真・恋姫で地味ヒロインの妹してます (千仭)
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プロローグ
私のステータス


なんか三国志を読んで
恋姫やって
PS3で無双してたら
急に書きたくなったから
書いてしまった。


突然だが俺には前世の記憶が残っている。

 

俺の前世の世界は21世紀の日本であり、様々な科学技術が発展している。

 

成人になるまで義務教育として数学や世界各国の歴史を学んだ。

 

そんな世界の俺の前世の職業は競馬の騎手。

 

日本ダービーでは過去1度だけ優勝したことがあった。

 

それと同時に三国志が好きで三国志という名が出てくる様々なゲーム、本、小説を買いつくした。

 

そして前世で運悪く交通事故にあった俺はその時にこう思った。

 

「なんでもいいから三国志の世界に行きたい。あっ、でもできればむさくるしくない恋姫がいいなぁ」と。

 

俺がそう思った瞬間、俺の耳には確かな声が聞こえた。

 

「その願い、承った」と、確かに俺は耳にした。

 

そしてそこで俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その結果…………なんで俺が幽州太守である地味系ヒロイン、公孫賛の「妹」との公孫越になってんだよ!?

 

いや確かに三国志演義では実弟だったけどさ、恋姫では妹な訳?理屈はわかるけどさ、何か納得いかない。

 

そんなことで俺の今の名は姓が公孫、名が越、字が仲珪、真名は白連の色違いの黒連(フィーレン)

 

唯一救いなのは俺自身がいつ死ぬかがわかってることだ。死亡フラグがバリバリ経ってるぜ。

 

袁紹許すまじ、ぜってー逆襲してやんよ。

 

 

 

 

今の俺の姿は18歳ぐらいの少女の姿をしている。姉の公孫賛の白蓮と同じ色の濃い桃色の髪をストレートで背中ぐらいまで伸ばしているがそれを後ろで編んで短くしている。

 服装は革でできた黒のノースリーブスとショートパンツ、腰には足元まである腰巻を装備している。あッ、間違えた、着ている。

 そして三国志の白蓮とは違い、匈奴から輸入した良質の黒鹿毛の重装槍騎兵部隊「黒馬義従」を率いている。今では姉の弓騎兵、「白馬長史」に対をなす「尖鋭突」の異名を持つようになった。

 

え?これまでの過程はって?そんなの姉さんに適当について行ってたら、知らぬ間に初陣、騎兵突撃してたよ。

いや~あの時はほんとに死ぬかと思った。

 

 なぜ重装槍騎部隊かというと姉の白蓮は弓を得意とする「白馬義従」を率いているため、それとは違うものにしたかっただけだったからだ。

また重装槍騎兵部隊は欧州でいうと騎士みたいな役割を果たすため、その重突撃は今の中華一だといえる。

 そのため攻撃力を追加し、防御力も上げたことによって騎兵の行軍速度は普通より少し遅くなり、持久力も少し減った。

 

まあ、所詮この世界は外史だし、多少未来の技術を組み込んでも大丈夫だろ。それにランスチャージしたかったし。

 

 そんでもって戦闘時には何時も使っている戦斧のバルディッシュもどきを装備し、肩当て付きの胸当てと小手をつけることにしている。

 

「以上が現在の私のステータスだ」

 

「どうしたのですか?隊長」

 

「いや、なんでもないから気にするな。所詮独り言だ」

 

「そうですか?」

 

 そう言って私の部隊の副官は頭を傾げながら進んでいく。

そしてそこから少し先に黄色い頭巾をかぶった一団が目の前に現れた。

見たところ三千人ぐらいしかおらず、装備も統一していない。

 

はいはい来ました噂の黄巾賊。もうそんな時期なのね、死にたくないわ~。

 

「出ましたね?隊長」

 

「ああ、どうしようか?」

 

「相手は見たところ多勢に無勢ですから包囲殲滅でいいでしょう」

 

「一応聞くが偵察兵の報告は?」

 

「さらに西に行ったところに黄巾党の大部隊が存在しているらしいですが、距離が離れているので大丈夫です」

 

「そっちは姉さんに任せるか……」

 

 あんな地味な姉さんだが、やることはしっかりとやっている。

幽州太守と「白馬長史」の名は伊達ではない。

政治も統治も外交も軍事も一定のことは全部できる。

………器用貧乏とも言えるが。

 

「良し!総員直ちに戦闘準備に入れ!」

 

「「「ハッ!」」」

 

 そう私が声を張り上げて自らの部隊、「黒馬義従」千二百人に指示を出すと行軍していた者達は重装をつけたまま、長槍を手にする。

 

相手は弱兵とは言えど私たちの三倍、まあ余裕だよね。

 

「隊を三つに分け!正面と両敵側面から一気に貫き、殲滅する!」

「「「オオオオオ!!」」」

 

 そして、隊が三つに分かれ、両隣の四百人、計八百人が横陣で黄巾賊を包囲するように動き出す。そして相手が正面の私たちに陣形も組まずに突撃してきた。

 

「敵はただの賊だ!遠慮なく食い破れ!」

 

そこにで私は両翼の部隊に指示を出すと全部隊が私を筆頭に黄巾賊に向かって突撃を始める。

 

「フッ!」

 

 私は自分の体を内氣功で強化し、一番先にバルディッシュで敵兵2~3人まとめて横に薙ぐ。

そうすると対して装備してない黄巾賊は簡単に切り裂くことができ、鮮血が宙を舞う。

そしてそれに続いて全身を鎧で覆った「黒馬義従」が容赦なく敵を蹂躙し始める。

 

 私はそのまま敵を薙ぎ払いながら突撃を続けていく。

そしてたった一回の突撃で敵は混乱に陥り、包囲している私の部隊に抵抗する間もなく殲滅されていく。

その中には抵抗する者もいたが固い鎧に守られた騎兵には傷を負わすことはできずに逃げ出し始める。

 

いや私たちが迫ってきた時点でいくらかはもう逃げ出し始めていたが。

 

そのままいくらか時間がたったが包囲した黄巾賊は一人も私たちの目の前に立ってはいなかった。

 

私たち「黒馬義従」は一人残らず黄巾賊を刈り取ったからだ。

 

「昔の私では考えられんか…………随分とこの世界に馴染んでしまったな」

 

 そう一人で呟いているがその声が周りの騎兵たちの勝鬨でかき消されているため聞こえることはない。

そして周りを確認して副官を見つけるとすぐさま私は被害報告を聞くために彼に近寄っていく。

 

「全体の被害は?」

 

「負傷者が数人でただけです」

 

「とんだ茶番だな、黄巾賊は」

 

「そうですね。無駄に物資と労力を消費しているだけですから」

 

 そうやってしばらく副官から報告を聞いていると兵たちの間から一人の伝令がやってきた。

おそらくは姉さんからの伝令だろう。

それを示すようにその伝令は私に近づいてきて頭を下げ、「仲珪様の全軍に召集命令が出ています」と告げた。

 

「全部隊召集だとさ、さて何が起こったのやら」

 

私の率いている重装槍騎兵は全部で千五百人だ。

というかそれが今の私が維持できる最大の人数であり、それ以上はそろえることはできない。

 

私の最高戦力を全て集めるなんて黄巾の本体討伐かな?

 

「さぁ?自分にはわかりかねます」

 

「そうだよな、私にだってわかんないし………まっ、行けばわかるか」

 

「そうですね。では自分は全軍召集の準備を」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

「わかりました」

 

 そういって私の副官は少数の護衛と共にこの場から駆け出して行った。

私はその遠くなっていく背中を見つめながら、本当の戦争が始まるような予感がした。

 

 

「ここからが『三国志』の始まりか」

 

 

そして私は部隊をまとめて帰路へとついた。

 



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蜀の皆さんとの邂逅~星編(1)~

短いので一気に書き上げたしまった。

でも星のキャラがあってるかわからない……Orz

自分ではあってると思うんですが

何か違和感があったらアドバイスしてくれると助かります。

それではどうぞお楽しみください<(_ _)>


―――――幽州啄群・公孫賛居城 執務室 白蓮side

 

 私が執務室で様々な政務を行い、一つの竹簡を終わらせると部下の文官にそれを渡し、新たな竹簡を竹簡マウンテンから取り出して目の前に広げる。

 

 私が幽州の太守になってからというもの、このような文官の仕事が極端に増えていく一方で有能な人材が足らず本当に手が回らない。

今では鍛錬する時間をも削ってまで政務をこなさなくてはならないため、巷で噂の黄巾賊に対しては妹の黒連に委任してはいるが人手が極端に足らない。

 

「はぁ~、武官でも文官でもいいから人手がほしい………」

 

そう大きなため息をついていると執務室の扉が叩かれ、部下の門番が入ってきた。

 

「政務中に申し訳ありません。伯珪様にお会いしたいという武官がいらっしゃったのですが」

 

「何だって!?それは本当か?」

 

来た!

 

待望の人材が!

 

ついに!

 

私の!

 

所に!

 

やってきた!

 

「はい、直槍を持った女性なのですが」

 

「そいつの名は!?」

 

「姓は趙、名は雲、字は子龍と申しておりました」

 

 

 私はそのことを聞いて思わず絶句してしまった。なぜならあの趙 子龍が私に合いたいだって?どうやってもこちらに引きずりこむ。

 

「すぐに会う、こちらに通せ!」

 

「ハッ!」

 

 そう言うと門番は執務室から出ていき、私は机の上にある竹簡を近くの戸棚にしまって出迎える準備を進め始める。

侍女にお茶と部屋を用意するように手配し、私は大急ぎで服装と身だしなみを整えていく。

そうして少し経つと再び執務室の扉が叩かれ、部下が薄水色の髪をした一人の女性を連れてきた。

私は部下を労い、下がらせるとその薄水色の髪をした女性が私の前に近づいてきて、自己紹介を始めた。

 

「私は幽州啄群の太守、姓は公孫、名は賛、字は伯珪と言う。貴方は?」

 

「うむ、私は姓が趙、名は雲、字は子龍と申します」

 

「それで?子龍殿は今回どのようなようで私に?」

 

「はい、実はここで近々賊の討伐のためみ義勇軍の募集を行うと聞いてこちらに来たのです」

 

「確かに最近黄巾賊の規模が大きくなってきたからな。そろそろ人手が足りなくなってきたんだ。貴方のような武官は特に大歓迎だ」

 

 そう言って私は子龍殿に微笑んで大いに歓迎した。

 実際には心の中であまりの嬉しさに発狂しそうだったがそれを理性の力で抑え込み、それを決して表に出さないようにする。

それに対して子龍殿も気さくに笑っていて、どうやら見抜かれた心配はないらしい………と思う。

 

「それで本格的に私のところに仕官しに来たということでいいのか?」

 

「いえ、私の扱いは客将としていただきたいのです」

 

 私はそのことを聞いた瞬間、さっきまで狂喜していた心が一瞬の内に絶対零度の氷で固まった様に感じた。そして思わずかたことで「ナンデ?ドウシテ?」と聞きそうなったがそれを理性という名の鎖で抑え込む。

 

「……それはなぜなんだ?」

 

「私は現在、仕えるべき主を探している途中でして」

 

そう言った子龍殿の瞳が一瞬だけ挑戦的な瞳と笑みを浮かべた。

 

「それは私では物足りないと、そう言うことなのか」

 

「いえ、まだ伯珪殿のことは見極め中なので」

 

そして今度は猛禽類のような鋭い眼光で私を見たような気がした。

 

「そう言うことか、なら仕方ないな。子龍殿は客将扱いにする」

 

「ありがとうございます」

 

ま、まあ、客将としてしばらくいるんだからとりあえずいいかな、うん。

 

 そう礼を言いながら頭を下げた子龍殿に対して今頃になって微かな違和感を覚えた。さっきの挑戦的な瞳と笑みをうかべた子龍殿と今の子龍殿は何か何時と違う、そう武人としての勘が私にそう告げた。

 

うん、武人の勘じゃなくてただの勘違いかもしれないけど。

 

「うん、それから私に敬語はいらないから好きなように話していいよ」

 

「そうなのですか?なら遠慮いらずに素で話すことにしますぞ」

 

 そう言ってさっきよりも砕けたように話始めた子龍殿に私はさっきの勘が当たったことが分かった。

こちらの子龍殿の方がよっぽど子龍殿らしい。

 

「それで、子龍殿は何ができるんだ?はっきり言って文官の仕事ができるなら手伝ってほしいんだけど」

 

「私は武官だからそっち系はあまりできませんぞ」

 

「それは残念だな、なら子龍殿には新兵の調練をしてほしいんだけど頼めるか?」

 

「それなら何にも問題ありません。引き受けましょう」

 

 その後、私はさっきしまった戸棚から大量の竹簡の山を取り出すと、それを見た子龍殿が驚いたように私を見て、なぜかホッとした顔になった。そして子龍殿はこの場から逃げるように立ち上がり、扉に向かって歩き出した。

しかしそれを見逃すほど私は甘くはない。この竹簡地獄から少しでも解放されるなら喜んで他人を巻き込もうと思う。

 

「………子龍殿、少し待ってくれないか?」

 

「…………………」

 

 私が子龍殿にこの部屋を出る前に声をかけた瞬間、ビクッと肩を震わせて子龍殿は扉の前で立ち止まった。

 

「………まだ何かあるのですか?」

 

 そう私に聞いてくる子龍殿の声はとても低くい声で私から見たその後ろ姿はなぜか冷や汗をかいているような気がした。

 

「実は子龍殿、文官の仕事できるだろ?」

 

「いえ、私はそういうことには疎いので」

 

「でもやれるんだろ?」

 

「いえいえいえ」

 

「いやいやいやいや」

 

「…………………(ジー)」

 

「…………………(汗)」

 

私の無言の視線が子龍殿の全身を貫く。それに対して子龍殿は無言でその視線に耐える。

そしてついにその視線に耐えられなくなった子龍殿がわざとらしく咳払いをして「あっ、私は新兵の調練があるからもう行くぞ」と言って私が静止する間もなく部屋から逃げ出した。

 

「はぁ~これを一人で片付けるのか。死んじゃうかもしんない」

 

そう言って私は机の上にある竹簡を取り出して開き、仕事を再開しようとした所に再び子龍殿が戻ってきた。

 

「それと、言い忘れていましたが私の真名は星と言います。次からそう呼んでください」

 

「わかったよ星。私の真名は白蓮と言う。私も次からそう呼んでくれて構わない」

 

「わかりました」

 

そして再び星は執務室から出て行った。私も再び仕事に取り掛かろうした瞬間に三度星が執務室を訪れた。

今度は中に入ってこずに扉の戸を少しだけ開き、顔だけを覗き込ませている。

 

「少し聞きたいことがあるのですが」

 

「……なんだ?」

 

「この町にうまいメンマを売ってる場所はご存じないか?」

 

「はぁ!?」

 

その質問を聞いた私が気力を根こそぎ引っこ抜かれたことは言うまでもない。

 

 

 

 

 

―――――――――一方の黒連はというと

 

食堂でラーメンに乗ってるメンマを食していた。

 

「うん、このメンマなかなかうまいな」

 

 



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蜀の皆さんとの邂逅~星編(2)~

今回は前回よりも長く書くことができました。

感想をいただいた読者の皆様のアドバイスによって

ようやく星の口調とキャラが分かったような気がします?


それではお楽しみください。

また星などに違和感がありましたら何かアドバイスをいただけると助かります。


―――――――幽州啄群・公孫賛居城 城下町 桃香side

 

 私は義勇軍を集めているという友人の白蓮ちゃんが治める町へとやってきていた。なぜかというと私と新たに加わった愛紗ちゃんと鈴々ちゃん、そして天の御使いと言うご主人様の理想をかなえるための足掛かりとして。

また、今は黄巾賊というのがいて世が乱れているため、賊に襲われている人々を助けたいという願いをかなえるためにここに来たのだ。

 

「へ~ここが白蓮ちゃんの治めてる町かぁ。結構いい感じに治めてると思うんだけど」

 

私が城下町をみてそう言うと隣にいた長い黒髪の少女、愛紗ちゃんが同意するように頷いた。

 

「そうですね、この時期にしてはかなり良い方だと思います」

 

「鈴々もそう思うのだ!」

 

 そしてその近くにいた背の小さい目の………ちっちゃい少女の鈴々ちゃんも頷き、おいそうな匂いがしたのか近くの露天へと走って行った。

最後に私の隣にいる光る服、えっと確かぽりえすてる?の服を着たご主人様が私と愛紗にそう聞いてくる。

 

「へぇ~そうなのか?」

 

「そうだよ、ご主人様」

 

「酷い所ではもっと寂れていますから………特に袁術の統治している町でとよく耳にします」

 

「そうなの?愛紗ちゃん」

 

「はい、桃香様。税が高い上に治安が悪いと言われてます」

 

「最悪じゃねぇ?その町」

 

「それでも警邏のいない村などよりもましでしょう。一応は賊には襲われないのですから」

 

そう愛紗ちゃんは言うと何かを耐えるような顔になって俯き、その姿に私は愛紗ちゃんが何か憤っているように見えた。

 

 

「愛紗ちゃん?」

 

 

 私が愛紗ちゃんの名前を呼ぶと彼女はハッと何かに気が付いたように顔を上げて慌てて私たちに「何でもありません」と言った。

 

「あんまり無理しちゃだめだよ?愛紗ちゃんの身体は愛紗ちゃんだけの物じゃんないんだからね」

 

「桃香様……」

 

 私が愛紗ちゃんの目を至近距離で見つめながら手を取ってそう言うとなぜか愛紗ちゃんは少しだけ顔を赤らめながら私の言葉にしっかりと頷いた。

しかしその隣ではなぜかご主人様と周りの人達が私たちを見て顔を赤らめている。

 

「うん?」

 

私は不思議に思ってご主人様の方を見るとなぜかご主人様はつーと目を静かに逸らす。

 

ザワザワザワ

 

(あの二人はできてるのか?)

(そうじゃないの)

(だってあんなに熱い目でお互いに……)

(でも女性同士だろ?)

(いや、陳留のほうではいるらしいぞ?)

(いるってなにが?)

(何がってアレだろ)

(アレって?)

(そりゃあアレだよ)

(アレか)

(美人なのにアレなのか)

(残念だな)

(兄ちゃんも頑張れよ)ポン←同情的に肩を叩かれる音

(そうだぜ)ポン←慰めるように肩を叩かれる音

(まださっきの小さい子がいるじゃねか)ポン←励ましの肩を叩かれる音

「だああ!うるせー!それに俺はロリコンじゃねぇ!」=その優しさに耐えられなくなった者

(世の中って広いんだなぁ)

 

ろりこんって何だろ?

 

 私は周りの人たちの妙に熱っぽい視線に対して何か変なことをしたのかわからずに不思議がっていた。

そして目の前にいる愛紗ちゃんもその視線が何を意味するのか、また何が起こってるのかがわからず小首を傾げている。

 

「えっと……それじゃ、早く白蓮ちゃんのところに行こっか?」

 

「え、ええ、そうですね。なら私は鈴々を呼んできます」

 

「うん、お願いね?」

 

「お任せください」

 

 そう言って愛紗ちゃんは鈴々ちゃんを連れてくるために屋台へと向かって行った。そしてその場に取り残されたご主人様と私は白蓮ちゃんのところに行くのに何か手土産は必要はないのかと話し始めた。

 

どうやらそれはご主人様の天の国での風習ということらしい。

 

とりあえずご主人様の話を聞くために近くにあったお店の中に四人で入ることにした。

 

 

桃香達が城下町を訪れる少し前

 

 

―――――――幽州啄群・公孫賛居城 執務室 白蓮side

 

 星が私の客将になってからいくらかの日が経った。彼女との私の関係は当初の固い関係ではなく、形としては主上関係だが長年の知り合いのように話せる関係になったのだ。

 

 ついさっき黒蓮からの伝令が届いて、もう少しでこっちに到着するらしい。そのためは私は妹の黒蓮を紹介するために星をこの部屋に呼び出していた。

 

 そして今、彼女は仕事をしている私の目の前で椅子に座りながら堂々と壺いっぱいに入ったメンマを酒のつまみとして食べている。

 

「白蓮殿、一体どうしたのです?(もぐもぐ)いきなり私を呼んだりして(ごくごく、ぷはッ)折角の非番が大台無しですぞ(もぐもぐ)………それで?何かあったのですか?(もぐもぐもぐもぐ)」

 

「うん、とりあえずメンマは没収だな」

 

 そう言って私が彼女の手にしてるメンマの壺を取り上げようと手を伸ばしたら、彼女の手が予備動作なくブレて私の手を叩き落とした。無駄に洗練された動きで後ろに後退し、私の手の届かない場所まで距離を取る。そして猫のようにフー!と私を威嚇してからメンマの壺を大事そうに片手に抱え、鋭い眼光で睨みつけながらビシッ!と私に指をさして

 

「いくら白蓮殿でもこの趙 子龍のメンマを易々と取り上げられるなどとは思わぬことですぞ!」

 

と言った。

 

言いやがった。

 

重要だから二回言ったんだよ?

 

こいつを今すぐに牢屋にぶち込んでもいいと思ったのは私だけだろうか?いや、私だけじゃないはずだ。

 

「とりあえずそれを食うのはやめてくれ、頼むから」

 

 私は頭に手を当てながら大きくため息をつき、星に言う。これはアレか、問題児を相手にしてる私塾の先生の気持ちか。

 

「うむ?白蓮殿がそこまでおっしゃるのなら仕方ないですな」

 

 その問題児とも言える彼女はというとメンマの壺に蓋をするとしっかりと縄で縛り、「接触禁止」と書かれた布をかぶせて誰にも触らせぬよう自らの腕に抱いた。

 

「それで?どういったようなのですかな?」

 

ああ、やっと本題に入れるのか。なんでここまでくるのにこんなに疲れるんだろう。

 

「もう少しで私の妹の黒蓮がここに着くという伝令が来たから紹介しようと思ってな」

 

妹のことを聞いた星は何か心当たりがあるのか訝しむよう顎に手を当てて唸る。

 

「ふむ、白蓮殿の妹と言いいますと……」

 

「妹の名は越、ここでは公孫越と言った方が分かりやすいのかな」

 

そして妹の名を聞いた瞬間にハッとして何かに気が付いたように顔を上げて何度も頷いた。

 

「ああ、公孫越殿ですか。どういった方なのです?城下ではお優しい御仁だと聞いていますが」

 

「ああ、優しい奴だよ、黒蓮は。ただまあ、身内の人間だけだけどね」

 

「身内、と言いますと?」

 

そのことを聞いた星は不思議そうに私の顔を見る。

 

「敵や賊に対してはまったく容赦ない。逆に私や幽州の人々にはかなり温厚だな。だから会う時は気をつけていた方がいい。もしかしたら見知らぬ奴が城内いたらいきなり斬りかかってくるかもしれないから」

 

私がそう星に言ったところでちょうど執務室の扉が叩かれ、私の妹が中に入って来た。

 

「失礼する。姉さん、たった今こちらに……」

 

 そして部屋の中にいた星を見た瞬間に黒蓮には珍しく目を限界にまで開いて驚いて扉の所で固まってしまっていたのだ。

 

 

 

―――――――幽州啄群・公孫賛城外 黒蓮side

 

 私が姉さんの呼び出しで居城近くに部隊と供に着くとそこには姉さん直轄の精兵「白馬義従」を含む正規兵の大軍と義勇軍らしい装備が乏しい集団が城下町付近で野営していた。

そこに私の「黒馬義従」が近づいていくとにわかに野営の陣地が騒がしくなっていく。特に私達の隣の義勇軍らしい陣地では、私たちを近くで見た兵たちから絶句していく様子がよく分かる。

 

 なぜ彼らが私たちを見て絶句しているのか言うとそれは至極簡単、私たちの鎧についている夥しい黄巾賊の返り血が目立っているからだ。以下にもついさっきまで戦闘していた風貌でこの陣地に私たちは来てしまったのである。まあ、あながち間違っていないが。

そして隊の中でも特に酷いのは私と一緒にまず始めに突撃する第一陣だ。それは行軍途中で見つけた黄巾賊を片っ端から殲滅していったため、何度も私たちは戦闘し、返り血を浴びることとなったからだった。

 

しかし私たちはその視線を慣れたように気にすることなく野営するべき陣地へと向かっていく。

 

「すごいですね」

 

「ああ、これは本当に大きい戦でもあるのか」

 

「そうだと思います。私達が潰したいくつかの黄巾の部隊も西の大部隊に合流しようしてましたし」

 

 私たちは陣地へ向かいながら私の副官はそう言うと、さらに偵察部隊の報告が書かれた竹簡を私に差し出した。

それを馬上で開くと「西の大部隊は最低でも三万以上、しかしほとんどは元農民だと思われる」と書かれていた。他にもその部隊が黄巾賊であること相手の装備なども書かれている。

 

「最低でも三万か………予想よりもだいぶ多いな」

 

「はい、どうやら南部の冀州から来た者も多くいるようです」

 

 私はその報告聞いて軽く舌打ちをする。冀州からこっちの幽州まで来るなんてこちらからしてみればかなりはた迷惑なことだ。

なぜなら黄巾賊の本隊は冀州にあるのにわざわざ本隊よりも遠く、北にある幽州まで賊が来たからだ。

 

「冀州だと董卓が討伐に当たっていたはずだがまさか敗れた一部がこっちに逃れてきたのか?」

 

「でも黄巾党の本隊は冀州にあるはずです。わざわざ幽州まで来る必要はないと思いますが」

 

 それじゃあ何のためにこっちまで来たんだ?いくら黄巾賊がやられているとしても本隊よりも北に来る意味が分からない。

本隊に合流するだけならいつまでもあそこにとどまっている必要はないし、本隊に敵が迫っているのならばなおさら移動し続けてもいいはずだ。そっちの方が私達などに補足されにくく、無駄に兵力を浪費させることにはならない。これが黄巾賊ではなく、ただの賊ならばあんなところで野営せずにどこかの町などを襲っているはずだ。

 今の黄巾賊の動きをみるとそんなそぶりは少しも見せていないし、むしろ襲いにいくどころか何かを待っているように見える。それにわざわざ隊を複数にして周りに散らして偵察に出して、それらを私たちの隊が潰しているのが今の状況だ。

 

ん?何かを待っている(・・・・・)だと?

 

「おい、私達が潰した黄巾賊は何か変わったことはなかったか?」

 

「確か物資や兵糧がやたら多かった気がしましたが」

 

「ビンゴ」

 

 私はその副官の言葉を聞いて独りそう呟いた。隣にいた副官は不思議そうに私のことを見ているがそのことは気にせずに自分の考えを黙ってまとめていく。

 

「仲珪様、何かわかったのですか?」

 

「ああ、こっちの黄巾賊は物資や兵糧を調達し、本隊に送るための補給部隊だということだ」

 

「物資や兵糧を?」

 

副官は私の周りにいる兵たちと一緒に私の言葉を関心をしめすように聞き入っている。

 

「そうだ。黄巾賊の本隊は確か十万以上いたはずだ。そいつらを兵にするのにも物資が大量に必要だし、そもそも軍を維持するのには莫大な兵糧が必要だ。おそらくは大陸中の各諸侯達が賊軍討伐に乗りだしたことで押され始めたから北方の守りをしているこっちに来たのだろう」

 

「そう言うことですか。確かに最近では羌族も活発な動きを見せていると国境からの報告も来ていましたね」

 

そして納得がいったのかうんうんと頷きながらそう言った。周りの兵たちも一緒になってへ~という顔をしている。

 

「ああ、姉さんも放っておくことはできないはずだ。だから正規兵を送っているはずだろう。3~4日前に移動させているなら今頃は国境近くにいるか、それとももう砦に入っている頃だ。それに私や姉さんがこっちにいるということはあっちの指揮官は何時も通り青怜(シィーレイ)だ。まず突破されるどころか近づくこともできないだろう」

 

「従妹の子則様でしたか?どのよう方なのです?我等は遠目でしか見たことしかありませんが」

 

 子則というのは私たちの従妹である公孫範の字だ。私達姉妹が幽州内部の治安や問題を解決するのに対して従妹の青怜は北方の匈奴や羌族の監視、撃退を主にしている。

 これは私が提案して決まったことで、それは指揮官が何回も変わることは兵たちに混乱を呼ぶし、北方民族戦闘経験を積めばそっちのスペシャリストとなれる強みがあるからだ。

 逆に青怜に何かあった時なんかは私達だけでは手に負えなくなることにはならないと思うが手こずる可能性が高い。それを解決するために私達姉妹はそれぞれ年に何回か北方砦に遠征をして、実際に青怜に北の動きと防衛の仕方を教えてもらっている。

 

「ふむ……………ありていに言えば馬鹿?」

 

 それを聞いた近くの兵たちは困惑に満ちた顔をしている。それは普段私が身内を馬鹿などとはほとんど言わないため、それを言う青怜とは一体何者なのかが気になっているのだ。

 

((((仲珪様に馬鹿と言われる子則様は一体何をしたんだ?))))

 

 そんなことをしていたら私たちが野営する場所に着いていた。私は副官に野営の準備をするように指示をだし、一方の私は報告のために姉さんのいる居城へと足を進めた。

 

 

 

 

―――――――幽州啄群・公孫賛居城 執務室前

 

 私が居城に着いてからしばらく廊下を歩いていると近衛兵や女官から挨拶をされ、それに一つずつちゃんと返していく。

 

日本の常識だからな。社会人そこは守らないと。

 

そして姉さんの執務室前までつくとその扉を守るように両脇に控えていた近衛兵に挨拶される。

 

「お帰りなさいませ、仲珪様」

 

「護衛ごくろう。私がいない間に何か変わったことはないか?」

 

「数日前に伯珪様が武官を一人客将として迎えました」

 

「姉さんが?」

 

その報告を聞いていないぞ、客将として迎えて大丈夫なのか?

 

「はい、なんでもその武官はとても優秀だそうです」

 

ほう、それはいいことを聞いた。この世界の来て死亡フラグを回避するために武術を鍛え、ついには内氣功まで使えるように至った私の武力、試してやる。

それに今まで雑魚しか相手にしてなかったし、これから始まる三国志じゃ呂布や関羽みたいな化物がいるからな。

それに近い実力のある人とやってみたい。そんでもって通用するか確かめたい。

いや、せめて死なない程度に生き残れる力があるか知りたい。死にたくないから、最近切実にそう思う。

 

「その武官は?どこにいる?」

 

「ちょうど今伯珪様とお話し中です」

 

「ありがとう」

 

「いえ、自分たちの仕事をしたまでです」

 

 私は会社の面接を受ける学生のように妙に緊張している気持ちを抑えるために深呼吸を何回か繰り返して心の準備をすると執務室の扉をノックして開け、部屋の中に入った。

 

「失礼する。姉さん、たった今こちらに……」

 

そしてその扉の向こう側の様子を見た瞬間、あまりにも予想外の光景に私の全身は驚きで固まってしまった

 

なぜならそこにいたのは薄水色の髪をして、蝶のような白い服を着ている前世の画面で見覚えのある(・・・・・・・・・)女性だったからだ。

 

その女性の名はあまりにも三国志で有名な蜀の勇将の趙 子龍、その人だった。

 

やば、死んだかもしんない。いきなり趙子龍なんてどんな無理ゲーだし。

 

 そう思いながらも感情を隠す前世の社会で培った鋼鉄の仮面をかぶり、臆することなく趙 子龍のもとへと踏み出す。身の安全を考慮に入れ、全身で警戒しながら何をされても対応できるぎりぎり距離で立ち止まる。

 

「貴殿が姉さんが新しく客将として迎えられた武官か?」

 

「うむ、そうですぞ」

 

 そう言いながら私は趙 子龍の全身をくまなく目で観察していく。自然体でいるにも関わらず不自然なほどに隙がない。それでいて身体は人を倒すための、いや戦場で生きていけるように無駄なく洗練されて鍛えてあることがわかる。

わかる奴にはわかると思うがそこら辺の一般兵にはわかるはずはない。一部の壁を越えた者だけが到達することができる領域に彼女は間違いなくいる。

それらに加え彼女がただならぬ強者としての雰囲気を醸し出していることが私の生存本能と勘がはっきりと告げる。

そしてそれらを確信させたのが私の目に写った彼女の顔に浮かぶ自信過剰大胆不敵がお似合いの挑発的な笑みだった。

 

 

 

これこそが英雄と呼ばれる人種。

 

 

 

そしてこれが本物の将軍。

 

 

 

フッ、面白い!

 

 

 

 私はさっきほどの緊張がなかったように一武人として気分が高揚し、気が付かないうちに自然と笑みを浮かべていた。そして私が趙 子龍を見て笑みを浮かべたことが理解できなかった姉さんは訝しそうに私のことをまじまじと見ている。

 

「黒蓮?」

 

 そして私は姉さんの言葉を聞いて高揚していた気分からはっとして平静の気持ちに戻り、していなかった自己紹介を始める。

 

「失礼した。私の姓は公孫、名が越、字が仲珪と言う。貴女のような者を客将として公孫家に迎えられたことを幸運に思う」

 

「うむ、私は姓が趙、名が雲、字が子龍と申します。こちらこそ貴殿のような武人と出会えたこと、光栄に思いますぞ」

 

 お互いに目を見合わせると私と彼女は同じ笑みを浮かべていた。どうやら私と同じことを考えていると言うことらしい。自ら死亡フラグ近いことに首を突っ込むなんて随分と武人の考えに慣れてしまったな。

 

「ふむ、考えていることは同じか?子龍殿」

 

「そのようですな」

 

 私はそのことに喜び、子龍殿も同じように感じたのか自然と浮かべていた笑みに深みが増した。一方の姉さんは今の話の流れが良くわからず、一人で混乱していた。

 

「ん?何がだ?」

 

 しかし、私達二人にはもう姉さんの姿は目に写っていない。ただ私たちの目に写る物は目の前にいる強者のみだけだった。

 

「それでは練兵場に行くとしようか」

 

「いいでしょう。久々に楽しめそうですな」

 

 子供のような無邪気な笑みを浮かべる子龍殿と同じように笑う私はバトルジャンキーか何かか、こっちに生まれたときにはなるまいと思っていたが今はもう関係ないな。

 

「フッ、子龍殿がそう思うなら間違いなく、な」

 

「フフフ」

 

 二人して笑いながら部屋を出ていくとその流れについていけない姉さんが訳も分からずにポツンと一人部屋に残された。

 

「え?え?」

 

 この空気の読めなさと普通の武将ステータスこそがステルス迷彩(影が薄い)の原因かもしれない。本気でそう思った。

 

 



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蜀の皆さんとの邂逅~星編(3)+α~

戦闘シーンがうまく書けたかどうかが分からない。

とりあえず書いてみたので

感想などあった気軽に書いてください。

それに何か違和感やアドバイスをくれると助かります。

それではよろしくお願いします。


練兵場

 

 私と子龍殿がそこに着いた時、そこには一人も鍛錬している兵はおらず、閑散とした光景が私たちの目に映る。何時もは姉さんの部下たちが鍛錬に励み、兵たちの熱気と武官の怒号がある見慣れた体育会系の光景はそこにはなかった。

 

「子龍殿はどの得物を?」

 

 私が訓練用の木でできた木剣や槍サイズの棒の前で得物を、戦斧をかたどった私専用の物を手に取りながら子龍殿に聞く。

そして子龍殿は一本の木槍を選ぶと何度か軽く突いたり、振ったりして重さや大きさを確かめ始め、それと同じようにいくつかの木槍を確かめると結局一番はじめに選んだ木槍を今回の得物として選んだ。

 

「ちょうど良い物はありませんが、今回はこれでよいでしょう」

 

 そして私達は互いに練兵場の中央に行き、少し距離をとって対陣する。私は戦斧の切っ先を後ろ向け、子龍殿は直槍のように切っ先を私に向けてお互いに武器を構える。

 

「ふむそれでは、始めようか」

 

「うむ」

 

そう言った子龍殿の間合いへと私は踏み込んで単純な太刀筋でいくらかの突きと薙ぎを仕掛ける。

 

中心線、肩、腕、首、太腿、脛、彼女の動きを確かめるように順番に仕掛けていく。

 

 それに対して彼女はいとも簡単に私の戦斧に木槍を合わせ、捌き、無駄な動きなく避ける。その動きには長年の鍛錬と実戦を繰り返した動きが見てとれ、一切の隙も無駄もなく洗練されていた。そしてそれらを何合か繰り返して私は趙子龍の技術を確認すると仕掛けることをやめる。

 

「ほう、さすがだな」

 

「フフフ、貴殿も今の動きだけでわかるとは………私も良い武人に出会いました。それでは次はこちらから行きますぞ」

 

「ああ、来い!」

 

 そして彼女は私の間合いへと真っ直ぐと踏み込んで来る。その踏み込みは私が今まで見たことがないほど早く、鋭かった。そして無造作に突きを繰り出した子龍殿の木槍に対して私は何回か回避をすると、そのうち回避することを無理だと判断し、途中から全てを戦斧の柄で弾く。

 

速い!これが趙子龍の神槍か!

 

 それに続いてさらに鋭い突きを繰り出す彼女の木槍を避けることはせずに一定の距離を取りながら柄で捌いていく。なぜなら無理に避けようとするとその避けた先に子龍殿の木槍が突いてくるイメージが鮮明に脳裏に写ったからだ。そして回避し続けた先には最後にその槍についていけなくなった私が体勢を崩し、その木槍に貫かれる事になると勘が告げる。

 そしてその連続で繰り出された木槍を一合、二合………二〇合くらいを捌ききったあたりで彼女は突くのをやめた。

 

「今のを全て捌きますか、なかなかやりますな」

 

「これでも鍛錬は毎日欠かさなかったからな。当然と言えば当然だろう………それにこれぐらいできなければ我が隊は率いられない」

 

私がそう言うと彼女は木槍を構えなおして光惚の笑みを浮かべた。

 

「そうですか。では………そろそろ小手調べは十分ですかな?仲珪殿」

 

 その笑みは”まさかここで終わるとは言いませんね?”と言っているような気がした。それに対して私も同じような笑みを”まさか”という意味を乗せながら浮かべると彼女はさっきよりも深く、そして恋する乙女のような笑みを浮かべた。

 

………選択、間違えたかもしれない。やってから気が付きました、死んだらどうしよう。

 

 私はそのことを思考の隅に投げ捨てる。やってしまったことは仕方がない。これをより生産的に考えなければと思考を再開する。=通称現実逃避

 

「もちろんだ子龍殿。次からは全力で行かせてもらう」

 

 すぐさま思考を目先の戦闘にと切り替える。ちょうどよく温まった体全体に徐々に氣を練って流し込み、内氣功を発動させる。そうすると私の身体から湯気のようなオーラが徐々に湧き出て淡く薄桃色に輝きだす。

 それに対して彼女の全身からも同じようにオーラが出てきて薄水色になって輝きだした。そしてお互いの闘気が練兵場を包み込み、ぶつかり合って霧散していく。

 

「……………………」

 

「……………………」

 

 数秒か、あるいは数分か。どれだけの時間が経ったか私にはわからなかったが私と彼女の睨み合いという名の探り合いは続いた。私も彼女も仕掛ける機を探り合うが私は徐々にじれったくなっていく。

 そして私の額から一滴の汗が練兵場の地面に落ちていき、地面の石がそれを弾いた瞬間、彼女は一瞬の速さで仕掛けてきた。

 それを紙一重で戦斧の柄で捌くと木槍は私の顔のすぐ隣を通りすぎ、その余波で私の髪が数本宙へと舞う。そして私の柄と子龍殿の木槍の接触点が擦れて焦げた臭いがすると同時にチュン!と銃弾が地面をはじくような音が私の耳のそばでする。

 

おま、ちょっ、めっちゃはええええええ!!

 

 それさえ実感する時間を彼女は与えることなく連続で突きを繰り出してくる。それをさっきと同じように柄で捌いていくが徐々にそのスピードに圧倒され始め、所々にかすり、徐々に後退する。私の耳もとではさっきと同じようなチュン!という音が幾度も聞こえてきて、そのあまりの速さに戦慄を覚える。

 

チッ、このスピードを何とかしなきゃならない!

 

 私は意を決してその木槍の連続突きの中で、氣を腕に込めて筋力を上げていく。そして十分に氣が腕に廻ったところで彼女に隙ができ、木槍を大きく弾いて距離をとる。

 

 彼女はその力に抗うことなく、むしろそれを利用して数メートル後ろに大きく跳びながら後退すると同時に私は戦斧を構えて間合いを詰める。

 

 そして彼女が着地する前に、私の力と氣を込めた戦斧を空気を引きちぎりながら横一閃に薙ぐ。私の戦斧の刃(木)が空気を引きちぎってブォン!と音を立てながら空中にいる彼女に吸い込まれていくように近づく。

 

いくら趙子龍でもこれは避けられない!この勝負、私がもらったぁ!!

 

私がそう思った瞬間に彼女は驚くべきことを私の目の前でやってのけた。

 

 それは自らの木槍を地面に突き刺して身を空中に浮かせ、一瞬の停滞を生み出し、彼女を支えている木槍を私が戦斧でそのまま弾くとその力を利用して空中で回転し、カウンターを放ってきたのだ。しかもそのカウンターは彼女の力ではなく全てが私の力をそのまま利用したもの。その力は例え防いだとしても十分に相手を吹き飛ばせるほどの力が込められていたもの、いや私が込めたもの。

 

趙子龍の神槍まじパネェ!

 

 その必殺のカウンターが私にスローモーションで迫って来る。私の全身からは汗が吹きだし、そのあまりにも馬鹿げた技術の高さとそれをやってのける精神力の高さに全身に鳥肌が立つ。

 

 本物の英雄の力を肌で、この全身で感じた私は気がつかない内に自然と恍惚の笑みを浮かべいた。彼女と私は刹那の時間、目が合い、その表情を見ると彼女もまた私と同じように笑っていた。

 

 そして私は今、戦斧を放った後で身体が硬直している。その硬直から私は意志の力でなんとか抜け出し、無理やり身をひねって地面に転がりながらも回避する。

 

 そしていくらか転がった後、急いで体勢を立て直して顔を上げるとそこには彼女の木槍の切っ先が私の鼻先の数センチ前に突きつけられていた。

 

「……私の勝ちですかな?」

 

「ああ、まいった。私の負けだ」

 

 私がそう言うと彼女は木槍を降ろし、空いている方の手を私に差し伸べた。私はその手を躊躇なくとると彼女は私をまるで子供を立たせるような軽さで私を立たせた。

 そして私はあることに気が付いた。私は全身から汗が出て、肩で多少息をしているのに対して彼女はまったく息が乱れていない。

 

これが今の私と彼女との差か。

 

「すまない」

 

「いえ、気になさらずに」

 

 私は息を整えると今の模擬戦はどうだったかと彼女に聞いた。そうすると彼女は少し何かを考え、口を開いた。

 

「仲珪殿は今回のような戦いは初めてですかな?」

 

「ああ、今まで子龍殿のような相手とはやったことがなかった」

 

 今までの私の相手は北の匈奴や羌族の相手していなかった。氣を扱う相手の将軍なんて相手にしたこともなかったし、むしろ私からこんな簡単に一本を取れる奴なんていもしなかった。

 

「それが今回の手合せにおいて勝負を分けた理由なのです」

 

「それはどういうことだ?」

 

私が疑問の目で彼女を見ていると焦らすことなくあっさりと私の問いに答えた。

 

「今回の手合せにおいて仲珪殿は何を感じていましたかな?」

 

「………ただただ疾い、それだけだが」

 

だって槍先なんてほとんど見えなかったし、連続の突きもその疾さに圧倒されてただけだし。

 

「そこです。私の槍に対して仲珪殿はただ疾さのみを感じていました。私の場合はというと如何にしてあなたを倒すかを思考し、どのように決めるかを考えていました」

 

そういうことか。実際の戦闘に加えて頭の中ではより細かな戦力分析が必要なんだな。しかもそれをあの展開の速い間にやらなきゃいけないなんて随分と難易度のハードルが上がったな。

 

「そうか………確かに私はそこまで考えていなかったな。ん?それでは私が弾いたときの動き、あれは私を誘ったのか?」

 

 私が彼女を弾いて大きく後退させる時の隙は今考えると随分と呆気なかったというか、彼女があんなに簡単に隙をさらすはずはない。

 

「正解です。あれはわざと私が隙を作りました。まあ、あの後の一撃は予想外に強烈でしたが」

 

「そうか、ありがとう。これで私はまだ強くなれることが分かった」

 

「それを聞けて何よりです。ですがそれを鍛えるには至難の業だと思いますな」

 

何故だ!?それじゃ、あんたみたいな人外に会ったときの死亡フラグを回避できなじゃないか!!

 

「なぜだ?」

 

「これほどの短時間で濃縮した経験はそう簡単にはできないのです。はっきり言って今回の私の勝利は経験の差ですからな。そうそうこのような濃密な時間は取れないでしょう」

 

「確かにな、私と同等の力を持つ武人はこの幽州にはいないからな。姉さんは普通だし、青怜は腹黒いだけだ」

 

 私は幽州でできないのならもうできる所はまずないと考えた。というかそんなに強い人なら今頃どこかに仕官してそれなりの地位にいるはずだ。そんな人物が幽州みたいな所まで来る必要はないと思う。ここから南には洛陽や陳留などの大都市があるのにこっちにくる意味がない。

 ここにいる姉さんの武力は内氣功を少し使えるだけで将軍としては普通だし、国境の砦に青怜は武力ないけどその代わりに腹黒いし。

 

良質な馬だけが取り柄だからな、ここは。

 

「なら今のうちしかありませんな?仲珪殿」

 

 そう言って彼女は再び木槍を構え、挑発的な笑みをうかべる。それに対して私も同じような笑みを浮かべて再度戦斧を構える。

 

「そのようだな。なら私の限界まで付き合ってもらうぞ!」

 

そして再度薄水色の閃光と薄桃色の軌跡が練兵場の中を駆け巡った。

 

 

公孫賛居城 執務室 桃香side

 

 私が白蓮ちゃんの居城を訪れると門番の人が私たちを白蓮ちゃんのところに通してくれた。結局あの後にご主人様のぼおるぺん?を質屋で売ったらそれなりのお金になって偽装義勇兵を雇うことができた。

 そんなことを考えながら私たちは案内の衛兵についていく。そして今まで廊下で見た扉で一番大きく、立派な部屋の前で衛兵は「伯珪様はこちらです」と言い、頭を下げてどこかに行ってしまった。

 私が扉を開くとそこには竹簡の山と格闘している白蓮ちゃんの姿がそこにはあった。その姿は私が同じ私塾を卒業してから変わらない姿だった。

そして白蓮ちゃんが入って来た私を見ると今まで格闘していた竹簡と筆を投げ出してこっちに来る。

 

「桃香!久ぶりだな~♪」

 

「白蓮ちゃんも久しぶりだね~♪」

 

そう言って私たちは三年ぶりの再開を分かち合う。

 

「私塾を卒業して以来だから三年ぶりぐらいか?元気そうで何よりだ」

 

「そっちこそ元気そうで何よりだよ。それにいつの間にか太守様にまでなってるし、すごいよ~」

 

私が白蓮ちゃんをそう褒めると彼女は顔を少し赤くし照れて笑っている。

 

「いや~私もまだまだだよ。この地位はまだ通過点みたいなものだから。それに内の妹も色々とうるさいし」

 

「そうなの?さすがは白蓮ちゃんだね」

 

うん?今白蓮ちゃん妹って言ったよね?いたの、妹。

 

「ねえ、白蓮ちゃん。白蓮ちゃんって妹いたの?」

 

「ああ、いるぞ。身内にはやさしいけどそれ以外にはきついのが」

 

「へ~、それ聞いてるだけだとすっごく真面目な子を想像するんだど」

 

 そう聞いた私は白蓮ちゃん似ている眼鏡をかけているような子を想像する。想像してなんだが合うのがとっても楽しみになってきた。

 

「ああ、基本的には真面目だ」

 

「やっぱり?」

 

そして二人してその場で笑いあった。しばらく二人して笑い合っていたらふと白蓮ちゃんが私に

 

「今まで何をしていたんだ?連絡が取れなかったから心配していたんだぞ?」

 

と質問してきた。それに対して私がためらうことなく答える。

 

「えっとね、人助けしてたの」

 

「うんうん、それで?」

 

「それだけ」

 

それを聞いた白蓮他ちゃんの目が点になり、口も少し開いていて呆けている。

 

「………………へ?」

 

「………………ん?」

 

 私がさも当たり前のように答えたことによって白蓮ちゃんは固まってしまった。そしてしばらく無言の時間が流れて白蓮ちゃんが復活すると少しだけ俯いてプルプルと震え始めた。

 

「なななななな、なーにやってんだ!?!?桃香は!?」

 

「きゃッ!?」

 

 なぜかいきなり白蓮ちゃんが私に向かって爆発した。その白蓮ちゃんの怒声は恐らくこの城の隅々まで届いたかもしれない。それほどに大きな声だった。

 

「だってぇ~」

 

「だってもへったくれもない!!」

 

 そう言いながら私の肩に手を置きながらズイッと顔を近づけてきた。そして何かに納得したか、はたまた諦めたのか大きなため息を私の目の前でする。

 

「まあ、桃香だから仕方ないか」

 

「む~白蓮ちゃん、それはひどいよ?」

 

呆れたような目で私を見てくる白蓮ちゃんがそこにはいる。

 

「だって桃香だし。それで?今日は何しにここに来たんだ?」

 

「あ、うん。白蓮ちゃんの所で義勇軍を集めてるって話をきいて手伝おうかと思って」

 

 私がそう言うと白蓮ちゃんは何かを思い出すように唸っていて、さっき報告で聞いたことを今思い出したようにハッ何か気が付いたようだった。

 

「あ~確か何人か兵を連れてきたんだって。で?何人が本物なんだ?」

 

そう言っていとも簡単に私たちが本当は兵隊さんをつれてきていないことを白蓮ちゃんに見抜かれた。

 

「え、えっと~、実はここにいる私達だけなの」

 

「………………へ?」

 

 私の言葉を聞いて再び白蓮ちゃんの目が点になって呆ける。そしてまた呆れたように額に手を当てながら盛大に大きなため息をついた。

 

「で、でもでもでもでも愛紗ちゃんと鈴々ちゃんは凄く強いんだよ。それにご主人様は管輅ちゃんお墨付きのあの天の御使い様なんだよ?」

 

「桃香、頭でも打ったのか?たかが管輅の占いででた天の御使いなんているはずもないだろ」

 

「ほ、本当だもん!」

 

「まあ、桃香が言うなら本当かもしれないが」

 

 白蓮ちゃんはご主人様を足のつま先から頭のてっぺんまでじろじろと見つめている。どうやらご主人様をどのような人間なのか値踏みしているらしい。

 

「な、何?」

 

その視線に耐えられなくなったご主人様が白蓮ちゃんに思わず2~3歩後ずさる。

 

「なんかそれっぽくないんだけど」

 

う~、本当なのに~。

 

「そんなことないよ?ほら、ご主人様の背中の方から後光だって出てるし」

 

 そう言って私はご主人様の白く光っている制服に指をさす。その制服は窓から入ってくる光でまるで後光が出ているようだった。それに対して白蓮ちゃんはまたじっくりとご主人様を見定める。

 

「いや、物理的にだろ」

 

うう、確かにそう思うけど。

 

「とりあえず俺が桃香達に天の御使いなんて呼ばれている北郷一刀だ。よろしく頼むよ、公孫伯珪さん」

 

 そう言ってご主人様は白蓮ちゃんに頭を下げた。それに対して白蓮ちゃんも同じように挨拶と自己紹介をご主人様たち三人にする。

 

「ああ、私の姓は公孫、名が賛、字が伯珪、と言う。桃香が北郷達に真名を預けているなら私も白蓮という真名で呼んでくれても構わない。それに桃香の友人は私の友人でもあるからな」

 

白蓮ちゃんがそう言うと次に愛紗ちゃんが自己紹介を始める。

 

「私の姓は関、名が羽、字は雲長と言います。我が主が真名を許されているのなら、私の愛紗とういう真名もお受けとりください」

 

「鈴々の姓は張、名は飛、字は翼徳、真名は鈴々なのだ!よろしくお願いするのだ!!」

 

「ああ、人材不足だったからな。愛紗と鈴々二人のような武人は歓迎する。」

 

 そしてやっとここにいる私たちの自己紹介が終わると後は事務的な話を交わす。私たちの扱いや部屋、軍を率いた経験があるかなど細かなところまで白蓮ちゃんは聞いてきた。その政務に慣れた姿は今まで見たことはなく、やっぱりすごくなったと私は感じた。

 

「う~ん、愛紗と鈴々の力が分からないな。妹と同じような感じはするんだが」

 

「そうなの?」

 

「ああ、でも私にはわからん」

 

「じゃあ、会いに行けばいいんじゃないか?」

 

そうご主人様が言うと白蓮ちゃんもうなずいて政務中に終わった竹簡を文官に渡した。

 

「そうだな、ちょうど妹の他に紹介したい客将もいることだしな。じゃあ、行こうか」

 

そして私たちは白蓮ちゃんの妹がいるという練兵場へと向かった。

 

 

 

練兵場 一刀side

 

 俺たちが練兵場に着いた瞬間、俺は目の前の光景に信じられずにただただ唖然としていた。横を見ると白蓮と桃香たちも同じように唖然としている。

 

よかった、俺だけじゃないのか。

 

 俺だけが見ている光景じゃないことが分かると再び目線を練兵場へと向ける。そこにいるのは薄水色の髪をした女性と白蓮と同じような髪の薄桃色をした女性が模擬戦をしていた。それもものすごく速く、それでいて力強かった。

 

「なあ、あれが普通なのか」

 

 俺が同じ様に唖然としている白蓮に聞くと白蓮は疑うような目でこっちを見ながら力なく、それでいて何かに呆れた様に答える。

 

「そんなわけあると思うのか?北郷」

 

 俺はその答えを聞いて心底安心する。この世界での将軍の基準があれならどうやったって俺は一瞬で死ぬ。間違いなくあっけなく死ぬ。

だって薄水色の女の子が槍を突けば空気を突き破りながら閃光になるし、もう一方の薄桃色の女の子が戦斧を振れば空気を引きちぎっているような音がしてこっちまでその風がきて俺たちの髪を揺らす。逆に薄水色の子が地面すれすれで槍を振れば地面を削りながら軌跡を描くし、もう一方の子も戦斧を振り下ろせば地面にクレーターができる。しかも常人の俺の目でも追いつけないぐらいものすごく速く動きながら。

 

「す、すごいね、白蓮ちゃんの妹ちゃんは」

 

口元を引きつりながら桃香そう言うと

 

「ああ、そうだろ?」

 

 と白蓮もやや口元が引きつりながらも何かに諦めたように答えた。その姿には、会社から帰ってくるサラリーマンのような疲れと問題児に振り回される教師の辛さを足して二で割ったような姿だった。

 

 それに俺は仲間がいることに安堵しつつもあの軍神である関 雲長こと愛紗の方を向くと彼女は一瞬も目を離さないよう食い入るようにあの二人の模擬戦を見ている。

 

「愛紗、あの二人はどうなんだ?」

 

「…………………………」

 

「愛紗?」

 

「…………………………まずい、鈴々!!」

 

「おうなのだ!!」

 

 そう言うと愛紗と鈴々は手に持っていた青龍偃月刀と丈八蛇矛を構えて二人の間に同じような速さで向かっていった。

 

 なぜ?と聞く前に俺は練兵場の二人から今まで感じたことのない莫大な闘気が感じられた。どうやら二人は本気の決めに入ったらしい。莫大なエネルギー?を纏った槍と戦斧がスパークを放ちながら重なろうした瞬間、愛紗が槍の子を鈴々が戦斧の子の必殺の一撃を受け止めた。

 

轟音が響き、衝撃波が練兵場に広がった。

 

 

 

黒蓮side

 

 あの後、しばらく彼女との手合せを続けていた。彼女の所々のアドバイスのおかげで今になってやっとまともに打ちあえるようになった。

そして今、私たちは鍔迫り合いしている。お互いに槍の切っ先と戦斧の刃を地面に向けながら押し込まれないよう氣を込め続ける。私と彼女の氣がぶつかり合ってスパークを生み出して、莫大な氣が私達の間でせめぎ合う。

 

「くぅ、そろそろ…終わりにしよう、か!」

 

「うむ、そう…です、な!」

 

 そして私たちは距離をとって自らの身体に残る氣のほとんどを手にしている武器に送り込む。そうする氣を送り込まれたそれぞれの武器が激しく光輝き、スパークを生んで辺りを闘気で包んでいく。

 

一瞬の静寂と莫大な闘気が練兵場を支配する。

 

そして私たちは互いに必殺の一撃を持ってぶつかり合おうと一直線に踏み込んだ。

 

 

趙子龍が地面を削りながら一陣の蒼い閃光と化す。

 

 

それに対して私も空気を切り裂きながら赤い軌跡を描き、戦斧を振り下ろす。

 

 

 蒼い閃光と赤の軌跡が交差しようとした瞬間に何かが私たちの間に割り込んできた。私はその異物を気をとられてしまい、一瞬流し込む氣を止めてしまった。

 しかし私はそのまま戦斧をその異物に振り下ろすと私の一撃に耐えられなったのか粉々に戦斧は砕け散った。それは彼女も同じようで突いた槍の切っ先から粉々になっている。

 

 私はその異物から距離をとるとありったけの殺気を込めて割り込んできた者達を睨む。そしてできるだけ低く抑揚のない声でその異物たちに割り込んだ理由を聞く。

 

「貴様らどういう理由があって我らの手合せに割り込んだ。ことによってはただでは済まさんぞ」

 

 私がそう言うと趙子龍の槍を止めた黒髪の女の子がこっちにやってきた。その女の子を見た瞬間、またも趙子龍と同じような驚きが私の思考を一瞬固まらせた。そして黒髪の少女から少し視線をずらすと私の戦斧を止めたと思われる小さな少女がいる。

 

今度は関雲長か。それにあのちっこいのは張翼徳。

 

「大事な手合い中に横槍を入れてすまない。しかし貴殿らはこの後賊の討伐に行くのではないのか?それなのに今のようなことをすれば怪我だけじゃすまないぞ?」

 

そう言われて私と子龍殿は同時に目を合わせ、少し考えた後同時に口を開いた。

 

「「問題はない(ですぞ)」」

 

 そう言うと姉さんは黙って私に近づいてきて、これ見よがしに大きなため息をつくと思いっきり握った拳を私の頭に振り下ろした。

 

「問題あるわ!!」

 

「いたッ!」

 

 そして次に子龍殿の目の前まで行き、同じよう殴る。しかし、私がやられたことを見ていた趙子龍殿はあっさりとそれをかわして姉さんから距離をとった。

 

「たく、お前らは一体何やってるんだ?」

 

「ただの手合せだ。姉さんこそ何し来たんだ?」

 

「ああ、紹介したい奴がいてな」

 

 そう言って黒髪の少女たちに指をさすと一人ひとり私に名前を言う。いや、自己紹介しなくとも知ってるんだけどな。

 

「あの黒髪が関雲長、その隣の小さい子が張翼徳、であのぽわぽわしてるのが私と同じ私塾出身…」

 

「ああ、劉玄徳か、ん?あの黒髪の男は?」

 

私が北郷一刃のことを聞くと姉さんは少し苦笑いをしながら説明してくれた。

 

「桃香曰く、あれは管輅の占いででた天の御使いらしい」

 

「あれがか?」

 

つーか天の御使いとかマジで無責任な発言だな、おい。

 

「そうらしいけど」

 

 私はとりあえずこの世界でハーレムを作る変態の目の前まで歩いていき、じっくりと足元から頭のてっぺんまでまじまじと見る。それに対して北郷は後ろに後ずさった。

 

結論、ただの一般人だな、冗談抜きで。これで乱世を終わらせるなんて笑わせるな。でも本当に終わらせるからなお気に入らない。

 

 とりあえず反応を見たかったのと軽い八つ当たりの意味を込めて内氣功の瞬発力を高めたパンチを顔面のすぐ横に繰り出してみた。私がそうすると近くにいた関雲長と張翼徳、劉玄徳が慌てて身を乗り出してこっちに向かってくる。

 一方の北郷はというと少しだけ反応はしたがそれだけだった。たしか剣道かなにかやってたはずじゃ…でもこれだけしか反応できないのにハーレム作るなんて死ねばいいのに。

 

「貴様!我らが主に一体何をする!?」

 

「そうなのだ!!」

 

 私と北郷の間にさっきの黒髪の少女とちっこい少女が入って来た。その二人の手には青龍偃月刀と丈八蛇矛を持って威嚇している。

 

「ああ、すまんな。天の御使いなんて仰々しい名前だって言うから何か特殊な力でもあるのかと思って」

 

「あるはずないだろ、北郷はただの人だ」

 

そう姉さんは額に手を当てながら私の頭を軽く叩く。

 

「そうなのか?それは悪いことをした。本当にすまない」

 

いや、知っててわざとやったんだよ。コイツがあんなリア充になるからちょっとした憂さ晴らしに。

 

「あ、ああ、気にしなくていいよ。俺の名前は北郷一刀、桃香たちには天の御使いなんていわれてるけど本当はただの学生だ。よろしく頼むよ」

 

「私の姓は公孫、名が越、字が仲珪という。先ほどは本当にすまなかった。こちらこそよろしく頼む」

 

これが恋姫の主人公、北郷一刀と私がであった瞬間だった。

 




武将の内氣功はデフォルトで搭載。

主人公の強さは将軍クラスの中の上くらい?を考えています。


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蜀の皆さんとの邂逅~劉備編+α~

リアルが忙しくなってきて次回からはもっと遅くなるかもしれません

でもできるだけ早く投稿したいと思っています

それでは今回もお楽しみください



練兵場 黒蓮side

 

「私の姓は公孫、名が越、字が仲珪という。先ほどは本当にすまなかった」

 

 そう言って私は姉さんの方を向く、そうすると姉さんの横には桃色の髪をした少女が口を膨らませながら精一杯私を睨んでいる。とりあえずさっきのことは私が悪かったので素直に謝っておくことにした。

しかし私も彼女のことを目を少し細めながら睨み返す。そしてぶっきらぼうに謝罪の言葉を言う。

 

「つい天の御使いと聞いて興味がわいてしまったのだ」

 

「つーーん」ぷい

 

 私から顔をそむけた桃色の髪をした少女、もとい劉玄徳は私が彼女を見続けて反応を待っていてもそのままつーーんを続けている。

 

これがあの蜀の当主になる奴か……はっきり言ってただのガキだろ。こんなのが戦場に出て義勇軍を率いるとは胸糞わるいわ。それにこいつらがあの三国志の英雄かよ、趙子龍とはえらく違うな。はっきり言って失望した。

 

「…………………(はぁ)」

 

「つーーーーーん(ぷい)」

 

 そんなことをしばらくやり続けていたら、姉さんが助け船を出してくれて劉備に近寄っていき、ごにょごにょと何かを耳打ちすると彼女はこっちを向き、たいした眼力もないまま私を睨む。

 

「私は劉備、字は玄徳と言います。さっきのことはもう何も気にしていません」

 

 そう言いながらも彼女は私を睨むことをやめない。隣では姉さんが”また問題が増えたか”と言った顔をして本日何度目かわからない大きなため息をする。

 

「わかった、なら別にいい。それと私は別に貴女方と慣れ合うつもりはない。だからそちらも私のことは気にせず好きにすればいい」

 

「なッ!」

 

 私がそう言うと劉備は驚いて言葉を発すことなく少しだけ顔を赤くしながらプルプルと肩を震わせている。その隣でも姉さんが”何してんだお前は!!”と怒っていたが私はこいつらが気に入らないから私がどう思われようと気にはしない。

 

こんなガキに付き合ってられん。とっとと挨拶して飲みに行くか。

 

 そして私はさっさと黒髪の少女の方へ向き、再び自己紹介を始めるが黒髪の少女こと関雲長はそのきつい眼差しと怒気、さらには警戒心を剥き出しにして私を見ている。

 

「私の姓は関、名は羽、字は雲長と言います。こちらこそよろしくお願いします」

 

 そう言って嫌っている相手にまで律儀に頭を下げるあたりはさすがは蜀の委員長的だなと素直に思う。私も関雲長に礼を返すと次はその隣にいる小さい少女こと張翼徳の方を向くと彼女はう~と唸りながら私を威嚇していた。

 

ふん、こんなガキどもの手を当にしないといけないなんてさすがは公孫賛軍、率いてる我ながら泣けてくるな、袁紹に滅ぼされたのも納得がいく。

 

「鈴々の名は張飛、字は翼徳なのだ」

 

 そのままぷいと明後日の方向に顔をそむけた彼女と劉備たちを冷たい目で一瞥しながら、次に趙子龍殿の下へと向かう。

 

「今回の手合せは実に良い経験になった。礼を言う」

 

「気にすることはありませんよ、私もあなたのような武人と手合せできて光栄です。またお時間がありましたらよろしくお願いしますぞ?仲珪殿」

 

 そう言って再びあの挑発的な笑みを浮かべる彼女に私も同じような笑みを浮かべ返す。私たちの周りいる者達の反応は様々だったが特に姉さんが頭を抱えて「またやるのか?ここの修繕は誰がやると思ってるんだ」とかなんとか言っていたが聞かなかったことにする。

 

「それはこちらからお願いしたい。それとあなたには私のことを真名の黒蓮と呼んでほしい」

 

「ふむ、なら私も星と真名で呼んでくださって結構ですぞ」

 

「ならば星、今夜は私のおごりで一杯いかないか?もちろん良いメンマのある店だぞ?」キラーン☆

 

 そう言って私は星に向かってアイコンタクトを送ると彼女も私の言葉(以心伝心)が届いたのか同じようにアイコンタクトで返してきた。

 

「ほう、抜かりはありませんか。なら今すぐにでも行きましょう!!」キラーン☆

 

 そう言って私たちはすぐさま城下へと酒を飲みに向かった。その後ろでは姉さんが何か言っていたような気がするがまあ、気のせいだろう。

 

今日は珍しく飲みたい気分なんだ。放っておいてくれよ?姉さん。

 

 

 

練兵場 桃香side

 

「う~白蓮ちゃんの妹なのに感じわ~る~い~」

 

私がふてくされながらそう言うと白蓮ちゃんは苦笑しながらも妹のことを謝罪すると彼女のことを弁護し始めた。

 

「悪かったな、桃香。あれでもあの子はいい子なんだが、最近は一段と機嫌が悪かったのがいけなかったか?」

 

「え?」

 

あれって機嫌が悪かったからご主人様にあんなことをしたの?私にあんなこと言ったの?それってもしかしてただの八つ当たり?

 

「そうなのですか?私達にはとてもそうだとは思えませんが」

 

 私と愛紗ちゃんがそう白蓮ちゃんに聞くと白蓮ちゃんは隠すことなく素直に答えてくれた。私の隣でもご主人様と鈴々ちゃんが何故あんなにも嫌われたのか興味深そうに聞いている。

 

「ああ、桃香たちは私たちが人手が足りないのは知っているな?」

 

「うん、だから白蓮ちゃんのところに来たんだけど……それと何か関係があるの?」

 

 幽州ではあまり人材がいない。それはすぐ南に洛陽などの大都市があるためにそれより北に来る人がいないからだ。それに陳留にはあの有名な曹孟徳がいるから優秀な人材を集める彼女のところに名を高めたい人が行くのは必然。それに対して北方の雄とされる幽州の白蓮ちゃん所にはあまり人が来ないのは当たり前だ。

だって白蓮ちゃんよりも知名度も家柄も実力さえも上な曹孟徳を選ぶのは当然だと思う。

 

「まあね、今私たちが必要としている人材は武官でなおかつ軍の指揮を任せられる人間だ。黒蓮のことだ、愛紗たちの実力は見抜いていただろう。桃香達の中で軍を指揮できるのは愛紗だけって判断したのさ」

 

 確かに私たちの中で司令官をやれそうな人は愛紗ちゃんしかいないと思うけど、それでも義勇軍としてやってきた私たちに、特にご主人様にいきなりあんなことするなんてやっぱり好きになれない

 

「それが機嫌の悪い理由なの?」

 

「いや、正確には違うと思う。それに頼らなくてはならない自分達の軍の不甲斐無さと賊をここまで大きくしてしまったことが黒蓮自身を責めているのだろう。あの子は昔から責任感のある子だったからな」

 

「へ~でもやっぱりいきなりあんなことを言う子なんて好きになれない」

 

「そうですね。いきなり我らが主にあのようなことをするなんて失礼極まりないです」

 

「そうなのだ!」

 

「俺は彼女の気持ちはわかるかな」

 

 私達が彼女を非難しているそんな中でご主人様だけが彼女の弁護に入った。私たちは不思議そうにご主人様の方をまじまじと見ているとその視線を意に介さず彼女が出て行った入り口の方を見ながらその理由を答え始める。

 

「俺の国ってさ、戦争なんてもうずっとしてないんだよ。それで国民は戦場なんて一生死ぬまで戦場なんて行かない。それは俺たちを守ってくれる軍隊みたいなものがあるからなんだ」

 

「天の国ってそうなのか?」

 

「ああ、俺の国ではそうだった。それで戦争になった時に誰よりも先にその人たちが戦わなくちゃいけないんだ。だからその軍隊みたいな人たちってさ、国民を守るだけの実力がなくちゃいけない」

 

――――――――――じゃないと何かあった時に何も守れないから

 

 そうご主人様が言うと白蓮ちゃんは感心したようにご主人様を見ている。そして何度もうなずいてから何か心当たりがあったのかご主人様に気が付いたことを問う。

 

「つまり私達の軍は義勇兵を集めてしまった時点で民を守る実力がないというわけか?」

 

「ああ、たぶんだけど彼女も同じように感じてると思う」

 

「はぁ~痛い言葉だな。それにそう言うことだから黒蓮はあんなに義勇兵を集めることに反対したのか」

 

 義勇兵を集めるということはイコール今あるだけの白蓮ちゃんの軍だけでは力不足だということに他ならない。白蓮ちゃんの率いる幽州軍の中心的な彼女から見ればそれは悔しいことだろう。

 

「でもそれって仕方がないことなんじゃないの?だってそうしなくちゃ襲われちゃうんだよ?何も守れないんだよ?苦しむ人が増えていくんだよ?」

 

 逆に義勇軍を集めなかったら町なんて簡単に襲われてそこにいる人たちが被害にあう。そしてその町を略奪した後はまた新たな得物を探して違う町を襲う。なぜなら彼らは民ではなく賊であるからだ。何も生産していない非生産的な彼らだからから襲わなくちゃ生きていけない。無から有を生み出せないことと同じようにある場所から奪わなければ生きていけないから。

 

「確かに桃香の言う通りだ。でも賊の彼らだって好きで賊になったわけじゃないんだよ、桃香。元農民の彼らが苦しんで生活できなくなったから、賊にならざるを得なかったから賊になったんだ。それは民を導く為政者の責任であり、黒蓮もまた太守の私の部下である以上はその責任はあるんだ」

 

 つまりは元農民が生きていけなくなったその土地を捨てて賊になったということだ。それはその地方を治めている為政者が重い税なり、理不尽な政策だったりと、とにかく農民がその土地を捨てるまで追い込んだためにこの黄巾賊は生まれたということ。それの原因は言わずもがなその地方を治めている為政者であり、それを起こさせた責任もまた為政者にある。

 

「そしてあそこに集まった賊の中にはここ幽州で集まった民たちが少なからずいる。そうさせてしまった責任は誰でもない、ここを治めている私達の責任だ。

そしてそうやって集まった本来守るべき民たちを――――――――――戦って殺すのもまた統治している私達の責務なんだ。

そうしないと私たちが守るべき民がもっと被害を被ることになる、私達が戦わないと守るべき者達を守れないからな」

 

 そう力強く私たちに言った白蓮ちゃんの言葉に私は目に見えない重さがあると感じてしまった。いや、今だに治める立場ではない私にはその重さを感じざるを得なかった。

これが今までこの啄群を治めてきた太守としての本来の白蓮ちゃんの姿だと思う。それと同時にその姿は私にとって初めて白蓮ちゃんに大きな差をつけられたと感じた瞬間でもあった。

 

随分と差をつけられちゃったね。

 

「そこに俺みたいな特別に力を持っているわけでもない訳も分からないような人間が乱世を治める天の御使いだって目の前に現れたら誰だって嫌うのは当たり前か」

 

 そう俯きながらご主人様は一人自分を責めるようにつぶやいた。その声はしっかりと私たちの所まで聞こえていて、私と愛紗ちゃん、鈴々ちゃんもみんなばつの悪い顔をしている。

 

「私達は彼女より、力も責任もある立場でもないのに目の前で乱世を治める天の御使いを名乗った主をお連れしたから、彼女の目には私たちが無責任だと写ったわけですか……」

 

「ああ、確かにそれは為政者でもあり、軍を率いる私たちにとって言葉だけの無責任なことだと思う」

 

 愛紗ちゃんが力なくそう言うとそれを否定することなくむしろ肯定するように白蓮ちゃんは言葉を紡いだ。それを聞いた私達は全員なんて馬鹿なことをしてしまったんだろうと思ってしまう。力も何もないのに言葉だけ無責任なことを彼女の前で言ってしまった。

そうやって私たちが意気消沈しているのを見かねた白蓮ちゃんはまるで母親のように優しく私たちを元気づけるために言い聞かせた。

 

「そうだけど………

 

もし桃香たちが言っていることを実現できれば………

 

為政者としてちゃんと責任をもつ立場になれたなら………

 

桃香たちが言ったことは無責任にはならない」

 

と、白蓮ちゃんのその言葉を聞いた瞬間に私は目から鱗が落ちたような気がした。そして白蓮ちゃんの方を向くと彼女はにっこりと笑いかけてくれた。そして私も”親友”に向けてしっかりとほほ笑むと胸の前でぐっと握り拳を作り、新たな決意をした瞬間だった。それは私だけではなく隣にいた愛紗ちゃんや鈴々ちゃん、そしてご主人様も同じような決意をしたと愛紗ちゃん達を見た瞬間に感じたことだった。

 

「それじゃあ、久しぶりに会ったことだし宴にするか」

 

 そう言って白蓮ちゃんの言葉がこの場を締めた。私たちもさっきのような憂鬱な雰囲気はどこにもない、むしろこれからのことに、私たちの理想に向かって行くことに胸が高鳴っている。

 

「いいよ白蓮ちゃん、それに私白蓮ちゃんの妹に少し興味だってわいてきたし」

 

それに彼女のことが少しだけ気になるし、何時かは二人で話し合いたいとも思う。

 

「黒蓮のことか?別に話すのはいいけど」

 

「確かにそうですね。私も彼女のことは少し気になります」

 

「鈴々もなのだ!」

 

「俺も彼女と二人で語り合いたいかな?」

 

「「「「えっ!!!」」」」

 

そんな中でもご主人様はご主人様だった。

 

 

 

 

居酒屋 黒蓮side

 

私達が居酒屋に来て酒とつまみのメンマを頼むと星はさっきの劉備たちのやり取りのことを話題に出した。

 

「随分と劉備殿たちをお嫌いになったのですな、黒蓮は」

 

「ああ、彼女たちはどうにも好きにはなれない」

 

 私がそう言うと星は興味深そうに私のことを見ている。そして”ほら、その理由をとっとと吐いてしまいなさい”と言っているようなキラキラした目で私のことを見続けている。私は酒の勢いもあってか私の心の内を星にためらいなくしゃべった。

 

「特に北郷が乱世を終わらせるとかなんとか言ってる天の御使いって言うのが気に食わない」

 

「ほう、それはなぜですかな?乱世が終わるならそれはいいことだと思いますぞ?」

 

「それは別に気にしていない。むしろ喜ぶべきことだ」

 

 そう言って私は目の前の杯一杯に入った酒を一気に飲み干す。その横では星がメンマをつまみながら好奇心の目で見てくる。

 

「なら何が気に食わないのです?」

 

「無責任な立場から何も根拠がないのに一方的に乱世を終わらせるとか言ってるのが気に食わない。そんな北郷達の言葉一つで乱世が終わらせられるなら今まで私たちや各州牧がやってきたことは一体なんだったんだ?他にも陳留の曹孟徳しかり、五胡の盾になっている西涼領主の馬寿成、名門袁家の袁本初も、他の為政者達もが実力があるのにこの乱世を平和にできていない。それなのにをあいつらのような何も力を持っていない者達がその言葉を言う資格あると思うか?私はないと思う、いや責任ある立場でもないのにその言葉を易々と口にする資格すらない」

 

 私が酒の勢いに任せてそう言うと星は一瞬きょとんとした後、少し笑いを堪えてていたが徐々に堪えきれずに少しずつ笑い、最後には大きな声で笑い始めた。

 

「何がそんなにおかしい」

 

 私が少し拗ねたように言うと彼女は目に涙を浮かべながら私に謝った。そして彼女はそのまま少し笑いながらも話しを続けた。

 

「すまぬ。黒蓮が思っていたより頑固ではなく、実は嫉妬深いとは思わなかったのでな」

 

「嫉妬深い?私がか?」

 

私が星の言ったことに怪訝な顔で聞き返すとまたも星は笑った。

 

「そうですぞ、本来ならそのような小言など無視すればよいのに、なぜ黒蓮は真に受けているのです?。それは貴方が北郷殿らにあこがれているからでしょう?」

 

「む………そうなのか?」

 

「そうだと思いますぞ?」

 

 少し頭の中で考えていたら確かにそうかもしれないと私は思ってしまった。いつの間にか私はこの乱世に慣れてしまっていたのだろう。昔はそう同じように思っていた時もあった。しかし私もこの世界に慣れてしまったのか次第にこの幽州のみを守れればいいと思ってしまった自分がいることに星の言葉で気が付いた、いや、気が付かされたのか。

そう思ったら私はさっきまで北郷たちにイラついていたのがバカバカしくなってきてつい笑ってしまった。

 

「クックックックックッ」

 

「どうしたのだ?いきなり笑い出したりして」

 

 星が突然笑い出した私をおかしな人を見るような目で見てくる。若干星が距離を離したような気がするがたぶん気のせいだろう。

 

失礼だな、別に私はおかしい人間じゃないぞ?そんな目で見るなよ。

 

「いや、自分の器の狭さを思い知ってな。随分と私は小物じゃないか」

 

 私は自虐めいたふうにそう言うと一気に杯の中に入っていた酒を飲み干す。それに対して星も同じように入っていた酒を笑いつつ飲み干した。

 

「ようやく気が付きましたか」

 

 そして皮肉めいたふうにそう言って私の杯いっぱいに酒を注いだ。私も手に持った酒瓶を傾けて星の杯いっぱいに注いでお互いの顔を見て笑い合う。

 

「ああ、おかげさまでな」

 

そう言って私達は二人で一緒に杯の酒を飲み干した。

 




今回も何か感想やアドバイスがありましたら気軽に

書いてくれると助かります

よろしくお願いします


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理想主義者VS現実主義者

今回で投稿するのが遅くなってしまうと思います。

しかしリアルが忙しくなくなくなったらまたペースを戻したいと思います。


それでは今回もよろしくお願いします。


幽州西部 黒蓮Side

 

「ふう、これだけ揃うと圧巻だな」

 

「ええ、そうですね」

 

 私がそう言うと隣で待機していた副官が相槌を打って答えた。なぜなら今、私たちの目の前には義勇軍を含む約二〇〇〇〇人の兵たちがいるからだ。その中でも特に姉さんの「白馬義従」と私の「黒馬義従」の両部隊が特に目立っていた。

 それは整然と並ぶ白と黒の騎兵軍団、他の隊とは一線を画す公孫家の精鋭中の精鋭たちである。白馬しかいない姉さんの「白馬義従」は全員が弓と剣を装備し、軽装の鎧をつけていて機動力に特化している。そして彼らは遠くから相手を射抜き、相手の攻撃をいなすのが特徴である。

 それに対して私の持久力があって力強い黒馬だけが揃う「黒馬義従」は全身に鎧をつけて手にはロングスピアのような長槍とカイトシールドのような盾を装備している。さらには馬の前面にも鎧をつけていてその重量とスピードが合わさった突撃による莫大な破壊力を持つ重装甲騎兵(カタフラクト)である。

 そしてここから少し行ったところに黄巾賊補給部隊約三〇〇〇〇人がいて、もうすぐ私たちはそいつらを殲滅する討伐戦を始める。

 

公孫賛軍 計一六〇〇〇人(戦闘兵のみ)

 

公孫伯珪本軍 中央 

 

歩兵(弓兵を含む) 四〇〇〇人

 

白馬義従 二〇〇〇人

 

計六〇〇〇人

 

公孫賛第二軍(公孫越) 右翼

 

歩兵(弓兵を含む) 三五〇〇人

 

黒馬義従 一五〇〇人

 

計五〇〇〇人

 

公孫賛第三軍(趙子龍) 左翼

 

歩兵(弓兵を含む) 四〇〇〇人

 

騎兵 一〇〇〇人

 

計 五〇〇〇人

 

義勇軍 各軍後続 

 

歩兵(弓兵を含む)三〇〇〇人

 

計三〇〇〇人

 

 さて今の軍編成はざっとこんな感じだ。姉さんの中央本軍が一番多くて左翼第二軍の私のところが五〇〇〇人、右翼の星が四〇〇〇人。そして義勇軍だけの北郷達は四〇〇〇人で各軍の予備兵力を受け持つことになっている。

そしてなぜ騎兵の割合が多いかと言うと北方民族の匈奴などは騎兵を軍の主力としているからだ。騎兵は広い広野などでは大きな役割を果たす、それは機動性だ。それに対抗したため、私たちも普通の軍よりも騎兵の割合が多い。

 ちなみにこの正規軍の人数は無理やり集めた新兵などを含んでいるため実質正規軍は一二〇〇〇人であって後の三〇〇〇人は義勇軍みたいなものだ。部隊編成の時も後衛の方に配備してある。

 

そんな中私の副官がついさっきまで行われていた軍議のことを聞いてきた。

 

「でも先ほどの軍議は何があったんです?劉備殿が泣いて天幕を出て行ったのですが」

 

「ああ、あれはあいつらがただの理想家だっただけだ」

 

 なぜなら正規軍である姉さんと私、客将の星の三人が義勇軍である北郷達と言い争いになったからだ。そして私や姉さん、星にというか主に私に言いくるめられた北郷達が怒って軍議の途中に出て行ったからだ。それも誰が見てもすぐにわかるよう泣きながらだ。

 

はぁ、あれは私が悪かったのか?でもあれでよかったんだと心底思うんだけどな。

 

「理想家ですか?」

 

「そうだ、そしてどこまでも甘い」

 

話し合えば分かり合えるって?バカバカしい。

 

「でも―――――――――だからこそあいつらはあんなにもまぶしいのかもしれんな」

 

私はそう言いながらさっきまで行われていた軍議のことを鮮明に思い出していた。

 

 

 

―――――――――軍議・白蓮天幕

 

 今、この軍議に出席しているのは姉さん、私、星、北郷達だ。それぞれ私が細作によって未来の技術を使って作らせた幽州啄郡近郊の大きな地図を囲んで座っている。

 

「さて、これから黄巾賊討伐の軍議を始める」

 

 姉さんがそう言うと私たちはその場でうなずいて各々が私が作った地図を見始める。その大きな地図にはなにも乗っておらず、ただ平原が広がっているだけの地図だった。

 

「黒蓮、賊の情報を」

 

「わかった、姉さん」

 

 そう言って私は木でできた黄色い大きめの凸型模型を地図の上に乗せる。それに対峙して私たちの軍は三つの青い凸型模型をおいた。

 

「細作の情報によると敵の総数は歩兵三〇〇〇〇人程度、そのほとんどが元農民らしい」

 

「敵の大将は?まさかいないのか?」

 

「ああ、どうやらいないらしい。指揮官らしき者はいるらしいけどそいつはただ指示を出しているだけの素人らしい」

 

「ただの賊の集まりか、なら簡単に包囲できるな。陣は鶴翼で包囲戦を行う、正面の敵は私が抑えるから左翼の星と右翼の黒蓮は歩兵で側面から敵を攻撃、黒馬義従と第三軍の騎兵で敵後方から突撃して一気に戦線を破壊し、そのまま殲滅戦に入る。義勇軍は各後衛で待機、前線が崩れそうになったら……」

 

 そう姉さんが全体の作戦を決めて私たちに指示を出していくとその途中で劉備が姉さんに疑問を投げかけ、

軍議を中断させた。それに伴い劉備の近くにいる北郷と関雲長、張翼徳が劉備と同じように少し怒ってるような目で私たちを見てくる。

 

「ねえ、白蓮ちゃん、今回の討伐戦って賊を殲滅するの?みんな殺しちゃうの?」

 

「そうだけど、何か問題でもあるのか?」

 

 姉さんが当たり前のようにそう答えると劉備は大声でそのことに反対した。そしてその隣では北郷達も同じように頷いている。

 

「大ありだよ!!なんでみんな殺しちゃうの!?」

 

「そうです!!あそこには多くの元農民がいるですよ!?」

 

「あ、ああ、とりあえず落ち着け、桃香、愛紗」

 

 劉備と関羽が姉さんに食ってかかり、姉さんはその二人の勢いに少し後ずさって困惑している。それを私は“始まったか”というような嫌な顔をしながらその成り行きを見ることにした。星はというと悪戯っ子のような目で劉備達を見ていて、どうやらこのことに一切介入せずに傍観者として楽しむようだ。

 

案外腹黒い奴だな、いや、それよりも止めろよ?

 

 そう私がアイコンタクトを星に送ると彼女は“面白そうではないですか?”とアイコンタクト返してフッと一瞬だけ茶目っ気のある笑顔で私に笑った。

 

おいこらちょっと待て、随分と楽しそうだなお前は!

 

私と星がそんなことをしている間も劉備たちの口撃は止まらなかった。

 

「落ち着いてなんていられないよ!!なんで話し合わないのに殺しちゃうの!?話し合ったらきっと戦わずにすむ人たちもいるはずなのに!!」

 

「俺も桃香に賛成だ。相手は元農民なんだろ?なんでそこまでやらなくちゃならないんだ?」

 

「主たちの言う通りです!!なぜ投降を呼びかけないのですか!?」

 

「そうなのだ!!鈴々も反対なのだ!!」

 

「ま、まぁ、その、な?」

 

 さらにそこに今度は北郷たち全員が援軍として参加し、姉さんは四対一と劣勢に立たされ、額に盛大に脂汗をかいている。その近くでは星が一歩引いてその言い争いの様子を楽しそうに眺めていて止める気配はない、というかむしろこれより悪化することを望んでいるようだった。

 そしてそれにタイミングを合わせたかのように星が目で“行ってきなさい!!”とアイコンタクトを送ってきて、それと同時に姉さんが助けを求めて私の方を少しすがるような目で見てくる。

 

はぁ、結局私に回ってくるのか。

 

 そして私は覚悟を決めて、全身に氣を送り込みわざと怒気に見せかけた闘気を出して中央にある机を叩き、勢いよく立ち上がった。

 

「チッ、姉さん、こいつらとまともに話しあったら時間の無駄だ。私達だけでやってしまおう」

 

 そう言って私は劉備たちを睨みながらとりあえず劉備たちの目標を私に向けさせる。私の言葉によって全員がこちらを向き、関羽と張飛は怒気をこちらに向けている。

 

「なん……だと……!?」

 

「黒蓮………お前また」

 

 その言葉を聞いた北郷が某有名なオレンジ色の死神さんが言ったセリフを言いながらこっちを見てくる。一方の姉さんは解放されたが私がまた問題を起こしたと思ってこれ見よがしに盛大にため息をついた。

 

姉さんゴメン。それと北郷、それはネタなのか!?

 

 そう思いながらも私は目の前にいる馬鹿共相手に売った喧嘩をやめようとは考えず、むしろ「ぎったんぎったんにしてやんよ!!」と意気込みながら次の言葉を言い放つ。

 

「本当の事だろ?目先のことしか考えれない愚か者たちだ」

 

「貴様!またも主たちを愚弄するか!!」

 

 そして今度は関羽が私の目の前まで来て盛大に怒気を発し、親の仇のように睨みつけてくる。それを私は微動だにせず受け止め、負けないように睨み返す。

 

生憎と私は売った・売られた喧嘩はとことんやる主義なんだ。覚悟しろよ?

 

と心の中で思いながら目の前にいる『甘い』奴らに一切遠慮も加減も客将に対する礼儀さえない言葉をはっきりと馬鹿にしたような目をつけて言い放った。

 

「愚弄も何も貴様らが馬鹿で甘すぎると言ってるんだ。少しは頭を使え」

 

「貴様!!」

 

 それを聞いた関羽が私の胸倉を掴んできたが、私は彼女の手首をつかみ取り内氣功で高めた握力で容赦なくギリギリと締め上げる。ホントに音が鳴っているのように彼女の腕が軋んで顔を歪ませたが、彼女が私と同じように腕に内氣功を送りこんで腕を振り払った。

 

「黒蓮それは言いすぎだぞ!?」

 

 そしてさすがに今の言葉と行動はまずかったのか姉さんが私のことを咎めて来るが私はそれを意に介さず、むしろここからだと言うように姉さんに向かって邪魔をさせないように睨みつけながら口を開く。

 

「姉さんは黙ってろ、こいつらには“現実”を思い知らせなくちゃならない」

 

 そして新たに始まろうとしている口論をやめさせようと口を開こうとしたがすぐ後ろにいた星がそれを無理やり抱きついて辞めさせ、“遠慮はいらないですぞ、派手にやってしまいなさい”と暴れる姉さんを押さえつけながらアイコンタクトを送ってくる。

 

お前は一体何がしたいんだ?

 

そう怪訝な目で星を一瞥するとすぐさま劉備の方へと視線を向ける。

 

お前らに本物の『現実』ってやつを教えてやる。

 

「現実を私たちは見てきたから!!それを知ってるから!!私たちは義勇軍に参加したの!!」

 

「それで?義勇軍に参加したら何か変わるのか?」

 

 劉備が必死になって今まで見てきた劉備なりの『現実』を根拠に叫ぶ。それに対して私は冷静に劉備たちに行動の意味を聞く。

 

「それであそこにいる人たちとちゃんと話し合ってちゃんと生きていけるようして!そうしたら他の村の人達も安心して暮らすことができるようになるし、苦しむ人たち全員を助けることができるもん!!」

 

「俺もそう思う!賊に襲われて苦しんでいる人たちを無駄な血を流さず守ることができるはずだ!!それに白蓮たちが呼びかければ投降する人たちだっているはずなのに、なんでそれができるのにやらないんだ!!」

 

 北郷が劉備と供に私たちのことを攻め立て始める。救うべき民を救うことができないなんて何が民を率いる太守だと、何が責任のある為政者だと。それを聞いた私は一瞬、北郷達がまぶしいと思った。だが現実はそんな甘くはないことを私たちは嫌でも知っている。

 

本当に甘いことしか考えられない馬鹿共だな。全員が救えるだと?そんな夢物語あるはずがないだろ。

 

 それは私たちがかつて望んだ理想、しかし年を重ねるにつれて、為政者として経験を重ねるにつれて不可能だと理解してしまった虚像。

 

だからこそ―――――――

 

「貴様ら揃いも揃って全員馬鹿か?」

 

私はいまここで―――――――

 

「お前!!」

 

その甘くまぶしいと思える虚像をこなごなにぶち壊す!!

 

「それで本当に(・・・)助かると思ってるのか?そう思ってるなら今すぐここから出て行け。そんな馬鹿共はどこに居たって何も変えられない(・・・・・・・・)し、誰も助けられない(・・・・・・・・)。それにそんな馬鹿共に金も時間も使う余裕は今の私たちにはない」

 

「「「「なッ」」」」

 

 北郷も関羽のように詰め寄ってきたが私が言った辛辣な言葉を聞いた瞬間に北郷達全員が息を呑んだ。否、呑まざるを得なかったというべきか。なぜなら私が彼らの行動をはっきりと否定したからである。今まで自分たちが考えてきた根本的な考えを否定された劉備たちはあからさまに狼狽えていた。

 確かに目の前にある問題は劉備たちの考えで解決できるだろう。しかしそれが解決できたからと言って賊がこれからも増えていき、町や民が襲われる根本的な(・・・・)解決にはならない。

 

「大体なぜ農民が賊になった?その原因は一体なんだ?」

 

「……生活できなくなって仕方なく」

 

「その通りだ」

 

 それの原因は今劉備が言った通りである。だがそれを解決すことができる手段は軍事的手段(・・・・・)ではなく、その土地を治める為政者の政治的手段(・・・・・)のみだ。根本的な原因の解決をしなくては何時までも無限とは言わないがそれに近い数の賊や反乱がでるだろう。

 

「なら……」

 

「貴様らはそれをどうやって解決するつもりなんだ?」

 

 私はその手段を劉備に問う。どうやら彼女たちは目の前のことを解決すれば根本的な解決につながると勘違いしている節がある。これはそんな簡単な話ではない。

 

「そ、それは……みんなに食べ物とか衣服とかを提供すれば」

 

「それを啄群の民から集めた()を使ってやるのか?」

 

劉備が言いよどみながらも自分が出した浅はかで甘い答えを私の一切容赦しない言葉が切り裂いた。

 

「「「「ッ!」」」」

 

 そしてそれを聞いた劉備たちの本日二度目の絶句。彼女たちはどうやら彼らだけを助けたら終わると思っているらしい。確かに彼らを助けたことで義として有名にはなるがそれで他の難民たちが集まってきたらいくら大都市である啄郡でも養えきれるはずはない。

そして彼女たちは今の私たちがそのすべての難民を養えるほどの物資と資金を持っているものだと思っているらしい。それは大きな啄郡を統治している姉さんの手腕で余剰分を放出しているだけに過ぎないのを錯覚しているだけだ。

 この不安定な世で劉備たちが想像している集まってくる難民全員を養えるほど金があるのは宿敵の袁本初ぐらいだろう。他の諸侯などどんなに豊かに見えてもそれほど資金は持っていない、現代でも財政問題はつきものであるように。

 

「確かにできることなら私達も彼らを助けたい。でも彼らを助けることでかならず違うところからも難民がやってくるし、さっきも言ったが私達にはそれを養えるだけの資金もない。それに物資も糧食もだ。そこに大量の難民が来てみろ、今の私たちにはただ同然でそれを養うことはできない、近い先かならず破綻する」

 

  いくら豊かなように見えている町でも当たり前のように限界はある。そしてその限界を超えたなら今度は反乱などによって一気に破綻するだろう。資金がなければ軍や様々なことは維持することができなくなり食べ物などは時間がなくては作れない。武具なども原料の鋼などの金属がなければ生成することはできず、結果、郡民はそれらを求めてよその場所へと移住するかそこを治めている領主に牙をむく。

 

「それでも何とか」

 

「それで啄郡の民を犠牲にしろと?」

 

 目の前の民を殺さずに生かして彼らを養い、戦力や労働力にするのは莫大な資金と物資、食料など様々なものが大量に必要となる。それを今の私たちが用意することができる訳がない。なぜなら漢王朝の属国支配が弱まっていき北の遊牧民たちの監視などもしなければならないからだ。そして何かあった時のために軍を整備し、いつでも運用できるようにするのにはそれなりの金がかかる。その金を用意するにも民からの税金が主な収入源なのにさらに税を課すことはできるはずがない、それは民が税で破綻することになるからだ。

 

「それは!!」

 

 いい加減にしろよ!なぜ気が付かない!となぜか無性に苛立ってくる。しかし私はそれを表には出さずにいるため、徐々に心のうちに溜まり始める。そして声を荒げないように注意を払いながら私は私なりの為政者としての立場から劉備たちに説明する。

 

――――――――――『為政者』とは何か、ということを。

 

「いいか?私たちは為政者だ、治める民を守るのが治める我らの義務でもある。それなのに貴様らは彼らを助けたはいいが結局は守るべき民と助けた彼らの両方犠牲にするつもりなのか?」

 

 そんなことをしてしまったら為政者として失格である。さらに自分の欲望を満たすために重い税を課すのと違って悪意なく善意でやってるところがなお性質が悪い。なぜなら善意でやっているためどこまでやっていいのか判断しづらく、温情に駆られて見境なくやってしまう可能性があるからだ。

 

※真・恋姫 魏ルート 第四章での民に糧食を分けすぎる一刀がいい例

 

「違うもん!!私たちはただ苦しむ人たちを助けたいと思って」

 

 だから彼女らが言っていることが必ずしも統治される側にとって最善かと言われれば違うだろう。統治される側にとって一番大切なものは恐らく家族であって見知らぬ人ではないのだから。

 

それが甘いと言っている!

 

 そして今まで穏便にことを治めようとした私の堪忍袋の緒が切れた。もはや苛立っていることを少しも隠そうとせずに目の前のどこまでも甘い劉備たちに怒鳴る。

 

「それが甘いと言ってるんだ!!できないことをできると言ったら後でかならず自分自身のところへ帰ってくる!それはさらなる戦場を、苦しむ人たちを増やすことになるんだ!」

 

それで守るべき民に負担がかかってなおかつ助けた元農民たちにも満足のいく政策などができなかったたら新たに反乱分子が生まれ、それは町の治安を悪くするだけではなく鎮圧するためにさらなる資金を必要とする。結果的にそれは再び反乱分子を生み出すこととなり∞ループに陥る可能性さえ出てくる。そうなっては本末転倒だ。

 そして私はこの時困惑していた。なぜこんなにも劉備たちを見て苛立ちを覚えるのか、そして私に取っては珍しく怒鳴ってしまっているのかと。その理由はわからなかったがとりあえずなぜか劉備たちが気に入らず見るに堪えないことだけははっきりと理解していた。

 

「それに殲滅するのは戦略的目的でもある」

 

 それらを話して次には戦略としてことを話す。ここではそれが大きな意味を持つと私たちは気が付いているからだ。

 

「戦略的目的だと」

 

「ああ、今、私たちに必要なのはなんだと思う」

 

 私が劉備たちにそう聞くと彼女らはバカみたいな答えを返してくる。若干自分のこめかみが引くついてるのが感じられるがそこは大人として我慢する。

 

「お金じゃない?」

 

「物資ですか?」

 

「兵力だろ?」

 

「食べ物なのだ!」

 

馬鹿だろ、特に最後のは!

 

「全部違う。今私達が欲しているのは“名声”と”黄巾賊を殲滅したという“事実”の二つだ」

 

「どうしてそんなに名声ほしいの?」

 

 劉備が困惑しながら私にその必要性を聞いてくる。それに対して私はこめかみだけではなく、口元も若干ひきつりながらもできるだけ彼女らがちゃんと理解できるように一つ一つ確認しながら説明する。

 

「いいか、今の私たちの……姉さんの地位はなんだ?」

 

「幽州啄郡の太守でしょ?」

 

私がそう聞くと劉備はさも当たり前のように答えた。

 

「そうだ、姉さんはたかが太守なんだよ。州牧ですらない、それはつまり啄郡近郊の人たちしか守れないということだ」

 

 幽州牧ではない以上啄郡近郊の人しか治めていないということだ。幽州全域ではない以上、兵の数も集められる税も果たすべき責任も全て限られている。

 

「そしてなぜここに黄巾賊が現れたかというと単純に私たちが力のない諸侯として思われているからだ。だからこそ賊はここ幽州に来たたんだ。陳留の曹孟徳の“名声”を恐れ、飛将軍の呂奉先が黄巾賊を撃退した“事実”を恐れてな」

 

 姉さんよりも一つ上である陳留刺史の曹孟徳は自ら治める土地をそのカリスマ性と“名声”によって間接的に賊の被害を減らしている。そして飛将軍の呂奉先はその武勇で黄巾賊を撃退した“事実”を利用してというか勝手に賊の方から恐れて彼女の近くにはやってこない。

 

「それは私たちが彼女たちのような“名声”も何かをした“事実”もないからだ。つまり私たちはあいつらに嘗められてるんだよ。たいした実力もないただの諸侯だとな」

 

 そしてそれは私たちの啄群には当てはまらない。なぜなら北方のことなど政治的中心である洛陽などから見ればたかだか地方のことであり、よっぽどのことをしない限り武勇などは少しか轟かない。

 

そう、今回の大規模殲滅のようなことをな。

 

「だからってあそこいる人たちを全員殺すのなんて間違ってる!!」

 

それはわかっている。でもこれは正義とかでは解決できない問題だ。

 

「ああ、そうかもしれないな。だが考えてろ、あそこにいる賊の全員の犠牲と全員助けてさらなる被害を受ける啄群の民たち犠牲、どちらの方が犠牲が多いと思う?私は確実に後者だと考えるが」

 

 高々三万ほどの元農民たちとそいつらを助けて無限ともいえる難民を養うという被害を受ける啄郡の数十万の民たち、最大多数の最大幸福を目指す私たちが今それに沿って政治を行いこの地を治めている。それはたとえ少数の人が不幸になろうとも、その行いで大半の人が幸福になるのであればそれが今の世の中では一番いいと私たちが考えているからだ。

 

「確かにそうかもしれないけど……でも!」

 

 私がそう言ってもなお頑なに全員が助かることをできると信じてやまない劉備が理想的な言葉を紡ごうとする前に私の現実的な言葉が遮った。

 

 

「なら私は今あいつらを全員殺して多くの啄群の民が助かる方を選ぶ。小を殺して大を生かすためにな」

 

 

救う命に優劣があることを示すために。全員を救えるほどこの世は甘くないと知っているがゆえに。

 

 

「そしてあえて言わせてもらう――――――貴様の掲げている『理想』などはただの虚像だ!」

 

 

 そうはっきりと意志のある声で言うと劉備が信じられないような目で私を見た。そして次に姉さんの方を見たが姉さんは私が言ったことには何も言わずにただ黙っているだけだった。

 それを見た劉備が微かに何かを言おうとしたがその目に段々と大粒の涙が浮かびだし、そのまま天幕を走って出て行く。

 そして今度はそれを見た北郷たちが怒りの目でこちらを見てきたが、それをするために例え少数の人間を否定してまでもそれを行うことを覚悟を決めた姉さんと私の雰囲気に圧倒され、劉備を追って全員天幕から出て行った。

  

 そして天幕の中には姉さんと私、星だけが残され、しばらく無言の時間が流れたが星が口を開いたことでその場の雰囲気は少しは和らぎ始める。

 

「随分と容赦なくやってしまいましたな?黒蓮は」

 

「まあ、あいつらの馬鹿さ加減についカッとなってしまったからな。それにあいつらに言葉を選ぶ意味もないだろ?」

 

違うのか?と言葉にはせず星の方を見ると彼女も確かにと小さな声で呟いた。

 

それにどうにもあいつらを見てると苛立ってくるんだよな。

 

「それよりもどうするんだよ?あれじゃ桃香たちは使いものにはならないぞ?」

 

「うッ」

 

 そう姉さんが私を責めるような目で見てくる。完璧に彼女たちをあんなふうにしてしまった責任は私にあるので目を合わさないように少し横に目をそらした。

 

だってあいつらがいけないんだ。理想主義なんて掲げるからさ。

 

「露骨に目をそらすな!」

 

「いたッ!」

 

 再び露骨にため息をしながら私に拳骨をした姉さんはどうしようか迷っている。頭数に関羽と張飛を入れていた今回の作戦はどうやら彼女ら抜きでやらなければならないらしい。

 

「まあ良いではないですか。元々は我等だけでやるのですから」

 

「姉さん、星の言う通りだと思う」

 

「お前が言うな!!この馬鹿!!」

 

 私が星の言ったことに乗っかると開き直っている私を見て姉さんは呆れた顔をしながら再び必殺の右拳で盛大に私の頭を殴った。ちなみにさっきよりもだいぶ痛かった。

 

「…………………」

 

最近姉の暴力が酷くなってきたんですが誰か相談に乗ってもらえませんか?

 

「なにか文句でもあるのか?なあ?」

 

「いや別に」

 

 私が何か言いたそうにジーと姉さんを見ていると再び私の目の前で握り拳を作る姉さんが盛大に額に怒りマークを浮かばせていた。その後ろにはなにか鬼気迫る面影が浮かんでいたから下手に刺激しないようにしようと思う。

 

「仕方ないが星の言うとおりにするしかないか、桃香たちには悪いが義勇軍として後ろに下がってもらおう」

 

「わかった」

「うむ、任されましたぞ」

 

 そう言って姉さんと星は準備のために天幕を出て行った。そして残された私はしばしその天幕の中で無言で

何故あんなにも苛立ってしまったのかを考えていたが何も答えがでなさそうだったので結局姉さんたちに付いて行くように外へと向かった。

 

 

―――――――――――

 

 ということがあったのだ。そして私が物思いに耽っていると隣にいた副官が私を大きな声で呼ぶまで気が付かなかった。

 

「あ、ああ、悪い。少し考え事をな。で終わったのか?」

 

「はい、全部隊の出撃準備は整っております」

 

「そうか……なら、行こうか」

 

「ハッ!!」

 

そうして私達は戦場へと向かっていった。

 




またアドバイスなどがあったら助かるので気軽に書いて下さい。

よろしくお願いします<(_ _)>


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立ち直る理想主義者

今回は誤字脱字がないと願いたいですが

ありましたら何時も通りにご指摘してくだされば助かります。

さて今回はメンマさんのすごさがわかります。

ではお楽しみください!!


義勇軍天幕 桃香side

 

 私はあの軍議の後、この天幕で自分の身体を抱きながらずっと蹲っていた。あの最後の言葉を聞いてから白蓮ちゃんの妹さんの姿を見るのも怖い。

 

あの子に言われた言葉が痛い

 

あの子の考えていることが恐ろしい

 

あの子が私を冷たい目で見ることが怖い

 

あの子が戦場で行うことが許せない

 

罪なき人が―――――――黙って死んで行くのを見たくない

 

 そんなことを考えては首を振ってその考えを頭の外へと追い出していく。でも再び頭の中を空っぽにするとあの妹さんの言葉を思い出してしまう。

 そんなことをしばらく繰り返していると天幕の外がにわかに騒がしくなっていく。そして私の天幕に愛紗ちゃんやご主人様の手を振りほどいた白蓮ちゃんが入ってきた。

 

「大丈夫か?桃香」

 

「うん、大丈夫だよ?」

 

 白蓮ちゃんが優しく私の肩に手を置きながら心配した様に聞いてくる。それに私はこれから戦場に立つ白蓮ちゃんに心配かけないよう精一杯明るく答えた。しかし私がそう答えると、白蓮ちゃんに私が嘘をついていることをあっさりと悟られる。

 

「嘘をつくなよ、顔が真っ青だぞ?無理だけはするな」

 

「……うん」

 

 さっきの返事と裏腹に今度は力なく返事をすると白蓮ちゃんは少しだけ額に手を当てて何かを考えた後、軍議のことを、妹さんのしでかした行為を謝ってきた。

 

「はぁ、内の妹が悪かったな」

 

「ううん、白蓮ちゃんの妹は悪くないよ。悪いのはむしろ私の方だよ」

 

そう、彼女は悪くない。甘すぎた私がいけなかった。

 

 そう思っていたら白蓮ちゃんがいきなり私の顔を覗き込んできた。私は負の思考ループに耽っていたため、その白蓮ちゃんの行動に気が付くことができずに驚いてしまった。そうすると白蓮ちゃんは「やっぱりか」と小さな声で呟いて次に私の目を見て口を開いた。

 

「悪いが桃香は今回の戦にでるな」

 

「え?」

 

 そして私はその言葉を聞いて耳を疑ってしまい、思わず自分の口から気付かずに声を出してしまっていた。

 なぜならご主人様たちと一緒に義勇軍に参加するためにここに来たのに白蓮ちゃんは戦場には出でるなと言ってきたからだ。

 

「北郷達に義勇軍の指揮を任せる。桃香はしばらく休んでろ」

 

「で、でも」

 

 私がその言葉を聞いてなおも食い下がろうとすると白蓮ちゃんは急に私の頭を撫でてきた。そしてそのまましばらく撫でられていた私に向かって白蓮ちゃんは大きなため息をこれ見よがしに私の目の前でつくと親友として私のことを心配している目で私のことを見ている。

 

「はぁ~、そんな顔で言っても無理だ」

 

あれ?私そんなにひどい顔してるのかな?

 

「ああ、頬に泣き後があるし、顔が真っ青だ。無理してるんだろ?」

 

「そんなふうに見える?」

 

「何年私が桃香と一緒に居たと思ってるんだ?」

 

私がそう白蓮ちゃんに聞くと彼女はしっかりと頷いて心配してくれている。

 

「……うん、ありがとう」

 

「じゃあ、そう言うことだ、今はゆっくりと休んでくれ」

 

 そう言って白蓮ちゃんは私の頭にポンと手を置き、優しく何度か撫でた後そのまま背を向けて天幕を出て行こうする。私はその背中を静かに見ていたが、ふとさっきの軍議のことを思い出して白蓮ちゃんにある疑問が思い浮かんだ。そして思わず私はその場で勢いよく立ち上がり、大声で白蓮ちゃんに声をかけていた。

 

「………白蓮ちゃんちょっと待って!!」

 

私が白蓮ちゃん聞きたいこと。

 

「うん?どうしたんだ、桃香?」

 

 私が声をかけると白蓮ちゃんはその場で立ち止まり私に振り返って真っ直ぐと私のことを困惑の目で見ている。

 

「ちょっとだけ白蓮ちゃん聞きたいことがあるんだけど」

 

「別にいいぞ?」

 

それはさっきの軍議で最後に私が見たときのあの『眼』の真意を。

 

「……………白蓮ちゃんもあの子と同じように思ってるの?」

 

「……………」

 

 そして勇気を振り絞って私は白蓮ちゃんの真意を聞く。そうすると白蓮ちゃんは少しだけ眉がピクッと反応し、私の目を真っ直ぐと見つめて無言で佇んでいる。

 

「あの子と同じように多くの人のためなら、幽州の人のためならたとえ罪なき人でも全員殺しちゃうの?」

 

「……………」

 

「答えてよ!?白蓮ちゃん!!」

 

 何も答えないでただ黙っている白蓮ちゃんに痺れを切らした私は目の前にいる親友に思いきり大声で怒鳴っていた。

 

なぜなら私は親友を信じていたかったから。

 

そんなことは思っていないはずと信じたかったから。

 

 そして目の前にいる親友は瞼を閉じると何かを瞑想して次に瞼を開いた瞬間に彼女の雰囲気が劇的に変わっていた。それは今まで私が見たことがなかった瞳に少しだけ重圧がました態度。

 

そう、その目はあの時の彼女が、仲珪さんが見せた“覚悟”をした『眼』だった。

 

「……………ああ、そうだ。治める啄郡のためなら、それが必要ならば私は喜んでこの手を血で染めよう」

 

「……………ッ!!」

 

 そして目の前の親友がそう言い放った瞬間に私は絶句し、彼女の背負っているものの重さを感じた。目に見えない重圧が私を襲い、彼女の覚悟ある『眼』が容赦なく私を貫く。全身の毛が逆立つようゾクッと冷たい戦慄が私の身体に走った。

 

「守るべき者のために最善を尽くす―――――――それが太守である私の義務であり矜持だ」

 

 そう次の言葉を述べた白蓮ちゃんの言葉一つ一つに目に見えない重さがあり、それを背負っている彼女には一体どれほどの重さが掛かっているのかが分からなかった。そして彼女が背負っている物の一部に無理に触れたことにより私はその場でただただ黙ってしゃがみこみ、泣いていることしかできなかった。

 そして信じたくなかったが、昔の彼女なら絶対やらないと思うが今の彼女ならやってしまうと私の本能がそう告げる。

 

 私がその言葉を聞いて信じられずに泣いていると白蓮ちゃんは振り向きざまにただ「ゴメン」と一言だけ言って天幕を出て行った。

 そしてその入れ替わりに今度はさっきの軍議に参加していた趙子龍さんが天幕の入り口からご主人様や愛紗ちゃん達を連れて入って来た。

 

「桃香様!?どうしたのですか!?」

 

「大丈夫なのか!?」

 

「大変なのだ!?」

 

 私が泣いていることに気が付いた三人は慌てて私のところへ寄ってくる。それに対して趙子龍さんはただ私たちのことをただ黙って見ているだけで何も言ってこない。

 

「今度は白蓮殿が桃香様を泣かせたのですか?」

 

「きっとそうなのだ!」

 

「確かに謝りに来ただけって言ってたのに」

 

 私が泣いていることで三人ともここにはいない白蓮ちゃん達の悪口を言い始める。だがそれを聞いた趙子龍さんが大きな声で笑った瞬間に愛紗ちゃんたちがきつい眼差しで彼女を睨み始めた。

 

「何がそんなにおかしいんだ!!」

 

「いや、あなた達は馬鹿の集まりだと思いましてな」

 

 そういう子龍さんに愛紗ちゃんが食ってかかった。その隣にいるご主人様たちもさっきの軍議のこともあってか殺気立っている。しかしそれでも子龍さんはどこ吹く風と言ったように愛紗ちゃん達の怒気や殺気をまるでないように続きを述べる。

 

「なんだと!?貴様も我らを侮辱するのか!?」

 

「ありていに言えばそうですな」

 

「貴様!!」

 

 そして子龍さんは再び私たちに向かって挑発するように小さく笑いかけて、それに一々反応する愛紗ちゃんたちをからかっているようだった。でも子龍さんが次の言葉を言った瞬間に彼女の態度は一変して真面目になり、私たちを見る目も真剣さを帯び始める。

 

「それにしても白蓮殿達は随分とお優しい方々でしたな。そうは思いませんか?天の御使い殿」

 

え?どういう意味なの?

 

「それはどういう意味なんだ?」

 

 そう子龍さんに聞かれたご主人様は私と同じように思ったのか、子龍さんにその意味を聞き返す。

 

「簡単ですぞ?あなた方は本来白蓮殿達の軍議に参加することも軍隊の指揮権を渡されるのもましてや意見を対等に出すことさえできないというのに」

 

「それは確かにそうだと思うけど」

 

 確かにここ2~3日ぐらいに来た私たちを他のところだったらまず客将としていきなり扱われることもないし、軍議で太守である白蓮ちゃん達に意見する事なんてできるはずがない。

 

「ここが幽州ではなく、曹孟徳が治める陳留ならばあなた方は不敬の罪で頸を斬られてもおかしくはないのですぞ?」

 

「でも桃香様は白蓮殿と友人であり、同じ私塾に通われた仲でもあるのだぞ」

 

「それは個人的付き合いであろう。公の場では普通区別するものだ。しかしそれを白蓮殿はまったくしておられないのです。ましてやただの兵であるあなた達の青臭い言葉などをまともに答える必要なんてないはず、それを律儀に黒蓮殿は論破し、白連殿は劉備殿を心配して謝罪に来る必要もないというのに」

 

 子龍さんがやれやれといった感じに愛紗ちゃんの質問に答える。私も彼女の言っていることには賛成であり、太守である白蓮ちゃんがそういう態度をとるのは仕方ないことだと思う。むしろ友人だからと言って私以外の愛紗ちゃんたちまでも普通のところでは考えられないほど待遇がいいと言っても過言ではない。

 

「それは」

 

「これを聞いたとしてもあなた方はまだ彼女らが優しくないとおっしゃる気ですか?」

 

「だが、それとこれとは話が違う!」

 

「いえ、同じことですぞ?いや、むしろ今回被害が出ていなかっただけありがたいと思った方がよろしい」

 

「なんだと!?」

 

 そう聞いた私は頭の中をガツンと何かで殴らたような感覚に陥った。そしてまたさっきのような負の連鎖に陥る寸前の状態になってしまう。

 

「もし今回のことで黒蓮殿があなた方を否定していなければ確実に彼女が言ったようなことが起こるのは明白、それをわざわざ教えて下さったのは誰でもない白蓮殿たちなのですぞ?」

 

「でも!彼女たちは間違っている」

 

 さらに続ける子龍さんの言葉を何も聞きたくないようにしゃがみこんで蹲って耳をふさぐ。しかしいくら強く耳に手を当ててもこんなに近くで愛紗ちゃん達と同様に大きな声とはっきりと意志のこもったハリのある声が私の耳に容赦なく聞こえてくる。

 

「確かに仁徳を持ってしてみればそうなるのでしょう。しかし今のあなた方がそれを否定するほど力や実力がおありなのですか?」

 

「くッ、しかし!」

 

私は心の中でやめて!!と叫んでも子龍さんはためらいもなく私の目の前で言葉を紡ぐ。

 

「いくら言葉を美辞麗句で飾り、良いものだとただ言うだけなら簡単です。しかしあなた方はその言葉に責任をとれるのですか?あなた達の理想のために戦って命を散らす兵たち全員にそうはっきりと自信を持って言えるのですか?」

 

「……言える訳がない」

 

 そう子龍さんが言うと愛紗ちゃんは悔しそうに握り拳をしながら俯いて答えた。それは私たち言われずともわかっている。今の私たちにはそんなことを言える力も何かをする実力もない。

 

 

「そう、今は(・・・)無理でしょう。だったらあなた方はするべきことを探せば良いのです」

 

 

 そして私は子龍さんのその言葉を聞いた瞬間、暗くよどんでいた心の中に何かがストンと落ちてきた様に感じた。それは私の心の中の淀みを少しずつ浄化してくれるようなものであり、今の私が一番欲しいと思っていた物であった。

 

「する…べき……こと」

 

 私は思わずその言葉の意味を言い直してしまう。そして俯いていた顔を上げて子龍さんのを見ると彼女は私に向かって優しく微笑みかけてくれた。

 

「それともなんですかな?あなた方の『理想』という物はたかが一人の言葉ごときで壊される軟な物なのですか?」

 

 そして子龍さんはすぐに愛紗ちゃんの方を向くと今度は挑発的な笑みを浮かべながらここにいる私たち全員に向かって問いかけてきた。

 

 

―――――――あなた方はたった一回否定されただけで諦めるのか?

 

 

―――――――あなた方の目指したものはこんなところで終わるのか?

 

 

―――――――あなた方の『理想』とやらはそんなにも脆く、小さいものなのか?

 

 

――――――――――――それはあなた方が無理だと……この世にありえないものだと認めてしまうのか(・・・・・・・・)

 

 

「そんなはずない!!」

 

 

 私は思わずその場で子龍さんに向かって大声で叫んでいた。私がいきなり大声で叫んだことで私の近くにいたご主人様たちは驚いてこちらを見ている。

 

 

「私の夢は………私たちの夢は!!」

 

 

 そして私はその場から立ち上がって涙を袖でふき取って、心の思うままに自分の気持ちを言葉として紡いでいた。

 

 

「私たちが作り上げていく物(・・・・・・・・)なんだから!!」

 

 

 私がそう言うと子龍さんはまるですごく面白いものを見つけた子供のように私のことを笑って見ている。そして愛紗ちゃんたちもお互いに頷き合って私の言葉に賛成してくれた。

 

「その通りだ!!桃香様たちと誓い合ったものはたかが言葉ごときで壊れるようなものではない!!」

 

「そうなのだ!!鈴々たちの誓いは凄く固くできているからそんな心配いらないのだ!!」

 

「俺もそう思う。だよな?桃香」

 

 愛紗ちゃんたちがそう言って全員で笑いながら私のことを見てくる。その皆の目にはさっきまでのような暗く沈んでいた影はなく、作り上げていくんだという“覚悟”を決めた目であり、私たちが『理想』に向かって本当の(・・・)一歩を踏み出した瞬間でもあった。

 

「うん!」

 

 そして私も元気よく頷くとここにいる皆の気持ちが一つになったような気がした。子龍さんはそのことに満足したように頷き、早速と言わんばかりに私たちが何をするべきなのかと聞いてきた。

 

「ならば早速今すべきことを見つけなければなりませんぞ?」

 

「皆なにか思い浮かぶことはある?」

 

 とりあえず私が皆にそう聞いて見ると全員その場でう~んと悩みながら頭を捻っていると子龍さんはこれだからこそ面白いと小声で呟き、しかたないですなという態度で私たちに向かって助言をする。

 

「やれやれ、では先ほどの軍議の際白蓮殿や黒蓮殿は無知である貴方達の理想を正面から否定しました」

 

「……………」

 

「それはなぜかお分かりですかな?」

 

 私たちは黙って子龍さんの話しを真剣に聞く。そうすると子龍さんは私たちにわかるように丁寧に話し始めた。

 

「それは私たちが無責任だったから」

 

「そうです。あなた方の言葉はあのお二方よりもずっと軽い(・・)。それはあなた方がまだ人の上に立った経験がなく、治める領地を持っていないからなのです」

 

 それはもうさっきの話から嫌というほど分かっていることだった。あれほど真正面から容赦なく言われればよほど馬鹿でない限りは気が付く。

 

「ならどうすればいいの?」

 

「来たるべき時まで学ぶのが良いでしょう。ちょうど良い先生がお二人ほどあなた方の近くにおられるではないですか」

 

 私がそう子龍さんに聞くと彼女は親切に私たちのこれからの未来に対して道を教えてくれる。私はそんな子龍さんにいつの間にか全幅の信頼を気が付かない内に置いていた。こんな人が私たちのことを手伝ってくれればいいのにと半ば本気で思ったが子龍さんは子龍さんのやりたいことがあるから強制はできない。

 そしてそんなことを考えながら子龍さんの問いを考え始める。

 

え~と、まずは太守である白蓮ちゃん。それと子龍さんかな?

 

「えと、白蓮ちゃんと子龍さん?」

 

「いえ、私は違います。白蓮殿と黒蓮殿のお二人です」

 

 私がそう答えあると子龍さんは頭を横に振って自分のことは否定し、その代わりに妹さんの名を上げた。

 

「「「「え~!」」」」

 

 それを聞いた私たちは思わず全員揃って驚きの声を上げる。正直言うともうあの子には極力関わりたくないのが私たち全員の共通意見になっているからだ。

 

「白蓮ちゃんはともかく妹さんもなの?」

 

「私も同感です」

 

「鈴々もそう思うのだ」

 

「俺もかな、太守である白蓮ならわかるけど」

 

 私たち全員がいやいやにそのことを言うと子龍さんは仕方がないことなのですよと苦笑いしながらも私たちを説得し始めた。

 

「確かに黒蓮殿はあまり内政ではご活躍しておられない。むしろ姉の白蓮殿に頼りっぱなしですな」

 

「だったら……」

 

「しかし白蓮殿もまた黒蓮殿に頼りっきりでもあるのです」

 

「どういうことなんだ?」

 

 ご主人様の疑問に子龍殿は答えた。その疑問には私たちも気になっていることだったので皆で黙ってそのことを聞く。というか納得がいく理由が今は切実に欲しいだけの気もするけど。

 

「つまりは白蓮殿が内政を担当し、黒蓮殿が軍や治安などを担当しておられるということです。そのため人材不足の公孫家では必然的に二人とも扱う範囲が広くなり、背負う責任も重くなります。そしてそれを実行するためには普通よりも多くの知識と行動力が必要になり、啄郡を見る限りでは十分だと言えるでしょう」

 

「うん、確かに」

 

 私がそう頷くと皆も同じように頷いて納得したようだった。

 

やっぱり子龍さんは優しいなぁ~。無愛想な誰かさんと違って。

 

―――――――無愛想な誰かさんとその姉

 

「くしゅん!!」

 

「ん?風邪か?」

 

「いや、そんなはずはないんだが……」

 

「なら別にいいんだが、気をつけろよ?」

 

「ああ、わかっている。心配するな」

 

―――――――桃香side

 

「だったらここにいる間は様々なことをお二人から見て直接学ぶといいでしょう。白蓮殿はともかくああ見えて黒蓮殿は面倒見がよろしいですからな、ちゃんとお願いすれば教えてもらえるでしょう」

 

「「「「嘘でしょ(だ)(なのだ)!?」」」」

 

子龍さんが信じられないようなこと言ったので私たちは大声で彼女に向かって突っ込みを入れていた。

 

そんなことありえないもん!!

 

「本当ですぞ?だからこそ彼女は兵たちにも町の人たちにも白蓮殿同様に人気が高いのです」

 

 私たちがまだ信じられないようにしていたため、子龍殿はおもしろがっている。なんだか私たちが彼女に遊ばれているような気がするけど子龍さんならない……と思う。

 

「そう……なんだ」

 

「特に白蓮殿よりもあなた方はまず、黒蓮殿方を先に知ることから始めたらよいでしょう。彼女のような人がいることを知ることは後々絶対にためになるでしょうから」

 

「そんなにすごい人のなの?白蓮ちゃんの妹さんって」

 

「ええ、恐らく黒蓮殿ようなお方は今の漢朝では希少種と言っていいほど愚直でいて、そして真っ直ぐに筋が通っている方なのですから」

 

 私がそう聞くと子龍さんは妹さんの希少性を私たちに説明してくれる。どうやら妹さんはこの乱世においてかなり重要で珍しい人だと言うことだ。

 

「筋?」

 

「そうです。少なくとも私は彼女ほど筋の通っていて劉備殿たちのように一切ぶれることのない人は見たことありませんので」

 

 私がそう聞きなおすと彼女は自信を持って頷く。それほどまでに子龍さんは妹さんのことを評価しているということが彼女の態度や言葉から分かった。

 

「………うん、わかった。まずは妹さんのことを知ることから始める」

 

「そうですか、では私はこの後の準備があるのでもう失礼しますぞ」

 

 そして話が一段落したところで子龍さんはそろそろ出陣の時間だということで準備をするために天幕を出ていこうとする。

 

「うん、色々とありがとう子龍さん」

 

「いえいえ、それと私のことは星と呼んで下され」

 

「わかった、星ちゃん」

 

「フフフ、私はあなた方の『理想』とやらを応援してますぞ。もしかしたらその内お邪魔させていただくかもしれませんから」

 

 私が星ちゃんにお礼を言うと彼女は初めて私たちの『理想』を認めてくれた。そして応援してくれてさらにはお手伝いするかもしれないとまでも言ってくれたので私は思わず嬉し涙が出そうになった。今の私たちでもちゃんとわかってくれる人がいる、そう思っただけで心が軽くなる。

 

「えっ、ほんと!?」

 

「さあ?それでは」

 

 そう言って笑いながら星ちゃんは私達の天幕から足取り軽く出て行った。そして私たちの『理想』は本当に今この瞬間から始まったような気がした。

 

 

 

―――――――星side

 

「フフフ、やはりあの方々はおもしろい」

 

 私は天幕を出た後、堪えきれずに一人で笑っていた。周りの兵たちが私のことを見て何やら不思議そうに見ているがそんなことは今の私には眼にも入らない。

 

「白蓮殿たちには悪いと思いますがあの方々の礎になってもらいましょう。その方が面白いですからな」

 

 そして私は視線をずっと先に向ける。そこには黒い鎧を装備し、髪を結いあげた一人の女性が白い鎧をつけた髪をまとめた女性と話し込んでいる。

 

 

「それにしても貴女も随分と面白い人ですね」

 

 

私はその片方を熱い視線で見つめながら本当に心愉快になる。今にも踊りだしそうだ。

 

 

「―――――――黒蓮」

 

 

そして私がそう一人で小さく呟くと視線の先にいた女性が私の方に振り向いた。

 

 

ええ、本当に楽しみです

 

 

私はそのこと表に出さないまま彼女に向かって行った。

 




メンマさん……あなたって人は。

①黒蓮を劉備たちにけしかける
②劉備たちを撃墜させる
③そこにメンマさんが優しく慰める
④劉備たち立ち直る→メンマさん劉備たちの中では超いい人
⑤一方主人公を意図的に悪者にし、都合のいい教師としても活用する
⑥結果面倒くさいことは全て黒蓮達に丸投げかつ自分だけはいいとこどり

なにそれメンマさん怖い

感想やおかしな点ががあったら気軽にお書きください。


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賊殲滅戦(前)

投稿お待たせしました。

いやーリアルがひと段落ついてやっと書き上げることができました。

一応自分なりに今回は精読したつもりですが誤字脱字があるかもしれないので

見つけたら教えてくれると非常に助かります。

それではお楽しみください。


――――――――――黒蓮 side

 

 私は今、自らの愛馬の上から整然と隊列を組んだ第二軍団を率いて賊と対陣している。中央本軍では姉さんが率いていてさらにその奥の第三軍団では星が率いている。そしてあの役立たずどもは私たちの後衛で義勇軍と供に予備兵として待機しているがおそらく彼女達の出番は今回はないだろう。

 そう考えていたら私はふと全身が震えていることに気が付いた。前世にも何度も感じた慣れ親しんだ感覚―――――レース直前の高揚感と緊張からくる武者震いだ。私はそれを理性の力によって抑え込もうとする。

 軍を率いる立場の者は短絡的ではいけない、勘だけで戦をしてはしてはいけない。理性に支えられ、事実と予想、確率の高い情報を全て利用して行うものだと少なからず私は思っている。

 しかしそう頭が思っていたとしても身体の疼きが止まらず、逆に抑えようとすればするほど疼きが高まってくる。戦斧を持つ手に自然と力が入り、否応なく氣が高まっていく。私の愛馬もそれを感じ取ったのか一度その場で大きく嘶いた。

 

「お前も胸の高まりが収まらんか」

 

私はそう言いながら愛馬の項を撫でるとそうだといわんばかりに首を高く待ちあげ、再度嘶いた。

 

「ふむ、なら今回はこの高まりに身を任すか?」

 

 なぜ私が珍しくもこんなにも高揚しているのか、それは簡単に説明できる。なぜならあの劉備とかいう馬鹿で馬鹿と言う馬鹿のおかげで何時もの政務からくるストレスだけじゃないストレスまで余計にあるからだ。人様のところで遠慮なく問題起こしやがってとかなりいらつているからだった。

 

「まあ、今回ぐらいはいいだろう。目の前には木偶の棒が無限に近い数がいるんだ」

 

 そう言って私は殲滅すべき獲物を高鳴る胸の鼓動をおさえながら睨みつける。それは獲物を狩らんとする飢えた獣のようであった。そしてその表情を浮かべていたのは私だけではなく、その後ろに率いている直属の重装甲騎兵である「黒馬義従」も同類であった。

 長年隊長である黒蓮といた彼らは自分たちの主がいついかなる時にどういう行動をとるのかがわかっており、彼女の氣が高まるにつれて隊の軍氣が一斉に高まっていく様子は周りから見ればひとつの獣を連想させたのであった。まさにそれは精鋭中の精鋭と言っては過言ではなく、幽州最強と言われるだけの貫禄と実力を持っている証拠でもあった。

 

 

 

 ここで黒蓮という人間を説明しよう。彼女は身内には度がすぎるほど優しいのは啄郡では有名である。そして逆に敵だと一度認識したらかなり厳しいというか容赦がないのも暗黙の了解として啄郡ではある意味有名である。啄郡に仇為す者はよっぽどの相手じゃない限りサーチ&デストロイを素で行うほどだ。それは啄郡の民にとってはよいことであり、犯罪者にとってははた迷惑である。そのため啄郡では犯罪が少なく、治安がいい原因でもあった。

 そして今回目の前にいる黄巾賊を敵と認識した彼女はもはや元農民だとしてもただの獲物や殲滅すべきものと認識しており、また彼女の理念である「他勢力の啄郡侵攻は許さず、啄群の平和の維持、啄郡に被害を与えない」この三つを守るためなら彼女はどんな手だって使う。暗殺や弾圧、殲滅に失脚などどんな黒いことにでも手を出すし、自らの手だっていくらでも血で染めてみせることにもためらわないほどだ。さらにそれに加えてストレスを発散できる場は戦場にしかなく、戦うことでしか発散できないというバトルジャンキーになっているため、戦場では本当に鬼人ではないのかと噂されている。

 

 それに対して姉の白蓮は妹のような過激ではなく、なるべく穏便に物事を解決しようと思っている。最終手段にはやはり武力による解決を行うが、そこまで行くのが非常に長い。あれこれ妥協案や救済措置なども考案したり、実際にやってみたりする。そして仕方がないときにしか武力は使わない、それが妹との明白な線引きであり、啄郡がうまくいっている理由でもあった。政務や外交関係は温厚的であるが、一度牙をむけば一切の容赦がないので周りからの評価は扱いにくく危険であるとされ、ちょっかいを出しにくい郡になった。

 

 かつて犯罪組織が郡をまたいで活動していたときがあった。それに支援していた豪族もいてそれに対して白昼堂々と軍を率いてその本拠地を容赦なく潰した。途中で何度もその豪族がやめろと言ってきて終いには軍を派遣されたがそれすらも容赦なく木端微塵にしたことは幽州全体では子供でも知っている。そしてそれに対して何か罰はないのかと言われるとちゃんと証拠や証言を提示し、正規の方法でその反論をつぶし、最後には啄郡からの圧力により解決する。それを何度も行ってきた彼女には姉の白蓮も多大な苦労をさせられている。

 

 

 

 そして姉さんが私たちの前に白馬に跨って出てきた。そこから私たち全体を一度だけ隅々まで見渡すと目を瞑って大きく息を吸った。姉さんは限界まで息を吸うと瞑っていた目を大きく開き、氣で強化された声が軍の隅々まで届いた。

 

 

公孫の勇猛な兵たちに告げる!!

 

 

我等が啄郡には今、賊が迫っている!!

 

 

我等が先祖が築きあげたもの奪おうと!!

 

 

我等の地の安寧を崩そうと!!

 

 

そして我等の血の繋がった愛する者達を殺そうと!!

 

 

私は断固それを認めない!!

 

 

我等が公孫の兵たちはどうだ!!

 

 

それを認める者は今ここから立ち去れ!!

 

 

 そう姉さんが言っても誰もがその場から立ち去ろうとはしなかった。それは義勇軍も同じであり、この場にいる誰もが姉さんの次の言葉を黙って待っている。それを見た姉さんは納得したように大きく頷いた。

 

 

お前たちの答えは今ここで見せてもらった!!

 

 

その答えを選んだ誇り高き公孫の兵たちよ!!

 

 

ならば戦え!!

 

 

我等の祖先が築き上げたものを守るために!!

 

 

我等が望む安寧を崩さぬために!!

 

 

そして何より我等が愛する者を失わないために!!

 

 

征くぞ!!

 

 

我等が誇り高き公孫の兵たちよ!!

 

 

我等が平穏を我等の手で切り開くのだ!!

 

 

「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」」」」

 

 

 そう言って最後に姉さんが剣を大きく掲げた。それとともに多くの兵たちの心に猛火が付いた。姉さんに合わせて軍の誰もが自らの武器を掲げ、大声で叫んでいた。その声はこの平原に轟き、黄巾賊はもはや私たちに飲み込まれている。

 

「第一陣!!前へ!!啄郡を脅かす賊徒どもを殲滅せよ!!」

 

 姉さんの指示が各軍隊に下り、私によって調練された各前衛が揃って動き始める。そして今この瞬間から約三〇〇〇〇人の殲滅という戦が始まった。

 

 

――――――――――桃香side(白蓮演説前)

 

 私は星ちゃんに言われた通りにできること、つまりは初めて経験する大軍の戦いを見て学ぶことにした。私たちは各軍の後ろに付き、今回は戦うことはないだろうとさっき白蓮ちゃんに言われた。そして今は後ろから公孫兵たちを馬の上から見ていると私たちに近い各軍の後衛はバラつき、練度が低いことが分かった。

 

「どうやら公孫の兵たちは練度が低いようですね」

 

「確かに」

 

 それを見た愛紗ちゃんがそう言うとご主人様と鈴々ちゃんが頷いた。私もそう思い、そして白蓮ちゃんたちの軍が練度が低い軍だと思った瞬間に少し拍子抜けだと感じた。

 そう感じて少し落ち込んでいるとそこに再び星ちゃんが白馬に乗ってこちらに来た。その手には長い直刀槍を持っていて準備万端のようだ。

 

「ふむ、どうですかな?このような戦場に立ってみて」

 

「うん、学べることは学ぼうと思うよ」

 

 私が少し落胆した声でそう言うとご主人様たちも同じようで私の言葉に頷いた。そして私の声を聞いた星ちゃんはというと一瞬だけ眼を細くした後、いつも通りの顔に戻った。

 

「では白蓮殿の軍を見てどう思ったのですか?」

 

「えっ?それはその………いい軍だと思う」

 

 私が星ちゃんの質問に少しだけ言いよどんでしまう。確かに軍としては素人の目から言っていい方だと思うが精兵ではないと思う。

 

「でも精兵ではないとも思う、ですかな?」

 

「うん」

 

「私もそう思います。各軍の後衛を見れば練度が低いことがわかります」

 

 私の頷きに続いて愛紗ちゃんが指を差しながらそう言うと星ちゃんは納得したように頷いた。

 

「それは当たり前でしょう。彼らは数合わせのために召集された兵たちですから。ほとんどがおそらく今回が初陣でしょう」

 

「そうなの?」

 

「ええ、その証拠に各軍団の前衛をよく御覧なさい。ここから見ても後衛と比べて落ち着いていることがわかるでしょう?」

 

 星ちゃんがそう言って指をさす前衛を見てみると確かに落ち着いている。誰もが目の前の賊を見ているのに微塵も恐れてはいなかった。それどころが張りつめた空気がピリピリとしており、戦意が異様に高いことがすぐでもわかった。それは各前衛が何度も戦闘を経験している証拠でもあり、それを生き残ったから彼らはここにいるのだ。

 

「そうだね、みんな落ち着いてる」

 

「む、言われてみればそうですね」

 

「みんな強そうなのだ!!」

 

「いえ、強そうではなく、強いのですよ彼らは」

 

 そう言うとさらに星ちゃんは白蓮ちゃんが率いている白馬に乗った部隊と妹さんのいる黒い部隊を指差した。白馬に乗っている白蓮ちゃんの部隊をよく見ると全員が短い弓と剣を持っており、軽装の鎧をつけていて軽装騎兵だとわかる。それに対して妹さんの黒い部隊は全身が固いと思われる鎧をつけており、手には長槍と盾を装備している。

 

「特に白蓮殿の白馬義従は弓攻撃を主としている幽州で……いえ、華北で一番機動力がある部隊です。それに対して黒蓮殿の率いる黒馬義従は全身に鎧をつけ、さらには馬の前面にも鎧をつけた重装騎兵です。こちらは曹孟徳や呂奉先を含めて中華最強の騎兵部隊と言っても過言ではありません」

 

 そして星ちゃんが言った妹さんが率いる部隊の評価を聞いた瞬間に私たち全員度肝を抜かれた。あの厳しそうな妹さんのことだから強いと思っていたがまさかそこまで強いと私達全員思ってはいなかったからだ。

 

 なぜそんなにも強いかというとこれには少し訳がある。この時代の軍の主体は歩兵であって騎兵はそこまで重要視されていない。馬の育成費や維持費が通常の歩兵よりも高いからだ。しかしそこに目をつけたのが公孫家である白蓮と黒蓮だった。あえて他の軍主力である歩兵に力を入れるのではなく、騎兵に力を入れることによって機動力と瞬間破壊力を高くし、中華内部での優位性を確立したのである。さらに遊牧民である南匈奴などと交流を持つことによって独自の兵法を生み出し、そして対騎兵の歩兵の兵法さえ生み出したのである。

 

「なっ!?」

 

「嘘でしょ!?」

 

「まさか!?」

 

「信じられません!?」

 

 私たちが信じられないと思っていたら星ちゃんが私たちにそれが本当だということをわからせるようにゆっくりとなだめるように言う。

 

「いえ、事実ですよ」

 

「その証拠は?」

 

「まずは彼らの乗馬している馬です。あれらは全て北の遊牧民から高い金を払って輸入したものです。中華の馬と比べるもなく良い馬たちでしょう」

 

 確かに白蓮ちゃん達の馬は私たちが見たことないようないい馬たちであった。それは幽州のみではなく、華北でも有名である。あそこはいい馬をたくさん持っていると、そのため確かよそのところから馬の交易が盛んだと私塾で習ったし、白蓮ちゃんもそう言っていた。

 実際にも南匈奴との交流は盛んにおこなわれていて特に馬関係においてはかなりの金額が動いている。

 

「次に彼らの装備している鎧ですが、あれは幽州で独自に開発された従来よりも軽くて耐久力のある鎧です。それを馬の前面にまで装備しているのです。馬も兵も通常の騎兵よりも防御が倍以上にあります」

 

 それは本当なのかはわからないが星ちゃんが言うのだから本当だろう。そしてあの妹さんのことだからそんな細かいところまで気を使っていそうなのが余計にそのことを現実味を帯びさせていた。

 これは現代の知識を少し持った黒蓮主導で行われているもので専属の鍛冶師を雇いながら日々進化や実験が進んでいる。

 

「そして最後に兵たちの調練度と絆です。彼らは皆、黒蓮殿が初めて戦場に立った時から彼女に付き従っている部隊で、その戦闘経験と絆の強さは華北一を誇ります。それに加え黒蓮殿は厳しく彼らを調練し、優遇することによって彼らの誇りと自信を育て、それによって黒馬義従は高潔な武人が数多くいる精鋭中の精鋭となったのです。そして彼らはいつ何時も戦闘体勢であり、その彼らが一つの一団となって槍の如く敵陣に突撃する破壊力は想像を絶するものです」

 

 あまりにもその力の入れぐあいに私たちはただただ驚くばかりであった。そこまで精鋭を育てるのに一体どれだけのお金と時間、そして戦闘を繰り返してきたのだろうか。それを私たちは想像できなかった。常に戦場にいて命をさらし続けている彼らに私は畏敬すら思い始め、それを供に歩み進んできた妹さんがどれだけすごいのかを思い知らされたようだった。

 実際に彼らは黒蓮が初陣したとき、今から5年ほど前から常に同じ部隊かつ黒蓮と同じ戦闘を経験をしている。そして黒蓮はというと戦闘に関して必ずと言っていいほど一番早く駆けつけるため、彼女の部隊は常時戦闘体勢なのだ。それを知っている黒蓮は部隊の者達を他の兵よりもずっと優遇もするが厳しい規律も守らせる。そうさせることによって彼らは自らが最強であり、規律をも破らない誇り高い部隊だと自覚し、幽州での黒馬義従の地位は兵の中の最強と規律の象徴にまでなっている。

 

「恐らく今回もその強さの一端を見れるはずです。よくよくお見逃しのない様に」

 

 そう言って星ちゃんは自分が担当する第三軍団に戻っていった。私たちはあらためて妹さんの方に注意を向けながら戦場を見渡す。そうしたところでちょうど白蓮ちゃんが前に出てきたのだった。

 

 

――――――――――黒蓮 side

 

 姉さんの指示が出されたことによって軍団が生き物のように動き出した。黄巾賊はそれに対して弓を射はじめるが矢避けの板を上に掲げた公孫兵たちにあまり効果はないようだった。そしてこちらも同じく弓を射始め、矢避けをしていない相手の数を確実に減らしていく。

 まずは中央本軍が弓の雨を掻い潜った黄巾賊と大盾と槍を持った第一陣と衝突する。そして手に持っていた大盾を構えて相手の連携がないばらばらの突撃の勢いを受け止めた。中央の公孫兵たちは受け止めた後すぐさま容赦なく高度に洗練された動きで中央の賊たちを打ち取っていく。そうして中央の前線には一気に夥しい数の黄巾賊の血と死体が量産されていった。

 

 そしてこちらにも同じく弓の洗礼を掻い潜った敵が突撃してくる。敵はそのままの勢いでこちらもばらばらに突撃してくる。

 

「第一陣!!前へ!!」

 

 私がそう指示を出すと前衛の兵たちは慌てることなくいつもの調練の時のように綺麗な陣形を組み、盾を持ち、槍を構えた。後ろから見てもその陣形に乱れはなく、綺麗に歩兵の槍が横一線に並んでいる。その陣形のまま第一陣は徐々に前進していく。

 

「来るぞ!!まずは敵の勢いを殺し、そして押し返せ!!」

 

 こちらもすぐさま敵と衝突した。そして十分に調練された精兵たちがばらばらの敵を容赦なく殺し、敵の勢いを削いでいく。自軍の怒声と相手の苦痛に満ちた悲鳴が全前線で鳴り響き、数で圧倒されていた劣勢を早くも崩し初めて押し返していく。

 

「フッ、さすがは私が育てた精兵たちだ」

 

 私はそれを見て満足したように頷き、小さく一人で笑った。そうしたところで敵がほんの近くまで迫っている。私はそれを一瞥だけすると内氣功で高められた腕を無造作に横にふり、数人まとめて薙ぎ払った。装備をまともにつけていない敵などそれだけで胴体が分断され、赤い鮮血の雨を降らす。

 

ふん、そろそろ始めようか!

 

そして私は大きく息を吸うと目の前の敵に向かって堂々と名乗りを上げた。

 

「我が名は公孫仲珪!この第二軍団の総大将なり!我が首がほしければ誰でも良い!!かかってこい!」

 

 そう敵の目の前で名乗ると私に向かって大量の敵が雪崩のように襲い掛かってくる。まるで私を押しつぶすかの如く私のところに敵が集まってきた。

 私はそれを馬上から正々堂々真正面から迎え撃ち、私の戦斧が敵をまとめて両断して血肉ごと後方へと吹き飛ばしていく。

 そしてそれにひるまずに続々と敵が襲い掛かってこようとする。それを見て私の脳は徐々にアドレナリンが多く分泌され、内氣功が自然と高まっていき、気分が高揚していった。

 

 

「さあ、まだまだ始まったばかりだ!!」

 

 

 そう言いながら私は敵の真ん中まで口元を歪ませながら突き進む。それに続いて公孫兵たちも私に続いて進んで行った。戦が始まってからまだ序盤だが公孫軍はすでに敵を押し返し始めていた。

 

 

――――――――――桃香side

 

 白蓮ちゃんの指示によって各軍が揃って動きだし、敵と衝突した。その様子を後ろから見ていると黄巾賊のやられ具合が半端ないことがわかる。統率された軍隊と有象無象の賊じゃこんなにも違うのかと初めて教え込まされた瞬間だった。

 

「我が名は公孫仲珪!この第二軍団の総大将なり!我が首がほしければ誰でも良い!!かかってこい!」

 

 そうしたら右翼の方から妹さんの声が聞こえ、みんなでそっちを見ると彼女がただ一人敵の真っただ中に躍り出る光景が見えた。そして彼女は縦横無尽に戦斧を使って敵を容赦なく殺し、それに続いて彼女の軍も徐々に前進し始めていた。軍の将が前線に出ているのにもかかわらず、彼女の軍は乱れずに統制を保っている。また前に出た彼女も所々で周りを見渡しながら味方を鼓舞し、指示を出している。その様子には素人臭さはなく、まぎれもなく私たちが初めて見る歴戦の将の姿であった。

 

「すごいね、白蓮ちゃんの妹さんは」

 

「ええ、そうですね。あれだけの乱戦なのに的確に指示を出すとは」

 

「あんなの初めて見たのだ」

 

 そう私たちが感心していると一人ご主人様だけが青いを通り越して白い顔をしている。どうやら気分が悪くなっているらしい。

 

「大丈夫?ご主人様」

 

「……ああ、何とかね」

 

 私が心配になってご主人様に尋ねるとご主人様は私たちに心配をかけないように無理やり笑って見せた。しかしその姿は私たちから見るとかなり無理をしている。

 

「本当に?」

 

「……少しだけきついかな。ごめんちょっと休んでくるよ」

 

「あっ……」

 

 そう私たちに告げてご主人様は天幕の方へ向かっていった。それを心配そうにみんなで見送っていると前線の方で何か動きがあったのか私たちのところに伝令がやってきた。どうやらすでに戦況は決まったようで包囲をするために軍を両翼に大きく展開させるため、その後衛を務めて欲しいということだった。愛紗ちゃんがそれを了承すると兵に指示を出していき、ゆっくりと私たちは前進していった。 

 

 

――――――――――黒蓮 side

 

 戦闘が始まってからどれくらいたったのだろうか。私はそんなことを思いながら馬上から戦況を確認する。もともと鶴翼の陣で敵を迎え撃ったため、中央の敵は戦闘が始まってから徐々に厚みを増しているが、逆に両翼は押し返されて薄くなっている。

 

そろそろか。

 

 そう思って私は一度前線から引き揚げて第二軍団本陣へと戻る。そして第一陣が少しだけ疲れを見せ始めていたので第二陣と入れ替えさせた。そのまま交代した第一陣は第二陣の後ろに付き、第三陣を相手の脇へと移動させるために準備させる。

 そうしたところで姉さんから伝令が入り、どうやら仕上げに入るとのことだった。それが左翼の星にも伝わったのか第三軍団の後衛も動き出しているのが強化した視力で見えた。

 そして姉さんからの合図が出ると同時に両翼の第三陣が相手の脇へと移動し、徐々に敵を中央へと押し込んでいく。相手は真正面だけはなく横からのとっつきにより、中央へと押し付けられていった。

 

 私はその最後の仕上げとして相手の後ろから騎兵により攻撃をするため本隊の指揮を副官に任せると黒馬義従を率いて敵の背後まで移動し始める。そうすると逆側から第三軍団の騎兵が移動してきており、その騎兵を率いているのはなんと第三軍団の総大将である星だった。そしてそのことに驚いていると星と目が合い、彼女は私に向かってニヤリと笑った。

 

なんでお前までここにきてんだよ、コラ!

 

 そう思いつつ隊を進めていると後ろから姉さんの白馬義従が合流する。隊を率いているのは姓が厳、名が綱、字は公維という姉さんの副将だった。私達と違って髪は伸ばしておらず、短髪で紺色の髪をしている目つきがキツイ女性だ。ちなみに真名は絃央(いとお)である。

 

「黒蓮様、私たちはいかようにしますか?」

 

「絃央か、何時も通りだ。頼むぞ?」

 

「承知しました」

 

 そう言って彼女はすぐさま馬を走らせると陣形を作り始める。私達もこの後の最後の仕上げのために突撃陣形を組み始める。星はというと私たちの両翼に部隊を配置させ、どうやら私たちと一緒突撃をするらしい陣形をとっていた。

 

「さて、そろそろ始まるが準備がいいか?お前ら」

 

 私が後ろを振り向かずに部隊の奴らに聞くと彼らはそんなものはとうの昔にできているように自ら持っている長槍を天に向かって突き上げ、私の名が入った旗を高く掲げた。

 

「もちろんです、隊長。そうだろ!!野郎ども!!」

 

「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」」」」」

 

 そう言った私の第二副官(第一は本軍指揮中)に続いて身長が高く体格のいい猛者たちが次々に大声を上げる。その一五〇〇人の精鋭たちの声は大空に轟いた。それは次第に騎兵隊全体に広がり、いつの間にか総大将である姉さんの演説よりも大きくなっていたほどだ。

 

 

そんな大音量の中、戦場を見据えながら私は小さく呟いた。

 

 

「さあ、始めようか」

 

 

私が育てた隊の力を見せつけろ!

 

 

「一方的な蹂躙を」

 

 

阻むものを全て貫き!

 

 

「全隊!!」

 

 

敵の命を全て狩りつくせ!

 

 

「突撃!!」

 

 

この瞬間から黄巾賊にとって最悪の幽州最強騎兵部隊「黒馬義従」の蹂躙が始まった。

 




う~ん、戦況の書き方がいまいちよくわかりませんが

何か気が付いたことでも何でもいいので書いてくれるとうれしいです。

よろしくお願いします。


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賊殲滅戦(後)

今回はいつもより短めになってしまいました。

また誤字脱字などが多い作者なのであったら教えて下さると非常に助かります。

ではお楽しみください。


―――――――黄巾賊side

 

 その声が聞こえたのは戦いの最中の突然のことだった。黄巾賊は目の前の敵に無我夢中で攻撃していたので後方に部隊が回り込んでいたなどまったく気が付いてはおらず、後ろからの声に混乱しはじめる。。

 

「な、なんなんだ!?」

「敵の増援か!?」

「う、うわああ!」

「後ろから敵が!?」

 

 元農民が多い今の黄巾賊が前線を除いて声が聞こえてきた方を向くと白馬に乗った騎兵部隊が弓を構えてこちらに狙いをつけている。

 さすがは白馬義従、平原を走り大きく揺れる馬の上でも決して慌てることなく弓を構えて慣れた手つきで引きはじめる。そして弓の射程入った瞬間に騎兵たちは一斉に弓を射始め、その矢は外れることなく黄巾賊の後衛に命中し確実にその数を減らしていった。たちまち黄巾賊の後衛がいきなりの矢に対して混乱し始め、陣形とも呼べない歪な陣形が崩れ始めて大混乱に陥る。

 もはや後衛に限らず、黄巾賊本隊もがまともに武器を構えて迎撃することも混乱を鎮めることもできないほどに収集が付かなくなっていた。そしてそのままいくらか弓を射続けた騎兵たちは黄巾賊に近づくと悠然と後方に後退していく。なぜなら彼らは黒馬義従が突撃する前に相手の後衛を混乱に陥らせ、突撃しやすくするという目的は十分に達成できているからだ。

 そしてその後退した騎兵たちの後ろからは今度は黒い馬に乗った見るからに固そうな重装騎兵部隊が盾と槍を構えながら現れた。その次に先頭にいる戦斧を持った武人に眼が行き、その武人を見た瞬間にその部隊が何なのかを悟る。その黒い騎兵部隊は異様なほどに戦意が高く、その隊全体が闘気の塊でもあるかのように感じられたからだった。

 

「ああ……」

「ま、まさか!」

「そんな!?」

 

 さらにその部隊を見た一部の元農民たちが絶望の声を上げる。彼らはあの部隊とそれを率いる将が誰のことかをよく知っているからだ。それは彼らがこの幽州でこの黄巾賊に合流した元農民たちで幽州に住む者の中であの部隊を知らない者はほとんどいない。

 

 

その部隊の名は「黒馬義従」

 

 

幽州最強の騎兵部隊

 

 

そしてそれを率いている者は公孫仲珪

 

 

幽州で最強と称される武人

 

 

 その部隊が今にも自分たちを殺そうと迫ってくる。それを見た幽州の元農民たちはなぜ自分たちが黄巾賊に参加したのかと後悔に陥った。そしてすぐさま自分たちが一切の手加減もなく殺されるイメージがわきあがり、それは数秒後の自分たちの未来だと彼らの生存本能が告げる。

 こうなることは最初っからわかりきっていたのにと手に持っていた武器を地面に落とし、その最強の部隊から少しでも遠くに逃げようと動き始めるがもはやこの大混乱の中では逃げ出すこともできない。

 

「うわあああああああああ!!」

「いやだああああああああ!!」

「あああああああああああ!!」

 

 と叫びながら幽州の元農民たちがにがむしゃらに部隊と反対の前線へと向かって進みだす。そのあまりにも絶望に満ちた声に加えて慌てて逃げ出す姿を見た他の黄巾賊にも絶望と混乱が広がっていき、さらなる混乱へとつながっていく。それはこの戦が終わったことを示したことでもあり、後に残るのは無抵抗な者どもを一人残らず殺すという虐殺だけだった。

 

 

そんな絶望と混乱の中、幽州最強の重装騎兵部隊が一人残らず殺すために黄巾賊に容赦なく最強の牙を突き立てた。

 

 

―――――――桃香side

 

 妹さんの部隊が一切の減速なく黄巾賊と衝突した瞬間に人が吹き飛んだ。幻想でも嘘でもなく本当に人が空高く吹き飛んだのだ。さらにそれは妹さんだけではなく、部隊と衝突した者たちが根こそぎ吹っ飛んだのであった。そしてそのまま勢いを殺さずに部隊の倍もある黄巾賊の中を敵の血肉をまき散らしながら歯牙にもかけずに突き進む彼女たちを見て部隊の力を思い知らされた。

 

「うそ……」

 

「これが」

 

「すごいのだ」

 

 実際にそれを見た私たちの脳内には星ちゃんが言っていた「中華最強の騎兵部隊」という言葉が自然と浮かび上がり、絶対に相手にだけはしたくないと思った。

 黒蓮たちの騎兵突撃は実際ものすごい衝撃力があり、時速60kmで約600kgあるバイク集団が槍を持って突撃するようなものである。その衝撃力は言わずもがな簡単に人など吹っ飛ばすことができる。

 

「これが妹さんの実力……」

 

 そう一人呟きながら私は彼女との差を見せつけられ、黙って無抵抗の黄巾賊の中を突き進む妹さんだけを見ていた。その見つめている先にいる彼女の顔からはこの戦場において不思議なほどに無表情であり、彼女から怒りや悲しみと言った感情が何も伝わってこなかった。そしてそのことを感じたのと同時に白蓮ちゃんとは違う力を持ち、例え自分の領内の民でさえも害になるのならば容赦なく切り捨てる彼女の姿に一種の恐れを抱いた。

 

あのまま行くと妹さんはどこまで進み続けるのか。

 

 それだけが私の心に思い浮かんだ。恐らく彼女は守るべきもののためなら例え姉妹である白蓮ちゃんや自分自身でさえも簡単に切り捨ててしまうだろう。そしてそれを平然と行えるなんてもはや心のどこかが歪んでいるか、または壊れている人間であることは間違いない。

 

あんな人がいるなんて。

 

 私は信じられないような目で彼女を見ていた。誰かを切り捨てなければ答えが出せず、それを躊躇しないことなど私には理解できない。いや理解などしたくはない。私たちが目指している理想とはまったく反対の位置にあり、そしてそれは私たちとは絶対に相容れないことを悟った瞬間でもあった。

 

「うっ」

 

 そして彼女たちが通り過ぎた後には夥しい数の黄巾賊の死体と血の海のような地面だけが残っていた。そのあまりにも悲惨な光景を見た私は思わず戦場から目を逸らした。

 

 

―――――――黒蓮side

 

「突撃!!」

 

 私の指示が下ると黒馬義従の前面に白馬義従が綺麗な横陣で陣取った。姉さんが鍛えただけあってその陣形は一切の乱れもなかった。そして弓の射程距離に入ると不安定な馬の上から全員が揃って弓を放ち、放たれた矢は後ろから黄巾賊後衛に直撃、相手はなすすべもなくすぐさま大混乱に陥った。

 そして相手との距離が縮まると白馬義従は後方に悠然と離脱していき、絃央が擦れ違い様に私に「ご武運を」とだけ言って離脱していった。

 

 私たちの目の前から白馬義従が消え去るとその開けた視線の先には大混乱に陥っている黄巾賊の本隊が見えた。そこにいる誰もが私たちとは戦おうとせずに逃げようとしていた。それはもう収集のつかないほど広がっており、軍としてただ戦うという低い役割しかないのにその役割さえも失い始めていた。

 

「あいつらは我らを害する敵だ!!」

 

 私は先頭で隊全員に聞こえるように叫んだ。いや――――自分自信に言い聞かせるために、私自身が彼らはもう啄郡のために切り捨てたんだと思うために。だから例え元幽州の民であっても幼い少年であっても殺してこの手を大量の血で染め上げるために。

 

「ならばあそこにいる奴らを全て殺せ!!」

 

 切り捨てたのならば決して迷うことはするな。もし迷ったならばそれは戦場にて命取りになる。だからそう答えを出したのなら、やることが決まっているならば無抵抗な奴らでも躊躇は一切必要はない。そしてそれは今までしてきたこと何ら変わりはない。朝起きたら顔を洗うような習慣と同じで当たり前のことを当たり前の様にすること。

 

「ハア!」

 

 そう思いながら私は目の前にまで迫った黄巾賊の背に向かって容赦なく戦斧を振るった。無抵抗な黄巾賊は私の戦斧に触れるとまるで紙屑のように血肉をまき散らしながら吹き飛んでその生を終わらせた。それがスピードを緩めずに突っ込んできた私の隊のいたるところで繰り広げられていた。

 

 

ある者は槍に貫かれ、またある者は容赦なく馬の蹄に踏みつぶされる。

 

 

 たった数秒でそこには地獄のような光景(せんじょう)を私たちは作り上げた。年端もいかない男の子が泣き喚いていようと老人が天に何かに祈っていようと私たちは決して手を休めることはなく、そこには容赦も慈悲も存在しなかった。

 

「セイ!!」

 

 ただただひたすら敵を殺すことだけを機械のように繰り返す。本当は無抵抗な奴などは殺したくはないのだが啄郡のために死んでくれと思いつつ一切手を休めることはない。

 

 

―――――――それが私の出した『答え』なのだから

 

 

無抵抗な敵を薙ぐ。

 

 

それを何度も繰り返す。

 

 

何度も何度も。

 

 

何度も何度も何度も。

 

 

ただ機械のように。

 

 

無抵抗な人の生を終わらせる作業を続ける。

 

 

その死体を作り出す作業はその後も長く続いた。

 

 

†††††††††††††††††

 

 

 黄巾賊に突撃してからどれぐらいたっただろうか。空を見上げると少しだけオレンジ色に染まり始めていた。そして先ほど姉さんが勝鬨を上げたことでこの戦を勝利して終わったことがわかり、公孫の兵たちがそれぞれ空に向かって武器や握り拳を突き上げ、勝利の喜びに浸っていた。それは私たちの黒馬義従も同じであり、戦場に多くの兵たちの声が響いていた。

 そんな中、私はさっきまで戦っていた戦場を馬上から見渡す。そこには無残に切り裂かれ、あるいは無造作に転がっている黄巾賊の約三〇〇〇〇人の死体と今回の犠牲者、そして血に塗れた剣や泥を被った黄巾の旗が目に入った。

 

「これが私の出した『答え』の先にあるものか」

 

 そう一人で戦場を見ながら呟くとその声は兵たちの大歓声ですぐさま消えていく。なぜか私は何時もと違ってやるせない気持ちになり、気が付くと劉備の言葉を思い出していた。

 

 

―――――――なんでみんな殺しちゃうの!?

 

 

それが啄郡のために必要であったから皆殺しにした。

 

他にたいした理由はないし、そこに余計な感情を込める必要はない。

 

 

―――――――話し合ったらきっと戦わずにすむ人たちもいるはずなのに!!

 

 

ああ、そうだろうな。

 

でも殺すことを決めたのは姉さんと私だ。

 

そう『答え』を出したから実行した、ただそれだけのことだ。

 

……そう、それだけのこと。

 

 

―――――――だからってあそこいる人たちを全員殺すのなんて間違ってる!!

 

 

………そうかもしれないな。

 

他に道があったかもしれない。

 

 

 私は気が付かぬ内にそんなことを思っていた。しかしそれに気が付いた瞬間に頭の中からそのことを強制的に追い出す。思考を全てクリアにし、ぐだぐだ考えることを放棄する。

 

「こんなことを考えるなんてらしくもないな」

 

 はたして私は今回のことを後悔しているのだろうか。私たちが出した『答え』の先にあったものが、戦場に残った『もの』がただの多くの人の『死』であったように見えたから。

 

自分が出した『答え』に後悔はしないとあの時に決めたじゃないか。

 

そう頭の中を切り替えて私は戦場から立ち去った。

 

 

†††††††††††††††††

 

 この後、幽州全体でこの殲滅戦の噂が広がり、それはやがて華北を中心に広がっていった。そして啄郡の公孫伯珪は幽州一精強な軍を持つとされ、その武名を馳せることとなった。また妹の公孫仲珪も同じように先の戦いで黄巾賊を一番屠った優れた武人として武名を馳せる。それと同時に曹孟徳まではいかないがこの中華の中で注目される人物にもなったのだった。そのため幽州の啄郡近郊ではその武名に恐れた黄巾賊や賊などはでなくなり、啄郡近郊の治安は上がったのであった。

 そして啄郡に帰った二人と劉備一行は溜まっていた政務やいざという時に備えて内政や軍強化を精力的に行っていくことになる。

 

―――――――なぜなら戦いはまだ始まったばかりなのだから。

 




何かアドヴァイスや思ったことをなど気軽に書いてくれる嬉しいです。


よろしくお願いします。


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閑話1
平日(1)


お待たせしました。

今回は普通ぐらいの長さです。

誤字脱字が多い作者なのであったら教えてくれると助かります。

ではお楽しみ下さい。


 あの戦の後からもう一週間ぐらい時が経っている。私たちはすぐさま啄郡へと戻り、負傷者の手当てや物資の確認などを行った。そして次に溜まっていた政務をこなすために姉さんは自分の執務室に籠り、私も姉さんと同じで軍務関係の報告書や新兵の調練など様々なことが溜まっていたので自分の執務室に缶詰状態であった。

 そして現在私は消耗した兵糧や武器などを備蓄から補充したので、消費した備蓄を補充するために内政担当の姉さんのところへとまるなg……交渉しに来ているのであった。かなりの量の武器や道具が消耗したので、今ある備蓄ではこの後のことを考えると残りが心もとないことになるからだ。

 

「姉さん、このぐらいなんだがどうにかならないか?」

 

「無理だ」

 

 私が姉さんにそう問うと姉さんは目の下に大きなクマを作り、死んだような目でそう答えた。少し青白くなった顔が姉さんの状態をはっきりと表しているが、私は軍務担当の最高位みたいなものだから妥協はできないので悪いなと思いつつも容赦なく食い下がった。

 

「そこを何とかできないか?」

 

「無理なものは無理だ!!」

 

 姉さんが少し投げやり的にそう言うと泣きそうな目でこちらを見てくる。その目がこれ以上仕事を増やさないでくれと切実に訴えているが私は気にせずに続ける。

 

「ほら、そこを何とかするのが敏腕太守の務めだろ?」

 

「でも…仕事…増える」

 

 私がそう言うと姉さんは目に大粒の涙を浮かべながら雨に打たれている子犬のように少し震えながら答えた。若干寝不足で姉さんが幼児退行しているような気もするがこれも無視だ。

 

「増えたならとっとと終わらせばいいんじゃないか。ほら、簡単だろう?」

 

確か昔の偉い人がそう言っていた……はず。

 

「もう…一週間…ろくに…寝てない(泣)」

 

「私もそうだが?」

 

「……………………(うるうる)」

 

 姉さんの目がじゃあ、休もうよ!!と必死な目で訴えてくるが内氣功で身体能力を高めた身体なら一週間近く寝ていなくても大丈夫なはずだからこれも無視だ。

 事実私も啄郡に帰ってきてからろくに寝ていない。死者や負傷者の対応や補充した新兵の調練、各種地方への細作からの報告書に工房からの試作品の報告書etc、そして最後にやってきました今回の戦費報告書。

 

「妹ができるのに姉ができないなんてことはないよな?」

 

 さらに私が姉さんに追撃をするともう姉さんは泣きそうだったというよりも半分泣き始めていた。見栄とか姉の尊厳とかはありえないほどの激務により吹っ飛んだらしい。

 

「……………………でも(うるうるうるうる!)」

 

「口答えするな、いいからやれ」

 

「うがあああああああああああ!!!!」

 

 姉さんがついに私の言葉にキレた。かつてないほどの激務と妹からの容赦ない言葉についに耐えきれなくなり、資料や報告書である竹簡の乗った盆を盛大にひっくり返した。これぞまさにちゃぶ台返しならぬ盆返し!!投げ出された竹簡が綺麗な弧を描いて私に飛んでくるが優しい私はそれを全部強化された身体能力で掴み取り、姉さんの机に追加の竹簡と共に置いてやる。

「なあ!?そんなに!!お前は!!私を!!殺したいのか!?」

 

 それを見た姉さんが信じたくないような現実から目を離し、私に猛抗議してくる。そして再び竹簡が乗った盆をひっくり返そうというか窓から投げ捨てようとし始めるが投げ捨てる前に私がその手から取りあげて再度机の上に戻す。

 

「失敬な、姉妹愛から来る愛のムチと言ってくれ」

 

「それで私は死にそうなんだがっ!?」

 

「大丈夫、私は姉さんを信じてるっ!!」

 

 今度は竹簡をまとめてではなく、一つ一つ手に取って私に投げてくるが全てをその場でキャッチして姉さんに投げ返す。文字通りこれが姉妹のキャッチボール、最後にはめんどくさいのでアンダースローからの全力とは行かないが結構力をいれた竹簡が姉さんの腹に直撃し、撃沈した。

 

「ぐふっ!?……そ、そこは信じるなよ!?」

 

 竹簡が腹部にクリティカルヒットした姉さんは腹部を抑えながら脂汗をだらだらと流している。そして私はというとちょうど近くにあった竹簡を拾い上げ、無造作に姉さんに向かって投げて止めを刺した。

 

「ごふっ!?」

 

 そうしたら姉さんはあっけなく机の上に崩れ落ちた。近くにあった筆で姉さんの頭を突いてみても声をかけてみてもまったく反応がない。

 

「返事がない、ただの屍のようだ」

 

「……………………」

 

 一週間の疲れと妹の愛のムチからの激痛で強制的に意識を失った姉さんを私は抱き上げ、すぐ近くにあった扉を開く。この隣の部屋は姉さんの部屋であり、政務が溜まりやすい姉さんのためにそう作った。ちなみに姉さんの執務室の逆側は私の執務室であり、そして同じようにその隣も私の部屋になっている。これは何かと同じ案件を扱う時に合理性を追求した結果、連絡が取りやすい様に隣部屋にしてある。

 そして姉さんをベットに寝かせる。そうすると姉さんは微かな寝息をしながら本当に死んでいるかのように眠り始めた。よほど疲れていたのだろう、恐らく今何かしら悪戯をしたとしても絶対に気が付かないと思う。

 

「倒れるまでやるなって何時も言っているのに」

 

※倒れたのではありません。この人が武力によって眠らせました。

 

 本当に太守である姉さんがが倒れたら全員の士気に影響し、民に不安が広がってしまう。さらにそれに加えて賊や他の豪族などに付け入るスキを与えてしまう。それに回復するまでには余計に時間がかかるのでこうした方が手っ取り早い。

 

ほら、私って優しいだろ?

 

※優しい人は休ませるのに武力は使いません。

 

 そして私は姉さんの頭を軽く撫でると自分の執務室に戻るために姉さんの執務室を通り、私の執務室の扉を開ける。そうするとなぜかもっとも会いたくない桃色の髪をした女の子と黒髪の男子がそこにいた。

 なぜかこいつらは最近何かと私に絡んでくる。見回りにはかならずついてくるし、私の調練にもなぜか全員で参加する。他にも何かと文官の仕事を手伝おうとしたり、終いには忙しすぎるので女官に夕食を頼むのだがなぜか夕食なども持ってくるのだ。

 

はて?私はこいつらに好かれるようなことをしたか?逆ならば思いつくことはいっぱいあるけど。

 

「……何か用か?」

 

 私がそう問うと彼女は少しだけ困ったような目でこちらを見てくる。北郷はというと私のことは苦手だって言うことがはっきりと顔に出ている。

 

単純な男だな。

 

「えっと、何かお手伝いできるようなことないk」

 

「ない、あるとしたら町の見回りや新兵の調練でもしておけ」

 

 そして劉備が勇気を持ってそう答えるが私は彼女が言う終わる前にその言葉を切り裂く。そうすると彼女はうっとしながら涙ぐみ始めた。しかしそれでも諦めきれないのかなおも食い下がって来る。今度は北郷も口を開いた。

 

「白蓮の方は大丈夫だって言ってたからさ」

 

「それに愛紗ちゃんと鈴々ちゃん、星ちゃんがそっちに行ってるし、白蓮ちゃん達が忙しそうだったから」

 

「その気持ちだけはありがたく受け取っておくがお前らにできることは何もない」

 

 客将のこいつらに文官、特に重要案件を取り扱っている姉さんや私の仕事を手伝うなんてことをさせるわけにはいかない。姉さんが扱ってる内政の仕事は啄郡の問題点が明らかに載っているし、私の仕事にも最重要機密である軍の情報が詳細に載っているからだ。姉さんもそのことが分かっているので決して劉備たちや信用のおけない者たちには仕事を手伝わせていない。だからこそ姉さんしか解決できない案件が山ほどあるんだが。

 

それをこいつらはわかっているのか?

 

 そう思いつつ私はすぐさま山積みの竹簡を手に取って仕事を始める。今は朝廷から黄巾賊本隊討伐の勅令が出る前に少しでもやっておかないとやばいので時間が惜しい。

 

「……………………(ジー)」

 

「……………………」

 

 しかし私が仕事をし始めても一向に劉備たち二人は私の執務室から出て行こうとしない。それどころか私の仕事ぶりをまるで監視するかのようにじっと見ている。

 

これじゃ仕事に集中できん。それに機密情報も出せない。

 

 そう思った私は筆や重要な竹簡を鍵のついた戸棚にしまい、壁にかかっていた戦斧を手に取るとある用事のために町へと行くための準備を始める。戦斧を背中に背負い、剣を腰に差して最後に黒い腰布をつける。

 

「どこか行くの?」

 

 私が出ていく準備していると劉備がそう問いかけてきた。どうやら今回もこの二人は私に追いてくるらしい。二人ともそんな雰囲気を隠し切れずに如実に醸し出している。

 

「ああ、商人ところに買い付けに行く」

 

「私たちもついて行っていい?」

 

はい、予想通りの答えが来ました。

 

「好きにしろ」

 

 私は投げやりにそう言うと劉備は「うん!」と元気よく頷いた。その隣にいる北郷も私に拒絶されなかったのでホッとしている。そして私は準備ができると執務室から出て町へと向かった。後ろに子犬のようについてくる女の子と馬鹿野郎の2人を連れながら。

 

†††††††††††††††††

 

 町に出て私が向かった場所は華北を中心に活動している大商人、奏の館だった。この奏という大商人は私たちが長年贔屓にしている商人であり、ある契約をしている間柄だ。もちろん他の商人よりもかなり優遇しており、同時に信頼できる相手でもあった。

 

「お久しぶりネ~、黒蓮さん」

 

「久しぶりだな、奏」

 

 私が奏の館を訪れるとめったにここにはいない館の主である奏が出迎えてくれた。何時もなら洛陽など大都市で仕入れや売買をしているはず何だが。

 

「珍しいな、お前がここにいるなんて」

 

「どこかの誰かさんがもうすぐここに来ると思ってネ、いい商売したくて戻って来たヨ」

 

 どうやら私がここを訪れることが分かっていたらしい。黄巾賊を討伐したことを他の州に流布したのは先週からなんだが、それを聞きつけてきたようだ。こういう大商人は大取引相手である私たちや曹孟徳、朝廷の十常侍などの情報は割とよく知っているため、儲けがある所には絶対に現れる。今回も消費した物資や武器などを大量に注文するために私が来るのを待っていたようだ。

 

「なら話は早い、すぐにでも始めるか」

 

「その前にその後ろの方々は誰ネ?」

 

 私がとっとと商談に入るために奥の部屋に進もうとしたら肩を叩かれて振り向くと彼女は劉備たちを指さしていた。この二人を商談に入れていいのかを聞いているのだろう。もちろん入れるはずはないが。

 

「私の付き添いだ」

 

「なら紹介しないといけないヨ。私は商人の奏と言うネ」

 

「私は仲珪さんのところで客将をさせてもらっている名は劉備、字は玄徳と言います」

 

「俺の名前は北郷一刀って言います。よろしくお願いします」

 

「はい、二人ともよろしくネ。なにかお求めならこっちに来てヨ?少しくらいならおまけするネ」

 

 そう言って奏は二人に向かってほほ笑んだ。どうやらこの二人を新たなかm……取引相手にしそうだがそこは黙っておく。この笑顔に騙された奴は一体何人いることやら。

 コイツはちゃんとした取引相手じゃないと容赦しないほどに値を上げる。以前なぜかと聞くとどうやら歯ごたえのある商談がしたいということだそうだ。金儲けのためだけに商人は動くと思ったが商人魂だとかなんとかそこらへんはよくわからなかった。

 

「二人は適当にしておけ。何なら城へ帰ってもかまわない」

 

「えっ?私たちも参加しちゃいけないの?」

 

 そう劉備が言った瞬間に私はあまりの馬鹿さ加減に頭が痛くなってきた。思わず素で「お前は馬鹿か?」言いそうになったほどだった。そして私が何か言おうと少し考えていると奏が劉備にその理由を説明し始めた。

 

「劉備さん、個人的な商談なら本人が同意すれば別に参加してもいいネ。でも今回の黒蓮さんの商談はこの町の太守代理としての商談ネ。そこにただの客将が参加できるわけないヨ」

 

「どうして?」

 

 そう素で奏に聞く劉備をみて私は内心驚いた。こいつは私塾でいったい何を習ってきたんだ?太守代理としての商談はこの啄郡にかかわる場合が多い。城壁の石や武器、防具など町の防衛や軍にかかわることも多々あるのでそれを知られる訳にはいかない。

 

「黒蓮さんはこの啄郡の軍隊を白蓮様に任せられているネ。その商談に参加するということは啄郡の動きを知ることに繋がるヨ。それを公孫家の士官でもないお二人に知られるわけにはいかんのですネ」

 

 奏の言うとおりだ。商談の中身を知ればその豪族や領主がこれから何をしようとしているのかが大まかにわかってしまうからだ。たとえば兵糧や武器の原材料を集めていれば戦の準備をしていることになり、また注文している量を見れば普段貯蓄している量やどれくらい籠城できるかなど様々なことがわかり、それによってどこが攻めやすいかなども分かってしまう。

 

「そう言うわけだ。客将のお前らが参加できる話じゃない」

 

「その通りネ、だから今回は帰るといいヨ」

 

 そう言って私たち二人は奥の部屋へと入っていった。部屋に入るとそこには大きめの机があり、その上には竹簡がいくらか並んでいた。どういうわけかすでに商談の準備ができているらしい。

 

コイツ…魔術師かなにかなのか?

 

「そんなことないヨ?」

 

本当だろうな!?

 

†††††††††††††††††

 

「ふむ、今回は鉄の値段が高いな」

 

「それはしかたないヨ、他のところでも戦の準備しているからネ」

 

 なるほど、どうやら黄巾の乱が着実に中華全体に害をもたらしているらしい。官軍が敗れるのも時間の問題だろう、今回は何時もよりも多め注文しておくか。

 

「まあ、仕方がないがその値段で良しとしよう」

 

「毎度ありネ♪」

 

 その後具体的な量や支払いなども行って今回の商談を終わらせた。そして次に奏と交わしたある契約についての話に移った。

 

「で、他のところの動きは?」

 

 そう、そのある契約とは商人である奏の他の豪族や朝廷への販売の内容、そこで手に入れた情報などを金を払って買うという内容だ。さきほども言ったように何を相手が買ったのかで大まかな相手の動きが分かる。

 そしてこれは商人との契約(・・)なので信頼がおける。なぜなら商人は契約を順守(・・)するからだ。下手な細作よりもずっと細かな情報なども手に入れられるし、疑われることなく相手の懐に入ることができる。それに大商人である奏ならなおさら大きな商談を受け持つのでその情報も大変役立つものばかりだ。

 

「今回は結構良い情報(モノ)ネ、高くつくヨ?」

 

「それはわかってるから金のことは気にするな」

 

 そして私たちの細作は幽州、主に啄郡近郊とその他郡までしか配備してはおらず、その他の洛陽などの情報はこの奏からしか仕入れていない。なぜならそこまでできるほど資金も人員も何もかもが足りないからだ。細作を一から育てるのにも金と時間がかかるし、それを大量に育てるのに膨大な資金と時間がかかる。ならば少し高いが正確な情報をもたらす奏を利用した方が効率がいい。

 

「ならばよしヨ。官軍と曹孟徳が大量の物資を注文してきたネ。どうやら黄巾賊本隊討伐を霊帝が命じたみたいヨ。戦の準備してたネ」

 

「やはりか、しかし曹孟徳もか?」

 

「それは少し違うヨ、曹孟徳は自分の治める陳留を守護するためらしいネ。官軍とは関係ないヨ」

 

 ということは官軍の大将軍は何進か、ならば董卓が敗北するのも時間の問題だ。より一層新兵の調練と備蓄の貯蓄をしなければならないな、帰ったら早速手配しよう。

 

「いい情報だ、感謝する。料金はいつもの倍でいいな」

 

「わーお、結構奮発したネ、そんなに使って大丈夫カ?」

 

 私がいつもの契約料金よりも倍出すと言ったら奏は珍しく声を上げて驚いていた。そんなにこの情報が良いものだとは思ってなかったらしい。

 

未来を知っている私だからこそこれがいい情報になるんだ。

 

「なら値引きしようか?」

 

「それは遠慮するネ」

 

 そう言って今回の商談が終わり、部屋を二人で部屋をでた。いい情報が手に入ったし、収穫は十分すぎるほどにあったので私はすぐさま頭の中でこれからの予定を立てはじめる。

 

戦の準備を念入りしなければな。

 



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平日(2)

随分と投稿が遅くなってしまいました。

今回は前よりも長くなっています。

それと誤字脱字がありました教えて下さると助かります。

ではお楽しみください。


 突然だがみんなは頭が痛いことがあった場合がないだろうが?たとえば売り上げが上がらないとか、あなたが教師でクラスの中に問題児がいるとか、知り合いが問題というか厄介事しか持ち込んでこないとか。

 今の私はまさしくその状態である。黄巾の乱鎮圧のために私は富国強兵の強兵に忙しい。はっきり言ってどこのブラック企業と同じくらい忙しい。遠征のための物資調達やら黄巾賊討伐軍の戦況収集とか、それに新兵の調練に古参兵の稽古。さらには町の治安改善に賊討伐、他の郡や豪族なんかとの外交交渉、その他いろんなetcのことをここ数週簡続けている。

 

 そして今最も頭が痛い状況とは……星との手合せであった。星がここに客将として来てからもうすでに何十回と手合せし続けてきた。そのおかげで今の私はあの超子龍の神槍と互角に戦りあえるまで成長したと実際に感じることができるようにまでなった。それにはすごく感謝している。

 そして今日、いつも通りに星に誘われて手合せしようと練兵場に来た私はなぜか関羽と張飛の2人を相手取っている。私と関羽、張飛は互いに向かい合って刃に鞘をかぶせた本物の武器を持って構えている。周りから見ればどこぞの修羅場や戦場だと言うだろう。それほどまでに実践に近い闘気が練兵場を満たしていた。

 

だがここで私ははっきりと言おう。

 

 

なぜこうなった……と

 

 

まあ、これは私が悪かったんだ。身から出た錆ってやつ?いや、自業自得ってところか。

 

 こうなるまでの経緯を説明しよう。私は朝、いつも通りに星に誘われて手合せしようと練兵場に来たんだ。しかしそこにはすでに先客がいて関羽と張飛が朝稽古を行っている最中だった。その二人の手には愛用している矛と槍はなく、代わりに木の棒が握られており、朝から練兵場には気合の入った声が響いていた。

 

私や星ほどに実戦さながらの激しさと勢いはないが。

 

 そして私たちも始めようとすると星が「いつも同じ相手ではつまらぬでしょう?」と言って関羽や張飛を手合せに誘った。張飛は何も考えずにOKをすぐに出すが関羽は少し迷っており、最終的には星の口車に乗せられて手合せに参加することになった。

 星の提案で2対2の手合せをすることになり、私と星タッグと関羽と張飛タッグでチームを組むことになった。私としてもあの軍神と謳われる関羽や怪力無双の張飛と手合せできるのは嬉しい経験であり、やって損はないとこの時は思った。

 

ここまではいいだろう。

 

 しかしこの後がまずかった。星に何を言われたかわからんが関羽がいきなり爆弾発言を繰り出してきた。手合せで食らう一撃よりも遥かに重く、衝撃力があった。

 

その問題発言とは………。

 

「私たちが勝ったら少しの間でいい、貴方の副官にしてはもらえないだろうか?」

 

と言ったのだ。

 

………………

 

…………………

 

……………………あれぇ?

 

機密やら何やらはとりあえず置いといて、私ってなんでこんなにこいつらに懐かれてるんだ?

 

こいつらからしてみれば私は物語でいうライバルと言うか踏み台みt………踏み台!?

 

私がいつの間にかこいつらの踏み台になっていただと!?

 

 最近の出来事の中で一番ショックを受けた瞬間だったとだけ言っておこう。気が付かない内に私は劉備たちの踏み台になっていたのだ。そしてその原因と言うのはいうまでもなく私の隣でこの状況を楽しんでいる星であることに今になって気が付いたのだった。

 

ハメられた!!

 

 そう星の方を睨むと彼女は素知らぬふりをしながら遠い空を見ている。決してこちらを見ようとせずに私には顔すら向けてこない。私の頭の中でコイツの顔に一発ぶち込んでやろうと一瞬過ったがそれでは今回の問題の解決にはならないのでやめておこう。

 

まあ、コイツを〆るのは後にして。

 

 今はこいつらに踏み台にされない様にするのが先決だ。どうやって回避しようか、これを断ったらおそらく星にまた何か言われるだろう。そして何だかんだ言って最終的には要求を飲まされることになる。ならば元からこの要求を飲もうと思う、それでいてこの要求を回避するのにはもはや勝つ以外に道はない。

 しかしここで問題となるのは私とタッグを組む星のことだ。私を劉備たちの踏み台にするためには私がこいつらに負けて副官として扱わなければならない。そうなると星は手を抜いてわざと関羽たちに負けるだろう、いや絶対にわざと負ける。というか下手したら私の邪魔しに来るかもしれない。私の勘がそう告げている。

 

 

ならば私が取る最善の道とは……。

 

 

最初っから2人同時に相手にすること。

 

 

 星という足手まといというか仕掛け人が味方にいたら勝てるものも勝てなくなるのは絶対だ。それに関羽は手ごわいが張飛はただの脳筋バカで力を主体にして戦ってくる武人だ、倒すとか関係なくあしらう程度はたやすい。それにこれからは私一人で複数相手にする場合も多々あるだろう。魏の夏候姉妹とか孫呉の連中、蜀の連中だって闘える武将は数多く存在する。ならば今の内に経験することもいいだろう。

 

「いいだろう」

 

「それは感謝する」

 

 私がそう答えると関羽は心底嬉しそうな笑みを浮かべた。それほどまでに兵を率いたいのだろう。確かに兵を率いたことのない武将などには絶対の信頼を置けるはずはない。特に短慮で浅はかな今の関羽では簡単に相手の策に引っかかるだろう。

 

「だがこちらにも条件がある」

 

「それはなんなのだ?」

 

 私がそう言うと関羽は訝しそうな目で私を見てくる。張飛はというとさっきから頭の上に?がいくつも飛んでいるようだった。首を傾げてほへ~というまぬけな顔をしている。

 

「私一人で貴様ら二人を相手することだ」

 

「「なっ!?」」

 

「ほう」

 

 そして私はそう答えると関羽と張飛は揃って絶句し、次に怒りが湧いてきたのか顔を赤くして肩が震えている。星の方はというと私は言った言葉がかなり意外だったらしく、興味津々のようだ。

 

「貴様!我等をバカにしているのか!?」

 

「鈴々たちはそんなに弱くはないのだ!」

 

「すまん、しかしそういう意味ではない」

 

「ではなぜ我等二人を相手にする!?」

 

 やはりさっきも思ったが今の関羽はかなり短慮な武人であり、軍師としてはかなり扱いやすい部類に入るだろう。少しでも挑発すると簡単に怒って誘導しやすい。

 

「そこの馬鹿が信用できんのでな。ならあいつはいらん、最初から2人を相手しても問題なかろう」

 

「おやおや、私を信用できないとおっしゃるのですか?」

 

 特に悪びれもなくクスクスと笑いながら星は私の言ったことに反論した。またしてもこの状況を唯一楽しんでいる星は笑いがこらえきれないのだろうかさっきからずっと笑い続けている。

 

いい顔してるしな。

 

「ああ、こと悪巧みをする時のお前は特にな」

 

「これはこれは酷いことをおっしゃる」

 

「そうなのか?」

 

 星が芝居かかったように手を顔に当てて泣いたふりをし、一方の関羽は真顔で私に聞いてくる。お前も巻き込まれてるんだよと言いたくなったがそれを言ったら星が何をし出すかわからないので黙っておく。面白い状況を壊されるとこいつは本気で暴走しかねないと実際会ってみて思ったからだ。

 

はてしなくめんどくさい奴だ、まったく。

 

「というわけだ。コイツはどうせ役に立たんからな。いてもいなくても変わりあるまい。それに私に勝ちやすくなるのだ、お前たちとしては損はないだろう?」

 

「それはそうだが……」

 

 その条件に納得がいかなかったのか関羽は難渋を示していた。張飛はというと話に加わるのが面倒になったのか一人ですでに素振りを始めている。

 

ふむ、仕方がない。

 

 私はこのままじゃ埒が明かないと判断し、仕事も多く残っているので手っ取り早く関羽を挑発することにした。

 

「貴様はまさか私に2対1で負けるのが怖いのか?」

 

「何だとっ!?」

 

 私が挑発すると関羽はすぐさまその挑発に素で乗ってきた。これほどまでに扱いやすいと私は思っていなかったので内心少しだけ驚いている。

 

「違うのなら別によかろう」

 

「くっ!わかった。私たちは二人でお前を倒す!」

 

 そう言って彼女は木の棒を構えた始めるがそこで星が1つ提案をしてきた。というよりも私と星は普段から木の棒でしか手合せをしていない。鞘に納めた本物を使ってしている。なぜなら毎回毎回練兵場の木の棒でやると一日数本、多いときは十数本折れるからだ。それを姉さんに話したら「あれはお前らか!?」と言いながら思いっきり殴られた。

 というわけで彼女たちにには自分の武器と鞘を持ってくるように星が言い、彼女たちはすぐさま練兵場を後にしていった。

 

「まったく、お前はいったい何がしたいんだ?」

 

 関羽たちが練兵場から出ていくことを確認した後に星に問うと彼女はまるで面白いものを見つけた子供のような無邪気な笑顔を浮かべて答える。

 

「あの方々がどこまで行くのか、その行く末を見たいのですよ私は」

 

「あいつらがか?」

 

「ええ、この残酷な世の中でもあんな馬鹿げたことを本気でおっしゃるあの方々が最後にはどこにたどり着くのかを」

 

「はぁ~、まったく理解できんな」

 

 私がそう言うと彼女は少しだけ寂しそうな目で私のことを見る。私もそっちの道に引きずり込もうとしているのかはたまた理解してもらえないのが残念なのか、その真意はわからなかった。

 そしてその後すぐに関羽たちが自分の武器を持って戻ってきた。張飛はさておいて関羽の方は準備万端と言うような感じで闘気に満ち溢れている。

 

「さあ、やりましょう!私たちの武、その身で感じるがいい!!」

 

「早くするのだ!!」

 

 そう言って2人は私のことを呼ぶ。私は自分の戦斧を肩に担いで練兵場の中央までいき、左右に軽く振って構える。そして私はじっくりと彼女たち二人を観察し始める。二人ともどうやらかなり興奮しているらしく、十分に練られた氣が身体から漏れて練兵場を包み込んでいる。私も同じように氣を十分に練って彼女たちに対抗するように出す。

 

「いざ、尋常に」

 

「「勝負!!」」

 

 そう言って手合せは始まり、まずは張飛がまっすくとその手に持った矛を突き出してくる。私はそれを最小限の動きで交わすと次は関羽が横から偃月刀を振るってきた。とりあえず二人の技量が見たい私は戦斧で受け止める。思っていたほど重くはない衝撃に少し戸惑うが彼女は技術タイプの武人なので油断なく次の攻撃に備える。

 

「ハッ!」

 

 そうするとそのまま関羽は弾かれた偃月刀を流れるように次の袈裟切りへと変化させる。私は反撃せずにそれを戦斧の柄で下へ受け流すと上から張飛の矛が迫ってきた。

 

下に注意がいったところですぐに死角からの攻撃、うまい連携だ。

 

 慌てることなく私は戦斧の石突きを足で蹴り上げて下から上へと回転させる。回転した石突が矛の側面を弾くのと同時に身体を入れ替えて関羽の偃月刀をギリギリでやり過ごす。

そして身体を入れ替えたスピードを殺さずに左足を軸にして一回転し、内氣功だけではなく遠心力も乗せた一撃をすぐに次の攻撃を仕掛けてきた彼女の偃月刀に加減なくぶち当ててはじき返す。

そうすると彼女はその衝撃に逆らわずに一旦距離をとった。その距離をとった先には矛を再び構えた張飛がいる。

 

「………………………………」

 

「………………………………」

 

 そして2人と無言で対峙している現在に至るわけだ。とりあえず2人の力量はそこそこ把握した。今までのやり取りで彼女2人の情報を頭の中で整理する。「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」孫子に書かれている現代まで有名なことわざだ。私はこれを星との手合せの日々で勝負事に対して常に大切な事だと理解したからだった。

 

 まず関羽は思った通りの技術特化型タイプの武人だ。一撃と次の一撃との間が恐ろしいほどに短く、それでいて継ぎ目が洗練され、無駄な動きがない。そして力がないのかと思えば私の一撃をはじくだけの膂力を持っている。技術特化型の彼女は力特化型の私にとってやりずらい部類に入るだろう。

 

 次に張飛だがこいつは私と同じ力特化型の猛将タイプだ。技術もそこそこ持っているが何より一番凄いのはその強力な膂力から繰り出される一撃。普通の技術型ならその一撃をさばききれずに恐らく武器ごと持ってかれるだろう。それほどまでに強力な一撃を持っている。しかし私と若干攻撃の仕方が違う。私は攻撃をし続けて入ると思った瞬間に強力な一撃を振るう。それに対して彼女の一撃は全てが大振りともいえる必殺の一撃であり、それで危険だと思ったらすぐに離脱する一撃離脱タイプだ。一撃さえ注意していれば何とかなると思ったがこの二人が連携を組んだらかなりやりずらい。

 

まったく、よくもこんな都合の良い2人が揃ったな。

 

 そう内心焦っていたがそれを顔に出すわけにはいかない。それが顔に出てしまえば関羽ほどの武人ではすぐに付け込まれてしまう。それほどまでの強敵に出会えたことにより、私は自然と高揚していた。

 

「さて、次はこちらから行くぞ!」

 

 私はそう叫ぶと関羽に向かって一直線に踏み込み、関羽の身体に向かって突きを入れる。内氣功で強化されて脚力が私自身の身体を急加速させ、視界の景色が一瞬で変わる。普通の人間から見れば私の姿はブレて見えているだろう。そこまで早くなった私の突きを関羽はほぼ同じスピードで横に躱す。

 

「セイ!」

 

 突きを繰り出した私はそのままさらに踏み込んで関羽との距離を詰めると手を軸にして石突きを振り下ろし、関羽の頭を狙う。そうすると彼女は偃月刀の反り返った切っ先で柔らかく受け止めて逸らした。そして今度は彼女の石突きが私に向かって来るので腰を捻って顔面スレスレでやり過ごす。身体中から冷や汗が出て一瞬の気の迷いが敗北につながることを本能的に理解した。

 

うお!?危ないな。

 

 関羽の一撃を避けるとすぐさま側面から張飛が強烈な横なぎを繰り出してきてそれを今度は思いっきりはじこうとする。だが彼女の一撃はかなり重く、思っていたよりもはじき飛ばすことができずに逆に押し返される。そして体勢を直すとすぐさま再び関羽の連撃が再開される。

 しばらくそれが続くとやはりなのか徐々に私は押され始めるがそれと同時に関羽の動きが酷く乱れ始めた。最初のころとは違う明らかに洗練されていない動きに加え、彼女の偃月刀は怒りが感じられるような荒々しい氣を纏い始めていたからだ。

 私はそのことを気になり一旦彼女たちから大きく距離を開いて対峙すると彼女たちも一旦攻撃をやめた。

 

「おい関雲長、貴様一体何を考えている。いや、何をそんなに怒っている(・・・・・)のだ?」

 

「何?」

 

「?」

 

 訳が分からないような顔で私に聞いてくる彼女は恐らく自分の氣がそんなに乱れているとは思ってもいない。今もなお彼女の氣が乱れているが彼女はそのことを一切気にしていないというよりも気がついていないため、無造作で練ってもいない氣が『意志』も意味もなく無残にただただ虚空へと消えていく。

 

「気がついていなかったのか?貴様の氣が乱れているぞ?」

 

「くっ!」

 

「??」

 

 そして私がそう彼女の指摘してやると今頃気が付いたのか自らの氣をなだめ始める。そうすると彼女の氣が徐々に洗練されていくが最初の頃のような相手を倒すという明白な『意志』は感じられず、なにかに動揺している氣に代わっていた。もはや今の彼女の中では私を倒すことよりも重要なことがあるのだろう。だからこそこの場において何も集中できなくなり、私を倒すという『意志』がなくなってしまった。それどころか何かに怒り、焦っているのではないかと先ほどの手合せからは感じられたほどだ。

 

 氣とはこのような『意志』に反映されやすい。なぜなら氣はその者の一部であるからだ。昔から氣は色々とその者との間に密接な関係がある。闘気や熱気、殺気に怒気、悲しい気がするなど感情が揺れ動いたときによく使われるのがいい例だ。このように氣には感情や『意志』が宿りやすく、それをぶつけ合うことによって分かり合うことができる。特にそれは氣を扱う武人どうしや熱い『想い』を持つ男どうしが多い。

 

 そしてそれを見た瞬間に私の中から熱い高揚感が一気に冷めてしまい、もはや今の彼女との手合せをする必要性さえもない様に感じた。あまりにもその温度差が激しいので私はさっきまで本当に彼女と手合せをしていたのかと錯覚するほどだった。

 

「ハア!!」

 

 氣を練り直した彼女が再び私に偃月刀を振りかぶってくるが私はそれを無造作に横に薙ぎ張らうと偃月刀はいとも簡単に吹き飛ばされ、彼女もまた同じで再び距離をとる。最初の方と比べると彼女の偃月刀はまるで新兵の攻撃みたいに軽く、重みがまったくなかった。

 

「………これ以上は時間の無駄か」

 

 そして冷めてしまった私にはもう彼女と手合せをする必要性が感じられず、そのため構えていた戦斧をおろし、構えを解く。

 

「どういうつもりだ?なぜ構えをとく?」

 

「???」

 

 私の行動の意味もわからないまま彼女は私にそのことを問う。

 

「……『想い』なき者には『意志』は宿らず、か」

 

 『想い』がなければ必然的に『意志』は存在しなくなる。これは私の持論だが『想い』がなければ何をするのにも意味がなく、困難や壁などに立ち向かうための『意志』も生まれない。『想い』こそがその人を揺り動かす原点であり、それを阻もうとするものを排除することやそこを目指すための『意志』が生まれると思っている。たとえば私の場合啄郡を守る『想い』が原点であり、それを邪魔するものはどんな手を使っても排除するという『意志』が生まれた。姉さんの場合だと同じく啄郡を守る『想い』が原点であり、なるべく温厚な手段でその困難な壁を排除する『意志』が生まれたのだと思う。そして劉備の場合は苦しむ人を全て救う『理想』という『想い』が原点であり、話し合って皆で分かり合おうとする『意志』がそこには存在するのだろう。

 

だが今の関羽からはその原点となる『想い』も『意志』も感じられない。

 

 それらのものは彼女の氣からはまったく感じられない。むしろ感じられるには何かに怒り、さらにそこに焦燥感があるという事だけだ。

 

「何だ?」

 

「????」

 

 私の呟いた言葉の意味がわからなかった関羽はさっきからわからずにいる張飛と一緒に首を傾げている。

 

「興ざめだ、終わりしよう」

 

「何だと!?」

 

「?????」

 

 そう言って私は彼女に一礼してから練兵場の入り口に向かう。いきなりの私の行動に関羽も張飛も驚いて何も言えずにいたが、そこでなぜか星が私を呼び止めた。

 

「どこに行くのです?まだ勝負は終わっておりませんよ?」

 

「時間の無駄だ、今のこいつはどうやったって私に勝てはしない」

 

「そんなことはないっ!!」

 

 私がそう言うと関羽は私に向かって吠える。どうやら彼女は自分がどうなっているのかがまったく理解できていないらしい。それと同時に私は思う。

 

何でそんなに怒ってるんだ?

 

「ならば貴様に一つ聞こう」

 

「……何をだ?」

 

「貴様はその刃に何を込める?――――それがわからぬのなら私には一生勝てんぞ?」

 

 そう言って私は関羽に背を向けるが彼女は往生際が悪かった。私が歩き出す前に彼女の手が私の腕をつかみ、私を力づくで振り向かせた。そして振り向いた先には顔を真っ赤にし、肩を震わせて怒っている関羽がいた。

 

「まだ勝負は終わってないぞ!!」

 

「勝負はもうついている。貴様が私の問いに答えられなかった時点でな」

 

「ならばその証拠に私を倒してみよ!」

 

 そう言って再び偃月刀を構えなおした関羽が私の前に立ちはだかった。その身には闘気というよりもただの怒気を纏っている様に見える。そこには明白な『意志』はなく、無暗にただ怒って暴れている子供の様だった。

 

はぁ、私の言葉は意味がなかったか。

 

 落胆にも似たため息をこれ見よがしに関羽に見せつけると彼女の眦がさらに吊り上り、彼女を包む怒気が濃く密度を増す。

 

「時間がもったいないのでな。一撃で終わらせよう」

 

そして私も戦斧を構えて瞑想を始める。

 

 

――――――――『想い』は強く、揺るぎ無く

 

 

 私から生み出される莫大な氣に明白な『想い』を乗せる。そうすると私の氣は徐々に無駄な感情が取り除かれていき、一つの『想い』のみが残される。

 

 

――――――――その『想い』をさらに昇華させ、明白な『意志』をこの場に示せ

 

 

 さらに『想い』を乗せた気が研ぎ澄まされ、強靭な『意志』となってこの練兵場を支配する。関羽の怒気など物ともにせず、彼女の氣を無理やり押さえつけると彼女の氣はまったく抵抗できずに跡形もなく散っていく。

 

 

――――――――その『意志』を刃に乗せ、困難を砕く唯一無二の一撃となせ

 

 

 その研ぎ澄まされた氣を無駄なく戦斧へと集めると風を生み出しながら私を中心に渦を巻き始めた。そうすると氣を纏った刃がまるで宝石の如く薄桃色に光り輝き、何人にも阻むことのできないものとなる。そして辺りを圧していた高密度の氣は一切この場からなくなり、嵐の後のような静寂をこの場に生み出した。

 

「「「ッ!?」」」

 

 私のその様子を見た関羽と張飛、さらには星さえも私のやったことに黙って驚いている。

 

これぞ私の師が教えてくれた最強の技。この技の名はなく、誰もができる可能性を持つが誰にでもきるようなものではない技。

 

 その氣を纏いはっきりとした『意志』を乗せた刃を見て私は師が何時も言っていた口癖を鮮明に思い出していた。私の師はことあるごとにこう言っていたのだ。

 

 

――――――――「己の『意志』を示せ」と

 

 

 今がその時であると私の直感がそう告げる。そして私は半身なって腰を落とし、前足に体重を乗せて一気に床を踏み込んだ。

 

小細工はいらない、ただ私の『意志』を示すのみ!!

 

 ただ愚直に真っ直ぐ関羽に突っ込んでいく。そこには一切の迷いもなく、また一切の後悔もない。あるのはただ私の『意志』を乗せた刃だけ。

 

「くっ!」

 

 関羽が真っ直ぐに突っ込んでくる私を見て顔を苦しそうに歪ませる。そして彼女は向かってくる私を迎撃するために氣を纏った偃月刀を私のがらあきの腹へと振るった。ズドンといういかにも強烈である音が練兵場に響き渡り、彼女の偃月刀は突っ込んだ私の腹に当たったがただそれだけだった。

 

 

一瞬の静寂が辺りを支配した中、私は彼女に向かって口を開く。

 

 

「覚えておけ」

 

 

私の『意志』を乗せた戦斧を大きく振りかぶり―――――

 

 

「戦場で雌雄を決するのは―――己が示す『意志』の強さであるということを」

 

 

唯一無二の私だけの『意志』を振り下ろした。

 

 

 その一撃は無意識に関羽が防御した偃月刀を巻き込みながら大きな氣の爆発を起こし、関羽の後ろの壁ごと吹き飛ばした。地面には大きなクレーターができ、私の正面にあった練兵場の壁はすべて吹き飛んで無骨な壁だけが見える。私の一撃をくらった彼女も瓦礫とともにまるで大型トラックにでも轢かれた様にあっというまに練兵場外まで飛んでいき、城壁にそのままのスピードでぶつかって地面に崩れ落ちた。倒れた彼女にはもはや意識はなく、見てみればあちこちからは結構な量の血が出ていた。見た感じでは骨は折れてはいないがそれでもかなりのダメージがある。

 

これは一週間ぐらい寝込みそうだな。

 

 そしてその場にいた張飛と星も巻き込まれてその場で尻餅をついて茫然としている。何が起こったのかわからない城の警邏達も急いでこの場に来て、私が作りだした惨状を目の当たりし、言葉をなくして唖然としていた。

 

「誰かある!!」

 

「は、はい!」

 

 私がそう呼ぶと近くにいた警邏が何人かすぐさま集まってきた。今だ何が起こったのかわからない彼らの顔を見ると随分と慌てている。

 

「関雲長殿が負傷しているから適当に手当して部屋にでも寝かせておけ。それと練兵場の報告も姉さんにしておいてくれ。それでは後のことは任せる、いいな?」

 

「ハッ!お任せを!!」

 

 そう警邏に指示を出してから私は練兵場を後にした。そして自分の部屋に戻るとすぐさまその場で片足をついて蹲った。その理由は関羽から受けた腹への一撃のせいだ。上着をめくって腹の様子を見るとそこには青々とした大きな痣が残っており、少しだけ触れてみると激痛が走る。

 

「ッ~~~~~~!!」

 

 私のように研ぎ澄まされた一撃ではないにしろ、ただの氣を込めた一撃がここまでの威力を生んだことにかなり驚いた。それと同時に彼女が本当の『意志』を持った時にはどうなるのだろうか、とも思っていた。

 

「くっ、……さすがは軍神と呼ばれるだけはあるか」

 

 そう呟いた後、すぐそばにあった薬箱から薬草を取り出して煎じ、水に混ぜて痣に当てる。かなり痣にしみたが次第に少しだけ痛みが和らいできた。そして私は布団に倒れ込み、そのまま静かに意識を手放した。

 



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黄巾の乱
緊急会議


今回は一番文章が長くなりました。

それと供に誤字脱字が多くなっているかもしれないので教えてくれるのなら助かります。

ではお楽しみください。


黒蓮side

 

 関羽が負傷してからもう数週間が経った。彼女が怪我をしたことを知った劉備や北郷が私の仕事中に抗議してきたので丁重に退出してもらった。そしてその日から劉備たちは私の執務室に一切来なくなり、だいぶ仕事がはかどるようになったのは言うまでもない。

 

 つかの間の平和を満喫していた私だがその平和は長くは続かなかった。なぜなら大将軍何進率いる官軍が黄巾賊に敗走し、それを深刻にみた帝が各方面の諸侯に対して黄巾賊討伐の勅令を出すのはもはや時間の問題だったからだ。

 

 そしてさらにそこで新たな問題が啄郡内部に発生する。言わずもがな客将として行動している劉備たちと星のことだ。

 まず劉備たちは私たちの仕事を直接手伝うことができないことと私の行動が酷いのであまり私たちに近づかなくなった。だがその代わりに町に繰り出して住民との関係を親密にしており、そこで語る彼女たちの『理想』を聞いた住民が親劉備派となってきているのだ。それに加えて関羽、張飛と言った武人2人も賊討伐や治安維持に積極的なので劉備を後押しすることになった。

 また私たちが内政及び軍拡に忙しくてあまり外に出てないことが親劉備派になっていく住民を住民に歯止めをかけられないことに繋がり、次第にその勢力は増えていくことになっていった。そこから教育を受けていない住民の多くは親劉備派を支持し、一部の知識人と商人たちは非現実的な劉備たちよりも私たちの方を支持するようになった。現在では啄群の世論は親劉備派と中立派、親公孫派の三つに分かれている。

 次に星だが彼女の方は武勇が町の噂となり、彼女がいればよりこの啄郡は安泰であると世論が勝手に形成された。そのため彼女をすぐさま仕官させるような声が多くなり、さらには劉備たちと親しいことから彼女は親劉備派と判断され始めることになった。

 

 このことが原因で劉備たちは啄郡の武官及び一部の兵士、それに女官や政務に関わってくる文官と激しく対立し始めることになったのだ。

 彼ら曰く「私たち公孫家が啄郡を治めているのに彼女らだけがすごく頑張っているように扱われるとは何様なんだ!」ということらしい。そこに彼女らが客将ということが加わって「人様の土地で好き勝手しやがりやがって」と武官と文官の両方の反発を招き、今では挨拶すら碌にしないほどに険悪な仲になっていた。

 

 

 

 そしてこの二つが運悪く重なったことで現在、劉備たちと星を除いた最高責任者たちが会議室に集まって今後の方針を決める緊急会議が開かれることなった。ちなみにこの会議を開くのことを提案したのは私である。

 

「今日集まってもらったのは今後の方針と啄郡の内部問題についてだ」

 

 姉さんがそう言うと席に座っている全員が姉さんの方を向く。今回の会議の出席者は姉さんを上座に絃央と姉さんのもう一人の側近で文官頭である姓が関、名は靖、字が士起、真名は小依(こより)という小さな白髪の子が両隣に座している。

 

「それは緊急に会議を開くほど必要な案件なのですか?」

 

 そう疑問の声をあげた彼女は背が小さく合法ロリであり、姉さん以上に仕事が回って来る啄郡一忙しい役職についている。一時期彼女のストレスと仕事量が膨大すぎるので白髪になったのではないかと噂され、それを聞いた勇者は翌日から三倍にまで仕事の量が増えたという。

 

「そう白ちゃんと黒ちゃんが言ってるからそうなんじゃない?」

 

「誰が黒ちゃんだ?」

 

 そう私たちのことを呼ぶのは従妹の青怜である。青い髪をロングストレートにしていて私達よりも少し大人に見えるがやることは実に子供である。手に持った鉄扇を弄びながら彼女はにやにやと私の方を見てくる。なぜか彼女は啄郡に戻って来ると姉さんではなく、私をいじり始めるのだ。正直何とかしてほしい。

 

「黒ちゃんは黒ちゃんよ?」

 

「喧嘩売ってんのか?この馬鹿は」

 

「あらあら(ニコニコ)」

 

私たちがいつも通りにいがみ合っている様子を見て母親のような笑みを浮かべる大人びた金髪の女性は国境で青怜の副官を務める姓は田、名は楷、字は子鑑、真名は(ふみ)だ。郁は何時いかなる時も微笑んでおり、彼女がその微笑みを崩したところを誰も見たことはない。一部ではというか国境砦の中でその微笑みが癒しを与え、信者ができているほどだ。

 ちなみにこの小依と郁に私は逆らうことはできない。なぜならこいつらに逆らうと何時もよりも仕事が数倍増えることになり、その量はこの世の地獄と言われるほどだ、と経験者は語る。

 

「さっさと先に進めてくれ、黒蓮。今日の仕事を置いてきてるんだから」

 

「わかっている」

 

「まあまあ、落ち着いて(ニコニコ)」

 

 郁はそう言って場を落ち着かせようとする。時間も限られていることだし私はすぐさま目の前の大きな机に華北の大まかな地図を取り出して広げる。そこには大まかな大都市の名前と州の名前以外は載っていなかった。なぜならまだそこは正確に調査していなかったからだ。それでも今回の会議には十分に利用できる。

 

「まず黄巾賊戦についての報告からだ」

 

 私はそう言いつつ黄巾賊と官軍の大きめの木の模型をとりだして冀州に対面するように並べる。左が黄巾賊で右が官軍にする。それを見る全員の目はもはや真剣そのもであり、誰もがさっきまでの浮ついた空気を微塵も感じさせなかった。

 

「何進大将軍率いる官軍、今回は董卓が指揮しているその官軍が黄巾賊に敗走した」

 

「あらあら随分と軟弱なのですね、官軍は」

 

「らしいね。たかが賊に後れを取るなんて官軍もたいしたことない」

 

 小依と青怜が官軍を小馬鹿にする様に言う。事実に負けたのだからそうなのだろうが、今の官軍が本当に弱いのかはわからないので油断はできない。ただ董卓、何進の指揮が悪かったのか、それとも実は黄巾賊が強かったのかの真実は実際に見ていないのでわからない。

 

「そのため帝から黄巾賊討伐の勅令が各有力諸侯に出されると考えられる」

 

「どうしてそのようなことがわかるのですか?」

 

 そのことが分からない小依はここにいる全員を代表して聞いてきた。それはなぜかと聞かれると色々とあるが三国志の外史だからとしか言えないのである。だがそんなことを言えるはずないので私はとりあえずそれらしい理由を自分なりにでっち上げて伝えることにした。

 

「今の官軍に黄巾賊を鎮圧できるだけの力がないことは今回の戦で証明された。ならば鎮圧できる私たちや曹孟徳、袁本初などの有力諸侯が相応しいだろう。だから帝は勅令を出すと思われる」

 

「そうなると遠征は冀州までになるな。まさか私たちが各自でやれってことはないよな?」

 

 姉さんがまさかそれはないだろうという顔をしながら私に問う。当たり前だが高々諸侯や州牧に十数万もの賊を相手にできる兵を持つことはできない。

 

「当たり前だろ、姉さん。相手は十万以上いるんだ、おそらくは各諸侯と協力して討伐に当たることになるだろう」

 

「なら北の監視はどうするの?私たちが呼ばれたってことは関係あるんでしょう?」

 

「ああ、青怜たちにも今回の遠征に来てもらう」

 

「なぜ私たちが?北の守りはどうするのかしら?」

 

「まず今回の遠征では多くの有力諸侯が集まってくる。その有力諸侯の中で戦功を取るのが難しいだろう。ゆえに今回は本気で行かねばただ参戦しただけになる。そうなると遠征する採算が取れない。だがあえてそこで戦力を温存するのも今後を考えるとありだ」

 

 そう黄巾賊討伐戦には多くの名だたる諸侯や州牧がやってくる。私が知っているだけで孫呉に曹孟徳、袁本初に袁公路もおそらく来るだろう。その多くの英傑がそろう中で戦功をあげるとなると本気で行かなければならない。

 逆にそこに参戦しただけで多くはないがそれなりの戦功があがるし、袁本初との対決のために兵と国力を温存するのもいい。いくら精強の兵を連れて行ったとしても数万の黄巾賊を相手にしたらそれなりの損害が出るし、それを補完するのにも資金と時間がかかる。

 そして次に曹孟徳、袁本初、その他の有力諸侯に公孫家の実力を見せつけなければならない。それはさっきも言ったが示威行為が第一の目的であるからだ。なぜなら警戒されることで曹孟徳と袁本初などに結ぶだけの価値があると判断させ、外交交渉をなるべく対等に行いたいのと華北を私たち三勢力で三つに割りたいからだ。

 この華北を三つに割るということはその他の勢力を味方に付けることがそのまま有利につながる。ここでのその他の勢力とは孫呉と袁公路、それに劉璋などの勢力を差す。そことの協力関係が組めれば私たちと袁本初を挟み撃ちにできるしその差を埋められるかもしれないからだ。

 しかし、この華北における勢力三分割は私たちを下手したら追い込みかねない。ありえないとは思うが曹孟徳と袁本初が手を組んで私たちを潰しにくる可能性が低くはあるがあるからだ。だがあの袁本初なら少し煽ってやれば問題はないかと私は思っている。

 以上が私の中での戦略だがこれは今のところ言う必要はない。なぜなら私が姉さんの次に軍の権力を持っているし、これから起こることだからだ。未来で何が起こると知っているからこそ考えることができ、外史だから実行できる。

 

「黒蓮は今後に何か大きな争いが起きるとお考えなのですか?」

 

「ああ、そうだ。今回で官軍の力が衰えてきているのはさっき説明したな?」

 

「ええ」

 

 小依以外の者達も彼女と同じように頷き、誰もが私のことをを真剣な眼差しで見てくる。それと同時に私の次の言葉を待っていた。

 

「そうなると中華全体を統治することが難しくなる。さすがに国の中心である洛陽あたりは今回の影響をうけないが地方の方は違う。中心地から離れれば離れるほどそこを統治する州牧に頼らせざるをえないはずだ。それが徐々に進んでいった先には国が割れる」

 

 官軍が地方や国境での反乱に対応できないとなれば、対応できる人がそれを鎮圧せねばならない。それはその地方を治めている州牧がそれに当たり、そうなれば持てる兵の数や権限が徐々に増えていく。なぜならそうしなければ反乱の鎮圧や根本的な解決ができないからだ。

 広大な中華全域をカバーできなくなった官軍はその役割を力のある者に任せるしかなく、肥大した権限を持つ州牧たちが数多く存在するようになる。そうなればもはや中央の朝廷はただのお飾りであり、国が分裂し始める。つまりそれは群雄割拠の始まりだ。

 

「それは………戦の世が来ると?」

 

 そのことを察した小依が私と同じ考えに至った。否、小依だけではなく、ここにいる全員が同じ答えに行きついただろう。ここにいるメンバーはどっかの誰かたちと違ってそれを理解できないほど馬鹿ではないからだ。

 

「別に今すぐだとは言ってない。だが遠い先でないとだけ言っておこう」

 

まあ、それもすぐに来ると思うけどな。

 

「そうか……。小依、財源の方はまだ大丈夫か?」

 

「この前の戦もありましたし、財政の方は正直に言いますとあまり余裕がありません。ですがやってやれないことはないのでそこは白蓮様のご判断にお任せします」

 

 姉さんが小依にそう聞くと小依は少しだけ困ったように答えた。姉さん以上にこの啄郡の経済事情や財源を知り尽くしている彼女からしてみれば次の遠征での出費は頭が痛いのだろう。今まで確保してきた貯蓄を出すことによってさらに財政が厳しくなり、再び見積もりをしなければならなくなってしまうからだ。だから仕事がまた増えた彼女に何時も私は心の中で合掌をするのである。

 

「青怜、北の様子は?」

 

「今は何も動きがないわ。でも黒ちゃんが言った通りになった場合は補償はできない。北の国境が破られる可能性もありうる。でも今回は大丈夫だと思うわよ」

 

 私が聞いた報告では国境近くの匈奴は今も漢の属国としているようだ。少しだけ不穏な動きがあるが概ねその関係に影響はないらしい。だが漢の権力がなくなればその関係は意味をなさなくなる。なぜなら漢の庇護などの効果がなくなり、属国になっているメリットがなくなる。さらに私たちの関係も協力関係として続ければいいのでさほど問題は起こらない。それどころか武力で属国になったため、反逆で中華に攻めてくることも考えられる。

 

「わかった。それと黒蓮、一応聞くが参戦しないのは?」

 

「今回の場合はなし、だ。帝の勅令だから断ることはできない。例え勅令でなくても相手に力を見せつける示威行為になるから参加するだけで意味がある。さらに有力諸侯との伝手もこの機会に作りたいからな」

 

 特に私が狙っているのは袁公路と孫呉の二つだ。元々袁公路と袁本初は同族嫌悪で仲が悪いし、孫呉は独立したいから袁公路との仲が悪い。それを利用できるにこしたことはないからだ。

 

「そうなると参戦しかないか」

 

「ああ、そうだ。だがそこで戦力を温存するのも、本気で張角の頸を取りに行くのも姉さんの自由だ。後は姉さんの判断任せる」

 

「右に同じく」

 

「私もよ」

 

「異議はありません」

 

「私もそれに賛成です」

 

「そうか………………………」

 

 そう言ってこの場にいる者達は姉さんの方を向く。合計5人の視線が一斉に姉さんに集中し、一方の姉さんはしばらく黙り、目を閉じて考え始めた。それから誰もが音も発さない静寂な時間がしばらく続く。時間にしておそらくは5~6分ぐらいたったころにずっと考え続けていた姉さんの口がやっと開いた。

 

 

「もし黄巾賊討伐の勅令が来たら――――」

 

 

 誰もが姉さんの言葉を固唾を呑んで待っている。今後の啄郡の方針がまだ保守的であり続けるのか、それとも全力を挙げて群雄になるのかが決まるからだ。私としては後者の方がいいが最終的には姉さんの指示には従おうと考えている。

 

 

「本気で張角の頸を取りにいく」

 

 

 どうやらその心配は杞憂に終わるらしい。だが一応聞いておきたいことがあったので姉さんにこの場で聞いておくことにする。

 

「姉さん、それは曹孟徳らと競り合うことになるのはわかってるのか?」

 

「ああ、それも承知の上でだ」

 

 はっきりとそう断言した姉さんの答えを聞いて私は誰にもわからないように本当に小さく笑った。他の者達もそのことを聞いて満足しているようだ。そして決まったからには次の指示は早かった。小依に財政を任せて私には連れて行く兵の選別を、青怜にも遠征準備を手伝わせて郁にも溜まっていた仕事を分担していく。それらの指示を姉さんが全部言い終わるまで10分もかからなかった。

 

 そして次の議題である啄郡の内部問題について話し合われることとなった。姉さんはそのことになってすぐさま顔色が悪くなっていく。なぜなら劉備たちを客将として扱わせることを指示したのは姉さんだからだ。

 

「で?その劉玄徳とかいうよそ者がでかい顔して街中歩いてるって部下から聞いたんだけど」

 

「うっ」

 

 そのことを青怜が言った瞬間に姉さんは彼女から目をそらした。姉さんも悪気があってしたことではないがまさかこうなることは予測していなかったんだろう。私だってこうなることは予測できなかったし、止められなかったのもあるから何も言えない。そんでもって何か言ったら非難の矛先が私に向くのでやっぱり何も言わずにただ傍観に努める。

 

悪いが今回は姉さんに全て押し付けよう。

 

「文官たちもその劉玄徳とおっしゃるよそ者が私たちの邪魔ばかりしてくると。それになにやら気前のいい『理想(こと)』を声高に町中でおっしゃっているとか?」

 

「……………………(ダラダラ)」

 

 青怜の次には小依が姉さんを責めはじめる。微笑を崩すことなく抑揚のない平坦とした声で語られたその言葉にはここにいる誰もがかなりの怒りが溜まっていると気が付いた。普段から彼女は啄郡の一室からあまり出たことがなく、私が知っている限りでは寝るか飯を食べるとき以外は部屋で仕事しているところしか見たことがない。それほどまでに引き籠りである彼女の耳にまで文官たちの不満の声が聞こえるとなると相当文官たちから劉備たちは恨まれているのだろう。

 

軍部の人間もそうだがな。

 

「私も仲の良い方々(しょうにん)から色々とその劉玄徳という人物について聞きましたわ。確か非現実的なことを自信を持って子供たちにまで語っているとかなんとか(ニコニコ)」

 

「……………………(ダラダラダラダラ)」

 

 そして小依の次に流れるような連係プレーで郁にバトンタッチ。姉さんに弁解の余地さえ与えないほどのトリプル責めだった。まるで某機動戦士のジェ〇トストリームアタックを彷彿させるような連携だったとだけ言っておこう。姉さんもその連携を真正面から受けて顔中から脂汗を滝のように流している。

 

間違いなく撃墜(やら)れたか。ご愁傷様。

 

「それで?黒ちゃんは一体何をしていたのかしら?」

 

 私がそう姉さんを心の中で合掌し、無関係なふりをしていたら矛先を次の獲物に三人は向けたようだ。三人の容赦ない視線が私のことを貫くが私はそれに臆したりはしない。

 

「私はちゃんと彼女たちを監視していたし、兵たちにもなるべく距離を置くように指示していた。軍の人間もかなり劉備たちに不満を持っていたからな。それに町に関しては姉さんの領分だ、後は知らん」

 

 なぜならやることはしっかりとしていたからだ。それと町のことは姉さんや文官たちの仕事であって私の管轄じゃない。

 

「そうなの?それじゃあ仕方がないわね」

 

「そのようですね。やることはちゃんとやっていらっしゃったのですし」

 

「良かったわね~(ニコニコニコ)」

 

 そう言って彼女たちからの許しをもらった私は姉さんに向かって勝ち誇った笑みを浮かべる。それを見た瞬間の姉さんはまるで裏切られたかのような絶望的な顔をしていた。そして姉さんはその絶望に浸る中で三人からのお説教という猛口撃を受けることとなった。

 

 

 

 

※しばらくお待ちください。

 

 

 

 

 30分ほど経っただろうか、そこまで経ってやっと姉さんは三人のお説教から解放された。解放された姉さんはもう精も根も尽き果てたように椅子の上で白くなっている。そして日頃のうっぷんを晴らしたかのように青怜、小依、郁の三人は清々しいほどすっきりした顔になっていた。

 

「それで?一体どうするの?」

 

 姉さんが絃央の看病によって復活した後に青怜が私たち全員に聞いてきた。小依や郁もこの対処はどうするか姉さんの判断にまかせるらしい。ただ単に姉さんが招き入れたんだからその責任はお前が取れ、と言っているような気もするけど。

 

「桃香たちに言って自制してもらうしかない」

 

 姉さんがそう言って劉備たちの処遇を決めるがどう見たってここにいる全員は納得していない。特に文官頭である小依はその判断に難渋を示していた。恐らくそれでは文官たちの気が収まらないのだろう。逆にそれだけしかしないとなれば文官たちは上の人間たちに失望する恐れもある。

 

それはまずい、非常にまずい。

 

 そうなったらただでさえ少なく優秀な文官がいないのに失望してやめてしまったら私の日常に大いにかかわるし、これから支配領域を増やしていくのに文官を減らしてどうする。

 それにそれが文官だけだとは限らない。軍の方でも劉備たちに不満を持っている者は多く、それを放置していたら衝突するのも時間の問題だろう。そうなれば市民を味方につけている劉備たちに有利になり、軍の信用とそれを管理している姉さんに不満が向く。それだけは絶対に阻止しなければならない重要なことだ。

 それほどまでに文官と武官たちの不満は大きく、いつその不満が爆発してもおかしくないほどになっているのが今の啄郡の状態だ。

 

はぁ、本当にあいつら使えない。

 

 そう思いながら私は姉さんの判断に異議を唱える。さすがに軍を預かる身としてはそのことをただ黙って見過ごすわけにはいかない。それにあいつらがこの政治的な話を理解しているかどうかは怪しい。現代を生きてきた北郷あたりはもしかしたら少し勘づいているかもしれないが、劉備あたりは無意識でやっている可能性が高い。

 

「姉さんには悪いがそれには反対だ」

 

「その理由は?」

 

「想像以上に兵士たちの不満が高い。いずれは衝突する可能性もありうる」

 

「そこは何とか抑えられないか?」

 

「無理だ。この忙しい状況じゃ兵たち全員を監視できるわけがない」

 

 啄郡にいる兵たちすべてを抑えるのは物理的に不可能である。兵たちを監視し、抑える権限をもつ武官の数が圧倒的に足りないからだ。それにその兵たちを抑えるべき武官も劉備たちに不満を持っているので私の命令を聞かない恐れもある。

 

「青怜たちが手伝ってもか?」

 

「当たり前だろ。兵たちも選別しなくちゃならないし、遠征までに仕事をあらかた終わらせなければならない中でどうやってそんなことをするんだ?」

 

 そして青怜たちが手伝ったとしてもそれは変わらない。彼女たちは武官をまとめる立場であって兵たちをまとめる武官ではない。それにここにいるのは私と姉さんの軍団であって彼女の軍団は国境付近に配置してあるため、勝手が違う可能性もある。さらに彼女たちは私たちの仕事を優先的に手伝うのであって兵をまとめる時間があるかは正直言ってかなり怪しい。

 

「うっ」

 

「それにこっちは遠征の準備で忙しいのに当の本人たちはよほどのことがない限り暇を持て余してる。そうなると町に行くのは当然だろう?」

 

 私の前世の記憶では昼飯なども確か町で食べていたような気がする。それに城の中では彼女たちは嫌われ者であり、居場所がない。そうなると彼女たちは町に行くしかない。

 

「それは…その。いろいろと雑用を押し付けて」

 

「北郷は字が読めないし、姉さんの親友はお節介が随分と過ぎるようだぞ?知らないまま重要案件を勝手に手伝い始めて最後には最重要案件や機密に関係するものまで手を付けそうだがな」

 

 北郷は字が読めないからただの力仕事だけだし、劉備は知らずに平気で書庫を荒らしそうだ。ここからここまでと言っておいても私たちが忙しければ残っている仕事も善意でやろうとするだろう。そうすると自然に機密情報にも関わってくるし、姉さんと近しい劉備は「これはこの方がいいんじゃない?」と姉さんに言う可能性も高い。それではまた姉さんの仕事が増えるし、どう見たってただの客将がいきなり太守に直訴することができる環境は普通の待遇と違うからさらに妬まれる原因になるだろう。

 

「確かにあいつは天然のところがあるけど……。そんなことはしない!……はず」

 

 そして姉さんもそれに心当たりがあるのだろうか苦虫を噛み潰した顔をしている。思っていたことが本気でそうならなおさら手伝わせるわけにはいかない。

 

「はずならする可能性もあるのだろう。なら私たちがとるべき道は一つだ」

 

「それは?」

 

「あいつらにはここから出ていってもらう」

 

 私がそう言うと姉さんは信じられないような目で私を見てくる。私としてはそれが一番手っ取り早いし、金も時間もかからないと思う。それにあいつらは姉さんの計らいで客将となった立場だ。なら姉さんの指示で追い出したって構わないはずだろう。

 

「それは本気か?」

 

「ああ、本気だ。そうすれば問題となっている頭痛の種自体がなくなるんだ。ここに平和が戻る」

 

「でもそれじゃ、桃香たちに何もしてやれないんだが」

 

 姉さんが本気でそう言った瞬間に私はどこまで姉さんはお人よしなんだと思ってしまった。劉備たちに何もしてやれないとかもう十分すぎるほどしてやっただろと正直かなり思う。

 

「義勇軍の指揮もさせたし、隊だって率いさせた。その経験だけでも十分なものだと思うし当分の生活にかかる費用だってこっちが全部出したんだぞ?それに破格の客将扱いで給金もちゃんと出してる。今の世じゃそれだけで充分だ」

 

「おっしゃる通りです」

 

「異議なし」

 

「そうですわね」

 

「弁護の余地なしです」

 

 私が今まで彼女たちにしてきたことを大体あげるとここにいるメンバーは私の言ったことが正しいと賛成してくれた。大体彼女たちは身一つでここまで来たんだ。武の経験しかない関羽と張飛、私塾で学んだとはいえ実務処理経験なしの劉備、後はただの種馬。そいつら全員を客将として扱っただけでもかなりの高待遇だ。それに加えて部隊の率い方や軍のこともレクチャーしてやったし、ちょっとした雑務もさせて実務処理の経験も僅かだが積ませた。どちらかと言うとこっちの方のマイナスにしかなっていない。

 

「………わかった。桃香たちには悪いが出て行ってもらう」

 

 姉さんがそう言うと私はほっとし、静かに胸を撫で下ろした。もし姉さんがそれでも駄々をこねるなら青玲たちと結託して無理やり勢いでもっていくか、他の手段で劉備たちを追い出していただろう。

 

「そうなら手段は姉さんに任せるが、期限は遠征までだ」

 

「ああ」

 

 私が姉さんにその期限を指定する。さすがにあいつらを今回の遠征に連れて行くわけにはいかない。

 

「間違っても遠征軍には入れるなよ?あいつらは私たちに反発して自分たちで動きそうだからな」

 

「そこまではさすがに……」

 

「忘れたのか?姉さん。あいつらは軍議で場を乱すだけではなく、姉さんにいきなり突っかかったんだぞ?」

 

 私がそう言った瞬間にこの場の空気が一気に重くなる。ここにいるメンバー全員の目が細くなり、ブチ切れ寸前のところまでになっていた。なぜならたかが客将如きが太守である姉さんに向かってそこまでの不敬を働いたからだ。それに加え姉さんの部下である私たちを差し置いてそれをやったんだから随分と嘗めたことしてくれたな、と思われても仕方がないだろう。その証拠に青怜の額には青筋が浮かび、小依は笑ってはいるが目が笑っていない。そして郁は笑顔がまぶしすぎるほど輝いているが圧力が半端なく、絃央は終始無言である。

 

「まあ、後は姉さんに任せる。全員それでいいな?」

 

 私がそう言ってこの会議を終わらせようとするが青怜たちには不満が残る結果となった。そのため納得がいかない青怜が反対の声を上げようとする。

 

「私はいy……」

 

「いいな!!」

 

 しかし、私はその声を無理やり遮ってこの会議を終わらせる。そうすると青怜が恨めしそうに私のことを見てくるが、私は彼女にアイコンタクトで合図を送った。そうすると私の意図を理解した彼女はしぶしぶ引き下がった。

 

「では今回の会議はこれで終わりとする。それぞれ指示通りに動き出せ。それと青怜と郁には少し話があるから残ってくれ」

 

「わかったわ」

 

「わかりました」

 

 二人とも私の言うことに素直に頷くとこの会議が終了となり、姉さんたちはすぐさま仕事に戻っていった。そしてこの会議室に残ったのは私と青怜、それに郁の軍上層部だけである。

 

「で?どうして私を止めたのかしら?ことによってはただじゃおかないわよ?」

 

 全員がこの部屋から出ていくことを確認した青怜は手に持っていた鉄扇を弄びながら私に向かってさっきの意図を聞いてくる。その後ろには郁もいてその顔に「邪魔したな?」という意味も込められているのかその笑顔には重圧感が半端ない。

 

「そう怒るな。私はお前の考えていることは大抵理解している」

 

「だからって邪魔するの?」

 

 バシッ!と鉄扇を机に叩きつけて私を睨んでくるその姿は鬼気迫るものがあった。まるで戦場にでもいるような気迫が彼女の目から伝ってきており、ただの一般兵では逃げ出しただろう。それほどまでに彼女は私が止めたことを怒っていたようだ。だが私も彼女たちに邪魔はされたくない。

 

「今回は違う。それの主体は私がやらせてもらうから手を出すなよ?」

 

「へぇ~、あなたがね」

 

「ああ、あいつらは強敵だ。関羽と張飛が特にな。だから今回は『鴉』を使う」

 

「………………本気?」

 

 私が青怜たちにそう言うと彼女は一瞬きょとんとした顔で私を見てくるが、すぐさま真剣な顔つきに戻った。それは私が劉備たちを暗殺(・・)するのに秘密工作部隊『鴉』を使うことにしたからだ。彼らは私が実戦に出てから作った秘密部隊だ。文字通り敵地や様々なところで秘密裏に工作、罠、暗殺等を行うことを専門にしている。言わずもがな少数精鋭であり、この部隊を知っているのはさっきの会議に主席していたメンバーたちだけだ。

 

「本気だ、姉さんには悪いが本気であいつらを消しにいく。今後の邪魔になりそうだからな」

 

特に劉備の人を寄せ付けるというか扇動的な能力はな。

 

 そう言って私は彼女たちが無意味で派手な行動をしない様に忠告しておく。もし姉さんになど見つかったらかなりまずいことになるからだ。下手したら私と姉さんとで内乱にもなりかねない。

 

「だから下手な動きはするな。姉さんたちに勘づかれたくない」

 

「りょ~か~い」

 

「わかりましたわ」

 

 そう言って彼女たちは嬉しそうに出て行った。青怜なんて鼻歌まで歌っていたのでどれだけ嬉しいのかがわかる。会ったこともないのにどんだけ恨まれているんだろうか?あのバカたちは。

 

 

さて、あいつらには早々にこの舞台から降りてもらおうか。

 

 




感想等などがありましたら気楽に書いてくださると助かります。

よろしくお願いします。


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暗殺計画

今回は何時もより短いです。

一応計画の全貌がここで露わになりますが気にしないでください。

何が起こるのがわからないのが外史ですから。

ではお楽しみください。


 あの場で公表した通り私は劉備を暗殺することにした。そして私はその暗殺計画を秘密工作部隊『鴉』を使って様々な工作をすることにも決定、そのため私は深夜になろう夜遅くに城のとある一角に来ていた。なぜならここでしか『鴉』との連絡手段が取れないからだ。

 

チリーン、チリーン。

 

 そして私は決められた回数手に持った鈴を鳴らした。決められた場所、時間、鈴の回数でなければ『鴉』はここにやってこない。その後数秒もしない内に黒い忍装束に似たものを着た連絡員が私のすぐそばに現れて跪いた。

 

「……何用で」

 

「……これを部隊長に渡してくれ。詳細は明日の夜に私の部屋で話す」

 

「……承知」

 

 私が手渡した竹簡を懐に収めた連絡員はそう言って夜闇の中へ静かに消えて行った。そして私も誰にも見つからないように自分の部屋へと戻ると執務室の椅子へと音を立てて座り込み、計画を再度緻密に練る。しばらくそのまま計画の最終確認をしていると段々窓の外から光が差してきた。私は一旦計画を練ることをやめ、窓の外を見ると地平線の先が少し白く霞みがかっている。どうやら随分と集中していたせいでいつの間にか朝になっていたらしい。

 

「ふう……あいつらを殺す、か」

 

そう簡単に死ぬのか?あいつらが。

 

「まあ、なんにせよ。やってみるしかあるまい」

 

 そう言って私は再び計画の準備に専念し始める。私がそのことをやめるのは、結局部下が仕事を持ってくるまで続けた。

 

†††††††††††††††††††

 

 深夜近くに私は昨日と同じく執務室で計画の最終準備をしていた。そうすると不意に窓を誰かが叩いた。私は椅子から立ち上がり、窓を開けると昨日と同じ忍装束に似た服装の女が入って来た。その女性は全身黒ずくめの忍装束を着ており、その服の下には黒タイツみたいなものも着ている。さらには顔に忍者が付けるような狐の面もつけている。

 

「来たか、鴛」

 

「……(こくり)」

 

 そう頷いた鴛は人前でめったに話すことはない。なぜなら私が口は災いの元と冗談で言ったら本当にそれを真に受けてしまったからだ。そして調子に乗って忍装束をオーダーメイドして着せたり、仮面や口当をつけたりしてしまったのは若気の至りだったと今は思うが反省も後悔もしていない。

 

「じゃあ、計画の詳細を話すぞ?」

 

「……(こくり)」

 

 黙って私の言葉に頷いた彼女はそのまま微動だにせず、私の机の上にある竹簡を見つめている。

 

「今回の暗殺の標的は劉備とその仲間を合わせた計四人だ。だがそこに兵をいくらかつけていくから実質100人から200人ぐらいになる予定になる。少し大きめの賊討伐という名目であいつらを森まで誘き出すからだ」

 

 今回の計画では多めの賊がでたという設定で劉備たちをその本拠である森に誘い出す。もちろんその賊は本物であり、そこにいろいろと私たちが手引きをしている。交渉も金を積んだので概ねうまくいっており、その賊は私たちの入れ知恵で戦力となる他の賊を吸収している最中のようだ。

 なぜ賊に手引きして戦力を大きくするのかというとはっきり言って賊を全部討伐するのが面倒くさいからである。様々なところに散っている少人数の賊を毎回兵を出して潰しているのでは埒が明かず、なら一か所にまとめさせてから討伐すればより効率的であるからだ。さらに劉備たちを暗殺することにも利用でき、もし失敗しても賊は討伐されるので一石二鳥である。

 

「そこで待ち伏せして弓で殺せ。だが毒は使うなよ?なんせ100人以上がいるんだ。生き残る可能性もあるからな。だからそこは物量でいけ」

 

 そしてよく暗殺に使う毒は使わせない。なぜなら小隊を劉備たちにつけるため、もしかしたら生き残りが出るかもしれないからだ。また矢に塗ったのが毒だと後からくる援軍に知られたらこれは暗殺だったのではないかと疑われる可能性もある。それにこの時代の賊ごときが矢に毒を塗る可能性は極端にないに等しい。そしてあくまで賊に殺られた(・・・・・・)ということにしなければならない。そうしなければ賊を利用する意味がなくなるからだ。それに賊に弓を多く持たせて撃てばそれなりの数になるので結構な被害が出るはずである。

 次に劉備たちにつける小隊は劉備たちに貸してある新人が多い小隊だ。言うまでもなくその小隊は劉備や関羽たちの色に染まりきっており、もはや私たちの小隊ではなくなっている。それを処分するために今回の暗殺では全員連れていかせるつもりでいる。そのためもう古参兵はそこから引き抜かれており、いるのは厳しい調練をした新兵だけである。

 

「次に待ち伏せが成功してもしなくとも賊どもには伏兵として突撃させろ。新兵の部隊に関羽たちなら恐らくそれに対応できないはずだ。乱戦になってからその隙に弓で狙撃し、劉備と北郷を仕留めろ。あいつらは目立つ格好だからな。それとお前らは絶対に戦場には出るなよ?これは賊に表だってやらせなくちゃ意味がなくなる。お前らは森の中から目標のみを狙撃して殺せ」

 

 確かに調練はしてきたがあまり実戦経験のない関羽たちが指揮官となり、さらに戦を経験したことない新兵の小隊では伏兵に対応できないだろう。そこに足手まといである劉備と北郷もに加わるので混乱は収めきれず、結果有象無象の集団と小隊は成り果てる。そうなれば混乱の収拾と賊の対応に関羽と張飛は集中せねばならず、劉備たちの護衛はできなくなる。そこを森の中で潜んでいる『鴉』たちが狙い撃つのだ。戦闘が得意ではない劉備たちなら複数の方向から来る矢には対応できないだろう。

 そして劉備たちに何かあったら関羽たちは平静ではいられない。演義でも関羽を殺された劉備は激怒し、夷陵の戦いで孫呉に敗北を喫している。それほどの絆があるのならおそらく激怒して隙を見せてくれるだろう。それほどの隙があるなら鴛は関羽を殺すことができるだろう。張飛も同様に。

 

「物資の方はもう手配してある。ここから西にある山の中にあるから賊たちに渡してやれ」

 

 計画に必要な大量の物資となる弓や矢、鎧に刀剣の類はもう啄郡の西にある森の中に『鴉』の護衛をつけて置いてある。そして調達方法も足がつかないように他の州から奏に頼んで秘密裏に取り寄せた。もし賊に手引きしたことがばれたとしても他の州の謀略として扱うことができるし、それに公孫家がかかわっていることが気が付かれにくい。なぜなら私たちは幽州一の軍を持つから謀略を受けたとしても不思議ではないからだ。

 

「実行は一応一週間後に予定している。四日後あたりに賊出現の報告がくる手はずになっている」

 

 今の賊には大量の物資と金を渡したので動くなと命じている。最低でも三日の間は動かずに他の賊を吸収しろとも。そうなればおそらく賊の総数は200人以上は集まるだろう。そのためにその付近の賊を私の権限で野放しにし、劉備たちに情報がいかないように握りつぶしていたのだから。

 

「報告が来たら猫で知らせを出すから受け取れ。それを合図に準備をさせろ。それに一日ごとに鳥と犬を出せ」

 

 猫は暗号で連絡員、鳥は伝書鳩、犬は偵察兵を差している。一応は劉備たちの行軍速度を計算して計画を立てているが予定が狂うことも顧慮し、報告を一日ごとにださせるつもりだ。それに何が起こるのかが分からないのが外史と呼ばれるこの世界だ。追って指示を出す可能性もある。

 

「もし失敗する可能性が出てきたらちゃんと後始末をして帰ってこい、以上だ」

 

 後始末とは私たちと接触した可能性のある人物全員の殺害だ。おそらく賊の幹部と頭領がそれに当たると思われる。そいつらを全員暗殺してから撤退を開始するということだ。あとの有象無象の屑どもは残党狩りで正規の部隊を使うから『鴉』の出番は終了となる。

 

「理解したか?」

 

「……(こくり)」

 

 私がそう聞くと彼女は静かに頷き、窓から音もなく出て行った。そしてすぐさま夜闇に紛れて気配が消える。おそらく彼女の気配に気が付くのは武人だったとしてもほとんどいないだろう。それほどまでに彼女の気配はない。そして私は寝室に戻り、寝巻に着替えて久々に深い眠りについた。

 

計画が始まるのは四日後、その時が少し待ち遠しい。

 




誤字脱字等などがありました気軽に教えてくれると助かります。

よろしくお願いします。


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実行中(前)

リアルの方が少し忙しくて投稿が遅れてしまいました。

今回はあまり長くありませんが誤字脱字などがありましたら気軽に

教えて下さると助かります。

それではお楽しみください。


 あの夜から四日たった昼ごろに私の下へ賊出現の報告が予定通り届いた。それに伴い早速劉備たちを私の部屋へと呼び出した。

 

「それで?私たちに一体何の用かな?」

 

 劉備が私に向かって発した最初の言葉がこれである。不機嫌な顔でなおかつ拗ねたような声でいう劉備を子供か何かかと思っても悪くはないだろう。それに続いて関羽は負けたのが悔しいのか私から目をそらし、張飛は猫のように毛を逆立てて威嚇している。種馬はだって?奴は私のことを睨み続けているが気にするほどのことではない、というか眼中にないと言った方がいいだろう。

 

「単刀直入に言おう、仕事だ。西の森に少し多めの賊が出てな、討伐して来い」

 

 そう言って私は劉備に指示を出した。机の上にあった竹簡を劉備に向かって投げ、中身を見るように促し、竹簡の内容をその場で読ませた。竹簡を黙って読んだ劉備はそれを関羽へと渡し、私に質問してきた。

 

「どうして私やご主人様まで今回は参加するの?いつもだったら愛紗ちゃん達だけなのに」

 

「姉さんの指示と星は今別の賊を討伐しに向かっているからだ」

 

「白蓮ちゃんの指示?」

 

「ああ、そうだ。なるべく便宜を図ってやれと言われてな。私ができることと言ったらこれぐらいしかない」

 

 確かに姉さんに少しくらい便宜を図れと言われたのは事実だ。なのでここで利用させてもらうことにした。そして実戦経験として賊討伐を選ぶのは不思議ではない。なぜなら相手は素人が多いし、何より難易度が低い。それに率いるのも指示が出しやすい小隊だし、ちゃんと調練されている兵たちだからそこら辺の賊に負けることはそうそうないだろう。それゆえに私が出した指示は妥当なものと思われるし、疑われることはない。

 

「でも私とご主人様は隊を率いたことがないんだけど……」

 

「俺も一応はいろいろと教えてもらったけど実践はまだだ」

 

「安心しろ、お前たち2人には二個小隊の計200人を率いてもらうが関雲長と張翼徳を副官としてつける。こいつらは小隊ぐらいなら率いたことがあるからお前たちの助手として使え。わからなくなったりしたら遠慮なく聞いてその場で覚えろ」

 

「うん」

「わかった」

 

 私がそう言うと劉備は少しだけ意気込んだように頷いた。やる気満々と言ったような顔をしている一方で北郷は顔が少しだけ青くなって声が震えている。どうやらまだこの世界に馴染めてなく、死を直接感じるのには若干の抵抗があるようだ。

 そして次に関羽たちの方を向き、彼女たち二人にも指示を出しておく。一応は劉備たちのサポートをすることと何か問題があったら指揮権を誰がとるかを明白にさせておく必要があるからだ。

 

「お前らが助手として二人の面倒をみてやれ。それといざとなったらお前たちが隊の指揮をとれ」

 

「わかったのだ!」

 

「…………」

 

 私の指示に張飛は了承をしたが関羽は無言で私のことを睨みつけていた。どうやら私の指示が気に入らなかったらしいと見える。

 

「何か問題でもあるのか?関雲長。言いたいことがあるならこの場で言え」

 

「……桃香様たちを連れてかなくてはいけないのか?」

 

 少し俯きながら苦虫を噛んだように関羽はそう言う。彼女はおそらく劉備たちを危険にさらしたくはないのだろう。今回の賊討伐に2人を連れて行くのには反対のようだ。

 

「別に悪いとは言っていないが」

 

「なら今回は…」

 

「それはお前が決めることなのか?それに言っておくが次が、そしてそのまた次があるとは考えるなよ?私だってそう何度も同じような指令は出せん」

 

 私がそう言うと関羽は少しだけ迷い、そして次に劉備たちの方を向いた。そうすると劉備とは「大丈夫だよ」と言って関羽のことを説得している。北郷の方も今回の賊討伐に前向きなのか「いけるよ」とか「大丈夫だから」とか言っている。そしてしぶしぶ彼女は劉備たちの意向に賛成し、討伐に追いていくことを了承した。

 

「まあ、今回の賊はいつも通りの賊より少し多いくらいだ。それに小隊もつけるから比較的安全だろう」

 

「そうだといいんですが……」

 

「心配なら警戒して行け、一応は全部教えたはずだ。経験だっていくらか積んだだろ?なら心配いらん、いつも通りにやれ」

 

そう言って私は劉備たちを執務室から追い出して政務に戻った。そして女官を呼び出して竹簡を渡し、早速連れて行く小隊の選別を中庭で行った。それが終わった後はただ計画が始まるの時間まで待つだけとなった。

 

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 

 劉備たちが賊討伐に行く日になってトラブルがいくつか発生した。一つ目は他の賊を討伐しに向かった星がなぜかここにいることだ。始めは任務を投げ出したのかと思ったがすぐさま星が任務の終了報告しにきたのでそれはないとわかった。

 

「賊を到着してすぐに討伐し、大急ぎで戻ってきたと。そういうことでいいんだな?」

 

「ええ、そうです。今回の賊は本当に弱かったので」

 

「でも兵や馬に無理をさせて大急ぎで帰って来る必要はなったんじゃないか?」

 

私は計画が邪魔されそうなので内心苛立っていたがそれを表に出さずになぜそうなったかと問いただすと、星は額に手を当てながら悪びれもなく答えた。

 

「いや、そこは私の気分と…」

 

「気分と?」

 

「勘です」

 

随分と便利な勘だな?お前のは。それとも劉備たちの運がいいのか。

 

 そうウィンクして答えた星に頭が痛くなったのはしょうがないだろう。それにこれで計画が成功する確率が大幅に減ったのは確実だ。なぜならこいつは劉備たちが討伐に行くと知ったらついていきそうだからだ。

 

「それで桃香殿たちはいずこに?」

 

 私がそう考えていると案の定、星は劉備たちの居場所を聞いてくる。そして私は一瞬こいつに話すべきではないと思ったが城にいる者に聞けばすぐに本当のことがわかるので正直に話すことにした。

 

「あいつらは今賊討伐の準備中だが?」

 

「そうでしたか。ならば私もそれに参加してよろしいですかな?」

 

「どうせダメと言ってもついていくのだろう?なら好きにしろ」

 

 私がため息交じりにそう言うと星は一気にキラキラとした顔になった。見てわかる通り、かなりのご機嫌である。

 

「おお、さすがは黒蓮殿。わかっていらっしゃる」

 

「だがお前の兵たちは出せんぞ?今回の討伐でかなり消耗しているからな」

 

「別にかまいませんぞ?私一人で十分です」

 

 私がそう言うと星はしめたという顔をしながら部屋を出て行った。その足取りは軽く、今にでも空を飛びそうなほどだった。

 

「はぁ、厄介事がまた増えたか」

 

 そう言って私は猫(連絡員)に渡す竹簡を取り出し、ある内容を新たに付け加えた。その内容とは……。

 

暗殺の成功率を上げるために即効性の高い猛毒を使うことを許可する。

 

という内容だった。なぜ毒を使うことに踏み切ったのかというと多少のリスクを犯してでもしない限り、星が守る劉備たちに傷、ましてや死に至るものまではつけられないだろうと思ったからだ。そしてそれを天井裏にいる猫へと渡そうとしたところで新たな来客が私の部屋を訪れた。

 

「仲珪さん、ちょっといいかな?」

 

 どうやら私が一番会いたくない人間が来たらしい。私はすぐさま手に持っていた竹簡を戸棚へと入れ、戸棚を閉めて鍵をかける。

 

「いいぞ、入れ」

 

 そう言って私が劉備たちを部屋に招き入れるとその後ろには小さな女の子が2人いた。私はその2人を見て思わず頭を抱えそうになったが理性と気合で素の表情をとり続ける。その2人のうち、片方の金髪の少女は「はわわ」が口癖の三国志きっての軍師である諸葛孔明。もう片方の水色の髪をした「あわわ」が口癖の少女は鳳士元である。まさかここで臥龍と鳳雛が揃うとは思いもよらなかった。

 

「……その2人は誰だ?」

 

 私が声を低くして劉備に聞くと彼女はビクッと肩を震わせ、後ろの2人は今にも泣きそうになった。

 

「はわわ、わ、私は姓が諸葛、名は亮、字は孔明と言います」

 

「あわわ、私は姓が鳳、名は統、字は士元です。よ、よろしくお願いしみゃ……す」

 

 そう2人はどもりながらも自己紹介を私にする。初めてこう邂逅したがこの2人があの有名な臥龍と鳳雛であることが信じられないけれどこれも事実だ、現実として受け入れよう。

 

「私は姓が公孫、名が越、字が仲珪と言う。一応はこの啄郡の軍務全てを受けもっている」

 

 私がそう言うと2人は再び「はわわ!?」「あわわ!?」みたいなことを言いながら頭を私に下げてきた。どうやら劉備は私のことを2人に教えていなかったらしい。まったくもって非常識極まりない。

 

「それで2人を私のところへ連れてきてどうするつもりだ?」

 

「え、えっとね、この二人は新しく白蓮ちゃん達のところで客将をしたいんだって」

 

嘘をつけ、お前に仕えたいからここに来たんだろ?

 

「それなら姉さんのところへ連れてけ」

 

 私がそう言って劉備の要件を適当にあしらうと、彼女はまだ話は終わってないといわんばかりに私の机を音を立てて叩いた。

 

「まだ話は終わってないよ!」

 

「なら早く要件を言え、こちとら政務が溜まってるんだ」

 

 暗にお前にかまっている暇はないと言われた劉備は若干後ずさった。後ろの2人も彼女と同じで数歩後ずさり、両肩を抱き合って震えている。

 

「うっ、わかったからそんなに睨まないで?」

 

睨んでねぇよ。イラついてるだけだ。

 

「この2人を連れて行っちゃだめかな?」

 

「ああ?さっき星もお前らについていくって出て行ったぞ?」

 

「うん、さっきそこで会って聞いたから知ってるよ」

 

じゃあ、言わせんなよ。本当にイラつくな。

 

「それでね、この2人を連れて行きたいと思ってるんだ。いいかな?」

 

「好きにしろ。それに見た感じじゃ、その2人は私たちに仕えたいんじゃなくてお前らに仕えたいようだしな」

 

 私がそう言うと諸葛亮と鳳統は肩を震わせながら劉備の後ろに隠れた。どうやら私がかなり怒っているのと勘違いしているのだろう。

 

まあ、当たらずにして遠からずってところだし。

 

「だがそんなに多くの指揮官級の人材を連れて行って、負傷したり死んだりしても私は責任を取らないからな」

 

 自分の身は自分自身の手で守れと言うと劉備たちは「わかってるよ」と言いたげな顔でこちらを睨みつけてきた。

 

「なら結構、早く準備を終わらせて行け。今のこの時間が賊を増長させる、だからその芽が芽吹く前に狩ってこい」

 

 そう最後に言い、私は劉備たちから視線を机の上にある竹簡に戻すと溜まっている仕事に取り掛かった。そしてそこからすぐに諸葛亮たちを連れて劉備が退出し、私は猫に渡す竹簡に再び新しい情報を載せる。

 それが書き終わったところで天井裏から一人の鴉の工作員が顔をのぞかし、無言で頷いて私の竹簡を受け取った。

 

「これが吉とでるか凶とでるか」

 

 とりあえずは計画が終わるまでに目の前にある仕事の山を終わらせるか。なんていったって計画の詳細が届くのは随分と先なのだから。

 

 

 

+++++++++++

 

 

 

桃香Side

 

 私たち賊討伐部隊は今、賊がいるという山の麓に向かって進軍している真っ最中だ。敵が出やすい隊の先頭には愛紗ちゃんと鈴々ちゃんがいて、隊の一番後ろの警戒が難しい場所には星ちゃんがいる。そして今回の部隊長を務める私とご主人様、新たに私の仲間になった朱里ちゃんと雛里ちゃんが隊の中央にいる。

 

 進軍している間、私は朱里ちゃん達にいろいろと聞きたいことがあったのでお話ししている。周囲の警備は愛紗ちゃんたちがやってくれているので怖いとかそういう感情はまったくなかった。

 

こんなこと仲珪さんたちに知られたら緊張感がないって怒られちゃうかもしれないけど。

 

 そう思いつつも私は朱里ちゃんたちとのお話に夢中になっていた。私の隣にいるご主人様も同じように朱里ちゃんたちに積極的に話しかけている。

 

「それでね、朱里ちゃんたちは仲珪さんのことどう感じた?」

 

「えっと、とてつもなく怖い感じがしました」

 

「わ、私も同じ……です」

 

 どうやら朱里ちゃんたちは仲珪さんが常時発している微量の氣に充てられてしまったらしい。私も最初のころは怖かったが徐々に慣れてきたので最近ではあまり怖く感じなくなった。 

 

「そうだよね。私も初めて会ったとき怖かったもん」

 

「俺なんか顔のすぐそばに一撃入れられたからな、あの時は死んだかと思った」

 

 苦笑いしながらご主人様がそう言うと朱里ちゃんたちが心配そうな眼差しでご主人様の顔をまじまじ見ている。そしてそれに気が付いたご主人様が「大丈夫だよ」と言って二人を安心させている。

 

「それにしても最近の白蓮ちゃんたち忙しそうだよね」

 

「ああ、俺もそう思ってた。何か俺たちのことをかまってる暇なんてない感じだし」

 

「朱里ちゃんたちは啄郡で何か感じたかな?こう空気がピリピリしているとか」

 

 私が朱里ちゃんたちに聞くと二人はうーんと唸りながら考えている。そして数秒たった所で二人はお互いに頷き、朱里ちゃんが口を開いた。

 

「えっと、おそらく伯珪様たちは戦の準備をしているんだと思います」

 

「戦の準備を?どうして?もう大きい黄巾賊なんて幽州にはいないはずなのに」

 

「その理由はわかりませんが明らかに今の啄郡には常時必要ないほどの兵士さんたちが駐屯しています。まるでこれから大きな戦を始めるような規模で……。そして公孫家の最精鋭である『白馬義従』と『黒馬義従』に加えて『漢の入り口』と言われる国境の砦を守る子則様の直属部隊まで啄郡の外にいました」

 

 私がなんとなく思ったことを二人に聞いてみると朱里ちゃんが私の疑問にすぐさま答えてくれた。そして今の啄郡では私たちが思っていなかったほどの動きがあったことに朱里ちゃんの説明で初めて気が付いた。

 

「それって白蓮ちゃんの全戦力が集まってきてるってこと?」

 

「いえ、そう言うわけではないと思います。今の漢王朝の状況で北の国境を空けるのは危険ですし、それは幽州刺史様が、許さないでしょうから。そ、そうなると考えられることは、公孫家の最精鋭のみが啄郡に集まってきていると思われます。どうやら伯珪様たちはその準備で忙しいのか……と」

 

「それってまずくないか?」

 

「そうですね、もし伯珪様たちがあの戦力で啄郡、もしくは幽州を離れることがあるなら北方の匈奴、烏桓の反乱が怖いですし、間違いなく幽州の治安は悪くなるでしょう」

 

 朱里ちゃんが私たちにそう言うと彼女の隣にいる雛里ちゃんがその小さな頭をこくこくと大きく動かしながら頷いた。

 

 実際に幽州の治安という面で黒蓮たちが担っている役割はかなり大きい。彼女とその部隊がいるだけでも賊があまり目立たない様に行動を抑制するほどである。

 それは現幽州勅史である姓が劉、名が虞、字が伯安が幽州内の治安維持を名目に黒蓮たちを好きに動かしているからだった。

 そのため、啄郡の領域を超えた部隊の派遣がたびたび勅史の命で出される。それに加えて様々な幽州の要所に公孫の兵たちを置き、守護させてもいる。

 そういうことから、もし黒蓮や白蓮などが幽州から遠征でいなくなると賊が活発に動きだし、治安がこれまでになく悪化するだろう。幽州勅史の軍は黒蓮たちと比べると惰弱と言うしかなく、そのため白蓮は太守が通常持つ以上の兵の所有を許され、その軍の維持にも勅史から助成金が出されているほどだ。

 

 

「特に仲珪様はこの幽州でかなりの武名を広げています。それに先の黄巾賊討伐戦でその武名はさらに広がっているでしょう」

 

 それも他の州にまで届くぐらい、と朱里ちゃんは暗に説明する。私はそのことを聞いて本当にすごい人と一緒にいるんだということを身に染みて実感する。

 星ちゃんや愛紗ちゃんたちはその仲珪さんと互角に渡り合えるし、私より頭がいい朱里ちゃんたちは白蓮ちゃんと同じぐらい内政の腕がありそうだからだ。

 そうしみじみと感じているとふと何かを思い出した朱里ちゃんが私たちに向かって拗ねたような顔で口を開いた。

 

「それにしても桃香様たちは酷いです。いきなり仲珪様のところに行くなんて」

 

「そ、そうですぅ~。あの仲珪様と目が合った瞬間とても怖かったんですから~」

 

「あはは、ゴメンね?驚かせようと思って」

 

 私がそう言う二人はさっきよりも恨めしそうに見てくる。雛里ちゃんに至っては「驚くだけじゃ済まされなかったです」と半泣きだった。

 そう和やかに談笑していると隊の後ろを警戒していた星ちゃんが私たちに所までやってきた。

 

「お話が盛り上がるのもよろしいですがそろそろ目的地ですぞ?討伐の準備をした方がよろしいのでは?」

 

 そう私たちに告げた星ちゃんはそのまま真っ直ぐとその視線を前方へやった。私たちもその視線を追って前方を見るとその先には少し大きめの岩山と森が広がっていた。そしてその岩山の近くには物見やぐらが何個か見え、ここに賊がいることは明らかだった。

 

「全隊一旦止まって!!」

 

「斥候も出す!!騎兵は森の周辺を探ってくれ!!」

 

 私とご主人様がそう指示を出すと奇襲に合わない様に見晴らしのいい場所で小隊を止め、斥候のために騎兵たちが森へと向かって行った。そして残った私たちは軍議のために愛紗ちゃんと鈴々ちゃんを呼び寄せ、朱里ちゃんたちを中心にして集まる。

 

「情報によるとこの先の岩山周辺に賊の本拠地があるそうです」

 

「それにしても嫌な場所ですね。この場所じゃ伏兵も出そうですし」

 

 実際にこの賊のアジトであるこの場所は伏兵にもってこいの場所だった。賊がいるという岩山まで数百m森が続き、しかもその岩山まで行くには細い一本道しかない。そのため隊一団となって進軍することはできず、自然と隊列が伸びてしまう。

 

「他の道はないのかな?もうちょっと大きな道があればいいんだけど」

 

「そ、それはないと……思います」

 

「どうしてわかるの?雛里ちゃん」

 

「す、水鏡先生のところで、見た地図にはこの山道しかなかったから……です」

 

 どうやらこの小さな軍師さんたちは水鏡先生のところにあったこのあたりの地図を全部暗記しているらしい。朱里ちゃんにしろ、雛里ちゃんにしろ私たちより小さいのにはるかに頭がいいのは明らかだった。

 

少しだけ妬けてきちゃったな。

 

「なら後は斥候が戻ってくるまで待機するしかないですね」

 

「うん、隊のみんなを休ませてあげて。あと見張りを何人か選んでね?」

 

「御意」

「わかったのだ!」

 

 そう言って愛紗ちゃんと鈴々ちゃんは隊の兵士たちに休憩を取らせに行った。周りの兵士さんたちは愛紗ちゃんの指示に従って一部の見張りの兵士たちを除いて次々と休憩をとっていく。

 その様子をご主人様たちと眺めているとまた朱里ちゃんたちが二人で悩み始めていた。そして私はなぜ二人が悩んでいるのかが気になって朱里ちゃんに聞いてみる。

 

「どうしたの?何か気になることでもあった?」

 

「あ、はい。今回の賊はちょっと不自然だなと思って」

 

「何が不自然なの?」

 

「通常の賊がこんな伏兵に適した場所に本拠地を置くものなのかと」

 

「普通の賊は違うのか?」

 

 ご主人様が不思議そうに朱里ちゃんたちにきいている。ご主人様はどうやら賊のことをよく知らないみたいだ。私もそんなに知っているというわけじゃないけど今まで討伐してきた賊なんかのことはよく知っている。

 彼らは普通廃墟と化した建物や見つかりにくい洞窟、森の中に本拠地を作る。それは安易に討伐軍が攻撃できないようにするためであり、見つからないようにするためでもあるからだ。

 そのためわざわざ自分たちの居場所を知らせるような目立つ場所に本拠地なんか作りはしないはずなのに今回の賊はそれをやっている。

 

「はい、普通の賊はそんなことを考えません。元兵士さんならわかりませんけど……」

 

「普通の賊は、みんな元農民などで、文字すら読めない人がほとんどです……から」

 

「そんなことを考えることはできない、か?」

 

「そうです。ましてや兵法なんて全く知らないはずのに」

 

「それにこんなに賊の数が、集まったりもしないはずです」

 

 さらに賊の数が増えれば増えるほどその賊の行動はその州の州牧や太守に知られる。そのため賊の規模を大きくするということは、すなわちその地域の為政者に喧嘩を売っているのと同じである。

 また、その増え方が不自然だったのだ。目立たない様に集まっているのではなく、声をかけたりしてその数を急激に多くしているのはおかしい。

 しかもここにいる賊は幽州一の武人がいる啄郡において賊の規模を大きくしているのに朱里たちは違和感を感じたのだ。

 ましてや黄巾賊討伐戦においてその名を華北に広めた公孫家が直接支配するこの場所で、ただの賊が真正面から喧嘩を売っているということはその賊の頭はよほどの馬鹿か、それともどこからか送り込まれた細作である可能性がある。

 そしてそれに気が付いた朱里たちは今回の賊は後者だと思っていた。ならばこんなに都合の良い場所に本拠地があるのにも頷けるし、そこに何らかの罠があってもおかしくはない。

 

 そう朱里たちが考えている中、さっき出した斥候が帰ってきたようだ。その斥候は森の中に入らずにその周りを見てきただけだという。

 

 そしてその斥候からの報告を聞くとますます今回の賊は不自然で朱里ちゃんたちの顔つきが鋭くなっていく。その斥候が持ち帰ってきた情報によると……。

 

1、この道以外に他の道はなく、賊の本拠地に行くには絶対に通らなければならない

 

2、その道の地面にはいくつかの痕跡があり。特に足跡が多く、何かを運び込んだ跡もあり、賊は予想以上にいる模様

 

3、この森はかなり茂っているため、木々の奥が見えづらく、伏兵にもってこいの場所である

 

4、道は細く、横陣では進めないため、縦陣でしか進めない

 

 これだけ都合の良い場所を本拠地にしている賊はどうやら只者ではないらしい。明らかにこの場所は攻めてきた相手を迎え撃つためにある場所である。

 

「これは確かに不自然ですね」

 

「うん、条件が良すぎると思うの」

 

「攻めれば……おそらくそれなりの被害が出ると思います」

 

「他に方法はないのか?」

 

 

 ご主人様や朱里ちゃんたちが次々に意見を述べていくが一向に次の方針が決まらない。なるべく被害が出ないようにしたい私とご主人様はあれこれと人並みの策を述べていくが朱里ちゃんたちはそれは無駄だと私とご主人様の策を一蹴する。

 なぜならこんなにも用意周到な相手がこちらの策にわざわざのる必要がないからだと言う。相手は私たちが森に入って来るのを待っているだけでいいのになぜ自分たちから危険な場所に飛び込む必要があるのか、と。

 

「では、どうするのですか?このまま待ち続けても時間の無駄ですぞ?」

 

 私たちがその場で迷っていると星ちゃんがこれ以上は時間の無駄だと言わんばかりの雰囲気でその言葉を発した。

 そこにいた誰もがその言葉で押し黙ってしまった。皆理解しているのだろう。進むか退くかの二つしか道はないことを。

 進むのならこちらの被害がそれなりに出るだろう。しかし、被害を覚悟していかなければ虎穴には入れもしない。

 逆に撤退すれば白蓮ちゃんの援軍が来るだろうがそれにはかなりの時間がかかるだろうし、賊が逃げてしまう可能性が出てくる。

 それに私たちは客将の立場であるのに撤退したら仲珪さんの指示に逆らうことになる。仲珪さんの指示はすなわち白蓮ちゃんの指示であるため、白蓮ちゃんを手伝いに来たのに逆に足手まといになるのはいやだった。

 

危険を冒してまで進むかそれともその犠牲を避けて撤退するか

 

 その答えはどちらだという判断を仰ぐために星ちゃんを含めた全員が私のことを見てくる。さらには私たちの近くでそのことを聞いていた兵士さんたちも私の決定を待っていた。

 そして私の判断を待つ彼らからの視線には無言の重圧が含まれていた。なぜなら彼らの命を危険にさらす、あるいは死に追いやるのは私の指示一つで決まってしまうからだ。

 私はその判断を下すのがとても重いと感じてしまう。なぜなら初めて私は私に着いてきてくれる仲間がこんなにも多く存在するからだった。

 今までは愛紗ちゃんや鈴々ちゃんたちしかいなかったけど今回は二〇〇人以上いる。それだけの人たちの運命を決めるのは初めてであり、正直に言うと怖かった。

 

人の上に立つということがこんなにも重いとは知らなかったな。

 

白蓮ちゃんたちから見れば二〇〇人という取るに足らない数だけれど……

 

たったこれだけの人達でも私は恐れてしまう。

 

私は弱い人間だ。

 

 そのことを理解した私は本当に白蓮ちゃんたちのことをすごい人たちだと感じた。内政の腕や武術の腕とかは関係なく、本気で啄郡の数十万人のために責任を果たす彼女らの精神力が凄い。

 

だから白蓮ちゃんたちはあんなにも強いんだね。

 

 そして私が言っていた『理想』がどれだけ難しいことなのかも初めて理解した。そのことを理解した瞬間、私は心が押しつぶされそうになる。身体中が震えだし、心臓の鼓動が大きく、そしてはっきりと私の耳に聞こえてくる。

 急に膝に力が入らなくなり、腰から地面にへたり込みそうになるのを必死にこらえる。そしてついに耐えられなくなって地面にへたり込みそうになると誰かがとっさに私のことを支えてくれた。それも一人や二人ではなく、もっと多くの人たちが私のことを支えてくれている。

 その私を支えてくれる手は今まで感じたことのないほど暖かく、それでいてとてもたくましく思えた。私はその手の主たちを探すために顔を上げるとそこには私を支えてくれるみんなの手と顔が見えてた。

 

「桃香さ、一人で背負わなくてもいいんだ」

 

と言いながらご主人様は私に笑いかけてくれて、その手で私を支えてくれる。

 

「そうですよ、桃香様。私も微力ながらお手伝いします」

 

愛紗ちゃんも私も逆側から同じように手を差し出してくれる。

 

「鈴々も頑張るのだ!!」

 

鈴々ちゃんも抱きついてきてくれて、その小さな体で応援してくれる。

 

「桃香様、私たちにもお手伝いさせてください」

 

「お願いします」

 

朱里ちゃんと雛里ちゃんも私に頭を下げてお願いし、私のことを手伝ってくれる。

 

「私もお供しますぞ?」

 

そして星ちゃんも私と一緒に来てくれる。

 

私にはこんなにたくさんの仲間がいてくれる!!

 

 それを理解した瞬間に私の膝の震えは止まり、さっきのような重圧がなくなった。そして再度私たちの『理想』を目指す活力が胸の奥から自然と生まれてきていた。

 

「うん、みんな……ありがとう!」

 

 私はうれし涙を目元に溜めながらみんなにそう言うと、全員が嬉しそうに笑ってくれた。

 

「ならまずは目の前のことに集中しましょう。いかがなさいますか?」

 

「そうだね、愛紗ちゃん。進もう、困っている人たちがをこれ以上増やさないためにも」

 

「御意」

 

 私がそう言うとみんな納得し、大きく頷いてくれた。どうやら誰も私の判断に反対するものはいなかった。そして決まってからの隊の動きは速かった。もともと実戦経験が豊富な星ちゃんを筆頭に兵たちが隊列を組み始め、伏兵にあっても大丈夫なように朱里ちゃんたちが木の大盾を装備させる。

 さすがは公孫の兵たちですぐさま隊長の私とご主人様たちの指示を聞いて動き出す。最後には無駄なく一糸乱れぬ隊列になっていた。

 

「隊の先頭は突撃力のある鈴々ちゃん、桃香様、ご主人様の護衛と遊撃に愛紗さん、そして一番戦闘経験のある星さんは隊の後方でお願いします」

 

「わかった」

「任せるのだ!!」

「承知しましたぞ」

 

 そう言って三人はそれぞれの配置へと向かっていく。そして三人が所定の位置に着いたところで隊の進攻準備が整い、後は私とご主人様の声だけだった。

 ふと私は隣にいるご主人様と朱里ちゃんたちの顔を見ると三人とも黙って頷いた。そして私は大きく息を胸いっぱいに吸い込むと私たちの仲間に向かって口を開いた。

 

「全隊進んでっ!!困っている人をこれ以上出さないためにっ!!」

 

「「「「応っ!!」」」」

 

 そうして隊が前進し始める。罠の可能性も含んでいたことに気が付きながらも劉備たちは虎穴入ろうとしていた。

 

もっともその虎穴が猛獣の巣でなく、それよりも危険な場所だということを知らずに。

 

 

 

 



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実行中(後)

色々と試行錯誤している間にだいぶ時間が過ぎてしまいました。

まあ、そのおかげでいろんなことを試すことができたのですが、あまり書き方が変わったとは言えません。

でも、私なりに変えてみたので、何か感想や批評なんかあれば気軽に書いてくれると非常に助かります。


それではお楽しみください。


桃香side

 

まず始めに空気を切り裂いて矢が飛んできた。初めの場所は隊の前方にいた鈴々ちゃんのところだった。

 

「はあっ!!」

 

それにいち早く気が付いた鈴々ちゃんは手に持っていた矛で、左右同時に迫ってくる矢を旋風と供に叩き落とす。

 

「敵襲なのだ!!」

そう鈴々ちゃんが叫んだ瞬間に森の中から数えきれないほどの矢が私たちを襲う。それによって大盾を構えていなかった兵たちに少なくない犠牲が出始める。

 

そして隊に兵士さんたちが突如として襲い掛かってきた矢に俄かに浮足立ち、例えどう対応すると決まっていても混乱に陥った。

 

「全員、盾を構えよ!!弓から身を守れ!!」

 

そう愛紗ちゃんが指示を出すと、隊の兵士さんたちが持っていた大盾を頭上に構え、飛んでくる矢から自分の身を守り始める。

 

「桃香様たちを中心にして円陣を組んでください!!」

 

「「「はっ!!」」」

 

さらに朱里ちゃんの指示によってすぐさま私とご主人様を中心とした円陣が組まれる。そして四方八方から飛んでくる矢を兵士たちの大盾が数多く受けとめるが、盾と盾の隙間に何本か入り込み、兵士たちを傷つけていく。

 

「うっ!?力が……」

「体が……」

「く、苦しい」

 

「どうしたんですか!?」

 

飛んでくる矢にかすった兵士たちが次々に倒れ込む。致命傷でも何でもないのに急に倒れ込んだ兵士たちに向かって無情にも多くの矢が突き刺さり、その命を確実に奪っていった。

 

「矢に毒が塗ってあります!!盾と盾の間をなるべく開けない様にしてください!!」

 

なぜ兵士さんたちが倒れたのか、その理由をすぐさま看破した朱里ちゃんが対応するために指示を出していく。

 

さすがは仲珪さんが育てた兵士さんたち、朱里ちゃん指示を聞いた兵士さんたちが徐々に混乱から立ち直り始め、陣形を立て直していく。

 

「大丈夫ですか!?」

 

目の前で倒れた一人の兵士さんに私が駆け寄ろうとしたところで愛紗ちゃんの背が突如目の前に現れ、無理やり押し返される。

 

そして私の目の前に突如割り込んできた愛紗ちゃんに向かって狙い澄まされた数十本の矢が飛んできた。

 

「セアッ!!」

 

それを全て偃月刀ではじいた愛紗ちゃんだが続けざまに矢が迫ってくる。それも一本や二本ではなく、数十本単位でだ。

 

「桃香様っ!お下がり下さい!!」

 

「狙いは桃香様とご主人様です!!」

 

そう言われて初めて私が狙われていることに気が付いた。

 

しかし、それに気が付いたとしても今の私にできることは何もなく、ただ目の前で兵士さんたちが倒れていくのを見ていることしかできなかった。

 

 

愛紗side

 

 

油断していたとは言わないが明らかにこれは私たちが来ることを賊は知っているようだった。それに伏兵も用意していたらしく、今も桃香様に向かって飛んでくる矢を払い落したがまだ続きそうだ。

 

「桃香様!ご主人様!お怪我はありませんか!?」

 

「俺と桃香は無事だ。どこも怪我してない」

                 

「でも兵士さんたちが」

 

そう話している間にも未だにに矢は兵たちに降り注いでいる。

 

このままでは桃香様たちが危ない。

 

「桃香様、私たちの後ろにお下がりください」

 

「けど愛紗ちゃんたちが」

 

「心配無用です。これぐらいの矢なら簡単に凌げま……」

 

そう私が桃香様に言おうとした瞬間に微かに遠くから、空気を切り裂いて何かが迫ってくる音が耳に届いた。

 

その音を聞いた瞬間に私の中の生存本能が危険だとしきりに頭の中で警鐘を鳴らし始める。私はその生存本能にしたがってとっさに手に持っていた偃月刀を私の後頭部に向かって振り上げた。

 

「ぐっ!?」

 

それと同時に私の腕にまるで大きな鈍器で殴られたような衝撃が走り、偃月刀に弾かれた矢が大きく逸れて反対側の森の彼方へと消えていく。

 

氣を纏った矢だと!?

 

「全員気を付けよ!!

 敵の中に手だれが混ざっているぞ!!」

 

「そちらは大丈夫ですかな?」

 

私がそう叫ぶといつの間にか桃香様たちを中心とした円陣の中に星が来ていた。

 

どうやら敵襲があったと聞いた瞬間に桃香様たちのところへ駆けつけてきたようだ。

 

「ああ、だが完全に囲まれている。

 前か後ろを突破はせねばこのまま挟撃されるぞ?」

 

「それは私たちの軍師殿たちが理解しているようです。

 ならば、後のことはあの2人に任せればよい。

 私たちはただ目の前の敵に集中するだけですぞ!」

 

そう言って星は賊に向かって直槍を構えて突貫していった。そして無数の突きの雨を降らし、賊を一人残らず刈り取っていく。

 

それを視界の隅でとらえていた私は、そのまま後ろの桃香様たちをちらりと振り返って大丈夫かどうかを確認する。今の私の後ろには桃香様たちがいて、その一番奥には星がおり、逆側から飛んでくる矢と賊からご主人様たちを守っていた。

 

少なくともこの場で桃香様たちが安全であることを確認できただけでも、私の胸の中に少しだけ余裕ができる。

 

このままいけば耐えれれる。

 

そしてその後、しばらくの間は矢の雨が続いたが、地面に隙間なく矢が敷き詰められる頃には一本も飛んでこなくなっていた。

 

だが、そのすぐ後に森の中から完全武装をした賊が現れ、毒で動けなくなった者を見て薄ら笑いを浮かべて迫ってきた。そして動けなくなった兵たちに剣を無造作に振り上げる。

 

「やめろおお!!」

 

私の声がむなしく響き渡り、態勢を崩していた一部の兵たちに向かって、賊は奇声にも似た笑い声を挙げながらその手に持っている剣を躊躇なく振り下ろす。

 

「貴様らああ!!」

 

私は怒りの衝動のままに陣形の前に飛び出して、数人の賊に偃月刀を振り下ろし、その刃を真っ赤な血で濡らす。

 

しかし、森のいたるところから出てきた賊は陣形を整える前の兵たちに突撃、至るどころで白兵戦が繰り広げられ始めていた。

 

すぐさま私たちのあたり一帯が悲鳴と怒号に支配され、空に血の嵐が吹き荒れた。そして再び私たちの前に賊が数十と現れ、陣形を組んでいる兵たちに突撃していく。

 

それに対して私は退くのでなく、逆にその賊たちの懐に飛び込み、偃月刀を縦横無尽に振るう。私の刃を受けた賊どもは、一瞬のうちに身体を弾き飛ばされ、切り刻まれながら地面にのた打ち回り、死んでいく。

 

そんな乱戦の中で男たちとは違う、明らかに少女の声が響き渡る。そしてその声はどうやら賊ではなく、私たちに向かっての指示であった。

 

「急いでこの森から脱出を!!星さんは後方から来る敵を突き破って退路を確保してください!!」

 

「任されよ!」

 

しかし、その指示はどうやら賊を殲滅するものではなく、私たちが逃げ出すためのものであるらしい。

 

だがそれは動けぬ負傷者をこの場に見捨てるという意味であった。

 

私は自分の無力さゆえに、欠けそうになるほど歯をかみしめる。ガリッと何かが削れたような音がしたが、それでも私の怒りは収まらなかった。

 

だがここで桃香様たちを失うわけにはいかない!

 

やむを得ない犠牲、そう私は判断し、賊を斬り飛ばして桃香様たちのところへ駆け戻る。

 

「前衛の兵士たちは鈴々ちゃんとともに殿をお願いします!!」

 

「わかったのだ!!みんな、ついてくるのだ!!」

 

「「「応!!」」」

 

私が桃香様たちのところへ再び戻ってきた時には、陣形を組み直した鈴々の前衛が追撃に来た賊をその場で受け止める。一方の後衛である星は、兵たちの陣形を魚鱗にし、賊に向かって突っ込んでいった。

 

「朱里、私はどうすればいい!?」

 

「愛紗さんはここで桃香様たちの護衛をお願いします!」

 

「承知した!」

 

そして私は周囲を警戒しながら、桃香さまたちの護衛に専念する。

 

そうすると森の中から再び、数本の矢が桃香様たちに向かって放たれた。それも無造作にではなく、全てが桃香様たちのいる場所に集中していた。

 

「くっ!」

 

私はそれらを偃月刀で弾き飛ばしていくが、森から飛んでくる四方八方の矢に対して明らかに手数が足りない。

 

どうやっても桃香様とご主人様を含め、軍師である朱里たちを守りきれるものではなかった。特に身長が高い桃香様とご主人様の二人は、偃月刀を振るうには邪魔であり、立ったままでは守れ切れるわけがなかった。

 

そう判断した私は悩むことなく、二人に向かって動き出す。

 

「すみません、桃香様!!ご主人様」

 

「へっ?」

 

「あっ?」

 

そう謝りながら私は桃香様と主人様をを足蹴にして、無理やり地面に倒す。そしてその倒れた桃香様たちの頭上に向かって迫ってくる矢を、身体を軸にして全てを弾き飛ばす。

 

そんなギリギリの中で再び私はあの空気を切り裂く音を聞く。しかもその音は一本でなく、二本であった。

 

「ちっ!」

 

四肢と偃月刀に膨大な氣を纏わせ、迫ってくる2本の矢と私の一撃がぶぶつかり合う。2本ともまとめて弾き飛ばしはしたが、私の体制が少しだけ崩れる。

 

そしてそれを待っていたかのように、森の中から先ほどの倍の矢が一斉射された。どうやら狙いは桃香様とご主人様のようで、私に向かっては一本も飛んでこない。態勢の崩れた私は無理やり偃月刀を振るい、迫ってくる矢を連撃で弾き飛ばす。

 

一本、二本、三本………くっ、これでは!

 

私は途中で矢の本数を数えることをやめ、桃香様たちに当たりそうな必要最低限の矢だけを弾くことに集中する。

 

弾けなかった矢が桃香様たちの身体スレスレで外れ、地面に突き刺さる。そしてそれを見た朱里たちは悲鳴を上げて頭を抱えてしゃがみこんだ。

 

「動くな!!」

 

その場から逃げ出そうとして桃香様たちにそう叫ぶ。そうするとご主人様が桃香様を腕に抱え込み、朱里たちの近くで蹲った。

 

そして結果的に朱里たちの近くでご主人様が蹲ってくれたおかげで、守る範囲がさっきよりも小さく、一点に集中したため、守れる確率が増えた。

 

「ハァァァァアアアアアッッッ!!!!」

 

私は桃香様たち守るために全神経をかけて矢を弾き続ける。その矢を弾いている時間が、まるで数時間にも及ぶとても長い時間に感じられた。

 

早く終われ!!終わってくれ!!

 

 そう私は祈りながらも、無我夢中で矢を弾き続け、ついに全ての矢から桃香様たちを防ぎきることに成功した。そして今はもう矢が飛んでくる気配はない。ちらりと振り返って桃香様たちの無事を確認し、私は心の中で胸を撫でおろし、安堵する。

 

 

桃香様たちに怪我はない、本当に良かった。

 

 

そしてそう思っていた瞬間に、この戦場で最も忘れてはいけないことを私は忘れてしまった。

 

 

あの空気を切り裂く音が私の耳に届く。

 

 

それはこの戦場で幾度なく聞こえ、私が弾き飛ばしたもの。

 

 

氣を纏えない者には必殺の一撃。

 

 

私がそれに気が付き、慌てて振り向いた先には――――――桃香様に向かっている一本の矢があった。

 

 

「しまっ……!」

 

 

なぜ私は油断してしまったのか。

 

 

なぜ私はそのことを忘れてしまったのか。

 

 

忘れてはならないものだと理解していたのに。

 

 

この身で実際に感じ、肌に染みて理解したはずなのに。

 

 

そんな後悔が私の中を一瞬で駆け抜け、肌身で感じる世界がまるで止まっているかのように停滞する。

 

 

それは桃香様に迫っている矢もしかり、そしてそれを黙って見ているしかできない私さえもそうであった。

 

 

そんな何もかもが止まっている世界の中で。

 

 

私は私自身の全てをかけてでも守るべき桃香様(ひと)に必死で手を伸ばす。

 

 

 

やめてくれ。

 

 

 

やっと出会えたんだ。

 

 

 

何もない私に。

 

 

 

生きる意味を与えてくれた人なんだ。 

 

 

 

たとえこの手が届くはずのないことだと頭の中で理解しても、私はこの手を必死に伸ばした。

 

 

 

届け!

 

 

 

届けっ!

 

 

 

「届けぇぇぇえええええええええええっっっっっ!!!!!!」

 

 

 

そう吠えた瞬間に、停滞する世界の中でまるで閃光の様に私は駆け抜けた。

 

 

 

そして私の腕は―――――――

 

 

 

――――――――守るべき桃香様(ひと)に届き、

 

 

 

――――――――その身体を弾き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

桃香side

 

 

私はすぐさま愛紗ちゃんに駆け寄り、その身を泣きながら起こす。

 

「愛紗ちゃん!愛紗ちゃん!」

 

そうすると愛紗ちゃんがかすかにうめき声をあげながら少しだけ目を開いた。

 

「……桃香……様、ご無事っ、ですか?」

 

「うん、愛紗ちゃんのおかげで大丈夫だよっ!」

 

「よかった」

 

そう静かにつぶやいた愛紗ちゃんはゆっくりと目を閉じていく。私は彼女が死んでしまうのではないかと心配するがまだ彼女は荒く、苦しげな息をしている。

 

「朱理ちゃん、雛里ちゃんっ!どうにかできないの?助けられないの?」

 

「と、とりあえずここではなにもできません!今はこの包囲を突破しないと」

 

「……星さんに伝令、早急に敵陣を突破してくださいと」

 

そうみんなが慌てている中、ご主人様が細長い布をもって愛紗ちゃんに駆け寄った。

 

「我慢しろよっ!愛紗!」

 

そう大声で語りかけると、脇に近い二の腕あたりにその長い布をきつく縛りあげ、刺さったままの矢を握りしめた。

 

「いくぞっ!」

 

「うっ!」

 

そう言って一気に刺さっていた矢を引き抜いた。さっきまで矢が刺さっていた傷から止めどなく血が流れていたが、次第にその血は止まっていく。そしてご主人様の懐から出した小さな白い布を傷口に当てて、その上からさらに縛った。

 

「ご主人様っ!愛紗ちゃんは大丈夫なの?」

 

「わからない!とりあえず止血はしたけど体に入った毒をどうにかしないと」

 

そう私たちが戦場で話し合っている間に先陣の星ちゃんが敵陣を突破したらしい。伝令さんが大急ぎでそのことを教えてくれた。

 

「早く愛紗ちゃんをっ!」

 

愛紗ちゃんの命がかかっている、そう考えると私はすぐさま兵隊さんたちに指示をだした。

 

「はあ!!」

 

「「ッ!?」」

 

だが私が指示を出すのと、星ちゃんが私の前に突如現れるのは同時だった。そして彼女は私に向かってくる何かをその直槍で大きく弾き飛ばした。

 

「懲りない奴らですな!」

 

うんざりしながらも星ちゃんはどんどん飛んでくる毒矢を蒼い氣を纏わせた直槍で弾き飛ばしていく。しだいに彼女の周りには渦を巻くように蒼い氣が舞い、飛んでくるもの全てを薙ぎ払った。

 

それを見た相手は、星ちゃんに攻撃するのをやめ、仲間に合図をするとすぐさま撤退していった。

 

そして私たちは星ちゃんを先頭に兵士さんたちに囲まれながら離脱、その後に鈴々ちゃんが続いた。

 

やっとここから出れた。

 

そう思っていたところで再び悲劇が私たちを襲ったことを私たちは知らなかった。

 

 

桃香様をかばって愛紗が矢に撃たれたことを知ったのは鈴々が敵を受け止めている時であった。

 

「いやぁぁぁぁぁああああああ!!」

 

すぐにわかったのは桃香様のこの悲鳴であり、そしていやな予感が鈴々の胸いっぱいに広がる。

 

鈴々がその直感のまま後ろを振り向くと愛紗が地面に倒れ、桃香がそこに駆け寄っているところだった。

 

愛紗!

 

鈴々も桃香と同じように愛紗の元へと駆け寄りたかったが、ここから離れる訳にはいかなかった。

 

それはここが敵をくい止めている殿の場所であったからだ。

初めて黒蓮から教わったことはしっかりと戦場で自分の役割を認識し、それを全力で行うことであった。

そしてそれを理解していなかった愛紗や鈴々の二人に対して黒蓮は口酸っぱく同じことを繰り返し注意してきた。

 

「自分の役割を忘れるな」

「指揮官ならば自分に与えられた役割のことを理解しろ」

「自分の役割を、責任を絶対に放棄するな」

「いいか?おまえがその役割を放棄したら次に死ぬのはおまえを信じた仲間たちだ。だからこそ役割を果たすようになれ」

 

なぜ黒蓮が何度もそのことを言っていたか、それを守るべきものが後ろにいることで初めて理解した鈴々は殿という役割を、責任を果たすために歯を食いしばりながらその場で敵をくい止め続けることに集中する。

 

そしてすぐにも伝令がきた。その内容は敵陣を突破したということで急いでこの場から撤退するということであった。

 

鈴々が伝令を受け取っている頃、星の部隊を先頭に徐々に部隊が離脱し始める。負傷した愛紗をつれて桃香達も同じようにこの場からゆっくりと離脱し始めている。

 

鈴々もゆっくりとその場から後退し、桃香達が挟撃から離脱しかけたところで賊の頭領が最後の攻撃を仕掛けてきた。

 

「逃がすかよ!おまえ等っ、突撃だ!」

 

「「「おっしゃああ!!」」」

 

そして殿の鈴々達と賊が共に最後の戦闘に入った。

 

「耐えるのだ!ここを凌げば生き残れるのだっ!」

 

「「「応っ!!」」」

 

賊の突撃に対して、流れるように盾を構えた鈴々の殿部隊が、敵の攻撃をしっかりと受け止める。

普通の兵ならば、この危機的状況でここまで落ち着いた動きをとれる訳がない。

 

だがここにいる兵は普通ではなかった。なぜならここの兵は心底桃香たちに心酔し、少しでもその力になりたいと思って黒蓮の地獄のような訓練に耐えてきた猛者たちであるからだ。

 

それに加え、ここ数ヶ月の間ずっと彼らは愛紗と鈴々と共に苦楽を共にしており、もはや仲間意識すら芽生えていた。

 

彼らはもう愛紗たちの精鋭部隊となっており、経験不足は否めないがそれでも新兵や賊とは比べ物にならないくらいに精強であった。

 

乱れることなく敵の猛攻を凌ぎ続けていた殿部隊だが、賊の頭領が攻撃に参加したことで中央の兵が押され始める。

 

「おらぁあ!正規兵ってーのはこんなものか!!」

 

そう叫びながら頭領は手に持った大きな朴刀をふるう。一部の兵がその頭領の攻撃で倒れ始めた。

 

このままでは持たない、そう鈴々の直感が告げる。それになによりも鈴々は武人であり、強き者に勝負を挑まないことも、兵達を見捨てるようなこともできなかった。

 

そのことが鈴々の足を自然と前に進ませた。

 

そして大きく振り落とした朴刀を矛で受け止め、逆に反撃を繰り出す。それを紙一重で受け止めた頭領は冷や汗をかきながらその一撃を放った鈴々を見据えた。

 

「ちぃっ!やるな!ちび!!」

 

「ちびじゃないのだ!張翼徳なのだ!」

 

互いに距離をとって得物を構え直す。

 

そして再びぶつかりあおうとした瞬間にそれはやってきた。

 

 

愛紗に致命傷を負わせ、数多くの兵達の命を奪ったそれが再び鈴々達に牙を向く。

 

 

まさか鈴々達は誘い込まれた!?

 

そう感じてチラリと賊の方を見るとなぜか賊にも同じように矢の雨が降り注ぎ、賊の頭が一本の強烈な矢によって頭を貫かれていた。

 

「これは一体どうゆうことなのだ!?」

 

すぐに賊も兵たちも混乱に陥り、戦場が敵味方問わず混沌の坩堝と化すとかす。

そこにはさっきまでの敵味方が戦っている光景はなく、ただ矢に射ぬかれ、苦しんだうえに死んでいった賊と兵の死体が無造作に転がっていた。

 

「なっ……!?」

 

その光景に思わず鈴々は言葉をなくす。この矢を射てるのは賊の味方のはずなのに。しかもここには賊の頭領さえもいたのに全くそのことを考慮していない攻撃。

 

そのありえないことに半ば呆然としていた鈴々の後ろから一つの影が忍び寄っていた。そしてその一瞬の隙が背後から音もなく近づいてきた一人の鴉に攻撃の好機を与えてしまった。

 

「ぐっ!?」

 

鴉の短剣が微かな反応しかできなかった鈴々の足にかする。

 

その鴉は刃がかすったことを確認すると一目さんに戦線から離脱し、森の中へと消えていく。

 

その後、すぐさま桃香達討伐隊は敵を突破し、近くの邑へと身を寄せることにした。

 

そしてその移動の途中、鈴々はさっきのことを思い出していた。

 

「あれはなんなんだったのだ?」

 

そう鈴々がつぶやいた矢先に彼女の視界がわずかにぶれる。戦場から時間が経つにつれてその頻度が多くなっていたが彼女は気にはしていなかった。なぜなら愛紗が毒で苦しんでいたからだ。

 

だが次に体が徐々に重くなっていき、まるで自分の体が自分の体ではない用に感じた。

 

「隊長?」

 

その様子に気がついた生き残り兵がそう聞くが鈴々はなにも答えない。

 

否、答えられなかった。

 

そしてそのまま鈴々はその場に崩れ落ちる。

 

「隊長っ!!」

 

倒れ込んだ鈴々を近くにいた兵が抱き起こす。しかし、彼女の腕や足には力がなく、顔も青白くなって息も乱れていた。

 

「誰かっ!!このことを劉備様へ!!」

 

集まっていた兵の一人がすぐに劉備たちの元へと走っていく。

 

そのことが撤退していた桃香達の届いた時にはもう鈴々の意識は途切れ途切れになっていた。

 

 

 

桃香side

 

私たちが愛紗ちゃんを運び出して近くの邑に向かっていた。

 

「愛紗ちゃん!大丈夫だから、もうすぐつくからね」

 

そう言うと愛紗ちゃんは苦しげに頷いた。しかしその顔色は悪く、息もかなり乱れていた。

 

「朱里ちゃん、愛紗ちゃんは大丈夫なの?」

 

「わかりません。解毒の草は一応飲んでもらいましたが効くかどうかは……」

 

「そう……なんだ」

 

そう苦しむ愛紗ちゃんを見ながら私はつぶやく。

 

そして心配そうに私達が愛紗ちゃんのことを見ているとにわかに後ろの方が騒がしくなってきた。

 

何かあったのかな?

 

私や朱里ちゃんが後ろの様子を伺ってると一人の兵が大急ぎで私のもとまでやってきた。

 

「た、大変です!」

 

「どうしたの?なにかあった?」

 

「た、隊長が、翼徳隊長が倒れました!!」

 

そう私達に告げた瞬間、私は鈴々ちゃんの所へと無意識に走り出していた。

 

鈴々ちゃん。

 

鈴々ちゃんっ!!

 

焦る気持ちが私の足を自然と早くする。そうしている間にも私の心の中では後悔と罪悪感でいっぱいになり、今にもあふれ出しそうだった。

 

私の選択が愛紗ちゃんを苦しめた。

 

私が選択しなければ愛紗ちゃんが傷つくことはなかった。

 

鈴々ちゃんも巻き込まれなかったはず。

 

そして多くの兵たちを殺してしまった。

 

そのことが私のことを責め立てる。私の浅はかな行動がみんなを殺した、と。

 

そして私が鈴々ちゃんが倒れた所まで到達する。鈴々ちゃんは愛紗ちゃんと同じように顔を真っ青にして苦しそうにしていた。

 

「鈴々ちゃんっ!鈴々ちゃんっ!!」

 

私がそう叫んでも鈴々ちゃんは苦しそうにうめくだけで、いつものように元気に返事を返してくれはしなかった。

 

「「「鈴々っ!」」」

 

倒れている鈴々の姿を見た朱里ちゃんは、すぐさま同じような症状の愛紗ちゃんに飲ませた解毒薬を鈴々ちゃんに飲ませ始める。

 

「こんなものしかないです、けど……なにもしないよりは、いいと思います」

 

「そうだね、雛里ちゃん。後は愛紗ちゃんたちの生きる力を私は信じるよ」

 

「そうだな、俺も信じる」

 

「私もです」

 

そうしてる間に近くの村に到着し、愛紗ちゃん達を無理に借りた家に運びこんだ。

 

 

 

???

 

 

「ここの邑にはやけに兵士たちがいるな」

 

「そうねぇ~、いい男が沢山るわ」

 

「そうだぞ!選び放題だな」

 

「「はっはっはっ」」

 

見知らぬ男たち三人が桃香たちのいる小さな邑へとやってきていた。

.




あと誤字脱字や語彙の少ない作者なので教えて下さったら非常に助かります。


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俺のこの手が………

なんかのりで書いてたらすぐに投稿できた。

とういうことで今日は二話投稿です。

お楽しみください。



一刀side

 

俺の目の前で赤髪の青年が何かを呟いている。どうやらこの青年は医者らしく、愛紗たちのことを見せるとどうにかできると言い切った。

 

「違う、こいつらじゃない。……こいつか?いや、こっちか!!……見つけた、コイツだな!!」

 

彼の光る目が愛紗たちの身体を見ている。なんか心配になってきたのは俺だけだろうか。

 

「貴様ら病魔など、この一撃で蹴散らしてやる!」

 

そして目の前の青年はどこからともなく一本の鍼を持ち出し、天に向かって掲げた。

 

「俺のこの鍼が真っ赤に燃えるぅ!!!」

 

本当に鍼が紅く燃えあがり、辺りに向かって炎をまき散らした。

 

「病魔を倒せと轟き叫ぶぅっ!!!」

 

愛紗に向かってその鍼が炎を散らしながら構えられる。

 

「ばぁぁぁくねぇぇぇつっ!!ゴォォォッドヴェェェイドォォォォ!!

 

なんか叫びだした青年の腕が今まで以上に紅く輝き、濃密な氣が辺りを照らす。

 

「一鍼同体!全力全快!必察必治癒……病魔覆滅!(キュピーン!!)」

 

そして鍼を持った青年が大きく振りかぶり……

 

「げ・ん・き・に・なれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

愛紗に向かってその鍼を突き刺した。

 

「「「ええええええええええええええええっっっ!!!」」」

 

「病魔、退散」

 

そして青年が鍼を抜くと、さっきまで苦しんでいた愛紗の顔色が良くなり、荒い息も元通りになっていた。

 

「……治っちゃったよ」

 

「……はい」

 

「……ですね」

 

俺たちは困惑した。でも治るに越したことがないので、青年に鈴々や負傷兵を任せることにし、俺たちはその様子を見守ることになった。

 

桃香side

 

賊討伐から一晩明けた。旅の、ゴッヴェイドォォの華佗とかいう人のおかげで愛紗ちゃんと鈴々ちゃんは一命を取り留めた。

 

だがその代わりに負傷者の兵隊さんたちのほとんどが治療が間に合わずに二度と目を覚まさなくなった。

 

「……私の軽はずみのせいで」

 

そう実際に言葉にしてみると、胸の中に後悔や懺悔、贖罪とかの気持ちがあふれるように混ざりあい、私のことを責める。

 

「……あの時、朱里ちゃんの言うとおりにしておけば」

 

こんなに犠牲者がでなかっただろう。愛紗ちゃんたちだって毒に苦しまなかったはずだ。

 

「……本当に私の『理想』なんて甘いものなんだね」

 

妹さんに甘いと言われた私の理想。

 

 

『話し合って皆が手を取り合えば……

 

 

ーー誰もが平和に生きられる場所が作れる』

 

 

という誰もが……

 

 

幸せに、

 

困らずに、

 

血を流さずに、

 

憎まずに

 

 

生きれる場所を……

 

 

ただ平和に明日を迎えられるように……

 

 

ただそれだけを目指していただけなのに。

 

 

そんな場所はこの世界のどこにもなくて……

 

 

そんな理想は馬鹿馬鹿しくて……

 

 

そんなものために多くの人の命を奪って……

 

 

その後に残ったものは何もなくて……

 

 

私はなんて馬鹿だったんだろう。

 

 

目を覚ました愛紗ちゃんたちに会うのが怖かった。

 

 

このまま時が止まってしまえばいいのに。

 

 

そう考えていたらいつの間にか夜が明けて、眩しい程の朝日が昇ってきたけど、朝日は私の顔を照らすことなく、暗い雲に覆われてしまった。

 

今の私の気持ちを表すようにどんよりとした雲に太陽は遮られ、しばらく経つとポツポツと雨が降り出した。

 

「どうしたんだ?桃香。こんなところで」

 

そんな中、そんな天気さえも気にしない様な明るい声でご主人様が私に話しかけてきた。

 

一刀side

 

愛紗たちの体調が一段落したあと、俺は桃香を探して邑のあちこちを探し回った。

 

そしていくつか歩き回った後、桃香は城壁の上にある櫓に一人ぽつんと膝を抱えて座っていた。

 

ぶつぶつと呟きながらずっと下を向いて何かを言っている。

 

そんな彼女を表すように朝日が静かに上ったが、濃い雲に隠され、終いには雨まで降ってくる。まるで世界までもが彼女のように落ち込んでいたように感じた。

 

それを見た俺は桃香に静かに近づき、肩に手をおいて話しかける。

 

「どうしたんだ?桃香。こんなところで」

 

そう話しかけ、その言葉に反応した彼女が顔を上げると、その頬を静かに涙が流れた。

 

どうやら彼女は昨日からずっとこの場で泣いていたらしい。

 

桃香らしいって言えば桃香らしいな。

 

「……ご主人様ぁ」

 

「いつも泣いてるな、桃香は」

 

「だってぇ……」

 

泣きながら俺を見る彼女の目が言う。全部私が悪かったんだ、と。愛紗ちゃんたちが負傷したのも、兵隊さんたちが死んでいったのも全部私の責任だ、と。

 

そんなことはないんだけどな。

 

「なぁ、桃香。確かに今回は桃香のせいかもしれない」

 

「……ッ!?」

 

俺の言葉に桃香が目を見開いて驚く。そしてさらにあふれ出た涙が彼女の頬を濡らしていく。

 

「でもそれは桃香だけの責任じゃない。俺も愛紗も鈴々も、朱里や雛里だって桃香と同じだよ」

 

「それはちがう!!」

 

「そうなんだ」

 

そう言っても頑と自分が悪いんだと彼女は言う。どうやらそれは譲れないらしい。

 

「そうなんだよ……」

 

彼女がさらに自分のことを責める言葉を発するが、それを遮るように俺は答えた。

 

桃香だけの責任じゃない、と。

 

それと同時に後悔の念も覚える。

 

兵たちは死んでいった。俺たちの軽はずみで身勝手な指揮で。

 

あのときこうしておけばよかったなんて、そんなことは誰でも思う。

 

だけどあの時、指示を出す立場に俺たちはいた。

 

何かを思えば、ちゃんと考えていればこんなことにはならなかっただろう。

 

それは桃香だけの責任ではない。

 

その場にいた誰にも責任はあったはずだ。

 

俺も桃香みたいに正直言って落ち込みそうだった。

 

だってこの前まで普通の学園に通っていただの学生だ。そんな俺がいきなりこんな世界につれてこられて、人の死を、大勢の死を目の前で見せられた時なんて胃からでるもん全て吐いた。

 

昨日仲良くしていた奴が突然死ぬなんてわかりきったことだった。小説なんかよく書いてあった通り、ここは戦場で殺し合いをしているのだ。

 

 

殺しもするし、殺されもする。

 

 

甘かった、どこまでいっても。

 

 

仲珪に言われた通りだった。

 

 

彼女の言葉が俺の心を蝕む。

 

 

貴様の甘い考えがこの結果を生み出したのだと。

 

 

 

後悔は十分にしている。俺が生きてきた人生の中で一番。

 

 

 

 

だけど俺は諦めたくはない。

 

 

 

 

なぜなら俺は……

 

 

 

 

桃香の願った世界を見てみたいんだ。

 

 

 

 

それに俺は、こんなにも普通の女の子が苦しんでいるのを前にして、格好悪いところは見せたくなかった。

 

「桃香だけのせいじゃない。俺たち全員の責任だよ」

 

「でも……私が、みんなを巻き込んだんだよ!」

 

いいや、桃香。それは違うよ。

 

「桃香が巻き込んだんじゃない、俺たち全員が望んだことだったんだ」

 

「違う!みんな私が巻き込んで……みんな私が殺しちゃったんだよ!!」

 

桃香の心の叫びが俺の胸に染み渡る。

 

そしてグスグスと泣きながら彼女は無言の視線を俺に向ける。その瞳は何かを疑うようで、それでいて何かを求めるような複雑なものだった。

 

「違くないよ、桃香。愛紗だって、鈴々だって、朱里だって、雛里だって、星だって……。もちろん俺だってみんな望んだから」

 

俺たちは頼まれたから桃香と一緒に戦場にいるんじゃない。

 

「桃香の夢を一緒に見たいから、桃香の夢を手伝いたいからここにいるんだ」

 

きっと皆そうだと思う。なにも確信はないけど、それだけは真実だと俺は思った。

 

「だから、さ。そんなに思い詰めるなよ」

 

俺たちが一緒にその理想を目指すから。

 

「罪の意識が重すぎるのなら」

 

彼女の背に罪悪感が重くのしかかっているのなら……

 

「一緒に俺がその分を背負う」

 

「………………」

 

でもそれは俺だけじゃない。

 

「力が必要なら愛紗や鈴々、星だって貸してくれる」

 

愛紗に鈴々、そして星だってきっと桃香の理想のために力を貸してくれる。

 

「知恵がほしいなら朱里と雛里がいい案だしてくれるさ」

 

彼女たちは桃香の夢を求めてこの遠い場所まで歩いて来たんだ。

 

「一人で抱えすぎなんだよ」

 

いろんな物をその小さくて、柔らかい体に全部背負おうとしてる。

 

「桃香にはさ、いっぱい仲間がいるだろう」

 

そう、ここにはいないけれど。死んでいった兵たちだって皆桃香の理想をいいものだって、俺たちも手伝いますって言ってくれた。

 

「一人で抱え込みすぎないで、皆を頼ろう」

 

そうすれば一人では絶対無理なことであっても……

 

「きっとどんなことでも乗り越えられるはずだから」

 

そう言って俺は桃香に自分の手を差し伸べた。

 

「ごしゅじぃんさまぁ!!」

 

その手を取った桃香は、立ち上がった勢いのまま俺に抱きつき、大声で泣き始めた。

 

そして彼女が泣きやんだ頃には空を覆っていたどんよりとした雲はなくなり、綺麗な青空が広がっていた。

 

星side

 

その二人の様子を近くの影から見ていた私らはその場から音を立てずに離れる。

 

「ふむ、どうやら私らの出番は無いようですな」

 

「はい」

 

「ですぅ」

 

そこには私の他に背の低い二人がいる。主殿と同じように桃香殿のことを探していたのだろう。

 

私はだって?月見酒をしていただけですがなにか?

 

「お邪魔しない内に私たちは行きましょう」

 

「……はい」

 

「ですな」

 

そうして私たち三人は明るくなった城壁から降り、愛紗たちの眠る宿へと歩き出した。




誤字脱字等などありましたら気軽に書いてくださると助かります。

あと、感想の方にいろいろとありますが、本作は基本的に恋姫の話通りに進みますので大幅な話のずれはあまりないとご了承ください。


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劉備隊帰還

なんかいろいろとプロットを書き直していたりしていたらずいぶんと時間が経った。

まあ、そんなことですが投稿します。

短いですがお楽しみください。


黒蓮side

 

誰もいない夜、太陽が沈み、辺りを月の光が朧気に照らす中、自分の執務室に私はいた。

 

「くっくっくっ」

 

数日前に鴉からの報告を受けた私はこみ上げてくる笑いを抑えきれずに声を出して笑っていた。

 

あの武神とも言われる関羽と猛将の張飛が直接武を交わさずにここで消えるのだ。

 

英雄といえど、暗殺には勝てなかったか。

 

余りにあっけない結末に私は少し拍子抜けであった。

 

まあ、劉備はしとめ切れなかったが、あいつの手足たる関羽と張飛は消したんだ。

 

これであいつは丸裸同然、軍の大黒柱である二人は消え、後は頭脳のみが残ったが、それだけでこの乱世を乗り越えられるほど甘くはない。

 

後に残った二人がここで何かをやらかすかもしれないが、本拠地であるここ啄郡ではこちらの領分だ。

 

十分に仕込みはあるし、鴉だって警戒に当たっている。

 

ここでは絶対に好きにはさせない。

 

それに残った奴らで警戒すべきは星だけだ。後はただの雑魚、いつでも殺せる。

 

そう窓から夜空を眺めながら思案していると、扉から、正確には城の中が騒がしくなってきた。

 

「仲珪様!劉備様たちがお帰りになられました!」

 

そして不思議に思った私が、そのことを確かめようと扉へ足を向けた瞬間、劉備たちが戻ってきっという知らせが届く。

 

なぜだ?ここまでくるにはまだ時間があるはず。特に関羽と張飛が毒でまいっているなら動けないはずなのにだ。

 

「そうか……で?この騒ぎは一体なんだ?」

 

そのことを一切に顔に出さず、私は騒ぎがなんだと聞く。私はあいつらが毒にやられたなど知らないはずであるから、嘘をつく必要がある。

 

「これは劉備様の討伐隊が帰還したのですが、負傷者が多数おり、その対応に追われていたので……」

 

「それほど損害が多いのか?」

 

「はい、数はわかりませんが、全体の半数以上が損失、帰還兵のほとんどが負傷しています」

 

うむ、反乱分子とはいえ帰還兵の数が多いな。それほど負傷者がいるのなら毒で死んでるんだが……。

 

まあ、いい。

 

「私も現場で指揮をとる。まずは負傷者の治療を最優先とし、彼らを安静させる場所を確保せよ」

 

「はっ」

 

そう指示を出すと、伝令はすぐに部屋から駆けだしていった。私もすぐに薄い外套を羽織り、帰還した討伐隊の元へと向かった。

 

 

+++++

 

 

私が城門につくと、そこには負傷した兵たちが隙間なく横たわっていた。至る所に包帯と思わしき白い布を巻いている兵たちに、それらを治療や看病するものたちが走り回っていた。

 

「……ひどいな」

 

そう呟くと、ここの責任者でもある城門の守備隊長が私の元ヘと駆け寄ってきた。

 

「仲珪様」

 

「状況は?」

 

「現在城門に全部の負傷者を運び込んだところで、後は手が空いている者が負傷者の看病に当たっています」

 

「うむ、いい判断だ。ご苦労、これからは私が引き継ぐ」

 

「はっ」

 

この守備隊長はこのような負傷者がでた時の対応をよくわかっている。まあ、何度もこんなことを経験していれば慣れるものか。

 

「とりあえず、非番の者たちをたたき起こし、治療のための場所を確保させ、重傷者からそこに運ばせろ。後は怪我が軽い者は屋根のある空いている場所でゆっくりと休ませておけ」

 

「承知しました」

 

すぐさま城門守備隊長は駆けだしていき、兵が寝ている宿舎へと向かっていった。

 

その後ろ姿を見ていると、その横をすれ違って劉備たちが駆け足でやってきた。

 

「仲珪さん!」

 

「とりあえず報告は後だ、今は時間が惜しいのでな」

 

「待ってくれ!」

 

そう言って現場の指揮をとろうとすると北郷の横にいた見覚えのある赤髪の青年に肩を捕まれて呼び止められる。

 

「なんだ?」

 

「俺は華佗って言う。これでも医者なんだ、手伝っていいか?」

 

「それは助かる、華佗殿。礼は後ほどしよう」

 

頭を下げて感謝の意を表したところで目の前の赤毛のことを思い出す。

 

ちっ、こいつあのでたらめな医術の華佗か。

 

「誰かあるっ!」

 

「はっ」

 

「この者は医者だそうだ。奥へと案内せよ」

 

「わかりました。さぁ、こちらへ」

 

二人はそのまま城の奥へと向かっていき、私は劉備を無視したまま現場の指揮をとり始めた。

 

 

++++++

 

 

負傷者の治療やその他の対応が終わったのは夜が明ける寸前、東の空が薄らと明るくなってきたときだった。

 

そしてその後に報告のために劉備たちと手伝ってくれた華佗、変態二人を執務室に城門から移動した。

 

「私の姓は公孫、名は越、字は仲珪と言う。まずは礼を、我が兵たちを治療してもらい、誠に感謝する」

 

「いや、俺も多くの人を助けることができてよかったよ」

 

そうして私たちは握手を交わす。だがその後ろから見たくもないもの……脂肪が一切なく、ムキムキの黄金色に光輝く筋肉が近づいてくる。

 

「そんなことは気にしなくてもいいわ?いい男が傷ついていたなら助けるのが、お・と・め・の嗜みよ」

 

「そうだぞ、いい男があんなに死ぬのはもったいないではないか」

 

そして華佗の後ろから現れた露出狂の変態zがくねくねしながらそう答えた。

 

それを見て私の体の毛がぞっと逆立ち、生理的に受け入れられなかった。

 

 

正直に言おう。

 

 

これはキツイ、すごくキツイ。

 

 

なにがキツイかだって?

 

 

そんなの……。

 

 

そんなの…………。

 

 

言葉に表せるわけないじゃないか……。

 

 

少し……いや、だいぶ現実逃避しながら私は彼らのことを聞く。

 

「……あなたたちは?」

 

「私の名は貂蝉よ。よろしくね~、仲珪ちゃん」

 

「わらわは卑弥呼という。よろしく頼むぞ」

 

あっはっはっはっと高笑いする二人に私は自己紹介をした後、そいつ等から目を背けながら、劉備たちになにが起こったのかを聞いた。

 

「……ふむ、それで通りすがりの華佗殿たちに助けてもらったと」

 

「……はい」

 

意気消沈した劉備が、小さく返事をする。改めてはっきりと死者の数を聞いたら、いつもはうるさいのが、今だけは静かだった。

 

「まあいい、お前たちに何も罰がないというのもまずかろう。しばらくは部屋で謹慎してろ、以上だ」

 

そう言い渡し、私は事後処理を行おうと筆と何も書かれていない竹簡を手に取る。

 

だがそうしている間も劉備たちがこの部屋をでる気配がまったくない。

 

「……どうかしたのか?」

 

「どうして、あなたは何言わないの?」

 

「何がだ?」

 

不思議に思って問い返すと彼女は怒ったように顔を赤くして声を上げる。

 

「兵隊さんたちのことだよ!!」

 

少し考えると、私は劉備の言いたいことが何か気がついた。

 

ふむ、そういうことか。

 

彼女はおそらく責めてほしいのだろう。ここにいる誰もが彼女のことを責めず、慰めた。今回の討伐は全部彼女が悪いのだと言われたいのだろう。

 

浅はかだな。

 

「お前の責任ではない、それだけのことだ。わかったならとっとと出ていけ、仕事の邪魔だ」

 

「でもっ」

 

私がそうつまらなそうに言うが、彼女はなおも食い下がってくる。

 

「いいか、お前たちに討伐を任せたのは私だ」

 

この啄郡のため、そして公孫家のために、死ぬのがわかっていてあいつらを送り出した。

 

「兵の数を決めたのも、誤った情報を渡したのも私だ」

 

多くの人のために少ない犠牲を容認した。

 

その選択をしたのは私だ。そして選択するということは何かを切り捨てることである。同時にその選択をした責任も出てくる。

 

「確かに現場の指揮に問題があったのかもしれない」

 

「ならっ!!」

 

そして今回はその選択が故意であるのならば、悪意があるのならばそれは咎だ。

 

その咎を生み出したのは私、劉備たちではない。

 

ならばその咎は私が全てこの身に背負わなければならない。

 

それを誰かに押しつけたり、捨てたりすることは指揮官として、また選択者として絶対にしない。

 

それだけは誰かに譲る訳にはいかない。

 

公孫家の軍を預かる立場としての矜持がそれを許さない。

 

「だがその最終決定を行ったのは私だ。お前たちではない」

 

だからこそ私は彼女に言う。

 

「今回の件の全責任は賊討伐の指示を出した私にある」

 

今回の討伐は全て私の責任であると、彼らを殺した咎を背負うのはお前ではなく、この私だと。

 

「それ以上も、それ以下もない」

 

そう私は彼女たちに戸惑うことなく言い切ると、そのことを理解した彼女たちはすぐさま執務室のを出ていった。

 

そして私は事後処理に取り掛かった。




誤字脱字等あればよろしくお願いします。


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現状把握

リアルが片付いて最近執筆を再開させました。

何かよく道筋が違うような気もしないようでするようで……。

まあ、気にせずに楽しんでくれたらいいと思います。


朱里side

 

討伐の件で謹慎を言い渡された私と雛里ちゃんは大きな書庫に入り浸り、この啄郡のことを調べていた。私たちは部屋の隅に置かれた大きな机で様々な資料の書物を読み漁って、この啄郡の内情などを探っている最中である。

 

「今回の暗殺……やっぱり公孫家の誰かが行ったと思う」

 

その言葉を聞いた雛里ちゃんも同様に思ったのか、コクと頷いて私の意見を肯定した。

 

「……白蓮様は、たぶん今回の件に関わってない、と思う」

 

真っ先に頭に浮かんだのが白蓮ちゃんの妹である仲珪様であった。確かに白蓮様はこのような汚く、暗殺のような卑怯なやり方は好まないはず。それは長年の付き合いの桃香様の話から確信できる。ならばそのような手段を平気で使うのは誰であろうか。今のところ仲珪様しか考えられない。あの人なら公孫家に仇為す者をどんな手を使っても排除しようとするだろう。

 

「それって仲珪様のこと?」

 

「……うん」

 

もしくはその地位に近い公孫家の上層部だ。会う機会なかったことから今のところ疑うべきなのは仲珪様だが、何も証拠がないため、確信はできない。

 

「そうなると残るは公孫家の中心である仲珪様とその同僚の方々が怪しいね」

 

「……あれだけの暗殺者と物資を集められるのは、限られる」

 

今回の賊の物資の量から推測すると、賊は普通の賊よりも装備も物資もありえないほど整っていた。それに加え、あの数の暗殺者を雇えるほどの資金力のある人は必然的にこの啄郡では限られる。

 

つまりそれは啄郡太守、公孫伯珪が率いる幽州最大の軍団を持っている公孫家に他ならない。

 

思い返してみれば、矢の本数も賊が身につけていた装備も賊とは思えないほど整っていた。あれほどの矢の本数、装備となるとそれなりの資金も必要だし、それらを見つからずに動かすことのできるのは権力者しかいない。さらにそこに腕利きの暗殺者をも雇える伝手を持っているのだ、かなりの地位の者だろう。例えばその公孫家の中でも仲珪様なんてその役職柄、色んなことに重宝していそうだ。

 

「だけどもしかしたら外部勢力からの介入かもしれないし……」

 

最近では公孫家の名は幽州でよく聞くようになった。それは白蓮様たちが黄巾賊を完膚なきまでに殲滅したからであり、仲珪様自身も大きな武名を上げたからだ。そのため、白蓮様たちを妬む者、台頭してきた公孫家が邪魔だと判断した者、仲珪様の武名を恐れる者など、考えればきりがない。

 

「……でもそれはない、と思うけど」

 

そう、だけど今回の件に関してはその可能性は低い。

 

外部の勢力が白蓮様のことを恐れて今回の事を起こしたのであれば、公孫家の勢力を削りにきたのに私たちが巻き込まれただけで、公孫家は全くとは言わないけれど関係はない。

 

ではなぜ今回はその可能性が低いのか、その理由はいくつかある。

 

まずは賊の規模と本拠地の場所だ、私たちが今回討伐に赴いた賊はその規模、練度、装備、本拠地の場所と本来ではありえないぐらいに整っていた。どう判断しても討伐軍を迎え討つために準備していたのは確実だったと思う。

 

また仲珪様から渡された竹簡の情報とも全く異なり、実際はその数の倍以上いた。普段から賊の討伐を行っている仲珪様がそんな初歩的な間違いするわけはないし、第一にこの場所は啄県から少ししか離れていない。だから仲珪様がこの賊をこの規模にまで大きくなるのを黙って見逃すわけはない。

 

ならば考えられることは……

 

1.他勢力の間者が偽りの情報を公孫家に流したのか

2.仲珪様と上層部がわざとその規模になるまで放っておいたか

3.上層部の人がその情報を偽らせ、仲珪様に報告したのか

 

の三つだ。

 

一つ目は公孫家と敵対している間者が途中で伝令や斥候を襲い、本当の情報とすり替えて誘き出し、公孫家の戦力を削りにきた場合である。そのため、本来討伐に向かうはずであった仲珪様やその他の将兵たちを討伐で森にまで誘い出し、暗殺する予定であったと考えられる。これならば地方の豪族や外部勢力の力を借りて賊は全てを整えられる。しかし、それほどの物資や賊の移動、ましてや軍部に他勢力の間者の侵入を許すなど、あの仲珪様が見逃すはずがない。ということは今回のことは外部の可能性という線はないだろう。

 

残る二つは明らかに私たちを暗殺するためにわざと仲珪様や上層部が賊を放っておいた場合である。今回の賊が伏兵を使ってきたのも、装備や物資が整っていた理由もわかる。しかも有利になる地形と戦術を教えるだけではなく、装備を渡し、物資を整え、私たちの情報までも流しておき、さらには暗殺者を雇って露骨に桃香様のことを狙うという用意周到ぶり。こちらの線の方がよほど可能性は高い。

 

そしてなぜ桃香様が狙われたのかだがそれは現在の啄郡の内情がそのことに関係していると思う。

 

現在の啄郡の内情は大雑把にいうと、三種類に分けられる。第一の勢力は言わずもがな、公孫家よりの商人や民、一部の豪族たちだ。彼らは公孫家を支持していて、公孫家も彼らを優遇している。そのため、ほとんどの人たちがこの勢力になっており、公孫家に権力が集まって安定している。

 

第二の勢力は中立派の人たちでこの勢力はあまりいない。公孫家の統治になじめなかったり、単に公孫家を支持していなかったりという人たちだが、今のところ反旗を翻す予兆も何もないので白蓮様たちに放っておかれている。

 

そして第三の勢力は桃香様たちの勢力だ。最近になって人気が出てきた新興勢力でこの動きはおそらく公孫家の上層部も警戒し始めているのだろう。また、表向きは公孫家に従っているが反公孫家の感情を持つ地方の豪族たちがこの勢力に合流したため、それなりの大きさになっている。

 

「……桃香様の勢力が、最近増え始めてる、よね」

 

「うん、商人さんたちや地方の豪族さんたちも私たちを支持してくれるし」

 

そう、この桃香様の勢力の大きさが問題であった。特に合流してきた啄郡の豪族たちがその問題の原因である。先日も桃香様の思想が素晴らしいといって話し合った豪族もいた。でもあの豪族たちの狙いは違うだろう。あの眼は素直に桃香様の『理想』を称賛してはいなかった。むしろ目の奥では馬鹿にさえしていたように思える。桃香様はそれがわかっていたのかは知らないけれど、愛紗さんにご主人様は彼らが桃香様を利用しようとしていることに気が付いて顔をしかめていた。

 

「……でも、あの人たちの目的は違う」

 

「うん、わかってるよ、雛里ちゃん。豪族たちの狙いはおそらく公孫勢力を少しでも削って、桃香様を祀り上げること」

 

「……うん、そしてあわよくば白蓮様たちと内部分裂をさせて、啄郡を乗っ取ること、だと思う」

 

豪族たちの狙いはそういうことだった。仮にも桃香様は劉姓を持っている自称劉氏の血筋である。それを彼らが利用しない手はないし、今の幽州牧は宗室の劉虞様である。もしかしたら同族として支援や大きな権限を与えられるかもしれないし、自称だとしても劉氏の血筋は知らない人ならば権力の象徴になる。そのため、既得権益を守ろうとする豪族には願ってもない権力だろう。

 

桃香様を反公孫家の筆頭として祀り上げる、それは公孫家に喧嘩を売っていることと同じだ。しかも本拠地であるここ啄県ですれば公孫家に矛を向けているのと同じで、十分に狙われる理由にもなる

 

ではなぜこんなにも地方の豪族が反公孫家であるのだろうか、それは公孫家が数年前に取ったある政策が豪族たちの既得権益を侵したからであった。彼らの話を聞いたところ、数年前にここ啄郡では白蓮様を筆頭に彼らの既得権益である大土地所有を禁止したそうだ。そのため、大規模な豪族たちの反乱が起こったのだが、それらの全てを仲珪様が軍を率いて鎮圧。反乱を起こした豪族たちは公孫家が後の禍根を恐れ、徹底的に追撃し、一族を全て根絶やしにしたらしい。

 

そして豪族のいなくなった土地を啄郡が管理するとして没収、今では豪族の荘園にいた農奴や逃げてきた難民に貸し与えているというが、実質それは嘘で重税などで私腹を肥やしていると言う。

 

前半はさておき、後半の内容は全くのでたらめだろう。そんな馬鹿な話があるか。豪族たちの話を聞いた瞬間、私はそう思った。

なぜなら白蓮様が、なにより仲珪様がそんなことをする訳がなく、むしろ私腹を肥やしていたのは反乱を起こした豪族たちだろと反論したかったほどだ。

 

そして彼らの屋敷を調査した結果は城下の噂になるほど豪族たちの賄賂や汚職の証拠がこれでもか、というほど出てきたらしい。今ではその汚職などがほとんどなく、それは新しい太守様が法を厳しくし、罪を犯した者は必ず罰すると公表してそれを厳守させているからだと女官さんや文官さんたちに聞いた。

 

話の聞く限りでは公孫家の勢力は盤石だ。それを内部から切り崩そうとするなんてバカのやることだと思うし、捨て駒なのは目に見えてる。

 

「そんなことは絶対にさせない」

 

「……うん、桃香様に言っておかないと」

 

だからこそ、私は桃香様に豪族たちの手を取ってはいけないと言わなければならない。

 

利用されるだけされて捨てられるなんてことを許してはいけない。桃香様の『理想』をこんなことで終わらせるわけには絶対にいかない。

 

そう決心しながら雛里ちゃんを見ると、彼女も同じことを思っていたのか、私の眼を見て力強く頷いた。

 

「とりあえず接触してきた豪族を仲珪様に報告しなくちゃね」

 

「……うん、そうだね」

 

後は仲珪様が勝手に片づけてくれるだろう。そしてそのことで恩を売っておけば、少なくとも今後は桃香様が暗殺されるようなことは起きないはず。なぜなら、公孫家側は反抗勢力の炙りだしと殲滅のために私たちを利用しようとするからだ。

 

利用価値があるうちは桃香様たちを殺すようなことはしないはず、仲珪様なら特にそう考えるだろう。あの人は目的のためならとりうる手段は全部取るし、使えるものは何でも使うように思える。

 

それが正しいとか間違っているとかなんてわからない、だけど……それよりも私は仲珪様がその手段をためらいなく使うことがよくわかる。

 

非道だとか間違っているとか桃香様たちに言われるかもしれない。そんなことをしなくてもちゃんとわかってもらえる、とか言って私たちに手を汚させないようにしてくれると思う。

 

それは正直とてもうれしいし、そんな手段を取る必要がないなら私は取りたくはない。

 

でも私もそうしなければいけないのならためらいなくその手を使うだろう。特に大切な人が傷つくのならばなおさらためらう必要はない。特にこれから桃香様が功をいくつも上げ、活躍すればするほどその必要が出てくるだろう。

 

なぜなら権力者には表にも裏にも常に敵が存在するからだ。

 

しかも味方だと思っていた人が裏切るかもしれないし、敵も真正面から仕掛けてくるとは限らない。色んな人を利用してくるかもしれない、私たちも利用するかもしれない。そこに感情は必要なく、そうした方が効率的だから、正規のやり方では不可能だからやる。今の桃香様が公孫家に利用されるように。

 

 

政治とは感情的になってはいけなく、理性的に判断しなければならない。

 

 

そう水鏡先生に教えられた。そのことを私は理解した気がしていた。でもそれは間違っていたと思う。知識として知っていただけで、本当に理解していなかった。

 

善悪など関係ない、それが必要だからやる。

 

自分の周りに初めて影響が出た時、そのことを本当に理解できた瞬間だったかもしれない。公孫家もそれが必要だからやった、ただそれだけの事なのだろう。そして私も公孫家の手段を否定はしない、むしろ肯定する。

 

だけどそれを桃香様たちにやらせるわけにはいかない。あんな綺麗な『理想』を持っている桃香様は特に、だ。桃香様が成長してそれを割り切れるようになったら話は別だが。

 

でも今のままでは絶対にさせてはいけない。

 

だからそれらのことは代わりに私たちがする。

 

それが今できることだから。

 




誤字脱字等ありましたらお気軽に書いてください。

よろしくお願いします。


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黄巾討伐遠征前

忙しい中、少しづつ書いていたのがやっと終わりました。

まだまだ新米の私の作品を読んでいただき、ありがとうございます。

誤字脱字の多い作者の作品ですが、楽しんでいただけると嬉しいです。

よろしくお願いします。


目の前の机には前と同じように姉さんを中央とした啄郡の上層部が集まっていた。

 

どうしてここに集まったか、それを知るものは私と姉さんしかいない。だがここにいる誰もが薄々ただ事ではないことを気づいており、堅苦しい重い空気がこの部屋を覆っていた。

 

その重々しい空気の中で私の口があることを告げる。

 

黄巾賊本隊の討伐命令が下った、と。

 

「ついに来たか……」

 

「そのようね」

 

姉さんと青怜が私の言葉についに来たと言わんばかりに頷いた。

 

「張角を筆頭にした張三兄弟が翼州に黄巾賊全隊を召集、その数は十万以上に上るらしい」

 

私がその情報を出すと、姉さんを含めた首脳陣はうひゃ~、と言うような声でその数に驚いていた。

 

「これに対し、何大将軍は各諸侯に馳せ参じよ、と命令。その中には私たちも入っている」

 

「他の参戦諸侯は?」

 

「中央で名高い曹孟徳、四世三公の名門袁本初とその親縁の袁公路、江東の孫伯符、その他大勢だな」

 

私は心の中で黄巾賊討伐で集まる諸侯の名を思い出しながら、その勢力の充実っぷりに驚きを隠せはできなかった。

 

まずは曹孟徳率いる精強な軍団。その配下には猛将の夏侯惇に弓の達人の夏侯淵、軍師の荀彧に干禁、李典、楽進のトリオ等なども今の感じじゃ合流しているだろう。魏軍は戦力、武将、軍師ともに充実しているといえるだろう。

 

次に四世三公の袁本初の陣営。この集まった諸侯の中でも一位、二位を争う大兵力を持ち、資金も充実している軍団。ただ曹孟徳と比べると将軍が文醜と顔良しかいないので指揮面での穴が目立つ。

 

同じ名門の袁公路は雑魚の寄せ集まりだが大兵力を持つ軍団。数だけは多いが、それを指揮する人間は普通と言われている張勲だけしかいない。数だけが取り柄の黄巾賊に似ている軍隊だ。

 

そして最後に江東の孫家である孫伯符が率いる軍団である。今は袁公路の下についてはいるが、その配下には曹孟徳に劣らない者たちが集まっている。老将の黄蓋に知略の周瑜、妹の孫権、元水賊の甘寧、護衛の周泰、軍師たる陸遜などこれもまた精強な兵と将軍に軍師が揃っている。

 

その顔ぶれを聞いただけで黄巾賊に対し、哀れと思ってもしかたがないだろう。後の英雄たちが挙って今回の黄巾賊討伐に乗り出しているのだ、即死に近いとだけ言っておきたい。

 

「これだけの顔ぶれが集まるなんてなんて豪華なのかしら」

 

と郁が姉さんを見る。

 

「だな、うちもこれぐらい充実していればどれだけ楽なのか」

 

そして私も同じように姉さんを見た。

 

「早く優秀な文官も入れてほしいですね。切実に」

 

文官頭の小依も姉さんを見る。

 

「武官もほしいな」

 

北の守りの青玲もじぃと見た。

 

「………………」

 

姉さんの副将である絃央でさえも無言で自分の主人を見ていた。

 

「「「「………………」」」」

 

全員の意味ありげな視線が姉さんに集まる。

 

「……何だよ」

 

「「「「いえ、なにも」」」」

 

姉さんが少し憤然とした顔でそう言うと、私を含めた全員が視線を逸らす。

 

「でも、この兵力はな……」

 

「ああ、袁公路の兵を除けば、今の官軍に揃えられまい」

 

「そのようね」

 

「小勢力とは言えど資金や人材が私たちよりも充実しているところがいくつかありますね」

 

文官頭である小依の意味ありげな発言により、再び姉さんに視線が集まる。

 

「…………だから何だよ」

 

「「「「いえいえ、なにも」」」」

 

またもや姉さんは憤然とした様子で答える。

 

「小依、遠征費はどうにかなるか?」

 

「ええ、大丈夫です」

 

「黒蓮、兵たちの準備は?」

 

「いつでもいける」

 

「青怜、北はどうだ?」

 

「問題はないわ」

 

姉さんが一人一人に確認をとりながら一つずつうんうんと頷いていく。

 

「ふむ……」

 

どうやら遠征にあたってなにかがあるわけではないらしく、問題なく遠征にいけそうだ。

 

「それじゃ、すぐにでも出兵準備を」

 

「わかった」

 

姉さんの命令に私は頷き、武官を呼び出して遠征準備をさせることを指示し、それを聞いた武官が急ぎ足で部屋を出ていった。

 

「それにしても今回は戦費が大きいですね」

 

部屋の中がきりよく小休止のような雰囲気になったところで、小依が愚痴のようにその場の全員に聞こえるように呟いた。

 

「世も世だ、防衛のために戦費が重なるのは仕方がないだろう」

 

「北の動きも監視しなくちゃならないしね」

 

「困ったものね(にこにこ)」

 

それに続くように私や青怜、郁が談話を始める。

 

その他愛もない雑談の中でふと小依があることを口にしたことで、部屋の中の空気が一変し、再び重々しい空気になった。

 

「そう言えば例の件ですが……武官の様子はどうなのですか?黒蓮様」

 

「前よりは悪くはない、兵も武官もそのことよりも黄巾との戦準備に忙しいからな」

 

「では何も問題はないと?」

 

「問題が無いわけではない。ただ、あいつ等のことが今は眼にも入らないだけだ。だが、遠征が終わればまた再燃する可能性は高い」

 

そう、今はそんなに衝突が起こっているわけではない。なぜなら私たちが大規模な戦の準備しているからであった。

 

本来なら任務についている兵たちが、その任務を放り投げてこの啄県に集まっているのだ。何かあることを気がつかない訳がない。

 

特に北の守りについている青怜直属の軍団までもがここにいるのだから、将兵たちも簡単に予想ができる。ましてや他の軍団との連携演習や訓練が何回も繰り返されているから戦が近いことに将兵たちは戦意と練度を上げている最中なのだ。

 

「文官の方はどうなんだ?小依。まさか問題でもあったのか?」

 

この話題を出してきたからには文官には問題が起こっているのだろう。でなければ遠征前に指揮をを下げるようなこの話題は出すはずはない。

 

「はい、それほど深刻なことは起こってはいませんが……。ただこの忙しい時期に彼女らが好き勝手書庫にいるのが邪魔だと文官たちから苦情が出てきているのです」

 

「なに!?それは禁忌書庫か!?」

 

「いえ、白蓮様が許可を出した書庫ですが、資料を探すのに邪魔であり、かなりの量の書物を持ち出しているらしいのです」

 

「それが文官の邪魔になっていると」

 

まあ、仕事しているすぐ近くで有意義に本を読まれてちゃ頭にくるものな。それに加えて仕事の資料探しでかぶってるんじゃ邪魔だな。

 

おそらくこの啄郡の内情を探っているんだろう。劉備の馬鹿に接触している者も何人かいたし、ちびっ子二人からも報告が何件か来ている。それで見逃してほしいとかなんとか……まぁ、すぐにここからいなくなるんだし、どうでもいいがな。

 

「まあ、それはいいとして……今はまだ私の命令で衝突は起こっていませんが……。ただの謹慎もできない小娘たちはこの際おいておきましょう、我が主は一体あの愚か者共を如何にするのでしょうか?」

 

そのことを小依の低く抑揚のない声が姉さんを容赦なく問い始める。顔はそんなに変わっていないのになんかとても怖い。むしろ無表情なのが彼女の綺麗さに合わさって余計にその怖さに拍車をかけている。

 

その証拠に質問された姉さんは顔を青くしながら大量の冷や汗を額に浮かべている。

 

南無~。

 

と心の中で合掌しているとしどろもに答えだした姉さんに全員の視線が集まった。

 

「えっとな、そのな、その……。桃香たちに一応義勇軍を任せるって伝えてあるから、それと一緒に出ていってもらうことにな、したんだけど……。いいよな?」

 

な、と周りに念押しする姉さんにそこにいた全員が安堵のために胸をなで下ろした。だがその中で小依だけは違う心配もしていたらしい。若干嬉しさの中にため息が出ているという混ざりあった複雑な表情を浮かべていた。

 

というかかなりおこでいらっしゃっている。ここは何も言わない方が得策であろう。私以外の外野も何も口を挟まず、その成り行きを見守ることにする。おこな小依ほど怖いものはないんだ。

 

「百歩譲ってそれはいいでしょう。ですが、義勇軍の兵糧、武器、防具、その他物資は一体誰が負担するのでしょうか?」

 

そして重々しくその口を開いた小依の辛辣な問いに姉さんがまたもやうっ、と気まずそうにうめく。

 

さっきよりも重々しい空気にさらに肌を刺すような寒さが加わった。

 

「まさかそこまで私たちが支援するとおっしゃるつもりでは……ないでしょうね?」

 

「でもな、でもな!桃香たちにはまだ支援してくれる人はいなくてな?私しかいないんだ。頼む」

 

申し訳なさそうに小依に頼み込む姉さんだがどうやら彼女はその頼みを聞いてやる気はないらしい、頑なに首を縦に振らなかった。

 

「それはそれでいいのですが、そういう要望や要請ならばちゃんと私たちに筋を通して本人たちが頼みに来るのが鉄則。

それを白蓮様の友人というだけで用意してもらえるのが当たり前だと思っている彼女らに私は怒っているのです」

 

なるほど、確かにそれはそうだな。だいたいどれくらいの量の兵糧や物資を用意するのかもわからないし、それを用意するのも楽じゃない。義勇軍を任せると姉さんから伝わっているのに何も、感謝しにさえも来ない劉備たちに小依が怒るのも頷ける。

 

「ましてや我が主のご友人という地位に甘え、何でもかんでも用意してもらえるという考えに加えて、感謝しに頭を下げようとしない彼女らに文官の怒りが爆発することも考えられます。第一、そのような礼儀知らずの小娘に私を含めたほとんどの文官は彼女らのために物資などを用意したくはありません!」

 

ごもっとも、劉備の馬鹿は姉さんに感謝すればいいと思っているだけの愚か者だな。ちゃんとその下にいる者に感謝するどころか、会いにすらいってないなんて……あまりの常識のなさに脱帽した。まあ、ただの貧しい暮らしから出てきた彼女の非常識さは今に始まったことではないが。

 

小さい手のひらをパシパシッ!と机に叩きつけながら姉さんに不満をぶちまける小依に、私たちは口を挟まず、戦々恐々しながらその成り行きを見守った。なぜなら特に軍備で多大なる負担を強いている小依がいつ私たちに怒りの矛先を変えるわからないからだ、藪の蛇はつつかない方が身のためである。

 

「それに何ですか!あの使途不明金は!必要ならちゃんと私におっしゃってくれとあれほど注意したのにも関わらず、勝手に財源をお使いになって(パシパシパシッ!)」

 

「あ、うん、その、あの………すいませんでした」

 

「謝ればいいってものではありませんっ!!(パシパシパシパシッ!)」

 

馬鹿たちのことから今度は財源のことに話が移り変わる。小依は啄郡のありとあらゆる財政を管理している。だからこそ、私たちに倹約させ、一切の無駄金を使わせないように要求もとい、命令してくる。

 

そして無駄に使ったことがばれれば今の姉さんのように長々と説教された後、山のような仕事が待っていることになるのだ。

 

あれはこの世の地獄だと思った、とだけ言っておこう。

 

「そもそも削れる箇所はできるだけ削るというお約束はどうしたのですか!?どうしてあんなに遠回りなことをするのですか!!(パシパシパシパシパシッ!!)」

 

「それはだな、いや……それが私なりのやり方でな」

 

「言い訳は聞きませんよ?(バシッ!!)」

 

「……はい」

 

端からみればただの小さい女の子が怒っているだけだが、その内容は常人には理解できないものである。

 

そして小依の机をたたく音が軽い音から重い音へと変わった。

 

すなわち、完全にブチ切れ状態に移行した訳である。こうなると小依を止められる者は私を含めて啄郡には存在しない。しかも、こうなった彼女は狙いを一人に絞るのではなく、目に入った者すべてを標的にし、床に正座させて説教し始める。…………身分や役職など関係なく、地位が高い者ほどその説教時間は長い。

 

そして、気がついたら辺り一面に高官たちが有無も言わさず正座にさせられ、まるで悪夢のような光景が出来上がっているのである。さらにその説教時間は朝から夜まで一日中行われるようになるのだ。

 

これを啄郡では少なからずある苦行の内の一つとされており、これを経験した者は文官、武官問わず小依に逆らわないことを心の中で誓う。

 

さて、そんなことよりも……。

 

(おい、小依が爆発したぞ)

 

(わかってるわよ!)

 

(どうしましょうか?)

 

(私は速やかな撤退を進言する)

 

((賛成))

 

この間わずか1秒に満たないアイコンタクト緊急会議で速やかなる撤退が決まり、私たちは小依と姉さんを後目に静かに、ゆっくりと扉へ向かう。

 

一歩、二歩、後もう少し……!?

 

そう私が思った瞬間、目の前に茶が入った湯呑みが猛スピードで飛んできて、壁に当たり、無惨にも粉々に砕け散った。

 

その砕け散った湯呑みが少し先の自分と重なって見えたのは気のせいだったのだろうか。

 

「……どこに行くのですか?お三方」

 

どこまでも低く、冷たく凍った声が私たちの耳に聞こえてくる。もちろん目線は一切姉さんから離すことなく、睨み付けたままであった。

 

どうやら全く持って気のせいではないらしい。

 

「いや、私は出陣の準備を」

 

「私も同じく」

 

「私はまだ仕事が残っているので」

 

それを聞いた小依の目が細くこれでもかというほど鋭くなっていく。

 

「……それは部下の方にお任せすればよいのでは?」

 

「あの、その、だかな」

 

私が逃れるための言葉を口にしようとしたところ、有無を言わさない氷結の目が私のことを容赦なく貫いた。

 

「………………(ジロ)」

 

「おっしゃる通りで」

 

私が屈したことに罪はないはずだ。これならば私だけではなく、この場にいる誰もがそうするだろう。

 

怒った小依は逆鱗に触れた龍のごとく怖いんだから。

 

「そ、それじゃ、私は行くわね」

 

「ええ、私も」

 

そう言って私を残して出ていこうとする二人を再びブリザードの目が貫き、青怜とふみの身体をその視線だけで凍らせた。

 

「……もう一度、言いましょうか?」

 

「「申し訳ございませんでした」」

 

すぐさま謝った二人は、私のすぐ隣で土下座を決めている。

 

そして残った姉さんを私たちの隣に移動させると、長々と説教を始めたのだった。

 

++++

 

劉備Side

 

私たちがいつものように練兵場で義勇軍の鍛錬をしている愛紗ちゃんと鈴々ちゃん、星ちゃんのことをご主人様、朱里ちゃん、雛里ちゃんと近くで見学していたら、城内が急に慌ただしくなり始めた。

 

「どうかしたのかな?」

 

私がそう呟くと、鍛錬をしていた三人がこちらにくると同時に朱里ちゃんたちが情報を得るために近くの衛兵に話を聞きに行っていた。

 

そしてすぐさま朱里ちゃんたちが大慌てでこちらに走ってやってくる。

 

「何かあったの?」

 

「伯珪様たちから義勇軍の遠征準備をしろ、とのことです!!」

 

「えっ!?」

 

私はそのこと聞いた瞬間に声を上げて驚いてしまった。

 

「どうして?啄郡一帯にはもう賊はいないはずなのに……」

 

とりあえず白蓮ちゃんからは大きな戦があるかもしれないから、前集めた義勇軍はそのまま桃香たちが管理しろと言われた。さらに何かあるかもしれないから戦力の増強しろとも言われていたので、今は義勇軍の兵たちを募集している最中でもあり、日に日にその数は増えている。詳しく二人から聞くと、募集を取りやめ、出陣準備をさせろとことだった。

 

「わかりません、ですが義勇軍だけではなく、全軍とのことです。そうなるとこの啄県にいるのは公孫家の中心部隊のはず。それを全て遠征準備をさせるとなるとただ事ではありません」

 

「確かにただ事ではありませんな、公孫家の精鋭部隊の全てを、北の守りをしているはずの子則殿の部隊まで連れていくことになるとは……。白蓮殿たちも本気でしょう」

 

白蓮ちゃんの本気と星ちゃんから聞かされた瞬間、再びあの黄巾賊討伐戦の光景が思い浮かんでくる。

 

あの最悪な光景が再び……。

 

そう思った瞬間、私の心の中では、まず白蓮ちゃんと話し合わなければとその足を執務室に向けていた。

 

「白蓮ちゃんと話してくる」

 

「俺たちも行くよ、桃香」

 

そう言って私と一緒にご主人様たちが白蓮ちゃんのところへと向かってくれる。

 

そう思ったら段々心強くなり、ご主人様たちがいれば何とかなるような気がしてきた。

 

そして心強い仲間とともに白蓮ちゃんたちのいる本殿へと入ろうと入り口の扉まできた瞬間、衛兵たち槍を交差させ、私たちの前へと立ちふさがった。

 

「どいてください」

 

「それは許可できません」

 

「なぜですか?」

 

「仲珪様が劉備殿たちは邪魔だから入れるなとの御命令です」

 

劉備たちがこのことを聞いて白蓮のところにくるのは明白であったため、黒蓮が先んじて本殿の立ち入りを禁止したのである。

 

それは劉備のめんどうくさい理想とやらの話を聞くのは時間の無駄であり、出陣が遅れる訳にはいかなかったからであった。

 

「それは私も?」

 

「はい、子龍殿も同様です」

 

それを聞いた星ちゃんだが、やはり妹さんによって立ち入りが禁止されていた。

 

「これは仕方ありませんな、白蓮殿が呼びにくるまで大人しく待っていたほうが良さそうです」

 

「でも……」

 

なおも私が食い下がろうとしたところで朱里ちゃんが私の袖をクイと引いてきた。そして耳を指さしていたので耳を傾けると、小声で話し始めた。

 

(ここは大人しくした方がいいです)

 

(どうして?)

 

(下手をしたら私たちは全員牢屋に入れられるか、今回の出陣に参加できなくなります)

 

(そこまでするかな?)

 

(仲珪様なら恐らく)

 

妹さんのことを考えた朱里ちゃんの言葉を私は一度だけ疑ったが、想像するとやりそうであった。というよりもこういう場合の妹さんは容赦がないので、段々やるという確信が出てきていた。

 

「それじゃあ、私たちは自分の部屋で待機しているので、何かあったら呼んでください」

 

「わかりました、そう仲珪様にお伝えします」

 

そうして私たちは踵を返して自分たちの部屋で待機していたが、結局、夜遅くになっても誰も呼びにはこなかった。

 

+++

 

同時刻

 

「もう少し戦費をなくすことはできないのですか?」

 

「すまんが、できそうにない」

 

「本当ですか?私の計算によるとまだまだ削れるところがいくつか存在するのですが」

 

「すいませんでした」

 

昼近くになってもまだ小依の説教から逃れていなかった。

 

私の隣では姉さんと青怜がうなだれており、郁も微笑みながら微動だにしていない。

 

(なぁ、青怜)

 

(……なによ)

 

(本当に朝まで続くのだろうか?)

 

(……諦めなさい)

 

(はぁ~)

 

「聞いているのですかっ!!(バシンッ!)」

 

「「「「はい」」」」

 

そんな風に話していると小依の矛先が私たちに向いた。

 

「そもそもどうしてこんなことになったのですか!」

 

「「「「申し訳ありませんでした」」」」

 

「本当にそう思っていらっしゃるのですか!?」

 

「「「「はい、申し訳ありませんでした!」」」」

 

「謝ればいいってものではありません!!」

 

「「「「はい、申し訳ありませんでした!!」」」」

 

「そもそもあなたたちは私が大きいと思っているんですか?」

 

「「はい」」

「「いいえ」」

 

((((…………………え?))))

 

あり得ないだろ、と私と郁は思わずいいえ、と答えてしまった。それに対して青怜と姉さんはそのままの流れではい、と答えた。とりあえずこの場にいた全員の頭に疑問符が浮かび上がる。どうしてこうなった、かと。

 

「白蓮と青怜!!あなたたちはちゃん私のお話を聞いてらっしゃないでしょう!!」

 

「「すみませんでした!!」」

 

と怒られている姉さんたちを見て私は横で静かにざまぁと思っていた。隣の郁も同じような笑みを浮かべている。

 

「黒蓮たちも笑っているのではありません!!あなた方も私が小さいと!未成熟だとおっしゃるのですか!!」

 

((えーーーーーーーーー!?))

 

だが思ってもみなかったことに私と郁に小依の矛先が向いた。どうやら自分がちみっこという現実を認められないらしい。

 

どっちにしろ怒られるとは思っていなかった私と郁はあまりの理不尽さに心の中で絶叫する。それを今度は青怜が私たちを見て私たちと同様に笑った。

 

「そんなのだから青怜だけが胸が平らなのです!!」

 

(((そこでそれいっちゃうの!?)))

 

しかしそれが気に入らなかったのだろう、類は友を呼ぶように、対象がぺったんこの青怜になる。自慢ではないがまな板のような彼女らの胸と比べるとここにいる皆の胸は大きい。数倍はありそうなほどにだ。郁なんかに至ってはナイスバディと言われんばかりの見事なボン、キュ、ボンというプロポーション。それが余計に青怜のことを際ださせていた。

 

小依の言刃(ことば)で青怜がその場にパタリと倒れ込んだ。どうやら即死だったらしい、すぐそばで姉さんが突いても反応はなかった。

 

「それに何で郁たちはそんなに大きいのですか!?喧嘩売ってるですか!?売ってるですね!?売ってるんでしょう!!」

 

まさかの三段活用、だんだんこの場がカオスになってくる。だがそれを止められる者などここに誰一人存在しない。

 

「「「いえいえまったく」」」

 

とりあえず喧嘩は売ってない、というか一方的に売られている私たちは小依の言葉に揃って首を振り、それを否定する。だがそれは火に油を注いだだけであった。

 

「くっ!それが持つ者の、持たざる者に対しての余裕ですか!?」

 

悔しげに唇を噛む小依。どないすればええねんと私たちは困ったように頭を悩ませる。

 

「そうよそうよ!!何で私だけ白蓮たちのようにボインボインにならないのよ!?」

 

いつの間にか青怜が立ち直り、あっち側に行っていた。そして二人は崩れ落ちるように地面に膝を付き、悔しそうにぶつぶつと呟きながら地面を何度も叩いている。

 

あんなもの、あんなものなんて…………なくなればいいのにぃぃぃぃいいい!!!、とかなんとか聞こえてくるが、今の私たちではどうしようもなく、ただそれを見守ることしかできなかった。

 

 

 

 

そしてしばらくすると二人は立ち直ったのか、キッと私たち三人に向かって睨み付けてくる。

 

「青怜、こうなったら今日はとことん飲みましょう!」

 

「「「え、ちょ、それは…………」」」

 

まさか自分の仕事を放り投げてやけ酒をしようとする小依の言葉に私たちは戦慄する。彼女が担当している仕事は多岐多様で、そのためにその量は半端がない。私たちがそれをしようとなると確実に彼女の倍は時間がかかるはずだ。しかも今は遠征前、さらにその量は膨れ上がっていることだろう。そんなものをやるわけにはいかない。

 

そうなってはだめだ、と焦る私たち持つ者が慌てて止めようとするが……

 

「ええ、賛成よ!明日の朝まで飲んでやるんだから!!」

 

私たちの言葉などなんのその、遮るように叫んで二人は会議室から足早に出ていく。そしてその場に残った私たち三人は呆然とその後ろ姿を見送ることしかできなかった。

 

しばらくその場で固まっていた私たちの元になぜかいつの間に居なくなっていた絃央が大量の竹簡を乗せたお盆をおもむろに目の前にドスンと置いた。

 

まさか!?と思いながらその様子を見ていると目の前に次々に竹簡の束が積み重なっていく。

 

その光景に私たちがひっ、と悲鳴を上げると今度は扉から竹簡セットを持った文官が現れてさらにどんどん積み上げていった。

 

そしてあらかた部屋が竹簡で埋まると最後に絃央はこちらを向き―――――

 

「今日中にお願いします」

 

と言った。。

 

「「「…………これ全部、今日中に?」」」

 

「はい、その通りです」

 

とだけ言い残して彼女は部屋から出て行った。そして姉さんが私たちの顔を見てぼそりと呟く。

 

「………………本当に?冗談、だよね?」

 

「「……………………」」

 

しかし、私も郁もその問いに答えられなかった。

 

 

 




誤字脱字等ありましたら気軽に書いてくれると助かります。


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出陣

テストとかレポートとかで少ししか時間が取れずにいたら、一か月経っていた。

投稿が遅れましたが楽しんでくれると幸いです。


私たちは現在、啄郡から出陣し、少しだけ南下した途中である。

 

今回の遠征軍は、義勇軍を入れるとその数は2万以上にも上り、その編成はこうだ。

 

公孫軍 総兵17000人

 

第一軍

 

軍団長 公孫賛(総大将兼任)

 

副軍団長 厳綱

 

総兵6000人

 

歩兵部隊 3000人

 

白馬義従 2000人

 

騎兵部隊 1000人

 

第二軍団 

 

軍団長 公孫越(副総大将兼任)

 

総兵5000人

 

歩兵・弓兵部隊 2000人

 

黒馬義従 1500人

 

騎兵部隊 1500人

 

第三軍団 

 

軍団長 公孫範(軍師兼任)

 

副軍団長 田楷

 

総兵6000人

 

重装歩兵 4000人

 

歩兵部隊 1000人

 

長弓兵部隊 1000人

 

 

義勇軍 

 

総大将 劉備

 

指揮官 関羽・張飛・趙雲

 

軍師 諸葛亮・鳳統

 

総兵4000人

 

歩兵4000人

 

義勇軍なのに私たちよりも将と軍師がそろっている劉備たちに軽く殺意を覚えたが、兵の練度は私たちに全くと言っていいほど及ばない。

 

そして今回の編成を見るとわかるように公孫家本来の戦い方が見えてくるはずである。

 

私たち公孫家の基本的戦い方は、中央で敵を受け止め、その側面と背後から騎兵の機動力を活かした攻撃で相手を倒すというもの。つまり、青怜が全軍楯となり、私と姉さんが矛の役割を担っているのだ。

 

今回の遠征の布陣は中央に青怜をおくことで、私と姉さんは騎兵部隊のみを率いるものだ。一応は第一軍、第二軍に歩兵部隊は存在しているが、実際の戦いでは全て青怜のいる中央軍、すなわち第三軍に吸収される予定である。

 

暗黙の了解で連合軍が主体ならば、歩兵の数はあまり考慮に入れる必要はない。むしろ歩兵ではない機動力のある騎兵の数が問題であった。公孫家に優秀な騎兵部隊あり、と周知に認識させ、他の勢力とのパイプ作りこそが、今回の遠征の私の中の第一目的である。

 

そのため、生半可な騎兵戦力では意味がなく、価値のある戦力として公孫家が持つ全騎兵戦力を集めるしかなかった。

 

一方の姉さんは姉さんなりに今回のことでそれなりの地位を幽州で築きたいのはわかるが、果たしてこの戦力でそこまでいけるかは疑問に残る。

 

未だに姿さえ見たことのない曹孟徳や孫伯符などの戦力がどうなっているのかわからないし、劉備たちを見ていると恐らくだがゲームの頃よりも強化されているのではないかと思う。

 

油断や慢心がなくても圧倒されるかもしれない。少なくとも騎兵以外の部分や将としての場数など、様々な部分で劣っていること確かだろう。

 

そんなことを考えて行軍していた私だが、すぐ後ろにいる義勇軍が視界に入ると、たまらずにはぁとため息をもらす。

 

そして、私は劉備たちとのさっきまでの言い争いを思い出した。

 

 

出陣する少し前

 

 

「なんで集まってくれた人たちを帰さなくちゃいけないの!?」

 

劉備がところかまわず私にそう叫んだ。そのため、私の近くにいた部隊の兵たちが一気に殺気立ち、彼女のことをにらんでいる。

 

「だから何度も言っただろう、こんな人数の兵糧を用意できない」

 

そして私は何度も同じことを劉備たち言い聞かす。それは義勇軍を集めた時に起こった問題。あまりの人数の多さに、当初用意していた兵糧が足りなくなったのだ。

 

「でも皆、私たちのために集まってきてくれたんだよ!?」

 

「それがどうした。命を賭ける者たちなど、お前等の目の前にごまんと存在するが?」

 

彼女はどうやら自分自身のために集まってくれた義勇軍の人たちの思いを、無碍にできないらしい。

 

それに自分自身に力なければ、仲間に頼り、協力すれば何でもできると思っているらしい。少しは成長したと思っていたが、線引きの区別ができないようだ。彼女は自身が願う「理想」さえもそうやって力を合わせれば、仲間さえいれば、達成できると考えいるのだろう。

 

みんなでやれば願いが叶うと?反吐がでるほどの甘さだな。

 

「それでも……」

 

そしてなおも私に反論しようとする劉備に向かっていい加減、堪忍袋の緒が切れた。

 

「いい加減しろ、三度目は言わんぞ」

 

低く、怒気を込めた声で静かに私は言い、思わず本気の殺気をあたりにまき散らした。

 

それをすぐさま感じた関羽たちが劉備の前に出て矛を構え、私たちも後ろにいた兵たちが揃って剣を抜く。

 

「貴様も対外にしろよ?誰のおかげで義勇軍を組織できていると思ってるんだ」

 

「そ、それは……白蓮ちゃんたちのおかげだけど」

 

段々尻すぼみに声が小さくなっていく劉備にいらいらしながらも私は声を荒げずにゆっくりと話す。

 

「なら、黙って姉さんや私たちに従え。こちらとてそれほど余裕がある訳じゃない」

 

「……っ!?」

 

もはやこれ以上の会話は必要ないと言わんばかりに私は劉備たちを睨み、黙らせる。そしてそのまま目もくれず、用事がある為、鳳統を呼び寄せた。

 

「それと鳳統!こっちにこい」

 

「ひゃいっ!?」

 

私の怒気に当てられた鳳統はまさか私に呼ばれるとは思っていなかったのだろう、小さい体を震わせながらゆっくりとこちらに歩いてくる。

 

「な、なん、ですきゃ?」

 

「事務的な話だ、そこまで怯えることはない。ここに孔明はいないからな、お前に必要なことは話す。ついてこい」

 

「はわわわわ!?わ、わか、わかりまち……た」

 

そう視線で近くの天幕を指すと彼女はさらに震えながら私の後をついてきた。

 

すぐさま私と鳳統が天幕へと入り、彼女を机を挟んで座らせ、今後のための打ち合わせを始める。

 

「いいか、あの馬鹿に渡せる物資は案外多いが、兵糧だけはどうやっても少なくなる。それは理解できるな?」

 

「はい」

 

「なら、たとえ今以上に義勇兵が集まったとしてもこちらから兵糧の提供はできないし、資金も渡せない」

 

「そ、それは……」

 

今回の遠征にかなりマジな私たちに劉備の声で集まった義勇軍を世話するだけの余裕は存在しない。

 

北の砦には大規模な軍団、といっても劉虞の軍に出兵してもらったが、その要請にいくらか資金を投入した。他にも物資の補充や啄郡に駐屯中の膨大な兵士たちの食料、衣服、防具の修理など様々な面で金がかかっている。

 

ただでさえ、それらで金を使っているのだ。それに加えて4000人以上の兵糧を遠征終了時まで賄うことは無理に近い。

 

「理解しろ、わかっているんだろう?だからあの馬鹿どもじゃなく、お前に話してるんだ」

 

あの馬鹿女なら恐らく後先考えなく、集まった兵を連れていこうとするだろう。ご主人様とか言われている種馬もそれを煽るだろうしな。

 

あいつらは底なし甘ちゃんだ。特に人間として間違っていることは許すことはできない。それは人としては尊敬もするし、間違ったことではない。

 

だが指揮官として、軍を統率し、戦わせる者としてはどうだろうか。それは甘さであり、感情で物事を判断する愚かな行為だろう。それに全体のことを考えてみればその判断は間違っていると断言できる。

 

そのことを少なくとも理解している目の前の少女は俯きながらはい、と頷いた。

 

そして私は今回義勇軍に提供する兵糧など物資の内容をまとめた竹簡を渡す。

 

彼女はそれを開き、問題がないかその内容を確認した後、大事そうに懐にしまった。

 

そして彼女に渡した竹簡の内容が問題なさそうなことを確認した私は、すぐにその場を後にしようとしたが、天幕をでる前に袖をちょんと引かれた。

 

「……あ、ありがとう、ございました」

 

振り向いたすぐ先では大きな帽子を両手に待った鳳統が私に深く頭を下げていた。それを見下ろす形になった私は、この天幕の外にいる馬鹿のことをあきれたように思い返す。

 

まったく……本当に誰かと違ってよくできる奴だな。

 

「お前が気にすることじゃない」

 

「でも……」

 

私が振り返ってそう言うと彼女は申し訳なさそうな顔をしながら私のことを見上げていた。

 

おそらく啄郡の、私たちの現状をよく理解しているのだろう。かなり財政を切り詰めて今回の義勇軍の物資を賄ったことを。

 

「姉さんの命令に従ったまでだ。お前みたいなちっこいのが心配するようなことじゃない」

 

「はわわっ!?」

 

そう言いながら私は目の前にある小さな頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でる。綺麗に整っていた水色の髪の毛が乱れ、ぼさぼさ頭に変わる。

 

「ひ、ひどい……ですぅ」

 

そう頭を両手で抱え、目に涙を浮かべながら言う彼女を見ていると、何だが随分と古く、懐かしい頃の記憶が蘇ってくる。

 

それはまだ私が小さかった頃の、公孫仲珪としてまだ生まれてわずかばかり経った頃の、そこまで大きくない家での年の離れた父との記憶。

 

父はよく娘の姉さんと妹の私の頭を同じように乱暴の撫でていた。

 

でも姉さんも私もそれに文句を言いながらもその大きな手から逃げはしなかった。

 

父の手のことを鮮明に思い出す。槍や剣の鍛錬でできたまめだらけの堅い手のひら。

 

繰り返しと実践を経験したごつごつとしたまるで石みたいな拳。

 

武人特有の手であり、幾多の傷が手だけではなく、腕や体中に刻まれていた。

 

その全てが私たちは誇らしかった。

 

そしてこの手が、その身が私たちや多くの人を守ってきた。

 

そんな人間になりたかった。

 

自分の手を見る。

 

子供の頃から一日も休まずに鍛錬してきた。手のひらの皮が何度も剥けて、治り、また剥ける。それを何度も繰り返してきた。

 

人を殺してしかいない私は少しは父のような手になっただろうか。

 

誰かを殺すだけではなく、守れるような手に。

 

「仲珪様?」

 

そんなことを考えていたら、鳳統が心配そうに私の顔をのぞき込んでいた。

 

「はわわわわわっ!?」

 

私はすぐさま誤魔化す様に彼女の頭をさっきと同じように乱暴に撫で回し、彼女は悲鳴を上げる。

 

こんな小さい子に心配をかけるなんて……らしくない。

 

「まだ仕事があるんでな、失礼する」

 

そう言い残し、彼女の頭から手を離すと、私はそのまま天幕の出口へと向かった。

 

++++

 

「あの頃のことを懐かしく思うなんて……私も、もうそんなに年をとったか」

 

「そんな馬鹿なことある訳あるか」

 

私が一人でに呟いた言葉に、姉さんが横やりを入れるように答える。いつのまにか私の横に馬をつけていた。

 

「お前はまだ私よりも生きてないだろ?」

 

「まあ、そうだが……」

 

「なぁ~に?もう黒ちゃんは老け込んだじゃったの?」

 

曖昧に頷いた私の後ろから今度は青怜が話に割り込んできた。その声からはすぐに顔が笑っていることがわかる。

 

「おまえほどでもないさ」

 

「ちょっと、それって一体どーいう意味かしら?」

 

「そういう意味だ。なぁ、姉さん?」

 

「まぁ、確かにこの中で一番年食ってるのは青怜なのは事実だからな」

 

「そういう黒蓮こそ、爺臭いようになってるくせに」

 

「庭でゆっくりと茶を飲んでる感じなんてまさにそれだよな」

 

茶を飲みながら、のんびりして何が悪い。私はもう前世を入れると50代位なんだぞ?事実、爺なんだよ。文句あっか?

 

「でも私よりも無駄に年食ってるのは青怜の方だよな」

 

とりあえずハンムラビ法典主義の私は青怜の胸を見ながらそう言ってやった。ついでに腕を組んで胸を強調しながら。

 

「………………(ギリッ)」

 

「そうなのか?」

 

そう言う姉さんは気がつかないのか、胸の下に腕をおき、もう一方の手を顎につけて考え込む。そうすると自然に腕が大きな胸を強調する形となった。

 

「そうなんだ、姉さん。それといい援護だ」

 

「………………(ギリギリッ)」

 

サムズアップで姉さんを笑顔で誉めたが、姉さんは何のことだがわからず、今もしきりに頭を傾げている。

 

端から見ればいい笑顔をした私と目元を暗くして歯ぎしりする青怜。どちらが勝者と敗者のかが明白に分かれていた。

 

「………………それがどうしたって言うのよ」

 

「妬むなよ?妬んだところで何も変わらないんだから…………そこは」

 

「………………」

 

「まぁ、それでも一部には需要があるんだから気にすることはないと思うぞ?」

 

「誰に、何の需要があるんだ?」

 

変態紳士にまな板の需要がな。

 

そう得意げな顔で私は青怜に言った。

 

※以降は第三者視点

 

俺はしがないただの兵士だ。

 

昔から公孫家の兵士として戦ってきた。

 

今更どこかに行こうとも思わないし、このまま公孫家の為に死んでもいいと思っている。

 

さて、俺のことはこのくらいでいいだろう。

 

それよりも今、重要なことは…………

 

 

 

 

 

 

 

公孫家の中心の三人が修羅場なことについてだ。

 

 

 

 

 

 

「………………これだから脳筋が」

 

そう静かに呟いた声は俺たち兵にもはっきりと聞こえた。どう聞いてもそのことは間違いなく仲珪様のことだろう。

 

「脳筋の、頭でっかちの……この武力馬鹿がああぁぁ!!」

 

と、勢いよく扇子を地面に叩きつけた。その鉄扇は拾って、綺麗にし、後で返却しよう。俺は近くで砂まみれになった鉄扇を拾う。

 

「何だと、悪知恵しか働かない自称軍師が!!」

 

仲珪様が即座に大声で言い返えす。

 

自称だったのか、長年仕えてきたけど自称だったのか。ある意味驚愕の事実である。

 

「どっちも啄郡には必要だぞ?」

 

公孫家の当主である伯珪様が二人にのんきな風に言う。そんな風に言ったら言い返えされるのに。

 

「「黙れ!中途半端!!」」

 

「ああっ!?」

 

言わんこっちゃない。いや、実際には口にしてないが。

 

「いつもいつもこれ見よがしにその胸を強調して!」

 

「はっ、別に強調してる訳ではない。自然とそうなるんだ。

 ああ、すまんな。ない奴にはわからないな」

 

ああ、そんなにはっきりと言わなくても。多少なくてもきっといい人は来ますよ。だからがんばって。

 

「ないなんてことないわよ!これでも少しづつ成長してるんだから!!」

 

「「え?」」

  え?

 

伯珪様たちだけでなく、その場にいる俺たちも驚きのあまり、固まった。

 

「何よ!その成長してたんだ、みたいな顔は!?」

 

だって、その、数年前から変わってない気がすると思うんだけど。

 

俺は隣にいる同期の奴らに目を向ける。

 

子則様は全く成長していないよな?

 

うん。

 

しっかりと全員頷いた。

 

「「だって、その、なぁ?」」

 

二人も周りにいる俺たちに視線を向ける。正直こちらに同意を求めないでほしい。同意はすで周りとしたけど。

 

「なぁ?じゃない!!」

 

「じゃあ、どれくらい成長してるんだ?」

 

それは少し気になる。見た目変わってなから割と切実に。

 

「それは、その、………………ぐらいよ」

 

大事なところを誰にも聞こえないように言葉を濁す。

 

「濁したな」

 

「ああ、濁した」

 

思いっきり濁した。

 

「あー、もううるっさいわね!!そーいうあんたたちは大きくなりすぎなのよ!なんなの!?どーして私だけがこうなのよ!!」

 

自虐入ったな。これ、収拾できるのか。

 

「いらん場所に色々と使ってんだろ」

 

「ああ、頭の方にか」

 

そうなんだ。というか、冷静にそのことを分析してないで子則様をどうにかしろよ。

 

「あんたたちが馬鹿ばっかなのがいけないのよ!もっと頭使いなさい!この脳筋どもが!」

 

「「私は違うぞ!!」」

 

今度は伯珪様と仲珪様が互いを指さしながら主張する。

 

「「あん?」」

 

ああ、また新たな火種が……。

 

「ちょっと待て、私はともかくお前は軍務担当だから脳筋だろ!」

 

「軍務担当だからって頭を使わない訳じゃないぞ!そういう姉さんだって単純作業だけで頭使ってないだろ!」

 

「どっちも私よりも頭使ってないのは事 実でしょ!!」

 

「「うるせぇ!頭しか使わないもやしが!!」」

 

「もやしって何よ!!」

 

まあ、あまり外の活動が少なく、運動能力は通常の兵よりもないし。二人からしたもやしみたいなものだろう。

 

「だいたい黒蓮は前に出て戦うことしかできないでしょ!あんたが脳筋筆頭なのよ!」

 

「ああ?お前だって普段後ろからしか指揮しないもやし筆頭だろうが!」

 

「私はどっちもじゃないから脳筋でももやしでもないな」

 

それを中途半端って言うのですよ、または中間の普通。。

 

「「黙れ!この地味担当!!」」

 

「地味担当!?」

 

図星をついたな。見ろ、伯珪様が真っ白になってるぞ。どうするんだよ、これから戦なのに。大守様がこうなのって不安でしかないのだが。

 

「なぁ、私ってなんなんだ?」

 

ほら、こっちにきた伯珪が虚ろの目をしながら、自分のことを聞いてきたよ。

 

「大守様ですよ」

 

「だよな」

 

私ってこの二人よりも偉いんだよなぁ、と呟きながら伯珪様が膝を抱えて地面いじり始めたぞ。

 

「地味……地味担当なのか、私は」

 

どーすんだよ、段々絶望に染まり始めたよ。

 

「まぁ、元気だして下さい。あの二人の性格が濃過ぎるだけですから」

 

「つまり私は普通の性格で地味だと」

 

否定はできない。

 

「いいんだ、事実だからな」

 

はぁ~、と重いため息をした伯珪様の存在感がどんどん薄れていってる。もはやあの二人からしたら、視界に入っていないのだろう。

二人は頭突きをしながら激しく、言い争っている。

 

しょうがない、あの人を呼ぶか……。

 

俺はその場から、子鑑様を呼び行くために離れる。そしていくらか進むと部下と打ち合わせをしながら、こっちに向かっていた。

 

「子鑑様、どうにかして下さい。大守様と仲珪様、子則様がまた始めました」

 

「はぁ、困ったものね。またなの?」

 

「はい、もうすでに伯珪様が戦線離脱しました」

 

「そこまでいってるの?」

 

「ええ、もう収拾がつきませんよ」

 

「わかったわ、知らせてくれてありがとう」

 

にっこりと俺に微笑んだ子鑑様、まさに俺たちの癒しである。

 

「いえいえ、いつものことですから」

 

「あの子たちももう少し自重してくれないかしら。…………ねぇ?」

 

無理だと思いますよ、たぶん絶対。

 

そう子鑑様も思ったのか、俺と無言で目が合う。苦笑いしかできなかった。

 

ですよね~。

 

そして二人して大きなため息をついた。

 

「それじゃ、いってくるわ」

 

「はい、自分もお供しますよ」

 

「本当に悪いわね」

 

「いえ、これでも仲珪様の副官ですから」

 

え、ただの副官だよ。そこらにいる兵士と同じの。

 

俺は子鑑様の数歩後ろをついていくと、その現場にたどり着いた。

 

頭でどつきあいしている二人に、静かに地面をいじっている我らの大守様、まさに場は混沌としている。

 

「もう、二人ともやめなさい。公孫家の兵たちがいる前なのよ。上に立つものならそんなみっともないことはしない」

 

まさに正論である。これならぐうの音もでま……。

 

「「うるさい!年増!!」

 

「………………ピシッ!!」

 

言った……言いやがったよ、こいつら。

 

やばい、やばいよ、その言葉は。

 

「は、早く謝って下さい」

 

「何でよ」

 

「本当のことだろう」

 

それを言うなああああ!!!!

 

慌てて子鑑様の方を見るといつもの笑顔のまま石像の様に固まっている。

 

「あのですね、子鑑様はあの二人よりもお綺麗ですよ!あの二人なんて目もくれないほどに!!なあ、皆!?」

 

「「「「はい、子鑑様は俺たちの癒しです」」」」

 

俺の同期や部下たちが揃って同意の声を上げた。

 

よし!よしよーし!!

 

これで勝つる!!

 

「ですから自分たちは子鑑様のお味方です!」

 

「「おい!お前等(あなたたち)は私の部下だろう(でしょう)!?」」

 

俺たち一般兵が揃って子鑑様に頭を下げると、さっきまで喧嘩していた二人がこっちを見て反論してきた。

 

うるせぇ!!こっちはただの一般人なんだよ!!巻き込むんじゃねえ!!

 

「………………クスクス。そう、あなたたちは私の味方なのですね?」

 

「「「「はい!!」」」」

 

「……では私に言うことは当然聞いてくれますよね?」

 

「「「「「はい、その通りです!!」」」」

 

「……もちろん、あの二人の指示なんて聞かないのでしょう?」

 

「「「「「もちろんです!!」」」」

 

「連れてきなさい。今すぐ、ここに、二人を」

 

「全員行くぞ!!!」

 

「「「「応!!!」」」

 

その場にいた兵の全員が呆然としている二人に襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

※ただ今捕縛中、しばらくお待ち下さい。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、二人とも。私に何か言うことはないのかしら?」

 

そう言いながら子鑑様は両手の指を二人の顎をつーと撫でる。

 

あの後俺たちは二人を捕縛して子鑑様のところを連れていったら、なんか女王様が光臨していた。

 

「「………………フンッ」」

 

拗ねたように二人は子鑑様から顔を背ける。

 

「そう、二人とも反省はしないのね。お姉さんは悲しいわ」

 

(お姉さんって年じゃないだろ)

(年増の若作りが)

 

「へぇ~……そう・いう・こと・言うの?」

 

そして、隣に立っている俺の腰からさっき拾った鉄扇を無造作に引き抜いて、二人に向ける。空気を切り裂いて二人の顔の横にピタリと止まった。

 

周りの兵たちがそれを見た瞬間、ひぃ!とわずかに悲鳴を上げた。

 

もちろん俺もその一人である。

 

おい、このままじゃ二人とも死ぬんじゃね?

 

そう思って俺たちはお互いに目を合わせ、そして黙って頷いた。

 

うん、見て見ぬふりをしよう。巻き込まれたら命がいくらあっても足りないし。それにあの二人はいつものことだから死にはしないと思う。

 

そう決めた俺たちは上を見上げると、二人の悲鳴が青い空に響きわたった。

 

今日も変わらない一日になりそうである。

 

++++

 

鳳統side

 

私たちのすぐ前では白蓮様たちがなにやら騒いでいる。それを遠くから見ながら私はさっきの仲珪様とのやりとりを思い出していた。

 

いつもは堅く、それでいて刃物のような冷たさと圧迫感を醸し出している仲珪様が、私の頭を撫でる時には、今まで見たことにない感情が浮かんでいたことを。

 

あの時の感情が一体何だったのかはよくわからなかったけど……。

 

今まで見てきた中でも初めて見た顔だった。

 

それはとても……。

 

とても人間らしく、そして何かを懐かしんでいた。

 

それと同時に彼女の石のような固い手のひらがとても心地よかった。まるでお父さんにでも撫でられているように。

 

乱暴な撫で方だったけど、いつまでもずっとそのままでいたかった。

 

いつもは氷の様に冷たく、容赦なく残酷であるから血まで冷たいかと思っていた。

 

だけどそんな人があんな顔も、こんな撫で心地もするわけがない。

 

だけどそんな姿をみんなに見せないから誤解されやすいだけでとても難儀な性格の人だと思った。

 

自分にとても厳しい人なんだと思う。

 

そんなことを一切誰にも見せようとしないから。

 

そして、優しい人なんだとも思う。

 

乱暴な撫で方だったけど、私には心地良かったのだから。

 

私は彼女のそんな一瞬の表情を垣間見ることができてとても嬉しかった。

 

「どうしたの?雛里ちゃん」

 

「え……?」

 

それが顔にでていたのだろうか。ううん、少し顔にでていたのだろう。私の顔をのぞき込んだ桃香様がそのままの体勢で質問してくる。

 

「……あの……何でも、ないです」

 

「本当?とても楽しそうな顔してたけど……何か嬉しいことでもあったのかな?」

 

「……本当に何でも、ないですよ?」

 

そう言われて桃香様には悪いかな、と思ったけど、そのことが私だけが知っている仲珪様の秘密の様に思えて嬉しかった。そして堪えきれずにクスクスと小さく笑ってしまった。

 

「……本当に」

 

小首を傾げながら私のことを見ている桃香様であったけど、私は気にせずそのまま馬を進めた。

 

今日はいつもよりもいい日になりそうだ。

 

 




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現実

遅くなりましたが、ようやく投稿することができました。

黄巾の乱編のプロットをたてながらいろいろと書いていたら、

時間がこんなにも経っていました。

反省です

拙い文章ですが、楽しんでいただければと思います。




黒蓮side

 

簡単に作られた陣地に多くの兵たちが所狭しに走り回っている。それはこの陣地がさっきまで黄巾賊のであったからだ。そしてその陣地の至るところに黄巾賊の死体が無造作に打ち捨ててあり、所々にある天幕などは布を破って兵たちが突入していく後ろ姿が見える。今は陣地全ての敗残兵や逃げ遅れがいないかを確認しているところである。

 

「派手にやってるな」

 

「それはそうだろう、一万以上が駐屯していた陣地だ。生き残りがいると危険だからな」

 

「とりあえずとっとと陣地を制圧するわよ。近くにはまだ敗残兵がいるかもしれないし、別働隊が来たら面倒になるから」

 

青怜が号令を一つかけると彼女の目の前の集団がそこから離れていく。それはまるで群れを成した蟻のように隊列を組みながら無駄のない動きで陣地の制圧や鹵獲した物資の確認などを始めた。

 

「とりあえず、おまけの物資が確保できたのはいいわね。まさかこんなところに敵の陣地があるなんて思ってもみなかったわ。ねぇ、黒ちゃん。あなた知ってたの?」

 

「いや、知ってはいなかったさ。でも、軍略上怪しいとは思っていたけどな」

 

「そうなのか?」

 

「ああ、この辺は交通の要所だからな。こんな重要場所を開けておく方が馬鹿だ」

 

「でもなんでそんなことを知ってるの?この辺の地図はなかったはずだけど?」

 

「そんなもの、前から作ってあったに決まっている」

 

黄巾の乱が始まってからすぐに鴉の一部と奏の伝手で翼州の正確な地図を作り始めていたのだ。どうせ後になって袁紹とことを構える時には必要になるし、何より啄郡のすぐ南に位置する地域だ、調べておいて損はないはずだろう。

 

そう姉さんと青怜、私は用意された天幕へ入り、すぐさま地図を簡易机の上に開く。そして現在私たちが押さえている幾つもの道が重なる交通の要所、孫子曰く衢地(くち)と呼ばれる場所を指さした

 

「さてと、ここにいた敵の約一万はすでに壊滅した。問題はこの後をどうするのかだな」

 

「この拠点は重要だからな、押さえておきたい場所だ。だからと言って主戦場に行かないわけにもいくまい」

 

「軍を二つに分けるのもこの場合愚策でしょうね。相手は何と言っても黄巾賊、数だけは多いでしょうから兵力を分散するようなことは避けたいわ」

 

私は青怜の言葉に頷いた。戦力を二つに分けるというにはあまり好ましくはない状況であるからだ。この要所は北の地域と敵の本居地に繋がる場所である。今は敵主力が官軍の相手をしているため、本拠地には必要最低限の守備兵しかいない。だが兵糧などがあるため、その数は数万に上っている。しかも敵大将である張角、張宝が全州から仲間を収集しているため、この場所を援軍や輸送部隊が通る可能性も高い。

 

しかし、いつまでもここにいては本拠地の攻略戦に遅れを取ってしまうし、それを二つに分けた正規軍の精鋭部隊と言っても相手にするのは無理である。こちらの戦力差が黄巾賊を確実に下回るし、要所としても敵本拠地から結構離れている。敵勢力の中間に位置するが、輸送部隊の最短ルートなだけでそこまで死守するような場所でもない。相手も少し迂回すれば本拠地への輸送もできるし、だからこそ敵は一万の雑魚しか置いていなかったのである。なら兵を無駄に犠牲にするのならすぐに放棄して本拠地攻略のために他勢力と合流するべきである。

 

「残るか、進むか……」

 

姉さんが地図を見ながらうーんと唸っている。

 

「残るならこの地の奪回にどれだけの戦力が来るかわからんぞ?」

 

「それに守勢となった場合、援軍のあてもないし、ジリ貧になるわね」

 

公孫軍のみの編成である現在ではこの地を保持するのは難しい。だからと言って敵援軍と幾度も戦うのもただの消耗戦になるだけだ。

 

「じゃあ、ここを放棄するしかないか」

 

「いいんじゃないか、地にこだわり続けても愚かなだけだからな」

 

「それじゃあ官軍と合流すればいいのかしら?」

 

「ああ、それでいい」

 

「官軍の位置は大体わかるから大丈夫だ。それよりも休息や補充、戦力の立て直しに少し時間がかかる。今は正確な報告がないからどれくらいになるのかはわからないが、おそらく2日ほどかかると思う」

 

「わかった。兵たちには随分と無理させたからな、ゆっくりとさせてやってくれ」

 

とりあえず今後の方針は決まった。要所であるが消耗戦になるかもしれないのでここを放棄して南下し、官軍及び他勢力と合流する。そして黄巾賊の本拠地での決戦の後、残党を掃討しながら帰還する。

 

後問題なのはここをいつ出るか、だ。今の公孫軍は啄郡から最低限の休息で強行軍をし、さらにそのまま戦闘に突入したため疲弊しているので、彼らには少し休息が必要なのだ。

 

公孫軍の行軍速度にはいくつかの段階がある。それは戦況に応じた速度であり、今回私たち公孫軍は最高速度での行軍を行ったのだ。そのためすぐに劉備率いる義勇軍は置き去りにして翼州に入った。また余裕のある騎兵にはいく先々での斥候や少数部隊の討伐も行っており、人や軍馬問わず疲弊している。さらに先ほどの戦闘での死傷者の補充や戦力の立て直し、武器や防具の手入れなども合わせて私の見立てでは最低でも2日ほどはかかるだろう。

 

「よし、とっとと陣を移動して後のことは夜にでも話そう。仕事に戻ってくれ」

 

「了解した」

「わかったわ」

 

そう言い残して私と青怜は天幕をでた。

 

一刀side

 

白蓮たち公孫軍が地平の遠く走り去った数日後、俺たちは兵糧や義勇軍の都合上、小部隊の黄巾賊を相手にしながら南下をしていた。だが、この道を白蓮たちが通ったのか、いたるところに黄巾賊と思われる死体が無造作に討ち捨てられていた。

 

「ひどいな」

 

心底そう思う。だけどこれは仕方のないことなのだろう。白蓮たちは漢の諸侯という立場であり、相手は農民たちが大半とはいえ、漢に反旗を翻した反乱軍。それを放っておくわけにはいかない。それも何大将軍からの勅令ならなおさらだ。

 

「こんな世じゃなかったら、こうも死ぬこともなかっただろうに……」

 

沈んだ声でそう言ったのは義勇軍の一隊を率いている愛紗であった。その顔は悲痛と悔しさで歪んでいる。

 

「本当にひどいのだ」

 

その後ろから来た鈴々や朱里、雛里も悲しそうにしている。

 

「ああ、そうだな……」

 

鈴々の言葉に相槌をうったところで、視界の端に呆然とした桃香の姿があった。よくその後ろ姿を見ると体が小刻みに震えている。

 

「どうしたんだ?桃香」

 

「ご主人様……」

 

その震えている肩に手を置き、俺は桃香に話かけた。彼女の目の前には青年と思われる死体とその父親らしき壮年の男性の死体が互いに手を伸ばした状態で横たわっていた。

 

「この人たち、元は農民で……親子だったのかな?」

 

俺はその質問に首を縦に振ることで答えた。

 

なぜなら目の前にある死体たちは兵とは思えないボロボロの服装で、それにただ頭に黄色の布を巻いたものだったからだ。農民で間違いはないだろう。

 

そしてこの二人が父と子なのは、互いに手を伸ばして無造作に地面に横たわっているのがそのことを何よりも物語っていた。

 

死ぬ前にお互い必死に手を伸ばしたはずだろう。

 

しかし、非情にもその伸ばした手が相手に届くことなく息絶えたのだ。

 

どんな気持ちだったのだろうか。

 

死ぬ間際に自分の息子に手を伸ばすことは。

 

苦痛と朦朧とする意識の中で、悶えながら必死に手を伸ばすことは。

 

悔しかったのだろうか?

 

悲しかったのだろうか?

 

こんな世の中にした漢という国を恨んだのか。

 

それともただ自らの力のなさを恨んだのか。

 

俺には全くわからなかった。

 

俺の知識では黄巾の乱はだいたい飢饉に困った農民の反乱で、三国志の始まりだということしかわからない。

 

この人たちもそうなのだろうか、食うのに困って黄巾賊になるしかなかったのか。

 

自分の服装や手を見てみる。

 

この時代には綺麗な服装で、何も苦労したことのないような……綺麗な手をしている。

 

体も食うに困ったことのないように健康体だ。

 

目の前の親子二人を見てみる。

 

顔は砂まみれで、服装はぼろぼろ。

 

教科書などにあるがりがりの痩せ細った体。

 

俺は思い返す。

 

苦労せずに毎日出てくる暖かい飯、整った服装、少しお金を出せば買える様々な物、あまつさえ遊ぶために金と労力を使っていた現代の日々。

 

俺には餓死のような状態になったことがないのでそこまで追い詰められた者の辛さはわからない。

 

でも自分がどれだけ贅沢な生活をしていたのかがはっきりと今わかった。

 

これが現実か。

 

仲珪さんに言われたことを思い出す。

 

現実が見えていなかった……か。

 

本来この人たちを助けるには武力はいらなかったのだろう。

 

必要なのは治めるだけの地位と権力である。

 

俺たちにはその二つのどちらもない。

 

白蓮たちは?

 

言わずもがな啄郡太守である彼女には啄郡を救えるだけの地位も権力もある。

 

でも啄郡の外は救えない。

 

だからこそ啄郡だけでも救おうとしたのだろうか。

 

まるで身を貫くようなこの痛みを彼女は乗り越えたのだろうか。

 

救えぬ命だから、仕方がない犠牲だと割り切ったのだろうか。

 

それは彼女の身ではない俺には分からない。

 

平和な時代、安全な場所、豊かな生活……。

 

自分がどれだけ恵まれてきたのか、今ははっきりと理解している。

 

でもそれを経験しているからこそ、俺はどうしてもそう割り切ることはできなかった。

 

傲慢だろうとも、自惚れだろうとも思うけど。

 

そんな時代を過ごしてきた俺だからこそ、あの時代に近づけるようなことができるのではないかと思う。

 

この古い時代で、弱肉強食の時代で。

 

現代の、未来の知識を使った何かが。

 

そしてそれは今も唇を噛んで隣にいる桃香もそうなのだろう。

 

彼女は己の理想を実現するための道を模索し続けている。

 

何かできないかを考えた結果、この場にいるのだ。

 

「皆が笑って幸せになれる世を作る」

 

実際に言葉にすれば馬鹿げたものだと思う。

 

でも、この理不尽な世の中で真っ直ぐにそう正しいことを言える桃香だからこそ、こんなにも馬鹿な事を信じる仲間が集まったのだろう。

 

俺もその理想を信じた馬鹿の一人だ。

 

ならこんなところで立ち止まっていつまでもくよくよなんてしておけない。

 

それに俺は桃香の痛みの半分を背負うと決めたんだ。

 

そんな俺が桃香よりも沈んでいてはいけない。

 

支えるんだ、彼女のことを。

 

だからこそ、俺は自分自身に気合を入れる。

 

「よし、いつまでもこうしているわけにはいかないな」

 

俺は沈んだ思考を切り替えるためにそうつぶやくと、はっとしたように周りの桃香たちも頷いて顔を上げた。

 

「そうだよね、こんなことをなくすために私たちは来たんだから」

 

「ええ、その通りです桃香様」

 

「次はどこに行くんだ?」

 

そう言って俺は朱里たちにこの先どう進めばいいのかを聞いた。

 

「この先は敵の本拠地に繋がる幾つもの道が重なる交通の要所、衢地があります。そこは敵の輸送路であるので敵が待ち構えている可能性があります。そこそこ重要拠点なので押さえておきたい場所ですね」

 

そう地図を広げながら朱里は俺たちに説明する。俺は彼女が広げた地図を上から覗き込むと、そこには道などしか載ってない簡易な地図だったので不思議に思った。そのことを正直に問う。

 

「なぁ、朱里」

 

「はい、何かありますか?」

 

「いや、それって地図なのか?」

 

「はい、これが一般的な地図ですよ?」

 

そう真顔で言った彼女の言葉に、俺は驚きを隠せなかった。なぜなら白蓮たちのところで見た地図は正確な物であったからだ。大体どれくらいの距離があるのか、何日かかるのか、どこに有利な地形があるのか、記載されてない地形などはほとんどなかった。

 

「……どうかしたのですか?」

 

「いや、白蓮たちのところで見た地図にはいろんなことが書いていあったから。そっちの方が本当の地図だと思っただけ」

 

そういうと朱里と雛里はやはりですか、と互いに頷いた。

 

「どういう意味なんだ?」

 

「軍略上の地図は官軍が持っているだけで、本来の一般的な商人などが使う地図には記載されないのです」

 

「……商人などは普段道を通るだけで、軍略上の情報は必要ないから、です」

 

「それに地形は軍略上重要な情報です。それを無暗に漏洩させないようにほとんどの場所ではかなり厳重な保管されているはずです」

 

「でも白蓮たちは賊討伐の際に見せてくれたぞ?」

 

仲珪との軍議を思い出す。正確な地図の上でここが賊のアジトだ、とかこの道が一番早いとか説明してくれた。

 

「それはご主人様たちに賊討伐を一任されていたからだと思いますよ。いくら治安のよい啄郡であっても賊はすぐにわくものですから。何回も出陣されたのではないのですか?」

 

「ああ、近場だったら数日おきに愛紗たちが出て行ったぞ」

 

なぁ?と俺が目で愛紗に同意を求めると、その通りですと黙って彼女は頷いた。そして俺に続けて口を開いた。

 

「それにあの時は白蓮様たち大変お忙しかったですから、私たちがほとんど討伐に出ていました。今考えれば面倒事を任されていただけのように思いますね」

 

「確かに」

 

愛紗たちが討伐に出ている間に、白蓮たちは様々な軍団の連携演習などを行っていた。本来討伐に出ているはずの部隊もそこに加わり、さらには新兵の初陣としてその討伐の場をも利用されていた気がする。

 

「それにそれほどの地図になるとおそらくですが、仲珪様が独自に調べ、作りだしたものだと思いますよ」

 

「……だから私たちに渡されたものは、このような一般的なものなの、です」

 

朱里と雛里が地図を指さしてそう答えた。

 

「まあ、そのことはいいとしてとりあえずこの先に斥候をお願いします。それと私たちは進軍準備をしましょう」

 

「わかったわ、朱里ちゃん」

 

そうして俺たちはこの先にある交通の要所である衢地へと向かって進軍する。

 

 

そこにここ以上の地獄があるとも知らずに。

 

 

桃香side

 

あの親子の死体があった場所からさらに道を進んだ先、朱里ちゃんが衢地と呼んだ交通の要所につくと、そこには更なる地獄が待っていた。要所なので軍の陣地があったことはわかるがそれらの燃やし尽くされ、灰のみが残っていた。

 

「これはいったい……」

 

隣でそうつぶやいたのは愛紗ちゃんだ。どうやら周りを見渡して呆然としている。それはそうだろう。私もこの光景を見た時に思わずただただ呆然となってしまった。

 

それは灰の陣地の近くの平野に数千、いや1万以上の黄巾賊の死体が広がり、積み重なっていたのだ。それも明らかに大きな戦で殺されていた。

 

そう呆然としてその戦の跡を見ていると近くの林の隅で微かに音がなったことに気が付いた。それに気が付いた私と愛紗ちゃんがそちらに向かうと、林の隅の小さな岩場のすぐ傍で一人の男性が同じようにただただ呆然として戦の跡を眺めていた。

 

「あの……」

「お持ち下さい!桃香様!!」

 

私がすぐさまその男性に近づこうとしたところで愛紗ちゃんに腕を掴まれて無理矢理止められる。

 

「どうして止めるの?」

 

そう言って愛紗ちゃんを睨むと、手の持った偃月刀を構えながら油断なく彼女は答えた。

 

「落ち着いてください、桃香様。こいつは黄巾賊です」

 

と頭に巻いている黄色の布を指さした。つまりこの呆然としている男性はここにいた黄巾賊の敗残兵であり、目の前の地獄を生き残った者であった。それをすぐに気が付いた彼女が私の身を案じてくれているのだ。そのため、私はおとなしくこの場を彼女に譲る。

 

「用心のため、私が話を聞きます」

 

「お願い、愛紗ちゃん」

 

そして彼女は私から離れて油断なく男性に偃月刀の刃を向けながら問い始める。

 

「お前は黄巾賊か?」

 

「……ああ」

 

愛紗ちゃんが質問すると、男性は無気力にそう答えた。

 

「私たちは義勇軍の者だ。投降しろ、そうすれば身の安全は約束しよう」

 

「……好きにしろ。もう俺には帰る場所も家族もないんだ」

 

男性は疲れたようにそう言ったまま、この場を動こうとはしなかった。

 

「そうか……」

 

それを聞いた愛紗ちゃんが悲痛な顔で偃月刀の刃を納める。

 

「ここで一体何があった?」

 

「……いきなり攻撃があって、気が付いたら俺たちが負けていた」

 

「どこの軍にやられたのかわかるか?旗とかは見てないか?」

 

「……字が読めないから旗の文字まではわかねぇが、……相手は確か公孫って名乗ってたぜ」

 

「これを行ったのは白蓮様たちが……か。わかった、ありがとう」

 

連れていけ!と愛紗ちゃんが部下に告げると、彼は引きずられるように覚束ない足取りで兵に連れて行かれた。

 

「そういうことです、桃香様。ここの戦は、その、公孫軍……白蓮様がおこなったようです」

 

それは彼の話を聞いていた私も理解している。だけど私がこのことが、まぎれもない現実だということを受け入れられなかっただけ。

 

これが現実だと言うの?

 

あの時、仲珪様が私に言ったことなの?

 

そのことを私は実感した。いや、山のような犠牲者の前で実感させられたのである。

 

現実を私は知らなかったの?

 

こんなにも無情に、世の中で簡単に犠牲者が出るなんて。

 

だからこそ、白蓮ちゃんは力と地位を欲したのだろうか。

 

少しでも多くの命を救うために。

 

あの優しいお人好しの親友が命に優劣をつけて、自らの手を真っ赤に血で染め上げてまでも、苦渋の決断をして割り切ったのだろうか。

 

今なら親友がその選択をした気持ちがわかったような気がした。

 

私は気が付かぬうちに自分の胸を両手で押さえていた。

 

その胸の奥は痛い。

 

とても痛い。

 

その痛みはまるで本物の刃が胸に刺さっているように鋭く、そしてこの身がばらばらに張り裂けそうなほどに強烈だ。

 

でも私は白蓮ちゃんのように割り切ることはできない。

 

そんな悲しく、哀れで、非情な、人間らしくないことはできないし、したくもない。

 

乱世の犠牲者として仕方なく打ち捨てられていく人々を私は助けたいと思う。

 

それを他の人たちに愚かと呼ばれたとしても。

 

馬鹿げていると嘲笑されたとしても。

 

そのことを自覚した私は俯いていた顔を上げ、空を見上げる。まるで私の落ち込んだ心を慰めるように雲一つない真っ青な青空が広がっている。

 

そして次に地に目を向け、私の周りを見渡す。

 

私を心配して気遣うような顔をする愛紗ちゃんが目の前にいる。

 

少し遠くでは周りを警戒して頑張っている鈴々ちゃんがいる。

 

そのすぐ隣で一生懸命兵たちに指示を出している朱里ちゃんと雛里ちゃんもいる。

 

自ら林の中へ生存者がいないかを積極的に探しに行く星ちゃんもいる。

 

私たちの目的のために進んで義勇軍となってくれた数千人もの兵隊さんたちもいる。

 

そして何よりも私のこの痛みを、同じように分かち合ってくれるご主人様がいる。

 

私のこの馬鹿げた理想に付き合ってくれる人が見渡せばこんなにいるのだ。

 

だからこそ私はこの理想をあきらめられないし、そこを目指していきたいと思う。

 

それにこれだけの仲間が私にはいる。

 

私は少しだけ傲慢だと感じるけど。

 

決して叶えられないことはないと思う。

 

だからこそここで立ち止まっているわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

―――――そう私たちの戦いはまだ始まったばかりだからだ。

 




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黄巾賊 前哨戦(1)

やっと投稿することができました。

今回は非常に長くなりました。

拙い文章ですが楽しんでくれると幸いです。

それではどうぞ。


黒蓮side

 

あれから数日が経ち、私たちは官軍との合流を目指していた。恐らく翼州の黄巾賊討伐の総大将は皇甫嵩だろう。文にもそう書いてあったが、恋姫ではモブどころか存在もしていなかったけど。

 

しかし今回の黄巾の乱はかなり正史とは異なっている。

 

第一に黄巾の乱の主力が翼州だけであるということだ。そのため、宦官の争いに巻き込まれた盧植が左遷され、その後の後続として任に就いたのは董卓であり、簡単に敗北したのでそのまま皇甫嵩に変わったところまでは正史通りだ。だが正史であった潁川の黄巾賊は本隊でもなく、ただの反乱であったため、朱儁は出兵されていない。

 

その影響だろうか、翼州の黄巾賊の数は10万から20万人以上とまで膨れ上がっており、今もなおその数を増やしているという。さらに張三兄弟に加えて波才や彭脱、張曼成なども翼州の黄巾賊にいるらしい。しかもその三人は張角から軍を一つ任されているらしく、翼州で他の豪族と戦っているとのことだ。それにより組織した官軍がいくらか負けており、形勢はこちらの方が不利とのことだ。

 

つまり簡単に言えば正史では翼州と潁川などの黄巾賊本隊が合併して翼州にいると言うことである。今の状況はおそらく曹操が波才とか孫策が彭脱とかと戦っているはずだ。まあ、北から南下している私たちと洛陽に進軍しようとする黄巾賊なら鉢合わせすることはないだろう。

 

だからあまり私たちには関係ないはずだ。曹操たちが戦っている間に私たちは戦力を保持しながら官軍本隊と合流するだけである。しかも私たちは洛陽であまり有名ではないし、北からも進軍している…………から、そしてただの地方の一諸侯だと…………思うから敵にマークされる心配ないはず…………だ。

 

 

 

 

 

 

……そう思っていた私は自分自身が恨めしい。

 

「前方に黄巾の旗を確認!字は張、張曼成の軍だと思われます!その数最低3万以上!!」

 

つい先ほど進軍先に斥候として送りだした部隊からの報告である。

 

なぜ何どうしてこうなった!?

 

なんで張曼成がここにいるの!?なんで曹操とかと戦ってないの!?と言うかなんでこっちにきたの!?私たちは敵本拠地に通じる要所を落としたとは言え、まだ官軍本隊とは距離があるんだけど!?それも敵と会わないように少し迂回して、斥候ちまちま出して前確認してまでしたんだけど!?

 

どうしてこうなったのか誰か教えてくれませんかね!?いえ、本当に!!

 

私はそのことを聞いて内心焦っていた。我が公孫軍の総兵力は17000。そのうちの6000は騎兵でできている。つまり歩兵との比率はおおよそ2:1である。機動力を活かした雑魚相手の戦闘ならおそらく勝てるだろうが、相手はただの名もない黄巾賊ではなく、張曼成が率いている軍である。

 

正史では南陽太守褚貢を殺している。そして宛県城を拠点として官軍と渡り合った将である。最後は捕縛され、処刑されたが一太守を殺しているのだ。そこら辺の有象無象の黄巾賊とは一味違う。

 

さらにこの世界では黄巾賊の主力を担う3人の中でもかなり武闘派かつ官軍と渡り合っている。董卓も彼ら3人にやられたらしいから能力はそこそこあるだろう。とんだ誤算であった。

 

「この先の平野に陣を構える!中央に第三軍を主力として置き、第一、第二軍団の歩兵は第三軍の指揮下へ入れ!!」

 

「「御意!!」」

 

公孫軍の行軍陣形は縦陣である。中央に青怜たち第三軍団を置き、その前を打撃力と機動力のある私の第二軍団を配置する。そして第三軍の後方にはもっとも機動力が一番ある姉さんの第一軍で最も難しいとされる後方の警戒を行うのである。

 

姉さんの指示に従い、第二軍に指示を出すと歩兵部隊が後ろへと下がり始め、すぐさま第三軍と合流、その指揮下へと入り、残った黒馬義従と騎兵の混合部隊3000がすぐさま前方へ警戒と斥候のために踊り出る。次に姉さんの第一軍が後ろから第三軍に合流して同じように青怜の指揮下に入った。残った姉さんたちの白馬義従と騎兵の混合3000も私たち前方に来ており、第三軍は横陣を構え、その前に私と姉さんの騎兵6000が陣取った。

 

陣を構えた後、すぐさま青怜と私は姉さんにいる場所まで馬を進め、簡易ではあるが馬上で軍議を始める。

 

「どうする?斥候の見立てでは敵は最低3万以上、敵大将は張曼成だ」

 

私がそう姉さんたちに言うと、すぐにこの場所の地図を部下に広げさせた。

 

「この辺は何もない平野だ。私たちの機動戦にはもってこいなんだが……物資の方がなぁ」

 

「物資……特に矢の問題か」

 

「ええ、その通りよ。前の戦闘で大分使ってしまったからかなりその本数は心もとないわ」

 

やはりか、と私は頷く。

 

先の衢地での戦闘で私たち公孫軍は戦力を温存するためにかなりの本数の矢を使ってしまったのだ。少数の兵を囮に使い、敵兵を誘きだしたところで弓兵を伏兵と重装歩兵の援護に置いて射させ、さらに両側面に回り込んだ第一軍と第二軍の騎兵部隊も馬上から弓を射たのだ。そして戦線が混乱し、第三軍が正面から突撃して前線を崩壊させ、敗走した敵兵を私の黒馬義従が追撃をしたのである。だからほとんど兵に被害はなかったが、その代わりに矢を多く使ってしまったのである。

 

しかし、その使ってしまった矢が問題であった。それは普通の官軍のような弓兵が使うような短い矢ではなく、私たち公孫軍の弓兵は殺傷能力を高くした長弓を使っており、専用の長い矢が必要なのだ。そのため、簡単に補充できるものでもないし、馬上用の複合弓の矢もそれと同様である。今回の遠征のためにかなりの量を両方用意したが、ここまでに戦力を温存しながら進軍してくるのに半分以上を使っている。

 

黄巾賊の主力と戦うまで貴重な矢を残しておきたいが、だからと言ってこの状況で温存するのも難しい。敵は私たちの約二倍に上る3万人以上、いくら精兵だが正面からぶつかればかなりの戦力を削られる。

 

「だからと言ってここで真正面にぶつかり合うのも好ましくない。いくらお前の重装歩兵でも消耗戦になったらそれなりの被害がでるぞ」

 

「それはそうだけど……。なら散発的に機動力を活かした奇襲をかけてみる?それとも夜にでも夜襲をかける?」

 

「相手はこちらに気が付いていないし、まだ少し距離があるからできないことはないが時間がかかる」

 

「でも物資と戦力を温存するなら取れる手は少ないわよ」

 

戦力と物資を温存するゲリラ戦、もしくは一気にかたをつける夜襲か、それとも物資を温存せずに遠くからまたちまちまやるか、会戦で一気に決めるか。まぁ、他にも色々と手はあるが相手は今まで戦ってきた相手とは一線を越えるちゃんとした軍である。武将張曼成に率いられた黄巾賊はもはや賊ではなく、黄巾軍として扱った方がいい。

 

「また少数の囮でも使おうかしら?」

 

「それは無理だろう、相手は張曼成だ。今まで通りにいくはずがない」

 

「第三軍でやればできるかもしれないな。それには多少被害が出るぞ、特に足を止めて戦うならなおさらだ」

 

姉さんがそう注意するが、青怜はそれをむしろ好機と捉えたように口を開く。

 

「いいえ、やるわ。私に策があるからそれでいけるはずよ」

 

その顔には自身満々の笑みが浮かんでいた。

 

黄巾side

 

張曼成は少し先にいる軍を真っ直ぐと見る。整然とならんだ横陣であり、その練度は見るからにただの官軍ではないことに気が付いた。そしてその軍の旗を見るとそこには「公」という文字が書かれ、風に揺れている。

 

「北の雄、公孫賛か」

 

「そのようですね。あの陣を見れば、私たちが戦ってきたそこいらの官軍ではないことは明らかですよ」

 

そう答えたのは彼の副官である趙弘であった。将軍張曼成とその副官趙弘が率いるこの黄巾賊はその辺の黄巾賊とは違う。時間が足りなかったがそれなりの訓練をしてきており、決起してからずっと官軍相手に戦い続けてきたのだ。黄巾賊全体でもそれなりの戦闘経験を積んでいる。

 

官軍と戦った幾度かは彼の手堅い采配と物量で敵を敗走させたこともある。だが、それは討伐に来た官軍の将も兵も自分たちに毛が生えた程度の強さであり、真正面から物量作戦を行えば勝てる相手であったからだ。

 

だからと言って彼らの黄巾賊が弱いと言うわけではない。むしろ、最近では少数とは言えど官軍を返り討ちにしてきたため、その士気は高く、兵に勢いがある。同じ程度の相手なら物量と勢いで押し切れるはずだと彼と趙弘は考えていた。

 

「さて、どうするか」

 

「いつも通りでよろしいのでは?確かに練度は高いようですが兵数は我らの方が倍はいます」

 

「確かにあちらは寡兵に、こちらの方が多勢だ」

 

これなら被害はでるだろうが、物量で攻めれば相手を崩すことはできるはずだ、と官軍本隊と戦ったことのある彼は頭の中で判断する。結局、いつもと同じで勢いに任せた集団突撃と物量作戦で相手をそのまま飲み込むのだ。

 

「よし!全軍いつものように陣を構えよ!我らが敵を討ち果たすのだ!!」

 

「「「応!!」」」

 

自分たちの将軍、張曼成の声に彼の配下の兵が呼応するように答えた。その数万の声には力があり、戦意に満ちていた。

 

(士気も高いし、勢いもある。どうやらこの戦い、勝ちが見えて来たな)

 

そう頭の中で考えていた彼の目の前で数万の兵たちが横陣にばらばらに並び始める。そして全軍の準備が整う頃には、眼前にいる公孫軍と対陣して、互いににらみ合いを始めた。

 

◆◇◆◇

 

「第一陣、突撃ぃぃぃぃいいいいッ!!」

 

「「「「「「おおおおおおお!!!!!」」」」」」」

 

張曼成の副官、趙弘が高らかに叫ぶ。最初に動き始めたのは公孫軍ではなく、趙弘率いる黄巾賊であった。張曼成は自軍を二つに分けていた。第一陣の趙弘率いる10000の歩兵を先方に、そしてその後衛に彼自身率いる本隊の20000である。その第一陣が怒声を上げて趙弘を筆頭に突撃し始めたのだ。

 

対する公孫軍は第三軍を中心として、第一、第二軍の歩兵を吸収した11000の歩兵であり、その総指揮は第三軍を率いる青怜であった。そして白蓮と黒蓮はそれぞれ配下の3000の騎兵を連れて一旦戦場から遠ざかり、青怜たちがいる戦場を迂回していた。

 

公孫軍の陣形は重装歩兵の前に5000歩兵が中央を凸にした弓型に布陣する。そしてそのさらに前方に弓兵がもうすぐ射程距離に入る敵に向かって弓を構えていた。

 

「………………弓兵、放てぇ!!!」

 

弓兵から放たれた矢が遠く弧を描くように飛び、突撃してくる第一陣の黄巾賊を打ち取っていく。だが相手は10000もの軍勢、矢による被害はでるがその足の勢いを止めるまでには至らない。せいぜい少しだけ怯ませた程度であった。

 

「全軍立ち止まるな!前に駆け抜けろッ!!」

 

そう趙弘の檄が戦場に響く。そしてその声に押された黄巾の兵は野に倒れた仲間を踏み越えて突撃を続ける。

 

「弓兵はそのままぎりぎりまで射続けなさいッ!!」

 

それに対して弓兵と第一陣である歩兵の指揮官である郁も弓兵に指示を出す。そうすると数えきれないような矢が休まずに放たれ続け、黄巾賊に文字通りの矢の雨を降らせてその足を鈍くしていく。

 

戦場に多くの血が流され、幾多の命が散り、その速さは加速していく。

 

被害を出しつつ突撃を続ける黄巾賊第一陣は矢によりかなりの犠牲者がでるも、少し勢いを削がれた状態で公孫軍の懐に接近していた。

 

「弓兵は下がりなさい!!第一陣前へ!!」

 

接近してきた黄巾賊から、弓兵の被害を出ないよう彼らを後へと後退させ、第一陣である歩兵5000を最前線へと押し上げる。

 

「第一陣構え!!」

 

弓兵が後退した後、中央が前に出てくる凸型の陣形で黄巾賊を待ち受ける。そして中央がまず戦闘に入り、次に陣形の中央から端に向かって徐々に戦いに突入する。両軍がぶつかり合い、共に血を流し始めた。

 

長槍で陣形を構えていた公孫軍歩兵はその武器のリーチを活かし、次々に突撃していく黄巾賊を討ち取っていく。しかし、黄巾賊も劣らずに勢いと物量に任せた戦闘によって公孫軍に少なくない出血を伴わせる。

 

戦闘はしばらくそのまま続き、数で勝る黄巾賊が優勢になりつつ、公孫軍の前線を徐々に後退させていった。

 

黄巾side

 

張曼成は徐々に下がりつつある敵の前線を見て、趙弘率いる10000の先陣がかなりの被害を出しつつも優勢だと考えた。そしてもうすぐ敵の中央を突破できそうなので、自分も動くべきだと判断する。

 

だからこそ彼は眼前にいる20000もの兵の前へ出て、声を張り上げて檄を飛ばした。

 

「本隊はこれから敵陣へと向かい、先陣と共に我ら黄巾の敵である者共を討つ!」

 

『応ッ!』

 

その声に今まで共に戦ってきた馴染の古参兵たちが、自らの大将である張曼成を仰ぎ見て、ためらいなく答えた。それを馬上の上から見渡した張曼成は満足そうに頷いて笑う。

 

これから戦場で血を流す彼らとそれを率いる張曼成との間には乱が始まってから共に戦ってきたという切っても切れない深い絆があった。

 

乱の始めはこんな腐った世に呆れ、疲れた果てた末に黄巾賊となった。始めは50000以上もいた兵はすでに幾度の戦いで今はもうこの20000へとその数を減らしている。

 

その死んでいった中には昔からの友人がいる、共に生きてきた家族も、そして共に戦った戦友がいる。

 

数えきれないほど嘆き、悲しみ、怒り、傷つき、死にかけ、それでも戦ってきた。

 

それを自分たちの大将である張曼成と共に経験し、幾度の悲しみを超え、彼らはここに立っている。

 

戦場で散った数多なる戦友たちの嘆きに報いるために、憎き敵である官軍を討ち滅ぼすために。

 

そして何よりもこんな世を作った奴らに自分たちの苦しみを、悲しみを、嘆きを、怒りをぶつけるために

 

その気持ちは嘘ではない、嘘だとは彼らとそれを率いる張曼成が言わせない。

 

「さあ、我らの敵を討ち滅ぼしに行くぞッ!!」

 

『応ッ!』

 

「蒼天すでに死す、黄天まさに立つべしッ!!」

 

『蒼天すでに死す、黄天まさに立つべしッ!!!』

 

「全軍突撃ぃぃいいいいいい!!!!!」

 

『おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!』

 

その声は遠く戦っていた趙弘や郁、青怜にまで聞こえた。そして張曼成率いる本隊20000が青怜の指揮する第三軍に向かって激流の如く、突撃を開始したのだった。

 

青怜side

 

先陣の指揮を郁に任せ、私はその成り行きを後方でしばらく見守っていた。前線では今も私たちの兵と黄巾賊が絡み合い、突き刺し合い、激しい戦闘を繰り返している。

 

全く、今までのような楽な戦闘なりそうにないわね。

 

「さすがは張曼成、そこら辺の黄巾賊とは違うわ。こっちの犠牲も少なくないわね」

 

そう呟いた瞬間に、少し遠い敵本隊から声が聞こえてきた。

 

「全軍突撃ぃぃいいいいいい!!!!!」

 

『おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!』

 

そして張曼成率いる本隊が先陣である歩兵部隊に向かって突き進んできたのだ。

 

「やっと食らいついたわね」

 

手に持った扇で顔半分隠しながら私はそのことを冷静に確認する。

 

ここまでは予想通り。

 

「白蓮たちに伝令を」

 

「はっ」

 

「それと郁にも『時間よ』と」

 

「御意」

 

近くいた伝令にそう伝えると私は後陣の第三軍の前に進み、大きく息を吸う。

 

「もうすぐ敵がくるわ!でもあなたたちならやれるはずよ!!誰であろうと容赦はするなッ!!」

 

『応ッ!!!』

 

「よろしい、第一陣構えッ!!!」

 

先頭の兵が身体を覆うような大きな盾を構え、それが横陣一列に並んだ。そしてその間から長槍を構え、槍衾を敷いた。

 

「前進なさいッ!!」

 

◆◇◆◇

 

第三軍の重装歩兵が持つ剣の名は「グラディウス・ヒスパニエンシス」、かつてあのハンニバルをザマの戦いで破った共和政ローマの英雄、スキピオ・アフリカヌスがスペインで導入し、以後正式なローマ軍の装備となったものだ。

 

そしてこの身体を覆うような大きな盾を構えさせ、それが前中後の三段階に続く陣形に重装歩兵に長槍にしては少し短い槍。もうわかるだろうが歴史上前面に驚異的な強さを持ったあのファランクスの発展系であるローマ軍のレギオン、それも戦況に柔軟に対応できる歩兵中隊を中心としたマニプルス式だ。

 

これらの武装に戦術が合わさるとき、個々の兵士はまさしく一つの生き物の様な軍と化す。

 

郁のいた先陣の中央が割れ、そこから激流のような黄巾賊が青怜の第三軍に向かってきた。

 

「前進なさいッ!!」

 

青怜の檄が彼女の配下である重装歩兵の軍団、レギオンに響く。そして銅鑼が鳴り響き、戦列を整えた第一陣が揃って前進し、黄巾賊を迎え討つ。

 

「敵を蹴散らしなさいっっ!!!」

 

彼女が叫ぶと同時に黄巾賊がそのままの勢いで公孫軍4000の重装歩兵にぶつかった。しかし、そこで流される血はあまりにも一方的であった。

 

始めの方は槍で一方的に刺し、突撃してきた黄巾の兵を無残にも殺していく。何度もそれを繰り返すと槍は消耗し、折れたり曲がったりした。そこで重装歩兵はその槍をすぐに捨て、グラディウス・ヒスパニエンシスを抜く。

 

重装歩兵に大盾、槍、そして「グラディウス・ヒスパニエンシス」とマニプルス式レギオンのこれらが合わさったこの戦場の最前線では軍団同士がぶつかり合い、混雑とした白兵戦に突入した。

 

当初長槍で一方的に攻撃してきた重装歩兵はグラディウス・ヒスパニエンシスを抜くと、容赦なく振るう。

 

普通の剣よりも短いグラディウス・ヒスパニエンシス、通称グラディウスは混雑した白兵戦の時にその武器としての性能を十分に発揮する。狭く混雑した前線では従来の剣は長すぎてうまく振るうことができない。しかし、この混雑した前線ではそのグラディウスが十全にその性能を発揮し、多くの黄巾賊の腹に突き刺さり、大地を血で染めていく。

 

それはそうだろう。そのために従来の剣より長さを短く、両刃にした。混雑した狭い状況でも相手を刺しやすく、切りやすいようにした。そして耐久力を高めるために肉厚にし、長時間の戦闘に耐えられるようにしたのだ。

 

そして身体を覆うような大きな盾が相手の剣を防ぎ、さらに黄巾賊の剣がチェインメイルのような重装歩兵の鎧に弾かれるか、少しだけ傷を与えるにとどまる。そのために身体を覆うような大盾を用意し、戦存率を高めるための重装備なのだ。

 

また彼らの後方からは第一波の射で後退した弓兵からの矢が再び黄巾賊に襲い掛かり、さらに被害を拡大させていく。そのためのマニプルス式である。

 

それらに加え、長槍等も郁のいた先陣と戦ったおかげでほとんどが失われており、相手は勢いだけで進む黄巾賊だ。戦列の交代もなしにそのまま第三軍とぶつかり、黄巾賊の先陣のほとんどは疲弊し、ただ討ち取られていく。

 

戦端は開かれたが、その被害は何も装備していない剣だけを持っただけの黄巾賊の方が圧倒的に多く、瞬く間に死体の山が築き上げられる。

 

そしてすぐさま敵の後衛との戦闘に突入したのであった。

 

趙弘side

 

俺たちが先陣となり、大将が合流するとほぼ同時に敵の先陣が割れた。そう自分たちが相手の前衛を勢いと物量で中央突破したのだ。

 

「そのまま進めッ!!敵大将の頸、我らがとるのだッ!!!」

 

『おおおおおおおおおおおッ!!!!!!!!』

 

俺たちはいつも通りに先陣を抜いた勢いのまま後ろにいる敵本陣に突撃しようとした。そして敵先陣を抜いたところにそれが現れたのだ。

 

大きな盾を持った敵兵たちが横一列に並び、まるで俺たちの前に小さな壁ができたように感じた。それを見た兵が動揺し、自然と進む速さ緩む。

 

「立ち止まるなッ!!突き進めッ!!!」

 

俺は足を止めそうになった兵に向かって叫んだ。どのみち前に進まなければならないし、ここで止まっていても大将の兵に後ろから押されるのだ。進むしかないし、今までそうであったので迷わなかった。

 

だが俺たちが敵の本隊とぶつかった瞬間に兵の前進が止まる。前線のあちこちでの槍による長柄を活かした一方な刺殺が始まった。

 

頭の中が真っ白になる。

 

なぜなら今まで俺たちの数と勢いに任せた突撃を止めた相手などいなかったからだ。そこら辺のいつもの官軍だったら数と勢いに負けて後退し、最後には敗走するはずだった。

 

だが目の前の軍は官軍ではないことに俺は今になって気がついた。

 

目の前に風に揺れる大きな旗が目に入る。

 

 

相手はただの官軍ではない。

 

 

その旗は「公」を掲げている。

 

 

目の前にいる相手は常に前線で戦っている強者たち。

 

 

幾度と異民族からこの地を守ってきた幽州の守護者。

 

 

そう、それは北の雄―――――

 

 

公孫賛。

 

◆◇◆◇

 

青怜率いる第三軍が趙弘率いる黄巾賊とぶつかる前、第三軍は見慣れぬ戦列によって足が鈍った相手に前進することで敵が勢いをつける前に距離を詰めた。元々先陣である歩兵からほとんど離れていない距離だったのに、足を止めそうになった黄巾賊との距離をさらに詰めることによってそのスペースをなくし、敵の勢いを殺したのだ。

 

そうして敵の勢いを殺し、敵先陣を立ち止まらせることによって後方から合流した張曼成の黄巾賊本隊も完全に足を止めることになった。そうしている間に郁が率いる先陣は中央をから分かれたまま、敵の両側面に回って再び攻撃開始したのだ。

 

 

黄巾side

 

張曼成は焦っていた。いつもならここで相手が後退を始め、最後には敗走する予定だった。しかし、敵の本隊とこちらが戦い始めるとその予定が崩れ始めたのだ。

 

自分たちは激流だと彼は思っている。数と勢いに任せた激流で相手を飲み込むのだ。しかし、その激流であるはずの自分たちが塞き止められた。敵の本隊という激流の先に現れた大きな壁に。

 

彼は前線を見る。趙弘が奮戦しているが一向にその壁を突破することは難しそうだった。だが、前に進まなければ相手は倒せない。そして何より相手より多く、まだ勢いが衰えていない自分たち本隊がいる。彼と共に戦ってきた仲間たちが。

 

そのことが彼の判断を誤らせた。

 

「趙弘と共に前へ出るぞ」

 

仲間がいるからこそ自分自身が前に出て、混乱している前線を立て直し、士気を上げ、敵の壁を穿つ。

 

「俺に続け!」

 

『応ッ!!』

 

混乱している前線を立て直すために、張曼成は前に出た。

 

そうすると前線の混乱少しは収まり、そして自分たちの大将が前に出てきたことで黄巾の士気が上がり、いくらかは持ちなおす。

 

「進めッ!!」

 

その号令と共に今まで温存されていた張曼成子飼いの20000が遂に先陣へと立った。

 

青怜side

 

「抜かれるな!押し返せッ!!」

 

第一陣にそう檄を飛ばしながら私は前線で指揮をしばらくしていると、敵前線に混乱が生まれ始めた。それは相手の無防備な横腹に中央から分離した歩兵を率いる郁が戦力を立て直して攻撃を加え始めたのだろう。慌てふためく敵に向かって重装歩兵の短剣と弓兵の援護射撃が容赦なく敵の命を加速的に奪っている。

 

兵の士気は上々、敵は混乱中。さらに敵部隊は交代せず、休息はしていない。前線を押し上げるなら今ね。

 

「今よッ!前線を押し上げなさいッ!!」

 

私の声とほぼ同時に第一陣が前進し、前線を押し上げていく。これで前線ではこちらの有利にことが運ぶはずだ。

 

前線を押し上げたことで私は敵本隊を見ると徐々に迫ってきているのが見えた。どうやら敵軍大将の張曼成がなかなか抜けない私たちに、ついに出張ってくるようだ。

 

私は第一陣の兵を見る。中央が抜かれてから大分戦っているがまだまだ耐えきれると感じる。しかしそれでもいくらかは疲弊はしていた。倍の数の敵をずっと相手にしているのだ、精神的にも体力的にも消耗しない方がおかしい。

 

……戦列は交代した方がよさそうね。

 

そうしなければこのまま無傷の敵本隊とやり合うことになるだろう。こちらから見ても敵は10000の倍はいそうだ。それをこのまま戦い続けると戦列交代させる機を逃すことになりかねない。

 

「第二陣用意!戦列を変えるわッ!!」

 

そう指示を出すと第二陣の左端から順番に動きだし始めた。

 

「矢は気にせずに弓兵は援護を密にしなさいッ!!」

 

私がそう言うと今まで矢をいつもより少しだけ温存していた弓兵からの矢が先ほどより多く戦列交代をしている第一陣前方へと密集して飛んでいく。

 

そして左から順に第一陣と戦列を交代し始め、第二陣が先陣となって戦闘に入る。後退していく第一陣の百人長にしばしの休息と隊の立て直しを命じ、私は第二陣の指揮に戻る。

 

そろそろかしら?あの本隊が来るのは。

 

第一陣と第二陣の交代が間もなく終わる。そして第二陣が完全に先陣となるとすぐに敵本隊を率いる張曼成の軍団がやってきた。

 

はてさて、敵将張曼成。私子飼いの兵にあなたは一体どれだけやるのかしら?

 

そう思案している間にも第二陣と敵本隊がそのまま戦闘に入った。

 

◆◇◆◇

 

第二陣と敵本隊の戦いは苛烈を極めた。重装歩兵のほとんどは防具をつけていない敵兵を容赦なくその手に持った短剣で突き刺し、夥しい量の出血を敵に与える。だが、その出血を恐れることなく張曼成の古参兵たちは第二陣にその身ごと突撃し,至るところでは盾を挟んで押し合いのようになり始めたのだ。

 

その自分の命さえ顧みない黄巾賊の文字通り捨て身の突撃は交代したばかりの第二陣に少なくない損害を与えたのであった。

 

「どけッ!!!」

「押し返せッ!!」

 

互いの怒声が雄叫びが響き合い、前線ではこの戦いで一番激しくなった。

 

「おら、死ねッ!!!」

 

自らの大将である張曼成のために、古参兵は身を投げ出すように第二陣を一心不乱に攻撃する。

 

「賊が、調子に乗るなッ!!!」

 

対して第二陣も負けず劣らずに突っ込んできた古参兵の胸に剣を突き刺し、地に沈め、黄巾賊本隊の前進を阻み、逆に反撃に出る。

 

激しい激流がそれを阻む壁に襲い掛かる。一瞬でも張りつめている気を抜けばそこから崩壊しそうなほど強烈だった。

 

それを北の大地で戦ってきた青怜とその子飼いの重装歩兵第二陣は理解していた。だからこそ、彼らは反撃の手を緩めなかった。一度でもこの反撃の手を緩めれば、そこから一気に黄巾賊の激流に飲みこまれるからだ。

 

一進一退の攻防が続く。まるで命を燃やしつくような激しい古参兵の攻撃は苛烈を極め、それを阻む第二陣もよく調練され、戦場で培った経験と技術で対抗し、前線では均衡が生みだされた。

 

しかし、その均衡はいつまでも続くことはなかった。

 

なぜなら公孫軍には第三軍以外にも勇猛果敢な最強の騎兵戦力がまだこの戦場に現れていなかったからだ。

 

黒蓮side

 

戦端が開かれてから随分と時間が過ぎた。もうすでに太陽が真上を越えて西に傾きつつある。そんな風に私を照らす太陽を見ていると青怜から突撃の合図である鏑矢が大空に響いた。

 

このように私たち公孫軍騎兵隊の合図は鏑矢で行われる。それによって突撃の方向や合図を支持するのである。そのことを理解した兵たちがゆっくりと動き出す。

 

「子則様の策がなったようですね」

 

「ああ、そのようだ」

 

どうやら青怜はうまくやったらしい。今頃は敵本隊と張曼成を引きずり出し、第三軍で足止めしているのだろう。

 

「よし、我らも動くぞ!」

 

『応ッ!!』

 

そして戦場から少し離れていた私たち黒馬義従を先頭にした騎兵3000は敵陣の後方に向かって進軍を開始した。今ごろ姉さんも同じように動きだしているころだろう。私たちが敵の右後方から突撃し、姉さんが逆の左後方から突撃するのが今回の戦のシナリオだ。

 

そうしている間に敵の本隊の後ろが見えてきた。敵の足が完全に止まり、最前線の方では激しい白兵戦が繰り広げられていた。そしてわざと中央突破を許した郁率いる先陣が敵の側面に回っており、そこから敵の横腹に槍を突き刺している。

 

今のところ戦況は私たちに有利に動いている。後は私と姉さんが後ろから突撃すれば完全なる包囲陣が出来上がるだろう。

 

「全員突撃準備!」

 

私がそう叫ぶと、私を先頭に騎兵3000が馬上で長槍、コルセスカに似た騎槍を構えた。

 

このコルセスカに似た騎槍は独自に公孫の騎兵部隊に使っている物である。槍の先端は鋭く尖っており、その横に垂直に反り返った刃がついている。この刃は騎兵の突撃により、相手を深く突き刺さらないようにする役割を持つ。そしてこの横の刃が深く敵の身を貫くことを防止し、その突撃の持久力を通常よりも高めている。

 

「襲歩(ギャロップ)ッ!!」

 

私を先頭にした魚鱗の陣で徐々に加速していく。馬術である襲歩、つまり全速力にあたる突撃速度である。

 

「敵中へ突入する、私に続けぇぇぇえええ!!!!」

 

『おおおおおおおおおッ!!!!』

 

そして無防備な敵の背後から騎兵3000が全速力で襲いかかった。

 

黄巾side

 

前線で戦っていた張曼成も趙弘も背後から接近してきた騎兵部隊に気が付いたのは、後方に襲いかかられた瞬間だった。

 

「て、敵襲だぁぁああああ!!!!」

 

背後にいる兵たちから悲鳴が上がる。それと同時に二人は声のした方を向くと鮮血が空高く舞っていたのだ。

 

「こっちも来たぞぉぉおおお!!!!」

 

そして反対側の方からも悲鳴が上がった。突っ込んできたのは黒馬の集団に率いられた部隊と白馬の集団に率いられた部隊の二つ。前者は本体の右後方から、後者は左後方から黄巾賊にそれぞれ突撃してきた。

 

どちらの突撃も今まで相手にしてきたどの騎兵部隊の攻撃よりも一線を越えていた。特に黒馬に乗った部隊は目の前にいる黄巾の兵たちをまるで雑草のように薙ぎ払い、鮮血の嵐が吹き荒れる。それはまるで天災ようであり、それほどまでに突き進んでいる者たちの攻撃は苛烈を極めていた。

 

恐らく黒馬の方が妹の公孫越、そして白馬の方が公孫賛のはずだ。それは彼女らが乗っている馬を見て張曼成はすぐさま理解する。

 

後ろから攻撃を受けた部隊が次々にその命を狩られていき、混乱しながら押され、前線へと黄巾の兵たちが慌てて殺到する。しかし、前方には今まで抜けなかった青怜率いる第三軍がおり、こちらも抜けられそうにない。すでに側面には相手の歩兵がいることに気が付いていた張曼成はこの戦の敗北を悟った。自分たち激流が背後から塞き止められたのである。勢いがなくなった激流は穏やかな清流になるのみ。今はまだ勢いが止まっていないが、そのうち士気も前線も崩壊するだろう。

 

「俺はここで死ぬ……か」

 

そう呟き、彼は天を仰ぎ見る。いつかは来ると思っていたが、それが今日だとは彼もその子飼いの古参兵も思ってもみなかった。自分の死期を悟ったが、それをたやすく認められるほど彼は往生際がいいわけでもなかった。

 

彼は今も混乱する自分の兵たちを見渡した。

 

共に笑い、共に泣き、共に怒り、共に戦ってきた者たちだ。

 

彼にとってまぎれもなく戦友であり、家族であり、そして喜んで自分の命を投げ出せる者たちだった。だからこそここで無駄死にさせるわけにはいかない、そう彼は胸の奥で誓う。

 

「諦めるのはまだ早い、一人でも多くこの死地から生き残らせなきゃならない」

 

張曼成はそう自分に言い聞かせながら手に持っていた直槍を再度握り直し、戦場を見渡した。

 

(左側面には不自然に空いた穴があるが、あれはわざと残した逃げ道だろう。あそこを通るのは敵の罠に自分から足を突っ込むことになるはずだ)

 

冷静にそう判断し、今度は逆を見る。右側面の前は確かにふさがれているが、そこからの攻撃は左と比べると少しと劣って見えた。ちょっとした左右の攻撃から指揮が左と比べると拙いことに彼は気が付いたのだ。

 

その通りである。左側面の歩兵部隊の指揮は郁がとっており、逆の右側面の指揮は郁の副官であったのだ。そのため左では正確な指揮がなされていたが、右は拙くなってしまったのであった。

 

「あそこを抜ければいけるか?」

 

だが問題はそれより後方の公孫越の部隊である。あいつらに横腹を刺されれば、たちまち足止めされ、そこでなぶり殺しになる。誰かがあれを止めなければならない。

 

そう判断した彼の行動は早かった。前線から戻ってきた副官である趙弘を呼ぶ。

 

そうすると彼は混乱している味方を少しでも収めようと奮闘していたところであった。

 

「大将!どうするんですか!?」

 

張曼成の前に着くと同時に彼は自分の大将に質問した。彼自身も相当焦っているのだろう、その顔には冷や汗がはっきりと浮かんでいる。

 

「お前はあそこから抜けろ」

 

そう張曼成は自分たちの右側面前方を指差して言った。それを瞬時に理解した趙弘は自分たちの大将に問う。

 

「大将はいかがなさるのですか?」

 

「あれを止める、そのうちにお前たちは抜けろ」

 

つまり自分という大将頸を囮としてあの騎兵部隊を足止めしている間に、まだ無事な兵を連れてこの包囲網から脱出しろ、と言ったのだ。その瞬間、周りにいた古参兵たちが揃って自分たちの大将の方を向いた。

 

「それには従えません」

 

だが趙弘はそれを拒否した。

 

「これは命令だ、従え!!」

 

「いいえ、従いません」

 

彼は手に握っていた直槍の切っ先を趙弘の頸へと突きつけた。

 

「従わないのなら、大将の命令に背いた罰として処罰するぞ」

 

「どうぞ、ご勝手に。すでに私の死は見えています、遅いか早いかの問題ですよ」

 

張曼成は趙弘の眼を見る。固くなにその命令には従わないという明白な意思を感じ取った彼はため息をついて槍を降ろした。

 

「お前、馬鹿だな」

 

「よく言われます」

 

そう呆れながら言った自らの大将である張曼成に向かって、趙弘は笑いながら答えた。

 

「自分たちの大将はあなたです。ならばあなたと共に生き、あなたと共に死にますよ」

 

「そうだぜ、大将」

「大将、俺たちを置いてくんじゃないっすよ」

「どこまでもついていきますぜ、大将」

 

そう言った趙弘の周りにいた古参兵たちが揃いも揃って「大将についていく」と言う。

 

自分たちの大将を、家族を、そして戦友おいて逃げるなんてことはできない、と。

 

「本当に馬鹿な奴ばっかだな」

 

張曼成は泣きそうになりながら自分の戦友たちに言うと、彼らは当たり前だ、と笑っていた。自分たちは偉い人でも、役人でもねぇ、ただの農民なんだからよ。馬鹿しかいねぇ、と。

 

「ほんと馬鹿な奴らだよ、お前らは」

 

張曼成は今にも溢れそうな激情の中で、彼らに感謝した。こんな自分に最後まで自分の命を預けてくれるなんて。

 

「なら俺があいつを、お前があっちを倒すしかないな」

 

指差したのは騎兵部隊の先頭で今もなお、この戦場で最も兵たちの命を狩っている黒い鎧を着た公孫越と敵の総大将で白馬に乗った公孫賛の二人だ。前者の彼女からは武人特有の鋭く、そして何よりも強い意志を感じられ、後者からも同じように強い意思を感じた。

 

そして張曼成と趙弘は自分の武力を確認し、自らの相手を見据えた。張曼成は武力で秀でている公孫越を、趙弘はそれよりも低い武力の総大将公孫賛を。

 

「あれですか?」

 

「ああ、あれだ」

 

心底嫌そうな顔をした趙弘に彼は辞めるなら今だぞ、と目で聞くと彼は仕方がないですね、とため息をついて頷いた。

 

「わかりました、私が戻るまで死なないでくださいよ」

 

「誰に言ってんだ、馬鹿野郎」

 

「あなたにですよ」

 

そう言って二人は戦友と共にそれぞれの敵へと向かって行った。

 




誤字脱字などがありましたら教えて下さると助かります。


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黄巾賊 前哨戦(2)

最近、勉強で忙しいです。

毎日8時間以上の中でやっと投稿することができました。

拙い文章ですが、楽しんでいただけると幸いです。

それではよろしくお願いします。


黒蓮side

 

私たちが敵の後方に突撃して、向かってくる敵を相手にしていると、陣の奥から一人の男がこちらに向かってきた。何もかもが燃え上がるようなこの戦場という場所で彼のいる所だけが常温に近い温度を保っていた。そしていかにも只者ではない雰囲気を醸し出す彼が来ると、敵兵たちは道を黙って開けた。

 

「あんたが将か?」

 

「ああ、確かに私がそうだが。お前は誰だ」

 

私の目の前で立ち止まり、確認するように聞いてきた。とりあえず、攻撃の手を止めて私はその問に答える。

 

「悪いな、俺はこの軍の大将、張曼成だ」

 

「ほう、お前がか?」

 

彼の言葉に私は素直に驚いた。この包囲を破って逃げるかと考えていたのだが、まさか自分の方からこっちにやってくるとは思ってもみなかったからだ。潔いよいのか、ただの馬鹿なのか、それとも本気で私の頸を取り来たのだろうか。

 

「ならば一度だけは聞く、投降しろ」

 

「それは無理だな」

 

そう私に返した彼の言葉には力があった。彼の眼はこの場で死を覚悟しているのがわかった。それと同時にいかなることも跳ね返すようなはっきりとした強い意志も。それは彼がここに来た目的が何なのかをはっきりと示していた。

 

私を倒すということを。

 

そしてこの窮地においても決して諦めていないということを。

 

自らのためではなく、仲間のためにこうも簡単に命を賭けるということを。

 

私は驚いていた。ただの黄巾賊という農民の集団の中で、こんな男が存在していたことに。

 

……おしい、こっちに寝返ってくれないかね~。

 

素直にそう思う。普段の私ならそんなことを思わずに慌てふためく敵を斬っていただろう。意志の弱く、そして苦し紛れに略奪などを繰り返す弱い奴らに。

 

だが彼と彼の兵は違う。

 

私は彼から目を外し、近くにいる敵兵を見ると皆、覚悟を決めた眼をしていた。彼の命令で無理矢理連れてこられたわけでも、状況に流されたわけでもなく、自らが望んでここにいることを選んだ覚悟を決めた力強い眼だった。彼らは最後までこの男についていくのだろう。それが死なのか、生なのかは関係ない。張曼成という男がいる場所こそが、彼らの居場所だからだ。

 

それをわかってしまったことが、余計に彼をおしい人物だと私に思わせた。

 

この乱世で一体どれだけの人間がこんな大勢の人に自らの命を賭けられるまで慕われるのというのか。そんな人間が数多くいればこんな世にはならなかったはずだ。だからこそ今の世では本当に貴重な人間だと思う。

 

それと同時にどんなことにも屈せず、自らの意思を曲げずに前に進もうとしている男の意志に引き寄せられた。わかっていたのだろう、体験してきたのだろう。官軍や周りの諸侯が本気になれば容易く死地に踏み込むであろうことが。でもこの男はそれを承知の上で今まで官軍と戦って、それらの苦難を悉く破ってきたのだ。そして今回もそれを全く諦めていない。

 

ただ言うは易く、そして行うは難し。

 

それを実際に最前線で行っているからこそ本当におしいと思った。だからこそ私は彼に本音を明かす。

 

「お前はおしい人間だ、殺したくはない」

 

「ほぅ、そんな冗談みたいなこと言えるようには見えないけどな」

 

「冗談だと思っているのか?」

 

私は彼の眼を真っ直ぐに見る。自分の眼が嘘を言っていないことわからせるために。

 

「……冗談じゃないんだな」

 

「ああ、もし投降するなら部下の命だけではなく、生活も保障しよう。お前に着いていきたいのならうちでまるごと雇う」

 

私がそう言うと彼は驚いたように目を見開いた。そして周りにいた兵たちもそのことに声を上げて驚いている。それほどまでに私が彼に出した案が逸脱していたからだ。

 

「破格の条件だな、本当に」

 

「それだけお前が死ぬにはおしい人間だと思っている」

 

できれば投降して、公孫のための士官になってほしかった。それだけの器を目の前にいる男は持っているように感じたのだ。でなければ私はこの男とそれに従う彼らを生かそうとはしない。

 

こう言っちゃなんだが、多分女?の勘だと思う。それに曹操は黄巾賊を受け入れ、精兵に育てたという史実もある。

 

「その提案はとてもありがたい、でも俺らは官軍の下にはつきたくはないんだよ」

 

そう愚痴っぽく彼は私の誘いを蹴った。俺たちは黄巾賊として戦って、そして最後まで黄巾賊として死ぬ、そう言ったのだ。

 

だからと言ってその答えが私を諦らめさせる理由にはならない。

 

「なら私たち公孫の下にくればいい。従うのは官軍ではない、私と姉さんに、だ」

 

なおも諦めきれない私に彼は疑問をぶつけるように聞いてくる。

 

「……どうしてそこまで俺を評価してくれたんだ?」

 

「お前は……いや、お前たちならもっと輝けると思ったからだ」

 

それが私の本心であった。人のために進んで命を捨てられるような馬鹿みたいなやつらがこれだけの人数いるのだ。しかもそれが農民たちから出てきている。地位の弱かったものが、官軍を打倒するまで泥を啜りながら這い上がってきた。

 

それだけの努力、それだけの執念、それだけの想い、そしてそれだけの意志。

 

認めよう、彼と彼に従う兵たちは強い。それもそこら辺の兵たちよりもずっと。

 

そんな者たちがこの場で死んでいくのはもったいないし、彼らが私たち公孫家に仕えてくれるのならば、かなりの戦力の増加になる。後はただ調練するだけで新しく精鋭部隊が出来上がるだろう。それがわかっていたから史実の曹操は黄巾賊を受け入れたのか。

 

だが私は何よりも彼らを率いている張曼成という男にひどく惹かれたからだった。

 

この場で誰より強い想いを持ち、多少の難……いや、並大抵では越えられない苦難でさえ乗り越えようとする迷いがない真っ直ぐな意志。その意志をどんな壁でさえ貫き通そうとする覚悟。そのためだけに矛を持ち、そのためだけに戦い、そしてそのためだけに自らの命を容易く賭けて、堂々と恐れずに目の前の死地に入るような馬鹿に私は惹かれたのだった。

 

その者たちがこの三国志という……いや、乱世というこの最高に熱い舞台で、こんなにも簡単に散ってしまっていいのだろうか。ちゃんとした調練をし、最高の武具を持ち、技を鍛え、激しくその尊い命を燃やせば……今よりはきっと輝けるはずだ。

 

「俺たちならもっと輝ける……か」

 

「ああ、だから投降しろ」

 

敵兵が彼の答えを待っている。その答えによってはこの場が彼らにとって死地と化すのか、それともこの戦いが終わるのかが決まるからだ。どちらをとっても彼の兵はこの男の答えに従うだろう。

 

「……だがそれはできん」

 

「なぜ?」

 

「今まで死んでいった奴らに顔向けできないからな。それにあいつらが死ぬ時に俺は誓ったんだよ、この命果てるまで黄巾として戦い続ける、とな」

 

彼の言葉に重みが増し、そして彼の雰囲気が一気に変わる。

 

「あいつらの悲しみを、苦しみを、恨みを、怒りを、このくそったれな世の中とそれを作った奴らにわからせてやるんだと」

 

私に向かって彼は直槍の刃を向け、そして私の眼を見てくる。

 

「俺たちは一蓮托生だ。笑うことも、泣くことも、怒ることも、喜ぶことも、悲しむことも、戦うことも、そして……死ぬことも」

 

たった1年にも満たない闘いの中で、彼らは様々な経験をしてきたのだろう。彼らは軍のように誇りでも、規律でも、大義でもなく、絆によって繋がっているのだ。だからこそ、自ら戦友のために命を賭けられる。

 

「だからこそ俺は、今、この場から逃げ出すことはできない。できるはずがない、それをしてしまったら今まで死んでいった戦友に、家族に嘘をつくことになる」

 

彼らは食うに困ったただ農民でも、略奪するだけの黄巾賊でも、命令されて戦うただの兵士でもない。

 

「それに俺は何よりも腐りきった役人のように自分自身を偽ることはしたくない」

 

彼らは仲間を、戦友を、家族のために戦う『戦士』である。

 

「自分の意志を曲げるのは絶対に嫌だ、戦って死ぬよりもな」

 

この目の前の男もそうである。

 

「だから悪いがその誘いは受け入れられない」

 

それは力強く、迷いのまったくない真っ直ぐな眼をして堂々と私に言った。

 

「いい『戦士』だな……お前は」

 

故におしい。

 

「ありがとうよ。……こんな戦場(ばしょ)で出会わなきゃ、あんたときっとうまい酒が飲めただろうに」

 

「同感だな……だがそれはもう過ぎたる思いだ」

 

お互いに見つめ合い、笑う。どうもこの男とは気が合うような気がした。だがそれと同時にもうこの男を説得するのは無理だとも感じた。だからこそ、その覚悟に、その意思に私は敬意を払い、馬を下りて戦斧を構えた。

 

その行動は他の場所が戦闘中なのに不思議と時が止まってしまったこの場所で何よりも私とこの男との決別を示したのだった。

 

お互いの兵が戦意を満たせ、今にも襲い掛かろうとしている。もはや、この場では言葉は不要なものでしかなかった。

 

「貴様の頸、この張曼成が貰い受けるッ!!!」

 

「良かろうッ!この公孫仲珪が頸、取れるものなら取ってみろッ!!!」

 

そして私は彼に向かって戦斧を振り落した。それが再びこの場で戦いの火を再燃させた合図であった。

 

白蓮side

 

私に向かって少し痩せ細った一人の男が馬に乗ってやってきた。

 

「あなたがこの軍の総大将、公孫賛ですか?」

 

「ああ、私が幽州啄郡太守、公孫伯珪だ。」

 

「そうですか、私はこの軍を率いる張曼成様の副将、趙弘。悪いですがあなたの頸を頂戴しに参りました」

 

そう正直に言った彼の眼が私を射抜くように鋭く細められた。それはまるで痩せ狼が獲物を狙うように似ている。

 

こういうのはうちの妹の役目なんだが……。

 

「投降はしないのか?」

 

「ええ、私たちの大将は諦めていませんから」

 

全くためらいなく答えた彼の眼には迷いはなく、私はその意思を少しも揺るがすことはできなかったと悟る

 

全く……、少しも楽をさせてはくれないな。

 

「無駄な血を流すことになるぞ」

 

「元より承知の上、だからこそ私たちは武器をこの手に取ってこの場にいるのです」

 

「……考えは変わらないか?」

 

「はい、私たちはもう言葉では止まりませんよ」

 

降伏は絶対にしない、か。

 

私は彼に付き従う兵たちを見た。誰もが目の前の男と同じような死を覚悟した眼をしている。

 

その眼から伝わることはただ一つ、死ぬまで諦めずに戦い続けると言う意志のみだった。

 

仕方がないな。

 

私はこの場で彼らを斬ることを決める。手に持っていた槍を捨て、腰に下げている刃が反り返った片刃の剣を抜いた。

 

「なら来るが良い、この公孫伯珪の頸がほしければなッ!!」

 

「ええ、その頸、私たちが頂戴しますッ!!」

 

私は愛馬の腹を蹴り、目の前の男に斬りかかった。

 

黒蓮side

 

上段から振り下ろした私の戦斧が張曼成の直槍とぶつかりあい、互いに火花を散らしながらそのまま数合打ち合う。

 

突きの回転数が高い。こいつは速さを主軸に置くタイプか、星と同じだな。

 

私はその連続で放たれる突きを戦斧の柄でほとんど受けきり、カウンターを狙って石突きを繰り出そうとすると彼は一旦後方に距離を取った。

 

「む、どうしたんだ」

 

私はいきなり距離を取った彼に訝しげに問う。まだ全然体勢も崩れてはいないし、そこまで距離を置くことはないはずなのに。

 

「今ので掠り傷一つもつかないなんて、さすがだな。俺が戦った中で一番強い」

 

当たり前だろ、お前より迅い奴を私は知っているんでな。

 

対処法はすでに用意している。それは今まで共に鍛錬してきた星のおかげであった。彼女は鍛錬と言えど、その身がぶれるほどのスピードで私と組み合う。それを何度も繰り返した私は自然と彼女の速さを対処法を生み出していた。

 

それはつまり、相手のスピードに自分が合わせるのではなく、私の土俵に相手を引きずり込むのだ。私は剛のタイプだ、だから一撃はそこまで速くはない。でもその代わり一撃の威力は跳ね上がる。

 

そのため、私はじっと構えて待ち、カウンター一発で相手の足を潰すようになっていたのだ。最低限の動きで相手の素早い攻撃を弾き、少しでも体勢が崩れればカウンターを狙う。体に掠ればそれだけで痣になるような氣を込めた一撃だ、それで足が止まった後に相手と真正面から打ち合い、こちらの土俵に引きずり込む。

 

これが私の生み出した速いタイプの武将の攻略方法だ。しかし、これは星みたいな馬鹿のように早く、搦め手を使う奴と戦うと持久戦になってしまう。相手の搦め手を含めた攻撃を弾き続けるために集中し続ける精神力と相手を振り切るために加速し続け、フェイントを使い、防御を突破しようとする体力との持久戦。

 

そして一撃でも当てれば即座にそのスピードが殺されるため、私は必死にカウンターを狙い続け、相手はそのカウンターを避けながら私を傷つけようとする。たった一撃ですべてが決まるような緊張感はごりごりと精神力が削られる作業だった。最終的に星はその緊張感を楽しむように最高にハイになっていたのは悪夢かと思ったけど。

 

だから今回も私はその方法で対処した。

 

「次は本気で行くぞ」

 

「始めからそうしておけば、無駄な体力は使わずに済んだぞ」

 

「あんたが強いのは知ってたが、まさかこんなに強いとは思ってなかったのさ」

 

「そうか、ならさっさと来い」

 

「言われずともッ」

 

そう言い終わる前に彼が動き出した。右足を深く踏み込み、ただ真っ直ぐとこちらに突っ込んでくる。私は身体を半歩ずらし、戦斧の柄で切っ先を受け流す。体重とスピードが乗った突きは、激しい火花を散らしながら私の後ろへと受け流される。

 

「すげぇな!あんたッ」

 

彼は受け流された力を利用し、片足を軸にしてそのまま再び私に突っ込んでくる。だが私はそのことを予想済みなのでまた素直に後方に受け流した。

 

やはり、星よりは速くない。それにトリッキーな動きもない。

 

そうわかれば後は簡単にカウンターを取れるはずだ。相手は速さに物を言わせた攻撃、常人ならば簡単に突き殺せるほどの速さとキレを持っている。だがそれ故にどうしても攻撃は直線的になりやすく、単純になってしまう。

 

それをどうにかしてくるのが星だったんだけど。己の体の柔軟性や早さ、思考、様々なことを織り交ぜながら、時には大胆に、またある時には針を通すような繊細な動きでこちらを揺さぶってきた。

 

だが今回の敵はそれがない、だからと言って手ごわくないことはない。速さなら星に追いつくことがなくてもそれに近いくらいはあるが、威力は彼の方が上だった。そしてその突きは馬鹿が付くほど真っ直ぐであった。

 

故に彼はただ真正面から単純に突っ込んでくる。自分を偽ることを嫌い、ただ真っ直ぐであろうとする彼の意志がその突きには込められていた。

 

本当に言葉通りの奴だ。

 

私はただ相手の単調な突きを受け流す。だがそうしてもさっきのように彼が止まることはなかった。柄を少しだけ持ち上げ、相手の槍を受け流す。それと同時に身体を入れ替えて正面に彼を見据え、構える。

 

また彼が単純に突っ込んでくる。私が受け流す。

 

また。

 

繰り返す。

 

また。

 

そろそろ彼のスピードに慣れてきた、だからこそ次を狙う。そう思った私はすぐさま次の行動に移ろうと体勢を整え、そして彼が再び突っ込んでくると同時に私の方から距離を詰めた。地面を強く踏み込んで相手との距離をつぶし、直槍の間合いへと自ら深く踏み込む。

 

直槍の刃が私のこめかみのすぐそばを音を立てて通り過ぎる。幾度となく星との鍛錬で体験した、いやそれ以上の音だった。

 

空気を切り裂く、まるで弾丸のような鋭さ。

 

だがそれでも私には慣れたものであった。だからこそ、踏み込むことに一瞬の迷いもなかった。

 

「なにッ!?」

 

彼の驚くような声がすぐ近くから聞こえてくる。私は彼の懐に入り込み、戦斧で直槍を跳ね上げ、相手の体勢を崩す。

 

「ぐっ!?」

 

それと同時に全身の関節を捻り、至近距離からの近接打を彼の横腹へと氣と共に打ち込んだ。それを受けた張曼成はその威力に後方へと吹き飛んで無造作に地面に転がった。

 

やったのか!?と周りの部下たちが戦いの最中にも関わらずその手を止め、私が吹き飛ばした相手を見る。

 

それはいかん、いらんフラグを立てるな!

 

と思いつつ、私は相手を殴った自分の手を見る。どう考えても殴ったような重い感触ではなく、軽い感触だった。

 

そう確信していた私は戦斧を構えると、彼は口から流れ出た血を唾液と共に無造作に地面へと吐き出し、殴られた場所を抑えながら立ち上がった。

 

「……すげぇ一撃だったぜ」

 

「自分から後方へ跳んだんだからそこまで痛くはないはずだろう?」

 

「いや、めっちゃくちゃいてぇし」

 

そう顔を歪ませながら彼は答えた。

 

これでさっきまでのスピードはでないはずだろう。彼の足を潰したから。

 

「でもまだだ。まだ戦える」

 

だが、彼はそんな状態でも全く諦めていなかった。なおも衰えずに力強い眼で再び私に槍を向ける。

 

「だから、戦う」

 

そして再び彼が大地を強く踏み込みこんだ。あまりの踏み込みの強さに、地面が割れ、足跡がはっきりと刻まれる。

 

その一瞬で残像が生まれる。

 

彼の姿が一瞬で間近に迫ってきていた。

 

驚愕と共に刹那の停滞、それが命取りだと私はわかっていた。だからこそ、その一瞬に私は身構えていた。

 

油断はない、この男にそんな余裕は一切できない。

 

そう思っていたからこそ、私は今の一撃をぎりぎりで受け流すことができた。受け流しと共に思わず安堵の息を吐く。

 

「まだ……終わってないッ!!」

 

だが、彼は止まらなかった。無理に体勢を立て直し、再び私は彼と相対すると自らの身を顧みず、突っ込んできている彼と交差する。

 

捨て身の攻撃、自ら私の間合いへと踏み込んで連撃を繰り出す彼に、徐々に押され始める。

 

矛と戦斧がぶつかり合い、激しい火花が宙を舞う。

 

それと同時に私の戦斧が削られ、彼の矛も欠け始める。その小さな破片が、互いの肌を浅く傷つけ、大量の火花が皮膚や服を焦がす。

 

もはや加速し続ける彼を止められる者はこの戦場に私しかいなかった。それは星の連撃を受け続けた故の確信。確かに彼は速く、その突きは重かった。この戦場で誰よりも。

 

でも、彼女(せい)ほどではない。

 

そして攻撃も単調、速さを活かした連撃だからそこは仕方がない。私は迫りくる幾つもの刃を弾きながら始めて星に感謝をした。それと同時に自分の運の良さも。

 

運も実力の内……か。

 

連撃の合間に、張曼成と目が合う。その双眸には激しく燃え上がる気焔が見えた。

 

ここでお前を倒し、この死地から皆と脱する、と。

 

明確な『想い』を昇華させた絶対的な『意志』を持つこの男は強い。それだけは断言できる。

 

迫りくる矛を無造作に私は払い、力づくに彼を引き離す。吹き飛ばされた相手は体勢を整え、軽やかに着地した。

 

もう終わりにしよう。

 

肺の空気を全部吐き出し、ゆっくりと全身に空気が行きわたるように吸う。そして次第に私は全身に『意志』と共に練った氣を走らせる。

 

丹田から生み出された氣が全身に淀みなく走り、全身を覆うと妙な安心感を私に与えた。それは自らの氣に包みこまれた私に自分の迷いが一切ないことからだ。

 

その濃い氣は私の『意志』を雄弁に示しており、戦場を闘氣が覆う。

 

「おいおいマジかよ」

 

だが、彼は少しも驚いていない顔で私のことを見つめた。

 

「別に驚くことないだろ?」

 

私は彼に軽く問う。

 

「ああ、あんたの『意志』が強いのはわかっていた。」

 

そうすると彼は微塵の恐れも、迷いもなく、そして私の『意志』答えるように己の身体に氣を走らせた。

 

「だがな、俺だって負けられないんだよ」

 

その雄弁な氣ははっきりと私の氣と対立していた。そして私は彼の氣の発する『意志』を理解する。

 

相手も次の一撃で終わらせるつもりだということに。

 

氣と氣がぶつかり合う。

 

私の氣と彼の氣が触れ合った瞬間、大地に衝撃が走り、空気を震わす。それは私の『意志』と彼の『意志』がぶつかり合った瞬間でもあった。

 

「終わりにしよう」

 

「おうとも」

 

簡潔に発した私の最後を告げる言葉に、軽く返事をするように彼は一言で答えた。

 

私と彼は戦斧と直槍を構えて再び対峙した。三度の対峙、私は集中力を高め、彼だけを見つめた。

 

段々彼の周りが、いや彼以外の景色が真っ白に見え、音がなくなり始める。

 

この感覚は一度だけ味わったことがあった。

 

生前に一度だけだ。

 

それは初めてのレースだった。ただ前を向き、ひたすら目の前のゴールに相棒の馬と共に走った。結果は大差をつけて勝利したが、その時の記憶は曖昧だった。でもこの感覚は覚えている。

 

だからこそ、私はこの感覚に身を委ねた。心臓の鼓動が耳元で激しく高鳴る。

 

全身に氣を巡らせた私たちは渾身の一撃を放つため、共に大地を強く踏み込んだ。

 

白蓮side

 

私と趙弘、お互いの馬がすれすれで交差する。

 

「はあッ!!」

「ふッ」

 

その勢いで迫りくる趙弘の剣を私は湾曲する刃で受け止め、そこから滑らすように受け流し、すぐさま返す刃で彼の身体を切り裂く。

 

「ぐッ!?」

 

やはり私にこの曲剣は合っている。

 

そう私は何度目かわからないを確信した。この剣の名はカットラス?というもので、妹の黒蓮が私に薦めてきたものだった。黒蓮曰く、私は小手先の技が秀でていて、いつもの大剣は剣同士やその他の武器との戦いではあまり適していないらしい。だから大剣は馬上で雑魚だけに使い、その他の武将などにはこれを使えとのことだった。

 

ちょうど私の力でも十分に扱える代物であるし、私よりも力のある相手の一撃も簡単にいなせるので調度良かった。以前、黒蓮の一撃を大剣で受けたが、数合で腕が痺れてしまい、剣を落としてしまっていたのだ。だがこれに変えてからは真正面から受けることはなく、力を外に逃がすため、厳しい鍛錬の末簡単にいなすことができるようになった。

 

またこの湾曲した刃がちょうど相手を斬りやすいので、即座に反撃できるところを私は気に入っていた。ただ、馬で速度をつけなければ人体深くまで切り裂けないために手数が増えるという弱点はあるが、私みたいな者には似合っている。

 

そう考えながら今も力強く、上から迫りくる趙弘の剣を右にいなし、彼の横腹を鎧の上から切り裂く。だがそれでも彼の勢いを削ぐことはできず、彼は全身血まみれになりながらも私に向かってきた。

 

「せあッ!」

「はッ!」

 

私は彼が馬と共に斬りかかってきた瞬間、馬の腹を蹴り、自らその距離を詰めて懐深く入り込む。そして迫りくる刃を身を低くして避け、彼の利き腕を斬り飛ばす。

 

「ッ!?」

 

鮮血を撒きながら彼の腕は剣と共に戦場へと飛んで行く。そしてこの手に残る確かな手応えに私はそこで自分の勝利を確信した。

 

「これで終わりだ、まだやるか?」

 

そう私は利き腕のない趙弘に問うと、彼は自らの服を歯と残った腕で切り裂き、自分の傷に縛り付けた。

 

「……まだ、ですよ」

 

そう血まみれの身体で彼ははっきりとした声で私に答えた。それと同時に近くにいた兵から剣を受け取る。

 

「……うちの大将が、あなたの妹を討つかもしれないのです。なら……私も諦めるわけにはいきません、あなたの頸を、絶対にもらいます」

 

「悪いがそれは無理だ」

 

「……どうしてです?」

 

激しく肩で息をしながら、苦しそうに彼は私に問う。私は吐き出すように彼の問いに答えた。

 

「背負っている物がお前たちよりずっと重いんだ。この身が押しつぶされそうなほどに」

 

かつてのこの身と心を襲った全身を斬り裂くような鋭い痛みを思い出す。自分の無力さの故に多くの命を救えなかったときのことを。

 

「あんな想いはもうしたくない」

 

だからこそ。

 

嫌いな人殺しをしてまで。

 

大を生かすために小を殺してまで。

 

この手を真っ赤に染めてまで。

 

そして何よりも。

 

自分を曲げてまでも。

 

この場所に来たんだ。

 

「だから私はこの場所にいるんだよ」

 

彼は私の言葉を一言も逃さないように耳を傾けていた。

 

「私たちは……、いや、私は絶対に負けられない」

 

あの何もなかったころとは違う。誰かを救えるような地位にやっと私はたどり着いたんだ。

 

啄郡の人々が私に声をかけてくれた。

 

その言葉に私は励まされた。

 

嬉しそうに話している人々の姿が町で見えた。

 

その姿に喜びをもらった。

 

広大な土地が実り迎えた。

 

その光景に感動をもらった。

 

政策が失敗し、後ろ指を指されることもあった。

 

その度に悔しい想いもした

 

誰かに期待され、誰かに失望され、それでもそんなことが私にとって心地よい物だった。

 

それは私が多くの人々の命を支えている何よりも証拠だったから。

 

それと同時に多くの人々の命を背負ったことでもあった。

 

それを感じない者がいるかもしれない。

 

それを必要としない者がいるかもしれない。

 

それを邪魔だと言い投げ捨てる者がいるかもしれない。

 

それが重すぎて逃げ出す者もいるかもしない。

 

 

でもその背負った重みが――

 

 

私にとって

 

 

 

とても

 

 

 

 

とても

 

 

 

 

何よりも――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大切な物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからこの大切な物を誰かに奪わせるわけにはいかない、投げ出すことも、逃げることも。

 

逃げ出すことは簡単だ、黒蓮たちに後を任せればいい。投げ出すことも同じ。

 

だけどそれだけは絶対に嫌だった。

 

だからこそ私はこの場で逃げ出さずに戦っている。

 

故に死ねない。

 

この公孫伯珪の頸は絶対にやれない。

 

やるわけにはいかない。

 

「だから私がお前を討つ」

 

「……そうですか、でも私も負けらないんです」

 

そして私たちは再び敵へと向かって駆け出した。

 




誤字脱字等ありますがよろしくお願いします。

リアルの方でかなり忙しいことになっています。

公務員の勉強とかこんなに必要なくね!?

と思いながら奮闘中です。

まぁ、ブラックには入りたくないし、休み欲しいし、

自分の時間が確保できてなおかつ安定の公務員が妥当かなと思ってます。

なので投稿がさらに不定期かつ長時間放置になるかもしれません。

といことなのでよろしくお願いします。


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黄巾賊 前哨戦(3)

こっそりと投下。

やっとリアルが落ち着いたから書き溜めたものを投稿します。

随分と時間が経ってしまいましたが楽しんでくれたら幸いです。

よろしくお願いします。


黒蓮side

 

 

私と彼は同じタイミングで大地を深く踏み込み、そして一瞬でトップスピードに達した。しかし、そんな高速の中でも私の眼には彼の動きがスローモーションのように見えていた。

 

彼の矛が空気を突き破り、真っ直ぐに私の胸に迫ってきている。その狙い、突きの鋭さは今までのとは比ではない。

 

それは紛うこと無き彼の乾坤一擲、最初で最後の一撃。

 

そしてそれは私も同じ。

 

賭けるのは互いの命と譲れぬ想い。

 

負ければ互いにそれを失うだけ。

 

だが、それは私も彼も自分の命を賭けることよりも嫌だった。

 

だから私は……この場所で、この瞬間、そしてこの手で、こいつを殺す。

 

互いの意志がぶつかり合う。

 

その中で狙うは彼自身ではなく、直槍の矛の部分。彼の武器を破壊し、無防備なところをぶった切る。

 

私は彼の矛先に向かってちょうど良いタイミングで戦斧を振り下ろす。

 

私自身もゆっくりと動く、刹那の時間がとても長く感じる。まるでこの世界が止まっているように。

 

「ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおッッッ!!!!!」

「はぁぁぁぁぁああああああああああッッッ!!!!!」

 

徐々に近づきつつある私の戦斧と彼の矛先。彼以外見えない真っ白な空間で、ついにその二つが衝突した。

 

今まで以上の衝撃と甲高い金属音、そして飛び散る膨大な火花と鉄片。

 

私の戦斧が彼の槍を木端微塵に粉砕し、その破片がゆっくりと目の前で四散した。それと同時に私の戦斧も限界を迎え、刃の部分だけが崩れて吹き飛び、ただの鉄塊と化す。

 

だけどそれだけじゃ終わらないッ!!

 

私も彼もそのことだけはなぜかはっきりと理解していた。

 

それは――

 

ここで退いたら後はないから。

 

そして――

 

どちらも譲れないからだ。

 

彼と私だけのたった二人だけの空間で、ただの鉄塊となった戦斧を切り返し、横一閃に振りぬこうとする。

 

だがそれよりも一瞬早く、ただの棒となった直槍を捨てた彼が私の目の前まで踏み込み、固く握った拳を振りかぶった。

 

避けようにも振りぬこうとしている私の身体はもはや止めることができない。しかし、彼の命を燃やした氣が込められた一撃は致命傷に値する。

 

この状況で取れうる行動はただ一つ、私は迷いもなく覚悟を決めると彼の腕が伸びきる前に上半身を前に出し、自ら拳へと額をぶつける。

 

それと同時に全身の関節を捻り、鉄塊となった戦斧を加速させる。

 

「「ッ!?」」

 

戦場に響いた爆音に、飛び散る鮮血。

 

それはこの場で私と彼の勝敗を決めたことを意味していた。

 

 

張曼成side

 

 

俺の拳は彼女の額で受け止められた。そして彼女の戦斧は俺の脇腹へと深くめり込んでいる。それは自分の身体が上がる苦痛の悲鳴と上半身の熱さが物語っていた。

 

「…………俺の……負けか……」

 

今もなお体中を走る激痛の中、俺は彼女に問いかけた。

 

「…………ああ、私の勝ちだ」

 

彼女の声が聞こえる。そしてその言葉の意味も理解することができた。薄々は気が付いていた。この全身を駆け巡る痛みは俺が彼女に敗北したと意味していることを。

 

……ざまぁ、ねぇな。

 

これが俺の最後か。

 

そしてそこで気が付く。俺は彼女に支えてもらうかのよう寄りかかっていたことに。

 

踏ん張る力も俺に残っていないのか……。

 

そう思った瞬間、本当に体から力が抜け、地面に崩れ落ちる。迫る地面に目をつむり、その衝撃に身構える。

 

としても、もうどこにも力なんて入らないし、動かすこともできないけどな。

 

地面にぶつかる衝撃に身構えたが、一向にその衝撃は来なかった。そして俺は何かに支えられていることも。

 

ゆっくりと目を開けると、そこには額から血を流した彼女がいた。そしてその流れ出た血は彼女の顎先から俺の頬へと落ち、地面へと流れていく。それが妙に暖かく、まるで彼女が流した涙のように思えた。

 

「……何か言い残すことはあるか?」

 

これは戦場で散る俺への彼女の優しさか。それとも憐れんだ故の同情か。

 

後者だったら余計なお世話だな。

 

そういらんことを考えていると、再び暖かい血が俺の頬へと滴り落ちる。その暖かさが彼女のこの言葉が後者ではないことを示していたような気がした。

 

そう、その気がしただけだった。

 

でも今の俺にはそのことが本当のように思えた。

 

だから最後の願いとして彼女にあの子たちのことを託す。

 

力のないあの子らが、無残にも殺されないように。

 

力のない声で俺は彼女に言った。

 

「…………………ああ、分かった」

 

彼女はそう言って俺の頭を地面に置いた。

 

もう言い残すことはない。

 

そう思い、目をつむると、色んなことが瞼の裏に駆け巡った。そしてそれを掴むように手を伸ばす。

 

もう死んでしまった親の記憶。

 

そういや、こんな顔していたな。

 

次に始めて槍を握った時の記憶。

 

……あの時はまだしょぼかったな

 

流れの武人となって色んなところを旅した記憶。

 

…………あそこにまたいきてぇな。

 

黄巾の将になった時の記憶

 

………………ここが死に場所と決めた。

 

そして、あいつらの顔が浮かんだ。

 

一緒に笑い

 

一緒に泣き

 

一緒に喜び

 

一緒に悲しみ

 

一緒に怒り

 

一緒に戦った

 

家族ともいえるあいつらの顔が。

 

「……あぁ……畜生」

 

諦めきれない。

 

ここで終わりなのか。

 

あいつらを残して死ぬのか。

 

まだ……俺は

 

あいつらと一緒に俺は

 

この腐りきった国に

 

この非情な世に

 

苦しみを、怒りを思い知らせるんだ。

 

だからッ!

 

「……まだ……まだ…………俺は」

 

 

 

 

 

戦える。

 

 

 

 

自分の身体に力を入れる。だがピクリとも動かなかった。

 

動けと、自らの身体に活を入れる。

 

でも少しも反応はしなかった。

 

あまりの悔しさに涙が勝手に溢れ出す。

 

 

 

俺は――

 

 

 

あいつらの苦しみを

 

 

 

この世に知らしめてやることができただろうか。

 

あいつらの想いも

 

あいつらの願いも

 

あいつらの怒りも

 

あいつらの感じたこと全てを――

 

 

 

 

この理不尽な世界に知らしめてやることが本当にできたのだろうか。

 

 

 

 

その問いは誰も答えてはくれない。

 

……もう

 

どうでもいいな。

 

もう何も見えないし。

 

視界は真っ黒に染まっている。

 

感覚もない。

 

眠ろう。

 

ああ、そういえば……

 

あいつとの最後の約束。

 

 

守れなかったな。

 

「……すま…ぃ(すまない)……」

 

 

黒蓮side

 

 

私は強烈な衝撃により、頭を揺さぶられた。額に激しい振動と熱い何かが顔を通った。目の前の景色がぼんやりとし、はっきりと見えない。だが、私の身体に何かが触れていることだけはわかった。

 

それは暖かく、そしてほのかに重みのあるもの。

 

混濁した視界が段々と鮮明になる。徐々にクリアになる視界の中で見えたものは、口から血を流して私の身体に寄りかかっている彼の顔だった。

 

「…………俺の……負けか……」

 

掠れた声で彼は自分の敗北を私に囁いた。彼は悲しそうに笑っていた。

 

「…………ああ、私の勝ちだ」

 

そして、私は自分の戦斧が彼の脇腹へと深くめり込んでいることをその手の感触から悟った。彼はそのまま徐々に力尽き、最後に糸が切れたような人形のように地面に崩れ落ちた。それを私は自分の腕と膝で受け止める。

 

額から流れる血が私の顎を伝い、彼の頬へと落ちていく。そして彼の涙のように地面へと流れた。

 

「……何か言い残すことはあるか?」

 

私がそう問いかけると、微かに反応した彼は閉じた瞼を辛うじて開く。そして微かに聞こえる小さな声で話し始め、私は彼の口元へ耳を寄せた。

 

「…………………」

 

「…………………」

 

「…………………」

 

「…………………ああ、分かった」

 

私は彼の最後の言葉を聞き、静かに地面に頭を置いた。そうすると彼は力の入らない震えた手を天へと伸ばす。

 

「……あぁ……畜生」

 

微かに聞こえる彼の悔恨の声。

 

「……まだ……まだ…………俺は」

 

私は腰に差してあった剣を抜き――

 

「……すま…ぃ……」

 

彼の心臓へと突き刺した。

 

「……」

 

そう静かに呟く。彼は私にその生を終わらせられる最後は、誰かに謝っているように泣いていた。

 

そしてとどめを刺すと同時に周りにいた公孫の兵たちは揃いも揃って勝鬨を上げ、逆に黄巾の兵たちは自分たちの大将の最後に悲しみ、涙を流しながらその眼は怒りに燃えていた。

 

どうやらこれで終わりではないらしい。

 

私はそのことを確信していたが、それでも彼らに投降を呼びかけるために重くなった身体に鞭を打ち、息を大きく吸った。

 

「敵総大将、張曼成はこの公孫仲珪が討ち取ったッ!!。黄巾の兵たちよ!武器を捨て、大人しく投降せよッ!!さもなくば敵として貴様らを討つッ!!」

 

しかし、目の前の黄巾の誰もが復讐に取りつかれたような眼をしていた

 

どうやら私の投降を促す言葉は彼らには届かなかったようだ。誰もがその手に持った武器を捨てることなく、彼ら全員が今にも襲いそうなほどに高ぶっている。

 

「…………」

 

私が黙ってその様子を見ていると、雲が少しあるとはいえ晴れているのに空からぽつぽつと雨が降りだした。まるでこの戦場の業火を鎮火させるように静かに降り注ぐ。しかし、それだけでは鎮火させることはできそうになかった。それほどまでに目の前で倒れた張曼成という男が生んだ炎は激しかったのだろう。

 

雨が私の熱くなった身体を外側からゆっくりと冷やしていく。だが、それでも私の身体の内にある熱さは、彼に灯された炎は、熱を保ったまま燃えていた。

 

私も彼の影響を受けたのだろうか。彼との命を燃やすような戦いの中で。

 

そう一人で感傷に浸っていたところで、姉さんがいるほうから一人の大声が聞こえてきた。

 

「……我らの大将の戦友たちよ、大将は討ち取られ、この戦いの勝敗は決まったッ!!。この先の戦いは一切生き残ることができない戦だッ!!。命惜しむ者あれば、今ここで武器を捨て、投降せよッ!!」

 

その言葉の内容は彼らの誰もに生と死の選択を与えたのであった。そのことは相手もわかっているのだろうが、彼らはその手の武器をしっかりと握り、そしてその中の一人も武器を捨てようとはしなかった。

 

「しかし、それでも我らの大将に付き従うのならッ!!」

 

恐らく最後まで命を燃やし尽くすような死の選択を彼らは迷わずにするだろう。その手に武器を持っていることが何よりも雄弁にそのことを物語っていた。

 

「その命尽きるまで我らが大将に続けぇ!!」

 

そしてその確信はすぐさま現実へと変わる。彼らは自ら死兵となることを選び、大将である張曼成とあることを選んだ。

 

まったく、本当に――

 

「……馬鹿野郎共が」

 

そう呟きながらも私は抜き身の剣で迫りくる一人を無造作に斬り殺す。斬られた男は血を吹き出して私の目の前に倒れた。

 

「……全軍、敗残兵を一掃せよッッ!!!」

 

その男に一瞥せずに横を通りすぎ、そして私のその言葉が戦の再開であった

 

白蓮side

 

何合か彼と戦っていると遠くの方で大きな歓声が上がった。その声の上がった方を見ればどう見ても黒蓮の兵たちが勝鬨を上げていたものだった。

 

どうやらあいつの方は終わったようだ。

 

その様子をじっと見ていれば、特に黒蓮の部隊が槍を上に掲げている。そこが一騎打ちの戦場だったのだろう。今もなお響き渡る歓声はやがてこの戦場に伝播し、自然と闘いが止まっていた。

 

また、あいつはいつものように部隊の先頭に立って突撃していたのだろう、私には真似できそうにない。我が妹ながらさすがだ。

 

そう思いつつ、その歓声に一息ついていると、晴れているにも関わらず、雨が急に降り出した。

 

その雨の下では自分の大将が死んだことを理解した趙弘が悔しそうに下唇を噛みながら俯いる。そして無言で顔を上げた。

 

その顔に流れているのは無念の涙か降り注いでいる雨か。

 

その答えは私にはわからなかったが、それでも彼が自らの大将と同じ道を選んだことはわかった。

 

それはそういう眼をしていたからだ。

 

私それを説得しようと近づくと、突然彼は顔を上げ、周りを見渡し、そして口を開いた。

 

「……我らの大将の戦友たちよ、大将は討ち取られ、この戦いの勝敗は決まったッ!!。この先の戦いは一切生き残ることができない戦だッ!!。命惜しむ者あれば、今ここで武器を捨て、投降せよッ!!」

 

それを聞いた黄巾の兵たちは黙って彼の言葉に耳を傾けていた。それは戦いの止まった中で黄巾の兵にも、無論私たち公孫の兵たちにも聞こえていた。

 

それと同時に私の頭に何か嫌な予感が走る。

 

まさか、ここで死兵にでもなるつもりか!?

 

趙弘がその命を捨て、ここで死ぬことはその眼を見てわかっていた。だが周りの兵たちも巻き込むとは思ってもいなかったのだ。もし、彼がここのまま一人で討たれていれば彼の近くにいた一部の兵たちだけが彼の後に続くだろう。戦況のわからぬ者たちは諦め、降伏するか逃げ出すはずなのだ。

 

それ故に今、ここで彼の言葉で敵の意志に少しの火も灯させてはいけない。少しでもその心に火が灯れば、彼の言葉をやめさせなければ、ここにいる多くの黄巾の兵は自ら進んで死兵となり、命が燃え尽きるまで私たちと戦うことになるだろう。

 

だからこそ、私はこれ以上無駄な争いやめさせようと趙弘の下へ駆け出す。手に持った剣を構え、斬りかかる。だが私が動き出すと同時に彼の周りに分厚い壁ができたように黄巾の兵たちが立ちはだかった。

 

「くッ!?これ以上命を無駄にするつもりかッ!?」

 

阻まれた私は敵兵を斬り裂きながらそう趙弘に叫ぶ。だが私の言葉を無視した彼は止まらずに口を開いた。

 

「しかし、それでも我らの大将に付き従うのならッ!!」

 

やめろ、それ以上は言うなッ!!

 

「その命尽きるまで我らが大将に続けぇ!!」

 

この――

 

「馬鹿がッ!!」

 

彼らは私の言葉に構わず、自らの大将と共にあることを選んだ。もはやその業火は燃え尽きるまで消えることはできない。

 

ならばやることは一つだけ。

 

私は手に持っている剣を空高く掲げ――

 

「「全軍、突撃ッ!!」」

 

その言葉と共に振り下ろした。

 

戦場が再び業火とその熱さで包まれた。互いの兵たちがただ相手を殺すためだけにその矛を、剣をふるっている。

 

そこには大義も、正義も、何よりも目的すらなく、ただ死に場所を求めた敵と生きることを望んだ私の兵たちが互いに殺し合っている。

 

先程まで流された血は決して無駄なものではなかった。互いに譲れぬものがあり、それを曲げられないからぶつかり合い、戦った。

 

そしてそれを終わらせたのが黒蓮だったまで。

 

しかし、今も目の前で繰り広げられている光景は一体なんだ。

 

死に場所を求めた敵と生きることを求めた私たち公孫の兵。その双方がただ目の前の敵を殺すために、その矛を振るっている。それはまるで戦ではなく、弱肉強食の慈悲もないこの世界をそのまま映しているかのようだった。

 

それはもう意味のある戦でも、ましてや互いの意志がぶつかり合ったものでもない。

 

無駄な戦い、無駄な犠牲、無駄な血が流されている。

 

やり場のない怒りが私の中からふつふつと沸き上ってくる。目の前の敵の頸に刃を滑らせ、一気に振りぬく。

 

飛び散る鮮血、顔に跳ねた生暖かい血。

 

それがさらに私の怒りを沸騰させる。全身に灼熱が駆け巡ったように熱く、今にも発火しそうだった。

 

「おぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」

 

そして彼らにその火をつけた張本人の趙弘も、死に場所を求めて雄叫びを上げながら私に向かって駆けてきた。

 

「くそがッ!」

 

私も彼に向かって駆け出す。

 

何も考えられず、私はただ彼に向かってその怒りの矛先を向ける。

 

徐々に迫りくる趙弘、そして一瞬の交差。

 

 

私は趙弘という男の頸に刃を滑らした。

 

 

桃香side

 

 

私たちがその場に着いた時には、もう日が暮れようとしているときだった。前に放った斥候が前方で戦闘中の軍あり、と知らせてきたため、急いでその場に急行してきたのだ。

 

 

そこで私が見たものは――

 

 

乱世というものが現実化したものだった。

 

その場所に着いた義勇軍の誰もがその光景に唖然としていた。戦っているのは白蓮ちゃんの公孫軍と黄巾賊。そこだけは以前と変わらなかったが、その他は全く違っていた。

 

まず私が感じたのは圧倒的な熱がそこにはあった。

 

私が触れたものなら焼き尽くされるような灼熱が。

 

遠くから見ているのに眼前が揺ぐ。

 

そして空までが地獄のように赤く染まっていた。

 

互いが武器を持って、矛を構えて、剣を振り下ろしている。

 

怒号と絶叫が響き合い、命のやり取りがいたるところで戦場を覆う。

 

それは一方的な虐殺ではなく、双方に出血を伴ったものだった。特にそれが酷かったのが、白蓮ちゃんと妹の仲珪さんの旗がある場所なのがすぐに分かった。なぜならその二人が率いている部隊がこの戦場で最も激しく動き、血の雨を降らしていたから。

 

白蓮ちゃんの方は騎兵の部隊を忙しなく入れ替えて、その騎兵の機動力と打撃力、弓騎兵の騎射を有効に活用している。騎射しながら引いては敵を誘きだし、突出したところで別部隊の騎兵が横から突撃して容赦なく黄巾賊の命を狩る。それを何度も繰り返し、相手の勢いを削ぎながら効率よく敵の戦力を減らしている。

 

仲珪さんの方はまず重装騎兵が敵の集団に突撃し、無理矢理前線に穴をあけてすぐに離脱する。そして離脱した後に混乱している敵に別部隊の騎兵が突撃し、殲滅してはまた離脱していく。それを幾つもの場所で行い、騎兵の機動力と打撃力で敵を蹂躙していた。

 

どちらも高度な指揮であることは間違いない。今の私たちでは到底できそうにないものだった。そもそも騎兵の扱いが全く私たちと異なっているのに加え、その部隊の誰もが馬術に長けているように感じる。

 

だがそんな巧みな戦術で攻撃している公孫軍に全く怯まず、黄巾賊は立ち向かっていた。誰が死のうが関係なく、仲間の屍を超えてただ敵に向かっていき、その手に持った武器を振るい、そして力尽きたように果てていく。それはまるで自ら死に場所を求めているかのように。

 

何が彼らをそこまで駆り立てたのか、私にはわからなかった。

 

飢えや貧困などで仕方なく賊となり、村や町を襲うような元農民などの集団。それが私の中での黄巾という者たちの認識だった。だから包囲されたり、練度の高い軍と戦ったりして負けそうになれば逃げだすのは当たり前、現に私たち義勇軍と戦った黄巾たちがそうだった。

 

でもここではそれが違った。むしろ黄巾の兵は自分から敵を求めて前進し、死を恐れずに練度の高い公孫軍と戦っている。その戦いっぷりはまるで自分の命を燃やしているかのように熱く、そして熾烈を極めていた。もはや、この場所に命のやり取りしていない場所はどこにもなく、どちらも多大な犠牲を出しながら戦っていた。

 

ここにいる黄巾賊はただの黄巾賊ではない。それは目の前の光景を見ただけで簡単に理解できる。

 

だからこそ、私はこの中に入ることが怖かった。

 

でもここで黙って見ているような選択はできない。

 

何もしないで救える命を見捨てるのはもうやめたのだ。

 

私はゆっくりと一歩、皆の前に出る。

 

「皆、行こう」

 

この戦場の空気に呑まれた義勇軍の皆の視線が私に集まった。

 

「私たちはこんなことをやめさせたいから、この場所にいるの」

 

救えるものを救うために。

 

「もう黙って見ているのは嫌でしょ?」

 

あの時、私たちは見ていることしかできなかった。一方的に白蓮ちゃんたちが黄巾賊を殺している場で。

 

「私はもう見捨てられないんだ」

 

残された死のみが広がるあの戦場で、私はただ歯を食いしばっていることしかできなかった。

 

それが白蓮ちゃんたちの選択だった。

 

その選択は理屈では理解できた。

 

それは何を捨て、何を取るかということを。

 

でも私はそんなことはしたくない。

 

「たとえそれが捨てられていく小さな命でも」

 

しかし、それは力がなくてはできないこと。

 

それは苦しんでいる愛紗ちゃんや鈴々ちゃんを見ていて痛いほど理解させられた。

 

力がなかった私はただ見ていることしかできなかったということを。

 

でも今は違う。

 

私は後ろを振り返り、ここまでついてきてくれた皆のことを見渡す。不安そうな顔や強張っている顔で私のことを見ている。

 

私も皆と同じような顔をしているかもしれない。

 

今にでも泣きそうで、震えていて、そしてへたり込みそうな感じで。

 

「怖いのは皆一緒だよ。……でも、大丈夫」

 

ここまで一緒に戦ってきた仲間がいるから。

 

「だって皆がいてくれるから」

 

だから怖くても進むことができる。

 

「だから行こう、あの場所まで。誰かを救うために」

 

私は再び視線を戦場へと向けた。

 

「ああ、行こうぜ、皆ッ!」

 

そして私の言葉に誰かが答えた。その声はすぐ隣から聞こえ、思わず私はその方を振り向いてしまう。

 

そこにいたのは顔を青くしているご主人様だった。

 

きっと私と同じ気持ちなのだろう。怖くて逃げだしたいけど、捨てられていくものを救いたいのだ。

 

「ふむ、我が主の申す通りだ。我らもあそこに行こうぞ」

 

「ああ、私たちがいかなければ」

 

「星と愛紗だけじゃなくて、鈴々も行くのだ」

 

「行きましょう、桃香様。私たちにもまだできることがあります」

 

「……私たちも頑張ります」

 

皆が私の言葉に答えてくれた。そしてそれは次第に義勇軍全体へと広がっていった。

 

「それじゃあ、皆、行こう!」

 

『おうッ!!』

 

そして私たちは白蓮ちゃんたちがいる戦場へと駆け出して行った。

 

 




誤字脱字、感想等ありましたら気軽に書いてくれたら幸いです。




また「真・恋姫で地味ヒロインの妹してます」の休載をお知らせをします。

実はすでに黄巾賊編を終了し、日常編が終わり、反董卓連合編の足掛かりまで8月中に書いていたのですが、そこでいきなり壁を作者が発見してしまいました。

そう、モバゲーの「真・恋姫†夢想~乙女乱舞~」とか「英雄譚」とか死んだはずの孫堅いるとか、太史慈出てくるとか、皇甫嵩とか、何進とかいるし、他にも新キャラとか出てくるし、書いてしまった人物がいるしどうしようか迷うし、どうすればいいのかわからんし、書き直し始めているし、と作者のプロットが根底から崩壊みたいになってしまったので、呉の英雄譚してから決めます。

またご意見板として活動報告にてありますので何かありましたらそこにお願いします。

お手数おかけしますがよろしくお願いします。


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黄巾賊 前哨戦(4)

修正完了しましたので投稿。

気が付いたら随分と文字数が伸びたことに愕然。

拙い文章ですが、楽しんでいただけると幸いです。

それではよろしくお願いします。


黒蓮side

 

闘いが終わったのは日が沈んでからだった。あの後、私たちは数時間にわたって死兵となった黄巾賊と戦い続け、今はもう公孫軍の兵たちのほとんどか疲れ果て、移動することもままならなくなっている。

 

途中から劉備たち義勇軍が乱入してきたおかげで敵の第一陣である約10000の生き残り約3000人ほどが投降して残りは逃走。投降兵は義勇軍の下で監視されている。結局、敵の本隊20000のほとんどが死兵となり、この地でその命を燃やし尽くした。

 

そのおかげでこちらの戦力がかなり削られてしまった。そのことに苛立ちながら私は負傷者の救護や戦力の確認をするために指示を出していた。

 

「くそッ!」

 

周りの様子を見ていると自然とそんな言葉がこみ上がってくる。あの後の戦いは全て無駄なものであったからだ。そして今も苦しそうに呻いている兵たちの怪我も同じく意味のない全くの無駄であった。

 

「物資はいくら使っても構わん!!他のことはいい、負傷者を最優先にせよ!!」

 

そう指示を出すと多くの薬草や兵糧などが、荷馬車から吐き出されるように次々に搬出され、負傷者が寝かされている大天幕に運び込まれていく。その様子を見ていると後ろから、治療の手伝いをしている女兵士が私に話しかけてきた。

 

「あの……仲珪様、ご報告が」

 

「なんだ」

 

「残りの負傷者の数が多すぎて人手も物資も足りません」

 

「やはりか」

 

それは私も感じていたことだった。当初、私たちは相手が黄巾賊ということでそういう治療系の物資よりも、矢や剣、兵糧など軍需物資を多く運んできたのだ。そのため、こんなにも負傷者が出るとは想定しておらず、物資が足りなくなってしまった。

 

「仕方がない、薬などは近くの町に買いに行かせろ。人では補給部隊の者で何人か回せる奴を選び出してそいつらを使え」

 

「薬の方はいかほどの量で」

 

「町にあるもの全部買わせても構わん、ありったけもってこい」

 

「承知しました」

 

そう返事をした彼女はすぐさま近くにあった補給部隊へと駆け出して行く。私はそれを見送った後、姉さんがいる天幕へと歩み出す。恐らくもうそろそろ戦力の確認と犠牲者の数の大まかな数字は出ていることだろう。負傷者のほとんども処置し終わっているし、一段落ついたはずだ。

 

「……あっ、仲珪さん」

 

そして天幕の前に着くと、劉備たちが集まってきていた。しかし、一向に中に入ろうとする様子はなく、頼りなさげにこちらに話しかけてきた。

 

「……どうしたんだ?」

 

「いや、白蓮ちゃんのところに来たのはいいんだけど。その……入り辛くて……」

 

私は彼女の言葉にすぐさま気が付いた。なぜなら天幕の中で何かが割れるような音や叩き割るような音が断続的に聞こえているからだ。

 

まぁ、その気持ちは分かるけどな。

 

今にも怒りに任せて暴れたい衝動を抑えながら私は苛立ちを隠さずに答える。

 

「……ああ、今は荒れてるからな。入るなら私の後に続け、さもないと怪我するぞ」

 

「うん、わかった」

 

そう頷いた彼女の横を通り私はすぐさま天幕へと入ると、至るところに物の破片が無造作に転がっていた。そして大きな机の上座で姉さんが頭を抱えながら苛立ちを隠さずに座っている。

 

「……落ち着けよ、姉さん」

 

「ああ、分かってるさ」

 

私が姉さんのことを宥めようと声をかけると、姉さんは苛立ちを含んだ声で答えた。どう見てもそれは落ち着いている様子ではない。

 

「……本当か?」

 

「……ああ、分かってる。分かってるから今は黙れ」

 

私がさらに言葉を発すると、血走った眼こちらを見る。私の後ろにいる劉備たちは、普段温厚な姉さんしか知らないため、その怒気に驚いて声もかけられずにいる。

 

そんな劉備たちはほっとくとして私はこの怒り心頭の姉さんをどうにかしなければならない。なぜなら今は一刻も早く戦力の確認と今後のことを話合わなければならないからだ。この場所はいくら敵を倒したと言っても、敵地の近くである。数日過ごすにしても、どこかの邑や町によるとしてもその方針を決めなければならない。特に軍の立て直しが急務である以上、再編成は必要だし、今は動ける者も少ないのでやることは数多い。そのことを姉さんのことで遅らせるわけにはいかない。

 

全く、世話の焼ける姉である。

 

「いいや、黙らん。いいからその煮え切った頭を冷やせよ」

 

「あぁん?」

 

私の言葉に姉さんが反応して勢いよく立ち上がった。その勢いで椅子が後ろへと音を立てて転がる。

 

「もう一度言ってみろ」

 

「だからいい加減その煮え切った頭を冷せと言ったんだよ」

 

「ッ!?お前ッ!!」

 

私の言葉についにぶちギレた姉さんが、私の胸ぐらを掴みあげ、勢いよく振り上げた拳で頬を思いっきりぶん殴った。

 

私はその拳を避けることなく、黙って受け入れ、殴られた衝撃が頬を尽きぬける。それをすぐ近くで見ていた劉備や北郷たちの悲鳴が聞こえる。

 

そしてそこで私も堪忍袋の緒が切れた。

 

私は逆に姉さんの胸ぐらを掴んで頭を後ろへ反らし、思いっきり姉さんの額へと頭突きをする。包帯が巻かれた額から再び血が飛び散り、顔を通って顎の先から滴り落ちる。

 

「ぐッ!?」

 

私さらに怒りを遠慮なく姉さんにぶちまける。

 

「姉さんだけがそうだとは思うなよッ!こっちだって煮えたぎるほどなんだ!」

 

そうすると劉備たちがさらに大きな悲鳴を上げ、私はなおも姉さんと至近距離でにらみ合った。

 

「だがな、私たちはあいつらを束ねる立場なんだ!そんな私たちが怒りに流されていい訳ないだろッ!!」

 

「ッ!?」

 

その言葉にショックを受けたように私の胸ぐらを掴んだ姉さんの手が緩む。そして徐々にその眼には理性の色が浮かんでくる。

 

「今、私たちがやるべきことはそんな事じゃないだろ、姉さん」

 

「……ああ、悪かった」

 

「気にするな。私も同じ立場だったら同じことしていたさ」

 

私が慰めの言葉をかけると、姉さんは苦笑した。どうやら怒りは収まったのだろう、やはりこういうのには打撃に限る。

 

「お前が暴れ出すと手におえそうにないな」

 

「そうか?」

 

「ああ……それとすまん、ありがとう」

 

「いいってことだ、妹だからな」

 

「そうか……妹だもんな」

 

「あんたら一体何してるわけ?」

 

私と姉さんがお互いに頷き合っていると、ふと声がした。そちらを見ると天幕の入り口に青怜と郁が怪訝な顔をしながら立っている。そしてその横には絃央が無表情でこちらを一心に見ている。その近くにはにやにやした星とぶきっちょ面な関羽、その後ろに隠れている劉備とその一向もいた。

 

「遅いぞ、青怜、郁。それと星、その顔はやめろ、ぶん殴りたくなる」

 

「おやおや、仲睦まじい姉妹愛の前では我らはお邪魔でしたか?」

 

「……ぶっ飛ばすぞ」

 

「ふふふ、冗談ですよ。だからその振りかぶった拳は降ろしてくだされ」

 

深いため息と共に周りからは小さな笑い声が聞こえた。恐らく劉備や諸葛亮あたりが笑っているのだろう。

 

「おいおい、じゃれるのはそのへんにしておけ。それと黒蓮、それ大丈夫なのか?」

 

姉さんは私と星の戯れに呆れると同時に額から流れ出ている血を指差した。姉さんとのやり取りで傷がまた開いたのだろう、まったく気が付かなかった

 

「こんなもの、そのうち止まるから気にするな」

 

「……そうなの?」

 

「そうなんだ」

 

「……ダ、ダメなの、ですッ!!」

 

今も流れ続ける血を気にせず軍議を始めようとすると鳳統が急いで近寄ってきた。そして懐から布を取り出して私の額へと押し付ける。その行動に私が驚いていると、今度は細長い包帯を取り出し、頭に巻きつける。

 

「……手間をかけた、すまない。それと治療してくれてありがとう」

 

「……い、いいえ、その、どういたしま、して……」

 

「あらあら」

 

とりあえず傷の手当てをしてくれた彼女に礼を言うと、顔を真っ赤にしてそそくさと劉備たちの後ろへと隠れるように移動した。そしてそれを見ていた郁がまるで母親のように暖かく微笑んでいる。

 

どうしてこうなった……解せぬ、と頭の中で思案していると、隣の青怜がまたもや怪訝な顔をしてこちらを見ている。

 

「……あんたらいつの間にそんなに仲良くなったわけ?」

 

「……私にもよくわからないんだが」

 

「そうなの?」

 

「ああ、思い当たる節が全くない」

 

思い返せばむしろ彼女に嫌われるような要素しかなかったはずだ。最初は劉備にイラついて威圧してしまったし、私の指示のせいで危険な目にもあった。さらに兵糧のことで色々と面倒を押し付けてしまったから少なくとも好かれてはいないはず……なのだが。

 

「とりあえずそのことは隅にでも置いてくれ。それと桃香たちも遠慮せず座って」

 

おいと私が姉さんに声をかけようとすると、姉さんは目で私を黙らせた。文句言うな、そんな視線が私を貫き、ため息をついて私は黙る。それは青怜も同じで苛々した顔で劉備たちを睨んでいる。

 

まったく、御人好しにはかなわない。

 

「うん、わかった」

 

姉さんがそう言うと劉備と北郷、関羽たちは下座に座った。これで公孫軍と義勇軍の全将がこの場で集まったことになる。

 

「とりあえず青怜と郁を紹介する」

 

「初めまして、姓は公孫、名は範、字は子則。公孫軍第3軍の将よ」

 

「私は姓が田、名は楷、字は子鑑。第3軍の副官をしていますわ」

 

と自己紹介を始め、劉備たちは慌てて二人に返事をし、自己紹介をする。その間も青怜は劉備たちを品定めするように目を細くしていた。

 

「まぁ、お互いのことはこれくらいでいいだろう」

 

お互いに自己紹介が終わり、姉さんが周りを見た。それと同時にこの場の空気が重苦しいように一遍する。その理由はこの場にいる私たち公孫の将がやばい事態に陥っているからだった。だからこそ、今この場ではいつものような軽い空気は誰も許さなかった。

 

「早速だが各軍の状況をできるだけでいい、教えてくれ」

 

「まず第2軍だが騎兵も歩兵も損害がでている。騎兵は再編成すれば大丈夫だが歩兵はだめだ、動ける奴はいるが怪我人が多い」

 

私の言葉に姉さんたちの顔色が悪くなる。私も報告を聞いたときは思わず聞き返してしまったほどだ。なぜこれだけの被害が出たかと言うと、第2軍の兵は第1陣の右翼に展開しており、分裂したあとの指揮を青怜の副官に任せたからだ。青怜の副官は第3軍の指揮をするように彼女に教えてこまれている。そのため、第3軍と同じように指揮したためにこれだけの損害を出したのだ。

 

まぁ、死兵となった相手の勢いにもやられたとこともそれに加わるが。

 

「青怜の第3軍はどうだ?」

 

「私たちも同じようなもんよ。特に重装歩兵の損害が大きいわね、装備の損耗も激しいし、それに負傷者を合わせれば1000を超えるわ」

 

「さらに歩兵の方も長時間戦っていたことで被害は半数を超えています。こちらも負傷者が多いですね、幸いにも死者はそれほど出ていませんが損耗は大きです。あと弓兵には損害はありません」

 

「遠征に復帰できる者は?」

 

「まだ何とも、でもそんなに数は多くないわよ。時間が経てばそれなりに復帰は可能だと思うけど」

 

どうやら長時間前線で展開していた第3軍の被害はかなり出たらしい。おそらく死兵となった者たちを最も受けとめていたのだろう、かなりの損害だ。

 

「私の第1軍も同じようなものだ、騎兵は500も損害はないが、歩兵のほとんどが消耗しきっている」

 

そのことを聞いた私たちの空気は先ほどよりに一層重くなる。覚悟はしていいたが、改めてその被害を聞くと、かなり頭が痛くなる。

 

とりあえず残存戦力をここでまとめておこう。

 

第1軍 総兵6000

 

白馬義従、騎兵部隊 2500

 

歩兵部隊 1000以下

 

損害   1500以上

 

残存兵力 約4500

 

第2軍 総兵5000

 

黒馬義従・騎兵部隊 2500

 

歩兵部隊 1000

 

損害 約1500

 

残存兵力 3500

 

第3軍 総兵6000

 

重装歩兵 3000

 

歩兵部隊 500

 

弓兵 1000

 

損害 1500

 

残存兵力 約4500

 

総残存兵力 約12500

 

騎兵 5000

 

重装歩兵 3000

 

歩兵 約2500

 

弓兵 1000

 

全体損害 4500以上

 

となる。

 

これだけの損害が出ていた。まさに死兵となった張曼成の兵の恐ろしさと矢の温存が裏目にでた結果だった。幸運なことにこの損害のほとんどが負傷と長時間戦っていたからくる消耗である。

 

普段私や姉さんの騎兵による機動戦ではない歩兵主体の戦いのために消耗は大きかった。騎兵>歩兵の公孫家だからこその損害である。

 

「……かなりの損害だ」

 

「ああ、思ってたよりひどいな」

 

『………………』

 

姉さんと私の呟きにこの場にいる誰もが言葉を発せずにいた。特に劉備たちは私たちの軍の損害数を聞いて、顔を青くしている。

 

「……あ、あの、どうしてこんなに損害がでたのですか?」

 

そんな重苦しい空気の中で、諸葛亮が震えた声で私たちに聞いてきた。私たちは互いに視線を交わし、そして姉さんが私にその説明を促した。

 

「……お前らは私たちが戦っていた相手は誰かわかるか?」

 

「……黄巾賊なのでは?」

 

「ああ、確かに黄巾賊だ。だがただの黄巾賊ではない」

 

「それは……」

 

私の言った意味を理解したのは諸葛亮の他に鳳統、それに星ぐらいだった。劉備たちはその言葉に首を傾ており、本郷は困惑しているような顔をしている。おそらく史実の黄巾の乱との違いに気がついたのだろう。

 

「今回私たちが戦った黄巾賊は、黄巾の中でも精鋭の3軍のうちの1つ、官軍を幾度と破っている張曼成と彼が率いた約30000の兵だった」

 

「……張曼成」

 

諸葛亮が彼の名前を呟くが、私は気にせずに説明を続ける。

 

「戦の中盤までは何の問題もなく進んでいた。青怜の第3軍を囮に敵を引きつけ、私と姉さんが突撃、完全に包囲した。だが問題は私が一騎打ちの末に張曼成を討った後だった」

 

「……まさか」

 

劉備たちが息を飲んで私の話に耳を傾けている。だが、彼女らの中でもその先に何が起こったのかを理解した諸葛亮と鳳統の2人の顔色が青く染まっていた。

 

「張曼成の副将、趙弘が自軍を焚きつけ、死兵となったんだ」

 

「死兵になったんですかッ!?なぜ!?」

 

「張曼成がそれほどの将だった。そういうことだ」

 

私が驚いて声を上げた関羽に簡潔にそう言うと、劉備たちは押し黙ってしまった。

 

「正直私たちが黄巾賊だと舐めてかかっていたことは確かだった。それが完全に裏目に出たのだろうな」

 

「ああ、多少は強いとは思っていたがまさかここまでとは思ってもみなかったさ」

 

『………………』

 

私と姉さんが自虐的に言うと、再び沈黙が場を支配する。公孫の誰もが下を向いて俯き、自らの判断の過ちを悔やんでいた。

 

「……ふぅ、いつまでもこんなことをしてる場合じゃない、軍の再編成をしようか」

 

私は頭を振って声をかける。

 

「そうだな、いつまでもこのままじゃいけないよな」

 

「そうね、早く兵たちを休ませなくちゃね」

 

放っておいたらいつまでもこのままの状態になりそうだったので、私がそう切り出すと姉さんと青怜の2人も頭を切り替えるように顔を上げる。

 

「はっきり言って歩兵は全て第3軍に合流させた方がいいと思う。その場合、指揮は郁に一任する」

 

「……それで残る負傷兵はどうする?いつまでもここに置いておくわけにもいかんぞ」

 

「それは軽傷の兵に護衛を頼みましょう。幸いここは幽州の南にある冀州よ、啄郡までそうはかからないわ」

 

頭を切り替え、今後について話し合い始めると、次々に持ちあがった案件がなくなっていく。漢の内乱期でなくても常時異民族相手に戦場にいた私たちの直面したものばかりであった。そのため、どれも対処法や流用の仕方など簡単にできるものであった。

 

「だが指揮官は誰にする?私と姉さん、青怜、郁は抜けるわけにはいかんぞ?」

 

「そうね……絃央はどうなの?」

 

「確かに絃央なら大丈夫だが、白馬義従の副官の一角がいなくなるのは辛い」

 

「それに義勇軍に預けている投降兵もあるぞ?正直そこまで戦力を分けるわけもいかない」

 

圧倒的な指揮官クラスの不在が、この状況を生み出していた。そのことは誰もが分かっていたが、今ここで騒いでいても意味がない。それよりも誰が負傷兵の運搬と共に啄郡へと帰るかが問題であった。

 

だがそれを叶わせる方法は一つだけあった。だからこそ、私は劉備たちに気が付かせないように机を二回ほど指で叩く。

 

姉さん、青怜、郁、合わせろ。

 

そう目で合図すると三人もわかっているようで、小さく頷いた。内心誰もが抜ける歩兵の穴に義勇軍をねじ込みたい、だがそれを言う訳にはいかない。

 

「……いつまでも考えても仕方がない、青怜、頼めるか?」

 

「え?」

 

「……どうゆうこと、黒蓮」

 

私がそう言うと、言われた彼女は驚いて普段出さないような声を出した。そして、姉さんが訝しげにこちらを見る。

 

演技とはいえ、少々わざとらしい。青怜に演劇は無理だな。

 

「この際、歩兵のほとんどには戦線離脱をしてもらう」

 

「何だとッ!?」

 

「……へぇ」

 

姉さんは私の言葉に思わず、腰を上げている。その隣の青怜は鉄扇で口元を隠し、鋭い目つきで私を見ていた。

 

その下では笑っているのだろうに。姉さんは力を入れすぎだ。

 

「それはどういうことかしら?」

 

「今回の遠征は歩兵を返し、後は騎兵主体で行うということだ」

 

「その理由は?」

 

「足の速い騎兵なら今回のような大規模な戦に遭遇することはなくなる。兵糧も少なくなるし、斥候の数を増やして迂回しながら進めるだろう。そして張曼成の頸を取った私たちにはもう恩賞は決まっているから別にここでそこまでして戦力を減らす意味もない」

 

官軍が敗北した張曼成の軍を打ち破ったのだ。それだけでも十分恩賞ものだし、それなりの功績だろう。後の張角の頸を求めて他の勢力との競争ははっきり言ってかなりキツイものである。

 

なら他に奴にくれてやればいい、張曼成の軍は黄巾賊の中でも規模、強さは最強だろう。私たちはそこで官軍が押し切れなかった相手に単独で勝利したのだ。なら恩賞は確実、後は張角の頸を狙っている奴にそれを渡す。

 

だがらと言って誰にでも渡すことはできない、特に同じような功を持っている勢力はダメだ、そこを最低限の兵力で邪魔しよう。

 

「恐らく本拠地に攻め入るのは、曹孟徳、袁本初、袁公路と名高い勢力だ。疲弊した私たちには少々荷が重い」

 

「だからと言って張角の頸をあきらめるの?」

 

「そうは言っていない。狙うのなら突破力のある私たち騎兵がいいだろう、疲弊した歩兵ではキツイはずだ」

 

「舐めないでほしいわね、私たち第3軍がそこまで脆弱だと?」

 

「そんなはずがないだろう、馬鹿者。大局を見ろ、お前の第3軍は北方の守りもあるんだぞ?その戦力を無駄に減らすわけにはいかない」

 

ここで下手に戦力を減らし、北の防壁を突破されては意味がなかった。だからこそ、ここで戦力を温存させる必要があると思う。それに別の理由もあり、だから姉さんも青怜も私の誘導に乗っている。

 

「あなたこそ大局を見なさい。ここで戦功をあげれば今回の遠征に釣がでるほどの恩賞がもらえるわ、それなら再編成も簡単ではないかしら」

 

「……頸が取れる保証はどこにもない」

 

「あら、幽州にその人ありと言われた黒蓮にしては随分と弱気ね?」

 

「……なんだと?」

 

立ち上がって二人でにらみ合う。煽ってきた青怜に怒ったような演技をする私。まさかこんなことをするとは思ってもみなかった。

 

それと青怜、本気で私を煽ってるな、後で〆る。

 

「おい、二人ともやめろ」

 

私と青怜の間に姉さんが割って入る。軍議と言う場なのに、空気が一段と悪くなったような気がした。

 

劉備side

 

今、目の前で様々な物事が次々に決まっていく。兵糧の問題や負傷兵のこと、軍の再編成、今後の方針、ありとあらゆる案件が上がってはその場ですぐになくなっていく。正直、この場において私たちは必要ないかとすら感じた。

 

「ねぇ、朱里ちゃん。正直私たちは必要ないんじゃないかな?」

 

「いいえ、桃香様。確かに今は軍の再編成を白蓮様がなさっているので、私たちの出番はありません。でもこのすぐ後に私たちの出番もきます」

 

そう言った朱里ちゃんはすぐさま再編成を行っている公孫家の方に真剣な顔で耳を傾け始めた。どうやら公孫家の軍の情報を得ようとしているのだろう、その小さな体でしっかりとしている。

 

その時、もう一方の軍師はどうしているのかな、と視線を移すと、なんと彼女は公孫軍の再編成の手伝いをしていた。震えた声で、白蓮ちゃんたちにしっかりと意見している。

 

すごいなぁ~。

 

私はそう思いながらもその様子をしばらく見ていることしかできなかった。

 

◆◇◆◇

 

「あら、幽州にその人ありと言われた黒蓮にしては随分と弱気ね?」

 

「……なんだと?」

 

二人が立ち上がって至近距離でにらみ合う。その迫力は戦場にいるようで、二人とも頭に血が上っているは明らかであった。

 

「ね、ねぇ、朱里ちゃん。大丈夫かな?」

 

「はい、恐らくは」

 

そう言って頷いた彼女がとてもたくましく見える。

 

「二人ともやめろ」

 

そう白蓮ちゃんが言うと二人はしぶしぶと離れ、席に座った。そして、そのまま黙り込む。

 

「まったく、私にあれだけ言ったのに何でお前らがそうなってるんだ」

 

「ふん」

 

「……」

 

白蓮ちゃんが注意しても二人は全く反省する気はないように見えた。そうしてこのまま無言の空気が続こうとしているとき、隣から小さな手が上がり、この場の目線を集めた。

 

「……あの白蓮様」

 

「どうした、何かあるのか?朱里」

 

「はい、その件の。歩兵の補充、それに私たちを使ってはいただけませんか?」

 

「え?」

 

私の口から自然とそんな声が出た。まさか朱里ちゃんがそう言うとは思ってもみなかったからだ。そして朱里ちゃんの方を向き、尋ねようとすると雛里ちゃんが私の手を握り、首を横に振った。

 

……ここは朱里ちゃんに、任せてくだ、さい。

 

彼女の眼がそう言っていた。私はそのことに迷い、周りを見るとご主人様が同じように頷き、まかせろ、と口を動かした。

 

私は朱里ちゃんにこの場を任せることにし、ただ場の流れを読むことに集中する。

 

「……ほう」

 

そして妹さんの鋭い目が朱里ちゃんを貫く。だが、それでも朱里ちゃんは一歩も引かずにその視線に耐え、一切眼をそらそうとはしなかった。

 

「その理由は?」

 

「はい、まず私たち義勇軍には大きな問題があります」

 

「確かに、兵たちの練度や指揮官の不在、色々とあるが……一番は兵糧だろ。違うか?」

 

「はい、その通りです」

 

確かに今ある私たちの兵糧は心もとない。このままいけば、主戦場に着く前になくなってしまうかもしれないほど少ない。そのことは皆知っているし、補充の方は各勢力との交渉で賄うつもりであった。

 

「そこで私たちを使ってもらう代わりにこちらの兵糧や物資を賄ってはもらいませんか?」

 

「確しかにそれは妙案だ。だが、それだけの仕事をお前たちはできるんだろうな?たかだが寄せ集めの兵だろう?」

 

む、そんなことないもん!

 

「はい、ですがダメなら私たちを捨て駒にすればよろしいのです。それなら公孫家に損害は兵糧と物資のみになります」

 

それって……いいの?

 

「でもそれは私たち第3軍でもいいのよね?むしろあなたたちよりもうまくいくわ」

 

そう言った白蓮ちゃんの従妹の子則。彼女の後ろから戦場を見ていたけど、彼女の持つ兵は精強にして、頑丈。まるで岩のように感じ、歩兵たちが見事な技量で相手を倒していた。そのことを思い出してみれば確かにこちらの兵より確実にうまくいく。

 

「そうでしょう、ですが少なからず損害が出るはず。後のことを考えるならここは私たちに任せてみるのも一考でしょう」

 

「あなたたちに渡す物よりもそれは貴重なのかしら?」

 

「はい、精兵を減らすよりは」

 

『…………』

 

朱里ちゃんの言葉に公孫家の皆が黙り込む。自然と緊張感が高まり、私は雛里ちゃんの手を強く握ってしまう。

 

「私は姉さんの指示に従おう」

 

「私も同じく」

 

「……わかった」

 

そう二人が言い、白蓮ちゃんが顎に手を当てて考え込む。どれくらい経っただろう、眼をつむっていた彼女が私に眼を向けた。

 

「悪いな、桃香。義勇軍を使わせてもらう」

 

「いいよ、白蓮ちゃん。困ったときはお互い様でしょ?」

 

私がそう言うと、白蓮ちゃんは申し訳なさそうな顔で頷いた。

 

「そうだな、ありがとう。それで指揮権の方なんだが、大本はこちらに渡してもらうがそれでいいな?」

 

「えっと……」

 

「はい、わかりました。ですが実際の部隊の指揮の方は……」

 

「ああ、朱里たちに任せる」

 

「そうですね、それでは細かな話は明日にしましょう」

 

「そうだな、兵たちも私たちも疲れている。そろそろ休ませたい」

 

「明日のいつごろに?」

 

「こちらから伝令を向かわせる。たぶん昼ごろになると思うが……」

 

「わかりました。さぁ、桃香様行きましょう」

 

「う、うん」

 

そして私は朱里ちゃんに手を引っ張られながら天幕を出る。それに続いて義勇軍の皆が一緒に外に出て、自分たちの天幕へと向かう。

 

その途中、私はさっきのことが気になり、朱里ちゃんに聞く。どうしてあのようにしたのかと。

 

「それは白蓮様たち公孫家の面を尊重したためです」

 

「白蓮ちゃんたちの?」

 

「はい、白蓮様は幽州でも名の通った太守様であり、妹の伯硅様も同じく武名高い。その方々がたかが黄巾程度の相手に苦戦し、そして戦力が足りなくなるほど損害を受けたとなると……」

 

「……それは、武名高い公孫家にとって害、にしかならないの、です」

 

「そしてそのために白蓮様たちは私たち義勇軍から提案するようにあの場を整えました」

 

「……それに朱里ちゃんが乗ったの、です。互いの利害が一致したからこそ、今回はこのようになり、ました」

 

「なるほど……でもまだまだいけそうだったよ?私たちがいらなくなったと思うぐらいに」

 

それは軍の再編成時に見て聞いた限りではということ。怪我をしていても私たち義勇軍では刃の立たないほどの練度はあったと思うほどに士気は高く、兵も充実していたと感じた。

 

「実際にはそうでしょう、ですが公孫家の兵は常に国境沿いでの警備の任に着いています。その戦力が減少すればそれはすぐに幽州国境の治安悪化につながります」

 

「……ある程度の戦力保持は絶対であり、その境目が今回の戦で出た負傷者、です。だからこそ私たち義勇軍がそれに宛がわれた、のです」

 

「そしてそれはそのまま私たちが使い捨てにされることを意味しています、都合のいい戦力として」

 

「それってまずいんじゃ!?」

 

「そうだ!!そんなことに兵たちを!」

 

「ですがそれは承知のことです」

 

……そうなの?

 

そう私たちが疑問の眼で朱里ちゃんたちのことを見ると、二人はしっかり頷いた。

 

「如何にしろ、官軍のいる場所までいけば必ずそうなっていたでしょう。なぜなら私たち義勇軍が示せる、出せるものなどそれくらいしかありませんから」

 

「……他の勢力でも同じような扱いを受けるはず、なら何度かその戦いを経験している、公孫家の方が連携も、戦い方も、扱い方も分かる方がいい、のです」

 

「どのような手でこちらを扱うのかを始めからわかっていればその応手も用意できます」

 

「……それに下手に他の勢力で使い潰されるよりは、すでに大きな功績を持ち、桃香様の親友である白蓮様の公孫家の方が危険は少ない、ですから」

 

なるほど、私たち義勇軍が出せるのは臨時の戦力ぐらいでしかない。それも訓練などをしていない練度の低い兵、前線でただの消耗戦力としてしか使いどころはない。ましてやほとんどが太守のような位の人たちの中で無名の私たちが率いている義勇軍……使えるかを示すのは戦場でしかない。

 

しかもその戦場こそが黄巾賊の本拠地での戦いになるのは可能性は高い。なら始めから公孫家の中で戦った方が色々と楽だし、何よりもその方が危険はずっと少ない。それに私たちも実際に公孫家の実力を知ってるし、知らない人よりかは白蓮ちゃんは信頼もできる。

 

「じゃあ、二人は私たちがどこで何をするのかが分かっているの?」

 

ふとした疑問が浮かぶ。そう言っては二人はまるでどこでどんな役割をするのかが分かっているかのように。

 

「はい……それにしても白蓮様はやさしい方ですね。わざわざこちらに情報を与えてくれるなんて」

 

「「「え?」」」

 

そう朱里ちゃんが言った瞬間に私やご主人様たちの声が重なった。

 

「……気が付いていなかったのですか?」

 

「……まさか鈴々や桃香様はともかく愛紗までも?お主は将であるのだぞ、少々気を引き締めておいた方が良いと思うのだが……」

 

信じられないような顔で朱里ちゃんはご主人様や私を、星ちゃんは呆れ顔で愛紗ちゃんを見ている。そう言われると私は気まずくなって目をそらした。

 

「良いか、愛紗。白蓮殿はわざわざ軍の再編成に私らを入れたことをよくと考えた方が良いぞ?軍の機密をわざわざ漏らす、その理由を」

 

「……白蓮様は、私たちのことを考えた上で、こちら譲歩したのです。軍の内容……それも規模と損害の情報と、そうなると自然と私たち義勇軍がどこに配置されるか、それが分かります」

 

「配置される場所によって私たちの役割は分かります、そして今回の役割は壁です」

 

「壁?」

 

壁と言えば壁だろう、つまりはそういうこと思う。

 

「恐らく我らが義勇軍であり、戦闘経験も練度も低いということを配慮しての事だろう。下手に連携をさせるよりも、ただそこで敵を食い止めるだけにして下さったのだ」

 

「星さんの言う通りです、でもそこは妹の仲珪様や子則様は反対していたと思いますが」

 

「……それを押し切ってですから、今頃怒られているかもしれません」

 

心の中で白蓮ちゃんに感謝する。今まではすっかり変わっていたと思っていたけど根はそこまで変わっていないことに安堵した。

 

そしてさっきの出来事の中でここまで考えているとは思いもよらず、私はそのまま二人の頭をなでる。そうすると二人は少し顔を赤くしながら私の手を気持ちよさそうに受け入れていた。

 

「ありがとうね、二人とも」

 

「いえ、私たちは実際に戦うことはできないので……」

 

「……こんなことしかできない、のです」

 

二人はそう言って黒い顔で俯いてしまう。でもそんなことは関係ないと私は思う。なぜなら二人は私たちができないようなことをやってくれるし、逆に私なんかは剣を持って戦えないし、二人のように何かを考えることはできないのだから。

 

「いや、そんなことはない。戦うことしかできない私から言わせれば羨ましいし、二人に任せれば安心して前だけを向ける」

 

「そうですぞ?お二人のように誰もが思慮深い訳ありませぬ。ほら、そこの愛紗なんてただのイノシシですぞ?」

 

「何だと!?」

 

そうして二人がじゃれあい始めると自然と私たちは笑いがこぼれてしまう。

 

「はいはい、二人ともじゃれるのはそれぐらいにしてくれ」

 

「ご主人様!私はじゃれあってなど……」

 

「そうですぞ、主。私たちはじゃれあってはおりませぬ」

 

「じゃあ、何だよ」

 

「私が愛紗で遊んでおるのです」

 

ご主人様が胡散臭そうにそう星ちゃんに聞くと、彼女は面白そうに満面の笑みで答えた。

 

「このッ」

 

そして再び愛紗ちゃんたちはじゃれあい始める。そのことを呆れ顔で見たご主人様は二人に向きなおった。

 

「ま、適材適所ってことだからそんなに気にするな」

 

「「はい!!」

 

御主人様の言葉に二人は元気よく返事をした。

 

こうやってみんなが私を支えてくれる。そのことに感謝をしながら私は皆と共に夜の中、自分たちの天幕へと歩き出した。

 

黒蓮side

 

とりあえずさっきのことで姉さんを殴っといた。手加減してだ、決して本気では殴っていない。たとえ姉さんの頭に大きなこぶができようが、恨むような顔で頭を押えていようが。

 

こっちみんな。

 

「まぁ、姉さんが厄介なことをしでかしたが……これからどうする?」

 

「私は頸を狙うのは賛成、より戦功が確実なものになるでしょ?」

 

「でも戦力的にはきついのは変わらない、それに黄巾の本拠地は城壁を持っているぞ?」

 

「攻城戦ならよけいに歩兵が必要だな……」

 

「それに無駄な雑魚が壁外に展開していると見ていい、それを排除してからだ」

 

「手詰まりだな……」

 

これから先のことで公孫家上層部が頭を悩ます。歩兵がいれば攻城戦もできるのだが、残った兵に義勇軍では心もとない。

 

「どちらにしろ、状況が分からない限り手の打ちようがないな。あっちに行ってから最終判断しよう、そこは姉さんに任せる」

 

「私は帰るから郁、後はよろしく」

 

「承りました、青怜の分まで頑張りますね」

 

「では、解散だ」

 

そう言って私たちは解散し、天幕から出て行く。そして自分の天幕へと戻る途中、空を見あげるとそこには一切の雲がなく、爛々と宝石のように星々が輝いていた。

 

「星はあんななにも輝いているのにな……」

 

ままならないものであると自覚して私はその場を後にした。

 

 




誤字脱字、感想等ありましたら気軽に書いてくれたら幸いです。

意見板の方にコメントを下さった方々

本当にありがとうございました。

結果、いくつかのキャラを登場させつつ、プロットはそのままで行きます。

現在、文章を改修しつつ、駆逐艦育てながら投稿していきます。


これからもよろしくお願いします。


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会談前

気が付いたら随分と文字数が伸びたことに愕然。

拙い文章ですが、楽しんでいただけると幸いです。

それではよろしくお願いします。


あれから黒蓮たち公孫軍は負傷者と捕虜を残し、そのまま南下を再開した。だが兵たちの疲労は濃く、いつもより遅い進軍速度であった。それでも劉備たちの義勇軍の進軍速度より速く、義勇軍はついていくのがやっとであった。

 

もろに正規軍、それも精兵との力に差を見せつけられた劉備たちはやはり諸葛亮たちの判断は正しかったと理解した。

 

そしてその道中では偶発的な戦いはあるが、全ては精鋭である騎馬軍団が蹂躙、官軍の集合地点に一直線で向かう。彼女らがそこにつくと、多くの諸侯の旗が並んでいた。袁紹、曹操、袁術、孫策と言ったものに加え他にも名も知らぬ者たちまで揃っていた。

 

そしてそのことを理解していた白蓮はそのまま堂々とその一角に陣を取り、その足で官軍である官軍総大将皇甫嵩のいる天幕まで向かった。だがその道中、曹操の軍に袁術、特に孫策の軍には負傷者や一息ついているような兵たちの様子……そこから黒蓮は何か大きな戦いが起こったと感じ取っていた。

 

「幽州啄郡太守、公孫仲硅が参りました」

 

そう何代将軍の下で礼をし、しばらくその戦果や報告と言ったことをしている間、一方の黒蓮は他の勢力の天幕へと向かっていた。

 

その他勢力とは曹孟徳率いる軍であり、とりあえず白蓮との会談のためのアポと実際の陣の様子を見るために自ら向かった。

 

その所で問題が発生した。

 

「貴様、一体何者だ」

 

「幽州啄郡太守、公孫仲硅の配下、姓が公孫、名は越、字は仲珪だ。こちらは曹孟徳殿が率いる軍で間違いないか?」

 

「ああ、そうだ。私は華琳様の配下である姓が夏侯、名は惇、字は元譲である。それで我が主に何用か?」

 

そうあのイノシシのような曹操の配下、夏候惇である。その長い黒髪、恥ずかしくないのかと問いたいほどのスリットがが入った赤いチャイナ服の猛将。事実相対した黒蓮は彼女のことを野生のような勘を持ち、まるで闘氣を隠すことのない溢れんばかりの様子に武人としての警戒心を抱いた。そしてその逆の夏候惇も抜き身のような黒蓮の鋭い氣に一切自分の闘氣に怯まない自然体の様子に野生の勘が自然と警戒感を発する。

 

彼女が動の氣を発するのなら相対する黒蓮は静の氣を発する全く正反対の武人であった。

 

そのことが自然と二人の周りを圧迫し、気が付くと周りは一切の手を止め、二人の成り行きを気にし、固唾をのんで見ていた。

 

「我らが啄郡太守、公孫伯珪が貴殿の主である曹孟徳殿との会談を望んでおられる。そのことについて話をしに来た」

 

「会談だと?」

 

「ああ、今回の戦のことやその後のことなど話すことが多くあると思うのだが……」

 

「うむ……」

 

そのことを聞いた彼女が黒蓮の前で腕を組み、う~んと唸りながら考え出す。

 

「私には難しいことは分からん!だからそのことは華琳様には伝えておこう」

 

「了承した、頼むぞ。元譲殿」

 

そう答えた彼女に少し落胆した黒蓮だったが、これは史実ではないことに再認識した瞬間でもあった。あの時代、本物の夏候惇なら厄介極まりないと考えていた黒蓮はこの夏候惇なら付け入る隙もあると感じていた。だがそれよりも彼女の武を感じて演義での夏候惇に近いのではと判断する。つまりそれは武に秀でていると言うことを意味する。

 

そうして一回目の邂逅をはたしたが、立ち去ろうとしたところ今度は異なる女性の声に立ち止まる。

 

「姉者、この者は?」

 

「おお、秋蘭か。こちらは公孫家の仲珪殿だ」

 

「あの幽州一の武人の……」

 

「うん?そうなのか?」

 

「ああ、公孫家にその人ありと言われる程の武人だ」

 

黒蓮のことを噂にしろ知っていると言う夏候惇と同じような青い服の彼女は夏侯妙才その人である。背中に弓を背負っている限りこの世界でも弓の名手なのは疑いようもなかったし、姉の夏候惇と比べるとその眼は知性的であった。

 

「話しているところ悪いが……元譲殿この方は?」

 

「おお、すまんすまん。こちらは私の妹である……」

 

「姓が夏侯、名は淵、字は妙才だ。よろしく頼む」

 

「こちらこそよろしく頼む。今回は貴殿の主である曹孟徳様との会談を開きたいため、こちらに来た」

 

「なるほど……すぐにでも?」

 

「いや、今は私の姉は官軍の方にいる。差支えなければ夕暮れにでもよろしいか?」

 

「了承した、華琳様にそう伝えておこう」

 

「ありがとう……妙才殿、少しいいだろうか?」

 

「なんだ?」

 

「貴殿らの兵、多くが負傷しているように思えるが……」

 

そこで黒蓮は思い切って彼女ら軍のことに躊躇なく踏み込んだ。そしてその事を聞かれた夏候淵の顔から笑いが消え、彼女からも油断ならぬ氣が発せられた。

 

黒蓮side

 

「貴殿らの兵、多くが負傷しているように思えるが……」

 

そう私が口にした瞬間に夏候淵の空気が変わる、どうやら彼女の警戒心をさらに引き上げてしまったらしい。姉とは違う張りつめた氣が発せられた。

 

「……ふむ、貴殿は会談のためにこちらへ来たのではないのか?」

 

「ああ、そうだが……何、これから共に反乱を鎮圧するんだ、我々は情報交換の必要があると思うが?」

 

「確かにその必要はある、だがそれは会談で話し合えばいいと思うが?」

 

暗にそれ以上こちらに踏み込むなという彼女の警告に私は曹操軍に被害が出るほどの戦いがあったと悟った。恐らく私たちが戦った張曼成以外の後の二軍と戦り合ったのだろう、そしてこの様子じゃ同じように死兵となり、損害が出た。

 

だからこそこちらも手札を一枚切る。それは曹操軍だけがそうではないということを示すために。

 

「戦場では知らないことが危険を呼ぶことになる。だがそれは指揮官の怠慢だと私は考えるが……そう、我らの様にな」

 

「ほう……」

 

私がそう言うと彼女は驚いたようにこちらを見た。そして姉の夏候惇に何かを言うとすぐさま夏候惇はどこかへ行った。

 

「ではそちらも三軍のどれかと?」

 

そして私の話に乗った彼女に心の中で安堵した。相手はこちらを敵対するだけではなく、情報交換する、あるいは交渉のできるような相手と認識したらしい。まずは第一段階のアポと顔を知ってもらうことでの交渉ルートができた。

 

「こちらは張曼成の軍と戦った。勝利はしたがこちらもそれ相応の被害が出たところだ、貴殿らのようにな」

 

「そうか……だがこちらの兵と違い、負傷者が少ないように見えたが?」

 

どうやら既にこちらの情報もしているらしい。着いてからまだまもないと言うのにこちらの様子を知っているような感じだ。いや、実際にしているのだろう。誰の指示かわからないが情報収集の手がこんなにも速く回っていたとは思いもしなかった。

 

そのことに数段階警戒レベルを上げる。

 

「歩兵の戦力は代わりがいてな。ちょうど同じ場所にいた義勇軍の奴らを利用しているに過ぎない。正規兵は既に国境へと向かっている、代わりの奴らはただの消耗戦力に過ぎない」

 

「羨ましいな、消耗できるだけの戦力がいて。こちらは代わりがいないから兵たちに無理をさせている」

 

「お互い様だろう、歩兵はともかく両騎兵隊の全てに無理をさせている。日頃の出兵に加えて今回の反乱。如何に精兵とは消耗は避けられん、精兵に代わりはいないと言うのに」

 

「然り、こちらも兵を次の戦でさらに失うだろう。調練に時間をかけることができん、だが兵が足りんのはどこも同じか」

 

「そちらの方がまだましだろう、こちらは辺境。常に実働状態だ、戦力の無駄遣いは本来できんはずだが……それに朝廷はさらにこちらの防衛費削減を切りだしてきたからな」

 

「そうか……その、辺境はまずいのか?」

 

「深刻だ、漢が弱体化すればするほど異民族は手を出してくる。我らは防衛や支援先として幾分の異民族との協定を結んではいるが、それがどれだけ持つか」

 

愚痴のように零した私の言葉に夏候淵は気まずそうな目で見てくる。朝廷にいる彼女の主である曹操にまではこちらの情報が詳しく伝わっていないらしい、いやこちらに手を伸ばすには無理があるのだろう。

 

「こちらも似たようなものだ、腐敗が止まらん上に何進大将軍と十常侍の中が悪い。終わらぬ権力争いは今だに続いている。我が主もその中では苦労が多い」

 

「まぁ、辺境の我らには分からない事だが……」

 

「だろうな、だが我らも好き好んであそこにはいかん」

 

さしあたりのない情報だけ流す。そうすると彼女のも当たり前だが予想できた答えしか返ってこない。どれもほとんど事前に集めた情報通りだし、そこいらの人間なら誰にもわかることだった。

 

「……戦前に一つ、貴殿にお聞きしたい」

 

「……何をだ?」

 

そして肝心なことを私が聞きたいがために切り出す。そうすると警戒したように彼女は少しだけ身構えた。

 

「こちらの官軍は使えるのか?董卓や一部の官軍は敗れたと聞いたが……」

 

「今の皇甫義真将軍はそれなりの人だ。乱を治めるだけの武もある……が十常侍の横やりが気になる」

 

「前任もそれで?」

 

「ああ、盧子幹将軍も賄賂を断り、そのまま左遷だ」

 

「それでこんなにも膨れ上がったと……愚かな」

 

「わかっているだけで最低20万近くはいるだろう、それも一か所にだ。難民を合わせるともっと膨れ上がる」

 

「こちらの戦力は?」

 

「大体の戦力が12万だが実質使えるのは11万ほどと見るのが良いだろう。どうやら袁公路殿の兵はそこまで質が良くない。だがその中でも孫家の者は別格だ」

 

「孫家と言うとあの江東の虎のか?すでに当主は亡くなったと聞いたが」

 

「その長女である孫伯符殿が今は率いている」

 

「なるほど……その様子は如何に?」

 

既に孫堅は死に、長女の孫策が継いだのは変わらない。だが本来なら孫堅は董卓討伐まで生きていたはずだがここでも私の知る三国志と異なる。そしてその孫堅の娘がどんな奴なのかを純粋に知りたかった。

 

「姿は親に似た女性だ……まさに猛虎のような方だったな」

 

「ほう、それは会うのが楽しみだ」

 

「ああ、なかなか楽しい御仁だった」

 

そうして思い出し笑いをした彼女であったが、私も前世の記憶があるのでどのような人柄か知っていたため、大体何があったか察した。恐らく楽しいお話とやらを曹操としたのだろう、私もそこに混ざりたかった。

 

「それにしても面倒だな」

 

「ああ、十中八九各軍は倍の敵にあたる……」

 

「だが相手は元農民、士気も低いし練度も問題外だ」

 

「難しいな」

 

「ああ、難しい」

 

その意味を私も彼女も理解していた。この20万に近い黄巾賊の中を突き進み、張角の頸を取らなければならない。苦戦は必須、ただ先の戦もあり、どれだけの損害が出るのかがわからなかった。だができないとは微塵にも思っていない、それは今までの経験と自らの武、そして何よりも自分たちの兵を信じているからであった。

 

「まぁ、ここでいくら考えても仕方がない。この続きは会談で行うとしよう」

 

「ああ、そうだな。では後ほど」

 

そう言って私は曹操の陣から出ていく。どうやら今回の戦、思っていたほど厳しいものに成りそうだ。

 

夏候淵side

 

立ち去った彼女の後姿をしばらく見送る。どうやら辺境の実力者も色々とあるらしい、その背中は疲れたようにさえないものであった。

 

そうしばらく私に似た苦労人のことを同情していると、ふと背中に視線を感じて振り向くとそこには私の主である華琳様が物珍しそうに私の事を見ていた。

 

「どうしたのかしら?秋蘭。あなたがそのような顔をするなんて」

 

「いえ、辺境にも色々と苦労があるようで……」

 

「そう……私から見てもかなりの使い手だと思うのだけれど、彼女は何者なの?」

 

「ええ、公孫家の仲珪殿です。それと少しだけ情報交換を」

 

「へぇ、それで相手はなんて?」

 

「華琳様との会談の申し込みと現状の確認、それとあちらの情勢です」

 

私がそう言うと華琳様は「ふふ」と笑みを深くしながら頷いた。どうやらあの苦労人のことを気に入ったらしい。いつもの華琳様の悪い癖が出たようだ。

 

「それであちらの情勢は?」

 

「どうにもまずい状態ですね。朝廷の腐敗がこのままだと異民族もさらに活発化するようです。それに辺境の防衛費が削られており、どこまで今のままでいられるのかわかりません」

 

おそらくそれは西涼などの他の辺境にも及んでいるのだろう、彼女の話しぶりじゃ相当まずいことになっている。

 

「この時期に内部の反乱に加えて辺境も圧迫するなんて……もうこの国は終りかしら」

 

どうやら華琳様は既にこの国の終末が見えているらしい。

 

「それと公孫家はすでに我らと同じ功を」

 

「その相手は?北の方だから張曼成?」

 

「そのようです、ですがあちらも我らと同じような損害を。その穴には近くにいた義勇軍を代わりにしているようです」

 

「義勇軍……ねぇ」

 

「如何がしたのですか?」

 

「さっきね、件の公孫家の陣営を見にいったのだけれど、黒髪の美しい女性がいたのよ。その他にも並み以上の使い手が何人かいたわ」

 

「それは公孫家の者では?」

 

「義勇軍の旗がすぐ近くにあったからその可能性は低いわね」

 

どうやら公孫家は情報を簡単に与えるほど馬鹿ではないらしい。先程の会話といい、辺境の軍はどこも総じて練度が高い。そしてただの義勇軍であっても華琳様の目に留まる者が数人いるのは普通ではない。抜け目がないとはまさにこのことだ。

 

「さすがは辺境の軍です、先程の仲珪殿といい、恐らく彼女らの練度はかなりのものでしょう」

 

「あら、あなたがそこまで言うのならかなりのものね」

 

「ええ、特に騎兵の練度には……どうやら公孫家の二槍が来ているようです」

 

「へぇ、あの騎兵部隊が?」

 

あの部隊とは言わずもがな、公孫伯珪殿が率いる白馬義従と公孫仲珪殿が黒馬義従である。今では公孫家の二槍とまで言われ、中華の中でも西涼の騎兵と肩を並べ、それをも越えると言われる部隊である。情報では白馬義従が軽騎兵、黒馬義従は重騎兵だと聞いた。

 

「我らにはない部隊です、そのお手並みを拝見するとしましょう」

 

「そうしましょう。では秋蘭、会談の準備をお願い。春蘭が既に始めているけど、兵たちの方につけなさい」

 

「御意」

 

私はそのまますぐに天幕へと向かい、会談の準備を始めようとその中に入るとそこにはいろいろと四苦八苦した姉さんがいた。

 

「おう、秋蘭」

 

「何をしているんだ?姉者」

 

「いや、会談の準備を」

 

「それはどう見ても会談の準備ではなく、荒らしているようにしか見えん」

 

「何だと!?」

 

疲れたようにそう私が言うと姉者は単純に反応するのでなぜかとても気が抜けた。このようなやり取りがあると自分が考えすぎて馬鹿みたいに思える。だからこそ救われるのだが、反対に苦労も多い。

 

「準備自体は部下にやらせればいい、姉者は兵たちの事を頼む」

 

「これは私が華琳様に命ぜられたことだから断る」

 

「私がその後に命じられた」

 

「そん……な……」

 

驚愕に染められる姉者の顔が目の前にある。私はそこまでのことを言った覚えがないんだが……。

 

「あ、姉者……?」

 

そう問いかけても何も言わずにとぼとぼと天幕を出ていく姉者に思わず腰が引けてしまう。戦場ではあんなにも燃え上がるような感じなのに、今はもうその後に残る炭のようであった。

 

「まぁ、いいか」

 

それよりもまずは。

 

「この荒れた天幕をどうにかせねばならんか……」

 

自然とため息が出てしまう。そして私は部下を呼んで天幕の中を片づけ始めた。

 

黒蓮side

 

とりあえずあの曹操軍の陣地から戻ってきた私はその足ですぐさまあの孫家、孫策の所へと向かった。あの夏候淵がそこまで言った彼女に一目会ってみたかったからだ。後はいつも通りのアポである。

 

私の知っている彼女は戦闘狂の武人のイメージがあり、猫のように仕事から逃げ回り、そして妹の孫権に多大なる苦労を強いる。

 

どう見ても戦い以外ダメ人間じゃないか、この世界の妹はすべからず苦労する運命なのだろうか。

 

いや、認めん!絶対に認められるか!

 

「まぁ、とにかくまずは会ってみなければ始まらないが……」

 

そう思案顔で袁術の陣地を抜けて孫家の陣へと足を運んでいると、その陣の外延部で桃色の髪をした少女の一団すれ違った。見たことがある、それは孫策ではなく妹の孫権であった。

 

「すまんがそこの御仁、少しお聞きしたい」

 

「あ、私ですか?」

 

「うむ、この場にいる士官は貴殿しかおらぬと思うが?」

 

「え?」

 

そうして彼女が周りを見ると本当に士官が自分一人しかいないことに気が付いたようだった。護衛の兵はいるが、甘寧の姿は見えない。氣を探ってみるとすぐ近くの幕舎の隅からこちらをうかがっているのが見えた。

 

「それでいいだろうか?」

 

「は、はい、それで一体私に何でしょうか?」

 

「私は姓が公孫、名が越、字が仲珪という。我が主の公孫伯珪が貴殿の総大将の孫伯符殿と会談をしたいと望んでいる。私はそのために来た」

 

「わかりました、私の姉にそう伝えておけばよろしいのですね?」

 

「姉と言うことは……貴殿は孫家の者か?」

 

初めて会ったのでここは知らないふりをしておく。事実知識では知っているが、本当に会ったのは今回が初めてである。

 

「はい、私は姓が孫、名が権、字が仲謀と申します。伯符は私の姉です」

 

「そうか……ではよろしく頼む」

 

そう言ったところで私は孫家の陣を見る。少なくとも孫家に忠誠を誓ってはいるが……いや、彼女の姉や孫家に忠誠を誓っている者が多いように見えた。それはその熱がどう見ても目の前の彼女ではなく、姉の孫策の熱さであったからだ。そして彼女の近くにいる者にそのような熱さはまだ全然足りなかった。

 

「会談の時間は追って伝令を送る。恐らくは明日の昼ごろになると思うが……」

 

「わかりました……」

 

私にそう答えた彼女は緊張で震えるような声であった。そのことで私は原作を思い出す、確か彼女はこの戦いが初陣であったはず、そのためにこうして気を紛らわすためにここにいるのだ。恐らく戦場での姉や兵の気にあてられたのだろう。

 

「すまんが仲謀殿は今回が初陣で?」

 

「ッ!?……わかりますか?」

 

「ああ、先程から声が少し震えているからな。過度な緊張は自分にとっても兵にとっても害にしかならんぞ」

 

「……はい」

 

落ち込んだようにそう俯いて返事をした彼女であったが、さらに私の言葉で緊張させてしまったのだろう。原作通り責任感の強く、やさしい子だ、自分だけではなく兵の事まで考えてこの場にいるのか。

 

それでいて呉の王族としての任からも逃れようとはしない。それだけの強さを持っていると言うのか、この時で。

 

まったく、器の違いを改めて感じられた、姉さんの時は散々経験を積んでやっとのこと芽生えたものだというのに。やはり教育の差か?

 

初陣にして他の者を考えられるか……良い指揮官にもなれるだろうと感じる。私の時は兵の事は考えずに守るべきものしか考えられなかったと言うのに。

 

「ふむ、少し話をしないか?」

 

「はい?」

 

そこで私は自然とのその緊張をほぐす為、というよりも純粋にこの子がどこまでの者か気になり、声をかけた。いきなり私に問われた彼女は少し裏返った声で返事する。

 

「唐突だが貴殿にとって兵とはなんだ?」

 

「私にとって兵とは……」

 

私は黙って彼女の答えを待つ。確か彼女は王族として兵を守るべきものだと言っていた。それは私にとって逆に王族でなければどうするのか、戦う理由があるのかなど思い、この問いをした。

 

ちなみに私にとっては戦場を共に駆け、勝利を共に分かち合うかけがえのない者たち兼真っ先に殺す者たちだ。生き残ってほしいとは思うが全員が残れるわけじゃない、必ず誰か死ぬ。だからこそ死ぬ理由ははっきりとさせておくのだ。

 

「私にとって兵とは孫家の人間として上に立つ以上守るべきものであり、我らの愛すべき民です。そしてそのことがやがて国をも守ると思っています」

 

「王族の責務として戦うか……」

 

やはり王族の責務のみが彼女の戦う理由。

 

「はい、それが上に立つ者の責任でしょう。私は呉の王族、なればこそ我らの民を大切にせねばなりません」

 

王族としてこの場で立つ、それは王としての理由に他ならないで。彼女自身の『意志』でも『想い』でもないように感じた。自分を殺した上での王族としての理由、そうでなければならないから。それでは戦う意味を本当に見出すことはなく、兵にどんな勝利と死ぬ理由を与えるのかと思う。

 

「なるほど、だがそれは王族としての理由。貴殿の戦う理由ではあるまい」

 

だからこそあえて問う。

 

「そのようなことはありません!」

 

「では聞こう、貴殿の戦う理由は?」

 

「それは先ほども申した通り……」

 

「しかし戦になればその兵は死ぬぞ?貴殿は結局何も守れずに終わる」

 

「ぐッ」

 

私の言葉に彼女は唇を噛んで呻いた。これから戦いだ、そして守ると言うのにお前は兵を守れないと私が言ったからだ。そのことを彼女は理解したからだろう……矛盾だ、それも劉備たちとは違う意味でのことだ。

 

だが彼女は劉備と違い、聡い。そしてただ王族としての責務を果たそうとしている彼女はすぐに気が付くだろう。だからこそ私は老婆心ながら忠告をする、かつて私も戦う理由に迷った末に、そして兵たちとどのように向き合っていくのかを自らの心の内に見つけたのだから。

 

「一つ忠告しておく、兵は貴殿が思っているよりも弱くない」

 

そう、彼らは守られる存在ではない。

 

「え?」

 

「貴殿は兵を守るべき民と言った。だがそれは間違いだ」

 

私も同じだった、彼らを守るべき存在だと思った。

 

「どういうことです?」

 

「良いか?王は民を守るのは当たり前だ、自らのものだからだ、だが兵は違う。兵は共に戦い、共に国を守り、そして王や国よりも先に死ぬ」

 

確かに私たちが無理をすれば彼らは助かるかもしれない。でもそれは余計なお世話だと言われた。戦場では命に優劣がある、戦うために戦場にいる兵は民よりも命の優位はない。

 

国を守るために死に、王のために戦って死ぬ。民よりも先に死ななければならない、そんなことを選んだ誇り高き戦士たちを守るべきものだと彼女は思っている。残酷にも戦場で真っ先に切り捨てなければならない彼らを、だ。

 

かつての私と同じで。

 

「民よりも、そして国よりも、何より自分が信じたものために真っ先に死ぬ」

 

自らこの戦場に立ち、そして君主の大義などのためにその身をささげる戦士たち。家族のためだから、仕事だから、孫家だから、君主の理想だからと千差万別の理由で戦うことを選び死ぬ。

 

だから心配される、守られる必要はないと。

 

「貴殿は兵を守るべきと言った」

 

「……はい」

 

「失礼だが貴殿は誇り高き兵たちを貶めている」

 

「…………」

 

「それではいざとなった時に何を取るか、何を捨てるか分からなくなるぞ?」

 

「自分の兵を捨てることなんて!?」

 

「では民を捨て、兵を取るか?真っ先に死ぬ覚悟をした者たちをあえて生かすのか?」

 

守ることを決めた、戦うことを決めた者たちに戦うなと言う。それは私にとって無礼なのだと思う。彼らの覚悟を無にしている、私はそれだけは嫌だった。だから公孫家は全て地位に囚われず、志願兵で構成されているのだ。

 

「両者が生き残る道もあるはずです!」

 

「それは戦場にはない、民か兵かと先に死ぬのを選ばなければならん」

 

戦場に出てきた以上、兵が死ぬ。逆に兵を出さなければ民が略奪で死ぬ。それを許さぬために戦に出るのに。どちらを切り捨てるのか、戦う理由がない者にそれは判断できない、いざとなったらぶれにぶれるだろう、それが付け入る隙になる。それがさらならぬ無駄な犠牲者を生む。そして何も勝ち取れずに終わるのだ。

 

「それに貴殿は兵の事を本当に考えていない」

 

「そんなはずは……」

 

「ではなぜ、貴殿は兵を見ない」

 

「見ていないことなんてありません!今なお、兵たちが死なないように、そして生き残れるようにと考えています!!」

 

「いや、見ていない。なぜなら貴殿は兵に勝利も、そして死ぬ理由も与えていないからだ」

 

「勝利と死ぬ理由を……?」

 

そう勝利と死ぬ理由。兵が死ぬ、なぜ死ぬのか、なぜ戦って死ぬのか、そして死んだ先にどんな勝利があるのか、それをはっきりさせていない。それで納得する兵がいるのであろうか。自分の命の意味が、死ぬだけの理由が、価値が、それだけのものがその戦場で、その勝利にあるのか。

 

何を一体『勝ち取った』かを。

 

私は知りたい、戦術や戦略など関係なく、ここで戦い死ぬ理由があるということを。そして死んだ先にどんな勝利が待っていて、決して自分の命が無駄死にではなかったと言うことを。

 

そこにあるのだろうか、誇り高き戦士たちが納得するだけの理由が。

 

先の戦いではあった、その明確な理由が黄巾の張曼成には存在していた。この世を作った奴らに俺たちの苦しみを分からせるんだと、そして家族である兵と彼の恨みが、彼だけじゃなく古参兵を戦場へと駆り立てたのだ。そして家族であるような間柄が、彼の命が、古参兵が納得して死ぬに値する理由だったのだろう。その先に雑兵として舐めていた私たちに血の代償を払わせたことによって彼らの勝利でもあった。

 

だが私たちにもあった。この戦いの先に更なる幽州の安寧を。そしてその勝利の先に少しでも私たちが権力を持ち、北の地で勢力圏を築き、守るべきものをより多く守る……戦死した彼らはその礎になったのだ。そう私や姉さんははっきりと勝った後に兵たちに理由を明かした。

 

戦うときもそう、かならず理由を明かす。兵たちに死ねと命じ、ここで犠牲者が出る必要がある理由をしっかりと言う。誤魔化しは一切しない、だから私たちはその理由を明かし、私や公孫家の勝利のために高らかに死ねと命ずるのだ。

 

ここで戦う理由があり、その勝利のためにここで死ぬ理由があるから。

 

「私たちは目指すもののために戦う者、ならば当然兵は死ぬ。だがそこにその兵らが死ぬだけの意味があったのか、そこに兵らの死よりも譲れない理由が、私たちがそれぞれ目指すべきものが、その彼らの死の先にどんな勝利があるのだろうか」

 

「…………」

 

「それを決めるのは私たち兵の上に立つ者しかおらん、ましてや国の中心、君主こそがそれを最も決めなければならない。貴殿はそれがない、王族の責任としての理由は貴殿の戦う理由ではあるまい。そして自ら戦うための『想い』も『意志』さえも持たずに。ただ王族の義務だから、国のためと言って戦って兵を死なす」

 

大義もない、目指すものもない、勝利もない、あるのは王としての義務として守る、正しいことだろう。だがそれは兵を見ない、兵を戦士として扱わない、だからこそ兵はそれ以下のものに成り下がる。兵が戦士にもなれずにただの駒以下として意味もないまま死んでいくだろう。

 

「理想や目指すべきものがはっきりとしているならいい。だがただ正しいことだけでは兵は本当についてこぬぞ?貴殿の姉のような率いる者にはなれん」

 

「姉さんのように……」

 

「そうだ、貴殿の姉は話の聞くところ少々前に出すぎるようだな?」

 

「はい、それでいつも周りの人に怒られています」

 

思った通りこの世界でも彼女はそんな人だった。それでいて恐らく真っ先に兵の死ぬ理由を自然と与えているのだろう。私はここにいる、まだ前に進む、だからお前たちは私に着いてこい、と。そして共に勝利することによって実感させ、目指す場所へと一歩一歩進むのだ。はたから見ればなんて暴君だろうか、しかしそれでいい。理想を求めるだけでは兵はついてこない、いつかは離れるだろう。

 

兵と共に歩き、兵を死なす理由を明確にし、そして目指すべきものと勝利を共有する。

 

それが孫伯符と言う人間なのだろう、しかも天然でそれを行う。恐るべき者だ、だが私が兵であるならなんて魅力的なのだろうか、自身の命すら賭けても良いと思えるほどに。

 

私たちの王がすぐそばで共に戦う、それも最前線で。兵になる者が引き寄せられるわけである……正直格好いいし、憧れも誇りも持つ。

 

「だがそれは兵にとってはどうだ?貴殿の姉は自分の戦う理由を、勝利をごまかしているのか?」

 

「え?それは…………誤魔化してはいません。いつも戦いたいから、呉のため、母様の夢を叶えるがために、と。そしてどんな時でも勝利の瞬間を兵と共にしています」

 

「それが彼女にとっての戦う理由で目指すべき場所への一歩なのだろう。戦場こそが彼女の居場所で、王族としてではなく、彼女が譲れぬからそこにいる。だから他の者に注意されたとしてもそこだけは譲らない、譲れない。そして常に兵と共に勝利の中にいるのだ」

 

「…………」

 

「王族の責務だけでは貴殿が望むものが何なのか、それがわからぬ。それでは無駄な死を積み重ねる、隙を生む、簡単に付け込まれる」

 

だがこれはあくまで私の意見であり、それが正しいとは限らない。でもこれは私が実際に生きてきた中で体験してきたものだ。でも限りなくエゴに近い。

 

「それでは兵は兵以下にしかならん。そしてそれこそが貴殿の器の限界だ、それ以上は先には進めん、迷いに迷い、勝利することもせずに破綻する」

 

王ならば、戦う理由さえがあればそれはない。少なくとも戦場では迷うことなく何かを勝ち取り、選ぶことができるだろう、兵たちを意味のある死にすることができる。そして多くの屍を晒した上で勝利し続け、その果てに目指すべき場所にたどり着くだろう。

 

なんて暴君だ、だがそれでいい。王は一人にして国の指針を示すもの。理想だけや正しいだけでは先に届かず、兵もついてこない。その決定は究極個人の我儘だ、それについてくるかどうか、後は兵や民しだい。

 

目指すべきものを目指して勝利し続けるのなら自然とついてくるだろう。それを叶えるための努力をしているのならなおさら。

 

目の前の少女には王となる覚悟がある……例え仲間を失ってもそれを一身に背負い前に進むことができるだろう、まさしく王道を征くが如くに。

 

「ただこれは私の意見だ、戯言だと思っても構わんぞ」

 

そう最後に言って私は彼女に背を向けた。そして踏み出そうとした瞬間、彼女の腕が私の腰布をしっかりと掴んでいた。しかも絶対に離さないと言わんばかりに両手で、しかもこの私が一歩も動けないほどの強さで。

 

「じゃあどうしたらいいんですかッ!?」

 

彼女の悲鳴のような声が孫策軍の陣地に響き渡った。

 

蓮華side

 

私は初陣の緊張から気をそらそうと陣地の外を歩いていたところ、明らかに只者ではない武人の女性と出会った。

 

そして彼女と話している内に私自身が知らずに戦う理由がない事実に気がつかされた。

 

私の寄る辺であった王族の責務はただ正しいものでしかない、そう言われた瞬間に全てが崩れたような気がした。一体私は何のためにこんな場所まで来て、そして戦おうとしているのか、なぜ私は呉の王族としてこれまで過ごしてきたのだろうか、と一気に脳裏を駆け巡った。

 

今まで積み上げたものが何なのか、私は一体何を望んでいたのかが分からなくなってしまった。

 

彼女に言われた、私が王族ではなく、私自身が目指していきたい場所はどこか、どんな理想や大義なのか、そして勝利とはなんなのか、それをはっきりとしていない。

 

確かにそうだ、私は今まで王族として過ごしてきた。兵を、民を守るとしてきた。それが当たり前で、それが孫家として正しかったから。だがそれは王族だったからにすぎないと思う、そう教えられたし、私もそう思う。でもそれが王としての責務以外で思い当たらなかった。

 

母様のために?それとも孫呉のために?私は王になる……そのためだけに過ごしてきたのだろうか?それとも他のために?何のために私は……。

 

だからこそ、気が付いたら私は彼女の腰布を両手で離さまいと掴んでいた。私の悲鳴のような、懇願にも似た声で叫んでいた。

 

「じゃあどうしたらいいんですかッ!?」

 

と。

 

私は何を目指せばいいのか?何を戦う理由として王となるのかを。

 

彼女は答えた。

 

「それは私が決めることではない、答えは貴殿の中にある」

 

私の中に?何があるのだろうか、いまさっきこの目の前の女性は私には王の理由しかないと言ったはずだ。それなのに……答えは私の中にある?訳が分からない。

 

「貴殿が望むもの、貴殿が目指すもの、貴殿が譲れぬもの、そして勝利とはなんなのか、兵を死なす理由も……すべては自分の中にある」

 

「私の中に……」

 

「嘘偽りなく、王族としてではなく、たった一人、孫仲謀個人として考えるのだ」

 

「私が私だけで、地位や身分関係なく……」

 

「今は見つからないかもしれん、だがいずれは分かるようになる。自分が何を求めているのかを、そしてそのためにどんな勝利を重ねれば辿り着くのかを」

 

「私が求めるもの」

 

確かにそれは分からない。でもそれが私の王族として必要な物だと感じた。孫家ではなく、王族としてではなく、本当に私が望むもの。それが本当の王になるために。

 

「それはどうやって見つければ?」

 

「知らんよ、そんなこと。だが私は常に戦場にいた、そして多くの人に会い、多くの人を殺してきた。そこで兵に死ねと命じたし、罪がない多くの難民を殺し、そして自分が譲れぬものがあることにも気が付いた。そしてその果てに私たちが辿りつく場所を見つけ、今も勝とうともがき戦い続けている。それに幸い貴殿には多くの仲間もいるしな」

 

「戦場で仲間と供に……?」

 

それは彼女の手や体を見て分かる。細く見えるのは極限まで鍛えているから、全身の傷はその最前線で戦ってきたから、彼女の譲れない場所は苛烈に灼熱の戦場だ。まだ感じたことのないところだが彼女の手や体の傷からどういう場所なのかは容易に理解できた。

 

この世の地獄のように凄惨で、灼熱のように熱い場所だろう。

 

考えただけで喉が干上がる。自然と体が震えると同時にそれを喜ぶように体が熱くなる。まるで姉さんが戦場から帰ってきたときのように。

 

そんな所で見つかるものなのか?

 

「貴殿が望むものは宮中にはあるまい、足元の人間にこそ聞くべき、見るべきものがある。決して机上だけではわからんし、自分の中に問うべきものだ」

 

「つまり今まで行ったことのない場所へと?」

 

「それもいい、だがそれだけとは言わん。どこの地位にある者、後方の者、誰もが何かをめざし、努力し、生きている。彼らも全員人であり、人を見て見ぬふりはしないほうが良い」

 

「見て見ぬふりなど……」

 

「上に立つ者が上を見るのは当たり前だ、何をするのか、目指すのか、勝ち取るのか、を決めるのが上の者だけだからだ。だが上だけを見ていると下を見れなくなる。案外重要だと思っていることこそ足元にある場合がある、自分のすぐそばにある場合もある」

 

「私の足元にこそあるかもしれないもの……」

 

「そう、例えば自分がやった策の結果や効果。自分が暮らしている町の人々、普段は聞かぬ裏方の者たちの声、受け継ぐもの、受け継いだもの、自分が幼少のころに住んでいた場所といったとこだな」

 

そう言われて私は今まで上だけを見ていた気がする。王族だからと言ってふさわしい人間を目指して、自然と母様のような人間に、正しい王に成ろうと。でもなんで私は母様のようになりたかったのだろう、なんで私は王族の責務を果たそうとしたのだろう、そもそも私はなんで王となるべく上を向いていたのかすら分からなかった。

 

ただ孫家の王として見られるように一生懸命だった。そして姉さんのようにはなれないことを理解し、その上で皆に認められようと、正しくあろうと必死だっただけだ。

 

そして普段は見ない者、机上の上での数字や文字でしか彼らを見ていなかった。今考えれば人を見ていなかったのはまぎれもなく私だった。

 

「その、あなたはなんのために戦っているのですか?」

 

「私の戦う理由か?そんなもの決まっている、私が守りたいから戦うんだ」

 

「それは国を?それとも民を?」

 

「さあな、それは私にもわからんよ。でも全てを取れないならせめて自分の手の届く範囲だけでも守りたい……そう思った。そのためには戦って戦って勝ち続けるしかない」

 

全てを取ることはできない、ならせめて自分の手の届く範囲だけでも守りたい、彼女はそう言った。救えない命を捨て、守るべき者を守ることを選んだ証拠だ。そして守れるものために勝利し続ける、その先に彼女の目指す場所があるのだろう。

 

「その……きかっけは?」

 

「なんてことない、ただの子供が夢を見たんだ……そして挫折した。それでも嫌だったから、諦めきれなかったからここにいる。ただの一個人の意地でしかない」

 

「たった……それだけですか?」

 

信じられなった、彼女はそれだけで戦場に立つことを。

 

「ああ、それだけだ。でも他に理由はいらないだろう?」

 

そう言った彼女は恥ずかしそうに笑っていた。どうやら本当にそれだけの理由で戦っているようだ。ほとんど我儘にも近いその単純な理由に私は驚きを隠せなかった。でも姉さんも同じなのだろう、だからこそ戦場で兵と共に戦い、危険であるにも関わらず常にあそこにいる。

 

それと同時に恐ろしいとも思った。何かを捨てていくしかないその道が。私は今まで捨てることはなかったから分からない、でも何を捨てるのかを決めるのは私のような上に立つ者であり、私自身の考え、極論でいえば我儘で捨てる。

 

しかもそれが正しいかも分からない。判断する者は私だろう、納得するのも後悔することも全て私の気持ち次第なのだから。

 

そしてその捨てるものは大きい、現に私は兵を捨て、王の責務を優先していた。そう、王族ということで無意識にそうしていたのだ。今はその選択を安易にしていたことが恐ろしく、何よりもその重みが怖かった。そして何を一体勝ち取ったのだろうか、それが姉さんと比べて見えなかった。

 

そんな多く捨ててまでも勝利し続ける意味とはなんなのか、その勝利に一体どんな意味があるのだろうか……私はそれが分からなかった。

 

不安な目でそれを気が付かせてくれた彼女を見る。彼女はこれから捨てに行くのに一切怖がってはいなかった。それどころかその眼には激しく燃え上がる気焔が見え、ただ目指すべき場所への一歩を、ただ勝利だけを目指していたのだ。

 

「あなたは……その、怖くないのですか?その選択が捨てるものが大きすぎて、それでいて間違っているかもしれないのに」

 

「怖くない訳なかろう……でももう逃げないと誓ったんだ」

 

「何に、ですか?」

 

「私のせいで死んでいった者たちに。私の我儘に殉じた輩に、その死は決して間違ってはなかったと、その死には意味があったのだと証明し、勝利し続けるために」

 

私が分かるものでは決してなかった。なぜならまだ私は戦場を体験していない、まだ何も捨てていない、勝利もしていない、それだけを捨ててなお突き進むことのできる『何か』が私には足りない。

 

「それに託されたものが多くある」

 

「死んでいった彼らに?」

 

「ああ、守ってくれと、夢を叶えてくれと、色々とな。それを無視して逃げるなんてできるわけがない、それが共に戦った者たちとならなおさらだ。知らない奴が言うのならどうでもいいが知っている、そしてそれが私たちの部下なら叶えるのは当たり前だ」

 

「逃げることができないほど重いのですか?それは」

 

「わからぬよ、だが私はそれから逃げ出したくなかった。それも多ければ多いほど、捨てるものが大きいほどにな」

 

「私にはまだわかりません、捨てたことも、勝利したこともないので」

 

「慌てることはない、大抵の人はそんなことも考えず、そして気が付かぬままその選択をする。なぜならその瞬間に苦しんでいるからだ」

 

大なり小なり捨てるのを選ぶことは苦しみだと彼女は言っている。そのため、気がつかないほど苦しんで選択するということは人なら誰にでもある。

 

「貴殿は今、苦しんでいるのだろう?ならその瞬間がその選択の時だ。何を捨て、何を取るか、その先にどんな勝利があるのか、それを決めるのは私でも、周りの人間たちでもなく、自分自身の『想い』だ」

 

「私自身の『想い』?」

 

「そう、戦う理由も、捨てる理由も、何を勝ち取ったかも、その判断の基準も全てその『想い』から生まれる。それをはっきりしておかないとさらに苦しむことになる、特に貴殿のような人の死が自分の痛みになるような人間には特に」

 

「そう、なのですか」

 

「ああ、だが曹孟徳殿は少し違うがな」

 

「あの?」

 

「そうだ、彼女は才ある者を愛する。民でも兵でもなく、そして他の者たちは愛さない、統治されるべき者と判断するだろう」

 

「民を統治されるべき存在にとは……」

 

「そして従わぬ才ある者を容赦なく殺す。敵に成りそうなやつも同じだろう、武力や策を使い覇を唱えて進む……そしてそれが当たり前の如く勝利し続けるだろう」

 

「それは……」

 

恐ろしい、私は素直にそう思ってしまう。民や兵は統治されるものであり、愛する才あるものが上に行く。だが敵と味方の境目がはっきりとしている、だから簡単に判断して捨てることに迷いはなく、目指すところのために、勝つことに犠牲を払うことを厭わない。

 

邪魔する者は力で無理矢理でも排除する。目指すべきところのために、自分が望むもののために力ずくで進む。阻む者は全て敵だ、邪魔する者も同じ。

 

それはまるで……

 

「覇王のようですね」

 

「そう彼女はおそらくその覇王であるな」

 

会ったことのない人だが、彼女がそう言うならそういう人間なのだろう。一度その彼女と話してみたい。

 

「まぁ、さっきも言ったがこれは私の意見だ。所詮は戯言、聞く耳を持たんでもいい」

 

「いえ、そのようなことは……」

 

「ふん、貴殿を惑わせるような言葉かもしれんぞ?」

 

それは絶対にない、そう私は彼女の目を見て感じた。この人は敵対していない者にそんなことをするような方ではない。

 

「その時は私がだまされたのが悪いのです」

 

「そうか……そうかもな」

 

「はい」

 

自然と笑みが浮かんでくる。それは目の前の彼女も同じであった。私と彼女は似ているような気がした。不器用で、それでいて自分の甘さを否定している。私も甘えは嫌いだ、だからこそ色んなことを考える。

 

「そろそろいかねばならん、次は会談で会うとしよう」

 

「はい、楽しみしています」

 

「ふむ、楽しむものではないと思うが……」

 

「そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません。選ぶのはあなたではなく私です」

 

「そうだな、私がとやかく言うことでもあるまい」

 

「それで……あの、その、真名を交換したいのですが……よろしいでしょうか?」

 

「ああ、なぜか貴殿とは友人になれる、そんな気がする」

 

「私もです」

 

彼女も同じように思っていたらしい。そのことが今までにないほどうれしく感じる。

 

「では改めて名乗ろう。私は姓が公孫、名が越、字は仲珪、真名を黒蓮という」

 

「私は姓が孫、名を権、字は仲謀、真名は蓮華と申します」

 

「では蓮華殿、また会おう」

 

「はい、黒蓮様。お待ちしています」

 

そう言って彼女は私の前から去って行った。その後ろ姿が見えなくなるまで私は黒蓮様の背を見続けた。

 

「ねぇ、一体彼女と何を話していたの?あの堅物の蓮華が」

 

「それは私も気になるな」

 

そして後ろから姉さんとその軍師である公瑾がそう問いながら現れるが、そんなことは些細な事であった。

 

私の胸の内はまるで頭上に広がる青空のように晴れ渡っていたから。

 

「別に、姉さんたちに言う事でもありません。それと黒蓮様たち公孫家が会談を開きたいとおっしゃっていました」

 

「えッ!?うそぉ~」

 

「これは……」

 

「何か問題でも?」

 

私が彼女と真名を交わしたことがそんなに意外だったのだろうか。二人とも信じられないような目でこちら見てくる。

 

「では準備をお願い、思春!行くわよ」

 

「は」

 

私はすぐそばにいた彼女を呼び出し、自分の幕舎へと向かった。私のやるべきことは多い、なら今この瞬間すらもったいないように思えた。

 

そして私の歩く足取りは彼女と会う前よりも軽いように感じた。

 

++++++

 

「ねぇ、一体蓮華に何がったの?」

 

「私が知るわけがなかろう、お前と一緒にいたのに」

 

「気になるわね……」

 

「まぁ、あんなに嬉しそうな顔は久しぶりだな」

 

「う~、気になる気になる気~に~な~る~!!」

 

「なら話してくればよかろう。お前の妹だろ」

 

「なんかやだ」

 

「はぁ……私はやることがあるから馬鹿をやるなら一人でやれ」

 

「あ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

どこかの天然な君主は今日も変わらなかった。

 




誤字脱字、感想等ありましたら気軽に書いてくれたら幸いです。

今回は王としての在り方とか、兵に対してとかの問題でした。

聖杯戦争に出てくる某王達とかの話で思いついたものです。

今度はワインならぬ酒で話し合ってみるかも?

そこらへんはまだ考え中です。

あとできたら年末に投稿できたらいいなぁ。


修正しました。


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根回し

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

更新頻度は一か月ぐらいになると思います。

拙い文章ですが、楽しんでいただけると幸いです。

よろしくお願いします。


日が暮れ、あたり一面が真っ暗になったころに私たち公孫家の面子は曹孟徳のいる天幕にいた。

 

とりあえず会ってみた曹孟徳の印象はただ一つ、カリスマだ。某吸血鬼のカリスマ(笑)と違い、ガチである。なんかあのツインテールとかなんとか言えないレベルのカリスマでだ、生まれ持った才能が溢れんばかりの覇気として自然と出ている。

 

既に互いの自己紹介は終わり、両陣営9人が向かい合っている。曹操陣営が曹操、従妹の曹洪、夏候姉妹、あとはネコ耳フードのあの軍師である荀彧である。対してこちらの陣営は姉さんに私、郁に絃央である。

 

「さて、自己紹介が済んだところで一体何のための会談なのかしら?」

 

「何のためか……」

 

姉さんもったいぶってそう言うと、彼女の後ろにいた姉妹の圧力が増す。どうやら主導権を取りたいらしく、まずは圧力で攻めてくる。だがこれぐらいの圧力なんかは戦場の空気に比べればたいしたこともない、そして私らも圧力を増させる。

 

それに功でいえば私たちは対等、中央寄りの彼女たちだが態度を変える必要はない。まぁ、並みの人間なら彼女のカリスマともいえる覇気に屈するか、それとも心酔するかもしれんが。

 

「それはあなたも分かっているのではないのか?かの高名な曹孟徳ともあろうものが」

 

「さて、私にはさっぱり分からないわ。わざわざ黄巾賊討伐の前に話すことなんてあるのかしら」

 

まどろっこしい問答が続く。中々本題に入らない様子に姉の夏候惇がイライラし始めている。主人である曹操の許可がないために発言はしないが、それでも何かを言いたそうに眉をピクピクとしている。さらにさっきから彼女に向かって鋭い視線を私が向けているため、手出しさせないようにしている。

 

「そうだな……率直に聞く。この黄巾賊の反乱……どう見る?」

 

姉さんも面倒なことが嫌いな性格なのですぐさま本題に入った。今のところ主導権はまだこちら、でも一気にひっくり返りそうで怖いな。

 

「……どう、とは?」

 

「わかっているのだろう……いや、分からないはずがない」

 

そんな無能であるはずがない。そう態度で示した姉さんに相手の陣営は激しく怒りの空気を醸し出す。先程よりもピンと張りつめた空気が天幕内を支配する。

 

「そうね、分からない方が愚かだわ」

 

「だろう、それでだ。袁本初をどう見る?同じ学び舎で学んだあなたに聞きたい」

 

「ああ、彼女ね……。強いて言えば噂通りよ」

 

「…………」

 

それを聞いた姉さんが驚きを隠さずに素で驚く。巷の噂では袁紹とはとりあえず馬鹿で、高笑いが好きな典型的な自信家のような奴だと。思いつき何かをやらかし、なのに名門袁家ということで朝廷に近く、伝手も多く持っている、とのことだ。

 

まさか噂通りとは思わなかった、というか曹操が話してくれるとは思わなかった姉さんは驚きを隠せないでいる。どうでもいいが。

 

「それがどうしたのかしら?」

 

曹操が面白そうにこちらを見てくる、どうやら私たちの狙いが薄々感づかれ始めたようだが恐らく確信には至ってないだろう。いや、彼女のことだから気が付いている可能性もある。

 

「そ、そうだな。それで貴殿は彼女と組めるか?」

 

「いえ、無理でしょうね。麗羽が私と組むことはありえないわ」

 

「そうか、なら我ら公孫家は袁紹と組む。だから貴殿らは官軍と、それでいいか?」

 

「ええ、大丈夫よ。というよりも私たちの目的も同じようなものだから。今回の会談はこれが目的?」

 

「ああ、それと幾つかな」

 

一番権力と規模がある官軍がいるこの陣地で、まだ漢の影響があるこの地で今のような話が出るのはおかしい。この話は暗に漢よりも袁紹や何大将軍と組むか、それとも朝廷と関わり合いたくない、はたまた両方と言っていることでもある。

 

一番目は貿易などでつながりがあるが、そもそも何大将軍の官軍から離れることということ潜在的敵対勢力であるから曹操も思わないだろう。なら答えは後者の二択が正しい。どちらにしろ中央の争いに加担しないことを意味する。

 

それも既に確固たる幽州での地位、漢にとってはなくてはならない場所の砦、最前線にして中華の門を守っている公孫家がだ。朝廷とて下手な手を出せば一気に異民族が華北を略奪しに進軍し、そして洛陽近くまで来るだろう、実際に史実では冀州まで入り込まれており、略奪を繰り返している。

 

その最後の砦でもある幽州の私たち公孫家にこれ以上負担や地位を下げるようなことがあればそれは現実になる。今は朝廷が、というより十常侍が生かさず殺さずの予算や権限で私たちを飼っているが、今回の乱でそれも崩れそうだ。十常侍と官軍、それも袁家と仲の良い何大将軍との争いを避けるために私らは今から動き出している。

 

それでもその関係にある仲臣たる公孫家が朝廷との争いに巻き込まれないように、わざわざ官軍からも手を引くような真似を事前に根回しをするとは驚くべきことだ。

 

「傍観する気なの?朝廷に忠心とも言われるあなたが?」

 

「それは分からんが、私たち公孫家が一番に気にするべきものは幽州だ。身内の争いは勝手にしてくれ、どう足掻いても辺境の私たちには手の出しようもないことだ」

 

そう、辺境の公孫家が中央の争いに加担することはできない。やっても啄郡のみの蜂起だろう。現幽州を治めているのは皇帝の一族である劉虞である。その権力は宗家である以上私たちより大きいのは確実、ならわざわざ戦うのを早める必要ない。まだその時でない以上、富国に力を注ぐべきだ。

 

そもそも今回の会談は顔見せ兼他勢力とのパイプ作りである。なら後のことは後で考えればいい。

 

「それに仰ぐべき上がいつまであるとも限らないだろ?どちらにしろ、私らは今までと同じように異民族を相手にするんだ、馬鹿馬鹿しいことに力を使っていられない」

 

「そうね、それには賛成よ……でも貴方たちは何時、何処で、誰に向かってその力を使うのかしら?」

 

好戦的な笑みで彼女が出した答えは、敵が誰であるかを明白に問い質す言葉であった。どうやら私たちは既に彼女にとって敵として認識されているらしい。まずは意識させることに成功である。

 

だが嫌な予感がしきり走る、彼女がここまで真っ直ぐに問い質すとは非常にやりずらい。

 

かの有名な人は言った。

 

「狐の如く狡猾で、獅子の如く獰猛でなければならない」

 

狡猾な狐なら囲んで追い込めばいい、ただ獰猛な獅子であるだけなら罠を巡らせればいい、だがその二つを持っている彼女には隙がない。

 

はてさて、マキャベリさんよ。こんな覇王はいかがしたらいいのだろうか?

 

「それは分からない、何処まで行くのかこの先判断し辛い」

 

「そう……ならまだ私たちは敵対していないわね」

 

「そういうことだ、他にもいくつか提案したいがいいか?」

 

「あら、何かしら。辺境の公孫家が一体私たちに何を望むと言うの?」

 

「うむ、通商協定と人材交流だ」

 

そこで繰り出したのがこの二つ。主にうちの商品は馬や獣関係である。軍馬や毛皮、馬用の鎧等騎兵に関してのものが多い。

 

「通商協定の件は……そうね、引き受けましょう。ちょうど私たちもどこかの地域としたかったのよ」

 

「華琳様、細かいところは後日ゆっくりと決めればいいでしょう、そちらも?」

 

「こちらとしても異論はない」

 

「問題なのは人材交流ね、一体どうしようというの?」

 

笑みを浮かべた曹操は一切こちらの提案を断っていない、不安である。目の前の姉さんも同じように考えているだろう。

 

「簡単だ、客将と少数の軍団を両陣営に、期間付きでどうだ?我らは騎兵の扱いは長けるが歩兵がな。代わりにそちらは騎兵ということだ」

 

つまり曹操の歩兵強い(たぶん)だからその調練や装備などの情報くれ。代わりにこっちの技術とかやるからさ、ということだ。まぁ、うちの兵法なんかそうそう真似できないけど。

 

「なるほど……でも私たちは半端な騎兵はいらないわ」

 

「それはこちらも同じ。貴殿らの歩兵にその価値があれば、だが」

 

そう言った瞬間、さらに夏候惇の眦が吊り上り、同じく夏候淵も青筋が浮かびそうなほどに険しい顔をしている。だからと言って私も郁も絃央も澄ました顔でそれを無視する、潜ってきた修羅場は伊達じゃない。こんなことで取り乱すほど、辺境はやわじゃない。

 

「それはあなたたちにも言えることじゃないかしら?」

 

そう切り返された姉さんは黙って私を指差して堂々と言う。

 

「証明して見せようか?戦場はすぐ近くだ、そちらから好きな士官を一人くれ」

 

はぁ……苦労するのはいつも私だ。

 

そして彼女らの利用価値があるかを判断するために戦の前に会談するのだ。それにそれだけの将がいるか、戦って勝てるのか、それを見極めるのが私にとっての一番の目的かもしれん、公孫家には違うが。

 

「貴殿らに公孫家の流儀をしっかりと見せつければな。言葉は不要、後は戦場で語るのみだ」

 

「たいした自信ね?それなら見せてもらいましょう、それとそちらも一人士官を頂戴。この曹孟徳にそこまで言うならこちらも見せてあげましょう」

 

「はい、華琳様!この春蘭、全身全霊をかけてその命を遂行いたしましょう!!」

 

「姉者、私の事も忘れるな。こちらの流儀もしっかりとお見せしなければ失礼だろう」

 

3人そろって笑い合う。そうなれば自然と闘気が満ち溢れ、天幕が溢れんばかりの氣で満たされる。視線の交差をしながら私たちはその闘気を抑え込むどころかどんどん発氣する。

 

それを見ている我らの主は片や本当に楽しんでいる者と戦々恐々としている者がいる。どちらがどちらとは言わないが……。

 

「さて、話はこれで終わりだ。あの賊を倒した後、もう一度私はここに来る」

 

「あら、もう帰ってしまうなんてつれないわね?あなたの妹さん、どう?一緒に寝ない?」

 

その言葉に私はまさか自分がその標的になるとは思っていなかったので固まる。何も言葉が出ない、一体どうしろと言うのか?

 

断ろう、うん、断ろう。なんか嫌な未来しか浮かばない、キマシタワーなんて御免である。

 

「生憎だが私にその趣味はない」

 

「それは残念、あなたの妹さんを随分と気に入ったのだけれど。どう?私にくれないかしら?」

 

「こいつはダメだ、代わりにいいのを紹介しようか?」

 

「どの子かしら?」

 

「義勇軍の関雲長。美しい黒髪で長身の武人だ、貴殿なら好きだろう?」

 

姉さん、関羽のことを売ったな。いや、慌てて咄嗟にでたのが彼女だっただけか。私に害があるわけでもないからどうでもいいな。

 

「あら!あの子は是非ほしいわ」

 

「それは本人に聞いてくれ、会うなら紹介する」

 

「ええ、楽しみしてる♪」

 

「お姉さまばかりずるいですわね、私にもどなたかいませんの?」

 

「すまんが貴殿の好みが分からない以上、こちらから紹介できない。まぁ、残っているのは背が小さい者とがいるが……」

 

いきなり話に混じりはじめた曹洪がそう言うと、姉さんはまさかと思いながらも返事をしている。

 

「ッ!?その子は?可愛らしい小さな女の子かしら!?」

 

「あ、ああ。隣にいる軍師殿よりも小さい子がいるにはいるが……」

 

「是非私に紹介してくださいませ!!」

 

「わ、分かった。その者も義勇軍の者だ。名は張翼徳と言う、後で関雲長と一緒に紹介しよう」

 

「ありがとうございますわ♪」

 

この一族は全くそうなのだろう……二人とも語尾が浮かれているのは気のせいだろうか。私には関係ないからどうでもよいが、知らぬ間に生贄が二人できた。

 

「では、後のことは戦後に」

 

「そうね……と言いたいところだけど。私たちもあなたに求めることがあるの」

 

やっぱり来たか。ただで終わると思っていなかっただけで私たちも自然と態度が固くなる。一体何を求められるのか、それがこちらには分からない。

 

「私たちからの要請はただ一つ、明日明朝に軍議があることは知っているわね?そこでこちらの意見に賛成して頂戴」

 

「それだけか?」

 

「ええ、それだけよ」

 

それが怖い、一体何を提案するのだろうか。その『何』が怖い、一体何に賛成しろと言うのだ。

 

姉さんもそれを怪しんで考え込むが通商協定と人材交流を天秤にかけると賛成せねばならない。どうなっても曹操が台頭するのは歴史が証明している。

 

「……わかった、それなら了承しよう。それで明日の軍議に何を言うんだ?」

 

「それは明日になってからのお楽しみよ」

 

「ふむ……我らにも教えられないか?」

 

「別に?ただ陣とかについて少しね」

 

「なるほど……」

 

怪しい、怪しすぎるがこちらにはそれを聞くだけの手札がなく、そして陣と言えば軍事関係の話だ。機密の部分になり、今はまだ協力者、同盟でない以上聞いても何もそこから得られない。だからこそ何も言えずにこの場から去るしかない。拭いきれない嫌な予感が私の頭の中をぐるぐるとまわる。

 

なんかやばいものを引いたかもしれないな。

 

「では明日の軍議でまた会おう」

 

「そうね」

 

そうして私等は天幕を出る。そしてしばらく誰もしゃべらないまま私たちの陣地へと戻り、そして天幕へと入ると同時に姉さんは地面に崩れ落ちた。

 

「……なぁ」

 

「何だ?」

 

「あれで大丈夫だったか?」

 

「たぶん、と言いたいところだが明日の軍議が気になる。奴は十中八九何かを起こすだろう、巻き込まれたな」

 

「そうね……でも白蓮にしてはいい線よ。そこだけがどうしようもなかったけど」

 

「なんか……すまん」

 

それを私と郁から聞いた姉さんは俯いて謝る。でも私も何も言えないから責めるつもりはない、それは郁も同じだ。

 

「なに、相手はあの曹孟徳だ。それだけできていれば大丈夫さ。問題は明日のことだ、誰を行かす?」

 

「私と黒蓮は無理だろう、絃央もだめだ。なら残るは郁しかいないが」

 

「そうなると義勇軍の監視が居なくなるわよ?あの子らじゃ勝手に何かをしそうだから誰かしらほしいわ」

 

「ん~…………しょうがない、絃央が監視をしてくれ、何あった時は私の名前を出せ。そうすれば桃香じゃ無位にもできないはず。注意するのは朱里と雛里だな」

 

「あの2人は現実が見えているからな、それなりのことできるはずだ」

 

例えば兵をどこに集めるとか、あまり交戦しないとかできうる限りや見つからないところでとか。

 

「それはもう置いておけ、確か陣って言っていたな?」

 

「ええ、恐らくは本拠地への侵攻。それへの配置の事だと思うけど……」

 

「配置してはまずいのがあるのか?」

 

「ないだろう……が、足手まといの袁術か?」

 

「いえ、袁紹軍では?」

 

「でも孫家もいるぞ?」

 

「陣に行ってきた限りではそう多くはない。恐らく1万以下5千以上の所だろう、だが古参兵をちらほら見た」

 

そう、あそこにいたほとんどの兵は元孫堅の兵だろう。そして彼女の後継たる孫策に今は従い、この戦場にきている。そのため孫権と違い、その実力を知っている彼らは孫策の方へとどうしても偏ってしまっている。

 

「袁術の兵はそのほとんどが使いものにならないそうだ。しかし兵数だけ言えば官軍の次、3万だ」

 

「ならその線は薄いんじゃないか?」

 

「なら何をやらかす?」

 

「陣は十中八九配置だろう、後は誰がどこを受け持つか……」

 

ダメだ、情報が少ない。先の戦いがあったせいでこちらはまともに情報を集められていない。確か敵総数が20万以上、将は張三兄弟だったはず。他にもいるかもしれんが大丈夫だろう。

 

「今の情報だけじゃ分からないわね。かといってこれから情報を集めるには時間が足りないわ」

 

結局のところ、曹操の手札がわからないので応手を用意できない。とりあえず何かあるのだろうと思って用心しておいた方がいい。どちらにしろ、こちらは既に曹操の要請に承諾しているのだから。

 

「とりあえず何かあるのだろう、姉さんは用心してくれ」

 

「それはよくわかっている、あの感じでどうして油断なんかでてくるんだよ」

 

ごもっとも。

 

「私と郁は引き続き情報を集めよう」

 

「そうね……ここには知り合いの商人がちらほら見えたからそこからあたるわ」

 

「私は他の陣地を偵察がてらに見てくるか」

 

実際時間がない今はそれくらいしかやることがない。

 

「頼むぞ、二人とも。私と絃央でできる限り曹操の手と交渉の内容を詰めておく」

 

「ああ、じゃあ郁。行こうか」

 

「ええ、頼むわね」

 

そう言って私等は姉さんたちを残し、天幕を出て行った。

 

◆◇◆◇

 

曹操軍side

 

公孫家の人間が天幕から出て行った後、華琳らは今までの会談内容を吟味しつつ、公孫家の自体の評価をしていた。

 

「さすがは公孫家と言ったところね、そこいらの者と比べると雲泥の差だわ」

 

「はい、華琳様。明らかに2人の圧力を意にも返していませんでした」

 

桂花はその時のことを思い出す。あの夏候姉妹、曹孟徳の配下では最強の武人である2人の威嚇に全く怯んでいなかった。すぐ隣にいた彼女でさえ向けられていない闘気に心底震えていたと言うのに。

 

「それどころか私に闘気をぶつけてきたぐらいだぞ?妹の方はよほどの武人だ」

 

「他の配下も全く怯んでいなかったわね。それに誰も相当戦慣れしていたわ」

 

それは白蓮が華琳に向かって価値があるかと聞いた瞬間の殺気と怒気が混ざり合った張りつめた空気の中で誰も取り乱した人間が居なかったことから判断した。その空気に慣れるなど、よほどの戦場に出ていなければ身に着かない経験であることを知っていた。

 

「桂花、公孫家の出してきた案をどう見る?」

 

「まず人材交流の方は明らかにこちらの手の内を探りに来ています」

 

「それは分かりきったことよ。まぁ、こちらからも人材を送れることなのだから五分五分と言ったところでしょう。それどころか強力な騎兵がいない私たちの方が利点は多いわ」

 

そう判断したからこそ華琳は公孫家の人間を招くことに同意した。そしてそれは公孫家がいずれは彼女の敵となることを警戒したからであった。事実、華北の冀州にいる袁紹を倒すことができるのなら、その後は公孫家と華琳の一騎打ちである。

 

「または連携の確認かもしれません、袁本初が動くとなると公孫家では対応しきれないはず、ならばこちらと手を組むことも考えられるでしょう」

 

袁紹が軍を動かすなら数の少ない公孫家は不利だ。さらに地理的にも冀州との距離が近いため、本拠地の啄郡を空けることはできない。戦力を集中されれば如何に強力な騎兵がいたとて勝てない。なら分散させるために華琳と手を組むのは考えられ、そのために曹操軍の情報を集めているかもしれない。

 

「まぁ、本音は様子を伺いつつ静観ってところね。でもいずれははっきりとさせてほしいわ」

 

「あのような感じならまず判断を間違えることはないかと思われます。仲間になるなら利用を、敵になれば潰せばいのです」

 

それが華琳のやり方だ。そのことを桂花はよく知っていた。

 

「次に通商協定ですね。あれはおそらく袁紹の戦力を削りきています」

 

「確か公孫家の主な商品は馬だったわね、それも軍馬が多かったはず」

 

「はい、報告ではその通りです。ですが相場はかなり高かったはずで数をそろえるのにかなりの資金が必要だったので主な取引相手は冀州でしたね」

 

「麗羽の所ね、名門袁家は資金が潤沢だからそれなりの取引相手でしょう」

 

そうして華琳は公孫家の軍馬の値段を思い出す。袁家の潜り込ませた商人からの報告によると、袁家は公孫家の軍馬を多く輸入していた。それも通常相場よりも高いのにである。だがそれに見合った軍馬なのだろう、一度袁紹の騎兵を見たことがあるがそこいらの軍馬よりも大きく、それでいて持久力も速さ兼ね備えていたように見えた。

 

「春蘭、秋蘭。あなたたちはたしか麗羽のとこから買った公孫家の軍馬を使っていわね?」

 

「はい、私も秋蘭も随分と前からです」

 

「その軍馬と通常の軍馬を比較なさい。どれだけ公孫家の軍馬が優れているかを知る必要があるわ」

 

そう華琳は公孫家の軍馬の能力を知りたかったのだ。あわよくば通商協定で公孫家の軍馬を安く買い、優れた騎兵部隊を組織しておきたいと考えているからであった。

 

「私の主観では通常に軍馬よりもかなりの持久力があます、それに力強いです。それが一番の印象に残っています」

 

「私の方はよく調教されている点ですね。あれなら経験者なら誰でも簡単に操れるでしょう」

 

「あの大きな軍馬ってそんなに調教されてたの?私はまだ乗ったことがないから分からないけど……」

 

そう言ったのは指揮には必要だが後方にいる桂花である。なので通常の馬で十分であり、公孫家の良い馬を使う必要はなく、使っていなかった。

 

「ああ、戦場では怖がらずに平気で言うこと聞く」

 

実際に黒蓮式に調教されている軍馬は操作性においても優れている。更に鐙などのも開発されており、公孫家では通常よりも速く、それでいてすぐに軍馬を補充する体制を整えていた。だからこそ、騎兵の多い編成が実現可能なのだ。

 

「それは他の軍馬と同じなの?」

 

「いえ、明らかに操作性は公孫家の方が上ですね。それに持久力も段違いですよ」

 

「分かったわ」

 

つまり公孫家の軍馬は速く、持久力もあり、それでいてよく調教されているために通常の軍馬よりも相場がかなり高い。だがその軍馬によく調練された兵が乗ることでさらにその破壊力は跳ね上がる。それが公孫家の強さの秘密だと華琳は気が付いた。

 

「真似するのは無理そうね」

 

「はい、世話係の話じゃ真似どころかどうやったらこんな軍馬が育つのか分からないと」

 

「ならあながち通商協定を結ぶのも間違いじゃないわね。でもね……人材交流はこれを知っていたのかしら?」

 

「かと思われます、実際に公孫家の軍馬を集めて騎兵を作るとなると……」

 

そう言って桂花は金庫番である曹洪のことを見ると彼女はその相場から必要な資金を計算していた。

 

「できないことはありませんわ。ですが騎兵を揃えるのと歩兵の装備を充実させるのがいいか、難しいところです」

 

「華琳様、私はまだ騎兵を整えるのは尚早かと思います」

 

「あら、優秀なら是非取り入れるべきじゃない?」

 

「そうだぞ!桂花!!絶対に騎兵は必要だ!!」

 

「あんたはそうでもこっちは困るのよ!!」

 

「うん?そうなのか?」

 

そう言って頸を傾げる春蘭に桂花はため息をついた。物事を簡単に考えるのは不得意な彼女は難しくなった途端にさらに使い物にならなくなる。

 

「その理由は?」

 

「まず、既存の兵と……特に歩兵との連携が難しいかと。はっきり言ってどうしても持て余すでしょう」

 

「なら別によいではないか」

 

「それが通常の騎兵と同じ働きしかできなかったらただの無駄よ」

 

良い馬を買ったとしてそれが従来の馬と同じ程度の働きしかしないなら意味がない。だからといって少数だけ揃えても意味がなく、中途半端になるなら歩兵にその予算を回した方が良い。

 

「それにまだ私たちの陣営には騎兵をそこまでうまく運用できる将がいません」

 

「なるほどね」

 

「それは何時も通りじゃだめなのか?」

 

華琳が頷く中、春蘭と秋蘭は理解できずにいた。彼女ら確かに馬には乗るが率いている大半は歩兵である。そして実戦の経験からも騎兵を足の速い歩兵のようなものとして捉えていた。ましてや鐙など馬具が皮の鞍ぐらいしかないのでそこまで騎兵を揃えることは時間も資金も人材もなかった。

 

「ええ、というよりも今は私たちの軍でも騎兵はいるけど規模は1000騎程よ。それに比べて公孫家は少なくとも5000騎は騎兵、それも乗り手のほとんどが馬に精通しているの」

 

根本的な運用方法が異なると言っている。大陸で戦う華琳たちに歩兵が主体になるのは当たり前で、黒連たちの考えはどちらかというと異民族の考えに近い。

 

「そんなのと素人の私たちとじゃ運用も思想もすべてが違うのよ。主体が何なんのか、それを考えたときに歩兵しか率いることがない私たちでは騎兵を主に置くのは未知数だわ」

 

「だからこそ限られた者にのみ配置すると?」

 

「その通りです、もしくは他勢力に売るかですね」

 

「そう言えばちょうど河南には袁術と孫家がいたわね?」

 

視線を向けられた曹洪はすぐさまその利益を計算しだす。そしてすぐにその計算を終えると華琳に向かかって頷いた。

 

「さすがはお姉さま、これなら十分利益が出ますわ」

 

「問題はそれがどれくらい相手の戦力増加につながるかなのよね……」

 

「そちらの方は誰かをあちらに送ってから確かめましょう。幸いにここにいる多くの諸侯が張角の首を狙っていますので」

 

「そうね……誰を送ろうかしら。ここにいるあなたたちはだめよ、それで残るのは流琉たちと凪たちね」

 

流琉たちは正直言って料理のことはともかく戦術なんかのことは分からないだろう。なら逆に凪たちはどうか、一応先の義勇軍を率いていた為、それなりの知識はあるはずだ。でもまだこちらについたばかり、正直安心して任せられない。

 

(なら残るのは一人だけね)

 

「栄華、あなたが行きなさい」

 

「私なのですか!?」

 

「ええ、そうよ。現状あなたしかいないからちゃんとそれを確認してきて頂戴」

 

「はぁ……お姉さまの命なら仕方ありませんね。この栄華がしかと公孫家の実力を確認してきましょう」

 

「期待しているわ」

 

「はい、お任せ下さい」

 

華琳の命に全力で答えるための栄華は気合の入った笑みで頷いた。さすがは華琳の従妹であるように気品と言い知れぬ空気を纏っていた。

 

「さてこちらも無様なものは見せられないわよ。春蘭、秋蘭、私の先方を任せるわ、黄巾を堂々と蹴散らしなさい」

 

「「御意!!」」

 

「それと桂花、無様な策は恥と知りなさい。この曹孟徳の流儀を敵に知らしめなさい」

 

「は、お任せ下さい」

 

将と軍師、共に士気は高く、華琳が育てた兵たちもいる。こちらの準備は既に整っており、後は明朝の軍議を経て敵を倒すだけである。そのために公孫家と孫家には仕込みをしており、だからこそ策と武どちらも揃っている彼女に自信はあった。

 

(黄巾賊首領張角の頸、この私がもらうわ)

 

そうして深く笑った彼女に天幕にいた誰もが息を飲む。それは気品に満ちながらも大胆不敵の笑みであり、覇王そのものであった。

 




誤字脱字、感想等ありましたら気軽に書いてくれたら幸いです。

後感想はしっかりと読んで参考にしています。

また、勢力関係ですが複雑すぎると面倒や準備に多く時間を使ってしまうため、
宗教関係などは取り入れず近代のような王や軍隊などの勢力関係にします。

魏→華琳の皇帝主義(華琳様万歳!!魏万歳!!ハイル華琳!!)
蜀→桃香の王権(でも裏では朱里たちがいろいろやってるよ!甘やかされてるよ!!)
呉→絶対王政?(民のことを考えつつ王様やるよ!一番まともだね!)
公孫→白蓮の王政(仲がいいよ!一族経営!!皆で麗羽たちをぶっ飛ばすよ!)
袁紹→麗羽の王政(オーホッホッホ!利用されるけど金も兵もたくさん!)
その他

ぐらいな感じで。


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軍議

拙い文章ですが、楽しんでいただけると幸いです。

それではよろしくお願いします。



黄巾賊を包囲し、殲滅するための会議、名誉を独り占めするための会議、独立へのための会議、来るべき戦いのための会議と人それぞれではあったが明朝の軍議は始まった。

 

一番上座にいるのは何大乗軍に総大将として任命された皇甫義真将軍である。そしてその近くには曹孟徳、袁本初と中央に近き者が陣取り、そのさらに上座に袁公路と公孫伯珪がいる。そして最後の下座には袁公路陣営の孫伯符、公孫家に取り込まれた義勇軍の劉玄徳がそれぞれ配下の二人を後ろに立たせていた。

 

「まずはこの地に集まってくれたことに感謝します」

 

そう言って口火を切ったのは皇甫義真将軍その人だった。普段からあまり目立たない彼女ではあるが、それでも彼女はこの乱を鎮めるだけの力はあった。その彼女は周りにいる人物を見て確信する。乱の鎮圧に失敗はない、これだけの有能な武将らが集まっているのだから。だが懸念がいくつかある、それは……。

 

(こいつら私すら見てない)

 

そうして各陣営を見渡した彼女はため息をつく。一触即発とも言わんばかりに空気が重くなった天幕。みなぎる覇気を醸し出す曹操に対抗する派手な衣装の袁紹、辺境らしく武骨に固い態度の公孫賛、話を聞かずにはちみつ水を飲む空気読めない袁術とその従者、飄々としている孫策ら、はらはらしている義勇軍。

 

(やる気なのはどの陣営も同じだけど……問題は配置のみ)

 

「始めに敵の情報から、各陣の配置決めはその後で良いでしょう」

 

そうして視線を動かすと誰もが了承の意を示した。それを確認した彼女は控えていた副官に合図し、目の前の大きな机に地図や相手の駒を乗せる。

 

「敵の総数は不明ですがつかみでは30万ほどだそうです。敵の後方は大きな崖になっており、ここからは進軍不可能、実質討伐軍を3軍に分けて包囲殲滅します。異論は?」

 

全員がない、それを確認した彼女は話を先に進める。元々籠城している敵に対して多くの手段を取れるわけではない。つまり誰もが考えうる方法にして、連携があまりいらない方法を選ぶ。

 

「城壁内にどれだけいるかは分かりませんが、恐らく戦えない難民の数万人ぐらいでしょう。そして戦えるのは張角の直下の10万ほど」

 

「それは20万の敵が壁外に布陣していますの?」

 

「ええ、正面と東西の門前に。正面を固めるのは張梁の8万ほどの歩兵」

 

地図の正面城壁の所に張梁と書かれた木製の駒を置き、さらに二つ東西の門前に置く。

 

「東門を守るのは波才の率いる7万の同じく歩兵、西門は張宝の7万です。何か質問は?」

 

「敵の装備は如何ほどに?」

 

それが気になったのは白蓮。すでに曹孟徳と同じだけの功を持ち、他陣営よりも一歩先に行っている。それは曹孟徳も同じ。

 

「一部を除き、そのほとんどが武器のみです。恐らくですが私たちの動きで急遽難民を兵にしたのでしょう、剣以外にも木の鈍器などです。また士気は低いと思いますが何分数がいます」

 

「なら正面は官軍が。一番数が多いでしょうし、装備も充実しているわ」

 

曹孟徳がそう言うと、誰もがそれに頷く。官軍としての面子や戦力、黄巾との実戦経験などこの中で一番大きい。そしてそのことに全員が頷いたからには無能は一切いない、そう彼女は確信した。

 

「他には?」

 

だからこそ彼女は司会をしつつ、この場を他に任せる。彼女も将軍、この討伐軍の本質は理解している、それは確固たる名声を上げる激しい戦いである。既に戦いは始まっており、交渉や会談、根回しなど始まる前から行動する者がいることは確認済みである。

 

(曹孟徳と公孫伯珪、孫伯符もだったかしら?名門袁家の本初も商人たちと話を、袁公路の方は配下が何かやってたわね。いや、これで私の頸がつながったわ~)

 

「順当にいけばこの名門たる袁本初が東西どちらかに布陣すべきですわ」

 

(麗羽様……余計なことをしなければいいのですが)

 

田豊は心配しながらその様子を静観する。主が許可を出さないからこそ、発言しないが許可が出るのならすぐにでも変わりたい気分であった。主に自分の胃の安寧のために。

 

「そうなら数が多い袁公路殿もでは?」

 

「へ、妾もかえ?」

 

「戦力的に言えばそうなるわ」

 

「こちらも頭数が少ないから異論はない」

 

「わ、私たちも同じです」

 

「なら後はそこに数の少ない私と公孫軍が合流する形でいいかしら?」

 

「異論はありません。皆さんはどうですか?」

 

首を横に振る者はだれ一人いない。すんなりと誰がどこを受け持つか決まったが、後はだらがどの敵を迎え撃つか、正確に言えば東西のどちらかを誰が持つかだ。

 

「麗羽、あなたが西門をもちなさい」

 

「なぜ私が華琳の指図に従わなければならないのかしら?」

 

(……嫌な展開ね、本当に何かしなければいいんだけれど)

 

曹操とのやり取りに悪寒が止まらない田豊はすぐにそのことが間違いないことを理解する。

 

「あら名門の袁家、それも袁本初である麗羽が黄巾の将軍を相手にしないと?部下である波才の軍を相手どるというのかしら?」

 

「そんな訳ありませんわ!!いいでしょう、そこまで言うのでした私の軍が西門の張宝を打ちますわ!!」

 

(ああ、またいいように使われて……)

 

ここにいるほとんどか袁本初の扱いを理解した。しかしその中でもやはり付き合いの長い華琳が一番理解し、扱いがうまかった。そして田豊の胃が徐々に痛み出す。

 

「ならば東門は袁公路殿になるがいいか?」

 

「いいですよ、ねぇ?美羽様」

 

「うむ、全部七乃に任せるのじゃ!!」

 

そして後残るのは公孫家と曹孟徳である。孫伯符は既に袁公路陣営、どちらが袁本初と官軍と組むかであった。

 

「私としては官軍とがいいが……孟徳殿は?」

 

「私も同じね……ただ麗羽は私と組みたくないはずでしょう」

 

「もちろんですわ!!」

 

(麗羽様、そうですその通りです!やればできるじゃないですかっ!)

 

そして華琳が白蓮を意味深なまなざしで見る。そのことを理解した白蓮すぐさま頷き、昨夜決められたことに従う。だが、彼女の顔はまるで苦虫を潰したような顔であった、それはこの場にいた孫伯符の軍師である周公瑾と義勇軍の軍師である諸葛孔明も同じ。

 

そして田豊は普段ない主のナイスプレーに隠れた袖の中で密かにガッツポーズする。

 

「不和を招く意味はない、私たちは袁本初殿と共に西門を受け持とう」

 

「感謝するわ、ではいつから進軍を?」

 

「できれば速い方がいいでしょう。そうですね…………兵の休息と準備、それでは3日後の明朝から進軍を開始します」

 

つまりその3日は兵の休息なり、戦いに必要な物を補充したりしろと言う意味である。もちろん各陣営の交渉や会談はこの時間にやり、各人が各々で戦いを進めろという意味でもあった。

 

全てが華琳の描いた通りの軍議になりつつある。本来同じ功を持った公孫家が譲ることは珍しいのだが、約束通りに動いたためさほど軍議が必要ないほどにスムーズである。

 

他にも兵糧の分配や足らない物資の融通など、終始曹操が主体で話しが進む。どう見ても官軍が有利……というよりも官軍の面子を立てながら曹操が誘導をしているため、何大将軍と近しい袁本初は機嫌がよく、公孫賛陣営は曹操の約束と中央に協力者がいないために口をはさめない。

 

「他には?」

 

「1点だけあるがよろしいでしょうか?」

 

「ええ、何でしょう」

 

「討伐の期限は?できれば教えて頂きたい」

 

そう質問したのは白蓮であった。そしてそれを聞いた瞬間に他の者も顔つきが変わる、それは周公瑾と諸葛孔明も同じ。完全なる下座、特に現在前者は袁公路の、後者は公孫家の陣営とされ、発言はそのまま上への責任となり、元から釘を刺されていたために発言できないでいた。

 

だがその中で華琳と同じ功を持ち、北の雄と名高い公孫家の人間がそれを言う。それは公孫家の方向転換の他にも両者を助ける道でもあった。

 

「帝は早期の鎮圧を望んでいます、それはすぐにでも」

 

「それは大体どれほどに?」

 

白蓮はさらに突っ込む。なぜならそこには将軍である皇甫義真の左遷がかかっていたからだ。あまりに時間をかけると朝廷からの横やりで今度は彼女以外の将軍が新しく派遣され、前任と同じように彼女が左遷される。

 

だがそれは今ここにいる人間の誰も彼女を必要としていために認められない。それはこちらのことを理解して戦術を組む将軍だからであった。こちらにほとんど干渉しない彼女のやり方は非常にこの討伐軍に合っており、何よりそんな時まで戦うつもりは誰一人なかったし、仕切り直しもきかない。

 

そしてそれほどの持久戦をできる陣営はこの中で二つだけ、官軍と袁本初の両陣営である。他の陣営は長引かせればするほど財源や物資、兵糧などが枯渇する。つまり戦うだけの体力がなくなっていく。

 

さらに下手に干渉され、使い潰されたり、無駄な戦術で兵力を減らされたりとしない。そしてここにいるほとんどが有能な実戦経験者にして武将、さらに知恵者や武名高い武人がいる。その者らが戦場を、戦を理解していない訳はなく、暗黙の了解として連携し、そしてそれができるだけの指揮官たちであった。

 

だからこそ白蓮は期日を明確にする。彼女の左遷前に全てを終わらせ、曹孟徳の独壇場を少しでも阻止し、堅実な功を手に入れるために。本来なら独り勝ちをしそうな華琳らを彼女の土台から引きずりおろし、孫策らと競わせるために。

 

そして何よりもこれはただの質問であり、昨夜の協定の華琳の意見に賛成するだけであり、反対もしないことだ。協定破りでもなんでもない。

 

これは曹孟徳だけの戦いではない、そう言わんがばかりに白蓮は彼女のことを睨む。

 

「戦い始めてから約15日ほどでしょうか」

 

そしてそれを聞かれた皇甫義真将軍も公孫家に感謝をしていた。自分の左遷がかかっている、今まで築いたものが全て失われる、そのことがないことに安堵した。さらに本当は1月ほどであるが、早めに設定したことにより、迅速に乱を鎮圧したとできる。

 

それは官軍のみで鎮圧できるのなら問題はなかったが、今回は多くの勢力に協力を頼んだからにはそれは言えない。なぜならそれは将軍である彼女の都合であって、他勢力からすれば関係ない。配慮する必要もなく、気に入らなければ他勢力のみで戦えばいい、それができるほどの戦力であった。

 

偶然ともいえる互いの利益が一致したために彼女の頸は繋がるのだ。

 

「承知しました。袁本初殿も皆様もそれで大丈夫か?」

 

「ええ、問題ないわ」

 

「美羽様もよいとおっしゃっています」

 

それぞれの陣営がその期日を守る、その言葉を聞いた彼女は自分の戦いが終わったことに安堵し、そして後は何もやることがないと確信した

 

白蓮はそして先の続きを言葉にする。この官軍を除いた諸侯の中でもっとも力があり、同じ戦場に立つ者を焚きつけることに。会ったことは幾度かあり、扱いは先の曹孟徳が教えてくれた。

 

「ならばかの名門である袁本初殿、この中で一番に城壁を抜きましょう。そうは思いませんか?」

 

「当たり前ですわ!!この袁本初と公孫伯珪殿が合わされば15日以内、いえそれよりも前で抜いて見せますわ」

 

(ちょっとーーーーーーーーーーーー麗羽様ァアアアアアアアアアアアアアッッ!?)

 

高笑い気味に宣言した彼女の言葉に誰もが顔を顰めた。官軍を除き、城壁を単独で攻略できるのは袁本初のみである。それを誰よりも早く攻略すると言ったからには彼女はやるだろう、それは幼馴染の曹孟徳もよくわかっている。

 

そして田豊は胸の中で叫ぶ。まさかこの城壁攻略に本気で後先考えずにやるとか、公孫陣営にさっそくいいように使われるのかとか、もう本当に心労が絶えない。

 

だがそれでもそこに公孫陣営が加わるのである、抜けない道理はない。それは事実であり、曹孟徳も、他の陣営も理解している。ついでに田豊の胃の痛みを和らげるのもある。

 

「わかりました、共にかの城壁に穴を空けましょう。なに、我らと袁本初ならすぐにでも抜けましょう」

 

(公孫さぁあああああああんっ!言うな!それ以上何も言うんじゃないっ!)

 

「もちろんですわ!」

 

そう言うからには公孫家は引くに引けなくなる。言ったからにはそれを実現せねばならない、太守の言った言葉はただではないのだ。さらに田豊の胃に穴が開きそうな追撃に彼女は頭の中で転げまわる。

 

「なら私たちは待たせてもらうわ、本初殿が初めに城壁に穴を穿つことを」

 

(もうやめてぇ~これ以上何も言わないでぇ~)

 

そしてそれは公孫陣営側が進んで損な役を引き受けたことを理解し、感謝する。だがそれを示したように笑う曹孟徳に挑発とも言えるように白蓮は笑い返し、孫策の方を見る。そしてそれに眉を歪め、曹孟徳は隣にいる孫策らの陣営の氣の高まりに気づく。

 

(へぇ……私たちと競うと言うの?)

 

(うふふふふ……公孫賛も分かってるわね!)

 

(……これってキレてるかな?)

 

(勝手にやってよ、こっちまきこまないでよ)

 

顔には出さないが、その挑発に笑みを浮かべる曹操と内心冷や汗いっぱいの公孫賛。勝手に笑顔になる孫策、関係ない袁紹と袁術、場は混沌としていた。

 

(精々頑張ってくれ)

 

(こいつらはやるのか?やるんだな?かかってこい)

 

(こいつら好き勝手にやって……)

 

その問いに答えるように氣を高める孫策に喧嘩を売られたように思った春蘭。

 

勝手に始まる闘氣のぶつかり合いに周りと将軍の顔は引き攣っていた。そして対抗するように氣を高め始めた曹操陣営。無言のにらみ合いが主を置き去りにして始まる。

 

(もう……やだ)

 

泣きそうな田豊。

 

(やばい、こいつらまじで私のこと見てない)

 

戦々恐々する将軍はすぐに動き出す。

 

「では、これで軍議を終了します」

 

『はっ』

 

「解散」

 

そう言ってこの各陣営は天幕を出て行った。だがそれは新たな戦いの始まりであり、誰が張角の首を真っ先に取るかの勝負であった。

 

「まぁ、私に関係はない、と」

 

そうして彼女も天幕から出て行った。心配ごとがなくなり、その胸中はさっぱりとしていた。一方の袁本初陣営の田豊の胸中あまりの憂鬱具合に胃から何かがでそうだった。

 

「ああ、空はあんなに青いのに……」

 

◆◇◆◇

 

曹操side

 

「中々に強かね、公孫はもっと穏便だと思っていたわ」

 

自分の天幕に戻った華琳はすぐにそう愚痴をこぼす。今までの手回しが無駄ではなかったが、自分の狙いが外されたことに少しだけ嬉しさと悔しさを混ざらせた感情が彼女を支配していた。

 

「私も読み違えました。手にいれた情報では公孫伯珪は温和で裏表がない人だと聞いていましたから……てっきりこのような類は苦手かと」

 

「私もよ、桂花。おとなしく彼女があの場で譲ってくれたからいけると思ったけれど」

 

若干の溜息を吐く華琳に桂花は自らの考えが至らないことを悔いた。昨夜の会談で十分に根回しが完了し、懸念したことはあったがまさか彼女がその隙をついてくるとは思ってもいなかったのである。

 

完全に公孫家を舐めていた、策略が得意ではないと言いながら今回のことである。そう2人で若干肩を落としていると、軍の金庫番たる栄華が天幕に戻ってきた。どうやら補充の件は既に終わっているらしい、その顔は笑顔に満ちていた。

 

「あ、お姉さま。帰ってらっしゃったんですか、軍議の方はどうでしたか?」

 

「公孫家にしてやられたわ」

 

「クスクス……お姉さまがそういう御顔するなんて珍しいですわね」

 

珍しいものが見れたと栄華はおもしろそうに笑う。

 

「それで?一体何がありましたの?」

 

若干の不満もありながら華琳は先ほどの軍議で起こったことを話す。

 

「それはなんと、まぁ、強かですね」

 

「彼女らはいずれ私の敵になりそうね……いや、既になるのを覚悟しているのかしら」

 

「でしたら昨夜の会談も袁家があるまでの協定となります」

 

「河北の取り合いになるわね」

 

「公孫家と袁家、華琳様はどちらの方が組みやすいと?」

 

疑問に思った桂花が華琳に問う。それによって取る戦略は大いに変わる。公孫家と袁家がやり合っている間に袁家を潰すか、公孫家を潰す、はたまた両者を潰すか。最後の手段は、おそらく一番危ないだろう、袁家は華琳のことになるとすぐにむきになる。そこを付け込まれて公孫家と袁家が同盟したらこちらに勝つすべはない。

 

ならどちらかと組むしかない。でも袁本初は華琳と仲が悪く、組めるかどうかも分からないが。

 

「組みやすいのは公孫家でしょう……今のところは同じ相手を意識しているのだし。でも敵にしたくないのは麗羽なのよね」

 

「袁家の方は潤沢な資金と広大な領地、将は袁家の二壁がいますがそこまで強くはないでしょう、春蘭様もそう言っていましたし。問題があるとしたらその資金に支えられた軍と軍師である田豊でしょうか?でも彼女はいつも振りまわされていますし大丈夫かと」

 

「確か今回袁本初殿は3万に上る兵を連れになっているのよね?」

 

「はい、栄華様。それに加えて装備は充実、攻城兵器すら持ち出していると報告があります」

 

「でも公孫家も優秀な騎馬兵がいると聞いておりますわ」

 

「公孫伯珪の白馬義従とその妹の黒馬義従ですね。情報は少ないですが、それでも異民族相手に連戦連勝の猛者たちと聞いています」

 

「騎兵と軍、どちらも当たりたくはないですわね。でも対処しやすいのは騎兵の方かしら?」

 

「ええ、昔からの対騎兵用の兵法もいくつかありますし、考え様によっては……」

 

「侮ってはだめよ、桂花」

 

戦いやすい、そう言おうとした瞬間、華琳の声が彼女の言葉を遮る。

 

「確かに先人たちが残した用法は幾つもある、でもそれが通用する相手かどうかは別よ。それに私たちが知っているのなら彼女らだって知っている可能性もあるわ」

 

「ですが華琳様、騎兵の用法など限られているのでは?」

 

「それが付け込まれる隙に繋がるわ、注意なさい」

 

「申し訳ありません……」

 

シュンと萎びた彼女に華琳は嗜虐心を煽られる。今すぐにでも閨に行って目の前の少女を抱きたい、苛めたいと思ってしまう。だがここは戦場、ゆっくりとすることはできないし、する気もない。

 

「そんなことよりもまずは目の前のことよ。やることは変わらない、私の目の前に立ちはだかるというのなら、薙ぎ払うだけよ」

 

「はい、華琳様」

 

「そうですわね、お姉様のおっしゃる通りですわ」

 

そうして華琳らは二日後の戦いのため、動き出した。

 

 

孫呉side

 

「あ~もうなんなのよ、あいつら」

 

「だが最悪ではない」

 

「でしょうね。今回は黒蓮様のお姉さまに助けられました」

 

「ほう、公孫家がかの?」

 

「はい」

 

天幕の中で先ほどまでの内容を華琳と同じころ、説明していた蓮華は心の中で感謝をした。今回の軍議では袁術陣営として参加していたため、席はあれど発言はできなかった。その中で唯一華琳に発言することができた黒蓮たちが発言したために孫呉は助かったのである。

 

「なるほどですねぇ。辺境と聞いていましたが、こっちの類も意外とやりますかぁ」

 

「穏の言う通りだ、戦ってばかりだと聞いたからな。不手際があると始めは思っていたが……」

 

冥琳自体も始めの華琳の様子からあらかた根回しは終わっており、後は一本道で軍議が終わる、そういう空気だった。だが、公孫家の発言のおかげで将軍も、孫家も、義勇軍も、袁紹も皆救われた。

 

それは潰れ役を袁紹と公孫家が立候補したためである。城壁の前にいる3軍の内、1つでも突破されれば今度は中にいる張角の10万と真っ先に戦うということを意味する。そのため、正面の曹操と孫策は守りが薄い城壁を攻略することになるのだ。後はそこでどれだけ早く突破して張角の頸を手に入れるかである

 

本来は真っ先に動かなければならない孫策らに代わって袁紹軍らがそれをする。しかも日付を決めて宣言したとなるとそれは決まったも同然、後は何時彼女らの正面の軍が撃破されるかである。その後に城壁の敵兵らの移動を確認した後、正面と城壁を突破する。

 

やりやすいは明白であった。

 

「確かそれらとこれから会談があるのだろう?」

 

「え~またぁ?」

 

愚痴を言うのは孫家の大将である孫伯符である雪蓮だった。その顔は非常に面倒くさいような顔をしており、妹の蓮華はすぐにでも逃げだしそうな姉に怒気を隠さないで言う。

 

「姉様、まさか人に任せて逃げ出すとか言わないですよね?」

 

「だって面倒くさいじゃん?それにそこはほら、冥琳とか蓮華とかいるし私が居なくてもいいかなって」

 

「そうですか……ならここで姉様を縛らなきゃいけませんね」

 

「え、ちょっ」

 

どこからもなく取り出した縄を持ちながら素晴らしい笑顔でそう言い切った蓮華に凍りつく周囲一同。昨日まで張りつめた空気を持っていた彼女だったが、今は別の意味で張りつめた怒気を放っている。

 

「大丈夫ですよ?痛くはしませんから……痛くは」

 

「嘘!ぜった~い嘘ッ!!」

 

「嘘ではありません。ただ少々動けなくなるだけですから……」

 

「め~り~ん、蓮華が苛める」

 

その様子に助けを求めた雪蓮に、求められた冥琳はため息をつきながら蓮華のことを注意する。

 

「蓮華、そこまでにしておけ。雪蓮も冗談はやめろ」

 

「は~い」

「嫌です♪」

 

『………………』

 

予想外の言葉に無言で見合う一同。その中でも蓮華の目だけが怪しく光っている。どうやらさっきまでの会話は冗談ではなく本気らしい。ふざけていた雪蓮の額から冷や汗が滴り落ちた。

 

「知っていますか?姉様、最近私はある方に言われてとりあえず自分に素直になることにしたんです」

 

「そ、そう、それはいいことね」

 

「でしょう?それでですね、まずは私よりも怠け者で大人げなくて怠け者でお調子者で怠け者に容赦しないことにしたのです」

 

「へ、へぇ~。それは一体誰なの?」

 

「言っていいのですか?」

 

「言わなくていいです」

 

即答した彼女にゆっくりと蓮華が近づいていく。その手には縄が握らており、それを彼女は弄んでいた。それも今から縛り上げるのが楽しみだと言わんばかりに。

 

「あら、姉様ったら遠慮なさらずに」

 

「え、遠慮なんかしてないわよ?」

 

「本当ですか?先程みたいに何かあるのではないですか?」

 

「すみませんごめんなさい許してちょうだい」

 

「え?許すなんてありませんよ?」

 

今までにない危機感を抱いた雪蓮は目の前の妹らしき鬼に頭を下げた。このままでは何をされるか分からない。

 

「決定事項です♪」

 

そう今までにない笑顔で言った蓮華は思春と共に姉に襲い掛かる。そしてまさか襲い掛かられるとも思わなかった姉は無駄な抵抗もできずに簀巻きにされ、椅子に縛られた。

 

「では、話を戻しましょう」

 

一仕事終わった彼女と思春は何事もなかったように話を戻す。縛られた雪蓮の方はもはや空気になっており、無理矢理聞かされている状態であった。

 

袁紹side

 

袁本初である麗羽が高笑いながら天幕の中で座る。その横には袁家の双璧と呼ばれる文醜と顔良、顔を青くしている田豊が先の軍議でのことを振り返っていた。

 

「この袁本初にかかればあんな城壁、1日で抜いて見せますわ!」

 

「麗羽様、できないこと無いけどそれでは被害が大きいと思います」

 

袁家の良心こと斗詩が危険性を言う。

 

「でも斗詩、あたしたちじゃたぶんいけるぜ?公孫家もいるしな~」

 

そのことに袁家の問題児こと猪々子が答える。だがそれどうしても楽観的考えであり、そんなことだから公孫家側にいいように使われるんだと俯いて考える袁家の心労こと真直である。

 

「そうですわ、武名名高い公孫家の強力に私たちの力が合わされば抜けることは簡単ですわ」

 

「……でもいいように使われるんですね」

 

「どうしたんですの?真直。そんな青い顔して……まさかあの日かしら?」

 

「……もういいです」

 

全く当ての外れた主の言葉についに真直はやさぐれて机の上に突っ伏した。それを心配そうに隣の斗詩が背をさする。

 

「真直……大丈夫?」

 

「斗詩……あなただけが頼りよ」

 

「ごめんね、私じゃ猪々子を止めるだけでいっぱいなの」

 

「ありがと、それだけでもどれだけ私が救われるか……」

 

互いに憐れみの顔で見つめあうとそのままヒシッ!と抱き合う二人。いつの間にか二人には類友ともいえる絆が誕生していた。主に被害者の会である。

 

「ふぅ……それで?麗羽様、どうします?かの公孫家が協力を惜しまないとは言えど私たちは15日以内にあの城壁を抜かなければなりません」

 

「あら、そんなことは承知ですわ」

 

「ですが今回の戦に攻城兵器は持ってきていません。即席のものならすぐに用意できますが……」

 

「作ればいいのでしょう。そこら辺の木を使って」

 

「確かに梯子などは作れますが他の物は無理です。急がせても数日かかりますし、数が用意できません。最悪白兵戦のみの攻城戦と考えて下さい」

 

今回の戦にまさか攻城兵器が必要だとは思えず、野戦に必要な物しか持ってきていない。確かにそれは真直の失態ともいえるが、情報がなかったために一様にそうは言えない。

 

問題は破城槌のようなものが作れないこと、ならば被害が大きくなる簡易的な槌だけのものと梯子の白兵戦が主体の攻略になる。他にも城壁内部で撹乱し、それに乗じて攻めるありだが、実行部隊はない。確実性がないのならそれに賭けるべきではないと彼女は判断する。

 

また、いいように使われた公孫家への報復という名の軍議がこの後待っている。巻き込んだ借りは必ず返すのが彼女の中では決定事項だった。

 

「恐らくですがこれから公孫家との軍議がありますので、その場ではこの私にお任せ下さい。麗羽様の代理として交渉いたします。ついでに猪々子はいりません、斗詩はお供に御付け下さい」

 

「真直が頼みなら聞いてあげます、私は軍議に口を挟みません。私の代理として全て真直が交渉なさい」

 

「は、ありがとうございます」

 

そう言って真直は頭を下げた。このように彼女の頼みを素直に聞いてくれれば良い主なのだが、余計なことをすると自爆するか運よくうまく行くかのどちらかになるのが多い。軍師としてかなりきわどいことばかりなので心労が絶えない。

 

そして彼女はすぐにでも軍議のための準備をするために天幕を出る。すぐに自分の天幕に戻り、ひたすら軍議についての思案を始めたのであった。

 

(待ってなさい、公孫賛。絶対にぎゃふんと言わせてやるんだからっ!!)

 

「ふふっ……ふふふっ…………フフフフフフフフフフフフフフフフフフ」

 

天幕内で怪しく笑っている彼女を見た付添いの武官たちによって変な噂が流されたのは別のお話。

 

 

 




誤字脱字、感想等ありましたら気軽に書いてくれたら幸いです。

またリアルが忙しくなりそうなので次回の更新はなるべく急ぎますが
1月は難しそうです。

転勤とか、引っ越しとか、新人研修とか、死にます。

それでは。


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