割烹着の悪魔な隣人さん。 (イリヤスフィール親衛隊)
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①りんじんさん


どうも、イリヤスフィール親衛隊です。まあ、一言で言えば「ヤっちゃったZE☆」って感じです。あと数話で完結予定の作品をほったらかして、新作に手を出してしまいましたよ……。いやぁ、春だなぁ(意味不明。

新作とは言いますが、あらすじに記載した通り、こちらの作品は『偽りの剣製』という、かれこれいまから数ヶ月前に試作的に投稿したものの設定を練り直したものとなります。とはいえ、ほとんど原型が残っておりませんのであしからず。細かい設定的にはどちらかと言えば前作よりも『イリヤさんの魔法少女戦記』の方が近いかもしれません。



 

 

 

――― 何だ、これ?

 

アルバイト帰り。不気味なほど、まったく人気のない住宅街。心許ない外灯だけが照らす夜道で、落とし物を拾った。

 

輪っかに囲まれた星に鳥のような羽飾りが付いたファンシーなステッキ。おそらくはアニメか何かのグッズなのだろう。

 

外灯の光に照らして、持ち主の名前など無いか確かめるも、それらしいものは見つからない。

 

――― …………交番に届けるか

 

近場の交番となっても、来た道をほとんど引き返すことにはなるのだが、まあ、そんなことはいい。こうして見つけてしまった以上、いまさら見て見ぬ振りをするというのはすこぶる後味が悪い。

 

善は急げだ、と振り返り一歩踏み出した瞬間、手にしていたステッキから光と熱が放たれた。

 

――― 熱ッ……ッ!?

 

思わずステッキを振り払うように手を振った。手放されたステッキは重力に逆らうように月明かりの夜空をふよふよと漂う。

 

《DOWNLOAD……》

 

なんだこれは、ありえない、疲れているのか、真っ先に自分の精神状態を疑いにかかる。それだけ、目前の光景は目を疑うものだった。

 

目の前で起きている非現実的な状況に茫然と立ち尽くしていると、ステッキから発せられた音声と共に、先程とは比べ物にならないほどの熱が流れ込んで来る。いや、これは熱のようなナニかだ。莫大な熱量を持ったナニか。そのナニかに、まるで自らを上書きされているかのような感覚。異物に侵蝕される恐怖と嫌悪感。

 

――― ……ッア……くっ……ッ!?

 

立っていられず、冷たく硬いアスファルトに膝を着く。熱い、まるで身体の内側から意識ごと炎で焼かれているようだ。

 

視界が真っ赤に染まり、なにもまともに判断がつかない。薄れ、今にも途絶えてしまいそうな意識を必死に保つ中、何者かが語りかけて来る。

 

《アハッ♪さぁ、よからぬことを始めましょう!どうか、存分にわたしを楽しませてください!期待していますよぉ、シロウさぁん?》

 

明るく陽気、それでいて人を小馬鹿にしたようなその声の主に対して、ひどく憤りを覚える。熱やら痛みやらでぐちゃぐちゃのない交ぜになった思考を押して、内心でふざけるなと吐き捨てた。それが限界だった。

 

未だ引く様子も見せぬ熱の波に意識が呑み込まれる。深く昏い底へと沈んで行く。

 

まったくもってなにもわからず、これっぽっちのわけもわからなかった。

 

 

∇∇∇

 

 

 

そこは剣群突き立つ荒野。空には歯車が軋んだ音を立てている。

 

聳え立つ丘には独りの男。赤い外套を鉄臭い風に靡かせながら立っていた。

 

褐色の肌と色素の抜けた白髪。無機質な鋼を思わせる瞳には、剣のような冷たさが宿る。

 

――― 誰だ……?

 

問いかけに男は応えない。すると男が口を開き、何事かを呟いた。

 

“ I am the ■■■■ of my ■■■■■. ”

 

どうしてかノイズがかかり、上手く聞き取れないでいる。

 

“ I a■ t■e ■■■■ ■f my ■■■■■. ”

 

聞き取ろうと思えば思うほど、ノイズが増していく。

 

“ I ■■ t■■ ■■■■ ■■ ■y ■■■■■. ”

 

――― 聞こえない。

 

“ ■ ■■ ■■■ ■■■■ ■■ ■■ ■■■■■. ”

 

――― 聞こえない。なにも聞こえないんだ。

 

不意に、目が合った。男はまるでこちらを嘲るように、それでいて憐れむように微笑んだ。

 

瞬間、男の姿がぶれるように消えた。そして、男の変わりにそこに立っていたのは独りの青年だった。

 

視線が合ったままの青年の瞳には揺るがぬ炎が静かに燃えている。

 

青年のその顔に、どこかで見覚えがあった。だが、どうにも記憶が曖昧で、いくら思い出そうと頭を捻れど、霞の中をさまようような混迷と、雲を掴むような手応えの無さに襲われる。

 

青年はこちらへ、ゆっくりとした足どりで近づいて来る。その手には一振りの刀剣が握られていた。

 

よくあるオーソドックスなタイプの日本刀だ。しかし、それは素人目に見ても一目で業物であろうことがうかがえた。それだけ異様な存在感を放っているのだ。

 

刀の、まるで濡れているかのように妖しく光を反射するその刃に、いつの間にか息も忘れて見惚れていた。

 

青年が目の前に立ったことで、はっと我に帰る。次には、青年が刀を振りかぶった。

 

振り下ろされる刃。どうしてか、不思議と恐怖はなかった。青年の瞳が、刃の閃きが、ただ言葉無く語る。受け容れろ、と。

 

 

 

《……LOADING》

 

 

 

∇∇∇

 

 

 

目が覚めた。

 

夢を見た気がする。

 

だが、肝心の内容は覚えていない。

 

ろくでもないような夢だった気もするし、そうでなかったような気もする。

 

夢を見た。

 

ただ、それだけのことだ。

 

そう、とりとめて気にするわけでもなく、今日もいつもの日常を始める。

 

 

 

…………

 

 

 

起きて気づいてみれば、制服のまま畳に寝転がっていた。

 

昨夜の記憶がかなり曖昧だが、おそらくはバイトから帰ってきて倒れ込み、そのまま寝てしまっていたのだろう。

 

自覚はなかったが、まさかそこまで疲れていたのだろうか。だとしたら店長にでも相談して来月あたりからシフトに余裕をきかせてもらうべきか……。

 

制服に変な皺がついていないかを確認し、顔でも洗おうと洗面台の前に立つ。どうやら眼鏡も掛けっぱなしだったようだ。フレームなど曲がっていないか心配するも杞憂に終わる。

 

軽くシャワーを浴びてから、気を改めて鏡に向かえば、そこには毎朝のように見慣れた自らの顔。しかし、どうしてか違和感を覚えてしまった。何気なく、額にかかった前髪を上げる。

 

―――傷……?

 

傷。前髪で隠れる程度とはいえ決して小さなものでもなく。まるで刃物かなにかでつけられたようなその傷は、明らかに昨日今日出来たような真新しさではない、時間の経過というものが見て取れる傷痕だった。

 

まったくもって身に覚えのないそれに困惑と戸惑いを隠せず放心していると、大きな目覚ましの音にはっと我に帰る。どうやらいつもの起床時刻になったようだ。

 

一度、部屋へと戻って目覚ましを切る。それから二度目の洗面所へ。

 

本日は平日である。そして、学生の身であるからには、通常通り授業を受けるために学校へと行かなければならない。故に、額の傷のことが気になりながらも、身支度を整える。

 

朝食を摂ろうと冷蔵庫を覗けば、鮭の切り身が目に入る。今朝は焼き魚でいいかと、米を研いで炊飯器へとセットし、味噌汁を作り始める。

 

そろそろ備蓄が心許ない。週末にでも買い物に行かなければなと思いながら、不意に額の傷に触れた。

 

………………。…………気のせいだろうか。今、一瞬、傷が熱くなったような……。

 

 

 

…………

 

 

 

いつもの時間帯。いつものように家を出る。扉に鍵をかけてから、歩き出そうとすれば、背後から声をかけられた。

 

「おはようございます♪」

 

振り替えれば、そこには明朗な笑顔を称えた女性が立っていた。名前を琥珀さんという、着物にエプロンという組み合わせと、頭の大きな藍色リボンが特徴的な彼女は最近になってこのアパートに引っ越してきた(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)お隣さんである。

 

おはようございます。そう挨拶を返しながら琥珀さんの方へと向き直る。

 

「今日もお早いんですね」

 

そうだろうか。一般的な高校生の朝なんてこんなものであると思うのだが。かなり言葉のニュアンスを柔らかくして、そんな内容の返答を返す。

 

それから世間話を少々。共に独り暮らしであるためか、生活の知恵や情報の交換ができて個人的には有意義な時間である。

 

生活スタイルが被っているのか、ほとんど毎日のように、こうしてばったり出くわしては通路で話し込んでしまう。それなりに良好な隣人付き合いである。まあ、かれこれ数年来になる(・・・・・・・・・・)のだから、それくらいは……。

 

…………あれ?いま、なにか、矛盾していたような………………?

 

「シロウさん?」

 

なにか……ちがう…………?最近引っ越してきた(・・・・・・・・・)……数年来の(・・・・)…………あれ………………そもそも、隣に人なんて住んで…………

 

「……シロウさん?」

 

名前を呼ばれて思考の海から抜け出せば、唇同士が触れ合いそうなほどの距離に琥珀さんの顔が。慌ててその場から飛び退いた。

 

顔が熱い。び、びっくりした……。最近は徐々に慣れつつあるが、この人はなんというか、一々距離が近いのだ。

 

…………あー、あまりにも衝撃的すぎてなにを考えていたのか忘れてしまった(・・・・・・・・・・・・・・・・・)ではないか。どうしてくれるとばかりにジト目で琥珀さんを睨みつける。

 

「どうかしましたか、シロウさん?わたしの顔になにかついてます?それとも……」

 

わたしを襲いたくなっちゃいましたか?キャー♪なんて言っておちゃらけた態度をとる琥珀さんに思わず肩を落とし、呆れの溜め息をひとつ。

 

隣人関係は良好。決して、悪い人でもない。だが、なのだが、どうにも、どうにも苦手だ。この人のことが苦手なのだ。

 

考えごとについてはもう諦めよう。まあ、忘れるくらいなのだからどうせ大したことではなかったのだろう。

 

―――それじゃあ、俺は学校に行くので……

 

そう言って琥珀さんに背を向けて歩き出す。朝からどっと疲れた気がしてならない。

 

階段を降りきったところで、ちらりと背後を見れば、琥珀さんがにこにこ笑顔で手を振っている。

 

誰かに見送られるというのも、存外悪い気はしないものなのだということを知った。まさか、天涯孤独の身の上で、それを知る機会に恵まれようとは。少しだけ、頬が弛む。心が温かくなる。

 

額の傷が、また熱を帯びた気がした。

 

 

 

…………

 

 

 

少年を笑顔で見送った女性は、少年の姿が見えなくなると、次には、ひどく蠱惑的な笑みを浮かべる。

 

「…………アハッ♪」

 

運命が、捻れ狂う音が聞こえた。

 

 

 

 





ちょっとだけヤンデレ風味ですが、風味なだけであってヤンデレそのものではありません。甘く思えてもそこに糖分はゼロです。

それと、余談なのですが、琥珀さんの格好はあくまで着物にエプロンであって、あれは決して割烹着ではないのだそう。でも、タイトルを変更するつもりはありません。


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②かんがえなし


お気に入り・感想・評価ありがとうございます!とても励みにさせていただいております!

これからも不定期ながら、ぐだぐだと書いていきたいと思いますのでどうかよろしくお願いします。できれば、イリヤスフィール親衛隊の書いている他の作品も読んでいただければ幸いです!



 

 

 

剣を執れ、

 

誰かを傷つけるために。

 

誰かを傷つけさせないために、

 

剣を執れ。

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

最近、夢見が悪い気がする。相も変わらず、起きたら夢の内容はさっぱりだし。まあ、そこは所謂、夢であるのだから仕方がないというものだが、いまいち寝起きがさっぱりしないというか、ここのところ毎日のように気分が優れない日が続いている。

 

洗面台の前に立ち、一番の冷水で顔を洗う。タオルで水気をとりながら、額を出すように前髪を掻き上げた。表れたのは前髪に隠れてしまう程度の小さな刀傷。初めてこれが表れてから早幾日。変わらず在り続ける覚えのない傷痕。

 

―――なんなんだよ……いったい…………

 

ひどく気味が悪い。時折、自らの存在を主張するように熱を持つそれは、到底普通だとは考えられなかった。

 

傷ではなく、あくまで傷痕であって血は流れず、病院にかかるのもどうかとして、学校の養護教諭に見てもらったのだが、普通の傷痕でしかないと言われてしまった。

 

まったく、どうしたらいいものかわからない。しかも、自分でもわけがわからないことに、気味は悪いが不思議と恐怖はないのだ。

 

深い深呼吸と共に、大きな溜め息を吐き出す。鏡の前であれこれと気に病んでいても時間が勿体ない。今日は週末。食材の買い足しと気晴らしを兼ねて、少し遠出でもしようか。

 

手近に置いておいた眼鏡を手にとって、かける。一瞬、目が眩んで視界がふらつく。

 

―――………………

 

度数が合っていない。目が悪くなったわけではない。寧ろ、その逆である。あきらかに視力が上がっているのだ。あの事故が原因で落ちてしまい、医者からも回復の見込みはないとまで言われた、視力が。

 

裸眼で見る世界が、いつもより鮮明だ。

 

―――なんなんだよ……だからさ…………

 

眼鏡を置いた。これは喜ぶべきか否なのか。相次ぐ理外の出来事に、ただただ頭を抱えるしかなかった。

 

 

 

…………

 

 

 

周囲を山と海に囲まれた自然豊かな地方都市。そんな我らが「冬木の街」の地名の由来は、冬が長いことから来ているとされるが。実際のところ、気候はどちらかといえば温暖で、厳しい寒さに襲われるというようなことはほとんどない。

 

中央の未遠川を境界線として。住んでいるアパートのある西側が古き良き町並みを残す「深山町」。そして、東側が近代的に発展した「新都」という風に様相が別れている。

 

今、訪れているのは「新都」の方。大都会とまではいかないものの、ここへ来ればとりあえずおおよそのものは手に入るため、利便性は高い。

 

普段は「深山町」で済ませてしまうのだが、今日に限ってわざわざ「新都」に赴いたのは、買い物よりも気晴らしの意味の方が強い。

 

ここ一週間としないうちに、身の回りで妙なことばかり続いていて、軽く気が滅入ってしまっているのだ。

 

休日だからなのだろう。行き交う人々は自然と子供連れの家族が割合多い。深く考えず、自ら雑踏にのまれるように街を徘徊する。

 

食材の買い足し以外に目的はないが、早々と済ませてしまっては手荷物が増えてしまう上にやることがなくなってしまい、あとは帰る他ない。

 

これからなにをしたものか。腕時計に目を落とす。現在時刻は正午前。とりあえず、お昼でも食べながら考えようか。歩きながら、適当に空いてそうなお店を物色していると。

 

「あっ!シロウさんだぁ~!!!」

 

不意に名前を呼ばれた。声のした方へと目を向ければ、とてとてとこちらに走り寄ってくる一人の少女が見える。

 

白みを帯びた銀髪と紅い宝石色のくりくりとした瞳がとても印象的な、まるでお人形さんのような少女。

 

こちらの腰に手をまわして抱き着くようにして飛び込んできた少女を、多少バランスを崩しそうになりながらもしっかりと受け止める。

 

―――おっと……イリヤちゃん?

 

少女の小さな頭に手を置いて、優しく、髪を梳くように撫でてやれば、にへへぇと気持ちよさそうに表情を弛ませて、もっと撫でてとばかりに頭をぐりぐりと手に押しつけて来る。それがとても微笑ましくて、自然とこちらも口元が弛む。

 

彼女はイリヤちゃんという、まあ、なんといえばいいのやら、わりとご近所に住んでいる妹のような存在なのである。

 

荒んでいた気持ちが少なからず癒された気分だ。とはいえ、それは別として少々見過ごせないことが。

 

イリヤちゃんの肩を優しく押すようにして引き離し、少し腰を落として視線の高さを合わせる。

 

いきなり飛びついて来るのは危ないことである。今回は受け止められたから良かったものの、バランスを崩してアスファルトの上に倒れ込んでしまえば、どちらか、あるいはどちらとも怪我をしてしまう可能性だってあるのだ。

 

「ぁぅぅ……ごめんなさい」

 

優しく諭してやれば、あからさまに肩を落とした様子で落ち込んでしまう。その頬は朱に染まっており、テンション任せにことを起こしてしまったことを恥じているようだ。

 

まあ、会えただけでテンションが上がってしまうほどなついてくれているというのは、悪い気はしない。

 

きちんと反省をするイリヤちゃんの頭に手を乗せて、さきほどより少しだけ強めに撫で回す。

 

あうわぁ~!髪がぁ~!と頭に置かれた手から逃れようと必死にもがくイリヤちゃんを見て、なんだか犬猫の相手をしているような気分になる。

 

「ぅぅぅ……せっかく整えたのにぃ…………」

 

手を離してやれば、恨みがましい視線をこちらに向けながら、くしゃくしゃとなった髪を整える。

 

あはは、ごめんごめん。と軽く謝罪を述べながら、イリヤちゃんが髪を整え終えるのを待って、改めて視線を合わせる。

 

―――こんにちは。イリヤちゃん

 

「むぅ………………こんにちは」

 

こちらを警戒してか、頭を手で押さえて隠すようにして、どこかやや涙目で様子を伺いながら挨拶を返す小さな少女に、思わず笑みがこぼれた。

 

 

 

…………

 

 

 

「あら、シロウくんじゃないですか」

 

イリヤちゃんと談笑していると、すぐ傍の雑貨屋さんから出てきた女性がこちらへと声をかけてきた。見れば、イリヤちゃんにそっくり似通った容姿をした綺麗な女性が。

 

―――セラさん。こんにちは

 

はい。こんにちわ。と柔和な笑顔で挨拶を交わした彼女はセラさんといって、イリヤちゃんのお家のお手伝いさんである。

 

「珍しいですね。こんなところでお会いするなんて」

 

そうですね。普段はあまり「新都」の方へは来ないので。そう返せば、セラさんはそういえばといった風に自らの頬に手を当てる。

 

「いつもお会いするのは「深山町」の商店街でしたね……」

 

こちらになにか特別な用事が?そう問いかけるセラさんの考えの中には、普通に遊びにきているという選択肢はそもそもないようだ。いや、まあ、まちがってはいない。むしろ、なんというか、こちらのことをよく理解している。

 

こちらは親の遺産があるとはいえ、学費以外には崩しておらず、基本的な生計はアルバイトで立てている苦学生の身だ。そのため、無駄遣いは憚られ、遊びに出るようなことはほとんど皆無といっていい。それはもう、それで本当に花の高校生なのかという視線を周囲から向けられるくらいには。

 

そこのところをよく把握しているからこその質問だったのだろう。しかし、残念ながら特別な用向きがあって「新都」へ来ているわけではない。気晴らしという名目であるからには、これは遊びの類いに入るのだろうか。

 

うんうん唸っていると、セラさんは不思議そうに目を丸くしたあと、答えづらいのでしたら答えなくていいんですよ?とにこりと優しく微笑んだ。

 

なんだか直視していられず、頬を掻きながら視線をセラさんから逸らした。そして、逸らした先には不機嫌気味に小さく頬を膨らませたイリヤちゃんが。

 

「むぅ……むぅ…………」

 

そんなイリヤちゃんを見て、あらあらとまた楽しそうにセラさんが笑う。慈愛に満ちた瞳をイリヤちゃんへと向けて、その頭を優しく優しく撫でたセラさんは次に、そうだ、となにかを思いついたような素振りでこちらへ視線を移した。

 

「シロウくんはお昼はもう済ませましたか?」

 

よろしければご一緒しません?セラさんの言葉を受けて、期待の詰まったキラキラとした瞳をこちらへと向けてくるイリヤちゃんを一度視界に入れてしまっては、その誘いを蹴るという選択肢は最早ないも同然であった。

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

随分と遅くなったものだ。セラさんやイリヤちゃんと昼食を共にしたあと、二人のウィンドウショッピングにしばらくつき合うこととなり、そのうえ、結局のところ買い物は「新都」だけにとどまらず、「深山町」の馴染みのある商店街にも顔を出してしまった。

 

だいぶ日が傾いてしまってはいるが、まだ薄暗いといった程度で、街灯のおかげもあって足下はしっかりしている。

 

今日はとても良いリフレッシュになったと思う。なにかをここまで楽しいと感じたのは実に久しぶりである。しかし、明日は流石に家でゆっくりと過ごそう。今日は色々と良い意味で気疲れしてしまった。

 

両手に持った買い物袋を片手で持ち直し、空いた方の手で、前髪に隠れた傷痕にそっと触れる。

 

悩みの種は未だ健在ではあるが、明日からも頑張っていこう。そんな小さな決意をして前を見据えれば、なにかがあった。

 

気になって、警戒しながらも近づいて見れば、薄暗さで判別のつかなかったなにかの正体がわかりはじめる。

 

少しずつ歩く速度が早まっていき、ついには小走りになる。買い物袋を放り出すようにアスファルトの地面に置いて、そのなにかへと走り寄る。

 

それは人だった。もっと言えば、少女であった。少女が、倒れていた。

 

慌てて安否をたしかめれば、脈もあれば息もしっかりしている。どうやら寝ているだけのようだ。

 

―――ハァ……よかった…………

 

思わず安堵の息をこぼす。まったく、心臓に悪いにもほどがある。気持ちよさそうに寝息を立てる、綺麗な黒髪をしたその少女を起こそうと肩を軽く揺すってみるが起きる気配がない。

 

警察に届けるべきだろうと、ポケットから携帯を取り出してみればタイミング悪く充電切れ。嘘だろと肩を落とす。買い物袋のこともあるし、現状で交番まで少女一人を背負っていくのは流石に無理がある。

 

ここからならアパートの方が近いし、一度買い物袋と少女を抱えてアパートまで行って、それから……

 

《明日で……いいんじゃないですかぁ?》

 

……。…………。………………。……そうだな。少女はこんなにも気持ちよさそうに寝ていて起きる気配はないのだし、明日にでも、少女が目覚めてから、家まで送っていくか、警察に届けることにしよう。

 

少女を背負い、放り出していた買い物袋を持つ。この時、自らが出した結論に疑問をもったのは、その翌日のことである。倒れていた少女を家に連れ込むとか、控えめに言っても犯罪でしかないだろうと頭を抱えることになるのだが。どうしてか、本当にどうしてか……

 

「お……にい……ちゃん…………」

 

《…………アハァッ♪》

 

この時の自分はまるで考えなしであった。それこそ、どうかしていたとしか思えないほどに。

 

 

 






シロウくんの思考が他人に頼ることをそもそも度外視しているのは仕様です。ちゃんとしたキャラクター設定があってそうしています。



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③おにいちゃん


学校、忙しい(言い訳。

なんとかかんとか三話を書き上げてみたものの、まったくもって先行きが見えません。まあ、ゆっくりマイペースで頑張っていこうかなと思います。

・FGOぐだぐだ明治維新をプレイして
とりあえず信勝くんがよかった、うん。茶々も可愛いし、エジソンとテスラは相変わらず便利なキャラしてるし、そして、なにより、やっぱり沖田さんのヒロイン力は凄まじかったよ……。



 

 

 

救おうと伸ばしたその手は、

 

誰の手も掴むことはなかった。

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

キャベツを6cm角、ジャガイモを半分、玉ネギは芯をつけたまま六等分のくし形に切り、ブロッコリーを小房に分ける。

 

鍋に水、コンソメ、先ほど切ったキャベツ・ジャガイモ・玉ネギを入れて、煮立ってから更に十五分間煮る。

 

そこへソーセージとブロッコリーを加えて続けて五分間煮る。

 

ポトフ。フランスの家庭料理のひとつで、日本で言うおでん、中国で言う火鍋、ドイツで言うアイントプフのようなもの。

 

今回は使っていないが牛肉や、ソーセージなどの肉と、大きく荒く切った野菜類を、じっくりと煮込んだ料理である。

 

ポトフはコストも手間も然程ではないため、ひとり暮らしだと意外に作る機会というのは多い。

 

―――って、なんで…………

 

こんな状況でなにを普通に料理を作ってるんだか……。あまりにも時間を持て余しすぎていたために、ついつい無意識的に包丁を手にとってしまっていた。

 

ああ、だが、包丁を握ったからか多少気持ちが落ち着いた気がする。……まあ、あくまで、気がするだけであるが。…………。………………。

 

もうすぐ夜が明ける。結局、一睡もしなかったためか、目蓋が多少とはいえ重たい。ちらり、と居間に布団を敷いて寝かせている少女へと視線を送った。

 

綺麗に切り揃えられた黒髪と人形のように整った顔立ち。イリヤちゃんと同い年くらいだろうか。同じ人形という例えでも、イリヤちゃんが西洋人形ならば、この少女は日本人形と言ったところだろう。

 

今は安らかな寝顔で、気持ち良さそうに寝息を立てている少女。時折、なにかにうなされ、顔を歪ませる少女。

 

気になるのは体にある真新しい擦り傷と、ところどころがほつれて破れ、汚れてしまっている見るからに仕立ての良い洋服。

 

まるでどこかから脱走でもして、だれかから逃げてきたみたいではないか。…………なんて、流石に飛躍しすぎであろう。馬鹿馬鹿しい。自らの想像力の豊かさには苦笑を禁じ得ない。

 

―――……ッ

 

額の傷に熱が走った気がして咄嗟に手をやる。しかし、触れても特に変わりはない。感じるのは自分の体温だけ。どうやら気のせいだったようだ。少し神経質になってしまっているのかもしれない。

 

と、そんなことよりもである。

 

これからどうしたものだろうか。こうなってしまっては、少女が目覚めるまで待たなければならないことは当然として、問題はそのあと。どうにかして穏便に済ませなければ、最悪警察にお世話になる可能性だって皆無ではないのだ。

 

誘拐の二文字が脳裏に浮かぶ。その気はなかったとしても、そうとられても仕方ない状況である。思わず頭を抱えて唸る。昨日の自分は一体なにを考えてこんなことを……。本当にいまさらでしかないと理解していながら、後悔せずにはいられなかった。

 

 

 

…………

 

 

 

「お、にい………ちゃん……………」

 

うとうととしかけていたその時、意図せずして少女の呟きが耳へと入り、落ちかけていた意識が現実へと引き戻される。どうやら、少女がまたうなされはじめたようだ。

 

時計はⅥの数字を指し示している。日曜朝六時。窓の外はもう陽が出ており、明るくなっていた。

 

悲痛な声音であった。いたたまれず、かけていた椅子から立ち上がり、少女を寝かせている居間へと向かう。

 

少女が寝ている布団の隣へと腰をおろし、苦しそうに顔を歪ませている少女の額の汗を拭ってやり、張りついた前髪をそっと掻き分けてやる。

 

悪い夢でも見ているのか。いや、それにしてもここまでうなされるだろうか。なんだか、尋常ではない気がしてならないのであるが……。

 

お兄ちゃん。再び、今度は消え入りそうなほど小さな声でそう呟いた少女の閉じられた瞳、その目元から一筋の雫が流れ落ちる。

 

―――…………

 

なにを抱えているというのか……。この少女は、きっとなにかを抱えている。直感的にそう感じていた。さきほどの飛躍した想像と同様にして、馬鹿馬鹿しいと断じるのは簡単であるが、どうしてもそれができないでいる。

 

深い溜め息と共に天井を仰いだ。はてさて、なぜ、自分はこんなことをしているのだろうか。再三に渡る自問にも、答えは未だ見つからない。

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

「お、にい……ちゃん…………ッ」

 

少女の声がまた、兄と呼ばれるべきだれかのことを呼んでいる。さきほどまでとの違いといえば、眠っていた少女がとうに目覚めていて、大粒の涙を流しながらこちらに抱きついてきていることくらい、だろうか……。

 

少女は目覚めて、こちらを認識してすぐに飛びつくようにして抱きついてきた。お兄ちゃん。そうだれかのことを呼びながら。

 

無事だったんだ……。とかなんとか少女の口からはそんな言葉が漏れてくるが、思わぬ事態に思考が停止しており、あたふたと対応が追いついていないこちらにはそれを気にしている余裕はなかった。

 

人違いだ。そう伝えようとして言葉を呑み込む。少女は寝起きで、しかも、見るからに錯乱している。ここで突き放すような真似をするのはいかがなものだろうか。せめて、少女が落ち着いてから……。

 

胸に顔を埋めるようにして、泣きじゃくる少女の頭に手を乗せて、優しく撫でてやる。なにかあるという旨の直感は僅かながらに確信に変わった。この取り乱しようは普通ではない。

 

―――大丈夫。大丈夫だから……

 

それはきっと無責任な言葉だった。なにも知らないやつが吐いていい言葉ではなかった。それでも、他にかける言葉が見つからないでいた……。

 

まったく、ここ最近は本当になんだというのだろうか…………。

 

 

 

…………

 

 

 

ポトフを温め直し、器に盛って少女へと手渡す。熱いから気をつけて。そう注意を促せば少女はこくこくと頷いてみせた。

 

よほど、お腹が空いていたのか。器の中身ははすぐに空っぽになってしまった。どこか物足りなさそうな少女に押されておかわりを装ってやる。

 

体温と心理的な温かさとは関係しているという説がある。脳の同じ部分が温かさを感じて反応するという物で体温が上がると心理的にも温かい気持ちになるというものだ。

 

本来なら、ポトフは粒入りマスタードや粗挽き黒胡椒などを加えるとまた美味しくなるのだが、シンプルな味つけの温かいスープの方が心を落ち着けるのには最適であろう。作った料理が、こんな形で役に立つとは正直思ってもみなかったものだ。

 

「あ、あの……さきほどは、すみません。取り乱してしまって…………」

 

スープを飲み終え、ほっと一息吐いた少女はその琥珀色の瞳をこちらへと向けて、心底申し訳ないといった様子で謝罪の言葉を述べた。

 

泣き止んでからもしばらくの間は、絶対に離すものかと言わんばかりにひしっと抱きついたままだった少女は今では見る影もない。大分落ち着きを取り戻している。とても利発そうな雰囲気の少女だ。

 

今は布団の上に正座をして、こちらと向き合うように座っている。幾らか言葉を交わしてみたが、重要な部分、特に少女の話について触れるとどうしても黙り込んでしまう。

 

「その……本当に、お兄ちゃんじゃない……んですよね……?」

 

段々と尻すぼみになっていく少女の言葉に、肯定の意味を込めて頷く。こちらは生まれてこの方ひとりっ子。そのうえ、現在は天涯孤独ときており、妹がいたことなど一度一瞬たりともないのだと。

 

少女の顔は最初こそ半信半疑のようであったが、それが事実であると理解するにつれて表情に影がさしていく。ひどい罪悪感に襲われるが、まさか嘘を吐くわけにはいかない。これは仕方がないことなのだと無理矢理自分を納得させる。

 

―――……そんなに、似てるのか?

 

口を突いて出た疑問に少女は俯いたままこくりと頷く。

 

「そっくり、です……。顔も、声も」

 

温かさも……。そう言ってまた涙を流す少女。

 

「すみません、本当に……」

 

もう泣きたくない。そんな思いとは裏腹に止めどなく流れ出る涙に、少女自身も戸惑ってしまっているようだ。

 

謝らなくていい。謝る必要はない。意地の悪い質問をしてしまったのはこちらなのだ。

 

内心で少し躊躇ったが、恥やら外聞やらを押し退けて、少女を優しく抱き締める。

 

―――泣いていいんだ。君の気の済むまで

 

抱き締められた少女は腕の中から涙を流したままこちらを見上げた。

 

「あなたの、名前を……教えてください…………」

 

シロウだ。簡潔に答える。それを聞いて少女は涙に濡れた瞳を大きく見開いて、すべてを察したように、小さな声で「やっぱり」と呟いた。

 

再び俯いた少女は、嗚咽を漏らしはじめる。守らなければ。理由もなく、ただ純然とそう思った。額の刀傷にまた熱が走る。

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

雨が降っている。

 

暗い雨雲の中からは、錆びて止まってしまった歯車が顔をのぞかせていた。

 

雨に濡れた荒野を行けば、それはあった。

 

数多もの剣の骸が乱雑に積み上げられて築かれた小高い丘。

 

その頂上に突き立つのは、だれかが遥かに望み、それでも届かなかった理想の具現。

 

―――偽りの黄金

 

 

 






小説書くのって難しい……。定期的に更新してる人ってスゴいですよねほんと……尊敬するなぁ…………。

誤字・脱字報告、感想、評価などお待ちしております!




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④いそうろう


な に が あ っ た !?

なんか評価増えてるし!お気に入りも増えてるし!
……思わずスクショしちゃいました!

ありがとうございます!(建前)
もっとやれぇ!(本音)

と、はしゃぐのはここまでにしておいて。なんというか本当に色々とありがとうございます!このような不定期更新の拙作ですが、これからもよろしくしていただければ幸いです!



 

 

 

正義に博愛などない。

 

救済とは即ち選択。

 

だれを救い、だれを救わないかだ。

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

その後の蛇足というか、蛇足と呼ぶにはあまりにも突飛な話だという自覚はあるのだが。結論から言えば、家に居候ができた。

 

「あの、助けていただいてありがとうございました」

 

ぺこりと丁寧に頭を下げた少女は、これ以上ご迷惑をおかけしたくないので。そう言って立ち上がった。

 

しかし、その瞳は揺れていた。本当はまだ甘えていたい。不安気に揺れる少女の瞳が、言外にそう語っていることに気づいてしまった。普段は他人の機微に疎いとまで言われているというのに、この時ばかりはできすぎているまでに察しが良かった。

 

なにも話してくれない少女だ。正直、関わっていいものかもわからない。

 

…………いや、自分は初対面の相手に一体なにを求めているのだ。なにかを抱えていようがそうでなかろうが、目の前の少女が困っていることに変わりはないだろう。

 

立ち上がった少女の手を掴み、痛くない程度の力で引っ張った。

 

きゃッ!突然のことで驚いたのか、可愛らしい悲鳴を小さく上げた少女は、ぽすんっと再び布団の上に座ることになった。

 

真正面から顔を合わせてやれば、少女の琥珀色の瞳と視線がぶつかる。

 

―――行く宛てがないんなら……

 

しばらくはここに居ればいい。

 

困っている人間を放っておくことなんてできない。これは最早性分。友人たちをして病気だと言わしめたお人好し度合いのなせる技である。

 

なんて、言ってみたところで、自分から面倒を抱えているだけ、もしかすると少女にとってはお節介甚だしいのかもしれない。

 

内心で少し不安になってみたところで、こちらの言動に目を見開いていた少女はなにも言わず、困ったような、でも、それでいてどこか嬉しそうでもある複雑な想いを表情にしながらも、こくりと首を縦に振って頷いた。

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

「兄さん?」

 

どうかしたんですか?と鍋の火を止め、可愛らしく小首を傾げてこちらを見上げてくる少女に、苦笑いでなんでもないと返し、手に握っていた包丁を一度まな板の上に置いた。

 

危ない危ない。どうやら台所に立ったまま考え事をしていたようだ。件の少女、美遊ちゃんが家に居候することになってから早くも三日の時が流れていた。

 

美遊ちゃんの中でどのような経緯があって、この「兄さん」という呼び方が定着したのかは定かではないが、呼ばれてみて存外に悪い気分はしないというもの。

 

独りが長かったためか考えたこともなかったが、ひとりっ子が弟や妹を欲しがる理由がなんとなくわかった気がした。

 

誰かとキッチンに立ち、肩を並べて料理をしたのなんて一体いつ以来だろうか。

 

家に自分以外の誰かが居るという事実だけで、孤独で冷たかった家という居場所に温かさを覚えてしまう。

 

それにしても不思議でならないのは、美遊ちゃんとはまだ会って間もないというのに、どうしてか他人の気がしないということである。

 

思えば、最初からそうだった。……どこかで会ったことがあるのか。もしかしたら忘れているだけなのではないか…………。

 

なにかがひっかかり、内心でもやもやとしていたところに背後から声がかかった。

 

「いやぁ、こうしていると本当に兄妹みたいですねぇ?」

 

「……」

 

その言葉を受けて、なにか思うところがあったのか、曖昧な表情でぷいっとそっぽを向いた美遊ちゃんを横目に、声の主へと振り向けば、そこにはニヤニヤという擬音が聴こえてきそうな笑みを貼りつけてこちらを眺めている女性、最近はなにかと夕飯を共にする機会が多くなった琥珀さんが。

 

美遊ちゃんを居候させるまでは良かったのだが、そこに問題がないわけではなかった。いや、まあ、問題は数えれば切りはないのだが、今考えるべき一番としては、自分が学生の身分であるということである。

 

つまり、平日の昼間は嫌が応にも家を空けなければならない。その上、アルバイトにも入れば、必然的に遅い時間帯まで美遊ちゃんを家にひとりにしてしまうということだ。

 

その間、美遊ちゃんの面倒を見てくれる人が必要になってくる。色々と考えた結果として、やはり隣人である琥珀さんが筆頭の候補に上がった。

 

詳しくは知らないが、彼女は在宅業務をしているとかで基本的には一日中家にいるのだと以前そんなことを漏らしていたことを思い出したのだ。

 

琥珀さんには、親戚の娘をしばらくの間だけ預かることになったとだけ伝えているが、正直どこまで信じてくれたかはわかったものではない。

 

自分の身の上話をやたらと大っぴらにしたことはないが、そういったことを機敏に察知する人なのだこの人は。弁えているというか、巧みなまでに一定のラインを越えて踏み込んで来ない。もしらしたら、天涯孤独で親戚もまともにいないことを薄々感づかれている可能性もある。

 

…………考えすぎだろうか。まあ、とにもかくにも、美遊ちゃんのことは快く引き受けてくれたのだから良しとしよう。琥珀さんが快諾する時に見せたどこか含みのある笑顔は忘れることにするとしよう。

 

美遊ちゃんはなぜか琥珀さんを警戒している節があるが、そこは琥珀さんが余裕たっぷりの大人らしい器量で受け流す……なんてことはなく、いっそのことわざとらしいくらいに煽ること煽ること。

 

琥珀さんから散々にからかわれた美遊ちゃんが疲れ果てて抵抗を諦めるまでが一連の流れ。幸い険悪な仲とまではいっていないようだが、どうやらこの二人は中々に噛み合わないようである。

 

このままでは美遊ちゃんのストレスが溜まる一方だ。これはなにか解消の策を講じるべきか。たとえば、同年代くらいであろうイリヤちゃんと引き合わせてみるとか……。だが、そうすると、セラさんを介さなければならないわけで…………。

 

おそらくというか、確実に、セラさんには琥珀さん相手に使った言い分が通用しないだろう。かといって設定をころころ変えてしまっていてはどこから綻んでしまうかわかったものではない。

 

「兄さん……」

 

呼ばれてはっと我に帰れば、こちらを心配するような視線を送る美遊ちゃんが。いかんいかん。さっきのいまでまたもやぼうっとしてしまっていたようだ。手を洗っていた水を止め、ハンドタオルで水気をとる。

 

「……」

 

疲れてるんですか?大丈夫ですか?本当に大丈夫ですか?と物言わずとも雄弁な美遊ちゃんの視線が突き刺さる。

 

うん。大丈夫だから。本当に大丈夫だから。なんでもないから。そういう意味も込めて美遊ちゃんの頭にぽんっと手を置き、さらさらと手触りの良い髪を梳くように優しく撫でた。

 

んぅ……。と小さく声を漏らして気持ち良さそうに目を細める美遊ちゃんを微笑ましく見つめる。

 

「あの……わたしのこと忘れてませんかぁ?なにを二人だけの空間つくってイチャイチャしてるんですかねぇ?」

 

こっちはお腹空いてるんですがぁ。と机を軽く叩きながら抗議の声をあげたのは琥珀さんである。

 

「ぁ……」

 

言われて撫でていた手を離せば、どこか物足りなさそうな、残念そうな声を漏らす美遊ちゃん。そして、水を差したなとばかりに琥珀さんをジト目で睨む。

 

「なんですか?そんなにイチャイチャを邪魔されたことにご立腹ですかぁ?」

 

「……イチャイチャなんてしてません」

 

「なら、なにをそんなに怒ってるんですかぁ?」

 

「……怒ってません」

 

えぇ~ほんとですかぁ?ニヤニヤと首を傾げる琥珀さんに美遊ちゃんは閉口する。短いつき合いながら、琥珀さん相手には口を開いた時点で負けなのだと理解したようだ。

 

「むっ……」

 

思っていたような反応が返ってこないことに、琥珀さんはつまらなそうに口を尖らせる。子供っぽい仕草であるが、琥珀さんがやるとなにやら様になるというか、とても似合っていた。

 

 

 

…………

 

 

 

『一度、手繰り寄せた運命ですから。決して、決して、あなたからは手放すことがないように…………ねぇ?』

 

聞き覚えのある声がした。彼女の顔には笑みが貼りついていたが、目は笑っていなかった。

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

『本来なら交わらなかった運命が、複雑に、絡み合い、溶け合い、混じり合って、誰も予想し得ない結末まで辿り着く…………。クフフ、アハハッ、いやぁ……』 

 

―――ワクワクしますねぇ?

 

 

 






あれもこれも大体全部カレイドルビーってやつの仕業なんだ!!

多少の無理矢理感があっても、とりあえずルビーちゃんのせいということにしておけば納得させられる気がするんだ……。個人的にルビーちゃんやマーリンお兄さん辺りはそういう立ち位置に置きやすいと思う。



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⑤ふあんとふまん


この一週間は連日小説情報スクショ不可避だったよ……。

【前回】
ありがとうございます!(建前)
もっとやれぇ!(本音)

【今回】
まじでありがとうございます!(白目)
も、もっとやれぇ!(白目)


いや、すいません冗談です調子乗りました。ちょっとこわいくらいに評価を受けてしまっているんですが……変わらずマイペースで執筆していきたいと思いますので、よろしければこれからも応援していただけたら幸いです、はい。



 

 

 

届かない。

 

届かない。

 

届かない。

 

……届かない。

 

掌に握り締めたのは、虚しく空をきる感触だけ。

 

『おまえでは無理だ』

 

男が忌々しげに吐き捨てた。

 

届いて貰っては困る。

 

届かせるものか。

 

届かれて堪るか。

 

おまえでは届かない。

 

おまえなどに届かせない。

 

……。

 

男の言葉など意にも介さないとばかりに。再び、性懲りもなく手を伸ばした。

 

たとえ、空の月には届かずとも。それが水面の月ならば、届かぬ道理はないと。

 

―――届かせてみせる、絶対に

 

それは心象の果てを示す丘の黄金と、その果ての先に広がる可能性の欠片、そのお伽噺。

 

『おまえでは無理だ』

 

『おれに無理だったのだからな……』

 

 

 

…………

 

 

 

寝覚めれば、言い知れぬ悔しさだけが胸の内で渦巻いていた。

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

思えばいつもこうだ。いつもこうだった。あなたの存在はいつだって想いを惑わせる、鈍らせる。

 

世界が変われどもそれだけは変わらなかった。別人なのだと思いたくても思えないほどにあなたは優しくて、温かくて。

 

それで、こちらがなにかを決意した時に限って、まるで狙い済ましたかのようなタイミングで心を揺さぶってきて……。結局、最後にはこちらが折れてしまって、押し切られてしまう。もちろん、本人にそんな気はさらさらないことはわかっている。

 

わかっている。脆いのは自分だ。弱いのは自分だ。わかっているのに、それでも甘えてしまう。

 

甘えたい。

 

甘えていたい。

 

もう少しだけ、あと少しだけ、そうやってずるずると引き延ばして、それを仕方がないことだと自分の中で正当化しようとしている自分がいる。

 

嫌いだ、弱い自分が。嫌いだ、優しいあなたが、あなたたちが。そして、どうしようもないくらいに愛しい。お兄ちゃん……兄さん…………。

 

ごろん、と布団の上で寝返りをうった。体の向きを反した先には静かに寝息を立てている兄さんの姿が。手を伸ばしかけて、その手をぽすんっと布団へと落とした。

 

最初こそ、同じ部屋で寝ることには難色を示した兄さんであったが、居候の身でひとつしかない寝室を占領するのは気が引けると説得したことが功を奏して、しぶしぶながらも納得させることに成功した。

 

まあ、当然のごとく布団は別々となってしまったが、そこまでは求めていなかったので善しとする。流石にそれは恥ずかしいし……。

 

改めて、兄さんの顔を見やる。穏やかな寝顔だ。見ているだけで安心してしまいそうなほどに。ほっと一息吐いて、今度こそと手を伸ばした。

 

そっと額に触れて、前髪を掻き分けるように撫でる。そして、前髪の下から表れた一条の傷に、僅かばかりに眉根をひそめた。

 

「魔力…………?」

 

 

 

 

▽▽▽

 

 

 

―――服を買いに行こう

 

「え?」

 

あまりにも唐突すぎたためであろう。美遊ちゃんは進めていた箸をとめて呆けた声をあげた。

 

美遊ちゃんを保護してから丁度一週間目の土曜日。雲ひとつない快晴の朝のこと。朝食の場でひとつ提案を美遊ちゃんへと投げかけた。

 

というのも解決すべき目下の案件として、琥珀さんから指摘されていた美遊ちゃんの衣服の問題。学校やアルバイトで時間がとれず後回しとして目を背けていたのだが、本日は学校もなく、アルバイトも店長に無理を言って二週連続で週末の非番をいただいている。つまりは向き合うべき時がきたのだ。

 

この一週間ほどは小さい頃に使っていたもの引っ張り出してきて、比較的着れそうなものを選んだり、軽く仕立て直したり、それでどうしようもないものの場合は琥珀さんにお願いして容易してもらったりでなんとかやり過ごしていたのだが。

 

琥珀さんの「流石にいつまでも男の子のお下がりというわけにもいかないでしょう?」と有無を言わせぬ笑顔の提案もとい「え?まさか女の子に服も買ってあげられないほど甲斐性なしなわけないですよねぇ?」という半ば脅迫染みたそれには首を縦に振らざるを得ず。

 

こうして切り出した提案も内心では苦々しくも弱々しい笑みを浮かべていたりする。解決しなければならない問題であることは重々承知しているし、このままではいけないこともわかっている。

 

美遊ちゃんのために服を買うこと自体に否定的な気持ちはなく、それどころか諸手をあげて賛成してあげたいほどだ。

 

では、どうしてこうも乗り気でない風であるのか。乗り気でないというより、単に不安なのである。

 

女の子の服は高い。女の子の服は高い。大事なことなので二回言った。そう、高い買い物が不安なのである。

 

倹約を心掛けてきたこれまで、高い買い物といえば家電製品が関の山であった。それだって必要にかられて買ったにすぎない上にそうそう買い替えることのないものだ。

 

それに比べて服はといえば、特に美遊ちゃんくらいの年頃の子どもの服は成長期のこともあって買い替える頻度は必然多くなる。しかも、女の子ともなれば服の値段は嵩むというもの。

 

安物でいいのではとも思わないこともないし、もしかしたら美遊ちゃん本人もあまり高いものは遠慮するかもしれない。いや、遠慮してしまうのだろう。そこは本当にできた娘だと思う。だが、残念で面倒なことに、こちらに妥協する気がないのだ。

 

高い買い物はたしかにこわい。しかし、妥協する気は一切ない。どうせ買うなら良いものを買ってあげたいし、なによりそこで妥協したら男として失格な気がする。あと、琥珀さんから絶対白い目を向けられる。

 

そんなこんなというわけで、ニヤニヤ顔の琥珀さんから「いやぁ、絶好のデート日和でよかったですねぇ」というからかいを存分に含んだ「いってらっしゃい」を背に受け、僅かに一週間ぶりとなる新都へと赴くこととなった次第である。

 

 

 

…………

 

 

 

「シロウ?」

 

恥ずかしそうに俯く美遊ちゃんの手を引き、軽くウィンドウショッピングしながら良さそうな服屋を探していると声をかけられた。

 

あれ?デジャヴ?先週もこんなことがあったなと思いながら声の方へと振り向けば、そこに居たのは白混じりの銀髪と赤い瞳をした綺麗な女性が。

 

容姿だけ見ればイリヤちゃんやセラさんとそっくりなのだが、その気だるげで呆っとした覇気のないアンニュイさが二人とはまた違った独特な雰囲気を醸し出している。

 

リズさん。本名をリーゼリットさんと言って、イリヤちゃんやセラさんが呼ぶ通称がリズなのでリズさんと呼ぶことになっている。セラさん同様にアインツベルンさん家のお手伝いさんである。

 

それにしても珍しい人と出会ったものだ。セラさんに比べてリズさんはあまり外出をするイメージがないと思っていたのだが……。

 

仮にアインツベルンさん家の住人に外で出会う可能性があるのならばまずセラさん、次にイリヤちゃん辺りだろうと勝手に思っていた。そんな旨の言葉を思わず漏らしてしまった。

 

「……セラやイリヤの方がよかった?」

 

なんだろう……。どことなく不機嫌というか、なにやら語感に微かな刺が含まれていたような気がしてならない。

 

なにかまずいことを言っただろうか。そう思い、おそるおそるリズさんの顔を伺い見るも、そこにはやはりいつもの無表情しかない。考えすぎか……?

 

「家にいてゲームばっかりしてないで、たまには外に出てろって。あと、掃除の邪魔だからってセラに追い出された」

 

リズさんはなんでもない風に答えながらも、不満気に溜め息を吐いた。

 

……。…………。……こんなんでも一応はセラさん同様にアインツベルンさん家のお手伝いさんである。

 

「あれ?」

 

なにかに気づいたようにリズさんの視線がそちらへと向けられた。それはこちらの背後側。服の裾を伸びてしまいそうなくらいにはぎゅっと握って。隠れるように、それでいてなにかを気にするように、顔を半分だけ出して様子を伺っている美遊ちゃんの姿があった。

 

「だれ?」

 

―――あー……

 

どうしよう。なにも考えていなかった。セラさんたちに対するうまい説明を考えなければなと思っていたのにも関わらず、すっかり失念していた。

 

とりあえず、近しい人からしばらく預かって欲しいと頼まれているのだと答えておく。いくらでも逃げが効くずるい言い方になってしまったことはこの際ご愛敬である。

 

最初に言い淀んだのも正直マイナス点だろう。へぇ、と納得したようなご様子のリズさんを見て安堵の息を吐く。危ない。セラさん相手だったら確実にアウトだった。

 

「これは……イリヤに強力なライバル出現か。でも、おもしろいから黙っておこう」

 

物言いはよくわからないが、どうやらここで見たことは黙っておいてくれるようだ。

 

「あ、暇だから着いて行っていい?」

 

それは別に構わないと返せば、美遊ちゃんの服の裾を握る力が強くなった。どうしたのかと見やればなにやら不満そうに睨まれる。

 

む……。せっかく服を見に行くのならば同姓の意見はとても貴重ではないかと思うのだが……。そう言うとどこか諦め混じりの溜め息を吐かれた。とても解せないが、一度許可した手前いまさら袖にするというのも……。

 

「服?この娘の?ならイリヤが使ってる店を知ってる」

 

こっち。そう言って、着いて行くというより着いて来いというように、先頭立って足取り軽く歩き出したリズさんの勢いに引っ張られる形でこちらも歩を進める。

 

歩きながら、背後に張りついたままの美遊ちゃんへと目を向けた。やはり少し機嫌が悪い。拗ねているようだ。

 

前へと向き直り、鼻唄を歌いながら歩くリズさんを視界におさめて、今度はこちらが小さく溜め息を吐いた。

 

はてさて、どうやってこのお姫様の機嫌を直したものか……。

 

 

 

 






次回:続デート篇(大嘘)

美遊ちゃんとのデート回はここで切る可能性有り。理由は描写力に著しく欠けるから。すまない……力不足なんだ………すまない…………できるかぎり頑張ってみるが……期待は低くもっていて欲しい。まあ、いまのところ書くつもりですが。

日常シーンならいくらでも書ける(根拠のない自信。問題はいつ本編に突入するかだ……。



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