機動戦士ガンダムSEED~逆行のキラ~ (試行錯誤)
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プロローグ

 

 銃声が響いた。

 

 胸に衝撃。足から力が抜ける。

 彼は地面に両手をついたところで、自分が撃たれた事を理解した。

 多くの人間に取り囲まれ、責め立てられているその最中の出来事だった。

 恨まれているとは思っていた。いつか報いを受けるだろうとも。しかしこんなにも早く罰が来るとは。

 

「俺の兄を窒息死させてくれた礼だ! 死ね!」

 

 彼の兄を殺していたらしい。

 申し訳ない。

 どこで殺していたのか分からない。何人の命を奪ったのか覚えていない。把握できていない。

 

「テロリストめ!」

 

「国を焼いておいて将軍だと! ふざけるな!」

 

 気付いた時には遅すぎた。

 撃たれた事にではなく、撃たれるに至ってしまった事、そこまで相手を追い詰めていた事に気づかなかった事にだ。

 他人から敵意を向けられて、それが復讐だと分かり。やっと気付いたのだ。

 もう謝る時間もなかったらしい。

 

「人に恐怖を与えるのは楽しいか!?」

 

 さらに銃声、腕に衝撃。足も撃たれたようだ。

 視界も赤く染まった。頭を撃たれたと分かった。

 

 武器を手に怒号を上げる彼ら彼女らを、誰かが制止する声が聞こえるが、その声は遠い。

 止める者より怒る者の数が圧倒的に多かった。

 

 決死の覚悟が感じられる。

 彼らは話し合いの場にて騙し討ちをしかけてきたのだが、そこまでしても自分を討ちたかったのだろうと分かった。

 自分が友を失った時と同じだ。

 怒りが治まらないのだ。

 

(……僕は……)

 

 彼は地面に崩れ落ちたが、それでもまだ足りぬとばかりに暴行を受ける。

 音が遠い。自分の死が近づいているのを感じた。

 

「お前が私の夫を苦しめて殺したのか!」

 

「あの人の仇!」

 

「貴様も息子のように宇宙を漂ってみろ! 何とか言え!」

 

「私の孫は帰ってきていないんだぞ! 今も宇宙を漂っているんだ!」

 

「テロリストめ!」

 

 暴行を受ける彼は、口を開こうとするが呻くだけだった。

 力が抜けていく。

 人々はそもそも彼の謝罪など聞く気は無いのか、罵声、怒号はますます勢いを増しており、暴行も激しくなっていった。

 為されるがままに、血を吐き出した彼に労りの言葉はなく、次から次へと呪詛の言葉が投げ付けられた。

 

(……どうして)

 

 分かっている。

 出来る事をして来たつもりだったが、その大半は人殺しだ。それは、分かっている。言い訳は出来ない、しかし。

 

(でも僕は……)

 

 好きでこうなった訳ではない、そうした訳ではない。

 それだけは分かって欲しかった。

 自分も死にたくなかったのだ。

 最初は巻き込まれただけなのだ。

 友はもちろんの事、周りの誰かを死なせるのも嫌だったし、叶うなら逃げたかった。

 

 しかし方法が見当たらず、かつての友が敵として向かってくる事に混乱し、戦いが嫌だ、争いが嫌だと言いながら、解決策が見出だせないまま事態だけが進んでしまって。

 流されたまま気がつけば渦中にいて。自分の手は血にまみれた事に苦悩して。

 周りの人々を身勝手に傷付けて。

 

 それでも。

 

 いつしか戦いという物、そのものを止めたいと願う様になり、その為に戦う事を考え始めたが。

 気がつけば、己のやった事と言えば、多くの命を奪っただけ。

 死者を少なく出来るように工夫したつもりだったが。

 全力を尽くしたつもりだったが。

 そんな話は目の前の彼らには意味がないのだろう。

 それは分かった。

 

「悪党め!!」

 

「死ね! 死ねええ!」

 

 しかし、結果がこれなのだろうか?

 訪れた国にて、顔も名前も知らない人々に否定される自分。

 この最期が。自分がやってきた事の結果なのだろうか?

 

(……罰が下った?)

 

 ふと気がつく。

 明日を求め戦い、他者の明日を否定した自分に罰が下ったのかと。他者を否定した自分に。

 

 今度は自分が否定される番が来たのかと。

 

 もう自分を取り囲んでいる人々の言葉は聞き取れない、しかし酷く憎まれているのは、はっきりと感じられる。

 憎悪を強く感じる。

 殺意と怒りと悲しみと、消える事のない痛みを。

 心が痛い。

 

(だけど、どうしたら良かったんだろう)

 

 自分はどうすればよかったのか?

 もっと強ければ? もっと賢ければ? もっと視野が広ければ? もっと、もっと?

 

 分からない。どうすればよかったのか。

 どこで何をすれば? 誰と何を話せば?

 分からない。 

 前を向いたつもりだったが、違ったのだろうか?

 自分はここに至っても、何も分かっていないのか?

 

 今にも消えてしまいそうな薄い意識の中、自分の中で何かが弾ける感覚があった。これは戦場で彼をよく助けた感覚だったが、死にかける今は何の意味もない。

 戦うためにしか使っていなかったそれ、だがそれはここで彼に小さな閃きをもたらした。

 幾つもの声が聞こえてきたのだ。

 

 

 中立だと、関係ないと言ってさえいれば、今でもまだ無関係だと言っていられる……まさか本当にそう思っているわけじゃないでしょ?

 

 

 君、コーディネーターだろう?

 

 いずれまた戦闘がはじまったとき、今度は乗らずに、そう言いながら死んでくか?

 

 君にはやれるだけの力があるんだろう? なら、できる事をやれよ。

 

 意味もなく戦いたがる奴なんざそうはいない。戦わなきゃ、守れねえから、戦うんだ。

 

 そういう情けねえことしかできねえのは、俺たちが弱いからだろ?

 

 

 あんた……自分がコーディネーターだからって、本気で戦ってないんでしょう!

 

 何よ! 同情してんの!? あんたが! 私に!

 

 

 俺は、お前が死んだと思ったとき、すごく悲しかった……だから、生きてて、戻ってきてくれて、ホント嬉しいさ!

 

 

 状況も分からぬナチュラルが、こんなものを作るから!

 

 お前も一緒に来い! お前が地球軍にいる理由がどこにある!

 

 何を今更! 討てばいいだろう! お前もそう言ったはずだ! お前も俺を討つと! 言ったはずだ!

 

 俺たちにだって分かってるさ! 戦ってでも守らなきゃいけないものがあることぐらい!

 

 

 君が何を悩むかは分かる。確かに魅力だ、君の力は。軍にはな。

 だが、君がいれば勝てるというものでもない、戦争はな。うぬぼれるな。

 

 その意志があるならだ。意志のないものに、なにもやり抜くことはできんよ!

 

 

 ならどうやって勝ち負けを決める? どこで終りにすればいい? 敵である者を全て滅ぼして……かね?

 

 戦うしかなかろう! 互いに敵である限り、どちらかが滅びるまでな!

 

 

 このまま進めば、世界はやがて、認めぬ者同士が際限なく争うばかりのものとなる。

 そんなもので良いか? 君たちの未来は。

 

 

 それだけの業! 重ねてきたのは誰だ! 君とてその一つだろうが!! 

 

 知らぬさ! 所詮人は、己の知る事しか知らぬ!

 

 これが人の夢! 人の望み! 人の業!

 そして滅ぶ。人は滅ぶべくしてなぁ!

 

 それが運命さ、知りながらも突き進んできた道だろう!

 

 知れば誰もが望むだろう、君のようになりたいと! 君のようでありたいと!

 それが誰に解る? 何が解る?……解らぬさ! 誰にも!

 

 まだ苦しみたいか! いつかは、やがていつかはと……そんな甘い毒に踊らされ、一体、どれほどの時を戦い続けてきた!?

 

 正義と信じ、分からぬと逃げ、知らず、聞かず、その果ての終局だ! もはや止める術などない!

 他者より強く! 他者より先へ! 他者より上へ!

 

 

 ならばお前も、今度こそ消えなくてはならない!

 俺達と一緒に……生まれ変わるこの世界の為に!

 逃れられないもの、それが自分、そして取り戻せないもの、それが過去……!

 だからもう終わらせる、全てを!

 そしてあるべき正しき姿へと戻るんだ、人は……世界は!

 

 

 やめたまえ、やっとここまで来たのだ。

 そんなことをしたら、世界はまた元の混迷の闇へと逆戻りだ。

 

 だが誰も選ばなかったら、人は忘れ、そして繰り返す。もう二度とこんなことはしないと、こんな世界にはしないと、一体誰が言えるんだね。

 

 誰にもいえはしないさ、無論君にも、彼女にも。

 やはり何も分かりはしないのだからな。

 

 傲慢だね。流石は最高のコーディネイター。

 

 だが、君の言う世界と、私の示す世界。皆が望むのはどちらだろうね?

 今、ここで私を討って、再び混迷する世界を、君はどうする?

 

 

 ごまかせないってことかも……。いくら綺麗に花が咲いても、人はまた吹き飛ばす。

 

 

 でも、あなたが優しいのは、あなただからでしょう?

 想いだけでも力だけでも駄目なのです。だから……

 

 必ず私の元に帰ってきてください。

 

 まず決める。そしてやり通す。それが何かを成す時の唯一の方法ですわ。

 

 

 

 ……ずっと謝りたかった。

 

 

 彼が、これまでに出会った人達が通りすぎていった。

 まるですぐそこにいるかのようだった。

 友がいた。敵がいた。

 味方がいた。好きな人がいた。

 嫌いな人がいた。傷つけてしまった人がいた。

 殺してしまった人がいた。

 顔も名前も分からぬまま、命を奪ってしまった人がいた。

 多くの命が彼を悲しく迎え入れた。

 

(……目を背けずにもっと。 きちんと……戦うべきだった? 誰と? 何と? 何処で? ……いつから?)

 

 はっきりとは分からなかった。

 しかし何かが分かった気がした。

 ここで、ようやく。ほんの少しだけ。

 

 自分は何もしなかったのだと。

 自分から動く事を、しなさすぎたのだと。

 

 もし、後少しの時間があれば、彼はその先にもっと何らかの答えを見つけたのかもしれない。

 だが彼はそのまま意識を失い呼吸が止まり、双子の姉に名前を呼ばれる中、心臓の鼓動を停止した。

 色々な事に、未練を残したまま。

 

 彼の名はキラ・ヤマト。

 

 C・E・(コズミック・イラ)という時代の人間。

 

 人型の戦闘兵器であるモビルスーツ。その黎明期にて、最強のパイロットとしての勇名を残した人物。

 同時に、余りにも身勝手かつ酷い行いをした大罪人としての悪名が知れ渡る人物でもあった。

 

 地球と宇宙を舞台にした二つの大戦を生き延びた後、巨大すぎる戦争中の行いに恨みを持たれ、多くの人々に命を奪われて生涯に幕を閉じる。

 

 

 しかし、運命の悪戯か神の奇跡か。不可思議な事が彼の身に起きていた。

 彼が命を終える一瞬、何かが花を開かせて、そして枯れたのだ。

 その花が、彼の命と共に枯れるわずかな間に、一つの種子が産まれた事を知る者は誰もいなかった。

 

 悲しむ人々の意志がSEEDを産み出した事を。

 それが何の因果か、あろう事か刻を超えた事を。

 

 世界を破壊する者達から自由を取り戻せと送り出された事など、誰も知らなかった。

 

 爆炎の中で再びガンダムが立ち上がろうとしている、まさにその場所へ流れた事など。

 

 

 









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その名はガンダム 前編

 

 

「……え……? うわっ!?」

 

 キラ・ヤマトはまったく唐突に意識が覚醒した。

 

 いや、世界が揺れていたから無理矢理に覚醒させられた、というのが正しい。

 いきなりの狭い空間に、身体を突っ張るようにして立っている自分に気付いたのだ。

 振動により頭を天井にぶつける。

 

 痛みによろけて思わず手を置いた先は、誰かの足元だった。

 ここはどこなのか、いったい何が――。

 

「脇にどけてなさい! 早く!」

 

 上から誰かに怒鳴られた。邪魔をしてしまったらしい。

 

 反射的に謝ろうと目線を上げると、相手の顔と共に豊かな胸が目に入った。

 そこにはよく見知った女性、オーブ軍の一等海佐マリュー・ラミアスがいた。

 

 彼女が必死の顔でキラを押し退けながら操縦稈を握っていたのだ。

 キラの目が丸くなる。

 

「な、何が」――起きているのか。

 

「フェイズシフト装甲をっ!」

 

 関係は良好だったはずだが、まるで他人のような雰囲気だ。彼女はキラにまったく配慮してくる気配がない。

 せっぱ詰まっている顔だった。

 しかしキラもパニックだ。

 

(な、何が……何で? ここ……モビルスーツの操縦席? どうして)

 

 キラは混乱しながらも周囲を見回す内に、自分が居るのがどこか見覚えのある機動兵器の中だと感じた。

 妙に覚えがある造りだ。

 何処だったか、これは……。

 

 しかし落ち着く前、思い出す前に震動が激しくなる。

 マリューがコンソールに手を伸ばすのが、揺れとほぼ同時。

 考える暇がない。

 キラはマリューともに酷い揺れに耐える事になった。

 

 激震する空間で、とにかく身体を保持するのがやっと。

 まるで攻撃を受けているかのような強烈さだ。

 

 どうなっているのか?

 

 なぜマリューがいるのか?

 自分は撃たれたのではないのか? 彼女が助け出してくれたのか?

 技術者上がりで艦長職にあるはずのマリューが、なぜ今モビルスーツで? ……作業着姿なのも謎だった。

 

 いや、昔……3年前に。これとよく似た体験をした事がある。

 しかし、だからこそ、尚更混乱していた面がキラにはあった。

 

「マリューさ……」

 

「退いてなさい! 死にたいの!?」

 

 よく見れば、マリューは怪我を負っているようだった。それでも構わず前を向いている。

 それにつられてキラも目線を前に動かした。

 

 モニターを向くとそこにはあり得ない光景があった。

 

 モビルスーツ・ジン。

 

 それがライフルを仕舞い、近接武器の重斬刀を構え、今まさに襲いかかってくるところだった。

 

「なっ……」

 

「くぅっ……!」

 

 驚くキラを無視してマリューは機体の頭部にあるバルカン――イーゲルシュテルンによる迎撃を開始する。

 

 しかし射撃の瞬間、この機体は各部の連動が上手くいってないと思える挙動をした。

 照準とは完全にずれてる位置へ放たれるイーゲルシュテルンの弾道、ジンは何の障害もなくこちらの懐に飛び込んでくる。

 

 それを見てキラは二重の意味で絶句した。

 

 マリューの操縦技能は知っているが、ここまで酷いものではないはずだ。ましてや近接武器の距離で正面から突っ込んでくる相手に射撃を外すなど。

 

 何がどうなっているのか。

 これではまるで出会った頃のようではないか。

 

(なんで……この機体、故障機……!?)

 

「……うぐぅっ!」

 

 マリューの操縦は拙いが、モビルスーツに防御させる事はかろうじて成功したようだ。

 しかし、勢いに負けて機体が後ろに下がりはじめる。

 

 振動がマリューの身体を叩いていた。傷に響くのか、歯を食い縛っている。

 

 キラにはまったく話が見えなかった。

 

 もしこの時点で、ジンの後方から離脱をしていく赤いモビルスーツが見えていれば、少しは事態を把握するきっかけにはなっただろう。

 混乱しながらも、思い至ったはずだった。

 

 だが残念ながらキラには見えなかった。見落としたのだ。

 

 赤いモビルスーツに乗っている人間が、何を感じているのかもこの時点では分からなかった。

 

 だからキラはただ単に、モビルスーツによる攻撃を受けているのだ、と考えるに留まった。

 

 キラを殺害した……いや、しようとした人々は旧式とはいえモビルスーツ・ジンまで用意したらしい。

 街中で無茶苦茶をする、と。

 

 そしてそれをマリューに助け出してもらったのだろう、危ういところで。

 色々な矛盾があるが、キラは無理矢理にそう納得した。

 次いで自分が嫌になる。恨まれすぎだ。

 そしてここは逃げるべきだと。

 

 自分が乗っているのが何かは知らないが、おそらくはオーブ製のモビルスーツで、ならばジンに速さで負ける訳がない。

 飛んで振り切れば終わりだ。

 反撃は考えなかった。

 

 泣きながら襲ってきた彼らを殺す事などできない。したくない。

 戦争は終わったのだ。彼らの親しい人を殺めたのは自分なのだ。

 だからとにかく、この場は逃げようとキラは考えた。周りの者達にも落ち着くように言わなければ、と。

 話し合えばきっと。

 

 「マリューさん、ここは逃げ……え!?」 

 

 キラは負傷しているマリューに変わって操縦しようとしたが、周りに見える風景がおかしい事に気付いて、固まった。

 街中は街中だが違和感がある。

 

 自分が居たのは地球のはずだ。

 双子の姉と一緒に欧州の一国を訪ねていたはずだ。

 

 なぜ、周りがこんなにも被害を受けているのか? あちこちから煙が上がっている。……目標は自分ではないのか。

 

 いや、状況としては不思議ではない。

 襲撃が起きて、その際に周りに被害が及んでしまったのかもしれない。

 だから破壊された軍用車両や、建物の残骸がそこらに見えるのは理解できる。

 立ち塞がったであろう兵士達の亡骸や、巻き込まれた民間人の亡骸があるのも納得がいく。

 

 自分を殺害するために興奮して、見境なしに暴れてしまう者達が出たのかも知れないだろう。

 しかし。

 

 上に、街が見えるのは何故だ? 空。天井に、街があるのは何故か?

 

 なぜ重力が一方向の地球上において、街が逆さまに存在するのか。なぜ天井が。

 それにこの街並み、この光景ではまるで……。

 

 自分の運命が変わるきっかけとなった、あの場所。

 スペースコロニー……ヘリオポリスの中のようではないか。

 

 ここがどこなのか分からず、しかし、似すぎている場所に思い至り、キラは固まった。

 

 彼が静かになった事でマリューは操縦に集中した。

 

 目の前に敵が、ジンがいるのだ。気を抜けばすぐにやられてしまう。

 あれにはコーディネーターが乗っているのだ。

 彼女が属する地球連合軍……ナチュラル達が戦っている、恐るべき相手が。

 

(5機のGの内、4機が奪われてしまった……せめてこの機体だけでも離脱させなければ……!)

 

 苦戦している地球連合軍が、起死回生の為に作り上げた試作モビルスーツ。その最後の1機が今乗っている機体。 X105・ストライクだった。

 

 なんとしても脱出をして、この機体を友軍の元へ。

 

 ストライクを操り後退を続けるマリューは、目の前のジンしか目に入っていなかった。

 操縦技能はできないよりはマシ程度。

 動かすのに必死で周りに目が向かない。

 

 モニターの一つに、街中を必死の表情で逃げる少年少女が映っている事など、気付ける訳もなかった。

 

 モビルスーツのサイズと歩行能力からすれば、まさに足元。彼らはもう数歩で踏み潰される位置にいた。

 瓦礫とモビルスーツに進路を挟まれて、真っ直ぐ走るしかない彼らが。

 

 キラはそれが映るモニターが目に入り仰天した。

 

 サイ・アーガイル、ミリアリア・ハウ、カズイ・バスカーク。そしてトール・ケーニヒ。

 自分の大切な友人達。彼らが映っているのだ。

 

 あり得ない。

 こんなところにいる訳がない。

 彼らはそれぞれ別の道を歩いているはずだ。

 なによりトールは亡くなっている。戦死しているのだ。

 

 キラがそれをはっきり見たのだから。生きている訳がない。

 

「何で皆が……トールまで……!」

 

 夢を見ているのか。

 

 トールが生きているなど、何度願ったか。

 気の良い友人が、実は生きてたんだよと、いつものように自分をからかいにきてくれる事を何度。

 

 現実にはあり得ない風景が目の前にあった。

 だから思った。気付いたのだ。

 これは昔の夢だと。

 

 ここはヘリオポリス。

 自分がまだ学生だった頃の夢だ。

 戦争など他人事のように考えていた頃の、自分の夢だ。

 

 死ぬ前の走馬灯という物だろうとキラは思った。

 

 やはり自分は死んだのだ。

 この夢が終わった時、自分の意識は無に帰るのだろう。

 現実ではない。死の間際に楽しかった頃の夢など、たいした皮肉だ。

 

 戦争など、中立のヘリオポリスには関係がないと笑い合っていた。

 なのにいきなりザフトと連合の戦いが始まって。

 宇宙に存在するコロニーでは有ってはいけない事態……コロニーの崩壊に突き進み。

 逃げ込むシェルターカプセルを探し回って、何も分からないままにモビルスーツ戦に巻き込まれた、あの日の夢なのだ。

 

 いや……夢、なのだろうか?

 夢や幻にしては感触が生々しい。

 コックピットの中の匂いや、マリューという女性の匂い。血の匂い。

 

 何よりここには、嗅ぎ慣れてしまった戦争の匂いがある。

 

 (……そんなまさか)

 

 現実とでも言うのか? そんな事はあり得ない。

 過去に戻るなど。

 

 キラはこのストライクに乗り込んだ日から。

 あの日から重ねてきた罪と、飲み込んできた後悔を思い出す。

 夢だと思いたかった。

 

 しかし現実だ、モビルスーツに乗ったのは紛れのない事実だ。今と同じように。

 そして多くの命を奪った事も。

 

 今からも同じように。……また、やれとでも言うのだろうか。

 

 今さら何をしろと言うのか? 自分の行動に意味はないのだ。

 人を殺してきただけの自分の人生には変わりはないのだ。罪を償おうとして人々から言われた言葉は、否定の言葉だ。

 だから死んだのだ。死んで、ここにいるのだろう。

 

 しかし、だから見ているだけなのか。

 

(……それで)

 

 いいのか? ……よくない。それはよくない。

 いい訳がない。

 

 友達がそこにいるのだ。二度もトールを死なせるつもりはない。むろんサイもミリィもカズィもだ。

 

 死の間際まで人を死なせるなど冗談ではない。何より自分は誓ったはずではないか。

 明日のために戦うと。

 

 夢だろうが現実だろうが関係はない。

 他者を否定した自分には戦う責任があるのだ。

 体が動く限り、戦う責任が。

 

 キラの目から諦めが消え、代わりに意思の光が灯り始めた。

 

 



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その名はガンダム 中編

 

 ザフト製モビルスーツ・ジンを操るミゲル・アイマンは、ストライクの無様な動きを見て口を歪めていた。

 

「生意気なんだよ……! ナチュラルがモビルスーツなど!」

 

 ザフト特殊部隊による、連合の試作モビルスーツ強奪計画。

 目の前で相対する機体……地球連合の人間が動かす白い1機は奪取失敗かと思ったが、どうやらそうでもないらしい。

 射撃は下手くそ、動きはうすのろ。まるで話にならなかった。

 

 所詮はナチュラルだ。

 優れた存在である自分達……遺伝子を操作して生まれたコーディネーター達に、勝てる訳がない。

 

「……真似して作ったモビルスーツ擬きの人形など」

 

 こいつのコックピットを潰して、機体を引きずっていけば任務達成。楽な仕事だ。

 

 今なら、先に離脱させたアスラン達に追いつけるだろう。

 手柄を見せびらかすのも悪くない。

 ミゲルはジンを無造作にストライクへ接近させていく。

 ジンが持つ重斬刀で貫けば、それで終わりだと笑ったのだ。

 

 

「っ!」

 

 マリューは無警戒に飛び込んでくるジンの動きに凍った。

 自分の技量ではしのげない状況を把握してしまったのだ。

 それとは反対にキラは弾かれたように身体を乗り出してコンソールを弄る。

 

「やらせないっ!」

 

 マリューの操縦をキャンセルしてモーションセレクトから強制的にしゃがむ挙動を選択実行。

 ストライクを前傾させつつ、さらに前進する機動へ繋げてそのまま実行させる。

 数十トンの重量を持つモビルスーツによる体当たりだ。

 

 ストライクがジンに激突……空気が震えるほどの轟音とともにジンは弾き返される。

 それはジンの中に納まるミゲルに驚愕の叫びをあげさせた。

 

「うわあっ!」

 

 巨大な質量で叩き返されたジン……パイロットであるミゲルにも当然とばかりに強烈なGがかかる。

 思わず息が詰まった。

 

 何とかジンを操って損傷は避けるが、転倒させてしまった。

 ミゲルの頬が染まる。これでもエースと呼ばれる男だ。

 それが転ばされたのだ。こんな相手に。

 今の行動にプライドを酷く傷つけられ、怒りが湧いていた。

 

 

 怒ったのはマリューも同じだった。

 緊急時だからとコックピットに避難させたが、民間人が勝手に触っていい物ではない。

 ましてや今は戦闘中だ。下手な事をされれば命に関わる。引っ込んでいてもらわねば困るのだ。

 

「君っ!」

 

「ここにはまだ人が居るんです! モビルスーツに乗ってるんだったら、何とかする責任があるでしょう! コロニーの中なんですよ!」

 

 キラは、制そうとしてきたマリューに向かって声をあげつつ、確認のために機体状況を呼び出した。

 

「……っ」

 

 各種異常を示す表示。やはりだ。

 夢か幻か現実か、それでもかつての状況と同じ、エラーばかりの画面。

 

 操縦系統の表示が真っ赤だ。

 スラスターの出力制御から、動作パターンの間接連動プログラムの不具合まで。

 運動時に発生する慣性を計算、制御する式から、火器管制の類まで。

 他にも多岐にわたりエラーの嵐である。

 

 ダメージによる物とは思えない異常だらけだ。むしろ記憶にあるよりも酷いのではないかと思える。

 オペレーションシステムを呼び出してみれば数値がでたらめ。

 一部未設定の部分まであるのだからこれで軍事用なのかと呆れ返る。

 どう見ても前より酷い。

 よくもこれで何とかしようと思ったと、マリューを尊敬できる程だ。

 

「……相変わらず……無茶苦茶だ、こんなOSで動かそうだなんて」

 

「ま、まだ全て終わってないのよ!」

 

 仕方ないでしょう、と反論してくるマリューにキラは、知っていますと、口の中だけで返事をした。

 残念だがマリューに任せていても状況は打開できない。

 自分がジンを止めるしかない。

 

「僕がやります、どいて下さい」

 

 妙に迫力のある視線で、早く。と急かされればマリューは気圧され、席を譲ってしまった。

 

 キラは席を変わるや否や、メンテナンス用のキーボードを引っ張り出し猛然と叩き出した。更には同時に通信まで弄り始める。

 

 何をする気かと怒鳴ろうとしたマリューだが、声は出なかった。

 目の前の少年の動きがそれをさせなかったのだ。

 知っている、等と言うレベルの手際ではない。慣れが感じられる程の手際の良さ。

 

(……この子……)

 

 キラはモニターに映っている友人達の姿と、正面で間合いを測っているジンの距離を見て、こんなに近かったかと苛立った。

 通信機のマイクをアナウンスモードに切り替える。

 ジンに呼びかけるつもりだった。

 

《ザフトのモビルスーツ! 止まってください、ここはコロニーの中です。多くの民間人が居ます。避難が終わってない方もいるんです。

 聞こえるはずです、止まってください。ここは中立のヘリオポリスですよ!》

 

 ジンを操るミゲルは、聞こえてきたその声に怒りを覚えた。

 なんだこいつは? 止まれ、だと?

 目の前のモビルスーツはどうやら自分に命令をするつもりらしい。

 ふざけた話だ。

 

「民間人だと? ……盾にして逃げようってのか。

 ふざけるなよ! その中立のコロニーで造っていたんだろうが! モビルスーツをよ!」

 

 ミゲルは怒りとともにスラスターを吹かして急速接近をかける。

 さっきのは偶然だ。もう油断はしない。

 

「だったら敵だろうが!」 

 

 自分の動きにナチュラルがついてこれる訳がないのだ。

 

 

 

「……止まれって言ってるだろう! ここは!」

 

「あ、貴方ね! 相手は」

 

 ザフトがそんなもので止まる訳がない、そう言いかけたマリューをキラは「コロニーの中なんですよ!」と黙らせる。

 マリューだってそれは分かっている、しかしジンの動きに躊躇がないのは明白だ。

 

 キラが歯噛みする間にもジンは近づいてくる。

 

 ここで制圧するしかないのか?

 しなければならない。キラは迷いながらも引き金に指をかけた。

 

 

 ストライクは接近してくるジンにイーゲルシュテルンで牽制射撃を開始。頭部、胸部への攻撃が全弾命中する。

 修正された火器管制による射撃はジンのセンサー部分に障害を、コックピットを叩く金属音はミゲルに驚愕をもたらした。

 

「何ぃ……っ!?」

 

 射撃精度が上がっている。ミゲルの戸惑いからジンの速度が鈍った。

 それに対してストライクは完璧なタイミングでカウンターパンチを叩き込む。動きは鋭い。

 

「うぉああっっ!?」

 

 殴り飛ばされたジンは、今度は体勢を立て直す間もなくビルに激突する、ミゲルの叫びとともに半ばまでめり込んでしまった。

 

 最も驚愕しているのはストライクに同乗しているマリューだ。目の前の少年が、見事な操作を見せてジンを押し返したのだ。

 あげくの果てにその少年は何をやっているのかと思えば、なんとOSを書き換えている。

 

(何者なの……?)

 

 恐ろしいスピードで修正されていくそれは、でたらめな物ではなく、技術士官であるマリューから見て極めて適切と思える物だった。

 

 OSを弄りながらも、キラは妙に手間取ると思っていた。

 使い慣れていた機体のはずなのに……そう考えたところで、このストライクには蓄積されたデータがないのに気付く。

 戦闘データがない一番始めの状態なのだ。

 

 熟成された機体での設定と、ほぼ真っ白な機体での差違がキラを手間取らせていた。

 結局面倒な確認と手順を一つ一つたどらねばならなかったのだ。

 

 キラからすれば遅く、マリューからすれば異次元の速さに思えたそれもあと少しで終わる……という時にストライクに衝撃がきた。

 ジンのライフルによる攻撃。

 遠慮なく撃ち込まれるそれにストライクが大きく揺れた。マリューの苦鳴が漏れる。

 

 ストライクに備わるフェイズシフト装甲は、ビーム以外の攻撃によるダメージを低減する装備だ。

 だが決して皆無にする物ではない。

 受けるダメージを減らせても、衝撃まで減らせる物ではないのだ。

 装甲で弾かれた弾丸が、建物に飛び込んで破壊を撒き散らしていく。

 

「サイ達が足元に……!」

 

 撃たせ続ける訳にはいかない。

 キラはスラスターを吹かしてストライクを空中へ飛ばした。地上で撃たれていては、いつ流れ弾がサイ達に当たるか分からないのだ。

 

 場所を移すためのジャンプにジンも即座に追撃してくる。腕の良いパイロットだった。

 ストライクを細かく動かしているのに弾を当ててくる。

 

 周りへの被害を抑えるためには、とにかく止めるしかない。そして……できれば殺したくない。

 コロニーへのダメージを考えると、自爆もさせたくないのだが。

 となれば制圧するしかない。

 しかし。どうやって。

 

 キラの記憶にあるのは、ジンを行動不能に追い込まれて、機体を自爆させたパイロットの動き。

 今から考えれば自分のやり方は徹底さを欠いていた。

 ならば同じ失敗はできない。

 

 やるのならば、機体を停止させた上で相手に降伏勧告、即刻ジンから離れさせる必要がある。

 

(……もしかすると引きずり出さなきゃならないのか!?)

 

 殺さない。死なせない。

 止めるのは機体のみ。自爆もさせない。

 できるだろうか?

 

 キラは開けた場所に目星をつけ、そこへ着地する前に武装を確認する。

 ストライクに搭載されているのは頭部バルカンのイーゲルシュテルン、腰に収納されている2本の対装甲コンバットナイフ・アーマーシュナイダー。

 この二つのみだった。

 記憶通りだ。

 オプションパックがないストライクには、この程度の武装しか内蔵されていない。

 

 記憶と違うのはストライクのバッテリー残量だ。

 記憶にあるよりも少なく、つまり稼働時間はそんなにない。

 

「……これだけかっ!」

 

 殺さずに止めるには不安が残る。

 それがキラにかつての自分と同じ言葉を放たせた。

 

 ストライクとジンがほぼ同時に着地する。

 ライフルを構えるジンにキラは突っ込む決意をした。

 

「……貴方はっ! 場所が分かっているのか!」

 

 ストライクはスラスターと機体制御の併用でジンの射撃をかわしながら、あっという間にアーマーシュナイダーの間合いに入っていった。

 ジンが後退を選ぶ間はない。すでに必殺の位置。

 

 キラと同じ視点でそれを見せられたマリューが、痛みを忘れて絶句する速業だった。

 

 仰天したのはミゲル・アイマンも同じ。

 滑らかかつ鋭すぎるストライクの動きを見て、一瞬で敗北するイメージが湧いたのだ。

 

「っこの!」

 

 トリガーを引きつつも、背筋が凍っている。

 半ば無意識のうちに自爆シーケンスを作動させて、脱出行動に入っていた。

 

 アーマーシュナイダーがジンの頭を貫くのと、ミゲルがジンから離れ始めるのは、ほぼ同時だった。

 

「……くそっ!」

 

 機体を捨ててしまった。しかも、恐怖に駆られて。

 二本目のナイフをジンに突き刺す直前で止まり、こちらを見ているモビルスーツをミゲルは苦々しく見て、離脱していった。

 

 

「……なんで……」

 

 キラはジンを止めてから降伏勧告するつもりだった。

 コックピットをこじ開ける用意もしていたのだ。だったのだが、ザフトのパイロットはなぜか近づいた所で脱出してしまっていた。

 アーマーシュナイダーを叩き込む前に、離脱を始めていたようなタイミングだ。

 

 記憶と違う展開に面食らってしまう。

 

 立ち直ったのはマリューが先だった。

 

「……いけないっ! ジンから離れて!」

 

 キラはマリューの警告に反応して全力でストライクを後退させる。その2秒後にジンが自爆。辺りを吹き飛ばした。

 爆圧がストライクを激震させる中、マリューが意識を失うのを見てキラは確信していた。

 

 自分は過去に戻ってきてしまったのだと。

 



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その名はガンダム 後編

長くなってしまった……。



 

 現在、人類には二つの大別がなされている。

 地球に住む者達と宇宙に住む者達の二つだ。

 

 少し前までの平時においては、どちらに住むとしても所属をそれほど問われる事はなかった。

 差別は少なく無いものの、苛烈と思えるものは極一部。 居場所は住所であり所属とは見なされなかった。

 

 戦争状態にある今はどちらで生活を営んでいるのか……それは所属を、ナチュラルの地球連合派か、コーディネーターのプラント派か。そう判じられるに足る根拠のひとつになっていた。

 

《遺伝子を操作した人類ではない生物》というコーディネーターに対する差別から始まった、プラントの独立戦争。

 それが今、世界で起きている戦争だった。

 

 

 コーディネーター達の作った自警団が発祥であり、プラントの軍組織にあたるのがザフト、という組織だ。

 そのザフトが運用する艦にナスカ級と呼ばれる高速艦がある。

 それが1隻、ヘリオポリスの外にいた。

 

 このナスカ級に付けられた名前はヴェサリウス。

 試作モビルスーツ奪取作戦を指揮する、ラウ・ル・クルーゼが乗る艦だ。

 白い指揮官服を着こなし、指揮官としてもパイロットとしても一流の腕を持つ男。

 ゴーグルのようなマスクで目元を隠すという特徴もあって、敵味方に名の通った指揮官だった。

 

 クルーゼはブリッジクルーとともに良い報告と悪い報告を聞いて、わずかに笑みを浮かべていた。

 確認した5機のモビルスーツの内、4機の奪取に成功した……その少し後に、オペレーターから面倒な報告を受けたのだ。

 

「オロール機大破、緊急帰投します。消火班はBデッキへ」

 

「オロールが大破だと? こんな戦闘で!」

 

 艦長のアデスが顔をしかめる。

 楽な任務のはずが搭載モビルスーツの1機が大破。思わずコストを計算してしまう。

 潜入部隊の陽動で、守備隊を適当に撹乱してこいと送り出したのだが……それほどヘリオポリスの守備隊は強力だったか?

 アデスの疑問に答えるのはクルーゼだ。

 

「どうやら、いささか五月蠅い蠅が一匹飛んでいるようだぞ」

 

「はっ? ……左様ですか」

 

 そりゃ敵だろう、同士討ちをやらかす奴はこの部隊にはいない。なら敵しかいない。

 

 問題は、敵の数が多かったのか、腕の良い相手がいたかのどちらかだが。

 クルーゼ隊長はなぜ、相手が1機と判断できるのだろうか?

 そこまで考えるとアデスは思い付いた、隊長のいつもの勘かと。

 

 この指揮官様は今のように、よく勘で物を言うのだが不思議とこれが当たるのだ。

 最初は戸惑ったが、慣れてしまえば頼りになるのは違いなかった。

 アデスは頭を切り替える。

 隊長が言うのだ、自分は従うのみである。

 

 では、その相手に対して戦力を振り分けますか? と、進言しかけたアデスを追加の報告が遮った。

 

「ミゲル・アイマンよりレーザービーコンを受信。エマージェンシーです!」

 

 ブリッジに少なくない衝撃が走った。

 モビルスーツパイロットからのエマージェンシー。それは機体のロストと、脱出を意味した。

《魔弾》の異名を持つミゲルが撃破されたという意味である。

 モビルスーツ奪取部隊の援護に向かわせたミゲルがだ。

 

 アデスはふと考えてしまう。

 まさか連合のモビルスーツか?

 奪取してきた機体の搭乗者からは、性能はともかく、現状で使い物になるレベルではないと聞いているが……。

 

 数秒の間だけ考え込むアデスに、後ろから声がかけられた。

 クルーゼがブリッジを出ていく姿が見える。

 

「ミゲルが機体を失うほどに動いているとなれば……そのままにはしておけん。私が出よう」

 

 

 

 キラは友人達と再会して無事を確かめ会うと、思わず涙ぐんでしまっていた。キラにとってトールは、生き生きとしすぎていたからだ。

 涙を見せたキラを友人達は心配半分と驚き半分で迎えた、彼らはそれを怖かったのだろうと納得した。

 

 話していてもキラを除く学生達はまだ混乱していたようだったが、工業カレッジの学生らしく機械への興味から落ち着きを取り戻しつつあった。

 

 

「なあキラ~っ、ハッチ開けてくれよ。見るだけだからさあ」

 

「ちょっと覗くくらいなら良いんじゃないの? なんでダメなの?」

 

 トールとカズイはストライクに興味津々で、あちこち眺めたり触ってみたりしている。

 

「だめだってばトール、カズイも。マリューさん……あの女の人が起きたら怒られるよ」

 

「だってどうせ動かしちゃったんだろ? 壊そうってんじゃないんだから大丈夫だよ」

 

 キラは、二人がコックピットに入れないようハッチをロックしていたが、触るくらいは好きにさせていた。

 過去に戻ってしまったという状況に、まだ混乱していた事もあったし、トールとまた生きて会えた事に、胸が一杯だった影響もあった。

 

 あまり変わった行動をして、変な目で見られるかもと、警戒したのもある。

 どちらにせよ、サイは止めに入ってくれている。そう困った事は起きないだろうと考えていた。

 

 それよりもこれからの事を考えねばならなかった。

 

 まず、サイ達の事だ。

 次にマリューの事、アークエンジェルの事。

 そして、戦争の事……フレイ・アルスターの事が頭をよぎったが、今は努めて無視する。感情を押さえ付ける。

 

 サイ達を避難させなくてはならない。だが、よく考えてみると選択肢があまりない。

 逃げる場所がなかったから、ここに居るのである。

 時間がないから、これから姿を現す軍艦、アークエンジェルに乗ることになったのだ。

 そして戦争の当事者になる。

 

 キラは追い詰められて不安定になり、周りを傷つけ、トールはそんなキラを守って命を落とした。二度とあんな思いはしたくない。

 その為には、最初から巻き込まないのが最も安全なのだが。

 

 キラは彼らをアークエンジェルに乗せるべきではないと考える。

 しかし逃げ込むシェルターがないのではどうするか……。

 

 記憶ではヘリオポリスは崩壊するのだ。

 周辺のシェルターの空きは残っていないかもしれないのに、このままここに置いていく事などできない。

 

 それに、この時点でのヘリオポリスの損傷も記憶より進んでいる感じがした。

 風が出てきている……空気の流出も始まっているようだった。

 トールやカズイは気づいているのかいないのか、まだストライクにくっついていた。サイが注意している。

 

「なあキラ~っ! ハッチ開けてくれよ~っ!」

 

「止めろって……! それ軍のもんだろ? 触らない方がいいって!」

 

 友人達の呑気さに少し戸惑う。彼らはこんなに幼かっただろうか?

 これから何が起きるかを知らないのだから当然とも言えるが、なにか自分だけ年を取ってしまった気がする。

 キラは頭を振った。そんな事よりも、だ。

 

「……やっぱり、アークエンジェルしか逃げる場所がない……」

 

 しかしそれでは、友人達を巻き込む事がほとんど確定してしまう。せっかく過去に戻れたと言うのに。

 キラが悩んでいるとミリアリアから声がかかった。気を失ったままのマリューの顔色が悪いらしい。

 

「よく分かんないけど……早く手当てしてあげないと、ここじゃ応急手当てぐらいしか出来ないし……」

 

 ミリアリアは不安そうだった。

 確かにマリューの顔色が悪い。腕だけではなく、あちこちに出血が見られる。それもキラを悩ませる原因だった。

 アークエンジェルまで運ぶか、呼んでくるか。

 ストライクで運んでしまえば速いが、マリューの体には負担だろう。

 

 地面が軽く振動した。

 かなり遠いが、爆発による振動だと直感する。やはり記憶より損傷は進んでいるようだった。

 それにもうすぐ新手と、頼れる兄貴分が来るはずだ。

 時間に余裕がない。

 

 ストライクのオプションパックを取りに行っておいた方がいい……キラはそう判断した。

 

 待つよりは、動くべきだろう。

 キラは友人達とアークエンジェルに向かう決心をした。 ストライクのバッテリーと武装オプションを確保してから、合流するつもりだった。

 

 

 地球連合軍の士官、マリュー・ラミアス大尉は体を揺すられる振動でうっすらと意識を取り戻した。

 背中が痛い。自分は金属の上に横になっているのか。

 横から少女の声が聞こえた。

 

「……気がつきました? キラー! この人目を覚ましたわよ!」

 

 マリューが体をおこしてみると、そこは空だった。地表ではない。

 景色がゆっくり流れていく。周りに少年少女がいてマリューをほっとした顔で見ていた。

 

「まだ寝てた方がいいですよ、怪我ひどいですから」

 

 眼鏡をかけた少年、サイにそう言われてマリューは戸惑いながら辺りを見回した。

 モビルスーツの手……どうやらストライクの手のひらの上らしいと見てとれる。移動中のようだ。

 サイとミリアリア、マリューが落ちたりしないように、ストライクのもう片方の手で囲いができている。

 

 ずいぶんと器用な真似だ。

 マリューが今まで寝ていられた程度には振動も穏やかだ。

 

……器用どころか、人を手に乗せて歩行しつつ振動をこの程度に抑えているのは、むしろ驚異的な機体制御技術だった。

 機体の腕や手首を細かく上下させて振動自体を和らげているらしい。

 マリューが今まで寝ていられた程度には。

 オート制御にそのレベルの式はまだ用意できていないはずだ。

 

 それに気付いてマリューは、誰が操っているのかとコックピットに目を向ける。

 居たのは先程の少年だった。

 キラがいて、マリューを見ていた。その周りにトール、カズイがくっついてはしゃいでいる。

 

「まだ動かない方がいいですよ……振り回して、すみませんでした。

 今はモルゲンレーテの方に向かってます。他に誰か居るかも知れないし……」

 

「貴方……さっきの……あっ!? そ、その機体から離れなさい!」

 

 マリューはキラと言葉を交わすと弾かれたように銃を抜き放った。操縦席に座るキラに向けて構える。

 

「えっ!?」

 

「ち、ちょっと!」

 

 サイとミリアリアがあわてて間に入ろうとするが、銃口を向けられておとなしくなる。

 キラは素直にトール、カズイと一緒にコックピットから出た。

 

「……勝手に動かしたのはすみませんでした。けど、安全な場所を探そうと思って。

 モルゲンレーテなら緊急用のノーマルスーツとか……モビルスーツなら目立つので誰かに見つけてさもらえるかと」

 

 害意はない。

 だから銃を向けるのを止めて欲しいというキラの説明は、マリューに遮られる。

 

「助けてもらったことは感謝します。でもこれは軍の重要機密よ、民間人が無闇に触れていい物ではないわ」

 

 その堅苦しい物言いにトールが不満を漏らすが無視された。

 マリューは全員に名前と職業を名乗らせると、これからの対応を説明し始めた。

 

「私はマリュー・ラミアス。地球連合軍の将校です。

 申し訳ないけど、あなた達をこのまま解散させるわけにはいかなくなりました」

 

 キラを除いた少年達は目が点になる。

 

「事情はどうあれ軍の重要機密を見てしまったあなた方は、然るべき所と連絡が取れ、処置が決定するまで、私と行動を共にしていただかざるを得ません」

 

 軍人の強権を発動させたそんな物言いに「分かりました、お願いします」と即答するのはキラだ。

 聞いていた少年達も、言ったマリューもキラの返事に驚いた。

 

「そんな! 何言ってんだよキラ!」

 

「冗談じゃねぇよ! なんだよそりゃ!」

 

「みんな落ち着いて。このままじゃ逃げる場所がないでしょ? 今は警戒レベル8だよ。本当に危ないんだ。

 マリ……この人と一緒なら、まだどこかあるんじゃないかな」

 

「いや、そうかも知れないけどよ!」「だからってそんな」

 

 キラは困った。

 サイ達が話を聞いてくれない。いろいろ混乱するのは分かるが、とにかく今はマリューと一緒に行くしか手がないのだ。

 運良く残っているシェルターに逃げ込めたとしても、それが無事に脱出して、空気が尽きる前に救助してもらえるかは分からない。

《戦後》に聞いてショックを受ける話だが、ヘリオポリスの住人は、全員は助からなかったのだ。

 

 ヘリオポリスを破壊しない為に全力を尽くすつもりだが、保証はない。

 

 さらに説得しようとすると発砲音が響いた。

 マリューが上空に向けて威嚇射撃を行ったのだ。いきなりの銃声に少年達は黙った。

 

「従ってもらいます!」

 

 今度はキラが返事をする前に、サイ達が答える。

 

「待って下さい! 僕たちはヘリオポリスの民間人ですよ、中立です! 軍とかなんとか、そんなの何の関係もないんです!」

 

「そうだよ! 大体なんで地球軍がヘリオポリスに居る訳さ! そっからしておかしいじゃねぇかよ!」

 

「そうだよ! だからこんなことになったんだろ!?」

 

 その通りだとキラは思った。今の彼らにとってはそれが現実だからだ。

 ただ、残念ながらキラは学んでしまっている。逃げた先で争いの方から寄ってくる事もあるのだと。

 自分が知らない内に、自分のせいで誰かが死んでいる事もあるのだと。

 

 たくさんの恨みがこもった視線を思い出す。

 時間としては未来だが、体感としてはついさっきの出来事だ。

 恨みで殺されて、後悔とともに目を覚ましたら、また戦争になっている。

 人生を奪ってしまった少年を思い出す。家族の敵と言われて恨みをぶつけられた事を思い出した。

 

 もう一度銃声が響いた。

 

「黙りなさい……! 何も知らない子供が!

 中立だと、関係ないと言ってさえいれば、今でもまだ無関係でいられる。まさか本当にそう思っている訳じゃないでしょう?

 ここに地球軍の重要機密があり、あなた達はそれを見た。それが今のあなた達の現実です」

 

「……そんな乱暴な」とはサイだ。

 彼はマリューが本気だと分かった。

 それでも反論したのは、良くも悪くも彼の善良さからだった。

 

「乱暴でもなんでも、戦争をしているんです!

 プラントと地球、コーディネーターとナチュラル。あなた方の外の世界はね」

 

 一度聞いてよく分かっているはずのその台詞は、キラの心をえぐった。

 

 

 

 地球連合軍大尉ムウ・ラ・フラガはモビルアーマー乗りのエースだった。

 

 アーマーとは、誤解を恐れずに言えば、大気圏及び宇宙空間に置ける、非人型の連合製機動兵器だ。

 自由度では人型のモビルスーツにまず劣る。さらに言えば装備する武装でも劣っていた。

 国力がはるかに勝る連合がザフトに苦戦しているのは、ナチュラルとコーディネーターの能力差と、モビルアーマーとモビルスーツの性能差からだった。

 

 ただ、そんな中でもやはり優れた者はいる。

 連合で数少ない、モビルスーツにチームで勝利する者達。それより更に数が少ない、個人でモビルスーツに勝利する猛者。

 フラガはその数少ない、個人でモビルスーツと戦えるエースだった。

 

 フラガが操るメビウス・ゼロはヘリオポリスの外壁付近で移動中だった。

 このヘリオポリスにある試作モビルスーツと、そのパイロットの護衛が彼の任務だった。

 任務は失敗だった。

 

 奇襲に対応をし、何とかジンを撃退はしたが、自分以外はやられてしまっていた。

 内部の方も、モビルスーツを奪われ苦戦中との情報があったきりだ。

 電波撹乱があって、その後がまったく不明。

 せめて援護に行かなければ、そう判断していた。

 

 その彼の持つ勘、フラガ自身でもよく分からない……第六感……とでも言うべき何かが、強敵が接近してきた事を教えていた。

 ザフトの指揮官用モビルスーツ・シグーが接近してきた。

 直感で乗っている相手を理解する。

 

「ラウ・ル・クルーゼかっ!」

 

 手強い、嫌な相手だった。

 

 フラガはメビウス・ゼロを振り回す。

 特殊武装のガンバレルを活用して攪乱戦を仕掛けるが、五分とは言い難い。

 高速戦闘の末に、メビウス・ゼロは被弾してしまう。

 掠めていくぐらいのごく軽い軽傷、しかし態勢を崩すには十分だった。

 追撃をかわす為に全力回避。しかしシグーはその隙にヘリオポリス内部へ移動していく。

 

「やばいっ! ヘリオポリスの中にっ!」

 

 フラガはシグーの後を追う。狙いを悟った。

 モビルスーツを叩く気だ。

 内部の状況が分からないからこそ、せめてクルーゼを押さえておかねばならなかった。

 

 

 

 マリューは、敵がとりあえずいない事と、モルゲンレーテが近くにあったために落ち着きを取り戻していた。

 

 発砲までしておいて情けない話ではあるが、学生達に協力をしてもらっている。

 キラにはストライクで友軍との連絡を試みてもらい、サイ達にはストライクのオプションパックを載せてあるトレーラーを取りに行ってもらっていた。

 

 その際にキラは、モルゲンレーテのシェルター区画へ友人達を送れないか? 安全な避難場所や通信設備は? と聞いてきたが、マリューは否定した。

 

 内部は襲撃により破壊されていて爆発、火災の危険がある。隔壁の解除も簡単にはされない。

 だから外側にある搬入区画に立ち入るのが精一杯だと。

 

 そう言われるとキラは肩を落として引き下がった。

 ただ、すぐに通信を試み始めるその姿に、妙に冷静な子だとマリューは違和感を感じた。

 

 ストライクのオプションパックは既に艦艇へ登載した分と、整備品としての予備がある。

 マリューは安堵した、近くで幸いだった。

 三種類あるパックの内、一つでもストライクに装備できれば武装とエネルギーはとりあえず確保できる。

 

 後は通信を確保してから、友軍が来るまで近くの無事な建物にでも隠れているつもりだった。

 少しして、サイとミリアリアが乗って来たのはナンバー5と書かれたコンテナトレーラーだった。

 

 サイは不機嫌そうだった。銃を向けられて指示されるというのは好む人間の方が少ない。

 キラが彼らを取りなしたから、マリューに手を貸しているのだ。

 

「ナンバー5のトレーラー……あれでいいんですよね?」

 

「ええそう……ありがとう。一応聞きたいんだけど、他のナンバーは無かったかしら?」

 

「ありましたよ。でも瓦礫に埋まってたりで、動かせそうにありませんでした。

 ていうか、ナンバー5の書かれたコンテナが二つありましたから、どっちか迷いましたよ。両方持ってくる事にしましたけど」

 

「……二つ? ナンバー5のコンテナが? 搬入区画に?」

 

「ええ、ついでに4のコンテナトレーラーもありましたから、使えるかと思って持ってくる事にしました。良かったですか?」

 

 マリューは首を傾げた。

 オプションパックはそれぞれ二つのはずだ。艦艇搭載分と予備分。もう一つは聞いていない。

 ここにあるのは三種類の予備分、一つずつのはずだが。

 

「それは確かにストライクの? ……あ、いえ、なんでもないわ、忘れてちょうだい」

 

 サイ達に詳しく型式番号を尋ねても分かる訳がない。

 マリューは取り敢えずコンテナを今運んでくるのかを聞いた。まだ、姿が見えないのだ。

 

「ええ。今トールとカズイで乗ってきます。ちょっと大きいんでゆっくり来るそうです。……ホンとに運転許可と通行許可は出してくれるんですよね?

 後で訴えられるとか冗談じゃないんですけど」

 

「緊急時ですから、私が許可をします。

 貴方達は協力してくれたという形でね……それに聞かれるまでは、黙っていれば誰も分からないでしょう。……二つ、ねぇ」

 

 よく分からないが、サイ達はコンテナの番号を何かと見間違えたのだろう。判断がつかないから両方と、ついでに似た番号の物も持ってくると。

 結構な話だ、手元にある方が良い。どれかはストライクの装備なのだから。

 

 そう納得したマリューは、ごくろうさま、とサイとミリアリアを労った。

 

 ナンバー5のコンテナは、ランチャーパックと呼ばれるオプションだ。

 対艦戦闘に使うような射撃兵装で構成されるオプションで、コロニー内で使うのは避けたい代物だった。

 できれば他の装備が欲しい所だ。

 トールとカズイを待ってみたいところだが、贅沢は言っていられない。

 時間がないのだ。

 とにかくストライクのバッテリーだけでも、回復させておかなければならない。

 

「それで、この後は僕たちはどうすればいいんです?」

 

「もちろん保護します。

 安全なところへ行ってからの話だけれど、ご家族にはなるべく早く連絡をつけれるようにするわ。申し訳ないけれど、今は我慢してもらうしかないの」

 

 サイとミリアリアはため息をついた。さっさと家に帰りたいのだ。

 

 マリューはそれを横目にキラに声をかける。パックの装備と通信の継続だ。

 ただ、キラはストライクを操りながらも、ランチャーパックに難色を示した。

 

「これ……他にありませんか? こんな大きい武器。危ないですよね?」

 

 キラはメイン武器の大砲《アグニ》を見て複雑そうな顔をする。無理もないとマリューは思った。

 320mm超高インパルス砲《アグニ》……これは火力支援型の武装で、戦艦を貫ける威力の重火器だ。

 宇宙に住む人間が、コロニー内で手にするのに躊躇いを覚えるのに、十分すぎる見た目だろう。

 

 撃ったら大惨事だ。

 マリューは、撃たせるつもりはないから安心してほしいとキラをなだめる。

 

「別に撃つ必要はないわ。でもこのオプションパックを付けてもらわないと、身動きが取れないの。急いで」

 

 別装備は今のところ確保できていない、と言われると、キラは怒ったような怯えているかのような表情をして、しかし無言で装備の装着を始めた。

 

 マリューは本当に不思議だと思った。

 このキラという少年の協力的な態度が腑に落ちない。

 どこか、マリューを信頼してくれているのが分かるのだ。

 非協力的なら分かるが、協力的だというのには戸惑いを覚えてしまう。

 今だって嫌がりはしたが、手は止めていない。むしろ仕事が早かった。

 

 最初は緊急時だから軍人に頼りを覚えているのかと思ったら、そうでもないようだ……理由が分からない。

 無論、敵対的なよりはずっと有り難いが。

 

 それに彼の能力も疑問だった。

 未完成だったストライクをあっという間に調整し、動けるようにしたあの知識、対応力。

 ジンを圧倒してみせる操縦技能。

 

 薄々と浮かんでくる可能性を考える。

 

(……この子、もしかして)

 

 考え始めたマリューに声がかかった。

 

「マリューさん! 装備しますよ? 離れてください! 良いですね?」

 

「あ、え、ええ! やってちょうだい!

 武器とバッテリーパックは一体になっているから! このまま装備して!」

 

 そう言えば換装の手順を……と思う間もなかった。

 テストパイロットによる試験稼働中は、あれほどもたついていた換装があっさりと終了する。

 見事な物だった。

 

 次の瞬間。

 内壁の一部が爆発して振動が伝わってきたかと思えば、黒煙の中からモビルスーツが現れた。

 

 ラウ・ル・クルーゼのシグーが、壁を破壊して飛び出してきたのだった。

 後ろから追撃してきていたメビウス・ゼロの射撃、それを回避しながら、シグーはストライクをあっさり見つける。

 

 仮面の男の目が細まった。

 

「あれか……今の内に沈んでもらう」

 

 クルーゼは鼻で笑うと強烈な勢いで接近をかけた。

 命令は全機の奪取だが、強敵なら加減などできない。必要とあらば落とすのみだ。

 

 

 ムウ・ラ・フラガは焦った。

 何故なら黒煙から飛び出した彼の目に入って来たのは、コロニー内部で地上に突っ込んでいくシグーと、その先にいる白いモビルスーツのストライク。

 そして出遅れたと分かる自分、という状況だったからだ。

 

「最後の一機か! くっそぉ!」

 

 奪われずに残っていたのだろうが、クルーゼに見つかってしまった。

 何とか逃がさないと……そう思うフラガだが半ば諦めが襲ってくる。

 彼が護衛していたモビルスーツのテストパイロット達は、言わばひよっこだった。

 それでも専属のパイロットなのだが、その彼らの操縦により動く連合製のモビルスーツは、悲しくなるくらい拙い動きしかできないのを思い知っていた。

 

 絶望的な思いでスロットルを押し込む、体当たりしてでもシグーを止める気だった。

 

 

 サイ達が、モビルスーツが接近してくる光景に悲鳴をあげた。

 

「また来たあ!」

 

「うわぁぁ!?」

 

 悲鳴をあげたいのはマリューも一緒だった。こんなに早く次の敵が来るとは。

 しかも今度はジンではない。ジンを強化発展させた機体、指揮官用のシグーだ。危険な相手だった。

 

 性能はともかく、パイロット勝負では話にならないと思ったのだ。

 

 シグーは突撃機銃をストライクに向かって撃ち込んできた。

 

「逃げなさい君たち! 物陰に隠れて! キラ君! 逃げるのよ! 聞こえている!?」

 

 キラは友人達の悲鳴やマリューの無茶な叫びも、半分は聞こえていなかった。

 ショックを受けていた。

 

 ここでシグーが来るのは覚悟していた。記憶通りだ。

 だからランチャーパックが嫌だったのだ。

 アグニを撃って、ヘリオポリスに穴を開けてしまった記憶があるから。

 せめて、絶対にアグニは使わずに対処しようと思っていたのだ。

 

 ショックを受けたのは、やはり敵が来た事……にではない。

 

 記憶通りに姿を現したシグーを、正確にはその動きを見て絶句した。

 見覚えのある動きだった。

 正面にいながらにして照準を外してくる変幻自在の動き、鋭く繊細なスラスターの使い方。そして大胆な接近のかけ方。

 これは……。

 

「あの、動き……! まさか……!?」

 

 記憶がフラッシュバックする。

 あの男だったのか? ここでシグーに乗っていたのは?

 いや、確信した。

 あいつだ。あの男だ。

 

 自分が傷つけてしまった赤毛の女の子、謝りたかった彼女を。フレイ・アルスターを殺害した男。

 自分の目の前でフレイの命を奪った男。

 彼女を殺した男。

 

 ラウ・ル・クルーゼ。

 

 「うあぁあああっ!」

 

 キラが叫びを上げストライクを飛び上がらせるのと、内壁の別部分が爆発したのは同時だった。

 

 連合の戦艦、アークエンジェルがヘリオポリス内部に姿を現したその目前で、モビルスーツの空中戦が始まった。

 

 

 



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ヘリオポリス脱出 前編

 

 

「……立ち直りが早いな」

 

 クルーゼはストライクの挙動に感心した。こちらの撃ち込んだ射撃を避けつつ、跳んできたのだ。

 先手こそ取ったが、連合のモビルスーツの反応は悪くない、距離の詰め方に腕の良さを感じる。

 

 さらには内壁を砲撃で破って姿を現した戦艦、あれは情報通り新鋭艦だろう。逃げ道をなくしてコロニー内部へ突破を図ったと見えた。

 

 馬鹿な真似をする……いや、ありがたい真似をしてくれた。これはどれだけの失点になるだろうか? 当然、クルーゼのではない。和平に対しての、だ。

 

「コロニーの中で思いきりの良いことだ!」

 

 

 

 キラはストライクの《重さ》に歯を噛み鳴らす。

 ランチャーパックは高機動戦に不向きなオプションだ。 メイン武器のアグニは長い分、取り回しに難があり、肩の120㎜バルカンやガンランチャーですら、シグーの動きを捉えるには反応が鈍く感じる。

 機体同様に、こちらも微調整を施さねばならなかったのだ。

 ストライクをまたシグーの機銃が叩いてきた。

 

「……っ!」

 

 クルーゼは徹底的に射撃戦を仕掛けてくる。

 調整済みと言えイーゲルシュテルンでは対抗は難しい、それでもまだアグニを乱射するほどキレてはいなかった。 むしろ乱射したところで当たるイメージが湧かない。

 

 他の武装とて角度を考えて撃たねば地表に直撃してしまう。シェルターがそこら中にあるのだ。

 人がいるシェルターが。

 

「ぐぅっ……!」

 

 速い。

 改めてクルーゼの動きを見ると驚異的な動きをする。

 遠近自在だ。

 ガンランチャーや対艦バルカンの死角からぞっとする動きで這い寄ってきては銃撃を浴びせてくる。

 目はついていくのだ、追えている。

 

 だがストライクがキラの反応についてこない。遅れるのだ。

 ストライクは現時点での最新鋭機体だが、キラはその先を知っている。

 自分がクルーゼを討った時の機体との反応の違いが、クルーゼ相手ではごまかせないのだ。

 

 ストライクへのダメージはともかく、ノーマルスーツなしでの強烈な揺れもさすがにきつかった。

 アークエンジェルからの援護射撃も始まった、気を効かせてくれているのだろうが、クルーゼには当たらない。

 

 むしろキラはコロニーの内部で撃ち始めたアークエンジェルにかなり腹を立てた。

 自分だって撃っているのだから勝手な話だが、モビルスーツと艦艇ではサイズが違う。火力が大きすぎるのだ。

 

 おまけに角度に無頓着……配慮する余裕が無いのか、ヘリオポリスを支えるシャフトに直撃が出ている。

 

「アークエンジェル! 撃たないで! 下に人がいるんだ、ああくそ、またっ!」

 

 微妙にずれるストライクの射撃と、町並みに着弾する援護射撃にさらに苛立つ。

 

 制御系を少しずつ修正するが、機銃弾が飛んで来てはストライクに着弾した。

 フェイズシフト装甲は対実弾防御に優れるがエネルギーを消費する。いつまでも撃たれっぱなしは危険だった。ゆっくり通信もできない。

 

 クルーゼには断固とした攻撃をかけねば照準内に追い込む事すらできないのに、使える武器は調整不足のガンランチャー、120ミリバルカン。

 エネルギー消費が激しく外壁を貫く威力のアグニなど論外だった。

 ビームライフル、ビームサーベルが欲しかった。

 

 キラが、こうなったら損傷覚悟で飛び込むかと考えた時、ストライクの苦戦を見かねたのかメビウス・ゼロが突っ込んできた。

 囮になるような動き。 

 

 シグーはあっさりそれを捉えた。機銃がそちらを向く。

 

「ムウさん! 下がって!」

 

 ここでメビウス・ゼロに乗る者などフラガしかいない。討たせてたまるか。

 シグーのメビウス・ゼロに対する銃撃を、キラはバルカンとイーゲルシュテルンで迎撃して無理矢理に弾道を変えさせ、または弾き飛ばした。

 それを見たシグーの動きが一瞬固まる。

 

 キラは反射的にアグニを向けて引き金を。

 

「駄目だ……!」

 

 撃てるものか。アグニなんて。

 

 とっさに対艦バルカンでの射撃に切り替える。

 ほんの少しのためらいは、シグーのコックピットへの直撃ではなく、右腕を吹き飛ばすに留まった。

 クルーゼの立て直しは早かった。

 

 

「なんだとっ!?」

 

 空中戦の最中、味方に放たれた弾丸を弾丸で撃ち落とす。さすがにクルーゼもその技量に仰天した。

 その後のほんの一瞬の硬直に即座に撃ち込んできたのも、速業だった。

 シグーの右腕が損傷、だが回避が遅れていれば損傷どころではなくやられていた。

 

 

 クルーゼの口が歪む。憎悪や愉悦を感じさせる複雑な笑みだった。

 

 面白い。

 あの白い機体のパイロット、ただ者ではない……上手く利用できれば、この世界をさらに混乱させるきっかけになりえるか? 少しだけ泳がせてみるか?

 

 一方の冷静な部分が、後退を頭に浮かべさせる。

 怯えて逃げた、などと言われたくはないがメビウス・ゼロと戦艦、そして敵のモビルスーツだ。

 言い訳としては十分だろう、とも。

 

 クルーゼは笑みを浮かべながら後退を始めた。が、それほど余裕があった訳ではない。

 相手の抱えている大砲が、余裕を感じない原因だった。 結局一度も撃ち気が見えなかったが……。

 何故だ。結構な威力は有るだろうに。

 

「……コロニーの壁に向かっては撃てない訳か。青いな」

 

 通りで、さっき撃たなかった訳だ。

 未熟な相手だ。精神的に未熟。

 

 しかし同時に、あの相手は壁を傷つける事なく、敵を撃てる技能を保有するのでは? と感じたのも事実だった。

 ただの勘だが。だからこそだ。

 クルーゼがプレッシャーを感じるのは、これまでムウ・ラ・フラガのみだったが。他にも居たらしい……何者だろうか。

 

 ヘリオポリスと言えば、クルーゼには心当たりがないでもない。技量に優れるであろう、しかし未熟な相手が一人……激しく不愉快な存在が。居ないでもないが……。

 

(……いや、あり得んか。あれは学生のはずだ。何をどう間違えば、そんな都合のいい話が)

 

 クルーゼは無言。

 自分でも馬鹿なと思う可能性が浮かんだのだ、笑い話のような偶然の可能性を無理矢理に。そして苦笑して自分で否定する。

 やはりあり得ない……あり得ない、はずだが。

 知らず、操縦悍を握る手に力がこもった。

 

 もし。もしだ、そんな話がもしあり得たら。

 もしあれが、あの白い機体に乗っているパイロットが。

 自分が呪うべき相手が。

 

 あの、キラ・ヤマトが、奴が乗っているのであれば。

 

 どんな偶然の結果か知らないが、それを運命が招いたと言うのであれば。

 

(やはり私には世界を憎む資格がある……)

 

 

 

「下が、っていく……!? 駄目だ! ここで!」

 

 落とすべきだ、逃がすべきではない。

 下がるシグーをキラは反射的に追おうとした、アグニを構える。

 構えるが。引き金が引けない。

 撃てない。

 

「ぐっ……!」

 

 撃て。撃たねば、そうでなければ。また。

 分かっているのだ。

 ラウ・ル・クルーゼは世界の悪意を燃やす男だ。

 色々な相手を煽って、戦火を拡大させたと言われている男だ。ここで殺した方がいいのだ。

 ヘリオポリスの損害は許容して、アグニを撃つべきだ。 アークエンジェルと連携して逃げ道を塞いで、追い詰めてここで落とすべきだ。

 

 その際に、ヘリオポリス各地にある避難用のシェルターに当たってしまうのは仕方がない。

 何人も死者が出るだろうが覚悟するしかない。

 奴が煽った戦火に何万の人間が焼かれたか。それに比べればここで何百の人間の犠牲など。

 誰が泣こうとも自分は撃つべきなのだ。

 

「……っ!」

 

 アークエンジェルの砲撃の中を、クルーゼのシグーは細かく動きながら後退していった。

 

 ストライクはアグニを構えたまま、地表にゆっくり降り立った。

 キラは撃てなかった。涙を流していた。

 体がここで撃つ事を拒否してしまった。

 情けない、あれだけ人を殺しておいて今さら。

 

「違う……僕は……!」

 

 そうじゃないとキラは思った。殺してすらいなかったのだ。

 殺すのが嫌だから、落としたくないから。だから戦場で相手の機体だけを半壊させて、見逃したつもり。

 助けたつもりになって。

 それで済んだと思っていたのだ。そういうやり方で殺さずに済むと思ったのだ。

 

 思考を放棄して、敵対しても直接命を奪わなければ、それで助かってくれるだろう。

 戦う者たちの機体だけを無理やり止めていれば、もう戦場に来ないだろうと思い込んでいたのだ。

 それが正しいやり方だと思っていたのだ。

 

 結果はどうなったか。

 最後には正しいも悪いもなかった、キラはやりすぎだと判断された。守ろうとした世界から否定されたのだ。

 自分が否定してきた彼らのように。

 

 自分を殺す為に必死になっていた者たちの顔を思い出す。戦火を煽ったクルーゼと、憎しみを煽った自分との違いが分からないではないか。

 

≪……X105! ストライク! 聞こえるか? こちらはアークエンジェル! 聞こえるか? ただちに合流しろ……繰り返す……≫

 

≪おい! 生きてるか! 生きてるよな? パイロットは誰だ? 無事か? 返事しろ! ……≫

 

 アークエンジェルとメビウス・ゼロから通信が届いてきた、まだ若い真面目な少尉と、頼れる兄貴分の懐かしい声だった。

 

 キラはその声を聞きながらようやく、やっと分かった。 まるで何も分かっていなかった事が分かった。

 死ぬ間際にも感じたことだ。

 もっと始めから戦うべきだったのだ。今だって撃つべきだったのだ。そして、罰を受ければよかったのだ。しっかりと戦って、やった事の責任を取ればよかった。

 それだけなのだ。

 

 綺麗なままでいようとしたから、自分はおかしかったのだ。

 目を背けていたのは自分だったようだ。

 デュランダルに申し訳ない、偉そうに彼を止めた男がこんな人間でさぞや失望しただろう。

 いったい今まで何をやっていたのかと。

 

「……」

 

 

 クルーゼを、止める。

 今度は撃ってみせる。戦わねば守れないのだから。

 

 



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※これは小説に集中したい方は読まない方がいいです。逆行のキラ。これからの展開における、言い訳と愚痴、あと作者の妄想と考察

 いきなりですがこれからの展開と、キラの思考、行動についてご説明と勝手な妄想をいくつか並べ立てます。

 

 話の流れとか関係なく書き散らしてます。

 

 私は軽くネタバレとかをあまり気にしないので、本編でこれから表現する事を書くかも知れません。

(あまり大きなネタバレは控えますけど)

 

※繰り返しの注意ですが、この話にはまったく《逆行のキラ本編は出ません》嘘とかじゃなくて本当です。

 

 ※本編は出ません。

 ※ここに書いといて矛盾する事もあるかもなので、本当に本編とは別物として読んでくださいませ。

 

 余計な考察とか、作者の考えてる妄想とかを読みたくない、聞きたくない方、純粋に作品を楽しみたい方は、この話はここで読むのをお止めくださいませ。

 

 

 それでも読むぜーって方は下へスクロールどうぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんでこれをここに持って来たかというと、次の話から少しは話が動き始めるからです。……たぶん動くはず。

 それに加えて、ここまではキラの覚悟が決まるまでの時間でしたので、SEEDの序盤をほぼなぞるだけでした。これからも、ほぼ、なぞるだけになるかも(不安)

 

 大変ありがたい事に、この作品では感想を早くから頂けまして感謝の一言です。

 てすが、これからの展開によっては、当作品のキラの行動に、物足りなさや、間違いと思える行動を感じる方が出るかもと思いました。

 

 私は頂ける感想は長いのも一言の物も全部嬉しいですが、つい色々返したくなるので返信が長くなる傾向があります、長い感想返しを好まない方がいるかもしれません。

 こんなの書いといて、長い返しをしちゃったらごめんなさい。

 

 なので、本編内で説明するには、あまりにも説明くさくなりそうな色々な事を、あらかじめこっちに書こうと思って書いたのがこれです。

 また繰り返しですが、ここに書いといて後で矛盾する事が出るかもです、ここはただの書き散らした何かと思ってくださいませ。

 

 

 

 現在のキラは体験してきた記憶に基づく限りで、戦術的な手を打つしかないと思っています。

 過去へ戻ってきましたが地位も人脈も、ほぼ何もないからです。

 

 対してクルーゼは既に地位があります、構築した人脈もあり、手に入れている各種情報により、ある程度の工作が可能、戦略的にいくつかの手をうてる状態です。

 

 現状でキラはアークエンジェルに乗る1兵士でしかありません。戦略的に手をうてる位置にいませんし、支援してくれる方がいません。

 

 メサイア戦後の2、3カ月以内に暗殺された設定にしてあるので、オーブ准将として、ザフトの白服として機密情報を手に入れたり、いわゆる過激派、穏健派を調べる時間もありませんでした。戦時中の各国の動向や、つけこめそうな相手の弱味とかもです。

 

 金で動く相手、面倒な相手、有益な相手を調べる時間もありませんでした。

(キラに対する感情が悪すぎて、まともに政治的な動きができなかったとも言えますが)

 

 さらには本人の姿勢の問題。

 キラって戦後に積極的な学習や、戦争時の状況を振り返り分析とかをしていたのか?

 

 ヤキン後はラクス、子供たちと隠居生活。ユニウスセブンが落ちてきたからようやく動き始める。

 メサイア後はどうか分かりませんが、この作品では、心を入れかえ精力的に動き始めたが遅かった事になってます。(本編でも書くかも)

 何かを身に付ける前に死んだ設定です。

 戦闘しか、できてません。

 

 現状でキラが序盤中盤にかけて、世界情勢に政治的に影響を与えるために動くなら、例えば。

 

 フレイと仲良くなる、父親のアルスター事務次官を助けて顔をつないでおく。

 ラクスを助ける仲良くなる。

 

 ハルバートンを助ける(地球上でましな指揮官に渡りをつけてもらう)軍部での人脈のきっかけにする。第8艦隊を壊滅させない。

 

 カガリと合流、オーブに送る。

 アークエンジェル内部でキラからカガリへ教育。(説教)

 オーブに送った恩を元に、ウズミに無理矢理に会って、そこで用意しておいたナチュラル用のOS(完成形)を渡す。 エリカ・シモンズに覚えている限り各種技術情報の提供。アイデアの提供。

 ブルーコスモスに対しての警戒の呼び掛け。

 できれば、トダカ、キサカを早めに出世させる(作者の勝手な評価)

 フライトユニット、スケイルシステム(外伝のアストレイになるけど)の開発、他にも(知っているとする設定の)兵器の開発、経済を圧迫しない程度に配備、パイロットの訓練プログラムの提供、訓練開始、育成開始(できればこの時点でシンをとりこみたい)

 民間人の速やかな避難経路の確立。むしろ始めろ。

 中立はもはや不可能だからザフトでも連合でも味方を作れと説得。

 駄目なら第3勢力としてはっきり名乗りを上げろ、連合もザフトも嫌だっていう連中を集めて味方を作れと説教。

 サハク家とセイラン家(出すならの話)に接触、説得してブルーコスモスの力を削ぐための裏工作を依頼。

 

 

 このくらいですかね。

 

 追加注文でザフト赤服の四人を殺さない、戦場では厄介な連中ですが、こいつら親が評議員です。

 落とすにしても捕虜にして、助けておかないと親が恨みから過激派になる可能性が高いです。(戦場で手加減できるのか? という問題はありますが)

 

 さらにはバルトフェルド等のクライン派になる人間を殺さない、(こちらも、手加減云々……戦場では選んでられないために、後にクライン派になるかもしれない兵士や指揮官を一定数殺してしまう問題)

 

 等の、これから記憶では起こった事への対処、予防しかできません。

 

 ところがクルーゼは既にブルーコスモスに情報を流したり、裏からプラントを煽っています。戦争を既に煽ってます。間接的な穏健派の排除、間接的な過激派の支援もやっているでしょう。

 

 そもそも地上戦の経験がろくにないアスラン達を地上に下ろしている時点で死ぬのを期待してたのではと考えます。評議員の子息です。

 ひとり死ねば評議会で過激派の数がひとり増えます。

キラは選択肢がないが、クルーゼはある程度選べます。

 イザークをアラスカで戦わせています。サイクロプスでぶっ飛ばす気です。

 

 未来予測と、情報戦で負けてるんです。

 クルーゼには変わった情勢に応じて対応を変える頭とカードがありますが、キラには頭とカードがありません。パイロットとしての最強の武力はカードになりますが使いどころが難しい。

 キラは対症療法しかできません。

 

 さらに問題はキラは戦略的にはセンスがない、と思われる事、理由は兵士教育うけていない、指揮官教育うけていない、高級将校としての教育もおそらくうけていない、ラクス、カガリにくっついていたはずですがどれだけ学んでいるか不明、政治的にほぼ素人。

 

 記憶に基づく限りでしか、動けません。

 それですら逆手にとられ、利用される可能性があります

 

 

 ここに上げた事はいわゆる視聴者、読者、作者だから

分かること、予想できる事、考察できることで、

 キラは下手すると、これらのほとんどに気づかない可能性があります。むしろやらかす可能性も。

 政治的、別角度からの視点で頼れる人間がいないんです。

 

 転生ではなく、逆行なのがネックなんですよね、(自分で書いといて)

 それこそ、視聴者、読者を一人か、二人、キラの側に送り込んでやるくらいじゃないと、クルーゼ、アズラエル、ブルーコスモスに対抗できません。

 アークエンジェルが長い間戦力的に厳しく、周りに目を向ける余裕がない事が拍車をかけます。

 

 SEEDで有能なキラの側に出ている政治的にセンスのあるやつ、だれかいたかな? ユウナあたりですかね?

 アスランが軍人じゃなくて政治キャラだったら悪くない位置におけるのにキラキラばっか言ってないで勉強して評議員の誰かしらとパイプもっておけよあいつは……、すいません愚痴です。

 ……バルトフェルドも有能な指揮官ですが、やはり軍人。シーゲルクラインは助けにいく手がなく人がいません。ラクスに脱出させておけとアドバイスするくらいか。

 

 書いてて思い付きましたが、アルスター外務次官とハルバートンを無理矢理にアークエンジェルで救助して、政治、軍事的なアドバイザーに置く手があるかな? フレイも落ち着くし。

 でも外務次官と准将を艦に乗せておく理由がないしな、面倒なところで変な口を出されるのも邪魔だし。どうするのがいいのか。

 

 

 

以上です。

 

 

 



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ヘリオポリス脱出 中編1 出撃用意

長くなっちゃったので分けます。
バランス悪いけど……てゆうか中編1ってなんだよ。


 

 キラは静かに考える。

 

 まずは考えねばらなかった。クルーゼを止めるにはどうすればいいか。

 話をするべきだろうか……と、そんな想いが微かにある。

 

 だが、話して止まるような相手ではないと思えるのも確か。

 既に、《そこ》を踏み越えてしまっている人間だと思えるのだ。

 

 自分が言えた義理ではないが、彼は、もう全てを受け入れているのではないかと感じる。

 受け入れた上で、世界を敵として戦っているのではないか、と。

 

 止まってくれるのであれば、できるのならば、止まってほしいと願う感情はあるが、不可能であれば、やはり結論は一つしかない。

 

 もう一度戦い、そして勝つ。勝って止めるしかない。……勝てるだろうか?

 

 一度は勝った相手だが、さすがは、と言うべきだろう。記憶にあるより動きが鋭かった気がする。

 

 キラはヤキン・ドゥーエを思い出した。

 

 愛機フリーダムと、クルーゼの操るプロヴィデンスとの勝負は、際どい所での辛勝だった。

 しかもこちらにはミーティアという、広域攻撃ユニットの装備があって、だ。

 

 強敵だ。生半可な相手ではない。

 やはりさっき撃つべきだったと、悔やんでも悔やみきれない。

 

 違う、とキラは思い直した。

 そうじゃない。そういうのではダメだ。

 

 さっきのは確かに失態だ、しかし考えるのはこれまでではない。今これからだ。一つ一つ解決していくしかない。

 そのために、まずは。

 

「あの、マリューさ……ラミアス艦長に話があるんですが」

 

 キラは目の前に向かって話しかける。

 そこには銃を構える者達……キラに対してかなりの警戒を見せる保安部の人間がいた。

 

 何度か会話をした記憶がある顔だ。

 一応、未来では顔見知りくらいにはなった仲だが、今は。

 

「黙ってろ……!」

 

「コーディネーターめ」

 

 彼らの顔には、怯えと怒りと警戒があった。

 

 ここはアークエンジェルの拘禁区画。キラは独房に入れられていた。

 スパイの疑いが、かかっていた。

 

 

 

 アークエンジェルは一時的にヘリオポリスの地表に降りていた。

 二度、ザフトを撃退した事で少しの猶予ができたとの判断である。

 今後に備えての物資搬入や機材のチェック。クルーの配置、迎撃態勢の構築。

 艦の行動方針の決定まで含めて、やらねばならない事は山ほどあった。

 

 モルゲンレーテ区画とアークエンジェルの間は近かった事が幸いした。

 整備班と保安部の大半がピストン輸送で物資搬入を行っており、悪くはない状況だった。

 艦内では整備班の残りと部署未配属の者が、搭載兵器の修理、艦の気密チェック、緊急時のダメージコントロール方法の確認等に走り回っていた。

 こちらは、お世辞にも良い、とは言い難い状況で未確認の項目が積み上がっていた。

 

 人気がなくなったヘリオポリスの中で、アークエンジェル近辺だけが喧騒に包まれていた。

 

 

 ブリッジ及び戦闘指揮所(以後、CIC)では、担当部署を割り振られた下士官達がシステム周りのチェックや、艦の能力の把握に努めていた。

 その片隅では3人の将校が、頭を悩ませている。

 

「友軍へ通信は? どこか通じるかしら」

 

 マリューの問いに、オペレーターのチャンドラが答える。

 

「電波撹乱が止みません、通信は困難です」

 

 電波撹乱が緩まないという事はつまり、ザフトはまだここで仕掛けてくるつもりだと見てとれた。

 マリューを思わず弱気が襲う。

 

「では、アークエンジェル単艦で脱出をしなければいけない訳、か。……バジルール少尉。戦闘から逃走、一応、降伏までを視野に入れて結構よ。どうしたらいいかしら?」

 

 マリューの明け透けな言葉に、若い女性士官は一瞬ムッとした。指揮官が使う言葉ではないし、大尉が少尉に聞く事ではない。

 技術将校とはいえ、今は艦長席に座る人間が。

 

「こ……失礼しました。降伏は論外です、この艦とストライクは連合の財産です。

 戦闘は最小限に、ヘリオポリスからの脱出を進言いたします」

 

 ナタル・バジルールは地球連合軍の少尉だった。

 新鋭艦アークエンジェルのクルーに選ばれて、ヘリオポリスにやって来ていた。

 ザフトの襲撃により、アークエンジェルの艦長以下主だったクルーの大半が戦死してしまい、残った中では最上級に当たる将校だった。

 

 マリュー達と合流するまでの短い間、指揮をとっていたのも彼女だ。

 ただ、いくらなんでも少尉が艦長では無理があるため、元々副長として任命されるはずだったマリューが、臨時で艦長職についていた。

 

「そうよね……だけど具体的には?」

 

「ローエングリン…… 特装砲でヘリオポリスの外壁を撃ち抜いて、脱出路を確保します。

 穴を開ける場所はフラガ大尉のメビウス・ゼロに偵察を行ってもらい、敵の警戒網の薄い部分を算定した上で」

 

「ちょっと待って少尉……! 貴女、コロニーの中から特装砲を撃つ気なの? あれは」

 

「既に一度は撃っています。

 それに威力はもちろん加減をするつもりです。

 宙港ドックは敵の警戒が厚いと予想されます、そこでミラー部分のどこかを破壊して高速で離脱を……」

 

 特装砲……陽電子破城砲ローエングリン。

 名前に破城とつく通りで威力に優れる、アークエンジェル最強の装備である。

 

 確かに宙港ドックから素直に出ていくのは危険だろう。 コロニー内部の、破壊可能な箇所を選んで脱出路を開けるのは現実的と言える。

 

 しかしナタルの作戦案には問題が三つあった。

 一つは、ローエングリンは放射能を発生させる事、これは環境に対する汚染を避けられない武装だ。

 二つ目は範囲の問題。

 威力は高いが効果範囲も広い武装だ。もし万が一にも、シェルターが集中している部分に被害が及べば大惨事である。

 

 三つめは、一つ目と二つ目に絡む問題だった。

 それを説明するのに言葉に迷うマリューを残りの一人、フラガ大尉が代わって問題を指摘した。

 

「あー、少尉。止めた方がいいな、外にいるのはクルーゼ隊だって言ったろ? あいつはグリマルディで戦った時もそうだが、人が嫌がる事をやるのが上手いんだ。

 コロニーにド派手に穴なんて開けたら、ザフトから映像が出回りかねないぞ。

 地球連合の新鋭艦、コロニーを破壊! これが連合のやり方だ! ……なんてな」

 

 フラガの言葉は柔らかいが目は笑っていなかった。

 コロニー内部で放射能を撒く、という事の意味を分かっているのか? と、言いたげだった。

 

 地球連合の強硬派が開戦初期にやった……やってしまった大暴挙、コロニー《ユニウスセブン》への核攻撃は記憶に新しい。

 民間人20万以上が亡くなった大惨事だった。

 それを、ここで下手をすれば連合の敵はプラントだけではなくなる。宇宙にだってナチュラルはいるのだ。

 

 そして地球にもコーディネーターは多い。

 

 内壁を破るのに一度やってしまったからこそ、もうできなかった。

 身動きとれずにやむなく瓦礫を破砕しました、と、逃げるためにコロニーに穴を開けましたでは、外聞は違いすぎる。

 フラガは無意識にだが、まだ若い少尉を見下した。この女、まさか過激派のブルーコスモスじゃないだろうな、と。

 

「それに俺のゼロは万全じゃない、整備中だ。出るのは可能だろうが、一機での偵察は勘弁してほしいな」

 

「では、如何されますか。まさか正面から堂々と出るとでも?」

 

「それしか無いんじゃない? 少なくとも、コロニー内でばかすか撃つのは止めときましょっ、てな」

 

「……撃たねばやられてしまいます」

 

「やられるにしてもよ、格好つけなきゃならん時があるのよ。困ったもんだ」

 

 フラガの返答にナタルが考えこむ、今度はマリューが口を開いた。

 

「……ストライクの力も、必要になりますわね」

 

「いずれにせよ戦闘だな。あの坊主は?」

 

 アークエンジェルの将校達を悩ませる最大の問題がそれだった、というか、全クルーの悩みと警戒の元と言っていい。

 

 キラ・ヤマトはザフトのスパイなのでは? と彼らは感じていたのだ。

 その噂はあっという間に艦内へ広がっていた。

 

 発端はアークエンジェルと、マリューそしてキラのストライクが合流した時の事だった。

 身元の誰何の流れから、フラガが一言訪ねたのだ。

 通信で俺の名前を呼んだよな? どこで俺を? と。

 

 いつの間にか繋がっていた通信と、キラが思わず発した警告……それが合わさった結果の疑念だった。

 

 キラはそれにうまく答えられなかった。

 一応の答えは返したのだが、彼らの納得のいくものではなかった事が、クルーに疑いをもたらしている。

 

 ヘリオポリスは中立のコロニーで、戦争中の今でもコーディネーター、ナチュラルの両方が住んでいた。

 コーディネーターである事は不自然ではないが、他の不自然な……不自然を通り越して不審な点をキラは説明できなかったのだ。

 

 不審と警戒の空気が強く生まれすぎて、マリューもかばいきれず。

 フラガはキラから漂う戦士の匂いに態度を緩めなかったために、ナタルの提案によって、今は独房に《自主的に》入ってもらっていた。

 一応の身柄拘束、という形だ。

 

 独房にキラが向かう際にトールが強烈に怒ったが、これもキラがなだめて今に至っている。

 

 マリューはこんな仕打ちをするのは不本意だったが、少なくない、いや、大半のクルーが不安を覚えているのであれば、一旦そうせざるを得なかった。

 アークエンジェルは今さっき、ザフトの攻撃で正規クルーの大半を失っている。

 殺気だっていたのだ。

 

「やっぱスパイ……かな? 俺の名前を通信で呼んだんだよな、ムウってよ。

 一応有名人のつもりだが、機体を見ただけで特定するのは、ただの民間人とは言えないな」

 

 フラガの機体には、いわゆるパーソナルマークはついていない。

 メビウス・ゼロを使うのはわずか数名だが、エースが戦死をした場合に備えて、ごまかすために個人を特定するものをペイントするのは禁止されている。

 見分けるのは簡単ではないはずだ。

 

 フラガの話を聞きながら、マリューはふと思い出して気が付く。

 その通りだ。そういえば、自分が名乗る前からキラはマリューというファーストネームを呼んでいた……まったく迂闊だったが、自分は名前を出したか? と。

 

 そういった二人の反応を見るナタルが、当然とばかりにキラへの対応の妥当性を主張する。

 

「コーディネーターで、不審な点が多々あり、モビルスーツの操縦に優れていて、アークエンジェルを知っている節がある……疑うな、という方が無理でしょう」

 

「まあ、そうなんだが……」

 

 自分でキラを疑っておいて、フラガの態度は煮え切らなかった。

 

「フラガ大尉は、納得されておられないので?」

 

 ナタルの確認にフラガは、納得していない訳ではないと答えた。

 

「戦闘中は、もしかすると生きてた新米の誰かだと思ってたからな、ひよっこにしちゃよく動いてくれるって。

 だけどあいつがコーディネーターなら話は違ってくる。 アークエンジェルに送り込む為に、ザフトが芝居をやったのかと思えなくもない」

 

「シグーの動きは、本気でストライクを破壊する気に見えましたが……?」とはマリューだ。

 

「途中まではな。だけど俺が割って入った後からいきなりクルーゼの野郎が下がっていっただろ? タイミングが分かりやすすぎるんだよ」

 

 フラガの感じた物に、技術将校と新米将校は同意できる感覚を持たなかった。

 アーマー乗りでも屈指のエースの直感についていける訳もない。

 

 ただ、フラガの言い様は少し疑いすぎの面もあった。

 実際の所は、クルーゼはキラの技量に脅威を覚えていたし、後退するときも余裕はそれ程にはなかったと言える。

 

 キラの方は未来のトラウマから、精神的に不安定な面が出てしまい、討ち損なったに過ぎない。

 

 さらに言い訳としては、外まで追撃をかけていった結果、もうすぐ出撃態勢が整うであろうアスラン達のGが、アークエンジェルを襲ってきた時の無防備さを警戒したところもある。

 キラにとっては、アークエンジェルが沈んだら負けだ。

 

 要はキラとクルーゼは兵としてではなく、個人として先を見たのだ。

 その判断が互いに決着をつけさせなかった。

 

 フラガから見れば、それが、互いに遠慮しあった芝居、何かの擬装工作に見えなくもなかった……という話になってしまうのだが。

 言うほど甘い駆け引きでなかったのも感じてはいる。

 

 メビウス・ゼロに飛んできた機銃弾は、援護してもらえなければ本当に死ぬかと思ったし、それこそ自分は死んでいた方が、キラ・ヤマトはアークエンジェル唯一の機動兵器パイロットとして、やりたい放題だったはずだ。

 

 フラガはそれらを根拠として三人の中で始めに疑ったが、しかし、スパイだとは思えない……という矛盾する感情があったのも事実だ。

 

 勘がそう言っている。あの少年はスパイではないと。

 しかし、そうでもなければ不自然すぎるのだ。

 

 二人には言っていないが、キラ・ヤマトには人を殺し慣れている人間の雰囲気を感じるのだ。ひょっとすると3桁か、それ以上に。

 だいたい、どこの世界に機動兵器同士の空中戦の最中……発射された弾丸を、横から弾き飛ばしてのける民間人がいるのか。

 弾丸で弾丸を叩き落としたのである。

 

 シグーが驚愕から一瞬、固まったのをフラガは見てとったが、一番固まったのは多分、自分だと思っている。

 目前で神業を見たのだ、当たり前だろう。

 

 さりとてスパイにしては……。

 

 どうにも判断に迷うところだった。

 こちらを混乱させる為の捨てゴマ、という可能性も浮かんだが、あんな能力の高いパイロットをか? という疑問が湧いてくる。

 

「坊やの連れの学生達は?」

 

 フラガの問いにマリューは控えめに答える。

 

「居住区です、さすがに独房入りは……キラ君も彼らを独房に入れるなら抵抗すると言っていたので」

 

「そりゃ怖い、仕方がないわな」

 

 マリューの声には遠慮があった。

 そこまで追及を始めると、面倒な問題が発生してしまうとの感情が働いたのだ。

 ただ、ナタルはそこから目を背ける事はしなかった。

 

「彼らにもスパイの協力者としての疑いがありますが?」

 

「だとしても、あっちはただの学生だろうな。知らない内にってやつだ。彼らはナチュラルなんだろ?」

 

 3人がキラとその周囲への対応を悩んでいると、オペレーターのロメロ・パルからマリューに艦内電話が来ていると声が上がった。

 

 物資搬入を続けていた整備班、それに協力していた保安部の者かららしい。

 民間人数十名と、幾人かの友軍歩兵が避難して来たと報告が上がってきたのだ。

 

 さらに、それとは別の民間人の集団が保護を求めに来ていて、そちらには怪我人まで混じっているという話。

 

 指揮官達は顔を見合せた。

 話が見えないマリューだが、とりあえず艦内電話を手に取る。

 

「避難したのではなかったの?」

 

《はあ……それが……》

 

 マリューは報告を受けながら、ついさっき、コロニーを管理するコロニー公社の担当者から、避難状況の詳細を受け取っていた事を思い出す。

 

 避難は、ほぼ、終了したとの事だった。

 ただし、避難中の混乱で結構な数の死傷者が出てしまっている、行方不明も0ではない、と、担当者からの連絡には恨みがこもっていた。

 コロニー内、及び周辺での戦闘は禁止されているはずだからだ。

 

 マリューは将校として簡単に謝罪をする立場になかったが、素直に詫びていた。

 

 担当の者は、警戒レベルを9に引き上げると伝えてきた後、戦闘になるなら、せめてコロニーから出て戦ってほしいと頼んできた。

 努力する、としかマリューは言えなかった。

 

 

――その行方不明の人間や、シェルターに溢れてしまった人達だろうと、マリューはあたりをつけ話の先を促した。

 

《……モルゲンレーテの技術者とその家族と、付き添っていた歩兵小隊と言っています、歩兵小隊は戦闘で指揮官を失ったそうです。

 話によるとシェルターにあぶれて……戦闘があったからよそへ移動もできなかったと。

 怪我人は、その……シェルターが破壊されて出てくるしかなかった方々らしく……動かせない人がまだ何名かいて。救助も要請しています》

 

 頭を押さえるマリュー。

 多分、いや、原因の半分はアークエンジェルだ。

 シェルターは艦艇の砲撃や、ミサイルに耐えられるような構造ではないのだ。

 その横で聞いていたフラガがうなずく。

 

「乗せるべきだな、艦長」

 

「ええ。それしかありません。……いいわ、全員乗せてちょうだい。身元の確認は最低限で。

 物資の搬入は現時点で中止。すぐに終了させて、荷物の固定を厳重に。

 余った人員で破損したシェルターの場所を聞いたらすぐに救助を向かわせて、使えそうな車両の使用を許可します。時間がないわよ、急いで」

 

 マリューとフラガの判断に、ナタルが抗議する。

 民間人の保護は軍人の義務だ。それは当然だ。……ましてや、緊急時とは言え自分達が行った戦闘の巻き添えになったのである。

 

 しかし誰が乗ってくるか分からないではないか。と言うのが彼女の主張だった。

 そこまでやって何とか、ザフトを撃退したのに。

 ノーチェックで誰彼構わず乗せては、と。

 

 せめて身元の確認は時間をかけるべきです、と、ナタルは慎重論を唱えたが、マリューは時間がないと言い切った。

 

「もし私たちが見捨てて、ザフトが彼らを保護したらどうするの。宇宙で私たちに協力してくれる人はいなくなるわ」

 

 ヘリオポリスの警戒レベルは9だ。もう全てのシェルターはロックが掛かっている、破損や空気流出は応急修理では対応できないレベルだった。

 シェルターは避難場所ではなくコロニー脱出ポットに役割を変える段階……ここで彼らを置いていくという事は、死んでも構わない、と突き放すのと一緒だ。

 

「それは分かっています、ではせめて艦内での移動制限を……」

 

 ナタルの意見を遮るように、次は整備班長のマードックから報告が上がってきた。

 全く忙しい……マリューはナタルを制して、今度は何だと艦内電話を取ると、訳の分からない話を聞かされる事になった。

 

 搬入した物資の中にモビルスーツがあるというのだ。

 

 首を傾げながら、ストライクのパーツでもあったのかと聞くと、そうではなくて、ほぼ完成している状態のモビルスーツが、コンテナに入っているのが見つかったというのだ。

 サイ達が、勘違いから持ってきた大型コンテナだった。

 

「メビウス・ゼロのガンバレルを装備したストライクと、フレームが灰色の機体? 武装一式? ストライクによく似た? ……何でそんなものが?」

 

 こっちが聞きたい、という叫びを聞き流して型式番号を読み上げてもらうと、

 AQM/EーX04と、MBFーP05(※)と言うらしい。

 

【※ストライクバリエーションのガンバレルストライカー、及びアストレイシリーズのグレーフレーム、両機とも既にほぼ組みあがっている物とします】

 

 番号を聞いてもマリューには心当たりもない。

 

 一応は技術大尉だ。Xナンバー、つまり《G》についてはかなりの情報はもらっていたが、それだけだ。それ以上の事は分からない。

 例えばXナンバー以外のプロジェクトは聞いてなくても不思議ではないし、特殊兵装用の実験機体も知らされないなら知らない位置だ。

 

 いずれにせよ、これは勝手に回収していい物ではない、と、マリューが困っているとフラガが艦内電話に口を出してきた。

 

「整備班長、そのモビルスーツ、使えそうかどうか調べといてくれ。それだけだ、忙しいから切るぞ……とにかくそっちでよろしく。

 ああ、あと俺のメビウスは……まだ駄目? 了解だ、急いでくれよ」

 

「フラガ大尉?」

 

「持ってっちまおうぜ、どうせ置いといても取られるか壊されるかだろ? こっちで使っちまおう。

 ガンバレルといやあ俺の出番だ。もしかすると元々俺の乗る代物かも、だろ?

 もう一機は臨機応変な判断ってやつだ。ストライクに似てるならあっても困らないさ」

 

「そんな強引な」

 

 フラガは乗り気だ、宝物を手に入れた子供のようにはしゃいでいる。ガンバレル装備と聞いて完全に乗る気でいた。

 ナタルもそれを歓迎する。

 

「フラガ大尉がモビルスーツに乗って頂けるなら。逃げる分には十分かと」

 

 ナタルがフラガに続くと、マリューは複雑な顔をした、それを見てフラガも神妙な表情になる。

 

「……OSがおそらくは、いえ。まず未完成でしょうね」

 

「あー、まあ、な。どうすっかな……」

 

「? どうされたのですか? 調整なら今から……何ならストライクの方にフラガ大尉が乗られますか?」

 

「いや、少尉。あの坊やの弄ったっていうストライクのOS、君は見てないのか?」

 

「見ておりませんが、報告は受けております。勝手に変更を加えたと。

 フラガ大尉が動かすのには不具合があるのですか?」

 

「不具合つーかなんつーか。まあ実際、あのくらいじゃねえと使い物にならないんだろうな……」

 

 ナタルはフラガから、ストライクのOSは極めて性能を発揮できる代物になっていると説明された。

 ただし、限界性能を発揮するために、信じられない程シビアなレベルでの反応速度、操縦技術を要求される厄介な代物でもあると。

 

 一部だがオート制御を切って、マニュアル制御での操作を組み込んであるOSを見たフラガは、スパイかどうかはともかくキラはアホだと思った。ありゃ人間じゃない。

 

 ナタルはそれを聞いてムッとする。

 

「では、ストライクからOSをコピーして、それを元に修正を加えていくというのはダメなのですか?」

 

「いや、だからさ! 修正どころの話じゃなくて。あれはあのキラって奴が自分に合わせちまったOSなんだよ。

 俺じゃ使えねえよ、つーかあんなの、まともな人間が動かせるレベルじゃないんだよ」

 

「では! 元に戻してそれを、とにかくあんなコーディネーターの子供なんかに」

 

「そんで性能落として、のろくさ出ていって的になれっての?」

 

 困ったように苦笑いするフラガに、ナタルは押し黙った。

 彼女は基本的に理知的な人間だ。できる事とできない事を区別する分別がある。

 だから自分が馬鹿な事を言ってしまったと分かったのだ。フラガの言う事が正しいと。

 

 そもそも、その未完成のOSですら組み上げるのに、連合はどれだけの時間を費やしたか。今は弄っている余裕はない。

 しかし、それではキラ・ヤマトに、コーディネーターに負けを認める事に……。

 

 ナタルは地球連合の士官らしく、コーディネーターへの対抗意識を少なからず持っている。

 しかし、今はそれを出してはいけないと、押し黙った。

 

 

「艦長! 電波撹乱のレベルが上昇していきます!」

 

 オペレーターのトノムラから報告。警告がきた。

 時間切れだ、敵が来る。

 ザフトの攻撃が始まる。こちらはもう少し時間が欲しかったところだが……。

 

 またもやマリューに呼び出しがかかる。今度はキラを監視している保安部からの連絡だった。

 マリューは少しの間だけ彼らとやり取りを交わす。

 悩んだように黙っていたが、次にキラを格納庫へ連れていくように指示した。

 ナタルとフラガが何かを言う前に、口を開く。

 

「……キラ君が協力を申し出てきました。次のジンは要塞攻略装備で来るだろうと。

 加えて、奪われた《G》が投入される可能性が高い……そう、言っているそうです。

 彼をストライクへ乗せようと思います」

 

 なんと言うタイミングか。

 笑ってしまうほど露骨だった。

 どこの世界にこれから闘う相手の情報をもたらすスパイがいるのか、敵か味方か、惑わす作戦ならば大したものだと三人は思った。

 

 キラは単に記憶に基づいて話していたのを、やっとの事で取り次いでもらったにすぎないのだが。

 タイミングが悪かった。

 

「……ま、しょーがねえわな、どうせこのままでもやられちまうし。俺は今回CICに入るよ。ラミアス艦長、俺はそれで良いよな?

 それと、いつでも狙いをつけられる砲を一つ、自由にさせてくれ」

 

「……お願いします。バジルール少尉、CICの指揮を任せます、ストライクの動きに注意しておいてちょうだい」

 

「分かりました。……ラミアス艦長。キラ・ヤマトですが、ノーマルスーツの着用を、不許可、として頂けますか?」

 

 ナタルの提案にフラガは、この新米将校はえげつない手を考えると、さすがにキラに同情した。

 

 これから戦闘……流れによってはそのまま宇宙に脱出していくというのに、ノーマルスーツを着せないと言ったのだ。

 それは、どこかの艦には必ず帰らねばならない事を意味する。

 ノーマルスーツは対G耐性や怪我の防止にも一役あり、しかもコックピットから空気流出でもあれば、最後の砦でもある命綱だ。

 

 キラが不審な動きをすれば撃つ、スパイであればせめて行動に制限を付けておくという確認と方法だった。

 

 マリューは沈鬱な表情を一瞬だけ浮かべると、渋々とだが了解を出した。続いて、全艦に戦闘配置を通達。

 操舵手のノイマンに発進準備を開始させた。

 

 民間人の救助をギリギリまで待つつもりだが、微妙なところだった。

 下手をすると止まったまま戦わねばならない。

 

 マリューはキラとゆっくり話をしたかったが、やることが多すぎてしまっていた。

 まず、どこから出るかを考えねばならないのだ。無事に出られる保証もない。……キラが本当にスパイであれば、この艦は終わりだと悩んだ。

 

 

 







 2018*3月現在 
※ローエングリンの放射能について。
 放射能ではなく、放射《線》ではないかとのご指摘が複数寄せられているのですが、Wikipediaに記載されております通りに使っています。
 合ってるのか違うのか、私にも不明です。
 SF的な突っ込みは勘弁してくださいませ。すみません、この通り。




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ヘリオポリス脱出 中編2 出撃

 

「キラ! お前、どこ連れてかれんだよ!」

 

 走っていたキラを止めたのはトールだった。

 

 キラに張り付いている保安部の兵と共に、格納庫へ向かっていた所に声をかけたのである。

 居住区を駆け足で移動していればそれは目立つ。

 

 保安部の者達も学生相手ということで強引な事はしていないが、余裕はあまりなさそうだった。

 キラは困ったように笑いながらも、兵士達への怒りを隠さないトールにゆっくりと話を始める。

 

「トール、落ち着いて。そんな態度だとこの人達だって困っちゃうよ? 格納庫に行くんだ。モビルスーツに乗るんだよ」

 

「はあ? ……何でお前がそんな事をすんだよ!?」

 

「やられちゃったらどうする訳?」

 

「そうよ、何でキラが」

 

 口々に止めろと言ってくれる友人たちの心配は素直に嬉しかった。

 だが時間がない。

 キラは彼らにうまく答える事もできない。口下手な自分に苦笑する。

 

「……やるべきだから、かな?」

 

 うまく言えない、と笑うと、付き添いの者たちから急げと急かされた。

 

「皆、居住区は安全だから怖がらないでね! すぐ帰ってくるから!」

 

 サイ達は、笑顔で戦争に行くと言うキラを見て先程から感じていた違和感を強めた。

 確かにキラだが、別人のようだと思ってしまったのだ。

 友人や周りの者を気遣ったための態度と気付くには、少し、余裕がなかった。

 

 

 格納庫へ到着したキラはノーマルスーツの着用を許されずにストライクに乗り込んだ。

 さすがに整備班の中には、着せるべきでは? という声はある。

 しかし艦長命令とあれば反抗はできない。 

 それに、彼らにも仕事は山ほどあった。搬入した荷物の固定をしなければならかったのだ。

 戦闘中に崩れたりすれば危険だ、キラの事だけに構っている余裕は本気でなかった。

 

 加えてキラが、ストライクがこれから装備するオプションに、慣れた様子でエールパックを要求した事。

 さらにエールパックの説明を、不要と返事をした事もあって、疑いが強まる面もあった事が彼らからの擁護を控えめにさせてしまっていた。

 

 見知った顔が多い整備班員達からの知らない視線に、キラは強く戸惑った。

 その原因を、自分にあると気付いて渋い顔をする。

 

 失敗した。

 向こうは自分の事を知らないのだから、変な事をしていたら怪しまれるのは当然なのだ、と。

 

 自分のバカさ具合に呆れながら、ストライクのコックピットでエールパックの調整を施していた。

 

 最初から攻守のバランスがいいエールパックを装備していこうと思っていたが、独房に入れられていて調整する時間がなかったのは痛かった。

 

 エールパックはビームライフルとビームサーベル、対ビームシールドを使うベーシックな装備構成になっている。

 

 性能バランスの良さからキラもよく選択していたが、その分、調整にデリケートな物を要求する手間のかかるオプションだった。

 コロニーの中でビームライフルがずれるなど考えたくもないが、必要とあれば撃つとキラは割りきった。

 

 残るオプションはエネルギー消費の激しいランチャー、対多数に向かないソードの二つしかない。

 調整済みのランチャーの一部武装と、ソードを組み合わせるか? と考えたが、なら最初からエールの調整に、と判断したのだ。

 

 自分はできない事ばっかりだな、とキラは自嘲をする。

 

 出撃前の短い間、記憶にある数字を打ち込みつつ修正を加えていると、キラの元に整備班長のマードックがこっそり声をかけてきた。

 

「おい、ボウズ……これ、持っていけ……サバイバルパックだ。少しだが水とメシと、あと酸素マスクが入ってる。役に立つかわかんねーが。

 悪いがスーツは持ってこれなかった」

 

「……ありがとうございます。……でも、大丈夫なんですか? これ、怒られますよ」

 

「うるせーな。ガキが一丁前な口をきくんじゃねえ。……お前さん、ザフトなのか?」

 

 キラは笑う。はっきりしすぎですよ、と言いそうになった。

 知らないマードックだが、知っているマードックだった。ここはやっぱりアークエンジェルなんだと、そう感じた。

 今から思えば、この人の面倒見のよさに何度助けられたか。

 

「……違いますよ。ザフトじゃありません。疑われるような事をしちゃったのは……いえ。

 信用は行動で積み重ねますから、頑張ってきます。これ、ありがとうございました。ハッチ、閉めますよ」

 

「おう……あー、ボウズ、死ぬなよ。逃げ回ってりゃいいんだ」

 

「はい」

 

 ストライク発進の命令が格納庫に響き渡る。

 ブリッジからの情報がキラに伝わってきた、ナタルからの連絡だった。

 アークエンジェルはまだ動けないため、ストライクに敵機の迎撃をお願いするとの事だった。

 理由も聞かずにさらりと受け持ったキラだが、それも疑われる理由になっているようだ。

 仕方ないとはいえ、嫌われた物だ。

 

 それでも言っておく事がある。

 

「ナタ……バジルール少尉、お願いがあるんですが」

 

《何だ?》

 

「僕がアークエンジェルを防御します。ザフト機を近づけませんから、あまり、ヘリオポリスを傷つけないでくれませんか? せめて主砲とミサイルは止めて欲しいんです」

 

《……保証はできないが考慮はしよう。出撃急げ》

 

 ナタルは警戒心の出ている表情だったが、一応、話は聞いてくれた。キラは少し安堵する、話が分からない人ではないのだ。

 ストライクをカタパルトに乗せる。

 

 敵の戦力が判明した。

 大型ミサイルや重粒子砲を装備したジンが3機。

 そしてX303、イージス。

 

 記憶通りなら、親友のアスラン・ザラが乗っている機体だった。

 キラは目をつぶり深呼吸を一度する。自分は戦えるか? ……大丈夫だ、行ける。

 

「キラ・ヤマト、ストライク。行きます!」

 

 エールパックを装備したストライクはカタパルトから打ち出され、飛び上がった。そのままフェイズシフト装甲を起動。

 灰色だった機体外装色が白、そして青と少しの赤で染まった。

 

 キラはストライクをアークエンジェルから少し距離を置かせた位置へ滞空させる……ビームライフルを構えた。

 クルーゼの後退していった場所から4機のモビルスーツが侵入……接近してくるのが見える。

 

 ジンは落とす。

 そしてアスランとは話し合いで終わらせる気だった。

 いざとなれば引きずり出してでも、アークエンジェルに連れ帰るつもりだった。

 知らない人間と友を区別する、命の選別。キラが否定した男のやり方だ。

 

 傲慢だ。

 横暴にも程があるやり方だとの自覚はある。

 

 キラは自分をそう評した男の事を思い出した。

 それで構わない。守りたい物を守るために戦う、やるべきと思ったら撃つ。

 終わった後は、世界が判断を下すのを受け入れるだけだ。

 そんな風に自分の心を固くするキラだが、しかし。

 

「……アスランが前衛?」

 

 記憶と違う。

 キラの記憶ではイージスは後衛にいて、戦線に参加してくるのに時間があったのだが。

 厄介な。

 

 それでも順番は変わらない。まずは危険な装備を持つジンを狙う。

 敵が分散した。イージスはストライクへ、ジン3機は散開しつつアークエンジェルへ向かう機動を見せる。

 チャンスだ。

 

「そこだっ!」

 

 キラの射撃能力であれば、重装備で動きが鈍いジンはあっさりと捕捉できる。ビームライフルでの狙撃。トリガ一を引く。

 直撃コースだ、まずは一機……次の瞬間に赤い機体が射線に割って入ってきた。

 構えられた盾でビームが弾かれる。

 

「……えっ!?」

 

 ビームが完全に防御され弾けた。守られた後ろのジンは無事。

 数は減っていない。 

 理由は明白、何が起きたのかをキラの目ははっきり捉えていた。

 イージスが、X303が対ビームシールドでジンに向かうビームを防御してみせたのだ。

 

 速い動きだった。

 ストライクの構えるライフルの銃口を把握して、高速の機動で割って入る……前進する動きをしながら、散開していたジンを守ってみせるのだ。

 

 イージスの技量に戸惑いを覚えるキラにノイズ混じりの通信が届く。

 

《……マト! 聞こえるか! キラ・ヤマト! それに乗っているのはお前か! コーディネーターなら答えろ!

 お前は……核を撃ったナチュラルに何故、協力している!! 答えろ!》

 

 地獄の底から放たれるような親友の声が聞こえてきた。

 



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ヘリオポリス脱出 後編

 

「クルーゼ隊長、本当によろしいのですか? ……あのコロニーはオーブの物ですが。

 ガモフのゼルマン艦長からも確認が入っております」

 

「構わん、評議会の方々には話が通っている。ゼルマンにもそう伝えろ」

 

 ヘリオポリス外に待機するザフト艦、ナスカ級・ヴェサリウス。

 そのブリッジでは、今しがたヘリオポリス内に差し向けたモビルスーツ隊の装備について、感情のさざなみが立っていた。

 

 D装備。

 これは重粒子砲や、大小のミサイルランチャーを使う高い火力を持つ装備で、使用には指揮官級の許可が必要になる。

 今回の目標は艦艇が1隻に機動兵器が2機ほど。

 その気になれば、コロニーを破壊できる装備は過剰では、との空気があった。

 

 加えて、クルーゼは出撃させたパイロットに、ここで連合の艦とモビルスーツを落とすために全力を尽くせ、と送り出していた。

 コロニーへの被害については何も口にしていないのだ。

 

 表だって反抗などはないが、それでもクルーの半数は落ち着かない様子だった。

 ヴェサリウスと同時に作戦参加していたザフト艦、ローラシア級・ガモフからも確認がきたのだ。

 

 部下を納得させる為に、機会を欲していた艦長のアデスが、そのタイミングでクルーゼに確認していたところだった。

 

 実際、クルーゼの言葉にブリッジクルーはあからさまにホッとしていた。空気が和らぐ。

 

 ただ、アデスは口に出さないが気付いた。

 評議会から許可、ではなく。評議会の決定、でもない。

 評議会の誰か、またはその派閥に《もしもの時の話をしただけ》とも受け取れる言い方なのだ。

 実直なクルーばかりなのを逆手に取った擬装に思える。 問題だ。

 

 ヘリオポリスを傷つけても、評議会を納得させられるのか……? アデスはクルーゼを見る。

 

 中立国のコロニーに損傷を負わせて、どうやれば処分を免れるのかなどと、予想もできない。

 

 連合のモビルスーツ開発を妨害するためとはいえ本当にいいのか?

 クルーゼはアデスの視線に気付いたのか口の端を挙げた。

 艦長のアデスが士気を下げるような事は言わないだろう? と言いたげな笑い方だった。

 アデスは黙っているしかなかった。

 

 

 クルーゼにとって、ヘリオポリスの損害はどうでもよかった。

 モビルスーツを奪取するこの作戦。

 同時に今回の件は、中立を謳い積極的な戦争参加をしてこなかったオーブという国を、表舞台に引っ張り出すためにちょうどいいのだ。

 

 評議員のパトリック・ザラとは話がついている。強硬派の代表のような男だ。煽るのは楽だった。

 

 クルーゼは奪取したモビルスーツの脅威を煽る、パトリックはクルーゼの話を利用してプラントの主導権を握る足掛かりにする……そういう形だ。

 そのために、ヘリオポリスはむしろ壊れてくれた方が実に都合がいいのだ。何なら崩壊しても一向に構わない。

 

 事態を見守る存在などは邪魔。オーブが頭に血を昇らせて、引き金に指をかければ後は泥沼に入り始める。

 

(いけないな。プラントと地球、みんなで戦おうという時に自分だけ冷静な考え方は。苦労は分け合うものだ)

 

 クルーゼの目的の為には、人類全体で頭に血が昇ってもらわねば困るのだ。殺し合いに参加してもらわねば。

 

……そういえば一つ確認する事があった。

 出撃命令を出していないはずの、アスラン・ザラが出た事についてだ。

 

「アデス。アスランが出撃した理由は、誰も聞いていないのだな?」

 

「……は。完全な独断かと。呼び戻しておりますが」

 

「いやいい、分かった。すまんな、私の部下だ、今回は奪った機体の性能テストだと。

 必要があれば、そう説明をしておいてくれ」

 

「……分かりました」

 

 評議員、かつ国防委員長のパトリック・ザラ。その息子がアスラン・ザラだった。

 若く優秀で、およそ冷静。命令違反や独断専行をやらないタイプだと評価していたのだが。

 戦闘意欲や功名心にでも駆られたのだろうか。

 戻って来たら問いただす必要がある。

 

(……優秀なのは確かだからな。ジンを落とされないように牽制ぐらいしてくれれば、コロニーの被害も増すだろう)

 

 死んだところで言い訳ぐらいは用意してある。

 妻を失い、息子も失うパトリック・ザラは、さらに煽れるだろう。

 クルーゼは次の手を楽しげに考え始めた。

 

 

 

 キラは、イージスがビームライフルを連射しながら飛び込んでくるその動きに危険な物を感じた。

 回避運動をしながら撃ち返すが当たらない、動きでかわされ盾で防がれる。速い。

 

「アスラン!?」

 

《その声! やはりキラ・ヤマト……何をやっている! そんな物に乗って! そんな所で!》

 

 イージスは止まらない。

 ヘリオポリスでの彼はこんなに速かったか、と疑問が浮かぶ程に動きが鋭い。

 あっという間に格闘戦の距離になる。知っているモーション。

 近接戦闘に強いアスランの動きだ。

 

 イージスは両手足に固定装備されているビームサーベルの両足分二本を起動、蹴りを放ってきた。

 

 ストライクは全速後退で下がりつつ、後ろへ向かおうとするジンの1機にビームを撃ち込む……その動きを、またもイージスに妨害される。

 全く躊躇いのない突撃で弾きとばされたのだ。

 

 アスランの乗るイージスに直撃などかけられない。キラの弱さとも遠慮とも言える鈍さにイージスは猛攻を仕掛けてきていた。

 

「……っ!? いけない! これ以上は!」

 

 驚く程の思いきりの良さだ。

 アスランの技量に焦りを覚える。間違いなくヘリオポリスで出会った頃の動きと違う。

 

 自惚れだが、今の自分の技量ならすぐにジンを落とせるだろうと思っていた。そしてイージスを、と。

 だが思わぬ鋭さのイージスに邪魔されて、ジンを落とすどころか牽制もろくにできない。

 アークエンジェルに接近されれば終わりだ。

 

 アークエンジェルから迎撃の火線が上がり始めた。

 副砲、対空機銃はフル稼働。さすがに主砲、ミサイルは加減が見えるが結局は使っている。

 ショックだが、責められない。キラは何も出来ていないのだ。

 

「このっ!」

 

 ストライクはイージスからの攻撃を捌きつつ、スラスターを噴かしてジンの一機へ向かう。

 位置取りを考えた動き。イージスに盾を向け、ジンにライフルを向けた。

 追随してくるイージスはすぐ後ろ。

 盾で壁を作り、邪魔をされないようにして発砲する。狙いもろくにつけずに撃った。

 

 アークエンジェルに狙いをつけていたジンは回避運動もしていたが、かろうじて当たる。当たってくれた。重粒子砲を構えていたジンが大破。

 いや、一瞬遅かった。

 ジンが落ちる間際に撃っていたビームが延びていく。それはアークエンジェルを外れた、しかしながら地表に当たってしまう。

 

 キラが息つく間もなくストライクの盾を蹴り飛ばされた、本能で機体を振り回した先で銃口が見える。イージスだ。ライフルを構えている。

 撃たれたビームの回避はきわどい所で間に合った。

 さらに、切り込まれたビームサーベルを盾で受ける。

 強い。

 負けるとは言わないが簡単に相手が出来るレベルではない。

 

「アスラン、僕だ! キラ・ヤマトだ、君と戦うつもりはないんだ! 話を聞いてく……」

 

《目の前でマシューを撃っておいて! お前はナチュラルに味方をするのか! 何故だ!》

 

 言葉では問いかけてくるのに、ビームサーベルでの攻撃には躊躇いが全くない。キラの記憶と違いすぎる。

 

 いや、声も顔もアスランだ、親友のアスラン・ザラ。

 自分にとっては数日ぶりの、向こうにとっては数年ぶりの再会。

 

 ストライクはイーゲルシュテルンを撃ち込み、ビームサーベルを抜き放つ。

 キラがイージスのセンサー部と武装破壊を狙ったのだ。

 

 対するイージスは盾を構えて急速に後退……ビームサーベルだけを完全に防御。

 イーゲルシュテルンの弾幕にセンサーを叩かれながらも、その動きの最中にビームライフルを放ってきた。

 撃たれた緑の光はアークエンジェル甲板に突き刺さる。

 

 キラは一瞬だけ目線を送り、艦の被害を見やった。

 

 ラミネート装甲による防御力はこのくらいでは突破されない。まだ大丈夫だ。

 しかし容赦のない対艦攻撃……アスランを止めないと本当に取り返しがつかなくなる。

 ストライクはビームライフルを連射、イージスを押し返そうと試みるが、イージスは押し負けずに撃ち返しきた。

 

「……アスラン! ここはヘリオポリスなんだぞ!」

 

《居座っている奴が言う言葉か、ふざけるな! 死にたくなければ投降しろ、武器を構える以上は敵だ!》

 

「くっ!」

 

 手強い。このアスランは簡単に止められない、いや、迷いがない。残念だが話も聞いてくれそうにない。

 

(当たり前か……! 仲間を殺しておいて)

 

 まずとにかくジンを止めないといけない。

 しかし自他共に認める経験を持つ今のキラを持ってしても、このアスランの相手をしながら残る二機のジンを撃つのは困難だった。

 少なくとも手加減などは考えていられない。

 

 わずかな隙を作り出して、ジンに乱暴な牽制射撃をするのが精一杯だった。

 ヘリオポリスには被害が広がり始めていた。

 

 

 アークエンジェルのCICでフラガは焦っていた。

 

 キラの言う通りに、敵のジンが要塞攻略装備で来た事、さらにそれをヘリオポリス内で撃ってきた事にだ。

 後ろでナタルは苛立たしげに迎撃指揮を取っている。

 

 前に出たストライクは何とか1機を落としたが、今はイージスに食いつかれ苦戦中だった。

 呼び戻して援護させたいが、気を散らせばやられかねない、通信を送るのは自重するしかなかった。

 アークエンジェルはジン2機を止まったまま迎撃。

 ミサイルの狙いをつけさせないように、弾幕を張り、相手を振り回していた。

 

 相手を回避に集中させるしかないのだ。

 それでも弾幕の隙間から機銃くらいは撃たれる。少しずつダメージが重なるのだが、せめてブリッジに撃たれていないのをマシだと思うより他にはなかった。

 

「くそっ、撃ってきた! 正気かあいつら!」

 

「ヤマトめ、何が押さえるだ……! イーゲルシュテルン、バリアント、迎撃! コリントスは装填したな、よく狙えよ! シャフトには当てるな!

 フラガ大尉、ジンを追い込みます、ゴッドフリートよろしいですか!」

 

「バジルール少尉、待って!」

 

 ナタルが使用を指示した火器にマリューは思わず横やりを入れた。

 コロニー内では副砲のバリアント……リニアカノンですら強力なのに、対空ミサイル……コリントスの弾幕や、主砲……連装式の高エネルギー収束火線砲ゴットフリートは危険すぎる。

 

「大尉、艦は止まっているんです! ラミネート装甲はビームはともかく、ジンの大型ミサイルは防げません、撃たれれば被害は」

 

 オペレーターから警告が来た。

 

「ジンが弾幕を抜けます! 大型ミサイル来ます!」

 

「着弾させるな、空中で迎撃しろ! コロニーにも落とすなよ!」

 

 無茶な命令だった、いかに高性能な艦と言えど、高速かつ自在に動く相手からのピンポイント攻撃を完全に防御するのは難しい。

 ナタルとて、アークエンジェルに被弾しなければ、周りがどうなろうとも構わないなど考えていない。

 

 だが、現実として艦を守らねばならないのだ。

 

 民間人を収容するためにまだ飛べない、移動できない。それを今言っても仕方ない、だから出来る事をやるのだ。 彼女も下の者に無茶を言うのだから、自分も責任を果たさねばならない。

 

 ナタルがジンとミサイルの迎撃をするために全力での弾幕を張る命令を出す直前、細いビームが何発か走った。

 ビームはジンをかすめてよろけさせ、発射されていた大型ミサイル4発の内の1つに当たる……爆発を巻き起こし誘爆で他のミサイルを巻き込んだ。

 

 複数の爆発にあおられるジンを、フラガが目ざとくマニュアル照準する。

 ゴッドフリートによる砲撃、ジンを直撃する。大破だ。

 

 フラガは今のビームをストライクからの援護射撃だと気付いていた。

 

「……やるじゃねえの、あのガキ……!」

 

 フラガの目から見てもあの赤い機体……イージスのパイロットはかなりの腕だが、ストライクはその攻撃をしのぎつつ、こちらに援護射撃をやってのけてくる。

 大した物だった。

 あれで素人は完全に無理があるが。

 

 残るジンは1機。

 しかもミサイルは撃ち尽くしつつある相手だ。アークエンジェルのクルーが、これなら何とかなるか、と息をつくが、ジンが移動を始める。

 他の機体が装備していた重粒子砲に向かっているようだった。コロニーの骨組みと言えるシャフトの近くに落ちた武器に向かっているのだ。

 

 さすがにナタルもフラガもそうは撃てない。すでにゴッドフリートで穴が開いてしまっている。

 

「ストライクに通信! ジンを牽制しろと伝えろ!」

 

 民間人に援護を頼む軍人がどこにいる……ナタルは自分に酷く腹を立てた。

 

 

 キラには通信はよく聞こえた。

 格闘戦の距離でつかず離れずだったイージスのアスランにも、モニターから漏れ聞こえたしい。

 キラに射撃をさせないように猛攻を仕掛けてきた。

 

「アスラン! どうして君が……こんな!」

 

《ユニウスセブンだ……そこに母が居たと言えば分かるだろうがっ!》

 

 キラの記憶と違い、容赦のない攻撃をかけてくるアスランに戸惑っての言葉だが、アスランは何故戦争に参加しているのか? と、問われたと感じたようだ。

 

「ここだってコロニーだ! 分かってるだろう!」

 

《ここはナチュラルがこんなものを作っていていい場所じゃない! お前は何故! お前まで……!》

 

 この友人は、憎しみに捕らわれているとキラは感じた。

 まだ子供なのだ、自分よりもさらに。

 不器用なまでの感受性の高さだ。だが今はそれが恨めしく悲しい。

 こちらを説得したいのか、殺したいのか。

 横目でジンを見る、時間がない。アークエンジェルの迎撃はほぼなくなっている。

 卑怯な手を使う決断をする。

 キラが信頼を置いた友人の力は本物だ、殺す気で仕掛けねば止められない。

 

(アスラン、ごめん……!)

 

 心で詫びながら動く。

 ストライクは盾とライフルを離してビームサーベルをごくわずかに大袈裟に振るった。

 

 イージスからは盾で隠れて見えない左手はアーマーシュナイダーを掴む。

 右手のビームサーベルを見せ札に、捨てたライフルと盾に隠れての、アーマーシュナイダーの急襲。

 それは反応の遅れたイージスの右胸部にかろうじて刺さった。

 フェイズシフト装甲と言えども、モビルスーツの運動量で隙間に実体剣を叩き込めば刺さりもする。

 キラの技量だからこそ可能な技だった。

 

 ただ、イージスの動きを止めきる事はできなかった。

 ストライクも、高速で反応してきたイージスのビームサーベルにより左足に損傷を負う。

 ダメージレベルはかろうじて軽度。

 

 それを認識した二人は互いに愕然とした。

 

 アスランはキラがこんな手を使った事に。

 キラはアスランの技量に……立ち直る土台はキラの方が頑丈だった。

 

 互いに、反応の速さで致命傷を避けた形。

 だがイージスは、確実に右腕の駆動系に異常が出る損傷のはずだ。

 

《キラぁァぁ!!》

 

 アスランの叫びを聞きながら、ビームライフルと盾をキャッチしてジンへ向かう。

 

(……君たちだって、こんな所で仕掛ける必要はないだろ!)

 

 シャフトをうまく使ってアークエンジェルの迎撃を封じながら狙いを定めるジンを見て、思った。

 お互い様じゃないかと。

 

 そして、自分もだ。

 

 割りきるが、割りきれない気持ちのままに撃った。ジンの重粒子砲だけを破壊する。

 

 イージスは損傷をさせた。

 はっきり言ってジン1機など今更どれ程の危険性もない。場所も場所だ。

 大破爆散させるくらいなら降伏させるか、いっそ逃がしてやるべきだとキラは考えた。

 しかし、そんな打算的な考えが次から次へ出てくる自分も嫌だった。

 一気にジンへ接近して、ビームライフルを突き付ける。

 

「聞け! ここで自爆するとシャフトを傷つけるぞ!

 コロニーを崩壊させたパイロットの汚名を着たいか! 降伏しろ! 友軍機のイージスは残ってる! 生きて帰りたければコックピットを出ろ! 今すぐだ!」

 

 苛々する感情のままに叫んだ。

 少しして、了解との返事と共にパイロットはコックピットを出てきた。名前はミゲル・アイマンと言うらしかった。

 

 

 ミゲル・アイマンを回収するイージスを、キラはビームライフルを構えて見守った。

 アークエンジェルからの通信は切ってある。何を言われても今は怒鳴り散らしてしまう確信があった。

 話さない方がいい。話したくない。

 

 幸い、アークエンジェルは砲撃を止めて待ってくれている。帰った後、何を言われるか分からないが、黒煙をあげるヘリオポリスの街並みを見てしまえば、キラはここでの戦闘続行は不幸を招くと確信があった。

 終わりにできるならする。

 

 通信自体を切っているために、イージスとも交信は出来なかったが、アスランの怒りは透けて見えるようだった。

 胸部にアーマーシュナイダーが刺さっている。

 高い技量を持つアスランであれば、死なないでかわしてくれると、身勝手すぎる願望で放った一撃。

 騙し討ちにしか思えないだろう。

 

 ストライクとイージスは距離を保って対峙した。

 通信を求める反応がモニターに出るのを見て誘惑に駆られる。

 

 この距離なら繋がる、全部ぶちまけてしまえば楽になれるのではと。

 未来から戻ってきた、そう言って信じてくれる人間がいればだが……指が伸びかけて、止まる。

 

 サイ達はどうなる。

 自分がスパイと疑われているのに、信用がないのに、ザフトのパイロットと友人では。

 

 自分がいなくなったとしたらアークエンジェルは?

 ストライクに乗って、たった今アスランの仲間を撃っておいて話を始めるのか?

 ならばいっそここでアスランを討つか? 何故?

 

 今後の戦況を考えて? 友人を助けるために友人を撃つのか? 生き残って戦争を止めるために?

 

 今からでも撃ってしまえと言う自分がいる。

 

 アスランを死なせたくないならここで落として、アークエンジェルに拘束でもしておけと。しかしそれは友のやることか?

 思い出すのも恥ずかしいがキラは一度やっている。それに近い事をやってしまっている。

 アスランは何故あの後も自分を信じてくれたのか、分からない。

 もう一度、信じてもらえるのか? 今、言葉だけで。

 

 考えれば考えるほど、今のアークエンジェルと、今のアスランを納得させる事は不可能にしか思えない。

 

「……アスラン」

 

 説得できると思っていたが、アスランは記憶にあるアスランではなかった。

 もしかしてかつてのアスランも自分と再会した時、こんな無力感に襲われたのだろうかと、ふと思う。

 

 ストライクが交信をしないのを諦めたのか、イージスはミゲル・アイマンを手に乗せゆっくり離脱していった。

 撃たれはしなかったが、イージスのビームライフルの銃口は、最後までストライクから外れなかった。

 ヘリオポリス内で戦うのを好まないのか、それとも自分を撃ちたくないと思ってくれたのか。

 

 ここから出ればまた、戦闘になる。

 今度はアスランの友人達とだ。自分も知っている人がいる。

 できれば撃ちたくはないが、アスランの変わり様を見ると……と、キラは暗い気持ちになった。

 

 どのくらいそうしていたのか、いつの間にかアークエンジェルが発進してストライクに近寄ってきていた。主砲や副砲はこっちを向いている気がした。

 ため息が出る。

 とにかくヘリオポリスを出なければならない。アークエンジェルへ帰還するためにストライクを飛び上がらせた。 通信を入れるとやはり声が響いてくる。

 

《キラ君、大丈夫!?》

 

《ばか野郎! 通信を切るんじゃねえ、撃つところだぞ! とっとと帰ってこい! 逃げるぞ!》

 

《何故イージスを見逃した!? 撃てただろう! 答えろキラ・ヤマト!》

 

「……」

 

 これからの事を冷静に、話し合おうと思って努力する。 説明はしなくてはならない、しなくてはならないが今はもう疲れていた。

 殺されてから目を覚まして、自分の馬鹿さ加減を思い知らされて。

 ナタルの詰問はキラの痛いところを突いてくる。

 

「済みませんでした……一度戻ります、ランチャーパックに喚装させてください」

 

《質問に答えろ! さっき落としておけば》

 

「だから……! ヘリオポリスが壊れたらどうするんですか! もうここでは戦えないでしょう。

 外に出ます、アークエンジェルも来てください!」

 

 怒鳴って通信を終わらせようとすると、ナタルではなくマリューから返事がきた。

 

 主砲で穴が開いたためにそこを通って脱出すると言うのだ。……了解して、乱暴に通信を切った。

 

 疲れた。本当に。

 

 アスランと何故こうなったのか、自分でも分からないのをどう説明しろと言うのか。

 

 アークエンジェルごしに見えるヘリオポリスの風景はボロボロで最悪な物だった。

 それでも崩壊しなかった、それだけは良かったとキラは思った。

 

 

 





前中後編は構成が難しい、(中編1、とか2とかやっちゃったし)次から1話ずつにするかも知れません。

後、キラ。書いてて分かってきた。
この子矛盾が多すぎる(。´Д⊂)


2018/3/6 戦闘シーンを色々と修正。


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アルテミス宙域策謀戦 1

 

 

 アークエンジェルはヘリオポリスを離脱、友軍と合流をするべく移動しながらレーザー通信を行っていた。

 ザフトを振り切った訳ではない。

 目的地が完全に決まった訳ではないが、あまりゆっくりもできなかった。

 

 そのブリッジで、マリューは送られてきた通信の内容に首を傾げているところだった。

 いや、呆れていた。

 

 正確には、アークエンジェルから二ヶ所に向けて送ったレーザー通信に対して、何とか返ってきた内容についてだった。

 

《現在、援軍及び救援を編成中。可及的速やかに派遣する次第である。

 貴艦においては現宙域を離れ、艦責任者が職責により適切と判断した友軍との、一時合流を指示する。

 また、連合以外、連合に敵対するいかなる存在に対しても、艦及び艦に関わる機密を明け渡す事を禁ずる。

 民間人、及びその他については、艦責任者に対して処遇を一任をする物とする》

 

 

《当国は現在、かかる事態の収拾と避難民の救援に全力を注いでおり、貴艦に対しても無事を祈る物である。

 また、貴艦から要請された救援要請についての返答は、これを是としない。

 当国は自己による主権を持つ、一国家として軍事的中立を表明しているためである。

 よって、地球連合軍を称する貴艦からの救援は、これを受け入れる物ではなく、また、軍事的な戦力の支援についてもこれを是としない。

 民間人の収容については深く感謝の念をお伝えする、人道的見地から保護と速やかな安全の確保をお願いする。

 また、当国の軍籍を保有する者については、主権を侵害しないよう要請する。航海の無事を祈る》

 

 

 前者は地球連合軍月本部からの、後者はヘリオポリスを保有していた地球の国家、オーブ連合首長国からの物だった。

 

 超が付く巨大組織としての地球連合軍と。

 曲がりなりにも地球、プラント間で戦争状態にある現在で、中立を宣言しているオーブからの返答である。

 まるでどこぞの事務屋が、なるべくかかわり合いになりたくない、と考えて送ってきた文面だとマリューは思った。

 担当者どころか音声すらなく、ただの文面だけ。

 

 一介の大尉、しかも技術畑出身のマリューにはかなりの難解な代物だった。

 実は大変に高度な暗号なのでは? と思ってしまった程だ。

 艦長権限により副長に任命したナタルに相談すると、彼女はしばらく文面を読み「……今は自分で何とかしろ、という事では?」などとふくれ面で言ってきた。

 今すぐ援軍や救援をくれ、とは言わないが、せめてもう少し暖かみのある内容を送ってほしかった。

 これでは見捨てるような物ではないか。

 

 だがこちらとて必死だ。弱まったとは言え、まだ電波撹乱があるのだ。

 ザフト艦が近いのは確実。助けがなければ沈んでしまう。

 

 ならばとマリューがやけくそ気味に、恥も外聞もなく、艦名も職責も外しての個人名マリュー・ラミアスでオーブに送った通信については、今度は驚きの返信が来た。

 

 現・代表首長ウズミ・ナラ・アスハ、その名前で返ってきたのだ。

 内容は簡潔だった。

 

《恥ずかしい話ではあるが、できる事とできない事の間で苦慮している。察してほしい。

 我が国の者を保護してくれた事に感謝したい、軍籍の者については緊急避難としての協力を必ずしも否定はできない。どうかお願いしたい》

 

 マリューは渋面を作った。

 自分が言える義理ではないが、既に協力はしているのだ、モビルスーツ開発を。

 連合はザフトのモビルスーツに対抗するために、オーブは自国防衛のために。

 それがヘリオポリスの《G》だ。

 確かにそれだけだが、やってはいるのだ。

 表に出せないにしても、コロニーを一つ損壊させられて国家代表がこれしか言えないのか。

 

 それとも、これでも踏み込んでくれたのだろうか。

 

(そうね……中立を頑迷に言い張るオーブが、連合と極秘でモビルスーツ開発をするくらいだもの。苦しいのはどこも一緒か……)

 

《G》の開発中に色々な噂は聞いていた。

 中でもマリューが馬鹿らしいと思ったのが、《G》とアークエンジェルに代表首長のウズミが関わっていないとの噂だった。

 まさか、事実の訳はあるまい。

 だが、そんな下らない噂を流してでも、中立を守るのがオーブなのだろうと思ってはいた。

 しかし、国民を守る、助けるために堂々と動けないのなら、わざわざ《中立》という立場を選んだ事になんの意味があるのか。

 マリューは息を吐く。

 

 とにかく、どこからもすぐには援軍は来ない。それは確かだった。

 

 

「トノムラ伍長、チャンドラ伍長、レーダーと熱源探知は異常ある?」

 

「レーダーにはまだノイズがあります、ザフト艦、反応見えません」

 

「熱源探知、異常ありません。……艦長、X207の警戒って、ここまでやらなきゃならないんですか?」

 

「宇宙でならこちらが移動していればほぼ大丈夫。そうそうは、ね。

 だけど万が一、今の状況でX207……ブリッツの奇襲を許せば致命傷をくらいかねないわ」

 

 電磁的、光学的にほぼ完璧と言える迷彩を施すことが可能なステルス機能、ミラージュコロイドを有する《G》……それがX207ブリッツだ。

 

 その機体からの奇襲に対するには、動く。これしか対策がなかった。

 

 弱点らしい弱点は足音や、スラスター噴射の熱はごまかせない。といった点だが、慣性移動で忍び寄られればどうにもならない。

 

 居るか居ないのかが分からない。

 追われる方がやられるのは、苦しいところだった。

 止まっていられないのだ。それがマリューの判断に、追いたてられる物を感じさせていた。

 

 周辺宙域図を見ていたナタルが、警戒を厳重にとのマリューの指示に一段落ついたのを見てとり、意見を述べてきた。

 

「艦長、最も近い友軍は、やはりアルテミス宇宙要塞です。いえ、そこしかありません。

 このままの速度なら一時間以内でたどり着けます」

 

「……ユーラシアの物だったわね。司令官の素性までは、調べようがないか。……まあ向かってしまっているんだから、今さら言っても仕方ないのだけれど」

 

 マリューの煮え切らない態度にナタルは努めて平静を装った。

 わざわざこんな確認をするのには理由がある。

 この、近い友軍の所へ逃げようとしたら、反対してきた者がいたからだ。

 

 キラである。

 

 おまけにその理由が、司令官が信用できないから、だ。

 別の所の方がいいです、とキラが続けてきたところでナタルが激怒した。

 

 貴様よりは百倍信用できる、と、保安部を差し向けてキラをもう一度独房に入れようとするのを、フラガとマリューが止めて今に至っているのだ。

 フラガは、マードックからメビウス・ゼロの修理が終わったと聞いて、真面目な顔で調整にいくとブリッジを出た。

 ブリッジクルーの全員がそれを羨んだ。

 

 

 アルテミスは、周辺に「アルテミスの傘」と呼ばれる全方位光波防御帯を発生させる事で高い防御力を誇り、それにより身を守って来たL3宙域の宇宙拠点だった。

 逃げ込むには丁度いい。

 

 一応、要塞とはついているものの、重要な位置にあるとは言い難い。

 おかげで助かった訳だが、それでも問題は無いではない。

 

「でも、この艦には友軍コードがないわ。

 キラ君の言葉とは逆になるけど、こちらが向こうに地球連合だと証明する物がない。味方だと信じてもらえるかしら?」

 

「少なくとも! ザフトに味方だと話しかけるよりはましです。

 それに補給も必要です。まだ確認中ですが乗艦人数は300名を超しました。

 民間人と避難してきたオーブの者達で、アークエンジェルのクルーを超えます。物資が足りません」

 

 420Mの全長を誇るアークエンジェルだが、元々各種機能の自動化により、最低限必要な運用人数が少なく済む艦だった。

 酷い話だが、少なかった人員が襲撃により減った事で、さらにスペースには空きがある。むしろ運用クルーが足りないほどだ。

 さすがに居住区や、プライバシーを保てる空間には限界もあるが、その気になれば千人位は収容できるだろう。

 

 とは言え収容ができるのと、快適に過ごせるか……養えるかは別の話だ。

 ヘリオポリスで積んだ物資量では、人数に対して単純に水、食料、医薬品が足りていない。

 

 優先して積み込んだはずの武器、弾薬、補修資材類ですら十分とは言い難いのだ。

 娯楽、嗜好品に至っては耐えろ、としか言えない程。

 

 アルテミスに行かなければ、飢えか渇きで死者が出るだろう。もしくは艦内で暴動の発生だ。

 もう、アークエンジェルは向かっている……月には到底たどり着けない。アルテミスに行くしかないのだ。

 

「止まっていられないのだから、行くしかない、か。ナタル、クルー全員の配置は?」

 

「配置は行っていますが、全部署で足りません。予備人員の不足による、ヒューマンエラーの可能性は少なくありません。いえ、想定すべきです。

 ブリッジは現状では各部署の持ち回り勤務になります、特に整備班員の不足は深刻です。

 ローテーションも組めません。……艦長、オーブ軍人達と技術者から人手を募りたいのですが。あとは……いえ、何でもありません」

 

「……わかったわ、私が後で話をしてみます。

 進路はこのままアルテミスに、速度を巡航以下には落とさないで」

 

「了解しました」

 

「パル伍長、アルテミスに通信を送って貰える? 文面は以下の通りで。

 こちらはアークエンジェル、艦長は大西洋連邦宇宙軍・第8艦隊大尉マリュー・ラミアス。現在ザフトの追撃を受けており……」

 

 マリューは通信の文面を伝えながら、ナタルが最後にぼかした言葉を理解していた。

 人員はそれでも足りないと、言いたいのだろう。

 アルテミスで人を下ろせるならば、または友軍が合流してくれるなら問題ない。

 

 だが、できなかった場合は。補給だけを行えた場合は。

 

 アルテミスは、敵の目を引かない位置にある事で持ってきたような拠点だ。

 厄介事を持ち込むアークエンジェルを受け入れるだろうか。

 加えて、アルテミスはユーラシア連邦、このアークエンジェルは大西洋連邦の所属だった。

 同じ地球連合だが、派閥どころか細かく言えば所属が違う。

 最悪、民間人を下ろせず、月本部へ向かわねばならないかもしれない。

 

 そうなれば航海は長期だ。クルーは協力者を募っても過労で倒れる者が出るだろう。

 

 ここは何名か、いや、できれば、民間人からも、大半の人には何かしらの協力をお願いしたい。

 ナタルはそう言いたかったのだろう。マリューも同感だった。

 

 幸いオーブの代表からは、黙認に近い物をもらった。

 生き延びるためと言えばオーブ軍人達から協力を得られるだろう。

 せっかくモビルスーツがあるのだ、パイロット適性のある者がいてほしい。

 技術者も混じっていると聞く、整備にだって人手は必要だ。

 艦内の保安を担当する者だって一人でも多ければ、それぞれの負担が減る。

 この人数では食事の手間も一手間だ。食材を備蓄庫から厨房へ運んでくれる……それだけでもありがたいのだ。

 

 ただ、マリューはさらに最悪の事態として……キラの言う通り、司令官が問題のある人物であればどうするかを考えてしまった。

 いざとなれば拘禁される事も覚悟するか?

 だとしても、ザフトに沈められるよりはましだろう。身元は後から月本部に照会してもらう事も可能だ。

 証明はできるだろう。

 

 ふと、考える。何て失礼な。

 

(……私ったら、仮にも友軍の基地司令を)

 

 考えるべきではない。基地司令だ、まともなはずだ。

 とにかく人員の配置だ。それは損にならない。

 マリューは頭を振る。

 

 先に片付ける問題があった。

 

「パル伍長、キラ君は? 休息を取っているかしら」

 

「いえ、キラ・ヤマトが格納庫を離れたとの報告は来ておりません。……まだモビルスーツの整備中……では、ないか、と」

 

 パル伍長の声には遠慮があった。

 キラの話題はナタルが酷く不機嫌になる。特に今のナタルはかなり神経が刺々しくなっていた。

 刺激する報告はしたくないのだ。

 

 

 マリューが月本部、さらにはオーブからの通信に悩むほんの少し前の事だが。

 

 ヘリオポリス脱出後、キラがブリッジにエールの整備、補給の許可、加えて即座にランチャーへの喚装を要請してきた事が原因だった。

 降りてくれと言うブリッジからの命令に、また敵が来るから、ストライクを降りない、と。

 さらに、そのタイミングで行き先に口を出してきたのもあって、ナタルは爆発したのだ。

 

 マリューがキラの意見を可能性に含み、検討を始めたから。フラガが事のついでに、他の機体も弄らせるか、と発言したから。

 

「……危険です! ザフトのパイロットを、逃がしたんですよ!」

 

「けど落とした奴もいるじゃん?」

 

「それは……とにかく、危険を忘れるべきではありません! 他の機体にまで触らせるなど」

 

「じゃあ、俺のゼロと、ヤマトのストライクだけだぜ?

 ヤマトがもし裏切ったときは、俺がゼロで相手するのか?」

 

「そっ! れは……オーブの軍人に協力を」

 

「あいつはハンパな腕じゃ止められない。

 とにかくさあ、味方と合流するまで不安な訳よ? 仕方ねえじゃん。

 あいつがもうザフトだったとしても、俺たちは頼るしかない。少尉だって分かってるだろ? 

 別に自由にさせるって訳じゃあないさ、協力させる。これならいいだろ? ちゃんと見張る」

 

 そんな調子で。

 民間人で、スパイの疑いがある者にいつまでストライクを任せるのかと。

 他のモビルスーツまで触らせるなど論外だと、最後まで大反対を叫んだナタルだったが、ついにフラガに真面目な顔で嗜められる。

 

「動ける機動兵器が増えると、戦闘指揮官は楽になるだろ? この艦のCIC指揮官は君だ。違うか」

 

 そう言われれば、ナタルはもう黙るしかなかった。

 

 それこそ、スパイに頼るなんて嫌だと、ナタルが言っているのだ。キラに頼りたくないなら、他に戦力を用意しなければならない。

 マリューもナタルの立場に気を使い、フラガにキラの監督を厳重にと伝えはしたが、後は任せるしかなかった。

 

 それがナタルの態度に鬱屈した物を出させているのだ。

 

 

 そんな事が先程あり、今は少し落ち着いてきたのだが。 ナタルの怒りがまだ治まっていないのは見ていれば分かる。

 しかし彼女をなだめなければ、ブリッジが動かないのも事実だった。

 

「バジルール少尉。ナチュラルでも使えるOSは絶対に、いえ何としても欲しいわ。

《G》はそのために作ったのだもの。ナチュラルでも、コーディネーターのモビルスーツと戦える物を。

 貴女なら分かるでしょう? 連合はこれまでにジンを何機も手に入れたけど、一度もまともなOSを作れていない。もし彼が……」

 

「……ヤマトがそれをザフトに流したらどうするんです」

 

 ナタルはマリューと目を合わせない。

 アークエンジェルの実弾火砲の残弾を確認しながら、人員配置表を調整している。器用な物だ。

 地球連合で作るOSが流れたところで問題はあるまい、……が、マリューはそれを言わなかった。

 

 ナタルはとにかく何でもいいから反論したいのだろうと、黙って受け止めた。

 

 ただ、ナタルがマリューの方を向かないのは、仕事のせいだけではあるまい。

 色々あるが、こちらも深刻だ。

 この艦でナタル・バジルールしか、軍人らしい軍人をやれるのがいないのも、マリューは分かっている。彼女は義務を果たそうとしているだけだ。

 納得させてやれないのは、自分の力不足だ。

 

 キラがまた、敵が来るからと言う。

 いっそ全部キラの言う通りになってしまえば、マリューもナタルも疑わしいと言えど悩まなくて済むのだが……などとバカな考えが浮かぶ。

 そんなバカな事ある訳がない。

 

 無言のブリッジは空気が重かった。

 まだ、第二種戦闘配置。皆、ヘリオポリスから休んでいなかった。

 

 





4/21
内容の修正。
ブリッツ対策と細々とした、描写の追加。

4/30
サブタイトルの変更


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アルテミス宙域策謀戦 2

 

 

 クルーゼ隊所属の艦艇、ガモフと名前を付けられたローラシア級。

 そのブリーフィングルームでは、3名のモビルスーツパイロット達が映像データを見せられていた。

 彼らはザフトの士官学校と言えるアカデミー、その卒業成績優良者の証の赤い服……いわゆる《赤》を着る若者達だ。

 ヘリオポリスへの潜入、連合のモビルスーツ奪取。そしてついさっき、それぞれ奪った機体のデータの吸い出しを終えたところだ。

 

 見ている映像の内容は、隊の旗艦であるヴェサリウスから送られてきた戦闘データだ。

 奪った機体のX-303イージス、そしてミゲル・アイマンの機体、さらには隊長のクルーゼ機から回収され編集された物。

 連合の新型艦と、残った最後の《G》ストライクと交戦した映像だった。

 

 彼らは映像を一通り見ると口を開いた。皮肉でひきつったような、闘志に溢れたような、動揺と疑念が混じったような表情と、反応は3人それぞれだった。

 

「へえ、これマジ? やるじゃん」と、口笛を吹いたのは、Xー103バスターを奪ってきたディアッカ・エルスマン。

 

 Xー102デュエルを動かしたのはイザーク・ジュール。彼は食い入るようにストライクの動きを見ている。

 

「クルーゼ隊長のシグー、ノーマルとは言えミゲルのジン。おまけに……アスランを格闘戦で退ける奴がいるとはな」

 

「機体性能のせいでは? 向こうの機体はずいぶんよく動きます。

 同じシリーズでも、あの1機だけハイエンドタイプなのでは」などとニコル・アマルフィは性能面を考えた。

 

「性能ねぇ。どっちかって言うとパイロットの方じゃないの? コーディネーターを乗せてるとか? ナチュラルには無理でしょ、これ?」

 

「ナチュラルだろうがコーディネーターだろうが、モビルアーマー相手よりは、落とし甲斐のありそうな相手だ。

 マシューとオロールの仇を取らせてもらうさ」

 

 まだ若いパイロット達は多少の余裕を見せながら話しているが、それを横目に見る艦長のゼルマンは無言だった。

 これまで、連合のモビルアーマーとザフトのモビルスーツは能力に明確な差があった。

 

 戦況にもよるが、モビルアーマーに集られてもそうは落ちないのがモビルスーツだ。

 いや、攻撃を食らわない、逆に敵を食い荒らす。それほどに運動能力の違いがあると言える。

 

 ゼルマンが経験してきた戦場は、物量に勝る連合に質で戦いを挑むザフトと言うのが常だった。

 一部の例外を除いては、ザフトが質で負けた事はない。

 

 それがこの映像の中では、数に勝るこちら側のジンがボロボロと落とされているのだ。

 

 交戦時間は10分に満たない。しかも彼らと同じ赤を着るエリート、アスラン・ザラの乗った同シリーズの機体を撃退されている。

 隊長のクルーゼ機も小破。魔弾のミゲルに至っては制圧、機体の放棄までさせられているのである。

 

 ゼルマンは《G》の事を量産を前提としたテスト機の一つと聞いていた。

 正直、このレベルの機体が量産できるとは思えない。若い彼らの言う通りパイロットの能力が大きいと思える。

 しかし、もしこれが量産されたらどうなる。

 

 ザフトに勝ち目があるとは思えなかった。

 

 既にあの機体には戦闘データが蓄積されてしまった。危険だ。あのパイロットは逃がすべきではない。

 何としても、宇宙にいる間に仕留めなければならない気がする。

 そんなゼルマンの思考を遮ったのは、イザーク・ジュールとニコル・アマルフィだった。

 

「艦長、それで出撃はいつです。他の部隊と合流される前に叩くとは聞きましたが」

 

「補給を受けないとモビルスーツがありませんよね?

 ヴェサリウスには0、ガモフにも予備のジン1機とパイロット1名だけ、オロールが始めに乗っていたジンは回収しましたけど……大破して使えません」

 

「……クルーゼ隊長の判断次第だ。

 ただし、君たちの奪取してきたモビルスーツをいつでも出撃可能にしておけと。……必要な調整は終わっているのだな?」

 

「あれ使うの? マジ? さすが隊長、すっげえ皮肉」

 

「慣熟訓練もなしか、人使いの荒い」

 

「……ですがゼルマン艦長、この辺りは連合の要塞がありましたよね? アルテミス……でしたか。あそこに逃げ込まれると面倒では? 防御は固いと聞いてます」

 

 

 ニコルの質問にゼルマンが答えている頃、ヴェサリウスのブリッジでも、これからの方針の説明が行われていた。

 

 クルーゼは通信で既にゼルマンに伝えた事を、今度はヴェサリウスのモビルスーツパイロットと艦長のアデスに話している。

 ちょうど、ニコルと同じ質問をアスランが聞いていた。

 クルーゼはそれに笑って答える。

 

「……何、問題あるまい。あそこの司令官殿は極めて防御思考な方だ。駐留している戦力もそう多くはない、打って出てくる事はないだろう。……我々と戦うよりも、観察する方がお好きらしいのでな」

 

 クルーゼは手元にある情報で考える。

 

 ヘリオポリスに潜入していたスパイの情報では《G》とあの艦は大西洋連邦、そしてオーブの物だ。

 しかも非公式。高い確度で識別コードがまだ無いとの話だ。

 

 対してアルテミス要塞はユーラシア側の拠点。

 大西洋とユーラシア……同じ連合ではあるが水面下では対立をしているような連中だ。

 司令官の階級は少将……辺境で暇を持て余し、政治を考えて余計な事をするのに十分な階級と状況だろう……果たして何を考えるか。

 それとも厄介事は御免と門前払いだろうか。

 

 どちらもありだ。クルーゼはニヤリとする。

 

「つまりは臆病ってことか」とはミゲル・アイマンだ。

 

 それにアスランも続く。

 

「では、仕掛けるんですねクルーゼ隊長。……しかし、モビルスーツはどうします」

 

 クルーゼは頂いた物があるだろうと皮肉げに言った。

 

「データは取った。ガモフの3機もそろそろ使えるはずだ、こちらの戦力として使わせてもらう。

 彼らにも戦果を挙げる機会を与えてやらなくては、不公平だろう?」

 

 クルーゼは暗に、アスランが命令なく出撃した事を引き合いに出した。

 アスランとガモフに居る赤服の3名は同期だった。全員の親が、最高評議会の議員という共通点もある。

 友人であり、ライバルのような関係でもあった。

 

 それらを指揮する立場の人間には、面倒な配慮が必要な時がある。そう言って笑うクルーゼに、アスランは直立して謝罪した。

 

「……申し訳ありません。処罰は覚悟の上です」

 

「あー、クルーゼ隊長。あまりアスランを責めないでやってくれ、おかげで俺はすぐに帰ってこれた。魔弾としちゃ情けないがな」

 

「いえ、命令無視をしたのは自分です。味方の援護ができず、任務の達成も出来ませんでした」

 

 かばったミゲルに甘える事なく、愚直な態度のアスランにクルーゼは苦笑した。

 

「いや、残りの1機……ストライクだったか。あれほど動くとは思わなかった、私の予測を超していたよ。

 アスラン、よくミゲルを連れて帰ってくれた、おかげで私は部下を一人失わずに済んだ」

 

「いえ……当然の事です」

 

 クルーゼは固い表情のアスランを気にせずに話題を切り替える。

 

「ミゲル、君の我が儘でヴェサリウスに積んでいたハイマニューバ……先程修理が完了した。次はそれで出てもらうぞ」

 

「ようやくか……了解だ、クルーゼ隊長。見てろよ魔弾の名誉挽回だ」

 

 ヘリオポリスへの潜入任務の数日前、別の作戦により損傷していたジン・ハイマニューバ。ミゲル・アイマン専用機の話だ。

 今度は白い奴、ストライクを落としてやると意気込みながらミゲルは格納庫へ向かっていった。

 クルーゼは艦に指示を下す。

 

「アデス、ヴェサリウスは加速。最大戦速だ、足つきの前に出る。最低でも横にはつけろ」

 

「足つき……ですか。あの艦ですな?」

 

 アークエンジェルの形状を見た感想としては、分からなくもないネーミングだ。

 

「今考えた、ちょうどいいだろう?

 ガモフには後ろから来させろ、挟み撃ちにする。艦の砲撃射程に捉えさせておけ。ただし近づきすぎるな、とな」

 

「確認ですが、沈めるのですね? ストライクも」

 

「危険物は処分だ、仲間の仇でもある。……私は私室にいるので何かあれば呼び出せ。

 アスラン、確認したいことがある、一緒に来てくれ」

 

 クルーゼは必要な指示を行うと、アスランを伴ってブリッジを出た。

 

 通路に出た途端、クルーゼの笑みは消える。

 

 実のところ、モビルスーツ部隊が敗退して帰還した時、クルーゼ隊の面々は少なからず動揺した。

 が、指揮官のクルーゼは、そんな事もあるだろうと余裕を崩さなかった。

 数ある選択肢の中の一つがずれただけだ、修正は可能だと。

 だから部下達にいつも通りの態度を見せていた。

 

 だが、イージスから取り出した戦闘データを見た後は、クルーゼの受けた衝撃は誰よりも強かった。

 

 ストライクの動きに自分以上の物を感じたのだ。

 

 アスランに言った、予測を超えていたとの話は、別に命令無視を多目に見たのではない……本気でこの映像を持ち帰ってくれてよかったと思っただけだ。

 

(まさか、モビルスーツ4機で止まっている艦を沈められんとはな……)

 

 自分の他に気付いた者はいないかもしれない……あのストライクは手加減をして戦っていた。

 落としている相手と、落とさない相手がいるが、それは状況がよく見えている事の証明だ。

 モビルスーツ4機を相手に加減を考える腕なのだ。

 アスランが出ていなければ、ここまでの技量とは把握できなかっただろう。

 

(私とやった時は本調子ではなかった? ……シグーでは話にならんな)

 

 以後、ストライクと単独で当たるのは慎むべきだ……クルーゼは強く思った。

 まったく、ザラには助けられる、どれだけ私に手を貸してくれるのか。精々これからも利用させてもらおう。

 

 クルーゼは表情を引き締める。

 少々プランの修正が必要だ、あの危険物。利用しようと考えるのはやめだ。早めに沈めてしまおう。

 沈めるのに生け贄が必要ならば、何かを用意する必要があるが……。

 足つきの行動を思い出してみる。

 

(戦闘中でも地表に降りたままだったな。ハッチが空いていた……補給が絶対的に足りなかったのか、あるいはどうしても乗せなければならなかった者がいるのか。

 あの車両隊……民間人か? 逃げ込む先がなかった? なら付け入る隙は……)

 

 

 アスラン・ザラは自分がただで済むとは思っていなかった。クルーゼが、ブリッジで自分に何も言わないのを、不思議には思わない。

 

 勘の鋭い人だ、何かあったのを薄々……いや、勘がどうこうではない。

 通信ログを見れば異常は分かる。イージスにはストライクとの交信の記録が残っている。整備兵から報告は行っているはすだ。

 士気を下げかねない発言を人前でさせるのを嫌ったのだろうと、考えた。

 

「……さて、ようやく確認ができるな。アスラン」

 

 クルーゼが言葉を発したのは、部屋に入りドアが閉まったすぐ後だった。アスランは言い訳をするつもりはない。 黙って罰を受けるつもりだった。

 

「先の戦闘では失礼しました、如何なる処分も……」

 

「落ち着きたまえ、懲罰を課すつもりはない。

 君がデータを持ち帰ってくれたおかげで、あれの危険性を正しく認識できた。むしろ功績と思っている。

 だが、通信ログの報告が上がっていてね。疑わしい物があると。

 君からも話は聞いておきたい。いつもの君らしからぬ振る舞いだ……何があった?」

 

 アスランは戸惑った。

 まさかそう来るとは思わなかったのだ。通信の露見は覚悟していた、罰どころか銃殺も。重大な違反だ。

 なのに、話を聞きたいとは。

 

 クルーゼは続ける。

 

「あのストライクが動いた時、君は確か、側にいたと言ったな。何か見たのかね。……それを確認しに行った?」

 

「……申し訳ありません、動揺しておりました。報告が遅れてしまい。自分でも確信が持てなかったので出撃を」

 

「知り合いでもいたのか?」

 

「……あれに乗っているのは友人の……キラ・ヤマトです。コーディネーターです。月の幼年学校で一緒でした」

 

 アスランは感情を揺らすまいと思った、ただ事実を報告しようと。

 しかし幼い時に最も信頼していた相手の名前。それを出すとき、目線を伏せてしまった。友を売るような気分がしたからだ。

 

 だから気付かなかった。

 クルーゼがキラの名前を聞いた時、わずかとは言え狂気の感情を見せた事に。

 気付くチャンスを逃した。

 

「……泣き虫で甘ったれで、優秀なのに、いい加減な奴で。弟みたいな奴でした」

 

「……………………そうか……なるほどな、それでか……キラ・ヤマト……か……奴が」

 

 いつものクルーゼとは微妙に違う声色。

 アスランは目線を上げたが、その時には既にクルーゼの不自然さは消え去っていた。

 確かめる前に新たに問われる。

 

「アスラン……そのキラ・ヤマトと連絡は、とっていなかったのか?」

 

「は……父が、テロに遭ったのをきっかけに月へ行った頃でしたので。

 連絡先は誰にも言ってはいけない、誰からも受けとってはいけないと……厳命されておりました。

 卒業してプラントへ戻る時にも、キラにだけはと思いましたが……」

 

 再会を誓うのが精一杯だったと、アスランは苦渋の表情を浮かべた。

 

「なる程な、肉親の命がかかっているのではどうしようもあるまい。正しい判断だろう。

 事実、彼は《連合の》兵士として現れた。あるいは、昔からそれを狙っていたのかも知れん。ザラ委員長の判断は正しかったと思える」

 

 クルーゼは内心、舌打ちしながらそう言った。

 連絡先……渡しておけばよかったのだと。そうすれば、もっと早く手札として使えた物を。バカなアスランめ。

 

「そんな事はありません! 騙されているんです、あいつは! ……バカなんです。

 お人好しで、ぼーっとしてて、優秀な癖に大事なところで抜けてるんです。

 いつもいつも自分の事も忘れてフラフラして……だからいつも俺が面倒を見て……い、いえ、失礼しました。申し訳ありません」

 

 アスランは口を閉じる。

 これは関係のない話だ。いや、してはいけない話だった。

 仲間を殺されているのだ。これでは敵をかばっている事になる。

 クルーゼはアスランの態度を気にした風もなかった。

 

 実際に気にしていないのだ。クルーゼが考えるのは更に別の事……これから後の事だ。

 

「戦争とは皮肉なものだな。まさかそんな再会があるとは。君の動揺も仕方あるまい。

 分かった。そういう事なら次の作戦、君は外そう。

 幸いイージスは修理中だ、《連合》の兵になった相手とはいえ、君は友を撃ちたくあるまい。私とてそんな真似をさせたくない」

 

「い、いえ! 出れます。戦えます! 自分は志願した時に、プラントのために戦うと!」

 

「かつての友人とはいえ今は敵だ。プラントに仇なす者なら、撃たねばならない。ストライクの動きを見たろう、君の友人は強敵だ」

 

「分かっています」

 

 クルーゼの、一見すると配慮を見せるような……それでいてその実、巧妙に戦意を刺激するような言葉、話の流れに、アスランは淀みなく答えた。

 答えさせられてしまう。辛そうな表情で。

 

 キラの能力の高さを、アスランは昔からよく分かっていた。

 コーディネーター全てが兵士として優秀という訳ではないが、少なくともキラは強敵だった。

 

 先ほど負けたのだ。

 思わぬ再会に激昂してしまったが身体は動いていた。

 

 当然、殺すつもりは無かったが、怒り任せに叩きのめしてやろうと思ったのは事実だ。

 バカなキラ。また変な奴に騙されたのかと。

 そして負けた、正面から。

 

 アスランは考える。

《連合の》兵士となってしまったキラを止めるためには、死にもの狂いで戦わねばならないだろう。それこそ殺す覚悟で。

 話して止まってくれる物だろうか。

 

 悩むアスランに、しばらくの間を置いてクルーゼが尋ねた。

 

「説得してみるかね?」

 

 兵士としては許されない。

 アスランはそれが分かっている。

 否定しなければ……そう思っていても、口は別の言葉を発していた。

 

「……はい、可能であれば。どうか機会を」

 

「好きにしたまえ」

 

 アスランは、いいのか、とでも言いたげにクルーゼを見上げる。そこにあるのは厳しい上官の顔ではなく、いっそ優しげな物だった。

 

「だが、アスラン。君の友人のために手加減はできん、あの艦とストライクはプラントに危険と考える。速やかに破壊するべきだ。

 よって、私は部下達に全力で戦えと言うつもりだ。余計な話を伝えるつもりもない。時間に余裕はないぞ。

 次で沈めるつもりだ……もし、相手が聞き入れないときは」

 

「そ、その時は……私が、撃ちます……」

 

「それでこそだ、ザフトのアスラン・ザラ。

 酷なようだが立場を忘れないで欲しい、人には取れる行動と、やってはいけない行動がある。以上だ、下がっていい」

 

 クルーゼの最後のセリフには、何か言いたげのアスランだったが、結果として彼は黙って退出していった。

 

 クルーゼは椅子にかけ、しばらく無言だった。

 ぽつりと呟く。

 

「……キラ・ヤマト、貴様だったか」

 

 許せない存在。

 しかもアスランと旧友とは。

 なんと素晴らしい展開か、何という世界か。

 面白い。

 色々な可能性を考えてはきたが、こんな状況が整うとは。何という事か。

 

 このカードをどう使うか。

 

 中立のヘリオポリスに、連合軍とオーブ軍がいて、共同で対ザフト戦を行った。

 未成年が連合の兵器に乗っている。しかもその未成年は、プラントの国防委員長の息子と古い友人。

 こんな贅沢な手札はそうはない。

 

(国籍は……オーブだったな、連合に変わった? いや、間違いない。奴の事は何もかも調べた。オーブだ、オーブの人間が連合のモビルスーツに乗っている)

 

 仮にスパイだと言い掛かりをつけるだけでも、どちらにでも効果を与えられる。

 オーブのウズミは引きずり下ろすか、据えておくか。

 連合に対する打撃としてもよい。いや、オーブ自体を揺らす手もある。それともユーラシアと大西洋を割るか。

 あの盟主はこの情報を喜んでくれるだろうか。

 

 アスランの説得に応じて、プラントに来るなら来るで、使い道は少なくないが……。事故死はどうだろうか。

 いや、出来るならば殺したい。はっきりと、それも今すぐ。

 奴を、キラ・ヤマトを討つ事は最高の気分になれるはずだ。

 自分の手で討つか。

 それとも同じコーディネーターの手で討たせるか、どちらも最高に皮肉が利いている。

 

(それとも、やはり貴様は究極の存在なのか? 私では勝てないのか? どうなんだ、キラ・ヤマト……)

 

 クルーゼの言葉に、面白いように追い込まれてくれたアスランの思い詰めた顔を見る限りは、次の戦いで宇宙の塵と消える可能性もある。

 

 万が一逃げられた時は、それはそれで謀略につなげればいい。

 クルーゼは机から常用の薬を取り、飲み込んだ。笑いが止まらなかった。

 手元にある通信機を起動、ブリッジを呼び出す。

 

「アデス、連合の月本部へ打電、レーザー通信だ。……聞き間違いではないよ。連合に打電だ……そうだ。

 暗号通信ではなく、通常文で送る。以下のように打て……」

 

 





やっと何とか書き上がりました。
サイレントラン。フェイズシフトダウンの、二話分をまとめて、展開させるのに、やたらかかった。疲れた。疲れました。

※アルテミス 1をアルテミス宙域策謀戦 1にサブタイトル変更


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アルテミス宙域策謀戦 3

 

 

 アークエンジェルの格納庫は騒がしかった。

 

 整備用機材の騒音。それに負けないように大声になるマードックを始め整備班員たちとキラ。

 

 打ち合わせ、怒鳴り声。確認と説明と、また確認。

 さらにはキラの協力を得て、メビウス・ゼロのみならず、他の搭載兵器の調整を始めてしまったフラガも混じっていた。

 忙しそうな連中に対して、キラにくっついて見張る保安部の者たちは、少し肩身が狭そうだった。

 

「まさか、他にもモビルスーツがあるなんて……」

 

「君の友達が見つけたんだとよ、俺は君が持ってこさせたのかと思ってたが。違ったのか?」

 

 フラガの嫌味だが明るい口調の冗談に、キラは苦笑いを返した。

 何でも知っている訳ではない。

 単純に知らない事もあるし、経験していても覚えがない事もある……忘れたい事や、記憶が曖昧ではっきりとしない事も。

 

 キラの記憶とは違い、現在、アークエンジェルには4機のモビルスーツと、1機のモビルアーマーが搭載されていた。

 ストライクと、メビウス・ゼロ。

 メビウス・ゼロが背中にくっついたようなストライク。

 

 まだ出来ていないはずのオーブ製モビルスーツ・M1……それによく似た、灰色の機体。

 そして拾ってこいと命令されたジン。

 

 前回とは違って中々の数だと思える内容だった。

 

 ただ、ジンについてはただでさえ忙しいのに余計な物を拾ってくるな、と、整備班にはスパイを疑われた時より睨まれた。

 マードックに乱暴に頭を撫でられ、キラは照れ臭い思いをしたが、ほんの少しだけ空気は柔いだ。

 

 休んでこいと言われているが、キラは格納庫を出るつもりがない。

 エールパックを補給に出し、ストライクは即座に出られるようにランチャーで待機をさせて、自分はコックピットで居座ろうと思っていた。

 

 ヘリオポリスが崩壊していないのだ。

 記憶では、崩壊したへリオポリスの残骸と熱に紛れて、ここを切り抜けた。

 残骸を盾としてザフトの包囲に対応し、アルテミスに逃げ込んだのだ。

 

 それがないのだ。

 

 まずザフトに位置を特定されていると思っていた。

 へリオポリスが崩壊しなくて大変だ、などとは口が裂けても言えない。

 なら、何とかするのは自分の責任だとキラは思っていた。

 

 だから理由として、ストライク以外のモビルスーツを戦力化するのに手を貸せ、と言われるのは正直助かった。

 ナタルに、アルテミスに行きたくないと言って怒らせてしまい、独房入りを免れるのにちょうど助かったのだ。

 

 また、ナタルを怒らせてしまった。

 時間が無さすぎてろくに話をできないが、それの影響を甘く見ていたらしい。

 自分には信用がない、その状態を甘く見ていた。

 

 一度信用を築けた記憶のある他人、というのは寂しい感じだ。

 マリュー、ナタルともちゃんと話をして、まず、敵ではないと分かってもらわねばならない。

 

 友人たちも説得しなければならない。

 自分だけを戦わせるのは……そういう気持ちでアークエンジェルの志願兵となってしまうサイ達。

 それも止めねばならない。早急にだ。彼らはそもそも戦争をするべきではないのだ。

 

 アスランも止めたい、説得したい。こちらも早くしなければ。

 いや今はアークエンジェルが安全圏に行く事が優先だ、まず艦の生存だ、後回しには出来ない。

 

 だが、どうやっていいのかわからない。

 

 やることが多く、やり直すチャンスがあるのに、うまく解決策が浮かばない。

 戻ってきたのに何もできないのだ。

 

 キラが自分の至らなさに悩んでいると、さらに心底、自己嫌悪させられる事を教えられた。

 フラガの注文で、ガンバレル付きストライクの性能把握と、OSを弄り始めた所だった。

 

 フラガから怒られたのだ。乗っている艦の状況を、考えて喋れと。

 

「……アルテミスに行かないと、持たない?」

 

「ああ、水、メシ、弾薬、人手。何もかもな。

 おまけにシェルターがぶっ壊れて逃げ込んできた民間人、その中には怪我人もいるから出港から医務室は満員だ。軍医が無事で助かったな」

 

 バジルール少尉が頭をひねってたが、無理そうだ、と。 必要な物資がないから、アルテミスしか行けない。お前が何の情報を持っていて、それが事実だとしても言い方を考えろと、言われたのだ。

 この艦を沈めるならつもりならはっきり言え、そうじゃないなら、考えて喋れ、と。

 

 キラは黙った。

 知らなかったのだ。以前も物資がない。足りないとはよく聞いていたが、まさかそこまで深刻とは考えていなかった。

 違う。知ってはいた。把握をしていなかったのだ。

 

 足りないと聞いただけで、何がどのくらいとは一度も。

 そういえば自分は整備をよく手伝ったが、それは電子系の話だけだ。一度でも物資の備蓄量に気を回した事があっただろうか。

 アークエンジェルの生活物資、モビルスーツの部品、なにもかも人任せだった気がする。

 

 マードックが整備班の皆と毎日頭を抱えていたのを何度も見たはずだ。マリューやナタルが疲れた顔でブリッジに居る姿も何度も。

 キラが近づくと彼らは笑って言うのだ「何でもない、お前は休め」

 自分の不足が次から次へと見えてくる。

 

「……そうですか。アルテミスに行くしか、なかったんですか」

 

「ああ……それでよ。司令官は信用ができないって話だが、どうなんだ。どんな感じなんだ? 話してみろよ」

 

 保安部員が止めに入るが、フラガはさらに突っ込む。

 追い詰められたキラが強硬策に出るのは覚悟の上だ。

 

「事情があるなら、聞いてやる。だからせめて話せる事を話せよ。

 悪いが、ブリッジの空気はよくないぜ? 

 俺もそうだが、バジルール少尉が納得しないんだよ。何を知ってるんだ?」

 

 フラガはキラの反応を待った。

 

 キラのキーボードを打つ指が止まる。

 言い訳を考える、フラガに対して。ダメだ、思い付かない。

 いっそそのまま……いや、未来の話をして、もし違ったらどうする。

 自分の知らない事が起きている、このモビルスーツがその証拠だ。

 記憶の話をして、それが違っていた時。次に聞いてくれる者はいなくなるだろう。

 

 はっきりとした事は喋れない……キラは迷った末に、人柄の問題で信用ができないと答えた。

 

 フラガは肩をすくめる。

 

「人柄ねえ、具体的に何か問題か?」

 

 問題だらけでしたよ、そう言ってしまいたい。

 ミリアリアに手荒な真似をして、サイを殴った男だ。

 子供に手を上げる時点で、キラの相手に対する評価は最低と言っていい。

 

 不当な扱いをされ、ザフトの奇襲を許し、結局ろくに休む事もできずにまた逃げ出す事になった。手柄への欲が目に映っていた男だった。

 ただしこれは記憶の話だ。だから結局のところ具体的な事は言えない。

 

「……地球連合としてではなく、ユーラシア連邦としての立場で物を言う方です」

 

「その位はどこにでもある話だからな、他には?」

 

 他にはない。だから頭を悩ませているのだ。

 キラが黙ってしまうとフラガは呆れた顔をした。

 

「ねえのかよ……」

 

 こりゃ、スパイじゃねえな。とフラガは納得した。

 こんな頭の回らない工作員がうろつける程、連合は温くない。……温くないと思いたい。

 ならばと、フラガは質問を変える。

 

 イージスを撃たずに逃がしたのは、何故か、と。

 

「ジンとは性能が違ったってのは無しだぞ、アーマー乗りを甘く見ないで欲しいな。

 お前はイージスを落とせた。なのに見逃した、これは? こっちもだんまりか? 

 見逃した時に、こっち側との通信を切ってたよな……ログに何が残ってるか。調べてもいいんだぜ」

 

 フラガは先程よりも硬い声になる。この件は見逃さないようだった。

 

 モビルスーツと戦ってきたフラガにしてみれば、落とせる時に落とすのは当然と言えた。1機落とせば強敵が減るのだ。

 まして、あのイージスは相当に危険な動きをしていた。

 正直、コロニーの中だろうと、落としてしまうべきだったと思っている。

 

 フラガが砲を撃たなかったのは、イージスが敵兵とは言え人を手にしていたからだ。

 パイロットとしての最低限の掟を守ったにすぎない。

 

 しかしストライクには、その前に何度もチャンスがあったと感じている。……いや、あったはずだ。

 

 キラは言葉が出なかった、また答えられない質問だ。

 自分に苛立ちが募ってくる。考える事の多さがキラを苛立たせ、焦らせていた。

 

 死なせる訳にいかない者が多すぎるのだ。

 

 奪われた《G》に乗る4人は、戦争終結後に穏健派にも強硬派にもなり得る存在だ。その親共々に。

 撃ってしまえば楽だ、今は楽になる。

 しかし後を考えると、その親が強硬派になりかねない。

 

 キラはブリッツのパイロットを思い出す。

 

 自分が討った彼は名前をニコルと言ったか。何の恨みもなかった相手。……その親は息子の死を境に強硬派になったと聞いた。

 むろん、だから今回も、とは限らない。同じ境遇から穏健派になる可能性だってある。

 

 だが、だから迷うのだ。

 今を手に入れて、後の戦争を激化させてしまうのであれば。クルーゼの思惑通りになってしまう。

 

 さりとて落とさねば、今度は味方や周りが死んでしまう日が来るかも知れない。

 フリーダムに乗ってからやった不殺の戦いは、むしろ残酷なやり方だと非難を浴びた。

 

 思えば確かにそうだが……だからと言って次から次へと殺しては自分がただの殺人者になった気がしてしまう。

 もう人殺しなのは分かっている。しかし、見知った顔まで撃つなら、何のために。

 

 正直なところ、生き延びる事だけを考えていた昔が少しだけ楽に思える。

 今は……迷いすぎる。

 

 だが昔の自分のように、流された先で何を言っても遅いのだから、苦しくても今やらねばならなかった。自分で決断しなくてはならないのだ。

 

 キラは短い時間、しかしひどく悩んだ末。

 フラガに話す事にした。

 

 

「……ザフトの《G》を落としたくない? なんで?」

 

「友人が乗っているんです」

 

 呟かれたキラの言葉にフラガが絶句した。

 友人? ザフトに? やはりザフトだったのか? だから逃がしたのか?

 側の保安部員が慌てて銃の引き金に指を添える。

 

「あ、あの! でも、アークエンジェルを守りたいのも本当なんです。僕はザフトじゃありません、もちろん、サイ達は関係ありません。この船に乗ったのも偶然で。

 サイ達は普通の民間人なんです。アスランと会ったのも偶然で、本当なんです!」

 

 キラの慌てぶりにフラガも引っ張られた、黙って聞いていればいいものを、わざわざ聞き返す。

 

「いや、だけど。ならよ……なら、何でモビルスーツに乗ってんだよ? 友人なんだろ、一緒に投降するとか……あるだろう、君には。生き延びるためなら、やり方が他に、ヘリオポリスでなんで……」

 

「……アークエンジェルも守りたいからです」

 

 聞くんじゃなかった……フラガは心底後悔した。

 完全に毒気を抜かれた。

 よく分かった、こいつはバカな子供だ。スパイじゃない。どころかさらに訳のわからん存在だ。

 

 細かい理由は全くわからないが、訳のわからん事を、しかし本気でやろうとしている大バカな子供なのだ。

 戦場で人を助けたいと抜かすバカに近いかもしれない。

 ただ、そこらにいる似たような連中と違うのは、口だけではない、と言う事だ。なお厄介だ。

 

 フラガはため息を吐くと、静かにキラを見据えた。

 

「傲慢だな。お前、死ぬぜ」

 

「わかっています。でも僕はそうしたいんです」

 

 傲慢と言われて、あっさり受け止められては話にならない。

 

「……悪いが、俺には手加減してやる余裕なんかねーよ。むしろ、こっちの方が必死だからな。俺は撃つぜ」

 

 フラガはナタルとは別の意味で、キラをストライクから下ろすかを考えた。しかしキラは躊躇いなく返す。

 

「ムウさんはそうして下さい。僕は可能な限りの事をやります」

 

「不可能だったら、どうするんだ」

 

「撃ちます。その時は」

 

 フラガは天を仰ぐ。

 

「……ああーもう、くそっ。マジで聞くんじゃなかった。艦長達にこの話は伝えるぞ? どうなんだ」

 

「構いません。どうぞ」

 

 フラガの話し方によってはキラの内通者疑惑はさらに深まる、というか最早ほとんど確定しているとか思えない。

 黙っているのは無しだった。

 どうせばれる。なら早めにこちらから言わねば心証が悪い。

 整備員達は聞こえないふりをしてくれているが、それがいつまでかは分からないのだ。

 

 どうやってマリュー達に話すかと頭を悩ませるフラガに、保安部員の一人が口を出してきた。

 

「あの……もしかしてなんですけど……? ああ、すいません口を出して。

 ヤマト、お前さ。ザフトの奴等と友人なんだよな? じゃあ説得はできないのか?

 お前みたいにこっちに来てもらうとか、せめて戦うのを止めてもらうとか」

 

 他の保安部員も、いや、戦闘中にそんな余裕はないだろ、だの、友人同士で撃ち合うよりは、等と口を出し始める。

 

「あの……向こうは僕を知らないと思います、あ、いえ、イージスのパイロットは……アスランは僕を知っているんですけど……」

 

「なんだそりゃ?」

 

「彼らの親御さんが評議員なんです。すいません、それ以上は……」

 

 そこら辺を説明できないキラは、何とかごまかそうと相手の素性に関わる事を話した。

 効果は予想以上だった。

 フラガと保安部の者はげんなりとする。

 

 つまりよくは知らないが、ひたすら面倒だということが確定したのだ。

 1機でも落とせば目の敵になるのが決定だ。嘘と言って欲しいくらいだった。

 

「……そんな奴らモビルスーツに乗せんなよ。いや、言っても仕方ねえけどさ……」

 

「参ったな。あの、フラガ大尉。じゃあメッセージはどうですかね? レーザー通信なら送れますよ、ヤマトに艦から……」

 

「いや、艦からはまずい。失敗したときのヤマトの立場が……ザフトにいる友人ってのも立場があるだろうし……いや、そうか。それだ!

 キラ、お前ストライクからメッセージを送れ! 用意しておいてよ、相手がモビルスーツで出てきたら送るんだ! そうすりゃ戦闘中でも一発で送れる。それを読んでもらえりゃ、お前の立場も」

 

 フラガの言葉を遮って、誰かの腹が鳴った。

 打開策を討議していたら、腹の虫が盛大に鳴ったのだ。誰か? キラだった。

 雰囲気がぶっ壊れた。しらけたような空気になる。

 

 それでもマジメにやれと怒鳴り声が飛ばなかったのは、キラの表情のせいだろう。

 顔を赤く染めて小さくなるその態度は、大人達からはやっと、年相応の子供に見えたのだ。

 

 彼らは、初めてキラ・ヤマトが生身の人間だと思えた。

 

「……ヤマト、ちょっとメシ食ってこい。そういやヘリオポリスからこっち、ろくに休む時間なかったからな。……あーいいから! 戦闘中に空腹で倒れてもらっちゃこっちが困るんだよ! 行け! 15分で帰ってこい」

 

 大丈夫ですと言い張るキラに、フラガは保安部員をくっつけて無理矢理に食堂へ送り出す。

 肩の荷が軽くなったようなキラの顔、明らかにほっとしたような顔を見せられて思わず甘い顔をした。

 自分も年を取ったものだ。

 

「……はあ」

 

 つついてみたら爆弾が出てきた。

 自分はこれからザフトと戦う度に、友人だというキラの話が頭をちらつくだろう。……本当に聞くんじゃなかった。

 フラガはまた、盛大にため息をついた。

 

 

 キラの足取りは軽かった。

 肩にかかっていた重さが軽くなった気がした。なくなってはいないが、とても軽くなった。

 話してしまった。全部ではないがしかし、話せたのだ。よかった。

 少しだけ自分を見る厳しい目が減った気がする。

 

(マリューさんにも、ちゃんと話そう、ナタルさんにも。そうだアスランへのメッセージを考えないと……)

 

 伝えねばならない事を考えながら、居住区を抜けて食堂に向かう。それにつれて人の姿が増えた。

 記憶とは違い、前よりも多かった。大半の人は疲れた不安そうな顔をしている。

 モルゲンレーテの技術者が居ると聞いたが……その家族も居るからなのか、子供の姿もちらほらと見えた。

 

 この艦にたどり着けなかった人もいるだろう。

 前回……と言っていいのかは分からないが、戦闘の巻き添えでシェルターを破壊された人はいたに違いない。

 

 そう思うとやはり胸が痛んだが、今回はヘリオポリスの崩壊は防いだ。それはキラの心を軽くする一因だった。

 壊してしまったが、崩壊はさせていないのだ。救助が来るまで空気は持ってくれるはずだ。

 巻き込む人は減らせたはずなのだ。

 頑張れば変えられる。大丈夫だ。フラガ達にも少しは事情を話せた。大丈夫だ。

 今度は友人達の説得だ、簡単だ。戦わないでくれと頼むだけだ。

 

 キラが食堂に入ると席はほぼ、埋まっていた。空きを探すと友人達の姿が目に入る。

 ちょうどいいと、声をかけようとして。

 

 赤毛の女の子の姿が目に入った。

 キラが助けられなかった子が、居た。

 

 

 

「私怖かったんだから! モビルスーツが飛んでるし、サイは側にいないし! ねえ、サイ! 聞いてるの!」

 

「聞いてる、聞いてるって……あ、キラ!」

 

「キラ! 大丈夫かよ? 怪我とかないか?」

 

 トールが食堂の入り口に立ったままのキラに気付いて、側に寄ってきた。

 モビルスーツに乗ると言って別れてから、ようやく無事なキラの顔を見れた。ほっとした顔だ。

 

 隣に座る赤毛の女の子に腕を掴まれていたサイも、親の心配をしていたミリアリアとカズイも、キラを迎えた。

 自分達が集まっていた席にキラを座らせる。

 まだキラについている保安部員にトールは不満気だったが、反抗はしなかった。

 食堂の外にも中にも保安部員が居たために、キラにくっついてきた者を気にする者は少ない。

 

「まだキラを見張ってんのかよ。まったく。キラは違うっつーのに」

 

「ねえ、キラ。もう大丈夫なのよね? 兵隊さんから味方の所に行くから大丈夫だって聞いたけど……」

 

 不安そうなミリアリアの問いに、キラは答えられなかった。キラの目は前に向き、サイの隣に座る女の子の顔から離れなかったのだ。

 

「……な、何で」

 

 ここに。いるのか……ヘリオポリスは崩壊していないのに。なぜ。

 サイが、キラの目線に気付いて説明した。

 

「ああ、シェルターがさ、その……戦闘で壊れちゃったらしくて。近くにこの船が見えたから逃げてきたんだってさ。ホントよかったよ、運がよかった。な、フレイ」

 

「ホントよぉ! いきなり戦争が始まっちゃうし、知らない人ばっかりだし、シェルターはあちこち埋まってるし、やっと逃げ込んだら壊れちゃうし……もう最悪。

 あなたも避難しそびれたの? サイのお友達……よね? フレイ・アルスターよ」

 

 こちらを向く彼女の顔には見間違いなどない。

 サイの婚約者だ。

 自分が密かに思いを寄せていた相手。

 戦争の最中、傷つけてしまい、一緒にバカな事をして、勝手に突き放して、守りきれずに死なせてしまった女の子。

 フレイ・アルスターが目の前に居た。

 

「キラ・ヤマトっていうのよね……宜しくね!」

 

 

 

 

「……どうも」

 

 キラはそれだけを言った。やっとそれだけ言った。

 衝撃が走っていた。

 居るとは思わなかった、いや、可能性はあったのだ。

 前回だって崩壊したヘリオポリスの残骸の中から、彼女が乗ったシェルターを拾ってきたのがきっかけだ。

 ただ、そんな偶然がまた起きるとは思わなかった。まさか、またなのか。

 

 また、ああなるのか。

 

 キラの背中を冷たい物が走る。

 座って動かないままのキラに気を使って、トールが食事を持ってきてくれた。

 知り合いが増えたからなのか、フレイの口は軽くなる。

 

「まったく、やんなっちゃうわよ。戦争なんてよそでやればいいのに。いい迷惑だわ」

 

「フレイ、声が大きいよ」

 

「何でよぉ、サイだってご両親と別々に避難することになっちゃったんでしょ。こんな軍艦に入れられて。ザフトが悪いんじゃない。怒って当然よ」

 

 中立のコロニーに攻撃するなんて、だからコーディネーターなんて連中は嫌なんだとフレイは言ってのけた。

 それは食堂に居た他の避難民にも聞こえる大きさの声だった。

 別に同調の声は上がらないが、かといってフレイに否定的な空気もない。中には同意見の表情の者もいる。

 ただし、へリオポリス避難民の中にもコーディネーターはいる。彼らは肩身が狭そうだった。

 

 サイやミリアリアが静かに制止するも、フレイは止まらなかった。微妙な問題は人前であまり口にするべきではない、という事が、まだ分からないのだ。

 キラも止めるつもりはなかった。いや、止める資格がない。

 彼女は怖くて不安なのだと分かるからだ。

 聞き覚えがある、そういう声色だ。させているのは周りの環境だ。味方が欲しいのだ。

 だから一生懸命に主張しているだけだ。

 

「フレイ、止めなって。食べて部屋に戻ろう。もうすぐお父さんにも会えるからさ」

 

 サイに嗜められ、フレイは渋々頷いた。そこで終わりだと思えたのだが、今度は黙って食事をしていたカズイが呟いた。

 

「てゆーかさ、ホントに大丈夫なの? この船」

 

「ちょ……」

 

「キラが戦ってくれたおかげで、さっきは逃げれたけどさ。またザフトが来たらどうするの、これ?」

 

 言ってはいけない言葉だった。避難してきた者は皆、同じ事を考えていたからだ。

 安全な所につく前に、また襲われたらどうするのか。

 周りの食事をしている者達の手が止まった。

 保安部部員が視線でサイ達に警告してきた。止めろ、と。

 落ち着かせるために食事を取らせているのであって、ろくでもない話をばら蒔かれるのはごめんなのだ。

 

「カズイ。もうよせよ、食って戻ろうぜ、な。大丈夫だよ、すぐに安全な所につくって。兵隊さんたち言ってたじゃん」

 

「降伏しちゃってもよかったんじゃない? そもそもさ、何で僕たちが連合の船にいる訳?」

 

 トールの明るい声にも、カズイは乗れなかった。他の避難民も、もう手を止めて完全に聞いている。

 サイとトールはこれ以上はまずいと止めにかかるが、しかし止まらなかった。カズイだって不安だったのだ。

 生まれて初めて死の危険を感じて、ストレスがない方がおかしい。

 おまけにキラの暗い顔を見れば、連合に対しての不満だって出てくる。

 

「別に中立のコロニーの人間なんだからさ、僕たちはどっちでもいいじゃんか」

 

「止めろって。怒るぞ、他の人の迷惑だろ……」

 

「だって、キラは何かおかしいじゃんか、何でキラが戦うんだよ。おかしいだろ」

 

「ねえ、どういう事? 何の話? キラが何?」

 

「君たちがこの船に乗るとき、モビルスーツが戦ってたろ? 白いのに乗ってたのがキラなんだよ。連合に戦わされてんの」

 

「バッ……カ……!」

 

 カズイの話に興味を持ったフレイが質問した、それにカズイが答えた。トールもサイも力ずくで友人を黙らせるには優しすぎた、そして遅かった。それだけだ。

 

「え? 凄い! キラってモビルスーツ動かせるの? ナチュラルなのに」

 

「コーディネーターだからね、キラは。……キラも大変だよな。出来るからってあんなことやらさ」

 

「カズイ!」

 

 ついにサイが怒鳴ってカズイはやっと口を閉ざした。ムッとしたカズイだが、彼はそこで周りの空気に気がついた、はっとしている。

 食堂がシンとしていた。

 

 フレイもカズイも別に悪気があって言った訳ではない。しかしだからこそ無頓着に物を言ってしまっていた。

 内容もそうだが、タイミングが悪い……いや、タイミングは最悪に近かった。

 気が付けばフォローが不可能な雰囲気になっている。

 

 キラに視線が集中していた。

 

 コーディネーターで、モビルスーツに乗っている人物。

 彼らはザフトを連想したのだ。

 

 一斉にキラを見る顔には不審と疑念、恐怖が浮かんでいる。キラの足が震えた。

 似た光景を思い出す。撃たれた時と一緒だ。ついさっき味わった光景。

 ここにないのは怒りと復讐心だけだ。

 

 意識が揺らぐ、倒れそうになる……なるが。キラは崩れなかった、踏みとどまる。何とか踏みとどまった。

 

「貴方……ザフト、なの?」

 

 などと言うフレイの乱暴極まりない質問には、さすがに来るものがあったが。

 彼女からの、怯えや嫌悪が隠しきれない目の色は辛い。

 

「……僕はザフトじゃないですよ」

 

「じゃあ何であんなもの乗ってるのよ! 危ないじゃない! 何でコロニーで戦うのよ! 人が死んじゃったのよ!」

 

「……戦わないと守れないから……」

 

 キラは途中で言葉を切る。

 フレイの言っている事は滅茶苦茶だ、全てがキラのせいの様な言い方をしている。

 ただ、キラはそれを受け止めようと思ったのだ。

 フレイに不安を言わせてあげるのが、責任だと思ったのだ。

 しかし吐き気がひどい、限界だ。

 震える足で食堂を後にする。これ以上居ると感情が抑えられなくなる。

 断りを入れて食堂を出た。

 キラの耳は、友人達のキラを呼び止める声と、ざわめきだした人々の声と、そして聞き慣れたフレイの声を聞き取ってしまった。

 

「やだ。あの子、ザフトと同じ事言ってるじゃない。

 馬鹿じゃないの? 戦争なんかしないで逃げればいいのに……」

 

 

 気がつけばトイレで吐いていた。吐いている所を保安部の人に背中をさすられていた。ろくに物を食べれなかったせいで胃液しか出てこない。

 

 あの時とは違うのは分かる、まだ自分は戦い終わっていない。自分にそう言い聞かせても、体の震えは止まらなかった。

 それでも逃げるつもりなど、ない。

 自分はやり直すチャンスをもらったのだ。彼女が近くに来てくれたのだ。自分の手で守れるのだ。

 ありがたい。

 

 今度はバカな真似はしない。無事にこの艦を降ろしてみせる。全員だ。

 

(守ってみせる、放り出すもんか。今度は……!)

 

 吐いて吐いて、ようやく落ち着いたところで格納庫へ戻る事にした。まだ震えている自分の足を殴り付ける。

 会えてよかった。心の底からそう思った。

 

 

 

 

 アークエンジェルのブリッジからは、アルテミスが光学モニターに見えていた。

 

 アルテミスの傘と呼ばれる特殊防御兵器、それがかかり始めた状態……アークエンジェルを待たずして、防御態勢に移行しつつある状態のアルテミスが見え始めていた。

 

 

 

 



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アルテミス宙域策謀戦 4

 

 マリューはいきなりの危機に直面していた。

 

 ザフト艦の襲撃を受ける前に、アルテミスに入港できそう……というところだった。

 艦内からの一つの報告と、艦外から一つの電文、そして一つの音声通信がもたらした状況により、状況がおかしくなっていた。

 

 一つは、避難してきた民間人の間で、自分たちだけでもザフトに降伏の申し込みは出来ないのか、と言う意見が出始めていると言う物。

 中にはコーディネーターが混ざっているとの報告が。

 

 一つは、月の本部からの緊急電文。

 他国の民間人、未成年者への戦闘行為強要の事実確認と、事実の場合の即時停止命令。

 

 そして最後の一つは最優先の課題。

 いや、問題だ。

 何とか繋がったノイズ混じりのリアルタイム通信……アルテミス要塞との交信、その内容にマリューのみならずナタル、ブリッジ要員まで激しく困惑していた最中だった。

 

「……受け入れられない!? ビダルフ中佐、当艦の入港を受け入れないとはどういう事ですか。ジェラード少将は……基地司令はご存じなのですか!」

 

 マリューはモニターに向かって激怒していた。

 さっき送った通信には受け入れ可能と返ってきたのに。

 

 ザフト艦との位置関係は、微妙ではあったがギリギリで逃げ込めそうだったのだ。危険だが間に合う計算だ。

 なぜ、いきなり拒否になるのか。

 

《要塞指揮官ジェラード少将の判断による指示を、私が通達している。

 繰り返しお伝えするが、我がアルテミス要塞は地球連合軍の宇宙拠点である。現在は戦時であり、身元の不確かな人物、及び艦船の受け入れは許容できない》

 

「私たちは友軍です! ……当艦には識別コードも船籍登録もありませんが……ですが! 私の軍籍は」

 

《状況が変わったのですよ。貴女が、本物の地球連合軍所属、マリュー・ラミアス大尉と仮定してお伝えしましょう。

 他国籍の、コーディネーターの民間人を戦闘させるなど、正気とは思えん。正常な判断力を保有する軍人とは判断しかねる》

 

 マリュー以下ブリッジ要員は愕然とした。

 何故それを知っているのか? 月本部もアルテミスも何故それを知っている。

 いや、それより弁明を。

 

 マリューは苦しみながらも、それはあくまで緊急措置だと言い募った。オーブのウズミの電文は出せなかった。

 さすがにここでは出せない、軽々しく出すべきではない内容だ。

 

「……では月本部への照会をお願いします!  私のIDを送ったはずです。身元の保証なら第8艦隊のハルバートン提督にも……」

 

《IDは。確かにマリュー・ラミアス大尉の物だった。しかし、君がマリュー・ラミアス大尉本人とは断定できない。

 情報漏れや偽装を疑わなくてはならない状況でしてな。ヘリオポリスではザフトのスパイがいたと聞く。民間人として、そこに乗っていないと断言できるのかね?》

 

「なっ……」

 

 ビダルフ中佐の言うスパイとは正真正銘ザフトに属するスパイの事であって、別にキラの事を指した訳ではない。

 しかし、アークエンジェルのブリッジにはそう聞こえてしまい、マリューは言いよどんだ。

 ナタルが慌てて割って入る。

 

「待ってください、こちらにも事情があったんです! 説明は出来ます、弁明の機会を、今はザフトに追われているんです!」

 

《事情ならばこちらにもある。我々はここを防御する責任があるのでな》

 

「っ! ではせめて民間人の受け入れを! 臨検して頂いた上で民間人を降ろさせて下さい! 司令官にお話を。

 アークエンジェルは無事を確保できしだい即座に出港いたします。一時で結構です、アルテミス内に入港……」

 

《残念ながら、君たちの後方にザフト艦を確認している。奇襲を警戒していてね。

 繰り返すが、君たちの受け入れは、時間的な猶予も考慮された上でジェラード少将が却下した。我が要塞はこれより防御態勢に入る、以上だ》

 

「……軍の規定に違反しているではありませんか! 連合の規定では」

 

《少尉、いい加減、分からんかね。ここは大西洋でもオーブでもない、ユーラシアのアルテミスだ。

 規定というなら、自分達の行いはどうなのか。……戦闘終了後なら民間人の保護は考慮しよう。航海の無事を祈るよ》

 

 絶句するナタルの前で、最低の皮肉と共に通信が切られた。

 次いで光学モニターの中でアルテミス要塞の《全方位光波防御帯》……通称アルテミスの傘が展開していく。

 レーザーも通信も、実弾兵器も通さない強力な防御兵器。彼らは本気で閉じ籠る気なのだ。

 友軍を名乗る所属不明艦とザフトを残して。

 アークエンジェルのブリッジには重い空気が立ち込めた。

 

「何だよ、これ……」

 

「俺たち、見捨てられたのかよ」

 

「くっ……艦長、月本部へ連絡を! 本部からアルテミスへの命令を」

 

「無駄よナタル……傘が開いた状態で通信は……」

 

 ブリッジクルーどころかナタルですら焦りが見えた、そんな声を聞きながら、マリューは必死で何処へ向かうかを考える。

 頭が回転を始める、逃げなければ、ここにはいられない。しかし何処へ?

 何処へ向かう。何処へ。

 

 オペレーターからの報告がマリューの思考を遮った。

 

「レーダーに感あり! ナスカ級です、急速に接近中、距離は2000を切ります! さらに後方にローラシア級……」

 

「……だ、第1種戦闘配置! フラガ大尉とキラ君の出撃用意をさせて。バジルール少尉、ここから逃げるわよ。

 民間人にはしっかりした物に掴まるように伝えて!

 戦闘は最小限に……あ、いえ。キラ君は待って、彼は……」

 

 ナスカ級のタイミングは効果的だ、まるで狙ったかのようだった。

 少なくないデブリに紛れて近づいている。

 優位に立っている癖に徹底してこちらからの砲撃を警戒しているのだ。

 

 撃ち合いも無理だ。逃げなければ沈む。

 向こうにはただでさえ奇襲に向いた機体があるのだ。止まっているのは論外だった。

 

 とにかく指示を下したマリューだったが、しかし味方から拒絶されたショックなのか、対応はどこかちぐはぐだった。

 民間人の戦闘は……とストライクの出撃は思いとどまる。

 そんな事を言っている場合ではないのは分かるが、月からの通信がマリューの邪魔をした。彼女は一応軍属だ。

 一瞬、月本部に許可を求めようかと思ったが頭をふる。……民間人を戦わせる許可を求めてどうするのか。

 

「メビウスとストライクは発進させないで、アークエンジェルを後退させて、砲撃しながら撤退を……」

 

「艦長、どちらに向かいますか。フラガ大尉は出てもらえますが。ストライクは……」

 

 ナタルはマリューに答えながらフラガを呼び出している、状況の説明と打開策の模索に入ったのだろう。

 

 そうだった、何処へ向かう。いや、逃げるなら全速だ、機動兵器を出してる場合じゃない。振り切るしかない。しかし近くには友軍はいない。

 直接は月本部へたどりつけない。いや、そうじゃない。 アルテミスに入港するために、速度を落としてしまっているのだ。とにかく動かなければ、距離を詰められる。

 戦闘になる。

 アークエンジェルのラミネート装甲だって艦砲射撃は何発も耐えられない。

 早く動かなければ。

 

 だから、何処へ……?

 

「……ナタル、ザフト艦に一時停戦を! 民間人の脱出を」

 

「不可能です! 向こうが止まっていてくれるなら可能かもしれませんが、包囲された状態になったら……そこから、どう離脱されるおつもりですか! 相手の気まぐれで撃たれれば取り返しがつきません!」

 

 民間人を脱出させるために、一時停戦を申し込んでそれから離脱を……そんなに都合のいい停戦なんて、受け入れられないだろう。

 おまけに停戦の為として艦を止めれば、まず射程内に捕捉される事を受け入れる事になる。

 

 仮に民間人を回収させるにしても、その後、民間人を収容したザフト艦を撃つのか? 帰ってくれる保証は?

 それともアルテミスか。しかし確実に収容してもらえるのか。あの判断を下した者達に? 保証がない。

 盾にしていると言われれば終わりだ。

 それは避けたい流れだった。では抱えているしかないのか。あくまでも連れて脱出か?

 

 では出撃は、フラガ大尉だけを出すのか? 向こうには少なくとも残りの《G》3機が……。

 

「熱源探知、モビルスーツです! ナスカ級から2、ローラシア級より3……いえ、4です! 艦砲射撃来ます!」

 

「……回避!」

 

 アークエンジェルの進路を確実に邪魔してくる、嫌な砲撃だった。艦体が回避運動で揺らぐ。

 

「艦長!」

 

 ナタルの叫ぶ声を聞きながらマリューは絶望する。何が言いたいのかわかっている。無理だと。

 これは無理だ。

 その気になれば1機で艦艇を無力化できるのがモビルスーツという兵器だ。それが6機。

 囲まれれば終わりだ。しかし向かう先は……。

 

「対艦、対モビルスーツ戦闘! ノイマン曹長……デブリ帯へ逃げ込みます! 回避運動を取りつつ何とかしのいで! ナタル、アークエンジェルはアルテミス周辺のデブリ帯を使って逃げるわ、いいわね?」

 

 艦の操舵が仕事のノイマンは単純に了解をしたが、ナタルは難しい顔を返した。

 デブリを縫うように逃げれば行けるかもしれないが、しかしそれでは。

 

「それしかありませんか……ですが一撃を与えねば逃げ切れません。物資が不安です、ここでナスカ級の足を止めなければ、後々……」

 

「それは分かっているけれど……」

 

 また、艦が揺らぐ。

 アークエンジェルの横を砲撃が通り過ぎていった。

 有効射程距離にはまだ遠いが、だからと言って当たりたくはない。

 

 その砲撃を見ながらマリューは顔をしかめた。

 

 ナタルの言う通りだ、ここで叩いておく必要がある。

 アークエンジェルの速度についてこれるナスカ級を何とかしないと、じり貧だ。

 しかし6機のモビルスーツはどうする。下手に戦闘を開始すれば袋叩きにあう戦力差だ。

 

 マリューは必死で頭を働かせるが、役にも立たない思考が渦をまく。

 

 そもそも通信がおかしい。

 最初に月からの、民間人とその他は処遇を一任をする、という話と矛盾するではないか。

 キラの事が漏れているのは何故だ。本人が漏らしたのか? しかし、これでは一緒に沈むではないか。自分だけは脱出するつもりなのか? 月本部に何かあったのか?

 

 この時点でのマリューには分からない事だが、クルーゼの送った通信により、現在月の連合はユーラシア連邦と大西洋連邦の間で、結構なレベルの権力闘争が始まりつつあった。

 いや、元からあった火種が燃えた、というのが正しい。……面倒な事に、中立を表明しているはずのオーブも巻き込む動きがあって、両派閥の中ではこれを好機と動く者と、巻き添えを食いたくない者と、保身に走る者が入り交じり始めていた。

 

 マリューへの通信はその中の一つの結果として発露した物で、大西洋側の人間が慌てて送ってきた物だった。

 軍政をするレベルの者から下りてきた要請と言う名の命令。要は縛られたのだ。

 

 保身に走った一部の人間の浅ましさは、驚異的な早さでの決断と行動を可能にしていた。手順や手続きを守る良識的な者を無視して。

 

 一方のユーラシアはユーラシアで、自陣営の事を考えてアルテミス指揮官に指示を送った結果だった。

 アルテミス指揮官のジェラード・ガルシアはそれを元に判断し、リスクとリターンを天秤にかけて、そして、良いと思える物を実行したにすぎない。

 凄まじい指揮系統の乱れだが、それが現在の地球連合だった。

 

 ジェラード・ガルシアは野心に枯れていない年齢だった。だから今回の派閥闘争に乗ったのである。

 

 自陣営の上層部から下りてきた、関わるべからず、との通信に彼は判断をしただけだ。

 アークエンジェルに関わらない、と。

 

 識別コードはなし、船籍登録もなし。艦長のIDは本物だったが、ヘリオポリスにはザフトのスパイが入っていたという情報も送られて来たのだ。

 表向きの言い訳は十分にある。

 

 後は、可能性を考えて、アルテミスが沈むよりは門前払いの方がよいと判断した……そう言うだけで済む話だ。

 まして同じ派閥の者が利益を用意しつつ、守ってくれるというのであれば。

 

 ただ、それをやられるアークエンジェルは堪った物ではない。

 

「……投降……させれば。民間人をシャトルで……ザフトの足を止められるか……?」

 

 マリューはそんな言葉を耳に捉える。

 言った本人は、口に出している事に気づいていないのだろう。

 立場としてはどうかと思うが、マリューは聞こえてしまったその内容を検討せざるを得ない。

 たった今、ナタル・バジルールが口にしてしまった、民間人を囮にする手段をだ。

 

 いざと言う時のためだ……マリューはそう言い訳しながらナタルに検討を指示する。

 最低の行為だ。

 実際に声をかけられたナタルは、マリューがそれを至急、検討してくれと言ってきた事に驚いているのだから。

 

 離脱しながら、民間人をアークエンジェルから脱出させて、ザフト艦がそれを無視できない状況を無理矢理に作り出す。

 政治的に自殺するような作戦だった。

 

 

 格納庫でアスランへのメッセージを作成していたキラは、戦闘配置の警報が鳴っても驚かなかった。

 記憶ではアルテミス入港前に一戦あったのだ。むしろ、やっぱりかとの思いが強かった。

 

 保安部員に断りを入れてから、さっさとストライクに乗りこむ。しかし、回線をブリッジに繋いでみると、何か違っているようだと察した。

 出撃準備をしながら回線を通して、マリュー、ナタル、フラガ、キラの間に作戦会議が開かれる。

 

 そこでキラが聞かされたのは、アルテミスへの入港不許可、敵の戦力……そして、キラの戦闘行為を禁止する命令が出たとの話だった。

 

「入港拒否……入れないんですか? アルテミスに」

 

《ええ……キラ君は知っていたの? 拒否されるって》

 

 知っている訳がない。記憶とは違う流れだ。

 そんな予見なんて出来ない、入れるとは勝手に思っていたのだが。

 焦りを隠せないマリューに対して、キラは否定を返した。

 ナタルとフラガの声が割って入ってくる。

 

《艦長、ヤマトの話は後で。今はとにかく脱出を……》

 

《少尉の言う通りだな。それで、どうする?

 デブリベルトへ入れば姿を隠せるかもしれないが。ここはどう切り抜ける?》

 

《……被害は覚悟の上で、突っ切ろうかと思います。アークエンジェルは高速艦でもありますから……まずはアルテミス周辺のデブリ帯へ。

 二人は艦内待機を。デブリ帯の中では、フラガ大尉に出てもらうかもしれませんが……》

 

 マリューが迷いながらの判断をしているのは、表情から分かった。

 

 この周辺のデブリ帯から、デブリベルトと呼ばれる大規模な滞留物密集地帯へさらに逃げ込むというのだろう。

 

 しかし、デブリ帯へは行けるかもしれないが、いざ入っていくとなれば慎重な進入が求められる。

 速度を落とせば、モビルスーツの餌食だ。

 

 キラは自分も出るべきではないのか、と考える。

 なぜわざわざ禁止命令など来たのかは知らないが、死んでしまえば終わりだ。

 

《それと……手段を選ばないのであれば、ザフトへの投降を希望している民間人を放出する……という手が》

 

「それはダメです。マリューさん、それは止めましょう」

 

 キラはマリューの副案を最後まで聞かなかった。やっていい事と悪い事がある。そう感じたのだ。

 

 そんな事を口にしなくてはならないくらいに、マリューが追い詰められているのは分かった。

 ならばこっちでフォローするしかない。

 

 やはり出るべきだ。

 キラはストライクをカタパルトへ歩かせる。直後にナタルから制止する声が飛んで来た。

 

《ヤマト、では他にどうする? 待て、止まれ! 言っておくがお前は出さんぞ。司令部に露見している、お前をストライクに乗せるのは、もう誤魔化せな……》

 

「バジルール少尉……まずは生き延びてから考えませんか。死んじゃったら終わりです。

 司令部の人には後で話をしましょう。生きていれば謝れます。

 ストライクはアークエンジェルの直掩に入ります、発進シークエンスよろしく」

 

《おい坊主。やる気なのか? 6対2だぞ?》

 

《キラ君、何か作戦があるの?》

 

「ナスカ級の足を止めて、デブリ帯へ逃げ込めればいいんですよね? ……ムウさんに攻撃して来てほしいんです、ゼロなら速力と小回りが利く筈ですから。

 ダメージを与えておけば、しばらくは追ってこれないはずです」

 

 デブリに紛れて接近していけば、ナスカ級に対して、逆に奇襲を仕掛けられるはずだとキラは説明した。

 

 その作戦案に指揮官達は一瞬沈黙する、可能かどうかを計算し始めているのだ。

 出来ないとは言わずに、別の問題を持ち出したのはフラガだ。

 

《……アークエンジェルはどうすんだよ、モビルスーツが来てるんだぞ》

 

「僕が持たせます」

 

 はっきりと受け持ったキラに対して、指揮官達はさすがに口をひきつらせた。

 可能なのか? そんな事が。

 

 特にフラガの不安は他の二人よりも一段上の物だった。

 

《持たせるってお前……1機でやる気かよ。向こうのモビルスーツにはお前の……ああっくそ。

 艦長すまん、実は話さなきゃならん事があるんだが、ちょっと面倒でな》

 

《何です? 大尉》

 

 フラガはまだ、キラの友人の事を話していなかった。話す暇がなかったのだ。

 状況が落ち着いてから切り出そうと、迷っている内にこうなってしまった。

 

 キラがそれを遮って止める。

 

「時間がありません、ムウさん、マリューさん。まずはここを切り抜けましょう」

 

 キラが提案したのは、かつてこの空域でやった作戦の再現だ。

 状況は似ている。ナスカ級の足を止めておいて、逃げれば勝ちだ。フラガならやってくれるだろう。

 

 問題はアークエンジェルの防御だが……6対1で防御戦闘はさすがに苦しい物がある。

 落としてしまう訳にはいかない相手が多いのだ。

 だから相手をかき回して撃たせない事だと、キラは戦闘の流れをイメージした。

 マードックを呼ぶ。

 

「マードックさん、エールの補給って終わりますか?

 最初はランチャーで出ますから、途中で喚装するかもしれません」

 

 キラは頭の中で必要な攻撃力と継戦能力を計算する、後は工夫次第だ。

 マードックから了解が返ってきた。

 

 マリューが、キラの案を実行に移す気配を見せる。

 どうせストライクを出さなければやられてしまうのだ。 ならば、キラの言う通り、やってしまうかと考えたのだ、が。

 ナタルが、静かに疑問を問いかけてきた。

 

《待て、ヤマト。……お前が戦うのに、他の民間人は巻き込まないでくれと言うのは理屈が合わない。

 生きるために手段を選ばないなら、何でもやるべきだろう。それこそ卑怯な手段もだ、違うか》

 

 ナタルの声は真剣だった。しかし、迷いも含んでいる。

 当然と言えるだろう。

 キラの言動には矛盾が数多くある。そしてそれを説明できていない。

 それに加えてナタルも今、味方からの酷い仕打ち、理不尽と不合理を味わったのだ。

 

 感情が波打っている。納得させるのは難しいだろう。……だからキラは強引に押し通す事にした。

 

「じゃあ勝手にやります」

 

《んなっ!》

 

 キラには、ナタルのような生真面目な女性を説得する能力も時間もなかった。だから後回しだ。

 どうにでもなるはずだ。……生きてさえいれば。話し合えるのだ。

 

 そう思って開き直ったのだが、通信機ごしにフラガやブリッジクルーの笑いがこぼれる声が聞こえてきた。失礼な。

 キラは笑っている場合かと思ったが、落ち込まれるよりはいいかなと気を取り直す。

 

「……ムウさん、先に行きますよ。ストライク発進します! カタパルトを!」

 

《了解だ、バカヤロー。

 艦長! 俺がナスカ級を叩いてくる、アークエンジェルはこのバカと何とか持たせといてくれ。後で話さなきゃならん事があるからな。

 ムウ・ラ・フラガ、メビウス・ゼロ、出るぞ!》

 

 パイロット共はやる気だった。

 ナタルはムッとした表情だが、ストライクとメビウス・ゼロの発進シークエンスに手早く入らせる。

 マリューの見たところ、ナタルを含めブリッジクルーに不満の色は見えるが、怯えや躊躇いの表情は少ない。

 先程までと比べれば、戦うのに雰囲気は悪くないと思えた。

 マリューは自分も泥を被る覚悟を決めた。

 何とかして逃げてやる。その為には……。

 

 マリューは、ナタルに民間人を放出する準備をしておく事を伝える、ナタルは迷いを見せたが無表情で頷いた。

 さらにザフト艦への通信を指示する。少しでも相手が迷ってくれれば御の字だ。

 

 

 ヴェサリウスは足つき……アークエンジェルの側面からモビルスーツを展開させていた。

 そのブリッジではクルーゼが、アルテミスの防御を固めた姿を見て満足気な顔をしている。

 

 横からヴェサリウス艦長のアデスが報告を上げてきた。

 

「クルーゼ隊長。イージス、及びジン・ハイマニューバは出撃しました、ガモフからも鹵獲した機体とジンが出ました。……アルテミスは確かに籠りましたな……」

 

 アデスが報告する声色には、絡め手を使いすぎではないのか? との疑問が混ざっていた。一指揮官のやり方を完全に超えている。

 クルーゼはそれに気付いた上で無視した。

 

「内輪揉めにお忙しいらしい、お邪魔をしては失礼だからな。我々も、手早く仕事を済ませてしまおう」

 

 連合の失点は歓迎だ、そういう無能な指揮官はいくらいてもいい。おかげで国力に劣るザフトが戦えているのだから。

 心底愉快そうに笑うクルーゼに、通信が入ったとの報告があがる。

 

「……足つきから通信?」

 

「はい、怪我人を含む民間人を多数保護しており、戦闘を望まないと。できれば」

 

「あり得んな」

 

 クルーゼは通信担当からの報告を切って捨てた。

 対応不要でよいと。それにはさすがにヴェサリウスのクルーがざわつく。アデスの目にも動揺があるのだ。

 しかし、クルーゼはぶれなかった。

 

「民間人が乗っている……敵にそう言われたから逃がしました。それでは戦争に勝てんよ」

 

 あまりにも自信のある態度に、クルー達の不満はあれど表には出ない。

 ザフトでも有数のエースに反抗するには、狙っている獲物が危険すぎた。

 アデスしか、疑問を唱えられない。

 

「しかし、もし事実であれば、どうするのですか?」

 

「運が悪かった……そう諦めてもらうしかないな」

 

「それは……」

 

 さすがに顔に嫌悪が浮かんだアデスを、クルーゼは皮肉げになだめた。

 

「冗談だ。しかしユニウスセブンはどうだ? 20万の同胞は助けを求める暇もなかったぞ?

 何より、オーブは連合と共同作戦をやっていた、ならば敵だ。敵ならば、まずは叩いてからだ。

 訳の分からない不明瞭な文を気にやむ必要はない」

 

 クルーゼはアデスとの会話を切って、アルテミスの状態を再度確認させにかかる。

 

「アルテミスは防御帯を展開、艦隊の出撃は確認できず。沈黙を守っています」

 

「結構、足つきにレーザー通信。以下の通り打て。

 民間人がいるなら放り出せ。

 こちらで救助してやるから、宇宙に放り出して自分だけ逃げるがいい。以上だ。

 ガモフに打電、砲撃を開始させろ。足を止めればいいとな」

 

「味方が展開中ですが……!?」

 

「足つきの足を止めろと言った、味方を撃てとは言っていないよ。始めさせろ」

 

 逃げ道はほぼ塞いだ、戦力でも勝っている。

 まだ若いパイロット共の戦意も煽った。軽く暴走してくれそうなくらいに。

 足つきのクルーも多少なり動揺があるだろう。

 

 勝てるな。

 クルーゼは満足気に笑みを浮かべる。

 

「クルーゼ隊長……やはり一度、本国に指示を」

 

「アデス、できません分かりません、とはな。責任を放棄するという事だ。

 私の判断に問題があれば、後から本国が評価するだろう、今はあの艦を沈める。

 あんな危険な代物、合流させる訳にはいくまい。それを操る人員含めてな」

 

 クルーゼの言っている事は一見まともだが冷徹にすぎた。

 加えてアデスには、クルーゼの顔に狂気が見える気がしたのだ。隠れて見えないはずの目元から。

 

 そのクルーゼの感情を見てアデスは、さりげなくオペレーターの一人に目線を送る。

 互いに見知ったベテランだった。

 彼は、自然な動きでアデスの視線に気づいて、そして自然に仕事を始めてくれた。

 

 いつものクルーゼならば、そんな事をさせる程に強行策を取らなかったし、取らせる隙を与えなかった。

 

 しかし、今のクルーゼは既に次の戦局を考えてしまっていた。

 キラ・ヤマトが宇宙の塵と消えるのを楽しみすぎたのだ。

 

 



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アルテミス宙域策謀戦 5

 

 

 アスランが乗るXー303イージスは可変機だった。

 モビルスーツとモビルアーマー、二つの形態になれる機体である。

 高速性に優れるモビルアーマー形態で、ジン・ハイマニューバ……ミゲル機を掴まらせて移動していた。 

 足つきに接近をかけている最中だった。

 

 アスラン達の横を、ヴェサリウスからの砲撃が追い抜いていく。

 ミゲルから苦笑混じりの雑談が届いた。

 

《俺達がいるのに、隊長もやってくれるもんだ。

 アスラン、大したもんじゃないか、そのイージスってのは。俺のハイマニューバより、速度が出るなんてな》

 

「ああ」

 

《応急修理で出てくるとは思わなかったぞ、そんなに戦いたいのか?》

 

「そんなところだ」

 

《……親父さんの立場もあるか。いいぜ任せな、さっきの借りだ。イザーク達とまとめて援護してやるよ》

 

 アスランは申し訳なく思った。

 

 ミゲルと共に受けた命令は、確かに足つきとモビルスーツの撃破、撃墜だ。

 だが、アスランは他に許可をもらっている。

 可能であれば、ストライクのパイロットの説得を試みてよいと。

 自分はこれから戦場に私情を持ち込もうとしている。

 

 クルーゼに許可をもらえたが……罪悪感からは逃げられなかった。自分は何故ここにいる。

 損傷機で何をするのか。援護か。それとも説得か。

 

 バカな話だ。

 戦場で友と再会しました、殺したくないので説得します、だから撃ちません。味方がやられましたが戦いより説得を優先します。それでも出させて下さい。

 それは裏切り者のやり方だ。

 

 少なくとも向こうは撃ってきた。

 戦いたくないなら降伏すればいいのだ、武器を構えて撃っておいて。

 こちらの仲間を撃っておいて戦いたくないなど、狂っているとしか思えない。

 

 出るならば戦う義務がある、出た以上は戦う義務があるのだ。自分はザフトなのだ。プラントの守り手だ。

 それは志願した時に誓った責任と言うものだ。

 なのに。

 

(キラ……地球軍に志願するなんて、お前もナチュラルに味方するのか……コロニーに核を撃つような連中に)

 

 あるいはそういう作戦に利用されているのか。

 クルーゼの言葉が頭をよぎる、その為に近づいて来たのか。自分に近づいて利用しようとしたのか。

 あのナチュラル達に協力する、裏切り者のコーディネーター達のように。

 皆が父を悪く言う。追い詰めるように批判する。

 殺戮者、異常者、冷酷非道。

 

 ふざけるな。

 母を、レノア・ザラの命を先に奪ったのは連合ではないか。ナチュラルがコーディネーターを、父を追い詰めたのだ。

 食糧の輸入は絞られ、交渉しようとすれば評議員を暗殺される、そんな相手と何を話せと言うのだ? 父の言う通り、戦うしかないではないか。

 

 アスランはアカデミーでそう教わったし、周りの大人は皆そう言っていた。

 

 プラントの人々は《皆》そう言っているのだ。

 

 講義で教わった地球で起きているナチュラルからコーディネーターへの迫害……その内容は、まだ若いアスランにとって怒りの対象でしかなかった。

 

 プラントの姿勢に反発をするコーディネーターが大量にいるのは知っている、いや、プラントが少数派なのは知っているのだ。

 

 理解不能だが、地球に済むコーディネーターが圧倒的に多数で、地球連合に志願するコーディネーターが少なくないのも知っている。

 だから……だから、一致団結をしなければいけないのに……。何故、あんな目に会わされてまで地球に住むのか、ほんとうに理解不能だ。

 兵士となれば前線送り、だったらプラントのために戦えばいいのだ。

 

 そう思っていたのに。

 再会した友人すら、自分から離れていく。

 憎きナチュラル。

 母を奪い、父から優しさを奪い、自分から友まで奪う、許せるものではない。

 

 ナチュラル共め。

 

 アスランは未熟ではあるが、義務を果たそうとする人間だった。

 ただ、将校ではなく、政治家でもなく、そして、客観的な目を持つ大人でもない。

 だから。キラと戦うのか、説得をするのか。

 どちらも果たそうとしながら、どちらにも迷っている、中途半端な精神状態だった。

 

 不意に。 

 イージスの前方からビームが走ってきた。敵弾だ。

 だがアスランは動かない……当たるコースに無いのを把握している。

 事実、ビームは横を通り過ぎていった。

 

 かわすまでもない一撃だった。

 ミゲルが鼻で笑う。

 

《ずいぶん自由に撃ってきたな》

 

 その通り、照準が働いていない射撃だ。

 ロックオン警報が鳴らなかったのだ。つまりは、今のビームはただ手動操作で撃っただけの一撃だ。

 

 そんなものがそうそう当たる訳がない。ましてやこの距離で。

 しかし。

 

 それにしては近かった。

 

 艦挺からもモビルスーツからも、まだロックはされていない……はずだ。

 アスランは妙な胸騒ぎからイージスの速度を落とす。

 次が来た。これも横を通りすぎていく、警報なし。

 

 やはり微妙に近かった。さらに1発。これも、近い。

 アスランは確信する……間違いない。狙って、撃ってきている。

 

《……まさか、この距離で?》

 

 ミゲルも気付いたらしい。足つきかストライクかは知らないが、レーザーロック出来ない距離から砲撃戦を仕掛けてきているのだ。

 

 狙われていると把握してしまえば、どんな猛者でも警戒心は出てくる。

 

 5発目がきた。アスランは下手に動かない。またもビームは横を通りすぎていった。

 スラスターの光を目印にしていると、感じた。

 

 速度をさらに落とす。6発目は来ない。

 

(多分、イザーク達に狙いを切り替えたな……あのバカ……!)

 

 当てる気か、速度を落とさせる気かは微妙な所だった。

 だがどちらにせよ、こんな真似ができるのはアスランには一人しか思い浮かばなかった。

 

 

 ガモフから出た3機のG。

 Xー102デュエル、Xー103バスター、Xー207ブリッツ。そして1機のジンは勢いよくスラスターを噴かしていた。

 

《ヴェサリウスからアスランとミゲルが出ている、遅れを取るなよ!》

 

《303って壊れたんじゃないの? 大丈夫なのかねアスランは。なに焦ってんだか、あいつ》

 

《二人とも、少し速度を緩めてください。オルコフのジンがついて行けません》

 

《何、気にするな、俺はゆっくり行くさ。何ならお前らだけでやってくれてもいいぜ》

 

 イザーク、ディアッカ、ニコル、オルコフの4人は大して警戒もせずに足つきに接近をかけていた。

 分かりやすい手柄のチャンスに沸いていたのだ。

 

 軽口を叩いているとビームが不意に飛んできた。

 4機は軽く散開する。ごく軽くだ。

 レーザーロックされていない射撃……これは牽制にもならない代物だ。ちゃんと分かっている。

 

 それでも反射的に、ビームが飛んできた方向から射線をずらすためスラスターを噴かした。

 マニュアル通りでもあるが、一端のパイロットであれば撃たれた時の散開は本能のような物だ。

 

 次の瞬間。オルコフのジンにビームが連続で襲いかかった。

 彼は運の悪さに舌打ちしながら、とりあえずの回避運動に入る。

 ロックオン警報は鳴っていない。

 

《へっ! この程度……っは!?》

 

 ジンにビームが突き刺さり大爆発を起こした。

 

 何が起きたのかは明白だった。

 撃たれた。それだけである。

 

 しかし、少しだけ詳細を詰めると、それだけ、では済まない物があったと言える。

 

 まず回避した。その先でさらに撃ちこまれ、それを際どいところで回避した……その先に、さらにビームが飛んできた。

 いや、飛んできていた。

 回避しに行った先に、既にビームが走ってきていたのだ。どうしようもない。

 

 ストライクの撃った《アグニ》だった。

 

 オルコフは、自分が4機の内で最も大きくスラスターを噴かした……目立った事に気づく事なく、砕け散った。

 

《オルコフ! 足つきぃ……! よくも!》

 

《おい、待て! 今のレーザー照準されてたか!?》

 

《さらに来ます、艦砲射撃!? 注意を!》

 

 ガモフからの3機は、訳の分からない精密狙撃に速度を落とさざるを得なかった。

 

 

 アークエンジェルのブリッジでは、オペレーターのトノムラが呆けていた。

 アークエンジェルの甲板に立ちながら、《アグニ》を撃ったストライク。その戦果に仰天したのだ。

 かなり先の方での爆発を確認した。

 

「えと……恐らくは、今の爆発はジンです。……いや嘘だろ、レンジ外だぞ……」

 

 クルーが適当に撃っていると思えたストライクの《アグニ》が、当たったらしい。

 艦艇レーダーでの機種特定がようやく利き始める距離で。モビルスーツの攻撃がだ。

 

 理論上やってやれない距離ではないが、できるかどうかは別の話だ。

 ブリッジクルーはマリューを始め、全員、居心地が悪そうにしていた。

 

「そ、そう……了解」

 

「……はっ!? き、貴様ら、何を呆けている! 対モビルスーツ戦闘だぞ!

 艦尾ミサイル発射菅、コリントス装填、アンチビーム爆雷、及び両弦リニアカノン・バリアント起動! 敵の機種特定どうした!」

 

「あっ! は、はい! 敵は2方向から……第1群、デュエル、バスター、ブリッツ! 第2群、イージス及びジン・ハイマニューバです!」

 

「敵モビルスーツ群は接近速度を低下、散開しての包囲に来ています」

 

 キラの技量に戸惑ったものの、いち早く我を取り戻したナタルが切っ掛けで動き出す。

 

 モニターでは、ストライクが再び砲撃を開始している、爆発を起こした方向とは反対側に《アグニ》を撃っていた。

 これも牽制射撃だ。

 レーダー上でイージスとハイマニューバが別れた。その速度は落ちている。

 

 キラは見事に時間を稼いでいた。

 

 アークエンジェルから、各モビルスーツへのレーザー照準。迎撃が開始される。

 

 同時に、アークエンジェルの開けておいたハッチへ、ストライクがするりと入り込んだ。

 ストライクはランチャーパックを外すと、あっという間にエールパックへ喚装して再度出撃した。

 

 キラからブリッジへ通信が入る。

 

《マリューさん、アークエンジェルはこのまま進んでください。相手は絶対に艦へ取り付かせません。

 バジルール少尉、ストライクは危険な火力を持ってるイージス、バスターを最大限に警戒します。

 他も押さえるつもりですが、接近はされるかも知れません。すみませんが、近距離に来た時のための用意をお願いします》

 

「わ、分かったわ」

 

「……言われるまでもない! ゴッドフリート用意!」 

 

《……マリューさん、民間人は放り出さないでくださいね》

 

「努力……するわ」

 

 ストライクは通信を終えると、イージス、ジン・ハイマニューバに射撃をしながら、散開してきたデュエル、バスター、ブリッツへ突っ込んでいった。

 

 キラは本気で5機を相手にするつもりらしい。

 

 イージスはストライクの射撃に引っ張られていき、ハイマニューバもアークエンジェルを気にしながらも、ストライクにかかり気味だ。

 引きずり込むやり方が上手い。

 

 ブリッジクルーからするとストライクの動きは無謀にしか見えないのだが、もうアークエンジェルは援護射撃と、自己を守る為の迎撃しか出来ない。

 恥を忍んでザフトに送った通信には、屈辱的な返信が返ってきたのだ。

 

 フラガのメビウス・ゼロは、既に《アグニ》の射撃に紛れて、デブリ帯からナスカ級へ向かっている。

 後はキラに任せる他なかった。

 

 

 

「グゥレイト! こっちに来るかよ! 落ちな……うおっ!? うわ、ちょっ!?」

 

 砲撃戦用モビルスーツのバスターを操るディアッカ。その背中を冷たい物が走った。

 

 突撃してきたストライクに、バスターの収束火線ライフルをお見舞いしてやろうと、照準を合わせて放ったところだった。

 瞬間、ストライクがずれた。

 撃ったビームを、ごく軽く機体をずらして回避されたのだ。

 ロックオンして撃ったのに当たらない。

 必要最小限の回避。

 

 その動きにぞっとしつつ回避運動に入ると、反撃のビームが横を飛んでいった。バスターの肩が削れる。

 単純な直線の動きで誘っておいて、いきなりの超回避とカウンターだ。

 

 こいつは……。

 ディアッカは無意識に援護を求めた。デュエル、ブリッツから援護の射撃が飛んでくる。

 

 ストライクは、複数の方向から放たれるビームを滑るように避けながら、さらにバスターに向かって来た。

 

 ディアッカは反撃の射撃をしながらも必死の回避、かわしきれずにバスターの脚部にかすめたように当たる。

 態勢が崩れた。

 次は避けられない……やられると思う間も無くデュエルが、ビームライフルを撃ちながら飛び込んできた。

 

《このぉぉお!》

 

 ストライクはシールドでビームを受けつつ後退……しながらも、目の前に入ってきたデュエルではなく、回り込みつつあったブリッツに二発だけ射撃を送り込む。

 

 回り込もうとした機先を制されたブリッツは回避運動へ集中、追撃をかわしきれずにシールドで防御。

 

 直後に態勢を立て直し援護に入ろうとしたバスターにも、一発のビームが届けられた。操縦桿を倒したディアッカに嫌な振動が響く。

 危なかった。今度もバスターはかすり傷で済んだ。

 しかし攻撃に回れない。

 

 ストライクは、デュエルとブリッツからのビームライフル連射をシールド防御と、最小限のスラスター制御でいなしていく。

 大半、いやほとんどを回避されている。

 

 それを見て、イザーク達の攻撃をかわしながら自分を撃ってきたのかと、ディアッカは腹を立てた。

 片手間にやられた、屈辱だ。

 ストライクに反撃の気配。

 そこにイージスが突っ込んできた。ビームライフルを撃ちながら、あっという間にサーベルの距離へ。

 アスランの動きは鋭い。

 

 ストライクは格闘戦の距離から後退しながらもイージス、ブリッツ、デュエルにきっちり牽制射撃をしてきた。

 それを追ってさらに突っ込んでいくイージスはビームサーベルを振りかぶる。

 損傷しているとは思えない突っ込みだ。

 

 しかしストライクは、そのイージスの攻撃をシールドで防御しながら、ミゲルのハイマニューバに射撃。

 ミゲルからの反撃は自分にまとわりつく、デュエルとイージスで防いで射撃戦をしている。

 

 ディアッカはむかついた。

 何だこいつは、一人で俺達を相手する気なのか、と。

 反面、相手の技量は半端ではない、とも感じた。

 こんなのがいるのか……そう思っていると、イザークから通信が入った。

 

《ミゲル! ディアッカとニコルを連れて足つきへ行け! こいつは俺とアスランで……!》

 

《いいだろう、譲ってやる! 行くぞディアッカ、ニコル!》

 

 悔しいが5機で集っても互いに邪魔になるだけだ。

 たまたまだ、腕の差じゃない、そう思いながらディアッカは足つきへ向かった。

 ロックオン警報。

 

「うお!?」

 

 反射的に回避運動をする。ビームが横を飛んでいった。

 視界の端に映るブリッツ、ハイマニューバも同じらしかった。態勢を崩されている。

 ディアッカの頭に血が昇った、艦にも向かわせない気なのか。

 5対1で足止めされている。

 

「ふざけんな! この!」

 

 

 

 キラは、デュエルとイージス以外の3機がアークエンジェルへ向かうのを見て、とっさに邪魔した。

 さすがにきつい物がある。

 

 向こうに全機で行かれるよりはマシだが、5対1では、やはりダメージを与えきれない。精密な射撃も難しい。

 

 相手の動きを読めても手数が足りないのだ。

 アークエンジェルと近接距離で連携して戦うには、5体という数と相手の性能、特にイージスとバスターは危険すぎる。

 

 デュエルの攻撃をかわしながら、ブリッツがわずかに動きを止めるのを察知した。

 

 ミラージュコロイドの展開に入る……と見るや否やキラは乱暴にブリッツ周辺にビームを撃ち込んだ。

 撃たれたブリッツは回避運動に加えて、シールドで防ぎつつ慌ててフェイズシフトを展開し直した。

 ブリッツの態勢は整わない。

 

 腕か、足を狙って戦闘不能に……その前に横から飛んできたビームを回避する、イージスだ。

 やはり追撃をかけられない。

 イージスとデュエル、場合により他の機体がストライクに攻撃をかけてくる。

 そうかと思えばアークエンジェルに攻撃する態勢を見せる……やはり厳しかった。

 

 殺してしまう訳にはいかないのがさらに。

 

……先程撃ったジンのパイロットの家族は、自分を許さないだろうと思うが、体は勝手に動いていた。

 無意識に命を選別する罪悪感……キラは心を固くする。 今は考えていい事ではない。

 

 目前のイージスは間違いなく強敵、記憶にないジン・ハイマニューバも面倒な動きをする。

 他の機体も記憶よりも粗さが少ない気がした。

 予定では、2、3機を戦闘不能に追い込んで離脱しようと考えていたのだが。

 

 艦にとって厄介なバスター、ブリッツを回避に追い込むので精一杯だった。

 イージスのビームサーベルを盾で受け止める。

 アスランにメッセージを送らないと……キラはそのための隙を欲していた。

 その暇すら中々ないのだ。

 

 

 アークエンジェルではナタルが迎撃戦闘の指揮を取っていた。

 ナタルにとって心外ではあったが、ストライクはモビルスーツ5機を相手に、苦しい状況ながらも確かに捌いてみせていた。

 怪しい動きも見せずに健気に立ち回っている。

 

 ただ、さすがに回避に忙しいのは当然で、敵を落としきれないらしい。……まさか戦後を考えて殺さないようにしているなど、現時点では想像もできない。

 

 バスター、ブリッツ。そしてジン・ハイマニューバがストライクの攻撃を抜けて、こちらへ突破してきた。

 

「イーゲルシュテルン! 迎撃! バスターの展開する方面に対してアンチビーム爆雷の投射だ! 急げ」

 

 ビーム主体の《G》にはアンチビーム爆雷が有用だ。バスターからの高火力攻撃も低減できる。

 厄介な動きを取ろうとするハイマニューバ、ブリッツをストライクはビームライフルの狙撃で妨害、態勢を崩してくれる。

 イージス、デュエルを正面に置きながらだ。

 悔しいが、見事な物だと思わざるを得なかった。

 

 回避による振動と、撃ち込まれる攻撃による嫌な振動に耐えながら、マリューは民間人の脱出挺への誘導を指示していた。

 アークエンジェルへの攻撃をキラが妨害しているために、敵機に艦体へ取り付かれる事はないが、やはり時たまビームくらいは撃ち込まれる。

 ジン・ハイマニューバの重突撃機銃や無反動砲はアンチビーム爆雷が利かない分、厄介だった。

 

 希望する者のみと、話を伝えさせたはずだが、戦闘の最中に民間人を放り出す準備など、やはり思うようには……いや、マリューが思う以上に進んでくれなかった。

 やるなら、降伏に近いレベルか……沈む寸前の状況の話になってしまう。

 それでも万が一の時の為に止める訳にいかない。

 

 自分は何故、こんな最低の事をやっているのかと、司令部を恨む気持ちは拭えなかった。

 散々疑っている子供に守られているのだ。

 

 ザフト艦から撃たれる遠距離砲撃も邪魔だ。いちいち進路に気を使わなくてはならない。

 アークエンジェルは新鋭艦として恥ずかしくない火力を見せているが、そもそも相手が悪い。

 状況がよくないのだ。

 

 

 ストライクはイージスのビームサーベルを紙一重で回避していた。続けてライフルで反撃……する前に加えられた追撃を避けて下がる。デュエルだ。

 厄介な動きをする……パイロットの名前を思い出した。

 

「くっ! イザーク……ジュール……っ!?」

 

 イージスに通信文は送った。何とか送ったが、攻撃が緩まない。むしろ激しくなった気がする。

 機体を振り回しすぎて、呼吸も苦しかった。

 

 メッセージを戦闘中に読んでもらえるとは思ってなかったが、本気で容赦がない。

 むしろ、憎しみが強まっている気がする。

 

 振るわれるサーベルと撃ち込まれるビームライフルを機体を捻って回避……しかし後ろには更にバスターとブリッツからのビームが走っていた……距離に余裕がない。

 下がりきれない分、ストライクの右足、膝から下を切り飛ばされてしまう。

 

 キラは狼狽えない。

 

 腕は無事だ、ライフルもシールドもある。反撃を行いながらアスラン達をかき回し続ける事に集中する。

 

 しかし油断すれば、アークエンジェルに集中攻撃の動きを見せる3機を、辛うじて妨害している状態。

 彼らはエンジン部やブリッジを優先的に狙おうとするのだ。冗談ではない。

 

 運動するストライクの頭部をビームがかすめていった。構わずブリッツとハイマニューバに牽制射撃。

 自分の事よりもアークエンジェルだ。

 

 デュエルの攻撃はシールドで受け、イージスはビームライフルで押し返す……押し返しきれない。

 バスターを牽制射撃で妨害、イージスから蹴りを食らう。

 イージスの攻撃が緩まない。思わず音声通信を送った。

 

「アスラン……!」

 

 

 

《アスラン! 下がってくれ! 君とは戦いたくない!》

 

 アスラン・ザラは、ストライクの右足を切ったところで通信を送っていた。

 ようやく、まともなダメージを与えられた。

 恐ろしく手間をかけさせられたが、ようやく……これで止まってくれると思ったのだ。

 

 それは期せずして、通信を送ってきていたキラと似たタイミングだった。声が互いに繋がる。

 ノイズが走るが映像も出た。

 

 アスランは反射的に、味方との通信を封鎖していた。

 

「キラ、ここまでだ! 降伏しろ! そうすれば」

 

《なら、他の人達を止めてくれ! アークエンジェルを守らないと、あれじゃ降伏する前に死傷者が出るじゃないか!》

 

 ストライクは、ライフルとイーゲルシュテルンで弾幕を張ってきた。

 デュエルを捌きつつ、ハイマニューバ、バスターの対艦攻撃の妨害までやってのける。

 片足とは思えないその動きに、アスランは思わず舌を巻いた。

 動きが鈍っていない。

 

「お前が抵抗するからだ、地球連合に志願なんて何を考えている! 同胞を何人殺したと思っているんだ!」

 

《僕はそうする責任が……! アスラン、メッセージを読んでくれ、そうすれば!》

 

 メッセージ? 先程送られてきたデータの事か。

 アスランは苛ついた。そんな悠長な事を言っている場合ではないのだ。今、助けなければならないのだ。

 

「そんな事を言っている場合か! 目を覚ませ! 自分が何をやっているのか分かっているのか! クルーゼ隊長から許可はもらってきた!

 これはお前を助ける最後のチャンスなんだぞ!」

 

 アスランは、ストライクの動きが変わったと見えた。

 殺気が宿り始めたと感じたのだ。

 

《……クルーゼ……!? あの男が!?

 アスラン! 君はあいつがどんな男か分かっているのか!? 奴のせいで何人死ぬか! 君のお父さんだって、フレイだって死ぬんだぞ!》

 

 お前もなのか。アスランはキラをそう思った。

 

 誰が作ったのか分からない、洗脳のようなプロパガンダに乗せられて。

 ザフトの指揮官やエース、指導者は大概が酷い誹謗中傷に晒されている。中には露骨にコーディネーターを化け物扱いする物もあった。

 

 アスランはキラが、キラも……キラまでが、父を侮辱したと受け取った。プラントのために一生懸命な父を、何故分かってくれないのか。

 

「お前も父のやり方が異常だと言いたいのか……! 俺たちはザフトだ! プラントを守るために戦っている。

 お前だって同じだぞ! コーディネーターを裏切って、やっている事は戦争だろうが!

 俺の母を殺したナチュラルに付いて……! 騙されているんだぞ、お前は!」

 

《僕は自分の意思で戦っているんだ! 君は何でそんなに憎しみを……! プラントと連合は戦うべきじゃない!》

 

「……俺はまだユニウスセブンの仇を討っていない!!」

 

 憎しみ? その通りだ、憎むに決まっている。

 母親を殺されて笑って握手ができる奴がいるのか? いるなら、そいつの方がおかしいだろうが。そんな事も分からないのか。

 

 今のキラと話をしても無駄だ。

 

 ビームサーベルでコックピット以外を切り飛ばしてやる。アスランの目に凶暴な光が宿った。

 

 

「アスラン! メッセージを読め! クルーゼは!!」

 

 キラはストライクにビームサーベルを抜かせて、ライフルを左腕に持ち替えさせた。

 格闘戦の距離になるのを避けられなくなりつつある。

 

 デュエルの攻撃をシールドで受けながら、イージスをライフルとサーベルで押し返す。際どい攻防になった。

 態勢が苦しい。距離を。

 

 距離を取ろうとしたキラの目に、アークエンジェルの火線を抜けた機体が目に入った。

 底面に潜り込もうとするブリッツ、エンジンに攻撃をかけようとするバスター。

 さらにはハイマニューバが艦の前方に。

 

 キラは迷わなかった。

 

 イージスから下がるために作り出した隙で、高速の援護射撃。

 アークエンジェルに取り付こうとする3機を妨害してのける。ブリッツはスラスター部に、バスターの頭部を、ハイマニューバは腕に損傷を与えた。

 

 その代償に。

 正面の2機に対して致命的な間合いへの侵入を許してしまう。

 

 ストライクの後ろに回り込んできたデュエルのサーベル攻撃を、辛うじて機体を反転させて迎撃。蹴りでサーベルを弾き飛ばした。

 しかし直後にストライクの左腕が切り飛ばされる。

 イージスの攻撃だった。対応する前にシールドとライフルを失う。

 イーゲルシュテルンで迎撃、ビームサーベルでイージスの右手を切るが浅い。

 デュエルからのライフル射撃。かわしきるための空間的な余裕がない。

 あと一歩で直撃をかけられる程の際どい回避。

 

 間合いを完全に制されている。

 

 キラはストライクを操るが、態勢を立て直す間がなかった。距離を取れない。

 イージスのビームサーベルが来る。

 

 かわしきれない。

 

 

 

 ガンバレルによる全方位攻撃とメビウス・ゼロの主砲、リニアガンがイージス、デュエルに直撃した。

 それはストライクに切り込まれる寸前だった。

 

《坊主! 生きてるかーっ!》

 

 想定していなかったであろう衝撃によろめくイージスの姿、何が起きたのかをキラは考えない。

 起きた事態に反応する。

 

 ストライクはサーベルで、デュエルのライフルもろとも腰部分までを切った、爆発を引き起こす。

 そのままイーゲルシュテルンでイージスに弾幕を張りつつ、スラスターを全開。離脱。

 

 フラガが来てくれた。

 

「ムウさん!」

 

《ナスカ級は叩いた! 掴まれ、アークエンジェルに戻るぞ! 大したタマだぜぇ! お前は!》

 

 フラガのメビウス・ゼロは、リニアガンとガンバレルを乱射。すぐさま回収しながら最高速で戦域を離脱、ストライクを連れてアークエンジェルとの合流に入る。

 

 手負いのストライクに他の機体からの攻撃があったが、イージスからは無かった。……イージスがこちらを向く事もなかった。

 

 

 キラは大きく息をついた。

 危なかった。フラガが来てくれなければ終わっていた。

 デュエル、ブリッツ、バスター、ハイマニューバ。4機には損傷を与えた。

 イージスはほぼ無事だが……いや、へリオポリスでのダメージがなかったらやられていた。

 

 戦ってしまった。

 しかしメッセージを読んでくれれば、アスランは分かってくれるはずだ。

 だが。

 

「……ユニウスセブンの仇……」

 

 キラはアスランの言葉を思い出す。

 信じられないくらいの憎しみがあった。記憶にある彼とは全く違う。別人のような激しさだ。

 それとも、自分がよく知る彼も、心の中にはあんな憎しみが渦巻いていたのだろうか。

 

 最後のイージスの攻撃には、ストライク……自分を、撃っても構わないと思えるだけの気迫があった。

 友人と話しているのに、友人と話していないような感じだ。

 恐怖を感じた。それが正直なところだ。

 

 しかし、アークエンジェルはこれで何とか逃げれるだろう。民間人を放り出すのも、させずに済むはずだ。

 キラはこれで何とかなると思った。今回も何とかなった、できたと。

 

 この世界のアスランは、自分の知るアスランと同じだと、思っていたのだ。

 思い込んでしまっていた。

 

 

 






2018/3/8 戦闘シーンの修正、追加。


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アルテミス宙域策謀戦 6

アルテミスはこれで終了です。


 

 ブリッツを操るニコル・アマルフィは、旗艦から送られてきた緊急電文に目を疑った。

 

「撤退命令……ヴェサリウスが奇襲を受けた!?」

 

 信じられない内容だった。

 足つきとストライクは、まだ追えなくもない距離にいるが、とにかく命令が優先だった。

 

 ヴェサリウスの損害が不明。

 クルーが脱出するレベルなら、それを助力せねばならない。

 撤退命令は出たが、足つきが戦域を離脱していく以上は撤退戦の必要はない。

 こちらは黙って帰還するのみだ。

 しかし。

 

《……ストライク!! まだ勝負は終わってない、戻ってこい! くそぉ!》

 

《マジかよ、何でヴェサリウスが……》

 

 通信から聞こえる限り、イザークは頭に血が昇っていてディアッカは動揺していた。

 特にイザークはかなり血の気が荒くなっている……負傷したのかも知れない。

 ニコルには彼らを纏める自信はなかった。

 

 アスランが話してくれれば、文句を言いながらも二人は動くのだが、イージスは損害が酷いのか通信機が故障しているのか、黙ったままだ。

 ミゲルが居てくれてよかった……彼にイザークとディアッカの纏め役をお願いすると、ニコルはブリッツをイージスに接触させる。

 接触回線だ。

 

「アスラン、大丈夫ですか! 怪我は? 通信は受けとりましたか? ……ヴェサリウスが奇襲を受けたそうです、撤退命令が出ました。帰還しましょう、動けますか?」

 

《……ああ。了解した》

 

 ニコルは安堵した。

 外から見てイージスの損傷はそれほどでもなく、アスランの声も沈んではいるが、しっかりしていた。

 少なくとも酷い怪我はないようだ。

 

 デュエルとバスターも、ハイマニューバに引きずられるように帰還コースに入っている。

 

 目的は達成できなかった。

 ストライクは片腕、片足を破壊してやったが、足つき共々逃げられた。

 こちらは全機が損傷だ。ジンとパイロットも一人失った。

 

 負けてしまった。

 ものすごい腕のパイロットが居るものだと、ニコルは苦い思いを飲み込んだ。

 

 足つきの戦闘能力もかなりの物だったが、あのストライクはさらに凄かった。

 自機への攻撃を捌きつつ、艦への攻撃を妨害してついには離脱してのけた……モビルアーマーが来たとは言え、それでも5対2だ。

 本当に同じシリーズの機体なのだろうか。 ブリッツにも搭載されていた滅茶苦茶なOS、それを積んでいたはずの1機とは思えない。

 

 ストライクの動きを思い返すニコルに、アスランから謝罪の言葉が届いてきた。

 

《ニコル、済まない》

 

「気にしないで下さい、次は皆の仇を取ってやりましょう」

 

《……そうだな》

 

 意識的に明るく振る舞うニコルだったが、アスランの声色は沈んだままだった。

 

 

 ヴェサリウスでは、クルー達がダメージコントロールに追われていた。

 メビウス・ゼロが砲撃戦とデブリに紛れて接近。奇襲を許し、艦に損傷を負ったのだ。

 欲張る事もなく、一撃を与えてさっさと離脱をする動きは憎たらしい物だった。

 

 艦内では火災や有毒ガスが発生し、その対処に追われていた。

 アデスが状況の報告を行ってきた。

 

「クルーゼ隊長、火災の方は消火いたしました。

 右舷側通路にて発生したガスは除去中。エンジンへの被害は修理可能です、ただし、艦の稼働効率は……」

 

「アデス、ヴェサリウスの方は一時任せる。モビルスーツ隊の収容もだ。私はシグーで出る」

 

 沈みはしない。

 それが確実になったところで、クルーゼが追撃にかかると言ったのだ。

 

 足つきとの距離は微妙なところだ、それに搭載している戦力はストライクだけではなかった。

 モビルアーマーとは言えゼロがいたのだ。ゼロなら乗るのはエースだ……さらに他にいないとも限らない。

 いかにクルーゼと言えども単独では。

 

「危険かと考えますが?」

 

「モビルアーマーを抜けて、足つきのエンジン部を叩いてくるだけだ。デブリで動きは鈍っている、ここから更にデブリベルトに入り込まれるのも面倒だ。

 通信を読む限り、ストライクは大破……には遠いか、推定で中破と見る。ならば、やれるだろう?」

 

 アデスが苦い顔で見送る。

 クルーゼがブリッジを出ようとした所で、オペレーターの一人がそれを制した。

 少しばかり大きめな声での報告だった、ブリッジ全体に不足なく届くような。

 

「クルーゼ隊長、本国より入電です。

 中立国の民間人に対しての攻撃は慎重を期する必要あり、攻撃は待たれたい。速やかに現作戦を終え帰還せよ……以上です」

 

 聞こえないとの言い訳はできなかった。

 クルーゼは立ち止まり、微笑を浮かべつつ無言でアデスを見る。

 彼はどこ吹く風といった感じだった。

 

 実際、アデスは別に何もしていない。

 ただ、偶然オペレーターがこっちを見てきたので、頷いてやっただけだ。

 そのオペレーターがどちらかと言うと穏健、和平派の考えに近く、頭の回るベテランなのも偶然だった。

 連絡をしたのは穏健派の評議員かその辺りだろう。

 

 クルーゼは笑みを浮かべたまま、指示を下した。

 

「……本国へ打電。

 了解。本艦は現在、損傷により応急修理中。終わり次第帰還する。以上。……アデス、ガモフに打電だ。

 ヴェサリウスと合流、周辺警戒に当たれとな。今度は送り先を間違えるなよ?」

 

 アデスはクルーゼの皮肉に生真面目に返事をすると、指示を下し始めた。ベテランらしく揺るぎもしない。

 クルーゼは平然としていたが、内心では舌打ちしていた。

 

 ブリッジクルーは何が起きたのかを、何となく察している空気だ。

 クルーゼの微妙な強引さを、アデスが止めた、と。

 

 ここでクルーゼが本国の命令を無視して見せれば、信用が失墜する。

 それが分かるから、クルーゼは攻撃中止を当然の如く振る舞った。……まだ、ザフト内での立場を決定的に崩してしまうのは早かった……正直、迷っているが。

 

(……温くなったなアデス、お前もそのうちに消えてもらう方がいいかも知れんな……)

 

 クルーゼは次の戦局と、評議会への説明を考え直す。

 足つきとストライクが今後、どれだけの損害を与えてくるかは考慮しない。

 必要な事はいかに混乱させるかだ。

 

 ザフトの将兵が今回のつけを、命で支払う事になってもクルーゼが知った事ではない。

 本国からわざわざ命令が来たのだ。ここで止まるのはクルーゼの責任ではない……手札はまだあるのだ。

 

 

 ヴェサリウス艦長のフレデリック・アデスは、この日、足つきとストライクをここで叩ききらなかった事を、死ぬまで後悔するはめになる。

 ただそれは、ストライクの戦果が積み上がっていく前。

今の段階では分かりようがなかった。……アスラン達がもうすぐ持ち帰る映像を見て、背筋を凍らせるのが最初の後悔になる。

 

 

 ヴェサリウスへの帰還、合流をしたアスランは、ストライクから受け取った文章データを抜き出して、イージスを降りた。

 整備兵達からの視線が痛かった。気のせいではない。

 前回の戦闘時の、通信ログの話が広まったのだろうと感じた。

 言い訳は出来ない。

 クルーゼから許可はもらったとは言え、それはアスランとクルーゼの間での話だ。

 

 撃破命令での出撃。ところが説得の許可を……つまりは手加減の許可をもらっておいて失敗。1名戦死。

 おまけに《敵》からメッセージを受け取って帰還。

 疑われて当然だろう。

 今回の件もまた、影響はあるはずだ。父に申し訳ないと感じた。

 それでもメッセージを他人には見せたくなかったのだ。

 

 クルーゼ隊はヴェサリウス、ガモフ共に本国へ帰還する。そう聞いて複雑な心境だった。

 足つきの追跡の一時中止。

 それにホッとしている自分がいるのだ。説得する機会はまだ有るかもしれないと。

 

 今回の件が自分や父の立場に、悪影響をもたらしそうなのも分かってはいるのだが。それでも、まだキラを信じてみたいと考える自分もいる。

 そしてそんな自分に腹も立つのだ。

 

 イザークの顔に負傷の痕を見てからは更に。

 

 アスランはイザークに謝罪したが、気が立っているらしく、意味の無い謝罪はするなと怒鳴られた。謝るくらいならストライクを落とすのに手を貸せ、と。

 意味はあるのだ。

 

 ブリーフィングルームでも、クルーゼには何も言われなかった。

 他のパイロット達が、アスランとキラの事を聞いていないのも、クルーゼの言った通りらしい。

 誰にも何も言われない。

 

 君たちは『精一杯』戦ってくれた、だの『残念ながら』戦死した者の仇を討つために次は『一層の尽力』を……、だの。

 パイロット全員を労う言葉をかけられた。

 

 ミゲルやイザーク達は、データから吸い出され、分かりやすく編集されたストライクの動きに衝撃を受けていた。

 

 だが、若者らしく、次は必ず落として見せると意気をあげていた。仲間の仇だと。

 それらの言葉はアスランには辛かった。

 いっその事、キラの方から明確に敵だと言ってくれれば迷いもなくなるのに……そんな考えが浮かんだ。

 

 割り当てられた部屋に戻ってベッドに倒れこむ。

 二人部屋なのにアスラン一人しかいない。

 もう一つあるベッドの上には、まとめられた荷物が固定されていた。

《G》の奪取時に戦死した、ラスティの物だ……アカデミーの同期、いい奴だったのに。

 

 キラからのメッセージを読み始めるのにも、しばらくかかってしまった。

 何が書かれているのか、確かめるのが怖かったのだ。

 

 読みたい気分と、読みたくない気分に挟まれる、期待と不安だ。

 連合の兵として戦うと、書いていてほしい。

 やはり、ザフトに来て一緒に戦うと書いていてほしい。

 アスランはどちらかを期待した。

 

 迷った末に読み始めると…………書かれていたのは、どちらでもなかった。

 

「……」

 

 読み進めるアスランの表情が変わっていく、始めは困惑、次に疑念。そして怒り。

 そこに記されていたのは、言い訳やただの思い込み、もしくは妄想とも受け取れる物だった。

 

 

 オーブ国籍を持つ民間人である事。

 戦争を避けて、両親とへリオポリスに移住していた事。

 ザフトと連合の戦闘に巻き込まれ、偶然にモビルスーツに乗り、アークエンジェル……足つきに避難する状況になった事。

 

 友人が一緒に乗っている事。

 軍人になったのではない事。

 自分の身を守る為と、友人達、見知った人達を見捨てられない為に、モビルスーツに乗っている事。

 けっして戦いたくて、戦っているのではない事。

 そして、アスランの友を撃ってしまった事を申し訳ないと感じていると。

 

 ここまでは分かる。ここまでは。

 混乱しつつもアスランは……いや、正直理解しがたい。が、キラが何を言いたいのかは分からなくもないのだ。

 何とか、理解は可能な言い分と、思えなくもない。

 

 しかし、その後は。これは何だ。これは……?

 

 

 コーディネーターとナチュラルの対立は煽られている。

 ブルーコスモスが裏に居る。アスランの父親を止めてほしい。

 

 プラントと地球は戦っても原因は排除できない。

 溝は埋まらない、このままではいけない。和平を考えてほしい。力を貸してほしい。

 プラント評議会の和平派と接触を持ってほしい。

  

 ラウ・ル・クルーゼは危険な相手で、信用がならない。

 L4のコロニー・メンデルを調べてほしい、アル・ダ・フラガという人物の事を調べてくれれば分かる。

 

 

 こんな内容だった。アスランには全く訳が分からない。

 何を言っているのか?

 さらに、最後に書かれている最後の一文。

 それは、本来であればアスランに考えを改めさせるのに十分な物だった。そのはずだったのだ。

 だが、今の精神状態のアスラン・ザラには、それはある種の止めに近かった。

 

 

 戦場で会いたくない。

 友達だから。戦いたくない。

 

 

 アスランは納得した。

 キラは正常ではない、おかしくなってしまっている、と。

 

「……あの、大バカ野郎……!」

 

 地球軍に志願したのではなく、オーブ国籍を持って地球軍で戦っている。……事実だとしたら犯罪だ。

 

 オーブの民間人が何故、戦闘行為をするのか。

 地球連合が、オーブ軍が責任を持って降伏すれば済む話ではないか。

 友人や知り合いが居て放っておけない。

 だからザフトの将兵を殺すのか?

 民間人が民間人を死なせたくないから、モビルスーツに乗って戦闘行為を行うと? それも犯罪ではないか。

 

 あげく、戦いたくないとはなんだ?

 何を言っているんだ。散々撃っておいて戦いたくない? どれだけ身勝手な事を言っているのか、分かっているのか?

 

 ブルーコスモスが戦争を煽っている。その程度は知っている。これでも評議員の息子だ。アカデミーでも散々習った。

 だから開戦したんだ、奴等を排除するために。

 

 父が煽られている? その通りだ、煽ったのは地球連合だ。

 和平案? 話し合いができるなら、とっくにやっている。できないから戦争をしているんだ。

 

 これはただの願望だ、人の立場を考えていない。

 だいたい、さっき本人が言ってきたではないか。

 自分の意思で戦っているんだと。

 つまり連合を選んだのだろう、連合のモビルスーツでザフトと戦うと。

 

……アスランには分かる訳もないのだが、キラにも言い分はあった。

 

 キラにしてみれば全く書き足りなかったのだ。

 

 本当は、自分の出自や、それに関してのクルーゼの事。

 ザフトの作戦の過激さを増すやり方や、それに応じていく地球連合のやり方への疑問。

 

 確かに存在している和平派、穏健派の事など沢山あった。

 核とジェネシスの撃ち合い、激化していき、取り返しがつかなくなる戦況。

 加速度的に増える死者。翌年にまた始まる戦争。

 その後にやって来る、火種が無くなっていない、何も解決していない短い平和。

 

 たくさん、あったのだ。

 

 しかし、未来の情報は書けなかった。

 いや、書けない事が多すぎたのだ。

 

 キラはアスランにメッセージを送ろうと思った時に、余りにも自分に知識がないのを思い知ったのだ。

 だから、書けなかった。

 CE71年の、キラが知り得る情報と、どうしても伝えたい話を書くしかなかった。

 そしてアスランの事を友として考えた。

 ザフトのアスラン・ザラの事を考えられなかったのだ。

 

 だから、アスラン・ザラにとってこれは、もはや敵の情報工作にしか見えなかった。

 少なくとも未確認情報がある以上、そのまま信じる訳にはいかない。

 アスランは若すぎた。

 

 キラは《クルーゼの言った通り、連合の》兵士になってしまったと思ってしまったのだ。

 待遇の酷い、民兵扱いだと。悪質な偏向情報に引っ掛かってしまったのだと。

 

 自分が、自分も偏向的な情報に溺れている可能性を、思い至らなかった。

 

「キラ……ヤマト……!」

 

 もし、これをへリオポリスで受け取っていれば。

 メッセージをもっと早く読めていれば。

 キラがアスランの立場をもっと理解していれば、もっと送る内容に気を回せば。

 クルーゼの、アスランに対する精神的な縛りが無ければ。あるいは……。

 

 だが、いずれにせよ。

 

 いずれにせよ、許す訳にはいかなかった。

 プラントを否定するものは、撃たねばならない……撃たねばならないのだ。

 ザフトのアスラン・ザラは。

 

 

 

 アークエンジェルの艦長室では、マリュー、ナタル、フラガ。そしてキラと、保安部員の下士官2名で話し合いが持たれていた。

 フラガからマリューとナタルに、内密の話があると持ちかけたのだ。……内密と言っても、既に整備班や保安部には広まりつつあった話だが。

 

「友人って……」

 

「……」

 

 マリューとナタルは絶句した。

 さすがにフラガも言い方に気を使ったのだが、艦長と副長が知らなかったでは済まされない。

 万が一を考えて拘束されたキラの前で、フラガは話を済ませてしまった。

 

 キラの予想に反して、マリューからもナタルからも追求は甘かった。

 

 いや、二人とも頭を抱えたと言うのが正しい。

 

 アークエンジェルはアルテミスに入れなかった。

 味方から見捨てられて、艦体に傷を負い、通信が困難なデブリ帯へ逃げ込んだ。

 ここから独力で、最低でも地球連合軍の勢力圏まで行かなければならないのだ。

 

 キラを排除してしまえば、頼れるのはフラガのみだ。

 

 だが、当のフラガは「哨戒部隊でもジン4機は積んでいる」と言って、次か、その次のザフト艦と遭遇した際は、防御に責任は持てないと言ってきた。

 ナタルですら無言で青くなっているのだ。

 

 CIC指揮官の彼女は、現在のアークエンジェルのミサイル、近接防空火器の残弾の乏しさを思い知らされている。

 

 彼らの救いは、キラが、アークエンジェルと敵対するつもりも逃げるつもりもない、と、明言している事だった。

 保安部の下士官も心配そうにマリューを見ている。

 キラと敵対すれば自分達も死ぬ可能性が上がるのだ。

 

 悩みに悩んだマリューは、判断を一時保留にして、引き続き協力をお願いする。としか言えなかった。

 

 

 

 キラは割り当てられたベッドにフラフラとたどり着いた。まだ監視はつくが独房ではなく、居住区にベッドをもらったのだ。

 

 疲れた。

 そういえば、ストライクのコックピットで目を覚ましてから、ろくに休んでいなかった。

 目を閉じると、いろんな事が思い起こされた。

 アスラン、フレイ、ラクス、カガリ、オーブ、父、母。

 友人達、プラント、連合、ブルーコスモス、そしてクルーゼ。

 たくさん考えねばならない事がある。

 

 上手くやろうと思ったのに、状況が目まぐるしく動きすぎて、できたかどうか自信がない。

 ここで眠り、次に目を覚ましたら、自分はやはり死後の世界とやらにいるのではないだろうか。

 そう思えてしまう。

 

 アスランはメッセージを読んでくれただろうか。

 彼はあんなに頭が固かったか。何故……あそこまで。

 不安が襲ってきた。

 撃つか、撃たないか。紙一重だった。

 

 次は……次があるなら、本当に撃たなきゃならないかもしれない。

 他にも考えねばならない事は多かったが、さすがに疲れた。

 うとうとし始めた頃、側につく保安部員達から、労いの言葉をかけられた気がした。

 思考を放棄してキラは眠りについた。

 

 

 キラはほんの少しだけ世界を知った若者で、アスランは少しだけ戦士になっていた子供だった。

 それだけの違いだった。

 

 






長々とお付き合い頂きました。

これで何とかアークエンジェルは一息入れられます。
キラとアスランのすれ違いはちょっと強引でしたかね。

次は、プラントと連合の上の人たちのお話やら、(書かないかも……もしくはあっさり? オーブ国内とか? 書かないかも?)
アークエンジェル内部の態勢の建て直しの話になるかなー。
やっとフラガをモビルスーツに乗せる訓練ができる。
 (゜д゜)ふー。


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嫉妬と狂気

キラもアスランも出ません。

お偉いさん達のする、嫌な話が嫌いな人はブラウザバックでよろしくお願いしますです。


 

 

『10億の人間を無差別に死に追いやったプラントに、条約違反などと非難される謂れはない。

 加えて対象の少年は、プラント側のスパイの可能性が指摘されている。

 貴方方は既に条約で禁止されている存在であり、存在その物が条約上の違反である。

 抗議の意思がおありなら、国際裁判でもやればよろしい。

 人類史上に例を見ない程の兵器、ニュートロンジャマーにより亡くなられた方々と、その遺族、親類縁者に対しての、謝罪と賠償は如何されるのか?』

 

 

 

 薄暗い部屋にて、椅子にかける金髪の男。彼は手元のモニターを見て頷いた。

 妙に間延びする口調で話し出す。

 

「……我々の統一見解はこんな物でしょう。連中だって探られたくない所はあるはずです。

 それにしても困りますねぇ。この程度の話で慌てられては」

 

 柔らかい言い方ではあるが、どことなく人を見下した感じの話し方だった。

 それに対応するのは地球連合軍の高級将校……ウィリアム・サザーランドと言う男だった。

 年齢で比べても階級章を見ても、かなり上の者のはずだが、目の前の金髪の男には丁寧な対応を取っていた。

 

「理事……お手数をおかけして申し訳ありません。

 ところでへリオポリスの件なのですが。

 アスハが、知らなかった、と言うのは本当でしょうか? こちらとしては、関係を持っていないと主張するために、民間人の救助を蹴った形になりますが……抗議が来ております」

 

 理事と呼ばれた男は、何の問題もないとばかりに答える。

 

「何を言っているんです? オーブは連合加盟国ではないでしょう、中立国です。

 勝手に宣言しただけ、とは言えどね。

 我々はそれを尊重しただけですよ。手を出さない、だから手を出すな。でしょう?

 中立を謳っておいて、都合の悪い時だけ助けてくれは通用しません。見返りを渡すのが人の道と言うものです」

 

「だとしても、他国の民間人を徴用したと言うのは……外聞はよくはありませんが……」

 

「向こうが攻めてくるんだからしょうがないでしょう……自分の身を守っただけ、正当防衛ですよ。

 それとも、条約違反だから黙って死ねと? それこそひどい話じゃあないか」

 

 金髪の男はくだらないとでもいうように手を降る。サザーランドに向かって、他には意見はないのかと先を促した。

 ぞんざいな態度だが、サザーランドはそれを当たり前と受け入れる。

 理事と呼ばれた男は忙しかった。いつでも手が空いている訳ではない、この機会に疑問を片付けさせてやる……そういう態度だった。

 

「しかし、理事。世論は馬鹿には出来ません、余計な大義名分をコーディネーターどもに与えるのは……」

 

「勝って黙らせればいいじゃあないですか。

 勝った方が正しい、文句なんて言わせておけばいいんです、死ぬ前に好きなだけね。

 そもそも、あの連中に何故遠慮がいるんです? 存在自体が非合法な連中に。

 非合法な連中が、非合法な事をやってくるんですよ?

 何ならまた、大量破壊兵器をばら巻かれるぞ、と言えば皆すぐに怒りますよ。騒ぐ理由はなんでもいいんですよ、要は」

 

「軍内では未成年の戦闘行為には恥を覚える者も居ます。 根拠が欲しいのです。他の者を納得させる為の。

 それにオーブと今、事を構えるのは得策ではないかと。万が一プラント側に付かれればいかがします。

 カーペンタリアのザフトと、オーブが組むような事があれば、厄介な戦略拠点を与える事になります……」

 

 金髪の男は心底、面倒そうにため息をついた。その程度の事についても、解決策を見出だせないのかと言いたげだ。

 解釈の問題だと彼は答える。

 

 

「緊急避難ですよ、緊急避難。それ以外に必要ありますか? 言ったでしょう。……誰でしたっけ、そのコーディネーター。16歳? 

 16歳のコーディネーターなんて、どこにでもいるし、どこででも死んでいる。

 彼はそれが嫌だから、出来る事をやって、自分の身を守っただけ。何の問題があるんです」

 

 金髪の男は、心底楽しげに足を組み替えて言葉を続けた。

 

「オーブに義理立てする必要……あります?

 中立とか言っておいて、ヘリオポリスではやる事やってるじゃありませんか。

 必要なのはモルゲンレーテと、マスドライバーですよ。

 敵対するなら結構、現時点での攻略は可能です。

 むしろ、今の内に潰れてくれた方がよくありません?」

 

「……しかし」

 

「では、感情に訴える言い方をしましょうか。

 18歳以下には戦争をさせるな、ただし殺されるのに年齢制限はありません、無差別には殺します。老若男女殺します。殺されて下さい、でも戦わないでください。

 これこそ差別じゃないか、彼らが嫌いな。……これなら、どうです?」

 

 サザーランドはこの方面ではある程度納得した姿勢を見せた、と言うよりも、別に彼は民間人の徴用自体に文句はない。

 いや、興味がなかった。

 あるのは、処理が面倒な事で対処を誤ると《自分達の》立場が危うくなるから、上手く処理したい。それだけだった。

 

 だから、その為に頭を働かせていた。目の前の男についていれば自分の利益は確保できる。

 問題は、彼らが対処をしている相手の数が多いと言う事だ。正直今すぐの排除は難しい。

 しかしそれを言えば無能の烙印を押されてしまう。

 だからサザーランドは、相手の機嫌を損ねない形で、ある程度は抑えてもらいたかったのだ。

 

「しかし理事とて、今の時代コーディネーターとは無縁ではいられますまい。

 忌々しい事ではありますが、既に排除は困難なレベルで人類社会に溶け込んでおります」

 

「益虫だって増えれば煩わしくもなる。ちょうどいいくらいに駆除すればいいんですよ、駆除すれば。どうせ作り物なんだから。

 ところで、この案いいですねぇ。作り物で作り物を殺す……素晴らしいアイデアじゃないですか」

 

 若い男は手元のモニターを操作して、幾つかのデータを呼び出した。

 これまでの話題はもう飽きた。

 だから、話を変える……そういう態度だ。

 これまでは幾つかの反論や、問題点を並べていたサザーランドはこの話題には一転、あっさり同意した。

 

「……はい」

 

「しかし、よくない点がありますね。

 ふざけた話ですよねぇ。

 一応は、連合初のモビルスーツが、コーディネーターに乗られてるなんて……都合が悪くありません?」

 

 サザーランドは、相手の言葉の裏を読む。

 彼はそういう事ができるから、連合の軍服に袖を通しながらここに居て、そういう話をしているのだ。

 

「では……この、アークエンジェルとストライクには、沈んでもらった方が理事のご希望に?」

 

 既に汚点のついた艦だ。乗っている人間に惜しい者もいない。

 サザーランドは、ご希望とあれば始末する、と言ってのけた。

 金髪の男は、愉快そうに笑った。

 

「酷い言い方をしますねえ? 味方になんて事を言うんです……一応は友軍なんですよ?」

 

「失礼しました……では、戦場に絶対はありませんからな、補給や増援が……遅くなる事もあるかもしれません、連絡や通信が不通であったり……ですな」

 

 自分の望む会話と答えが出たのか、金髪の男は満足げだった。

 

「そうそう、それですよ。世の中、絶対はないんですよ。

 いやあ残念ですねぇ。せっかくの新鋭艦ですけど。不幸にも、やられちゃったものは仕方ないですからねぇ」

 

 ブルーコスモスの盟主……ムルタ・アズラエルは満足そうに笑った。

 青き清浄なる世界のために。

 

 

 

 

 プラント首都、アプリリウス。

 評議会がある一画にて、二人の男が静かに意見を交わしていた。落ち着いた雰囲気の男と、険のある男だった。

 口を開いたのは落ち着きのある男、プラント評議会・現議長、シーゲル・クラインだ。

 

「……パトリック。あまり相手を追い詰めすぎると和平が難しくなる。

 ヘリオポリスの件……やりすぎではないのか? カーペンタリア基地に近いオーブを怒らせては、取り返しがつかなくなる」

 

 そういったシーゲルの懸念を、仮にも議長からの懸念を、険のある男は切って捨てた。

 

「追い詰める? 数で劣るのは我々だぞ、クライン。追い詰められない内に叩くのだ。

 連合とオーブは、共同で対ザフト戦を行ってきた。

 ならば敵だ。

 オーブが敵対するなら結構、あの国を今の内に攻略できる。それこそカーペンタリアに近い国が、連合にぶれてからでは遅いだろうが。

 大義名分はあればあるだけよい。そもそも貴様が投入を決定したニュートロンジャマーはどうなんだ?」

 

「言うな 、あれは間違いだった」

 

 クラインと呼ばれた男は顔を背ける。痛い所を突かれた。

 パトリックと呼ばれた男は別に勝ち誇るでもなく、ただ、言葉を連ねていく。

 

「そうだな、莫大な成果と、同時に対プラントの大義名分を与えた、大抵の事は黙殺される流れになった、我らを討つためには」

 

「パトリック、私は」

 

「今さら悔いているなどと言うなよ、結局の所ナチュラルは我らを屈服させたいのだ。理屈など関係ない。

 力の有るか無しか、それが世界で道理を通す唯一無二の条件だ。

 プラントは苦戦しつつある。このままでは。

 だから勝つために手を打つのだ、あらゆる手を」

 

 目に危険な光を宿すパトリックを、クラインは押し止めようと口を開いた。

 

「地球には多くのコーディネーターがいる。オーブもだ。 彼らは自分で地球に籍をおいている。同じ同胞が敵対してくるやり方は異常だと思わんのか」

 

 別の角度から説得を試みるクラインを、パトリックは鼻で笑った。

 

「だからいいのではないか、無理矢理に他国の者を徴用する、ナチュラルに協力していても、国際条約すら適用してもらえない。

 これでナチュラルに協力する者達も、少しは目が覚めるだろう。コーディネーターの味方は結局コーディネーターしかいないと」

 

 危険な論調だった。連合に対するプラントの独立戦争を、種族戦争としての一面に重きを置いている発言だった。

 クラインは危機感を強めて、パトリックを抑えにかかる。

 

「お前は、彼らを追い込んでテロ活動でもさせる気なのか。地球のコーディネーターは民間人が大半だぞ、迫害が増えている、どうする気なんだ」

 

「勝つためだ! 敗者には何も言う資格がない。我々はそれをよく分かっているだろうが!」

 

 苛立たしげにパトリックが叫ぶ。それでもクラインは粘り強く言葉を連ねた。

 

「連合は反発を強めるぞ、面子を蹴り飛ばされれば向こうも引っ込みがつかなくなる。納めるところは納めろ、こちらだって政治的な失点は無いではないのだ。

 突かれれば痛い面もある。

 反戦主義もゼロではなくなってきた。これ以上の戦火拡大は意味がない、交渉を続ければきっと」

 

「今さら引っ込んでもらっては困る。

 地球は混乱してくれればいいのだ。政治的な失点?

 勝てばいいのだ。……こうなればナチュラルに協力するコーディネーターがいたのも悪くはなかったな。わざわざ送り込む手間が省けた」

 

 ついには民間人を、非正規戦の戦力と数える素振りを見せたパトリックを、クラインが怒鳴りつけた。

 

「……パトリック! 我々は独立をしたいのだ!

 自治権のためだぞ! 絶滅戦争をやるためではない!

 プラントだけでは食っていけん。出生率の問題はどうなる! 第三世代の出生率は分かっているだろう! その第三世代まで今では戦死者がいるんだぞ!」

 

「そのために勝つのだろうが! 奴等に殺されないために! 生きていくために! 何の為のザフトだ? 戦って身を守る為だろうが!」

 

 パトリックは全く意見を変える気がないようだった。

 いや、他人の意見を聞く気がないように見える。

 彼が、長年の友であるはずの、クラインを見る目は冷たい。

 

「……腑抜けたなシーゲル、忘れたのか?

 こちらが黙って下を向けば、奴等はとことん図に乗るぞ。それが嫌なら戦うしかない」

 

 年齢を重ね、心に落ち着きが出てきたと自覚できるクラインには、パトリックの言葉は激しすぎた。

 若い頃の情熱そのまま、それ以上に。

 

「お前……は、止まる気がないのか?」

 

 やっと絞りだしたクラインの言葉を、パトリックは受け止めた。受け止めた上で否定した。

 

「妻……同胞が叫んでいるのだ。仇を取れとな。聞こえんのか、貴様には? ……ナチュラルは叩くぞ、徹底的にな。

 戦わねば守れない。ならば戦うしかないだろうが」

 

 

 クラインは愕然とする。

 自分達プラントの武力を統括する国防委員長は、これ程に死者が出ている戦争を、まだ終わらせる気がないと言い切ったのだ。

 次のプラント評議会、議長と目される男が。

 

(なんたる事だ……一体いつから、ここまで……パトリック……)

 

 このままではいけない……クラインは策を考え始める。

 問題は、彼の、パトリック・ザラの意見には、賛同する者はひたすら多いという事だった。

 



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デブリベルト航行記録 1

※この話からガンバレルストライク、グレーフレームが本格的に動きます。
作中での呼び方ですが、面倒なので
「こいつはガンバレルストライクだ!」
「グレーフレームにしよう!」的な会話があった物としてお読みくださいませ。

後からガンバレル、グレー、とかって略すかも。




 

 

 デブリベルト。

 コロニー《世界樹》の崩壊をきっかけとして出来た、地球圏の超巨大デブリ帯の通称がそれだった。

 それに加えて近隣の惑星・衛星同士の重力が影響して、どこからともなく様々なデブリが集まってくる宙域でもある。

 

 場所によっては高速でデブリが動く空間もあるため、極めて危険な宙域だが、隠れる先として見た場合、悪くない所だった。

 

 その中でも。比較的には通り易い場所を選びながら、慎重に進む艦艇の姿があった。

 地球連合軍所属アークエンジェル。

 アルテミス要塞に入港拒否をされてから数日が経っていた。

 

 アークエンジェルの周囲には3機のモビルスーツが展開していた。

 1機はガンバレルを背負ったモビルスーツ。

 1機はそれに似ている灰色の機体。

 

 さらにその2機を、ザフト製モビルスーツのジンがフォローするような位置にあった。

 

 ゆっくりと進行する3機のモビルスーツは、障害物の進路を変えたり、アークエンジェルの艦体に接地したり、逆に離床したりを繰り返していた。

 内の2機、ガンバレル付きと灰色の機体はたまに捻った運動をしている。

 通信のやり取りが頻繁に行われていた。

 

《おいキラ、俺のストライクはどうだ? 外から見てて挙動がおかしい所はあるか?》

 

 ガンバレル付き……EーX04ガンバレルストライクを動かすのはフラガだ。

 慎重に動いてはいるものの、どこかしら安定感を見せる動きだった。

 

《こちらから見る限りは大丈夫みたいです。

 変な反応とかはありませんよね? 何かあったらすぐに言ってくださいよ》

 

 答えるのはキラ。

 現在修理中のX105ストライクに代わり、ヘリオポリスで鹵獲したジンに乗っていた。

 モビルスーツに慣れているキラが他の2機を見ているのだ。

 訓練である。

 

《分かってるって。こちとら、モビルスーツはまだまだ初心者なんでな。よっと》

 

 軽く機体を動かして遊ぶフラガを見て、キラは苦笑する。さすがにムウ・ラ・フラガだと。

 

 しかし、キラの注意自体はもう1機、灰色の機体に向いていた。いや、ほとんどその灰色の機体にかかりきりと言っていい。

 そちらを見るキラの目は真剣そのものだった。若干……いや、結構な不安さが表情にある。

 

 何せワイヤーロープでキラのジンが常に掴まえているのだ。

 フラガと違いこっちは本物の初心者だ。絶対に気は抜けなかった。

 時間も余裕もないからやっているが、キラは《彼》を乗せるのは反対なのだ。

 

 案の定、何度めかの姿勢制御と艦の運動が重なった途端に、フラフラと機体が慌て出した。正確にはそのパイロットが。

 

《うわわわ、キ、キラ、ち、ちょっと助けて……!》

 

《トール、落ち着いて! 大丈夫、すぐ前に居るから。

 操縦桿は静かに動かせばいいんだよ、ちゃんと反応してくれるから。説明したでしょ?

 その機体は物がぶつかってきても簡単には壊れないから、とにかく慌てないで》

 

《お、おう》

 

《どうしても機体が落ち着かない時は? 覚えてるよね?》

 

《モ、モーションセレクトから、運動停止、待機を選んで、じ、実行……だっけ? 衝突回避?》

 

《うん、合ってるよ》

 

 キラの操るジンに面倒を見てもらっているのは、MBFーP05グレーフレーム。

 キラの友人、トール・ケーニヒが動かしていた。

 フラガが茶々を入れてくる。

 

《いいねぇいいねぇ! キラ、お前さん教官としてもやれるのか?》

 

《……ムウさん。そんなに飛び回ると危ないですよ》

 

《固いこと言うなって! あらよっと!》

 

 フラガ機はそこら辺のデブリの中をすり抜けて行く。

 高い空間認識能力を持つフラガだ。

 

 時間ができたのを見計らい、コンテナに入っていたシミュレーションマシンを引っ張り出してきて、あっさりとクリア。

 勢いそのままに、モビルスーツへ乗るようになってからここ2日、恐ろしい勢いで習熟度を上げている。

 一日中乗り回して、癖を身体に叩き込んでいるのだろう。

 

 キラはフラガの腕に心配はしていない。

 というかOSさえ合わせれば、後は放っておいても勝手に上達するような人だ。

 

 しかし、トールの目には毒なのだ。

 実際、グレーフレームのカメラアイはフラガ機を追っている。キラはため息をついた。

 自分が知るナチュラルの中でも、最強クラスのパイロットの機動なんて見て、勘違いして欲しくない。

 何度めかの説得を試みる。

 

《トール、やっぱり止める? 僕の事は気にしないで。むしろ乗って欲しく無いんだけど……》

 

《わ、悪い……キラ、でも俺……お、お前ばっかり戦わせたくないから……が、頑張るよ……ア、アサギさんと俺で、乗れるようになると、お前、や、休めるだろ?》

 

 言葉は立派だが顔色は悪い。

 それもそのはずでトールは今日、初めてモビルスーツで宇宙に出たのだ。

 カレッジでは作業ポッドを動かしていたとはいえ、複雑さが違う。

 兵器に乗っているのだ。強張るな、と言っても無駄だ。

 適正と、本人の強い意思が複合してしまった。

 

 フラガとトールに粘り強く説得され、後から無茶をされるよりは、と、手伝っているが、キラには不安が拭えなかった。

 トールが着用している、パイロット用のノーマルスーツが嫌な記憶を思い起こさせるのだ。

 もう一人のアサギという少女なら、どうなってもいいと言う訳ではないが……そういう訳ではないのだが。

 キラは自分の身勝手さに苦い顔をした。

 

 

 アークエンジェルのブリッジでは、ナタルとノイマンがモビルスーツの訓練風景を見ていた。

 

「もうあんなに動けるのか……」

 

「フラガ大尉はともかくとして、あのケーニヒってのが、あそこまで動けるのは驚きですよ……もたついているとは言え、一応動いてますからね……」

 

 その横ではオペレーターのチャンドラとロメロが、新米ブリッジクルーに仕事を教えながら口を挟んで来た。

 

「ヤマトがナチュラル用のOS、組み上げちゃったんですよね? たしか半日かかってないって……。

 ジンのセキュリティも突破して、そっちのOSも弄ったって言うし、どういう頭してんだか」

 

 キラが今さらジンを操って見せた所で誰も驚きはしないが、ナチュラル用のOSを組み上げた事……正確には記憶を元にした修正に近いが……は、さすがに呆れ半分だった。

 

「ですが、ちょっとは気が楽になりますよ、これで少しは寝れますから」

 

 チャンドラとロメロは手分けして索敵やら、通信管制を教え込んでいく。

 ミリアリア、サイ、カズイの3人が地球連合軍の訓練生服を着て一生懸命に覚え込んでいた。

 ミリアリアは頻繁にトールの機体を心配そうに見ている。どことなく膨れ面をしていた。

 

 さらには協力をお願いされたオーブの歩兵小隊から4人程、選抜された者達が同じくアークエンジェルの性能把握に努めていた。

 副操舵手、CIC電子戦、火器管制、索敵。

 少々不安そうではあったが、アークエンジェルの運用は基本、コンピューターの指示に従えば何とかなる。

 

 彼らの所属や交戦規定については、ウズミ代表の黙認と、誰からともなくの暗黙の了解、更には善意の協力という内容で、知らないふりをする事になっていた。

 ナタルですら何も言わなかった。

 

 大きな問題だと分かっているが、睡眠欲と過労と、倒れ始めるクルーの前では規則・規定は邪魔だった。

 アークエンジェルクルーは、デブリベルトに入ってから民間人やオーブ軍人達の協力を得て、ようやく交代で休息を取れ始めていたのだ。

 

 ただ、ナタルと正操舵手のノイマンだけはブリッジを離れられず、ここ3日程、それぞれの席で仮眠を取りつつしのいでいた。

 疲れからつい眉間を押さえるナタルに、フラガから通信が入る。

 

《こちらフラガ機。連合軍艦艇の残骸を発見した、これより物資の捜索に入る》

 

 ナタルは感情を殺して了解と返した。

 キラのジンはトール機を格納庫へ戻して、フラガの手伝いに行くところだ。

 

《こちらキラです。フラガ大尉の援護に行きます、よろしいですかバジルール少尉》

 

「ああ。構わない……ヤマト准尉。よろしく頼む」

 

《分かりました、行ってきます》

 

 キラのジンがフラガの後を追っていった。ナタルはそれを見送って思わずため息をつく。

 デブリベルト内での物資の探索をしつつ、友軍の勢力圏へ向かっているのである。

 キラの発案だった。

 

 

 アルテミス周辺のデブリ帯へ逃げ込んだ当初、アークエンジェルは友軍との連絡を諦めてでも、さらに奥へ進むしかなかった。

 宇宙はザフトのテリトリーだった、月の周辺まで行けばそうでもないが、それ以外はどこかしらザフト艦がうろついている。哨戒網にかかれば終わりだった。

 

 正直、キラとフラガで力ずくの突破はできないこともなかったが、弾薬類の欠乏と物資の不足、ヘリオポリスから全く休めていないクルー達の体調の問題が、それをさせてくれなかった。

 戦闘につぐ戦闘でついにダウンする者が出始めたのだ。

 

 ストライクは中破。

 すぐに使えるのはフラガのメビウス・ゼロのみ。

 民間人は不安を増大させており、どこでもいいから早く降ろしてほしいと声が増え、説明と説得にマリューとナタルの責任者クラスが出張る事になり、手間が増えた分、艦の方針決定に遅れを出した。

 

 物資の方は特に水の不足が深刻で、ザフトが待ち構えているのを覚悟で、アルテミスに引き返す案まで出た程だ。

 

 そこでキラが、このままデブリ帯からデブリベルトまで進み、そこで遺棄された艦艇や残骸を捜索、物資の調達をすればどうかと言い出したのだ。

 墓荒らしだ。

 誰もいい顔はしなかったが、結局はそれしかないと今に至っていた。

 

 民間人に混じっていたコーディネーター達は不安が強くなっており、これはキラが繰り返し話をして、何とか落ち着かせている最中だった。

 

 戦力的な不安に対しては、整備班と協力を依頼されたモルゲンレーテの技術者、それにキラが加わり、不眠不休で整えて稼働状態に持っていったモビルスーツ3機が解消。

 

 人員の不足をマリューとナタルとフラガで手分けして、民間人とオーブ軍人達にある程度話をした。

 さらには物資を管理する主計科とこれからの節制について話をした。

 そこで限界が来た。

 

 キラが一足先に戦力化したグレーフレームで、守りにつくと言ってくれなければ、安心して仮眠も取れないところまで追い込まれて、マリューが倒れた。

 すぐに目を覚ましたとは言え、軍医からは怪我と、強いストレスと過労と診断され、現在はナタルが艦長を代行していた。

 そのナタルとて、アルテミスでの出来事が尾を引いている。

 

 さらには別の話で、キラもさすがに疲れているのを見て、今度はキラの友人達が艦の仕事を手伝うと言い出したのだ。

 特にカズイは申し訳なさそうにしており、対してキラは、気にしないでくれ、軍属になんてならないでほしい……と念を押して言ったのだが、逆効果だったようだ。

 

 トールはトールで、キラにくっついてモビルスーツのOSを調整する助手をしていたら、興味本意でやったシミュレーションで結構な適正を出してしまい、フラガがパイロット候補にしてしまった。

 キラがフラガの為に、ナチュラルでも使えるOSを組んでいる最中では、止めるのは難しかった。

 オーブ軍人からは同年代の少女を一人乗せるのだ。

 何よりトール自身が望んでいた。

 

 きっかけはキラがナチュラル用のOSを組み上げた時。 民間人である事から、ついに目を背けられなくなった所からだった。

 

 

 

 整備班員やモルゲンレーテ技術者達のどよめきが格納庫に響いた。

 フラガが、ガンバレルストライクを歩かして見せたのだ。キラの組み上げたOSを使って。

 

「ムウさん! シミュレーションをクリアしたのは分かりますけど。早すぎませんか? いきなり実機なんて」

 

「我慢ができないのさ。……よーし! 歩いたぞ、いい感じだ! どうだ! 作動チェックしてくれ、キラ!」

 

 シミュレーションをさっさとクリアしたフラガが、意気揚々とガンバレルストライクに乗って見せて、そしてそれが、これまでにナチュラルが動かしたどのデータよりも、滑らかな物だと言うのが数字に出ていた。

 

 興奮したのは整備班員よりも、モルゲンレーテ技術者達の方だった。

 彼らはオーブ本国から、ナチュラルでも動かせるモビルスーツとOSの開発を命じられて、ヘリオポリスに居たのだから。

 地上用は多少の蓄積があるが、宇宙はお手上げだった。

 

 しかし今、アーマー乗りのエースが、という条件付きだが、確かにナチュラルが動かしたのを見たのだ。中には泣いている者も居る。

 

 技術者達はキラにOSの使用許可を求めてきたが、キラは元よりそのつもりだと返した。

 驚異的な早さで完成品を仕上げた事に驚かれたが、別にキラのオリジナルではない。

 

 元々、オーブに居た時に開発協力をしたモビルスーツ・M1のOSの数字と式を、ほぼそのまま打ち込んで、後はフラガ用に修正しただけだ。

 まだ、甘い所がある。特にガンバレル関係は更に修正が必要だろう。そんなレベルだ。

 

 加えて、グレーフレームは弄ったキラが驚いた。

 M1に似ているのだからオーブ系の機体とは想像したが、思った以上にオーブ系の特徴が出ていた。

 モルゲンレーテの技術者も薄々……と言った感じだ。

 

 おかげで調整は、楽勝とは言えないまでもさして手間取る事もなく進んだ。

 スペックは間違いなくジンより高性能だ。

 実験機か何かは知らないが、部分的にフェイズシフト装甲が備わっている。

 ストライクの代わりに使うのに何とかなるだろう。

 

 フラガはオーブとの件に関しては、知らんぷりを決め込むらしかった。キラを監視している保安部員もあさっての方向を向いている。

 

 ガンバレルストライクは目処が立った、グレーフレームもキラがOSを弄って取りあえずは動く。

 

 マードック率いる整備班は次の戦いに入った。

 X105の修理だった。

 少ない予備パーツと、ガンバレルストライクのコンテナに同梱されていた流用が可能そうなパーツ、それらを引っ張り出して来たのだ。

 

 さすがにローテーションで休むそうだが、キラは頭を下げて回った。

 全員疲れているために、数日は時間が欲しいと言われれば、キラは可能な限り手伝いますと言うしかない。

 

 加えて、フラガから感想を聞いて、キラとトールでガンバレルストライクとグレーフレームの、更なる微調整に入った所だった。

 

 フラガが呟いた。

 

「しかし、4機もあるのにパイロットが2人じゃな……まあストライクは修理中なんだが」

 

 それを聞いて「二人じゃダメですか」と目の下に隈を作りながら聞いたキラに「24時間のスクランブル体制を二人で取るか?」と同じく目の下に隈を作ったフラガが返す。

 

 人が宇宙に出てもならず者はいる。海賊や脱走兵達によるゲリラだっているのだ。

 デブリベルトはそれらが多い危険な場所だった。

 キラは前回の逃避行では遭遇した記憶がない。……運がよかったのだろうと思ったが、ラクスの事が心配になった。

 二人の話にトールが聞き耳を立てている。

 

「オーブ軍の連中には、パイロット適正のある奴は一人しかいなかったらしい。

 艦長が話して、これから訓練を始めるらしいが、誰だったかな。

 アサギとか言うお嬢ちゃんらしいが……。

 なあキラよぉ、誰か居ないのかよ? それでも3人しかいねーよ」

 

 アサギと言う名前に聞き覚えがあった。オーブ軍でモビルスーツのテストパイロットをやっていた娘だ。

 彼女も居たのか、何故だ?

 ただ、それらを顔には出さずに、キラはフラガの質問に聞き返す。

 

「何で僕に聞くんですか?」

 

「ヤマトは何でも知っている、だろ?」

 

 キラは笑った。

 そんな訳がない。もし、そうだったらどれだけいいか。分かっている、冗談だ。

 フラガもにやりと笑って見せる。

 

「ムウさんこそ、不可能を可能にするんじゃなかったんですか?」

 

「あ、やっぱ知ってんだ、その通り。俺は不可能を可能に……と、言いたい所だが、流石に自分を二人にはできんからなあ……」

 

 その言葉にキラはわずかに表情を曇らせたが、フラガは気がつく事もなく笑った。

 

 フラガはキラを気に入ったようだった。と言うか一度、一緒に戦って見れば妙に馴染んだのだ。

 これまで自分についてこれる人間が少なかったので、同等以上の技量を持つキラに、パイロットとして親近感を覚えたと言える。むろん最低限の警戒は怠っていないが。

 

 ただ、それでもそのやり取りが、友人の寂しさを刺激した事にキラは気づくのが遅れてしまった。

 遠い所へ行ってしまいそうな、行ってしまったようなキラを見てトールが立ち上がる。

 

「あ、あの! フラガ大尉! 俺を、違う、いえ、えーと自分をパイロットにしてください!」

 

 キラが目を丸くする。

 周りも一瞬シンとした。そして動き出す。整備班にとっては後回しにできる話だった。

 バイロットどもで何とかしろ、という態度だ。今さらキラ絡みで何が起きても彼らは動じない。

 フラガも寝不足で気分がハイなのか陽気に答えた。

 

「お? 元気がいいねぇ。じゃ、シミュレーションやってみるか?」

 

「はい! お願いします!」

 

 半ば冗談のフラガと、大真面目なトールがシミュレーションマシンに向かうのを見て、我に返ったキラが怒鳴った。

 

「ちょ、……ちょっと! ダメですよ! 何を言ってんですか!! トール! 遊びじゃないんだ! 止めろよ! ミリアリアはどうするんだ!!」

 

 思わぬキラの大声には、流石に格納庫は静かになった。しかし、マードックが怒鳴り返す。

 ケンカならよそでやれ。と。

 彼らは気がいいだけでストレスがない訳ではない。

 フラガがキラの代わりに頭を下げて見せた。

 

 フラガは、キラとトールを連れてロッカールームへ移動した。

 

「珍しいな、キラ。お前がそんなに怒るなんて。どうしたよ? 冗談みたいなもんじゃねえか、試すだけさ」

 

「ムウさん、ふざけないで下さい。この件は譲りませんよ。トール、パイロットなんてやったら死ぬよ。絶対にやらないで」

 

「そんな言い方ないだろ! 俺はお前を助けようと思って……」

 

 キラは気持ちだけで十分だと言い切った。

 トールが死んだ時の光景は今でも思い出す、冗談ではなかった。

 このまま進み、安全そうなら地球へシャトルで降りてもらうか、最悪でもオーブで降りてもらうつもりなのだ。

 志願したら、させたら終わりだと思っている。

 友人達にはアークエンジェルを降りてもらう、そのために戦っているのだ。

 しかしトールは引かなかった。

 

「何だよ、お前ばっかり! 自分がどんな顔してるか分かってんのかよ、カッコつけんなよ! 友達だろ!」

 

「友達だから。乗って欲しくないんだ……!」

 

 キラとしてはとても嬉しい話だが、だったら尚更受け入れられない。それこそ、友人達だけで逃げてくれればいいとすら思っている。

 しかし、フラガがやらせてみるべきとトールの援護に入った。

 

「ムウさん! 本気なんですか!」

 

「キラ、お前こそ本気か? 自分が殺られないとでも思っているのか? 俺もお前も絶対に殺られないって? アークエンジェルの守りは完璧だって?」

 

 フラガは、自分もキラも動けない時、やられてしまった時、そのためにアークエンジェルの防御力を、少しでも高めるべきだと言った。絶対はない、と。

 

 これまで幾つもの苦しい戦況を潜り抜けてきたフラガにとっては、パイロット不足で出せない戦力が、半分近くあるなど受け入れられなかった。

 工業カレッジの学生であるトールなら、一度やらせてみて損はないのだ。

 ダメならそこでストップをかければいいのだから。

 そう言われれば、落とされた経験のあるキラは、勢いを失う。

 

「トールは……戦争なんかするべきじゃない」

 

「そりゃそうだ。言いたい事は分かるぜ? だが今は非常時だ。できるとなれば俺は乗るように説得はする」

 

 加えてと、フラガは言った。キラの立場は微妙な物だと。

 アルテミスに入れなかったのはキラにも責任がある。

 事実はどうあれ、そう思われてしまいかねない状況でもある、と。

 勿論、大本をたどれば、それは大人である者たちの責任なのだが、非常時には常識など飛んでしまう。

 フラガに出来る事は、キラをストライクから降ろすか、またはキラに立場を与えてやる事だけだった。

 

 キラはフラガを睨んだ。

 

「どうしろって言うんです」

 

「志願すればいい、連合に。

 言っとくが今のお前は犯罪者だぞ? 頼っておいて悪いが、民間人だからな。……ばれちまってるし。

 ただ、誤魔化しが利かないでもない、だから志願するんだ。

 他の連中だってお前が連合軍人になりゃあ、とりあえずは治まるさ、こっちにだってコーディネーターはいるんだからな。あとは手柄なりなんなりで、大西洋連邦の市民権でも貰えばいい……」

 

 ザフトの友人の事はフラガは口にしなかった。

 

「……僕は軍人になりたい訳では。ただアークエンジェルを守りたいって、本気で」

 

「分かってるよ……参るぜ、我ながら。腕のいい奴はすぐ気にいっちまう。けどな、まだ信頼はしてないんだぜ。他の連中もな。

 ストライクは乗る、訳は話さない、でも自由にやらせてくれ、意見も聞いて欲しい……それが通らないのは分かるだろう? けじめをつけろよ、キラ・ヤマト」

 

 キラは目を伏せる。

 トールは自分が手伝いたいと言った事で、思わぬ方向に話が言った事に慌てた。

 そんな話になるとは思わなかったのだ。

 トールは発言を撤回しようとしたが、フラガに諌められた。

 今は誰にも頼れない、自分で何とかしようとするのは悪い事ではない、と。

 キラは口を開いた。

 

「僕が軍人を選ぶと、友人が付いてきかねません、それは嫌です」

 

 フラガは肩をすくめる。深刻になる前に対立を和らげるのは上手い人間なのだ。

 

「まあ、お前を味方にしておきたい、ってのが一番だがな。時間はあまりないぞ、その友人を説得するのも、この艦に居場所を作るのも、力を持っておきたいのも、全部が思い通りにはいかないんだからな」

 

「……戦争をしたい訳じゃないんですよ」

 

「俺だってそうさ、意味もなく、戦いたがる奴なんかそうはいない。戦わなきゃ何も守れねえから戦うんだ。

 で、トールって言ったな? お前はどうすんだ? 友達はこう言ってるぜ? 止めるか?」

 

 フラガから睨まれてトールは震え上がったが、それでもハッキリと言ってのけた。

 

「す、すいません、俺、考えが足りませんでした。志願するとか考えなくて……け、けど! やっぱり手伝いたいです! キラばっかり大変なのは、なんか嫌です!」

 

 フラガはトールの頭をがしがしと撫でる。

 

「よーし、よく言った! やってみろ。ただし! ダメなら俺はハッキリと言うぞ? そん時はお前は雑用だ、いいな!」

 

 ハイ、と元気よく返事をするトールに、キラの表情は重くなった。

 

「ムウさん! モビルスーツの整備やりませんよ!」

 

「じゃあ俺一人で戦う事になっちまうな」

 

「キラ、頼むよ! 俺、心配なんだよ。手伝わせてくれよ!」

 

 それからしばらくキラは粘ったが、シミュレーションをやったトールのスコアが、アサギという少女とほぼ同レベルの合格点を出してまった事で、何が何でも乗ると言い出したトールに根負けしてしまった。

 

 トールはかなりの速さでモビルアーマーの操縦を覚えるような、優れた勘の持ち主だ。数週間未満の訓練で実戦に出る程の。

 フラガからも、鍛えれば物になるかもと言われた事で、トールは完全にそのつもりになったらしい。

 

 キラは降りられる時が来たら、アークエンジェルを降りてもらうとの条件を出して、教える事にした。

 後からいきなりモビルアーマーに乗られるよりは、今からモビルスーツに乗せた方がマシと。

 トールを死なせないように鍛えるしかなかった。

 

 

 そうして、ナタルとフラガ、マリューの責任の下で、現地徴用の野戦任官を受けたのが先日の事だった。

 計ったようにサイ達までアークエンジェルのブリッジに入った事には、キラは完全に腹を立てたが民間人の何割かまでが、交替で艦の雑務に手を貸しているのを見れば流石に止めさせるのは難しかった。

 アークエンジェルも人手が足りないのは分かるのだ。

 

 キラがどこかの通路の壁を、1発だけ殴ったのを知る者は保安部員だけだった。

 

 

 

 

 艦艇を手早く探索したキラはジンを操って、フラガと一緒に使えそうなコンテナ類を運び出した。

 多少の弾薬と食糧が見つかっただけだった。

 無いよりはマシだ。

 

 戻ってからはまた、フラガとトール、そして交替でグレーに乗るアサギ・コードウェルの訓練に入るのだ。

 更にはフラガと手分けしてのスクランブル待機がある。機体の整備も手伝わねばならない。

 

 そしてラクスの乗る船の救助だ。

 やるべき事、考える事はいくらでもあった。

 

 

 




アークエンジェルの態勢を立て直そう。と思ったら一話じゃ終わらなかった。どれだけボロボロなんだよ、この船……。


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デブリベルト航行記録 2

デブリベルト航行記録 3と元々一本の話を、分けました。
一話10000文字は疲れるかと思いましたので。




 

 

 デブリの隙間を縫うように飛び回るジン。それを操るのはキラだった。

 2方向から機銃や無反動砲が撃ち込まれる、いずれも敵対するジンが撃ってきていた。

 デブリの陰に潜んでいた海賊だ。

 

 これで3度目の襲撃だった。

 

 

 

 

 キラがスクランブル待機しながら、アークエンジェルの甲板上で、グレーフレームに乗るパイロットの訓練に付き合っている所だった。

 艦の防御力を上昇させるために、フラガとともに苦しいローテーションに耐えていた。

 待機しながら訓練をする、または指導する……責任は重かった。

 現在のアークエンジェルに時間は貴重だった。

 

 当初、キラにはグレーフレーム、またはガンバレルストライクでの待機が指示された。

 しかしキラは、パイロット候補達にジンでの訓練をさせたくないと反論した。

 グレーフレームで訓練をさせたいと。

 ジンより安全性が高いのは確実だから、訓練生を乗せるならそっちだと主張したのだ。

 

 加えて整備班より、ストライク系の予備パーツ、消耗部品の在庫の不安から、ガンバレルストライクの共用は怖いと主張が上がった。

 過剰に稼働させると、交換部品が心細いのだ。

 実際、キラ、フラガの両名は整備班から、「機体の損傷はともかく、各部分、武装の損失は勘弁してくれるとありがたい」と言われている。

 無くしたストライクの左腕と右足、そしてエールのライフルとシールド喪失はやはり痛かったらしい。

 

 そのためX105の修理が終わるまではと、キラはOSを弄った鹵穫ジンに乗っていた。

 装備は元々くっついていた重斬刀と、最初に襲撃してきた海賊の機体から奪った突撃機銃だ。

 武器はともかく、機体のセキュリティ突破にはそこそこ手間がかかった。

 

 ただ、仕方ないとは言え、やはり対処に限界はある。

 ある瞬間、不意にデブリの陰からジンが飛び出して来たのだ。

 3度目の襲撃。

 

 ジンを使うからと言って必ず敵とは限らないし、悪質な悪ふざけをする友軍の可能性もあったが、このデブリベルトにおいて明らかに危険な動きだった。

 アークエンジェルのブリッジ部分に接近する動きを見て、キラは今度も即断で動いた。

 海賊だと。

 グレーフレームのパイロットに、シールドを構えて防御しているように指示すると最初の1機に突っ込んで行った。

 

 OSを弄ったと言えどジン。操るキラには物足りない性能だが、相手のパイロットはキラの動きに心底慌てたようだった。

 動きがぎこちない。

 さらにはアークエンジェルの破壊ではなく制圧に来たのか、艦に対しての攻撃が甘いのも幸運だった。

 まずはモビルスーツをと考えたのか、迎撃に出たキラに攻撃をしかけて来るのはありがたい動きだ。

 

 キラは相手の油断や動揺につけこみ、海賊を排除にかかった。

 遠くの敵に牽制射撃を加えつつ、自分に放たれる射撃を回避しながら難なく1機のジンに距離を詰め、そのまま容赦なくコックピットに重斬刀を突き入れ無力化。

 

 機銃の弾が切れたので、ちょうどいいとばかりに無力化したジンから突撃機銃の弾倉を奪い取る。

 さすがに弾倉にセキュリティは無い。

 装填すると機体ステータス表示にはあっさり装填完了のアイコンが出る。

 キラは残りの2機に牽制射撃をしながら、猛然と突っ込んで行った。

 

 アークエンジェルにまとわりつこうとした2機のジンは、防空火力の高さに戸惑っている内にキラの接近を許し、あっという間に1機がコックピットを潰され無力化。

 

 最後の1機が逃げ出した所で、キラは一瞬見逃したくなったが、追跡する。

 ナタルからは、情報漏れを防ぐために制圧、または撃破しろと命令が出ているのだ。

 デブリを必死ですり抜けていた海賊のジンを、キラはあっさりと先回りし追い詰め、制圧。投降させてしまった。

 

 奇襲は許したが、結果としてはアークエンジェル側の圧勝だった。

 

 

 グレーフレームに乗っていたアサギは、ジン3機を引っ張って収容するのを手伝った。

 これも動作訓練になる。

 操縦しながら、隣で同じくジンと武器を運ぶキラの機体に目が向いてしまう。

 

「すごいですねー、ヤマトさん……」

 

《いえ、まだ油断できません、早く運んでしまいましょう。グレーフレームは異常ありませんか? アサギさん》

 

「大丈夫! 良好ですよ、すっごいよく動きます」

 

 彼女は、キラが手を入れたOSによるモビルスーツの動きを気に入っていた。

 まだ固い所や引っ掛かる所はあるが、彼女が経験してきたハード・ソフト、どの組み合わせよりもよく動いてくれるのは本当だった。

 

 

 アサギ・コードウェルは、オーブ軍の歩兵小隊所属ではあるが、実際はオーブ軍のパイロット訓練生だった。偽装してへリオポリスに派遣されていたのだ。

 任務の内容は0G……宇宙空間でのモビルスーツ・OS開発計画におけるテストパイロット。と言っても未熟もいいところの腕だが。

 同僚は地上で、同じくテストパイロットをしているはずだった。

 

 へリオポリスに対して、ザフトがこれほどの強硬姿勢を取ってきた理由は彼女には分からない。

 しかし、本国より《一時協力態勢への黙認》があったと言われれば、生き延びる為にこのアークエンジェルは守らねばならなかった。

 詳細なデータと経験を持ち帰る必要がある。国防の為だ。

 

 モビルスーツはあるがパイロットが居ない、と、頭を悩ませているアークエンジェル側に、パイロットをやる、と言うのは勇気が必要だった。

 一応オーブでも有数のモビルスーツ経験者だが、それは開発もままならないオーブの中での話だ。

 この艦はレベルが違う。

 

 やることになったシミュレーションマシンで、適性がある、と喜ばれ、戦力強化の為にモビルスーツに乗ることを考えてほしいと言われたのだが。

 この艦にはエンデュミオンの鷹……ムウ・ラ・フラガ大尉が居た。

 地球連合軍でも屈指のエース。アーマーでジンを落とす凄腕である。

 

 もう一人いるパイロットは同年代のコーディネーターだが、こちらも、ナチュラルのアサギにとっては異次元の動きをする存在だった。

 動きを見たのはへリオポリス内で戦闘の時だが、4対1で止まっている艦を防御してのける怪物だ。

 

 この二人に混じるのか……と気後れしたが、いざ、実機の動作訓練になると感動してしまった。

 自国で開発中の機体・M1にやたら似ているグレーフレーム、とやらに乗った感触は最高だった。

 

 とにかく動かしやすいのだ。

 操作へのタイムラグが少なく、反応が良好。しかも操縦桿の過剰反応などは抑えやすい。

 オートバランサーのフォローは優秀、選択できるモーションパターンは分かりやすく使いやすい。ときている。

 これをオーブに持ち帰れれば、きっと役に立つ。

 そういうOSだった。

 

 ここまでM1に似ているという事は、やはりプロトタイプのあれに通じる機体かもと思う。……しかしながら、自分の直属の上司とは現状連絡の取りようもない。

 ならば兵隊らしく、余計な事は知らない話さない、と考え、言われた事をこなそうと考えていた。

 

 最近では、民間人から志願したと言うトールと共に、競争するように腕を上げていた。

 不謹慎だが、充実感がないではない。

 とは言えアサギは訓練生である自分を自覚していた。まずは最低限、この艦の防御を、一部でも出来るようになる事だと、気合を入れ直す。

 

 起きている間は、シミュレーション、座学、実機訓練の繰り返しだ。

 きつい事は確かだが、目の前で艦を守って見せたキラや、フラガの最近の顔を見ては弱音は吐けなかった。

 

 

 現在、アークエンジェルには機動兵器の正規パイロットが2名しかいなかった。

 フラガとキラだ。

 場所が場所だ。

 対艦戦闘はともかく、対機動兵器戦は二人に頼る事になる。

 

 ブリッジではナタルが艦長席に座り、息をついていた。

 今回も被害が0だ。助かった。

 しかしこれで3度目だ。海賊相手に後手に回っている。

 

「また奇襲とはな……索敵班、反応はなかったのか?」

 

 ナタルの問いに答えるのはサイ、トノムラだ。

 

「す、すみません、ありませんでした」

 

「いきなり現れました。今回も移動してきた痕跡は極端に少ないです、岩塊の陰に潜んでいたものと思われます」

 

 ナタルは静かに了解と答えた。

 キラ機やアサギ機が回収してくるモビルスーツや、武装に黙って目線をやっていた。

 キラのジンは海賊のパイロットを手で握らずに、ワイヤーで縛って引っ張っている。

 両手には奪った突撃機銃と無反動砲だ、新手を警戒している。油断が無くて結構。

 もう放っておいても仕事をしてくれる。

 

 しかし、ジンはいらない。もういらないのだ。

 無傷のジンはこれで2機目だ。キラは襲撃がある度に何かしら機体を確保してくる。

 アークエンジェルには今、8機のモビルスーツがある事になる。5機がジンだ。

 ザフト艦かこの船は? 何の冗談だ。

 

 ナタルはどうした物かと考える。

 その気になればモビルスーツの10機ぐらいは収容できるが、多いと格納庫では邪魔になる。現実的には7、8機以下が妥当だろう。

 どうするか。機銃と無反動砲も幾つか手に入った。

 キラは、ジン用武装とその弾薬は多少集まりつつあると言っている。

 弾薬はともかくとして、機体や武装のいらない分は投棄するか? 損傷機は甲板にでもくくりつけてカカシにでもするか、いっそ捨てるか。

 

 ナタルが海賊避けにでも……と、そんな事を考えていると、マリューが慌ててブリッジへ入ってきた、先程ナタルと交替したばかりだったのだ。

 病み上がりだ、顔色は良いとは言えない。

 戦闘が終息している事に、マリューは安堵した。

 ナタルが状況を説明する。

 

「ジン3機による無警告での先制攻撃を受けました。

 ヤマト准尉がこれを撃破、機体を鹵獲。

 内容は小破ジンを2機、ほぼ無傷のジンを1機。パイロット1名を連行中です。

 味方に損害はありません。

 幾つかのモビルスーツ用武装、及び弾薬を確保しました……制圧前に連絡をされたかは不明です」

 

「ありがとう、ナタル。……これで3度目の襲撃か……キラ君はもうすぐ休息よね?」

 

「はい、フラガ大尉のガンバレルストライクと交代させます。それと艦長……アークエンジェルのイーゲルシュテルンは残弾が25%を切りました、ミサイルは50%、副砲のバリアントは35%です」

 

 実弾兵器の弾薬不足は既に危険域だ。

 へリオポリスからナスカ級に追い回されたのが痛い。

 元々積み込めた量が少ないのに加えて《G》を相手にした状況での弾幕は消費量が酷かった。

 マリューは眉をしかめた。

 

 ブリッジ要員が増えた事で、何とか休息が取れる態勢にはなった。

 整備班にはモルゲンレーテの技術者が、オーブ軍の者達の内、ブリッジ要員ではない者は整備班と保安部に振り分け、手が回らない部署全般の支援をお願いした。

 これでもまだ足りないが、そこは自動化の進んだアークエンジェルだ。

 ようやく、何とか手が回るようにはなっていた。

 

 しかし、今度は物が無かった。

 

 指揮官達は声を潜める。

 

「……キラ君は、このまま進むべきと言っているのよね、ナタル、どう思う?」

 

「弾薬消費量から見れば、デブリベルトを出ようが出まいがそんなに変わりはないと思います……あのナスカ級に追われるよりはまだ……それに」

 

 ナタルは言いにくそうにしているが、キラやフラガが時折、進路上から見つけて来る物資がありがたいと思っていた。

 弾薬よりも、食料と水。正確には食料と氷だが。

 

 マリューも同意見だった。墓荒らしなんて好んでやりたい事ではないが、こちらはじりじりと底が見えてきている。特に水は不安だった。

 そこそこ減っては少し見つかり、大きく減っては少し見つかり……と言った所だ。

 今日、明日ではないが、二週間は持たないかもしれない感触だ。

 民間人を不安にさせたくないから話せもしない。

 大規模な補給が必要だった。もしくは味方との速やかな合流が。

 

「……やっぱりデブリベルトから出て、通信を送る方がいいのかしら」

 

「できれば、今すぐそうしたいですが……」

 

 状況は微妙に感じる。

 その方法を取っても確実とは言えないから迷っていた。味方が先に来るか、ザフトに見つかるのが先か。

 

 彼女達の躊躇いはキラの意見から来ている。

 

 デブリベルトに入って、やっと一息ついた。苦しいが何とかなった。

 そこで次は障害物だらけの、この場所を出て、レーザー通信で改めて月本部に救援を要請しようと言う話になった。

 そこでキラが言ってきたのだ。

 

 連合の援軍は遅れる、かもしれない。

 助けはマリューの所属する第8艦隊からが一番早く、しかもその本隊と合流できるまでは、ザフトの哨戒網がかなり厳しくなっている、かも。

 そう言って来たのだ。

 デブリベルトも哨戒網はあるがまだマシで、こちらでは物資が手に入るからデブリベルトを出たくないとも。

 

 それを聞いてマリューとナタル、フラガは気落ちした。

 またか、と。しかも今度もまた厄介そうな内容を聞かされた。

 とにかくデブリベルトを外れるのは止めてくれ、と必死に頼んでくるキラを見れば悩まざるを得ない。

 

 行くしかなかったとは言え、アルテミスでは危うく沈みかけたのだ。今度はナタルを始め、誰も怒る事はなかったが、誰もが詳しく問い質したいようだった。

 

 何故そこまで具体的に言えるのか。

 

 しかし、3人とも新しい地雷を踏みたくなかった為に、結局はうやむやになってしまっている。

 もはや訳が分からない。

 

 

「……ナタル。今すぐデブリベルトを出たとして、月から来る、いえ、来ているかも知れない、友軍との合流に高速で向かったら……行けると思う?」

 

「通常であれば何とか。ただ、もしヤマト准尉の言うように、救援が遅れて来るのであれば、間に合わない可能性が。

 その場合、途中で物資を手に入れる場所がありません、戦闘に巻き込まれるとさらに厳しくなるでしょう……それに」

 

 ナタルは少し考えてから、もう一度口を開いた。

 

「……月本部や、地球連合に何らかの混乱や乱れがあるのは見て取れます。

 倫理的、道義的にはともかくとして、このデブリベルトで物資を探索しつつ、少しずつでも友軍の勢力圏に近づくのは悪い手ではないかと」

 

 キラが嘘を言っている、間違った情報を言っている、と断定できる根拠がない……ナタルはそう結んだ。

 最初にキラから意見を言われた時よりは、冷静に話していた。

 

「……キラ君の事をまだ納得できない……わよね」

 

 マリューの問いにナタルは、少なくとも今は必要です、と、だけ返した。

 キラが本気でアークエンジェルを守ろうとしているのは、分かってきた。それはまあ納得できなくもない。

 

 だからちゃんと納得をしたいのだ。

 何故なのかを知りたい。

 

 一度、取り返しがつかなくなるのを覚悟で、腹を割っての話し合いをマリューもナタルも、フラガも望んでいた。

 キラの方からも、何かを話したがっている節があると見ていた。

 しかし、忙しすぎて艦の責任者達と、エース達が顔を会わせるのは現状不可能に近かった。

 

 馬鹿みたいな話だが、アークエンジェルの艦内体制が整い始めた分、彼ら彼女らには信じられない量の仕事が襲いかかっていた。

 

 

 







5/15

グレーフレームに対するアサギの感想をちょっと修正


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デブリベルト航行記録 3

2話連続投稿の2本目てす。


 

 

 キラは無傷のジンを格納庫へ押し込めて固定した。

 アークエンジェルの甲板上には傷をつけたジンを並べて、これもワイヤーフックで固定していく。

 ナタルから、カカシにしろとの命令だった。

 モビルスーツがたくさんあるぞ……そういう威嚇になるらしい。ナタルいわく、気休めみたいな物だ。

 

 フラガのガンバレルストライクがアークエンジェルの甲板に上がって来た。交替の時間だ。

 

 追い詰められた人間の底力とでも言うのか、フラガはこの宙域でモビルスーツの扱いに急速に慣れてきていた。

 相手がジンならば戦えるレベルになりつつある。……無理矢理にでもそうならなければキラが休めない、というのもあるが。

 

《キラ、お疲れさん、また海賊らしいな。……キツい目覚ましだったぜ》

 

「ムウさん、おはようございます。すみません、後をお願いします」

 

《おう……俺が言えた事じゃねえが、早く休めよ》

 

 キラは、はい、と返事をすると、アサギのグレーフレームを連れて戻る。

 バッテリーを充電させて、今度はアサギの代わりにトールを乗せるのだ。

 アサギはシミュレーションと座学に入り、キラは休息。のはずだが他の仕事がある。

 

 機動兵器のスクランブル待機は本来、艦内でやる物だが、キラもフラガもモビルスーツに乗ってアークエンジェルの甲板に居た。

 理由は物資探索、そして奇襲対策だった。ついでに訓練生達への訓練指導も理由の一つになっている。

 目を皿にしながら使えそうな物資、物資を搭載していそうな残骸を探して、たまにそこらを動くのだ。

 

 キラが10時間、フラガが16時間勤務になる。

 予備人員無しの二交代だ。

 

 差があるのはキラが未成年だからではない、フラガには出来ない仕事がその分あるからだ。

 

 フラガと同じくスクランブル待機、物資探索に加えて、モビルスーツ4機分と鹵獲した使えそうな機体も含めての電子系の調整。

 それに付随する整備班との打ち合わせと確認。

 アサギ、トールへの訓練、習熟度に合わせた機体の微調整。ナチュラルの彼らに合わせたモーションパターンの追加と修正。

 追加、修正した物と既存の物がぶつかったら、それも何とかしなくてはならない。

 おまけにシミュレーションマシンの訓練プログラム変更、必要とされる座学用のデータの抜き出しと、OSを弄った事による変更点のマニュアル作成。

 質問や疑問にも答えねばならない。

 

 更にはX105の装備を考えねばならなかった。

 

 腕と足だけではなく、ビームがかすめた事で細々とした損傷が多く発生していたらしい。

 マードックが、思ったより時間が必要そうだと言ってきた。お願いするしかない。

 なので、キラが担当するのはモビルスーツ用の装備。

 アークエンジェルの実弾兵器の残弾が心許ないのだ。

 だから、モビルスーツで援護するしかない。

 

 記憶にあるより厳しい戦況が多いために、手数を増やしたい。今の内に、各オプションパックの組み合わせ運用ができないかを考えていた。

 

 ストライクのコックピットでデータを弄るキラを眠気が襲ってくる。

 キラは頭を振る。寝ている場合じゃない。

 整備班はグレーフレームのチェックに入っている、皆、態勢を整えるのに必死だ。

 交換するはずの部品を少しでも補修、修繕して、訓練時間と稼働率を両立させようと努力していた。

 艦内の、十分とは言えない工作設備でやる仕事ではない。

 

 今回、アークエンジェルがデブリベルトを進み続けているのはキラの主張からだ。

 

 進みながら残骸を漁るのは物資を手に入れる為と、ラクスを助ける為。

 それと、できればユニウスセブンを荒らさない為だ。

 どうしても足りない場合でも、最悪、水を貰うだけで済ませたいとキラは考えていた。

 その場合でも、言い出すのは自分の仕事だと思っている。

 

 頭の中で日数を計算する。

 正直、当時の事は曖昧だ……多分、間に合うと思うのだが、そんな話を知らないマリュー達はやはり不安そうだった。

 マリュー達からの疑惑の感情が少なくなってきたから、尚更申し訳ないのだ。

 今の所は意見を取り入れてもらっている。

 キラが頼みこんでデブリベルトを進んでもらっている。

 

 責任を取らねばならなかった。

 

 

 キラは騒音を聞きながら、使える装備の組み合わせを考える。

 必要なのは射撃武装と近接武器の両方だ。

 対《G》戦闘を考えて高機動性、ビーム兵器を確保したい。

 高い運動性を誇るエールパックを基本として、ランチャー、ソードの武装をくっつけるのが現実的かと思案する。

 選択はどうするか。

 

 キラがメインで使うオプションのエールパック。

 そのシールドとビームライフルの残りが1セットしかなかった。

 ガンバレルストライクにもこれは1セットのみ。

 グレーフレームもビームライフルとシールドがあったが、こちらも1セットしかない。

 予備が無い。

 元々は数セットあるような装備なのだが、今回積み込めたのがこれだけ、コンテナに入っていたのがこれだけらしかった。

 

 次にエール装備を喪失すると替えがない。

 現在あるのはエールパックが1つ、ソードパックが1つ。ランチャーパックが2つだ。

 

 ビームライフル、対ビームシールド、ビームサーベル。

 対艦刀、ロケットアンカー、ビームブーメラン。

 アグニ、対艦バルカン、ガンランチャー。

 

 常にどれを……ではなく。状況に応じてそれぞれを……としか思いつかない。

 つまりは、どれを組み合わせて出撃しても動くようにしなければならない。火器管制をまた弄る事になる。

 

 キラは考える。

 

 グレーフレームにアグニや対艦バルカンを持たせて支援に回すというのはどうだろうか? 空いたビームライフルをストライクが使うのは?

 そういえばフラガが、ガンバレルストライクにビームサーベルを装備させたいと言っていた。近接装備がアーマーシュナイダーしかないと。

 

 しかし、グレーフレームはストライクの装備を使えるのか? ガンバレルストライクにどうやってビームサーベルを持たせるか……そもそも、これらは技術的に可能なのか?

 アークエンジェルの設備で何とかなるのか?

 

 いずれにせよ、モビルスーツの運用はナタルかマリューと話をしなくてはならない。

 機体の改造……現地改修ともなれば《G》に詳しいマリューと、整備班長のマードックに相談だ。

 

 また負担をかけるのかと、気が重い。

 というか、機体をそこまで弄る許可が出るのだろうか……。

 

 一つ問題を片付けようとすると、三つ、四つの問題が上がってくる。

 

 キラが唸っていると、コックピットを覗きこんできた保安部員から引きずり出された。

 ローテーション勤務が終わってから、知らない内にさらに二時間以上もシステム周りを弄っていたらしい。

 ブリッジからも休ませろと催促が来たらしかった。

 

 手を借りて床面へ降りると体が固くなっていた。背伸びが気持ちいい。あくびが出る。

 さすがにベッドに入ろうと思ったキラに、疲れた顔の整備員の一人が声をかけてきた。

 グレーフレームのモーションパターンの幾つかが、火器管制の一部と干渉しあってエラーを起こすらしい。アサギからの報告だった。

 キラの追加した部分だ。

 キラは後15分だけ、と、渋い顔をする保安部の者に断りを入れて、グレーフレームに向かう。

 

 ちょうどいいからと、ついでにあれも、これもとやっていると、ついにマードックと保安部員が怒ってきた。

 休めと。

 気の毒な事に、キラに声をかけてきた整備員も怒られていた。キラが自分のせいだと、かばいに入るとさらに怒られた。

 半分寝ていると、お説教はあっという間に終わり、格納庫を叩き出された。

 

 キラがベッドに入ったのは、勤務終了から3時間半立ってからの事だった。

 起きてから修正するべき事をリストアップしつつ、目を瞑った。

 

 

 

 

 しばらく寝ていると、いきなり保安部員から起こされた、キラの意識が急速に覚醒する。敵襲か?

 

「ヤマト、ブリッジから連絡だ。すぐに来てくれって」

 

「……ブリッジに? 敵襲、じゃないんですか?」

 

 どうも違うらしい、との答えに首をかしげながらも、とりあえず小走りで向かう。何事だろうか?

 

 向かう途中でフレイとサイに気付かれた。

 何かあったのかと問われ、サイがブリッジについて来ようとするが、問題ないからと押し留める。

 非番なら、フレイの傍についていてあげて欲しいと。

 フレイの、こちらを探るような目が困った物だが、急いでいるのは本当だ。挨拶も話もそこそこに切り上げた。

 

 会って以来、話す暇もあまりなく寂しかったが。これで良い。

 今のフレイに何を謝った所で意味はないのだ。

 

 

 ブリッジに着いたキラを、マリューとナタルが出迎えた。少しホッとしながらも、なぜか困惑している二人にキラも戸惑った。

 ブリッジからは数隻の船が見える。

 艦隊か、と思ったが違うようだ。

 キラが見る限り、戦闘部隊にしては貧弱過ぎる。機動兵器も展開していない。

 フラガの機体も反応していない。

 

「……どうしたんですか? 何かありましたか?」

 

「ごめんなさい、休んでいる所を。キラ君の意見を聞いてみたくて。これが目的だったの?」

 

「ヤマト准尉、アークエンジェルにモビルスーツはこんなに要らないだろう? ジンは2、3機、放り出しても構わないか?」

 

「何の話ですか?」

 

「これが目的だったんじゃないの?」

 

 マリューから聞かれても、キラは事態を飲み込めない。何の話だ?

 キラが、よくよく話を聞いてみると、どうやらアークエンジェルはジャンク屋のキャラバンと接触したようだ。

 接触したとは言うが、実際には向こうから寄ってきたらしい。

 マルセイユ三世級と呼ばれる中古の輸送艦、数隻からなる、中々大きめのジャンク屋達のチームだった。

 

 最初は敵かと思ったブリッジクルーだったが、直ぐに船体に付いたマークを見て気が付いた。

 これがジャンク屋かと。

 戸惑う間もなく「ずいぶん派手に暴れているようだが、そのジンを引き取りたい。良ければ色々と交換に応じる」等と言う内容の通信が来たようだ。

 

 そしてマリュー達は気になってキラを呼んだ、というのが事の次第らしかった。

 これが目的なのかと。

 

 キラが来る前に、条約通りに敵対はしない、とだけ通信を送ってみた所、ならば是非と、取引を持ち掛けられたという。

 

「甲板に飾ってあるジンと、物資を交換、ですか?」

 

「そうだ。そこで可能だったら2、3機まとめて水、食料と交換したい。

 向こうからは、拾い物で良ければ連合規格の弾薬類も少しは出せると言っている。

 一応、貴様の意見を聞いておこうと思ってな、どうだヤマト准尉。問題ないだろう」

 

 意見を聞くが、突っぱねるなら、他に当てが有るんだろうな? というナタルの態度はキラも分かる。

 むしろ願ってもない。これなら、ユニウスセブンを荒らさなくて済むかも知れないのだ。

 

「分かりました、マリューさん、ナタルさん、直ぐに取引に応じましょう。僕も搬入とかの作業に出ます。

 ジンは全部出しますか? 5機全部で?」

 

 乗り気のキラにマリューはホッとしたようだった。

 ナタルからも安堵と共に、一応無傷のジンを2機残すつもりだ、と言われた。

 

「パイロットは候補を合わせて4人だ。そこでジン1機と予備機体を1機残そうと考えている。構わないか? ヤマト准尉」

 

「ナタルさんが許可をくれるなら、2機残すのはありがたいです。それでお願いします」

 

「分かった、そう進言しよう。

 ラミアス艦長。CIC指揮官として、小破状態にあるジン、3機を交換に出す事を進言致します」

 

 口下手なキラと、軍人らしく割りきれば余計な話をせずにさっさと仕事を進めるナタルは、こういう時は相性がよかったようだ。

 むしろマリューが置き去り気味だ。

 キラは、マリューとナタルから、絶対に攻撃をしないようにと厳命されて作業に向かった。

 作業用のポッドも出してくれると言ってくれた。時間も短縮できる。

 

 そう言えば以前にも……未来ではあるが、ジャンク屋の人達から補給物資を融通してもらった事があったか……などと、キラは胸を撫で下ろす。

 これで物資は何とかなるかな。と、安堵した。

 

 一番ホッとしていたのはブリッジクルーだった。

 割りと穏やかにキラとの話を済ませたナタルに、ギスギスした空気が出なかった事を皆喜んでいたのだ。

 もちろん内心でだが。

 

 



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亀裂

時系列的におかしくなるかもしれませんが、この辺りでこの話を入れとかないと展開させづらくなるので。
唐突ですが、アスランの話になります。




 

 

 プラント本国へ帰還したクルーゼ隊の面々は、短い休暇を許可された。

 

 クルーゼとアスランの二人だけは、他の者と違い議会への出頭を求められ、今回の作戦の経緯をまとめておいた報告書、映像データと共にシャトルに乗った所だった。

 

 帰還するまでに既に奪取した機体のデータ、さらには作戦の報告も送ってはいるのだが、それに重ねて、口頭でも発言してもらう為とアスランは聞いていた。

 心当たりのある身としては従うのみだった。

 

 失態を糾弾されるのか、と。

 アスランは自分を戒める。

 

 父の立場を分かった上で志願したのだ。善きにせよ悪きにせよ、自分の言動にはそれが付いて回るだろうと。

 せめて見苦しい態度にはならないようにと、余計な思考を頭から消し去った。

 

 

 二人の為だけに用意された特別便のシャトル。キャビンに入るとそこには、5人の先客がいた。

 国防委員長パトリック・ザラ。

 彼がシャトルの中に1人座っていたのだ。側には警護の者が4人ついている。

 

 クルーゼはわざとらしい驚きを見せると、アスランを伴って彼のすぐ近くに座った。

 

「これは……こちらにいらっしゃるとは」

 

「私はここに居ない事になっている。そういう事だ」

 

 議会へ見せる前に、まず自分へ物を見せろという事だ。そして必要とあれば口裏を合わせる……特権というよりは強権だった。

 しかしクルーゼは承知とばかりに無言でケースを渡した。中身は二種類のデータだ。

 議会へ見せる方の報告書と、《事実を書いた》報告書の二種類だった。

 

 アスランは黙っている。自分には発言の資格などないし、父はここに居ない、と言ったのだ。

 ならば邪魔はできない。そう判断した。

 彼は、パトリックとクルーゼのやり方を不思議にも思わない。

 

 パトリックはしばらくデータに目を通してから、目線を前に向けたまま一言呟いた。

 

「失態だな、クルーゼ。何故沈めなかった?」

 

「泳がせるのも一つの手かと思いまして。偶発的な要素は否定いたしませんが、こうなるとザラ委員長に取っても利用価値は少なくないかと」

 

 クルーゼはまったく悪びれる事なく答えた。

 足つきの件だ。

 逃がした時から想定してきたやり取りだ。慌てる物でもない。

 失態を失態として認めずに、次の為の布石だとして報告すればいいのだ。この戦争が終わるまで動ける時間さえ手に入れば後はどうでもいい。

 今だけ納得させればいいのだ。続けて口を開く。

 

「しかし、ザラ委員長に余計なお手間を取らせてしまった事には申し訳なく思っております……クライン議長辺りは、やはり?」

 

「今さら、手を緩めろ……などとな。

 勝ってもいないのに何を言うか。まずは敵を叩いてからだ。

 そういう意味ではクルーゼ、今回の件は功績を考えても、完全には相殺できん。へリオポリスは中途半端な結果だった」

 

「分かっています。面倒をおかけしました」

 

 殊勝な言葉を吐いたクルーゼだが、パトリックとしては所詮は功罪を相殺するだけの話だった。

 ある程度は、対外的な面から厳しくしておかねばならない……が、だから早く次の功績を立てろと。

 その為の話だと匂わせたのだ。

 

 そもそもクルーゼ隊には評議会議員の子息が連なっているのである。

 クルーゼを公式に激しく糾弾するという事は、その下で戦った彼らの経歴に汚点を残す事になりかねない。

 

 だからへリオポリスを襲撃させた人員が彼らなのである。その為に若い赤服達を連れていかせたのだ。

 

 パトリック・ザラにしてみれば、戦争ごっこをしている他の議員を黙らせるなど簡単な話だった。

 彼らは戦争をしているのではない。ごっこをしているのだとパトリックは考えていた。

 ただ戦っていれば、中途半端にやっていてもいつか目的が達成出来ると思っている、ばか正直な連中だと。

 

 自分のように明確に敵を叩き潰す方策を取ろうとしないから、いつまでも終わらないのだ。それで戦死者をどうこう言うのだから笑えもしない。

 10億人を殺した自分達に交渉の余地など無い。する気もない。

 とっくに生きるか死ぬかの状況になっているのだ。

 

 自分以外の連中にはそれが分からないらしい。

 だから自分がやるのだ。連合の態勢が整う前に。

 必要とあればどんな犠牲を払ってでも、敵を討ちきってしまうべきだ。……パトリック・ザラはそう信じていた。

 

 その為にラウ・ル・クルーゼを使っているのだ。

 自分に近い考えの持ち主の彼を。今、彼を切り捨てる選択肢はなかった。

 

「クルーゼ。オーブを早めに表舞台へ引きずり出さねばならんぞ、分かっているな? それと……」

 

 クルーゼの返事を待たずにパトリックは話題を変える。

 

「こっちの件は明らかに問題だ。戦闘中に、知り合いに《よく似た敵》がいたから混乱したパイロットなど……話にならん。

 そのパイロットは貴様の権限内で厳しく注意しておけ……議会での説明が必要になるかもしれんぞ。どうするつもりだ?」

 

「その件につきましては私の監督不行き届きです。申し訳ありません……しかし、相手は極めて危険な情報工作員の可能性が強かったのです。

 ザラ閣下のお命を狙っていた可能性もありえました。

 そこで、アスラン・ザラは危険をかえりみず、機密漏洩の可能性を探り、さらには敵を撃破しようとしたのです。実際に敵は凄腕でした。

 あるいはオーブ特殊部隊の可能性も否定はできません。

 残念ながら討ち果たす事は叶いませんでしたが、彼が出撃していなければ被害は更に増していたでしょう……事実、複数名の戦死者が出た厳しい戦況でした」

 

 パトリックは黙って頷いた、クルーゼの《説明》と他の工作を組み合わせて、敵対する派閥からの追求をかわせるか計算したのだろう。

 

 アスランはいきなり変わった話題を聞き、少ししてからその内容が自分の事を話しているのだと気付いた。

 そしてショックを受けた。

 

 自分の独断先行での失敗がまるで、惜しい結果に終わった手柄のように会話がなされた事。

 キラがスパイだと断定されているような言い方。

 味方の犠牲を抑えたかのような話しぶりに。

 口を開きかけ、思い留まった。

 

 歯を噛み締める。

 クルーゼの立場としては、そう言うのが正しいのだとアスランは思い直した。自分をかばってくれたのだと。

 事実、自分でもキラをそう判断した。

 キラは確かに洗脳されてしまったのだろう。……しかし。

 しかし、今のクルーゼの言い方では……どちらかと言えばアスラン・ザラの失態を隠すためにやっているような印象があった。父、パトリックのそれも含めて。

 

 自分のミスから生まれた事だと恥じ入りながらも、アスランはどこか心に引っ掛かりを覚えた。

 咎められると思っていたのだ。

 なのに事実を塗り替えられるようなこの流れは……。

 

 アスランの思考には関係なくパトリックとクルーゼの会話は進んでいく。

 

「……ログは面倒だな。整備員は替えを用意するか」

 

「では、ヴェサリウスの整備員は、本国勤務へ栄転という事で?」

 

「それが良かろう、今回の件で次期主力機の開発に話が向くはずだ。それに合わせて機密エリアにでもしばらく行ってもらう。

 パイロットには今回の件で、余計な発言をさせないように指導をしておけ」

 

「分かりました」

 

 本来の歴史の流れであれば、成されなかった会話である。本来の歴史の流れであれば、アスラン・ザラは黙って聞いていた会話だった。しかし。

 

(……私の失態を隠すと言う事ですか、父上)

 

 味方を死なせたというのに。義務を果たせなかったというのに。他の者に不利益を押し付けると。

 

 母の為か? 自分の為なのか? それとも息子の失態をかばっているのか? ……プラントの為か?

 プラントの為と言って欲しい。

 そんな……まるで《悪意》を感じるかのような言動はその為にやっていると。必要な事なのだと。

 

 戦争を終わらせる為に。

 

 アスランはその言葉が頭に浮かんだ瞬間、声を発していた。パトリックとクルーゼの声が響いていたキャビンに、3人目の声が響く。

 

 

「父上……今回の作戦は意味があったのでしょうか?」

 

 

 キャビンの空気が変わった。

 パトリックは前を向いたまま、無言。だがパトリックのその態度は、アスランに何故か勢いをもたらした。

 クルーゼが静かにアスランを嗜める。しかしアスランは黙らなかった。

 

「アスラン、落ち着きたまえ」

 

「私はプラントの為に戦いました。そして失敗をしました。それが事実です。目を背けるつもりはありません、私への罰は私にお願いいたします」

 

「馬鹿者め」

 

 パトリックは眉をしかめてデータに目を落としている。苛立ちが見えた。言葉には黙れとの意思が強く籠っている。

 アスランはそれを感じた上でもう一歩踏み込んだ。

 

「納得をさせて下さい。……へリオポリスへ攻撃をかけたのはプラントの為なのですよね?

 必要な事だったと。この戦いの決着点に向かう為だと。

終わりが見えていると」

 

 決着点。何故かそんな言葉が口をついて出た。

 戦争終結。

 アスランはそんな事は考えた事もなかったが、何故か今、父に聞いてみたくなったのだ。

 ナチュラルに対する恨みも怒りもあるのだが、どうしてそんな感情になったのかは上手く説明がつかない。だが何故か今、父に聞いてみたくなったのだ。

 貴方は終わりが見えているのか? と。

 

 パトリックは無言だった。クルーゼも無言、ただ、クルーゼの口の端はわずかに歪んでいた。

 アスランにはそれを把握する余裕などない。パトリックしか見ていなかった。

 

「父上……お聞かせ願えませんか」

 

「馬鹿者が、立場を弁えろ!」

 

 ついにパトリックは息子を怒鳴りつけた。

 彼の言葉は正しい。

 

 パトリックとクルーゼの会話の内容が良い悪いは別にして、一兵士が口を挟んでいい物ではないはずの事だった。

 それを察して、弁えられるだろうからここに同席させてもらっているのである。

 職分を超えたのはアスランだ。

 この場に居るのがクルーゼだけなら、パトリックは黙ってアスランの質問を無視したろう。

 

 だが護衛に4人居る。パトリックが選んだとは言え4人も他者が居るのだ。

 知った話を漏らすような者は居ないはずだが、パトリックにしてみれば特別に便宜を計ろうとしたら、その息子から反抗されたなど大恥も良いところだ。

 肉親のコントロールも出来ないなどとは、避けねばならない噂の一つである。

 

 パトリックはこの場で、兵士であり息子でもあるアスランを納得させた上で黙らせる為に、言葉を放つ必要に駆られたのだ。

 アスランにとって望む展開だった。

 

「父上」

 

「ここは君の自宅ではない、アスラン・ザラ。……貴官は議会の決定に従いたくないから、そのような発言をしているのか? 違うのなら、黙って義務を果たして欲しい物だな」

 

「一兵士の疑問にも答えられないと仰るのですか? 作戦内容は敵対しつつある国の試作兵器の奪取。これは間違いなくプラントの為になるのですね?」

 

「それこそ貴官が口を出す事ではない」

 

「自分は何人も死者を出したはずです……ひょっとしたら民間人にも。

 父上はクルーゼ隊長との話の中で、それを許容しているように見受けられました。むしろ、被害の拡大すら許容するかのような発言を」

 

「……まるで責任逃れをしたいような口ぶりだな、アスラン・ザラ」

 

「私の責任は私が取ります。だから、納得させて頂きたいだけです。オーブは敵だった。それでよろしいですか?」

 

「当然だろうが……! 連合に与してからでは遅い、だから討つのだ! 必要な手を打った。それだけだ」

 

 パトリックは目線だけを動かし、ようやくアスランの顔を見た。

 

「これは議会での方針に従っての行動だ。

 事態は想定の内だ、決着点も見えている……息子だと言うなら、なおさら弁えて欲しいものだな……!

 もう一度言うぞ。貴官のレベルでは考えられない事を、評議会が考えている。以上だ。いい加減にしたまえ」

 

 そうではない、そういう言葉が聞きたいのではない。しかしアスランはこれ以上は言葉が出なかった。

 どう聞いていいのか、分からないのだ。

 自分でも分からない内に感情任せに放った言葉、それに返ってきたのは当然の内容だ。

 だが聞きたかったのはそういう事ではないのだ。

 

「……申し訳ありません、差し出がましい真似をいたしました」

 

 アスランは、自分でも何を発言していいのか分からない為に引き下がる。

 既に目線を外したパトリックは、これ以上は話す気がないのか前を向いてしまった。

 クルーゼが一言、なだめるように口を開いた。

 

「アスラン、そういった感情は悪い事ではないが。少し忍耐を覚える事だ」

 

「……はい」

 

 アスランは俯いた。

 終わってしまった。聞きたい事が聞けていない。しかしパトリックもクルーゼも黙ってしまった。

 アスランにこれ以上発言させない為に、発言を許さない空気を出していた。

 

 アスランは納得できていなかった。

 今までは考えなかった事柄が頭の中を回り始めていた。

 

 連合はモビルスーツを開発したのだ、オーブと共に。

 OSもその内に整うだろう、ならプラントはこれからは苦境に陥るのではないのか? 国力で負けているのだ。

 もしかして、オーブは敵にするべきではなかったのでは? 自分は間違ったのではないのか?

 

 兵士として、考えるべきではないと思っていても疑問が湧いてくる。

 

 何故父上は……対連合の為か? ならオーブは味方にする方が正しかったのではないのか? 潰してどうする。

 潰した方がプラントの為になるのか? 勝つ為に……ナチュラルを、さらに叩く為にか。

 

 どこまで叩くつもりなのだろうか?

 

 アスランはそこまで考えて、ぎくりとした。

 どこまで叩くつもりなのか。それを聞いた事がない。

 それは誰も教えてくれた事がない。

 

 どこまでやればいいのだ?

 

 それは戦略も何も考えていない、若者のただの思いつきだった。

 だが、だからこそアスランはこれでいいのだろうかと感じた。父の姿に、自分を見た気がしたのだ。

 

 キラと戦っている時の自分は、今の父のようなのだろうか、と。

 パトリックとクルーゼの話からは、失言や矛盾というものはアスランには感じられなかった。

 しかし命のやり取りをしながら叫んできた、キラ・ヤマトの言葉との違いは感じ取った。

 

 キラからのメッセージを思い出す。

 

(……煽られている? 父が? ……誰に?)

 

 小さな疑念が生まれた。

 騙されているのはこちらだと断じたキラの言葉が甦る。

 騙されている、クルーゼは危険な……。

 

 アスランは慌てて思考を打ち消した。

 

 違う、この思考はおかしい。間違っている。

 間違っているのは自分だ。いや、間違っているのはキラの方だ。

 くだらない妄想だ。

 自分は失敗して神経質になっているのだ。恥ずべき事だ。

 

 プラント評議会は、さらに連合を叩いてからと考えているのだろう。そうだ。ちゃんと考えがあるに違いない。

 自分が口を出す事ではない。

 自分は兵隊として本分を尽くすのみだ。

 若輩の自分が余計な事をしてはならない。

 

 無理矢理にそう決着させた。

 

 だが、アスランの心にはある価値観が生まれていた。

 一歩だけ引いて考えてみる、といった価値観だ。

 

 もう一度、キラのメッセージをよく読んでみた方がいいのかも知れない。

 そうアスランは考えた。

 

 

 クルーゼはアスランを見る事もなく。微笑を浮かべていた。目の奥には、新しい駒が手に入ったかのような喜色が滲み出ていた。

 

 

 






よし、一応フラグを仕込めたぞ。


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デブリベルト航行記録 4

 

 現在、アークエンジェルの艦内には二百数十人の民間人がいる。

 彼らは現時点で中立を表明している国家、オーブに所属する者達であり、大西洋連邦に束縛される根拠を持たない集団である。

 彼らから不満が出始めていた。

 

 オーブはコーディネーターも、ナチュラルも受け入れる国であり、差別、迫害は無いではないが、何とか共存を図っていこう……と言うような国だった。

 

 この国が注目され始めたのは、戦争が始まってからの話になる。

 プラントと関係が悪化した地球連合、彼らとプラントの代わりに交易をする事で外貨を獲得して、技術立国としての評価が高まり始め、そして近くにザフトの戦略拠点ができた事で注目度がより高まった。

 良くも悪くも、地球圏が混乱するまで注目される必要が無かった国がオーブだった。

 

 ひどく失礼な言い方をしてしまえば、オーブ国内の軍事・政治に携わる少数の者を除いては、戦争や国際情勢、自分達の立場に対して、危機感が足りない者が少なくなかった、とも言える。

 上層部の人間とて、正しく認識できているかは疑問の残る所だが、とにかくそんな国がオーブという国に対する評価になる。

 

 ヘリオポリスの損傷によりアークエンジェルに避難するしかなかった住民達も、その価値観にあまり大きな例外があるわけではなく。

 彼らの立場としての正当な不安、要請が存在し。

 これを受けとめ解消、または納得してもらう為の責任。

 それが今は、アークエンジェルにあった。

 

 本来であれば、もう救助されているはずの日数が過ぎているのに、未だに安全な所へたどり着かず、戦闘にまで巻き込んでいるこの艦に不満が出ているのだ。

 彼らの主張を聞き、なだめ、アークエンジェルの立場を説明して事を納めるのは保安部、または指揮官達の仕事である。

 

 ただ、前提に反プラントを掲げる地球連合軍。

 彼らに相談を出来ない立場の者も居た。

 

 

「勝手な話とは分かっています。けど、貴方からこの船を降りれるようにしてくれませんか……?」

 

「早く妻と子供に会いたいんです」

 

「何だか、周りの方の視線が怖くなってきてしまって……。家の子供は、第一世代なんです」

 

「私がコーディネーターだってばれたら不安で……今はまだ誰にも知られてませんけど……」

 

 十数人の男女から、そんな相談を受けているのはキラだった。

 彼らはオーブ国籍のコーディネーター、またはコーディネーターの子供を持つ親達だった。

 キラは保安部の者達に協力をお願いして、人払いをしてもらった上で、適当な空室を使わせてもらっていた。

 

 これもマリュー、ナタルから頼まれたキラの仕事だった。

 

「ごめんなさい、今は降りられませんし、降ろす訳にはいかないんです。

 この船は隠れなきゃいけない立場で……もちろん安全な場所へ向かっていますから大丈夫ですよ。

 艦隊と合流できたら、すぐに地球へ降りられますから」

 

 キラは不安そうな彼らに対して言葉を重ねていく。

 薄っぺらい言葉だと自分でも思っていた。

 勝手にヘリオポリスで戦闘して、勝手にシェルターを壊して、そして危険な宙域を連れ回しているのだ。

 どの口で、と我ながら呆れる。

 

 ジャンク屋のキャラバンに、彼らの何名かでも引き受けてもらえないかという話も出たが、それに難色を示したのはキラなのだ。

 細かい取り決めや契約、送り出す人間と残ってもらう人間との分別、その説得と説明に時間がかかると判断したから、だったら全員抱えてさっさと先へと、判断したのだ。

 キラが、マリュー、ナタルにそう提言したのだ。

 

 最終的に決定をしたのはマリューではあるし、ナタルにも時間を無駄に消費しないで済む、という面から納得してもらった上での話でもある。

 しかし、提案自体はキラである。

 

 自分の知らない所で彼らに害が及ぶのを嫌った面もあるが、それは言い訳にすぎない。

 こちらの都合で連れているのに変わりはないのだ。

 

 キラは自分に対する嫌な感情を覚えながら、それでもせめてもの責任と思い、彼らの話を聞いていた。

 

 まだ少年といえる年だが、パイロットとしての待遇、地球連合軍の准尉となったキラのこまめな説明、保証は彼らの不安を和らげるらしかった。

 言える事は、具体的な日数等をごまかして、愛想笑いを浮かべるしかないのだが。

 それでも何かしらの方針を聞ける……という意味では、安心を覚える者達が居るのは確かだった。

 

「……この艦の皆も、精一杯やってますから。必ず安全な所へお送りします。

 もう少しだけ協力をしてください。ごめんなさい」

 

 

 へリオポリスではナチュラル、コーディネーターはそれほど意識はされてはいなかった。

 元から隠している者も居るために、誰々が実は……というのがあまり無かったのだ。

 

 しかし、この艦内では何となく、それぞれが割り当てられたベッドスペースの変更が始まっていた。

 少ない知り合い同士、身内である家族同士で、常に固まっているような状況に少しずつ変わって来ていた。

 プラントとザフト、そして状況に対する不安と不満から、反コーディネーター感情が微妙に悪化しつつある空気なのだ。

 知らない者同士の間では、控えめに言っても健全……とは言い難い雰囲気だ。

 

 もちろん保安部の者が常に辺りを巡回し、オーブ軍の歩兵も交替で歩いている。

 殺気だっている訳ではない。

 しかし殺気だっている訳ではないのと、穏やかなのは少し違う。不安からは逃れらないらしい。

 

 逃げ場がないのは辛い。

 弱い、と責める事は簡単だが、それだけでは解決しない事もある。

 既にコーディネーターである事が知れ渡っており、なおかつ地球連合軍准尉であるキラに、ぽつりぽつりと相談が持ち込まれるのは仕方がない事だった。

 

 キラが彼らをなだめていると、不意に第一種戦闘配置にアラートが切り替わる。また海賊だろうか。

 

 今はフラガが警戒しているのだ。心配はしていない。

 これから自分が出撃するまでに終わっているかも知れない……そんな程度だ。

 

 しかし、目の前の民間人の者達は気の毒なくらい狼狽えていた。何度となく訪れる不穏な空気に、泣き出す子供もいるのだ。

 いきなり発生する神経を刺激する音と、兵士達の殺気だつ空気に当てられれば無理もない。

 乗っている艦を破壊しに来る者達が来たと言う合図なのである。

 

 キラは努めて明るく振る舞う。

 

「大丈夫。この艦は安全ですから。心配かも知れませんが、任せてください。

 必ず、絶対に皆さんをオーブへお連れします」

 

 キラは、自分には似合わないとは思いつつも、そんな言葉を置いて格納庫へ向かう。言わずにはいられない。

 

 以前の逃避行でも、もしかしたらコーディネーターが乗っていて、名も知らぬ彼らは不安に耐えていてくれたのかも……そう思うとキラは、肩にのしかかる重さが増えていくのを感じた。

 

 

 

 アークエンジェルの甲板から勢いよく離れたガンバレルストライク。

 そのコックピットに居るフラガは意外な緊張の中にある自分に驚いて、そして苦笑した。新兵か、と。

 事実、初陣だ。モビルスーツでの。

 

 敵はジン2機とモビルアーマー3機だ。警告は無し。いきなり物陰から飛び出してきた。

 海賊と判断する。

 乗り慣れているメビウス・ゼロならば、かなり面倒な相手だ。何かを守るという条件つきならば、より至難だ。

 

 この、ガンバレルストライクではどうだろうか? 

 

「まったく、面白い混成部隊だよ。

 トール、盾で自分の機体を守ってろ。コックピットの前で構えてりゃいいんだ。

 お前はまだ撃つなよ、当たりゃしねえからな!」

 

《は、はい!》

 

 皮肉な組み合わせで海賊をやっている物だ。

 フラガは、グレーフレームのトールに自分の身を守ってろと指示すると、戦闘機動に入った。

 

 メビウスがデブリを避けながら接近、アークエンジェルのエンジン部に絡もうとしていた。

 その妨害にビームライフルを撃つ。大きく散開されてかわされた。

 今度は向かってくるジンに立て続けに撃った、こちらもビーム兵器に驚いたのか大きく回避を行う。

 その動き方で、連中のレベルがどの程度かおおよそ看破した。

 

 まずはメビウスから数を減らす……フラガは機体を運動させてポジションを修正、あっさりとメビウスの1機を照準へ捉える。発砲、連射。

 何発かがデブリを焼いて射線を確保、開いた空間を走ったビームが直撃、メビウスを撃破。

 フラガは手応えを感じる。

 

 アークエンジェルから副砲やミサイルでの迎撃が始まった。

 大事に撃っている感じだ。多少の補給は出来たとは言え、無駄撃ちはやはり出来ないのだろう。

 

 アークエンジェルには申し訳ないが残りのメビウスは任せてしまおう……フラガはそう判断するとジン2機に向き直った。

 

 相手は接近を再開してきていた。

 ガンバレルストライクにはパワーがある、それでもフラガの反応に滑らかに追随してきてくれた。

 何とも動きやすい物だ、モビルスーツとは。

 ジンが撃ってくる機銃はシールドで受けとめ、強引に接近、間合いを測る。

 

 相手はこちらのビーム兵器を警戒しているのか、探るような動きで挟み込みにきた。

 やれる位置にいる。フラガはガンバレルを展開させた。

 キラが何度も手を入れてくれたそれは、ほぼフラガの思い通りに動いてくれる。

 

 デブリに紛れる敵機を追わせ、射程内へ。しかしガンバレルを一つデブリにぶつけてしまう。

 舌打ちと共に集中を増して操作する……環境の悪さはフラガの負けん気に刺激を与えてくれていた。

 

 危険を回避しようとするジンを牽制射撃で縛り、包囲させたガンバレルで集中攻撃をかけた。

 このガンバレルは何とミサイルまで搭載されている贅沢なタイプだが、そんな大事な物は撃てない。

 死角は取った。レールガンで十分だ。

 

 ガンバレルでジン1機を袋叩きにし、ビームライフルで止めをさす。手加減などする気はないし、出来ない。

 爆発するジンから目線を切って、もう1機へ。

 

 残るジンはアークエンジェルを押さえにかかる動きに出ていた。ブリッジに狙いをつけたようだ。

 ビームライフルを連射。頭を抑えておいてガンバレルを割り込ませる……さあ撃ちまくるぞ、そういう見せ方で。

 

 僚機がやられた様を見ていた相手は、回避に全力を投入しだした。発砲せずに動き回るだけのガンバレルから逃げ回る。

 ガンバレルは囮だ。

 フラガは既にビームライフルで狙いをつけている。発砲、連射。

 2発目がジンの腰を砕き、3発目が胸部に直撃。ジンが砕けた、大破だ。

 

「実弾はなるべく節約しなきゃならないんでな」

 

 これがモビルスーツか……フラガは威力を実感しつつ、既に残り1機になったメビウスに止めを刺すべく移動を始めた。

 

 

 

 長い第二種戦闘待機と、いきなり始まってあっという間に終わる第一種戦闘配置の連続は艦内に緊張を強いていた。

 デブリが少なめの開けた空間で、緩めても第三種警戒待機。

 その後さらに緩めてやっと通常配置になる。

 

 デブリベルトに入ってから通常配置はあまりない。

 その分手厚い人員が必要と言う事であり、負担が増える、と言う事だった。

 

 

「いい加減にして欲しいわね……こう何度も」

 

 フラガが最後のメビウスを片付けるのを見て、マリューは息をついた。また奇襲だ。

 こう次から次へ来られては。

 

 この連続した戦闘は軍人であっても神経がすり減る物である。物陰からいきなりだ。

 戦闘自体はキラとフラガが見事に対応してくれている。致命傷は食らっていない。

 

 しかし、アラート切り替えの激しさに、艦内の各所から何とかしてくれと要請が来ている。

 特に民間人に接する保安部は神経を使うようだ。

 さりとてアラートを切り替えない訳にはいかない。

 艦内への警告の意味もある。

 しっかりと対衝撃体勢を取らせないと、民間人に怪我人が出るのだ。

 

 ただ、そのアラート切り替えが文句の元なのだからどうしようもない。艦に損傷は無いのに、人にダメージが発生している。

 マリューは悩む。どうした物かと。

 

 指揮官が悩んでいると、軍艦のブリッジには不釣り合いな女の子の声が響いた。

 キラにばかり働かせていられないと志願した、新米オペレーターのミリアリアだ。

 戦闘が終わって、トールの乗った機体が無事な事にホッとした様子だったが、新しく仕事が入ったようだ。報告がきた。

 

「ラミアス艦長、キラが発進をしたいって言ってきてますけど……?」

 

 ノイマンが笑った、マリューも苦笑する。

 キラが、は無いだろう。きてますけど、じゃない。

 とは言え、学生丸出しの話し方は当たり前だ。実際に学生なのだから。

 責めるつもりはない、手伝ってくれるだけでありがたいのだ。

 おかげでオペレーターのシフトが一人分分散されるのだ。この程度はかわいい物だ。

 最も艦長のマリューからして、注意どころか。

 

「必要ないわ、キラ君にはまだ休息を取るように、と言っておいて。それからナタルにも……」

 

 こんな話し方をする人間だ。

 さすがにノイマンはマリューを笑えない。こっそり苦笑するくらいである。

 マリューは、最近は自分の代わりにブリッジに詰めてくれていた副長を休ませておこうと連絡を指示する。

 その後ろで当のナタルがブリッジに入ってきた。

 

「遅れました、状況はっ!?」

 

「……大丈夫、終わってるわ。ごめんなさい、起こしてしまって」

 

 マリューも上官と言うよりは、職場の同僚みたいな話し方になっている。

 というかブリッジ全体が最近、少し緩んでいた。これは志願してくれた学生達だけの影響ではない。

 マリューと学生達、両方の影響だ。

 ナタルが来てやっと「これはいかん」という空気が出た感じなのだ。

 

 ナタルはそれに対して烈火のごとく怒る……事もなく。咳払いをして、軽く注意するに留めた。

 

「……貴様ら、あまり油断しないようにな。疲れているのは分かるが、やられてからでは遅いんだぞ」

 

 その一言で軽く引き締まった空気にマリューが「苦労をかけるわね」と労ってくる。本来なら貴女の仕事です、とはナタルも言わない。

 せっかく顔を合わせたのだ、これからの事を相談する。

 

「艦長、そろそろ民間人は限界では? 具体的な下船の日程を考える必要があります。ストレスで体調を崩す者が増えていると報告が。

 物資は辛うじてではありますが、何とかなりそうです。……そろそろヤマト准尉と話をすべきです。

 自分はこれ以上、デブリベルトを進む必要を感じられません」

 

「そうね。……けどキラ君は折れてくれるかしら。

 それに彼の言うザフトの哨戒網に引っ掛かるのは、危険だわ」

 

 もしかするとこのまま進んでいれば、また何かアークエンジェルに取ってありがたい事が起きるのでは、と話すマリューに。ならば、だからこそ話をすべきだとナタルは主張した。

 

「ヤマト准尉が明確な敵とは申しません。しかし、いつまでもこのままでは。

 フラガ大尉の機種転換も進みつつあります。

 ヤマト准尉が不要と言っているのではなく、今話さなければ、次もまた、なし崩しだと言いたいのです」

 

 キラから意見を受けて、民間人をジャンク屋へ送り出す事は道義的、時間的に思い留まった。

 だがそれは、キラの意見を無条件に採用し続けるという話ではない。

 

 それは駄目だと言うナタルの言い分には、ブリッジクルーも興味を引かれていた。

 

 やっと……未だに苦しいがそれでもやっと、何とかなりそうなのだ。艦の態勢はある程度整った。

 

 しかし、そこで再燃してきた問題がある。

 キラ・ヤマトは何者なのか?

 

 ジャンク屋との物資取引を終えて、取り敢えず少しは埋まった備蓄。

 その結果、次の問題に目を向ける余力が出たのだ。

 

 ブリッジに詰めていた学生達が友人の立場を弁護しにかかる。ミリアリアとカズイだ。

 

「あ、あの! バジルール少尉! キラは……えっと、あの子はコーディネーターなので、色々何でも出来ちゃうのかも知れません!」

 

「そ、そうだよ、い、いえ! そうです! ゼミでも教授の仕事とか色々手伝ったりしてました。それで……!」

 

 ナタルはため息をつく。ここは学校か?

 

「ハウ二等兵、バスカーク二等兵。勘違いするな。

 別にヤマト准尉を今すぐ、どうこうしようとは考えていない。

 するとしても、この艦を防御してくれた事実で持って罪の減免は可能だ……オーブとの外交的な決着のつけ方だって出来なくはない。

 だから落ち着け、レーダーから目を離すな。フラガ大尉とケーニヒ訓練生の機体を管制しろ」

 

 ナタルは怒鳴りたいのを堪えた。

 キラなら黙々と仕事をするのに、と馬鹿な考えを浮かべて渋面を作る。

 キラの仕事量と内容が頭に浮かんだのだ。

 今、独房に入れると整備班から文句が出るだろう。その位に彼は動いていた。……少ないとは言え、艦内に居るコーディネーター達を刺激したくないとも考えている。

 穏便に事を納めたいのはこっちも同じなのだ。

 

 マリューが、どうやって話し合うつもりかとナタルに尋ねる。

 

「私と貴女とキラ君と、フラガ大尉、かしら。艦の責任者が席を離れる事になるわよ? 1、2時間……」

 

 マリューは、正直な所キラの立場をこのまま濁したかった。嫌な話の流れが浮かんだのだ。

 志願させたとは言えスパイの疑いは晴れていない。

 誤魔化しているだけだ。

 

 話の内容によっては、キラはすぐにモビルスーツを降りる事になる。それでは艦の防御力が落ちる。

 ザフトの友人の件、色々と事情をしっている件を合わせれば、判断次第では既に処刑物だ。

 

 もちろん、マリューにはそんなつもりはない。

 何とか友人達と一緒に、アークエンジェルを降りてもらうつもりだった。

 ナタルは外交的な決着云々を口にしたが、マリューはそう言った方面の話は苦手だった。

 

 直接の上官である、ハルバートン准将に何とかしてもらえないだろうかと悩んでいた……そう言えばキラは、ハルバートン准将の事も知っている風だったが……。

 それも考えると面倒になりそうだと、マリューは頬杖をつく。

 

 ナタルはそんなマリューの悩みを知ってか知らずか、何とか時間を合わせてみますとスケジュールの調整に入っている。

 海賊達には縄張りがある。そんなに連続では襲ってこない。と期待して、その隙間を狙う位しか出来ない。

 

 それよりもさらに危険、いや、厄介な事が迫っていた。

 進路が不味いのだ。

 宙域図によると、このまま進むと先に大変面倒な場所があるかもしれないのだ。

 プラントを刺激するのに十分過ぎる場所……ユニウスセブンが眠っている場所が、もう近いはずなのだ。

 

 どんな理由があろうと連合の軍艦が近づくのは危険だ。何を言われるか分かった物ではない。

 

 はっきりした場所が分からない以上は、大きく進路を変えるのに限る。

 しかしナタルは、今度はキラが何を言い出すかと不安が増してきていた。

 

 

 







これで何とかフラガの目処が立ちました。


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デブリベルト航行記録 5

 この話は
 6/3 投稿
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 6/11 修正をして再投稿になります


 

 

 数百人が暮らす艦の内部。

 それを清潔に保ち続けるのは、少ないクルーだけでは難しい。自動化できる所には限界もあるのだ。

 

 そこで、現在アークエンジェルでは避難してきた民間人の方達に、数日に一度でも何かの雑務を手伝ってもらえるようにお願いをしていた。

 

 

 今日は替えの簡易衣服の配給と回収で人手を募っており、フレイ・アルスターもそれを手伝う一人だった。

 彼女は婚約者のサイと一緒に居たいのだが、彼は事もあろうに友達と軍の仕事を手伝い始めており、勤務が終了してからでないと会えなかった。

 フレイも何かを手伝わないとダメ、と、サイに言われたのでたまにやっている事だが、正直フレイは不満を抱えていた。

 

 ちゃんと大事にしてくれないとだめではないか……そう考えていた。同年代は少ないし、知らない人ばかりで寂しいのだ。

 挨拶する位の顔見知りは出来たが、そうそう仲良くは出来ない。

 コーディネーターが混じっていたら怖い。

 

 それでもサイの友人の、キラ・ヤマトとはちょくちょく顔を合わせていた。

 およそ居住区にいるフレイと、格納庫と居住区と、たまにブリッジに行くキラは意外によく出会う。

 フレイはそれが嫌だった。

 

 スパイじゃないか、とか、彼のせいでこんな目にあっている、などの噂がちらほらとあるのを聞いていた。

 弁明するでなく、謝罪するでもない開き直ったような態度は本当の事だから……等とも。

 

 怖いから距離を置いてほしいとサイに言ったら、逆に、何て事を言うんだと怒られた。キラはそんな奴ではないと。

 それもフレイの不満の一つだった。

 

 遺伝子を弄るなどまともな人間の考えではない。そういう親の子供に生まれたコーディネーターなんて、それこそ何を考えて動くのか分からないではないか。

 

 人間じゃないのに信用できるのか?

 

 だからフレイはなるべく関わらないようにしようとするのだが、キラの方から、たまに話しかけて来るのだ。

 体調は大丈夫か不安はないか、と。

 

 最初はコーディネーターが口説いてくるもりかと、サイの影に隠れた。しかし、それもサイに怒られてからは少しだけ話すようになっていた。

 フレイは、一応サイの友人だからと、渋々我慢をして相手をするようになった。

 

 

 一緒に行動している女性兵士とカーゴを押し歩き、手分けして衣服の回収と分配をしていると、そこに保安部員と一緒に通りがかったキラが話しかけてきた。

 上着のボタンを外して少しだらしない格好で歩いている。一目見て分かる位に疲れた顔をしており、どこか足取りがよろめいていた。

 

「アルスターさん、お疲れ様」

 

「どうも……」

 

 同年代とは思えない程に疲れが乗った声で話しかけられる。

 そっけなくしているのに、めげないで毎回話しかけてくるのは大した物だが、いい加減に迷惑なのを察して欲しい。疲れているなら休めばいいのに。

 

 サイがいるから心配してくれなくて結構だ。

 しかし、丁寧に話しかけてくるから、あまり突っぱねる訳にもいかない。またサイに怒られる。

 

「……あなた、忙しいんでしょ。こんなトコで話してていいの?」

 

「うん、食事してすぐにまた行くよ、アルスターさんはちゃんと食べれてる?」

 

 余計なお世話だ……そんな事は言わずに無難に返答をしていたが、妙な臭いがフレイの鼻をついた。臭い。

 

「……てゆーか、ちょっとやだ。あなた汗くさいわよ。もぉー離れてよ」

 

「あ、ごめん」

 

 格納庫に入り浸りのキラには、汗や機械、マシンオイルの匂いがついていた。

 女の子に話しかけるならせめてシャワーを浴びろ……そう言いかけたフレイは言葉を飲み込む。

 水の使用制限を思い出したのだ。

 男性は女性よりも使用制限が厳しかった。そう言えばサイも少し汗くさい。

 

 少し気まずくなったフレイは、今度は自分から話しかけた。

 

「……ねぇキラ、あなたシャワーの使用制限何とかしてよ。3日に一回になったのよ。酷いじゃない」

 

 節約と言われても限度がある。

 女の子に死ねと言ってるような物だと力説するフレイに、キラは困ったように笑った。

 笑うとちょっとかわいいかな? などフレイは思った。

 

 そこにアサギ・コードウェルがやって来た、いや走っていた。

 彼女とトールは新米パイロットとして、フラガから一日10キロを走れと申し付けられていた。

 キラも走ろうとしたのだが逆に止められている。軽めにしておけと。

 民間人の中にも、真似して艦内をランニングする者が出ているのは、まあ仕方なかった。

 

「あー、お二人ともー。おはようございます!」

 

「アサギさん、おはよう」

 

「お、おはよう。アサギ」

 

 挨拶もそこそこに、じゃあヤマト准尉、訓練の時に、と走り去っていくアサギを、フレイは怖々と見つめた。

 年齢が近いから彼女とも顔見知りにはなったが、あの子はモビルスーツのパイロットをやっている。

 ナチュラルなのに、何を考えているのか分からなくて少し怖かった。

 

 戦争に巻き込まれないように中立のヘリオポリスに居たのに……戦争なんてやりたい人だけでやればいいのだ。

 

 しかし、隣のキラ・ヤマトもそういう意味では怖かった。

 アサギと同じパイロットで、しかもコーディネーターで、人殺しでスパイだ。

 いきなり暴れだしたらと不安はやはり残る。

 横に銃を持った保安部の人がいるから大丈夫だとは思うが。……早く父に会いたい。

 

「……ねえ、キラ。この船ってまだ安全な所に着かないの? 後何日くらい? 通信とかは? まだ出来ないの?」

 

 最近、キラと会う度にするようになった質問。

 答えは今日も同じだった。

 

「ごめん。まだ確実な事が分からないから答えられないんだ、分かったら伝えるから」

 

「そう……なるべく早くね」

 

 フレイの無茶な話にも、キラは微笑みながら相手をする。コーディネーターで怖い相手のはずなのだが、そんなに話しにくい相手ではないのがフレイには不思議だった。

 人を殺しているコーディネーターなのに。

 

 自分と話すと、何故か安心した素振りを見せるキラを、女好きな奴なのかとフレイは思った。

 

 

 

 何度めか分からない集まりだ。

 マリュー、ナタル、キラの3人。そして最近では一応くっついているだけの保安部員。

 それと、通信をアークエンジェル甲板上に居るガンバレルストライクと繋ぎ、フラガがモニターで参加している。 スクランブル体制から離れるのを危険と判断しての措置だ。

 もしもに備え、キラも即座にモビルスーツを出せるように、格納庫に近い部屋で集まっていた。

 

 艦の進路に関する話だった。

 最初に口を開いたのはキラだ。

 

「このまま、ユニウスセブンの宙域へ向かってほしいんです」

 

 嫌な言葉を聞いた……指揮官達はそう思った。

 キラのこれまでの言動や行動から、次はまたどんな無茶な話が来るかと思っていたのだ。

 幾つか話の中身の予想はしていたが、まさかその場所の名前が出るとは。

 マリューは努めて平静を装い口を開く。

 

「……キラ君。アークエンジェルはデブリベルトを出ようと思っているの」

 

「補給の必要は無くなったんですか?」

 

 無言で頷くマリューにキラは黙り込んだ。

 良かれと思った行動の結果が、思った以上に影響を……いや、良かったのだ。これで。

 ユニウスセブンはそもそも荒らしていい場所ではない。 荒らさずに済んだのだから良いではないか。それは良い事なのだ。

 

 しかし、代わりにデブリベルトを進む理由が弱まってしまった。どうした物かと考えるキラに、ナタルが状況を説明する。

 

「物資はぎりぎりだが、何とか間に合いそうなくらいには補給ができた。味方の勢力圏にも大分近づいている。

 そこで、この辺りからデブリベルトを出て、一気に月に飛び込もうと言う話になったんだ」

 

 既に決定されたような台詞だが、正直、指揮官達は迷っていた。間に合いそう……とは言ったがあくまでも、辛うじて確保できたレベルだ。

 数百人単位が必要とする物資の量は並ではない。

 ジャンク屋との取引で食糧、水が入手できた事が幸運なのだ。

 それでも何かあれば崩れる程度だ、余裕はない。

 味方の方からも来てくれていなければ、依然として不安な状態だ。

 

 物資を管理する主計科からは、細々とでも回収はありがたい、できるならもう少し海賊と戦ってでも、このまま進んだ方が安心だと報告が上がっている。

 保安部からは逆だ。

 このアラート切り替えの激しさを、早く何とかしてくれと要求が上がっていた。

 

 だから、迷っているのだ。

 前にキラから聞いた意見を含めて。

 

 そして、マリュー達は判断材料の一つとして、またキラの意見を聞く気があるから、こんな話し合いを持っていた。できれば今回はキラの身元に関わる話も聞きたかったのだ。

 

 よく接している者はそうでもなくなってきたが、キラと接触する機会が少ない者の中には、まだ殺気のこもった目を浴びせる者がいる事も関係している。

 スパイ容疑で拘束されたコーディネーターだ。

 協力しているから今はそれで済んでいるが、やはり空気は健全ではない。

 マリュー、ナタルは責任者として何とかしないといけなかった。

 

 今度はマリューが口を開く。

 

「乗っている民間人の方達にも、後どのくらいかかるかというのを、ある程度は説明しなければいけないの。

 それと、できればだけれど……貴方の身元に関しても、改めて確認をしたいと考えているわ」

 

 マリューは嫌なやり方だと思った。大人が子供を追い込んでいる。

 志願させたとは言え端から見れば酷い絵面だろう。それでもやるのは目的をはっきり聞きたいからだ。

 

 せめて納得のいく目的を聞ければ、周りに説明できる。キラへの不満をこちらが肩代わりできるのだ。

 さらに可能ならキラの立ち位置、正体をかばってやる事ができるようになる。

 身元、という言葉にどこか諦めた感じの表情を浮かべるキラ。……罪悪感が湧いてくる。

 しかめっ面で黙るフラガが目に入った。

 

 フラガはパイロットとして今回の事に反対した。

 キラに話を聞くのは構わないが、身元の追究はしなくていいとの主張をしたのだ。

 オーブの民間人。それでいいから、突っ込むな。爆弾しか出ない気がするから止めろ、と。

 

 疲れているキラが説明に悩む姿は阿呆くさいとしか思えない、本来なら少しでも休ませなければいけないはずだと。

 キラの言い分を聞いておいて、アークエンジェルに損はないだろうとの乱暴な考えだった。

 ただ、フラガ自身は疲労で思考が雑になっている自分を自覚しているから、マリューとナタルからの説得で我慢してるに過ぎない。頭痛がフラガの表情を険しくしていた。

 

 マリューとナタルが言葉を連ねる。

 

「キラ君。もし反対だと言うのなら、必要だと言うなら。ユニウスセブンに行きたい理由を聞かせてちょうだい……納得のいく説明が欲しいの」

 

「ヤマト准尉。目的は何だ、ここに何かあるのか?」

 

 

 キラは二人の口調から、この場がごまかせる空気ではない事を感じ取った。

 フラガが聞いてこない事に甘えていたが、どうやら限界らしい。

 むしろ、これ程に怪しい自分の言動をよくここまで見逃してもらえた、と言う所だろう。

 つまり色々知っているのは何故か。という事か。

 まず目的だけ。そこから聞いてくるのは彼女達の優しさだと思える。

 しかし、どう言った物か。

 

 ユニウスセブンへ向かう目的。

 それはもちろん、追悼慰霊団の代表として来ているであろう、ラクスを助ける事だ。

 できれば追悼慰霊団の船そのものを何とかしたい。

 それだけだ。

 

 だがそれをどうやって話せばいいのか。

 

 そもそも話していい物だろうか?

 どんな形で、どこまで伝えるべきなのか。それとも、まだごまかすべきなのか……。

 少なくともユニウスセブンへ行く目的をちゃんと話さねば、彼女達は納得できないだろう、とは思う。

 向こうにも立場があるのだ。

 

 だがそれを踏まえた上で、これからの出来事をどこまで話すべきなのか。それが分からない。

 こういう時に自分はどうしていたのか。

 

 周りの誰かが指示してくれていたか、状況に流されていたか。

 何も考えていなかったか……後は、ラクスがやってくれていたか。それを思い出してしまい、出そうになった溜め息を堪える。

 それでは駄目だ。それは繰り返しだ。

 それでは駄目なのだ。

 

 納得のいく理由、説明。不自然ではない説明。せめてアークエンジェルとして動くのに妥協できるだけの何か。

 自分の正体、身元。納得のいく説明。

 

 そんな物はない。だが、やらねばならない。

 キラは口を開いた。

 

「ユニウスセブンに、プラントから慰霊団が来ます。彼らを助けたいんです」

 

 自分でやらねばならないのだ。

 

 

 未来を知っている事への説明など不可能だ。今の状況ではどう話しても不自然さが拭えない。

 知っている事実を上手く伝えて、協力してもらうしかない。

 キラは無表情に話を聞くマリュー達へ、ユニウスセブンに向かいたい理由を話した。

 

 ラクス・クラインを代表としている慰霊団が来る事。

 しかし地球連合の艦が近くにいて、彼らを咎める事。

 地球連合の艦に乗る者は、恐らく彼らを心情的に不愉快に思う事、危険だと。

 危険な事態が起きる可能性があり、それを防ぎたいと。 そう伝えた。

 

 本当の所はもっと明確に、危険だ、慰霊団は攻撃を受ける、助けに行きたい。そう訴えたいのだが、余りに不自然すぎて自重した。そこまで言ってしまうと説明がしきれなくなる。

 もどかしいとは思ったが、耐えた。

 勢い任せの行動はろくな結果にならないのを思い知っている。

 

 そもそもキラ自身、把握しきれない情報や状況があるのだ。……何故、戦後にもっと過去を振り返っておかなかったのかと、自分を恨みたくなる。

 だからある程度はぼかした言い方にするしかない。控えめに伝える事になった。

 

 それでもマリュー達の困惑は強かった。いや、かなりの物だったと言える。

 キラが話す内容と、それを何故ここで言えるのか……把握しているのかについてだ。

 

 キラの話が一通り終わってからも、部屋の中はしばらく無言だった。

 始めに口を開いたのはナタルだ。強烈に鋭い視線を向けられる。

 

「……ヤマト准尉。今の話、それをどうやって把握した? 自分の喋った内容が分かっているのか?

 この状況下で、何処かから情報を手に入れていると言っているような物だぞ。

 ザフト、連合のどちらとも通信を確保していると疑われかねない発言だ。自分の無実を証明しなくてはならなくなる……分かっているのか?」

 

 そこから言うのか……と、キラはナタルの言葉を受け止めた。まず慰霊団を助けるかどうかの話がしたかったのだが、そう上手くはいかないらしい。

 当然か、と考え直す。事実、自分は怪しいのだ。

 それでも話は聞いてもらえる、十分だ。後は言葉を尽くすしかない。

 尽くすしかないのだが……。

 

「通信は……していません」

 

「では、何故そんな事が分かる」

 

「分かる訳ではなくて、予測、というか。可能性の話で」

 

「だから何故そんな予測が立てられるのかと聞いている! キラ・ヤマト! 状況が分かっているのか! お前は自分で逃げ道を潰しているんだぞ!

 通信を確保している訳ではないなら理由を言え、何故そんな状況を把握している。何を知っている!」

 

 ナタルの怒りはもっともな話だった。

 現在のアークエンジェルは苦しい状況にある。しかし、それはキラのせいではない、それは当然だ。

 だが事態を把握しているかも知れない人間が居るなら、その情報を使って打開を図るべきなのだ。その位には苦しかった。

 

 ところがキラは今、それを言ったのだ。現実的にあり得ない内容の意見を。

 この状況下で事態を把握していると受け取られかねない発言を。連合の物どころかプラント側の動きまで。

 不自然すぎる。

 

 なのに当の本人が、ザフトのスパイではない、オーブの情報工作員も否定、連合に協力する非正規ゲリラ兵とも違う。そう主張するのだ。

 極めて協力的な態度、そうかと思えば中途半端な情報しか出さない姿勢と来ている。……ナタルには、キラが情報の出し惜しみをしているのかと感じられたのだ。

 やはり何処かの工作員で、良からぬ事を企んでいるのか? と。

 

 しかし偽装の身分や、言い訳も用意せずに何故そんな真似をするのか? それが分からない。

 キラからの限定的な情報に、ナタルも知らず知らずストレスを貯めていた。

 

「予測だと言うなら根拠を話せ。どうやって予測した、どうして味方がこの宙域に来ていると分かる」

 

「……すみません。話せません」

 

「話せませんだと? 話にならんな」

 

 どこまでも口を濁すキラに周りの人間の目が細まった。それでもキラは主張を崩さない。

 話せないと。

 

 厳格に事実を調べれられても、現時点のキラはオーブの民間人だった人間だ。それ以外に説明のしようがない。

 出生に面倒な事情はあるが、それを言えば新しく火種が一つ生まれるだけだ。

 

 キラは考える。

 それを利用してみるべきか。言ってみるべきだろうか?

 

 それとも「実はザフトのダブルスパイ」だの「オーブ政府の関係者」等のでまかせを言ってみればしのぐ事は……いや、無理だ。自分にそんな話術はない。

 それに露見した時にさらに面倒な事態になるかも知れないと思えた。駄目だ。

 

 そう、駄目なのだ。

 連合の言いがかりのような形でオーブは焼けたのだ。そして自分の考えなしの行動のせいで、さらにもう一度焼いてしまったのだ。

 オーブ政府との関わりは最小限にするべきだと思えた。そういった偽称は危険だ。

 むしろオーブを離脱すると言ってみるべきなのか?

 

 それとも、オーブをまた巻き込むのを覚悟の上でやるべきなのだろうか。

 後からブルーコスモスや連合の偉い人達と上手く交渉して解決……駄目だ、そんな器用な真似ができるとは思えない。

 

 もう、いっそ話してしまうか。未来から来たと。

 戻って来たと。

 

 しかし、信じてもらえなければどうする?

 結局人が死ぬのを防げていないのに何を言うのかと。

 未来を知っていると言うなら、もっとましに動けと。そう言われればどうする?

 

 何も言えない。

 そう言われれてしまえば何も言えなくなるのだ。後はただ疑われるだけの関係だ。

 荒唐無稽な話をするよりは、内通者を疑われていた方がまだ話を聞いてもらえる気がする。

 その方がましなのでは。

 

「……話せないんです、理由があって。説明ができなくて。いつか話すかも知れません。でも今は言えません。

 慰霊団の船を助けたいんです。

 ユニウスセブンに行ってくれませんか? 僕の話と違っていたら、どんな罰を与えてくれても構いません。お願いします」

 

 ナタルはキラに対して、そこまで言えるのに何故、情報の出所を頑なに秘匿するのかと眉をしかめた。こっちからはこれだけ融通しているのに、と。

 そのナタルを一旦留めて、今度はマリューがキラに尋ねた。

 

「月の幼年学校で、ザフトのパイロットと知り合ったのよね。……彼からの情報なの?」

 

「いえ、彼からじゃありません」

 

「では貴方は、オーブ軍又は政府の関係者も、第3勢力としての立場も否定するのね?」

 

 うなずくキラに、マリューは溜め息をついた。

 

「キラ君。それでは貴方の立場を周りに説明するのが難しいの。申し訳ない話だけど、貴方の事を快く思っていない兵もいるわ。

 志願してもらった事で表向きは治まったけれど……」

 

 ザフトだったのなら、地球連合に寝返ったと言い張る方法や、オーブの工作員関係や情報部関係というのも言い訳としてはある、とマリューは話した。

 いっそ勝手に偽称して、功績を盾に、後で政治的解決をしてもらう方法もあると。

 

 キラはそれらを強く拒否した。

 身分を適当に偽ったとしたら、その後に自分の話がどこからどう伝わって、何が起きるか分からない。

 特にオーブに迷惑はかけられないと。

 

 今度は焼かせたくないのだ。

 

 だからキラは一言。

 疑われるのは構わないと、そう返した。

 自分以外の歴史や、状況の変化は最小限に留めたいと考えたのだ。

 

「アークエンジェルには迷惑をかけると思います。けど、何とかお願いします」

 

 謝りながらも頑ななキラの態度に、ナタルもマリューも恨み半分の目を見せた。身元の話は終わってしまった。

 本人が拒否した以上、こちらから偽装した身元や経歴の強要もしにくい。いかにするべきか。

 決着はもうハルバートン級か更にその上の人間に丸投げするしかない。

 アークエンジェル内の人員管理では、ナタルにさらなる負担を強いる事になる。

 

「……いいわ、貴方の立場に関しては判断保留を維持する事とします。

 キラ君、こちらでもフォローはするけど、周りの目は厳しいかもしれないわ。本当にそれでいいのね?」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 マリューは息を吐いた。

 キラの身元関係は解決しなかった。

 だが一応の話はまとまった。場合によってはまた表面化してくるだろうが今は、これでいいだろう。

 残念な気もするが、これでひとまず納めるしかない。

 フラガは安堵の気配を、ナタルは不満を見せているが許容の範囲と思えた。

 

 それよりまだ大きな問題が控えている。

 いや、むしろそちらの方が差し迫った問題だった。

 

 プラントの追悼慰霊団と、連合の艦艇の事はここで自分達が判断するしかなかった。

 キラが何故それを知っているのかは置いて、マリューは改めて考えてみる。

 

 このままユニウスセブンに向かい、プラントの慰霊団の船を地球連合軍の艦船から守る。

 

 まず無茶苦茶な話だ。作り話にしても酷い出来だと思う。

 軍が、慰霊を目的とする民間人の船を襲うかも、と言う話をキラはしている。

 いくら何でもそんな連中が居るとは、正気の行動とは思えない。あり得るのか? そんな事が。

 

「……キラ君、連合の艦艇が近くに来ているのは確かな情報なの?」

 

「それは……」

 

「……確実では、ないのね?」

 

 キラはうつむいた。

 その通り、確実ではない。

 日数は計算して進んできたつもりだが絶対などない。

 多分間に合うはず、だと思うが、分からない。

 

 キラはマリューの質問に、恐らく……としか答えられなかった。

 

 これについてはさすがにナタル、マリュー、フラガの全員が、少なからず不愉快そうだった。

 何とか民間人を守ろうとしている彼らにしてみれば、同じ軍服に袖を通す友軍が民間人を害する話など、納得いく物ではない。

 しかも不確実ときた。

 

 ただ、フラガは話題が変わったのもあり、キラと距離が近い分、積極的に話を聞いてくれた。

 

《なぁキラ。根拠はあるのか? つーか、代表の名前がヤバいよな。ラクス・クライン……クラインね。

 まさかと思うんだが、ひょっとしてプラント評議会議長の身内、とかじゃないよな?》

 

「……娘さんです」

 

 フラガは、おいおい嘘だろ、と大きくため息をついた。ナタルも同様だ。

 納得したくないと表情は言っているが、フラガはがっくり肩を落とし、ナタルは天を仰いでいる。

 彼らは自分の中で、キラの話に一応の筋を見い出したらしい。

 よく分からないといった表情なのはマリューだった。二人の反応に戸惑っている。

 

「二人とも、まさか納得したと言うんですか?」

 

 脱力したようなフラガがマリューに答える。苦々しげな顔だった。

 

《半々……だな。気に入らない話だが、俺は行ってみるのもありだとは思う……しかしなあ……》

 

「……自分は反対です。ただし、ヤマト准尉の言葉が事実で、状況がこちらで処理可能なレベルに納まるのならば、条件によってはその限りではありませんが」

 

「慰霊団への攻撃があり得る……と? 民間船を?」

 

 信じられないといった様子のマリューに、フラガとナタルが答えた。

 

《普通だったらそんな真似はしないさ。まずやらない。いくら戦争中、って言ってもな。

 だけど、クライン議長の娘だぜ? ……ニュートロンジャマーの恨みをぶつけたい、って奴はいるんじゃないかと思う》

 

 ザフト、連合の戦いではどちらも歯止めが利かなくなる事が相次いでいて、投降した相手の殺害や非人道的な扱いが幾つも起こっているとフラガは付け加えた。

 あり得ない事はない、むしろ有り得ると。

 

 ナタルは、キラが何故プラント、連合両方の動きを察知しているかは不明であり不審な点が強く残るが、と前置きした上でフラガに賛同した。

 

「アルテミスの件を考えるに全くの無根拠な話とは言いかねます。……何らかの根拠があると思ってもよろしいかと。

 そこで、慰霊団をどうこうではなく、展開しているであろう味方との合流を図る、という意味でなら、ユニウスセブンに進路をとるのもよろしいかと考えます……あくまで味方がいるなら。の話ですが」

 

 二人からそんな意見が出たが、マリューはどこか理解不能といった感じだった。

 

 それはキラも一緒だった。フラガが言ったニュートロンジャマーへの報復、仇。

 親の因果。憎悪の連鎖。改めて向き合うその事実。

 

 それらは一人で背負うには重い物だと感じたのだ。

 ラクスの顔を思い出す。

 これまでの自分は彼女の背負った物をしっかりと理解していたのだろうか、と。

 今度は彼女を真っ直ぐ受け止められるだろうか。

 

 思考の渦に飲まれるキラを、マリューの質問が呼び戻した。キラはその質問に目を瞬く。

 ザフトはどの位の戦力が居るのか? と問われたのだ。

 

「ザフト……ですか?」

 

「プラント現議長のご息女が居るのでしょう? 護衛の部隊がいるのは当然だと思うのだけれど、どうなのかしら。

 どの位の戦力がいるかは分かる?」

 

 心苦しいがザフトの戦力が多く存在するなら近寄れない、との事だった。ジンの強行偵察型を思い出しながらキラは答える。

 

「……正確には分かりません。けど、そんなに多くはないんじゃないかとは、思います。モビルスーツが小数……かと」

 

 ナタル、フラガからも質問が相次いだ。

 

 ザフト艦の数は? 地球連合の艦艇の数は? その指揮官は? 他に情報を知っていそうな者は? そもそも護衛の部隊がいて慰霊団は危険な目に会うのか? 話し合いで何とかできそうな状況なのか、等々だ。

 

 それらに答える内容をキラは知らない。

 マリュー達もキラがことごとく詰まるとは思わず、中途半端な情報に困ってしまった。

 キラを何とかフォローしようと、フラガが聞いた質問が更にキラを悩ませる事になる。

 

 慰霊団の人間はどうするのか。保護するのか? それとも近くにいるザフトに引き渡すのか? もしくは、連れていくのか?

 

 その問いに、キラは完全に言葉を失う。愕然とした。

 とりあえず、保護するのが当然と思っていたのだ。

 ただし、生き残ったラクスだけを。

 そしてアスランに返すと。

 思考からはその周囲の事が抜けていた。本当に思考からは抜け落ちていた。

 

 最低の思い込みだった。

 

 マリュー達に言われて気付いたのだ。

 

 そもそもラクスは助かる可能性が高い。

 キラの記憶では、アークエンジェルがユニウスセブンに到達した段階で、既に戦闘と呼べる物は確認できなかった。居たのは脱出したラクスのポッドを探す偵察型のジンだけだ。

 

 物資回収中の味方を守る為に撃ったが、あのジンがラクスを見つける可能性は高かったと思える。

 そもそもザフト艦が付いてきていたのか、それとも速やかな救援に来たのか。それも分からない。恐らくは来た方だ。と思うが……。

 いや、実は最初から付いてきていたのか? 護衛は近かったのか?

 

 ならば、行かなくてもいいのか?

 確実にラクスが助かるのを確認したい感情があるが、納めるべきだろうか? 

 しかしそれでは、その次のザフトからの襲撃を独力でしのぐ事になってしまう。

 アスラン達が来るはずだ。記憶通りなら。

 

 救援に来るはずの連合の先遣隊はどうする、彼らが先にアスラン達と遭遇するはずだ。

 それに同乗してくるであろうフレイの父親はどうするのか、アルスター外務次官は。あの状況でアスラン達を止められるのか? 殺さずに?

 

 決して褒められたやり方ではないが、ラクスを人質にしたから危うい所で助かったような状況だった。

 

 アークエンジェルは一歩遅れるのだ。あの状況には。

 

 戦って止めるなら、かなり荒っぽくなる可能性がある。手加減せずに撃たねばならない場面が出てくるかも知れない。

 それに他に展開するジンはどうする? また落とすのか、アスランの前で。

 フラガには、キラの知り合いだからと落とすのを遠慮させる気か? ……それは駄目だ。

 

 ではラクスを人質にして止めるのか? 前と同じく? だとしても、その後、アスランはもう一度話を聞いてくれるのか? そんな真似をした人間の言う事を。もう一度。

 メッセージの効果を自分で潰す事にもなりかねない。

 

 では、デブリベルトから出て連合に通信を送るのはどうか。出迎え不要と。 

 それで、アークエンジェルを守りきれるのか? アスラン達にもアークエンジェル側にも死者を出さずに?

 

 それともラクスを保護しなければ、アスラン達に遭遇しなくても済むのだろうか?

 ならば、行かない方がいいのだろうか?

 

 キラはそこまで考えて、背筋が凍る感覚に襲われた。

 初めて感じる類いの恐怖だ。

 

 自分の意見が人の生き死にを左右する恐怖。考えを改めて初めて分かるようになった物。

 責任の重さ。

 

 どうするべきなのか。

 できるならば、慰霊団を見捨てるという選択肢は取りたくない。確実にラクスが助かるのを確認したい、プラントに返すのも当然だ。

 しかし、今から行って状況に間に合うのかは分からない。

 

 フレイの父親も守りたい。今度は彼女の命も家族も守ってみせる。

 しかし、間に合うのか? 今回は。

 早くデブリベルトから出て、迎えに来るなと言わねばならないのではないか?

 

 どうする。このままでいいのか。

 このままでは駄目だ。

 まだ、アークエンジェルからは離れられない。巻き込んだ人達を放り出したくない。

 サイ達はどうなる、トールは。

 

 ラクスとアークエンジェル。どちらがより危険か?

 どちらが、自分が行かなくても大丈夫か。

 分かっている。分かっているのだ。だが不安が大きくて落ち着けないのだ。

 これは、ただの我が儘だ。しかし放っておけないのだ。

 キラは歯を噛み締める。

 

 納めるべきか? あくまでも話して向かってもらうべきか?

 危険だと分かっている所へ? その後更に危険な状況が待っている所へ? どっちなのか。

 

 誰かに頼りたい、話してしまいたい。結果がどうなろうと自分に背負える物ではない、耐えられな……駄目だ。

 やるのだ。

 投げ出すのも逃げるのも無しだ、自分でやるのだ。

 人に押し付けてどうする。自分は何の為にここに居る。

 変える為だ。チャンスをもらえたのだ。

 

 まず、出来ることをやらねばならない。

 

 幸いな事にキラの顔色の悪化は、そこまで疑念を持たれる事もなかった、ここにいる者は全員どこかしら体調はよくない。

 マリュー達に気付かれる事なく、キラは静かに息を整える事ができた。……保安部員に「大丈夫か?」と言われてしまったのはご愛嬌だろう。

 キラは心配してくれた相手に笑ってみせる。もちろん大丈夫だ。

 意地でも倒れるものか。

 

 キラはマリューに改めて願い出た。

 

「マリューさん、ジンを1機と、人員輸送用のシャトルを何機か貸してくれませんか?」

 

 何をする気かと固まるマリュー達に、キラは続けた。

 どうしてもラクス・クラインの安全を確認したいと。

 

「アークエンジェルはユニウスセブンから距離を取っていて下さい。接触する時は僕一人で行きます。

 それも駄目なら、ここからは僕一人で行ってきます」

 

 出来る事なら待っていて欲しいなどと、とんでもない事を言い出すキラにフラガが慌ててフォローに入ってきた。

 敵前逃亡になりかねない言動である。

 

《バカやろう、落ち着け!  まだ行かないとは言ってねえだろ! ちょっと待て!》

 

「ムウさん、済みません。これはどちらかと言えば僕の我が儘なんです。危険かも知れません。

 いえ、危険だと思います。

 ユニウスセブンへ行かずに、真っ直ぐ月へ向かった方が安全です。

 第8艦隊から先遣隊が来ているはずですから、途中で合流できるはずです……それに、今すぐデブリベルトを出ればザフトには会わずに済むと思います。少なくともあのナスカ級には」

 

 しかし、それでも行きたいとキラは主張した。だから、ここからは一人で行くと。その許可をもらいたいと。

 

 ナタルもフラガも、もちろんマリューも絶句した。

 キラがどこまで事態を把握しているか、それに衝撃を受けたのだ。そこまで分かるのか。いや、そんな事を言い出すのか、が近い。

 

 だとしても許可を出せる訳がなかった。

 経緯はどうあれ、キラを巻き込んだ責の一端はこちらにもあるのだ。放り出すような真似はしたくない。

 かと言って、恐らく極めて面倒な事態が予想される状況に突っ込んでいくのは勘弁してほしかった。

 

 キラ自身が、行かない方が恐らく安全だと言うのだ。むしろ逆だと。あのナスカ級が来ていると。

 

「……キラ君、考え直して。思い止まってくれる余地はないかしら。拘束してでも止めると言ったら?」

 

 懇願に近い形のマリューの言葉にキラは食い下がる。

 

「確認するだけで結構です。もう少しだけ進んでモビルスーツでの偵察だけでもさせてもらえませんか?」

 

 キラの決意は固そうだった。

 銃を持っている保安部員が隣に居るのに、無茶な事を平気で言い放つ。

 彼らの銃に装填している物は、実弾ではなくゴムスタン弾に変えているが、キラに怪我でもさせればアークエンジェルの防御は崩壊しかねない。

 マリューは、キラから自身を盾に取引を持ち掛けられているように感じた。

 

 その後は、ナタル、フラガからの質問や背後関係の確認が飛んできたが、腹を括ったキラは開き直った。

 答えられない事は答えられない、分からない事は分からない。

 その態度に久しぶりにナタルが怒り、フラガが呆れて、マリューが頭を抱え、最終的にアークエンジェルの進路が決まった。

 

 ユニウスセブンへ向かわない事が決定された。

 

 むろんキラは食い下がったが、ナタルに即座に銃を向けられて一瞬、固まってしまった。彼女の銃は実弾である。

 直後に保安部の者に押さえ付けられた。

 顔見知りになり、雑談くらいはするようになった相手から「悪い事は言わないからここは大人しくしておけ」と囁かれば従うよりなかった。

 

 キラは抵抗するつもりだったが、そもそも怪我をさせたくないのだ。そんな程度の覚悟を見透かされていた。

 

 今のキラは身体能力に優れると言っても肉体的には16歳の状態だ。フラガの指導の元、兵士として鍛え始めたばかりの段階にある。

 保安部員に押し固められれば動くことは出来ない。

 

 何とか行かせて欲しいと主張するが、退出を命じられ、独房に入る事が決定した。

 

 それでも必死で頼みこみ、マリューから「少し考えさせて欲しい」と声をかけられたのが話し合いの終わりだった。

 

 

 

 

 




 
 


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指揮官達の苦悩

 2話同時投稿です。
 前の話の後半を修正しておりますので、そちらを読んでからどうぞです。


 

「どう考えても逃亡する為の行動としか判断できません。 一時的な措置とは言え、ヤマトは現在、大西洋連邦に所属する軍属です。今回の件は見過ごせません」

 

 本来なら射殺が許されるような状況だった……そう主張するのはナタルだ。

 部屋の中でそれを聞いているのはマリューとモニターごしのフラガ。

 アークエンジェルの指揮官級3人だけだ。

 

 ついさっき、キラを交えての航路選択の方針決定を終わらせた所だった。

 その場においてキラは、明確に反乱もしくは逃亡の宣言と取れる発言をしたのだ。

 危険があるがユニウスセブンに向かって欲しい、目的は要人の保護、不可能であればせめて自分一人でも行かせてくれ。モビルスーツとシャトルを借り受けたい、と。

 

 要求が露骨すぎ、無茶苦茶すぎる。

 何の処罰・対処もなしでは示しがつかない事をキラはやってくれた。

 

 ここ最近はキラに対する警戒度を、接点の少ない者はともかくブリッジ組やモビルスーツ関係の面々は若干緩めていた事もあり、だからこそナタルが……いや、3人が受けた衝撃は相当な物だった。

 

 今回キラの話してきた事柄は正直、理解の範疇を超える。障害物だらけで通信が困難なこの宙域で、プラント、連合両陣営の動きを予見したのだ。

 しかも話しぶりから受ける印象は、ある意味立場を白状したとすら言える程だ。

 

 だからナタルは緩めていた警戒度を、最大限に引き上げ直したのだ。

 

 通信の類いは状況から見てほぼ不可能。盗聴、発信器の類いも違う。

 あのジャンク屋のキャラバンか、もしくは海賊の何れかが連絡員だったのか? と記憶を探ったが、キラの機体には接触回線を行う機会を与えていない。

 取引を行った際には、向こうの艦にはフラガとクルーの作業ポッドしか向かわせず、キラにはアークエンジェル側でしか仕事をさせていないのだ。

 

 逃がした海賊もいないはずだ。

 接触してきた者は全て撃破したか捕縛した。今も拘禁区画の奥の方に押し込めて見張りを張り付けている。

 キラとは会話も出来ない配置にした。異常は確認されていない。

 

 隠れたまま出てこなかった海賊が居て、そこから情報が漏れた可能性はあるかも知れないが……しかし、そうであればこの艦に居たキラが、外の動きを知っている理由にはならない。

 

 ならば結論は一つだ。

 キラは嘘を言っている。出任せだ。

 

 やはりプラント側に属する人間で、最終目的をアークエンジェルを友軍と合流させない為の遅延工作か、又は信用を重ねておいてのミスリードを誘発させる為の物ではないかと、ナタルは考えたのだ。

 今後は月に到着するか味方との完全な合流を果たすまで、キラは独房に入れておくべきだと主張しているところだった。

 

 そのナタルをなだめるのはマリューとフラガだ。

 彼らにしてみても、やはり強い疑念があった。

 それでもナタルが先頭を切って怒っているから、なだめ役に回るしかない。

 ナタルの意見に同調はしたいが、感情が走りすぎては危険だと考えていたからだ。

 加えてキラ自身の心配をする面と、戦力としての面を考える所があるのも確かで、悩ましい所が多い。

 

「ナタル、落ち着いて。……キラ君の正体を把握したら、協力できる範囲で可能な限りそれをかばうと、あらかじめ話をしていたでしょう?」

 

《あいつはジンを落としてただろう? ……まあ、犠牲覚悟の作戦っていう事も無いじゃないけどよ……。

 キラの言い方もまずいとは思うが、そう決めてかかっちまうのはな……》

 

 無茶を言い出したキラを、マリューとフラガが擁護する形になっているのは未成年だから、だけではない。

 

 キラを排除すれば、アークエンジェルの戦力は戦わずに半壊する事が決定しているからだ。

 後に残るのは混乱するであろうアサギと、激しく不信を抱くであろうトール。そして一人でスクランブル態勢に入る事になるフラガだ。

 特に、追ってきているかも知れないあのナスカ級に遭遇したらと思うと、危機感は強い。

 

 しかしマリューとフラガの言葉にナタルは、限度があります、と強く返した。

 

「何なら、クライン議長の私兵とやらでも面目は立ったんです。……ヤマトは公的な立場の表明を拒否したんですよ? 情報を入手しているのを納得できるような、身元に繋がる事項を黙秘したんです。

 その上で離脱しようとしたんです。……これは工作員のやり方でしょう! どんな事態になろうとも責任は全て自分で負うと言う事ではありませんか!」

 

 ナタルは机を叩いたりはしない、その分口調が激しかった。

 あれが何らかの命令・任務を与えられた人間の態度、やり方でなくて何だと言うのか。工作員だと言いたげだ。

 

 実際にアークエンジェル指揮官達の内2人はまだ、迷っている面を見せている。

 これまでの積み重ねだ。工作だとしたら既に効果を上げていると言えるのだ。

 

 あらゆる……とは言えないが、アークエンジェルからは可能な限りの便宜をキラに図ろうとしている。

 事実やってきた。

 満足いく物ではないかも知れず、結構な過剰勤務を負担してもらっているが、こちらからもやってはいるのだ。

 

 何の為か?

 それはアークエンジェルの為だ。

 危険な状況から離脱して、友軍との合流を図り、艦とモビルスーツ、オリジナルの戦闘データを持ち帰り、偶然乗せる形になった民間人や他国の者を無事に降ろす為だ。

 その役に立つと判断できたからだ。

 

 だからキラの言動には目を瞑ってきた。怪しすぎる所はあるが、一応の協力態勢を維持してきたのだ。

 キラの行動のほとんどはこちらの為になっていて、そしてこちらの利益はキラに取っても、またはキラの属するであろう組織に取っても有益である、と思える範囲の話だったからだ。

 

 ナタルとて、緊急時であれば訳の分からない相手と、そういう事もあるだろうと理解する努力はできる。

 だが今回の事は無理だ。こちらの問題ではない。

 

 問題は向こうだ。キラ側から問題を出してきたのだ。

 問題は何か。簡単だ。

 隠し事をしたまま、こちらの安全を吹き飛ばすような事を言ってきたのだ。

 

 ザフトに友人が居て、中立コロニーから偶然に艦へ乗り込んできて、こちらの兵器を実働状態に持っていき、艦の防御まで当たり前のように受け持つ。

 止めは「要人を助けに行きたい、理由は話せない」だ。

 ザフトのジンを落としておいて、プラントの要人の元へ向かいたいと言うのだ。

 ここまで揃って、善意から動いてくれる民間人、の訳がない。

 

 何かの組織に属している、または何かの要求が有って当然の事をキラはやっているのだ。こちらの事を知っていて、自分の事は明かさない。何故だ?

 決まっている。

 

 最終的に味方の勢力ではないからだろう。

 

 こちらを信用していない、出来ない側の人間だから。だから身元に関する事を、少しも言えないのだ。

 黙秘するとは、つまりそういう事だ。

 言ってくれれば考慮はすると伝えたのに、銃殺の危険を犯して黙り続ける民間人がどこにいるのか。

 

 それが問題なのだ。こちらを信用しないのは気に入らない。気に入らないが、軍人としては分からない事もない。 任務があるのだろう。それが、こちらに取って有益な事ならば繰り返しだが、黙認をする位はできる。

 

 しかし、それは状況を考えてやることだ。今は数百人の命がかかっている。連合の機密もかかっている。

 奪われたデータも機体もあるからと言って、ストライクの稼働データまで捨てる訳にはいかないのだ。

 今後の戦況に関わる話だ。

 

 なのに、キラは話し合いの最後で方針を変えてきたのだ。こちらから危険な状況に向かって欲しいと。

 離脱すれば安全だと言っておいて、向かえと。

 駄目なら勝手に離れると。冗談ではない。

 

「……根拠もなく、向かってくれなど! どう考えても不自然すぎるでしょう! 

 ラミアス艦長、フラガ大尉。むしろ何故まだ迷っておられるのか、はっきりお聞きしたい!」

 

 キラの話が一部だけ正しければどうするのかと、ナタルは言葉を重ねた。

 追悼慰霊団やラクス・クライン、友軍が居ないというならならまだしも。

 ザフトの艦隊が待ち構えていればどうするのか、と。

 

 恐らくユニウスセブンの宙域には何かは居るのだろう。キラは何らかの情報は持っているに違いない。

 だが当人いわく、確実ではない情報なのだ。キラ自身がそう言ったのだ。状況は確実ではないと。

 むしろ行かない方が安全かもしれないとまで。

 

 下手をすればキラも騙されている可能性のある話だ。

 無自覚の妨害工作の線もある、安易に乗る訳にはいかない。

 

 もし、はっきりとした根拠のある話で、リスクとリターンが計算できた上での話なら、追悼慰霊団とやらの救助は考える価値もあるだろう。

 クライン議長の娘とやらには申し訳ないが、政治的な価値はある。

 友軍との合流もそうだ。本当に出来るのであれば、向かう価値はある。そう思える位の話ではあるのだ。

 

 だが、そうでなかったらどうするのか?

 ザフトだけが存在していて、包囲でもされて砲撃でもされれば。

 ナタルは改めてマリューとフラガに聞いた。どうするつもりなのかと。

 

 フラガは、キラの正体についてはひとまず置いて、航路から話を始める気のようだった。

 

《デブリベルトを外れる方がヤバいって可能性は? ザフトの哨戒網は厚いって話があったろう?》

 

「大尉、アークエンジェルはそもそもユニウスセブンに向かう必要がありません。

 いえ、既にデブリベルト自体が進まなくても何とかなる場所です。なら、後はザフトとの遭遇率の問題になります。

 物資は確かにギリギリですが……逆に言えばこの距離からは何とかなる量を確保できました。次は物資と隠密航行よりも、時間を気にするべきでしょう」

 

 人助けなどすれば単純に、また物が足りなくなる。とナタルは反論した。

 

《そりゃそうだが……キラの排除は、正直な……》

 

「……大尉はアークエンジェルの戦力は十分だと仰るのですか? ザフト艦が5、6隻待ち構えていても問題ないと? ヤマトの立場は先程、極めて不透明になりました。

怖くて使えた物ではありません。

 既にパイロットは実質、フラガ大尉お一人です」

 

 ナタルは、ザフトの哨戒網が厚いというキラの意見を信じるとするならば、それらはラクス・クラインへの救助に回り始めるはずだと主張した。

 ラクス・クラインが本当に危険な状態になるならば、この付近のザフト艦はデブリベルトに来るはずだと。

 だからユニウスセブンは危険が増すと。

 どちらにせよ、連合のアークエンジェルが残る道理がない。

 デブリの中で包囲されるよりは、開けた空間で捕捉される方がまだ良い方だと。

 

 追悼慰霊団にラクス・クラインという存在はあり得ない話ではないかも知れないとは思う。ならば、だからこそユニウスセブンには近づかないのが賢明だ、と。

 確率の問題だ。

 単純な話、敵の勢力圏内で時間をかける程に遭遇率は上がる。

 キラの話が事実であろうがなかろうが、それは納得のいく話だった。

 

 フラガは口を閉じる。

 

 今度はマリューが民間人への攻撃を見過ごすのかと口を開いた。それは見過ごせない事ではないか、と。

 

「ナタル。追悼慰霊団への無茶な行いを止めさせる必要があるのではないかしら? これがもし事実なら、私達はそれを知っていて見過ごした事になるわ」

 

 キラが自分の立場の危険を無視してでも主張してきた事だ、事態はこちらの想定以上に危険なのではないか。

 はっきり攻撃が有り得ると、キラは言いたかったのではないか、マリューはそう言葉を重ねた。

 

 確かにそれが事実だとすれば、それは色々な問題が出てくる事になるだろう。

 

 だが確実な話ではないのが、今は更なる問題なのだ。

 

「確かにそうです。どんな理由があろうと民間船に攻撃を仕掛けるなど、余程モラルの低い連中でしょう。

 一部部隊の暴走は止めさせる規定はあります。ですが、相手は要人です」

 

 究極的にはプラント側の要人の保護責任は連合ではなく、原則としてプラント・ザフト側にある、とナタルは答えた。救助の要請も、今は、受けていないと。

 

 マリューは流石に眉をしかめる。少し、いやかなり乱暴な話の展開のさせ方だと思えたのだ。

 戦争状態にあるとは言え、民間人への対応としては少し冷たいのではないか。

 

「バジルール少尉、その言い方では。慰霊団とキラ君の事は別として……いえ、ごめんなさい。別には出来ないわね。

 別には出来ないけれど、とにかくそれが起こりえるなら犯罪よ。止めなければいけないのではないかしら? クライン嬢一人ではないのよ?」

 

 マリューの、情に流された感じの強い意見にナタルは、キラの情報は事実と確認された訳ではない。加えて、キラの話した状況が事実とした上でも、と反論する。

 

「ラミアス艦長。こちらにも民間人、二百数十名が乗艦しておりますが?

 フラガ大尉はクライン議長の娘なら、と仰いましたね。

 民間人と言えども、対象者は特別に感情を刺激するかも知れない相手だと。

 では撃ってくる相手であれば、どうされます?

 止める為に、必要とあれば割り込んだ後は?

 展開してくる部隊が、そういう覚悟を決めて撃ってくる相手であった場合、友軍をどう止めるおつもりで?」

 

 護衛にいるであろうザフトを突破し、民間人に攻撃をかける程に頭に血の昇った友軍をどう止めるのか。

 まさか実力を行使して止めるつもりか? ザフトの味方をして? キラに全て撃破させるとでも言うのか? とナタルは問うた。

 考えたくはない事態だが、考えない訳にはいかない問題だ。

 

 アークエンジェルのこれまでの行動には、苦しい物ではあるものの弁明や言い訳のしようもある。結果論としてだが緊急措置としての弁解はできる物があるのだ。

 

 しかし、これは無理だ。

 不確実な情報で動き、敵がいるかも知れない宙域へ航路をとって、無茶ではあるが正式な命令を受けているかも知れない友軍を押し止め、民間人とは言え敵対勢力の要人を保護する。

 場合によってはザフトと協同で防衛線を張るはめになるだろう。……連合の部隊を相手に。

 裏切りと言うのだ、それは。

 

 しかしマリュー、フラガの反論はまだ弱いながらも続いてきた。 

 

「貴女の言う事は最もだけれど……だからと言って見捨てていいと言う事にはならないでしょう?」

 

《こっちに余裕がないのも確かだが……見過ごすには相手の名前がヤバすぎる。下手すりゃ戦争をさらにでかくする問題かも分からんぜ? 少尉。

 助けておいてプラントに恩を売るってのは、なしか?》

 

 ナタルは、だからそれもキラの話が事実だと仮定した上での話だと口を開いた。

 だいたい、こちらが助けてどうするのか。どこへ連れていくのか。連合の艦であるアークエンジェルならば、まず月本部だろう。

 だとすれば大変な歓迎をされるに違いない。

 気の毒とは思うが、あらゆる不幸な事故が起こり得る位に。なら、最初からザフト側に責任を負わせるべきなのだ。それが妥当な判断だろう。

 

「救助しなければ、連れていく必要もありません。

 それとも道中の備えにでもしますか? 追撃してくるザフトへの盾としては効果的と思われますが?」

 

「ナタル……!」

 

 ナタルの言い様にショックを受けるマリューだが、ナタルはそうなる可能性が高いと返した。

 そして、そんな事を後からやるはめになる位なら、最初から見過ごすのが妥当なのだ。と。

 

「人道的観点から救助に行って、後からそれを放棄する行動を取らされるくらいに追い詰められるなら、意味がないでしょう。余力はありません。

 艦長、どう考えてもユニウスセブン行きは止めて頂きたい。……不可能です」

 

 ついにはっきり止めて欲しいと言われたマリューだが、それでもまだ迷っているらしい事は明白だった。

 行くべきなのではないかと。

 

 ナタルとてその気持ちは分からないでもない。出来るのであれば助けるのは当然だろう。

 少ない可能性ではあるが、キラが完全に味方の勢力の可能性も有り得る。どうしても話せない立場の事はあるだろう。

 

 しかし、そう思わせる事が目的の、敵だった場合が怖いのだ。

 

 ならば慎重に判断せざるを得ないではないか。

 気持ちは分からないでもないが、しかし、現状で出来る事と出来ない事を考えてくれと、ナタルは言いたかった。

 

《戦力がない……情報が不確実……身元が怪しい、か。

 おまけにザフトはほぼ確実にうろついていて、今すぐ離脱した方がまあ、安全。と来たか。……参ったなこりゃ》

 

 否定的な要素を並べ立てるフラガだが、それを否定したい感情が見えてもいた。ナタルは舌打ちをしかけて堪える。余計な波風を立てている場合ではない。

 

「……フラガ大尉は、ヤマトを信用なさるので?」

 

《信用つーか、まあ、敵じゃねえんだろうな……くらいのカン……かな? あいつのバカさ加減は見てりゃ分かるだろう?》

 

 ナタルは悪意のない悪事もあると言葉を返した。そのように見せる技術もあると。

 

「良かれと思った行動が、酷い結果をもたらす事もあります。物事は慎重に判断すべきです」

 

《少尉も、キラが悪い奴とは思ってない訳か……》

 

「今は、ヤマトが悪意をもっているかどうかではなく、どんな結果をもたらすかを論ずるべきでは?」

 

《まあな……じゃあ少尉は即座にデブリベルトを離脱するのが安全だと判断するんだな?》

 

 どちらかと問われれば、そうだ、と。それを肯定したナタルに、フラガはそちらがより危険な場合の可能性はどうなのかを聞いてきた。

 

 アークエンジェルが、デブリ帯からデブリベルトに入ったであろう事はザフト側も予想してくるはずだ。

 このまま航路を変更して、もしそちらでザフトの待ち伏せにぶつかった場合、キラが協力してくれないのではないか?

 むしろキラが工作員だとするなら、どちらに向かっても手を打てる事には変わりがないのではないか? 

 そういった話だった。

 

 ナタルは少し考えるとプラントの派閥争いを例えに挙げた。

 

「ヤマトは、おそらくですがプラントのクライン派、又はそれに近い物に属する人間ではないかと思われます。

 あくまで予想ですが」

 

 プラント内での主導権争いか何かが、表に出てきた結果の一つが、キラの行動なのではないかとナタルは口にする。

 もしくは……オーブ側の人間だとすれば、プラントとの結び付きを強めたいが為の一手か? 等とも考えてみるが、結局キラは自分の利益の為に動いてるのに変わりはない。

 ナタルもやはり迷う所がないではないが、最終的にどちらに行っても敵に会う可能性があるのであれば、やはり味方に近い方がマシだと、重ねてデブリベルトの離脱を主張した。

 

《……あのバカが和平派なり、その辺りの関係者だとでも言ってくれりゃあ。まだ考える余地はあるんだな……》

 

 ナタルは顔をしかめる。失言だ。別にそうは言っていない。クライン派の云々は例えだ。

 

「……大尉。あくまで例えばの話です。

 それに今はプラント穏健派よりの和平派だとしても、クライン議長のこれまでの罪が無くなった訳ではありませんよ。彼は戦争犯罪人です」

 

 予想通りにクライン派の人間なら尚更危険だ。プラント和平派の工作に協力させられる事になる。

 危険を犯してまで、今やるべき事ではない。

 

 しかしマリューがぽつりと呟いた。

 

「もし……キラ君がプラント和平派の人間なら、行ってみる価値はあるのかしら……?」

 

 ナタルはマリューの呟きに、モニターのフラガに向けていた視線を戻して口を開く。ですから、と。

 それは予測と推測の話の上の事で、しかもそうだったとしても、アークエンジェルが行く必要はない案件だと繰り返した。

 

「艦長、プラントが停戦や戦争終結の一手にするならば、こんな回りくどい手を使わなくてもやりようはあります。……何度も言いますが、ヤマトの話は不透明です。

 そしてこちらには余裕がありません。これが確実に判明している事です」

 

「分かっているわ、でも……」

 

「では、仮定に仮定を重ねて、行ったとします。ラクス・クラインと慰霊団を助けるとしましょう。

 出せるモビルスーツは5機、モビルアーマーが1機。

 パイロットは4名です。

 内の2名は訓練生で、1名は不審な態度があった人間です。身元の確かな正規の軍人はフラガ大尉だけです。長いスクランブル態勢で疲労があります。

 艦長を始め、私やブリッジクルー、整備班も過労気味で、各種実体弾の残りは平均で40%からそれ以下。

 補修資材や予備パーツは底を尽きた物が出ていて、乗艦している多数の民間人からは抑えるのが難しい不満が出てきており、保安部の者は毎日その不満を受け止めています。

 一番の要求は、もう少し水を使わせてくれ、です。……この状態で何が出来ますか?」

 

 CICを統括しながら、各部署に目を光らせる優秀な副長は粘り強く事実を説明した。

 

「私はプラントの者など、どうなっても構わないと申したいのではありません。可能であれば、人道的に救助いたしましょう。

 しかし現在の当艦では、予測でも悲観論でもなく、無理だと言いたいんです。ましてや、感情的になっている友軍との対立などは不可能です」

 

 艦の識別コードは未だ無く、身分の証明は乗員のID頼りな状態では最悪、こちらが優先的に沈められかねません、と結ばれれば。

 マリューもフラガも何も言えなかった。

 

 疲れているのだ。自分達も、むろんナタルもだ。

 この中では一番若い副長の肌が荒れていて、率先して節水に励んでいる立場からシャワーもまともに浴びれずガサついているのを見れば、選択肢などあってないような物だ。

 

「それと、ヤマトにモビルスーツとシャトルを与えて送り出す案ですが」

 

「……居場所の露見確率が上がるから、それも認められない、と?」

 

 はい。と一言返されればマリューは重苦しく息をついて、目をつぶるしかない。

 フラガも何も言わない。言えないのだ。

 ナタルが言いたくて言っている訳ではないのが分かるのだ。アークエンジェルの現状を誰よりも知っているから、彼女は言わねばならない。

 

 ナタルの主張は推論混じりではあるが、どちらかと言うと反論に回っていたマリュー、フラガも推論での物が多いのだ。

 どっちがよりマシかと言う話になれば、やはり味方に近い方が良い、という流れになるのは避けられなかった。

 

 やはり即時離脱か? ユニウスセブンには向かわずに。

 

 それで話が決着しそうな雰囲気で、フラガが一言漏らした。

 

《……キラを拘束し続けるんなら、俺一人で艦を防御する事になるな……ラクス・クラインに何かあったら、恨んでくるかも知れないぜ? あいつは》

 

 反論ではなく、本音の不安が混じった一言。それは今度はナタルを黙らせるのに十分な威力だった。

 マリューも深刻な表情で考え込んでしまう。

 

 G・4機にハイマニューバ・1機。

 計5機を相手取り一歩も引かない実力、しかも今なら、友人を殺さないように手加減すらしていたのでは、と思える。

 

 真面目に戦えと言う言葉が引っ込む位の強さだ。

 そんな真似をやってのけるパイロットなど彼らは知らない。……平均的に強いと言われるコーディネーターの中で見ても、さらに頭一つ、二つは抜ける存在だろうと思える。

 

 もしキラが恨みから連合に敵対すれば、後々どれだけの被害を撒き散らすだろうか。そう考えると3人は目眩がしてくる。

 そもそも現状では、敵に回る必要すらない。

 キラを拘束した時点で既にアークエンジェルは追い込まれ始めている状況だ。

 これでジンを詰め込んだザフト艦2隻にでも遭遇すれば、もはや終わりは決定している。

 

 キラは、ほぼ敵だと判断できる。

 しかし敵と断じて動けば、先がない。

 

 民間人の中に居るコーディネーターは、いきなり顔を見せなくなるキラを不安に思うだろう。

 キラの友人達にも説明をしないといけない。

 

 格納庫からは、モビルスーツのOSでまた干渉する式が見つかったから、早くキラを会議から戻してくれと催促が来ているし、キラが手を付け始めていたオプションパックの装備の異種接続についても、やっと始まった所だ。

 それらのモビルスーツに不安があるならアークエンジェルの火力で戦わねばならないが、今度は残弾量の壁にぶつかる。

 

 デブリベルトを出た途端にキラの話と違って、ザフトの艦隊にでもぶつかれば危険だ。

 正直この宙域では時間をかけた航行になった。ザフトのボアズ要塞辺りから手が回ってくるには十分だろう。

 

 確実に安全圏に入るまでは、どう見ても、協力的なキラの力が必要だ。

 可能性の話ならば、それも覆しようのない事実だった。

 

《……どうする? 先に言っとくが、あいつが協力してくれなきゃ厳しいぜ。

 上手くザフトをすり抜けて、月へ行ける可能性に賭けてみるか?

 キラが言ってた、来ているかもしれない第8艦隊からの先遣隊、ってのに合流できれば、行けるかも分からんが……》

 

 特に、あのナスカ級に遭遇すれば危険だとフラガは言った。

 通常であれば、奪取した機体などは本国送りで終わる話だが、コーディネーターならあっという間に解析を済ませてデータを吸い出しているだろう。

 皮肉の利いているラウ・ル・クルーゼが指揮する隊ならば、解析済みの鹵獲機体の常時運用は確かにあり得る。

 

 キラはメッセージを送ったはずだが、相手がそれを受け入れるかはまた、別の話だ。

 

 対するには、キラに付き合って、こちらを引き回した責任を取ってくれる事に期待するのが、ベターだと思える。

 ただ、最終的には艦の責任者であるマリューとナタルの判断を尊重する、いざとなれば自分は全力を尽くすだけだ、と。

 

 ナタルは、仕方ないからと言って面倒事に手を出すのは、間違っていると繰り返した。

 

「ですから! 行ってからヤマトが明確に敵に回れば、それこそ取り返しがつかないでしょうっ!

 今ならまだザフトは側にはいないんです。ヤマト自身も拘束中です。どちらがより現実的か考えて下さい」

 

 ナタルとフラガはお互いに主張をするのだが、互いに自分の意見を否定して欲しいような感情が、どこかしら見えていた。

 それを見ながらマリューは無理もないと感じた。

 

 これまでのキラの働きから、少なくともブリッジクルーの面々は彼は味方だと判断し始めていたのだ。

 怪しい事は確かで根拠不明の主張をするのは参った所だが、24時間張り付けている保安部の者からは、妙な動きはない、との変わり映えしない報告が続いていたのだ。

 

 艦の防御力を高める為に、苦しいスクランブル待機をこなし、ナチュラル用OSを組み上げ、モビルスーツ装備の運用に悩んでいると、ブリッジのマリューやナタルを何度となく直接尋ねてくる姿を見せられれば、疑い続けるのは難しい。

 

「プラント側の人間だと思うのが、自然な気はするけれど……」

 

 マリューは月とオーブへの連絡こそしたが、所属する第8艦隊自体には……直接の上官であるハルバートン宛には連絡は入れてないのだ。

 にも関わらず、キラはそこからの救援が最も早いと言ってのけた。

 連合上層部の混乱か派閥争いかは知らないがそれを言い当て、ザフト側の動きも予見してみせる。

 プラント側の人間としてこちらを騙すつもりならば、連合の動きは話さないのではないか。

 

 マリューが考え込んでいると、ナタルもフラガも意見が出尽くしたのか、いつの間にかこちらを見ていた。

 決定をどうするのか、だろう。

 

「……バジルール少尉。正直な所を聞かせてちょうだい。キラ君との協力態勢をここで切って、ザフト艦と遭遇戦に入った場合、それを切り抜けられるかしら」

 

「哨戒部隊2隻までは何とか中破で撤収可能かと。それ以上は重大な被害が出る可能性が高いです。

 場合によっては戦死を覚悟でコードウェル、ケーニヒの2名を出撃させる事になります」

 

 後方支援をようやく出来るかどうか程度の者を、囮に使うと言う意味だ。それでも時間稼ぎができるかどうか。

 

「あのナスカ級が相手なら?」

 

「……」

 

 ナタルは答えられない。いや、答えは持っている。

 キラ抜きで、あのナスカ級に追撃をかけられた場合のシミュレーションは何度もやってきた。

 結果は100%の被撃沈だ。

 

 隠密性に優れるブリッツの奇襲を警戒している間に、大火力のバスターからの対艦攻撃に沈み。

 バスターを牽制している間に、万能なデュエルに不意を突かれエンジンかブリッジに被弾。

 デュエルを振り切ろうと弾幕を張っても、死神のような動きをするイージスが突っ込んで来る。

 速力で逃げれば舵の自由性がその分だけ減り、イージスの大口径砲撃やバスターの精密砲撃の餌食になって詰む。

 

 最低でも、フラガに、イージスともう1機は抑えてもらわねば逃げる事もできない。 

 そして一度でも艦に取り付かれればそこで終了だ。ブリッジにサーベル一発でケリがつく。

 3分以上持ったデータがない。

 

 1隻相手でこれだ。

 さらに別の艦にでも来られれば、後はもう降伏くらいしかやれる事がないのだが……プラント穏健派はともかく、強硬派に属する連中相手では恐ろしい事に国際条約が通じない時がある。

 投降しても命の保証がないのだ。

 

 キラの友人、アスラン・ザラとやらは、プラント強硬派の有力者パトリック・ザラ氏の子息だという。

 悪条件が重なっている。

 

「……フラガ大尉にお願いするしか」

 

《1対4以上か。やるだけやってみるけどよ。……その時はトールとアサギは出さないでやってくれるか?》

 

 キラの友人どうこうは別として、勝てるイメージが湧かないとフラガは返した。数分の時間を稼ぐのが精一杯だろうと。だから、そうなったら自分を置いて逃げろ、と。

 

 フラガがパイロットとして弱いのではない。むしろ連合が用意できるパイロットの中では屈指の存在だ。

 コーディネーターに正面から勝てる見事な才能の持ち主である。

 だが1機で4機の同レベル機体を相手に、防御戦闘をやってくれというのは無茶にすぎる要求だ。

 

 やってしまうキラがおかしいのだ。

 

 マリューに聞かれずとも二人とも分かっている。

 あの強さには全ての疑念を押し切る物がある。そして今はとにかく、それを当てにせざるを得ない。

 

「キラ君はメッセージを送った筈ですが、それは効果を発揮してくれるんでしょうか?」

 

《何とも言えないな、そう祈るしかない。向こうには立場があるだろうからな……》

 

 キラが友人に送ったメッセージ……それに期待をしてみるか?

 いや、むしろそれが敵を呼び込む元凶になるのではないか? ナタルはそう考えてみた。

 予定航路を書いておき、その通りにアークエンジェルを進ませる……あまりにありえそうで、さすがに頭を振る。

 内容は確認したが、それはキラからの自己申告の物だ。

 出撃前のタイミングが重なり、誰も送った文面のオリジナルを見れていない。

 

 キラ自身、内容は慌てて書いたと言っていた。正しく、止まってくれという内容だったとしても、それが効果を発揮するかはやはり分からない。

 評議員の子息が、敵対している相手のメッセージで止まれば問題だろうとは、こちらでも分かる。

 期待をして近づいてみるには危険すぎた。

 

 追い詰められた指揮官達はついに黙ってしまった。

 

 一言、一言でいい。

 キラが、根拠はある、自分はどこそこの勢力に所属する人間で、こういう目的があり、その為に貴方達を援護していると。自分の意見を取り入れてくれれば、アークエンジェルを逃がせる道があると。

 どれか一つでも言ってくれれば。

 少なくとも乗員の命の保証はすると。

 嘘でもいいからそう言ってくれれば、多分ナタルですら傾きかねない。

 彼らも必死なのだ。

 

 押し黙る彼らの元にブリッジから報告が入る。

 10分に一度と伝えておいた定時連絡だ。ノイマンから異常無しとの声が響く。

 マリューは何とか平静を装い、もうすぐ戻ると返した。

 あまり艦長席を空けておくべきではない。結論を出さねばならない。

 マリューは迷いを含みながらも言った。

 

「…………離脱しましょう。デブリベルトを出て、全速で突破します」

 

 顔を歪めながら発せられた言葉は、否だった。

 ユニウスセブンには、やはり向かわない。マリューは疲れたようにそう決定した。

 

 ザフトがいれば、まずキラは出す事になるだろう。

 しかしモビルスーツに乗せたキラが敵に回ればどうしようもない。なら、始めから乗せない状況にするしかない。

 キラは拘束。ザフトの哨戒網は上手くすり抜け、遭遇しても逃げられるように、何とかするしかない。

 

 フラガもナタルもそれしかないか、といった反応だ。

 最も、マリューがどちらを選んでも大して変わらない反応になっただろう。

 話すマリューが、別の選択肢に未練を残しているのだ。

 

 だがとにかく決定したのだから動かねばならない。

 マリューはブリッジへ戻るために席を立ち、フラガは警戒に戻ろうと通信をカットしかける。

 

 ナタルは艦内各部への状況確認に回ってから、休息に入る予定だ。その予定だが。

 

「……ラミアス艦長。私にもう一度、ヤマトと話す許可を頂けませんか?」

 

 マリューとフラガは、ナタルが放った言葉に戸惑った。 抗議も異論も遠慮しない彼女だが、決定が下った後にそれを阻害、覆しかねない言動をする事はあまりない。

 

「バジルール少尉……?」

 

「別に味方をしてみようというのではありません。

 遅かれ早かれ、ユニウスセブンに向かわない事は分かるでしょう。

 拘束は決定したのですから、独房からは出しません。ですが、せめて伝えようかと思います」

 

 ついでに、それを聞いて動揺してくれれば何か分かるかもしれないと、ナタルは言った。

 

《待った。それなら俺が……》

 

「お二人は勤務中です。

 失礼ですが、ラミアス艦長もフラガ大尉もヤマトに好意的な面があります。向こうもそれにつけ込んでいる節が無いではありません。

 ここは私が出向くのがちょうどいいかと」

 

 不確実な情報による推論と、予測からの判断はやはり怖い。何も分からないかもしれないが、何か分かるかもしれない。

 二人が側にいなければ、キラの態度も良くも悪くも変わるかもしれない。ナタルはそう主張した。

 

《……あー、少尉。いきなり射殺とかは止めといてくれよ? どうせやられんなら、せめて俺も一発殴ってからだ》

 

「善処します。ラミアス艦長は如何ですか?」

 

 フラガからは冗談混じりに賛成が出た。後は……

 

「ナタル……自分から選択肢を減らすような真似はしないと、約束してくれるかしら?」

 

 よほどの話の流れでも命は奪うなと。

 ナタルはそれに、キラの態度次第だと答えた。

 

 大切なのは、この二人が同行しない事だ。

 規定違反ではあるが、これからやる事をそう考えていた。

 

 

 







がっつり書こうと思ったら全然、まとまらない。
どんだけ省略してんだ俺は……。


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不器用な逆行者 1

 

 数日ぶりの拘束。

 独房に入れられたキラは、ベッドに腰を下ろし、そして肩を落としていた。

 また拘束された事にではない。

 自分のやり方の拙さにだ。

 そしてそれを、改めて指摘されている最中だった。

 

「なあヤマトよぉ。どんな事情があるかは知らないが。あんな言い方じゃ駄目だと思うぜ?」

 

「少し勝手すぎるな」

 

 檻越しにそう声をかけてくるのは、2人の保安部員だった。

 彼らは、キラがへリオポリスで独房に入れられた時の見張りであり、アスランにメッセージを送るのはどうかと提案してくれた二人でもある。

 アークエンジェル内でも、よく顔を合わるようになった者達。……記憶にあるよりも親しい、という言い方は妙だが、とにかく顔馴染みになってきた相手だった。

 

 本来、監視対象とこのような会話をする関係はあり得ない。しかしキラが妙な真似を何もしないために、退屈をもて余した結果だった。

 

 保安部も最初の内は最低4名から6名を、キラに張り付ける態勢を取っていた。

 実弾を装填した銃や防弾ベストに電磁警棒、閃光手榴弾やガス弾まで完全装備して、常に一部の隙も作らぬ勢いだった。

 しかしその内に「……スクランブル待機でモビルスーツに乗せる人間を、艦内でここまで警戒をして意味があるのか?」となり。

 

 他部署の忙しさもあって1人が他のシフトに回り、2人が他の部署に回り。

 実弾から電気銃になり、防弾ベストは重いと嫌がられ始め。最終的にゴムスタン装填の装備を持つ2名だけになったのが、今の監視態勢だった。

 

 その2名とて、格納庫で、食堂で、ブリーフィングルームで毎日キラと行動して見ているだけである。

 キラが艦外でのスクランブル待機に入っている間、それが彼らの休息時だが、仕事は暇になりすぎた。

 

 人手が足りない格納庫でのちょっとした雑務を手伝い始め、フラガの新米達への訓練指導を片手間に補佐。

 何ならキラへの兵士教育にも口を出し始めるくらいに暇だった。

 二人だけの雑談には遂に飽きがきて、キラにも話しかけ始めるのに、時間はかからなかったのだ。

 

「すみません。迷惑をかけて」 

 

 キラはその二人から先程の態度の失策を指摘されて、項垂れていたのだ。

 

「別に。仕事だからなぁ」

 

「謝るくらいなら、教えてくれた方がありがたい」

 

 艦の指揮に直接的な関係がない分、彼らの意見は客観的だった。

 最初の頃の刺々しさもそれほど強くはなく、ただ事実を話しているような態度だ。

 だからキラの方も、余計な感情が挟まる事なく話を聞けていた。

 

 教えてくれた方がありがたい、全くその通りだろう。マリュー達もそう思っているはずだ、と。

 

 しかし、何と言うべきだったのか。

 内容ではなく……内容もそうなのだろうが、姿勢の問題が大きいのだとは思う。

 事態をコントロールしておきたい、とまでは言い過ぎだが、自分の行動による影響を最小限に、と考えたのは否定できない。

 

 それがマリュー達にとって許容できない話だったのだろう。むしろ抑えてもらっていた疑惑を、抑えきれなくなってしまったか。

 やはり無理だろうか。ユニウスセブンへ行ってもらうのは諦めるべきか。

 キラの思考は堂々巡りをする。

 

 どうするか。

 

 アークエンジェルに同行して守るつもりだ。当然今後も。だが、少しは積んだと思った信用が先程のやり取りで揺らいだと思える。

 こちらからの協力は、もう拒否されるかもしれない。

 

 やはり話すべきなのか。あり得そうな身分でも作って。

 カガリとの縁を頼って、アスハ家の人間が無難だろうか? 

 しかしアスハ家ではオーブ政府との関わりをこちらから作る事になる。通信が確保されたら確認が入るだろう。

 そこで「違う」と言われれば、次はもっと不信感を抱かれる。後々のオーブに対する連合からの干渉も酷くなるかもしれない。

 

 キラが記憶を頼りに、どう動くのがいいかと床を見ながら悩んでいると、遠慮がちに声がかかった。

 

「なあヤマト。お前さ、シーゲル・クラインの部下なのか? ……プラントの穏健派なのか?」

 

 違う。と今まで通りに返しそうになったが、キラはふと気付く。

 

 その説明は……もしかして近いのではないか?

 今の段階では関わりはないが、未来ではラクスと一緒に居たのだ。そうと言えなくもない。

 それに、それならば経験した立ち位置だ。少しは自然に振る舞えるだろうか?

 

 しかし、それも結局は自分の首を締めるのでは、とも思えてしまう。

 いや、自分だけならば構わないのか?

 疑われるとしても、ザフトではなくプラントの、と言えばアークエンジェルには確認のしようが無いのではないか?

 

 事情を知っていそうな立場に納得してくれるのであれば、そうしてみるか? ……では、ラクスやその父シーゲル氏、さらに本物のプラント穏健派に被害が及べばどうする。

 キラは、その説明の後を想定してみる。

 

 立場としては、これから自分がやる事には悪くない気がする。プラント側の動きを知っている理由として適当だろう。

 しかし、現プラント評議会議長の部下と明言するのは、危険かもしれない。アークエンジェルを追う敵方の中枢とも言える立場だ。

 アークエンジェルを守るどころか、そのまま射殺される事も考えられる。

 やるとしたらその場合は、部下ではなく協力者、程度か? クライン議長とは近いがまた少し違う和平派、だろうか?

 

 キラはどう返答するかを数秒考えてしまった後に、答えるのが遅くなった自分に気付いた。

 

 二人が、やっぱりそうなのか? と言いたげな目をしていた。

 ただ、そこには敵意などはあまり見えず、納得と困惑が混ざったような複雑な感情が出ていた。

 

 だからキラは慌てる前に、否定の言葉を返す前に聞く事が出来たのだろう。

 

「……お二人は、言っても信じてもらえないって思ったら、どうしますか?」と。

 

 それを聞いた二人は呆れたように大きなため息をついた。

 

「……お前、そんな怪しい身元なのかよ。……分かった、あれだろ。穏健派の、過激派なんだろ? クライン様の為にーとか」

 

「後は革命家か? プラントを乗っ取るつもりの革命家と見た。それだな」

 

 真面目半分、冗談半分。そしてキラへの控えめな慰めがほんの少し混ざった追求。

 キラは苦笑いだ。否定したいが……未来ではそれに近い形で断罪された身だ。一瞬どきりとした。

 

「なあヤマト。聞いてもいいか? ……シーゲル・クラインは、何でニュートロン・ジャマーなんて落としたんだ?」

 

「何で……?」

 

 いきなり聞かれた内容にキラは戸惑った。

 何で自分に聞くのか? とのキラの反応を、男は消極的な受け入れと勘違いしたらしい。

 

「いや、聞いてみたかったんだ。何であんな凶悪な物を落としたのかってよ。……ユニウスセブンの事は、俺も気の毒とは思う。けど、だからってあれは……。ニュートロン・ジャマーはやりすぎだ。

 お陰で地球はボロボロ。プラントは戦争じゃなく殺戮をやったんだ」

 

「それを、ヤマトに言っても仕方ないだろ」

 

「だから責めてる訳じゃねえよ。聞いてみたいんだよ。

 何を考えてあそこまでやったのか。

 核への報復でやった事なのか、それとも本当にナチュラルを死滅させようと思っているのか」

 

 同僚が咎めるのにも負けず、彼は疑問をぶつけてきた。そこには悪意も偏見もない。ただの疑問しかない。

 

 どうやら明確に否定しなかった事でクライン派だと思われてしまったらしいが……聞かれても、困る。

 自分がそれを聞けた事はない、ラクスにも聞いた事がない。憶測で勝手に話していい事でもないだろう。

 キラは静かに首を振った。

 

「そっか。まあ言える訳もねーか」

 

 キラは、残念そうに退いてくれた相手に、申し訳ないと思ってつい言い訳をしてしまう。

 

 シーゲル・クラインさんにそういう事を聞けた事がなくて、と。

 

 解釈の違いや、言葉の選びを間違ったとは弁明の出来ない言葉、シーゲル・クラインを知っていると捉えられる言葉を。

 

「会った事は、やっぱりあんのか……どんな男なんだ? 危険な思想の持ち主なのか?  ナチュラルなんか皆殺しにしちまえって」

 

 キラは不用意な発言だったとは思いつつも、自分が知る限りはそうではないとだけ、返した。

 答えを欲する彼からは恨みを感じる、だがそれ以上に、何故? の方が強く感じられた為だ。

 

 だからキラも答えてしまった。

 少なくとも娘のラクス・クラインはそういった思想を持っていない、それをシーゲル・クラインが咎めた所も見えなかった。と。

 

 しかし、それを聞いて顔をしかめるのは、もう一人の方だ。

 

「……10億殺しの男も、家じゃただの親かよ」

 

 そこには憎しみというよりは、嫉妬か怒りと思える物が強く出ている。

 

「ニュートロンジャマーで、誰か……?」

 

 キラの少し無神経な質問に彼らは苦笑して答えた。あれで人生や家族を少しも狂わされていない奴がいるなら、幸運な事だと。

 キラは申し訳ないと自身の不明を詫びた。

 

「お前のせいって訳じゃねえよ。

 ただ、コーディネーターはともかく、悪いけどプラントはやっぱり怖えな。とんでもなくヤバい奴がいたりする。

 ナチュラルを虫みてえに見てたりするからな」

 

「地球連合軍の後方をぶち壊そうっていうなら、効果的な一撃だったとは思う。

 その結果としちゃ正直、今さらシーゲル・クラインが和平を言ってきてもな……って感情もあるのは覚えておいてくれ」

 

 本来はこういう事を変えるべきだったのか、とキラは感じた。自分が願うだけでは戦争は無くならない訳だ。

 こういう事を変えていかなくてはならない……のか。

 やるべき事が大きすぎ、多すぎる。

 本当に自分の力で何とか出来るのか。

 

 うつむいて考え込むキラの耳に、保安部の二人が慌てて向きを変え、靴を鳴らし敬礼する音が響いてきた。

 

 いつの間にかナタル・バジルールが姿を現して、彼らを見つめていた。

 

 

 

 雑談と言うには、踏み込みすぎている内容の話をしてしまっていた保安部の二人。彼らはナタルの姿を見てかしこまり、処罰を覚悟した。

 だが、ナタルは何も言わずに彼らから鍵を預かると、二人を拘禁区画の入り口まで下がらせての待機を命じた。

 不審者が通った場合のみ撃て、と。それだけだ。

 

 まさかナタルの方から来てくれると思っていなかったキラは、ありがたいと言葉を探した。

 しかし言葉を発する前に彼女の行動に驚いた。

 ナタルが檻の鍵を開けて、中へ入ってきたのだ。

 銃を携帯しているがホルスターに収まっている。おまけに檻の鍵をかけ直さない……彼女らしくない不用意さだ。

 

 いつもとは雰囲気が違う。

 それを感じ取りキラは、自分の射殺が決まったのかと考えたのだが、ナタルは断りを入れてから椅子に座り、黙ったままだった。

 

 互いに無言。

 

 一つの独房の中でベッドに腰掛けるキラと、椅子に座るナタル。二人は向かい合って座っているだけだ。

 睨む事もなく、殺意を見せる訳ではなく、腹の探り合いをするのでもない。

 ただ座っているだけだ。

 

 キラには、ナタルは自分から何かを話すつもりはないと見えた。

 では、こちらの話を聞いてくれる気なのかと思い、話そうとするのだが、上手く言葉が出ない。

 自分から話を始めるという事はつまり、これから彼女を騙す形になる……そう思えてしまうのだ。

 どうしても、それは違うのではないか? と、考えてしまう。

 

 プラントの和平派だと、どうやって切り出すか。

 いざナタルを前にすると、どう言ってみても不自然なのでは、と感じてしまう。頭の中で考える言葉はどれも違う気がした。

 信じてくれも違う。敵ではないも伝わらない。

 ナタル・バジルールという人間が、きちんと納得するに値するだけの、理由が必要だ。

 

 一方のナタルは、半ばキラを射殺するつもりでここに居た。マリューにもフラガにも釘は刺されているが、彼女はキラをここで排除するつもりだった。

 しかし、自分がキラを撃つのではない。

 

 ナタルはこれからキラに撃たれる覚悟でここに来たのだ。

 自分が撃たれて見せれば、軍人にあるまじき甘さを持つ上官達も、キラを排除せざるを得ないとの考えだった。

 

 キラは独房に入ってきた自分を見て驚きはしたが、まだ何の動きも見せなかった。

 何度も口を開こうと顔を上げては、迷ったように床に視線を戻してしまう。……まだ口先で何とかなると思っているのだろうか。

 

 だが、キラから感じる苦悩は本物だ。演技や技術とは違う気がする。

 それは、この静かな空間の冷たさと相まって、ナタルに少しの罪悪感を持たらした。

 ナタルは自分に言い聞かせた。厳しい目を崩すな、と。

 キラの行動が嘘かどうかはこれから分かる。

 

 死への恐怖はもちろんある、しかし、これは将校としてやらねばならない事だ。責任があるのだ。

 民間人を戦場に連れ回し続ける訳にはいかない。アークエンジェルの月への即時離脱は正しい。

 だからナタルは言った。

 

「アークエンジェルはユニウスセブンに向かわない、先程それが決定した」

 

 それを伝えに来たと。

 

 拒否の言葉だ。

 キラは顔を上げずに黙って聞いていた。聞こえたはずだ。

 ナタルの心臓の鼓動が早まる。目の前には恐るべきコーディネーターが居る。今さっき見張りの者と話していた。

 プラントのトップを知っていると、そう言ったのだ。

 保安部の者を懐柔しようとしていたのか……危うい所だった。

 

 だがここまでだ。

 後はキラに甘いあの二人に、明確に判断できる物を示してやれば決着がつく。

 敵である目の前の少年は、今の自分の言葉を聞いて反応を返すはずだ。

 

 自分がもはやこの艦に居る意味がなく、脅威と判断されたと考え、脱出を決行するはずだ。

 その際に自分を撃つか、人質にでもするはずだ。

 それで構わない。

 そこまでやればキラを信じる者は居ないだろう。

 キラの意見がアークエンジェルにとって、間違っている物だという証明になる。

 自分一人の命で艦を守れるなら差し引きとしては十分だ。そう思っていた、のだが。

 

 キラは動きを見せなかった。

 

 予想に反して鈍い動きだ。いや、動きも見えない。キラは黙って下を向いたままだ。

 まさか聞こえなかったのか? ナタルは緊張で手のひらに汗を感じた。

 

 何故動かない。何故? クライン派のはずだ。プラントの工作員だろう、アークエンジェルをミスリードさせるのが目的の。さっき言ったではないか。

 どうした? 見張りは遠くだ。

 私の力では貴様を抑えられんぞ。銃は見えているだろう。鍵は空いている、脱出をしろ。私を撃て、敵と証明してみせろ。

 何故動かない。

 

 ナタルがキラの挙動に思わず集中する。キラの口元が動いた気がした、いや、動いた。来る。

 何を喋る。ならこの艦は用済みだ、か。それとも、人の忠告を無視して、か。その後に私から銃を奪って……。

 

 

「……そう、ですね。それが良いと思います。済みませんでした、混乱させてしまって」

 

 

 終わりか……そう思い、身を固くしていたナタルに返ってきた反応は、キラからの謝罪だった。

 キラは動きもせず、下を向いたままアークエンジェルの航路に迷いをもたらした事を謝罪してきた。

 

「デブリベルトからの離脱は正しいと思います。無茶を言って本当に済みませんでした」

 

 

 予想外だった。

 ナタルの予想に反してキラは動かなかった、それどころかアークエンジェルの航路に消極的ながらも賛意を示してきた。

 

 違う。そうではないだろう。

 それは貴様のやるべき事ではない。聞こえなかったのか? ユニウスセブンへ向かわないと言ったんだ。

 

 混乱し始めるナタルにキラは続ける。

 バジルール少尉。一つお願いしたい事が、と

 

「さっき言った先遣隊なんですが、フレイのお父さんがいるかも知れません。

 大西洋連邦のジョージ・アルスター外務次官です。

 危険だと思いますので、戻るか、せめてザフトとの遭遇に十分な警戒をして欲しいと伝えてくれませんか?」

 

 民間人に居るフレイ・アルスターという少女の父親、大西洋連邦の要職にあるその人が、娘可愛さに無茶をするかも知れないから、警告をして戻すか、逆に速やかに合流して防御をできるようにして欲しいと。

 

 そう言われた瞬間、ナタルは立ち上がり銃を抜いた。

 

「何者なんだお前は!」

 

 

 

 

 向けられた銃口を見てキラは思った。本気だ。

 ナタルは脅しのつもりで銃を構えていない。引き金はもう絞られている。

 これから一つ二つ先、その受け答え次第では本気で撃つつもりだろう。疑心が目に宿っている。

 自分はナタルをそこまで追い詰めていたのかと思ったが、同時に、まったく唐突にキラは気付いた。

 

 ナタル・バジルールも苦しんでいる。

 

 自分のような人間からは、いつも冷静であり賢い人なんだと見えた彼女は、冷静である事を心掛けていただけだったのか、と。

 この人も自分なりに責任を果たそうとしているだけだ。マリューや、フラガと同じだ。

 違うのは弱音を表に出さなかった事だけだ。だったら、これは当然の事だ。

 

 キラは、ナタルの怒りは正当な物だと感じた。

 

 把握する限り、現在アークエンジェルの状況は切り抜けた時の物とそう変わりはないはずだ。

 ユニウスセブンに行かないのなら、おそらく余裕を持って離脱できると思う。

 

 しかし、今のアークエンジェルの混乱、その発端は敵かもしれない自分のせいだ。

 クルーに納得のいかない感情が生まれるのは当然で、だったらそれは自分が受け止めるべきと感じるのだ。

 出来るなら答えを返して、不安を和らげたいが……。

 

 過去に戻って来たからと言っても、今のナタルには逆効果だとしか思えない。

 何故過去に戻れたのかと問われれば、自分には分からないとしか言いようがないからだ。

 それは多分、またナタルを追い詰める。

 できそうな事は、黙るか、騙すか。それとも。

 

 ならばと、キラは続けた。

 ここに至っては小手先で何を言っても意味は無いだろう。自分は失敗したのだ。

 終わるのなら、せめて先を伝えておきたい。

 

 記憶を頼りにアークエンジェルの今後を伝えていく。

 

 先遣隊との合流は上手く行くと思う。ザフトには会わないはずだ。

 ただ、タイミングが分からないから、油断はしないで欲しい。第8艦隊との合流はできると思う。

 しかし、その後にザフトの攻撃を受けるかも知れない。

 アークエンジェルにはアラスカから命令が……そこまで話をした所でナタルに遮られた。

 

 それも根拠は無いのだろう、と。

 

「確実ではない情報をよくもそこまで話せる物だな……」

 

「どうしても可能性の一つとしか言えなくて、でもバジルール少尉ならこの情報を元に色々……」

 

「だったら確実ではない情報で貴様は動くのか! 沢山の人間の命がかかっている状況で! さっき自分で言っていただろう! クライン議長を知っていると! 敵だと言った相手の話で誰が動くというんだ!」

 

 その通りだ。

 恐らくそうなるであろう記憶頼りの話。未来の話だ。

 保証が無いと言われてしまえばそこで終わりだ。

 

 アルテミスは実際違った。

 デブリベルトでも海賊なんて遭遇するとは思わなかった。ジャンク屋だってそうだ。

 そして、これからも違うかもしれない。

 話した内容と違う事が起こる度に、自分は信用を失っていくだろう。

 

 では駄目なのか。言って混乱させるだけならば黙っているべきか。

 信用がない、根拠を話せない。人の命がかかっている、未来から戻ってきたなど信じてくれるのか。

 黙っているべきなのか。

 

 キラは頭を振る。

 だから。だからそれではまた同じだ。意味がないのだ、今ここにいる意味が。諦めるな、まだ。

 まだ死んでいない、口下手だろうがなんだろうが言葉を尽くさなくては。まだ諦める訳にはいかないのだ。

 

「バジルール少尉は……自分の判断で、たくさんの人の命が左右されるとしたら。どうしますか」

 

 ナタルは答えない。それこそ今味わっている所だと言いたげだ。銃口を向けたままキラの話の続きを促してくる。

 

「僕の立場は、不安定と言えばいいのか、厳密には所属が無いんです。……オーブの国籍はありますが、それは僕の行動にあまり関係がありません」

 

「……第3勢力は否定したと思ったが。さっきのは嘘か」

 

「プラントの和平派と言うのは間違ってないと思います」

 

 ナタルの構えた銃は一切ぶれない。

 キラは自分の話が終わるか、自分の命が終わるかの、どちらかになるかな。そう感じた。

 それでも口は止めない。

 

「この戦争を何とか終わらせたいと考えています。それが僕の目的です」

 

 言った。

 ナタルは無言だ。少なくともまだ撃っては来なかった。

 

 

 ナタルは今のキラの言葉を、口の中で繰り返した。

 戦争を終わらせる。終わらせる? 

 今、そう言ったか?

 目的は戦争終結。やはりプラント和平派か? その為に動いていたか?

 だが、一人の工作員が話すにはあまりに人間臭い言葉だ。言ってしまえば夢物語を言っているに近いが……。

 

 いや、初めてキラが自分の事を話している。チャンスだ。幾つもの疑問が浮かんでくる。話してもらおうではないか。

 

「何とかとは? 具体的にどうするつもりだ?」

 

 

「ニュートロンジャマーの効果を打ち消す物が出来上がります。おそらく年内には」

 

 

 一瞬。ナタルは何を言われたのか分からなかった。

 

 地球全土の地中深くにダミーと共にばらまかれ、もはや回収不能のプラント戦略兵器。

 ニュートロンジャマー。

 

 自由中性子の運動を阻害して、全ての核分裂を抑制する地球混乱の元凶。

 核やそれに類する兵器、原子力発電を使用不可能にし、深刻なエネルギー不足と飢餓をもたらした凶悪な兵器。

 地熱を利用して稼働するために、半永久的に効果を発揮するとまで言われている呪いのような代物だ。

 

 それの効果を打ち消す物だと?

 

「連合が……?」

 

 思わず聞き返したナタルの質問に、キラは首を振った。 プラント側が開発を進めているとナタルの疑問を否定する。

 ナタルの目がほんの少しだけ泳いだ。

 キラの話と言えども、さすがに出任せとするには話が大きすぎた。

 

 プラントがそんな物を? ……年内? 

 いや、これも嘘か? そうに決まっている。混乱させる為の。そんな物がそう簡単に……だが、万が一本当だったら。

 

「今すぐは無理ですが、理論としては既に出来上がっているのかもしれません……それが連合に流出します」

 

 連合に流出する? 馬鹿な!

 

 ナタルは我を取り戻す。そんなに機密があちこちで流出などする物か。

 

「また貴様は……! プラントが開発するなら何故連合に流出する! そんな物が本当に出来るのなら切り札どころか……!」

 

「それを望む人達がいるからです」

 

 連合はそれを元に、運用可能になった核を使用して攻撃を。

 ザフトは連合の使う核を大義名分として、建造中のガンマ線兵器を反撃に使う。

 戦略兵器の応酬が始まると、キラは話した。

 目標はプラントと地球だと。お互いが大量破壊兵器を撃ち合うと。そう言った。

 

「地球が焼かれると言いたいのか? そんな物を本当に地球に撃ち込むと?」

 

 ナタルは思わず考えてしまう。ニュートロンジャマーの効果を打ち消す技術。

 更にガンマ線兵器。連合とザフトの戦略兵器の応酬。

 それでは絶滅戦争だ。

 あり得るのか? あり得る訳が……。

 

 いや、可能性は……あり得る。むしろ高いのではないか? ナタルは予想できてしまう。

 

 プラントの対ナチュラル戦に対する姿勢はある種自殺的にまで過激だ。

 開戦前から今に至るまで、後を考えているか疑わしいやり方は自爆テロに近いとすら言える。

 ナチュラルや地球が死滅などすれば、彼らも無事には済まないはずなのに、全く考慮してない面が見え隠れする事が多々あるのだ。

 

 もう一度連合に核を撃たせて、傾きつつある世論をプラントに味方させ、なし崩しでガンマ線兵器を撃つ……。

 無茶苦茶だ。

 だが絶対にない、とは言えない。穏健派はともかく強硬派ならやりかねない。

 

 地球の反プラント感情も今は激烈だ。

 この戦争に負ければプラントは、比喩ではなく全員殺されかねないレベルの事をやって来た結果だ。

 死なばもろともで地球もナチュラルも死滅させてやる……そう考える者は居るかもしれない。

 

 ナタルの背筋が粟立った。何て事だ。キラの話が事実だと証明できる根拠は無い。

 

 しかし嘘だと証明できる根拠も無いのだ。

 

 事実なのか? まさか本当なのか?

 出任せと断じて撃ってしまうには、あまりにも内容が危険すぎる。

 

 銃口はいつの間にか下がっていた。

 

「……どうやって」

 

 止めるというのか。

 それが事実だとして何故、ここに居る? アークエンジェルに乗り込んでそれをどうやって止める。

 そこまで言えるのならプラント中枢に行くか、もしくは連合のアラスカ総司令部に行くべきではないのか?

 何故ここに? 何故アークエンジェルに乗っている?

 

「それは…………その、プラントの和平派を……助ける為と言うか……。アークエンジェルに乗っていると、都合が良いんです。

 色々な所に居る和平派、えと穏健派でしょうか。その人達と会うのに……そう思ってもらえれば……」

 

 これまでとは違い、またかなりの詰まりを見せるキラだが、衝撃が抜けきらないナタルは気にしていられない。

 それより聞かねばならない事が他にある。

 

「クライン氏からの命令ではないのか? 貴様はクライン議長派の人間だと思ったが」

 

「……クラインさんの命令と言うよりは、ラクスを……いえ、今は違うんですが。いや、違わないとも言えるんですけど。

 とにかく……ラクス・クラインはプラント市民に人気があります。彼女に穏健派の代表になって欲しいと考えている人間だと思ってもらえれば、それが近いと思います」

 

 ナタルは、どこかで気が抜けていく自分に気が付いていた。

 話してくれた。

 これが事実かは分からないが、とにかく聞き出せた。

 激しく困惑してはいるが、所属も目的も聞き出した。事実かは分からないが、とにかく聞けたのだ。

 想像を遥かに超える内容に衝撃が酷いが、とにかく。

 だが、まだだ。

 

「お前は、何でそんな事を知っている? 何故それを言える? ここで言ってどうする気なんだ」

 

「……力を貸して欲しいんです」

 

 何を馬鹿な事を……助けて欲しいのはこちらの方だ。

 むしろあれだけの力があって、それほどの情報を手に入れられる立場ならば。

 工作員というより、どこかの情報部の要職にあると言われなければ納得はし難い。

 そんな相手に何をやれと?

 

 これまでとは別の意味での不信が出てきたナタルに、キラは言った。

 ゆっくりと息をはいてから言った。

 

「……未来を知っていると言ったら、信じてくれますか?」

 

 

 



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不器用な逆行者 2

今回はかなり疲れる話です。ゆっくりお読み下さい。


 

 

 何の冗談だ。

 またこちらを混乱させて切り抜ける気か。

 

 そう言いかけてナタルは思い留まった。

 キラの表情は真剣だ。

 苦悩と恐怖と、色々な物が混ざった顔。相手に何かを訴える目の色をしている。

 嘘だと切り捨てるには躊躇いを覚える何かがあった。

 

 それに心を動かされた訳ではない、そうではないが。

 ナタルは今の言葉の意味を考えてしまう。

 知っている、とはどういう事か?

 

 いいだろう、どうせ向き合うつもりで来たのだ。

 相手をしてやる。……未来を知っていると言ったな。

 まさか予知だのと言った、そういう類いの話ではあるまい。

 だとすれば。

 

「……今後の作戦や政治的な方針を、という意味か?」

 

 単純に考えれば、プラント中枢の戦略方針を知っていると判断するのが妥当だが……。

 または、機密と共に送り出されてきたプラント和平派か。

 それにしては、カバーしている情報の範囲が広すぎ、重大すぎ、曖昧すぎはしないか。

 キラに対しての支援が見えないのは何故だ。

 まさかこれほどの情報を持たせておいて単独行動なのか? それとも学生達が実は協力者なのか。

 考えられる可能性は他には……。

 

 ナタルがキラの意見を肯定する論を探してみるのは、彼女も苦しいからだ。アークエンジェルの状況は忘れていない。

 可能であるのなら、敵を抱えたくないのは同じだ。

 

 ただ、いかに優秀な彼女と言えども想定外の事はある。

 現実的な面からキラの言葉を理解しようと努めるが、まさか言葉そのままの意味で正しいのだと思い至る事は、さすがにできなかった。

 

 そのナタルの疑問はキラも分かっているのだ。

 キラが自分自身の状況に抱いている疑問と、半分は通じるはずなのだから。

 だから、何とか答えようとするのだが、難題を前に言葉が出ない。説明を考えると、説明できない矛盾点が幾らでも出てくる。

 

 言わなくては、分かってもらおう、何とか伝えなくては。

 そう思えば思う程に言葉を選んでしまい、結果、良くないとは思いながらも言える事が少なくなってしまう。

 その態度が新しい疑念を呼ぶのを分かっていてもだ。

 

「……ある意味では似てるのかもしれませんが、そうではなくて。そう言った物ではなくて……。

 どちらかというと、作戦的な方針を知っているというのが近い……とは思います。それも限定的な物で……」

 

 そこまで言った所でキラは、そうじゃないと自分の言葉を否定した。違う、そうじゃなくて……と。力無く下を向いてしまった。そうじゃないんです、と。

 

 ナタルは、キラが何を困っているのか分からなかった。

 キラは両手を組んで、きつく握り締めている。

 話せないのなら、それで構わない。

 それを隠したいと言うなら、その後を覚悟しているなら、何をいつまで隠そうと構わない。

 

 最後には射殺されようが隠すのはキラの自由だ。

 

 だが話したいと言うなら、こちらは聞くと言っている。事情を考慮するとも。何度も伝えた。

 そしてキラはもう話したのだ。事実かどうかは別として、あれだけの事を。

 あれだけ話した後で何を躊躇うのか。

 ナタルは面白くない感情を抱くが、爆発するのは抑えた。

 

「では、貴様の話を事実と証明する物は? 知っている内容が実行に移されるという根拠は?」

 

 キラの口振りからすれば、隠しているのは情報の入手経路に関わる事だろうとナタルは推測した。それで多分当たっているはずと。

 しかし、それがどうした?

 それが対ニュートロンジャマー兵器や、ガンマ線兵器、それ以上の機密になるとでも言うのか?

 

 情報の入手方法が、例えば非合法な方法だったのかもしれない。

 暴力を含む直接的な方法、ハッキング、情報の入手時に人を殺めた、実は本当は連合からの工作員で話せない。そんな事があったのかも、またはあるのかもしれない。

 

 しかしだ。そのいずれか、仮に全てだとしても、それがどうしたと言うのだ。

 内容に比べればその程度。

 どう考えても重要度は逆だろう。キラが情報の入手経路を晒す事を、ここで躊躇う理由が分からない。

 本人に目的があるのならば、ここで終わるのか、まだ望みを繋ぐかの瀬戸際なのだ。

 

 それでも本人には大切な事なのかと思い、キラがそれを話す覚悟を決めるのに少しだけ待った。

 待ってやろうと思った。質問に対する返答を少しだけ待ったのだ。

 しかしキラは無言だ、言葉を選んでいる。話したいが話せない、そんな態度。

 

 また少し、ナタルの怒りが募る。

 時間は無限ではないのだ。かといって拷問などは考えていない。

 多少は協力的になった。

 話をしやすいように誘導してやるような質問をしていけば、その内に矛盾点なり何なりが見つかるだろう。そう判断した。

 

「そこは黙秘か。では、貴様はその入手経路不明の、独自の情報に基づいて動いているということか?

 操縦技能についてはどう説明する? あの動きは経験者にしかできない物だ。

 どこかの組織に属し、正式に訓練を受け、そこから随時情報支援を受けていると考える方が自然に思える。所属が無いとは信じがたい」

 

 ナタルは信じがたいとは言ってはみたが、キラが単独行動をしている可能性はあると感じていた。

 確認の為の質問だ。

 各種情報をあらかじめ知っているにしては、その場での場当たり的な応用が感じられるし、逆に手を打っておくべき所に穴がありすぎる。

 組織として見れば不自然さが目立つのだ。

 

 そしてそれは幸か不幸か、キラに取っては何とか説明が可能な質問だった。

 キラは軽く考えた後で返事を返す。

 

「……それは、僕の出生に関係があると思います」

 

 育ての親とは違う、キラの個人情報に記載されていない実父・ユーレン・ヒビキ。

 彼の非人道的な実験により、自分は特に戦闘能力を重視した遺伝子型を付与された、その結果だとキラは話した。

 

 戦闘能力を重視されているタイプだと言った方が、納得してもらえるかと判断したのだ。

 電子工学系の技能は先天的な物と、後天的な所の半々の結果だと。……万能を目指したスーパーコーディネーターなどという話は、自身の行いを省みればとても言えなかった。

 

 ナタルは強い疑念の表情を隠さない。

 キラはそれを当然だと思った。

 我ながらそんな大層な遺伝子を付与されて、やっている事はただの人殺しだ。

 

 話しながら聞き及んだ実父の所業を思い返す。

 

 自分を作るために、何人もの兄や姉が命を弄ばれ声も上げられずに亡くなっている。

 実父のやったことは許されない事だ。

 資金と野望の為に勝手に弄られて、失敗作として産み出された挙げ句、世界を呪っている者もいる。

 止めるのは自分の責任だ。出来るならば、何とかしてやりたい。

 

「それが、この戦争を激しくした一端でもあると思っています。勝手な話ですが、責任を取らねばならないと思っています」

 

「その父上は……失礼した。ヒビキ氏は今は?」

 

 亡くなっています、と無表情に実父の死を言ってのけるキラに、ナタルは複雑な感情を抱いた。

 少しだけキラに自嘲と恨みの表情を見た気がしたのだ。

 一度ならず苦汁を味わった人間の顔。

 

 人に歴史ありか……ナタルはそう思い浮かべて慌てて打ち消した。

 気を引き締め直す。まだ油断はできないのだ。

 

 キラの話を何度も咀嚼して吟味していく。

 好意的に見たとしても……仮にそれが事実だとしても簡単ではあるまい。と。

 むしろ、ある意味ではさらに危険だとナタルは考えた。

 

 クライン嬢を和平派の代表にと言ったが。その場合、ラクス・クラインは最低でも父のシーゲル・クラインを全否定して見せなければ断罪されかねない。

 しかも強硬派に祭り上げられかねない危険性もある。

 今は穏健派と言えどもだ。

 連合とて、クラインと和平は結べるかと反発するだろう。

 

 何より、目の前のキラ・ヤマトが、コーディネイトされた結果というのは危険な話だ。

 本人には失礼で気の毒な話だとは思うが、同じような能力の持ち主が次から次へ生まれる事を意味する。

 非人道的と言ったが……それを明らかにして、明確に禁止する必要もあるだろう。

 

 だとすれば、和平自体は否定しないが、どちらかと言えば中立派や穏健派の評議員の後押しをして、連合との停戦、経済協力からの終戦に向かわせる方が現実的だ。

 クライン嬢にはまず、むしろ強硬派の長として立ってもらい、それを穏やかな派閥にしてもらうのが適当だろう。

 その上で影から後押しをしてもらい、次第に第一線から引いてもらうのが……。

 

 ナタルはふと我に帰った。

 プラント側の和平案を自分が考えてどうする。とでも言うかのように咳払いをした。

 だから、まだ事実と決まった訳ではない。

 キラに対して改めて口を開く。今度は元に立ち返る。

 

「戦争終結を図るのは結構だが、どうする気なんだ?」

 

 キラは少しだけ視線を上げ、話を再開する。

 

「……このままアークエンジェルに同行させて欲しいと思っています」

 

 まずはこの艦を防御する。その後。

 戦争を煽り主導している人間がいる。彼らを何とかしたいと考えていると。

 それはプラントの強硬派であり、地球の強硬派であり、ブルーコスモスの強硬派である者達だとキラは続けた。

 

「彼らが全て悪いとは言えません。

 あの人達を、間違っていると言う資格も僕にはないんです。

 けど、大量破壊兵器の撃ち合いは止めさせないと。

 戦いを望まない人達までが巻き込まれるのは。それは違うと思うんです」

 

 キラの言葉には多くの後悔が詰まっていた。それはナタルの人としての何かに訴えかけるには、確かに効果があった。

 事実、ナタルはキラの言うことは理解できなくもないと感じていた。理解をできなくもない。が、しかし。

 しかしだ。しかし単純に過ぎるのも事実なのだ。

 状況はもはや、誰々を排除して終わり、と言うような話ではない。

 

 そして強硬派の者達を排除すると言う、乱暴でシンプルなそれすらも簡単ではあるまい。

 

 ナタルからそう言われればキラは肯定するしかない。

 それでもだと。それでもそれが目的だとキラは繰り返した。その為にここに居ると。

 

 ナタルはキラの話を、頭の中で何度も反証して、あるいは賛同できるかと思考してみる。

 興味はある。正直に言えば……それは確かだ。

 しかし。

 また、しかしだ。

 

「話としては、興味深いが……だが問題がやはり残っている。貴様の身元は相変わらず確実ではないし、さっきも聞いたが、何故そこまで先が断定できるのかと言う点だ。

 貴様の出生の話だけでは納得は難しい。アークエンジェルに乗る必要もないだろう。

 個人的には護衛はありがたいが……ヘリオポリスから乗り込んでくる必要がない。別方面でもできる事はあっただろう」

 

 やはりそこになるのだ。

 厄介だった。

 信じる根拠がない。情報元は結局不明だ、出生という手がかりはできたが、それも話だけなのだ。

 仮にそれも事実だとして、それでどこまでの事が出来るのか。極めて優秀とは言え、戦闘員が機密を入手できる物なのか?

 

 モビルスーツの電子制御関連は、他の技術者が付いていけないレベルと報告を聞いている……あれならば高度な電子戦能力を保有するはずと。

 ならば情報戦・電子戦でも一流なのか?  戦闘能力だけ、というのが嘘か?

 

 限定的と言っていたが、ある種の未来予測を可能にするほどに情報分析でも一流なのか?

 断片的な情報を収集して、それらを元に事態を予測・把握する部署や技能者は、確かにいる。それを高いレベルでやるのか?

 では、予知に近い物ができるとしてそれはどのくらいの精度なのか? それともいっそ、人工的な予知能力でもあると言うのか? 非人道的な実験とはそういう事なのか?

 

「……先を予測できるのなら、友人達を避難させておけばよかっただろう」

 

 キラはナタルの指摘に、ヘリオポリスは本当に想定外の事だった、と返した。

 

「その……あの時は混乱したというか……」

 

「その前だ。さらにその前から、予め対応しなかった理由を聞いている」

 

 キラはそれも無言……いや、言葉を探している感じだった。ナタルは内心ため息をつく。

 それもどうやら引っ掛かるらしい。聞けば聞くほど分からなくなりそうだ。

 

 どうする。

 撃つには惜しいか? と思える話は引き出した。

 後は今、どうするのかだ。

 

 プラントを自称したキラと協力態勢を構築したとしても、それを緊急措置として押しきる事はできなくもない。

 結果を出せばいいのだ。

 月本部からは冷たい物だったが、ラミアス艦長に任せると言う電文は受け取った。

 

 乱暴に言えば、キラの対応力や情報力の正体が、出生に関する所から来る物であっても、そうで無くても構いはしない。

 アークエンジェルが無事に味方の勢力圏に入れるなら、最終的に問題はないのだ。

 面倒な事柄は後方の仕事だ。尋問でも何でも受けてもらえば済む。

 

 これまで通りキラを艦の防御に関わらせていいのか。それが今、考えるべき問題だ。

 常識で考えれば当然、否だ。

 とは言えフラガ大尉の言う通り、ザフトと遭遇する可能性は半々だとナタルは感じていた。

 離脱がより危険な状況も想定しなくてはならない。

 

 現在の宇宙はザフト・連合共に小競り合い程度だ。

 それは小康状態という意味ではなく、何かあれば戦力を動かせる余地がある……という事になる。連合は不明、ザフトも不明。

 デブリベルト内からでは把握は困難だ。

 

 やはり展開されていた時の為に、備えとして防御力は欲しい。数日しのげれば月の勢力圏に入れるのだ。

 だからこそ、その数日を万全にしておきたい。

 

 では協力してみるべきなのか? ラクス・クラインの保護とやらに。

 しかし冒険的な選択だ。安全を考えると、月への即時離脱が無難な選択なのに変わりはない。

 キラの意見を聞くだけの理由がやはり無い。根拠のない予測では。

 

 何か実積があれば、信じてみてもいいかと思えたろうが……。成る程、それがユニウスセブンなのだろう。

 こちらの信用を得ながら、プラント和平派の工作も行うと。

 行ってラクス・クラインが居るか、それとも居ないのか。または敵が待ち構えるのか。

 試してみるには、最初から賭ける物が大きい。

 

 アルテミスは微妙な結果になった。

 補給については本人も想定外だった様子はある。さりとて非協力的ではなかった。

 キラが墓荒らしを言い出してくれて助かった面は少なくない。汚れ役を引き受けてもらったのは借りだと言える。

 デブリベルトでも怪しい動きはなかった。この艦を援護するというのは本当なのか、とは思えるが……。

 

 だがもう少し、何かが欲しい。

 何かの根拠が欲しい。何か。何か無いのか。もう少しで信じてみても……いや、話を聞く価値くらいはあるかもとは思える何か。

 何か無いのか。あと少し、何かが。

 

 そこまで考えて、ナタルはふと気づく。

 聞いてみればいいのではないか?

 

 未来を知っている、分かるとまで言うなら。これからの事を聞いてみればいいのだ。これからどうなるか、それは何かの判断基準になるのではないか?

 

 まさか、的中する訳は無いが、キラからの情報をさらに聞き出す一因にはなるだろう。

 出任せだと判断できたなら追求して、崩せば馬脚を現すはずだ。

 

「……ヤマト。クライン嬢を保護した場合。どうするのか言ってみろ」

 

 戦局や状況の完全予測など、歴史上の名将達ですらなし得なかった難事だ。

 それでも《切り抜けると》説明してみせられるなら確かに、キラには何かが見えている事になる。

 そこからキラの根拠を推測する事ができるかもしれない。

 だからナタルは聞いた。

 これからどうするのか。

 

 キラは答えてしまった。

 これから何があったかを。

 

 キラは少し考えた後、記憶を探るように言葉を発する。

 

「ユニウスセブンには元々、足りない物資、特に水を補給する為に向かうつもりでした……だからどうしても必要なら水の補給が可能です。

 それから……ラクスを助けて、デブリベルトを離脱……してから。先遣隊と通信が繋がるはず、です。

 でも先に先遣隊と、あのナスカ級で鉢合わせる事になります。多分来るはずです。アークエンジェルはその場に一歩遅れます。

 先遣隊の人達は……その……やられてしまって。

 それで、ラクスを人質にして警告をして、ザフトを下がらせて状況を離脱する……という状況が想定できるかと」

 

 おぼろげな口調とは裏腹に、あまりにも具体的な内容にナタルは固まった。

 反応するのを忘れたとすら言える。

 

 思い出すのに苦労しつつ、思い出すのは辛い事でもある為に、キラはナタルの反応を察知するのに気が回らなかった。

 だから話を止められなかったキラは、さらに必要なのかと、その後も話してしまった。

 

「ラクスにはプラントへ帰ってもらう事になります。

 その……僕が個人的に、なんですが。連合に連れて行きたくないので、それで。アスラン……友人に停戦を呼び掛けて迎えに……バジルール少尉が考えてくれれば、もっと上手くやってくれると思います。

 その後は、それから……第8艦隊と合流して、民間人の人達を地球に降下させる準備を。

 僕達は除隊許可証をもらって、艦を降ろされる話になる、はずです。

 それから、アークエンジェルにはアラスカからの呼び出しがかかって、降下準備に入った所でザフトからの攻撃がある、かと。

 それで第8艦隊は被害を出して、アークエンジェルは離脱するために無理矢理アフリカに降下することになる……と、思います」

 

 不幸な事は、ナタルはただの参考程度にキラに《予測》を聞いた事だった。

 

 キラは今後の状況を変える為に、ナタルに少しでも詳細に伝え、記憶通りの《未来》を変える為に詳細を話してしまった事にあった。

 

 遠慮はしたが、話してしまったのだ。

 当然、真面目に聞いていたナタルは面食らった。

 自分達の命がかかった場面で、馬鹿な話を聞かされるとは流石に思わなかったのだ。

 何だそれは? どこまで、言えるのか。と。

 

 ナタルの目は、キラを理解不能な生き物を見る物になりつつあった。

 

 今のは予測ではない。

 予知や予言の類いだ。何を喋っているのか分かっているのか?

 そもそも穴だらけではないか。

 矛盾がいくらでも思い付く、そこを聞かれたらどうする気なのか。そんな程度の事にも気づかないのか?

 そんな話だった。

 これから助けに来るであろう味方がやられるとは何だ?

 不安を煽って、こちらの譲歩を引き出す気なのか?

 

 やはり敵なのか。

 

 ナタルは無意識に銃の引き金に指をかけながら、それでも、聞いていて妙だと思える所がある。そう感じるのも確かだと思った。

 キラは結果を話すのだ。

 

 こういう場合は断定を避ける物だ。

 相手を騙すときには幅を持たせた言い方をして、話を引き出しつつそれを元に広げて、また話を組み立てていくのが基本だ。

 だがキラは今、断定的に結果を話した。

 

 通信が繋がる。

 敵が来る。

 人質にして切り抜ける。

 その後に艦隊と合流。何故、言える。

 

 よほどの自信があるのか、大嘘つきか、……または本当に……。ナタルは頭を振る。

 そんな訳はあるまい。あり得ない。

 

「では、このまま離脱した場合は? そっちはどうなんだ」

 

 行かなかった場合。

 それが本命だ。むしろそっちだけでいい。

 キラの予測ではどうなるか。

 恐らくは……同じように不安を煽ってくるはずだとナタルは推測した。

 行かなければ良くない事が起こると、典型的な騙しの技術を使うと。

 それを言ったなら確定だ。敵だ。

 

 言ってみろ、と。そう聞かれキラは困った顔になった。

 そして大分迷ってから「そちらの場合は、分からないとしか……」と。そう返してくる。

 申し訳無さそうに、それだけだ。

 

 動揺したのはナタルの方だった。

 

「何故答えない……知っていると言っただろうが!」

 

 さっきユニウスセブンには行かないと伝えただろう。

 考えておくべきなのだ、疑われないようにするためには。当然だろうが。

 

 工作員なのにそれが分からないのか。

 状況から先を予測するのが貴様の技能だろうが。

 そんな答えでは疑ってくれと言っているような物だ。

 

 自分で話しているキラですら、滅茶苦茶な言い訳だと悩んでいるではないか。

 これでは信じてもらえないだろうと本人が気付いている。

 分からないのか? 何故そんな話し方をした。

 言えばいいではないか。適当に。行った場合と同じく嘘を並べて。不安を煽ればいいのだ。

 何故言わない? 何故だ。

 

 巧妙だ……ナタルはそう思った。

 

 非常に不自然だが、何かあるのではないかと思ってしまう。思わされてしまう。

 どちらか片方の結果を事細かに言うかと思えば、もう片方の選択肢は分からないとくる。

 まるで本当に見えている……いや、選んだ選択肢の先を『知っている』みたいではないか?

 

 実際に幾つもおかしな所がある。あるのだが。

 

 大西洋連邦のアルスター外務次官は何故、先遣隊についてくるのか。娘可愛さ? どんな情報を握れば、そんな予測ができると言うのか。

 

 ラクス・クラインを人質云々の所でもだ。

 人質にして切り抜けると言ったが、自分なら確かにその状況ではそうするだろうと思える。

 さっき指揮官達で話した時も話題にあげた。

 不愉快になったが自分であればそういう風にするだろうと。

 

 あの人達にはできないだろう。ならば自分がやるかもしれない、と。

 それが分からないのだ。

 あなた達は卑怯な手を使うと、目の前で言う物か? 予測できたとしても。

 逆上して撃たれるとは思わないのか?

 

「ヤマト……私の、家族の事を話してみろ」

 

「……そういう事は分からないんです」

 

「では私の未来は見えるのか? 言ってみろ」

 

「それは……」

 

 キラは迷った。

 知ってはいる。彼女の未来は。

 アークエンジェルとは道を違え、アークエンジェルの同型艦に乗り、そして命を終えてしまう。

 自分達が討つのだ。

 

 伝えられない。……彼女を刺激するのもそうだが、そんな話を伝えるのはどうしても心苦しく、言えなくなってしまう。伝えるべきだとは思うが、今は……。

 

 キラの一瞬だけ変化した態度をナタルは察知した。

 

 知らないのではなく、知っているのに黙っている態度だと看破されてしまい、それもまた彼女を激昂させる要因になってしまうのは、皮肉としか言えなかった。

 

「やはり言える訳か? 何故言わない? あり得そうな展開をそれらしく言えばいいだろうが!

 我々の個人情報を調べてきたのだろう! ふざけた予言紛いの真似事ができる位に! そうだろうが! 他に何がある!」

 

 ナタルは自分の事を聞いてみるが、それは分からないと答えが返ってくる。下手くそな隠し方、誤魔化し方だ。

 今、躊躇ったではないか。

 疑われているから、下手な事を言えないと引っ込めたのか。ふざけた真似をする。

 

 だがそれに迷う自分を自覚するのだ。

 これまでのキラの言動が邪魔をする……もし、という可能性を排除しきれない感情がどうしても出てきてしまうのだ。……巧妙すぎる。これを計算してやっているのなら。

 

 ナタルは歯噛みする。

 駄目だ。これ以上はまずい、と。

 

 ここまでだ。射殺する。

 撃つべきだ、キラ・ヤマトは洗脳をするための工作員だ、ここで始末するべきだ。という自分の声。

 だがそれとは別に。

 もし、もし万が一、本当に本当に少ない可能性だが、ありえないような事ではあるが。

キラ・ヤマトには何らかの未来が見えているとしたら。という声の間で、まだ迷いが出てくる。

 

 工作員だとすれば、こちらを調べあげるには半端な内容だ。だが予知だとでもいうなら対応力がありすぎる。

 戦闘能力に加えて予知だと? それでは本当にコーディネーターが言う新人類の類いではないか。

 

 やはり最も最初の質問に帰る事になってしまう。

 なぜ知っているのか?

 なぜ言えるのか?

 なぜ言えない事があるのか?

 未来は知っているのに分からない事があるのは何故なのか。

 

「それを教えてもらわねば、納得はできん。どちらにする……選べ」

 

 冷たい声色と共に改めて向けられた銃口。それを見てキラは悲しくなった。

 

 ナタルに対してではない。

 自分の馬鹿さ加減と、分かってもらう事の難しさにだ。

 やはり言うしかないのか。

 

 自分で、記憶と違う事が起こり得ると分かっているのに、どうやって分かってもらうのか。

 

 根拠はない。証明できない。

 見えているというよりは、戻ってきていると言うべきなのだが。経験しているからと言うのはやはりおかしいか。

 未来から戻ってきた? 未来の記憶がある? 未来が見える? どう言えば言いか。

 それでも言わなければ終わってしまう。

 

 もう他にできる事がない。

 キラは視線を落としたまま呟いた。

 

「記憶があるんです……3年後の74年までの記憶が」

 

 自分はこの戦争を過去、既に体験している。そういう記憶がある。同じように巻き込まれ、同じように状況を経験した記憶が。

 だから、知っているのだと。キラは言った。

 

 独房の中は少しの間、いや、かなりの間、沈黙が支配した。

 

 ナタルは、キラの最後になるかもしれない言葉は何を言うのかと身構えていた。

 大抵の事ではもう混乱はするまいと、そう思っていた彼女だが。しかし、さすがにその言葉を受け止めるには無理があった。

 

 キラの言葉は正しく認識していた。

 それでも今、何を言ったのか理解に苦しんだ。

 何を言っているのか。

 自分と相手の言語感覚は正しいのか? 何か妙な違いがあるのでは無いのか……?

 

 そんな事を考えながら、キラの身体検査の結果を思い返す―――薬物反応は無し。

 洗脳などによる思想・思考の極端な歪みも見受けられず。

 対話による目立った異常も見受けられない。ただし、精神的な衰弱の兆候は見受けられる―――そう報告を受け取っていた。

 目立つような異常はないはずだが……。

 

 だからナタルはもう一度、念のために聞いたのだ。

 自分が聞き間違ったか、キラ本人が慌てた為に言葉を言い間違ったのかと、そう思ったからだ。

 それはそうだ。有り得る訳がないのだから。

 

 未来を知っている。記憶がある。経験した事がある。

 馬鹿な話だ。

 まさか、未来から来た、などと……。

 

「済まないが、もう一度言ってくれ」

 

 確認の為のただの言葉。だが自分で思っていた以上の固い声が出た。否定してくれ。

 ここまで来て……そんな《錯乱しているかのような》ふざけた言い訳だけは止めてくれ。

 

 キラはもう一度口を開いた。

 

「僕はC・E74年の末に、命を終えました。次に目を覚ましたのが先日……71年の1月です」

 

「……」

 

「2度目なんです、この状況は。ヘリオポリスに居て、戦闘に巻き込まれて、偶然アークエンジェルに乗り込む事になって。ストライクに乗るのは、一度経験しているんです」

 

 内容に変わりはなかった。ナタルが否定してほしい流れをキラは突き進んでいる。

 見ようによってはこの光景は、少年が軍人に精一杯の言葉を連ねている光景になるだろう。

 あるいはほとんどの者は少年の姿に同情を覚える絵かもしれない。

 独房の中で銃を構える軍人に対して、少年が項垂れているのだ。

 しかし、その言葉を、内容を聞けばどちらに同情をするべきなのかは、かなりの人間が首を傾げる空間だった。

 

「……止めろ」

 

「僕にも何故こんな事になっているのかは分かりません。でも、他に説明のしようがないんです」

 

「止めろと言っている!」

 

「過去に戻って来たとしか言えません。……隠していたのはこれで全部です」

 

 キラは頭を上げなかった。抵抗する気はない。

 ナタルに命を預けるつもりだった。彼女を害してまで、ここを切り抜けてどうなるのか。

 

 しかしナタルはキラを撃つどころの話ではなかった。

 よろめきそうになる体を壁に手をついて支えている。目眩がしていた。

 

 何て事だ。まさか……まさかこんな事を言い出すとは。

 せめてまともな言い訳をして欲しかった。こんな無茶苦茶な、ホラ話を大真面目に言うなど。

 

 キラ・ヤマトは正常ではなかったのか。

 ナタルはぞっとする。

 

 そうでなければ、もしキラ・ヤマトがまともでないのなら。

 アークエンジェルはこれまで《狂人》の意見に命を握られていた事になってしまう。受け入れられるか。そんな話が。

 キラ・ヤマトは狂人の類いだった。

 

「……それを事実と証明する物は……?」

 

 キラはナタルの質問に黙って首を振った、自分が知っている事は限定的で、証明は難しいと。

 

 ナタルは混乱しながらも、内心で馬鹿馬鹿しいと切って捨てた。

 しかし、彼女の頭脳は説明としては筋が通ってしまう事にも気付いてしまう。

 ―――体験しているから分かる。

 体験しているが、した事しか分からない。

 体験したから、選ばなかった方の先が分からない―――

 

 キラの、これまでの言動にギリギリで納得が……。

 

「ふざ、っけるな……! 未来から戻って来た? 戻って来た!? 今そう言ったのか!」

 

 できる訳がない。納得など。

 コズミック・イラ71年の現在、そんな技術は欠片も聞かない。たった3年でそんな超技術が出来るとでも言うのか。

 だとしたら、何故送って来るのがこいつなのか。

 やるのなら、もし可能だと言うなら連合とプラントの上層部を送ればいいだろう。

 

 聞くのではなかった。

 いや、聞いても意味がない。

 キラの言ったそれが《事実》として起こらなければ、こちらには確かめようがない。その時に手遅れでないと誰が言えるのか。

 

 マリューやフラガに毒された。

 キラは敵かどうか。大事なのはこれだけだ。

 話してみた結果は不明。

 ならばこれ以上の状況の悪化を防ぐのが当然だ。と言うよりそれしかないのだ。

 

 キラ・ヤマトがまともでないのなら、当てにするのは危険すぎる。

 

「正気か貴様は……そんな事があり得るものか!」

 

「……だから! 分からないんですよ僕にも!」

 

 ついにキラの感情が揺れた。

 

「巻き込まれて戦って……! やっと終わったと思ったらまた……! また同じなんです!

 それでも変えないと、またあんな未来がやってくるんです! 他にどう言えって言うんですか!」

 

「黙れ!」

 

 銃声が独房に響いた。

 キラは体を強張らせる、だがそれだけだ。どこも傷ついてはいない。

 甲高い音と共に壁に弾痕が出来上がっていた。

 ナタルは壁に照準を外して撃っていた。だからといって安全ではない。跳弾だって人を殺せるのだ。

 何よりナタルは撃ったのだ。

 警告だ。これ以上は虚偽を許さないとの。

 

 だとしても、キラには他に言いようがない。

 

「キラ・ヤマト。もう一度言うぞ、事実を話せ。……さもなければ射殺する」

 

 ナタルはもう狼狽えていない、焦ってもいない。

 ただ、キラを真っ直ぐ見つめていた。銃口もだ。今度はキラの額をしっかりと捉えている。

 敵を見る顔だった。殺気が宿っている。

 

 キラは答えるしかなかった。

 

「……バジルール少尉、先遣隊に警告だけでもお願いします。アラスカでは自爆作……」

 

「結構だ。了解した」

 

 これ以上はふざけた話を聞く気はない。ナタルの目が細まり指が絞られる。

 その直前に制止が入った。

 

 

「少尉! 今の銃声は何ですか!?」

 

「……なにを、何をやっているんですか! 止めて下さい!」

 

 保安部の二人だった。銃声に全速で駆け付けてきたらしい。顔が真っ青だ。

 当たり前だ。独房の中で少尉が准尉に銃を向けているのだ。

 ナタルは苛立たしげに二人に命令を下した。

 

「何でもない。下がって待機していろ」

 

「そんな訳ないでしょうが! 落ち着いて下さい! 危ないから銃を下ろして!」

 

「少尉、ヤマト准尉は協力者ですよ……こいつを撃ったら艦の防御はどうすんですか?」

 

 ナタルは酷い渋面を作った。

 拘禁区画の、外に待機していろと命じるべきだった。

 空気が乱された。

 キラを撃つ覚悟が薄れてしまった。運の良い話だ。

 

 黙って頭を下げているキラを見やった。……キラは逃げようとしなかった。撃たれると思っていないのか。

 今からでも撃つべきなのだが……頭が悪い意味で冷えてしまっている。

 保安部員から声がかかった。

 

「少尉。銃を下ろして外へお願いします……このままだと艦長に連絡をする事になります」

 

「その必要はない。私が自分で伝える……以後ヤマト准尉とは食事の支給時以外の接触を禁止する。それ以外は拘禁区画の外にて警備をしろ」

 

「……は?」

 

 いきなりの事を命じられた保安部の二人は、それでも、復唱しろと言われれば従うより他にない。

 

「キラ・ヤマトは洗脳や懐柔を目的とした工作員の可能性がある。繰り返すが以後、接触は禁止する」

 

 独房から出ながら、この区画には誰も近づけるなと言われれば、二人には不満も出るのだが、それでも了解と返すしかない。

 

 一方、今後は話を聞いてもらえなくなるかもしれないと聞き取ったキラは、明らかに狼狽えた。

 

「待ってください、警告だけでも! お願いしますバジルール少尉!」

 

 ナタルはそれにも腹を立てた。

 銃を向けられても平気で黙っているのに、話を聞いてもらえないと狼狽えだす。……酷い話だ。

 価値観が狂っている。

 

 やはりまともではない。

 

「何をしている貴様ら。さっさと来いっ……」

 

 ナタルは戸惑う二人を伴い、キラの懇願を背中に拘禁区画の外へ向かった。

 何故か、まるで自分が悪人のように思えて甚だしく不愉快だった。

 

 

 

 







感情のぶつかり合いは疲れる……。
投げようかと思った……。

6/23
キラの、ナタルの未来についてのドミニオン関係のシーンをちょっと追加しました。


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人の悪意に際限なし

 

 

 プラント首都アプリリウスには、いやプラント全体には激震が走っていた。

 

 ユニウスセブン追悼慰霊団。

 その慰霊団の乗る船シルバーウィンドがデブリベルトにおいて消息を断った。

 

 そんな情報がプラントを揺らしていたのだ。

 

 未確認ではあるが、地球連合と思われる者達がデブリベルトを航行していたらしく、戦闘行動を行ったような痕跡も発見されている。

 追悼慰霊団及び、現プラント議長シーゲル・クラインの娘であるラクス・クラインの安否は不明、護衛のユン・ロー隊とも連絡が確保出来ず……と言う凶報。

 

 これを把握したプラント議会、公的機関及び軍部に相当するザフトは当然蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

 それに加えて、ほぼ同時に市民の間でも同じ情報が駆け巡り大騒ぎとなっていた。

 

 報道されているのである。

 

 

 報道では、民間船を攻撃するなど言語道断、連合の正気を疑う、連合討つべし。と言った勇ましげな内容や、コメンテーターが連合の行動を批判するような内容が急遽組まれており。

 一方でラクス・クラインの人格を褒め称えるようなエピソードがさりげに紹介され、そして今回の情報に驚き悲しみ、怒りを露にするプラント市民達がインタビューに答える映像が流れていた。

 

 それが先程から、《まるで準備されていたかのような》内容で繰り返し流れていたのだ。

 一部の冷静な、護衛はどうしたのか? 《本当に》連合のやった事なのか? と言った声は隅に追いやられ。

 日毎どころか、数時間毎にプラントの怒りは増していく状況になりつつあった。

 

 

 その報道を執務室の一角で見ている二人の男が居た。

 国防委員長パトリック・ザラ。その部下ラウ・ル・クルーゼである。

 

 彼らは市民や末端の公員及びザフト将兵とは違い、極めて冷静に報道を見ていた。

 まるで慌てる必要など無いとばかりに。

 

 椅子に座るパトリック・ザラが口を開く。視線は前にあるモニターに向けたまま、横に立つクルーゼに対してだ。

 

「……報道が随分詳しいな。クルーゼ、貴様の仕込みか?」

 

 国防委員長は内容ではなく、報道の早さに対して、それを何故か横に立つクルーゼに訪ねた。

 訪ねられたクルーゼは薄ら笑いと共に答える。

 

「ご冗談を。私にはそういった方面の手管はございません。

 誰か、の好意でリークされた情報を元に、民間が騒いでいるのでしょう。プラントの歌姫……注目の的です。当然の反応と見てよろしいかと」

 

 そうクルーゼは微笑しながら言った。

 そして、パトリックはそれを咎めない。

 

「……ラクス嬢は、確実か?」

 

「残念ながら、まず間違いなく。……複数ルートからの情報漏れがあったようですので、連合は待ち構えていた……と見るべきでしょう……妙な機体の介入があったようですが……誤差の範囲です」

 

 痛ましい事です。と何でもない事のように話すクルーゼをパトリックは目を細めて見やった。

 

「……モビルアーマーによる特攻攻撃など、前時代的な事をやれる人間をよくも集めた物だな……クルーゼ」

 

「閣下、ご冗談を。《私は》何もしておりません。

 私には連合の部隊指揮権などございませんよ。

 連合の事は分かりかねますが……パイロットには薬物でも使っていたのでしょう。いかにも彼らのやりそうな事です」

 

「余計な痕跡は残していないだろうな?」

 

「クライン議長は無念でありましょう。ニュートロン・ジャマーの恨みを一身に受けておられる……ご心労のあまりに、ご息女に矛先が向く可能性を忘れておられたのでしょうな。

 連合の内通者も《ラクス・クライン嬢の居場所》に価値を見出だすかもしれないと、そう考えないとは」

 

 パトリックはクルーゼの言を少し嗜める。

 クライン嬢は息子の婚約者でもあると。

 

「和平を口にする以上、奴にもそれに向けた行動が求められてきた。

 娘の安全を軽んじてでも、クライン家の者は戦争を悼んでいると示さねばならなかった、と言う事だ」

 

 さすがに友人の娘に向けては、パトリックはそれ程に冷たい物言いをせずに立場を慮った。

 さりとて、温かいかと問われれば、断じて否と言える表情ではあったが。

 

「はい、ですから。我々ザフトが一丸となって《仇》を討たねばなりますまい……全滅したであろうユン・ロー隊の為にも……ですな」

 

 ついにクルーゼは歯を剥き出して笑った。

 

 プラントにて大きな支持をあつめる。……集めていた歌姫。それがラクス・クラインだった。

 いわばアイドルのような存在である。

 その彼女が《害された》となれば、それは報復をしなければならない。

 そうでなければプラントは収まらない。そういう空気になったのだ。

 では誰がやるのか。

 それはプラントにおいて武力を担当する者。

 

 すなわちパトリック・ザラである。

 彼の仕事になるのだ。

 

「……まあいい。これで腑抜けた連中も少しは火がつき直すだろう。クラインも含めてな。

 さすがに奴も、娘の仇討ちを止めることはできまい。

 それとクルーゼ。アスランを《捜索》に連れていかせる意味は、理解しているだろうな?」

 

 話の方向は切り替わる。

 クルーゼは笑みを消し、仕事の表情に戻る。しかし、楽しくて仕方ないとの感情は透けて見えるようだ。

 

「はい。上手く手柄を立てさせるつもりです。お任せ下さい。それに伴い少し御願いが……」

 

「なんだ」

 

「この際に色々と片付けようかと。

 我々クルーゼ隊はクライン嬢の捜索に全力を尽くす次第ではありますが、彼女にもし万が一の事があれば。

 その婚約者でもあるアスランに手ぶらで帰還はさせられません……分かりやすい戦果が必要になります」

 

「……それで?」

 

「本国とボアズから、幾つか部隊を出して頂きたいのです。

 指揮権を頂けるとありがたい話ですが、必ずしも要求はいたしません。ただ、本国から連れていきたい者が何人か」

 

 パトリックはクルーゼの思惑が見えてきた。

 頭の中で人の名前をリストアップする。

 

「誰が望みだ?」

 

「レイ・ユウキ……そろそろ、お邪魔では?」

 

 パトリックは口を閉じたまま、息をつく。

 奴、か。とでも言いたげだ。

 

 ザフトのレイ・ユウキ。フェイスと呼ばれるトップエリートの一人である。

 

 国防委員長パトリック・ザラの優秀な部下にして、人望の厚い戦闘指揮官であり、有能な事務官であり、そして。

 そして、穏健派に属する人間だった。

 

 パトリックはクルーゼに視線を合わせる。

 クルーゼはそれを受け止め、頷いた。

 

 今回の件はザフトの失態だった。

 自分達で仕組んだ面があるとは言えそれが事実だ。

 さらに言えばザフトを統括するパトリックの、である。

 

 クライン嬢の護衛は《細工をしたと言えど》それは事実なのだ。だからこそパトリックが責任を取り、その失態を拭わねばならない。

 

 そこに穏健派として名が売れているレイ・ユウキを連れていく。悪くない手だ。

 パトリックは自身の失態を認めた形で、反対派閥であるクライン派に近い人間を捜索隊に同行させる。

 向こうは発言力を高めるいい機会として乗ってくるだろう。

 こちらの本命は……レイ・ユウキをパトリックから遠ざける……と言う事だった。

 

 パトリックは考える。

 つまりは始末する……と言う事か。

 最悪でもしばらく前線に張り付けさせ、パトリックの動きを自由にさせる……と。クルーゼは言外に言っていると把握する。

 

 結構だ。

 戦死ならば誰も文句は言えまい。ユウキは優秀な人間ではあるが最近はこちらの動きに疑問を抱いている節がある。……今は、勝つために邪魔だ。

 不幸なユン・ロー隊と立場が同じだったと言う事だ。

 

「フェイスに、ボアズと本国からの戦力だ……艦隊の一つは潰さねば、預けた私の顔が立たんぞ、クルーゼ。

 へリオポリスの件は終わっていない、お前の責任を軽くするためにも、だ。理解をしているな」

 

「ご安心を、餌は撒いております。上手くかかれば手柄は向こうからやってくるでしょう。

 ただ、保険として、大気圏降下カプセルの配備を御願いします。

 万が一何もなければ、選抜した人員を新たに地上へ突入させて来ましょう。その許可も頂きたい。

 歌姫の仇に大部隊を送り込むとなれば面目も立つかと」

 

 クルーゼはそこまで言ってから、しまったとでも言いたげに発言を訂正した。ただし、笑いながら、だ。

 

「……ああ、失礼。クライン嬢の身の安全はまだ希望を捨てる段階ではありませんでした」

 

 助かるとは思えんが。とはクルーゼは口に出さない。

 パトリックも既にラクス・クラインの事は別として作戦単位の話に移っている。

 必要な犠牲と割りきっているのだ。あるいは本当に最早どうでもいいか。

 

「しかし、本国とボアズから部隊の抽出か……それ程には出せぬかも知れんぞ?」

 

「失礼ながら閣下、今回の件では随分動かせる者が増えるのでは? 後押しを受けて戦力の増産計画は前倒しになるはずです。

 ビクトリアとジブラルタル、それとカーペンダリアに戦力を降ろせば、スピットブレイク。……アラスカ攻めのいい目眩ましになるかと。

 連合のモビルスーツが動いたのです。OSの問題はクリアされつつあります。閣下も、この辺りで大きく叩いておきたいと、思っておられるではと思いまして……」

 

 今後のザフト全体の戦略にも口を出し始めたクルーゼを、パトリックは黙らせて、話を進めた。

 

「良いだろうクルーゼ。必要な物はくれてやろう。余計な事を喋らずにやるべき事をやれ。

 本国からラコーニ隊2隻、ポルト隊2隻、ユウキ隊に3隻を付ける、ボアズからは適当に出撃させて貴様に回してやろう。2隊で4隻を付ければ十分のはずだ。

 貴様の隊は3隻だったな?

 合わせて14隻か。モビルスーツは少なくとも60機以上は動かしてやる。

 必要とあればユニウスセブン捜索は一時保留も許可する。……これだけ使うのだ。必ず戦果を挙げてこい。降下させるなら半数は降ろせ。いいな?」

 

「感謝します、望んでいた以上の戦力です。

 ザラ委員長……艦隊の一つ二つ、沈めてご覧にいれましょう」

 

 正直14隻の動員は大戦力である。

 いかなパトリックの権限を持ってしても厳しい……いや、かなりの強権を発動させる事になる。

 

 しかし、やるのならば徹底的に叩く、というパトリックの判断基準がそれを彼にやらせた。

 中途半端な事をやっていては意味が無いのだ。

 

 これは自身の失態を含めた仕込みだ、主導権を握るための作戦なのだ、必ず成功させなければならない。

 作戦をクルーゼに任せ、パトリックは政局を担当する。邪魔をしそうな連中を黙らせる為に、どうするべきか思考を巡らせる。

 

 それにしてもクルーゼめ、デブリベルトの中の事をよくここまで……。それがパトリックの正直な所だった。

 

「……今回の件。随分、具体的に動きを掴んだものだな。……どうやった?」

 

「脱走兵や海賊も役に立つものです、デブリベルトで生きる連中に噂を流しました。宝を積んだ連合の船が入ったらしい、と。

 オプションとして、連合の船の場所を教えてくれるだけでも報酬を支払う……簡単な話でした。

 ユニウスセブン周辺もある程度は掴めましたので、目的の相手も見つかりました。そろそろ耐えかねて出てくるでしょう。網を張ります」

 

 パトリックはピンと来た。

 餌をまく。向こうからやって来る手柄。デブリベルト。……数日前にロストした目標の事だ。

 

「……例の足つきとやらか、それをアスランに沈めさせると言うのだな?」

 

「はい。次期議長閣下のご子息にふさわさしい手柄になるかと。

 宜しければ、歌姫の亡骸を前に、涙を流す若き英雄の映像もご用意しましょうか」

 

「……私に報告の無かった情報源については多目に見ておいてやる。へリオポリスの二の舞は許さんぞ。結果を出してこい」

 

「お任せを」

 

 二人の話が一段落した所で、執務室の外に待機している秘書官から連絡が上がってきた。

 パトリック・ザラの息子。アスラン・ザラが来たとの連絡だ。

 

 パトリックは、息子に対して思わない所は無いではない。だが、それは今は許されない感情だ。先ずはこの戦争に勝ってからの話だった。

 妻に似て感傷的な息子だ。

 案の定、パトリックの執務室に入ってきたアスランは混乱が見えた。ニュースか何かで情報を手に入れたのだろう。

 

「……アスラン、貴様にはラクス嬢の捜索に行ってもらう、意味は分かるな?」

 

 パトリックはアスランに話をしながら、心の中では友に話していた。無論独白のような物だ。

 シーゲル……愚か者め。

 和平などと。今さら和平など言い出してしまうから、娘の行動を縛れなくなるのだ。……ラクス嬢を殺したのは貴様だぞ、シーゲル。

 引き金は既に引かれていたのだ。

 

 ラクス嬢を戦場に追いやったのはシーゲル・クラインである。パトリックはそんな理不尽な理論を迷う事なく己で計算した。

 

 パトリックとアスランが話している横でクルーゼは微笑んでいた。笑っているのである。

 

 ラクス・クラインを討たせた、ラクス・クラインを討たれた。踊れ踊れ。踊るがいい。

 国力の温存や和平など考えてもらっては困る。困るのだよ。ここで止まってもらってはな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「通信が来た? 何とまあ……まだ生きてたんですか、あの船」

 

 とっくに沈んだ物と思っていたが……そう言いたげなのはムルタ・アズラエルだ。

 深夜、配下の者から新しい情報を上げられた中に、少し予想外の報告があったのを気に止めたのだった。

 大西洋連邦のウィリアム・サザーランド大佐からだった。

 

 アズラエルは前日の仕事が終わらずに翌日に持ち越して、いまだにオフィスの一室にて膨大な量の数字と文字に目を通している所だった。

 伊達で超巨大企業のトップに座ってはいない。

 

 その彼が今聞いたのは、何日か前に、放っておいて沈むのを待て……そう指示した大西洋連邦の新鋭艦。それが生きていたとの報告だった。

 

 存外しぶといな、と思い判明している現状を聞けば、デブリベルトを抜けて月へ向かっているとの事。

 援軍を寄越して欲しいと、現在座標と今後の予定航路を送って来たとの事だった。

 

 あまりに露骨な機密の流出ではあるが、サザーランドはそれを考慮しない。

 彼の役目はアズラエルの意に沿う形で事態の収集を図る……その一点に尽きるのだから。

 

 アズラエルが地球連合の実質的な支配者層の、さらに上層に位置するからである。

 彼らに取っては、これが正しいやり方だった。

 

 とにかくも、月から情報を受け取ったサザーランドが気を利かせた……もとい、確認を入れてきたのだ。

 如何しましょうか? と。

 

《お手数をおかけして真に申し訳ありません、やはり援軍は……?》

 

「どうもこうも無いでしょう。話を聞いてなかったんですか? 決定は……おや? これは」

 

 アズラエルは乱暴にアークエンジェル関連の報告を読んでいたが、ある部分に目を止めた。

 二度、三度とその部分を読み返しそして、満面の笑みを浮かべる。 

 

「……宇宙戦が可能な、ナチュラル用のOSですか……へえ、コーディネーターの作った。

 実用化がされている状態の……ねぇ」

 

《理事……如何されましたか?》

 

 アズラエルは内心でサザーランドを切り捨てる計算を始める……こちらの表情の変化を読み取るのは結構だが、あまりに追従がすぎるのだ。

 内容が分かっていないのか?

 

 欲しいものを手に入れる機会が発生したのだ。

 

 アズラエルはモニター上のサザーランドに対して、月から誰かを動かして援軍を送ってやれと指示を下した。

 元々はそこそこに動ける男のはずだったが、最近では命令を聞くだけのメッセンジャーになりつつある男……サザーランドに向かって。

 対外的に責任を取らせるなら、どんな形で潰すかを考えながら。満面の笑みを浮かべながら、だ。

 

「困った物ですねぇ。早く言って欲しい物ですよ? こういう事は。分かってないんですか、重要性が。

 このコーディネーター。……使えるじゃあないですか……是非会って、話をしてみたいものですねぇ」

 

《では、……ハルバートン辺りを迎えに出しますか?》

 

「他に適任は居ないと言いたいんですか?」

 

《それが……プラントに妙な動きがあるようでして。

 それを警戒してか、今はあまり前に出たがらない者達が少なくないと言いますか……申し訳ありません。月ではハルバートンぐらいしか動ける者が居らず。

 加えて地球の各戦線でも、ザフトの攻勢が強化されている兆しがあると……》

 

 既に月は利権と派閥争いで泥沼の状態だ。

 アズラエルもそれを後押しした面が無いではない。

 自身の影響力を確保しておく為だった。

 それが今回は悪い方に働いたらしい。保身に動く者達しか配属させなかったとは言え、困った物だ。

 

「面倒ですねぇ。まあ仕方ありませんか。

 ハルバートン准将と言う人はバカではないでしょう。その方で結構ですよ。

 ああ、それと。月を失う事の無いように。戦力は十分な物を張り付けておいて下さいよ? では、よろしくお願いしますね」

 

 ハルバートンは自分の影響力の外側に居る人物だ、万が一の事があろうが失って惜しい人材ではない。

 サザーランドの返事を待たずに通信を切ったアズラエルは立ち上がる。

 オフィスの一室からバルコニーへ出て空を見上げた。

 笑いが込み上げてきた。

 

 何とまあ、想定外の幸運がやって来た物だ。

 自分を宇宙から見下ろす、あの憎き化け物共が、コーディネーター達が下へ落ちていく様が浮かんでいるようだった。

 

「これでプラント本国への進行に、前進が見えましたか……結構。大変結構な事です」

 

 宇宙で奴等のモビルスーツを棺桶に変えてやれる。

 アズラエルの笑い声はしばらく止む事が無かった。

 

 



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現時点での機体設定やら改良やら何やら ※スルーOK





 本編で書くには、話の流れの邪魔をするちょこっと改造、ちょこっと装備変更の内容。

 またはキラとマードックと、整備班とモルゲンレーテ技術者達と、マリューさんの寝不足の結果。

 

 シリアス流れが続いているので、ゆるく読んでもらえるように、ゆる~く書いてますので。息抜きにどうぞ。

 

 

 読まなくていいや! って人はスルーして下さい。

 

 

 ※あくまでも現時点です。

 ※デブリベルト内での行動の結果になります。キラが独房入りする直前までの事になります。

 

 

 

 ガンバレルストライク

 

・ストライクのソードパックから、肩にマイダスメッサー1本流用して装備できないか検討中。

 

・対ビームシールドの裏をちょこっと改造、突貫工事でハードポイント設置。

 ストライクのエールパックからビームサーベルを1本借りてそこに装備。

(モーションはキラのさらなる過労と引き換えに無難に終了、更に調整を続行、の予定だった)

 

・ガンバレル(更なる微調整をキラとフラガで頑張っている最中、だった)

 

 

 

 ストライク

 

・修理が9割完了、腕と脚の装甲が一部足りなかった模様。ストライクとガンバレルストライクの少ない予備パーツから使える部分をこれでもかと流用。

 間接部のパーツは一部底をついた。

 モルゲンレーテの技術者さん達が、家族を守る為にと目を血走らせて艦内の工作設備を弄り回し部品をでっち上げ、何とかかんとか修理。何人か気絶。

 キラの戦闘機動が凄すぎて手が回らない消耗部品の損耗が発生、現在、性能の100%は回復できず。

 動くなら後は腕でカバーだ、頑張れキラ。(今は独房です)

 

・基本をエールパックとして運用する事が決定。

 

・ソードパックからパンツァーアイゼン、マイダスメッサー1本をエールに標準装備できるように何とか調整、の予定だった。

(機動性の確保の為に重量を考えて外す場合もあり)

 

・ランチャーパックから対艦バルカン、ガンランチャーをエールに標準装備できるように何とか調整、の予定だった。

(機動性の確保の為に……以下略)

 

・稼働時間の増強を図る為に、バッテリーの増設をキラとモルゲンレーテ技術者達で検討、の予定だった。

 

・キラのリクエストで重くなる分、スラスターの増強を検討したいが皆に嫌な顔をされた模様。寝不足は敵。

 マリューとマードックとモルゲンレーテ技術者で相談しているが無理めっぽい。皆でげっそり。

 工作艦が欲しいと技術者から文句が出る。

 そんな物はない。

 

 

 

 グレーフレーム

 

・トール、アサギの二人で2交替の訓練に使用。

 これからも二人での運用になる予定。

 しかし消耗が怖いのでそろそろ訓練はジンでやる?

(指揮官達とキラは、トールはさっさと降ろすつもり……どうなるか?)

 

・ビームライフル、ビームサーベル、対ビームシールドを使いアークエンジェルの近接防空を担当する形に。

 その為の照準制御をキラが練っている最中だった。

 

・火力支援をこなす為に、ストライクのランチャーパックから、せめてアグニだけでも流用できないか皆で検討中。

 

・弾幕張るだけならそろそろできるかな?

 

・トールのメンタルはフラガが鍛えてるのと、キラに対する心配から本人も覚悟を強めている感じ。

 

・アサギとトールの二人でいる時間をミリアリアが面白くなかったり? (これモビルスーツ関係ないな……)

 

 

 ジン1機目

 

・キラ用のOSに書き換えられた変態機動をする何か。

 デブリベルトの海賊達の噂に上がり始めた恐怖のジン。

 見たことない船をお宝と思い近づくと、コックピットを容赦なくぶち抜いてくる鬼と判明する。

 エンカウントすると回り込まれて逃げられない。勝たないと逃げられない。

 

・カラーは未定(ダメなのは分かっていますが作者が迷い中で……)

 

・武器は重斬刀。

 鹵獲した重斬刀、突撃機銃、無反動砲。火器の予備、弾薬が共にそこそこ集まった。

 火器は2、3梃ずつ残してジャンク屋に売却。弾は全残し。ただ、弾丸チェックに地味に人手が必要な模様。

 

・背中にハードポイントを無理矢理に増設。ストライクのソードパックからあんまり使わない対艦刀を流用、無理矢理に装備。

 某鉄血みたいにメイス扱い?

 

・そこらの艦艇の残骸から剥がしてきた装甲部分を、ビームサーベルで切り出して即席の盾に流用できないか皆でガヤガヤ。

 グリップ部分を乱暴に工作って装備。気休め。手甲みたいな形だけでもできないかな? と頑張ってる最中。

 バックラーとか、スモールシールドみたいな?

 プラスで何とか対ビームコーティングできないかな? と皆で絶賛苦悩中。

 

・グレーフレームと同じく、ストライクのランチャーパックの装備を使えないか検討中。(特にアグニ、せめて対艦バルカン、ガンランチャー)

 

 

 ジン2機目

 

・予備扱い、ただし全員出撃なんてやらかす場合はアサギが搭乗予定だった。

(プロトタイプM1を動かしている分の経験値により、トールよりも生存性が期待できる為)

 

・カラーは以下略

 

・何とかして装甲の強化を図れないか、皆で検討中。

 

・出撃の場合は、防御力にせめての保険として、ストライクから対ビームシールドを借りて運用する予定だった。

 モーションはまたキラが弄ります。(今は独房です)

 

・射撃による近接防空を担当。の予定だった。

 

・グレーフレームと同じく、ストライクのランチャーパックの装備を使えないか検討中(特にアグニ、せめて対艦バルカン、ガンランチャー)

 

 

 

 

 モビルスーツ隊の全般について

 

・諸々の必要なOSの調整とモーションはキラが担当、倒れる寸前。しかし今は独房なので仕事ができない。各項目が停止中。

 

・グレーフレームとガンバレルストライクのOSを元にモルゲンレーテ技術者達が勉強中、少しすればお願いできるかな? キラのOSは独特っぽいので無理かな?

 

・コールサインは用意するか迷い中

(作者と新米ブリッジクルーが混乱するから……でも、こちらイーグル3とか、アルファ1より各機へとか、ロメオ8とか、スカルリーダーとか、ウルズ7とか、メビウス1とか、フェアリィコントロールよりとか、憧れる……ても戦闘描写が分かりにくくなっちゃうよなあ……)

 

・モビルスーツ隊の隊長はフラガ。トールとアサギはガッツリ指揮される。ただし、最強戦力は出撃禁止中。

 

・運用、戦術は状況によって弄るかも。

 

・整備班と技術者の人達は、キラが拘禁された事で仕事が増えた面と減った面がある。

 

・当たり前の話だが、モビルスーツ数十機に襲われる事なんてさすがに想定していない。

 

 

 

 こんな感じでしょうか? 後で色々変えるかも知れません。他にも書きたい事がありますが、そっちは本編で説明するような事なので。

 






 
 今さらですがグリーンフレームも持ってきても良かったなあ……なんて思ってしまいました。
 パーツ不足と弾薬不足、戦力不足でキツいです。
 てゆーかキラが動けん。どーすんだこれ。

 てゆーかロウ、来てくれ。本当に。何とかして。
 劾居てもいいでしょ。バリーとか欲しい。
 ジェスでも呼ぶか、今の所、世論に訴えるしかキラにできる事がないよう。
 戦力不足で合流させたい誘惑に負けそう……。

 いかんいかん。アストレイは最小限、アストレイは最小限……。
 キャラが多いと処理しきれなくなる……ブツブツ。
 敵も増えてしまう。……ブツブツ。
 ソキウスはヤバい……カナードも危険だ……ブツブツ。


 それから、次の話はザフト視点かアークエンジェル視点かで迷ってます。
 ちょっとお待ちくださいませ。


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消えていく光 1

ナタルをしのいだと思ったら、ナタルからマリュー、フラガに伝わる話が待っていました。
これもキツかった。



 

 

 月とデブリベルトの間の航路。

 

 その中でも複数あるルートの内、障害物が少なく素直で分かりやすい航路を高速で移動している艦艇の姿があった。

 

 アークエンジェルである。

 

 前日にデブリベルトを離脱。エンジンの耐久力と相談をしながら、なるべく巡航速度以上を維持して距離を稼いでいる所だった。

 

 このような稼働のさせ方は本来あまり好ましくない。

 機械にとって全力やそれに近い性能を発揮しての稼働という物は、短時間と言えども負担であり。

 これが長時間の高出力稼働となると、まず確実にエンジンを疲弊させる事になる。

 消耗や磨耗が蓄積するのだ。

 

 結果、いざ戦闘状態となった時にパワーダウンを招いたり、ビーム兵器のエネルギーを確保しにくくなったりと、支障をきたす事がある。

 戦闘艦艇だから荒っぽい使い方をして当然、という訳にはいかない。

 通常ならば、どこかに余裕を持った運用をするのが自然な事だった。

 

 ただ、現在のアークエンジェルの方針は速度優先……防御力の面から戦闘を避け、速やかに友軍の勢力圏内に入るという物だった。

 戦闘に備えるのは最低限として航行する。

 艦内の事情から選択肢がそれしかないのだ。

 

 不安混じりに航行していた彼らだが、そのブリッジではオペレーターのパルがちょうど朗報と言える報告を、艦長のマリューに上げる所だった。

 

 地球連合軍が使用する暗号パルス……友軍からのそれをキャッチした、と。

 

 その報告にブリッジは喜びに沸き立つ。

 オーブ軍人達も思わず同僚と笑顔を見せあった。

 

 マリュー、ナタルの両名はさすがに指揮官としての態度だが、やはり居ても立ってもいられないのは同じ。

 確認を取らせるのに慌てぎみだった。

 

 パルがキャッチした暗号パルスを解析すると、聞こえて来た内容は音声データ。

 間違いなく友軍からの物……アークエンジェルへの救援が編成され、こちらへ向かっているとの内容だった。

 それが分かるとチャンドラやトノムラ、ノイマンらもパルの元に集まって来て安堵と共に肩を組んだりしている。

 

「俺たちを探してるのか? そうなんだよな?」

 

「もうすぐ合流できるんだな! これで何とかなる! それで? いつ合流できるんだよ?」

 

「ちょっと待てって! ……かなりノイズが激しいからな……いや、けどこれなら。そんなにかからないと思う」

 

 アークエンジェル側から予め送った予定航路に合わせて、こちらに向かって来ている……このままなら1日、2日で明確にリアルタイム通信が確保、合流もできるかも知れないとパルは言って見せた。

 

 それを聞いたブリッジクルーは更に歓声があがる。

 やっと安全圏に入れそうなのだ。

 アルテミスで一度、友軍からの門前払いを食らった事もあり喜びは強かった。

 

 デブリベルトから出た途端にザフトに待ち構えられている……等と言う事もなく、何とか。何とか味方に合流できそうだ。

 

 しかし、下士官達はふと、マリューとナタルの表情に気付いた。

 複雑そうな、引っ掛かる物があるかのような。……何故、今そんな顔をするのか分からないような表情をしているのに気付いたのだ。

 

 なので、下士官達の中では最も階級の高いノイマンがマリューに訪ねる。どうかしましたか、と。

 

「え? ……あ、ああ、いえ、何でもないわ。ごめんなさい、ちょっと気が抜けてしまって。

 さあ皆、もう少しよ。後少し頑張りましょう」

 

「……っ……聞こえたな貴様ら、席に戻れ。

 まだ合流した訳ではないんだ、騒ぎ過ぎるなよ。特に対空監視、怠るな」

 

 どこか上の空だったマリューが慌てて我に返り、場を白けさせないように盛りたてる。

 その間にナタルが咳払いをしてから指示を下した。

 考え事の好きな技術畑艦長と、堅物の新米士官副長……およそ、いつも通りと思える程度のやり取りだ。

 クルー達は指示通りに席に戻るが、やはり浮かれている所は中々抜けなかった。

 

 だから気付けなかったのだろう。

 マリューとナタルの態度に、いつもと違って強張った所がある事に。

 

 クルー達が席に戻ってから少しして、思わず目線を合わせてしまった二人がいる。マリューとナタルだ。

 表情はどちらも固い。

 

 解析した暗号パルスから聞こえてきたのは、友軍がこちらに向かっているとの内容だった。こちらに向かっているという救援隊の、指揮官の声。

 そこに間違いはない。

 不安な状況で、味方が来てくれているというのだ。単純に喜ぶべき事である。

 

 同じ大西洋連邦の、第8艦隊に所属する部隊。

 マリューの直接の上官に当たるハルバートン准将の艦隊から派遣された救援部隊が、こちらに向かっているとの喜ぶべき内容だ。

 

 

 キラの《予知》通りに、先遣隊が来てくれたのだ。

 

 

 アークエンジェルの指揮官達は合わせていた視線をどちらからともなく外し、考えこみ、そして嫌な想像と予感に襲われ始める。

 全員はしゃいでいると言ってもいいブリッジの中で、マリューとナタルだけは《聞いた話の更にその次》を考えて無言になっていた。

 

 先日行った、キラを拘束し続けるか否かの話し合いを思い返してしまっていた。

 

 

 

 

 

 

《……未来から来た? はっはこりゃいーや! あの馬鹿、何を言うかと思ったら。そんな……あー悪い、そういう場面じゃあねえよな……》

 

 マリューとナタルからじっと見られ、悪かったと謝罪するのはモニター上のフラガだった。

 

 デブリベルトを抜ければ、機動兵器による艦外での24時間スクランブル体制は解除されるが、それはもう少し先で、しかも結局フラガの負担は代わりがない。

 過労と睡眠不足に変わりはなかった。

 

 疲れと重圧が彼の気分をハイにしているのをマリューとナタルは分かっている。だから責めはしないが自重してくれと目線は訴えていた。

 フラガは率直に詫びを入れる。

 

《……悪いな、ふざけすぎた。けど、こんな話マジメにやったってさ、気が滅入るだけだろう? 軽く行こうぜ、軽く》

 

「軽くと言われても……」

 

《目茶苦茶な話なんて、こっちまで深刻に考えすぎても仕方ないって事さ。ほらほら艦長さん、力抜けって。もうすぐ味方と合流できるって》

 

 キラとの話し合いを終え、今度はブリッジに近い個室に二人を呼んだナタルが―――正確にはマリューと、フラガを参加させるためのモニターをだが―――キラから聞き出した事を伝えた最初の反応がそれだった。

 

 フラガは一瞬引きつった後、呆気に取られたように大笑いし、マリューは控えめに言っても激しく戸惑った。

 軽い態度とは言っても、マリューの前でふざけて見せたのはフラガなりの気遣いとも言える。

 しかし。

 

《つーか、少尉。撃つなって言われてただろ? 俺も艦長も確かに言ったよな? 撃つなって。

 何で撃ったんだ? マジで殺る気だったのか? ……どうなんだ》

 

 さすがにナタルの発砲の件についてはフラガは雰囲気を固くした。

 天井ではなく壁に撃ったというのは威嚇にせよやり過ぎだ。ナタルの手が《滑れば》キラは本当に死んでいた。

 狭い場所で水平方向に威嚇射撃をするのは、それはもう攻撃と言っていい。

 士官教育を受けた彼女が知らない訳はない。

 

 フラガの声は若干ではなく、かなり低い物になる。

 ナタルはそれに対して言い訳をしなかった。率直に理由を述べる。

 

「弁解のしようがありません。感情が昂りました」

 

《……感情ね。ま、気持ちは分からんでもないがな。

 しかし次は無いからな。貴様は今後、一人でキラに近づくなよ、いいな少尉》

 

「はい。ご安心下さい、そのつもりはありません。

 保安部員も固定ではなく入れ替わりにさせますので、話にも耳を貸さないよう念を押しておきます」

 

《ちっ……いや、悪い。あー悪かったよ。舌打ちは、ついだ。とにかくだ。キラの射殺はまだ早い。

 それに、今はあいつをどうするのかじゃなくて、アークエンジェルをどうするかの話し合いだろ? そっちを話そうぜ》

 

「私もそれを希望します」

 

 フラガの叱責は冗談めかしてはいたが、目が笑っていなかった。それにナタルは無表情に答えた。

 ナタルも頭は冷えたが、まだ怒りが渦巻いている。

 舌打ちなどをされれば、それを刺激されてやはり面白くはない。

 

 それをお互い分かっているのだ。

 

 刺激しあって激発している場合ではない。そんな事で言い争っている場合ではないのだ。

 ナタルへの叱責を代わってもらった形のマリューは、内心でフラガに謝意を示しながら口を開いた。

 

「バジルール少尉。今の段階で貴女をどうこうするとは言いません。これは不問に付して良いことではないけれど、この艦はまだ困難な状況にあります。

 本来の仕事に集中してちょうだい。いいわねナタル?」

 

「はい」

 

 律儀にしっかりと返事をしたが、申し訳ない等とは一言も口にしない辺り、ナタルの感情も穏やかではないのが見て取れる。

 マリューはそれを無視する事にする。

 本当にそんな場合ではないのだ。せっかく最近はキラとナタルの関係にわずかながら改善の兆しが見えたのに、と、思わないではないが。

 

 とは言え……。

 とは言え何から確認して検討をするべきなのか。

 前代未聞の大問題が目の前に横たわっている。

 

 本来、ナタルへの処分は結構な物になるはずだが、キラの問題の前ではあって無いような物だ。

 だから彼女への叱責もそこそこに本題に入る事になる。

 

 しかし、いざ話し合いが始まると3人はしばらく無言だった。

 何を話し合えと言うのか……それが本音だった。

 

 

「……フラガ大尉はどう思われますか?」

 

 何とか口を開いたのはマリューだ。それでも人に意見を聞く形を取る辺り、やはり混乱が見受けられる。

 それでも、とにかく話が始まった。

 

《……まあ。まともに考えりゃ薬物か。精神異常の類いなんだがな……》

 

 聞かれたフラガも口ぶりははっきりしない。

 キラには何か特別な事情があるに違いないと思ってはいた。

 しかし、いざとなるとやはり無条件に受け入れるには事が複雑……いや、特殊すぎた。

 最初こそ場の空気を和らげようとしていたフラガだが、さすがにここは軽い態度は鳴りを潜める。

 出そうとしても難しかった。

 

 ナタルはキラから聞き出した話を、一言一句まで同じとは言えないが、二人にほぼ全て話したと言ってもよかった。

 

 支離滅裂な所も多いキラの説明を彼女なりに噛み砕き、彼女なりに整理した所もあるとは言え。聞き及んだ全て、自分との会話の流れ、自身の恥になりかねない部分も含めて全てを、ナタルはきちんと伝えていた。

 

 良いか悪いかは別として、そこに足りないのはあの空間においての、キラとナタルの感情くらいの物だ。

 

 ナタル自身、本音を言えば少しだけ、ほんの少しキラを疑えるような表現や、伝え方をしようかと悪意がよぎったのは確かだ。

 だが、彼女は物事に対して可能な限り公平であろうとする人間で、実直を美とする軍人だった。

 

 そのナタル・バジルールの意地とプライドが、彼女にそういった真似をさせなかったのはキラに取って幸運だったと言える。

 おかげでマリューとフラガは、ナタルがその場で受けた甚大なショックとは無縁でいられた。

 感情に引っ張られすぎる事なく。ナタル・バジルールというフィルターを通して冷静に、キラの話を聞く事が出来たのだ。

 

 それでも困惑や狼狽は結構な物だったが。

 

 

《3年後の未来から戻ってきた、ね。そりゃあ答えられるよな。経験してんだから》

 

「フラガ大尉は、キラ君を信用できると?」

 

《いや信用するとは言ってねえよ。するしないはともかくとしてよ。……ハッタリとしちゃ最強じゃねえか?

 無茶苦茶だが、説明としてこれまでのあいつの言動に筋が通っちまうんだよ。

 そんでこれからも話を聞きたくなっちまう……これが嘘なんだとしたら、よほど頭のいい奴が考えたんだろ。上手い事を言いやがる。いや、言わせてるのか?》

 

「やっぱりもう一度、話をしてみるべきなんでしょうか?」

 

《何を話すってんだよ。……あー悪い、疲れてんな俺。気にしないでくれ。

 話すにしてもよ、何て言うか……あいつが知っているのは知っている事だけなんだろ?

 で、本来はユニウスセブンに行ってそこで物資を手に入れるはずだった。だから答えられる。

 いや、そこまでは答えられた、か。ややこしすぎて面倒くせえな》

 

「でも今度は私達が行かない方を選んだから、先を答えられなくなった、と?」

 

《そうなるな。最も少尉の話からは、証明できそうな根拠は何も出なかったって事だが》

 

「本人も、何故過去に戻ってこれたのか分からないと、言っているんですものね……」

 

《そこまで含めて芝居って可能性を考えるとな……》

 

「ですが、高い電子戦能力に高い情報収集力があっても、予知のような未来予測は不可能では?

 それに、キラ君はナチュラル用のOSを組み上げて、アークエンジェルの防御までしてくれました。揚げ句にこんな目茶苦茶な言い訳をするのは……敵とは思えません」

 

《いやだからさ、それも敵味方を巻き込んでる大がかりな隠蔽工作って可能性が……ねえよなぁ。たかが艦一隻に》

 

「可能性の話と仰るのなら彼のご両親は……」

 

《戻ったのはついこの間なんだろ? しかも本人だけってんだからな……つーか、戦闘向けのコーディネイトね……それだけでも結構な問題なんだよな。

 まさか親の方もプラント関係者なのか?》

 

「そんな。そこまで疑うんですか?」

 

 マリューもフラガもこれからの事を話すはずが、やはりキラの事を話してしまっている。

 

 それを黙って眺めるナタルは無理もないと思った。

 二人の疑問はナタルが考えたのと同じ所を辿っているからだ。

 さっきから二人と同じような思考を散々に重ね、そして今も二人と似たような心境を散々に味わっている。

 

 実際、ナタルが激昂したのも、何処かでキラを当てにしていた面があったからに他ならない。

 短い間ではあったが、アークエンジェルがへリオポリスからここまで何とか来れたのはキラの功績、発言が大きい。

 怪しげだったとは言え、行動指針を示さされば不安な状態では当てにしたくなるのは人情と言う物だろう。

 それが無視はできないレベルで有用ならば尚更。

 

 いや、有用どころではない。居なかったら沈んでいた。それを今更当てにするなと言う方が無理だ。

 だから、これ程に腹が立つのだ。

 信用できるのかもしれない、苦しいが何とか協力態勢を……そう思わせておいてこの仕打ちでは、撃ちたくもなる。

 戦時に敵方を混乱させるにしてもやり方の限度がある。悪辣すぎるのだ。

 やり方が酷すぎてむしろ敵とは思えないレベルだ……かと言って味方だろうと判断をするのには、躊躇いを覚えるのも確かな所だった。

 

 激しく混乱させられた上に、ここからは独力で切り抜けなければならない。下手をすると想定以上に危険になっている状況を。

 その不安は3人共通だった。だからキラの話になってしまうのだ。

 

《ああ、ダメだな。あいつの事を考えててもどうにもならん。とにかく、アークエンジェルをどうするのかを決めなくちゃならんな》

 

 フラガは、キラの話には決着がつかないと切り上げを提案する。

 

 キラは嘘を言っている。それで終わらせてしまえば確かに楽にはなれる。

 だがそれでは、恐らく状況を切り抜けられるというキラの話もまた、嘘になるのだ。

 

 こちらを騙すための擬装だとしたら。一部だけが事実の何かの工作だとしたら。

 可能性、可能性、可能性。

 あり得そうな可能性の話であればそれこそ幾らでも思い付く。

 きりがないのだ。

 

 一つでも手に余る問題が複数。しかも威力は特大。

 だから保留するしかないと。

 

 マリューは頭を抱える。

 保留と言ってもみすみす有益な情報を捨てる可能性を考えると、ではそれで、等と安易に言えないではないか。

 これでどうしろと言うのか。

 この状況を迷いなく切り抜けられる指揮官が居るなら呼んで欲しい。

 胃の辺りが重い。

 できればキラからは協力をお願いしたいのだが。しかし。

 

「……バジルール少尉は、キラ君と話をするのは危険と考えるのよね?」

 

「はい。洗脳の危険がありますので、後は専門の尋問担当者に任せるべきかと。

 既に申しましたが、ヤマトはこちらを混乱させるためだけの役割の可能性もあります。

 荒唐無稽な内容ではありますが、彼自身は本気で言っているように見えるために尚更悪質です。

 あの姿を見せられて同情を覚える者は少なくないかと。

 万が一、実際に極めて特異な状況が彼の身に起こっているのだとしても、それを確かめる手段はありませんし、こちらがそれを元に動くべきなのかは疑問を覚えます」

 

 キラとの会話で一旦激昂したナタルは、反動で冷静に話をできていた。

 それはこの場に置いては場の流れを握った形に近い。

 

 ナタルはある程度キラの話を咀嚼できていたが、マリューとフラガはまだ受け止めている最中だった。時間を置きたいのが正直な所だった。

 

 だからマリュー、フラガはこの場での決着を避ける感情が強く、ナタルも慎重さから、キラの話に今の段階で向き合う事は避けるべきと主張した。

 誰も明言しないが、とりあえずは保留して……という雰囲気になってくる。

 

 言うなれば、逃げ、である。

 ただし、3人に共通するのは《これ以上の事態の悪化、複雑化は勘弁して欲しい》に尽きた。

 

 あまりにあんまりな話を聞かされても、現状では何もできないに等しいのだ。

 味方が欲しい、敵をうまくかわせるか、の状況で戦争全体の事を話されても彼らにはどうしようもない。

 

 気の毒であり考えたくない事ではあるが、キラが酷い洗脳を受けているか精神錯乱を発症している場合は、それこそ何をするか分からないのだ。

 今度こそ致命傷になるかもしれない《モノ》に、下手に触らない事を選択するのは仕方ないと言えた。

 

「月本部への通信はどうするべきなのかしら。まさか全て伝える訳にもいかないでしょうし……」

 

 マリューは友軍に送る通信にキラの事をどこまで含ませるかを迷った。

 キラの事を全て送れば射殺か、もしくは実験室行きか。

 さすがにそれはマリューの良心が痛んだ。

 

 キラが恩人でもあるのは確かだ。せめて命は何とか助けてやりたい。

 いや、助けられるはずだ。これまでの功績で持って弁明は幾らでも可能だ。

 まだ功績の方が大きいはずだ。後は余計な事を《させなければ》いいのである。

 要は静かにさせておけばいいのだ。

 

 その意見には角度は違えどフラガ、ナタルの両名も同調した。

 

《まあ詳細に、って訳にはいかないよな……事がヤバすぎる。隠せとは言わないが、伝えるタイミングを図っていた、でいいんじゃないか? 情報漏れを警戒しました。とかさ》

 

「フラガ大尉の意見に同意します。

 現状でヤマトの話は友軍を混乱させかねません。今は通信で伝えられるレベルの事実だけを発信し、後は合流してからの方がよいかと」

 

 いずれにせよ、デブリベルトの離脱。キラの拘束に変わりはない。ラクス・クラインの救助も状況から不可能。

 判断に変わりはなしだ。

 ならば行動にも変わりはないのだ。

 

 まず。さっさと地球連合の勢力圏に逃げ込むだけである。

 

 指揮官達には他にも幾つかの確認事項が出来たがそれらは。

 キラは表向き療養とする事。

 学生達の間ではトール・ケーニヒにのみキラの《味方勢力圏に近づいた為の、誤解を避ける為の自主的な》独房入りを伝える事。

 学生達がキラの協力者である可能性を考え、今更ではあるがブリッジへの立ち入りを止めさせる事。

 戦闘よりも速度を重視して行動する事、等の細々した物だけだった。

 

 無論、どれも面倒な事ではあるが、キラの話に比べれば常識の範囲で収まる話なのが彼らの救いだった。

 

 だからそれに集中する事にする。

 マリュー達がキラの話に正面から向き合うには、余裕と時間が無さすぎたのだ。

 

 

 

 

 

 そんな話し合いを思い出して憂鬱な感情に支配されるのも仕方のない事だった。

 マリューは誰にも聞こえないようにため息をつく。

 

 艦長席に座る彼女は、部下の前なのだからしっかりしなければと、気を引き締め姿勢を正した。

 それでもやはり時折、CIC指揮官席に座る副長……ナタルに目線を向けてしまう。

 マリューだけがナタルを見るのではない、ナタルもマリューを見るのだ。目線が合うのだ。

 デブリベルトから抜け、アラートやシフトは長かった警戒態勢から通常へ落ちているが、マリューとナタルはブリッジに常駐していた。

 

 二人ともやはり、油断する気になれないのだ。 

 今届いた先遣隊からの暗号パルスの内容を聞いてからはさらに。

 

「艦長、保安部からアラートの切り替えについて、もう大丈夫だとアナウンスをお願いしたいとの要請がきていますが」

 

 と、パルから声をかけられてマリューは意識を戻す。

 そうだった。

 いつまでも昨日の事を考えてはいられない。

 面都な事は後回しだ。キラの事はハルバートンに会ってからで十分だ。

 今はアークエンジェルを何とかしなくてはいけない。

 

 マリューはこれまでのアラート切り替えの激しさの謝罪と、もうすぐ味方に合流できるとの説明を合わせて発した。

 少なくともこれで艦内の空気を柔げられるだろう。

 大丈夫、状況は良くなっていると。

 そう思い込むためにも。

 

 CIC指揮官席に座るナタルはマリューのアナウンスを聞きながら仕事をしていた。

 艦の戦闘能力の入念なチェック、そして周辺警戒を厳密にとの念押しをクルーにしていた。

 やっておいて損はないとの思いは言い訳だと分かっている。

 

 時間が空くとキラの話を思い返してしまうのだ。

 インパクトが強かったからだと断じてみても、それでもやはり考えてしまう。

 

 現実にあり得ない事だが一つ当たってしまったのだ。

 第8艦隊からの先遣隊。

 

 実際に自分が記憶を持ったまま過去へ戻ればどうするか。

 それを考えるのは怖い。想定してしまうのが。

 それでも考えてしまうのだ。

 自分はキラのように数百人の未来を抱え込めるだろうか? 戦争自体の事を考えれるだろうか。

 どうやって周りを説得するか。

 やはりあんな説明になるのではないのか。

 

 ナタルは頭を振る。

 馬鹿げた話だ。これが狙いなのだ。こちらを混乱させるための。……だが。

 

 だが、やはり考えてしまう。

 

 食事の支給に行かせた保安部員から、キラが「モビルスーツの装備だけでも整えさせてくれ」と必死に訴えてきておりますが、と聞かされる度に。

 

 もう一度話を聞き直した方がいいのではないか。

 せめてモビルスーツ隊の装備だけでも整えさせておいた方がいいのではないか。

 先遣隊への警告はした方がいいのではないか。

 もしかすると自分はアークエンジェルを死地に向かわせているのでは……。

 

 いや違う、あり得ない。と。ナタルは己の弱気を叱咤する。

 

 弱気になるな。だからそれが狙いだとしたらどうするのだ、と。

 連合に被害を与えるための洗脳工作だとしたら、既にアークエンジェルはやられていると言える。

 むやみにキラの話を広げるのは危険だ。

 

 しかし。

 しかし、やはり気がつくとナタルはキラの話、これまでの会話や状況を組み合わせて、思い返しては矛盾や整合性を求めてしまっているのだ。

 

 否定したいから、納得したいから、次から次へとキラの言動を思い返してしまっていた。

 たまに自分に心配げな視線を向けてくる艦長と同じく。

 

 

 

 あと少しで、安全な所へ着ける予定。

 艦内アナウンスでそう責任者から伝えられると、乗っている乗員達は民間人も含めて、皆が安堵の空気を出していた。

 

 そろそろ我慢は限界に近かったのだ。

 アナウンスは保安部からのブリッジに対する注文だった。デブリベルトを抜けて、アラートの目処が立ったら何とかお願いしたいと。

 実際、艦内の空気は目に見えて柔かくなる。

 

 実は食事があまり美味しくなかったんだ、とか。

 体が汗臭いのはうんざりだとか。

 警報の切り替えのせいで睡眠不足だとか。

 兵隊さんとやっていた賭けカードゲームの掛け金を早く回収しなくちゃだとか……これはあくまでも遊びの範疇の話だが……とにかく色々な話題が出てくる。

 

 彼らは、助けてもらった事をしっかり分かっているのだが、だからこそ言えなくなる不満もあった。

 もちろん冗談めいた物言いではあるのだが、ようやくそれを言えるくらいにやっと感情が緩んだとも言えた。

 困った体験だったな……などと笑い声もちらほらと出てきていた。

 

 それを見回る保安部の兵も苦笑いだ。

 ただ、彼らの空気も柔らいでいるのだから、やはり過ごしやすくなっているのは確かだった。

 

 

 対して残念ながら、安心してはいられない者達もいる。

 志願した学生達。そして格納庫で勤務している者達と、ごく少数の保安部員……彼らは現在の状況に差はあれど不安を感じていた。

 

 学生達は体調を崩し姿を見せなくなった友人の事と、もうブリッジには入らなくてもいい、各部署の雑用をと言われるようになった事で不満と軽い不安を。

 

 そして格納庫に居る者達は調整が止まった搭載兵器を見て多いに不安を。

 ごく少数の保安部員は、先日の独房で起きた事を思い返して強烈に不安を感じていた。

 

 各業務において、つまりキラに関わってくる者達はまだ不安を抜け出せずに居た。

 

 それでもブリッジはオーブ軍人の協力を得て回っており。

 学生達も、何故か見舞いにも行けないキラや、ブリッジには入らなくていい、と言われた事に文句を言いつつ厨房でイモの皮剥きや、艦内の環境保全に汗を流し。

 

 格納庫ではとにかくできる事をやろうと、整備班や民間技術者達がキラ抜きでは手をつけられない所をスルーしつつ、結果的に休みが増え。

 保安部の者達も命令に従い、とにかく仕事に集中する事で。

 悩みながらも、これまでよりは比較的に穏やかな時間を過ごしていた。

 

 

 モビルスーツ隊の事はフラガに任された。

 装備、運用、出撃の可否。

 かなりの裁量権がマリューから与えられた。しかし。

 

「あの……X105の装備はどうしましょうか」

 

「グレーとガンバレルストライクのOSで干渉する式なんですが……」

 

「トールとアサギの訓練なんですけど、高速航行なら外では出来ませんよね? 艦内のシミュレーターに変更ですね? 一回グレーを念入りに整備したいんですが」

 

「グレーとガンバレルに対してのストライクの装備流用についてなんですが……」

 

 等と。

 機動兵器関係で今までキラが引き受けていたことがフラガにのし掛かってきた。

 

 無理である。

 量もそうだが、内容がそもそもフラガの手に余る。

 訓練生達の面倒も見なければならないのだ。

 もうすぐ合流とは言え、鍛えておくに超した事はない。……キラの話では先遣隊との合流時に一戦あるのである。

 油断は出来ない。

 

 OS関係はキラがほぼ毎日手を入れ修正をかけていたため、少し前に保存していたバージョンの、動きは減るが安定していた状態の物に変更してしのぐ事になった。

 装備については現状維持にしかならない。

 

 その時点でフラガはパイロットとして面白くないのである。仕方ないのだが面白くない。

 フラガは自分に出来ない事は整備班にとにかく丸投げし、まずは訓練生達に話をする事にした。

 

 いざとなれば艦の防御に入らせる事になるのだ。

 ビームライフルの一つも撃ってもらう事になるかもしれない。

 さすがに彼らにはキラの事を黙っているに訳にもいかず、やむ無く話したがトール、アサギの反応はやはり若い物だった。

 

「だから! キラはスパイじゃないって言ってんでしょうが! ホントに何を考えてんですか!」

 

 全てではなく表向きの言い訳……誤解を避ける為の自主的な独房入り。と聞いた直後のトールの反応がそれだ。

 馬鹿やろう、声がでかい。とフラガに注意される。

 現在ブリーフィングルームにはパイロット達しか居ないが、大声で叫んでいい内容でもない。

 

 いつも居た保安部員もいない。

 何だかんだで、彼らはキラにくっついていた保安部員2名とも顔見知り以上になっていた所がある。

 それぞれの交代もあるから常に全員とは言えなかったが、大々5~6人で固まっていたのが、いきなり3人だけになった。

 

 だからこそトールとアサギは、減った人数に不安を覚えるのは当然だった。

 

 特にトールには何でわざわざ戦力を減らすのか理解不能の話なのだ。ザフトは強い相手なのではないのか。

 比べればアサギは静かに聞いたと言える、しかし不安そうな面はトールと同じだ。

 

「じゃあもしザフトが来たら、私かトールが出撃するって事ですか?」

 

「もしかしたらの話だ。ひょっとすると二人とも出てもらう事になるかもしれん」

 

「グレー、どうすんですか。エラー出てますけど」

 

 トールは不満顔だが、やるのならば出ると顔には書いていた。怯えはあるが、責任感の方が強く現れている。

 

 フラガはトールとアサギの教育にはかなりキツい物を用意したと言える。

 潰しかけた、とは言い過ぎだが。これでダメならどうせ乗せられない……その二歩、三歩手前位には厳しい態度と要求を心がけていた。

 

 それを周りのフォローや、サポートもあったとは言え、何とかついてきたトールとアサギには拙いながらも兵士としての物が備わりつつあった。

 あくまでもど新米としてだが、一応程度には。

 

「じゃあヤマトさんのストライクはどうするんですか? OSを入れ換えて、あたしかトールが乗るんでしょうか? フラガ大尉と3人で出るんですか?」

 

 フラガは、アサギからの質問に腕を組む。

 できればストライクは残して置きたかった。

 

 いざと言う時にキラを出さなければならない状況が怖いのだ。

 ナタルが強硬に厳しい態度を取ってしまった事もあり、彼女の立場やプライドの問題からそうそうはキラを出せなくなった事は分かる。

 

 それでも出さなければならない状況が来たら怖い。

 

 そしてそんな状況では恐らく、キラをジンで出した所でまず意味がない。

 ストライクは残しておきたいのだ。

 

 だからトールとアサギを使うならどちらか一人ずつ。

 ならばジンではなく、慣れてきていて防御力のあるグレーフレームになるのは当たり前で。

 となるとストライクは現状であまり手をつけられなくなる。

 装備の増強を図ろうにも、キラがようやく手を入れ始めた装備関係は現在凍結中……つまりやるとなったら、今のままでやることになるのだ。

 結局、出来る事は少ない。

 

 フラガはどれだけキラが仕事を抱えていたか理解する。

 そして恨んだ。

 

 何故ナタルと二人の時に言ってしまうのか。

 

「せめて俺に最初に言ってくれりゃあな……」

 

 いや、同じ事か。

 フラガは顔をしかめる。

 

 話の内容が特殊すぎるのだ。

 戦時に笑って流すのは不可能に近いレベル。

 

 もし自分が最初に聞いていれば、やはりキラの精神状態をまず疑っただろう。

 錯乱したパイロットほど危険な物はないのだ。ましてやあの強さ。

 多分、キラをそれとなく兵器から離しただろう。それから慎重に対応を考える。……ナタルのやり方を全面的に否定は出来ないのだ。

 

 目で不満を訴えてくる新米どもの頭をフラガは、がしがしと撫でる。

 

「……ほらほら、いつまでも文句を言ってんなよ、俺も大変なの。

 それとな、今日からは走る量を軽めにしておけ。シミュレーターで狙撃と射撃を重点的にやるぞ」

 

 そのフラガの言葉を聞いて新米二人は危機感を強くした。味方に近づいているのにアークエンジェルの機動兵器隊長は全く甘い想定をしていないのを把握したのだ。

 

 それでもトールは、ようやく役に立てると発奮してみせた。友の為にモビルスーツに乗る決心をした人間である。

 恐怖はあるが、負けん気は少なくない。

 アサギも負けまいとシミュレーターの順番争いを始める。

 彼らのその姿を見てフラガは、何とか何事もなく終わって欲しいと願ったが、不安は除けなかった。

 新米を頭数に入れる戦いなど、大抵は負け戦である。

 

 

 

 さらに翌日、マリュー達を狼狽させる事実が判明した。

 

 ノイズ混じりではあるが先遣隊とのリアルタイム通信が繋がったのだ。

 一瞬、一瞬だけ心の底から安堵した彼女達だが。

 

 先遣隊に民間人……というには微妙な立場の者が同乗している事が判明した瞬間、マリューとナタルは共に顔を青くした。

 

 大西洋連邦の事務次官。

 ジョージ・アルスター氏が先遣隊に同行してきていた。

 

 

 

 

 それとほぼ時を同じくして、ザフトの戦略拠点ボアズから出撃。高速で移動していた艦隊がいた。

 ベテランのマッカラン隊、若手中心のクーザー隊である。

 贅沢な事に高速艦のナスカ級4隻からなる、プラント追悼慰霊団の捜索隊だった。

 

 彼らはボアズ~デブリベルト間を航行していた所だった。

 

 地球、月を睨むザフトの重要拠点、要塞ボアズ。

 そこからデブリベルト方面に、と言うのはどちらかと言うと雑用をやらさせるような配置になる。

 

 しかし彼らの士気は高かった。

 何故なら、プラント本国より緊急命令を受けて出撃しているのである。

 国防委員長から直々の命令が来ていたのだ。

 彼らの所属する派閥の長からである。

 

 その旗艦ではオペレーター達の声が響いている所だった。

 

「マッカラン隊長! 連合らしき部隊を発見しました、熱源と航跡から予測。デブリベルト方面に向かう進路を取っています……恐らくは月からの部隊です!」

 

「このまま進むと航路がぶつかります、如何されますか」

 

 それを聞いたマッカランはあっさり決断する。

 

 いかがされますか、だと? 排除に決まっている。

 こちらは民間人の捜索、救助に行かねばならんのだ。

 速度も進路も譲る訳にはいかん。

 

 邪魔な物は全て潰せ、とも命令を受けているのだ。

 

 マッカランは直ぐに同じ隊長格であるクーザーを通信で呼び出した。

 無論、戦闘に入る為の同意を取り付ける為である。

 

 通信に出た若い男……クーザーは、隣にいる艦長職の男共々、意気軒昂といった様子だった。

 

「クーザー、このままでは本隊との合流前に遭遇戦になるが……構わんな?」

 

《はい、マッカラン殿! 奴等はよりにもよってデブリベルトへ向かっています。もしかするとラクス嬢を確保する動きなのかもしれません、叩き潰すべきです!》

 

 クーザーの言う確保とは味方に配慮したソフトな言い回しだ。

 本音では、あの連合の部隊は追悼慰霊団に《止めを刺し》に来ているのではないかと疑っているのだ。

 そしてそのやり取りを聞くザフト将兵は、口に出さないがクーザーの意見に同意を持つ者が多かった。

 それはマッカラン隊のブリッジクルーも同じくだ。

 

 疑心暗鬼な面が強いとは言え、時も場所も悪かった。

 ユニウスセブンはダメだ。

 

 現状、プラントにとってユニウスセブンとはナチュラルの悪行の代名詞であり、そして自分達の大儀名分である聖域に近い。

 

 そこでまたもや、だ。

 しかも相手がラクス・クライン。

 またもや民間人が連合に一方的な攻撃を受けたのだ。

 

 本国からは市民から公員、全てが例外無く怒り狂っている、仇を討ってこいと通信を受け取っているのがボアズの将兵だった。

 機会があれば、ナチュラルを叩きのめしてやりたいというのが彼らの心情だった。

 

 同じボアズから、報復として月への攻撃に行く部隊を見送りつつ、色々な思いを飲み込んでこちらへ来たのがマッカラン、クーザーである。

 

 煮えたぎっていた闘争心が燃えるのに、目の前の連合部隊は手頃すぎた。

 

 マッカランは決定を下す。

 

「よし、捜索の邪魔をさせる訳にはいかん。あの連合の部隊を追尾、我々で攻撃をかけるぞ……! 戦闘配置!」

 

 高い機動力を持つナスカ級のみを与えられたという事を、邪魔な連中への対応力を与えられたと解釈したザフトの指揮官2名。

 

 捜索部隊には似つかわしくない大戦力……モビルスーツ22機を与えられたマッカラン、クーザー隊のナスカ級4隻が速度を上げた。

 

 



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消えていく光 2

何とか7月中にもう一回投稿できました。


 

「大西洋連邦の外務にて、事務次官を拝命しているアルスターだ。

 先だって、そちらから送られた乗員名簿に娘の名があった事に驚いてる。混乱した状況の中、多くの民間人を保護してくれた事に深く感謝したい。

 また、協力を申し出てくれたオーブ軍人の方々にも、心よりお礼を申し上げる」

 

 

 

 月から向かってきた救援―――正確には、月から出撃した第8艦隊より派遣された部隊、という表現になる―――護衛艦のドレイク級4隻と、地球連合の主力艦艇であるネルソン級1隻からなる先遣隊。

 

 そしてデブリを抜けてきたアークエンジェル。

 

 合流を目指していた両者だが、その間に広がっていた距離が詰まり、ようやくリアルタイム通信に支障が少ない位置まで近づいた、と言えたのが、つい先程だった。

 

 ボアズからか、プラント本国からの物か、たまに乱雑な妨害電波が飛んでいる空間にぶつかるが、それ以外はまあ、おおよそ明瞭と言える宙域だった。

 すぐさま先遣隊指揮官のコープマン中佐、そしてマリューとの間に通信が開始される。

 

 アークエンジェルはようやく、間違いなく味方である存在の近くまで来れたのだ。

 

 話さなければならない事が山積みだった。

 とは言うものの、そこは同じ艦隊に所属する者同士。

 まずは、お互いのここまでの航海の無事を労う。そんな始まりだ。

 

 指揮系統の下位に当たるアークエンジェル側は、指揮官クラスのマリュー、ナタルの2名が並び立ち、モニターに映るコープマンに対して敬礼を行った。

 手早く挨拶が終わり、さて本題へ。といった所で先遣隊指揮官と旗艦モントゴメリの艦長職を兼ねるコープマンの横から、会話に割り込んで来た者が居た。

 

 それがモニターに映る彼、ジョージ・アルスター事務次官……大西洋連邦の外交政務を担当する高級官僚だった。

 

 彼は断りを入れてからとは言え、当たり前のように割って入り、当たり前のように挨拶を始め、当たり前のように場の主導権を握り出したのだ。

 割り込まれたコープマンが、笑っていないのが目に入っていない。

 

 アルスター氏が何故そこにいるのかを、何故通信に出るのかをアークエンジェルのブリッジクルーのほとんどは、戸惑いで持って迎えた。

 事務次官とは国家における事務方のトップと言える役職だ。

 要人と言って全く不足がない。

 少なくとも前線に出てくる立場の人間ではないのだ。

 

 そんな人間が、先遣隊の旗艦に同乗して来ているのである。不自然さが目立った。

 モニター越しに見える限りはコープマンの横……ブリッジにおいて艦長の隣に座っているのである。

 

 アークエンジェルとの通信時に何故。

 いったいどんな用件があるのか。

 クルーが身を固くしながら何事かと聞いていれば、内容は偶然アークエンジェルで保護されていたらしい彼の娘、フレイ・アルスター嬢の事。

 それが用件なのか……というのが話を聞かされた者の感想だ。

 

 しかし、いくら要職にある人間とはいえ戦時の軍艦、しかも指揮官同士の会話に割り込むのはルール違反だ。

 これでは通信の私用に近い。

 

 おまけにその内容は挨拶と同時に肉親の事。

 他の事も案じてみせてはいるのだが、とにかく娘の事が心配で仕方ないと、次官の顔には書いてあった。

 

 親としては悪い事ではない。

 加えて、アルスター氏の弾んだ声と安堵したような表情、率直な態度は周りからの非難を和らげてもいる。

 親が純粋に娘の身を案じているのだ。

 端から見ていて、もちろん悪い気はしない。

 

 悪い事でなく、悪い気もしないのは確かだが、かと言って苦笑一つでスルーして差し上げるには、中々無理のある状況だった。

 指揮官としては、クルー達の疲れと脱力が浮いている顔を見てもらい、察して欲しいのが正直な所だと言える。

 

 実際、モントゴメリのブリッジクルーは、彼の見えない所で渋い顔をしている者が居るのだ。

 

 ついには「できれば娘の顔を見たいから、ブリッジに呼んでくれないだろうか。私が迎えに来たと伝えて欲しい」等と言い出す始末。

 両艦のクルーがさすがに困惑の色を隠せなくなったのを見て、コープマンは口を出す事に決める。

 

 合流すれば、娘さんとはゆっくり話ができますから、と。

 だから今はちょっと遠慮して欲しい……それを暗に匂わされたアルスター次官は怒る事もなく、おとなしく下がった。

 娘に、父が来ている事、もう心配しなくていい事を伝えて欲しいとの要望は、しっかり伝えてきたが。

 

 どうやら、どれだけ邪魔をしているかの自覚は薄いようだった。

 つまりはそういう人物なのだろう。

 高い階級により、その辺りが鈍った人間なのかもしれない。

 その態度からは政治的な面倒事を持ってきたようには見えず、はっきり言ってしまえば親バカすぎる反応だ。

 

 アークエンジェル、及びモントゴメリのブリッジクルーらの間には、嘲り、とまでは言わないが……微妙に渇いた笑いが浮かんだ。

 

 本来の歴史の流れであれば、ブリッジにおいてサイ・アーガイルが……フレイ・アルスターの婚約者でもある彼が「フレイの父親はこういう人だ」と言った旨の発言をしており、取りあえずのフォローをする物だが、現在彼はブリッジに居ない。

 

 結果、いきなりそれを見せられ、誰からのフォローもなかったアークエンジェルのクルーは、顔を出してきたトップ官僚にただ呆気に取られた。

 

 気を取り直して再開されたコープマン中佐との通信にも、何となく、緊張と言うか悲壮感と言おうか……毒気が抜かれて緩んだような空気が漂った。

 誤解を恐れずに言うならば、殺伐とした空間に穏和な日常の空気を持ち出されて、弛緩してしまった。と言うのが近い。

 

 人情的には悪いと言い出せない雰囲気だったのが余計に、その半端な空気を蔓延させてしまうのに一役買っていた。

 

 しかし、アークエンジェル指揮官の2名だけは違った。

 

 たった今、彼女達の目の前で起きた状況。

 アルスター事務次官という高級官僚が軍艦に乗ってここまでやって来る。通常は有り得ない事だ。

 

 だが、彼が先遣隊に同行してくる可能性。それがある事をマリューとナタルは知っていた。

 いや、来る。であろう事を既に言われていたのだ。

 

 事務次官ともあろう者が肉親の情で動く事を。

 政治的理由ではなく、やむを得ない理由でもなく、ただ肉親への強い情から、ザフトの哨戒圏へ来ると。

 

 そんな現実的でない情報を、異常極まりないルートから予め聞かされていた二人は……いや、だからこそ。

 アルスター次官が名乗った瞬間、殴られたかのようなショックを味わってしまった。

 目の前の光景を現実なのかと疑う程に。

 

 アルスター氏から通信の主導権を取り戻したコープマンだが。彼がモニター越しに詫びを言っても、マリュー、ナタルの反応は鈍かった。

 どこかしら迷っているような、強張っているような雰囲気だ。

 

 それを事務次官の困った態度のせいと判断したコープマンは、二人の態度に不自然さを感じない。

 

 いや、正確には彼女達の揺らぎを察してはいた。

 しかしそれを咎めもせず、また指摘する気もなかった。

 

 上官の前での態度としては微妙で、口頭なり何なりで注意するべき物ではあるのだが、今は流してやるべき程度の物だと考えたのだ。

 

 コープマンは上官であるハルバートン准将から、その辺りを言われている。

 

 アークエンジェルのクルーは慣れぬ環境で参っているだろうから、あまり色々と細々しい事は言わなくてもいい、まず合流と安全圏への離脱に全力を尽くすように、と。

 さらに。

 アークエンジェル艦長を代行しているマリュー・ラミアス大尉は、元から同艦の副長に任命するつもりであったが、それは。

 それは、一刻も早いモビルスーツの運用データ収集と、必要とあれば現場判断での改修の為の権限を付与する為であり、さらには、他派閥からの面倒な横槍を多少なりはね除けさせる為であって。

 

 つまりは艦の指揮、運用面での能力はそれを過度に高く見積もらないように……と。

 そのように申し付けられてもいた。

 

 結果。コープマン中佐はマリューとナタルの妙に強張った疲れのある表情、どこか迷いのある態度を。

 これまでの苦労と極度の不安から来る物だろうと納得し、これ以上の余計な気苦労を減らすべく音声通信は早めに打ち切ろうと判断した。

 どうせこのまま順調に行けば、後数時間で合流もできそうな距離なのだ。

 

 長々と音声通信などしていれば、またアルスター氏が親バカを発揮しかねない。

 

 敵勢力圏で、現場組が、後方のしかも官僚に使っていられる余力など本来はないのだ。

 巨大組織である大西洋連邦、その事務次官クラスだからこそ、ここまでは許されているのであって。だからと言って無限に我が儘を聞いてやる義理はない。

 

 傍受される事を警戒して、最低限の通信量に納めるべきとでもすればよいだろうと。コープマンは次官ではなくマリュー達に気を遣う事にする。

 

 そのように決断したコープマンは合流の手筈と合流予定ポイントを通達すると、あとは一定時間ごとの暗号パルスでの連絡に切り替えると指示を下した。

 マリュー、ナタルに対しての軽い激励で手早く会話を終え、アークエンジェルのクルーを休ませるように言葉を結ぶと、通信を切ってしまった。

 

 コープマンは通信を切る寸前の……どこかしら物を言いたげなマリューに引っ掛かりを覚えないではなかったが……切り出しにくそうな表情を察して、合流してから内密にはなせばよいか、と判断を下した。

 

 アークエンジェルクルーの無事な姿は見た、彼女達の現在位置も確認した。

 加えて、隣のアルスター次官が早速リクエストをつけてきた事もあり、思考の優先順位が切り替わってしまう。

 

「あー、コープマン中佐……もう少し、通信を行いたかったのだが……」

 

「次官。この辺りは敵勢力圏にも近い宙域ですので、あまり音声通信は。次官とご息女の、安全の為でもありますので、申し訳ありませんが、どうかご納得ください」

 

 控えめな表情とは裏腹に、固い声でそう言われてしまえばアルスターは渋りながらも引き下がるしかない。

 

 別に娘の事だけで来た訳ではないのだが……。

 いや、娘の事が最も大事だ。恥じる事はない、娘が大事なのだ。その為に手を打ってここに居るのだ。

 公権力の私的流用と言われても、早く娘の無事を確かめたいのだ。

 

 だが、他にも早めに手を付けたい仕事があるのも事実だった。

 

 アークエンジェルに乗っているコーディネーター。

 キラ・ヤマトという志願兵。彼の事だ。

 

 アルスター自身は決して乗り気ではないが、彼の属する組織の長が決めた事だった。

 彼を大西洋連邦に明確に取り込む……その為に接触をしたかったのだが。

 

 まあいいか、と、アルスターは己を宥める。

 通信ができないならできないで、交渉は合流してから改めてだ。

 アークエンジェルのクルー達に、余計な話を聞かせないで済むと思えば悪くないとも言える。

 楽な事に、既にこちら側に志願してきた相手だ。

 

 彼に対しての動きが不自然に鈍いオーブが、その重要性に気づいて囲いこむ前に完全に取り込む。

 

 コーディネーターを排除する為の手駒として。

 

 正直な所、コーディネーターの排斥を目指して活動している自分が、コーディネーターと顔を付き合わせ、相手を重要人物として取り込む為に弁舌を尽くすなど、あまりいい気分ではないが。

 16歳という歳で、兵士として戦える危険な存在なら尚更だ。

 そんな危険な相手と一緒の船に乗っている娘、フレイが心配で堪らなかった。

 

 何が遺伝子のデザインか。

 どうせなら凶悪性を抑えるデザインをしてほしい物だ。

 

 しかし分からない物だ……とアルスターは首をひねる。

 オーブの動きがひたすら鈍い。

 常々訳の分からない所がある国だが、今回のキラ・ヤマトの件については特に分からない。

 自国民の対応にしては、妙に及び腰なのだ。

 

 聞けばスパイ疑惑をかけられた者のようだが……それについては、なんと首長であるアスハ家が、身元を保証すると言ってきた。

 だから無事に引き渡して欲しいと、アスハ家がわざわざだ。

 そこまで言ってきたのにも関わらず、確認の為に政府関係者なのか、特別に対応するべきか、との問合せをすれば微妙に不自然さ、不明瞭を感じる返答をよこすのだ。

 

 何かある。

 

 上手く行けば対オーブへの楔にもなりえるかもしれない手駒を、自分の手柄により入手する事になる。

 それは自分の地位をより磐石にする……ひいては家族の身を守る事に繋がると思えるのだ。

 

 アルスター事務次官は、自分の特徴でもある顔……微笑んでさえいれば敵を作らないと評判の柔和な表情の裏で、これからのアルスター家の事を考えていた。

 

 上機嫌で笑う彼はコープマンから、丁重に丁重にブリッジ退出を促される。

 合流までブリッジに居られれば、たまった物ではない。

 彼が居ると空気が弛緩して仕方なかった。

 退出を促された事を特に気にした風もなく、やたらと人当たりのいい顔でブリッジを出ていくアルスター次官。

 

 だが彼の残した空気。

 軍人を戸惑わせるその空気はしばらく残ってしまった。

 怠惰ではないが、不満や不快、呆れと言った負の感情を刺激する事には違いがない物が。

 

 だから、遅れた。

 

 性能面として既に旧式と言えるドレイク級に、主力ではあるが新型ではないネルソン級ですら1隻しかいなかった事は無関係ではないだろう。

 レーダーの運用……各艦の陣形配置や、ノイズによる誤認、モードによる索敵範囲のずれ等がちょうど重なった事も不運の一つと言える。

 単純な勘違いや見落とし、緊張による思い過ごしからの細かいヒューマンエラーが複数発生するのは人の組織である以上は仕方ない。

 そして細かな失敗が影響しあって、より大きな失敗に繋がっていく事は残念ながら世の常だった。

 

 そういった諸々の事柄が、ちょうどここで積み重なった結果、一つの致命的な事態を先遣隊に持たらしてしまったのは気の毒としか言いようがない。

 

 側面寄りの後方……ボアズからの電波妨害を隠れ蓑に、高速で接近してくる4隻のナスカ級。

 それらに気付くのが一歩遅れてしまったのだ。

 

 後手に回る事が決まるタイミングでようやく、気付いた複数の索敵報告が連鎖的に上がる。

 敵を振りきるのは不可能と、迎撃が決定する頃には既に、多少の無理をすれば砲撃戦に入れる寸前のような距離だった。

 

 

 

 一方、アークエンジェルのブリッジでも弛緩した空気はやはり広がっていた。

 少し浮わついている……酷いとは言えないが、軍艦のブリッジという場においては少し、いきすぎた場合のそれ。

 

 そういった空気を引き締めてきたのはナタルなのだが、そのナタルが何も言わないのだから、控えめとは言えクルー同士で雑談まで始まる始末である。

 

 マリュー、ナタルが何故か艦長席の辺りに集まって、声を潜めて話をしており、周りへの指示が明確ではない事も一因だ。

 アラートが警戒ではなく、通常のままであるからクルーの緊張も高まらない。

 警戒になっていないから、味方が来てくれたのだから、今は少しは緩んでいいのだろう、やっと安心できそうだから少しだけ。そんな空気。

 

 さすがにノイマン曹長とオーブ軍の下士官がクルーに注意をするが、両方とも親しみのあるタイプである為にこういう時は厳しさが足りない。

 

 加えて注意をする彼らの担当は操舵と索敵。

 自分達もあまり気を散らしてよい職責、状態でもなく、ようやく部下達も安堵できる状態になったのだからあまり、空気を悪くしすぎるよりは、と、多目に見る判断を下していた。

 

 

 そしてそれらの空気を感じながらも、それ所ではないのがマリューとナタルの二人だ。

 

 コープマン中佐、アルスター次官との通信で、彼女達は顔の強張りを自覚できる程にショックを感じていた。

 

 その態度は何か? などと聞かれなかった二人は、上官から叱責を貰わなかったという意味では、助かったと言えるのだが。

 それは他の選択肢を取る場合、取りたかった場合は、こちらから改めて切り出さなければならない事を意味していた。

 切り出す切っ掛けを掴み損ねた、と言う意味ではむしろ困った事になるのだろう。

 

 乗っているのである。

 大西洋連邦の事務次官、ジョージ・アルスター氏が。

 

 まさか……という思いが二人にはあった。

 乗っているかもしれない、とは思ってはいた。考えたくはないが、キラが言ったのだから、ひょっとしたらと。

 いやまさか、と思いながらも薄々は。

 もしかすれば、そんな非現実的な事も有り得るのかもしれないと。

 

 しかしだからこそ、そんな不安に苛まれていたからこそ、有り得ないだろうと《現実が、常識的に否定してくれる》事を考えていたのである。

 

 アルスター事務次官など乗っていない。来ない。ほら見ろ。やはり乗っていなかったじゃないか。キラの話は嘘だった……そう言える事を期待していたのだ。

 だと言うのに。

 

 現実にそれが起きてしまった。

 それを事実として目にしてしまうと、彼女達の把握する情報は深刻な意味を帯びてきてしまっているのだ。

 

 第8艦隊からの先遣隊。

 同乗してくるアルスター事務次官。

 そして聞いた《さらにその先》……先遣隊に対するザフトの強襲、そして全滅。

 その勢いでアークエンジェルに殺到してくる敵部隊。

 

 話では相手はあのナスカ級。奪われたGを使う強敵だ。

 人質を使ってまでしのぐ事になる難局……冗談ではない。

 

 マリューとナタルは慌てて打ち合わせに入ったのだが……慌てるのは思考だけで体は重かった。

 

 偶然……いや、情報収集による、精密なだけの予測だ。

 断じて《予知》などではない。ましてや未来から戻ってきたなど……二人はそう思い込もうとはする。

 しかしもう、偶然で済ませていい話ではなくなった。

 

 万が一に備えて対応するかどうかを検討しなければ。

 だがどうする。

 

 マリューは艦長席に座り、震えそうになる口を手で隠しながら、ただひたすらに悩んでいた。

 

 本当に事務次官が来るとは。

 彼からは、確かに娘に会いたいとの感情が見え隠れしていた。本当に娘可愛さだけでこんな所へ来たのか? 

 肉親への情……本当にそうなのか? 

 だとしたら何を考えているのか。許可を出したであろう上層部も含めて、何を考えているのか。

 

 違う。それよりも考えなくてはいけない事がある。

 これでキラの話に信憑性が出たのだ。

 狂人の虚言と思っていた内容に、信憑性が出てしまったのだ。……いや、虚言と思うのは、もう危険なのではないか?

 

 マリューは思わずナタルを見てしまう。

 ナタルは視線を落とし何かを考え込んでいた。その顔色は悪い。

 

「ナタル、警告を……」

 

「……何を、どうやって伝えるんです」

 

 マリューの口から思わず出た警告と言う言葉。

 それを実行するか? と言う提案は、ナタルに動揺混じりの声で返される。

 そこでマリューは気付いた、ナタルが一足先に気付いているのと同じ事に。

 

 何と言えばいいのだ?

 

 スパイかも知れない相手からの、信用度が疑わしい未確認情報なのですが、か?

 精神が不安定な者の狂言紛いの意見なのですが、敵部隊の攻撃を予見しています……だから退避をしてくれ。とでも言うのか?

 

 間違っていたら、いや《何もなかったら》偽情報の流布による作戦妨害として極刑も有り得る程の重大な進言である。

 

 そもそも警告をしてどうなるのか。こちらも苦しいのだ。

 だから味方と合流するためにデブリベルトを出たのである。

 敵の勢力圏に孤立しているから、味方に救援を要請したのだ。

 少なくともここまで協力してくれていたキラとの、協力態勢を切ってまで決断した結果だ。

 

 それにだ、もし。

 了解したと返されればどうするのだ。

 こちらは退避する、武運を祈る……とでも返されれば、その後はどうするのか。

 その後に敵襲があれば、本当にアークエンジェルだけで対応しなければならなくなる。

 

 そんな事は無理だから、今こうなっているのであって。

 そういう状況に陥らない為に、敵と遭遇しない事に賭けて、この状況に至っているのだ。

 

 今さら、キラの意見を元に何をどうしろと言うのか。

 

「……ナタル、何か手がある?」

 

 焦りを隠しきれないマリューの問いに、ナタルは答えに詰まった。

 幾つか手を思い付きはした、が……。

 キラの話通りの状況が起きると《仮に》想定したとして、打てる手は大きく分けて3つだ。

 先遣隊と合流してからの離脱。

 先遣隊を囮にしての離脱。

 今すぐに大きく進路を変え離脱、の3つだ。

 

 後は状況に応じての、細かい対応になるとしか言いようがないが……はっきり言って、どれも現実的ではない。

 それでもやるとなれば、合流しつつの進路変更が無難と思える。

 しかし、その場合コープマン中佐を説得する仕事が必要になってきてしまう。

 話す場合の情報元はどうする。

 進路を変えた先で、ザフトに遭遇する危険も無くはないのだ。

 こっちを探している部隊がいない、と考えるのは危険だろう。

 

 いや、まだ決まった訳ではない。

 ナタルはその言葉を言い訳だと自覚しながら、常識的に進言する。

 

「……ラミアス艦長、ヤマトの話がまだ事実と決まった訳では……これからどうなるかなど」

 

 ―――予言紛いの話で動くのは賢明とは言えません。

 その言葉を、酷い欺瞞だと自覚しながら言った。

 

 アルスター氏が名乗った時から考えているのだ。

 今後、キラの話がさらに事実として起こってきた場合の対策を。

 

 自分は全力で頭を回転させ、もしもの対策を考えていながら、マリューにはそう言ってしまっているのである。

 疑わしいと思いながらも事実かも知れない、対処すべきではないのかと、ナタルも考えているのだ。

 酷い矛盾だとは分かっていても。

 

 むしろ、情に流されやすいマリューの方が、危険そうだから手を打つべきか? と、はっきり口に出してしまえる辺り、まだ柔軟だと言える。

 

 いずれにせよ、アークエンジェルと先遣隊の危険度は上がった《かも》しれないのが問題である。

 

 ナタルの少なくない迷いを見て取り、マリューは短く悩んでから、軽く頭を振った。

 何もせず、沈むよりはマシだろう。

 

「……構わないわ。どうにか内容を考えて、警告をしてちょうだい」

 

「しかし……」

 

「責任は私が。とにかく、何とか不自然ではない形で警告をして。急いで」

 

 感情が落ち着かないナタルは、上官の指示に流されそうになる。

 この状況下で、不自然ではない形の有用足り得る警告とは……丸投げもいい所だ。

 責任は負うと口にする辺りは、好感が持てるが、しかし。いや、それでもそうすべきなのか。

 

「それとキラ君を独房から出そうと思うのだけど……」

 

 などとマリューが続けた所で、我に返った。そこで我に返る努力を思い出す。

 それは、駄目だろう。

 

 いけない。落ち着け。落ち着かねば。

 今は少し混乱している。不安だからと言って劇物を使うのは悪手だ。

 まず、最悪を避ける為の行動を心がけるべきである。

 一つ二つの《予測》が当たっていたからと言って《必ず当たる予知》だと思い込むのは危険だ。

 落ち着ついてもらわねば。

 

「艦長、それは早急です……! ヤマトを自由になど……!」

 

 ナタルは思わず声の音量を一段上げてしまう。

 キラをモビルスーツに触らせて、狂気や不安定さが表面化すればそれこそ致命傷だ。

 

 それがクルーの耳に入りかけるのとほぼ同じタイミングで、彼らの弛緩した空気を吹き飛ばす報告が上がった。

 叫んだのはトノムラ。

 

「……艦長! 先遣隊旗艦、モントゴメリより入電! レーザー通信です!

 我、敵に捕捉され、これより交戦に入る……アークエンジェルは合流を中止、離脱を開始せよ!」

 

 同時に、ブリッジ前面の多重構造になっている強化ガラス部分から見える外……先遣隊がいるであろう遠方の空間に、複数の光が走ったのを彼らは目にする。

 

 戦闘の光だ。

 クルー達は絶句する。

 マリュー、ナタルとてほとんど同じ反応だ。

 

 敵。

 ザフトが先遣隊を捕捉した。奇襲か、それとも待ち伏せか。では、今見えたのはビームによる戦闘光なのか。

 また、複数の光が走った。

 

 間違いない、先遣隊がザフトに攻撃されている。

 既に始まっている。規模は。陣容は。

 キラの話通りになっているではないか。

 しかし、早すぎないか? 聞いた限りではもう少し、時間に余裕がありそうな印象だったが……。

 

 ナタルが強い口調でマリューの意識を叩く。

 

「……艦長! しっかりしてください、離脱しなければ……! 索敵班、周囲の警戒を厳に……いや、待て!  気付かれる、レーダー波は下手に飛ばすな! 対空戦闘用意!」

 

「待って、ナタル! アラートは……!」

 

 アラートは、どうする。

 今さら、戦闘配置を発令すれば艦内でパニックが発生しかねない。

 緩んでしまっているのだ。

 やむ無くとは言え自分達がそうした。

 

 クルー達の反応を見ればそれが分かる。

 

「敵……!? 何でこんな所にザフトが居るんだよ!」

 

「た、助けに行くのか? こっちが?」

 

「ふざけんな! 戦えるか!」

 

「……情報が、漏れてるんじゃねえだろうな……」

 

 マリューとナタルはその反応を見て、軍人である彼らの反応ですらそれかと思い知る。

 戦闘可能と思えるコンディションではない。

 逃げるか? 先遣隊を囮にするしかないのか?

 

 だが、さらに飛び込んできた報告がそんな判断をすら砕いて来る。

 モントゴメリより更に詳細な情報が入ってきた。

 

 敵はナスカ級4隻。

 先遣隊の後方より奇襲。

 モビルスーツが最低でも12機展開。

 敵はジンだけに非ず、合流は極めて危険。

 アークエンジェルは進路を変えて離脱せよ。

 

 

 音声通信ではなく、暗号パルスですらない。

 最も秘匿性の高いレーザー通信での入電。

 

 お互いほぼ真っ直ぐとは言え、移動する艦艇同士でレーザー通信とは。

 傍受される事への警戒具合がそれだけで分かる。

 敵はもう先遣隊を包囲しつつあるのか。

 いや、先遣隊と共にこちらに接近しているのか。

 

 何よりその内容。

 

「12機以上……! いえ、待ってナスカ級が4隻!? 確かにそうなの?」

 

「敵艦の配置を確認しろ! 隙間から逃げる! ノイマン曹長、エンジンはどうなのか!」

 

 逃げるにせよ戦闘になるにせよ、出力を上げなければ話にならない。それだけの数の敵が前に居る。

 

 最大出力はどの位の時間出せるか……と確認しながらナタルは聞くまでもないと、焦りながら思い返した。

 既にノイマンからは先程しっかりと報告されているのだ。

 コンディションがイエロー寸前の状態に落ちたので、休ませると。

 整備班が人を手配して、チェックしている最中だ。

 

 聞いてしまったナタルも、改めて答えるノイマンも分かりきっている事だ。

 最大出力どころではない。

 いや、やってやれない事はないが、敵の数が多すぎる。 無理をすれば途中で安全装置が働いて停止しかねない。

 

 逃げられない。

 

 最大望遠にしていた光学モニターに光球が浮かぶ。

 艦艇が一つ、沈んだと思える程の大きさの光だった。

 

 








間が空いて申し訳ありませんでした。
 
感想、一言、メッセージ。
全部励みになっております。感謝してもしきれません。
これからも暇潰しにお読みくださいませ。

次はもう少し早めに頑張ります。


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消えていく光 3

 今までで最長です。ゆっくりお読み下さい。


 

 

 コープマンが回避を叫べたのは、ナスカ級からの砲撃が開始されるのとほぼ同時だった。

 

 後ろを取られている為に回頭している余裕が無い。

 せめて距離は詰められたくないと、前進しながら迎撃態勢を整えようとする最中での叫び声だ。

 彼が直接指揮するモントゴメリが回避運動を始める。

 

 それに必死で付いていくように先遣隊の各艦も回避運動に入った。

 後ろから飛んできた艦砲射撃がそれぞれの艦を掠める。

 

 最も後方に位置していた1隻のドレイク級……カニンガムと名付けられた艦が集中攻撃を食らい、エンジン部に被弾した。

 慌ててエンジン付近にある着脱可能な燃料タンク……将兵には弱点丸出しの設計と不評のそれを、そのタンクを切り離して誘爆を防ぐ。

 まだ沈まない代わりに足と燃料を失って、カニンガムはまともな移動ができなくなってしまった。

 容赦なくナスカ級からのビームが飛んでくる中、カニンガムは捨て鉢になったように回頭しつつ、ミサイルとモビルアーマー隊を吐き出し始める。

 

 コープマンは申し訳ないと思いながらも、カニンガムに囮をやってもらう決断を下した。

 その間にこっちの態勢を整えるしかない。

 

 各艦のブリッジにおいて指示を下す艦長、下されたオペレーター達の声が響き渡る。

 

「モビルアーマー隊、発進まだか! ……違う、全機だ。全機体! 全部! 鹵獲ジンも全部だ! 全部出せ、急げ!」

 

「対空機銃、敵を近づけさせるな! 主砲、ナスカ級の足を止めろ、接近されたら終わりだぞ、弾幕!」

 

「直撃です! カニンガム中破! ジェンキンスが援護行動に入ります!」

 

「敵モビルスーツ部隊、なお増加中! 囲み込むように接近してきます」

 

 回避運動とモビルアーマーの緊急発進を急いでいた先遣隊の各艦。

 最初に足を止められていたカニンガムが、さらなる攻撃を受けブリッジにビームを食らい半壊する。

 悪かったのは操舵でも運でもない、純粋な位置のせい。

 

 その報告を聞いたコープマンは、カニンガムは完全に死んだ物と判断した。

 もう援護は意味が無い。

 オペレーターは中破と言ったが、既に大破、撃沈させられたような物だろう。

 司令部たるブリッジを潰されたうえ、敵モビルスーツが近づいて来るのがモニターで見えているのだ。

 

 瀕死の餌に集る蟻だ。

 

「敵モビルスーツ部隊の機種特定急げ! 正確な所を知りたい。まだか!」

 

 周りの者達が慌てるなり騒ぐなりしていれば、逆にコープマンは落ち着いてしまう。騒いでも仕方ない。

 とは言え、はっきり命令を聞かせようとすれば怒鳴るしかないのだ。

 敵モビルスーツ部隊の機種特定、及び規模の報告が上がってくる。

 

 指揮官機のシグーが1機。

 エース用のジン・ハイマニューバが2機。

 ジンの強行偵察型が2機。

 ノーマルのジンが12……14……なお増加中との事。 おまけに、中には妙な装備を付けている機体もあるようだ。望遠モニターで捉える限り、フォルムがおかしいのが居る。

 要塞攻略装備か追加装備とやらか。

 

 強烈な数だ。質も高い。

 更に、ナスカ級は6機を搭載できるスペックがある筈だ。最高で24機のモビルスーツが来る可能性がある。

 艦隊を持って相手取るべき規模の数と言えた。たかが5隻では勝ち目などない。

 それを理解している索敵班の声は絶叫に近かった。

 

 接近してくるモビルスーツ部隊の隊形には広めの隙間があるが、その隙間からはナスカ級の砲撃がきっちり飛んで来ていた。

 無難だが、手堅く嫌らしい攻め。敵艦側の錬度の高さも分かる。

 

 コープマンは足を止めての戦闘を禁止した。

 後退しながら回頭を少しずつでも進めて、武装の射角を確保しつつ粘るしかないとの判断だ。

 敵モビルスーツに集られ始めたカニンガムの、自動制御の対空機銃……それが細々と弾を吐き出し始めるのがモニターに映った。

 身を守る為のそれは断末魔の叫びにしか見えない。

 

「……カニンガム乗員の脱出状況を確認しろ!」

 

 コープマンが叫ぶ。

 酷いやり方だが、地球連合軍には相対しているザフト部隊の《凶悪度》を測る方法があった。

 

 後退する艦や機体、離脱するしかない脱出挺などに攻撃をかけてくるかどうか、だ。

 

 国際条約の観点から言えば絶句するような物だが、それが対ザフト戦の現実でもある。

 そしてその意味では、目の前に展開するザフト部隊は最悪の部類に位置した。

 

 息も絶え絶えに機銃やミサイルを放つカニンガム。

 その艦体に完全に止めを刺して爆沈させ、さらに脱出挺までも根こそぎ捕捉……撃破していくジンの姿を先遣隊の各艦はモニターで捉えたのだ。

 

 強硬派だ。それもかなりの。

 

 戦術的に見た場合、脱出挺などは放っておいてもいいのだ。むしろその方が敵に手間として負担を与える場合もある。

 それでもわざわざ根こそぎにしてくると言う事は。

 ナチュラルに恨みを抱いているか、暴れたくて堪らない連中に他ならない。

 

 カニンガムの散った証、二百人近い将兵を巻き込んだ巨大な閃光。

 それに目を細めながらコープマンは歯を噛み締める。

 

「……アルスター次官の脱出は待て!」

 

 少なくとも今は放り出せない。

 逃げるか、勝ってからのどちらかしかない。

 どちらも不可能だ。

 

 せめて、アークエンジェルがこの宙域から離脱するまでの時間を稼いでやらねば……そう考える彼だが、完全に劣勢なモビルアーマー隊の被害が報告されていた。

 近接防御の役目を果たせていない。

 モントゴメリにはアルスター次官の護衛にと、鹵獲運用しているジンを2機積んではいる。

 配属されたパイロットはもちろんコーディネーターだ。 それなりの実力者の筈だが……この戦力差ではどうにもなるまい。

 むしろ保身からの裏切りを警戒しなくてはいけない。

 

 コープマンは思わず椅子の肘かけを叩いた。

 噛み締める歯が割れそうな程に軋むが、悪態も出てこない。

 もはやいつまで持つかが焦点の戦いだ。

 逃げ回ったとしても数時間かそれ以下か。

 哨戒部隊ではない連中と遭遇したのが運の尽きだ。しかしこれ程の厚みがある相手がうろついているとは……。

 

「……アークエンジェルに第8艦隊の位置を打電だ! 戦域離脱急がせろ!」

 

 ナスカ級が相手ではアークエンジェルも逃げ切れるか微妙な所だが、戦闘指揮に忙殺されるコープマンには、もはや向こうの行動を気遣う余裕がない。

 高速艦だ、何とか逃げてくれるだろう。そう考えるしかなかった。

 

 月から出迎えに来ている本隊の位置、それを打電させると彼は指揮に頭を切り替える。

 コープマンがちょうど見たモニターの中で、またモビルアーマーが墜ちた。爆発。

 部下を死なせてしまい頭が沸騰しそうになる。

 

 努力して冷静になろうとしている所に、ゲストキーを使いブリッジに許可もなくアルスター次官が飛び込んできた。

 彼の喚く声はさらにコープマンの神経を逆撫でした。

 

 

《敵モビルスーツ……に、20以上!? ちくしょう! くそったれ!》

 

《だから嫌だったんだ、こんな所に来るのは!》

 

《最低でもハイマニューバタイプが2機混じっています、D装備複数を確認!》

 

《哨戒部隊どころじゃねえぞ! なんだこいつらぁ!?》

 

 先遣隊に配属されていたモビルアーマー隊のパイロット達は、悪態をつきながら死んでいた。

 

 連合のモビルアーマー隊と、大きく違わない数の敵モビルスーツが展開してきているのだ。

 モビルアーマー3機から5機に対してモビルスーツ1機。

 それが現在の戦力比。

 味方が敵の3倍居てようやく戦える計算だ。

 

 こちらの弾は当たらず、敵の弾は回避できず。

 次から次へと叩き落とされていく彼らは、コーディネーターかプラントか、または連合上層部の何れかに罵倒を遺してから散るか、選べる選択肢はそれしかなかった。

 

 

 

 それを遠くから見ていたアークエンジェルもまた、対応に追われていた。

 対応といってもこれまでの戦闘とは少々違う。

 戦闘態勢に入るかどうか……それ以前の問題として、まず指揮官達が方針で対立しているのだ。

 理由は簡単だ。

 戦うか、逃げるかである。

 

「ナタル、もう今からでは! 彼らを見捨てても逃げられる保証が無いわ……! なら合流を……!」

 

「交戦すれば沈みます! 合流する頃には本艦しか残らないかもしれません、逃げるべきです!

 中佐からも命令されたではありませんか! 離脱しろと!」

 

 先遣隊と合流を試み、戦力を増強して対応するしかないと主張するマリュー。

 一方のナタルは、ザフトの戦力は対応不可能なレベルと判断、距離が少しでもある内に逃げるべきと主張する。

 

 この二人が真っ向から言い争っているのだ。

 

 そんな事をしている場合ではないのを両者とも分かっているのだが、そんな事をしないと方針が定まらない状況だった。

 互いに相手のやり方では沈むと考えているのだ。

 フラガには既に連絡済みだが、「……逃げられるとは思えない」と彼が返してきたのが、マリューが引かず、ナタルの主張が通らない一因でもある。

 上官命令が絶対……という基本原則に従うには、状況が微妙にすぎた。

 

 その間にもチャンドラ、トノムラから報告が上がってくる。

 

「護衛艦ローが大破! 残数3隻です! モビルアーマーは残り11機!」

 

「モントゴメリより敵モビルスーツの詳細がきました!

 敵は……シグー1、ハイマニューバが2!

 強行偵察型が2! ノーマルジンは……じゅ、17!? しかも特殊装備複数……マジかよ」

 

 モビルスーツの展開数を聞いたマリュー、ナタルは顔がひきつった。クルーも反応に変わりがない。

 いや動揺が表に出ている。哨戒部隊の戦力ではない。

 

 彼らの見るモニターには戦闘光が映っている。

 唯一下がれる方向に向かって後退……いや前進に前進を重ねながら……つまりアークエンジェル側に寄ってきながら、激しい戦闘を行っているのがそのまま見えているのだ。

 戦況は極めて悪い。

 あっと言う間に2隻。護衛艦のロー、カニンガムが大破、爆沈だ。

 

 先遣隊の残る3隻と残存モビルアーマー隊は、壊滅しながらアークエンジェルに接近してきている。敵の大部隊を引き連れてだ。

 アークエンジェルに押し付けようというのではない。

 ナスカ級4隻と、22機にもなるモビルスーツ部隊が包み込むように動いており、こちらの方向にしか逃げてくる道がないのだ。

 分かっていてもこっちしかない。

 

 死が寄ってきている。

 

 マリューは、味方を見捨てられないと言う甘さからの考えが、引っ込んでしまう位に。

 ナタルは、合流をした方が良いのかと思わず考え直す位の、数でもって。

 互いに譲れなかった先程までのやり取りが、今度は互いに考え直す位の衝撃。

 

 キラとフラガがあまりに強すぎた。アークエンジェル乗員の彼らは半ば忘れていたのである。

 ザフトは凶悪な敵だと。

 

「レーダー波感知! 当艦の位置が露呈したと思われます」

 

「敵の動きがこちらに向きつつあります、いえ砲撃を確認!」

 

 パルやトノムラの焦った報告を聞き、マリューとナタルが指示を下す。

 

「合流を……! い、いえ待って、合流は……これでは」

 

「離脱を……い、いや待て! 迎撃に」 

 

 技術将校と新米将校が決断するには状況が面倒すぎた。

 決定しようとして、思い留まり、互いに目線が合って、また《相手の説得》という解決しない事に意識が向きそうになる。

 それをノイマンが遮った。

 

「艦長! バジルール少尉! ヤマトは出せないんですか!? この状況では……!」

 

 ノイマンは別に恐怖に駆られた訳ではない。ベテランの下士官だ。

 対立している指揮官どもを遮ったのだ。

 状況がよくない。敵が迫っている。対応しなければならない……そっちが先なのだ。

 早く決断して欲しい。

 

 キラ一人が出る出ないの変わりがあった所で、最早どうにもなるとは思えないが、それでも頼れる物があるなら全て使うべきだろう。

 彼女達の言いたい事は分かるが……色々あるのは分かるが、ここは生き残る為にやる事をやってくれと、下士官を代表して言ったのである。

 まだ戦闘配置も発令していないのだ。このまま戦闘機動をしたら死者が続出する。

 

 戦うにしろ逃げるにしろ早く動いてくれと。

 

 邪魔された形だが、実際には不毛なやり取りを止めてもらった事を理解したマリュー、ナタルの二人は一瞬だけ気まずげに沈黙する。

 中佐から命令が下されたとはいえ、今この艦の責任者はマリューだ。彼女が決定を下さねばならず、ナタルはそれに従う他ない。

 

 マリューは先遣隊との合流、救援を決断するようだった。

 ナタルは反射的に反対したくなったが……ナスカ級の動き、こちらの逃げ道を限定させるような動きを見てとれば。

 味方と合流しての戦力増強に賭けるしかないか、とも思えてしまう。……いや、迷っていられない。

 アークエンジェルの全力でも足りないのだ。協力して対応するしかない。

 

「総員戦闘配置! ……保安部には民間人に慎重に対応するように伝えて、それと脱出の用意を急がせて!

 いざとなれば民間人だけでも逃がさないといけなくなるわ。……ナタル、いいわね?」

 

「……了解いたしました。仕方ありません」

 

 アラート切り替えで艦内は混乱するだろう。

 ましてや、また戦闘中に脱出準備をさせる事になる。今度は、彼らは簡単に納得などしてくれまい。

 下手をすると、保安部は民間人に威嚇射撃をする必要が出てくる。

 

 ナタルもこの状態で逃げられるとは思っていない。だが戦って勝てるとも思えないのだ。

 戦うと言うのであればキラを出す事になるだろう。

 それが一番の不安の種なのだ。

 

 あんな事を喋り出す人間を出撃させるのか。

 一瞬錯乱して、こっちを撃ったらどうする。

 何でこんな判断を迫られる事になっているのか。……キラに騙されたのではないか。

 

 そもそも……まだ協力してくれるのか?

 

 アークエンジェルのエンジン出力が慎重に、しかし明確に上げられていく。

 クルーの見ているモニターの中でまた艦が沈んだ。

 数百人の味方を飲み込んだ巨大な光がこれで3つだ。戦死はもう五百人を上回るだろう。

 先遣隊が全滅する前に合流できるように祈るしかない。

 

 だからと言って、キラ・ヤマトは……。

 ナタルは迷いを持ちながらもCIC指揮官として迎撃に入る。

 マリューが、キラを独房から出すようにと指示を下すのを止める事は出来ない。

 それしかないのだ。

 

 抱えている民間人、二百数十名を何とか守ろうと考えるのは二人とも同じなのだ。

 彼らを宇宙に散らす事になるかもしれない。……マリューとナタルの足が震えた。

 

 

 アークエンジェルのロッカールームでは、フラガが大きくため息をついていた。

 艦内通信を終えた所だった。

 少しだけ目をつむり、それから、後ろで座っていた二人の新兵に指示を下す。

 二人とも出てもらう事になると。

 

「トール、お前はグレーに乗れ。

 アサギはジンだ。ストライクからシールドを借りて装備して出ろ。機銃の弾倉を限界まで持ってけよ。 ……悪いが、お前らを当てにさせてもらう」

 

 パイロットスーツに着替え、フラガからの指示を待っていたトール、アサギの二人。

 彼らはフラガの妙に落ち着いた声に、むしろ危機感を強めた。

 

「俺が、いえ、自分がグレーですか?

 てゆうか二人同時にですか。じゃあアサギを……」

 

「待った、見栄張ってる場合じゃなくてな。

 お前よりはアサギの方がジンの扱いは上手い。言ったろ? 二人とも出さなきゃならんのよ。

 ほらほら、細かい作戦は乗ってからだ」

 

 細かい状況の説明も敵の数も何もない。まず乗れと。

 

 新兵二人は、とにかく態勢を整えねばならない程の危険な状況なのがあっさりと分かった。

 ついに初陣だ、と言う緊張より、自分達の乗っている船が本当に危険なのだと言う焦燥感の方が強い。

 それでも互いに意地を張る形で平気な顔をしていた。足は正直に震えていたが。

 

 フラガにくっついて格納庫に来てみれば、マードック達がブリッジから状況を聞いていたのだろう。蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

 モルゲンレーテ技術者達がモビルスーツの出撃用意を手伝おうとしている。のだが、保安部員がそれを押し止めていた。

 彼らに家族を連れてシャトルに乗り込むようにと、早口で案内しているのが目に入った。

 

 トールとアサギはそれを見て、民間人が万が一に備え脱出の手配をされていると分かった。

 負ける事が視野に入れられている。

 初陣の二人には酷な空気だった。

 二人はその空気に……これから負ける戦いをやるのかという、その圧力を持った空気に飲まれかける。

 

 後ろからフラガに頭を撫でられた。

 

「ほらほらどうした、新米ども。びびったか? ……止めるか? お前ら」

 

 冷たくはない、むしろ優しさを感じさせるその言葉は彼らを一気に現実に引き戻す。逃げるつもりはない。

 トールは友人の為にという意地が、アサギにはオーブ軍人の意地がある。

 自分達だけがまだ役に立っていない。

 食事でも、待遇でも1段上の扱いをしてもらったのだ。パイロット候補だからと。

 その恩を返せていないのだ。

 若者特有の意地だが、だからこそ若者である二人には大事な事だった。

 

 震えながらも精一杯の強がった表情を見せる二人に、フラガは苦笑する。

 

 3人がモビルスーツに乗り込むと、フラガは説明を始めた。マリュー、ナタルに説明をさせると無駄に緊張をさせそうだと判断しての事だ。

 ここは、自分が軽く喋るに限る。

 

 アークエンジェルの甲板に立って、射撃をするだけでいいと。それだけを。

 

「俺が前に出て敵を引き付ける。

 お前らは一人ずつ別れてブリッジとエンジンを……いや。あー、やっぱり二人でエンジン付近に配置だ。

 近づいてくる敵を撃て。当てなくてもいいから相手の邪魔をしろ、それだけだ。簡単だろ?」

 

 やるとしたら安全度の高いグレーでの一人ずつの出番、そしてフラガと組んでの運用……という当初の想定が崩れている。

 二人で組めるとは言えアサギが問答無用でジンで出されて、いきなり防御を担当。酷い話だ。

 

 フラガは意図的に明るく坦々と振る舞っているが、その意味を理解できるだけの頭を持っている二人には、自分達は信用されていないと映った。

 

「大尉、ヤバいんですか? ……俺、逃げませんよ」

 

「状況を教えてください。あたし達、できます」

 

 多少顔色は悪いが、トールもアサギも落ち着いている……落ち着こうと努力している。

 フラガはそれを見て、思ったより育っていたかと嬉しくなった。そして虚しくなる。

 これで出撃中止にでもなってくれれば最高なのだが。……隠し事は止めるかと諦めたように笑った。

 

「……アークエンジェルはこれから敵に突っ込む事になる。味方を助けに行くんだ。

 逃げられないから助けに行く。やられる前に合流しなくちゃならん」

 

 フラガは現在のアークエンジェルの置かれている状況を、なるべくショックの少ない形で話した。

 

「初陣でやらせる仕事じゃないのは分かるが、やってもらわなくちゃならん。エンジン部を守ってろ。

 ブリッジは俺が守る、敵を落とすのも俺の仕事。……理解できたか?」

 

 強がろうとした二人だが、責任重大だ。流石に無茶がすぎる。

 トールは黙って恐怖と緊張に耐えていたが、なまじモビルスーツを知っているアサギは違った。

 

 敵の数が多い。担当する部分は失敗が許されない箇所だ。22対3だ。正気じゃない。

 

「ヤ、ヤマトさんは出れないん……ですか?」

 

「微妙な問題でな、キラもまあ……万全とは言えない状態って事もある」

 

 フラガはそれに答えず誤魔化す、いや、答えられない。

 トールが余計な口を挟んでくる前に、アサギの質問を封殺した。彼女の疑問は最もだ。

 出すべきだ。この状況で、スパイの疑い程度なら。

 

 だが精神錯乱は不味い。そういった事は本当に不味いのだ。

 兵士にとっては正気ではない味方は余りに危険だ。周りも巻き込んで不幸な結果に終わる。

 キラの精神面に問題があった場合、自主的な独房入り……そこで留めておかなければ、後々言い訳が立たなくなる。キラの立場を弁護しきれなくなるのだ。

 一応の恩人を処刑台に送るのは遠慮したい。

 

 心情的な問題もある。

 キラがこちらに悪感情を抱いていたら、どうするか。

 

 二人には妙な期待を持たせるべきか、逃げ道がないと尻を叩くべきか……。

 

 フラガ個人としては、キラが錯乱していない方に賭けて早く出してしまえと言いたい所だが。いや、ナタルには実際そう言った。

 もう味方が沈んでいるのだ。

 

 敵の数を把握したナタルが「ヤマトを使うしかありませんか?」と確認してきた程だ。彼女も分かっている。

 キラが真実錯乱していれば、絶対に終わりだ。しかしこのままでも手が足りずに終わってしまうのだ。

 

 マリューとナタルの葛藤は半端じゃないだろう、自分ですらキラを出すなら自滅を覚悟しての勢いがいる。

 アークエンジェルに価値を見出だしてくれているのだと、期待するしかない。

 

 まったく。わざわざ未来から戻って来るなら、証拠なり根拠の一つなりと用意をしておけば、こんなに困る事もないのに。

 フラガは頭をかくとヘルメットを被る。

 何となくだが。キラの話を事実として想定している自分に気付いたのだ。……我ながら楽観的だなと。

 

「色々あるんだ、色々! ほらほら機体のステータスチェックにかかるぞ! もしキラが出るにしてもまだ時間がかかるんだ!

 下手すりゃ俺達だけでやるしかないんだぞ!」

 

 キラ抜きで切り抜けられるとは思えない……そうブリッジには伝えた、後はできる限り時間を稼ぐのみだ。

 パイロットはパイロットの仕事に最善を尽くすしかない。

 最低でも20機。

 キラの話ではクルーゼが来るという話だが、いようが居まいが目の前の敵を撃つだけだ。

 ザフトの友人という言葉が頭をちらつく。いや、それも関係ない。自分には迷っている余裕はない。

 

「よし、出るぞ! トール、アサギ。俺の機体に掴まれ。甲板の上まで引っ張っていくから慌てるんじゃねえぞ。

 お前らは敵を散らせばいいんだ、下手に当てようとか欲張るな。

 背中合わせで守るんだ。やられない事だけを考えろ」

 

 聞こえたな。と言うフラガの声に、トールとアサギは強張りながらも何とか返事を返した。

 トールは何故か、ミリアリアの拗ねたような顔を思い出した。

 

 

 

 独房内に居るキラは、いよいよ疲れを覚えていた。

 

 ここ数日、マリュー達から一切の接触を断たれてしまっていたからだった。

 食事の支給に来る保安部員は完全に無反応で、待機は常に拘禁区画の外。徹底的だった。

 

 拘束でもされていれば、誰かがその分手間をかけてくれる物だが、何もない。ただ入れられたまま。

 独房内では自由。尋問も拷問も何もない。

 代わりに会話がない、何も聞いてもらえない。何も教えてもらえない。

 

 食事の時以外にも叫んで怒鳴ってはみた。喚いて鉄格子を叩いてもみた。

 だが艦艇の中でもあるこの場所。隔壁にもなる分厚いドアは声も音も通さない。

 鉄格子は映画やドラマのようにガタつく事もなく、微動だにしない。

 自殺騒ぎを起こそうかとまで思ったが、保安部員の反応の無さは完壁だった。

 キラが見る限り彼らは無言、無反応を貫いた。

 

 結局、喉と手を痛めただけで、疲れてしゃがみこんでしまっている。不安だった。

 何とかしなければ。このままではと。

 

 自分の事を話してしまった以上は、もうどう思われようと構わない。やれる事をやるのみだ。

 だが独房に入れられたままで、話を聞いてもらえず、外の状況も分からないのでは、これからの事に対処のしようがない。

 床に座り込んでいたキラは苛立ちから床を叩いた。

 拳が痛むがそんな事を気にしていられない。

 

 勝手に心臓の鼓動が早まり、焦ってしまう。

 アークエンジェル。そして先遣隊、フレイの父親だ。彼らの状況が分からない。

 

 怖い。外が分からない。

 自分が何もできない内に、また失っていくのではないか。

 落ち着こうと思っても、嫌な思考が押し寄せてくる。

 今考えるのはそんな事ではなく、ここから出れるのはいつなのか。そしてその後どうするかだ。

 その位しかできない。

 

 上手く進んでいて欲しい。

 自分の記憶と違っていてほしい。

 どうか何事もなく。フレイとその父親は無事に再会して欲しい。どうか無事で。

 

 何度めになるか分からない、疲れた様なため息。

 壁にもたれ掛かりながらそんな事を祈っていたキラに、不意に振動が伝わってきた。

 艦が揺れた。

 何かがぶつかってきた為の響きではなく、艦全体の運動による物と思われる揺れ。

 

 キラはそれを微妙な進路の調整だと感じた。

 ノイマン曹長の癖……戦闘に入る直前、または回避の為に彼がよくやる挙動、動き方だ。戦闘時の癖。

 戦闘時。

 それを認識した瞬間、疲労で鈍っていたキラの意識が明確になる。焦りと共に鳥肌が立った。

 次いでアラートが切り替わり警報が鳴り響く。

 戦闘配置だ。

 

 何故。記憶よりも早くデブリベルトは離脱したはずだ。

 何故ここで。何故だ。

 このタイミングはあの場面しか思い当たらない。

 先遣隊を襲撃するザフト部隊。アスラン達がやはり来たのか。何故だ。

 何故来る。どうしてこんな時だけ記憶通りに。

 

「……ストライクで出ないと……!」

 

 状況が分からないが、とにかくここで黙っている訳にはいかない。モビルスーツに乗らなければ。

 自分が必要になるかは分からないが、少しでも可能性があるなら即応できるように待機しておくべきだ。

 アラートが切り替わるなら、保安部の人間が一応の見回りに来てくれるかも知れない……そこで何とか説得を。

 

 そんな事を考えたキラだが、いきなり拘禁区画に響いたアナウンスに驚いた。

 

《キラ君! 格納庫へ向かって!》

 

 マリューの声だ。……格納庫? 行っていいのか?

 

《ごめんなさい、色々言いたい事があるでしょうけど、時間がないの! とにかく格納庫へ! 今すぐ人を行かせるわ!》

 

 キラはその言葉を聞いて察した。

 やっぱり何か想定外の状況が発生したらしい。しかもかなり際どい状況が。これから、ではなく、既に。

 

 慌てて鉄格子に張り付いたキラの前に、必死で走ってくる保安部員二人の姿が映る……顔馴染みの二人とは違う別の者達だ。

「格納庫へ向かう」と独房から引っ張り出されるように出ると、走りながら手短に状況の説明を受ける。

 あまり詳細は知らされていないらしいが、大事な事は聞けた。

 

 救援に来た味方が襲われている。

 キラの鼓動が早まった。やっぱりあの状況か。

 

 不謹慎だが、アークエンジェルだけが狙われているならば、切り抜けて見せると考えていたのだ。

 フレイの父親を心配する事なく、対応ができると。

 

 まさか記憶よりも多くやって来た先遣隊が、既に壊滅しかけているとは予想しなかった。

 ザフトの編成もおかしい。4隻なんて数が何処からやって来たのか……マリュー達は警告をしてくれなかったのだろうか? 警告はしたが、駄目だったのか?

 

 あまり話した事のない保安部員からの、淡々とした、しかし焦りの色が強い状況説明は、むしろ想像力を掻き立ててしまう。

 

「……大丈夫、間に合う、間に合うはずだ……」

 

 前回だって戦闘宙域には間に合ったのだ。

 今度も間に合うはずだ。記憶通りならば、そうでないとおかしい。躊躇わずに撃てれば大丈夫の筈だ。

 後は自分が迷いさえしなければ……余計な考えを抱かなければ絶対に大丈夫の筈だと、キラは自分に言い聞かせた。

 

 

 キラ達が格納庫へ向かうべく、居住区に到達すると騒ぎが起きていた。

 いや、多数の民間人がパニックを起こしていたと言った方が正しく、しかもそれは強烈な物があった。

 緊張を解き、味方が来てくれていると聞いたところに、いきなりの戦闘配置。

 それに伴い、兵士達が民間人達を脱出挺に誘導しているのだ。危険だからと。焦りを見せながら。

 

「落ち着いて! 静かにしなさい!」

 

「今すぐに! 貴重品だけを持って移動してください! 荷造りに時間のかかる物は諦めて!」

 

「勝手に離れないで! ご家族はこちらで把握しますから勝手に移動しないように! 離れるんじゃないっ!」

 

 その態度に不審や怒りを覚える者が出るのは、ある意味で仕方のない事だった。

 何が起きているのかの説明を詳しく求める者、これまでの不満をついにぶちまける者。

 いいから早く脱出させてくれと家族の手を握り叫ぶ者。 指示通りに早く移動しようとする者が、混乱の収拾に対処する兵士に後回しにされて苛立ちを募らせる。

 ショックで泣き出している子供は一人二人ではない。

 

 誰かの罵声、誰かの険悪な雰囲気、それがまた新しい怒りや空気の悪さを呼び込んでおり、この空間全体を嫌な熱が包みつつあったのだ。

 

 仮にも士官扱いのキラが、そこに通りががったのは不幸としか言えない。

 

「あ、キラ!」

 

 何とか通り抜けようしているキラ達に気付いたのはサイだった。側にはフレイもいる。ミリアリア、カズイも一緒だ。

 軍服を着ている為、民間人に詰め寄られて右往左往していた。

 何が起きているのか分からず不安な中、健康を損ねていた友人の元気そうな姿を見て声をかけたのだ。彼の感情は当たり前の物だ。

 

「お前、身体大丈夫かよ、よかった元気そうで……けれど」

 

 困り果てて不安そうなミリアリア、カズイ、そしてフレイの代わりに「この状況はどういう事なのか分かるか?」と、サイは聞こうとした。

 いきなり脱出の準備と言われ、自分達も混乱していたのだ。説明なんてできない。

 そこに自分達よりは話が分かっていそうな相手が来てくれたのだ。

 

 ただし、サイ達よりも更に不安で堪らない人間が多数存在しているのも事実だった。

 キラが、混乱した民間人に取り囲まれるのは自然の成り行きだった。

 

「話が違うじゃないか! 味方が来ているって言っただろう!」「責任者は!? 艦長は何してる! 説明しろ!」「こんな所で死にたくない……! 何とかしてくれ!」「子供が! 子供が居ないんです! 探しに行かせて!」「信用できないだろこんなの! だから嫌なんだ! お前ら地球連合は」

 

 落ち着いて下さい……という言葉が響かない。

 声の大きさと数が違いすぎるのだ。何人かが掴みかかってくる。

 

 キラには二人しか付いていない保安部員も、とにかく早く進まなくてはと強引に進んでいるのが悪手と言えば悪手だった。

「道を開けて!」「下がりなさい!」等と、声を出しても意味がない位に騒がしいのだから、天井に向かって撃てばいいのだ。

 乱暴だがそれで済んだ。

 

 さすがに、他国の民間人に対しての威嚇射撃は躊躇いがあった。この場での上官の指示が聞こえづらい、保安部員の人数その物が足りない……そういう言い訳ができる状況でもある。

 だが結果としてはやらなかった、その一言だけだ。

 

 だからキラは進むしかないのだ、通してくれと声を張り上げながら。

 まさか彼らを害する訳にはいかない。特に自分は。

 

 ついに意を決したかのような威嚇射撃の音が響いた。悲鳴と共に群衆が一瞬収まる。

 下士官らしき兵が青い顔で黙りなさいと叫んでいた。オーブ軍人の下士官のようだ。発砲した事に悔しそうな表情をしている。

 

 不満はあれど、何とか収まる空気になりかけた。その直後に、キラの後ろから声が響いた。

 

 

「お前のせいでっ!」

 

 

 キラが反射的に振り向くと男性の姿が目に入った。

 何かを振ってきているような男性の姿が一瞬のみ。

 左目の辺りに強烈な衝撃。

 頭の中を鈍い音が通り抜けていく。視界が眩んで、半分飛んだように暗くなった。

 

 キラ本人には何が起きたのかは分からなかったが、周りにいた者にはよく見えていた。

 

 男が工具のような物で、コーディネーターの少年の顔を殴った。

 

 人によっては刺したと表現できる程、キラは顔から血をばら蒔き、殴られた勢いそのままに壁にぶつかる。

 そこで凍っていた周りの空気が動き出した。

 

「殺してやるっ!  スパイめ!」

 

 更に近づいてくる罵声と、新しく発生した幾つもの悲鳴が耳を叩く。

 キラの耳はしっかり動いていた。

 生きている。……自分は殴られた? らしい。と把握する。

 痛みはない。まだない。

 痛みも感じない程の致命傷か? 違う気がする。音がよく聞こえている。意識ははっきりしている。

 大丈夫だ。

 動揺はあるが、動けない訳ではない。まだ生きている。

 

 銃を構える音がする。誰が? 自分のすぐ側からだ。

 まずい。

 

「貴様っ!?」

 

「う、撃てっ!」

 

 キラは側にいるであろう保安部の二人を怒鳴り付けた。撃たせてたまるか。

 

「撃つんじゃない!」

 

 目を開けると激痛が走った。左は暗いまま。

 右は無事のようだ。眩んでいるが、ちゃんと見える。

 必死の顔で襲いかかってくる男性の顔も辛うじて見えた。……同じだ。

 傷付けないように取り抑えたかったが。せめて逃げようとしたが身体が動かない。あの時の顔と同じなのだ。

 

 身体が金縛りにあったように動かなくなった。

 

 銃声が響く。

 キラをもう一度殴ろうとしていた男が撃たれたのだ。悲鳴をあげ床に倒れ込み、もがき苦しんでいる。

 キラの側にいた保安部員が撃ったようだった。彼は更に声を張り上げる。

 

「静かに!! こちらの指示に従いなさい!

 今のはゴム弾です! ですがこれ以上の騒ぎを起こすのなら! 次は安全を保障できなくなります!!

 今すぐに騒ぐのを止めなさい!!」

 

 悲鳴より先に声をあげねばならなかった。

 恐怖による声はそのままパニックを呼ぶ。

 何としても静かにさせなければならない……撃った本人はかなり不本意そうな表情だ。

 

 その横でキラは出血する顔を手で抑えながら、撃たれた男に近寄ろうとしていた。慌てて止める同僚の姿が映る。

「でも怪我していたら……」とぬかしたキラの悲しそうな顔を見て、彼は忌々しげに表情を消した。

 自分の顔を見ろと言ってやりたい。お前のせいでこんな事になっているんだと怒鳴りそうになる。

 

 保安部の者達とサイ達がキラの元に集まってきた。が、サイ達は近寄らせてもらえなかった。

 保安部員は感情を殺して、職務に集中する方針に切り替えたようだ。

 艦がまた揺れる。

 

「ちょっ……キラ! 大丈夫かよ! どいてくださいよ、友人です!」

 

「早く医務室に連れてってあげてよ!」

 

 サイやミリアリアが叫ぶが、保安部員の苛立ちを感じたキラは、格納庫へ向かうと明確に主張した。

 艦が危険だからと。

 この空気は良くないとも感じたのだ。

 

 それに対して、今度は保安部の一部から「自業自得だろ、コーディネーターが……」「逃げるためじゃないのか」等と聞こえてきた。

 下士官の一人が顔をしかめながら叱責を飛ばす。

 

「貴様ら……今のは誰が言った!?」

 

 無言で目を背ける者、舌打ちを隠さない者。

 ついに不満の表面化した者の間で、睨み合いにまでなっていた。

 その流れを聞いていた民間人の間にも、また、よくない空気が立ち上ぼり始める。サイ達もその空気に絶句した。

 さっきとは別の意味で、ざわめきが広がりつつあった。

 

 冷静な者達も居たが、それよりも不安と不満が燃え上がりそうな者の方が多かったのだ。

 先程よりも、はるかに危険な雰囲気が漂い始める。

 オーブ軍の下士官が、また威嚇射撃をするしかないかと思った瞬間、周囲を一喝した者が居た。

 

「いい加減にしてください!」と。

 

 キラである。

 

 また艦が揺れた。足元に響いてくるこの感じは、モビルスーツの発艦だ。

 早く、何とかしなくては。

 キラはゆっくりゆっくり、言葉を発し始めた。

 多くの視線は恐ろしい……しかし顔の痛みが吐き気と恐怖を忘れさせてくれる。ありがたい。

 

「……皆さんの、不満は分かります。でも今は、自分達の命を守る為に、どうか落ち着いて下さい……必ず貴方達を守ってみせます」

 

 沈静化の兆しを見せた空気だが、しこりの残る者は当然居る、キラの言葉に逆に腹を立てたように彼らが怒鳴り声をあげた。

 床に倒れ、押さえ付けられている男が最初だ。

 

「お前がスパイなんだろうが! お前のせいで……! 過激派め!」

 

「そ、そうだ! 聞いたぞ! お前ザフトのスパイなんだろう! お前が敵を呼んだんじゃないのか!」

 

「殺人鬼め! 貴様らプラントのせいで!」

 

 この流れは不味いと、保安部の人間が無理矢理キラと民間人の間に割り込もうとする。

 キラはそれを無視して更に大きな声で前に出た。

 

 その通りだと。

 

「これは僕の責任です! 皆さんの言う通り、僕の失敗からこんな状況になっています! 僕はスパイです!

 だから僕が自分で責任を取ってきます!」

 

 否定は聞いてもらえない。

 誰かが悪者にならなければ、場が収まらないと判断しての事だった。

 だったら全部肯定して、受け入れた上で、話を聞いてもらうしかない。

 

「皆さんの事を考えなくちゃいけないんです! ザフトは僕が何とかします。

 皆さんが逃げる為の時間を稼いでみせます! だから万が一の為に脱出挺に乗って下さい! 指示に従って!

 約束したでしょう! 僕は必ず貴方達を無事に地球に降ろしてみせるって!」

 

 この艦は守ってみせます。キラに気迫のある声で言われれば、蔓延していた後ろ向きの空気は吹き飛んだ。

 

 一度、頭と雰囲気が冷えてしまえば、後に残るのは顔から血を流している少年を、集団でリンチしかけた場面だけである。

 激昂しかけた者程、居心地の悪い空気になった。

 

 間髪入れずに保安部の下士官クラスが場を纏めに入る。

 

「さあさあ、聞こえましたね! 大丈夫です!

 彼は極めて優秀なパイロットです。必ず安全を確保してくれます! 落ち着いて、こちらの指示に従って下さい!」

 

 空気が変わった。

 危ういところだったが、何とかなった。

 手早く民間人をまとめ始めた何人かの兵士、彼らから感謝の視線を受けて、キラは気が抜けそうになった。

 だが耐えた。次の仕事が待っている。

 出撃だ。

 

 アークエンジェルを守らねばならない。先遣隊もだ。

 座り込んでいる暇はない。

 

 なるべく平気そうな態度で格納庫へ向かおうとすると、保安部の人間が肩を貸してくれた。

 さっき、キラに舌打ちしてきた兵士だ。

 顔は背けているが、キラの身体をしっかり保持してくれていた。

 

「すみません、手間をかけちゃって……」

 

「……別に。気にすんな」

 

 完全とは言えないが空気は収まったようだ。

 ここはもう大丈夫だ。

 

 だがその為にキラの顔に傷が生まれてしまった。彼らはキラの出撃態勢を整えなくてはならないが、どう見ても不可能だった。

 

 パイロットが顔の半分……目をやられたのである。

 医務室に行かずとも分かる。

 キラが自分の顔、左目を抑える手の間から出血が続いているのだ。大量とは言えないが止まらないのだ。楽観などできない。

 むしろ命の心配をする所だ。

 頭部を直撃されず、顔面を掠めるように殴打されたのはまだマシだと、言えなくもないが、それとて即死するよりは程度だ。慰めにはならない。

 

 数人がかりの応急処置で止血を始めたが、傷口を見た何人かが固まった。

 彼らの表情を見たキラは、傷がどうなっているかを察する。

 それでも言った。

 

「きつく血止めをしてください。出撃します、格納庫へお願いします」

 

 潰れたのは片目だけだ。腕や脳が破壊されなかったのは運がいい。構うもんか。操縦はできる。

 戦える。やってみせる。

 

 走り始めようとしたキラを、下士官クラスの者が制止してきた。

 

「待て! ダメだ、戦える状態ではない、出撃は止めるように進言する。君は医務室へ……」

 

「待って下さい、ブリッジには連絡しないで! ……出撃するって言ってるでしょう! 

 じゃあ血だけ止めて下さいよ! 早くしなくちゃ、フレイのお父さんが危ないんですよ! 助けに行くんだ!」

 

 側に寄ろうとしていたサイ達。それにくっついていたフレイも、当然キラに寄ってきていた。

 今のキラの言葉が完全に聞こえる距離にだ。

 

 保安部の人間は諦めたように医務室に連絡を入れる。

 状況を説明して、格納庫へ来てくれと医務官を呼んでいた。

 その間にも進もうとするキラだが、友人達と視線が合った。

 

「……あたしの、パパ……?」

 

 フレイの声を聞いてキラは彼女に気付いた。サイの後ろに居たのか。

 自分の発言をしまったと思ったが、取り返しはつかない。

 どうするか。フレイの顔を見ながら悩んでいると、彼女の表情に見覚えがあった。記憶通りだ。

 

 ああ、同じだ。

 怯えた不安そうな表情だ。あの時と同じなのだ。

 

 神様か何かは分からない。分からないが感謝したい。

 あの時の約束を今度こそ果たせる。

 

 痛みが激しくなってきた。お陰で意識ははっきりしているのだ。問題がどこにある。

 

 キラは友人達に……フレイに向かって《いつも通り》笑って見せた。

 

「ごめん、ちょっと行ってくるね。……大丈夫、何とかしてみせるから」

 

 

 もし助からない傷だと言うなら、それでも結構。

 自分が死ぬまでに敵を全滅させればいいのだ。

 

 

 

 

「坊主! 出れ……お前、何だそのケガ!?」

 

「グレーと……ジンも? 1機ない……!

 トールとアサギさんが出てるんですか!? 冗談でしょう! 何で出したんですか! ムウさんは!」

 

「ストライクからシールドを貸して、アサギの嬢ちゃんに持たせた……俺に怒鳴るな! ヤベェんだろ!」

 

「分かっ……ぐ、痛っ!」

 

 医務室に来いと言う命令も、せめて横になれと言う指示も無視して、キラは格納庫で応急処置を受けていた。

 出血さえ止まっていればいいと。医務官に強硬に頼み込んだのだ。

 

 麻酔や鎮痛剤は拒否した。

 副作用で意識が揺らげば終わりだ。指先の鈍りなど許容できない。

 意識と感覚を明瞭にしておくためにも、薬は断固として拒否したのだ。

 気絶したらどんな手を使っても起こしてくれと念を押した上で。緊急の輸血と止血のみだ。

 

 おかげで信じられない位の痛みに倒れそうだった。

 その傍ら、マードックにストライクの装備を頼んでいく。

 

 キラが早く血止めが終わってくれと苛立っていると、艦が揺れた。

 この揺れかたは……当たってはいないが、大きく攻撃を回避した時の動きだ。さらに揺れる。

 

 連合でも屈指の操船能力を持つノイマン曹長の腕を持ってして、この揺れ方か。

 

「……敵がもう、射程内にいる」

 

 ぞわりとした。

 20機以上の敵がいる。それなのにトールとアサギさんが出てしまっている。

 ムウがいてくれるとは言え数の差が大きい。トールが。

 先遣隊はどうなっている。

 

 何でそんなに居るんだよ。

 

「……マードックさん、ストライクの装備はエールで! ランチャーからアグニを、ソードパックからロケットアンカーを出して下さい!」

 

 立ち上がろうとするキラを医務官が押し留めた。出れる状態ではない。左目が完全に損傷しているのだ。

 血も止まらない。

 戦闘行動なぞできる物か。

 

「待て! 冗談じゃないぞ、やはり無理だ。君は自分の目がどんな状態か、分かって……」

 

「時間がありません。行きます」

 

 問答無用で動き出すキラの力は強かった。

 医務官はその態度に腹を括ったのか、後少しだけ待てと声を上げる。

 顔に包帯と凝固ジェルを巻き重ね、ギリギリと締め上げる。無茶苦茶なのは承知だ。

 

「……これで血は染み出さないと思う、保証はできんが」

 

「ありがとうございます、行ってきます。……ストライク発進します!」

 

 保安部員の肩を借りモビルスーツのコックピットに向かうキラ。その背中には執念が宿っているように見えた。

 

 

 

 









本当に申し訳ありません。
途中で切ると、ストレスの溜まる展開になりましたので、何とか我慢できる所までと、弄っていたらとても時間がかりました。
詰め込みすぎたかな。
後々2話に分けるかも知れません。
次こそはー!


ご指摘を受けた部分を大急ぎで修正。ヤバかった……。


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消えていく光 4

大変お待たせしました。
これまた長くなっております。ごゆっくりどうぞ。


 

 

 ボアズに配属されてからの付き合いだが、指揮官同士として彼らの相性は良好だと言えた。

 堅実で指揮能力に優れるマッカラン、闘争心が強くパイロット特性に優れるクーザーの事だ。

 役割を分担するのが彼らのやり方であり、そしてお互いに好む所だった。

 

 その長所同士が組合わさった事による威力は、この戦域においても十分に発揮されていた。

 

 主目的は追悼慰霊団の捜索。

 両者ともその重要性は分かっているが、それだけでは歯応えが無いのも事実だった。

 おかげでそこに現れた連合部隊……つまりちょうどいい程度の敵……それに襲いかかる彼らの士気が高くなるのは当然であり。

 その為に容赦はなく、ザフトのモビルスーツ部隊は存分に暴れていると言えた。

 

 何せ役割として前線指揮官になるクーザーが最も昂っているのだ。

 味方艦からの支援砲撃を受けながらの前進を開始。

 逃げ遅れた敵艦、慌てて発進してきたモビルアーマー隊、それぞれに攻撃をかけ戦果を拡大。

 大した抵抗も感じずに相手を蹂躙。結果として連合の部隊は既に半壊だ。

 クーザーはこの結果に十分な満足を覚えていた。

 

 ただ正直な所を言えば、少し物足りないと感じている所がある。

 

 確かに順調だ。極めて順調に事態は推移している。この戦闘はもう勝ちが決定しているだろう。

 もしかすると一機の損害も出ないのでは? と言う位に圧倒的な形だ。現時点での損害は無しなのだ。

 手柄としては結構な部類にあると言える。

 勲章が貰えるかもしれない。

 

 だが、つまらないのだ。

 不謹慎だとは分かっていても、自分が乗るこのシグーではモビルアーマー相手はつまらない。連合の機動兵器は弱すぎる。

 

 実際、クーザーはあっさり2機のアーマーを落としたが、そこまでだった。味方の方が多い戦場だ。

 

 エース格が乗る機体のハイマニューバ、加えてアサルトシュラウドと呼称される新造の追加装備を付けたジン……それが2機ずつ。

 要塞攻略装備に至っては6機だ。

 これだけ揃って負ける方がおかしい。

 

 質で大きく勝っている為に苦戦するはずもなく、早い内から獲物の取り合いが始まっている状況であり。

 指揮官であるクーザーは、3機目や敵艦への攻撃を部下に譲っている状態だったのだ。

 

 そしてそんな状況の今ですら、手柄を求めてうろうろしている味方が目立っている。エース格の二人が通信で「退屈だ」と言ってきているのだ。

 発進が後回しになった者は明らかに不満を漏らしている。獲物がいない。

 誤射を怖れて味方同士での遠慮までおきる有り様である。

 

 つまらない。

 手応えをくれ。

 いっそアーマーの50機程でも現れない物か。綺麗に片付けてやるのに。

 ゼロタイプのアーマーは居ないのか。敵のエースは。退屈だ、退屈。

 

 クーザーは、ハイマニューバを操るエースやアサルトシュラウドに乗るベテランを交え、つい愚痴混じりの雑談を始めてしまう。

 戦闘中とは言え油断が過ぎる自覚はあった。

 しかし、それだけの油断をしてもまだ退屈なのがこの戦域だ。シグーは目立つ機体のはずだがアーマーは1機も突っ込んで来ない、防御に忙しいようだ。

 暇すぎる。やっていられない。

 

 何かないものかと周辺を探る中、新しい報告が来た。

 

《敵モビルスーツ! ジン! 各機警戒を!》

 

 索敵能力に優れる強攻偵察型からの報告を受け、クーザーは心をわずかに弾ませた。

《敵》のモビルスーツだ。鹵獲された物だろう。

 よほどの腕を持つナチュラルか、それとも裏切り者のコーディネーターか。

 結構な事だ、アーマーよりは面白い相手になるだろう。

 遊んでやる。

 

 しかし闘争心を刺激されたのも束の間、彼以上に退屈を持て余していた部下達が猛然と突撃を始めた。

 俺の分を残しておけ、等と叫ぶ訳にもいかないクーザーの前で集中攻撃が開始される。

 

 結果、1機のジンはあっという間に火の玉に変わった。

 もう1機も必死に逃げ回りながら苦し紛れの反撃を撃ってくるのだが、そんな射撃に当たる奴はいない。

 見ていればすぐにでも片付き……いや終わった。

 あっという間に機銃弾の集中攻撃を食らって爆散している。

 敵モビルスーツは全滅。

 

 クーザーは表向き部下達を褒めて見せるのだが、内心ではやはり面白くない。

 

 だから、退屈だと言っているだろうが。もう少し何か無いのか、こいつらは。

 ちょっとは粘って見せろ。

 いっそマッカランに頼んで残りの対艦攻撃だけでも任せてもらうか? これでは暇すぎて死んでしまう。

 

 残っている敵艦と言っても、ひたすら逃げるネルソン級とドレイク級が1隻ずつだ。後2隻しか残っていない。

 思い切りよく逃げられている事だけが面倒だが、しかし、それでも結局は決着が早いか遅いかの違いでしかない。

 

「これじゃ模擬戦の方がまだ手応えがあるぞ……」

 

 いよいよ本格的な愚痴が漏れ始めたクーザーだが、更なる索敵報告が彼の落胆を食い止めた。

 前方から接近してくる未確認の艦艇1隻を発見したと言うのだ。

 

「未確認? ……艦型の不明か、所属の不明かどっちだ」

 

《両方です。この形状は見た事が……いえ、照合データ来ました。優先撃破命令……足つきです! 通達のあったヘリオポリスの!》

 

 強攻偵察型が新手を捕捉。

 同じく捕捉していたであろう味方艦、そこから回って来たと思われる支援情報と合わせての詳細を上げてきた。

 まとめてデータを受け取ったクーザーはざっと目を通し、そして満面の笑みを浮かべる。新しい獲物だ。

 

「……足つきね、なるほど。こいつが、か」

 

 送られてきたデータを眺める限りは、確かにそういう形状に見えなくもない。

 デブリベルトに逃げ込んでいたとは聞いたが、この宙域に出て来てくれるとは。

 

 連合製のモビルスーツを搭載。その情報は大きい。

 部下達も興味が引かれたようで、クーザーに目標変更を申し出てくる。

 

《クルーゼ隊が敗退したとか言う、あれですか?》

 

《歯ごたえはありそうです》

 

《俺達に見つからなきゃ生き延びれたのにな……隊長、沈めちまっていいんでしょう?》

 

 当然だ。問答無用での撃沈命令が出ている相手だ。

 こんな所を航行させていていい相手ではない。

 何より……面白いではないか。

 

 クーザーは無意識に舌なめずりをする。少なくとも退屈しのぎには十分なってくれそうだ。

 艦艇潰しはモビルスーツ乗りの誇る所。ましてや敵の新鋭艦。

 これなら間違いなく勲章ものである。

 

「2隻の連合艦を追撃しつつ。前進する!

 ナチュラルどものモビルスーツが居るらしい……マッカラン隊、クーザー隊で歓迎してやるぞ! 付いてこい!」

 

 クーザーの嘲りを含んだ怒鳴るような指示が飛んだ。

 それを受けたザフトモビルスーツ部隊、彼らは一斉に動きを変える。

 それまでは、どこか適当に追い回していたモビルアーマーを用済みとばかりにあっさり始末。

 各機とも弾かれたように進路を足つきへ取り、スラスター出力を上げた。

 

 やはり味方は1機も欠けていない。連携も取れなかったアーマーなどその程度だ。

 つまりは連合など、その程度の連中。

 ナチュラルに同情はしない。身の程を思い知らせるのが自分達の任務だ。

 

 マッカランからもゴーサインが出た。

 ボアズ司令部もこの可能性を考慮していたのだろう、ならば戦果を持ち帰る事に問題はあるまい。

 

 クーザーは足つきに対して、自分を含めた16機のモビルスーツを振り分けた。

 残る6機は最初からいた2隻の敵艦への止めだ。

 それだけいれば、残る連合艦をへばりつくように守っている残存モビルアーマー隊に負ける事もあるまい。

 

 足つきへの攻撃に参加したいと文句を言ってきた部下には、さっさと連合の旧型を沈めてこいと焚き付ける。

 部隊の割り振りは指揮官の特権だ、連合のモビルスーツを仕留める武勲は譲れない。

 

「……ストライクとか言うんだってなァ!

 慰霊団と歌姫の仇だ、宇宙の塵にしてやるよっ!」

 

 

 

 

「来やがったか……!」

 

 アークエンジェルが敵との戦闘距離に入ろうかという辺り。

 甲板にガンバレルストライクを着地させていたフラガが、接触回線でマリュー、ナタルと短い意思確認をしていた所だった。

 敵部隊のスラスター光。改めてその数を見ると、やはりきつい物がある。

 

 ラウ・ル・クルーゼの隊ではない。フラガにはそれが分かる。あの伝わってくるような感覚が無いのだ。

 奴は近くに居ない。

 キラの話と違っているのは、まず間違いないだろう。

 とは言えそれは慰めにならない。現状は苦境と判断するのに十分すぎた。

 どうせなら、こっちを予言して欲しかった。

 

 味方の戦力は乏しい。

 せめて艦艇の火力を頼りたい所だが、射程に入るはずのアークエンジェルの火器、それがまだ動かない。

 

 いや、動いた。主砲のゴッドフリートが砲撃を開始、敵モビルスーツ部隊の陣形を散らしにかかった。

 しかし放たれたビームは二斉射のみ。それだけだ。威力もどこか抑えられている。

 副砲やミサイル群はまだ沈黙したままだ。

 

 その事にフラガは嫌な予感を覚えて確認をいれる。

 

「……バジルール少尉、確認なんだが、まだ派手に撃たないのは……」

 

《先程言った通り無駄弾を抑えます。

 近接防空に必要ですので、弾切れは許容できません。……エンジンの状態も万全ではありませんので》

 

 撃つのはなるべく引き付けてから。

 それも牽制ではなく、可能な限り当てる為に撃ちたいと言う事だった。

 もしくはここぞと言う時……緊急時の弾幕を展開する為。

 その為に打撃力を保持しておかねばならないと。

 

 ナタルはかなりシビアな弾薬運用をするつもりらしい。

 前方では既に半数以下になった友軍モビルアーマー隊が、身を盾として艦を守っている状況なのだが……。

 それを踏まえた上でも、ばら蒔くつもりは無いという事だろう。

 フラガは状況の厳しさを理解できてしまう分、反対できない。

 

 頭を切り替える。なら自分はどう戦うべきか。

 モビルスーツは任されたが、どうする。

 キラはまだ出てこない。敵との距離が詰まる方が早そうだ。

 トールとアサギは当然留守番だ、後部甲板上でエンジン部を守らせている。

 泣いても漏らしてもいいから、やられるなとキツく厳命した。

 側に居てやりたいが……キラがまだ出ていない以上は、やはり自分が前に出なくてはならない。

 どう動くか。

 

 乱戦に持ち込むか?

 アークエンジェルから離れ、単機で集団の中に飛び込んでの撹乱戦。幸いこの機体にはメビウス・ゼロと違って防御力がある。

 数度の被弾で致命傷、という事はあるまい。

 

 しかし自分がそれをやると、今度はアークエンジェルの防御が足りなくなるのも分かってしまう。

 トールとアサギの拙い射撃、対空機銃と対空ミサイルだけでは足りないであろう事が。

 

 それに、ガンバレルストライク単独で撹乱したとしても、まだ相手には余裕が残るとフラガには思えた。

 数が違うのだ。

 この機体も、まともに動いてくれる状態ではある。

 ただそれは、限界レベルでも思い通りに振り回せると言う事ではない。

 単騎での先行はリスクが大きい。

 

 前に出すぎるのは危険な感じがする。

 ならば次善の策だが、普通に防御戦闘をやるしかない。

 

 アークエンジェルの前方には出るが、ブリッジと新米達を気にかけ、お互いに援護が届く距離内で交戦する。

 堅実だが無難な策だ。

 苦境を覆さなくてはならない状況においてベストとは言えないが、仕方ない。

 

 フェイズシフト装甲を頼っての盾役をやる場面も出てくるだろう。

 助けに来た形になる以上、全滅される訳にいかないのだがこれでは先遣隊まで手が回らない。

 精々、敵を何割か引き剥がしてやれるだけだ。

 

 合流を目指すのに矛盾するような作戦だが、それでもできる限り、やるしかない。

 自分のモビルスーツ経験値と言う面での不安は、考えないようにした。

 

「まったく嫌になるぜ……。

 艦長! さっき言った通り、前に出て一当てしてくる。

 味方に食いついている奴等を剥がしてくるからな!」

 

 少しでもいいから援護をよろしくと言い残し、フラガはガンバレルストライクを離床させた。アークエンジェル前方に移動を開始する。

 まずは少しでも撹乱して、同時に敵の数を減らす。

 完全に防御態勢に押し込まれる前に、味方の負担を減らさねばならない。

 

 その内に守勢に回らされるはずだ。だからそれまでに敵を削っておきたいのだ。

 できれば半数以上。せめて3分の1。

 その位やってみせなくては勝ちが見えてこない。

 難しいのだが。

 

「難しい? ……俺らしくもねえな」

 

 負けると決まった訳ではない。

 自らを鼓舞するようにスラスター出力を上げたガンバレルストライク……前進したフラガ機は敵集団に向かってビームライフルを一発だけ撃った。

 対するザフトはこれでもかと言う位に激烈な反応を示してくる。

 散開しつつも急速に接近してくる動き。

 

 敵の大半から注目されている感覚……思わず牽制射撃をばら蒔きたくなったが堪えた。

 

 無駄弾を撃てば死ぬ。ナタルと同じだ。

 こっちはフェイズシフト装甲にもエネルギーが要るのだ。無くなっても補給する暇はない。

 敵の攻撃は避けるか、せめて盾で受けなければならない。

 

 フラガは自分の勘を頼りに激しい回避運動に入った。

 

 機銃や無反動砲はともかく、小型ミサイルや重粒子砲、レールガンらしき物まで飛んでくる。

 要塞攻略装備だ、大型ミサイルを持っている奴が見える。

 更に違う装備の奴も確認した。データに無いタイプ。

 レールガンとミサイル、増加装甲。スラスターの強化されたであろう動き。

 重そうだがよく動く、こいつも面倒そうな奴だ。

 

 フラガは呻き声を上げつつ己の技量任せに機体を振り回した。

 避けられる。少なくとも直撃はまだ無い。

 だが狙って撃ち返す余裕も無かった。

 

 それでも瞬間的に単調な動きをしたジンを察知、そいつにビームを撃ち込む。

 何とか2発で当たった。相手はそのまま爆発して消えてくれる。喜ぶ間もなく急速な回避運動へ。敵の動きと攻撃はさらに激しくなった。

 4基のガンバレル、それ自体の推力もつぎ込んでの回避運動を続行。

 

 ハイマニューバ、それと同等レベルに動いてくる追加装備持ち、更にシグーが猛進してくる。

 シグーを見たフラガは舌打ちを漏らした。指揮官機だ。指揮官機が前に来ている。

 自信を感じさせる動き、こいつも手強そうだ。 

 

 相手の士気を崩す為、落とすのに無理をする価値はある。しかし回避に忙しい。

 1対1なら負けない自信があるのに。

 

 多数のジンがフラガ機を包みに、あるいは無視してアークエンジェルに向かおうとする。

 それを邪魔したいが機体が微妙に遅い。反応がワンテンポ遅れるのだ。

 このレベルで振り回したデータがない事が、やはり調整不足に繋がっている。

 パーツ不足にデータ不足、調整不足だ。

 キラを相手に、全開での模擬戦を少しでもやっておくべきだったか。

 

 盾や機体の端々を機銃が叩いてきた。不愉快な音と衝撃。機体をミサイルが掠めていく。

 

「ちっ……!」

 

 くそったれ、マジで多い。

 キラを独房ではなく、格納庫に縛って寝かせておくべきだった。

 次はストライクのコックピットに監禁しといてやる。

 そんな馬鹿げた冗談を思い付くが、すぐにそれも考えられなくなる程、攻撃密度は更に上昇した。

 

 

 

「……ですから! 逃げ切れないと判断して合流に……! こちらは速度に不安を抱えていて……中佐、とにかく援護に全力を尽くします、一刻も早く合流を! 通信は以上……ナタル! このまま進んで先遣隊と合流するわ。

 ノイマン曹長! 回避運動、任せます!」

 

 マリューの声を聞きながら、CICを指揮するナタルは難しい戦闘に悩まされていた。

 敵の数とこちらの弾薬量、それが反比例しているかのように苦しい。

 

 緊急で通信を繋げたコープマンからの叱責と、そして諦めたかのように切り替えての連携の確認。

 援護し合う為の位置の乱雑な打ち合せ……信じられない事にその隣に座っているアルスター次官の喚く声、それらをマリューが説得して処理してくれている、その間に。

 ナタルは敵モビルスーツ部隊の潰し方に苦慮していたのだ。

 

 多く、散らばって接近してくる。

 それぞれの動きは複雑。しかも前に存在している味方に、こちらからの射線を被せ気味に寄ってくるのだ。

 誤射を誘っている動き。

 艦艇に挟まれた場合の近づき方を知っている相手だ。面倒な。

 

 距離を取るのが無難だと思える状況なのだが……。

 今からでも距離を取りたいとマリューに進言してみるか?

 しかし、ここまで来てしまえば、もうとにかく味方と援護し合える位置に付くしかない。

 一か八かのローエングリンなどは撃てないのだ。誤射が許されない。

 

 索敵班からの報告が上がってくる。

 フラガ機がアークエンジェルの射程圏内に引くよりも先に、突破してきた敵モビルスーツがいると。

 

「フラガ大尉の防御線を抜けてきます! ジン4、強行偵察型が1……! 更に追加装備型が1機!

 その後方から要塞攻略装備が2!」

 

「追加装備型ジンの装備はレールガン、ミサイル。増加装甲を確認! スラスター増強を見込む……!」

 

 8機だ。いきなり8機が向かってきた。

 ナタルは拳を握り締めながら、努めて平静を保つ。

 前衛のフラガ機のみで戦線を構築してもらえるとは思っていない。これは当たり前の状況だ。

 

「追加装備型を暫定的にアサルト型と呼称する。

 重粒子砲を持っている要塞攻略型と、同じ優先迎撃レベル設定をしろ。ハイマニューバも同様だ。

 バリアントの目標追尾を開始、コリントス及びヘルダートの装填は完了しているか?」

 

 ノーマルのジンは追尾目標としての優先順位を落とす……乱暴に言えば、ノーマルのジンは迎撃対応がその分後回しになるという意味だ。

 そっちについては無茶を承知で新兵の二人、ケーニヒとコードウェルに、かなりの部分を担当してもらうしかない。

 それを焦り気味のトノムラに突っ込まれる。

 

「少尉、ノーマルのジンはどう対応を? 迎撃火器が足りませんが……」

 

「エンジン部に展開しているケーニヒとコードウェルが対応する。後部イーゲルシュテルンと協力させて敵を迎撃しろと伝えろ」

 

「あいつらに任せっきりにするんですか!?」

 

「目眩ましにアンチビーム爆雷でもフレアでも何でもいいから使って援護しろ! してやれ!

 バリアントと対空ミサイル、前部及び側面のイーゲルシュテルンは脅威度の高い相手を常に警戒する……装填、発射のサイクルを途切れさせるな!

 一撃目を放つぞ、撃ち方用意!」

 

 薄氷どころでないのはナタル自身よく分かっている。

 

 やはり敵の展開は速い。

 副砲とミサイル発射管がこれからフル回転する事になる。

 主砲ゴッドフリートの隙間を埋めるように撃つ事になるが、どう考えても手数が足りない。

 確かに後方は危険だ。だが側面も危険なのだ。前方だって安心なんてできない。下部は言うまでもない。

 全方向に即時対応できる姿勢を整え続けなければ沈む。

 

 新兵二人に艦の火器と連携を取らせるのは不可能、こちらから合わせる余裕もない。

 敵の足を確実に止めるには対空機銃ではなく、ミサイル、副砲以上を使うしかないのだ。

 

 ならば後ろはある程度任せ、こちらは側面、下部、前方を重視して火線を敷くしかない。

 

 ナタルの号令と共に対モビルスーツ戦闘が開始される。

 初手は攻撃だった。

 

 先手を取りたい……こちらの火力を見てしばらくは警戒して欲しい……そんな願いを込めた弾幕だ。

 主砲と副砲、ミサイルに対空機銃まで連動させ、なけなしの弾をばら蒔く一回限りの《攻撃》だ。

 

 防御に回る前の、最初で最後の攻撃。

 ナタルが統制したそれは、見事に敵モビルスーツを撃破できた。

 

 戦果はジン2機の撃墜。

 艦艇が一度の攻撃で落とした対モビルスーツの戦果としては見事な物である。

 だが当のナタルの表情は、歯をこれでもかと食い縛っている憤怒の表情だった。

 

「もっと引き付けてから撃てれば……!」

 

 あと2、3機は落とせたのだろうに。

 

 ナタルは怒りを飲み込みながら、仕方ないとばかりに息をつく。

 仮に欲張っていれば、その代わりにこっちも死角に潜り込まれる事になった可能性が高いのだ。

 これで悪くない滑り出しだと、諦める他にない。

 

 前方に展開したフラガ機が奮闘しているのが見える。

 アークエンジェルに食い付こうとする敵を抑えつつ、敵の撹乱を試みているのだ。

 見える限りでは……いや、はっきりと分かる。分が悪い。

 

 当然だ。むしろ未だ致命傷を追っていないのが不思議な戦力差なのだ。

 アークエンジェルで援護をしたいが、こちらの防空圏内にも既に敵がいる。

 ザフト側はこちらの防空能力をある程度知っているかのような動きをしているのだ……知られているのか。

 

 当然の事だが、分断される形になりつつある。

 

 先遣隊も苦境だ。自分達の防空で精一杯だろう。

 向こうも周囲の敵は減ったとは言え、それでも6機に集られている。じりじりとだが押されているのは明らかだ。

 

 ノイマン曹長が大きく舵を切った。艦が揺れる。

 

 要塞攻略型が使う重粒子砲と、追加装備持ち……アサルト型の速度によるレールガンは危険な一撃だ。回避は彼に頼るしかない。

 飛んできたミサイルを対空機銃のイーゲルシュテルンで迎撃指示。

 下に回り込もうとするジンをバリアントで妨害、無反動砲の砲弾をイーゲルシュテルンで撃ち落とし、アンチビーム爆雷で重粒子砲の威力を軽減させる。

 対空ミサイルのコリントス、ヘルダートを次から次へ撃ちまくり、ほんの少しの間だけ敵を押し返した。

 

 敵の残りは先遣隊に6機、アークエンジェル側に13機。そして接近してくるナスカ級4隻だ。

 

 繋ぎっぱなしの通信機からは、新兵達の大声が聞こえてきていた。

 やられた訳ではない。

 二人とも慌てながら、悲鳴やら何やらを叫びながらも、それなりにちゃんと火線を敷いている。

 新兵が実戦の空気に発狂されても困るのだが、今はモビルスーツ2機の手数は貴重すぎた。

 せめて二人一組でと、背中合わせにさせたフラガは正しい。彼らが運動戦のできるレベルだったらと考えてしまうのは贅沢だろう。

 このまま砲台を続けさせるしかない。

 

 ナタルが二人に対して落ち着いて射撃を続けるように声をかけようとした、その瞬間にジンの無反動砲による一撃が艦の左舷側に直撃。

 更に突撃機銃の何発かがアークエンジェルの船体に突き刺さる。この被弾も左舷側。

 激しい揺れにクルー達から苦鳴が上がった。マリューがダメージコントロールを指示。更に振動。

 

 ナタルは迎撃の火線を立て直すが、左舷に食い付かれつつあった。

 

「手を止めるな! ミサイル発射菅ヘルダート! イーゲルシュテルン迎撃! バリアントの射撃速度上げ!」

 

 ナタルは副砲のバリアントを更に酷使させる命令を下す。砲身が焼けつきます、との声は黙らせた。

 敵の動きが速いのだ。仕方ない。

 

 弾薬の残量がみるみる減っていく。だと言うのにアークエンジェル近辺の敵は変わりがない。

 危険な位置に付こうとする相手を一時散らすのが精一杯だ。

 むしろフラガ機の撹乱から抜けてくる奴がじわじわと増えている。

 

 当のフラガ機は敵複数から集中攻撃をかけられており劣勢……見ているとガンバレルを囮にして不意に反撃を打っていた、激しい回避運動の最中に2機目を撃墜している。

 見事な物だが、それは相手の敵意を更に燃え上がらせる事を意味するのだ。

 

 アークエンジェルへの援護など期待できない。

 恐らくはエース格、そのレベルの相手に囲まれているのだ。

 どちらも手が回らなくなりつつある。

 

「……ヤマトはどうした!」

 

 ナタルは叫んだ。

 何故出ない。

 もうとっくに格納庫にいるはずだ。何をやっている。

 発進準備完了の報告が来ない。まだか。

 

 ナタルが苛立ちながらキラの現状を確認しようとした所で、ようやく、通信担当からストライクの発進準備が完了したと報告が上がってきた。

 ようやくかと、間髪入れずに出撃させようとしたナタルを遮るように、怒声がブリッジに響く。

 マリューの声だった。

 

「……負傷していた……!? ど、どういう事なの……!

 止血をして出撃って……片目のパイロットを出せる訳が無いでしょう!」

 

 艦内電話を耳に当て動揺を隠せないマリュー、その叫ぶような疑問の声が響いた。

 クルー達は揺れと閃光の中でも指示を聞き漏らすまいと何とか集中していた、しかしその結果、マリューの言葉を完全に聞き取ってしまう。

 マリューが誰の事を言っているのかも完全に察したのだ。

 

 キラが負傷。

 出撃前に。しかも目だ。

 この状況において、それの意味する所をクルー達は理解して、そして沈黙してしまう。手が止まってしまった。

 

 ジン要塞攻略装備型から放たれた小型ミサイル、突撃機銃の弾丸がアークエンジェルの右舷に突き刺さった。小さな爆発と振動が重なる。

 トールやアサギが必死で防御する声が通信から聞こえてくるが手数が足りる訳もない。

 彼らも自分達への攻撃を盾で防ぎながら射撃をしている状況なのだ。

 それでもクルー達は無言、無反応のまま。

 

 士気崩壊。

 そんな空気の中でナタルが叫べたのは、もはや将校としての意地としか言い様がない。

 

「ラミアス艦長! 問題ありません!

 ヤマトは特別にデザインされたコーディネーターです! 本人がそう言いました、勝ち目はあります!」

 

 だからそのまま出撃を、と。

 

 ナタルのその言葉はもちろん出任せだ。

 キラの詳細は不明……推測しかできない。

 ただ何か、かなり不味い事が起きたのはマリューの声から分かった。

 だから叫んだ。クルーを動かし続ける為に。

 事実、ナタルの叫びは破綻しつつあったブリッジクルー達の士気を、崖っぷちで食い止める事に成功する。

 

 いや、落ちた崖のふちに、偶然に手がかかったような際どさ。

 手を動かせと言うナタルの叱責に、クルー達は覇気が低いながらも何とか職務に戻った。……彼らの表情が自暴自棄気味な所までは構っていられない。

 

 ナタルは一時的に席から離れ、迎撃指揮を叫びながらマリューに近寄った。

 彼女にこれ以上は迂闊な事を口走らせない為だが、マリューは自分が不用意な事を叫んでしまったのを理解していた。申し訳なさそうにしている。

 

 ならば結構。責めている暇はない。

 ナタルは声を潜め手短にキラの負傷具合を確認した。

 

「艦長、連絡は誰から……? ヤマトの負傷はどの程度……2、3分粘れば応急処置が終わりますか?」

 

「医務官からよ。キラ君は左目が完全に見えなくなっているって……出撃なんてとてもさせられない……」

 

 マリューは悔やんでも悔やみきれないと言った表情だ。

 自分の判断で進んできて、そして勝ち目が無くなったのだ。

 把握できない状況が艦内で発生してしまった。それは言い訳にはならない。

 

 ナタルは「そうですか」と無感情に返しながら、とっくに計算を始めている。

 アークエンジェルはこれから敗走していかなくてはならない。

 先遣隊を見捨てて、最悪の流れではモビルスーツ4機を置き去りにしてでも、だ。

 

「……ヤマトはコーディネーターです。それも強化されたデザインの……そこに期待するしかありません」

 

「ナタル、貴女……本気で出撃させる気なの……!?」

 

 納得いかないのは分かるが、他にやりようがない。

 ナタル自身もどうにかなるとは思っていない。

 出来る訳もないだろうと思うような言葉を連ねて、渋るマリューを説得する。

 説得しながら戦域離脱のタイミングを計りだしたのだ。

 

 同じく戸惑いを見せる通信担当クルー、彼にはストライクの発進シークエンスを開始させる。

 

 ナタルはキラの状態を意図的に無視していた。

 本人の状態を確認もせず放り出すのはとんでもない暴挙だが、時間がない。

 本人が出ると言っているのだろう。出来ると。

 ならば希望通りにやらせる、やってもらう。

 囮にはなるはずだ。生き延びる為には何でも使うしかない。

 オペレーターの叫ぶような報告が上がってくる。

 

「バーナード大破! 轟沈です!」

 

 望遠モニターに新しく光球が映った。

 残っていた友軍艦艇2隻の内、バーナードと名付けられていたドレイク級が沈んだのだ。

 

 これで残るはモントゴメリとモビルアーマー数機のみ。

 もう5分は持つまい。

 数百の命を飲み込む光球を見ながら、ナタルはふと考え、そして思い付く。

 

 まさかこのザフト部隊、こいつらはラクス・クラインの《救援》ではないだろうな、と。

 

 宙域図を見れば、ユニウスセブンに向かうルートに見えなくもないのだ。

 他にこんな所をザフトが、足の速いナスカ級だけがうろつく理由が見当たらない。

 

 ナタルは席に戻りながら、そんな自分の考えを否定する。

 馬鹿な事を、ただの待ち伏せだ。

 運が悪かったか情報が漏れていたかのどちらかだと。

 

 だが更に考えてしまった。

 仮に、もし仮に今、ラクス・クラインが手元に居たとすれば。

 確かに自分は迷う事なく彼女を人質に使うだろうと。

 そんな思考が頭をよぎってしまい、ナタルは自己嫌悪に陥った。

 

 

 

 キラはストライクのコックピットに納まり、アークエンジェルの揺れを感じながら発進許可を待っていた。

 

 強引に装備したアグニとパンツァーアイゼン……それらをエールパックの火器管制に合わせる為に、可能な限りの細かな調整を施しつつ、だ。

 

 盾をアサギのジンに貸している以上、回避を重視しての短期戦に持ち込むしかないと感じていた。

 エール装備だけでは絶対に足りないと考え、せめて振り回せる装備をと選んだのだが……もっと早く弄っておくべきだったと言う後悔は尽きない。

 

 不意に意識が揺れ、そして痛みで明瞭になる。

 

 とにかく目が、目の奥が痛い。

 左目の奥で痛みが響いている。呼吸をしても、しなくても痛みがやってくる。

 頭部全体に痛みが響いているようだ。

 左の視界が無くなった事による《狭さ》も、予想より影響は大きい。

 

 不便さと痛みを存分に味わいながら電子系を弄っていると、また嫌な振動を感じた。

 何度目だろうか。回避運動によるものではない。もうアークエンジェルに攻撃が当たっている。

 なのに発進許可が来ない。

 

 マードックに準備完了と報告してもらったはずなのだが、マリュー、ナタルから許可が来ないのだ。

 早く出撃をしたい。

 かといって自分から催促の通信は送れなかった。

 正直、会話をまともにできる余裕がない。

 不自然さを見出だされて、状態を聞かれたら止められてしまう。

 

 アークエンジェルがまた揺れる。違った、揺れたのは意識だ。視界がぐらつく。

 さっきから妙な不快感が酷い。マリュー達への弁明に使える余力はどうにもなかった。

 

 そんなに長く戦えないかもしれない。

 

 だからもう、とにかく放り出してくれさえすれば、そう考えていたのだ。

 医務官にもマードックにも黙っていてくれと頼んだのだから大丈夫だと。後はどうにでもなれと。

 

 早く放り出してくれ。早く、何でもいいから早く。

 

 傷が痛むというよりは頭の中で神経がかきむしられるような衝撃、加えて波のように繰り返す圧迫感に近い痛み。

 その二つが思考を雑にしていた。

 もう痛みなのか不快感なのかはっきりしない。

 

 気分が悪い。

 

 気持ちが悪い。

 何故かは分からないが、自分を見る多くの人間の視線を感じる……ぶつけられる感情をキラは思い出していた。

 

 何故だ。何故そんなものをここで感じるのか。

 ここには自分一人だ。なのに大勢の人の殺意を感じる……また吐き気がする。こんな時に。何故だ。

 記憶に飲まれているのだろうか。

 

 大勢の他人の感情、体が震えてくるそれを思い出す……のとは違う気がする。

 思い出すのではなく、生々しく感じられてしまう。

 人が怖い。

 

 おかしい、何故だ。

 この思考は何だ。自分は精神的におかしくなっているのか。

 それとも追い詰められて、神経が過敏になっているのだろうか……駄目だ、弱気になるべきでない。

 とにかく今をしのがなくてはならない、何としてもだ。

 発進はまだか。

 

 もはや痛みよりも妙な不快感の方が酷い……それに苛まされながらも意識を繋ぎ止める事、ストライクを動かす事。

 キラはその二つに全てを費やしていた。

 

 強烈な頭痛と、ビシリとひび割れる感覚が走った。

 

 苦しむキラが息をつき天を仰いでいると、不意に《言葉が走って》きた。

 オーブ軍から協力してくれている通信担当兵の言葉……発進許可が出る、と。

 そう言われたように聞こえた、感じたのだ。

 

 今のは何だろうか。

 

 キラがその感覚に不自然さを感じる前に、またもアークエンジェルが激しく揺れる。嫌な一撃を食らったらしい。

 その震動の直後に今度はちゃんと声が聞こえてくる。

 

《ヤマト准尉……! 発進許可が出ました! 発進よろしいですか? ……ヤマト准尉? 聞こえていますか? 大丈夫ですか?》

 

「……大丈夫です。発進させてください」

 

 いけない。

 返事をしないと異常を察知されてしまう。出るまではとにかく平静を装わないと……しかし何か……おかしくはなかったか。

 自分の聞き間違いか何かか? 同じ事を二回言われた気がする。

 許可が出たと二回、聞こえた気がしたのだが……気のせいだろうか。

 

 酷い不快感の中でだが、確かに聞こえたと、思うのだが。

 

 また頭痛、ヒビが大きくなる感覚。

 今度はナタルの「構わん、出させろ!」と言う言葉が《走って》聞こえ……いや、感じられた。

 幻聴のような声。

 何だこれは。通信がぼやけて聞こえるのだろうか。

 

 キラは自分の認識が明らかにおかしいと怪しんだのだが、動ける以上は構っていられないと判断した。

 優先するべきはそれではない。幻聴くらいでと。

 

 何でもいい。やっと出れるのだ。

 たくさんの人が死んでいるが、まだ生きている人がいる。《感じる》限りではまだ間に合うはずだ。

 だから早く。早く出なくては。早く。

 

 ブリッジでは、ナタルは確かにストライクを出せと指示を下していたのだが、それは通信に乗ってきていない。

 キラに聞こえる訳がないのだ。

 聞こえるはずのないナタルの指示。

 それを不自然にも《正しく感じ取れた》事などキラは想像もしていない。

 

 不快感と痛みがキラに余計な思考をさせなかったと言える。

 恐ろしい程に鋭敏化している自分の感覚を不自然に思っていない。

 出られるのならば十分だとしか考えなかったのだ。

 精神をすり減らし限界まで追い詰められつつあったキラだが、それでも戦う意思に陰りはない。

 

 

 それに応えるかの如く、ついに《二つ》のSEEDが弾けた。

 

 

 混沌としていたキラの感覚認識が明瞭になる。痛みが消え、慣れ親しんだ感覚が戻ってきた。

 この感覚。

 

 大勢の人の殺意に晒されて以来、眠ったままだったあの感覚。

 未来で死んでいた自分の感覚が戻って来た。

 それに引きずり出されるように、この時代の眠っていた感覚も目を覚ます。

 

 自分自身で戸惑う程に認識力が上がったキラだが、それも一瞬。

 直後にストライクを打ち出すべくカタパルトが可動、強烈なGが襲ってきた。

 

 勘が働いた。

 狙われている。

 

 このままカタパルトから出れば、そこを狙い撃たれると言う勘が働いたのだ。

 見えないはずの内部から外の《殺気》をキラは感じ取る。アークエンジェルから出る瞬間に、対処する必要があると。

 

 激しかった痛みが消え、異常にクリアになり増大した感覚領域。伝わってくる殺気。

 それを何故なのかとキラは疑わない。

 必要とされる機体制御を、イメージ通りに開始しただけだ。

 

 カタパルトから出る瞬間、キラはストライクを捻った。 スラスター制御と機体動作で強引に捻らせるアクロバット機動を実行。

 重粒子砲による攻撃、機銃、ミサイルの奇襲を完全に回避する。

 回避運動を続けたまま間髪入れずに《殺気》を向けてきた相手にビームライフルとアグニを同時に放った。

 ビームライフルで1機のコックピットを撃ち抜き、アグニの一撃で2機のジンをまとめて撃ち抜いて無力化。

 

 ジン要塞攻略装備が3機爆散する。

 

 出撃してくる新手、そいつを先手を取って撃破してやろう……そう考えていた敵パイロットの意思が、一瞬の驚愕と共に弾け飛んだのもキラは感じ取った。

 頭を殴り付けられるような感覚。命を奪った手応え。

 ずっしりとした吐き気が込み上げる。これまでにない感覚だ。

 

 痛みとは違う苦しさを堪えキラは周囲を探る。

 前方のフラガ機と、後方トール機とアサギ機の苦境を見て取った。

 

 キラは迷う事なくフラガの援護に入る為に前進を開始。

 ただしストライクは後方に向かって無造作にビームライフルを3連射する。

 その高速射撃は3機のジン……トール機、アサギ機の経験不足を見抜き、近接攻撃で仕留めようと動いていたジン3機のコックピット、スラスター部をそれぞれぶち抜いて大破させた。

 

 これで二人は大丈夫だ。

 次はムウさんを……そう考えた所で左からぞっとする感覚。回避運動。

 ジンの追加装備持ちだ。ストライクの動きに慌てたようにレールガンを放って来ていた。

 

 デュエルが付けていたあの装備……アサルトシュラウドと言ったか? 等とキラは思い出しながら、その敵機からの連続射撃をぶれるように回避、相手の動きの一手先にビームを置いておく。

 武器を持った腕を飛ばしたが直撃は回避された。早い動きをする。危険な相手だ。

 

 ならばと、キラは自分の動きを修正にかかる。今度は4連射。1発2発1発の攻撃。

 追い込んで、崩してからの止めだ。

 ビームライフルの4連射に晒されたジン・アサルトシュラウドはまず回避コースを限定される。

 無理な姿勢制御に追い込まれ、最後には自分からビームの弾道に飛び込んでしまい、コックピットを撃ち抜かれて沈黙した。

 

 危険な数機の内の1機を無力化したキラは別の殺気を感知。後方からの無反動砲と機銃の射撃……それを回避する。

 左目は見えていない。だが、分かる。

 自分の感覚はそれを伝えて来てくれる。

 アークエンジェル近辺にいたジン強行偵察型と、左に回り込んで来ていたジンだ。

 

 攻撃を回避されて慌てたのか激しい回避運動に移るその2機を、ストライクはビームライフルとアグニで同時に撃ち抜いた。

 照準を使わない完全なマニュアル制御、それはキラの能力に従い、複数攻撃とまで言える射撃を可能にしていた。

 

 まとわりついていた別のジン要塞攻略装備は怯えたかのようにストライクから距離を取った。

 目標を変えアークエンジェルにミサイルを放つ動き。対艦攻撃を優先すると見える。

 キラはそれを当たり前のようにビームライフルで迎撃して弾薬の枯渇しつつあったアークエンジェルを防御。

 

 回避しながらの射撃を始めた敵機のコックピットへ、無造作にビームを送り込んでこれも撃破する。

 

 X105ストライク……キラはアークエンジェル近辺の脅威をほぼ完全に消し去り、今度こそフラガ機へ前進を開始した。

 

 キラはモニター越しに遠くを見る。

 

 フラガ機の周辺より更にその先。残る先遣隊艦艇モントゴメリの側を飛び回る6機のジン。

 残り少なくなったモビルアーマー隊を蹴散らし、艦艇に止めを刺そうとする彼らを妨害するために、ストライクはアグニを構える。

 センサー範囲外という現実、それはキラには関係がない。

 当たり前のように遠距離から牽制射撃を送り込み援護する。

 

 超高インパルスのビームはジンの対艦攻撃を邪魔したのみならず、回避の鈍かった2機を中破に追い込み、モビルアーマー隊を助けた。

 

 左の視界が無いはずなのに側面どころか後ろまで見える……いや感じる。この戦域全体の気配が何となくだが分かる。

 こんな感覚は《未来でも》無かった。

 

 これなら戦える。

 

 ザフトモビルスーツ部隊の動揺が伝わってきた。危険な動きをする者はむしろフラガの側に多い。

 ストライクの残りエネルギーは40%を切っている。

 

 大丈夫だ、やってみせる。変えて見せる。

 

 キラは油断なくフラガ機と先遣隊の援護に入った。

 

 

 






ちょっと半端な所で切ってますが、長すぎるのでここで次話へひっぱります。
次はさすがにもうちょい早く投稿したいなあ。
消えていく光は次で終りの予定です。

後、説明くさくなりすぎて本編内では入れられず、聞かれるであろう事を幾つかここで。

※SEED覚醒の条件
 追い詰められる事が覚醒の条件という設定を採用しました。
 逆行してきたキラ君は強すぎるので、死ぬかもなんて言う所が無かったのでここまで覚醒しなかった……と思ってくださいませ。

※二つですか?
 二つです。未来の分と今の分とです。感想で突っ込まれた時はドキンちゃんでした。

※無双じゃねーか!
 作者はそもそもキラ君大好きです、てゆーかいい加減ストレスマッターホルンでした。
 暴れさせました。
 どうせ、これからブルーコスモスやら何やらが待ってます、このくらいは強くないと世界をどうにかできません。


※ニュータ○プ?
 違うつもりです。
 多くの殺意に晒されたので、殺意に敏感になったと思ってください。(後で変えるかも?)
 今の所これが活きるのは戦闘限定です。
 殺人マシーンとか言わないでね。自分で書いててヤベエと思いました。

※ムウさん弱くない?
 キラを活躍させたいからちょっぴり今回は抑え目です。
 いや、でも理由は色々用意できたはずなので納得は行くはずかと。フラガ好きの人すいません。

 さて次を掻くぞ。
 


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消えていく光 5

前話と何とか同じ分量くらいに納めました。ごゆっくりどうぞです。


「な、何だっ!?」

 

 ガンバレルストライクを操るフラガは焦りを強めていた所だった。

 

 シグーとハイマニューバからの重突撃機銃、無反動による連携攻撃。

 苦しい回避運動の連続で、弾丸と砲弾をかわしきれない。

 幾度も盾と機体を叩かれ、その度に衝撃が伝わってくる。

 機体へのダメージはほとんど無いが、代わりにエネルギー残量がその分減っていくのが嫌な物だった。

 

 経験と数の差が大きいからという慰めは、むしろ苛立ちを呼ぶ。技量で覆せない悔しさ。

 打開する取っ掛かりが無い。何とかしなければと。

 

 その最中に、やっと出てきてくれた味方機……ストライクの姿を目にした。

 これで何とか、と考えた直後に絶句。

 いや、唖然とした。

 

 ストライクの戦闘機動を目撃したのである。

 

 アークエンジェル周辺に展開していた敵モビルスーツ……10機もの敵を1分かからずに葬り去った信じられない光景を。

 

 

 アークエンジェルのカタパルトハッチが開いた直後、ストライクの出撃を察知したフラガは、まず合流を計ろうとしていた。

 ところがこちらから向かう前に、向こうから突っ込んで来たのである。

 単独でザフト機の大半を無力化したストライクが、だ。

 

 あげくの果てにこちらを飛び越えるようにアグニを撃っており、何事かと思えばそのビームは射程範囲の外へ。

 敵を引っ張る気かと見ていれば、遠くで交戦している先遣隊、彼らを襲っていたジンの何機かに命中。排除したらしいと把握できた。

 

 でたらめな速度と精密さと攻撃範囲。

 次から次へと敵を排除していく凄まじさに、フラガは思わず自分も撃たれるのではないかという冷や汗をかいたのだ。

 味方の《はず》だと思っていても。

 

 それほどに強烈な動きを見せつけられてしまい、強張った。

 知っているあの少年の動きと違いすぎるのだ。

 

「キラ、だよな……!?」

 

 シグー、そして2機のハイマニューバ。

 ザフトモビルスーツ部隊、恐らくはそのエース格であろう連中の攻撃には、動揺が見え始めていた。

 先程よりも鈍くなったそれらを防御、あるいは回避しながらも、フラガの意識はストライクに向く。

 少しだけ出てきた余裕が、まずそっちに向かってしまうのだ。

 どちらがより脅威を感じるかの単純な話。

 

 フラガの本能的な心配をよそに、ストライクは通信可能な距離に接近してくる。

 ガンバレルストライクの通信機が鳴った。

 

《援護します! ムウさん、話は後で……!》

 

 通信機から聞こえた声は間違いなくキラの物。聞き慣れてきたあの少年の声だ。

 フラガは思わず安堵する。大丈夫、味方だ。援護すると言ってくれた。……味方、だ?

 

 フラガはそう考えた自分を勝手な物だと自嘲した。

 身勝手な。助けてもらっておいて。

 とは言え、確かに話は後にしなくてはならない。

 色々言ってやりたいが、キラの言う通り、今はまず、だ。

 

 動揺を強引に押さえ込んだフラガだが、シグーとハイマニューバが挟むように接近してきたのを見てとる。

 先にこっちを落とす気か。全く舐められた物だ。

 

 同時に直感が走る。……上へ。

 

「……避けろってのか!」

 

 フラガは己の勘に従い自機……ガンバレルストライクを急加速させ、ストライクの直線上から外す。

 それとほぼ同時に後ろからアグニのビームが走ってきた。

 

 全速で進んできたストライクが、連携を取りつつあったザフト機……まずはフラガ機を葬るべく動いていた敵モビルスーツに対して、アグニを2連射してきたのだ。

 二条のビーム光は1機のジン・ハイマニューバを挟むように直撃して大破爆散させる。

 さらに回避の遅れたシグーが、左腕を巻き込まれ小破していた。

 

 それがどういう意味なのかを理解したフラガの顔はひきつる。

 キラから見て、直線上に重なる瞬間を少しでも見せた敵機は、アグニで纏めて撃ち抜くのに丁度いいらしい。

 呆れた技量である。

 

「あのバカ、二枚抜きしてやがるのか……」

 

 前の敵と後ろの敵を同時に抜く。

 通りで、後方の敵があっという間に消え去ったはずだ。

 味方の自分ですら目を剥いたのだから、ザフト側は更にショックを受けているだろう。

 

 と言うか既に周りには2機しか敵がいない。

 小破したシグーと無傷のハイマニューバが1機しか残っていないのだ。

 残りは先遣隊側に4機。

 敵の大半……いや殆どはキラが文字通りに片付けてしまった。

 指揮官機であるシグーの動きには完全な警戒と動揺が見える。

 

 流れが変わった。

 それを見て取ったフラガは容赦なく攻めに転じる。シグーとハイマニューバを分断。

 位置関係からキラ機はシグーへ、フラガはハイマニューバに当たった。

 

 ここで指揮官撃破の手柄に拘る程フラガは狭量ではなかった。余裕を持って、しかし油断する事なく射撃戦に入る。

 相手の動きは速いが負ける気はしない。これまであった重い負担がほぼゼロになったのだ。

 アークエンジェル側に抜かせなければ良いのである。

 

 だからこそなのだが、フラガは余計なお世話と分かっていてもキラを一瞬気にかける。

 フラガの判断で、ストライクからアサギ機に盾を貸しているのだ。万が一にもフォローは必要だろうかと、ちらりと考えてしまう。

 多くの新米を見てきたベテランの、癖のような物なのだが、その目の早さはフラガ自身にまたも呆れた光景を見せつける事になった。

 

 片腕を無くしたとは言え未だ武装、運動能力は健在なシグー。敵の指揮官機。

 その相手が後退と回避、そして撹乱機動を激しく織り混ぜながら、キラのストライクに重突撃機銃を浴びせていた。 

 それこそ、全弾を吐き出す勢いでばら蒔いている。のだが。

 

 それが、当たらない。

 恐ろしい事に、ストライクはシグーに対して《正面から接近をしていきながら》ろくに被弾をしていないのだ。

 

 例えるなら螺旋機動と超短距離の三角跳躍を連発するような動き。

 敵に向かって滑り回りつつ、最短距離を跳ねるように飛び込んでいく無茶苦茶な機動。

 

 銃口に向かっておいて、攻撃のほぼ全てを回避する理不尽な代物だった。

 

 だとしてもシグーが撃つのは機銃である。

 連続性の高い攻撃は、数発とは言え命中弾を呼び込める物があるのも確かだ。

 ところがその数少ない命中弾は、ストライクの左腕に付いているロケットアンカー……パンツァーアイゼンで防御され、弾かれてしまっている。

 

 即席の盾代わり……頑丈でしかも対ビームコーティングが施されたロケットアンカーの、精密極まりない使用法。

 結果、ストライクのダメージはゼロになっているとしか言いようがない。

 機動兵器に乗る者からすれば発狂するような光景だろう。

 

 それでもシグーは闘志を見せ続けた。

 射撃戦を諦め近接戦闘に切り替えるべく機銃を破棄。

 重斬刀を構えて近距離戦の距離に移行しようとした。

 

 だがその直後にコックピットを撃ち抜かれてパイロットは戦死する。

 

 間近に迫った格闘戦を意識してしまい、武器を変える際にほんの少しだけ動きが単調になった。

 加えて、先程のアグニを被弾した事により左腕と盾を失っていた事。

 その二つが決着を急がせる《固い》動きを彼に行わせてしまった。

 シグーを操っていたクーザーの敗因はそれだけである。

 

 ただ、クーザーのその動き。

 鋭さを感じさせるその技量が、相対したキラに加減の選択肢を奪い去らせ警戒を発生させてしまっていた。

 射撃戦ではエネルギーを浪費させられると判断したのだ。

 問答無用で距離を詰め、相手の焦りを引き出し、その上で動作の《起こり》に撃ち込む……言葉に起こせば単純な話だが、実際には猛者同士の駆け引きによる結果だ。

 

 何よりキラ本人は《確実に無力化しなくてはならない相手》とシグーを評価したからこその一撃。

 

 だが、その攻防と心情は本人達だけの物であって、第3者の視点から冷徹に事実を表せばこうなる他にない。

 ザフトの白服、クーザー・グシオンはストライクに敗北した。それだけだった。

 

 キラの戦闘……ぞっとする手腕を間近に見てしまったフラガだが、彼に対して絶句させてきた本人から通信が入る。

 

《ムウさん、僕は向こうへ援護に! ここは……》

 

「……ああ、十分だ! 行け!」

 

 お願いしますとばかりにストライクはスラスターを稼働させる。この空間から更に前方……先遣隊を救援に向かう動きに移った。

 援護の為か、またもアグニを撃ちながらである。

 

 まだセンサー範囲外のはずなのに、と言うフラガの疑問はよそに、ストライクは全速で飛んでいった。

 

「まったくよ……!」

 

 恐ろしい物を見た。

 一瞬だけだが、ようやく、キラ・ヤマトと言うパイロットの全力を垣間見た気がする。

 自分だったら、あんな動きには体が付いていかない。

 

 敵じゃなくてよかった。その一言に尽きる。

 

 狩人の如く相手を始末して、そして抜けていったストライクの後ろ姿。

 フラガはそこから目線を切って、自分の戦闘に集中する為に気合いを入れ直した。

 

 目の前に残ったハイマニューバは仲間の敵討ちに燃えているのか無反動砲を連射してくる。

 フラガはそれを盾で確実に防ぎ、破壊されずに残ったガンバレル2基を展開しつつ、相手の逃げ道を潰しに入った。

 

 アークエンジェル周辺の敵は全滅。船は無事、新米達も無事。

 ここまでやってもらって負けました、では流石にプライドが傷ついてしまう。

 

「さすがに意地って物があるんでな……!」

 

 あちらにはナスカ級4隻とジン4機が残っている……さすがに単独では厳しい物があるだろう。

 早く片付けて、こちらがキラの援護に行ってやらねばならない。

 

 窮屈な防御戦から解放されたガンバレルストライクは、激しく動くジン・ハイマニューバを仕留めにかかった。

 

 

 腕を頼りとし、どんな理不尽な状況でもとにかく受け止めて、動く……まず動かなくてはならないパイロットと言った人種は、立ち直りもその分早い。

 割り切りが上手いと言っていい。

 

 しかし、艦艇のブリッジという場所で、現実的に数字と結果、戦況を幅広く見なくてはならない者達にはパイロットとは違う物が求められる。

 とどのつまりフラガとアークエンジェルのブリッジクルーは違うのだ。

 

 最前衛の熱気の中で神業を目撃するパイロットと、後方から、恐るべき威力をデータと共に把握させられるオペレーター、指揮官達は感じ方が違う。

 

 アークエンジェルのブリッジでは、無力化され周囲に漂うジンがモニターに映っていた。

 同時に理解不能といった空気が流れ、クルーは一人の例外もなく呆気に取られている。

 

「なん……何だ……ありゃあ……」

 

「ヤマト、だよな……X105って……」

 

 怪我してるんじゃないのかよ……等という呟き声が上がっていたのは当然の話だ。

 多数のモビルスーツに集中攻撃を食らい、進退窮まってほとんど沈みかけていた先程までの状況。それとはうって変わっているのだ。

 

 原因というか元凶は明確。

 10機のモビルスーツを葬り、敵エースや隊長機を仕留め、さらには遠距離射撃による先遣隊への援護突撃に入ったキラのストライク。

 片目の少年が残していった結果だ。

 

 2分前まで行っていた対モビルスーツ戦闘の必要が無くなっている。

 

 ブリッジクルーは半数が唖然としており、残る半数が夢でも見ているかのような表情。

 遠ざかりつつあるストライクが映った前面モニターを呆けたように見るだけだ。

 手が止まっているのだが、それでも叱責はない。

 

 指揮官であるマリュー、ナタルが最も茫然として固まっているのである。

 マリューはダメージコントロールの指示に使う艦内電話を手に持ったまま。

 ナタルは戦域離脱の為、残しておいた最後の弾薬をばら蒔くその準備のまま。

 

 彼女達が何とか復活するのは艦内各所からの被害報告が上がってくるのと、フラガ機がハイマニューバを仕留め、完全にザフトモビルスーツ部隊が全滅した後だ。

 

 その頃にはストライクは先遣隊への接近を終え、直衛に入りつつあった。

 

 

 

 フラガ機の交戦圏内を抜けたキラのストライクは、大事にアグニを撃ちながら前進を続けていた。

 先遣隊に攻撃を加えるザフトの注意を引く為。負担を肩代わりするつもりである。

 

 残っているハイマニューバ……エース格と断言できる相手をムウに押し付けるのは心苦しかったが、何とか1対1の状況に持っていけた。

 ムウなら大丈夫だと信じる。

 

 こちらはそろそろエネルギー残量が心配だった。

 アグニは消費が激しいが、それだけ威力も見た目も大きい。……この距離からでも相手の警戒を引き出せる武装だ。

 フレイの父親を助ける為には、まだ撃たねばならない。

 援護射撃は続行する。

 

 そう考えたキラは、相も変わらずストライクのセンサー範囲外に向けてアグニを構えた。

 撃てて後4、5発。いや3発か?

 

 近距離に移行してからの事を考えて、備えに少しでもエネルギーを残しておきたかった。

 だが止める選択肢は無い……ならば撃ち方を考える必要がある。

 

 キラは迷う事なく結論を出した。

 牽制は止め、初弾での命中弾を生むしかない。と。

 さっきとは違い、既にジンは遠距離砲撃を警戒しているが、それでも当てるのみだ。

 

 遠くに見える火線と爆発。そしてスラスター光。

 アグニの砲口を微調整……殺気を感覚で追いながら操縦捍をわずかに動かす。

 引き金にかかるキラの指、それが少しだけ震えた。

 

 先程から胸や頭の奥に嫌な感触が残っている、生まれている気がする……気のせいではない。

 それが何なのかは、何となく分かっていた。

 

 残っているザフトには、出来るならば降伏をして欲しい。だが、相手にはまだ勢いがあると思えた。

 ザフト艦はまだ旺盛な砲撃を繰り返してモントゴメリを追っているのだ。

 

 足の速さで負け、囲まれつつある艦を助けるのは難題だ。

 現状でザフトを降伏させるなら、それこそ壊滅に近い打撃を与えないと話も聞いてくれまい。

 

 なにより、自分には余裕がない気がする。左目の奥が熱い。息が切れてきた。

 痛みも消えているのだが、妙な圧迫感がある。

 今は撃つしかない。

 

『……化け物め!』

 

 先程、自分が討ったパイロット達、そして間近で討ったシグーのパイロット。彼らの声が聞こえる気がした。

 

「……」

 

 覚悟はしたはずだ。そのはずだろう。迷うな。 

 波打つ感情を抑えつけ、キラはストライクを前進させた。

 

 

 

 後方に展開するナスカ級からの砲撃と、4機のジンによる攻撃を必死で掻い潜っていたモントゴメリ。

 そのブリッジではコープマン中佐が指示に追われていたのだが、いよいよ限界が見えてきていた。

 

 もうオペレーターからは嫌な報告しか上がってこない。

 

「左舷に直撃! 火災発生!」

 

「魚雷発射菅に被弾、艦兵装の40%が沈黙……!」

 

「第3区画、隔壁を閉鎖! 艦稼働率低下します!」

 

 最後に聞いた良い報告と言えば、アークエンジェル側はザフトモビルスーツが減りつつある、らしいとの報告だ。

 近距離レーダーを優先している現状は細かい確認など取れやしない。

 上手くいっているならそれでいい。祈るのみだ。

 

 追い込まれていたが、それでも何とか……何とか致命傷だけは避けていたモントゴメリ。

 しかし指揮官のコープマン、彼が最も聞きたくない系統の叫び声がついに上がってくる。

 

「モビルアーマー隊! 残数3、いえ2機です!!」

 

 身を盾として艦を守ってくれていた直掩のモビルアーマー隊。

 それが残り2機にまで撃ち減らされ、防御網が崩壊したとの報告が上がってきたのだ。

 防御火線が足りない。

 ネルソン級であるモントゴメリの武装は豊富だが、さすがにモビルスーツ4機を相手にカバーは難しい。

 既に対空機銃も所々損傷している。

 

 つまり味方のチェックから外れ、フリーになる敵機が出るという意味だ。

 

 事実、1機のジンが間髪いれずに後方エンジン部に回り込む動きを見せていた。

 その姿はモニター、近距離レーダーでしっかりと捉えている。いるのだが迎撃手段がない。

 迎撃しろとコープマンが叫ぶが、アーマーも火器も足りなかった。

 

「っ! ……総員退艦!」

 

 せめてもの義務。

 反射的に乗組員に退去命令を出したコープマンだが、1割すら逃げられないだろうとは分かっていた。

 ギリギリまで退艦させなかったのは自分なのだ。

 さっきアルスター次官をシャトルに押し込んだばかりだが、それすら間に合うかどうか。

 

 ジンが無反動砲を構えた。終わりだ。ブリッジの空気が凍る。

 衝撃に備えろ……そんな今更な言葉が喉まで出かかったコープマンだが、しかし声を出せずにモニターを食い入るように見ていた。

 

 ジンから撃ち出された砲弾。それがモントゴメリのエンジン部に到達する前に赤いビームが走った。

 光に焼かれて砲弾が撃墜されるその光景を、多くのクルーが艦をやられた事による爆発だと思い込み、悲鳴が上がる。

 その位に際どいタイミングだった。

 

 誰かが迎撃してくれた物と見えていたのは数人、内の一人は指揮官のコープマンだった。

 確認しろ、と指示を下す間も無くオペレーターから声が上がる。「味方です!」との絶叫。

 

「友軍機です! ……X105ストライク、あれは味方です! アークエンジェルからですっ!」

 

 モントゴメリのブリッジで呆けたような歓声が上がる、味方のモビルスーツが助けに来てくれた。

 助かった。もしかしたらこのまま助かるかもしれない。

 そう涙をこらえている人間は少なくなかった。

 

 しかしコープマンは違った。

 来てしまったのか……とでも言いたげに悔しげな顔をしていた。何故来るのか。

 

 彼とてX105に対して感謝はしていた。ただ、本気でありがたいと思いながらも、複雑な所があるのだ。

 助けてくれた事はクルー共々感謝している……だが。

 

「……大丈夫、なのか……?」

 

 乗っているのは……確かムウ・ラ・フラガ大尉か?

 

 彼は連合の誇るエースだが、敵のモビルスーツはまだ4機もいる。4対1だ。

 こちらはもう戦闘力を失ったと言える程に疲弊しているのだ。来てくれた事には言葉も無いが、ろくに援護が出来ない。

 

 もしあの機体が沈み、次はアークエンジェルが狙われる事になっても、こちらは何もしてやれないのだ。

 自分達の事だけを考えて離脱してくれるのが、戦術としては正しかったのだが。

 後は新米と、信用に不安のあるコーディネーターしか居ないはずだ。

 

 コープマンは、それを今考えても仕方ない事だと頭の片隅に追いやった。まずは現状を何とかしなければと。

 とにかく半ば呆けているクルー達に渇を入れ、復活させようとした。ジンがまだ飛び回っている。

 

 残っている火器を全力稼働させ、残存モビルアーマー、そしてストライクの援護に全力を尽くせと。せめてやれる事をと。

 そう叫ぼうとしたのだ。

 

 だがその前にまたも赤いビームが走り、動き回っていたジン1機をあっさりと直撃した。

 超高インパルスの赤い光条に飲まれた機体、そいつは一瞬だけ装甲表面を赤熱化させ、真っ赤になった直後に爆発する。

 

 それを見たコープマンは目が点になった。

 

「……何だ?」

 

 何だ今のは。いやにあっさり落ちたぞ。

 

 そういえば、あれは先程からこちらを助けてくれた艦砲射撃か?

 こちらの交戦範囲にいる味方は、モビルアーマーとストライクしかいないはずだが。

 アークエンジェルからの超遠距離砲撃なのだろうか……それにしては精密すぎる。

 何故この距離で当たる。

 

 手強いジンをあっさりと食った理解不能の援護射撃。

 コープマンは思わず止まってしまう。

 

 戸惑った彼には幸運な事に、残った3機のジンはその動きを変えつつあった。

 

 自分達を落とせる能力を持った相手。それが明確に接近して来ている事に気付いたのか、攻撃目標に迷うような動きを見せたのだ。

 モントゴメリ、そして白いモビルスーツのストライク。

 

 ザフトモビルスーツが迷ったのは数秒間。止まってはいない、もちろん回避運動をしている。

 ただ中途半端なそれでは関係が無い、とばかりにまたも赤いビームが走った。

 モントゴメリのブリッジ付近に動きつつあったジンが、赤い光に撫でられる。

 

 今度はクルーもはっきりと見た。ジンの2機目が爆発に飲まれる瞬間を。

 

 やったのはX105ストライク。連合製モビルスーツだ。

 モニターに映るストライクは持っていた大砲を手放してビームライフルを構えた。高速でモントゴメリの交戦範囲に入ってくる。

 戦闘距離。

 

 ジンの1機が、ストライクを危険度の高い相手と評価したのか、目標を完全に切り替えた動きを見せた。

 それが出来たのは、ほんの一瞬。

 モントゴメリからストライクへ向き直り、前進した瞬間にジンはコックピットを撃ち抜かれて沈黙する。

 

 まずは距離を詰めるべき……と、無造作に接近を始めた結果だが、撃ち抜かれたパイロットが自分の不用意さを自覚する事はもうない。

 

 最後に残ったジンはその時点で狂ったかのように機銃をストライクに乱射しつつ、突撃に移った。

 なりふり構わない全力射撃、しかしストライクはその尽くを回避する。

 

 距離が詰まった事で通じるようになったのか、モントゴメリに通信が送られてきた。

 余裕のある事だとオペレーター達は思ったが、聞こえてきたのは大人の声とは思えない物。

 

《……こちらはX105ストライクです、聞こえますか! アークエンジェル方面に向かってください。あちらにはもうザフトはいません、急いで……っ!》

 

 聞こえてきたのは少年の物と思える声。

 クルー達は困惑するが、コープマンだけはふと情報を思い出す。

 そこから自分がX105のパイロットを誤解していた事を理解し、そして納得した。

 現地徴用した民間人のコーディネーター、オーブ国籍の少年が協力している。

 乗るのはX105、そんな報告が確か。……民間人。

 

「…………あれがか!?」

 

 16歳のコーディネーター。モビルスーツパイロットを担当。

 それを理解して、そして絶句したコープマンが見ているモニター上では、ストライクは最後のジンを攻めていた。

 

 ストライクは左腕に装着されているアンカーを投げ込むように打ち出し、直後に鞭のようにしならせる操作。

 ジンの機銃を弾き飛ばす。

 弾かれた機銃に引っ張られるように態勢を崩したジンだが、近接戦闘を覚悟したのか重斬刀を取り出してきた。

 

 だが態勢を立て直し、向き直ろうというその頃にはストライクは既に急速接近している。

 伸びたままのアンカーを波打たせ、相手の動きを邪魔しながら超近距離へ。

 次の手を打たせる前に、ストライクは腰から取り出したナイフを相手の頭部と胸部に叩き込んでジンを完全に無力化。制圧を完了してしまった。

 

 その鮮やかすぎる動き……いや、圧倒的すぎる制圧行動はクルー達に歓声を上げさせる。

 コープマンはナスカ級を忘れるなと怒鳴りつつ、回避運動を指示した。

 

 少年の声がまたブリッジに聴こえてくる。息が荒い。

 

《聞こえますか……! このまま、アークエンジェルの方へ向かってください。

 味方のモビルスーツが来てくれていますから、行ってください……!》

 

 ナスカ級は何とかする、だからどうか無事で。

 

 ストライクはそう通信を残すや否や、こちらへ砲撃しながら迫ってきているナスカ級へと向かってしまった。

 それを見たコープマンは流石に慌てる。

 オペレーターにストライクを呼び戻させるよう指示を出したのだ。止めさせろと。

 

 パイロットの正気を疑ったのだ。

 1機で艦艇4隻を相手する気なのか。

 

 ナスカ級はまだ砲撃戦の距離にいる。むしろ間合いが狭まっていた。

 危険だとは分かっている。そろそろ回避は難しいとも。

 至近弾がいつ命中弾になるか分からない位置だ。

 

 だが敵のモビルスーツ隊が、まだアークエンジェル側にいるだろう。

 こちらを何とかしてくれるのは有りがたいが、いくらなんでも無理だ。彼は優先順位を間違えている。

 ザフト艦の砲撃は、回避し続けられるように祈るしかない。後は退鑑して逃げるか、だ。

 

 だからそれよりアークエンジェルへ戻りたまえ、と、声をかけようとした所でオペレーターから報告が来た。

 中・遠距離レーダーに敵モビルスーツの反応が無いと。

 その情報はコープマンを混乱させた。

 

「そんな……訳があるか。……よく探せ! あと16機は居たはずだぞ!」

 

「いえ、しかし……反応が……! アークエンジェルとの空間はクリアになっています。

 ああ、いえ、いや……味方機の反応が、一つだけ……他は……他は確認できません」

 

 ザフト機の反応無し。

 大量の敵機が存在していた前方がクリアになっている。 何が起きたのか、全く訳が分からない。

 だが砲撃に追い込まれていたモントゴメリは逃げ道を求めていた。

 後ろが危険で、前はレーダー上で安全……ならば、危険を回避する為には早くそちらへ行くしかなかった。

 

 こちらに向いていた艦砲射撃。

 それが、今度はナスカ級に近づいていったX105に向き始めた事に感謝しながらだ。

 

 

 

 

 ザフト艦、ナスカ級4隻の指揮を担当していたマッカラン・ダルバ。

 指揮官クラスの証である、白服を着る一人。

 常日頃から冷静さと豪胆さを誇っていたベテランであり、今作戦でも前衛のクーザーと役割を分担。

 後方を十分に統率していた人物だった。

 

 だが今の彼は、乗艦している船のブリッジ……その中心でクルー達が見た事もない姿を見せていた。

 ただ呆けたように立ち尽くし、言葉になっていない言葉擬きの、かすれた吐息を漏らしているだけ。

 

 頼りになるはずの指揮官のその醜態。

 

 それを気にする者は誰も居ない。

 同様にクルー達も真っ青になり、固まっていたからである。

 十数分前までとはまるで違う、生気が吹き飛んだかのような表情……血の気がなくなっている顔がそこに並んでいた。

 

 原因は全員の視線の先にあるモニター。その一つ。

 そこに出ている恐ろしい内容のレーダー反応。

 それがマッカランを含むブリッジクルーから、感情という熱を奪い去っていた。

 

 いや、《出ている》というのは違う。

 

《無くなっていく》と言うのが正しい。

 より正確に言えば《消えていった》だ。

 前衛の反応が、一つ残らず消え去った。

 送り出した前衛が反応を返して来なくなったのである。

 

 相互通信により、戦闘中でも可能な限り更新される通信ログ。

 更には光学観測、レーダー反応や熱感知などの併用により彼らは戦況を随時把握していたのだが。

 数分前までの前方における戦況を表す各種データ、特にログが届いて以来、ブリッジはかつてない程の重苦しい空気に包まれていた。

 

《新手が出てくるぞ! 狙撃を……よ、避け!?》

《何だこいつは!? 連携を取……!》

《!? ふざけっ……!》

《グレゴリーが殺られた! 援護を……っ!》

《どこに行った!? 白い奴は……! 艦を狙え! まず足を……》

 

《正面だ、新手! 白い奴! 警戒しろ狙われて……!》

《当たら……攻撃が!? ロックオンしてるのに何で当たらな……!?》

《貰った! ……なっん……!?》

《砲撃! 遠距離からだ!》

《見えんぞ! 何処だ新手は! 各機、警戒……っ!?》

《後ろに目がついてるのかこいつは! 挟み撃ちに》

《やりやがったな! この……ぅおっ!?》

《化け物かちくしょう! 死にやがれぇ!! ……ぐっわっ!?》

 

《撹乱されるな! まずは先に! ……うっ!?》

《ナチュラル野郎! 仲間の仇……は、速!?》

《こいつ!? 俺の部下を……舐めるなあっ!?!》

 

《当たれぇ! 当たれ当たれぇぇえ! 当たれ糞ぉ! 当たれぇええ! 糞ったれがあぁあ!》

《この野郎! 隊長の仇っ!! どけえっ!》

 

《隊長何処ですか!? クーザー隊長! 合流を! 白い奴が!》

《マッカラン隊長聞こえますか!! 緊急です! クーザー隊長との通信が……っぁあ!?》

《味方は!? 味方は何処に行った!? 皆は何処だ! 何で俺しか居ないんだ!? 援護をくれ! 助けてくれ!》

 

 ノイズが走っているが、人が必死に叫ぶ声は想像以上によく通ってくる。

 同胞に対する警告だからか、それとも身を守る為に聞き取らねばならない内容だからか。 

 とにかく、彼らはしっかりと記録された声を聞き取っていた。

 

 誰も口には出さないが、これは味方が次々と撃破されていく記録だった。

 聞いているだけで血の気が引くような怖ろしさだ。それが再生されたのである。

 誰かが生唾を飲み込む音がした。

 

 マッカランである。

 

「全滅っ……! 22機のモビルスーツが全滅……!? こ、こんな事が……!」

 

 化け物か。

 その言葉を半ば呆然としながら呟いた。

 

 エマージェンシー。救難信号すら一つも来ない。

 このログと各種観測データが意味する所は明白だった。 行動可能な前衛はいない。全ての機体が機能を停止した。

 つまり、やられた。

 誰も残っていない。前衛が全て戦闘不能……信じられない事態である。

 

 22機。22機だ。

 3倍、その気になれば5倍以上の敵とも戦えるモビルスーツが22機。

 開戦から今に至るまで、連合を狩りまくったザフトのモビルスーツが22機も居て。

 負ける訳がない戦力を持っていたはずだ。

 相手はたったの6隻である。

 

 マッカランは指揮官という立場にある己を、よく戒めていた人物だった。

 どんな状況だろうと事実を見極め、そして適切な指示を下さなければならない。多くの責任を要求される立場にあると。

 それを今もしっかりと分かっている。

 

 だが分かっていても、精神を立て直せない程の酷い損害だった。混乱している自分を自覚する。

 クルーに向かって言い放つ「落ち着け」と言う言葉が、まず自分に届かない。

 

 かつてない衝撃のあまり、指揮する艦隊に前進を一時停止させるか否か……と言う、まず考えるべき案すら出てこなかった。

 

 だから警報が鳴り響く。

 未だ砲撃を続け前進する彼らに、接近する機影があるとの警報が。

 

「……じ、状況報告!」

 

 辛うじて出たマッカランの声と警報、それがクルー達を職務に戻らせる事に成功する。

 

「せ、接近する機影があります……いえ、人型……モビルスーツらしき機影! 味方ではありません!」

 

「データ照合、機種出ました! 連合機!

 X105、ストライク! 敵です、連合のモビルスーツです! ……映像出ます!」

 

 オペレーターの操作により望遠モニターに機体が映った。こちらへ近づいてくる機影……モビルスーツ。

 連合が造ったというそれ。

 

 マッカランはモニターに映ったその《白い機体》を見た瞬間、背筋を冷たい物が流れる気がした。

 白い機体だ。

 ログに何度か出てきた奴。

 クーザー達の命に代わって送られてきた記録、通信ログにあった白い機体。

 圧倒的優勢だった戦況、それを後から出てきて、恐らくは《単独の影響力》でひっくり返した怪物。

 こいつなのか。

 

 通信で初めに聞こえてきた内容は、被害を出しながらも足つきに攻撃をかけているという物。順調だと。

 その次が分厚い防空火力とモビルスーツ3機に攻めあぐねている、少し時間が必要そうだという内容だ。

 それでも順調だったと。

 

 その後がこれである。

 白い奴……恐らくクーザー率いるモビルスーツ隊の多くを撃破した機体。そいつが迫ってきている。

 

 もう確定だ。圧倒的に有利だったはずのこちらが敗北寸前に追い込まれている。

 いや、もう負けている。

 マッカラン自身の生存本能が撤退を命じてくるのだ。かなり激しい警鐘が鳴っている。

 

 それは側に立つ副長も同じらしく「隊長……ここは……」との怯えが目に映っていた。

 言葉を濁しているが言いたい事は伝わってくる。撤退するべきだと言いたいのだろう。

 周りのクルー達も、闘志よりは恐怖の方が高くなりつつあった。

 

 本来なら叱責した上で、任務遂行に立ち直らせる所だが……マッカラン自身が逃げなくては死ぬと感じているのである。

 ナスカ級4隻では将兵の数は1000人近い。

 白服一人の判断で死なせていい数ではないのだ……撤退するしかない、と。

 

 マッカランが無念を飲み込み、「撤退する」と言い掛けた所でオペレーターが叫んだ。

 クーザー隊に所属するナスカ級、2隻が猛然と前に出始め、砲撃をばら蒔き出したと。

 

「隊長、エキュタリスとジディリウスが!!」

 

「なんっ……バカなっ! 呼び戻せ!! 撤退だ! 艦長に繋げろ、呼び戻せ!」

 

 指示するのが遅くなったとマッカランは後悔した。

 

 あの2隻はこちらと同じくログを聞き、データを集め、そして戦況を把握したのだろう。

 その上で決断したのだ。クーザーの仇を討つと。

 復讐する気だ。

 しかし、モビルスーツに艦艇がどうやって。死ぬだけだ。逃げなければ。

 

「敵モビルスーツが交戦距離に入ります!」

 

 マッカランは一瞬、ほんの一瞬迷った。協力して戦うべきではないかと。つい命令しかけて……そして直ぐに否定する。

 出来るものか。

 

「迎え撃っ……! いや、反転だ! 後退機動を続行!

 全速離脱! 戦うんじゃない!」

 

「し、しかしエキュタリスとジディリウスは……!?」

 

「だから呼び戻せと言っている! 足を止めるな! 反転しろ、撤収だっ!」

 

 本音を言えば戦いたい。仲間の仇を討ってやりたい。

 特攻して沈められるのなら、マッカランは体当たりをやれと命じただろうが、絶対に無理だ。

 あの怪物が艦艇の体当たりを食らう訳がない。

 ブリッジを潰されて終りである。

 

 既に惨憺たる有り様だが、だからこそ、これ以上の損害は抑えねばならなかった。

 

 しかし、マッカランの命令も説得も失敗に終わってしまった。

 繋がった通信の向こうでは怒り狂った2人の艦長、ブリッジクルーが後退を拒否してきたのだ。

 何としても、仲間と隊長の仇を討つと。

 気の荒い若手が多いのが仇になっている。

 

 ついには懇願するようなマッカランの言葉をも無視して、彼らは通信を切断。

 連合を片端から沈めて仲間の慰めにしてやるとばかりに、全速での突撃を開始した。

 

 狂ったかのようにミサイル、ビームを吐き出し突撃していく2隻のナスカ級……その後ろ姿を見るしかないマッカランだが、こちらからはもはや観測しかできない。

 

 マッカラン隊が、離れながら捉えた映像と戦闘光。

 モニターに映るそれには、まずX105が、連合艦艇側へ向かったジディリウスを別方面へ引っ張るような動きを見せていた。

 奇妙な動きだと見えた。攻撃をしないのだ。

 積極性がない。

 

 対してこちら側の2隻は、手分けして片方はX105へ、片方は連合艦艇への突撃を続行していく。

 

 進んでいく2隻の姿に、思わずマッカランに淡い期待が生まれた。

 X105はひょっとして……ナスカ級を攻めあぐねているのではないか……? 当たり前だ、ザフトの誇る新鋭艦なのだ。

 もしかすれば、戦えるのではないか。

 

 そんな欲が。

 活力とも言える何かが出てきたマッカランだが、そんな彼を地獄に叩き落とすかのごとく状況が激変する。

 ジディリウスが巨大な光球に変えられたのだ。

 

 X105がいきなり動きを変貌させてきた結果だった。

 

 ブリッジを潰され、砲搭を破壊され。エンジンを撃ち抜かれ完膚なきまでに無力化。

 ジディリウスはダメージコントロールどころの話ではなくそのまま大破、爆沈する。

 

 余りに一方的なその攻め手。

 マッカラン達がショックを受ける間も無く、今度はエキュタリスがX105にかかった。

 結果は同じだ。

 ブリッジ、砲搭。エンジン。それらを完膚なきまでに無力化。ダメージ過剰により大破爆沈。

 一切の容赦がなく、手も足も出ない。

 

 マッカランは、立て続けに巨大な光球が2つ発生したのを完全に現実として把握する。

 エキュタリスとジディリウスの反応が無くなるのをオペレーター共々、確認したのだ。

 両艦共に撃沈された。脱出挺も出ていない。

 

 文字通りクーザー隊を全滅させたX105。

 

 白い機体はこちらへの警戒に入ったのか、その場を動く事なく留まっていた。追撃には来ない。

 それを警戒ラインができているとマッカランは判断した。

 近づける訳がない。終わったのだ。

 

 小さく遠くなっていく熱源。

 ついに戦域を離脱したマッカラン隊……指揮官のマッカランは、そこで力を無くしたかのように艦長席に腰をおろした。

 

「……」

 

 言葉が出てこなかった。

 主任務である追悼慰霊団の捜索どころか、本隊との合流もできず、モビルスーツ隊を尽く失い、2隻のナスカ級を沈められ、戦死者多数。

 戦力で劣る相手に完全に敗北したのだ。

 

 ザフト史上に例の無い大失態である。

 

「隊長……これからどうされますか……?」

 

 重苦しい雰囲気の中、副長からそんな気の抜けた問いが来たのはしばらく経ってからだった。

 

 マッカランは肩を落としたまま答える。

 

「…………ボアズに連絡しろ。作戦失敗。

 損害多数。本隊と合流できず帰還する……。

 本国経由で捜索隊の本隊に……連絡を入れねばならん、本隊は……」

 

 マッカランは億劫そうに本隊の総指揮官クラスを思い出す。思考が重い。

 自分の指揮で数百の同胞がやられてしまった。酷い悪夢ではないかと倒れたくなる。

 だが伝えねばならない。

 

 確か10隻の大部隊だ、艦隊司令が置かれるはず……その相手に伝えねば。

 マッカランを現実に引き戻すかのように、副長が本隊の指揮官を答えてくれた。

 

「艦隊司令クラスならば……レイ・ユウキ隊長、それか、ラウ・ル・クルーゼ隊長のどちらかになるはずです……」

 

 マッカランはその名前を聞いて、ふと考え。そして何かに気付いたように顔を歪めた。

 

 クルーゼ。クルーゼだと。

 そう言えば、奴の隊が足つきを追跡していたんだったな。報告では二度、逃したと。

 二度? 何を……何をやっていやがる!

 

「……せめて……! あれ程の危険物なら言ってくるべきだろうがっ!」

 

 こんな戦力を保有しているなど全く聞いていない。報告にはモビルスーツは1機だけだと。

 

 話が違う。

 だいたいあの白い機体、X105。あれは何だ? あれは機体の性能じゃない。

 間違いなくパイロットの能力だ。それも聞いていないのだ。乗せるべきだろう報告に。兆候はあったはずだ、気付いてない訳がないだろう。

 極めて強力なパイロットだと。

 

 デブリベルトに逃げ込んだから満足な補給ができていないはずだと? むしろ戦力を増強させているではないか。

 あの野郎。……あの野郎……!!

 

「恨むぞ、クルーゼ……!」

 

 今回の件、ただでは済まさん。自分は責任を取らされるだろうがクルーゼとて同じだ。

 追跡していたのは奴だ。戦力評価を見誤りすぎている。

 

 だが、その前にあのパイロットだ。あのパイロットだけは殺さねばならない。

 あれはザフトの敵だ。

 ボアズに帰還したら訴えねば。

 あの船が捕捉できる内に、ザフトの総力を上げて沈めるべきだと。

 

 

 

 

 

 

 バッテリー、推進剤共にほぼ枯渇。

 もはやビームライフルの1発も撃てない状態。

 最後の予備電力で稼働するのは、もうパイロットの生命維持関係のみ。

 ストライクは完全に行動不能。後は漂うだけだった。

 

 そのコックピットでは、キラが撤退していくナスカ級を見て泣いていた。

 

 撤退せずに戦意を見せ続け、ついには沈める決断をするしかなかった2隻のナスカ級……その残骸。

 それらが周りに散らばる中でだ。

 

 沢山の命を奪った手応え。殺意が散っていく感覚が伝わってきてしまっていた。

 それがこの辺りに渦巻いている気がするのだ。記憶にある自分の罪が更に思い起こされてくる。

 人を殺めてきた記憶と、また殺した手応え。

 

 ここから離れる手段が無いために、それらはキラの感覚を突き刺し続けていた。

 

「……うぐ……っ!?」

 

 これ以上は必要無いと体が判断したのか、それとも限界だと悲鳴をあげたのか、鋭かった感覚が治まってくる。

 代わりに強烈な目眩と吐き気、頭を殴られるような痛みが復活してきた。

 さっきよりも酷い。

 今度は指先が痺れて、呼吸が苦しい。体のあちこちが震えて痛みに強張っていた。

 

 何でこんなに……。

 被弾はしていないのに、自分の体が強烈なダメージを受けているのを何故かとキラは思考する。

 だが限界だった。かすれる呼吸が意識を奪い去りにきた。もうすぐ倒れるのを自覚する。

 ここまでか。

 

 だが、その前に。倒れる前にもう一度確認をしなければならない、確認したい。せめて無事を。

 

 キラは途切れる意識を叱咤し、一つだけ動かしていたモニターを確認する。

 自分の後ろに居るモントゴメリが映っていた。

 無事だ。モニターにはちゃんと映っている。

 あちこち損傷しているが動いているのだ。もうすぐムウが直衛についてくれる位置。

 

 フレイの父親が乗っている船が無事なのだ。

 力が抜けていく。

 

 約束を守れた。ようやくだ。

 何年もかかってしまった。

 

 代わりに沢山の命を奪ってしまったが、それでも申し訳ない事に、嬉しさがあるのだ。

 沢山殺しておいて、助ける為と言いながら殺しておいて。

 

 最低だな自分は。

 

 キラはそう思いながらも、それでも守れてよかったと考え、そのまま意識を失った。

 

 

 








※ロケットアンカーの盾代わりの辺りをちょっと修正

※推進材、少ないのでは? とのご指摘を頂きました。
 物資不足で積み込めた量が少ないとしておいてくださいませ。
 後々何とか修正を致しますので。


お読みくださり、ありがとうございます。
お疲れ様でした。

何とか終わらせました。フレイの父親救援編。
次は長く書けていないアスラン側かその周辺をまとめて……かな?

読んで下さる方、感想を下さる方。一言評価を下さる方、
皆様ありがとうございます。
できれば一言評価にも返信したいけど、それはマナー違反なのかな?
なのでここでお礼です。感謝です。
最近プレッシャーがすごいですが、何とか続けていきたいです。


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煽られた者達 1

お待たせしました。
一万文字ごえです。ごゆっくりどうぞ。


 デブリベルト深部。その一角。

 

 途方もない数の物体……滞留物が漂っているこの空間だが、不意に、大きく開けた場所が存在している。

 

 ユニウスセブン宙域と呼ばれる場所だ。

 

 連合による核攻撃。

 それによって多くの人間が命を失った農業プラントの、現座標を表す言葉とも言える。

 残骸と言うには形を保ちすぎているが、人の営みを受け入れるには不可能な程、破壊された宇宙コロニー……その成れの果て。

 

 宇宙に拠点を構えるコーディネーター達、プラントの逆鱗と言える極めてデリケートな空間。

 寂しい、とすら言える程に動きがない……それがこの宙域だった。

 

 ただ、普段は正にそうなのだが、今は違う様相を見せている。

 多くの人間が存在し、モビルスーツや作業ポットが飛び回っていた。

 雑多な交信が飛び交い、人の熱が幾つも存在している。騒がしさがあるのだ。

 

 ユニウスセブンに眠る者達の同胞……プラントの武力組織、ザフトである。

 

 ここに居るのは3隻の艦艇、ローラシア級と呼称される船と、それを展開拠点とする部隊だった。

 辺り一帯には機動兵器であるモビルスーツが30機、散らばって展開をしている。

 入念な索敵。探索、通信。

 

 艦艇の数に比べて多量の搭載機が展開しているが、それには理由があった。

 

 ユニウスセブンに来訪中、行方不明になった民間の慰霊船シルバーウィンド……その乗員達の捜索をしている最中だったのだ。

 捜索を主導しているのは2機のジン・ハイマニューバ。

 機体の色が標準色の灰色ではなく、変更を加えられている事からエース格と分かる。

 

《ジェイデンスキーより各員へ。こちらはシルバーウィンド周辺を捜索中。

 未だ生存者は発見できず。引き続き捜索を行う》

 

《こちらはアンブラーだ。……打ち合わせ通り、ユニウスセブン周辺で緊急避難シェルターになりそうな所を探している。

 ……誰も見つからん。生存者がいても、こっち側には流れて来ていないと思える》

 

 声を発したのは、ラコーニ隊、ポルト隊という部隊において副官を務める2名だった。

 

 二人から通達される進捗状況が、周辺に展開していたモビルスーツ群……ノーマルジン、ハイマニューバ、ジン偵察型等のパイロット達に伝わり、新しい反応を返させる。

 

《確認したい。シルバーウィンドの内部には誰も……?》

 

《クルーゼ隊の連中が中心になって調べている。

 区画を一つずつ調べているが、生存者はまだ見つからんらしい……酷い状態の遺体ばかりだとよ》

 

《クルーゼ隊……ザラ委員長の息子がいるんだったな、クライン嬢の婚約者の》

 

《配置としちゃ当然だろうな。それより追悼慰霊団の方だ。脱出挺が何機出たのかも特定できないのか? 緊急用のポットは?》

 

《……言っただろ。モビルアーマーが、シルバーウィンドの船体に突き刺さってるんだよ、何機もな。

 体当たりの衝撃と爆発の破壊とで、船体の外も中もめちゃくちゃだ。

 船体が一部損失している。判別が難しいんだよ》

 

 彼らが探していた民間船……シルバーウィンド自体は、かなり早い内に見つかっていた。

 ただし、大破した状態でだ。

 

 しかも船体には、連合の機動兵器であるモビルアーマーが損壊しながら突き刺さっていたのである。

 何が行われたのかがハッキリと分かる光景。自爆を前提とした体当たり攻撃の跡だった。

 

 こんな事をすれば中のパイロットは無事に済む訳が無いのだが、機体が潰れるのを躊躇わずに突っ込んだであろう勢いの損傷具合だった。

 パイロット達が果たして正常であったのかどうかを調べる手段はない。

 何より、ザフトである彼らは連合のパイロットの事よりも、シルバーウィンドの方が重要だった。

 

 救援に来たのに一人も生存者が見つからない。彼らの焦りは強かった。

 

《……ナチュラルどもめ! 民間船に体当たりなどと!》

 

《救難信号は……? 一つも捉えられんのか》

 

《駄目だ、捉えられん。この宙域は障害物が多すぎる。

 出ているのかどうかも分からん。

 分析班がモビルアーマーから映像データを取り出せないか試してるが、芳しくないな……》

 

《もしかして……いや何でもない。捜索を続ける》

 

 脱出艇や脱出ポッドの何機かが出ていたとしても、通信の類が非常に困難な、デブリの超密集帯方向へ流れてしまっていたら……との懸念は全員の不安だが、誰も口には出せなかった。

 

《……あー、隊長達はどこ行ったんだ? しばらく前から指示が飛んでこねえ……》

 

《聞いてなかったのか。隊長達はデブリベルトの外縁部に出てんだよ。

 本国からの緊急電だとさ。厄介事らしい。

 聞きたい事があるなら、ラコーニ隊とポルト隊の副官連中に確認しろ。近くにいるはずだ》

 

《この数じゃモビルスーツの収容ができんぞ……ああ、それで代わりにシャトルが何機か展開しているのか》

 

《さすがに10隻も入ってこれんからな。補給は交代、人員の休息も交代制だ。

 それなら中継艦の3隻と、シャトルで回るだろう?》

 

《馬車馬のごとく、だな》

 

 少し気落ちしそうな流れになりつつあった通信……それを何とかするべく、一人のパイロットが既に分かっている事を再度確認する。

 精一杯の話題の転換だ。

 

 ただ、場を気遣う会話のような内容では良し悪しもある。職務に徹していた者の感情を、発露させやすい空気を呼んでしまうのも事実だ。

 

《ちっ……生ぬるいんだよ。

 厄介事だろうがなんだろうが構わないがよ。とにかく、ナチュラル共に一撃加えなくては気が収まらん》

 

《同感だ。その為の戦力だろうしな》

 

《おい、焦るな。まずは捜索を……》

 

《てめえは仇を取る気がねえのか……!? ユニウスセブンでまたやられたんだぞっ!》

 

 思うように進まない捜索活動に、パイロット達の怒りが表面化してくる。

 

 ユニウスセブンには、未だに埋葬されない多くの亡骸が眠っていた。

 彼らの遺体は時間と人手の制約から、現状では放置されているとしか言えない状態だ。

 

 そんな中を、もしかすればシルバーウィンド乗員達が逃げ込んでいそうな所……空気や水を持って籠れそうな、緊急のシェルター代わりになりそうな場所を探しているのだが。

 そういった所を探していくと言う事は、つまりそういった者達の亡骸と遭遇する事にもなる。

 

 家族、友人をここで亡くした者は少なくない。

 

 有志の志願者により結成されているのがザフトという組織だ。

 その隊員達を強烈に怒らせる光景が、そこかしこに散見しているのは当然の話であり。

 怒りを露にした者に同調する者は多かった。

 怒る者を諌める者もまた、同じように怒りを抱えているのだから始末は悪かった。

 

 何か手がかりはないのか……パイロット達が苛々しながら辺りを探し回っていると、分析班から手がかりが見つかりそうだと連絡が回ってくる。

 

 モビルアーマーやシルバーウィンドから回収できたデータの一部が、復元できそうだと言うのだ。

 ようやく。やっと少しは前向きになれる報告が来た。

 何か進展が欲しい……全員がそんな期待を込めて耳を澄ます。

 

 しかし、分析班からは思いもよらない内容が伝わる事になった。

 

《残存データの解析が進んだ。少しだが、映像が取り出せそうだ。これで何か手がかりが……待て、こいつは……何だ、こいつは?》

 

《……何だ? どうした?》

 

《赤いモビルスーツ……いや白基調に赤いパーツって言うのか? そいつが映っている……ザフト機じゃないぞ》

 

《頭部はへリオポリスの……X105に、似ているか? なら連合機なのか、こいつは。それともオーブが》

 

 現時点で、彼らには知る由も無い事だが、映像を分析した者が目にしていたのは《レッドフレーム》と呼ばれる機体だった。

 へリオポリスにて偶然アークエンジェルに接収されたグレーフレーム。現時点で運用も成されているそれと《元を同じくする》機体である。

 それが映っていたのだ。

 

 とあるジャンク屋の人間がそれを運用している状態にあるのだが、細かい経緯を知らない者からすれば、足つき……つまりアークエンジェルのX105ストライクや、ザフトが奪い取ったG……《オーブと連合が作ったそれ》に似ているモビルスーツ。としか言いようがない状況なのである。

 

 似ているのだ。

 そして彼らにとってはそれで十分すぎた。

 

《そりゃ、どういう……オーブの機体が、連合と共同で慰霊団を攻撃した、って言うのか……?》

 

《映像が途切れ途切れではっきりしない。

 ……連合と敵対……しているようにも見えるが。少なくとも無関係ではないだろう》

 

 未だ詳細は不明。

 連合機なのか、オーブ機なのか。それともまた別の勢力なのか。細かい状況を含めそれらは全くの不明だった。

 

 ただし《何かを知っていそうな敵らしき相手》の姿は、彼らの中で形を変えだした。

 不明瞭な怒りから明確な敵意へ。

 捜索に当たっていた者達は、急速に闘志を燃え上がらせていく。

 

《……艦隊司令部に送れ。追悼慰霊団は明確に攻撃を受け死者多数。まず、連合による物なのは確定した。

 証拠の映像が手に入った》

 

《報復だな。それしかないだろう》

 

《このまま月へ突っ込もうぜ。ボアズ側との協同作戦だ。……降下装備もあるんだろう? 何ならオーブ本国でも叩き潰すか》

 

《カーペンタリア基地と協同なら、一撃を加えられるだろう。俺はその案を支持する》

 

《オーブめ……何がコーディネーターとの共存だ。所詮は連合側につくのか》

 

《構わんさ。そうだと言うなら、連合もろとも片付けるだけだ》

 

 

 

 ザフト・ナスカ級高速艦艇、アーヴィンタルス。

 

 複数の部隊を一時的にまとめた追悼慰霊団救援隊……本隊10隻、別動隊4隻からなる救援部隊の、その旗艦をやる事になった船である。

 

 艦隊司令のレイ・ユウキが乗る船だった。

 

 そのアーヴィンタルスのブリッジでは怒号が響いている所だった。

 しかし、それはブリッジクルーの物でもユウキの物でもなく、モニターに映る他部隊の指揮官クラスの者達。彼らによる物が主である。

 

 他部隊の隊長、艦長。あるいはモビルスーツ隊指揮官といった複数の顔が、メインスクリーンに並んでいるのだ。

 デブリベルト内部に残してきた3隻と、アーヴィンタルスを除くそれ以外の全ての艦……6隻分の責任者クラスが並べば、スクリーンに映る人数はかなりの数になる。

 

 彼らと司令であるユウキとの間で、今後の行動方針を打ち合わせている所だった、のだが。

 

 ユウキは、今作戦に限り部下になった彼らの感情……激発しつつあるそれに危機感を強め、そして状況の不味さに苦心を覚えている所だった。

 

《……再配置だと? 一当てもせずに戦力の大半をか? 冗談じゃないぞ!》

 

《おいおい。追悼慰霊団は攻撃を受けたんだぞ。

 艦隊司令殿は今回の任務、重要性を理解しておられるのか? ……ユウキよぉ、正気の判断とは思えんな》

 

 猛然と反発してきたのは部隊長ラコーニ。

 皮肉げな口調で、意見を変えろと匂わせてきたのは部隊長のポルトだ。

 

 どちらも艦艇乗り、部隊指揮官として実力、実績のある男性指揮官だった。

 実戦に鍛えられており、かなりの風格がある。

 中年の半ばをすぎているが、顔付き体つきに弛みは一切ない。

 モビルスーツを動かしても、平均値を超す成績を出してみせる、間違いなく有能と断言できる二名である。

 

 一方、救援部隊の総指揮官であるユウキとて、真の意味でエリートと言える男だった。

 前線、後方を選ばず活躍できる人間であり、戦果、功績著しい者が任命される特務隊……FAITH(フェイス)という立場にある重役。

 

 戦術レベルにおいて独立した権限を持つ個人という、軍事組織内では反則に近い許可を手にしているのが彼だ。

 

 まだ若い武力組織であるザフトにおいて、最も分かりやすい戦果……個人の撃墜数によって、前線武官系のある意味では最高位と言ってもいい役職に立った人物である。

 

 ユウキに問答無用で命令を下せるのは、それこそプラントのトップである評議会議長、軍事系の統率者最高位である国防委員長くらいしかいない。

 ザフトで最も敵機を撃墜している男……そう言われる程の経歴を持つのがレイ・ユウキだった。

 

 そのユウキにしてみれば、今さらベテランで迫力のある二人が相手だとて顔色を変える事もない。

 むしろ、前線指揮官からの怒鳴り声は久しぶりだ……等と少し不謹慎な感想を抱きつつ、頭を動かしていた。

 

 とは言え、そんな呑気な事を考えている場合ではないのも事実。

 ユウキは自分を戒めつつ、あくまでも冷静に、しっかりとした口調で説得にかかった。

 聞いてもらわねば困る状況だ。

 

「間違えないでほしい。我々の任務は救援と捜索だ。それ以前に、本国と周辺宙域の防御がある。

 ここにこれほどの戦力を集めておく必要はない。また、そんな余裕もない。分かるだろう」

 

《ここから手を引くならそれは敗北と言うんだよ! 分かっているのか? ユニウスセブンだぞ!

 国防委員長からは攻撃命令も出ているだろうが!》

 

 モニターの向こうでデスクを殴りつけるラコーニ。

 

 自分達は何の為にここに居るのか。

 彼の怒鳴る声、内容には同意を示す表情の者が多い。

 むしろモニターに映る者の中では、ユウキに賛意を示す者が見受けられない。

 黙って話を聞いている各艦の艦長クラスも、軒並みこの宙域からの離脱……再配置を面白く感じていない雰囲気だった。

 

 ユウキの直接の部下で固めてあるアーヴィンタルスのブリッジクルーですら、攻撃に動くべきなのでは? と言う表情の者が多いのだ。

 

 厄介な。それがユウキの正直な所だった。

 

 彼らの間で問答が起きているのは、本国から送られてきた緊急電と命令がきっかけだった。

 ボアズ側から来る手筈になっていた救援隊の別動隊。それが敵と遭遇、撃破されたと言うのだ。

 被害甚大により撤収。合流不可能という内容である。

 

 艦艇2隻にモビルスーツ22機が全損。部隊が二つ、ほぼ全滅したと言う通信だ。

 

 今作戦の為に増強した質を誇る部隊が、2隻の船を残して壊滅。しかも戦力比では勝っていた数の相手に負けたという。

 

 これは、連合に質で戦いを挑んでいるプラントにしてみれば、とんでもない事であり、実際に本国の上層部ではショックと混乱が渦巻いているらしかった。

 

 緊急電を受けたユウキも、まさかという思いが無いではない程の事態。

 ただ、今は彼がこの部隊の最上級指揮官である。

 起きた事態に対して、この部隊の戦力を適切に運用しなければならない。

 

 ボアズ周辺で戦力がごっそりと抜け落ち、哨戒網に穴が開きかねなくなった今の状況。

 これを踏まえて動かねばならなかった。

 

 プラントは開戦直後の出来事から、一つの教訓といった物を暗黙の了解としていた。

 連合に先手を取らせない、である。

 核のような一撃。大量破壊兵器による再度の奇襲を許したくないが為に、過剰なほど神経を尖らせていると言ってもいい。

 

 だからこそ、重い負担になるのを承知の上で、常に1~2隻単位の小隊を、広範囲に散らばせて哨戒網を敷いているのだ。

 もう一度隠れて接近してくるかもしれない連合、そいつらを狩り出す為に。

 

 その為の広域哨戒網であり、その網には余程の事がない限り、穴を開けるべきではない。

 だから、ここに過剰に集まっている自分達が散らばるのが適切だと。

 過剰に集結した艦と搭載兵器。これを幾つかに振り分けて一部哨戒網の強化、充実を計る。

 

 ここには2隻ほど残して、本来の任務に立ち戻らせるべき……そう言っているのがユウキだった。

 

《捜索》にこれほど使わなくてもいい。状況が変わった。 だから再配置を行う、と。

 そう言っている所だったのだ。

 

 ユウキの意見はプラントに住むコーディネーターとして全うな物だ。

 普段ならばまず賛意を示される位には基本的な物。

 穴が開くかもしれないから固めようと、シンプルかつ明解な決定。

 

 ただ、今回に限り部下となった二人。

 強硬派には属するものの、どちらかと言えば良識があるはずの指揮官。ラコーニ、ポルトの両名。

 その二人がユウキの決定に激しく反発をしてくる今の状況。それがプラント、ザフトの面倒な所を表していた。

 

 質で負けた状況が発生したかもしれない。

 連合を調子づかせたくないと感じる彼らの、前線指揮官としての危機感は強かったと言える。

 更にはデブリベルト内に配置した捜索部隊。

 彼らから送られてきた映像データが、部下達の感情を刺激してしまっていた。

 

《ユウキィ……さっきから言っているがよ! 

 別働隊が撃破されたと言うなら、むしろ敵討ちに出るべきだろうが! FAITHともあろう者が何を考えてやがる!》

 

《見つかった物と言えば、ナチュラル共のアーマーが突き刺さったシルバーウィンドの残骸。半数にも満たない同胞の亡骸。

 生存者は見つからず、クライン嬢に至っては脱出したのかどうかも不明。行方も分からない。……これで本国へ帰還する部隊を出せと? 無理だろう》

 

《ユウキ殿。まさかと思うが、ウチの部隊を帰らせるつもりではないでしょうな?

 言っておきますが、それでは部下達は納得しません》

 

《我が艦は再配置を拒否します。まだ何の仕事もしていない。何の為にここに来たのか》

 

 ラコーニ、ポルトの反発。

 

 加えて両名の部下である各艦の艦長達が、その意見に同調してくる。

 それぞれのブリッジクルー達も、ほとんどが隊長の意見に賛同しているようだった。

 暇を持て余していた為に、ブリッジに詰めかけたモビルスーツパイロット達も明らかに怒りが収まらない様子。

 

 司令であるユウキの命令が利かない。

 反発を持って迎えられ撤回を要求される。

 

 参った物だ。

 ユウキは表情を変えずに歯噛みして、ため息をつきそうになり、堪える。

 

 通常の軍組織ではあってはならない事態なのだが、ザフトは正確には軍ではない。

 人員管理と統率運用において誤魔化してきた部分……そのデメリットが表面に出てきていた。

 

 ザフトにおける戦力運用は、各部隊の指揮官クラスに任される権限が強い形になっている。

 元々が自警団のような物、ただでさえ個人の能力が高いコーディネーターの集まりだ。

 簡単には人の命令に従わない下地が出来上がっている。この2名とその部下達は特にその傾向が強めだ。

 

 ザフトでは複数の部隊が集まると、余程上からの命令があってですら、こういう面倒事が起きるのは珍しくなかった。

 

 ましてや、この《救援》部隊は人員も兵器も多すぎる。

 どう考えても戦力過剰なのである。

 デブリベルト内へ送る班に溢れた連中は、仕事がないのだ。

 本隊防御と言えば聞こえはいいが、要は待機である。

 交代に融通の効くパイロットはまだしも、艦艇のクルーはさらにやることがない。

 この状態で、本国や周辺宙域への再配置を聞き入れてもらうのは酷く困難だった。 

 

「もう一度言うが。この陣容で捜索を行い続けるのは」

 

 粘り強く説得を続けようとするユウキを、ラコーニが遮った。

 

《だったら攻撃に参加させればよかろうがよ! いつまでぐだぐだと言ってるつもりだ。

 哨戒網の穴だと? いっそ月を攻略してしまえば問題はなくなるだろうが!!》

 

《モビルスーツパイロットは半分近く。艦のクルーはほとんど仕事をしていない連中が多い。

 デブリベルトに入れず、外縁部にひたすら待機だ。

 ユウキ。うちのクルーの説得はお前がやってくれるのか?》

 

 敵が邪魔なら連合の宇宙拠点……月を叩いてしまえなどと言う暴論が出始める。

 それらの意見に、ついにユウキも苛立ちを見せ始めた。

 

 自分が率いている部隊の雰囲気。

 直接の部下達だけではなく、臨時に指揮を取る事になった部隊全ての、その異常な士気と闘争心の高さに手が付けられないのである。

 

 ベテランもそうだが若手は特に酷い。彼らの戦闘意欲は強烈だ。

 モニターの向こう側にいる数名のベテラン達や、各隊それぞれのエース格も露骨に不満を見せている。

 

 ここまで積極策を推し進める背景には、彼らが《救援》に来た部隊であり、そして未だ《何の成果も出せていない》という事にも起因していた。

 

 プラント首都・アプリリウスにおいて急遽編成されたこの部隊だが。出港時、《何故か》多くの市民の激励、並びに各種報道による応援、大量の市民の後押しを受けながら、出てくる羽目になったのだ。

 

 艦艇10隻、モビルスーツ54機という規模で出撃するその陣容は、ザフトでは恥じる事無く大艦隊と言えるレベルの物。

 現状で本国から動かせる数としては、限界に近いと言っていい。

 

 そこにボアズ要塞からも、4隻と22機が加わる事になっていたのだ。

 用意できる物としては最高の物を揃えたと、ザフト上層部が胸を張るレベル。

 

 特に艦隊司令として部隊を率いる者の詳細、それが伝えられたのが報道を加熱させる最初のきっかけだった。

 

 誰もが知るトップエリートの証《FAITH》の任命を受けた者が率い、名のあるエース達が惜しげもなく投入され、歌姫の婚約者である若きトップガンが直接助けに行く……と、そう民間に対して知らされてからは、ある種の異様な雰囲気が漂ったと言っていい。

 

 プラントの各メディアは《どこから情報を手に入れたのか》不明なのだが、ラクス・クラインを《助け》に行く注目の的であるこの部隊に対して、出撃前から詳細な報道合戦を開始していた。

 

 この戦力がいかに強力な存在か。

 地球連合の艦隊幾つに勝ち得る程か。

 それを構成する各艦の艦長クラスはいかに優秀かを、繰り返し繰り返し褒めちぎった。

 選抜されたモビルスーツパイロット達は、それこそ1名残らず顔写真付きで詳しく紹介される程であり。

 見た目のよい者や、これまでに敵撃破記録の著しい者は、個人宛にファンレターや激励のメッセージが司令部に送られて来るような騒ぎにまでなる程。

 

 市民注目の的だから……と《これも異例》ながら公開された軍港のロビー部分には、集まったプラント市民達の応援で強烈な熱気が溢れていた。

 大人気のアイドルや、国民的なスポーツ選手に対してのそれを数倍させた、と言えば近いと言っていい。

 

 そんな所から送り出されてきた艦隊である。

 

 ある者は単純に誇らしい気持ちになり、ある者は恥ずかしそうにしながらも応援に応え、ある者は決意を新たに任務に赴き、ある者は純粋に闘志を燃やした。

 

 誰もが《手ぶらでは帰る訳にはいかない》と明確な手柄を欲して、出撃してきたのだ。

 特にこれが初陣になる者と、これまで本国勤務だった幾つかの者は気合の入りようが半端ではなく、誰が見ても結果を残したいとの欲が透けて見える程。

 

 嫉妬や称賛、激励。

 市民に、上官に、同僚にそうやって送り出されているのである。

 

 合流前の別動隊が、とは言え敗北の二文字が付いてしまった《だけ》の今の状況は、酷くプライドが傷ついていた。

 自分達は、まだ何もしていないのだ。

 

 負けてきました、生存者は居ませんでした。等とは口が裂けても言いたくないのである。

 この部隊は《捜索》部隊である。という正論はもう意味がない。

 

 派手に応援されて送り出されておいて。

 手柄を立てて凱旋する同僚や、立派に戦って敬意と共に迎えられる同胞。

 その陰に隠れて、脇道を静かに俯いて帰還するなど死んでも受け入れられないのである。

 

 それを、彼らのその気持ちをよく分かっているユウキだが、だとしても諦める訳にいかないのだ。

 刺激せずに、かといって弱腰にならずに、納得させるのは不可能に近いと分かっていてもだ。

 

「聞け! 別動隊を率いていたのはボアズのマッカランとクーザーだぞ! 彼らが全滅をする状況だ、何かある。

 伏兵の可能性も捨てきれ……」

 

《だァから!! だからこの戦力で持って! 敵を討ってこいという事だろうが!! 伏兵がいるならもろともに叩き潰せばいいんだよ!」

 

《ユウキ……少し、弱腰が過ぎるんじゃないのか。

 たかがナチュラルに、そこまでの慎重さは不必要に感じる。せめて仇を討たねば帰れんだろうに》

 

《我が艦は帰還命令も再配置も拒否する。

 どうしても帰還しろと言うならば、権限により自分の指揮権を復活させるだけだ。単独行動を取らせてもらう

 月に向かっているんだろう? その足つきとやらは。それとも地球か?》

 

《クルーゼよぉ。貴様の所で中破させたと、言ってただろう。ザラ委員長の息子が追い込んだそうじゃねえか。

 どうなんだ? その足つきと、ストライクってのは》

 

 別動隊を撃破したという相手。

 その話題は、これまで不自然に沈黙を守っていた仮面の男。

 艦隊副司令であるラウ・ル・クルーゼへの詰問に、話の流れを変えていく。

 

《……ふむ。どうか、と来たか……》

 

 この中で足つき……アークエンジェル及びそれに搭載されているX105、ストライクと直接交戦したのはクルーゼ隊だけだった。

 と言うか本来、奪取または破壊しておく目標の一つだったはずだ。

 

 逃がしてしまったその相手に、屈辱を被る羽目になっている。

 

 クルーゼに話を向けた指揮官クラスの一人は、言外に、逃がしたのは貴様らだろう、と責める感情があった。

 画面に映るクルーゼは涼しい顔だが、その横に座るフレドリック・アデスという艦長は酷く居心地が悪そうな顔をしている。

 

 クルーゼはアデスをほんの僅かに横目で見てから、彼らの詰問に答えた。

 

《逃がしたのは私の責任だ、申し訳ないの一言に尽きる。としか言えんな》

 

 堂々と言ってのけるクルーゼの言いように、ユウキは顔をしかめた。

 悪手だ。その言い方では……相手を刺激してしまう。

 だが、反射的に口を挟もうとしたユウキよりも早く、クルーゼが再度口を開いた。

 

 君達の経歴と、ザフトの歴史に泥を塗ってしまった事は恥ずかしく思っている、と。

 

《自らの失態は自分で取り返す他にあるまい。我が隊は足つき追撃をする考えだ。

 無論……司令から許可を貰えれば、の話になるのだが》

 

 仇を討ち、汚名をそそぐ。

 クルーゼが薄く笑いながら、単独でも攻撃をやる構えだ、とそのように言ってしまえば、他の連中は沸き立つしかない。

 

《よぉし決まりだ! 足つきを沈めるぞ。追悼慰霊団と別動隊の仇討ちにかかる!》

 

《我が艦はクルーゼ隊に付き合おう、よろしいですな? ラコーニ隊長》

 

《我が艦は、じゃない。我が隊は、だ。

 ラコーニ隊は全艦、足つき攻撃を行う。デブリベルト内の連中を呼び戻せ》

 

 ユウキを無視して動き始めようとしている。いや、動き出してしまった。

 不味い流れだ……ユウキの背筋が凍り始める。

 いよいよ独自行動を取る構えを見せ始めた連中は、もう収まりがつかないだろう。

 

 ユウキは自分に次ぐ役職に付いている男……艦隊副司令であるクルーゼの発言に期待はしていなかった。

 煽りさえしてくれなければいいと。それだけを思っていたのに。

 強硬派の中でも特に過激な集団、ザラ派の中心部にいるような人物である。

 有能だが胡散臭い男だと感じてはいた。いたのだが……見事に煽ってくれた。

 救援に来た、と言う良識すら無いのか。

 

 それともシルバーウィンド乗員に全滅判定を下す気か。

 

 ユウキはクルーゼを怒鳴りつけそうになるが、すんでの所で堪えた。

 司令と副司令が口喧嘩など。できる訳がない。

 既に空気は変わってしまっている。手遅れだ。

 

 肩を落としそうになるユウキを放って、強硬派の者達は勇ましげな言葉を連ね出した。

 

《別動隊が負けたのも、つまりはそう言う事だな。

 初見の相手に性能で負けた……同レベルの機体で、油断なく行けばいいだけだ。

 強敵だというなら、うちのジェイデンスキー辺りにアスランを援護させるさ》

 

 何の問題がある? とのラコーニの意見に続々と賛成が集まった。

 

《奪った機体は4機が実働しているのだろう? 躊躇う事はない。勝てる戦いだ、ユウキ。決断してくれ》

 

《貴方はFAITHでしょう。それとも……司令殿はこちらに残られると? それならそれで構いませんが》

 

《国防委員長に感謝だな。捜索部隊とは思えん戦力に何事かと思っていたが。

 こういった事態を見越していたのだろうよ。流石だ》

 

《ナスカ級が2隻。ローラシア級が8隻……モビルスーツに至っては54機だ。月攻撃だとて可能だろう》

 

《むしろ、これだけの戦力を持ってきておいて、何も結果を出せていないのでは。……やはり攻撃は正しい》

 

《現状で、連合に報復攻撃をかけている部隊の中では我々が最も有力なんだぞ?

 このまま帰る気か、ユウキ。しっかりしろよ》

 

 手綱を離してしまっていいレベルの戦力ではなかった。

 艦隊司令であるはずのユウキだが、折れるよりない。

 これ以上ザラ派に、強硬派に好き勝手をさせられないのだ。

 少しずつ、対話や交渉による和平を考えて始めているユウキ……クライン派の誰かが付いていなければ、彼らが何を始めるか。

 どこまでやってしまうか。

 

 非人道的な行いをさせれば、後から因果が帰ってくる。

 プラントに逃げ道を用意しておかねば、和平どころではなくなる。

 

「……いいだろう。艦隊は、攻撃に方針を変える。

 ただし、捜索を引き継ぐ部隊を用意してもらわねばならん。彼らが来るまでは我々が捜索を、引き続き行う」

 

 ユウキはひたすらに苦い物を飲み込んで、そう言うしかなかった。

 和平派閥に属する自分が、辛うじてでも統制を取っておかなければならない。

 

 思わず表情を暗くした艦隊司令。

 一方で望む通りの《命令》を引き出した者達は、おおいに活気づく。

 

《ボアズから出た月への攻撃部隊が、直前に連合の艦隊が出撃したのを確認している。

 1個から2個艦隊の規模らしい。

 航路はデブリベルトと地球の間……こいつらは、足つきとの合流を計る気だろう》

 

《そこを追えば叩けるな。……打撃を受けているはずだ、無傷とは思えん。やれるだろう》

 

《だったらついでに、合流しているであろう艦隊も沈めてしまいましょう。2個艦隊。結構ではないですか。

 死者への手向けだ……ここは》

 

 ユウキは堪らず音声のみをカットする。

 

 やられた。

 ザラ国防委員長。そしてクルーゼ……これが狙いだったのか。手回しが良すぎるとは思ったのだ。

 

 まさかプラント市民を煽る事で、間接的にこの救援隊を煽ってくるとは。

 

 少なくとも冷静なはずのこちら側の人間でさえ、手柄を残したいとの欲が出てきている。

 ましてや、強硬派の人間を《捜索》に回せば何が起きるか……ユニウスセブンへ回すのは自分達クライン派の隊からしかあり得ない。

 こちらが振り回される間に、彼らは存分に態勢を整えるだろう。

 

 クライン議長は慰霊団への危機管理、監督、護衛の不首尾で責任を追求されている。

 まさか、民間船への攻撃を、政治利用するほど手段を選らばないとは。……ここは自分がやらねばならない。

 何としてもザラ派に主導権は渡せないのだ。

 しかし。

 

「ここにきて艦隊一つを沈めるのは、ナチュラルを刺激するだけだろうに……分からないのか、それが……」

 

 さりとて攻めねば、プラント市民が納得しない。

 ユウキは、プラントが嵌まりつつある沼が、泥沼から底無し沼に変わっていく感覚に襲われた。 

 

 

 ヴェサリウスのブリッジに立つクルーゼ。彼はこの艦隊の戦力リストを眺めていた。

 それを眺める酷薄な笑みは、隣に座るアデスですら見えなかった。

 

 

 

 

※追悼慰霊団救援艦隊

 

 艦隊司令 レイ・ユウキ

  (モビルスーツ戦闘隊長を兼務)

 

 艦隊副司令 ラウ・ル・クルーゼ

  (モビルスーツ戦闘副長を兼務)

 

 ※所属部隊

 

・ユウキ隊

 ナスカ級×1 ローラシア級×2

 

 ゲイツ初期型×1

 シグー×2

 ジン・ハイマニューバ×3

 ジン×9

 ジン強行偵察型×3

 

・クルーゼ隊

 ナスカ級×1 ローラシア級×2

 

 ゲイツ初期型×1

 イージス

 デュエル・アサルトシュラウド

 バスター

 ブリッツ

 ジン・ハイマニューバ(ミゲル専用)

 ジン×8

 

・ラコーニ隊

 ローラシア級×2

 

 シグー×1

 ジン・ハイマニューバ×1

 ジン×6

 ジン強行偵察型×3

 

・ポルト隊

 ローラシア級×2

 

 シグー×1

 ジン・ハイマニューバ×1

 ジン×6

 ジン強行偵察型×3

 

 

・ボアズより派遣の部隊。※壊滅により撤退

 

・クーザー隊

 ナスカ級×2

 

 シグー×1

 ジン・ハイマニューバ×1

 ジン×8

 ジン強行偵察型×1

 

・マッカラン隊

 ナスカ級×2

 

 ジン・ハイマニューバ×1

 ジン×9

 ジン強行偵察型×1

 

 計14隻、モビルスーツ76機

 

 

※余剰スペースには大気圏突入用装備、要塞攻略装備及び補給物資。地上用モビルスーツ(ディン、バクゥ、ザウード)を搭載。

 

 

 





※ゲイツは試作機だとしても早いのでは? とのご指摘を頂きました。後で機体を変更するかもしれません

※2/16修正、ゲイツはXナンバーの技術を入れる前のタイプです。
 同じく、クルーゼ用の機体プロトドラグーンを削除。さすがに早すぎました。

アスランと、ザフト側をと言ったな。あれは嘘だ。

(すみません、丁寧に書こうと思ったらこうなりました。次こそアスランを書きたいです……まとめると2万文字を超えそうでして分ける事にしました)

お待たせしてすみませんでした。
ここのところ、前の2話で急速に上がった評価とお気に入り数にびびってました。
人気なのはSEEDであって、私の力じゃないと思えたら力が抜けてやっと楽になれました。
頑張って好きに書く事にします。

遅くなりましたが評価や感想、ご意見、ご指摘ありがとうございました。
全部読んでおります。励みになっています。
キツいのもありましたが、ご批判もちゃんと読んでおります。
今後ともよろしくお願いいたします。

早くアスランとキラを書きたいなあ。
ナタルとかハルバートンとか。


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煽られた者達 2


お待たせしました。これまた一万ごえです。
ゆっくりお読み下さいませ。

※ラコーニ隊の副官に設定したキルガーロンの名前をジェイデンスキーに変更。

※ゲイツに関してかなり修正をいたしました。前話も修正をしております。




 

 

 

 彼がそれらを耳にした時の、衝撃と混乱。

 それは事態が進み、詳細が判明していくにつれて、感情を刺激するのに十分だった。

 

 取れる選択肢は減っていき、戦わねばならない理由が積み上げられていく。

 

 迷いは増えながらも、止まる事を許されない。

 抗いようがなく、とにかく向かわねばならない先は、嫌でも現実を叩きつけてくる。

 

 プラントの人間、ザフト将兵としてのアスラン・ザラ。

 

 起きていく事態は彼の苦悩を深める事。そして立場への責任を求めてくる事に、どう控えめに見ても威力が十分すぎてしまっていた。

 

 

 

 

 部屋の空気は重かった。

 

 ノーマルスーツに身を包んだ者達が、黙って椅子に座るか、または無重力任せに脱力しつつ宙に浮いているかを選んでいる。

 

 会話はほとんどない。

 他者の息遣いどころか、自分の呼吸の音が耳につく位に、静まり返っていた。

 だというのに気を落ちつけている者は少ない。

 

 殺気だっているのだ。

 誰かの舌打ちと、押し殺すような罵声が時おり聞こえてくる。

 

「くそっ……連合のクズどもがっ……!」

 

「思いしらせてやる……ナチュラルめ……!」

 

 デブリベルト・ユニウスセブン宙域に展開している3隻のローラシア級……内の1隻。

 その格納庫に併設されているロッカールーム内に響いたのが、そんな声だった。

 

 モビルスーツの補給を兼ねた、交替制の短い休息。

 パイロット及びレスキューチームの面々が、体を体めていた所である。

 

 ここに居る者達が、これ程の怒りを内包しているのには理由がある。

 シルバーウィンド周辺と、内部の捜索を担当した者……つまりクルーゼ隊の者が主だった集まり。

 特に酷い光景を目にした者が多い、と言う事だ。

 

 収容が《可能》だった遺体の搬出も伴われており、やり場のない怒りと、今にも爆発しそうな怒りを抱えた者しかいない。

 

 プラントの人口事情からどうしても若手、中堅層以下が目立つ構成にならざるを得ない、という事もあり、彼らは精神的に磐石な隊とは言い難かった。

 割りきりが上手くはないのだ。

 

 先程のように誰かの苛立ちが表に出る度。

 その度に全員の、連合に対する怒りの度合いが少しずつ上がっていき、そしてまた誰かが怒りを露にする……そういう空間になってしまっていた。

 

 この中には赤……若きエリートの証、赤い軍服・赤いパイロットスーツを身に纏う事を許された俊英達……イザーク・ジュール、ディアッカ・エルスマン、ニコル・アマルフィの3人が黙って座る光景もある。

 

 いわゆる赤服という物は将兵達の挨拶、話のきっかけとして悪くない類いの物なのだが、今は誰もそれに触れる事もなく、雑談のタネとする事もない。

 3人も周りと積極的に絡もうとはせず、結果、重苦しい沈黙が場を支配する、一つの要素にしかなっていなかった。

 

 だが、重苦しい雰囲気の根本、とでも言うべきか……この場のそれの元として、最も大きいと言える物が別に存在してしまっている。

 前者の3人と同じ、赤いパイロットスーツの一人。

 誰からも離れた所に、もう一人、赤を着た一人の若者の姿が。

 

 肩を落として俯く彼の背中……アスラン・ザラの姿がある事が大きかった。

 

 追悼慰霊団の代表であるラクス・クライン嬢。

 彼女と婚約しているアスランの事情や立場は、婚約当初からの発表や報道もあり、プラント中が知るところだった。

 

 今回の件にあたっても、彼個人に対しての慰めの声や激励は多く、それは捜索の最中に同じザフト将兵からも少なくはなかった。

 アスランは戸惑いを見せながらも市民や将兵からのそれに、控えめながら応えてはいた、のだが。

 

 いざ捜索が始まるとアスランは少しずつ口数を減らしていった。

 判明していく深刻な状況、次々と見つかる犠牲者の姿。怒りの熱量を上げていく友軍の態度。

 

 結果として、今では誰も話しかけていない。……話しかけられなくなっている。

 

 ラクス・クラインが見つかっていないのだ。

 

 アスランの方から離れていったというのもあるが、それ以上に周りが彼に近づけなくなった、と言う方が正しい。

 

 近い間柄の赤服達……親しいが皮肉気に絡む事が多いイザークやディアッカはともかく、穏やかな対応を主とするニコルですら遠慮を覚えると言えば、その気まずさは分かるかもしれない。

 

 休息の命令をほとんど無視しながら、誰よりもシルバーウィンド乗員を探し回ったのがアスランである。

 ついには半ば無理矢理に休まされたのが先程の事。

 

 まだ大丈夫だと言い張り、捜索を続けようとしていたのだが、ある瞬間から不意に絶句して、うなだれてしまっていた。

 

 別の隊から、オーブ系に似た機体が居た痕跡がある、と伝えられ、本隊から別動隊が撤収したと伝えられ。

 別動隊を撃破したのが《足つき》だと。追撃が決定されたと、重ねて伝えられてからは。

 

 それからは何かを思い詰めたかのように、黙りこんでしまっていたのだ。

 

 誰とも目線を合わせず、肩を落としながら物思いにふけるアスラン。

 そしてそんな彼の姿を目にするからこそ、怒りが収まらないのがこの空間に居る者達だった。

 

 ただ……その空気自体がアスランを更に追い詰める要因にもなっている。

 そうなってしまっている事に、気付ける者はいなかった。

 

 

 アスランに余裕は無かった。

 自分の態度が褒められた物ではないと分かってはいる。だが、周りを気遣う余力がない。

 

 別に疲れた訳ではないのだ。

 拗ねているのでも、わざわざひねくれた態度を取りたいのでもない。

 ただ、やりきれなくなっていただけだ。

 

 連合の奴らは何という事をしてくれたのか……それがアスランの正直な所だった。

 

 キラのメッセージを元に動いてみようとしたのだ。

 メンデルという廃棄されたコロニーを、調べてみようと。

 クルーゼ隊長の裏とやらも、必要とあらば。そう思えるようになっていたのだ。

 

 親友であった者から、この戦争は煽られていると、必死に訴えられたから。

 

 短い休暇を使い動こうとした。

 そこへいきなり婚約者が……多くの民間人がまたも害された。そう聞かされた時の心の内。

 

 よりにもよってユニウスセブンで。

 

 瞬間、裏切られたような、酷く馬鹿にされたような……自身でも形容しがたい、《何か》に対しての底無しの怒りが湧いてきた、としか言いようがない。

 

 親友からの訴えに、どこか緩やかな面が、自陣営へのわずかな疑念が。

 この戦争の決着点をどうするべきなのか。……そういった感情が顔を見せ始めていた所に、毒をぶちまけられたと感じてしまったのだ。

 

 次に押し寄せた事態に対しては、強烈な失望と純粋な怒り、そこに酷い疑念が入り混じる。

 別動隊の敗退。

 

 ボアズからの別動隊が、足つきを含む連合の部隊と交戦……壊滅したという報せだ。

 しかもその損害の酷さ。

 

 腹立たしい事に、あいつが居たのならばと納得をしかけて、いや、いくらなんでも異常すぎる、キラが居るとは言えそこまでの事を。と、違和感が拭えない複雑な想い。

 

 尋常ではない損害だ。何か、まともではない事があったのかと思える。

 何があったのか。

 オーブと連合が何かをしたのか。

 

 では、オーブと地球連合はやはり手を組んでいたのか、最初からこの流れを狙っていたのか。

 ならば何故、キラはあんな話を……。

 

 自分を説得しようとしたキラに対して、急激に高まってくる不信。

 もはや勝手に生まれてくる不信感と、それに反発するかのように言い訳じみた何かを無理矢理に作り出している、と言うのが強いて言うならば近かった。

 

 そして今抱いている感情は、アスランが自分自身で分かる程に矛盾する、しかしシンプルな物。

 

 足つきの追撃と撃破。

 

 キラを討つ。

 

 ……できれば、やりたくない。

 だが、やらねばならない。その時は自分が討つと言ったのだ。そう決めていた。

 そして、そうしなければならなくなった。

 

 へリオポリスで逃がしたせいで、仲間を失っている。

 アルテミスで落とせなかったせいで、数百人の同胞が戦死した。

 敵の戦力としては危険度極大……しかも経験と戦果を大量に持ち帰られようとしている。

 

 ならばもう、全力で討つしかないのだ。

 

 ザフトにそう選択させたのは連合であり、そしてキラだ。

 

 しかし……。

 

 アスランはキラを討つ覚悟を、諦めとも言えるそれを固めながらも、一方で、キラの《正しさ》という物も感じ始めていた。

 

 自分もそうだったから、同じように怒りに任せていたからこそ、分かる空気。

 それを強烈に味わい、今も味わっている自分を自覚する……指摘されたからこそ、感じ取れた異常さ。

 周りの《それ》に対する戸惑い。

 

 つい先日まで自分もそうだったのだろう。

 救援に来たにもかかわらず、敵との戦いに意気込みを見せる仲間達。

 ほとんどの者達が《敵の撃破》を当然とばかりに優先し始めているのだ。

 

 優先順位が違うのではないか? ……これはおかしい話なのでは。

 

 本国から追加の捜索部隊が来る……正確には付近を回っていた部隊から、わざわざ1隻を寄越す……だから、自分達は足つきの追撃にかかる、という話になってしまっているのだ。

 

 それが決まってからは通信機ごしに次々と勇ましい声が聞こえてきた。

 沸き立った何人もの仲間が声をかけてくる。

 

 ――クライン嬢の事は本当に気の毒だ、仇をとろう。

 ――足つきを討って手向けにする。

 ――気を落とさないようにな。アスラン。追撃だ。

 ――俺もここで兄弟を失っている、同じだ。力を貸すぜ。

 

 アスランはそれにどう応えていいか分からない。

 

 同胞をまず助けなければ。

 しかし、敵を叩き潰してやりたい、仇を討ってやりたい。その気持ちも分かる。

 根底は同じ、プラントの為にという感情だ。だが方向性が違う物。

 

 だからアスランは彼らを止められなかった。止める資格などはない。

 せめて代わりにと、ラコーニ隊、ポルト隊の副官達……ジェイデンスキー、ランブラーに追撃の不参加を申し出たのだ。

 自分はここに残り、シルバーウィンド乗員を探したいと。

 

 キラと戦うのを先に延ばせるかもと、卑怯な考えがなかったと言えば嘘になる。

 だが、まずシルバーウィンドの救援を優先すべきとの思いは本物、だから申し出たのだ。

 

 その結果は、副官両名や他のパイロット達から同情と共に、怒りと小さな失望を感じる事になった。

 

 アスランは察した。

 彼らは。……プラント市民や彼らは。アスラン・ザラに仇討ちをしてこいと。

 自分達が送り込んだプラントの代表達に、敵を討ってこいと、望んでいるのだと。

 そうでなくては収まらないと、そこで察したのだ。

 

 理屈は分かるのだ。

 ごく一般的な話として、妻になる人間に危害を加えられた時……それで後ろに引っ込んでいる男。

 戦闘兵器のパイロットに、どんな評価が下されるのかは。

 

 同情混じりではあったが、相応に固い声色で、「戦うのが筋だろう」と、何十人ものパイロット達、百名を越す捜索班から非難されれば、アスランには逃げ道がない。

 

 ミゲル・アイマンやニコルが取りなしてくれて、イザークやディアッカですら、アスランをそれとなく庇いに来たくらいに冷たい空気が漂ったのである。

 

 ただ、婚約者が行方不明になっているアスラン・ザラだから、その程度の非難、同情混じりの物で済んだのであって。

 

 仮にラクス・クラインが見つかった状態で……キラと向き合いたくないからと……まだ捜索に残ると言っていれば。

 そこには、まったく容赦のない強烈な罵倒が来たであろう事は容易に考えられた。

 

 ――煽られている。

 

 幼い頃、人の悪意を何より苦手としていた友人からの訴え。

 

 キラのメッセージには事実があると思える。

 思えてきた。

 

 だが、アスランがそれを活かす為には、もはや状況と時間が厳しくなりすぎてしまっていた。

 

 

 

 デブリベルト外縁部に位置しているザフト部隊。内の1隻、ナスカ級・ヴェサリウス。

 

 その指揮官室では、クルーゼ隊、隊長のラウ・ル・クルーゼが体を休めていた。

 椅子に身を預けながら、つい先程まで荒かった息を整えている。

 

 クルーゼは忌々しげに、己の右手に視線を落とした。その手の中には錠剤の入った小さな容器がある。

 薬だ。

 文字通り命を延ばす為の物。

 

 あと数年は持たないであろう彼の体を、もう少しだけ、辛うじてもう少しだけ延命させる薬。

 代わりに、一度服用を始めたが最後、効果が切れた時の副作用として強烈な苦しみがある。そんな代物だった。

 

 この薬も少しずつ服用間隔が短くなっている……そろそろ部屋に置くのではなく、懐に持たねばならないかもしれない。

 

 クルーゼは、そろそろ限界かと渇いた笑みを浮かべた。

 そして不意に歯を噛みならす。

 

 

 自分の体にはこれが必要なのだと分かっていても、見る度、使う度に腹立たしくなるのだ。

《失敗作》だと言ってきたあの男の顔が、あの男の声が思い起こされてくる。

 

 勝手に生きて勝手に死ぬのなら個人の自由だ、好きにやればいい。

 しかし、勝手に生き《続ける為》に、その為にわざわざ自分という存在を作り出した事は、断じて許容できない。

 

 自分の命を増やそうとした愚か者と、目的の為に金を欲し理性を無くした男……生まれたのが寿命の短い失敗作。

 

 笑うしかない。

 

「……笑わせてくれる。思い上がった愚か者どもが」

 

 まったく笑うしかないのだ。

 

 だからやる。

 そんなに欲望が剥き出しの世界が望みとあれば、ぜひやってみせよう。

 欲と傲慢がぶつかり合う世界の結末。それをぜひ全ての人間に見せつけて、全てをぶち壊してやりたいのだ。

 

 世界中で一緒にやってしまおうではないか。行き着く先がどうなろうとも、それが人の望んだ結果だろう。

 これが、貴様らの望んだ事だろうと。

 

 その為の仕込みは予定通りに進んでいる。

 概ね予定通りだ。

 

 クルーゼという存在が心血を注いで作り上げ、描いているシナリオ……それは、現状で、おおよそ予定通りに進んでいるのだ。

 

 連合を煽り、プラントを煽り、ナチュラルを煽り、コーディネーターを煽る。

 次はオーブだ。

 

 妻を亡くしたパトリック・ザラは大変に有りがたい存在になっている。

 

 地球連合の宇宙艦隊を複数撃破、敵の戦力を削り、こちら側の余裕を作り出して、その隙に地球の各ザフト拠点へ戦力を降ろし地上戦力を充実させる。

 ジブラルタル、ビクトリアは悪くはないが、マスドライバーを保有するオーブ攻略を睨み、そこに近いカーペンタリアが最も望ましい。

 

 こんな無茶な作戦に許可をくれるのだから。

 

 地球のザフト部隊へ送るはずだった補給物資や機体。

 開発して間もないゲイツ、その先行量産機まで使わせてくれるのである。

 

 実に滑稽だ。

 

 クルーゼは笑う。

 

 勝つためと提案したが、実際は逆。

 プラントには余力を搾り出させ、地上では連合に更なる危機感を持たせるのが狙い。

 

 マスドライバーという、連合、プラントの両者にとって無視できない宝を持ったオーブ。

 

 そこを舞台にした次の大規模戦闘を画策していたのだ。

 

 マスドライバーにはそれだけの価値がある。プラントがオーブを取り込もうとすれば連合は無視できない。

 仮に連合とオーブが近くなれば、今度はプラントが無視できない。

 

 片方がオーブに近づけば、もう一方も近づかざるをえなくなるのだ。

 

 オーブ国民に対する情報工作も、少しずつ進めている。そろそろ花が開きだす頃だろう。……あの国がどうなろうとも構いはしない。

 

 ただ、両者を一歩、進ませる為にオーブという戦場を用意するつもりなのである。

 これで更に戦火を煽れるだろう、と。

 

 だが、まだまだ。

 

「まだまだこれからだ、まだ、潰しすぎはよくないからな」

 

 もっと局面は進んでもらわねば困るのだ。お互いに引く事など考えもしない所まで。

 考えられなくなる所まで。

 

 それにしても、とクルーゼはふと考える。

 

「…………案外、しぶとい……いや、正直予想を超えてきたか」

 

 綿密な計算……数多くの二次プランを用意、アクシデントを想定するクルーゼだが、予想外と口にしたのは別動隊の大敗。

 足つきに被った被害の大きさである。

 

 別動隊が足つきを捕捉できるか、それ自体は五分五分と考えていた。

 

 本隊であるこちら……アスランに討ちとらせるとパトリックには言ったが、正直、沈みさえすれば、後は適当な手柄をアスランに用意しておこうと、考えていたのである。

 

 連合の宇宙艦隊を複数撃破、それと地球への戦力降下。

 これが成功すれば、言い訳など幾らでも立てられると計算していたのだ。

 

 別動隊が足つきを捕捉できなければ、合流して連合を叩く。

 捕捉して仕留められれば良し。それが不可能で取り逃がす事になったとしても、かなりの損害は与えられるはず。

 止めはこちらで行えばいい、との腹積もりだった。

 

 捕捉できようとも、できずとも次は考えていたのだ。

 どちらでもよかったのである。

 

 それがまさか。

 遭遇しておいて大敗するとは、さすがに思いもよらなかった。

 

「ボアズ駐留部隊が、鈍っているとは聞いていないが……」

 

 艦艇2隻にモビルスーツ22機。

 

 クルーゼが思い出すストライクの動きは鋭かったが、かと言ってこの戦力差を覆すのは微妙な気がする。

 デブリベルト内で海賊に襲撃させるように、わざわざ面倒な手を打ったのだ。

 

 消耗しているはず、なのである。

 

 先程の指揮官達による会議でも出たが、やはり多量の援軍、伏兵でも居たのか。

 しかしモビルスーツ22機に《勝つ》のならば、モビルアーマーは最低でも80機以上……連合の艦艇にして20隻以上は居なければ話にならないのだが。

 

 馬鹿馬鹿しい……クルーゼは頭を振る。

 そんな数が動けば目立つに決まっているだろうに。

 

 こちらの責任を追求してきている、マッカランとやらの報告を思い出した。

 本国経由で伝わってきた話では、X105を危険な強敵だと言っているらしい。

 足つきのデータは送ってやったというのに。

 

 クルーゼに嘲りの笑みが浮かんだ。

 

 ボアズ駐留部隊は油断しすぎたのだ、と。

 何せ彼らはコーディネーターでいらっしゃる。ナチュラル相手に《いつも通りに》油断をしたに違いない。

 

 間抜けどもめ。

 

「まあいい、いずれにせよ足つきもストライクも……キラ・ヤマトも無傷では切り抜けていまい」

 

 シグー、ハイマニューバ、D装備を含む22機とはそれ程の物である。

 仮に、切り抜けたと表現できる状況だとしても、それは辛うじてしのいだ、というレベルのはずであって。

 勝ったとは言い難い状態に陥っているのは、容易く予想できる。

 ムウ・ラ・フラガが居た所で、どうにもなるまい。

 

 哨戒網を潜り、多量の援軍が来ていたとしても、それらは別動隊との交戦でほとんど沈んでいるはずだ。

 本隊の為の露払いだとでも思えば、むしろ止めを刺す可能性が上がったとすら言い換えられるのだ。

 問題は、何もない。

 

 ないはずだ。

 

 そう判断できるにもかかわらず……妙な……妙な胸騒ぎを覚えるのも事実だった。

 わずかではあるが、胸がざわつく感覚がある。

 何に対してか。……やはり、キラ・ヤマトに対してか?

 

 馬鹿な……と、クルーゼは己を案外に小心者だと苦笑した。

 考えすぎだ。何を警戒する必要があるのか。

 

 如何に優れた存在だろうとも、昨日今日モビルスーツに乗った人間が、できる事には限界がある。……限界が。

 

 それとも期待しているとでも? 自身を踏み台に生まれた相手には、己の上を行っていて欲しい……?

 

「……分からんものだ」

 

 何が可笑しいのか、クルーゼはどこか狂気の見える微笑を浮かべた。

 何を笑ったのか、何故なのかは自身にも分からなかった。

 

 ただ、もう一手、確実に事を運ぶ為に保険を打っておくか、とクルーゼは暗号通信の用意を始めた。

 送る先は大西洋連邦、その内容は。

 

《キラ・ヤマトはユーレン・ヒビキの子息》

 

 これで十分だ。

 これを送ってやればブルーコスモスあたりが狂喜してくれるだろう。

 

 万が一、万が一にも有り得ないが、こちらが足つきとストライクを討ち損ても、後は連中が動いてくれるはずだ。

 

「ユーレン・ヒビキ、貴様の最高傑作をそっちへ送ってやる」

 

 地獄での慰めにちょうどいいだろう。

 

 自身を作り出した片割れ……既に死んでいる狂人に対して罵倒を吐き出す。

 ようやく調子が落ち着いてきた身体の感触を確かめながら、クルーゼは席を立った。

 

……足つきを含んでもたった6隻の相手。

 たったそれだけの相手に別動隊が敗北……正面から力負けしたなどと。

 キラ・ヤマト単独にほとんど壊滅させられたなどとは、さすがにクルーゼにも想像はできなかった。

 

 別の理由として、パトリック・ザラがボアズから受け取った報告。

 その内容は多くの者に聞かせる訳にいかない物だった為に、パトリックからこちらへの詳細が送られて来なかった。

 それも原因の一つとしてあった。

 

 そもそもプラント本国やボアズ側の司令部ですら信憑性に疑念をもっていたのである。

 隠しておくべき大敗の情報。加えて正確性を欠いた伝達。

 

 だからこそ、ほんの少し。

 少しだけプラント側の動きが緩んだ事が、少しだけプラント側に慎重さを発生させた事が。

 アークエンジェルと、それと合流を計ろうとしている第8艦隊側に、時間を作り出す事に繋がっていた。

 

 

 

 

「地球連合軍准将、第8艦隊司令。

 デュエイン・ハルバートンです。……お会いできて光栄です、アスハ代表。

 モニターごしで申し訳ありませんが、どうか、御容赦を願います」

 

《こちらこそ。智将と名高いハルバートン提督にお会いできて光栄です。

 作戦行動中の艦隊司令に、他国の者が通信を送るという事がどれだけ非常識かは、理解をしているつもりです。

 緊急時にご迷惑をかけてしまい、心苦しく思います》

 

「迷惑など……」

 

 月、地球、そしてデブリベルト方面への航路を望める宙域。言うなれば《繋ぎ》のような空間。

 その中で、地球寄りになるポイントの一つに、30隻余りになる艦隊の姿があった。

 

 宇宙を海とする地球連合軍艦隊の一つ。

 大西洋連邦准将、デュエイン・ハルバートンが率いる第8艦隊である。

 

 自分達の指揮下に属する新鋭艦アークエンジェルと、それを支援するべく送り出した先遣隊……両者との合流を計ろうとしている最中だった。

 

 言うまでもないが、作戦行動中だ。

 

 連合の宇宙拠点である月から、出撃して来ている所であり。まだ余裕があるとは言え、敵であるザフト宇宙軍の勢力範囲に接近しているのだ。

 ハルバートンは艦隊司令として、旗艦メネラオスの司令席に腰を降ろし、全方位警戒を徹底させている。

 

 後方……それも他国のトップから、ノイズ混じりのリアルタイム通信を受け取るのは、適切ではなかった。

 

 それでも、それがハルバートンの所に来るには相応の理由があり、そして彼がそれを突っぱねる事を出来ない理由があるからこそ。

 この外交的な手順も何もあった物ではない、初対面同士による不思議な組み合わせの会談……それが生まれていたのである。

 

 大西洋とオーブの国力差、そして状況……ハルバートンが下手に出る必要はそれ程にないのだが、彼の態度はあくまでも紳士的だった。

 むしろ申し訳ないとの感情が見えてもいる。

 

 ハルバートンの属する組織。大西洋連邦の問題がそれをさせていた。

 年や階級を考えれば、まだ若々しさを残していると言える顔つきの准将。彼は率直に詫びを口にする。

 

「……一国の代表からの通信をたらい回しとは……わが国の事ながら、まことに申し訳ないと恥じ入るばかりです。

 重ねてお詫びいたします」

 

《貴国にとっては面倒事です。致し方ない。

 むしろ、有能と名高い提督に話を通して頂けた事を、ありがたく思います》

 

 提督の謝意に対して、ほんのわずかに苦笑しながら……目の奥に疲労を滲ませながら……気にしないで欲しいとの気遣いを見せたのは、威厳や貫禄と言った物を身に纏う男。

 

 オーブ首長国・代表、ウズミ・ナラ・アスハだった。

 

 一つの国のトップから、わざわざの通信……何の為に送られてきたのかを、ハルバートンはほとんど察している。

 

「アスハ代表。ご安心ください。

 保護しているオーブ国民は、必ず、無事にお送りしいたします……ただ、あと少し、お時間を頂きたいのです」

 

《……よろしくお願いする》

 

 実際のところ、話は簡単だった。

 

 現在、アークエンジェルに保護しているヘリオポリス避難民。オーブ国民の話である。

 

 ――早く返してほしい。

 ――もちろん。安全を確保し、帰す為に努力している。少々お待ち頂きたい。

 

 言ってしまえば、これだけの話なのだ。

 

 何せオーブ自体による救助はとっくに終わっているのである。……厳密には、未だ行方不明や所在確認のできない“推定犠牲者“が居るのだが……とにかく後は、アークエンジェルに乗っている者だけなのだ。

 

 自国の国民が、望ましくない状態にあるのであれば。

 それを、早く返して欲しいというのは国家代表であれば当たり前の話であり、ここで下手に出たなどという話があれば、公式には好ましくない醜態になる。

 

 オーブ国内でも、《何処か》から妙な伝わり方で話が漏れてきているようで、少しずつ話題になってきている。

 それも、あまり良くはない形で。

 

 アークエンジェルに保護してもらっている者達の家族や、知り合いがオーブ国内で疑問を唱え出してきているのだ。

 抑えるにも限度がある。

 

 オーブは実質、アスハ家の国と言ってもいい政治体制だが、それはアスハ家に対する国民の高い支持……極端に言えば人気があるからできる事だった。

 

 官民問わすに高い支持を持つアスハ家だから、オーブを統治できるのであって。

 だから多少の理不尽や無茶をやる余裕があるのであり。 それを失いかねない真似……その高い支持を下げるような真似は……特に難しい、というのがウズミの苦しい所だった。

 

 ハルバートンがブリッジで申し訳なさそうにして見せたのは、それを分かるからこその配慮である。

 ウズミとしては、国家代表の体面を保ちつつ内心で頭を下げるしかない状態だった。

 

 このように二人が苦吟しているのには、様々な理由が関わってきているのだが……端的に言えば、やはり戦時だからの一言に尽きる。

 

 現場の人間の間では、大変だったな、お疲れ様、困った時はお互い様。

 究極的にはこれで終わる話が、上層部の間では変わってきてしまうのだ。

 

 戦時……宇宙と地球に跨がる大戦の最中。

 中立をうたうオーブと、地球連合の雄である大西洋連邦。

 そして地球に確固たる戦略拠点を築きたいプラント。この関係が絡まっており、厄介な問題になっている。

 

 宇宙を主とするプラントの支配領域を、プラントと敵対している連合の軍艦で引きずり回されて。

 攻撃され応戦したとは言え、オーブ自体は、まだ明確に宣戦布告をしていない現状……それを、なし崩しで戦闘に巻き込まれ、民間人の戦時徴用まで行われているともなれば。

 返還の催促や抗議の一つも入れるのは自然な流れである。

 

 仕方がない面があるにしても、それを出来ないのなら国としての立場がないのだ。

 

 政治体制、外交姿勢。世界情勢、戦局。投入した人員、消費した物資、戦力。

 そして戦死者。その家族に対する説明と補償。

 様々な勢力や派閥による権力闘争。……表には出てこない、ブルーコスモスの意向など。

 

 乱暴に言えば《見返り》を要求されているのがオーブの現状だった。 

 

 もちろん、それを問題というには少々酷な話だ。だが、問題になってしまっているのである。

 

 義理からか、宇宙にいる者の不文律からか、とにかく中立国の国民を助けて保護をする。

 その後は返して終了。

 

 しかし助ける為に戦死者を出し、多量の物資と時間を消費し、作戦や戦力を用意して支援をやって。

 そのついでに、ちょっと使えそうな人員……キラ・ヤマトを取り込もうとした所に、《全員》を確かに返して欲しいと要請をされれば、ブルーコスモスならずとも不愉快にもなるのだ。

 

 そして、また面倒な事に、オーブが自国の拠点から最短で送ったヘリオポリス救助隊は、全員を助けられていない点もある。

 

 単純に戦闘に巻き込まれたであろう者、単純にシェルターに間に合わなかった者。

 空いているシェルターを探している内に、空気の流出に耐えられず窒息したのであろう遺体。

 

 犠牲はやはり皆無とは言えなかった。

 

 惨い話だが、誰にも知られずに瓦礫に押し潰されてしまった者や。

 ザフトの攻撃、またはアークエンジェルの撃った砲撃で亡くなった者。

 宇宙に投げ出されて行方不明になった者もいる。

 

 運良く保護された者達と同じく、シェルターが壊れてしまい、同じく接地しているアークエンジェルを目指して、間に合わなかった者もいるのだ。

 

……むろん、崩壊した時に比べれば、犠牲者の数自体は随分減っているのは確かだ。

 だがそれは、キラ以外には全く意味のない話にしかならない。

 

 いずれにせよ、アークエンジェルが居なければ、助かった者、助からなかった者の両方がいる事が、大西洋、オーブ共に面倒さを引き起こしていた。

 

 オーブ側にも引け目はある。

 

 その結果。ウズミが話を上手く……つまりはオーブ有利に運ぼうとした要請を……同盟も結んでいない国相手に、そこまで融通を利かせるつもりはない、と大西洋連邦に言われたのだ。

 

 中立を守ったまま……それらは変えないままに、相手にお願いを持ってきたのだ。

 他分野での、ある程度の譲歩は用意したとは言え、大西洋・地球連合にとっては遥かに物足りなかったらしく、突っぱねられたのである。

 

 ついにはそのオーブの姿勢にうんざりした大西洋の大統領が……ブルーコスモスの意向もあるものの……忙しいからという失礼すぎる理由を持ち出し。

 必要があれば現場の指揮官、司令部と《ご自分で》話すがよろしいでしょうとウズミからの通信を回してきたのである。

 

 次から次に下部へ回され、地球から月へ回され、責任を取りたくない月本部の者達から今度は、ハルバートンに回って来たのが事の顛末だった。

 

 ただ大西洋も相応には必死なのだ。

 恩を着せても駄目なら、追い込むしかないのである。

 

 戦争が長引き始めたのに、未だにプラントに押されがちな面が強い戦局……そんな中でマスドライバーを持つオーブを、プラントに渡せないのだ。

 

 地球の鉱物資源などを自由に打ち上げられたりなどすれば、ザフトの戦略は重厚さを増す。冗談ではない。

 

――味方になれ、でなければ損をしろ、味方にならないのなら潰れてもこちらは助けない。

 中立をいつまでも守り通せると思うなよ、もし敵になるならば――

 

 その2択を事あるごとに、そして圧力を高めてきていたのだが。

 それが極まったのが、今回のヘリオポリス避難民の件。

 そしてキラ・ヤマトの件だった。

 

 

 それを理解するからこそ、ハルバートンはウズミを気遣った態度をしたのである。

 自国の上層部が、民間人を盾に見返りを要求している。

 政治としては分かる。

 

 だが、軍人として甚だ気まずく情けなく、激しく不快に感じていた。

 

《我が国の民を助けてもらっておいて、お恥ずかしい話だが、……オーブは、決して一枚岩とは言いがたい》

 

「お察しします」

 

 少なくとも今は、大西洋に味方はできないとのウズミの言葉を、ハルバートンは仕方ないのだろうと受け入れる。

 

 わざわざ隠して大西洋・オーブでモビルスーツ開発をやるくらいだ。

 必要だが、面倒事が多いから隠していたのだろうと。

 

 事が露見しても、内外を問わず問題が起きないように、というのは難しいのだと。

 

 コーディネーター排除に染まりつつある地球連合、ナチュラル不要論を進めるプラント。

 共生を掲げるオーブ。

 

 これでは、どちらについても片方からは目の敵。邪魔だと思われる立地なのは明白で。

 そして、どちらについても、守りきってもらえるかは分からないのがオーブの苦しい所だった。

 

 自国を守れる戦力がないのが、更に舐められる一因なのだろう。

 

「……だからと言って、軽んじる人間がどこにいる……」

 

 ハルバートンは現状に憤りを感じるが、それよりも、無力感を大きく感じてしまった。

 

 せめて、自分だけでも大西洋の人間として意地を通したい。

 しかし、大西洋連邦・地球連合の上層部から弾き出されつつある。

 孤立し始めており、立場が苦しかった。

 

 自分は切り捨てられつつある。

 

 副官に連邦上層部寄りの人間……ホフマン大佐が居るのが何よりの証拠。

 先遣隊という酷く神経を使う部隊に、官僚を同行させる無茶を了解しなければならない理不尽さ。

 

 軍人として民間人を守る。

 そんな当たり前の事をやり通すにも、自分の立場か、首を差し出さねばならない状態に陥りつつあるのを、薄々感じていた。

 

 それがついにはっきりと分かってきたのは、ウズミとの会談の最中に、立て続けに入ってきた情報を把握するにつれてだ。

 

 一つは、プラント民間船を、連合が攻撃した。

 一つは、プラント本国より強力な艦隊が編成され、こちらへ進撃中。との通信傍受。

 

 一つは先遣隊がザフトより攻撃され壊滅。との報告。

 

 一つは、アラスカからのアークエンジェルに対する召喚。

 そして、キラ・ヤマト准尉の大西洋連邦本部への召喚。

 

 それらをハルバートンが把握し、何が起きているのかを推測……理解するのに時間はかからなかった。

 

 ザフトの攻勢が強まっており、宇宙の戦闘は激化している。

 これ以上民間人を連れ回すのは不可能だ。

 しかし、オーブ避難民を地球に降ろす為には、踏みとどまらねばならない位置にいる。

 月周辺のザフト部隊は執拗に動いており、援軍は来ない。来る訳もない。

 

「……生け贄に、なれという事か」

 

 智将と評される男はそれらを理解し、わずかに眉をしかめた。

 

 

 

 

 意識を失っていたキラが、目を覚ましたのはそんな時である。

 

 






※ザフトにおいて、宇宙《軍》と《軍》服、という呼称は正しくありませんが、便宜上、このように表現しています。

※ゲイツは、Gの技術を盛り込んだタイプを正式採用機とする原作に準拠します。
 前回の話も修正を施します。

 その為、今の時点で話に出るタイプは、(クルーゼ及びユウキ用)
 Gの技術を盛り込む前のタイプの物です。

 一応は完成している、とされるはずですが、結果的に試作機、または初期型とするのが妥当かなと思います。
 すごい紛らわしいので下をどうぞ。

・Xナンバーの技術が入ってないゲイツ完成。

・Xナンバー奪取。
・Xナンバーの技術をミックスして設計を変更。

・ゲイツの正式採用機が完成。
・少数のゲイツがエースとかに配備。先行生産機。
・ゲイツが量産。量産型

 とてもザックリですが、これで合っている……はずです(不安)

 後は私の趣味でゲイツ初期型、または試作型ゲイツと書きます。
 まあ、ゲイツの三文字で済ませるんですけど(汗)

※プロトタイプドラグーンは止めにします。さすがに早すぎました。
 なので、普通のゲイツさんです。普通てゆーか初期型ゲイツさんです(ああ、ややこしい)

 装備はまあ、ジンとかシグーのを流用かな?
 重粒子砲なら撃てるでしょう。

 最後になり申し訳ありませんが、改めてお礼を。
 お読み下さる方。ご意見を下さる方。
 不自然な所や間違いをご指摘下さる方。誤字脱字の報告を下さる方。
 皆様本当に感謝です。
 すごい助かりました。(深々とお礼)

 てゆーか、お待たせしました。すみません、アスランの感情が難しすぎて……。

 さて、次はアークエンジェル側の描写を(疲労)

 あ、あと作品についてお知らせがあるので、活動報告をできればごらんくださいませ。


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不器用な逆行者 3

 戦闘でもないのに、めっちゃ長くなってます。
 休みつつゆっくり読んでくださいませ。


 

 

 夢を見ていた。

 過去の夢……彼にとっては過去、と言えるのだが、結果としては未来の出来事。

 

 71年の今、まだ先である74年の事を過去……というのは妙な話なのだが、少なくとも彼……キラにとってはそれが現実だった。

 本人にも何故そうなったのか、何故こうなっているのかの理由が分からない不可思議な事態。

 だが、現実だ。

 

 キラにとっては、あの74年は《過去》なのだ。今は。

 

 その夢を見ていたのである。

 

 自分が生きていた未来。

 2度の戦争が終わった後に、残った現実。

 ようやく周りに目を向ける余力が出てきて、そして本当の意味で目にした、疲弊した世界。

 その夢だ。

 

 歴史、人種、地域、食物、エネルギー、荒廃……戦争の火種は全く無くなっていない現実だけが、そこにはあった。

 無くそうと努力をして、何とかしなければと試み、そして余りにも解決する事ができない現状に愕然としてしまったのだ。

 

 カガリが悩んでいるのに何もできない。どうするべきか。

 ラクスのプラントにおける影響力は増しているのに、コーディネーターとナチュラルの対立が止まらない。

 どうするべきか。

 

 未だ残るブルーコスモスの過激派と、プラントの隠れた強硬派……それに少しずつ増えていく同調者達。

 どうするべきか。

 

 少しずつ増えていく不満。固く冷たくなっていく人々の表情。

 余裕がなくなり追い詰められていく様々な者達。

 

 そういう事に気付いて、やっと気付き始めて。そして、こうなった。

 どうするべきだったのか。

 

 あれでは駄目なのは分かる。あれでは駄目だったのだ。

 

 だが、どうするべきなのか。《ここから》どうするべきなのか。 

 戻ってきたここから、どうするべきか。

 それが全く分からない。

 

 そもそも自分の周りの事すら十分に行き届いていないのに。

《世界》を何とかする事など、本当にできるのか。

 

 思考とは言えない、ぼんやりとした感覚の最中。最後の光景が訪れる。

 自分が撃たれたのだ。

 眺める先で、撃たれて倒れた自分が目に映ったのだ。多くの人々からの罵声と殺意が渦巻く光景。

 

 キラはそれを眺め続ける。

 自分は彼らの大切な人を撃ったのだ。これが結末ならば受け入れるしかないだろう。

 

 だが、自分は何かの役に少しも立てなかったのだろうか、とも思える。

 自分が生きている事を許せない人達がいる。ならば、自分が倒れた後は、治まっていてほしいと。

 

 せめて自分が居なくなって、少しは《何か》が良い方向に向かってくれただろうか。と。

 向かっていてほしい、と思えるのだ。

 

 憎しみをばら蒔いてしまった……自分の人生がそれだけだったとは思いたくないのである。

 

 自分の死を眺め続けるキラだが、その背中に何かの意思が、まとわりついている事には気付かない。

 

 人の、執念や、怨念……あるいは希望や願い……とでも言えるのかどうなのかは、はっきりしない。しないのだが、とにかく、何かの、多くの《意思》と思える物が、まとわりついている事には気付かないのだ。

 

 死んだ自分と、それを眺める自分の背中に、黒い何かと、光る何かがまとわりついている事に。

 

 多くの《誰か》から見られていると、ごくわずかに感じとれた。それだけしか感じなかったのだ。

 

 

 朧気な風景が閉じていき、意識が目を覚まし始める。

 

 見えている光景が閉じる一瞬だけ、誰かが泣いている声が聞こえた気がした。

 

 誰だろうか。この声は………………ラクス……?

 

 

 

 

 キラはぼんやりと目を開けた。

 

 白い壁が視界に入ってくる……いや、天井だろうか?  横になっている感触がある。寝ていたのか。

 

 妙に狭い。《それ》が自分の視界だと気付くのに数瞬かかった。

 半分無いのだ……左の視界が無い。

 

 それが、キラの意識を軽く困惑させていた。

 この《狭い》風景は何なのだろうか、と。

 

 さらに数秒、あの《泣いている声》は、誰の物だったのだろうかと考えた。

 自分の死を見ていた気がするのだが……最後に誰かの声が聞こえたような。

 助けを、求めていた……?

 

 明瞭にならない意識が、キラに曖昧な思考をさせていた。ただ、それもわずかの間だ。

 

 徐々に自分の記憶が途切れた状況を思い出す……直後に恐怖が襲ってきた。

 そうだ。自分は。ここは、今は……?

 

「……アークエンジェル……っ!? 先遣隊はっ!」

 

 キラの意識が冷水を浴びたように跳ねた。

 目が完全に覚める、背筋がぞっとしたのだ。

 

 戦闘中だ。何を腑抜けているのか。

 

 戦意が心身を臨戦態勢へ引き上げる。

 キラは自分の意識を叩き起こし、さらに飛び起きようとして、支えにした手が滑った。

 

 感覚がおかしい。指先が鈍る。何だ?

 

「……なっ、これ……?」

 

 キラは起き上がれなかった。

 混乱しながら自身を見ると、どうやらベットに拘束されているらしいと分かる。

 拘束と言っても、縛っているという物ではなく、無重力対策に軽くテープで固定されているだけだ。

 

 とにかくも慌てたキラがそれを外そうと試みると、横から声がかかってきた。

 

「待て待て! ……落ち着けヤマト! 大丈夫だ!」

 

「しっかりしろ。状況、分かってるか? テープは外してやるから、ほら。

 とりあえず無茶するな……今、医務官を呼ぶからよ」

 

 固定テープを外してもらって、キラは自由になる。

 戸惑いながら上半身だけを起こした彼が見たのは、医療器具が並ぶ部屋……医務室だ。

 

 アークエンジェルの医務室で、キラは目を覚ましていた。

 

 事態が飲み込めないまま、とにかく立ち上がろうとしたキラを、安堵と共に押し止めたのは保安部の人間……「麻酔が効いている」「まだ休んでろ」と声をかけてきたのは二人組だ。

 

 雑談する程に顔馴染みになった、あの二人だった。

 

――保安部の者から、表だってキラを憎悪する態度が出てしまった者がいる――そう報告を聞いたナタルの配慮である。

 

 ただ、それらを全く把握できていない……意識を失っていたキラは不安、焦りを隠せなかった。

 今、何がどうなっているのか。

 

 アークエンジェルは、先遣隊は、ザフトは。

 

 戦闘中に意識が途切れたのを完全に思い出す。

 自分は死んでいないようだが、それは、周りが無事だという保証にならない。

 

「僕は、どのくらいこうして……? 皆はどうなってますか? ストライクで出る必要は?」

 

 やる事は幾らでもあるはずだ。

 自分はここで横になっていていいのか。

 麻酔の類いは使わないで、叩き起こしてくれと頼んでおいたのに……。

 

 起きたばかりだが、必要とあれば動くと主張し出したキラを二人は強引に抑え込む。

 大丈夫だと。

 戦闘は終わったから、とにかく、今は休めと。そう言った。

 

 それでも右目の奥に恐怖を抱えるキラに、二人はゆっくり話を始める。

 

「まず、とにかくアークエンジェルは無事だ。お前がここで寝てるだろう?

 今は……まあ、艦の態勢を立て直しているよ。とりあえず敵はいない、それは確かだ。だから、落ち着け」

 

「先遣隊は……残念だが、ほとんどやられちまった。

 けど1隻は助かったよ。お前が助けに行ったモントゴメリだ。

 指揮官の中佐殿が、お前に是非とも礼を言いたいとさ」

 

 何とかといった事務次官も、お前に会いたがってたよ……そう言われて。

 その意味を理解したキラは、力が抜けた。

 

「無事、ですか……フレイの……」

 

 多分、戻ってきてから初めて、本当に力が抜けた瞬間だった。

 重かった重かった……重かった何かが、軽くなった。

 

 アルスター事務次官、フレイのお父さんが生きている。

 フレイのお父さんが。

 今度は、生きているのだ。

 

 間違いなく助けられたのだと、分かった。

 

「……よかっ……」

 

 キラはそう言いそうになり、口を閉じる。

 気を抜いた。それを恥じたのだ。

 

 良かった、と言いそうになり。口を閉じたのだ。

 

 何を喜ぼうと言うのか。

 他に多くの人が亡くなっているのに。何がいいのか……そう感じてしまったのだ。

 沢山のザフト将兵を、殺害しておいて。

 

 喜んじゃいけない。

 震える口元を、歯を食い縛って黙らせる。

 

 終わっていない。自分のやるべき事はまだ何一つ。

 揺れてしまった感情を、キラは心の奥底に押しやった。

 

 喜んでいいのはフレイだ。彼女が喜んでくれるなら、それでいいだろうと。

 自分の感情は固く保った。

 

 目に浮かんでくる涙を拭うと、キラは気持ちを切り替えに入る。

 ゆっくり、大きく呼吸をした。

 

「…………すみません。それで……他には? 何か、やらなくてはいけない事はありませんか。

 僕は本当に寝ていてもいいんですか?」

 

 一旦は臨戦態勢に入ったキラの体が、その必要なしと、落ち着きを取り戻す。

 すると今度は気分が悪くなってきた。

 

 妙な苦しみと、嫌な頭痛がある。

 頭《痛》……と言うほどの、明確な痛みはないのだが、頭の中に嫌な何かがあったのだ。

 

 異常はないか? と問われたキラは、感じる不調を無視した。

 自分の体の事などどうでもいい。それよりも優先すべき事がある。

 幾らでもあるのだ。

 

 新しく巻かれ直した包帯……それで左目の周辺が隠れているキラの顔。

 その表情が強張っていると、保安部員の二人は感じた。

 

 寝ている最中は年齢以上に幼かった顔が、既に固く引き締まっている。

 何をそんなに思い詰めているのか。

 

 大戦果により味方を助けたのだ。少しは休んだとしても誰も文句は言わないはずだ。

 

 今は別室で……キラと鉢合わせられないと、別の部屋で民間人を……怪我人の対処に当たっている医務官。

 彼が来たら、鎮静剤でも投与してもらい、無理矢理にでも寝かせるべきではないのかと思い始める。

 

 ただ、それを彼らが判断する事はできない。

 複雑そうな顔をした少尉……ナタルから言い含められているのだ。

 

 任されたのはキラの警戒。

 

 これまで通り、完全に自由にはさせない事。しかし何かがあった際は、手荒に拘束はしなくてもいいとの変化。

 そして。

 必要とあれば状況を知らせてやれ、と。モビルスーツにも、許可を取れば手を付けてよいと。

 

 彼らは、キラを止めるのが仕事ではなくなったのだ。

 キラが望めば、それを可能な範囲で助力しろ、と言われているのである。

 

 だから彼らは自分の仕事を始める。

 

 左目を完全に失ってしまった少年……キラ・ヤマトに対して、現状の、話す事が許されている分の、説明を始めた。

 

 

 

 

 ガンカメラに映る光景は整備班や技術者を絶句させていた。

 

 収容されたストライクから、ざっと抜き出した戦闘データの話である。

 あくまでも主観的な映像でしかないそれだが、パイロット……キラがいかに凶悪な戦闘機動を取ったのかはあっさりと分かった。

 

 何せ、《絶対に見えていないはず》の、後方からの複数射撃を回避した直後に、逆に直撃を与えていくのである。

 おまけにその攻撃は正確無比。

 

 遠すぎてモニターには映ってない撃破記録、正面から……つまり照準システムで捕捉していないのに撃破したであろう記録が多数あった。

 

 アークエンジェルに記録されている敵の消失記録を合わせると、それが恐らくだが、キラの撃った結果となる……と推測できるのだ。

 

 通信ログとレーダー記録、発砲記録とその後に、敵の反応が消失していく事からの推測だ。

 推測でしかないが、ストライクに発砲記録が出る度にタイムレコード上では敵の反応がレーダー記録から消えていくのである。

 

 アークエンジェル側の記録と合わせて、じゃあ当たっているのだろう、としか言えないのだ。

 

「射撃を全手動で当てているのか……有り得ないだろ……宇宙戦闘なんだぞ……」

 

「……高速運動してる敵2体を同時に撃ち抜いてやがるぞ。どこ見て撃ってんだよ、こいつ……」

 

 ストライクという機体の、限界レベルの性能の発露。その結果。

 それがここに映っている。

 何なら、キラの反応に追随しきれない部分すら散見されるのだ。

 

 モビルスーツ12機撃墜。艦艇2隻撃沈。加えて、推定5機を撃墜と見込む。

 

 良くも悪くも技術屋気質……その彼らをすら、ただただ困惑させる映像と記録が、端末には映し出されていた。

 

 

 それを横目に、当のX105……ストライクを見上げる二人の姿があった。

 一人は整備班長のコジロー・マードック。そしてもう一人はアークエンジェル副長のナタル・バジルールだ。

 

 とにかく危機を脱した。しかし、まだ安全ではない。

 だから今、できる事からやっていこうとしていたのだ。

 

 アークエンジェル搭載兵器の修理に取り掛かろうとしたら、一番損傷が酷いストライクに自然と手が集中したのである。

 しかし。

 

「……整備班長。なるべく早く、彼らを仕事に戻してくれ」

 

 そう言ったのはナタルだ。

 必要があるから、と映像チェックをさせているはずが、ほとんど全員の手が止まり、集まって見てしまっている。

 

 彼らの気持ちは良く分かる。

 ナタルも戦闘中に《それを》見せつけられて固まったのだ。

……1分かからずに、艦周辺にいた10機の敵が無力化されたあの光景は、今でも夢ではないかと思える。

 

 それに対して、頭を掻きながら苦い顔をするのはマードックだ。

 

「ええ、ええ。やらせますよ少尉。……ですがね……」

 

 ため息混じりの返事をきっかけとして、二人の目線はストライクに向く。

 

 視線の先にあるストライク。その機体は出撃不能だった。

 いや、正確に言えば動きはするのだ。

 

 動きはする、するのだが。……各部分が、酷く損耗してしまっている。

 端的に言ってしまうと、ボロボロの状態だった。

 外から目で見るだけで、既に幾つかの関節部が歪んでいるのが分かる程である。

 

 キラの操縦がいかに凄まじい物だったか、映像を見なくてもマードックには分かった。

 

 被弾した痕がないのに、損傷だらけという……ある意味では、整備士冥利に尽きる帰還の仕方とも言えるのだが。

 ただ、パイロットの状態を思えば、マードックには喜べる部分などは無い。

 

「それで班長……マードック軍曹。ストライクは、直りそうか?」

 

 ナタルの質問には憂慮が混ざっている。聞いている彼女自身、答えを分かっているのだろう。

 実際、聞かれたマードックは黙りこむ……不可能だ。

 少なくとも、戦術指揮官の彼女が要求するレベルで修理をするのは。

 

「完全には、難しいでしょうね……」

 

 不可能、と答えなかったのは技術屋の意地だが、できない物はできない。

 ストライクの各部分では元々損耗が進んでいた。

 

 それが今回の戦闘で、ついに整備班の対応力をオーバーしてしまったのだ。

 

 本来なら《交換》する……しなくてはいけないはずの箇所が、既に、チェックリストに連なっていたのである。

 それを補修・修繕で、辛うじて優、良を維持してきたのだ。

 今は、どちらかと言えば不可、に落ちてしまった。

 部分によっては不良、否……劣悪にもなっているだろう。

 

 マードックの勘だが……ストライクの状態を数字で出すのならば全体で90から85、それを維持していた物が、今では65から50以下に落ちていると言える。

 

 いくら前線とはいえ、精密兵器でこんな数字ではもはや動かないのと一緒だ。

 部品損耗どころか、下手をすると基礎フレームや、関節構造に許容不可能な歪みが出ている可能性まである。

 

 それでもマードックに言い訳は許されなかった……彼は疲れが染み付いた顔に、笑みを浮かべてみせた。

 

「……まあ、何とかしますよ。やれるだけやってみます。やらなきゃならないんでしょう?」

 

 良いとこ7割。その状態に持っていければ御の字だな……そんな感情を隠してマードックは請け負った。

 

「頼む。班員やモルゲンレーテ技術者達には不満も出るだろうが……」

 

 ナタルは、何とか上手くやってくれ、と言うしかなかった。

 とにかく、態勢を少しでも立て直さなくてはならない。

 

 フラガのガンバレルストライクは動ける。グレーフレーム、鹵獲ジンも破損は少ない。

 ならば、ストライクを何とかしておくのは当然と言えた。……また4人全員が出撃しなくてはならないなど、考えたくもないが、考えない訳にもいかない。

 

 恐ろしい事に可能性が0ではないのだ。

 

 フラガとアサギが進めている敵兵器の鹵獲……回収したそれらを流用していいと、ナタルはマードックに伝えた。

 

 補給物資を積んで来てくれた先遣隊、その1隻であるモントゴメリだけは無事。

 加えて、そこら中に浮かんでいるザフトモビルスーツや連中の装備していた銃砲類、弾薬がそれなりにある……整備班の仕事は増えるが、それは数少ない朗報だった。

 

 

 マードックと口早に打ち合わせを進めていると、保安部員の一人がナタルに近づいてきた。

 忙しい副長に変わって艦内電話を受け取ったらしく、伝言を伝えてきたのである。

 

 キラが目を覚ました、と。

 

 それを聞いたナタルは、ほんの少し……ごくわずかに眉をしかめて、一瞬だけ無言になる。

 安堵のような、苦悩のような表情。

 数秒、そんな顔をした。

 

 珍しい事に、ナタルにしては本当に珍しく、静かにだが、大きく息をついた。

 

 それでも、直ぐ様いつもの生真面目な顔になると、マードックに「……とにかく、よろしく頼む」と任せて格納庫から踵を返し始める。

 

 ナタルの気は正直、重かった。が、行かねばならない。

 

 そこにマードックの控えめな声がかかる。

 

「ああ、少尉……! ストライクですが、推進材は? ……まだ、減らしておくんですかね?」

 

 あまりやりたい事ではない。マードックはそんな顔をした。

 何の話かと言えば、ストライクに積まれていた推進材。その積載量に関する話だった。

 

 最近、キラ機に積まれていた推進材は通常時の半分以下、それだけの量しかなかったのである。

 

 正味3割あるかどうか……物資の不足もあったとは言え、通常ならばパイロットから撃たれそうな仕打ちだ。

 フラガ機の方は8割9割を維持していたのだから、不公平極まりない。

 ただ、キラはそれを受け入れていた。

 

 スパイの疑い。更には敵前逃亡の可能性。アークエンジェル側としては仕方ない面もあったからだ。

 キラが黙って受け入れてくれていたから、そんな事をやっていたが。

 やれていたが。

 しかし、もうそんな事を言っていられる状況ではなくなってしまった。

 

 ナタルの半分だけ振り返った横顔には、複雑そうな表情が浮かんでいた。

 

「……いや、もう制限は加えない。ストライクの推進材は可能な限り積んでおいてくれ」

 

 マードックはナタルの対応に軽口は入れなかった。

 言葉少なめに「じゃあそれでやっときますよ」と仕事に取り掛かってしまう。

 

 ナタルはそのあっさりとした対応をありがたく、そして同時に、気を使わせてしまった自分を情けなく感じた。

 

 マードックは今、明らかに彼女の対応と心情を気遣ったのである。

 散々キラを疑い、その行動に制限を加えながらも、実のところ労力を当てにしてきて。

 ついさっき、撃沈される程の苦境を打破してもらったからと、掌を返すやり方を。

 

 しかもそれですら、キラを信用したから……という前向きな話ではなく、更に敵襲を食らった時のリスクを、天秤にかけての判断だと言えるからだ。

 

 確証がない。

 まだ、敵かもしれないと疑わねばならない。

 

 だが、その敵かもしれない相手に、こうまで命を救われてしまえば。

 いい加減、信用も積み重なってくる。

 

 少しずつだが、明確にキラの味方をする者が出てきたのだ。

 彼らと、まだキラを信用できないとする者達の対立も、頭を悩ませる問題だった。

 

 格納庫から医務室へと向かいながら、ナタルは無言で何かを考え続けていた。

 

 

 

 戦闘が終わった直後に時間が戻る話だが。

 

 ナタルは当初、キラを殴り倒してやろうと思っていた。

 

 周辺に敵影なし、残ったナスカ級も完全に離脱したのを確認。

 モントゴメリにフラガ機が直衛として合流……アークエンジェルとの合流が確実になった所で、マリューとナタルは何とか動き出す事ができた。

 

 コープマン中佐との通信、割り込んでこようとするアルスター事務次官。

 アークエンジェルの迎撃態勢の立て直し。ダメージの応急修理。

 疲弊したエンジンへの対応。

 

 散々振り回してしまった避難民への謝罪と説明。

 転倒、人同士・壁への接触で怪我をした者への治療処置。

 

 運悪く……いや、運良くと言うべきか、撃沈された艦艇から投げ出されるように脱出できていた先遣隊のわずかな将兵達……その生き残り。漂流している彼らの出している救難信号への救助。

 

 将校がたった3名のアークエンジェルは、後始末に多大なる苦労が発生してきてしまったのだ。

 生きているからこその贅沢、と言われれば言い訳は見苦しいが、苦労は苦労である。

 

 コープマン中佐と、アルスター事務次官。そしてオーブ避難民への対応は、艦長であるマリューが受け持つ事になり。

 

 宇宙を漂流してしまっている将兵の救助、周辺の警戒、同時に、回収できそうな機材・装備類の対応はフラガとアサギ、作業ポッド班。生き残っていたモビルアーマーの残存機が。

 

 残ったナタルが、必然的にアークエンジェルの態勢に関する事を受け持つ事になり。

 そして、その彼女が最初に考えたのが、キラを殴り倒してやろうという事だった。

 

 人を馬鹿にするのにも程がある……それがナタルの心情だった。

 あれだけの戦闘能力があるなど、全く聞かされていないのだ。

 

 強いとは思っていた。超一流のパイロットだと感じてもいた。

 だが、それをすら飛び越える程の力だったのだ。今回見せ付けられた物は。

 

 ブリッジから格納庫へ向かう時の彼女は、明らかに激怒していた。

 

 必死で対応をして。

 必死で対応して必死で戦って。

 そして、これまでかと覚悟を決めかけた直後に、横から出てきてあっさりと事態を解決をされよう物なら。

 収まらないのは当然である。

 

 キラ一人でほとんどやったのだ。

 解決してしまったのだ。

 

 そもそもあの戦闘能力があれば、もっと早い内から……それこそ、ヘリオポリスやアルテミスで幾らでもやりようがあったのではないか?

 わざわざアークエンジェルを苦境に引きずりこんで、人を馬鹿にしていたのではないか?

 

 ナタルはキラの異常な戦闘能力を、これまでの対応と合わせてそう感じてしまったのだ。

 

「……許しておけるか……!」

 

 助けてもらった事に対する感謝は当然ある。

 しかし、それよりも、だ。

 

 あまりにもあり得ない戦闘能力……それに対してナタルは、キラへの疑念と怒りを爆発させてしまったのである。

 理屈ではない。

 

 今の今まで手を抜いていた……。キラのやり方を《そう思えてしまった》ナタルは、格納庫に近づくに連れて更に収まらなくなっていたのだ。

 

 それが一転したのは、ストライクが収容された時の事。

 

 自力で動かずにフラガ機に収容をしてもらったキラのストライク。

 それを見てナタルはコックピットへ向かおうとして、そこで、周りの騒ぎに気が付いた。

 

 キラの反応が無い。

 フラガがそう言うや否や、整備班や医務官、保安部員が強烈に慌て出したのである。

 

 怪我をしたと聞いただけのナタル、そもそもまだ、それすら聞かされていなかったフラガ。

 そして格納庫でキラの状態と無茶苦茶な応急処置を見ていた面々との違いだった。

 

 コックピットが外から開放され、キラが引っ張り出されるように姿を見せるとナタルもフラガも絶句した。

 

 顔半分……左側を固めるように包帯と凝固ジェルで締め上げられたキラの顔……ヘルメットも被らずに気絶している彼の、そんな状態が目に入ってきたのである。

 

 見えている顔の部分、その色は真っ青。

 ぐったりとして、少しも動かずに運び出されていくキラ……その姿。

 

 その姿を見て、ナタルは流石に恥を覚えた。

 

 楽な戦いなどではなかった……キラも必死でやったからこその今なのか、と。

 致命的な状況を死にもの狂いの執念でひっくり返してきたのであろう、キラのその姿を見て。

 ナタルは恥を覚えたのである。

 

 穴があったら入りたいとは言うが、それが、大袈裟な表現ではない事を彼女は知ったのだ。

 

 フラガからはその場で、「どういう事か」「負傷しているパイロットを放り出すなんて何を考えてやがる」と怒鳴りつけられ、ナタルは言い訳をしなかった。

 

 民間人との接触で怪我をした、そうと聞かされてフラガは顔がひきつった。

 キラの立場を擁護しきれなかったのはフラガも一緒だ。

 しかし、まさかこんな時に、こんな事が……不手際だった。

 

 だとしても、彼らには自己嫌悪や反省の時間も許されない。

 

 フラガは「……とにかくやる事をやってくる、話は後だ」と、そう言い放ち、また発進していった。

 アサギに比べて疲労が著しいトール……グレーフレームを帰艦させると、救助や回収に向かったのだ。

 

 初陣でとんでもない目に会わせられたトール・ケーニヒ。

 友人のためにと、モビルスーツに乗ってくれている彼の帰艦をナタルは素直に労った。

 

 恐怖と疲労と緊張で固くなっている彼を。救助作業に向かいます、とまだ気を張って見せているトールを、休むように指示を下したのだ。

 

 役に立てなかったと肩を落とすトールに、ナタルは羨ましいと感じてしまう。

 友達と味方の事しか考えていない真っ直ぐさをだ。

 

 更にナタルを自己嫌悪させたのは医務官からの確認だった。

 医務官は迷った末にナタルへ確認を入れてきたのである。

「処置をするにあたり、キラに対して鎮痛剤、麻酔の類いを使用して構わないか」と。

 

 ナタルは当たり前だと言いそうになったが、意識の混濁を許容できないとキラが主張したとの報告……加えて、キラ本人からの話が思い起こされてしまった。

 

 キラは、次の戦闘も予見しているのである。

 

 ザフトが第8艦隊に仕掛けてくるのだ。となれば、また遠からず戦闘になる。

 その時にもキラが出てくれるのかもしれない。

 出た方が良いのだと、主張してくるかもしれないのだ。

 

 ならば、麻酔の効果時間によっては打たない方がいいのではないか。

 冷酷極まる判断だが、キラ本人が望みそうなのである。厄介だった。

 

 最後には自分でスパイだと発言してしまったとの証言まで上がってきたのである。

 状況を聞けば、場を納めるためだと予想は付くが、今度はオーブでのキラの立場が、危険な物になってしまっている。

 

 これで、もう何も無かった事にはできなくなってしまった。

 だとしても独房には入れる気は起きない。

 

 そんな事が次から次へとナタルに降りかかり、そしてどうした物かと今後に悩んでいる時に、連絡がきたのだ。

 

 キラが目を覚ました、と。

 

 想像以上に早く意識を取り戻した物だ。

 とにかく起きてくれた……そういう安堵と、何を話せばいいのかという迷いがある。

 

 今度は何を話してくるのか。何を話せばいいのか。

 

 解決できない問題を山程抱え込み、一つも解決できないまま更に大きな問題に向かわねばならない。

 

 そんな迷いや鬱々とした何かを持ちながら、とにかく、それでもキラに会わねばならないと考えて、向かっているのが今のナタルだった。

 マリューやフラガを待っている時間もないのだ。

 

 

 

 まだ、脱出挺に乗っている者、怪我の治療のために適当な部屋に振り分けられている者。

 それが多数であればアークエンジェルの居住区に、人の気配はほぼ無いと言っていい。

 

 にも関わらず、一画……兵士用のエリアでは大きな声が響いていた。

 

「……馬鹿ぁ! 戦うなんて聞いてないわよ!」

 

 パイロットスーツを半分着たままのトールは怒られていた。いや、泣かれていた。

 ミリアリア・ハウにしがみつかれて、怒られながら泣かれていたところだった。

 

 酷く疲れながら「パイロットにはなっただろ……?」と言ってしまったトールをひっぱたいて、その後は大泣きしているのがミリアリアという少女だった。

 

 そういう態度を取られれば、トールにはミリアリアをひたすら宥めるしか選択肢はなかった。

 

「悪かった。悪かったよ、ミリィ。時間がなくって、ごめん。悪かったって……」

 

 トールの姿が見えず、ブリッジにも入れなくなったミリアリアは嫌な予感はしていたのだ。

 だが、まさか本当にトールが戦いに行っているなど想像していなかったのである。

 たった数日の訓練でそんな事はあり得ないだろうと。

 

 戦闘が終わったと聞かされた後に、トールが保安部員に付き添われて姿を現せば、友人達は驚愕するしかない。

 実際に出撃していたと言われれば。

 

 兵器のパイロットとして志願した……そんな説明で納得してしまえる程彼らは、特にミリアリアは大人になっていないのだ。

 恋人が戦争に出ていたと聞かされれば、ショックを受けて当然である。

 

 キラ、トールの変化。そしてブリッジから何回か見た戦闘の光景は、ミリアリアに《命のやり取り》という生々しさを急速に感じさせていた。

 

 まだまだ若い恋人達の真剣な、かつ、どこか微笑ましいやり取りを聞いていたカズイは、ミリアリアが多少は収まったのを見てトールを労った。

 

「まさかトールが戦ってたなんてね……よく出たよね。やられちゃうとか考えなかった訳?」

 

 微妙に責めているのかと思える言葉だが、恋人を宥めるトールは言葉少なめに答えただけだった。

 そんなに大した事はできてない、と。

 

「自分勝手な事して……! 心配したんだから!」

 

「うん、悪かった……」

 

 ミリアリアを宥め続けるトールを見て、カズイは少々、居心地が悪そうにする。

 サイとフレイが居ないのだ。

 

 何でも、フレイの父親が来ているらしく、彼女は大喜びで会いに行ってしまっていた。

 サイもその付き添いである。

 トールとキラを、サイはかなり心配していたが、さすがに婚約者を放り出すのはできなかったらしい。

 

 すぐに戻ると言い、フレイと一緒に行ったサイ。

 カズイは何だか、皆がバラバラになったような気がしていた。

 大体、キラの事を誰も教えてくれないのだ。

 今、この艦がどうなっているのかも。

 

 だから軍なんかは信用できないのだ。

 

 キラとトールの友人だから……という大雑把な理由でのいち早い居住区への移動だけは許されたが。

 内実は、そこまで手厚く構ってられないという、中々に切実な理由だった。

 

「……キラ、大丈夫かな」

 

 トールがぽつりと漏らす。

 彼は今さっき、キラが負傷したまま出撃したのを聞かされたのだ。

 キラの話題が出た事で、カズイも疑問を持ち出してきた。

 

「……やっぱさあ、キラって」

 

「何だよ」

 

「普通はさ、片目になっちゃったら、パイロットなんてまともに戦えないんだってさ」

 

 カズイはオーブ軍人が話しているのを聞いたらしい。

 多分捨て駒に近い扱いになるだろう、という話を。

 

「それがいきなりあんな事になって、なのに……」

 

 カズイの、歯に物が挟まったような物言いをトールは察した。

 キラはやっぱり自分達と違うのではないか、と言いたいのだろうと。

 

 トールはフラガから褒められて帰ってきたのだ。

 良くやったと。

 

 フラガはトールとアサギを良くやった、よく生き延びてくれた、と手離しで誉めたのだ。

 整備班の面々も、保安部の者達も副長も、誉め、そして労ってくれた。

 

 トールもアサギも照れ臭そうにしながらも、恐怖と緊張で震えながらも、良かったと喜んだ。

 少しは役に立てたのかと。

 

 だが、こうして落ち着いてくるとトールにはよく分かる。

 自分は本当に大した事はできていないのだと。

 

 別に自惚れていた訳ではない。

 特にフラガはそういう気配が出れば、トールもアサギも容赦なく張り倒した。

 敵を舐めて死んだ新兵はそれこそ幾らでも居ると。

 

 モビルスーツへの真剣さが薄れ、機械への慣れが出る度にトールもアサギも強烈に怒られていた。

 お前らが乗っているのは戦闘兵器だぞと。

 

 だから、トールは自惚れていなかった。慎重に、慎重に行ったのだ。

 だいたい余裕なんかありはしない。

 出撃となれば体は勝手に震えてしまっていた。訓練とは全然違うのである。

 

 背中合わせになったアサギのジンと一緒に、必死で火線を敷いた……最後の方はもう、滅茶苦茶に撃ってただけだ。

 

 そしてやられそうになった。

 驚くような動きですり抜けて寄ってくる3機のジンに、接近戦を仕掛けられそうになったのだ。

 

 対応できない……乏しい経験からでもそれが分かって、諦めかけた。

 そして相手が大破、爆発したのだ。

 

 トールもアサギも何が起きたのかは全く分かっていなかった。

 いきなり居なくなった敵を探して、あちこちを見回して。そして気が付いたら、近くに寄ってきてくれていたフラガから褒められていた。

 もう終わったぞ。良くやった……よく生き延びてくれたと。

 それがトールの初陣だった。

 

 何もできなかったのだ。

 

 戦闘の興奮から少しでも落ち着けば、いかに自分は駄目だったか思い起こされてくる。

 

 あれだけ訓練したと思っていた射撃は当たらず、びっくりするような相手の動きでいちいち固まり、レーダーもろくに把握せずにひたすら目の前を撃ってただけだ。

 

……もちろん、フラガやナタルからすればトールとアサギは十分に良くやったと言える。

 彼らの仕事はエンジン部を守る事であり、敵の撃破ではなかったのだ。

 数日の訓練で3機の敵モビルスーツを相手に、味方が来るまでの時間稼ぎをした。

 大した物である。

 

 だがトールは、キラと自分を比べてしまっていたのだ。

 

 グレーフレームに乗ってみて、戦ってみて、やられそうになってみて分かったのだ。

 いかにフラガが遥か上の世界に居るのか。

 友達と思っていたキラが、どれだけ凄まじい事をやり続けて来たのか。

 

……全然駄目じゃんか、俺。

 

 友人のためと言いながら、全く役に立てなかった事をトールは思い知らされてしまっていた。

 

 ナチュラルと、コーディネーター。

 

 カズイの言いたい事を、トールはトールなりに、これまでとは違う感情で受け止めていた。

 

 

 

 

「……周辺に敵影は、無し……熱探査も異常なし」

 

 アークエンジェルのブリッジに、トノムラの声が響いた。

 

 ダメージコントロールや、艦内体制の再構築など。

 仕事は幾らでもあり、ここには次々と指示を求める声と、各部署からの報告が上がってくる。

 しかし、ついさっきまで轟音と振動、指示を叫ぶ声が飛び交っていた事に比べれば、静かなものだった。

 

 クルー達も気が抜けたようにシートの背もたれに体重を預けて脱力している。仕事は言っては悪いが片手間だ。

 軍艦にあるまじきふざけた態度だが、それでも叱責はない。

 

 何故なら指揮官であるマリューとナタルは席を離れているのである。

 とんでもない事だが、今、ブリッジを預かっているのはノイマン曹長だ。

 周りと同じく脱力の気配が強い。無論、仕方のない事情がある。

 

 指揮官の3人は山積みとなった仕事に手分けをして対応しているのだが、それですら手が回っていない。

 先遣隊指揮官、コープマン中佐との詳細な打ち合わせが、友軍の救助で後回しになっているのが現状なのである。

 

 とは言え。

 さっさと動きたい、ここを離れたい……それがブリッジクルーの本音だった。

 こんな宙域で止まって友軍の救助や物資の回収など、命が幾つあっても足りないと思っていたのだ。

 

 助けるのは当然、足りないなら回収して当たり前……それが敵の支配領域でさえなければ……幾らでも時間はかけたい事柄だろう。

 しかし、こっちが沈んでしまえば救助も何も無いのである。

 

 それでも留まる判断をしているのは、動こうにもエンジンの状態が深刻だったからだ。

 休ませないと危険なレベルになってしまっている。

 

 つまり今のアークエンジェルは無防備に近かった。

 

 移動したいが、そこで敵に遭遇したら今度こそ沈む。

 だから、とりあえずは周辺に敵がいないここで警戒をして、少しでも態勢を建て直そうとしているのだ。

 

 留まる方が危険では? と言う者ももちろん居たのだが。

 戦力も弾薬も乏しい状態で、まだ敵がうろつく中をあと少しだから移動しろと言われれば、大抵の者はちょっと待ってくれと言いたくもなる。

 心情の問題だ。

 

 どうせ、アークエンジェルのエンジンは休ませなければならないのだ。

 だったらいっそ、味方を救助しつつ使えそうな物を片端から拾っておこう、と……ある種の自棄になりかけていたのがアークエンジェルとモントゴメリだった。

 

 ただ、そこまで追い詰められていながらも、二隻の艦艇の、ブリッジクルーにだけは絶望感は少なかった。

 

 キラの戦闘能力を真正面から見た者達だからだ。

 

 常識外れの代物だろうが何だろうが、頼れる物があると人間は意外に落ち着ける物だ。

 

 ただ、アークエンジェル操舵手のノイマンは、その空気をあまり良い物ではないと感じていた。

 

 キラに頼るしかないと言えばそれまでだが、だからと言って、頼りきりでは、いざと言うときに動けなくなってしまう……。

 今の空気では、とてもクルーを追い詰めるような、そんな事は口に出せなかったのだが。

 

 それにノイマンは忘れていない。

 自分から、ヤマトは出せないのか? と言った事を忘れていないのだ。

 あの苦境に当たり前のように放り込んでしまった。

 

 いい加減に、信じるのか、突っぱねるのかを考えねばならないのではないかと、考えたのだ。

 

 助けてもらった義理を通さなくてはならない。

 

 

 

 

 恐らくは数百、数千の恨み言と疑問をぶつけたいであろうコープマンだが、彼はそれをぐっと飲み込んでいた。

 

 アークエンジェルの艦長を代行しているマリュー・ラミアスから、内密に話をしたい問題があります、と言われて乗艦しに来ていたのだ。

 

 避難民への説明と説得……謝罪や、帰国の保証に対する確約にはかなりの苦労をしたのだろう。

 結構な時間を待たされてしまった側のコープマンが、思わず気遣う位には憔悴していたマリューの顔。

 それが目の前にはあった。

 

 広いとは言えない一室にはコープマンとマリューしかいない……苦悩を隠せないマリューが躊躇いがちに話してきた内容、それは強烈な物があった。

 

 コープマンは嫌な予感はしていたのだ。

 護衛の者や、佐官クラスには付き従って当然の側付きの士官、そういった者まで全員を人払いして欲しいと言われた時に、とにかく、嫌な予感はしたのだ。

 

 文民統制を盾にされれば、前線にまでくっついてきたアルスター事務次官にも、かなりのところまで話さなくてはならないのだとしても、それでもマリューからはとにかく、まずは内密にと、念押しされたのである。

 

 差し出された航海日誌を読みながら、マリューから聞かされた話は正直、コープマンの手に余った。

 

 予め通信で聞いていた話と、実際に聞く詳細が違うのは仕方ない。

 それにしても見聞きするにあたって、どれもこれも面倒極まりない事ばかりなのだ。

 

 中でも特大に厄介な問題は、予想通りにヤマト准尉……キラ・ヤマトの件だと言える。

 

 同情できる点は多い。

 しかし、民間人とするには無理のある言動、実績だ。

 よくも射殺しなかった物だと言える位には、微妙も微妙な案件の連続が記録されている。

 

 コープマンがキラに対する判断を付けかねていると、マリューは躊躇いがちに、航海日誌にも記していない更に複雑な話もある、と報告してきた。

 だからキラへの対応・処遇は、できれば、本隊との合流まで保留して欲しいと。

 

 そう聞かされてコープマンは不快感を露にする。

 

「……ハルバートン提督に、直接お伝えしたい内容……? ラミアス大尉。貴官は、自分の言っている意味が分かっているのか?」

 

「はい、中佐……その、大変失礼な事とは分かっていますが、どうしても……」

 

 畏まられて、コープマンは不機嫌そうに押し黙った。

 本職ではなく、いかにも技術屋上がりと言った彼女の口調も気になるが、それは一旦どうでもいい。

 それよりも、だ。

 

 今、自分はとんでもない事を言われたのだ。

 

 お前は黙ってろと言われたのである。

 命令とは言え、助けに来たのだ。

 にも関わらず、細かい事情は聞くな。黙ってろと言われたのだ。

 

 言い方や態度の問題ではない。

 最上位者からの、沈黙していろと言う命令が出ている訳ではないのに。

 大尉が、中佐に話す訳にはいかないと判断した、と、そう言われたのだ。

 

 互いに軍人のはずである。

 より上からの指示でもない限りは、その場における上位者に従うのが大原則なのだ。

 

 戦闘中の事は仕方ないにしても。今のは。

 

「……どうしても、開示できない話だと言うのかね?」

 

「申し訳ありません……」

 

 普通であれば、マリューは処罰されるか立場を更迭されるかの話だった。

 その位の無礼な話をコープマンはされたのである。

 

 マリューもそれは覚悟の上なのか、とにかくキラの命だけは何とか助けて欲しいと頼んできているのだ。

 

 ただ、ハルバートンという男は優秀だった。

 その彼が、ここに送り込んで来たコープマンという人間が、無能の訳も無いのである。

 

 官僚と言う後方のスタッフをくっ付けられ、限定された戦力で、敵の支配宙域に友軍支援に送り込まれるような男は、無能ではなかったのだ。

 

 コープマンは不快感を見せながらも、それを、疑念や憤怒といった物を、自分の内面に押し込んで見せた。

 何を優先するべきなのかを、彼はしっかり考え、実行してみせたのだ。

 

「……確かに、ここで艦外の人間がゴチャゴチャ言っている場合ではないのだろうな」

 

 部下が多数戦死している。

 何故ここに来たのか、何のために送られたのか。

 せめて、戦わねばならなかった理由を聞かねば、兵士は納得のいくものではない。

 

 指揮官は部下に向かって、お前は何かの役に立ったと、言ってやらなくてはいけないのだ。

 

 それを分かっているコープマンは、それでも……黙る事にした。

 

「分かった。事情が複雑なのは理解した……では、それはハルバートン提督にお任せする事とする。

 ラミアス大尉は現職責において、最善を尽くすように。アークエンジェルは移動準備と救助を進めてくれ」

 

 必要とあれば中佐権限での通信コード……ハルバートン提督専用の秘匿回線に繋がる艦隊ネットワークのコードも教えよう……そう言って引き下がってくれたのだ。

 

 外から来た人間に好きにやられると腹が立つものだからな……鉄の理性を見せ、そのように笑ってくれるコープマンに、マリューは頭を下げるしかなかった。

 

 

 

 

 






 分けようかとも思いましたが、まとめて投稿しました。
 今回は3ヶ月も待たせずにすみました。


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指揮官達の苦悩 2

長いですよ。でもいつもの通りあんまり進んでないよ。ゆっくり読んでくださいね。


「少尉。銃をお預かりいたします」

 

 淡々と言ってくる兵士……保安部員の言葉はひたすらに機械的だった。

 

 それを聞きながら、ナタル・バジルールは相手を睨みつける。

 保安部員が構えるライフル……その《銃口》が、自分を向いているのを理解して、だ。

 

「貴様……何の真似だ」

 

 意識的に平静を装う。

 威圧をしようとする彼女だが、精神的な衝撃はかなりの物だった。

 

 自分は士官であるという意地が、愕然とした感情を表に出さないようにしてくれる。

 そのようにやっているつもりではあるが、それを上手くできているかは分からなかった。

 

 

 

 

 ナタルは酷く迷っている状態のまま、早々に医務室近くへと来ていた。

 

 来ていた……という表現には少し、違っている物がある。

 軍人として鍛えられている彼女の足は速い。おかげで、考えが纏まる間もなく到着してしまった……というのが実際のところだ。

 心の奥では、まだ到着しなくてもよかったとすら感じているのである。

 そんな風に迷いを抱えている理由は一つだ。

 

 キラと、何をどう話せばいいのか。それが全てである。

 

 そもそも話の切り出し方からして悩んでいる状態だ。

 これまでのキラへの処遇、こちら側の態度……結果はどうなったか。

 諸々を考えてみれば、どう見ても良い部類の物ではない。

 考えるまでもないのだ。

 

 キラはストライクで戦ってはくれたが、現在の彼の心情、推測できるこちらへの信用度合……そういった全てが悪化しているのは想像に難くない。

 威嚇とは言え、自分は発砲までしているのである。

 

 あれだけの強硬姿勢を取ってみせても、まだ友好的に話しをする事は可能だろう……そんな期待をする程ナタルは恥知らずではない。

 

 キラの心情はどう変わったか。

 悪化している。その筈だ。間違いなく。

 

 自分の帰還拠点を確保するために艦を防御した、ただそれだけ。そういった冷たい物に変化していてもおかしくはない。

 正直なところ、再度の対話、交渉に関して明るい材料がほとんど見えないのである。

 投げたくなるのが本音だった。

 

 愚痴だ。

 分かっている。分かっているのだ、ただの愚痴だ、こんな物は。

 いや、愚痴ですらない。自分への遠回しな慰めに近いのだ。

 仕方がなかったのだと、言い訳を探したい自分への。

 これ以上目を背ける訳にはいかない……それも分かっているのである。

 分かっているのだ。

 

 だが、いつの間にか足が止まっている。

 ナタルは放り出したくなる気持ちを押し潰し、静かに息を整えた。

 

 このままでは本当に会えなくなる。

 考える前に、とにかくも顔を会わせてしまおうと自分を叱咤した。

 ようやく医務室へ入ろうと歩みを再開させる。

 

 ところがだ。

 

 医務室に入るべく、その入り口へと近づいてきたナタル……彼女に対して一人の兵士が。保安部員が、待ったをかけてきたのである。

 ナタルが、その不自然な動きに眉を潜めるのにも構わず、彼が言い放ってきた言葉。

 

 その時の言葉がそれだ。

 

「銃を、お預かりします」と。

 

 

 ナタルはその対応に面食らった。保安部員の対応はあり得ない物だからだ。

 本能的に相手を睨みつける。

 

 どこの馬鹿かと思って顔をよく見れば、キラに付けた二人……その内の一人だった。

 パイロット連中、特にキラとはかなり良好な関係を持ちつつある、例の二人。その一人である。

 

 ナタルはそれを思い出すと目線を鋭くさせた。警戒心が強まる。

 知らずの内に、言葉に力が込もった。

 

「銃を預けろだと……私の物をと言ったのか? 上等兵」

 

「はい、少尉。ここで銃をお預かりします」

 

 聞き間違いで済ませてやろうか……そういう意味を含めた《確認をしてやった》ナタルに対して、保安部員は今度も明確に言ってくる。

 つまりは医務室に入りたければ銃を置いていけ……そういう事だった。間違えようのない明瞭な発言。

 彼の目には冷たさがある。

 

 ナタル・バジルールという上官を見る目が冷たいのだ。

 

 言葉遣いこそ丁寧ではあるが、顔つきと目つき、そして要求してきた事柄は将校に対する物ではない。

 そもそも、そんな事をできる権限を与えていない。

 懲罰どころの話ではなかった。

 

 というか、立ち位置からして既におかしい。

 この保安部員は完全に医務室の入り口に立ち塞がっている……しかもよく見ると、あろう事か。

 

 あろう事か、《実弾》を装填している銃に、手をかけながら、だ。

 

 保安部員が手に持っている小銃。

 それに装填されている弾倉……そこにはゴムスタン弾の色ではなく、実弾を表す印と色が付いているのである。

 

 当たり前だが実弾の使用許可など、今は与えていない。

 

 反乱。

 ナタルはそんな言葉を思い浮かべて背中に冷たい物を感じた。

 それでも平静を装い、一呼吸を置いて保安部員を詰問する。

 どういうつもりかと。

 

「……貴様、何の真似だ」

 

「はい。ヤマト准尉を警戒、護衛及び可能な範囲においてのみ支援せよ、と命令されております」

 

 保安部員は、上官からの怒気が混じった詰問に平然と返してきた。躊躇う素振りもない。

 事実、彼の言う命令はその通りだ。確かにそういう命令を下されている。しかし、それを命令したのは。

 

「……それを命令したのは、私だと認識しているつもりだが?」

 

「はい、少尉。医務室に御用があるのでしたら銃をお預かりします。予備をお持ちでしたら、そちらもご提出ください。

 刃物、殴打武器の類いも、全てお願いいたします」

 

 ついさっき、ナタルが命令したのだ。キラに付けと。

 ナタルが、命令をしたのだ。

 

 だと言うのに、この兵士の態度は何か。

 この男は明らかに《命令》を盾に、勝手な判断をしている。しかも実弾まで用意しながらだ。

 

 命令の実行を十分に……というのにしては度が過ぎている。

 独自判断か。それともフラガやマリューに指示されての事か。

 

「……私の銃を取り上げるのは誰からの指示か。

 実弾の使用は認めていない。何故勝手に持ち出したのか? どういうつもりなのか、答えろ上等兵」

 

「銃を、お預りします。少尉どの、ご提出を」

 

 更に一段冷たさを増す保安部員の目。

 こちらからの詰問には応えず、武装解除せよの一点張りだ。

 

 ナタルの脳裏には思わず《銃殺》の2文字が浮かぶのだが、相手は既に備えていた。

 動いてもこっちの方が遅い。そういう状況だ。

 そういう状況に、なっているのである。

 

 兵士の指は引き金にかかっている。

 銃口も既にナタルを向いている。そういう状況だった。

 撃ち合いになれば、こちらだけが死ぬ。

 

 本気か……?

 冷たい殺気を感じながらナタルは、ふと理解した。

 

 つまりは、ナタル・バジルールとキラ・ヤマト……この兵士は、現状でどちらを優先すべきかを独自判断したのだろう。

 生き延びるために。

 

 艦船内の歩兵という者達は。

 彼らが対艦・対モビルスーツ戦闘でやれる事はほとんどないと言っていい。

 ダメージコントロールに走り回るか、退艦のために走り回るか。

 極端な話、味方が勝ってくれる事を祈るしかない事がほとんどだ。

 

 回避運動や直撃弾に揺れる艦内で、詳細な戦況は知らされず、味方が勝ってくれるのをただ耐えて待つ。

 その恐怖と緊張は、幾多の将兵を追い詰めてきた。

 

 頼れる物に頼るのが兵士の現実だ。孤立した苦境にあれば尚更。

 建前が通用しない最前線になればなるほど、教範は何処かへ吹っ飛ぶ、突き詰めれば最後に残るのは一つしかないのだ。

 

 追い詰められた彼らにとって必要なのは、優秀で生真面目だがしかし融通の利かない新米士官、ではなく。

 疑わしかろうが何だろうが、それこそスパイだろうが、致命的な状況でも命を救ってくれる相手……戦況を引っくり返す程の強さを持つ、生きて還してくれる存在である。

 

 綺麗事だけで生きていけるのなら、そもそも戦争など起きる訳がないのだ。

 

 だから、おそらく彼は撃つだろう。

 

 死にたくないから、生きて帰りたいから。

 生きて帰るための、手段があるから。

 

 だから新米の将校ではなく、絶対的な力を持つエースパイロットを守ると。

 

 実際、目の前の保安部員には怒りも憎しみもない。そんな表情はしていないのだ。

 ナタルが武装解除に応じるか否か、キラの所へ通していいのか悪いのか。それだけを確認している。

 覚悟の決まった態度。

 押し通ろうとすれば、撃ってくる。そう思える位には目線が冷たい。

 

 小銃の銃口はもうナタルの腹部に向いている。

 彼は本気だ。脅しで分かりやすくなる顔に向けて来ていない。

 確実にダメージを与えられる腹を狙っているのだ。反動に備えて両手で保持……必要ならば、止まるまで撃ち込む態勢だった。

 

 ナタルはそれらを、相手のそういう感情を分かってしまうと、少しの間だけ沈黙した。

 わずかな睨み合い。

 

 静かに息を吐いたのは、士官の方だった。

 ナタルは諦めたように銃を差し出す。

 

「…………これでいいのか」

 

 妙な誤解を生んでしまわないように、指先でつまんでゆっくりと、だ。

 

 こんな所で相討ち覚悟で撃っている場合ではない。

 

 どの道、今はこれを使うつもりがないのだ。

 キラにそういう対応をするつもりは、もうない……そんなつもり《だけ》は、もうないのである。

 

 それを言ってみたところで、信じてもらえないとも分かるから、黙って差し出す事にしただけだ。

 時間の無駄だ。

 

「……はい、お預かりいたします。今、中に連絡を入れロックを解除させますのでお待ちください」

 

 士官の特権を当たり前のように取り上げた兵卒。

 彼はナタルの銃……その本体と弾倉をさっさと分けてしまい、無感情に、事務的な態度で手続きを始める。

 

 あげくの果てには女性士官であるにも関わらず、当然のようにボディチェックまでされてしまった。

 いい加減に殴ってやろうかと思ったナタルだが、兵士の顔には情欲の類が一切なく、完全にプロの顔になっているのを見れば黙るしかない。

 

 調べてくる最中にも、銃の引き金に指がかかっているのを見れば黙るしかなかったのである。

 

 ナタルは、また特大の面倒事を見つけてしまいため息を堪えた。こんな好き勝手をさせる羽目になるとは。

 何より酷い話なのは、これに対する自分自身の感情だ。

 

 正直、《この程度》の問題に時間を取られてたまるか……等という、とんでもない考え方をし始めている自分、その事実にも愕然とする。

 部下の反乱じみた態度、それを後回しにするのを許容する自身の変化。

 

 何よりも優先するべき問題があるとはいえ、こんな無茶を見逃すとは、と。

 

 チェックを終えると保安部員は彫像のように入り口の横に立ち戻る。

 上官に対する無礼には一言もなかった。

 

 ナタルは彼を横目に黙って医務室に入る。既に疲労感と苦悩を覚えているのだ。

 こっちから余計な面倒事を増やしたくない。

 

 どの道、特大の面倒事がすぐ目の前にあるのだ。

 狂人と切り捨てた相手との再度の対話が。凄まじく信憑性の上がってしまった妄言について。

 

 既に見切られているかもしれないと思いつつ、だ。

 

 

 ナタルがここに来ると伝えられたのだろう、キラがすぐに目線を向けてくる。

 

「バジルール少尉……」

 

 医務室に入った彼女の目に、キラがベッドに座っている姿が入ってきた。

 向かい合うように医務官の姿がある。

 診察と合わせて、傷への処置について説明を受けているようだった。

 

 挨拶のつもりか、キラは軽く頭を下げてきた。ナタルは立ち上がりかけたキラを手をわずかに振って制する。

 こちらは後でいい、と。

 

 起き上がれる程度には意識がはっきりしているようだ、喜ばしい事だろう。

 だが、問題なのはキラの顔。左目が無くなったその顔だ。

 

 顔面左側にかけて大きく包帯が巻かれた少年の顔……どうあっても視界に入ってくるそれは、ナタルの胸にずきりとした物をもたらす。

 自分の、アークエンジェルの指揮官級である自分の責任だ。

 

 ナタルがキラの顔を何となしに見つめてしまうと、キラが緊張から身を固くするのが分かる。

 怯えているのではない。

 どう話をすればいいのかを、迷っている表情だと感じた。

 だから分かる、分かった。それはナタルの方も同じなのだ。

 向こうには話をする意志があると、まだ、その可能性をくれるらしいと。

 キラの方もまだ、話し合いをしたがっていると、そう感じられたからだ。

 

 複雑な罪悪感と共に、わずかな安堵が出てきた。

 ただ、その安堵も、ナタルには罪の意識をもたらしてくる物だったのだが。

 

 

 

 フラガは疲れを押し殺して、ガンバレルストライクを操り続けていた。

 

 武器であり推力器でもあるガンバレルを2基失った現状……戦闘力、運動性能の両方が低下している状態だ。

 それでもアークエンジェルで稼働している兵器の中では、最上に位置するコンディション……だと言うのが、何とも心細い物と言えた。

 

 アサギの乗るジン、そして先遣隊の生き残ったモビルアーマー乗り達と共に、生存者の救助を……更には、使えそうな物資、機材の回収を行っている最中だった。

 パーツや兵器として状態の良いザフト機は丸ごと、それこそ片端から回収している。

 

 大破したザフト艦の残骸周辺からも、何か見つけられないかと根こそぎだ。

 その位に物資の残量が危険域だった。

 特に艦船用の弾薬欠乏が著しい。

 既にアークエンジェルの機銃、副砲、宇宙用対空ミサイルは大げさではなく空っぽと言ってよかった。

 

 唯一生き残った……表現としては少しおかしいのだが、助けに来た中で一艦だけ生き残ったモントゴメリ……その艦でも負傷者が出てしまっている。

 

 小さなコンテナ一つでも、医薬品や飲料水の類ならば大歓迎の状況だ。

 分艦隊の旗艦だったモントゴメリには、アークエンジェル用の補給物資をあまり積み込んでいなかったらしく、それも不幸な状況に一役を買ってしまっている。

 彼ら自身、補修資材や武装、弾薬の補給、そして予備人員の補充が必要になっている状況だった。

 

 それらを伝えられたフラガは、もうため息も出なかった。

 正直な話、まず疲労がつらい。

 デブリベルトから続いたスクランブル待機。連続した戦闘。

 それによる過労が、もう無視できないレベルで表面化しつつあった。

 

 宇宙を漂流してしまっている友軍兵士の救助、彼らをモビルスーツの手で掴みにいくのは酷く神経を使う。

 機体の動作に、万全な調整を施せていないと分かっている今は、特に。

 キラに微調整を頼めないのだ、時間的にも状況的にも。

 

 どうしようもないとは言え、手を抜けず、かと言ってミスも許されない細やかな作業の連続……それはフラガを苛立たせるのに十分だった。

 先程の敗北寸前まで追い込まれた戦闘による影響も、やはり拍車をかけている。

 

 フラガは大きく息をつきながら首を動かした。

 

 凝っている肩をほぐしながら味方のジンに目を配る……ワイヤーロープを使って、慎重に物資の回収をしている鹵獲ジンの姿がモニターに映った。

 

 最初に出撃させたジンが戦闘で小破したために、キラが使っていたジン……それを、わざわざOSの変更をさせてまで出しているのである。

 パイロットを乗り換えさせて再度の発進だった。

 心身を酷使するパイロットにはハードな待遇だ。新米への扱いとしては強烈に荒っぽい。

 

 本来なら初陣であんな目に合わせてしまったパイロットは休ませてやりたいのだ。

 しかし彼女を、まだまだ若い少女を動かさなくては本当に手が足りない。

 状況を考えれば、フラガは「動け」と言わなくてはならなかった。

 

「……アサギ、大丈夫か? 悪いな。トールと一緒に休ませてやれなくて」

 

 時間が勝負の救助作業に、モビルスーツを使わないのは勿体ない。

 わざわざ来てくれた友軍への義理もある。だからフラガが救助に当たっているのだ。

 彼女……アサギを物資の回収に当たらせて。

 

《いえっ、大丈夫ですっ! これでもあたしは元から軍人ですから!》

 

 トールの分まで頑張りますよぉ! と、アサギは同僚となった少年を庇ってみせる。

 疲れは感じさせるが、それでも気を張っているであろう元気な声が、通信機ごしに返ってきた。

 

 フラガに強がり、トールを庇って見せたのはアサギ。

 オーブ軍・モビルスーツパイロットのアサギ・コードウェルだ。

 

 ワイヤーロープで纏めたザフトの機体や、銃砲、弾薬の類。それらをかき集めてはアークエンジェルに戻り、また集めに出るという疲れる仕事を黙々とこなしていた。

 

 似たような作業はデブリベルト内で何度もやらされた事が幸いだったのだろう、単独でも何とか動けている。

 戦果こそ挙げられなかったとは言え、修羅場を潜った事で多少は自信も付いたのかもしれない。

 

 本人にしてみればオーブ軍人としての意地がある。ここで泣き言をいっていられなかった。

 

 それでもフラガから見れば、アサギの操るジンはふらついている。技量未熟による物を言っているのではない。

 動き自体が緩慢になっているのだ。

 当たり前だが彼女も疲れているのである。ついさっき、過酷な初陣を終えたばかりだ。

 モビルアーマーでの経験があるフラガとは地力が違う。

 

 フラガはまだまだ頼りない新米の挙動を見て、すまん、と内心で詫びつつ、アサギに軽く檄を飛ばした。

 

「疲れているだろうが、頼むぞ。あと少ししたら休ませてやる。それとな……動きが雑になってるぞ! しっかりしろ!」

 

 フラガはいつも以上に厳しい声を出して念を押した。  敵モビルスーツは沈黙していても、中のパイロットが生きていてまだ反撃を考えている可能性もある。

 だから、油断をしないように、と。

 

《は、はいっ! すみません、気を付けます!》

 

 キラが撃破したのだ。敵機のほとんどが大破爆散したか、またはコックピットを撃ち抜かれているとんでもない光景は把握している。

 討ち漏らしはない……とは思う。だとしても、油断するかどうかは別だ。

 今さら、事故を起こして死にましたでは、悔やむ訳にもいかない。

 

 新米の疲れている動きを見ながら、フラガは自身も気合を入れ直す。あと少し、あと少しだ。

 そう自分に言い聞かせながら、慎重に機体を操り直した。

 

 救助作業を続けるフラガ機に、友軍から通信が入ってくる。

 それらは先程から何度も伝わってくる類の物だ。

 相手は救助した人員や作業ポッドの操縦士達。その内容は彼らによる感謝、称賛の言葉だ。

 

 ただ、中には勘違いされている事がある。

 フラガはそれに対して応えつつも、丁重に誤解を解いていった。

 貴官らを助けたのは自分ではなく、協力者であるコーディネーターの少年の力が大きい、と。

 

 型式番号、兵装こそ違えど、同じ《ストライク》を操っているから誤解をされているのである。

 大戦果を叩き出し、モントゴメリを救ったのがムウ・ラ・フラガだと。

 

 キラの声を聞いたブリッジオペレーター達、それ以外の連中には、思っているよりもまだ伝わっていないようだ。

 

 フラガはひたすら慎重に、しかしはっきり間違いだと言うしかなかった。

 普段とはうって変わって生真面目かつ、相手を刺激しないように丁寧に説明をおこなったのである。

 コーディネーターに殺されかけた彼らに、コーディネーターが助けに行ったのだと伝えるのは、やはり気を使う。

 

 コープマンという指揮官は隠そうとしているのか、それとも伝えていないだけなのかは知らないが、それはフラガの知った事ではない。

 

 あれ程に必死で闘い、そして傷ついた人間、キラ・ヤマト。その手柄を横取りするような流れは、死んでも御免だったのである。

 

 自分にとっても恩人であるキラ……彼が受けるべき称賛の横取り等というそんな真似は、幾らなんでもやる訳にはいかない。

 既にキラには多大な借りがある。返さなくてはならないのだ。

 

 しかし、フラガの口から《事実》を伝えられた相手。彼らの反応は様々だ。

 

 衝撃を受けて固まる。悪趣味なジョークだとの笑い声、それらはまだマシな反応だと言える部類だ。

 不快混じりの疑念やら、あるいは信じられぬとの感情を混ぜた、複雑そうな返答が少なくない。

 

 厄介な場合は、何故そんな嘘をつくのかという恨み事を返してくる者や、馬鹿にしているのかとフラガに食ってかかかる者まで出てくる羽目にになる。

 

 事実を伝えない訳にはいかないのだが、参ってくる。

 難渋してしまう。

 仲間をザフトに殺されたばかりの彼らに、「地球連合にも志願するコーディネーターはいるだろう」そういう事実だけを突き付けても意味がなかった。

 

 だが。そうやってキラの話を繰り返す内に、同時に思い起こされる物がある。

 あの技量だ。

 

 まさに桁外れと評するしかない戦闘能力。

 しかも片目を突然失っておいて、である。

 

 ナチュラル、コーディネーター云々の話ではない。

 戦闘向きの特別なデザインをされていると言っていたが、どう考えても異常過ぎる。

 

 加えて、戦闘中に伝わってきた妙な感覚……そこからフラガはある可能性に思い至っていた。

 

「……キラにも俺と似たような勘があるってのか?」

 

 フラガはそんな思い付きを呟いた。

 

 キラ機の反応速度自体は。他は、まずともかくとして反応速度、それだけは何とか自分にも《理解がついていける》レベルの能力だと感じたのだ。

 

 何の事かと言えば、フラガは自分なりにキラの知識、力に対して、幾つかの説明が付くのではと。

 未来から戻ってきた……未来を知っているという事を含めた諸々に、納得する取っ掛かりを感じられたのである。

 

 空間認識能力。

 一瞬先を読む……と評される事もある特殊な能力だが、CE71年の現在では実在が確認されている、歴とした技能だ。

 理論が発表された時には眉唾物だった物。しかし、別に超能力や魔法の類いではない。

 人間に本来備わっている能力、その一部が極めて発達、または顕現したと言うだけの話である。

 

 無論、明確に解明・理解されているとは言い難い。備わっているとされる本人ですら説明は難しい代物だ。

 ましてや世間に正しく広まっているかは怪しい。

 

 だが、《有る》のである。存在するのだ。

 

 ならば、コーディネーターとしてそれを発現させるような遺伝子のデザイン。

 そういった物を試みる事は有り得るのではないか。

 中でも《異常な成功例》があったとして、それがキラだという事なのではと、フラガは彼なりに、キラの存在に納得しようとしていたのだ。

 

 理由が欲しいのである。

 

 キラの力には説明がつく、納得がいく。事実を話してくれていた、のではないか、と。

 

 ただ、そう考えた場合でも、《あれ》はもはや異次元過ぎるのも事実だ。

 

 空間認識能力が備わっているのだと仮定しても、あの技量は凄まじい。

 もしかすると、より、先鋭化されている物が備わっているのかも知れないが……。

 

「いずれにせよ、民間人ってのは……もう、あり得ないよなあ」

 

 キラのこれからを考えると気が滅入ってくる。

 どうやって彼の立場を弁護してやればいいのか……悩むフラガにまたもや通信が入った。

 アークエンジェル保安部に所属する下士官の一人からだった。

 

『バジルール少尉がヤマト准尉に面会するため、医務室に向かっているが、よろしいか?』そういう確認の通信だった。

 

 いつもキラに付いていたあの二人……彼らに感化されたのか、この下士官もかなりキラに甘くなりつつある人間の一人だ。

 だからフラガに確認を入れてきたのだろう。大丈夫か? と。

 

 フラガは悩んだ。

 

 キラと話をするべきだ。もう一度、それも速やかに。

 こちらから話を打ち切っておいて勝手すぎるとは思う。だが、少なくとも同じ失敗はやるべきではない。

 話をするべきだ。聞くべきなのだ。

 今度は後回しにせずに、正面から受け止めるつもりで……いや、受け止めてみせねばならない。

 

 まず、助けてもらった事に感謝を伝えて、扱いの酷さに詫びを入れ、負傷について正式に謝罪をして、もう一度。 キラが、それを受け入れてくれるのかどうかは別になってしまうが。

 そんな時間があるのかどうかも別として、とにかく。詫びを入れてもう一度だ。

 

 しかし、ナタルでは……バジルール少尉で大丈夫か?

 保安部員がついているとは言え、ラミアス艦長を同席させるべきではないのか?

 

「……あー、ラミアス艦長は? 来れそうか?」

 

 聞きながらフラガは自分をバカかと思う。

 来れる訳がない。

 

 オーブ避難民への対応に、アークエンジェルの、艦のトップを出さねばならなかったのだ。納得させるために。

 先遣隊からの指揮官、更にはよく分からん官僚の相手もある。

 押し付ける形で申し訳ないが、マリューはアークエンジェルの艦長として、今しばらくはキラの所へ来る暇などないだろう。

 

 最優先にするべき話をキラは持っている可能性がある、だが、だからと言って他を蔑ろにしていいという事にはならないのが、世間の難しい所だ。

 

 他に2、3人将校が居れば……。

 

 フラガはそんな事を考えて、ふと思い出す。キラがその一人だったのだ。仮とは言えど准尉待遇の。

 だから避難民の一部は何とか落ち着いていたのだろう。

 

 そして気付いて頭を抱えた。

 

 コーディネーターでも士官をやっているから。

 表向き、連合がコーディネーターと何とか協力している姿があったから。

 それがあったから、それが姿を見せなくなったから、どこへ行ったのかと不安を余計に煽ったのではないか。

 

 スパイが、ついに逃げようとしたのだと《思われて》しまったのではないかと、気が付いた。

 始めからキラを自由にさせておけば、姿が見えない事に不安を煽られなかったのではないか、と。

 

 フラガは、数人で固まって漂流している者達の信号を新たにキャッチする。

 彼らに接近しながら眉をしかめた。

 

「参ったな、やっぱりこっちのせいか……」

 

 やはり詫びをいれなきゃならない。その後は……いや、それは後回しだ。

 自分のようなパイロットが、考えるべき事ではない事まで悩むのは性に合わない。

 いずれにせよ今は、だ。

 

 とにかくも気を取り直したフラガは、待たせてしまっていた通信に指示を返した。

 

「……分かった。バジルール少尉に任せる。……ただし、銃は取り上げ……あー、いや……預かって、からだ。

 それと、キラと二人にはさせ……」

 

 どうするか。そんな言葉を流石に飲み込む。

 

 フラガの指示はあまり明確ではなかった。

 キラとナタルの話は間違いなく面倒な物になる……機密を漏らすまいとすれば、他者を近くに置く訳にはいかないだろう、との微妙な判断からだ。

 なのだが、では二人にするのは? それはどうなのか……当然、それも良くはないだろうという思いがある。

 

 加えて、パイロットである自分が、あまり艦内の事を仕切り出すべきではないとの考えもあった。

 マリューやナタルの立場にも気を配らねばならない。

 緊急時に、兵士達がこっちの指示がないと動けないようになられても困るのだ。

 

 アサギもそろそろ限界だ。

 自分だって手早く救助を終え、物資回収に移り、更にその後は周囲の警戒だってしなければならない。

 というか疲れている、さすがに少し休みたいのだ。

 艦内の事を次から次にこっちに聞かれても困る。手に余るのだ。

 

「……任せる。とにかく、適当にやれ。なるべく穏便な方法でだ。いいな?」

 

 軍人として適切、かつ、妥当にやれ。

 疲労が苛立ちを呼ぶレベルにあるフラガとしては、相手を怒鳴り散らす前にそう指示を下すしかなかった。

 

 話は終わったな? と、アークエンジェル保安部との通信を切ろうとしたフラガだが、《それと、もう一つご報告が……》と遠慮がちに言われ、ついに怒りが表面化する。

 

「……何だ! まだ何かあるのかっ!」

 

《は……その、実は……》

 

 いよいよ怒鳴り始めた上官に保安部員は迷いを見せたようだが、結局は、伝えてきた事がある。

 

 キラ・ヤマトに殴りかかったのは、コーディネーターの男性だった、と。

 

 家族と離ればなれの避難になってしまい、相当にストレスが溜まっていたらしい。

 護身用の殴打武器を元々、懐に持っていたようだと報告され、フラガは空いた口が塞がらなかった。

 

「……ブルー、コスモス……じゃないだろうな?」

 

《過激派のデータリストには登録されておりませんでした》

 

 とりあえずのざっとした調査には引っ掛かる人物ではないようだ。

 しかし、保安部員の言いようでは、過去に、過激派として登録はされていない、という事しか確定はしていない。

 隠れたシンパだとしたら最早どうしようもない話だ。

 

《持っていた物は凶器というよりは、護身用程度とは言えましたが……》

 

 本職の人間から見れば玩具のような物。

 それでも、そんな物を持ち歩く人間が少なくない……それが常態化しているのが今という時代だった。

 ヘリオポリスでもそういった事に無縁とはいかなかったらしい。

 

 数百名の民間人……彼らの荷物確認を、心情への配慮と時間的余裕の欠乏から怠っていた結果だった。

 

《現在、隔離して監視中です。如何しますか?》

 

 危険人物として、拘束まで行うべきでしょうか? と、問われたフラガは天を仰ぐ。

 同時に、他の避難民の手荷物を改めて検査するべきか、とすら聞かれて目眩を覚えた。

 

 暴行犯として拘束だ? ……できる訳がない。

 それをやればオーブ避難民の感情を逆撫でするだけだ。今ですら、暴動寸前だと言うのに。

 辛うじてでも統制を取れている相手を、わざわざ暴発させるつもりは全くないのだ。

 

「……あー、くそっ……! ……相手は民間人だ、どうせもうすぐ地球に着く。降下点ポイントですぐに下船させてそれでおしまいだ。何もしなくていい。

 監視だけ付けて、静かにしておいてもらえ」

 

《室内に謹慎……いえ、待機程度でよろしいのですね?》

 

「民間人相手って言ってるだろうが!」

 

 フラガは、とにかくこれ以上オーブ避難民を追い詰められないと怒鳴り、乱暴に通信を切った。

 今更、手荷物の詳細な検査などと……そんな事を言い出せば、次の暴行を疑っていますと言うような物だ。

 

 さっきは酷いながらも混乱状態……ギリギリその程度で治まった。

 今の段階で《暴動》が起きれば、次は死人が出る。

 

 もう気分は最悪だ。

 キラの怪我はこちらの責任だと、自分を責める感情しか湧かなかった。

 

 

 

 キラへの診察と自身の状態について説明が終わった後。

 ナタルは医務官からキラの状態について、ざっと説明を受けていた。

 

・左目は結局、摘出に至った。その際に麻酔を使わざるを得なかった事。

 

・肉体的にはかなりの疲労が溜まっている。

 睡眠不足の兆候が強く出ているが、コーディネーター特有の頑健さかどうか、致命的なレベルでの悪影響はまだ、見られない。

 ただし、頭部への打傷についてはより慎重な判断が求められ、はっきりとした事は口にできる段階ではない。

 

・精神的には、ここ最近で最も落ち着いた面が感じられる。ただし消耗自体は進んでいるように見受けられ、まとまった休息が必要だと判断できる事。

 

・異常な戦闘能力については、本人にも原因が不明で見当がついていない……正確には、心当たりはあるが、ここまでの能力の発揮は自分でも想定外だと。

 

「……ただ、個人的には極めて強力な空間認識能力の一種、ではないか、と思われますが……」

 

 医務官は、つまるところキラの体機能データの不足で詳細不明と、そう話を結ぶと退室していった。

 暗に人体実験レベルの調査をしなければ、詳細は分からないのだろうとナタルは解釈する。

 そんな時間や機材、余裕などはどこにもない。

 民間人にも多数の怪我人が出ており、そちらの対応だってしなければならないのだ。

 

 軍人を優先して治療している……軍人しか、治療していないなどの噂が立てば、また厄介な感情が生まれてしまう。

 避難民への対応も速やかに方針を決定しなくてはならなかった。

 

「モントゴメリに移艦させるべきか……」

 

 ナタルは、いっその事オーブ避難民をモントゴメリへ移艦させるかとも考えてみる。

 一旦アークエンジェルから離れる事で、とりあえず気分を落ち着けられるのでは、と。

 しかしながら、すぐに思い直した。

 

 アークエンジェルが一番設備が新しく、最もスペースに余剰があり、そして結局の所ダメージは少ないのである。

 細かい損傷は数あれど、高レベル損傷は少ないのだ。

 

 新鋭艦から、救助艦とは言え損傷艦へ。悪く言えば旧式の艦へ移される精神的に不安定な集団……とても試す気にはなれない案だ。

 ナタルは自分の考えをばっさりと切り捨てる。妙な勘違いをされれば堪ったものではない。

 

 大体それこそコープマン中佐とラミアス艦長で決めるべき事だろう。

 そういった話がこちらへ伝わってこないという事は、現状ではやらない、という事だ。

 今はアークエンジェルで抱えているしかない。

 

 また増えた問題に苦悩するナタルだが、医務官の退室により空気は変わってしまっている。

 キラが、こちらを見て待っていた。

 他の事で悩むのもこれまでだ……最も大事な話を始めなくてはならない。

 

 ナタルは、ここまでキラとほとんど目を合わせていなかった……意識的に、である。顔は見ていても、目を合わせるのを避けていた。

 時間を少しでも求めていた、とも言える。

 気まずいのと、迷っているのと。そして恐怖に近い感情があったのだ。

 

 非難は覚悟している。

 怖れているのは、この艦はもう要らないと言われる事だ。

 

 壁にもたれ掛かっていたナタルが、意を決し、一歩だけ前に進む。

 ところが、口を開こうとしたタイミングでまたも、兵士が一人立ちふさがった。

 キラに付けた保安部員……その、もう一人の方だ。

 

 ナタルがちらりと視線を落とすと、構えた小銃の弾倉には実弾の証である印。しかも引き金には指がかかっている。

 

 こいつもか……。

 ナタルは肩を落としそうになったが、何とか堪える事に成功した。

 士官としての振る舞い、立場がある。

 

 ただ、兵士がこちらを士官として認めないのであれば、その場合にどうすればいいのか、ナタルには分からない。

 兵卒の顔色を伺うのは士官ではないが、さりとて、支持してもらえないのなら士官として在ることはできない。

 

 自分は間違っているのだろうか。それとも自分だけが間違っているのか。

 

 今回も、キラの事を自分に任せられる形になったのは仕方ない面が強い……にしても、前と同じでは駄目なのだろう。と、ナタルは考えている。

 前回と違って、自分はこれからキラと、本当に正面から向き合わねばならない。

 

 アークエンジェルはまだキラの力を必要としている状態だ。

 ここまで滅茶苦茶になっている艦内だが、せめてもの仁義……軍人としての意地を通さなくてはならない。

 

 オーブ避難民達を全員無事に帰国させる。それはアークエンジェル乗員の責務だった。

 負傷者を多数出しておいてと自嘲したくもなるが、もう、その位は意地を通さなくては、連合軍人としてあまりにも情けないのだ。

 

「……そこを」

 

 キラを害する意思は無い……だから、そこから退け、退いてくれ。退室しろと、ナタルは保安部員にそう言うつもりだった。

 

 もはや色々な事に目をつむり、最大限、ナタルは下手に出ようとした。

 自分の責任を痛感しているからこそ……だから、様々な理不尽や不合理を黙って飲み込み、まずキラに頭を下げようとした彼女がそこには在った。

 

 同時に。

 彼女のやり場のなかった薄暗い感情……これまで溜まりに溜まってしまった《何か》に対するドス黒い物が、そういった良くない何かが、耐えきれずに形を持って生まれそうにもなる。

 

 知らずに拳を握り締めていた。

 

 生まれから出る正義感、学んだ歴史から来る義憤、幼少教育から来る公正さ。成人をした一人の人間としての価値観。

 士官教育から来る連合軍人としての在り方、植え付けられたプラント、ザフト……コーディネーターへの潜在的な敵意識。

 

 理想と現実との余りに酷い落差。

 

 何故こんな事になってしまっているのか。

 連合軍人としての責務を果たすために頑張っているつもりだ……少なくとも、こんな思いをするために軍人になった訳ではないのに。

 コーディネーターの子供に散々に助けられている。彼らは《敵》なのではなかったのか。

 

 話が違うではないか。

 

 良くないとは思いつつも、複雑に絡んだ物が黒い感情として噴き出しそうになる。

 気がつく間もなく、もはや何を口走るか分からない位に頭に血が昇っていた。

 不味い、と思う事もできない。

 

 呼応するように保安部員の目が細まる。

 危険と感じたのだ。

 彼は、ナタルが……この新米少尉殿がキラに実力を振るう動きを取り始めた、と思えたのである。

 引き金が絞られ始める。

 

 彼の方……保安部員の方はナタルを撃ち殺そうとまでは思っていなかった。

 この新米士官は馬鹿でも横暴でもないと評価していた、固物だが、まあ悪くない部類だと。

 相棒が通してきたのだ。まだ《見込み》があるんだろうと。

 でなければもう、とっくに撃っている。

 ライフルを向けてまだ撃たないのはそういう事―――こっちはまだ我慢してやるから、そっちもそろそろ融通を利かせろ―――そういう機微が通じそうだと、その位には評価をしていたのだ。

 

 ただ、《駄目》らしい。どうやらこの上官殿は《駄目》なようだ。そう判断をする。

 しょうがないか……と、感情が消え去った。

 後は生き延びる為にやるべき事をやるだけだ。と、そんな意識が彼の指に乗る。

 すぐに撃てる状態、動いてくるのを待つだけだ。

 

 味方同士では許されないはずのレベルで、空気が冷たく固く張り詰めていく。

 取り返しのつかない一線をどちらからともなく超え、《流れ弾による》戦死者が発生しようかという瞬間……いや、そのギリギリ一歩手前。

 そこで両者の熱を、飲み込んだ者がいた。

 場を押し留めたのはコーディネーターの少年。キラだ。

 

 声をあげたのである。

 バジルール少尉と、二人にしていただけませんか? と。

 ナタルという士官が、兵卒に頭を下げ切る前に、そう言って割って入ったのだ。

 止める為に割って入ったのか、知らずにやったのかは微妙なところだが。

 

「……話さなきゃいけない事があるんです。バジルール少尉と」

 

 そう言いながら二人の間に入ってくる姿……さりげに銃口を遮るように立つ小さな背中を見たナタルは確信する。

 庇われたと。

 

 ナタルは己の最後を半ば予想していた。

 ああ、撃たれるかもしれないと。

 

 望んでなどいないが、ここまで反旗を翻されるのならば、もう好きにすればいいのだと。

 銃口を二度も向けられ捨て鉢になりかけていた。

 言い訳のような謝罪をするよりは、と。

 

 だからキラが割って入ってきた時には、邪魔をされたのか助けられたのか分からなかった。

 余計な事を、とすら感じる部分がある。

 自分の感情すら自分で分からない程に、暗く冷たい何かが胸中を渦巻いていたのだ。

 

 だが、振り向いたキラと顔が合い、目線が合って、ナタルは息を呑む。

 片目を失ったキラの追い詰められた顔つきを見たのだ。

 彼は、まだ全く気を抜いていない事がはっきりと分かってしまった。

 

 嫌な予想……否、確信する。

 敵が来る。恐らく、間違いなく。

 

 投げやりになっている場合ではない。

 ナタルはキラから聞いた話を思い返した……第8艦隊との合流時、それを考えねばならない。

 捨て鉢になっている場合ではないのだ。落ち着け。

 息をはく。ゆっくり、大きくと。

 

 話をしに来たのだ……それだけだ。

 

 保安部員の方を向き声を出す。大丈夫だ、いつものようにできる。

 

「……上等兵、退室するかどうかは任せる。不満があるのなら、いや、懸念があるのなら貴様の好きにしろ。

 私はこれからヤマト准尉と話さねばならない事がある」

 

 ただし、ヤマト准尉の護衛に残るつもりなら、機密を知る覚悟はしておけ、等と言葉を続ける。

 

 軍人にあるまじき自由判断の許可……そんなとんでもない事を開き直ったように指示すると、ナタルはさっさと椅子に腰かけてしまう。

 キラにはベッドに戻れと促した。

 

 話は長くなるだろう。これからナタルは、この口下手な少年から上手く話を聞き出さねばならないのだ。

 

 この状況を何とかするために。

 

 






物凄いお待たせしました。
既に忘れられた方もいらっしゃるでしょう。
本当に申し訳ありません。

ナタルが医務室にたどり着くのに10ヵ月かかりました。
アークエンジェル内部は大陸だったんでしょうか……過酷な冒険を潜ってきたナタルさんは腹をくくってしまいました(意味不明)

私はフラフラなので寝ます。
もし感想が頂けてもしばらく読む事もできないので、感想のお返しはゆっくりお待ちくださいませ。
ああ、疲れた……。


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ブルーコスモス 1

お久しぶりです。いきなり注意事項です。
この話は元々1話の予定でしたが、長くなってしまったので1話で独立投稿にしました。

次に投稿予定の、不器用な逆行者 4 とA面、B面みたいな感じです。

次もすぐに投稿するので合わせて読んだ方がいいかもしれません。

まあ、ぶっちゃけてこっちは読まなくてもいいかも知れません。胸糞話になっております。
キラも出てこないです。






「キラ君……あ、いえ……ヤマト准尉、との面会、ですか」

 

 アークエンジェル艦長代行マリュー・ラミアス。

 彼女は艦長室にて、大きな……とても大きなため息が出そうになるのを、辛うじて堪えたところだった。

 

 挨拶やこれまでの苦労への労いもそこそこに、切り出された話。

「今すぐにお願いしたい事がある」と言われた時、予感はしたのだ。あの子に関する事だと。

 

 戸惑いの色を隠せない彼女と机を挟み、相対する席に笑顔で座る男。彼の名はジョージ・アルスター。

 大西洋連邦の外務事務次官である。

 

 未だ落ち着いたとは言えない状態の最中。

 コープマン中佐との話が、ある程度纏まった……というタイミングで出てきた要請。

 

 キラ・ヤマトとの速やかなる面談を、その為の《許可》を出して欲しい。

 それが、アルスター次官からの要請だった。

 

 これ程の高官が、娘の為とは言えこんな宙域に来るのは……そう思っていたが、やはり、それだけではなかったようだ。

 だとすると拒否は難しい。

 

 それを理解したマリューの声色には、それでも尚、非常に及び腰な物があった。

 正直、遠慮を願いたい……そう言ってしまいたいのだ。

 

 必要性は彼女にも分かっている。

 

 しかし、どんな話になるのかは不透明……キラ個人にとって、嫌な流れになる可能性が高いと、マリューには思えてしまう。

 だから、個人的にさせたくないのだ。

 

 艦責任者としての立場でも許容ができる話ではない。

 

 乱暴な話、今のキラに法や人権上の事柄、外交上の問題とやらで面談させる余裕が作れるのであれば……そんな時間を作れるのであれば、搭載しているモビルスーツの修理、整備にでも入らせたいのがアークエンジェルである。

 

 特にへリオポリス避難民だ。

 凄まじいストレスに晒され続け、ようやく、やっとと気が緩んだ所への今回の混乱。

 上位者であるコープマンが改めての説明に向かって、何とか宥める為に努力してくれている。

 

 他にも細々とした事を挙げれば、それこそ幾らでも問題が噴出している状況なのだ。

 

 そんな状況で。

 何とか休息をとらせつつ、辛うじてナタルとの対話の時間を、やっとの思いで捻り出した所で、これだ。

 当のキラ・ヤマトとの、対話の機会をよろしく、と。

 

 アルスター次官は笑顔のまま返事を待っていた。

 彼は提案をしている訳ではない。

 艦長であるマリューから、早く許可を出してくれと、柔らかく圧力をかけているだけだ。

 

 表向きこちらの意思と指揮権を尊重してくれている形だが……その実、政府の意向だからと匂わせている。

 要は、さっさとしろ、という事。

 これではマリューに言える事など何もない。

 

 彼の権限の強力さはかなりの物だ。

 ここへ来た事もそうだが、外務担当として、へリオポリス避難民を《勝手に宥めてくれてしまった》件でも推測できてしまう。

 何の事かと言えば、マリューとコープマンが話をしている間、アルスター次官は自らの職責により、避難民らに対して帰国《日程》への確約をした事にあった。

 

 つい先程、愛する娘との再会を一刻も早く叶えるべく、アルスターは上機嫌でアークエンジェルに乗り込んできた。

 そこで明らかに不満を溜めた集団……避難民を目にしたのである。

 

 父と会えて大はしゃぎの娘と互いの無事を喜び、そしてその娘から聞くところ、自分も含め帰国日時がはっきりとしない事への不満を持っているのだと、訴えられたのだ。

 皆我慢の限界だと。

 そこでアルスター次官は、自らの職責を果たしたのだ。

 帰国の具体的な日時の説明を渇望していた彼らに、外務次官として《5日以内での帰国》を約束したのである。

 

 彼ら避難民は、マリューを始めとするアークエンジェル指揮官達の、はっきりとしない説明に嫌気が差していたのであり、何度も日時の具体的な数字を求めていた。

 

 そこへ大西洋連邦からやって来たアルスター次官が、ようやく具体的な日時を明示してくれた事で、何とか多少の治まりを見せたのだ。

 振り回され続けた不満はまだまだ燻りつつも、何とか治まりを見せたのである。

 そういった出来事があったのが先程の事。

 

 しかし、言うまでもないが、これは暴挙である。

 

 確かに避難民は、はっきりとした物を欲していた。

 アルスター次官が具体的な数字を保証した事で、ある程度の我慢を、もう一度するつもりになってくれたのも事実である。

 

 ただ、彼が説明した4日と言うのは、現時点、現座標から、ほぼ理想値で進めた場合の地球軌道への到達可能日時に他ならない。

 

 地球軌道付近に存在する第8艦隊……艦隊から救援に来た先遣隊が、アークエンジェルとの合流までにかかった時間が、約4日なのだ。

 

 だから、《だから4日程度で戻れるだろう》《戻り次第、帰国の為のシャトル降下に取りかかれば可能だろう》という、凄まじい素人計算の説明である。

 相当に甘いと評せるスケジュールの物だった。

 

 そもそもの話、コープマン、マリューの両者が何も聞いていない所での独断による保証なのだ。

 善意ではあろうが、アルスター次官のみの判断によった物である。

 

 何があるか分からないから、これまで具体的な日時を言いたくとも言えなかったのがアークエンジェルの指揮官達だ。

 それを明言されてしまった事で、ある種のタイムリミットが出来上がってしまったのである。

 これを違えられた時の避難民の心情はどうなるか。

 

 経緯を知ったコープマンが慌てて避難民の所へ再度の説明には行ったが、もはや4日という数字の撤回が出来ない空気が出来てしまっているだろう事は、マリューにも分かる。

 現状はより難しくなってしまったと言えた。

 

 そんな無茶苦茶な話だったが、それでも形の上では、アークエンジェルは借りを作った事になってしまっている。

 事実、とにかくにも、避難民はある程度の落ち着きを取り戻してくれたのだ。

 

 彼の振るまいに言いたい事が無いではない。

 しかし立場や権限の強力さを思うと、マリューはどうしようもなくなってしまう。組織の厄介な所だった。

 

 はっきりと困った顔で黙ってしまった彼女に、アルスター次官は、あくまでも穏やかに言葉を重ねてきた。

 

「意識は戻ったのでしょう? 会話は可能な状態であると。

 であるならば。これまでの助力について、重ね重ね、お礼とお詫びを伝えねばならないものです。

 今後の処遇についても、もちろん話さねばなりません……何せ未成年でしょう?」

 

 緊急避難で黙認をするにも限度がある。

《救援部隊》との合流が出来た以上、これ以上の放置や軍事機密への接触は止めさせるのが筋だ。

 だから本人の為にも速やかな対話、そして対処を。

 

「それは、そうですが……」

 

 マリューはどうしても素直に頷く事ができない。

 

 キラは、あの子は悪い意味で目を付けられてしまっているのではないか。漠然とではあるが、そう感じてしまうのである。

 

 アルテミス宙域での諸々が、騒ぎが思い起こされる。

 あれだけ無茶苦茶な指示を寄越し続けた《上》が、何故今、キラ一人をそこまで気にかけるのか。

 

 もちろんキラの事は大問題だ。

 しかし、放置のような態度に、こちらを縛るだけの指示、あげくに、大西洋とユーラシアの派閥争いに起因するのであろう、味方拠点からの入港拒否。

 

 味方の醜態……否、味方に見捨てられたという一連の出来事を、アークエンジェルは忘れていない。

 表に出る話題ではないだけで、クルーは一人もあれらを《笑い話》では済ませていないのだ。

 墓荒らしをしてまで何とかやって来たのである。

 

 それを今更になってまともに対応してくれるのか? と、マリューは胸に不快なモノを禁じ得ないのだ。

 

 実際、大西洋連邦は今、コーディネーター排斥派や、ブルーコスモスの過激派が幅を利かせる組織、体制になってしまっている。

 キラの言動がどう判断され、そして処分される事になるか。

 

 だからこそ、まずは信頼できる上官に。ハルバートン提督に先にと、そう考えていたのだ。

 それを先んじた者が居たのは。ここへ来てしまったのは何の巡り合わせなのか。

 

 いや、分かっている。

 マリューとて大西洋の人間だ。アルスター次官の言いたい事は分かっている。

 渋ろうが納得いくまいが、政府の意向とあれば従うのが義務だ。

 そう、分かっては……いるのだが。

 

「……アルスター次官。その……申し訳ありませんが、少し、お待ち頂けないでしょうか。やはり、今すぐというのは……」

 

 マリューは遠慮がちに口を開く。

 今はこちらの戦術指揮官に対して、現状でどうしても必要な事項のみを確認する為に、やっと面会の許可を出しただけ。

 そしてそれが限界だと。そう言ったのだ。

 

「負傷した子です。次々に人を遣って騒ぎ立てるのは、あまり、望ましくは……」

 

 だから、数日待ってもらえないだろうか。

 確約もできないが、それでも数日待って貰いたい、と。

 

 マリューはそう言った。キラの側に立った発言だった。庇ったと言ってもいい。

 ただ、彼女の言い様は、率直に言って賢いとは言い難い。

 正当性は何より、これではどうにもならないだろうと、彼女自身も自覚するくらいだ。

 それでもそんな言い方しか出来ないのは、キラへの心情からに他ならない。

 

 工作員だとすれば危険だから……そんな言い方も一瞬考えたが、即座に破棄していた。

 キラを悪し様に言うことは、もうとても出来なかったのだ。

 

 保安部からキラが負傷した経緯と、そして結果を聞いた時、彼女は自分のあまりの情けなさに、ひどくショックを受けた。

 アークエンジェルは、失策により起こりかけた艦内での暴動を、キラの片目を代価に止めたようなものだからだ。

 こんな事は大人が子供にしていい仕打ちではない。

 

 大きな借りがあるのだ。

 何とかしてやりたいと、考えているのである。

 

 アークエンジェルの指揮官達は、口裏を合わせるつもりだった。当然、キラを擁護する為にだ。

 これ以上不利になりそうな事は、あまりやるべきではない。

 

 だから、マリューはどうにかならないかと粘っているのだ。

 少なくとも、ナタルとキラがある程度の話を済ませるまで、アルスター次官は同席させない方がよいと。

 

 キラが話す内容は利害関係が全く予想できない。

 どこが彼の敵になるのか分からない。

 

 欲を言えば、ハルバートン提督との合流まで待ってもらいたいところだった。

 そうすれば、最悪でもキラをオーブへの帰国シャトルに乗せられる。強引にでも本国へ帰してしまえば何とかなるだろう。

 命だけは何とか助けられるだろうと。そう考えていた。

 だから、待ってもらいたいのだ。

 

 

 本来辿るはずだった歴史においても、マリュー・ラミアスという女性は連合への不信感を重ねる事になり、そして激発させるに至った人間である。

 しかしそれが発露を始めるのはもう少し後の事だ。

 この時点で無意識にでも、連合、大西洋連邦への疑念を強めているのは、キラの言動やそれに付随した出来事によるものだと言える。

 元よりその傾向はあったが、彼女は、既に多少なりとも自分の良心を元に判断を始めていた。

 

 そしてそれは彼女の方針にとって……キラに助力したいと言う観点においては、正しい判断だった。

 彼女自身は全く知る由も無いことだが、この時点でマリューは、甘さからキラを救っていたと言っていい。

 

 幸運だったのだ。

 

 アルスター次官はさすがに不快感を見せるだろうと思われたが、彼は笑顔のまま、無言で首をわずかに横へ傾げただけだった。

 

 

 アルスターは不快とは感じていなかった。

 意外に思ったのだ。まさか待ってくれと言われると思わなかったのである。

 面倒な類の要請に対して粘ってくるとは。

 事前に揃えた資料では、そういったタイプの士官とは評されていない。

 まごつきつつも、分かりましたとの返事が返ってくる事を想定していたのだ。

 

 技術畑の不慣れな艦長代理にしては意地を見せている、と、無意識にマリューの評価を改めた。

 人格性を一段高く、そして注意度を一つ二つ高くする。

 

 ふむ、と一瞬考える。どうしたものか。

 政府の意向を受けてきたと言っても、さすがに外務次官が軍人である大尉に頭ごなしの命令は、ちょっと外聞が悪い。いい前例になる記録とは言えないだろう。

 妙な記録に自分の名前が載り続けることは避けたい。

 将来、どんな問題が返ってくるか分かったものではないからだ。

 

 では、と。

 分かりやすく、《懐にある命令書》を出そうかと考えて……そして止める。

 

 軍部にも友人、知り合いは多いし、逆に敵対している派閥の者も少なくはない。《これ》を出してしまうと刺激する相手は決して少数では済まない。

 特に、士官に対して、畑違い……よそ者からの命令伝達は、やはり気を使うべきところだろう。

 

 だから、まだいいか、と。アルスターはそう考えた。

 後々の面倒を嫌ったのだ。

 

 彼が懐に持つ命令書とは、大頭領を始め、外務、国防、司法長官らからの認可を付けられた物だ。

 保身と私欲にまみれた連中からの、利権を考慮して出されたモノ。

 実のところ大西洋強硬派の……ブルーコスモスの意向が恐ろしく反映され発行された物だが、それでも正式な物だ。

 それを持って来ていた。だからここに居るのだ。

 

 中身は、キラ・ヤマトを大西洋連邦へ召喚する。という旨が記載された書面だ。

 ただし、その書面を詳しく読めば凶悪の一文字に尽きる。

 場合によっては《人権の無視が認められている》代物であり。しかもそれは、実行者の判断により適時、という緩さである。

 気まぐれで人間扱いをしなくても許される、という恐ろしいモノだった。

 

 アルスターは、その気になれば問答無用でキラを制圧できる権限を預かってきていると言う事だった。

 理由は簡単だ。

 対象であるキラが、現状で、機密情報を多数知っている、凄腕の、戦闘工作員と、見なされているからである。

 非合法活動員だから、法の及ぶところではない。そういう事だ。 

 

 しかし、結果として、アルスターは出さなかった。

 

 幸運だった。

 繰り返すが、マリューの控えめな態度が、この時点でアルスターの神経を逆撫でしなかった事は、幸運だったのだ。

 

「……分かりました、お待ちしましょう」

 

「よろしい、のですか……?」

 

 意外な程あっさりと、アルスターは、マリューの意見におよその納得と理解を示した。待ちましょうと。

 お願いをしたマリューの方が面食らっている位、簡単に引き下がった。

 

 そう、待つつもりだ。待ってもいい。

 彼も先程の戦闘中に、脱出挺の中で死ぬかもしれないという恐怖を味わった人間だ。

 邪魔をしてはならない領分という物はあるだろう。それくらいは分かる。

 

 第8艦隊司令であるハルバートン准将からも、釘は刺されていた。

 同艦隊士官……乗艦してきたモントゴメリの艦長コープマン中佐からも、伝えられていた。

 

 職務があるのは理解しておりますが、我々の状況は安全とは言えません、どうか安全圏まではご理解ある行動にご協力を、と。念押しをされていたのだ。

 

 さすがに待ってもいいかと。

 そういう心情だ。彼ら彼女らは協力的な方だ、強硬手段はまだ出す必要はない。そう考えたのだ。

 

 待つ、と伝えられたマリューは静かに、しかし分かりやすく安堵の息をついた。

 アルスターは彼女を、表情を繕うのが上手くはない方だと少しばかりの苦笑をする。

 これなら話は聞きやすいだろう。可能な限り聞いておこうと、対応を変える事にした。

 

 艦責任者であるマリューから見た、キラの言動を聞き取っておこうとしたのだ。

 どういう相手なのかを。

 

 召喚命令と言えど、穏便に、そして自発的に協力してもらえるのであればそれに越した事はない。

 

 要は大西洋連邦の役に立ってくれればいいのだ。結果や態度次第では見返りも用意できる。

 何なら特進や叙勲の申請をしてから、名誉除隊にして帰国させてもいい……今後一生涯、恩給でも出せば彼は不満を表に出さずに、静かに機密を持ったまま墓に入ってくれるだろうと。

 そうとすら考えていた……この時点までは。

 

 この時、アルスターは本心からキラに感謝をしていた。

 コーディネーターに嫌悪やら何やらはあれども、キラ個人を見た場合、一応は娘と自分の恩人だ。

 少なくとも好意的に見る部分はあったのだ。

 

 数々の問題も、何とか可能な範囲においては、穏便に解決できるようにと考えていたのは、間違いようのない確かな事実だったのである。

 

 ただ、何事にも想定外……いや、想像の遥か上を行く事態という物は存在してしまう。

 

 マリューから話を聞くにつれ、ジョージ・アルスターは笑顔を張り付かせたまま心がざわつくのを感じた。

 おかしい。話が、おかしいのだ。

 

 軍事機密を確実に知っており、技術者達の一歩先を行く電子工学知識を保有。

 プラントと連合の中枢にすら情報網を持っているかのような判断と挙動。

 実用化に未だ問題を残しているモビルスーツのナチュラル用OSを既に作製。

 連合機、ザフト機をどちらも使いこなす対応能力と桁外れの操縦技量。

 そして、戦果。

 

 冷静に考えた時。外から来た人間が、ある程度の詳細を把握して、よくよく考えた際に感じる印象……。

《まともな民間人のはずがない》のだ。キラ・ヤマトが。

 

 アルスターは足元から恐怖が立ち上って来るのを感じていた。

 どこの世界に。自分の所属する組織に……自分の家に、得体の知れない怪物を招き入れる馬鹿が居るのか。

 

 彼はマリューの正気を疑った。

 キラ・ヤマトを擁護するような話し方。庇おうとしているのを聞き取れるのだ。全てを話してはいない、上手く誤魔化そうとしているのが分かる。

《それを》正気の沙汰と思えない。

 

 特に最悪なのは、コーディネーターである事だ。

 排斥しようとしている相手が……叩き潰して日陰者にしてやろうと思っている相手が。こんな華々しい戦果で称賛される事は許容できる訳がないのだ。

 対プラント、対コーディネーターで纏まっている世論が崩壊しかねない。

 

 怪物のようなコーディネーターが存在している……これが、どれだけナチュラルにとって脅威となるか分からないのか?

 コーディネーターは造れるのだ。

 こんな物を次々と《製造》されたら一体誰が止めるのだろうか。

 

 よくない。

 

 これはよくない。非情によろしくない。否、まずい。

 不味すぎる。

 想定以上に《よろしくない事態》が起きていた。アルスターは認識を改める事になったのだ。

 

 大西洋連邦にとって……いや、我々ブルーコスモスにとって、キラ・ヤマトは劇薬になりかねない存在だ。そう判断を改めるに至ったのだ。

 

 彼は、マリューが何とかキラを好意的に解釈できるように話をするのを聞いていた。彼女が、キラを、擁護している話を、しっかりと笑顔のままで聞いていた。

 そして理解した。

 

 プラントの造り上げた怪物が、大西洋の中枢に近づこうとしているのではないか、と。

 

 事によれば更に上……ロゴスにも話を通しておくべきだろう。取り込むのは危うい気がする。

 アズラエル理事は、自分を送り出す許可を出した時点で、ここまでの事とは把握していない筈だ。

 聞けば、危険性を理解してくれるだろう。

 

 何とか……何とか上手く役に立った上で。ちょうどよくそして綺麗に死んでくれないものだろうか、このコーディネーターは。

 

 マリューのキラに対する必死の擁護を笑顔で聞きながら、アルスターはキラを《人》とは見なさなくなっていた。

 

 

……繰り返すが、マリューの控えめな態度がアルスターを刺激しなかった事は幸運だった。

 マリューがキラを擁護するような態度を見せた事は幸運だったのだ。

 

 もし、この時点でアルスターの持つ命令書が表に出ていれば……彼が強硬策に出ていれば、アークエンジェル内部はどうなっていたか分からないからだ。

 

 問題は、幸運だったと言える状態であったとしても、良好な結果になっていくとは限らない事だった。

 

 

 フレイ・アルスターはご機嫌だった。久しぶりの晴れやかな笑顔を見せ、先程から嬉しそうにしている。

 アークエンジェル艦長室近くの通路で、無重力に体を任せニコニコとしていた。

 

 自分の体勢に無頓着な彼女。

 黙っていれば安全なのだが、時々じっとしていられないとばかりに、一緒にいる男の子に抱きついてはしゃぎだすのだ。

 その為に壁やら天井やらにぶつかりそうになってしまう。

 その手を掴んで床へ引き戻し、あるいは壁にぶつかる前に体勢を落ち着ける役目は男の子……サイだ。

 

「フレイ。危ないからさ、じっとして」

 

「は~い」

 

 優しく嗜めるサイに対してフレイは素直に返事をする。

 最も、穏やかに微笑みながら手を繋ぎ、優しく抱き寄せあっている様はあくまでも柔らかく、若い恋人同士のそれだ。

 叱ったなどという空気ではない。

 

 それもそうだろう。これまで塞ぎがちだったフレイが、ようやくいつもの……いつも以上の元気な顔を見せているのだ。

 基本、明るく社交的な彼女だが、それは命の危険がほとんどない日常生活での話だ。

 見知らぬ人ばかりの軍艦に乗って、戦場を引きずり回されていれば心も弱って当たり前である。

 

 ようやく家族と会えたのだ。

 大好きな父が迎えに来てくれたのだ。

 これでもう大丈夫だ。

 

 嬉しさをどうしても我慢できないとばかりに、フレイは何度目かの抱き付き体当たりをサイに敢行する。

 サイはそれをしょうがないと受け止めて、彼女の頭を撫でてやった。

 彼女は抗議を始める。

 

「もぉー髪が崩れるでしょおー、子供じゃないんだから」

 

 子供じゃないと言いながらも、離れようとしない辺り嫌ではないらしい。

 そも無重力で髪型の崩れとは、と思わないでもないが。女の子の思考回路はサイには謎である。

 少しばかり甘えがすぎるかな、等とも思ったが言わずにおいた。

 甘えたいのだろう。

 

 少々、年齢にそぐわない振る舞いだが、命の危険を味わった者が、肉親や親しい者に弱気を見せるのは珍しくもない。

 サイ自身、これまでの状況に不安や恐怖を感じないではないのだ。人肌に安心を覚える所があるのは自然な事だと言える。

 

「ねえねえ、サイ。もうすぐ帰れるのよね? さっきパパがそう言ったもの。あと5日で帰れるからって、そうよね?」

 

「そうだね、あとちょっとだよ。もう少しで帰れるからさ、だから大丈夫だよ」

 

 フレイは、サイの返答ににっこりと笑う。

 二人は先程から何度も同じような会話をしていた。フレイがサイに嬉しそうに聞くのだ。確かめているのである。

 あともう少しだから、もう大丈夫だと。父がそう言ったのだからと。

 それを、誰かと確かめ合っているのだ、自分はもう大丈夫だと。そう自らに言い聞かせているのだ。

 

 無意識の言動である。

 口に出せば出すほど……そう言えば言うほど、不安から逃れられるから、そのように口に出しているだけだ。

 これはフレイだけに限った事ではない。へリオポリス避難民にも急速に広まっている心理だった。

 

 それを刺激しないように、追加での説明を行おうとしているコープマンの苦労と配慮は彼らの目にあまり入っていない。

 誰も彼も、もう帰れるつもりなのだ。余計な話は聞く気になれないのである。

 

 これまでは、色々ありつつも何とか我慢して、何とか纏まりをみせながら耐えてきたが、ここにきて個々人が緩み出していたと言っていい。

 もちろん、未だ慎重であろうとする者も居るには居る。 しかし全体として見れば、それぞれが自由に考え出し、喋り出している空気が強まっていた。

 

 サイも同様だ。これまでは目の前の事に必死だった。

 しかし、帰国の目処がついた今、ある程度の余裕が出た為に、気になっている事は幾つも出てきていた。

 

 家族が無事で居てくれるだろうか。自分は5日でちゃんと帰れるだろうか、1日2日くらいは延びるだろうか。

 さっきの混乱で怪我をした人達は大丈夫だろうか。フレイが嬉しそうでよかった。フレイのお父さんが無事でよかった。

 トールが無事でよかった。

 

 そして……キラは、大丈夫だろうか。

 

 やはり一番気になってしまうのはキラの事だ。

 自分達の目の前で、自分の友人が、大人に顔を鈍器で殴られたあの光景。

 あんな光景はこれまでの人生で見た事など無かった。

 

 大きくはない友人の体が壁にぶつかり、見た事もないような量の血が顔から流れていた。

 あの姿、あの光景は、忘れようにも忘れられない。

 

 今思い出してみても、正直怖い。ああいう事が身近に起こったという事実が怖いのだ。

 もちろんキラ自身を心配する気持ちはちゃんとある。

 ただ、それを。その出来事を怖いと思っている自分を少し……情けないと思うのもあった。

 

 サイは、喜ぶフレイと怪我をしたキラの事を同時に考えてしまい、複雑な気持ちになる。

 

 当たり前だが、それはサイのせいでも、もちろんフレイのせいでもない。

 サイ自身の優しさと誠実さ、そして荒事に対する絶対的な経験不足から来る怯えによるものだ。

 他者を気遣える証である。

 

「サイ? どうしたの?」

 

「ああ、いや。うん……キラが、さ。大丈夫かなって」

 

 大変な怪我をしてたから。

 

 そんな言葉を続けながら、笑顔を潜めて黙ってしまったサイに、フレイは敏感に反応する。

 嫌な事は起きてほしくない。聞きたくない。

 不安に思うような事はない、何でもないと言ってほしいのだ。

 だから、キラの事がサイの口から出ると、フレイの笑顔も陰りを見せた。

 

「誰も詳しく教えてくれないしさ。あんまり、ひどくないといいけど……」

 

「それは……かわいそうだけど。だって、私達のせいじゃないもの……」

 

「いや、誰のせいとか……」

 

 誰が悪いとか、そういう話をしているのではない。キラの心配をしているのだ。

 サイはフレイの口ぶりが他人行儀に感じられる風に聞こえた。思わず顔を見やる。

 

 フレイはこの話をしたくないとばかりに目を瞑り、俯いていた。

 

 サイはさすがに嗜めるべきかと考える。

 自分だって偉そうに言える立場ではないが、彼女のコーディネーター嫌い、偏見は少し、質が悪い気がする……この船に乗り、キラと接する機会が増えてからは、むしろより酷くなった感があった。

 

 キラと普通に接してはいるのだ。いるのだが、ふとした時に、根本的に相手を否定するような言動、態度を取るのである。意識しての事であれば問題だ。

 無意識であるなら、より問題だと思えた。

 

 自分達の乗ってる船を守ってくれている相手。

 崇めろとか心酔しろとは言わない。ただ、もう少し、何というか……敬意を持って《人》に相対するべきではないのだろうか。

 サイにとってフレイは大切な相手だ。しかしキラも大事な友人なのだ。

 ナチュラルとかコーディネーターとかの話ではない。

 

 サイはフレイの価値観に困った物を感じていたが、誤解の無いように言えば、フレイは、キラを嫌いだとか、どうでもいい等とは思っていない。

 

 ただ、嫌なのだ。

 ああいうのは嫌なのだ。とても無理だ。

 顔から血を流しながらこっちを向いてきたあの子。

 キラ・ヤマト。

 

 怖い。怖いのだ。何で笑えるのだろうか。怪我をしてそれでも戦いに行くだなんて。

 あんなの普通じゃない。普通の訳がない。

 

 フレイは、キラが戦った事でこの船が助かった事を理解している。自分の父親が助かった事も知っている。

 

 感謝の気持ちはある。

 しかしそれとこれとは別だ。やっぱりコーディネーターは恐ろしい。

 あんな事をする、あんな事をできる者を、ああいう連中を、どうしてもまともな《人》とは思えないのだ。

 

 彼女の感情は行きすぎの面もあった。だが、概ね自然なものとも言える。

 争い事に縁遠く、治安の良い地域で、それなりに裕福に育った人間のごくごく一般的な反応だ。

 

 まして彼女の父親は大西洋の高級官僚……コーディネーター排斥論を唱えるブルーコスモスの一人だ。

 穏健派に属する人間とは言え、最終的に目指す所はコーディネーターの排除、権益の抑制を主張している者たちの一人なのである。

 そんな人物が父親なのだ。

 

 母親を亡くし、唯一の肉親である父親からの教育により形成された価値観というものは大きい。

 個人的な性質として流血沙汰を嫌う物もあるだろう。

 

 それが合わさった結果、現状でキラへの……コーディネーターの恐怖が大きくなっているのだ。

 近づかなければ大丈夫だ。だから近づかないようにする。

 関わらないようにすれば目を瞑っていれば。無理矢理にでも忘れてしまえば。

 そうすれば無かった事にできる。無かった事なのだから気にやむ必要もない。

 自分には関係ない、遠い何処かの出来事にできるのだ。

 

 彼女が考えている事は、早くこんな所からは離れたい。

 早く帰りたい。それだけだった。

 

 

 

 ただ……何故だろうか。

 見たくない、関わりたくないと、そう思っているのは確かなのだが。

 キラを守ってあげたいと、守ってあげなくてはならないと、そんな風に思える感情がちょっとだけあるのが不思議だった。

 

 心がざわめく感じがするのが本当に不思議だったのだ。

 

 

 

 




 フレイを書きたいがためにがんばたようなものです。

 ※2020/7/23
 アルスター次官の属する派閥に関して文章の修正を行いました。
 過激派に属すると書いてしまっておりましたが、これを穏健派に属すると修正してます。
 
 


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不器用な逆行者 4

2020年 5月6日 同時投稿の2話目です。
注意してくださいませ。

こっちはキラ出てますよ。

いつも通り長いよ、ゆっくりと読んでくださいませ。


 理解不能の話を聞いた時の、人の反応とはどのようなものだろうか。

 怒るか、嘆くか。呆れるか。

 もしくは理解したくない、認められないと否定をするか。あるいは相手を攻撃して無かった事とするか。

 良いか悪いかは別として、目を背けるのも選択肢の一つになるだろう。

 

 しかし、受け入れざるを得ない程の実績を示されればどうか。その相手が、危機的な現状で最も頼りにするべき相手であればどうなのか。

 内容が自分の命に関わる事で、おまけにすぐ先の事だとすれば、いったいどうすればいいのだろうか。

 

 本当に全く経験のない状況に放り込まれた時、自分の理解が及ばない現実にぶつかった時。

 そんな時は多分こうなるのだろうという見本があった。いや、居るのだ。自分だ。鏡に映っている自分の顔がまさしくそれだ。

 

 背中を訳の分からない寒気が襲ってくる。

 

 何を話されようとも黙っている自信はあった。聞こえませんでしたと言っていればいいのである。

 これでもそこそこの軍歴だ。余計な事を見聞きしてしまったのは一度や二度ではない。

 要は自分に関係ないと、そっぽを向いていれば済む話なのだ。

 

 しかし、予言やら予知の類は初めてだ。

 加えてその中身のヤバさたるや。

 

 地球軌道での敵襲。第8艦隊が壊滅、ハルバートン准将の戦死。降下失敗により敵勢力圏への降下。

 

 戦場でよくあるくだらない噂、とは笑っていられる物ではない。

 耐えきれずに、思わず口を挟んでしまった。

 

 不吉過ぎる。縁起でもない。何故そんな事を言えるんだ。どうして断定できるのか。

 知っているのか。どうして分かるのか……まさか、本気で未来が見える、のか? と。

 

「お、お前……ヤマト……おまえ、は」

 

「上等兵。黙っていろ」

 

 言ったはずだぞ、機密を知りたくなければ出ていろと。 くそ真面目な少尉から、そんな言葉を投げつけられる。

 

 いや、待ってくれ。聞いていない。

 機密を知る事になるかもとは言われたが。これは聞いていない。

 敵はまた来る。この艦は敗北すると、言われたんだぞ。

 それを可能性ではなく、確定した事のように言っているのは何故なのか、おかしいと思わないのか。

 

 何でそんな事を断定して話しているのか。何故、起きるだろうという前提で話を進めているんだ。 

 

 この少尉は、何でそれを当たり前のように聞いて確認していやがるんだ。

 

 こいつらは、さっきから《何を》話しているんだ。

 

 自分は安全性を考えて、彼らを二人きりにさせないようにここに居座ったが。

 結論としては、出ていればよかったと激しく後悔した。

 

 最悪なのは説得力があるという事だ。まるで見てきたように喋りやがる。

 その生々しさときたら。

 救援が丸ごと壊滅して、またもや地獄へ突っ込む事になる等という、悪夢のような話を聞かされる事になるとは。

 

 二人が静かに話をしているのが恐ろしい。

 狂っていると一目で分かれば虚言で済ませられるのに。

 

 それとも狂っているのは俺なのか? 俺がおかしくなっているのか?

 

 誰か、俺はまともだと言ってくれ。

 もし俺が狂っているなら、俺が狂っていると感じるこいつらがまともだという事になってしまう。

 

 未来を予言できるコーディネーター……そんな奴から、味方が全滅する宣告なんて聞きたくない。

 

 

 

 ナタルは、狼狽する保安部員を他人事のように眺めた。 彼に残ってもいいと選択肢を与えたのは正解だったかもしれない。

 他者が自分以上に狼狽えるのを見ると、自分は比べて冷静になれるものだなと、そう思ったからだ。

 最も、だから自分は冷静を保っているなどとは言い難い。

 

 ただ、キラに《次》を聞くと、覚悟を決めていただけだ。

 何を言われようとも、とにかくまず、次は、どうなるのかを聞こうと。

 

 割りきったとはとても言えないだろう。優先順位を考えただけと言える程度だ。

 だが、いよいよ追い詰められつつある現状は紛れもない事実。例え虚偽の情報を混ぜ混まれたとしても、ある程度は腹を括るしかない。

 もう、キラの話を当てにするしか動きようが無いのだ。

 

 ぽつりぽつりと、キラから返ってきた答えは地球降下の失敗。

 第8艦隊の壊滅。そして避難民にも被害が出てしまうという苦吟する内容だった。

 

 以前にもある程度は聞いたが、より詳しい話を聞くと気分が滅入ってくる。

 衝撃を受けている最中の保安部員を見ているとよく分かる。自分もそうだったのだろう。

 信じたくなかったのだ。

 

 虚言であってくれれば、どれだけいいか。

 

 ナタルは、そこまで聞いたところで一旦話を止めさせる。直近で必要な事はひとまず了解できた。

 

 その上で、今はこれ以上を聞いても意味がないと思い始めたのだ。思ったよりも時間は無い。

 目前に迫る件に対応するべきと判断した。

 

 キラの話を全部聞き取るには、どれだけ必要になるか分からない……兵がいる前で、それ以上を喋らせるのも、よくはないだろうという点もある。

 上官に反抗してまでキラを護衛しようとする者が、今さら余計な話を漏らすとも思えないが、それでも聞かせていい物には限度があると思えたのだ。

 今はこれで十分だ。

 

 ナタルにとって、医務室の静かな環境は考え事をするのに有り難かった。

 

 聞いた上で、やはり言いたい事は色々と出てきてしまうのだが……後回しにできる事は、全て後に回すしかないだろう。

 最も大切な点を確認するに留める。日時だ。

 

「第8艦隊との合流後、地球への降下準備中に敵襲……それが71年の2月。13日から15日前後。間違いは、ないんだな?」

 

 疑うのではなく、あくまでも確認。念押しをするようなナタルのその言葉に、キラは少し急いたように答える。

 

「はい……でも、あのっ。何か、何か違っていて。さっきのザフトも本当は、アスランが……あのナスカ級が来るはずだった。そのはずなんです。

 なのに、僕の話とは違ってしまっていて、もしかするとまた……日時も合っているかどうか」

 

「それは私も分かっている。最初に聞いた話と違っているというのは。

 判断はこちらでする。君は私の問いに答えてくれればいい……今度は、黙れと言うつもりはない。落ち着け」

 

 キラの話は先を急ぎがちで、そして必死さが前面に出ていた。

 それも、当然だろうとナタルは思う。

 多分、撃ち殺される前に伝えておくつもりなのだろうと。

 自分は実際に撃ったのだ。対話を一度、相手の殺害という形で断ち切ろうとしたのはこちらだ。

 だから、ここで終わるのであれば、その前に全てを伝えておこう……おきたいという事だろう。

 しかし。

 

「全てを詳細に聞いておきたいが、時間的な余裕がない。 自分のきお……話と違う所があると言うのなら、今すぐの敵襲がない、とは言えないだろう」

 

 ナタルは、キラの記憶と言わずに、話と言い換えた。

 さすがに未来から戻ってきた、記憶がある云々を保安部員に聞かせる気にはならない。

 はっきり言ってしまうのと、まだ誤魔化せる余地を残すに留めるのは、わずかに見えても大きな差だ。

 

 それを察したのか、キラは「はい」と頷く。

 

 ナタルは、キラを大したものだと一瞬場違いな評価をしてしまった。

 負傷の度合いにしては落ち着いて話せている。

 精神的な磨耗があると診察されているはずだが……何がこの少年を支えているのだろうか。

 

 それも強化されたコーディネイトによるものだろうか、と思い浮かべてしまい、内心で己を叱り付けた。

 キラ個人に対して、失礼すぎる考え方だと。

 

 彼女は、本筋に話を戻すべく大きく息をついて、思考を切り替えた。

 

 厄介なところは、記憶頼りというのは、やはり怖い部分が存在する。という点だろう。

 

 日時や敵の規模がはっきりせず、加えて本人の経験・記憶と違う可能性があり得る、と言うのは迷い所だ。

 仮に、話の中で最も早い2月13日に艦隊合流、ザフトによる敵襲があるのならば、あと70時間を切っている事になる。

 丸3日もないのだ。

 

 できれば、できれば15日が望ましい。15日なら、クルーの休息に、半日程度の時間が取れるかもしれない。

 

 理想は、敵襲などない事だが……おそらくは、来るのだろう。

 

「……切り抜けられるか?」

 

 ナタルからのその問いに、キラはわずかに目を伏せた。

 

 彼女はアークエンジェル、そして第8艦隊の話をしている。それと同時に、キラの事も言っているのだ。

 今回も戦うのだろう? と。

 

 酷な話だった。

 あまりにも酷い話だ。ナタルは自覚をして言っている。

 キラが見せた戦闘能力。あれがあれば、切り抜けられるのではないか。

 可能性はあると思えたのだ。

 

 いや。逆だ。

 正直に言えば、その条件でしか達成の見込みはないと思っているのである。

 キラが戦う事が必須だろうと。

 

 それはキラに凄まじい負担をかける事を意味している。

 あれほどの能力を持つに至ったパイロットが、一度は失敗したのだという戦場に、再度立たせるという事だ。

 

 ましてや、話の上では奪われた《G》が、ラウ・ル・クルーゼの部隊が来ると言う。

 

 今回は違ったようだが、次も違ってくれるだろうと楽観視する気にはなれない。

 それを、それでもやってくれるかと、ナタルは聞いているのだ。

 

 ただ、この少年は。キラは、おそらく断らないだろうという確信が、ナタルにはあった。

 それどころか戦う事を強く望むのではないかと。

 

 だから、今回も動いてもらうつもりで言ったのだ。

 

 非道だと罵られようとも、後々どんな罰を科されようとも、キラを利用するつもりだ。

 民間人を何としても無事に帰さねばならない。ましてや犠牲になるなど。

 それだけは防がなくてはいけないのだ。

 

 

 キラは無言だ。

 拒否をしているのではない。ナタルから問い掛けられた事に対して、記憶を思い起こしていた。

 

 第8艦隊との合流時に起きた戦闘。

 

 どうだろうか。出来るだろうか?

 ナタルは黙ってこちらの答を待っている……意見を聞いてくれるという事だろう。

 ありがたい、とキラは思った。

 

 言うまでもない事だが、キラには黙って見ている等という選択肢はなかった。

 むしろ自分は戦うのが当然だと考えている位である。

 ナタルの言い様は、自分にも戦わせてくれるという事だと理解をしていた。

 

 やっと和らいできた頭痛に少し眉を潜めながら、記憶を掘り起こしていく。

 

 やはり、最も重要な点はヘリオポリス避難民だろう。

 これ以上彼らを連れ回す事はできない。大人ですら参ってしまっているのだ。

 子供に至っては、完全に身体や精神に不調が出始めている。一刻も早く帰してあげたかった。

 

 方法はどうなるのか。

 バジルール少尉の話では、艦隊と合流次第、地球軌道からのシャトル降下による帰国になる。

 同じだ。

 

 それはキラを激しく不安にさせる。

 彼らが無事に降下を終えるまで、こちらは地球軌道を動けない事を意味するのだ。

 

 だからあんな結果になってしまったのだろう。

 

 目の前で一機のシャトルが破壊され燃えていったあの光景は、今も自分の脳裏に焼き付いている。

 

 自由には動けず、必ず守らねばならず、そして逃げる事もできない。

 困難極まる局面だ。

 

 ただ、それでも何とか、おそらくは……おそらくは、切り抜けられるのではないか、と、キラは考える。

 傲慢と取られるだろうが根拠はあるのだ。

 自分の戦闘能力だ。

 

 自分の身に起きた、感覚が鋭さを増すようなあの現象。

 この71年に戻ってくる前にも、同じような経験は何度もある。大戦の後半からは、ほぼ自在に使いこなしていたような物だ。

 

 端的に言ってしまえば、自分の集中度を一段引き上げるだけの、気合のようなモノだが……先程、自らの身に起きたそれは明らかに違っていた。

 異常な程の鋭さがあったのだ。

 

 あれは何だったのだろうか。

 現状、あの鋭敏さは落ち着いているが、原因が分からない。

 戦闘の興奮状態による、ただの心理的な物だろうか。

 

 しかし、敵意や殺気、断末魔の意識といった類まで感じ取れたような気がしたのは何故だろうか。

 幻聴や幻覚の類かと思わないでもないが、あの生々しい息遣いや人の暖かさ、そういったモノが弾けていく感触は、本物だと思える。

 

 伝わってきたから分かるなど。そんな訳の分からない話は自分でもあり得ないとは思うが、だが分かってしまったのだ。

 

 あれが、間違いや思い込みでないのなら。自分は700人以上は殺めたはずだ。

 

 モビルスーツを落とした時、2隻のナスカ級を沈めた時に、感じた波。

 人々の憎悪と絶望が織り混ざったような、人の感情の奔流……おぞましい不快感のような衝撃は、生涯忘れる事がないだろう。

 

 無意識の内に手が震えてしまう。

 恐ろしい感覚だ。正直、あまり良いものとは思えない。

 

 だがあれを、あの《感覚》を使いこなす事ができれば。

 今度は、もっと何か出来るのではないか。

 フレイのお父さんを助ける事が出来たようにだ。

 だから言ったのだ。

 

「……できると思います」

 

 キラは視線をナタルへと向ける。

 その目が如実に語っていた。やってみせる、と。

 

 その視線を受け止めたナタルはわずかに目を細めた。

 右目だけになったキラの顔。

 わずかに赤色の滲む包帯ごしのガーゼ……左目の部分に痛ましい物を感じてしまったのだ。自己嫌悪と共に。

 自分はこれから《更に》酷い話をしようとしている。

 

 しかし、それも一瞬の事だ。

 

「そうか。分かった……必要な物は何かあるか? 休息を取らせるようにと言われている。艦隊との合流まで休んでいても構わない。

 ただ、私としては、今すぐにモビルスーツの修理整備にかかってほしい。可能であれば、そのままスクランブル待機もだ」

 

 静かに答えたキラに、ナタルは頷きながら酷な事をはっきりと言い放った。

 

 戦術指揮官としての判断と言えるが、負傷した相手に対して伝える言葉ではない。

 互いにそのつもりとは言えども、言われた方は手術直後の相手である。

 麻酔がまだ抜けきっていないどころか、安静にしているのが当たり前な状態だ。

 

 端から見れば、罪人でももう少しはマシな扱いをしてもらえるであろう待遇と言える。

 

 狼狽しながらも、さすがに状況へ多少の慣れを見せた保安部員が、一瞬絶句する。

 直後に、感情を爆発させながら、ナタルに食って掛かったのは当然だと言えた。

 

「……いい加減に、しろよ……! 

 他に言う事はねえのかよ? こいつが居なけりゃこの艦とっくに沈んでんだぞ! 撃ち殺そうとした詫びはどうなってんだよ!? なあ、おい!」

 

 彼は、座ったままのナタルの襟元を掴みにかかった。

 この少尉は、指揮官として全く尊敬できない言動をしやがったのだ。

 苦境に、兵士を使い捨てて、打開を計ろうとしている。

 これでは手柄は指揮官の物、部下の方は戦死で二階級特進で終了だ。

 

 やる方は良いだろう。指揮官なのだからの理屈で全てに言い訳が立つ。

 しかし、それをやらされる方は堪ったものではない。

 

 キラは命懸けで証を立てた。

 次に義理を果たすのは彼女の方だろう。

 内通者の疑いがあるとはいえ、キラは戦時徴兵扱いの軍属。控えめに見ても民間協力者……友軍である。

 最低限の義理は果たすべきだ。それを、このド新米の、くそ少尉は。

 

 さっきとは逆に、兵士の目に怒気が宿り始める。

 ナタルは抵抗する気も見せずに黙って兵士を見て……横から制止する声が上がった。キラだ。

 

「待ってください……! 元々は、僕の責任です」

 

「……何、言ってんだ……!? お前の? んな訳ねえだろうが!」

 

 一言二言では止まらずに、罵詈雑言が激しくなりそうな勢いをキラが割って入り、止める。

 立ちながら、バジルール少尉の責任ではないと彼女を庇ったのだ。

 それに戸惑いを見せた保安部員に、キラは精一杯の言葉を重ねていく。

 

「僕が、この艦を色々と混乱させてしまっているんです。 誰が悪いとか、ではなくて。いえ、誰が悪いのかって言われれば……僕が、悪いと言えると思います。だからバジルール少尉のせいではないんです。

 上手くは言えませんけれど、でも本当にそうなんです」

 

 むしろ助けてもらっているのは自分の方だと。

 キラは、はっきりとナタルを庇った。

 嘘ではない、心からの言葉である。

 

 自分への責めを当然だと受け止めるナタル……背筋を伸ばして座る彼女の顔を見れば分かるのだ。

 疲労が顔に出ているのである。

 それでも将校たらんとする姿勢、責任を果たそうと努める人の顔だ。

 

 自分が知らないだけで、彼女は沢山の苦労を背負ってくれているはずなのだ。

 そしてその中には、自分のせいで、キラ・ヤマトのせいで、背負う事になった物もあるに違いないのである。

 

 キラにとって、周りはどれだけの苦労をしているのか、それがほんの少し分かるようになった事が大きい。

 

 彼女もこの大戦で命を終えた内の一人だ。だが今度は、この人にも生きて欲しいと思う。どうか。

 

 キラは本当に本心からそう願っていた。

 だからその為には、今は、力が要るのだ。

 

「このまま格納庫へ行きます……すぐに、ストライクを何とかしないと。自分で動くのは、まだちょっと大変そうなので、肩を貸してくれませんか?」

 

 お願いします、と頭を下げるキラを、顔馴染みになった彼は、ひたすら渋い顔をして見やった。

 

 キラは怒っていいはずだ。こんな扱いをされたら、それが当たり前のはずなのだ。

 だが、理不尽な目に合っている当の本人がそう言ってくるのであれば、代わりに勝手に怒っている自分はただの邪魔者である。

 

「……くそっ。お前がその女を庇うんなら、俺がただのバカみてえじゃねえか。バカ野郎……!

 わかったよっ! 黙りゃあいいんだろ!

 少尉……ヤマトを格納庫へ連れて行きます。モビルスーツを触らせますよ、それでいいんですね?」

 

 ため息混じりの怒声と共に、保安部員はナタルに許可を求めてきた。同時に特大の舌打ちを忘れてはいないが。

 

 ナタルは離してもらった襟元を整えながら無表情に頷く。

 

「頼む」

 

 返事は一言だけだった。しかし、それを聞いたキラは明確に安堵する。

 一度は彼女に撃たれる寸前まで疑われたのだ。

 そこからしてみれば、本当に手を付けていいのかという話だ。動いてもいいと言われたのだ。モビルスーツに触っても良いと。

 願ってもない話である。

 

 もっと話したいのだが、確かに時間はあまり無い。

 ならば、と、この話を終わった物として、急いで格納庫へ向かおうとする。

 保安部の彼はキラを多少持ち上げるようにして肩を抱えた。

 麻酔が抜けていないキラを支える形よりは、彼がキラを持ちあげるに近い形の方が、話が早い。

 

「痛かったらちゃんと言えよ? 倒れたりしてみろ。速攻で医務室に逆戻りだからな」

 

「助かります……あの、バジルール少尉。格納庫に行ってきます何かあったら」

 

 すぐに呼んで下さい、と話を結んで医務室を出ようとしたキラを、ナタルが呼び止めた。

 

 はい、と、キラが振り向き直すと、彼女は頭を下げてきていた。

 ナタルが、立ち上がって頭を下げていたのだ。

 

「君を工作員と疑った事を謝罪はしない。私は今もその可能性を疑っている。否定する明確な証拠は何も無いからだ。それは今後もだ。

 だが、艦内の混乱を抑えてくれた事。艦を守ってくれた事は本当に心からお礼を申し上げる……怪我の事は私の責任だ。艦内の監督を怠った。本当に済まなかった」

 

「い、いえ、そんな……あ、あの、頭を上げて下さい。バジルール少尉が謝る事じゃ」

 

 キラは目上の者に頭を下げられて対応に困った。本当に彼女のせいとは思っていないのである。心苦しい。

 

 と言うか……一度、確か自分も言われた事がある気がするのだが、階級の高い者は簡単に謝ってはいけないのではなかったか。

 カガリの一族係累として、オーブ軍に王族待遇で特任された時に、そんな事を言われたような気がする、のだが。

 あの時期は、精神的に衰弱が激しかった時のため、朧気な記憶しかない。

 軍人としての職務など、名前だけでほとんどやっていないのだ。

 

 しかし、困る、などという反応では済まないのは、キラの体を支える保安部員の方だった。

 有り得ない物を見ているのだ。

 

 本来、士官が人前で頭を下げ、そして謝罪をするなどまずあり得ない。

 無論、キラがはっきり覚えていないだけで、確かにキラもそう言われているのである。

 

 士官とは将校教育を受けた者の事だ。

 それは、国家が軍権を行使させるに足ると判断した人物であり。

 極端な話、指揮権を行使する者とは、その国家の代表。 下した判断はその国の公的な立場、判断として見られる場合があるという事だ。

 

 だから有り得ないのである。

 士官が軍服を身に纏った状態で、兵士が見ている前で、戦時中に、敵国のスパイの疑いがある人間に頭を下げ、謝罪をするという、この光景が。

 

 謝れ、と言った保安部の彼も、まさか将校が本気で頭を下げてくるとは想像していなかった。

 

 出世コースから外されるとかそういうレベルの案件ではない。

 これが表に出れば彼女は軍人としてほぼ終わりだ。

 少なくとも、大西洋での栄立は一生望めまい。

 

 人によっては、たかが頭を下げた位でと言うかもしれないが……だが彼女は他にやりようも言い方も知らなかった。

 ナタルは自分のこの行為を、後悔しない決意があってやっている。

 包帯を顔面に巻いた少年の姿を見て、謝罪のひとつもできない人間になるつもりはなかったのだ。

 

 ナタルは頭をあげ、そして言葉を続けてきた。

 

「……ヤマト、お前はオーブには帰れないかもしれん」

 

 多数の人間の前で内通者だと言い放つのは、実は極めて危険な行為だ。

 利益をもたらしたのならまだしも、現状、キラは「敵を呼んでしまった」と言っているのである。

 社会的に排除されかねない行いだ。

 

 あの場は治まったが……同じ国の人間を相手に言ってしまった事は、彼の今後の立場を酷く危うくする。

 下手をすれば家族にも害が及びかねない。

 

 だからせめて、キラとその家族がオーブに居られなくなった場合でも、ナタルは彼らの居場所を用意する責任を果たするつもりだった。

「君とご家族が、オーブに居られなくなる状況になった時は、私が何とかする。功績は不足しないはずだ。

 叙勲の申請を合わせてすれば、まず間違いなく大西洋に市民権が用意されるだろう。弁明や擁護は私がやる」

 

 キラ・ヤマト個人の、大西洋における名誉と権利は保証して見せる、と。

 ナタルはキラにそう言った。

 

 キラはさすがに事を理解する。

 彼女は、いざとなれば泥を被ってでも、こちらを擁護する気なのだと。

 

「バジルール少尉、それは……」

 

「回収した物資の流用は自由にやってくれて構わない。編成や装備はフラガ大尉と。

 ラミアス艦長と話して、第8艦隊司令部へ可能な限り君の意見を伝えておく。ハルバートン准将と話す機会があった時の事を、考えておいた方がいいだろう。

 地球降下までは、居住区画にあまり近づかないようにしておけ。心苦しいが君に遠慮してもらう方が確実だ。

 艦内の移動時は保安部員を伴う事、一人にはならないように……以上だ。

 上等兵、彼を格納庫へ」

 

 きびきびとした指示、通達を纏め終えると彼女は退室を促してきた。

 話は終わった。そっちは、任せると。

 

 他は後でもできる。まずは避難民を地球に降ろす事。それに全力を尽くすべきだ。

 そこにあったのは地球連合軍少尉、ナタル・バジルールの生真面目な顔だった。

 

 キラは黙って頭を下げ、医務室を出た。

 その通りだ。話は後でもできる。今のように、話は後でもできるのだ。

 

 キラが保安部員に連れられて医務室を出て扉が閉まったところで、ナタルはため息をこぼした。

 肩を落として椅子に座り込む。

 

 酷い真似をするものだと自分を激しく軽蔑していた。

 負傷した子供を、まだ戦わせようとしている。

 

 キラ・ヤマトが真実未来から戻って来たのだとして、それが超常なる存在の手による物だとしたら……もし、神という物が存在するのだとしたら。

 

「私はまともな死に方をしないだろうな……」と、そう思った。

 

 

 バジルール少尉から少しだけでも信じてもらえるようになったのだろうか……等と、キラはちょっとだけ嬉しく思えていた。

 やはり、少しずつでも事態は好転してるはず、と、そう思えたのだ。

 

 だから何があっても諦めるつもりなどは無かった。とにかく全力を尽くすだけだと。

 

 格納庫へ向かう途中、複数の兵士や、ちらほらと戻り始めていた避難民からの、疑惑や憎悪の視線を受けてもその思いには揺らぎは無かった。

 

 何人かの兵士から酷い罵倒を受けても、それでも黙って受け止めていた。

 悲しくはあったが、当然の事だと黙って受け止めたのだ。自分を護衛してくれる保安部員を宥めて、流血沙汰を防いだのは至極当然の話だ。

 

 ただ……怪物を見るような、恐怖と嫌悪の混ざった視線は衝撃だった。

 他ならぬ自分がそう思えているのだ。

 自分を見てくる他者の目に、そういう色を見て取ってしまった時は言葉をなくしてしまった。

 

 

 キラの身を案じてくれた者はもちろん居る、称賛してくれた者だってちゃんと居た。

 友人達と無事を確かめあった時は温かい物を感じたのは間違いなく確かだ。

 

 だがキラに刺さる視線で最も多かった物は、多種多様な、恐怖と嫌悪だった。

 

 

 一瞬、ほんの一瞬。

 本当に、本当にたったの一瞬だけ。

 本当にごくごくわずかな、刹那とも言える、気の迷いとすら言えないような間だけだが。

 

 自分の心が折れかけた音をキラは聞いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 CE71 2月

 

 後に低軌道会戦と称される戦いが始まろうとしていた。

 歴史上において、この戦いはかなりの広範な分野に渡って議論の対象となる事になる。

 あくまでも局所的なこの戦いが、注目の対象となり続けるのには明確な理由が存在する。

 ある人物がその名前を広範に知らしめる、最初の戦いだからだと言えるだろう。

 

 軍事史において、本名よりも異名の方が有名な人物である。

 彼に付けられた異名は複数存在したと言われており、有名な物としては

 

 艦隊殺し。予言能力者。エースキラー、等。

 

 個人に付けられる物としては、最高峰としてなんら不足がないとされる物、そしてそれに相応しい実力者だとされている。

 

 

 その中で最も有名な物をあげるとすれば以下になるはずである。

 

 

 白い悪魔。

 

 個人名はキラ・ヤマト。伝説とまで言われたパイロット。その第一歩となる戦いだからだ。

 

 






 本当に本当にお待たせしてすみませんでした。
 やっと消えていく光。の後始末が終わりました感じです。
 更新ぜんぜん無いのに、お叱りどころか、応援やら感想やら評価やらを送ってくださる方ばかりで本当に感謝の言葉しかございません。
 本当に本当にありがとうございます。

 何とかやっと更新をできました。
 いつも通りのナイトメアモードです。
 
 書いてて何でこんな事になってんだろうと、自分で頭を疑いました。

 もっと描写したかった場面がありましたが、さすがに自重しました。

 自粛自粛で家に居て時間はできてますが、これを仕上げるのに精神を使い果たしました。

 おやすみなさい。



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