48番目の逸般人 (白鷺 葵)
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ケース:藤丸立夏の場合
友人からの手紙、友人への手紙


【諸注意】
・クロスオーバー先のネタバレ注意。
・主人公×マシュ

【主人公】
藤丸(フジマル) 立夏(リツカ) 性別:男性 大学1年生:18歳
・高校時代、親の都合で1年間留学していた。
・趣味は古書店巡りと読書。
・小説で新人賞を受賞。
・友人と文通している。


 藤丸立夏さまへ

 

 

 拝啓

 

 

 貴方の故郷では、紫陽花が美しく咲き誇る季節となっている頃でしょう。お加減は如何でしょうか?

 

 セント・イヴァリースにも初夏の爽やかな風が吹き込んでおります。貴方の名前と同じ季節が近づいてくると、貴方がやって来たように思えてとても嬉しく感じます。

 

 僕も、日本語形式の手紙を書くことに慣れてきました。立夏さんの英語も上達しているようで、負けていられないなと思っています。

 

 

 あの田舎町が剣と魔法の世界に変わった事件から、もう1年が経過しているのですね。

 

 なんだか酷く夢心地ですが、あの世界のことは今でも鮮明に覚えています。あの世界は本当に居心地が良くて、何もかもが思い通りにいって、とっても楽しかった。

 

 相変わらずイヴァリースは田舎町だけれども、沢山変わったことがありました。

 

 自分の名前を堂々と言い返せるようになったマーシュ、髪を染めるのをやめたリッツ、病院で友人に囲まれているドネッド、真面目に働くようになったパパ……。

 

 立夏さんの言葉通りでした。あの世界で手にした宝物は、きちんと僕らの心の中に残っています。貴方との絆も、途切れることなく現在まで続いています。

 

 

 古本屋で同じ本を手に取ったことが、僕と貴方の出会いでしたね。それからは暫く、古本屋で顔を合わせる度に挨拶をする仲だった。

 

 本格的に話すようになったのは、河原で泣いていた僕に立夏さんが声をかけてくれたのがきっかけでしたね。

 

 いじめっ子にぬいぐるみを壊されて泣いていた僕を励まして、壊れたぬいぐるみを縫い直してくれたこと、とても嬉しかったです。

 

 僕では、立夏さんのように綺麗に縫うことはできなかったです。あのときは本当にありがとうございました。

 

 僕らの友人関係がここから始まったと考えると、なかなかに感慨深いものですね。

 

 

 貴方がイヴァリースを去ると聞いたとき、僕は目の前が真っ暗になるかと思いました。

 

 泣いていた僕を助けてくれて、辛いときはいつも傍にいてくれた立夏さんがいなくなってしまうことが怖かったのです。

 

 だから、もうひとつのイヴァリースを創り出したとき、僕は貴方を《王宮の客員魔導士》という役職に置いて、現実の記憶を根こそぎ奪いました。

 

 《身分と年齢を超えた仲の良い友達》という記憶を植え付ければ、貴方と僕はずっと友達でいられると信じていました。別離を拒絶し、逃避するために。

 

 でも、立夏さんがバブズと仲良くなったのにはちょっと驚きました。世界を変えたのは確かに僕だけれど、貴方とバブズの関係については一切介入していなかったためです。

 

 貴方の悪口を言う連中に対し、バブズは強い怒りをあらわにしていましたね。「私とミュート様の恩人を愚弄するな」と激高していた姿は忘れられません。

 

 しかも、バブズは立夏さんのことを「命の恩人」だと言って、深く感謝しているみたいでした。

 

 

 僕が《世界の創造主》と言っても過言ではないけれども、思い返せば、僕の我儘が完璧に叶ってはいなかったように思います。

 

 もし完全だったら、立夏さんを馬鹿にする奴らはイヴァリースに1人も存在するはずがなかったのですから。

 

 でも実際、立夏さんに対してやっかみを抱く人たちはとっても多かった。貴方はそんな影口や悪口など気にすることなく、僕の友達でいてくれましたね。

 

 僕はとても嬉しかったけれど、焦燥感と罪悪感がひたひたとついて回って来る感覚が怖かったです。大事な友達に嘘をついていたのですから。

 

 もしかしたら、僕は分かっていたのかもしれません。何でも思い通りになるなんてことは、絶対にありえないんだって。

 

 あの頃の僕は、どうにもならないことばかりに目を取られていたように思います。必要以上に悲観的になっていたのかもしれません。

 

 確かに世界は優しくありませんが、冷たいばかりではないのだと。案外、僕の周囲には、僕が想定した以上の幸せがあったのだと。

 

 立夏さんやマーシュのおかげで、僕は信じることができました。貴方たちと出会えたことが、僕にとって一番の幸運でした。本当にありがとうございます。

 

 

 立夏さんは今年の4月から大学生になったんですよね。日本の大学生活は楽しいと聞いていますが、実際はどんな感じなんでしょうか? サークル活動や文化祭に興味があります。

 

 そういえば、立夏さんはこの夏に長期アルバイトをする予定なんですよね? 雪山に登ると仰っていたので気になりました。山は危険なので、下準備は万全にしてくださいね。

 

 ……いいや、立夏さんには釈迦に説法かもしれません。もう1つのイヴァリースにいた頃の貴方は、バブズと一緒に色々な場所を駆け回って、大活躍していたんですから。

 

 あの世界で貴方を慕っていた部下たちのことも考えると、尚更そう思います。人々を惹き付ける魅力と的確な指示を出す判断力は、立夏さんの素晴らしい才能ですからね。

 

 たとえ当時のような身体能力が失われてしまったとしても、知識と心の在り方は残っています。立夏さんなら、件のバイト先でもそれを活かすことができるでしょう。

 

 

 僕らが作り出し、僕らが元に戻したイヴァリース。今、バブズはどこで何をしているんでしょう。

 

 リッツは美化委員の女の子と仲良くしているようで、その子の名前はシャアラでした。マーシュが所属しているクラブの先輩の名前もモンブランです。

 

 懐かしい名前と面影を持つ面々を見つけますが、バブズは見かけません。どこかで元気にしていてくれたらいいのですが。

 

 でも、「立夏さんに助けられた」というバブズの過去が、現実世界にいるバブズの要素から出てきたのだとするならば、立夏さんは確実に、どこかでバブズと会っているはず……。

 

 立夏さんを責めている訳ではないのですが、思い出したら大至急連絡ください。

 

 

 そういえば、立夏さんの部下だったマシュとは会えましたか? 彼女も元気でいてくれたらいいですね。

 

 当時は恋愛というものがピンと来なかった僕ですが、今思えば、立夏さんとマシュはお似合いでしたよ。

 

 今、僕には気になる女の子がいます。パパにはまだ言っていません。ママを口説き落とした手練手管を5時間ぶっ続けで聞かされるのはこりごりなので。

 

 

 僕らに出来ることは、「あのイヴァリースがどこかに存在していて、みんなが元気でいてくれるように」と願うことだけです。

 

 だから、僕は生きている限り、バブズたちのことを願い続けることができたらいいです。彼のことを、僕は忘れたくありません。

 

 バブズたちと別れた後、「僕がバブズのことを忘れてしまうのではないか」と不安に思っていました。僕のことを心配して、案じてくれた彼のことを。

 

 でも、立夏さんが書いた小説が新人賞を受賞し、近々日本で発売されると聞いて、とても安心しています。

 

 あのイヴァリースが僕らだけの秘密でなくなったことは少しだけ残念ですが、この物語がある限り、僕たちはあの日々を忘れることがないのですから。

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

 長くなりましたが、これで。

 

 お体にお気をつけてください。では。

 

 

 敬具

 

 

 ミュート・ランデルより

 

 

 

 

 

 追伸

 

 

 先日撮った僕らの写真を同封します。この前、みんなでキャンプに行きました。ぬいぐるみとはいつも一緒です。

 

 日本には「物を大切に使うと、それに魂が宿る」という話があるそうですね。なら、このぬいぐるみはどんな性格なんでしょうか?

 

 何となくだけど、バブズとよく似た性格なのかなと思っています。実際に話ができたら嬉しいのですがね。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 ミュート・ランデルさま

 

 

 この手紙が届く頃、世界は「知らず知らずのうちに2016年が終わりそうだ」ということで、大騒ぎになっているかもしれません。

 

 どんなに騒ぎが起こってもいいのです。この手紙を出して、この手紙をミュートが受け取ってくれるならば、俺はそれだけで構いません。

 

 

 夏休みのバイトを何の気なしに引き受けた俺は、とんでもない目にあいました。本来なら守秘義務や秘匿云々で、部外者には何一つ伝えることは許されていなかったりします。

 

 今回のバイトでは、たくさんの人たちと出会いました。たくさんの人たちと別れました。職場の人や同僚、後輩、友人……数えるだけでもキリがありません。

 

 どの人たちも、俺にとってはとても大切な出会いでした。とても大切な別れでした。

 

 

 誰も知らない2016年。誰にも知られることのない2016年。俺たちだけが知っている2016年。

 

 この2016年は、確かに存在していました。みんなが知らないだけで、俺や、俺の職場の関係者しか知らない2016年がありました。

 

 セント・イヴァリースをグリモアで作り替えたミュートだからこそ。

 

 あの世界を知っている、数少ない“ヒミツの共有者”であるキミだからこそ。

 

 俺はどうしても、キミに伝えたいことがあります。知ってほしいことがあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――実は俺、“もう1つのイヴァリース”を駆け抜けた頃の力を使えるようになりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 強化と敵への状態異常をばら撒き、サーベルを振り回し、戦場では小隊規模の軍を率いて戦っていた頃の俺――《宮廷客員青魔導士》リツカ・フジマル。

 

 あの世界から帰って来て以降、二度と振るうことのない力でした。触れることはできないと思っていました。

 

 臭い息をばら撒いて敵を状態異常だらけにしたり、ドラゴントゥースを使って身体強化した後闘技を使って敵を薙ぎ倒したり、現場責任者として指示を出したり……。

 

 2016年の俺は、あの頃のように充実した日々を過ごしました。秘匿云々の関係上、全部話すことができないのが辛いところです。

 

 

 もし、そちらに足を運ぶ機会がありましたら、イヴァリースに立ち寄るかもしれません。

 

 キミだけではなく、マーシュやリッツ、ドネッドたちとも話したいことが沢山あります。

 

 バイト先で出会った面々も連れて行きますので、そのときはよろしくお願いします。

 

 

 

 では、また。

 

 お体にお気を付けください。

 

 

 

 リツカ・フジマルより。

 

 

 

 

 

 追記

 

 

 仕事場のみんなと撮った写真を同封します。癖は強いですが、とても頼れる人たちです。

 

 

 あと、マシュに会えました。当たり前のことですが、彼女はイヴァリースのことを一切知りません。

 

 でも、初めて会ったのにも関わらず、俺を「先輩」と呼んでくれたり「懐かしい」と言ったりしてくれました。

 

 今回のバイトでも一緒に仕事をしました。俺はこれからも、このバイト先で、彼女と頑張ろうと思っています。

 

 

 バブズにも会いました。元気です。相変わらず、魔導探究者という肩書が似合わない程の腕力を有していました。魔法の腕もキレッキレです。

 

 この前は大量に沸いた商売敵を、般若のような顔で次々と消し飛ばしていました。イクスプロドの威力は職場の同僚も舌を巻くほどです。流石は俺の元同僚、現相棒です。

 

 あと、バブズにも友人ができました。友人というより、「一方的につるまれたのを真面目に応対していたら、腐れ縁になってしまった」と言った方が正しいのかもしれません。

 

 友人とは無縁そうだった彼にも友達ができたことを嬉しく思います。

 

 

 




クロスオーバー先:『FINALFANTASY タクティクスアドバンス』(GBA)

リツカ
ジョブ:青魔導士
A1:青魔法
A2:闘技
S:消費MP半減
R:見切り


キャスター
真名:バブズ・スウェイン
友人:ナーサリーライム、巌窟王エドモン・ダンテス、アンデルセン、シェイクスピア
現実での彼:ミュートが大事にしているクマのぬいぐるみ


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ケース:日向柚子の場合
星の生まれる場所で


【諸注意】
・クロスオーバー先のネタバレ注意。
・■■■■■×主人公。
・クロスオーバー要素がF/GOキャラを浸蝕している。

【主人公】
日向(ヒムカイ) 柚子(ユズ) 性別:女性 高校2年生:17歳
・『見えないものが見える』体質。“ヒトならざる者”と良好関係らしく、彼女に危害を加えようとした者たちがこぞって酷い目に合っている。
・14歳の時、とある老紳士が後見人となって外国へ留学。しかしながら、留学先に関する情報が一切不明。
・彼女と触れ合った魔術関係者はみんなおかしな言動をするようになる。具体例としては「魔法なんていらない」「世界のすべてが見える」。



「ここは特別な場所なんだ。転生を繰り返した魂が最期に辿り着く場所であり、星が生まれる場所だよ」

 

「――星が、生まれる場所?」

 

「そう。ここで生まれ落ちた星たちは、新たな宇宙へと旅立っていくんだ。貴方は、ここで生まれ落ちたばかりの星なんだよ」

 

 

 桃色の帽子を被った少女の言葉に、自分は首を傾げる。ここがどこで何なのか、全く理解できていない。

 そんなとき、藪から棒に話しかけてきたのがこの少女である。そもそも、ここで目を覚ます前に自分が何をしていたのかの記憶も朧げだ。

 

 脳裏に浮かぶのは、夕焼け色の髪の少女。

 我が最大の怨敵にして、我が理解者。

 我が人生に色彩を与えた、鮮烈な輝きを宿した魂の持ち主だった。

 

 ――丁度、今、目の前にいる少女のような。

 

 

「――つまるところ、貴方は迷子だね。生まれたばかりの星は、自分がどこへ行けばいいのか分からないみたいだから」

 

「ここにいるキミは星ではないのか?」

 

「うん。私たちはね、ちょっとした道具を使ってここに出入りしているんだ。星以外は、特別な道具を所持していないと入れないんだよ。……まあ、私のことはいいんだ」

 

 

 少女は柔らかに微笑み、自分と同じ目線になるようにして屈む。

 

 

「貴方はどんな人生を歩んできたの? どんな未練を抱いているの?」

 

「未練……?」

 

「貴方が迷子になっている原因と深く関わっているんだ。だから、ここで全部吐き出すといいよ」

 

 

 自分は思わず目を瞬かせた。琥珀色の瞳は、ただ優しく細められている。

 

 ――この身にはもう、すべてを見通す千里眼はない。人生を終えて肉体が滅びる際に、すべてをなくしてしまった。

 

 

「標がないというのは、存外不便なものなのだな」

 

「標?」

 

「私には、世界の過去と未来が見えたんだ。……その力は失われてしまったがな」

 

 

 それを皮切りにして、自分は目を閉じる。

 朧げだった記憶が、ゆっくりと浮かび上がってきた。

 

 光景を1つ思い出す度、ぽつりぽつりと言葉が零れた。少女は何度も相槌を打って、自分の言葉を待ってくれる。その姿はまるで、最期の我儘に付き合ってくれた宿敵の姿を連想させた。

 

 後悔はない。自分はあんなにも、素晴らしい人生を生きたのだ。刹那に消えゆく流星の意味を正しく理解した。彼の宿敵が語った『自由』の道を駆け抜けたのである。最後の最期に、自分は“運命の相手”と出会えた。生きるために立ち上がった善き少女の在り方は、この命に指針を指示した。

 彼女と同じ場所に、自分もまた辿り着いたのだ。命とは、結末(おわり)の定まった物語ではない。命を燃やしながら、次世代の命を紡いでゆく物語だ。我が王が語った、浪漫に満ち溢れる『愛と希望の物語』。その言葉を、その意味を、あのとき自分は真の意味で()()()理解した。

 己がヒトならざるモノだったときから、怨敵は理解者だった。理解者でありながら――いいや、理解者であったからこそ、彼女は怨敵として立ち塞がった。自分が愛する“善き人々”と共にある明日を生きるため、人類に永遠の命を与えようとした自分の目の前に立ったのだ。人理を守護するためではなく、当たり前の命を生きるために。

 

 

「私は、私の人生に満足している。故に、未練なんてものはあり得ない。あり得るはずがないんだ」

 

 

 自分がそう言い切った瞬間、黙ってこちらの話に耳を傾けていた少女は突然泣き出した。琥珀色の瞳からは、とめどなく透明な雫が流れる。声を上げること無く、ただ静かに。

 

 瞳の奥には、一切の憐憫はない。ただ、嘗ての獣が歩んできた道と真っ直ぐに向き合っている。獣がヒトへと至り、斃されるまでの旅路に。

 旅路と言っても、実際は『筋金入りの超弩級な引きこもりが、勝手に怒り、勝手に憐れんだ挙句、馬鹿な計画を立てた』だけでしかない。

 

 けれど、目の前にいる少女は、獣の歩んだ道を否定しなかった。獣がヒトへと至った旅路を否定しなかった。

 そうして――生まれ落ちたヒトが、最期に辿り着いた命の終わりを、少女はただ素直に感嘆する。

 少女はただ素直に、真っ直ぐな言葉で、自分の歩んできた旅路を称賛した。

 

 

「貴方は、とても素敵な人生を歩んだんだね」

 

「――ああ。実に、素晴らしい命だった」

 

「楽しくて、幸せだったんだね」

 

「――ああ。楽しかったし、幸せだった」

 

 

 少女は柔らかに破顔した。

 

 

「よかったね。……本当に、よかった。おめでとう」

 

『よかったね。……本当に、よかった。おめでとう、■■■■■』

 

 

 少女が齎したのは、祝福の言葉だ。正しい意味で人間を理解し、世界の美しさを理解し、それを示した理解者と同じ境地に辿り着いた自分への。

 自分にとって運命と言えるような存在が、獣からヒトへと至った自分の人生を愛したが故に、涙を流してくれた時のように。

 

 

(……ああ、そうか)

 

 

 柔らかに笑った運命の相手。その面影が、目の前にいる少女と重なる。そうして――自分は()()()()()()()()

 

 

(だからキミは、私の一生を()()()くれたのか)

 

 

 彼女は崩れゆく神殿で、消えゆく残骸の一生を愛してくれた。世界はとても美しいものなのだと、その魂で示してくれた。『自由』とは何かを教えてくれた。

 惜しみなく与えられた『ソレ』に、自分は応えたかった。自分も同じものを返したかった。自分もまた、彼女の人生を愛したかった。称賛したかった。祝福してやりたかったのだ。

 刹那のような一生。全力で駆け抜けて、命を燃やし尽くしたこと事態には後悔していない。己が最期を迎えるまで、我が運命は確かに、この脆弱な命を双瞼に映してくれた。

 

 去りゆく自分に許された権利は、去りゆくが故に許されない願いを孕んでいた。

 この少女の旅路を、この少女の人生を、自分は見届けてやれないのだ。見送ってやれないのだ。――何も、伝えられないのだ。

 

 

「……ありがとう。キミのおかげで、私は未練を思い出せた」

 

「未練を持ったままだと、この先へはいけないみたいだよ?」

 

「問題ない。()()に聞いてもらえるのならば、私はすぐに旅立てる」

 

「私でいいの?」

 

「他でもない()()でなければ、ダメなんだ。……キミが覚えていてくれるなら、私の未練はなくなる」

 

 

 嘗ては王として君臨していた獣が、只の人間に対して希う――関係者が見たら目を剥いて悲鳴を上げそうな光景である。でも、今の自分は、それを恥ずべき事だとは思わなかった。

 

 ああ、世界が見える。命の行く旅路が見える。

 星が生まれる場所、死者が進む長い旅路、転生を司る魔窟。

 喪失は無意味ではなく、別離は無駄ではない。ちゃんと繋がっている。

 

 

「千里眼なんて、大したことはなかったんだ。そんなチャチなものでは、見えないものが多すぎた。いいや、そもそも千里眼なんて()らなかった。……今ならば、真の意味で、世界が見える」

 

「うん」

 

「我が王がお考えになられていたことも、フラウロスが葛藤していた理由も、魔神柱たちがどのような意思の元で『自由』の道を選び取ったのかも、マシュ・キリエライトが永遠を否定した理由も、我が運命が何を思って私の前に立ちはだかったのかも、我が運命がこれから辿るであろう旅路も……すべてが見えるんだ」

 

「うん」

 

「私は意思を獲得した。『自由』の意味を知った。生の歓びを知った。我が運命から祝福され、()()()()喜びを知った。――時間が足りないとは分かってはいたけれど、願ったのだ。『私も同じように、我が運命を――彼女を祝福し、()()()やりたかった』と」

 

「……うん」

 

「私のような“筋金入りの偏屈な引きこもり”には、綺麗な言葉など出てこなかったよ。我が運命が私に与えた福音には届かないが、どうしても伝えたい言葉があった。……聞いてくれるか?」

 

「……うん」

 

 

 溢れだした衝動に身を任せて、自分は少女を抱きしめた。

 少女は琥珀色の瞳を大きく見開いたが、抵抗することなく腕に収まる。

 

 

「――ありがとう、私を()()()くれて。この世界に生まれ落ちてくれて、私と出会ってくれて、我が運命となってくれて」

 

「…………うん」

 

「私が善き旅を送れたのは、キミのおかげだ。だからどうか、キミも――善き旅を」

 

「――……うん……!」

 

 

 涙で濡れた少女は、けれども、晴れやかに笑った。

 

 嘗て王の使い魔――人理補填式として起動していた頃、数多の宝玉を目にしたことがあった。けれど、少女の双瞼は、今まで見てきたどの宝玉よりも美しい。

 いつか、その宝玉は()()自分に向けられる日が来るのだろう。過去も未来も、この少女は――()()()()は自分を映し続けてくれるのだ。

 

 

(嗚呼。それは、なんて幸福なのだろう――)

 

 

 星の生まれる満天の宇宙。自分を縛りつける楔が壊れるような音がした。ふわり、と、身体が浮き上がる。

 この感覚には覚えがあった。『自由』を得た自分が、真っ先に感じたものだった。これなら、自分はどこへでも行ける。

 同時に、自分には『向かうべき場所』が見えていた。そこへ至るためにどうすればいいのかも見えていた。――だからもう、何の憂いもない。

 

 

()()()()、ユズ。キミを愛している」

 

 

 ――そうして、星は宇宙(そら)へと旅立った。

 

 

◆◆◆

 

 

 極東の島国、日本。この国のとある町に、1人の少女――日向(ヒムカイ)柚子(ユズ)は住んでいました。

 彼女には“精霊”と呼ばれる存在が見えていました。道端に落ちている石ころや木の枝に、“精霊”が潜んでいることを知っていました。

 

 座り込んで“精霊”と話し込む柚葉の姿は、普通の人々からは奇異に見えました。何せ、普通の人には“精霊”の姿が見えません。彼女が「何もない空間に話しかけている」ようにしか見えないのです。

 周囲の人々は柚子のことを不気味がり、柚子のことを無視したり、『ウソツキ』だの『異常者』と罵りました。時には手を挙げることもありました。けれど、他者が彼女を害そうとすると、彼らはみんな酷い目にあいました。

 ある人は自宅が火事になり、財産の一切合切を失いました。またある人は、真上から降り注いだ大量のいがぐりによって傷だらけになりました。またある人は、強風で飛んで来た女性用下着を拾ったことが原因で下着泥棒と間違えられ、社会的信用を失いました。またある人は――挙げればキリがありません。

 

 結果、柚子は余計に人々から避けられるようになりました。……最も、柚子には“精霊”という友人兼理解者がいたため、一切気にも留めませんでしたが。

 

 そんなある日のことです。

 1人の老紳士が、日向家を訪ねてきました。

 

 

『キミは精霊が好きかい?』

 

『ええ、大好きよ!』

 

『もっと精霊と仲良くしたいかい?』

 

『勿論よ!』

 

 

 柚子の目には、老紳士の肩に集う無数の“精霊”の姿が見えていました。数多の“精霊”たちと仲良くなっている老紳士を目の当たりにした柚子は、彼が校長を務める学校へ通うことを決意したのです。

 

 老紳士が校長を務める学校は、この世界とは違う世界に存在していました。

 柚子は老紳士に連れられて世界を渡り、異世界の寮で生活することになりました。

 学校の寮へ向かう道すがら、老紳士は柚子へ語ります。

 

 

『私の学校を出た者の多くは国の要職に就いている。だけど、私が■■を教えているのはそんなことのためではない』

 

 

 老紳士はそう言って、真剣な眼差しで柚子を見つめます。

 彼の言葉を、柚子は生涯忘れることはないでしょう。

 

 

『私がキミに伝えたいのはすべて。この世界にあるものすべて。最後にはそれが、キミの意思だけで自由に動くようになる』

 

 

 

 

 

 そうして、柚子が魔法学校を卒業してから3年後。

 

 留学から帰って来た柚子は人理保証機関フィニス・カルデアへ呼び出され、数々の偶然から“人類最後のマスター”となったのです。

 

 

 




クロスオーバー先:『マジカルバケーション』(GBA)



ユズ
属性:音⇒闇⇒光
称号:伝説の魔人
仲良くなった精霊:119体
マジバケ本編開始時:14歳



・元人王。満足した生を送った結果、一発で星へ至る。
・迷子になっていた自分を送り出してくれたのは、3年前の我が運命だった。




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ケース:愛創逸人の場合
2016年、狂気の年


【諸注意】
・クロスオーバー先が狂気に満ちている。故に、クロスオーバー先がFate要素を蹂躙する可能性高。
・オリキャラが複数登場。『ぼくの考えた最強のサーヴァント』的な存在がいる。
・SAN値に注意。

【主人公】
愛創(オツクリ) 逸人(ハヤト) 性別:男性 年齢:19歳
・ブルネット(黒髪)青目の白人であるが、日本生まれの日本育ち。
・本名は愛創(オツクリ) ペンドルトン 逸人(ハヤト)
・愛読書はH.P.ラヴクラフト著の『ラヴクラフト全集』。他に、クトゥルフ神話TRPG関連の本も愛読している模様。

【主人公関係者】
黒須(クロス) ナイア 男性
・黒服スーツに身を包んだ青年。神出鬼没である。

蓮田(ハスダ)
・名前のみ登場。部下がいる。

守地(モリチ) 享司(キョウジ) 男性
・シスター服に身を包んだ男の娘。死を愚弄する連中が嫌い。


"That is not dead which can eternal lie,And with strange aeons even death may die."

 

『そは永久に横たわる死者にあらねど測り知れざる永劫のもとに死を超ゆるもの』(大瀧啓裕訳)

 

『永遠の憩いにやすらぐを見て、死せるものと呼ぶなかれ果て知らぬ時ののちには、死もまた死ぬる定めなれば』(宇野利泰訳)

 

 ――H.P.ラヴクラフト 『クトゥルフの呼び声』(初出は『無名都市』)より。

 

 

***

 

 

「カルデアにいる人間たちって、死に急いでる感が凄いと思うなあ」

 

 

 パンフレットに書かれている内容を頭の中で反濁しながら、愛創(オツクリ)逸人(ハヤト)は呟いた。逸人の言葉に反応するかのように、彼が持っていた本がかすかに震える。

 

 

「時間跳躍を成し遂げなくては世界が滅ぶ、でしたっけ? 人理の守り手を自称していますが、ティンダロスの猟犬に対する対策なしで時間跳躍を行う自殺志願者どもの集まりですよ」

 

 

 隣から響いてきた声につられて視線を動かせば、そこには1人の青年が立っていた。病的なまでに真っ白な肌に、黒洞々の闇を思わせるような黒髪黒目。

 黒いスーツを身に纏い、黒曜石のループタイを身に着けた青年は、面白そうに笑いながらパンフレットを覗き込んでくる。

 

 

「でも、ナイアは『カルデアに愛創逸人(オレ)を放り込んだら楽しそうなことになる』と思ったから、オレに反対しなかったんでしょ?」

 

 

 逸人の言葉を聞いて、青年――黒須(クロス)ナイアは目を丸くする。そうしてまた、楽しそうに笑った。

 

 

「くく、くくく。言うようになりましたね、我らが愛し子は。……その分、他の面々からも膨大な加護を貰ったようですが」

 

「『人間は脆弱だから』と言っても、あれは過保護すぎるよ。おかげで、()()()()()()()()()()()()ペチャンコになっちゃったんだから」

 

 

 逸人は深々とため息をつく。『自分にぶつかって来たトラックの運転手が即死する』という結果を目の当たりにしたこちらの正気度を考えてほしい。普通逆なのだから。

 それが原因でカルデアスタッフからしつこい勧誘を受ける羽目になったと考えると、加護が対象者の幸運に繋がっている訳ではないと言うのがありありと体感できる。

 ナイアは相変らずの笑みを浮かべ、懐から端末を取り出した。液晶画面に映し出されるのは、目的地である雪山の天気だ。大雪、吹雪を示すマークで埋まっている。

 

 

「吹雪く雪山を登るのは大変だなあ。でも、いっちゃんたちの世話になるのはちょっと困るし」

 

「ああ、問題ありませんよ。蓮田(ハスダ)の部下たちが全力で天候を変えているはずです。貴方が雪山に辿り着く頃には、穏やかな天気になっているでしょうね」

 

「……やっぱり過保護じゃないか」

 

 

 蓮田たちのことだ。逸人が目的地――人理保証機関フィニス・カルデアに辿り着くまで、良い天気を保ってくれることだろう。

 

 元々「天候を変える」魔術は十数人単位で協力することを前提として作られている。そのため、膨大なMPを持っている一柱でも、単独でホイホイ使えない。

 おまけに、蓮田たちにも「やらなければいけないこと」があるのだ。そちらにつぎ込む分のMPもきちんと残しておきたい。やりくりは大変なのだ。

 

 

「そういえば、キミが以前助けたティンダロスくんですが、近々結婚するらしいですよ。キミに仲人になってほしいそうで」

 

「そっか。あの子、ついに結婚するんだ。……懐かしいなあ。初めて会ったときは自力で瞬間移動もできない幼生体だったのに……」

 

「キミに懐いてましたからねえ。婚約者共々、何かあったらキミに協力すると言っていました」

 

「協力要請は近いうちに出しそうだけどね」

 

「……成程。今回の一件、その状況によりますか」

 

 

 逸人とナイアは密やかな声で、自分たちにしか分からない会話を繰り広げる。楽しそうに、楽しそうに、――楽しそうに。

 

 

◆◆◆

 

 

 ふとした違和感を感じ取って、レフ・ライノールは足を止めた。振り返った先にいたのは2人の人影だ。

 片や黒いスーツに身を包んだ青年、片や修道服に身を包んだ少女。……はて、カルデアのスタッフに、こんな人物はいただろうか?

 前者は愉快そうにニコニコ笑って、後者は忌々しいものを見つめるかのような絶対零度の眼差しを向けている。

 

 

「……ええと、キミたちは――」

 

「くく、くくく」

 

 

 2人は何も答えない。その表情を崩さない。不気味なほどに完璧な微笑は、一切揺らぎを見せなかった。

 

 不意に、自分の真横に気配を感じた。視界の端に、黒スーツを身に纏った青年が映る。

 それは一瞬のことだった。レフが声を発するよりも先に、青年の口元が弧を描く方が早かった。

 

 

「――調子に乗るなよ。出来損ないの魔術式(ゴミ)どもが」

 

 

 声の下方向に顔を向ける。そこにはもう誰もいない。スタッフの多くは管制室にいるのだから、当然と言えよう。

 レフは再び、元の場所へ――青年と連れ立っていた少女がいた場所へと視線を戻す。……そこにも、誰もいない。

 

 

(……何だったんだ……?)

 

 

 白昼夢を見ていたような気分だ。内容は自分たちの計画を頓挫させかねない極めて危険なものだが、辺りを見回しても、カルデアのスタッフ名簿を確認しても、該当者らしき姿はない。……やはり、白昼夢だったのだろう。レフは自身にそう言い聞かせながら、成すべきことを成すために動き始めた。

 

 

***

 

 

 2016年の人理焼却担当者――それが、レフ・ライノール・フラウロスの役目である。自分の仕事は滞りなく果たされ、2016年以降の人理は焼却された。魔神王ゲーティアを始めとした72柱の魔神柱たちの計画は動き出したのである。

 残された人類は、カルデアの僅かな職員。そして、爆心地から離れた場所にいた48番目の補欠候補。完璧な計画を理想とするフラウロスにしてみれば腹立たしい限りだが、大したミスにはならないだろう。

 

 脆弱で脆い人間たちに、人理焼却を覆す力などありはしない。愕然とこちらを見上げるオルガマリーは“無力な人間どもの権化”と言えよう。最期の慈悲を持って、フラウロスはオルガマリーをカルデアスへと放り込もうとして――

 

 

「くくく、くくくくく……!」

 

 

 どこからともなく響いてきた笑い声によって、フラウロスは行動の一切を中断させられた。その笑い声は、つい数時間前に見た白昼夢で聞いたものと同一だったためだ。

 フラウロスの危機感は間違っていなかった。自分の眼前に立っていた男こそ、白昼夢で邂逅した黒スーツだ。奴はオルガマリーを庇うようにしてフラウロスと対峙する。

 

 

「貴様……」

 

「傑作だ。傑作だよ、レフ・ライノール・フラウロス! 人間によって作り出され、人間を見守ることを目的とする脆弱な魔術式(どうぐ)風情が、人間を憐れむだなんて!!」

 

 

 何が楽しいのか、男は笑い狂っている。脆弱な人間の囀りを聞いている暇はない。フラウロスは躊躇うことなく魔術を使い、男を惨たらしく貫く。

 数多の血飛沫を散らしても尚、男は笑い狂っていた。楽しそうに、楽しそうに――フラウロスという命を嘲笑う。それが、酷く癪に障った。

 笑うことすら出来なくなる程貫かねば、惨たらしく死を彩ってやらねば、フラウロスの気が収まらない――!!

 

 処刑に等しい光景を目の当たりにしたマシュやオルガマリーが戦慄する中で、唯一、48番目のマスターだけ反応が違う。

 

 彼はどこか不安そうな眼差しを向けていた。串刺しにされている黒スーツの男ではなく、男に惨たらしい所業を働くレフ・ライノール・フラウロスへ。

 例えるならそれは、“宝箱の中に入っているモノが金銀財宝ではなく、侵入者を殺すための罠”だと察したが故に、何も知らず喜ぶ相手を憂うような――

 

 

「――調子に乗るなよ。出来損ないの魔術式(ゴミ)どもが」

 

 

 ばきばきと鈍い音がした。音の出どころは、フラウロスが磔刑に処した黒スーツの男。人間としての骨格を突き破り、形容できぬ“黒”が、地獄と化した冬木へと顕現する。

 

 無定形の身体から触腕と鍵爪を生やし、見せつけるようにしてフラウロスの足元へと狙いを定めて振り下ろす。触腕と鍵爪は伸縮自在らしく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、好き放題に振るわれていた。

 咆哮する顔のない円錐形の頭部はのっぺりとしていて、表情らしきものは一切感じない。だというのに、今、こいつはフラウロスを嘲笑っているのがありありと理解できた。同時に、目の前にいる異形は、フラウロスたちを嗤う立場にある存在なのだと理解する。

 理解してはいけなかった。認識してはいけなかった。認めてはいけなかった。こんなものが、こんなものが存在しているだなんて。こんなものが今、フラウロスの眼前に降臨しているだなんて。神性とは程遠い狂気を孕んだ異形が嗤う。楽しそうに楽しそうに楽しそうに!!

 

 

「おまえ……人間じゃ、ないだと……!?」

 

「くく、くくくくく! はは、あははははははははっ!」

 

 

 異形はひとしきり笑うと、高らかに名乗りを上げた。

 

 

「――我が名はナイアルラトテップ。外なる神(アウターゴット)にして、グレード・オールド・ワンの一柱。……貴様らとは、格が違うのだよ」

 

 

 

 

<おまけ>

 

【クトゥルフ式採集章】

 

 

「――む?」

 

「どうした?」

 

「……何やら、奇妙な臭いがする」

 

「……言われて見れば、その通りだな」

 

「刺激の強い悪臭だな」

 

「こんな悪臭の原因になりそうなものなど、この神殿には――」

 

 

 魔神柱の一柱がそう呟いた刹那、床の角から【ソレ】は飛び出した。

 

 時間跳躍を行う者を、あるいは過去と未来を見通す者を獲物と定め、永遠に追い続ける不死の生き物。

 彼らの間の手から生き残った者たちは、獲物を執拗に追い続ける在り方を引き合いに出して、こう呼んだ。

 

 ――ティンダロスの猟犬、と。

 

 

***

 

 

【死の権化「激おこぷんぷん丸」】

 

 

「――貴様、死を愚弄したな」

 

 

 シスター服に身を包んだ少女――その声は、少女と形容するには些か低い。どうやらこの人物は少年のようだ――否、少年、守地(モリチ)享司(キョウジ)は絶対零度の眼差しを向けている。

 

 

「死が無意味だと? 死が無価値だと? ――よくも、そのような世迷言を、()()()の前で言ってくれたなァ……!」

 

 

 享司の姿が崩れ、この場一帯に闇が広がる。ありとあらゆる灯りを吹き消し、周囲の熱すら奪い取りながら。けれどその闇は、闇と言うにしては異常な明るさを持っていた。

 それによって淵どられた闇は、顔のない異形を形作る。自分の眼前に降り立ったのは、文字通りの『死の権化』だ。人理焼却術式は愕然とそれを見上げる。

 自分たちが何よりも嫌った無残な死が、ひたひたと近付いてきている。それを否定するために立ち上がった魔神王と相対峙するのは、魔神王が否定したすべてだった。

 

 

「愚かな魔術式(どうぐ)風情よ。貴様の偉業は死を愚弄した。それ故、万死に値する」

 

 

 足が動かない。手が動かない。体全体が地面に縫い付けられてしまったかのようだ。

 口から洩れるのは、意味をなさぬ言葉の羅列。唸るような声を、掠れた吐息を零すので手一杯だ。

 

 ひたり、ひたり、ひたり。闇が、死が、魔神王へと歩み寄って来る。その摂理から逃れようとした愚行に対し、罰を下すために!!

 

 

「――我が名はモルディギアン。納骨堂を司る外なる神(アウターゴット)にして、グレード・オールド・ワンの一柱。……私から死者を奪おうとしたその罪、貴様の存在によって贖ってもらうとしよう」

 

 




クロスオーバー先『クトゥルフ神話』、『クトゥルフ神話TRPG』


愛創(オツクリ) 逸人(ハヤト)/逸人(ハヤト)・ペンドルトン・愛創(オツクリ)
名前の由来:逸人(ハヤト)⇒ハワード、あるいは『人間から逸れる』、愛創(オツクリ)⇒愛=Love、創=クラフト。つまり、H.P.ラヴクラフト。
・宇宙的恐怖たちに愛されている『クトゥルフ神話における魔術師』。しかし、型月的な魔術教養は一切ない。
・逸人に加護を与える「この世界における」宇宙的恐怖一同=英霊および魔神柱と似たような存在。逸人と『ラヴクラフト全集』を媒介にして現界・顕現し、現実世界に介入する。
・邪神どもの本体は別次元に存在しており、逸人と『ラヴクラフト全集』によって現界・顕現した邪神たちは分霊のような存在である。比較的人間寄りの連中で構成されている。
・主に「馬鹿な狂信者によって厄介事に巻き込まれた神話生物たちの救出・救助」を行っている。
・宇宙的恐怖曰く「人間性はまとも。普遍的な善性の持ち主。ただ、持っているブツ(=力を貸している自分たち)がまずいだけ」。加護のおかげでSANチェック免除。

黒須(クロス) ナイア
・ナイアルラトテップ/月に吼えるもの

蓮田(ハスダ)
・ハスター

いっちゃん
・イタクァ

守地(モリチ) 享司(キョウジ)
・モルディギアン


【参考および参照】
『Wikipedia』より『H.P.ラブクラフト』



<あとがき>
現時点ではFFTA、マジバケ、クトゥルフ神話等と絡めて『48番目の逸般人』を執筆しましたが、件の面々が型月的にはどんな扱いを受けるのか気になります。
彼/彼女の存在を察知した魔術師がどう動いてくるかにも興味があります。何分、型月世界は勉強中の身でして、書き手個人の見解だけだと納得できないんですよね……。
何かありましたら、4/12の活動報告にご意見いただけると嬉しいです。『48番目の逸般人』ネタは他にもいくつか投稿する予定です。


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ケース:有里六華の場合
社交性魔人が往く


【諸注意】
・クロスオーバー先のネタバレ注意。
・クロスオーバー先はねつ造要素を多分に含んだハッピーエンド。原作の展開とは違っている。
・クロスオーバー先にカップリング要素がある。ニット帽のオカン×美しき悪魔。
・カップリングと思しき要素はあるが、まだ恋愛関係ではない。
・オチに「誰か×ぐだ子」が確定しているが、相手は不明。

【主人公】
有里(アリサト) 六華(リッカ) 性別:女性 高校3年生:18歳
・5つ年の離れた姉、荒垣(アラガキ)(ミナト)がいる。旧姓有里(アリサト)(ミナト)
・厳戸台にある月光館学園高等学校に在籍。特待生無利子奨学金を利用。生徒会長をしていたが、一般公募選出と同時期に引退・後釜に引き継ぎが行われている。
・17年前の事故で両親を失い、7年程前までは親戚縁者をたらい回しにされていた。現在は伯父が後見人になっている。


 2009年 1月31日。

 この日、世界が危機に陥ったことを知る人間は、幾らいるだろう。

 

 月光館学園の制服を着た姉の背中を、覚えている。

 姉が絆を結んで手繰り寄せた奇跡の価値を、知っている。

 ――だって、自分もまた、姉の絆によって生かされた命だったから。

 

 

***

 

 

 ――燃え盛る街が、眼前に広がっている。

 

 

「ギシャアアアアアアアアアッ!!」

 

 

 眼前に迫りくる脅威。ガイコツが吼え、有里(アリサト)六華(リッカ)の命を奪わんと得物を振り上げてきた。

 

 

「先輩!」

 

 

 マシュの金切り声が響いた。彼女の立っている位置と距離から考えると、今からマシュが六華を庇おうとしても間に合わないだろう。

 だが、ハッキリ言って、ガイコツの動きは遅い。カルデアに来る以前に戦った敵――現実世界の片隅で怪異を引き起こすシャドウたちの方がまだ早かった。

 六華は余裕をもって敵の攻撃を回避する。体勢を崩したガイコツは勢い余って崩れ落ちた。その隙を見逃さず、六華は即座に行動を起こした。

 

 腰から拳銃を取り出す。――一般人から見れば何てこともない、単なるモデルガンだ。けれどこれは、有里六華にとっては、欠かせない()()である。

 六華はこめかみに銃口を突きつける。ドクン、と、心臓が軋むような音を立てた。ひやりとした感覚が背中に走る。――『死』が、ひたひたと近付いてくるような。

 

 けれど、それは一瞬のこと。六華は躊躇うことなく、銃の引き金を引いた。

 

 

「――ペルソナ!」

 

 

 パリン、と、何かが割れる音がした。風が高らかに吹き荒れた後、六華の心の海に住まう仮面(ペルソナ)が顕現する。

 顕現したのは黒い影。姉とのつながりによって心の海に宿った、死の権化――タナトスだ。死神は数多の腕を振りかざすと、ガイコツどもを容赦なく蹂躙した。

 

 

◆◆◆

 

 

【カルデア:マイルーム】

 

 

「外の世界はすごいですね。カルデアでは知りえなかった情報ばかりで……毎時間、新しい発見の連続です。先輩は、どうですか?」

 

「本当に、毎日が新しいことの発見だよ! 時空を超えて、英雄たちが活躍した時代に飛ぶなんて夢みたい! 普通の学生じゃあ絶対経験できないよ!」

 

「そ、そうなんですね……」

 

「そういう意味では、私とマシュはお揃いだね!」

 

「先輩とお揃い……ですか?」

 

 

 >マシュは驚いたように目を丸くしている……。

 

 

「あれ? 嫌だった?」

 

「そんなことありません! その……嬉しいです。とっても」

 

 

 >マシュは頬を染めている。

 

 >嬉しそうだ……。

 

 

「あ、先輩。私、先輩がカルデアに来る以前の話に興味があるんですけど……」

 

「私の?」

 

「先輩がよければで構いませんので、聞いてみたいな、って……」

 

「いいよ! それじゃあ、楽しい話をしようか!」

 

 

 >…………。

 

 >マシュと、学生生活についての楽しい話題で盛り上がった……。

 

 

 >目をキラキラ輝かせる彼女の瞳から、彼女の好奇心が伝わってくる……。

 

 >マシュのことが少しわかった気がした……。

 

 

 刑死者 マシュ・キリエライト   RANK UP!

 

 

***

 

 

【カルデア:ドクターロマンの執務室】

 

 

六華(リッカ)ちゃんは、ソロモン王についてどれくらい知ってる?」

 

 

 >ロマニが問いかけてきた。

 

 >……心なしか、目が真剣なように思える。

 

 

「……そうですねぇ。“旧約聖書の『列王記』に登場する、イスラエル王国の3代目。父親は先王ダビデ、母親はパテシバ。父王亡き後、王位を狙う者たちを打倒して王となった。エジプトに臣下の礼を取り、ファラオの娘を降嫁されることで安全保障を確立して、王国の最盛期を築いた”ことくらい? あ、あと、『ソロモン伝承』や『偽ソロモン文書』には“英知を持って悪霊を支配していた”という記述があったっけ。神殿建設に72柱の悪魔を駆り出したとか、子どもの親の見分け方とか、頭の回転もそうだけど、凄いカリスマの持ち主だなって――」

 

「タンマタンマ! 分かった、分かったから! キミがソロモンのことをよく知っていることは、充分理解し(わかっ)たから!!」

 

「え? でも、ざっくばらんにしか知らないし……」

 

「充分だよ。充分、分かりやすくまとまってるから……」

 

 

 >ロマニの顔が真っ赤になっている……。

 

 

「でも、私の知識なんて大したことないですよ? まだまだ勉強不足だし。これでソロモンのことを網羅してるなんて言ったらおこがましいよ」

 

「……そんなこと、ないと思うけどなあ」

 

「まだまだですって。それに、一番馴染み深い相手だったから、色々読み漁ってただけに過ぎないんだ」

 

「馴染み深い? ソロモンが? ……それまた、どうして?」

 

「私が最初に顕現したペルソナ、ソロモンだったの」

 

「え……」

 

 

 >ロマニはとても驚いているようだ……。

 

 

「ソロモンの力を借りて、私はずっと戦ってきた。今ではお姉ちゃんとのつながりでメサイアとタナトスを召喚できるけど、当時はソロモンが私の相棒だったの」

 

「ソロモンが、相棒……」

 

「形は何であれど、ソロモンには毎回助けられてきたからさ。そういう相手のことを学ぶって大事だと思ったんだ」

 

「……そっか。そっかぁ……」

 

 

 >ロマニはどこか嬉しそうだ……。

 

 

「そういえば、ドクターもソロモン王のファンなんだよね? にわか知識の小娘で良ければだけど、話をしない?」

 

「うん、いいよ。ボクでいいなら。――あ、そうだ! 折角だから、とっておきのお茶菓子を用意するよ! ちょっと待ってて……!」

 

 

 >…………。

 

 >ロマニと、ソロモン王についての話題で盛り上がった……。

 

 

 >目を輝かせたり、嬉しそうに目を細めたりするロマニの表情が、とても鮮やかだ。

 

 >ロマニの新たな一面を見た気がする。

 

 >ロマニとの距離が縮まった気がした……。

 

 

 隠者 ロマニ・アーキマン   RANK UP!

 

 

***

 

 

 

【夢世界・王の神殿:庭園】

 

 

 >…………。

 

 >……また、この場所だ。

 

 

 >所持品を確認してみる。

 

 >……トリュフチョコ、スイートポテト、さくさくクッキー、バナナカップケーキ……。 

 

 >約束していた菓子は、今回もきちんと()()()()に持ち込むことができたようだ。

 

 

「――来たか。人類最後のマスター、我が怨敵よ」

 

 

 >振り返ると、ソロモンが立っている。

 

 >言葉とは裏腹に、穏やかな気配が漂っている……。

 

 >気のせいか、どことなく嬉しそうだ。

 

 >……六華がここに来るのを、待っていてくれたのだろうか?

 

 

「それを言うなら、『貴方が呼んだ』の間違いじゃないの?」

 

「違いないな」

 

「人理焼却の犯人が敵対する小娘をこんなところに呼び込むなんて……貴方の気まぐれも大概だね」

 

「貴様のような矮小な人間が、今更何をしようと無駄なことだ。私の勝ちは揺らがない」

 

 

 >ソロモンは得意げに笑っている。

 

 

「……それに、大概なのは貴様だろう」

 

 

 >ソロモンは、呆れたように肩をすくめた。

 

 

「敵前に引きずり出されても尚、貴様は慌てふためくこともなく、この空間に馴染んでいる。……終いには、毎度毎度菓子を持ってくる始末」

 

「だって『献上する』って約束したもの。……要らなかった?」

 

「そんなことはない。断じて」

 

 

 >ソロモンは、妙に食い気味に宣言した。

 

 >……意外だ。いつもは「献上を赦す」と、尊大な態度で言い放つのに。

 

 >だが、彼はすぐに眉間に皺を刻んで唸った。

 

 

「ただ……」

 

「ただ?」

 

「……どう返礼すればよいのか、分からないんだ」

 

「どうして? ソロモン王なら、各国から沢山の贈り物を貰っていたでしょう?」

 

 

 >……ソロモンは、バツが悪そうに視線を彷徨わせる。

 

 

「……その、だな。私個人に対する贈り物を貰った経験が、皆無なんだ」

 

「……つまり、貴方個人に贈り物を贈ったのは、私が初めてってこと?」

 

「そうなるな」

 

「ふふふ」

 

「何だ」

 

「王と呼ばれるに相応しい貫禄と尊大な態度を兼ね備えているんだなと思ってたけど、意外と可愛いところあるんだぁ」

 

 

 >ソロモンは目を丸くしている。

 

 >……心なしか、顔が赤い。

 

 

「……私にそんなことを言ったのは、貴様が初めてだ」

 

「あ、照れてる? あはは、一気に親しみやすくなったなー。嬉しい」

 

「…………本来なら、貴様は即座に殺している。だが、この空間に足を踏み入れた者は例外なく『私の客人』だ。寛大な措置に感謝するがいい」

 

「うん。ありがとう、ソロモン! 嬉しいんだ。貴方とのお茶会、楽しみだったから!」

 

「…………ハァ」

 

 

 >ソロモンは深々とため息をつき、椅子に腰かける。

 

 >その横顔が、ほんの少し寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。

 

 >……彼は何かに気づいたらしく、眉間に皺を寄せた。

 

 

「おい。献上品の数が減ってないか?」

 

「あ、本当だ。ごっそりなくなってる」

 

「……まさか……」

 

『美味なり、美味なり!』

 

「やはり貴様か! 返せナベリウス!」

 

『『『美味なり、美味なり!』』』

 

「貴様らもか!」

 

「ふむ、意外と美味いな」

 

「死にたいようだなフラウロス」

 

「いだだだだだだだだだだだだだ」

 

 

 >…………魔神柱たちとお菓子の争奪戦を繰り広げるソロモンの様子を見守った。

 

 >ソロモンたちと和気藹々とした時間を過ごした……。

 

 

 >一通り、騒ぎも治まったようだ。

 

 >ソロモンは、どこか昏い表情を浮かべている。

 

 

「……我が怨敵」

 

「なに?」

 

「お前は、私が――……いいや、何でもない」

 

 

 >なんだか、寂しそうだ……。

 

 >……今回の茶会では、ソロモンの意外な表情を見ることができた。

 

 >彼の内面に近づくことができたような気がした……。

 

 

 

 運命 ソロモン   RANK UP!

 

 

◆◆◆

 

 

 『誰も気づかぬうちに、いつの間にか2016年が終わりそうになっていた』――(ちまた)はその話題で大盛り上がりとなっている。特に、結婚式を控えていたお調子者の後輩や、会社経営者である同級生兼雇い主が頭を抱えていたか。

 しかし、話はこれだけでは終わらなかった。この事態に関して、何かあったのだろう。義妹のバイト先である人理保証機関フィニス・カルデアが会見を行ったのだ。……行った、の、だが。

 

 

「真次郎さん! 六華が、六華が!!」

 

「何ィ!?」

 

 

 妻の湊が悲鳴を上げた。それにつられてテレビ画面を覗き込んで、真次郎も悲鳴を上げた。

 

 会見場の真ん中にいるのは、体感時間でつい数日前に見送った義理の妹である。最後に彼女を見たときより、義妹の横顔はより一段と逞しく、凛々しくなったように思う。琥珀色の双瞼は、多くの報道陣に囲まれていても揺らがない。

 報道陣からの質問に対し、義妹は粛々と返答する。時折、離れた席に座っていた美女や男性が解答権を奪うように発言しては、何やら難しい内容を口走っていた。勿論、真次郎が理解できるはずがない。頭に大量の疑問符を浮かべているうちに会見は終わってしまった。

 呆気に取られて暫しの時間が経過したとき、突如自宅の電話が鳴り響く。電話に出たのは妻で、電話の主は渦中の義妹であった。妻は迷うことなく電話のスピーカーモードを起動し、真次郎に手招きする。

 

 

「六華」

 

『お姉ちゃん! 私、私……』

 

「――頑張ったのね」

 

 

 湊は柔らかに微笑んだ。その笑い方は、嘗て真次郎の罪を――あるいは恋慕を受け入れてくれた時と同じ、慈愛に満ちたものだった。

 

 正直な話、フィニス・カルデアが開いた記者会見を見ていても、何があったのかを理解することは不可能だった。特に、頭はそんなに良くないと自負している真次郎では、さっぱり事態を把握できない。

 けれど、そんな真次郎でもわかることは1つある。有里六華は“何か”を成し遂げたのだ。嘗ての湊が影時間をなくすための戦いをやり遂げたように、六華も戦い抜いたのだ。失われた時間(2016年)は、六華の中にきちんと積み重ねられている。

 

 ならば、自分たちがかけるべき言葉は。

 戦い抜いた少女にかけるべき言葉は。

 ……難しく考える必要など、なかろう。

 

 

「頑張って、頑張って、やり遂げたんだよね。……偉いよ、六華」

 

「……おう。よくやった」

 

 

 スピーカーの向こう側で、ひゅっと息を飲む音が聞こえてきた気がした。幾何かの沈黙ののち、震える息遣いが零れてくる。

 頑張ったのだろう。歯を食いしばって、色々なことを耐えてきたのだろう。――それらすべてが、決壊したらしい。

 

 

『……うん。……うん……!!』

 

 

 涙で滲んだ声が、スピーカーから響いてきた。それに混ざるようにして、六華はぽつぽつと語り始める。『詳しいことは機密に係わるから言えない』と前置きして、だ。

 沢山の出会いがあった。沢山の別れがあった。湊と同じように、沢山の絆を紡いできた。そうして、駆け抜けた。――六華は声を震わせながら、言葉を紡ぐ。

 六華が落ち着いたのは、時計の針が2周ほど回った後であった。一息ついた六華は、今後の予定――いつ日本へと帰国するのか――を話し始める。

 

 どうやら、彼女は事後処理が済み次第日本に帰って来るらしい。時期的に、卒業式に参加するので手一杯になりそうだ、とも。

 

 

「お前、進路はどうするんだ?」

 

『このままバイト先に就職するつもりなんだ。どうしても、ここで働きたくて』

 

「そうか……」

 

 

 六華の過ごした2016年に何があったのかを知る由はない。けれど、その中で、六華は自分の行く道を決めた様子だった。流石は湊の妹である。姉妹揃って『はねっかえり』だ。

 手のかかる妹分だとばかり思っていたのだが、彼女の成長は早かった。なんだか感慨深い気分になる。真次郎がほぅ、と息を吐いたときだった。

 

 

『うぇぇぇ~ん、六華ー! マシュに殴られた上に、怒髪天のランスロットから宝具喰らった~! 慰めて~!』

 

『綾時、またマシュをナンパしてたの!? この前は清姫をナンパして焼き払われたのに、本当に懲りないね。いつかアイギスに撃ち殺されても知らないよ』

 

「おうちょっと待て綾時。お前なんで六華のバイト先にいるんだよ!? しかも、なな、ナンパだなんて、そんなふしだらな真似を……!」

 

『カルデアは美人さんが多いからね!』

 

 

 受話器越しにいるであろう綾時は、きっといい笑みを浮かべているに違いない。湊の人たらしを受け継ぎ、且つ、本人が女の子大好きな性格だからであろう。彼の姿を鮮明に思い浮かべることができたのは、それなりに付き合いが長かったためだ。

 綾時の特異性については、湊から聞いている。死を司る存在ニュクスが、湊の中で封印されていた結果、人間性を持って顕現した姿だ。ニュクス封印と共に消え去るはずだった彼だが、本人でも説明不能な事態に陥って、現在は『人間の側面を強く押し出した存在』として生きている。

 そんな奇跡を起こした張本人こそ、微笑ましそうに六華と綾時の話に耳を傾ける湊だ。朗らかに笑う彼女の姿から、彼女が世界を救った救世主であることを察する者などいないであろう。かくいう真次郎も、一時期共に戦ったことがあるにも関わらず、信じられなくなることがあった。閑話休題。

 

 元々死を司る存在――もとい、人外だった綾時だ。失われた2016年でもしぶとく生き抜き、六華の元に馳せ参じて力を貸したのだろう。湊が愛する妹は、綾時にとっても大切な相手である。そう考えると、綾時がカルデアにいることに関して、違和感は感じなかった。

 

 六華が家族と電話している姿を見たのか、背後が何やら騒がしくなってきた気配がする。六華や綾時の会話に紛れて、時折人の声が聞こえるのがその証拠だ。

 双方ともに、フィニス・カルデアなる組織でも、周りの人間と絆を紡ぐことができたらしい。真次郎は湊に視線を向ける。妻は我がことのように胸を張り、微笑んだ。

 

 

「そうだ、六華。卒業式が終わった後、特別課外活動部のみんなでパーティする予定なんだ。参加する?」

 

『本当!? したいしたい! あ、カルデアでできた友達と、恋人も連れってってもいいかな?』

 

「恋人!? おいちょっとまてどういうこと――」

 

「OKに決まってるじゃん! ね、紹介してよ!」

 

『うん! あ、そうだ。就職の件で伯父さんにも報告しておかなきゃいけないかなぁ』

 

「わかった。藤堂さんにも連絡してみる」

 

「待てコラ! 恋人って何だ、おーい!!」

 

 

 雑談は面白い程に続き、話が終わったのは時計の針が3周回った後だった。久々に聞いた義妹の声に、夫婦そろって安堵する。

 

 有里六華の旅は、ひとまずの終わりを迎えた。けれど、有里六華の人生は、これからも続いていくのだろう。荒垣真次郎と荒垣湊の人生が、これからも続いていくように。

 7年前の旅路を思い出す。限りある未来を守るために戦い抜いた少女の背中が浮かんでは消える。誰からも愛された少女は、罪深い男の運命すら変えて見せた。

 

 世界は続く。未来は続く。

 ああ、それはなんて、幸福な――

 

 

***

 

 

 ――さて。

 

 六華の卒業式は滞りなく終わった。生徒会長としての最後の仕事を全うし、後釜である天田乾に後が託された。

 嘗ての放課後特別活動部の面々と、六華の伯父である藤堂優也や彼の上司である南条圭らも加えてのパーティが開かれた。

 六華は真次郎の斜め右の席――湊の真正面に座っている。……では、彼女の周囲に座っている面々を確認しよう。

 

 右隣に座る少女――六華の後輩であるマシュ・キリエライトを除いて、みんな男ばかりだった。しかも、誰も彼もが彼氏面で座っている。

 六華は「恋人がいる」と言っていたし、姉そっくりで一途な気質だ。複数の男と関係するなんてことはあり得ない。絶対にない。

 

 では、誰が恋人なのだろう。真次郎は男たちを見つめてみたが、まったくもって判別できない。

 

 彼氏面が1人。

 彼氏面が2人。

 彼氏面が3人。

 彼氏面が……だめだ。頭が痛くなってきた。

 

 

(義妹よ。お前は何人攻略してきたんだ)

 

 

 義妹もまた、湊と同じ「人間タラシ」だったことを思い知り、真次郎は天を仰いだ。

 

 




クロスオーバー先:『ペルソナ3ポータブル』(P3P)

有里(アリサト) 六華(リッカ)
学力:天才
魅力:美しき悪魔
勇気:漢
アルカナ:太陽
<所持ペルソナ>
・タナトス
・メサイア
・ソロモン(六華の固有ペルソナ)


コミュランク:全MAX
※「誰か」1人のみと“特別な関係”になっているが、第3者には「誰か」がよく分からない状況にある。
・刑死者(試練、忍耐、献身)⇒マシュ
・隠者(沈黙、静穏、内省)⇒ロマニ
・運命(チャンス到来、大きな変化、一時的な現象)⇒ソロモン(ゲーティア)


ペルソナ能力は疑似夢幻召喚(インストール)扱いになりそうだなと思います。


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ケース:来栖絢斗の場合
これは、未来を盗り返す物語


【諸注意】
・クロスオーバー先はペルソナ最新作。
・クロスオーバー先の重大なネタバレ注意(重要)
・クロスオーバー先の重大なネタバレ注意(重要)
・クロスオーバー先の重大なネタバレ注意(重要)
・何かありましたら連絡ください。このお話を削除します。
・時間軸のすり合わせのため、FGO開始時が2016年、クロスオーバー先の発生時期が2014年となっている。
・FGOキャラクターがクロスオーバー先の作品に巻き込まれている。


【主人公】
来栖(くるす)絢斗(けんと) 大学1年生・年齢:18歳
・東京の某大学に通っている。法律関係の勉強をしており、夢は弁護士。
・双子の弟がいる。名前は来栖(くるす)(あきら)で、冤罪事件に巻き込まれていた過去があるようだ。
・暁の冤罪事件が理由で、一時期東京に避難していたことがある。暁は秀尽高校、絢斗は七姉妹学園高校。
・好きなものはピカレスクロマン、愛読書は『巌窟王』。


 喫茶店の店内にはコーヒー豆とカレーの香りが漂っている。どちらも、この喫茶店の名物だ。来栖(くるす)絢斗(けんと)の大好きな香り。

 来栖兄弟が東京の大学に進学して移行、高校時代とまではいかずとも、頻繁に顔を合わせるようになった。だが、これから暫くは、この香りともお別れだろう。

 

 

「そういえば、絢斗は来週から長期のアルバイトに行くんだっけ?」

 

「うん。変な人たちからしつこく勧誘されてね」

 

 

 弟――暁の問いに対し、絢斗は苦笑した。それを聞いた仲間たちが目を丸くする。

 

 

「長期アルバイトって、どこで?」

 

「外国の雪山。えーと、確か……『人理継続保証機関フィニス・カルデア』とかいうところ」

 

「……じ、人理、なんだって?」

 

「何やら胡散臭い団体だな。大丈夫か?」

 

 

 金髪の青年が眉間に皺を寄せて首を傾げた。黒髪の青年は訝し気に眉を顰める。

 2人の反応は当然のことであり、絢斗が勧誘されたときの反応と一緒だからである。

 

 それを聞いた眼鏡の少女が唸った。

 

 

「フィニス・カルデア……」

 

「知ってるの?」

 

「星の動きを観察する天文台で、とある国の標高6000メートルの雪山にあるそうだ。ただ、オカルト方面ではキナ臭い噂が絶えない」

 

「ああ、確かにちょっとオカルティックなところがあったよ。『世界を救うために、人類の未来を守るために、キミの力が必要だ』とか」

 

「うっわ……」

 

「明らかにカルト教団の誘い文句じゃない……!」

 

 

 それを耳にした途端、仲間たちの表情が一気に曇る。気持ちは分からなくない。分からなくはない、が。

 

 

「スカウトしてきた人が、鬼気迫る形相で、大泣きしながら頭下げてきたんだ。困っている人を放置するわけにはいかないでしょ?」

 

「し、しかしなぁ……!」

 

「それに、『世界と人類の未来を守る』って、僕たち風に言い換えれば『世界と人類の未来を()り返す』ってことになるよね?」

 

「な、成程……!」

 

 

 自分たちの流儀風に言い換えれば、仲間たちは目から鱗と言わんばかりに息を飲んだ。

 

 

「ってことは、海外進出ってことか!? すっげぇ、すっげえよ!!」

 

「いや、進出というよりは派遣だろう。どちらにしても、俺たちの仲間が海外の組織に協力するということには変わりないだろうが」

 

「スケールが大きくなってきたな!」

 

「それ以前のこと忘れてない? そもそも、怪盗団はもう解散したでしょ」

 

「でもでも!」

 

 

 途端に、彼らの瞳が爛々と輝き始める。先程までの疑心暗鬼は嘘のようだ。

 

 

「フフ、流石は兄弟」

 

「当然だろ兄弟。道理は通すため、正義は貫くためにあるんだ」

 

 

 誇らし気に胸を張る絢斗を見た暁もまた、満足げに頷き返す。嘗て、道理と正義を貫いたために辛酸を嘗めさせられ、それでも屈することなくすべてを成し遂げた双子の片割れ――揺るがぬ正義感と、甘すぎる程のお人好しだ。半身である絢斗の考えを理解してくれたらしい。

 絢斗は暁ではない。でも、暁や仲間たちに恥じぬ人間でありたいと、心の底から願っている。自分が信じる正しい道を、真っ直ぐ進んで行ける人間――高校生だった頃とは違い、最近は色々と自由に身動きできなくなってきたこともあった。

 でも、諦めるつもりはない。それが、奇跡みたいな1年間で得た絆だ。消して途切れることのない、無限の未来そのものだ。あの日、暁たち怪盗団一味が『聖杯』という悪神から取り戻した『オタカラ』なのだから。

 

 兄弟同士でハイタッチをしたとき、椅子に座っていた黒猫が「あ」と間抜けな声を出す。蒼い瞳は驚愕に見開かれていた。

 

 

「なあ、ワガハイ大変なことに気づいたんだが」

 

「どうした?」

 

「絢斗の言葉を更に深読みすると、『ワガハイたち怪盗団が()り返した『世界』を狙っている大悪党が現れた』ということにならないか?」

 

 

 一瞬、喫茶店内は沈黙に包まれた。

 仲間たちの顔が鬼気迫るものへと変貌する。おそらく、絢斗も同じような顔をしていることだろう。

 

 

『ペルソナ使いの大半は、怪異と戦い続ける運命にあるんだよ』

 

 

 ひょんなことで共闘した年下の先輩が語っていた言葉を思い出す。

 

 つまり、今回の長期アルバイトは、絢斗の“次なる戦いの舞台”である可能性が高い。しかも、嘗ての仲間たち――怪盗団たちの中で、その切符を手にしているのは来栖絢斗ただ1人なのだ。

 怪盗団として活動していた頃は、仲間たち同士の連携でどうにか乗り切って来た。だが、今回絢斗が向かう先は、見知った人々など1人もいない海外の雪山である。日本人がいるかどうかも心配なレベルだ。

 だが、その程度の障害で足を止めるような性格ではない。自分の道は自分で決める。仲間たちもそれぞれの道を自由に往くのだ。彼らの仲間として、無様な選択はできない。あの日勝ち取った未来を奪われる可能性があると言うなら、尚更だ。

 

 

「……今回限りは、絢斗に任せるしかないよな。絢斗だけなんだろ? その、ふぃーなんちゃらの勧誘条件にぴったりだったの」

 

「フィニス・カルデアだよ」

 

「そうそう、それ! 世界を救った怪盗団の力を、ふぃーなんちゃらで見せつけて来いよ! ガツンとやれ、カウント!」

 

「だからフィニス・カルデアだってば、スカル。……ジョーカー」

 

 

 嘗てのコードネームを口にすれば、弟は厳かに頷き返した。

 

 

「ああ。俺たちもできるだけサポートする。頼むぞ、カウント」

 

「――お任せを。まずは予告状から始めようか」

 

 

◇◇◇

 

 

「カルデアの人々はいい人たちですよね」

 

「いきなりどうしたんだい? 絢斗くん」

 

「僕の周囲には碌な大人がいなかったんです。だから、最初にドクターを見たときは身構えてしまいました。奴らの同類なのかと」

 

 

 「でも、全然違うようで安心しました」と絢斗が笑えば、ドクターロマンは眉間に皺を寄せた。

 何か言いたげに視線を彷徨わせていたロマンであったが、意を決したように問いかける。

 

 

「……ちなみに、どんな大人がいたんだい?」

 

「外面のいい暴力糞レイ〇ー教師、若者の芽を摘む成金盗作芸術家、超弩級の金の亡者、弟に冤罪を着せた独裁政治家――」

 

「なにそのクズの吹き溜まり!? キミはどうしてそんな連中と出会い続けてきたんだよぅ!? この世すべての不運でも背負ってるの!?」

 

「そんな大人たちを更生させる戦いをしていたら、聖杯という名の悪神を消滅させるに至っただけです」

 

「ねえ本当に何してるの!? 本当に何してたの!? ボクの聞き間違いでなければ、今とんでもないパワーワードが出てきたように思うぞぅ!?」

 

 

 魔術師一同の中で感性が普通であるドクターロマンには、少々重荷だったかもしれない。詳細を語って聞かせたら頭を抱えて体を震わせていた。「大人が子どもを守らなきゃいけないのに」等と呟くロマンの肌は真っ青通り越して真っ白だ。可哀そうなことをした。

 それでも大人に不信感を抱かなかったのは、暁の無罪を勝ち取るために奔走していた大人たちの姿を見たからだ。特に、暁の担当検事である新島冴が頑張っていたのが大きい。彼女もまた、誰かの為の正義を貫くために歩み続けている……そのはずだったのに。

 人理焼却を成し遂げた連中のことを赦すつもりはない。無残に踏みにじられたのは、未来だけではないのだ。悪神から()り戻した超弩級のオタカラを、横から掻っ攫われてぶち壊された。――嗚呼、黙っていられるはずがあろうか!!

 

 

(許さない。許してはおけない。――復讐を! 黒幕から、すべてを()り返す!!)

 

 

 絢斗の決意に反応するかのように、ペルソナが揺らめいた。

 この場一帯を焼き払いそうな勢いである。勿論、暴発させるつもりはないが。

 息を整え平静を保ち、絢斗はロマンに向き直った。

 

 

「怪盗団最後の生き残りとして、僕は黒幕からすべてを()り返す。ドクターロマン、これからも力を貸してください。お願いします」

 

「……分かった。キミの期待に応えられるような、立派な大人を張れるように頑張るよ……」

 

 

 ――彼の返事が歯切れが悪かったことが、絢斗は何故だか気がかりだった。

 

 

 

 隠者 ロマニ・アーキマン  RANK UP!

 

 

***

 

 

 ――ああ、この瞬間を待っていた。

 

 

「お初にお目にかかります、魔術王ソロモン。僕は怪盗団メンバーの1人“カウント”と申します。以後お見知りおきを」

 

 

 怪盗団に所属する怪盗の1人・カウントは恭しく頭を下げた。どこからともなく吹いた風が、紺色のマントを静かに揺らす。

 

 

「貴方の部下である魔神柱さま一同にお渡しした予告状、ご覧いただけましたか?」

 

「ああ、あの下らぬ文か。誇大妄想甚だしい愚か者の遠吠えなど――」

 

「――成程。一応、目を通していただけたようですね。何よりです」

 

 

 ソロモンの罵詈雑言を切り捨てるが如く、カウントは奴の言葉を遮る。

 

 

「嘗て、我々怪盗団は悪神から世界を()りかえしました。命を懸けて手にした、かけがえのないオタカラです。――それを、横から掻っ攫われて踏みにじられた。当事者の1人である僕が、黙っていられるはずがありましょうか!」

 

「ほう? ならばどうするつもりだ?」

 

「予告状に記載した通りですよ、魔術王ソロモン」

 

 

 カウントは懐から1枚の紙を取り出した。

 怪盗団のマーク――シルクハットと仮面が描かれたそれを指し示す。

 

 

「貴方が奪い取った世界の未来を――兄弟や怪盗団の仲間たちと、民衆をひっくるめた人類を()り戻しに参りました。……いずれ、熨斗つけて返していただきます」

 

 

 

 愚者 第4特異点  RANK UP!

 

 

***

 

 

 監獄塔と呼ばれる場所の風景に、酷く既視感を抱く。嘗て自分が囚われた『ベルベットルーム』の牢獄を連想してしまったからかもしれない。ジョーカーの導きがなければ、きっとカウントは囚われたままだったであろう。

 ジョーカーもまた、監獄と縁深い人間であった。正当な正義を貫いたと言うのに、冤罪によってすべてを奪われてしまった。彼は1人、牢獄の中で戦い続けていたのだ。逃げること無く、カウントや怪盗団の仲間たちを信じて。

 

 

「お前は恐れないのか」

 

 

 カウントを先導していたアヴェンジャーが問いかけてきた。監獄だけでなく、彼の存在にも既視感を覚えるのは何故だろう。

 

 

「似たような場所なら、既に経験済みですので」

 

「…………成程。仮初のマスターは、随分と奇特な人生を歩んできたと見える」

 

「気を使わなくとも大丈夫ですよ。脱獄上等、欲望はそのまま希望へ転換です」

 

 

 そうこうしているうちに、試練の間と呼ばれる部屋の前に辿り着いたようだ。アヴェンジャーは扉を開ける。待っていたのは数多の亡霊たちと、ファントム・ジ・オペラのシャドウサーヴァントであった。

 彼らを斃さねば、カウントは監獄塔から出られない。見知ったサーヴァントを殺すことに罪悪感がないわけではないが、帰りたいという決意を貫くためには必要不可欠なことであった。歯噛みしながらも、カウントはため息をつく。

 対して、アヴェンジャーは愉快そうに笑っていた。小手調べだと語る彼に、カウントも頷いて戦闘態勢を整えた。間髪入れず亡霊たちが飛び出して来る。アヴェンジャーは高笑いしながら亡霊たちに攻撃を仕掛けた。

 

 

「クハハハハハハ!」

 

「一端引いてください、アヴェンジャー」

 

 

 形成はこちらが上だが、油断大敵である。嫌な予感は的中したようだ。アヴェンジャーが距離を取り直したのと入れ違いで亡霊が強力な攻撃を繰り出した。

 あのまま攻撃一本に絞っていたら、不意打ちを叩きこまれていただろう。カウントは内心ほっとした後、自分の仮面に手をかける。

 

 召喚するのはカウントの相棒だ。長らく共に戦ってきたペルソナで、神をも罰した悪魔の王の片割れを成す反逆の徒。

 

 

「――モンテクリスト」

 

 

 仮面をはぎ取った刹那、青い光が爆ぜる。豪奢な外套を身に纏ったモンテクリストが監獄塔に降臨した途端、この空間自体が酷く脈打った。

 監獄塔はこのペルソナと所以があった。その影響なのか、些か興奮しているように思う。呼応するが如く、死霊たちがざわめき始めた。

 ここで止まるつもりはないので、カウントは躊躇うことなく力を振るった。黒い光が亡霊たちを消滅させていく。どうやら弱点だったらしい。

 

 不意に、視線を感じて振り返る。そこには、大きく目を見開いてカウントを凝視するアヴェンジャーがいた。まるで信じられないものを目の当たりにしたと言わんばかりに、彼の表情は戦慄いている。

 

 

「アヴェンジャー、敵が来ます!」

 

「――残酷なことだ」

 

 

 アヴェンジャーは帽子を深く被り直すと、その勢いのまま敵に攻撃を仕掛ける。

 彼の横顔が複雑そうに歪んでいたように見えたのは、きっと気のせいではないのだろう。

 

 

 

 剛毅 アヴェンジャー  RANK UP!

 

 

◆◆◆

 

 

「ああもう……! なんで、どうしてこんな目に合わなきゃいけないのよぉぉ……!」

 

 

 オルガマリー・アニムスフィアは頭を抱えて蹲っていた。文字通りの恐慌状態と言えるだろう。何もそれは、彼女に限ったことではない。この場にいる人々みんながそうだ。

 赤い雨が降り注ぐ。巨大生物の骨が、檻のように天を覆っていた。交差する檻の間から僅かに伺える空も赤く濁っている。天には巨大な『神』が鎮座していた。

 世界が突如塗り替えられただけならまだマシだったかもしれない。なんと、そこにいたはずの人間が突如溶けだし、この世界から文字通り『消失』するのだ。

 

 魔術師同士のゴタゴタで、極東の島国を訪問する羽目になったときから嫌な予感しかしなかった。つい最近当主となったばかりのオルガマリーをこき下ろすため、他家の魔術師たちが暗躍していることは知っている。どいつもこいつもロクな奴がいない。

 下手すれば、アニムスフィア家が必死に守ってきたものを根こそぎ奪われてしまうかもしれない状況だ。相手がどんな権謀術策を張り巡らせていたとしても、オルガマリーにはそれを断る権利はない。歯噛みをしながら、辛酸を舐めながら、必死に頑張っていたのだ。

 

 

「う、うわああああ!」

 

「やだ、やだ……! 助け――」

 

 

 オルガマリーが震えている間に、自分の目の前でまた人が消えた。まるで、()()()()()()()()()()()()かのように。

 居場所は称賛、あるいは肯定とも言えるだろう。それを奪われていく図は、オルガマリーの現在――そして、辿り着く末路のように思えてしまう。

 

 

(私も、彼らのように――)

 

 

 考えるだけで、身体から体温が奪われていくような感覚に見舞われた。心なしか、自分がへたり込んでいる場所が黒く淀んできたように思う。

 

 

(嫌……! 私、まだ、誰にも認めてもらえてないのに……! 誰にも褒めてもらってないのに――!!)

 

 

 オルガマリーが震えている間に、また人が目の前で消えた。消失は平等に発生する。普通の一般人であっても、おそらくは魔術師であっても、この超現象を覆す手立てはない。

 そもそも、なんで極東の島国に『神』という超存在が軽々しく現界しているのだろう。極東は未開の地で魔境であるとは専らの噂だけど、ここまで酷いだなんて思わなかった。

 最早、オルガマリーの“アニムスフィア家当主の誇り”なんて吹き飛ぶ寸前だ。この場にいない人物の名を叫び散らさないという意味では、ギリギリ踏み止まっている状態である。

 

 だが、それも限界であった。

 一番信頼できる人物の名を叫ぼうとオルガマリーが口を開きかけたとき――

 

 

『……絶対、絶対に……』

 

 

 どこかからか、声が聞こえた。反射的に顔を上げれば、ビルに備え付けられた巨大な液晶画面に何かが映し出されている。

 

 何かのマーク。オルガマリーにはそれが何を意味しているかなんて理解できない。

 けれども、オルガマリーは、それから目を逸らすことができなかった。

 

 

『――世界を奪い取る!』

 

 

 その言葉が響いた途端、人々はざわめき始めた。至る所から『怪盗団』というワードが零れ落ちる。

 

 

(そういえば、つい最近まで、『日本には変わった怪盗団が出没している』なんて噂があったような――)

 

「――やっちまえ、怪盗団!」

 

 

 不意に、青年の叫び声が響き渡った。人々のざわめきを切り裂いて、青年は拳を振り上げて叫ぶ。

 彼の表情は至極真面目で、魔術による洗脳はおろか、精神が病んでいるようには見えない。

 けれど、人々は青年を見て距離を取り始めた。民衆には、彼が気狂いに見えるらしい。

 

 奇異の眼差しに晒されながらも、それでも青年は叫ぶのだ。必死になって訴える。誰に何を言われようとも、青年は怪盗団を信じているのだと。

 

 

「今までアイツらが、なんで体張って来たと思ってるんだ! いい加減、目ェ覚ませよ! いつまで逃げてるつもりなんだよ!」

 

 

 この場が水を打ったように静まり返る。その沈黙に、青年は悔しそうに歯噛みし――次の瞬間、まばらながらも声が響いた。

 「怪盗団、頑張れ」――誰かが零したエールが、振り上げた拳が、小さな一言が、あっという間に伝染していく。水の波紋が波及するように。

 

 

『“人の心を盗む『怪盗』がいる”って、信じますか?』

 

『私の故郷で今、凄く有名なんです。なんでも、悪い奴らを次々と改心させていくダークヒーローだって!』

 

 

 馬鹿みたいな話だと思っていた。荒唐無稽な話だと思っていた。そんな奴らがいるのなら、今すぐ、アニムスフィア家からすべてを奪おうとする薄汚い連中たちを成敗してくれと思っていた。

 

 こんな状態の世界を救うため、この世界に囚われた民衆を救うため、『神』と呼ばれる強大な敵に抗い、命を懸けて戦う人々がいる――。そんな彼らを、民衆たちは見捨てなかった。そんな彼らだからこそ、民衆たちは彼らを支持している。頑張れ、と、激励しているのだ。

 悲しいがな、完全部外者状態のオルガマリーには、怪盗団を指示する民衆たちのような清い理由で怪盗団を応援することはできない。でも、怪盗団を指示することで、こんな悪夢を抜け出すことができるのなら、何だってしてやる。

 虫のいい話ではある。けれど今この瞬間は、オルガマリーにとっての救世主(しるべ)はレフ・ライノールではなかった。偶然この国で居合わせた、この国を根城にして活躍する赤の他人たち――怪盗団と呼ばれるダークヒーローたちであった。

 

 

「お願い、怪盗団! 私を――私たちを、人類を救って!」

 

 

 オルガマリーが祈ったときだった。突如、ビルの屋上に青い光が2つ立ち上る。鎖が切れるような音が響き渡り、大きな力が弾けた。

 砕け散った何かの破片が、流星群のように降り注ぐ。朝焼けの光に紛れて消えていったのは、一体何だったのだろう。

 

 その答えはすぐに分かった。天に降臨した『神』と対峙するが如く、黒い翼を持つ何かが降臨する。その姿を例えるならば、悪魔――あるいは大魔王と称した方が相応しい。

 『神』は容赦なく断罪を下す。しかし、魔王にはそんなもの一切通じない。文字通り「圧倒的」と言えるだろう。それを見た民衆たちが表情を輝かせた。

 外面は最悪。けれども、これ以上最高の救世主は存在しない。オルガマリーは自然と立ち上がり、拳を握り締めていた。口元が緩み、段々と弧を描き始める。

 

 嗚呼――心が踊る。

 

 

『成程。神が悪さするんなら、悪魔の王で退治してやるって訳か……!』

 

『“悪さするなら、たとえ神様ですらも更生させる”! 今世紀最大の世直しですよ、ジョーカー』

 

『ハハハ、違いない! ――さあ、これで決める。行くぞ、カウント!』

 

 

 ざざざ、と、テレビ画面に映し出されていたマークが歪んだ。ほんの一瞬、人影が写る。

 

 右側にいる黒服の青年は顔が見えない。けれど、左側にいる貴族風の衣装を身に纏った青年の姿を、オルガマリーははっきりと見ることができた。

 黒い髪に青い瞳。晴れ渡った空を思わせるような双瞼は、一切の揺らぎがない。他者から何を言われようが、彼は決して屈することはないだろう。

 

 2人の少年は銃口を『神』に向ける。『神』の命乞いも無視して、少年たちは引き金を引いた。魔王の持つ銃から撃ちだされた弾丸が、『神』の脳天を真正面からぶち抜く。『神』は暫し沈黙したが、何とも安っぽい台詞を残して消滅した。

 間髪入れず、世界が光に包まれ始めた。オルガマリーは思わず目を手で覆う。光が晴れたとき、そこは何の変哲もない都市であった。多くの人々でごった返し、道路にも多くの車両が行き来する――どこにでもある平和な光景。

 先程まで広がっていた世紀末など夢だったのかと疑いたくなるくらいだ。オルガマリーが首を傾げたとき、先程まで怪盗団を応援していた青年と紳士の姿が目に入った。彼らはずっと、とあるビルを見上げながら笑っている。怪盗団の話題で盛り上がっているらしい。

 

 

「……そうよね。怪盗団は居るのよね……」

 

 

 正義を貫いた彼らの姿は、偶然1度見ただけのオルガマリーにも鮮明に刻まれた。

 自分もあんな風に、立ち上がることができるだろうか。他者に何を言われても、自分の正義を貫けるような人間に。

 

 アニムスフィア家を、カルデアを守れるような当主になりたい――それが、オルガマリーの正義だ。あの怪盗団のおかげで、性悪な臆病者の小娘と揶揄された自分にも“揺らがない柱”が出来上がったように思う。

 

 

「彼らが世界を救ったのだもの。私だって負けていられないわ」

 

 

 オルガマリーは微笑んだ。レフの前以外で微笑んだのも、心がこんなにも軽やかなのも、随分久しぶりのように思う。

 清々しい気分だった。自分を縛りつけていた楔を打ち壊し、牢獄から解き放たれたかのように。

 

 

 

***

 

 

 熱い。痛い。苦しい。

 

 無限の苦しみに飲み込まれながらも、オルガマリーは歯を食いしばる。自分の半身は既にカルデアスに飲み込まれており、マスター候補生・来栖絢斗/怪盗団の一味・カウントと、彼のペルソナによってどうにか現状維持を成している状態だ。だが、このまま彼らの手に掴っていたら、彼らもカルデアスに飲み込まれてしまうだろう。

 どうすればいい? どうすれば、オルガマリー・アニムスフィアは正義を貫けるだろう。現状、この異変を解決できる存在は、来栖絢斗/カウントしかいないのだ。このまま彼を道連れにすることは痛手以外の何物でもない。悔しい話だが、この危機を脱するカギは来栖絢斗/カウントだけなのだ。

 死ぬのは怖い。誰にも認めてもらえていないのに、褒めてもらってすらいないのに。こんなのは嫌だと叫ぶ己を叱咤する。脳裏に思い浮かべたのは、嘗て東京で目の当たりにした怪盗団の活躍だ。正しいことのために、命を懸けて立ち上がり、『神』すら構成させた少年の姿だ。

 

 彼らだったら、こんなときどうするだろう? 自分の利ではなく、誰かの為の正義を貫いた彼らだったら。

 今、必死になってオルガマリーを助けようとする絢斗/カウントならば。

 

 

(……今、私の為すべき、正しいこと、は――)

 

 

 痛みを堪える。歯を食いしばる。

 カルデア所長として、無様な姿は曝せない。

 

 

「来栖絢斗……カウント。手を、離しなさい……!」

 

「嫌です! 所長を見捨てることはできません!」

 

「離せと言っていることが分からないの!?」

 

 

 命を懸けて、オルガマリーは叫ぶ。屹然とした姿を保ちながら。

 嘗て彼らが命を燃やしたときのように。

 

 

「貴方はカルデアの、人類最後のマスターなのよ! 人類の未来を救えるのは、最早貴方だけなの! カルデアの所長として、貴方を失うわけにはいかないのよ!!」

 

「所長……!」

 

「いい!? 所長としての、最期の命令(オーダー)よ……『何が何でも、人理修復を成し遂げなさい』! でなければ、人類の未来はないわ……!」

 

 

 叫んでいる間にも、オルガマリーの身体はカルデアスに沈んでいく。最早体の3分の2が飲み込まれていた。

 所長としての頼みごとは終わった。後は、オルガマリー個人の願いを告げなくては。

 

 

「……お願い、怪盗団……! 『人類を救って』……!」

 

「!」

 

「報酬は、人類の未来……! 拒否権は、ないわよ……!」

 

 

 オルガマリーは不敵に笑うと、躊躇いなく絢斗/カウントの手を振り払った。楔を失った身体は、あっという間にカルデアスの中へと沈み込んでいく。

 

 大丈夫だ。希望は確かにここにある。心配する必要はない。

 彼ならば、託されたものを受け取ってくれるだろう。

 

 

「私、貴方たちを信じているわ――」

 

 

 すべてを言い終わるよりも先に、オルガマリーの身体はカルデアスの中に沈む。

 間髪入れず、オルガマリーの意識も闇に包まれ――そのまま断線した。

 

 




クロスオーバー先:『ペルソナ5』

来栖(くるす) 絢斗(けんと)
知識:知恵の泉
度胸:ライオンハート
器用さ:超魔術
優しさ:地母神
魅力:魔性の男
アルカナ:審判
コードネーム:カウント(伯爵)
武器:仕込み杖、拳銃
<所持ペルソナ>
・モンテクリスト
・◇◇◇◇◇(モンテクリストとアルセーヌが融合したペルソナ)


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ケース:鏡剛一郎の場合
公式が病気(ガチ)


【諸注意】
・クロスオーバー先の重大なネタバレ注意(重要)
・クロスオーバー先の重大なネタバレ注意(重要)
・クロスオーバー先の重大なネタバレ注意(重要)
・「こいつが人類最後のマスターで人理修復が成し遂げられるか」に関してはノーコメント。


【主人公】
(かがみ)剛一郎(ごういちろう) 無職・年齢:20代
・家族構成は「妹がいる」こと以外一切不明。
・カルデアにスカウトされるまではずっと無職だった。
・妹からは蛇蝎の如く嫌われている模様。


 “筋肉隆々の成人男性が、明らかに体躯に不釣り合いなセーラー服を着てカルデアの正面ゲートに現れた”――。

 

 

『あpsgふgこ&*@w2$3op\zq%!?!?!!?』

 

 

 正面ゲートの認証システムが盛大にバグったのを皮切りに――それでも最終的には『大変不本意ながら、登録ナンバー48番と一致しました』と言って扉を開いてしまった――、彼を迎え入れたスタッフたちは次々に仰天した。

 それもそうだろう。どこもかしこも筋肉で覆いつくされた体躯を持つ屈強な男性が、誰が見てもサイズの合わない女子学生のセーラー服を身に纏っていたのだ。カルデアの職員たちにとっては、視覚の暴力以外の何者でもない。恐慌状態に陥る者が多かった。

 

 

「マシュ! い、今すぐコイツから離れなさい! 大至急だ!!」

 

 

 レフ・ライノール(フラウロス)もその1人である。48番目のマスターに戦々恐々とした様子でコンタクトを試みるマシュ・キリエライトの眼前に躍り出た。

 マシュの近くをうろつく小動物は顔面蒼白になりながらカタカタ震えているが、今のレフならこの小動物や性的知識に羞恥と嫌悪を感じる人間たちの気持ちがよく分かる。

 

 今だからこそ、レフの友人であるロマニやマシュに関係するスタッフたちが『マシュを汚したくない』と奔走する理由が痛いほど理解できる。

 特に、レフ――否、フラウロス含んだ魔神柱は、嘗ての王によって創り出された存在だ。よく似た境遇で命を与えられたマシュに対し、レフは強いシンパシーを感じていた。

 

 コイツはダメだ。なんかもう色々ダメだ。第1印象からして最悪の極みである。こんなものを視界に納めることになったマシュが可哀想で可哀想で仕方がない。

 こんな人間がこの世界に存在しているという事実だけで、この世が悍ましいことが分かる。こんなものと生きていかねばならない人類が哀れで仕方なかった。

 憐憫の意味は大きく変わってしまったが、『人理焼却を絶対に成功させねば』という意志はより一層強くなったのは事実である。結果オーライと言ったところか。

 

 

「で、でも、先輩は……」

 

「先輩!?」

 

 

 マシュの口から出てきた言葉に、レフは激しく混乱した。

 

 先輩、先輩だと!? こんなケダモノを、あの子は『先輩』と呼ぶほど親しんでしまったと言うのか!?

 なんてことだ。ああ、なんてことだ! レフが早くここに来なかったせいで、マシュが汚されてしまった!!

 カルデア以外の世界を知らぬ無垢な魂が、あんな変態との接触によって汚れてしまった――他の魔神柱共々絶叫する。

 

 満場一致で『全部フラウロスのせい』という結論が出た。魔神柱を統括するゲーティアなんか、絶対零度の眼差しでフラウロスを睨みつけている。

 満場一致で『あのマスターは絶対殺せ』という結論が出た。無論、『まずはアイツを普通の格好に着替えさせる』ことが先決だったが。

 

 

「48番目のマスター。そろそろ説明が始まるから、その前にカルデア制服に着替えて来なさい」

 

「断る。俺の肉体美が一番映えるのは、この“妹の夏服”だ」

 

 

 48番目のマスターはにべもなく切り捨てると、得意満面の笑みを浮かべてポーズを取った。所謂“ジョジョ立ち”と呼ばれる、特徴的なポーズのものだ。

 ぱっつんぱっつんの女子制服から、武骨な筋肉がはち切れんばかりに姿を現す。服は布の限界まで引っ張られ、心なしか悲鳴を上げているように思えた。

 

 

「うわあああああああああああああああああ!?」

 

「どうだ、美しいだろう?」

 

 

 レフは反射的にマシュの視界を遮った。庇った少女の代わりに、容赦なく視界の暴力を叩きこまれる。

 

 それからの出来事は思い出したくもない。だが、48番目のマスターと言い合いを繰り広げ、どうにか彼に「仕方がない。着替えてこよう」と言わせることができた。

 レフは爆弾によって全てのマスターを屠るつもりでいる。しかし、流石にあんな『視界の暴力』を投入する程()()()()()ではない。

 伊達に憐憫の権化をやってるわけではないのだ。最期にあんな汚物を見ながら死んでゆくことになるなんて、色々と可哀想ではないか。

 

 レフはマシュを伴い、管制室に足を踏み入れる。そこには、先程着替えに戻った48番目以外のマスターたちが集っていた。38人は生粋の魔術師たち、残り10名が一般枠から選ばれた数合わせの連中たちだ。

 哀れなことに、彼等は自分の命が残り数刻であることを知らない。レフが仕掛けた爆弾によって、カルデアの中枢は吹き飛ばされる。人理修復を行う組織も機材もなくなれば、人類にはもう打つ手が無くなるのだから。

 

 

「こんな大事なときに来ていないマスターがいるみたいね。48番の(かがみ)剛一郎(ごういちろう)……信じられない! 常識外れだわ! 一体何をやってるのかしら!?」

 

「ま、まあまあ。彼の遅刻は私も一枚噛んでいてね。私に免じて許してやってくれないか?」

 

 

 ヒステリックな形相を浮かべたオルガマリーを適当に宥めすかしながら、レフは48番目のマスター――(かがみ)剛一郎(ごういちろう)の到着を待つ。

 程なくして管制室の扉が開かれる。遥かに遅れた到着を咎めようとしたオルガマリーが扉の方に視線を寄越し――そこにいた剛一郎の姿を見て絶叫した。

 

 

「きゃああああああああああああああああっ!!?」

 

「うわああああああああああああああああっ!!?」

 

 

 絶叫したのはオルガマリーだけではない。この場にいるマスターも、カルデアのスタッフも、レフ・ライノール・フラウロス自身も絶叫していた。絶叫せざるを得なかった。

 だってそうだろう。管制室にやって来たのは、カルデア戦闘服(女性用)に身を包んだ屈強な成人男性――(かがみ)剛一郎(ごういちろう)なのだから。

 

 確かに、レフは剛一郎に着替えろと言った。着替えてくれと頼んだ。

 でも、「カルデア戦闘服に着替えろ」とは一言も言ってない。

 しかも、奴が着ている戦闘服は女性用だ。明らかに体格とは不釣り合いである。

 

 

「アンタ、なんて格好してんのよぉぉッ!?」

 

「そこの男にしつこく『着替えろ』と命令されてな。服を探していたところ、素晴らしい服を見つけたので着てみたのだ。どうだ、美しいだろう?」

 

 

 剛一郎は得意気に笑い、セクシーポーズを決めて見せる。圧倒的な視界の暴力によって、カルデアの管制室はあっという間に阿鼻叫喚地獄へと突入した。

 

 そんな中で、オルガマリーはわなわなと握り拳を震わせていた。管制室内には怒号が響き渡っている。だが、どんな悲鳴や罵詈雑言も、剛一郎を揺らがせるには至らない。

 彼らの声を何と認識したのか分からないが、剛一郎は自慢げに微笑んで更なるポーズを決める。例えるならそれは、ボディビルダーが審査で見せるポージングであった。

 

 

「……け……」

 

「む? どうかしたか?」

 

「――この変態がぁッ! 私のカルデアから出て行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」

 

 

 オルガマリーのキャパシティも限界を突破したのだろう。彼女はヒステリックに叫んだ。ほぼ反射で、オルガマリーは剛一郎を管制室から蹴り飛ばす。

 レフも彼女に続いて管制室の扉に細工を施した。鏡剛一郎が管制室に入って来れないようにする効果のものだ。あんなものは、ここにあってはいけない。

 管制室の扉が閉められ、沈黙が広がる。幾何かの沈黙の後、管制室は歓声に飲み込まれた。あの変態を追い払ったのが、所長のオルガマリーだからだ。

 

 

「――あ」

 

 

 やんややんやの大喝采。その歓声の中で、レフは思わず声を漏らした。

 

 自分は何をしようとしていたのか。――あのマスターを、鏡剛一郎を優先で殺さなければならないと考えていた。

 自分は今何をしたのか。――オルガマリーと一緒になって、鏡剛一郎を管制室から追い出した。()()()()()()()()()

 

 

(や……やってしまったァァァァァァァァ!!)

 

 

 マスターを殺すために、管制室に爆弾を仕掛けた。丁度、作戦開始時間に間に合うよう、爆破時刻をセットして。――それなのに、爆弾を仕掛けた管制室から剛一郎を放り出してしまうとは、なんたるミスだ!!

 

 頭の中では、他の魔神柱からのブーイングが飛び交っている。周囲の大喝采と合わさり、それはレフの脳内でわんわんと響き渡った。とりあえず、レフは弁明を試みる。

 紆余曲折あったものの、『あんな変態に人理修復が成し得るとは思えない』ことを説きまくって、どうにか他の魔神柱を納得させることに成功した。

 

 

 

 

 

 

 後に。

 

 自分の仕掛けた爆弾によってカルデアの精鋭マスターたちが意識不明の重体に陥り、カルデアが人類最後のマスターとして鏡剛一郎を認定することになるなんて。

 冬木の特異点ではカルデア戦闘服(女性用)を皮切りに、女性用の衣装を身に纏った剛一郎による視覚の暴力にさらされた挙句、最終特異点では“胸元に『あに』と名札が刺繍された女子生徒用のスクール水着”を身に纏い、得体の知れない剣を携えてやって来ることを。

 

 

 このときのレフ・ライノール・フラウロスは、まだ何も知らなかった。

 否――知らないでいられたのだ。幸福なことに。

 

 




クロスオーバー先:『つぐのひ 第2話』、『つぐのひ -怨みっ子- 特別編』
・妹の夏服=白いセーラー服⇒『つぐのひ 第2話』隠しルートにて登場
・胸元に『あに』と名札が刺繍された女子生徒用のスクール水着⇒『つぐのひ -怨みっ子- 特別編』にて登場

2の隠しEDで、『主人公の兄に飛びかかって来たのが怨霊ではなく、カルデアのスカウトマンだったら』で分岐する世界。


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ケース:青葉晴の場合
生きていくって、とっても怖い


【諸注意】
・クロスオーバー先の重大なネタバレ注意(重要)
・クロスオーバー先の重大なネタバレ注意(重要)
・クロスオーバー先の重大なネタバレ注意(重要)
・クロスオーバー先の独自解釈あり。
・カルデアの支部が、1か国に対して複数個所存在する。
・スカウトマンにねつ造設定あり。


【主人公】
青葉(あおば)(はる) 学生:16歳
・小学生の頃、左手を切断する大怪我を負った。それと同時期に親友を亡くしている。親友の名前は赤羽(あかばね)(ゆい)
・カルデアのスカウトを受ける代わりに、高性能の義手(ダ・ヴィンチちゃん作)を安価で提供してもらう契約を結んだ。生身の手と変わらない動きが可能。
・親友から譲り受けた茶色の毛の犬を飼っている。名前はチャコ。
・過去の出来事が影響してか、オカルト(特に怪異事件に関連するもの)や民俗学に傾倒している節があるようだ。


 カルデアの最後のマスターにして、私――マシュ・キリエライトの敬愛する先輩――青葉(あおば)(はる)は、一般公募から選出されたマスターでした。

 レイシフト適性社会無と言われていた日本で先輩を発見し、スカウトに成功したハリー・茜沢・アンダーソン氏曰く、

 

 

『俺が派遣された日本・◆◆支部は過疎化が進むクソド田舎なんだが、実は怪異が跋扈するとんでもねえ田舎だった』

 

『同僚の何名かが怪異の餌食になり、俺自身も怪異の影響を受けて後追い自殺をしそうになっていたところを引き留めてくれたのが彼女だったんだ』

 

『彼女が“善悪問わず縁を切る”神様を紹介してくれたおかげで、俺は今生きてるってわけだ。俺、今度から寺じゃなくて神社巡りしようかな』

 

 

 とのことです。

 

 その後、アンダーソン氏は都内に赴き献血と言う名のレイシフト適性検査を行い、そこに晴先輩が参加したことによって縁が結ばれたとか。ですが、先輩は本能的に嫌な予感を覚えたのでしょう。カルデアへ赴く前、以前住んでいた街――カルデア日本・◆◆支部のある街のことです――にある縁切りの神様が祭ってある神社に参拝してきたそうです。

 先輩が“悪いものと無縁であり、異常の中でも普遍性を保っていられる”のは、縁切りの神様の加護がある為らしいです。その神様は、今でもずっと、悪い縁を切ることで先輩を守っているとのこと。神に連なる方々曰く、『神社を綺麗にしてくれる数少ない人間だから、強い加護を与えているのだろう。けったいな見た目のくせに義理堅い』らしいです。

 先輩は夏の終わりになると、かつて住んでいた故郷に足を運ぶのだそうです。何でも、亡くなった友達の冥福を祈りに行くためだとか。その際に、欠かさず神社へ参拝し、掃除を行っていたそうです。

 

 ちなみに、件の事件の後、神様に助けられたアンダーソン氏が神社を参拝し、ゴミ拾いをしていたそうです。結果、彼も悪縁とは無縁の存在と化している模様。夜に安心して街を出歩けるようになったそうです。油断してると死にかけるらしいですが。

 蛇足ですが、アンダーソン氏は“縁結び”という単語を蛇蝎の如く嫌うようになっていました。何でも、『俺に自殺教唆をしてきた怪異の正体が縁結びの神様だった。ファ〇ク』とかで。閑話休題。

 

 晴先輩は、昔の私から見たら、『不思議な人』でした。

 死を恐れる私とは対照的に、先輩は生を恐れる人でした。

 

 

『引っ越しても、友達ができても、何年経っても、私はあの夏を思い出すんだ。きっと一生忘れられない』

 

『未来はどうなっているんだろう。……これからまた、たくさん理不尽なことや悲しいことがあるんだろうな』

 

『いずれ夜が明けて朝が着ても、また夜がやって来る。何度も何度もやって来るんだ。……それと同じように、痛くて辛いことも際限がない』

 

 

『ねえ、マシュ。――生きていくって、とっても怖いんだよ』

 

 

 そう言って静かに笑う先輩は、どこか遠くを見つめていました。過去の痛みを思い返して、それを静かに抱えるような横顔でした。

 

 先輩は、誰かと別離をする際、儀式めいたことをします。

 相手と手を繋いで『さよなら』と言い、手を離すのです。

 その行為は先輩にとって『特別な意味がある』とのこと。

 

 人理修復を始めた頃はその理由が分かりませんでしたが、今なら分かります。痛いくらいに分かります。

 “お別れをきちんとできなかったせいで、親友を怨霊にしてしまった”――その経験が、貴女をそうさせた。

 

 

「あ、ああぁぁぁ――!」

 

 

 膨大な熱量が襲いかかる。人類焼却式、魔神王ゲーティアの放つ第三宝具。

 

 星を貫く熱量を凌ぎながら、私は想っていた。今まで歩いてきた道のりを、その旅路の中で見た景色やあなたの横顔を。そして――私がいなくなった未来のことを。

 先輩はこれからも生きていくのでしょう。私のいなくなった世界で、また出会いと別れを繰り返すのでしょう。未来はどうなっているのでしょうか。不安が尽きません。

 晴先輩の言う通りでした。死を迎えていない限り、私は生きているのです。死ぬまでその痛みや悲しみに心を傷つけられていくのです。……今だって、そうです。

 

 

(――あ)

 

 

 命が燃え尽きんとする刹那に浮かんだのは、偶然見てしまった貴女の過去。

 “お別れをきちんとできなかったせいで、親友を怨霊にしてしまった”――その真相。

 

 

『ずっと一緒にいられなくて、ごめんなさい……』

 

(ゆい)を助けてあげられなくて、ごめんなさい……!』

 

『ちゃんと『さよなら』が言えなくて、ごめんなさい!!』

 

 

 ……ねえ、先輩。

 

 人理修復の旅に出てから、先輩は沢山の出会いと別れを繰り返してきましたね。『さよなら』をきちんと言えたこともあれば、言えないまま永遠の別離になってしまったこともあります。前者でも後者でも、貴女は別れを悼むのを忘れなかった。

 なけなしの勇気を奮い立たせ、誰かの為に立ち上がった先輩の姿が、私の憧れだったんです。嘗て貴女が“親友を助けるために、怪異の跋扈する夜の街を駆け抜けた”ときのように、“人理修復の旅の最中、何度も私を助けてくれた”ときのように、私も立ち上がりたかった。今この瞬間、私の手を握って、私を信じて立っている貴女を守りたかった。

 

 ……でも、ちょっと、嫉妬してたんです。貴女が語る“亡くなった親友”である結さんに。

 どんな形であれ、先輩に想われている結さんが――貴女の一番を不動にした彼女が羨ましかった。

 私よりもはるかに短い命を絶つ選択をした結さんの決意を想像し、恐怖に震えたのも事実です。

 

 だって、私の半分しか生きていない小学生の女の子が、『別れがつらくて耐えられない』という理由で自ら人生の幕を閉じるだなんて信じられなかった。/死ぬのを恐れた私には、絶対に出来ない選択だから。

 “家庭環境が悲惨で、飼っていた2匹の子犬と先輩だけが唯一の救い”という極限状態が、嘗ての私の環境とよく重なっていた事実に戦いた。/もしかしたら、彼女と同じ決断を下していた可能性があったから。

 寂しさに負けて悪霊と化しても、縁切りの神様が介入したとしても、お互いに『離れたくなかった』と思っていても、最期に『手を離す』なんて選択を選べた決意に心が震えた。/誰かの為の離別(わかれ)を受け入れる覚悟に、いつか来る終わりを突きつけられた心地になったから。

 

 

「……良かった。これなら何とかなりそうです、マスター」

 

 

 私の守りは、物理的な護りではない。精神(こころ)の護りだ。

 それは寸分の隙も無く、先輩を守ることができるだろう。

 

 

「今まで、ありがとうございました」

 

 

 大事な人のために勇気を奮い立たせた貴女のようになりたかった。貴女がくれたものを少しでも返したくて、弱気を押し殺して旅を続けてきた。色々なことがあったけど、自分の人生が有意義なものだったと実感できた。――この瞬間、私は私の望みを理解する。先輩の言葉を理解する。

 生きていたかった。死にたくなかった。先輩を失うことが、先輩と一緒にいられなくなることが、怖くて怖くて堪らなかった。喪失の恐怖に戦きながら死を待つこの状況が――その痛みと戦いながら生き抜かなくてはならないこの状況が、辛くて辛くて堪らなかった。

 だって私はまだ、何も返していない。貰ってばかりだった。支えてもらってばかりだった。導いてもらってばかりだった。助けてもらってばっかりだった。こんな形じゃなくて、もっとちゃんとした形で、先輩とお別れがしたかった。

 

 ――ですが、もう、それは難しそうです。

 

 

「――最期に一度くらいは、先輩のお役に、立ちたかった」

 

 

 自分の身体が蒸発していくのを感じながら、私は先輩の方に向き直る。

 今にも泣きそうな顔をした先輩を、最期くらい安心させてあげたくて、私は微笑みました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  てをはなす?

 

 >はい  いいえ

 

 

◆◆◆

 

 

 ――少女の話をしよう。

 

 少女には、かけがえのない親友がいた。明るく活発で、気弱な自分をいつも励まし、支え、助けてくれた女の子。

 少女は親友と約束をしていた。『ずっと一緒にいよう』という、小さくてささやかな――けれど大切な約束だった。

 

 けれどその約束は、不本意にも、破られることになる。少女とその家族が、都会へと引越しをすることになったためだ。

 今年が、故郷の街で過ごす最後の夏。即ち、親友と過ごす最後の夏であることを意味している。

 少女と親友は最後の思い出となるであろう街の行事――花火大会を見に、山へ赴いた。

 

 この街で行われる花火大会は、夏の終わりを告げる行事である。つまり、少女と親友の別れが間近であることを示していた。別れの気配に元気をなくす少女と対照的に、親友は明るく笑いながら「花火を見よう」と勧めてきた。

 花火大会が終わり、2人で山を下りていく最中、得体の知れないモノの介入によって2人は夜の街に別れ別れとなってしまう。異形が跋扈する夜の街を彷徨いながら、少女は親友の姿を捜し歩く。途中で出会った茶色のポメラニアンの導きもあって、少女は夜の街を歩き続けた。

 

 街を探索していく中で、少女は親友の遺した手紙を発見する。親友は既に死んでいて、幽霊となって彷徨っていたのだ。

 “己の死の真相を探るため、山へ向かう”という手紙に従い、少女もまた山へと赴いた。そこで、少女は悪霊と化した親友と、彼女の遺書を見つける。

 

 

“きのう、たいせつにしていた こいぬの いっぴきが、しんでしまいました”

“とても つらくて かなしいことでした”

 

“さいしょに、おとうさんが いなくなって おかあさんは ヘンになってしまってた”

“だから、わたしは ハルを たよりにしてて、ハルとトモダチでいられたなら それでよかった”

“でも、ハルは、なつがおわると、とおくのまちへ ひっこしていく”

 

“わたしの たいせつにしているものは どんどんわたしから はなれていきます”

“おわかれは、いつも、いたくて、つらくて、たえられません”

 

“もう、なにもほしくない”

 

 

 親友の遺書を読んだ少女の心はボロボロになった。

 

 途方にくれた少女に、どこからか誰かが語り掛けてくる。声の主は、少女を山の頂上――親友が自殺した場所まで誘導した。あわや後追い自殺をしかけた少女だが、ふとしたきっかけで、少女は自殺を辞めて山を下ることにする。

 だが、どこからか聞こえてくる声がそれを許さない。意地でも『先へ進め』と指示してくる。終いには、『おいで』を連呼して少女の身体の自由を奪い始めた。耐え切れなくなった少女が『もう嫌だ』と叫ぶと、どこからともなく怪異が現れて声を断ち切ってくれた。

 

 それは、少女が逃げ惑っていた怪異の1つだった。この街では“縁切りの神様”として都市伝説となっている存在で、『もう嫌だ』と叫んだ者の縁を断ち切ってくれるらしい。少女は自分を助けてくれた神に礼を言う。神は赤い裁ち鋏を託して姿を消した。少女は意を決して、“縁切りの神様”が開いた道を進んでいく。

 洞窟を進むうち、少女は“嘗て自分がここに来ていたこと”、“その際、親友に助け出されたこと”を思い出す。少女は勇気を振り絞り、親友を助けるために洞窟を進む。そこで待っていたのは、親友を悪霊にして力を振るっていた山神だった。

 山神は糸を使って少女に襲い掛かる。“縁結びの神”としての力を振るい、少女と親友の願い――『ずっと一緒にいる』――を悪辣な形で叶えようとしていたのだ。左手に意図が巻き付くことで動きを封じられた少女は、怨霊と化した親友に語り掛ける。

 

 

『ずっと一緒にいられなくて、ごめんなさい……』

 

『ユイを助けてあげられなくて、ごめんなさい……!』

 

『ちゃんと『さよなら』が言えなくて、ごめんなさい!!』

 

 

『――こんなの、もう嫌だ!』

 

 

 少女が叫んだ刹那、『もう嫌だ』という単語に反応した“縁切りの神様”が、糸が巻き付いた左手を切り落とした。

 出血のショックで倒れた少女を支えたのは、怨霊から元に戻った親友。

 

 朦朧とする意識の中、少女は親友に本音をぶつける。引っ越しが嫌だったこと、もっとずっと一緒にいたかったこと、ちゃんとお別れを言えなかったこと――。

 親友は黙ってそれを聞いていた。執着や未練という糸を断ち切られ、別れを受け入れた親友は、少女とともに山を下りる。

 本当はずっと手を握っていたかったであろう。別れたくもなかっただろう。けれど、それでも――親友は、少女の手を離した。

 

 ――こうして、少女たちの(モノガタリ)が終わる。

 

 言うならばこれは、『かけがえのない相手と別離(わか)れる物語』。

 無邪気に、けれど歪に、確かに強固(つよ)く繋がれていた縁を断ち切り、訣別を受け入れるための物語だ。

 

 

 

 

 

 そんな夏の終わりを過ごした少女を再び中心に据えて、新しい物語が始まる。

 数多の出会いと別れを繰り返し、人類の未来を取り戻す旅。

 

 『生きていくって、とっても怖い』――そんな口癖を持つ少女と、人に対する憐憫に突き動かされた獣と、善き人々が織りなす物語だ。

 

 




クロスオーバー先:『深夜廻』

『ハリー・茜沢・アンダーソンが向かった飲み屋が『深夜廻』の舞台である街だったら』で分岐する世界。
『ハリー・茜沢・アンダーソンが向かった飲み屋が隣町だった』場合、青葉晴はカルデアに来ない。代わりに、“左目を失明した少女”が48番目のマスターとなる。


よく過労死している軍師(正確にいえば、軍師の身体の貸出人)に『深夜廻』プレイ経験がある場合、48番目のマスターにエンカウントすると大変なことになるらしい。


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ケース:マックスウェル(本名不詳)の場合
スーパースクリブルオーダー


【諸注意】
・クロスオーバー先が『自由度の高いゲーム』のため、とある動画のプレイ内容を色濃く受けている。(重要)
・クロスオーバー先が『自由度の高いゲーム』のため、とある動画のプレイ内容を色濃く受けている。(重要)
・上記を表す簡潔な説明:【マクスウェルの悪魔】、【そんな発想あってたまるか】、【問題ありません!】
・クロスオーバー先のゲームシステムがFGO世界を侵食している。(重要)
・クロスオーバー先のゲームシステムがFGO世界を侵食している。(重要)
・物理法則が完全崩壊している。(重要)
・物理法則が完全崩壊している。(重要)
・「こいつが人類最後のマスターで人理修復が成し遂げられるか」に関してはノーコメント。


【主人公】
マックスウェル(本名不詳) 10代後半
・人当たりのいい笑顔を浮かべている好青年。困っている人を放っておけないお人好しの平和主義者。
・常にノートを持ち歩いている。彼にとって、このノートは特別なものらしい。


 カルデアに来て早々、マックスウェルはうっかり寝落ちしてしまったらしい。有識者曰く『入館手続きを終えた直後、戦闘シミュレーターを強制的に体験させられた弊害』とのことだ。しかも、レイシフト前の説明会――マスター候補生たちは要全員参加――が始まるのだという。

 そのことを教えてくれたレフ・ライノールとマシュ・キリエライトは、マックスウェルに「速く向かうように」と促すと、一足先に会議場へと向かった。一緒に行ってはくれないようだ。彼や彼女たち――魔術師にとって、今顔を会わせたばかりの一般人に対して助言するだけでも破格の対応なのだろう。

 

 

(僕だったら、()()()()()()()()()、説明会に間に合うようにしつつ案内してあげるんだけどなぁ)

 

 

 血も涙もへったくれもない環境だとマックスウェルは思った。

 

 「破格の対応をしているのだから許せ」という彼等の態度からして、自分が一番偉いのだと思い込んでいる集団が、本当に世界の危機を回避できるのか疑問である。

 あれでまともな部類だとしたら、一般的な思考回路を持つマックスウェルなど生まれたての猿みたいなものだ。基本的人権が保障されているかも怪しい。

 献血のお兄さんから世界の危機を伝えられてホイホイ参加したのは悪手だったか。マックスウェルは己のお人好しさ加減に苦笑したが、後悔はしなかった。

 

 自分に与えられた課題は『早く会場に辿り着くこと』だ。

 説明回の会場はレイシフトが行われる指令室。会議が始まるまで時間はない。

 

 

(()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()())

 

 

 ――なんてことはない。いつものことだった。

 ――身構える必要も、難しく考える必要もない。

 ――課題の乗り越え方は、マックスウェル自身が良く知っている。

 

 マックスウェルはノートを取り出した。どのページも真っ白で、何かが書かれた筆跡はない。

 だが、このノートこそ、マックスウェルにとっては使い慣れた万能ツールだった。

 

 ペンを取り出し、流暢に文字を書きだす。文字を書き綴るマックスウェルの手の動きには、一切の迷いがなかった。

 

 

【ハネノハエタ コウソクノ ソウジュウデキル メイ】

 

 

 小気味良い破裂音が響く。そこに現れたのは、姪だった。

 

 背中に羽を生やした姪は、空中にふわふわ浮いたまま静止している。マックスウェルは躊躇うことなく、姪に飛び乗った。

 姪は文句も反抗もすることなく、マックスウェルの行動すべてを受け入れていた。マックスウェルは慣れた様子で姪を運転する。

 一気に高度を下ろして床ギリギリまで接近したとき、マックスウェルはノートを取り出した。ノートに新たな文字を書き綴る。

 

 

【あな】

 

 

 カルデアの廊下に大穴が開いた。大穴の底に着地したマックスウェルは、一端姪から飛び降りる。間髪入れず、マックスウェルは再び姪に飛び乗った。

 次の瞬間、マックスウェルは文字通り“壁の中にいた”。常人だったら身動きが取れず発狂するような現象であるが、マックスウェルにとっては慣れた現象である。

 取り乱すことも右往左往することもなく――むしろ、どこか生き生きとした様子で――マックスウェルは姪を操縦して壁の中を進んでいった。

 

 壁の中を突き進むうちに、マックスウェルはマシュとレフを追い抜く。レフが何かを叫ぶような声が聞こえた気がしたが、己に課せられた課題を乗り越えるために気にする必要性は皆無だったので問題ない。マックスウェルは振り返ることなく、姪を操縦して壁を突き進んだ。

 すると、目的地である管制室内部に到着することができた。扉を開けることなく壁の中を突き進んで入って来たマクスウェルを見て、人々が顔を真っ青にして悲鳴を上げる。マックスウェルは気にすることなくノートを取り出した。迷うことなく文字を書き込む。

 

 

【あな】

 

【てつのもん】

 

【れいとうじゅう】

 

 

 管制室の床と壁の境目に、大穴が出現した。マックスウェルの足元には鉄の門が現れる。

 間髪入れず、マックスウェルは冷凍銃で鉄の門を撃ち抜いた。

 

 鉄の門が冷気に晒され大きな氷塊へ変貌する。その勢いを利用し、マックスウェルは壁の中から飛び出した。自分の登録番号と同じ番号――48番と書かれている机へ向かい、姪共々椅子の上に着地した。

 『会議が始まる前に、会場に辿り着く』――与えられた課題は滞りなく果たされた。マックスウェルが満足したのと、顔を真っ青にしたレフが管制室に駆け込んできたのと、所長と思しき少女が発狂したように金切り声を上げたのはほぼ同時。

 

 

「あ、あんた、一体どうしてくれるのよぉ!?」

 

 

 「私のカルデアが」と悲鳴を上げて頭を抱える所長らしき女性を見返し、マックスウェルは満面の笑みを浮かべて答えた。

 

 

「カルデアに穴が開き、壁の中には鉄の門が凍ってできた氷塊が残留したままですが、会議が始まる前に会場入りしたので問題ありません!」

 

 

◆◆◆

 

 

 空き部屋で楽しくおやつタイムをしていたら、空き部屋に割り振られたマスターが部屋にやって来た。ロマニ・アーキマンの楽園はこの瞬間に潰えてしまったらしい。がっくりと肩を落とす。

 彼がレイシフトに参加できなかったのは、今回の人理修復やレイシフト、カルデアについての知識が人並み以下だったためらしい。「所長を怒らせてしまったせいで待機を命じられた」と苦笑したマックスウェルに親近感を抱く。

 ロマニも、魔術師の思考回路に染まっている人々――特に、所長であるオルガマリー・アニムスフィアからは昼行燈呼ばわりされているクチだった。医療技術と人柄は評価されていることが数少ない救いだろうか。

 

 マックスウェルは人当たりのいい笑顔を浮かべる好青年だった。カルデアに来たのは一般人枠のスカウトである。

 スカウトに同意した理由は「困っている人を放っておけなかった」という。成程、魔術師では珍しいお人好しなのだろう。

 

 外見も性格も「普通」という言葉がよく似合う青年で、彼はロマニの「友達になってくれ」と頼みにも二つ返事で頷いてくれた。

 

 

「友達と話すなんて初めてだ! なんだろう、柄にもなくワクワクしてきたぞぅ……!」

 

「そうなんですかー」

 

 

 自己申告通り、今のロマニは柄にもなく浮かれていた。三十路のおじさんがキャッキャしているのを見ても、マックスウェルはドン引きせずに微笑んでいる。

 

 自由意志など持つことが許されず、ただ粛々と装置であり続けるしかなかった嘗ての自分。周りにいた人々は舞台装置としての自分を敬ってくれていたけど、そんな自分と自ら進んで友人になってくれた人間は存在していなかった。

 舞台装置から抜け出た後も、ロマニは理由(わけ)あって、医学の勉強一辺倒に打ち込んできたクチだ。友達作りや青春なんてものに興味を示すことなく、来るべき瞬間に備えて入念に準備をしてきた。失敗が許されない一発勝負に勝つために。

 

 

「それじゃあ、友達のしるしとして……」

 

 

 マックスウェルはノートを取り出すと、さらさらと文字を書き綴る。

 

 

【マックスウェルのノート】

 

 

 次の瞬間、小気味良い音を立てて何かが目の前に現れた。マックスウェルが持っているノートと瓜二つの、緑の表紙をしたノートブックだ。

 

 

「お揃いのノートとか、どうでしょう?」

 

「お揃いかあ。誰かとお揃いのモノを持つのは初めてだなあ」

 

 

 ロマニは緑の表紙をしたノートブックをしげしげと眺める。どこからどう見ても、何の変哲もないノート――ロマニの思考はそこで一端中断された。

 

 ノートが震えている。別にロマニが動かしたわけではない。ノート本体が、勝手に振動しているのだ。

 その違和感に気づいて首を傾げたのと、小気味良い炸裂音が響いたのは同時。

 

 

【シンダ ライオン】

 

 

 次の瞬間、ロマニの足元にライオンが転がった。ライオンは力なく床に頽れ、ピクリとも動かない。

 ……いいや。そもそも、生きているときに感じるべき熱はなく、瞳孔も完全に開き切っている。

 

 

「……な、なんでここに、ライオンが……? いや、このライオン、死んで――!?」

 

 

 ロマニの言葉は続かない。ノートが再び振動し、炸裂音が響いたからだ。

 

 

【プレゼントヨウニホウソウサレタ ニジイロノ シンダ ライオン】

 

【コウラガラノ シンダ ライオン】

 

【ソヨカゼノ ミニ シンダ ライオン】

 

 

 目が痛くなるようレベルでサイケデリックな虹色のライオン――しかも、頭部にきちんと贈答用のリボンがついている――がロマニの足元に転がる。先程転がったライオンと同じく、生きているようには見えない。

 緑の甲羅柄のライオンと、小柄のライオンがまたロマニの足元に転がる。心なしか、小さなライオンから心地の良いそよ風が漂ってきた。だが、この2匹も、先程転がったライオンと同じく、生きているようには思えなかった。

 

 ロマニはパニックだった。友達から貰ったノートが勝手に振動し、その度に死んだライオンばかり現れる。

 視覚表現として様々な形容詞がついているが、現れる物体が“死んだライオン”であることは揺らがない。

 おろおろしている間にも、死んだライオンたちは次々とこの場に現れては消えていく。

 

 やたらとねばねばする巨大な死んだライオン、剣を持ち発火している死んだライオン、羽が生えた死んだライオン、勝手に自己増殖する死んだライオン――。

 

 

「な、なんだこれっ!? マックスウェルくん、これは一体――ッ!?」

 

 

 顔面蒼白になったロマニは、自分にノートをプレゼントしてくれた張本人であるマックスウェルに視線を向けた。マックスウェルは満面の笑みを浮かべて告げる。

 

 

「僕の出したノートが死んだライオンばかり出していますが、ロマニに友達のしるしとしてプレゼントを渡したので問題ありません!」

 

「待って! これどこからみても問題しかないからねっ!!?」

 

 

 なんだかヤバイ人とお近づきになってしまった――ロマニはマックスウェル評を大幅修正せざるを得なかった。少し前の自分を殴って目覚めさせたいと本気で思った。

 マックスウェルの笑顔には、後ろめたさや悔いみたいな感情が欠落している。悪びれる様子も一切ない。それどころか、賭け値無しの善意であると言わんばかりに澄み切っていた。

 魔術師としての側面からみた倫理観の欠如なら見たことあるが、マックスウェルの反応は、おそらく『世間一般で言う模範的なサイコパス』のそれであった。

 

 この異常事態を持ち込んだのはマックスウェルである。同時に、この異常事態をどうにかできるのも彼しかいない――ロマニは直感した。土下座して頼み込もうとしたとき、ロマニの端末に連絡が入る。

 

 正直、ロマニは自分の周囲に起きた珍現象で手一杯だった。同時に、レイシフト関連の異常では決して自分が呼ばれることはないとタカを括っていた。

 まさか端末から要請が来るとは思ってなかったロマニは目を見張る。適当なことを言ってごまかそうかと思ったが、

 

 

『助けてくれロマニ! マックスウェルくんに投げつけられた薬を浴びたら妊娠してしまったんだ!!』

 

「はぁ!? キミは何を言っているんだいレフ!?」

 

 

 女性が妊娠したのならまだ分かる。端末の向こう側から響くのは、レフ・ライノールの声だった。大分発狂しているらしく、普段の理知的な口調は吹き飛んでいる。自己申告で「妊娠した」と叫ぶのだから、余程とんでもない現象が起きているのだろう。

 

 

『あああああああ!? 産まれる、産まれるぅぅぅ! うわああああああああああああああああーっ!!』

 

「レ、レフ!? レフー!!?」

 

 

 断末魔の悲鳴を思わせるような叫び声が轟いた。彼の声はそれっきりだったが、端末の向こう側からは他の人々の阿鼻叫喚が聞こえてきた。

 『レフ教授が触手を産んだ』、『真っ赤な目をした紫の触手』、『出産おめでとうございます! 史上初の男性妊娠および出産という快挙』云々。

 管制室は、48番目のマスターの私室以上に異常事態だった。死んだライオンの群れに囲まれたロマニなど、大したことではなかったのだ。

 

 このままだと、レフだけでなく、他のマスター候補たちが危険である。肉体でも精神でも、向うは完全に大混乱だ。

 双方のダメージを抑えるためには、医者である自分が何と化せねばならない。ロマニは立ち上がり、即座に管制室へ向かって走り出した。

 

 マックスウェルに「絶対ここから出てこないでね!」と言い含めて。

 

 

 

 

 

 

 ――その約束は、守られることはない。

 

 

 数時間後、マシュと一緒にレイシフト唯一のマスター候補がマックスウェルであり。

 機材に潰されていたマシュを助け出し、身体を治療した人物が彼であることを知り。

 

 

「約束は破りましたが、マシュが無事なので問題ありません!」

 

 

 満面の笑みを浮かべて言い切ったマックスウェルに対してある種の恐怖を覚えることになるだなんて――このときのロマニには、一切予測できないことだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「嫌、嫌、嫌! 私死にたくない! まだ死にたくないっ!!」

 

 

 オルガマリーの身体は、引き寄せられるようにカルデアスの中枢へと向かう。膨大な情報の塊であるカルデアスに放り込まれたら、単なる霊体であるオルガマリーがどうなるかなんて明白だ。膨大な情報の海に押しつぶされ、自分の死に様に発生する苦痛を延々と演算され、死んでいく。

 自分が頼りにしていたレフは、人理焼却を引き起こした敵だと言う。オルガマリーを爆弾で吹き飛ばした張本人だと言う。オルガマリーを殺す日を虎視眈々と狙っていたと言う。頭が真っ白になる程の衝撃を与えられた果てに、オルガマリーの命は風船の灯となっていた。

 

 

「オルガマリー所長!」

 

 

 そんな自分に手を伸ばすのは、数時間前に別な意味で管制室を阿鼻叫喚に陥れた張本人――48番目のマスター候補生、マックスウェルだった。

 ありとあらゆる罵詈雑言をぶつけたと言うのに、彼は笑ってそのすべてを受け入れてくれた。知らないことは素直に訪ね、説明を終えたオルガマリーを労ってくれた。

 労られたり褒められたりしたのは人生で初めてのことだ。「オルガマリーから教えを請いたい」と言われたのも、人生で初めてのことだった。

 

 ――認めてもらえたような気がしたのだ。だから、オルガマリーも認めかけていた。長い努力が報われるかもしれないと、希望を抱いた。

 

 それなのに、オルガマリーの努力は無に帰そうとしていた。一番信頼していたレフの手によって、自分の人生に無価値の烙印を押されようとしていた。

 足掻く。足掻く。だけどその手は届かない。無情にも、お互いの指先が掠めただけだ。オルガマリーのすべてが、絶望一色で染め上げられる。

 

 

「いやあああああああああああああああああああっ!!」

 

「まだまだぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 絶望したオルガマリーとは対照的に、諦めなかったマックスウェルが咆哮する。彼はノートに何かを書き記した。

 

 

【む】

 

 

 カルデアスに引っ張られる力を、何かが上回った。オルガマリーの身体は一気にマクスウェルの元へと引き寄せられる。

 黒々とした渦巻きが、オルガマリーを引き寄せる程の重力を放っているのだ。渦巻に飲み込まれるかと思った刹那、それは炸裂音とともに消滅する。

 呆気にとられたレフが正気に戻って叫んでいたが、マックスウェルは気にすることなくノートに何かを書き記した。

 

 

【ソウジュウデキル ノリモノノ シンダ オルガマリー・アニムスフィア】

 

 

 小気味よい炸裂音がした。オルガマリーと瓜二つの女性が現れるなり、彼女はそのまま崩れ落ちる。ロマニが『死体を出してどうするの!?』と怒鳴っていた。

 確かに、目の前に転がったオルガマリーと瓜二つの女性は死んでいた。瞳孔が開いているし脈もなく、体温も冷たい。だが、完全な五体満足である。

 

 これにはレフもびっくりしていた。「爆弾で吹き飛ばした筈なのになぜ五体満足なのか」と悲鳴を上げていた。「マックスウェルが現れてから物理法則が崩壊している」とも。敵であるが、彼の言葉は何一つとして間違っていない。

 

 呆気にとられたオルガマリーの手を引き、彼は死体の女性とくっつけた。ふわふわ浮かんでいた感覚が消え、地に足着いたような気分になる。

 手を動かすのも、足を動かすのも、マックスウェルとマシュを見ることにも異常は感じられなかった。それを見たマックスウェルは安心したように微笑んだ。

 

 

「よかった! 僕の予想通りだ」

 

「予想通り?」

 

「【ソウジュウデキル ノリモノ】って付ければ、本来なら乗れない物体に乗ることができるようになるんです。『オルガマリー所長が【シンダ オルガマリー・アニムスフィア】を操縦する』って形なら、貴女の魂が消滅しなくて済むんじゃないかって」

 

「その発想はいらなかった!!」

 

 

 霊魂だけのオルガマリーは、レイシフトを終えて戻って来ても消滅するしかない。だが、裏を返せば、オルガマリーの霊魂が宿る器があれば、カルデアに戻っても生き延びれる可能性が上昇する。

 マックスウェルはノーヒントでその発想に辿り着き、ノートを使ってその事象を証明してみせたのだ。物理法則を崩壊させ――或いは完全無視して齎される奇跡の業に、生粋の魔術師たちは頭を抱えざるを得ない。

 

 

【ツウジョウノ ポーション】

 

 

 マックスウェルは「最後の仕上げです」と笑い、ガラス瓶を取り出した。レフを妊娠させた薬と同じデザインだったため、レフがぎょっとして身を竦める。勿論、オルガマリーも身じろぎした。

 自分たちが恐れおののいている様子など関係ないと言わんばかりに、マックスウェルは薬をオルガマリーに使った。操縦しているような感覚は一切なくなり、レイシフト前のオルガマリーがそこにいた。

 発狂したロマニ曰く『肉体と霊魂の乖離もなく、バイタルも通常。異常なし。本当に生き返った。死を超越した』とのことだ。それを耳にしたレフが目を剥いたが、マックスウェルが満面の笑みを浮かべて宣言する方が早かった。

 

 

「物理法則が完全崩壊しましたが、オルガマリー所長が無事なので問題ありません!」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ――このときのカルデア関係者は、知らなかった。

 

 

 一部のサーヴァントが【ニンシンシタ ポーション】――性別、人間、動物、道具、乗り物、無機物問わず妊娠させる薬品――によって、途方もない精神的ダメージを受けることも。

 カルデア内で悪だくみをしたり騒ぎを起こした面々が【ヤジュウノヨウナ ムキムキ】――筋肉隆々で日焼けした褐色肌の男性に追いかけ回されて大変な目に合うことも。

 最終特異点で魔神柱と戦うことになった際、マックスウェルが何の躊躇いもなく【ナンデモタベル ムテキノ メガヘッドマックスウェル】――自分の顔を巨大化させた物体を設置し、魔神柱を片っ端から食い荒らすことも。

 

 

 ――発想が生粋の魔術師と良識人、あるいは凡人しかいなかったカルデアには、予測できるはずもなかったのだ。

 

 

 




クロスオーバー先:『マックスウェルの不思議なノート』≒『スーパースクリブルノーツ』
参考動画:『マックスウェルの不思議なノート(TAS)』、『マックスウェルのフリーラン(TAS)』、『マックスウェルと不思議な死んだライオン(TAS)』
・「ノートに書いたものを現実世界に取り出すことができる。形容詞を付けると、その特性が付加された物体が出てくる」、「あらゆる手段を講じて課題をクリアしよう!」を拡大解釈した結果の産物。
・レフが生んだものの正体=フラウロス(ミニサイズ)。【ニンシンシタ】という形容詞を付けると、子どもとして「同じ外見のミニサイズ」のキャラクターが出現する。
・下手したら「ノートに【セイジョウナ ジンリ】と書いて出せば、人理修復ができてしまう」かもしれない。


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ケース:嵐山兄妹の場合
限定特異点:ぐだぐだ地球防衛


【諸注意】
・クロスオーバー先が文字通り「地球を防衛しなきゃならない」極限状態。故に、Fate要素を蹂躙する可能性がある。(重要)
・クロスオーバー先が文字通り「地球を防衛しなきゃならない」極限状態。故に、Fate要素を蹂躙する可能性がある。(重要)
・原作には存在しないオリジナル特異点が舞台。クロスオーバー先の要素に引っ張られた形である。(重要)
・原作には存在しないオリジナル特異点が舞台。クロスオーバー先の要素に引っ張られた形である。(重要)
・導入部のみ。
・独自設定が火を噴く(重要)
・独自設定が火を噴く(重要)


【主人公】
嵐山(あらしやま) (しるべ)
・後述の翼とは双子の兄妹。18歳。
・夢は技術者。各種乗り物の免許を取ろうと奮闘中。現在持っているのは自動車とバイク。

嵐山(あらしやま) (つばさ)
・前述の導とは双子の兄妹。18歳。
・夢は民間の飛行士。空間把握能力に長け、才能をめきめきと開花させているようだ。

【オリジナルサーヴァント】
地球を防衛するライダー
・性別は男性。乗り物や兵器の操縦技能だけでなく、卓越した指示能力の持ち主。
・地球を防衛する前は、民間の技術者だった。とある兵器の修理中に緊急事態に巻き込まれ、地球を防衛することになった模様。

地球を防衛するアーチャー
・性別は女性。彼女の装備するアーマーには飛行能力が搭載されており、機動力を活かした戦いを得意とする。
・地球を防衛する前は、民間の飛行士だった。フライトショーに参加するため呼び出された先で緊急事態に巻き込まれ、地球を防衛することになった模様。

??のアヴェンジャー
・性別不明。地球に存在する物理法則を一切無視した力を有する。
・ある理由から地球人に対して強い敵愾心を抱いており、人類とは絶対に融和できない存在。召喚不可能なボス限定サーヴァント。


 我らは勇猛果敢な歩兵隊。恐れを知らずに突き進む。勝利の凱歌のために自分たちの犠牲が必要で、命を惜しんでは世界は守れない。――それ程までに、危機的な状況だった。

 

 仲間はみんな死んだ。恋人も家族も既になく、帰る家もまた然り。

 それでも戦うと決めて、武器を取った。

 

 気づけばみんながいなくなった。瓦礫の街を闊歩するのはエイリアンばかり。戦うための理由だった『守るべきもの』はどこにもない。武器を持って戦う者がいることを示す砲撃音はなく、敵の歩く足音以外は静寂に包まれている。

 もうだめだと諦めた。人類は死に絶える以外ないのだと諦めた。そんなとき、静寂を突き破る砲撃音が響いた。エイリアンの繰り出す攻撃由来の音に紛れて響くそれは、誰かが戦っているという証拠。見上げれば、瓦礫の街に人影があった。

 誰もが諦めたのに、あの兵士たちは諦めていない。圧倒的な物量をゲリラ戦で押し返していく。まるで嵐のような勢いで、侵略者たちを打ち倒す。雄々しき戦士の姿――それこそが、我らが人類の希望だった。

 

 戦っている。

 嵐の名を冠する最強の兵士が、()()()2()()()戦っている。

 傍目から見ても分かる。

 

 ――2人とも、諦めていない。

 

 ああそうだ。ならば、立ち上がれ。

 顔を上げて笑い、武器を取れ。

 我らも共に向かうのだ。英雄の戦う最前線へ!!

 

 戦うことができずとも。

 平和な場所で指示を出すことしかできずとも。

 

 ――2人の勝利を、願うんだ。

 

 

「ストーム1、ストーム2……まさか、人類の未来を背負わせることになるとはな」

 

 

 誰かがそんなことを呟いた。

 

 ――聞いたことがある。嵐の名を冠する兄妹は、元々はただの一般人だった。

 

 兄はビーグル修理のため基地に訪れていた民間の技術者、妹はフライトショーに参加するため基地に訪れていた民間の飛空士。侵略者襲撃に偶然居合わせた結果、なし崩しでEDFに随伴することとなったらしい。

 最初は安全な場所で別れるはずだった。だが、世界のどこを探しても安全な町などありはしない。だから、2人はEDFに所属する兵士となった。数多の戦場で敵を倒し、生き残り、戦場へと出陣して帰って来た。

 「気づいたら精鋭になり、さらに気づいたときには人類の希望となっていた」――本人たちはそう言って笑っていた。どこにでもいる若者だった彼らは今、勇猛果敢に戦場を駆け抜けている。

 

 眼前で猛威を振るうのは、侵略者を束ねる銀色の『神』。圧倒的な力を以てして人類を嬲っていた『神』の身体からは、紫の血肉がむき出しとなっていた。

 片腕と片足を失った『神』が呻きながらのたうち回る。――人類の希望が、侵略者を追い詰めていたのだ。

 

 

「苦しんでいます……! 『神』が、苦しんでいます!!」

 

 

 絶望に満ちていた通信使の声に、消えかけていた熱が灯った。それを皮切りに、沈黙していた街に砲火の音が響き渡る。満身創痍の歩兵たちが、己のありったけを差し出して、2人の道を切り開く。

 

 

「やれ、ストーム1!」

 

「ストーム2!」

 

「――お願い! 終わらせてください、この悲劇を!!」

 

 

 誰かの叫びに――あるいは歩兵たちの叫びに応えるかのように、大嵐が巻き起こる。嵐が過ぎ去った刹那、『神』は断末魔の悲鳴を上げて、白い光を放ちながら爆ぜた。

 光が晴れた先には、侵略者を束ねた総大将の姿はない。奴がいたことを示す証拠として、千切れた四肢が転がっているだけだった。

 侵略者たちの攻撃が一瞬で止む。間髪入れず、奴らは慟哭の声を上げた。千切れ飛んだ四肢を回収し、我先にと去っていく。

 

 屍が累々と積み重なった荒野に、沈黙が広がった。幾何かの後、か細い勝ち鬨の声が響き渡る。

 

 それは次第に伝染し、生き残った者たちが次々と声を上げた。

 広大な大地に響かせるにはあまりにも静かすぎるそれであったが、人類は確かに勝利したのである。

 

 

◆◆◆

 

 

 サーヴァントとして呼びだされるのは、主に歴史上の偉人である。エクスカリバーの担い手たる誉れ高きアーサー王、戦と女を好んだケルトの武人クー・フーリン、火縄銃を戦術に組み込むことで天下統一を速めた織田信長、フランスの為に戦った救国の聖女ジャンヌダルク等がその例だろう。

 しかし、サーヴァントの適性を持っているのは歴史上の偉人だけではない。アラヤやガイアと呼ばれる人や星の守護者もまた、その適性があれば召喚される可能性だってある。赤い外套を着た弓兵エミヤや、赤いフードに身を包んだ暗殺者エミヤ等が該当者と言えるだろう。前者は自己申告で「未来の英霊である」と語っている。

 それだけではない。英霊を宿す器として相応しい適性を持ってさえいれば――あるいは意志持つ魔術礼装がちょっとハッスルした等のイレギュラー事象が発生すれば、サーヴァントとして呼びだされてしまうことだってある。時計塔の一魔術師に憑依した諸葛孔明や、平行世界の魔法少女イリヤスフィール・フォン・アインツベルン等が該当者だ。

 

 つまり、サーヴァントとして召喚される者たちに、彼等が生きた時間軸――過去や未来、あるいは平行世界によって縛られることはない。

 彼らは死後、英霊あるいは守護者として、魔術的儀式および世界の危機によって、自分たちの生きる世界の現在に呼びだされるのである。

 

 ――ならば、こんなことが起きることもおかしくはないのだ。

 

 

「サーヴァント・ライダー。コードネームは“ストーム1”、嵐山(あらしやま)(しるべ)だ。地球防衛軍所属、兵種は空爆誘導兵(エアレイダー)。……若い頃の俺と一緒に戦うことになるとは思わなかったけどね」

 

「サーヴァント・アーチャー。コードネームは“ストーム2”、真名は嵐山(あらしやま)(つばさ)よ。地球防衛軍所属、兵種は降下翼兵(ウイングダイバー)。……そっかー。あの召集を蹴っていなかったら、私たちも貴女たちみたいになってたのかもしれないわ」

 

 

 ヘルメットのバイザー越しに微笑むのは、自分たちと瓜二つの顔をしたサーヴァント。彼と彼女の口調からして、2人はカルデアの招集に応じなかった未来の存在らしい。

 

 

「な、なんでそんな格好に!? ってか、カルデアに行かなかった未来で何があったらこうなるの!?」

 

「軍事基地で機材の修理を頼まれたんだけど、そこでプライマー……侵略者たちの襲撃に居合わせてね」

 

「私は航空ショーに参加するために基地にいたの。あのときはあんな目に合うだなんて思ってもみなかったわ」

 

 

 導の問いに、ライダーとアーチャーが遠い目をしながら答える。その後は成り行きで軍に同行したが、地上に安全な場所がなかったため正規の軍人になったらしい。

 そこで戦果を重ねていくうちに、人類最強の兵士――あるいは人類最後の希望として、その力を開花させていったそうだ。最後は激闘の果てに異星人の親玉を討ち取ったという。

 

 アーマーに身を包んだ格好からして、未来技術を結集した近代兵器の使い手たちだ。しかも、絶対的な人類の守護者たち。事態の打開を行う有効打になり得た。

 マシュが導と翼、および召喚されたライダーとアーチャーの顔を見比べている。通信機の向こう側にいた人々は口を開けて呆然としていた。

 そんな守屋兄妹たちの様子を気遣うのもそこそこにして、軍人2名は周囲の確認を行う。眼前にひしめくのは異形の群れ、弱小勢力(じぶんたち)に振るわれる数の暴力。

 

 巨大な蟻の群れが大地を覆い、空には蜂の群れと無数の円盤が飛び回っている。蟻をかき分けるようにして、巨大なカエルと武装したエイリアンが砲撃を行っていた。文字通りの地獄絵図である。

 

 しかし、ライダーとアーチャーは怯まなかった。

 手慣れた様子で迎撃体制へと移行する。

 

 

「――空爆要請! 着弾位置、指定します!」

 

 

 ストーム1の声に応えるように、空の彼方から飛行機雲が飛来する。やたらと明るかったそれは真っ直ぐ地面へ――敵がひしめく大地目がけて降り注いだ。着弾すると共に爆発し、地上にひしめいていた蟻の群れや砲撃手たちを消し飛ばした。

 

 

「――ヘッドスナイプッ!」

 

 

 空爆で倒しきれなかった砲撃手たちが攻撃を仕掛けようとした次の瞬間、そのうちの1体の首が吹き飛んだ。驚いたように別の砲撃手が動く。だが、その砲撃手は足を吹き飛ばされた挙句、文字通り蜂の巣にされて崩れ落ちた。

 よく見れば、ストーム2が特殊な飛行ユニットを駆使して高機動戦闘を行っている。砲撃手だけではなく、蜂の群れとも攻防を繰り広げていた。呆気にとられる自分たちのすぐ横で、巨大なコンテナが落下してきた。蓋が開き、現れたのは1機のヘリ。

 ライダーは迷うことなく飛び乗った。プロペラが回転を始め、ゆっくりと上昇する。ヘリに装備されていた武装が一斉に火を噴き、空中と地上に犇めいていた異形たちを殲滅していった。その様を例えるなら、特撮映画という言葉が相応しい。

 

 敵性反応が面白い勢いで消えていく。

 例えるならそれは、嵐という言葉が相応しい。

 

 

「あれが、嵐の名を冠した精鋭兵……人類最後の希望……」

 

「先輩たちに在り得た、未来の姿……」

 

 

 サーヴァントの誰かがそう呟いた。マシュも感嘆の息を吐き、嵐の如く吹きすさぶ戦場を見つめる。

 

 確かに、どこかの未来の先に存在したであろう嵐山兄妹は強かった。異形の群れを的確に屠る、嵐のような戦闘スタイル。コードネームに相応しい活躍だと言えよう。

 だからと言って、自分たちはそれを眺めてればいいとは思えない。彼らが選んだ未来があの姿だというなら、その未来を選ばなかった自分たちが圧倒されているだけでいいはずがない。

 

 自分が選び取った未来がどこに繋がるかは分からないけれど。

 自分たちが描く道はまだ途中だけど。

 それでも、どこかの未来のカタチに押されっぱなしではいられない――!!

 

 嵐山兄妹を発見した異形たちがこちらに迫る。ライダーのヘリとアーチャーの攻撃を掻い潜った個体が、ここにいる嵐山兄妹を喰らおうとしてやってきたのだ。

 ならば、何を成すべきか。――そんなの、決まっている。いつもと何も変わりないじゃないか!!

 

 

「マシュ、行こう! このまま黙ってるわけにはいかないからね!」

 

「私たちも戦おう! あり得たかもしれない自分に負けてられないもの!」

 

「はい、先輩!」

 

 

 自分たちの号令に返事をして、マシュを筆頭としたサーヴァントたちが飛び出していく。彼等は嵐に負けず劣らずの勢いで、敵の群れを殲滅していった。

 

 あり得たかもしれない未来の自分たちと共に、この地獄を乗り越える――。

 今までの特異点とは違う特異点での戦いが、幕を開けた。

 

 

***

 

 

 粉々に砕けた遺骸が示された。周囲から響くのは慟哭の声。

 地球の人類(かとうせいぶつ)によって、我らの『神』は儚くなった。

 

 我は『(ちち)』の跡を継ぎ、新たにその名を戴く者。

 我は『(ちち)』の力を継ぎ、新たに導き手となる者。

 我は『(ちち)』の遺志を継ぎ、青き星へと赴く者。

 

 ――我は我の意思を以て、人類へ復讐する者なり。

 

 

<復讐の刻は来たれり。この怨嗟に、人類滅亡を以て終幕を計ろう。我らが『神』の御霊に安息を>

 

 

 眼下に集った精鋭兵たちが拍手喝采する。雄たけびを上げて武器を掲げる彼らは、先代の『神』への弔い合戦に参加してくれた、勇猛果敢な歩兵部隊。

 

 

<我らは勇猛果敢な歩兵隊! 故に、我らは死を恐れない!>

 

<我らが『神』を殺した地球人を、人類を許すな! 今度こそ、一匹残らず殲滅する!>

 

 

 大地を割らんばかりの声が響く。――それが、我らの総意だ。

 

 人類には感謝している。我々では到底知り得ることのない概念――死を教えてくれた。感情――怒りを教えてくれた。大義――復讐を教えてくれた。

 今こそそれを返すとき。貴様らへの復讐と言う名の元に、貴様らが『神』に向けた怒りを、我らの『神』に与えた死をくれてやる。圧倒的な力を以て。

 

 介入の手段は手に入れた。人類が生まれ落ち、今まで歩んできた軌跡に触れるための算段は立っている。

 人類の歩みの中には、我が『(ちち)』を討つ要素が存在しているはずだ。それらすべてを亡き者にするだけでは、我らの復讐は成り立たない。

 人類から未来を略奪せよ。1体たりとも生存を許すな。未来を摘み取り、断ち切るのだ。――是は、我らの復讐である。

 

 

 

 我らは異星文明(プライマー)。この銀河を統べる『神』にして、我らへの反逆を企てし人類への断罪者。

 

 我らは異星文明(プライマー)。我らが『神』を殺した反逆者たる人類へ復讐する者。

 

 ――我は『(ちち)』の跡を、遺志を継ぎ、人類虐殺の指揮を執る、新たな『(もの)』なり。

 

 

 




クロスオーバー先:『地球防衛軍5』

【オリジナルサーヴァント】
地球を防衛するライダー
・性別は男性。乗り物や兵器の操縦技能だけでなく、卓越した指示能力の持ち主。
・真名は嵐山(あらしやま)(しるべ)であり、ぐだ男=導がカルデアに来なかった未来の果てに存在している英霊。コードネームはストーム1。
・地球を防衛する前は、民間の技術者だった。とある兵器の修理中に緊急事態に巻き込まれ、地球を防衛することになった模様。
・エアレイダー適正の高さからライダーに収まった。ただ、ある条件を満たすとセイヴァー適正を得て現界することが可能らしい。
・クラス相性に関係なく、フォーリナー特攻を有する。

地球を防衛するアーチャー
・性別は女性。彼女の装備するアーマーには飛行能力が搭載されており、機動力を活かした戦いを得意とする。
・真名は嵐山(あらしやま) (つばさ)であり、ぐだ子=翼がカルデアに来なかった未来の果てに存在している英霊。コードネームはストーム2。
・地球を防衛する前は、民間の飛行士だった。フライトショーに参加するため呼び出された先で緊急事態に巻き込まれ、地球を防衛することになった模様。
・ウイングダイバー適性の高さと狙撃が得意という面からアーチャーに収まった。ただ、ある条件を満たすとセイヴァー適正を得て現界することが可能らしい。
・クラス相性に関係なく、フォーリナー特攻を有する。

銀色のアヴェンジャー
・性別不明。地球に存在する物理法則を一切無視した力を有する。
・地球防衛軍5のラスボスである銀の人――『神』の息子で、二代目『神』。先代である銀の人はプライマーにとって指導者+宗教上の神という扱いだった。
・上記の理由から地球人に対して強い憎悪を抱いており、人類とは絶対に融和できない存在。召喚不可能なボス限定サーヴァント。
・本来のクラス適正はフォーリナーだが、人類に対する憎悪によってアヴェンジャーとして現界した。ラスト付近で双方のクラス特性を複合した特殊ボスとして現界する。


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ケース:賀陽曜子の場合
特殊異聞帯:箱庭虚構楽園島ノーウェア/親愛なる“■■”へ


【諸注意】
・クロスオーバー先のネタバレ注意。
・FGOとのクロスオーバーということで、クロスオーバー先で発生した事件が2011年に変更されている。
・2部に関するネタバレ注意。
・2部に関するネタバレ注意。
・2部に関するネタバレ注意。
・そこはかとなくアヴィケブロン×ぐだ子/ぐだ子×アヴィケブロン要素が漂う。
・クロスオーバー先に関連するオリジナル特異点イベントが発生(重要)
・クロスオーバー先に関連するオリジナル特異点イベントが発生(重要)
・クロスオーバー先に関連するオリジナル特異点イベントが発生(重要)
・キャラクター崩壊注意。

【主人公】
賀陽(カヤ) 曜子(ヨーコ) 性別:女性 第1部開始⇒17歳、第2部開始⇒19歳
・小学生の頃、両親の海外転勤に伴って留学していた経験がある。
・滞在先はイーグルランドにあるオネットという田舎町。
・腐れ縁の“友達”がいたが、随分前から行方不明になっている。


 シャドウボーダーに召喚されたキャスター・アヴィケブロンにとって、マスターである賀陽曜子は“友達”と呼ぶべき相手である。そこに1つ補足することがあるとするならば、“世間一般で言う友達”とアヴィケブロンが“友達”と呼ぶ相手の定義が少々異なる点だろうか。

 

 アヴィケブロンにとっての“友達”とは『自分の間違いを指摘してくれる相手』のことを指す。「自分の悲願を叶える」という目的の為に、アヴィケブロンは罪を犯した。自分を慕う子ども/自分を「先生」と呼んだ(マスター)を手酷く裏切ったことがある。顔も名前も思い出すことはできないが、断末魔の悲痛な叫びは自身の霊基に傷を残していた。

 先の異聞帯で召喚された際、アヴィケブロンは此度のマスター――曜子の道を拓くことができたらしい。らしい、というのは、今ここに居るアヴィケブロン(じぶん)は異聞帯が終わった後に召喚されたサーヴァントだからだ。異聞帯での出来事は、シャドウボーダーに残る記録と自分の霊基に刻まれた記録で大体は把握している。

 永久凍土における戦いでは『ゴーレム用の素材を集め放題』という最大級のアドバンテージがあったからこそ、アヴィケブロンは最大級の力を発揮できた。罪を贖うには足りないけれど、余計に曜子を傷つけてしまったけれど、最適解だが最良ではない判断だったと自覚していたけれど、少女の行く道を切り開けたことは救いであった。

 

 嘗てアヴィケブロンは自身の抱える罪を吐露し、曜子に対し「自分は信用に値する存在ではない」と警告したことがある。

 そうしたら、曜子は躊躇わずに答えた。真夏の太陽を思わせるような、鮮烈な笑みを浮かべて。

 

 

『自分が間違っていたことを自覚できて、それが良くないことだったと反省できて、それを悼むことができるなら、心配することはないと思うけど……うん。分かった』

 

『大丈夫だよアヴィケブロン。貴方が間違ったなら、私たちが全力で貴方を止めるから』

 

『とんでもない方向に突き進んでいった奴の企みを挫いて阻止することには、()()()慣れてるからね!』

 

 

 そう語る曜子は頼もしかった。頼もしすぎた。妙に実感が籠っているように感じたのは、おそらくアヴィケブロンの杞憂ではない。

 召喚後も様々な出来事が発生し、アヴィケブロンと曜子の関係性も紆余曲折変化があったが、長くなるので割愛する。

 

 ――そんなことを思い出したのは、きっと今、彼女の過去に触れる機会を得たためだろう。

 

 現在、シャドウボーダーは次なる異聞帯に備えて白紙の大地を進んでいる真っ最中。時折魔獣たちが行く手を阻む程度で、小康状態が保たれている。嘗てカルデアにいたサーヴァントや異聞帯で出会ったサーヴァントたちも――規模は細々であるが――続々と召喚されており、施設内は少しづつ賑わいを見せていた。

 本日の旅を終えて拠点へ帰還し、曜子の自室で穏やかな時間を過ごす。ゴーレムに関する話で盛り上がったり、他愛のない雑談に耽ったり、八連水晶や星晶石の扱いについて攻防を繰り広げたりしていたことが楽しかったことは覚えている。だが、どうしてその話題になったのか、その詳細な経緯が思い出せない。気づいたら、その話題になっていた。

 

 

「『自分の目的の為なら、容赦なくあらゆるものを踏み躙ることを厭わない』タイプの人間が身近にいたんだ」

 

 

 眉間に皺が寄ったのは、同族嫌悪からだったのか。あるいはもっと汚い部分からの感情だったのか。

 アヴィケブロン自身でも説明がつかないものだったが、今回は聞き役に徹することが正しいと思ったので口を閉じる。

 「貴方には不快な話になるかもしれないから先に謝っておくよ。ごめんね」と丁寧に前置きした後、曜子は口を開いた。

 

 

「本当にすごかったよ。私やネス――ああ、ネスは私がオネットにいた頃の友達なんだけど、()()()は私たち2人を小間使いみたいにこき使ってきたんだ。本人が寂しがり屋の構ってちゃんだったこともあったんだろうけど、こっちが構おうが構わまいが増長する厄介なタイプでさ。嫌がらせなんて日常茶飯事。隕石が墜落したときなんか、『弟を探すのを手伝え』って深夜に私たちを叩き起こして現場まで同行させたんだよ。そのくせ、戦いになると全然助けてくれないの。エイリアンとの戦闘では、こっち指さして笑ってるような奴だった」

 

「……すまない、マスター。僕は今、まず何から指摘すればいいのか分からなくて、とっても困惑している」

 

 

 曜子の言う()()()の苛烈な性格と言動について物を申せばいいのか、子どもが深夜にエイリアンと戦ったという突飛な事態について言及すべきか。

 

 ある意味究極の二択を突きつけられ、アヴィケブロンは悩んだ。

 どちらを指摘しても、マトモな会話を行えるとは思えなかったためだ。曜子は苦笑する。

 

 

「オネットにいた頃は、割と突飛なことばっかり起きてたよ。未来から来たカブトムシみたいな生き物からいきなり『未来は銀河宇宙最大の破壊主ギーグによりまさに地獄のようなありさまだ。この危機を救えるのは、3人の少年と2人の少女。そのうちの2人がキミたちだ』って話を聞かされたり、仲間になるだろう少女をさらった新興宗教の教祖と対決することになったり、ゾンビだらけになった街からゾンビを追い出すために奔走したり、当時私と同じ12歳だった()()()が敵側に回ってヘリを操縦していたり、暫く帰らないでいたオネットが敵の刺客だらけになってたり、頭脳をプログラム化して過去に飛んで黒幕と直接対決することになったりしたっけ」

 

「ウッソだろそれ。……マジか?」

 

「嘘みたいな話だろうと思うけど、マジです」

 

 

 最早、何からどう指摘すればいいのか分からない。辛うじてひねり出せたのは、「ヤバいなそれは」というお粗末な言葉だけだった。

 曜子も「ヤバいよね」と同調し、コーヒーを啜る。自分のことだというのに、どこか夢心地に見えたのは気のせいではないのだろう。

 遠い昔のことだからと付け加えた曜子は、どこか懐かしむように目を細める。突飛な出来事を――旅の日々を、慈しんでいるかのように。

 

 ひとしきり曜子の昔話に耳を傾ける。人理焼却以前に起きた賀陽曜子の旅路は、人理焼却に関する記録や異聞帯での記録とも引けを取らない程波乱万丈であった。適切な所で相槌を打てたのかは分からないが、アヴィケブロンの相槌に対して淀むことなく曜子は頷き返し、話題を広げていく。

 沢山の人々に助けられ、支えられ、当時12歳程度の少年少女たちが、誰にも知られずに世界を救う旅をした。曜子たちとその出来事に関わった人間たちだけが、少年少女の旅路を知っている――その片鱗に触れたのは、数少ない曜子の“特別”だけなのだろう。アヴィケブロンは仮面の下でひっそりと微笑む。

 

 コーヒーはいつの間にかぬるくなっていた。曜子もそれを分かっていたのだろう。

 舐めるように飲んだコーヒーに、僅かながらに眉をひそめていた。長い長い話を終えて、曜子は息を吐く。

 

 

「あの頃のことを頻繁に思い返すようになったのは、アヴィケブロンから“友人”についての話を聞いたからなんだ」

 

「……僕の?」

 

「うん」

 

 

 曜子は遠くを見ながら、何かを思い出すようにして口を開いた。

 

 

「アヴィケブロンにとっての“友達”が『自分の間違いを指摘してくれる相手』なら、()()()にとっての“友達”って何だったんだろうなー、って考えたんだ。でも、私にとって()()()は“傍迷惑な腐れ縁”でしかなかったし……()()()をまともに“友達”と認識していたのはネスくらいなものだったから」

 

「成程な。僕は自分が俗世に疎いことは重々承知しているが、そんな僕でも、キミのいう()がとんでもない人物だったということは容易に理解できたよ。()の論理観は本当によくない」

 

「……アヴィケブロンは、()()()の話を聞いて、どう思った?」

 

 

 曜子はじっとこちらを見つめて問いかけた。暁の空を連想させるような琥珀色の瞳が、じっとこちらを見つめている。――さて、どう返答するのが正解だろうか。アヴィケブロンが思案したとき、「正解や不正解は考えなくていいから、貴方個人の意見を聞きたいんだ」と曜子が付け加えた。

 友達からの望みを無碍にしたくない。言葉を選びつつ、「これは、キミの話を聞いたうえで、僕が勝手に考えたものだが」と付け加え、アヴィケブロンは拙い持論を展開する。曜子は茶々を入れることなく、アヴィケブロンの話を聞いてくれた。

 

 

()にとっての“友達”は、『何があっても、どんな形であっても、()に関わり続ける相手』だったのではないだろうか」

 

 

 曜子の言う()()()は、確かに『自分の目的の為なら、容赦なくあらゆるものを踏み躙ることを厭わない』タイプの人間だ。しかも、その行動原理は幼い子どもの癇癪そのものと言ってもいい。こちらがうっかり頷きそうになる要素はあるが、突き抜けすぎていたため共感できなかった。曜子からの又聞きのため、()がどのような経緯でそんな思考回路に至ったかの詳細は分からない。ただ、俗世に疎いアヴィケブロンでも「ミンチ家はヤバい」ことはハッキリと理解できた。

 「お仕置きと称して当時12歳の曜子をぶち、その勢いで壁にぶつかって気絶した彼女に更なる追撃を加えようとした()の母親」も、「少年の父親に貸した金のことや曜子の父親の上司であることを利用して威張り散らしていた()の父親」も、まともな人間とは思えない。自身の語彙力が壊滅的になる程の衝撃だった。――「何にどう機能を割り振れば、こんな人間が出来上がってしまうのか」と真剣に悩んでしまう程には。

 ()が突き抜けてしまったのは、()自身だけでの問題ではなかったのだろう。方法は全く正しくなかった上に本人も「間違っている」と理解できなかったが、()()なりに“友達”と遊ぼうとしていたのだ。アヴィケブロンと曜子のように「対話を重ねることで距離感を見定める」のではなく、「“縦横無尽に振る舞う己に食いついて来るという事実”さえあれば後は何も気にしない」という一方的なモノ。それ故に、()の行動はどんどんエスカレートしていった。

 

 

「相手が何を思っているかは一切考慮していない。恐らく、相手がどんな行動に出ようとも構わない。ただ、自分に関わり続けるという事実さえあればよかった。『自分がアクションを起こせば、()()相手からレスポンスが返って来る』……そんな関係を、()は“友達”と定義したのだろう」

 

「…………」

 

「相手が自分の思い通りになれば重畳。思い通りにいかなくとも、何かしら反応が返ってくればそれでいい。自分に対して関心を抱いてくれて、心に留めてくれることを求めていたのかもしれない。『相手が他の誰かと絆を結ぼうとも、自分が行動を起こせば絶対に視線を向けて関心を持ってくれる』という確信が、()の言動に現れていたのではないだろうか」

 

 

 ……本当はそこから先に続く言葉があったけれど、それを紡ぐには、アヴィケブロンは大人として成熟してしまっていた。同時に、おおよそ口に出せない感情もあったから。

 件の()は相当な自信家だったのだろう。そして、()が抱いた自信は間違ってはいなかった。実際に、曜子は今、()に対して想いを馳せている。

 

 ――理由は分かっている。正直面白くない。だが、口に出してしまったら何かに負けてしまいそうな気がした。閑話休題。

 

 アヴィケブロンの拙い言葉を聞いた曜子は、「そっか」と呟いた。今まで目に留めなかった路傍の石の中に、キラキラ光る宝玉が混じっていたことに気づいたかのような横顔。

 もうそれを拾い上げられないと分かっているのか、どこか寂しそうな面持ちだった。

 

 

「……じゃあ、()()()にとって私は“友達”だったのか」

 

「マスター?」

 

「全然気づかなかったよ。いつも執拗に絡んできたのは、“友達”としてうまくやっているつもりだったんだね」

 

 

 曜子は納得したように頷き、熱を失ったコーヒーをすべて飲み干した。彼女の眼差しはどこか昏い。

 

 

「――(ただ)1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことがあるんだ」

 

 

 ぽつり、と、曜子はそう零した。「どうしても許せないことがあって、許しちゃいけないと思ったことがあって、()に対して怒ったことがあるんだよ」と。

 怒りの度合いを示すための手段として、賀陽曜子は()を無視したらしい。12歳児が考えた末に取ったソレは、相手に反省を促すための行動だった。

 

 だが、それを境目にして、()はどんどんおかしくなっていったという。転がるようにして世界の破壊者側につき、最後は精神崩壊を引き起こした世界の破壊者を傀儡にして暗躍する程になってしまったという。

 

 アヴィケブロンにとっての“友達”の定義――『自分の間違いを指摘してくれる相手』という観点――から言えば、曜子の行動は何もおかしくない。寧ろ、幼い頃から彼女の心根は変わらなかったことを知って、生来の気質を好ましいとさえ思う。だが、()の定義する“友達”からはあまりにもかけ離れた対応だった。

 ()は曜子たちの無反応を目の当たりにして、「自分は見捨てられてしまった」と誤認してしまったのだろう。同時に、“曜子の旅仲間に新たな友達が加わった”ことも誤認を加速させてしまったのかもしれない。「新しい友達と自分が天秤にかけられ、自分が捨てられてしまった」のだと思い込んでしまう可能性だってあり得たためだ。

 自身も似たような不安に駆られてしまった経験がある――現在でも内心、どこかでそれに怯えている――が故に、アヴィケブロンは目を伏せた。他人事とは思えないと感じてしまうのは、彼女に対して強い執着を抱いたという共通点からだろうか。選択を違えていたら、自分と()の立場が逆転していた可能性を見出したためだろうか。

 

 戻らない過去をなぞるような眼差しがふと気になって、アヴィケブロンは曜子へ問いかける。

 

 

()は今、どうしているんだ?」

 

「分からない。事件が解決した後、どっか行っちゃったから」

 

「……行方不明、ということか?」

 

「うん。『ここまでおいで! おしりペンペーン』って手紙を残したっきり。いつもは残してくれた回りくどいヒントも全くないし、どこに行けばいいんだか分からなくて、事実上ほったらかしにしてたんだ。……まあ、色んな世界を好き放題移動できる力を得たポーキーのことだから、“ここではないどこか”で好き放題にやってるんだろうけど」

 

 

 未来から現在を否定されたせいで、星の歴史が白紙にされてしまってから早数か月。すべての文明や命が否定され、世界は滅びを迎えたも同然の状況だ。恐らく、曜子の嘗ての戦友たち――ネス、ポーラ、ジェフ、プーたちの存在も消え去ってしまっただろう。勿論、本来ならば、ポーキーもその中に含まれているはずだった。

 しかし曜子曰く「ポーキーは特別な機械を用いて時空ジャンプをしていた」という。もしポーキーがその機械を現在でも所持しており、他の世界に渡っていたとしたら――焼却どころか凍結をも回避し、己の存在を平行世界に刻みつけていてもおかしくない。もしかしたら、今でも彼は「曜子が自分の元に辿り着く」のを待ち構えている可能性もあり得る。

 曜子は深々とため息をついた。こめかみを抑え、遠い目をする。「ポーキーのことだから、十中八九、どこかの世界でも傍迷惑なことをしているんだろうなあ。超弩級の悪事をしでかしていそうなんだよなぁ。……結果的に、7年間も放置しちゃったんだよなぁ」と小さく零し、憂うようにして俯いた。

 

 こんなとき何を言えばいいのか、アヴィケブロンには分からない。でも、このまま黙っているのも嫌だった。

 名前を呼んで、彼女を真正面から見つめる。曜子は少し驚いたように目を瞬かせた後、何かを決意したように微笑む。

 

 

「世界を救って今回の一件が片付いて、平穏が戻って来たのなら、どうしてもやらなきゃいけないことができたんだ」

 

「……()の言った“『ここ』まで行く”ことかい?」

 

「そう!」

 

 

 今すぐにと言わなかったのは――言えなかったのは、人理凍結による事態の重さを把握していたためだろう。曜子はアヴィケブロンの手を取る。

 

 以前の自分であったなら、他者とスキンシップをすることは精神を著しくすり減らすモノでしかなかっただろう。

 でも今は、こうしていられる時間が愛おしくさえ思うのだ。その意味を込めて、曜子の手をひっそりと握り返す。

 

 

「アヴィケブロン。貴方が指摘してくれなきゃ、私、ずっと“友達”を放置してたままだった。最悪、自分の間違いに気づかないままだったかもしれない」

 

「マスター……」

 

「間違いを気づかせてくれてありがとう、私の大切な“友達”。こんな私だけれど、これからも一緒に歩んでくれる?」

 

「……うん。勿論だとも」

 

 

 アヴィケブロンにとっての“友達”の定義は『自分の間違いを指摘してくれる相手』だ。世俗をよく知る一般人の出である賀陽曜子にとっての“友達”の定義が何を指しているのか、それを把握するのは難しい。差異があってもおかしくはないのだ。

 でも、今、曜子の方もアヴィケブロンを“友達”という定義で認識してくれている。アヴィケブロンの定義と曜子の定義が同じものを指しているということが、誇らしいと同時に、嬉しくて照れ臭い。

 自分で良いのかと問い返したい衝動に駆られたが、折角嬉しそうに微笑んでいるのだ。曜子の表情を曇らせるような行動は憚られた。――それからまた暫く雑談に興じて、どれ程の時間が流れたのだろう。室内に置かれた時計は、もう深夜になる一歩手前な時間を指している。

 

 

「そろそろ休んだ方がいい。明日もまた旅に出るんだろう?」

 

「うん、そうだね。おやすみ、アヴィケブロン」

 

「ああ。おやすみ、マスター」

 

 

 今日の旅は終わり、また明日から旅が始まる。新たな異聞帯に突入することになるのか、白紙と化した大地を駆け抜け続けることになるのか――明日を迎えるまで分からない。

 課題はまだまだ山積みで、成さなければならないことは沢山ある。唯一無二と言っても過言ではない友のために、大切な人のために、自分は何ができるだろうか。

 

 穏やかな寝息を立てる曜子を背にして、アヴィケブロンは思案する。

 

 

 

 

 

 

『――やっと来たのかよ! 待ちくたびれたぜ、うすのろヨーコ!』

 

 

 

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

◆◆◆

 

 

「――大陸、ですか?」

 

「そう。辺り一面が海で、()()()()()()()()()()()()()()()()。理由は一切不明だけどね」

 

「……この島の形、まるでドラゴンみたいだ」

 

 

 白紙と化した白の大地を進むシャドウボーダーは、いつの間にか小さな島へと辿り着いた。

 島以外に大地のない世界。ここもまた、剪定事象に選ばれた世界の1つにすぎない。

 

 ――ただ、その島は、異常だった。

 

 

「先輩! あの文鳥、下半身が棒です!!」

 

「あっちの個体の下半身には爆弾が搭載されているようだよ!」

 

「あっちには胴体が像になってるダチョウがいるぞ!」

 

「何をどうすればあんな生き物ができるんだよ!? 遺伝子組み換えでもあんな酷い生き物作れねーよ!」

 

「なんなのだ、あれは!? どうすればいいのだ!!?」

 

「カドックも新所長も落ち着いてください!」

 

 

 異様な生き物が我が物顔で跋扈する大地。

 

 

「……豚の覆面を被った兵士(ブタマスク)がいっぱいいる……」

 

「会話を聞く限り、兵士としての士気も態度も最低最悪みたいですけど……」

 

「正直な話、こんな異聞帯が存在してること自体がおかしいレベルなんだよなぁ……」

 

 

 街で横暴を働く、豚の覆面を纏った兵士たち。

 

 

「僕、リュカっていいます。こっちが飼い犬のボニー。貴方たちは?」

 

 

 ブタマスクたちと対立し、旅をしている少年たちとの出会い。

 

 

「ネンドじん……? あれも、ゴーレムの一種なのだろうか……実に興味深い」

 

「待って待って! アヴィケブロン、どこ行くの!?」

 

 

 ソワソワするゴーレムマスター。

 

 

「…………アンドーナッツ博士?」

 

「……その声は、ヨーコちゃんか!?」

 

「ああやっぱりアンドーナッツ博士だ! 今まで一体何してたんですか!? ジェフが心配してましたよ! ってか、なんでゴミ箱なんかに潜んでたんですか!?」

 

「それを説明するには時間がない。今すぐこの場を離れるんじゃ! もうすぐ()()がここに来る!!」

 

()()って何ですか?」

 

「――きゅうきょくキマイラ」

 

 

 懐かしい人との再会と、彼からの警告。

 

 

「先程の生き物――きゅうきょくキマイラ、といったか? ……あれはよくない」

 

「この研究所はキメラが跋扈していました。研究所の名前からして、大陸を跋扈していた異形たちはここで作られたことは明白です」

 

「極めつけは、人を平然と踊り食いするあの化け物――きゅうきょくキマイラときた。答えてくれ、ドクター・アンドーナッツ。あの化け物やキメラは、誰が、何の目的で作ったんだ」

 

「――あの生き物(キメラたち)を作ったのは、ワシじゃよ。……ポーキーに拉致され、脅されたんじゃ」

 

 

 剪定事象とは無縁に等しかった、小さな世界の小さな楽園。偽りだらけの箱庭に綻びを齎し、滅びを呼び込んだのは、姿を消した“友達”だった。

 ポーキー・ミンチにとって、この世界は“玩具”にすぎない。だから、好き放題に命を弄ぶことができる。

 そこには大義名分もなければ悪意もない。ただ単に、「面白いから」「楽しいから」成しているにすぎないのだ。

 

 ――ただそれだけだったなら、きっと、ポーキー・ミンチを恨むことができたのだろう。憎むことができたのだろう。

 

 

「なんでしょう? このフロア、色々と展示されているみたいですけど……」

 

「あれもゴーレムか? 興味深いな」

 

「おい、どうしたカヤ。亡霊でも見たような顔をして」

 

「……これ、私がネスたちと旅してた時に見たものばっかりだ」

 

「成程。……先に見た映画の時から思っていたが、この造形物を見て確信した。(ポーキー)は本当に、キミたちを――マスターとマスターの友達のことを好いていたんだな」

 

 

 彼と自分は“友達”だった。――それが例え、どんなに歪んだ認識の上に成り立っていたとしても。

 彼と自分は“友達”だった。――それが例え、遠い過去のことになってしまったとしても。

 彼と自分は“友達”だった。――それが例え、今この瞬間に道が重なることがなかったとしても。

 

 誰が何を言おうとも、自分が今何を思おうとも、嘗ての彼と今の彼が何を考えていたとしても――あの日、確かにポーキーと曜子は“友達”だったのだ。

 どこで何を間違ってしまったのかは分からない。今更正そうとしたところでどうしようもないことは百も承知。それでも尚、あの日の続きを始めるために対峙する。

 

 針を抜いた者の意志を反映し、世界を作り変えることができる力の行方を巡って旅をしていたリュカたちと合流し、ついに“友達”と対面した。

 

 

『――やっと来たのかよ! ゲホゲホゲホ……待ちくたびれたぜ、うすのろヨーコ!』

 

「……ポーキー……」

 

 

 無邪気を極めた超弩級の悪意。外見は最早老人なのに、心は幼いままの少年。大きな矛盾を孕んだソレは、最早人の括りから逸れていた。

 

 

『お前の乗ってる車、シャドウボーダーとかいったっけ? うすのろヨーコが持つにしては、ちょーっとばかし身の丈に合わない玩具だよなあ!』

 

『ま、このポーキー様が持っている玩具の方が凄いけどな。見ろよコイツ! “名もなき息子”っていうんだ! まあ、どこぞの誰かは“クラウス”とか呼んでたみたいだけどな』

 

『なあヨーコ、折角だから遊ぼうぜ! お前が持ってるその玩具と、僕が持ってる沢山の玩具! どっちが凄いか勝負しよう!』

 

 

 

『――遊ぼうぜ、ヨーコ』

 

「――そうだね。遊ぼう、ポーキー」

 

 

 崩壊する世界。踏み躙られた幸福。消えていく希望。

 誰かの絶叫が木霊する。誰かの悲鳴が、伸ばした手が空を切る。

 救いを求める祈りの行方は、何処か。

 

 

「――祈りは、ちゃんと届くものなんだよ」

 

 

 赤い野球帽を被った青年は、バットを構えて微笑んだ。

 

 

***

 

 

『よう、とんま野郎のネス。ヨーコよりも来るのが遅いって相当だぞ!』

 

「あははは。ごめんねポーキー。忙しくって遅れちゃったんだ」

 

『まったく! お前らが来ないから、僕はずーっとずーっと退屈だったんだぞ! 僕の玩具で遊んでても楽しくないから、ヨーコの玩具を借りてたんだ』

 

「だから玩具じゃないっての。人の友達を何だと思ってるんだアンタは。アンタのお父さん呼び出して、尻たたき100回コース行こうか? それともお母さん呼んで張り手コース?」

 

『やめて本当にやめて』

 

「懐かしいなあ。この3人が顔を揃えたのって、7年ぶりだっけ? みんなすごく変わったよね」

 

「そうだねー。ネスは身長すっごく伸びたし、ポーキーは一気に老けたし」

 

『うすのろヨーコの胸は相変らずペッタンコのまんまだし。お前の玩具のマシュマロの方がおっきいよなあ』

 

「ポーキーのお母さん呼ぼう」

 

『だからやめてって言ってるだろ! ママの機嫌を損ねたら、ブンブーンを一撃死(ワンキル)した張り手が飛んでくる! 死にはしないけど痛いのは嫌だ!!』

 

「多分、連帯責任で僕らも殴り倒されるよね」

 

「大丈夫大丈夫。今なら速攻で逃げおおせる自信があるし、ポーキーの父親が落ちぶれた影響で偉そうなことはできなくなってるっぽいから」

 

「本当、時間の流れって残酷だよね。……今のヨーコを見たら、確実にジェフが泣くだろうなあ」

 

「なんで?」

 

「ジェフは勘がいいからね。ヨーコを見たら、全部察するはずだ」

 

「答えになってないよ」

 

『お前ら、僕を無視するんじゃない!』

 

「はいはい。まったく、寂しがり屋なんだから」

 

「仲間はずれにした覚えはないよ、ポーキー。――だって、僕たちは友達なんだから」

 

 

 

 

「…………」

 

「ねえ、ヨーコ。キミはそろそろ、あっちにいる“友達”の元へ帰るべきだと思うよ」

 

「あー……うん、そうだね。まだたくさん、やらなきゃいけないことがあるから」

 

『なんだ、もう帰るのかよ。つまんないなぁ』

 

「大丈夫だよ。全部終わったら、また会いに来るから」

 

「心配しなくてもいいでしょ? ポーキー。僕たち3人は、どんなに距離が離れても、どんなに見た目が変わっても、いつまでも友達なんだからさ」

 

『当然だろ! お前たちと僕は、ずーっとずーっと友達なんだからな!』

 

 

 

***

 

 

 山が火を噴く。星が落ちる。

 大地は砕け、森は焼けて。

 雷が落ちて、竜巻が唸りを上げた。

 

 逃げ場を探すキマイラたちが右往左往し、人々は次々と崩壊に巻き込まれていく。

 終焉を迎えつつある世界など気にも留めず、ネンドじんは自分の仕事を粛々と行っていた。

 

 世界を再生するために、今ある世界が滅び去る――それが、この世界が剪定事象から外れ、編纂事象として繁栄していくために必要な禊だった。

 

 

「世界が、終わります」

 

「けれど、これは始まりだ。……すべてを見届けることは叶わないけど、せめて祈ろう。――次に目覚めたとき、彼らが幸せになれるように」

 

 

 針を抜いたのは自分たちではない。

 この世界に生きる、優しい心を持った男の子だった。

 

 

「――そろそろ休んだ方がいい。明日もまた旅に出るんだろう?」

 

「うん、そうだね。おやすみ、アヴィケブロン」

 

「ああ。おやすみ、マスター」

 

 

 

 そうして、此度の突発的な異聞帯は終わりを迎えた。

 また明日から、戦いの日々が幕を開けることだろう。

 

 

特殊異聞帯

箱庭虚構楽園島ノーウェア

親愛なる“友達”へ

 

 

 ――賀陽曜子には、大切な友達がいる。

 

 

 これは、終わる世界で未来が始まる瞬間を見届けながら、失くしてしまったものを拾い上げる物語だ。

 

 




クロスオーバー先:『MOTHER2』、『MOTHER3』

・アヴィケブロンに関するネタバレ(“友達”云々)がなければ、このネタは浮かばなかった。CPを意識していたつもりだが、その割にはCP要素が微塵も生きていないオチ。
・『自分の目的の為なら、容赦なくあらゆるものを踏み躙る』という文面を読んだ瞬間、頭に浮かんで離れなかったのがポーキーだった。アヴィケブロンは理想の為、ポーキーは遊びの為に動くタイプだと思った結果誕生した。
・作中では一切書いていないが、書き手は「ぐだ子はPSIが使える」つもりで執筆した。「PSIは魔術礼装の威力を補強するために使っている」という設定があったものの、この要素も作中に取り上げられることはなかった。
・名前の由来はMOTHER2の「おまかせ」で選択できる名前設定にあった『ヨーコ』より。

Pixivにこの小説をベースにした小話『Miss.Pollyanna系マスターとアヴィケブロンの話』(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9591560)を投稿しています。双方共に盗作ではありません。


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特殊異聞帯:心象幻影国家マジカント/■■

【諸注意】
・クロスオーバー先のネタバレ注意。
・FGOとのクロスオーバーということで、クロスオーバー先で発生した事件が1900年代初頭~半ばと2011年に変更されている。
・2部に関するネタバレ注意。
・2部に関するネタバレ注意。
・2部に関するネタバレ注意。
・アヴィケブロン×ぐだ子/ぐだ子×アヴィケブロン。
・他版権側の登場人物→ぐだ子。こちらは片思いのままだが、一応救い(らしきもの)はある。
・クロスオーバー先に関連するオリジナル特異点イベントが発生(重要)
・クロスオーバー先に関連するオリジナル特異点イベントが発生(重要)
・クロスオーバー先に関連するオリジナル特異点イベントが発生(重要)
・前回以上の捏造要素あり(重要)
・前回以上の捏造要素あり(重要)
・前回以上の捏造要素あり(重要)
・前回以上のキャラクター崩壊注意
・始まりそうで始まる前に終わる
・前作『箱庭虚構楽園島ノーウェア/親愛なる“■■”へ』終了後の時間軸。
・推奨BGM『星歌』/『エイトメロディーズ』(MOTHER)

【主人公】
賀陽(カヤ) 曜子(ヨーコ) 性別:女性 第1部開始⇒17歳、第2部開始⇒19歳
・小学生の頃、両親の海外転勤に伴って留学していた経験がある。
・滞在先はイーグルランドにあるオネットという田舎町。お隣さんに住んでいた野球帽の少年は相棒であり、ある意味“片割れ”的な繋がりがある。
・行方不明になってしまった“友達”と再会し、「自分たちが“友達”だった/“友達”であること」を確認し合った。
・先祖の名前がジョージとマリア。アメリカの田舎に住んでいた夫婦で、ある日突然行方不明となる。数年後に夫は帰って来たが、妻はついに帰ってこなかった。
・特殊な行動コマンドは「祈る」と「歌う」。使用頻度が高いのは「歌う」。


 アヴィケブロンのマスター・賀陽曜子には、強い絆で結ばれた“友達”がいる。7年間行方不明だった金髪の少年や嘗ての“旅の相棒”である赤い野球帽を被った少年とつい最近再会し、友情を確認し合ったばかりだ。その際、シャドウボーダーはとある異聞帯に迷い込んで大騒ぎになったが、詳細および内容は割愛する。

 あの異聞帯は凄かった。文鳥が棒と合体した「ぶんちょうぼう」というキメラにゴルドルフとカドックが頭を抱えたり、「ネンドじん」と呼ばれるゴーレムの類が労働力として生み出されていたり、人や動物問わず改造して凶悪なキメラに作り変える研究が行われていたり、「きゅうきょくキマイラ」なる生物が人間を踊り食いしたりしていた。

 レイシフトやシャドウボーダーによる虚数潜航とは違う形の時空ジャンプの成れの果てを初めて目の当たりにしたが、背丈と心が少年のまま醜悪な老人になった曜子の“友達”の姿は忘れられない。嘗て己を憐れみ、好奇の視線を向け、嘲笑い、迫害してきた連中と同じことを思ってしまったことにぞっとしたものだ。閑話休題。

 

 曜子は社交的な性格で、サーヴァントたらしだ。彼女に心を許し、あるいは心酔し、絶対的な忠誠を誓う英霊はごまんといる。

 早い段階で彼女に召喚された英霊は数多い。強く賢く多芸で優しい英霊も数多い。彼女に親愛以上の情愛を抱く英霊だっている。

 

 英霊に愛された少女が選んだのは、どういうわけか、詩とゴーレム製作の才能しか持たない厭世家の魔術師(キャスター)・アヴィケブロンだった。

 

 現在の関係性に落ち着くまで紆余曲折あったが、正直今でも信じられずにいる。不誠実で臆病な引きこもりが、凛と気高くどこまでも広く深い器を持った誰からも好かれる少女に見出されるなんて。生前には得られなかった唯一無二の“友”という関係を築けたことだけでも、自分にとっては奇跡だというのに。

 そもそも、アヴィケブロンは「自分が幸せになるべきではない」と考えていた。嘗て召喚された自分の分霊は、理想を叶えるために子どもを生贄にしている。死後に人を殺した分霊はそれを深く悔いながら消滅し、本体は分霊の行動に衝撃を受け、異聞帯で曜子に召喚された分霊はその贖罪から『ある決断』を下した。結果、アヴィケブロンは今ここにいる。

 

 

「――――♪」

 

 

 シャドウボーダーの一角に作られたアヴィケブロンの工房、その外から、聞き慣れた旋律が響いて来る。続いて紛れるように聞こえてきたのは、子どもたちの声だ。

 

 歌を歌っているのは曜子。聴衆はナーサリーライム、アビゲイル・ウィリアムズ、ジャック・ザ・リッパー、ポール・バニヤン、ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィといったところか。そんなことを思った刹那、何処からともなく楽器の演奏が聞こえてきた。今度は老若男女の声も混じる。――工房の外は、ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。

 街灯に引き寄せられた蛾のように、アヴィケブロンもふらふらと外へ向かう。工房の扉を開けて顔をひょっこり出せば、案の定、そこは賀陽曜子による小規模のコンサート会場となっていた。仲がいい英霊・悪い英霊の括りなど関係なく、音楽性の好みが正反対であるはずのカドックやゴルドルフもちゃっかり聴衆に紛れる程の様相である。豪華だ。

 

 

「ああ、ごめんねアヴィケブロン。煩かった?」

 

「いいや、構わないよ。丁度休憩しようかと思っていたところだったんだ」

 

 

 後ろ手でゴーレムたちに指示を出し、即座に工房内を片付ける。何名かがアヴィケブロンの発言と行動が何を意図していたかに気づいたらしく、あからさまに表情が変わった。

 その中から更に何名かは「自分たちは邪魔か?」と遠回しに訊ねてきたが、アヴィケブロンは首を振った。曜子がいるのなら、こういう喧騒も悪くはないと思う己がいる。

 聖杯大戦で顔を会わせたサーヴァントたちが目を丸くする姿に居心地悪さを感じ、話題を変えるために曜子へ「歌の続きが聞きたい」と乞う。曜子は二つ返事で頷いてくれた。

 

 

(同じフレーズを反復する、シンプルな歌だ)

 

 

 8小節からなるメロディーと短い歌詞を繰り返す。愛の歌を歌おうと呼びかけるそれは、余計な装飾すべてを削ぎ落している。ただ真っ直ぐに何の小細工もなく、聞くものすべてに語り掛けていた。心地よいメロディーとストレートな歌詞の奥底には、深い愛情と祈りで満ち溢れているように思う。

 曜子が歌を歌うと、大抵はこの歌――曲名は『星歌(せいか)』、あるいは『エイトメロディーズ』――を歌うことが多い。時々戦闘中に歌を歌うこともある。不思議なことに、『星歌』に限らず、彼女が歌うとしょっちゅう不思議なこと――曜子側が有利になるような現象が発生するのだ。原因は不明である。

 

 シャドウボーダー内には娯楽や嗜好品が少ない。そのため、クルーおよび曜子の精神衛生上の観点から、時折こういった小規模のお祭り騒ぎが認められている。程なくして、ミニコンサートは大盛況のうちに幕を閉じ、白紙の大地に夜がやって来た。コンサート時の喧騒は鳴りを潜め、ボーダー内部は静寂に包まれる。

 部屋に響くのは、文字を綴るペンの音。背後から感じるのは、アヴィケブロンの背中を真っ直ぐ見つめる曜子の眼差し。彼女は決してアヴィケブロンの邪魔をすることなく、けれども好奇心と尊敬に満ちた眼差しで、アヴィケブロンの背中を見つめてくるのだ。それが少し、面はゆい。

 “曜子と過ごす静寂の心地よさ”と、“このまま何もせず曜子を放置しておくことに対する申し訳なさ”や“「唯一無二の関係としてどうなのか」という疑問”が湧き上がる。暫しペンを弄びながら悩んだ後、アヴィケブロンは後者2つを取ることにした。

 

 他の者と一緒にいる曜子の姿を見て、寂しさやその他諸々に駆られた自身の経験が活きた結果だ。

 

 

「さて、そろそろ休憩にするかな」

 

「じゃあ、今回は私が飲み物淹れるね」

 

 

 わざとらしく背伸びをして振り返れば、先程背中に向けられた眼差し以上に鮮烈な笑顔が待っていた。

 構ってよかった、と、内心アヴィケブロンは安堵する。自分の判断は間違っていなかったようだ。

 

 

「すまない。退屈させてしまったようだな」

 

「ううん、ちっとも! 何かに打ち込む人の背中は格好いいから、いつまででも見ていたいって思うんだよね」

 

 

 格好良いと言われて嬉しくない奴はいない。特に、曜子を唯一無二の相手とみなしているアヴィケブロンにとっては。一瞬舞い上がったアヴィケブロンであったが、曜子の尊敬と憧憬の眼差しの奥底に既視感と懐かしさを見つける。

 

 曜子はカルデアに来る以前に、同年代の少年少女――平均年齢12歳――たちと一緒に世界を救ったことがある。誰も知らない少女の偉業に触れたのは、前回迷い込んだ特殊な異聞帯だった。彼女の“友達”が作った悪趣味な箱庭・ノーウェア島を駆け回った出来事は記憶に新しい。あの島は本来、永遠の楽園となるはずの島だったらしい。閑話休題。

 曜子曰く「大人たちの半分も生きていない少年少女(じぶんたち)のリュックは、思い出で一杯になった」そうだ。当時の出来事を語る少女の横顔はキラキラと輝いていて、秘密にしていた宝物をこっそりアヴィケブロンだけに見せてくれたように思えて、優越感があった。…………同時に、その場にいなかったことが非っっっ情に悔やまれたが。

 更に曜子曰く、「アヴィケブロンの言う『自分の目的の為なら、ありとあらゆるものを踏み躙る』タイプの人間や、アヴィケブロンのような『自分の特技に縋りつくあまり、時々寝不足とコンプレックスから暴発してしまう生真面目な努力家』タイプには覚えがある」らしい。若者言葉の『だめんず』という単語が脳裏によぎったのは何故だろうか。

 

 前者とはこの前の一件で顔を会わせたが、後者の該当者とは顔を会わせていない。曜子が語る“友達”の1人なのだから、彼も魅力的な人物であることは容易に想像がつく。

 善き心を持つ善き青年であるとも。けれどどうしてか――酷い嘘だ。本当は全部自覚している――アヴィケブロンは、件の“友達”に対して、汚い感情を持たずにはいられなかった。

 

 

「そういえば、“彼”も、しょっちゅう夜なべして色んな道具を修理してくれたっけ。どれも冒険を助けてくれたんだ」

 

「そうか。……その話を聞かせてくれないか? 後学に使えるかもしれない」

 

 

 「キミの“友達”が作った発明品とやらに負けられないから」という言葉を無理矢理飲み込みながら、アヴィケブロンは曜子の話に耳を傾けた。

 

 

 

 

「キミはいつも、その歌を歌うな」

 

 

 アヴィケブロンの指摘に、曜子は目を瞬かせる。

 

 彼の指摘は最もだ。幼い頃からそうだが、オネットから始まった長い冒険の最中も、カルデアから始まった人理修復の旅の最中でも、曜子は『星歌』――あるいは『エイトメロディーズ』を口ずさんできた。当時の記憶を思い返しながら、曜子は口を開く。「お母さんがよく歌ってくれたんだ」――脳裏に浮かぶのは、静かに微笑む母の姿だった。

 

 

「この歌、好きなんだ。『少しでも世界が優しいものでありますように』って祈りが込められているみたいで」

 

「成程。今ある世界に対する祈りか」

 

 

 自身の経歴と信仰心から楽園を夢見たカバラのゴーレム使いにとって、祈りという言葉はどこか琴線に触れたのだろう。興味深そうに身を乗り出してきた。

 声の調子が明るくなったあたり、曜子が歌う『星歌』に対して強い興味を抱いたらしい。それはとても嬉しいことなのだが、残念ながら、曜子では力になれなかった。

 曜子がこの歌について知っている内容は、そんなに多くない。母方の親族に伝わる歌で、先祖が1900年代初頭のアメリカの田舎町に住んでいたことくらいだ。

 

 確か、ご先祖夫妻はアメリカで発生した謎の行方不明事件――日本で言う“神隠し”の類に近い――の被害者だった。現在でもオカルト番組でちょくちょく取り上げられているようで、たまに関連番組から取材を申し込まれる。記録は擦り切れてしまっているにもかかわらず、だ。

 

 夫の名前はジョージ、妻の名前はマリア。前者は行方不明から2年後に帰還したが、『星歌』の作詞作曲者である後者は二度と帰ってこなかった。

 ジョージは狂ったようにPSI研究に打ち込み、志半ばで事実上の孤独死を遂げている。それが受け継がれた結果が、曜子のPSI能力だった。

 

 

「私も詳しいことは知らないんだ。けれど、お母さんが言ってたの。『この歌は貴女と貴方の大切な人を守ってくれるから、絶対に忘れちゃダメ』、『愛と祈りを伝えるための『星歌』だから』って」

 

「『星歌』……いい響きだ」

 

 

 曜子の言葉を聞いたアヴィケブロンは、考え込むようにして顎に手を当てる。母や祖母も『星歌』が何を意味しているのか分からなかったようで、詳しい話は聞けなかった。

 故に、曜子も『星歌』が何を意味しているか分からないのだ。そのことを素直にアヴィケブロンに告げて謝れば、彼は「気にしていない」と返答した。

 アヴィケブロンは『星歌』というフレーズをいたく気に入ったらしく、詩の中に組み込めないかを思案し始める。その姿が微笑ましくて、曜子はひっそり微笑んだ。

 

 

 虚数潜航していたシャドウボーダーが新たな異聞帯――先に辿り着いたノーウェア島のような限定的な特殊異聞帯――に辿り着いたのは、アヴィケブロンと『星歌』の話をしてから数時間後のこと。

 

 

 

 

「ヨーコ……!? キミ、ヨーコだよねっ!?」

 

「ジェフ!? なんでここに!?」

 

「会いたかった……! 僕、ずっとずっと、キミに会いたかったんだよ……!!」

 

 

 ――見知った他人であったとて、懐かしい戦友と再会することも。

 

 

「私はクイーンマリー。このマジカントを治める女王です」

 

「私は大切なことを忘れています。どうしても思い出すことができない……」

 

「メロディーを探してください。8つのメロディーを。そうすれば、きっと思い出せる――そんな気がするのです」

 

 

 ――迷い込んだ異聞帯の先にある国・マジカントの女王から不可思議な依頼を受けることも。

 

 

「僕には、機械修理と開発(これ)しかないから」

 

「…………」

 

「貴方と僕は、似ていますね。――仲良くなれそうな気はするけど、多分、ヨーコのことに関しては仲良くする気になれないかなぁ」

 

「……奇遇だ。僕も、キミと同じことを考えていたよ」

 

 

 ――戦友と唯一無二が変な火花を散らし始めることも。

 

 

『――はじめまして。ヨーコ』

 

『私の名前はギーグ。貴女の先祖……ジョージとマリアには、大変お世話になりました』

 

 

 ――賀陽曜子のルーツと、行方不明になった先祖・ジョージやマリアに関わる秘密を知ることも。

 

 

「これは僕の個人的な未練だから、気にしないで。……キミの征く花道は、何が何でも、僕が切り開いて見せるよ」

 

「だって、好きなこの前では、格好つけたいじゃないか」

 

「ヨーコォォォ! ――僕は、世界で一番、キミのことが大好きだァァァァァァァァッ!!」

 

 

 ――白衣を翻して駆け出した青年が、最後にそんなことを告げることも。

 

 

『この子守歌は……マリアの……』

 

「子守歌……? マスターの『星歌』が?」

 

『――歌うのを、やめなさい!!』

 

 

 ――『星歌』が『星歌』と呼ばれる所以を知ることも。

 

 

『ネスサンネスサンネスサンネスサンネスサン、ヨーコサンヨーコサンヨーコサンヨーコサンヨーコサンヨーコサン……――キ モ チ イ イ』

 

「せ、先輩! ギーグが、ギーグがっ……!」

 

「な、なんだアレ!?」

 

「最早あれは生物ではない。ただの呪いだ……!」

 

「うわぁ。やっぱりこの姿になったか」

 

「どうしてリアクション薄いんですか先輩!? 何をどう見てもとんでもないのに!!」

 

 

 ――いつぞやの悪魔が再現されることも。

 

 

 このときの曜子には、何一つとして予測できなかったのだ。

 

 

特殊異聞帯

心象幻影国家マジカント

星歌

 

 ――これは、愛と祈りの行く先を見届ける物語。

 

 

◇◆◇

 

 

 祈りを込めて紡がれた歌がある。

 「少しでも、世界が優しいものであるように」と。

 

 愛を込めて紡がれた歌がある。

 「どうか健やかに、幸せであるように」と。

 

 難しい言葉は必要ない。誰もが使える簡単な言葉と、心地よいメロディがあればいい。

 

 紡がれた数だけ、口ずさんだ数だけ、降り積もった愛は力を増していく。

 それは、人が人生を歩いていく際に積み上げた出会いと別れのように。

 沢山の笑顔と沢山の涙が、出会いと別れを彩り、旅を続ける導となったように。

 

 

「――――♪」

 

 

 青年は口ずさむ。泥や土埃、煤や返り血で汚れた金髪の髪を整えることなく。

 

 

「――――♪」

 

 

 青年は口ずさむ。泥や土埃、煤や返り血で汚れた白衣や深緑のブレザーを気にすることなく。

 

 

「――――♪」

 

 

 青年は口ずさむ。蜘蛛の巣状のヒビが入った眼鏡のレンズを修理することもなく。

 

 

「――――♪」

 

 

 終わり逝く世界で、歌を歌う。嘗て少年だった青年にとって、鮮烈な存在だった少女の姿を思い浮かべながら。

 ()()()()()()()少女が歌っていた歌を、()()()()()()()()()()()『彼女』のために歌い続ける。

 少女と『彼女』は「よく知る赤の他人」でしかないけれど、そのどちらにも、少年/青年は心惹かれたのだ。

 

 だから祈る。少しでも、『彼女』を取り巻く世界が優しいものであるように。

 だから祈る。どうか、『彼女』が健やかで幸福であるように。

 

 ――これは、少年が『彼女』に贈る歌。青年が『彼女』を愛していることを伝えたくて歌う、楽天家気質(Pollyanna)な『彼女』のための歌だ。

 

 

「――きこえたかい?」

 

『――きこえたよ』

 

 

 その返答だけで、充分だった。

 

 その返答だけで、少年の想いは報われる。

 その返答だけで、青年の想いは報われる。

 

 ――滅び逝く“世界”は「無駄ではなかったのだ」と、笑って目を閉じることができるから。

 

 

「――――♪」

 

 

 そんな『彼女』だから、自分は少女と『彼女』を愛したのだ。

 届くはずのない愛の歌を歌う。もう聞こえていないと知りながら、それでも歌う。

 少女に告げられなかった分を、『彼女』に伝えたありったけの分を、燃やし尽くす勢いで。

 

 この歌はきっと、滅び逝く世界に相応しい。降り積もってきた想いを葬るには、あまりにもいい天気だ。

 いつかの旅の終わりに見た青空と同じ、澄み渡った空が広がっていた。

 

 さようならを告げ、それぞれの道に踏み出していった子どもたちの背中が脳裏をよぎる。此度の別れも、きっとそれと変わらない。

 

 

「――――♪ ――♪ …………」

 

 

 歌い終えて目を閉じる。

 なんだか酷く眠かった。

 

 ――次に目が覚めたら、彼女に会えればいい。

 

 青年はそれだけを願いながら、意識を微睡みの底へと沈めていった。

 

 




クロスオーバー先:『MOTHER』、『MOTHER2』、『MOTHER3』
・「ぐだ子はPSIが使える」。「PSIは魔術礼装の威力を補強するために使っている」という設定がある。特殊コマンドは敵にランダムでバステとバフ+味方にバフがかかる。
・名前の由来はMOTHER2の「おまかせ」で選択できる名前設定にあった『ヨーコ』より。

<作中で出てくる楽曲を順番に並べてみる(作中での歌詞表記なし、歌詞なしのMOTHERシリーズBGM含む)>
1.曜子が歌った楽曲⇒『星歌』/『エイトメロディーズ』
2.少年が歌った楽曲⇒『Pollyanna』、『ビコーズ・アイ・ラブ・ユー』

Pixivに前話をベースにした小話≒今回の作品のベースとなった小話『Miss.Pollyanna系マスターとアヴィケブロンの話』(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9591560)を投稿しています。双方共に盗作ではありません。


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ケース:安場星羅の場合
琥珀石のきらめき


【諸注意】
・クロスオーバー先のネタバレ注意。
・2部に関するネタバレ注意。
・2部に関するネタバレ注意。
・2部に関するネタバレ注意。
・クロスオーバー先の事件⇒FGO第1部⇒FGO第2部真っ最中
・アヴィケブロン×ぐだ子/ぐだ子×アヴィケブロン前提
・キャラクター崩壊注意。

【主人公】
安場(あんば) 星羅(せいら) 性別:女性 第1部開始⇒19歳、第2部開始⇒21歳
・17歳の頃に行方不明になっていた。何か目的があって、再び何処かへ旅に出ていた模様。
・19歳になって一時的に帰国した際、カルデアのスカウトにあう。
・同時期、彼女の周辺で同級生が2名ほど行方不明になっている。行方不明者の名前は天野亜真理、葵伊織。


 私の大親友アマリへ。

 

 

 いつになっても、アル・ワースへ戻って復興の手伝いをすることができなくて本当にごめん。また暫く帰れそうにないみたい。

 本当ならもっと早く連絡したかったんだけど、状況が切羽詰りすぎて大変なことになっていたんだ。

 

 人理焼却で人類の歴史が焼き尽くされた事件は解決し、残党である魔神柱の討伐もひと段落。新所長就任によるドサクサに紛れて退役し、アル・ワースでアマリたちと合流ようかなと計画していたら、今度は人理が凍結されてしまったの。おかげで地球の歴史は白紙化され、白い大地が残るのみ。

 思い出の場所も、家族も、みんな全部消えてしまった。私たちの大切な場所を取り戻すために、私は今、他の世界を滅ぼす旅路をしています。……エクスクロスに在籍しているときは、私がこんなことをする羽目になるだなんて予測できなかったなぁ。大義はあれど人を踏み躙る戦いは、正直キツイから。

 私が滅ぼした世界に生きていた種族・ヤガのみんなは、悪い奴らじゃなかったんだ。優しい子だっていたし、子どもを愛する親だっていた。皇帝の圧政に苦しんでて、義憤を抱いていた。私たちが倒したド腐れドダイトスもどきなんかより、ずっと善良な命たちだったんだよ。――世界を滅ぼした私が言う言葉ではないけれど。

 

 でも、だからといって、私が彼らの為に死ぬことを選ぶのは無理だった。

 

 私が死んだら、私が守ってきたものがすべて無駄になってしまうから。私の旅路が、すべて無意味にされてしまうから。

 人理焼却を否定した旅路だけじゃない。アル・ワースで過ごした日々ごと、全部踏み躙られてしまうから。

 

 正義とか悪とか、そんな単純な話じゃなくなった。今回の構図は正義対正義。どちらの主張も正しくて、けれどどちらの主張も等しく、悪辣さや間違いを孕んでいる。脆弱な世界は滅びるのが常で、でも優しさを失った世界に未来はない。それはあの旅路が証明している。

 「何故お前が生き残ったのだ」という理不尽な悪意に押しつぶされかけて、でも、みんなと一緒に歩いてきた旅路がそれを押しのけてくれた。だって、私たちが今まで積み重ねてきた日々を、赤の他人から悪だと断じられる謂れはないもの。

 私が出会って見てきた世界、感じてきた想い、それらを廃棄処分されるべきゴミだとか、淘汰されるべきものだとか言われたくなかった。私の旅路を、私自身が肯定する。だって、クリプターの掲げる世界はおかしいって、私の魂が叫んでいるから。

 

 “異星の神が、自分が生存するために望んだ世界のカタチ”――それが、私が滅ぼして回っている世界だ。

 

 嘗て魔獣エンデがアル・ワースを運営する際、“知的生命体が生み出す感情を食べるため”に人間たちやアル・ワースの世界情勢、および世界そのものを好き放題にいじり回していたのと同じ要領だと思う。そのために、異星の神は死にかけていた人間に取引を持ち掛けた。『生かす代わりに、異星の神が望む世界を創り出せ』って。

 死にたくない一心で協力している人、協力する過程で目的を見つけたから邁進している人、自分の目的の為に異星の神を使おうと考えたから取引に乗った人……クリプターの行動指針も、おそらく一枚岩じゃない。汎人類史が倒れ次第、自分たちで淘汰合戦をしそうな気配があるから。そこは悪党の連合軍と変わらないね。

 最も、その手段として「地球の歴史そのものに干渉しよう」ってのは悪辣だと思う。エンデは自力で世界を餌場に整えたけど、私が敵対している奴らは「地球を根城にするために、地球の歴史を変えてしまえ」という、なんともズルいやり方だから。私たちの世界を横取りするのと同義だもの。そういう意味では、エンデより悪辣かな?

 

 ……エクスクロスのみんなが今の私を見たら、どうするのかな。

 

 正義のために、私を止めるのかな。

 それとも、私と一緒に戦ってくれるのかな。

 

 一緒に戦ってくれるんだったら、嬉しいんだけどな。みんなまで敵に回すことになったら目も当てられないよ。本当にどうしよう。私にも一緒に戦ってくれる心強い仲間がいるし、頼れる英霊だっているけど、あの面子に勝てるのかって言われたら、厳しいどころの話じゃないし。

 『サーヴァントは神秘の塊だから、神秘が付与した攻撃でなければダメージを与えられない』って話は前にしたよね? 多分そのとき、『ゼルガードやサイバスター、あるいは神秘を無視してぶち抜きそうなグレンラガンの類なら、ダメージを与えられる可能性がある』って話もしたと思う。

 あの破壊力を真正面から叩き込まれれば、流石のサーヴァントも一瞬でお陀仏だ。万物の天才たるレオナルド・ダ・ヴィンチちゃんに、それとなーく「ゼルガードの出力および最大威力の魔力数値を、サーヴァントが真正面から喰らったら」という話題を振ってみたら、私と同じ意見だった。

 

 ダ・ヴィンチちゃんからは『マスター。キミは一体何と戦うつもりなんだい?』ってドン引かれたよ。近くに居合わせたアヴィケブロンも『僕が喰らったら即刻蒸発して座に還るだろうね』って言ってた。

 

 以後、アヴィケブロンは暫く工房に籠って計算式を出すのに明け暮れてた。結局、現状ではどうしようもないという答えに辿り着いて落ち込んでいたけど。『キミの不安を解消したかった。僕では力不足のようだ』って萎れるアヴィケブロンを見てると、胸が痛くてさ。

 話題を逸らすために、ちょっとだけ、アル・ワースで使われていたロボットやゴーレムの話をしたんだ。そしたらすっごく興奮して、子どもみたいにワクワクしてたなあ。アヴィケブロンはゴーレムの研究をしてるから、アル・ワースのゴーレムに興味津々みたいだったよ。閑話休題。

 

 冷静に考えれば、()()()()()()()()()()()()大体のことが解決しそうな気配がする。

 

 私たちでは『異聞帯に乗り込んで空想樹を伐採する』ことで異星の神の力を削ぎ落しているけど、エクスクロスのみんなが揃ったら、異星の神の本体に直行して倒すこともできそう。直行が無理でも、空想樹をピンポイントで伐採することくらいはできそうだよね。……空想樹を伐採することは、生えている世界を滅ぼすことには変わりないんだけどさ。

 平行世界を作ることができて、それが独立して運営されていけるような体系が整っていれば、異聞帯と汎人類史の戦いは起きなかったんだと思う。でも、私たちの世界は、平行宇宙を許容できるような体系じゃない。魔術師の間では、そういうのを剪定事象と編纂事象って称するらしいんだ。

 簡単に言うと、『平行世界を許容すると、地球を含んだ銀河自体の寿命も縮む』という事態に陥るらしい。だから、どうしても平行世界の存在を許容できなくて、編纂事象から外れてしまうと世界が滅びるように作られているみたい。異聞帯は剪定事象を異星の神の力で無理矢理延命した世界なんだ。

 

 特に、私が所属する人理継続保証機関フィニス・カルデアは『編纂事象を滞りなく運営していく』ことを使命とした機関だからね。世界が滅びるようなこと――そのケースの1つである『この世界が剪定事象に陥る』案件は絶対に避けたい訳だ。……最も、私の動機は、これ以上私の大事なものを踏み躙られたくないだけなんだけど。

 平行世界を許容できないことを脆弱ととるのか、勝手に増え続けて地球の寿命を食い潰す平行世界が罪なのか……そこまではちょっと判別つきそうにないや。世界を書き換えるなんて所業、エンデやホープスクラスの上位生命体じゃないと厳しいもの。

 

 アマリが意識不明になった際は単騎でゼルガードを動かし、最後は()()()()()するくらいの嗜みが無きゃ、剪定事象を平行世界として許容できるような体系は作れそうにないよね。

 

 そういえば、イオリとホープスはどうなってる? 今日も愉快に騒がしく盛り上がってるの? アマリ以外のことで仲良くする姿なんて思い浮かばないから心配だな。

 もしかして導師セルリックも混ざってるのかな? 騒がしくない? 大丈夫? 血なまぐさいことになっていなければ幸いなんだけどね。

 

 あと、私の方は大丈夫だよ。アヴィケブロンが酷く拗ねたり、不器用すぎて奇行に走るようなこともあるけど、良好な関係を築いていると思う。お互いに悩んで遠回りしながら、恋愛って難しいなあって思ってるところ。

 エクスクロスにいたとき、「次の目標は恋愛をすること」って語り合ったことは昨日のことのように思い出せるよ。アマリは素敵な恋はできた? 多分、アマリと素敵な恋をしたいって考えている面子は確かに存在しているから、もう少し周りをよく見てごらんよ。

 私が知ってるだけで3人くらいいるよ。1人は人表記だと紛らわしいけど、あまり詳しく言うと特定みたくなって晒し者になっちゃいそうだから人表記にするよ。本人たちが決心したらちゃんと言うだろうから、無粋な真似はしたくないんだ。

 

 別に、アマリが我慢して待つ必要もないよ。好きな相手がいるなら、迷うことなくアピールすればいい。

 

 多分即釣れる。

 3人ほど候補がいる。

 すっごく近くにいる。

 

 誰かに関しては、本人の名誉があるので言わないでおくよ。本人からも全力で止められてるから。私の勘が正しければ、多分、アマリと一緒にこの手紙読んでるんじゃないかな?

 多分、3人ともアヴィケブロンと話が合いそう。アル・ワースの魔術体系とか、スーパーロボットに関する話を出せばアヴィケブロンは大喜びするからね。

 

 アヴィケブロンは叡智の探究者でもあるから、そっち方面でも波長は合うと思う。特に2名ほど。

 

 長々と話しましたが、今回はこれくらいで終わらせます。まだまた戦いは終わりませんが、私なりに頑張って戦い続けようと思ってる。私が生きた時間を、いつかアマリとイオリが帰って来るための場所を守るために、世界を滅ぼす旅を続けるんだ。――沢山の出会いと別れを繰り返して、きっと、すべてを終わらせます。

 多分、全てが終わった後も、碌でもない未来が待っていることは確かだ。魔術師には封印指定という専門用語があることは以前話したよね? 『特殊な才能を持つ人間はホルマリン漬けの標本にされ、魔術の研究に使われる』アレのこと。カルデアのみんなが頑張って解散してくれたからどうにかなってるけど、それもいつまで持つか分からない。

 全部終わって、後始末を終えて、そうしたらアル・ワースに向かうつもり。その暇がなかったとしても、いざとなったら、アル・ワースに逃げるための算段も立ててるんだ。そのときは何名か同行者を連れていくつもりだけど、大丈夫かな? アマリに紹介したい人が沢山いるんだ!

 

 どんな困難があろうとも、どんな敵が立ちはだかろうとも、私は絶対に諦めない。

 だって私は、私たちは――“希望の象徴”、エクスクロスなのだから。

 

 

 

   琥珀石の術士 セイラ・アンバー/安場(あんば) 星羅(せいら)より

 

 

 

***

 

 

 主を勝利へ導いた希望の翼へ

 

 

 名も知らぬ輩から突然の手紙ということで、非常に驚いていることだろう。申し訳ない。叡智の探究者としての興味と、僕のマスターからの好意で、筆を執ることを選んだ。

 

 キミのマスターたる天野亜真理――アマリ・アクアマリンから大体のあらましは聞いていることだろう。僕はソロモン・イブン・ガビーロール、あるいはアヴィケブロン。星羅のサーヴァント、使い魔として召喚された英霊の端末の1つだ。過去に実在し、死後に召喚された幽霊のような者と言えば早いのかもしれない。

 専門研究分野はゴーレム関連、特技は詩を紡ぐこと。アマリのいる世界からデータベースを引っ張り出せば、僕の詩がいくつか見つかるだろう。キミ程の叡智であれば、通訳なしでも

僕の詩の内容が如何なるものかを判断し、吟味できるはずだ。……まあ、詩人と言っても、その実、偏屈な臆病者に過ぎないがね。

 

 正の感情を甘美として喰らう者からすれば、僕の詩はおそらくセンブリ茶並みに苦々しいものだろう。或いは、焦げたダークマターと認識される可能性もある。生前の僕は、“今ここにあって現在進行形で腐っていく世界”を塗り替えてしまいたいと考えていたからね。

 今でもその理想は潰えていないし、此度の召喚と戦いで僕の理想が成されるか否かは分からない。……正直な話、十中八九、無理だと思う。生前と同じ感性を抱いたままの僕ならば、此度の召喚を失敗と考えていたに違いない。研究を進め、『次』に繋げるために尽力し、無関心を決め込んでいたことだろう。

 ここにいる僕という個体に関して言えば、僕は、今回の召喚を幸福だったと考えている。自分で言うのも何だが、僕は非常に偏屈な臆病者でね。生前は病弱で、特に皮膚病に悩まされた。外見に関する煩わしさを排除するため、素顔を隠して行動しているような男だ。

 

 キミのように上位生命体故の特殊能力もなければ、世界の為にらすぼすとやらをやってのけるような度胸もない。

 キミがドグマを使えば、僕のような貧弱な英霊なぞすぐに吹き飛ぶ。多分、キミのマスター1人でも事足りるだろう。

 

 そんな貧弱英霊が何故主に固執しているのか。……簡単なこと。キミがキミのマスターに惹かれてやまぬように、僕もまた、僕の主たる星羅に同じものを抱いている。

 

 特に、僕のマスターは数多の英霊を従える光そのものだ。善人だろうと悪人だろうと、気まぐれな神だろうと相互理解不能な獣だろうと、みな彼女に心を開いて力にならんとする。僕も、その中の1人に過ぎなかった。数多の中の1人、僅かでも気にかけて貰えれば儲けもの。

 彼女は光だ。誰にでも平等に降り注ぐ、温かな輝き。それ故に、誰もがその恩恵に預かろうと手を伸ばす。……僕の執着は、きっと他の人々と同じように、綺麗なものではなかったから。今だって、他の誰かにマスターが取られるのではないかと不安で不安で仕方がないからね。

 

 初めて彼女と友達になれたとき、嬉しくて3日3晩詩を書き続けていた。生前の身だったら、多分腱鞘炎と疲労で寝込んでいたと思う。

 

 自分が恋をしていると思い知ったとき、生前では他者の体験談や想像を綴っていた恋がどのようなものかを初めて理解した。

 まずは己の愚かさを謳い、次は素晴らしさを謳い、最後は愛を謳うようになった。愛は謳う度に火にくべるのを繰り返した。

 自分が星羅に相応しくないことは理解していた。他にも素晴らしい相手がいることも理解していた。――だから全部、なかったことにしようとした。

 

 ……まあ、こんな手紙を書いている時点で――いいや、アマリ宛の手紙を読んでいるであろうキミなら、顛末は理解できるはずだろう。現在、周辺の知りあいから“マスター大好き勢過激派”呼ばわりされている。理想の為の研究は、彼女の為の研究へと姿を変えて存在し続けていた。

 勿論、僕は別個体の僕が犯した罪と後悔を忘れていない。この罪と後悔は、永遠に僕の霊基に刻みつけられている。つまるところ、別世界や平行世界などで僕が召喚されても、僕が犯した主殺しの罪とその後悔を抱き続けたまま存在し続けるのだ。

 

 此度の召喚の記憶が、本体にどれ程残るか否かは分からない。正直忘れたくないし、他の僕にこれを明け渡してやりたいとも思えないからな。救われたことを霊基に刻む形で伝えたいが、この想いでは自分だけのものにしたいと考えている僕もいるんだ。

 キミのような上位生命体は、器さえ用意すれば記憶を引き継ぎ転生することは容易だと聞いた。どこかで羨ましいような気もするし、そんなものを心から望みたいとも思えない。……不思議なものだ。僕の世界に生きる魔術師であれば、みな進んで望みそうなことなのに。

 

 僕の世界には、根源に辿り着く手段として不老不死を選ぶ者もいた。最も、アル・ワースにおける根源が、僕らの世界の根源と同一か否かは分からないがね。同時に、僕らの世界の根源に辿り着くための手段として、魔術師がキミのマスターやキミの恋敵の存在を察知した場合、即刻封印指定する危険性がある。

 封印指定についての話は、星羅がアマリに書いた手紙に書いてある通りだ。……おそらく、元の世界に帰ってこない方が、キミのマスターの安全は保障されると思う。何せ、アル・ワースはキミの領域なのだろう? 迎撃するにも守りを固めるにも、アル・ワースは最大のフィールドになるだろうね。

 最も、マスターはアル・ワースを巻き込みたくないと考えるだろう。僕も、彼女が守ったものが魔術師たちに踏み荒らされていいとは思わない。万が一、僕らがそちらに争いを持ち込む原因となってしまったなら、全力ですべてを片付けるつもりでいる。

 

 ――安心してほしい。亡霊と言えど、規格外の端くれだ。人間を一ひねりする程の実力はあるさ。

 

 僕は戦闘面においてはゴーレムを作って嗾けるくらいしか能がないし、そもそも争い自体好きではない。だが、マスターを守るためとなれば話は別だ。

 他の英霊も僕と同じ、いや、下手すれば僕以上に凄いのがわんさかいる。中には溶岩を泳いで渡る輩もいるらしいから。

 

 さて、僕の専門がゴーレム召喚と使役にあることは、星羅から聞いていたと思う。今回筆を執ろうと思ったのは、アル・ワースで運用されているオート・ウォーロック――星羅が操縦していた特殊なディーンベルについての情報が欲しい。あと、エクスクロスにいた頃の彼女の話にも興味がある。

 彼女が今、どのような旅をしているのかは知っているだろう。正義対悪ではなく、正義対正義のぶつかり合いだ。勝とうが負けようが痛みは残り続ける。汎人類史、あるいは編纂事象の代表者として世界を滅ぼし続ける旅路を征く彼女のことを、キミたちがどう思っているかは知らない。

 ただ、時々、寂しそうな顔をするんだ。「この場に自分の機体さえあったら」と呟くこともあるし、僕の作ったゴーレムを見てディーンベルの話を聞かせてくれることもある。「造詣が非常に似ている」と。……特に、異聞帯を乗り越えたときが、辛そうな顔をしているんだ。

 

 故に、戦力増強と、マスターの笑顔が見たいので、大至急ディーンベルの情報を所望する。

 実物の機体は要らない。あくまでもデータでいい。ガワは自力で作る。作ってみせる。ゴーレムマスターの名に懸けて。

 

 もし目の前に『何でも願いが叶う杯』があるなら、僕はあくまでも助力を希望する。理想を成し遂げるのは、己の手でなければならないと考えているのでね。

 

 詩作ならすらすらと書けるのだが、手紙形式になると難しいものがあるな。

 とりあえず、今回はここまでにしておこう。――では、また機会があれば。

 

 

  しがない魔術師の英霊 ソロモン・イブン・ガビーロール/アヴィケブロン

 

 

 

 追伸

 

 キミもエンデと同じく、人の感情を食べると聞いた。人の感情は生の対話だけでなく、芸術作品にも色濃く反映される場合がある。

 僕の詩でよければ、味の判定をしてもらえないだろうか? 諸事情でマスターには見せられないなと思ったものだが。

 

 

 

 

 

 

「安いよ安いよ! 今が旬の果物、無花果だよ!」

 

 

 露天商の声に惹かれて店を除けば、大きな無花果が売られていた。果肉は瑞々しく、ほんのりと甘い香りが漂う。

 

 天野亜真理/アマリ・アクアマリンの脳裏に浮かんだのは、元の世界で新たなる戦いに身を投じている戦友、安場星羅/セイラ・アンバーの姿だった。

 元の世界で発生している事件はアル・ワースにも伝わっている。アル・ワースの連鎖崩壊を止めるためとはいえ、セイラを助けに行けないと言うのは非常に歯がゆい。

 厳しい戦いを続けるセイラであるが、彼女は戦いの中で揺るぎない絆を手に入れた。無花果は、彼女が愛する魔術師の英霊が生前に関わっていた所以あるものだ。

 

 嫉妬によって殺された魔術師の骸は、無花果の木の下に埋められる。その年に実をつけた無花果は実に美味だったそうだ。あまりにも美味だったことに疑問を抱いた人間たちは、興味本位で無花果の下を掘り起こす。――そこで、魔術師の遺体は発見された。魔術師を手にかけた男の罪と一緒に暴かれたのだ。

 世界を救いたい、世界を楽園に塗り替えたい――尊い理想と過激な手段は、生前に完成することはなかった。死後に完成しかけたことがあったものの、自分が間違っていたことを理解して手を止めた。そのときにはもう何もかもが遅くて、故に、その後悔は『次』へ持ち越しされる。『次』の結果は――。

 

 

「……すいません。この無花果をください」

 

「はい、まいどあり!」

 

 

 露天商から無花果を購入し、アマリは同行者たちの元へと戻った。合流地点ではホープスと葵伊織/イオリ・アイオライトが派手にいがみ合っている。

 しかし、2人はアマリを視界に収めた途端、いがみ合いをピタリと止めた。何事もなかったかのように満面の笑みを浮かべ、アマリを迎える。

 

 

「アマリさん」

 

「マスター。補給は終わりましたよ」

 

「ありがとう、2人とも。こっちも買い物終わりました」

 

「――あれ? 無花果?」

 

 

 イオリの問いに、アマリは頷く。

 

 

「露店で売られていたのを見つけたの。なんだか無性に食べたくなっちゃって。イオリくんとホープスの分もあるよ」

 

「わあ、ありがとうアマリさん!」

 

 

 アマリが差し出した無花果を、イオリは迷うことなく受け取った。近場の水道で果実を軽く洗い、豪快に一口。彼はぱあっと表情を輝かせ、即座に二口目に齧りついた。

 アマリもそれに続いて無花果を齧ろうとし――ホープスが無言のまま無花果を見つめていることに気づく。甘美な味わいを好むのだから、甘いものや果実系は好みそうなものなのに。

 

 

「食べないの? 具合悪い?」

 

「いいえ。ただ……」

 

「ただ?」

 

 

 ホープスは何やら言い淀む。彼はじっと無花果を凝視していたが、深々とため息をついた。

 

 

「暫くは、無花果は食べなくて充分です。……似たようなものなら、大量に味わいましたから……」

 

 

 酷く疲れ切った様子で、ホープスは息を吐いた。彼の視線は、アマリが食した無花果に向けられている。

 適度な弾力と瑞々しい果肉は、日の光に照らされてキラキラと輝いていた。一口齧れば、果汁が口一杯に広がる。

 

 ――うん、美味しい。アマリはひっそりと微笑んだ。

 

 ……ふと、アマリは思い返す。数日前、アマリはセイラからメッセージを貰っていた。そのとき、セイラ以外にもメッセージを送って来た人物がいたのだ。宛名はアマリではなく、ホープス。無花果の絵が描かれた封筒に書かれていた差出人名は、英語表記だった。

 英語は教団時代に使っていた魔術にもあったが、筆記体を判別するにはまだまだ時間がかかる。アマリが差出人の名前を確認するより先に、ホープスが封筒をしまってしまったため、誰が出してきたのかはさっぱり分からないままだったが。

 無花果で連想するのは、セイラが恋して愛した男性。詩作を得意とするカバリストで、ゴーレム召喚と使役に特化した魔術師。アマリたちがいた世界で、嘗て生きていた偉人の1人――ソロモン・イブン・ガビーロール/アヴィケブロン。

 

 元の世界はまだ直接コンタクトが取れる状況にない。異星の神の手先となった一部の人間たちのせいで、惑星の歴史は漂白され、事実上の崩壊を迎えた。

 崩壊の余波を防ぐため、アル・ワースは現在、漂白された世界とのリンクを切っている。再びリンクを結ぶには、あちら側がもう少し安定しなければ無理らしい。

 

 

(再び結び直されたなら、真っ先に助けに行くからね……!)

 

 

 その為に、自分は何ができるだろう。もう一度リンクを結び直すために、セイラだけに努力を強制するわけにはいかない。

 アマリにだって、きっと何かできることがあるはずなのだ。――エクスクロスとして戦い続けたときの心は、まだ失っていないのだから。

 

 




アマリルートのホープスにうっかり撃ち抜かれた結果、アヴィケブロン×ぐだ子と相乗効果を引き起こして大変な有様になりました。この世界線のぐだ子はゴーレム系統の魔術に特化していそうです。
スパロボとクロスオーバーした場合、親和性が高そうな面子が結構いますよね。アヴィケブロンとか、エジソンとか、テスラとか、バベッジとか、大穴でエミヤとか。地雷も多そうですけど。
因みにこの世界線、異聞帯の修復が進めばアマリたちが援軍として駆けつけてくれます。スパロボ補正があれば、クリプターと戦って空想樹伐採をしなくとも、直接異星の神をぶっ潰しに行けそう。便利。
多分、ここのぐだ子はメンタル最強だと思うんです。色々撃退してきましたからね。……色々とやべー奴らを。

FGO世界とスパロボXが同時進行でクロスオーバーしていた場合、汚いドダイトスVS異星の神VSエクスクロスというとんでも3つ巴が展開しそうですね。
ガンダム×FGOの手描きMADなら見かけたのですが、スパロボとクロスオーバーしているものは見かけなかったなあ……。
機会がありましたら、次はFGO2部攻略中に特殊な異聞帯として出現したスパロボX時空に迷い込んでも楽しそう。アヴィケブロンが興奮する図が頭から離れません。

後、アヴィケブロン×ぐだ子+ホープス×アマリ前提だとアヴィケブロンとホープスが意気投合してそうです。
ホープス「私のマスターが天使。守りたいあの笑顔」
アヴィケブロン「僕のマスターも天使。尊い」


【追記<2018/7/1>】
Pixivに、このお話をベースにした作品「【FGO×スパロボX】藪をつついた結果【アヴィぐだ+ホプアマ [pixiv] https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9808489を掲載しました。


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ケース:星乃元の場合
「僕は、キミと手を繋ぐために生まれてきた」


【諸注意】
・クロスオーバー先の重大なネタバレ注意(重要)
・クロスオーバー先の重大なネタバレ注意(重要)
・クロスオーバー先の重大なネタバレ注意(重要)


【主人公】
星乃(ほしの) (はじめ)
性別:男性 年齢:10代後半
・夢は“春風吹く楽園で、自由に空を飛んで、沢山美味しいものを食べて、いっぱいお昼寝をして、沢山の友達を作る”こと。


 “あの子”たちと一緒に遊ぶ、タノシイユメを見たかった。

 四方八方から炸裂する光が、“あの子”たちを跡形無く吹き飛ばした。

 

 “あの子”たちとカケッコをしたかった。

 飛び跳ねただけで、みんな潰れて動かなくなってしまった。

 

 “あの子”たちが笑っていたから、こちらも沢山マンメンノエガオを浮かべてみた。

 身体から伸びた棘たちが、周囲にいた“あの子”たちを串刺しにした。

 

 

 “あの子”の真似をして、トモダチノワを使ってみた。

 “あの子”は「痛い」と声を上げて泣いた。

 

 “あの子”が他の子にやっているように、キラキラ輝くハートを投げてきた。

 それを受け止めた自分は、「痛い」と声をあげて泣いた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思い知らされた。

 

 

(もしも、願いが叶うのなら――)

 

 

 あの日の夢はもう見れない。楽園にはもう帰れない。「星を滅せよ」と望まれた(じぶん)は、星を生み出しながら消えていく。

 いつか見た悪夢のように、苦しい終わりなどではない。悲しい終わりなどではない。目の前に広がる“次の時代”が、自分を導いてくれるから。

 

 蹂躙することしかできない自分はここで終わる。

 “次”の目覚めを迎えたとき、この命は、至るべき“楽園”へと辿り着けるだろう。

 

 きっとこの手は、誰かと手を繋ぐことができるようになっているはずだ。

 手渡された心を受け止め、同じものを返せるようになっているはずだ。

 出会った誰かと心を通わせて、友達になることだってできるはずだ。

 

 蹂躙するだけの権能など要らない。壊し尽くすことしかできない力なんか要らない。

 鋭利な棘も、伸縮自在な身体も、星すら砕く光線も、そんなものは無用の長物だ。

 

 地を駆ける足が欲しい。

 誰かと温もりを分かち合うための身体が欲しい。

 誰かと通わせるための心が欲しい。

 誰も傷つけない笑顔が欲しい。

 

 ――友達と繋ぐための手が欲しい。

 

 

(――“あの子”みたいになりたいなあ)

 

 

 自由に空を飛び、沢山ご飯を食べ、のんきに昼寝もする。幸せな夢を見ながら、沢山の友達に囲まれて、愉快な日々を過ごすのだ。――穏やかな春風が吹く、星の楽園で。

 夢を描く最中でも、真っ白な光が世界を覆い尽くしていく。古き命が燃え尽きて、新しい命が産声を上げるための煌めきだ。さながらそれは超新星、あるいはビックバン。

 やっと、自分の望みが叶う。()()()生まれ落ちることができる。望んだ未来を手にすることができるのだ。終わりを迎える恐怖は無く、溢れんばかりの希望だけがあった。

 

 こちらを見上げる空色へ視線を合わせる。“あの子”はじっとこちらを見上げていた。

 キラキラ輝くハートが投げつけられる。――その光はもう、自分を傷つけることはない。

 

 この幸いを、何と言えばいいのか。

 

 最後の最後に齎された奇跡。

 最初で最後の友達。

 それを噛みしめながら――破神は混沌を超え、ついに星誕する。

 

 

『 マ タ ネ 』

 

 

 生まれて来てくれてありがとう。出会ってくれてありがとう。友達になってくれてありがとう。

 今度はちゃんと生まれてくるから。もしまた出会うことが出来たら、そのときは――

 

 

 

 

 

「ねえ(はじめ)くん。元くんの夢って何?」

 

 

 ロマニ・アーキマンの問いかけに、星乃(ほしの)(はじめ)は目を瞬かせた。晴れ渡った蒼穹を思わせる無垢な瞳は、質問者であるロマニをはっきり映し出している。

 

 星乃元は、カルデアに召集される以前は“ごく普通の一般人”だった。魔術など一切知らずに生きてきた。魔術師たちからすれば、彼の人のような人物は『異端中の異端』である。戦力としてみなされないのは当然だ。――それ故に、彼は運良く生き残り、人類最後のマスターとして戦線へと赴いている。

 こんな極限状態に放り込まれても、この少年は普段通りの態度を崩さなかった。愚直なまでにひたむきで、どこまでも前向きで、どんな相手にも手を差し伸べることができる優しい青年。彼の在り方は、真っ暗闇に瞬く星のようだった。自分を含んだカルデアの人間たちに、希望の標を灯すように。

 

 ロマニには隠し事がある。なさねばならないと思っていることがある。その目的のためには、人類最後のマスターが不可欠だった。

 星乃元が力尽きてしまわぬよう、サポートする必要があった。――それが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 今回の会話も、元の精神衛生をきちんと整えるための話題である。何せ彼は、常々極限状態に置かれているから。

 

 

「僕の夢?」

 

「うん。大人になったらやりたいこととか、なりたい職業とか、そういうの」

 

 

 元は食べる手を止め、考え込むようにして視線を伏せる。

 眼差しはハンバーグに向けられてはいるが、蒼穹が見ているものは別にあるのだろう。

 

 

「へえ。なかなか面白そうな話題じゃないか」

 

「私も気になります。差し支えなければ、先輩の夢を聞かせていただけないでしょうか?」

 

 

 一緒に食事をとっていたマシュとレオナルドも、興味深そうに会話に加わってきた。

 元は暫し沈黙していたが、ふっと口元を緩ませる。――まるで、子どもみたいだ。

 

 

「“春風吹く楽園で、自由に空を飛んで、沢山美味しいものを食べて、いっぱいお昼寝をして、沢山の友達を作る”ことかな」

 

 

 あまりにも、平々凡々な望みだった。

 どこにでもある、ありふれた願いだった。

 彼のような若者ならば、容易に叶いそうな夢だった。

 

 だけど、元の瞳はどこまでも透き通っていた。

 

 誰もが呆れ果てるような幼稚な願いを、誰もが簡単に叶えられるような望みを、平凡を通り越して当然の権利である夢を、まるで尊いもののように語るから。それだけを必死に願って、そのために血を吐くような苦痛を乗り越えて、「やっとその夢を見る権利を手にした」と言わんばかりに笑うから。

 ロマニは思わず目を見開いた。息を飲んで、彼の瞳を覗き見た。蒼穹の奥底に、嘗ての“誰か”の願いを見出した。『普通の人のように生きてみたかった』――他者から望まれるままに振る舞うことしか許されなかった舞台装置が、何の力も持たぬ人間に憧れて、勝者の権利を行使したときのことを思い出した。

 

 

「そんな簡単なことでよかったのかい?」

 

「僕にとっては、どうしても叶えたい夢だったんだ。喉から手が出る程に欲しかった」

 

 

 拍子抜けしたレオナルドの問いに、元は微笑みながら頷く。

 

 

「地を駆ける足が欲しい。誰かと温もりを分かち合うための身体が欲しい。誰かと通わせるための心が欲しい。誰も傷つけない笑顔が欲しい。――友達と繋ぐための手が欲しい」

 

 

 その瞳を、ロマニは知っていた。その言葉に込められた思いを、ロマニは理解できていた。だから、言葉が紡げない。

 人間が持っている“当たり前”を、嘗てのロマニは持っていなかったから。――そして、嘗ての元も、その権利すら持っていなかったのだろう。

 

 

「平和な世界で友達と一緒に笑っていられたら、僕はそれだけでよかったんだよ」

 

 

 元はそう言って笑った。満面の笑顔だった。

 彼は、()()()()()()()()()()()()()()()をすべて手に入れたのだ。

 ロマニは反射的に口を開いたが、弱々しい吐息が漏れるだけ。

 

 

「ここは極寒の地だし、生物学上、僕は自由に空を飛ぶことは不可能だった。現状、美味しいものをたくさん食べることも、ゆっくりお昼寝することも難しい」

 

「元くん……」

 

「でも、沢山の仲間ができた。マシュも、ダ・ヴィンチちゃんも、ドクターも、僕にとっては大切な仲間だよ」

 

 

 ありがとう、と、元は笑う。「自分に尊いものをくれてありがとう」と、惜しみなく賛辞の言葉をくれる。

 

 羨ましくないと言えば、それは嘘だ。ずるいと詰りたくなる気持ちもないわけじゃない。――だけどそれ以上に、嬉しかった。元の願いが叶えられ、彼は望みを勝ち取ったことが。

 ロマニは永遠にそれを手にすることはできなかった。けれど、自分が掴めなかった未来を生きるであろう元の姿を想像すると、「ロマニの分まで生きてほしい」と素直に願える。

 

 

(……礼を言うのはボクの方だよ、元くん)

 

 

 星を見た。とてもきれいな星を見た。

 眩く輝く恒星のような少年の姿に、目を細める。

 今、確かにロマニは標を得たのだ。

 

 何のために世界を救うのか。何のために生きるのか。

 

 どうしようもない定めの中で、空っぽだった器の中に注がれたものがある。

 煌めき星に、嘗ての舞台装置が見た『夢』の残骸を見出した。

 

 

(ボクのように汚くてズルイ大人が、キミに残せるものは何だろう)

 

「――ねえ、ドクター。ドクターは、どんな夢を見ていたの?」

 

 

 蒼穹は、はっきりとロマニを見つめていた。

 彼の眼差しは、聖杯を手にした『誰か』が思いを馳せる姿と、非常によく似通っていた。

 

 

「……元くん。ボクは――」

 

 

 だから、だろう。

 

 堰を切ったように言葉が溢れたのは。

 自分のことを覚えていて欲しいと願ったのは。

 

 

「――普通の人と同じように、自由に生きてみたかったんだ」

 

 

 

***

 

 

 

「何故だ」

 

 

 魔術王――正確には()()()()()()()使()()()()()()が吼える。

 

 

「あれ程までの権能を持ちながら、何故、脆弱な命などに至ろうと考えた!?」

 

「――そんなの、決まってる」

 

 

 彼の者の問いは、星乃元という青年にとっての愚問でしかない。

 

 現に今、元は揺らいでいなかった。

 魔術王の発する気を真正面に受けても、自分の望みを失っていなかった。

 躊躇うことなく、元は魔術王へと手を伸ばす。

 

 

「ともに手を繋ぎ、生きるためだ!!」

 

 

 元は言った。誰かと手を繋ぎ、心を通わせ、一緒に生きるために、すべての権能を手放したのだと。

 魔術王にとっては、取るに足らない些末なものだ。悲劇しか生み出さない、無意味で無価値なモノ。

 

 だけど、星乃元――あるいは、ロマニ・アーキマンが欲した願い。

 

 

「星をも砕く権能も、蹂躙することしかできない力も要らない。……僕は、『僕の大事な人たち』と繋ぐための手が欲しかった!」

 

 

 無力で何も持たない手こそ、嘗ての破神が求めたものだった。混沌を超え、星誕した命が何よりも欲したモノだった。

 星誕者は星見台を“楽園”と定め、そこの守護者として立っている。彼が憧れた“誰か”がそうだったように。

 「力を貸してくれる職員や英霊たちがついているから」と、満面の笑みを浮かべながら。

 

 魔術王は、元のことを「唾棄すべき怨敵」とみなしている。何が何でも、自分が打ち砕かねばならぬ存在だとみなしている。

 けれど、彼には悲しい慢心があった。嘗ての権能を捨て去った星乃元という命を、脆弱な存在だと()()していたのだ。

 

 ロマニ・アーキマンは知っている。彼と同じ夢を見ながら、その夢を早々に諦めた――諦めざるを得なかったロマニだからこそ知っている。

 

 その夢を叶えるために魂を宿し、己の意志で星の戦士に挑んだ命を知っている。『すべてを滅せよ』と望まれて生まれ、『滅せねば』という意志を抱き、魂を獲得した果てに、『友達が欲しい』と願い、最後は星を産み落として消えた命を知っている。幸せそうに微笑みながら、星誕した命を知っている。

 蹂躙するしか知らなかった命は、長い長い旅路の果てに心を得て、星見台に降り立った。そのきせきに秘められた価値を、いずれ魔術王は知るだろう。そうして、星乃元は至るのだ。嘗て己を導いた“誰か”と同じように、魔術王に人間という標を示す。――それはまるで、爛々と輝く灯火の星。

 

 

(キミと手を繋ぐことができて、本当に良かった。……あの日、あの場所で出会った48番目のマスターがキミで良かった)

 

 

 脳裏に浮かんだのは、初めて元がカルデアにやってきた日のこと。

 

 ロマニお気に入りのサボり場は、後に星乃元の部屋として割り振られた。オルガマリーの講義中に寝落ちしてしまった彼は、怒髪天になった彼女に追い出されるような形で自室待機を言い渡されたのだ。短い時間であったが、団欒の時間を過ごしたことは今でも覚えている。

 数々の偶然を運命にしてみせたのは、数多の権能を有していた『破神』ではない。彼の魂が星誕した、星乃元というちっぽけな人間だった。他者と繋ぐために得た、あまりにも脆弱で無力な手だった。彼の望みは――あの日、ソロモンが望んだ願いも――間違ってはいなかった。

 

 モニター越しで見守って来た旅路は、もうすぐ終わる。自分の運命も、ずっと前から分かっていた。

 未練がないと言えば嘘になるけど。怖くないかと言われれば、そりゃあ怖いと答えるけれど。

 彼らが勇気を奮い立たせて立ち向かったのだ。――ロマニも、逃げるわけにはいかない。

 

 

(もし許されるなら、ボクも、キミを『友達』と呼んでいいだろうか――?)

 

 

 星を見た。とてもきれいな星を見た。

 眩く輝く恒星のような少年の姿に、目を細める。

 自分が至れない未来に瞬く標が、目の前にあった。

 

 




クロスオーバー先:『星のカービィ スターアライズ』



あの日から、どれ程の時間が経過したのだろうか。
数多の星羅を超え、次の時代が訪れ、◆◆はついに己の望んだ命として星誕(せいたん)する。
春風とは程遠い極寒の地――そこを『守るべき“楽園”』と見出した彼は、この星でできた友達と一緒に、世界の危機へ立ち向かう。

自由に空を飛び回ることはできないし、美味しいご飯を好きなだけ食べれるような状況でもないし、ゆっくりお昼寝をする余裕もない。
だけど、ここには確かに、嘗ての◆◆が見た『夢』があった。いつかの“誰か”見た夢とは程遠いけれど、確かにそこにあったのだ。

友と生きる、その夢が――!!


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