とある勘違いの次元移動 (優柔不断)
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一話

今書いてる小説の息抜きに執筆。
という訳でこの小説は、片手まで書いたものです。過度な期待は禁物です。


輪廻転生という物がある。仏教の教えで人は死んだ後再び生を得て生まれ変わると言うものだ。

 

俺は、その輪廻転生モドキにあった。

 

何故モドキかと言うと、俺は別に死んだとかそんな目に一切あってはいない。むしろ、元気ハツラツとした何処にでもいるようなサラリーマンだったのだ。

 

ある日、俺がいつものように外回りをしている最中、とあるチラシを見かけた。それは近頃流行りのVRと言うやつのβテスト募集用紙で、最近テレビでもよくCMで見る有名なゲームだった。

 

だが、当初それには際して興味は沸かず、ふ~ん、程度に思っていたものだ。かといって俺がゲームに興味が無いわけでは無い。オタクってほどでもないが、休日にゲームやアニメを見て過ごすぐらいには好きと言ってもいい。

それでも、VRというものに興味は無かった。正確には現状のVRには、興味が無かった。何というか、想像と違うと言うか、もっとこう……ソードでアートでオンラインな世界を想像していた俺としては、今のVRゲームをやってみたいとは、あまり思えなかったのだ。

だから何時も聞き流している程度でまともに聞いたことなど無かったが、それのチラシを読んで驚愕した。

 

なんと!あのデスゲームと同じフルダイブのVRゲームだという。

流石にあんなヘットギアのような小さな物ではなく人一人入れるくらい大きなカプセルのようなものだが、それでも俺の興味を引くには十分すぎる程に魅力的で仕事中だというのに、そのβテストに応募しに行ったほどだ。

 

そして俺は、運よくβテストに当選し、そのカプセル型VRゲーム機に乗り込んだ。

 

「それでは、これからテストして頂くゲームについて簡易的に説明しますね」

 

どんな風に始まるのだろうとワクワクしていると、スタッフの方からテストするゲームの説明が始まった。そういえばフルダイブ式のVRゲームというのにばかり目がいって何のゲームをするかまでは、知らなかったな………。

 

「今からやって頂くゲームは、アニメの世界にオリジナルの主人公としてストーリーに介入して頂くと言うものです」

「……何か、二次創作みたいなゲームですね」

「ええ、その通りです。このゲーム……名称はまだ決まっていませんが、このアニメ体験ゲームは、ネットなどで良くある二次創作をアイデアに開発した物なんです。

もともとVRという二次元の世界に入り込むことを台座にしたゲームなら、現存するアニメに入り込むことでその世界をよりリアルに体感することでより…………」

 

なんかスゲー長くなってきたな……。

と、とりあえず二次創作でよくあるオリジナル主人公に俺がなってそのアニメのストーリーに介入すると。

それっていろいろヤバくないかな。ファンとかが原作を汚すな!とかクレーム言ってきたりとか、著作権とか諸々。

 

でもそんな細かいこと抜きにして、テンプレみたいな内容だが、それ自分で体感できるってスゲくね!うわーメチャクチャテンション上がってきたー!

 

「あの!じゃあ今回体験するアニメは何なんですか?」

「つまり、……おっと話しすぎたかな。それで肝心のアニメの方だが、とある魔術の禁書目録という物なんだ。知ってるかい?」

「あんまり詳しくは知りません……」

 

『とある魔術の禁書目録』結構有名なアニメだけど残念ながら俺は、アニメの一話しか見てないし、小説の方も読んだことはない。

これって結構不味くないかな、このゲーム内容上、原作知識の有無はかなり重要だろう。

 

確か原作の始まりが上条当麻と言う何処にでもいる平凡な学生がインデックスという少女と出会うところから始まったはず…………。

駄目だ、これ以上は思い出せない。こんなことならもっとちゃんと見とけばよかったな。

 

「大丈夫、大丈夫!たとえ原作を知らなくても、AIがナビゲートしてくれるから!」

「あ、はい。わかりました」

かなり気さくに励ましてくれるこのスタッフの男性、優しいな~と思いつつ、AIがナビゲートしてくれるなら大丈夫かな、と安堵した。

 

「それじゃあ、そろそろ始めようか。準備はいいかい?」

「………はい!」

 

深く深呼吸した後に元気良く返事をすると、カプセルの蓋がスライドして閉じていき、視界が真っ暗になる。

 

「まず最初は、キャラの作成からだ。結構細かく設定できるようにしてあるから、じっくり時間を掛けて作るといいよ」

 

なるほど、キャラ設定も予め用意された物じゃなくて自分で作ることが出来るのか。ますます高まる期待に、見えていないはずなのにカプセルの向こうのスタッフに向けて頷き返した。

 

「それでは、とある魔術の禁書目録の世界を存分に楽しんできたまえ」

 

その言葉を最後に俺の意識は眠りにつくように、静かに閉じた。

 

 

 

 

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[ヨウコソ、トアル魔術ノ禁書目録ノセカイヘ]

 

おぉ……!何か頭の中に直接声が聞こえる。

スゲェぞホントにゲームの世界にダイブしたのか!?

 

[コレカラ貴方ニハ、トアル魔術ノ禁書目録ノセカイヘ旅立ッテイタダキマス。

ソノ為二、トアル魔術ノ禁書目録ノ世界二オケル、貴方ノキャラクターヲ作成シテクダサイ]

 

機械らしい片言で多少聞き取りにくいが、早速今からキャラクリができるらしい。

 

[最初二名前ヲ入力シテクダサイ]

 

お、目の前にいきなりウィンドウが開いて入力するような物が出てきたぞ。それにしても名前か、これは結構大事だぞ。ゲームのアバター名だから適当に付けてもいいような気もするが、これはVRだ。画面から見てるんじゃなくて、直にその名前を呼ばれてるように感じる。

記号の羅列や下品な単語、あいうえお、とかそんな名前で呼ばれたくない。テンションが下がる……。

かといって変にアニメのような中二っぽい名前を付けるのも、どうなのだろうか?

 

キャラの名前は、そのアニメの個性が反映されるものも多い。例えば、最高のヒーロー目指す物語とか、アレなんかは名が体を表すようにそのキャラの能力と密接に関係している。その世界観に合致した名前を付けなければかなり違和感がでてくるだろう。それは、嫌だ。

 

で、問題のとあるのキャラ達の名前はというと。

 

よくわからん。

俺自身とあるの世界観にそこまで詳しくないってのも原因だろけど、特に拘る必要が無いのかも。

強いて言うなら、四文字であるとか、何処にでもありそうな名前でも漢字は違うとか、かな?

これも結構当てはまらないのが多いし、結局のところあまり気にしなくていいかもしれない。

 

[思イツカナイ場合ハ、此方デ用意シタ名前ヲランダムデ設定シマスガ宜シイデショウカ]

 

特に良いのも思いつかないしそれでいいかな。

 

[了解シマシタ。続イテ、生イ立チニツイテ設定シテクダサイ]

 

また新しいウィンドウが開いた。

ふむふむ……年代別にかなり詳しく設定できるようだな。これも特に拘る必要は、無いかな。何か深い過去を背負ったキャラを作りたい場合は細かく設定するんだろうけど、これはβテストだ。面倒なしがらみを無くすだけで良いだろう。

 

はい、決定っと。

 

[了解シマシタ。続イテ、キャラクターノ容姿ヲ設定シテクダサイ]

 

うおっ!ビックリした!

今度はいきなり目の前に等身大の人間が出てきたぞって、コレ俺か?

なるほど自分自身がデフォルトのキャラになるのか。にしても何の特徴も無いな。背も高くないし、顔もイケメンじゃなくてフツメンだし…………ブサイクでは、無いよな、うん、そうだ、きっと、たぶん…………。

俺こんな腹出てたかな。

 

ま、まぁそれは置いといて。

どうせならスッゲーイケメンにしようかな。でもただイケメンって言ったって色々あるしどうしようか……。

 

よし!俺の中でのイケメンの代名詞と言えば、某有名な聖杯戦争に出てくるディルムッドにしよう!これならイケメンに間違いないだろう。…………なんか嫌な予感がしたが気のせいだよな。

 

それから結構な時間を掛けて弄っていると漸く完成した。後は泣き黒子を付けて完成!

 

[了解シマシタ。続イテ性格ヲ設定シテクダサイ]

へぇ~性格まで設定出来るのか凝ってるな。

性格を設定すると、どうなるんだ?

 

[性格ヲ設定スルト、ソノ設定二則ッタ言動シカ話セナクナリマス]

 

つまり、言動を制限されるってことか?

 

[ソノ通リデス。コレハ過度ナ世界観ノ崩壊ヲ防グタメノ、セーフティー二ナッテオリマス。他二、原作ノナイヨウナドノ、俗二言ウメタ発言モ出来ナクナッテオリマス]

 

なるほどな、原作知識を生かしてキャラにお前は、未来でこうなって、こうなったから死ぬみたいな事を教えられなくなってるのか。

そんな事言ったって、俺には元々原作知識なんて殆ど無いんだけどな。

 

でだ、性格は無口なキャラにでもしとこうかな。

 

見た目と同じでディルムッドの性格にしても良いけど、コイツは、色々と面倒な性格だからそれに縛られるのは嫌だしな。

 

[了解シマシタ。最後二、原作二介入スル時期ヲ設定シテクダサイ]

 

原作に介入する時期、これはつまり原作が始まる時期と捉えて良いのだろうか?

 

[ソノ通リデス]

 

それなら、年齢が16歳になった時で。

 

[了解シマシタ。以上デキャラクタークリエイトノ設定ヲ終ワリマス。

注意トシテ、コレカラメニュー画面ヲ開キタイ場合ハ視界右下二アルメニューボタンを押スカ、脳内デメニュート言ッテ頂ケレバ表示出来マス。

デハ、コレカラ貴方ノ意識ガ目覚メル時、貴方ハ■■■■二ナッテイマス。準備ハ宜シイデショウカ?]

 

勿論!

 

[ソレデハ、開始シマス。3,2,1,………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奥さん!生まれましたよ!]

「オギャー!オギャー!(ん?ここはどこだ?)」

 

物々しい喧騒の中、意識が目覚めると、俺は医者?のような人に抱き抱えられていた。

 

そして気づいた。俺は、赤ん坊になっていることに。

なんて、始まりかたなんだよぉぉぉぉ~!!!

 

 

 

 

 

と、言うような形で俺は、この世に新しく生を受けたわけだ。これだけなら、まぁ変わった始まりかただなって思うかもしれないが。そうじゃない、絶対に無い。

例えこの世界が精神と時の部屋のような感じだとしても、ゲームの世界で15年(・・・)も過ごせるわけねぇだろ!

 

なんなの!どう言うことだよ!二次創作みたいなゲームだと思ったら、ホントに二次創作みたいになるってある意味完成度高すぎだろ!

 

右下にメニューボタン何か無いし、脳内でメニューと言おうが実際にメニューと言おうがメニュー何て開かねぇし、異常を察知した向こうの人達が何とかしてくれると思って気長に待ってたら15年も過ぎてたよ、笑えねぇわ!

いくらVRとは言え変だと思ったんだよ、普通に腹減るし、トイレにだって行くし何より 痛みを感じる、血も出た。

これが分かったときは流石に愕然とした、痛みを感じて血も出るってことは、もしかしたら死ぬかもしれない。そんなのは絶対に嫌だ、たかがゲームで死ぬなんて馬鹿馬鹿し過ぎる。だから俺は、原作と関わらないように、学園都市に行かないように努力した。だってあそこでの人の命軽すぎだもん、怖くて行けねぇわ。

 

だがこの世界は、キャラクリした設定だけは妙に忠実に再現されていた。設定したとおり両親は、俺を生んだ後に直ぐに死んで、俺は孤児院に預けられた。

生い立ちとして設定したのは、コレだけだが、死んだ両親に対して微妙に罪悪感を当時は感じたものだ。

そして見た目、子供の頃は何となく面影があるなぁー程度だったが中学入ってから、急に俺の知ってる輝く貌に近づいてきて、やたらとモテるようになった。

そして、もし本当に設定通りだとしたら俺は、16で何らかの形で学園都市に行くことになる。

 

その設定を覆す為に俺は、出来るだけ努力してきたつもりだ。この体は、頭の出来が良く東大だろうがハーバード大学だろうが何処の問題でもいとも簡単には解いてしまう。本来の体なら三流大学をギリギリ合格した程度だったのに、これのおかげで勉強には苦労してはいない。

そう、勉強(・・)に、は!

 

この体、正確にはこの顔に問題があった。

モテるのはいい、むしろ嬉しい。だが限度がある!毎日毎日ストーカーの対応に追われ、警察に連絡しても必ず婦警さんが出て、貴方もストーカーなんじゃねぇの、と思うような逆セクハラ紛いの質問をしてくる。そのせいで最近女性恐怖症になってきた。

だが問題なのは異性ではない。一番問題なのが同性、つまりモテない男どもの嫉妬である。

 

中学に入ってから本領を発揮しだしたこの顔のおかげで、幾多の女性を虜にしてきたがそれには、彼氏持ちや人妻も含まれていた。

となると、どうなるか。勿論絡まれる。

それからは、喧嘩、喧嘩、喧嘩の毎日。だが無駄にハイスペックなこの体は喧嘩においても無双であった。

と言うか攻撃があたらない。いや、避けるとかそんなんじゃなくて、文字通り体をすり抜けるのである。

 

 一番最初にヤンキーに絡まれた時怖くて動けないところを殴りかかれたとき、ヤンキーのパンチが俺の体をすり抜けたときは、頭が真っ白になったな。その後正気に戻った俺は、何となしに殴り返すとヤンキーは、五メートル近く吹っ飛んだ。また頭が真っ白になった。

 

 そういえば、とあるの世界は超能力が普通に存在する世界だったっけ?と今更ながらに思いだし、このすり抜けるのが俺の能力なのだと、場違いにもワクワクしたものだ。

 

 そんな感じで、俺の意思とは関係なく喧嘩ばかりをする毎日を送っていると………高校に受験できなくなった。

 

 いや、難しくて合格できないとかじゃなくてそもそも、試験すら受けさせて貰えない。どうやら喧嘩ばかりやっていたことで俺は、回りから不良のレッテルを貼られるようになっていたみたいなんだ。

 

 違うんだよ!俺は、喧嘩なんてしたくないの!アイツらが襲ってくるから仕方なく迎撃してるだけなんだって。弁明しようにも、ここでもキャラクリの時に設定した内容が俺を苦しめた。

 

 性格、無口。

 

 だからって、弁明しようとしたら「文句あるのか?」とかありえねぇだろ!教師に向かって何て口聞いてんだよ俺ェ!

 

 まぁ、という風に無口な設定が災いして俺は、誤解が解けないまま現状に至る。後数ヶ月もしたら高校受験なのに何処の高校も素行が悪くて受け入れてくれない。

 

 そんな感じで、中卒で雇ってくれる会社あるかな-と、途方に暮れていた俺に手紙が届いたのだ。

 それは、長点上機学園と言うところが俺を受け入れてくれると言う内容だった。しかも成績次第では授業料などのその他諸々全て免除という破格の待遇で!この頭を使えば問題なく行けると思い、心の中で勝利のファンファーレが鳴り響いた。

 

 最後に何処の学園なのか住所を見てみるとこう書かれていた。

 

『学園都市』

 

 俺の心でベートーベンの運命が流れた………。

 

 幸運Eは、伊達じゃねぇ!

 

 

 

 

 




『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』

能力者が個々に持つ感覚。能力発現の土台となる根本法則である。
量子力学の理論を基にしているとされ、作中ではシュレディンガーの猫を例に解説されている。物理現象は起こり得る複数の可能性の中から一つを選択することで確定し、通常の人間は常識的な可能性しか選べない。対して能力者は、「手から炎を出す可能性」「人の心を読む可能性」などのごく僅かな可能性を選び取り、本来あり得ない現象を確定し、ミクロの世界を自在に歪めることが出来る。この通常とは異なる可能性を観測する現実とズレた独自の認識や感覚を「自分だけの現実」と呼ぶ。能力開発では、科学的手法を使ってある種の人為的な脳障害を引き起こし、「自分だけの現実」を確立する事で能力を発現させている。
「自分だけの現実」とは平たく言えば妄想や思い込みに近く、非常識な現象を現実として理解・把握し、不可能を可能に出来ると信じ込む意志の力とも言われる。より強い個性を保ち、強靭な精神力や確固たる主義を持つことが「自分だけの現実」の強さに繋がるとされる。
ある研究によると「霊魂と呼ぶべき何かが宿った肉体そのものに宿る」らしく、身体が切り分けられて小さくなればなるほど能力も弱体化するという法則がある。

Wikipediaより抜粋


勘違いって、最強のパーソナルリアリティじゃね?と思ったのがこの小説の始まり



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二話

どうしよう…………ホントにどうしよう。

 

学園都市から推薦の手紙を貰って数ヶ月、一月の末頃にまで時間が過ぎてしまった。

 

アレから何回も断りの電話をいれたのだが、全て試験だけでも受けてくださいの一点張りで話が通じない。学園都市に行くのが嫌なんです、と直接言っても、じゃあ現地で試験しましょうとか、全く的はずれな結論を言ってくる始末。

 

結局俺は、説得することを諦めた。

夜逃げする選択肢もあるにはあるが、あの学園都市なら最悪、衛星カメラとかで追跡でもしてきそうだから現実的じゃあない。こうなったら試験で赤点でもとって、不合格になるしかない。

 

そして試験当日、俺の憂鬱な気持ちとは裏腹に時間は刻一刻と過ぎていく。後数時間で試験官の人が到着する。不合格になる以外の選択肢はないが、それでも試験だ。急に緊張してきた、気晴らしに外に散歩でも行こうかな。

 

はぁ~、本当に鬱だ。近くの公園のブランコを漕ぎながら空を見上げて嘆息を吐く。今の俺は自分で言うのもなんだが、かなりイライラしているのだろう。だって眉間にスッゲー皺寄ってるのが自分でも分かるし、心なしか目も死んでるような気がする。

だがそんな不機嫌そうな顔でも、この顔なら非常に絵になることだろう。何せ輝く貌だからな!死因にすらなるほどのイケメン具合は、本当に伊達じゃない。こうやってただブランコを漕いでるだけで、若奥様達の黄色いこ、え…………。

聞こえないな……。アレ?おかしいな何時もならここら辺で、「芸能人の方ですか!サインください!」くらい言われそうなもんなんだが。てか、ずっと空見上げていたから気づかなかったけど、この公園、若奥様どころか子供一人いないってどゆこと?今日は休日で学校も何も無いはずなんだか……。

 

はぁ、こんな事考えてるほど時間無いな。もうすぐ試験官の人が到着する時間だ。俺は、ブランコから降りると公園の入り口に向かって歩き始めた。

すると、入り口付近の茂みから突然、白衣を着たおっさんが飛び出してきた。

つか、怖ァ!何アレ、顔の左半分にメチャクチャ厳つい刺青はいってんだけど!そんな顔で良く外に出歩けますねぇ。

てか、アンタ誰?

 

誰なのか質問したら、凄く聞き覚えのある声で自己紹介してくれた。木原数多さんと言うらしい。

あの……失礼なんですが、サラリーマンやってたり、戦争大好きだったりしません?

あっ、嘘です!嘘です!調子のってすんません!だからそんな野獣のような笑顔向けないでくれません、アンタ刺青のせいもあって迫力ハンパないんでぇ!

 

と、内心でビビりまくりながらも、輝く貌(ポーカーフェイス)を一切崩す事無く会話を続ける。確かに無口なキャラは、表情が乏しいけど愛想笑いすら出来ないのはかなり不便だよな。

 

「俺が今回、お前の試験を担当する試験官だ。そんじゃまぁ、細かけぇ事は抜きにして早速始めますかねぇ」

 

え、貴方が試験官なの?貴方みたいなのが教員って学園都市ってどうなってんの?いや、アニメの世界だからそんなに不思議じゃあ無いのか?

 

と、そんな事を疑問に思っていると、木原さんがポケットに右手をツッコンである物を取り出した。

それは、黒光りし、ゲームやアニメの中ではよく見ることはあっても、現代日本ではそうそうお目にかかれない拳銃が握られていた。

そして間髪入れずにそれは、俺の眉間目掛けて発砲され、バァーン!という発砲音と、薬莢が地面に落ちる音が辺りに響いた。

 

発車された弾丸は、寸分たがわず俺の眉間を通過(・・)した。

 

…………………………嘘、本物?

 

え、いや待って。嘘だろ、モノホンの拳銃?しかもそれを今俺に向かって撃ちました?

 

こ、コイツイカれてやがる!?

 

ふ、ふざけんなぁー!!俺の能力がすり抜ける能力だったから良かったものの、そうじゃなかったら即死コース真っ直ぐらじゃねーか!

 

「舐めてるのか?」

 

おい、俺の口なに言ってんのぉぉ!?いや、確かにある意味そうかもしれないけど、このタイミングでその言葉のチョイスは悪意がありすぎだろ!

ホラ見てみろよ!木原さんも、「まぁ、この程度で死ぬわきゃねぇわな」とか言ってんじゃん!

違うんです!違うんです!木原さん、これポーカーフェイス気取ってますけど、俺ジェットコースターとかに乗ったら叫んだりするんじゃなくて、ひたすら硬直するタイプなだけなんです!これビックリしてるだけ、OK?

 

「OK、OKわかったわ」

 

ヤッター!通じたァ!

 

木原さんは、片手を上げてニヒルに微笑んでくれた。今までこの口のせいでまともに言い逃れ出来たこと無いけど、この大一番で話が通じるなんて、神様ありがとう!

 

「テメェら、ローテーションして撃ち続けろ」

 

通じてなかった!

木原さんが腕上げたのってハンドサインとかだったの!?公園の茂みから大量の武装した人達が俺に向けてアサルトライフル構えてるんですが……。

 

ホワァァァァ!ホントに撃ってきたぁぁぁ!

すり抜けて当たらないとは言え、怖いもんは怖いからやめてくださいってマジで。

怖くて動けねぇよ、発砲音も煩すぎだしアンタら近所迷惑でしょうが!

てか、おい!また顔面に弾丸飛んできたぞ!この体、動体視力もずば抜けて良いから弾丸も目視で確認できるけど、むしろ見えてる分余計に恐怖なんだからな!は、早く終わってくれ~……。

 

 

 

 

お、終わった……結局10分近く弾丸の雨に晒されるとわ。俺が一体何をしたって言うんだよ……。

 

地獄の時間が終わって安堵していると今度は木原さんが直接殴りかかってきた。

まだ続くのかよ…………でも、銃で撃たれてるときは、恐怖が勝って何も考えられなかったが、拳で殴られるという日頃の喧嘩で慣れた行為に変わった瞬間、俺の中で沸々と怒りが沸いてきた。

 

アンタねぇ、いい加減にしろよ!

 

拳の連打を繰り返し放ってくる、木原さんの攻撃を見切った俺はその手を掴もうとした瞬間、顔に衝撃が走った。

いや、衝撃というか、何かが顔に当たった気がした。

もしかして木原さんに殴られたのか?今まで喧嘩では、ずっとすり抜けてきたから、殴られたのは初めてだけど、この体頑丈すぎだろ。軽くデコピンされた程度にしか感じなかったぞ……。

 

俺がこの世界に来てから初めての事態に驚愕していると、木原さんは相変わらず獰猛な笑みを浮かべながらパンチを繰り出してくる。その攻撃は、先程と違い何時も通り体をすり抜ける。もしかして、さっき殴られたのって俺が木原さんに触ろうとしたからなのだろうか?

う~ん、わからん。とりあえず、もう一回やってみるか。

俺は、先程と全く同じようにして木原さんの腕を掴もうとすると、思った通り木原さんの拳が俺の顎に直撃していた。そしてデコピンをされた程度にしか感じない。

 

なるほど、木原さんは上手いことカウンターを決めてきたってことか。まぁこの手の能力ならそういうのが鉄板だよね。でもね木原さん、この体を舐めちゃいけないぜ。この体は、弾丸を確りと視認することができ、拳でコンクリート粉砕し、一瞬で何百メートルも走破で出来るほどの驚異的な身体能力を有しているのだ。

最初、すり抜けるのに気づかなかった時は、これが俺の能力なんだと錯覚したほどにな。

 

つまりだ!俺は例えカウンターされようと、カウンターされる前にアンタを沈めることが出来るってことんなだよ!

この溜まりに溜まった鬱憤晴らさせてらう!

 

先程までの焼き増しのように、全く同じ動作で木原さんの腕に掴みかかると、これもまた同じように顎に拳が飛んでくる。だがそれよりも早くその拳をもう一方の手で掴んで防ぎ、もう片方の腕も捕らえた。

 

どうだ木原さん、これで手も足も出まい!

 

やっとこさ捕まえた事に笑みを浮かべていると(表の顔は無表情のまま)危機的状況にいるはずの木原さんも相も変わらず笑みを浮かべていた。

…………なんか嫌な予感がする。そう思った瞬間、ここ数分でずいぶんと聞きなれた発砲音が随分と遠くの方で聞こえた。反射的にそちらに目を向けると、既に回避不可能な距離に弾丸が迫っていた。

 

流石に眼球は、ヤバくね?

 

頭に走馬灯なような物が流れた気がした瞬間、またしても驚くべき出来事が起こった。世界が一変したのである。

 

夕暮れの空に歯車が浮かび、辺り一面の荒野に所狭しと剣が突き刺さった世界が広がっていたのだ。

 

……なんかスゴい見覚えがあるんだけど、確かに心は硝子だけど、剣で出来てるわけもなくば血潮も鉄じゃ無いのに、何で固有結界が広がってるわけ?

 

どゆことよ、ここ『とある』の世界じゃなかったの?

 

ほら、木原さんもポカーンとして……いや何か狂ったように笑い始めたわ、怖いんですけど。

 

あっ、元の世界に戻った。

 

周囲見渡してみると、何か戸惑ってる武装した人達と馬鹿笑いしてる木原さん。えっと、どうしたらいいんでしょうか。もう帰っていいのかな?

 

馬鹿笑いしている木原さんに、恐る恐るといった感じで話しかける戦闘員Aっぽい人。その人が話しかけると急に真顔になった木原さんが回りの人達に呼び掛けて、そそくさと帰っていった。

 

え、終わり?で、てもこれで試験は不合格だろ、たぶん。いや、最初っから最後まで一体何を試験されたかは、わかんないけど恐らく不合格だろう、たぶん!

 

……………………帰って風呂に入ろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、俺の住む孤児院のポストに合格通知が届いた。

 

なんでさ……。

 

 

 

 

 

ワゴン車の車内で顔に刺青がはいった男、木原数多が携帯で誰かと会話していた。

 

「本当に俺の興味を引くような対象なんだろうな?」

『それは保証しよう、彼は特別だからね』

 

電話から聞こえてくる老人にも若者にも聞こえる声に、胡散臭そうな表情を浮かべながら聞いている。

 

「まぁ、一度受けた仕事だから最後まで全うしますがね。実験しがいのあるモルモットじゃなけりゃ、殺しちまっていいんでしょ?」

『ああ、それで構わない。君なりのやり方で彼をテストしてくれればそれで十分だ。その後の研究も全て君に任せるよ』

「へいへい、了解っと」

 

電話を切った木原数多は、無造作に携帯を投げ捨てて頭の後ろに手を回した。

思い出すのは数日前、学園都市の最高責任者から直々の仕事の依頼があった。それは学園都市の能力開発を受けていない能力者、いわゆる原石と呼ばれる人物が発見されたため、その回収を依頼されたのだ。

 

そのような依頼は、木原数多率いる暗殺組織猟犬部隊が請け負うような仕事ではない。せいぜい下部組織がやるに十分な仕事である。

だがそうはならず、此方に依頼がきたということは、その対象が余程の危険人物だということだろう。予め貰っている資料によれば、性別は男、年齢は今年で16歳、物体をすり抜ける能力を有しており、近辺の不良を束ねるリーダーをやっているそうだ。

それを聞いた時は、能力を使って調子に乗ってるただのクソガキじゃねぇかと、呆れたものだ。

 

「準備、完了しました」

 

木原が思考に耽っていると部下から準備が完了したとの報告が届いた。

重い腰を上げた木原は、いかにもかったるいと言わんばかりに首に手を回しコキコキと骨を鳴らす。

 

「わざわざ学園都市の外にまで出張してきたんだ、期待はずれだったらどうしてやろうか?

いや、どうもしねぇか。サクッ!と殺してさっさと帰りますかね」

 

前もって人払いをしておいた無人の道路を歩くと、対象のいる公園までやって来た。とりあえず物陰に隠れて対象を観察する。

 

(おーおー、随分な色男ですこと)

 

対象は、事前の情報通り容姿が一致している。今回のターゲットであることに間違いない事を確認した木原は、物陰から出ようとした時、その行動を中止した。

 

対象の青年が深いため息を吐いた後、自分の部下が隠れ潜んでいる茂みに目を向けたからである。一人、二人、三人と、まるで確認作業でもしているかのようにピンポイントで人員の配置を看破していく。そして最後に木原自身に目を向けた。

ありえない、木原はそう感じた。プロの殺し屋である彼等の位置を日向を生きる物達が見抜けることは、そうそう無い。さすればヤツも俺達と同じ闇を知る住人なのかと思った。そして何より

 

(何て目で睨んできやがる)

 

その目は、とても常人が浮かべることが出来ないほどの凄みが滲み出ていた。耳に着けた通信機越しに部下達の情けない悲鳴が届く。殺しのプロである暗殺部隊の戦闘員が怖じ気づく程の眼力をただの子供が出来るわけがない。木原は、クライアントの情報に多少の信憑性が出てきたことに自然と笑みを浮かべた。

 

痺れを切らした青年が立ち上がり此方に歩いてきたのを確認して木原は、もう隠れる意味もないと分かり、青年の前に姿を表す。

 

「よぉ!初めましてだなぁ。俺は木原数多ってもんだ。よろしくな」

「…………」

 

木原は、不敵な笑みを浮かべながら適当に自己紹介をした。それを青年は無表情に無感動に観察している。

その琥珀色の瞳は、全てを見透かすように木原を捉えていた。

 

「…………お前、構成員だな。殺しの」

「へぇ……」

 

木原は、己の仕事を一目で見抜いた青年に対して、ますます興味を深めていく。それに伴い、口許は裂けるように笑みを浮かべた。

 

「一目でそこまで見抜くたぁ、随分な洞察力だな。はっ、そこまで分かってんなら話は早ぇ。

俺が今回、お前の試験を担当する試験官だ。そんじゃまぁ、細けぇことは抜きにして、早速始めますかねぇ」

 

木原は、その言葉を引き金に白衣のポケットから拳銃を取りだし青年に突きつけた。

 

「とりあえず、死んどけや」

 

相手の返答を待たずして、すぐさま発砲。弾丸は寸分の狂いなく狙い通り青年の眉間に吸い込まれた。そしてこれまた狙い通り、弾丸は青年の眉間を通り抜けていった。

 

(情報通り、すり抜ける能力だな)

 

木原は、事前に届いた青年の資料通り、すり抜ける能力であることを確認する。そして僅かに驚いた。

 

(一体どういう神経してんだ、このガキ……)

 

人間には条件反射というものがある。例えわかっていたとしても、危機が迫ると本人の意思の有無に関わらず体が反応してしまうことである。

だが青年は銃を突きつけられ、発砲されながらも微動だにするどころか、瞬き一つしていない。それが木原にはますます面白く感じた。

 

「…………舐めているのか?」

 

舐めているのか?青年から発せられた言葉。ただの一言だが、確かにそうだろう。拳銃一つで殺せると思えるなど先程までの青年の異常な行動を見ていれば不可能であることなぞ察しがつく。コレには木原も思わず肩を竦めた。

 

「まぁこの程度で死ぬわきゃねぇわな。

OK、OKわかったわ」

 

ならさっさと本番に移行するか、と木原は手を上げて部下たちにサインを送る。そのサインを受けた部下達は一斉に物陰から飛び出し青年に銃を突きつけた。

 

(軽ーい性能テストといきますか。まずは、持久力から)

「テメェら、ローテーションして打ち続けろ」

 

その言葉を皮切りに、無数の弾丸が青年に殺到する。だがそれさえも青年は、眼中にないと言わんばかりに静かに佇んでいた。

一人が銃弾を撃ちきりリロードしている間に、違うものが射撃を始め、同じように撃ちきりリロードして、また違うものが射撃を開始する。そうすることで、間断なく射撃を青年に浴びせ、一体どれ程の時間透過していられるのかを木原は計ろうとしているのだ。

 

射撃を始めて10分が経過すると、漸く木原の合図のもと射撃は中断された。

 

(持久力に関しては中々だな。これ以上続ければ先に此方の弾薬が尽きちまう)

「取り敢えずは、及第点だ坊主。でもこれだけじゃあ合格の判は、押してやれねぇなぁ」

 

そう言うと、木原はおもむろに拳を構えた。

 

「今度は俺が直々にテストしてやるよ!」

 

助走をつけた鋭い一撃が青年のボディを通過する。そのまま当たらずに通過し続けているにも関わらずラッシュを繰り出していく。そして、ここで漸く青年にも動きがあった。木原が拳を引いたタイミングで捕らえようと腕を伸ばしたのだ。だがそれは全て木原の読み通りだった。

 

「掛かったな!」

 

青年が腕を伸ばした瞬間、強烈なカウンターが青年の顎にクリーンヒットした。だがその瞬間、驚愕に目を見開いたのは青年ではなく木原の方だった。

 

ガキン!

 

(何だ、この感触……とても人体の固さじゃねぇ。まるで鋼鉄ぶっ叩いたような感触と音、コイツはすり抜ける能力なんじゃねぇのか?)

 

一旦距離をとった木原は、青年の様子を観察する。

青年は、顎を擦り無表情ながらも不思議そうに首を傾げていた。とても顎を強打されたようには見えない程にピンピンしている。

 

(一体どういうカラクリだこれは?確実に脳を揺らした筈なのにあの野郎、毛ほども効いちゃいねぇ。

…………もう一度試してみるか)

 

木原は、先程と同じようにして拳を叩き込むと、青年もまた同じようにして木原を捕らえようとした。

そこでまた先程と同じ要領でカウンターを決めると、ガキン!とまたしても同じ手応えが返ってくる。

 

(なるほどな、どんなカラクリかはまだわからねぇが。兎に角、例え急所に打撃を打ち込もうがこりゃイマイチ効果ねぇな)

 

木原は、青年に攻撃を続けながらも、その能力について冷静に分析していく。その顔は、本人の知ってか知らずか今まで以上に獰猛な笑みを浮かべていた。

 

(いいねぇ!こりゃ研究しがいがありそうじゃねぇか!だが、まだだ。こんなもんじゃたりねぇ、もっと見せてみろお前の能力をよぉ。えぇ!クソガキがぁ!)

 

数度目のカウンター、だがそれは木原がカウンターを放つよりも早くに拳を押さえ込んだ青年が、木原を完全に押さえ込んだことで決まることはなかった。

これで終わりか?まるで、そう言っているかのような瞳で木原を見つめる青年を木原は、ニヒルな笑みで返した。

 

「……撃て」

 

小さいが、されど確かな言葉で紡がれた指示は、数㎞離れたところからずっと狙い続けていたスナイパーに届いた。

発射された弾丸は、真っ直ぐに青年に向かって飛んで行く。

既に立場は、逆転していた。木原を掴んで押さえこんでいた筈の青年が反対に、木原が自分から掴ませることで実体化させ、弾丸が当たるように仕向けたのである。

そして着弾地点は青年の眼球。いくら強固な骨格をしていようが目玉なら関係ない。青年は、僅かに目を見開き。木原は、そんな青年を嘲笑った。

 

ああ、これで終わりか……そう思われた瞬間、世界が変貌した。

 

「な、何だこれは……!?」

 

あと一瞬で弾丸が青年を撃ち抜こうとした瞬間、世界が全く見覚えの無い、現実離れした光景に変わった。これには、流石の木原も驚愕の感情を隠しきることが出来ずに呆気にとられた。だが驚きに撃ち震える表情とは別に、その優秀な頭脳はこの現状を解析、解明しようとフル回転していた。

 

(今の感覚は、テレポートと同じ現象。だがテレポートは、そこまで遠くの距離を一気に移動出来ねぇ。ましてこの風景、現実の何処にもあるわけがねぇ)

 

空に浮かぶ歯車、広野に突き刺さる無数の剣。そしてそこにそこに佇む青年。

 

(ああっクソッわからねぇ!わからねぇなぁ、チクショウが!……ククッ……ハ……ハハッ、ヤッベーなコイツは、ヤバ過ぎて…………笑いがとまらねぇぜぇ!!)

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!」

 

木原は、狂ったように笑い手で顔を押さえた。

そして木原が笑い続けるなか、世界は元に戻っていく。

先程遭遇した未知の現象、それは学園都市が誇る優秀な科学者である木原数多の頭脳を以てしても、一朝一夕では解明出来なかった。だが、それが何よりも木原の心を揺り動かした、新しい特上の研究材料の登場に、木原は自分の感情を抑えられなくなっていた。

 

「た、隊長。そろそろ時間が………」

「ハハハハハハッあ。……ああ、そうかお楽しみは終わりか。よし、テメェら!さっさと撤収しろ!」

 

瞬時に頭を切り替えた木原は、先程の狂喜に染まった状態から、最初の冷徹な殺人者の姿に戻っていた。

そして早足に公園を後にしようとするが、一瞬だけ青年の方に視線を向けた。

 

その瞳には、この世のあらゆる狂気が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公、木ィ~原クゥ~ンにロックオンされる。

あと、主人公の能力ですが近々簡単にですが説明しようと思うので期待せずに待っててね。設定がガバガバだからさ……


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三話

実はですね、この小説勘違いじゃなくね?当の指摘が感想の方でありました。それを見て私自身思うところもあり、タグの方を少し変更しようと思います。

この小説、以外に評価高くてビックリしてますが、皆さんこの作品が手抜きであることをお忘れ無く。




現在地獄への片道切符(学園都市行きのバス)に乗りながら俺は、途方に暮れていた。

 

あの何かよく分からない戦闘から、数日たった日に届いた合格通知。アレを孤児院で働いてる人達に見つかったのが運の尽きだったのかもしれない。いや、その前に射殺されそうになってるからもっと早くに尽きてたか?いやいや、そもそもこの世界に………やめよう、考えても辛いだけだな………。

 

兎に角、合格通知を働いてる人達に見られたことで俺の学園都市行きは、半ば決定したような物だった。職員の人達(男性職員)は、それはもう、嬉しそうに俺を送り出してくれたよ。とても和やかに、厄介払い出来て安心したって感情がありありと見てとれた。

確かに何の問題も起こしてないわけではなかったよ。一方的にとは言え喧嘩したり、度重なるストーカーの被害で孤児院の中にまで不審者が侵入したことだって確かにありましたよ……。だからって届いたその日に、荷物を勝手にまとめて追い出すなんて、あんまりだろ!

女性職員(一部の人達)が猛反対してたのが見えなかったのかよ!

 

アレかなぁ……経営者の奥さんが俺に惚れちゃったのがヤバかったのかなぁ……?それともあの人の恋人に惚れられたのが……もしくは、あの職員さんが……。なんか痴情の縺れで死にそうな予感がするよ、この顔の持ち主もそれで死んだし……。

 

てな訳で、なんやかんやあって行く場所を失った俺は、金も無いし、誰かの家で世話になるわけにもいかず。なし崩してきに学園都市に行くことになったのである。

女性の家にお世話になればいいだろって?……怖くて無理です。喰われちまうからね、性的に。

 

そしてバスに揺られること数時間、漸く学園都市の防壁のような場所に着いた。

学園都市は、東京都の三分の一を占めており、総人口230万人、その約八割が学生という学園都市の名前に相応しい実態を誇っている。他にも学園都市は、外の世界より2~30年進んだ科学力を持つとか、独自の紙幣があるとか、本当に日本なんだよな?と思えるような事が数知れず存在する。因みにこれは原作知識でもなんでも無く、この世界に流れている普通の情報である。

てか、15年もたった今、もともと少なかった原作知識何てものは殆ど忘れてしまっている。

そして学園都市は二三の学区に分けられており、俺が通うことになる長点上機学園は一八学区にある。

 

あと、何よりここが異常なのが授業の一環として脳の開発をしているということだ。どういう仕組みかは正直理解してないけど、その脳の開発を行うことで超能力が使えるようになるらしい。俺は、既に物体をすり抜ける能力をもっているが、その開発とやらを受ければまた違った物が手にはいるのだろうか?

そもそも、今まで疑問にさえ思っていなかったが、俺のすり抜ける能力は本当に『とある』の世界の超能力と言われるものなのだろうか?

この前の木原さんとの戦闘、そしてそこで展開されたUBW。もしかてこれってただのバグ何じゃないだろうか。ゲームのバグでたまにある当たり判定が無くなるとか、裏世界に行く的な物を俺は、今まで自分の能力と勘違いしてたのでわ?

………十分にあり得るな。だってこの世界も言ってしまえばゲームのバグみたいなもんなんだし、最初の説明でも俺に何の能力が与えられるのか一切触れられなかったしな。

 

でも任意に発動できるバグってチートじゃね?

 

取り敢えず、そうなると俺の能力というかそういうものは、この身体能力かな?そういえばこの世界には、こういう身体能力チートキャラは何か特別な名称で呼ばれていたような………駄目だな思い出せない。

 

『次の停車は一八学区、一八学区です。お荷物のお忘れの無いようにご注意下さい』

 

どうやらもう直ぐ目的地に着くようだ。俺の能力については置いといて、兎に角今は目先の問題に集中しよう。

長点上機学園には、寮とかは無いみたいだし。適当にバイトしてアパートを借りないとな。幸いこの学園都市は、学生に優しいように家賃などの生活費等は、格安なためそこまで苦労はしないだろうが、最初の給料が入るまでは野宿かなぁ……。

 

バスから降りた俺は、合格通知と一緒に内封されていたパンフレットの地図を頼りに初めての学園都市を歩いていく。

 

そういや、考え事に夢中で街並みを全然見てなかったな。

道行く人達は皆、何処かの学校の制服を着た人ばかりで流石学生の街だなぁ、と感心した。

 

あと、案の定というか、予定調和というか、女の子からスゴい見られてる……。

 

━━ねぇ、あの人カッコよくない?

 

━━うん、うん。モデルさんかなぁ

 

━━キャー!今あの人こっち見てなかった?

 

━━絹旗!絹旗!ほらアイツ、めっちゃ良くない!

 

━━はぁ、フレンダは相変わらず超面食いですね。どんな……も…の……

 

あー、何かこの反応久々だなぁ。地元じゃあ、もうここまで騒がれることはなくなったからな。その代わりストーカーが異常に多かったけど。

 

━━クソッ、イケメンが……

 

━━どうせ顔だけだろ、顔だけ

 

━━不幸だぁぁーーー!!!

 

━━待て!逃げんじゃねぇ!

 

━━死ね

 

男共も、殺気の籠った目で睨んできやがる。てか、おい最後の奴、流石に直接的過ぎんだろ。

 

はぁ、………………イケメンて辛いね!(ドヤァ)

 

嘘です、冗談です。マジでわりと洒落にならないから、いい加減顔を隠せる物でも買おうかな、フードとか。

 

あ、ここか長点上機学園か。デカいなぁ、前に通ってた中学の3倍位あるんじゃないかな?

 

「そこのお前、付いてきてもらおうか」

 

はい?何か黒のスーツにサングラス着けたゴツいおっさんの二人組が、いきなり何か言ってきたぞ。

 

「お前には、今から身体検査(システムスキャン)を受けてもらう」

 

システムスキャン?………あ、パンフレットに載っていた学生が定期的に受ける健康診断みたいな物だっけ。そうか、確かに入学する前とかには健康診断受けるよな。

わかりましたよー。

 

俺は、黒服の人達の言われた通りに近くに止めてあった、これまた黒い車に乗り込んで移動を開始した。暑苦しい男二人に挟まれるように座った俺は、非常に窮屈な思いをしながらも気まずい沈黙に耐え目的地に着くのを待った。

 

途中、窓ガラスから大きくそして窓一つ無い、のっぺりとした建物を見かけた。科学力が何十年も進んでるだけあってデザインも近未来的だな~と思っていると、これまた大きな建物が見えてきた。どうやら、ここが目的地らしい。

 

「降りろ」

 

君らねぇ、会った時も思ったけど言葉遣いがちょっと乱暴過ぎるんじゃないですか!言われた通り付いていくけどさ、もう少し優しくしてよ!こちとら、これからの新生活に胃を痛めてるってのにさぁ!

 

心中で不平不満をたてていると、俺の後ろに陣取っていたもう一人の黒服の人が背中を押してこようとした。だがそれは、俺の体をすり抜けたことで、たたらを踏むに終わった。

 

分かりやす過ぎるわ!嫌らしく口許に笑みを浮かべやがって、舐めんなよ!こちとら、モテない男どもの粘着質な虐めに耐えてきたんだからな。

 

そしたら、俺が反抗したとでも思ったのか先導していた男が振り向いて、俺の脳天目掛けて警棒を降り下ろしてきた。

 

あんたらホントに、学校関係者ですか!?

 

「テメェら、何やってんだ?」

「た、隊長」

 

あと少しで直撃というところで、聞き覚えのある声が聞こえた。

この特徴的なボイスは?……や、やっぱり、貴方はあの時の木原さん!?この人達貴方の部下なんですか?どおりで柄が悪いわけだ。いや、それよりもまたいきなりバァン!は、ないだろうな?

 

「オラ、小僧何やってんだ?さっさと行くぞ、俺がお前の担当なんでな」

 

う、嘘やん………。あ、貴方ヤクザじゃなかったの?人は見かけによらないなぁ。でも、一応感謝しとこうかな、助かった訳だし。

 

俺は、軽く会釈して研究所っぽい建物に入って行った。

 

「あ、君だね新しい子は?ほら、コッチコッチ」

 

建物に入って直ぐに眼鏡を掛けた優男のような白衣を着た男性が手招きして呼んでいた。

彼の指示に従い、検査を行う部屋まで誘導してもらう。

 

「話は聞いてるよ、何でも木原博士のお気に入りなんだって?」

 

お気に入りなの、俺?いきなり撃たれたりしたんだけど……殴られたりもしたんだけど……。木原さんってどんな人なんですか?

 

「木原さんかい?そうだねぇ、何処から説明しようか。………キミは学園都市が超能力の開発を行っているの知っているよね?」

 

まぁ、はい。

 

「超能力者、一般的にはトランプの絵札を当てたり、スプーンを曲げたりするだけでそう呼ばれたりするけど、ここ学園都市では違う。超能力者は、たった7人しかいないのさ」

 

ほほぅ、なるほど。

研究者の人に案内される最中に木原さんについて質問すると、結構詳しく説明してくれた。

この学園都市の学生は、能力開発を受けて大なり小なり何らかの能力を持っていて、それは大きく六つの段階に区分される。

 

『level0』六割方は、これに当てはまり能力が無いという訳ではないが、俗におちこぼれと呼ばれる存在。

無能力者

 

『level1』多くの生徒が属し、スプーンを曲げる程度の力を有する。

低能力者

 

『level2』level1と同じく日常ではあまり役には立たない程度の力。

異能力者

 

『level3』日常では便利だと感じる程度で、能力的にはエリート扱いされ始めるレベル。

強能力者

 

『level4』軍隊において戦術的価値を得られる程度の力。

高能力者

 

『level5』学園都市でも七人しかいない、人を超える強力な能力者。

超能力者

 

「現在確認されている超能力者、level5は7人いてね。彼等にはそれぞれ序列が存在する。それは、戦闘能力ではなく、商業的な価値で選ばれるんだ。そして、その第一位の超能力を開発したのが木原数多博士なんだよ」

 

ま、マジで……?あの人、見た目完璧アッチの人なのにそんな偉い人だったのかよ。……媚び売っとけば、バイト先の一つくらい紹介してくれるかな?

 

「つまり、木原博士はこの学園都市が誇る能力開発研究者の中でも一番と言ってもいい頭脳の持ち主なんだ。彼の手にかかればキミだってlevel4位なら夢じゃないかもよ?」

 

はぁ~、何か心の中とはいえ、いろいろ言ったのは不味かったかな。でも、俺だっていきなり襲われた訳だし、これでおあいこだよな。

 

そして、丁度説明が終わった頃、部屋に到着した。部屋の中は手術台のような物が中央にあり、その上にヘルメットのような機器が鎮座していた。何処と無く異様な雰囲気漂う部屋に、俺は内心怖じけづいた。

 

これ、大丈夫なのか?何か昔の映画で見た、人に電気流して殺す装置とそっくりなんだけど。ビクついている俺を研究者の人が強引に手術台の上に押さえ付ける。

 

「怖がらなくても、大丈夫だよ。検査が始めればキミは自然と眠ってしまうから」

 

そ、そうなんですか?

 

「では、コレを着けようか?」

 

ニコニコと笑顔を浮かべて、研究者の人が威圧感たっぷりの装置を俺の頭に被せようとする。あの~やっぱり止めません。だって、それ絶対危なそうですって、何でそんな刺々しいんですか……。

あの、人の話聞いてます!?おい!俺の口動け!適当な事でもいいから動けよ!

お前もわかるだろ!アレはヤバい。だって、サイコブレイクで似たの見たことあるもん!痛そうだったもん!

 

あ、あ、あ!…………もう、どうとでもしてくれ……。

 

『おい、聞こえてるか?』

 

軽く現実逃避し始めた俺の耳に、設置されたスピーカーから木原さんの声が聞こえてくる。首だけを動かし部屋の窓張りになっている部分を見ると、そこに木原さんが見えた。

 

『今からテメェの頭を俺が弄くってやるから、感謝しなぁ!』

 

言い方ってもんがあるだろ!もちっとオブラートに包むとか気を使えや!コッチは怖くてイライラしてんだから。

 

『そんじゃあ、始めるぞ。3、2、……』

 

ちょ、ちょ、待って……!

 

次の瞬間、俺の意識は闇に飲まれた。

 

 

 

 

 

ん、んん~、ふぁ~あ。

あれ、俺いつの間に寝たんだろ?

 

「よぉ」

 

ん?…………ギャアァーー!!や、ヤクザ!?って、よく見たら木原さんじゃないてすか。

あっそうか、俺木原さんにまた不意打ちを食らって……。この人、不意打ち好きなのかなぁ?趣味の悪いことで、顔見りゃわかるか。

 

「おい、クソガキ」

 

え、バレた?嘘、なんで、いつも通り何にも喋って無いはずなんだけど。

 

「喜べ、テメェは俺の実験動物(モルモット)決定だぁ!」

 

全然嬉しくないんですけど……。

 

そう言えば、俺を案内してくれた研究者の人、どこ行ったんだろ?

 

 

 

 




次回は、皆大好き木ィ~原ク~ン視点の話になります。

ps藤原さんは、最高です!


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四話

えーと、皆さん色々と考察みたいな事をしてくださっているみたいですが、この小説にそこまで深い設定は存在しないので悪しからず。意味の無い設定も存在します。あったとしても殆どが後付け設定です。




「テメェら、何やってんだ?」

 

今、木原は機嫌が悪かった。今日届くはずの実験体が、予定時刻になっても来ないからだ。

そして痺れを切らした木原は、部下を迎えに出したにも関わらず研究施設から出て自ら探しに行こうとした。

 

だが、どうしたことだろう。いざ研究施設を出てみれば、目的の実験体が居るではないか。実験体を連れてきた部下の二人に目を向ければ、あろうことか大事な実験体に手を出そうとしていた。その光景を目にした木原は、非常に面倒くさそうな顔をした。

 

「オラ、小僧何やってんだ?さっさと行くぞ、俺がお前の担当なんでな」

 

木原の言葉を聞いた実験体の青年は、何事も無かったかのような平然とした足取りで木原の横を通りすぎて施設に歩いていく。その際、木原に軽く会釈と目配せをして……。

 

(ケジメを付けさせろってか?そんな事、テメェに言われなくてもわかってるよ)

 

「た、隊長。遅れて申し訳ありません……!」

「あ?」

 

部下の二人は、予定の時刻を過ぎてしまった事を謝罪する。その表情は酷く怯えており、顔中に脂汗をかいていた。

 

「まったく、お使いもまともに出来ねぇとは流石に想定外だわ」

「す、すみません!対象の周りに一般人が大量におり、それで」

「言い訳なんざ聞いてねぇんだよ!」

 

額に青筋を浮かべて怒声を放った木原は、部下の一人の首を掴み、吊し上げた。

 

「いいか!テメェ等の失態は三つだ。

一つ目は、俺を待たせたこと。

二つ目は、俺の実験体に手を出したこと。

三つ目はな……俺の機嫌を損ねたことだぁ!」

「ゆ、許してくだ……さい…」

「だーかーら、言い訳も!謝罪も!沢山なんだよぉ!」

 

ゴキッ!

 

木原は、怒りにまかせて掴み上げていた部下の首をへし折った。物言わぬ死体に成り果てた部下を無造作に捨てると、もう一人の部下に目を向ける。彼は、その惨状を目の当たりにして一歩、二歩と後ずさった。

 

「……た…助けてくれぇー!!」

「おいコラ!どこ行くんだ、まだ終わってねぇぞ!」

 

恐怖のあまりに逃げ出した部下を呼び止めるも聞き耳に持たず、彼は停めてあった車に飛び乗った。こんな時に限ってエンジンの掛かりは悪く、何度もエンジン音が鳴り響く。

 

「はぁ~。止まれって言ったのによぉ、たくっ面倒くせぇ」

 

悪態をつきながら、木原はある物をポケットから取り出した。それは、小さくコンパクトな携帯端末であった。その携帯端末を今にも走り出しそうな車に向ける。ピッという機械音が聞こえたと思うと、逃げ出した部下が乗り込んだ車が爆発した。

 

「本当なら捕まえて、新薬の実験台にでもしてやろうかと思ったが、俺は忙しいんでな。これで勘弁しといてやるよ」

「隊長!どうしました?」

 

爆発音が轟いたことで以上を察知した職員の一人が木原に駆け寄った。

 

「別になんでもねぇよ、ゴミの掃除をしただけだ。

おい、コレの後始末しとけよ。警備員(アンチスキル)に嗅ぎ付けられたら面倒だ」

「了解しました!」

 

最後に敬礼をした職員は、すぐさま他の者達を無線で呼び隠蔽作業に入った。

それを見送った木原は、面倒事を済ませたことに一息つき、研究施設に歩を進めた。そこに待つ、最高の実験に思いを馳せながら。

 

『総合能力開発研究所』

またの名を

『猟犬部隊第三基地』

 

 

 

 

 

研究室の寝台で、ヘッドギアを装備した青年を見下ろす木原と、その側で様子を見ている眼鏡の研究員。

 

「どうだ、眠ったか?」

『はい、意識はありません。完全に気絶しています』

「そうか」

 

窓ガラス越しに聞こえる、研究員の言葉に答えながら木原は、操作パネルを弄った。

 

(お望み通り、やってやったぜ。坊主)

 

寝台の上で静かに寝息をたてる青年が、実験を始める前に訴えかけてきたことがあった。ヘッドギアを装着した青年が、機材の操作を行う操作室にいる木原にアイコンタクトを送ってきたのだ。その瞳には、強い渇望の色が木原には見てとれた。その心意気が気に入り実験の説明もせずに迅速に作業に入ったのだ。

 

『ですが、大丈夫なんですか?』

「あ、何がだ?」

『彼の意識を飛ばすためにとわいえ、脳に通常時の数倍の電力を直接流して……脳が焼ききれて無ければいいのですが』

「お前は、そこのガキと殺ったことがねぇからそんな事が言えんだよ。そいつは普通じゃねぇ、ちょっと強めな位で丁度いいだろう」

 

木原は、今でも鮮明に思い出す。青年を殴り付けたときの感触は、鋼鉄よりも固くまるで巨大な岩石を殴り付けたような、あの手応えを。故に、確実に意識を飛ばすため強めの電流を流したのだ。

 

「さ~て、お楽しみの時間といこうか!まずは小手調べだ」

 

今回行う実験は、普段身体検査(システムスキャン)でやるような事は、最後にすることになっている。なら最初にする実験とは何か?それは、対象者の脳に微弱な電気を流し強制的に能力を発動させ、そうすることで実現可能な事象を確認すると言った物だ。

この実験は、過去に対象者の脳に多大な負荷を掛け、深刻な障害を残した為に禁止されていたのだが、青年の頑丈な体なら耐えられると判断した木原が独断で実行しているのである。

 

操作パネルを動かし電流を流した木原は、先程までのふざけた態度とは打って変わり真剣な表情で青年を見つめる。そして青年のヘッドギアに電流が流れ、その体が微かに動いたが、ただそれだけだった。

 

(電力が弱かったか?いや、十分だったはずだ。なら場所を変えて繰り返すか)

 

最初は失敗し、何の反応も無かった。それを繰り返すこと数回、漸く反応があった。青年の体の一部が衣服をすり抜けたのである。

 

「ここか………」

『木原博士……?』

「黙ってろ、もうすぐ面白いもんが見れるぞ」

 

再度電流を流す、今度こそ青年の能力は完全に発動した。

その結果、木原には見覚えのある異世界に青年と眼鏡の研究員も共に転移した。

 

「な、何だこれ?」

「ハハハハッ。夢にまで見たぜ、この光景をもう一度目にする日を!」

 

研究員は、茫然自失といった風に立ち竦んでいるのに対し木原は、満面の笑みで辺りを散策しだした。

 

そこに広がる異世界の風景は、前に一度見たときと寸分違わず同じで、夕焼けの空に歯車、荒野に突き刺さる剣群。何処にも変わりはない。

木原は、徐に突き刺さる剣の一つに手を伸ばし引き抜いた。

 

「こいつぁ……」

 

その剣は西洋の直剣で、柄に美しい細工の施された物だった。だが、その剣が異常だったのは刀身の方であった。目映い黄金に光輝く刀身を見て、木原はどういった物か思案する。

 

(見たことも触ったこともねぇ材質だ、それにこの刀身はビームでも出てんのか?その程度なら学園都市にも腐るほどあるが、こりゃ普通じゃねぇな)

 

木原は、もう一度辺りを見渡す。そこらじゅうに広がる剣一本一本が彼の知識欲を異常なまでに刺激した。

 

「分かっちゃいたが堪んねぇなぁ!涎が出できたぜ……」

 

取り敢えずそこら辺に刺さってる剣を持って行けるだけ持って行こうとした時。今まで静かにしていた研究員の男性が声を荒らげた。

 

「き、木原博士ぇ!」

「なんだよ、今いいとこ何だ邪魔すんなよ」

「対象の様子に異変が!」

「なに?」

 

狼狽える研究員とは違い、冷静な木原は、青年の様子を観察する。青年の体が小刻みに痙攣を起こしていた。その異常事態に木原が対処しようとするも、もう既に遅くイレギュラーが起きてしまった。彼等を奇妙な浮遊感が襲ったのである。

 

「な、何なんだぁ!?」

 

彼等は、真っ暗な空間に浮いていた。その空間に光は無く、上も下も右も左も存在しない無の世界が広がっていた。

 

あまりの事にパニックになる研究員を余所に、このような空間に放り出されたにしては、落ち着いている木原は黙って青年を見つめていた。だが、その内心は歓喜にうち震えていた。

 

(お前、まだこんなもんを隠し持ってたのか……。いいねぇ、いいねぇ、最高じゃねぇかよ!

お前、まだなんか隠してんだろ?いいから見せてみろよ、お前の全部!)

 

狂った研究意欲を持つ木原数多は、この危機的状況にあってなお、青年にコレ以上の物を求めた。青年に意識は無い。だが木原には確信があった、彼ならば己の求める最高の結果を見せてくれると、それこそオカルト(・・・・)とさえ思えてしまうようなとんでもない物を見せてくれると。

 

果たして、結果は木原の思い通りになった。意識の無い青年が意思を汲み取ったのか分からないが、それは起こった。

何も無い空間に光が現れたのだ。その光は段々と近づいてきて異様な光景を映し出した。

 

「ハハハハハハハッ!滅茶苦茶じゃねぇーか、何だこりゃあよぉ!?とんでもねぇ万国ビックリショーじゃねぇかー!!!」

 

そこに映るのは、何メートルもある巨人に食われる人々と、その巨人をワイヤーのような物を飛ばして宙を舞いうなじを切り裂く戦士達の姿。

 

もはや、発狂死寸前の木原を更に追い詰めるが如く、新たな光球が次々と飛来する。それらもまた、まったく異なる光景を映し出していた

 

それは、夜空に月が浮かび辺り一面の砂漠景色のなか、仮面のような顔で胸に穴が空いた怪物が犇めく、神秘的な世界。

 

それは、荒廃したビル群の中で邪悪な人の顔をした獅子のような生物と、ルーズな格好をした人間が身の丈程もある巨大な武器を振り回し戦う、世紀末な世界。

 

それは、火を吹き空を飛ぶ幻想の生き物、ドラゴンを四人の狩人達が各々の武器で狩猟を繰り返す、野生な世界。

 

それは、狸、猫、亀、猿、馬、蛞蝓、虫、牛、狐の巨大な生き物達が話をする、不可思議な世界

 

見える光景全てが現実離れたした物であった。

だが、光景が見えたのがそれだけだっただけで、光球はまだ多く存在していた。その全てに同じだけの未知が存在していると思うだけで、木原はトリップする思いだった。

 

一頻り光球の波が過ぎたあと、流石にこれで仕舞いかと思いきや、最後の光球が飛んできた。しかし、その光球はさっきまでの物とは違い真っ直ぐに木原達に飛んでいき彼等を飲み込んだ。

 

「こ、今度は一体何が起こるんだ……?」

 

これまでの光景を見て、すっかり憔悴しきった研究員の男性は今度は何が起こるのかと身構えるが、それは徒労に終わった。なぜなら次にやって来た世界は、現実世界でも見かけた海外の町並みだったからだ。

 

「何だよ、折角いい感じに楽しくなってきたってのに、拍子抜けじゃねぇか」

「いやいや!もう充分わかったじゃないですか、木原博士実験を終わりましょう!」

「終わるわきゃねぇーだろ。いいから、どっか可笑しなもんがねぇかテメェも探せ」

「そ、そんな~」

 

懇願もすげなく断られた研究員の男性は、仕方なく震えながらも周囲を探索する。だが、道路の大通りに出現した関係上辺りをよく見渡せるのもあり、それは尚更異変が無いことを確認出来ただけだった。

大通りに何も無いことを確認したら、今度は路地裏を覗いてみる。

するとそこには、二人の人影が確認出来た。一人は俯せに寝転がり、もう一人は側で蹲っていた。それを見た研究員の男性は、不審に思いながらも話しかけた。

 

「あの、大丈夫ですか?」

「…………」

 

一方、今回の実験に使った助手を探索に行かした木原はというと、周囲を注意深く観察していた。

 

夜なため見にくいが、海外の物だと思われる建築物が見てとれる。窓が所々割れており、何者かと争った形跡がそこかしこに点在していた。

 

「人が争った形跡があるってのに、肝心の人の気配が一切ない。ここは、一体何の世界なんだ?」

 

先刻までの興奮しきった様子とは一転、冷めきった表情で、それでも何かないかと、観察を続けると一つの表札を発見した。それは煤けて、多少読みにくかったが英語でこう書かれていた。

 

「ラクーンシティ?」

「うわぁぁぁぁ!!」

 

表札の文字を読んでいると、突如悲鳴が木霊する。

悲鳴の音源を見ると、血塗れの助手が襲いかかられていた。突然の惨劇に少し驚いた木原だが、漸く事態が動いたことにやっとか、と溜息を吐いた。

 

「……た、たす…け…て……」

「……食ってやがるのか?」

 

研究員の男性が食われるさまを何食わぬ顔で見ていた木原は、襲っている男の違和感に気づいた。

食い殺された助手には、もう興味が無いのか、立ち上がり千鳥足で此方に向かってくる。その男の瞳は、瞳孔が開き体のそこかしこに食いちぎられた後が残っている。とても生きた人間には見えなかった。

取り敢えず木原は、その男の足をローキックで砕く。

 

「………あ、うぁ……」

「はっ、関係なしかよ」

 

砕いた足で尚も手を伸ばして向かってくる男に対して、今度は肩を砕く。それでも尚迫ってくるので今度は背骨を砕いた。這いつくばりながら、首だけを動かしてまだ食らいつこうとする。そして最終的にその男の頭を踏み潰すことで漸くその動きを止めた。

 

「なるほどな、脳からの信号が無くなって漸く止まるのか。………なんだ?」

 

対処法を順番に試していると、街のあちこちから何処に隠れていたのか大量の人間が歩いてくる。彼等も、先程踏み潰した男と同じ状態で、一様にフラフラとした足取りだった。

 

「団体様のご到着~てか!?」

 

(コイツら、ゾンビか何かかよ?どうりで人の気配が一切感じられねぇ訳だ、死んでたら気配もクソもねぇからな。だが、死体が独りでに動いてるだけならたいして面白くもねぇ、もっと色々ねぇのかよ?これじゃあ安っぽいC級映画だぜ)

 

木原は、彼等の状態と痛みを感じず、ただひたすらに喰らいつこうとするのは、脳の機能が麻痺していて一番単純で強い欲望、食欲を満たそうとしているのだと見抜いた。

でも、ゾンビなどというものには、毛ほども興味は湧かなかった。それというのも、その気になりさえすればゾンビぐらいいくらでも学園都市で再現出来るからだ。

 

故にこれ以上の物はもう無いのだろうと判断した木原が、青年を起こそうとしようとした時に聞こえた声は、彼の興味を誘い行動を中断させた。

 

━━━スタァァァァァァズ……!

 

「クッ……そうだ、そうだ!そう言うのを待ってたんだよ、やりゃ出来んじゃねぇか!」

 

ゾンビ共の後ろから巨大な人影が見える。そこから聞こえるくぐもった怨嗟の声が大きくなって近づいてくる。

 

━━━スタァァァァァァァァァァズ……!

 

そして、とうとうその全容が把握出来た。黒色のロングコートを着込んだ生物は、歯茎が剥き出しで片方の目が縫い付けてあるなど、人形(ひとがた)であっても人と思える外見をしていなかった。

 

「随分とブサイクな野郎だな、おい!」

 

━━━スタァァァァァァァァァァァアッズ!!!

 

「ハハ、怒ったって…か………おいおい、そりゃ反則だろ」

 

無数のゾンビと謎のクリーチャーに囲まれても余裕を保っていた木原に、ここにきて初めて冷や汗が流れた。謎のクリーチャーがガトリングガンを木原に向けて構えたからである。ゆっくりと回転し始め、その弾丸の暴雨が前方のゾンビを巻き込みながら解き放たれた。木原は大きく横に飛んで弾丸を避ける。クリーチャーは、引き金を引いたまま横凪ぎするように前方を凪ぎ払った。

 

「……クソが」

 

(コイツぁ、流石に分が悪いか……)

 

ガトリングガンによる掃射を何とか凌いだ木原は、状況の不利を悟り撤退することを決めた。そうとなれば行動は速く、今だに眠りから目覚めない青年に近づき頭につけられたヘッドギアに手を伸ばした。

 

「ほら、眠り姫ちゃん。お眠の時間は終わりだ、さっさと起きな」

 

青年を最初に気絶させた時と同じように電流を流した。青年の体が大きく脈打った後に背後にまで迫っていたクリーチャーの存在が歪み、次は世界が歪んだ。

そして一瞬の浮遊感を感じた次の瞬間には元いた研究室に戻っていた。

 

「………ん」

「よぉ」

 

青年が目を覚ます。興奮覚めやまぬ木原は、青年の顔を覗きながらこの実験によって決まった決定事項を笑いながら言い放った。

 

「おい、クソガキ。喜べ、テメェは俺の実験動物(モルモット)決定だぁ!」

 

今回の実験は、木原にとってとても有意義な物となったであろう。青年の能力によって見せられた未知なる世界の数々、それらは一体どんな理論と数式によって成り立っているのか。はたまたオカルトのような摩訶不思議な力によって成り立つファンタジーなのか。木原は、これまで見たことも聞いたことも想像すらしていなかった未知なる世界が目の前の存在に凝縮していると思うと、今にも踊りだしてしまいそうになった。

 

だが、まだ我慢だ。ゆっくりと、されど着実に解析し分析し解明するのだと。その時に感じる、達成感はきっと至上の物となるだろう、と己を律した。

 

青年は、無機質な瞳でただじっと目の前の科学者を眺める。その様子は、科学者が自分に何をしたのか察しているようにも見えた。

しかし、白衣の下に黄金に輝く剣と何者かの肉片が隠されていることには、流石に気づく事は無かった……。

 

 

 

 

 



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五話

話が一気に飛んでおります、ご了承ください。
それと、誤字報告ありがとうございます。





天気は快晴、学校が終わりこの後の用事を心待ちにする、頭お花畑な少女がいた。彼女の名前は初春飾利。学園都市における治安維持組織の一つ、風紀委員(ジャッジメント)に所属している。

彼女は、今日の放課後。友人であり同じ風紀委員の同僚である白井黒子に、学園都市の頂点であるlevel5の御坂美琴を紹介してもらう約束をしてもらっていたのだ。

そして放課後、待ち合わせ場所に向かう途中。友達の佐天涙子も一緒に行くことになった。

 

待ち合わせ場所で無事に合流することが出来た初春と佐天の二人は、目の前にいるlevel5の少女、御坂美琴に双方の友人である黒子を通して、自己紹介をしていた。

 

「それでは紹介しますわ、こちら柵川中学一年、初春飾利さんですの。そして……」

「どうもー、初春のクラスメイトの佐天涙子でーす。何だが知りませんがついてきちゃいましたー。因みに能力値levelは0でーす」

 

今回、来る予定の無かった佐天の紹介に言葉を詰まらせた黒子の代わり、佐天は自ら自己紹介をした。

だが、その自己紹介には多分に嫌味が含まれていた。

 

level0である佐天は、高位能力者に対してコンプレックスを抱いており、level5の美琴に牽制紛いの自己紹介をしたのだ。

でも、そんな自己紹介をされたにも関わらず、美琴はフレンドリーに挨拶を返した。

 

「私は御坂美琴、よろしく」

 

その返しに少々面を食らった佐天だが、特に何事も無く遊びに行くことになった。

ゲームセンターで一頻り遊んだ一行は、次に街角で受け取ったチラシに載っていたクレープ屋に向かう。それには、オマケに着いてくるゲコ太なるマスコットキャラクターが目当ての美琴の意向が有ったためだ。本人は強く否定している。

 

そして、チラシに載っていたクレープ屋についた四人は、黒子と初春がベンチの確保を美琴と佐天の二人が買いに並ぶ事になった。

最初の事もあり気まずい佐天は、後ろに並ぶ美琴を見ると苛立しげに順番を待つ美琴と目があう。

 

「え、何……?」

「い、いえ。……あの、順番変わりましょうか?」

「良いの!?あ、い、いや別にいいわよ、私はクレープを買えればそれで良いんだし……」

 

一瞬嬉しそうにしながらも佐天の折角の誘いを断り、あくまでゲコ太のオマケではなくクレープが目当てだと美琴は主張する。だが、その視線はゲコ太のオマケを貰って喜んでいる子供に釘付けで、信憑性の欠片も感じられない。

クレープ屋に並ぶ行列が順調に減っていき、美琴まで佐天を入れてあと二人になったときに、小さな悲劇が起きた。

 

「お待たせ致しました、チョコバナナとイチゴクリームになります。そして此方がオマケのゲコ太になります。お連れの方のも加えてお二つどうぞ、これで最後でしたのでラッキーでしたね」

「…………」

「えぇぇぇー!」

 

あと少しでゲコ太を手に入れられるところで、まさかの品切れである。それを聞いた美琴は、あまりのショックに地面に手をついて落ち込んでしまった。ついでにすすり泣く声まで聞こえる。

流石にここまで落ち込むと思っていなかった佐天は、不憫に思いゲコ太を二つ受け取った人に、一つ譲って貰えないか聞いてみた。

 

「あの~すみません。よろしければでいいんですけど、そのゲコ太を一つ譲って貰えないかなー?なんて……」

「…………」

 

フードを目深く被ったその人物は、高い身長でガタイが良いので恐らく男性と思われる。彼は、佐天の頼みを聞いても無言で佇んで動かない。

 

「あのー、もしもーし。聞こえてますか?」

「…………」

「クレープを買うだけで何時までかかってるかと思えば……。Absolutely(まったく)、ナンパなんて良いご身分ね」

 

なかなか返事を返してくれない彼に話しかけ続けていると、白衣を着た女の子が間に割って入ってきた。彼女の声が聞こえた瞬間、男の方の肩がビクッと揺れ、分かりにくいが動揺しているように見える。

 

「ほら、さっさと行くわよ」

「あ、あの!」

 

男性の服を引っ張り連れていこうとする彼女を佐天は、思わず呼び止めてしまう。

 

「………何か?」

 

振り返った彼女、そのジト目には明らかな嫌悪感と敵意を宿していた。

 

(うっ…!)

 

その目で睨まれ言い知れぬ寒気を感じた佐天は、何か気に触る事をしただろうかと考えるも、恐らく彼氏である男性にちょっかいをかけたとでも思われていると思い至った。

なら、用件を早く済ませようと、白衣の女の子に佐天は、もう一度ゲコ太を貰えないか言ってみた。

 

「そのですね、知り合いがゲコ太をすごーく欲しがってまして。一つ譲って貰えないかなと思いまして」

「そう………」

 

佐天の話を聞いた白衣の女の子は、佐天の後ろで地面に手をつけながら涙目で此方を見る美琴に気づいた。

それを無感動な瞳で一瞥した彼女は、目線を佐天に戻す。

 

「答えはNOよ、さよなら」

「そうですか……」

 

すげなく断れた佐天は、男性をグイグイと引っ張って行く彼女を気まずそうに見送った。

 

ドサッ…!

 

直後、背後から奇妙な音が聞こえた。まさかと思い振り向けば、地面に倒れこんだ美琴がいた。

 

「え……えぇぇぇーー!?」

 

 

 

 

 

「はぁ~……」

「まぁまぁお姉さま、そんなにお気を落とさずに。ほら、ここのクレープ中々ですわよぉ」

 

その後、ゲコ太こそ手に入れられなかったが、無事に全員分のクレープを買うことが出来た佐天と美琴は、ベンチで待つ黒子と初春のもとに行った。

だが、折角の楽しい食事中にも関わらず、ゲコ太を手に入れられなかった事がショック過ぎる美琴は、クレープも食べずに項垂れている。

 

「あははは……」

 

それには思わず苦笑いを浮かべる初春。美琴のイメージが当初思っていた物とギャップがありすぎるためだ。

そして、それは佐天にも言えた。

 

「………何か、思ってたのと違うな」

「違うって何がなんですの、佐天さん?」

 

佐天が思わず溢した言葉が聞こえた黒子は疑問に思い聞き返した。それに佐天は、少し言ってもいいか悩んだが、大丈夫だろうと思いその心中を吐露する。

 

「ほら、私ってlevel0じゃないですか。 だから、levelを笠に着たいけすかない奴ばっかり見てて、それで御坂さんもてっきり嫌な人なんじゃ無いかって思って。でも、こうして一緒に遊んでみるとそんな事一切無いから、決め付けはよくないなぁー、て」

「佐天さん……」

 

話された内容は、黒子や美琴にとっては耳に痛い話だった。確かに、高位の能力者が低能力者に暴行を加えたり、虐めの対象になることは多い。風紀委員に所属する初春と黒子は、特にその内情を理解していた。

 

「だから、最初にあんな嫌味を言っちゃったりして……。御坂さん、ごめん……」

「別にいいですよ謝んなくて、気にしてないし」

「おや、漸く復活なされたのですかお姉さま」

「もともと、落ち込んでなんかないし。私はクレープが食べたかっただけでゲコ太なんか……なんか……」

 

黒子はしまった、と思いがけず地雷を踏みぬいた事を後悔した。

そのせいでまたしても暗い雰囲気になりそうになったので、元来明るい性格の佐天が話題を変えようと、大きな声で違う話をする。

 

「そ、そういえば!level5って七人いるんですよね?全員、御坂さんみたいに優しい人なんですか!?」

「あ~…それはどうかなぁ」

 

話題を変えたことでゲコ太の件で落ち込む事は無かったが、美琴の脳裏にlevel5唯一の知り合いである金髪の女の姿がよぎる。そのせいで、また違った意味で気分が沈んだ。

 

「あ!そういえばですね、最近書庫(バンク)に新しい情報が記載されたんですよ。まだ正確に確認した訳ではないので、はっきりとしたことは言えないんですけど……」

 

書庫とは、学園都市に在学する学生達の能力詳細やパーソナルデータが記載されたデータベースの事である。

だが、書庫の閲覧は許可が必要で、風紀委員や警備員などの立場の者のみに使用が許可されるのだ。

 

初春は、そこで目にした情報が確かであることは認識しているが、あくまで記載予定の情報なため少し小声で話をした。

 

「実は、最近新たなlevel5が発見されたらしいんです……!」

「え!?」

「なんと!?」

「へぇ……」

 

話された情報は、なんと事実上学園都市の頂点であるlevel5が発見されたとう言うものだった。それを聞いた佐天と黒子は、驚き。美琴は、目を細めて面白そうに笑った。

 

「初春、それ本当ですの?」

「恐らく本当ですよ、書庫に載る前の情報がチラッと見えて」

「その人の名前と能力は分かってるの?」

「名前は分かりますけど、能力のほうは……。まだ研究段階の能力らしくて詳細な情報は一切載っていませんでした。けど、能力名だけなら分かります。名称は━━」

 

ドガァァン!!!

 

初春が肝心の情報を話そうとした瞬間、活気に満ちていた広場に爆音が木霊した。その発生源は、美琴達が座るベンチの後ろにあった銀行からだった。爆発した銀行からは、黒煙が吹き上がっている。そこから飛び出してくる三人の男達、腕には大きな鞄が抱えられていた。

突然の事件発生に狼狽える一般の人達と違った黒子は、いち早く状況を把握し鞄から風紀委員の証である腕章を取りだし腕に付けた。

 

「初春!警備員に通報を。あと、お姉さま、お願いですから大人しくしててくださいね」

「え~」

 

不服そうな美琴を余所に、黒子はlevel4の能力、『空間移動(テレポート)』を発動させ、逃走する男達の前に転移した。

 

そこからは、怒濤の勢いで状況が進んだ。

強盗犯との戦闘に入った黒子が、犯人の一人を投げ飛ばして気絶させた。

その様子を見ていた残り二人の内の一人が、黒子をただ者ではないと見抜き『発火能力(パイロキネシス)』の能力を発動させて応戦する。

掌に発生させた炎を黒子に投げつけるが、それは転移することであっさりと避けられる。そして転移した黒子は、犯人の上空に出現し後頭部にドロップキックを叩きこんだ。そして、道路に倒れこんだ犯人をすかさず拘束する。服を針のような物を転移させて縫い付けて、これ以上抵抗すれば体内に針を出現させると脅しもいれておいた。

 

最後の一人である犯人の男は、黒子が発火能力者の男を拘束している隙に逃げ出し車に乗り込んだ。だが、そのまま逃走せずに、やられっぱなしではいられないと、車を黒子達の方に向けるが、その目の前には怒り心頭の美琴が仁王立ちしていた。

 

「黒子ォ!こっからは私の個人的な喧嘩だから、悪いけど手ださせてもらうわよ」

 

運の悪いことに逃げ出した男は、逃げる途中で美琴とぶつかりその手からクレープを落としてしまったのだ。

美琴の宣言を聞いた黒子は、頭を痛そうに抱えた。ああなってはもうどうにも止まらないことを黒子は知っているからだ。

 

美琴がゲームセンターのコインを上に弾く、それと同時に犯人が乗る車も美琴を轢き殺そうとエンジン全開で発進した。

 

美琴の真っ直ぐに伸ばした右腕が帯電する。それは、コインが落ちてくるほどに強くなりバチバチと電撃が走った。

今から放つのがlevel5の第三位、御坂美琴の代名詞、超電磁砲(レールガン)である。

 

落ちてきたコインは、指で弾かれ電気によって高速で射出される。発射されたコインは、車に直撃しその車体を空中に舞い上がらせる。地面と激突し煙を上げる車内で犯人は目を回して気絶していた。

 

「お姉さま、やりすぎですわ……」

「ふんっ!」

「す、凄い……!」

 

美琴の攻撃で融解した道路、スクラップ同然の車と酷い惨状に黒子は、一体何枚の始末書を書かせらるのかと嘆息をつき、佐天は美琴の戦闘に感嘆の声を上げた。

 

「これで、一件落着ですか?」

「そうですわね。犯人は全員捕まえて……あら?」

 

初春の疑問に答えた黒子は、拘束した犯人に目を向けるとそこにあったのは、針で縫い付けられた上着だけだった。

美琴に視線が集中している間に、いつの間にか抜け出していたのである。

 

「動くんじゃねぇ!」

 

逃げ出された事に気づいた黒子が周囲を見渡すと、犯人が少女を捕まえて人質にとっていた。その少女は、先刻佐天のお願いを断った白衣の少女だった。

 

「お前ら全員動くなよ、動いたらこの女の顔を焼くぞ!」

「卑劣な……ッ!」

 

人質を捕られたことで、手出しできない黒子達は歯噛みした。もっと注意していれば、犯人が拘束から抜け出した事などすぐに気が付けたはずなのに……。それは、美琴という絶対の存在が前に出てきたことによって出来てしまった、無意識の油断が招いた結果である。

 

ジリジリと後退し逃げ出そうとする犯人。右手に灯した炎を顔の近くまで押し付けられているというのに、表情一つ変えない少女は、淡々と犯人に話しかけた。

 

「……これは忠告。今すぐ私を離したほうが身のためよ」

「何言ってやがる?お前、自分の状況分かってんのか!?」

「ええ、もちろん。貴方が私に危害を加えてしまった事を、ね……」

「な、何を……?」

 

犯人の男は不気味に思った。この緊迫した状況下でここまで落ち着いていることと、その意味深な言い回しが、言い知れぬ恐怖を駆り立てる。

 

「残念、時間切れね。Thank you(それでは)さようなら」

「なっ……!?」

 

捕らわれていた少女は、突如としてその姿を消した。

驚く犯人と黒子達。そして次の瞬間、初春の隣に消えた少女と、彼女の連れである青年が立っていた。

 

「………布束さん」

「心配いらないわ。Than that(それより)私があんなことをされたのに何もしないの?」

「…………」

 

男は布束と呼ばれた少女の安否を確認した後、犯人に向かって歩き始めた。

 

「お、お待ちなさい!一般人は下がっていてください、これは風紀委員の仕事ですの!」

「貴方達こそ下がっていなさい」

 

制止の声をかける黒子だが、布束から逆に下がっていろと言われた。

 

「怪我するわよ。貴方達と彼とじゃあ……次元(・・・)が違うから」

 

無言で近づいてくる青年に犯人の男は先程、布束から感じた恐怖とは比べ物にならないほどの悪寒を感じていた。その恐怖に抗うように、大きく声を張り上げる。

 

「ち、近づいてくんじゃねぇ!それ以上近づいたら……」

「…………」

「く、クソがぁ!舐めんじゃねぇ!」

 

叫んでもピクリとも反応しない青年に痺れを切らした犯人は、己の最大火力を投げつけた。だが、その火球が彼に直撃することは無かった。何故ならその攻撃は、彼の体をまるで何も無いかのようにすり抜けたからである。

 

「な、なに!?」

「すり抜けた!?」

「なに者よ、アイツ……」

 

それを見て一様に驚く一同。驚いていないのは、布束と呼ばれた少女だけだった。

そして一人、言葉を失う程驚きを露にした初春は、口許に手を当て目を見開いた。

 

「まさか……!?」

 

初春は思い出す。事件が発生する前にしていた会話の内容を。それは、新たに発見されたlevel5についてであった。

その者の能力は、今だ未知の部分が多く、解明されていない現象が数多く存在する。それでも、判明していることがあった。それは、ありとあらゆる攻撃を受け付けず、すり抜けてしまうということ。そして━━━━空間から正体不明の攻撃を行うことが出来る、と。

 

犯人は、青年を近づけさせまいと、がむしゃらに火球を放ち続ける。それらは全て、彼の体を通過して背後の建物に当たり霧散した。

尚も無意味に攻撃を続ける犯人に向かって青年は立ち止まると、手を掲げた。するとその空間から捻れた剣のような物が出現する。

 

現れた剣は、空気を裂くように飛んで行き、犯人の足元に着弾した。着弾した箇所から爆発が起きて犯人は吹き飛び、その爆風に煽られた青年のフードが捲られる。それによって、息を呑むような美形が姿を晒した。

 

 

 

 

level5 第八位 『次元移動(ディメンジョネイター)上乃(かみの)慧厳(けいがん)

 

 

 

 

 

 

 

 




この作品での布束さんは、原作のギョロ目ではなくアニメのジト目です。

今回初めて出した能力名の読みですが、ラチェット&クランクに出てくる異次元移動装置、ディメンジョネイターが元ネタです。
最後に主人公の名前ですが、適当にそれっぽい物を考えたので意味はありますが、そんなに深い物はありませんので悪しからず。


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六話

日間ランキングに載った事で増えるお気に入りと、誤字報告。ありがたいのと同時に申し訳なく思います。あんなにミスってるとわ……。

お詫びも兼ねて、今回は長めです。
それと、まだヤンデレではありません。少しだけあるかなぁ位です。




 

 

俺が学園都市にやって来てから、三ヶ月の月日が過ぎた。その間にやっていたことはと言うと、ずっと研究所に閉じ込められていました。

 

なんかさぁ、外に出してくんなかったんだよ。ずっと訳のわからんコードみたいなのに繋がれて、データ録られるし、木原さんに実験と称した拷問紛いの行為までさせられそうになったし……。すり抜けて完全拒否したから、難を逃れたけど。

 

でも悪いことばかりでもなかったのが何とも言えないんだよね。どういう理由かわからないけど、何故か俺の能力が、バグだと思ったすり抜ける物になってるみたいだった。俺の深読みだったのかなぁ?と思いもしたけど、俺の実験結果を見て確信したね。

やっぱこれ、バクだわ……。

 

身体検査(システムスキャン)の結果を見ると俺の能力強度は、なんと!学園都市の頂点とまで言われるlevel5級だったのだ。暫定的に第八位となったまでは良かったが、ただその続きだよ問題なのが。

俺の超能力を試験した結果俺は、『とある』以外のアニメの世界に行けることが発覚した。

木原さんが嬉しそうに、事細かに説明してくれたよ俺の超能力で出現した世界の事を。

 

進撃、BLEACH、GOD EATER、モンハン、NARUTOに最後はバイオハザード?

何でそんな危険な世界観のアニメやゲームしかないんだよ!?FateのUBWしかり、人が死にまくる世界観じゃん!BLEACHに至っては登場人物の殆どが全員死人じゃん!むしろ死んでから本番みたいな世界じゃねーか!もっとこうあたしンちとか、のんのんびよりみたいなほのぼのとした日常系の世界は無かったのかよ……。

 

そんな世界に戦々恐々としていると、早速その世界に飛べと木原さんに脅された。嫌ですって言っても聞いてくれないし、そもそもやり方なんか知らないですよ、こっちはあの物騒なヘルメット付けられて眠ってたんだから。

 

それを聞いた木原さんは、お前の能力は分類上、空間移動能力とされるとか、三次元から十一次元を計算するとか訳のわからん事を解説してくれた。いや、三次元って。あんたら元は二次元の存在でしょうに。

 

木原さんの長ったらし解説が終わると、じゃあやれと言われた。説明の半分も理解できなかったのですが?

この頭なら理解出来るだろうが、いかんせん専門用語が多過ぎて把握できない。一から覚えるのも面倒だし、何となくそれっぽい物を想像してみよう。

そしたら普通に出来ちゃいました、違うアニメへの移動が……。

出てきたのは、鬱蒼とした森の中で木々の間から木漏れ日が差し込み、まるでもののけ姫のような世界だった。

 

うーん、もののけ姫の世界に出てしまったのだろうか?俺としてはもっと安全な世界に行きたかったのだが、この世界も結構物騒だからな……。

 

そんな風に思っていると、一緒に転移してきた木原さんが、あの時見た世界か!?って言ってるですが。ねぇ、それって冒頭で教えてくれた世界の何れかってことでしょうか?

 

…………不味いぞ、ひじょーに不味い…!何れであろうと、もし遭遇なんてしたら……。

 

━━━グルルゥゥゥ……!

 

………もう、手遅れですか。

密林の奥から、紅い眼光が軌跡を描きながら近付いてくる。体毛は黒く、しなやかな肉体。豹を連想させるような俊敏な動きで姿を表したその獣の名は━━━。

 

迅竜 『ナルガクルガ』

 

モンハンの世界かよー!?

ヤバイって、モンハンとか化物のサファリパークじゃん!最近じゃあ、ジェット機みたいなモンスターもいるし、危なすぎる。

俺はハンターみたいな肉体は持っていても、数秒寝ただけで怪我が全快するような特殊体質じゃないので襲いかかられるのは、かなり怖い!

 

「何だぁこの生きもんはぁ!?あのドラゴンみてぇな奴以外にも、こんなおもしろ可笑しい生物がいんのかよ!」

 

木原さん、スッゴい興奮してらっしゃるのですが。アンタ余裕そうだなぁ、此方は怖くて動けないんですけど!?

 

そして、臨戦態勢の状態で此方の様子を伺っていたナルガクルガは、木原さんのハイテンションが引き金となったのか、襲いかかってきた。

やられる!と思った俺は、いつも通りすり抜けようとすると、何故かナルガクルガは、俺を素通りした。素通りしたナルガクルガは、その飛びかかった勢いのまま俺の後ろにいた木原さんに襲いかかる。

 

「何ぃぃー!?」

 

お、避けた。ナルガの攻撃ってモンハンの世界でも結構早い部類で、初見殺しとかまで言われるのに凄いなぁ~。

そんな事を呑気に考えている間も、白衣を泥だらけにしながら転げ回って避けている木原さんと、初っぱなから怒りモードなナルガクルガ。

 

………そろそろ止めてあげた方がいいんじゃ……。

 

「止まれ」、と久々に思った通りの言葉が口から発せられた。その事に少し感銘を受けていると、なんと!木原さんを殺そうとしていたナルガがその場で静止している。

 

………………。

 

「…………殺れ」

 

━━━グルルゥゥゥアァ!!

 

「クソガァァ!」

 

成る程、どうやら俺の超能力で転移した世界の生き物は、俺の命令を聞くのかもしれない。

その後、検証を兼ねて色々な命令をナルガに出しながら木原さんを襲ってもらった。

尻尾の針を飛ばして退路を塞げと言えば、その通りに木原さんの進行上に針を飛ばし、動きを止めろと言えば、咆哮で動きを怯ませた。

 

検証の結果、他の生物や世界の生き物に効果があるかわからないが、少なくともこのナルガは俺の言うことを従順に従うようだ。

 

「止めさせろ、クソガキィー!!」

 

あ、忘れてた。

 

 

 

 

 

以上のような実験ばかりの三ヶ月。やたらと生体サンプルだとかで他のアニメの物品を持ち帰ろうとする木原さんを止めるのはとても骨が折れた。だってさ、エクスカリバーとか、tウィルスなんて物を持ち帰られて、複製なんてされてみろよ。想像するだけで寒気がするわ……!

 

でもまぁ、木原さんのお陰で、このバグ超能力を上手く扱うことが出来るようになった。今まではすり抜ける事ぐらいしか出来なかったのに転移したり、別の世界に行ったり、その世界から物体を出し入れ出来るようにもなった。

流石は、学園都市一の能力開発者である。初対面で襲われた事も、これで帳消しにしてもいいほどにお世話になってしまったからな。

 

一通りの実験が終わると、今までに取れたデータの解析をするとかで、やっと研究所から解放された俺は、木原さんに用意してもらったマンションへと向かった。

 

どうやら、ひたすら人体実験され続けただけの俺にも給料が出ていたらしく、いつの間にか作られていた通帳を見たときは、0が二つ程多いんじゃないかと、血の気が引いた。でもこれで、バイトもする必要もなくなり、漸くハイスクールライフを送れるのだ。

 

と、言うわけでやって来ました、長点上機学園。

まさか、ここに通うのがここまで遅くなるとは、思っていなかったなぁ……。

待ちに待った楽しい二度目の高校生活を夢見、真新しい制服に袖を通して、校門を潜り、校舎へと入いっていった。

 

校内を歩いているのに、学生の話し声一つ聞こえない。授業中とも思ったが教員の声すら聞こえないとは、ここまで静かだと不気味にすら想えてくる。

 

「貴方、そんなところで何をしているの?」

 

職員室を探しながら校内を散策していると、誰かから話しかけられた。キョロキョロとしてたから怪しかったのかな?話しかけられた方向に向くと、話しかけてきたのは、学校の制服の上に白衣を着た女の子だった。

 

「………………」

 

な、何だろ、すっごく凝視されているのですが……。何時もなら、ここら辺で、キャーカッコいい!やばーい!とか喧しく騒がれるのだが……も、もしかして、この顔が効かないのか!?

 

「…………貴方、何年生?今は授業中のはずだけど」

 

えっと、一年生ですけど。今こうしてるのはですね、職員室を探してたからでして。

そう言う貴方こそ誰ですか?

 

「私は布束砥信。職員室を探しているなら私が案内してあげるわ」

 

あ、ありがとうございます。

俺の顔に何の反応も示さないまま、ゆっくりとした歩調で案内をしてくれる布束さん。

間違いない、彼女にはこの輝く貌が効いていない。顔を見られた状態で異性にここまで素っ気なくされたことは、転生してから一度も無かったことだ。

 

この人ともっと話がしたい。その一心で布束さんの横に並んで話しかけると、いきなり顔面に裏拳が飛んできた。

危っぶな!いきなり過ぎて、避けることも出来ずにそのまま拳が顔をすり抜けたぞ!いきなり何すんの!?

 

「急に近づいてこないで。Absolutely(まったく)貴方は一年生、私は三年生。もっと、それ相応の態度があるんじゃないの?」

 

この人、白衣なんて着てインテリ系かと思ったら、随分と体育会系の思考をしてらっしゃる。しかも問答無用で拳が飛んでくるなんて、見た目によらず不良なのか?学園都市の科学者は木原さんといい、アクティブな人が多いなぁ。

 

「でも……そう、貴方が噂の新しいlevel5ね」

 

噂?

 

「ええ、そうよ。我が長点上機学園にlevel5が入学したと、教員が話しているのを聞いたのよ」

 

じゃあ、その噂には俺のバグの事まで知られてるってことか。よく考えたら俺って230万人の頂点の一人なんだもんな、そりゃあ噂の一つや二つ出てくるか。

 

「明日は、私が学園都市を案内してあげるわ」

 

え、どうしたんですか?急にそんな優しくなって。

案内をしてくれていた布束さんは、立ち止まると俺の目を覗き込むようにして、学園都市を案内してくれると提案してくれた。

でも、いきなりそんな事言われても……。

 

「いいわね?」

 

は、はい……!

 

顔を覗き込んできた布束さんは、俺の返事が遅いとみると、なんと言うか。ドスの聞いた声で催促してきた。

 

凄く怖かった……。

 

 

 

 

 

「時間通りね」

「…………」

 

昨日、布束砥信は、運命の会合を果たした。

 

学園の校舎を歩いていた時である、塵一つ付いていない新品の制服に身を包んだ男子生徒が廊下を歩いていた。長点上機学園の校舎は広い。地図がないと、入学したての生徒が迷ってしまうぐらいに。新学期が始まって既に三ヶ月も経過していたが、入学が遅れたのだろうと思い、その男子生徒に話しかけた。

 

「貴方、そんなところで何をしているの?」

 

迷っている事は既に分かっているが、念のため何をしているのか聞いてみる。話しかけられた男子生徒は振り返る。

 

その瞬間、布束の時間が止まった。

 

黒い髪に少し垂れた瞳、そして右目の泣き黒子。絶世の美男子、上乃慧厳だった。

布束の心中に、今まで感じたことの無い感情が光の速度で駆け抜ける。心臓が高鳴り、正常な判断を下すのが難しい程に頭に血が上った。

それからどれ程の時間、そうしていただろう。一分だろうか10分だうか。上乃の顔を布束は、見つめ続けた。

 

「………ッ!あ、貴方、何年生?今は授業中のはずだけど」

 

(what()?どうしたと言うの、何でこんなに体が熱いのかしら……)

 

「……一年、職員室を探している。お前は誰だ?」

 

持ち前のポーカーフェイスで今までに感じたことの無い体調の不良を隠しながら。布束は、少し慌てて言った。返ってきた返答に布束は、取り繕うようにしてそっぽを向きながら答える。

 

「私は布束砥信。職員室を探しているなら私が案内してあげるわ」

 

(……想像通りの涼やかな声……いや、そうじゃない!この後は、いつも通りに妨害工作に行かないと……)

 

でも、と布束はチラリと男子生徒を盗み見る。

そこには、案内してくれないのかと、小首を傾げた上乃が不思議そうに見ていた。

 

………後でもいい、か……。

 

 

 

のっそりとした足取りで、少しでも彼との時間を長くしようと、わざと遠回りしながら職員室に向かう。

 

(……一体どうしたと言うの?彼の顔を見た瞬間から胸のざわめきが止まらない)

 

歩きながら、そっと右手を胸に添える。表情こそ変わらないが、布束の心臓は、発作でも起こしているかの如く脈動していた。困惑し続ける布束を他所に、距離を詰めていた上乃が彼女に近づく。

 

「ッ!」

 

反射的に裏拳を放つ。しまった、と思ったのも束の間、拳は正確に上乃の顔面を捉えていた。しかしそれは、上乃の能力ですり抜けた事により当たることは無かった。そしてその現象を目の当たりにした事によって、布束の頭が急激に冷やされた。

 

「急に近づいてこないで。Absolutely(まったく)貴方は一年生、私は三年生。もっと、それ相応の態度があるんじゃないの?」

 

クールダウンした脳で漸く正常な思考能力が戻った布束は、先程の現象で目の前の青年の正体を看破した。それは、入学したにも関わらず一度も登校してこない、新たなlevel5がいると。それが気になったため、バレないように書類をコピーして、対象の情報を入手していたのだ。

 

(まさか、こんな風に出会うことになるとはね。…………!?)

 

上乃がlevel5であることを見抜いた布束は、その頭に一筋の閃光が走る。

新たなるlevel5が発見(・・・)されたと言うことは、彼はこの学園都市に元々いた学生ではなく、外部で発見されたのではないか?

彼がこんな時期になって、今さら登校して来たのは、今までずっと研究所に拘束されていたからではないか?

つまり彼は、学園都市の地理について詳しく無いのではないか?

 

「明日は、私が学園都市を案内してあげるわ」

 

布束は、気づいたときにはそう口走っていた。

 

 

 

 

━━ねぇねぇ、あの人凄くカッコいい!

 

━━隣の女の人、彼女かな?釣り合ってないよねぇ~www

 

━━私、アタックしてこようかな

 

昨日の約束通り、学園都市を案内している布束とされている上乃は、街中を散歩している。

要所要所で布束が解説をいれるだけで、特に会話することもなく無言で歩く二人だが、その回りは芸能人がロケでもしているかの如く賑わいを見せていた。集まった殆どが女性で、その全てが上乃の美貌に釘付けになり、思い思いの言葉を口にする。

 

ギリッ!

 

Fucking(クソが)……!」

 

本人の知ってか知らずか愚痴を溢す布束は、普段のジト目とは似ても似つかない、ギョロりとした目で周囲を睨み付けた。

 

『こ、怖っ!』

 

そのあまりの形相に周囲が引いている間に、上乃の手を引いた布束は、集団から抜け出し近くの服屋に入った。

 

「………何を?」

「このままじゃあ、散歩することすら儘ならないから……これを着て」

 

服屋に入った、布束は速攻で目的の物を持ってくる。その際、彼に気づいて近づこうとした女性店員を牽制しているのは、流石と言えよう。

 

「さっ、気を取り直して行きましょうか。but(でも)その前に少しお腹が減ったわね。何か食べましょうか?」

「…………」コクコク

 

上乃は、布束からプレゼントされた大きめのフードが付いた服を着て顔を完全に隠している。そのお蔭で外に出ても、女性が彼に釘付けになることはなかった。その事に布束は、フッと鼻で笑い、そのまま食事に向かった。

 

選んだ食事先は、街角でクレープの移動販売をしているところだった。

 

「私は場所を取っておくから、買ってきてくれるかしら」

「………分かった」

「それじゃあ、よろしくね」

 

買い物を任せた布束は、座ったベンチで一息つく。疲れているのだろう、だが一見無表情に見えるその顔はほんの僅かにだが口角が緩んでいた。

 

「こんなにゆっくりした時間は、本当に久々ね」

 

衝動的に彼を案内すると言ってしまったが、一緒に街中を歩く時間は、会話など無くともとても楽しい物だった。最初こそ不愉快な目にあったが、それも己の機転によって難なく乗り切る事もできたし。

このデートもt……

 

「………デート…なのかしら?」

 

ふと思った疑問。思えば色恋沙汰などとは、無縁な人生を送ってきた。幼少の頃から生物学的精神医学で成功し、実験、研究の毎日。同世代の人達が楽しい青春を送っている間も、冷たい研究室でずっと一人。

これは、いわゆる『春』と言うやつが来たのだろうか?季節は夏だが……

 

「………彼、遅いわね」

 

そんな事を思っていると、無性に上乃の顔を見たくなった布束は、クレープ屋の行列に目を向ける。

 

「…………チッ!」

 

彼を見つけるとその目に写ったのは、クレープを両手に持ち、女子中学生と話をする姿だった。

顔を隠しただけでは足らなかったのかと、カッとなった勢いのまま駆け足で上乃と少女の間に割って入る。

 

「クレープを買うだけで何時までかかっているのかと思えば……。Absolutely(まったく)、ナンパなんて良いご身分ね」

 

ホントは違う事を分かっている。短い間だが、彼が自分から他人に話しかけるような社交的な人ではないことを。それでも、彼と自分以外の誰かが、特に女が話しているところを見るのは、我慢ならなかった。

 

「ほら、さっさと行くわよ」

「あ、あの!」

 

上乃の腕を引き、直ぐに立ち去ろうとする布束に勇敢にも話しかける少女。

 

「………何か?」

 

それに対して布束は、今日既に一度見せたアノ顔になりそうになるが、グッと堪えて対応する。

 

「そのですね、知り合いがゲコ太をすごーく欲しがってまして。一つ譲って貰えないかなと思いまして」

「そう………」

 

それを聞いた布束は、少女の後を覗いた。そこにいたのは、己と因縁浅からぬ少女。超電磁砲(レールガン)の御坂美琴だった。

 

(オリジナル!?)

 

一目で気づいた布束は、動揺を悟られないよう平静を装いながら返答する

 

「答えはNOよ、さよなら」

「そうですか……」

 

早足で去る、布束。その際にちゃっかり上乃の腕を組んで引っ張って行った。

 

ドサッ…!

 

え……ええぇぇぇぇー!!

 

後方から何かが倒れる音と悲鳴が聞こえるが気にしない。そのまま確保してあったベンチに座り、上乃が買ってきたクレープを受け取り食べ始めた。

 

「貴方、ちゃんと断る事ぐらいしたら?」

「…………」

「まぁ、いいわ。Than that(それより)オマケで貰ったゲコ太?だったかしら。それ貸しなさい」

 

言われた通りに、ゲコ太を差し出す上乃。それを受けとった布束は、一つを自分の携帯に付け、もう一つを彼のパーカーのチャックの部分に取り付けた。

 

good(いいわね)

「…………?」

 

一仕事終えたかのように、額を拭った布束。お揃いと言うことだろうか?

 

そんな一連の動きの後、クレープを食べ始める二人。やはりと言うか、二人の間に会話はなく、黙々とクレープを食べ進める。ベンチに座る二人の距離は、端と端に座っており距離が不自然に開いていた。

その距離をジリジリと詰める布束と両手でクレープを食べ進める上乃。

二人が食べ終わる頃には、二人の距離は肩が触れ合いそうな距離まで狭まっていた。

 

「上乃君。貴方には名前で呼び会う友達はいるのかしら?」

「…………」フルフル

「そう。timing(丁度いいわ)私と友達になりましょう」

 

突然の告白。それを聞いた上乃は、布束をジッと見つめる。フードで隠れているが、戸惑っているのだと、布束は解釈した。

 

「嫌なの?」

「…………」フルフル!

「じゃあ、決定ね。……私の事、砥信って呼んでくれるかしら?」

 

何処か釈然としないが、友達となった二人。布束の提案で名前で呼び会うことになったが、上乃は、それを中々言おうとしない。

数分間が空いたが、漸く名前を口にした、それも飛びっきりのイケボで。

 

━━━砥信……?

 

「………まぁまぁね。……やっぱり名前で呼び会うのは少し早かったかしら、ちょっと御手洗いに行ってくるわ」

 

上乃の名前呼びを聞いた布束は、ハンカチで顔を押さえた後、早口でトイレに行ってくると言い競歩で公共便所に駆け込んだ。少し上を向きながら。

 

「……あれは駄目ね」

 

何が駄目なのだろうか?洗面所で顔を洗った、布束は先程の出来事を思い出す。

 

「ッ!」

 

そうしたら、またしてもハンカチを顔に当て上を向いた。押し当てたハンカチには、僅かに血が滲んでいた。

 

ドガァァン!!!

 

「何?」

 

布束がトイレで溢れ出す物を押さえていると突如、外から爆音が木霊して、人々の悲鳴が聞こえてくる。外で異常が起きたのだと把握すると、急いでトイレから飛び出した。

外に出ると、通りにあった銀行からモクモクと黒煙が上がり、空を自動車が舞っている瞬間だった。

 

「何がどうなってるの?」

「お前!こっちに来い!」

 

トイレを飛び出し、外で繰り広げられていた光景に驚いていると、見知らぬ男が息を切らしながら叫んできて、布束を拘束した。

 

「お前ら全員動くなよ、動いたらこの女の顔を焼くぞ!」

「卑劣な……ッ!」

 

男の手に灯した炎が顔に近づく。僅かに顔を顰めた布束は、周囲を見渡した。

 

気絶した男が二人、風紀委員の腕章を付けたツインテールの女と花飾りを付けた少女。そして、オリジナル。

 

(なるほど、この男が犯人か……)

 

一瞬で自身の置かれた状況を理解した布束は、その持ち前の頭脳を生かして、この状態から抜け出すことを画策した。

 

「……これは忠告。今すぐ私を離したほうが身のためよ」

「何言ってやがる?お前、自分の状況分かってんのか!?」

「ええ、もちろん。貴方が私に危害を加えてしまった事を、ね……」

「な、何を……?」

 

不気味な印象を与えつつ、相手に恐怖心を植え付ける。相手は既に追いつめられている、人質を取っているのがその証拠だ。なら、虚言だとしてもそれは、充分に効果がある。だが、話した内容に虚言の類いは一切含まれていない。

彼ならば、必ず……!その為に己も自分の出来ることをしようと行動する。

 

布束の言葉に動揺した犯人は、そのせいで拘束が少し緩んでしまう。そして奇妙な浮遊感が布束を襲った。

 

「残念、時間切れね。Thank you(それでは)さようなら」

「なっ……!?」

 

突如としてその姿を消した、布束。

そして次の瞬間、初春の隣に消えた布束と、彼女に寄り添う様にして上乃が出現した。

 

「………布束さん」

「心配いらないわ。Than that(それより)私があんなことをされたのに何もしないの?」

「…………」

 

上乃は、その言葉を聞くとサッと立ち上がり、犯人に向かって歩き始めた。

 

(つれないのね)

 

「お、お待ちなさい!一般人は下がっていてください、これは風紀委員の仕事ですの!」

「貴方達こそ下がっていなさい」

 

風紀委員の静止を遮り、布束は誇らしげに言い放つ。

 

「怪我するわよ。貴方達と彼とじゃあ……次元(・・・)が違うから」

 

 

 

 

 

「ありがとう、助かったわ」

「…………」

「助けて貰っておいて、こんな事言いづらいのだけど……」

 

見事犯人を撃退した上乃。そしていち早く彼に駆け寄った布束は、あるお願いをする。

 

「私、この後用事があるの。namely(つまり)風紀委員の事情聴取をしている暇は無いの、だから貴方の能力で何処か遠くに飛ばしてもらえないかしら?」

「…………」コク

「ありがとう。この御礼は、必ずするわ」

 

お願いを快く引き受けた上乃。布束の肩に手を置き、能力を行使する。そうして、また一瞬の浮遊感の後、布束は事件現場から遠く離れた場所に転移していた。

 

「…………またね」

 

そう一言呟いた後、布束は路地裏に消えていった。

 

 

 

 

 

 




布束さんは、怒るとジト目からギョロ目に変化する。(後付け設定)


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七話

布束さん、俺が何したって言うんですか?

 

彼女の初対面での印象は、体育会系不良科学者の怖い人だと思った。けど、学園都市を案内してくれるって言ってくれた時は、優しい人だと思い直した。パーカーだってプレゼントしてくれたし。これのお蔭で女の子達にあまり構われなくなったから、やっぱりもっと早くから顔を隠せばよかったな。暑苦しいから嫌なんだけどね。

 

でもさ、そこまでだよ、そこそこ楽しく散歩出来てたのわ。昼食に寄ったクレープ屋で女の子と一分程度話してただけで、放送規制が入りそうな顔で睨まれたし。その後も友達になろうって言っといて、いざ名前呼びしたら口許押さえてトイレに駆け込むっていくらなんでも酷すぎでしょ!。貌の効果が無かったらこんなに気持ち悪がられるなんて思ってなかったよ……。そして極み付けは、布束さんがトイレに駆け込んで直ぐに起きた強盗事件。危ないから逃げようとも思ったけど、布束さんを置いていく訳にもいかず、物陰に隠れていたら犯人の一人が布束さんを人質に取りやがったのですよ!

不味いと思い急いで助け出したら、そりゃあもうイイ笑顔で「私があんなことをされたのに何もしないの?」だってさ。

 

怖くて逆らえないから言われた通り、犯人に焼きを入れに行きましたよ。

残念だったな犯人、体育会系の布束さんに手を出したのが運の尽きだよ。怪我しないように出来るだけ派手に且つ手加減してやるから感謝しな。

 

UBWから適当な剣を射出して犯人の足元を爆散。

そしたら布束さんが駆け寄ってきて、誉められるのかな~と思いきや、風紀委員に事情聴取されるのが面倒だから私をどっかに送れと。そして、俺一人風紀委員の支部まで連行されて調書を書いている、と………。

 

もう一度言おう。布束さん、俺が何したって言うんですか………!?あってから1日しか経ってないのにこんな酷い扱いをされるなんて………

 

にしても調書ってこんなに長くかかるもんなのか?3時間も経つんだけどまだ終わりそうに無い。けど、その理由は大体察しがつく。今はフードをかぶり直しているけど、犯人を吹っ飛ばした時に捲れてしまって顔を晒した。その時に風紀委員の人達に顔を見られたから、何時も通り魅了してしまったのだろう。

頭に花が咲いている子と茶髪のショートヘアーの子が、すっごくギラついた目で見てくんだもん、困っちゃうよね。

布束さんに効かなかったから、つい油断してしまった。

 

でも、もう一人のツインテールの子は、何か………探るような目と言いますか、どことなく落ち込んでいるような………。

あれ?急に恐ろしい目付きに変わったぞ。まるで某汎用人型決戦兵器の暴走状態みたいになってるんですが!?

 

そんな奇異の視線に晒されながら調書を終えると、俺の調書を書いていた眼鏡巨乳の子がすまなそうに頭を下げてきた。

遅くなってすまない?いやいや、気にしなくていいですよ。え?こんなことがこれからもあるかもしれない?

眼鏡巨乳の子が、最近の学園都市で起きていてる問題について教えてくれた。最近能力者による犯罪が増えているとか、その中でも虚空爆破事件なるものが特に危険でこれからも続くと思われるから気をつけてくれとか。

あれ、この人学園都市に来てから初めてのまともな人なんじゃないか?………比較対象が木原さんと布束さんじゃあ、比べる事すら失礼か。

 

そんな、久々に普通の会話を少し楽しんだ後、風紀委員の支部から帰路についた。

長かった一日も漸く終わり、後は帰って寝るだけ……なのだが。風紀委員の支部を出てからずっーと妙な視線を感じる。

 

長年の勘が言っている。これは………ストーカーだ!!

 

ねっとりした視線、今にも襲いかかってきそうな危ない気配に微かに聞こえる荒い息づかい。

間違いないね、これはストーカーですよ。ストーカー歴(被害者)三年。総数、300を越える見知らぬ人に私生活を覗かれ続けた俺のゴーストが、そう囁いている!

 

マジか~、学園都市に来てから研究所に籠りっぱなしで顔を見られたりするような事が全然なかったから大丈夫だと思ってたんだけど………。

 

今朝に出来たのかな?学園都市初日のあの日は速効で研究所に行って数ヵ月出てこられなかったから無いだろうし、あの時ぐらいしか思い当たる物もがないな。

 

でもまぁ、ストーカーの対処ぐらい慣れたもんですよ。とりあえず、こう言う輩に家を知られるのは不味い。なら、さっさと撒いてしまおう。幸い、この学園都市に来てから俺の逃走力は、以前の俺とは比較にならない程に向上しているからな。

 

と、言うわけで問答無用でUBWから適当な剣をドーン!そして、瞬間移動で即離脱!

完璧だな、ストーカーの撃退と逃走を一辺にやってしまえるこのバグ、チョー便利。GTAみたいに、ややこしいパスワード使わなくていいしな。

兎に角、これで本当に終わりだ。

 

ふぅ……これで今夜も安心して熟睡できる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

………これフラグじゃね?

 

それに気づいた時には、俺の目の前に何かが不時着した後だった。

 

 

 

 

 

「あの人が御坂さんと同じlevel5」

次元移動(ディメンジョネイター)………」

 

今日の昼頃に起きた銀行強盗。その現場に偶然にも居合わせたlevel5の上乃慧厳、彼の事情聴取が風紀委員第一七七支部にて執り行われていた。

その場にいるのは、風紀委員所属の初春、黒子、二人の先輩である固法美偉と、何故かついてきた御坂美琴の四人と上乃が居る。佐天は、用事があるとかで先に帰宅していた。

 

彼の事情を聞いている固法の後ろで美琴と初春が、その様子を観察するように見ている。初春は、何処か熱に浮かされたように、美琴は、獲物を前にした肉食獣のような目をしていた。

 

一方、黒子の方は書庫に正式に更新された情報。『次元移動』の情報を食い入るように見ていた。

 

 

【上乃慧厳『次元移動』】

今年の四月に行われた新入生の身体検査にて発見された新たなlevel5。空間移動能力に属すると予想される。

書庫内の情報に於いて、予想されるなどと言う不確定な表現は本来使用すべきではないが、次元移動は今だ不明な部分が多く解析が進んでいないためであると思われる。

だが、数ヵ月間実験を繰り返したものの一向に解析が進まず、一部では、この能力を第七位と同じ正体不明の力であるとする見解も有り、既に匙を投げた科学者も存在する一方、この能力の商業的、戦略的価値は計り知れないとの見解も存在し、今後の研究如何によっては序列の繰り上げも充分に考えられうる、と言うような説もある。

しかし、現状ではこの能力を利用した装置などの製造が不可能とされることと、研究も満足に済んでいないことから暫定的に第八位とする。

 

 

(わたくしと同じ、空間移動能力。それもlevel5クラスの能力強度………)

 

黒子は上乃の情報を目にした時、嫉妬のような感情を抱いた。己がお姉さまと慕う美琴は、level5の超能力者。そんな彼女と肩を並べ、支えに成る事が目標である黒子にとって、同系統の能力でありながら自分よりも先にlevel5となった上乃に対して妬みのような感情を抱かずにはいられなかったのだ。

 

視線をパソコンから上乃に向ける。

本当にあの男がlevel5なのだろうか?あの男が美琴と同じ学園都市の頂点を担う者の一人なのだろうか………。

 

(お姉さま……)

 

不安に思ったのだろう黒子は、上乃から美琴に視線を向ける。そこに見えるのは、黒子をして今まで見たことの無いような笑みを浮かべる、美琴の姿だった。

 

(お姉さま?………ま、まさか!?)

 

黒子の灰色の脳細胞に最悪の光景が過る。

それは、同僚の初春が先程からずっと彼に送っている情熱的な視線と同じものを美琴が秘めているのではないかと言うこと。

 

初春は、言っていた『まるでお伽噺に出てくる王子様みたいでした!?』と。

 

そしてこれまた、ありきたりな三流小説のような一目惚れというベタな展開になっていた。

でもまさか、お姉さままでもが、顔が良いだけの男に心を奪われてしまったのだろうか?

 

いや、位置的に美琴と黒子には、上乃の顔は見ることが出来なかった。だから、美琴が何れだけ彼を見ながら笑みを浮かべていても、時折彼の名前を呟いていても、初春のようなチョロインな訳がないはずだ。

しかし………

 

(あの、ペ・キ・ン・げ・ん・じ・ん・がぁー!

お姉さま!黒子は……黒子は、絶~対!認めませんのー!!)

 

灰色ではなく、ピンク色の脳細胞の黒子には、その事にまで頭が回らなかった。

 

「これで、調書は終わりね。ごめんなさいね、こんなに長く拘束してしまって。」

「…………」

 

後ろで後輩が暴走しているとは露知らず、調書を終えた固法は、事件の功労者である彼を長時間拘束してしまった事に謝罪する。

でも、これだけ調書に時間が掛かったのは、彼が寡黙すぎるせいでもあるのだが。

 

「………あの、もう質問すること無いんですか?」

「ええ、これで本当に終わりよ。それがどうかしたの、初春?」

 

彼が帰宅のために立ち上がったところで、静かに調書の様子を見守っていた初春が固法に質問する。

 

「いや、その……もう終わりなのかな~って、思いまして………」

「………さては、彼に惚れたの初春?」

「ええ!?いや、あの、そんなんじゃあ………」

 

固法の核心をついた言葉に思わず赤面する初春。その慌てっぷりに思わず笑ってしまう固法。

 

「あの人、上乃さん凄く格好良かったし……」

「そうね、確かに芸能人にいても可笑しくないぐらい格好良さげではあったけど」

「ですよね!白井さん達もそう思いませんか?」

 

固法の共感に嬉しがる初春は、黒子と美琴にも同意を求めるが、それに返事は帰ってこなかった。

 

「あれ?白井さん達がいない………」

 

いつの間に居なくなったのか、風紀委員の支部から黒子と美琴は、姿を消していた。不思議がる初春を他所に恐らく帰ったのだろうと思った固法は、上乃が出ていった出入口を見つめて、ふと浮かんだ疑問を何の気なしに呟いた。

 

「………そういえば、彼の顔も見てないのに何で格好いいなんて思ったのかしら?」

 

 

 

 

 

「アイツ、一体何処に行くのよ」

「………お姉さま、やっぱりあの男の事を……」

 

日は沈み、夜になった学園都市でコソコソと隠れながら移動する美琴と黒子の二人。

彼女等は風紀委員の支部から出ていった上乃を尾行していた。

 

「お姉さま、何であの殿方の後をつけるのですか?」

「なんでってそりゃ………ちょっと気になって」

 

(気になる?……気になる……気がある……)

 

本人は、別に意図して言っていないのだろうが、その言葉が黒子のくだらない妄想を信じ込ませる引き金となった。

 

「お姉さまぁー!!」

「ちょ!?いきなり飛びついてこないでよ!」

 

鬼気迫る表情で美琴に飛び掛かる黒子。

 

「認めませんの、お姉さまが初春のようにこんな容易く落とされるなんて!?」

「はぁ!落とされるって何?」

「今さら誤魔化しても黒子には、全部お見通しですの!お姉さまは、あの何処とも知れない馬の骨に心を奪われてしまったと言うことを!」

「な!?」

 

漸く黒子の言っている意味を理解した美琴は、赤面した表情で慌てて否定する。

 

「ば、バカ!そんなんじゃあ無いわよ!わ、私はただアイツがどんな奴なのか気になっただけで……」

「それが!心を奪われてしまったと言うのですお姉さま!

あぁ……あぁ!こうやって後をつけているのもあの殿方の住所を知るためなのでしょう。そして毎日の如く押し掛け女房のように通い日々世話し、育まれていく愛。そして何時しか二人の思いは一つになって………。許しませんの……認めませんの………こんな、こんな展開……お姉さまー!!」

「だから違うって!」

 

荒い呼吸で美琴にしがみつく黒子とそれを引き剥がそうと悪戦苦闘する美琴。二人がこうしている間にも上乃の歩みは進み二人を引き離していく。

 

「あーもう!いい加減離れろー!」

「アァァァン!お、お姉さ…ま………」

 

あまりのしつこさに電撃を放って黒子を引き離すことに成功した美琴だが、当の電撃を受けた黒子は、美琴からのこうげきに身悶えしていた。その姿に頬が引きつる思いの美琴だったがこれ以上時間を無駄にする訳にもいかない。黒子には、ここで帰ってもらうことにした。

 

「黒子、アンタは先に帰りなさい。私は今日遅くなるから」

「ま、まさか……お姉さまあの殿方と一夜を共に……!?」

「だーかーら!違うって言ってんでしょうが!

兎に角、アンタは先に帰って寮管を誤魔化しておいて、今度お礼はするから」

「お礼?」

 

お礼という言葉に反応する黒子は、少し痺れる体を起き上がらせて美琴の目をじっと見つめた。

 

「………」

「………」

「………はぁ、わかりました。今回だけは、見逃して差し上げますわ。その代わりキッチリとお礼はしていただくのでお忘れなく」

「サンキュー黒子」

 

美琴のお礼という言葉に引かれた黒子は、今一度美琴を信じることにした。空間移動で寮へと帰る黒子に軽く感謝する美琴だが、黒子がただ単にお礼という言葉に釣られた事には気づいていなかった。

 

「さてっと、アイツは………」

 

これで、改めて後を追うことができると上乃の方に向き直ると、その本人は路上で立ち止まっていた。何をしているのだろうと注意深く観察するが特に何もせずにその場で静止しているように見えたが、その視線が隠れている美琴を射抜いた。

 

「ッッ!?」

 

フードで隠れていて顔は見えないが、確実に此方を見ている。気づかれたのだと思った美琴は、潔く出ていこうとすると、彼の周囲の空間が歪んでいることに気づいた。

見覚えのある現象だった。それは、今日の昼間にも見た、強盗犯を一撃で吹き飛ばした攻撃の予兆である事を。

 

「まずっ!」

 

気づいた美琴は、急いで回避する。磁力を操り、ビルとビルの間を飛ぶようにして舞い上がった。その次の瞬間に先程いた場所が粉々に吹き飛ぶ。

あと少し気づくのが遅れていたら危なかった事に冷や汗が流れるのと同時に美琴は舌なめずりをする。

 

「上等じゃない!アンタもそのつもりだったって訳ね」

 

ビルの屋上に着地した美琴は、さっきまで上乃がいた場所を見るがそこにはもう誰もいない。逃げたとも思ったがただ場所を移動しただけだと辺りをつけた。ならば、この付近で広く回りに被害が及ばない場所にいることが容易に想像出来る。

 

「待っていなさい……!」

 

電力、磁力を駆使して高速で移動する美琴。こんなことなら黒子を帰すのではなかったと思ったが、己がこれからやろうとしていることを思えば、それは都合が悪い。彼女の立場なら絶対に止めなければいけないからだ。

 

移動すること数秒、上乃の姿が河川敷で目視できた。発見した美琴は、空から土煙をあげながら着地する。

 

「待たせたわね!」

 

意気込む美琴と、無言で佇む上乃。

 

学園都市の三位と八位が今ここに相対する。

 

 

 

 

 



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八話

更新が遅れて申し訳ない!

いやね、FGOがCCCコラボなんてやるから、小説が手につかなくてですね。

まぁ、全部言い訳ですので適当に読み流してください。


それと主人公の容姿についてなんですが、ディルムッドの黒子とかいろいろありますが、一応ちゃんと把握して設定を考えているのでご安心を。納得されるかどうかは、別ですが。



「さっきは随分物騒な挨拶してくれたじゃない」

 

使い勝手の良くなったバグでストーカーを撃退して、意気揚々と家に帰ろうとしたら、空から女の子が落ちてきた。

スカートに短パンて土偶かよ、いやそうじゃなくて、えっと君は確かカエルのストラップ貰えなくて落ち込んでた短髪ちゃんじゃないか。風紀委員(ジャッジメント)の支部に居たよね?どうしたん空から降ってきたりして、シータなのかい?

悪いけど俺に親方の知り合いはいないから、あの名言は言えないかな。博士ならいるんだけど。

 

「黙りって訳ね……まぁ、いいわ。私も端からそのつもりで後を着けたわけだし」

 

後を着けたって、ま、まさか君がさっきのストーカーなの!?

マジでか~、俺がいきなり消えたからここまで追ってきたのかよ。凄い執念だねってかよく分かったね。何?君もアレですか何時ものパターンですか?それともストラップをあげなかったこと根に持ってるのかな。

 

「アンタも興味あるんでしょ、同じlevel5同士どっちが強いのか。私と勝負しなさい、次元移動(ディメンジョネイター)!」

 

勝ち気な瞳で指を差して宣言する短髪ちゃん。

いやいや、ちょっと待とうよ。同じlevel5ってことは君も超能力者なの!?

 

そういや布束さんの所偽ですっかり忘れてたけど、この子強盗の乗った車を吹っ飛ばしてたっけ。嘘だろ、俺level5に攻撃しちゃったのかよ………。

 

「私はlevel5の第三位、超電磁砲(レールガン)の御坂美琴よ!」

 

しかも上から三番目かよ!?ふざけんな!こっちは数ヵ月前にlevel5なったばっかのぺーぺーで、しかも最下位だぞ!なんでそんな格上とバトルしなきゃいけないんだよ、もっと段階的に七位辺りからだろ普通!

 

「アンタは別に自己紹介しなくていいわよ、もう調べてあるから。

それじゃあお喋りはこのぐらいにして、始めるわよ!」

 

待って!待って!タイム!タ~イム!話せないけど聞いてくれ、五分でいいいから!

 

そんな俺の必死の懇願(心の中で)も虚しく。短髪ちゃんは攻撃を仕掛けてきた。全身に電流が走り、青白いプラズマが光速で襲いかかる。

だが、それは予め透過状態にしておいたお蔭で、俺の体を通りすぎ、後方の茂みを焼き焦がした。

 

「やっぱりすり抜けるか……」

 

やっぱり、じゃねぇ!何すんのこの子、明らかに人体に流れていい電力じゃなかったよね!?

ヤバい、殺す気だ。この子俺を殺す気だよ、ホントに今日は踏んだり蹴ったりだなチキショー!

 

はぁ、でもこんな自棄糞になってる場合じゃないか。

さてどうする、転移して逃げるか?いや、相手はlevel5、学園都市の頂点だ。今逃げられたとしてもいつか絶対に捕まる。かと言って交戦しても勝てる気しないし…………。

アレかなぁ、アレやるしかないのかなぁ。

 

このバグ、木原さんのお蔭で随分と使い勝手が良くなってそれこそ不良百人に囲まれても負ける気がしないぐらいに強くなったと自負している。でも、俺が思うにこのバグの本質はすり抜けたり、違うアニメの世界に移動する事じゃない。

 

それは━━━━━………他力本願(仲間の力)だ!

 

実に頼もしい話だと思わないかい?最初の検証でナルガクルガが俺の言うことに従った事が分かった日から、木原さんから隠れてコッソリと役に立ちそうなキャラクターを俺は探していたのさ!

 

でも、怖いからあんまり凶悪な世界に行かなかったせいでそこまで強そうなキャラとは知り合えなかったんだよね。

 

簡単に言うと、俺じゃ勝てないから他の誰かに代わりに戦ってもらおうってな訳ですハイ。

 

しかし一つ問題がある。無機物は此方の世界に持ってきたことはあっても生物を連れてきた事は一度も無いのだ。だから此方の世界でも俺の言うことを素直に聞いてくれるのか凄く不安なんですよ。もし俺の言うことを聞かずにこっちに襲いかかられでもしたら、本当に詰みですな。その時は最後の手段として木原さんに頼ろう、すっごく嫌だけど。

 

「どうしたの、すり抜けるだけ?攻撃してきなさいよ!」

こんな事を考えている合間にも電撃を放ち続けていた短髪ちゃん。

イカンな、いくら同じlevel5でも相手は上から三番目、何時すり抜けを越えて攻撃を当ててくるかわからない。悠長にはしていられないか………。

 

えぇい!もうどうにでもなれ!

 

俺はバグを使いUBWから剣を射出した時と同じようにとあるの世界と別の世界を繋げる。空間が歪み、渦のような物が俺の頭上に発生した。

 

さぁ、来い!━━━━キミに決めた!

 

「ピッカッチュウ!」

 

定番の掛け声と共に空間の渦から飛び出してきたのは、黄色い体に紅ほっぺ、ギザギザの尻尾が特徴的な国民的アニメの顔とも呼べる超有名キャラクター。

 

【ピカチュウがくうかんからとびだしてきた。】

 

「…………ピカチュウ?」

 

頼むピカチュウ俺の言うことを聞いてくれ!

 

「ピッカ!」

 

ピカチュウは俺のボソっと呟いた言葉に反応して振り返りニコニコとした笑顔で返事をしてくれた。

よっしゃあ!流石ピカチュウ、子供に大人気なだけあるぜ、確りと俺を認識できてる。

 

モンスターボールも使わずにお菓子をあげて根気よく手な付けたかいがあったなぁ~。

 

「か、かわいい!」

 

お、どうやらピカチュウの事を短髪ちゃんも気に入ったご様子。先程までの好戦的な様子から目をキラキラさせてピカチュウを食い入るように見ている。

 

「ピ、ピカ~……」

 

その余りに興奮した様子に思わず後退り此方を見るピカチュウ。いや、そんな『どうしたらいいの?』見たいな目で見られても困るんだけど。

 

「~~~……はっ!

あ、アンタ!そんな可愛いい子出してどうするつもりよ!」

 

ピカチュウのプリチーな姿に悶えていた短髪ちゃんは、数分かけて正気に戻った。

どうするって言われても、そりゃあバトルするしかないでしょ。ピカチュウなら短髪ちゃんの電撃にも対抗出来るはずだ。………たぶん。

 

俺は言葉の代わりに右手を前に出し短髪ちゃんを指差す。

 

「ピッカ!」

 

その意図を汲み取ったピカチュウは、頬に電気を走らせながら臨戦態勢に入った。

 

気合い十分だなピカチュウ、それじゃあ10万ボルト辺りをって思ったら、なんか短髪ちゃんの様子がおかしい。

俯いて小刻みに肩を震わせている。ど、どうしたのかな?

 

「ふっざけんなぁー!」

 

バリバリバリバリ!!!

 

短髪ちゃんがキレた!?特大の雷撃を発生させて怒り狂っていらっしゃるけど、どうしたって言うんだよ!これが世に言う、キレる若者と言う奴なのか。

 

「アンタ、そんな小さな子戦わせようって言うの?これは、私とアンタの勝負でしょうが!ケンカってのは自分の体と体でやるもんでしょ!?それをそんな小さな子を代わりに戦わせようなんて………アンタ!男として、いや━━━人として恥ずかしくないの!?」

 

…………短髪ちゃん。今キミは、ポケモンの世界を全否定したよ。

 

「………ピカ?」

 

だから、そんな困った顔で此方を見ないで、どうしたら良いのか分からないのは俺も一緒なんだから。

 

そりゃさ、ポケモンの世界を現実的な目線で見たらそれはもうブラックでしょうよ。

野生で生きてるポケモンにいきなり攻撃仕掛けて、瀕死寸前に追い込んだ後モンスターボールに捕まえてその後ポケセンで全回復。そしてボールから出せば、さっき自分を瀕死に追い込んだ奴がご主人様で、死ぬまでバトルの繰り返し何てそりゃ酷い世界だと思うよ。流石黒いニンテ○ドーだよ。

 

でもね、アニメとか見てたら分かるように結構和気藹々としてるんだよ。今言った事だってポケモンの世界を知る前の俺が想像してたリアルなポケモンだけど、実際にアッチの世界に行ってみれば普通にアニメ通りだったしね。

でも、それを知らない短髪ちゃんからしてみれば、小動物に人を襲わせてるように見えるんだよねコレが。

参ったなぁ、この体じゃあ誤解を解くこと何て出来るわけないしな。

短髪ちゃん激おこだよ。あんな電撃くらったら即死しちまう。

 

「また黙りって訳。そう、もういい。いい奴と思ってたらとんだ屑ね、アンタ。いっぺん………死ねぇー!!」

「ピッカ……ヂュウー!」

 

短髪ちゃんが怒りに任せて放ってきた電撃を俺を守ろうとしてピカチュウが同じように電撃を放って相殺する。

 

さ、流石だぜピカチュウ!行けるぞ、このまま誤解を解かないでいると、とんでもないレッテルを貼られそうだが、そんなもん知るか!命の方が万倍も大事なんだよ!

 

「そう、そこまでするんだ………ホントに屑ね」

 

あ、あれぇ?なんか更に怒りが増してきてるような。アレですか、御自慢の電撃を電気ネズミ何かに防がれたのがそんなに癪に障ったのかな?

 

「舐っめんな!私の最高出力は、十億ボルトよ!」

 

短髪ちゃんが怒りの咆哮をあげると同時に空に向かって電撃を放つ。

十億ボルトってまさか?

 

綺麗な夜空に暗雲が立ち込める。ゴロゴロと大きな轟音が鳴り響き曇天に稲光が走る。

そして一条の雷が俺目掛けて降り注いだ。

 

あ、これはヤバい奴だ……。

 

走馬灯のように思考が加速する、一秒が何分にも感じられる程に加速した脳内で、ある一つの疑問を思い出した。

それは、ピカチュウの電気についてである。

 

ネットではピカチュウの電気についていろいろと物議が繰り返されていた。十万ボルトって響きだけで、実はあんまり強くない、などと言われていたりもしている。それはサトシが事ある事にピカチュウの十万ボルトを受けて平然としているから、とかだ。

 

しかし、皆は知っているだろうか?ピカチュウが覚える技の中でかみなりがあることを。

雷は、1億ボルトもの電力があり、それをピカチュウは五発も放つことが出来る。

そして強い雷と言うものは十億ボルトもの出力があるのだ。

 

つまりピカチュウは、学園都市が誇るlevel5の第三位、超電磁砲の最高出力を受け止める事が出来るのだ。

 

「ピーカピカピカピカ……ピッカー!!!」

 

短髪ちゃんの放った雷とピカチュウの放った雷が激突する。

 

ドォオオオオオオオオオオオ!!!

 

鼓膜が破けるかと思うほどの轟音が鳴り響き、辺りを雷光で照らし出す。

 

って、目がぁ!目がぁ!!何も見えねぇし痛てぇ!あんな至近距離で見たせいで視界が潰れた。これ、治るよね?ずっとムスカ状態とか俺嫌だよ!

 

暫くすると、視力が戻ってきた喜びに死んだ表情筋が動くのを実感した。そして目の前には、あんぐりと口を開けた短髪ちゃんの姿と『やってやったぜ!』と言わんばかりに腕を組んだピカチュウが目に入った。

 

短髪ちゃんもこんな小さなネズミがここまで出来るなんて想像して無かっただろうねぇ。

今、どんな気持ちなんだろwww?

 

「くっ、まだ終わってない!」

 

ショック状態から戻った短髪ちゃんは、未だ萎えることの無い戦意を燃やして再び電撃を放とうとする。

 

ふふふっ、はははははは!いいぞ、いくらでも掛かってくるがいい何度でも相手になってやる。………お願いしますピカチュウ先生!

 

「ピッカチュウ!」

 

そして再び、短髪ちゃんとピカチュウの電撃が激突しようとした時、俺の後方から人影が飛び出した。

その人影は、一人と一匹の間に入り、短髪ちゃんの放った電撃を右手で受け止めた。なおピカチュウは、間に人が入った時点で攻撃を中止したもよう。

 

「おいビリビリ。今の攻撃、人に向けて撃っていいもんじゃねぇだろ」

「あ、アンタ。何でここに?」

「あんだけ派手に電気だしてたら嫌でも気づくわ」

 

どうやら乱入してきたウニ見たいな頭の青年と短髪ちゃんは、顔見知りなのかな?それよりも助かったぁ。さっき調子に乗って掛かってこい的な事を思ったが、あのまま戦い続けたらピカチュウのPP的な物が切れるかもしれなかったからな。

 

ウニ君、そのまま頑張って説得してくれぇ。

 

「えっと、アンタももう十分だよな?」

「……………」

 

え、俺?いや、十分って言うか俺も被害者と言うか………。

 

「え?今何て言ったんだ」

「……………」

 

いやウニ君よ、俺別に声が小さい訳じゃないから、声そのものが出にくいの。だからそんな近づいてきても聞こえないって。

 

俺の心の声が当然届くはずも無くどんどん此方に近づいてくるウニ君。だが、運悪くもまだ興奮状態のピカチュウが俺に危害を加えるとでも思ったのかウニ君に飛び掛かった。

 

「ピッカ!」

「うお!?な、なんだ?」

 

襲いかかるピカチュウにウニ君は、反射的に右手を突きだす。

その時、信じがたい現象が起こった。ピカチュウとウニ君の右手が触れた瞬間、ピカチュウが一瞬にして姿を消したのだ。

 

「………!」

「え?えぇぇぇぇ!?」

「な!アンタなにやっ「あのスミマセン!さっきの猫だが犬だが知れない生き物は貴方様のペットなんでしょうか!?」」

 

どういう事だ、ピカチュウがウニ君の右手に触れた瞬間に元の世界に戻された?当のウニ君は、ピカチュウを殺したとでも思ったのか青い顔で俺にペットかどうか聞いてきた。

 

違うか違わないかで言えば、違わないかな?

 

「…………」コク

「や、やっぱり。あの……突然消えてしまったと言いますか、あの、えっと………」

 

うわーテンパってるなー。そりゃそうか人様のペット殺したらそりゃ焦るか。

 

取り敢えず、無視だな。

 

「…………」

「いや、ちょっと待って!」

 

なん…だ…と!?

 

俺が踵を返して無視を決め込むと、ウニ君が右手で俺の肩を掴んだ(・・・・・)

バカな、今俺は透過状態のはず。誰にも触れられる訳が………

 

「私を……無視すんなぁー!」

 

短髪ちゃんの怒声が聞こえると同時に、俺の意識が吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

最初の上乃の印象は、暗い奴だった。

話しかけても一言も喋りやしない。なに考えてんのかわかんない無表情でずっと佇んでいるだけ。

でも、今日の強盗事件の時に知り合いの女の子を助けたところを見て、悪い奴ではないと思った。

 

そして、風紀委員の支部で書庫(バンク)の中にアイツの情報を見て同じlevel5と分かった瞬間、私の中の好奇心を止めることが出来なくなった。

同じlevel5としてアイツと私、どちらが強いのか確かめようと後を着ける。

 

アイツもその気だったのか不意討ちに一発攻撃してきた後、河川敷で勝負を始めた。

初めは様子見で電撃を幾つか放つもやはりと言うべきか、その全てがすり抜けてしまう。このままでは埒が明かないと思い挑発して奴の動きを待つと、アイツは空間から見たこともない、可愛らしい動物を出してきた。

 

まるでぬいぐるみがそのまま生きているような可愛らしいその生物に暫し夢中になると、事もあろうにアイツはその子に戦うように指示したのだ。

自分から手を出さずに、こんな小さな子を戦わせようとするなんて、当初のイメージが崩れ怒りの感情が沸々と沸き上がる。

 

怒りに任せて電撃を放つと、その小さな子が電撃を放って私の攻撃を掻き消したのだ。

その時確信した。ただの動物を戦わせる訳がない、この子は、動物実験で改造されたのだと。

 

その後も怒りに任せて攻撃しても、全てその子に防がれてアイツには届かない。何故、無遠慮に自分を戦わせようとするアイツ何かの為にそこまでするのか、出来るのか疑問が募る一方だった。

 

再度攻撃を仕掛けると、今度は何時も私の事をビリビリと呼ぶムカつく男が間に入ってきた。

ケンカは止めろだの、なんだのいろいろ言ってきたが邪魔するな。私はソイツを一発ぶん殴らないと気がすまないのよ!

 

刺々頭のアイツは、今度はあの子の所に向かって行くと、アイツは何時もの右手でその子に触れてその子を消した。

 

「な!アンタなにやっ「あのスミマセン!さっきの猫だが犬だが知れない生き物は貴方様のペットなんでしょうか!?」」

 

む、無視……!

 

「私を……無視すんなぁー!」

 

中途半端に止められたことで溜まっていたフラストレーションも纏めて放った電撃は何故かすり抜ける事無く上乃に命中した。上乃の肩を掴んでいたアイツは何時ものごとく無効化したのか飛び退いて無傷のようだ。

 

「………嘘」

「おいビリビリお前なにやってんだ!?」

「し、知らないわよ!さっきまですり抜けて……」

 

さっきの攻撃について怒鳴ってくるアイツの言葉に動揺する。勢いでやってしまったとは言え、人体に流れれば何らかの障害が残る程の電撃を放ってしまった。

上乃の体からは、プスプスと黒煙があがり気を失っている。

 

「おい!アンタ、大丈夫か!?」

 

アイツが駆け寄って呼び掛けるが返事はなかったが、代わりに違う反応が帰ってくる。

上乃が能力を発動したときに現れる空間の歪みが現れたのだ。しかも、何メートルもある巨大な物が。

 

「一体何が?」

 

そしてその歪みから大量の黒い蝶が飛び出してきた。

 

「キャア!」

「こ、今度は何なんだよ!?」

 

目を開ける事すら困難な程の大量の蝶の群は、絶えずその歪みから飛び出し続けている。目を瞑り、終わるのを耐えていると、何処からともなく女性の声が聞こえてきた。

 

『………これはこれは……人の体にこれ程の電流を流すなんて……随分と酷いことをなさるのね……』

「だ、誰?」

 

聞こえてきた女性の声は、人の心を惑わすようなそんな妖しくも、引かれる不思議な力を感じた。

 

『………あまりこの子を虐めないでね……消える筈だった私が……未練がましくもこの世に留まり続けられるのは、この子のお蔭なのですから………』

 

消える、とは一体どういことだろう?

 

『………本来、私は既に終えた身です……あまりとやかく干渉したくはないのだけれど……こんな事が続くようであれば……フフフッ……食べてしまう(・・・・・・・)かも、知れませんよ……』

 

全身に寒気を感じる、今まで感じたことの無いような恐怖が私を包み込んだ。

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!」

 

その声を掻き消すように全方位に電撃を撒き散らす。今感じた感覚、アレは紛れもない……このままだと殺される!

 

『………フフフッ……そんなに怯えなくていいのよ……あくまで、次があればの話ですから……それではさようなら………可愛らしいお嬢さんと……不思議な右手の貴方も、ね……』

 

そう締めくくった後に、周囲を取り囲んでいた黒い蝶の群は元の空間の歪みに戻って行った。

 

目を開けるとそこにいるのは何時ものアイツだけで、上乃の姿は見当たらなかった。

 

 

 

 

 

 

 




ピカチュウの電撃をものともしないサトシはマジパネェー。


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九話

 

 

 

「ほら、朝ですよ……そろそろ起きなさい」

 

暗闇に閉ざされた世界で一人の女性の声が木霊する。

彼女は、砂金のような美しく長い髪に黒い喪服のような服を着ており、まるで少女のような可憐な容姿をしていた。

だが、彼女から漂う雰囲気は、幾年の歳月を積み重ねた知性と母性を感じさせる。

 

ベール越しに覗く美貌に薄く笑みを携えて、目の前で眠りこける青年、上乃の肩を優しく揺らす。

 

「………ぁ」

 

ぐっすりと眠っていた上乃は、己を不快に思わせないよう、優しく揺り動かされた事でその瞼を開いた。

彼は、寝惚け眼に映りこんだ女性の姿に僅かに声を漏らす。

 

「フフッ……おはよう。一応、初めましてになるかしら?……ラケル・クラウディウスと申します」

 

上体を起こした上乃に物腰柔らかに自己紹介する女性、ラケルは、突然の事態に困惑しているであろう上乃にこれまでの事の経緯を説明した。

 

「………」

「……理解してもらえたかしら?……貴方は高圧の電流をその身に受け……気を失っていたのです。………そして、貴方が電撃を受けたことで……貴方の意図とは関係なく、貴方の能力が発動した。………その結果、私はこの世界にやって来たのです……」

 

上乃は、思案する素振りを見せながら、ラケルの姿を爪先から頭までゆっくりと標本でも見ているかのように観察する。

 

「………何故助けた?」

「何故助けたか、ですか?……フフッ……随分と可笑しな事を聞くのですね。……私が貴方を助けようとするのは……当然の事ではないですか。

ですが……その疑問は最もです。……でも、それは貴方以外の人に限ればの話。……何故なら私は……私を含めた数多の英雄譚は……今、貴方の為に存在しているのですから」

 

ラケルの要領を得ない回答にますます疑問を募らせる上乃は、立ち上がり一歩詰め寄った。まるで、早く言わなければ力づくでも聞きだそうとするかのように戦闘態勢に入る。琥珀のように輝く瞳は、一切の虚偽を許さぬようにラケルを射抜く。

だが、上乃が好戦的に振る舞うのとは対照的に、ラケルは優雅な足取りで上乃を中心に円を描くように歩いた。

 

「……怖がる必要はありませんよ。……何故なら既に貴方は……選ばれて、此処にいるのですから。

そうでしょう、上乃慧巌」

「………」

「……貴方のその力……人々の想いと願いによって紡がれてきた、数々の物語を自在に行き来する……神に等しきその御業。……それを成せるのは、それらを実際に見てきた貴方を置いて他にいない。

だからこそ……私達、一登場人物に過ぎない存在は……観測者達から選ばれ、介入する権限を得た貴方に対する協力を惜しみません。

この意思は……貴方の力で呼び出された全ての存在に適用される……。ですから、何も……恐れる必要は、無いのですよ。ね?」

 

子供をあやすように、子守唄代わりに絵本を読むかのように、話をするラケル。だが、語られた内容は、上乃にとって安らぎを与える物とは程遠かった。むしろ彼以外に知り得る筈のない情報が知られていたことに、警戒心を強めただけに終わる。

 

「………!」

「……ですから、そんなに怖がらなくていいのよ。……所詮は貴方の力で呼ばれた存在である私は、貴方の言葉一つで元の世界に戻る。

……それに、万が一敵対するような事があっても、今の私には実態はありません……ほら」

 

そう言って、ラケルは自分の胸に右手を突き入れた。目を覆いたくなるような光景である。だが、突き入れた場所から溢れるのは血ではなく、無数の黒き蝶であった。

 

「……今の私に実態はありません。……あの子達との戦いを経て、ただの残留思念として消え行く定めだった私を呼び出し、そして……繋ぎ止めたのが貴方です。……ですから本当に……私には、貴方を害する手段も理由もありはしないのよ。

……この真っ暗な空間も……別に私が作り出した訳ではありません。これは、貴方の心が映し出した風景なのです」

 

ラケルは、自らの体を抱き締める。妖艶に、吐息を漏らしながら陶然としたように辺りを見渡し、噛み締めた。

 

「……あぁ……何もない……何も存在しない……なんと暗くて……空虚で……傲慢なのでしょう。……まるで中身の無い人形のよう……フフッ…がらんどうね」

 

作られた肉体、デザインされた容姿、用意された立場。

確かに何を取っても上乃が自ら得た物は、何一つ無かった。それをラケルが人形だと揶揄する。

その言葉に上乃は、初めて感情を露にした。足に力を入れて声を荒らげ、激昂する。

 

「………俺を元の世界に返せ!」

「……ええ、わかっています。……お喋りはこれぐらいにしておきましょう。

……それでは、さようなら……次も私を頼ってくれていいのよ……フフフフフフッ……」

 

意識が遠退いていく、目覚めたばかりの脳が再び暗転する。

上下がひっくり返るような感覚と共に目を覚ますと、そこは、新しい住居であるマンションの寝室だった。

 

上乃は、おもむろに立ち上がり、洗面所に向かう。

そして鏡を見据えて…………………

 

 

 

 

 

戻ってなーーーい!!!

 

元の世界ってコッチじゃなくアッチ!リアルの方に返して欲しかったんだって!

はぁ~、やっぱりか、やっぱりだよね。ちょっと期待したけどラケル博士だもん、そりゃそうなるよな。

話が一切通じなかったし、ゲームでも詩的な表現が多くて何言ってるか分かんないところも多かったし………。

 

ホントさ、いい加減にしてくんないかな、どうなってんよ俺の運の無さは……。

電撃喰らって気絶して、目覚めたら真っ暗な空間で目の前に居るのはラスボスって。もうコレ俺を殺しに来てるとしか思えないんだけど。

 

しかもラケル博士って、チョイスが悪質過ぎるわ!

何?あの真っ暗な空間って俺の精神世界だったの。駄目だろ!ラケル博士と精神世界とかそういうメンタル的な事で一緒にされたら俺もジュリウスみたいにされるかもしんねぇだろーが!

こちとら話の最中ずっと、イイ子されるんじゃね?こんなにイイ子されるんじゃね?て、終始ビビりっぱなしで、腰が引けたままだったんだぞ。

 

そして会話の最中に急に何かエロくなったしさ。ヤバかったぜ、悠木ボイスでされるのは結構くるものがあったけどそれ以上に目だよ目!

ありゃ完全に肉食動物の目だった。俺を性的に狙ってきたストーカー共と同じ目をしていたんだぜ、あのラケル博士が。

 

ジュリウスじゃなくて九条博士の方だったか~、捕食(物理)されちゃうかもな~、そういやジュリウスも最後は食べられそうになってたっけかな?何て、ボケてる余裕など無く。ガチで漏らしそうになったし。

 

だが、ラケル博士との会話は恐怖を感じる一方、俺の現在の状況とどういう立場のキャラとなっているのか把握する手助けとなった。

英雄譚とか、物語って要はアニメとかゲームの事だよね?じゃあ観測者達ってのは誰の事だ?読者かプレイヤーかそれとも作者か………。まぁ、どちらにしろ認められて介入する権限がある云々の話は、VRゲームの事を指しているのだろう。そしてバグによって呼び出したキャラ達は、何故か知らないが俺への協力を惜しまないと。

正直、半信半疑だけどそれが本当なら俺の生存率はかなり上がる。でもだからってラケル博士みたいな危険なキャラを呼ぶのは怖すぎるから絶対に嫌だけど。

 

けどラケル博士が随分とメタ発言してくるから、いろいろ勘違いをしてしまった。俺の事を人形とか言ってくるし、自分が登場人物の一人だと認識してるし。

そりゃあ今の俺の体はアバターだけど、そんな事にも触れるって事はもしかして彼女は、運営が用意したお助けキャラ的な存在なのかもしれないと思った。

 

ほら、ドラクエとかの村長的な?ラケル博士にやらせるって配役に問題ありすぎだろと今にして思うけど、あの時はもしかしたらリアルに帰れるかもしれないという期待から、そんな簡単な事にも気づかなった。

 

そして現状に至ると。

あの人の姉貴は、オープニングでこそラスボス臭のするキャラだったが実際見てみると妹に良いように使われるポンコツキャラだったからな。だからって妹の貴方までこんなボケかまさなくていいのに。

 

期待していた分、ガッカリだな。

 

もう一度鏡に写る自分を見る。腹立つくらいのイケメンでとてもリアルの俺ではない。服も電気が流れたせいか所々焦げ付いている。

 

せっかく布束さんが買ってくれたフードが……これじゃあ着られないな。クリーニングで直るか?

とりあえず替えの服なんて持ってないし、学校の制服でも着とくか。あっそうだ学校行かなきゃ。

 

そう思い、電子時計を見ると時刻は午後3時だった。完全に遅刻である。いやそれよりも

 

俺、三日も気絶してたのかよ。時間の横に表示された日付を見れば布束さんに街を案内してもらった日から三日も経っていた。

 

やっちゃったな、転校早々無断欠席って、また不良とか思われるじゃん。兎に角一度学校に連絡しよう。

俺は、学園都市で新しく買った最新式のガラケーを開く。そして、そっと閉じた。

 

………………

 

もう一度開く、そして閉じる。そしてまた開く。

み、見間違いじゃない……。

 

俺の携帯には、寂しいことに二人の人物しか登録されていない。だが、今それは置いておこう。問題なのはその着信履歴の方で………。

 

 

 

[連絡先]

 

登録者名[野原さん(木原さん)] 着信履歴0件

 

登録者名[後輩イビり(布束さん)] 着信履歴999件

 

 

 

表示限界まで電話されてるぅー!?

えっ?何?着信ありですか?こんなにされたらオーバーキルだよ!

 

俺は着信履歴を無視して学校に連絡を入れた。

 

「………上乃です」

『………何で電話に出ないの……』

 

ぬ、布束さん!?な、何故に!?コレ学校の電話だよね?

 

『どうしたの?私が出たことが不思議かしら?単純な話よ。先生方とお話(・・・)して貴方から電話があった場合、私に連絡がくるようにしてもらったのよ』

 

何それ、リリカル布束さんですか?

 

Than that(それより)質問に答えてもらえるかしら、何で私の電話に出ないの』

「…………」

 

えーと、なんと言い訳すればいいんだ。布束さんに一番最初に電話していればいくらでも言い訳できたけど、こんな形で言ったところで気まずいだけだぞ。つか声が怖い、ドス効きすぎ。

 

『もういいわ答えなくて。貴方は話ベタだものね。直接会いに行くから。大丈夫、場所も言わなくていい。何処にいるか逆探知したから』

 

ゑ?

 

『そこを動かないでね』プツン

 

俺は全速力で逃げ出した。

 

 

 

 

 

 





はい、という訳で前回登場したキャラはラケル博士でした!
割りと分かりやすい部類だったと思いますが、一体何人の人がわかったんでしょうかね?

今回は短めですが、切りが良かったのでこの辺で。
感想お待ちしております!


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十話

 

 

 

「ハァ…ハァ…ハァ…」

 

薄暗い路地裏で、少女は少し苦し気に息を切らしていた。

長い銀髪と純白の修道服をはためかせながら、時折後方を注視しつつ入り組んだ路地裏をさらに出鱈目に曲がりながら走り抜ける。まるで何者かからの追跡を撒こうとしているかのように。

 

少女の名前は、インデックス。

とある理由から魔術師という存在に後を追われているのだ。

 

そうして路地裏を走ること数分、少女は大きな通りに出た。そこには視界を遮る遮蔽物など存在せず、あるのは目の前に聳え立つ大きな壁だけだった。大きな通りは、壁から数メートル離れて作られており、壁は視界の果てまで続いている。

 

「うわぁ、これどうしよう?」

 

前方の壁の出現に頭を悩ませる少女。来た道を戻れば高確率で自分を追ってきているであろう魔術師と遭遇することになる。かといってこの見晴らしのいい通りを駆け抜けるのは目立ちすぎる、そうなれば見つかるのは時間の問題だろう。となれば

 

「こうなったら何とかしてあの壁の向こうに行く方法を考えないと………」

 

壁を越えていく他に無い。しかし方法が思い付かない。壁には這って上がれそうな凹みなど無く、まして飛び越えて行くことなど不可能。何とかして入り口を見つけなければならない。

 

「あっ!そこの人、ちょっと教えて欲しいことがあるんだよ!」

 

入り方を思案しながら今一度壁と、その周囲に目を配ると少し離れたところに一人の青年が佇んでいた。

インデックスは、学校の制服を着た青年に壁の内側への入り方を聞こうと側まで駆け寄る。

だがその時、インデックスは気づかなかった。その青年が一体何時からそこにいたのか……。先程見渡した時には、人影はおろか物音一つ聞こえていなかったのに、青年はまるで最初からそこにいたかのように、突然現れた事に………。

 

「あの壁の内側への入り方を教えてほしいんだよ!」

「………」

 

両手を組んで祈るようにお願いするインデックスを流し目で見た青年は、思案するように一度遠くを見つめた。

そして彼はこう呟いた。

 

「………逃げるぞ」

 

 

 

 

 

「美味しい~!これとっても美味しいんだよケイガン!」

 

インデックスと青年、上乃の二人は学園都市にあるファミレスで食事をしていた。実際には食事をしているのはインデックスだけで上乃はコーヒーを飲みながらガラス越しに見える人々を警戒するように注意を払っていた。

 

「ねぇケイガン凄いよね。肉汁が滴るハンバーグの中にトロトロのチーズを入れるなんてこの料理を作った人はきっと天才なんだよ!さっき食べたスパゲティも美味しかったし、ご馳走してくれてありがとう!」

 

熱心に食レポをしながら、目の前の鉄板に乗ったハンバーグを口一杯に頬張るインデックス。それは、通算六個目のハンバーグになるというのに、その食欲が満たされる様子は見られない。

そしてハンバーグを食べきったインデックスは、まだ食べたり無いのかメニュー表を手に取った。

 

「次はね、コレとコレとコレと……あとコレも食べたいんだよ!ね、いいよねケイガン?」

 

上乃は何も言わずに無言で店員の呼び出しボタンを押した。このまま食べ続けると、全メニューを食べ尽くしそうな勢いである。

 

「は、はい!ご注文は!?」

 

そしてやって来た女性の店員は、上気した頬と上擦った声で上乃に注文を聞く。上乃は、喋る事無くメニューに指を差して注文した。

 

「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

「………」コク

「かしこまりました。………あ、あのこの後暇ですか?良かったら連絡先を交換」

「………さっさと行け」

「は、はいぃ~!」

 

注文の終わりに、上乃の魅了にやられてしまった店員が逆ナンするも上乃は冷たく追い払った。急ぎ足で去った店員は、他の女性従業員に取り囲まれる。

 

━━━喋っちゃった…私喋っちゃったよ、キャ~!!

 

━━━ちょっと、何抜け駆けしてるのよ!?

 

━━━ね、ね、どんな声だった?優しい感じ、それとも渋いの?

 

━━━………冷たい感じだった

 

━━━何それ最高か……!

 

仕事をするのも忘れ、喧しく騒ぐ店員。非常に目立っているが今の店内ではそれ程でも無かった。

何故なら上乃とインデックスが目立つと言うよりも浮いているからだ。

上乃は、十人中十人全員が振り向くイケメン。インデックスは、シスター服を着た銀髪の美少女。どちらも人目を引く容姿に、先程から大食い選手権ばりに飯を食らうインデックスの食べっぷりから客からも注目されていた。

 

「それじゃあ、改めてお礼を言うんだよ。ありがとうケイガン」

 

ナフキンで口を拭いたインデックスは、次の料理が運ばれてくるまでの間にこれ迄の経緯を改めて話した。

 

この世界には、俗に科学サイドと魔術サイドと呼ばれる枠組みが存在する。科学サイドとは学園都市の事を指し。魔術サイドとは、世界中に点在する魔術結社の事を表す。

インデックスは、イギリス清教の魔術結社『必要悪の協会(ネセサリウス)』所属の魔術師である。

そんな彼女が何故、魔術師から狙われているのか?それは彼女が所有している、正確には記憶している十万三千冊の魔道書を狙ってのこと。

 

珍しい『完全記憶能力』を持つインデックスは、世界中の魔道書を記憶し保有する人間図書館であり、そんな彼女の十万三千冊を狙ってきているのが敵である魔術師なのだ。

そして、逃げている最中に偶然(・・・)にも出会った上乃によって、難なく学園都市へと彼女は転移することが出来たのだ。

かくして束の間の平穏を手に入れたインデックスは、助けられたついでと言わんばかりに、上乃にご飯をねだり現在に至る。

 

あの状況で助けられたインデックスは、上乃に対して強い感謝の念を抱き、ケイガンと親しげに呼ぶほどにまでに親しくなっていた。

 

インデックスは、このお礼をどうしたものかと考えた。

 

「こんなにお世話になっちゃって、何かお礼が出来たらいいんだけど……。ケイガンにかかってる呪いも私にはどうすることもできないし」

「………何?」

 

今までずっと外を警戒していた上乃がここで初めて反応する。

 

「やっぱり、気づいてないんだね。ケイガンには何らかの呪いがかかってるんだよ。その効力はよく分からないけど、恐らく魅了(チャーム)に近いものだと思う。

人心を惑わして自らに惹き付けるような感じなのかな?私にはこの服があるから効かないけど魔術の事を知らない一般人なら効果は十分に発揮される。でも、不思議なんだよ。それは紛れもなく呪いの類いの筈なのに、見ようによっては祝福のようにも思えてくる。私の中の魔道書にも同じことが出来るとすれば、ケルト系の魔術かな?」

 

インデックスは、記憶する魔道書から類似した物を幾つか掲示するも、その何れもが上乃にかけられた呪いとは一致しなかった。その事にインデックスは、少なくない驚きを見せるが、その膨大な知識量からその仕組みではなく、かけられた意味を考える。

 

「………これは、私の憶測なんだけどね。その呪いのをかけた人は、貴方に幸せになって欲しかったんだと思うんだ。形は歪んで、結果としてケイガンは迷惑してるのかも知れないけど。それは間違いなく善意でかけられた、ううん。与えられた物だと思う」

 

何時になく真剣な表情で語るインデックスを見つめ返す上乃。しかし、どうでもいいのか直ぐに視線を切って再び外を警戒する。それを見たインデックスは、心配症だなぁ、とため息を吐いた。

 

「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。ケイガンのお蔭でかなり距離が稼げたと思うから」

「お待たせしました、こちらご注文の料理になります」

「わぁーい!」

 

追加の料理が届いたインデックスは、再び一人フードファイトを始める。そしてその様子を見た上乃は、少しだけ笑ったように見えた。

まるで先程までの悲壮感の漂うインデックスよりも、無邪気にご飯を頬張るインデックスの方が良いと言っているかのようだ。

 

「ねぇねぇケイガン!今度はコレが食べたいんだよ!」

 

上乃は何も言わずに無言で財布の中を確認した。

 

 

 

 

 

「ん…うぅん……あれ?ここ」

 

私寝ちゃってたのかな?

 

日が落ち、夜の街へと変わった学園都市。

満腹からくる眠気と逃走の日々からくる疲労から眠ってしまったのだと気づいた。

そして今私をケイガンがおんぶして運んでくれていた。

 

「あ、ありがとうケイガン。でもこの格好はちょっと恥ずかしいかも」

「………」

 

彼は何も言わない。ただ無言で出来るだけ揺らさないようにゆっくりとした歩調で歩く。

 

「……ありがとう」

 

私は、今日何度めになるかわからないお礼の言葉を言って、顔をケイガンの背中に埋めた。

暖かい。自分の物よりもずっと大きくて逞しい男の背中に安心感を覚える。思えば彼とは今日会ったばかりなのに不思議なほどに心を許せてしまっている自分がいる。これはずっと一人で逃げてきた故に人肌に飢えているのか、それとも彼の呪いのせいか……。

いや、その何れも考えるには無粋だろう。

 

彼がこうして自分を助けてくれているのは、純然たる善意に他ならない。ならば、きっとその人柄に引かれたのだろう。

それに対して何も報いる事が出来ない自分に歯痒さを覚えるが、何時かこのお礼をしようと心に誓った。

 

「ねぇケイガン。もう此処まででいいよ」

「………」

 

これ以上、彼に迷惑はかけられない。こんな時間だもしかしたら追っての魔術師達が、もうすぐ側まで迫っているかもしれない。ここまで付き合わせておいて今更だとは思うが、だけど最後の一線だけは………。

 

「私はもう大丈夫だから。此処で降ろして」

「………」

 

私の言葉を彼は頑なに聞こうとはしない。だが一瞬だけ彼は此方を見た。まだ彼は、私の事を気遣ってるんだ。

 

「ケイガン、貴方の気持ちは嬉しいよ。でも大丈夫だから」

「………」

 

再度言っても彼は、頑なに私を降ろそうとしない。

 

「……分かったよケイガン。それじゃあ私と一緒に地獄の底まで着いてきてくれる?(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

私を助けようとしてくれる優しい人は、今までにも数人いた。だけど私は、これから一生命を狙われ続ける。そこに救いなんて無くて、ただずっとひたすらに続いていく地獄。そんな物に付き合える人なんて存在しない。

だから私は、篩に掛けるように彼等に聞いてきたのだ。

そして、彼等は一様に言い淀んだ。当たり前だ、見ず知らずの他人の為にそこまで出来る人なんていない。

 

だからかもしれない。そう思っていたから、私はケイガンの返事に言葉を無くした。

 

「いいぞ」

 

私を助けようとしてくれる優しい人達は、みんな良い人だった。でも、私は差し出されたその救いの手を振りほどく。そして最後は皆諦めた。

 

「着いていってやる」

 

だから、振りほどいた手をもう一度伸ばしてくるなんて思ってもいなかった。そして嬉しかった。

 

彼は言った。言い淀む事無く、着いていくと。

本当に優しい人だ………。

 

私は溢れる涙を抑えることが出来なかった。また彼の背中に顔を埋める。今度は押し付けるように、手もきつく彼に抱きついて、隠しきれない嗚咽を漏らした。

 

その間も彼は変わらずに歩みを進める。文句など何一つ言わずに。

 

 

 

 

 

(は、恥ずかしい……!)

 

暫くして漸く泣き止んだインデックスは、冷静になった頭で先程までの己の行動に悶えていた。

 

「ケイガン!さっきの事は忘れてくれると有り難いかも……」

「………フッ」

「あ~!今鼻で笑ったでしょ!普段無愛想な癖に、こういときだけ感情表現豊かなのはどうかと思うんだよ!」

 

顔を真っ赤にして怒るインデックス。既に上乃は、インデックスを降ろして二人は並んで夜の学園都市を歩いている。

インデックスが言うには教会に着けば保護してもらえるとの事で、その教会を探し回っていた。だがここは科学の街である。祈りを捧げるなどという非科学的な事とは縁遠い此処で教会を見つけるのは困難だった。

 

時刻は既に深夜に差し掛かった頃、二人は漸く教会がありそうな場所を見つける。それは学園都市の第一二学区。神学系の学校が集中した学区でありそこでなら教会が見つかるかもしれない。

しかし学園都市の教会にインデックスを保護してくれるような人物がいるかどうかは疑問だが。

 

上乃の能力で余計な道のりをショートカットして着いた一二学区。二人は、目を皿のようにして教会を探した。

 

そしてやっとの思いで教会を発見することが出来た。

 

「やった!あったよケイガン」

 

喜び、その場で跳び跳ねるインデックス。だが上乃は、教会を険しい目付きで睨んでいた。

 

「どうしたの?」

 

上乃の様子に気づいたインデックスは、心配そうに彼を見ると同じようにして教会の方に視線を向けた。

然したる特徴も無い小さな教会、恐らく何処かの学校が授業で使うものだと思われる。

 

だが異変はその時に起きた。時刻は深夜、こんな時間に誰もいないはずの教会の扉が開いたのだ。そしてそこから現れたのは、妙な格好をした美女だった。

長い髪をポニーテールにした日本人風の女性で、白のTシャツに何故か片足が剥き出しのジーパンを履いている。そして何もよりも目を見張るのが身の丈以上の長大な刀を持っていた事だった。

 

彼女は鋭い目付きで上乃を睨んだ後、インデックスに目を向けた。そこには何も感じない、感じようとしない空虚さを感じさせた。

 

「見つけましたよ」

 

インデックスは、慌てて上乃の服を引っ張った。

 

「ケイガン逃げて!魔術師だよ!」

「逃がすと思いますか?」

 

判断は一瞬だった。魔術師の女性は、目視不可能な程のスピードで疾駆して鞘に入れたままの刀を上乃に向けて振りかぶった。だがそれが降り下ろされるよりも早く、上乃はインデックスを連れて転移することに成功する。

 

転移してきた場所は、上乃のマンションの一室だった。

インデックスは、突然景色が変わったことで上乃が超能力を使ったのだと思い、安堵する。

 

「先回りされてた」

 

先程の事。敵の魔術師が教会の中に潜んでいたのは、インデックスの行動パターンから行きそうな場所に先回りされていたのだ。

 

敢えなく教会に保護してもらうと言う目論みが崩れたインデックスは、落ち込む……訳ではなく笑っていた。

 

「まぁ、しかたないかぁ。それよりもケイガン、私は喉が乾いたんだよ、美味しいくて冷たいのものが飲みたいかも」

 

来て早々に、厚かましく飲み物を要求するインデックス。それに上乃は嫌味の一言も言わずに、冷蔵庫のある部屋まで飲み物を取りに行った。

 

上乃が部屋を出ていくのを見届けたインデックスは、またしても笑う。だが今度は、人懐っこい笑顔ではなく何処か影のあるものだった。

 

「……ごめんね、ケイガン」

 

インデックスは、玄関から外に出る。その胸に耐えきれない程の罪悪感を抱きながら走ってマンションの階段を駆け下りる。

 

(ごめんね。本当にごめんね、ケイガン。貴方に助けてもらえて私、幸せだったよ。)

 

━━━私と一緒に地獄の底までついてきてくれる?

 

━━━いいぞ、着いていってやる

 

(あの時、何の戸惑いもなく返されるなんて驚いたよ。そして嬉しかった。でもね、そう言ってくれた貴方だからこそ私は貴方とは一緒にいられない………)

 

「さよならだよ。ケイガン……」

 

 

 

 

 

 

この後、彼女は運命の出会いを果たすことになる。

 

 

 




と言うわけで、この小説での愛の黒子の扱いは、祝福のような呪いと言う風になりました。

十万三千冊の魔道書を記憶するインデックスが知らないのは、そもそも別世界の話だから。そして一般人には効果覿面。魔術師にも効果あり、そして対魔術と似たような物を持っている人でも完全に効果を無くすことが出来ません。てな感じですかね。

まぁ、そこまで深い設定は無いのでツッコミは程々にお願いします。



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十一話

間が空いてしまって申し訳ない!

いろいろと忙しかったんですよ、FGOの周回とかテストとかFGOのイベントとか!

あと誤字報告いつも助かっております。ありがとうございます。





 

突然だが、俺は今餌付けをしている。

 

「美味しい~!これとっても美味しいんだよケイガン!」

 

その相手は、この世界のヒロイン(・・・・)と思われる少女だ。

 

「ねぇケイガン凄いよね。肉汁が滴るハンバーグの中にトロトロのチーズを入れるなんてこの料理を作った人はきっと天才なんだよ!」

 

この出会いは俺にとって、とても重要な物になると思われる。

 

「さっき食べたスパゲティも美味しかったし、ご馳走してくれてありがとう!」

 

最初に彼女━━━━インデックスと出会ったのは本当に偶然だった。

布束さんからの恐怖の電話を受けた俺は反射的に逃げた。超逃げた。それは高速でビルからビルに跳び移り、転移まで使うほどに。そして気がついたら学園都市の外まで逃げてきてしまっていたのだ。

 

正気に戻った俺は、無断で学園都市を出るのは確か禁止されていたはずだと思いだし、急いでも戻ろうとした時にインデックスと出会ったのだ。

 

一目で気づいた、彼女がこの世界のヒロインであると。

 

俺がこの世界について知っていること、覚えていることなどほんの僅かだが、それでも忘れない物はあった。それが、彼女の姿だ。銀髪に真っ白なシスター服のキャラクターは、現実の世界で『とある魔術の禁書目録』を視聴していなくても「なんか見たことある」と言われる位に有名だ。

 

彼女がインデックスであると気づいた俺は、兼ねてより考えていた計画を実行するタイミングは、今しかないと思った。

 

その計画と言うのが………原作キャラと仲良くなって助けてもらおう、だ!

 

この計画は、学園都市行きが決定した時からずっと考えていたんだ。だって学園都市なんて物語の舞台に行ってしまえば原作に関わらずにいられる可能性とか命の危険に晒されない保証なんて完全に無くなる訳じゃん。なら逆に此方から介入すればいいんじゃないかということに!

 

主人公と仲良くなれば俺のピンチを助けてもらうことも出来る筈だし、そうなれば最悪死ぬなんてことも無くなる。

 

だが問題はどうやってその主人公に出会うのかだ。ラノベ系の主人公は特殊な能力は持っていても見た目に特徴の無い、『何処にでもいる平凡な少年』、なんて書かれることも多い。そんな奴をこの学園都市から見つけ出すのは、ほぼ不可能に思われた。だが!その心配は完全に消え失せた。何故なら、俺の目の前にヒロインがいるからだ!ヒロインと一緒にいれば主人公と出会うのは必然、彼女と出会ったときも何か追われてる風だったし、彼女を助け出そうとする人物、それこそがこの世界の主人公に他ならない。

 

なら俺はいずれ出合う主人公との良好な関係に備えて、ヒロインであるインデックスの好感度を少しでも上げなくてはならない。

彼女からの印象が良ければ、主人公との距離も縮まる筈!

 

「次はね、コレとコレとコレと……あとコレも食べたいんだよ!ね、いいよねケイガン?」

 

いいよ~、どんどん食べてくれ!そして未来の俺を助けてくれ!ここでの善行が、いつか俺の命を繋いでくれると信じてるからねインデックスちゃん。

………でも君、大食い系ヒロインだったんだね……。

 

「は、はい!ご注文は!?」

 

あっ店員さん、ここからここまで全部で。って一度は言ってみたいけど、言えないから指を差して注文した。分かりにくくてごめんね店員さん。

 

「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

「………」コク

「かしこまりました。………あ、あのこの後暇ですか?良かったら連絡先を交換」

 

え、ナンパですか?今仕事中でしょ、そんなこと言うと

 

「………さっさと行け」

「は、はいぃ~!」

 

ほらね、口悪いでしょこの体。でもそんな悲鳴みたいな声上げて逃げなくても……いや大丈夫か、なんか喜んでやがる。

やっぱ何か顔を隠せる物がないと目立ってしょうがないなぁ。ガラス越しに何か写真撮ってる人もいるし………ハッ!そうだ……俺は今布束さんに追われてるんだった、それっぽい人影が見えたら即座に移動できるよう準備しとこう。

 

「それじゃあ、改めてお礼を言うんだよ。ありがとうケイガン」

 

俺が逃げてきた理由を思いだし、周囲を警戒していると、さっきまでの幸せそうに頬を綻ばせいた顔からキリッとした表情になったインデックスちゃんがお礼を言ってきた。

 

そして何故逃げていたのか、何に追われているのかなどこの世界の設定的な話を聞かせてくれた。

正直、魔術だなんだ言われてもピンとくる物がないけど彼女がヤバい人間なんだということは理解した。

 

要するにアレでしょ?十万三千冊の魔導書ってのは君のあんきパンもビックリな能力で全部で覚えていると。例えるならそれは秘密道具で、それを持っているインデックスちゃんはドラえもんだから捕まえたら便利で最強って訳だ。

でも彼女にはいろいろな理由があって魔術を使えないから、自分でもどうすることも出来ずに逃げていると。

 

「こんなにお世話になっちゃって、何かお礼が出来たらいいんだけど……」

 

いいよ、インデックスちゃん気持ちだけで。今はね……。

 

「ケイガンにかかってる呪いも私にはどうすることもできないし」

「何?」

what?

 

ちょっと待って呪いって何?もしかしてこの貌のこと言ってんの、これ呪いなの!?

 

ビックリし過ぎて思わず素が出てきたぞ!

 

「やっぱり、気づいてないんだね。ケイガンには何らかの呪いがかかってるんだよ。その効力はよく分からないけど、恐らく魅了、チャームに近いものだと思う」

 

や、やっぱり輝く貌のことだ……。じゃ、じゃあ呪いなら解くことできたりしない?あ、この子魔術使えないんだった。いやでも!それなら何で効いてないの!?え、服が特別だから効かないって何だよそれ。

 

マジでふざけんなよ、俺のこれまでの不幸の連続は大体がこの顔のせいだってのに、呪いでおまけに誰かが良かれと思って与えただ?善意が空回りしすぎだろ!

 

もういいや、何か一気に疲れた。難しいこと考えんのは止めて、黙って布束さんがいないかどうかだけ注意しとこ。

 

「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。ケイガンのお蔭でかなり距離が稼げたと思うから」

 

それは君を追っている魔術師の事でしょ。俺が警戒してるのはヤンデレストーカーみたいな電話をしてきた人の方だからね。

ほら、もういいから君は御飯でも食べてなよ。

あっでも、もうその辺でいいんじゃないかなぁ~。腹八分目って言うしさぁ、どうだろ?

 

「ねぇねぇケイガン!今度はコレが食べたいんだよ!」

 

手持ち足りっかな………。

 

 

 

 

 

 

あの後、満腹になるまで食べたインデックスちゃんはスヤスヤと眠りについた。起きるの待ってたんだけど、結局閉店になっても起きなかったからおんぶして店を後にした。にしてもファミレスで諭吉が三枚も飛ぶなんて初めての経験だったよ。

 

完全下校時間も過ぎて俺も早く家に帰らないと警備員に補導されちゃうな。

かといって、この子をその辺に置き去りにしたら折角稼いだ好感度が全部にパーになっちゃうし。

と言うか、夜中に眠ってる美少女をおんぶして徘徊してるって補導どころか逮捕されそうなんだけど。頼むから早く起きてくれよ。

 

「ん…うぅん……あれ?ここ」

 

そんな俺の必死の祈りが通じたのか、身動ぎだしたインデックスちゃんは漸く目を覚ました。

ふぅ、取り敢えずはこれで逮捕だけはされなさそうだ。

 

てっあれ?おかしいな……………降ろせないぞ。

 

「私はもう大丈夫だから。此処で降ろして」

「………」

 

いやそれはわかってるんだけどね、か、体が言うこと効かなくてですね!?な、何じゃあこりゃあ!おかしい、おかしいよ、どうしてもインデックスちゃんを下ろすという動作だけが出来ない!こんなこと今までに一度も無かったのに、どう言うことなんだよ!?

 

「ケイガン、貴方の気持ちは嬉しいよ。でも大丈夫だから」

「………」

 

いや大丈夫じゃないから、全然俺の気持ち理解してないよね!?

 

「……分かったよケイガン。それじゃあ私と一緒に地獄の底まで着いてきてくれる?」

 

何が?ちょっと待ってくれコッチはいま突然の事態に頭がパンクしそうになってんだって。第一そんな事言われて、着いてくなんて言うわけ無いじゃん!

 

「いいぞ、着いていってやる」

 

おいぃぃぃ!!こんな時になんて事言っちゃてんのこの体!?言動とかがおかしくなるのは今までにもあったけど、動きが制限されるなんてどんな縛りプレイ!俺はドMプレイヤーじゃないんだぞ!

 

あ~あ、泣き出しちゃったじゃん。これ絶対俺の言葉に感動して嬉し泣きしちゃってるパターンじゃん。どうすんのさ、確かに好感度を稼ごうとは思ったけど、あんまやり過ぎると向こうから厄介ごと持ってこられるんじゃないの?それじゃあ本末転倒でしょうが!俺は助けられたいのであって、助けたいわけじゃないんだからさ!

 

背中で啜り泣く声を聞いて同じように泣きそうになるも、深いため息をつくことで何とか我慢する。本当に泣きたいのはコッチの方だと声を大にして叫びたくなった。

 

そんなこんなで時間は過ぎていき、深夜の時刻となった。

 

暫くして泣き止んだインデックスは、先程の言葉を真に受けてしまい、俺と一緒に教会に行くという話になった。引くに引けなくなった俺は、こうなったらとことんやって返せないぐらいの恩を売り付けようと思う。それと何故か彼女が泣き止むと同時に背中から下ろすことが出来た。ほんと謎。

 

そしていざ教会に着いたのはいいんだが、そこでとんでもない格好をした美女と出会った。

 

ヘソだしTシャツ、片方だけ生足剥き出しのジーパンに腰に刀を差した随分とマニアックな格好をした女性がスッゲー俺を睨んでいる。もし視線で人を殺せるなら俺を十回は殺してそうな目だ。ぶっちゃけ、めっさ怖い。俺なんか悪いことしたかな?

 

だがどうやら彼女を見てビビっているのは俺だけでは無かったらしく、インデックスちゃんも慌てたように袖を引っ張り逃げようと言う。

 

「逃がすと思いますか?」

 

そして当然のようにそれを阻止しようとする痴女の彼女は、腰に差した刀で俺をぶん殴ろうと高速で接近してきた。そのスピードは俺が本気で走ったときと同じくらい早く、思わず目を瞑ってしまった。

 

迫り来る暴力に恐怖し、グッと歯を食い縛る。だが来るであろう衝撃は来ず。恐る恐る目を開けると、俺とインデックスちゃんは、自分のマンションの一室の中にいた。

 

どうやら、無意識の内にここに転移したようだった。そもそもすり抜けんだから殴られる心配もないんだが、それはそれ、条件反射というものだろう。実際怖かったわけだし。

 

アッ!そういや家には布束さんがいる可能性が!?いや、流石に無いかこんな真夜中にいるわけ無いし、いたら不法侵入だしね。

 

でも緊張したからか、喉が乾いたな何か飲もうかな?

 

「ケイガン、私は喉が乾いたんだよ、美味しいくて冷たいのものが飲みたいかも」

 

飲み物を取りに行こうとしたら、奇遇にもインデックスちゃんも喉が乾いてたらしい。俺が連れてきたようなもんだけどちょっと図々しくないかい?まぁ、別にいいけどさ。

 

飲み物を取りに行こうと冷蔵庫がある部屋の扉を開ける、暗くてよく見えないが場所は大体わかるので部屋に踏みいると体に何かが当たった。

 

何だ?と目を凝らすが暗くてよく見えない。だが何かが俺の手を掴んだ。

 

ひゃ!と変な悲鳴が心で響く。

 

これは、人だ。誰かが俺の手を掴んでいる。俺はまさかと思った。言ってから数分もしない内にフラグ回収とか早すぎないかと、冷や汗が頬を伝う。

 

そしてこの状況に文字通り光が差し込んだ。雲に隠れた月の光が窓から部屋を照らしたのだ。

 

そして俺の手を掴んでいたのは……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「動かないでって、言ったわよね?」

 

最早妖怪にしか見えない布束さんだった。

 

い、い、インデックスちゃぁぁぁぁん!!助けてくれぇぇ!!

今こそ、今こそ恩を返すときだよ!頼むから、俺を助け出してくださいぃ!

てか何で触れんの!?ご都合主義ですか!

 

「何で私の言うことが聞けないのかしら、先輩の言うことには素直に聞くものでしょ。何?私の事が嫌いになったの?そんなの駄目よ………駄目!ダメ!だめ!!貴方は私の後輩で私は先輩、And(そして)貴方の友達。そんな私を拒絶するなんて許されないわ。私にとって貴方は特別なんだから、いなくなられたら困るのよ。それとも何かしら、用事があったのかしら。なら仕方ないわよね。……でも用事というのは他の女に関することかしら?隠したってUseless(無駄よ)。貴方の体から虫酸が走るほどメスの臭いがするんだもの。あぁ!汚ならしい!ねぇ、教えなさい、一体何をしていたの?大丈夫何もしないわ、ただその女について聞きたいだけ、そして少しお話をしたいだけなのよ。一体誰の物に手を出してしまったのか。だから教えなさい何もしないから、貴方には、ね(・・・・・)

 

 

嫌ぁぁぁあああああ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公の謎体質に関してはツッコミNGで、設定はありますが、ご都合主義以外の何物でも無いので。

それと久々に書いたから布束さんの喋り方に違和感があるかも。え?そもそも原型が無い?………ヤンデレだから仕方ないね!

最後に久々に評価の方見たら、この小説好き嫌い別れるなぁーと思いました。

感想お待ちしております。



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十二話

非常に今さらですが、とある系統の時系列って難しいですよね。
ですので、今回の話はそこら辺が少し狂っているのでご了承下さい。




昨夜は酷い目に遭った。

 

まさか布束さんが、あんな状態になって家に入り込んでいたとは………。

目がいつかの怪物のようになってるし、終始言葉攻めで弁明の隙を与えられず、物凄い力で腕を握り潰さんとするかのように掴んできた。

 

そんなに後輩である俺が、言うこと聞かなかったのが気にくわないのかな?どっちにしろ、布束さんの納得する理由を言わなきゃ終わりそうに見えなかったし身ぶり手振りで何とか説明しなきゃいけなかった。

 

インデックスちゃんの話をするのは何か不味いと思い話せなかったので、スケープゴートとして短髪ちゃんの話をした。これに関しちゃ嘘なんか言ってないし、俺実際に被害者だから問題無いっちゃ無いんだが………それを聞いた布束さんがブツブツと「やってくれたわね」とか「オリジナル」とか訳わからんこと言ってたけど、相当怒ってたからもし短髪ちゃんに出合うような事があれば揉めそうだなーと思ったね。

 

………何でか、短髪ちゃんにローリングソバットする布束さんを想像してしまった。

 

兎に角、何とか怒りを鎮めたお蔭で解放された訳だが、その代わりに明日、と言うか今日布束さんと買い物に行くことになった。

 

え?学校は?とも思ったけど、どうやら俺が気を失っている間に夏休みに入ったらしく休みなんだとか。俺、まだ一回しか登校してないんですけど………。

 

まぁ、そんな訳で今絶賛買い物中の俺と布束さん。とは言っても殆どウィンドウショッピングで、買ったものは焼き焦げたフードの代わりの服ぐらいだ。これでまた顔を隠せる。

 

今は俺も布束さんも学校の制服を着て買い物中なんだけど、服の無い俺は兎も角、なんで布束さん夏休み中なのに制服着てるの?

 

what()?どうかしたかしら?」

「………見てただけだ」

「………そう」

 

あー、何か気持ち悪がられたかな?布束さんそっぽ向いちゃったよ、肩も何か震えてるし。………その割に足取りは随分と軽やかだな、むしろスキップしてるような………。

 

「少し疲れたわね、あそこのお店で休憩でもしましょうか?」

 

そうだな、確かにそれなりの時間歩いたからちょっと疲れたしね。

 

布束さんに連れられて、お店の中に入る。その時、案内してくれようと駆け寄ってきたウェイトレスさんに布束さんが何か話し掛けてたけど、どうしたんだろ?さっきまで頬を染めて笑顔で接客してたのに急に青ざめたんだけど、布束さん何したの?

 

布束さんに恐怖してるウェイトレスさんに窓側の席に案内される。しかしその時、布束さんが隣の席に座っていた人物に歩み寄った。

 

「あれは………」

 

その人物は先程話題に上げた人物、短髪ちゃんだった。

 

「ここなら涼しいですし、落ち着いて話s、グェ!」

「お、お姉さまー!!」

 

あっ、短髪ちゃんが布束さんに蹴り飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

暫く脇腹を抑えて蹲っていた美琴は、黒子に介抱されて復活した。

布束の案の定というか、なんというか、突然の強攻に内心で驚いた上乃だったが折角買ってあげたパーカーを台無しにされたらそりゃ怒るよな、と心のなかで納得した。

 

そして彼らが騒いでいると、知り合いだと勘違いしたウェイトレスが変な気を使って、相席することになってしまった。上乃と布束が並んで座り、向かいに美琴、修羅のような形相の黒子、そしてさっきから瞬きすらせずに上乃を見つめる白衣を着た女性。

 

「コホン!それでは、まず自己紹介しましょうか。既にご存知とは思いますが、わたくしは風紀委員の白井黒子と申します」

「………御坂美琴よ」

「大脳生理学、主にAIM拡散力場を研究している木山という者だ。よろしく」

 

黒子は険のある言い方で布束を睨みながら、美琴は蹴られた理由が分かっているのか少し不貞腐れながら言った。

木山という学者の人は、いたって普通に自己紹介したのだが………なんだろ、整った顔立ちをしてるけど目の下にある深い隈のせいで不気味な雰囲気を醸し出している。

 

「私は布束砥信、生物学的精神医学を専攻しているわ。そして彼は、私の!後輩である上乃君よ」

「これはご丁寧にどうも。わたくしの!お姉さまにいきなり蹴りをかましてくれた貴方は、あの時の銀行強盗の時の人ですわよね」

 

お互いがお互いの大事な人を傷つけられたために随分と険悪な二人。そして自分の物発言に頭を悩ませる美琴と困惑する上乃。

無言で睨み会う黒子と布束だが、それは黒子が上乃に話しかけたことで終わった。

 

「そして、そちらの殿方が『次元移動』の上乃さんで………いいんですのよね?」

「………」コク

 

フードを着けていない上乃の姿に戸惑いを感じる黒子だが、それも無理はない。フードで顔を隠していた上乃は、デカくて無口な雰囲気だけイケメンな男にしか見えなかったのだから。

だが、彼の二枚目っぷりを見て、同僚である初春がどうしてあんな状態になったのか把握した。

 

(確かに、大変整った目鼻立ちをしていますがそんなミーハーな手に引っ掛かるほどこの黒子!初春のように安くはありませんわ!ね、お姉さま?)

 

自分の揺るぎ無い歪んだ愛情を再確認した黒子は、情欲の対象である美琴に流し目を送る。

だが、当の美琴は初めて見た上乃の素顔に赤面し、チラチラと目線を向けていた。

 

(お、お、お姉さまー!な、何でそんな恋する乙女のような仕草を!?大変可愛らしい!……じゃなくて!まさか、あの時の黒子の考えは間違いではなかったというのですか!?)

 

まるでムンクの叫びのような絶望顔になった黒子を置いて、木山が話を進めた。

 

「それじゃあ、先程の話の続きといこうか」

「それなら私達は関係ないですね。別の席に移動しますから、どうぞごゆっくり」

「まぁ、待ちたまえ。これは学園都市の学生である君たちにも無関係と言うわけでない。一緒に話を「NO(結構)」」

 

足早に去ろうとする布束を引き留める木山だが、それを布束は速攻で切り捨てる。そしてジトりとした目で木山を見据え、瞬時に悟った。

 

(この女、狙ってるわね)

 

何が?とは言わない。この場で狙われる可能性があるのは、同姓に狙われている美琴か異性に狙われる上乃しかいない。そして木山は後者であると布束は、上乃に関しては無駄に鋭くなる勘で感じとった。

 

「今は彼と買い物の途中なの。邪魔しないでもらえるかしら」

「だからこそだよ。君たちのように平穏に暮らしている学生が危ない目に会わないように、聞いていった方が言いと思うがね」

「関係ないわ。特に上乃君にとってはね。さ、行くわよ………上乃君?」

「………」

「ふっ、どうやら彼は話を聞いてくれるようだね」

 

布束が促しても動きそうに無い上乃を見てほくそ笑む木山と盛大に舌打ちをしそうになる布束。

だが上乃本人は別に布束と木山、どちらを取ったとかそんなつもりは無く。

 

(学者の先生が危ないって言ってるんだから聞いた方がいいよな)

 

そんな感じである。

 

「ッ、そう……上乃君が聞くというなら私も残るわ」

「別に無理をしなくてもいい、話は彼から後に聞けばいいだろう。君はお望みのショッピングの続きに行ってきたらどうだ?」

 

(この女……!)

 

「………いえ、大丈夫よ」

「そうか、なら始めよう」

 

話を始めるに当たり木山は、そもそも自分に話を持ってきた美琴と黒子を正気に戻した。

最初、正常に戻った黒子は、部外者である上乃達に話を聞かせるのは反対したのだが、そこは木山の話術によって言いくるめられた。

そしてまず最初に、上乃達にも分かるように話の議題である問題を説明する。

 

それは、最近噂になっている能力者のlevelを上げることができる『幻想御手(レベルアッパー)』と呼ばれる代物についてだった。

 

これが一体どういう物なのかは、一切把握できてはいない。薬なのか道具なのか、はたまた物質ですらないのかもしれない。だが、これによってlevelを上げた学生が凶暴になり犯罪に手を染める事件が最近相次いで起こっているのだ。しかしこれだけなら大した問題ではない、捕まえればいいだけの話だからである。

問題なのは、幻想御手を使用した者達が次々と原因のわからない意識不明に陥っていることだ。

もし、低能力者達が皆、幻想御手を使うようなことになれば大惨事になってしまう。学園都市における低能力者は230万人の実に六割、中には高位能力者でさえ手を出してしまう事例もある。

そんな事になってしまえば保護者からのクレームなどで外部から介入され、最悪学園都市の運営そのものに支障がでてきてしまうかもしれない。

 

それが現在、学生達を脅かしている脅威である。

 

そこで風紀委員である黒子は幻想御手事件解決の為に木山に協力を仰ごうと思ったのだ。

level、延いては能力を使うと言うことは脳に関係することは明らか。大脳生理学の博士である木山の協力で事件を少しでも早期解決しようと思い、今回の話の場を設けたのである。

 

木山も幻想御手について興味があるらしく是非とも協力させて欲しいと色好い返事をもらうことが出来た。

 

「で、何か分かっていることはあるのかな?」

「いえ、現時点では何も分かってはいませんの」

「そうか」

 

芳しくない捜査状況に声音が少し暗くなる黒子と木山。

そんな二人を他所に美琴は、退屈そうに話を聞いていた上乃と布束に話を聞いた。

 

「アンタ達は何か知らない?」

「敬語」

「へ?」

「私達は年上。敬語で喋れないなら話すことは無いわ」

「う。………何か知りませんでしょうか………?」

 

布束の正論に言葉に詰まる美琴は、苦々しい表情を浮かべながらも敬語でお願いした。

 

Well(そうね)、確かに最近素行の悪い連中に絡まれることは多くなったわね。でも、彼らがその幻想御手を使っているかどうかはわからないわ」

「そ、そうですか」

 

敬語使わせといて何も知らないのかよ、と顔にありありと出ているが流石に口にはしない美琴。じゃあお前は?と引き攣った笑みを向ける美琴に内心ビビる上乃は、首を横に振った。

 

「彼はこの街に来たばかりだから何も知らなくても無理は無いわ。Rather(むしろ)彼はその幻想御手なる物を使った不良に絡まれる事はあっても、使うことはない。彼はlevel5だもの」

「まぁ、そうよね」

 

それは自分にも言えることだと思い納得する美琴。

 

話すことは話した。木山達の話を聞いた布束は、もう用事はないと上乃を連れて帰ろう席を立つ。

 

「何だ、もう帰るのかね。もう少しゆっくりしていけばいいではないか」

「いいえ、もう充分よ。行くわよ上乃くn「あーーー!!??」………はぁ、今度は何なの?」

 

木山の引き留める声を断り今度こそ帰ろうとした矢先、店内に少女特有の甲高い叫び声が響いた。

その声の主であろう少女は、凄い勢いで布束━━の後ろにいた上乃に指を指した。

 

「あの時のイケメン、漸く見つけたって訳よ!」

 

上乃を指差す少女、金髪碧眼の美少女は興奮したように詰め寄ろうとしたがその間に布束が立ちはだかった。

 

「ちょっと邪魔なんだけど」

「それは此方の台詞、私の許可無く彼に近づこうとしないで」

「はぁ?アンタあのイケメンの何?もしかして彼女?ププッそれはちょっと冗談キツすぎ」

「ッ!……あら、少なくとも貴方みたいな真っ平らよりはマシだと思うのだけど?」

「ッ!……私の魅力は胸じゃなくて、この美しい脚線美だから問題無いわよ」

「あら?私は別に胸の事なんて言ってないわよ。(オツム)が足りなさそうな割に、自覚はしていたようね」

「何ですってこの陰険女~!?」

「まぁまぁ、お二人とも落ち着いて。他のお客さんにご迷惑ですわよ」

「「黙ってて(ろ)小娘」」

「あ"ぁ"」

 

一触即発な布束と金髪の少女の間に入った黒子だったが、二人の発言で額に青筋を浮かべて口喧嘩に参戦してしまった。

 

「わたくしは、見ての通り立派な中学生ですのよ。小娘ではなくて」

「どっからどう見たって小学生じゃない。というか、私が用があるのはそっちのイケメンなの、関係ない奴は引っ込んでて」

「関係大有りよ、彼は私の後輩で友人なんだから」

「何それ薄っす!?そんなんで大切にされてるとか思ってんだったら、アンタ妄想癖でもあるんじゃないの?」

「…………どうやら、いろいろと教えて上げないといけないようね」

「へ~、一体何を教えてくれるのかしら、楽しみ~」

「ちょっとフレンダ、何先に行ってんのよ」

「あ、麦野!丁度いいところに」

 

金髪の少女、フレンダは彼女の後ろからやって来た見事なプロポーションの麦野と呼ばれる女性を見て、これで勝ったと言わんばかりに胸を張った。

 

「麦野、コイツよコイツ。このイケメン見てから絹旗が変になっちゃったの。結局、コイツが原因て訳よ!」

「アンタねぇ、たかが少し面がいいだけの男のせいで絹旗が変になるわけ無いでしょ。あれはまた違う、げ……ん…いん」

「どう?いった通りスッゴいイケメンでしょ!」

「ふ、ふ~ん。ま、まぁまぁね!」

「でしょ!」

 

麦野はフレンダの言われた通りに上乃を見ると、お馴染みの反応である赤面して言葉を詰まらせた。

 

「さぁ!こっちには麦野が来た訳だし、これで怖いもんなしって訳よ!」

「ふん!そちらの方が何方かは知りませんが、此方にはお姉さまがいますのよ。負ける気がしませんわ!」

「ちょ、ちょっと黒子何言ってんのよ」

「言い争うなら勝手にやっててもらえるかしら、上乃君さっさと行くわよ」

「ちょっと、何勝手にイケメン連れてこうとしてんのよ。用があるのはそっちなんだから、消えるならアンタが消えれば」

「ちょっと無視しないでもらえません、そもそも後からやってきて何ですかその言いぐさは!」

「煩いわね、雑魚は引っ込んでなさいよ」

「雑魚!?この方が常盤台の『超電磁砲』、御坂美琴お姉さまと知っての戯言ですの?」

「超電磁砲だがなんだか知らないけど、小娘とは実践とキャリアが違うっつーの!結局、戦えば麦野が勝つって訳よ!」

「いいえ、お姉さまが勝ちます!」

「麦野よ!」

 

お姉さま!麦野!お姉さま!麦野!お姉さま!麦野!お姉さま!麦野!お姉さま!麦野!お姉さま!麦野!お姉さま!麦野!お姉さま!麦野!お姉さま!麦野!お姉さま!麦野!お姉さま!麦野!お姉さま!麦野!お姉さま!麦野!お姉さま!麦野!お姉さま!麦野!お姉さま!

 

「フレンダ、ちょっと落ち着きなさい」

「黒子、いい加減にしなさいよ」

 

二人のあまりに不毛な言い合いに嫌気が差した美琴と麦野の姉貴分が止めに入るが、それぐらいで火の着いた二人は止まらなかった。なんと、止めに入った二人の後ろに回りその胸を掴んだのである。

 

「結局、どんなに強がろうがそんなまな板じゃ貫禄が出ないって訳よ!」

「大きさでしか語れないとはお下品な!将来性を鑑みればお姉さまの方が上!」

Be amazed(アホらしい)

 

途中から傍観していた布束は、極めて真っ当な感想を呟いた。彼女らを無視して帰ろうと上乃に声をかけるが………

 

「上乃君、こんな人達放って置いて、買い物の続きを………」

「そうか、君は長点上機の生徒なのか。ところで歳は幾つなんだい?」

「………16」

「あと二年か……」

 

木山が上乃の手を握りながら楽しそうに話していた。

 

 

 

「「「何やってんだ(ゴラァー)!!!」」」

 

 

 

 

 




前にも書いた気がしますが、輝く貌の魅了効果は人によって差異があります。
ですので、布束さんのように一発でメロメロになる場合や美琴のようにすこし気になる異性ぐらいにしか思わないと言ったパターンがあります。


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十三話

テンポよく話を進めたいので、少し飛び飛びになっていますが許してください。
早いとこやりたい話もあるので。



佐天涙子は、柵川中学に在席する女子中学生だ。

彼女は、いたって普通の何一つ特筆することの無い存在だった。

幼少の頃、超能力者になると大見得切って学園都市にやって来たものの、自分に与えられたのはlevel0。無能力者の烙印だった。

 

だが、彼女が特別何か不自由に感じることは無かった。

虐められることもなく、友達にも恵まれ、学業にも励み、不満はない。

それでも、自分に対する劣等感と高位の能力者への嫉妬と言う暗い感情を払拭することが出来ずにいる。

 

学園都市に来るとき、弟に超能力者になると羨ましがられ、憧れられているという事実に気を良くしていた頃を今でも鮮明に思い出す。

なのに何だ、今の体たらくは。

彼女も人並みに努力したが、一向に上がることの無いlevel。自分の才能の無さに涙することもあった。

そして、いつしか彼女は努力することを止め、友達との楽しい日々だけを享受するようになった。

朝学校に行き、放課後は友達と遊ぶ。それを何日も何ヵ月も何年も繰り返し、ただただ惰性に日々が過ぎていく。当初の目的も忘れ彼女は、そんな日常に満足してしまっていた。

 

そんなある日のことだ。友人が知り合いにlevel5の超能力者を紹介してもらうとのことで、それに興味本意でついていった日。出会ったlevel5である御坂美琴は、自分が想像していたような人物ではなく、自分と何ら変わらない少女だった。

可愛いキャラクターが好きで、甘いスイーツを美味しいと思い、友人との関係を大切にしていた。

 

何だ、自分と何も変わらないじゃないか。━━━━と、思った矢先の出来事である。

 

近くの銀行が襲われたのだ。風紀委員である友人が事件解決に奔走するなか自分にも何か出来ないかと右往左往していると、犯人の一人が子供を人質に取ろうとした。彼女は咄嗟に助けに入り、何とか子供を守ることが出来たが、その時に怪我を負ってしまう。

そして、佐天は目の当たりにすることになる。無能力者と超能力者とでは筆舌に尽くし難い、絶対的な壁というものを………。

 

佐天が傷つけられたことに激昂した美琴が、犯人の乗る車を彼女の代名詞である超電磁砲で吹き飛ばしたのである。

だが、そこに更にだめ押しと言わんばかりに、もう一人のlevel5が現れた。

いつの間にか拘束から逃れた犯人が一般人の少女を人質にとった時に彼が、上乃慧巌が犯人を制圧したのだ。

 

佐天は見てしまった。美琴の強さを上乃の力を。超能力を扱うものだけが持つ輝きを。そして━━━━━上乃の面貌を………。

 

一度溢れだした物は、もう押さえることが出来ない。

彼女のようになりたいと……彼の近くに居たいと……。

憧れと恋心が複雑に絡み合い、佐天の心を締め付ける。だが、自分にはそれを実現するだけの能力が無い。ならばどうすればいいのか、彼女は考えた。けれども一向に糸口が見えない。こうしている内に彼が何処かに行ってしまうかもしれないと、ありもしない妄想が佐天を焦燥させる。

そんな時に、ある噂が彼女の元に舞い込んだ。それは正に、今彼女が求めている物に他ならなかった。

 

幻想御手(レベルアッパー)』と言う、levelを上げることが出来る代物があるのだと。佐天は、藁にもすがる思いでそれを探した。超能力者とは言わない、せめて1つでもlevelが上がれば……無能力者でなければ希望が持てる。

そして遂に彼女は、幻想御手を手に入れ使用した(・・・・)

 

それは、あの人達とは比べることすら烏滸がましい、ちんけな力であった。しかし、それでも、長年無能力者であった佐天にとって夢を見ているかのような気持ちにさせた。

 

「私は、能力者になったんだ………!」

 

自分の中の劣等感が消え、消えることの無かったコンプレックスが解消されていく感覚が佐天を満たし、充足感が彼女に自信をもたらした。

 

そして上乃に会いに行こうと思った。まだ、こんな自分では相手にされないかもしれない。それでも成長した自分を見てもらいたい、そんな思いを胸に家を出る。

向かうのは一番の親友がいるであろう風紀委員の支部。彼は一度そこで事情聴取を受けている。そこでなら彼の住所が分かるかもしれないし、無理なときは頼れる親友が力になってくれるだろう。

少しの打算を考えながら街を歩く。いつも通りの風景だ何一つ変わらないのに、今はそれら一つ一つが色づいて見える。

これも全て幻想御手のお蔭だ。だからだろう、幻想御手と言う言葉を、彼女は聞き逃さなかった。

 

「幻想御手、売ってくれるんじゃなかったのかっ!?」

 

その声は人目につきにくい、廃ビルに囲まれた場所だった。そこに気弱そうな男性と三人のいかにもといった装いの不良がいた。

物陰に隠れて様子を伺う佐天は、彼らの様子を観察する。

どうやら三人組は幻想御手を売ると言って騙し、気弱そうな男性から更に金を巻き上げようとしていた。しかし、男性はそれを渋った為に三人組は幻想御手によって上がった能力の実験台にしようとする。

 

(これ、不味いよね。と、取り敢えず警備員に連絡ッて、充電切れ!?)

 

都合悪く、携帯の充電が切れてしまい警備員に通報することが出来ない。

これでは仕方がない、彼女には何も出来るはずも無く今までなら黙ってここを去っただろう。

しかし、今の彼女は違った。

 

「や、止めなさいよ!」

「あぁん?」

 

その場を去るのでは無く、佐天は三人組の乱暴を止めに入ってしまう。

 

(わ、私はもう前の私じゃない!)

 

幻想御手によってlevelが上がったことにより佐天は、端的に言うと調子に乗ってしまったのである。

止めに入った佐天に、三人組のリーダー格であると思われる金髪にタンクトップの男が近寄る。

身構える佐天は、能力を発動しようとした━━━━だが、使えなかった。

 

ドガッ!

 

「え?キャッ!?」

「今、何つった?」

 

金髪の男が佐天の頭のすぐ横を蹴り抜く。それは後ろの壁が凹む程の威力で佐天は突然の事に何が起こったのか理解できなかった。

そして、金髪の男は間髪入れずに混乱している佐天の髪を掴み上げる。その行為は、ただの女子中学生である佐天を恐怖させるには充分だった。恐怖に震える佐天は、能力を使うのを止めてしまう。

 

「ガキの癖に生意気言うじゃねーか。だがな、何の力も無い奴(・・・・・・・)にゴチャゴチャ言う資格は()ぇんだよ」

(何の……力…も……)

 

その言葉は、幻想御手を使って自信をつけた佐天の心を容易くへし折った。

確かにその行いは素晴らしいのかもしれない、称賛にされるべきものなのかもしれない。だが、彼女の行いは無謀と言う他無かった。

この状況に際して、逆に冷静になった佐天自身がそれを認めてしまう。

 

(そう、だよね……少しlevelが上がったぐらいで、私に……何が出来るって言うんだろ)

 

自虐的になる佐天。少し前までの自惚れていた自分を恥じ、そして悔いた。今の自分が憧れの相手である彼の前に出ようなんて……。もう佐天には、抵抗する気力は一欠片も残っていなかった。

 

「風紀委員ですの!」

「し、白井さん………」

 

佐天は、このまま成す術なく痛め付けられるかに思えたが、それは治安維持組織の1つである風紀委員の呼び声で止まる。

声のする方を見てみれば、そこにいたのは親友と同じ風紀委員であり同僚の、白井黒子が立っていた。

 

「暴行障害の現行犯で拘束します」

「はっ!誰かと思えば、ガキが一匹増えただけじゃねぇか」

 

黒子は、淡々と彼らの罪状を述べた。

最初は風紀委員の登場に驚いた三人組だったが、風紀委員が黒子一人と見ると先程の調子を取り戻し、押さえつけとようと黒子に手を伸ばす。

 

「お気をつけあそばせ、只でさえ無駄足が続いたあげく、漸く見つけた取引現場で友達が暴行されていたのですから」

「はぁ? 何言ってやがんだ」

 

黒子の肩を掴む不良の男。黒子はその男の胸にそっと手を添えた。

 

「ッグァ!」

 

肩を掴んでいた男は、上下逆さまになり、頭から地面に激突した。

黒子が空間転移(テレポート)を使って、男を上下反対に転移させたのだ。

 

仲間の一人がやられたことに怒った不良は、念動力のような能力を使い近くにあった廃材を黒子に向けて飛ばす。黒子はそれを転移を使い易々と避け、そのまま男の懐に入り込んだ。

突然の接近に驚いた男が怯るむと、黒子は顔面目掛けて学用鞄を振り抜いた。

 

「ガァ!」

 

たった一撃で失神してしまった男を確認した黒子は、最後の一人。佐天の髪を掴んでいるリーダー格である金髪の男を睨み付けた。

金髪の男も仲間の二人を瞬く間に片付けてしまった黒子を見て、戦闘体勢に入る。

しかし浮かべている表情は笑みであり、自分が負ける心配など毛ほどもしていないことが伺えた。

 

「面白れぇ能力だなぁ。空間転移って奴か?初めて見たぜ」

「他人事のようにおっしゃいますが、次は貴方の番ですのよ」

「クククッ。幻想御手を使ってlevelが上がった今、そこらの雑魚と一緒にすんじゃねぇーよ」

「たかが貰い物の力(・・・・・)で良くもまぁ、そこまで増長出来るものですわね」

 

両手を広げて突進して来る男。黒子は捕まえられる直前に男の後方に転移して避ける。

そして反撃しようと振り向くが、そこには誰もいなかった。

 

「え、消えた?━━━━………ッ!」

 

完全に後ろを取った筈の黒子は、逆に後ろから攻撃を食らう。混乱するが男が繰り出した蹴りを咄嗟に鞄で防ぎダメージを最小限に抑えた。

 

(そんな、私の方が回り込むように飛んだ筈なのに!?)

 

この一瞬の攻防で相手が一筋縄ではいかないと判断した黒子は、太股に巻いてあるホルスターから鉄の針を取り出した。

あまり相手に怪我を負わせる訳にはいかないが、速やかに制圧するために針を男の体に直接転移させようとする。

相手と自分の位置を把握して、万が一にも人体の重要な器官を傷つけないように慎重に飛ばす。

 

「外した!?」

 

完璧な演算の元に飛ばした針は、全く検討外れの所に現れた。

男は取り出したナイフを振るい切りつけようとするが、黒子は冷静に対処し、後ろに下がって距離を取る。

なぜ、予想と違う場所に針が飛んだのか、違う位置に転移してしまうのかわからない黒子は、敵の動きを観察する。

男は刃物を持っていて、此方はまともに攻撃が当たらず、空間転移による回避する危ぶまれる状況では危ない賭けとしか言いようがないが、それしかないと決行する。

 

再び迫る金髪の男、黒子の頭目掛けて蹴りを放つ。黒子は敵の動きを予想し鞄で頭部を守る。

 

「グッ!」

 

だがそれもまた、予想とは違い、頭部ではなく横腹にヒットした。

あまりの威力に吹き飛んだ黒子は、廃ビルの窓に衝突し、その勢いで突き破ってしまう。

 

「うっ、グゥゥ……!」

「いい感触だったぜ。あばらの二、三本はいったか?ハハハハッ!」

「し、白井さん!?」

 

痛みに蹲る黒子を嘲笑う金髪の男。その様子は長年抑圧されてきた不満を解消できて心底楽しそうである。

 

(やはり、予想とは違うところにッ。……不味いですわね、肋骨が折れてあまり動けそうにありませんわ。下手に動くと内臓に刺さるかも……)

 

あまりの痛みに動けない黒子。相手の出方を伺うだけのつもりが重傷を負わされて、冷や汗がたらりと頬を伝う。

首だけ後ろを向くと、厭らしく笑みを浮かべた男が手にナイフを遊ばせながら廃ビルの中まで歩み寄ってくる。

今まで項垂れているだけだった佐天も、黒子がやられそうになると思わず名前を叫んでしまう。だが、この状況を彼女がどうにかすることは出来ない。ただひたすらに、己の無力に苛まれていた。

 

黒子は、どうすれば現状を打破出来るのか必死に頭を巡らせると、目の前に突如フードを目深に被った男が現れた。

 

「あん?何だテメエ?」

 

突然の乱入者に首を傾げる金髪の男。黒子と金髪の男の間に割って入ったフードの男は、後ろで倒れている黒子に振り向くとそのフードを取った。

 

「貴方は、上乃さん!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故、貴方がここに?」

「………」

 

上乃の登場に目を見開いた黒子は、彼にこの場にいる理由を問うた。しかし、返事は帰ってくること無く、上乃は無言で金髪の男に向きなおった。

 

「なんだ?今度はテメエが相手になるってか?色男さんよぉ」

「い、いけません!上乃さん、これは風紀委員の仕事。一般人である貴方の手を借りるわけには」

「………そんな怪我で何が出来る」

「そ、それは……」

 

上乃の言うとおり、もうまともに戦えないことは黒子自身がよく分かっている。

だが、いくらlevel5と言えども彼はただの学生なのだ、そんな上乃の手を煩わせてしまうことに歯噛みした。

 

「心配するこたねぇよ。コイツをやった後は、じっくり続きをしてやるからよぉ。なぁ、おい!」

 

上乃に切りかかる金髪の男。だが能力によって体をすり抜け、上乃は、すり抜けた男に向かってカウンターで裏拳を放つ。だがそれは空振りに終わり、男はいつの間に移動したのか廃ビルの外に出ていた。

上乃は、避けられた事に対して一切動揺すること無く、次の攻撃に移る。

空間が歪み、そこから西洋の剣が頭を覗かせる。見覚えのある現象に黒子は、それが銀行強盗の犯人を吹き飛ばした攻撃であることを思い出した。

現出した剣を何の躊躇(ためら)いもなく男に向けて射出し、それは着弾と共に粉塵か周囲に舞い散った。

上乃は、一瞬やりすぎたか?と思ったが、それは煙の向こうから聞こえる男の声から只の杞憂(きゆう)であると悟った。

 

「おいおい、随分と物騒な能力だな。当たってたら死んでたんじゃねぇか」

 

煙が晴れると、そこには抉れたコンクリートから離れた所で、傷1つ無い男が立っていた。

奇妙な出来事に頭を傾げる上乃。なぜ避けられたのか理解できずにいると、後ろで倒れている黒子から男の能力について教えられた。

 

「上乃さん、落ち着いてください。あの男の能力は只の目眩まし、自分の周囲の光をねじ曲げることで位置をずらしているだけです」

「はっ!漸く気づいたか」

 

光を曲げることにより、誤った位置情報を相手に誤認させるのが男の能力。

その力で黒子の攻撃は当たらず、逆に防いだ筈の攻撃が防げずに当たるなどの芸当が出来たのだ。

しかしこの能力自体は、さほど強力な物ではない。

だが、こと格闘戦や、相手の位置情報が重要になる空間転移能力者相手ならば、頗る強力な武器となる。

 

「オレ達はよぉ、幻想御手が手に入れるまでは、テメエ等風紀委員にビクビクしてたんだ。だからな、デケェ力が手に入ったらギタギタにしてやりてぇと思ってたんだぜ!

ハハハッ、俺の能力、偏光能力(トリックアート)が分かったところで何が出来んだよ!」

 

(確かに、わたくしと同じ空間転移能力者である上乃さんとの相性は最悪。いくらlevel5と言えども位置情報が分からなければ、転移のしようがない)

 

改めて相手の能力の厄介さを理解した黒子は、心配するように上乃の背を見つめる。

敵の能力を知った今なら相手が何れだけ面倒なのか理解している筈、なのに彼は身動ぎ1つしようとしない。

 

確かに相性が悪いのだろう。遠距離からの攻撃も当たらなければ意味を成さない。

━━━━しかし、そんな事は上乃には関係なかった。

上乃は、ゆっくりと金髪の男に近寄って行く。

 

「そろそろ……ケリつけようやぁ!」

 

真っ正面から振るわれるナイフを見据える。それは先程と同じように上乃の体をすり抜ける━━━━かに思えた。

 

「な、何!?」

 

正面から振るわれた刃は上乃の体をすり抜けるのではく、光が歪むようにして消えた。

偏光能力を使った残像だったのだ。そして本命である攻撃をがら空きの背中に放ったにも関わらず、それは上乃の右手にあっさりと止められていた。

その驚愕すべき現実に金髪の男と黒子は、目を見開いた。

 

「ば、馬鹿な……!?く、クソッ離しやがれぇ!」

 

分からない筈の自分の居場所が特定され、尚且つ死角からの攻撃を受け止められた男は慌てて上乃の腕を引き離そうとする。

しかし、どんなに抵抗してもビクともせず離れない。

どんどん焦る男だが、上乃はあっさりと自分から手を離した。

 

「……?」

 

男が疑問に思うのも束の間、上乃の姿が消えた。

その能力が先程見た風紀委員のガキと同じであると理解した男は周囲を見渡す。

何処にも見当たらないが、ふと自分の足元を見ると、己の影以外にもう1つ、影が重なっていた。

男は慌てて廃ビルの屋上を見る。

そこには、蹲る佐天と黒子そしてこちらを見下ろしている上乃がいた。

 

「………お前、風紀委員にビクビクしていたと言ったな」

「だ、だったら何だってんだ!」

 

上乃から発せられる声は、とても屋上から言っているとは思えないほど鮮明で、そして全身に鳥肌が立つような不気味さがあった。

 

「………なら教えてやる。本当の恐怖って奴を」

 

 

 

 




いくら女子中学生でもあんなにぶっ飛ぶ程の蹴り食らって立って歩けるとは思えなかったので、主人公とバトンタッチしてもらいました。

それと別に私は佐天さんの事が嫌いではないので悪しからず。

次回
金髪の男が地獄を見ます。


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十四話

初の1万文字超えです。これでもコンパクトに纏めたつもりなのですが、ちょっと詰め込み過ぎてしまいました。



 

━━━━━お前、風紀委員にビクビクしていると言ったな

 

━━━━━なら教えてやる。本当の恐怖って奴を

 

上乃から告げられた言葉、それに言い知れぬ不安を抱いた金髪の男は、虚栄を張るように啖呵を切る。

 

「本当の恐怖だぁ?なんだそりゃ………なんだそりゃよぉ!

そんなもんは、もうとっくに分かってんだ!

テメェ等みたいな才能あるやつには分からねぇだろうがな、本当の恐怖ってのは誰にも相手にされないことだ!

気に食わねぇ……気に食わねぇんだよ、全部……!

見下してんじゃねぇ!!」

 

地上から見上げるように吠える金髪の男。

上乃は、その言葉にピクリとも反応せずに、己が能力を発動した。

 

世界が切り替わる。近代化した都市から、見渡す限りの草原の世界へと次元を超越した。

それは、先程までの透過や転移のような矮小な力ではない。

これこそが、『次元移動(ディメンジョネイター)』の本領、その真骨頂である。

 

「なん……ですの、これは……!」

「これって、夢なの……」

 

側で横たわる黒子と佐天があまりの状況の変化に戦慄した。

訳が分からない、と顔にありありと出ている。だが無理もない。上乃がこうして異世界に誰かを連れてきたのは、あの科学者を除けばコレが初めてなのだ。

こんな力は書庫にも載っていない、彼の奥の手なのだから。

 

「なんだこりゃ…ど、どうなってやがる!?」

 

金髪の男は、突然の変化に酷く狼狽えていた。彼もまた黒子達同様にこの状況について行けていないでいる。

 

どういうことだ?俺の能力は空間転移能力に対して完全に優位に立てる物だ。そんな俺が、まさか飛ばされたのか?いや、有り得ない。座標も碌に分からない状態で転移できる筈がないのだ。

男はもう一度、改めて自分の周囲を確認した。

そして違和感を覚えた。

 

それはこの草原の世界おいてここだけが歪なのだ。

草原の中に1つだけポツンと廃ビルが聳えている。そしてその地面である己が立つ足場は、薄くコンクリートの地面があり、大地から少し浮いた場所であった。

そうそれはまるで、学園都市からこの一角だけをくり貫いたようだった。

 

「………いやいや、そんな…ありえねぇだろ!」

 

この状況、そして己の能力。この2つを合わせて導きだされた答えに男は驚愕する。まさか……そんなと逃避しようが現実は変わらない。

これが事実だとするなら、俺はとんでもない奴に喧嘩を売ってしまったのかもしれない。

 

ドッドッドッドッドッドッドッ!!!

 

「こ、今度は何だ!?」

 

恐怖で足が震えそうになるなか、実際に足が揺れ動く。

男はこれもまたアイツの仕業かと廃ビルの上に立つ上乃を見ると、彼はある方向を指差して、そして笑っていた。

いつも無表情である上乃が、薄らと笑っていたのである。

それは、世の淑女達を魅了してやまない魅力に溢れる物なのだろう。しかし、この状況において男には、彼の微笑みが悪魔の笑みに思えて仕方がなかった。

 

止まらない悪寒を堪えて、上乃が指差す方向に目を凝らす。

そちらからは、舞い上がる土煙と巨大な何かが走ってきていた。

 

ドッドッドッドッドッドッドッ!!!!

 

地響きは次第に大きくなり、土煙を巻き上げる存在の姿が目視できるようになった時、誰かの息を呑む音が聞こえた。

 

「ッッ!?」

 

それは人だった。いや、人と同じ形をしていたがそれは、余りに巨大過ぎた。

服など着ておらず丸裸で、しかし生殖器は見当たらず、肘を曲げ内股の状態で凄まじい速力で此方に走ってくる━━━━━━━巨人だった(・・・・・)

 

「何だよ……あの生きもんは?」

 

人体の構造では到底有り得ない大きさのその生物は、一直線に此方に迫りくる。

そして、目視出来る距離まで近づかれたのならばもう遅い。その存在はひたすらに原始的な欲求を満たそうと、彼を襲うだろう。

 

そう、上乃が男を引きずり込んだ世界は、人類にとって天敵が存在する世界。

その生物を倒すための技術と力を身につけたとしても、個の力では到底覆しようの無い数の暴力に蹂躙され、何時しか抗うことを人類は忘れてしまう。

そんな何時死ぬかも分からない、家畜の安寧を求めるだけの、衰退した世界。そんな場所が今彼等がいる所なのだ。

 

考える間も無く、目前まで迫ってきたこの世界の人類にとっての天敵、巨人。

そして巨人は、後少しの所で大口を開けて頭からスライディングして突っ込んだ。

 

「うわぁぁぁあ!」

 

金髪の男は、寸前の所でコンクリートの地面から芝生の上に転がり落ちて躱す事に成功する。

薄いがコンクリートの地面にヘッドスライディングした巨人は、頭部が拉げ血を吹き出した。

 

「熱ッッ!?」

 

地面を転がった男に巨人の血飛沫が降りかかり、蒸気すら発生するその熱に身悶える。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……クソ!」

 

暫くすると、その熱にも慣れたのか息切れを起こしながらも何とか立ち上がる。

 

「死んだのか……?な、何だよ、脅かしやがって、たいしたことねぇじゃねぇか!この……!」

 

頭から大量の蒸気を発する巨人。突っ伏した状態から動かなくなった巨人を見て、死んだと思った男は先程までの威勢を取り戻した。

しかし、それも束の間。死んだはずの巨人が首だけをグリンと男に向けた。

 

「ヒィ!?」

 

男は情けない声を出して腰を抜かしてしまう。

男に顔を向けた巨人は、笑っていた。血塗れの拉げた顔で張り付いたような笑みを浮かべる。

その状態で笑う意味が分からない男は、余計に目の前の存在に不気味さと狂気を感じて堪らなかった。

鈍重な動作で、ムクリと起き上がった巨人は再び男に向けてその口を開いた。

両手を地に着け、四つん這いのような姿勢で男に迫る。

 

その動作を見て、男は上乃が言っていた恐怖について理解した。これがあの男が言っていた恐怖なのかと。

それは生物にとって最も身近であり、人間が最も回避してきた恐怖。

 

━━━━━━━━死である。

 

「お、おい。まさか、俺を食べる気じゃ……!」

 

震える声で問いかけるも、巨人は答えない。

その返答の返しは、限界まで開かれた口を見れば一目瞭然だった。

男は逃げるために起き上がろうとする、しかしもう遅い。

起き上がった男の上半身に、巨人が食らいついた。

 

笑みを浮かべて、咀嚼する巨人。だが、直ぐに不思議そうに首を傾げた。

無いのだ、人を食べたときの感触が口から何も感じられなかった。

食らいついた筈の男を見る、そこには上半身と泣き別れした下半身があるのでは無く。色彩の歪んだ男の姿があった。

 

「じょ、冗談じゃねぇ、食われてたまるか!」

 

目の前の残像が消えると同時に別方向から男の声が聞こえる。

どうやら、この土壇場で能力を発動して難を逃れたようだ。その度胸と集中力には感心するものがあるが、そんな物はただ少しだけ寿命が伸びただけに過ぎない。

 

男が逃げるのに反応した巨人は、またしてもあの妙な走り方で後を追う。

男も追いつかれまいと、全力で走るが直ぐに追いつかれてしまう。

そもそも体格に差がありすぎるのだ。たかだか2mにも満たない人間の身長と10mを越える巨人とでは歩幅が違いすぎる。

蟻と人で鬼ごっこが成立するわけがないのだから。

 

「クソォ!来るなぁ!」

 

がむしゃらにひた走る男は、後ろに迫る巨人に注意を払いながら能力を発動する。学習機能が無いのか巨人は、何度も男が作り出す虚像に手を伸ばす。

しかしこんな事をしても、先に力尽きるのは男の方なのは目に見えている。

彼の能力がもっと強力で、自分から離れた場所の光さえも操れるなら逃げ延びることも出来ただろう。

だが、現実は非情だ。幻想御手を使ってlevelが上がった状態でも男は自分の周囲の光すら操れない。

デケェ力と言っていた自分の能力がこんなにも通じないのかと、男は悔しくて仕方がなかった。

 

だが、男はそれでも足を止めない。

 

(こんなところで死んでたまるか!これからなんだ、これから俺は………!)

 

意地でも逃げ切ろうと決意を固める男。それは長年無能力者として虐げられてきたが故に身に付いた克己心がそうさせた。

何日でも走り続けてやる、そんな気迫を放つ男。しかし、そんな希望を持たせてやる程、上乃は優しくなかった。

 

「………ウソ…だろ…」

 

男が走るその目の前に複数体の巨人が現れたのだ。

その現実に心が挫けそうになるが、まだだと進路変えようと回りを見た。

そして今度こそ、男の心は折れてしまった。

 

360°、逃げる隙間など何処にもない、大量の巨人が己を囲うようにして迫ってきたのだ。

 

「は、はは…はははは!ハハハハハハハハハ!!」

 

走っていた足を止め、狂ったように笑いだす男。

その目には涙が浮かび、膝をついて動かなくなった。

もう、どうやっても助からないのだと男は悟ってしまったのだ。故に笑う、笑うしかなった。

そして笑う男の体がずっと己を追ってきた巨人に捕まれた。

 

「ははははは…はは……は………」

 

両手で捕まれた体は容易く宙に浮き、目の前に最早見飽きてしまった巨人が迫ってくる。すると、途端に男は現実に引き戻されてしまったのだ。笑う余裕すら無くなり、恐怖だけがその身を支配した。

 

「………嫌だ、死にたくない。」

 

涙を流し、必死に命乞いをする。

 

「嫌だ嫌だやめろ!放せ、放してください!誰か助けてください!助けて助けて!」

 

誰もが同情する無様な姿を晒しても、そんな物を巨人が顧みる筈がない。

彼はいっそ、本当に狂ってしまえばよかったのだ。狂ってしまえば何も感じなかったのに。中途半端に命が惜しくなるからこうして苦しむことになる。

 

巨人は、泣き叫ぶ男をその口に放り込んだ。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、幻想御手は何処にありますの?」

「助けてください……助けてください………助けてください………助けてください………」

「あーもう!それはわかりましたから、いい加減正気に戻ってくださいまし!」

 

もう、何度目になるのか分からない質問を目の前の男に聞く。

しかし、まともな返答は返ってこず。ずっとうわ言のように、助けてくださいと呟いている。

 

「全く、上乃さんやり過ぎですわ」

 

何もここまでする事は無いでしょうに。level5という方達は、やり過ぎないと気がすまないんですの?

しかし、上乃さんのお蔭で命拾いしたのも確か。強くは言えないと心の中で深いため息が漏れる。

 

「………それにしても、凄まじかったですわね」

 

先程の上乃さんの戦い。いや、あれはもう戦いにすらなっていない、一方的な蹂躙だった。

元通りになっている廃ビルを見ると、先程の光景が甦る。

 

最初、敵である金髪の男と上乃さんとの相性は、御世辞にも良いとは言えなかった。

それは、実際に戦った自分自身が身をもって理解している。わたくしと同じ、同系統の能力者である彼では戦況を優位に運ぶことは難しいだろう。それがいくら空間転移能力、その最強に位置する能力者の彼でも………。

 

━━━━━そう、わたくしは思い込んでいた。

 

わたくしは、何処かで彼を見くびっていたのかもしれない。

彼は所詮、第八位。同じlevel5だとしても、わたくしの尊敬する『超電磁砲』の御坂美琴お姉さまとは、天と地程も差があるのだと。

しかし、その認識は誤ったものだった。

 

そう感じ始めたのは、彼が金髪の男の腕を掴んだ時だ。

あの男の能力『偏光能力』によって誤認した位置情報を掴まされている状況で、正確に、しかも真後ろという完全なる死角からの攻撃を彼は見向きもせずに止めたのだ。

一体どうやって?彼がやった事に対する疑問は尽きないが、金髪の男が取り乱している間に上乃さんは、佐天さんを抱え、わたくしの肩に手を置き、廃ビルの屋上に転移した。

 

そこからは、息つく間もない驚愕の連続だった。

突如として変化した世界。それは、上乃さんがやったことだということは直ぐに分かった。だが、それがどういった事なのか、どういう現象なのかは理解できなかった。

 

でも、立て続けに起こった有り得ない生物の登場や、自分達がいる不自然な足場が、彼が何をやったのか知る手かがりとなった。

 

突然変貌した世界、巨人、そして学園都市からそのままくり貫いたかのように草原に聳える廃ビル。

 

この事実に気づくのには時間がかかった。何せ、それはわたくしの知る常識とはあまりにかけ離れた物だから。しかし、目の前にある証拠が、それが事実だと指し示している。

上乃さんは、別の世界に転移したのだと………。

 

そもそも、わたくしと上乃さんの能力である空間転移とは、他の能力に比べて演算による負荷が激しい物だ。

三次元から十一次元への特殊変換する計算は複雑であり、自身の重量を転移させられるのであれば、それだけでlevel4として評価される。

 

わたくしの空間転移の限界は、飛距離が最大81.5m、質量が130.7kg。

なのに、levelがたった1つ違うだけで同系統の能力なのに、こうも差があるのか。

 

上乃さんがやったことは至って単純だ。今いる廃ビルごと転移したのだろう。この何トンもあるであろう廃ビルを。

全くもって出鱈目だ。男の位置を把握できないなら、男を含んだ座標を纏めて転移させるなど力業にも程がある。

まして転移した場所が別の世界など、誰が想像できようか。

 

わたくしの限界とは、文字通り次元(・・)が違う。

比べる事すら烏滸がましい。何て強力で、無慈悲で━━━━━神々しいのだろうか。

 

これが上乃慧巌。これが『次元移動(ディメンジョネイター)』。これが、次元を越える力。

 

もしかしたら、お姉さまよりも………。

 

(いや、そんな訳ありませんわ!)

 

ふと湧いた、己の不敬な考えを慌てて否定する。わたくしの信じるお姉さまが、負ける筈がないと。

 

だが……わたくしよりも、彼の方がお姉さまの隣にいるに相応しい人物だと、そう感じてしまった。

 

「はぁ。らしくありませんわね、こんな事を考えるなんて」

 

もしかしたら、自分もこの男のように参っているのかもしれない。

上乃さんがこの男に施した仕置きは、見ているだけだった此方にも精神的にくるものがあった。

 

男の増長した自尊心を砕くために、幻想御手によってlevelが上がった能力が全く効かないのではなく、今一歩足りないギリギリで追い詰めた。

そうすることで、彼の傲りは完全に消え失せる。

 

しかも、それだけに終わらず、死という恐怖を植え付けて反抗する気力まで削ぎ落とした。

 

「惨いですわね」

 

今まで沢山の無能力者を捕らえてきたわたくしですが、ここまで徹底的にやる人は初めて見ましたわ。

 

兎も角、後は漸く来てくださった警備員の方達に任せましょう。あんな状態では、流石に情報を引き出すも何もありませんから。

 

「それはそうと佐天さん。あまり無茶をって、おや?佐天さん?」

 

この度の無茶に苦言を提そうと思い、佐天さんの名前を呼ぶが返事が無く。周囲を見ても見当たらなかった。

そしてそこには、この度の功労者である上乃さんの姿も見当たらなかった。

 

「いったい何処へ………?」

 

 

 

 

 

知らなかった、幻想御手が違法だったなんて!

 

上乃さんが、私には到底理解できないような力を使ってあっという間に金髪の男の人を倒した後に白井さんが言っていた。

 

━━━━さぁ、幻想御手について知っていることを吐いてもらいましょうか?

 

何で幻想御手について調べているのか、気になって白井さんに聞けば、幻想御手によって事件が多発しているからその出所を調べているのだと。

そして使った人を保護しなければいけないのだと。

私は怖くなってその場を逃げ出した。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

息を切らしながら、路地裏を駆け抜ける。裏道を使って早く自分の部屋に戻りたかった。

 

「キャッ!」

 

そうして急いでいると、人通りの無い路地裏なのに誰かにぶつかった。

 

「す、すみません!私急いでて、その……」

「………」

 

ぶつかった事を直ぐさま謝罪する。だが、相手からの返答は無い。怪訝に思った私はそっと、相手を確認した。

 

「あ、貴方は……!」

 

その人物は、先程私を助けてくれた上乃さんだった。

何故彼がこんなところにいるのだろう、とか疑問は尽きないが、それよりも今は彼の前にいるのが辛かった。

 

「何で……こんなところに居るんですか?」

「………」

 

上乃さんは、今頃白井さん達から話を聞かれているはずなのにどうしてこんな薄暗い路地裏に……自分の前にいるんだ。………私は、貴方に合わせる顔なんて無いのに。

彼は、私の質問に答える気配が無い。

しかしフードから覗く綺麗な瞳は、まるで私の心を見透かすように射ぬいた。

虚偽は許さぬと、言われているかのようで。

 

(あぁそうか、全部バレちゃってるんだ。この人には……)

 

察しの悪い自分に嫌気が差す。そうだ、この人がここにいる理由なんて私しか無いじゃないか。上乃さんは、全部分かってる。私が……私が幻想御手を使ってしまったことを。

 

今この時、一番知られたくない無い人に知られたことに足が震えた。軽蔑されているだろう。私を今すぐにでも警備員に突き出すかもしれない。

そう思うと、自分の中で燻っていた不満が爆発した。

 

「………幻想御手って、そんなに悪いんですか?」

「………」

「何かに縋るのが、そんなに悪いことなんですか……!」

 

そうだ、幻想御手の何がいけないと言うんだ。

私には分かる、例えそれが危険だと分かっていても求めてしまうその気持ちが……悔しさが!

 

『貰い物の力』

 

白井さんは、幻想御手の事をそう言っていた。

だが、そんなのは才能があるから言えるのだ。私のような無能力者とは違うから。

努力したのかもしれない、努力したから今の力を手に入れたのかしれない、でも、そうだとしても恵まれている方だ。

世の中には努力しても報われない人は沢山いる。そんな人達の希望が、この幻想御手なんだ!

 

私はポケットにある幻想御手が入った音楽プレーヤーを握り締めた。そして彼はそれに目敏く反応する。

そうだ、今幻想御手はここにある。貴方は……どう思ってるの……!

 

「………幻想御手は、良くないものだ」

「ッ!」

 

重々しく口を開いた彼の第一声は、やはり予想通りの物だった。

 

やっぱり、そう言うんだ。分かってはいたことだが、いざそう言われると心が締め付けられる。

私は泣きそうになるのを必死に堪えるので精一杯で彼の目を見ることが出来ない。

 

「そう…ですよね。やっぱり………。へ、えへへ!分かってましたよそんなの初めから。

ハイ、どうぞ!」

 

はぁ、短い夢だったな。初春にも合わせる顔ないや……。

私は、開き直って幻想御手を上乃さんに突き出した。これで、もう本当に終わりだ。

だが、私が差し出した幻想御手を上乃さんは一向に受け取ろうとしなかった。

 

「どうしたんですか?これ、幻想御手ですよ」

「………」フルフル

「何ですか、それ。まさか、いらないんですか……?」

 

いらない?ここまで追い詰めておいて私を見逃してくれるの?いや、そんな生優しい人じゃないのは、さっき見て実感したばかりだ。

なら何なのだ、この人の真意が読めない。

訳も分からず戸惑っていると、彼はまるで諭すように私に語りかけた。

 

「泣く人がいるだろ」

「え」

 

泣く人がいる……?

その言葉に、私は暫しの間呆然とした。

泣く人、そんな人が私にいるの?そう考えた時、私の頭に真っ先に浮かんできたのは、何時も楽しそうに毎日を過ごしている初春の姿だった。

 

あぁ、そうだ。初春ならきっと私がこんな事したの知ったら大泣きするだろうな。そんでもって、すっごく怒るんだろうな………。

友人のその姿が容易に思い浮かんだ私は思わず吹き出しそうになる。そして申し訳ない気持ちで一杯になった。

想像するだけで胸が苦しくなり手を当てると、そこに長年肌身離さず身に付けていた物の感触があった。

 

それは、私がまだ小さかった頃、学園都市にくる前にお母さんが渡してくれた御守りだった。

こんな、何の科学的根拠の無いもの渡されても、何の意味があるんだろ。

でも……これを渡してくれた時のお母さんの顔が、頭から離れない。

 

そうか、分かったよ上乃さん。貴方は私に自分から言いに行けって言うんですね。

うん、自分でもそう思う。これは自分でやらなきゃいけないことだよね。

 

「あの、すみません。ご迷惑お掛けしました!」

 

彼には随分とお世話になってしまった。守ってもらって、大事な事を諭してもらった。

彼は私の謝罪を聞くとそそくさと立ち去ってしまう。

余計な事は言わない、最低限の言葉だけでここまで人の心を動かすなんて、やっぱり凄い。

あの人にとっては、能力なんてオマケみたいなものだ。

 

「やっぱりカッコいいなぁ」

 

私って、結構男を見る目あるよね!なーんて、ふざけてる場合でもないか。

ありがとうございます、上乃さん。

私、行ってきますね。

 

目尻に溜まった涙を袖で拭った私は来た道を引き返す。

もう、足の震えは無くなっていた。不安も恐怖も。

でもやっぱり、怒った初春を想像するとちょっぴり怖いかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

かつて、ここまで(社会的に)の危機に陥ったことがあるだろうか。

俺の目の前には、今にも俺を通報しようとしている女の子がいる。

 

そもそも、何故このような状況になっているかと言うと。

それは日用品の買い出しに出掛けた時の事だった。つい最近、喫茶店でハッスルしていた風紀委員の黒子ちゃんが不良に蹴り飛ばされている現場に遭遇したのが切っ掛けだ。

 

見てしまったからには、見て見ぬふりをするのも後味が悪い。まぁ、不良を退治するのは慣れたものなのでサッサッと片付けようとしたんだが。

ソイツが思いの外面倒な相手で、然も自分が被害者みたいなこと抜かしやがったから、お灸を据える目的で進撃の世界に放り込んでやったんだよ。

 

いやー、生であの気持ち悪い巨人見ると可笑しくてね、つい指差して笑ってしまった。

ほんと、揃いも揃っておもしれぇツラしやがって。

でも、不良が食われそうになった時は流石に怖くなって止めたけどね。

やっぱり、高くて安全な場所だったとは言え、進撃の世界なんて物騒な世界は、あまり行きたくないな。

 

と、言う訳で、不良への制裁が終了してね。黒子ちゃんにやりすぎだと注意されてしまった。助けてやったんだから、お礼を言うのが先でしょうに。だがそんな事はどうでもいい。俺は、再起不能になった男に色々と質問する黒子ちゃんの話を聞いていると、どうやら今回の一件は前にも聞いた幻想御手なる物が絡んだ事件だそうだ。

そして、また長時間も事情聴取されるのを嫌った俺はバレないよう現場を後にした。

 

適当な路地裏に入って本来の目的である買い出しに戻ろうとした、その時に冒頭の女の子と出会った。

そう言えば、この子も黒子ちゃんと一緒にいたから風紀委員なのだろうかと呑気に思っていると。

彼女が今、ここに居る理由が分かってしまったのだ。

 

俺はバレないように逃げてきた筈なのだ。だから、こうして路地裏で鉢合わせすることなど有り得ない。むしろ彼女は現場から動くはずが無いのだ。

それがここに居る理由。

それは━━━━━幻想御手を使っている容疑者として追ってきたと言うことだ!

 

もう、そうとしか思えない。てか俺自身、疑われるような事しかしていないことに気づく。

 

幻想御手が流行ってるこの時期に突然現れたlevel5。

何故か幻想御手の取引現場に居合わせた偶然。

そして、犯行現場からコッソリと逃走。

 

もう黒ですやん!自分で言っててなんだけど俺を疑わなかったから誰を疑うんだよってレベルで真っ黒じゃん!

 

「何で……こんなところに居るんですか?」

「………」

 

ほら、やっぱり俺の事を疑ってるよ。

どうする、ここで下手な事を言えば俺は即逮捕されるかもしれない。勿論それは冤罪だが、日本というのは恥の文化だかなんだかしらないが、疑われただけで社会的地位が死ぬような国だ。

それは万が一にも避けなくては………!

 

「………幻想御手って、そんなに悪いんですか?」

「………」

 

ん?何だ、どういう質問だ?

 

「何かに縋るのが、そんなに悪いことなんですか……!」

 

………そうか、分かったぞ。これは思想調査だな!

まだ、俺が幻想御手を使ったかどうか確信が持てないから、こうやって鎌かけてんだな。

ほら今にもポケットに入ってる携帯で通報しそうだよ。

 

「………幻想御手は、良くないものだ」

「ッ!」

 

はん!そんな手に引っ掛かるか、今日の俺は調子がいいんでな、変な事は口走らないぞ。

だから通報だけは勘弁してくれ!

 

「そう…ですよね。やっぱり………。へ、えへへ!分かってましたよそんなの初めから。

ハイ、どうぞ!」

 

彼女は、徐に拳を突きだした。

まさか、現物がある振りまでするとは、そこまでして俺を嵌めたいのかこの子は……!

 

「どうしたんですか?これ、幻想御手ですよ」

「………」フルフル

「何ですか、それ。まさか、いらないんですか……?」

 

いるわけねぇーだろ!それを受け取ったが最後、俺をブタ箱にブチ込むつもりの癖に白々しい。

………ふぅ、落ち着け俺。このままだと何時俺の体が口を滑らすか分かったもんじゃない。これは思想調査だ、なら逆に俺が諭してやれば全て解決する筈。

 

「泣く人がいるだろ」(主に俺が)

「え」

 

どうだ?少ない文字数で最大限の効果を発揮する言葉を選んだんだ、これで決まりだろ。

ほら、悔しそうに俯いて震えていやがるぜ、笑いが止まらんなぁ!ハッーハハハハハ!

 

「あの、すみません。ご迷惑お掛けしました!」

 

━━━━━━勝った

 

謝罪したということは諦めたということ、俺は意気揚々と路地裏から立ち去る。

でもまさか、恩を仇で返されるとは、恩知らずな子だなぁ。

 

人が多い表通りに出た俺はこの世界の子の薄情さ加減に嫌気が差してきた。

そんな事を思いながら歩いていると、そう言えばと思い、ポケットからある物を取り出した。

 

さっき不良を懲らしめた時に拾ったんだけど、誰のだろうな?この音楽プレーヤー(・・・・・・・)

にしてもこの世界の物は何でも小型だなぁ、掌で包める位(・・・・・・)小さいとは。

どんな曲が入ってるのか気になるけど、イヤホンなんて持ってないし、コレどうしようか?

 

「あの、すみません。ちょっとよろしいですか?」

 

音楽プレーヤーの処分に困っていると、見知らぬ男性が声を掛けてきた。

何の用事だろう?

 

「実はですね、私達そこの路上スタジアムでライブをする予定なんですけど、肝心の音源の方を忘れてしまって。そこでお願いなんですが、貴方が持ってる音楽プレーヤー貸してもらえませんか?」

 

路上ライブか?男の後ろを見ると広場の中央に即席のライブスタジオが出来上がっており、そこに彼のメンバーと思われる人達が困った表情で話し合っていた。

 

うーん、貸すのはいいんですけど、知らない曲でも大丈夫なんのだろうか?

 

「大丈夫です!即興で演奏するのでどんな曲でも問題ないですし、本来使う予定の物が届くまでの繋ぎに使うだけですので」

 

繋ぎって、何れくらい?

 

「い、一時間程です……」

 

それって遅すぎるんじゃあ?でも、別にいいか。丁度処分に困っていた所だし、コレあげますよ。

 

「ありがとうございます!おーいお前ら、曲が手に入ったぞー!」

 

元気な人だなぁ。おっとそうだ俺も買い出しに行かなくちゃ。

 

 

 

 

 

その後、彼らのライブは大盛況で、沢山のファンと風紀委員、警備員を交えた大成功を迎えたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、最後は少し駆け足気味になってしまいましたが、どうでしたかね?
前回の予告通り、地獄を見せれたでしょうか?作者の中での一番地獄の世界を選んだつもりのなのですが、ちと優しすぎましたかね?

感想お待ちしております。


今回、重大な見落としがあるとご指摘頂き、それに対して言い訳を説明させてもらいます。

本来なら金髪の男の能力が異世界に行った時点で、使えなくなるか、劣化する筈だったのですが。それを失念していて普通に能力を使っちゃってるんですよね。
ですのでこう考えてください。
幻想御手を使った人達の中には、それのお蔭でコツを掴み能力を向上させた人達がいるそうです。
ですので彼は、あの土壇場で能力のlevelが上がったんです。
そういことにしておいてください(震え声)。
すいませんでした。







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十五話

「………ウゥン」

 

窓辺から差し込む朝日に照らされて、目が覚める。

このマンションに引っ越して来てたからというもの、こうして気持ちよく朝を迎えたのって初めだよな。

体に掛かったタオルケットを退けて立ち上がり、寝室に常設されていた姿見に映る自分を見れば、そこには何時も通りの忌々しいイケメンフェイスが輝いている。

 

にしてもホント欠点っていう欠点が無いよなこの体。顔は勿論の事、頭も良くて身長も高い。筋トレなんか一度もしたことが無いというのに見事な迄に割れている腹筋と男の魅力に溢れている。

鏡に映る自分を見ながら改めてそう思う、パンツしか履いてないから少しカッコ悪いが。

俺は基本的に寝る時はパンツ一丁だけど、施設にいた時は、起こしに来てくれた女性のスタッフの人が気絶した事もあって服を着て寝るようになった。

でも今はあの頃と違い、このデカいマンションで一人暮らしだ。そんな事に配慮する必要は一切無い。

取り敢えず腹減ったし、朝飯にしよう。この前、買い出しに行ったからまだ食材も残ってるだろうし、何を作ろうかな?

 

朝の献立を考えながら、パンツ一丁で寝室を出る。そのまま廊下を歩いてキッチンのあるリビングに向かう。

しかしその途中、誰もいない筈のリビングから物音が聞こえてきた。

 

トントントントントン

 

なんだろう、とてつもなく嫌な予感がする……………いや、こんなとこで考えてても始まらん!普通の泥棒程度なら取り押さえられるだろうし、ここは一気に方をつけよう。

不法侵入者が居るであろうリビングの扉に近づいて、何時でも突入できるように準備する。

なんで寝起きにこんな事してんだろ、と思いながらもドアを開いて突貫した。

 

「あら、上乃君お邪魔しtキャア!?」

 

オラァ!人様家で何やっとんじゃコラァ!

目にも止まらぬ早さで接近した俺は速攻で犯人を床に押し倒したのだが、その人物を見た瞬間、氷水を浴びせかけられたように体が縮み上がった。

 

「か、上乃君?あ、朝から激しいのね……」

 

ぬ、ぬ、ぬ、布束さん!!!なぜ貴方がここに!?

 

俺は慌てて、押し倒してしまった布束さんの上から起き上がる。

大丈夫ですか!?何か顔凄い赤いですよ?

 

「……上乃君……その格好……!」

 

え?格好?

 

「パ、パ、パンッブハァァ!」

 

布束さんが鼻血を噴いてぶっ倒れたぁ!?

えぇ嘘でしょう、そんな強く体ぶつけたんですか!

ちょっとしっかりしてください、布束さん!

 

「あぁ…上乃君……Thank you(ありがとう)

 

布束さぁぁぁぁぁん!!??

 

 

 

 

 

 

 

朝っぱらからリビングにギャグマンガとしか思えない量の鼻血を噴いた布束さんは、何とか一命をとりとめた。

 

………ふ、服を…、何て言われた時は何言ってるんだと思ったが自分の今の格好を思い出し、急いで服を取りに行った。あぁそりゃ気まずいわな、と特別親しくも無い異性の半裸を見たらそうなると思った………いや無いな。きっと何かの持病だろう、うん、そうに違いない。

 

今はパンツ一丁の格好から、黒のチノパンに白のTシャツとシンプルな服を着ている。

手早く身支度を整えて急いで戻ると、倒れていた布束さんが覚束ない足取りでテーブルの上に食器を並べていた。

 

「やっと戻ったわね。まったく朝一番からしげk、見苦しい物を見せないでくれるかしら」

 

はい、すんませんした。でもよかった、何時もの仏頂面に戻ってる……………いや待て!そうじゃなくて、何で家に居るんですか!?

 

「ほら、そんな所で突っ立てないで、簡単な物だけど朝御飯を作ったから食べましょう」

 

え、朝御飯?そう聞いて、布束さんの後ろを見ると確かに朝食が出来上がっていた。マジで何しに来たんすか?

俺の疑問に答えること無く、席に座って俺を待つ布束さん。理由はどうあれ、折角作ってくれたのだし食べないと勿体ないな、食べなかったら後が怖いし。

 

テーブルに並べらている料理は、ツナサラダにコーンスープ、サンドイッチと洋食風の物だった。

 

「どうかしら上乃君、口に合うといいのだけれど」

 

あっハイ、普通に美味しいです。

 

「………まぁまぁ」

「そう、Was good(良かったわ)。料理なんてしたの久々だったから少し不安だったの」

 

微妙に失礼な回答をしてしまったが、普段の無表情を少し緩めて笑う姿に安堵する。少し、血色は悪そうだが。

本当どうしたんだろうか今日の布束さん。何時もの不気味な程の無表情を今日はやけに崩す事が多い。家に勝手に上がり込んでいる事もそうだけど、疑問が尽きん。

何か良い事でも有ったのかな?

 

「………どうやって入った」

 

お?ナイス俺の体。

 

「前に来た時に作った合鍵を使ってよ」

 

ちょっと待て……………合鍵ィ!?

何勝手に人ん家の合鍵なんて作ってんのアンタ!それ犯罪だよ!

 

「これからお邪魔することも多くなるだろうし、不便だから作らせてもらったわ。一応言っておくけど、拒否権は無いわよ」

 

なんて理不尽。俺にプライバシーは存在しないのか……!折角の一人暮らしなのに何でこんな事に何だよ。どうせ布束さん、家に用事って言ったって丁度良いセーフハウス位にしか使わないんでしょう?このマンション無駄に広くて設備も充実してるから。

はぁ~、平和な朝を迎えたと思ったのに、俺の平穏は何時やって来るんだよ。

ちくしょう、あんま考えんのやめよ、鬱になりそうだ。気分転換にニュースでも見るか。

 

「上乃君、食事中にテレビを見るのはマナーが悪いわよ」

「………」

 

これぐらいほっといて下さいよ!布束さん貴方は俺のオカンじゃないんだから。

 

Absolutely(まったく)、仕方ないわね」

 

[今日のニュースをお送りします]

 

適当なチャンネルをつける。学園都市で見るニュースは外で見てきた今までの物とは一味も二味も違い、新鮮で面白いから研究所でもよく見ていた。

 

[先日、人気アイドルの一一一(ひとついはじめ)氏が第十六学区の商店街で路上コンサートを行いました]

 

あっこの人、この前の音楽プレーヤーをあげた人だ。

 

[一一一氏が行うというだけ有り、大変な賑わいを見せたコンサートは、沢山のファンが集まり、ファン同士がいざこざを起こす事件が発生しました。

あまりの騒ぎに警備員と風紀委員が駆り出される程で、これもまた人気すぎるアイドル故に起こった事件でしょう。

映像は残念ながら入手出来ませんでしたが、此方がその時のコンサート会場の画像です]

 

へー大変だったんだなぁ。風紀委員がって今白井ちゃんが写ったぞ。あ!俺を姑息な手段で嵌めようとしてきた女の子もいた!やっぱ風紀委員だったんだな、危うく騙されるとこだったぜ。

 

[残念な事に、コンサートは途中で中止という結果になってしまいました。

今回のコンサートをプロデュースした一一一氏の事務所の方は、今後はより万全の体制で望みたいと発表しており、これからのアイドル活動にも意欲的な姿勢を見せています]

 

所で布束さんは、こういうの興味あるのかな?

俺がニュースを見ている間に完食した朝食の食器を流し台に持っていく布束さんを見てふとそう思ったが、無いなと否定した。

自惚れでも何でもなく、俺にここまで素っ気ない人が恋愛に興味があるとは思えない。そもそも最初ッから男に興味が無いのかも。下手したら女の子の方がなんて………チラ

 

「何かしら?残念だけどおかわりは無いわよ」

 

ありえなくも無い、か。

 

「そう言えば、上乃君。さっき貴方の携帯を見たら留守電が入ってたわよ」

 

……………………もう、深くはツッコムまい。

 

テレビの前のソファに起きっぱなしの携帯を手に取り留守電を確認する。

見てみると三件の留守電があった。結構あるな、と思ったがそういや昨日は一切携帯に触れてなかったなと思い出す。でも、全部知らない番号からだな、とは言っても登録してあるのが二つだけなんだけどね。

 

〈突然のお電話失礼します。風紀委員の白井黒子ですの、先日は助けて頂き有難うございます〉

 

その留守電は、何故か携帯がスピーカーモードになっていた為に耳元に当てていた俺は急いで離した。

ビックリしたなぁ、という言うか何で白井ちゃん?

まぁ、百歩譲って先日のお礼の電話なら良いんだけど、何で俺の携帯番号知ってるんだ?

 

「それ、この前のファミレスにいた常盤台中学の子ね」

 

スピーカーモードにしていた事で、聞こえてきた留守電を聞いた布束さんが俺の側まで近寄ってくる。

そうですけど、それがどうかしたんですか布束さん?てか、近い。

 

「何であの子が貴方の番号を知ってるの?」

「………」

 

いや知らないですよ、俺が聞きたいくらいです。だから布束さん、だんだんと恐ろしい顔つきなってるんでそれ止めてもらって良いですか、怖いんで。

そんなに白井ちゃんのこと嫌いなのかな?確かにあの日めっちゃ喧嘩してたけどさ。

 

〈知らない番号からの電話で驚いたと思いますが、申し訳ございません。急を要する為に初春に番号を調べてもらったんですの〉

 

だ、そうですよ布束さん。だから離れてください、これ以上は後ろに下がれないですから。

続いて流れてきた留守電の内容で、何で知っているか分かった布束さんは苦々しい表情で俺から離れた。

にしても白井ちゃん、急用か何か知らないけど人の携帯番号調べるなんて、いくら風紀委員でも越権行為じゃない?

 

〈コレを聞いたら、至急折り返しの電話をお願いしますの。幻想御手について、お話したいことがあります〉

 

幻想御手ってこの前の不良が使ってたりとかで、今学園都市を騒がせてるアレの事だよな?

話したい事って何だろ?

続きが気になり、次の留守電を再生する。

 

〈夜分遅くにすみません。どうやらお忙しいようなので、メッセージを残しておきます。

調査の結果、わたくし達は幻想御手の正体を突き止めました。幻想御手は曲であり、共感覚性を利用して使用者の脳波に干渉、levelを上げるという仕組みであることは、おそらく間違いありませんわ。これ等の憶測を解明するに辺り、木山さんが樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)の使用許可を申請しています、じきに結果が分かると思いますの〉

 

ふーん、共感覚性ね。俺はさっぱり分からんが、隣でナチュラルに人の留守電を聞いていた布束さんは、顎に手を当てて、なるほど、と呟いている。どうやら彼女には、その仕組みが理解できたようである。

 

〈そして、ここからが本題です。実は上乃さんがわたくし達を助けてくれた後に、幻想御手を使った大規模な事件が発生しましたの。

それは、あるアイドルのコンサート(・・・・・・・・・・)で幻想御手が流れるという最悪の事態でした〉

 

マジで、そりゃ大変だな。

……………………………アイドル?

 

〈最初、誰も幻想御手を聞いた事が無かったために気づく事が出来ませんでしたが、此方の者で唯一幻想御手を知っていた佐天さんの協力で気づく事が出来ました。

風紀委員と警備員が協力して速やかにコンサートを止めたのですが、やはり手遅れだったらしくその場にいた人達や風紀委員が次々と意識を失っています、佐天さんも倒れてしまいました。恐らくわたくしも時間の問題ですの………。

コンサートを行った者に何故あのような事をしたのかと取り調べしてみたところ、どうやらその者はただ利用されていただけだったようで、フードを被った見知らぬ男(・・・・・・・・・・・・)から受け取ったと証言していますわ。

上乃さん、どうかお願いします。お力をお貸しして貰えないでしょうか?〉

 

……………………………………。

 

「どうしたの上乃君。次で最後でしょ?」

 

……………………………………。

 

〈…………上乃さん…先程、初春が倒れましたわ。

ですが、初春が倒れる寸前に幻想御手を流した犯人を特定したんですの。

犯人は木山春生…まさか、こんな身近にいたとは思いもしませんでしたわ。

ですが、警備員が逮捕に向かった頃には、彼女の研究室はもぬけの殻で、逃げられてしまいました。

そして、これが最後のお願いですの……どうか、お姉さまを助けてください。

お優しいお姉さまは、佐天さんと初春が倒れた事に大変お怒りになられて、木山春生を捕まえに飛び出してしまいましたわ。

お姉さまが負けるなんて事は思っていませんが、今のお姉さまは危うい………何かあってからでは遅いんですの。

誠に不甲斐ないことに、今のわたくしにはお姉さまを止める事も助けることも出来そうにありません。……実は、こうして話をしている間も意識が飛びそうでして、結構限界なんです………。

どうか……どうか、お願いします。不甲斐ない黒子に代わって……お姉さまを助けてあげてください〉

 

……………………………。

 

 

………………………………………………。

 

 

……………………………………………………………た、すけて?

 

 

助けて欲しいのは、俺の方だよぉぉぉ!

えぇ、嘘……えぇ!?

黙って聞いてたらスッゲー身に覚えあるんですけど!白井ちゃんが言ってたのって、さっきニュースでやってた奴だよね?

だとしたら、犯人俺じゃん!

知らなかったけど、知らなかったではすみそうにねぇーぞコレ!?

どうするよ、今は俺だってバレて無いみたいだけど何時警備員が乗り込んで来るかわかったもんじゃない。

 

「…………クソ」

 

俺がとんでもない事件に巻き込まれた事に、悪態をついていると、つけっぱなしだったテレビから流れるニュースがイヤに耳についた。

 

〈ニュースの途中ですが、緊急の速報が只今入ってきました。

現場と中継を繋ぎます〉

〈此方、第十一学区からヘリに乗ってお伝えします!

今現在、突如として現れた謎の巨大生物が原子力研究所に向かって進行しています。そのあまりの巨体に警備員も手が出せない状況です!

え?何、子供?な、何と巨大生物の前n━━━━━〉

〈どうしたました?大丈夫ですか!?………ええ、中継が途中で途切れてしまいましたが、引き続き新たな情報が入り次第、お伝えしたいと思います〉

 

嘘だろ………。

先程ニュースでチラッと写った映像。遠くからでしかも映像が粗かった為に何が写っていたのか常人には分からなかっただろうが、俺の目には確りと見えたぞ。

謎のクリーチャーと短髪ちゃんが戦ってたぞ。そして近くの高速道路の上には白衣を着た人物もいた。

ま、間違いねぇ木山さんだ!

だとしたら、あの化物って木山さんが短髪ちゃんに追い詰められたから出したのか!?

どんどん事態が大きくなってんぞ、ふざけんな!

不味いぞ、これ以上被害が出る前に何とかしないと………でも、あんな気色悪い化物と戦うなんて嫌だー!でも捕まんのはもっと嫌だ。

 

……………駄目だ、こんな事言っててもしょうがない、俺に非は一切無いが、この事件を早く何とかしないと俺の今後の生活に支障がでる。

なに大丈夫だ、今回はlevel5の第三位である短髪ちゃんが味方なんだ、俺は遠くから見てるだけで充分だろ。

そして木山さんを捕まえて、あの件をうやむやに出来れば………。よし、行けるぞ。

 

後は━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、どうしたものかしら?」

 

布束は一人、上乃の家でそう呟く。

家主である上乃は、自分にある頼み事をした後に急いで出ていってしまった。

 

その理由は勿論、先程の留守電だろう。

先日会った、オリジナルをお姉さまと慕っていた生意気な中学生。彼女の最後の力を振り絞った助けを求める声に彼は動かされたのだろう。

 

「あの子、何だかんだ言ってお人好しなのね。意外だわ」

 

彼の事を知っているつもりでいたが、意外な一面を見れた事に気を良くする。そう言えば、彼との付き合いは存外短い物だったなと思い、感慨深い気持ちに布束はなった。

 

物思いに耽ること数分、再起動した布束は、今度は上乃からの頼みごとに対して考えた。

その内容は、幻想御手のワクチンプログラムを作って欲しいという物だった。

風紀委員の子から上乃の携帯に送られていた、幻想御手の情報と原曲のデータを自分の携帯に送ってもらったが、正直見てみない事には分からない。

あの時は、上乃のあまりに真剣な顔付きに、つい頷いてしまっただけなのである。

 

取り敢えず確認してみようと、布束はこの家のパソコンが置いてある部屋に移動する。

その部屋の扉を開けると、布束は置いてあった機材に度肝を抜かれた。

 

「何…コレ…。そこらの研究所よりもずっと充実してる」

 

部屋の中央に置かれたテーブルの上には最新型の高性能PCが三台。その回りには軍隊でも使用されるスパコンにギガどころかテラの回線モジュールと何億もするような品々が所狭しと置いてある。

 

研究者として知らぬうちに生唾を飲み込む布束は、中央のイスに座りにパソコンのスイッチを入れた。

その時、大丈夫許可は貰ってるし、と興奮に震える指先を落ち着ける。

 

携帯とパソコンを繋ぎ、幻想御手のデータを確認すると、布束は感嘆の息を吐いた。

 

「あの女、ただ者ではなかったみたいね」

 

幻想御手、それは共感覚性によって脳に干渉する曲のこと。

これは、学習装置(テスタメント)の技術を応用した物だ。

学習装置はその名の通り、人の脳に情報や知識をインストールする物で方法は、視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚の五感全てに対して電気的に情報を入力するといもの。

だが幻想御手は、学習装置のような五感全てではなく、聴覚だけで様々な作用を引き出す代物である。

 

しかし、聴覚だけでは限界があり学習装置のような多様な使い方は出来ずに、ただ一つの事しか出来無い。それこそが幻想御手を学園都市に流した、木山春生の狙いなのだろう。

 

それは、人それぞれ異なる脳波を一つに同調させ、並列に繋いだネットワークを構築するという物。コレによって幻想御手使用者は脳の演算能力が向上しlevelが上がったのだろう。

だが、無理矢理に変えられた脳波の影響で意識を失うという事態になっている。その脳波の基準である木山を除いて。

 

コレを一人で考え付いて、実行に移した木山の手腕には舌を巻く思いだが、布束にはコレと似たシステムに見覚えがあった。

 

「ミサカネットワーク、これを利用したのね」

 

幻想御手に類似したシステムを知っていた布束は、木山の発想の元手を直ぐに特定する。木山がコレを知っているということは、あの女も相当に学園都市の闇について知っているのだと布束は思い至った。

そして、フッ、とほくそ笑む。

 

「いいわ、任せなさい上乃君」

 

ミサカネットワーク、学習装置。そのどちらも布束とは因縁浅からぬ物だ。いま語るべき物ではないが、布束はその扱いを充分に心得ている。

そして脳に干渉するのに使った共感覚性。一つの感覚で違う感覚に作用するこの現象は、生物学的精神医学を専攻する彼女もまた使用する分野だからである。

故に笑う。これなら何の問題もなく上乃の頼みごとを成し遂げられると。

そして、自分の後輩にちょっかいを掛けてきた年増に一泡吹かせてやろうという、嫉妬と共に。

 

「さぁ、始めましょうか」

 

 

 

 

 




今回のはずっと書きたかった話の一つでした。
布束さんが本当にワクチンを作れるかとか、いろいろと書きましたが所詮は素人が想像を膨らませて書いてるものなので、あまり真に受けないでね。

それと上乃のマンションとか今回でたパソコンは、全部木ィ原クゥンからの贈り物です。


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十六話

投稿が遅れてしまって申し訳ない!

まぁ待たされ分、早く本編を読みたいと思っている愛読者の皆さんは、作者の言い訳なんかいいから続きを読みたいと思ってくれてそうなので、このぐらいにしときます。

え?だったら最初ッから書くなって?
だって久々の投稿で書き方忘れちゃってたし、ちょっと怖かったんですよ。
すんません。





幻想御手(レベルアッパー)事件の首謀者である木山春生は、幻想御手の使用者が急激に増える予期せぬ事態に頬を緩めていた。

 

先日起こった、アイドルのコンサートでの幻想御手が流された事件。アレのお蔭で当初予定していた数を越える学生をシステムに繋ぐ事が出来た。

目的達成を前に高揚する頭とは裏腹に、胸の奥が罪の無い学生を己の我儘の為に巻き込んでしまったことにズキリと痛んだ。

 

だが、今さら止める訳にはいかない。

実際に、もう後戻りが出来る段階は疾うに過ぎている。研究室に無断で誰かが入ってくるような事があれば、パソコンに残る、幻想御手に関するデータ等を全て消去する仕掛けがある、それが起動した。

つまり、自分が犯人だと言うことが発覚してしまったのだろう。

 

あのコンサートは、計画を早めるだけでなく己の犯行を見つける手がかりを警備員に掴ませる切っ掛けにもなってしまったのだ。

もしかしたら、アレを仕掛けた人物は初めからコレが狙いだったのかもしれない。

本当に幻想御手の副作用を知った上であんなことを実行したのだとすれば余程の狂人だ。

だが、道徳を無視すれば効果的なやり方だった事は否めない。

 

アレほどの規模の惨事でなければ、ここまで学園都市の上層部が、この事件に重い腰を上げることは無かっただろうし、幻想御手も目覚めない事を除けば、体に後遺症が残る心配もない。

ワクチンプログラムを使えば、直ぐに目覚めるだろう。

なんと狡猾で冷徹で無慈悲な手口なのだ……。

その人物には己の考えは全て読まれているのかもしれない。

その上で、自分を泳がせている。

将棋の駒を動かすように、一手一手、此方の手を読み己は手を下さず他者を誘導して私を捕まえようとしている。

 

「私は、随分と厄介な者を敵に回してしまったようだ……」

 

自分の手足が恐怖で怯む、これからの自分の行動さえも既に予測されているのではないか?と。

だが自分には、何を犠牲にしてでも果たさなければならない、使命があるのだ。

 

言い知れぬ恐怖を感じる木山は、それを拭いさるようにアクセルを踏み込む。

車で高速道路を移動する木山は、悲願の為に目的地へと急ぐ。

 

しかし、己の予測がまるで正しいかのように、高速道路を封鎖した警備員(アンチスキル)が往く手を阻んでいた。

 

「木山春生だな。幻想御手散布の被疑者として拘束する、直ちに降車せよ!」

「警備員か。まったく、一体何処までお見通しなのやら……」

 

やれやれ、と言わんばかりにハンドルに凭れ掛かった木山は、うんざりしたように呟いた。

数秒、どう切り抜けるか考えると、警備員に言われた通りに車から降りる。

 

「両腕を頭の後ろで組んで、その場で俯せになれ」

「…………」

「……もう一度言うぞ、両腕を頭の後ろで組んで、その場で俯せになれ!」

 

警備員の女性が警告するも、木山はまるで聞こえていないかのように、その場で佇んで動かない。

 

「まったく、嫌になるよ。今までやってきた事が全て、何者かの掌で踊らされていただけだと思うとね」

 

警備員が再度、警告するも木山は反応を示さない。

それを無視して誰かに語りかけるように彼女は独白(どくはく)する。

痺れを切らした警備員が木山に向かって突撃しようとする間際、木山は警備員に向けて不適に微笑んだ。

 

「試してみようか……一体何処まで予想出来ているのか」

 

木山の左目が赤く染まったのと同時に、警備員の悲鳴が轟いた。

 

 

 

 

 

 

木山は、幻想御手のもう一つの副作用、いや副産物である多才能力(マルチスキル)を使って警備員を蹴散らした。

多才能力、または多重能力(デュアルスキル)とも呼ばれる木山が披露した異なる能力の発動は、学園都市の研究では脳に負担が掛かりすぎるため実現不可能とされた代物だ。

 

だが木山は、幻想御手という複数の脳を一つのネットワークとして扱うシステムのお蔭で脳に掛かる負担を分担、そして並列演算による能力の複数使用を実現した。

これにより木山は、幻想御手に繋がれた被害者達の能力を無制限に発動することが出来る。

木山が多重能力ではなく多才能力と言ったのも頷ける。

これは、学園都市が研究していた多重能力よりも更に強力な物だ。

 

多才能力を使い、邪魔する警備員を蹴散らした木山は先に進もうとすると、今度は友人が被害に合い、怒り心頭の美琴が木山の前に立ちはだかった。

 

「木山春生!!」

「君か、御坂美琴」

「観念しなさい、もう逃がさないわよ」

「それは出来ない相談だ。あともう少しの所まできているのでね、今さら止めるつもりは無いよ」

「ふざけないで!こんな大勢の人間を巻き込んで一体何をしようってのよ!?」

「君に話しても仕方がない事さ」

 

横転したトラックや横たわる警備員を見て、怒声を上げる美琴に木山は気にも止めないように淡々と言葉を返す。

その様子が、余計に美琴の神経を逆撫でした。

 

「そう、じゃあ何言っても無駄って訳ね」

「何だ、この期に及んで話し合いで解決出来るとでも思っていたのかね」

「別に、私もそこまでバカじゃないわ」

「では、何故?」

「アンタをボコボコにしても、これで言い訳出来るでしょ。私の友達に手を出した付けは、キッチリ払って貰うわよ!」

 

言葉尻に電撃を放つ美琴。だがそれは、木山に当たる前に周囲に飛び散り当たる事はなかった。

 

「そうか。だが、君に一万以上の脳を統べる私を止められるかな?」

「当たり前でしょ!」

 

学園都市最強のlevel5である美琴と複数の能力を同時に使う木山の戦いは、終始木山が優勢だった。

怒りに駆られていても、相手を殺さないように手加減している美琴は木山相手に全力を出せずにいるからだ。

しかし、木山の方は美琴のように殺傷力が高い発電能力だけでなく、あらゆる能力を使って美琴を追い詰める。

 

二人の戦闘は激しさを増し、遂には高速道路が一部崩落した。

下に落ちても尚戦い続ける二人。だが、ここで状況が動いた。

美琴の足元に転移させたアルミ缶を重力加速(シンクロトロン)で爆発させて、倒したと思い油断して近づいた木山に美琴がしがみついたのだ。

そして、今まで散らされていた電撃をゼロ距離で食らった木山は叫び声を上げて膝をついてしまう。

 

だが、勝利した筈の美琴は、喜ぶでも勝ち誇るでもなく呆然としていた。

 

「…何…今のは……」

「グハァ……み、見られたのか?」

 

美琴と木山、二人の間で起こったのは、美琴の放った電撃が偶然にも木山の脳の電気信号と繋がり、木山の過去が見えたのだ。

それは、一連の幻想御手事件の真の目的であり、木山を突き動かしていた原動力にしてトラウマだった。

 

動揺する美琴に真実を告げる木山は、電撃を受けたよたつく足で懸命に立ち上がる。その姿と思いに、美琴はたじろいでしまう。

 

「この街の全てを敵に回しても、止めるわけにはいかないんだぁ!!」

 

強烈な強迫観念に突き動かされる木山は、ボロボロの体になっても止まろうとしなかった。

しかし、戦おうとする木山は、突然頭を抱えて苦しみだした。

 

「ッ!グゥ…ガァ…アア……これは、ネットワークの……暴走……?」

 

倒れこむ木山。駆けつけようとする美琴だが、その足は木山の身に起きた奇妙な現象を前に止まってしまう。

 

頭から胎児のようなナニかが生えてきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

幻想猛獣(AIMバースト)

 

木山が美琴の電撃を受けて、幻想御手のネットワークが暴走し生まれ落ちた、AIM拡散力場の化物である。

 

「アンタの相手は私よ!」

「ギァァヤヤヤヤヤ!」

 

故にその体をいくら傷つけようと、周囲のAIM拡散力場を吸収し再生、そして肥大化を繰り返す。

今やその姿は、美琴の電撃を受け最初の子供程度の大きさではなく、マンション並みの大きさまで膨れ上がっていた。

 

「あーもー!何で止まんないのよ!?」

 

美琴は、そうと分かっていても絶えず電撃で攻撃し続ける。

それに対して、幻想猛獣は巨大な氷柱を作り出し、それを美琴に向けて発射した。

咄嗟に反応して電撃を放つも、あまりの巨大さに撃ち落とし切れず、その場を飛び退くようにして回避する。

 

「くッ!多才能力は健在って訳ね」

 

額から滴る汗を手で拭い、幻想猛獣を睨み付ける美琴。そして後ろを振り返り、世の中の定番というかお約束と言うかそう言うものに激しく怒りをぶつけたくなった。

 

「何で原子力の施設に行くのよ。怪獣映画かっつーの!?」

「ギァァァァ!」

 

特大の電撃を放ち、幻想猛獣の体が消し飛ばすがそれも直ぐに再生してしまう。

幻想猛獣の再生力が、美琴の攻撃を完全に上回ってしまっているのだ。

だがそれも無理もない、この怪物は幻想御手に繋がられた者達の能力の集合体。その数は木山が想定して一万人を大きく越えてその倍、2万(・・・)人もの学生達の脳を相手しているのだから。

 

美琴は、効果が薄いと理解していながらも、懸命に応戦を続ける。

そして幻想猛獣も、対抗するように様々な能力を使って美琴に反撃した。

 

念動使い(サイコキネシス)

 

水流操作(ハイドロハンド)

 

発火能力(パイロキネシス)

 

電撃使い(エレクトロマスター)

 

風力使い(エアロシューター)

 

その一つ一つが2万もの脳による演算処理が行われる、凡そlevel4クラスの能力強度で放たれた。

さしもの美琴でも全てを捌き切るのは不可能、徐々に後退を余儀なくされる。

 

「こうなったら!」

 

押され始めた事で形振りかまってられなくなった美琴は、ポケットからコインを取り出し、十八番にして切り札である超電磁砲(レールガン)を放った。

 

「ギァァァァヤヤアアアアアア!!」

 

超電磁砲は、幻想猛獣の放つ全ての能力を打ち払いその体を貫いた。しかし、超電磁砲の攻撃は幻想猛獣の体積に対して余りに攻撃の範囲が狭すぎた。

攻撃を打ち消せても、足を止めることが出来ない。

 

「まだまだぁ!」

 

しかし、美琴は畳み掛けるように次のコインを構えて超電磁砲を放つ。

弾数制限のある超電磁砲の連射。長続きしないことは分かっているが、目前まで迫ってしまった原子力研究所を前に美琴は、この選択を選ばざるを得なかった。

 

次々と放たれる、防御不能の攻撃に成す術の無い幻想猛獣。いくら2万の脳を持っていたとしても、美琴という突出した個を真っ正面から打ち破る能力は有していなかったのだ。

そう、真正面からは……。

 

「……なッ、消えた!?」

 

超電磁砲を撃ち込んでいる最中突如、幻想猛獣がその姿を消した。

あの巨体で何処かに隠れれる訳がないし、まして透明になったという訳でもない。

ならば、残る可能性は一つしかない。

 

空間転移(テレポート)!ウソでしょ、あの巨体でなんて!?」

 

美琴からして右側に、消えた筈の幻想猛獣が姿を表す。

一瞬の出来事だったが、最近何かと空間転移の能力者と絡む事が有ったために即座に反応出来た美琴は、舌打ちしながらも冷静に超電磁砲を撃ち出す。

しかしそれさえも、転移によって回避される。

 

「連続転移まで!」

 

本来なら空間転移にはその者のlevelに応じた重量制限が存在する。幻想猛獣のような何トンもの重量を転移することなど本来なら不可能、まして連続での転移など相当な負荷の筈。

それは2万の脳を有していても変わらず、幻想猛獣は苦しみの悲鳴を上げる。

 

原子力施設の上空から(・・・・・・・・・・・)

 

「ヤバい!!」

「ギィィヤヤヤアアアアアァァァァ!!!」

 

血相を変える美琴だが、分かったところで美琴には幻想猛獣程の質量を受け止めることも、跡形も無く消し飛ばす手段も持っていない。

 

(終わった)

 

そう、心の中で悟ってしまう。

そして、上空から降ってきた幻想猛獣が原子力研究所の上に落ちる。

思わず目を瞑った美琴は、幻想猛獣の着弾に伴う衝撃に地面に伏せるようにして耐えた。

 

ドゴォォォォォォォォォォォォ!!!

 

強烈な地震と突風、土煙が舞い上がり周囲を覆い尽くす。

 

「ど、どうなったの……?」

 

じっと耐える美琴は、目の前に広がっているであろう、凄惨な光景を想像して固唾を呑む。

目を開けて見ると、そこに有ったのは粉々に押し潰された原子力研究所、ではなかった。

 

「え?」

 

慌てて駆け寄る美琴は、原子力研究所があった場所が綺麗な正方形にくり貫かれていることに気がついた。

その正方形のクレーターの中心には健在の幻想猛獣がキョロキョロとしながら当たりを見渡している。

美琴も、研究所を探して当たりを見渡すとそれは直ぐに見つかった。

数キロ離れていてもわかるほどに目立つ、正方形の地面の上に立つ原子力研究所。

この現象、こんな事が出来る奴は一人しかいないと、直ぐに美琴には想像がついた。

 

幻想猛獣のような多数の脳を使わずに、単独でアレほどの大きさの建造物を転移させられる能力者など、この学園都市に唯一人。

 

何時も何考えてるのか分からない無表情で、ちょっとだけ顔がカッコよくて、動物虐待を平気でするクズ野郎。

 

「アアアァァォォアア!!」

「しまッ!?」

 

思考の海に沈んでいた美琴の隙を突き、幻想猛獣は巨大な氷柱を発射した。

意表を突いた攻撃に反応が遅れる美琴、氷柱が美琴を貫こうという瞬間。

巨大な氷柱が横殴りされたようにして粉々に砕け散った。

 

「あ、アンタは……!?」

 

美琴の窮地を救ったその人物は、背中を向けながら此方に顔を向けてドヤ顔で親指を立てる、先程想像した人物。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ピッカア!」

 

ではなく、野生のピカチュウだった。

 

 

 

 

 

 

「は、はは……何だアレは。まったく、まさかあんな化物が生まれるとは、学会に出せば表彰ものだ」

 

幻想猛獣が生まれた事で気を失っていた木山は、目を覚ますとそんな言葉を漏らした。

 

level5の第三位と対等に殺りあえる怪物を産み出したのだから、それもあながち間違いではないが、木山にその気がないのは見るからに明らかだった。

生気を感じさせない瞳で、往く末を見守る木山は幻想猛獣が原子力研究所の上に転移した瞬間に、計画の終わりと、自らの命が最悪の形で終わるのだと諦めた。

 

なり響く轟音。しかし、自らを襲う筈の死という運命だけは、やって来ることは無かった。

 

「……木山先生」

「……ん?」

 

目を瞑り、死を待つ木山は、自分を呼ぶ声を聞き目を開く。

 

「……これは、走馬灯という奴か?てっきりあの子達の顔が浮かぶと思っていたが、まさか君を思い浮かべるとはな……。私も女だったということか」

「…………」

 

木山の前に立っていたのは、この騒動を解決する為に駆けつけた上乃だった。

木山の寝惚けた発言を聞き、自分が幻ではないと認識させるために彼女の手を取る。

 

「どうやら、本物らしいな」

「…………」

 

漸く現実を把握した木山は、周囲を見渡し上乃が原子力研究所をその地盤ごと転移させて幻想猛獣から守ったのだと把握した。

 

「出鱈目な力だな。しかし、流石の君も不死身の怪物は殺せまい」

「…………」

「あの怪物、そうだな幻想猛獣とでも名付けようか。

あれはAIM拡散力場を触媒に一万人以上の子供達の思念が形になった怪物だ。斬ろうが焼こうが、決して死なない化物だよ。

……あの超電磁砲と一緒に戦っている黄色い生き物は君の物かい?大した物だが、それでもアレは止められない」

 

遠くで幻想猛獣と戦いを繰り広げる、美琴とピカチュウ。確かに彼等は幻想猛獣を押してはいるが、木山の言うとおり決定打となる物が足りていなかった。

更に木山は、白衣のポケットから黒焦げの何かを取り出した。

 

「アレを唯一止められるかも知れなかったこの幻想御手のワクチンプログラムも、超電磁砲との戦闘で壊れてしまった。復元は不可能、もう打つ手は残っていない」

 

どうだ?とそれでも止めることが出来ると思っているのか、と言外に木山は上乃に聞いてきた。

 

「…………」

 

上乃は何も答えない。代わりに、木山の手を掴む腕に力を入れた。

 

「諦めるなとでも言うのか?」

「…………」

「なら、私に見せてみろ」

 

もう、何もかも擲ってしまった木山は、投げやりにそう返す。

それに対して、上乃は何時も通り返答は言葉ではなく行動で示した。

 

戦いを続ける一人と一匹と一体の間に次元の裂け目が開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回 とある勘違いの次元移動

『災厄降り立つ』


次はもっと早く更新出来るよう努力します。


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十七話

上乃とピカチュウの登場で九死に一生を得た美琴は、疲弊した体に鞭を打ち、幻想猛獣(AIMバースト)と戦闘を続けていた。

しかし、先程まで一人で戦っていたのとわ違い、今は頼れる仲間が共に戦ってくれている。

 

「ピーピカ、ヂュー!」

 

原子力研究所を転移させた事で出来たクレーターから這い出てきた幻想猛獣をピカチュウは、お得意の電撃を放ちその巨体の一部を焼き焦がす。

 

「ギィィィィィ!」

 

だが、幻想猛獣もやられっぱなしではない。

今や、度重なる損傷によって際限無く膨れ上がったその体躯は、体の一部が消し飛んだ所で然して影響も無い。

返礼として、巨大な火球をピカチュウに向けて放つ。

それをピカチュウは、軽やかな身のこなしで回避し、避けきれない物は、悉く電撃で散らしていく。

火による攻撃に効果が薄いと見た幻想猛獣は、今度は体から生える無数の触手でピカチュウを捕らえようとする。

同じように回避し、避けれない物は電撃で散らしていくピカチュウ。だが、火球とは違い電撃で攻撃しても即座に再生する触手は、次第にピカチュウの逃げ道を塞いでく。

苦しい表情を浮かべるピカチュウだが、しかし戦っているのは彼一匹だけではない。

 

「アンタの相手は、その子だけじゃ無い!」

 

地中の砂鉄を磁場で操った美琴は、ピカチュウを襲う触手を根本から全て切断した。

電気によって振動する砂鉄は、チェーンソーの要領で物体を切断する。

それを美琴は、幻想猛獣を包み込むようにして展開して切り裂いていく。

再生が追い付かないほどのスピードで傷が増えていく幻想猛獣だが、砂鉄による攻撃を電磁フィールドを展開することで防いだ。

元から繊細な演算の元で操っていた砂鉄は、外部からの干渉によって散り散りなってしまうが、美琴は直ぐさまそれを制御しなおそうとする。

だが、それよりも先に砂鉄の壁を越えて、大質量の氷柱が美琴を襲う。

目前まで迫る氷柱だが、美琴は慌てることもなく不敵に笑った。

 

「防御任せたわよ」

「ピッカァ!」

 

電光石火で飛び込んできたピカチュウが氷柱を銀色に輝く尻尾で横殴りし、粉々に砕く。

一度は敵対した仲の美琴とピカチュウだが、この短期間で互いにフォローしながら立ち回れる程になっていた。

これは、元から相性が良かったのか、それとも互いに電気を操る者同士、通じ会う物があったのかも知れない。

 

「今度はコッチの番よ!」

 

持ち直した美琴は、再び砂鉄を操り幻想猛獣が放つ攻撃を防ぐと、砂鉄によるトンネルを作り出した。

 

「ピカピカピカピカピカァ!」

 

その出来上がった砂鉄のトンネルをピカチュウは、その小さな体からは想像出来ない程の跳躍力で一気に飛び上がった。

これによって、妨害を受けずに幻想猛獣の懐まで近づく事が出来たピカチュウは、尻尾の先に電気で構成された球体を作り出す。

 

「イッケー!!」

「ピカァー!!」

「ッッ!…ギィィ…ィ…ア…ア…」

 

作り出されたエレキボールが幻想猛獣の顔面に炸裂する。

顔の半分が消し飛んだ幻想猛獣は、掠れ声で苦悶の声を漏らした。

 

(尻尾の鋼鉄化、高速移動、見た目からは想像出来ない筋力と跳躍力に私と同levelの電撃。おまけに知能も半端じゃ無い……ほんと、一体何をどうすればこんな生き物が生まれるのよ?)

 

美琴は隣に無事に着地したピカチュウに呆れたような目を向ける。

それに気づいたピカチュウは、不思議そうに首を傾げた?

 

「ピカ?」

「な、何でもないわよ。気にしないで」

 

緊迫した状況だと言うのに、ピカチュウの可愛らしい仕草に照れる美琴。

今はそんな事に疑問を抱いてる場合では無いと、気を引き締める。

 

「ギアアアアアァァララ」

「あーもう、ほんっとうにキリがないわねぇ!?

こんな忙しい時に、アンタのご主人様は何処で油売ってんのよ?」

「ピ、ピカァ……」

 

頭を消し飛ばしたと言うのにもう復活した幻想猛獣にうんざりした様子の美琴は、上乃が何処にいるのかピカチュウに聞いてみるも困ったように視線を逸らした。

最初に原子力研究所を転移させて以降、音沙汰の無い上乃に美琴は苛立ちを募らせる。

 

(アイツ、また自分は見てるだけのつもり?)

 

前回、上乃と戦った時も彼はピカチュウに代わりに戦闘を任せて自分は高みの見物を決め込んでいた。

ならば今回も前と同じように自分からは手を出してこない可能性があった。

だが、前回はピカチュウだけで美琴と渡り合うことが出来たが今回は違う。

相手はどれだけ傷を負っても直ぐに再生する不死身の怪物。

美琴とピカチュウだけでは厳しいものがある。だとすれば、あの男が何もしないとは美琴に思えなかった。

少なくとも、この事件に介入してきたということは、上乃にも何か理由があるのだと察しがつく。

悔しいが、自分では現状を打破することは出来ないと分かっている美琴は、上乃が打つ次の一手を待つしかなかった。

 

しかし、その瞬間は想像以上に早く訪れた。

美琴達と幻想猛獣の間に見覚えのある現象、次元の裂け目が現れたのだ。

 

「これは……?」

 

次元の裂け目が開かれた事によって両者が一旦手を止め様子を伺う。

そこから漂ってくる全身を刃で突き刺すような異様な気配。

その感覚を美琴は覚えていた。いや、忘れられなかった。

その裂け目から出てきた物は、恐怖その物だった。

 

「な、何よ……コイツは……!?」

 

それは、この世界ではあり得ない大きさをした四足歩行の生物だった。黒く、刺々しく、命を奪う事に特化した虎のような生き物。

その大きさも、大型のトラックを越える程の巨体でありそれだけでも威圧感は相当の物だ。

だが、それだけでは無い。

美琴をして、動けなくなるほどに驚愕したのは、その生物の顔だった。

 

それは━━━━━人の顔だった。

 

邪悪な人面を持つ虎の化物。

かの生物は、別世界において暴虐の限りを尽くす生命体の一つの姿。

万物を喰らい、千変万化するその生き物。

いや、細胞(・・・)は、日本の八百万の神に例えられ、こう呼ばれた。

━━━━アラガミと。

 

そしてこの個体は、こう呼称されていた『ディアウス・ピター』

 

「Goooo……」

「アレ、アンタの知り合い……て、訳じゃなさそうね」

「ピカァァァァ」

 

毛を逆立てて威嚇するピカチュウ。

その反応に、アレが味方である可能性が低いと思った美琴も何時でも迎撃できるように構える。

 

確かに、ディアウス・ピターとピカチュウは、上乃が呼び出したという共通点こそ同じだが、そもそもが別世界の生命体。

上乃の命令には従っても、互いが攻撃しあわないとは限らないのだ。

 

だが幸いな事に今回ディアウス・ピターの目に映っているのは、目の前の己を見下ろす幻想猛獣だけだった。

 

「GOOoooo」

「ギィィィァァ?」

 

睨み合いを続ける一体と人柱。低く唸り声を上げるディアウス・ピターは動く気配を見せない。

一方、幻想猛獣の方は、痺れを切らしたのか数本の触手をディアウス・ピターに向けて、恐る恐ると言った風に伸ばす。迫る触手にアクションも起こさないディアウス・ピターだが、遂に触手が触れようとした時、その身を動かした。

 

「ッ!?」

 

それは、一瞬の出来事だった。

目の前にいた筈のディアウス・ピターがいつの間にか自分の背後にいて、そして己の体の一部が抉れるようにして消えていた。

背後のディアウス・ピターに目を向ければ、ソイツは口の端に幻想猛獣の一片をはみ出させて咀嚼していた。

 

そう、ディアウス・ピターは、たった一瞬で幻想猛獣に接近してその体を食らったのだ。

 

「━━━━GAAAAAAAOOOOOOOO!!!」

 

雄叫びを上げるディアウス・ピターは、体を反転させて幻想猛獣に向き直る。

その口から鋭利な牙を覗かせながら、俊敏な動きで襲いかかった。

 

「ギィィアアアアアア!!」

 

このままでは喰われてしまうと思った幻想猛獣も黙ってはいない。

持ちうる全てを使って、ディアウス・ピターを殺そうと攻撃を放つ。

しかし、その攻撃を素早い身のこなしで避けたディアウス・ピターは、その爪牙を持って幻想猛獣を切り裂き、食い千切り、蹂躙する。

 

際限無く膨れ上がった体のせいで、機動力の無い幻想猛獣は、周囲を旋回するようにして襲いかかるディアウス・ピターに常に後手に回ってしまう。

氷柱を放ってもその鉤爪で全て砕かれ、火球はディアウス・ピターの展開する電磁フィールドの前に霧散してきえる。

ならばと、風力使い(エアロシューター)で突風を起こし吹き飛ばそうとしても、それを物ともせずに弾丸となったディアウス・ピターがその身を引き裂く。

いくら再生されると言ってもじわじわと体を貪り喰われていく感覚に悲鳴を上げる幻想猛獣は、何とかして引き剥がそうとするが、その全てを突破される。

 

だがそれも無理もない、別世界においてアラガミは人類を滅亡一歩手前まで追い込んだ天災とも言える存在。

それは即ち、人類の叡智を持ってしても打倒することが出来なかった事を言う。

人の手を離れたといはいえ、人が作ったネットワークから生まれ出でた幻想猛獣ではアラガミたるディアウス・ピターを倒せないのも道理と言えるもの。

だけど、このまま黙って喰われる続けるだけではない。

幻想猛獣は、奥の手である転移能力を使ってディアウス・ピターの真上に転移した。

 

先程使用した連続転移によって、自身の転移には多大な負荷がかかることは分かっていた。

だが、それでもとこのまま喰われ続けるのを嫌った幻想猛獣はそれを実行する。

繋がった脳が悲鳴を上げるのを感じながら、その大質量を持ってしてディアウス・ピターを押し潰した。

 

「GA!?」

 

初めて目にする転移という能力に不意を突かれたディアウス・ピターは、そのまま幻想猛獣の下敷きになってしまう。

その余波で発生した小規模の地震と砂埃に、静観していた美琴とピカチュウは顔を顰める。

 

「ちょっと、やられちゃったんじゃないの?」

 

圧倒的強さを見せつけたディアウス・ピターだが、あれだけの大きさの幻想猛獣の下敷きになってしまっては一溜まりも無いと、美琴は懸念を溢す。

確かにいくらアラガミのディアウス・ピターと言えども単純な物理攻撃による打撃は効果があるだろう。

アラガミを構成する細胞が再生するという機能を持っているとしても、これには然しものディアウス・ピターも唯ではすむまい。

 

「ギィィァァァァ」

 

幻想猛獣は、脅威が去ったことに安堵するかのように、耳障りな声を漏らす。

しかし、それは長くは続かない。

幻想猛獣の下から強大な赤雷が迸り、その巨体がバラバラに引き裂かれたからだ。

 

「ギィィィィィアアアアアアア!?」

 

バラバラになった体が赤雷によって吹き飛び、文字通り木っ端微塵に吹き飛んだ幻想猛獣は、その顔に驚愕を露にする。

 

押し潰した筈のディアウス・ピターは、その身を変化させて飛び出してきたのだ。

背中から刃のような翼が生えたその姿に、今までの青白い電気よりもより荒々しさの増した赤雷を撒き散らしながら、ディアウス・ピターは雄叫びを上げる。

 

「GAAAAAAAOOOOOOOO!!」

 

災厄は、止まらない。

 

 

 

 

 




人じゃないモンスターの声は、出来るだけ分かりやすいように変えていこうと思います。

モンハンなら「ガアアアァァァァ」
アラガミなら「GAAAAAAAOOOOOOOO」
BLEACHの虚なら「■■■■■■■」

のような感じで。
直ぐにバリエーションが切れそうなのが心配ですが……。

それと、活動報告の方にこの作品のパワーバランスについて書いておいたので、『アラガミがこんなに弱い訳無い!瞬殺出来て当然だろ!?』と思う方や『コイツにはコレをぶつけたら楽勝だろ、何でしないの?』と思う人は、そちらの方を読んでから感想の方、よろしくお願いします。


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十八話

場面展開が無理矢理かもしれないので、許してください。
詰め込んだらこうなっちゃったんです。

それと、あけおめことよろです


「何だ……あの生き物は……?」

 

上乃慧巌。新しく現れたlevel5にして空間移動能力の極みに達したと謳われる青年。

一説には、別の世界にすら移動することが可能とまで噂される次元移動(ディメンジョネイター)

当初、それを聞いた時は眉唾物だと思っていたが、こうして目にすると……なるほど、確かにそうなのかもしれないな。

 

「GAAAAAAAOOOOOOOOOOO!!」

 

幻想猛獣と御坂君が争う渦中に作り出されたワープホールのような切れ目から出てきた異形の生命体。

あんな生き物は見たことも聞いた事もない。

学園都市で密かに作られた生物兵器という線も捨てきれんが、私にはあの生き物がとてもじゃないがこの世の物とは思えない。

上乃君が別世界の生き物を呼び出したのだと思えば、不思議と納得がいった。

科学者としては失格かもしれないが、何の根拠も無くそう思えてしまう。

 

「アレが、キミの切り札なのかな?」

「……」

 

力無く座り込む私の側を離れずに、腕を掴む彼に問う。

何の返答もされないが、答えるまでも無い、と言うことか。

 

「なるほどな。あれほどの力を有していれば幻想猛獣を抑え込むことが出来るかもしれない。

だが、それも一時的(・・・)には、と条件付きでの話でだがな」

 

確かにあの生物は、幻想猛獣を圧倒している。

しかし、どんなに傷を負っても再生して死ぬことのない幻想猛獣に負けはない。

今は負けていても、持久戦になれば勝ち目は無い。

そして不死である幻想猛獣を倒す術も、もはや存在しない。

あの生物が、同じく不死身であるというなら話は変わってくるがな。

まぁ、そんな事ある訳がないか……。

 

「手詰まりだ、私達がどう足掻いたところでアレを止める事は出来ないのさ」

 

そう、私達には何の手段も残されてはいない。

だと言うのに、何故だ?何故、君はそんな目をしている。

力強く光に満ちた目で、何故私を見つめる?

何故…なんだ…君にはこの状況を覆し得る手段があるとでも言うのか。

 

 

~~~~~~~~~~~~♪

 

 

「これは……!?」

 

私が彼の瞳に疑問を浮かべていると、学園都市の各所に設置されているスピーカーから聞き覚えのあるメロディーが流れてきた。

この音色は、まさかワクチンプログラム!?

だが、そんな馬鹿な。あれは彼女の攻撃で焼け焦げて使い物にならなくなってしまった。

いや、それどころかそのプログラムは、今もこうして私の手元にある。

ならば、これはいったい?

 

驚愕の事態に動揺する私は、今までずっと掴んで離さなかった彼が手を離し電話を手に取った事に気づかなかった。

 

『━━━━━━』

 

「………分かった」

「な、何だ、私にか?」

 

幾何かの言葉を交わした後、彼は徐に携帯を私に手渡した。

震える手で携帯を受け取り耳に当てると、何時かの聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 

long time no see(久しぶり)かしら、調子はどう?木山春生』

 

「君は、あの時の……」

 

その人物は、先日上乃君と共に居た少女のものだった。

確か名前は、布束……だったか。

 

「一体私に何の用件かな?」

 

『いえ、自分の作ったプログラムをこんなあっさりと解読された気分はどうなのか気になっただけよ』

 

「ッ!まさか君が幻想御手(レベルアッパー)のワクチンプログラムを!?」

 

『ええ、彼の頼みでね。急ピッチだったけど、珍しく彼が私を頼ってくれたのですもの、先輩として後輩の頼みは断れないでしょ?』

 

何ということだ、まさか本当にただの学生があのプログラムを解析してワクチンプログラムを作りだしたというのか……!

 

『それで、impression?(感想は?)

 

「フフッ、感服したよ。いや、これは参った。

認識を改める必要があるな、大人の科学者でもない専門学生に紐解かれるとは……。正直、自信を無くすよ」

 

『そう。でも、だからってそんな所で座り込んでいる訳では無いのでしょう?』

 

「……見ているのかい?」

 

『彼の貸してくれた機材が良かった物でね。まさか、衛星(・・)までついてるとは思わなかったわ。

Anyways(とにかく)空から貴方達の事はよーく見えてるわ』

 

何ともまぁ、規格外な。

衛星一つ貸し出すとは、余程の狂人かそれとも過保護なだけか。

どちらせよ、手に負えんな。

 

『木山春生、片手間ではあったけど貴方の事も調べさせてもらったわ』

 

「ほう、では何が分かったのかな?」

 

『AIM拡散力場制御実験』

 

「…………」

 

『どうしてか知らないけど、ここの機材には過去に中止になった研究のデータとかが大量に保存されててね、その中の一つに貴方の名前があったわ』

 

「………そうか、ならわざわざ私が説明する必要は無さそうだな……」

 

『ええ、詳細なデータまでは残っていなかったけど概要は把握出来たから、後は想像がつくわ。

上乃君が貴方の味方をしている理由も、ね』

 

「彼が、私の味方?」

 

『そうよ、持ち主である彼がこの事を知らない訳が無いし、そう思えば彼の行動にも納得がいくし……少しは許してあげる』

 

そんな、彼が今まで私の側を離れなかったのは、私を逃がさない為ではなかったのか?

 

今尚、横にいて私を見つめている彼を見つめ返す。

そうすると、自分の中で燻っていた感情に火が点くような気がした!

より正確に言うなら、下腹部から途方もない熱g

 

Well then(それじゃあ)!何時までも見つめ合ってないで立ち上がったらどうかしら?

ネットワークから切り離された今、あの怪物に以前のような再生力は無い。

もう一度言うわよ、立ちなさい木山春生

(さっさと離れろ、年増!)』

 

そう言い切ったあと通話は切れた。

全く、どうしようも無いな、私は……。

 

「子供を騙し、利用し失敗したのに……その子供に止められて、悟され……こうして寄り添ってもらうなんて、情けなくて今すぐ消えたい程だよ」

 

ああ、瞳の奥から堪えきれない涙が零れ落ちる。

私には泣く資格など無いと言うのに、何度拭っても涙が止まらない。

 

「……泣くな」

 

大人気なく涙を流す私の目元を彼が拭う。

横を向けば、そこには少しだけ頬の緩んだ上乃君が私に笑いかけるようにして話しかけた。

 

「……その涙は、後に取っておけ」

 

…………ああ、そうだな。

私には、こんな所で止まる訳にはいかない。あの子達の為にも、ここまでしてくれたこの子達の為にも!

 

「頼む、上乃君。私を彼処まで連れていってくれ!」

 

 

 

 

 

ディアウス・ピターは、肩から生えた刃翼を使ってより一層激しさを増した攻撃で幻想猛獣を痛め付け、幻想猛獣は、負った損傷を瞬く間に再生させることで対抗した。

終わりが無いかのように、延々と同じ攻防が繰り返される。

 

だが、その変化は突然訪れた。

最初にそれに気づいたのは、二体の怪物の戦闘を固唾を呑んで見守っていた美琴だった。

突如、設置されていたスピーカーから奇妙な曲が流れ出したと思えば、その瞬間から幻想猛獣の傷が再生しなくなったのだ。

 

「……傷が治らなくなった……これってこの曲と何か関係が?」

 

曲が聞こえだした途端に幻想猛獣の傷が再生しなくなった事に関連があると思い思考するが、そんな事を考えている暇など無い。

幻想猛獣の回復能力が失われたと言うことは、今まで拮抗していた状況が動くと言うこと意味した。

 

「GAAAAAAAOOOOOOOO!」

 

千日手となり攻めあぐねていたディアウス・ピターは、目前の敵の弱体化した隙を逃さずに、怒濤のように攻め立てる。

 

「キィィィィ!?」

 

幻想猛獣も何とか迎撃を試みるが、先程までとは違い切り裂かれた触手は再生せず、物量で押す戦法が使えない。

手も足も出ずに、自らの体が切り裂かれていく様を止めることが出来ないでいた。

 

そして遂に、全ての触手を無くした幻想猛獣の巨体に、遮る物の無くなったディアウス・ピターは、その牙で食らい付いた。

 

ぐちゃぐちゃと生々しい咀嚼音が聞こえる。

貪り食らおうとするディアウス・ピターは、自らよりも何倍も大きな生命体を喰らい尽くさんとその体に四肢を使ってしがみつく。

 

対する幻想猛獣は、抵抗するでも無く、悲鳴を上げるでも無く、まるで包み込むかのようにディアウス・ピターを覆った。

 

「GAOO!?」

 

幻想猛獣は、包み込んだディアウス・ピターを空中に転移させた。

 

今までは速すぎるディアウス・ピターの動きに演算が追いつかず飛ばす事が出来なかったが、自らの腹の上で止まっているならば転移させることは容易。

一時的に距離を取ることに成功する。

だが、それだけで終わる筈が無かった。

 

空中に投げ出されたディアウス・ピターは、体勢を立て直し上手く地面に着地する。

そして、再び幻想猛獣に突撃しようとするが、己の回りに大量の何かがあることに気がついた。

 

それは、大量のアルミ(・・・)製品だった。

 

その量は空き缶一つどころの騒ぎではない、幻想猛獣が知覚しうる限りのアルミを短期間で集めるだけ集めて、ディアウス・ピターの足元に転移させておいたのだ。

 

アラガミに火は通用しない。氷も電気も風も……ならば、単純な破壊力。

爆発ならば通用するのではないのかと、幻想猛獣は考えたのだ。

もはや避けることは叶わない、雲にも届きそうな巨大なキノコ雲が発生した。

 

「ヤバッ!」

「ピッカア!」

 

粒子加速(シンクロトロン)による爆発によって発生した爆風を防ぐため、ピカチュウは咄嗟に地面に鋼鉄化した尻尾を叩きつけて、地盤を盾のようにひっくり返した。

 

「ナイスよ!」

 

そして、美琴がひっくり返った地盤内の砂鉄を操り爆風から飛ばされないように抑える。

 

「ウウッッ!」

 

爆風に爆音、それらを耐えしのぐ美琴とピカチュウはじっとそれらが止まるのを待った。

何とか凌ぎきった美琴とピカチュウは、地盤から顔を覗かせて様子を伺う。

そこには、爆心地で黒焦げになっているディアウス・ピターと腹の部分が抉られてはいるが健在の幻想猛獣がいた。

 

「流石にあんなの食らったら無事じゃないか」

 

黒焦げになったディアウス・ピターを見つめてポツリとそう溢す。

おぞましい怪物ではあったが、幻想猛獣に果敢に挑んでいく様に頼もしさを感じ始めていた美琴は残念そうだった。

 

「随分と派手に戦っているな」

「ッ!?あ、アンタ、何でこんな所に来てんのよ!」

「私も、覚悟を決めたと言うことさ」

 

上乃に肩を貸されながらやって来た木山は、今までの生気を感じさせない無気力な目付きとは打って変わり、覚悟を決めた力強い物へと変化していた。

彼女を見て驚いた美琴であったが、木山の変化に気づくと、そう、と何処か嬉しそうに笑った。

 

「もう気づいているだろうが、先程流れたワクチンプログラムによって、ネットワークは破壊され傷の再生はもう行われないだろう」

「だったら何で止まらないのよ」

「アレは、AIM拡散力場が生んだ二万人もの思念の塊。普通の生物の常識は通用しない」

「なら、どうしろってのよ」

「核だ、力場を固定している核のような物が何処かにあるはず。それさえ破壊してしまえば……」

「止まるって訳ね。なら、しらみ潰しに」

「いや、そんな悠長な事も言ってられんようだ」

 

冷や汗をたらりと流した木山は、引きつった笑みを浮かべながら幻想猛獣を見やる。

ディアウス・ピターを倒したと思っている幻想猛獣は、暫く動きを見せなかったがその活動を再開していた。

なんと幻想猛獣は、ディアウス・ピターに喰らわせた粒子加速による爆発を再び起こそうと大量のアルミ製品を転移で集めていた。

 

先程の爆発は、ディアウス・ピターに喰われる火急の事態だった為、短期間で集めただけの物だったが、今度はじっくりと集めることが出来る。

その量が先程以上の物となれば、学園都市にも少なく無い被害が及ぶかもしれない。

さすれば迅速に、幻想猛獣の巨体の何処にあるかも分からない核とやらを破壊する必要がある。

しかも一撃で仕留められなければ、現在集まっている大量のアルミ(爆発物)の被害を自分達がモロに受けることになってしまう。

 

「ちょっと、シャレにならないって」

 

どうする、超電磁砲(レールガン)を撃とうにもコインは全て使いきってしまっている。これでは、一撃で破壊する事は難しい。

よしんば、超電磁砲を撃つことが出来たとしても、幻想猛獣の巨体の何処にあるかも分からない核を正確に撃ち抜くことなど不可能だと、美琴は焦燥する。

 

「ピカ」

「えっ?」

 

どうやればこの状況を打開できるか模索する美琴にずっと側で共に戦ってきたピカチュウは、美琴の背中に飛び乗った。

肩から美琴の顔を覗き込むようにして、ピカチュウは目一杯力強く電流を美琴に流す。

 

「!」

「ピカァ?」

 

発電能力者である美琴にそんな物は通じない。しかし、ピカチュウには攻撃というのではなく、気付けのような意味でそれを行った。

まるで、目は覚めたか、と言わんばかりに不敵な笑みをピカチュウは浮かべる。

 

「あんた……そうよね、悩んでても始まらない。

とことん、やってやろうじゃない!」

「ピッカチュ!」

 

美琴とその肩から飛び降りたピカチュウは、双方とも己の最大の電力を絞り出す。

 

「これは……スゴい力だ。私の時はまだ手加減していたのか」

 

目も眩むような大閃光を発する一人と一匹を目に驚きの声を上げる木山。

これならばもしかしたら何とかなる、と希望を抱く。

手段は整った、なら後は万が一に備える必要がある。

木山は、己に肩を貸す上乃を見ながら信頼の目を向けた。

 

「君がいれば、万が一の事があっても彼女達を逃がしてやる事が出来るな」

「………」

「さぁ、ぶちかますわよ!」

 

残りの力、その全てぶつける準備の整った美琴は攻撃の体勢に入った。

だが、その美琴の前に横にいた筈のピカチュウが電磁浮遊でもするかのように、大量の電気を放出しながら飛び込んだ。

 

「ちょっ!?何やっての!」

「ピーピカーピー!」

「はぁ?このまま撃てって、ああもうどうなって知らないわよ!」

 

半身を引き、右腕を振りかぶる美琴。

残りの力、その全てを右腕に乗せて眼前にいるピカチュウの足の裏めがけて叩きつけた。

 

「これが私の全力、だぁぁぁ!!」

「ピカピカヂュー!!」

 

文字通り、美琴の全力の超電磁砲の弾丸となったピカチュウは極大の雷光を纏い、音速で幻想猛獣目掛けて突撃する。

その破壊力は、十分に幻想猛獣を消し飛ばすだけの威力を誇っていた。

 

ただ、ここで黙ってアルミを集めていただけの幻想猛獣が動いた。

音速で放たれたピカチュウを見て避けてからでは遅い。

発射されるほんの数秒早く動いていた、幻想猛獣は三度目となる自身の転移を使って逃れようとした。

 

少し離れた地点、されど確実に当たらない場所に逃げた幻想猛獣は集めたアルミを爆破させようとする。

 

しかし、ここにはもう一人転移能力者がいる。

上乃は転移して逃れた幻想猛獣を再び転移させて射線上に引き戻した。

この僅か0.1秒にも満たない攻防の末、幻想猛獣の終わりが決定された。

 

飛んできたピカチュウが直撃した瞬間、幻想猛獣の核ごと上半身に当たる部分が消し飛んだ。

だが、それだけではピカチュウの勢いは止められない。

そのままピカチュウは、雲を突き抜け、オゾン層を飛び出し、偶然にも衛星軌道上に有った人工衛星(・・・・)を破壊することで漸く止まった。

 

「凄まじいな、これほどとは……」

 

一直線に何もかも突き抜けていった超電磁砲を目にして、御坂美琴を一時とはいえ敵に回したことを木山は心底愚かだったと自虐した。

 

「強いな……子供というのは……」

「ちょっと!まさかあの子死んでないわよね、ね!ね!!」

「…………」

 

空の彼方に消えていたったピカチュウを案じて、上乃の首をこれでもかと締め上げる美琴。

息が止まって、何時もの無表情+青白い顔で死人の様になってしまっている上乃。

 

「何か言いなさいよぉー!」

「……し、死ぬ」

 

何とも締まらない雰囲気の中、こうして幻想御手(レベルアッパー)事件は解決された。

 

 

 

 

 

危なかった、せっかく事件を解決(隠蔽)出来たのに最後の最後で短髪ちゃんに絞め殺されるところだった……。

 

長い激闘の末、未知の怪物との戦いに勝利した俺は暗くなった学園都市を徒歩で帰っていた。

いやまぁ、勝利したって言うと俺が勝ったみたいに聞こえるけど、実際俺あんまり活躍してなかったけどね。

助っ人呼んだり、とかその程度だけどさ。

でも、能力を使いすぎた影響で頭痛が酷いし、ホントこの街に来てから毎日が厄日だよ。

 

終わった後も短髪ちゃんは、ピカチュウが生きてるかどうかしつこく聞いてくるし。

何度も言ってるでしょ、ピンピンしてるって!

むしろ全力で戦えたから呼び出した時よりも元気そうだったよ、ポケモンの闘争本能舐めんな!

 

あぁそれと、舐めるなと言えばディアウス・ピター。

あれは舐めてたね、まさかあんなに恐ろしいとは……怖くてとてもじゃないけど近寄れなかった。

前にラケル博士が、『言うこと聞きますよ~』的な事を言ってたの思い出したから呼んでみたけど、あれは命令を聞く聞かない以前の問題だな。

見ただけで怖くて動けなくなる。

あんだけの爆発の直撃を受けて黒焦げになったと思ったら、知らないうちに起きあがって傷一つ無かったしね。

けど、起きあがったのが全部終わった後だっから、ちょっと気まずそうにしてたような……そ~とゲートを開けて上げるとそそくさと帰っていったし、何か哀愁が漂ってたな。

 

でも、そんなのはもう過ぎた事だ。大事なのやっぱり木山さんの事だよな。

あの後、おとなしく警備員(アンチスキル)に連行されたけど、俺に捜査の手が及ばないようにしっかりと自白してくれてるよな?

その為にわざわざあんな危険な事までして、逃がさないようにずっと腕を掴んでたのに。

俺の同情を引いて逃げる為に涙まで流す演技っぷりは、流石に女だなと思ったよ。勿論騙されなかったけどね。

その涙は後に取っておけ(法廷で泣いた方が裁判員の同情を引けますよ)ってアドバイスしておいた。

 

そう言えば、布束さんが木山さんに電話で何か話してたけど何を言ってたんだろ?

『彼が、私の味方?』とか言ってたけど何の話だ?

 

…………もしかして、布束さんは俺のしでかした事に勘づいてたんじゃあ……。

俺のお願いを聞いてくれたのも、それを把握した上で弱味を握ろうとしたからなんじゃあ……?

 

いや、でもまさかそんなぁ、ねぇ?

 

………………。

 

もし本当にそうだとすると、木山さんが言ってた俺が味方うんぬんは、俺が犯行を手助けしたことを言ってたのでは!?

去り際の『君とはまた会う気がする』って獄中で再会する的な!?

 

まずい、まずい、まずい、ひっじょーにまずい!

もしそんな事を法廷で証言でもされたら今日の苦労が水の泡だ!

いや、それどころか刑務所行き……最悪すぎる。

なんて事をしてくれてんだ布束さん!?貴方には助けられましたけど、結局は助かってないじゃないですかチキショー!

 

だめだ、どうする今から会いに行って口止めするか?

でも、こんな時間に行っても面会出来ないだろうし……クソッどうしろってんだ!?

そうだ、明日……明日会いに行ってそれから何とかしよう。

とにかく今日は疲れた。

 

頭を悩ませる案件が解決したと思ったら、結局のところ全然解決出来てなかった事に気づき重い足取りが更に重くなった。

 

バギッ ボゴッバコンッドカン!

 

な、何だ、この格ゲーのような打撃音は?

 

意気消沈と帰路に着いていると、表通りの方から痛々しい打撃音が響いてきた。

それが妙に気になった俺は、おそらく厄介ごとだろうと当たりを付けつつも様子を見ようと近づいていった。

そういや、夜とはいえ人を一人も見ないのっておかしくない?

 

そんな事も思いつつ、路地裏から覗き込むと

 

「るっせんだよ、ド素人がぁ!」

 

見覚えのある奇抜な格好のお姉さんが、これまた見覚えのあるウニ君に馬乗りになって滅多打ちにしていた。

 

あ、えーと、道路のまんなかで随分と激しいプレイをしてますね……。

いやいやいや!違うだろ、これは……そうだ!何かのイベントに違いない、原作の。

正直、これ以上はスタミナが持ちそうに無いが、俺の今後の事を考えると無視しない方がいいよな。

となれば、ここはもう少し様子を伺うべきか。

 

その後、目を覆いたくなる程ボコボコにされるウニ君だが熱い言葉によってお姉さんの心揺さぶっていくなどの感動的なシーンまで進んだ。

ここまでの過程で俺は、とある魔術の禁書目録の主人公があのウニ君であると直感した。

いやだって、言ってることがメチャクチャ綺麗事で熱いんだもん。それに会話の中でインデックスちゃんの名前も頻繁に出てくるし、正確な内容までは理解できなかったけどさ。

 

「……ッ!貴方が何を言ったところで私達の決心は変わりません。今頃、ステイルがあの子を確保していることでしょう」

「なっ、インデックスが!?」

「貴方には、暫く眠っていてもらいます」

「く、クソッ!」

 

なるほど、ウニ君は足止めを食らってヒロインを助けに行けないか。

これは、チャンスでは?

これがもし原作通りの展開だとするならば、これから何かしらの要因で結局はインデックスちゃんは助けられるだろう。

ならば、その過程で俺が貢献することで主人公と仲を深める事が出来るかもしれない。

こりゃ、とんだラッキーだぜ、早くインデックスちゃんを見つけないとな!

 

ボコられ中のウニ君を置いといて、俺は疲れた体に鞭を打ち、インデックスちゃんを探すために近場の一番高いビルの屋上に転移した。

 

「……ッ!」

 

痛てぇ!能力の使いすぎで頭が割れそうだ。

でも、ここからならインデックスちゃんの特徴的な服装なら直ぐに発見できる。

そして、常人なら双眼鏡でもないと見えない程遠くにそれらしき影を肉眼で見つけた俺は直ぐ様そこに転移した。

 

「え……け、ケイガン!?」

「ッ!何者だ!?」

 

突如現れた俺に驚くインデックスちゃんと、彼女に対峙するように立っている黒い神父服を着た赤髪の男。

おそらくアイツがさっきの話にあったステイルという奴か。

懐に手を突っ込んで何か出そうとしてるけど、悪いな此方にはもう戦う余裕はないんでさっさと退散させてもらうよ!

 

俺は側にいるインデックスの手を引き、頭痛を我慢して転移しようとすると、それを他ならぬインデックスちゃんに止められた。

 

「ま、待ってケイガン!とうまが大変なんだよ」

 

はぁ、とうま?あーウニ君の事か、大丈夫だって彼主人公だし死なないって。

それよりもほら早く!

 

「……大丈夫だ」

「でも!」

「……インデックス」

 

言い子だから聞き分けてって、ほらあのエセ神父カード降りぶってるよ!今にも攻撃してきそうだよ!

とにかく俺は、もう一度真剣にインデックスちゃんの目を見て、確りと口にした。

 

「……大丈夫だから」

「ほぇ、ケイ……ガン……」

 

あれ、何か様子がおかしいな?

でもおとなしくなったし、さっさと逃げますか!

 

「ま、待てッ!」

 

エセ神父の制止の声を振り切り俺は、呆けた様子のインデックスちゃんを連れて自宅に帰還した。

 

 

 

 




簡易報告

美琴&ピカチュウ:疑似Z技発動

上乃:安定の勘違い+やらかし(インデックスをテイクアウト)



おまけ・幻想御手事件の裏の顛末

隊員A「隊長大変です、Bが警備員のネットワークにハッキングしてたらアニキ(上乃)が何かしらの事件の容疑者にピックアップされてます!」

木原「なに?」

隊員B「どうするんすか、隊長!?」

木原「騒ぐんじゃねぇよバカ共。アイツが捕まるのは困るからな、適当な一般人とすり替えとけ」

隊員A&B「了解」

木原「まったく、手間のかかるクソガキだぜ」


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十九話

前回から間が開いてしまったので、これまであらすじをダイジェスト風にまとめました



幻想御手事件を無事解決した上乃慧厳。
しかし、その帰りに街中で戦闘を繰り広げる上条当麻と神裂火織を発見する。

二人の話を聞いていた上乃は、別行動していたステイルが、インデックスを捕まえようとしていたのを危機一髪の所で救いだす。

その際に上条当麻に歩く教会を破壊されていたインデックスは、見事に上乃の魅了にかかってしまう。

これは、上条当麻が神裂火織との戦闘の末、気絶してしまっていた空白の3日間の出来事である。




「………あれ、ここ……何処?」

 

目を覚ますと、見知らぬ部屋に私はいた。

部屋を見渡すと、自らが寝ているベットの近くに取り付けられている窓から差し込む光源から、現在の時刻が朝だと言うことは把握した。

 

起き抜けの寝惚けた頭が徐々に覚めていくなか、私は何でこんな所にいるのか思い出す。

 

「たしか昨日……」

 

とうまと一緒に銭湯に行く途中で、とうまが失礼な事を言うもんだから一人で先に行くと、そこで魔術師が私を捕まえに来たんだ。

 

何とか逃げ回っては見たんだけど、直ぐに追い付かれて、そしたら

 

「あぁ、そっか……私、また助けられちゃったんだね。ケイガン」

 

ならここは、前にも訪れたケイガンの住んでるマンションの一室。

どうりで部屋の作りが前に見たのと似てる訳だね。

 

「うぅ、ケイガン……!」

 

彼の事を思い出すと、心臓が高鳴り、体が熱くなる。

分かっている、この現象は世に言う恋とかそんなものじゃない。

これは、ケイガンにかけられた呪いによる魅了だ。

初めて会ったときは、歩く教会がその効力を防いでくれていたけど、今の私にはそれが無い。

個人差はあると思うけど、まさかこんなにも強いなんて!

ただでさえ……あーもう!それもこれも、元はと言えばとうまが私の歩く教会を壊しちゃうからなんだよ!

 

「ッとうま!?」

 

そうだ、私を追っていた魔術師が言っていた。こうしている間にとうまの所に別の魔術師が向かっている、と。

私を捕まえる為の嘘かもしれないけど、そうだとしてもとうまの事が心配だ。

私は飛び起きるようにしてベッドから出て、そのまま部屋のドアを開け、家にしては長い廊下を走りケイガンの名前を呼んだ。

 

「ケイガン!とうまは、とうまはどうなったの!?

………ほぇ?」

 

リビングと思しき部屋に出ると、そこには床に正座しているケイガンと、腕を組んで仁王立ちする見覚えの無い少女がいた。

 

「け、ケイガン?」

 

私が呼び掛けると、女の子の方が私の事を尋常ならざる眼力で睨み付けてきた。

その様相は、正しく悪魔のようで、とても人がしていい顔つきじゃ無かったんだよ。

 

「ヒィ!」

 

思わず悲鳴を上げる私を尻目に、その人は私を値踏みするように爪先から頭の天辺まで見ると、私のある一部を見て

 

「……フッ」

 

と笑った。

先程までの恐怖など忘れて、私はシスターにあるまじき殺意とも呼べそうな物が心中を支配しそうになった。

着痩せするだけで、私だって少しは………。

 

「そう、目が覚めたのね。いつの間にか朝になってるし、このぐらいで今回の所は許してあげるわ」

「………」

「け、ケイガン!?」

 

女の子の方が許すと口にした瞬間、緊張が解けたケイガンは、正座の体制から横に倒れるように崩れ落ちた。

その顔は、前に会った時と同じように無表情だが、今は本当に感情が無くなってしまっているようで、魅了の魔力すら消えていると感じさせるほどに、彼は弱っていた。

 

「ケイガンに何をしたの!?」

Not especially(別に)、少し話をしていただけよ」

「ウソ!そんなので、ケイガンがここまで弱るわけ無いんだよ」

「私は、嘘なんて何も言ってないわ。そもそも、部外者である貴方には関係無いでしょ。ねぇ、上乃?」

「………」ビクッ

 

女の子が呼び掛けると、おもむろに顔を反らすケイガン。

そ、そこは否定して欲しかったかも!

って、こんな事してる場合じゃ無かったんだ。

 

「ケイガン、お願い起きて!とうまはどうなったの!?」

 

 

 

 

 

 

 

「………フゥ」

 

学園都市の各所に備え付けられたベンチに座りながら、人息つく。

そうすることで、削りに削れたメンタルが回復していく感覚が実感できた。

あぁ……ありがとうインデックスちゃん、やっぱりキミを助けて良かったよ。

 

昨日、危うく捕まりそうになっていたインデックスちゃんを保護して家に帰ると、そこには何故かまだ居た布束さんが、美味しそうな晩御飯を準備して俺の帰りを待っていたんだ。

美味しそうな香りに食欲を刺激された俺は、一先ず布束さんが家に居座っていることを置いといてお礼を言おうとしたんだけど、何故か布束さんは俺が抱き抱えていたインデックスちゃんの意識を素早く手刀で刈り取った。

 

何してんの!?

 

と、思うも言葉は出なかった。

何故なら、何時か見たギョロ目の布束さん、訳してギョロ束さんが降臨なさってたからだ。

あれ、デジャヴ?こんな事、前にもあったよね。

そんなに昔の事でもないのに走馬灯のように思い出す、あの夜の悲劇に俺の体は竦み上がった。

 

気を失わされたインデックスちゃんをベッドに寝かした後は、夜通し尋問が行われた。

詳しい内容は思い出したくないので割愛するが、「次は無い」と言われたのだけは確かだ。

次って、まず何が原因か分かってないのですが。

 

そんな、地獄のような時間に終止符を打ってくれたのが朝になって目覚めたインデックスちゃんだ。

もしかしたらインデックスちゃんのせいでこうなったのではとも思うが、そんなことは無い。

俺にとって、インデックスちゃんは幸運を運んでくる福の神だと信じてる!

主に主人公からの手助け的な意味で。

 

そして、地獄の時間から解放された俺は、救い主であるインデックスちゃんのお願いで、ウニ君こと当麻君、主人公の様子を伺いに外に出てきてる訳だ。

 

最初は、主人公だから大丈夫だと言ったんだけど、どうにも自分の目で確かめないと落ち着かないらしい。

でも、絶賛魔術師に狙われ中のインデックスちゃんを外出させるなんて有り得ないし、仕方なく俺が代わりに行くことになったのだ。

それでもと、ごねるインデックスちゃんを今度は勝手に出ていかないように、布束さんに面倒を見ててもらうように頼むと、快く引き受けてくれた。

 

聞きたいこともあるしね、とは一体何を聞くのだろうか?

まぁそんなことは、今は関係無いか。

 

漸く引き下がったインデックスちゃんは、当麻君が住んでいる、小萌という人の住所を事細かに教えてくれたので、今はそこに向かう前の休憩中だ。

 

何せ、昨日から働きづめの徹夜だからな、正直今すぐ寝たい所だけど、個人的に気になることもあるし、もうひと頑張りしますかね。

 

ベンチから立ち上がった俺は、フードを目深く被り直し、目的地までゆっくりと歩きだした。

 

暫く歩くと、インデックスちゃんが言っていた学園都市では珍しい、木製のマンションに辿り着いた。

階段を上がる際に、軋むような音が鳴り、このマンションのボロさに一種の懐かしさのような物を感じる。

ここに来てからは、やたらとハイスペックな建築物ばかりだったからなぁ。

 

小萌という人の部屋のインターホンを押して少し待つと、ピンク色のウサギのぬいぐるみのような寝巻きを着た幼女が出迎えてくれた。

 

「はぁーい、どちら様ですか?」

 

どうも、上乃慧厳って言います。

えっと、ここって小萌って人の家であってるかな?

 

「はい、私が小萌先生ですよ」

 

え?

 

ウソでしょ、どっからどうみても子供にしか見えない。

あっそうか、学園都市って若返りの実験とかもしてるんだろ。

うんうん、それなら納得だな。普通に考えてこんな子供が先生なわけないしな。

 

「何か、とてつもなく失礼な事を思われてる気がするのですよ」

 

おっと、いけない。何時までも黙ったままじゃ失礼だよな。

さっさと用件をすませよう。

 

「………上条当麻はいるか?」

「あっ、上条ちゃんのお友達だったんですね。けど、折角来てもらったのに上条ちゃんは今入院中なのですよ」

 

あらら、入院とは思ったよりも手酷くやられたみたいだね。

 

俺の事を当麻君の友達と勘違いした小萌先生は、事の経緯を詳しく説明してくれた。

道路で傷だらけで倒れていた当麻君をおんぶして連れ帰ってきたが、怪我が思ってたよりもずっと酷く、骨折してる箇所もあったから、悪いとは思いつつも仕方なく病院に運んだとか。

そして、当麻君と一緒に小萌先生の家に来たシスターちゃん、おそらくインデックスちゃんのことだろう。

彼女が帰ってこなくて心配だとか、当麻君以外の事もいろいろ教えてくれた。

 

命に別状は無く心配ないそうだが、いまだに目を覚まさないらしい。良かったらお見舞いに行ってほしいと、病院まで教えてもらった。

行かないけどさ。

 

取り敢えず、主人公の安否も確認できた事だし、これでインデックスちゃんも安心するだろ。

俺は、最後にインデックスちゃんは、俺が保護している事と、当麻君当ての伝言を小萌先生に伝えて、その場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

さてと、インデックスちゃんに頼まれた用事は終わったし、次は俺の野暮用を片すかな。

ホントの所は帰って休みたいけど、どうせ帰っても布束さんがいて休めないだろうし、物のついでって奴だな。

 

「木山春生さんに面会ですね」

「……はい」

 

その用事と言うのが、布束さんが木山さんにリークした俺の犯行を黙っていてもらうために口止めに来たのだ。

こう言うことは早くやるに越したことはない。

あの人も、俺には少なくない借りがあるわけだし、そんなに無下にはされないだろう。

 

「あぁ、木山春生さんなら保釈されてますね」

 

はい?保釈?昨日の今日だよ、ウソでしょ。

 

受付の人にもう一度確認してもらうように頼むも、答えは変わらず、ここにはもう木山さんはいないと重ねて言われた。

念のために、素顔を晒してもう一度確認してみよう。

 

「すみません、本当ならこんな早くの保釈はありえないのですが……あのここだけの話なのですが警備員(アンチスキル)のとある方が無理矢理通したという噂で」

 

ほうほう。で、そのとある方って?

 

「それは……あっ、あの人です。凄い偶然ですねこんなバッタリ会うなんて。

ぐ、偶然といえば、こうして会ったのも何かの機会ですし、この後ご飯でも」

 

後ろで何か言ってる受付嬢さんはほっといて、フードを被り直しながらその人に近づく。

もしかしたら、この人なら木山さんの居場所を知ってるかも知れないし、ちょっと聞いてみよ。

 

「………」

「あら、どちら様かしら?」

 

ロングストレートの茶髪に眼鏡をかけた知的な雰囲気なお姉さんは、目の前に立つ俺に誰なのか問い掛けてくる。

 

「………上乃慧厳」

「上乃…慧厳…?」

 

ごめんさないね、述語が無くて。分かりにくいかもしれませんが、それが名前です。

 

「……このガキが、数多のクソの……」ボソッ

 

うん、何かいいました?

首を傾げると、彼女は人当たりの良い笑みを浮かべて、自らも自己紹介をした。

 

「いえ、何でもないわ。私は、先進状況救助隊の隊長、テレスティーナといいます、よろしくね。

貴方が上乃慧厳なのね、木原数多博士ご自慢のlevel5の」

 

木原さんと知り合いなの?

へぇーこんな美人さんと知り合いとは、あの人も中々やるもんだな。

今度聞いてみよ。

 

「それで、私に何か御用?」

「………木山春生を知ってるか?」

「木山春生?あぁ、昨日捕まった幻想御手(レベルアッパー)事件の犯人ね。彼女に会いに来たのね、残念だけど彼女は保釈されたからここにはもういないわ」

「………何処にいる?」

「………生憎だけど、私は何も知らないわ。それと、歳上には敬語を使いなさい、失礼でしょ」

 

こりゃ失礼。

でもそっかぁ、知らないのかぁ。これじゃあ、俺が安心して眠れる日が何時やってくるのか分かったもんじゃないな。

仕方ない、おとなしく帰ろう。

だが、踵を返して帰ろうとすると、真剣な表情をしたテレスティーナさんが俺の肩を掴んで呼び止めた。

 

「ちょっと待って、何で彼女のことを探しているの?」

「………」

 

理由は話せない、つか話したら捕まる。

うーん、何と言おうか……まぁ、適当に言っとくか。

 

「………話したいことがある」

「そうなの。答えてくれてありがとう、引き留めて悪かったわね」

 

いえいえ、それじゃあ今度こそさよならですね、テレスティーナさん。

 

意気消沈とした様子で、施設から外に出た俺は、ガックシと肩を落とす。

 

はぁ、結局木山さんとは会えず仕舞いか……。

疲れた体に鞭打って、ここまで来たのになぁ。いや、プラスに考えよう、これで漸く休めるんだ。

そうと決まれば、早く帰ろう。

 

プルルルルル

 

転移で帰ろうとすると、タイミング悪く電話が鳴った。

もう何と言うか、狙ってんじゃねぇのか?

 

「………もしもし」

『よぉ、クソガキ!元気にしてるかな?』

 

久々ですね、木原さん。相変わらずイイ声だ。

 

『この俺が直々にテメェの定期検診をしてやるから、さっさと研究所に来い。十秒以内な!』

 

溢れ出そうになる溜め息を飲み込んで、俺は転移する場所を自宅からマッドサイエンティストの待つ研究所に変更した。

 

 

 

 

 

 

「結果変わらず、特に問題なしか」

 

上乃を呼び出して、手早く定期検診という名の人体実験を終えた木原は、算出されたデータが書き記されたプリントを片手にデスクチェアに深く座り込んだ。

 

その後ろに、普段よりもげっそりした様子の上乃がパイプ椅子に座りながら、木原の帰りの許しを待っている。

 

「あんだけ派手に暴れたんだがら、少しは変調が見られるかとも思ったが、つまらないねぇお前。

定規で図ったみてぇにピッタリ同じ数値出しやがって、機械かよ」

「………何でわかった?」

「あん?能力を使った事がか?

ふん、テメェの能力に関しては未だに理解できてねぇがな、能力を発動したかどうかぐれェなら直ぐわかんだよ」

 

得意気な表情でそう宣う木原だが、実際にはそうではない。

正確に言うなれば、分かるときもある、だ。

 

能力者が無意識の内に放つエネルギーである、AIM拡散力場。

これは、能力者によって異なりそれを観測、記録することで能力が発動したかどうかの有無を木原は判別している。

 

しかし、AIM拡散力場はとても微弱な物であり、精密機械を使わなければ、まともに観測することも出来ない。

だから、通常なら精密機械にも繋がれていない、ましてや研究所の外にいる上乃が能力を使ったとしても、それを知る術は無い。

 

だが、上乃が能力を全力で使った場合は、話がまた変わってくる。

level5である上乃が放つAIM拡散力場は、通常の能力者よりも強力だからだ。

例えば、上乃が物体をすり抜けたり、違う場所に転移する程度の力なら観測することは出来ない。

だが、別の次元、別の世界とこの世界を繋げた際に出される強大なAIM拡散力場ならば、木原は把握することが出来るのだ。

 

腑に落ちない、そんな様子の上乃だが特に不平を口に出すことはなかった。

だが、彼にしては珍しく、自分からある人物の話を口にする。

 

「………テレスティーナ」

「あ‘’?」

 

上乃が、先程出会った、テレスティーナの名を出した途端、木原はドスの聞いた声で上乃を睨み付けた。

 

「テメェ、何処で聞いた」

「………知っているのか?」

 

眉間にシワを寄せた顔で、何かの機械を指で摘まんだ木原は、それを押し潰すとなるほどな、と呟いた。

 

「テレスティーナ=木原(・・)=ライフライン。

言っちまえば、学園都市の何処にでもいそうな平凡な科学者だ。性格がゲロ以下なのを除けばな」

「………」

「そら、もう帰っていいぞ。さっさと失せろ」

 

その言葉を聞いた上乃は、木原が何か言う前に速攻で転移して帰っていった。

 

「ッたく、相変わらず愛想のねぇガキだ」

 

苛立たしげにそれを見送った木原は、先程潰した機械の破片を見ながら、愚痴を溢す。

 

「発信器なんて付けられやがって、まったく世話が焼けるねぇ」

 

発信器、それは上乃の服に付いていた物だった。

しかもそれは、テレスティーナが触った肩に付いていた物。

木原は、普段無口な上乃が自分からテレスティーナの名を出した事で、誰がこれを付けたのか瞬時に導き出した。

 

(あのクソアマ、一体どういうつもりで上乃に近づいた?アイツの能力を利用するつもりか?

いや、あの女の目的は幻生のジジィと同じlevel6を作ることのはず……まさか、上乃を使ってそれをやろうってか)

 

自分と同じ、学園都市に巣くう狂気の科学者。木原一族の一人であるテレスティーナを警戒する木原は、何の目的があって上乃に近づいたのか思考を巡らす。

しかし、凶悪な笑みを浮かべる木原は、そんなことはどうでもいいと切って捨てた。

 

「関係ねぇか、あのガキに近づく野郎は誰であろうとぶっ殺す、容赦はしねぇ。

人様の大事な実験動物に手を出したらどうなるか、躾のなってねぇメス豚に、分からせてやる必要があるな」

 

上乃に対する醜悪な独占欲が滲み出す木原。その心は既にテレスティーナを殺すことだけで一杯になっていた。

 

だが、あんな女に大事な研究の時間を削ってまで相手するのも馬鹿らしい。

ウチの馬鹿どもを使ってもいいが、どうせやるなら徹底的に叩き潰したい。

 

どうやってテレスティーナを始末するか考えた木原は、ニヤリと笑った後、備え付けの電話を手に取った。

 

きっちり3コールで電話に出た相手は、嫌悪感を隠しもせずに木原に対応する。

 

『一体なんの用だ、木原数多』

「いやなに、ちょっと仕事の依頼をしようと思ってな」

『何だと、“猟犬部隊(ハウンド・ドッグ)”のリーダーである貴様が私達に?』

 

年若い少女の声は、困惑したように聞き返した。

 

「なぁに、そんな大した事じゃねぇよ。

行き遅れのババァの始末と、ガキの面倒を見てもらいたいだけだ」

『……冗談を言うだけなら切るぞ』

「分かった、分かった。あーあ、近頃のガキはホントに愛想が無いねぇ。

ええ?“黒鴉部隊(・・・・)”の隊長さんよぉ」

 

 

 

 

 




劇場版の時系列がどうとか言われても、私にも分からないので悪しからず。


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二十話

もはやエタったと言われても言い訳できないレベルですね。
大変長らくお待たせしました。


寝静まった真夜中の病室で、窓から差し込む月光に照らされたインデックスちゃんは、ベッドに横たわる当麻君を今にも泣きそうな顔で見つめた。

 

「とうま……」

 

か細く紡がれた当麻君の名は、彼を起こさないように気を使ったのか、それとも胸から沸き上がる罪悪感からか。

 

その光景を病室の隅で観察していた俺は、改めてインデックスちゃんのヒロイン力の高さに感服すると同時に、その優しさにため息が溢れた。

 

今思えば、簡単に予想できそうな物だった。

当麻君が傷つき、入院していると分かれば、インデックスちゃんは会いに行こうとする事なんて。

寝不足で頭が回ってなかったから仕方ないけど、迂闊だったなぁ……。

勝手に出ていこうとするインデックスちゃんを止めなきゃいけないし。かと言って、無理に引き留めて心証を悪くしてしまっては本末転倒だ。

 

だが、下手に出歩いて魔術師に見つかってしまっては、それもまたアウト。

何とかして説得しようと、昨日の夜中からずっと足りない言葉で朝まで話し合った結果、仕方なく人気の無い夜に会いに行くという妥協案で納得してもらった。

 

しかし、インデックスちゃんが抜け出す可能性もあるから目を離す訳にもいかない。

布束さんに代わりの監視を頼もうかとも思ったが、忙しいからと帰ってしまってそうもいかず、ずっと起きっぱなし。

 

夜になったら、幼女な先生に聞いた病院の地図をネットで開いて、魔術師に見つかる可能性を少しでも少なくするために家から直接、病室に転移して現在に至る。

 

お蔭で三徹決定ですよ。気を抜いたら、立ったまま眠ってしまいそうだ。

 

だからだろうか、眠気で意識が朦朧としていた俺は病室のドアがノックされるまで、誰かが近づいて来ていることに気づくことができなかった。

 

━━━コンコンコン

 

「……インデックス」

「ケイガン……」

 

俺は即座にインデックスちゃんに駆け寄り、扉の方を睨み付けた。

インデックスちゃんも突然の訪問者に怯える様子も見せず、逆に動けない当麻君を庇うように前に立つ。

 

「失礼するよ」

 

横にスライドして開いたドアから現れたのは、白衣を着たカエルのような顔の医者らしき男だった。

 

「誰なの?」

「それはこちらの台詞だよ。君達は、そこの彼の友達かい?悪いけど、面会時間はとっくに過ぎてるんだけどねぇ」

「………」

「ん?キミは……」

 

顔に似合わず気さくに話しかけてくるカエル顔の男は、此方を探るように俺とインデックスちゃんを見つめる。

その視線から彼女を隠すようにして前に出るとカエル顔の男は、俺のフード越しで見えない筈の顔を凝視するように見つめ、数瞬後になるほど、と呟いた。

 

「キミが木山君の言っていた青年だね。

そうか……私の予想よりもずっと早くここにたどり着いたという訳か」

 

何がなるほどなのかサッパリ分からないけど、速攻で正体バレたっぽいのですが。

あなた、木山さんの知り合いなの?

 

「ついて来てくれるかい?キミがここに来たら、案内するように、木山君にお願いされててね」

「どうする、ケイガン?」

 

どうやら、先日探した木山さんがここにいて、尚且つ案内してくれるらしい。

当麻君の様子を見たら直ぐに帰るつもりだったけど、これはラッキーだな。

インデックスちゃんも、俺の判断に任せてくれるらしい。

俺は、カエル顔の医者の問い掛けに、頷いて返事を返した。

 

「それじゃあ、行こうか」

 

歩きだしたカエル顔の医者の後を追い、当麻君の病室を後にした。

俺達は、暗く長い廊下の突き当たりにあるエレベーターに乗り込み、この病院を調べた際に見た院内の地図に載っていなかったであろう、通路を通りながら、漸く目的の場所にたどり着く。

 

案内された場所は、病院の地下に位置する場所で、部屋に入ると、ガラス張りの向こうにベットに寝たきりの子供達がいた。

 

「あの子達は……!」

 

インデックスちゃんが驚きの声を上げると、聞き覚えのある声が、部屋の隅から聞こえる。

 

「やぁ、久しぶり。と、言う程でもないか。

また会ったね、上乃君」

 

あー……うん。また会いましたね、木山さん。

探しといて何ですけど、もう帰っていいですかね?

いや、用件とかそういう言うのもういいんで、早く帰らないと、また面倒事に巻き込まれそうだし。すごく面倒な予感もしますし。

 

「この子達は、いったいどうしたの?」

 

あ、インデックスちゃん!そういうの聞いちゃいけないって、帰りにくくなるでしょ。

 

「この子達は、私の教え子達だよ。

上乃君、キミは既に知っていると思うが、私の口から説明させてくれ」

 

いや、知らないんですけど。

う~ん、これは帰れないヤツだな?

 

それじゃあ、仕方ないけど木山さんの長い回想シーンを割愛して要約すると……なんだ?

 

木山さんの上司、木原幻生がクズで。

教え子が実験されて、目が覚めない。

それを何とかしようとした結果、この前の騒動に。

 

簡潔に纏めすぎたかな?まぁ、別にいいか、誰かに聞かせてる訳でもないし。

にしても、また木原か……まったく、木原という名字にはマッドサイエンティストしかいないのかよ。

 

でも、どうしたもんかな。

何か悲壮感漂う空気になってるけど。木山さんとか只でさえ隈が酷くて、目が死んでるのに、それに輪をかけて生気が感じられない。

てか、過去の話が重すぎて、よく自殺してないなってレベルだよね。

 

カエル顔の医者も、この子達を救えないことを悔しく思ってるようだ。

インデックスちゃんは、何か意外と落ち着いてる。

こういうのには、慣れてるのかな?

 

俺はなんというか、所詮他人事だしそんな真剣になれないというか、テレビでニュースを見てるような感覚だ。

可哀想ですね、みたいな。

 

でも、これはチャンスかもな。この子達を俺が助ければ、流石に木山さんも俺を脅そうとかそんな事は考えないはず。

当麻君には、原作崩壊とか色々あって使えなかった手だけど、彼女(・・)の力を借りてみようかな?

 

と、そんな事を考えていると備え付けられていた電話が鳴り響いた。

 

「もしもし、どうかしたかい?」

『先生、病院の敷地に妙な連中が』

「ん、妙な連中……?」

 

電話を受けたカエル顔の男は怪訝そうに眉を歪めると、殴り書きした紙などが乱雑とした机の上に置かれたパソコンを操作して院内の監視カメラの映像を映し出した。

 

「まったく、今夜は随分とお客様が多い日だね。面会時間ぐらい守って欲しいものだ」

『どうしますか?』

「夜勤の職員全員に何時でも動けるように伝達してくれ。患者に危険が及ばないように守るのは、私達医者の使命だからね」

『了解しました』

「どうかしたんですか?」

「木山君、恐らく君のお客さんだ」

「私の?」

 

木山さんは、カエル顔の医者に促されるとパソコンに映っている映像を見て眉を顰める。

気になった俺も、木山さんの肩越しにパソコンを覗くと、そこに映っていたのは駆動鎧(パワードスーツ)に身を包んだ者達と、つい先日も出会った女性がいた。

俺は思い出すように、彼女の名前を呟く。

 

「……テレスティーナ・木原・ライフライン」

「何だと……!?」

 

その呟きを聞き漏らさなかった木山さんは、俺の両肩を掴み憎悪に染まった瞳で、テレスティーナさんについて問い質してきた。

 

「木原だと……上乃君それは本当なのか……あの女が、木原!」

 

いや、確かにあの人は木原ですけど、あの子達を実験材料にした木原とはまた別の木原ですよね?

まぁ、あの人の事も木原さんから聞いたことだから、木山さんからしたら信用できないかもですけど、木原ってだけでそこまで目の敵にしなくても。

木原さんにだって良いところの一つぐらい……無いな。

 

「ッ……!」

「待ちなさい」

「放してください先生、私は……!」

「頭を冷やすんだ木山君。君が彼等に向かったところで何が出来ると言うんだ?

君は復讐がしたいんじゃない。君の教え子達を救いたいのだろう?」

「……申し訳ない、その通りです」

 

悔しげに唇を噛み締める木山さんは血が滲む程強く拳を握りしめると何とか思い止まった。

ホッと胸を撫で下ろすカエル顔の医者は、今度は俺の方に向き直る。

 

「すまないね、友人のお見舞いに来ただけの君達をとんだゴタゴタに巻き込んでしまった」

「これからどうするの?」

「この子達を安全な場所まで輸送するつもりだ。

だけどこの人数だからね、時間も人も足りないが……何とかするさ。

心配いらないよ」

 

此方を安心させるように笑いかけるカエル顔の医者だが、それが無理をしているのは直ぐに分かった。

 

「ケイガン……」

 

インデックスちゃん、そんな捨てられた子犬ような目で俺を見ないで。

そんな俺だったら何とかできるでしょ、みたいに頼られても今回ばっかりは無理だから。

あの人達、たぶん木山さんを捕まえに来た警察の関係者とかだよ絶対。

そんな人達の邪魔なんかしたら公務執行妨害で俺が捕まっちゃうよ!

 

でも、ここで木山さんを見捨てて逃げて、捕まられたりしたら、この前の事件の真相を暴露されるかもしれないし……。

クソがッ。わかった、わかりましたよ。やってやろうじゃねぇーかよ!

 

「……俺が時間を稼ぐ」

「それは駄目だ。これ以上君に迷惑は掛けられない」

「でも、それであの子達は助かるの?」

「ッそれは……」

 

痛いところ突くなインデックスちゃん。

 

「大丈夫だよ。きっとケイガンなら何とかしてくれる!」

「……上乃君、本当に頼ってもいいのか?また私を助けくれるのか?」

「……ああ」

「ありがとう、上乃君。心から感謝するよ」

 

もうわかったから、さっさと行ってください。

こっちは眠くてイライラしてんだから。

 

「さて、これで時間は稼げるね。後はこの子達を運ぶバスを運転する人が必要なんだが……」

 

あーもう!それも俺が何とかすりゃいいんだろチキショー!

 

 

 

 

 

 

━━━ガシャンガシャンガシャン

 

夜の病棟を駆動鎧を身につけた者達が数人、テレスティーナの後ろを付き従うように歩く。

 

「木原所長、次の角を右です」

「わかった」

 

先頭を歩くテレスティーナは、ハイヒールを踏み鳴らしながら目的の人物達がいるであろう場所まで歩き進める。

 

そして角を曲がった先には、他とは雰囲気の違うエレベーターがあった。

それに乗ろうと足を踏み出すと、彼女等の見ていた景色が一瞬にして入れ替わる。

 

「これは……」

 

突然の事態に先進状況救助隊、通称MARの隊員達は、混乱したように周囲をキョロキョロと見渡すと、移動させられたのは彼女等だけでなく、念のために病院の周囲を見張らしていた者達全員がここに集められていることが分かる。

彼女等が今いるのは、先程まで居た病院から遠く離れた場所にある、空地だった。

 

「狼狽えるな!」

「す、すみません」

 

困惑するMARの隊員達を一喝したテレスティーナは、彼等とは違いこの現象の正体を既に見抜いていた。

これを起こしたであろう人物を探すように周囲を見渡すと、彼女等から少し離れた所にフードで顔を隠している件の青年と、その隣に白衣を着たカエル顔の男が立っていた。

 

「また会ったわね、上乃君」

「………」

 

人の良さそうな笑みを浮かべながら話しかけるテレスティーナは、フードで顔を隠していても、その男が上乃であることを見抜いていた、

 

だが、それもそうだろう。

これだけの距離をこれだけの人数を一度に全員運ぶなどという芸当ができるのは、空間移動能力者でもlevel5である上乃ただ一人なのだから。

 

「君達は一体、私の病院に何の用だね」

「貴方は……そう、あの病院のドクターね。

初めまして、私は先進状況救助隊のテレスティーナです」

「これはご丁寧に、私は唯のしがない医者だよ。

それじゃあ自己紹介もすんだことだし、答えてもらえるかな。

何故、そんな重装備で私の病院に無断で踏み行ってきたのかな?」

 

カエル顔の医者は、気さくな口調の割に一切の虚偽を許さぬとでも言うような覇気に満ちた声色で事の次第を問い詰める。

それは、自分の患者が一時でも危険に晒されたことによる怒気によるものなのかは分からないが、テレスティーナは、彼の威圧感に一瞬とは言え息を呑んだ。

一筋縄ではいかない相手だと悟ったテレスティーナは、気を引き締めるように深呼吸をした。

 

「昨日起こった地震を御存じですか?」

「ああ、勿論知っているとも」

「私は、それが人為的に起こされたものではないかと疑っているんです」

「その根拠は?」

「昨日起こった地震と同時に観測した特殊なAIM拡散力場は、RSPK症候群という物を引き起こす周波数との類似点が多数発見されたのです」

 

RSPK症候群とは、俗に言う超常現象(ポルターガイスト)と呼ばれる物で、能力者が自覚なく暴走することで起こる事象の事を指す。

そして更にそれが同時多発的に起これば地震と見分けがつかないほどの規模の超常現象を引き起こす。

だが、RSPK症候群は通常なら同時多発的に起こるものではないが、AIM拡散力場に、干渉があった場合はその限りではない。

その一点が、テレスティーナがRSPK症候群と当たりをつけた根拠である。

 

「そして私達は、RSPK症候群を引き起こした容疑者として木山春生が浮上しました。

彼女は、つい先日にもAIM拡散力場を使った大規模な破壊活動を起こしている。

それは、君もよく知っているでしょう?」

「………」

「しかも、それは彼女が保釈されたその日に起きている。これで無関係だと思うほうが可笑しい。

ですので、これ以上被害が広がる前に木山春生を確保しておきたかったのです」

「なるほど、君の言い分は理解した」

 

目閉じ、頷くカエル顔の医者の様子に納得してもらえたのだと安心したテレスティーナだが、それは次の瞬間に崩れた。

 

「しかし、それはあまりに無茶苦茶ではないかね?」

「ッ……どこがでしょうか?」

 

指を三本立てたカエル顔の医者は、順序立てるように丁寧に説明する。

 

「理由は3つだ。

まず一つ、たった一度しか起きていないと言うのに、昨日の地震がRSPK症候群と決めつけるにはあまりにも早計だ。

次に二つ、いくら時期が重なったとは言え、それだけで木山君を逮捕するには理由が弱すぎるし、その程度の根拠でいいのなら他にいくらでも容疑者はいるはずだ。

そして最後に、先程述べた通りの理由で上層部が令状を出すとは思えない。

木山君の居場所を突き止めた方法然り、君達がとても合法的に動いているとは思えない」

「……確かに令状は出ていません。ですが遅かれ早かれいずれ出ます。此方としてはできることなら自発的に受け渡してもらいたいのですが……」

「残念だが、それは聞けない相談だ。医者である私が患者の信頼を裏切る訳にはいかないからね」

「チッ……」

 

舌打ちをしたテレスティーナは、腕を組み苛立ちを露にする。その姿は先程までの知的な雰囲気からかけ離れていて、まるで子供が癇癪を起こす寸前にも見えた。

それを見たカエル顔の医者は、瞬時に彼女の本性とも言うべき物を悟った。

 

「テレスティーナ・木原・ライフライン」

「何?」

「彼から聞いたんだよ、君の名前はね。

因みに言うなら君の名前だけならずっと前から知っていたよ、君がお爺さんにどんな事をされたかもね」

「テメェ……!」

 

チラリと上乃の方に視線を送ると、カエル顔の医者は再び会話を再開した。

 

「先程は木山君の手前言わなかったが、彼女が木原幻生の孫娘にして最初の能力体結晶の被験者だよ」

「ハッ……そうかよ、はなっから全部お見通しだったとはな。食えねぇジジイだな!」

 

ホラー映画もかくやと、豹変したテレスティーナは薄汚い口調に変わり、とても女性がしているとは思えない顔芸を披露する。

その姿には、さしもの上乃も一歩後ろに下がり、カエル顔の医者も顔を顰めた。

 

「君が何の目的で木山君に、いや。彼女の生徒に近づくのかは大体想像がつく。そんな事はやめておきなさい」

「偉そうに説教垂れてんじゃねぇ!

何だ?噂のlevel5が守ってくれるからってもう勝ったつもりなのかよ。笑わせんな、碌に発信器にも気づかねぇ間抜けな実験動物一匹味方につけた程度で、調子に乗ってンじゃねぇーぞ老害が!」

「……?」

 

実験動物、発信器、その言葉からもしや自分の事を言っているのでは?と、思った上乃は一度能力を発動した。

上乃の体がノイズが走るように一瞬ブレると、コトッと足元に小さな機械が落ちる。

 

「ふん、今頃気づいたところでもう遅ぇ。発信器は壊された時の為に二つ着けて置くのは当たり前だろうが」

 

吐き捨てるように言い放つテレスティーナだが、当の上乃に身に覚えは無く、首を傾げた。

 

「それに、気づいて無いとでも思ってんのか?

こうしてテメェらが、足止めしている間に病院からガキ供を逃がしてる事なんてお見通しなんだよ」

 

どこぞの木原と同様に狂気を感じさせる笑みを浮かべるテレスティーナは、タイミングよく通信が掛かってきた無線機を手に取った。

 

『木原所長、目標を捕捉しました』

 

彼女の笑みは、より一層深く弧を描いた。

 

 

 

 

 

 

 

『目的地は閉鎖された病院、だが設備はそのまま残っているから一時的な隠れ蓑として丁度いいだろう』

 

木山達は子供達をバスに乗せて高速を走っていた。

人数が多いため、二台になってしまった為に一台は木山が運転し、もう一台にはインデックスが乗っている。

馴れない携帯電話と言うものに四苦八苦しながらも受け答えするインデックスは、バスを運転する人物に木山が言った通りに説明する。

 

「えっと、だから前を走る車を見失わないようについてきてだって、クミチョー(・・・・・)

『コラ、インデックス君失礼だぞ。彼は見た目こそあれだが組長ではなく園長さん(・・・・)だぞ』

「でもでも、ケイガンはクミチョーって言ってたよ」

『その後に言い直していただろう?』

 

こんな時に呑気にも会話に興じる様子から木山も大分落ち着いたようである。

これも冷静に場を和ませようとしたインデックスのお蔭でもあるのだが、少々気が抜けすぎて、時と場合を考えろと言いたくなってしまいそうになる。

 

そして、その会話を聞いていた組長や園長と呼ばれた人物は、とてつもなく長身の体を黄色のスーツで見に包みサングラスを掛けたパンチパーマのヤのつく人にしか見えない外見をしていた。

彼は、座席を限界まで後ろに下げて尚、窮屈そうな足で器用にアクセルを踏んでバスを運転しながら困ったように眉を掻いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~困ったねぇ~。わっしは組長でも園長でもなく

 

━━━━━━大将(・・)なんだがねぇ~」

 

 

 

 

 

 



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二十一話

沢山の誤字報告、ありがとうございます。




 

「木原所長、目標を捕捉しました」

『よぉーし、なら速やかに目標を確保しろ。邪魔する奴は殺して構わん。警備員(アンチスキル)程度、いくらでも黙らせられるからな』

「了解、行動を開始します」

 

木山達が乗るバスを追走する三台のトラック。それに乗った駆動鎧(パワードスーツ)に武装したMARの隊員。その部隊長は、無線でテレスティーナに状況報告を行った。

 

「隊長、公道の封鎖が完了しました」

「よし…お前ら、今回の目標はバスに乗る被験者の子供達だ。

これを無傷で確保。抵抗するものは、射殺して構わん」

「「「了解」」」

「行くぞ!」

 

作戦目標を再確認した隊員達は、本格的に行動を開始する。

二台のトラックがバスの前方に、もう一台は退路を塞ぐようにして停車した。

道を塞がれたバスは、やむ無く停車する。

そしてバスが動きを止めた所で急かさず、停車したトラックのコンテナが開き、乗車していた隊員達がバスを包囲した。

10人の駆動鎧に武装した隊員達は、閉じられたバスの扉を抉じ開ける。

 

「木山春生だな?」

「お前達は、あの女の部下だな……!」

 

扉を開けた先には、運転していた木山が忌々しそうに彼等を睨み付けていた。

部隊長は、木山が本人だと確認すると大人しく子供達を引き渡すように命令する。

 

「大人しく、その子供達を此方に引き渡せ。そうすれば、危害は加えん」

 

冷淡にそう告げられた木山は、何とかしてこの状況を打破できないかと思考を巡らすが、良い策は思い付かない。

だが、そうだとしても大人しく子供達を引き渡すなどという選択は、彼女には出来なかった。

 

「断る。これ以上、この子達を苦しめさせはしない!」

 

そう啖呵を切った木山は、懐から拳銃を取りだし部隊長に突きつける。

しかし、拳銃程度では駆動鎧の装甲を貫通できる筈もなく、部隊長は冷やかな目線を彼女に向けた。

 

「……仕方ない、殺せ」

「な、何だお前は……!?」

 

抵抗の意を示す木山に対して、部下に殺すように命令しようとした時、もう一台のバスの方から部下の叫び声が聞こえた。

 

「何だ?」

 

想定外の事態が起きたのだと察した部隊長は、そちらに視線を向けるとバスの中から異様としか言い表せない男が姿を見せていた。

 

「で、デカい……!」

 

誰が言ったのか、そんな呟きが隊員達の心中を埋め尽くした。

出てきた男の身長は、2mを優に越え、3mもあろう巨体だった。

その威圧感のある威容は、駆動鎧を着る者達を見下ろし萎縮させ、嫌が応にも畏怖の念を抱かせる。

そして男の出で立ちも、それに拍車を掛けた。キッチリとした黄色のスーツにサングラスにパンチパーマと時代遅れのヤクザにしか見えない風貌。

後退りするように男から距離を取る隊員達は、姿を見せただけの者に完全に怯えてしまっていた。

 

「……何者だ、貴様……?」

 

皆が怯む中、意を決した部隊長が勇気を振り絞り男に問い掛ける。

そうだ、何を怯える事がある。男が丸腰なのに対し、此方は銃を持ち武装しているのだ。

大人の能力者がいる筈もなく、この男に何ができるのだと、己を鼓舞する。

 

そして問い掛けられた男は、彼等の予想に反して威圧的な口調とは程遠い、非常に間延びした口調で喋りだした。

 

「お~こりゃ失敬~。わっしは、海軍大将の黄猿ってもんでして~」

「か、海軍だと?」

「ん~……?お~そうだった。ここは別の世界なんだから、わっしの世界の話をしても、意味なんてなかったねぇ~」

 

言ってる意味を理解できないMARの隊員達を他所に、一人勝手に納得する男は、自らを黄猿と名乗った。

その明らかな偽名と、ふざけた喋り方に怯えていた事が馬鹿らしく思えてきた隊員達は、打って変わり強気な態度を見せる。

 

「黄猿だと?ふざけるなよ、貴様!」

「別にふざけた訳じゃないんだがねぇ~。本当にそう呼ばれてる訳で……こりゃ参ったねぇ~」

 

困ったように頭を掻くその仕草は、敵に包囲されているというのに全く緊張感が無かった。

苛立ちを覚えた隊員の一人が銃を突き付けて、黄猿に子供達を明け渡すように脅す。

 

「おいコラおっさん!テメェの能書きはどうでも良いんだ。大人しくガキ共を渡せ。そうすりゃ命だけは助けてやる」

「そいつぁできない相談だ」

「何だと?」

 

眼前に銃を突き付けられて尚、自然体で振る舞う黄猿は、即座にその命令を拒否した。

 

「わっしは、この子達を安全に護送しろって命令されててねぇ~。どこぞのヒヨッ子の言うことに従うのは少々癪だが、従わん訳にはッ……!?」

 

━━━━ダン!

 

黄猿が疲れたように話す中、それを遮るように一発の銃弾が彼の眉間に撃ち込まれた。

黄猿は、ドサリと後ろに仰向けで倒れ込む。

 

「おい」

「いやだって隊長、あのおっさんの話し方イライラするでしょ?」

「ッたく……まぁいい。さっさと回収するぞ」

「了解」

 

苛立ちを抑えきれなかった隊員の一人が、黄猿を射殺した。そのいきなりの発砲に苦言を呈する部隊長だが、特に問題は無いと判断する。むしろ、さっさと子供達を回収することができるとさえ思っていた。

 

気を取り直した隊員達は、本来の目的を達成するべくバスに向かもしかしそれは、思いもよらぬ人物の声が聞こえた事で、中断された。

 

「酷いねぇ~」

「な、何……!?」

 

それは、殺された筈の黄猿の声だった。

驚愕する隊員達は一斉に黄猿から距離を取り、油断なく銃を構える。

 

「忠告されたとは言え、本当に撃ってくるとはねぇ~」

 

黄猿は、平然と立ち上がり隊員達に向き直る。

その時、額を撃たれた時にできた筈の傷跡に謎の光が集まると、跡形もなく消え去った。

 

「き、貴様、能力者だったのか!?」

「そうだねぇ~、概ねその認識で間違いはないよぉ~」

「クッ、う…撃てぇ!」

 

バスに当たらない位置から黄猿を囲むようにして放たれた銃弾は、彼の体を文字通り蜂の巣にする。

しかし、弾丸の雨に晒されている黄猿は、先程と全く同様の態度で、その雨が止むのを静かに待つ。

カチンカチン、と弾切れの音がする頃には辺りに硝煙の臭いが立ち込めていた。

 

「バカな……」

 

そう、部隊長が呟く。

あれだけの銃弾を受けても、黄猿は全くの無傷だった。

未知の能力に恐怖する隊員達を追い詰めるように、遂に黄猿が自ら一歩前に踏み出す。

 

「もう、終わりかい?なら、今度は此方の番でよろしいかなぁ」

「ヒッ……!」

 

薄らと笑みを携える黄猿は、先程一番最初に自分を撃った、粗暴な隊員の前に立った。

黄猿は見下ろし、粗暴な隊員は、これから自分がどんな目に会うのか想像し、目尻に涙が浮かべ足が震えた。

今の黄猿からは、さっきまでのふざけた様子が微塵も感じらず、最初に見た威圧感のある容姿に相応しいだけの覇気を放っているのだ。

 

「君らのようなクズってのは、何処の世界にもいるもんだねぇ……いやぁ~参ったねぇ~」

「な、何だよ……?何をする気だ……」

「いやなぁに、役職も関係無い世界でまで、職務に忠実で無くてもいいと思ってたんだがねぇ……ここまでされちゃあ、黙ってる訳にもいかんでしょうよ。

……お~そうだ。一つ質問をいいかい?」

 

完全に怯えて動けない粗暴な隊員を他所に、黄猿は一人で喋り続ける。

 

「世界が違えば価値観も変わる。わっしの世界では、そうそうあることじゃないだがねぇ~。こっちではどうか気になってねぇ~」

 

黄猿の右足が、銃痕を消した時と同様に光が集まり、眩いばかりの輝きを発し始める。

 

「速度は重さ……」

 

直視することすら困難な光に、周囲の隊員が目を細める。

触れる物全てを呑み込まんばかりに発光する右足で蹴りの体勢をとった黄猿は、こう言った……

 

――――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

その一撃は、文字通りの光速だった。

一切の物理法則を無視したその光速の蹴りは、粗暴な隊員を跡形もなく消し飛ばした。

だが、光速で打ち出された蹴りの威力がその程度で収まる筈もなく、進行上にあったガードレールを突き破り、高層ビルの上階を二つ粉砕し、()()()()()()()()()に直撃して漸く収まった。

 

「………」

 

絶句。思わず言葉を失う光景を目にして、他の隊員達は言葉を失い、思考が停止した。

その彼等の目を覚ますように、今では悪魔としか思えない声が耳を打った。

 

「……こりゃ……ちょっとやりすぎたねぇ~……」

「うわあぁぁぁぁ!逃げろぉぉ!!」

 

正気に戻った隊員達は悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。

しかし、今回ばかりは相手が悪い。何せ彼は、光速で移動できるのだから。

 

「逃がすわけないだろぅ~」

 

短く、そして端的に、彼等の死刑宣告は告げられた。

 

 

 

 

 

 

無線機から入った情報から完全に優位に立った、テレスティーナさんは、右目を細め左目を限界まで見開いて、嘲笑うように話し出す。

 

「ハハッ、どうしたぁ。そんなにあのガキ共が心配なのかよ?」

「………」

 

いや、貴方の人の変わり具合に驚いてるだけです。

なんちゅー顔芸だよ、遊戯王ですか?

完全に騙されたな、もう二度と木原って名前の人を信用するのは止めよう。

 

「私を殺しても、もう止まらねぇぞ。部下には、私との連絡が途切れたらガキ共を殺すように言ってあるからな。手も足も出ねぇだろ?」

 

まぁ確かに、それは困ったな。まさか、バレてるとは思わなかった。こんな事なら運転手に組長先生を付けるだけじゃなくて、ピカチュウも呼んどくんだったな~……。

 

「もう本当に、止めるつもりは無いんだね?」

「しつけーぞ爺!何度言われようが、私は絶対に能力体結晶を完成させて見せる」

「……そうか、残念だよ……」

 

最後の忠告と言わんばかりに、テレスティーナさんに思い止まるよう言うカエル顔の医者に、俺自身も少しクドイんじゃないかと思った。

だってあの顔見て、改心するようなキャラにはとてもじゃないが見えない。言うだけ無駄というやつだ。

 

でもこれはこれで良かったのかも……これで木山さんが死んでくれれば真相は闇の中だ。俺の心労も少しは減る……ってバスにはインデックスちゃんも乗ってるんだった!?

最悪だ、もしあの子まで死んじゃったら俺の苦労が!?

 

致命的な失態に気づいて頭を抱えていると、遠くの方から特大の爆発音が聞こえてきた。

 

「あのバカ共……無傷で確保しろつったのに……こりゃ死体も残ってねぇーかもなぁ」

 

……あぁ、終わった。

 

テレスティーナさんの無情な言葉に俺の心はズタズタに傷つけられた。

もう、暫く立ち直れそうにない。

 

そうこうしていると、テレスティーナさんの無線機に通信があった。

これ見よがしに無線機を見せびらかすと、漸く応答する。

そしてこの体のハイスペックな聴覚が、常人なら聞こえる筈の無い電話の内容を聞き取った。

 

「よぉ、目標は確保したk」

『もしも~し、もしも~し』

「………」

 

え……今の声って……え?

 

硬直したテレスティーナさんの反応を見るに、恐らく部下の誰でも無いのだろう

無線機から聞こえてきたのは、とても特徴的な喋り方をする男の声だった。

 

『もしも~し、此方~ボルサリーノ~、もしも~し。

あれおっかしいねぇ~。木山君、これで使い方はあってるのかい?』

『ええ、間違い無い筈です』

『そうかい?おっかしいねぇ~』

「……誰だ、お前……!?」

『お~何だ聞こえてたのか』

 

硬直からとけたテレスティーナさんが、震える声で誰なのか聞いた。

てか、ボルサリーノってことは……やっべ、やらかした。

寝不足とは言え、組長先生と間違えてとんでもない人を呼んでしまったぞ。

 

 

『なぁに、お宅の兵隊は全部わっしが片付けたと、報告しとこうと思ってねぇ~』

「は?」

『それと、そこにいる生意気にもわっしを呼び出したヒヨッ子に伝言を頼みたくて』

『ケイガン!ケイガン!大丈夫、怪我してない?』

『インデックス君、話してる途中だから邪魔しないでくれるかい』

『あ、ごめんなさい』

 

なんか、思ったよりインデックスちゃんと上手くやってるな。

電話越しに聞こえる会話から、随分と打ち解けあってる様子だ。

しかし、その会話を聞いてるテレスティーナさんの手がプルプルと震えてるんだけど、何かヤバそう。

 

『それで伝言の内容なんだがねぇ、そちらの要望通りに送り届けたからさっさと戻してくれ、と伝えてもらえるかい…………お~い、もしも~し。聞こえt』グシャ

「クソったれがぁ!!」

 

怒り心頭のテレスティーナさんは、会話の途中だというのに無線機を握り潰して地面に残骸を叩きつけた。

 

「あの役立たず共がぁ……!命令の一つもまともにこなせねぇのかぁ!」

「き、木原所長、落ち着いて」

「黙れゴミが、テメェ誰に意見してんだ身の程を弁えろ!」

「す、すみません……」

 

あまりの苛立ちに部下にまで当たり散らすテレスティーナさんは、怨みの籠った視線で俺達を睨み付ける。

もうそれだけで人を殺せそうな眼力で、吐き捨てるよう言い放った。

 

「仕方ねぇ、今回は引いてやる。だが、次は絶対にッ……!?」

 

━━━━貴様に次など無い。テレスティーナ・木原・ライフライン。

 

「誰だ!?一体何処から……」

 

テレスティーナさんが非常に三下臭い台詞を言い終わる前に、何処からともなく年若い女の子の声が辺りに響く。

その声の発生源にテレスティーナさん達は気づいてないようだが、彼等の周囲の空間が微妙に歪んでいることに俺は気づいた。

アレは、光学迷彩?

 

「我々は学園都市統括理事会に認可を得た民事解決用干渉部隊である、これより特別介入を開始する!」

 

そう宣言すると同時に、今まで光学迷彩で透明になっていた謎の部隊がその姿を表した。

それは、海生生物のような形をした謎の機械だった。

テレスティーナさん達を取り囲むように展開していた部隊は、円盤状の物体を射出していく。

 

この状況に嫌な予感がした俺は、横で佇んでいるカエル顔の医者の腕を掴んで、近くのマンションの屋上に転移した。

 

「……これは?」

 

上から状況を把握してみると、突如現れた謎の部隊に翻弄されて、テレスティーナさん達はまともに対処できていなかった。

暫くすると、円盤を射出し終えた謎の部隊は一台を除いて後ろに下がる。

そして残った最後の一台が、射出された円盤に向かってワイヤーを伸ばした。

そのワイヤーが刺さった瞬間、全ての円盤が爆発してテレスティーナさん達を吹き飛ばす。

 

あれ死んじまったんじゃねぇか?

爆風が晴れると、そこにはボロボロになったテレスティーナさん達が倒れていた。

あっ、痙攣してるし何とか生きてんのかな?

 

「やれやれ、これは随分と患者が増えそうだね」

「……助けるのか?」

「当たり前だろう。助けられる命を助けるのが、医者の仕事だからね」

 

この人、顔に似合わず言うことカッコいいな。

 

「それじゃあ僕は行くよ。今回は、ありがとう上乃君。助かったよ。じゃあね」

 

そう言って、カエル顔の医者は、屋上から階段を使って降りていった。

 

まぁ何はともあれ、これで無事解決って事で良いのかな?ならさっさとインデックスちゃんの所に行って黄猿さんを戻さないと。

はぁ、気が重いなぁ……。

一つ問題が解決できたというのに、また別の問題が浮上した事になんとも胃が痛い思いである。

 

寝不足で回らない頭で、教えられていた閉鎖病棟の位置を思い浮かべて転移しようとすると、テレスティーナさん達を蹂躙した謎の機械が俺のいるマンションの屋上に着地した。

 

「……何だ?」

 

内心、心臓が飛びるほど驚いているが、冷静に体が対処する。

すると謎の機械の上部が開き、そこからピチピチのボディスーツに身を包んだ少女が現れた。

と言うよりも、この子……何処かで見覚えがあるような?

 

「顔を隠していても分かる。上乃慧巌だな?」

「………」コクリ

「フッ、相変わらず無口な様だな。貴様と会うのも三年ぶりか……懐かしいな」

 

三年……あっ!もしかしてアウラちゃん!?小学校の時の?

そういや引っ越しする時、学園都市に行くとか言ってたような?……駄目だな思い出せん。

にしても、何か雰囲気変わったね

 

「上乃、こうして学園都市に来たと言うことは、私との約束を覚えていたのだな」

「……?」

「それでは、これより私達は恋人同士だ」

 

え……何だって?

 

「私はまだ仕事があるため、今日はここまでだ。

また後日、私の方から連絡する。浮気などせず、一途に待っていろよダーリン!」

「………」

 

………

 

久々にあったアウラちゃんは、事務的にそう言い残し去っていった。

 

……うん、俺も帰ろう。

 

 

 

 

 

 

 

やっと……やっと帰ってこれた……!

 

心身共に疲弊しきった体を引きずって、何とかインデックスちゃんを連れて帰ってこれた俺は、ソファーに倒れこんだ。

 

時刻は朝の6時、完全に夜が開けてしまっていた。

まさか本当に一睡もすることなく三徹することになろうとは……俺死んじゃうよ?

 

「はぁ…はぁ…ケイ…ガ…ン……」

 

ん~、どうしたのインデックスちゃん。そんな虚ろな顔してッてえ!?

 

ソファーに寝そべる俺の上にインデックスちゃんが被さるように倒れてくる。

青ざめた顔で荒い息づかいを繰り返す様子から、見るからに大丈夫で無さそうだ。

 

「うぅ……ケイ…ガン…」

「……はぁ」

 

もう頼むから、俺を寝かしてくれよぉ……。

 

 

 

 

 

 

 




やるかどうかすら分からない劇場版の話の伏線をやっちゃった。
無事回収できると良いなぁ~。



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二十二話

遅くなりましたが、禁書三期来ましたね。
いやー楽しみだ。
ですが何故か、別の作品のモチベが上がって悩んでます。
まぁ、とりあえずいつも通り、お待たせしました。






夕焼けが美しい逢魔時。昨夜、上乃とインデックスが訪れた病室で眠っていた上条は、漸くその目を覚ましていた。

 

「……ッここは……病室?」

 

まるで鉛のように重たい体を起こした上条は、頭に手を当てて周囲を見渡しながら、何故自分が病院にいるのか思い出そうとした。

 

「そうだ、インデックスはどうなった……!?」

「上条ちゃん気がついたんですね!」

 

先日、インデックスを狙う魔術師に襲われて気絶してしまったのだと思い出した上条は、件のインデックスが今どうしているのか探そうと慌てて飛び起きようとする。

だが、彼がその事に気づくと同じく、彼の担任の先生である月読小萌が花を差した花瓶を手に病室に訪れた。

 

「もぉーあまり不安にさせないでくださいよ。先生すっごく心配したんですからね!」

「こ、小萌先生」

 

水を入れ換えた花瓶を棚に置いた小萌先生は、腰に手を当てて如何にも怒ってますよ、と言う風に頬を膨らませて上条を叱った。

しかし動揺した上条は、叱りつける彼女の言葉を無視してインデックスがどうなったのか、小萌先生に掴みかかるようにして聞いた。

 

「小萌先生、インデックスは……アイツは今何処に居るんですか!?」

「ちょっと……!か、上条ちゃん落ち着いて。まだ安静にしてないと駄目ですよ!」

「それじゃあ遅いんだ!俺がアイツを守ってやらないと……」

「インデックスちゃんなら、上条ちゃんのお友達が預かってくれてるから大丈夫ですよ」

「え……それ本当ですか?」

 

インデックスを自分の友達が預かっているという事を小萌先生から聞いた上条は、安堵もよりも先に誰がそんな事をやったのかと言う疑問が浮かび上がった。

 

「一体誰が、うちのクラスの奴ですか?」

「フードを被っていて顔は見えませんでしたけど、先生は初めて見る子でしたから、おそらくうちのクラスでも学校の生徒さんでも無いと思いますよ。あっそう言えば伝言を頼まれてたんでした!

えっと確か「無事なうちに来い」でしたでしょうか?それと、これがその子の住所なのですよ」

「……無事なうちに来い……」

 

手渡された謎の人物の住所が書かれたメモを上条は怪訝そうに見つめた。

それは、一体どういう意味なのだろうか?

もしそいつが本当に俺の友達だったとして、妙に引っ掛かる言い方だ。

まるで、インデックスが誰かに狙われていることを知っているような……。

 

上条は、寝起きで冴えない頭を懸命に働かし謎の人物の特定を急いだ。

だが、考えれば考えるほど、その人物に対して新たな疑問が浮かび上がってくるだけだった。

魔術師に狙われていたインデックスをどうやって助けたのか?

魔術師について何か知っているのか?

そして何よりも、何故インデックスと自分の関係を知っているのか?

いくら考えても、答えは出てきそうに無かった。

 

上条が何やら考え込んでいる様子を見た小萌先生は、何やら事情があるのだろうと察して、一言「安静にしておいてくださいね」と言い残して病室を去った。

上の空の上条は、空返事をするだけだったが直ぐにその思考は現実に引き戻される。

 

小萌先生が出ていって直ぐ、病室のドアが開き二人の訪問者が無断で踏み入ってきたのだ。

その二人を見た上条は驚愕し、ベットから立ち上がった。

 

「テメェ等は!?」

「ふん、どうやら漸く気がついたようだな能力者」

 

侵入してきた者達は、インデックスを追って学園都市までやってきた魔術師のステイルと神裂だった。

 

「テメェ等、一体何しに来やがった?」

「我々も別に好きで来た訳じゃない、用件が終わればさっさと帰るさ。だから単刀直入に聞く、禁書目録の居場所に心当たりがあるなら答えろ。彼女は今何処にいる?」

 

その言葉を聞いた上条は、先ほど聞いたインデックスを保護したという人物の情報が真実であると確信した。

そして目の前の魔術師達がいまだにインデックスの所在を掴めていないと言うことは、その人物がただ者では無いと言うことも……。

 

「仮に俺がインデックスの居場所を知っていたとして、それを教えると思うのか?」

「今質問しているのは僕だ。いいから貴様は聞かれたことに答えていればいいんだ!さぁ言え、もうあまり時間が無い」

「時間が無い……?どういう意味だよ?」

「……なるほど、眠っていた貴方は知らないのですね」

 

要領を得ない上条の様子から、もう一人の魔術師、神裂が事情を察し、現在の状況を説明する。

 

「先日話しましたね。記憶を一年周期に消去しなければ彼女は死んでしまうと。その日が今日です」

「な、なに!?」

「貴方は、三日も眠り続けていたのですよ」

 

上条は愕然とした。三日も眠り続けていたことよりも、インデックスが記憶を消さなければ死んでしまう日が今日だと言うことに。

何故なら彼は、まだその打開策を何一つ思い付けていないし、それを考える時間も無いからだ。

 

「貴方が本当に彼女を救いたいと思うのであれば、正直に答えてください。彼女は今、何処にいるのですか?」

「……」

「……行くぞ神裂。貴重な時間を無駄にした。残りの候補をしらみ潰しに探すぞ」

 

俯き黙りこんだ上条に見切りをつけたステイルは早足にその場を去ろうと神裂に声をかけた。

神裂も後ろ髪を引かれる思いだったが、優先すべきはインデックスだと思い、立ち去ろうとする。

しかし、二人が病室の扉に手を掛けようとした瞬間、先程までの動揺した声から一変。

力強い声色で、上条が呼び止めた。

 

「待てよ!インデックスの居場所なら心当たりがある」

「……ほう……どうやら無駄足でも無かったようだな」

 

振り返ったステイルは、目を細めながら興味深そうに話の続きを促した。

 

「それで、彼女は一体何処にいる?」

「そこを教えてもいい。だけど条件がある」

「なに?」

「俺も一緒に行く」

 

上条の提示した条件を聞いたステイルは、それを鼻で笑った。体の至るところに包帯を巻き付けた怪我人がついてきた所で何が出来るのだと、言外に告げるように。

しかし、上条の意思は固い。力強い瞳でステイルと神裂を見つめ、己の決意の程を伝える。

 

「……分かりました。貴方の同行を認めましょう」

「神裂!?」

「黙っていてくださいステイル。彼と無駄な押し問答をしている時間はありません」

「なら力づくで吐かせればッ!」

「彼はそう簡単に折れません。私はそれを身を持って経験積みです。だから彼と共に行きます」

 

病室の窓から見える、暗くなった景色を見ながら口惜しそうに呟いた。

 

「今は、何よりも時間が惜しい」

 

 

 

 

 

 

 

「ここが、そうなんだな?」

「あぁ、間違いねぇ」

 

上条、ステイル、神裂の三人は、速やかに行動を開始した。

日が沈み、タイムリミットが迫りくる焦りから足を早める一同は一時間程で目的の場所までたどり着いた。

見上げる高層マンションの上階にインデックスはいる。

その事実を噛み締める一同は、そのマンションに踏入、エレベーターに乗り込んだ。

 

三人の間に会話は無く、各々がこれから待ち受ける事態に対して準備を行っていた。

神裂は、手に持つ七天七刀を胸に抱き精神統一を行った。

だが、相棒のステイルは余裕の無い表情でルーンの描かれたカードを力強く握りしめている。

その只ならぬ様子を見かねた上条は、どうしたのかとステイルに聞いた。

 

「あのさ、お前何か恨みでもあるのか?」

「恨みだって?何を馬鹿な事を言っているんだ。そんなのあるに決まっているだろう。彼女の生命をこうして危険に晒されているんだからね……ただ……」

 

その続きをステイルは、吐き捨てるように独自する。

 

「二度だ……ヤツは二度も僕の目の前から彼女を連れ去った。そして僕は、それを何も出来ずにただ見ていることだけしかできなかった……!

三度目は無い、次にヤツにあったときは彼女に触れようとするその薄汚い指先から毛の一本に至るまで、灰も残さずこの世から燃やし尽くしてやる!」

 

まるで己自身に言い聞かせるように、吐き捨てた言葉からステイルがインデックスのことを心から大切にしているのだと言うことを上条は感じ取った。

今の言葉だけで、最初の頃インデックスに対して言っていた言葉が嘘で、今の言葉が本心だということは明白だと、上条は笑みを溢す。

 

(なんだよ、テメェもただインデックスを守りたいだけなんじゃねぇか。

待ってろインデックス、今行くぞ)

 

長いエレベーターも終わり、一同はインデックスのいる部屋の前までやってきて、再度目標に対する情報と作戦を確認した。

 

「もう一度言っておくぞ、あの男は触れただけで対象と共に転移することができる。奴が彼女に少しでも触れて逃げられたらその時点で、彼女の命は無いと思っていい」

「そこで私が対象を認識した瞬間、最速で七閃を放ちインデックスと引き離す。でしたね」

「ああ、問題ない」

「あのさぁ、ちょっといいか?」

 

作戦の確認も終わり、いざ突入しようとする二人に上条が待ったかける。

 

「インデックスを連れ去った奴と戦う気でいるみたいだけど、まともに話してもいないのに何で敵だって決めつけてんだよ?」

「はぁ……いい加減にしろ、君のその綺麗事はうんざりだ。くれぐれも邪魔をしないでくれよ」

「あーもうわかりましたよ、俺だって時間が無いことは分かってるからな」

 

上条は、胸に引っ掛かる思いがあるもののそれを後回しにした。もし本当にソイツが敵だったとしたら問題ない。

でも味方だった場合は土下座でもなんでもしてやると、ため息をついた。

 

「行くぞ」

 

ドアの前に立ったステイルが呼び掛けると、上条と神裂は頷く。

そしてステイルが、鍵のかかったドアを炎で吹き飛ばした。

部屋の中に吹き飛んだドアが盛大な音をたてて、リビングに突っ込んだのと同時にこの中で最も足の早い神裂が突入した。

 

リビングには……いない。書斎には……いない

台所には……いない。浴室には……いない。

 

大きなマンションだけあり無駄に多い部屋を一瞬で確認していく神裂は、残りの一部屋、寝室の扉を開けた。

 

「ッ!?」

 

そしてそこに、彼女はいた。

ベットの上に横たわるインデックスと、突然の襲撃に椅子から立ち上がった例のフードを被った男。

神裂は作戦通り、問答無用で七閃を解き放つ。

 

「七閃!」

 

極小のワイヤーから繰り出される高速の攻撃。それを巧みに操る七閃でインデックスの眠るベットのごと彼女を引き離し、残りのワイヤーを男に向けて放つ。

だがそれは、男の体をすり抜けたことで不発に終わった。

 

「ッ何故……!?」

「神裂、見つけたか!?」

「インデックス!」

 

男の得体のしれなさに油断無く構える神裂の後ろから、遅れてステイルと上条がやってくる。

二人はベットの上で眠るインデックスを発見するとひとまず安心した。

そして次に彼女を誘拐した犯人の男をステイルは睨み付け、上条は本日何度目にもなる驚愕に目を見開いた。

 

「貴様、漸く見つけたぞ……!」

 

怨敵を見つけたステイルは、手に持つカードを握りしめ今すぐにでも炎を放とうとする。

神裂もそれに引っ張られるように七天七刀を油断無く構えた。

そして上条もまた、二人と同様に腰を落として戦闘の構えを見せた。その姿は、完全に男の事を敵と認識していた。

 

「気を付けろよ、アイツは普通じゃねぇ」

「あの男を知っているのですか?」

「いや、全くと言っていいほど知らねぇ。ただ、そう簡単に忘れられるような奴じゃなかった」

 

思い出すのは数日前。御坂美琴が一般人に喧嘩を吹っ掛けてるのを見て、止めに入った時の事だ。

あの時、美琴と喧嘩をしていたのが目の前の男だった。

あの時と変わらないフード姿。顔が見えなくても分かる。あの時、空間の裂け目から感じた、この世の物とは思えない邪悪な気配。

 

たったそれだけの事だが、言い変えれば、たったそれだけの事で上条は目の前の男を敵と判断するには十分と判断したのだ。

 

「お前、インデックスに何をするつもりだ?」

 

油断無く、問い詰めるように男に上条は問うた。

しかし、男に返答は無い。

 

「……ッ」

 

男は無造作に、顔を覆い隠すフードを取り、その素顔を露にした。

 

魅了(チャーム)……?」

 

男の顔を確認した神裂は、そのあまりの美貌に少し驚いたが、そこから発せられる魅了の魔術から、不快に眉をひそめた。

そしてステイルもまた、神裂から聞こえた魅了という言葉から嫌悪感を露にする。

 

「なるほど、どうやって彼女を従わせていたのか疑問だったが漸く解消されたよ。━━━このクズが、今すぐ消し炭にしてやる!」

 

侮蔑を込めて言い放ったステイルは、その手から特大の火炎を解き放とうとする。

 

「待ってくださいステイル。様子が変です」

 

ステイルの迂闊な行動を諌めた神裂は、場の空気が変わったことを機敏に感じ取った。

目の前の魔貌の男から視線を外し、部屋の様子を見渡す。

七閃を放ったことで、滅茶苦茶になった部屋に特に変わった様子は無い。しかし、一つだけ違っていた。

 

「あ…れは……!?」

 

言葉が途切れる程に同様する神裂を気にしたステイルと上条は、彼女が見ている方向を同じように視線を向ける。

それは寝室のベランダに続く窓だった。

だが、そこから覗く景色は高層マンションから見える綺麗な夜景などではなく、何処までも続く荒野と、墓標のように突き立つ剣の群れ。茜色の空に浮かぶ歯車。

常軌を逸した光景が広がっていた。

 

「何だこれは、どうなっている……ッしまった!?」

 

三人が呆けている一瞬の隙を突き、魔貌の男はインデックスをベットごと連れて転移した。

敵を目の前にして、こんな隙を晒したことに拳を壁に叩きつけたステイルは、急いで寝室のベランダから外に飛び出す。

ベランダの先には地面があり、降り立つと彼等から少し離れた所にインデックスと魔貌の男はいた。

 

完全にしてやられたステイルは、状況を把握しようと改めて周囲を見渡す。

 

そして少なくとも、これが超能力によるものではなく、魔術だと言うことは理解した。

何故なら、この場にある無数の剣一つ一つが尋常ではない魔力を秘めていたからだ。

だが、一体どうやったのか全くもって仕組みは分からなかった。

いかなる術式を用いたのか、どうやらあの男は、マンションの自分達がいた階層だけをこの場に転送したのだ。

 

「行きますッ……!」

 

横に降り立った神裂がそう宣言する。

事ここに至って話し合いで解決するなど、最早彼女も考えてはいない。

出来るだけ迅速に、対象を制圧し儀式を開始する。

 

「はぁッ!」

 

聖人特有の強力な身体能力を存分に発揮し、踏み込んだ神裂は、七天七刀を鞘に納めたまま殴りかかった。

 

ガキンッ!

 

「……ッ!」

 

しかし、神裂の渾身の一撃は突如開いた次元の裂け目から繰り出された斬撃によって打ち払われた。

初撃を防がれた神裂は距離を取るようにその場から飛び退く。

 

魔貌の男は、目の前に展開された次元の裂け目をじっと見つめ、そこから出てくる者を静かに待った。

 

『随分な歓迎だね』

 

━━━━━ゾッ!!

 

次元の裂け目から声が聞こえた。

その威厳に満ちた声を聞いた瞬間、神裂はその場に膝をつきそうになるような圧力を感じ、身の毛がよだつ。

 

そして声の主が、その姿を表す。

その者は初老の男だった。青い衣服を身に纏い、腰に下げたサーベルを右手に持っている。

そして何よりも目を引く、左目につけた眼帯と威厳を感じさせる口髭、老いを感じさせぬ覇気を身に纏ったその者が強者であると、神裂は感じ取った。

 

「まったく、呼ばれたから来てみれば、いきなり斬りかかってくるとはな」

 

初老の男が神裂に向けて話しかけるも、今の神裂にそれに返事を返すだけの余裕は無かった。相手の一挙手一投足に細心の注意を払う。

 

警戒して動かない神裂に見切りをつけた初老の男は、今度は背後にいる魔貌の男に振り返り問いかけた。

 

「はぁ、只でさえ君が無口だと言うのに、これでは話の一つも出来ぬではないか」

 

やれやれと首を左右に振った初老の男は、仕方ないと現在の状況を自分なりに考察して、こう結論付けた。

 

「では、とりあえず私は━━━あの小娘を殺せば(・・・)よいのかな?」

「七閃ッッ!」

 

殺す、そう言われると同時にその身を襲った特大の殺気から反射的に神裂は、七閃を繰り出した。

されど、その七閃による攻撃を初老の男は右手に持つサーベルで全て打ち払い、その場から一歩も動くこと無く防いで見せた。

 

「なるほど。その大層な刀で注意を引き、極小のワイヤーでその隙を突く技か、実にくだらん小細工だな」

「な、七閃を…見切られた……初見で……!?」

 

初老の男は、一瞬のうちに七度も人を殺すことができると言われる七閃の高速攻撃を初見で防ぎきり、尚且つその仕組みまで看破した。

その事に神裂は戦慄する。

 

切り裂かれたワイヤーの一本を手に持った初老の男は、心底くだらないと言わんばかりに、ため息をつく。

そして次の瞬間、数々の死戦を越えてきた神裂でさえ、感じたことの無い殺気が、彼から放たれた。

 

「そして、何よりくだらぬのは、今の攻撃が全て急所を外してあったことだよ。

いやはや、戦場で手加減などされたのは長い人生の中でも初めての経験だ」

 

言動は物腰柔らかでも、その隻眼の瞳は神裂を八つ裂きにせんとばかりに射ぬく。

 

「あまり舐めるなよ、人間!」

 

 

 

 

 

 




一度はやってみたかった、この組み合わせ。


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二十三話

三月にもなって今年の初投稿です。
お待たせしました。



一人の男がいた。

その者の名は、キング・ブラッドレイ。

彼は、ある世界において数々の戦場で実績と戦果を上げ、齢44歳という若さでアメストリスという軍事国家の頂点に立った。

しかし、その者の人生は全て仕組まれた物であった。

 

世界には様々な形があるように、キング・ブラッドレイが住む世界では錬金術という技術が発達した世界であった。

その錬金術によって生み出された賢者の石と言われる物質によって、彼は人間をやめさせられホムンクルスとなってしまう。

裏で手を引く何者かの陰謀によって……。

 

彼は、地位も名誉も自らの名前さえも何者かに与えられ、望まれた役割を果たすだけの歯車にすぎなかった。

 

王として与えられた名は、キング・ブラッドレイ。

ホムンクルスとしてなら、ラース。

 

しかし、その重荷は既に下ろされた。

所詮全て他人が自分勝手に付けたもの……彼の世界でならばともかく、この世界においてその名に意味などありはしない。

 

そこにいるのは、ただ純粋に戦闘を楽しむ一人の男だった。

 

 

 

 

 

 

キンッと剣と刀が火花を散らしながら打ち合う。

 

インデックスを救うべく、フードの男。上乃慧巌の住むマンションまで押し入った上条、神裂、ステイルの三人。

しかし、上乃が使う次元移動(ディメンジョネイター)によって、おびただしい数の剣群が地に突き刺さる荒野に高層マンションの階層ごと転移させられた。

 

困惑する三人だが、いち早く正気に戻った神裂は高速の七閃を放つがそれは、次元の裂け目から現れた何者かの手によって防がれてしまうのだった。

 

(この男…強い……!?)

 

突如として現れた眼帯の男、キング・ブラッドレイに斬りかかる神裂は、彼の者の剣技に感嘆の念を抱いた。

どれだけ速く斬りかかっても、どれだけ強く打ち込んでも、その悉くが斬り払われる。

 

世界に二十人といない聖人の一人である神裂は……強い。

そう、聖人とは『神の力の一端』をその身に宿し、圧倒的な身体能力を発揮する事が出来る。本気を出せば音速で接近し、拳で大地を割る程の膂力を有している。

その神裂が、攻めきれない。

 

七天七刀を振りかぶった神裂は、上段から押し潰すように叩きつける。

打ち下ろす風圧だけで、人を吹き飛ばす程のソニックブームを発生させる打ち込みだが、ブラッドレイは刀の側面にサーベルを滑らすようにして力の流れを誘導し、逆に上方に打ち上げた。

 

「くっ!」

「甘いな」

 

がら空きになった胴体に刃が迫るが、それを神裂は強引に引き戻した七天七刀を割り込ませることで何とか防ぐ。

 

「あなた方の狙いは何なのですか?いったい彼女を使って何をしようとしているのですか!?」

「ふん。私は彼に呼び出されただけで、君達の事情は知らないのでね、何の事を言っているのかさっぱり分からん」

「何?」

 

鍔迫り合いながら、言葉を交わすブラッドレイと神裂。

真意を探るように、ブラッドレイを見つめる神裂は七天七刀を大きく払い、後方に下がる。

 

「何も知らないというのなら、黙って引いてもらうわけにはいきませんか?」

「それは出来ない相談だ。私は明確な殺意をもって呼び出された。彼の命を脅かす君たちをこのまま野放しにしておく訳にはいかなくてな」

「では、押し通るしか無いという事ですね」

「できればの話だがね」

 

戦場に静けさが満ちる。

神裂の強さをよく知るステイルは、彼女と正面から斬り結ぶブラッドレイの強さに驚愕し、上条はあまりにも速い戦闘に目がついていかなかった。

 

そして、ブラッドレイの後方の位置から動かない上乃は、二人の戦闘に興味がないと言わんばかりに、苦しそうにベッドで眠るインデックスに目を向けていた。

 

「行きます!」

 

最初に動いたのは神裂だった。大地を砕く程の踏み込みで一瞬にして距離を詰めた神裂は、今度は下段から掬い上げるようにして刃を振るう。

それをブラッドレイは、まるで何処から攻撃がくるのか分かっていたかのようにすんなりと避け、斬りかかろうとするが、そんな隙は与えんと神裂は続けざまに攻撃する。

 

「はあぁぁぁ!」

 

烈火の如く攻め立てる神裂。一撃一撃が必殺の威力を秘めた斬撃なこともあり、流石のブラッドレイも後ろに下がりながら防ぐことに注力する。

 

パワーもスピードも身体能力(フィジカル)においては、神裂が圧倒しているのにそれでも尚攻めきれない。その理由を神裂は、既に看破していた。

 

「目が良いのですね」

 

ブラッドレイが有する異能の力。それは、あらゆる攻撃を見切る『最強の眼』である。

超越的な動体視力を発揮するその眼は、神裂の音速にすら匹敵する超スピードを見切るだけではなく、次にどう動くのか、どうやれば避けられるのか、一種の未来予知とすら言えるほどの観察力も合わさっている。

 

それによって見てから避けることが間に合わない攻撃も、先に行動を眼で見切り、神裂が斬りかかる頃には既に回避しているのだ。

 

しかしそれは、言い換えればブラッドレイをもってしても避けることに全力を割かなければ防ぎきれない猛攻だと言うこと。

攻めいる隙を見いだせないブラッドレイは、どうするか思案するがそんな猶予は無かった。

 

バギンッ!

 

計百を越える神裂の打ち込みによって、ブラッドレイの振るうサーベルが砕け散ったのだ。

だが、よく持った方である。一度でも神裂の七天七刀の斬撃を正面からまともに受け止めていたら、ただのサーベル一本あっという間に粉々に砕け散っていただろう。

 

神裂の力を見抜き、受け止めるのではなく、受け流すように防ぐ事にシフトしたブラッドレイの洞察力と技量があってこそだろう。

されど、いくら神がかり的な所業だったとしても、この瞬間ブラッドレイが無手になったことに変わりはない。

 

ならばその隙を神裂が見逃す筈もなかった。

 

「もらったぁ!!」

 

最速で最善の一手を打つ。防ぎようが無いように、避けようが無いように蹴りを放つ。

 

内蔵を抉る勢いで、放たれた左回し蹴り。それをブラッドレイは、上体を後ろに反らして避ける。

そして続けざまに本命の一撃が放たれた。

 

(七閃ッ!)

 

お得意のワイヤーによる高速攻撃。しかも今度は、体勢の崩れた状態で、彼の死角である左側から頭部を狙って放たれた。

まさしく最善の一手であった。だが……。

 

「……フン」

「なぁ!?」

 

見えていないはずの、七閃による攻撃をブラッドレイは意図も容易く首を捻るだけで避けて見せた。今度は意表を突かれたことで反応の遅れた神裂の腹にブラッドレイの蹴りが打ち込まれる。

 

「ぐぅあ!」

 

もろにくらった神裂は、吹き飛ばされるも空中で体勢を整え、片膝を着くように着地した。

 

「何故、今の攻撃が……?」

 

蹴り抜かれた場所を押さえながら、先程の攻防の疑念を口にする神裂に、ブラッドレイは折れたサーベルの柄を回しながら、当然のように口にする。

 

「正直すぎるのだよ」

「正直……?」

「そう、君の剣はあまりに真っ直ぐすぎる。圧倒的な力で振るわれる攻撃全てが一撃必殺であるあまりに、今まで防がれた事が無かったのだろうが、フェイントすらない攻撃など避けるのは容易い。

まして最後の一撃、あれは最善が過ぎたな。私が今まで死角から攻撃されたことがないとでも思ったのかね?」

 

先の攻防、必中として放たれた七閃は、確かにブラッドレイには見えていなかった。

されど、何処から攻撃がきているかなど、長年の経験からブラッドレイには予測できていたのだ。

 

「明確な弱点があるからこそ、そこを突く。正しいが……正しいが故に御しやすい。

君と私では、潜ってきた死戦の数が違うのだよ」

「クッ……」

 

ブラッドレイは、使い物にならなくなったサーベルの柄を投げ捨て、近場に刺さっていた直剣を二本手に取った。

 

「ほう……良い剣だ。剣であればあまり質には拘った事はなかったが、これなら君の剣も受け止められよう」

 

背筋を伸ばし、片方を神裂に向け、もう片方の剣を真横に向ける独特の構えを見せるブラッドレイ。

そして立ち上がった神裂は、七天七刀を正眼に構える

 

「では、今度はこちらの番だ……!」

 

ブラッドレイが踏み込む。その速度は、聖人の神裂に劣りこそすれどそれでも十分に人外の域。

首を断つようにして振るわれる刃を神裂は何の問題もなく受けとめる。そして返す刃で斬りかえそうとするがそれはもう片方の刃が迫っていた事で断念する。

だが次こそはと思ったが、それもまたブラッドレイの攻撃によって中断されてしまった。

 

「くっ……!」

 

神裂の方がブラッドレイよりも速く刀を振るい、攻撃することが出来るのだがそれが出来ない。それは彼等の得物の違いだけではない。二刀流であるブラッドレイと長刀を扱う神裂では、近距離での斬り合いでは前者に分がある。

だが、そんなセオリーを捩じ伏せるだけの基本スペックの差が彼等には存在する。

 

ならば何故なのか、理由は二つ。

一つは、ブラッドレイの唯一の異能『最強の眼』が有るか無いか。

 

「どうした、この程度か!」

 

読めないのだ、ブラッドレイの変幻自在の剣技が、神裂には予測できない。

ブラッドレイが神裂の攻撃を予測して避けていたのに対し、現在神裂は視認してから持ち前の反射神経によって無理やり捌いている状態だ。

 

先守することで、余裕を持って対処していたブラッドレイとは違い、極限状態の神裂の防御は、長続きしない。

徐々に刃が、神裂の体に掠りはじめていた。

 

そしてもう一つ、地の理がブラッドレイの方にあるということ。

 

「ッまだ!」

 

ブラッドレイの元々の戦闘スタイルは、戦場によって培われた物だ。

故に剣は消耗品、人間を斬り使えなくなれば即座に次の剣に切り変える。剣の耐久値を無視した業の剣。

 

そしてこの世界には、見ての通りの使いきれないほどの剣が存在している。まさにブラッドレイの戦場としてはこれ以上無いほどに適していた。

 

「漸く体が暖まってきたな、ではそろそろ本気で行くぞ」

「なにッ?」

 

ブラッドレイの剣撃がよりいっそう激しさを増す。

両手に持つ二本の剣だけに飽きたらず、地に突き立つ剣を蹴り上げて攻撃するなど曲芸染みたことまでしだした。

 

それによって、神裂の体に次々と裂傷が刻まれていく。

 

「伏せろ神裂!」

「……!」

 

防戦一方の神崎にステイルの呼び声が届く。

神裂は反射的にその場に伏せると同時に、頭上をブラッドレイを焼き殺さんと放たれた業火が通過した。

 

しかしそんな直線的な攻撃を見切れないブラッドレイではない。

ジャンプすることで避けたブラッドレイは、後方から炎を放ったステイルに向かって左手の剣を投擲する。

 

「な、ぐぅあぁぁ!?」

 

その剣は、深々とステイルの右肩に突き刺さる。だが、闘志の消えないステイルは、己とブラッドレイ、神裂を囲むようにして大きな炎の壁を構築する。

 

「神裂!」

「ッ……七閃!」

 

ステイルの意図を察した神裂は、七閃をブラッドレイではなく炎の内側にある剣に当て、全てを外に弾き出した。

 

「もうあと30分を切った。神裂、こいつの相手はボクがする、君は彼女を頼む」

「……すみませんステイル。任せてください」

 

制限時間が刻一刻と迫るが故に、防戦一方の神裂に代わり、己が戦うとステイルが前に出る。

不甲斐なく顔を伏せる神裂は、この場をステイルに任せ、10mはある炎壁を一息で飛び越えていった。

 

「何故……黙って行かせた?」

 

神裂と話している間、静観していたブラッドレイにステイルは、負傷した右肩を押さえながら問い掛ける。

 

「なに、殺す順番が変わるだけの話だよ」

「……ふっ、魔術師を舐めるなよ。

━━━━━Fortis(フォルテス)931!」

 

ブラッドレイの己なぞ眼中に無いと言わんばかりの発言に不適に笑って見せたステイルは、魔術師の殺し名たる魔法名を口にしながら、大量のルーン文字の刻まれたカードを周囲にバラまく。

これにより準備は整い、ステイルが持つ最強の魔術が発動した。

 

「『魔女狩りの王(イノケンティウス)』!我が名が最強である理由をここに証明しろ!」

 

現れたるは、炎の巨人。その異様は、正しく魔人と表するに値する炎の怪物である。その身に纏う炎は、実に摂氏3000度。近づくだけで灼熱がその身を焼く程の業火を帯びていた。

 

イノケンティウスの出現に、眼を見開いたブラッドレイだったが直ぐに元の表情に戻り、右手に持った剣を握り直す。

 

「……面白い」

 

 

 

 

 

 

 

「お前、何でインデックスを拐ったんだ」

「………」

「黙ってないで答えろよ」

 

ステイルがブラッドレイを炎の壁に閉じ込めた頃、上条は一人、上乃と対峙していた。

 

何時もの自分らしくない、険のある声なのは自覚している。だが、上条は初めて上乃とあった時に感じたあの悪意の波動を思い出すと、穏やかな気持ちではいられなかった。

 

「お前は知らねぇかもしれないけど、ソイツは自分の持つ完全記憶能力のせいで、一周年周期で記憶を消さないと生きていけないだ……でも!学園都市なら魔術ではどうにもなら無かったことも解決できるかもしれねぇんだ!頼む、インデックスを返してくれ!」

「……ええ、彼の言い分は兎も角、おとなしく彼女を引き渡してください。もう貴方を守る人はいません」

「神裂……」

 

要所しか言っていない簡易的な説明だったが、己の望みとインデックスの現状を伝えて説得する上条。

そしてそこに炎の壁を飛び越えてきた神裂が合流する。

 

二人を前に秀麗な美貌をピクリとも動かさない上乃は、一言だけこう言った。

 

「……くだらん」

「何だと!?」

 

くだらないと、そう吐き捨てた上乃は、同時に寝ているインデックスに向かって手を伸ばした。

そこで上条は思い出す、ここに踏み込む前にステイルが言っていた忠告。

 

『あの男は触れただけで対象と共に転移することができる。奴が彼女に少しでも触れて逃げられたらその時点で、彼女の命は無いと思っていい』

 

「ッ待てぇ!」

 

インデックスを連れて逃げようとする上乃に気づいた上条は、急いで駆け出した。

元々それほど距離が開いていた訳ではない、大股で五歩も進めばその距離は無いに等しい。

そして上乃がインデックスに触れる寸前に上条は間に合った。

 

伸ばした右手(イマジンブレイカー)が上乃の体を通過した(・・・・)

 

「……え」

 

思わず、上条の口から声が溢れた。

如何なる幻想も、如何なる奇跡も、如何なる異能も打ち消す幻想殺し(イマジンブレイカー)がすり抜けたのだ。

 

勢い余った上条は、そのまま上乃の体を通過しきると、その顔面に上乃の裏拳が突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 




ブラッドレイの口調が思っていた以上にムズい。
心なしか違和感を感じる。



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二十四話

俺は今、過去最高にイラついていた。

それは何故か……。

 

三徹を越えて四徹に突入しようとしているから?

突然家にダイナミックエントリーしてきた人達に問答無用で攻撃されたから?

その人たちがまさかの敵の筈の魔術師と、主人公である当麻君だったから?

それとも、俺が彼等の共通の敵として認識されて共同戦線を敷かれたから?

もしかして、この顔のせいでクズ野郎呼ばわりされたからかな?

あるいは、寝込んでるせいで俺を助けてくれる気配が一切無いインデックスちゃんのせいなのかも…?

 

だが、あえて言おう……全部だよ!

 

いったい!どこで!どう間違えたらこうなるんだよ!?

 

俺はただインデックスちゃんを助けて、当麻君と仲良くなろうと思ってただけなのに。

だから寝不足で辛い中、魔術師の連中からインデックスちゃんを守ったのに。

何がどうなったら、当麻君と魔術師が手を組んで俺を潰しにかかってくるんだよ!こんなん予想できるか!?

 

でも、そこから先は俺の落ち度なのは確かだろう。

 

イラつきから殺気だった俺は、彼等をエミヤの固有結界の中に引きずり込んだ。

その時、当麻君個人を飛ばそうとしたけど無理だったため、ならばと、当麻君と俺達を含めた空間まるごと飛ばすという荒業で対処した。

 

その時俺は、ムカつく彼等に一発ぶん殴ってやろうと頭が一杯で、逃げる事なんて頭に無かった。

だって今まで苦労してやってきたことが全て裏目に出たんだもん、そりゃあキレるでしょ。

 

けど、俺の暴走も次の瞬間には終わりを迎えた。

 

これは木原さんとの実験で予期せぬアクシデントが起きた際に言われたことだ……

 

『テメェは、頭でキッチリ理解して能力を使ってる訳じゃねぇ。本能的に感覚に頼って使ってるだけだ。

そんなんだから、ちょっと感情が揺らいだだけで能力がテメェの手から外れて暴走なんてするんだ。いいか?二度と力任せに振るうんじゃねぇぞ。

じゃねぇと、いつかテメェは、自分自身の能力に殺される事になるぞ。そんぐらい危険なんだよ、分かったな……』

 

あの時の言葉をもう少し真面目に聞いておけば良かったと今更ながらに思う。

俺の頭を埋め尽くす、彼等をぶっ飛ばすと言う感情に対して『次元移動(ディメンジョネイター)』が、自動で作動したのだ。

 

『随分な歓迎だね』

 

次元の裂け目から現れたその姿を見て、俺は全身に冷水をぶっかけられたかのように竦み上がった。

 

「…………」

(いや確かに怒ってたけど……けど!憤怒のホムンクルス(大総統)は駄目だろー!)

 

まさかの大総統の登場で一気に冷静になった俺は、このままだとおそらく物語の主要人物である彼等を殺してしまうのではないかと思ってしまった。まして当麻君は主人公。こんな所で死なれては、こっから先の生きる希望が失われてしまう。

 

意図せずとは言え、此方から呼び出したばかりの大総統にお帰り願おうと思い、閉じた空間をもう一度開こうとした瞬間……

 

「まったく、呼ばれたから来てみれば、いきなり斬りかかってくるとはな」

 

ギクゥ!?

 

俺が能力を操作しようとしたら、戦っていた筈の大総統が俺を睨んできたのである。

 

(ば、バレてる……)

 

小心者の俺には、あんな覇気の籠った眼力で睨まれたらさっきまでやろうとしていた、強制送還を強行できるだけの度胸は無かった。

今後、もしハガレンの世界に行ったときどのツラ下げて会えばいいのかわからないし、下手したら殺されるかもだし。

 

結果、俺は大総統といつかの魔術師のお姉さんとの戦闘を見守るしかなかった。

 

だが、流石大総統。見ている限り、あのお姉さんも相当強いんだろうが、大総統が負ける様子は無かった。

これなら俺が彼等の相手をする必要は無さそうだけど、このまま行くと当初の想定通り彼等は大総統に斬り殺されるかも。

 

「うぅ……ケイ……ガン…」

 

魘されながら俺の名を呼ぶインデックスちゃんを見る。

可哀想だけどいっその事、寝込んでるインデックスちゃんを放置して逃げ出そうかな?

俺の事を助けてくれるのを期待していたけど、この様子じゃ無理そうだしなぁ。

 

と、そんな事を考えていると戦況が動きを見せた。

押されだしたお姉さんに赤髪のエセ神父が加勢したのだ。

だが瞬間的に二対一になるもそれでも負けない大総統に、場違いにもカッコいいと思うと、エセ神父が大総統と己を閉じ込めるように炎の壁で包んでしまった。

 

となると

 

「お前、何でインデックスを拐ったんだ」

「………」

 

やはりと言うべきか、今まで空気だった当麻君が俺の方にやって来て見当違いの質問をしてきた。

 

「黙ってないで答えろよ」

 

なんだろう、一度は冷静になったものの、こうやって改めて敵意をぶつけられると、ムカつきがだんだんと再燃してくる。

そもそも、なんでコイツは敵である筈の魔術師と手は組んで、インデックスを助けた恩人である俺をこんなに敵視してくるんだよ。いったいどんな勘違いしてんだ?

 

「お前は知らねぇかもしれないけど、ソイツは自分の持つ完全記憶能力のせいで、一周年周期で記憶を消さないと生きていけないだ……」

 

はぁ?なに言ってんだコイツ?

 

恐らくインデックスちゃんが苦しんでる理由を今言ったんだろうけど、そんな訳ないだろ。

完全記憶能力の事は確かに知っている。前にインデックスちゃんが教えてくれたからな。

そしてその後、俺も個人的に完全記憶能力に関する資料を調べたさ。だが俺が知っている限り、完全記憶能力が理由で記憶を消す必要がある何て症例は無かった筈だ。

 

もし本当に消さなければいけないのならば、それはインデックスちゃんが有する十万三千冊の魔道書が関係しているんだろうけど……。

 

「……でも!学園都市なら魔術ではどうにもなら無かったことも解決できるかもしれねぇんだ!頼む、インデックスを返してくれ!」 

 

いやだから、そもそも記憶を消す必要が何処にあるのかがわかんないし、そもそも俺はインデックスちゃんを監禁してた訳でもないから!

 

いい加減、要領を得ない会話に内心キレそうになるけどそれをグッと堪える。

だが、俺の我慢強さを試すように当麻君に援軍が現れた。

 

「……ええ、彼の言い分は兎も角、おとなしく彼女を引き渡してください。もう貴方を守る人はいません」

「神裂……」

 

お姉さん、神裂さんか……そもそもあんたらが妙な事を当麻君に吹き込んだからこんなことになってんじゃねぇのか?

みんなしてよって集って俺を責めるけどよ、俺がなにしたって言うんだよ……。

 

「……くだらん」

「何だと!?」

 

もう全てが面倒になってきた。

寝不足で頭が回らないし、コイツらの相手するのもいい加減うんざりだ。

何とか誤解が解けないかと考えたけど、もういい。

素直にインデックスちゃんを渡してここから消えよう。

 

そう結論を出した俺は、眠ったままのインデックスちゃんに手を伸ばした。

 

「ッ待てぇ!」

 

そうすると何をまた勘違いしたのか、当麻君が突っ込んできた。

しかし、彼の突き出した右手は前回とは違い、透過した俺の体に触れることはできず、そのまま通過してしまう。

 

この時、極限までイラついた俺は、学園都市に来る前の不良をボコっていた癖で通過しきった当麻君の横っ面を殴り飛ばしてしまった。

 

(あ…………やっちまった…………)

 

もうこりゃ、いよいよもって取り返しがつかないな。

放物線を描きながら吹き飛ぶ当麻君を眺めながら、達観したようにそう思った。

 

「貴様ッ!」

 

まぁ、そうなるよな。

 

当麻君を殴り飛ばした俺に、激昂したお姉さん事、神裂さんが斬りかかってくる。

普段ならこのまま透過して避けるところだが、彼女の長刀を見るにここで避けたら、側で寝ているインデックスちゃんが一刀両断されることになってしまう。

 

何処か遠くの俺が知らないところでなら兎も角、目の前で死なれるには流石に忍びない。

だから俺は仕方なく、近くに刺さっていた剣を抜き、彼女の刀を受け止めた。

 

(って、力つよっ!)

 

「な、受け止めた!?バカな……」

 

バカなって言いたいのは此方の方だから。この人、女のくせして何て力だよ、腕力には結構自信あったのに、俺と同等かそれ以上の力だ。

 

て言うか、それ以上押してくんな!インデックスちゃんが怪我してもいいのかよ?

つか怖ぇ!今まで透過してたから多少麻痺してたかもしれないけど、いざこうやって凶器を振り下ろされるのメチャクチャ怖いんだけど!?

 

「聖人である私と互角の力……まさかそんな……」

 

向こうも向こうで何か驚いてるけど、聖人って何の事だよ?

 

一進一退の鍔迫り合いが続く中、突如大総統を包んでいた筈の炎の壁が風に吹かれて消化されたかのようにして、消え去った。

 

そしてそこから現れたのは、所々軍服が焼け焦げ、右手に焦げ付いた直剣を持った無傷の大総統と、血まみれで倒れ伏すエセ神父だった。

 

「ステイル!?」

 

その時、一瞬だが気をとられた神裂さんを押し返し、インデックスちゃんに気を使わなくて言いように少し離れたところに移動した。

 

「ふむ、私の出る幕は無さそうだね」

「………」

 

(いやそんなこと無いです、今すぐ助けてください!)

 

俺の現状を見て、何故かそう判断した大総統。

俺の心の叫びは届きそうに無かった。

 

「うぅ……」

 

だがそこでタイミング悪くも目を覚ました当麻君を見つけた大総統は、完全に俺を助けようとはせず、そちらの方に歩いて行ってしまった。

 

 

 

 

 

「うぅ……」

 

上乃に殴られ吹き飛ばされた上条は、口の端から血を流しながら何とか起き上がった。

 

「随分とボロボロだね、手を貸そうか?」

 

身体中から鈍い痛みが走るなか、何とか立ち上がった上条の前には、先刻炎の壁に閉じ込められてステイルと戦っていた筈の男が此方に向かって歩いてきていた。

 

だとするならばと、周囲を見渡せばステイルが血まみれの状態で倒れ伏していたのだ。

 

「ステイル!?テメェ……!」

 

ステイルのあまりの惨状に、怒りに震える上条は右拳を後ろに引いて、身構えながらブラッドレイを睨み付ける。

 

「やる気かね?見たところ君はただの少年だろう、君では私には勝てんぞ。おとなしく受け入れたまえ」

「そんなの、やってみなきゃ分かんねぇだろうが!

それに、ここで俺が引いたらインデックスはどうなる!負けるわけにはいかねぇんだ!」

 

上条は分かっていた、自分ではどうやったって目の前の男には敵わないと。

しかし、勝てないからと言って、戦う前から逃げ出す臆病者になったつもりはないし、元よりインデックスという引けない理由が上条にはあった。

 

「……くだらん、人はそれを蛮勇と呼ぶのだよ」

 

しかし、上条の覚悟はブラッドレイには響かなかった。

上条の目前まで迫ったブラッドレイは、そう吐き捨てる。

それでも、上条の瞳から輝きは失われなかった。

 

「確かに蛮勇かもしれない。

俺じゃあ逆立ちしたってアンタには敵わない。

でもだからって、それが諦める理由にはならねぇだろ!

自分以外に誰も信じられない状況で、誰も味方がいない状況でも、インデックスは諦めようとはしなかった。

十万三千冊の魔道書なんて途方もない代物をあの小さな体に無理矢理教え込まれて……あげくの果てには、その魔道書が原因で一年周期で記憶を消さなきゃならねぇなんて……そんな理不尽が許されていいわけねぇだろ!

ステイルの野郎もあんなになるまで諦めなかった。

俺は絶対に諦めねぇ、それでもまだ俺に負けを受け入れろって言うなら……そんなふざけた幻想は、俺がぶち殺す!」

 

高らかにそう宣言する上条。右拳を血が滲む程に強く握りしめ、全力で飛び出す。

武道を習っているわけでもない、なんの型も無い、喧嘩仕込みの右ストレートがブラッドレイの顔面に目掛けて打ち込まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

━━━━━━くだらん。

 

 

「がああぁぁぁッ!!?」

 

ブラッドレイ目掛けて打ち込まれた上条の拳は、無情にもブラッドレイに届くことはなかった。

ブラッドレイがその手に持つ剣で、上条の右腕を貫いたのだ。

 

「ただ激情に任せただけの攻撃が届く筈なかろう」

「グゥゥ……ッッうぉぉ!!」

 

右腕に剣が突き刺さっても、それでも尚諦めない上条は、残った左腕を打ち込もうとするが、足払いをくらい、仰向けで倒れこんだ事で不発に終わった。

そして倒れた勢いのまま、ブラッドレイは上条の右腕を剣で地面に縫い付ける。

 

「貴様は言ったな、そんな理不尽が許されていいわけがない、と。

何とも青臭い理想論だ、ヘドがでる」

 

侮蔑の籠った眼で見下すブラッドレイは、上条の意気込み、その信念とも言える覚悟を嘲笑う。

 

「なにも知らない子供が偉そうな事を吠えるな。

どのような理不尽であろうと、それが起きたのであればそれは現実。

いかな不条理であろうと、一度起きた事を無かったことにはできん」

 

ブラッドレイは、右腕に突き刺した剣を更に深く、捩じ込むように押し込む。

 

「あ“あ”あぁぁ!?」

「どうだ……この痛みは幻想かね?いや違う、これこそが現実だ。いつ如何なる時代であろうと、世界とは残酷なのだよ。

貴様が言っているのは、ただの幼稚な綺麗事だ!

あの娘もその一人、ありふれた不幸を偶然被っただけのこと……事情を察するに兵器に変えられた娘が、製造時に枷を付けられたのであろうが、私としては順当な手段だと思うがね」

 

倒れ、痛みにもがく上条の瞳を覗き込むように、ブラッドレイが最後に言い放つ。

 

「貴様は……世界の広さ(怖さ)を知らん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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