンス」

 

 それをロードは面白そうに眺める。

 アレンとリナリーはイノセンスの空間から出て撃退せんと武器を構えた。そんな時、リナリーは見慣れぬ少女に疑問を抱く。丁度、ロードがアレンに自分の正体をバラシたときリナリーの意識はなかったのだから仕方がない。

 

「……アレンくん、あの子、なに? 劇場でチケットを買いに来てた子よね? ……アクマなの?」

 

 リナリーの視線を受けて、アレンは逡巡する。

 アレは敵であるアクマではなく、人間であると言うべきか否か。

 結局少し考えたあと、混乱を呼びかねない情報ではあるもののやはり伝えておくべきかとアレンは告げる。

 

「……いえ、あれは人間です」

 

 ピクリとリナリーの肩が揺れる。

 また、その視線も揺れる。 

 しかしリナリーはそれをすぐに消し、「そう」と呟いてから正面から相対する。

 その反応を見ていたロードはつまらなそうにリナリーから視線を外してアレンに向き直る。そして、どういう原理か何もない空間に文字を書き始める。

 

「ALLEN。アレン・ウォーカー、魂の見える奴」

 

「!」

 

「実はボク、千年公から少しだけ聞いてるから知ってるんだぁ。アクマを救うために戦うエクソシスト! 大好きな親にも呪われてる」

 

「それがなんです?」

 

「いや別にぃ? たださ、アクマを破壊する理由が普通のエクソシストと違うエクソシストって面白いんだよぉ。アレンもそうだし、ラック、ああソッチだとラスロだっけ? ラスロだってそうだ」

 

「っ!? どういうことですか? 何故君はラスロを知っている!」

 

 するとロードは楽しそうに笑い、現在着ているコートの他にもう一着の団員コートを取り出した。よく見ればそれこそが自分のコートであると大きさから気づく。

 目を見開いて驚愕するアレンとリナリー。男物の教団コートが二着ある理由。

 

「ロード! ラスロをどうしたの!?」

 

「何もしてないよぉ? アハハ! 本当の事が知りたければ、もうちょっとボクを楽しませてよ」

 

 そう言ったロードは近くにいたレベル2のアクマに指をさし命令を下す。

 

「そこのお前、自爆しろ」

 

『エ!?』

 

「「!?」」

 

 ロードの命令に驚愕するのは、命令されたアクマだけでなくアレンとリナリーも同様だった。 

 今まで無かった事態。自爆という行為が何を引き起こすのかを全く知らないアレンとリナリーのその反応は当然のもの。

 

「傘ぁ、十秒、カウント開始」

 

 ロードは傍にいたレロの頭を小突いてカウントさせる。

 

「じゅ、十レロ、九レロ、八レロ……」

 

『ロ、ロードさま? いくらなんでも、そ、それはあんまりじゃ……』

 

 しかしロードは聞く耳を持たない。

 楽しそうに笑いながら、歪みを抑えきれない口を隠す。

 

「ご、五レロ……」

 

「ロード、お前一体なにを!」

 

「ああ、そっか。アレンは知らないんだねぇ? じゃあ教えてあげるよ、イノセンスで破壊されなかったアクマの結末ってやつを。たとえば、自爆! そういう場合って――――――」 

 

 ロードは焦らすように言葉を溜め、真剣な表情のアレンを見て楽しむ。

 ああ、どんな顔をする、反応をすると期待が高まる。

 そして、ロードは口にする。

 

「――魂ごと消滅するんだよぉ!? あはははははは! そしたら救済できないねーー!!」」

 

「――――――――」

 

 その事実に、アレン達は硬直し、思考に空白が出来上がる。

 そんな時にも、無慈悲に時は過ぎていく。

 

「二、レロ」

 

「ッ! やめろ!!」

 

 我を取り戻したアレンは、違う理由から再び我を忘れて自爆寸前のアクマを破壊しようと駆け出した。

 

「だめ、アレンくん!! 間に合わないわ!」

 

 それを止めようとしたリナリーの手は呆気なく宙をきる。

 既にアレンはアクマの近く。

 しかし、それでも間に合わない。

 咄嗟にイノセンスを発動し、その速度をもってして駆け抜ける。

 しかし、それも僅かに遅かった。

 

「一、レロ」

 

 その瞬間、アクマは輝き、ロードは完全に顔を歪ませた。

 

『ア、アアァ、アアアアアアァァァァァアアア!?』

 

 臨界。

 アクマのボディが軋みを上げ、アレンにはその内蔵された魂までもが一層苦しんでいるのが見えてしまう。イノセンスである左手の銃で撃ち抜こうとするが、発射が間に合わないと悟る。

 ――やめろ。

 ――やめ、ろ。

 ――やめろやめろやめろ!!

 

「アレンくん、逃げて!!」

 

 リナリーが追いつき、アレンを掴む。

 それでもアレンはアクマから目が離せない。否、苦しみ嘆くその魂から目が離せない。

 

「やめろ――――――!!!!」

 

「あはははははははははは!!」

 

 

 

 

 そしてアクマの体は光りに包まれ――爆ぜなかった。

 

 

 

 崩れ落ちるアクマ。光りは収まり、そこにアクマがいる。

 ただし、頭から二つに斬られた状態で。

 

「…………なに、が?」

 

 そしてアレンは見た。 

 アクマに内蔵されていた魂が解放されていく瞬間を。

 同じように呆然としていたロードだったが、いち早く見つけたある男の存在によって我に返った。

 

「は、ははは、ははははははは!! 凄い、凄いよラスロ(・・・)! どうやってあそこから出てきたのさぁ!」

 

 その瞬間、アクマは爆発した。

 まるでまっぷたつにされていたのに、今気づいたかのように。

 そしてそこから一人の男が歩いてくる。

 煙にてしっかりと確認は出来ないが、片手に剣を持っている男だった。ただし、普通じゃない。イノセンスであると分かるのに、本当に神の兵器かと思うほど禍々しい気配を放っている。良くない意味で、圧倒的な存在感。

 しかし、すぐにその存在感は消え失せる。 

 男は唐突に剣をしまい、口を開いた。

 

「それは企業秘密だな。それよりロード、俺は言ったぞ? コイツらに何かあったら容赦しないって」

 

 それはロードの持つコートの持ち主。

 巻き戻しの街で姿を消し、安否不明になっていたラスロ・ディーユだった。

 

「ん、どしたアレン。そんな顔師匠に見られれば殴られるぞ?」

 

「無事、だったんですね……」

 

「そりゃあな。師匠との生活の方がもっと命の危機を感じたね。って、おろ、リナリーがイメチェン?」

 

「え、えと、知らないうちにロードに着せられてたの」

 

 そうかそうかと笑うラスロ。

 アレンとリナリーの二人は今一現実味がないのか呆然としたままだ。

 

「まぁ無事なようで何よりだ。……さて、ロード?」

 

「なぁに、ラスロ? もしかしてまたボクと遊んでくれる?」

 

「いや、お断りだ。ってか、呼び名『ラスロ』になったのな。呼びにくかった?」

 

「別にぃ? ただ、こうしたほうが面白いと思って! ボクだけが知ってるって優越感?」

 

「その性悪の笑顔やめろ。それより、提案がある。……さっきは容赦しないって言ったが、このまま素直に帰ってくれれば許してやるよ?」

 

 ロードは目を細めてラスロを見据える。

 何を考えているのかは、ラスロにも分からないが悪いようにはならないとそんな気がしていた。

 

「……しょうがないなぁ。それじゃあボクは帰るとするよ。また遊んでもらいたいしねぇ。でも、コイツは置いてくよぉ?」

 

 そう言って残ったアクマを指さした。

 

「構わない。それくらいならどうにでもなる。別に傘も置いていってもいいぞ? まぁ……主にこの二人がやるけどな」

 

 え、とラスロを凝視するアレンとリナリー。

 ラスロは意に解した様子もなく、GO! とアクマを指さした。

 手伝え、そう二人が言おうとしたとき偶然気づいた。

 ラスロが突き出す腕が、僅かに震えていることに。また、よく見れば脂汗を浮かべラスロ自身相当疲弊している。それを見た二人は、言葉を飲み込んで一気に踏み込む。

 アレンが銃撃を放ち、それをアクマがよけたところをリナリーが一蹴して止めをさす。

 

「あーあ、やっぱりこの程度のアクマじゃこれが限界かぁ。ま、いいや。今日は十分まんぞくしたしぃ?」

 

 ロードはプラプラとレロを腕にぶら下げながら、特有の能力でハート型の扉を呼び出した。

 

「それじゃあね、ラスロにアレン。次はもっと色々用意してくるから。また遊ぼぉ、エクソシスト、今度は千年公のシナリオの中でさ」

 

 ロードはそう言い残し扉の中へと消える。

 バタンとその扉は閉まり、次には扉も消失した。

 そして、それはこの空間にも訪れる。

 

「なっ、崩れていく!?」

 

「そうだな。まぁいつものことだ。大丈夫、落ちても問題はない」

 

 いいきるラスロに、ふと疑問を覚える。

 なぜ言い切れるのか、いつものことって?

 しかし、今は問うことのできる状態じゃなく、アレンはリナリーがミランダと共に落ちていくのを確認しながら、ほんの少し兄弟子を睨む。

 

「そう睨むな。悪いが、これに関しては何も言えない。師匠に口止めされてるんだ。……別に教えてもいいけど、大したことじゃないうえに師匠にバレれば借金追加だぞ? 額は何時もの三倍だ」

 

 聞いてしまったアレンは、追求を諦めた。

 借金、これはアレンのトラウマの元。

 戦意を削ぐには効果的であると、ラスロは自身の経験からも知っていた。

 

 借金に関して、二人して思うことは一つ。

 

 ――弟子に借金おしつけるなエセ神父。

 

 先程の緊張感など跡形もなく消え失せていた。

 

 

 

 



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第七話

 あれからの事を話そう。

 ロードの空間から開放された俺たちは、ミランダの部屋と思われる場所に放り出された。これで一息つけると言うときに、ミランダがガタガタと震え始める。イノセンスを維持できなくなっていたのだ。

 イノセンス、それも装備型はそれ用に作り替えなければ使用者への負担が増大する。ミランダはほぼ原石のままのイノセンスを常時使用していたのだから当然のことだろう。だが、ミランダは解除することを拒む。理由は、解けは全ての怪我が二人の元に帰ってしまうから。

 それをアレンとリナリーが説得するのだが、中々強情で折れてくれない。その間に医者とか教団に報告しようと部屋をでて、帰ってくるまでそれは続いた。

 

「自分の傷は自分で負います。生きてれば癒えるんですし」

 

「そうよ、ミランダ。だから、ね?」

 

 涙を流すミランダを、二人は優しく慰める。

 が、このままじゃ終わらないなぁと思った俺は心を鬼にして手刀を叩き込む。

 

「う、ぅぅ――コペッ!?」

 

「安心しろ。医者は手配したし、報告もした」

 

 ドサリと倒れるミランダにそう告げる。

 その行為に当然食いつく二人。

 

「だ、大丈夫なんですかミランダさんは!?」

 

「やりすぎてないよね、大丈夫なんだよね?」

 

 ガクガクと服を掴まれ揺すられると返事ができませんよお二人さん。

 取り敢えずジェスチャーで放してくれと伝え開放して貰い、口を開く。

 

「まぁ問題ない。俺が一体どれだけこうやって眠らされたと思う? 武術にしろなんにしろ、受けた方が身についちゃうんだぞ?」

 

 思い当たることがあったらしいアレンは顔を伏せ、リナリーは訝しげに俺を見る。

 はっはっは、その程度の視線で揺らぐ俺ではない。

 

「というか、先ずは自分たちの心配しろよ? ――ほら、時間が帰ってくるぞ」

 

 あ、と言う顔をした二人。

 俺の指差す方向にはあの時計があり、時が二人に帰っていくその瞬間が直に見える。

 

「安心して寝てろ。大丈夫、起きたら貨物の中とかないから」

 

 元からそんな心配してません、と呟いたアレンだが、戻ってきた時により一気にダメージが。限界を越えて意識を手放した。リナリーもまた、精神への負荷が返ってきたために眠ってしまう。 

 

「さぁてと。アレンとミランダの手に応急処置くらいはしておくか」

 

 薬箱はどこかなぁと、失礼ながら家探しをさせてもらう。

 ああ、それにしても胃が痛い。この後に追求が待っているとか、有り得ない。

 ……さっきはああ言ったけど、俺がいなくならないとは言ってないよね? 

 

「……悪いなアレンにリナリー。言い訳思いつくまで、ちょっと待ってて」

 

 期限は決めない。

 その方が都合がいいからな! 

 

「お、医者にファインダーも到着か。その内コムイにラビたちもくる……はずだし、ソッチはどうするか」 

 

 取り敢えず、アレンたちより少し前、あの空間に閉じ込められて知り合ったとでもしておこうかな。どうせラビたちから詳細が話されることだし。

 

「ここからだ。ここからが重要なんだ」

 

 ノアの登場。

 そして元帥狩りによって死亡するエクソシスト。

 娘を思いながら咎落ちしてしまうスーマン。

 そして師匠を追って旅立つアレンたち。

 

「ホント、問題が山積みだなぁー」

 

 取り敢えず、一息ついて考えるのを止める。

 俺もイノセンス解放のせいで疲れているらしい。パラメーター補正がないと俺じゃあアレはキツイ。

 一度気を抜けば、ずるずると体が崩れ落ち休息を求めてくる。その欲求に素直に従って、壁に寄りかかりながら少し眠ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 トントン、と肩を叩かれ意識が浮上する。

 うっすらと目を開ければ、目の前にはコムイ室長の顔が目に入った。

 

「おはよう、ラスロくん。体調はどうかな?」

 

「おはようさん、すごい気だるいが基本問題はないかな。それより、他の二人はどうです?」

 

「アレン君とリナリーだね。二人はまだ眠ってるよ。アレン君はもう直ぐ起きると思うけど、リナリーはもう少しかかるかな」

 

 すまし顔でいう室長だが、持っているコーヒーカップにヒビが入ったのを、俺は見逃さない。

 

「そう言えば、何で室長が此処に? 自らくるなんて珍しいじゃないですか。まさかシスコンが限界突破とか笑えない冗談はやめてくださいね?」

 

「あはは、何を言ってるのさラスロくん。……僕のリナリー愛は常に限界突破の臨界状態さ!! ……まぁそれは置いておいて、取り敢えず今後の説明を先に済ませてしまいたいんだけど、いいかな?」

 

 辺りを見渡せば、どうやらミランダの部屋じゃない。

 資料で埋めつくされている何処か別の場所らしい。……見れば未だ起きないリナリーが書類の布団を被っているのだが大丈夫なのか? 

「どうかしたかい、ラスロくん。って、ああ、またリナリーが!!」

 

 慌てて資料をはけて布団をかける室長。

 どうも調子がよくないらしい。リナリーに負担をかけるようなことを一時的にでも見逃したのがその証拠だ。そう言えば、先程の会話でもリナリー関係の話を少し置いておくと宣言したことも証拠となる。

 

「……随分お疲れのようで。何か、あったんですか?」

 

「まぁ、ね。今回現れたノアの一族もそうだけど、それと同じくらいに心配なことがあるんだ」

 

 室長は、一度顔を引き締め真剣な眼差しで俺を見据える。

 ……それについては、だいたい予想がつく。一応、昔に打てる手は打っておいたのだが、どうなったのかは分からない。

 

「落ち着いて聞いて欲しい。実は先日、元帥の一人がイノセンスを失いました」

 

「……………………」

 

「ケビン・イエーガー元帥。高齢ながら常に第一線で戦っていた戦っていた人だよ。ラスロくんはある程度親しかったよね?」

 

「……ええ、まぁ。そうですか、イエーガー元帥が。でも、生きてはいるんですよね?」

 

「うん、かろうじて、だけどね。右眼に左腕を損傷して一時危険だったけど、何とか一命は取り留めたよ。それでね、元帥から君に伝言を預かってる。『やってくれたな、全く』だそうだよ。朗らかに笑っていた。その後、すぐに眠ってしまったけどね」

 

 『やってくれたな、全く』か。

 まぁ何にせよ、生き残ることに成功したわけだ。

 室長からの言葉を聞いて安心した。駄々をこねてでも説得した甲斐があったと言うものだ。まぁ何を説得して何を仕掛けたかは想像にお任せする。ヒント、人情を揺さぶった。コラ、鬼畜言わない。

 

「元帥が持っていたイノセンスは、元帥自身のも入れて九個。その内半数が失われたよ。無論、元帥のイノセンスもね。現在、元帥は起きて眠ってを繰り返しているんだけど、その中である情報を入手したんだ。キーワードは、神狩り」

 

「神狩り、イノセンスの事ですか」

 

「うん、元帥曰く、『向こうも動き出した、狙いはハート。元帥が狙われる』、ラスロくんはハートについてはクロス元帥から聞いているね?」

 

「ええ。全てのイノセンスの核であり、それが破壊されれば人類の負け。つまり、強いイノセンスがハートではないかと狙われている?」

 

 その通り、と頷いた室長は近くの資料の山から一枚の資料を取り出し手渡してくる。

 

「現在派遣予定のエクソシストの名簿だよ。本当なら、ラスロくんにはクロス元帥を探して欲しいところだけどアレンくんに任せようと思うんだ。ティムキャンピーもいるしね」

 

「あー、つまりあなた様は俺と師匠の再会フラグをへし折ってくれた神様ですね?」

 

(クロス元帥捜索がそこまで嫌だったかー。まぁなんにせよやる気を出してくれたし良しとしようかな?)

 

「で、だ。残るはティエドール隊、ソカロ隊、クラウド隊なんだけど、どうする?」

 

 俺は資料を受け取り目を通す。

 さて、この選択が重要だ。実を言うと、師匠捜索に当てられたら何がなんでも変更してもらう予定だった。当然、心から嫌だと思うと同時に、俺が他の隊に入ることで現れるであろうティキを足止めする為だ。きっと、俺がノアが来ると言っても誰一人止まりはしない。信じてもらえないと言うこともあるかもしれないがそれ以前に、やはり皆神の使徒なのだ。それで止まるような人は一人もいない。きっと、死に直面したときに、後悔する人もいるだろうが、その時にはもう遅い。

 教団側だって、ノアがくると分かっていてこの任務を発令しているわけだし。なら出来ることと言えば、なるべく被害を最小限に留めることだ。時間を稼ぐだけなら、『己が栄光の為でなく』を使って惑わしながらチクチクやればいいし。

 そうなると、何処に所属すればいいのだろうか。

 思い出せ、ティキに一番最初に襲撃されるのは誰だ。確か……ティエドール隊のデイシャ・バリーという、鈴の様なイノセンスを使う男だったか? その後、ソカロ隊が全員やられる。クラウド隊の死亡原因は良く分かってないんだよな……原作には載ってなかったのか、俺が忘れているのか定かじゃないが。

 

「さて、どうしたものか――――――って、ん?」

 

「どうかしたのかい、ラスロくん」

 

「少し。えーと、このクラウド隊にいる四人目(・・・)って、どうしたんですか?

 

 原作との少し違うズレ。

 確かどの部隊もスリーマンセルだった気がするんだが。というか、この四人目の名前を、過去の俺も現在の俺も知らない。

 

「ああ、彼女の名前はそこにあるように――ミラ・イロウズ。先日君が回収してきたイノセンスの適合者だよ」

 

「…………はい?」

 

 え、待って待って。先日って言うと、どれ? 何か転移させられるやつ? それともロードに待ち伏せされたりした時の? いや、そもそもおかしい。知らない、そんなエクソシスト増員とか知らない。

 

「イノセンスの能力は、ミランダと同じように奇怪現象と似た力を持ってる。つまり、転移、テレポートが出来る後衛型のイノセンスだよ。当然装備型だね」

 

「…………おおぅ、ちょっと待って。何だが思考が追いつかないー」

 

「珍しいね君がそんな顔をするなんて。もしかして知り合いかい?」

 

「あー、いや、知りません。まぁ、いいです、了解です。じゃあ余りものたる俺はティエドール隊かソカロ隊ですね」

 

「な、何でいきなりそんなに卑屈になるのかな? ま、、あぁそうなるね。どうする?」

 

 どうしようか。

 やっぱりここはティエドール部隊かな。そこでティキをひたすらおちょくり続けて逃げまくり、数日は貼り付けてやろうか。ただ問題は、ティキが千年伯爵からの依頼を優先しないかなんだよなぁ。飽きたから他のとこ行くって行かれてもこまるんですよ俺としては。

 しかし、他のところを選べばデイシャの死亡フラグがピコンとたってしまう。

 

「それじゃあ……ティエドール隊で」

 

「分かったよ。それじゃあよろしく頼むね。彼らは今バルセロナに向かっているはずだから、上手く合流して欲しい。これが路銀ね。後予備のコートも持ってきたよ」

 

 ポンと手渡される黒いサイフを仕舞い込み、渡されたコートを着込んで旅立つ準備をする。

 え、気が早いって? ハハハ、だって今のうちにいなくなれば二人からの追求の逃れられるじゃないかっ!!

 っと、忘れてた。一応ラビに手紙を書いてっと。これでよし。

 

「え、ちょ、ラスロくん? 準備早すぎないかい?」

 

「ノアが動いてるんです、悠長にしてられないと思って。あ、コレをラビに渡しておいてください」

 

「え、ラビにかい? 分かったよ、それじゃあ気を付けて、ラスロくん」

 

「無論。死にたくないですしね。グットラック」

 

 急かすようにイソイソと建物を出る。

 後ろから訝しげな視線を感じるが、一度だけ振り向いて苦笑いで返す。

 悪いね、すっごい私情からくる行動力だから大した意味とかないんだよね。

 そして俺は、アレン達の元を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、

 

「なぁにやってるの千年公~」

 

「ワヒャッ♥! ロード何時もいってるデショウ♥? 飛びつくのはやめなさいっテ♥」

 

「それよりそれなぁに~? 新しいゴーレムかなにかぁ?」

 

「そうでス♥ リスト檻の囚人セル・ロロン、でス♥」

 

「リストぉ? なんのリストさ~」

 

「十四番目関係のでス♥ 関係者をティキぽんに抹殺してもらおうと思っテ♥」

 

「へぇ~、あ、アレンの名前がある。それにぃラスロもぉ?」

 

「そうでス♥ あの忌々しい、裏切りの騎士の名を冠する小僧でス♥ 師であるクロス・マリアン共々、厄介な奴らですよネ♥ クロス・マリアンと共に過ごしてきたあの小僧が十四番目の関係者である可能性は実にたかイ♥」

 

「……へぇ」

 

 依頼を優先される? 無駄な心配である。

 むしろターゲットの一人。ラスロが逃げるその時まで、ティキは嬉々として戦い続けるだろう。不運の星のもとに生まれたラスロ、落ちついた日々なんて有り得ない。 

 

 

 

 

 




ちょこっと修正。


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第八話

色々こじつけがありますがご容赦を。


 

 

 

 

 列車に乗り込み、流れゆく景色を見ながら考える。

 あっれー? 俺のせいで新しいエクソシスト誕生しちゃった?

 正直笑い事ではない。原作とは違う彼女がいることで、どう変わっていくか予想がつかないのだ。室長が言うには、彼女は転移系のイノセンスを使うらしいから、戦闘面での変化はないと思うのだが……。

 

「反面、生存率の増加には凄い効果だよな、ソレ」

 

 そう、変化があるとすれば俺の理想、生存者の増加である。

 詳しい能力を知らないから分からないが、人数制限、効果範囲、制約等をよく知ることで今後の未来が明るくなりそうだ。それに、不確定要素であったクラウド隊の生存率が上がるはず。ソカロ隊は兎に角俺がティキを止めるので大丈夫だったが、クラウド隊は誰によってやられるのか分からなかった。ノアか、アクマか。

 俺がティエドール隊に志願したのは、彼女がクラウド隊にいたからだ。

 デイシャを逃がし、ティキを止めていれば自然とソカロ隊は助かるはず。そして問題のクラウド隊も希望が見えた。ただ心配なのは、咎落ちという関門が起こらずアレンの成長を妨げてしまうこと。まぁ人命優先だから許して欲しい。

 色々潰しつつあるが、仕方ない。原作通りに進めて人が死ぬのはゴメンだ。そんなんじゃ帰った時にずっと背負い込むことになる。

 

「それは、御免だしな……」

 

 帰ることが出来たなら、アイツらと笑っていたい。

 些細な願いだが、俺にとっては何より大事な願いである。

 

「その為にも、帰る方法を見つけるまで生き残らないとな」

 

 まぁ、その前にさ。

 この神様さっさと他の神様と交代してくれないかな?

 

「よ、ようやく見つけたっちょ!」 

 

 目の前には凄い美女。

 しかし、しかしだ。何だろうねこの胃痛。

 ギチギチと締め付けられるような痛みに加えて、何だか頭も痛いんだ。

 頭痛とかのジクジク痛いとかじゃなくてね? こう、何かで思いっきり殴られてコブどころか出血してしまっているような、あの痛みなんだよ。

 というか、どこから入ってきたの前にそのステキな着物はどうしたのと問いただしたい。 

 

「ちょ? おーい聞いてるっちょか!」

 

「え、ああ、聞いておりますよ? 拙者に何が御用でも?」

 

「ちょ? 聞いた限りじゃ日本人じゃなかった気が……ちょ?」

 

「ええ、拙者生粋の日本人でござる。ラスロ某とやらではないでござらんよ」

 

「そ、そうだっちょか。あれ、でも特徴が合ってるっちょな。というか、何も言ってないのにラスロの名が出てきたっちょな?……そう言えば、もしもの時はって預かってたものがここらへんに……」

 

 そう言って怪しい美女はあろうことか胸の谷間に手を突っ込んだ。

 ああ、大変だ。

 何がって? 別に興奮してるわけじゃないよ、マジで。何がヤバイって、こんなこと教え込む人に心当たりがあったりね? こう、赤毛で仮面つけたエセ神父とか? 弟子に借金押し付けて蒸発するような師匠とか? 酒瓶で弟子殴って貨物に押し込む外道師匠とか?

 正直胃がマッハ。ヤバイよ、飯食えないよ。

 と、取り敢えず逃げようか。本当にあの人の使いなんて言われたらと思うと気が気じゃない。また借金を押し付けられるのか、はたまた何か厄介事に巻き込まれるのか。

 

「っと、あったっちょ! ……あれ、どこ行くっちょか?」

 

 ビクゥ!?

 

「まぁ座るっちょ。そう時間は取らないっちょよ」

 

 グイッと強引に座らされる俺。

 く、こんな所で紳士モードが発動するとは! 師匠の使い(仮)だとしても女性は女性、振り払えないのは仕方がないと言えば仕方ないのだがっ!! ってハッ!? まさかこれを見越しての美女派遣!?

 

「……ヤベェ、否定材料消えてきやがった」

 

「黄昏てるところ悪いっちょが取り敢えず、これを見て欲しいっちょ」

 

 そう言って差し出される包み。

 そんなもの、どうやってソコに……何でもないです。取り敢えず受け取り、重さを確認する。重さは、鈍器として使えそうなほど。材質は包みの上からでもわかるほど硬質だ。大きさは三十cm~四十cmくらいか?

 形は下からある程度上に向かうと、途中から窄んでいくような――

 

「――うぼっ!?」

 

「うわぁぁっ!? い、いきなり吐くなっちょ! というか吐いたっちょ!?」

 

「まだ、平気だ。ちょっと……危うかったけどな」

 

 あ、胃が。

 もう、痛くないや。

 あはは、限界突破か、久しぶりだな。

 

「だ、大丈夫っちょ?」

 

「取り敢えず、トイレ行ってくるからここから動かないで」

 

「それは無理っちょ。『馬鹿弟子一号がトイレに行くと口にしたときは逃げる前兆だ、逃すな』と言われてるっちょ」

 

「…………oh」

 

 やっぱり、師匠か。

 

「それに、逃げようとしたらこの包みを開封して逆手に持てと言われてるっちょ」

 

「はっはっは、OK分かった、座って話を聞こうじゃないか。……だからその包みしまって下さい」

 

「せ、切実と感じられるっちょね。……一体何が入ってるっちょ?」

 

 鈍器です、トラウマです。

 結局、俺は師匠の使い(仮)に捕まり話を聞くこととなった。

 (仮)付けは最早意地だ。

 

 

 

「さて、では自己紹介からはじめるっちょ。オイラの名前は通称サチコっちょ」

 

「サチコ? ……日本人ってか、通称?」

 

「見て分からないっちょか? ボディは普通に女っちょ」

 

「ボディ? ……あー、アレか、お前師匠の改造アクマか!」

 

 思い出した。ラビが後に名付けるチョメ助だ。

 いたなーそんなの。アクマ改造して伯爵の命令無視できるようにした奴だ。ただ、中には自爆装置が入っていて、殺人衝動が抑えきれなくなったら自爆するんだ。……鬼畜すぎだろ師匠ェ。

 

「正解っちょ! って、何で席を立つっちょ?」

 

「いや、紳士モードいらないやんと思って。じゃ、そういうことで」

 

「待つっちょ! この包みを開封するっちょよ!」

 

 掲げられる包みin鈍器。

 降伏します。

 

「……随分と素直に座るっちょね。ホント、中身が気になるっちょ。まぁそれは後ほどとして、いきなり本題に入らせてもらうっちょ。ラスロ・ディーユ、クロス・マリアンの伝言っちょよ。曰く、『最近ガキがしつこくてしょうがない。引き受けろ』だそうっちょ」

 

「結局そう来るかっ! また借金取りの囮にするつもりだな!?」

 

「んー、借金取りとは少し違うっちょが追いかけてくると言う意味ではただしいっちょよ。人相はこっちに描かれてるっちょから後で確認するっちょ」 

 

「……拒否権ねぇのな。はは、何で俺あの人に拾われたんだろ」

 

 ホロリと涙が。

 

「……ちょっと同情するっちょ。アレと何年も旅してきた心情、お察しするっちょよ」

 

 ついにアクマにまで慰められた。

 

「まぁ、正直それはオマケっちょよ。こっちがだいじっちょ。クロス・マリアンは日本に向かったっちょ。目的は、以前と変わらずある物体の破壊っちょ」

 

 それは知っている。アクマ製造プラントの破壊だ。

 以前からコソコソ俺も手伝ってた、否、手伝わされていたのでよく知っている。

 

「その在処の目処がついた上、近々侵入するチャンスが訪れるかもしれないらしいっちょよ。その時、日本にいて臨機応変に箒雑巾バケツモップの様に必死に働けとマリアンは言ってたっちょ」

 

「ついに馬鹿弟子一号が掃除道具一式に……意外と凹んでない俺って一体?」

 

「重傷っちょね。悪いけど、置いておくっちょ。それとあと一つ、『船』、『箱』、を武器として見れるようにしておけとのことっちょ」

 

 船、箱を武器に?

 武器に見れるようにと言うことは、使うのは『騎士は徒手にて死せず』だろう。『箱』はまぁなんとかなるかもしれないが『船』は難しいな。戦艦みたいなのがあればいいのだが、コッチでは見たことないし……だがやらねば殺られる。頑張れ俺。

 

「以上っちょよ。これがマリアンからの伝言っちょ」

 

 チョメ助はそう言うと、ペタっと自身の口を抑え始める。

 見れば、ほんの少し目付きが危ない上、額にアクマの証である五芒星(ペンタクル)が浮かんでいる。それが示すことは――

 

「――殺人衝動か?」

 

「そ、うっちょ。まだ、軽いっちょが時間の問題っちょね」

 

 あっけからんと言うチョメ助。

 暫くすると、衝動は収まったらしく息を整えていく。

 

「ちょ~、ここは人間が多いっちょ。地味にキツイっちょよ……」

 

 呟くチョメ助を他所に、自爆した時のアクマの魂の結末を思い浮かべる。

 この前の巻き戻しの街でも起きかけた、魂の消滅。あの時は俺が間に合ったからいいが、チョメ助が自爆する瞬間俺がいるとは限らない。というか一緒にいる方より、一緒にいて更に自爆する瞬間である事の方が確率的に低い。

 ならば、今この時破壊してしまった方がいいのではないか? 生憎ここは特別席、人はいない。腰にある剣は狭いので使えないが、銃であればすぐに抜き放ち、破壊できる。

 

「やめとくっちょよ。そんな事すれば色々重くなるっちょよ?」

 

 俺の視線に気づいたらしきチョメ助は言う。

 まるで俺を心配するかのように。

 

「それよりも、この自爆システムをどうにかしたほうが気にしなくて良くなるっちょ」

 

 そう言って指さすのは自身の心臓部。

 

「ここに自爆システムが組み込まれてるっちょ。素材はダークマターだから、アクマだって破壊できるっちょよ。魂も、っちょが。マリアンは言ったっちょ。お前は絶対に、何か行動を起こそうとするって。その時は、自分の好きなようにしろとマリアンは言った」

 

 チョメ助は、だから、と続けて。

 

「詳しくは聞いてないっちょが、お前のイノセンスは変わってるんだっちょ?」

 

 ああ、そういうことか。

 つまり、俺のイノセンスで自爆システムを擬似イノセンス化しろと言いたいのか師匠は。俺のこの能力は、自身が手に取り、武器だと認識したものをイノセンス化するもの。自爆システムは言ってしまえば特殊な時限爆弾であるから、イノセンスに変換はできるだろう。そうすれば、自爆したチョメ助の魂は消滅しない。

 じゃあファインダーに、俺がイノセンス化して武器を渡せばと思うかもしれないが実は意味がない。俺がイノセンス化しても、俺の手から使用されなければイノセンス化は解けてしまう。剣をイノセンス化しても俺以外が手に取れば元に戻るし、例え爆弾であっても俺が仕掛けたり投げない限り効果をなさないのだ。

 師匠と調べてみた結果である。

 

 

「だから、これを何とかして欲しいっちょ。取るんじゃなくて、変えて欲しいっちょよ」

 

「……それが、お前の好きなようにする、の結論なのか?」

 

「ちょ。この短時間の会話で、お前は変わってるって分かったっちょ。現に、こうやって消滅させるくらいなら自分で破壊すると考えるくらいに」

 

「いや、自爆の結末をしってれば俺の弟弟子だってそうしたぞ」

 

「それでもっちょよ。兎に角、頼むっちょよ」

 

 真摯な目だった。

 いかに改造アクマと言えど、本当に元アクマかと思うほどに。

 女性の頼みはできる限り叶える。師匠スタイル善。

 ちなみに師匠スタイル悪、は都合が悪ければ上手く誤魔化して泣かせてしまう。ただし、傷つけず一時の夢へと変えるほぼ詐欺術。流石エセ神父、有り得ない。しかも稀に猛烈なファン作り出すし。そう言う人に限って美人なのだ。

 

「分かった。ただ、その結果殺人衝動が高まりやすくなったりしかねない。それでもいいか?」

 

「改造アクマに二言はないっちょ」

 

 そしてその日、俺はアクマ改造に知らず知らずの内に足を踏み込んでいた。また、ほんの少しではあるし時間はかかるものの、ダークマターを擬似イノセンス化することが可能であることが証明されていた。これってもしかして、アクマ本体を武器と認識できれば使えんじゃね? ……とも思ったが、ダークマター故にイノセンス化した後手から離れた瞬間塵に帰るから手持ち武器にしないといけない事に気づいた。ダークマターをイノセンス化すると、普通の武器以上に脆くなるようなのだ。そのせいで、改造アクマたちは少々不安定になっている。

 というか、片手にアクマ掴んで振り回すとか――――――うん、ないな。シュール過ぎて有り得ない。

 あの日の後、十数体にも渡る改造アクマに、丸二日かけて同じ処置をすることになったとき、その事実に気づいたのだった。

 全て師匠の計画のうちかも知れないとか、マジ有り得ない。

 

 

 

 

 

 

 

「――と言うわけで、ラスロ君にはティエドール隊に行ってもらった。そこで、君たちはクロス元帥のところへ」

 

 ラスロが消えて少しした後、左目をロードとの戦闘で怪我してしまい、再生しかけていると言え、調子の悪い時にラビに助けられる。御陰で、教団のコートの意味を思い出しよりいっそう覚悟を決めた。その後、起きたリナリーと、ブックマンと合流しノアの情報を聞き終え馬車に乗って移動しているときのことだ。そこで元帥が敗れた事実、狙われている事実、そして『ハート』の事をコムイから知らされる。そして彼らもまた、他のエクソシスト同様に元帥護衛任務につくことになった……のだが。

 

(ら、ラスロっ! 僕を餌に逃げたんですか!?)

 

 現在すでに消えており、どこにいるか分からない兄弟子を恨む弟弟子がいた。

 それはそう、アレンから見れば、ラスロがいない理由なんて師匠であるクロス・マリアンと遭遇したくないからにしか見えない。お互い酷い師に教わってきた身、その恐ろしさは体に染み付いている。

 

(あー、アレンくんが黒くなってる。……僕が言い出したことって言わないほうがいいかな。うん、そうしよう)

 

 それを見ていたコムイもまた、全責任をラスロに押し付けようと画作していた。

 ラスロが知れば、大人って汚い! と叫んでいたに違いない。

 

「ね、ねぇ兄さん。私達はクロス元帥を探す事になったけど、居場所も分からない元帥をどうやって探すの?」

 

「流石僕の可愛いリナリー! そう、そこが重要なんだ。他のチームはラスロくんを除いて、担当元帥の弟子だからある程度行動パターンは知ってるはず。それに、月に一度連絡がくるからね」

 

「……ちなみに、師匠はどれだけ連絡を?」

 

「あははは――――四年」

 

 アレンはふいっと、コムイから顔を逸らした。

 

「困っちゃうよねーホント。すでに教団内では、すでに死んだか、任務そっちのけで遊んでいるのかと噂は様々。まぁ、生きていることは君たちが来てくれたから分かってるけどね。っと、話を戻そうか。どうやって探すか、なんだけどアレンくんもいるしこのティムキャンピーがいる」

 

「「ティムキャンピー?」」

 

 今まで黙っていたラビとアレンの声が重なる。

 アレンの肩に乗っていたティムキャンピーはニカッと口を開いて笑う。

 

「そう、科学者でもある元帥が作ったものだからね。契約主の居場所は何処にいても分かるはず。そして、アレンくんが行動パターンを先読みして包囲すれば袋のネズミだ! ハハハハハハ!!」

 

 アレンは思う。

 例え見つけても、あらゆる手段を使ってでも逃げ出しそうだと。きっと、弟子である自分さえ使って見せるだろうと、アレンは何処か確信めいた予感があった。

 

「っと。そうだそうだ。ラビには手紙を預かってたんだ。はい、ラスロからだよ」

 

「な、なんでラスロさ?」

 

 その疑問に答えるものは誰もいない。

 

 

 

 




修正しました。


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第九話

ジャスデビー


 

 

 

 列車を降り、バルセロナを目指し歩いていたのだが日も落ちてきたのでここらで宿を取ることにした。ローズクロスさえかざせば、お金を持っていなくとも教団が払ってくれるのでとても便利。だからと言って、師匠は多用しすぎだと思う。

 

「ふはぁー。肩凝ったな……流石に」

 

 ベットに座りながらグルグルと肩を回す。

 長時間座っているのはやはりキツイ。それに、チョメ助らが装置改造の為やってきていたので寝不足だ。一体につき三十分~一時間ちょっとかかる。たかが爆弾一つと思っていた浅はかな俺を恨みたい。

 

「しかし、まぁ、魂の消滅を逃れられるならいいか」

 

 結論づけて武器の整備を始める。

 剣は磨くだけでいいが、銃の方がちょっと面倒くさい。分解して磨いてだ。一度も使用してないけど。それに、イノセンス化してしまえば暴発とかないけど……うん、趣味です。

 

「これだけが、あの生活中の娯楽だったからなぁ……」

 

 確かにあの生活中、トランプとかは手にしたがあれは娯楽ではない。

 あれは俺たち弟子組にとって商売道具でしかなかった。アレンとトランプしたときなんかイカサマの応酬。ドチラが綺麗に騙せるかとずれた勝負になっていた。

 

「思えば、遠くに来たものだ」

 

 すでに違う世界に来てるけどね。

 ……やめよ、自虐やめよ。

 

「さっさと追いつかないといけないし、寝よう。それがいい」

 

 俺は軽く寝る準備をして、ベットに横になった。

 目を閉じると、何故か瞼の裏にとある思い出が浮かび上がる。 

 

『馬鹿弟子一号、酒持ってこい』

 

『師匠、それならお金を俺に下さい』

 

『つけとけ』

 

『弟子につけんなこの馬鹿師――!』

 

 とか。

 

『ラスロこれをやる。纏めて、その時が来るまで持っておけ』

 

『紙? もしかして何かの情報ですか?』

 

『…………ああ、そうだ。絶対なくさず持っておけ、いいな?』

 

『分かりました』

 

 

 

 翌日。

 

 

『クロスの弟子は何処だァ!!』

 

『え、俺ですけど……』

 

『連帯保証人だな? この契約書通り全部で20ギニー、払ってもらおうかッ!!』

 

『四十、万? え、何で俺? そんな契約書の――ってまさか!?』

 

『持ってるじゃねえか。……当たりだな。ちょっとコッチ来いや』

 

『え、ちょ、な、その時ってこの時か――!?』

 

 

 

 

 

 

「……なんで、思い出すのがトラウマの数々?」

 

 え、やだ、嫌な予感しかしない。

 しかも師匠関係での。

 俺はバッと布団を飛び出し荷物をまとめる。

 だめだ、ここにいちゃダメだ。面倒ごとに巻き込まれるに決まっている。直感を信じるんだ。

 そして宿を出て人気の少ないところへと移動する。あるんだよ、人混みに紛れてたらいきなり腕掴まれて請求書つきつけられた時が。はっきり言って、同じような状況でアクマに襲われた回数より多い。……有り得ない。

 

「このコート、本来はアクマを誘きよせる為のものなのに、借金取りが目印にするとかどうよ。あんまりだ」

 

 エクソシストって何だっけ?

 ああ、帰りたい。より帰郷を求めているよ俺の心。 

 そんな時だ。見たくもないものを見てしまった。

 扉。ポツンと置かれているハート型の扉。うん、有り得ない。

 クルリと体の向きを変えて、その場を去ろうと足を踏み出すのだが、それよりも先にドアが開く音が聞こえてきた。

 

「………………勘弁してくれよ、ロ――…ド?」

 

 俺は諦め、ため息をつくながら後ろを振り返る。

 しかし、そこにいたのはロードではなく、なんかファンキーなファッションをした二人組だった。片方アンテナついてるし。……まだ会ったことなかったけど、ジャスデロとデビットでせう?

 

「「は、はは、ハハハハハハハ!!!!」」

 

 二人は俺と目があうと、笑う。

 何か病んでるっぽい。

 

「ようやく会えたなぁ弟子一号!! 俺はデビット、はい次!」

 

「ジャスデロだよ! 二人合わせてジャスデビっ! ヒヒ!」

 

「「そう、二人合わせてジャスデビなんだよこのヤロー!!」」

 

 そう言いながら銃を突きつけてくるジャスデビの目は、獲物を見つけた目というか親の敵? 的な目に変わる。一体何事? というか、弟子一号って、まさかまさかまさかね?

 

「あー、嬉しくてしょうがねぇ! ようやく会えたな弟子一号! 会いたくて会いたくてしょうがなかったぜ!!」

 

「……大声でそんなこと言うのやめような。ホモ発言よソレ」

 

「だぁれがホモだゴラァ! 俺たちがお前に会いたくてしょうがなかった理由、教えてやるぜ! ジャスデロ!」

 

「ヒヒ! 弟子一号、これが理由だよっ!」

 

 そう言ってジャスデロ、アンテナ君は一枚の紙――が連なっている分厚い紙の束を取り出し突き出してくる。ああ、見る必要はないよ。もう、分かったから。君たち、俺の仲間なんだね?

 

「同士だったか。……お互い頑張ろうな?」

 

「「ざけんじゃねぇ! 俺たちはお前に払わせる為にここへ来たんだ!」」

 

「はっ、そういうことなら話は別だ……断固拒否する!」

 

 現在、俺の押し付けられている借金は五百ギニー、約一千万。教団に一時的に負担してもらっているので利子なしで返せばいい。こんな縛りの少ない生活を捨てろと言うのかこのノア共は。アレンには悪いが、師匠に貨物に詰め込まれて教団へ、そこからアレンが来るまで稼がせてもらったので大半は返し終えてる。……まぁそれで五百ギニーなんですけどね?

 

「そういうのはな、かかる方が悪いんだ。師匠に関わるなら、顔隠して正体隠して接近しないとダメなんだよ。じゃないと、何時の間にか名前がバレた上にそうやって請求書の保証人にされんだよ」

 

「んな事俺たちが知る訳ねぇだろ!? つうかおかしいだろ! 俺らに借金つけて逃げ回るとかホントエクソシストですかぁー!?」

 

「……即答できねぇー」

 

「ヒヒ、信用なさすぎるねクロス! 当然だけど!」

 

「というか、一つ聞いてもいいか? 何で俺が師匠の弟子だって知ってんだよ。あったことなかったよな?」

 

「アァン!? んなもんロードに聞いたに決まってるじゃねぇか!! 御陰で宿題手伝わされたわ!!」

 

「ロォードッ! 厄介事押し付けるどころか作り出してるんじゃねぇよ!! そんなに俺の胃を破壊したいか! 今月胃薬の箱二箱目突入だコラ!」

 

 ていうか、トラウマ思い出した時感じた嫌な予感ってこれか!

 キャハハッハ、と笑うロードの姿が脳裏に浮かぶ。

 やめぇ、もうホントやめぇな。このままじゃ胃がまっ先に死ぬ。

 

「兎に角弟子一号! クロスより簡単そうなテメェに払わせる、金だせやコラー!!」

 

「チンピラか、つか師匠追えよお前ら! 酒屋と美人探せばすぐ見つかるから!!」

 

「折角見つけても逃げられんだよ! 逃げ足早いししぶといし、んだアレは!!」

 

「アクマじゃなくて悪魔の方だね、ヒヒ!」

 

「いいえて妙。師匠の所業はあんまりだからなぁー」

 

 三人してうんうんと頷く。

 変な連帯感が出来ていた。

 

「って、意気投合してる場合じゃねぇ。さっさと金出してもらうぜクソ弟子! ジャスデロ、赤ボムいくぜ!」

 

「「装填、赤ボム!」」

 

 ジャスデビが引き金を引く。すると、リバルバーの銃口から巨大な火の弾が飛び出してくる。それを正面に見据え、腰の剣で薙ぎ払う。

 

「へぇ、ロードの言ってた通りだ。普通の剣で俺たちやアクマの攻撃を防いだり破壊したりするって! はは、何だか楽しくなってきた」

 

「ヒヒ、クロスとじゃまともに暴れられなかったからね、ヒヒヒ!」

 

 俺は二人が銃を構えるその前に走り出す。

 

「おっやる気か! 行くぜクソ弟子!」

 

「ヒヒ、ヒヒヒヒ!!」

 

 銃口から放たれる弾丸は、一発一発の効果が違った。

 最初の炎弾だったり、当たると氷結しかけたり、打ち返したものを消したりと多種多様。段々と、このノアの能力を思い出してきた。

 

「……試しに、その銃、奪わせてもらおう!」

 

 剣を片手に、銃を抜き取り狙いを定める。

 ターゲットはジャスデロ。第一印象から決めてました。

 狙いが本人じゃない上、いきなり発砲してくるとは思わなかったのか硬直するジャスデロ。俺の放った弾丸は、なんの問題もなくジャスデロの銃に当たり、その銃を弾き飛ばす。

 同時に銃を乱射し牽制しつつ、飛んでいったジャスデロの銃を回収しイノセンス化してみる。

 

「……やっぱり、弾倉が空か。つまり、あの弾丸は能力によるもの?」

 

 ここまで思い出せばするりと出てくる。一応、あの中には普通の弾も装填されたことはあったはずだが能力を思い出した以上特にいらない情報だ。

 『実現』これが二人の能力だったはず。脳で一致した想像を実現させる、反則じみた能力だ。

 長引かせると非常に不利。『実現』により大量の何かを作られると消耗戦に弱い俺がキツイ。ここは撤退するべきか。寝不足で体もだるいし。

 というわけで、奪った銃のイノセンス化を解く。その瞬間、ピシリと音がしたが気にしない。ま、まぁ弾入れないなら銃身の内側にヒビ入っても大丈夫さ。入れたら入れたでその時です。大丈夫、ノアだから。

 

「クソ弟子ぃぃ! デロの銃を返せ! ヒヒ」

 

「ん、悪い、今――返すッ!!」

 

 銃を投げる。

 しかし銃だけではない。スモークグレネードもプレゼント。

 

「ヒヒッ!? どこ、デロの銃どこへぶっ!?」

 

「じゃ、ジャスデロ!? くそ、クソ弟子どこ行った!!」

 

 誰が出ていくか。

 心の内で呟きながら、イノセンスの能力を切り替える。

 

「発動、『己が栄光の為でなく』」

 

 その瞬間、俺は自ら放ったスモークの煙と同化するように消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゲホッ! クソ逃げられた! やっぱ弟子じゃぇかあのヤロー!!」

 

「あ、あった!デロの銃あった!! ヒヒ!」

 

 煙が晴れた頃には、既にラスロはいなかった。

 幾ら煙に紛れ込んだとはいえ、あまりに見事なものでデビットは彼の師匠、クロスの弟子だと再認識する。手口は少し違うが、逃走の華麗さに置いては引けを取らない。

 

「だが、覚えた。次あったとき、今日受け取らなかった事後悔させてやるぜ! 次にはもっと増えてるからなッ!」

 

 残念ながら、この場に突っ込み役はいない。 

 どうやらデビットもまた、クロスに染められつつあるようだった。

 

「ヒヒ、何かカラカラ音するけど返ってきた、ヒヒヒ!」

 

 隣で銃を大切そうに握りしめるジャスデロ。

 彼は今回の事で、ラスロを完全に敵と認識した。

 次に会えば、油断はしない――つもりだ。残念な事に、彼の頭で何時まで覚えてられるか分からないが。

 

「怨念、ドロドロたまったぜ……次、ぶちかます!」

 

「ヒヒ! ベコベコにしてやる!」

 

 ここでまた、ラスロの胃にダメージを与える厄介ものが一組増えた、しかも、二人。

 この他にも、ロード、千年伯爵に、そのうちティキ。千年伯爵がそうであれば、ルル=ベルも当然である。何だか死ぬのも時間の問題の様な気がしないでもない。

 ラスロの人間関係? は加速する。

 それも、ただひたすら――――――悪い方へと。 

 神様は、そこまで彼が嫌いらしい。

 

 

 

「って、アレ?」

 

「ん? どうしたジャスデロ」

 

 コテンと首を傾げ、デビットの服を見る。

 正確には、その右ポケットを。

 デビットもそれを見れば、何か紙が一枚はみ出ていることに気づいた。請求書? とも思ったが、アレはポケットに入る厚さではなかったなーとフツフツ沸き上がる怒りをいなして紙を抜き取る。

 

「えーっと、んだよ、やっぱり請求書かよ。……クソッ!」

 

「ヒヒ、さっさとあの弟子捕まえて払わせないとね……ところで、一枚だけ取り出したりしたっけ?」

 

「…………………………」

 

「……………………ヒヒ!」

 

 ビキリ、そんな音が彼らの頭から聞こえてきた。

 ジャスデビの二人は、ゆっくりと、保証人の欄を覗き込む。するとそこには――ラスロと名が書かれ、横線で消されていた。見れば、下にある血印まで線で消され、新しい血印が押されている。

 

「…………………………」

 

「………………見ないの? ヒヒ!」

 

 その上には、消されたラスロの名前の代わりに新しい名が、二人分。よく見れば、血印も二人分あった。二人、この単語が頭から離れない。二人、それはジャスデビを現す言葉。

 ゆっくりと、顔を上げるデビットとジャスデロ。

 そして、見た。

 

 

 

 

 

 

 

「「アァァァァァンノォォォォ!!! クソ狸ィィィィィィィ――――――!!!!」

 

 書かれている名は二人分。

 随分と達筆だなとかそんな感想はどうでもよかった。

 大切な事実は、その二人の名が自分たちのものであること。今更だが、自身の親指が赤く染まっていることに気づく。

 

「ぜってぇ殺す! 金ぶんどってから殺す!」

 

「ヒヒ、ヒヒヒ! やっぱ弟子だ! クロスの弟子だ!!」

 

 そう、それはラスロが貨物に詰め込まれた際に渡されていた請求書。

 それを二人へと擦り付けたのだ。……イノセンス使って隠れながら。

 ラスロが千年伯爵からいただいた名『狸』だが、ジャスデビもまたそれに倣った。

 

 

 

「「待ってろよクソ狸! ぜってぇ殺すすぐ殺す! クロスと一緒にあの世逝きだ――――――!!」」

 

 

 

 そして少し訂正がある。

 神さまが嫌うから以前に、彼自身にも問題があったのだと言うこと。

 

 

 

 敵は増え、味方は依然少ないままだ。

 

 

 

 




借金増額。
ラスロにはすまないと思ってます。


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第十話

 

 

 

 

「くっそしつこい!!」

 

 指にナイフを挟んで投げつけ、アクマ数体を破壊する。

 しかし、俺の視界からアクマが減ったようには見えない。それ程までに数が多いのだ。既に銃は撃ち尽くしたし、今のナイフで飛び道具は失った。あるのは無銘の剣一本。コチラもがたがきはじめている。

 

『ヒャハハ! 元帥のところにはいかせないよーん!!』

 

 剣を振るう。

 横、斜め、正面。斬っても斬っても湧いてくる。はっきり言って欝だ。飽きた、逃げたい。というか足止めにこの戦力とか有り得ない。師匠んとこ送れ、これでも足りないから。ジャスデビが仕留められてないんだから、手伝ってこい。

 あ、折れた。

 

『チャァーンス! 半殺しにして伯爵様のところへ連れて行け!」

 

「ざけんな! よりにもよってあのデブかッ! アバタ・ウラ・マサラカト・オン・ガタル!」

 

 師匠直伝、良くわからないところに武器収容しますよーの術。無駄に師匠との借金生活していた訳ではない。一応、ガサツに、間違えると酒瓶飛んできたりしたが術式の一部を教えてもらったりしていた。……今のところ出来るのこれだけだけど。

 師匠はマリアに使っているが、俺は武器庫に使っている。とはいえ、棺一つ分が限界だ。まぁ十分なんだけどさ。

 

『ぬぬぁに!? 導師だった!? やべぇ近づく――』

 

「おせえよ! 絶対俺は、デブに捕まってなんぞやらん!」

 

 棺から銃火器を取り出す。

 そう、この棺には銃火器とソコソコいい剣と愛用の無銘の剣を同じ型を十本ちょっと収納している。これさえ召喚に成功してしまえば、後は蜂の巣である。

 

『きたねぇ! それがエクソシストのやることかよっ!』

 

「きたねえもなにもねぇよ! 死ね」

 

『師匠が師匠なら弟子も弟子かっ! この外道――――――!!!』

 

 一瞬にしてアクマはその数を減らす。

 だが、俺はやめない!

 

「もう、言われなれちゃったのよな」

 

『ちきしょ――――――』

 

 

 

 

 

 

 

 その後、何時も通りイノセンスの力を使い姿を隠蔽して街を抜ける。

 何だか最近異常に襲われるんだけど何かしたかな俺。

 あれから、奴らマジしつこかった。無論、ジャスデビの話だが。撒いたのにロードの扉で現れるもんだから気が気じゃなかった。不意打ちとか当然のごとくやってきたし。ビビって剣振ったら手からすっぽぬけてジャスデロのアンテナぶっちぎったのは悪かったと思ってる。

 

「ホント、時間がかかるな。一応、神田達の方にも足止めは行ってるはずだからまだ遠くへは行ってないはずなんだけど……そろそろついてもおかしくないはずなのに」

 

 列車、馬車を乗り継いで急ぐ。

 当然、乗っている時はイノセンスで隠蔽をかけている。じゃないと民間人巻き込んじゃうし。御陰で休む暇がない。ま、完徹は慣れているから平気だけどな! ……胸張っていうことじゃないよな。

 

「お客さん、そろそろつきますよ」

 

 俺は馬車から外を覗く。

 辺りは暗いが、一部分だけほんのりと明るい土地が見える。あれがバルセロナか。……よく見ると、あちこちで爆発起こってる。ピカピカ光ってるのはそうだろう。あと、変な虫みたいなの飛んでるし。あれ、神田の技だ。

 

「ここまででいいです。お金はここに」

 

「毎度、最近なにかと物騒らしいからお客さんも気を付けてな」

 

 そう言って業者さんは帰っていった。うん、軽く感動した。最近人の温かさに触れてなかったからジーンときたよ。最近はさ、顔色悪い二人組か鉄っぽい何かの塊に追いかけ回されてばかりだったから。というか、ジャスデビは俺にかまってないで師匠んとこ行けよ。担当は師匠のはずだろ?

 ああ、恋しき日常。こんな胃薬常備の日常とか要らない。求むのは平穏かつ安寧が保たれている日常。

 

「その為にも、いっちょ頑張りますかー!」

 

 今日の目標はティキ・ミック。

 デイシャ・バリーが殺される前に辿り着き、選手交代して足止めをする事。こんなところで戦力を失わせやしない。俺の平穏の為に頑張ってもらわなあかへんのや!

 そんな決意をしながら、姿を隠蔽しつつデイシャ探しを始める俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ティエドール部隊。

 

『チッ、あの野郎まだ来ねぇのか』

 

 調子の悪い無線ゴーレムから、不機嫌な神田の声が聞こえてくる。

 神田の言うあの野郎、それは先日連絡があったラスロの事を指す。ティエドール隊の内二人は増援に喜んだのだが、神田のみ、鬱陶しそうにブチギレた。彼曰く、『狸に知り合いはいねぇ』

 それを聞いたマリ、デイシャの二人は一体何があったのかたいそう気になったそうな。

 そんな神田だが、珍しくラスロがくることを認めていた。理由は簡単で、どんな奴でもいいから戦力が欲しいからである。空には黒く丸い物体がフヨフヨと。それに混じって奇妙な形をしたものまで飛んでいる。レベル1とレベル2のアクマの群れだ。何でもかんでもぶった斬ってきた神田だが、流石に飽き飽きしたし疲れてもいたから意見をするりと変えたのだ。

 

「そろそろつくころじゃん? アイツ、ゴーレム持ってないから連絡つかねえけど」

 

『いや、着いたらしい』

 

 そんな通信に、聴覚が異常に鋭いマリが割り込む。

 マリは偶然ではあるが、聞き覚えのあるノイズを街の外から感じ取った。二つあるのち、一つ。イノセンスの感覚がしたから気づくことができた。

 

「じゃ、ちょっとは楽になるじゃん」

 

『しゃくだがな。俺はオッサン並にアイツが嫌いだ』

 

(ホント、何があったじゃん……)

 

『それより、お前達は今何処にいる? 私は目印になりうる例の塔から西に五キロだ』

 

『俺は――――――南だ』

 

「あー、俺は東に三キロ近くじゃん?」

 

 デイシャはゴーレム越しい距離を伝えるが、ザザというノイズ音に邪魔をされる。

 

『音が悪いなデイシャ。調子が良くないようだ』

 

「みたいじゃん。こりゃあ変え時じゃん?」

 

 コツコツと無線ゴーレムをこづくデイシャ。

 叩けば治る、何処の言葉だったか。確かラスロが言ってたなと思い出す。そう回数会った事はないのに、妙に印象に残る男だった。飄々とし、得体のしれない何かを抱えてそうな男、流石は例のクロス元帥の弟子だと当時は思ったものだと苦笑いを浮かべた。

 帰ってきては消え、帰ってきては消え、最近は四年という音信不通新記録をたたき出していた。……師匠同様に。自身の師であるティエドール元帥もまた、苦笑いしていた事を思い出し少し吹き出す。

 

『どうした、デイシャ』

 

「いや、何でもないじゃん。それより、この長くなりそうな夜どうするじゃん?」

 

 未だ雑音を排除できない無線ゴーレムに話しかけながら空に浮かぶ月を眺める。三日月を遮る黒いぽつ。アレ全てがアクマだと思うとやるせなくなってくる。

 

『取り敢えず集まろう。十キロ前後ならばゴーレム同士で場所を辿れる』

 

『場所はどうする?』

 

「マリのおっさんとこで。オイラと神田が向かう」

 

『了解した。……時間は?』

 

『夜明けまで、だ』

 

 神田がそう言うと、デイシャは立ち上がり駆け出す。それはきっと神田も同じだろう。マリであれば、その場を動かないように息を潜めるか、襲ってきた敵を破壊するかだ。

 

「さってと、行くじゃん!!」

 

 身軽に建物を蹴り飛ばし駆け抜けるデイシャ。

 そして数分もせずにアクマ共が群がってくる。それに対しデイシャがとる行動は一つ。

 

「『隣人の鐘(チャリテイ・ベル)』発動!」

 

 同時に、デイシャの帽子についていた鈴の様なものが落下し足元へと移動する。デイシャはそれを当然のごとく、前へと蹴り出した。目標は前方のアクマ。真っ直ぐに飛んでいったデイシャのイノセンスは、見事にアクマの額に穴を開ける。

 しかし――

 

『――そんなちっぽけな弾じゃ壊せねぇよぉ』

 

 アクマは聞いた様子もなくヘラヘラ笑う。赤ん坊のような形と顔をしていることからボール型から進化したレベル2であると分かる。デイシャはニヤニヤするアクマを逆に嘲笑し指を指す。

 

『あぁ? んだよぉ?』

 

「なぁに、ちっさいからって馬鹿にすんなって事じゃん。聞こえてくるじゃん、鐘の音」

 

 何を言ってるんだと再び笑いだそうとするアクマだが、いきなり頭部に亀裂が走った。

 

『な、なな!?』

 

 怯えるアクマ。

 デイシャはアクマを見据えながら言う。

 徐々に大きくなっていく鐘の音は、アクマの頭部から聞こえてくる。

 

「音波による内部破壊じゃん? もう一度言う、小さいからって馬鹿にすんな」

 

『が、ああああ!?』

 

「言葉を出せないか。じゃぁ、鐘になっちまえ」

 

 そして、アクマは鐘の苗床となり付近のアクマも纏めて吹き飛ばしてみせた。

 

「ちゃっちゃと行くじゃん!」

 

 自然と戻ってきたイノセンスをボールの様に蹴りながら再びデイシャは走り出した。その方向に、どれだけ危険な存在が潜んでいるかも知らないで。

 

 

 

 

 

 

 そしてその危険な存在であるノアの一族ティキ・ミックはカードを片手に歩いていた。

 中には囚人が入っており、ティキが消した人物名をモップで消していく役割を持っている。つまり、ティキが殺せば殺すほど、檻の中の文字は消えていく。そんな文字、名前の一つに視線を向ける。

 

「ラスロ・ディーユねぇ。しかも偽名ときた。そんでもって本名は某裏切りの騎士? だっけか?」

 

 学がないから今一分かんないんだよなぁと呟くティキ。学がなくともそれくらいは知っておけと突っ込んでくれる人は誰もいない。ティキは今、一人なのだから。

 白を人間のティキと言うのなら、黒はノアであるティキ。白であれば人を愛し娯楽を共に楽しむことだって出来るが、今のティキは黒。ノアとしてエクソシストを殺す、殺人鬼だ。

 

「にしても、千年公が敵視して、ロードが気に入って、更にジャスデビに借金関係で追いかけられるって……明らかに何か抱えてるだろ」

 

 ため息をつくティキ。

 しかし、裏腹に面白いと感じている自分もいた。

 ノアがこぞって、方向は違うが興味を持つ男。それも、エクソシスト。

 

「つっても、会うのはまだ先になるだろうな。……リスト多すぎだろ」

 

 そう言えば何が基準で選ばれているのか知らないなと、少し気になった。ラスロだけであれば、目を付けられてるからで済むが、他はどうなのだろうか、と。

 

「……ま、俺には関係ないか。やることやって帰るんだし」

 

 先ずはどこを目指そうかなぁ、とリストを眺めながら考える。

 探すのも面倒、というかロードの扉使えばもっと早くできるんだしそうすべきじゃ? とか学がないくせに頭が回った。きっと、ティキが早く帰りたいと思っているからだ。

 

(こっちの生活、長くなりそうだな)

 

 所謂白の時の居場所。

 暫くは帰れない、温かみのある場所。家族とは違った温かみであるとティキは認識している。

 

「ま、ドッチの俺もあるから、楽しんだけどさ――――」

 

 黒の時、エクソシストを殺したときの感覚。

 正確には殺せなかったが、抉った時の感覚が忘れられないティキ。白と黒、危うい均衡にいることに本人は気づいていない。

 

「壁抜きじゃん! 請求は教団に!」

 

 そして、ティキは会合する。

 いきなり目の前の壁をぶち抜いて現れた黒の敵であるエクソシスト。デイシャ・バリーと。

 

 

 そこに異様なスピードで向かう、ネズミが一匹いたりする。

 

 



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第十一話

 

 

 

 

 

 

 デイシャは焦る。

 今まで相手にしてきたアクマなぞ、本当にただの雑魚ではないかと思うほどに圧倒的力の差を見せつけてくるティキ・ミックを前にして。

 

「くっそ! なんなんじゃん!!」

 

 叫びながらヤケクソに『隣人ノ鐘』を蹴り出すものの、ティキはあっさりと回避し地面の中(・・・・)へと消える。デイシャは不味い、と直感に従ってその場から大きく飛び退いた。

 すると、その直後地面から腕が突き出されていた。

 地面からゆらりと現れるティキを見つつゴクリ、と緊張から唾を飲み込む。

 

(ホント、なんなんじゃん! コレがノア!? なんつー理不尽)

 

「へぇ、いい勘してるなぁエクソシスト」

 

 ヘラヘラ笑うティキには余裕がある。

 

(どうするじゃん……『隣人ノ鐘』は当たらないし。そもそも、壁抜けやら地面の潜るとか予想外すぎるじゃん……)

 

「どうした? あー、そうだ忘れてた。名前聞かせてくんね?」

 

「……聞いてどうするじゃん?」

 

「人探ししてんだよ。まぁ、違っても殺すけどな」

 

 それじゃあ、精一杯嫌がらせをしてやると口をつぐむデイシャ。

 

「言いたくないなら別にいいけどな。コイツもリストに載ってないって言うし、それにボタンを心臓ごと奪えばいい」

 

 ティキそう言いながら、傍らに浮いているカードを小突いた。

 回転するカード、その中に囚人のような人形が住み着いているのが見えた。

 

「余所見は禁物じゃん!」

 

 しかし、そんな事を気にするよりも現状の打破が最優先である。

 ティキの視線がカードに注がれている隙をついて『隣人ノ鐘』を蹴り出した。

 

「おっと、残念」

 

 その不意打ちすらも、ティキは壁の中へと侵入し簡単によけてしまう。

 障害物は意味をなさない、常にどんな場所でも最高のスペックを発揮できるティキに苦手なフィールドはないのだ。

 

「あんまオイラを、舐めんじゃないじゃん!!」

 

 そこでデイシャは考えた。

 壁や地面に侵入してよけるなら、壁や地面といった邪魔なもの丸ごと攻撃してしまえばいいと。デイシャの思惑通り壁に消えたティキを見て声を上げた。

 同時に『隣人ノ鐘』は近くの鉄柱にあたり跳ね返りティキが消えていった壁へと埋め込まれる。

 

「逝っちまえ!!」

 

 デイシャの声と同時にイノセンスは発動する。

 壁に埋まった『隣人ノ鐘』は壁の内部から音で全てを崩し始める。無論、中に潜んでいるティキ事全て、だ。少しすれば音はやみ、崩れきった壁を見てデイシャは、

 

「ちょ、ちょっとやりすぎたじゃん……請求、出すのが怖いじゃんよ」

 

 そう呟いた。

 そしてドッと押し寄せる疲労感。圧倒的な敵を前にしていたため知らず知らずの内に体が強ばっていたのだろう。安心したこの時、それが降りかかってきた。

 

 

 

 

 その緩みが、不味かった。

 

 

 

 

 

「いやぁ、驚いたね。まさか壁ごと崩してくるなんて、さ」

 

 まさか、と訊ねることは出来なかった。

 それよりも先に、白い手袋をした手がデイシャの胸から突き出ていたから。体が震える。死んだ? 殺された? と頭の中が真っ白になる。助かる方法よりも先に、生きているか否か。

 

「ああ、大丈夫死にはしない。……このままならな? ただ――」

 

 ズプリと体の中に消えていく手。

 ゾワリと背筋に怖気が走った。

 

「今、俺が何掴んでるか分かるか? そう、お前の心臓だ」

 

 ギュッと握り締められる手。

 同時に、なんとも言えない痛みと圧迫感に襲われ体が痙攣する。

 

「……が、あ。な、なんじゃん、コレ」

 

「これが心臓を掴まれた時の痛み。そうそう体験出来ることじゃないから、じっくり味わっとけよ?」

 

 ギリギリと締め付けられるデイシャの心臓。

 言葉を失い、徐々にやってくる死に怯え、震える。

 

「はは、いい顔するな。ま、このまま抜き取りはしない」

 

 ティキはそう言うとパッとデイシャの体から手を抜き出した。

 同時に逃げるよりもまず安堵、恐怖から息を大きく吐き深呼吸をする。

 ゼェゼェと息を荒くし、顔を真っ青にさせているデイシャを見てティキは、

 

「おいで、ティーズ」

 

 両の手に、大きな変わった蝶を出した。

 形は普通の蝶ではあるが、中心のあるのは王冠を被ったドクロ。明らかに普通の蝶ではない。

 

「普段はさ、コイツに食べさせるんだ。じゃないと手袋が汚れるからな」

 

 何を、とは問い返さない。

 デイシャは理解していた。このノアは自分を逃がすつもりはない。故に、あれは殺す為の道具なのだと。逃げようと足を動かすが、震えるあまり役に立たない。ならイノセンス、と『隣人ノ鐘』を探すが距離がある。少しは自分で戻ってくるイノセンスが、何故そんな遠くにあるのか。ティキに邪魔だと蹴られたか、はたまたイノセンス自身の意志で戻ってこなかったのか。

 

「さぁ、全部食っていいぞティーズ」

 

「く、そ……来るな、来るなっ!!」

 

 這うように、ティキの手から逃れようと足掻く。

 それを面白そうに、敢えてゆっくりと追い詰めていくティキの顔は大きく歪んでいた。あと一歩で、届く。

 そんな時、急に辺りを黒い霧が包み始めた。

 

「ん? 霧が出てきたのか?」

 

 ティキは歩くのをやめグルリを辺りを見回す。その間にもデイシャはイノセンスの元へと向かう。

 それを視界の端に入れていたティキだが、追うことはせずただ不気味な黒い霧に意識を向けていた。無視してはいけない、そんな気がしていたからと言うのと、何が起きるのか興味があったからである。

 そして、ソレは現れた。

 

「……ネズ、ミ?」

 

 灰色のネズミだった。

 大きさは十五cmあるかないか程度で、ごくごく普通のネズミだった。え、何これ期待してたのコレだったの? とパチクリと瞬きをして再度確認する。が、やはりネズミ。

 そのネズミはティキの足元をするりと抜けると――――――消えた。

 

「!?」

 

 消えた!? と驚くティキだが、それよりも比重は別の所に置かれている。

 そう、ネズミだけでなくデイシャ・バリーとそのイノセンスまで消えていた。視界に入れていたハズの獲物が、忽然と消えたのだ。原因が分からず戸惑う他ない。

 

「一体何処に……っ!?」

 

 更に突如放たれた殺気。

 その方向を見れば、飛んでくる一本の剣。なんの変哲もないその剣はティキの能力があればよける必要もない、その程度のものだった。が、これに当たってはいけないと、自身の中のノアが騒ぐ。

 故に、ティキはバックステップでその剣をよけた。

 しかし、それで終わりではない。

 

「んなっ!?」

 

 飛んでくる、何か丸いの。

 緑色をしていて、凄く爆発しそうなアレである。そう言えば、そんな小型の爆発物を使ってくるエクソシストがいるとか報告で聞いてたなぁと思いつつ全力でその場から逃げ出した。

 そしてどうでもいいことだが、その爆発物のど真ん中にはノアのトップが描かれている。ポッチャリとしていて爆発物と体型が一致しそうな、千年伯爵である。不謹慎ながら似合ってるなぁと思ったのはココだけの話、とティキは記憶の隅に仕舞い込んだ。

 

「せ、千年公――――――!!」

 

 そして爆ぜる。

 それはもう見事に爆ぜた。

 跡形もなく、千年伯爵の描かれた爆発物――手榴弾は破壊をまき散らして消失した。

 

「っぶねぇー。誰だよ、一体。つうかアレもイノセンスなのか?」

 

 その問いに答える代わりーとばかりに次のブツが飛んでくる。

 

「今度はって、ナイフ!? 四方八方!?」

 

 今度は銀の輝きを放つナイフに囲まれていた。

 そしてまた、デザインは千年伯爵である。

 

「っ、これもイノセンスか! てか鬼畜だなぁオイ!」

 

 余すとこなく、全方位から放たれているナイフを見てティキはつい声を上げる。しかもデザインに千年公とか、ナイフ壊して罪悪感かんじるじゃねえか! と内心怒鳴る。

 無論、襲撃者はそれも込みでやっている。

 

「ああ、クソ、悪い千年公!」

 

 ティキは描かれた千年伯爵に向けて謝罪しながら、そのナイフを全て蹴散らした。同時に破損し、折れ、曲がり、塵へと還っていく千年公デザインのナイフ。命狙われたから壊したのに、なんだかやるせなかった。

 そんなティキに安息はない。

 

「って――また丸いの来た!?」

 

 何処からか転がってくるソレ。

 しかし、千年公のデザインはない。それだけでその丸いのが怪しく見えてくるティキ。

 もう襲撃者の手の内だった。

 

「こ、今度はなんだ? また爆発するのか?」

 

 少しづつ後退しながら、その丸いヤツを観察する。

 そう、ティキの視線はその丸いのに釘付けだった。

 そしてその丸いのもまた、その効果を発揮する。

 

「煙? まさか――!」

 

 今度の丸いのはスモークグレネードだった。

 それもイノセンスでも何でもない、普通のものである。

 

「しまっ!」

 

「遅い!」

 

 背後から聞こえてきた男の声。

 聞いてから反応するには既に遅く、あまりに近くから聞こえてくる。そして煙の間から見えた銀色の光り。

 ――剣。そう認識すると、ティキは本能のままに逃げの体勢を作り出した。

 すなわち、降り下ろされる剣に合わせて地面へと潜る。

 振り向くことなく、ただ勘に従って全力で地面の中へと消えるティキ。しかしサクッという音が聞こえてきた。何事、と地面の中で頭を摩ると帽子の天辺がまっぷたつに裂けていた。少しでも遅れれば頭もこうかと想像するとゾッとしたティキだった。

 

(エクソシストの攻撃じゃないよなアレ。こんな評価を受けるエクソシストは一人しか知らないぞ)

 

 その名も、ラスロ・ディーユ。

 ティキが殺すべきターゲットの一人である。正確には、その後オーダーがあったのでもうちょっと惨いめにあわせることになるのだが……なんだかもう、戸惑うことなく全力で実行できそうな心境であった。

 

 

 

 

 

 

「あー逃がした。まぁ、これで殺せるとか思ってないし」

 

 呟きながら、全力で位置を特定させまいと建物の上を跳びまくっていたため乱れた息を整える。そんでもって適当に自身とイノセンスのシンクロ率を上げてイノセンス化した剣を地面に突き立てていく。ほら、ティキ地面に消えたから確認せず浮上してきたらザクッ! とか期待してたり。どうせすぐ元の剣に戻るし折れるだろうが、それまでには出てくるだろうから楽して勝てますようにと祈って――――――訂正、祈りません。絶対嫌がらせとばかりに反対の事してきそうだ、神様とか。

 そんな事を考えながら、デイシャは無事に神田たちと合流できただろうかと心配になる。一応、ティキにバレないように回収して神田たちのところへと逃がしたがアクマに襲われていないとは限らない。相当疲弊していたから、下手すると殺されかねないのでそれだけが心残りだ。ただ、彼の言葉は俺の心を温めてくれた。

 

『助かったじゃん、ありがとう』

 

 ただそれだけだが、助けられたのだという実感が湧いた。まぁ今になって不安なんだけどな。しかしまぁ、頑張るかいがあると言うものだ。このまま二日程頑張ればいい。

 

「カモン、ティキ・ミック。ちょっと完徹でつきあって貰うぜ?」

 

 手持ちの武器を確認しつつ、スルリと現れたティキに向かってそう宣言をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「! 神田、デイシャが来た」

 

 マリがそう言って間もなく、デイシャが死にそうな顔で走ってきた。

 

「大丈夫か、デイシャ。何があった」

 

 デイシャは神田とマリの二人を見つけると、助かったとばかりに膝から崩れ落ちる。流石に、基本何事にも無関心であり仏頂面である神田も少し動揺する。

 二人して駆け寄り、体を支えながらもう一度問うた。

 

「大丈夫なのか、デイシャ! 何があった!」

 

「ノ、ノア……が!」

 

「マリ、動揺してて使い物にならねぇ。……アクマも寄ってきやがった。一度こっから離れるぞ」

 

 神田の言葉にマリは頷き、デイシャをおぶり走り出そうとする。

 イノセンスはピョンと跳ねてデイシャの帽子の上へと戻っている。

 

「ま、待つじゃん! ノアが、ノアがいるじゃん!」

 

「ならばいっそのこと、元帥と合流するべきだ。神田、スマンが前衛を頼む」

 

「だから、待つじゃん! ダメじゃん! アイツが殺されるじゃん!!」

 

 二人は疑問をいだく。

 デイシャの言うアイツとは、誰だ。そして殺されるとは一体?

 と、ここで神田は思い出した、気に食わない奴がココへ向かっていたはずだと。

 

「オイ、アイツってラスロの野郎か?」

 

「そ、そうじゃん! オイラを逃がして、一人残って!!」

 

 つまり、デイシャを逃がすために一人残ったと言うことかと理解した二人は、互いにアイコンタクトを取り方針を決める。

 

「…………神田」

 

「チッ、仕方ねぇ。デイシャ、場所は分かるな?」 

 

「あ、ああ、アッチじゃん!」

 

 デイシャが指さすのは当然、デイシャが走ってきた方向である。

 しかし、マリの表情は浮かない。そのことに、背負われているデイシャは気づかないが神田は気づいた。

 

(……マリ、音が聞こえないのか?)

 

(……ああ。アッチからはアクマの機械音しか聞こえない。街の端に行ったか外に行ったか……もしくは……)

 

 心無しか、マリの走るスピードが上がる。

 最悪の状況を思い浮かべ少しばかり焦りが見える。

 

「そこ、そこを左じゃん! そうすれば直ぐそこに!」

 

「先に行く」

 

 ダンッと地を強く蹴り、マリの前へと出て駆け出してく神田。

 すぐに角を曲がった神田の後ろ姿は消える。マリもまた、その背中を追って走るスピードを上げ角を曲がった。

 

「神田、ラスロは――――――」

 

 そしてマリは言葉を失った。

 曲がった先には先行した神田以外誰もいなかった。

 ラスロも、ノアも、また、どちらの死体も。

 ただあったのは、地面に突き刺さり折れてしまっている大量の剣と――

 

「あの剣、アイツが使っていた無銘の……」

 

 ――道のど真ん中に、まるで墓標の様に突き刺さった、ラスロ愛用の剣。

 それらだけが残っていたのだった。

 

 



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第十二話

 

 

 

 

 黒の教団本部、そこの広間には幾つかの棺桶が並べられていた。

 特殊な装飾を施された棺が一つ、そして十字架が刻まれた棺桶は十幾つと綺麗に並べられそれに寄り添うファインダーが涙を流し声を押し殺して泣いていた。

 仕事中、報告を受けて現状の確認に来たコムイは目を見開く。

 その隣ではリーバー班長が目を伏せながら、状況の説明を始める。

 

「今回の戦闘で、クラウド隊、ソル・ガレンが死亡。またファインダーも多数死亡しており、計三十九名の死亡を確認しました」

 

 たった数日。

 その間に神の使徒が一人やられ、ファインダーもまた多く死んでしまった。あの伝説の一族ノアに目を付けられていてもなお、それだけで済んだのだから幸運とも言えるのだが、そう割り切れないのが人である。

 様子を見に来た他の団員も、並ぶ棺桶を見て驚きの声を上げる。同時に、そのことに絶望し伯爵に殺されると怯え出すものまで現れた。その恐怖は自然と広がり、皆の顔を曇らせていく。

 そんな中、コムイはゆっくりと帽子をとって散った仲間に対して頭を下げた。

 

「おかえり。……頑張ってくれて、ありがとう」

 

 それしか言えない、そのことが歯痒くてしょうがない。

 そんな思いを胸中に抱きながら、コムイはその場を後にした。

 

 

 

 

 

「室長、ちょっといいですか?」

 

 あの場を後にしたコムイは、室長室へと帰ろうとしていたのだがリーバーによって止められる。リーバーは止まったコムイの隣に並ぶと、資料を出しながら歩きだした。

 

「それで、どうかしたのリーバー君」

 

「ええ、少し。実はティエドール隊から連絡がありまして……ノアと、遭遇したと」

 

「!」

 

 コムイは口を挟むことをせず、先を促すようにリーバーの話を聞く。

 

「デイシャ・バリーの報告によれば、身なりがよく、肌も黒い。また、額に十字があったそうです。これは、アレン達がいうロードと言うノアと同じです。また、特殊な力を使ってきたとも報告が」

 

「特殊な、かい?」

 

「はい。どうやら、物質を透過する能力のようです。壁、地面に消えたり、体に手を突っ込んで心臓を取られそうになったとか……」

 

 物騒な言葉にコムイは顔をしかめる。

 

「それで、デイシャは無事なんだね?」

 

「一時期追い詰められたそうですが、今は本来の任務に戻っています。ただ――」

 

「ただ?」

 

 リーバーは、一瞬躊躇うが、黙っているべきことじゃないとして事実を伝える。

 

「――デイシャ・バリーを救助した、ラスロが……行方不明になりました」

 

「――――――――」

 

 コムイは頭を回転させる。

 今までの情報から、デイシャはノアと出会い戦闘に。だが、勝てず。心臓を抜かれるやらで殺されかけたところに、ティエドール隊と合流したラスロがその場を受け持った。……そして現在、行方不明。

 

「デイシャを確保した後、神田、マリの両名がデイシャと共に現場へ向かったらしいのですが残されていたのは剣の残骸と折れず残っていたラスロの愛剣だそうです」

 

「マリの、聴力でも確認できなかったんだね?」

 

「…………はい」

 

「分かった。他の隊への連絡事項から――――――」

 

 どうするべきか。

 エクソシストが計二名やられたかもしれない。それを他の隊に連絡するか否か。

 動揺を招かないか? と、考えたところで問題のないことに気づいた。

 

「―――普通に連絡しておいて」

 

「いいんですか?」

 

「うん。だって、ラスロくんだからね。行方不明って言われて死んだって思う人もいるだろうけど、すぐに思い出すさ」

 

 ――そう、いつだって行方不明になっても帰ってきた、と。

 リーバーもまた、そのことを思い出し苦笑いを浮かべた。

 

「きっと、無事だよ」

 

 それでもやはり、ノアと言う存在が絡んでくる以上、不安は消えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やるなぁ鬼畜くん。もっと楽しもうぜ?」

 

「断る! なんでお前らノアは戦闘大好きっ子が多いんだよ!」

 

 既に夜は明け、太陽が登って朝である。

 あの後、ちょっとの間バルセロナで戦闘していたのだが辺りには民間人の家ばかりと言うことに気づき全力でその場から後退し町外れの疎外地まで移動したのだ。

 

「乱射、いっくぞー?」

 

「げっ! またか!」

 

 俺は数少ないスコーピオンを片手に構え、気にせず乱射する。

 ティキはそれを慌てて回避するが、もう一方に持つ剣で切りかかる。

 

「っぶね! 一体幾つ持ち歩いてんの、それ?」

 

「棺桶一杯ですがなにか?」

 

 ひくっと頬を引き攣らせるティキなぞ無視する。

 こっちはできる限り、大体あと一日こっちに縛り付けないとならんのだよ。そうすれば、他のエクソシストは元帥の元へとたどり着くだろう。たどり着いてしまえばコッチの勝ち。何せ、元帥であればノアすら圧倒できるのだから。

 

「にしても、よく飽きないな。場所変えたときついてこないと思ってたんだけど」

 

 そう言うと、ティキは笑う。

 

「そうなんだけどさ、鬼畜くん。実は俺、今要人の抹殺とやらをやってんだよ」

 

 知ってます。

 師匠の名前もあったよね、頑張ってください。せめて、借金作る暇がなくなるくらい頻繁に襲ってあげてください。そうすると皆幸せ。……しかし、何だろうねこの感じ。嫌な、喜ばしくない事実が分かってしまうような……え、聞く前に帰ってもいい?

 

「帰っても?」

 

「俺だって帰りたいさ。でも、面倒な事に書いてあるんだよ」

 

 指さすのは、隣にフヨフヨ浮いているカード。

 あれ、確かリストだよな。要人関係者抹殺リスト。……で、なんで指さすの?

 認めたくない現実から目をそらしたい。

 胃が、締め付けられてる。

 

「ラスロ・ディーユ。それって鬼畜くんだろ? しっかり書かれてる。……他の名前より濃く、大きく」

 

「あんのデブ公! 粘着質な奴だな! 嫌がらせの天才かっ!!」

 

「その、嫌がらせの天才はそのまま返す。不意打ち上等銃火器上等のエクソシストとかそれ以外のなんでもないだろ……」

 

 会話をしながらも、互いにぶつかり合い、弾き合う。

 俺は剣、ティキは変なエネルギーの塊の様なものを手にまとってぶつけてくる。

 

「取り敢えず、鬼畜くんには眠ってもらわないとな。ロードがお熱だから四肢もぎ取って連れて帰る事になってるんだ」

 

「テメェの方がよっぽど鬼畜!」

 

 ぞわりと走る怖気を振り払い、何時になく全力で剣を振り下ろす。

 

「文句はロードに言えよ。殺さず連れてこいって言うから、千年公が条件つきで許可したんだから。意外と千年公も快諾したんだけど、ホント何したの?」

 

「結局決定したのはあのデブかっ! 人類の敵ィ!」

 

 より一層力が入る。

 今なら師匠にですら襲いかかれそうである。……勝てる勝てない別でな。いや、うん、幾ら想像しても酒瓶で殴られる俺しか想像できない。

 

「な、何で涙がホロリと出てんだよ?」

 

「文句は師匠に言ってくれ! ああ、ホント神様は俺の事が嫌いらしい!」

 

「エクソシストの発言か!? 咎落ちしないのにお兄さんビックリなんだけど」

 

 しりませーん。

 戦え戦え逃げるな逃げるなうるさい声なんて聞こえませーん。以前、うるさいと伯爵につきだすよとか言ってません。本当に。まぁ、そんな事実際にすると俺死ぬんだけどね?

 シンクロ率低いのってそれが原因かな。

 俺、普通に敵前逃亡とかやって退けるし。

 なにより、この世界に馴染みきるつもりないし。

 きっと、このイノセンスが特典モドキだから咎落ちしないで済んだんだよと俺は納得している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからまた数刻。

 

「いい加減、もがれてくれない?」

 

「アホ、か。誰がもがれにいくか。それより、いい加減縛られてくんね?」

 

 手足をもごうとする黒い男。

 対するは鎖をジャラジャラさせて縛ろうとする男。

 見る人見れば変態が二人いるようにしか見えない。

 

「ほら見ろ、小さい子供に後ろ指さされて、その母親に見ちゃいけませんなんて蔑んだ目で見られてる」

 

「いや、何処にもいないだろそんなの」

 

「想像してごらん?」

 

「妄想か鬼畜くんって――想像させるつもりないだろ、その銃しまって言えよ!」

 

 無理か。

 ちょっと妄想に浸ってるところを数発撃とうと思ってたんだけど。その為に、案外この状況下で想像しやすそうな例を出したんだけどちょっとだけ、銃を取り出すのが早かったか。失敗失敗。

 

「あー、何か千年公が狸っていう理由が分かった気がする」

 

「やめぇその不名誉な渾名。お前らノアと廃棄物は狸=ナマモノ=俺という式が成り立つとかおかしいんだよ」

 

「自覚がない時点で色々終わってるよ、鬼畜くん。まぁ俺も大差ないけど」

 

 振り下ろす剣、振り払われる剣。

 突き出されるティキの手刀、叩き落とすティキの手刀。

 状態は拮抗しているのだが、そろそろバランスが崩れるだろう。

 ――ティキ側へと。

 何せ武器が減っている。

 正直ソロソロ決めないと、俺が肉だるまになってロードに遊ばれるの図が完成しかねない。

 

「どうした鬼畜くん、思い切りが悪くなったな!」

 

「っ! 気にすんな!」

 

 そう言いつつも、やはり手数が足りなくなってくる。

 するとティキ、遂にイノセンス破壊の力を使用し始めた。御陰で擬似イノセンス化している武器は先程より長持ちしなくなる。もう限界なのかもしれない。

 時刻は夕暮れ。正直腹も減ったし体が限界を訴えてくる。

 一度疲れを認識してしまうと、無視できなくなる。

 

「どこ見てる?」

 

「ぐっ!?」

 

 ティキの、イノセンス破壊の力が俺の眼前に迫っていた。

 仕方なく、犠牲にする片手剣。

 

「それで、完全にふせげると思うなよ?」

 

 ティキの拳と剣が接触した瞬間、ティキの力が増し呆気なく俺ごと吹き飛ばす。

 流石に意識が飛びかけ、何処かの建物の中へと突っ込む。

 

「ぐ、あ……流石に、シャレにならん……」

 

 瓦礫を押しどけながら立ち上がるが、足が震える。

 パン、と空いてしまった両手で頬を叩き喝を入れてごまかす。それにしても、武器がない。もう一度棺桶を召喚している暇はないだろうし、かと言って手持ちの武器は補充したナイフ数本に懐に忍ばせてあるリボルバー一丁のみ。不意をつきたいが、体の動きが鈍く上手くいく気がしない。 

 前を見れば、ゆっくりとティキが歩いてくる。

 その顔は、ノアの本性が前に出て歪んでいた。

 

「こりゃあ、撤退か……でも、切り替える隙もないしなー」

 

 さっき、意識が飛びかけなければ切り替えて瓦礫に紛れて逃げれたんだけどな。

 いやはや、そう上手くいかないものだ。

 

「さて、動けないとこ悪いが腕からいこうか。その次は、足だ」

 

 不味い、実に不味い。

 こうなれば、『無毀なる湖光(アロンダイト)』を振り抜いてしまおうか。いや、それでもし切ってしまった場合の覚醒が怖い。たしか、アレンがティキを退魔の剣で切ったとき無意識に抑えられていたノアが出てきたはず。しかも圧倒的な力を携えて。

 俺の剣はアレンの剣みたいな効果はないが、万が一が怖い。命の危機に、ノアが目覚めた! とかどこの主人公ですか。と、こうなるとホント怖いので、別の武器を使って撃退するか隙を作りたい。

 

「にしても、ここどこだ? スッゴイ噎せ返るようなアルコー……ル?」

 

 よく見れば、何処かの酒屋らしい。

 一応街の外側にいたはずなのに、どれだけ吹っ飛ばしてくれやがったのだろうか彼。確かに高いとことから吹き飛ばされたからこれくらいの飛距離はあってもおかしくないけどさ?

 

「って、それよりも、どうするか考えないと……」

 

 そんな時、偶然足元にあるワインが目に入る。

 

「……アルコールって、燃えるよね?」

 

「!?」

 

 ティキはゆっくりとした歩調を止め、走り出す。

 きっと彼はこう思ったのだろう。肉だるまにされるくらいなら、自害を選ぶと。あまい、甘すぎるぜティキ・ミックゥ! そうなる前に逃げるのが俺である。何があろうと肉だるまとか体を損なう様な事態には陥らない! 

 これ、その考えが甘いとか言わない。やれば、できる。

 

「落ち着けラスロ・ディーユ!」

 

「そう、俺はラスロ・ディーユ。断じて鬼畜くんじゃないから覚えとけよ?」

 

「チッ! 死なれたらロードに文句言われるんだ、勘弁してくれ!」

 

 そう言いながら俺を捕まえようと接近してきた、今が、チャンス。

 俺はワインを掴んで、振り下ろす、当然対象はティキである。しかし、彼はよけようとはしない。それはそうだ、イノセンス以外は自由に透過できるのが彼の能力なのだから。それに彼、俺がイノセンス化できるのは基本武器だけだっていい加減理解しちゃってただろうしこんな酒瓶(・・)に意識を割く訳がないのだ。

 

「喰らえ、ティキ!」

 

 だが、少し間違っているぞティキ。

 俺がイノセンス化できるのは、俺自身が武器だと認識出来たもの!

 

「この酒瓶(イノセンス)は、師匠との思い出(トラウマ)で、出来ているッ!」

 

「――――――は」

 

 そしてティキは気づいたらしい。

 なんの変哲もない酒瓶が、ちょっと神気を帯びていることに。目が合う。

 

 ――なんで酒瓶? 

 

 ――酒瓶はね、兵器です。

 

「んな訳へぶぉっ!?」

 

 脳天叩き割り、はいりました。

 砕ける酒瓶に、飛び散る赤い液体。……ワインなのかティキの血なのか良く分からないです。きっと混ざってる。そして崩れ落ちるティキ。うん、随分綺麗に入ったもの。当然だ。これも師匠の御陰です。感謝はしないけど。

 

「俺の、勝ちだ……なのに、なんだろうこれ。全然、達成感がないや」

 

 片手にあるのは、ワイン滴る割れた酒瓶。

 これ、唯の酔っぱらいの喧嘩後にしか見えないじゃん。

 

「……命懸けの死闘を、ここまで台無しに出来るんだなぁ酒瓶って。マジ尊敬できるとか有り得ない」

 

 破壊痕以外、誰がどう見ても間抜けな構図。

 酒瓶もって佇む男に、ピクピク痙攣する身なりのいい男。

 一体何があったと突っ込みがくること間違いなし。

 

「……離れよ。んでもって師匠のこと考えんのやめよ。人救ったはずなのにすげぇ虚しい」

 

 デイシャを救った達成感は、もうどこにもなく虚空へと溶けて消えた。

 師匠の存在とその思い出があれば、どんなシリアスでさえぶっ壊せるような気がする。

 

「ホント――――――」

 

 

 

 

 ――――――有り得ない。

 

 

 



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第十三話

感想へと返信、遅れて申し訳ないです。
ここからはちょっとアレン達の話。
無論、ちょくちょくラスロも出てきます。


 

 

 

 

 

 ラスロが数人の死亡フラグを一掃し終えたその頃、アレン達クロス部隊は中国に足を踏み入れていた。ティムキャンピーの探知能力で方角を探り歩いていた結果である。

 

「雨、やみませんね」

 

 船の中から顔をのぞかせたアレンがそう言い、再び顔を船の中――正確には、船を覆っている雨よけの中へと戻っていく。中ではクロウリーとラビが眠り、ブックマンは瞑想を。リナリーは一人静かに座っていた。

 

「そうね、じめじめする」

 

 戻ってきたアレンを見て、苦笑しながらリナリーが言った。

 見ればその傍らには部隊に所属している名簿があった。それを見てアレンは思い出す。

 

(ラスロ……僕を師匠へ差し出すとは。……一度よく話し合わないといけませんね)

 

 ニコニコとした表情の裏側では、黒と額に描かれたアレン。

 リナリーはそんなアレンの笑顔の裏にあるものを理解して、くすくすと笑った。

 

「でも、不思議だよね。ラスロがティエドール元帥、というか神田と同じ部隊を選ぶなんて」

 

「あー、そう、ですね。あの神田と同じ部隊を選んだのはちょっと意外でした。……もしかして、知り合いがそれしかいないんじゃ」

 

「そ、それはないはず。確か、クラウド隊の女の子はラスロの知り合いみたいだったよ?」

 

「女の子? えーと、ミラ・イロウズさんですか?」

 

 リナリーはコクリと頷きながら、少し前の事を思い返した。

 

 

 

 

 

 

 教団内を歩いていたとき、ジッとラスロを見つめている女の子がいたので少し気になり声をかけてみたのだ。するとその少女はミラ・イロウズと名乗り、「ちょうどいいからアレの事教えてください。油断してる時に頭の上に鉢でも転移させてやろうかと思ってるんです」と満面の笑みで言っていたのが印象的だった。

 

「えっと、ラスロの知り合いなの?」

 

「ええ、そうですね知り合いです。私、アレのせいでここに来たようなものですから。アッチが知らなかろうが関係なく知り合いなんですよ」

 

 ニコニコと笑っている彼女だったが、リナリーには不自然にしか見えなかった。

 あまりに、綺麗すぎる笑みだったから。

 

「それで、どうしてラスロの事を?」

 

「ああ、そうですねそこからですね。えー、さっき言ったとおり、頭の上に鉢落としてやりたいんですよね。中にはしっかりと土を詰めておきましょう」

 

 もう笑顔と言ってることのギャップが酷すぎた。

 リナリーは笑うしかない。

 同時に、ラスロに対して問いた事が。

 

(一体、この娘に何したのラスロ……)

 

 例にもよって、彼はクロス・マリアンの弟子である。

 ちょっと師匠に毒されてよからぬ事を覚えていてもおかしくないとリナリーは思った。実際のところ、ラスロはそういったよからぬことに苦労させられ続けたため二の舞にはなるまいと女性関係には気をつけていたりするのだが、当然リナリーが知るはずもない。

 

「つまり、ラスロの行動範囲を調べたいってことなの?」

 

「概ね、それで間違いないです。リナリー・リー、貴女は聡明だ」

 

 えっと、どうしようと悩む。

 はっきり言って行動範囲なんて知りもしない。というか、知ってたら知ってたで軽いストーカーと間違えられる恐れがある。一部、例外はいるものの弟子と師匠という関係上仕方ないことだ。……その師匠の行動範囲とやらが、酒場と女のところであっても。 

 

「えっと……ごめんね。私も知らないや」

 

「そうですか。……ご協力感謝します。お時間を取らせて申し訳ありません。では」

 

 そう言って彼女は頭を下げて、ラスロの歩いていく方向へと移動――というかラスロの後をつけてた。待って欲しい、と声を出そうとしたのだがラスロに気づかれれば最悪自身もその仲間と認識される為、押し殺す。

 

 ――おやリナリー・リー。どうかしたのですか?

 

 ――う、うんちょっとね。……ラスロの後、つけてるの?

 

 ――ええ、まぁ。もう三回目なのですが、何時も途中で見失うんですよ。今回は、負けません。

 

 勝ち負けの問題ではないと伝えたい。

 というか、ストーキングなんて犯罪じみたことをしている時点で負けである。

 

 ――取り敢えず、私は行きます。

 

 ――ま、待って! 本当に続ける気なの?

 

 ――無論です。アレの気が一番緩むその時を探し出すのです。

 

 次の瞬間、リナリーの心が揺れ動いた。

 首を傾げ、不思議そうな顔をしたリナリーは心の中でもう一度ミラの言葉を反復した。

 

(一番緩むその時、を)

 

 気になった。

 反復して気づいたのだが、凄い気になった。心の天秤が大きく傾き始める。向こう側に乗った、秘密と描かれた石を抱えるミニラスロがアワアワしているが、止まらない。

 

 ――確認できた中では、食事時が上位ランクに入ります。食すのは主に和食でしたね。

 

 ミラは迷っているリナリーの心を見抜き、コッチにおいでと手招きをし始めた。その手始めに、軽く情報を流して興味を惹かせることを始める。

 

 ――この間は、神田ユウの前で殺気を当てられつつも笑顔で食べていました。

 

 ガコンと一段階下がり、上がるミニラスロ。

 

 ――ですが、今のところの一位――それは読書をしていた時です。

 

 ――読書? 

 

 つい、リナリーは聞き返す。

 そして笑うミラ。

 

 ――ええ、確か資料室で植物の図鑑の様なものを読んでいました。残念な事に、私ではその字は読めませんでしたが。

 

 ――それは何語なの?

 

 ――わかりません。他の人に尋ねる前にアレが移動してしまったの後をおうので精一杯でして。

 

 更に傾く天秤。

 皿の上のミニラスロはもう諦めの境地に達していた。実に本人に似ている。

 

 ――そうそう、レアな事に凄い嬉しそうでした。純粋に。

 

 そしてミニラスロは吹っ飛んだ。

 いきなり反対側の更に倍以上のおもし(興味)が乗っかり、吹っ飛んだ。それが意味すること、すなわちリナリー参戦である。此処に、まさかの、ストーキング作戦が始まった。

 この時、知り合いなら堂々と隣を歩けばいいのではと、常識的な考えは消えていた。

 

 色々おかしくて、有り得ない。

 

 

 

 

 

「どうしたんですか、リナリー」

 

「え、あーうん、ごめん少し訂正。ちょっと、一方的だったかな?」

 

 その後色々あったが、何がショックだったかと聞かれれば常識を見失っていた事とリナリーは答えるだろう。バレはしなかったのだが、残ったのは虚しさと罪悪感と情けなさ。

 思い返すのはやめようと心の内に仕舞い込み話を戻す。

 

「取り敢えず、ラスロがティエドール部隊を選んだのは理由があったんだよ」

 

「理由、ですか。……思い当たることがあるとすればロードの件ですね。ただ、聞いちゃうと色々不味いですし」

 

「た、大変だねアレンくんも」

 

「それはもう。師匠との旅はいい思い出がありません。でも――――――」

 

「でも?」

 

 するとアレンはニコリと笑って、

 

「――――――数少ない良い思い出は、一段と輝いてるんです」

 

 それは、額に描かれた黒を払拭するほどに純粋なアレンの本音であった。

 そしてリナリーは、少し複雑な思いを抱く。自分はあまり、ラスロを知らない。無論、目の前の白髪の少年のことだってよく分かっていない。ただ、それ以上に、ほんの欠片しか分かっていないラスロと、その師の思い出を聞いてみたいと思った。

 無論、そう尋ねることはできないと理解していながらも。

 

 

 

 

 

 

 それからまた、少し時が経つ。

 船を降り、雨が止んだ曇天を眺め未だ見つからない自分の師の事を考えため息をつく。

 

「クロス元帥、見つからないね」

 

「ええ、ホント見つかりませんね。……ラビ、伸で上から怪しい赤毛探してもらえませんか?」

 

「……俺が言うのもなんだけど、イノセンスの使い方間違ってるさ」

 

 ラビが苦笑いをする。

 ですよねーとアレンも笑い、再度ため息をつく。

 

(リナリー、どうしたさコレ?)

 

(それが、船の中で過去を振り返ってたらしくて……それで元帥の事を思い出しちゃったみたい)

 

(あぁー、納得さ)

 

 ラビが不憫そうな視線をアレンに向ける。が、アレンはそんなの気にせず落ち込んだままっだった。そんな時、アレンのアクマを探知することもできる左目が反応する。

 

「ラビ」

 

 ジャコン、と銃の構えられる音。向けられた左腕は、しっかりとラビを捉えていた。

 

「へっ!?」

 

「しゃがんでください」

 

 そしてアレンは何のためらいもなく撃った。

 ぎょっとするラビは、持ち前の観察眼と反射能力によってギリギリよける。髪がジュッとと音を立てたのは気にしない。というか、気にしている場合ではなかった。

 ふざけんなっ! と怒鳴ろうとしたラビを他所に、アレンは次々に隠れているアクマを撃ち抜き破壊していく。以前、クロウリー城での戦いで怪我をした左目は完全に治っている上進化している。その為、以前とは比べ物にならないくらいに索敵範囲も広がった。その結果、クロウリーという新しい仲間を得てもなおアレンの戦闘量は減るどころか増えていた。

 何せ、アレンは他の仲間より早く確実にアクマを見つけられるし遠距離でも近距離でも対応できるのだから。

 そう考えると、ラビもまたそうそう文句が言えなくなり何時も通り流すことにした。

 

「……もういないみたいです」

 

「それじゃあ移動しましょ。他のアクマがよってこないとは限らないし」

 

「それで、ドッチに向かうのであるか?」

 

「ちょっと待ってください。今ティムで方向の確……認、を」

 

 が、いない。

 金色のゴーレムがいない。

 全員首を傾げ、キョロキョロと周りを見渡すのだがあの目立つゴーレムが見つからなかった。

 

「ま、まさか拐われたさ?」

 

「確かに金色で空を飛ぶというのであれば、売り物にされてもおかしくはないのである」

 

「不味いのぅ。ティムがいなければ、元帥の居場所が分からん」

 

 アレンは震えた。クロス・マリアンの捜索が打ち切られる事からくる歓喜ではない。はっきり言って逆であり、師から預かっていた師のゴーレムを無くしましたと本人に伝えたときのことを想像してしまったからに他ならない。以前、食人花の世話をさせられた時も枯らせたらお前の頭も枯らすからな、と脅された事もあるアレン。どんな目にあうか脳裏にはっきりと浮かんでくる。

 

「……探しましょう、全力で」

 

(きっと、無くした際のペナルティーが怖いんさ)

 

(アレンくん……)

 

(エリ、アーデ……)

 

 そうしてティムキャンピー捜索が開始されるのだが、その日金のゴーレムが見つかることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 そしてその翌日。

 明らかに顔色の悪いアレンを心配しつつ捜索を再開する。色々な店を除き、売り物にされていないかを確認して回ったり聞き込みをしたり懸命にティムキャンピーを探した。

 しかし、

 

「見つからないであるな」

 

「ええ、ホント、どうしましょうか……」

 

 皆で合流してでの情報共有。

 しかし誰も有力な情報を掴んではいなかった。

 

「でも、あれだけ目立つんだから少しくらいは目撃情報はあってもいいと思うけど……」

 

「どうする? 案外猫にでも食われてたりして」

 

 と、場を和ませようとラビが冗談をかましたその時。ガサガサと、近くの茂みから一匹の猫が現れる。その口からは、バタバタ暴れる金の羽が見えていた。

 

「そうそう、こんな感じでティムが抵抗して羽だけ見える――って、……コレさ!?」

 

「捕まえてくださいラビ!!」

 

 アレンの力強い声に、反射的に体を動かし捕まえようとするラビ。しかし、やはり相手は猫であった。

 

「ぬぁっ! コイツ、見かけによらず早いさ!」

 

 ポッチャリとしていた猫だったが、思いのほか動きが早かった。シュバッをラビの足元を抜けて颯爽と駆けていくデブ猫。変な体勢で動きが止まったラビを置いて、他のメンバーも後を追いかけるのだが人混みに紛れて消えてしまった。

 

「そ、そんな……」

 

「だ、大丈夫だよアレンくん! まだティムも抵抗してるから食べられないよ。……こうなったら、私が行く。皆はさっきのところで待ってて!」

 

 リナリーは軽く跳躍し、建物の上から目標を探し出す。

 

「見つけた。でも、人が多いしもうちょっと待たないと……」

 

 人混みを縫うように走っていく猫を見失わないように、リナリーもまた走り出す。

 その光景を、リナリーの後ろ姿が消えるまで見続けたアレンたちは後のことをリナリーに任せて待ち合わせの場所で大人しく待っていようと移動した。

 

 

 

 

 

 そしてその後、昨日と同じようにラビがよけてアレンが撃つという状況が起こったのだが、猫を探しに行っていたリナリーはそれを知らない。ちなみに、猫はちゃんと見つかり、リナリーのイノセンスであるダークブーツによる上昇、急下降に怯えまくり着地した途端にティムを吐いて逃げていった。意外とやることがえげつない。

 

 

 



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第十四話

何時もよりちょっと文字数多めです。


 

 

 

 ティキを気絶させた後、一応無駄ではあるが縄で縛って吊るしておきその場を去った。これで恐らく、クロス部隊以外は元帥と合流できたはずだ。そうなれば殺されるエクソシストは激減する。まぁ、俺にしてみれば戦力を温存できると言い換えることになるが。

 

「さぁてと。流石にボロボロだし、どっかでゆっくり休みたい……。が、ロードがいると言う事実だけでプライバシーが消失してんだよね俺」

 

 俺の憩いの場は何処に?

 とは言ったものの、何時もロードが俺の居場所を知っている訳じゃないし大丈夫だとは思うんだけど。あれって、アクマの目を通して観察したり報告をうけたりしてるっぽいからアクマに遭遇しなければ先ず平気なはずだ。

 色んなとこに擬態して潜んでるけど!

 というか、今襲撃されると非常にまずい。武器庫の中身は空だし、武器といえるものは刃こぼれしないあの剣しかない。……いや、まだアレを晒すには早い。そんな勇気ありません。

 

「つうわけで、武器庫の中身を再度確認っと……」

 

 地面から引き出された棺桶。それを開いて中身を確認する。まぁ、やっぱり空っぽだったわけで。

 

「はぁ……どっかで武器補充しないと。――――――って、おろ? こんな茶封筒しまってたっけ?」

 

 よく見ると。棺桶の内側の側面にペタリと茶封筒がくっついていた。そう言えば、全く武器庫を整理していなかった。この時、俺はピーンと閃いたというか、理解してしまった。

 

 ――この茶封筒、見覚えありますやん。

 

 そう、おかしかった。

 よく考えれば分かることだった。借金を押し付けられる生活を続けて数年。この期間に関してはアレンには先ず負けない。では、そんな俺の借金がアレンと大差なかったのはどういうことだろうか。 

 数年前、ある日突然俺の借用書が消えたことがあった。訳が分からず、俺は師匠に問うた。すると師匠は、自分が持っていったと言ったのだ。今思えばその発言がおかしい事がわかる。あの師匠が、俺から借金を取り返して払うはずがないのだ。

 では、その持ち去られた借金は何処へ? となる。

 同時に俺の視線は茶封筒に向けられる。

 きっと、当時の俺に余裕を持たせるのが目的だったのだろうが、皺寄せが来てますよ師匠。まさか、俺も歳とって成長したからプレゼント的な感覚で送ってくれやがったのだろうか。

 そして俺は、意を決して茶封筒を開く。

 そこに書かれていた数字に目を通し、茶封筒に、戻す。

 

「今まで、俺が返した借金が7500ギニーで残る500ギニーを足して8000ギニー。1ギニーが日本円にして約二万円。さぁ、計算してみよっかアハハハハ」

 

 約、一億六千万円。

 ……もしかして俺って、師匠に拾われなければ相当裕福に暮らすことが可能だったんじゃ?

 いや、それよりもこの茶封筒だ。

 軽く見ただけで、0が四つ。それ×二万となると、今まで返してきた金額を普通に超えていく。

 うん、何を隠そう借金だね。それも隠された遺産的な。無論、意味合い的にはマイナスだけど。

 

「…………俺が外道と呼ばれる理由、それは全部師匠にあると思う今日この頃。つまり、外道たる俺の師匠こそが真の外道。ホント、それがエクソシストの元帥とか有り得ない」

 

 その時から、俺には願望ができた。

 できるなら、もうちょっと頻繁に、ノアの一族に会いたいな、と。

 

 その後、肩を落としながら疲労した体と精神を引っ張って歩き出す。

 

「もうヤダ。……イノセンス使う気力も残ってないし、こうなれば列車に乗り込んで終点まで寝てしまおうか。何処に着くかはお楽しみーっと」

 

 決まれば早かった。

 というか早く決めて寝たかった。忘れたかった。

 最近戦ってばっかでひ弱だった元現代人たる俺の精神はガリガリ削られていく。今、俺がこうして立っているのは師匠に色々と精神面で鍛えられたお陰だろう。何度でも言う、感謝はしない。

 そう言えば、アレン達はどうなっただろうか。クロウリーを味方につけて、クロス部隊の合計はアレン、リナリー、ラビ、ブックマン、クロウリー、後にミランダと計六人と豪勢だったはず。その分キツイ旅路になるのだが。そろそろ中国大陸で、師匠の恋人?だったらしいアニタという女主人と出会う頃だと思う。

 

「頑張れ、アレンたち。俺もすこーし遅れて行くから。……仕方ないよね? だって日本だし、その前ですら中国だし?」

 

 誰もいないが、言い訳がましいことを呟いておく。

 だが、こういう時に返事が返ってくるのが俺クオリティ。

 

「じゃ、連れて行ってやるっちょ?」

 

 遠慮願いたいっ!

 

「嫌だって顔っちょね。でも聞いてやらんちょ。クロス・マリアンが呼んでるっちょ」

 

 何時の間にか隣にいたチョメ助は、そう言いながら銀色のゴーレムを差し出してきた。ティムとはちょっとデザインが違うが、普通のゴーレムではない事が製作者がアレなためすぐに分かる。

 

「喜ぶっちょ。何時でもマリアンと通話できるとっておきの――――――」

 

「いるかボケッ!!」

 

 俺は銀色のゴーレムを戸惑うことなく叩きつけ踏みにじる。バキッとかボキッとかよからぬ音が聞こえるがそれどころではない。このゴーレムは、絶対に破壊し尽くさないといけない!!

 

「ちょー!? ななななにするっちょか!? ダメっちょ、止めるっちょ!」

 

「俺は、コイツが、砕け切るまで、踏みにじるのを、止めない!!」

 

 だってさ、通話できるってことは師匠からの命令を直に耳に入れるわけだろ? 人伝てならまだしも、本人から聞いちゃったら誤魔化し様がないじゃないか。

 

「ああ、粉々っちょ! って止めるっちょ! 他の土と混ぜてこねるなっちょ!!」

 

「無理。だってコレ再生しそうだし。土という余計なものと混ざってしまえばそう簡単に再生はしまい! 後はどっかの畑にまいてくればよし」

 

「悪知恵だけは一丁前っちょね! ってだから止めるっちょ! 回収するのオイラなんだっちょ!!」

 

「働けアクマ、その間に俺は姿をくらます」

 

「……それ、マリアンと同じ思考だって分かってるっちょか?」

 

 わかりません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティムが帰ってきた、また少し時間が過ぎる。

 未だ見つからないクロス元帥の情報を求め各々が動いていたとき、偶然アレンが訪れた饅頭屋の店長がクロス元帥似顔絵を見て彼のことを知っていると分かった。そう、ようやく手がかりにたどり着くことに成功したのだ。……追加で饅頭を買うことによって。

 そしてリナリーに翻訳を頼み、教えられた場所に向かうアレン一行だったがそこはやはりと言うか女の人が大勢いるアレなお店だった。酒、女の二つが揃っているのだから師匠が見逃すはずないか、とアレンはため息をついた。

 

 

 

 

 

「……うん、ようやく手がかりが見つかったの。準備が整い次第、明朝には元帥の後を追って日本に旅立つわ」

 

『そうか、気を付けてな。……あー、室長に代んなくてもいいのか?』

 

「平気、リーバーさんにかけたのは、兄さんが寝てると思ったから」

 

 すると電話越しに、リーバーが苦笑するのが分かった。

 

『ん、流石兄妹だな。……無理はするなよ?』

 

「分かってる。ソッチこそ無理しないでね。……ラスロは、まだ連絡ないの?」

 

 リナリーは少し震えた声で言う。

 つい先ほど聞いたこと。ティエドール隊を合流しようとバルセロナに向かったラスロが、先に接触してたノアと戦闘になり行方不明になってしまったと。

 

『……ああ。今、ラスロが使ってた剣が本部に帰ってきた。他の剣は、全部折れてたらしい』

 

 駆けつけたファインダー部隊はまるで墓標のようだったと言ったという。

 

『まぁ大丈夫だろ。ラスロの事だ、何処か彷徨ってるか元帥から逃げてるかだろうさ』

 

「うん、そうだよね」

 

『でも、あれだ。……せめて、お前らの部隊は心配かけさせないでくれよ?』

 

「うん……分かってる。それじゃあ切るね」

 

『おう、じゃあまたな』 

 

 プツリと電話は途切れる。

 リナリーの心は晴れない。

 

 

 

 

 

 

 その頃アレンはアニタの用意してくれた船の甲板に出て、海の向こう――師匠であるクロスがいるであろう場所を眺めていた。頭をよぎるのは、アニタから聞いた師の訃報。

 

『八日前、ここを発ち海上で撃沈されました』

 

 しかしアレンは思う。兄弟子である彼だって、同じことを言うだろう。そう、『それくらいであの師匠が死ぬなんて、有り得ない』と。その言葉がアニタを動かした。涙を流しながら、船を用意し自らも乗りこんできたのだ。当然、アレン達は船の操作などできないから助かったのだが船員だけでなく主である彼女まで乗り込んできたことから、どれだけ師を愛していたのか理解した。

 

「それで、本当に死んでたら許しませんよ師匠」

 

 紳士の風上にもおけない、と最後に付け足してティムを指で弾く。ティムが向くのは、アレンと同じように海の向こう。ただし、その先の土地を見ているのか、はたまた海の底を見ているのかは分からない。

 同時に、兄弟子のことが頭に浮かぶ。今頃どこで何をしているのか、何故神田たちのティエドール隊に志願したのか、その理由を問いただしたい。

 

「どうせ、軽くかわされるんでしょうけど。ホント、師匠そっくりですよ」

 

 本人が聞いたら絶叫ものである。

 しかし、大抵の人が同じことを思い胸に秘めているのだから時間の問題だったりする。

 

「……戻ろう、ティム。もうすぐ出航だ――――――っ!?」

 

 くるりと踵を返し、みんなのところに戻ろうとしたところ左目が反応した。

 

(まだ遠い。でも、この感じは!?)

 

 ギュルギュルとフル稼働する左目。距離は捉えた、であればほかの要素が原因だと考えられる。思い当たることといえばアクマの強さ、それか、数。

 アレンは海の向こう側に目を凝らす。すると、徐々に徐々に空の一部が黒くなっていく。雲?とも思ったがあまりにまばらであることからもっと別の何か、であり集合体であると検討を付ける。そして、アレンは叫んだ。

 

「皆!! アクマが来ます! それも大量に!」

 

 その光景をラスロが見れば唖然としただろう。なぜならば、そのアクマの数は原作以上だったのだから。確かにラスロは咎落ちを防いだ。しかし、その咎落ちしたスーマンに破壊されたアクマは非常に多い。それが無事な上に、咎落ちを回収するために派遣されたアクマ全てがアレン達の足止めに来たのだから当然だった。

 

「っ! 迎撃用意! 全員武器を持て!」

 

 船で戦闘準備が行われる。

 ラビ、ブックマンやほかのエクソシストもまた迎撃体制を取るが今までに無い程の大群のアクマを前に冷や汗が流れる。それでも、アクマを破壊できるのはエクソシストしかいない。

 すぐにラビ達は自分の役割をこなそうとイノセンスを発動させ構え――――――アクマの大群と接触した。

 

「くっそ! 足止めにここまでするさ!?」

 

「黙ってやることやらんかこの馬鹿者!」

 

 ラビの火判が炸裂し、一気にアクマを燃やし殲滅する。しかし、減ったそばからアクマは詰めてくるため減ったという実感を与えてはくれない。ブックマンもまた、イノセンスである『天針(ヘブンコンパス)』でアクマを串刺しにしていくがラビと同じような心境だった。

 一方、クロウリーはやる気に満ち積極的にアクマへと襲いかかる。アクマ専門の吸血鬼である彼からすれば、大量の餌が自らやってきてくれたと同義だった。

 

「くっ、数が多すぎる!」

 

 船を覆う黒い群れ。それ全てがアクマであり、アレンの左目は収まる気配を見せない。左手の銃を乱射し、時には腕に戻して船員を守りつつ敵を握りつぶし、音速で切り裂いた。

 すると、突然横向きの竜巻の様なものが発生しアクマ達を飲み込んだ。そして竜巻の中を我が物顔で飛び、甲板に着地した少女が一人。先ほどまでアニタの店で本部と連絡をとっていたリナリーだった。

 

「アレンくん、これって一体!?」

 

「全部僕たちの足止めみたいです! 気を付けて、中にはレベル2も多く混ざってます!」

 

 リナリーは頷きながら跳ぶ。

 それを見送ったアレンは再びイノセンスでアクマを撃ち抜いていく。まだ数分しか経っていないにも関わらず、倒したであろうアクマの数は三十を優に超える。何時になったら終わるのか分からないこの戦い、アレンは一抹の不安を抱く。

 

「くっ!」

 

 流石にアレンの銃でも、延々と連射し続けることはできず疲労が溜まっていく。元々、左目が再生してからもアクマとの戦闘で八割近くを撃破していたため疲弊し脆くなっている左手。状態の維持が難しくなってきていた。

 ほかの仲間も同じで。ラビの火判、ブックマンの針による広域攻撃でも連続は出来ず、アクマと船の距離が縮まりつつある。クロウリーが、防衛網を突破したアクマを狩ってはいるもののすぐに追いつかなくなることは目に見えている。ではリナリーが、とも思うがクロウリー以上に動けていなかった。空を飛んでいるアクマが多すぎて間を縫って移動できないのだ。あまりに数が多いため密集しもはや壁。リナリーには『円舞 霧風』によって竜巻を定期的の起こすことしかできない。

 船を中心に円形に出来ていた防衛網は徐々にその規模を小さくしていく。それはつまり、アクマに押されつつあると言うことだった。

 

「っ! 船員の皆さんは室内に避難を!」

 

「し、しかし!」

 

「すみません、これ以上気にしながら戦うのは難しそうなんです」

 

「っ……分かり、ました。――全員、船の中に避難しなさい! エクソシスト様方の邪魔になります!」 

 

 ガヤガヤと船員達は戸惑ったが、クロウリーの動きを見て邪魔でしかないと理解し船の中へと入っていく。それを見届けたあと、アニタと従者であるマホジャというムキマッチョ(女)も船内へと避難していった。

 そのお陰か、クロウリーの動ける範囲が広まり徐々に押し返し始める。

 

「いくさアクマ! 丸天、雷霆回転――ジジイ!」

 

「わかっとるわ!」

 

 ラビの呼びかけに答え、ブックマンが針の塊を宙に作り出す。

 それを台とし、ラビは天判を繰り出した。

 ラビの槌から放たれるのは雷光。四方八方に不規則に雷が放出されアクマを包み込む。一気に情勢を巻き返す一撃となった。これなら行ける、と誰もが思ったその時防衛網の一角が崩れ落ちた。

 

「発動が! しまっ!?」

 

 すでに疲労満杯だったアレンだった。

 左手はボロボロと崩れ、痛々しいその姿を晒している。

 しかし、それを気にしている場合ではなかった。アレンの攻撃が収まった地点からアクマが雪崩込んできたからだ。すぐにクロウリーが対応するものの、侵入してきたアクマにアレンが捕らわれ空へと舞う。

 

「アレンくん!?」

 

『エクソシスト頂きィ! 独り占めッ!!』

 

 リナリーが追おうとするものの、アクマは群れの中へと消え去りすぐに壁となる。

 

「邪魔しないで!」

 

 霧風を放ち、進行方向にいるアクマを一掃するが、やはりすぐ詰められ突破できない。徐々に消えていくアクマの後ろ姿を、唇をかんで眺めていることしかできなかった。

 

 

 そしてアレンは、傷ついた上でアクマを撃ち抜き、落ちた場所にてノアと出会い原作を辿る。ただ違うのは、この時点で彼は人も救いたいと認識し始めていたことだ。まぁそれは後ほどとして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃ラスロは未だゴーレムの破壊を行っていた。

 

「ええい! これでも再生するか! どんだけ対応してくんだよこのゴーレムッ!」

 

「土に混ぜて焼き物作ってからの再生って、流石にオイラもドン引きっちょ」

 

「くぅ、次はドリルと金庫! 金庫は四つな」

 

「ドリルならあるっちょ。金庫は……ちょっと待つっちょ」

 

 俺はチョメ助が頼んだものを持ってきてくれるまで砕き続ける。何せ隙あらば再生しようとするんだから仕方ない。再生しきった瞬間、立体映像とかで師匠が出てくるとか可能性高すぎるから阻止せねばならない。

 今のところ、チョメ助に頼んで道具を用意してもらい焼き物にしてみたが一瞬で砕けて中から銀のゴーレムが現れた。即捕まえて叩きつけ砕く。

 

「あったちょよ。これで、どうするっちょか?」

 

「ん、サンキュ。取り敢えずドリルで中心に穴開けて構造弄くりまわして――ってアビバッ!?」

 

「か、感電してるっちょ!?」

 

「ぐ、ふ……そう、か。中身見られたら全力で抵抗する、と。なら、作戦変更だ。せいっ!」

 

 俺は口から黒い煙を吐き出しながら剣を抜き放ち、瞬間的にゴーレムを四等分にする。

 そしてそれを急いで回収し金庫の中に各々放り込みロックをかける。

 

「これで、くっついて再生はできまい。精々金庫四つが隣り合わせになるくらい…………俺の勝ちだよね?」

 

「オイラに聞くなっちょ。というか、それ言ってしまった時点で負けっちょね」

 

 結果、チョメ助の言うとおりだった。

 いきなりバゴン! と音が鳴り響いたと思ったら。金庫の扉ぶち破って銀色の物体が四つ現れた。それは神々しく光りながら俺の頭上で合体し、元の銀色のゴーレムの姿を取り戻した。合体時の効果音を言い表すなら、ガッキーン!! と正直少し憧れた。 

 ……ダメだ、諦めよ。

 師匠に普通に勝つことはできなそうだ。ならば、普通に勝つのをやめて逃げようと思う。逃げるが勝ちって、よく言ったものだよね。実に素晴らしい。

 

「しかし ラスロ は 逃げられない ……ちょ」

 

「は、放せチョメ助! 斬るぞコラ!」

 

「チョメ助ってオイラっちょ!? ……何この悪くない響き、これが萌えと言う奴っちょ?」

 

 違います。

 

「妄想に浸るのはいいけど放せっての! 斬られるより撃たれる方がお好みで!?」

 

「やれるもんならやってみるっちょ。マリアン曰く、ボディコンバートする前の状態ならラスロは手を出せない、らしいっちょよ?」

 

「やっぱりかっ! やっぱり刺客が女型なのはそれが理由か、謀ったなチョメ助!」

 

「ちょ~~?文句はマリアンに言うっちょよ。どんな目に合わせられるか、想像するといいっちょ」

 

 そう言われた途端、数々の思い出が脳裏をよぎり、俺の胃を締め付け始めた。胃、胃薬……ダメだ、ティキとの戦いで全部失ってたんだった。正確には戦闘時の衝撃で粉々になった上、穴が空いてて中身が無かった。神は俺に薬すら与えてくれんのか!! 運が悪いにも程があるわ!

 …………もし、もしその神とやらが『ハート』なら謀反企てかねないよ?

 

「ま、現実逃避はそのへんにして行くっちょよ。あ、それとコレ、イノセンス化できるようにしとくっちょ」

 

 そう言って渡されたのは『箱』と『船』の二つ。しかし、その二つは一つになっていた。

 

「えーと、これは一体?」

 

「オイラも分からんっちょ。ただ、コレをイノセンス化できるようにしておけとしか聞いてないっちょ。まぁ頑張るっちょ」

 

 正方形の『箱』と同化した『船』とか一体何?

 と、そんな風にこれはなんなのか考えていたせいでゴーレム壊すの忘れてた。

 銀のゴーレムはニカッと笑ったあと口を大きく開け映像を映し出した。そこにいるのは赤毛と仮面のトラウマ製造機人クロス・マリアン。もう赤い血流れてない様なエセ神父である。ギュウッと胃が縮こまったのがわかる。ちょっと……限界っす。

 

『ハッハッハ、相変わらず汚らしいが元気そうで何よりだ馬鹿弟子。随分と通信に時間がかかったが――――――覚えておけよ? それと、その物体にはちゃんと意味がある。イノセンス化できるようにしておかなければ、その頭に鉛玉か酒瓶を撃ち込んだりぶち込んでやる。分かってるよな?』

 

「は、ははは。了解っす、やってみせますですはい。じゃ、じゃあ切りますね、師匠も忙しそうですし?」

 

『ああ、言ったことはちゃんとやっておけ。でないと、最悪お前だけでなく――ってうぜぇ。また来たかあの色ワルガキンチョ共。また押し付けてやろうか、アァ!?』

 

 通信越しに、最近聞いたあの二人の声が聞こえてくる。

 

『死ねクロスゥゥゥゥ! テメェを殺したら次はあのクソ狸だ!』

 

『って危なっいきなり撃つ!? って、ヒ、ヒヒ! デロの、デロのアンテナ!! 師弟そろってデロのアンテナをっ! ヒヒヒ!!』

 

 そしてブツと切れる通信。

 もう茶封筒の件を聞けるような状態じゃなかった。

 

「……さぁって、見なかったこと聞かなかったことにして本部に帰ろ」

 

「行かせんちょ! 拘束、捕獲、連行っちょ!」

 

 するとチョメ助、縄で俺を巻き、ガシッと俺を掴み、ボディコンバートをして飛び始めた。

 

 

 

 

 

「や、やめろチョメ助!! 俺を、俺を降ろせ! 下との距離が幾らあろうと俺を下ろせェェェェぇ!!」

 

「諦めって肝心っちょ」

 

 こうして俺は、初めて空を飛んだ。

 同時に、新たなる借金に加えノアとの戦闘後であったのに疲労を忘れて暴れたせいですぐに意識が落ちた。

 ちなみに、敢えて借金がノアの前に来る理由は記さない。きっと、分かるよね。……有り得ない。

 

 

 

 




誤字修正。


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第十五話

 

 

 

 

 

 アクマに拐われたアレンは未だ空を飛んでいた。

 足を噛まれているため逆さに吊るされており、上手く抵抗できないため左腕を起動させる他逃げ出す方法がないのだが疲労困憊のため腕を上手く使用できない。

 

(このままじゃっ! 頼む、イノセンス!)

 

 一部が砕けボロボロの左手に力を入れて、強引にイノセンスを発動させる。常にアレンのイノセンスを見てきたクロス部隊が、その左腕を見れば誰もが、痛々しいと表現するほどに歪んでいたが気にせずアレンはご機嫌なアクマを不意打ち気味に切り裂いた。

 

『ぐぇっ!? テメ、エクソシスト! このままじゃお前も落ちて――』

 

 忠告してくるアクマ。

 しかしそれさえも無視をして、今度こそ完全に二つへと分割した。当然、空を飛ぶ力を失ったアレンは真っ逆さまに落ちていくが腕を大きく伸ばして近くにあった木々に巻きつけゆっくりと降下していく。

 

(なんとか、上手くいったかな……それより、早く戻らないと)

 

 地面に降り立ったアレンは火の上がっている方角を見据えながら歩こうと一歩踏み出して――止めた。左目にアクマが反応したからだ。それも、凄い近い場所で。きっと自分を探しているのだろうと、歪んだ左手を銃に変えてアクマのいる方へと走り出す。例え左手が限界でも、救えるアクマは救い出す。それがアレンの愚直なまでに純粋な思い。

 

(それにしても、アクマたちは何処に向かって……)

 

 走りながら、アレンは真っ直ぐな軌道を描いて移動しているアクマに疑問を抱く。もしアレンの予想通り、アレンを探しているなら直線ではなく最低でも円で動くだろう。しかし、アクマは真っ直ぐ移動している。

 

(可能性があるならば、空からしか見えない何かがあった? でも、アクマが目指すものなんて――っ! まさか!?)

 

 頭を過ぎった最悪の事態。

 竹林の落ちたアレンには見えなくて空からしか見えない、アクマの目指す場所。アクマとは何というマシーンだったか。

 A、人を殺す機械である。

 つまり、移動しているアクマたちが目指している場所は何処かの村か街。

 もしかしたら、あのアクマはアレンを追ってきた結果偶然村を見つけたのかもしれない。

 アレンは自分のせいかもしれないと考えると、走るスピードを上げて一気にアクマの元へと向かった。そして見たのは、丁度アクマが何も知らない村人を襲おうとした瞬間だった。

 

「――――――させない!!」

 

 アレンは反射的にアクマを撃ち抜き、他にもいる数体のアクマに牽制を放ち威嚇する。

 数体は偶然当たり破壊に成功するが、まだ数体残ってしまう。まぁ偶然戦力を減らすことができたので悲観したりなどはしない。

 

『エクソシストみっけ! はは、オレタチついてるぅ!』

 

 何か言っているアクマは置いておき、左目でアクマの総数を確認する。

 

(二、三四、――七体……内、レベル1が四体、レベル2が三体。……これが終わったあとのコムイさん式イノセンス修復作業が怖い)

 

 と、思いながらも口上をベラベラしゃべっているアクマに狙いを定め引き金を引いた。なんかこんな事前にもあったな、と思い返しながら。

 

「残り、六体!」

 

 自分の腕の損傷具合を確かめ限界が近いと悟る。

 故に、アレンは早期決着を狙って全力でアクマを破壊しようとする。一体倒すごとに腕が軋む。しかし、一体倒すごとに魂が解放されていく。くじける理由はなく、涙を流してありがとうと呟いて解放されていく魂を見れば腕の痛みなんてどうということはない。それに、襲われていた村人も感謝の言葉をくれる。

 

(僕のせいかもしれないのに……それでも、やっぱり嬉しいものですねラスロ)

 

 以前、ラスロ言っていた好きな言葉ベスト3の内の一つ。リナリーにはあまりラスロを知らないと言っていたアレンだが、ふとした切欠で聞くことのできたラスロの好きな言葉を思い出した。

 そうして気づけば、アクマは残り三体。それも、村からある程度の距離を取り離れていくところだった。アレンは追跡しようとも考えたが、アクマたちの様子がおかしいことに気づく。よく見れば、残ったアクマ三体は後ろ方向、つまりアレン達を見据えながら後退し着々とエネルギーを溜めてた。すでに臨界なのか体についた銃口が光り輝いている。

 

「まさか、村丸ごと吹き飛ばす気じゃ!?」

 

 村の規模は小さく、レベル2が二体、レベル1が一体も入れば簡単に滅ぼせる。恐らく、あの攻撃が放たれれば生きていられるのは寄生型イノセンスを体に宿すアレンのみ。

 それに対してアレンが取れる行動は腕を最大限に展開して村ごと防御するか、銃形態のままアクマ三体を撃ち抜くか。救えるのはアクマか人間かの二択。先ず、ラスロであれば迷わず人間を選ぶがアレンは違う。アクマを救済することを目的とした少年で、異色のエクソシストだ。それ故に迷う。

 

(アクマより早く攻撃して……いや、攻撃が到達する前に放たれる。中途半端でも威力は十分だろうし防御するしかない? でも、防御してから反撃をって、こんな状態じゃ発動できるのはあと一回が限度、どうすれば……)

 

 つまり、あのアクマたちを救えるのは当分先。

 もしかしたらもう二度とその機会は無くなるかもしれない。

 グルグルと頭の中を二つの選択肢が回る。何時ものアレンなら冷静に考え、悔しさを飲み込みながら人命を優先できたのだろうが冷静さを欠いた今のアレンにはそれが出来なかった。

 

(後ろには人、前には束縛された魂……時間が、ないっ)

 

 こんな時、他の皆ならどうするかを考えるアレン。皆、違うイノセンスを持っているため方法は違うというのに。ただし、今回に限っては正解であった。 

 

(リナリー……ラビ、クロウリーにブックマン。神田……ラスロ)

 

 順々に彼らがどう戦うかを想像する。そして最後に想像したのは、ラスロ。正直これも間違いですよと言いたいが、これまた実は正解だったりする。流石神に愛された子。

 

(ラスロなら……以前のように間違いなく逃げますね、ええ)

 

 それも、意図的にアクマ引き連れて。

 道中でアレンに押し付けたり、師匠であるクロス・マリアンに押し付けたりして殴られている場面を思い出す。 

 

(はは、思い出してたら、何だか落ち着くなぁー)

 

 ちょっと昔の事なのに懐かしい。

 そんな感傷が焦っていたアレンの頭を冷やしていく。

 そして記憶に潜る。同じような時、彼は一体何と言っていたか。

 

『何で逃げた上に連れてくるんですか!』

 

『いや、あの場合これが一番だろ? 標的逸らして一気に殲滅する……他人を利用して』

 

『ホントにエクソシストですか? というか、ラスロ一人で破壊できたでしょ?』

 

『甘いなぁアレン。俺が守りたいのは自身と、偶然関わってしまった人間だ。当然、アクマも助けてやりたいけど生きてる方優先』

 

 そのラスロの言葉にカチンときたことも思い出すが、今は流す。

 

『それに、俺のイノセンスじゃ一気に殲滅は難しい』

 

 それは当時のラスロが火器を所持していなかったことが大きいが、アレンの知るところではない。

 

『納得してないね君? あー、じゃあさ。師匠ならどうすると思う? 俺は思うんだ、師匠ならば防御とか関係なしに全部ぶっ飛ばすって』

 

『想像、できますね』

 

『だろ? 師匠は特に考えず好きなようにやる。相手の攻撃ごと飲み込んで破壊する。後手に回る師匠とか想像できん。まぁ、結局は各々好きなようにやるってこと。内容は当然、人によって違うんだよ』

 

 ラスロはそう言って、アレンの左手に目を向けた。

 

『一応言っておくけど、コッチ側にも関わらず意外と俺って二人を信用してるからな? きっとお前も師匠みたいに自分の意地と夢を貫き通せるだろうな。俺と違って、違う意味で馴染んでないけど神様には愛されてるし? ……あれ、なんだろうこの湧き上がる真っ黒な感情』

 

 ラスロがあまりに暗い目をするものだからすぐに逃げ出したためその後のことは覚えてないと言うか知らない。そしてアレンは、過去の回想から一つの答えに辿り着く。

 

(好きなように……)

 

 アレンが今まで目標としていたことそれは、アクマを救うこと。

 しかし、今成したいのはそれだけじゃない。

 アクマだけでなく、後ろにいる人々を、人間を守りたい。

 

(アクマも、村の人だって、守りたい、救いたい)

 

 ならば、やること選ぶべき選択肢は――――――

 

「――存在しない三択目ですね。攻撃しつつ、守り通す。アクマも、人も――――救済せよ!」

 

 すると僅かに、左手がほんのりと暖かくなった気がした。痛みも和らぎ、今ならば師匠と同じように敵の攻撃ごと敵を破壊できるとイノセンスの力をアレンは感じる。

 

「行きます、イノセンスッ最大開放!」

 

 それと同時に、アクマたちもエネルギーを解放し攻撃を放ってきた。

 

 が、そんなちっぽけなものはアレンに到達することはない。

 

 

 その瞬間アレンの左手から極光が放たれ巨大な手の形を取り、攻撃ごとアクマを飲み込み一瞬で破壊した。圧倒的な威力を持って、アレンは救いたいと思ったものを同時に救った。

 やがて光りは収まり、元のイノセンスの形へと戻っていく。

 ただし、先ほど以上にボロボロの状態へと変化して。

 ただ、腕の変化はそれだけでなかった。 

 

「これで、終わったはず。後は――――――」

 

 ふと、左腕とのシンクロ率が上がっていることに気づくアレン。

 しかしノアは空気を読むことなどなく、これで終わりにはしてくれなかった。

 

 

 

「ヒューゥ、やるなぁ。でも、ここで終わりだ」

 

 アレンはいきなり聞こえてきた声と殺気に反応し、反射的にイノセンスで体を守る。そしてやってくる衝撃と流れる背景。完全に防ぎきれず、竹林の方へと大きく飛ばされていた。

 受身を取れず、何度かバウンドし竹にぶつかり止まる。

 

「……がっ、く、っ。一体、何が」

 

 かすむ視界で、歩いてくる男の姿を捉える。

 その男は貴族風の格好をしており全身黒で統一されていた。額に浮かぶ聖痕さえも。

 

「一応少年の事は知ってる。出来れば、もう一度くらいポーカーをしたかった。でも、ちょいと『狸くん』が何か企んでそうなんで急がないといけないんでね」

 

 そう言うと、男はアレンの左手に自身の手をかざすと、黒い光りが走り……破壊した。

 

「――――――え」

 

 あまりに呆気なく壊された自身の左手の残骸を横目で見て、そして悟る。

 自分はエクソシストでは無くなってしまったのだと。

 突然すぎて意味がわからなくなって呆然としているアレンを見て、ティキは教団コートにつくボタンをプツっと外して裏返す。

 

「ん、少年がアレン・ウォーカーだな? 悪い、ホント急いでるんだ。何処から不意打ちがくるか分かったもんじゃない。見ろよコレ、コブができた。酒瓶遠慮なく振り下ろしてきたんだぜ、少年の兄弟子」

 

 そう言ってコブを見せてきた男の顔を見れば、本当に周りを気にして警戒している硬い表情だった。途中、『狸くん』とかいう意味不明な単語が出てきたが、それより兄弟子という単語が耳に残った。

 そんなアレンの表情を読み取ったのか冥土の土産とばかりに伝える。

 

「大丈夫、兄弟子である狸くんは生きてるよ。それはもうピンピンしてると思うぜ?」

 

 まぁた変な渾名で呼ばれてる、と内心苦笑すると同時に安堵が広がっていく。

 しかし、アレンに迫った危機は回避できそうにもなかった。

 

「っと、ついでに俺の能力も見せてあげたかったが時間がない。今殺してやるから――と思ったが、それじゃあ面白くない。少年にはポーカーでの借りがある。せめてもの情けに、ゆっくりと死なせてやるよ。その、真っ直ぐな目を向けないでくれる? 色々シラケるんだけど……っさ!」

 

 男は両手に蝶の様なものを作り出し、片方を、一気にアレンの左胸部分、心臓へと押し付けた。同時に痛みが体を支配し、体が痙攣する。ゆっくりと、自分の体が死へと向かっていくのが分かる。思い返されるのは、師たちとの旅に、今の仲間との思い出。

 あっという間に視界が暗くなっていく。そして完全に闇に閉ざされるという時に、ポケットの中にいたティムキャンピーに伝える。

 

 ――皆のところに……行け。

 

「んぉ!? 鈍器!? 狸くんか!?」

 

 ティムは直ぐ様飛び出し空へと駆ける。どうやら運が良いことに、へっぴり腰になった男はティムを取り逃がした。

 取り乱す男の姿を視界に納め、それを最後にアレンの心臓は停止した。

 

 

 

 

 

 アレンの心臓に穴が開き停止したのを見届け、男――ティキは何時も通り銀のボタンを奪おうとする。しかし、ボタンはすでに奪っていたので視線をボタンがあった場所に向けるだけに留まった。

 

「それにしても、不気味すぎる。ポケットから何か出てきたときは狸くんの刺客かと思ったぜ。……って、ん? これってあんときのトランプ、か」

 

 ティキはもう一度辺りを見回してからアレンの懐に手を伸ばす。それは以前列車の中でアレンとポーカーで賭けをし、あまりに見事なイカサマに敗れ服を奪われ、その後アレンの慈悲によって返された時に代わりとばかりに渡したトランプだった。

 そのトランプを一瞥し、縛っていた紐を解きアレンの上へとばら蒔く。

 

「んじゃ、おやすみ。……良い夢を、少年」

 

 そしてティキは、そそくさとその場を去っていった。

 

 

 

 

 



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第十六話(過去)

過去話、伯爵の場合となります。
読んでも読まなくとも進行に支障はありません。



伯爵のイメージが崩れる可能性が大ですのでご注意を。


 

 

 

 これは過去、ラスロと千年伯爵との出会いの話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「有り得ない……二十にもなってない少年に酒買わせてつけとくとか、有り得ない……感覚日本人の俺なめるなよ? つか、酒買うためにイノセンス使って姿変えるとか有り得ない」

 

 トボトボと裏路地を歩いて、拠点である宿を目指す。あの師匠が、お使いって言うから地図貰って赴いたら酒屋じゃないか。しかもツケの常連。本人は中々払ってくれない、なら、その使いできたこの男ならどうだ? と店の人が思うのはしょうがないことだと思う。だからと言って……有り得ない。

 

「というか、何でこんな真昼間から薄暗い裏路地なんて歩かなきゃいけないのやら。この歳で借金取りに追われるとか……」

 

 残念ながら、まだ練度不足のため長時間イノセンスを発動することができない。その為、もう姿は元の俺へと戻っている。

 故に、今日は目立つコートも宿に置いて追われる可能性を低くしてきた。目印着て歩くとか有り得ない。……もうヤダ。

 疲れた、逃げ出したい。しかし、逃げてもすぐ捕まるだろうし、後に待っているだろう借金の嵐に巻き込まれたくはない。胃が、胃が痛いよ。こんな荒れた世界さっさと出て帰りてぇー。

 なんて思いつつ宿までのわずかな距離を表通りに出て進もうとした時のことだ。ちょっと油断していたのかシルクハットに高価そうな服をきたちょっとふくよかな男性と激突した。ま、ぽよんと弾かれて痛みとかなかったけど。

 

「おっと、すみません。大丈夫ですか?」

 

 ふくよかな男性は貴族っぽい人間なのに随分と心が広い人だった。ただ、何ていうのだろうか。この人いい人っぽいけどなんか関わると禄な目に合わねぇぞと師匠によって培われた直感が囁いている。何か凄い秘密を抱え、知ってしまうとお陀仏ですよー、的な。

 

「いや、こっちこそすいません。ちょっと急いでたんで」

 

「ちゃんと、前を見て歩いたほうがいいですよ。では、吾輩はこれで」

 

「あ、はい。それじゃ。……二度と会わないことを願って」

 

 最後は当然聞こえないように呟くだけ。

 多分あの人、外面いいけど家では善良な人の皮剥いで外道ヅラになるに違いない。

 

「さて、と。あんまり遅れても師匠に怒られるし、さっさと帰ろう」

 

 俺は片手に持った酒瓶を確認して、師匠の待つ宿へと戻った。

 ちなみに、酒は無事です。反射的に守ってしまったらしい。うん、有り得ない。

 

 

 

 

 

 

 

 その翌日、まさかの再会である。

 俺は今日、お使いの後借金取りに追われてました。だからコートを隠して路地裏に逃げ込んだのだが……

 

「おや、君は昨日の……」

 

「げ、昨日のふくよかな人」

 

「吾輩は太ってません。……それより、こんなところで何を?」

 

 そう、再会したのはまたもや裏路地。

 というか、貴族な貴方こそここで何してると問いたい。

 

「いやぁ、今日も今日とてお使いを」

 

「お使いですか……家族が待っているのですか?」

 

「いやいや、待ってるのは悪魔的な赤毛ともやし君で。旅仲間みたいなもんです」

 

 その時、悪魔という単語に少し反応を示したふくよかな人。

 しかしそれはすぐに消え、何事もなかったかのようにふくよかな人は歩き出す。

 

「そうですか。……最近、この辺りは物騒になってきたそうです。気をつけた方がいいでしょう。では」

 

「え、あ、はい。それじゃ」

 

 え、何、マジでいい人なん!?

 ヤバイ、俺何時ぶりに心配されただろうか。

 ……記憶掘り返すのやめよ。アレン拾った当時、立ち直ったアレンに慰められたくらいしかパッと浮かばなかったし。別に、それ以外ないとかそんな悲しい理由はないですよ?

 結局この日、その話題を掘り返すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 更にその翌日。

 

「……………………」

 

「……………………」

 

 再度裏路地にて、あのふくよかな人と相対した。

 

「本当に、よく会いますねぇ。……それに、片手に酒瓶を持っているのも変わらない」

 

「全くで。お使いの帰り、道は毎回変えてるんですけどね」

 

「それにしても、毎日ソレを持ってますが一体なにを?」

 

「だからお使いですよ。俺の師がお酒大好きで。というか、貴族っぽい貴方こそここで何を?」

 

「吾輩は散歩ですよ。表通りもいいですが、人が多いのでね」

 

 ならせめて護衛くらいつけたらどうだろうか。

 まさか、このなりで武術武道に精通した達人とかですか? カッコイイ。

 

「これまた何か縁ですかねぇ……。そう言えば、師がいるのですか?」

 

「ええまぁ。師って言っても武術とかじゃなくて神父タイプですけど」

 

 その瞬間、ふくよかな人の放つ気がほんの少し禍々しくなった。

 あれ、もしかして俺地雷ふんじゃいました?

 

「では、つまり、貴方も神に縋る人間だと?」

 

 目が怖い、声音がヤバイ。 

 なにこの病んでる人。そこまで神様嫌いですか!? 

 実は俺もです!!

 

「い、いや、正直言っちゃうと逆ですよ。俺、神様大嫌いですもん」

 

「嫌い?では、何故教えを請うのです?」

 

「あはは、俺、ちょっと不謹慎かもしれないですけど神様に復讐したいんですよね? 神さまいるって信じとかなきゃ、復讐もなにもあったもんじゃない」

 

 俺をこの世界に連れてきたアホ神はいてもらわねば困る。でなければ殴れん。俺が神さまがいると信じる理由は、ある意味俺の願いだから。正直、心臓に宿ったイノセンスからは神様的な力を感じる気がするのだ。大丈夫、俺って本名裏切りの騎士だから。神様だって斬れますよ。その証拠に、咎落ちしない。

 

「何か神様って、俺に対して随分意地悪でして。アッチが俺を嫌うならば、こっちだって嫌ってやるぞと。取り敢えず、俺に過酷すぎる運命プレゼントしてくれた神さまは一発殴らないと気がすまないんですよね」

 

 するとふくよかな男性、俺が本気で言っていると理解してくれたのかトゲトゲしかった気と病んだ目はなりを潜めた。というか、逆に親愛度が増している気がする。俺って、誰が借金取りで敵か見分けるために無駄な観察眼身に付いちゃってるから偶にそう言った感情の機微を読み取ることができたりする。

 

「そうですか。貴方も神が嫌いな同志でしたか」

 

「ええ。ということは貴方もです? 貴族ですよね?」

 

「確かに吾輩は貴族です。しかし、だからと言って神を愛するわけでも無いのですよ。むしろ吾輩の敵です」

 

 そう言うと、ふくよかな男性はくるりと踵を返して俺にいう。

 

「貴方が持つ、神への憎しみは本物のようです。それに、なんでしょうね……今まで見てきた神を憎む人間の中でも、貴方の様な者は見たことがない。神を信じる理由が、神に復讐する為、か。面白い考え方ですね。これも、やはり何かの縁でしょう、どうです? 一緒にお茶でも」

 

 ふむ、どうしたものか。

 意外といい人だぞコレ。しかもお茶に誘ってくれるとは。相手は貴族でお金持ち、もしかしたらすっごい美味しいお茶が飲めるかもよ俺。決断せよ俺。あの厳しい日々の中に、ちょっとくらい休憩の時間があっても良くない?

 

「じゃ、お供させてもらっても?」

 

 ぜひ、と頷いたふくよかな男性はそのまま表通りに。

 俺はと言えば、ふくよかな体型にちょっと隠れつつ後に続いた。この日から、俺がこの街を出るその時までちょくちょく出会い、談笑するという日々が続いていた。

 やはり、時が経ちつつも意見が合えばより会話は弾むわけで徐々に仲良くなっていった。まぁ基本あのふくよかさんは動くの疲れるらしいから店に入って駄弁るだけだけど。だがしかし、俺には今までなかった時間故に新鮮である。

 ただ、この人どっかであったか知っているような気がする。喋り方は普通だけど、引っかかるのは容姿。ぽっちゃり、ふくよか。それと神様嫌いって話。

 毎回駄弁ってると思い出しそうになるのだが、結局思い出せることはなかった。

 

 

 

 そんなある日のこと。

 ふくよかさんと遭遇した俺は、今日明日にでもこの街を出ることになったと伝える。どうも、師匠の仕事に一段落がついたらしく次の任務に向かうからだと言う。

 するとふくよかさん、顎に手を当てて何か考え始める。

 ぶつぶつと呟いているが、微妙な音量故に聞こえない。

 そしてふくよかさんは俺を一瞥したあと、口を開こうとして――唐突に殺気を放ってきた。瞬間的に体が動き、ふくよかさんから二メートルほど距離を取る。すると、先程まで俺が立っていた場所に穴が穿たれていた。半径三十センチくらいの円が、綺麗に刻まれていた。

 

「よけたのですか……?」

 

 当然俺も驚いたのだが、殺気を放っていたふくよかさんの方が驚いていた。

 その間に隠しナイフを場所を確認し、本数を確認する。また、何時でも取り出せるように手をある程度近いところに待機させて様子を伺っておく。

 

「……貴方、何者です? 吾輩の一撃を避けるとは、只者じゃありませんね?」

 

 そう言ってくるふくよかさんだったが、以前ほど温かい空気を放ってはいない。その真逆で、凍てつくような殺気をバリッバリに展開し体の芯を凍らせてくる。ふくよかさんは、くるりと持っていたステッキを回す。するとそれは何故かカボチャの傘へと変化して――――――

 

「カボチャの、傘?」

 

「さて、答えなさい。貴方は一体なんですカ?」

 

 ……待って欲しい。

 その体型にその喋り方。ハートついてないけど同じだ。それにトドメのそのカボチャの傘。しゃべるだろそれ絶対! そういや店でも紅茶に砂糖大量に入れてったっけ、あれだけ甘党ならこんなふくよかにもなるよな!

 

「ねぇふくよかさん? そういや俺たちって名前、知りませんよね。どうです、ここで一つ明かしてみるってのは」

 

「……いいでしょウ。では吾輩から。吾輩の名は千年伯爵、製造者をやってまス」

 

 ほらー!

 やっぱりあのデブ公だった! なんで気づかない俺! 俺って人間バージョンの千年伯爵って見たことないっけ? あれ、実はない? ってことは気づかなくてもしょうがない――けどダメでしょそれは。 

 

「と、取り敢えず俺も。俺はラスロ・ディーユ(偽名)、エクソシスト、やってます」

 

「そう、ですカ。貴方はエクソシストでしたか」

 

「ええ、まぁ。そちらこそ、まさかあの伯爵だとは……」

 

 そういや、実はこれが初めての会合か。アレンの時俺は別のところで他のことやってていなかったし、師匠が遭遇したときは『己が栄光の為でなく』で姿隠して戦場から離脱してたし。

 

「神を否定していた貴方が、神の使徒……たしかにあの憎悪は本物。何故堕ちていないのですカ?」

 

「さて、何ででしょう。俺に適合するイノセンスだから、それなりに反逆心があるんじゃ?」

 

 すると伯爵(人間)は面白そうに笑う。

 実に興味深そうだ。

 

「それにしても、残念でス。貴方はコチラ側に引き入れたかったのですがねェ」

 

「とか言いつつ、その謎エネルギーつきつけるのやめてくれる? 当たったら簡単に俺吹き飛ぶよね?」

 

「まぁ、先ほど同様何者であろうと結局一度殺すのには変わりありませン……」

 

「それこそなんで!? さっきまで俺普通の人間って認識だったよね!?」

 

「殺せばどうにでもなるんでス。吾輩、千年伯爵ですかラ?」

 

 伯爵はついにあの姿へと変貌する。

 何時ものあのぽっちゃり千年公の完成である。

 

「死ィネ♥」

 

「ふっざけんなァァァ――――――!!」

 

 俺はナイフをイノセンス化して振るう。

 伯爵は一度レロを剣にして、そのナイフと打ちあったが少し距離をとろうとステップを踏んだ。

 

「それが貴方のイノセンスですカ♥ ……脆弱ですねェ♥」

 

 ナイフを見れば、ほんの少しではあるが欠けている。

 伯爵は脆弱というが、元が普通のナイフにしては上出来である。

 しかし、どうしたものか。流石に俺、伯爵に勝てる気がしないし逃げないといけないんだが……手持ちに煙幕系が一つもない。あるのは手榴弾一つ。こうなれば仕方がない……建物爆破しよう。幸い、ここの近くには廃れた教会があるから、そこを目指す。

 決まれば直ぐ行動! とばかりにナイフを数本投げつけて一目散に走り出す。伯爵は、飛んできたナイフ全てがイノセンスであることに気づいたようで全て剣で叩きおってきた。

 まぁその間に俺は教会付近まで走ってるんだけどね。エクソシスト、そして借金取りとの鬼ごっこで鍛えられた脚力をみよ!

 

「そぉい!」

 

 俺は閉じている扉に飛び蹴りをかまして中へと入る。

 中は窓も割れているし埃も溜まってるし散々だが、俺にしてみれば都合がいい。

 そうして中で伯爵を待っていると、上の窓を突き破ってやってきた。

 

「まさか、最後の神頼みですカ♥?」

 

「なわけない。ここで俺が祈ったって助けてはくれない。多分、いや絶対、更に追い詰められるような出来事が起きる」

 

「本当に、堕ちないんですネ♥? どうなっているのか非常に気になル♥」

 

「やめぇその笑顔。背筋が震える」

 

 と、震える演技で両手を服の上に重ねる。

 そして片手に手榴弾、もう片方にはナイフを二本指に挟んで、投げる。

 

「ヒョ♥!?」

 

 当然伯爵は驚きながらもナイフをかわしてくる。

 続いて俺は手榴弾のピンを抜いてポイッと投げて身を伏せる。目標は伯爵――ではなく教会中央の柱。イノセンス化で多少威力の上がった手榴弾なので天井を少しでも崩せればこの老朽化している協会なら崩せるだろう。更に埃と瓦礫によって視界が遮られイノセンスを発動して逃げきれる。

 そして、手榴弾は俺の思惑通りに爆発し、瓦礫をまき散らし、と埃を舞い上がらせ視界を遮った。

 

「ハッハッハッ! 甘いなぽっちゃり、俺はそうそう殺されない!」

 

「ぬゥ♥ 何処に消えたのですカ♥!?」

 

 教えるわけがなかろうに。

 俺は速攻でイノセンスを切り替え発動し、こっそりと街中の方へと逃げ出した。なに、ちょっとばかし仕返しをしないと気がすまないんだ俺。

 こっそり人混みに紛れ、イノセンスを使って伯爵(人間)に変化する。ははは、共にお茶を飲んでいた日数からしてイメージ簡単! 覚えやすい顔だし体型だし?

 そのまま、教会が崩れて大変だと騒ぐ人々に元へと歩く。

 そして――――――

 

 

 

 

 

 

「――それ、吾輩がやりました……弁償します」

 

 

 

 

 取り敢えず色々負債をつけておいた。

 話を聴きに来た警察にも、自身の名前を明かしてサインをしておいた。筆跡が似てなくとも、ここまで同一人物であれば逃れるのは難しかろう。きっと、伯爵は迷うはず。化けた能力が本当はイノセンスの能力で、ナイフは違ったとか、またはその逆で、ナイフこそイノセンスだが、化けたのはメイク技術によるものだ、とか。

 あれでも、人間バージョンの伯爵は貴族間のパイプもあるってお茶してた時に聞いてるし、俺に正体をバラされる危険性からそうそう人殺しはできないはず。ただ、ヤケになる可能性もあるので一応、『大人しく、ちゃんと借金は払いましょう。この件に関して報復に出てくるならコチラにも考えがある――』とでも手紙を書いておくとする。下手にブチギレされて無差別攻撃されるよりはマシだろう。ていうか、意外と伯爵って直接は人間殺さないし。原作のレオだって、一度狙われたっきりだろうし。

 それに、千年公という貴族が残っていればある程度動きが分かる。匿名希望で、コッソリ、中央庁へと情報を流して目をつけられてなんていないよ? ……匿名希望で、出したのになぁ。

 そんな訳で手紙を『次に吾輩に出会ったら渡して欲しい』と言って警官に預けてその場を去った。当然、事情を把握しきれていない警官が追ってきたがイノセンス使って撒いた。

 

 

 

 

 

 それからと言うもの、伯爵は俺に会うたびに言うのだ。

 

 

 

 ――この狸メ♥、と。

 

 

 

 また、師匠の話だと中央庁からのガサ入れがあったらしいが、それはそれは見事な応答で何一つボロを出させることができなかったらしい。

 次の日、伯爵に出会ったのだが本気で死にかけた。

 アクマ引き連れてまるで百鬼夜行。 

 師匠いないしでホント有り得ない! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十七話

あとがきは最後まで確認をお願いします。
投票は活動報告にお願いします。


 

 

 

 

 

 心臓に穴を開けられた上、イノセンスも破壊されたアレンはアジア支部に拾われた。

 そしてアジア支部の支部長補佐であるウォンは、先の戦闘で疲弊していたクロス部隊の元へと赴きアレンを回収したことを伝える。多少、生死をぼかしながら。確かに、アレンは生きてはいたが危険な状態であることに変わりはないしイノセンスを失った彼がどうなるか分からなかった為だ。

 それを伝えられたクロス部隊の面々、特にリナリーは顔を手で多い呆然と立ち尽くす。彼女はあの時、アレンの手を掴めなかったことを後悔していた。

 それでも彼らは進まねばならず、リナリーが立ち直るのを待つことなく先へ進む。……飛んできたティムキャンピーと共に。

 

(これは戦争なんさ……しょうがないことなんさ!!)

 

 ラビは、先の戦闘で使えなくなった船を修復するために派遣されたミランダが運んできた最新式の団服に着替えていた。そんな時にも、落ち込んだリナリーの顔が頭から離れずモンモンと一人考える。

 

(……ラスロ、それにアレン。二人共、死んだ。いや、ラスロに関してはまだ分からんさ。アレ、存在そのものが謎だし)

 

 それにしても、とラビは思う。

 

(二人共、クロス元帥に近しい人間。……元帥は一体なにをやってるのさ?)

 

 着替え終えた古い団服を畳み、仕舞いこもうと持ち上げたとき一枚の紙がひらひらと落ちる。それに見覚えがあったラビは、忘れてたと紙を拾い上げ封をきる。そう、以前コムイから渡されたラスロからの手紙だった。

 

(もしかして、何が大事なことが書かれてるんじゃ……)

 

 失敗した、そう小さく呟いて中に入っていた手紙を広げる。

 そしてそこには――

 

『ラビへ、たまには手紙もいいよな? ちょっと気になることがあったので、手紙に書いておこうと思う』

 

「ちょっと、気になること? もしかしてノアに関してさ!?」

 

 急いで手紙を読み進める。

 それから数行、軽い世間話が入り、そして、アクマのことが書かれていた。

 

『――それと師匠から聞いたんだけど、アクマのレベル3にはタイプがあるらしい。近接型とか、遠距離型とか。近距離は特に装甲が硬いらしい。まぁ、師匠にしてみれば紙切れ同然の薄っぺらボディだろうけど。それに、能力も強化されてるらしいから気をつけろよ?』

 

「まるで、その内遭遇するような言い草さ。でも、この情報は助かるさ。それで、次は――ん?」

 

 ラビは二枚目を見て、動きを止めた。

 なぜならば、二枚目には大きく、『木・判!!』と書かれていたから。

 この時ラビは、ラスロの正気を疑った。

 目をこするが、文字は何一つ変わらない。

 

「これは、スルーするさ。うん、それ前提のものさ」

 

 ラビは無視を決め込んだ。

 そして最後の三枚目。こちらは普通だったので、読み進める。 

 

『そう言えば、ラビのイノセンスは能力が多いよな。火判に天判、他にもあったけど俺が凄いなぁと思うのは『木・判!!』だな。いいよな『木・判!!』、天候操作できるんだろ? ピクニックの時大活躍だな『木・判!!』は。雨降っても『木・判!!』使えばからっと晴れに出来るし、逆に日差しが強すぎれば『木・判!!』で雲呼び寄せられるんじゃないか? っていうか、雲の上にいる敵とか厄介だけど『木・判!!』使えば簡単に捕捉できるな!! もう一度言う、雲の上にいる敵とか厄介だけど『木・判!!』使えば簡単に捕捉できるな!! ああ、後は砂漠とか行ってみたら? 雨降らしの神とか使徒として崇められると思う。凄いな『木・判!!』って。『木・判!!』俺も欲しいな。自然物に影響し操作できる、カッコイイな『木・判!!』、憧れる!! それに――――――』

 

 なんか『木・判!!』と言う文字が多く、以上に木判をアピールしていた。ラビは意味が分からない。

 

(なにさ――!? なんでこんなに『木・判!!』アピール!? 分からない、分からなすぎるさラスロ!!)

 

 より一層、彼に関しての情報収拾の優先度が高まった。ただ、ラビの中ではあまり深入りしたくないという感情が渦巻いていた。いかんせん、考えていることが分からない上に変なペースに乗せられて着地地点が予想できない。会話にせよ、行動にせよ。

 

「なんか、疲れたさ……あれ、俺ってさっきまで何考えてたんだっけ?」

 

 綺麗に頭がからっぽになっていたラビは、先ほど感じていたモヤモヤが無いことに気づかない。

 当然、ラスロはそれまで予想して手紙を書いたわけではない。彼にしてみれば、出航してアクマに襲われたらさっさと木判使ってアクマ倒せよ? と伝えたかっただけである。印象に残る『木・判!!』はその為の物。正直ラビの精神が変に落ち着いたのは予想外である。

 

「皆のところに戻るさ。……もし、ラスロがヘブラスカに予言を伝えられたならどんな内容なのか気になるさ」

 

 ヘブラスカの予言はよく当たる。

 故に、ほんの少しラスロに与えられる、もしくは与えられた予言の内容を聞いてみたいと思いながらラビは出航前に皆の待つ船長室へと歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

「ほらほら、早くイノセンス化してみせるっちょ!!」

 

「無茶言うな! 箱+船の意味不明な置物イノセンス化しろとか無茶にも程があるわ!!」

 

 現在、俺はチョメ助から渡された謎の物体をイノセンス化できるように頑張っていた。ホント、意味が分からない。船単品であればちょっと瞑想して過去の記憶掘り起こしてイージス艦とかそれっぽいものを想像して武器、兵器として認識出来ただろうに、この意味不明な造形にはホント困らされる。

 

「ていうか、何なんだよこの箱と船は。イノセンス化させたいならもう少し造形を荒々しくとか刺々しくとかするべきだって……師匠も無茶ぶりを。でもできないと、そこの銀から報告行きそうで怖いしなぁ」

 

 そう、俺の隣にはパタパタ浮かぶ銀色のゴーレム(名前はまだない)がいる。師匠が親切にも俺に作ってくれた最新式のゴーレムらしい。ただし、連絡機能についてはほぼ一方的だけど。向こうからかかってきたら、受信絶対。此方からかけても師匠が気に入らなければぶつ切りOK。有り得ない。

 

「はぁ、せめて酒瓶とかと同じように普段振るわれていればやりやすいのに……」

 

「酒瓶を武器と認識できるのは、オイラはラスロしか知らないっちょ」

 

「いや、きっとアレンだってできる。まぁ、アレンの場合はトンカチとかそこらだろうけど。いや、トンカチって皆武器って共通認識持ってるか」

 

 哀れみの視線が注がれる。

 アクマに再度、哀れまれた。

 ……有り得ない。 

 

「そういや、アレン達は無事かな? そろそろ師匠を追って船に乗り込む頃だと思うんだけど」

 

「随分と的確っちょね。概ね正解っちょ。ただ、一人欠けたっちょ」

 

 何故チョメ助が知っているかなどどうでもいい。それよりも、一人欠けたと言う言葉だ。もしかしたら、という疑念はあった。俺が逸らしたのはティキに殺されるエクソシストの人数であり、ティキが中国に辿り着く時間ではない。何せ、幾ら頑張ったところで彼らノアに距離なんて問題にならない。ロードがいるから。

 

「アレン・ウォーカーがイノセンスを破壊された上、重傷で運ばれたっちょ」

 

 思考が停止する。

 まさか、そこを変化させることはできなかったのか?

 確かにあの時、ティキは撃退したし縛り上げておいた。まぁ、あの鎖がどれだけ時間を稼いでくれたか知らないが。それにしても、少し早すぎる。この移動速度、方舟? それともロード?

 

「ラスロ、ショックなのはわかるっちょ。でも、今はそんな状況じゃ――――――」

 

 チョメ助の言葉に我に返る。

 大丈夫、死んではいない。重傷ってことは、まだ生きている。犯人は恐らくティキだから、次にあったときは覚悟してもらおう。徹底的に殴打して縛り付けて動けなくしてやる。

 

「……ん、分かってる。戦争だ、仕方ない。でもまぁ、どうせ神様に愛されたアイツの事だきっと、平気さ」

 

「淡白な、いや、信用してるっちょ?」

 

「そ、信用してる。アレンはそうそう歩みは止めないよ。一時的に止まっても、その後絶対に歩き出す。遅れを取り戻すように」

 

「兄弟弟子間の信頼っちょ? ……まぁそれはいい事でも、早いとこそれイノセンス化するっちょよ?」

 

「人がいい事言ってんのに掘り下げるなよ、涙出てくるよ?」

 

「オイラの胸の中で泣くっちょ?」

 

「何言ってるの寸胴ボディ? そのアクマボディで抜かすな」

 

 今のチョメ助はアクマにボディコンバートしていた。

 そうでないと、飛べないから。

 

「っちょ、もう直ぐ日本に着くっちょ。そこからは単独行動っちょ」

 

「着くって言われても、まだイノセンス化できないんだぜい」

 

「まぁ、オイラの背中に上でイノセンス作られても痛くて困るっちょ」

 

 そう、俺はそのチョメ助に乗って空を飛んでいた。

 初めて空を飛んだ感想だったが、それよりもこの船もどきのせいで楽しめなくて特にない。強いて言うなら、この隣飛んでる銀色も凄い速いなーってことぐらいだろうか。コレ、多分逃げてもすぐ追いつかれる。

 

「あ、でもさチョメ助。俺は単独行動って言うけど、何を目指して動けばいいんだ?」

 

「えーと、確か――好きに動けだった気がするっちょ」

 

「好きに? つまり、適当に歩いてればいいって?」

 

「そうっちょ。マリアン曰く、『馬鹿弟子一号は歩いているだけで災難に襲われる。日本で襲われてくれれば――』」

 

「OK、分かったもういいです。つまり、だ。俺って歩いてるだけで敵引き付けるから、師匠が動きやすくなるってことだろ? 必要な時は銀のゴーレム通して連絡ってな。ハハハハハハハハハって結局囮じゃねぇか――――――ッ!!」

 

「ある意味凄い才能っちょ。……オイラ尊敬してるっちょよ?」

 

「おい、最後なんで棒読み?」

 

「さ、さぁ、着くっちょ! 頑張ってくるっちょラスロ!!」

 

「…………………………」

 

 この鬼共め、いつか覚えてろ。

 

「でも、ちょっと寂しくなるっちょね。オイラ、この後はマリアンを追ってきたアイツラのとこ行かなきゃならんっちょ」

 

「行ってこい。どうせ忠告しに行くんだろ? その優しさ、俺にも分けてくれればいいのにな?」

 

 まぁ、来ても来なくても彼らは利用されるだけだが。

 しかし俺と違って選択肢があるってズルイよね?

 

「それはマリアンからの信頼っちょ。……ラスロ、頑張るっちょよ!」

 

「おう、頑張るともさ。……多分、これが最後か?」

 

「……ちょ。オイラの限界も近いっちょ、当然っちょね。只違うのはちゃんとイノセンスで破壊されるっちょ」

 

「そうだな、お前、否、チョメ助はいずれイノセンスで破壊される。ちゃんと、魂は解放されるさ」

 

 しかし、チョメ助に生まれた自我(・・)は違う。

 過去、エリアーデというクロウリーが愛し愛された美しいアクマも同じ結末を辿った。レベル2になって生まれた自我は消滅し、縛られた魂のみが開放された。また、他のアクマと違うという点も同じだろう。エリアーデは、人を、エクソシストではなかったが、イノセンスを使えるクロウリーを愛した。チョメ助もまた、改造され自ら殺人衝動をある程度抑えられるようになった。

 結末も、同じなのだ。

 

「こればっかりは、どうしようも無いんだよなぁ……」

 

 正直、悔しい。

 俺は思っていたよりチョメ助を友として認識していたらしい。

 居なくなるのは、寂しいと俺も思う。何より、破壊されたあとの自我の行き先が消滅であることが、悲しい。せめて、他の魂同様にとも思うがそうはいかない。本来はあるはずのないモノであり、還る魂とは全くの別物だ。

 

「ハハ、あぶねぇ……ちょっと馴染みかけてた(・・・・・・・)じゃないか。しかも、それも悪くないとか思ってたり」

 

「褒められてるっちょ、それ?」

 

「ん、褒めてる。結構硬い意志だったのに、中々揺らいでた」

 

「ちょ! ならばいいっちょ。揺らがせるだけの魅力がオイラにはあるっちょな?」

 

「ははは、寸胴がなに言ってるのやら」

 

「ちょ~~~!?」

 

 ……チョメ助、お前は俺が破壊してやる。

 その時、俺がその場にいなくとも。

 破壊するのは、きっと俺だ。

 

 

 

 取り敢えず、目標に一つ追加。

 どうしようもない、アクマに肩入れしかけてる俺の私怨。

 あのデブ公は、最低でも一発殴る。ついでに、師匠も。

 目標、帰る、とか掲げておいてこの感情――――――有り得ない。

 

 

 

 




活動報告にてアンケートを募集したいと思ってます。
基本ルートは以下の三つ。


1、教団ルート

2、ノアルート

3、その他のルート

の三つになります。
詳しくは活動報告にて。

-追記-
あとがき冒頭にあるように、アンケートは活動報告で募集しています。
投票は活動報告にお願いします。


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第十八話

アンケート結果。

ルート1 約146票

ルート2 約79票

ルート3 約16票


となりました。細かいところ間違えてるかもしれませんが、恐らくルート1と2の差を埋めることはないと思います。

最終的に、票数が多かったルート1を本編として書いていきたいと思います。
200票以上の投票、本当にありがとうございます。

現在、意外と多かったIF希望について検討中です。
やるとなれば、閑話か、分岐からのIFになるかと。……あまり期待はしないでくだせえ……。


 

 

 

 

 空を飛び、海を越え、ついに師匠の待つ日本へとたどり着いた。

 元の世界で言う、俺の住んでいた国だ。桜は美しく咲き乱れ、情緒ある風景には心が踊った。確かに現代の街並みではなかったが、見える街は江戸時代。教科書などで見た絵そのままだった。

 

「日本よ、私は帰ってきた……」

 

「ラスロ、お前の出身はヨーロッパっちょ? 乱心するなっちょ」

 

 チョメ助からいただいた一言で我に返る。

 一度、師匠から離れてこっそり来たことがあったがその時はゆっくり出来なかった。その理由は単純で、奴らが大量に湧いていたから。当時の俺は日本に行けると浮かれててそんなこと考えてなかったので日本についてから大変だった。ちなみに、その時に桜の苗木は持ってきた。密入国したうえに、勝手に持ち出したことは悪いと思っている。

 ちなみに、苗木に使っている神秘の肥料だが種明かしすると酒である。それもロマネ・コンティとか言う奴。酒瓶イノセンス化したら中身まで神気放ってたので土にたっぷり染み込ませておいた。御陰でうちの子は強くなりました。

 

「……戻ってくるっちょ。ここがどんな場所だか分かってるっちょ?」

 

「ああ、悪い。そうだ、ここはアクマの巣窟で師匠のいる魔窟なんだ。気を付けないと、どう利用されるか分からない」

 

「それ、注意する対象の比重間違ってるっちょ! 師よりアクマに気をつけろっちょ!」

 

 プンスカと頭から湯気の様なものを出しているチョメ助に怒られる。

 お前も改造された身なら分かるだろう? 師匠は油断しきって背中みせるとアクマより悪魔らしいことをしてくるんだよ? 実に、人間にとって悪魔的な行動を取り精神身体ともに追い詰めてくるのが師匠だよ?

 

「その目、何考えてるか丸分かりっちょ。……残念ながら、同意するしかないっちょけど」

 

「だろ? 師匠は悪魔、これは覆らない」

 

「ただ、それをこの場で言うべきではないっちょ。隣にいる銀色忘れたっちょ?」

 

 ビシッとチョメ助が指差す先には、銀色のゴーレム(師匠作)が浮いている。さぁっと血の気が引いていく感覚。そうだった、このゴーレム師匠と繋がってるんだった。

 

「……………………船、捕まえて逃げるか」

 

「待て待て待て待つっちょ!! オイラの努力無駄にするなっちょ!!」

 

「無理、だって俺死にたくないし。それ以前に借金増えるのはご免なの。そう言ったことは弟弟子にどうぞ?」

 

「下の奴を売るのがデフォになってないっちょかこの師弟!?」

 

「弱肉強食、世界の摂理。この日本と同じだな?」

 

「なんで知ってるか微妙なところっちょ。まぁ、否定しないっちょ」

 

 そう言うと、チョメ助は視線をある一点へと向ける。方角的には陸地で、街へと続く一本道の隣の空間だ。見れば、そこには形の整わない小さな山が幾つか存在していた。すると俺の嗅覚がオイルの様な匂いを捉える。そして理解した。

 

「アクマの残骸、か。しかも共食いの結果って事は内蔵された魂は……」

 

「消滅したっちょ。オイラ達が改造される前は、共食い現象で魂ごと消滅した奴もいたっちょ。ただ、今は食われかけると自爆システムが発動して相手ごと道連れっちょ」

 

「……嬉しいんだが、デブ公に尚更目を付けられると考えるとどうなんだろう。俺の目標から遠く離れていきそうな殺伐な未来が見えるよ。俺は一体どこへ向かってるの?」

 

「さぁ、オイラは知らんちょ。っと、ホントにもう行かないとまずいっちょ」

 

「そうか。まぁ、頑張ってきてくれ。アイツら頼むな?」

 

「任せとくっちょ! んじゃ、オイラ行くっちょ。バイバイっちょ!」

 

「ん、じゃな、チョメ助」

 

 チョメ助はアクマボディの為表情が分かりづらいが、笑っていると思う。対して俺は上手く笑えているだろうか。まぁ、些細なことか。どうせ消えゆくチョメ助ならば、何を見られたところで問題は無い。でもまぁ、どうせなら笑いたいものだ。

 

「ちょー! 全力で急行っちょ! ちょちょちょちょちょちょ――――――!!!」

 

 そしてチョメ助は飛び立った。手足バタバタさせて全力で。

 俺はチョメ助の後ろ姿しか見ることができなかった。チョメ助は、一切振り返ることなくティムを連れたクロス部隊の方へと飛んでいったからだ。

 次会うときは、どちらか一方がその姿を視認するだけになるだろう。

 

「ガンバーチョメ助。……俺も行くかね」

 

 くるりと踵を返して、アクマの残骸の横を通って街へと向かう。

 ヒラヒラ舞い降りてくる桜の花びらは、無性に俺の心を落ち着けてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

「………………で?」

 

「で? ってなにさぁ。折角遊びに来たのにぃ」

 

 その数分後、俺の背中に何かが乗っていた。

 正直確認する気にならなかったのでそのまま乗せているが。

 

「来んなよ、仕事しろよ」

 

「するよぉ飴一年分で手を打ったんだ、ラスロにも分けてあげるよ?」

 

 ところどころ間延びする口調。

 知り合いっていうか、天敵っていうか。ロード以外有り得ない。

 というかロードがここにいるのが有り得ない。

 

「つか、どうやって俺の場所特定した? 俺、アクマの目にも写ってなかったと思うんだけど?」

 

「知りたい? 知りたいラスロぉー」

 

 俺は頷いておく。

 知って対策を取る。

 

「じゃあ教えてあげる。…………女の勘って、すごいよねぇ」

 

「防ぎようがねぇ!?」

 

 聞かなきゃよかった。

 聞いた分、心構えはできるが四六時中気を付けないといけないとか有り得ない。

 

「アハハハ!! やっぱりラスロは楽しいなぁ。ねぇ、そう言えばティッキーを気絶させたんでしょぉ? どうやったの? ティッキーってば絶対教えないって言って教えてくれないんだぁ」

 

「へぇ、じゃあ敢えて教えてやろうか? 嫌がらせで」

 

「早く早く」

 

「いや、目が輝いてるけどどうしようもない内容だぞ? 単純に、突っ込んだ先の店の中にあった酒瓶で脳天叩き割りを入れてやったってだけで。酒が滴ってイケメン度が増してたよ。……真っ赤だったけど」

 

「……ッ! プハ――アハハハハハハハ!!! テ、ティッキーが酒瓶、万物選べる能力あるのに、酒瓶でッ!!」

 

 ロードはお腹を抑えて笑い出す。

 相変わらず俺の背中の上で。待て待て、それ以上体をそらすな落ちるぞ。

 

「ハハハハ!! ハー息が苦しいよぉ。あー、最高だねぇラスロは。ホント、欲しくなっちゃうなぁ」

 

 そう呟くロード。

 ゴメンです。オモチャとか嫌。肉だるまにして連れてこいとかティキに言ったお前は俺の敵です。このなりしてどれだけ残忍なことを考えているのだろうかこの娘。

 

「ねぇラスロ。足はいいから両手取ってコッチにこない?」

 

「肉だるまと比べると失うの半分だけで譲歩されてるようだけど嫌だからね?」

 

「ちぇー、まぁいいや。また誘いに来るから。あ、暫く会いに来れないけど、心配しないで待っててねぇ?」

 

「はいはい、行ってこい行ってこい。その間に女の勘すら超えてやる」

 

 フフ、と言う笑い声が耳元で聞こえたと思ったら、何時の間にか背中の重みは消えていた。恐らく扉を使って帰ったのだろう。確かこの時期は何かあったはず。ロードが何かしてたんだけど、あまり覚えていない。

 そう言えば、甘い匂いがする。

 それも背中からと言うことは、ロードなのだろうか。 

 

「……冗談、どうせクッキーとかでも食べてきたんだろうさ」

 

 原作で飴一年分とかって言ってたし。

 取り敢えずそういったことを頭の隅に掃き捨てて、イノセンスを発動させて姿を桜の花びらへと変えて姿を晦ましておく。先ず、ゆっくりできる場所を探して歩こうと思う。アクマもノアもいないような、そんな有り得ない場所を探す。

 

「そこで、コイツをイノセンス化させないとな。……ホント、師匠は何考えてるんだかな」

 

 やらない、という選択肢はない。

 師匠は言っていた。やらなければ、俺どころか――――――と。

 

「俺がやらないから人が死ぬとか、嫌だし」

 

 これも、俺の精神が罪悪感を感じないためである。

 そうに決まっているのだ。

 

「あー、でも。あのデブ公は殴んないと帰れないな、うん」

 

 これは絶対にやってみせる。

 これもまた、俺の精神に安定をもたらす為である。

 そうに、決まっているのだ。

 自分に適当な言い訳を聞かせながら、落ち着ける場所目指して歩き始めた。 

 

 

 

 

 

 

 

 ロードはラスロとの会話後、千年伯爵の元へと趣いていた。

 

「何処に行っていたんですカ♥? もうすぐ始めますヨ♥?」

 

「んー、ちょっとラスロのところぉ。ていうか、まだ方舟完成してないからいいじゃぁん」

 

 すると伯爵の顔に青筋が浮かぶ。

 それは当然、敵であるエクソシストに接触しているロードに対して――――――ではなく、ラスロ個人に向けられている。理由は当然の如く出会いから現在までの確執からくる。

 

「……そう言えば、千年公はラスロを敵視してるけど何があったのぉ?」

 

「聞きたいですカ♥。いいでしょう、聞かせてあげまス♥。あの狸が吾輩にしてきた悪魔の所業ヲ♥!!」

 

 そして語られる、ラスロと千年伯爵の出会いから現在に至るまでの物語。物語、としてしまうといささか硬い。どちらかといえば日記が正しい語りであった。

 伯爵曰く、借金を押し付けられた、人の顔を使って好き放題してくれやがった、師弟揃って周りをかき乱していく、会うたびに不幸を運んでくる疫病神、神嫌いであり神に嫌われている摩訶不思議な神の使徒、意外と話は会うのだが一度反発し合うと中々議論が終わらない硬い男、神を殴る為に神を信じる男などなど。

 聞いていたロードは、少し考えを改めた。

 正直、ラスロを本気でこっちに引き込みたいと思っていたロードだったのだが伯爵とラスロの確執がどれほどのものか分からず諦めかけていたのだが、話を聞いてもしかしたら大丈夫なのかもと思い始めていた。ティキにくだされた指令から、殺すほどラスロが嫌いなのだと思っていたが実際はそこまでではなかったのだから。

 

(つまり、意外と人間的には好きだけど、イノセンスを持って敵対してるから殺すってことだよねぇ? 確か、ラスロって自分側には優しいっていうしコッチに引き込んじゃえばラスロの問題も解決しちゃうんじゃぁ?)

 

 ロードの思考は加速する。

 そう言えば、自分の説得にも最終的には納得してくれていたことを思い出す。殺さずとも、イノセンスの使用を不可にすればそれでいいと言ったのだ。よく考えれば分かることだった。

 

(でも、それじゃあどうやってコッチに引き込むかだよねぇ? ……どうしよっかぁ)

 

「――――――と、やはりアレもまたクロス・マリアンの弟子だったのでス♥!!」

 

 白熱している伯爵。

 ロードはすでに話を聞いていないが、何故だが燃え上がっている伯爵は気づかずに話を続けていた。

 

「最近は吾輩のアクマにまで手をかけ始めたのでス♥!! この間なんて、吾輩が部屋で編み物をしていたらアクマがやって来ていきなり自爆したのでス♥!! 御陰で編み物はパァ、お気に入りの帽子まで燃えたのでス♥! あの神気、間違いなくあの狸の仕業なのでス♥!」

 

 ロードは考える。

 ラスロを引き込むならイノセンスを無効化しなければいけない。ただしそれには幾つかの方法がある。一つ、単純にイノセンスを破壊してしまうこと。二つ、両手を奪って戦闘力を無くすこと。それに、千年公の反応からハートの可能性は低いしなんの問題もない。というか担い手がラスロであればハートであれ問題ない。何せ神に逆らうと公言しているのだから。三つ、最終手段でラスロをコッチの家族に加えてしまう。

 

「やっぱり、それが一番いいよねぇ……」

 

 ロードは唇を指で抑えながら、実に面白そうに呟いた。

 

「ねぇ、千年公? ちょっと試してみたいことがあるんだけど、いいかなぁ?」

 

 勿論、対象はラスロね、と付け加えると伯爵の興味がロードの話に移る。もうすぐ方舟の作業があるから自身で実行するのは難しい。その為に、共犯者を作らなくてはいけない。

 まず、千年公さえ引き入れてしまえばノア全体の総意になるんだから一石二鳥である。

 

「実は、ラスロをコッチに引き入れる方法を思いついたんだぁ。ねぇ、ちょっとだけ試してみない? ラスロの意志がどれほどのものか、とかさ」

 

「…………いいでしょウ♥ 何をするつもりなんでス♥?」

 

「うん、それはね――――――――?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何この寒気。おぞましい何かが俺に迫ってる? いや、ないか。ロード帰ったしジャスデビは師匠追いかけて借金押し付けられてるだろうし?」

 

 当の本人は、やっぱり何も知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




ちなみに、伯爵宅で爆発したのは、殺人衝動が強くなり限界だった改造アクマです。

分岐点まで、後数話。


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第十九話

『1~3 例えば……』は近日削除予定です。

次の話でようやくリナリーの出番……のはず。


 

 

 

 

 一人のんびりと歩く。

 チョメ助は行ってしまったし、ここからは単独行動だ。そう言えば、ラビに渡した手紙は上手くいっただろうか。木判を猛アピールしてきたから、原作より死者を減らせたと思うんだけど。まぁ、問題は原作より多く生き残った場合どうやって帰るのか、だ。確か彼らが乗る船はミランダによって修復されているからミランダがいなくなったら崩壊し沈むはず。まぁまだ、戦闘が始まってないかもしれないが。

 ただ、恐らくだがミランダの精神力とかは対して減ってないと思う。うろ覚えだが、発動したときに船の上に出てきた時計に攻撃が当たると大幅に精神力体力が削られていた気がする。今回はラビの行動しだいで瞬殺できるだろうから、全てはラビ任せといったところか。

 

「とはいえ、船が無事でもミランダがいないと帰れない。ミランダごと船が帰ったところでクロス部隊にダメージが戻ってきちゃう……他人任せもまた、もどかしいな」

 

 あるよね、こういう感覚。

 人に任せたんだけど、上手くやれたか心配になるって状況。

 まさに、それだ。信じてはいるが、成功するとは限らないのだ。

 

「…………しゃあない、チャオジーフラグへし折るけどしょうがないよな?」

 

 幾ら生き延びようと、行き先が日本では結末が変わらない。

 何せレベル3の巣窟なのだから。俺が合流したとしても、大勢の人間守りながら戦闘とか有り得ない。ならば生き延びた人たちにはそのまま帰ってもらおうじゃないか。

 

「――――――ども、師匠。ああ、待って切らないで!? 実はお願いがありまして―――」

 

 そして俺は銀のゴーレムから師匠に回線を開いた。

 その時ゴーレムの左下にある数字が増えていたのだが、これが通信料だと知るのはその後だった。

 そして師匠は俺の願いを聞き入れてくれたのだが、うん、察して欲しい。人にものを頼むときは袖の下くらい持ってこいよ、あ? 的な展開だったことは伝えておく。

 

「はぁ、なんでこんなに自身犠牲にせにゃならんのだ……。師ならば弟子の頼みくらい無償で聞いてくれっての。こうなったら、無事船員は生き残ってお前らはちゃんとコッチこいよ?」

 

 俺は再び、あの意味不明な箱+船を取り出してイノセンス化に挑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 ラスロが師に連絡し終えた数時間後、船上で戦闘になっていたクロス部隊。

 襲撃者はレベル3とレベル2が数体だけだが、レベル2に限っては雲の上から攻撃をしてくるため位置が特定しずらく苦戦していた。レベル3に至っては海面で何とか立ち直ったリナリーと激戦を繰り広げていた。

 

「くっそ! 全然当たらないさ!!」

 

 船に残っているエクソシストの中で、空中戦または遠距離攻撃を持っているのはリナリーとラビのみ。ブックマンも針を使えるがあくまで近~中距離といったところなのでリナリーがいない今ラビのみとなる。

 しかし、遠距離攻撃を放てようと的が見えなければ当たらない。ラスロであれば科学班印の自動追尾やら便利機能を使って撃沈するか、大火力で広域の弾幕張り巡らせて殲滅するが。

 

(なにか、なにかないんさ……リナリーは戦ってる、やれるのは俺たちだけなのに!)

 

 額に冷や汗を流しながら、雲の上にいるであろうアクマを睨みつける。

 

「クロちゃん頼む!!」

 

「!」

 

 ラビは天判を使用し、広範囲にイノセンスの雷撃を放つ。

 数秒訪れる静寂からもしかしてという気持ちが湧き出るがすぐに打ち砕かれる。

 

「おい、当たっておらんではないか!!」

 

「だって見えないんさしょうがないだろ!!??」

 

 クロウリーに怒鳴られながらも、次の判を選びに入る。

 

(ええい、次は火判さ! それでダメならコンボ判で――――――って、ん? そう言えば最近判判うるさい何かを……)

 

 戦闘中だというのに、動きを止めて顎に手をやるラビ。

 それを見ていたクロウリーがため息をつきながらラビに襲いかかる凶弾を打ち払った。

 

「何をしている!!」

 

「悪いクロちゃん!! ただ、何か思い浮かびそうなんさ!」

 

「ならばさっさとしろ! 何時船内まで攻撃が届いてしまうかわからんぞ!」

 

 甲板には、ミランダを除くエクソシスト以外の姿が見えない。

 これは奇しくも、出航前にアレンの一言が原因である。

 

「わかってるさ! ただ、もうすこしなんさ!」

 

 そう言いながら、グイッと袖で汗を拭う。

 その時、カサリと紙が折れ曲がるような擦れるような音がしハッと懐を漁る。

 

「――行ける! 『木・判!!』…………じゃなかった、木判、天地盤回!」

 

 ラビは自身のイノセンスが持つ特殊能力を思い出す。

 最近手紙に書かれていた、あの判である。

 タンッと甲板にイノセンスを叩きつけ「木」と描かれた判子の様なものを押す。するとそれは光りを放ちながら空へと舞った。

 

「ち ち ち ち ち――――――どいてくれ、雲よ!」

 

 そしてラビがそう言うと、雲は従うように視界を開ける。

 天候操作の木判が発動したのだ。

 少し遅いが、ラスロの考えた展開通りに進んだ。 

 

「……見つけたぞ、アクマ共ッ!」

 

 それを逃さぬ吸血鬼。ラビに打ち上げられ、アクマに取り付く。

 しかし顔を見せない無礼者は楽には殺さんと、血を吸うのではなく注入してきた。イノセンスに犯された彼の血は、人にアクマのウイルスが毒なように、逆もまた然り。血を入れられたアクマは悶えながら散った。

 その後すぐに、赤い雪が甲板へと降り注ぐ。

 

 

 しかしリナリーは、帰ってこない。

 

 

 江戸にて会合するまで、後僅か。

 

 

 

 

 

 

 

 ややこしいが、時は巻き戻り師との連絡二時間後。

 つまりラビ達が戦闘になる数時間前……

 

「待てやクソ狸ィィィィ!!」

 

「ヒヒ、ヒヒヒ! 逃がさないよヒヒヒ!!」

 

 何故か絶賛逃走中の俺。

 いや、理由はわかってるんだけどさ。

 

「やっぱ弟子だなぁクソ狸! ここで会えるとは思わなかったぜ!」

 

 もう効果音がドドドドド!と付きそうなくらい爆走しております。

 だって背後から来るの顔色悪くてパンクな格好した黒い双子だもの。

 

「師匠めぇ、指定の位置にて待機とか言ってノアと鉢合わせとか有り得ない! 仕組んだなッ!? というか、独自行動言われてたのにまんまとかかった俺も俺かっハハハハ――有り得ない」

 

「ハッハッハ! 逃がさねぇ、絶対逃がさねえ! こないだ押し付けてくれちゃった倍近く払ってもらう!」

 

「あー、つまりあの後も師匠に借金を押し付けられたと。……ご愁傷様?」

 

「うぜぇ! その視線うぜえ! ジャスデロいくぞ!」

 

「ヒヒ、了解! ドッロドロー!!」

 

 ジャスデビは銃を俺に向けてくる。

 ああ、そう言えばその銃を若干壊したこともあったなぁなんて思いながら何か溢れ出てくるドロドロとした怨念っぽいものに進路を塞がれる。なんだか凄いざわざわとうるさい。死ねだの恨むだの憎いだの借金返せだの、本当に怨念の塊らしい。

 

「これで逃げ場はなぁい!! 年貢の納め時だゴラァ!!」

 

「は、この程度の怨念イノセンス以下だボケ!」

 

 甘いな少年達。

 イノセンスの囁く声はもっと厳かで響く、おっかない生活指導や学年主任的な声だ。それに毎回怒られている俺ですよ? ついで言うと、借金取りから罵詈雑言+暴力を受けていた俺ですよ? まぁ暴力に関してはいなしてたけどさ。

 

「んなっ!? そんなちっぽけな剣で払った!? 師弟そろってデタラメ過ぎるだろコラ!」

 

「ヒヒ、違う何かドロドロしたのまとわりついてるヒヒヒ!! ……ホントエクソシスト?」

 

「よく言われるからやめい。結構繊細なんだよ俺」

 

 と言いつつ走り続ける。

 こんな状況だがアクマは一体も俺に襲いかかっては来ない。というか付近には潜んですらいないらしい。どうも彼ら、自力で俺をふん縛りあげたいらしくアクマを近辺から追い払ってくれたらしい。

 

「って事で、俺からもプレゼント! 伯爵印のレア物だぜ?」

 

 コロコロを、走りながら後ろに転がす。

 無論グレネードですが。

 

「んなもん喰らうか!」

 

「ヒヒヒ!」

 

 しかし流石はノアといったところか、グレネードを爆発する前に蹴り上げてあらぬ方向へと吹っ飛ばした。……ノアの能力関係ねぇ。ダメだね彼ら、俺に毒されつつある。

 

「まぁ、それで満足してたら足元掬われるんだ。――そこらへん、穴があいてるから気を付けてな?」

 

「そう言って足元見た瞬間銃撃だろ!? 分かってんだよテメェのやり口は!」

 

「伊達に追いかけてないってね、ヒヒヒ!」

 

 分かってらっしゃる。

 でもね、それ第一段階の話なんだ。警戒度、一。

 

「はっは、おめでとう遂に君らは第二段階、つまり警戒度二へと到達しました。……今まで以上にキツイから、恨まんといてね?」

 

「何言ってやがる。取り敢えず、さっさと捕まえて金吐き出せ! そんでもってお前を人質にクロスを呼び出す!」

 

「いや無駄だから。いい? 俺が今日お前らと鉢合わせしたのも師匠が原因だよ? 弟子をノアに売るんだから、人質なんて意味ないし」

 

「淡々と言ってるけど外道だな!? やっぱりお前ら師弟だよ!」

 

「それもよく言われる。俺、一応師匠を反面教師に育ったつもりなんだけど外から見るとそこんところどう?」

 

「自覚ないよヒヒ! たちわるっ!?」

 

 うるせぇ気にしてるんだよこれでも!

 くそう、涙が出てくる。

 

「オイ、マジ泣きしてるぞアレ」

 

 何かノアにまで哀れみの視線を向けられた!?

 俺って、全種族共通で哀れまれんの? あ、神様以外で。

 

「くっそ、お前ら覚えてろよ。容赦しない、第二段階突入記念だ」

 

 第一段階=ある程度俺の逃走劇に慣れてしまい攻撃パターンと行動パターンを把握されるまで。第二段階=第一段階走破された場合、妨害レベルの上昇。つまり遠慮の度合いが変わる。

 今まで投げてきたグレネードの数が増加したり、落とし穴を作ったりね。

 

「切り替え、『己が栄光の為でなく』発動」

 

 曲がり角を曲がって少ししたところでイノセンスを切り替え地面へと伏せる。普通に見れば道の真ん中で倒れてるおかしな男にしか見えないだろうがイノセンス使っているので別のものにしか見えないはず。

 

「待てぇクソ狸! こうなりゃ先ずその邪魔な足からもいでやる!」

 

 あれか、君らノアは俺の四肢をもがないと気がすまないのか。

 

「って、いねぇ!? クソ、どこ行った!?」

 

「これみよがしに大きい穴があるけど、ヒヒ! きっとデロたちを落とす気だったんだね!」

 

 そう、現在の俺は地面に開いた大きな穴となっている。

 

「ち、舐められたもんだな! 幾ら冷静さを失っててもんなもんにかかるかよ! ジャスデロ、飛び越えるぞ!」

 

「ヒヒ、了解!」

 

 そして彼らは、その飛び越えた穴が俺だとは知らずに再び走ろうと一歩、力強く踏み出した。

 

「逃がすかよおおぉぉぉぉぉぉぉ!?!?」

 

「ヒヒヒヒ、落ちてる、デロたち落ちてるぶっ!?」

 

 そしてその一歩は地へと沈んだ。

 もう見事にかかってくれたね、ジャスデビの二人。

 ドシャッという音と二人の怒鳴り声を聞きながら、イノセンスを解除して穴を覗き込む。この落とし穴だが、俺を囮として嵌めるのが前提のものである。先ず俺が偽の落とし穴となって危機感を煽る。無論、変化した際の落とし穴は多種多様に用意しておく。今回はこれみよがしな大穴だった。ジャスデビならこれで嵌ってくれると信じてた。で、煽った後はきっと飛び越える。そしてその先に今までの逃走生活で培ってきた落とし穴の技術を駆使して完璧な落とし穴を仕掛けておくだけ。それが今回仕掛けたものの全容だ。

 ……うん、白状してしまえば、第二段階へ移行すると言ったその前から第二段階へと移行していた。つまり、ジャスデビにあった時にはもう、このプランは完成していたりする。ここまで走ってきたのは、元々そのために用意していた場所だから。

 

「テメェクソ狸! 一丁前に穴とか掘ってんじゃねぇよ!!」

 

「狸狸うるせぇ。……人間なら必ず一度はやることだ」

 

「やんねぇよ!? こんだけデカイサイズの落とし穴とか掘らねえよ!? 人類馬鹿にすんな!」

 

「いや、お前らが言うなよ!?」

 

 そんなアホみたいな応酬を繰り返しつつ、ゴソリと懐から銃と一束のトラウマを取り出す。ちなみにこのトラウマ、ジャスデビ達を遭遇する直前に、何故か(・・・)俺の背中に貼り付けてあったものだ。犯人は神父に決まってる。借金を押し付けてきた何者か、と疑問に感じて一番最初に神父が出てくる時点でこの世界は終わってる。というか、俺の周りの知り合いその他が終わってる。

 

「お、おいクソ狸? そこから一方的に乱射とか鬼畜かテメェ!!」

 

「ヒヒヒやっぱり外道だ、クロス一派は全員外道だ!」

 

「……やべぇ、乱射より鬼畜扱いされそうなことを今からするんだけど…………弱肉強食、嵌ったほうが悪いよね?」

 

 そして俺は銃をちらつかせながら、その場でトラウマの文字を書き換えていく。ついでに前回いただいた指紋とかを判子にしておいたのでそのままポンと二人分押す。

 中の二人はまだギャアギャア騒いでおりこのことに気づいていない。

 

「さて、と。銃はしまって、こっちを出して……」

 

 そうして取り出すのは丸い奴。

 無論、伯爵印ですがなにか?

 

「キャ――――――!!! マジだ、コイツマジだ! 鬼畜、鬼、クソエクソシスト、クソ狸、変態!!」

 

「最後の一つは流石に聞き捨てならん! 俺のどこが変態だ!!」

 

「このロリコン!」

 

「もう死ね双子ォ!!」

 

 俺は遠慮なくピンを抜く。

 そして投擲する。

 次の瞬間、丸い物体は音を立てて爆発し辺りを白い煙が包み込んだ。

 

「まぁ、社会的に死へと向かうといいよ」

 

 そう言い残して俺はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゲホッゲホッ!! くっそ、何時もの、パターンか!」

 

 デビットは怒鳴る。

 見れば、彼は傷一つ負っていなかった。

 それは隣にいるジャスデロにも言えることだった。

 

「スモークかよ、クソッ! また騙されたァァァァ!!」

 

「ヒヒヒ、エクソシスト死ね!」

 

 これは彼らがノアだからではなく、単純にラスロの使用した武器がスモークだったからである。ちなみに、本物のグレネードを投げ込んでブチギレされて『ジャスデビ』へと変化することを恐れたからでもある。

 

「アー、師弟揃ってマジムカつくぜ……」

 

「ヒヒヒ、煙い、凄い煙い」

 

 立ち込める煙は中々収まってはくれない。

 そんな煙が上へと抜けていく様子をボーっとしながらジャスデビは眺める。

 が、しかし、唐突に何かがデビットの頭へと落ちてきて視界を遮った。煙が大分薄くなっていたので、同じように何かが大量にヒラヒラと落ちてくることを確認できる。

 ペラリ、と頭に落ちてきた何かをはがしてよく見る。

 何だか嫌な予感がした二人。顔を見合わせて覗き込んだ。

 

 

 

 するとそこには――ラスロと名が書かれ、横線で消されていた。見れば、下にある血印まで線で消され、新しい血印が押されている。

 

 

 デジャヴ。ついでに、穴の上からニヤリと笑って楽しそうに紙を落としてくるラスロの姿を幻視した。実際は、もう逃げててそこにはいないが。

 そして二人は、桜の花びらのように舞い落ちてくる――請求書の束に怒鳴り声を上げたのだった。

 

 

 



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第二十話

戦闘の補足。
この場面をラスロが見ていたら、自己嫌悪に陥って倒れふすこと間違いなし。
まぁ、空中戦はラスロの専門外なのでどうしようもないのですが。


 

 

 ラビ達がレベル2を撃破した頃、リナリーはまだ戦っていた。

 

「はあぁぁぁぁっ!」

 

 リナリーのイノセンスは『黒い靴(ダークブーツ)』と呼ばれている。

 それは空を駆け、風を放ちアクマを切り裂く鋼鉄の靴だ。

 幾つかの能力もあり、水上戦闘までこなしてみせる。

 そんなイノセンスを所持しながらも、相対するレベル3の優位は揺るがない。

 

「言ったはずだよ。もうお前は、速く動くことなんてできない!」

 

 宙を蹴り向かってくるレベル3。

 体を捻って回避するが、追撃を交わしきれずその細い身に受ける。多少は新しい団服が軽減してくれるとは言え殺人兵器の一撃。エクソシストと言えどキツイ一撃だった。

 

「くっ、ぅっ!」

 

 体が重すぎて上手く動かすことができない。

 好きなように遊ばれる事に、屈辱を感じながらも、強い意志の宿る瞳でレベル3を睨みつけるリナリー。

 

「イキがいい。でも限界だろう? ……エシの能力には逆らえない。仲間と共に沈むといい」

 

 レベル3の能力。

 それは『重力操作』と呼ばれるものだ。

 とは言ったものの、レベル3こと、エシが攻撃を与えた分だけ重力が加算されるという一方通行のものだ。しかし、だからこそ強い。単一の能力は、複数の能力を扱うよりも単純で使いやすい。発動条件は、エシの近接型ボディに丁度いいこともありリナリーは苦戦せざるを得ない。

 

「こんな、ものっ」

 

 その能力により発生した奇妙な鎖。

 それが多ければ多いほど重力は加算される。それをリナリーは腕で押し広げて解こうとする。

 

「無駄だよ。逃れられはしない」

 

 エシはその隙を逃さない。

 通常のリナリーには敵わないものの、十分すぎるその機動力で距離を詰め防げないくらいに連続で拳を放つ。重さ、怪我で体の自由がきかないリナリーは、抵抗など碌にできず為すがまま。

 

「あっ……ぐう!?」

 

 朦朧とする意識の中で、開いた手が伸ばされているのを視認する。

 手はすぐに視界を多い、頭部を掴んだ。

 そのままエシは握りつぶす――訳ではなく、そのまま海中へと叩きつける。

 そしてその海中でエシは、

 

「題名――――――」

 

 ただひたすらに、リナリーを殴打した。

 海面が揺れ、その衝撃を伝えてくる。収まることなく海面は異常なほどに揺れ続け、やがて止まる。

 

 

 そして、次に海面から出てきたのは、エシただ一人。

 

「――――――『闇に落ちた聖女』……完成だ。はは、アハハハ、ハハハハハハハ!!!」

 

 落ちた聖女は、沈むだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ホントの世界が救われようと、皆がいなくなれば自分は滅びる。

 

 彼女にとって、教団こそが世界だった。

 そこにいる誰もが家族で、大切な人たちだ。

 自身の為に、室長という地位にまで上り詰めてくれた優しい兄。

 そんな兄を支え続けてくれるリーバー班長。

 そんな二人を尊敬し、目標としているジョニーたち。

 グチグチと言いながらも、室長である兄を慕う科学班の皆。

 毎日が宝だった。

 

 仲間が一人死ぬたびに、自分の世界は欠けていく。

 ラスロ・ディーユ、アレン・ウォーカー。二人の兄弟弟子。

 彼らは今、いない。

 ラスロはベルサイユで、アレンは中国で、各々生死不明とされる。

 ラスロに限っては、行方すら分からない。

 

 

 

 話を聞いた当初は、涙が溢れた。

 しかし、今は不思議と悲しくなんてなかった。

 生きている。

 ラスロも、アレンもきっと生きている。きっとラスロなんてピンピンしている。

 簡単に想像でき、信じることができる。

 それは何故か。 

 思い描くのなら、ラスロの方が分かりやすい。

 こんな時の思い出すなんて、と自嘲の笑みをこぼす。

 まぁ4年以上前の出来事だ、忘れていても仕方がない。思い出す機会がなかったのだから。

 

 

 

 ある日、偶々帰ってきていたラスロと、修練所で遭遇した。

 彼はただいまの一言もなかったけれど。

 

「リナリーか、熱心だなぁ」

 

 ひらひらと手を振ってくるその姿は、いつだってブレなかった。

 ラスロはすぐに、自分の鍛錬へと戻る。基礎的な筋肉トレーニングから体力作り。

 気づけば目で追っていた。なぜとも思ったが、理由はすぐに思い当たる。

 

「……珍しいね、ラスロが鍛錬なんて」

 

 そう、彼にしては珍しい行動だったからだ。

 普段の言動、行動から、こう言った基礎の鍛錬を、そもそも鍛錬なんてやらないと思っていた。

 そうはっきりと伝えると、ラスロは苦笑していった。

 

「俺だって鍛えるさ。……死にたくないからな。体力はつけておいて損はしないだろ? ほら、師匠に追いかけられてる時とか。最近逃走時間新記録を叩き出したぜ?」

 

 今思えば、その年から随分と達観していたように思える。

 細かい年齢はわからないけれど、自分が十二、三の頃だからきっと十五、六のはずなのに。

 

「そ、そうなんだ……」

 

「ああ。それで、リナリーも鍛錬に来たんだろ? 俺は終わるから、広々と使うといい」

 

 そう言って彼は汗をタオルで拭いて立ち去ろうとする。 

 ある意味、この教団内では有名な話。

 ある一定のラインからは、踏み入ることはない。

 徹底した線引き。

 それでも、リナリーは屈せず話しかけ続けた。

 会話の回数も、時間も、本当に少ないが、とても印象に、記憶に刻み込まれている。

 忘れていたのは、そんな中でも印象が薄く埋もれてしまうような会話の内容だったからかもしれない。教団での生活は、どれも強烈に記憶に刻み込まれるものが多かったから。

 

「んじゃ、適度に頑張れよ。疲れ残して任務とか死んじゃうからな」

 

 そんな彼を、引き止めていた。

 

「んお!? ど、どしたリナリー。そのタオル汚いから離したほうがいい。って、うお……コムイさんの殺気。リナリーセンサーの探知可能な範囲がどれほどあるんだよ。……リナリー、聞いてる?」

 

 困惑顔のラスロは見てて面白い。

 

「少し、一緒に鍛錬しよう?」

 

 気づけば口にしていた。

 踏み入りすぎたと後悔する。

 ラスロは一定の距離から踏み入ると、元に戻るまで距離を置く。

 今までの関係性を全てリセットしようとする。

 リナリーの知るところではないが、やはり彼も人の子。当時の彼では、中途半端にのらりくらりと躱すことは難しかったのだ。

 

「えっと、リナリー? 今、俺を誘った?」

 

 思わず目をつぶる。

 全部最初からというのは、辛い。

 ただ、予想外にもラスロは戸惑い、慌ただしく手を振った。

 

「待て待て待て待て! 泣くなリナリー! よぉし、俺も頑張るぞー! ほれ、行こうぜ? ……コムイさんは見てなかろうな?」

 

 泣きそうな顔に見えたのか動揺していた。

 ここで初めて、ラスロが紳士の心を大事にしていることを知った。

 

 

 

 

「それはなに?」

 

「これ? 受身だけど。ほら、吹っ飛ばされた時にダメージを軽減できるんだ。痛みで次の動作が遅れるって怖いからな」

 

「じゃあこれは?」

 

「体幹を鍛えてる。足場が悪いところで戦ったりと、結構大事なんだぞ?」

 

 一日、彼と共に鍛錬をしていた。

 当時は考えてなかったが、彼は既に一度鍛錬を終えた身。その体で追加ときたものだから、次の日は部屋から出てこなかった。看病に行こうかとも思ったが、任務があったので教団を出た。

 帰ってきてみれば、修練所にはラスロがいた。

 てっきり、また行方不明になっていたかとおもったけれど。

 そうしてこの日も、共に鍛錬を。

 

「ほれ、今日は終了。任務明けに鍛錬とか有り得ない。倒れる前に休め。じゃないとコムイさんがやってくる」

 

 そう言って未使用のタオルとドリンクを渡される。

 本当に紳士であろうとしているんだと、冗談ではなかったのだと理解した瞬間だった。

 

 

 

 それからも、ちょくちょくと修練を共に積んだ。

 

「……ね、ねぇラスロ。それは何をしているの?」

 

 何だか布団を丸めて手足を強引につけた人形の締め付けていた。

 ……修練場で。

 

「待て、リナリー。なんだその痛い人を見る目は、違う、違うぞ、これも立派な鍛錬というか人体破壊術だ」

 

 詳しく話を聞いてみれば、どうやら関節技を練習していたらしい。

 その理由を問えば、迷うことなく彼は言った。

 

「敵はアクマだけとは限らないぞ? 俺なんて、マフィアっぽい何かに追われたりするし。……え、ない? 俺だけ?」

 

 周りで鍛錬していた人たちは首を横に振る。

 無論、自分も。

 落ち込むラスロを慰めるのは大変だった。

 

「一度や二度は体験してるかと思って……やっぱりウチの師匠は原作どおりか。いや、その原作通りなのがそもそもの間違いで……なんで、弟子になっちゃったのかなぁ」

 

 原作とやらが何か分からなかったけれど、後に顔を青くしていたので追求はやめた。

 それこそ、忘れなければいけないと思うほどに。

 その後、その人形相手に練習をした。後に、実際の感覚をと思いラスロに頼んでみたが、

 

「俺が相手? 無理無理。俺、死にたくないもの」

 

 失礼な、とも思ったが今ならわかる。はしたない。

 ラスロが紳士で良かったと、今更ながら感謝した。

 

「ん? この鍛錬の理由? 俺以外がやっても意味はあるさ。どうせならアクマとかに使ってやればいい。さすがのアクマと言えど、関節は脆いだろうからな。関節を狙った技を練習すれば、関節が脆いと分かるし、使い道も浮かんでくる。効果的な瞬間だって分かるようになるさ。現に俺は、ソレで撃退してるし」

 

 リナリーの知るところではないが、当時のラスロは未熟だった為、ナイフ程度しかイノセンス化出来なかった。

 他の大きさのものだと、力が行き渡るのに時間がかかったのだ。

 故に、短いナイフ。しかしそれでは心もとないと、弱点、脆い部分を狙ってネチネチやってたのが当時の彼である。

 

「それと、一撃で決める必要はないぞ? ばれない程度に関節に負担を与えつつ攻撃すればいい。もう関節技じゃなくなるけどな。まぁさっき言ったように関節技の練習は、どう攻撃すれば関節に負担がかかるかの研究になるからやってただけだから」

 

「そうなの?」

 

「そうなんです。まぁ、その他にも使えるものはなんでも使うよ。例え敵だろうと。っていうか、最近は本格的に対人まで覚えないと未来がない」

 

 その後も少し鍛錬して部屋に戻った。

 次の日は任務を受け、最近の習慣となっていた鍛錬ができないなぁと思いつつも出発。

 帰ってくれば、ラスロがいると信じて。

 

 しかし、ラスロはいなかった。 

 部屋にも、教団内にも。

 コムイからラスロの伝言を受けた際、自分の失敗を悟った。

 せめて、出発前に一言かけておくべきだった、と。

 それからは退屈な日々が続く。

 ほのかに、誰かが帰ってくるのを期待しながら。

 

 

 数ヵ月後、帰ってきた。

 急いで駆けつけてみれば、ちゃんといた。

 それからはまたまた楽しい日々だった。

 鍛錬しかしなかったけれど。

 しかし、またその数週間後彼は姿を消した。

 それからはずっと、帰ってこなかった。

 それでも数年後、彼は帰ってきた。

 身長も伸びていたし、何より男性であると感じた。

 雰囲気は少し変わっていたものの、中身は変わっていないことに安心した。

 

 

 

 

 

 そして今現在だってそれは変わらない。

 そう、彼は必ず、帰ってくるのだ。

 ――――――絶対に。

 何故か、無性に彼に会いたくなった。

 四年という時間があったから、どう接すればいいか分からなくなりつつあったけど。

 

 ――――――今度は、ラスロを含めて皆で一緒に笑いたい。

 あの時間を取り戻すかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 ドクン、と海面が揺れる。

 エシは何もしていない。それはつまり、沈んでいるはずの彼女が起き上がったことを示す。

 

「ああ、ああ! もがくのか……? 素晴らしい、いいよ、凄くいい」

 

 アクマのフェイスが、ニタリと歪む。

 それは歪みに歪んだ歓喜の表情だった。

 

「おいで、もっと深く堕とし、全て沈めてあげるから。夢も、希望も、全て!」

 

 その瞬間、海面は爆ぜ、荒れ狂う風と共に沈んだはずの少女が姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 イノセンスの最大開放。対極の存在であるダークマターを相殺するにはもってこいの方法だ。

 しかしシンクロ率が100に達していないリナリーが使えば、どうなるか分からない。

 それを迷うことなく使用した。単純に、生き残るために。

 

(世界が欠けるのはいや。でも何より、その世界から、消えたくない)

 

 故に、立ち上がり破壊する。 

 偶然にも、走馬灯に近いもので得たヒントがある。

 固くとも、脆いところは存在する。

 それこそ機動性の高い人型であれば。

 

「よぉく来た!! さぁ、続きをしよう、大作を作り上げよう!!」

 

「あぁぁぁぁぁぁあああ!!」

 

 限界に近い体を酷使し、接近戦を挑む。

 一撃で決める必要はない。

 脆いと思われる部位に、数回の攻撃を叩き込む。

 駆動する肩、肘、足の付け根、膝のどれか。一番いいのは肩か肘。攻撃力の低下と、防御を不可能にできる。最も使用箇所が大きく、ダークマターの能力上大事な部位である。

 

「まだっ!!」

 

 数回のカウンターを受けつつも、攻撃は止めない。

 全体をランダムに攻撃しているように見せかけ。ただひたすら肘を狙う。

 

「もう限界だろ、限界なんだろう? いいよ、その表情!」

 

 それでもやはり、強制的に開放したせいか、体が軋む。

 ダークマターとは関係なく体が重い。

 

「ぐっ、あぐっ!! あぁぁぁあ!?」

 

 ヒット数に差が出始める。

 圧倒的に、エシからの攻撃が多い。

 まるでリナリーの攻撃した分だけ、倍返しとでもいうように。

 そして一発が音を立てて鳩尾にめり込む。

 口の中に鉄臭さが広がった。拳がのめり込んでいた体が、重力に従って落ちていく。

 

 ――――――これで、いい。

 

 全ての準備は整った。

 蓄積されたダメージは十分。

 しかし、エシは予想もしていないだろう。

 自身が与えたと思っているダメージ程、傷ついていないことに。

 予想通りに蓄積されているのは、ダークマターの重力付与のみ。

 

「えんぶ……霧風っ!」

 

 水面近くで、自身の大技を放ち目をくらませる。

 その瞬間、全力でエシの遥か上を目指す。

 リナリーが上空にたどり着いた頃、エシは面白そうにリナリーを見ていた。

 

「失墜の踏技、鉄枷――」

 

 それは今までに無い程の変化だった。

 靴は両足を包み込み、リナリー以上の大きさとなり攻撃性を持つ。

 これは踊り、叩き切るものではなく、落ち、貫くもの。

 

「哀れ、実に哀れだ。その程度ではエシを貫けない。近接型の、このエシは!!」

 

「知ってる。でも、貴方はここで破壊する」

 

 リナリーは、完全に力尽きるその前にイノセンスの開放を抑える。

 同時に絡みついてくる大量の鎖。その鎖が巻き付くと言うことはそれだけの重力が加算されるということ。

 エシは気づかない。自身の肘、関節部分が緩みきっている事に。

 先ほどの打撃を、自ら後ろに動くことで軽減していたリナリーの事に。

 最終的に、大きく力が低下していたことに。

 そして、彼女はエシの力さえ利用し生き残ろうとしていることに。

 蓄えた力は、最後のために。

 

「ここで、終わり。でもそれは貴方、だけっ!」

 

 そして聖女は堕ちていく。

 隕石の如くプレッシャーを放ちながら。

 空気摩擦は、余しておいた余力をもってして気休め程度に軽減させる。

 それでもやはり、髪は燃える。

 

「こ、の、女がァァァァ!! このワタシが、このエシが! こんな、こんな事でッ! カカ、カカカ、カカカカカッ!?」

 

 余裕であったエシの顔が、歓喜以外の表情で歪む。

 受け止めはしたものの、早々に肘がダメになり受け止めることなんて出来やしなかった。

 エシはあまりに呆気なく貫かれ、五芒星の光りを放ちながらチリへと変わる。 

 

 

 

 エシが絵師であった名残である、『題名』すら言い残せぬままに。

 

 

 

 そしてリナリーもまた、海へと沈んだ。

 アニタの母の形見である、髪留めを失って。

 

「…………無茶するっちょね」

 

 海中で待機していたチョメ助は、呆れたように呟きながらリナリーを拾った。

 それから数時間後になるが、ラスロがクロスに頼んだ『とあるモノ』も動き出す。

 

「さ、連れて帰るっちょ! ちょわー!」

 

 こうしてチョメ助たちは会合する。

 

 




誤字その他修正。


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第二十一話

次の投稿まで間が空きます。
ちょっと旅行に行ってくるので。



 

 

 

 

「さてさて、チョメ助はもう着いた頃だろうし……上手くいってるといいけど」

 

 イノセンスをフル活用して逃げた俺は、現在枯れた井戸の中に身を潜めている。

 ちょっとイノセンスで周りを削ったりしたので意外と快適。

 

「ま、上手くいってくれれば師匠に貸し作ってでも頼みごとをした甲斐があるってな」

 

 代償として一体何を支払わせられるか、これが今後の不安要素の一つである。

 すでに通信料が押し付けられているので、ある程度までの借金なら驚かない自信がある。ていうか、先日ジャスデビに押し付けてきたところだし。あの借金の巡ったルートは、師匠(大元)→弟子(中継)→ジャスデビ(終点)です。そこから後はないから、二人には頑張ってもらいたい。

 

「……にしても、もう直ぐか」

 

 ため息をつく。

 正直、嫌な予感がする。

 あーそうそう、あの船+箱の謎の物体のイノセンス化は成功した。

 その努力の裏には、語るも涙、聞くも涙のお話が待ってるけど省略する。

 ジャスデビとね、遭遇して逃げたあとも色々あったんだ。グレネードに描かれたぽっちゃりが俺を探して徘徊してたり、その側近たるルル=ベルがウネウネと変化しながら殺気を撒き散らしていたり。アクマのレベル3も相当数がブンブン飛んでるから気が気じゃなかった。ティキには食事中悪いけど、前方に酒瓶投げたあと動揺してるところに背中へペタリを借用書を貼り付けておいた。ただ、その後俺は涙を流すことになったが。バチが当たったらしい。神様ェ。

 

「それにしても――――――ティキ、恐ろしい子」

 

 そう呟いてから、俺の上を見上げて空を飛んでるアクマを一瞥して目を閉じた。

 もう少しで、俺も全力で戦わなければならない時が来る。

 そう考えると、胃が痛む。

 せめてぽっちゃりデブ公が来ませんように。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょちょちょちょちょ――――――! ッだぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 クロス部隊の乗る船を押すチョメ助。

 チョメ助がリナリーを回収し、クロス部隊と合流したのがつい先刻のこと。現在はティムの御陰で味方であると証明され江戸方面まで全力で船を後押しし、移動時間の短縮を行っていた。

 

「……なぁチョメ助、いや、ちょめ助? 発音が今一……まぁどっちでもいいさ」

 

「ちょちょちょ――! オイラ的にはチョメ助の方で! それで、ブックマンJrは、オイラに、なんのようだっちょ?」

 

「いや、こんなに飛ばしてるから、体力もつんかなって」

 

「問題、ないっちょ! そこの女も体力の消費は避けるべきだし、何よりオイラにも時間がないっちょ!!」

 

 ラビはふぅん、と相槌を打ちながらクロスのいるという江戸の方を見つめる。

 同時に、チョメ助に言われた言葉を思い返す。

 クロス・マリアンからの伝言であり警告。

 

『足でまといになるなら帰れとマリアンは言った』

 

 曰く、日本はすでに伯爵の国であり、江戸といえばその中枢である。そこには大量のレベル3が巣食い、入れば出て帰ることは難しいとのことだった。

 ラビはちらりと、甲板に出ている船員たちを一瞥して思案する。

 

(……生き残った、でもそれが無に帰りそうな嫌な感じさ)

 

 それでも進むと決めた以上、進むしかない。

 自分はブックマンであり、記録のためにこちら側にいるだけ。

 情に、流されるな。

 そう言い聞かせて、再び海の向こうへと視線を巡らせた。

 その時丁度、リナリーも同じような不安を抱いていた。

 

「本当に、ついてくるんですかアニタさん……」

 

「そのつもりよ、リナリーちゃん。奇跡的に皆軽傷ですんでいるわ、ここまで来たのだから最後までついていきたいの」 

 

 船室にて、アニタと向かい合っていたリナリー。

 何どもそのことを確認するが、意志は固く折れてはくれない。船員の皆もまた、最後までお供しますぜ! と笑いながら言ってくるものだから断るにも断れない。

 そんな悩むリナリーを見て、アニタは苦笑しながらいう。

 

「それにね、帰る以前に手段がないの……」

 

 そこでリナリーは気づく。

 現在乗っているこの船、出航前は一体どんな状況であったかを。また、ここに来るまでに受けたダメージが見当たらない理由に。そう、この船が無事に浮いていられるのもミランダのイノセンスが発動しているからにすぎない。本来ならば沈んでもおかしくないダメージを一時的に吸い出している状態だった。

 

「じゃ、じゃあミランダと一緒に!」

 

「それじゃあ、リナリーちゃんたちのダメージが戻ってしまうわ。そのダメージで、アクマの巣窟に行くなんて、無茶よ。クロス様が言っていた通りになってしまうわ」

 

 リナリーは何も言えなかった。

 どちらにせよ、ミランダは欠かせない重要な人物だ。アニタたちが帰るためにも、リナリーたちが日本で戦うためにも欠かすことはできない。選択肢は強制的に選ばれてしまう。

 

「ごめんなさいね。私たちが江戸に行っても足でまといにしかならない。でも、行くしかないのよ」

 

 他の選択肢があればそうしたいのだけれど、それに皆を巻き込むわけにはいかないとアニタは呟いた。その選択肢とはなにと聞くまでもなかった。アニタの瞳にはある種の決意が見えていたから。

 即座にリナリーはそれ以上聞き出さないようにと口を閉じた。

 その選択肢とは、きっと――――。 

 

「……さて、と。それじゃあ私は気分転換に、少し甲板に出てくるわね」

 

「え、今は雨が降ってますよ?」

 

「ふふ、私、結構雨が好きなの。ま、まぁ、クロス様が好きだからって言うのもあるのだけど」

 

 そう言うアニタの顔はほんのりと色づいており、同性のリナリーからしてもとても魅力的に写る。同時に、理想の女性像として脳裏に刻み込まれ、いつか自分もこんなふうになれればなぁと憧れを抱く。

 恥ずかしげにカツカツと部屋を出ていったアニタの後ろ姿を最後まで見届けて、リナリーも不便な足を杖で支えて立ち上がりエクソシストの皆がいる船室へと移動する。中には疲弊したミランダも入れて全員揃っている。正確には、出航した時点に乗っていた皆。アレンは生きているのか生死不明でアジア支部に引き取られ、ラスロなんかは情報一切なしで生死不明に加えて行方不明である。

 本当ならチョメ助に聞いてしまえばいいのだが、チョメ助とラスロが知り合いであるなんて思ってもいないリナリーたち。その結果、ラスロに関しての情報が一切不足するという状況に。

 

(……どうすれば、いいのかな)

 

 このまま進んでも、アニタたちは死ぬ。

 引き返そうとすれば、きっと……。

 

(わからないよ、アレン君、ラスロ)

 

 アレンであれば、きっと守り通すと言って進むだろう。しかし、今のリナリーはそんな事を軽々しく言えない状態だ。レベル3との戦闘でイノセンスを最大開放した結果、両の足が不自由になってしまった。回復するかもわからない。

 では、ラスロならこんな時何と言うだろうか。彼は生き延びることに関してはとある黒くてカサカサするヤツ並にしぶとい。おまけに神出鬼没という厄介さまで兼ね備えた第二のクロス。

 

(…………想像、できない)

 

 正直、こんな時ラスロがどんな行動をとるか全く分からない。この場にアレンがいれば、聞くこともできたのだろうがその二人はここにはいない。ちょっと前までは師匠、兄弟子、弟弟子揃っての生死不明、有り得ない。

 そんな時、船内に放送が流れる。

 要約すれば、再度クロスからの使者が来たとのことだった。

 放送通り、外に出てみれば雨降る中チョメ助の他にも数体のアクマがふよふよと浮いていた。

 

「全員揃いましたね? 実は、よく分からないのですがクロス様からの使者だと言って……」

 

「ちょっ! 柏木、天城、ミツエにコタロウ! 来てくれたっちょか!」

 

 ワイワイと言葉を交わしているクロスの使者とチョメ助。

 一体何がどうなっているのか分からないリナリーたちは呆然とする他ない。そうしていると、チョメ助がはっと我に返ってやって来たアクマ達へと問う。

 

「そう言えば、なんでこんなところまできたっちょか? 交代は江戸に着いたらだし、四体もいらないっちょよ?」

 

 すると、コタロウと呼ばれた落ち武者のようなアクマが答える。

 

「クロスの野郎が、いきなり命令してきやがってよ! もしサチコと合流した時点で、船員が残っていたなら、この小型船を持って人間どもを中国へ返せってよ! 特に、アニタって女は俺の女だから丁重にってよ!」

 

 その言葉に、アニタたちが動揺する。

 正確には、アニタがポンと顔を赤くし、それをはやし立てる船員達。

 一方、ラビはサチコってなにさ? と思いながらアクマを眺め、リナリーは安堵のため息をついた。大人組と言えば、こんな気配り、本当にクロス元帥か? と今までの人物像から怪しんでいる。

 

「悪いが、荷物は置いてってもらうよ! 命の方が最優先だってよ!」

 

 そう言ってコタロウその他三体のアクマは小型船を中に浮かべ乗るように指示を出す。船員たちはアニタを見て指示を仰ぎ、アニタが首を縦に振ったことを確認してから乗り込みだした。その光景を、アニタは複雑そうに眺め、それを支えるようにマホジャが横に立った。

 

「俺たちはここまでっす! 頑張ってください、エクソシスト様!」

 

「アニタ様の憧れの人、連れて帰ってきてください!」

 

「勿論、アンタたちも欠けることなく帰ってこいよ!」

 

 船員達は乗り込みながら、リナリーたちへと声をかける。

 ここまで共に旅をしてきた彼らだ、感傷深いものがあり思わずジーンとくる。

 

「「「勝ってください、エクソシスト様!!」」」

 

 アニタとマホジャ以外の船員が乗り込んだ途端聞こえてくる声援。

 先程まで、己はブックマンであると自戒してきたラビの心も揺らぎ思わず雨降る空を仰ぎ見る。

 

「…………ちょっと、これは……ジジイ、すんごいキツイさ」

 

「……………………ぬ」

 

 ブックマンも思うところがあったのか、唸り声をあげる。

 そして最後に、マホジャが乗り込みアニタだけが甲板へと残った。

 

「ちょっと待ってくださいな。……リナリーちゃん」

 

 アニタが手招きする。リナリーは素直に従ってアニタへと近づいた。

 

「これ、リナリーちゃんが持っていて?」

 

 そう言って差し出されたのは、アニタの母の形見だった。

 既に片方は、レベル3との戦闘の際になくしてしまい片方しか残っていない大切なものだった。

 

「そんな、これはダメですよ!」

 

「いいの、リナリーちゃんに持ってて欲しいの。……この戦いが終わったら、また髪を伸ばしてね? あんなに綺麗な黒髪なんだもの。そして、またこの髪留めを着けて私に見せに来て。そうね、恋焦がれる人と一緒に来てくれると嬉しいわ!」

 

「ア、アニタさん!?」

 

 リナリーはあわあわと両手を振って顔を隠す。

 彼女にこの行動を取らせたのが男衆であれば、確実にコムイの科学兵器が飛んでくる。そう思ってしまうほど年相応で、可愛らしい様子だったとラビは記録する。当然、速攻で頭をパンダに殴られる。

 

「ふふ、妹がいたらこんな感じなのかしら」

 

「おい、ソロソロ行くよ! アクマが来るかもしれないってよ!」

 

「すみません、今行きます。……ああ、お別れとなると話したいことが一杯になってしまうわね。髪型のこと、リナリーちゃんに似合いそうな服のこととか。でも、時間切れね」

 

 アニタは悲しそうに笑い、リナリーの頭を撫でる。

 

「それじゃあ、またねリナリーちゃん。――また後で会いましょう?」

 

 そう言ってアニタは、マホジャかた伸ばされた手を掴んで小舟へと乗り込んだ。

 別れの時がやってきた。しかし、原作と違うのはまた会えるという点。偶然にもラスロという人間がおり、少なからず影響を受けたアレンからの言葉があり、ラスロからの手紙からヒントを得たラビが早急に手を打ったことによる奇跡的な改変。チャオジーというエクソシストが誕生するのが遅れてしまうが、その程度だ。

 

「あ、アニタさん!」

 

 リナリーが浮上していく小舟に向かって叫ぶ。

 するとアニタがひょこりとマホジャに支えられながら顔を出した。

 

「会いに行きます! だから、その……待っててください!」

 

「ええ、待ってるわね! ふふ、そうとなれば色々を用意しておかなければね。マホジャ、手伝ってくれる?」

 

「無論、主のためならば」

 

 船はアクマによって運ばれ、遂に中国へ向かって飛び始める。

 

「……ちゃんと、安全に連れて帰れよー!!」

 

 その船に向かってラビが言う。

 この時はブックマンも何も言わずに見送った。

 徐々に徐々に姿は見えなくなり、灰色の雲へと隠れていく。

 それを見ながら、リナリーは静かに決意する。こんな足で不安定だけど必ず生き残って帰るとただ、ここで一つ疑問が。何故、自分も連れて帰ろうとしなかったのか。今の自分ならば、一般人と大差ないはずだから連れて帰られてもおかしくはなかった。恐らく、今頃アニタも小舟の上でアクマに訴えているところだろう。

 実はこの裏に、ラスロの葛藤が隠れていた。

 どうせなら、リナリーも連れ帰ってもらいたい、しかし原作でも、クロスに足でまといなら帰れと言われてもなお進んだ彼女が帰ってくれるだろうか。言えば余計に帰ってはくれないのでは?

 しかし、原作通りに進めば方舟に侵入できる。

 帰したい、でもそうするとコッチのフラグが潰れる!? と一人悩んだ結果こうなった。後に起こる黒の教団襲撃では方舟がないと科学班が全滅してしまう。詳しい日付がわかれば、なんとか周りを説得して配置もできたのだが……。

 結局、方舟内で俺がイノセンスフル稼働させれば何とかなる……いや何とかすると自信なさげに呟きながら、クロスへのお願い事(・・・・・・・・・)にこう付け加えた。

 ――リナリーが自分から帰ると言わない限りは連れ帰らないと言うことで。

 

 

 すべてが終わったら、殴られるつもりでそう決断したのだった。

 

 

 

 

 



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第二十二話

ただいま帰りました。
強行軍故に、目的地については一日泊まり、次の夜に五時間移動。
それを数回繰り返してきました。
車での移動時間が合計20時間を超えるというね……。


 

 

 

 

 

 伯爵は笑っていた。

 目の前にあるのは新しい方舟。十四番目に汚された古い方舟ではない。

 しかし、伯爵が笑っていたのは方舟が完成間近だからではない。事前に用意していた、ラスロ捕獲装置が完成したからであった。一度中に入れば早々に外には抜け出せない。後は、時が来るまで監禁し、時が来たならロードの提案を採用するだけ。それだけで、ラスロ・ディーユを無効化できる。

 

「ふ、ふふふフ♥ あはははははははははハ♥!!」

 

 上機嫌な伯爵。

 それを複雑そうな目で見るルル=ベル。彼女にしてみれば、散々負債をつけてくれやがったラスロを、捕まえてある程度生かしておくというのだから微妙な心境だ。主が喜んでいるからいいか、と納得しようとするのだが中々できないでいた。

 

(……ラスロ・ディーユ。あの男っ!!)

 

 その感情が嫉妬であると、ルル=ベルは知らない。

 

 

 

 

 

 

「……へぇ、お前ら元帥殺しでクロス担当なんだ。……てことは狸くんとも遭遇してたりする?」

 

 一方で、他のノアたちは招集を受けてジャスデロの引く人力車に乗って伯爵の元を目指していた。

 

「アァン!? あのクソ狸とクロスはオレらの獲物だから、手ェ出すな!!」

 

「ヒヒ、アンテナの借り返すよ。ついでに借金もね!!」

 

「……アンテナ……ただ、それだけのこと?」

 

「うるせぇ筋肉! コイツにとっては死活問題だ! つか疑問形で返してんじゃねぇ殺すぞ!!」

 

「お前らも借金、押し付けられてたのな……」

 

「そうですけど何か!?」

 

「いや、俺もこないだ背中に張り付いてたからさ。まぁ、俺って金無くとも意外と生活していけるし問題は無いんだけどさ」

 

 すると、ジャスデビの二人は白目を向いてティキを見る。

 

「お前らも食うか、池の鯉。当たり外れあるが、結構うまいんだぜ?」

 

「黙れホームレス! 池で鯉盗み食いとかどんだけだよ! 確かにそりゃ金はいらないわなぁ!!」

 

「ヒヒヒ、デロの借金もらってくんない?」

 

 ティキはふざけんなと一言呟く。

 これがラスロが以前涙を流した理由だった。

 借金あるのに、気にせず生きていけるその生命力に涙を流したのだ。金がないなら、自然から摂ればいいじゃない的なティキの姿に心打たれ、借金の押し付けなんてしている自分が残念に見えていた。

 実際、どっちもどっちなのだが。

 そんなこんなで、時は進む。

 

 

 

 

 

 

 

「……ここからが正念場だよな」

 

 手を心臓に当て、シンクロ率の低いイノセンスの存在を感じる。

 咎落ちこそしないものの、はっきり言ってエクソシスト中一番低い自信がある。シンクロ率=強さといっても過言でもないこの世界、俺のイノセンスの強さは底辺と言える。まぁ、その分を色々と仕掛けを作っておいたり手数、経験で埋めたりしているのでなんとか出来ているが。ただ、ここから先は難しくなるだろう。

 

「何せ、逃げ場がなくなるからなァ……」

 

 何時もなら、旗色が悪くなれば逃げてきたが方舟の中では碌に逃げ場なんてない。追い詰められれば死ぬ。だが俺には帰るという目的がある。……生き残らなければいけない。

 となれば、強くなるしかない。逃げずとも済むくらいに、強く。

 きっと、ノアも手加減なんてしてこないし油断もしてこないだろう。一体何度その油断に漬け込んできたことか。絶対対策とってくるに違いない。例えば、付近から酒瓶を回収して無くしてしまうか、それどころか周りに何もない部屋での戦闘に追い込まれるとか。俺の生命線である手数と、手にとったものを警戒する必要もなくなるのだから一石二鳥。

 

「そうなったら、残る手段は一つだけ。ただ、コイツを上手く扱えるかって聞かれると、どうもな」

 

 シンクロ率の影響か、『無毀なる湖光』は抜き放った後安定しない。時間を制限した上でギリギリまで抑えて使うならまだしも、今の俺が完全開放して使えば、シンクロ率の関係から力が足りず他の能力へ回す力を失って『無毀なる湖光』が常時展開で抜き放たれる状態になるだろう。言ってしまえば暴走状態。恐らく、収納、停止すらできない。その後精神が衰弱していって…………考えたくもない。

 それ程までに『無毀なる湖光』は力を喰う。

 まぁ能力上当然のことだろう。対ノアでこれほど頼もしい武器はない。

 ただ、チェンジできないのはやっぱり痛い。

 きっと、俺がイノセンスをもう少し受け入れればいいのだろうが……

 

「……難しいな」

 

 うん、難しい。

 俺たち寄生型は体を力を放つ武器とするなら精神力はイノセンスの力を発現させる源だ。アレンもまた覚醒後は、心が折れない限りイノセンスを復元することができる。つまりイノセンスとのシンクロ率が上がれば自然と能力も比例して向上する。

 そして、伯爵を倒すという目的が互いに合致しあえばいいのだ。

 ……まぁ、ここでつまずくわけですよ俺は。

 

「……いや、それは置いとこう、うん。深く考えるとシンクロ率下がりそうだし」

 

 これ以上下がったら0行っちゃいそうな気がする。

 そうなると咎落ち確定でのバットエンド。やってられるかと。

 そんな事を考えていたら、ふとアロンダイトに関して思い浮かんだ。

 

「俺の場合、Fateでいう魔術回路から魔力を引き出す感じか? 原作通り、バーサーカーを縛りきれない的な。俺の場合、武器である『無毀なる湖光』の方だけど。しかも出し入れという根本的なところ」

 

 そう考えると雁夜オジさんって凄いと思う。

 

「っと、んなこと考えてる場合じゃないか。って、おい銀色!? イテッ!? 分かってる、分かってるから突撃してくんな!! 今向かうっての!!」

 

 鋼鉄の体を持って突撃してくる銀色のゴーレムを鷲掴み、コートの中へと仕舞い込む。どうやら、リナリーたち一行がたどり着いたらしい。……まぁ、殴られる覚悟もあるし、罪滅ぼしというかでちゃんと戦おうとも思うってるし、向かわないと行けない。

 

「…………全部説明したとして、リナリーは拳で終わらせてくれるかな? 足飛んできたら、体が持たないような気がする」

 

 そんなことを考えながら、銀色のゴーレムが案内してくれる方へと走り出した。

 上を見れば、ワラワラとアクマ達も同じ方向へと飛んでいく。

 

「っ!? まさか、もうそこまで進んだのか!?」

 

 この場面に見覚えがあった。

 確か、伯爵が日本中のアクマを呼び寄せたときに起こった光景のはず。予想以上に早い。チョメ助もいないし、銀のゴーレムじゃ碌に師匠と連絡もできないし――というか一人独自に動いている師匠がまともに教えてくれるわけがないしで状況が分からなかったのだが到着したのか。この後、レベル3達が合体して巨大なアクマへと変わるはず。まぁ、元帥に神田も来るから大丈夫だろうけど。

 

「――――――ただ、もしアレンが間に合わなかったことを考えると、急がねぇと!」

 

 原作との差異によって、アレンの到着、復活が遅れた場合リナリーが危ない。あのぽっちゃりの攻撃を間近で受けることになってしまう。それだけはさせない。まだ、殴られていないのだから。……言っておくがMではない。

 そうして走っていると、遂にあの巨大アクマが姿を現した。まだ距離はあるというのに視認できるとか有り得ない。

 

「イノセンス解除。そして変更。『騎士は徒手にて死せず』発動」

 

 瞬間、俺の姿がハッキリと視認できるようになる。

 正直、走りながら『己が栄光の為でなく』を使うのは疲れる。イメージ維持しつつ走るのは、この状況下ではいささか効率が悪い。どうせアクマは向こうに集結しているのだから姿を見せても問題はないだろう。

 

「やっぱり、日本と言えば刀。何故かあった火縄銃は使えるだろうか?」

 

 両手に各々装備し、擬似イノセンスと化す。勿論、武器庫の中身は補充済みであるが、方舟内で相当使うことになりそうなのであるものを使おうと思う。ちなみに、刀やら火縄銃やらの武器は逃走劇中発見した屋敷にて入手。掛け軸の裏とかわかり易すぎるわ阿呆め。

 人に見せられない笑みを浮かべて走りながらも、細々と存在しているレベル2や3を火縄銃で撃っては捨て背負う籠から次の銃を使用し、偶に気づいて向かってくるアクマを一刀の元に切り伏せる。二、三振りするたびに刀は折れるが、さすがの切れ味。レベル3でも関節を狙えば一撃で切り壊せる。耐久を捨てての切れ味追求は素晴らしい。

 

「たかがレベル3。ノアとの戦闘に慣れてしまった俺をなめるな」

 

 イノセンス自体の力が弱くとも、戦闘の経験と武器の工夫によって切り伏せる。

 そうやって走り続けていると遂に歪とも言える城の様なものが見え、その上にぷかぷか浮かぶぽっちゃりを発見した。そして、巨大なアクマに突撃していくアクマと、それに乗る二人のエクソシストも発見する。

 エクソシストの乗るアクマは、ランダム機動で巨大アクマの攻撃を回避していくが数の暴力に襲われ徐々に徐々に破損していく。手、足、頭の一部、ボロボロになっていく姿を見て鼓動が早くなる。そして遂に、エクソシストはその上から飛び退き、アクマは攻撃に飲まれ散った。

 少し手に力が入り、刀を振るう勢いが速くなる。

 

「まさか、この世界で師匠たち以外でも情が移ってたのが改造アクマとか……有り得ねぇ!!」

 

 はっきりと自覚した。もう誤魔化せない。

 チョメ助は俺にとって、友人だった。

 はっきりと自覚してしまった。

 もうすでに、チョメ助の残骸すら空には残っていない。

 見えたのは、気持ち悪い格好で宙に浮く巨大アクマが神田によって破壊された光景だけ。

 俺は宙に浮いている製造者を睨みつけ、柄にもなく力む。

 

「神田たちも到着してる。正直私怨だけど……俺も珍しく積極的に破壊してやる」

 

 目標はリナリー達守りつつ余裕があれば――――――ぽっちゃりを殺る。

 

 

 

 

 

 

 

 ラスロが走っている頃、ラスロの予想以上の誤差が生じていた。

 すでに神田たちと共に、『神ノ道化』に覚醒したアレンが到着していたのだ。このアレン、腕を失いアジア支部に保護されたのはいいのだが、アジア支部長であるバクがアレンの意志を試しイノセンスの粒子が漂う部屋へと案内するところまではラスロの知ってるアレンだったのだ。

 しかし、その後からが凄かった。

 何を隠そうこのアレン、紳士スマイルで一人の女を虜にした後、必死にその場所に篭もりイノセンスとシンクロしようと頑張ったが、上手く行かず途方に暮れているところにティキに言われてやってきたレベル3が登場しアクマとの再会に喜ぶ左目の歓喜と、体の鼓動を感じ、守りたいモノを一瞬で見出した。人とアクマを愛し救うと決めたアレンは覚醒。『神ノ道化』を操り一撃も受けることなく瞬殺。流石のレベル3も真っ青だった。

 速攻で片付けつつ、アクマから情報を得て方舟の存在を知ったアレンは乗ると言い張りバクたちを困らせる。後に、レベル3の襲撃で慌てて避難していた支部の人員も襲撃から対して時間も経っていなかったためすぐに現場に復帰。後ろでアレンがニコニコしているのを確認しつつ、急かされるように解析を急いだ。

 そのせいで、急いで調べようと大量のゴーレムを方舟に送り込み大破したがアレンの知るところではない。

 結果、準備にも対して時間が掛からず、ラスロの予想以上に早く到着していた。後にこれを知ったラスロは、遅れるよりはいいのだが、早すぎるのもどうかと思ったという。

 

 そんなこんなで、アレンはクロス部隊と、神田たちとの感動の再会――とまではいかないが合流に成功したのだった。当然、神田VSアレンが勃発しかけのたのは言うまでもない。

 その後、ティキにミランダの体力切れによるイノセンスの停止を狙われ殺されかけたリナリー達を助け、紳士としてキレたアレンがティキに襲い掛かる。その際に女性を投げるという行為を行ったティキにさらにキレたアレンは神田と共に挟撃する。

 

 リナリーもまた、帰ってきたアレンを見て喜んだ。先ほどまでその横にいたミランダもまた同様に。

 

(アレン君が帰ってきた。アレン君が、生きてた……よかった……)

 

 しかし、いまだ見つからぬ生死不明の行方不明者が一人。

 現在珍しくやる気になっているラスロのことである。

 アレンに関しては、ティキとラビが戦闘を始めた時に生存の可能性を示唆されたが、ラスロに関しては一言もなかった。実際は、噂をして出てきたら嫌だなぁという、そんな理由から黙っていただけだが。

 

(きっと……ラスロも、生きてるよね?)

 

 それをノアに尋ねれば一発だったが、尋ねられる状況でも立場でもない。

 きっとノアたちは聞かれれば怒鳴り散らしながら教えてくれただろう、「野郎、ピンピンしてやがる」、と。

 今、リナリーの視線の先ではアレン&神田とあまりの遠慮のなさに顔を引きつらせつつ戦っているティキがいる。途中、神田がうっとおしいとばかりに飛び上がり、マリのイノセンスによって縛り付けられていた巨大アクマを一刀の元に両断する。

 それを見たあとリナリーは離れたところにいるミランダを確認する。大分精神力を使ったのか、顔色も悪く息が切れていた。

 そんな時だ、目の前から、圧倒的な黒が押し寄せてきたのは。

 

「我輩はいま、機嫌がいいのでス♥ 何故だか、わかりますカ♥?」

 

 黒の発生源は製造者であり、エクソシストの敵である千年伯爵。

 彼は城と思われる建物の頂上付近を漂いながら、カボチャの傘を前に突き出していた。その先に黒はあった。その黒は徐々に大きく広がるが、黒の密度に変化は無く何も写さず何も通さない黒だ。

 アレンたちも気づき、止めようとするが距離がありすぎる。

 

「もう直ぐでス♥ もう直ぐ、手に入るのでス♥!」

 

 その距離の差を克服した遠距離攻撃。

 炎の蛇、つまるところ、ラビの火判が伯爵へと向かう。

 しかし伯爵は目にもとめない。

 そしてその黒は、迫りつつあった火の蛇を巻き込みつつ放たれる。

 

「うっとおしいですネ♥ この程度で吾輩を止められるト♥?」

 

 今気づいたとばかりに、炎の蛇を鼻で笑い黒が飲み込む。

 炎の蛇は一瞬たりとも抵抗することはできず消滅。

 

「ッ……デタラメさ!?」

 

 伯爵を中心としその黒は拡大する。

 城を飲み込み、街を飲み込み、エクソシストへと迫る。

 

「っ、リナリー逃げて!! 神田、リナリーを!!」

 

「ちっ、距離がありすぎる、間に合わねぇ!!」

 

 アレンと神田が叫ぶ。 

 しかし、リナリーの足は動かず、ミランダもまた体力不足な為その場から動けない。クロス部隊の女性陣は誰一人まともに動けなかった。

 すぐに皆がのまれる。

 視界が黒で染まる中、リナリーは、

 

「――――――」

 

 そして視界は、完全に黒に染まった。

 

 

 

 

 




感想の返信は後ほど、ゆっくりとさせていただきます(-_-;)
リフレッシュ+実家帰りだったのに、残ってるのは疲れだけとか有り得ない。


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第二十三話

 

 

 

 

 やはり伯爵は上機嫌だった。

 眼下には、一面黒に染まった地面が見える。

 どういう状態なのか、透明な物を下に黒い紙を置いているかのように上に立つものを映し出している。

 しかし、その光景が伯爵を喜ばせているのではない。方舟の完成が間近なこと、そしてこの惨状を見てやってくるであろう者のことを考えたからだ。

 やってくる者の為に、捕獲用の仕掛けの起動もすぐにできるようにしてある。

 あとは捕まえて、連れ帰るだけ。

 

「……惚れ惚れするねぇ。おっかないけど」

 

 嬉しそうに笑っている伯爵を見て、ティキがいう。

 彼にしてみれば、この惨状を生み出して這い蹲るエクソシストを見て笑っているようにしか見えなかった。つくづく味方で良かったと、そう思った瞬間だった。

 

「へっぷしっ♥! さぁ出てくるかナ♥ 出てくるかナ♥」

 

 くしゃみをし、そう言いながら、眼下に目を凝らす。

 倒れふすエクソシストなど見向きもしない。一人、光りの柱の根元にいたミランダには目を向けたが、それだけだった。彼女が特殊なイノセンスの使い手だとは知っていたし、最初に巨大アクマの攻撃を防いだ時間停止なのだろうとあたりをつけた。しかし、そんな能力をもつミランダの事をブックマンが守るよう針の加護が発動していたがなぜだろうか、しかもブックマンはポカンと口を開けて何かに驚いていた。

 まぁ、いいでしょうと伯爵は捨て置く。

 伯爵が用があるのは某狸だけなのだ。

 しかし、そんな伯爵の視線釘付けにする存在があった。

 

「……おかしいですねェ♥ あのイノセンス♥」

 

 それはリナリーのイノセンスだった。

 船上での現象と同じで、あたかも瀕死のリナリーを守ろうとするかのように結晶化してリナリーを包み込んでいた。暖かな光りを放ちつつも、その中に人影が見える。それは伯爵側にしてみても今まで確認されたことのない現象だった。

 それに見覚えのあったラビは、冷や汗を流し痛む体をたたき起こす。

 同時に、離れたところにいたティエドール元帥から聴力のいいマリ、そして神田たちへと伝えられる。

 

「神田! リナリー・リーが危ない!」

 

 それを聞いていたアレンもまた、そちらの方に視線を向ける。

 そして空から降りてくる伯爵を視界にいれた瞬間、二人は走り出した。が、そこにティキが立ちふさがる。

 

「行かせないよ、彼女はもらってく」

 

「くそ、リナリー!!」

 

 叫ぶが何の意味もなさない。

 中から、意識を取り戻したらしいリナリーの声と、結晶と叩く音が聞こえるがリナリーは出てこない。着々と近づいている伯爵を見て、皆の表情が強張り焦りが生まれる。

 たどり着いた伯爵は、両の手に再度小さな黒を作り出し、結晶へと近づいた。

 ティエドール元帥であれ、この距離と状況では伯爵を止められない。止められるとすれば、音もなく、影もなく忍び寄っていた伯爵の待ち人たる狸のみ――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界が黒にのまれてどれだけ時間が経ったのか、リナリーには分からない。

 外にいる皆は無事なのだろうかと意識が朦朧とする中考えた。少しずつ浮上していく意識を感じつつ、開いた目で外を見つめる。

 

(なにも、ない……)

 

 リナリーの視界に入ったのは何もない世界。

 よく見れば、鏡面のような地面に倒れふす幾人かの姿が見えた。それは共にここまで旅してきた仲間の姿だった。かろうじて立っている仲間もいるが、ふらついていて限界が近いと分かる。

 そんな中、割と平気な神田とアレンが立ち上がり、目を見開いたあと焦ったように向かってくる。

 理由が分からないリナリーだが、僅かに嫌な気配を感じ取る。

 もうすぐ二人が来る、と思いきやその道中に立ちふさがるノア。それは、以前アレンの心臓に穴を開けたあのノアだった。アレンの隣に神田がいるも、やはり心配になる。

 その後、リナリーは気づく。

 他人の心配をしている場合ではないほどの危機が、迫っていることに。

 

(っ!? な、なに? 視界が、暗く――――――っ!?)

 

 気づけばリナリーは、知らない空間にいた。

 実際は、伯爵の攻撃によるイメージでしかないがリナリーには分からない。

 何処か、そう思い体を動かそうとするリナリーだが、辺りを這いずり回るような、それでいて、硬質の物がぶつかり合うような音に気がつく。見れば、いつ現れたかも分からない、大量の髑髏がはい寄ってきていた。

 それも、唯の髑髏ではなかった。耳の様なものがあり、そして在るはずのない眼球が存在していた。

 

(い…………やぁ――――――)

 

 止まることなく向かってくるソレは、ガパリと口を開けリナリーへと飛びつく。

 それが一つ、二つ、と増えていき最終的には辺り一面がソレで埋まっていた。四肢に腹部まで噛み付かれ、そして最後に、ソレらをかき分けて醜悪な製造者の顔が現れる。

 とぼけたあの顔ではなく、目も、ギョロリとむき出しになり、有り得ないほど鋭く尖る牙が向けられる。その醜悪さに、リナリーは恐怖を覚え涙する。止まらない、そして眼前に迫った製造者は口を開きリナリーへと――――――

 

「い、や……いやぁあああぁああ――――!!!」

 

 ――――――喰らい付けなかった。

 正確には、喰らいつく前に気になるものでも見つかったのか停止した。

 何が起きたのか、やはりリナリーには分からなかったが、視界にあるものが入った際理解した。

 その視界に写ったものは、泥。

 しかし、これもまた唯の泥じゃなかった。あの髑髏が純粋な殺意から来るものならば、この泥は、幾つもの思念が混じった不純物。後悔、妬み、嫉妬、殺意、狂喜、それぞれが混ざり合って出来た負の感情を内包した泥だった。その泥は瞬く間に髑髏を飲み込み、消えていく。ただ、それはどこか作り物のようにも見える。

 それを確認した伯爵は、早いところ終わらせるとばかりにリナリーへと襲いかかった。伯爵もまた、異常とも言えるこの光景に警戒していたのだ。故に、早いところ目的を達する。

 

「――――――ッ!!??」

 

 声にならない声。

 誰にも届いてはくれないリナリーの叫び。

 伯爵は顔を歪め――――――再度喰いつく事ができなかった。飛び退く伯爵は、リナリーの奥を見据える。

 これで二度目。偶然ではなく何者かによって妨害されているのだから必然であると、両者が理解する。

 その決定的な証拠としてリナリーの目の前。先ほど伯爵の顔があったところには赤黒い剣があった。この剣を、リナリーは知っていた。いつだか、この剣を見たことがある。

 そして、聞こえた。

 

「本当は俺の役目じゃないんだけどな――――こんばんはだ、ぽっちゃり」 

 

 それは、久しく聞いていなかった仲間の声だった。

 巻き戻しの街以降、会うことも言葉を交わすこともなく消えてしまった、仲間の声だった。

 肩が抱き寄せられる感覚。実際に触れているわけではないのに、人の温度を感じた。

 

「今の俺は、結構マジなんだ。――――しゃべる暇なんていらない。お前を潰す」

 

 そして、黒い世界は砕け散った。 

 

 

 

 

 

 アレンと神田、その他のエクソシスト全員が目を見張った。

 その理由は、リナリーが伯爵に殺されたからではない。その伯爵を防いだ者に対してだ。そいつは唐突に姿を現し、次の瞬間、彼の手に握られていたのは一振りの剣。それを持ち伯爵の眼前へと突きつけた。同朋切りを成し魔剣の属性を得つつもこの世界では担い手のせいでさらに歪んだ神造兵器の剣だ。その歪み故に、本来魔剣として存在した剣の色には、黒ずんだ赤が加わっている。それはまるで、血の色。

 それは嘗て、ロードの空間で振るわれたものと酷似しつつも、放たれている存在感が幾分か収束されていた。

 

「ふ、ふふふ、うふふふふふ♥! ついに、ついに会えましたネ♥ ……ラスロ・ディーユゥゥゥ♥!!」 

 

 伯爵の前に立ち、剣をもつエクソシスト。

 絶賛行方不明だったラスロ・ディーユだった。

 その表情は、何時になく真剣で伯爵に覇気を向ける。それは今までの彼には無かったものだ。アレン達は、現在のラスロから戦う気、つまるところやる気を感じ取った。アレンが目を擦っているが、その光景は変わらない。

 そしてアレンは、ラスロのもつ剣に違和感を感じた。

 

「……? 確かあれは、ロードの時の……それにしては、存在感が――――――」

 

 ない、そう言い切ろうとしたところ、神田が舌打ちし訂正をいれる。 

 

「――――――鋭い。何時ものアホ面からは想像できねぇくらいにな」

 

 アレンの感じた違和感。それは以前あの剣が放っていた存在感にだ。あの時の剣は、無闇矢鱈に全方向へと放出していたが今ではある一点に集中し敵を斬らんとしていた。

 それはラスロに原因がある。

 ちょうど彼が現場に到着していた時、色々と終盤に近づいていた。不味いと思ったラスロは直ぐ様近くにいたブックマンを捕獲しボソリを呟いてからミランダの方へと投げた。ミランダは時間停止で自身を守れるが、今回はどうなるかわからないからだ。

 その後、リナリーの前に隠蔽状態で立ち剣を抜こう――――――としたところ後ろから眩い光と共に衝撃を受ける。倒れたラスロは無様に転がり黒に飲まれた。有り得ない。

 そして一早く起きたラスロは煙が晴れる前に再度自分の姿を隠す。その状態であたりを見れば江戸はすっからかんだし、皆は倒れ伏しているし、ついでに言うと何かもうアレンがいるし。え、なんでいるの? と声に出そうとしたところ、ラスロは我に返りイノセンスに意識を集中させ、より一層隠蔽度を高めて姿を隠した。アレンがいるならば、プランの変更が必要と感じたための過剰隠蔽だった。

 取り敢えず、自分を吹っ飛ばしたのがリナリーのイノセンスか別として、どうであろうとリナリーのところへと移動しておく。すると、ラスロの知っている原作通りに伯爵は降りてきた。さて、アレンはどうしたのかと見れば、ティキによって足止めを食らっている。であれば、ここは俺が殺るしかないと何時でも最終兵器を抜き出せるように準備していた。

 そして時が来る。

 伯爵が間抜けな顔でリナリーに食らいつこうとする瞬間、その殺意を『無毀なる湖光』の纏う魔剣の属性で押し流す。様々な負のエネルギーが放出されては殺意を飲み込んだが、ラスロは気にしない。もう今更だからだ。

 だが、ここで問題が起きた。普段からイノセンスと深くシンクロしていないが為の双方の誤解により、まさかの現状態の『無毀なる湖光』完全開放状態だった。ラスロからすれば、守る人守って、隙あらば一撃と考え伯爵の前に踊りでたのだがイノセンスはそう取らなかった。残念な事にイノセンスの方は、ようやく戦う気になったのか!! 喜ばしい!! と、勝手に暴走。リナリーのように、高くもないシンクロ率をイノセンスの勘違いからくる好感度の上昇によって若干上げつつも強制的に開放した。 

 その結果、制御がきかず不完全だった過去の『無毀なる湖光』とは違い持ち主の意志に沿い敵である伯爵へと全ての敵意を向けていた。それがアレンの感じた違和感の正体である。

 

(なんでだぁぁぁぁっぁぁ!? なんでさして高くないシンクロ率で完全開放!? どうせ持ち主の意志に沿うんなら、力の方向より、基本方針に従って欲しかったッ!! 自身の武器に陥れられるとか有り得ない! どいつもこいつもイノセンスは馬鹿ばっかりか!!)

 

 当のラスロ、内心で冷や汗。

 前方に敵の親玉、自身の中に言うこと聞かない暴走兵器が一つ。詰んでいた。

 思考が混乱し、冷静ではないラスロは、傍から見れば伯爵を睨んでいるようにしか見えない。確かに、眼前の敵への不満と敵意は本物だ。ただそこに、自身の武器への不満と文句と殺意が含まれている。伯爵への敵意には八つ当たりも含まれている状態だったりする。有り得ない。

 

(ぬぁぁぁぁ! 精神力がゴリゴリと削られる!! 強制完全開放とか、想像以上にやばいんですが!?)

 

 イノセンスの能力を切り替えたい。

 しかし、そんな力が今のラスロには残っていない。現在進行系でマイナス突っ切っている精神力では到底無理な話だった。止めようがなく、遠慮なく力が持っていかれる。これが、ラスロが完全開放した場合、他の能力が封印され続けると考えた理由でもある。要は、完全開放してしまうと常時精神力大幅消費の状態になり切り替え用のエネルギーが回ってこなくなる=『無毀なる湖光』(暴走)常時発動となる。

 今のラスロはその状態だ。恐らく、このままだとヘタレ度が上がる。 

 まぁヘタレ度が上がるだけで済むのはラスロくらいのものだろうが。

 

「…………さっさと、終わらせて……帰る!」

 

 自身でもそれを理解していたラスロは、目を爛々と輝かせ見つめてくる伯爵へと突貫する。

 すると、いつも以上に思考は鈍いが、体だけは軽い事に気がつく。

 

(これが、ステータス補正か……だが、微妙だな?)

 

 そんな疑問を覚えつつも、斬りかかる。

 その一撃は今までのどの斬撃よりも早く、重い一撃となる。

 当然、味方であるアレン達は呆然としてしまう。あの不良神父主席候補生の、ラスロ・ディーユがマジになっている、と。アレンはこんな戦いの中、ティムがいないことを悔やむ。撮影できない。

 

「いいですねェ♥ 相変わらあず素晴らしい、その憎悪に染まった目ワ♥」

 

「うる、せぇ! 大人しく斬られてろぽっちゃり!!」

 

 ラスロはまた走りだし斬りかかる――振りをして地を蹴る。

 急に止まったラスロについていけず、一人後ろに飛び宙に浮く。そのまま飛べばいいものの、伯爵は地に足をつけてしまった。その、着地硬直後をラスロは狙い打つ。 

 

「ヒョ♥!?」

 

 動けない伯爵は、驚愕の声を上げながらも剣を取り出しその一撃を受け流した。

 しかし、今のラスロはそれだけでは止まらない。ステータス補正、微妙とは言え流石だった。

 

「取り敢えず、これで、一発!!」

 

 流された『無毀なる湖光』を捨て、その強化された身体能力に頼り拳を振り抜いた。

 それは避けられることなく、そのふくよかな体の中心に吸い込まれ吹き飛ばす。

 思いの他ぼよんぼよん跳ねて止まらない伯爵を眺めつつ、拳を握り締めラスロは思う。

 

 

 

 

 

 ――――――俺は一体、何を殴ったのだろうと。

 

 

 私怨をはらす一撃だったのにあの感触は、有り得ない。

 そしてラスロは、自身を襲う倦怠感に身を任せ意識を落とした。

 

 

 

 




これから更新速度が落ちます(-_-;)
ようやくテストも終わり――と思ったら受験勉強ですぜ。
まだ早いまだ早いと思ってたら学校が土日に講習を開いてくれることに。
ええ、感謝しましたとも、感謝、しました、よ……。

まぁストックが二話くらいあるので放出するあいだにもう一話と書いていく予定です。
ではでは。


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第二十四話

お久しぶりでございます。
ええ、一応推薦受験を受けてきました。
結果発表は一週間後……だった気がします。
その為ちょっと余裕ができたので投稿です。
結果によっては……うん。

現在作者の精神は豆腐以下です、どうかお手柔らかに(ーー;)

感想返しは申し訳ありませんが後ほど。


 

 

 

 

 

 気を失い、次に目を覚ますと何やら心地よい。

 それに、何やらとても柔らかいものが頭の下に。一体何事? と目を開けようとしたが、突然頭に違和感が走ったので様子を見ることにする。これがノアだったら、隙をついて逃げなければいけない。あー、でもこの辺でノアは撤退するんだっけか。じゃあこの柔らかいのは何だろうか。

 しかし、確認する前にこの違和感は失せることとなった。

 違和感の正体は、手。恐らく誰かが俺の頭に手を当てたのだろう。ただ、そこからの行動が警戒心を薄めてくる。よく分からないのだが、誰かの手は俺の髪を指で髪を梳かし始めた。……なんぞこれ。しかもとても丁寧と来た。

 警戒心を軽く解き、起きようと頭を起こす。

 同時に、離れていった手が名残惜しそうに見えたのは気のせいだろうか。

 

「…………ここは?」

 

 口に出しながらも、眼前の光景に目を向ける。

 そこにあったのは…………というか何もない。

 視線を自分よりに戻せば、橋だったものの下に居ることはわかる。その橋も、途中から完全に消失しておりあの時の伯爵の攻撃をモロに受けたことを悟らせる。 

 

「…………江戸。ああ、無理に開放したからっていうか、勝手に開放してくれちゃったから疲労でブッ倒れたのか」

 

 おまけにあの瞬間、伯爵の体から異常なまでの悪意が流れ込んできた。アレは確信犯に違いない。ホント、いい性格してると思う。

 一度、自身の意識を心臓へと向ける。

 しかし、そこに心臓の鼓動はない。つまるところ、外部に置きっぱなし。

 やばし! 心臓が外部に置きっぱなしとか不味すぎる。ノアに捕まりでもすればオモチャコース一直線ではないか。取り敢えず、さっさと探しに行かなければ。ロードの人形と化すなんて有り得ない。

 

「そうと決まれば急いで――――――」

 

 そして立ち上がろうとした俺だが、キュッとボロボロのコートの裾を掴まれ停止する。

 そう言えば、俺ってば誰かに看病されてたっぽい。それは、俺以外にも人がいるということ。ちゃんと意識して周りを見れば、仏頂面から紳士スマイルまで様々な笑顔を浮かべているクロス部隊とティエドール部隊が。というかアレン、ちょっと君にはお話があります。

 

「――――――無事だったんだね……ラスロ」

 

 声のする方を向けば、そこにはリナリーがいた。

 あ、不味い。そう思ったときにはもう遅かった。見ればリナリーの目尻には涙が溜まっており、紳士としてやってはいけないことをしてしまったのだと自覚させられる。いや、普段の行いからそれはどうなのとか思うだろうけど皆俺が死んだなんて思わないと思ったからであってね? 師匠の弟子って事でどうせ無事ってね? ……言い訳でした、ハイ。

 

「なーかしたーなーかしたー、師匠に言ってやろー」

 

「……待てアレン。少し話し合おうじゃないか、な?」

 

「僕の口止め料は高くつきますよ?」

 

「何だか兄弟子に対して辛辣だなアレン。俺、何かしたっけ?」

 

「ええ、しましたとも。スケープゴートに。……あの恨みは忘れてません」

 

「いや、え? スケープゴート? いつ、何に? 心当たりが多すぎて分からないんだけど」

 

「は、ははは。やっぱりラスロですね。この師匠具合に天然を加えたハイブリット師匠(仮)は間違いなくラスロです」

 

 師匠具合は置いといて、ハイブリットってなにさ。カッコイイ。

 ――――――って、それどころではない!

 と思っていたら強く裾を引かれた。俺は、そんな軽い力にも耐えられず元の位置へと戻る。

 

「大人しくしてないとダメだよ……顔色も悪いんだから」

 

 心配、というふうに声をかけてくれるリナリーだがそれどころではない。

 看病してくれるのは嬉しい。が、膝枕、テメェはダメだ。

 羞恥心MAXに加えて、男どもの殺気もMAXです。

 

「まだ、顔色が悪いね。……大丈夫? 無理してない?」

 

「へ? あ、ああ。大丈夫だぞ? 強いて言うなら、外部の圧力が厳しいくらいで……」

 

 すると、分が悪いと判断したのか殺気は引っ込む。

 そう言えばティムがいないが助かった。録画されたら脅しの材料と化す。

 

「っと、それより、俺の剣を探さないと」

 

「だからダメだよラスロ! ミランダの御陰で今は平気かもしれないけど、本当に心配したんだから!」

 

 聞いてみたところ、どうやら俺は土気色の顔をして相当やばかったらしい。そりゃあ、精神力を常に消費しまくってたんだから当然か。

 

自分で思っていたよりもひどい状態だったらしい、ミランダに感謝だ。

 

 というか、現在進行系で消費されている。たしかに精神力も回復しているようだが、寝ている間に切り替え可能な域を超えてしまったらしい。御陰で、いまだ切り替えができず封印もできない。 絶賛大ピンチな俺だった。もう一度巻き戻しを頼む、といいたところだがゼェゼェと気絶しそうな淑女を見て頼めるわけがない。

 

「……いやぁ、マズイなコレ。取り敢えず――――『無毀なる湖光(アロンダイト)』!」

 

 その瞬間、少し遠方から黒いのが飛んでくる。

 無論、『無毀なる湖光(アロンダイト)』である。アレンが原作でやってるのをみてノリでやってみたけど上手くいった。その後、それを手に取り地面に突き刺す。戻そうとしてみたが、やはり無理だった。

 しかし、イノセンスの方が手加減してくれているらしく省エネモードになっているらしい。

 どうした、一体。気を使うとか遂に狂ってしまったのか俺のイノセンスは。

 

「それって、ラスロが前に使ってた剣だよね……? やっぱり、あの時助けてくれたのはラスロだったんだ」

 

 ありがとう、と言って微笑む姿はコムイさんがお熱になるのもわかるレヴェル。

 しかしそれで揺らぐ俺ではない。ははは。

 あれ、手が勝手にリナリーの頭へと動くぞ?

 自然と頭をポンポンと撫でている俺の手。

 

「ラスロ、髪が傷んじゃうよ……」

 

「う、すまん。……慣れてないからな」

 

「女の子の髪に触れるときはもう少し優しく! 撫でるにしたって、もう少し丁寧にやらないとダメだよ? デリケートなんだから。本当なら、その前に一言欲しいところ、かな」

 

「……次の機会があったら、そうするよ」

 

 ダメやー勝てへん。

 このままズルズル行くとか怖すぎる。

 前世込みで、こんなに女の子らしい人を見たことがない。

 一人はツンデレを地で行く真性モノだし、もう一人はお淑やかを装うドS腹黒女。前者は拳を武器に、後者はムチを武器とする覇者だったからね。親友は彼女持ちだから、自然と被害は俺へと流れてくるわけで。本当に酷かった。その度に俺が親友を巻き込むワケだが。まぁ結局男二人でボロボロにされるのが日課でした。……あれ、ダメージ受けてる分今より酷い?

 そう言えば最近会っていない。元気にしているだろうか。親友カップルは相変わらず、男が尻に敷かれているのだろう。怪人ツンデレーはきっとツンデレを布教して回っているだろう。腹黒女王はきっとSMクラブでも開いて男から金を搾取しているのではなかろうか。久しぶりに会いに行こうか――

 

「――――ラス、ロ?」

 

 そこで、気づいた。いや、リナリーの声で現実に連れ戻された。

 見ればリナリーが心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。

 

「――――――ああ、大丈夫だ。……なんの、問題もない」

 

 背筋が、凍った。

 一番最悪なパターンだ。

 現実と、過去が入り混じるこの状態。

 区別がつかないというよりも区別をつける為の思考が働かない。

 イノセンスの影響か。

 

「はは、冗談、キツイぞ。……有り得ない」

 

 ギリッと、気づかぬうちに唇を切っていたらしい。血の味がする。

 

「ねぇ、本当に大丈夫なの? さっきから、少し…………」

 

「おかしい、か?」

 

 コクリと頷くリナリー。

 へるぷみーとばかりに辺りに視線を向ければ、全員、何があったと問いただしてくる様な目。一人、死ねと殺気を送ってくる侍くんもいるけれど。取り敢えず、苦笑いで返しておく。

 

「この剣。シンクロ率の問題で、使用すると副作用があってな? 異常に精神力を使うんだ。御陰でこのざま。まぁ、ゆっくり休めばすぐに元通りだ」

 

 その説明に、大体は納得してくれる。

 『無毀なる湖光(アロンダイト)』を直に見れば、ソレに宿る怨念モドキに気づくだろう。

 実際は違う理由からだが、いいわけには持ってこい。

 

 

 悪いな。狸は、化かすのが得意なんだ。

 とはいえ、一人、嘘ですよねと睨んでくる弟弟子がいる。

 さてさて、どう言い訳したものか。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に、いなくなった人が眠っている。

 普段はやる気を感じられず、笑顔で戦場を駆け抜け、消えて、返ってくる仲間。

 今は珍しく真剣に、全力で戦闘したからか泥のように眠っている。そんなラスロを、リナリーは膝に乗せながら考える。あの瞬間、助けてくれたのはラスロだったのだと。ハッキリと見えてはいなかったが、何時になく鋭い表情をしたラスロはまるで別人だったとリナリーは思う。そんなラスロの髪を、持て余した手で梳く。

 思っていたよりもさらりとした上にふわふわ。どうなっているのか気になった。

 

(…………また顔色が悪くなってる)

 

 顔にかかる前髪を手でどける。

 その下には、意外に丹精な顔立ちが隠れている。

 しかしその顔色は最悪の一言に尽きた。

 弟弟子のアレン曰く、「こんなラスロ、久しぶりにみました」とのこと。常に共に旅をしていたアレンが、この状態のラスロを見るのが久しぶりと言うことで想像していた以上の重体なのではと不安がよぎる。ブックマンの針治療ならばと見せてみたが、ブックマンが目を見開いて驚愕した後、無理だと診断された。

 どうしようもない。

 そこで、ミランダがイノセンスの力を使ってラスロを回復させた。

 これがラスロが起きるまでの経緯。

 そしてリナリーは、起きてからのラスロの発言に何か引っかかり思い返す。

 

『この剣。シンクロ率の問題で、使用すると副作用があってな? 異常に精神力を使うんだ。御陰でこのざま。まぁ、ゆっくり休めばすぐに元通りだ』

 

 根拠はない。

 しかし、あの真剣な表情を見たリナリーには嘘を交えた笑顔にしか見えなかった。

 未だ信用されていないのか。そう考えると心が沈む。

 

「…………えい」

 

 気づけば、リナリーの手は再三立ち上がるラスロを引っ張り膝の上へと誘導していた。やられた本人は「!?」と驚愕で顔を染めていたので、少し心が晴れる。たかが表情を変えただけだが、それは本物であると分かったから。

 

「……どうしたリナリー。随分と、強引だな?」

 

「うん、決めたの。ラスロって、中途半端に近づくと逃げるから……」

 

 レベル3との戦闘中に思い出した過去の出来事。

 今の今まで、命をかけた濃い生活の中に埋もれていた楽しい記憶。

 それをもう一度。次に会えたならば、皆と一緒に、ラスロを知ろう。

 船の上で考え、決意したことだった。

 

「取り敢えず、逃げれないくらいまで近づこうって」

 

 ラスロはキョトンとした後、パタリと顔を伏せて唸り始める。

 天然メェ……やら、ブラコン兄さえいなければ、とか聞いていた男性陣はラスロの内心を悟った。

 

「頑張るさ、ラスロ。コムイにバレないといいさね?」

 

「まぁ、自業自得です。さっさとゲロっちゃえばこんなことにはならなかったんです」

 

 言葉遣いが荒いですよアレンくーんとラスロが呟きながら、再起動。

 キョロキョロと辺りを見回し、ティムキャンピーがいないことを確かめる。が、アレンの耳についている通信機を見て再度撃沈。もうかなりグタグタだった。ちなみに銀色から師匠であるクロスに漏れていることに気づいていない。

 

「ああ、OK、手遅れにならないうちに立ち直ろうぞ。……まぁ、何だ。今更だけど、久しぶり」

 

「全くですね。僕に師匠を押し付けて自分は違うところに向かうとか、非道です」

 

「……いや待て。押し付けてなんていない。どうやら俺とお前の間には誤解があるようだ。いや、ホント。その胡散臭いもの見る目やめい。兄弟子のガラスのような繊細さしってるだろ?」

 

「ええ、知ってます。ガラスどころか鋼鉄通り越して手入れ不要の謎金属ですよね。繊細って言葉が師匠の次に似合わないと思います」

 

 アハハ、ウフフと黒い笑みを浮かべながらアレンの先制攻撃から毒舌戦を開始した二人。

 そののち、誤解が解けて怒りの矛先は室長の方へと向かった。

 しかも、今の会話が師匠であるクロスに筒抜けであったことに気づきアレンは顔を青ざめてラスロから距離をとった。同時に、ラスロも同じことに気づき胃を抑える。懐から箱を取り出したと思えば胃薬。その年で頼りになるとか有り得ない。

 

「よし、忘れよう。俺は過去に生きず今を生きる男だし」

 

 過去にすがりついて帰ろうと必死なお前が何を言う、と自分も思っていたが気にしない。

 パンと頬を叩いた後、ラスロは『無毀なる湖光(アロンダイト)』を支えにヨロヨロと立ち上がった。

 

「どこに行くんですか?」

 

「いや、どこにも。ただ、座ってるのも落ち着かなくて。座ってると回避行動が遅れるし」

 

 どこの世紀末? とラビが問うが、もう十分世紀末じゃね? とラスロは返す。 

 人に擬態するアクマのレベル3、上位種であるノア、創造主たる伯爵。全て揃ったここは終わっている。

 しかも追加で不良神父も紛れ込んでいるはず。

 

「まぁここから離れはしないさ。巻き込まれないといけないし」

 

「巻き込まれる? まさかラスロ、また何か変なのに――――――」

 

 そう、アレンが言った瞬間だった。

 ズブリと、体が沈んでいた。そして姿が消えていく。

 

 

 

 

 

 

 ――――――ラスロの。

 

 

 

 

 

 

 

「なにゆえ!? イヤイヤイヤイヤ! なんで俺――――――!?」

 

 意味わからない!? と珍しく?パニックに陥っているラスロ。

 しかし流石と言うべきか、どれだけ思考が鈍り、混乱していようとラスロはラスロだった。

 

「――そいやァ!」

 

「ちょっ、ラスロ!? 僕を引きずり込む気ですか!? 流石にあんまりです!! だぁぁぁ! 足引っ張るなー!!……せい!」

 

「何!? おいモヤシその白いベルトで俺を掴むな! 兄弟弟子揃って人巻き込んでんじゃねェぞ!! ックソ!」

 

「待ってユウ! それはおかしいさ!? あいやファーストネーム呼んでごめんて離してぇぇぇぇ!?」

 

「何をしている阿呆共!」

 

 ラスロがアレンの足を鷲掴み、アレンが『神ノ帯(クラウンベルト)』で神田の足を確保。怒りに怒った神田が、ファーストネームを口にするラビを掴んで引きずり込んだ。それを見ていたクロウリーが自ら飛び込む。色々おかしかった。

 そして最後に、元帥たちがポカンとしている中リナリーが一人地面に吸い込まれていった。

 

 残されたティエドール元帥達。

 一度死にかけたものの合流できたデイシャを精神的疲労を理由に教団に送り返すことができたのはいいが、今になってもう少し戦力もといツッコミが必要だったかなとティエドール元帥は少し後悔する。

 元帥は眼鏡をクイと押し上げた後、頭が痛いとばかりに手で顔を覆った。

 

「…………常識が、通用しないね」

 

 次の瞬間、空が割れ四角い何かが出現したが今更だとばかりに驚くことなく見つめるのだった。

 

 

 

 

 何か色々有り得ない。

 

 

 

 

 



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第二十五話

受かりましたぜ……ギリギリ。
というわけで更新可能となりましたので最新話をば。
ぶっちゃけリハビリに近いので勘弁を。きっと書いてれば作風を思い出してくると思うので。


それにしてもDグレ連載止まりましたねェ……


 

 

 

 

 

 

 落ちる。

 正直意味がわからないし、状況を理解しきれていない。

 いや、なんで俺さ? リナリーじゃないの? っていうか、元々俺が狙いならリナリー危険に晒さないで済んだんだけどそこのところどうしてくれるんだろうかノア一家。ホント有り得ない。

 ……さて、どうしたものか。

 省エネモードとはいえ、今も現在進行系でゴリゴリと削られている精神力が何時までもつか。この先が不安すぎる。

 この『無毀なる湖光(アロンダイト)』は再度封印できるだろうか。

 きっと視界が開ければ方舟の中。いずれティキがやって来てゲームが始まるのだろう。

 そうなれば原作を辿ること間違いなし。

 こんな状態である俺が助かる方法と言えば、再度ミランダを頼り一時的に精神力を回復させてもらう他ない。いや、厳密にはもう一つあるけど、暴走イノセンスと手を組むとか有り得ない。

 まぁつまるところ、ここが正念場である。

 よし、あとは任せた弟弟子よ! 

 そう思いながら只々落ちる。

 するとどうだろうか、上から誰かの手が伸ばされてきた。

 

 ――――ラースロ! 待ってたよぉ。

 

 あ、ロードかとわかってしまう俺は有り得ない。

 

 ――――手を伸ばすだけだよぉ? それだけで、楽になれるから。

 

 それは実に、魅力的な提案であった。

 ロードが言う楽とは、どういったものなのか分からないが異様に惹かれる。

 

 ――――ラスロが望む世界を見せてあげるよ? ねぇ、おいでよ。

 

 俺が、望む世界。

 それはきっと、『アイツラ』と共に過ごした過去の世界。

 帰りたいと切に願う、あの世界だろうか。

 

 ――――それに、ボクがいればなんでもできるよぉ? ラスロが望むこと、ぜぇんぶ!

 

 望むこと全部か。

 あれやこれも、全部か。

 もしかして、借金の返済も可能なのだろうか。あと、高級酒の撲滅。

 

 ――――さ、掴んでぇ。そうすれば、ボク達は家族だよ。一緒に家に帰ろうよ。

 

 帰るか、いいなその言葉は。

 帰る家ができるのか。

 

「――でも、それは違うだろ」

 

 ふと、一人の少女の笑顔が脳裏によぎる。

 教団に戻れば、任務にでも行っていない限り出迎えてくれた少女がいる。

 彼女の「おかえり」に、「ただいま」と返さない、変な意地を張っている俺なんかに何度も何度も声をかけてくれる少女がいる。教団をホームだと言って、出迎えてくれるのだ。馴染んでいないと自分に言い聞かせて、希望にすがりつく俺なんかに。

 そんな優しい彼女を無下にした俺が、今更帰る家?

 

「有り得ない」

 

 もし、こんな俺が帰る家だと定めるなら、教団以外にはありえない。

 こんな時にも帰る家は向こうにしかいないと言い張る俺がいるが、今だけは押さえつける。

 

 断言する。

 俺が今後、もし、万が一、この世界を認め、馴染むことに納得したのであれば、

 

「――――膝ついて、頭下げて、先ずはリナリーに謝るよ」

 

 ――――へぇ……なびいてはくれないんだぁ?

 

「無論だ。そうやって、許してもらえるまで頭下げる。そして、許してもらえたのならば、俺は教団をホームにするよ。万が一に、万が一にだからな。大事なことなので二回言いました」

 

 すると、クスクスクスと笑い声が聞こえた。

 

 ――――あはは♪ そうでなくちゃねぇ! それでこそラスロだよ。そのラスロを、ボクは求めてるんだから。

 

「勘弁してください。割と、切実に」

 

 こんな中途半端に寝ぼけてる頭で、変な誘惑は堪える。

 師匠との生活がなければ、きっとなびいていたに違いない。

 ちょっとだけ、師匠に感謝である。

 

 ――――フフ♪ それじゃあ、今回はここまでにしておくねぇ……次は、もっと辛いの用意しておくよぉ。

 

「……流石ノアの長子。鬼畜だなぁオイ」

 

 ――――そこまでしてでも、欲しいんだよ? 悪意の泥を染み込ませて、コッチに堕として見せるねぇ。

 

 

 

 

 ――――それじゃあ、方舟で待ってるよ。バイバーイ、ラスロぉ。

 

 

 それきり、ロードの声は聞こえなくなる。

 

 

 

 

 そして――――――まばゆい光りを引き裂いて、俺は方舟へと落下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――で? 説明してもらえますか、ラスロ?」

 

「さっさと吐けよ狸、毛皮にすんぞ」

 

 まぁ、こうなると思っていた。

 いや、でもさ? しょうがないじゃないか。俺だって混乱していたのだ。まさかここで俺を引きずり込んでくるなんて考えてなかった。リナリーが連れて行かれても守れるようにと、準備だけはしていたがそれは自ら「巻き込まれる」という心構えの話だ。まさかその騒動の中心に立たせられるなんて……

 

「……結論。全部ノアが悪い」

 

「そこに直れ、たたっ切る」

 

 スパン、と方舟にある白い家の壁に切れ目を入れる神田。

 よく見れば顔に青筋がピキピキと。殺気も本物だ。

 チラリとアレンを見れば、吐きましょう、楽になりますよと笑みを浮かべていた。

 両脇は壁、前後は修羅と道化。

 

「逃げ場ねぇ……」

 

 たらりと冷や汗が流れる。

 そんな殺伐とした中、唯一の癒しとも言える少女を発見した。

 ……発見した?

 

「……え、リナリー?」

 

 声をかければ、どうしたの? と小首を傾げる。

 ポンポンと頭に触れれば普通に感触がある。

 

「……ラスロ?」

 

 つまり、本物。

 

「はっはっは――――――デブ殺す、二度殺す」

 

 アレか。

 俺だけじゃなく、結局はリナリーも引きずり込んだのか。

 いい加減にせぇよぽっちゃり。

 取り敢えずぽっちゃりにはもう一発追加と決めつつ、どう説明したものかと考えを巡らせた。

 

 

 

 

 

 

 

「――――――つまり、元凶は分かっても理由まではわからないと?」

 

 頷くことで肯定の意を示す。

 実際、俺が引きずり込まれた意味が分からない。積年の恨みつらみ、もしくはジャスデビたちに頼まれて伯爵が落としたのか。しかし、それにしては落ちてきた当初に聞こえたロードの声と、その内容と現状が噛み合わない。ぽっちゃりならば、勧誘の暇があるなら滅殺しにくるだろう。

 

「ターゲットは俺だろうけど、リナリーも後から別に引きずり込まれた事から十分気を付けないといけない。使用者を守る、過去に例のない珍しいイノセンスを所持してるんだからな――っと、みィつけた」

 

 少し原作との差異が見られたが、もしかしたら居るかもと思い地面を眺めていたらやはり、いた。

 ペチャンコになり、風邪に吹かれれば飛んでしまいそうなカボチャの傘。正直、破壊してしまいたいのだが後が怖いのでやめておく。いや、これ破壊すればぽっちゃりは『あの剣』使えなくなるんじゃないかなぁと思ったりしたわけで。まぁ、破壊してもその内復活しそうだけれど。

 

「まぁ、いい。他にも使い道はあるしな?」

 

「ラスロ、それは一体……あれ、何処かで見たことのあるような?」

 

「あ、それ伯爵が持ってたカボチャの傘さ! なんでここに!?」

 

「ギャアァァ!? 絞るな、絞るなレロ!! 何するレロかこのナマモノ!!」

 

「うるせぇ廃棄物。骨だけにしてやろうか」

 

「待つさラスロ、それじゃあユウとなんら変わりない――ユウ、いえ神田さん、刀、下ろすさ!!」

 

 そう、カボチャの傘であり伯爵の武器?でもあるレロだ。

 それにしても、誰に潰されたのやら。

 原作でも、誰かに潰されていたはずだが思い出せない。

 まぁ対して重要なことでもないしどうでもいいのだが。

 というか、それよりも、だ。レロが此処にいるという事は、原作と同じように進んでいると言ってもいいのだろう。恐らくだが、伯爵が俺を始末するために選んだ方法が、『じわりじわりとその存在が消えていき、絶望しながら死ぬ』というものなのだろう。やっぱり性格が悪い。

 

「キィィィ!!放すレロクソエクソシスト+ナマモノ! 吐き気がするレロ!!」

 

「おい、なんで俺をエクソシストの中に入れずナマモノで言い表した? 俺も立派なエクソシスト、神の使いだよ?」

 

 すると、突き刺さる幾つかの視線。

 その視線の数おかしい。なんで四つ以上あるの? ロード、ティキ、レロの三つくらいだと思っていのだが後ろからもグサリときてる。多分アレン、神田、ラビ、リナリー、そしてレロその他だろう。ノア組、一体どこから見てやがる。

 

「――この信頼度の低さ、有り得ない」

 

「何度でも言います……自業自得です。というか、どうせ本気で言っている訳じゃないでしょう?」

 

「まぁな。あんまりエクソシストであることに誇りとか持ってないし」

 

「そこのモヤシと狸、黙ってろ。……オイ傘、テメェなら出口知ってんじゃねぇのか?」

 

「そ、そんなことないレロ! 本当だから刀下ろすレロ! 食い込んでるぅぅぅ!?」

 

「待つさ!? 殺ったら聞けなくなるさ!?」

 

 というやりとりを得て、ようやく傘が落ち着きを取り戻し神田の問いに答えた。

 それはやはり、出口はないの一言である。

 ブチギレた神田が六幻を振りかぶり真っ二つにしようとしたが、そのタイミングでレロの中から伯爵の声が聞こえてくる。それは段々と大きくなり、奴の到来を予感させる。……まぁ、レロの口からぽっちゃりの風船が出てきただけだけどな。

 

『ご苦労さまです、レロ♥ えー、エクソシスト諸君というか、吾輩が呼んだのはそこの狸とお嬢さんだけなんですがまあいいでス♥ 取り敢えず、そこの数名にお伝えしましょウ♥ この船に出口はありませんのであしからズ♥』

 

 ハイハーイ、アレン君は俺を睨むのやめましょう。

 ホント正常な思考回路してなかったんだよあの時の俺。反省してるよ。

 

『更に更ニ♥! この船のダウンロード(引っ越し)が終ったところから崩壊していきまス♥』

 

 その瞬間、一部の建物が爆ぜで神田に降り注ぐも全て一刀のもとに微塵切りにした。

 増える殺意の視線。まぁアレンにも向いてるけど。

 

『崩壊に飲み込まれれば、待っているのは次元の狭間♥ 抜け出すことは叶わない黄泉の国へと向かうことになるでしょウ♥ そこで、一つチャンスをあげましょウ♥ そこの狸、ラスロ・ディーユを渡しなさイ♥ それだけで、他のエクソシストは助けてあげてもいいですヨ♥?』

 

 一気に視線が二つ増える。有り得ない。

 きっとラビとクロウリーだ。まぁクロウリーは殆ど殺気は感じず呆れが大半のようだが。

 そこでふと、気づいた。

 他のエクソシストは助けるとか言ってるけど、皆は俺のこと見捨てないよね? というかやっぱり目的は俺なんですねー。俺が一体何をしたの言うのだ。俺とぽっちゃりは敵なのだから、今までの攻撃行為は仕方がないのだ。

 

「――って、正気に戻れ俺? それ適応されたらこの取引もありになるだろうが」

 

 しかし、本当に他の皆を助けるつもりがあるんだろうか。

 俺だけでいいならば、何故別途でリナリーを引きずり込んだ?

 チラリとリナリーを見る。彼女は気丈に伯爵風船を睨みつつ、こちらに気づく。

 するとリナリーは、はっ、とした後にぎゅっとコートの裾を掴んできた。

 

「――ダメだよラスロ。……行かせない」

 

 いや、言われても俺行かないよ? 逝け言われたら説得する気だったから。……誤字じゃないよ事実だよ!

 それに対して、アレンたちは視線で語る。

 

 ――リナリーに救われましたね?

 

「……全くもって、その通りっと」

 

 俺は苦笑しながら、『無毀なる湖光(アロンダイト)』を振り抜き風船を破壊する。

 ギャー伯爵タマがー!? とか叫んでる傘はアレンに渡して『道化ノ帯』でぐるぐる巻きにしてもらった。そうしている間にも崩壊は始まっており、俺たちを飲み込もうとしているので場所を移動しつつ無駄とわかっていても出口を探す。位置的にというか、裾を掴まれたままだったので俺がリナリーを背負って逃げた。途中でクロウリーに渡す予定である。

 

「だぁぁぁ!? これで何軒目さ! 本当に出口ないんじゃねぇの!?」

 

「いえ、どこかに出口はあるはずです! 僕はそれを通ってアジア支部から日本まで来たんですから!」

 

 言いながらも更に住居を破壊し出口を探す。

 俺も『無毀なる湖光(アロンダイト)』で破壊しようかと思ったが、力を込めるだけでゴリゴリいったのでやめた。本当に不味い状況だ。ここまで精神力が削られるのは久しぶりすぎる。師匠との修行以来ではないだろうか。急がなければならない。思ったよりも持ちそうにないこの精神力じゃあ、どうなってしまうか分からない。先ほどのように寝起き+精神力消費による思考の鈍さなどが相重なると廃人と化しそうだ。

 だから俺は、魔術を使い棺桶を召喚。

 中からブツを取り出し叫んだ。

 

「――っ、出てこい瓶底眼鏡ェ! 今すぐ出てこないと、次に再会したときこの宝具(酒瓶)が開帳されることになる!!」

 

 その酒瓶は、思い出のあの酒瓶である。

 初めてティキを殴り気絶させたあの酒瓶である。

 無論、あの時の酒瓶はダメになったがそれと銘柄も何もかも同じ酒瓶である。

 そう、ティキのトラウマとなっている酒瓶である。

 故に――――――

 

「待て待て待て待て狸くん!! いい加減に止めようぜソレ、雰囲気作ってんの無駄になるんだよ! それ異常に怖いんだよ!? ソレじゃなくとも酒瓶見るだけ頭部に鈍痛走るんだよ? ……つうか狸くん、ロードにバラしたろ! 腹抱えて転げまわって馬鹿にされたじゃねぇか!!」

 

 

 

 ――――――ちょっとスイッチ(トラウマ)押して早送りしてみた。

 それに反応する瓶底眼鏡のノアとか、有り得ない。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二十六話

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、ホント色々と台無しにしてくれるよな、狸君はさ!」

 

「こっちも余裕ねぇんだよ瓶底。ほら、酒瓶が振り下ろされるぞ、飛んでくぞ」

 

「待てってば! 分かった、ややこしい話なしで進めるから取り敢えず下ろせ! ああ、もう、少し期待してたんだぜ? 狸君が上手いことロードの手から逃げれてくれるの」

 

「知るか。というかそれでいいのか快楽のノア……まぁ、取り敢えず」

 

 さっさとしないと分かってるよな、と視線で訴えつつ酒瓶を下ろす。

 またまた後ろから幾つかの視線が突き刺さってくるが華麗に気づかぬふり。

 

「下ろしたな? 後ろに隠し持ってないな? 罠とかないよな?」

 

「このフィールドに誘い込んだのお前らだろうが。この短時間で何かできるとでも?」

 

「そう出来ないとか言っておいて出来るから狸って呼ばれるんだぜ狸君」

 

「……この廃棄物といい瓶底といい、俺が人間に見えないなんてホント末期だね? 神酒飲む?」

 

「いらねぇよそんな心遣い! っと、話が進まない――まさかこれも計算内か?」

 

 俺が急かしておきながら、話を伸ばして自作自演をし、最終的に好き放題酒瓶振り回すと思ってるのか。どれだけ俺が鬼畜に見えるのだろうか。やはり瓶底眼鏡は度があっていないらしい。後ほど叩き割って新しいのプレゼントしてやろう。

 本物の瓶の底でできたやつ。

 

「オイ、狸。さっさと話を進めさせろ。漫才みてぇんじゃねえんだよ、俺は」

 

「ここばかりは神田に同意です。時間もありませんし、早いとこ終わらせてくれます?」

 

「……何だか辛辣だな少年。まだ怒ってんの? ていうかアレだな。狸くんら師弟は全員揃って摩訶不思議な生き物だよな。なんでアレで生きてるかなァ……」

 

「? 良く分かりませんが、機嫌が悪いのは確かです。というか今更ですが、なんで貴方がここにいるんです?」

 

 バチバチとアレンとティキの視線が交わりぶつかり合う。

 それが数秒続いた後、フイ、とティキが此方に向き直りポリポリと頭をかきながら用件を口にした。

 

「あー、まぁ何だ。少年とは後で話すとして、今から伝えることは俺の話に乗る乗らないって話なんだが、此処にロードの扉に通ずる鍵がある。これを使ってゲームをしようってのがロード。そして俺はそれに乗っかって仕事をする。まぁなんだかんだ言ってるけどゲームだよ、ゲーム。生きるか死ぬかの、さ」

 

 言いながらティキはカギを取り出して俺に見せてくる。

 

「これを使ってお前らが中央の塔の最上階にある扉から外に出られれば勝ち。塔の頂上までには三つの部屋があり、それを突破し、最後の部屋を抜け、頂上の扉から外に出る。簡単な話だろ? 乗らなきゃ死ぬ。乗れば生き残れるかもしれない。もう俺ってばやる気萎えてるんだけど当然乗ってくれるよな?」

 

 そう言ってティキは俺を見てくる。

 それはすべての判断を俺に委ねたということだろう。

 これは正直原作通り。乗らなければ方舟と共に空間に飲まれ、乗れば辛い戦いになるがなんとか生き残れる可能性が出てくる。何より、この場所から移動しないとあっという間に崩壊に飲まれる。しかし、ティキの話の乗り、ロードの扉を介して移動すれば飲まれるまでの時間に余裕ができる。となれば、当然乗るしかない。

 軽く皆を一瞥してから、ティキへと伝える。

 

「分かった、乗ってやる。ただ一応確認な。その頂上にある扉は外に続いてるんだな?」

 

「ああ、それは保証するよ狸君。それじゃ、受け取れ少年!」

 

 ピィンとティキは鍵を指で弾いてアレンの方へと飛ばす。

 その時でさえ俺から視線を外さないのだから徹底しているものだ。流石に今は何もしないってのに。

 

「じゃあ、渡すもんは渡したぞ。――ああ、狸君、一つ言い忘れてた」

 

 ティキは去り際に俺の方へと再び体の向きを変え笑っていう。

 

「ロードが言ってたぞ。言ってくれれば、何時でも迎えに行くってさ」

 

「……断固拒否するって言っといてくれ。俺はまだ、此処(教団)にいる」

 

 そっか、と苦笑して今度こそティキは去っていった。

 神田は追いかけようとしたみたいだが、建物の壁の中に消えていったティキを追いかけることはできず渋々諦めた後、八つ当たりのように俺へと殺気を向けてきた。理不尽すぎるよ神田くん。

 というか、神田以外からも未だに視線を感じる。

 いやまぁ仕方ないとは思うけど露骨すぎて背中がかゆい

 

「――で、今の瓶底の人と知り合いなんですか、ラスロ。話の内容的にノアっぽいんですけど」

 

「あー、うん。あれもノアの一人だ。アレンは、というかここにいる皆は会った事あるだろ? ほら、物質を透過して自在に移動する憎らしいイケメン。名前はティキ・ミック」

 

『――――――!?』 

 

 神田以外が皆、嘘だろ、と目を見開いて驚いている。

 俺も思ったよ。服装と眼鏡だけで印象って大きく変わるんだねって思ったよ。当然、悪い方にだが。

 

「さて、納得いかないのは分かるけどさっさと行こう。ここら辺もやばそうだ」

 

 背中のリナリーを背負い直し、アレンを促す。

 確か使い方は、適当な扉に鍵を差し込めばよかったはず。

 

「――ん? どうかしたのか、リナリー」

 

 何故か左肩に置かれたリナリーの手に力が入っていた。

 

「え、いや、なんでもないよ? ただ、さっきの人が言ってたロードの言葉が気になって」

 

「ああ、しつこすぎる勧誘か。実のところ俺も良く分からない。ぽっちゃりは俺を殺そうとしているし、ロードは俺をおもちゃにして遊ぼうとしてる。この場合、連れてかれたらどうなるんだろうな、って考えると不安しかないから勧誘に乗る気はないけどな」

 

「……例え、皆の無事を引換になっても?」

 

「……らしくない、意地悪な質問だな? もしかして俺、リナリー怒らせた?」

 

「別に怒ってはないよ? ただ、いつもラスロは突然消えちゃうから、それで」

 

「突然ねぇ。あれ、基本師匠に拉致られるか脅されるかしてるからなんだけどな。あー、さっきの質問に答えるけど、俺は皆の無事を引換に自分を渡したりしないよ。自分が大切だからな」

 

 事実である。

 ぽっちゃりが取引を持ちかけてきた時でさえ、皆が話に乗ってしまったら説得しようと考えていたくらいだ。最悪、うるさい風船を一刀の下に切り伏せてなかったことにしようとしてたし。自分を犠牲に皆を助けるというのは、本当の本当に最後の手段だ。今のところ原作との差異はないから言えることでもあるが。

 

「――――――嘘、ついてないよね?」

 

「ん。どれもこれも俺の本音だよ。あー。ほら、此処に引きずりこまれる時も自分の身可愛さにアレン引きずり込んだし。まぁ、これは皆言えることか。凄い連鎖起こってたもんな」

 

 するとリナリーは顔を伏せて黙り込んでしまった。

 はて、納得したのか納得できなかったのか。

 まぁいい。俺は自己犠牲を好まない、という事実を俺が認識していればそれで。

 ……それにしても、柔らかい。役得、あざす。

 

 

 

 

 

 

 その後、男どもの視線を身に集めながらアレンに適当な扉にカギを差し込ませる。ビクビクしているけど大丈夫、誰もが通る道だから。ロードと関われば驚くことばかりだ。まぁ既にアレンは経験してるんだろうけども。

 鍵開け決めのジャンケン? 俺が負けるに決まってるから無理やり押し付けましたよ。 

 

「――――っ!?」

 

 アレンがカギを差し込めばポン、という音と共に扉の外見がファンシーな物へと変化する。

 後はこれに入れば――スキン・ボリックだったかとの戦闘になるはず。

 

「……行くぞ」

 

 ピリピリしている神田の声。

 それに従うように俺たちはその扉の中へと踏み入る。

 すると――――

 

「ここ何さ……」

 

 ラビの呆然とした声が聞こえる。

 まぁ無理はない。ちょっと俺も驚いてる。

 空には月、月、月、と複数の月が空で輝いている。おまけに空にかかっている七色のアレは虹だろうか。無闇矢鱈にピカピカ光るカラフルな雲まで浮かんでおり最早統一感などない。あまりに現実離れしたその光景は、間違いなく外ではありえないと実感させてくる。ここは既に方舟の中なのだ。

 

「…………何かいやがるな」

 

 身が浮きだっている俺たちとは違い、神田は最初から今この時まで体に殺気を宿らせていた。だからこそ分かるのだろう、彼、スキン・ボリックが潜んでいることに。

 まるで神田に一言に呼応するようにユラリとガタイに大きい不気味な男が姿を現す。彼はすでに神田とも面識があり、外にいるティエドール元帥抹殺の任を帯びていた男だ。確執があるといってもいい。だから原作でも神田はここを引き受けアレンたちを先に行かせたのだ。そしておそらく、今回も。

 しかし――

 

「神田、ここは俺――なんでもないです」

 

「そうか、蚊がいたような気がしたんだが」

 

 俺がやると言おうとしたが突きつけられた六幻で黙らせられた。

 いや、別にロードとかと会いたくないわけじゃないですよ?

 ティキの覚醒体と戦いたくないわけじゃないですよ?

 何より師匠とぽっちゃりのダブルに会いたくないわけじゃないですよ?

 ホントダヨ!

 ……いや、本当に。

 ここで神田が足止めを食わずにティキ戦まで持っていければ覚醒体のスピードにもついていけるかと思って。神田のスピードは俺たちの中でもトップだし、今の俺より絶対に役だってくれるに違いない。俺だとスキン相手に現状足止めが限界になるが、隙をついて扉くぐって追って来れないようにぶっ壊せば終わりだし。いっそ出入り口両方潰せば……。

 外道上等。

 

「……オイ、リナリー含めなんだその有り得ないものを見てしまったって目は」

 

「いや、まさかラスロから面倒ごとに顔を突っ込もうとするなんて……本当に大丈夫ですか?」

 

「本気で心配すんなよ……俺ってソコで心配されちゃうの?」

 

 やっぱりアレンとは話し合わないといけない。

 ――訂正、そこで同じ顔している三人も同様だ。

 

「うぜぇ、さっさといけ狸」

 

「……わぁったよー。あ、でも一つだけ」

 

 アァ!? とすごい目で睨まれるが慣れている俺には効果が薄い。借金取りはそれ以上の殺気と酷い目を持っているものです。ぶっちゃけ師匠はそれ以上にすごい時あるし。以前、イノセンスの能力を確かめたときに俺が変化してしまった鼻下が酷い偽師匠を本人に見られたときはマジで死ぬかと思ったし。視線で人を殺せるねアレは。

 

「スキン・ボリックは早期決着が望ましい。手加減無用、一太刀で首を飛ばすつもりで」

 

「オイ狸、やっぱり何か知ってやがったな? ……まぁいい。後でその面含め化けの皮剥がしてやる」

 

「……手加減してね?」

 

「死ね」

 

「ごめん、俺もないと思った」

 

 ちょっと殺気抑えようよ。

 まるで俺もノアの一味みたいな扱いじゃないか。

 違うからね、誘われてるだけで必死に抵抗している哀れな羊が俺だからね?

 皆に言ったら狸の間違いだって訂正されそうだけども。

 

「さぁてと。それじゃあ行きますか。アレン、行くぞ」

 

「ま、待ってくださいラスロ! 本当に神田一人置いていく気ですか!? もう崩壊も始まってます、時間が――」

 

「じゃあ神田に言ってみ? 寧ろ神田に心もとないって言った瞬間刃の向き変わるから」

 

「――――――行きますか」

 

 ちらりとリナリーを見れば、信頼を灯す目で神田を見ている。

 説得の必要はなさそうなのでモーマンタイ。他のメンツも神田ならと頷いている。

 まぁ、スキンってば強いんだけども。

 ただ一撃で、攻撃回数を少なく仕留めれば神田の負担も大きく減る。スキンの能力的には『接触』が重要になってくるからだ。その回数さえ少なくしてしまえば回復力の高い神田は負けることはない。故に、一撃で首を飛ばすようにと言っておいた。

 

「――神田、ここは任せるぞ」

 

「は、さっさと行け。……直ぐに追いつく」

 

 それを最後に神田はスキンへと向き直り此方を見ることはなかった。

 その背中を焼き付け俺たちは次の扉へと歩みをすすめる。

 

「確か次は――――カモか」

 

 次の扉を潜る前、来たるべくカモの為に大量の紙を用意しておいた。

 印鑑? その場で調達できるよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二十七話

ようやく引っ越し先である現在の家にネット回線が!
光だから早いしすごいですね。

と、ネット環境も整ったので投稿しました。
と言ってもストックは一話分しかないというね……



 

 

 ラスロたちが扉に消えた頃、神田は既にスキン・ボリックへと向き直っていた。

 片手に持つイノセンス、六幻はすでに二幻刀と呼ばれる状態まで昇華しており、本来一本であるはずの六幻は写身を作り出し二刀流へと変化していた。

 

「お前が己の相手か? ティエドール部隊で見かけたことがあるぞ」

 

「奇遇だな、俺もだ。見るたびに遠くから眺めてるだけの腑抜けだと思ってたんだが……戦えるのか?」

 

 するとスキン・ボリックは嬉しそうに笑う。

 たった一人目の前に立っている敵を倒すほかに選択肢がない以上、悩むことも、迷うこともなく殲滅すればいいのだから。残りの獲物はゆっくりと順番を決めて倒せばいい。

 

「あぁ……ずっと迷ってた。誰を一番に殺すのか。今は丁度一対一でできそうだから、お前が一番だ。己はノアの一族スキン・ボリック。お前はティエドール部隊の何て奴だ?」

 

 神田は少しの間を挟み、自分の名を口にする。

 

「――神田だ」

 

 その瞬間、光が走る。

 スキン・ボリックはノアとしての能力を所有している。

 そしてその能力は単純でありながら、近接戦闘においては比類なき強さをみせるカウンター系の能力である。とはいえ、カウンターだけでなく自身から攻撃を仕掛けたとしてもその力は絶大で、神田が技巧、速度で敵を斬るならばスキン・ボリックは力技で敵をねじ伏せるという表現が正しい。

 そんなスキン・ボリックの能力は、体内に膨大なエネルギーを所有、それを放出、敵に蓄積させるといったものだ。

 同時に能力全開時は姿を変え、鎧のようなもので全身が包まれ。肩にある突起のようなものから力を放出できるようになる。

 総じてそれらのエネルギーは雷撃という形で放たれ敵を焼き尽くす。

 

 おまけにこの雷撃は防いでも必ず感電する。

 つまり防いだところで何割かダメージを軽減できるだけで、ちゃんとした対処法にはならない。

 もし完全にダメージを逃したいならば回避一択。

 そして何より、近接戦闘によって直接スキン・ボリックに攻撃を加えれば武器を介して体内の何百万ボルトという高エネルギーの一部が流れ込んでくるのだ。 

 攻防一体化した極限のパワー型、それがスキン・ボリックの宿す『怒』の力。 

 イノセンスを憎みに憎む、強烈なノアメモリーの特性が剥き出しになっている力だった。

 

 神田は近接型。

 つまり相性は――最悪だった。

 

 

 

 

 

 

 ユサユサと揺れる。

 人の背中におぶわれているのだから当然のことではあるが確かにここにラスロがいる、そう認識できることが今のリナリーには嬉しかった。まぁそれでも何か隠しているといった様子が気にかかってはいるが。

 しかしそれは同じ師を持つアレンも気づいているようだから、そこまで本気で隠そうとしているわけではないのだろう。

 そう考えたのはリナリーだけでなく、他のラビやクロウリーも同じだった。

 実際は疲弊しているラスロに隠しきる余裕がないのだが。

 ちらりと盗み見た横顔は、何か企んでいそうな何時ものラスロで――

 

「ん、どうかしたかリナリー?」

 

「……ううん、なんでも。ただ、なんだか今のラスロは生き生きしてるなって」

 

 するとラスロ、ポカンと口を開けたあとどこか遠くを眺めるような目になる。

 ポカンと空いた口からつぶやかれるのは、そんな馬鹿なとか、反面教師にしてたはず……! とか、俺は絶対に見下しながら高笑いはしない!(手遅れ)とか、何か自分に言い聞かせるような言葉だった。

 リナリーはそれがいつもの光景に思えて、偶然目があったアレンと共に笑みを漏らす。

 後ろのラビとクロウリーはラスロと出会ってから日が浅いためか、よくわかっていないようだった。

 

「ふ、ふはは。いや、もういいんだ俺。よく頑張ったよ。抗わなくていいんだ、全てを押し付けて逃げていいんだ! 待ってろパンク共、あれからまた増えた俺の紙切れ、百枚単位で押し付けてくれるわ!」

 

「……何時も通りのラスロですね」

 

「そうだね、ラスロだね」

 

「なんか納得してるそこの二人! 特にアレン! お前もチャンスが来るぞ、そう、あの借――紙束を押し付けるチャンスが!」

 

「最低な予言ですからねそれ!?」

 

 やはり笑みが漏れ出る。

 ワイワイ言っている二人の会話の中にこそいないが、それを最も近い位置で聞いている、それが何か少しでも近づけたような気がした。何せこの二人、勝手に抱えて勝手に消える師匠によく似たエクソシストなのだから。そして、程度の違いこそあれど壁がある。

 その壁が、今のラスロからはほとんど感じられない。

 既にアレンは人とアクマを救済すると、立ちはだかっていた壁は粉砕している。

 しかしラスロはどうしたのか。

 アレンと同じように何か切欠があって心を開いていくれているのか、それとも別の理由があるのか。

 神田は、大丈夫。

 彼の強さは誰もが知っている。

 

 だからリナリーにとって、それだけが唯一の心配だった。

 それが間違っていなかったと知るのはもう少し後のこと。

 

 

 

 

 

 ようやく見えた扉に飛び込めば、目に入ってきたのは本、本、本、本と本だらけの図書館のような部屋だった。

 どうもこの扉に近づくたびにラスロがソワソワしていると感じたリナリーは、同時にその原因となるであろう二人組を見つける。

 

「どーもぉ、こんにちは、デビットでぇす」

 

「どーもぉ、こんにちは、ジャスデロだよっ!ヒヒ」

 

 

「「二人揃ってジャスデビだッ!!」」

 

 部屋の中央にある台座。

 そこに腰掛けていたのはファンキーな格好をした色黒の二人組で、それぞれをデビット、ジャスデロと名乗った。

 二人を知っているラスロからすると、あまりに静かで不自然だった。

 流石にまた濃いのが出てきたなぁとラビが引いている中、ラスロはラビの肩を叩く。

 

「んぁ、どうしたさ、ラスロ」

 

「悪いんだけど、ちょっちリナリーお願い」

 

 そう言ってラスロはリナリーをゆっくりと降ろし、ラビへと渡す。

 瞬間、暖かかった体温が離れていく。

 それに痛みを覚えてしまったのは、ドッチだったのか。

 

「ど、どうしたさラスロ! なんだか自分が戦うみたいに……!」

 

「あながち間違ってない。コイツらには因縁があってさ」

 

 そう言いながらラスロは一歩前へ出る。

 それを見ていたジャスデビの二人はニンマリを顔を歪めて出す。

 

「待ってた、待ってたぜこの時をよォ!! 何度目かわからねぇこのセリフ、今日で終わりにしてやんよ!!」

 

「ヒヒ、ヒヒヒヒヒ! アンテナの恨み、ここではらすよヒヒヒヒヒ!」

 

 ジャキンと銃を構える二人に余裕などない。

 おまけに遠慮という言葉もない。

 あ、なんだいつもどおりじゃんとラスロはつぶやく。

 

「死ィね死ね死ね死ねしねクソ狸がァァァァァ!!!!」

 

「ヒヒヒ、いつものように逃げ場はないよ! ここがお前の墓場だナマモノっ、ヒヒヒ!」

 

「うっせぇアンテナ野郎! だれがナマモノだ見ろこの意思のこもった純真な瞳を!」

 

「そう言いながら懐に借用書仕舞いこんでんじゃねぇ! おいてこい畜生が!」

 

「ヒヒヒ、濁ってる、もう既に濁ってるよその瞳、ヒヒ! 取り替えたら?」

 

 アハハハハと殺気振りまきながらメンチを切るエクソシストとノアの一族。

 あまりに原始的な喧嘩の仕方に、命懸けのゲームであることを忘れかけてしまう。

 

「――アレン、先に行け。アイツらのことはよく知ってるから、俺に任せろ。何回かっていうかかなりの回数戦ってるからさ」

 

「でもラスロ、今のラスロは……いえ、何でもありません。大丈夫なんですね?」

 

「おうさ。俺が死んだことなんてあったかよ?」

 

「あったら、ここにいませんよ」

 

「――――――――」 

 

 ふとラスロが固まってしまう。

 その時、リナリーはラビの肩を借りていたためアレンに向き直るラスロの顔を見ることができなかった。しかし、対面するアレンの表情がどこか不安げだったのが見える。

 何があったのか、どんな顔をしているのか分からないのがもどかしい。

 それはどうやら肩を貸しているラビ、そしてクロウリーも同様だったらしい。

 

「本当に任せてしまって大丈夫であるか?」

 

「クロちゃんの心配はわかるけど、きっと大丈夫さ」

 

 そういうラビの顔は明るくない。

 皆分かっている。今のラスロはどこか危うい。

 しかし、この状況下で敵を知り戦闘経験が豊富なラスロがジャスデビの相手をするのが一番だというのも理解してしまっている。おまけにラスロは逃走能力が高いのだから、尚更正しい選択となる。

 

「――ああ、お前らは行ってもいいぜ。俺らが用あんのはそこのクソ狸だけだ。そこの白髪頭もクロスの弟子らしいが……ダメなんだよなァ。もうこのクソ狸見た時点でこいつ殺すまで他はどうでもよく思えちまう……!」

 

「ヒヒ、あの狸殺す、あの狸殺す……ヒヒ!」

 

「――――残してくのすんごい不安になりましたよラスロ! ホントに大丈夫なんですよね!? というかどういう関係なんですかコレは! まるで師匠みたいに――――ぁ、納得です」

 

「そうだよラスロ! ダメならちゃんとダメって言わなきゃダメだよ!?」

 

「おいまてアレン、なにを納得してるの? 違うからね? 師匠→俺みたいな構図で俺が元凶じゃないからね? あ、リナリーはありがとう、すごい心が癒された」

 

 それだけ言うとラスロは片手に剣を引っさげてジャスデビへと向かっていく。

 アレンはそれを一瞥した後、ラビたちを呼ぶ。

 

「行きましょう。どうやら意思は硬いみたいです。リナリー、そんな顔しなくても大丈夫ですよ。あのラスロですから必ず帰ってきます」

 

「そ、そうさ! きっとユウと一緒に次の部屋の扉蹴破って入ってくるさ!」

 

「そうであるな。神田であれば、きっとこの部屋を通るはずである」

 

 最早彼ら、ラスロが自力で倒して次の部屋にやってくるというビジョンが見えていない。きっと神田が何とかしてくれるだろうと、人知れず神田への期待が高まった瞬間だった。

 促され、肩を借りなければ歩けないリナリーはラビと共に進むしかない。

 足の動かない自分では足でまといにしかならないのも理解している為、ただ進むしかない。   

 

「先に行って待ってますからね!!」

 

「おーう、後からちゃんと追う! 相手はきっとティキとロードだ、気をつけろよ!」

 

 最後、ラスロが笑う。

 いつも通りの笑顔であったが、それが信じられないままリナリーは次の扉をくぐっていった。

 

 

 

 

 

 

「さて、行ったか……」

 

 扉を一瞥してつぶやいた。

 行けとはいったものの、今のラスロでは手数が少ない。

 ラスロが片手に持っていた剣、その形状に気づくものがいなかったのは、ラスロには不幸中の幸いといえた。なにせ抜き身の『無毀なる湖光(アロンダイト)』である。普段隠して使わなかった最終兵器をしょっぱなから全開で公にしているなどとバレれば、今以上にラスロの不調が知られてしまったに違いない。

 最悪、他の能力が使えなくなっているのすらバレる可能性がある。

 それは仲間であってもノアであってもよろしくない。

 

「さぁてと、始めるかジャスデビ」

 

「ああ来いよクソ狸! 見ろこの請求書の束をッ! これはテメェから押し付けられた分、これは一昨日クロスの根城に乗り込んだときに押し付けられた分、これは二週間前ッ!」

 

「お、おう……おう?」

 

「テメェならわかるよなぁ、この気持ちが! ドンドン残高が減っていくこの虚しさが!」

 

「ヒヒ、ヒヒヒ! デロのお年玉すっからかんだよッヒヒ!」

 

 バララララとめくられる借用書の束は辞典かと言いたくなるほどに分厚い。

 進化したなぁとラスロは呟きながら、懐に入れた借用書を確かめる。

 

(喜べ、百ページ程追加です! やったね!)

 

 どこまでも人を煽ろうとする男である。

 今と違い余裕があったなら間違いなくラスロは口に出していた。

 そして挑発の後に罠に嵌めまくり、更に借金地獄へと階段から転がり落とすのだ。

 最下層はまだ見えない。  

 

「――勝負だ、ジャスデビ。これより先は減るか増えるかの戦い――ついてこれるか?」

 

「「上等!!」」

 

 ラスロは覚悟を決め、『無毀なる湖光(アロンダイト)』の出力を上げる。

 初めて見るその剣にジャスデビは驚くものの、目的を忘れることなく再度銃を構える。

 

「「押し付けるために!!」」

 

「生きるために!!(金銭面込み)」

 

 最後までシリアスになりきれず欲望のままに戦うのだった。 

 

 

 

 

 




修正


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第二十八話

次からまともに戦う予定……?


 

 

 

 

「よっしゃきたぁぁぁァ! スリーカード!」

 

「ひひ、デロはノーペア、ヒヒヒ!」

 

「だがしかし、俺はフルハウスだ。……さて、受け取ってもらおうか?」

 

「畜生がァァァ!」

 

「ヒヒ、ヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!?」

 

 言いながら、俺は懐に溜め込んでいた借金の紙をレートに合わせて渡していく。

 本当ならレートの対象は紙の枚数ではなく金額にしてやろうかと言ったのだが、無謀にも彼らは賭けの対象を紙本体にするというので従ったまで。ふはははは、金額が高い順に消えていく。

 

「ぬぁぁぁ!? んだよこの金額!? 全部まとめりゃ俺たちの借金丸々返せんじゃねぇか!!」

 

「対象を紙にしていいって言ったのはお前らだよ? カモ乙」

 

「で、デロのゴールデン美髪じゃだめ? ヒヒ」

 

「燃やすぞ桂野郎」

 

「ヒ――――!? 金にシビアすぎるよこのエクソシスト!? わかってたけど、わかってたけど!」

 

 ふはははは、やばい、鈍った思考だと歯止めがきかない。

 いつも通りの俺じゃない気がする。

 ばーさーかーラスロ、(金限定)

 ……え、いつも通り?

 

「くそ、どうしてこうも勝てねぇんだよ! イカサマしてんじゃねぇだろうな?!」

 

「してないしてない。神様にちかって、してないよ」

 

「テメェがいうほど信用できねえって自覚あんのかクソ狸!」

 

 罵詈雑言を受け取りながらせっせとテーブルの上を片付けていく。

 まぁ、なんでこんなことになっているのか疑問に思うだろうがこれも作戦の内なのだ。

 

「さぁ、次の勝負だ。どうする、ブラックジャックにでもするか?」

 

「っ! そうだ、そいつならイカサマもできねぇだろ! おいジャスデロ!」

 

「ヒヒヒ、了解っ!」

 

 瞬間、ジャスデビの二人の前に新しいトランプが出現する。

 便利だなぁその能力。

 イカサマだって思いのまま――いや、無理か。

 確か二人の意識がかみ合ってこそ実現するんだから。

 どの柄のどの数字のトランプが欲しいなんて別々のプレイヤーとしてゲームしている以上はかみ合うはずがない。

 そこんとこ気づけばいいのにね、この二人。

 まぁそんなことさせないけども。

 

「さぁカードを配るぜ! すぐに返してやるからなクソ狸!」

 

「はっはっは――――できるものならやってみろ」

 

「やだ、なんだかいつに増して真面目なんですけどこのエクソシスト」

 

 さて、俺の手札はどうなっているのか。

 最初の一枚はハートのジャック。つまり10となる。

 

 

 ――ふむ、この絵柄に似たトランプはどこにしまったか。

 

 

「んじゃ、まずは一枚目だ。さっさと取りな!」

 

 ちなみにディーラーはいない。

 

「ヒヒ、デロのスーパードロー、ヒヒヒ!」

 

「――よし、わかった。……ああ、もう勝負がついたな」

 

「!?」

 

「!?」

 

 ギロリと睨んでくる色黒二人。

 悪いがこちとら生活かかってるんだ、使える手は証拠を残さず全部使ってやる。

 そして俺はドローしたと見せかけてコートの裾から取り出した同じような柄のトランプを裏返す。

 数字は、スペードの5。

 

「ん、んだよ驚かせやがって……! 俺はもう一枚引いてくぞ!」

 

「じゃデロもデロも!」

 

「テメェは引いたら超えるだろうが! おいクソ狸、テメェはどうする!」

 

 俺は一度場に出ているカードを一瞥し記憶する。

 デビットの場のカードはスペ6とダイヤの4、そして今引いたクローバーの7。

 対してジャスデロ。ハートのクイーンとハートのキングの二枚に、阿保みたいにもう一枚引いてスペードの3がでたのでお陀仏。

 問題はデビットだが、この場のカードであればどうとでもできる。

 再びドローする振りをして裾から一枚のカードを落とし、あたかも山札の一番上から引いたかのように見せかける。

 無論、袖から落としたのは俺が勝てる、かつ、この場に出ていないカードである。

 そして――――

 

「ブラックジャックだ」

 

「「――――――!?」」

 

 出てきたのはハートの6。

 10+5+6=21。

 ジャストである。

 そして確かめられないように即座にカードを回収しシャッフル。

 カードは袖の中に戻しておく。

 完全計画……!

 我ながら本当に手慣れたものだ。

 

「じゃ、こいつもどうぞっと」

 

「…………っ!? ちょ、ちょっと待て!? さっきのより金額多いじゃねぇか!?」

 

「これ以上、上の額は来ない……と油断したな? そういうことだ」

 

「死ねよクソ神父! どいつもこいつも俺たちを煽りやがって! 特にてめえら不良エクソシスト共!」

 

「堕ちろよ、咎堕ちしてろよ! ヒヒ……ひひひ」

 

「オイ、ゴールデン美髪とやらが萎れてるぞ」

 

「テメェのせいだろうがクソ狸! ああ、もうやめだ! こうなりゃやけだ、テメェを叩き潰してキッカリ全部押し付けてやる……!」

 

「これだから若いのは。すぐ切れるんだもんなぁ。もうちょっと落ち着きを持とう?」

 

「俺らの余裕奪ってんのテメェだから! テメエの押し付けてきた借金だからッ! オイ、ジャスデロ、やるぞ!」

 

「ひ、ひひひひひひひひひひひひひひひひひひ」

 

 うん、なんだかジャスデロが壊れてる。

 まぁいい。

 それよりも時間稼ぎも限界か。

 うん、時間稼ぎ。

 決して今までの時間は借金を押し付けるためのドロドロの戦いとかじゃない。

 

「いきなり行くぞ、もう切れた。ここなら全力でやっても千年公に怒られねぇ。思う存分やってやんぞ! ジャスデロ」

 

「ヒヒヒヒヒヒヒヒ! そう、そうだよね! 最後に勝てばいいんだよね!」

 

 ジャキリと二人は銃を構える。

 あ、ジャスデロの銃のヒビがでかくなってる。

 

「「赤ボ――ぷべら!?」」

 

 そして爆発した。

 ……え、今のって俺が悪いの?

 ジャスデビの内、特にジャスデロから黒い煙が上がっている。

 よく見ればあの金色のロングヘアーはコメディーのごとく特大のパーマへと変わっている。

 なんだろう、本部の科学班以外では初めて見たかもしれない。

 レアな光景ですね?

 

「じゃ、ジャスデロー! ああ、あいつ自慢のゴールデン美髪がこんなにチリヂリに! テメェクソ狸、一体何をしやがった! この外道! 外道!」

 

「知るかッ! あ、いやちょっと事情は知ってるけどというか原因は思えば全部俺にあるような気がするけど根本にあるのは師匠に押し付けられてきた莫大な借金であるわけで……うん、師匠に関わった時点であらゆる不幸は神様か師匠のせいです」

 

「……お前、ついに外道の否定をやめたな!? これからテメェは外道狸だ!」

 

「狸から離れろよ! もう外道は認めてやってもいいからさぁ!」

 

「ほんっと、ほんっっと何度も言ってきたけどお前本当にエクソシスト!? こんないやらしい仕掛けしてくる奴初めてだし、それでいて神とかハートとか否定して咎堕ちしねぇしどうなってんだよテメェ! 千年公が教えてくれた咎堕ちに関する知識間違ってんの!? お前本当はぶっちゃけ本当はノアじゃねぇの!?」

 

「やめぇ、冗談になってないから!!」

 

「ヒ、ヒヒヒ――がく」

 

「ジャスデロォ!?」

 

 ふむ、想像以上に時間が稼げているようだ。

 そろそろ次のステップに進んでもいい頃か。

 

「なぁジャスデビの二人。ここらで大勝負といかないか?」

 

「あん? 大勝負だと?」

 

「そう。ここで戦い、扉の向こうに行きついたやつが勝ち。負けたやつは――こうだ」

 

 ドサリと、借金の束を床に置く。

 

「……どういうことだよ?」

 

「つまり、借金と一緒に置き去りってことだ。勝てば借金は消え、負ければすべての借金はお前らのものになる」

 

「――――面白ぇ、いいじゃねぇか、受けてやるよ外道狸! 聞いてたかジャスデロ、コイツに勝てば美髪も銃も思うが儘だッ!」

 

「デロ、復・活! よしきたデビット、ヒヒ!」

 

 ――かかった!

 馬鹿め、すでに名義を奴らに変えたうえ、以前作っておいた指紋のコピーで印鑑代わりに証明印を押している俺のこの借用書の束と、名義がジャスデビになっている上に俺が肩代わりしたという証拠になる印鑑も何も持っていないアイツらとではこの戦いの意味が違う。

 あのゲームと違ってその場で印鑑を押すのではなく、先に進んだ方が勝ちなのだ。

 つまり負けても、印鑑もなにも押さずに回収。後に千年伯爵という貴族のもとにこの紙束を送り届けてやればいいのだ。

 冷静な判断ができなくなっている今こそ、さらに押し付けるチャンス――ゴホン、時間稼ぎができる。

 

「さぁ、始めようか! わりぃが最初っから全開だ!」

 

「ヒヒヒヒ、見せてやるよ、デロたちの本当の力をッ!」

 

 そしていつの日かみた、ある一ページが再現される。

 二人は一つの歌を歌い始めは銃を突きつけあう。

 この後あらわれるのは間違いなく、最強の自分へと変貌した真のジャスデビ。

 最強の自分を想像することにより、二人から一人へと融合する『絆』のノアの真髄だ。

 きっと今の俺では勝てる相手ではない。

 重い体と鈍い思考に中途半端なアロンダイト一本で何ができるか。

 普段の俺であれば手榴弾からマキビシまで、ありとあらゆる道具を使い、仕舞にはそこらの破片でも転がっている酒瓶でもイノセンス化して戦うことができる。が、今の俺はイノセンスの切り替えができない上に力を使えばゴリゴリと精神力が削られていくだろう。

 その先に待っているのは、ロードによるオモチャ化かポッチャリに惨殺されるかの二択だろう。

 考えるだけでも背筋が冷える……!

 

 しかしである。

 俺がこんな無謀な役を引き受けた理由と、この場を離脱し勝者となるための作戦はある。

 だからこそ、もう少し時を待ちたい。

 その為の布石はもう打ってある――――!

 

『ゆりかごが一つあった――』

 

 何も、先ほど押し付けた借金は料金が高いだけではない。

 ぶっちゃけてしまえば、もともとの金額があれらより多い借金の紙なんて山のように存在している。

 しかしそんな中からあれらを渡したのはちゃんと理由がある。

 この俺でさえ、さっさと始末してしまわなければと思うほどの最悪の条件。

 経てば経つほどに膨らんでいくソレら。

 俺は思いっきり息を吸い込んで、あの紙束の真実を言葉にする――!

 

「渡した借金実はトイチ――――――!!」

 

『は、ハぁァァァ―――――!?』

 

 混じり合っていた二人の影は弾け飛んだ。

 

 

 

 



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第二十九話

遅れて申し訳ないです。
思っていたより時間が取れませんで(-_-;)

まぁ今は夏休みですし、今のうちにストック作っておこうかなと思ってます。



 

 

 

 

 

「ててててテメェ今なんつった!? なんつったよええ!?」

 

「ヒヒ! ふざけんなよ、ふざけんなよ!」

 

 俺は作戦の前段階が成功したことを確信した。

 思惑通り、奴らは自分たちの融合をやめて切れだした。

 それもそうだろう、二人の意識がかみ合ってこその『実現』であるのだから二人の意識を別のものにすり替えてやればいいのだから。

 そう、実は十日で一割と真っ黒な借用書の存在をあらわにすることで。

 

「言ったとおりだが? なに、トイチの意味が分からないの? 教えてあげるよ?」

 

「知ってるわ畜生め! 知ってるから驚いてんだろ!? え、マジ本気!?」

 

「本気も本気。俺も届いたときはビックリした……あれ、じゃあ仲間?」

 

「死ね、マジで死ね! 驚いてんのお前のせいだから! てめぇ人にされて嫌なことは他人にするなって教わんなかったの!?」

 

「教わったよ? やられたらやり返す――のは無理だから他の他人に八つ当たりするって、これまでの人生でしっかりと」

 

「ひひ、目がマジだ! コイツ頭いかれてるよ!」

 

 失礼な。

 今日はちょっと歯止めがきかなくて思考にストッパーが掛かりにくいだけだ。

 あれ、それってほぼ師匠化してないか?

 俺から遠慮と良心を取り除けば師匠だもの。

 

「――――ハハッ!」

 

「なに、なんかマジヤバイ。ど、どうするよジャスデロ」

 

「どど、どうって……ヒヒッ!」

 

「張り合ってんじゃねぇよ馬鹿! こうなりゃやっぱり力づくだ! 勝てばまとめて押し付けられんだからな!」

 

 おや気づいたか。 

 その通り、勝てばいいのだ勝てばな。

 しかしそう簡単に勝てると思わないでいただきたい。

 今の俺は自分の力を使えない分、自分じゃないものをフル活用するから遠慮とかないよ。

 え、いつもない?

 

「ちなみに言っておくと、他のもよく見ておかないと後悔することになるぞ?」

 

「まさか他にもトイチが!?」

 

「自分で確かめろ――よっと!」

 

 そして俺はスタートを切る。

 片手に持った無毀なる湖光(アロンダイト)を振りかぶり遠慮せず、躊躇うことなく斬撃をお見舞いする。

 しかし残念、今の俺の身体能力では軽々とかわされてしまう。

 

「ちょ、おま――いや、もう何時ものことだな。落ち着けオレ……!」

 

「慣れてきちゃったね、ひひ!」

 

 なんだかゲッソリとした表情をするジャスデビたち。

 顔色が悪いんだからさらに病弱というか病的に見える。

 まぁだからなんだという話であるが。

 次の瞬間にはコートから取り出した普通のハンドガンで狙い撃つ。

 何度も火薬の炸裂音がすると同時に彼らの慌てた心地よい声が聞こえてくる。

 はっはっは、師匠はいつもこんな気分なのか――!

 

「うおっかすった、かすった!」

 

「デロの華麗なる回避――あ、アンテナー!」

 

 チュンという音と共に赤い球体が空を舞う。

 それを涙目で追いかけるジャスデロ――狙い時だな。

 しかしなぜか俺の持つ銃の銃口は空を舞う赤い球体に向かっている。

 ……ふむ。

 

「そい」

 

 そして破裂音。

 飛び散るのは、赤い欠片。

 今回のは赤いのな。

 

「ヒー! デロの、デロのアンテナ四代目が――!」

 

「――はっは」

 

「クソ狸!? おま、クロスに乗っ取られてねぇよな!? 今一瞬赤毛に見えたぞ!?」

 

 ――落ち着け俺。

 いやいやなにしてんの俺!

 やばい、マジでやばい。

 抑えがきかないとかそういうレベルではなく!

 

「……やっべ」

 

「マジで焦ってる!? クソ狸がマジで焦ってる!? クロスに一体何されたんだよ!?」

 

「や、別に何かされたわけじゃ……まぁ、うん」 

 

 ここでふと、銀色のゴーレムがいないことに気づく。

 まぁいない方が正直助かるので別にいいのだが師匠のところにでも向かったのだろうか。

 そんなことを思いながら俺は時計を取り出し時間を見る。

 時間稼ぎにしては、丁度いい。

 これなら直ぐに本段階に入れそうだ。

 故にここからは、何でもありの闘争となる。

 

「シッ!」

 

 俺は足元を剣で崩し、その欠片を蹴り上げ二人を狙う。

 おまけとばかりにふつうの銃を連射し距離を取る。

 

「ぶっね! おいジャスデロ、コイツ本気だ! いいなやるぞ!」

 

「ヒヒ、銃がないけどね! ヒヒ!」

 

 そう言いながらも二人は手で銃の形を作り出し、その力を開放する。

 

「「青ボム!」」  

 

 放たれた弾丸は防御できない。

 例え防いだとしても凍結してしまうのだから選択肢は回避一択だ。

 しかしただでは避けない。

 その後の回避ルートを確保するためにあえて攻撃を混ぜ返す。

 使うのはあるもの――瓦礫か。

 いくつか蹴り上げ盾にすると同時に砂埃を巻き上げる。

 

「ち、隠れやがったか! ジャスデロ、緑いくぞ!」

 

「了解!」

 

 緑、その内容を俺は知っている。

 スライムのような軟体で相手を包み動きを封じるとともに窒息させることができる技だ。

 喰らえば一人の俺は脱出方法がなく危険だが、ネタを知っていればどうとでもできる。

 壁際により、適当な本棚を蹴飛ばし本を落とす。

 その中から数冊を選び前方へ放り投げ飛んでくる緑ボムにぶつける。

 するとそこにスライムのようなものが広がり本を包み込んだ。

 ああいった直線かつ当たった瞬間発動するものは別の何かに当てて早めに発動させてしまえばいい。

 

「クソ、防ぎやがった! テメェなんで……!」

 

「ノアの中に裏切り者がいるんだよ。ソイツが教えてくれた――ティキとかな!」

 

「なんだと!? あのホームレス野郎がッ!」

 

「嘘だけど――!」

 

「お前マジで楽に死ねると思うなよクソがぁぁぁぁぁ!」

 

 ブチンと嫌な音がする。

 見ればデビットが殺気の籠った目で俺を見てる。

 恐らく、もう一度融合するつもりだ。

 ああまで激情に飲まれていると、別の何かに意識を誘導するのは難しい。

 ――しかし、計画通り。

 これより本段階に入る――!

 

「やるぞ――ジャスデロ」

 

「ヒヒ、ヒヒヒヒヒ!」

 

 そして再びあの唄が聞こえてくる。

 しかしその唄に紛れてドアが吹き飛ぶ音がした。

 見ればそこには無傷とは言い難いがしっかりと立っている神田がいた。

 その音にすら気づかぬほど集中している二人。

 既に周りには異様な空間が展開されており手出しはできない。

 ――だが手出しできないのは向こうだって同じなのだ。

 

「――神田!」

 

「うるせぇ!」

 

 一度目を合わせると俺の意図を理解してくれたのか一目散に()の扉に向かって走り出す。

 それを横目に見つつ俺もまた出せる走力を振り絞って駆け抜ける――! 

 

「先に行くぞ!」

 

「出たらすぐに扉を!」

 

「分かってる! 少し黙ってろタヌキ野郎!」

 

 この勝負、俺の勝ちだ。

 ああ彼らは本当にやりやすい。

 ああやって挑発すれば当初の目的を忘れてくれるのだから。

 勝負の勝敗はどちらかが倒れる、死ぬで決まるのではない。

 先に出ることができたか出来なかったが決め手となるのだ。

 

「置いとくから、頑張れよ!」

 

『さぁ終わりの時間だッ! これが僕たち『ジャスデビ』の真の姿だ――ぁ?』

 

 え、と目と口を開いてポカンとしている『絆』の力により具現化された最強の自分である二人の融合体『ジャスデビ』

 その力は承知の上だし前にも言ったとおり戦うつもりなんてない。

 元より俺の勝利条件は、神田と分かれる直前(・・)にハンドサインで時間を指定しその時まで時間を稼ぐ。そして時間を稼いだら神田から到着の合図を待ち『前の扉』の後ろで待機していた神田にゴーサインを出し二人が動けない内に『次の扉』をくぐること。

 これにより俺は借金の押し付けに成功し、かつ突破後に扉を壊すことによって奴らを封じ込めることができる。

 これこそ、勝ちである。

 ではさらばだ明智君!

 そうして俺は次の扉を潜り抜けた。

 

 

 

 

『――――――えっ』

 

 

 

 

 

 

 

 上手く行った――はずだった。

 しかし神様は優しくないらしい。

 一瞬の浮遊感と同時に視界が後ろに流れていく。

 

「おい!?」

 

 神田も気づいたらしいが、ドンドンと遠ざかっていく。

 つまりこれは俺を狙ったものか。

 ならばと俺は神田に、

 

「先行って扉ぶっ壊せ――!」

 

 後先も考えずそう言った。

 でないと二人が追いかけてくるだろう。

 神田は舌打ちをした後、意外とアッサリと先に進んだ。

 ……意外とじゃなかった、予想通りにだ……ちくせう。

 

 

 そして俺の視界は暗転する。

 その最後の瞬間俺が目にしたのは、やたらいい笑顔をしたロードとぽっちゃりだった。

 

「「いらっしゃ~い?」」

 

「ま、まじかー……」

 

 

 

 

 

 

 

 ラスロがそんなことになっているとは知らないアレンたちは既にティキたちとの戦闘を始めていた。

 当然ながら対戦カードはティキとアレン、ロードとクロウリー&ラビである。

 既にリナリーは原作通りにロードの結界に囚われており身動きは取れない。

 しかし不自然なことに、戦いと呼べる争いは一組のみだった。

 つまりロードとそれに対するクロウリーたちは睨みあったままで矛先を交えてはいない。

 

「もうちょっと待ってねぇ♪ あ、勝手に動くとリナリー刺しちゃうから動いちゃだめだよぉ?」

 

 それは全て敵であるロードに原因があった。

 どういうわけかロードは交戦の意思を見せず、リナリーを人質にとってアレンたちの戦いを楽しそうに見ているのだ。

 そして時々体を揺らしてクスクス笑い、目の端に涙を浮かべる。

 まるで自分たちには見えていない何かを見ているようだ。

 そんな光景が不気味でもあり、笑っているその姿が年相応の少女の姿に見えてクロウリーたちもまた戦意が萎えつつあった。

 

「リナリー、大丈夫さ?」

 

「うん、平気。ロウソクで囲まれてるけど、攻撃の意思は無いみたい。それよりもアレン君が心配……」

 

 それも当然のことだろう。

 一度負けた上にイノセンスを破壊された最悪の敵だ。

 おまけに今はイノセンスが塞いでくれているとはいえ心臓に穴が開くという重症を負っている体なのだ。

 いつ倒れてもおかしくないし、イノセンス破壊の力を使われれば確実に大きな負荷がかかるだろう。

 そう思いつつ、リナリーは何もできないことの歯がゆさに拳を握りしめる。

 

「……そういえば、神田は? ラスロはどうなったの?」

 

「まだ、来てないさ。でもユウがいるだし大丈夫さ。ラスロも行方不明になれこそ生命力は半端じゃないし」

 

「そうであるな。まだ短期間の付き合いであるが、しぶとさはピカイチに見えるである」

 

 そういう二人だが上手に笑えない。

 目の前で戦っているノアの力を見て、そのノアと戦っているであろうラスロたちが無事であると断言できなくなってしまった。

 それ程までに強いのだ。

 現にラビたちが惨敗したレベル3を簡単にあしらったアレンですら苦戦している。

 これでは不安が拭えるわけがない。

 そんな時である。

 

「――あは、アハハハハハ! アハハハハハハハ!」

 

 ロードが唐突に笑い出した。

 それも先ほどの比ではなく、笑みの奥に狂気を宿したような歪んだ笑みだ。

 その嗤い声にはあのティキですら動きを止めた。

 

「……? ロード?」

 

 やがて勢いを失っていくものの、その笑みは深くなる一方だ。

 その笑みに何か背筋が寒くなるものを感じたリナリーは結界を叩きながらロードに問う。

 

「何が、そんなにおかしいの……!?」

 

「アハハハハ! おかしい? ちょぉっと違うなぁー。ボクはね、嬉しいんだぁ?」

 

 そういうと何かを愛おしげに抱きしめる振りをする。

 瞬間、リナリーの脳裏にラスロの姿が浮き上がった。

 根拠もなくただの勘でしかなかったが、ロードが喜ぶことと言えばそれくらいしか思い浮かばないのも事実だ。

 リナリーは真剣にロードを睨む。

 その時バン、と扉の開く音がして神田が姿を現す。

 しかしその表情はどこかはれず、まだ一人この場にいないというのに六幻でその扉を――破壊した。

 これでこの部屋にたどり着けなかった者は空間と共に消滅するしかなくなる。

 

「ユウ!? まだラスロが――!」

 

「アイツは来ない。間抜けなことに捕まりやがった……!」

 

 そして確信に至る。

 ロードが喜ぶ理由、そしてラスロがこの場に居ない訳――!

 

「ロード!? ラスロに何をしたの!?」

 

「べっつにぃ? ただちょっと夢を見せてあげた(・・・・・・)だけだよ? ラスロにとって最も大切で、ボクですら誘導するのが限界で覗けなかった彼にとって大事な夢さ! あぁ、でも覗けないからちょっとイタズラしちゃった♪」

 

 イタズラ、その言葉をそのまま受け止めることができない。

 ロードの無邪気さ、そしてその残忍さを知っているリナリーにしてみればイタズラですむ問題じゃない。

 そのイタズラの内容によっては拷問より酷いものとなるだろう。

 

「あー知りたそうな顔してるねぇ? いいよ、教えてあげても! ボクはね、覗けなかったからその代わりにラスロの夢にボクの夢を差し込んだんだぁ! すでにボクの制御を離れちゃったから、どうなるかは――お楽しみ。ラスロが呑み込まれなければラスロの勝ちだし、負けちゃえば――ね?」

 

「――――――――!」

 

 ティキを含めたロード以外の全員が背筋に冷たいものを感じた。

 ロードが一瞬だけ浮かべた表情は、付き合いのソコソコ長いティキですら見たことがなく、どことなく千年伯爵の面影を見た。

 夢に負ける、それもロードが差し込んだ夢に負けるということは、心が死ぬか服従するかのどちらかを意味する。

 空っぽにされ人形にされるか、意識を捉えられ人形と化すか。

 結局はロードの意のままとなる。

 

「で、でも、ラスロがその程度の悪夢に……!」

 

「そぉだね。毎回ラスロには悪夢を見せてきたけど、効かなかったんだぁ。だからね、今回は千年公にも手伝ってもらったんだぁ」

 

「千年伯爵!?」

 

「うわぁ、そこまで執着してたのか千年公……」

 

 人類最大の敵、その名が出てきてしまった。

 今回のラスロ捕獲には千年伯爵が関与しているのは確実である。

 状況は、思っていた以上に最悪だったらしい。 

 

「――ラビ、クロウリー!!」

 

 アレンは叫びながらティキへと斬りかかる。

 その瞬間クロウリーとラビはリナリーの周りに漂っていたロウソクをすべて叩き落とし、それを一瞥した神田がロードへと斬りかかった。

 この場にいるエクソシストの中で最速を誇る神田の一撃はロードに吸い込まれるように叩き込まれた。

 しかし、

 

「無駄だよ! 知らないなら教えてあげるけど、ボクに攻撃は効かないよぉ~?」

 

 その一撃は空ぶった。

 巻き戻しの街を呼ばれたミランダのイノセンスが発見されたあの場所でも、ロードへの攻撃は通じなかった。

 情報としては知っていたものの、スキン・ボリックを倒してきた神田にはにわかに信じがたい話だったのだが、実感して理解した。

 コイツは斬れない、と。

 

「ははっ♪ ようやくだね、ラスロ。ボクの――騎士」

 

 騎士、という聞きなれない単語にリナリーは戸惑いを覚える。

 

「騎……士?」

 

「そうだよぉ♪ 殆どの人が知らないだけ。ねぇリナリー、ラスロの本名(・・・・・・)って知ってる?」

 

「――――――本、名?」

 

「やっぱり知らないんだぁ。あはっ!」

 

「ど、どういうこと? ラスロの、本当の名前……?」

 

 リナリーは体から力が抜けていくのを感じた。

 それ程までに衝撃的な事実だったからだ。

 今まで呼んでいた大切な仲間の名前が――偽物だった?

 

 同じように「49番目」の偽名を使っているラビですらその事実に言葉を失う。

 今では『ラビ』という名が本当の自分のように思え、ブックマンのいう観測者としての在り方に苦しさを覚えるラビだからこそ驚愕は大きい。

 

「うぜぇんだよ、取りあえず黙らせるには斬ればいいな?」

 

 そう言いながら呆然としている二人を置いて神田が走る。

 それに続くように我を取り戻したクロウリーも後に続く。

 ラビもまた逡巡したが一度頭を空にしイノセンスを構える。

 三人とも、攻撃は通じないと知っていながら。

 

「あはは! 効かないって言ってるのに。でもボクだって怖いんだよぉ? 剣が、牙が、炎が迫ってくるのはさぁ! だから、」

 

 三人は気づいた。

 ロードの背後に例のハート型の扉が現れたのを。

 そしてその中から溢れだす異常な密度の殺気の塊に。

 

「だから――守ってぇ? 王様であるボクをさ!」

 

 ガシャリという音がした。

 まるで鉄の塊がぶつかったような奇妙な音だ。

 そしてそれはロードの背後、開いた(・・・)扉の中から聞こえる。

 

 ――先ず見えたのは赤い眼光だった。

 

 黒いヘルムの隙間から覗く赤い光。

 体に纏う漆黒の鎧を殺気と黒い霧が包んでいる。

 そして、

 

「あの剣……ラスロ、の?」

 

 片手に持つのは、漆黒の剣。

 完全に魔剣へと落ちた元聖剣は、かつてラスロが使用してたものとは比べ物にならないほどに『負』に満ち溢れていた。

 

「■■■■■■■■■■■ーーー!」

 

 その咆哮に、理性はない。

 荒れ狂う赤い眼光と共に抱く印象は誰しも同じだ。

 理性なく本能のままに戦う者。

 

 

 ――狂戦士。

 

 

 それは間違いなく、ラスロの変わり果てた姿だった。

 

 

 

 

 

 



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第三十話

遅れてしまって申し訳ない。
実習期間だったため、スマブラもモンハンも涙をのんで諦めました。
きっと買ったら止まらなくなるので(-_-;)
しかし実習が昨日終わり、早速モンハンを買ってきました!
目指せG級!

・・・・・・まぁ、再来週からまた実習再開なんですけどね。

感想返し、おそらく難しいと思いますのでご了承を。


 

 

 

 皆が呆然とする中、神田は一人その脅威度を肌で感じとり六幻を構えていた。

 思い出すのはスキン・ボリックとの戦闘前のことだ。

 馬鹿みたいに手をプラプラ動かしていると思ったらそれはハンドサインの一種で、

 

『触れる 負け 一撃 倒す 後で 作戦 ある 合図 扉 開ける』

 

 読み違いがなければ、触れたら負けるから一撃で倒せ。その後で作戦があるのですぐに扉を開けて中に入れ、である。

 そしてその後、追加で送られてきたハンドサインから時間を読み取り、しょっぱなから三幻式をフルパワーにし首を刈り取りその時間通りに扉をくぐったのである。

 普段は頼りない男であるが、やるときはやると神田は知っている。

 過去に一度なめてたせいで痛い目を見たことがあったのだ。

 結果、そのハンドサインに青筋たてながら従ったら見事にジャスデビたちの裏をかけた。 

 

 しかしその後、ラスロはノアと伯爵に連れていかれた。

 そうした過程を得てラスロは今、ノアの傍に立っている。

 

「あの野郎、一体なにを隠してやがった……!」

 

 スキン・ボリックの能力を知っていて、更に双子のノアの能力も熟知した上でのあの作戦だ。よほどノアのことを知っていなければあのような作戦は立てられない。前から怪しいとは思っていた神田だったが、ここにきてラスロの異常性に確信を抱く。

 おまけにラスロが持つのは以前見たことのある剣だったが、さらにそれを超えている。

 江戸でみた時以上の存在感に、離れていても感じられる憎悪憎しみなどとノア好みの感情が詰め込まれた異端な剣だ。

 あれをイノセンスと言われても信じることなど到底できない。

 そしてラスロの身を覆っている漆黒のプレートアーマーに黒い霧。

 覗く眼光は赤く鋭い。

 

「あんな殺気、放てる奴だったか」

 

 チラリと他の仲間を見てみれば、アレンは呆然と目を見開き、ラビとクロウリーも同様である。

 そしてなぜかノアであるティキ・ミックまでもが驚き表情を驚愕で歪ませていた。

 そんな中、顔が真っ青で一番衝撃を受けているのがリナリーであった。

 それなりに付き合いが長く、ラスロがいなくなったところで帰ってくると信じていたがためにその衝撃は大きい。

 あのラスロが悪夢に負け、ノアに落ちたなど教団の誰もが知っても同じ反応をするだろう。

 リナリーの場合、そこにもっと別の感情も混ざるのだが。

 知っていたはずなのだ、彼の様子がいつもと比べておかしいことに。

 それでいて放置して、この結果だ。

 もっと、ちゃんと確かめておくべきだったとリナリーは後悔の念が収まらない。

 そんなリナリーを横目に神田は構える。

 

「おいおい、ロード本気かよ? あの狸君を落としたって?」

 

「そぉだよ? でもまぁ、元々弱ってたみたいだからねぇ。そこにボクと千年公が手を加えれば、これくらいはできるよ。まぁ、他にも色々と使ったんだけどねぇ」

 

 『色々』、それが何か分からなくて考えるのが面倒になる。

 どうせ碌でもないものだろうと予想がつく分だけなおさらに。

 しかしまぁ取りあえず、

 

「――――寝てろ狸!」

 

 斬って眠らせてしまおう。

 神田はそう考えながら、フルスピードでラスロの背後を取る。

 その瞳は未だ前を向いていて神田を知覚した様子はない。

 しかし――――

 

「――――な、に!?」

 

 神田の一撃は空を切った。

 それはまるで先のロードを斬ったときと同じように。

 まさかと神田が背後を見やれば、

 

「■■■■■――――――!!」

 

 かの魔剣を振りかぶるラスロがいた。

 咄嗟に体が動いた神田は六幻をラスロの剣と自分の体の間に刺し込みその一撃を防ぐ。

 しかしラスロはそれすら予測していたのかパ、と剣を手放すとソレは霧のように消え、空いたその黒いアームで六幻を掴んだ(・・・)

 その瞬間、神田はゾワリと背筋に嫌なものを感じる。

 

「テ、メェ……! まさか――――!」

 

 そしてそれは的中する。

 掴まれて数秒とせず、六幻の光が鈍りだす。

 いや、鈍るどころの話ではなく発動そのものが強制的に解除されていくのを知覚する。

 そして何より、六幻とのシンクロ率が下がっている――――!

 

「どういう、こと……!」

 

 それを見ていたリナリーもその異様な光景に身を乗り出しロードの結界に手をかける。

 その先に見えるのは、徐々に徐々に赤黒い線に蝕まれていく六幻の刀身だ。

 そう騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)である。

 あろうことかあのラスロは本来二つの能力を封印することで使用できる無毀なる湖光(アロンダイト)を抜き身にしたまま発動して見せた。

 そしてその効果を、神田は身をもって知ることになる。

 

「六幻が……奪われただと!?」

 

 最後、六幻の光は完全に沈黙する。

 そして次の瞬間、再び驚愕することとなる。

 

「■■■■■■――――――!」

 

 恐らく何か言ったのだろう。

 するとラスロはいつも神田がするようにあの黒い手は六幻の刀身をなぞっていく。

 ――――指の後に光を残して。

 神田は見覚えのある光景に驚愕し、その隙をつかれ鈍重な蹴りをまともにくらい吹き飛ばされる。

 

「神田! そんな、どうしてラスロが神田の六幻を……!?」

 

 神田の内心を代弁するようなリナリーの叫び声に答えたのは意外なことにロードであった。

 彼女もまた初めて見たらしく面白そうにその光景を眺めている。

 

「多分、ラスロが制御を奪ったんじゃないかなぁ。あはは、すごいよラスロ! まさかイノセンスを強制的に従わせるなんてッ!」

 

 ますます欲しくなったと呟くロードの声はすでに耳に入ってこなかった。

 リナリーの視線を奪うのは、六幻を持ったラスロの姿だ。

 ラスロは六幻を構え、振り下ろす。

 振り下ろされた六幻から放たれたのは、斬撃の精。

 神田の技の中でも遠距離攻撃ができる技であり、本来神田しか使えないはずの一撃だった。

 

「んなぁ!?」

 

「ラビ!? く、厄介であるな!」

 

 その巻き添えを喰らったラビは予想外の攻撃に吹き飛ばされ、クロウリーもまたその一撃を体にかすらせながらラビを受け止める。

 二人の心中を埋め尽くすのは、武器を完全に奪われたらまずいという警戒心だ。

 クロウリーはともかく、装備型イノセンスである『槌』を奪われたら状況は悪化の一途をたどるだろう。

 おまけに技すら使えるというのなら、近距離の六幻、遠距離攻撃多彩の『槌』をラスロが一手にもてば勝ち目はない。

 

「くそ、近づけねぇさ!」

 

「ならば私が……!」

 

 クロウリーが言いながら駆ける。

 目指すは六幻の奪還とラスロを行動不能に陥れること。

 神田程のスピードではないが全体的に身体能力の高いクロウリーは不規則な機動でラスロに迫る。

 それを見ていたラスロは赤い眼光で睨みつけ、次の瞬間にはその姿が――――

 

「――――エリ、アーデ……ぐっ、あぁぁぁぁぁあッ!?」

 

 愛しいあの人へと変貌していた。

 アクマでありながらエクソシストを愛し、そのエクソシストであるクロウリーもまた彼女を愛した。

 しかし相容れない存在であるがゆえに、クロウリーが自らその手にかけた愛しい人。

 幻影であると分かっていたが、それでも攻撃などできるはずがない。

 止まってしまったクロウリーは六幻の一撃をその身に受けて崩れ落ちる。

 

「クロちゃん! くそ、いい加減にするさラスロ!」

 

 ラビが吠え、火判を放つ。

 槌が地面をつけばそこから巨大な火の蛇が姿を現しラスロを飲み込まんとする。

 それに対し彼はグルリと首を回すと火の蛇を見ていつの間にか手の中に現れた無毀なる湖光(アロンダイト)を振りかぶる。

 異様なその剣ではあるが、巨大なその体躯を斬れるほどその剣は大きくはない。

 故にラビは悪手であると判断し、そのまま炎の蛇でラスロを燃やす。

 無論火加減はしているが気絶程度はしてもらうつもりである。

 

 しかし、そう簡単に言ってくれないのがラスロであった。

 

「…………冗談じゃないさ」

 

 炎が収まった後、彼はそこに無傷で存在していた。

 その身から煙が出ることもなく、炎の中にいたのかが疑問に思えるほど無傷である。

 それはあの鎧が防いだのかそれとも別の何かがあったのかラビには分からない。

 そして次の瞬間、ラビは本日何回目かも分からない驚愕で目を向いた。

 

「なんで、槌はここにあるのに!? どういう原理さ、それ!」

 

 ラビの視線の先、ラスロが地面に突き刺した無毀なる湖光(アロンダイト)の根元から火柱が迸っていた。

 それは徐々に形を整えていき、最後はラビの使役した『巨大な炎の蛇』へと変化する。

 その赤い炎は火の粉を散らしながらその巨大な咢でラビを狙っていた。

 

「く、火判――って!? あっつ――――――く、ない?」

 

 ラビは火判で応戦しようとするが向こうの方が一手速い。

 顔を抱えるようにして炎に飲まれたラビ。

 しかしそれに反して熱さを感じはしなかった。

 瞬時に可能性をピックアップする。

 

(まさか、自分の意思で手加減してる……? でもそれじゃあクロちゃんがやられた説明が――――)

 

 その隙は致命傷だった。

 いつの間にか眼前に現れたラスロが無毀なる湖光(アロンダイト)を振りかぶっていた。

 一瞬反応の遅れたラビはいけいないと分かっていながら反射的に槌でその攻撃を防いでしまった。

 アレは手加減ではなく、ただの幻影であったから熱を感じなかっただけと今更ながらに気づく。

 

「しまっ!? ぐ、ぁぁぁぁぁあ!?」

 

 そして結末は神田を同じ。

 ラスロは何処かに六幻を突き刺してきたのか空いた片手で奪った槌を使い天判を発動。

 その雷撃でラビをダウンさせそのまま壁へと吹き飛ばした。

 これで、三人のエクソシストが撃沈されたことになる。

 

 

 

 

「すごいすごい! やっぱり強いねラスロ! 武器を奪うし幻影も使えるなんて! あの時ボクを出し抜いたのはそれなんだねぇ!?」

 

 ケタケタ笑うロードを後目にリナリーは口を押えて涙を流していた。

 あまりに悲惨で悲しい光景だった。

 常に笑いマイペースであった彼が、理性のない瞳でただ敵を倒す機械の様に成り下がっている。

 そしてその四方には神田、クロウリー、ラビが転がっている。

 知らなかったラスロの能力とその強さ、知らない彼の一面をまざまざと見せつけられているようで心がきしむ。

 

「ねぇ見た、リナリー! ラスロは触れた武器を十全に扱い、あまつさえ見たばかりの炎の蛇すら幻影(・・)で再現して見せたよ!?」

 

「ッ! ロード! ラスロを元に戻して!」

 

「あはは♪ それは無理だよ。だってラスロはボクのものだから~?」

 

 ふわりとレロに乗り移ったロードはそのままラスロの肩へと乗り移る。

 対して肩に座ったロードを守るように体を逸らすその姿、そして向けられる敵愾心は拒絶そのものだった。

 

「ら、すろ……」

 

「無駄無駄。そもそもその『ラスロ』だって本名じゃないんだよ? 知ってるのはラスロの師匠か、もしかしたらアレンも知ってたかもね。あと知ってるのは、ボクと千年公だけぇ! そんな名前が響くわけがない!」

 

「――――っ! ラスロ!」

 

「諦めが悪いなぁリナリーは。……じゃあ教えてあげるよ。ボクたちがどうやってラスロを落としたのか!」

 

 芝居がかった様子でロードはラスロの頭を抱きしめる。

 

「ボクと千年公は、ラスロの精神力が普通じゃないのをしっていた。同時に、ノアにもイノセンスにもいい感情を抱いていないってこともね」

 

 ロードは続ける。

 

「じゃあそんなラスロをコッチ側にするにはどうすればいいと思う? ふふ、答えは簡単だよぉ? そう、イノセンスをもっともぉっと憎ませればいい! そしてボクたちはそれを成すために必要なものを持っていたんだ。それも飛び切り強烈なやつをねぇ」

 

 そう言いながらロードは、自分の頭を指の腹で叩いた(・・・・・・・・・・・・)

 それがどういうことなのか、リナリーはうっすらと予想ができてしまう。

 しかしそんなこと信じたくはなく、違うと心の内で否定する。

 が、ロードにリナリーの心情なんて関係がない。

 どちらかといえば諦めさせる為にトドメをさす側なのだから。

 そしてロードは言うのだ。

 

「ボクたちノアはそれぞれがメモリー(記憶)を持ってる。その中でも一番イノセンスに対しての憎しみが強くて強烈なやつの一部(・・)を夢として再現して一緒に組み込んだんだぁ! つまり今の落ちたラスロは限りなくボクらノアに近い存在なんだよ! ほら、見てごらんよ。こんな状況なのにラスロは咎堕ちしないんだよ?」

 

 イノセンスは破壊されることはあっても、ノアに汚染されることは無い。

 ならば残る可能性は一つ。

 

「ラスロが、抑え込んでるの?」

 

 そう、ラスロ自身がイノセンスを抑え込み、制御している。

 ノアに組みすることを嫌う神の物質を、一人の人間が憎悪によって縛り付けていた。

 リナリーは目の前から光が失われていくのを感じる。

 それは目を閉じたからか、それともうつむいてしまっているからか。

 どちらにせよ失意に飲まれているのは間違いない。

 ただ一筋、リナリーの頬を涙がするりと零れ落ちていった。

 

「――――――――」

 

 



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第三十一話

 

 

 

 

 

 傍目に見て、神田もラビもクロウリーも依然押されたままなのが分かる。 

 皆が傷を負っていき倒れていく中で駆けつけられないのが心を抉る。

 人とアクマを救済する力。

 それを求めて得たはずだったのに、まるで守れていない。

 

「どうした少年、よそ見なんて……!」

 

 ティキの手刀が視界に入る。

 アレンはとっさに『神の道化』の鎧で身を包み防ぐ。

 もう何度となるのだろうか、この攻防は。

 

「このままじゃ、皆が……!」

 

 何より、兄弟子に人を殺させてしまう。

 どちらも許容できるものではなく、かといって今の現状では防ぎようのない未来だ。

 どうすればいいのか、焦りが積もる。

 そんなアレンを見てティキは溜息をつき、次にラスロを見る。

 

「……無様だな、狸君」

 

「ッ!」

 

 誰が――と口にしようとしたところでアレンは言葉を飲み込む。

 アレンに目にはどこか残念そうにラスロを見ているティキが写っていた。

 飄々としていて、人間らしさを持ったティキはラスロと因縁があるのだと言っていた。

 その怨敵が墜ちたというのに、その瞳には寂しさが宿っているように見える。

 

「ティキ・ミック、貴方は…………」

 

「ああ、悪い。よそ見してたのはコッチか。まぁ、ああなっちゃったのは仕方ないよな。敵がやばかったし、環境も悪かった」

 

 ちょっとつまらないけど、そう言ってティキは瞳に獰猛さを宿す。

 

「少年はああなるなよ? じゃないと面白くないからさ」

 

 そしてティキは走り出す。

 その先には当然アレンがおり、アレンもまた左腕を構え迎撃に写る。

 しかし――――

 

「――――さっきと同じじゃつまらないだろ? だから教えてやるよ、ノアの力」

 

 瞬間、アレンの背筋に悪感が走る。

 どうもティキの手に宿る力が、先程の物とは質が違う。

 先程までのはティキ個人の能力であったが、今のティキが纏う力は恐らく――

 

(――イノセンス破壊の力!? 不味い、これを防げば――――!?)

 

 しかし何度も同じ攻防(・・・・・・・)を繰り返したせいか、『神の道化』は既に防御態勢に移っている。

 まさかとティキを見れば、苦笑いしながらも速度を落とさず突っ込んでくる。

 

「兄弟子が使った策に嵌るのはどんな気分だ、少年」

 

 やっぱりかー、と思いながらも冷汗が止まらない。

 恐らくは防げはするもののイノセンスにダメージを与えてくるだろう。

 アレンのイノセンスは寄生型、つまり体と深くつながったタイプのイノセンスだ。装備型と違いイノセンスが体の一部となっている以上、イノセンスが受けたダメージは自分の体にもダメージを伝えてしまう。

 

「ぐ、ぁ…………!?」

 

 そして案の定、完全には防ぎきれなかったダメージが体へと流れてくる。

 おまけとばかりに放たれたティキの蹴りの追撃を受け、アレンの体は吹き飛ばされ偶然ながらもリナリーの結界へと叩きつけられた。

 ごぽりと、口から血が溢れ出る。

 

「……え、アレンくん!?」

 

 驚いたようなリナリーの声が聞こえるが、それどころではなかった。

 ティキ・ミックはいまだに獰猛な笑みを浮かべながら歩いてくる。

 

「流石に頑丈だな、そのイノセンス。あと何回攻撃したら、前みたいに壊れると思う少年?」

 

 体から力が抜け、冷えていく感覚が思い返される。

 その感覚が皮肉にもアレンを落ち着かせ、考える時間を与える。

 あの時は何もできず、ただ抗う意思を示すことしかできなかった。

 でも、今は違う。

 イノセンスに救われ、自分の在り方を得て、今度こそアレンはエクソシストとなった。

 繋がりが薄かったあの時とは違い、今のアレンとイノセンスならば、

 

「僕の心が、肉体が滅びない限り……!」

 

「おいおい、マジかよ少年……」

 

 ティキの瞳に驚愕が浮かび上がる。

 それも当然だろう、今まで壊してきたはずのイノセンスが――再生を始めたのだから。

 

「それも寄生型の恩恵か?」

 

 しかしティキの記憶上、寄生型のイノセンスを破壊したところでこのような現象を見たことは無い。

 つまりこのイノセンスとエクソシストは、

 

「なるほど、やっぱ少年は面白いわ。だからオレも本気で行くぜ?」

 

 特別ということだ。

 そして特別に分類される『狸』の弟弟子。

 なんの偶然かこれは。

 

 故にティキは、今まで元帥にすら使用したことのない大技を選択する。

 ティキの能力は『拒絶』

 イノセンスなどの聖遺物以外、つまり万物において誰よりも高位な選択権がある。

 そしてそれはこの世界を包み込む『空気』ですら対象なのだ。

 拒絶、拒絶、拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶!!!

 光すら失った球体の中、真空となった空間でアレンは何とか意識を留めるので精いっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

(また、負けるのか僕は…………)

 

 こうなってはイノセンスを再生できたところで意味は無い。

 肉体が軋みあげ薄れゆく意識と同様にイノセンスの発動が解けかかる。

 しかし何故か懐かしい感覚。

 

(……あぁ、師匠の銃弾爆撃にさらされた時と同じ感覚ですね)

 

 まるで走馬灯のようによぎるのは、師匠の放つ大量の弾丸に四方八方囲まれフルボッコにされた時の光景。その後ろではラスロが地面に頭から突き刺さった状態でピクリとも動かない。ただいつの間にかラスロの懐が膨らんでいて紙束が見える。

 

(その後、僕も同じように借金つけられたんでしたっけ)

 

 今思い出しても腹立たしい。

 しかし不思議と笑みが浮かんでいた。

 ラスロには何度も救われた。

 初めての実戦でも、エクソシストとなる前の捻くれていた時期も。

 

『おおぅ、また立派な世界地図。よろしい、ならば洗濯だ』

 

『ほら食べろ。安心していい、師匠のより圧倒的に上手いはずだ――いや、別に師匠を馬鹿にはしてないですよ? ただ急にいなくなったと思ったら子供拾ってきた挙句知らないおばさんの家に転がり込んで子供に子供の世話を任せる師匠スゲーとか思ってないですよ?』

 

 思い返すと、昔は今ほど自嘲がなかったんだなと思う。

 きっと楽しい日々だったのだと思う。

 そこには、ラスロの人間らしさがあふれていた。

 

(人とアクマを、救済する……人って、誰だろう)

 

 分かってはいた。

 人とはエクソシストのことであり、ノアのことでもあると。

 しかしそれ以上に『ラスロ』という人間を『人』として見たことが何度あっただろうか。

 彼ならば大丈夫、彼ならば負けはしない。

 自然と自分の掲げる『救済』の対象から外してはいなかったか。

 人である以上、万能とはありえないのに。

 

(イノセンス、僕は…………ようやく分かった気がする)

 

 人とは、この世界の全てだ。

 アクマとは、人の魂の悲しい成れの果てだ。

 エクソシストとはイノセンスに魅入られた人間だ。

 ノアとは悲しい争いの記憶を持った人間だ。

 どちらも大切で、だから応える。

 

「人とアクマを、救済せよ」

 

 その瞬間、真空の空間は二つに弾け飛んだ。

 

 

 

 

 狭い塔の頂上をとてつもない気配が覆い尽くした。

 その場にいた者たちは誰もが動きを止めその気配が放たれる方向へと視線を向けている。

 それは自我を失っているラスロでさえ例外ではなかった。

 

「まさか、アレ……千年公……?」

 

 ロードの声がやけに響く。

 今のアレンは異常なまでの力を纏い、左腕のイノセンスは肩の付け根から消失し代わりに右手に十字架の入った巨大な大剣が握られている。

 そしてその剣が、力の発生源であった。

 ティキもまた自身の能力が破られたこと、そしてアレンの持つ剣に見覚えがあり息をのむ。

 

「確かにあれは千年公の……? はは、ホントにクロス師弟は謎が多い」

 

 軽口を叩いてはいるものの、先程までの余裕はない。

 ティキは千年伯爵の剣の力を知っていて、それに酷似した剣がそこにあるのだから。

 アレンとティキが対峙する。

 それを見たロードは自身の直感に従いラスロをアレンへと差し向けようとする。

 

「……させっかよ!」

 

 しかしそれを神田が防ぐ。

 無論その一撃は軽々とかわされ追撃の一撃が放たれるが、追随したクロウリーの一撃がそれを邪魔する。

 結果からして戦闘の構図は変わらない。

 変わらないが、優位差だけは逆転していた。

 アレンよりティキから、ティキよりアレンへと。

 

「オォォォォォ――――!」

 

 ティキの渾身の一撃は、アレンの剣に引き裂かれる。

 ティーズを纏っての攻撃も、ノアの力を使っての攻撃もことごとくが無効化されていく。

 その様子に流石のロードも動揺を隠せずに、二人の戦いから目を離せなかった。

 

(応援に行きたいけど……ラスロだからねぇ。ヘタに手を抜いちゃうと復活しちゃいそうだし……見てることしかできないなぁ)

 

 そしてその攻防はあっけなく終わりを告げる。

 ティキの防御を、アレンの一撃が破り胴をないだ。

 博愛を説くアレンの、人に対する迷いのない一撃に誰もが驚愕する。

 しかしその理由はすぐに分かる。

 

「ぐ、お、ォォォォォァァァ!?」

 

 誰がどう見ても、ティキの体には傷一つついてはいなかった。

 しかし当の本人であるティキは苦しみに悶えている。

 それはつまり、

 

「てぃっきーの『ノア』だけを斬った……?」

 

 アレンが悟った自分の在り方。

 それは人とアクマの救済。

 左手はアクマの為に、右手は人の為に。

 そして『ノア』すらも救うと彼は決めた。

 アレンのイノセンスの真骨頂、それは究極の『退魔の剣』だ。

 

「この剣は、人を生かし悪のみを斬る……!」

 

 ティキは痛みを堪えながらも、突きつけられた剣をみて笑う。

 それを見たロードはティキの元へ走ろうとするが、それを止めたのは他ならぬティキだった。

 彼はこれでいい、そう言いながらも笑う。

 まるでその結末を受け入れているようで、望んでいるようでもあった。

 その真意こそ分からないが、ロードはもう間に合わないことを悟ってしまった。

 

「ティ――――――――!!」

 

 そして最後、笑いながらティキはアレンの剣に貫かれた。

 十字架が彼の体に刻まれ、額に浮かんでいた十字架は逆に消えていく。

 そして黒かった肌も元に戻っていき、彼の体はゆっくりと地面へと横たわった。

 

「………………ティッキー」

 

 ロードはラスロの事を忘れ、ふわりとティキの元へと降り立つ。

 そして大事なものを扱うかのように抱き上げると額にあった十字架の後を撫でる。

 ティキの中のノアが斬られた、それはノアとしてのティキが死んだということだ。

 それはロードにとって、『家族』を殺されたことに他ならない。

 ロードの中に狂気が渦巻いていく。

 家族を奪ったアレンに、エクソシストに。

 

 

 ――――同じ気持ちを、味あわせてやる。

 

 

 おあつらえ向きの人形がある。

 大事ではあるけれど、意趣返しには丁度いい。

 しかし壊れてしまうかもしれない。

 でもラスロだし。そんな思いがロードの心残りを消し去った。

 一度壊しても、また直せばいい。

 目の前で壊して絶望を与え、直して希望を与え、もう一度壊してノア側にすることでもう一度絶望を味あわせてやればいい。

 

「……そうだよねぇ、千年公」

 

 その瞬間、ロードの狂気がラスロを襲った。

 本人に意識があったのならきっと、

 

 ――――えっ、何で俺。有り得ない。

 

 そう叫んでいたことだろう。

 そんな光景を思浮かべながら、ロードは口元に弧を描いた。

 

 

 




感想返しは時間がありましたら!


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第三十二話

 

 

 暗闇の中、ラスロは過去の夢を見る。

 自分の望む陽だまりの世界の中にいる自分、そして周りには失ってようやく分かった大切な友人たちがいる。

 共に山を登っては荷物の大半を背負わされながら、夕食には殺人的なカレーをご馳走された思い出。

 共に海に行っては荷物番を押し付けられ、女性陣二人をナンパしようとして宙を舞うチャラ男を見て苦笑い。

 映画を見た、プールに行った、ボウリングにも行った。

 面倒くさい、そう思いながらも遊びに行ったその思い出が今となっては胸が苦しいほどに恋しくて仕方がない。

 もう一度話したい。

 もう一度触れ合いたい。

 もう一度、あの世界に帰りたい。

 そんな思いがラスロを埋め尽くしていく。

 

(俺は……何をしてたんだったか)

 

 思い出すのは、直前に見たポッチャリとロード。

 どうせこの状況もあれらが原因なのだろうと思うと簡単に納得がいく。

 というかそれ以外に原因が見当たらない。

 

(くそ、こんなことしてる場合じゃない。あの二人が追いついてきたら大変だってのに)

 

 しかし無情、ラスロの願いはかなわない。

 この状況から脱却することも、過去の世界に帰ることも。

 やがてラスロは、自分の体が動かず存在があいまいになっていくのを感じる。

 おかしい、なんだこれはと焦りが生まれる。

 本来のラスロであれば、無意識下でも精神防御が軒並み高かったためロードの夢に引きずり込まれることは無かった。

 そう、本来のラスロであればだ。

 今のラスロは無駄に出張った無毀なる湖光(アロンダイト)によって精神力が大きく削れている。というか現在進行形でガリガリと削られている。

 故にロードはつけ込めた。

 

 ――――過去の思い出、それを元に夢が改変されていく。

 

 ラスロの過去を飲み込み、ノアの過去と混ざり合い変容していく。

 あたかもラスロ自身の記憶の様に、ノアの憎悪をその身で体験することとなる。

 

 

 

 

 

 目の前で肌の黒い人が死んでいる。

 背中に無慈悲に突き刺さっているのは眩い光を放つ聖剣だ。

 見れば分かる、アレはイノセンスであると。

 そして血を流しながら苦悶の表情で死んでいくのは――ノア(家族)であると。

 

 ――やめろ。

 

 聖剣を持つエクソシストは、その表情に慈悲の欠片も浮かべない。

 死体であるソレに、剣を突き刺し切り刻む。

 口元に浮かんだ歪んだ笑みはどこか狂っているようにしか思えない。

 

 ――や、めろ。

 

 エクソシストは気が済んだのか、顔に飛び散った血を拭うと立ち上がる。

 そして次の目標を定め、その聖剣に力を込める。

 そのエクソシストは強く、そして残忍だった。

 ノアを仕留めれば生かさず殺さず。

 盾にし、人質にし、より残忍に殺していく。

 それをラスロは眺めている事しかできない。

 本来なら敵であるノアが倒されるのだ、喜びの一つでも浮かぶものだろう。

 だが今のラスロにはそれができない。

 殺し方を容認できないというのもあれば、そのノアが他人に思えない。

 まるで、自分がノアとして存在しているようだった。

 

 『絆』が死んだ。

 『裁』が死んだ。

 そして『色』が死んだ。

 

 『快楽』が聖剣と切り結んでいるが、状況はあまりよろしくない。

 千年公は何をしているのか、そう思いながらも動かない体を動かそうともがきにもがく。

 

 そして『快楽』も殺された。

 心の内に激しい憎悪が湧き上がる。

 

 ――奴を、許すな。

 

(ごちゃごちゃ、うるせぇ……!)

 

 とっさにラスロは自分というものを取り戻す。

 

(ふざ、けるな。今俺は何をしようとしてた、何を考えようとしていた……!?)

 

 ゾクリと背筋が泡立つのを感じながら、ラスロは強く目をつむる。

 瞼の裏に浮かぶのは、白髪の弟弟子と、赤毛のエセ神父。

 

(ああ、大丈夫だ、大丈夫だ。まだ、俺は)

 

 しかし『夢』は、ラスロに休息を与えない。

 それこそ、壊してしまおうとばかりの悪意が体に染みわたる。

 

 

 

 先ほどの比ではない、憎悪が広がる。

 再び体の感覚が消えていき、あるのは視界だけとなる。

 うっすらと光差す視界の先には、

 

(……何だよ、これ)

 

 懐かしい景色があった。

 かつて見た、付近の山から見下ろした自分の住む街の光景だ。

 数年前通っていた高校が見え、友人のマンションが見える。

 広く場所を取る建物は、『 』と行ったレジャープールだ。

 

 そのすべてが、

 

(――――――――)

 

 燃えていた。

 まるで世界の終りのようだ。

 あちこちで火の手が上がり、人の叫び声がする。

 

 場面は変わる。

 そこはまた見覚えのある光景だ。

 否、見覚えのある友人がいる。

 しかし何故――――剣を突きつけられている。

 

 その剣には見覚えがある。

 先程見た、エクソシストの持つ剣だ。

 忌々しいほどの光を放つソレは、最早汚れがなく美しすぎて吐き気がする。

 

 ――――奴を、許すな。

 

 また何かが囁いてくる。

 しかしラスロはそれどころではない。

 目の前で展開されているこの光景、そして嫌な予感がラスロを支配している。

 

 何故、一般人のアイツが剣を突きつけられている?

 そもそもなんで、エクソシストとイノセンスなんてものが存在している。

 そして何故――――あのエクソシストは剣を振り下ろそうとしている――――?

 

 

 

 血が、舞った。

 

 

 

 (――――――――あ?)

 

 

 そして場面は切り替わる。

 そこにいるのは、またしてもラスロの知る友人だ。

 既に一人は血まみれで横たわっており、それを守るように一人の男が腕を押えながら立ちはだかっている。

 

 

 

 また、血が舞った。

 

 

 (――――――――!!??)

 

 声が出ない。

 体は動かない。

 やり場のない怒りと憎悪が、次々に蓄積されていく。

 

 ――――奴を許すな。

 

 ただの夢だ。

 ロードの夢と、自分の過去が混ざった結果だ。

 そう分かっていても、感情という物は止まらない。

 既にラスロの理性はすり切れており役には立たない。

 そもそも理性があったなら、こんな夢に墜とされることはなかったのだ。

 

 そして再び場面は変わる。

 当然、そこにいるのは友人だった。

 

『助けて、よ』

 

 強気な彼女が、助けを求める。

 しかしエクソシストは、変わらず慈悲など与えない。

 その無慈悲さはある意味で平等であった。

 

『ねぇバカ『――』。なんで、私……』

 

 ――――奴を許すな。

 

 止めたいのに動かない。

 彼女と目が合うのに、縋られているのに、助けを求められてるのに!

 ズブリと聖剣が彼女の腕へと突き刺さる。

 

『あ、あぁぁぁぁあ!?』

 

 ――――奴を許すな――――やめ、ろ。

 

『い、ぁ…………助け、『――』っ!』

 

 ――奴を許すな! ――もう、やめろ!

 

『ぁ……ぅ………………』

 

 そしてエクソシストは、三日月のような笑みを浮かべる。

 

 剣が振り下ろされたのは、それと全く同時であった。

 ラスロは何かが砕ける音を聞く。

 それが何か、薄れていく意識の中で理解する。

 憎い、殺したいほどに『イノセンス』が憎い。

 どんな理由があろうと、どれだけ崇高な志があろうと、

 

 ――――奴を、奴らを、イノセンスを許してはならない。

 

 (イノセンスは、俺が――――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそ、狸が……!」

 

 神田は回復の遅い体を叩き起こし悪態づく。

 少し周りを見ればラビが体から黒い煙をだし倒れているのが見える。

 クロウリーは、その強靭な肉体から立て直し、体の一部を血まみれにしながらも必死に食い下がっているが時間の問題だ。

 何せラスロの手には二つのイノセンスが握られているのだから。

 一本は近接特化の六幻。

 もう一つは万能型であり、天候操作、近距離攻撃に遠距離攻撃と万能を誇る『槌』だ。

 おまけにこの『槌』は大きさを自在に変えれる上に伸縮も自在だ。

 

「く、狸小僧め!」

 

 アクマの血を飲んで人格もろとも強化されたクロウリーですら、その猛威に傷ついていく。

 近距離では六幻の斬撃、遠距離では『槌』の火判、そこに持ち前の幻影まで織り交ぜられると打つ手がなかった。

 しかもこの幻影には発動の前兆もなく予測することができない。

 気が付けば騙されている、そうなっては回避もなにもない。

 今はアレンが戦闘に加わっているが、ノアを倒した剣の効果は見られない。

 リナリーを失意に飲まれ期待はできない。

 翻弄される二人を見て、焦燥が身を焦がす。

 

「……おいバカウサギ、起きてるな?」

 

「っづうー! ユウってば酷いさ、心配ぐらいしてくれてもいんじゃないの?」

 

「んな余裕あんなら問題ないな。テメェはここで座って考えろ。おせぇとオレが狸を鍋にするぞ」

 

「……ラスロが聞いたら泣きそうさ」

 

 神田は自身の体の調子を確かめる。

 短期とはいえ寿命を縮める三幻式を使った後だからか回復力が低下している。

 勿論使用中と比べれば遥かにましだが、生身かつ防御ができないという意味では三幻式の状態より危険と言える。

 ラビはそんな神田の様子から、あまり時間的余裕がないことを悟る。

 

(……流石に予想外すぎるさ。毎回毎回驚かせてくれるけど、ちょっとコレは勘弁さ。武器を奪い十全に振るい、クロちゃんの野生の直感すら誤魔化す最高レベルの幻影を使う上にあの圧力。……止めようがないさ)

 

 あれが、底知れないラスロの力。

 もしかしたらまだ何か隠し玉を持っている可能性すら残されている。

 

(まずあの武器を奪う力。あれは多分。触れたものを自分のモノにする。以前ラスロがただの銃でアクマを破壊していたことから、一定の神秘性を植え付ける能力も兼ねている? つまるところ――――)

 

「持ったもの全てをイノセンス化するさ……?」

 

 開いた口が塞がらないとはこのことだった。

 この世界に限りあるイノセンスを、疑似的だと思われるがいつでも作り出せるということだ。

 細かい条件こそ分からないものの、最悪地球上すべての物がラスロが持つだけでイノセンスとなる。

 持ったものの制御を奪い、イノセンスと化す。

 この能力があれば制限や条件があろうとそれを含めて最悪の武器となる。

 そして整理するまでもない幻影の力。

 純粋で単純だからこそその能力は恐ろしい。

 

「現状から察するに――――打つ手なし、さ」

 

 いや、一つあるとラビは考え直す。

 今まで肉体的方面から攻撃を仕掛けていたが、精神の方ならどうか。

 埋まってしまっていると思われるラスロの精神を引き出し正気に戻す、これが最善。

 

「でもそれが出来るとしたら……」

 

 それは関わりの深いアレンが適切だろう。

 しかし彼の能力でも元には戻せていない。

 残る可能性とすれば……

 

「クロちゃんは除外、無論オレも。残るのはユウと――リナリー」

 

 ここで神田を戦線から外せば、ギリギリ持ち直しているクロウリーが落とされるのも時間の問題だ。

 残された手段はあと一つ。

 

「リナリー…………」

 

「ダメだよ、ラビ。私じゃ……」

 

「っ! だからって、諦めるんさ!? このままじゃ皆死ぬ! アレンも、クロちゃんも! 誰かがラスロを止めないと、アイツはこのまま人形にされるさ!」

 

「――――でも、私じゃ……!」

 

 リナリーは俯いたままだ。

 そんな彼女は見たくなかった。 

 ラビが知っている彼女は、いつだって明るく、そして諦めない少女だった。

 たとえ苦しくても、最後に希望は残っていると信じていたはずだ。

 それを、人生の大半をつぎ込んで証明した彼女の兄がいるはずだ。

 離れ離れになろうとも、諦めなければ必ず会える。

 

「コムイはやったさ!」

 

「――――――――――!」

 

「諦めるな、リナリー!」

 

 詭弁だとは分かっていた。

 らしくもないとは分かっていた。

 それでも言葉はラビの口から出ていく。

 いつか自分もそう思ったように、それが実現するのを期待しながら。

 自分には出来なかった、『諦めない』を貫き通す姿が。

 

「…………ラビ」

 

 リナリーは改めてラスロへと目を向ける。

 禍々しい黒い鎧に、赤い眼光。

 声にならない叫びは憎悪を含ませ、視界に入る全てを壊そうとしている。

 何がそんなにまで憎いのか、何かラスロをこうまで染めたのか。

 一体、どれだけ大切なものを汚されてしまったのか。

 

「……ラス、ロ」

 

 今度は、自分の番なのかもしれない。

 思えばラスロに助けられたのは片手では数えきれないほどあった。

 つい先ほどだって、彼は千年伯爵を相手にリナリーを助け出した。

 

「恩返し、一つもできてないよね……ラスロ」

 

 しかし、心の内で否と否定する。

 恩返しなど口上に過ぎない。

 何としてでも取り戻した、何としてでも元の彼に会いたい。

 ただそれだけがリナリーの活力となる。

 そしてリナリーは、ようやくその瞳に力を取り戻す。

 

「ラスロ!」

 

 出来ることは呼びかけることだけ。

 しかしただひたすらにその名前を呼ぶ。

 それでもラスロが止まることはなく、神田たち襲い掛かる。

 神田が吹き飛ばされ、ラビが地を転がる。

 立ち上がる二人を見て、リナリーはもう一度ラスロを見る。

 

「■■■■■■■■■!」

 

 赤い眼光、そこから敵意は消え去ってなどいない。

 元のラスロはまだ戻ってきていない。

 何度も何度も、偽名だったその名前を呼び続ける。

 偽物の名前を呼ぶたびに、ラスロのことが分からなくなっていく。

 本物だったと思ったものが偽物だった、その事実が心をむしばんでいく。

 

「・・・・・・ラスロっ、ラスロ!」

 

 涙が頬を伝う。

 不安が胸を締め付ける。

 こんなことでラスロが戻ってくるのか、分からなくなる。

 しかし、出来ることはこれしかない。

 

「ラスロ! ら、すろっ!」

 

 結界に縋り付き、ラスロを見つめる。

 既に強く握りしめた拳からは血が滴り、結界に一筋の線を作る。

 視界はぼやけきり、見えるのは黒い人型だけだった。

 ダメなのかとリナリーの心が折れ始める。

 でも諦めきれず、何度も何度も名前を呼ぶ。

 

「無駄だよぉ、リナリー。ラスロの夢に植え付けたのは、ノアの中でも一番強烈な『怒』のノアメモリーの記録だからさぁ! きっとイノセンスが憎くて憎くて仕方がないはずだよぉ?それこそ、仲間であろうと殺したいほどに……! アハハハハ! ねぇ、どんな気持ち? 大切な人は本当の名前を隠してて、殺意を向けられて、本当は強くて、全部全部嘘でできてて!」

 

 クスクスとロードは笑う。

 もう、名前は口から出てこなかった。

 

「――っ、――――!」

 

「可愛そうなリナリー。だから、一番最初に楽にしてあげるねぇ! その後で、ボクの人形にしてあげるから。そしたらラスロともずっと一緒だよ!」

 

 出るのはみじめな嗚咽だけだ。

 涙は止まらず、言葉にならない声が結界の中に響く。

 ガシャリと近くで鎧の音がして、遠くからは仲間たちの声が聞こえる。

 リナリーが顔を上げればそこにいるのは、ラスロだったはずの男が一振りの剣を振りかぶっていた。

 

「ダメです、ラスロ――――!?」

 

 しかしアレンを黒い霧が包む。

 クロウリーも駆け出すが、六幻の一撃と火判による攻撃が硬直の瞬間を狙って直撃する。

 

「……ぐ、ぁっ!」

 

 クロウリーは血をまき散らしながら瓦礫の山へと姿を消した。

 それを見届けることもなく、ラスロの眼光はリナリーを捉えていた。肩に降り立ったロードは愛しそうに、憎らしげにラスロを撫でるとその視線をリナリーへと向けた。ラスロはなすがままロードに従い、まるで主の命のみを全てとする狂犬のようだった。

 それを見たリナリーの胸を占めるのは子供じみた感情で、

 

「――――ッ、ラスロの、ばかぁっ……っ!」

 

 ただただ吐き出すように叫ぶ。

 理性で考えたわけでもなく、ただ口から出た言葉そのまんまだ。

 しかし、考えていないからこそ、今までのどんな言葉よりもリナリーの本心が込められていた。ロードは狂ったように笑い、アレンは必死の形相で黒い霧の中を駆け抜け、クロウリーは瓦礫から這い出るがもう遅い。神田、ラビは自らに武器がないにもかかわらず飛び出すがそれすらも黒い霧が押しとどめる。

 リナリーとの間にあるのは結界一つ。

 割入ることができる者は、だれ一人いなかった。

 振り上げられた手が、無慈悲に降ろされる。

 諦めたように目を閉じたリナリーは、かつての出会いを思い返しながら笑っていった。

 

「ラスロの名前……知りたかったな――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――あ、それは無理恥ずかしいし」

 

 

 

 

 

 そして次の瞬間、その剣は一太刀で結界を切り裂いた。

 

 




文字数が多くなったのでカット。
ラスロの回想……というか何故戻ったかはまた今度。

……酒瓶と借用書は関係ないのよ?


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第三十三話

お待たせして申し訳ないです(-_-;)
取りあえず落ち着いたので投稿しまする。
まぁ、また来月から実習ですがね!

今月のシルバーウィークにどれだけ課題が出されて、休みがつぶれるのだろう。



 

 

 

 

 

 

 

 暗闇の中、ラスロは歩き続けていた。

 その身に憎悪と殺意をみなぎらせながら。

 視界に移る者全てが敵だ。

 どいつもこいつもエクソシストでイノセンスを持っている。

 

 ――――やつを許すな。

 

 当然である。

 帰る場所を失った。

 家族を失った。

 大切な友人たちを失った。

 最早、エクソシストは敵以外の何でもない。

 理性を失い、先の見えない闇の中でラスロは狂う。

 

「…………イノセンスが、憎い」

 

 そう呟けば、殺意が満ちる。

 

「…………エクソシストが憎い」

 

 戦意が漲る。

 全て倒し、壊し、復讐しなければいけない。

 両手に持つイノセンスは、全てが終わった後で壊そう。

 取りあえずは脅威度の高い者たちの排除。

 そして――――主の指示を優先とする。

 

「壊せ、殺せ、目の前で失う悲しみを、身をもって知れ……!」

 

 憎しみは止まらない。

 先ずは吸血鬼を始末し、その次は白髪だ。

 どこか見覚えがある気がするが、イノセンスを持ちティキを殺したのなら間違いなく敵だ。

 後は残りの眼帯と剣士はイノセンスを奪ってあるから簡単に殺せる。

 そして――目の前の少女を殺すだけだ。

 主は第一に殺せ、そう望んでいる以上殺す。

 

 

 ――――おいバカやめろ。

 

 

 そんな、情けない声が脳裏に響く。

 どこかで聞いたことがあるようで、ないような声だ。

 その声は、耳をすませば次々に聞こえてくる。

 

 ――――女の子泣かせるとか、万死に値する。

 

 ――――剣を向けた? ああ、ご愁傷様ハチの巣だな!

 

 ――――白髪……? ああ、大丈夫大丈夫、頑丈だから。

 

 どことなくうっとおしい。

 これは間違いなく、自分の声だと分かった。

 しかし、自分ではない?

 

 ――――ちょ、リナリー泣かせたな!?

 

 ――――帰ったら、手術だな……今度は女体化か?

 

 ――――おいヤメロ。

 

 何かが心の奥で疼いた気がした。

 懐かしいような、それでも思い出すと後悔するような不思議な感覚。

 白髪、ハチの巣、リナリー。

 何かが邪魔をして思いだせないが、大切なものだった気がする。

 一つ除いて。

 ハチの巣?

 虫の巣?

 いや違うな。

 比喩?

 

 

 

 比喩?

 

 

 

 

 

「……何で今、銃弾の嵐を幻視した? 後ろで高笑いして、優雅にツケで酒を飲む赤髪のエセ神父は一体?」

 

 頭痛がひどい。

 殴られたような――――というか殴られたとしか思えないような痛み。

 なんだ、これは。

 とても懐かしい、でもすごい怖いよこれ。

 

「エクソシスト、なのか? なら、殺――――――せ、ない?」

 

 勝てないとか以前に、拒否反応が出る。

 いや意味わかんないし。

 

「間違って殺すなんて言ったらただじゃすまない気がする」

 

 そして再び何かを幻視する。

 ……紙束――――うっ。

 ダメだ、見たら感情メーターのどっかが振り切れそうな気がする。

 

「結論、忘れよう。それよりもエクソシストを――――!」

 

 ――――そう言えば、偽名だってバレたな。

 

「やめい、ホントにやめい」

 

 素が出ていた。

 というかさっきから何なのか、コレは。

 まるでもう一人の『俺』のようではないか。

 イタイイタイ。

 

「くそ、調子が悪い――――なんだ、急にノアに対する憎しみが? アレ、今度はイノセンス? おい、おいおいおいおいちょっと待て?」

 

 イノセンスが憎い。

 でもノアも憎い。

 おかしい、相反している。

 

「――――へぇ、邪魔するんだ、生意気なイノセンスだよねぇ」

 

 鈴の音のような声が聞こえてきた。

 そちらの方を振り向けば、一人の少女が立っていて、視界に入れると同時に愛しさがあふれてくる。

 触れたくて、抱きしめたくて仕方がない。

 しかし同時に酷く憎く、殺したくて仕方がない。

 

 相反する思いが、胸の中で渦巻いていく。

 

「タイミングを間違えたね、イノセンス。ボクが気付くのが遅かったら危なかったかなぁ? 途中までは()()()()()のに、急ぎ過ぎたねー」

 

 ボクの勝ち、そう呟きながら少女はラスロへと抱き付いた。

 甘い匂い、柔らかい体、年端もいかぬ少女とは思えぬ色を醸し出す。

 手が震える。

 首を絞めろ、優しく抱きしめろ、頭がこんがらがってくる。

 

「――――ええい、うっとおしい!」

 

「逃がさないよ? って、そこをどいてくれないかなぁイノセンス。アレは、ボクのだよ?」

 

 イノセンスが、憎くなる。

 何が何なのかわからなくなり、振り払うように全力で駆け出す。

 視界の先は未だ暗闇で、ぼんやりと見えるのはエクソシストと思われる者たちのみ。

 しかしその先に、一人の男が見えた。

 何故かハッキリと見えるその男は、ただ静かに柱へともたれかかり動かない。

 

「見たことがある、ような。……ノア、か?」

 

 ジジ、と脳裏をノイズの入った映像がよぎる。

 飄々とした人柄に対し、狂ったように快楽を求めるような姿。

 そして――――赤い液体が滴る姿。

 

「――――――――!」

 

 視線が彼から離れなくなる。 

 頭が痛いが、それでも――――!

 

 

 

 懐から、何かが滑り落ちる。

 紙束のようだ。

 何故だろうか、記憶が刺激される。

 アレが何なのか、遠目でも分かる気がする。

 

「借用書……?」

 

 確信がある。

 見たことがある?

 遠目で見ただけで分かるほどの回数を?

 ちょっと自分の人生が不安になってきた。

 

「くそ、どうなってる。そもそも、今更だけど俺は――――?」

 

 自分の名前が分からない。

 俺の名前は確か『――――』だったが、それは今において正しくない気がする。

 何か、もっと違う名前で……?

 

「赤髪、エセ神父、酒瓶、酒の滴る男、借用書? 赤い髪のエセ神父は酒瓶で人を殴ってワインまみれにし他人に借金を押し付ける? ……どう考えてもそんな神父いるわけないのにいる気がしてならない俺は一体? いやまてヤダよそんなのと関わる人生は!?」

 

 何か、思い出せそうな気がする。

 代わりに何か大事な倫理的な何かを失いそうな気がするけど。

 不味い、思い出してはいけない類だこれ! 

 でも思い出さないといけないような気がしてならない!

 ノア、イノセンス?ちょっと待て、後で考えるから。

 それよりもこの理不尽な不思議生命体エセ神父のことだ。殺しても死ななそう。

 

「もう少し、もう少しで俺は、俺を……」

 

 俺の名前、それは……?

 恥ずかしいような、実はちょっとテンションが上がった瞬間もあったような。

 分からない、思い出せない、切っ掛けが足りない。

 俺の記憶を刺激するワードが、あと一つ足りない。

 

「白髪? いや、あれは俺じゃない。エセ神父は人を虐げる外道……あれ、今自分の心が痛んだ」

 

 何が足りない?

 エセ神父は大事な要素の一つ。

 でも、それ以上に大切な要素があったはずなのだ。

 それは酒瓶でも借金でもない。

 何が、何が足りないッ!

 

 

 

 

『――の名前……知りたかったな――――』

  

 

 

 視界が、弾けた。

 心に染みわたるようなその声は、暗闇を突き抜けて俺へと届く。

 ああ、そうだ、そうだった。俺の名前がなんで『――(ラスロ)』なのか。

 俺の名前の起源はそう――――!

 

 

 

 

 

「――――あ、それは無理恥ずかしいし」

 

 

 

 

 

 中二病恥ずかしい、だ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神田が、ラビが、クロウリーが、そしてロードが目を見開いた。

 

 

 

 何の迷いもないその一撃が、確かに()()()()を切り裂いていたその瞬間を。

 

 

 

 その内の誰よりもリナリーは驚愕し、何度も黒い騎士を見つめなおす。

 それを感じたのか黒い騎士はバツが悪そうに頬をかく。

 

「重い」

 

 黒い騎士が腕を振るえば、肩に乗っていたロードはひらりと宙を舞いレロを開いて表情を隠す。それでもラスロたちには見えていた。その口元が三日月のように笑っていたことに。しかし先程のような狂気、憎悪は最初からなかったかのように霧散していた。

 黒い騎士はよからぬことでも考えているのかとあからさまに溜息をつき、自らを覆っていた鎧を霧へと変えていく。

 その中から姿を現した男の目は、淀んではいるが確かに理性を感じる。エクソシストを必ず殺すロードの人形の目ではない。アレンはその目がいつも師匠に借用書を突きつけられ、途方に暮れているあの時のものだと確信する。

 

 

「……リナリーにバカと言われると立ち直れなくなりそうだな、俺」

 

 そんな言葉と共にリナリーは腕を引かれて立ち上がる。

 まだ信じられず、幻を見ているのではないかという気持ちを押し殺して涙を拭う。

 

「うぐぅ!? 改めて泣かせてしまったことへの罪悪感がっ。し、師匠に殺される……前にシスコンに殺されそう」

 

 いやまぁこんなことになった時点で俺の未来真っ暗だけど、とそんな呟きが聞こえてくる。

 それだけのことだったが、確かにリナリーは確信した。

 目の前のぬくもりは、確かに本物なのだと。

 

「ラスロ……?」

 

「ごめん、リナリー。本当に迷惑かけた。後でもう一度、ちゃんと謝るよ――――一応、男衆にも」

 

 そう言いながらラスロは自ら棺桶を召喚し、その中に納まっている武器を両手に持つ。

 何故彼が急に戦闘態勢に入ったのか――――それよりも、彼が自主的に戦闘態勢に入る珍しさに皆が驚く。

 

「アレン、リナリーは頼むな? ついでに男衆」

 

 ついで扱いされたさ!?という叫びを耳にしながらラスロは剣を抜く。

 そしてイノセンスの能力を発動し、その剣をイノセンスへと変えていく。その瞬間、ラスロが何かいぶかしむような表情を浮かべるがすぐに隠れ、何かを確かめるように剣を軽く振り下ろす。ヒュン、と地面に亀裂を入れるその剣を見て、ラスロの表情が引きつった。

 

「あっれ……こんなだっけ。なんかやたらシンクロ率が上がっちゃってるような……いやいや」

 

 忘れよう、取りあえずヘブさんに見てもらうまで確定じゃないし。

 そんなつぶやきがリナリーの耳に届いた。

 

「まぁ、なんだ。取りあえずだ――――またワインまみれにしてやるよ、ティキ・ミック」

 

 何を言っているのか、アレンの喉元まで出しかけたとき彼らは気づいた。ラスロの視線の先、ティキ・ミックが倒れていたハズの柱に誰もいない。そこにいたのは楽しそうに、でもどこか複雑そうな表情をしたロードだった。

 

「……千年公は、分かってたのかなぁ。どうおもう、ラスロ?」

 

「あのデブの事だし、予想はしてたんじゃないか。ティキは『快楽』のノアだろ、デブのお気に入りの」

 

「代々、快楽のノアが期待されてることなんて、まぁた面白い事を知ってるね。『怒り』の記憶の中にあったのかなぁ」

 

 ラスロはどうだかと肩をすくめて視線をずらした。

 そこで初めて、ラスロの視線が向かったその一角に立ち上る威圧的で背筋が冷えるような気配を感じ取った。

 

 ――頭を覆うのはヘルムのような物体。そこから伸びるのは漆黒の一本角だ。上半身を覆う蛇のようなムカデのような、はたまた背骨のような帯の痕は、いくつも重なり合って黒く染まる。ノアの黒い肌とは比べ物にならない程の、黒。

 背から生えるのは、上半身を覆ったものをより攻撃的に禍々しくした帯でできた羽。

 

「さっさと帰って、謝らないといけないんだ――――覚悟しとけよ、ティキ」

 

 ラスロの発言から、あれはティキなのだと倒した張本人であるアレンは理解する。なぜ、どうして、そんな疑問が皆の脳裏を這いずり回る。

 そんな中一人冷静に構えるラスロの左手にはいつの間にか――割れた酒瓶が輝いている。

 

「トラウマ、ほじくりかえしたらァ――――!」

 

 ティキが、震えた。

 アレンも震えた。

 本人の頭もズキンと痛んだ。

 



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第三十四話

取り合えず、生きております。
就職に成功し研修も落ち着いてきたのもあり投稿。


これからに関しては活動報告の方に。


 

 

 

 

 

 

 目の前に立つティキの異形なる姿にビビりながら、剣と酒瓶を構える。

 ……それにしても、なんだろうねこの感覚。いつも使ってる騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)で作り出すイノセンスと違う感覚だ。今使っているこの剣はいつも通りの無銘の剣で、作りは他の剣と同じのハズ。なのに、幾分か軽く感じる。

 それどころか切れ味も相当上がっているような気がする。

 あからさまにシンクロ率が上がってしまっているような気がするっ!

 酒瓶から立ち上る神気がぱない。

 

「……そんな目でみるなよ。俺だって困惑してるよ!?」

 

 冷めた目で見てくるアレンに対し、切実に訴える。

 知らないし、こんなの知らないし、何があったのイノセンス。

 確かにロードの攻撃で、精神世界で少し関わった気もするけど直接対話したわけでもないのに。寧ろアイツ、普段の俺を模倣して嫌がらせしてきた記憶しかないんだけど。あのうっとおしさ三割増しの声はイノセンスに違いない。訂正、うっとおしいあの声はイノセンスに違いない。

 ロードによってイノセンスへの憎しみを植え付けられ、イノセンスによってノアへの憎しみを植え付けられた。

 結論から言えば元に戻ることはできたが、やってることはドッチも一緒だ。

 

「結論……じゃっかん俺の武器になってるイノセンスに+一票」

 

 途端に訴えかけて来るかのように、イノセンスと化した剣が明滅する。

 オイ、変な意思表示機能追加すんなよ。やだよ、意思の疎通なんかできたらシンクロ率上がって、将来変態的なストーカーに付きまとわれる気がしてきたよ! そんな意思を込めて剣を地面に突き刺せば諦めたかのように明滅が終わる。

 ふぅ、と一息つけば今度はアレン含めた仲間たちの視線が突き刺さる。

 

「――――なにしてんのコイツみたいな視線でよろしかったか?」

 

 コクンと頷くリナリーを見て、俯く。

 畜生、イノセンスのせいで痛い人だよ俺。

 

「ねぇラスロぉ、無視されてるティッキーがお怒りだよぉ?」

 

 クツクツと笑い声。

 見れば不気味な笑みを浮かべたティキが此方を見ている。

 どうやらトラウマを見ても戦う意思があるようだ。これは、もっと深いトラウマを植え付ける必要がありそうだ。俺とアレンはそうやって師匠に対するトラウマを植え付けられたのだから。師匠に逆らう→殴られる→もう一度逆らう→蹴られる→最後にもう一回逆らう→酒瓶で沈められる→酒瓶で起こされる→トラウマ完成。この悲しい構図な。なんで酒瓶二連発。

 

「思い出すだけで背筋が……今、同士にしてやるからなティキ」

 

「……僕が言うのもなんですが、ラスロも大分染まってますよね。いえ、分かっていたことですけど」

 

「染まるなという方が無理だろ。幾ら元が白かろうが、完全な黒と共に過ごして黒に近づかない訳がない。唯一染まらないで済みそうなのは、完全な純白くらいのもんだよ。……アレンはもうコッチ側な?」

 

「ラスロに言われると何としても否定したくてしょうがなくなりますね……!」

 

 石を投げてくるアレン。

 避ける俺。

 避けた石が当たる――――ティキ。

 

「………………あっ」

 

「ひ、はははは、ヒヒヒヒハハハハハハハハハハハハハハッ!」

 

 ティキが笑う。

 不気味なその笑みに辟易としながら、構えた剣を一閃。ティキはその場から姿を消して――――次の瞬間には俺の隣にいる。横なぎの一閃が、ティキの黒い腕から放たれる。原作の光景を思い出せば、ティキのこの腕は異常な硬さと鋭さを持った凶器であったはず。

 今までの剣なら防ぎようもない一撃ではあるが、今の剣なら――――

 

「――――防げる気がしてたんだよな、これが」

 

 ティキの力に押されながらも、防いだ剣は刃こぼれ一つ起こさなかった。

 後ろに押し出されながら体勢を立て直し次の攻撃に備える。ティキの動きは速すぎるものの、対応できない訳ではない。これでも俺は人から向けられる悪意には敏感だ。師匠しかり借金取りしかりデブだったりロードだったり双子もしかり。

 あれだけの悪意に浸されて、感じ取れないはずがない。

 殺意の方向だけなら、疲労困憊の俺でも分かる。

 前に転がり振り返りざまに剣を薙げばティキの黒い腕とぶつかり火花を散らす。

 続いて酒瓶を振り回せばぎょっとしたようにその場からティキは離脱していく。

 

「精神はゴリゴリ削られて、挙句の果てに操られて体もボロボロ……なのに、師匠との日々を思い出すと平常運転としか思えない」

 

 もうホント、昔の知人たちがあの記憶に出てこなければ俺はもっとケロッとしてたんじゃないだろうか。

 こうして俺はドンドンと普通の人としての道を誤っていくんだね。

 ――――師匠のちくしょー!

 

「ら、ラスロ、目が死んでますよ!」

 

「……おっと現実逃避」

 

 ブンブンと頭を振って思考をリセット。

 こんなことしててターゲットがアレンたちに移られても困る。

 しかし決定的な一打が足りない。

 武器はあるがそれを当てる手段が見当たらない。

 酒瓶を見てジリと後退するティキを見据えつつ、思考に潜る。

 そして――――一つの可能性を見出す。

 今の俺は不本意ではあるが確かにイノセンスとのシンクロ率が上昇している。そしてイノセンスとのシンクロ率の上昇は、イノセンスの力を引き出せる最大の数値が上昇したことになる。ならば今までがほぼ最低値であった俺はどうなっているのか。

 アレンならば真の力を発現させ、リナリーのイノセンスは進化した。恐らく俺はアレンの初期状態に近いのではないだろうか。鉤爪から銃に変化できるようになったあの腕の様に、俺のイノセンスも新しい能力か、能力使用の制限が緩和されているのでは?

 思い当たる能力が一つ、ある。

 この『騎士は徒手にて死せず』(ナイト・オブ・オーナー)が『出力上昇』ならば、『己が栄光の為でなく』(フォー・サムワンズ・グロウリー)の方はどうなっているのか。意識を『己が栄光の為でなく』(フォー・サムワンズ・グロウリー)に向けつつ剣を維持。

 そして確信に至る。

 今まで片方を維持し、もう片方の発動にかかる労力はとてつもないものだった。だからこそ俺は腕をイノセンスであると『己が栄光の為でなく』(フォー・サムワンズ・グロウリー)を黒い鎧の腕にして偽装する以外に同時使用できなかった。

 しかし今の俺ならば、

 

「…………発動、己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)!」

 

 ある程度の同時使用ができる!

 黒い霧が俺を包み込み、そして幻想を紡ぐ。

 ティキが飛びかかってきて、俺に向けて背に生えている羽のような触手を伸ばす。飛ぶようにそれをよければ触手は追ってこず、前を見ればいつの間にかティキの姿がある。抜き手の様に細められた右腕が、視認できない速度で俺へと突き出される。

 回避不能、それはきっと誰が見ても同じことだろう。

 ――――俺を除けば。

 

「ぷすー、残念それはただの空気です」

 

 挑発するように笑いながら、剣を振るう。

 それはとっさに反応したティキによけられるものの、胴体に浅い一撃を入れていた。

 

「――――――――ギィ!?」

 

 腹部を抑えるティキを傍目に、上手く行ったことに安堵のため息をつく。

 仕組みは簡単、俺の幻像を俺から二人分離れたところに映し出していただけである。本物の俺はティキが見ている俺の幻から二人分隣にいるのである。ゆえにティキが攻撃したところに俺はおらず、腕を振りかぶって隙だらけなところを攻撃できる。……師匠のマリアみたい。

 しかし俺の場合は幻影に特化しているからこんなこともできる。

 

「いけ、ビンネル!」

 

 脳裏にハッキリと刻まれている酒瓶を、幻影で形づくる。

 一本数百するものもあれば、安い酒までありとあらゆる銘柄の酒、酒、酒!

 中にはどでかく分厚く、アレンが引きつるようなトラウマの一本も存在している。あれはひどかったと今でも思い出す。被害にあったのが俺じゃなかったからいいものの、アレンの頭よりでかい酒瓶が振り下ろされる光景には背筋が冷えたものである。あとに残るのはビビッて隠れている俺と、痙攣しながら酒におぼれる瀕死の弟弟子と借用書の束。

 そんなことを思い返しながら、俺は大量の酒瓶(幻影)をティキに向けて掃射する。

 あたかもどこぞのAUOのように、きらびやかな輝きをまとい、幻影はティキを追いつめる。

 ガチビビリしている覚醒ティキを眺めながら、俺は弟弟子の冷たい視線に振り返る。

 

「ラスロ、それは……それはあんまりです」

 

「勝てば官軍」

 

 一言返しながら、時間を稼いでいる間に一つ考える。確かに俺のイノセンスは強化されたが、神田のような一撃を放てるわけでもなく、ラビのように様々な攻撃手段や武器では再現できない攻撃型の特殊能力なんて持っていない。幻影による精神的攻撃はできるけど。

 ちらりとアレンを見るが、アレン無しではリナリーたちが危ない。後ろにいる疲労困憊の神田やラビ、クロウリーが危険なのである。

 そして同時に、俺は一つの事実に気が付いた。

 

「六幻――――抜刀」

 

「オイクソ狸!」

 

 俺ってまだ六幻と槌持ってたよね。

 奪ったまんま腰にマウントして、槌は小さくしてポケットに入れてたの忘れてた。

 

「ヒヒヒははははははハハハハハハハハハハハ!」

 

 狂ったように襲い掛かってくるティキが、横なぎに攻撃を放つ。

 しかし俺だって馬鹿じゃない、いちいち幻を映し出す場所は変えている。近くに本体がいることもあれば遠くにいることもある。法則性もなくただ俺の勘によって決まる配置を予想できるとしたらアレンか師匠くらいのものだろう。

 六幻の一撃を叩きこみ、槌の攻撃で視界を奪い六幻で斬る。

 槌の扱いに不満そうな声を上げるラビがいるが、槌じゃ攻撃力足りないんだからしょうがない。そうして味方ごとおちょくってどれだけの時間が過ぎただろうか。笑い続けていたティキの表情が憤怒に歪み、力を溜め始めていた。

 もしかしてと思いながら六幻と槌を神田とラビに投げ返して、アレンにアイコンタクト。

 そして次の瞬間――――塔を破壊しつくす一撃が放たれた。

 這いずり回るティキの触手は塔に巻き付きその全てを絞め壊す。塔が崩壊する中、ティキは攻撃を止めなかった。触手を振り回し、数の暴力で辺り一面を薙ぎ払う。事前にアイコンタクトを受けていたアレンが『神の道化』(クラウン・クラウン)で皆を連れて塔の外にぶら下がっていたから無事であったが、その惨状に息をのむ様子が見える。

 同時に、俺の策が成った。

 ティキは全てを破壊し、その快楽に笑みを受けべている。

 被害を受けかけたロードはやはりどこか複雑そうにティキを見て、次いでその惨状を見渡していた。

 

「ラスロ、生きてるかなぁ……まぁ、心配いらないかー」

 

 ケタケタと笑う様は、いつも通りだった。

 自分のことでいつも通りの笑みを取り戻すロードに複雑な感情を覚えつつ、タイミングを待つ。

 と、ここでロードが宙に視線を彷徨わせ名残惜しそうに()()と視線を向けた。

 

「残念、ボクはここで退散するねぇ。また遊ぼうね、ボクのラスロ?」

 

 誰がお前のか、と声を上げそうになるのを我慢する。

 ギィ、とロードの扉が開いてその姿が消えるのを見て、ひとり安堵する。

 俺に気づいていたロードが、ティキに告げ口してしまえば俺のちゃちな策は崩壊していた。気づいていたのにティキに伝えなかったという事実にありがたさと違和感を覚えながら、左右の武器を握りしめる。

 そして、ついに俺はたどり着く。

 ティキが立つ――――その真下に。

 ガボ、と砂塵の中から腕を出し、ベルトを巻き付け力任せに地面へと引き込む。

 

「――――!?」

 

 唐突に上半身共に動けなくなったティキに、地面から飛び出した俺がホールドアップ。

 まぁなんだね、策と言ったが単純な話で、中々俺を捉えられないティキが切れて辺り一面をブッパ、酒瓶を葬り勝ったなと高笑いするところ実は俺は地面の中に。ここ重要だけど、オレ本体の話だからね。リアル穴掘りである。得意分野だね……自分で潜ったのは初めてだけど。

 そして後は掘って掘って掘り進めて、ティキの声の真下につけば良し。

 服に仕込んであるベルトを幾つか外してイノセンス化、巻き付けて地面に引っ張り込むだけである。……ベルトは武器かって? 俺の師匠はあの赤毛神父だからな?しなって当たれば痛いものなんて大半が武器ですよ。拘束具だって縛られて師匠にボコられて、間接的に武器ですよ!

 やめよう、不毛だから。

 使えたからいいんだ。

 もしかしたら落とし穴さえ……いや、ないかな。

 

「ふっふ、抜け出せまい? これもシンクロ率が上がった恩恵だ。俺がイノセンス化したものは、手を放しても一定時間は今まで以上の神秘性を秘める。勿論、時間経過と共に神秘性は下がってただの物に成り下がるけど。多分、俺以外が触れればただのモノに戻るのはいつも通りだろうけどな」

 

 言いながら、足掻き出ようとするティキを見下ろす。

 彼の力ならばもう出てきてしまうだろうから、トドメを刺さねば。

 左右に持つ武器の輝きに、笑みを浮かべる。

 

「師匠に逆らう→殴られる→もう一度逆らう→蹴られる→最後にもう一回逆らう→酒瓶で沈められる→酒瓶で起こされる→トラウマ完成。この構図だけどさ――使われる酒瓶って一つじゃないんだ」

 

 残念ながら外れである。

 酒瓶で沈められる際に使われるのは底が分厚い凶器。

 だが起こされる際の酒瓶は質より量のタイプなのだ。前者と比べれば酒瓶は薄いし衝撃はそう強くない。……いや殴られてる時点で衝撃はすんごいけど、あくまで前者と比べたらである。

 話がそれた。 

 一撃で沈まなかった場合、もう一本ということはある。が、ここで言いたいのはそういうことではないのだ。俺が言いたいのは種類の話であって、トラウマを刻まれるまでに使われた酒瓶がそこの厚いものだけだと思っていたら間違いだぞ、と。

 考えても見てほしい。

 気絶するような一撃を放つ酒瓶A。

 この酒瓶Aで殴られて覚醒するか? 否である。最悪永眠してしまう。

 ならば起こされる際に使われる酒瓶Bの特徴は何か――――その容量である。

 

「ティキ――――酒責め――――じゃない、水責めって知ってるか?」

 

 割れた酒瓶をわざわざ幻影で元通りに見せ、もう片方には酒瓶Bを用意。

 ティキは震え上がるように地面から這い上がるがもう遅い。

 

 ――――人を拷問する時、意識を覚醒させるとき冷たい水をかける場面を見たことがあるだろう。

 

 我らが師匠は水なんて使わない。

 水の代わりに酒を飲む人なのだから、使うのだって当然酒である。

 あの師匠は殴られ酒を浴びて気絶する弟子に酒の倍プッシュをかけるのだ。

 気絶する俺に対し酒瓶を振りかぶりもういっちょ殴打、その後――――溢れ出る酒のたまり場に沈む俺が飛び起きるように覚醒するのを見下ろしている。頭を襲う鈍い鈍痛に割れた酒瓶を見て振りかぶられた酒瓶の姿を思い出し震え、覚醒時の酒のむせ返るような匂いで酔いが回って回る世界。

 

「師匠に逆らい、酒瓶に覚えたこの恐怖――――もっと共有しようじゃないか」

 

 酒瓶を振りかぶる俺。

 埋まるティキ、嘘でしょ本気と普段のティキのように脂汗を垂らす。

 

「トラウマとは、酒瓶だけで出来てるわけじゃない。その中身である酒を含めて二つでトラウマなんだ」

 

 いつぞやティキを殴り倒した酒瓶以上に神秘性を帯びた酒瓶Mk-IIは、俺の出番かと輝かしい光をまとっている。

 

「思い出せティキ、あの時のトラウマを」

 

 振り下ろし炸裂――酒瓶Aは跡形もなく消滅。

 続いて酒瓶Bを振りかぶる俺。

 俯きピクピクと震えるティキ。彼の指が酒瓶と地面をなぞる。

 最後の俺が振りかぶる酒瓶Bはその表面に輝かしい神秘性を持ち、中に溢れる芳醇な酒もまた内から光を宿している。シンクロ率の上昇から出力の上がったこの『騎士は徒手にて死せず』(ナイト・オブ・オーナー)が作り出す、一種の神酒。

 

「安心しろ、あの双子もその内ここに至る。だからティキ――――(トラウマ)を抱いて溺死しろッ!」

 

「この鬼畜がぁぁぁぁあ!?」

 

 一瞬、正気を取り戻したような声が聞こえたが、ごめん無理止まんない。

 そして炸裂。

 ドパァと溢れ出した酒の波。

 その中央にて酒に顔を突っ伏しピクピク動き、地面に残された酒瓶の文字の隣にタヌキの文字を書き残すティキの姿が。

 酒が徐々に地面に吸い取られるのを確認しつつツンツンとつつけば黒ヘルムが消滅し元のティキが姿を現した。

 周りを見つつ、一応のため足で文字を削って消して、冷たい視線の方へとサムズアップ。

 

「やったねアレン、仲間が増えたよ!」

 

「現実を見ましょうラスロ。師匠にも仲間が増えましたよ」

 

 次いで俺も沈みこんだ。

 

 

 

 

 




活動報告のほうに詳しく書いたのですが、この小説の更新を一時停止させていただこうと思います。この後についてはtwitterの方で活動報告を行おうと思っています。

小説を書くこと自体はこれからも続けようと思っております。


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