序章———事の始まり————
夜。
雲ひとつない、静かな空。
何処からか、狼の鳴き声が聞こえてくる様な、恐ろしい程青白い 満月。
此処、日ノ島で 一際目立つ山。 寂静山———その麓。
道の直ぐ側の林の陰。男、一人。
その男、黒いマントに身を伏せて深くフードを被り、まるで木の影の様に、身じろぎひとつしない。
この男を、ひとまず『彼』と呼ぶ事にしよう。
其処へ、揚々と七人の若い男女が歩いて来た。
彼が隠れているとも知らずに。
「あ~あ、今は涼しいけど、後一月経ったらじめじめするから嫌だねぇ…」
「桜も散ってしまいましたしね…でも今年は綺麗だったわ。」
「僕達、日ノ島の人達だけだよ、桜を存分に楽しめるのは。近くにある都島の人の中では、桜の名も知らない人がいるんじゃないかなぁ?」
「まさかぁ~」
歩きながら、談笑している。
すると、身じろぎひとつしなかった彼が動く。懐から、黒く長細い物を素早く取り出した。それは、鞘に収められている短刀。
彼は、鞘から刀を静かに抜いた。金属製の鞘と刀が擦れ 〝シュッ〟と音が微かにする。
今、七人の人達が彼を通り過ぎようとしていた。
突然、彼は行動に出た。
誰にも気付かれぬ様、足音を立てず、通り過ぎた人達のうしろにまわる。
手元の刀が、月明かりに照らされ 鈍い光を放つ。
七人は、まだ彼の存在を知らない。
彼は、最後尾にいる男のうなじに刃先を向け、
男が驚く間も無く、斬り裂いた。
そして、続けざまに一人、二人と致命傷を負わせる。
三十秒もたたずに、最後の一人をも斬り裂く。
斬り裂かれた人達は、深くフードに隠れて見えなかった、彼の目を見て背筋が凍る。
その目は、まるで自分の心を見透かされている様な、 深く 暗く 青い目をしていたのだ。
用事を終えた彼は、血だらけの短刀を懐に戻してあった鞘に収めて 山の中へと消えていった。
—————五月の出来事である
日ノ島———其処は、世界一とも言われる程の、平和な島だ。それと同時に、自然がとても豊かな島でも有り、電気もガスも通らない田舎な島でも有る。
村では、自然を生かした木造の建物が並び、落ち着いた雰囲気を漂わせている。
春には、山も並木も地面も、桜色に染まり、
夏には、青々と茂る木々、色鮮やかに咲いた花が顔を見せる。
秋には、何処もかしこも 色とりどりの葉が落ちていて、
冬には、一面銀世界で 雪の積もった地面には、兎や猫、鹿などの足跡が続いているのだ。
そんな島に、一年前の五月———突如現れた、殺人鬼。
それ以来、満月の有る日の夜になると、再び姿を現しては 人のうなじを斬り裂き また何処かへ消える、と云う前代未聞の事件が多数起きた。
それから一年。
警察署に届いたある一枚の手紙で、闇の世界へと巻き込まれる若者達。
だが、この話は氷山の一角にすぎない。
———–その闇にまだ光が差し込んでいた頃の話だ––––——
目次 感想へのリンク しおりを挟む