俺妹モノ (まーぼう)
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『見る』を選んだ場合

原作4巻のあのシーン。
あそこで京介が『見る』を選択していたらどうなっていたかという話。


 俺はこの時のことを思い出すたびに、「選択肢を間違えた」思うようになる。

 それ自体は別にいい。

 人生はゲームと違って、明確で分かり易い正解が用意されてるわけじゃないし、セーブ地点からやり直すこともできない。

 間違えもせずに生きていけるやつなんて、きっと一人だっていやしない。

 また、何一つ間違えることなく生きることができたとしたら、それはそれで問題があるだろう。正解しか知らないようなやつが、まともな人間性を持っているとは思えない。

 だから別に後悔してるわけじゃない。

 それでもやはり、こう思うことはある。

 

 あの時、選択肢を間違えなかったらどうなっていただろう。

 

 

 

 油断するなよ京介。これから飛び出すのは、全てが『スカトロ*シスターズ』に匹敵する暗黒物質だぞ。見るなら見るでちゃんと覚悟を決めておけよ?

 俺が苦悩しているのに気付かず、桐乃はとっととアルバムを開けてしまった。

 

「……?」

 

 そこにあったのは、警戒していたのがバカみたいに思えるような、ごく普通の写真たち。おかしなところは何もない。ただ……

 

「俺?」

 

 このアルバムの写真には俺が写っていた。

 もちろん全部に、というワケではないが、結構な割合で親父やお袋、もちろん桐乃とも一緒に写真の中で笑っていた。

 

「……俺の写真なんかあったんだな」

「いや、そりゃあるでしょ」

 

 そうは言うけどな、親父もお袋も桐乃ばっかりで長男の扱いはホントぞんざいだぞ、この家。実際、俺の写真なんか今まで見たことなかったワケだし。

 

「だってあんた写真嫌いだったじゃん」

「そうだっけ?」

「うん。カメラ向けるとすぐ逃げちゃうし。お父さんたちも途中からあきらめちゃったし」

 

 そういやそんな感じだったような。

 

「だからあんたの写真はここにあるやつで全部、だと思う」

 

 なるほど。どうりで俺の写真が見つからなかったワケだ。

 小学四年生くらいだろうか。写真の中の桐乃はくるくると表情を変えて、見るからにはしっこそうな印象をうける。

 対して俺はいかにもアホガキといったツラだ。不愉快だがロックを笑えん。そりゃ親父たちも妹の方をひいきしたくもなるだろうよ。

 だんだん思い出してきた。

 この頃の桐乃は、いつもちょこまかと俺の後をついてくるやつだった。

 そんな桐乃のことを、俺はウザがって邪険に扱ったりもした。

 この年頃の兄貴なんざそんなものだろうと言ってしまえばそれまでだが、今考えればかなりひどい兄貴だったように思える。

 

「で、これがどうかしたのか?」

「ちょっ、そんな言い方……」

 

 桐乃は不満そうに口をとがらせる。が、自分を落ち着かせるように大きく息をつき、そして、写真の一枚を指して聞いてくる。

 

「あんたさ、この頃のことって覚えてる?」

 

 桐乃が指した写真には、たぶん十二から十三くらいに見える俺が写っていた。てことは四、五年前くらいか?

 特に印象に残る事件とかはなかったと思うが。

 

「んー……、あんま覚えてねえな」

 

 俺は正直にそう答えた。

 すると桐乃は、これ見よがしにため息をついてみせた。

 

「ハァ……。たぶんそうだろうと思ってたけど、ヤッパリか……」

 

 なんだよ。五年も前のことなんか覚えているヤツそうそういないだろうが。

 

「この頃になんかあったっけか?」

「……言いたくない」

「おい」

 

 自分から話ふっといてそりゃねえだろ。

 

「そうなんだけどさ、ハア……」

 

 本当に嫌なのだろう。桐乃はそう言って、また溜息をついた。

 

「あたしさ、昔は走るの、遅かったんだよね」

 

 唐突に、そんなことを言い出す。

 

「これ見て」

 

 そう言ってコレクションの中から取り出したのは、『ラブりぃ☆しすたぁえんじぇる』とタイトルの打たれたエロゲー(?)の箱だった。

 

「……これ、エロゲーだろ?」

 

 とりあえず率直に聞いてみる。

 

「違う。これはゲームの特典が入ってた箱。中身は別のとこに飾ってあんの」

 

 今は別のものが入っているらしい。クッキーの空き箱を小物入れに使うようなものか。

 

「そんな感じ。この中に入ってるのは、あたしが、陸上を始めた理由」

 

 話の筋から外れているような気はするが、おそらく必要なことなのだろう。俺はおとなしく聞くことにした。

 

「……じゃ、開けるね」

 

 そうして中から出てきたのは。

 

「通信簿?」

 

 そう、通信簿。

 小学一年の頃からの桐乃の通信簿がずらっと。

 さすがにこの流れでエロゲー関連のアイテムが飛び出すとは思ってなかったが、これは予想外だ。

 桐乃を見ると、小さく頷いてきた。見ろということだろう。

 

 一年のものを開く。

 桐乃の言っていた通り、体育の成績は『がんばりましょう』。

 それだけではない。他の成績も総じて平凡、いや、むしろ悪いくらいだ。

 二年も同じく。三年も。四年も。

 だが、五年生になってから少しずつ成績が良くなってきた。『がんばりましょう』が『よくできました』に、『よくできました』が『とてもよくできました』に。

 

「こっちもそう。運動会の徒競走でもらったワッペン」

 

 桐乃が示したのはのは、六位と書かれたワッペンだ。

 こちらもやはり、徐々に順位を上げている。

 

「昔さ、超……ムカつくことがあってさ、それで走る練習始めたの」

 

 ちらり、と俺の顔を見る桐乃。

 

「今まで人に言ったことないんだけどさ、落ち込んだときとか、スランプになったときとか、この箱の中見ると、すっごいムカついてきて……ナメんなバカって気になってくるんだよね……」

 

 すげえ。

 素直に感嘆する。

 自分が凡人だからこそよく分かる。

 平凡が一番、という考え自体は今でも変わらない。

 だが、そこに一片の欺瞞もなかったか、普通という言葉を手を抜くための言い訳にしていなかったか、と言われれば、とてもじゃないが胸を張って『ない』と言い切ることはできない。

 だけど桐乃は、平凡な自分に甘えることなく、「できるはずがない」とくさることもなく、何年もの時間をかけて今の自分を手に入れた。

 誰にでもできることではない。

 俺は今まで、桐乃の成績なんか初めから『とてもよくできました』ばかりなんだろうと思っていたのだが、そんなことはなかった。

 持って生まれた素質というのはあるだろう。

 コイツの実績が努力だけで手に入るなんて、それこそ『ナメんなバカ』、だ。

 だけどそんなことは、コイツが積み上げてきた努力を否定する材料になんかならない。

 俺の妹は、俺が思っていたよりずっと泥臭い人間だったのかもしれない。

 

「なあ、桐乃」

 

 俺は知りたくなった。この凄い妹が、これだけがんばるようになったきっかけを。

 

「超ムカつくことってなんだか、聞いてもいいか?」

 

 桐乃は一瞬、目を丸くして、不愉快そうに顔をしかめた。

 

「……ねぇ、ホントに覚えてないワケ?なんにも思い出さない?」

 

 な、なんだ?もしかしなくても俺が関係あんのか?

 桐乃はハァー、とため息をつくと、仕方なくといった感じで話し出した。

 

「昔さ、あたしがどうしてもいっしょに遊びに行くって言ったとき、あんた逃げたでしょ。「ついて来れたら連れてってやる」って言って。意地悪そうな顔してさ」

 

 ……ぜんぜん覚えてねえ。だけど、確かにその頃の俺ならやりそうだ。

 

「あたしは追いかけて、でもぜんぜん追いつけなくて、転んじゃって、なのにあんたは来てくれなくて……」

 

 妹が転んだらさすがに助けるだろうから、きっと気付かなかったんだろうな。

 だが当時の桐乃に、そんなことは分かるはずもない。

 桐乃は、俺に見捨てられたと思っただろうか。

 

「気がついたらぜんぜん知らないとこに居て、怖くて、寂しくて、悲しくて、でも……」

 

 桐乃は一旦言葉を切って俺を見る。睨み付けるように。

 

「でも、それ以上に、悔しかった。見てろよ、って思った」

「それじゃ、おまえが陸上始めた理由って……」

「あんたより速く走れるようになりたかったから」

 

 なんてこった。

 このとんでもない努力家が頑張り始めた理由が、よりにもよって俺なんかを見返すためだったとは。

 思わず謝りたくなってしまう。ホントに謝ったりしたら怒るだろうけど。

 

「言っとくけど、これはあくまでもただのきっかけ。キモい勘違いすんな」

 

 安心しろ。勘違いするヒマなんかなかったよ。

 それに、釘を刺されるまでもなく分かってるさ。おまえが凄いのは、おまえが頑張ったからだ。

 まあ、なんにしてもだ。

 

「大したもんだな、おまえは」

 

 この短時間で、何度感心したかわからない。

 

「俺なんかじゃ、もう勝てないだろうな」

 

 そう思った。

 

「……うな」

「え?」

 

 押し殺したような声。

 

「俺なんかとか言うなっつってんの!!」

 

 ちょっ!声でけえよ!?

 今が深夜だって忘れてんじゃねえだろうな!?

 

「お、おい、落ち着け!親父たちが起きる!」

 

 桐乃は立ち上がって、肩で息するほど興奮している。

 どうにかなだめて座らせたものの、落ち着いたとは言い難い。

 

「どうしたんだよ、いきなり」

 

 また大声をだされないかと、ビクビクしつつ聞いてみる。やや逃げ腰なのは見逃してくれ。

 桐乃はうつむいたまま、先ほどとは対照的に、ぼそぼそと小さな声で答えた。

 

「……あんたが、自分のこと、なんかとか言ってたら、あんたのこと目標にして頑張ったあたしが、バカみたいじゃん……」

 

 ……ああ、そうか。

 俺は知らずに、おまえのことを侮辱しちまったんだな。

 

「あんたが自分のことどう思ってんのか知んないし、今のあんたは嫌いだけど……。あんた、昔はすごいやつだったじゃん」

 

 ……おまえ、そんなふうに思ってたのか。

 ゴメンな。すごい兄貴じゃなくて。

 おれはただ、いいカッコしたくて粋がってただけで、おまえが言うような……

 

「あたしは、お兄ちゃんに認めてほしくて頑張ってたんだから」

 

 俺は言葉を失っていた。

 桐乃が、おそらくは無意識にこぼしてしまったであろう、『お兄ちゃん』の破壊力がすさまじかったから、ではない。

 今夜の桐乃が、あまりにもらしくなかったからだ。

 普段なら絶対に言わないようなことをぽろぽろ言うし、テンションの浮き沈みも激しい。

 なんていうか、そう、やたら不安定に見える。

 

「桐乃、最後の人生相談ってのはこれだけなのか?」

 

 桐乃はハッと顔を上げる。

 

「なんかまだ続きがあるんだろ?」

 

 桐乃は観念したように口を開いた。

 

「……あたしね、アメリカ行くんだ」

「……は?」

 

 俺は一瞬、言われたことが理解できなかった。

 

「……あー、海外旅行ってことか?」

 

 桐乃は首を振った。否定の意だ。

 

「……もしかしてモデルの仕事とか?」

「違う。……陸上の、この前の合宿で、スカウトに来てた海外の有名なコーチの人が声かけてくれたの。やる気があったらいつでも来いって」

「な、なんだよそれ……」

「むこうに行ったら1年は陸上漬けで、高校入学までは帰って来れない、と思う。でも、あたしは」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ」

 

 俺は慌てて桐乃のセリフを遮った。予想外すぎて頭が追いつかない。

 

「ええと、なんだ。その、留学?の話、親父たちは知ってんのか?」

「……うん。もう話してある」

「……よく許したな、あの親父が」

 

 親父は桐乃のことを溺愛してるから、自分の目の届かないところにやりたがるとは思えないんだが。むしろ『どうしても行きたかったら自分の金で行け』くらいは言いそうだ。

 

「ううん。許してもらえなかった。どうしても行きたかったら自分の金で行けって。だからモデルのギャラと携帯小説の印税で払うことにした」

 

 ホントに言ったのか親父。それでホントに払うのか桐乃。

 つくづくとんでもない妹である。ホントに中学生かこいつは。

 

「それで?いつ頃出るんだ?」

「……明日、てか今日の朝」

「ハア!?」

 

 あと数時間しかねえじゃねえか!?

 窓を見ると、カーテン越しだがすでに空が白んできているのが分かる。

 

「なんで今まで黙ってた!」

「……ごめん……」

 

 ……素直に謝んなよ。これ以上責めらんなくなっちまったじゃねえか……。

 ショボくれてる桐乃というのはレアではあったが、あまり見ていて気分の良いものでもない。つーか、

 

「携帯小説やめてまでやりたかったことってのはそれか」

「うん。スポーツの場合、あたしくらいの年だと、一年遅れただけですごいハンデになるって。あたしはもっと上に行きたい。だから、出来ることは全部やっておきたいの」

 

 まあ、こいつのことだから適当に決めた、なんてことはないだろうとは思ってたが、やっぱりちゃんと考えて決めたことなんだな。

 俺に黙ってたのも別にふざけてたとかじゃなく、何となく言い出せなかっただけなんだろう。

 でもな……。

 

「おまえ、それ本当に大丈夫なのか?」

 

 桐乃のいう、『海外の有名なコーチ』とやらがどうこうという意味ではなく。

 親父に話してあるんなら、そっち方面の心配は必要ないだろう。

 俺が言ってるのは桐乃自身のことだ。

 

「アメリカで、一人で、本当にやってけんのか?」

 

 おまえはすごいやつだよ。それは疑いようがない。一人でだって高いパフォーマンスを発揮するはずだ。

 だけど桐乃の力の源は友達だ。それがないところでどうするんだ?

 言葉が通じないのも、おまえならなんとかしちまうだろう。新しい友達だってすぐに作れるだろう。 

 でもさ、おまえは、新しく友達ができたからって、それまでの友達をないがしろにするようなやつじゃないだろう?

 桐乃はうつむいたまま、搾り出すように答えた。

 

「……あたしは、もっと頑張りたい。もっと上を目指したい。何より、自分で決めたことから逃げたくない」

 

 でも、と続ける。

 

「やっぱり怖い。むこうじゃ好きなゲームも買えないし、日本のアニメもやってないし、友達にも会えないし、あん……家族も、いないし……。やっぱり怖いし、寂しいの……」

 

 そう、それが本題。

 

「だから、最後の人生相談」

 

 

 

「……『勇気』、ちょうだい?」

 

 

 

 桐乃の『最後の人生相談』に俺は――硬直していた。

 

 

 どうする!?

 

 

 一年前の俺だったなら、ごく単純に『勇気っつってもどうすりゃいいんだよ?』と戸惑うだけだっただろう。

 だが今の、桐乃に押し付けられた数々のエロゲー(妹モノ)をクリアし、すでにいっぱしの猛者と呼べるレベルにまで成長してしまった俺には、もはや『そういう方法』しか思い浮かばない。

 

 いやいや待て落ち着け俺。

 相手は桐乃だぞ?

 実の妹相手にそんな気色悪い……いや、気色悪いは言い過ぎか?だけどこんな可愛くないやつに……いや、顔は可愛いよ?下手したら世界一美人かもしれないし。でもこんな性格悪いやつ……まあ、最近はそんなでもないか?たまにだけど素直なこともあるし。

 

 い、いかん!?否定材料がどんどん消えていく!?

 つーかなんで俺はさっきから、桐乃が『そういうこと』を望んでいることを前提にモノを考えてんだ!?

 ヤベエ……。俺、もしかしてかなり危険なレベルまで汚染が進んでるんじゃねえか?

 肝心の桐乃はというと………。

 

 ぎゃーっ!?何で目ェ閉じてちょっと上向いてんだよ!?その、見ようによってはエロゲヒロインの『受け入れ準備OKはあと』みたいに見える態勢をヤメロ!!

 桐乃は、反応のない俺を不安に思ったのか、小さく身じろぎした。

 

「兄貴……」

 

 蚊の鳴くような声。

 その目の端には小さく涙が浮かんでいる。

 それはまるで真珠の如く煌めいて……って、そういうのはいいから!エロゲがどうこうってノリがまだ残ってんな。

 まあとにかくあれだ。俺はそれを見て、その……、桐乃を抱きしめちまった。

 

「……ん……」

 

 桐乃は――――抵抗しなかった。

 

 そのまま時が過ぎる。

 随分長いことそうしていたような気もするが、たぶん錯覚だろう。

 桐乃が抱きしめられたまま声をかけてきた。

 

「……ねえ、これだけ?」

「リクエストがあるなら可能な範囲で受け付けるぞ」

「…………ヘタレ」(ボソッ)

「? 聞こえるように言ってもらえんと対応しようがないんだが」

「べっつに!なんでもない!」

 

 どうすりゃいいのかわからなかったが、上手くいったと思っていいのかね。取りあえず元気は出たらしいし。

 そりゃまあ、『そういう』展開だって考えはしたよ?でもまさか実行するわけにはいかんだろ。

 ゲームと現実は違う。桐乃だってよく言ってる。まあ、うっかり抱きしめちまったりはしたわけだが……。

 こんなのはシスコンとかは関係ない。

 妹が泣いてたら、苦しんでたら助けてやりたい、なんとかしてやりたい。

 そう思うのは兄貴なら当たり前のことだ。そうだろう?

 

「……ん」

 

 息が苦しかったのか、桐乃が身じろぎする。

 

「そろそろやめるか?」

「……もうちょっと」

「おう」

「……頭、なでて」

「おう」

 

 桐乃の小さな『お願い』をいくつかきいて、またいくらか時間が過ぎた頃、俺はポツリと呟いた。

 

「やめちまえよ」

「え?」

「やめちまえよ、留学なんか。怖いんだったら無理してやることねえだろ」

 

 そう、言ってやる。

 

「……そんなの、出来るわけない。お父さんに、あれだけタンカ切って、むこうの人たちにだって迷惑かけるし……」

「んなもん、俺が一緒に謝ってやる。親父のことは気にすんな。賭けてもいいが喜ぶはずだ」

「偉そうに……。ていうか何?そんな必死んなってさ。あたしがいなくなったら寂しいワケ?」

「当たり前だろうが」

「え……」

 

 そう、当たり前だ。

 たとえ嫌いなやつだろうがなんだろうが、それまで当たり前に居たやつがいなくなったら寂しいに決まってる。

 ましてやそれが家族ならなおさらだ。

 

「おまえがいなくなったら寂しいよ、俺は」

「ふ、ふーん、あっそ。…………そっか、寂しいんだ……」

 

 また少し沈黙が流れた。

 

「ねえ」

「ん?」

「ちょっと下向いて」

「おう、こうぶむぐ!?」

 

 短い言葉にもかかわらず、俺は最後まで続けられなかった。途中で口を『柔らかいもの』でふさがれたからだ。

 

「?!??!!!??」

 

 頭の中が大量の!と?で埋め尽くされてフリーズしてる間に、桐乃はするりと俺の腕から抜け出し背中を向けてしまう。

 ようやく金縛りが解けた俺は、その背中を指差し、言葉にならない叫びを上げた。

 

「お、おおっおま、おまおまおま!?」

「……ちょっと、なんか下品なこと言おうとしてない?通報されたいワケ?」

 

 言うか!下品なのはおまえだ!あやせみたいなこと言ってんじゃねえ!

 

「おま、おまえ!いきなり何しやがる!?」

「挨拶の練習。アメリカじゃ普通なんでしょ。ああ、一応あたしの初めてだから、そこは感謝しとくように」

「俺だって初めてだよコンチクショウ!!」

「えっ?何?あんたその年でまだキスもしてなかったワケ?うわダッサ」

「今さっき自分も初めてとか言ってませんでしたかねぇ!」

「あたしは良いの。中学生だから。女だから。あんたはダサいの。高校生だから。男だから」

 

 くぅ!なにこの敗北感!勝手な理屈でめちゃくちゃ言われてるだけのはずなのに!

 俺だってなぁ、彼女さえいれば……。

 ……分かってるよ。そもそも彼女作れるくらいならこんなことでバカにされたりしてねえよクソッ。

 ハア……。もういいや。家族とのキスなんかノーカンだノーカン。

 

「つーか、いくらアメリカでも挨拶で口にはしないんじゃねえのか?」

「そうなの?」

「イヤ、知んねえけど」

「なにそれ」

 

 バカじゃん、と。

 背中を向けたままで言ってくる。

 もしかしたら、笑ってくれてるのかもしれない。

 

「兄貴、ゴメンね」

 

 唐突に、そんなことを言う。

 

「勇気、出ちゃった」

 

 そう言って振り向いた桐乃の顔に浮かんでいたのは、自信に満ちた不敵な笑顔。

 それは、俺のよく知るいつもの妹様のものだ。

 

「……そっか」

 

 こいつはもう大丈夫だろう。

 きっと向こうでもそれなりの戦果を収め、何かを掴んでくるはずだ。そう思っちまった。なら……。

 

「それじゃしょうがねえな」

 

 なら俺に出来るのは、背中を押してやることだけだ。

 そいつがそれを望んでて、大丈夫だと思えたなら、それがどんなにイヤでも、寂しくても、応援してやらなきゃならない。

 それが兄貴の、家族の役目だ。

 

 

「うし!行ってこい、桐乃!」

「うん、いってきます。兄貴」

 

 

 こうして、俺の妹はいなくなった。

 

 

 

 

 妹がいなくなって二週間がたった。

 だけど、それで俺の生活に何か影響が出たかというと、そんなことはない。

 これまでだって、俺と妹の間に接点ができるのは、ときおり妹が切り出してくる「人生相談」とやらをうけているときだけだったんだからな。

 それ以外では、基本的に会話をしないし、目も合わせないという関係が続いていた。

 妹が家にいようと、いなかろうと、代わり映えなんてしやしねーのさ。  

 ていうかだ。

 

 

 

 友達に心配かけてんじゃねーよ。あのバカ。

 

 

 

 あいつはアメリカに渡ってから、こちらのだれとも連絡をとってないらしい。

 俺はともかく、黒猫やあやせにさえだ。

 こっちからメールを送ってもナシのつぶて。

 まったく薄情な話である。

 

 

 

「お兄さ~ん!」

 

 天使の声がした。

 放課後、いつもの帰り道、いつもの丁字路であやせが声をかけてきたのだ。

 あやせは、今にも踊り出しそうなほどの上機嫌で俺に走り寄って来る。

 思わず後ずさる俺。

 忘れてるやつもいるかもしれないが、あやせは俺のことを「近親相姦上等の変態鬼畜兄貴」だと思って毛嫌いしている。

 ワケあって誤解を解くことも出来ないため、そのままにしてあるのだが……。

 それが全開の笑顔で駆け寄ってきたときの恐怖が分かるだろうか。

 えっ?何?俺とうとう殺されんの?

 

 幸いにもその心配は杞憂に終わった。

 あやせはごく単純に機嫌が良かっただけで、うっかり俺を嫌っていることさえ忘れていただけらしい。そんなうっかりがあるのかはともかく。

 

「誤解して抱きついたりしないでください!通報しますよ!?」

 

 すでにやったみたいに言うなよ!まだなんもしてねえだろ!

 

「ったく、随分元気じゃねえか。こないだは「桐乃に嫌われたかも」とか言って泣きそうになってたくせに」

「あっ、そうなんですよ!今日、桐乃から電話があったんです!」

 

 え?

 

「桐乃ってば留学するときに自分に縛りをかけたとか言ってるんですよ?むこうで一勝するまでこっちの誰とも連絡を取らないって。それで今日ようやく勝てたって、すごく嬉しそうにしてました!」

 

 なるほど。連絡が取れなかった理由はそれか。らしいっちゃ確かにらしい。

 そりゃ嬉しいだろうよ。大好きな友達とようやく話せるんだからな。あやせのはしゃぎっぷりを見ればよく分かる。

 しかし、まぁ、なんだ。

 べ、別に寂しくないけどな。俺には連絡ないからってよ。

 

「お兄さんのところにはもう連絡来ましたか?」

「うぐっ!?」

「あっ!もしかしてまだなんですか!?」

 

 嬉しそうにしてんじゃねえよ!

 ちくしょう……。

 恨むような気持ちで携帯を取り出し睨み付ける。すると軽快な電子音が鳴り響いた。

 

「「え?」」

 

 俺とあやせから同音異口に疑問符が漏れる。まさか……。

 

「桐乃からだ!」

 

 びっくりした!タイミング良すぎだろ!

 俺はあわててメールを開いた。中身を読み進めて……ボフッ!?

 

「お、お兄さん!?」

 

 い、いかん。思わず吹いちまった。

 つーかなんだこのメールは!?これホントに桐乃が書いたのか!?

 なんていうか、あやせに見られると命に関わりそうな内容なんだが。顔に出てねえだろうな……。

 なんかの間違いだろ絶対。でなきゃ悪質な冗談だ。

 ていうかだな……

 

 

 

 俺の妹がこんなに可愛いわけがない!

 

 

 

 

from 桐乃

Sub  無題

 

 

 

 元気?

 あたしはなんとか元気だよ。

 今まで連絡とれまくてゴメンね?

 詳しいことは今度説明するけど別に病気とかだったワケじゃないから。

 ホントは電話したかったけど今日はもう消灯なんだ。

 いっぱい話せると思って最後にしたら裏目っちゃった。

 明日絶対電話するからたくさんお話しようね。

 

 

「ナニコレ……」

 

 あたしは自分で打ったメールの文面を見て、呆然とつぶやいた。

 アメリカに来て二週間が過ぎていた。

 あたしは、自分の力ではこっちで通用しないと考え、自分に「縛り」をかけることでモチベーションを保つことにした。

 

 一週間。

 

 そのくらい頑張れば一勝くらいできるだろう。そう考えていた。

 あたしとしては軽く見ていたつもりはなかったけど、それでも全然甘かったらしい。

 結局、目標達成には予想の倍もかかってしまったけど、日本に心残りがあったら、これが一ヶ月でも勝てなかったかもしれない。

 そう考えると、ここでどうにか勝てたのはあいつのおかげと言えなく、も、ない?……ような気がしないでもない。 

 だからまあ、ちょっとくらいお礼っぽいことを言ってやっても不自然なことはないだろう。

 でも、これだと、なんか彼氏に宛てたメールっぽく見える、よう、な、気もする?

 あのシスコンのことだからなんか勘違いするかもしれない。

 ちゃんと注意しておくべきよね。

 

 

 

 PS 浮気したら殺す。

 

 

 

 アホか!あたしは!

 なんだ浮気って!!

 

 ゴロゴロと悶えていると、二段ベッドの上から怒声が来た。

 

「キリノうるさ~い!」

「わひゃい!?」

 

 ヘンな声出た!

 

「もう消灯時間すぎてるんだからちゃんと寝てよ!」

「ゴ、ゴメンゴメン。もう終わるから」

 

 その剣幕に、思わず携帯を背中にかくしてしまう。向こうから見えてるワケないんだけど、つい。

 

「むぅ~。明日もう一回勝負なんだからね!寝不足で負けたなんて許さないんだから!」

「分かってるって」

「ふんだ!」

 

 このむちゃくちゃ態度悪いガキはリア・ハグリィ。

 あたしのルームメイトで、多分世界一足の速い小学生。

 今はこんな感じだけど、普段はもっと人懐っこい美少女だ。

 それがこんなふうになってるのは、ようするにあたしに負けて気が立っているからだ。

 同情なんかしないよ?明日はわが身、ていうか普段は逆なんだから。

 それにリアが言っていたように、明日また勝負する、というか毎日勝負し続けているのだ。負けるつもりはさらさらないが……そう何度も勝たせてもらえる相手でもない。

 こんなことを言うのはシャクだけど、次は多分負けるだろう。

 まあ、明日のことは明日考えるとして、今はあいつに送るメールの内容を考えないと。

 そう考えて再び携帯を覗き込むと、

 

「あ”……」

 

 携帯には「送信しました」の一文が。

 さっき背中にまわしたときにやってしまったらしい。

 

「ど、どうしよう……」

 

 あんなメール見たらなんか勘違いされるかもしれない。ていうかPS……。

 ふつうなら冗談だと思うところだろうけど、あのシスコンのことだ。万が一本気にして、しかもその気になってたりしたら……。

 

「……ま、いっか」

 

 うん、大丈夫。全然問題なし。そうに決まってる。

 さあ、もう寝よう。

 リアに言われた通り、寝不足で負けたなんて言いたくない。

 あいつはあのメールを見てどんな顔をするだろう。

 

「へへ……」

 

 思わず笑みがもれる。

 明日は練習が終わったらすぐに電話しよう。

 きっとメールのことを聞いてくるだろうから、思い切りからかってやろう。

 それですごく足速い子に勝ったって自慢して……。

 明日も勝ったらもっと驚くかな?

 その「ご褒美」があればまた勝てるかもしれない。

 

「おやすみ。京介……」

 

 今日はいい夢がみれそうだ。

 



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最終巻予想

タイトル通り、俺妹の結末をゲーム版のシナリオを参考に予想して書いた話です。勿論盛大に外れました。



「桐乃、もう準備はいいのか?」

「うん。もうだいたい終わった」

 

 既に深夜と言っていい時間に、俺は妹の部屋を訪れていた。この時間に来るように言われていたのだ。

 桐乃は明日、海外に発つ。準備というのはそのことだ。

 モデルとして本格的に働きたいんだそうだ。

 今度はちょくちょく帰ってくるつもりだと本人も言っているし、陸上のときのようなことにはならないだろうとは思うが。

 

「それで?話ってなんだ?」

「ん……。ちょっとね……」

 

 言葉を濁す桐乃。

 実を言うとなんの話なのかは見当がついている。だから桐乃が話しにくいだろうことも分かっていた。

 正直、この予想は外れていて欲しかったのだが、この分だと覚悟を決めておくべきだろう。

 

「あのさ、『しすしす』クリアした?」

「ああ、結構面白かった。おまえのオススメなだけはあったな」

「でしょ?へへ……」

 

 まるで自分が誉められたかのように喜ぶ桐乃。ホントにあのゲームが好きなんだな。

 『しすしす』だけじゃない。他のゲームも、アニメも、陸上も、仕事も、友達も。桐乃の好きははいつだって全力だ。

 いきなり『しすしす』の話を振ってきたのだって、べつにはぐらかそうとしたわけじゃない。

 何しろ、自分が出ていく前にクリアしておけと、わざわざ命令してきたくらいだ。その意味も今なら分かる。

 以前、アメリカで一緒にプレイしたとき、俺がりんこを攻略すると言ったら、桐乃はあわててそれを止めた。

 あのときは意味が分からなかったが、実際にりんこルートを遊んでみてその理由が分かった。

 りんこは、桐乃に驚くほどよく似ていた。

 素直になれず生意気を言ってしまうところとか。

 信頼のあまり無茶なワガママを言ってしまうところとか。

 好きなことに全力でまっすぐなところとか。

 桐乃はきっと、りんこに自分を重ねていたのだろう。

 ならば、その自覚があって『しすしす』を俺に託した意味は――――

 

「あのさ、これから言うこと、冗談とかじゃないから」

 

 桐乃はそう前置きすると、目を閉じ、息を大きく吸って整える。そして、俺の目をまっすぐに見つめて口を開いた。

 

「――――あなたが、好きです」

 

 桐乃の好きは、いつだって全力で、まっすぐで、妥協がない。

 だから、言わずにはいられなかったのだろう。俺の答えが分かっていても。

 

「わたしと、付き合ってください」

 

 桐乃の好きは、いつだって全力で、まっすぐで。

 だから、俺もまっすぐ応えなければならない。桐乃を傷つけると分かっていても。

 

 

「――ありがとう。でも俺には、他に好きなやつがいる。だから、おまえとは付き合えない」

 

 

「――――うん」

 

 桐乃は、落ち着いていた。

 言いたいことを言って、すっきりした感じだ。

 ――――少なくとも表面上は。

 

「ありがと。ちゃんとふってくれて」

 

 が、それも長くは持たない。

 

「『妹だから付き合えない』って言わないで、くれっ……、て……!」

 

 桐乃の細い肩が跳ね、声がひきつる。

 

「ーー!」

 

 俺は思わず手を伸ばしかけたが、それより早く、桐乃の方から飛び込んできた。

 桐乃は俺の服をきつく掴み、しがみつく形で俺の胸に顔を埋めてしまった。

 俺はなにも出来ず、されるがままに固まっていた。

 

「『お兄ちゃん』、あのね」

「……桐乃?」

「あたし、好きな人がいたの」

「……」

「今日、その人に、思い切って告白したんだけど、へへ……。ふられちゃった」

 

 ……ああ、そうか。

 

「だから、おねがい。ちょっとだけ、泣かせて?」

 

 今の桐乃は、失恋の痛みを兄に慰めてもらおうとしている、ただの妹だ。

 だから俺は、なにも言わずに、兄として、妹として、桐乃を抱き締めた。

 

「あたしさ、小さいころからその人のこと好きだったの」

 

 桐乃は顔を見せない。

 

「いろいろあって、一度その人のこと嫌いになったんだけどさ、またいろいろあって助けてもらったんだ」

 

 だけど泣いている。確かめるまでもない。

 

「すごく嬉しかった。大好きだった人が帰ってきてくれたって、そう思った」

 

 だってこんなにも震えている。こんなにも声が濡れている。

 

「でも違ったんだよね。あたしが待っていた人なんて、そもそも初めから居なかったんだ」

 

 俺にはなにも出来ない。桐乃を泣かせているのは、他ならぬ俺なのだから。

 

「それが分かったとき、気付いちゃった。それでもその人が好きだって」

 

 それでもどうにかしてやりたいと思うのは、ただの欺瞞だろうか。

 

「あたしは、同じ人を、二回好きになっちゃったんだ」

「……おまえをふるようなもったいない真似するバカヤローは、俺がぶっ飛ばしといてやるよ」

「……ホント?」

「当たり前だ。俺の可愛い妹泣かせやがって。何様だっての」

 

 本当、何様のつもりなのだろう。

 

「うん……。じゃあ、約束ね」

「おう、まかせろ」

 

 そう、精一杯おどけてみせる。

 桐乃は泣き腫らした顔で、それでも笑ってくれた。

 

 

 

 その夜、俺と桐乃は同じベッドで一緒に寝た。

 言っとくが本当にただ寝ただけだぞ。妙な想像するなよ。

 桐乃が『今日、一緒に寝ていい?』なんて、それこそ妹ゲーのヒロインみたいなことを言ってきたのだ。断れるはずもない。どうせシスコンだよ俺は。

 

 俺たちは並んで転がりながらいろんな話をした。

 これまでのこと。

 これからのこと。

 趣味のこと。

 仕事のこと。

 友達のこと。

 

 どのくらいの時間が経ったころか。桐乃はいつの間にか寝息を立てていた。

 なんの疑問も持っていない、安心しきった寝顔。

 それはまるで、兄に甘える妹そのものだったよ。

 

 

 

 ――――チュンチュン。

 

 早朝。

 俺は玄関前で桐乃を見送っていた。

 俺は空港まで行くと言ったのだが、桐乃にいらないと断られた。いわく、それだとホントにお別れみたいじゃん、だそうだ。

 

「無理……すんなよ。いつでも帰ってきていいんだからな!」

「わかってるって」

「身体に気をつけろよ。毎週電話しろよ」

「はいはい」

 

 これだからシスコンは……と、小さくぼやく。

 

「大丈夫。もしものときは、助けに来てくれるんでしょ?」

「当たり前だ」

「…………うん」

 

 桐乃は目を閉じる。何かを噛みしめるように。

 

「……あたしさ、あんたの妹で、よかった」

 

 そして、俺を見つめてそう、言ってくれた。

 

「……あんたは?」

「……ばかやろう」

 

 そんなの決まってる。

 

「俺もだ」

 

 始まりは俺が『メルルin妹と恋しよっ♪』を拾ったことだった。

 

「二年間、おまえの人生相談に振り回されてきた」

 

 それから何度も桐乃を助けて、助けられて、こいつのことをたくさん知ることになった。

 

「ムカつくことばっかだったけどな」

 

 冗談じゃないと、もう二度とやるものかと思ったのも、一度や二度じゃない。それでも。

 

「悪くなかったよ」

 

 おまえのおかげで新しい友達ができた。おまえのおかげで新しい世界を知ることができた。

 

「バカな連中とバカなことやって……おまえとは喧嘩ばっかして……俺までオタクの仲間になっちまって」

 

 おまえと……仲良くなることができた。

 

「むちゃくちゃ楽しかった」

「そっか」

「おまえの兄貴でよかった」

「そっか」

 

 だから、おまえにはむちゃくちゃ感謝してる。

 

「……なに泣いてんの?」

 

 いつの間にか、視界が滲んでいた。

 

「別に、ずっと会えないわけじゃないのに」

「うるせぇ……」

 

 おまえだって、人のこと言えないだろうが……。

 

「あのさ、ひとつ約束してくれる?」

「おう、なんだ?」

 

 桐乃は涙に濡れた目で、俺を真っ直ぐ見つめ、言ってくる。

 

「あの娘のこと、絶対幸せにすること。あんたも、絶対幸せになること」

「二つじゃねーか」

「うっさい。細かいこと言うな。約束するの?しないの?」

 

 そんなの答えなんか決まってる。

 

「約束する。俺は、あいつと二人で幸せになる」

「……うん」

 

 桐乃は、俺の答えに満足したようにうなずき、次いで、にやりと歯を剥いて笑う。

 

「――っし、言質取った。約束破ったら蹴り潰すから」

「何をっ!?」

 

 思わず前屈みになる。

 桐乃はそんな俺見て「ひひっ」といたずらっぽく笑う。

 

「それじゃ、行ってきます、兄貴」

 

 そうして、桐乃は旅立っていった。

 

 

 

「行ってきます、か」

 

――――じゃあね、兄貴――――

 

 一年前、アメリカに行くときは、桐乃はたしかそう言ったのだ。

 

 『じゃあね』と『行ってきます』

 

 たったそれだけの違いが、俺を妙に安心させていた。

 さて、ぼやぼやしていられない。

 あいつが帰ってきたときに笑われないようにしておかなきゃならないからな。

 とりあえず、約束のひとつはこの場で果たしてしまおう。殴りあいのケンカなんかしたことないが、蹴り潰されるのはゴメンだしな。

 俺は拳を固く握り、自分の頬に思い切り打ち付けた。



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あややん

俺妹とラブやんのクロス。ラブやんで検索かけても多分これしか引っ掛かんないと思う。


 それはわたしが自分の部屋で勉強しているときのことでした。

 部屋の中心に突然穴が開きました。

 何を言っているのか解らないかと思いますが、他に言いようがありません。

 あ、申し遅れました。わたしは新垣あやせ、ごく普通の中学三年生です。

 えっと、穴のことですが、完全に部屋の真ん中、床や天井ではなく空間に穴が開いてます。

 その穴から手が出てきて淵を掴み(掴めるんだ……)力ずくで押し広げます。そして、そこに身体をねじ込むようにして妙な服装の女の人が姿を現しました。

 少し狭いのか、彼女は身をよじりながらこちら側に抜け出ると、ビシィ!とポーズを決めて高らかに名乗りを上げました。

 

「愛の天使ラブやん!見~~参っ!!」

 

 天使。

 言われてみれば確かにそのように見えなくもありません。

 白くヒラヒラしたギリシャっぽい服。背中から伸びた白い大きな翼。頭の上に浮かんだ輝く輪。若干、蛍光灯を思わせる輝きですが。

 そんな天使が突然現れたなら、とるべき行動は一つです。

 

 ピッピッピッ

 

「もしもしポリスメン?イエス犯罪者」

「ノウ!犯罪者!」

 

  ラブやんと名乗る自称天使に携帯を取り上げられてしまいました。

 

「フゥ……。一瞬の迷いもなく通報とは中々やるわね、子猫チャン」

「返してください。なんなんですか、あなた」

「初めに言ったじゃない。人の話はちゃんと聞きなさいな」

 

 やれやれ、と大仰に肩をすくめる不法侵入者。

 よく分かりませんがムカつきます。なんなんでしょうこの人。ブチ殺されたいんでしょうか?

 

「もう一度言ってあげるからよく聞きなさい。あたしはラブやん!愛の天使!いわゆるキューピットってやつよ!」

 

 なるほど。つまりはかわいそうな人ということでしょう。

 

「あたいはあなたの愛の波動に引かれてやって来たワケよ。さあ!あなたの恋を叶えてあげるワ!」

「間に合ってます。お引き取りください」

 

 通報はしないであげますから、と付け加えてドアを指さしました。ですが、出ていく気配はありません。

 

「フッ。そういうワケにもいかないのよ。そろそろ点数稼いでおかないとお給料がヤバいし」

「……キューピットって職業なんですか?」

「そりゃそうよ。仕事でもなきゃ誰もやらないでしょこんなこと」

「純真な女子中学生になんてことを」

 

 カップル作ると企業にどんなメリットがあるんでしょうか?

 それはともかく困りました。どうやって追い出そうか考えていると、コンコンッとノックの音が響きました。

 

「あやせ、誰か来てるの?」

 

 お母さんでした。

 ちょうどいいのでお母さんに手伝ってもらいましょう。

 警察を呼ばれるかも知れませんが気にしていられません。面倒ですし。

 

「お母さん。なんか変な人が勝手に入って来て……」

「? 誰もいないじゃない」

「えっ?」

 

 逃げたのかと思って振り返ると、変わらずコスプレ女が立っていました。

 

「ムダよ。あたしの姿はあなた以外には見えないし、声だってあなたにしか聞こえないわ」

 

  彼女はそう、悠然と腕組みして笑います。

 確かにお母さんには彼女の姿が見えていないようです。ということは、わたしの脳が産んだ幻ということでしょうか?

 

「言っとくけど幻覚とかでもないわよ」

 

 わたしの考えを読んだかのように言うと、机の上の参考書をひょいっ、と持ち上げました。

 

「えっ?」

 

 お母さんが驚いたように目を丸くし、手の甲でゴシゴシと擦りました。その間に彼女は参考書を元に戻します。

 

「ねえ、あやせ。今、その本が浮かび上がらなかった?」

「き、気のせいじゃない?」

 

 咄嗟に誤魔化してしまいました。

 

「……そうよね。疲れてるのかしら。あやせ、あなたも根を詰めすぎないようにね」

 

 お母さんはそう言って出ていってしまいました。

 

「……」

 

 お母さんからは姿が見えていないのに、持ち上げた本は見えていた。

 つまり、彼女は本当に『居る』ということです。

 

「……えっと、ラブやんさん、でしたっけ?本当にキューピットなんですか?」

「フッ。ようやく信じる気になったようね。ま、あたしが来たからにはどんな恋だろうと楽勝よ。大船に乗ったつもり でいなさい。タイタニックとかそんな感じのヤツ」

「沈むじゃないですかそれ」

 

  ラブやんさんはわたしの突っ込みを無視して話を続けます。

 

「敵を知り己れを知ればハクセン菌殲滅!まずは相手の男を観察よ!とゆーワケで、ラブ穴!」

「ええっ!?」

 

 ラブやんさんは空中に手を突っ込んで穴を空けてしまいます。

 

「……これ、出てきたときのと同じやつですよね?どうなってるんですかこれ?」

「これはキューピットが標準装備してる能力でラブ穴というものよ。ラブ時空を経由して好きな場所に移動することができるのよ」

「さっきから思ってたんですけどそのネーミングは何とかならないんですか?」

「ならないわ」

「……じゃあ仕方ないですね」

「で、あなたの想い人は彼で間違いないわね?」

 

 ラブやんさんは穴の向こう側を親指で指します。

 なんで何も言ってないのに相手とか分かるんでしょう?キューピットってそういうものなんでしょうか?

 とりあえず確認するためにも穴を覗きこんでみました。

 

「!!??」

 

 穴の向こう側には、わたしの親友である高坂桐乃のお兄さん、高坂京介さんがいました。

 わたしはお兄さんのことなんか別に好きじゃありません!みたいなセリフは出てきません。そんな余裕はありません。

 お兄さんは、なんというかその……全裸でした。

 

「あら、おフロだったみたいね」

「なななななんですかこれ!?なんでおフロなんですか!?」

「いや、フロくらい入るでしょ。今日雨だし濡れて帰ってきたんじゃない?」

「そうじゃなくて!なんでわざわざ覗きなんか……!」

 

 お兄さんは髪を洗っていてこちらが見えていないようです。

 うわ……!お兄さん、意外とたくましい……!

 

「デバガメになっちゃったのはたまたまタイミングが悪かっただけなんだけど……。んなガン見しながら言わんでも」

「みみ見てない!見てません!」

「いーじゃん別に、裸くらい。減るもんでもなし。……おや、中々ご立派な」

「◎△☆※□◇×!?」

 

 プチン

 

「せっ!!」

「目が!?」

「終了!」

 

  目を押さえてゴロゴロとのたうち回るラブやんさんを尻目にラブ穴をふさぎます。(普通にできました)

  まったく、なんてモノを見せてくれるんでしょうか。あんな………………………………………だ、だめですお兄さん!桐乃に見られちゃう!

 

「……なに悶えてんの?」

「せっ!!」

「効かぬわ!!」

 

 チィッ!二度は通じませんか!

 

「で、あらためて聞くけど、彼があなたの想い人で間違いないわね?」

「違います。なにバカなこと言ってるんですか」

 

  まったく。なんでわたしがお兄さんのことなんか。

 あんなシスコンの変態を好きなワケないじゃないですか。

 あの人の長所なんて、せいぜい優しくて真面目で一生懸命で誠実で努力家で頼りがいがあって友達想いで妹のためならどんな大変なことでも必ずやり遂げる程度しかないんですよ?

 

「……思っていた以上にデレッデレね」

「デレてません」

「フッ。そんな意地を張っていていいのカシラ?」

「……どういう意味ですか?」

「あなたのお友達、さっきの彼の妹さん」

「! ……桐乃がどうかしたって言うんですか?」

 

  もし、桐乃に何かするつもりならブチ殺します。

 

「……なんで突然ターミネーター的な気配を放出しだしたのか分からないけど、このまま放っておけばどうにかなってしまうかも知れないわ」

「どういうことですか!」

「ちょっ!怖いんだけど!?刃物はナシで!」

 

 ……仕方ありません。一度落ち着きましょう。……死体からは何も聞き出せませんし。

 

「で?どういうことですか?」

「……あの、あたしが悪いわけじゃないからね?ここ大事よ?」

「さっさと話してください!」

「ヒィ!?」

 

 なにか、見てはいけないモノを見てしまったかのようにビクンッと震えるラブやんさん。なにをそんなに怯えているんでしょうか。おかしな人ですね。

 

「え~と、あなたのお友達だけど、良くないものに取り憑かれているわ」

「良くないもの?」

「ええ、奴の名は凶獣カズフサ。キューピットの力を悪用する最悪の魔神よ」

「……それに取り憑かれるとどうなるっていうんですか?」

「おそらく奴はお友達を彼とくっ付けようとするでしょうね」

「な……!桐乃とお兄さんは実の兄妹ですよ!?」

「関係ないわね。奴のエロゲ脳にかかれば血のつながりなんて障害どころかエロスの加速装置に過ぎないわ」

「…………キューピットの力を使うってことはあなたのお仲間ってことですよね?」

「光彩の無い瞳で無表情に見つめるのはやめて!怖いから!」

「それで?どうすれば桐乃を護れるんですか?包丁で大丈夫ですか?」

「あ、いや、刺すのはナシの方向で。え~とね、つまりあなたが彼と先にくっ付いちゃえば奴も諦めるしかなくなるってことで」

 

 ……ようするにわたしに犠牲になれと?

 とんだ天使もいたものです。

 しかし気になるのは確かです。

 カズフサというのがどういうものかは分かりませんが、お兄さんはシスコンだし、桐乃もなんだかんだいって怪しいですから。

 なにかきっかけがあれば、本当に兄妹で付き合うなんてことになりかねません。

 

「でも、やっぱり、わたしがお兄さんと付き合うなんて……」

「踏ん切りがつかないようね」

 

  ラブやんさんは、懐から糸を結んだ五円玉を取り出すと、わたしの前で揺らし始めました。

 

「いいこと?あなたと彼は幼なじみよ」

「あの……?」

「いいから。あなた達は親同士の仲が良くて小さな頃からよく一緒に遊んでいた。あなたは彼によくなついて彼もあなたに優しくしてくれた。」

「幼なじみ?」

「苦しいときには守ってくれて、辛いときには助けてくれて、いつも傍にいてくれる素敵な男性。親しみはやがて愛へと変わり、彼もまたあなたを意識し初める」

「わたしと、お兄さんが……」

「勇気を出しての告白。初めてのデート。互いに高まりあう二人の気持ち。そしてついに彼からのプロポーズ……!」

「……ぷろ、ぽおず……」

 

『あやせ、結婚しよう』

『通報しました♪』

 

「……いつもと変わらないような」

「アレ!?じゃ、じゃあ兄妹!あなた達は血のつながらない兄妹ってことで!」

「兄妹?」

「そう!幼い頃から共に育った男女!一つ屋根の下で過ごす近しい異性!」

「わたしと、お兄さんが……」

「いやが上にも高まるリビドー!そして二人はついに……!」

「……おに、いさん……」

 

『あやせ……!おまえが欲しい……!』

『ダ、ダメです……!だって桐乃もあなたのこと……!』

『あやせ!俺はおまえが!実の妹じゃなくて、義理の妹のおまえが……!』

『ああっ、そんな……!』

 

「お兄さんの義妹は、わたし一人で十分です…………!」

「ィよっしゃ――!」

「ラブやんさん!わたし、どうすればいいですか!?」

「ヨォ―し!まずはあなたの特技を教えてもらえるカシラ!?」

「ハイキックです!」

「ならば!そこを徹底して磨くわよ!」

「ハイ!師匠!」

 

 

  そして特訓が始まった!

 その訓練は壮絶を極めた!

 早朝のランニングに始まり、各種筋力トレーニング、その辺の通行人を捕まえての組手に過酷な食事制限!

 ラブやんはよくあやせを支え、あやせもまた愚痴を言うこともなくラブやんに付き従った!

 二人の間には確かな信頼が芽生えていた!

 そして一週間の時が過ぎた!

 

 

「ぐふぅ!」

 

  大きく吹き飛び、ガクリと膝をつくラブやんさん。

「まさかこの短期間でキュピ道奥義『こども煉獄』までモノにするなんて……。どおやらあたいが見込んだ以上の逸材だったみたいね」

 

 ラブやんさんはわたしを見上げて嬉しそうに、そして少しだけ寂しそうに微笑みます。

 わたしはそんなラブやんさんの手を取って目の幅の涙を流しました。

 

「ラブやんさんのおかげです。あなたが居なかった、わたしはきっと……」

「フッ。泣いてる暇はないわよ。さぁ、行きなさい!あなたは、新垣あやせなのだから!」

「はい!ありがとうございます、師匠!」

 

 わたしより、強いやつに、会いに行く!

 

 

 

  いつもの放課後のいつもの帰り道。

 わたしとお兄さんは時々ここで会うことがあります。

 

「お兄さん」

「おお、あやせ。こんなとこで奇ぐ『絶招・こども煉獄!』げフぅ」

「やりました!ラブやんさん、勝ちました!」

 

 喜びにガッツポーズをとりながらラブやんさん(人間バージョン)に報告します。

 

「勝ってどーするんデスカ」

 

 …………。

 倒れたお兄さんを眺めてしばし考えます。

 

「ここからどうすればいいんでしょうか?」

「あたしに聞かれても。……あれ?どこで間違ったんだっけ?」

 

 後頭部をポリポリかいて疑問符を浮かべるラブやんさん。

 

「とりあえず、その辺の路地裏にでも運ばない?その彼。ここじゃ人目につくし。その後はズボン下ろすなり何なりお好きなように」

「そうですね。獣欲ゴーセッ○スとも言いますし」

「エエッ!?ナニそのタフなリアクション!?そして何故そのフレーズを知っている!?」

 

 お兄さんを抱え上げようと脇に手を差し込みます。

 そこで不意に声をかけられました。

 

「……あやせ?何やってんの?」

「き、桐乃!?」

「それ、兄貴だよね?え、そいつ何で伸びてんの?」

 

 ど、どうしましょう?桐乃に見られてしまいました。

 

「あ、あのね、これは違くて」

「……まさかと思ってたけど、ホントだったんだ。あやせが悪魔に取り憑かれてるって」

 

 はい?

 

「あの、桐乃?なにを言って……」

「とぼけないで!無理矢理兄貴の妹になるつもりでしょう!?」

「なっ、何でそれを!?」

「そんなの許さない……!兄貴と添い遂げるのは実の妹であるあたしの役目よ!!」

「桐乃が壊れた!?」

 

 いったいどうしてしまったのでしょうか?いつもの桐乃なら、例え内心がどうあれこんなことを口に出したりはしません。

 と、そこまで考えてある可能性に思い至りました。

 

「桐乃、あなたまさか、カズフサにそそのかされて……!?」

「へぇ……。カズフサのこと知ってるんだ?てことはやっぱラブやんに取り憑かれてるのね」

 

 なんてことでしょう。桐乃は悪魔にたぶらかされて完全に正気を失っています。しかもこの口ぶりだと、ラブやんさんこそが悪魔だと思い込んでいるようです。

 

「目を覚まして桐乃!ラブやんさんは悪魔なんかじゃない!カズフサの方が悪魔なのよ!」

「そんなことない!カズフサはあたしと兄貴のこと応援してくれたもん!」

「だからそれがおかしいでしょう!?兄妹での恋愛を応援とか!」

「おかしくないわよ!愛の天使がそう言ってるんだから!そっちこそ疑問に思わないワケ!?恋人ならともかくワザワザ妹になろうとか!」

「義理の妹なら結婚には何の支障もないじゃない!」

 

 らちが明かず、桐乃としばし睨み合います。

 なぜこんなことになってしまったのでしょうか。わたし達は親友なのに……!

 哀しいことに今の桐乃にわたしの声は届きません。

 ならば、桐乃の目を醒まさせるためには……!

 

「「!」」

 

 わたしがお兄さんの腕を掴むのと同時、桐乃もまた反対側の腕を掴みます。

 

「桐乃……放して……!」

「あやせこそ……放しなさいよ……!」

 

 わたしが選んだのは強行手段。

 お兄さんを味方につければわたしの目的も達せられ、桐乃を開放することができるはず。

 ですが桐乃も同じことを考えたらしく、身動きの取れない状態になってしまいました。

 桐乃はすごい力でお兄さんを引っ張り、わたしもそれに負けないように踏ん張ります。

 こうなったら徹底抗戦です。

 

「妹の座は、わたしのものです……!」

「兄貴の子を産むのはあたしよ……!」

 

 

 

  一人の男を奪い合う二人の少女。

 ラブやんはそれを眺めながらぼんやりと立ちつくしていた。

 ついて行けない。

 それが正直な感想である。

 煽るだけ煽ったはいいものの、テンションについて行けずに置いてきぼりをくらってしまった。

 もっとも、ラブやんにとってはいつものことと言えばいつものことだが。

 

「ラブやん、お疲れ~」

「あ、フサさん、お疲れ」

 

 ラブやんに声をかけてきたのは長身に眼鏡の男だった。

 彼の名は凶獣カズフサこと大森カズフサ32才。

 一見キモいが中身はもっとキモい。

 ロリ・オタ・プーと三拍子揃った、日本には掃いて捨てるほどいるタイプのダメ人間である。

 

「いやマイッタわ。あっちの娘、ターゲットと実の兄妹だっていうから、これはムリかな~って思ったらなんか超乗り気なんだもん。焦ったわ」

「あぁ、うん。そうみたいね」

「オレもさ、『お兄ちゃん』て呼ばれるのに憧れとかあったけどさ、ああいうのリアルで見ちゃうとさすがに引くわ」

「おおぅ、フサさんも実はまともな感性持ってたのね。でもそれ、普段アンタがリアル幼女にハァハァしてるのを見てあたしがいつも思ってることなんだけどその辺はどうなの?」

「んでさ、賭けてた焼き肉屋のビール飲み放題の券なんだけど」

「どしたの?」

「期限昨日で切れてた」

「うっそマジで?」

「ゴメン、ちゃんと確認しとくべきだった」

「あー、まあいいわよ別に。あたしもあの二人が兄妹だって黙ってたワケだし」

「やっぱ分かってて押し付けたのかキサマ」

 

 要するに、この二人はしょーもない賭けのためにキューピットとして勝負していたわけだ。

 あやせ達はたまたま二人に目を付けられて巻き込まれたのである。

 気絶した京介に大岡裁きをかける二人の少女。

 それを遠くに見やり、どちらからともなく口を開く。

 

「……しゃーない、帰るか」

「……そうね」

 

 自分達で始めといて投げっぱなし。

 それもやはり、二人にとってはいつものことだった。

 

 

 

「ちょっとカズフサ!手伝いなさいよ!?」

「ラブやんさん、力を貸してください!」

 

  京介が目を覚ます頃には、二人ともどうにか正気に戻っていたらしいです。



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