ぐだぐだ荘のラーマな彼女 (喧嘩上等)
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女装した余がこんなに可愛いわけがない

「なあ、マスターよ。」

カルデア内のライブラリ。PCと呼ばれる機材と大量の本が鎮座する一室に、余とそのマスター…ぐだ男と名乗る彼はいた。マスターは何やら調べ物をしているらしいが余は暇つぶしにここに訪れていた。備え付けられた長机のタブレット端末を手に椅子に座り、向かい側の席に座るマスターに話しかける。

 

「なんだ、ラーマ。端末に目を落としたまま話しかけるな。人と話す時は目で向き合うんだ」

 

「貴様は余の父親か…いやそんなことより、これを見て欲しい」

 

思わぬ返事にたじろぎつつ余は手に持ったタブレット端末の画面をマスターの方に向ける。

 

「これは…ほう。ラーマの女装ものか。この手の絵は実にいい。大好きだ。保存しておこう。」

 

「やめろ!というか何故彼らは余にこのような格好をさせるのだ!?」

 

余は『ついったー』なるものを調べていた。特に意味はないが聖杯が与えてくれる範囲ではない現代の知識を集める上でおおいに役立つためになんとなくここ数日使っていたのだが…興味本位で『ラーマ』などと検索をかけたのが誤りだった。

 

アップされる余の絵は実に雄々しく、英雄の名に恥じないものばかりだと思っていたのだが…何の間違いなのか余に女装させた絵ばかりが上げられている。いや確かにかっこいいのもあるのだけれども…

 

「おかしいだろう!?他のサーヴァント達はかっこよく凛々しい絵ばかりだというのに何故余だけはここまで女々しいものにばかり比重が傾く!?」

 

そう。男として描かれるのに何故か可憐さが目立つ。ともすれば女と言われても納得してしまうほどに…

 

「そしてなぜ女装させたものに限って余はこんなにも…いやこれではまるで…シータじゃないかっ!」

 

赤い髪を両サイドに纏めた独特な髪型で袖のないネグリジェのような衣服。懐かしさで思わず泣きそうになったそれを見て余の絵だと表記されていた時はあまりの衝撃に気が遠のいた。

 

「?何をそんなに驚く必要がある。可愛いから。似合ってるから。ラーマに寂しい思いをして欲しくないから。これ以外の理由がどこにある?」

 

「そこら中にあると思うがな…というか、この投稿者は男であろう!?なのに何故男の余を可愛いだなんだと持て囃す!?そして何故他の男のユーザーもそれを見て吠えたける!?」

 

「類は友を呼ぶんだ。」

 

「散り果てろそんな類友!!」

 

何をいまさら、と不思議そうな顔で平然と返すマスターに余は顔を真っ赤にしてまくし立てる。

 

「まあいいじゃないか。民衆に愛されるのは良き王である証だろう?」

 

「むっ…まあ…それもそうだが…」

 

マスターはタブレット端末を受け取り、画面に映し出された絵を見て目を細めて微笑む。

 

「それだけお前のことが好きなんだ。この絵にも、溢れんばかりのお前への愛が込められている。」

 

「ふむ…そういうものなのか?」

 

「ああ。ただそれ系の奴らの餌食になってるだけに見えて彼らは九割九分真剣にお前のことを思ってるんだ。」

 

「ほんの一分の下心を混ぜる余地を残したのは何故だマスター。」

 

「それに、こうやっていればシータのことを忘れずにすむだろう?」

 

「……!」

 

描かれたシータを見て懐かしさで泣きそうになった。それは、シータをもうずっと、それこそ気が遠くなるような時間彼女を見ることさえ叶わなかったからだ。余は生前犯した過ちによって呪いをかけられ、シータに会うことができなくなった。それはサーヴァントとなった今でも余とシータを縛り、未だに会えないでいる。きっと、これからも永遠にシータとは…会えないのかもしれない。だからこそ、その永遠の中でシータの顔を思い出せなくなるのが恐ろしかった。

 

「そうか…彼らはシータがいた事を覚えていてくれるために…」

 

第五の特異点。今の余にその記憶はないが、そこに確かに余とシータはいたという。狂王の槍に貫かれ、呪いによって治癒することもままならず死にゆくばかりだった余を助けたのがシータだったと聞く。そしてそのシータが、余の代わりに呪いを背負って、消えていったと聞く。

 

「それ…でも…やはり…」

 

ようやく会えたというのに、その時余は目を開けていなかった。一目でも見ることは叶わなかった。なのに彼女はそれでいい、と笑ったそうだ。迷うことなく呪いを自身に移すことを決め、笑顔のまま消えていったと。それが。どうしようもなく悔しかった。

 

「会いたく…なってしまうじゃないか…シータに…!」

 

悔しくて、どうしようもなく寂しくて、涙が出た。こぼれ落ちる涙を止められなかった。それ見たマスターは、ニヤリと笑って余に言った。

 

「だから言ったろ。皆お前に、寂しい思いをさせないために描いてんだ。」

 

「どういうことだ…?」

 

聞き返していた。シータに会えるのなら…どんなことでもしてみせる。だからその可能性を示して欲しい。縋るような思い。王としてではなく、妻を思う夫として。もしくは、子どものわがままのような。それに対してマスターは、手に持ったタブレット端末を操作して図を見せてくれた。

 

「これは…あの時のラーヴァナ(魔王)か?」

 

映し出されていたのは、第五特異点にて余達の前に立ちふさがったという狂気の王、クーフーリンオルタ。しかし、その脇にも何人かの似た顔の男達が並んでいる。鎧の槍兵にローブのドルイド、全身青タイツの槍兵。

 

「そう。『これら全て』があの時のクーフーリンオルタと同じ存在、全員クーフーリンなんだ。」

 

「なるほど…だから纏う力は違えど同じ顔なのだな。」

 

サーヴァントは基本的に全盛期の姿で召喚される。しかし中には同じ存在でも違うクラスとして召喚される場合がある。若い時代のリリィや、黒化したオルタなどがいい例だ。

 

「しかし、これがシータとどう関係が?」

 

「ああ。シータとラーマは、呪いによって同じ空間に存在することはできない…いや、出会うことが許されない。」

 

サーヴァントとなった今でも解けることのない呪い。余とシータを隔てる絶対に越えられない壁。

 

「けれど、ここはカルデアだ。同じ人間が同時に存在することが許される場所。クーフーリンが4人いても、アーサー王が5、6人いても許される場所なんだ。」

 

「だからそれとどう関係…が………ッ!?それはつまり…まさか…!」

 

余(ラーマ)とシータが共に在ることを許さない呪い。だが、同じ存在が同時に複数存在することが許された世界。シータと共に在るには、ラーマであってはならない。そして導き出される結論。

余(ラーマ)がシータとまた会うために、絶対の壁を打ち砕く方法。

 

「そうだ。それは…お前自身がシータになることだ。」

 

「…いいだろう。シータの為なら…余は余であることを捨てる!余は…シータになる!」

 

___赤い髪を両サイドに纏めたその姿を見た時、思わず懐かしさがこみ上げてくるほどに描かれた余はシータに似ていた。

 

「決まりだな…シータの服に似た服はこちらで既に用意してある。必ずお前をシータともう一度会わせてみせる。共に頑張ろう。」

 

…何故そんなに準備がいいのか。そんな質問は胸に湧き上がるこの感情…きっと希望と呼ばれるものの前では些細なことだった。

戦おう。あの日屈した呪いともう一度。また何度でも、彼女と出会うために。



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ノーシータ・ノーライフ

自分に貸し与えられた部屋の姿見で、己の姿を確認する。

両サイドで纏めた赤い髪…ツインテールと言ったか。袖のないネグリジェのような衣服、そして腕に嵌めた深紅の篭手。

余の真名はラーマ。偉大なるコサラの王にしてセイバーのサーヴァントだ。今は故あって女装を…余の妻、シータの格好をしている。

 

余とシータは生前かけられた呪いによって会うことができない。英霊となった今でもその呪いは解けることはなかった。英霊の座に召し上げられた余とシータは同じ霊格を共有している。つまり召喚された際に余かシータのどちらかが『ラーマ』として召喚される。無論余はラーマであり、シータはシータだ。だがそれと同時に、余はシータでもあり、シータはラーマだった。

 

同じ世界に現界することは決してない。余も彼女との再開を望む裏腹、そのことを受け止め、心のどこかで諦めていた…のかも知れない。だから、『その方法』を聞いた時は心底驚いた。希望にすらなり得ないかもしれない僅かな可能性。だが十分に賭けてみる価値のある理論に感じたその方法は、『ラーマ自身がシータとなること』だった。

 

シータに会えないのならもう自分がシータになってしまえ。まるで狂人の考えのようだ。だが、ここはカルデアだった。数多くの英霊達が呼び出された地、人理継続保障機関カルデア。この中では『同じ名前、同じ存在のサーヴァント』が複数存在している事例がある。つまり、『同じ存在が同時に在ることが許される』のだ。

 

『ラーマとシータでは許されない。ならシータとシータなら?』…わからない。もしかすれば…もしかするかもしれない可能性。余がシータになることは、確かに不可能ではないのかも知れない。だって同じ霊格なのだから。余がシータでもあるというのなら…余はシータになってみせる。そして余はもう一度会うのだ。最愛の妻に。

 

「…とまぁカッコつけたのはいいが、いくら理論づけようとやはりこの恥ずかしさはどうにもならんな…!」

 

…そう。いくらそんな理由を並べたって裏を返せば『女装して妻になりきる痛い奴』なのだ。鏡の中でザクロのように顔を真っ赤にしながら体を抱くように腕で身を隠そうとしている姿は我ながら情けないにも程がある。控えめに言って死にたい。

 

「えぇい、シータのためなら手段は選ばないと決めたではないか…!これは愛する妻の写見、恥じるのはシータにも失礼というものだ…恥ずかしがるな余よ…!」

 

「頑張っているようですね、ミスターラーマ。」

 

「ッ!!?」

 

突如背後から聞こえてきた声に心臓がひっくり返るくらい驚いて振り返って後退し、背中を姿見にぶつける。果たしてそこには大きな袋を持った赤い軍服の女性が立っていた。

 

「気を付けてください。姿見が割れて破片が飛び散り皮膚に食い込みでもしたら傷口に雑菌が繁殖する前に患部から先を切除することになりますから。」

 

「雑菌が繁殖するより酷い事態になってるではないか!というか何故余の部屋にいる!?」

 

姿見の方向に倒れ込んだ余を見下ろす形で言葉を投げかけたこの女性はナイチンゲール。クリミアの天使と呼称されるほどの偉大な看護師のはずなのに何の間違いなのかバーサーカーとして召喚されてしまった。『患者を殺してでも救う』がモットーらしく治療する方法がやたらと大袈裟。それを本気で実践してしまうのだからEXランクの狂化は伊達ではない。…狂化のせいだよな?生前からのはずがないよな?

 

「何度もコールしましたが返事がなかったからです。入室した記録は残っていた留守の可能性は無いと見て『返事も返せない危険な状態』であると判断し、押し入らせていただきました。」

 

「む…なるほど。すまない、気づかなかった。」

 

どうやらこの服装で悶々としていたら周りの音が聞こえなくなっていたらしい。

 

「コールの音も聞こえなかった…まさか聴覚に異常が?早急に手術の準備を!ご安心を。例え何を犠牲にしてでもあなたの耳を…!」

 

「治さなくていい!!というか耳の治療で犠牲にするものとはなんだ!?……というか、そもそも何故ここに入ってこれたのだ?鍵はかかっていたはずだが…」

 

「……」

 

無言で部屋の自動ドアの方を見やるナイチンゲール。その目線を追えば開けっ放しになっている自動ドアがちょっと歪んでいるのが見えた。…なるほど。確かに押し入ったと言ったな。鍵のかかったドアを力尽くで開けて入ってきたらしい…

 

「…余の部屋のドアが!?」

 

「これが治療のためのささやかな犠牲です。」

 

「どこも治療されてないのだが!?破壊されただけではないか!」

 

耳の代償は想像以上に大きかった。というかわざわざ破壊する必要はなかったはずだ。管制室あたりに一声かければ異常を察知してロックくらい開錠してくれたろうに…ああ、その過程をすっ飛ばすのがバーサーカーだった!

 

「うぅ…それで何の用だったのだ…」

 

両膝と両手をついて半ば涙ぐみながらナイチンゲールへと問いかける。

 

「マスターから、これを貴方に届けて欲しいとのことです。」

 

そう言うと手に持った袋から、精緻な装飾を施された弓を取り出した。

 

「これは…!とうとう来たか…!」

 

ナイチンゲールからその弓を受け取り、まじまじと見つめる。するとナイチンゲールが余に問いかけてきた。

 

「聞いてもよろしいでしょうか。その弓は一体?」

 

「これは余の妻…シータの弓、追想せし無双弓(ハラダヌ・ジャナカ)だ。」

 

厳密に言うとそれを模して作った弓というべきか。第五特異点で出会ったシータが背負っていたというこの宝具のデータを洗いざらい調べ、作ってもらった。ほとんど記憶に残った通りの姿だ。

 

「しかし、カルデアの技術も凄いものだな。まさかここまで本物に近いものを作り出すだなんて…」

 

「サーヴァントにも協力をいただいたそうです。宝具のコピーを作り出すことに長けた英霊がいたそうで。」

 

「へぇ…それは凄いな。いつか会った時に礼を言わなければならないな。」

 

そう言って、立ち上がって追想せし無双弓(ハラダヌ・ジャナカ)を背負う。さっき倒れ込んだ時になんとか割れずにすんだ姿見に写る自身の姿は、在りし日の妻と重なって見えた。

その姿を少し見ていると、鏡越しにナイチンゲールと目が合った。

 

「なぜそんなことを…って言いたそうな顔だな、ナイチンゲール。」

 

「…いえ、会えなくなった者を思う気持ちは、わかっているつもりですから…」

 

「いや、違う。そういうことじゃないんだ。」

 

振り返り、ナイチンゲールと正面から向き合う。

 

「余はシータになるんだ。」

 

「…それは何故?」

 

「余がシータになれば…シータは余と会わずにすむようになる…だが、シータとなった余なら!またシータに会えるかも知れないんだ!」

 

「………」

 

余の話を聞いて頷くでもなく、目を閉じて沈黙するナイチンゲール。ともすれば、余の語ることは目の前の彼女よりもよっぽど狂っているのかもしれない。だが、真実なのだ。余はシータと会う為なら…どんなことだって、してみせる。してみせたい。しなきゃ、彼女に合わせる顔がない。

やがてナイチンゲールは目を開き…余に向かって微笑んだ。

 

「最初に見た貴方が貴方であると気づいた時、正直おかしくなってしまったのではないか、と思いました。妻との別離が人生を狂わせる…そう珍しい話ではありません。鏡の前で自分を抱きしめたあなたは、母親に縋る子どものようにも見えました。泣きそうな顔はみっともなくはありましたが…狂ったものはありませんでした。純粋に、悲しみに必死に耐える真っ直ぐなものです。」

 

「…それは…ひどい所を見せたな。」

 

恥ずかしくなって苦笑する。すると、唐突にナイチンゲールはふわりと、余の体を抱き締めた。

 

「なっ…!?ま、待て、余には愛する妻が…!」

 

慌てふためく余とは対象的にナイチンゲールは落ち着いた声で告げた。

 

「あら?貴方は『シータ』なのでしょう?つまり貴方は女性なのです。女性同士の友人関係ならばこの程度のハグは軽いスキンシップです。あまり深く考え過ぎなくてよろしいでしょう。」

 

「そ、そんな理屈…!」

 

まかり通るか、と言おうとしたが、変に意識するのはそれこそどうなのかという話だ。それにここで男であることを強調しては、折角のシータとしての服も意味が無くなるわけで…ショート寸前になるほどに思いを張り巡らせていると、ナイチンゲールは余を抱き締めたまま優しい声で言った。

 

「…不安なのでしょう。」

 

「…!」

 

「可能性が潰えてしまうのが怖いのでしょう。貴方の泣きそうな顔には、そんな思いが見て取れました。ようやく理にかなった方法を見つけた。だがそれでも彼女に会える可能性は極端に少ない。そんな方法に賭けているのに…それが叶わなかったら、全ての可能性が潰えてしまう。」

 

「余は…ぼ…くは…」

 

震える余をナイチンゲールが優しく抱きしめる。図星だった。余は確かに、この方法を成功させようと思う裏で、怖がっていた。やっとの思いで見つけた光が。暗闇の洞窟の出口ではなく、怪物の光る目だったら。苦しみの連鎖がようやく終わると思った。その希望が潰えたら…そう思うと、もう終わりだと、心が折れてしまうのではないかと不安になっていた。永遠に彼女を見ることは叶わないと…そう思うと前に進むのも怖くなった。

 

「…臆せずに進みなさい。例え失敗しても、可能性が全て潰えたわけではありません。その時は、私も次の手を考えるのを手伝います。貴方の心が折れても、何度だって治します。安心してください。私がそばにいますから。」

 

「僕…は…シータが…好きだから…!」

 

「はい。貴方が彼女を愛するように、彼女も貴方のことを、愛していますよ。それこそ、死にゆく貴方を己を殺してでも救い出したように。」

 

「う…わぁ…あぁあぁぁぁぁぁあ……!」

 

とうとう、感情を押し止めていたものが決壊した。溢れ出す涙が止まらなくなった。それは今まで必死に耐えていたもの…悲しみだった。不安で押し潰されそうだった心が、ようやく解き放たれた。

みっともなく涙を流すその姿は、妻の写見でも、コサラの王でも、英雄でもなく、1人の少年だった。そして彼の吐き出した苦しみを優しく包み込むように抱きしめるのは、やはりクリミアの天使と呼ばれる女性だった。



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